バンやろ外伝 -another gig- (高瀬あきと)
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Ailes Flamme編
第1章 バンドやろうぜ!


あれ……?なんだこれ……?

 

体が……動かない?

 

誰だ?あそこにいるのは…

 

あれは……あいつは…。

 

 

--男が振りかぶりボールを投げてくる。

 

 

真っ直ぐのボール。

軌道もわかる。これなら……打てる!

 

打てる……?

 

そうか、俺は野球をやってるのか。

 

バットを思いっきり握る。

タイミングを測る……。

 

………今だ!

 

 

--バットが思いっきり空を切る。

 

 

え?タイミングはバッチリだったはずなのに…。なんで…?

 

 

--男がまた振りかぶる。

 

 

ちょっ…!待っ…!!

 

 

--今度はバットを振る事も出来ずに、ボールがキャッチャーミットに吸い込まれる。

 

 

--またピッチャーが振りかぶる。

 

 

待ってって!待ってくれって!

 

 

--ピッチャーの手からボールが放たれる。

 

 

 

 

 

「待てって言ってんだろ!!!!」

 

「江口?何がだ?わからないとこでもあったか?」

 

「え?」

 

まわりを見渡す。

ここは……教室…?

 

「俺の授業で居眠りとはいい度胸だな。放課後に職員室まで来い」

 

「先生知ってるか?最近教師による体罰とかそういうのが問題にだな…」

 

「ほほ~う。そうなのか?よし、その辺も放課後にゆっくり話しような?必ず来いよ?」

 

「うぇぇ……まじかよ……」

 

クラス中に笑いが起こる。

くっそ、いらねぇ恥かいちまった…。

 

俺の名前は江口 渉(えぐち わたる)

普通の高校生をしている。

……うん、ちょっと普通とは違うかも知れないけど…。

 

そして授業終了のチャイムが鳴り響く。

 

「今日はここまでだな。今日やったとこはテストに出るからしっかり復習しとけよ?江口はまた後で職員室でな」

 

教師が教室から出ていく。

くっそ~…、早く帰ってゴロゴロしたいってのに…。授業の復習よりお前に復讐してやろうか?

なんてな。俺の身から出た錆だもんな…。

 

「渉!」

 

後ろから声をかけられて

振り返ると同級生の内山 拓実(うちやま たくみ)が居た。

 

「さっきの授業では散々だったね」

 

「本当にな…。起こしてくれたら良かったのに」

 

「いや、席離れすぎてるしさ」

 

「そうだな。授業中に寝る俺が悪いしな。ちゃっちゃと怒られてちゃっちゃと帰れるようにするわ」

 

「ははは。渉が解放されるまで亮と待ってるよ」

 

「あ?なんか悪いな?先に帰っててもいいぞ?」

 

俺と拓実と隣のクラスの亮は、いつも3人で遊んでる仲だ。昼休みはもちろん放課後もよく一緒に遊んでいる。

 

「え?でも渉、場所知らないでしょ?一緒に行った方がいいと思うよ?」

 

ん?なんだ?職員室くらい知ってるぞ?

出来れば知ってたくなかったけど。

 

「時間には余裕あるし大丈夫だよ。それにしてもライブなんて初めてだし楽しみだよね♪」

 

あ、ライブ……。そういや今日か。

亮に誘われたライブ行く日って……。

 

「渉も早く解放されたら、ライブまで時間あるようだったら駅前のカラオケ行こうよ!今日から新作のスイーツが販売開始なんだよ!」

 

「拓実」

 

「ん?何?」

 

「悪い!本気でライブの事忘れてた!!」

 

さっき見た夢のせいかすっかり忘れてた…。さすがにまずったな。そんな日に居眠りして呼び出しくらうとは…。

 

「えぇ!?昼休みにも亮と3人で話してたのに!!?」

 

「俺も楽しみにしてたんだけどな。歌は好きだしさ。しっかり先生に謝って早く帰れるようにするから、亮と先にカラオケ行っててくれよ。新作スイーツもゆっくり食べたいだろ?」

 

「まぁそうだけどさ……」

 

「な?カラオケ代は俺が奢るから!」

 

「え!?いいよそんなの!悪いし」

 

「いや、悪いのは居眠りした俺だからな。頼むよ」

 

「うん、わかった。

じゃあ亮と先にカラオケ行ってるね。

でも奢るのは無しね!」

 

「いや、それじゃ詫びになんないだろ」

 

「僕も渉の居眠りを知ってて起こさなかったから」

 

「だから居眠りしてたのは俺が…」

 

「いいから!ね!」

 

「わかったよ」

 

「うん、あ、チャイムだ。

じゃあまた後でね」

 

「おう!」

 

 

……

………

…………

 

 

久しぶりに見たな。

野球やってる夢なんて…。

 

たかが練習試合だったけど、俺はあるピッチャーの投げる球にかする事すら出来なかった。

 

全打席三振。

 

こんな事は初めてだったし、悪夢を見てるみたいだった。

 

試合が終わった後、その時のピッチャーが東雲 大和(しののめ やまと)って名前だと知った。

それからの俺は今度こそあいつの球を打てるようにって、がむしゃらに野球を頑張った。

 

高校球児の夢は甲子園。

誰が決めたそんなこと。

 

俺にとっては東雲大和からホームランを打つ。

公式試合じゃぶつかれなくても、野球を続けてたらまた対戦する機会もある。

 

俺の夢は東雲大和に野球で勝つこと。

それが夢になった。

 

それからしばらくして

また東雲大和の学校と試合をする事になった。

今度こそ勝つ!!そう意気込んでた。

 

けど、ピッチャーマウンドに立ってたのは別のピッチャーで……。

東雲大和は……観客席で応援していた。

うるさいくらいの…バカでかい声で……。

 

試合から数日後、東雲 大和と同じ学校に行ってるやつと話す機会があったので、何で東雲 大和がマウンドに立たずに応援をしていたのか聞いてみた。

 

『野球部の東雲?あいつ事故にあったみたいで野球出来なくなったんだってさ……あんなに頑張ってたのにな……』

 

目の前が真っ暗になった。

 

事故……?

 

野球が出来ない……?

 

あいつの球を打つ事は…

もう出来ない……。

 

「渉」

 

「んあ?」

 

「授業終わったよ?もしかして……寝てた?」

 

「寝てねぇよ。ちょっと考え事はしてたけどな」

 

授業が終わって時間がそんなに飛んだんだろうか?

そう俺に声をかけてきた拓実の横には、いつの間にか隣のクラスの秦野 亮(はたの りょう)が居た。

 

「居眠りして職員室呼ばれるとか…。なんか青春してんな。お前」

 

そう声を掛けて来た亮は、俺と幼稚園の頃からの幼馴染。まぁ、腐れ縁ってやつだな。

 

「こんな青春なんていらねぇよ。どうせ青春すんなら、可愛い彼女作ってパリピウェイウェイしてん方がマシだわ」

 

「マシって…」

 

「マシってかそれって普通の男子高校生の最高の青春じゃねぇの?」

 

「俺らが普通の男子高校生か?」

 

「………先、カラオケ行っとくわ」

 

「新作スイーツ楽しみだね♪」

 

亮と拓実が教室から出ていく。

そうか、亮、拓実。お前らも普通の男子高校生ではないって自覚はあったんだな。安心したぜ。

 

「さて、俺はしっかりお説教受けてきますかね……」

 

 

……

………

…………

 

 

東雲大和が野球を辞めたと聞いて、俺も野球部を辞めた。

 

東雲大和の球を打つって夢が失くなったから。

 

俺は最低だ。

 

身勝手な理由で一緒に野球をやってた仲間を裏切った。

 

俺は最低だ。

 

俺は野球をやれるのに。

東雲大和は野球をしたくても出来なくなったから辞めるしかなかったのに。

 

もう何もやる気が起きない……

そんな自分が大嫌いだ……。

 

 

 

 

 

「お、お疲れ。思ったより早かったな」

 

カラオケ店に着いて、案内された部屋に行くと亮はスマホを弄っていて、拓実は嬉しそうにスイーツを頬張っていた。

 

「お疲れ様。この新作スイーツ最高だよ!ふわふわしてて見た目もオシャレで!渉も食べる?」

 

「くっっっそむかつく……」

 

「何言われたんだ?」

 

「お前は野球部を辞めてから毎日無気力だー。夢はあるのかー。ってよ」

 

「「うん、何も間違えてないね。無気力人間」」

 

亮と拓実が声を合わせて言ってくる。

 

「うるせーよ、自分でもわかってる事をわざわざ言われたからむかついてんの」

 

「な?だから野球も辞めたんだしオレとバンドやろうぜ!」

 

バンド。

亮は両親が昔にバンドをやっていた影響からか、ずっとギターをやっている。

幼稚園の頃に音楽コンクールみたいなのに強制的に参加させられて、俺は歌の部門で見事に金賞を取った。それ以来ずっと亮にバンドをやろうと言われてきた。

 

そういや俺と亮が幼稚園の頃に、亮のご両親のライブとか行ってた記憶がうっすらとあるんだけど記憶違いかな?

 

「それとも僕と一緒にパティシエ目指す?日本一のカフェとか一緒に経営する?」

 

一瞬、プロポーズされたのかと思ったぜ。悪いな。拓実はいい奴とは思うんだが俺は女の子の方が好きなんだ。

 

冗談はいいとして……。拓実はパティシエになって、地元の人達が気軽に通えるようなカフェをやるのが夢だ。

俺とは違って夢をしっかり持っている。

 

「どっちも却下。俺無器用だから楽器出来ねぇし。パティシエとかもっと無理だわ」

 

「渉は楽器やらなくていいんだ。お前は歌だ!オレの信じる最高のボーカリストだ!お前ならディズィもこえられる!」

 

ディズィ。DESTIRARE(デスティラール)のボーカル。

四響と呼ばれる最高のバンドマンの1人。

誰もが認める最高のボーカリストだ。

 

「歌うのはガキの頃から好きだけどな。でもプロと比べたら全然お遊戯レベル」

 

「そう言ってられるのも今日のライ…」

 

「じゃあ僕とカフェやろうよ!

渉は掃除とかウェイターとかやってくれたらいいよ!」

 

「大学卒業して就職先なかったら頼むわ。拓実がちゃんとカフェ経営出来てたらな」

 

「うん!任せて!!」

 

「渉……お前大学に行けるの?」

 

「とりあえず今は歌う!まだ時間大丈夫だよな?」

 

「ああ、まだもう少し大丈夫だ」

 

「よーし、いくぜ!まずは~っと………」

 

こいつらは俺がバカ言っても

バカな事やっても変わらず居てくれる。

こいつらが居てくれるから……

俺は今を楽しく過ごせてる。

真っ直ぐに俺と付き合ってくれるから……。

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

「やっぱり渉の歌すごいね!」

 

「だよな。やっぱオレは渉とバンドやりてぇ。渉としかやりたくねぇよ」

 

 

……

………

…………

 

 

 

「亮はそのエデンってライブハウス行った事あるのか?」

 

「ああ、前に1度だけな。BLAST(ブレイスト)ってバンド見てびっくりしたよ」

 

「そんな凄いバンドなのか?楽しみだな」

 

「あ?お前BLASTのライブ行くってのに調べたりしなかったの?」

 

「前情報なしでいきなり行った方が楽しめるかな?ってな」

 

「はぁ……。まぁ、それならその方が良かったのかもな。度肝抜かれろ」

 

「そんなすごいバンドなのか?」

 

「すごいっちゃすごいけどな。まぁ、楽しみにしてろ」

 

そうなのか。それは余計楽しみになってくるな。

 

「ねぇ、エデンってあそこじゃない?」

 

 

……

………

…………

 

 

「すげぇな……。あの受付のマスター……。ハゲてたぞ……」

 

「いや、そりゃハゲたりもするでしょ」

 

「あんな……あんなハゲてるマスター……。見たことねぇ……」

 

「失礼だよ。渉。

ハゲたくてハゲたわけじゃないだろうし」

 

「いや、あのハゲ方には悪意が……、そう、何かそんなものを感じた…」

 

「本当に!?

渉がそう言うならそうかも知れないね……。ゴクリ」

 

「ゴクリじゃねぇよ。

バカな事言ってないで静かにしてろ。

そろそろ出てくるぞ。BLAST」

 

♪~

 

\\ワァーーー//

 

「お、すげぇ歓声!」

 

「「「てっぺー!!」」」

 

「「「つばさく~ん!!」」」

 

「「「そうすけー!!」」」

 

「出てくるぞ。渉」

 

「あ?何??聞こえねぇよ」

 

亮が何か言ってきたけど

歓声で何を言ったのか聞こえなかった。

 

『吠えるぜ!BLAST』

 

「「「やまとー!!」」」

 

「え?」

 

やま……と…?

 

 

♪♪

♪♪♪

♪♪♪♪

 

 

「すごかったね。最高だったよ!」

 

「亮……。知ってたのか?」

 

「何を?お前が野球を辞めた理由か?

BLASTのボーカルが東雲大和って事をか?」

 

「………」

 

「僕も野球を辞めた理由は知ってたよ。

あれだけ野球を頑張ってたのに急に辞めちゃうんだもん」

 

「オレと拓実で野球部のやつに聞きに行ったからな」

 

こいつらは……

本当に……

 

「隠してたってわけじゃないけどな。

なんかそんな理由で辞めたってのカッコ悪くてな」

 

「いいんじゃないか?

あれだけ打ち込んでた野球を辞めちまうくらいの事だったんだろ。お前には」

 

「うん。渉の夢だったんだもんね。

野球部のみんなも納得してたよ」

 

「あ?そんな簡単に納得出来るもんなの?」

 

「それくらい渉が東雲大和を倒すって頑張ってたからじゃないかな?」

 

「そっか……」

 

俺が俺で居られるのは…。ここに居れるのは……やっぱりこいつらのおかげだ。

 

俺が野球を辞めた理由……

何も言わなかったから余計に心配してくれてたんだな…。

 

「どうだった?BLASTの東雲大和は」

 

「くっっっそかっこ良かった。

野球やってた時より輝いて見えた」

 

 

『俺たちは天下一を取るバンドだ』

 

『今日も最高だったな』

 

 

「最高にかっこ良かった。

BLASTの東雲大和は。震えたよ」

 

東雲 大和だけじゃない。

ギターの宗介も、

ベースの翼も、

ドラムの徹平も、

一人一人が輝いていた。

みんなかっこ良かった。

 

「なぁ、渉……」

 

俺は……勝手だ…。

こんなに俺を想ってくれる仲間がいる。

それなのに……今は…。

 

「亮。いつもありがとうな。拓実も。いつもありがとう」

 

「渉……」

 

「俺はバンドってよくわかってない。

天下一のバンド?メジャーデビュー?

武道館でライブ?ディズィをこえる?

正直今の俺にはピンとこない」

 

だから俺も……。

 

「そっか……」

 

本当の俺の気持ちを……

 

「でも……歌で東雲大和と戦いたい。

バンドを組んでBLASTと戦いたい」

 

「渉…」

 

俺の想いを……亮と拓実に…。

かっこいいとか、かっこわるいじゃなくて、俺の素直な想いを…。

 

「真剣にバンドをやりたいって気持ちの亮には失礼な目標なのかもしれないけど……」

 

「いや、そんなこ……」

 

「俺は亮にとって最高のボーカリストなんだよな?」

 

「ああ、オレのギターにはお前の歌声じゃなきゃダメなんだ!」

 

俺も多分、歌うなら亮のギターじゃないとダメだと思う。ガキの頃からずっと聴いてきた亮のギターじゃないと…。

 

「くっっっそ身勝手な動機だけどな。

亮……」

 

ちゃんと伝えたい。亮と拓実に…。

今の俺の想いを……。やりたい事を。

 

「バンドやろうぜ!」



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第2章 バンドやりたい!

僕の名前は内山 拓実。

パティシエを夢見る高校生だ。

 

今日、僕はBLASTっていうバンドのライブに行ってきた。

 

ライブに行ったのは初めてだったけど、初めての僕でもすごく楽しめたし、ライブってすごいものなんだな。って思った。

 

今日のライブは渉と亮と僕の3人で行ったんだけど…。

ライブの後に3人で話してから、ずっとモヤモヤしている。

 

 

『バンドやろうぜ!』

 

 

渉はそう言った。

 

 

『ああ!バンド……やろうぜ!理由とか動機とかそんなのどうでもいい!オレは渉とバンドをやりたい!』

 

 

亮はそう応えた。

 

 

『拓実もどうだ?』

 

『今日のライブ凄かったろ?拓実もバンドやろうぜ!』

 

 

渉も亮も僕を誘ってくれたけど…

 

 

『ぼ…僕はいいよ。楽器も出来ないし、パティシエになる為の勉強もしなくちゃだし!』

 

『そっか』

 

 

残念そうな顔をしてくれた渉。

 

 

『楽器の事は練習すりゃいいじゃねぇか!……まぁ、パティシエは拓実の夢だからな…。その邪魔はしたくねぇけど』

 

 

僕の夢の為に遠慮してくれた亮。

 

 

渉はバンドとして東雲大和に勝つ夢。

亮は渉とバンドを組む夢。

それぞれの夢に向かって頑張るんだ。

 

亮はバンドを組んでたご両親の事もあるから、そのままメジャーデビューもしたいのかもしれない。

きっと渉も東雲大和に勝ったら、歌で次の目標を探すと思う。

 

そうなったら……

僕のパティシエになりたいって夢は2人の邪魔になる。

僕のパティシエになる夢を1番に応援してくれた渉と亮の…夢の邪魔に…。

 

 

 

 

 

あれは高校に入ってすぐの自己紹介の日。あの頃は3人とも同じクラスで……

 

『えっと…出席番号3番、赤星中から来ました。内山 拓実です。スイーツが好きでたまに自分で作ったりしてます。将来の夢はパティシエになる事です』

 

『パティシエだってよ』『男のくせに』『スイーツが好きって』『自分で作ってるだってー』『くすくす』

 

あぁ…わかってたのに。

中学の時の親しい友達にも笑われた。男のくせにって。

高校に入ったら何か変わるかなって思ってたのに…。

 

そして僕はへらへらと愛想笑いを浮かべて座るしかなかった。

 

でも…

 

『えー、出席番号4番江口 渉です。海星中から来ました。俺は夢も希望もありませ~ん。さっき内山くんのパティシエの夢を聞いて、俺は立派な夢だと思ったんですが、それを笑ってた奴らがいました。そいつらに内山くんより立派な夢ってのがあるんなら教えて欲しいです。以上です』

 

びっくりした。

まさか僕の事を言われるとは思ってなかったし……。

それからしばらくして亮の番になった。

 

『どーも、海星中から来ました。出席番号17番秦野 亮です。オレの夢はこのクラスの江口くんとバンドを組む事です。幼稚園の頃からそう思ってます。趣味はもちろんギターって言いたいとこですが、蕎麦を蕎麦粉から打って、友達に振る舞う事が俺の趣味です。もしオレの趣味や夢を笑うやつが居たら是非仲良くしたいので後でゆっくりお話しましょう。以上です』

 

亮の自己紹介にもびっくりした。

 

自己紹介が終わった後、2人共僕の席に来てくれて……

 

『なぁ!俺、江口渉!渉でいいぜ?内山ってどんなスイーツ作るんだ?今度食いに行っていいか?』

 

『え?え?』

 

『ほら、渉…内山が困ってんだろ。オレは秦野 亮だ。亮って呼んでくれ。それより蕎麦好きか?今度オレん家で蕎麦打つから食いに来ないか?そんで内山はスイーツを披露してくれよ』

 

『お!それいいな!亮の蕎麦食って、デザートに内山のスイーツをいただく。そして俺はその酷評をすりゃいいんだな』

 

『お前は材料費係とかどうだ?』

 

『まじかよ……』

 

『ははは、僕の事も拓実でいいよ。これからよろしくね』

 

『おう!拓実!』

 

『あ、そうだ拓実。同じクラスになったのも何かの縁だしさ。音楽に興味ないか?メンバーまだオレと渉しかいないしさ。一緒にバンドやらね?』

 

『亮!俺はバンドやるなんてひと言も言ってねぇだろ!』

 

 

 

 

そういや初めて会った日にも亮は僕をバンドに誘ってくれたんだっけ…。

 

それから3人で居る事が多くなって、もちろん他にもそれぞれ友達もたくさん出来た。

僕が夢の話をして笑われて、孤立しなかったのは渉と亮のおかげなのも大きいと思う。

 

だから僕は2人の夢の邪魔になるわけにはいかない。

 

でも…

本当は……

 

僕も渉と、亮とバンドがやりたい…

バンドがやりたいんだ……!!

 

 

 

 

 

「おはようー」

 

僕は元気にドアを開けて教室に入った。

渉の席には亮が居た。

 

「お、拓実おはよう」

 

「おう、オレ達より遅いって珍しいな?」

 

「ははは、ちょっと寝坊しちゃて」

 

いつもは僕の方が早く教室にいるもんね。

 

「まじか。まぁ、昨日は遅かったしな」

 

「昨日の新作スイーツはパティシエ拓実としては再現出来そうか?」

 

「う~ん、あのふわふわ感はなかなか難しいかも…」

 

「そっか、拓実でも難しいとなるとなかなかのスイーツだったんだな。俺も少し貰えば良かった」

 

「オレは渉が来る前に注文してしっかり食ったからな。なかなか美味かったぞ」

 

「まじかよ、俺も食っとくべきだった…」

 

2人共…バンドの話しないのかな?

僕に気を遣ってるのかな?

 

「ねぇ、昨日の今日だけどさ。バンドの方はどう?なんとかなりそう?」

 

「ん?」

 

「ああ、バンドの事な」

 

「うん、メンバーとかもだけど、ライブするなら僕も見に行きたいし!」

 

「それがな……」

 

「ああ、夕べも誰か心当たりいないかと渉と話してたんだけどな」

 

「女の子だけど、このクラスの雨宮さんとか誘ってみたら?音楽詳しくてやってるって聞くよ?」

 

「雨宮か。あんまり話した事ないな」

 

渉と雨宮さんって、たまに話したりしてる感じするんだけどなぁ?

 

「あいつはダメだ。ギターだもん。オレと被る」

 

「そうなんだ…」

 

「でもメンバーより重要な事が発覚してな」

 

「ああ…オレも渉とバンドを組むって事ばかり考えて失念していた」

 

メンバーよりも大事な事?

 

「あ、曲がないとか?」

 

「ふっ、オレを甘く見るなよ拓実。調整とか歌詞を作るとか、色々あるっちゃあるが、オレは渉の歌をずっと聴いてきてんだぜ?曲作りはぬかりはねぇよ」

 

「じゃあ何が問題なの?」

 

「バンド名がない」

 

そう言って渉は悔しそうに机を叩いた。

 

「まさかこんな落とし穴があるとはな……クッ」

 

そう言って亮は『ちくしょう』って言って壁にパンチしていた。

 

え?バンド名なの?

 

「あはは、そりゃバンド名は大事だけどさ」

 

「そうなんだ…くそっ、俺にネーミングセンスがあれば!!」

 

「ガキの頃から渉とバンドをやろうと夢見てたのに……やっとバンドを組めてこれからって時に…!うぅ……」

 

あ、あはは。確かにバンド名も大事だけど……う~ん…。

 

「何か候補とかないの」

 

「ああ、俺らのセンスじゃさっぱりだ」

 

「かっこいい英単語並べすぎて逆にかっこ悪くなるっつーか…渉とオレとじゃ限界がな…」

 

「な!拓実!何かいいのないかな?」

 

「そうだな。多分オレ達よりセンスあると思うし」

 

そう言って何か候補はないかと尋ねてくる渉と亮だけど…

 

「うん……でもこれはバンドの話だから、さすがに2人が決めないとさ」

 

ごめんね。渉、亮。

 

「そうだよなぁ。なんかいいのないかなぁ…」

 

「…」

 

亮……?

 

「あ、なんかいいの思い付かないならさ、こういうのがいいとかイメージないの?」

 

「俺はこう!BLASTみたいな!かっこよくてぶわーって感じの!」

 

「オレは何か夢が叶うとか、希望とかそういうのがいいな」

 

「ははは、2人のイメージ合わせると難しいね」

 

「だろ?夕べも俺と亮で考えてみたんだけどな……」

 

「お、そろそろ朝礼が始まるな。また続きは昼休みだな。オレは教室に戻るわ」

 

「おう!また後でな」

 

「亮、またね」

 

そう言って亮は自分の教室に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

昼休み。

僕らはいつも屋上で弁当を食べている。

この学校の屋上はお昼休みや放課後なら自由に出入り出来る。芝生も敷かれてるエリアもあって、みんなのお気に入りの場所だ。

 

「ダメだ…授業中も考えてたけど全く思い付かない」

 

「もう!ちゃんと授業聞いてなきゃダメだよ!」

 

「ははは、昨日みたいに居眠りするよりはマシじゃないか?」

 

いつもの通り楽しいお昼の時間だ。

弁当を食べた後もいつもこうやって昨日観たテレビの話とか、読んでる漫画の話とかをして過ごしている。

 

「何かいいバンド名ないかな?」

 

渉はそう言って横になった。

 

「そんなすぐ思い付くなら昨日の時点で決まってるだろ」

 

「ねぇ、バンド名はさ。最悪他のメンバー決まってからでもいいんじゃない?他のメンバーから何かいい案出るかも知れないしさ」

 

「それもありっちゃありなんだけどな」

 

「でしょ?まずはメンバーから募集してみたら?」

 

「悪い、オレちょっとトイレ行ってくるわ」

 

そう言って亮は立ち上がる。

 

「拓実、ちょっとツラ貸せ。連れションしようぜ」

 

「え?」

 

「いいだろ?な?」

 

亮?どうしたんだろう?

 

「う……うん。渉も行く?」

 

「俺はここでもう少し考えてから行く」

 

「すぐ戻るわ。行くぞ拓実」

 

そう言って僕は亮とトイレへと向かった。何か話があるのかと思っていたけど、トイレへ向かっている間、亮はずっと無言だった。

 

「なぁ、拓実」

 

トイレに着き、用を足してる時に亮が話し掛けてきた。

 

「ん?何?」

 

「お前…なんかオレ達に遠慮してるか?」

 

「え?なんのこと?」

 

「バンドの事。お前、本当はオレ達とバンドしたいんじゃないか?」

 

一瞬ドキッとした。何でそんな事思われたんだろう…。

 

「そ、そんな事ないよ。何でそんな風に思ったの?」

 

「なんとなくだ。お前、自分がパティシエを目指してるからって言い訳を作って、バンドやらないって言ってるんじゃないか?」

 

「何言ってるんだよ!僕は本気でパティシエを目指してるんだよ!?言い訳なんかにするわけないじゃん!」

 

「本気でパティシエを目指してるから、本気でバンドをやるオレ達に迷惑が掛かる。だからバンドはやれない。そう思ってんじゃないのか?」

 

「!?」

 

鋭いな…亮は…。

 

「そんな訳ないじゃないか…」

 

「そうか?ならいいんだけどな。もしそうなら、ちゃんとハッキリ言ってやらないと…って思ってたからな」

 

そして亮は続けてこう言った。

 

「ハッキリ言って迷惑だ」

 

……やっぱり。

そうだよね。渉も亮も本気でバンドをやろうとしてるんだもん。

僕もバンドはしたいけど、パティシエになりたい。どっちかを選べって言われたら……

 

「そんな事でオレ達に迷惑が掛かると思われてるのがな」

 

え?

 

「そりゃオレ達は本気でバンドをやろうと思ってる。そして、拓実が本気でパティシエを目指してるのも知ってる。その上でオレも渉も拓実をバンドに誘ったんだ」

 

「……」

 

「オレ達がバンドに誘った事は拓実の夢の邪魔で迷惑だったか?」

 

そんな事…そんな事ない……

 

「渉とバンドを組めて、オレの夢は1つ叶った。次のオレの夢はオレ達のバンドでBLASTに勝つことだ」

 

うん…

 

「でも先はわかんねぇだろ。メジャーデビューしたくなるかもしれねぇ。次の勝ちたい目標のバンドが見つかるかもしれねぇ。もうバンドはいいか。って、普通に就職するとか、他の夢が見つかるかもしれねぇ」

 

亮…

 

「オレがバンドに渉を巻き込んでながら、拓実を誘って巻き込んでながら、オレが真っ先にバンド辞めるかもしれねぇ。

そうならないって言い切れるか?」

 

言い切れないけど…

きっと亮は辞めないよ……

 

「今、亮はバンド辞めないよとか思ったか?」

 

「え!?」

 

「はははは、お前はほんとわかりやすいな」

 

僕そんなにわかりやすい!?

むしろ亮がエスパーなんじゃないかって疑うくらいなんだけど!

 

「拓実、オレの趣味知ってるよな」

 

「うん、お蕎麦作り」

 

「そうだ!蕎麦はいい!

今じゃ十割蕎麦とか流行らないし、作ってもパサパサしてたり好き嫌いもはっきりする。でもオレは流行りに乗らず蕎麦の……蕎麦だけの味を出して、みんなに美味いと言わせる…そんな事もオレの夢には入ってるんだ」

 

「…」

 

「幻の蕎麦粉『ヤオトメ』でオレは蕎麦を打ってみたいと思ってる」

 

ふふ、亮が言うと冗談に聞こえないや…

 

「オレがバンドを頑張ったら、メジャーデビューしたら、その夢は叶わないと、その夢は諦めるべきだと思うか?」

 

「!?」

 

「芸能人にも居酒屋を経営しながらやってる人もいれば、バラエティやドラマで役者しながらバンドをやってる人もいる。ようはな、自分のやりたい事をやりたいと叫べるかどうかだと思う」

 

「でも!」

 

「デモもクソもねぇだろ?」

 

「僕が……渉と亮のバンドに入ったとして、メジャーデビューもして、日本一の……ううん、世界一のバンドに手が届きそうって時に…僕がやっぱりパティシエになりたいからバンド辞めるって言ったらどうするの?」

 

「応援するけど?」

 

「!?」

 

「まぁ、応援はするな。オレが他の道を選ぶって言ってもお前らには応援して欲しいし。………まぁ、パティシエとバンドを両立出来る方法とか手段を、まずは考えるだろうけどな」

 

そう言って亮はすごくいい笑顔で僕に応えてくれた…

僕は……僕は…!

 

「亮!!」

 

「うわっ!お前小便してる時にこっち向くんじゃねーよ!!」

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おう、おかえり」

 

僕達は渉の居る屋上に戻ってきた。

 

「あれ?亮、何でジャージ着てんだ?お前のクラス次は体育か?」

 

「聞くな……オレは今全てを忘れたい……」

 

「あは、あはははは……」

 

ご、ごめんね。亮…。

 

「拓実、もしかして間に合わなかったのか?」

 

「え?」

 

「亮のやつこの歳になって……」

 

「いや!漏らしてねぇよ!!」

 

 

 

 

 

亮には悪い事しちゃったな…

あの後、漏らした漏らしたわけじゃない談義でバンドの話どころじゃなかったし……

 

今はもう下校時間も過ぎて家でゆっくりしている。

 

僕は亮に…何を言おうとしたんだろう?

 

バンドがやりたい?

パティシエになりたい?

 

違う。多分どっちも違うんだ……。

そして、どっちも合ってるんだ…。

 

 

 

 

 

 

「おはようー!」

 

僕は今日も元気にドアを開けて教室に入った。

そしたら今日も渉の席には亮が居た。

 

「お、拓実おはよう」

 

「おう、今日もオレ達より遅いって珍しいな?2日連続で寝坊か?」

 

「ははは、夕べは考える事多かったからさ」

 

「考える事……エロい事か?」

 

いや、エロい事って……。

 

「いや、拓実に限ってそれはねぇだろ」

 

「ちょっと!亮!僕に限ってって何!?僕も男の子なんだからね!」

 

「え?マジでエロい事考えてたのか?」

 

「いや……違うけど……」

 

「ほらな、拓実はオレ達とは違うんだ。エロい事なんか考えねぇよ」

 

「亮……、ならさ、エッチな可愛いお姉さんとデートと、蕎麦打ち名人大会の観戦チケットどっちが欲し…」

 

「蕎麦打ち名人大会!」

 

「蕎麦で即答だよね」

 

「亮はガキの頃から変人だからな」

 

「お前、蕎麦打ち名人大会だぞ!?わかってんのかこのレア感!」

 

熱くなる亮。ごめんね、亮。僕にはわからないよ。

 

「エッチな可愛いお姉さんとデートはレアじゃねぇのか?」

 

「なんかそれなら将来叶いそうな気もするじゃん?オレ、イケメンだし」

 

「亮は今日も幸せそうでいいね」

 

「拓実、俺達はああならないでいような?まともな男の子でいような?」

 

「なら渉はエッチな可愛いお姉さんとデートと、BLASTの大和とデュエルギグ参加権ならどっちが欲し…」

 

「東雲大和とデュエルギグ!」

 

「渉も大概だからね?」

 

「なら拓実はエッチな可愛いお姉さんとデートと、世界スイーツ…」

 

「世界スイーツ!」

 

「……を食べてる渉の写真どっちが欲しい?って聞こうと思ったんだが」

 

「そ!そんなのズルいよ!お姉さんとのデートに決まってるじゃん!」

 

「なっ!?まじでか拓実!!俺めちゃ傷ついたんだけど…!!」

 

「え!?これで渉の写真とか選んだ方が色んな意味でショックじゃない!?」

 

「ダメだ、亮……今日の俺はハートブレイクで授業どころじゃねぇわ」

 

「わかるぞ渉。オレも同じ立場ならそこの窓から飛び降りてるところだ」

 

「俺は……愛されてないんだ!うわぁぁぁぁ!!!」

 

「ちょっとちょっと!2人共何言ってるんだよ!」

 

こうやっていつものバカな話で今日が始まった。やっぱり僕はこの場所が、2人の側が心地いい…。

 

「こうなったら今日の朝礼で拓実がエッチな可愛いお姉さんが好きって暴露してやる…」

 

「わかるぞ渉。オレも今日の朝礼でそれ発表する!」

 

「やめてよね!本気で!」

 

もう…ほんとにこの2人は…

 

「それよりさ!バンド名は決まったの!?」

 

「「うっ……」」

 

2人共わかりやすいぐらい顔を歪ませる。

昨日の亮からしたら僕もこうだったのかな?

 

「やっぱりね…」

 

「ふっ、こいつめ……朝からおかしな事を言いやがる」

 

「そうだぞ。オレと渉の語彙力をなめんなよ?」

 

なんで2人共ドヤ顔なのさ……

 

「やっぱりね。だから夕べ僕なりに考えてみたよ」

 

「え?まじでか!?かっこいいのか!?」

 

「拓実……」

 

「渉の燃え上がるような…ってイメージで火とか炎とか考えて、亮の言ってた自由とか希望とかで翼とかそんな風に考えてみたんだ」

 

そして僕は2人にノートを見せて

 

Ailes Flamm(エル フラム)とかどうかな?フランス語だしちょっと発音は違うんだけど、わかりやすくエルフラム。Ailesは翼って意味で自由とかにピッタリだと思うし、Flammeは炎とかそういう意味なんだ」

 

「…」

 

「…」

 

う……2人共だんまりだ…

やっぱり変かな……?

 

「いいじゃん!いいじゃん!エルフラ!!」

 

席から立ち上がって目をキラキラさせている渉。

 

「おお!オレ達のイメージにもピッタリだな!フランス語ってとこがさすがパティシエ拓実!」

 

嬉しそうに笑ってくれる亮。

 

「もう…茶化さないでよ」

 

本当にこの2人と一緒に居るのは心地いい。

 

「亮!俺はいいと思うぜ!Ailes Flamme!!炎の翼とかかっこいいしな!」

 

「オレもそう思うよ。炎を翼にして燃え上がるとか、自由を手に入れる為に翼で羽ばたくとか!まさに今のオレ達にぴったりだよな!」

 

「ほんと!?この名前気に入ってくれた!?」

 

「おう!ありがとうな拓実!」

 

「よし、今日からオレ達はAiles Flammeだ!」

 

「良かったぁ~。発表するのドキドキだったよ」

 

2人共この名前を気に入ってくれて良かった。

 

「次は…やっとメンバー集めだな!」

 

「そうだな。せめてベースとドラムは欲しいよな」

 

「あ、それでなんだけどさ」

 

ここからが本番だ……

 

「僕、あんまり楽器も詳しくないし、運動神経もよくないんだけど」

 

「ん?」

 

渉が僕の言葉に反応する。

亮はずっと僕を見てくれてる。

 

「色々調べてみたけど僕は手先が器用だから、ベースなら死ぬ程練習したらそれなりには弾けるようになると思うんだよ。あはは、ベースやってる人には失礼かも知れないけど…」

 

「…」

 

「…」

 

「僕もバンドやりたい。Ailes Flammeでバンドがやりたい。渉と亮とバンドがやりたい」

 

「…」

 

「…」

 

「僕はパティシエにもなりたいって思ってる。だから、バンドが上手くいってるのに急に辞めるとか言い出すかも知れない。

でも、今はバンドがやりたいんだ。出来れば…BLASTに勝った後も。ずっと。

パティシエベーシストってかっこよくない?」

 

「…」

 

「…」

 

2人は何も言ってくれない。

でも、僕は…

 

「ダメかな?」

 

「もちろんいいさ!一緒にバンドやろう!今から俺と亮と拓実でAiles Flammeだ!」

 

渉はそう言ってくれた。

でも亮は何も言ってくれない。

 

僕は亮の方を見た。

 

「うぇっぐ、うぅ……うっうっうっ…ひぃぃぃん……」

 

マジ泣き!?

 

亮を見たらここが朝の教室って事も忘れているのかマジ泣きしていた……

 

「あり……あでぃがどうな……だぐみ……オレ……本気でうでじぃ……。おでだちで……でるぶらぶだ……!!」

 

泣きすぎて何言ってるかわからない!?

 

「拓実!なろうな!俺は最高のボーカリストになる!だから拓実は、最高のパティシエベーシストになってくれ!」

 

ふふ、どっかの海賊漫画みたい…。

うん、なるよ。2人が僕を受け入れてくれたように。

これから先、渉も亮もバンドを急に辞めるって言い出して他の夢を追いかけるかも知れない。

 

でも、僕はずっとこの先もAiles Flammeでベースをやっていく。

 

「渉!亮!」

 

「ん?」

 

「ぶぁい?」

 

亮まだ泣き止まないの!?

 

「これからも…よろしくね!!」



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第3章 4人目は可愛い女の子?

「俺は江口 渉。

Ailes Flamme(エル フラム)ってバンドでボーカルをやっているナイスガイだ。

バンドをやっていると言っても、メンバーも揃ってないし、練習すらしてないけどな!」

 

「渉、そういうのは心の中で思ってたらいいんだよ?誰に語りかけてるの?」

 

「そう俺に語りかけて来たのは同級生の内山 拓実。パティシエを目指す高校生だ。俺達Ailes Flammeのベースを担当している。

って言ってもベース持ってないし弾いた事もないんだけどな!」

 

「弾いてるよ!?練習してるよ!?」

 

「え?そうなのか?ベース買ったのか?」

 

「そう拓実に話し掛けたのは秦野 亮。蕎麦が好きだ」

 

「なぁ?なんかオレの紹介雑じゃないか?」

 

「あはは…自分のベースは持ってないけど軽音楽部から借りてるんだ。先生に聞いたら部員もほとんどいないから貸してくれるって言ってたし」

 

「え?この学校軽音楽部あったのか?俺は疑問に思い、拓実にそう質問してみた」

 

「知らなかったの?」

 

「じゃあ、今からやる事は決まったな。そう、この学校に軽音楽部が存在するならやることは1つだ。俺はそう思った」

 

「拓実、そういう事は早く言えよな」

 

「どうやら亮も俺と同じ気持ちらしい」

 

「え?え?どうするの?」

 

「とりあえず殴り込みだ!そしていいドラマーが居たらAiles Flammeに入ってもらう!」

 

「オレ達のデュエルギグデビュー戦だ。必ず勝つぞ。もし負けても勝つまでノーカンだ」

 

「いや、意味がわからないよ!それに今行っても多分部員なんていないよ?」

 

「そんな拓実の制止を振り切り、俺達は軽音楽部へと向かった。なんだかんだ言って拓実もやる気満々だった。なかなか好戦的な男だ」

 

「やる気満々じゃないよ!?好戦的でもないし!そして変なモノローグを口に出さないで!?」

 

 

 

 

 

「なんだよ、結局ついて来てるじゃないか」

 

「渉も亮も軽音楽部の存在も知らなかったのに部室わからないでしょ。それに変な事しないか心配だし」

 

「そういう拓実だが獲物を狙う獣の目をしていた。手には鈍器が握られている。これは軽音楽部の連中もひとたまりもないだろう。俺はそんな拓実の方が心配だった」

 

「渉…もうそろそろやめよ…?ね?」

 

「で、軽音楽部ってこっちでいいのか?」

 

「え?いや、逆だよ?あっちだよ」

 

「「先に言えよ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして俺達は軽音楽部の部室の前に来た。俺は扉に手をかけた。緊張する。この扉の向こうにはどんな猛者がいるのか。心臓の鼓動がはんぱない。あれがあれでドキドキしてる」

 

「雑になってきたね」

 

「飽きてきたんだろ」

 

「たのもー!俺は勢いよく部室のドアを開けた」

 

「開いてないよ?それに扉とかドアとか全然統一性もないし…」

 

「ああ…鍵がかかってるみたいだ。勢いよく開けようとしたから指が……指が……」

 

「あー、本当に部員いないのな」

 

「うん、僕も会った事ないし。何人かはいるみたいなんだけどね」

 

「俺達に恐れをなして逃げたか…いや、違うな。これは罠だ」

 

「罠?」

 

「ああ、こうして俺は指に絶大なダメージを受けた。俺がボーカルで良かったぜ。これが拓実か亮だったら楽器の演奏に支障が出てるところだったろ?」

 

「思いっきり自爆だからね?」

 

「でも誰もいないんじゃしょうがないな。また明日にでも出直すか?」

 

「いや、放課後に来たらいいんじゃない?今昼休みだよ?」

 

「拓実、そういう事は早く言えよな」

 

「だな、貴重な昼休みの時間が減ったじゃないか」

 

「僕が悪いの?もう、教室帰ろ」

 

「いや、2人は先に帰っててくれ」

 

「渉はどうするの?」

 

「先に保健室行ってから帰る」

 

「そんなに痛かったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと放課後だな」

 

「渉の左手すごい包帯だね…大丈夫?」

 

「ああ、あまりにも痛くてペンを握る事すら出来なかった。今度ノートコピーさせてくれ」

 

「渉、右利きだよね?」

 

「おう、渉、拓実、待たせたな。軽音楽部行くか?」

 

「そうだな。そろそろ殴り込むか。俺は左手の痛みに耐えながら、軽音楽部の部室へと向かうのであった」

 

「ん?あんたら軽音楽部入るの?」

 

「俺達が軽音楽へ向かおうと席を立った時、同じクラスの雨宮 志保が話し掛けて来た。滅多にクラスメイトに話し掛ける事はないし、友達はいないが気は優しいクールビューティーだ」

 

「ク…クールビューティーって…!そ、それに友達くらいいるし!」

 

「そう言って雨宮は顔を紅潮させていた」

 

「なんなの?江口、頭でも打ったの?」

 

「ごめんね、雨宮さん。なんか今日はモノローグっぽい事を口走ったりしてるんだ。飽きてきたら雑になるんだけどね」

 

「ふぅん…。さすが我が校の三馬鹿の一人ね」

 

「ぷっ、マジか。渉のやつ三馬鹿とか言われてんのか?」

 

「残り2人は秦野と内山だけどね」

 

「なんで僕も!?」

 

「まじかよ…これから生活態度改めよ…」

 

「で、あんたら軽音楽部に入るの?」

 

「いや、入部するつもりはないよ」

 

「今から殴り込みだ。俺は雨宮に力強く答えた」

 

「は!?」

 

「違うでしょ!僕達バンド組んだんだけどまだドラムがいないからさ。ドラムやってくれる人いないかな?と思って」

 

「そうだったか?」

 

「殴り込んでデュエルギグデビューするんじゃなかったのか?」

 

「あんたらね…まぁいいか」

 

「なんだよ?軽音楽部になんかあんのか?俺は雨宮に聞いてみた」

 

「いや、軽音なんて今の時代どこの学校にもあるような部活だし、割と活動的な部活じゃない?うちは別に進学校ってわけでもないし、それなりに部員がいる方が普通じゃない?」

 

「そういやそうだな。オレも拓実に聞くまで存在すら知らなかったもんな」

 

「まぁ、噂なんだけどね。あたしらが1年の時。入学したての頃はそれなりに活気のある部活で、結構な部員も居たらしいのよ」

 

「そうなのか?なら何で今は人がいないんだ?」

 

「最後まで聞きなって。それで、ある日を境に部員がみんな辞めていった。どうもね。一人の女の子に全員デュエルギグで負けたらしいのよ」

 

「なるほど」

 

「一人の女の子に」

 

「全員デュエルギグで負けた」

 

「何よ。みんなしてじっとあたしの顔を見て」

 

「確か雨宮ギターやってたよな?かなり上手いって聞いてるし」

 

「あたしじゃないわよ」

 

「あれだけデュエルギグ野盗蹴散らしてんだし、この学校の連中なんて余裕だろ?」

 

「は!?何であんたそんな事知ってんの!?あたしのストーカー!?こわっ!きもっ!!」

 

「亮、拓実、俺はもうダメだ。華のJKにキモいって言われた…」

 

「メタ発言するからこんな事になるんだよ?もうやめようね?ね?」

 

「うん、もう止める……ぐすっ」

 

「メタ発言……?まぁ、いいわ。それで不思議なのが、その女の子はこの学校の生徒じゃないみたいなんだって。あたしもそんな女の子がいるんだったらデュエルしてみたかったんだけどね」

 

「それでオレ達が軽音楽部に入ったらまたその女の子が現れるかもしれないと思って声掛けてきたのか?」

 

「そゆこと。軽音楽部に行ってそんな女の子と会えたら教えてよ。仇は討ってあげるから」

 

そう言って雨宮は帰っていった。

そして俺はもうモノローグっぽい事を口に出すのは止めた。

だってキモいとか言われたくないから。

 

「渉?どうしたの?黙りこんで」

 

「脳内でモノローグでも流してるんじゃないか?さっき雨宮からのキモいの一言が堪えたんだろ」

 

「ああ…、雨宮さんには感謝しなくちゃね。それで?どうするの?軽音楽部行く?」

 

「ああ、当たり前だろ。もしそんな女の子がいるなら会ってみたいし」

 

「でもこの学校の女子じゃないんなら行っても意味なくねぇか?」

 

「でもまだ数人の部員はいるって聞くよ?その中にドラマーもいるかもだよ?」

 

「その残ってる部員に聞いてみるのもいいしな。とりあえず行っても損はないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺達は軽音楽部の部室前へとやってきた。

扉を少し開けてみる。

よし、今度は鍵が開いてる。

 

「たのもー!」

 

俺は勢いよく扉を開いた。

 

「あ…誰もいないのか…?」

 

亮が俺の後ろから部室を覗いてそう言った。

 

「鍵は開いてるのにね?」

 

「え?お前ら何言ってんだ?そこにいるじゃねーか」

 

俺は部室の隅を指差してそう言った。

 

「あ、ほんとだ。ごめん、ちょっと陰になってて気付かなかったよ」

 

「あれ?お前、井上か?」

 

「あ、ほんとだ。1年の時同じクラスだったよね!」

 

「久しぶりだな!今は亮と同じクラスだっけ?」

 

「あ…あの……ひ、久しぶり」

 

こいつの名前は井上 遊太(いのうえ ゆうた)

去年同じクラスだったやつだ。

あんまり話した事はないけど、大人しい感じのやつだ。

 

「井上くんって軽音楽部だったんだね」

 

「今日は井上一人しかいないのか?」

 

「あ、あの…うん…きょ…今日は…」

 

どうも今日は井上しか居ないらしい。

せっかくだから雨宮の言ってた女の子の事聞いてみるか。

 

「なぁ、軽音楽部の部員全員をデュエルギグで倒した女の子って井上知らないか?」

 

「なんかそんな噂があるんだって!」

 

「あ、あの…その…」

 

「やっぱ、知らないか。悪かったな変な事聞いて」

 

「え、いや……」

 

うーむ、やっぱり雨宮が言ってた女の子って、ただの噂話なのかな?

 

「そうだ!井上くん!この軽音楽部にドラムやってる人いないかな?」

 

そう拓実が切り出した。

 

「ドラム…?」

 

「ああ、オレと渉と拓実でバンドを組む事にしてな。今、ドラムを探してるんだ」

 

そして俺達は井上に俺達の事、Ailes Flammeの事、BLASTの事を話した。

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

「いるよ……ドラム…お、女の子だけど…」

 

「え?本当に!?」

 

「なぁ、良かったら紹介してくれないか?」

 

「う…うん…この学校の子じゃないけど……ダメかな?」

 

「いや、全然いいぞ!同じような気持ちでバンドやれるなら男でも女でも、同じ学校でも別の学校でも問題ねぇよ」

 

おお!いきなりドラムやってる人と知り合えるチャンスがきた!!

 

「井上、向こうの都合でいいから紹介頼むよ」

 

「あ…あの、今日でも……いいよ」

 

「お、まじでか!?」

 

「すまん、井上助かる」

 

「井上くん!ありがとう!!」

 

「ぼ…僕は、行けないから…3人で18時に…『ミルフィーユ』ってスタジオに…」

 

そう言って井上はスマホを見せてくれた。どうやらミルフィーユってスタジオまでの地図らしい。

 

「お、オレ、ここならわかるぞ」

 

「18時か、もう少し時間があるね」

 

「その子には連絡しとく…ね」

 

「おお、ありがとうな。スタジオならオレ達も演奏した方がいいのか?」

 

「あ、そうだね。バンドに入ってもらうなら演奏を見てもらった方がいいかな?」

 

「う…うん、その方がいい……かも…」

 

「オレ達も楽器取りに帰ってから、また集まるか」

 

「ああ、そうだな。井上!ありがとうな!」

 

そう言って俺達が部室から出ようとした時だった

 

「え…江口くん…」

 

「なんだ?」

 

「一緒に…バンドやれるといいね…」

 

「おう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがミルフィーユってスタジオか」

 

「あ、でも僕達その子の名前も顔も知らないよ?」

 

「そ、そういやそうか…スタジオに入れるのか?井上が着いてきてくれてたら良かったんだけどな」

 

「キミ達がAiles Flammeだね!!」

 

「「「え?」」」

 

俺達が声のする方を見ると可愛い女の子が立っていた。

 

「わぁ、すごい可愛い女の子だね…」

 

「なんか亮が好きなタイプの女の子だな。な?亮」

 

亮の立っていた場所を見ると亮は居なかった

 

「オレ、秦野 亮ってんだ。君の名前を聞かせてくれないか?よかったら電話番号とかLINEとか」

 

亮はいつの間にかその女の子の前に立っていた。

 

「早いよ亮…」

 

「遊太に聞いてるよ!ギターの秦野 亮くんでしょ!そしてボーカルの江口 渉くん!ベースの内山 拓実くん!」

 

「よ、よろしく」

 

「よろしくな!」

 

「ボクはシフォン!よろしくね!」

 

「シフォン?外人さんなのか?」

 

「ボクっ娘か…いいな」

 

「まぁまぁ、それより早速演奏聞かせてもらおうかなっ!それともいきなりボクとデュエルギグしちゃう?3対1でいいよ!」

 

「いいな!デュエルギグやろうぜ!」

 

「え!?いきなり!?」

 

「オレ達3人相手って…大丈夫か?」

 

「大丈夫大丈夫!絶対負けないよ!」

 

「すげー自信だな!」

 

「ふふん、君達の学校の軽音楽部潰しちゃったのはボクだからね!その繋りで遊太と知り合いなんだよ!」

 

「雨宮の言ってた女の子って…」

 

「シフォンさんの事だったんだ…」

 

「俺達のデビュー戦にはもってこいの相手だな。やろうぜ!デュエル!」

 

「それを聞いて挑んでくるなんてバカだよね。それとも自信があるのかな?」

 

「俺達には達成させるべき目標があるからな。その為にはレベルをもっと上げないといけない。今の自分達のレベルを知る為には実戦が手っ取り早いだろ」

 

「いいね!熱いね!そういうの大好きだよ!」

 

「渉……」

 

「お前、ちゃんと考えてんだな…」

 

「じゃあ早速スタジオに入ろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺達はシフォンにボコボコにやられた。

惜しい事もなく、圧倒的だった。

これが今の俺達のレベルか。

 

「うん!でも思ってたよりは良かったかな」

 

「思ってたよりは良かったって、俺達そんなダメだと思ってたのか?」

 

「そりゃそうでしょ。拓実くんはまだベースやりはじめたばかりで技術が全然ない。だからまだいいとしてー」

 

「え?いいの?」

 

「うん。まずは練習!弾きまくる!ベースの技術を磨いていけばいい。次の課題はそれからかな?って思うよ!」

 

「あ、うん。そうだよね。まずはちゃんと弾けるようにならないと…」

 

「うんうん!次は渉くんかな。歌が上手いけどそれだけだよね?」

 

「え?それじゃダメなのか?」

 

「全然ダメダメ!ちゃんとまわりの音を聴いて歌わなきゃ!この歌知ってるから。って思いっきり歌ってるだけじゃダメだよ。ちゃんとメンバーの出すメロディを聴いて、それに合わせて歌わなきゃ」

 

「な、なんだか難しいな。俺は割と合わせるつもりなんだけど…」

 

「つもりじゃダメだね。まぁ、これはメンバーの音を聴きまくるとかかなぁ?次に亮くん」

 

「あ、ああ」

 

「昔からギターやってるだけあって技術は高いよね!」

 

「おお、サンキューな」

 

「だからダメだね」

 

「え?」

 

「ずっと一人でギター弾いてたんじゃない?セッションとかした事ないでしょ?」

 

「あ、ああ。ないな…」

 

「今は一番の経験者なんだからまわりの音に合わせるようにしないとね。まぁ、完璧過ぎる故の…ってやつかな?(ニコッ」

 

「か…可愛い…」

 

亮のやつ、シフォンの話聞いてるかな?

 

「う~ん、ほんとは渉くんについてた方がいいかもだけど、亮くんの方が問題かな。よし!ボク、ギターも出来るからね!亮くんは私と一緒にセッションしながら練習しよう!」

 

「ああ、結婚しよう」

 

「ほえ?」

 

「いや、な、何でもない!悪い!助かる!」

 

「ねぇ、渉…」

 

「ああ、亮がこうなったのは小学校以来だ。懐かしいな。あの時は血の雨が降ったっけな」

 

「血の雨!?」

 

「拓実くん、しばらくは放置しちゃう事になるけどごめんね。わからないところとかあったら聞いてくれたらいいからさ!」

 

「う、うん!ありがとう!」

 

シフォンは俺達に色々教えてくれるみたいだ。ありがたいな。

 

「シフォン、ありがとうな。俺達こんな下手なのにバンドに入ってくれて」

 

俺は感謝の気持ちをシフォンに伝えた。

 

「え?ボクAiles Flammeに入るなんて一言も言ってないよ?」

 

「「「え?」」」

 

「ボクも憧れてるバンドとドラマーがいるからドラムやってるし、いつかはバンド組みたいとは思ってるよ?でもボクより圧倒的に下手なバンドに入ってもボクにメリットないでしょ?」

 

「あ、いや、そうだけど…」

 

バンドに入ってくれるから俺達に色々教えてくれるんじゃなかったのか…

 

「じゃ、じゃあ、何で僕達に色々教えてくれるの?」

 

「んー、一応遊太に頼まれたし、暇つぶしかな?」

 

その後も俺達はシフォンに色々と教えてもらった。

初めてのデュエルギグは散々だったけど、初めてのバンドの練習はすげー楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シフォンにバンド入ってほしいな…」

 

朝からずっとシフォンの話をしている。

もう放課後だ。今は亮が来るのを待っている。

 

「ああ、ほんとにね。教え方も上手だったしドラムもすごかったし…」

 

今日も色々教えてもらいたかったな。

 

「お、おい!渉!拓実!」

 

亮が俺達の教室にやってきた。

 

「ああ、遅かったな」

 

「そんなに慌ててどうしたの?」

 

「さっき井上に話掛けられてさ。シフォンが今日もオレ達に来ていいって言ってくれてるらしいぞ」

 

「まじか?朝、井上に昨日の礼を言った時は何も言ってなかったのにな。放課後までに連絡してくれたのかな?」

 

俺は登校してから自分の教室に行く前に、井上にシフォンを紹介してくれた礼を言いに行った。

 

シフォンに色々教えてもらえて楽しかった事、助かった事、それらの報告も兼ねて。井上のおかげで俺達はシフォンに出逢えたんだしな。

 

「やったね!今日も色々教えてもらおう!」

 

「ほんとにやったな!今日も会える!」

 

「「え?」」

 

俺達の騒がしい声を聞いたのか、雨宮がまた俺達の席にやってきた。

 

「よう、クールビューティー」

 

「よう、ストーカーきも男」

 

「亮、拓実。俺もうダメ。もうお家帰る」

 

「で、どしたの?朝から死んだ顔してたのに今はやけに元気じゃない」

 

「ああ、え~っと……話しても大丈夫だよな?」

 

「うん、大丈夫だと思うよ」

 

そして俺はクールビューティー雨宮に昨日の経緯とシフォンの事を話した。

 

「へー、実在したんだ?その女の子」

 

「みたいだな。でもただ上手いだけじゃないぞ?すごく可愛いぞ」

 

「はいはい。今日も会うんならさ、あたしも連れてってよ」

 

「は?ダメに決まってんだろ」

 

「そんなすごい女の子ならあたしもデュエルしたいしさ。それにうちもドラム探してるしね」

 

「尚更ダメに決まってんだろ。シフォンはオレと結こ…Ailes Flammeに入ってもらいてぇんだからな」

 

「けっこ?

ねぇ、いいじゃんか?ね?お願い!」

 

さすがにいきなり連れて行くわけにはなぁ。

 

「ダメだ。明日とかにしろよ。また今日聞いててやるから」

 

「あたし明日バイトなんだよ。お願い!ね!」

 

「ダメだ。諦めろ」

 

「わかったよ。ケチ」

 

「雨宮さん、ごめんね」

 

「じゃあね、あたしは職員室に行って帰るよ」

 

「職員室に呼び出しか?雨宮にしては珍しいな」

 

「いや、あたし優等生だし。呼び出しなんかくらうわけないじゃん」

 

「そっか、じゃあな」

 

「ただ、先生に同じクラスの江口くんにストーカーされて怖いですって泣きついてくるだけだよ」

 

「は!?」

 

何言ってんだこいつ!

自分と俺の生活態度考えろよ!?

ダメだ。俺の人生詰んだ…。

さようなら楽しい学園生活…。

 

「渉…」

 

「渉。お前との学園生活楽しかったよ。出来れば一緒に卒業したかったな」

 

お前ら助けてくれないの!?

くそ、こうなったら…

 

「わかったよ。連れてってやる。そのかわりその事忘れろ」

 

「へへ、りょ~かい!ありがとうね、江口」

 

そうして今日は雨宮も連れて行く事になった。

井上にその事を連絡してもらおうと思ったけど、教室にも部室にもいなかった。

シフォンには会った時に謝ろう…

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ?」

 

「ん?」

 

スタジオに向かう道中、雨宮が話し掛けてきた。

 

「秦野のやつ何でスキップしてんの?」

 

「ああ、シフォンに会えるからだろ」

 

「え、ガチのやつ?」

 

「あはは、うん、そうみたい…」

 

「へー、そんなに可愛い子なんだ?秦野って女に興味ないんだと思ってた」

 

「いや、そんな事ねぇだろ?」

 

いくらいつも俺達と一緒に居るっていっても、俺達そんな関係じゃないからな?

 

「いや、あいつモテてるよ?さりげなく優しいし、黙ってればイケメンだって女子の中じゃ人気だよ?」

 

え?そうなの?

 

「そうなんだ…亮は確かにかっこいいもんね」

 

「で?それで何で女に興味ないってなるんだ?本人がモテてる事に気付いてないだけじゃねーの?」

 

「いや、秦野に告ってフラれたって子多いし」

 

は!?告られたりしてんのあいつ!

 

「そんな話聞いた事ねぇけど……」

 

「亮…さすがだよね…」

 

え?何で?幼馴染が遠くに感じるよ?

俺ですら告られた事なんて幼稚園以来ねぇってのに……!

亮…後ろから刺されないように気を付けろよ。俺に。

 

「どうしたんだ?渉、拓実、やたら怖い顔してんぞ?」

 

「そ、そうかな?」

 

「なんでもねーよ」

 

「わかりやすいね、あんたら」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな話をしているとスタジオミルフィーユの前に着いた。

少し早く着きすぎたかな?

いつもより歩くペースの早いやつが居たしな。

 

「へー、こんな所にスタジオなんてあったんだ。今度渚と来てみようかな」

 

ハイハイ百合百合。

 

おっと、こんな事言ったらまた学園生活のピンチになっちゃう。自重しよう。

 

「わぁ!みんな早いね!」

 

スタジオの中に入ろうとするとシフォンもちょうど到着したようだった。

 

「お、シフォン、今日もよろしくな」

 

「シフォン、こんばんは!」

 

「ねぇ、江口。あの子?」

 

「ん、ああ」

 

「ふぅん、確かに可愛いね」

 

「シフォン、悪い。今日はクラスメイトもついて来てんだ…」

 

「ほえ?」

 

そう言ってシフォンが俺達の後ろに目をやる。

 

「やっほ!よろしくね」

 

雨宮がシフォンに挨拶をした。

 

「女の子…?よろしくね!」

 

そう言ってシフォンも雨宮に挨拶をした。

悪い印象はなかったか。心配しすぎたかな。

 

「ねぇ、その子、渉くんか、亮くんか、拓実くんの彼女さん?」

 

「ないわね」

 

雨宮が即答する。

 

「違うよ!」

 

拓実が即答する。

 

「こいつは百合だ」

 

俺が即答する。

 

「百合?」

 

雨宮が聞いてきた。やばい。

 

「可愛いクラスメイトって意味」

 

「ふぅん」

 

興味をなくしてくれた。良かった。

 

「シフォン、こいつはただの同級生だ。オレの隣は…あいているぞ」

 

亮がおかしな事を言ってる。

聞かなかった事にしよう。

 

「そうなんだね。雨宮さん、よろしくね!」

 

そして雨宮がシフォンの前まで歩いて行った。百合!?百合が始まるのか!?

 

「あたしがこんなやつらの彼女のわけないでしょ?で、何やってるの井上」

 

「ふぁ!?な、何言ってるの雨宮さん!」

 

「あいつらには内緒なんだ?別に言うつもりなんてないけど詰めが甘いよ?今日初めて会ったのに、あたしが雨宮って名前だと知ってるはずないでしょ?あいつらバカだから気付いてないけど」

 

「う…あ…あの…ごめん…」

 

「なんで謝るの?あはは。言ったでしょ。言うつもりはないって。男の娘してるって事はもしかしてキュアトロ好きだったりする?」

 

雨宮とシフォンが何か内緒話っぽいのをしている。

そしてなんかシフォンは嬉しそうだ。

 

「もちろんだよ!ボクが憧れてるバンドはCure2tronだし、ミントに憧れてドラムもやってるんだもん!」

 

「そうなんだ?あたしもキュアトロ好きだよ」

 

「Cure2tronいいよね!元気になるっていうか、勇気を貰えるっていうか!」

 

「あはは、あたしもそう思う。また学校でも色々話そうよ」

 

「う、うん!」

 

「あいつらには内緒でね」

 

「ご、ごめんね」

 

「じゃあさ、デュエルしようよ!うちの軽音楽部潰した女の子がいるって聞いてさ。演奏()ってみたかったんだよね」

 

「あ、でも…」

 

「いいよね?江口?あたしちなみに百合の意味知ってるから!」

 

「思う存分デュエルをお楽しみ下さいませ」

 

俺は深々と頭を下げた。だってもう少し学生生活楽しみたいもん。

 

「渉!?」

 

「あ、雨宮さん…え、江口くんと仲良いの?」

 

「え?あんたそっち?」

 

「違う!!それはない!!」

 

「あはは、どっちでもいいけど。安心して。あたし別に好きな人とかいないし、江口もそんな対象じゃないから」

 

「だから違うって~…」

 

「秦野も大変だね。ししし」

 

 

 

そして雨宮とシフォンのデュエルが始まろうとしていた。

 

「シフォン、本気で来てね。あたしも本気でやる」

 

「うん!ボクも本気でやるよ!」

 

俺も亮も拓実も昨日とは違う緊張感。

シフォンの本気が伝わってくるような…。

そんな雰囲気に飲まれていた。

 

鍾愛(しょうあい)させてあげる!あたしの最高の音楽!」

 

「ボクの本気を翼に乗せて!」

 

♪~

 

すげぇ……すげぇって言葉しか出て来ねぇ。

なんだよ…これ。雨宮もシフォンも全然次元が違う…。

シフォンも昨日は俺達のレベルに合わせてデュエルしてくれてたんだ…。

 

バンドをやる。

ライブをやる。

BLASTを越える。

 

俺達は…全然ダメだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁぁぁぁ!負けちゃったよぉぉぉ!」

 

「ハァ…ハァ…最高だったよシフォン!」

 

本当にすごいデュエルだった。

俺も、亮も、拓実も何も言えなかった。

 

「さて、あたしは帰ろかな。渚も待ってるしね」

 

「雨宮さん!また!また絶対デュエルやろうね!」

 

「うん、絶対やろ!次も負けないから!」

 

何も言葉が出ない…。

俺は…俺達は…。

 

「凄かったな。ほんとそんな言葉しか出ねぇよ」

 

亮が最初に口を開いた。

 

「渉、拓実。俺はシフォンにAiles Flammeのドラムになって欲しい。けど、シフォンはそれじゃダメだ」

 

「うん…そうだね」

 

亮の言う通りだ。シフォンは雨宮みたいなやつとバンドを組むべきだと思う。

 

「雨宮、ちょっと待ってくれないか?」

 

亮が雨宮を呼び止めた。

すまん、亮任せた。

 

「何?渚が待ってんだけど?」

 

「いや、すまん。シフォンはさ。バンドをやりたくて最高のバンドを探してんだ。お前、ドラム探してるって言ってたろ?シフォンをお前らのバンドに入れるって事、考えてみてくれないか?」

 

亮、嫌な役任せちまったな。すまん。

 

「は?秦野、本気で言ってんの?それでいいんだ?」

 

「……くっ」

 

「ふぅ…はいはい。あんたのその顔で十分だわ」

 

「亮くん?」

 

「あんたのその頼みはお断り。じゃ、あたし帰るね」

 

「なっ!なんでだよ雨宮!お前…」

 

「そんな人生の終わりみたいな顔でお願いされて、はいそうですか。ってシフォンをバンドに勧誘する程あたし強くないから。かよわい女の子なもんでね」

 

「は?誰が?」

 

あ、思わず声を出してしまった。

 

「江口…あんたそんなに学校卒業したくないんだ?」

 

「大変申し訳ございません」

 

これからの学園生活の為なら土下座なんて安いもんだ。あれ?目から汗が。

 

「それにさ」

 

そう言って雨宮はシフォンの前まで行って

 

「シフォンがやりたいバンド。ほんとは決まってるもんね?江口達とやりたいんでしょ?」

 

「え!?な!なんのこと!?」

 

雨宮がシフォンに何かを言った後シフォンは顔を真っ赤にして何か言い出した。

 

そして雨宮は俺達の方を向いて

 

「全く……この男共は…しょうがない…」

 

そしてまたシフォンの方を見て

 

「シフォン、またデュエルしよって言ったよね?」

 

「え…うん」

 

「じゃあ次あたしとやるまでにこいつら強くしてなさいよ?」

 

「雨宮さん…」

 

「あたしのバンド最高のバンドだからね!次はあたし達のバンドとAiles Flammeのデュエル!よっぽど鍛えないと勝負にもなんないよ!」

 

「う…うん!ボク負けないからね!」

 

「期待してる。じゃあね。あ、渚がお腹空かせてるかも!アイス買って行ってあげよ」

 

そして雨宮は帰っていった。

え?どういう事なんだ?

 

「……渉くん、亮くん、拓実くん」

 

「ん?」

 

「なんだ?」

 

「何かな?」

 

「ボーっとしてる場合じゃないよ!すぐ練習するよ!」

 

「え?あ、ああ…」

 

「お、おう…」

 

「え?え?」

 

「雨宮さんに次は勝つんだから!Ailes Flammeとして!だからこれからもよろしくね!」

 

え?どういう事だ?

それってシフォンはAiles Flammeに入ってくれるって事か…?

 

「シ…シフォン。それってオレ達とバンドをやってくれるって事か…?」

 

「もう!嫌なの!?さっきからそう言ってるじゃん!これからは厳しくいくからね!!」

 

「「「お…おう!」」」

 

こうして俺達Ailes Flammeにボーカル、ギター、ペース、ドラムが揃った。

シフォン以外まだまだだけど、俺達は…これからバンドとして同じ道を歩んで行く。

 

 

 

 

最終回じゃないからな!

まだまだ俺達の話は続くぜ!



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第4章 ボクが主役だよ!

僕の名前は井上 遊太。

高校2年生。近所に住むお姉さんの影響で小さい頃からドラムをやってきた。

 

最近になって僕はバンドをやる事になった。

ずっとやりたいと思ってたバンド活動。

思いっきり頑張りたいと思う。

 

でも…問題が1つあって…

 

「おう、井上。今日も頼んでいいか?」

 

同じクラスの秦野くんが話し掛けてきた。

 

「え…あの…うん……い…いいよ」

 

「そうか、悪いな。本当はオレ達からシフォンに連絡出来たらいいんだけど…」

 

「だ…大丈…夫だよ」

 

「井上にもいつも世話になってるし、いつかちゃんとお礼もしないとな。今度よかったら練習見に来てくれよ」

 

そう言って秦野くんは自分の席に戻って行った。

秦野くんが僕に頼んで来たのは、秦野くん達のバンド『Ailes Flamme』のドラム。シフォンって女の子にバンドの練習時間を連絡する事。

ごめんね、秦野くん。せっかくだけど僕はみんなの練習を見に行く事は出来ないよ。

 

そして僕は学校が終わると急いで帰宅する。ゆっくりしてると時間がない。

 

制服を脱いで、服を着替える。

そしてメイクして…ウィッグをつける。

 

 

 

そしたらボクの完成だ!

鏡に向かってウインクしてみる。

うん!今日も可愛い!!

 

そう!実はボクがシフォンちゃんなのだ!

 

んー、遊太にお礼をしたいって亮くんの気持ちもありがたいけどね!

よし、じゃあ遊太の代わりにボクがアイスでも買ってもらってあげよう!

胃袋の中に入ったら一緒だしねっ!!

 

そしてボクはいつもボクらの練習してるスタジオに向かった。

 

「おう、シフォン!今日も早いな!」

 

「シフォン、今日もよろしくね」

 

「うん!渉くんも拓実くんもよろしくだよ!って、おりょ?亮くんは?」

 

「ああ、亮のやつはいつも教えてもらって悪いからってシュークリーム買ってくるってよ。シフォン甘いの好きって言ってたろ?」

 

「僕達だけで先に練習しててってさ」

 

「シュー!クリーム!!」

 

わぁー!さっすが亮くん!!

今日もみっちり教えてあげるよ!

 

 

 

「ダメダメ!渉くん、また歌い出し早いよ!!ちゃんとメロディを聴いて合わせて!」

 

「う…悪い…もっかい頼むよ」

 

「おう、みんな遅くなって悪かったな。シフォン、今日もよろしく頼むよ」

 

ボク達が練習していると亮くんがやって来た。

 

「あ、亮お疲れ様」

 

「シュークリーム!!!!」

 

「はは、後でみんなで食べよう」

 

「うん!じゃあ休憩までみっちりやるよ!!」

 

うー!シュークリーム楽しみぃ!!

よーし!練習頑張っちゃうよ~!

 

 

 

 

 

 

「はむはむ。むふぅー!このシュークリーム美味しい!最高!」

 

「そ?そうか?よかったらオレの分も食うか?」

 

「お、いいのか?悪いな、亮」

 

「お前じゃねえよ、俺はシフォンに言ってんだ」

 

「いいの!?ありがとう!亮くん!大好き!!」

 

ボクは思わず亮くんに抱きついた。

 

「ありがとう…」

 

亮くんはそう言い残して気絶した。

どうしたんだろう?思いっきり絞めすぎたかな…?

 

「拓実くんもベースすごく上手になったよね!」

 

「あ、ありがとう…でも、みんなに付いていくのでやっとだよ」

 

「よし!そろそろライブやってみる?」

 

「え?」

 

「まじかよ?いいのか?」

 

「うん、正直全然ダメダメだけどね。ここで4人だけでやってても煮詰まっちゃうでしょ?」

 

「おっしゃ!やろうぜ!ライブ!」

 

「で、でも僕達全然曲ないよ?」

 

「うん、言い方が悪かったね。ボクの知り合いにライブハウスやってる人いるからさ?その人に頼んでライブやるバンドさんの前座をやらせてもらおうと思って。曲は3人の好きなBLASTのコピーでやろう!」

 

「前座か…」

 

「確かにそれなら1、2曲だし僕らも出来るかもしれないけど…」

 

「ん?前座じゃ嫌とか?デビューは華々しくしたい?」

 

「いや、それはどうでもいい!俺はみんなの前で歌ってみたいし、自分達のレベルを知るにはそれが手っ取り早いしな」

 

「ああ、そうだな。それより問題はオレ達の前座でちゃんと盛り上げれるかってとこだな」

 

「あ、亮、起きたんだね」

 

「ああ、川の向こうに綺麗な花畑があったんだけどな。なんとか川を渡らずに帰ってきた」

 

「んんん?盛り上げる自信ないんだ?3人共かな?」

 

「う…ん、やっぱりやらせてもらえるならありがたいけど、そのバンドさんに悪いって言うか……」

 

「この…バカチン共がぁぁぁ!」

 

怒った!ボクは怒った!激おこだよ!

 

「シ…シフォン?」

 

「そんな事言ってたらいつまで経ってもライブなんか出来ないよ?」

 

「そ、そうは言ってもだな…」

 

「いや、シフォンの言う通りだな。こんな事言ってたらいつまで経ってもライブなんか出来ない。俺達がここでウダウダやってる間にもBLASTは進んで行ってるんだ」

 

「渉……。そうだな…渉とシフォンの言う通りか…。よし、やろう。もちろんオーディエンスを盛り上げるつもりでな」

 

「うんうん!拓実くんは?」

 

「わ、わかったよ…。やるからには思いっきりやるよ」

 

「よし!じゃあボクは明日にでも早速…」

 

「シフォン、でもちょっとだけ時間をくれないか?」

 

「ほえ?」

 

「どうせやるなら俺達のAiles Flammeの曲でやりたい。作ろうぜ、俺達の曲」

 

「そうだな。1曲だけでも作ろう。オレ達の曲を」

 

「ほ…本気?」

 

「ああ、本気だ」

 

ボク達の……Ailes Flammeの曲……。

 

「うん!わかったよ!じゃあボクは明日知り合いのライブハウスに行って頼んでくる!渉くんと亮くんは早速曲作りに入って!拓実くんは引き続きベースの練習ね!」

 

「ああ!」

 

「わかったよ…僕も足を引っ張らないように頑張る!」

 

うん!みんなやる気になってきた!

よーし!頑ろう!ボク達みんなで!

 

 

 

 

 

ふぅ、今日は学校終わったらライブハウス『ファントム』に行かないと…。

男の格好のままで行っても、うまく頼めないかもしれないし、シフォンの格好で行くか…。

 

「やっほ、井上。どしたの?浮かない顔して」

 

「あ、あま…雨宮さん…ど、どうも…」

 

「ん?やっぱりその格好じゃ話辛い?」

 

「あの…その…女の子と話すとか……その…」

 

「はぁ~…じゃあこっち来な」

 

そう言って雨宮さんに引っ張られて来たのは演劇部の部室。

 

「うりゃ!」

 

そう言って雨宮さんは女性用のカツラを僕に被せた…。

 

「あの…雨宮さん…?」

 

「う~ん、やっぱこれじゃダメか」

 

そりゃただカツラを被っただけなのと男の娘は違うよ…。

 

「で、どしたの?ゆっくりでいいから話してみ?」

 

あ、やっぱり話しはさせられるんだ?

 

僕は雨宮さんにこれからのAiles Flammeの予定を話した。

 

「へぇー、ライブの前座…かぁ。そういうのもあるんだね」

 

「ま…まだ、ライブをやれるレベルじゃないから…」

 

「それで曲作りか。あはは。道理で江口も秦野も生気のない顔してると思った」

 

「が…頑張ってるんだね…」

 

「ん?うん、なんかそうみたいね。で?井上はそれで何で浮かない顔してんの?」

 

「ほ、ほら僕…人と話すの苦手だから…うまく頼めるかな…?って…」

 

「あは、あはははは。何それ?知り合いのとこでしょ?それでも苦手なんだ?あはははは」

 

雨宮さん笑いすぎ…

 

「だから…その、シフォンの格好で…行こうかと…」

 

「ふぅー、ごめんごめん。そうなんだ?それあたしも行ってもいい?」

 

「え?」

 

「ほら、あたしもバンドやってるじゃん?いつかはライブもやりたいし。それに」

 

それに?

 

「シフォンとまた話したいしね」

 

もう…!

 

「じゃ、じゃあ、学校終わったら着替えて……駅前に…集合で…」

 

「おっけ。じゃあ放課後によろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

そしてボクは駅前で雨宮さんを待っている!まだ約束の時間じゃないけど、その間に何人もの男の人に声かけられてウザいったらしょうがない!!

 

「ごめん、シフォン。遅れた」

 

そして雨宮さんが来た。

なかなかに可愛い私服だ。どこのお店の服だろ?

 

「大丈夫だよ!まだ時間前だし。それよりその服可愛いよね。どこのお店で買ったの?」

 

「ああ、これ?ここの近くのアパレルショップだけど…時間あるなら今から行ってみる?」

 

「え?いいの?雨宮さん、時間大丈夫?」

 

「うん、今日はもう夕飯の仕度も済ませて来たし、遅くなるかもって連絡も入れてあるから」

 

「そっかそっか!なら行きたい!!」

 

「じゃ、行こうか」

 

「うん!」

 

 

 

 

「あ、これ可愛い!これとかシフォンに合うんじゃない?」

 

「え?どれ?あ、ほんとだ可愛い!」

 

「ね?いいでしょ?」

 

「む~…3,600円か……悩むなぁ…」

 

「あ、あたしこれ買おうと思ってたし、悩んでるなら一緒に会計しない?6,000円以上で20%引きだって」

 

「20%引き!?買う!買うよ!」

 

「あたしの4,200円だし助かるよ」

 

 

 

 

 

「いや~!いい買い物したね!」

 

「ほんとに。てかさ、実際は男と女なんだしデートみたいなもんだけど、完全女子の買い物だったよね」

 

「もう!可愛いのが目の前にあったら男も女も関係ないの!」

 

「あはは、ごめん。あ、もう19時なんだね。シフォンは大丈夫?」

 

「少しお腹空いてるけど大丈夫!ちゃちゃっと行っちゃおー」

 

「そうだね。もうちょっと遅くなるって連絡しとく」

 

「あ、ごめんね…」

 

「全然、あたし今一緒に住んでる人いるからさ。先にご飯食べててってだけだし」

 

え?そうなの!?彼氏かな?

雨宮さんって実は大人!?

 

「おっけ。さ、ライブハウス行こ」

 

「うん、こっちだよー」

 

 

 

 

そしてライブハウス『ファントム』に到着した。

 

「ここ?」

 

「うん、パッと見はライブハウスってよりカフェって感じでしょ?実際、ライブのない日はカフェやってるらしいよ」

 

「へぇー、そうなんだ?」

 

そしてボク達がファントムに入ったそこには……

 

「いらっしゃっせー!って、なんだ遊ちゃんか」

 

「ひゃっほ~初音!それにまどか(ねぇ)にたか(にぃ)も!」

 

そこにはここのオーナーの娘さんの初音ちゃんと、ボクがドラムを始めるきっかけになった近所のお姉さんであるまどか姉と、ボクとまどか姉のドラムの先生でもあるファントムのオーナー中原 英治(通称おっちゃん)と昔バンドをやっていたたか兄が居た。

 

「およ?遊太じゃんどしたの女の子連れて。タカに自慢しに来たの?」

 

「ボクの学校の友達だよ!」

 

「遊太か。今日も可愛いな。俺がもう少し若かったら全力で口説いてるまである。俺と付き合おう。それか結婚しよう。」

 

「マイリーより愛してくれるなら歳の差も気にしないよ?」

 

「何?まじでか?くっ…どうするか…でもな…マイリーより愛すとか無理ゲーもいいとこだな。諦めるしかないか…」

 

「え?この人シフォンが男の娘って気付いてない系?」

 

「ううん、ボクが男の娘になる前からの知り合いだし?あ、これいつもの掛け合いみたいなもんだよ。たか兄本気じゃないし」

 

「あ、そうなんだ。渚に同情しちゃうとこだったわ」

 

「なぎさ?あ、でもマイリー愛は本物だよ?」

 

「やっぱり大変そうだなぁ」

 

そうして雨宮さんが遠い目をしていると、たか兄が近付いて来た。

 

「こんばんは」

 

「え?あ、はい。こんばんは」

 

たか兄が雨宮さんにいきなり声掛けるものだから、ボクもだけど雨宮さんもびっくりしている。知り合い?

 

「タカ?どしたん?その子に一目惚れ?」

 

まどか姉もびっくりした様子だ。

そして素早い動きでスマホを操作しだした。誰かに報告してるんだろうなぁ。

 

「何?タカその子に一目惚れしたの?遊ちゃんの友達って事はJkだよ?わかってる?このロリコン」

 

初音ちゃんはさらにもっと年下だけどね?

 

「お前ら揃いも揃ってアホなの?そんなんじゃねぇよ。この子はあれだ。水瀬の友達だ。………あー、ですよね?」

 

「水瀬?誰?」

 

ん?たか兄の友達の友達が雨宮さんなのかな?

 

「え?え?何であたしが渚の友達って知ってるんですか?まさか渚にストーカー?」

 

「え?いや、違いますから。お願いだからそのスマホをしまってくれませんかね?通報だけは勘弁して下さい」

 

「なんだ、違うのか。渚に報告して喜ばせようと思ったのに(ボソ」

 

「てか、先々週の日曜に水瀬と一緒にライブ来てましたよね?水瀬が俺に挨拶に来てくれたから。あれ?時系列的にこれいつだ?」

 

「あ、あの時あたし達に気付いてたんですか?」

 

「まぁ、そんなとこです」

 

「……渚がもしかしたら彼氏と来てるのかもとか思って戻った先を確認したとか?」

 

「いや、ないよ?」

 

「ふぅん…あ、あたし雨宮 志保っていいます。志保って呼び捨てで呼んで下さい」

 

「雨宮…?」

 

「いえ、だから志保って呼んで下さいって」

 

「どうしたタカ、雨宮って聞いて雨宮さん達思い出したか?」

 

「おう、英治。まぁ、ちょっとだけな」

 

そんな話をしてるとおっちゃんがボク達の前にやって来た。

 

「あたしの名前に何か?」

 

「ああ、俺達の知り合いにも雨宮って人が居てな」

 

「そうそう、俺らがバンドやってた時にな」

 

「へぇー、あたしの父も母もバンドやってましたよ?同一人物だったりして」

 

「名前…お父さんは大志(たいし)で、お母さんは香保(かほ)だったりする?」

 

「お父さんと…お母さんですね…」

 

「まじでか」

 

「そうなのか!お父さんもお母さんも凄いバンドマンだったぞ。俺達も何度かデュエル負けたしな。あはは」

 

へ~、雨宮さんのお父さんとお母さんもバンドやってたんだ?

たか兄やおっちゃんと知り合いって事は15年以上前になるのかな?

 

「大志さんも香保さんも元気か?」

 

「母は…亡くなりました」

 

「「!?」」

 

「そか、悪い」

 

「雨宮さん、大志さんは?」

 

「父は……今もギターやってます。クリムゾングループで…」

 

「クリムゾンで…」

 

「そか、色々あると思うけど、元気ならそれでいい。俺にはこんな事しか言えんけどな」

 

そう言ってたか兄が雨宮さんの頭を撫でだした。

ちょっと待ってよ!これボクのお話だよね!?なんでこんな展開になってるの!?

 

「遊太。これがね、空気になるってやつなのよ。覚えときな?」

 

まどか姉……

 

「あ、あの…頭」

 

「あ、悪い」

 

「あ、いえ、渚の言ってた通りだな…」

 

「あ?水瀬?」

 

「あ、あたし今渚と住んでますんで!それで色々聞いてまして!昔にバンドやってたって事とかも」

 

「ああ、水瀬の弁当ってし…志保が作ってんのか。あれだ。前に一回たまご焼き貰ったわ。めちゃ美味かった。ごちそうさん」

 

「え?あたしの弁当食べた事あるんだ?お、美味しかったなら良かった…です」

 

「遊太。これがね、フラグ立てってやつよ。覚えときな?」

 

いやいやいや、ないでしょ。たか兄だし。ってかほんとボク空気じゃん!ぷんすこだよぷんすこ!

 

「で、遊太。それより今日はどうしたんだ?雨宮さんとこの娘さんをタカに自慢しに来たのか?」

 

「なんでまどか姉と同じ発想なのさ!今度どこかのバンドさんのライブで、ボクらのバンドの前座をさせてくれないかな?って頼みに来たの!!それなのにボクいつの間にか空気だしさ!」

 

「ああ、悪かったな。てか、前座でいいのか?ライブやってみるのもアリじゃね?」

 

「ん~…ボク達まだ曲がないんだよ。でも、そろそろオーディエンスの前で歌うって経験も必要だと思って、とりあえず前座から馴れていこうと思って」

 

「おいおい、前座舐めてんのか?前座大変だぞ?盛り上げなきゃならんし、オーディエンスは目当てのバンドのファンばかり。むしろ敵って感じだぞ?」

 

「だから逆にいいかな?って!そこでへこたれたり演奏出来なくなったりしたらそれこそもうバンドとしてはダメだとボクは思うしね!」

 

「そか、ならいいんじゃねぇの?俺らも前座した事あるしな」

 

「そうなんだ?たか兄達の時はどうだった?」

 

「全然盛り上がらなかった。やっぱり緊張してたのもあるしな。俺らの場合はメインバンドから頼まれてやったから良かったけどな」

 

「むぅ~…なら気合い入れてやらないとね!よーし!頑張るぞ!おー!

ってわけで、おっちゃんよろしく!」

 

「わかったよ。ならどっかのバンドに頼んでみるわ」

 

「えへへ、ありがとう!さすがボクの師匠だね!!」

 

「へぇー、シフォンのドラムってオーナーさんに教わったんだ?」

 

「そだよ!おっちゃんはBREEZEってバンドのドラムやってたんだぁ!」

 

「BREEZE!?BREEZEのドラム!?」

 

「お、俺達の事知ってるのか?もしかしてお父さんとお母さんから聞いてるとか?」

 

「あ、いえ、そういうわけではないんですけど…」

 

「おお!そういうわけじゃないのに知ってるのか!俺達有名人になった気分だな!」

 

「こないだちょっと曲を聴く機会がありまして」

 

「え?マジで?水瀬も聴いたの?」

 

「え?はい」

 

「まじかよ…」

 

「あ、それよりさ!たか兄とまどか姉は何しに来てたの?おっちゃんに会いに来ただけ?」

 

「ううん、私達もバンドやる事にしたからさ。ライブやらせてくれって頼みに来たんだよ」

 

「え?ライブ?たか兄また歌うの?」

 

「ああ、まぁな」

 

「ほえ~、それならさ!たか兄達のバンドの時に前座やらせてよ!!」

 

「あ?断る」

 

「なんでさ!いいじゃん!ケチ!今度デートしてあげるからさぁ?」

 

「まじでか?よし前座やらせちゃう。それでどこにデート行く?」

 

「わぁ!やったー!!ありがとうたか兄!」

 

「冗談だけどな」

 

「な!?何で!アホ!変態!ロリコン!」

 

「全く身に覚えのない事で罵倒を浴びても心に響かないな」

 

「むー!!」

 

「てかな、俺らのやるライブはまだまだ先なの。だから、どうせならお前らのバンドも俺らのライブに参加しろよ。前座じゃなくな。曲がないならコピーでも可」

 

「ほえ?」

 

「私達がやろうとしてるライブはね。規模は小さいしライブハウスも小さいしオーナーの度量も小さいけどさ」

 

「お前ライブやらせてやんねーぞ?」

 

「ドリーミン・ギグみたいに、複数のバンドでライブをやるって企画なんだよ。時間もそんなに取れないから1つのバンドの時間は30~40分くらいって考えてもらったらいいよ。それを4バンドくらいで集まってやろうと思ってんの」

 

「そ…そんなのにボク達のライブ出してもらっていいの?」

 

「まぁ、参加費はいただくけどね。今から色々話してやるって段階だけどやるのはやる。日程は11月12日!どう?」

 

「それ面白そう!あたし達のバンドも参加させてもらっていいですか?」

 

「え?志保達のバンドと遊太達のバンドって別なの?」

 

「うん、ボク達は同じバンドじゃないよ」

 

「あ、ダメ…ですか?」

 

「いや、全然。参加してくれるならむしろ助かる。よろしく頼む」

 

「やった!いきなりライブが決まった!後でみんなにLINEしとこ」

 

「詳細とか決まったら水瀬に伝えとくわ」

 

「あ、いえ、あの…よかったらせっかくですし…その…連絡先交換しませんか?」

 

「いいけど。LINEでいい?」

 

「あ、Twitterとかもやったりしてます?」

 

「まぁ、やってるけどな。Twitterは水瀬の垢から適当に来てくれ。タカってのが俺だから」

 

「え?渚ってTwitterやってるの?」

 

「え?知らないの?あ、言っちゃヤバかったかな…まずい。しばかれる」

 

「ふぅん…じゃあ、まずこれLINEね」

 

「はいはい」

 

「葉川 貴か…で?Twitterだけど…IDは?」

 

「水瀬に言うなよ?水瀬を探すなよ?」

 

「どうしよっかな……?」

 

「なら教えれるわけないよね?」

 

「なら渚に直接聞く!もちろん貴さんの名前も出す!」

 

「いやいやいや、待って下さい。お願いします」

 

「なら、あたしからもこれから敬語じゃなくタメ口でいかせてもらうね。それと……た…貴って呼ばせてもらうから…それでOKなら渚にも言わないし探したりしない」

 

「はぁ……香保さん思い出すわ…」

 

「え?そうなの?」

 

「そういう強引なとことかそっくりだぞ。あははは」

 

「これがTwitterのIDだ」

 

「またさ。お父さんとお母さんのあの頃の話…聞かせてよ。おけ、フォローした」

 

「あ、ああ。また今度な。フォロバしといた」

 

だ~か~ら~!

これはボクのお話なんだってば!!

 

「あ、遊太、再来週の土曜とかどうだ?」

 

「再来週?」

 

「ああ、さっき予約の確認の電話があったらしくてな。使用料10%オフにするからどうですか?って言ったら二つ返事でOKくれたらしいんだよ」

 

「え?え?ほんとに?てか、らしいって何、らしいって…」

 

「ああ、初音が応対してくれたみたいだ。オーナーの俺に内緒でそんな話進めるとかさすが俺の娘だよな。ははは」

 

え?ほんとに!?てか、初音ちゃん居たんだね!ありがとう!

 

「よーし!前座もライブも決まった~!うー!やる気出てきた!ボクも頑張らないと!」

 

「あ、遊太もライブ出てくれるんだ?」

 

「もちろんだよ!まどか姉達には負けないよ!ボクがおっちゃんの正当後継者として下剋上するチャンスだしね!」

 

「え?そんな不名誉な称号いらないけど?」

 

「まどか。ヤバイぞ。俺涙目だ」

 

「まどか姉がそうでもまだ綾乃姉(あやのねぇ)もいるしなぁ…」

 

「綾乃もそんなのいらないと思うよ?」

 

「まどか…もうダメ…俺もう瀕死。初音~パパを慰めて…」

 

「だったらタカのまわりの女全部排除してきて?そしたらまたパパって呼んであげるよ。仕事もせずに遊んでるおじさん」

 

さすが初音ちゃんだね!たか兄の大好きなヤンデレ属性も手に入れてるとか!

 

「遊太」

 

「ん?どしたのたか兄?ボクに欲情した?通報するよ?」

 

「いや、確かにお前は魅力的だけどな。マイリーの次に愛してるまである」

 

「はいはい。で?何?」

 

「ライブ参加の事ありがとな。なんかバンドの事で困った事あったら相談くらいには乗るからよ」

 

そう言って、たか兄は頭をガシガシ掻き出した。

ふふ~ん、雨宮さんとか初音ちゃんにならそういう時は頭撫で撫でだよね?

やっぱりボクは男として見てくれてる。こんな格好してても。

 

たか兄もおっちゃんもトシキちゃんも、ボクが男の娘やり出した時…変な人扱いせずに受け入れてくれた。だから、ボクもこの格好が大好きだよ。

 

--------------------------

 

『こ、こんにちは…』

 

『え?誰かな?』

 

『可愛い子だな?ここはライブハウスだぞ?見た目はカフェみたいだけどな』

 

『やばいな。可愛いな。おい、俺通報されたりしないかな?大丈夫?』

 

ボクは英治先生の所に行った

 

『え?えーちゃんの知り合い?』

 

『いや!知らないぞ!?こんな可愛い女の子俺が忘れると思うか!?』

 

『大変ですよー!三咲ー!初音ちゃーん!不倫どころか色々ヤバいまであるよー!!あ、俺の弟警察だった。電話しよ』

 

『待てタカ!早まるな!!今度可愛い客が来たら合コンとかセッティングしよう!』

 

『君、どこの子?ここはライブハウスだよ?俺…僕達の誰かの知り合いかな?(イケボ』

 

たか兄……合コン行きたいの?初音ちゃんとまどか姉にちくるよ?

 

『あの…ボク…遊太で…す。やっぱり変かな?』

 

『何だよ遊太かよ。危なく英治が捕まるとこだったじゃねぇか。それよりその格好可愛いな。今からホテ…は、早いからお風呂屋さんとか行かないか?汗かいたろ?』

 

『なんだよ~、遊くんか。俺ドキドキしちゃったじゃん…はーちゃんよりは早く結婚しないって決めてるのに』

 

『いや、待てよトシキ。その発言ヤバイからな?』

 

『遊太。タカには気を付けろ。俺は大事な弟子の……ん?お前そっち?』

 

『ち…違います…ボクも何か変われるかもと思って…』

 

『お前あれだよ?男は狼だよ?お兄ちゃん超心配。

そんな見た目だけ変わっても中身変わらなかったら一緒だからな?よし、俺の性癖をエクセルにまとめてくるから、ちゃんと熟読しろ。悪い、俺帰るわ』

 

『遊太。タカに襲われる前に俺に襲われとくか?』

 

 

 

--------------------------

 

今から思うと笑えちゃう展開だよね。

あれ?態度変わってるね?みんなボクの魅力にメロメロ?

 

「そういやさ。貴も昔バンドやってたんだよね?」

 

え?雨宮さん今更そこ気になるの?

 

「は?まぁ、そうですね」

 

「貴のそん時の曲とかないの?聴いてみたい!」

 

「は?こないだ聴いたんじゃないの?……あ」

 

「え?雨宮さん何言ってるの?たか兄はおっちゃんと同じBREEZEだよ?」

 

「あー、俺も志保って下の名前で呼ばせてもらうな。さっき俺達の曲聴いたって言ってなかったか?タカは俺達BREEZEのボーカルだぞ?」

 

「ちょ、ちょっと待って…。貴ってBREEZEのTAKAなの?」

 

「あの、あれだ。水瀬には水瀬のバンドには俺がBREEZEのTAKAっての内緒にしてくれって頼まれてたんだったわ……。水瀬には内緒にしててくれ」

 

「え?え?え?まじで?まじなの?渚はそれ知らないの?」

 

「いや、水瀬は知ってるぞ?あれだろ?ベースの子が俺のファンだったんだろ?」

 

「あ……あぁ…そういう…」

 

「どしたの?たか兄がBREEZEっての内緒だった?」

 

「ううん、別に。…そか、理奈が貴の事好きだから…」

 

「俺としては俺のファンだったって子には会いたい気持ちはあるんだけどな。まぁ、今の俺見ても幻滅するだけか…」

 

「ん…どっちなんだろ…返答によっては渚を怒らなきゃだね。気持ちはわかるけどさ……。あ、今日は皆様ありがとうございました。ごめんねシフォンあたし帰るね。大事な用を思い出したから」

 

「え?あ、うん。ボクもありがとう!また明日学校でね!」

 

「うん、またね」

 

そう言って雨宮さんは帰っていった。

ボクもそろそろ帰ろうかな。

 

 

 

 

 

そして翌日。

 

「どうしたんだ井上?」

 

「シフォンから連絡あったのか?」

 

「な、なんかいつもごめんね」

 

僕は江ぐ……渉くん、亮くん、拓実くんを呼び出していた。

うん、今から…言うんだ。

 

「あ……あの…ね」

 

「ん?なんだ?」

 

「わら…笑わないで…聞い…てくれる…かな?」

 

「ん?友達の事笑うわけないだろ?」

 

「まて、亮。もしかしたらすごいギャグを言いに来たのかもしれない。それを笑わないのは井上に失礼じゃないのか?」

 

「なるほどね。井上くん!僕は面白かったら笑うよ!」

 

ちょ、ちょっと…みんな空気読んでよ…。

 

よし……

 

「渉くん!亮くん!拓実くん!聞いて聞いて!決まったよ前座!!日程は再来週の土曜だからね!それまでに曲を作って披露出来るようにしなきゃだよ!!」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

あ、あぅ……

 

「んん!それだけじゃないよ!11月12日だけどね!その日にボクらはライブやるからね!!詳細とかはまだ決まってないけど…。

前座も決まった!ライブも決まった!これからはもっともっと練習だからねっ!!みんなで頑張るよ!おー!!」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「ど…どう…かな?」

 

「まじかよ…」

 

「ああ、正直まだ信じられないけどな」

 

「え…あの…ほんとなの?…」

 

いきなりこの格好でシフォンやっちゃって…びっくりしたよね…

 

「井上ってすげーシフォンの真似上手いな!本物かと思った!」

 

え?渉くん?

 

「いや、まだまだだな。シフォンの声の方が可愛い」

 

いや、亮くん、どっちも僕だよ?

 

「前座とライブか…頑張らないと…」

 

うん、そうだね。でも拓実くん、僕の気付いて欲しかったとこはそこじゃないよ?

 

「ありがとうな井上!わざわざシフォンの真似までしてもらって!」

 

ち、違う…!

 

「オレらも曲作り頑張ろうぜ」

 

うん!そこは頑張って!でも違うんだよ。

 

「井上くんってほんとシフォンに似てるよね?兄妹とか?」

 

違います…同一人物です…

 

「が…頑張って…ね」

 

「ありがとうな!井上!」

 

僕はとぼとぼと教室に戻るしかなかった。

 

「お疲れ井上。見てたよ」

 

「あ、雨み…志保ぉ…」

 

「あははは、あたしの事志保って呼んでくれるんだ?ありがとう遊太」

 

僕は志保に泣きついた。

これもちょっとした進歩かな…。

 

「でもね」

 

「ん?何?」

 

「乙女の胸に顔を埋めすぎ!!」

 

「あ、ごめん、あんまりボクと変わらなかったから…つい」

 

「へぇー」

 

志保に思いっきり殴られた。グーで…。

 

そして…僕達の前座をやるライブの日がやってきた。



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第5章 俺達の曲

俺は江口 渉。

シフォンが俺達のバンドのライブ予定を入れてくれてからもう1週間が経った。

10日後の土曜日は俺達の初ライブだ。

まぁ、前座なんだけどな。

 

俺はいつもクールに平静を装ってはいるが、内心は奮えている。

みんなの前で歌う楽しみな気持ちと、

まだ、曲出来てないよどうしよう?って気持ちと、前回、前座をするライブの日がやって来たって締めた割にライブの日じゃねぇよ今日って気持ちでだ。

 

「ねぇ…渉…」

 

そんな事を考えてると拓実が話し掛けてきた。

 

「渉…あのね、渉の気持ちもわかるけどさ…。授業中にそわそわし過ぎだよ…?」

 

お?

 

「あのさ、江口…ちょっと言いにくいんだけどさ」

 

拓実と話してるとクールビューティーもとい、ビューティー雨宮が話し掛けてきた。

 

「あんまりさ…授業中に変な動きしないでくれない?ちょっと…気が散るっていうか…」

 

おお?

 

「あ、志保ちゃん…」

 

俺がビューティー雨宮と話してると、次はその雨宮の数少なき友達の一人、さっちとやらが話し掛けてきた。雨宮に。

このさっちって人同級生なんだろうけどな!話した事もないな!

 

「さっきの授業のノート取ってる?」

 

「ああ、ごめん。どっかのバカが気になってさ…授業どころじゃなかった」

 

「や、やっぱりそうだよね。江口くんが気になって授業どころじゃなかったよね…」

 

ん?授業どころじゃないくらい俺が気になってるのか?悪いな、さっちとやら。俺はお前の事よく知らないんだ。でも気持ちは嬉しいぜ。ありがとう。

 

「あ、ご、ごめんね。江口くん。本人を前に…」

 

「なんだかわからないけど気にすんな!」

 

男としてはやっぱり『あなたの事気になってるの』発言は気付かない振りをしてやるのが一番だよな。ちゃんと告白してくれるのを待ってるぜ!

俺はそうしてさっちとやらと初めて会話する事に成功した。

 

「あはは、わ…渉くんもそんな感じだったんだね」

 

そう言ってやって来たのは隣のクラスの井上と……あの死んだ顔をしてるのは亮か?

 

「どうしたんだ亮、そんな萎びた蕎麦みたいな顔をして」

 

「ああ…歌詞がさっぱり出てこなくてな。萎びた蕎麦を美味しく食べる方法ならいくらでもあるんだけどな」

 

「へぇー、そんな方法あるんだ?教えてよ」

 

「蕎麦汁につけて食べる。蕎麦はそれだけで美味い」

 

「聞いたあたしがバカだったわ…」

 

「亮くんも……授業中に変な動き…したり、唸ったりしてるしさ…。休憩時間の度に、僕の席に来て…シフォンの物真似で『亮、頑張って』って励ましてくれとか言ってくるし……」

 

さすが亮だな。幼馴染の俺もドン引きするきもさだ。

 

「あはは、渉も亮もさすが幼馴染って感じだよね」

 

拓実、失礼だな。俺は井上にシフォンの物真似なんか頼まないぞ?

 

「曲作りってほんと難しいよな…」

 

「てかさ、秦野こないだ曲は子供の頃からたくさん作ってるって言ってなかった?」

 

「愚問だな、雨宮。オレは曲ならもう50以上は作ってる。渉の声にもオレ達の音楽性に合う最高の曲だ」

 

「ああ、俺達の曲はライブハウスのオーディエンスをスタンドアップさせるくらいすごい曲ばかりだ」

 

「ねぇ、ライブハウスってほとんど立ち見だからみんなスタンドアップしてると思うんだけど?」

 

「でも…曲に合う歌詞が…全然なくて…」

 

「あはは、僕達文系じゃないからね…」

 

「え?あたし達のクラスも秦野達のクラスも文系クラスじゃん?」

 

「ふぅ、これだからバカ宮は…」

 

〈〈ゴシャ〉〉

 

「わ…渉くん…!」

 

「うむを言わさずグーで殴ったか。容赦ねぇな…」

 

「ゴシャっていったよ!?ゴシャって!」

 

「それで?曲はあるけど歌詞がないって感じなんだ?」

 

「うん…確かに僕達は…みんな文系クラスだけど…」

 

「オレは芸術系だし、渉は体育会系。拓実はスイーツ系だしシフォンは可愛い系だからな」

 

「あっそ…」

 

「し…志保は歌詞とか…書いてる…?」

 

「まぁ、あたしも曲作りはするし、歌詞も書くけど、うちは最近は理奈に任せっきりだしなぁ~」

 

「そ…それでも…歌詞書いてるんだ?」

 

「あたしは歌詞から書くから。フレーズが浮かんでそこに曲付けるからね。あんた達とは違うでしょ」

 

「う~ん…そっか…」

 

「それだ!!」

 

「あ、江口生きてたんだ?」

 

「亮には悪いがまず歌詞、フレーズを考えてそれに亮が曲を付けてくってのはどうだ?」

 

「今後はそれでもいいかも知れないけど、今は時間がないよ。この曲にしようってその曲ばかり練習してるしさ?」

 

「それにオレも今から曲を作るのはな。それも歌詞が出来てからってなると…」

 

「でもこのままじゃまずいのも確かだろ?」

 

「そう…だよね…」

 

「なんか井上には悪いよな。いつもオレ達に付き合ってもらって」

 

「あ、あはは、だ…大丈夫…だよ」

 

何とかしないとな…。もう日にちがほとんどない。俺も歌詞を合わせて練習しないといけないのに…。

 

「あ、そうだ。井上ちょっと…」

 

雨宮様が井上を呼んで教室から出ていった。もう殴られたくないからしばらくは雨宮様と呼んで機嫌を損なわないようにしよう。

 

 

 

 

-----------------------------------

 

「え?たか兄に?」

 

「そ、貴に助言貰ったらいいんじゃない?貴も昔も今もバンドやってんだし曲作りもそれなりにはしてるっしょ」

 

「そっか…それもそうだね…うん、たか兄に聞いてみるよ」

 

「オッケ、じゃあ早速LINEしよ。今夜ファントムでいいよね?」

 

「え、志保も…来るの…?」

 

「うん」

 

「なんで…?」

 

「面白そうだから」

 

-----------------------------------

 

 

 

「え?今日は練習無し?」

 

「うん…シフォンから連絡あって…」

 

「そうなのか。なら今日はオレか渉の家で歌詞を考えるか」

 

「そうだね。僕も行くよ。いい?」

 

井上から今日の練習が無い事を聞いた俺達はどこかで集まって歌詞を考えようって事になった。

 

「お、そろそろ最終授業が始まるな。井上、教室に戻ろうぜ。また放課後にな」

 

「うん、ま…またね、みんな」

 

亮と井上は自分達の教室に帰って行った。

そうか。今は最終授業の前の休み時間だったのか。その割には展開がすごく長かったな。昼休みか放課後なんだとばかり思ってたぜ。

 

「ぷはー!緊張したぁ」

 

いきなりさっちが喋りだした。

居たんだな。もういつの間にか居なくなってたかと思ってた。

 

「やっぱり秦野くんかっこいいね。志保ちゃんは普通にお喋り出来て羨ましいよ」

 

「秦野ってそんなかっこいい?」

 

俺も雨宮様の意見に同意だな。

ん?さっちとやら。さっきは俺の事を気になってるって言ってたのに、亮をかっこいいと思ってんの?

 

「あ、それよりさ江口、今日なんだけどね?」

 

 

 

 

 

 

 

俺と亮と拓実は駅前でジョジョ立ちをしながら雨宮様を待っていた。

 

バンドの事で大事な話があるから、放課後に雨宮様が来るまで駅前でジョジョ立ちして待ってろとの仰せつかっているのだ。

 

もうすぐ19時だからかれこれ2時間くらいジョジョ立ちをしている。

周りからの視線が気持ちいいぜ。

 

「ねぇ?ほんとに雨宮さん来るの?そもそもジョジョ立ち必要なの?」

 

「どうした拓実。辛くなってきたか?」

 

「そうだぞ拓実。雨宮がここでジョジョ立ちで待ってろって言ってたんだ。逆らってもいい事ないだろ?オレは渉のように殴られたくない」

 

「僕だって殴られたくないけどさ…」

 

「拓実もう少し頑張ってみろ。そしたら周りの視線が気持ちよくなるぞ!俺なんか雨宮様が来たらこの至福の時間が終わってしまうのかって焦燥感にもかられてるくらいだ」

 

「ああ…渉がとうとう違う世界の人に…」

 

「オレ達はああならないようにしような?」

 

「亮も大概だからね?」

 

「え?なんで!?」

 

もっと人に見られたい。もっと俺を見てくれ。俺はそんな気持ちで興奮していた。だが、そんな至福の時はとうとう終わりの時間を迎えてしまった。

 

「えーーー!?なんでみんな居るの!?」

 

「あたしが江口にここで待ってろって言ったの。まさかほんとにジョジョ立ちしてるとは思ってなかったけど。へぇー、あれがジョジョ立ちっていうんだ?」

 

「あ、雨宮さん!?ジョジョ立ち知らないの!?知らないで渉にジョジョ立ちしてろって言ったの!?」

 

「いや、あたしジョジョ読んだ事ないし」

 

「なんだ、雨宮様。ジョジョ知らないのか?人生70%くらい損してるな!」

 

「そんな得した人生送ってるわけじゃないし、損してる事にも気付いてないよ。江口ってたまに貴みたいな事言うね?」

 

「ボクもそう思う…

……ってそれより!なんでみんなを呼んだの!?」

 

貴って誰だ?それよりもうジョジョ立ち止めなきゃいけないか?

 

「シフォン。今日は会えないかと思ってたが…今日の服も可愛いな」

 

「亮くん!ありがとうね!って、亮くんはジョジョ立ちしてないんだ?」

 

「ははは、オレは渉や拓実とは違うからな。ちょっとジョジョ立ちで記念撮影しようとかなら付き合うけど、ジョジョ立ちでずっと立って待ってるとか変だろ?」

 

さすがだぜ亮。さっきまで雨宮様のパンチに怯えてジョジョ立ちしてたやつの台詞とは思えないぜ。

 

「それより時間も時間だし行くよ」

 

拓実は良かったぁとか言ってるが俺からしたらこの時間が終わったのは辛いな。

雨宮、俺から至福の時間を奪ったんだ。本当にバンドの大事な話なんだろうな?

おっと、雨宮に様付けるの忘れてた。

 

「志保ぉ~…ほんとにみんなファントムに連れて行くつもり?」

 

「シフォンが心配する事にはならないよ。大丈夫だから」

 

俺達は雨宮とシフォンに連れられるまま歩いていた。

 

「なぁ、渉」

 

「なんだ?」

 

「シフォンの歩いてる後ろ姿…可愛い過ぎるよな。変な男が寄って来ないか心配になるぜ。抱き締めたくなる」

 

「ははは、俺は亮の将来が心配になったぞ!」

 

「まともなのは僕だけか……」

 

 

 

 

 

 

雨宮とシフォンに連れて来られたのはライブハウスだった。

 

「ここ…ライブハウスだったんだな…」

 

「え?亮はここ知ってるの?」

 

「ああ、ここ結構いい曲流すからな。休みの日とかたまにランチにな。ずっとカフェだとばかり思ってた」

 

「お前休日にこんなお洒落なカフェとか来てるなら俺にも声掛けろよ。誘えよ!幼馴染の知らない姿知ってぷちショックじゃねぇか!」

 

「あんたらうるさい。入るよ」

 

そして俺達はライブハウスに入った。

エデン以外のライブハウスに入るのは初めてだな。

 

「いらっしゃ~……あっ!」

 

店員?の女の子が俺達を見て急にこっちに走ってきた。

 

「あの、亮さんいらっしゃいませ。こんな時間にいらっしゃるとか珍しいですね」

 

「初音ちゃん、こんばんは。平日でもお父さんの手伝いしてるのか?偉いな」

 

「そんな。お父さんのお仕事のお手伝いなんて当然の事です。偉くなんかないですよ」

 

「それでもオレは偉いと思うぞ」

 

「ありがとう…ございます…」

 

「シフォン……誰これ?あたしの知ってる初音じゃないんだけど?」

 

「うん、こんな初音ちゃん見るの初めてだしびっくりはしてるけど、ボクは志保が初音ちゃんの事をいつの間に呼び捨てにするくらい仲良くなってたの?って、そっちの方がびっくりしてるよ?そんなにファントムに来てるの?………キャッ!?」

 

雨宮とシフォンがなんか話してるな~って思って店内を眺めてたら、急にシフォンが悲鳴らしきものをあげた。シフォンの方に目をやると、変なにーちゃんがシフォンを抱き締めていた。

 

「ゆ……シフォン。今日も可愛いな。今日の服装は俺の大好きオブ大好きな服装だ。結婚しよう」

 

「ん…もう!たか兄!!急に抱き締めてくるとかびっくりするじゃん!ちゃんと挨拶してからにしてよ!!」

 

え?挨拶してからならいいの?ってか、もしかしてシフォンの彼氏とかか?そう思って亮を見てみた。

 

血の涙を流すって比喩的な言葉あるけど、本当に人間って血の涙が出るんだな。さすが亮だぜ。

 

「シシシシシ…シフォン……そそそそ、その方は、かかかか、彼氏とかなんかかなななな?」

 

いい感じで亮がぶっ壊れている。さすが俺の幼馴染だ。

 

「彼氏!?全然違うよ!ただの昔馴染みのお兄さんだよ!」

 

「そうか、まぁオレはそう思っていたけどな」

 

お、復活した。

 

「その昔馴染みのお兄さんが彼氏になる日が今日ってわけだな。わかります」

 

「もう!たか兄もボクのバンドのメンバーの前で変な事言わないで!!でも本気ならいいよ?たか兄の彼女になっても。そのかわりキュアトロのライブにボクと手を繋いで行ってね?」

 

「すまん。さっきの事は忘れてくれ。それで何で初音ちゃんはそこの男の子を笑顔で見つめながら俺の足踏んでんの?超痛いんだけど?泣くよ?泣いちゃうよ?」

 

このにーちゃんは誰なんだろ?

なんだこの置いてけぼり感。

 

「それより志保。俺何で呼ば……グホッ」

 

そう言ってにーちゃんは少し浮いてから倒れた。何なんだ一体。

 

「あ、先輩ごめんなさいです。わき腹に蚊がとまっていたので、かいかいになっちゃうと可哀想だな~って思って叩いたんですが。当たりどころ悪かったんですかね。テヘッ」

 

「フヒュー、フヒュー」

 

このにーちゃん喋る事も出来ないくらい悶絶してるぞ?大丈夫か?

 

「な、渚!?何でここに居るの!?」

 

「あ、志保。志保こそ何でこんな所にいるの?今日は女の子のお友達と買い物なんだよネ?アハ、もしかして先輩を呼び出したJKって志保だったとか?それより先輩って志保の事呼び捨てにしてなかっタ?あれ?志保と先輩っていつ知り合ったの?」

 

「こいつです。こいつが貴を呼び出しました」

 

「え?え!?ボク!?」

 

そう言って雨宮はシフォンを差し出していた。

 

「へぇー、そうなんだ?可愛い子だね?私は渚だよ!水瀬 渚!よろしくね!」

 

「え?あの…」

 

「すっごく可愛いね。ほんとに女の子みたいだよ(ボソッ」

 

水瀬 渚と名乗ったお姉さんがシフォンに何かを言っていた。

 

「私もキュアトロ好きだしね。わかるよ。でもごめんね、ちょっと志保とお話があるから志保借りるネ?(ボソッ」

 

「はいぃぃぃ!どうぞ!どうぞです!」

 

「ありがと。志保、私ね。志保から今日は晩御飯一人で食べてってLINE来たからさ。晩御飯どうしよっかな~って思ってたの」

 

「は、はい…」

 

「それでね!先輩がたまたま今日家で一人なんだって言ってたからさ!飲みに行こうって誘ったんだよ」

 

「土下座…土下座したら許されますか?」

 

「何で志保が土下座するの?そしたら先輩がね。飲み放題付けるならいいぞって言ったからさ!今日は飲むぞー!って思ってたの」

 

「ほんと…すみません…。は、初音!ビール!ビール持ってきて!大至急!!」

 

「それなのにさ。先輩が『呼び出し来たから今日は無理になった』とか言うの。約束してたのにさ」

 

「ははは、な、渚との約束を破るとか…ほんと貴はダメダメだね!やな奴だね!」

 

「でしょ?私もそう思ったんだ。そしたら先輩がね。『本当に今日はすまん。今度必ず埋め合わせするから。全部俺の奢りでいいから……その…本当にごめんな』とか言うのよ」

 

「うわーいい男だね!全部奢りとか!超高級なお店行っちゃおう!ね?」

 

「だからさ。私は『まぁ、先輩ですしね。最初から期待してないです。埋め合わせとかいいですから、何で無理になったのか教えて下さい』って言ったの」

 

「は、はぁ…」

 

「そしたらね。『あぁ、なんか大事な話があるってJKに呼び出しくらったんだわ。あ、そだ。なんなら水瀬もこっち来るか?』って!」

 

「貴!あんた何言ってんの!?アホなの!?」

 

「先輩がJKを襲ったりしたら大変だからと思ってついてきたらさ?まさかそこに志保が居るとはね。渚ちゃんびっくり」

 

「フヒュー、フヒュー」

 

「うふふ、ここだとあれだし私と志保はあっちのテーブルでお話しよっか」

 

「渚、あの爪が…爪があたしの腕に食い込んでます。すみません、痛いです」

 

「それとさ?志保って先輩の事、貴って呼んでるんだね!渚ちゃんダブルびっくりだよ」

 

「フヒュー、フヒ……ヒュー」

 

雨宮はそのまま引きずられて行った。

これは雨宮の弱点を知った貴重な機会だった。下剋上のチャンスが到来したわけだ。

 

よし、俺達Ailes Flammeの戦いは…

これからだっ!!

 

 

 

 

 

 

 

「何を終わらせようとしてるのさ!!」

 

シフォンに怒られちゃったぜ。

 

「いや、だってな?これ俺達の話のはずなのに、俺達完全に置いてけぼりだったしな」

 

「それで雨宮さんとシフォンは何で僕らを連れて来たの?」

 

「ボクが連れて来たわけじゃないけど……そこに倒れてフヒューフヒュー言ってる人が昔にバンドやってたんだけどね。最近もまたバンド始めたみたいなんだけど。それで、歌詞を作るアドバイスを貰おうって思ってさ」

 

「でも今日話すのは無理そうじゃないか?喋るどころか起き上がる事も出来なさそうだぞ?」

 

「う~ん、多分大丈夫だよ。ちょっと待ってね」

 

そう言ってシフォンはスマホを取り出した。今時の女子にしては珍しくカバーも何も付けてないようだ。

 

「たか兄たか兄。聞こえる?聞こえてる?」

 

「コフュー。カフュー」

 

そうにーちゃんに話しかけて、シフォンは数歩ほど離れた。

 

「たか兄!すごいよ!マイリーのオフショが公開されてる!すごい可愛いよ!」

 

ガバッ!

 

ガタッ!

 

にーちゃんがその言葉に反応して起き上がった。そしてそれと同時くらいに水瀬 渚ってねーちゃんもイスから立ち上がった。

 

そうかにーちゃんもねーちゃんもマイリーが好きなのか。

俺はどっちかと言うとユキホ派だ。

拓実はシェリー派で、亮とシフォンはミント派だ。4択なのに『どっちかと言うと』って言い回しおかしいよな?

 

「起きたねたか兄!」

 

「起きたねじゃねぇよ。油断してた所に思いっきりリバーブローだよ?知ってる?肝臓って人体の急所なの。それも背後からだから水瀬の右ブローだよ?これ絶対何本かあばらもっていかれてるよ」

 

「たか兄少し浮いてたもんね」

 

「それより早くマイリーのオフショ見せなさい。俺は早く癒えねばならん」

 

「うっそぴょーん!」

 

「は?」

 

「…志保!よそ見しないの!ちゃんと答えなさい!」

 

「え!?よそ見してたの渚だよ!?」

 

あのねーちゃんと仲良くなったら雨宮に怯えて生きなくてよくなるかな?

 

「は?お前、嘘ってどういう事だよ?お?マイリーのオフショ楽しみに死の淵から戻ってきたんだぞ?わかってんのか?あ?」

 

「そんな事より!ボクはたか兄に聞いて欲しい事があるのだ!」

 

「聞いて欲しい事だぁ?遺言か?いいだろう。聞いてやる」

 

「むー?いいの?ボクにそんな口聞いて!」

 

「それが遺言か?よし、歯を食いしばって祈れ」

 

「渚さんにあのこと言っちゃうかも?シフォンの時のボクっておしゃべりだからさ?(ボソッ」

 

「そ、そんな事で俺がビビると思ってんの?ちなみにあの事って何ですか?」

 

「でもまぁボクもたか兄にはお世話になってるし?たか兄が志保に渚さんがTwitterやってるってばらしてたとか言えないけどね(ボソッ」

 

「シフォン。俺に聞きたい事ってなんだ?ゆっくり聞いてやるぞ?」

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ボク達の紹介からね!まずはボーカルの江口 渉くん!」

 

「よろしくな!」

 

「そしてギターの秦野 亮くん!」

 

「うす。それよりシフォン。さっきのうっそぴょーんってすごく可愛かったぞ」

 

「亮くんありがとう!

で、この子がベースの拓実くん!」

 

「どうも」

 

「そしてボクがドラムのシフォンちゃんだ!」

 

「はぁ、どうも。えっと俺は昔BREEZEってメジャーでもないバンドでボーカルやってた葉川 貴っていいます」

 

「むー、適当な自己紹介だなぁ」

 

「え?俺の自己紹介の方が情報量多いけど!?」

 

「昔ってどれくらい昔にバンドやってたんすか?」

 

「15年前かな」

 

「15年前!?僕達まだ2歳だよ!?」

 

「え?にーちゃん何歳なんだ?27、8くらいかと思ってた…」

 

「永遠の20歳だ」

 

「それはいくらなんでも無理があるよ?」

 

「で?聞きたい事って何なの?可愛い女の子の口説き方?そんなの俺が教えてほしいんだけど?」

 

「ん、んとね!ボク達のバンド今度前座やらせてもらうじゃん?」

 

「ああ、そんな事言ってたな」

 

「そこでボク達のデビュー曲発表しようと思ってるんだけどね。曲はあるんだけど歌詞が浮かばなくてさ。どうしよっかってなってて」

 

「そうか。ふぅむ…曲はあるんだな?」

 

「え?あ、はい。オレがガキの頃から作曲するの好きでして曲だけなら…」

 

「それで僕らで亮の曲を色々聞いて、これいいって思ったやつをデビュー曲にしようと思ったんです」

 

「う~ん、なら割りと簡単なんだけどな。あれか?かっこいい曲がいいとかバンドのイメージに合う曲がいいとかかっこいい単語とか英語調べて使ってみたり、可愛い曲がいいとかそんなんで歌詞出来ないとかか?」

 

「それ!まさに今の俺達それなんですよ。俺はせっかくのデビュー曲だし、かっこいいのがいいって思ってて」

 

「オレもせっかくですしかっこいい曲にしたいって思ってます。ですが、どれもしっくり来ないって言うか……」

 

「ん~~、そだな。じゃあ俺が今からマイリーの可愛さを語るから聞いてくれるか?」

 

「「「「は?」」」」

 

「ダメか…じゃあ、OSIRISの京ちゃんについて熱く語るから聞いてくれ!」

 

「あのさ…たか兄何言ってるの?ボク達真剣に相談してるんだけど?」

 

「そうか…。ありがとうな!にーちゃん!俺、帰って早速歌詞書いてくる!」

 

「「「え?」」」

 

「おう。前座は俺も見に行ってやるわ。だから頑張れ」

 

「おう!任せてくれ!じゃあ、悪い。俺は帰る…!」

 

そうか…そうだよな。

俺は根本的な事を忘れてた。今なら書けると思う。

 

 

-----------------------------------

 

「お、おい、マジで渉のやつ帰りやがったぞ?」

 

「僕もびっくりだよ。さっきの話で何か掴んだのかな?」

 

「んー、まぁ、渉くん?だっけ?あの子にはわかったって事じゃね?」

 

「え?ボクもさっぱりはてなって感じなんだけど?どういう事?」

 

「俺がかっこいいって思うのはOSIRISの京ちゃんで、可愛いって思うのはキュアトロのマイリーだ」

 

「え?え?どゆ事?」

 

「そ、そうか。オレ達がかっこいいって思う単語を並べ立てたり、こんな事言ったらかっこいいって思って書くような歌詞は、オレ達が本当に伝えたい言葉じゃない。そんな歌詞じゃまわりにも自分達にすらも伝わらないって事か…」

 

「ま、そういう事だわな。自分がかっこいいって思う事を伝えたいって気持ち。せっかく曲にすんだから、その自分のかっこいいってのはどこがどうかっこいいのか。何でバンドやろうと思ったのか。とか?自分の想いを誰かに伝えるつもりで書かないとな。上辺だけのかっこいい単語を並べるとか独りよがりに伝えるだけじゃ、バンドメンバーにすらしっくりこねぇ歌詞になるよ」

 

「あ、なるほど。そうか、そうだよね。僕達が音に乗せて何を伝えたいか。それが僕達の歌詞であり曲なんだね」

 

「渉くんはさっさと帰っちゃったから、こっからも大事な事だけどな。渉くんが歌詞を完成させても曲にはうまく合わんと思う。そこはみんなで相談しながら曲に合うようにフレーズなり曲を調整していくようにな」

 

「あ、ありがとう!たか兄!」

 

-----------------------------------

 

 

 

 

で…出来た…。

久しぶりに徹夜したぜ…。眠い…。

 

亮の曲聞きながら何度も曲に合うフレーズになるように書き直してたりしてたらもう朝かよ…。おやすみなさい……って、ダメだダメだ!!今は寝るわけにはいかない!

 

学校に行って亮と拓実にこの歌詞見せないとな!それにこの眠気も必死で我慢してたら、いつしか快感に変わるかもしれないしな。

 

俺は眠気で誘惑してくる睡魔と戦いながら学校に登校し、昼休みまでぐっすり寝る事に成功した。ふぅー!よく寝たぜ!

 

昼休み、いつもの屋上で亮達と昼メシを食べていた。

 

「渉ずっと寝てたね?いびきすごいし、みんなで起こそうとしてたけど…」

 

「ああ、だから目が覚めたら俺廊下にいたのか?」

 

「渉くん、もしかして…徹夜した…の?」

 

「ああ!おかげで歌詞も完成した。多分俺達の今にピッタリな歌詞だと思う」

 

「お、見せてくれよ。どんなのだ?」

 

「おう!せっかくだし井上も見てくれよ!」

 

「曲名は『Challenger(チャレンジャー)』か。確かに僕達っぽいよね」

 

「一応、亮の曲に合わせながら書き直してみたりしたけど、早速今日の練習の時にでも歌詞入れた練習したい」

 

「なかなかいい歌詞だな。確かに今の俺達にピッタリな感じがする」

 

「うん、僕も…シフォンも気にいると思うよ」

 

「よし!今日の放課後から早速練習だな。歌詞が曲に合わないって箇所があったら都度修正していこう!」

 

「おう!」

 

 

 

こうして俺達のライブのデビュー曲。

Ailes FlammeのChallengerは何とか完成した。

みんなで音合わせの時とかに色々修正とかしたけど、俺達がみんなに伝えたい曲が出来たんだ。

練習もバッチリ。前座の時間もシフォンがライブハウスのおっちゃんと調整したりでセトリやMCを入れる時間も決まった。

 

そして本当にライブの前座をやる日の朝がやって来た。

俺達は朝から集まって、スタジオで何度も何度もリハーサルをして、今日の前座に挑んだ。

 

やるだけはやった!

後は本番でぶちかますだけだ!!

 

俺達はライブハウス『ファントム』の前に立っていた。



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第6章 その先へ…

とうとうこの日がやってきた。

 

今日は俺達Ailes Flammeが初めてオーディエンスの前で歌う日だ。

 

「みんな!準備はバッチリ!?」

 

「ああ、やるだけはやった。後は本番だ」

 

「うん…僕も緊張はあるけど…やるよ」

 

「…俺達、とうとうやるんだな。ライブ」

 

俺は江口 渉。

今俺達はファントムの前に立っている。

 

「で?俺達はいつ入ればいいんだ?やっぱり前座やらせてもらうんだし、挨拶もちゃんと行った方がいいよな?」

 

「うん、そうだね。ボクもおっちゃんを挟んでのやり取りしかしてないんだけど、前座をやらせてくれるバンドさんの名前はevoke(イヴォーク)。4人組の男の子達の大学生バンドだよ」

 

「evokeか…聞いたことはないな」

 

「ボクもそれまでは知らなかったけど、それなりに人気のあるバンドさんらしいよ。曲も聴いてみたけど王道ロックって感じだね」

 

「王道ロックか…ならオーディエンスもロック好きが多いんだろうな。ちょうどいい!俺達でファンをかっさらっちまおうぜ!」

 

「渉はすごい自信だね…」

 

「シフォン!」

 

「ほぇ?」

 

俺も声のする方に目を向けた。

そこには雨宮と綺麗なねーちゃんがいた。

 

「志保!それにまどか姉も!」

 

「シフォンの晴れ舞台だもんね。お姉ちゃんとしてはしっかり観ておかなきゃ」

 

ん?この人シフォンのねーちゃんなのかな?

 

「うわ~…綺麗な人だなぁ…シフォンのお姉さんかな?まどかさんかぁ…」

 

「え?一目惚れってやつか?」

 

「ち、違うよ!?綺麗な人とは思うけど…」

 

「まぁ、オレはシフォンの方がいいけどな」

 

拓実のやつまじなのかな?そうなったらまずいな。亮はシフォンが好きで、拓実がこのねーちゃんを好きになっちまったら、俺だけただのバンド野郎で、青春×バンドの青春の部分がなくなっちまう…。

 

「あ、江口?だからってあたしは止めてね?あたし好きな人いるし江口タイプじゃないから」

 

これは本格的にまずいな。別に雨宮とかどうでもいいんだが、モノローグで考えてる事が読まれてる可能性が出てきた。

 

あ、まずい。これ読まれてるなら雨宮とかどうでもいいって思ってる事も読まれてる事になる。ヤバい。もう殴られたくない。

 

「それよりまどか姉と志保って珍しい組み合わせだね?仲良かったの?」

 

「ああ、昨日うちらと志保んとこのバンドで飲み会したんだよ」

 

「そ。それで飲み会の後でラーメン食べに行ってね。そのままあたしん家でお泊まり会にしたんだよ」

 

「ちょ…ちょっと待って…!飲み会に…って志保!まだボク達高校生だよ!?それにまどか姉のとこのって事はたか兄も居たの!?」

 

「あたしはお酒は飲んでないよ。貴もだけど英治さんもトシキさんも居たよ」

 

「え!?ずるい!ボクも行きたかったよそれ!!」

 

「あはは、次は呼んだげるよ。あ、そいや香菜も居てね。香菜は志保とバンドやってるんだってさ」

 

「香菜ちゃんも!?うわぁぁぁ…いいなぁ…」

 

雨宮はあのねーちゃんとお泊まり会したのか。うんうん、百合百合しいな。

 

「江口ほんときもい…」

 

雨宮ほんと怖い…。

 

「それよりオレはそんな飲み会の場にシフォンが行って、貴さんにセクハラされないかが心配だ。って、それより貴さんは来てくれるのかな?」

 

「どうしたんだ?にーちゃんに会いたいのか?」

 

「ああ、ちょっとな…。聞きたい事があってな」

 

「シフォンとの関係とか?」

 

「拓実…。オレはいつもいつもシフォンの事ばかり考えてるわけじゃないからな…?」

 

 

 

 

 

そろそろevokeのリハーサルも終わるだろうという事で俺達は裏からファントムに入った。

 

表側では物販とか色々で人が多いとかで関係者は裏から入るらしい。

え?雨宮達も関係者なのか?

 

「お、来たな。Ailes Flamme」

 

「た、たか兄!!」

 

シフォンがにーちゃんに駆けて行った。

 

「ゆ、シフォン。今日はお前の晴れ舞台だもんな。結婚しよう」

 

「何を言ってるのたか兄は…。ここじゃシフォンだっけ?久しぶり!」

 

「香菜ちゃん!!」

 

にーちゃんも来てくれてたんだな。

 

「うわ~…綺麗な人だなぁ…香菜さんかぁ…」

 

「え?一目惚れってやつか?二股はどうかと思うぞ?」

 

「ち、違うから!」

 

「貴さん、ちわっす」

 

「あ?亮くんだっけ?秦野くんだっけ?」

 

「どっちも合ってます。あの、ちょっと話いい……」

 

「にーちゃん!!!ありがとうな!おかげで俺達の曲出来たぜ!」

 

「おお、渉くん?だっけ?曲も出来たなら良かったよな。でも、抱き付いてくるの止めてね?あれだから。興奮するから」

 

「にーちゃん!にーちゃん!!」

 

「江口…貴から秒で離れないと…潰すよ?」

 

俺はつい抱き付いてしまったにーちゃんから離れた。雨宮怖ぇ…何を潰されるんだろう…。

 

「あ、あれだ。亮くん?なんか話あんのか?シフォンの事か?」

 

「あんたまでオレがシフォンの事ばっかり考えてると思ってんすか?……後でいいんでまた話聞いて下さい」

 

「お?おういいぞ」

 

「それより貴!見てよこの手!」

 

「うわ、傷になってんじゃん、どしたのこれ?昨日のやつ?」

 

「そだよ!責任取ってよ!乙女を傷物にした責任!」

 

え?にーちゃん雨宮を傷物にしたのか?

 

「責任って何?俺なんかした覚えないんだけど?じゃあ結婚する?」

 

「奈緒と渚と理奈に内緒でよろしく!」

 

「それ可能か?無理くさくね?」

 

「ある事は証明出来ても…」

 

「え?お前あれ見てたの?土下座したら忘れてくれる?」

 

あれ?雨宮って百合じゃねぇのか?それより亮はどうしたんだ……?お前のそんな顔、俺見た事ないぜ?

 

 

 

 

 

「はぁ……シフォン…可愛いなぁ。子供は何人にしようか…」

 

「どうしたんだ、亮」

 

「渉か…」

 

亮が現実逃避してたみたいだったから、つい話しかけてしまった。

 

「何でもねぇよ。オレは天才的なギタリストと思ってたからな。それがバンド組んでから色々あって、ただのギター好きなイケメンだったって事に絶望してるだけだ。あ、だからって今日のライブに自信ないわけじゃねぇぞ?」

 

お前はいつも嘘をつくのが上手いよな。

おかげで俺も嘘つくのが得意になっちまった。

 

「お前のギターは心配してねぇよ。天才的なボーカリストのバンドのギタリストだろ?どうしたんだ?シフォンの下着の色とか気になってるのか?」

 

「シフォンの下着の色か…。確かに気になるな…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「お前!幼馴染の俺が心配してやってんのに何だそれ!シフォンの下着の色だと!?」

 

「お前こそ何言ってんだ!シフォンは可愛い明るいピンクとか水色とかが似合うだろうが!それを実は黒とかだった時どうすんだ!?萌えるしかないだろ!?」

 

「さすが俺の幼馴染。とんだ変態野郎だぜ」

 

「お前、そういうのはモノローグで言えよ…」

 

「何を考えてんのか知らんけどな。今はライブを楽しもうぜ。

その後でな。また話聞いてやるよ。幼馴染の俺がな」

 

「めんどくせぇな。幼馴染は」

 

「だから俺達は今、Ailes Flammeなんだろ」

 

俺達がそんな話をしていた時だった。

 

「何だこいつら」

 

「青春ってやつじゃないか?俺達も昔はあんな感じだったんじゃない?あ、俺の妹も今青春やってるかと思うと心配になってきた!女子校に入学させるべきだったよな?」

 

「またその話かよ。きめぇ……頼むから黙れ」

 

「うにゅ…眠い…」

 

この場所にいる俺達以外の人。

この人達がevokeの人達か…?

と、取り合えず挨拶しないとな。挨拶?挨拶ってどうやんだ?

 

「あ、す!すみません!evokeの皆様ですか!?リハーサルお疲れ様でした」

 

あ、なるほど。亮みたいにやりゃいいか?

 

「お疲れ様です。今日は前座を俺達にさせて頂いてありがとうございます」

 

こんな感じか?

 

「お前ら…高校生か?」

 

「は、はい」

 

「応援してる。ライブの参加費の割引ってのに乗せられたってのはあるけどな。俺達も高校の時からバンドやってたしな。音楽の好きな者同士今後ともよろしく。俺はボーカルの豊永 奏(とよなが かなで)だ。奏って呼んでくれ」

 

そう言って奏は俺達に手を差し出してくれた。それを俺はしっかりと握り返して。

 

「Ailes Flammeのボーカルの江口 渉です!よろしくお願いします!」

 

「ああ、よろしく。俺達のオープニングアクトだとか気にしないで、俺達のファンをかっさらうくらいに頑張ってくれ。俺達も見させてもらうからな」

 

「はい!」

 

感じのいい人だな。怖い人のバンドじゃなくて良かったぜ。

 

「奏。てめぇ、何言ってんだ?俺らの敵はDESTIRAREしかいねぇ。DESTIRARE以外のバンドを見てる暇はねぇよ」

 

「もちろんだ。俺はDESTIRAREを、ディズィを越える。俺がボーカルの四響になる。だがな。ディズィを越えるボーカルは他にもいるかも知れない。このAiles FlammeがDESTIRAREを越えるバンドになるかも知れない」

 

「奏は相変わらず熱いね。ごめんね。こいつの言うことは気にしないで気楽に頑張って!あ、でも今日は妹が来てるからダサい演奏はしないでね?」

 

「本番まで寝てていい?もう寝ないと死んじゃう…」

 

「ああ、悪いな。リハーサル長かったしな。じゃあ、また後でな」

 

そう言ってevokeの人達は楽屋に戻って行った。あの人達の期待を裏切らないようにしなきゃな。

 

 

 

 

ライブの時間がもうすぐ始まろうとしていた。

 

今回のライブの演出は俺達は幕の前で演奏をする。演奏と挨拶が終わった後に俺達がはけて、幕が開いてevokeが現れて演奏を開始する。そんな演出らしい。

 

つまりステージの前にある幕。その前のスペースしか俺達のステージはない。ドラムや機材を置いたらもうスペースいっぱいいっぱいだ。

そこでしか俺達は演奏は出来ない。

 

でも、その準備をしていた時、手伝ってくれてた、にーちゃんに言われた。

 

『前座とかってこんなもんだ。俺もこういうとこで歌った事もある。でもな?自分達の歌を伝えるのに場所の広さもパフォーマンスも関係ねぇよ。歌を伝えるのは場所じゃないからな。あ、でも武道館でワンマンライブしたかったわぁ』

 

にーちゃんの言う通りだ。そう。ここがスタジオでもカラオケでもライブハウスでも武道館でも関係ない。俺は俺の想いを歌に乗せて届けるだけだ。

 

そして、会場の客を楽しませる音楽が止まり、会場の照明が落とされた。

 

暗闇の中、俺達はステージに出て照明に照らされた。俺達のライブが始まった。

 

「え?evokeじゃないよ?」「誰あれ?」「がっかりだよね?」「早くevoke出してよ」ざわざわ……

 

ちょ…ちょっと待て…。何だこれ何だこれ。

みんなの顔が見える。でも誰も楽しそうじゃない。落胆した顔。楽しみにしてたプレゼントを開けて欲しいものじゃなかった時みたいな…。わかりやすく言うとソシャゲで推し狙いでガチャして、レア演出が来たから喜んでたら持ってる恒常が来た時みたいな…。

 

俺…今からこんな所で歌うのか…。

 

『あ、あとな。緊張して歌えないとか、怖いとか思ったらこう思えばいいぞ。オーディエンスを野菜とかに思えばいいとかよく聞くけどな。そんなの無理だし。だから、今この場に居る人はな。今後一生会うこともない人ばっかりって思っておけ。もしかしたら今後会うことあるかもな人も居るかもだけどな?』

 

『は?はぁ…?』

 

『お前小学校の1年とか2年の時に隣の席だった人とか覚えてる?』

 

『うーん、覚えてないかな?亮以外は覚えてないかも?』

 

『でもそん時は隣の人に友達になって下さいとか、気安く話し掛けたりとか、恥ずかしいお願いしたかもしれんぞ?ただ覚えてないだけで』

 

『まぁ、覚えてないからそれは無いとは言えないかな?』

 

『ライブもそんなもんだ。最初の友達になって下さい。が、大事だ。それが恥ずかしいとその時は思ってもな。何日か何ヵ月か何年かしたら忘れる。そんな気持ちでやりゃいいわ。あ、だから色々最初からぶっちゃけ過ぎて俺まだ結婚出来てないのかな?』

 

『なんとなく、なんとなくだけど、にーちゃんの言いたい事わかった』

 

『そか。まぁ、頑張れ。あ、あとな?楽器組は俺らボーカル以上に緊張してると思うわ。ボーカルは喋りで色々あとからでも言えるからな。歌詞間違えても、この会場だけの特別な歌詞です!とか。でも、楽器はそうはいかねぇ。ボーカルがちゃんと引っ張ってやれよ?』

 

『あはは、それめちゃプレッシャーじゃん』

 

亮…。拓実…。シフォン…。

みんなすげー顔をしてるな。完全にオーディエンスに飲まれてる。

にーちゃんありがとうな。俺はAiles Flammeのボーカルとしてやってみるよ。

 

「みんな!こんばんはー!」

 

ざわ…ざわ…

 

「あはは!楽しみにしてたevokeじゃなくてがっかりしたって顔だな!俺達は今日のオープニングアクトをやらせてもらうAiles Flammeです!」

 

そしてシフォンを見て合図した。

 

ドン♪ドドドドドド…ドン♪シャン♪

 

さすがシフォンだな。よし…。

 

「今日は俺達の名前だけでも覚えいって下さい!……って、あ、これじゃ漫才師みたいだな。あはは!」

 

「お前何言ってるんだ?オレ達はバンドマンだぞ?まぁ、漫才師の方が盛り上がるかもしれないけどな」

 

亮…。上手いぞ。よし。

 

「で、いきなりだけどな。俺達の自己紹介からやらせてもらうな!まずはギターの亮!」

 

亮にスポットが当てられギターを弾く。

台本にはなかったのに、照明さんありがとう!

 

「オレがイケメンギタリストの亮です!ギターのレベルはまだまだかもしれませんがよろしくお願いします!」

 

「お前、普通自分でイケメンって言うか?」

 

「すまん、それしか今は紹介出来る事がなくてな」

 

「クスクス」「何あれ」「でもギター上手くない?」「あたしあの人タイプかも」

 

「次はベースの拓実!」

 

拓実にスポットが当てられ軽快なベース音が鳴り響く。

 

「ベースの拓実です!一生懸命頑張ります!」

 

「お前他にも自己紹介あるだろ?パティシエになりたいとか、お菓子作りが趣味とか」

 

「も!もう!そりゃお菓子作るの好きだけどさ!」

 

「あの子お菓子作り趣味なんだって」「なかなか可愛いしいいよね?」「パティシエベーシストとかかっこいいよねー」

 

良かったな。拓実。ここはみんな俺達の味方だ。

 

「みんなー!俺は拓実のお菓子美味しいから好きなんだけどな!男でお菓子作りが趣味ってどう思うー?」

 

「「「かわいいー!!好きー!」」」

 

「あ、ありがとう!みんなありがとう!!」

 

「さぁ、次は俺達のバンドの紅一点!ドラムのシフォンだー!」

 

ドラムの重低音が会場に鳴り響く。

さすがだな。シフォンのドラムは。

 

「ボクがドラムのシフォンです!みんなよろしくね!!」

 

「ね、あの子可愛いよね」「女の子なのにすごい力強いドラムだよね」「私あの子推しに決定!」

 

よし、いい感じだ。でも時間が押してる。こんなの予定になかったしな…。

 

「そして俺がボーカルの渉だぁぁぁぁ!まずは聴いて下さい!BLASTでDreamer!!」

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

「な?奏、こんなもんだよ。高校生バンドなんてな。時間の無駄だったな」

 

「そうだな…。MCはなかなか良かったが…がっかりだ…」

 

 

 

------------------------------------

 

 

俺達はBLASTのDreamerを歌いきった。

オーディエンスの反応は……

うん、思ってた通りだ。全然ダメだな。

 

「みんな!聴いてくれてありがとう!今の曲はBLASTのDreamerって曲だ。俺達はまだまだ下手くそなバンドマンだからな。この曲を俺達が歌った所でみんなには響かなかったと思う」

 

ほんとはこのまま2曲目にいくんだけど、これじゃダメだ。悪いな。みんな。

 

「それは、こんな素晴らしい曲を作ったBLASTにも、ライブを楽しみに来てくれたみんなにも、俺達なんかにオープニングアクトをさせてくれたevokeのみんなにも本当に失礼な事だと思う。だから、Ailes Flammeを代表して、みんなに謝りたい。ごめんな!」

 

「渉…?」

 

「俺はさ。バンドって、ライブってもっと簡単なものだと思ってた。正直、カラオケ行ったり音楽の授業で歌が上手いって褒められてさ。俺は歌が上手いって思ってたんだ」

 

「わ、渉…?」

 

「でもそんな事全然なかった。俺達はまだまだだ。でもな!俺達はこれからなんだ!ここに居るみんな。スタッフのみんな。evokeのみんな。俺達がオープニングアクトをするからって手伝ってくれた友達のみんな。そんなみんなのおかげで、俺は大切な事に改めて気付けたんだ。歌は。みんなに俺達の想いを届けるものだって!」

 

「渉くん…」

 

「だからそんな想いを込めて歌います。これが俺達の……Ailes Flammeの曲です。………。聴いて下さい。Challenger」

 

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

「奏」

 

「なんだ?」

 

「最初から全力でやるぞ。こんな所でこいつら如きに負けてられねぇ」

 

「ああ、そうだな。すごい曲と歌声だ。コピーの時とは全然違う。これがAiles Flammeか…」

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

「ハァ…ハァ…。みんな!聴いてくれてありがとう!」

 

 

〈〈〈ワァァァァーー!〉〉〉

 

「ねぇ、すごくいい曲だったくない?」「うん!良かった!私めちゃ身体動いたし!」「最高だったよー!」「シフォンちゃーん!かわいいー!」

 

オーディエンスの反応がさっきと全然違う…。これがライブなんだな。

楽しい。もっと歌いたい。もっと、もっとだ。

 

「渉…そろそろだぞ」

 

「ああ、わかってる」

 

名残惜しいけどな…。

 

「じゃあ、そろそろevokeの出番だ!この後もみんな熱いライブを楽しんでくれよな!」

 

「えー?」「告知とかないのー?」「もっと歌ってよー」

 

告知…告知か…。でも何もないよな…。

ど、どうしたらいいんだ…?

 

「みんな!ありがとうね!ボク達まだまだ始めたばっかりのバンドだから、今のとこは予定とか未定なんだけど!」

 

シフォン…?

 

「いっぱいカッコいい曲を作って、きっとライブするから!よかったらみんなも来てね!」

 

〈〈〈ワァァァァ!〉〉〉

 

「いくよ、渉くん。みんなに挨拶して」

 

そしてシフォンは拓実と亮を連れてステージ袖にはけて行った。俺も急がなきゃな…。

 

「みんな!じゃあ、またなー!」

 

俺がステージ袖にはけた時、そこにはevokeのメンバーが居た。

 

「あ、あの、少し時間をオーバーしてしまいまして、本当にすみませんっした!」

 

「素晴らしいオープニングアクトだった。お前らが盛り上げてくれた会場を俺達がさらに熱くしてやるよ」

 

「え、あの…」

 

「テメェ、ギターのテクはあるみたいだが、まだまだガキだな」

 

「う、うす…」

 

「俺のギターをよく見てろ。バンドのギターの役割を教えてやる」

 

「は、はい!」

 

「君のベースはまだまだだね」

 

「す、すみません…」

 

「ううん、でも楽しそうに弾いてて、僕も負けてられないなと思ったよ。眠気なんか吹っ飛んじゃった」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「お前も可愛いだけじゃなくてなかなかやるな」

 

「とーぜん!」

 

「ま、可愛さも俺の妹には敵わないし、ドラムも俺のが上手いけどな」

 

「むー!絶対ボクのが可愛いもん!」

 

俺達の演奏…evokeの人達にも良かったって事かな?

 

「で?お前らもやっぱりメジャーデビュー目指してんのか?」

 

「あ、いや、俺達は…」

 

「まだそこまでは考えてないか」

 

「俺達はBLASTを倒すって事を目標にしてて…」

 

「BLASTか。なかなかに手強い相手だな」

 

「は、はい…」

 

「BLASTを倒した後は?」

 

「しょ、正直考えてません。でも、なんか…違うんですよね…」

 

「違う?どういう事だ?」

 

「俺はBLASTを倒したい。その気持ちは変わらないんですけど、今まで練習やって来て、今日ライブをやらせてもらって…。俺はもっともっと先に行きたい。音楽の世界の…もっと先を見たい。それが何なのか…わかんないんですけど…」

 

「そうか。なら俺達のライブを見ていろ。お前の見たいその先を…俺達が見せてやる」

 

 

 

 

 

「あ、おかえり~」

 

俺達が関係者席に戻ると、まどかねーちゃん達が迎えてくれた。

 

「ま、まどか姉!香菜ちゃん!!」

 

「よく頑張ったじゃんシフォン」

 

「おかえりー!」

 

「うん…!うん……」

 

シフォンはまどかねーちゃん達の元に行き泣き出した。シフォンも…緊張してたんだな。

 

「江口」

 

「んあ?」

 

「かっこ良かったよ。お疲れ様」

 

雨宮…。

 

「おう、ありがとうな」

 

あぶねぇ、雨宮に惚れそうになった。

 

「え?マジでやめてね?」

 

なんで聞こえてるんだ?

 

「お疲れさん」

 

にーちゃん!

 

「にーちゃん!どうだった俺達の歌!」

 

「なかなか良かったぞ。俺がお前らんくらいん時はあんなライブ出来なかったわ。あ、タイムマシン欲しい。あの頃に戻りたい」

 

「そうか…。ありがとうな」

 

「渉くんよ」

 

「にーちゃん、渉でいいぞ」

 

「渉。お前らの機材の片付けん時に聞こえたんだけどな」

 

「お?」

 

「evokeのライブしっかり見とけ。evokeとオーディエンスとをな。そしたら、ぼんやりお前の言うその先も見えるかもな」

 

「え?お、おう…」

 

「貴さん…」

 

「ん?」

 

「すんません、ちょっといいすか?」

 

「ああ、何か話あるんだっけ?いいぞ?」

 

そして亮とにーちゃんは関係者席から出て行った。何なんだろう?

 

〈〈〈ワァァァァ!〉〉〉

 

お、evokeのライブが始まったか!

亮とにーちゃんの話も気になるけど、今はevokeのライブだな!

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

「亮くん、どした?わざわざ部屋から出てまで?」

 

「すんません、オレの親父もお袋も、昔バンドやってたんで、BREEZEってバンドを知ってるか?って聞いてみたんです」

 

「え?まじで?」

 

「そしたら…知ってると…」

 

「うわ~、マジでかよ。亮くんとこといい、志保とか理奈とか、俺らがバンドやってた時代の知り合いの子供がバンドやってるとかなぁ……。あ、どうしよう。涙出そう」

 

「オレの親父とお袋はクリムゾングループと戦ってたんすよ」

 

「クリムゾンと…そうか…」

 

「貴さん、あんたらのBREEZEって――――」

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

すげぇ……。evokeの演奏は…。初めてBLASTを見た時のような…。

 

「わ、渉…」

 

「ああ、すげぇな。音楽って本当にすげぇ…」

 

BLASTに勝ちたい…。でも、俺は今はライブがやりたい…。もっともっと歌いたい…!!

 

「拓実!シフォン!」

 

「うん、多分僕も同じ気持ちだよ」

 

「ボクも…。やろう!ライブ!!」

 

「ああ!やるぜ!俺達のライブ!」

 

「まずはライブやれるだけの曲作りだな」

 

「お、亮。にーちゃんとの話は終わったのか?」

 

「ああ、まぁな」

 

あれ?にーちゃんは戻って来てないのか?

 

「ねぇ、秦野、貴は?」

 

「ああ、タバコ吸ってくるってよ」

 

「外の喫煙所かな?よし、あたしも行ってこよ」

 

「お前、にーちゃんと何の話してたんだ?」

 

「……ああ、シフォンの事でちょっとな」

 

「ボクの事って何!?」

 

 

 

 

 

 

evokeのライブも終わり、拓実とシフォンと駅前で別れてから、俺と亮は家路を歩いていた。

 

「渉…」

 

「お?」

 

「お前さ、クリムゾンミュージックって知ってるか?」

 

「あ?あのゼノンの?」

 

「おう、そうだな」

 

「それがどうかしたか?」

 

「クリムゾンミュージックには他にもグループ会社が色々あってな。日本にも昔からその息のかかった音楽事務所は色々あるんだ」

 

「ちょっと待て。お前何言ってんだ?メジャーデビューしたいとかそんな感じか?クリムゾンミュージックとか確かにでかいけどよ…」

 

「オレの親父もお袋も、クリムゾングループの会社にな。潰されたんだよ。バンドを」

 

「は?」

 

亮の親父さんとお袋さんがバンドやってたってのは知ってるけど、そんな話初めて聞いた。

 

「そんな話初めて聞いたぞ?」

 

「ああ、悪い」

 

「別に?それで?」

 

「オレはお前と…。拓実やシフォンとバンドを…ライブをやる。それだけで良かったんだ」

 

「亮…」

 

「渉…。オレはな…」

 

「だったらやろうぜ。ライブを。やっていこうぜ。バンドを」

 

「渉…」

 

「俺はもうBLASTに、東雲 大和に勝ちたいだけじゃないんだよ。もう。

お前と拓実とシフォンと俺と。Ailes Flammeで行きたいんだよ。音楽の…その先へ」

 

「…」

 

「その先に行きたいって事は、いつかはクリムゾングループともぶつかんだろ」

 

「お前…」

 

「俺らは俺らで楽しんで音楽やってよ。何かあったら何かあった時。そん時に考えりゃいいさ」

 

「ぷっ…あははは、お前マジかよ」

 

「あ?なんか可笑しかったか?」

 

「お前…貴さんと全く同じ事言うからよ」

 

「は?にーちゃんと?」

 

「渉」

 

「ん?」

 

「さっきの話な。その、クリムゾングループの事」

 

「ああ」

 

「オレは親父達の敵討ちとか復讐とかそんなつもりはねぇよ。そんな気持ちでバンドやるつもりはねぇ」

 

「おう」

 

「ただな。クリムゾングループがオレ達の前に立ちはだかるならな。例えどんなすげーバンドが相手でも逃げたりしねぇ。それを先に謝ろうと思っただけだ」

 

「お前バカかよ。当たり前だろ。BLASTだろうがevokeだろうが、四響だろうが四皇だろうが海賊王だろうがぶっ倒す。俺達の歌でな。もちろんクリムゾングループもな」

 

「ああ、オレ達が1番になるんなら、いつかは雨宮も貴さんも倒さないとな」

 

「東雲 大和の言ってた天下一のバンドな。なろうぜ、俺達が」

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

今日のライブ楽しかったな~。

evoke…。ボク達ももっともっと練習してライブやれるようにならなきゃね!

ボクも歌詞とか書いてみようかな?

 

およ?

 

何でこんなとこにドラムヘッドが落ちてんだろ?

 

あれ?これって…。このロゴはクリムゾングループの…。え?この街にももうクリムゾングループのバンドが…?

たか兄とおっちゃんに伝えるべきかな?

 

〈〈〈ガシャン〉〉〉

 

「わっ!?」

 

びっくりしたぁ…何の音だろ…

あの路地の所から?かな?

 

ボクは路地をこっそり覗いてみた。好奇心旺盛シフォンちゃんには覗かないって選択肢はなかったのだ。

 

「え?」

 

これって…。

 

そこには数人のバンドマンが倒れていた。何故バンドマンとわかったのかというとみんな楽器を持って倒れていたからだ。

 

何だろこれ。警察か救急車呼んだ方がいいのかな?

 

「お……お前何者だよ…わかってんのか…俺達はクリムゾンだぞ…」

 

「パーフェクトスコアも持ってない雑魚がクリムゾンとか謳ってんじゃねぇよ」

 

んにゅ?奥に誰かいる…?

 

「てめぇ…クリムゾンに逆らってただで済むと思ってんのか…」

 

「ただで済まないのはお前らだろ?ベース一人にデュエルで負けたんだ。お前らはもう終わりだよ」

 

「うっ……」

 

ベース1人で…?嘘でしょ…?

 

「た、頼むよ…この事は誰にも言わないでくれ。な?事務所にバレたら俺達もうバンドやれねぇよ…」

 

「脅しの次は泣き落としか?」

 

「頼む…金ならやるから…な?」

 

うわ~。最低だ。これがクリムゾンか。たか兄とおっちゃんの言ってた通りだね。

 

「俺はお前らクリムゾンに所属してるバンドは全て壊す。2度と音楽がやれないようにな」

 

「なっ、ま、待ってくれよ…!」

 

奥にいた人がこっちに歩いて来た。ヤバッ!隠れなきゃ!ボクはしゃがんで物陰に隠れた。

 

「お嬢ちゃん。ここで見た事は内緒でね?」

 

「ふぁ!?」

 

バ…!バレてる!?ボクの可愛いオーラは隠れても隠しきれなかったというのか!?

 

ボクは顔をあげてその人を見てゾッとした。優しい声なのに…すごく怖い、すごく冷たい目。この人に関わっちゃいけない。そう思った。

 

「じゃあね」

 

そう言ってその人は去って行った…。

 

あの人…どこかで見た事あるような…。

 

ダメだ。もう忘れた方がいい。

ボクは今日ここで見た事をソッと記憶の奥に封印した。



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第7章 アルテミスの矢

オレはライブハウス『ファントム』に一人来ていた。

 

「りょ…亮さん。あの、コーヒーのおかわり…いかがですか?」

 

そう言ってファントムのオーナーの娘である初音ちゃんが話し掛けて来てくれた。

 

「ありがとう、初音ちゃん。是非お願いするよ」

 

「は…!はい!!」

 

まだオレより全然年下なのに、親の手伝いも接客もしっかりして…。

初音ちゃんは偉いな。

 

オレの名前は秦野 亮。

Ailes Flammeというバンドでギターをやっている。一応オレがバンマスらしい。

 

そう。オレがAiles Flammeのバンマスなのに、オレは今、バンドの練習を用があるとサボってコーヒーを飲んでいる。

 

渉も拓実もシフォンも、今頃はスタジオで練習してるだろう。それなのにオレは…。

 

「あれ?秦野?」

 

名前を呼ばれたので声のした方に目をやった。

 

「おう、クールビューティーか」

 

「は?あんたまで何言ってんの?」

 

そこには同じ学校の雨宮 志保がいた。

オレとは同じクラスじゃないが、最近はよく話す仲だ。

 

「秦野がファントムに居るのもあれだけどさ?一人とか珍しくない?江口とか内山は?」

 

「こないだ言わなかったか?オレ休日はたまにここにランチとかしに来るって」

 

「いや、もう夜だよ?それに今日平日だし」

 

何を思ったのか雨宮がオレと同じテーブル席に座った。一人で考え事してたかったんだけどな…。

 

「雨宮…。席なら他にも空いてるだろ?」

 

「え?迷惑?」

 

いや、面と向かって迷惑とか聞かれてもな…。

 

「迷惑って訳じゃないけどよ…」

 

「何か悩んでそうだな~って思って、話を聞いてあげよっかな?って。シフォンの事?」

 

なんでみんなオレが考え事してるとシフォンの事だと思うんだ…。

まさか、オレがシフォンに惚れているのがバレている?ふっ、まさかな…。

 

「なんでシフォンの事なんだよ。色々だよ色々…」

 

「ふぅん……色々って何?」

 

「色々っちゃ色々だ」

 

「ふぅ~ん……あ、初音、あたしアイスコーヒーお願い」

 

「は~い」

 

雨宮の注文に奥にいる初音ちゃんが返事をした。なんだよ、結局この席に居座るのかよ。

 

 

 

 

 

「………なぁ、雨宮」

 

「ん?何?」

 

どれだけ時間が経ったんだろう?

雨宮はアイスコーヒーを半分以上飲み終わっている。

それなのにあれから一切会話をしていない。

 

「お前さっきから全然喋らないな?」

 

「ん?何か悩んでんじゃないの?だから一人で考えたいのかな?って思って話し掛けなかったんだけど…」

 

いや、そうだけどよ。

 

「ならわざわざこの席に座らなくて良かったろ?雨宮も退屈だろ?」

 

「いや、別に?この席でも他の席でも一人でボーっとしてる事になるなら一緒じゃない?」

 

「……そう言われたらそうだけどな。何か話した方がいいかな?とか、オレが気にするじゃねーか」

 

「お?何か話す気になった?話してみ話してみ」

 

そういう意味じゃねーよ…。

 

「大体、お前は何でファントムに来たんだ?家に帰ったら愛しの渚さんが居るんじゃないのか?」

 

渚さんとは、雨宮がやっているバンドDivalのボーカル水瀬 渚さんの事だ。

挨拶程度しか話した事はないが、一応顔見知りではある。

雨宮は今、渚さんと一緒に暮らしているそうだ。

 

「あたしはその渚も含めてDivalのメンバーとここで待ち合わせだよ。バイトの終わり時間勘違いしててね。家に帰ってまたここに来るのもめんどくさいし」

 

「結局ファントムにも用事あるのか?」

 

「いや、今日はあたしのバイトの日だから晩御飯の用意出来なかったからね。またみんなで居酒屋でご飯しようって事になって。ここから近いお店だし」

 

「居酒屋って……お前、オレらまだ高校生だぞ!?」

 

未成年の飲酒ダメ!絶対!

 

「あたしはお酒は飲まないよ。居酒屋のご飯メニューが大好きでさ?ほら、家じゃ作れないのとか、作るの面倒な料理とかあんじゃん?」

 

「でもだからってな……」

 

「店長さんともお友達になったし、うちらミーティングとかよくその居酒屋でやってるんだよ。あ、たまに貴とか英治さんも来るよ」

 

「貴さんと英治さんまで…。そういや前にそんな事も話してたな。シフォンが行きたがってたっけ……」

 

まぁ、それだけ大人がついてるなら酒を飲む事もないか…。

 

「渚と理奈がすごいお酒好きだからね。家でもいつも2人は飲んでるし」

 

「渚さんも理奈さんもそんなに飲むのか…。何かイメージと違うな」

 

「ん?どんなイメージ持ってた?言ってみそ?」

 

「渚さんは…元気な明るい女子って感じで、歩き食い出来るようなクレープとかアイスとかそういうの好きそうなイメージで、理奈さんはいいとこのお嬢様って感じかな。テラスで紅茶を飲んでるような」

 

「あはは、そんなイメージだったんだ?あたしは?」

 

「雨宮は…昼に弁当食ってるのも見てるし、最近はよく話すからな。今更イメージとか言われてもな…」

 

「それもそっか」

 

「……さっきの悩んでる事の1つだけどな」

 

「うん?」

 

「オレ達Ailes Flammeにはまだ曲が1曲しか出来てない。渉もシフォンも歌詞を考えてくれてるけどな。もっと曲を完成させないとライブも出来ないな。ってな」

 

「う~ん…曲かぁ。うちも最近は理奈に任せっきりだしなぁ」

 

「Divalも3曲しかまだないんだよな?」

 

確か先日のライブでは3曲しかないって言ってたもんな。

 

「そうだねー。理奈が頭悩ませながら曲作りしてるけど…」

 

「11月のファントムギグまでには5曲…いや、6曲くらいは欲しいよな…」

 

「確かにね…でもAiles Flammeには曲はあるんでしょ?貴にアドバイスもらったんじゃないの?」

 

「自分達が伝えたい気持ちとか、かっこいいって想いをそのまま歌詞にすればいいってやつな」

 

「シフォンへの想いをそのまま歌詞にするとか!」

 

「バカ、そんな曲作ったら1曲でライブの出演時間終わっちまう」

 

「そんな長いの…?」

 

今は自分の伝えたい気持ちとか、音楽への想いとか…。そんな事がわからなくなっている。

オレが今日の練習をサボってしまったのもそれが理由だ。

 

evokeのライブでオープニングアクトをさせてもらって、ライブが楽しいって気持ちを知る事が出来た。

 

Blaze FutureとDivalのライブを見て、やっぱり音楽はすごい。音楽は楽しいって気持ちを改めて感じる事が出来た。

 

だけど、貴さんと出会ってBREEZEを知り、親父とお袋に昔の事を初めて話してもらって、クリムゾンミュージック……いや、クリムゾングループの事を改めて知って……。オレは音楽でどうなりたいのかわからなくなった。

 

オレから渉や拓実にバンドの話を持ちかけておいて…。

渉にもバンドを、ライブをやっていこうと言ってもらったってのに…。

 

親父達の復讐の為にオレは音楽をやるつもりはない。それはオレの親父とお袋も望んでいない。

オレがオレらしく楽しい音楽をやる。それが親父とお袋の望みでもある。

 

だけどオレは……。

わからない…。どうしたいんだ…。

 

「秦野?聞いてる?」

 

「あ、わ、悪い。考え事してた」

 

雨宮と一緒に居るのに思いっきり自分の世界に入ってしまってたぜ…。

 

「でさ?何?」

 

「だから考え事してて聞いてなかったって…」

 

「そうじゃなくて!秦野のほんとの悩み事。もうすぐみんな来ちゃうしさ。今のうちに話してみな。話してみたら何か変わるかもよ?」

 

「何か変わるかもって言われてもな…」

 

「うん、それってやっぱり他に悩んでる事があります。って事だよね?」

 

「あっ……」

 

雨宮ってそういうとこ鋭いよな。

 

「少なくともあたしはさ。Divalのみんなと話して……変わった。……変われたよ」

 

確かに1年の頃と比べたら雨宮は変わった。こうやってオレ達と話すようにもなったしな。

 

「Ailes Flammeのみんなには話し辛い事もさ。赤の他人のあたしになら話せるってもんでしょ」

 

赤の他人って…。思いっきり同級生じゃねぇか……。

 

「ハァ……。わかった。オレも一人で考えてても答えなんか出ないだろうしな」

 

オレは雨宮に話す決心をして、『少し長くなるかも知れないぞ?』と先に言った。

雨宮は黙って頷いてくれた。

 

「オレの親父とお袋は昔バンドをやっていてな。小さなライブハウスでライブやったりしながら生計を立ててたんだ。幼稚園児だったオレも渉もたまにライブに応援しに行ったりしててな。オレ達は親父達のバンドの曲が大好きだった」

 

雨宮は黙って聞いてくれている。

 

「けど、オレが小学生になった時くらいに解散したんだ。オレはガキなりな。うちはそんな裕福ってわけじゃなかったし、経済的な問題で解散したのかな?と思ってた。でもな…」

 

オレは熱くなりそうな気持ちを抑えて、静かに冷静に口を開いた。

 

「でもな。解散した理由はそうじゃなかった。親父達のバンドはクリムゾンに……」

 

「クリムゾン!!?」

 

オレは驚いた。いつもクールな雨宮が大声をあげて立ち上がったからだ。

 

「あ、雨宮…?」

 

「ごめん…。大きな声出しちゃって…。続けて…」

 

「あ、ああ……。その…クリムゾングループの会社にな。潰されたんだ。妨害とか色々とあったらしい」

 

オレはそのまま話を続けた。

 

「オレの親父達はそれよりずっと昔からクリムゾングループの音楽のやり方、在り方に反感があって、ずっと戦っていたらしくてな。結局は最終的に潰されたってわけだ」

 

「そっか。それで?何を悩んでるの?」

 

「オレはオレが大好きだった親父達を潰したクリムゾングループが憎い。クリムゾングループをぶっ潰してやりたいと思ってる。でも、そんな復讐の為に音楽をやりたい訳じゃない。オレは好きな音楽を復讐の道具にしたくない。Ailes Flammeのみんなをこんな事に巻き込みたくもない。それで、今、オレがこれからどうしたいのかわからなくなったんだ。楽しい音楽をやりたい。でも、クリムゾングループも潰したい…」

 

「うん」

 

「こないだ渉にも少しこの事を話した」

 

「江口は?何て言ってた?」

 

「楽しんで音楽やって、何かあったら何かあった時に考えりゃいいって…」

 

「あたしもそれでいいと思うよ」

 

「ああ…、そうなんだけどな…」

 

「あたしの知り合いにね」

 

「ん?」

 

「んー、あー……。めんどくさいな…」

 

雨宮?

 

「うん、まぁいっか。……あたしの知り合いじゃなくて、あたしの話なんだけどさ?」

 

それから雨宮は自分の事を話してくれた。

 

自分の両親がバンドをやっていた事。

母親が事故で亡くなってバンドを解散した事。

そしてその後、父親がクリムゾングループのバンドに入った事。

父親がクリムゾングループ以外のバンドを潰していっている事。

父親に潰されたバンドのメンバーに恨まれて襲われるようになった事。

雨宮も復讐の為に音楽をやっていた事。

そして、Divalのメンバーと出会って変われた事。

 

「だけどあたしもね。今もお父さんを、クリムゾングループを倒す為にって気持ちも消えてないよ。いつか必ず倒す」

 

「雨宮…」

 

「でもそれは通過点なの」

 

「通過点…?」

 

「あたし達Divalは最高のバンドになる。お父さんを倒す事も、クリムゾングループを倒す事も、最高のバンドになる為の通過点だよ」

 

『天下一のバンドな。なろうぜ、俺達が』

 

渉…。

 

「あたしは最高のバンドになる為に楽しんで音楽をやる。それだけだよ」

 

「渉も言ってたな。天下一のバンドにオレ達がなろうって。そうだな。天下一のバンドになる頃には、クリムゾングループもぶっ潰してる事になるか…」

 

「は?江口と一緒にしないでくれない?」

 

雨宮…。渉にはきついな…。

 

「雨宮、ありがとうな。渉にもそう言われてたのにな。やっと…吹っ切れた気がするよ…」

 

拓実とシフォンにもこの事はちゃんと話そう。オレはそう思った。

 

 

 

 

「話は聞かせてもらった!」

 

オレ達が声のする方に目を向けると…。

 

「亮!お前、幼馴染の俺も同じ事言ってたのに!なんで雨宮の言葉で吹っ切れるんだ!?俺涙目じゃねーか!」

 

わ、渉!?何でここに!?

 

「亮!水くさいよ!!僕らに先に話して欲しかったよ!!僕も亮と一緒に戦いたいんだよ!」

 

た、拓実?

 

「亮く~ん!練習をサボって志保とデートとかやるじゃ~ん!まぁ、それはいいとして!!

クリムゾングループはボクも嫌いなんだからね!ボクも戦うよ!!悩んだらボク達に相談して?仲間じゃん」

 

「ありがとうな、シフォン。でもこれはデートじゃない。あいつが勝手にオレのテーブルに座ってきただけだ。オレがデートしたい相手は目のま…」

 

「私達も話は聞かせてもらった!途中からだけど!」

 

また!?次は誰だ!?

今からシフォンに大事な事を伝えようとしてたのに!

 

オレ達がまた別の声がする方に目を向けると…。

 

「志保!まさかAiles Flammeのギターくんとデートをしているとは!?」

 

「渚……?話は聞かせてもらった!って言ってたよね?話を聞いてたくせにそう思ったの?」

 

「志保、そのAiles Flammeのギターくんにはちゃんと謝っておきなさい。私達が最高のバンドになるのだから、天下一のバンドになれる事はないわ」

 

「理奈はなんでそんな強気なの?」

 

「ごめんね~。渚も理奈ちも志保のバイト終わるまでにウォーミングアップしとこうとか言って、家でもう戦乙女を2本あけるくらい飲んじゃってさ……止めなかったんだけどねっ!」

 

「今から飲むんでしょ!?ウォーミングアップって何よ!?いきなりラストスパートくらい飲んでるじゃない!」

 

「最初から最後までクライマックスだぜ!」

 

「渚~、少し落ち着こう?ね?」

 

渚さんも理奈さんももう飲んでるのか…。

大変だな、雨宮……。

 

そして渚さんがオレに近寄って来た。

 

「秦野くんだっけ?亮くんだっけ?」

 

何で貴さんと同じ聞き方するんだ、この人。

 

「どっちも合ってます。あの、なんすか?」

 

「クリムゾングループを倒すとか、お父さんとお母さんの仇を討つとか。それも大事な事なのかも知れない。でもね?秦野くんが楽しく音楽がやれないなら、それは意味のない事なんだよ。だから、今は楽しんで音楽をやって。そして、その時が来たら戦おう。私達も同じ音楽が好きな仲間だよ。一緒に戦うよ」

 

渚さん…。

 

「ぷっ、ふふ、くふふ…」

 

「笑われた!?私なんかおかしい事言った!?」

 

「す、すみません、渉も渚さんも…貴さんと同じ事言うから…おかしくて…ふふ」

 

「先輩と同じ!?」

 

「貴さんも言ってくれたんすよ。その時が来たら一緒に戦ってくれるって」

 

「先輩と……同じ…だと……!?」

 

「そんなショックなんすか?」

 

渉や貴さんや渚さんだけじゃない。

拓実もシフォンも一緒に戦うと言ってくれた。

雨宮もクリムゾングループを倒す気でいる。

 

オレは音楽が好きなのにな。

好きだからバンドをやる。それだけなのにな。

こんな事で自分がわからなくなるなんてバカみたいだな。

 

「仲間…か。貴さんも…昔のBREEZEもそう思って戦う事にしたんだろうな。クリムゾングループと」

 

「うん!そうだよ!たか兄もおっちゃんもトシ兄も!仲間の為に『アルテミスの矢』になったって言ってたもん!」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

オレとシフォンが楽しく愛を語らっていると雨宮が割り込んできた。

 

「『アルテミスの矢』って何?何なの!?」

 

雨宮が珍しく興奮している。さっきのクリムゾンの名前が出た時といい今日は珍しい雨宮を見れる日だな。

 

「『アルテミスの矢』って実在したのね。うちの父の戯言だと思っていたのだけれど…」

 

「ん?理奈ちのお父さんも『アルテミスの矢』だったん?」

 

理奈さんと香菜さんも『アルテミスの矢』を知っているのか。

そういえば香菜さんもシフォンと同じように英治さんにドラム習ったんだもんな。

 

「だから、その『アルテミスの矢』って…」

 

おっと、雨宮に説明するの忘れてたな。

オレも詳しく聞いた訳じゃないが教えてやるか。

 

「雨宮、『アルテミスの矢』ってのはな。昔に居た伝説のガールズバンドArtemis(アルテミス)ってバンドが中心となってクリムゾングループと戦っていた団体の名称だ」

 

オレが説明しようとしたら渉が説明しだした。何でお前がそんな事知っているんだ?

 

「団体って言っても別に徒党を組んで戦ってたわけじゃないし、中には会った事ないバンドさんも居たりもしたし、まぁ、クリムゾングループを倒すぞー!傘下にはならないぞー!って同志の集り。仲良しバンドの集りみたいなもんだ。元々はにーちゃんのバンドの拓斗って人が結成したらしい」

 

「江口…何であんたがそんな事知ってんのよ……」

 

オレもそれは疑問だ。しかもオレより詳しいし。

 

「いや、そこで英治にーちゃんがカンペ持ってるから読んだだけだぞ?」

 

「英治さん!?」

 

「ハッハッハ、見つかっちゃったか」

 

そういやここファントムだもんな。

英治さんも居るわな…。

 

「英治先生ちわ~す!」

 

「おっちゃんハロー!」

 

香菜さんとシフォンが挨拶をした。

 

「いやー、なんか懐かしい話してるなって思ってな」

 

「英治さん…。あたしのお父さんとお母さんも『アルテミスの矢』だったの?」

 

雨宮のご両親も?ちょ、待てよ。

雨宮の親父さんって今はクリムゾングループに……。

 

「タカ……は、言わないか。誰かに聞いたのか?」

 

英治さんが雨宮に質問した。

 

「ううん、まどかさんの部屋で…昔のアルバムを見せてもらって……そこに貴とお父さんとお母さんの写真があって。段幕に『アルテミスの矢』って、反クリムゾングループって書いてたから…」

 

「あー、拓斗が悪ふざけで作った旗か。あいつヤンキー漫画好きだったからなぁ…。てか、何でまどかはそんな頃の写真を持ってるんだ…?俺はそれが怖い」

 

雨宮の親父さんは今、クリムゾングループの事務所のバンドをやっている。

けど、昔はクリムゾングループを倒す為の『アルテミスの矢』の一員だったって事か…?

 

「英治さん、教えて。お父さんも『アルテミスの矢』だったの?」

 

英治さんは少し困った顔をしたが…

 

「そうだよ。大志さんも香保さんも『アルテミスの矢』だった。俺達と一緒にクリムゾングループと戦うバンドマンだった」

 

「そっか。だからお父さんがクリムゾングループでギターやってるって言った時、英治さんは遠い目をして、貴は話を打ち切ろうとしたのか…」

 

「いや、関係ないよ。俺は昔が懐かしくて思い出してただけだ」

 

「お母さん……胸大きかったもんね…」

 

「ああ…、大きかった。いつも見てた。………うん?違う!違うぞ!?別に香保さんのおっぱいを思い出してたわけじゃない!!」

 

「雨宮、元気出せ。それなら遺伝的にはいつか雨宮も大きくなるかもしれない」

 

「江口……そんなに学校卒業したくないの?」

 

雨宮…大丈夫なのか…?

 

「ありがと、英治さん。おかげでスッキリした」

 

「そうか?なら良かったけど…」

 

「お父さんが昔にクリムゾングループを倒そうと戦ってたとしても、今はクリムゾングループのバンドマンだったとしても。あたしのやる事は変わらない。楽しんで音楽やってくだけだから」

 

雨宮…、強いな。いや、Divalのみんなのおかげで強くなったのか。

オレもAiles Flammeのみんなと居たら、もっと強くなれる気がする。

いや、今はそう思える。

 

「渚、理奈、香菜!ごめんね!そろそろ行こうか」

 

「ええ、行きましょうか」

 

「うん、行こ。あたしお腹空いちゃったよ~」

 

雨宮がそう切り出して理奈さんと香菜さんが応え、ファントムを出ていった。

なのに、渚さんだけは英治さんの側に居た。

 

「渚ちゃん?どした?」

 

「英治さん。Artemisってバンドなんですけど…」

 

Artemis?

『アルテミスの矢』の中心だったってバンドか?

 

「渚ちゃん、Artemisを知ってるか?この辺じゃライブもあんまりやってないし、CDも出してない伝説のバンドって感じなんだけど……」

 

オレもArtemisってバンド知らないしな。

正直聞いた事もない。

 

「いえ、ほとんど知りません」

 

ほとんど…?

 

「あ、そっか。渚ちゃん関西だっけ?Artemisは拠点が関西だったからな。あっちでは名前くらいは通ってたのか?東のアーヴァル、西のArtemisって言ってたくらいだしな!俺らが勝手にだけど!」

 

「Artemisのボーカルは木原 梓(きはら あずさ)さんですか?」

 

「そうだけど…?渚ちゃん、梓の事知ってるのか…?」

 

「やっぱりそうですか。ありがとうございます」

 

「渚ちゃん?」

 

英治さんと渚さんがそんな話をしていると…

 

「渚ー!行くよー!」

 

「わ!待って!すぐ行く!」

 

雨宮が渚さんを呼んで、渚さんももう一度だけ英治さんに頭を下げて走っていった。

 

「亮!」

 

オレが走っていく渚さんを見ていると渉が話し掛けて来た。

あ、そうだ。オレも渉達に聞きたい事があったんだ。

 

「そうだよ!渉!お前ら今日は練習じゃなかったのか!?何でファントムに居るんだよ!」

 

渉!とは、言ったもののオレは拓実とシフォンにも問いただすつもりで聞いてみた。

 

「あ?そんな事か?」

 

そんな事って…。

 

「井上くんがね。なんか亮の様子が変だって言ってたみたいでね。シフォンにその連絡が行ってさ。

僕達も練習を休んで亮の様子を見ようって思ってさ」

 

「亮はボーっと歩いてるみたいだったからな!尾行するのも簡単だったぞ!」

 

「そうだったのか…。悪かったな心配かけて……。って、その井上は来てないのか?」

 

「ああ、今日はどうしても大事な用事があるらしくてな?俺達もシフォンの連絡先知らないから大変だったぞ?俺と拓実で尾行しながら井上に連絡して、井上からシフォンに連絡してもらって、シフォンからの返事をまた井上が俺達に連絡してくれて。って感じで」

 

「そうか…。井上にも迷惑かけちまったな……」

 

「……お前も大変だな、シフォン(ボソッ」

 

「おっちゃん…お願い…。ボクにシフォン用のスマホ買って…。みんなボクが遊太だって未だに信じてくれないし…(ボソッ」

 

明日、学校行ったら井上にも礼を言わないとな。

 

「なぁ、渉、拓実、シフォン。今日はすまなかったな。そして、ありがとうな」

 

「気にすんな!」

 

「もし今度僕が悩んだりしたらその時はお願いね、亮」

 

「そうだよ亮くん。ボク達は仲間なんだからね!」

 

みんな…ありがとう。

そうだな。オレ達は仲間なんだよな。

 

そしてオレはある事を思い付いた。

 

「そうだな。オレ達は仲間だもんな。それで今思ったんだけどな」

 

「なんだ?」

 

「ライブの時はさ。オレ達Ailes Flamme のトレードマークみたいなお揃いの何かを持ってみないか?ほら、BLASTならバンダナ、キュアトロならピンキーリングとかあるだろ?なんかそんな感じでさ」

 

「わぁ!いいね!それ!僕は大賛成だよ!」

 

拓実が賛成してくれた。

 

「ボクも!なんか可愛いのがいい!」

 

そうだな。シフォンは女の子だし、男女で持てるようなものがいいな。

そしていつかオレとペアリングとかしような。シフォン。

 

「俺もそれはいいと思うけどな。どんなのにするんだ?」

 

「それを今から4人で話し合おうぜ」

 

「「「そうだね(な)」」」

 

 

 

 

 

そしてその日4人で色々話し合い、オレ達のアイテムが決まった。

 

英治さんにBREEZEの時はそういうトレードマークみたいな物はあったのか聞いてみたら、それぞれメンバーには自分のピックがあって、それをネックレスとかブレスレットとかに着けてたそうだ。

 

貴さんが黒色のピックで、英治さんが金色のピック、トシキさんが銀色のピックで、拓斗って人は白色のピックだったらしい。

 

ピックのネックレスとかいいんじゃないか?と、渉が言ってそう決まった。オレ達Ailes Flammeは個人ではなくバンドとしてのピックを作り、そのピックに紐を通してネックレスにしようという事になった。

カラーは話し合った結果、炎と翼のイメージから赤地と白文字のピックにしようという事になった。

 

このピックのネックレスが

オレ達Ailes Flammeの仲間の証になった。

 

それから夏休みに入り、オレ達は曲作りも順調で、夏休みを活かして渉と拓実はリゾートバイトに行く事になり、夏休みの後半には、オレ達のライブが決まった。



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第8章 リゾートバイト

「ハァ…ハァ…ハァ…、ま、待ってよ…渉…」

 

「ハァ…ハァ…拓実…!頑張れ!もう少しだぞ!」

 

俺は江口 渉。

今、俺と拓実は全力で走っている。

 

何故かというと今日から俺と拓実でリゾートバイトを始めるからだ。

まぁ、3日間だけの短期バイトなんだけどな!

しかし、そのバイトの集合時間に俺達は遅刻しそうで焦っているのだ。

 

「わ、渉が…この電車だって言うから乗ったのに…」

 

そう、俺は行き先の違う電車に乗り込んでしまったのだ。途中で拓実が気付いてくれなかったらアウトだったな。

 

 

 

 

「つ、着いた…。間に合った…」

 

「いやー、焦ったな!集合時間の20分前!やっぱり人間やれば何とでもなるもんだな!」

 

「電車を…乗り間違えなかったら、ハァ…ハァ…ゆっくり歩いても……余裕で間に合ったんだ……けどね…ハァ…ハァ」

 

「初日から大変だな。ドンマイ!」

 

「それ自分で言うの?」

 

俺と拓実が何故リゾートバイトをする事になったかと言うと、ただ単にお金が欲しかっただけだ。

 

俺はバイトもしなきゃな~。って思ってはいたけど今はバイトもしてないし、拓実はケーキ屋でバイトをしてるんだけど、お盆のこの時期は店が休みみたいだからな。

 

それでせっかくの夏休みだし、旅行気分も味わえるリゾートバイトに応募してみよう。って事になった。

 

どんなバイトをやるのかは、バイト先の班に寄って変わるらしいんだけど、友達同士の応募は優先的に同じ班にしてもらえるみたいだから、応募してみたってわけだ。

実働は合計8時間でそれ以外は自由時間みたいだし、ホテルの宿泊費も交通費も支給みたいだし、なかなか楽しいバイトになりそうだ。

 

「亮と井上くんも来れたら良かったのにね」

 

亮と井上も誘ったんだけど、このバイトは8月13日から15日まであって、今日8月12日にはバイトの説明会があるし、帰りは16日になるからバイト参加者は実質5日間は拘束される事になる。

 

亮は14日に蕎麦の会という会合があるから来れないらしく、井上は今日12日の昼間は友達の13日からのイベントの手伝いを毎年やってるらしくて無理との事だった。

 

「あ、渉。あそこが受付じゃない?」

 

俺達は受付に身分証明書と履歴書を渡して署名をし説明会の会場へと通された。

 

「結構応募した人多いんだね」

 

通された会場にはたくさんの人が居てガヤガヤとしていた。

大学生くらいの人は男女でグループみたいなのを作ってたり、なんかナンパ紛いな事までしてる人達も居た。

 

「なぁ、拓実…」

 

「何?」

 

「なんか俺達場違い感あるな…」

 

「あはは、そうだね…。あ、あそこの席空いてるよ。あそこに座ろ」

 

俺達が空いてる席を見つけてそこに座ると…

 

「ご、ごめんなさい。友達が到着したみたいなんで…また今度…」

 

「じゃあまた今度遊ぼうよ。LINEとかやってる?交換しようよ」

 

「あ、あはは、すみません。LINEとか興味ありませんので…」

 

そう言ってチャラそうな男の人達に群がられていた所から出てきたのは香菜さんだった。

 

「え?香菜さん…?」

 

「渉くんも拓実くんもこんちは~!」

 

「香菜ねーちゃんこんちは!香菜ねーちゃんもここのバイト応募したのか?」

 

「うん、まぁね。旅行気分も味わえるだろうし楽しそうって思って応募したんだけどね。………ナンパばっかりでうんざりしてたとこだったんだよ」

 

「か、香菜さん、可愛いですからね。ナンパもされちゃいますよね」

 

「えへへ、可愛いって言ってくれてありがとね拓実くん」

 

香菜ねーちゃんナンパされまくってたのか。そう思ってさっきの男達の方を見ると

 

「チッ男連れかよ」「狙ってたのにつまんね~」「おい、次あの子行こうぜ」

 

うっわ~、ホントうざいなこいつら。

ここに何しに来てんだよ。バイトだろ?

にーちゃんが居たらキラークイーンで全員吹っ飛ばしてもらってたくらいだぜ。

 

「ね、ね、せっかくこんな所で会えたんだしさ。あたし渉くんと拓実くんの友達応募って事にしてくれないかな?あんなのと同じ班になったら嫌だし…」

 

「僕は全然構いませんよ!良かったら是非!」

 

「そういう事なら俺も全然いいぞ!」

 

「ありがとー!助かる!」

 

そうして、俺と拓実と香菜ねーちゃんは同じ友達応募としてバイトに参加したって事になった。

 

「へー、渉くんってバイトしてないんだ?」

 

「バイトしなきゃなってのは思ってるんだけどなかなかこれだ!ってのが無いって言うか…」

 

「なんかやりたいなー?ってバイトとかないの?」

 

「今は特になぁ…。これなら出来るってバイトも思い付かないし…」

 

「拓実くんは?バイトやってる?」

 

「僕はケーキ屋でバイトを…」

 

「ケーキ屋さん?」

 

「拓実の夢はパティシエベーシストだからな!」

 

「わ、渉…!」

 

「そうなんだ?じゃあ、ケーキ屋で販売じゃなくて作る方?」

 

「あ、レジも時々やってますけど基本は作る方で…」

 

「そうなんだ!?今度お店教えてよ。拓実くんの作ったケーキ食べてみたいし」

 

「いいですけど、男で…そのケーキ屋とか変じゃないですか?」

 

「何で?パティシエになりたいんでしょ?だったら勉強にもなるしケーキ屋のバイトとか最高じゃない?全然変な事ないよ。夢に向かって頑張ってるってかっこいいと思う」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

良かったな、拓実。

ちゃんと見てくれる人は見てくれるんだ。

 

-コンコン

 

部屋の扉がノックされ、スーツを着た人達が入ってきた。説明が始まるのかな?

 

「皆さん、この度は弊社のアルバイトの応募をして頂き誠にありがとうございます。それではアルバイトの説明を始めさせて頂きます」

 

説明を簡単にするとこんな感じだった。

企業側が無作為に5名の班を決める。

その班毎に系列の海の家や、ホテルのウェイター、ガードマンや掃除係etcetc。

そんな仕事が割り振られるそうだ。

この後、班毎に研修という名の仕事の説明があり、それが終われば今日は自由時間になるそうだ。

 

「僕出来るかなぁ…。海の家の仕事とか大変そう…」

 

「大丈夫大丈夫!一緒に頑張ろう!」

 

「香菜さん………はい!」

 

「それよりあたしは同じ班になる人が心配かなぁ。さっきみたいな男の人ばっかだったらどうしよ…」

 

「香菜ねーちゃん大丈夫だ!そん時は俺と拓実で守ってやる!」

 

「ふふ、ありがとうね。渉くん」

 

そして俺と拓実と香菜ねーちゃんのグループが呼ばれた。

その時に一緒に立ったのは男の人と香菜ねーちゃんみたいに色々な男の人に言い寄られていた女の子。

 

そういやこの女の子の所には男の人だけじゃなくて女の子も多かったみたいだけど友達グループでの応募ってわけじゃなかったのか…。

 

 

 

 

「それではこれよりこの班の説明に入らせていただきます。雪村さん、この班の班長をお願い致します」

 

「え!?あたしですか!?」

 

「はい。この班の最年長は雪村さんですので」

 

「は…はい。わかりました…」

 

香菜ねーちゃんがこの班の班長なのか。

迷惑かけないように頑張らないとな。

 

そして俺達の班の仕事が決まった。

1日目、8月13日が朝の10時から19時まで海の家の仕事。

2日目の8月14日が10時から14時まで海の家で、休憩と自由時間を挟んで18時から22時までホテルの屋上レストランでウェイター。

3日目の8月15日が13時から22時までがホテルの屋上レストランでウェイターらしい。

 

2日目の昼の空き時間は、せっかくのリゾート地だから昼に遊びたい人もいるだろうからと企業側の配慮らしい。

 

「以上で説明会は終了です。この後は自由時間ですが、怪我等されませんようにお願い致します」

 

 

 

 

「う~……ん、やっと終わったぁ~」

 

「渉も香菜さんもお疲れ様」

 

「おう!拓実もお疲れ!」

 

この後はどうしようかな?

ホテルの部屋に戻って寝るのもいいけどなんか勿体ないよな。

 

「あの~…え、えへへ」

 

俺がこの後どうしようかと考えてると、可愛い女の子が話し掛けて来た。

 

「わ、私夏野 結衣っていいます。しばらくの間よろしくお願いします」

 

夏野 結衣?ん?どっかで聞いた事あるような?

 

「え?もしかしてBlue Tearのユイユイ?」

 

拓実がそんな事を言った。

Blue Tear……確かアイドルグループにそんな名前のグループがいたような?

 

「だよねだよね!あたしもそうじゃないかな?って思ってたんだよー。まさかこんな所で会えるなんて!」

 

「あ、あははは、元アイドル…だけどね」

 

「やっぱりそうなんだね!あたし雪村 香菜!この子達は友達の江口 渉くんと内山 拓実くん。よろしくね」

 

香菜ねーちゃんがユイユイとやらに俺達の事を紹介してくれた。

俺あんまりアイドルグループには詳しくないからなぁ。

 

「あはは、よろしくお願いします。同じ班に女の子が居てくれて良かったよ~」

 

そういやもう一人も男の人だもんな。そう思ってに一緒に呼ばれた男の人に目をやった時だった

 

「あ、あの。3日間よろしくッス。そ…それであの…」

 

男の人が挨拶をしてくれた。

だが何故かモジモジしている。俺も挨拶した方がいいかな?

 

「俺は江口 渉だ!一緒の班になったのも何かの縁だしよろしく頼むな!」

 

「は!はいぃぃぃぃ!よろしくお願いします!!」

 

ん?どうしたんだろ?

 

「んん…!オレ、不破 大地(ふわ だいち)っていいます!あの!オレこないだのevokeのライブでAiles Flammeのライブ見て!その!かっこいいなって!」

 

俺達の…ライブを見てくれた…?

それをかっこいいって…。

 

「えぇー!ほんと!?嬉しいなぁ!ねっ!渉!!」

 

ああ…、嬉しい…嬉しい…!

 

「渉くんも拓実くんもやったじゃん!これからもかっこいいAiles Flammeにしていかないとね!」

 

何だこれ…。言葉に出来ないって言うか…。

たった2曲。それも1曲目のBLASTのDreamerの時はダメダメだったのに…。

 

そんな俺達をかっこいいって…。

すげー幸せな気分だ…。

 

「えー!えぐっちゃんも、たくみんもバンドやってるんだ?」

 

あ、俺のあだ名はえぐっちゃんなんだ?

 

「オレ、BLASTってバンドのライブ見てライブに行くのが好きになって、それでたまたま行ったevokeのライブで…」

 

「そうなんだな!ならバイトの間ってわけじゃなくてこれからもよろしく頼むな!」

 

その後簡単にみんなの自己紹介をした。

 

不破 大地くん。

俺達の1つ下の高校1年の16歳。

俺達Ailes Flammeの初めてのファンになってくれた人だ。

 

 

 

 

 

8月13日。

今日は俺の初バイトの日だ。

夏休み真っ只中。それもお盆休みに入った所だしな。忙しい1日になりそうだぜ!

 

今日のバイトは海の家の手伝いだ。

拓実とユイユイは料理が出来るからと厨房の手伝い。

 

俺と香菜ねーちゃんと不破くんで呼び込みやらウェイターやらをやっている。

 

もちろんこの海の家のスタッフも数人はいるから、そこまでキツいという事はないそうだ。

 

 

 

………って言ったの誰だよ。

 

 

 

「渉!焼そばとラーメン!3番テーブルに持って行って!」

 

「お、おお!」

 

「拓実くん!8番テーブルのお客様の注文!ビール3つとかき氷のイチゴ、それとラーメン4つ!」

 

「は、はい!」

 

「すみませ~ん、注文いいですか~?」

 

「は、はい!ただいま!江口さん、雪村さんオレが行ってきます!」

 

「ごめん!よろしく!」

 

「ねー!ビールと焼そばまだぁ?」

 

「す、すみませ~ん!ただいま!」

 

こんな感じでまさに海の家は戦場と化していた。昼時だから回転が早い。もっと効率良く動かないと…。

 

 

 

14時を過ぎたあたりから少しお客さんも減ってきて、俺達は休憩を取れることになった。

 

俺は香菜ねーちゃんと一緒に休憩を取る事になり、こないだはゆっくり話せなかったしBlaze FutureとDivalのライブの事を話して過ごした。

 

「にーちゃんも渚ねーちゃんもスッゲーかっこ良かったよな」

 

「あはは、渚は飛ばし過ぎちゃって途中バテてたけどね」

 

「俺も早くライブとかしたいんだけどなぁ」

 

「Ailes Flammeはライブの予定ないの?ファントムギグまで予定無し?」

 

「う~…ん、俺達は曲がないからな」

 

「そっか。そう言えばシフォンもそんな事言ってたっけ」

 

「Divalはライブの予定あるのか?」

 

「あたしらも今のとこは予定ないかな。タカ兄にはまた対バンやろって言ってんだけどね」

 

対バンか…。

俺もにーちゃんや香菜ねーちゃん達と対バンしたいけどな。曲がないからどうしようもないしなぁ。

 

「そだ。渉くんさ?今回のこのバイトの事を歌詞にしてみたら?」

 

「バイトの事?」

 

「バイトの事って言うか、このリゾート地に来てさ。明日も明後日もバイトだけど遊ぶ時間もあんじゃん?その時に思った事とか歌詞にしてみるとか」

 

そっか。こういう日常の中で思った事とかも歌詞にすりゃいいのか。

 

「そうだな。この3日の間に考えてみる!ありがとうな!香菜ねーちゃん!」

 

「全然!うちもいつも理奈が大変そうだしね。さ、そろそろ仕事に戻ろっか」

 

そうしてバイト初日は終わった。

 

 

 

「う~…疲れたよ~。今日だけで何日分のキャベツ切ったんだろ…」

 

今、俺達は同じ班の5人で飯を食っている。

 

「あはは、結衣さんもお疲れ様でしたよね。僕も今日だけで何日分の麺を茹でたんだろうって思いますよ」

 

「内山さんもお疲れ様です。オレらは昼過ぎからはまだ楽な方だったかもですね」

 

みんなバイト初日の思い思いを語り合っている。そんな風景を見て俺は歌詞を書けるような気がしてくる。

 

「へー、香菜ぽんもバンドやってるんだ?Divalって聞いた事あるような?」

 

「へ?あたしらバンドやり始めたばっかりだし勘違いじゃない?」

 

「あー!そうだ!DivalってたぁくんのBlaze Futureと対バンやったバンドさんだよね!?」

 

「え?うん、そうだよ。すっごく楽しいライブだった……けど、結衣見に来てくれてたの?」

 

「私は行ってないけど友達がね…えへへ」

 

「うん、本当に凄かったですよ。僕達も早くライブしたいよね。渉」

 

「Ailes Flammeのライブとかオレ絶対行きますんで!」

 

「いいなぁ。私もたぁくんのライブ見たかったなぁ」

 

「ねぇ、結衣。今さらなんだけどさ?たぁくんってタカ兄の事?」

 

「うん!そうだよ!」

 

「タカ兄と知り合いなんだ?」

 

「うん、言ってなかったっけ?私もバンドやってるからさ。こないだライブの時にお世話になったの」

 

「へー、夏野さんもバンドやってるんスね。何てバンドッスか?」

 

「Canoro Feliceってバンドだよ」

 

「す、すみません。聞いた事ないッス…」

 

「あはは、ライブもこないだFABULOUS PERFUMEのゲストとして出させてもらっただけだからね」

 

「FABULOUS PERFUME?ね、結衣。もしかしてイオリともお知り合いなの?」

 

「しお……イオリくんともお友達だよ」

 

「マジで!?あたしあの子と同じ師匠の元でドラム習ったんだよ!」

 

「わ!そうなんだ!?」

 

Canoro Felice……?どっかで聞いた事あるような?

ってか、FABULOUS PERFUMEからゲストとして呼んでもらえるってすげぇな。

FABULOUS PERFUMEは俺でも知ってるすごいバンドだし。

 

「あ、あの結衣さん、もしかしてCanoro Feliceってファントムギグに参加するバンドさんですか?」

 

あ、そうか。Canoro Felice。

どこかで聞いた事あると思ってたけど拓実のおかげで思い出した。

ファントムギグに参加するバンドでそんな名前を聞いた気がする。

 

「え?ファントムギグ?」

 

「えっと、11月にBlaze Future主催のギグイベントなんですけど」

 

「あ!そういえば11月にイベントに参加するって言ってた気がする!」

 

「へ~、結衣達も参加するんだね。あたし達Divalも渉くん達のAiles Flammeも参加するんだよ」

 

「まじっスか!?Ailes Flammeも参加するんスか!?」

 

「おお、俺達も出るぞ」

 

「オレ!絶対見に行くッス!」

 

 

 

 

そうして1日目が無事に終わり、

バイト2日目が始まった。

 

今日は午前中は海の家、午後からは少し自由時間があって夜はレストランでウェイターだ。

 

午前中の海の家のバイト!

気合い入れるぜ!!

 

と、思ってたら店長が話し掛けてきた。

 

「雪村さん、江口くん、今日は海辺に行ってジュースやビールを売り歩いてくれないかな?」

 

「え?あたしと江口くんの2人でですか?」

 

さすが香菜ねーちゃんだ。

ちゃんと人と話す時は俺の名前も名字呼びするんだな。

バイトとか始めたら俺も見習わないと……。って今まさにバイト中じゃねーか。

 

「雪村さんは昨日もお客様受け良かったからね。それでジュースとか量が多いと重いから江口に荷物持ちをしてほしくてね。それで雪村さんと江口くんにお願いしたいんだけど」

 

「俺は全然いいぞ!身体も鍛えられそうだしな!」

 

「あたしも大丈夫ですよ」

 

「ありがとう。特にノルマとかあるわけじゃないしのんびりやってくれ」

 

そう言って店長はでかいクーラーボックスと電卓とお釣りや売上管理用の巾着を俺達に渡してくれた。

 

「よし、じゃあ行こっか。荷物持ちお願いね」

 

俺はクーラーボックスを持ち上げた。

うっ……クソ重い……。

 

「おう!全然大丈夫だぞ!店長はノルマないって言ってたけど売り尽くしてやろうぜ!」

 

「そうだね!頑張ろ!」

 

ほんと…少しでも売ってクーラーボックスを軽くしたい…。

 

 

 

すごい…。

このジュースとかビールってぼったくり価格なのに1時間くらいでクーラーボックスの中身が売り切れた。

香菜ねーちゃんの接客上手かったもんな…。

 

「すげぇ…本当に売り切れた…」

 

「えへへ、やったね!それもこれもひとえにあたしの可愛さのおかげだね!」

 

「あはは、そうだな!」

 

「もう!ここは同意せずにツッコミ入れてよ!」

 

「え?いや、本当にそう思ったし…」

 

「え…?」

 

う、何だこれ。何だこの沈黙…。

俺何か失敗しちゃったか?

 

「オイオイオイ、こんな往来で何イチャついてんだよ」

 

イチャついてるって……。

俺と香菜ねーちゃんの事か?

 

「お姉ちゃん可愛いじゃん。そんなガキほっといて俺らと遊びに行こうよ」

 

そう言って3人組の男が俺達に絡んできた。

 

「はぁ…めんどくさ(ボソッ」

 

「俺達がクールにイかせてやるからよ。行こうぜ?」

 

「すみません、バイト中ですんで。行こ」

 

香菜ねーちゃんはそう言って俺の手を引っ張った。

 

「いいじゃんいいじゃん。バイトなんて抜けちゃえよ。金なら俺ら持ってるし」

 

そう言って男達は回り込んできた。

しつこいなこいつら…。

 

「ごめんなさい。あたしは別にあなた達に興味ありませんので。はい、さよなら」

 

「おい、大人しくしてたらなめやがって…。いいから来いよ」

 

一人の男が香菜ねーちゃんの腕を掴んだ。

 

「ちょっ…離してよ!」

 

「いいから来いよ。オラ」

 

香菜ねーちゃんを無理矢理引っ張ろうとする男の腕を俺は思いっきり掴んで言った。

 

「ねーちゃんから手ぇ離せよ。嫌がってんじゃねーか。それがわかんねーのかよ」

 

「痛て…ガキ…離せよ…!ぶん殴るぞ!?」

 

「いいぜ?このギャラリーの中ぶん殴れるならな」

 

「んだと、てめぇ…」

 

「おい、勝男もう行こうぜ。そんな女もガキもほっとけよ」

 

「ああ、目立ち過ぎたしな。もしかしたら益男のやつが他の女ナンパ出来たかも知れねぇしよ」

 

「則助…多良雄……チ、わかったよ。命拾いしたなガキ…」

 

男が香菜ねーちゃんから手を離したので俺も男から手を離した。

 

「覚えてろよガキ!」

 

男の手を握った記憶とか忘れたいから覚えとくつもりねーよ。

 

「香菜ねーちゃん、大丈夫だったか?」

 

「ありがとね。渉くん…」

 

「ははは、俺に惚れたか?」

 

「そだね~。渉くんが歳上だったら惚れてたかもね」

 

「歳上?にーちゃんくらいか?」

 

「タカ兄は歳上過ぎでしょ……」

 

香菜ねーちゃんは歳上が好きなのか。

前途多難だな。拓実。

あれ?そういや拓実ってまどかねーちゃんと香菜ねーちゃんどっちが好きなんだろ?

 

 

 

 

「もう!どっちも違うよ!まどかさんも香菜さんも綺麗だと思うけど!」

 

なんだ違ったのか。

 

あの後、海の家に戻った俺と香菜ねーちゃんは、あんなに早く売り切れたもんだからと店長からもう一度ジュースの売り子を任された。

 

また売り切った俺達は嬉しくなってもう1回行こうと張り切ってたけど、午前のバイトの終了時間になり、今はみんなで海で遊ぼうと水着に着替えている。

 

もちろん俺と拓実と不破くんは男子更衣室で、香菜ねーちゃんとユイユイは女子更衣室でだけどな!

 

「へ~、売り子の時そんな事があったんスね。大変でしたね」

 

「それで拓実がまどかねーちゃんの事が好きなのか香菜ねーちゃんの事が好きなのか気になっちまってな」

 

「それで何でそんな思考に至ったのか僕にはわからないよ…」

 

俺達は着替え終わり、バイトしてた海の家で借りたバラソルを浜辺に差して、香菜ねーちゃん達を待っていた。

 

「お待たせー!」

 

「お、場所取りごくろー!」

 

そんなに待つ事もなく香菜ねーちゃんとユイユイが水着になって

………ないだと!?

 

「え?あれ?香菜ねーちゃんもユイユイも水着じゃないのか?」

 

「あっれぇ?渉くんあたし達の水着見たかった?おっとこのこだねぇ~」

 

いや、そんな訳じゃないけど見たかった。あれ?なんか日本語変だな。

 

「ほら?今日は夜もバイトあるしさ?あんまり疲れてもダメだから泳がないし?ね、香菜ぽん!」

 

「そそ、ならTシャツとショーパンでいっかーってね!」

 

なるほどな。確かにバイト前に体力使い果たす訳にもなぁ。

 

「って訳でビーチバレーで遊ぼう!」

 

ユイユイが器用にビーチボールを指先で回している。すげぇな。ユイユイ。

 

そして俺達は男チーム、女チームに分かれてビーチボールを楽しんだ。

 

特にハプニングとかもなく…。

普通に楽しい時間が過ぎて自由時間は終わり、夕方からのレストランでのウェイターも問題なく終わり、こうして2日目が終了した。

 

レストランではジャズバンドの生演奏もあったりして、雰囲気もいい楽しいバイトになった。

 

 

 

 

バイト最終日。

 

今日のバイトは午後からなので、俺はホテルの部屋でゆっくりしていた。

拓実は不破くんと一緒にお土産を買いに行っている。拓実は亮とシフォンへ、不破くんは友達へのお土産らしい。

 

香菜ねーちゃんに言われたように、このバイトの3日間の事を歌詞にしようと考えてるけど、なんか言葉に出来ないんだよなぁ。俺も拓実達と一緒にお土産買いに行けば良かったかな。

 

「………」

 

あー、ダメだ。

一人で部屋に居ても歌詞が浮かばない。

ちょっと出掛けるか…。

 

「あー!えぐっちゃん見っけ!」

 

俺が部屋を出てホテルの廊下を歩いているとユイユイと会った。

 

「ユイユイ、おっす!」

 

「うん!おっす!!」

 

「ユイユイも午前中はホテルでゆっくりなのか?」

 

「ううん、さっきまで香菜ぽんと一緒にお土産買いに行ってたよ。でもなんかDivalの危機だとか言って部屋に戻っちゃったから、えぐっちゃんかたくみんを探してたの」

 

Divalの危機?何かあったのかな?

まぁ、これはBlaze Future編かDival編の第8章でわかるだろ。

それより俺か拓実を探してたって何の用だろ?

 

「俺か拓実を探してたって?何の用だ?」

 

「うん!今度の私達とのライブ楽しみだね!」

 

「は?」

 

え?ライブ?誰が?

私達との…?Canoro Feliceとライブ?

 

「あれ?秦野 亮って人に聞いてないの?」

 

「亮から?」

 

あ、そう言えば歌詞考えてばっかで夕べからスマホとか全然見てなかったな。

 

「うん、ファントムでね。私達Canoro Feliceとえぐっちゃん達のAiles Flamme。そしてFABULOUS PERFUMEで8月24日にライブやるんだって。後イボーク?ってバンドさん?とかも!

元々はFABULOUS PERFUMEのワンマン予定だったらしいけどベースの子が怪我しちゃったみたいで…」

 

まじかよ…。イボークってevokeか!?

ってちょっと待て!?俺達曲もないのに!?

 

「頑張ろうね!えぐっちゃん!!」

 

「あ、ああ…」

 

歌詞……どうしよう……。

 

 

 

 

そうして歌詞も思い付かないままバイトの時間になった。

歌詞も考えなきゃいけないけど、今はバイトに集中しないとな。

 

最終日のバイトも滞りなく順調だ。

不破くんとユイユイが最初に休憩に入り、拓実と香菜ねーちゃんが次に休憩に入って、今俺は休憩室で休んでいる。

 

今はもう20時を回ったところだ。

俺の休憩もそろそろ終わる。

残り1時間と少しでバイトも終わりか…。

 

俺は初めてバイトをやってみて、どう思ったんだろう?

その気持ちを言葉に出来たら簡単に歌詞も作れるんだろうか?

 

俺がそんな事を考えていると……

 

 

<<<ガシャーン>>>

 

 

「な、何だ!?」

 

レストランのフロアの方で何かが割れるような音がした。

 

俺はまだ少し休憩時間も残って居たが急いでフロアに戻った。

 

 

 

 

「なんかすげー音がしたけどどうしたんだ?」

 

「あ、渉くん」

 

香菜ねーちゃんを見つけたので聞いてみた。

 

「あれ見てよ。酔っ払いがさ…」

 

香菜ねーちゃんの指を指した方を見るとジャズバンドさん達のステージにお客さんが登っていた。

あれ?あいつら昨日昼間の…。

 

 

 

「お前らの下手な演奏で飯も酒も不味くなんだよ!」

 

「俺らが本物の音楽っての教えてやるよ。どけよテメェら」

 

男達がジャズバンドの人達にいちゃもんをつけている。

 

 

 

「な、なんだあいつら…」

 

「酔っ払ってバンドの人達に絡んでるんだよ…。料理とかお酒とかも投げたりしてすごく迷惑なんだ」

 

「迷惑なんだって…止めなきゃだろ?俺行って来る!」

 

俺がステージに行ってあいつらに注意してやろうとしたが香菜ねーちゃんに腕を掴まれた。

 

「今、拓実くんと不破くんがオーナーに話しに行ってるから待って!結衣も厨房やレジのスタッフに話しに行ってる!」

 

「でもよ!?早くなんとかしないと!」

 

「わかってる!渉くんの気持ちもわかってるよ!でも、あたし達が下手に注意しに行ってあいつらが暴れだしたら他のお客様にも、オーナーにも迷惑が掛かる!あたし達は今はここのバイトなんだからっ!」

 

うっ…。そうか…。下手に暴れられて他のお客様に被害が行ったり、もちろん殴ったりはしないけど怪我でもさせてしまったら…。

いや、怪我とかしなくても少し当たっただけで大袈裟に騒がれたら店に迷惑がかかる…。

 

香菜ねーちゃんに掴まれてる腕が痛い。

香菜ねーちゃんも悔しくてしょうがないんだな…。

 

「悪い。香菜ねーちゃんの言う通りだな。オーナーの指示を待とう」

 

それより今出来る事をやらないと…。

今の所はジャズバンドの人達の所に行ってるから他のお客さんには被害はいってないしな。

 

「俺、他のお客様にご迷惑おかけしてすんませんって声掛けてくる!そんくらいならいいだろ?」

 

「うん、そうだね。あたしも一緒にまわるよ」

 

それから少しして拓実と不破くん、そしてユイユイも戻ってきた。

 

「オーナーが警察に連絡してくれたんだけど、今日はこの辺で花火大会があったらしくてみんなそっちに行ってるから来るのが遅くなりそうって…」

 

「え!?それでどうしろって?」

 

「オーナーは他の部署のガードマン呼んでくるから、それまでオレらバイトは他のお客様の対応して、あの酔っ払いは正社員のスタッフに任せろって事でした」

 

そう聞いた後ステージに目をやるとスタッフの人達が酔っ払いの方に歩いて行ってるのが見えた。

そしてやっと解放されたって安堵の顔でバンドの人達はステージから降りて行った。

 

ふぅ、これで一応解決するかな?

 

そう思った時

 

<<<ゴン>>>

 

スタッフの一人が殴られた。

人を殴った音をマイクが拾い、鈍い音がレストラン中に響いた…。

 

あいつら…!!

 

「許せないッスね、あいつら…」

 

不破くん…。俺もあいつらが許せない…。

 

「……くっ」

 

香菜ねーちゃんも今にも飛び出して行きそうだ。

 

 

 

「最初っから俺達に演奏させてれば良かったんだよ。バカが」

 

「飯食ってるお前ら!今から俺らが最高の音楽を聴かせてやっからよ!」

 

「女達は後で俺らの所に来いよ。全員抱いてやっからよ!」

 

「お前ら今夜はラッキーだぜ?なんせ俺らはあのクリムゾングループのミュージシャンだからな!」

 

 

 

 

「「「「クリムゾン!!?」」」」

 

 

 

俺と拓実、ユイユイと香菜ねーちゃんもクリムゾンって言葉に反応した。

 

俺と拓実は亮の事もあるからクリムゾンはぶっ倒すリストに入れてんだけど、ユイユイと香菜ねーちゃんも何かあるのかな?

香菜ねーちゃんは雨宮絡みか?

 

「俺らはDESTIRAREもXENONも越える本物のバンドだ!こんな所で俺らの演奏を聴ける事を光栄に思え!!」

 

ボーカルらしき男がそう叫んで演奏が始まった。

 

こいつらの演奏……まじかよ…。

 

「う~…耳が痛い…。なんなのこのギター…コードもちゃんと押さえれてないしヘタクソすぎる……」

 

ユイユイが耳を塞ぎながらそう言った。

そうかと思えば…

 

「な…何なのあのベース…全然リズム取れてない。僕もまだまだヘタクソだけどあれはない!」

 

拓実も怒っているようだ。

 

「あのドラム…全然ダメじゃん…。あたしが相手にしてた野盗共のが全然上手い…あれがクリムゾン…?」

 

香菜ねーちゃんは呆れている。

 

そしてボーカルはただ叫んでいるだけ。

まわりの音を全然聞けてない。声の強弱も全然つけれてない。

っていうか歌詞が何を言っているのかわからない…。

 

「オレもう無理っス」

 

不破くんが俺達の方を見て言った。

 

「これって他のお客様にもかなりの迷惑になってると思うんス。だから、ステージジャックしましょう」

 

「「「「は?」」」」

 

ステージジャック?

不破くんがそんな事言い出すもんだから俺達は驚いた。

 

「夏野さんはギターやってんスよね?雪村さんはドラム。そして江口さんがボーカルで内山さんがベース」

 

「そ、そうだけど…」

 

「控え室にはきっと予備の楽器もあると思うんス。それ持ってステージに上がってデュエルであいつらを蹴散らしましょう」

 

デュエル…?なるほどな。

俺達の音楽で蹴散らしてやればいいのか…。

 

「いいね。あたしは不破くんの案に賛成」

 

「俺も大丈夫だぞ!」

 

「ぼ、僕も頑張ってみるよ」

 

「でもさ?あの人達がデュエルを受けなかったらどうするの?」

 

そっか…確かにそうなると面倒くさいな…。

 

「それは大丈夫だよ。英治先生に聞いた事あるんだけどクリムゾンのミュージシャンはデュエルを申し込まれたら絶対に受けないといけないんだって」

 

そうなのか?なら大丈夫そうだな。

 

「よし!そうと決まれば早速控え室に行こうぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ハーハッハ!ノッて来たぜ!!」

 

「ああ!もっと演奏しようぜ!ここは俺らのステージだ!」

 

 

 

「「「「そこまでだ!!」」」」

 

 

 

「あん?」

 

「お前達の勝手もここまでだぞ!俺達とデュエルをしてもらう!負けたら素直に会計して帰ってもらうからな!」

 

「俺らとデュエルだ?ふざけんな。何で俺らがお前ら如きとデュエルなんかしなきゃなんねーんだよ?」

 

「は?あんたらクリムゾンなんでしょ?だったらデュエルは断れないはずだよね?」

 

「あ?あ、ああ!そうだな!そうだ!いいぜ!やってやるよ!」

 

ん?何だこいつら?

なんか妙に焦ってるな。

 

「あ。よく見たらてめぇら昨日のガキ共じゃねぇか!おもしれぇ、デュエルでボコってやんよ!」

 

なんとかデュエルは出来そうだな。

 

「じゃあ行くぜ!デュエル!!」

 

俺の叫びと共にユイユイがギターを鳴らす。

俺達に共通してやれる曲はBLASTのAlternativeがやれそうだった。

この1曲で終わらせる!!

 

 

 

 

 

 

「江口くん、内山くん、夏野さん、雪村さん。本当にありがとう」

 

俺達はあっという間にデュエルに勝利した。

 

あいつらが戦意喪失してコソコソと逃げようとしている所にオーナーと数人の警察がやって来て、あの男達は警察に連れていかれた。

 

俺達は残りのバイト時間をオーナーからよかったら演奏してくれないかと頼まれ、俺と拓実と香菜ねーちゃんでBLASTのDreamer。

ユイユイのギターボーカルと香菜ねーちゃんでFairy AprilのStorm flight!を、

そしてまたラストにみんなでAlternativeを演奏して俺達のバイトは終わった。

 

 

 

 

8月16日。

バイトを終えた不破くんはこのまま母方の実家に帰るらしいので別れ、俺と拓実とユイユイと香菜ねーちゃんで地元に帰っている。

 

「なんだかんだと濃い3日間だったよね。実質上4泊5日だったわけだし」

 

拓実がそう言って俺はこのバイトを思い出していた。

 

忙しかった海の家。

あっという間に売り切れた浜辺での売り子。

みんなで遊んだビーチバレー。

楽しくやれたレストランのウェイター。

初めてのデュエルギグ。

 

そして……

 

「あ、そだ。渉くん、歌詞出来た?」

 

「ああ!バッチリだぜ!」

 

「え?渉!?本当に!?いつの間に書いたの!?」

 

「へへへ、夕べにピピーンと来てな!ユイユイ!次のライブ楽しみだな!」

 

「うん!すっごく楽しいライブにしようね!」

 

 

 

俺は歌詞を完成させて次のライブの為に必死に練習しようと意気込んでいた。

 

しかし、まさか地元に戻った後、

あんな事が起こるとは今ここにいる誰もが思っていなかった。

 

俺達は本物のクリムゾングループのミュージシャンと対峙する事になる。



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Blaze Future編
第1章 バンドやろうぜ!


--ビリッ

違う。これじゃない。

 

--ビリッ

違う。これでもない。

 

--ビリッ

違う。

 

--ビリッ、ビリッ、ビリッ……

 

だめだ、ダメだった……。

 

俺は…、推しを引き当てる事が出来なかった……。

 

俺は葉川 貴(はかわ たか)

今日は『バンドやりまっしょい!』

通称『バンやり』ってゲームのカフェイベントに来ている。

朝早くから並んでアクキーを購入制限いっぱいまで買ったのだが、推しキャラが来なくて絶望していた。

 

このゲームどう考えてもエデンでライブやってるOSIRIS(オシリス)とかのバンドの擬キャラ化ゲームなんだよな……。

 

「まぁ、ピュアキャルのマイミーが来たしいいか…。とりま交換探して無理だったらTwitterで交換募集かけてみようかな」

 

そう、諦めたら試合終了なのだ。

昔の俺の恩師がそう言ってた。

俺、頑張るよ。安西先生。

 

「おにーさん、おにーさん」

 

「え?はい?」

 

「声がする方に振り向くとそこには美少女が立っていた」

 

「あの……。勝手に人のモノローグ改変するのやめてくれます?」

 

「すみません~。何か考え事してらっしゃるみたいだったので、そんな事思ってるかな?と思いまして」

 

「あ、いえ。それでなんですか?」

 

「あ、すみません。推しが来なくて交換を探してらっしゃるのかな?って思いまして」

 

「ああ、ちょうど最推しが来なくて今から交換探そうかな?と……」

 

「わぁ!そうなんですね♪どのキャラ探されてますか?

私、超レアのロングヘアマスターありますよ」

 

「いや、ロングヘアマスターいらないですから。そもそも何で俺がそれ欲しがってると思ったの?」

 

「違いましたか。じゃあどのキャラ探されてます?」

 

「えっ…と、oasisの京太くんですけど……。」

 

「チッ、推し被りかよ……(ボソッ」

 

え?今この娘舌打ちした?

 

「そうなんですね~。残念です。

では。またです~。」

 

「はぁ……」

 

びっくりした…。

そもそもロングヘアマスターで京太くんと交換出来ると思ったんだろうか?

確かに100個買って出たらラッキーってくらいのレア枠だけど人気ないのに……。

若い姿のマスターなら人気あるんだろうけどな。

 

ま、ピュアキャルのチェリーは友達用に取っておくとして、京太くん交換探すか……。

 

 

 

 

 

ふぅ、ミッションコンプリート!

交換出来た!

 

ふっ、やはり俺は推しに愛されている。

愛されてるなら自引きしろって話だけどな。

 

ハッ!?

と言うことはマイミーを自引きした俺はマイミーに愛されていると言うことになる。

マイミーの元ネタ(?)は絶対マイリーだよな?

って事はこれはもう俺はマイリーと結婚だな。

ふぅ……。QED。証明終了。

 

俺が満足気にそんな事を考えていると、

さっき声をかけてきた女の子がまだ何かを探してる様子だった。

まだ京太くん交換出来てないのかな?

 

「おねーさん、おねーさん」

 

「はい?

あ、ナンパですか?後にしてもらっていいですか?ごめんなさい」

 

「は?まだ京太くん探してるのかな?って思っただけですけど……」

 

「あぁ、さっきのおにーさんでしたか。

それがまだなんですよ~。

oasisの他のメンバーは揃ったんですけど京太くんがまだ……」

 

「交換枠誰が残ってんですか?」

 

「ロングヘアマスターなら2つ!」

 

何この娘、ロングヘアマスター2つも当てたの?ある意味強運の持主だな……。

 

「1つはレンと交換してもらえたんですけどね……」

 

え?3つも当てたの?何それ怖い。

 

「んー、なら俺の持ってるのと京太くん交換探してる人見つけたら交換してあげますよ」

 

「へ?」

 

「俺の推しは揃いましたし。

ブレイドのトマトか、メアリーアップルのアサリありますし、この2人は人気枠ですし何とか交換してもらえるんじゃないかな?」

 

「え?あの……ありがとう…ございます…」

 

 

 

 

 

 

「何とか交換して貰えましたね」

 

「ほんと良かったです。ありがとうございました!」

 

「いや、何もしてないですよ。結局、ロングヘアマスターと交換出来た事ですし……」

 

「ほんとびっくりですよねー」

 

「じゃあ、俺は帰りますんで」

 

「待って下さい。

おにーさん、Twitterとかやったりしてないです?」

 

「ん?まぁやってるけど…」

 

「せっかくこうやって出会えたんですし、Twitter繋がりませんか?これからも色々お話しません?」

 

「あー、あー……是非是非。

これ俺のアカっす。」

 

「タカ……?」

 

「あぁ、そです」

 

「今、フォローしました……。

アーヴァルとか、ラーメンがお好きなんですね…」

 

「ん?

あ、なおちんさんです?フォロー来ましたんで、フォロバしました。これからよろしくお願いしますね」

 

「本名が…佐倉 奈緒(さくら なお)ですので……なおちんです。呼びタメでいいので。よろしくお願いします…」

 

「んー、あー…俺は本名が葉川 貴っていいます。

女の子だけに名乗らせるとか、なんかあれであれなので…」

 

「ハカワ…タカさん……。

あの!!タカって、貴重品の貴って字でタカですか!?」

 

「え?ああ、貴族の貴でタカだけど?」

 

「うわ!?わざわざ貴族のとか言い直すとかキモいです!

さっきは大変お世話になりましたので、親しみを込めてTwitterでは漢字に様を付けて貴様(タカさま)って呼びますね!」

 

「いや、それ、Twitterで文字になると貴様(きさま)になるからね。親しみ込もってないからね。

まぁ、俺も呼びタメでいいんでよろしくお願いしますわ。」

 

「はい……。では。今日は失礼しますね。

本当にありがとうございました」

 

「あ、いや、こちらこそ。

楽しかった……かと。んじゃ」

 

そう言って奈緒ちゃんはこちらを見る事もなく走って去って行った。

ん?なんかよそよそしい?

何か失敗したかな?

まぁ、俺の人生失敗してない事なんかないか。

ラーメン食べて帰ろ……。

 

 

 

 

 

「あー、今日は疲れた。

明日は仕事か……。会社爆発しねぇかな?

あ、ダメだ。会社爆発したら推しに貢げなくなる。しょうがない寝るか。」

 

ん?Twitterに通知が来てる?

あ、なおちんからだ。

 

『貴様、今日は本当にお世話になりました。また、改めてお礼させて頂きますね。貴様に。』

 

「……」

 

リプしなきゃな。

 

『きさまきさまって連呼されてるみたいですな。別にお礼はいいので今日はゆっくり休んでくださいね。』

 

『いえいえ!今日は本当に助かりましたから!(o^O^o)今度カラオケとかご飯とか行きましょう!

タカさんってお酒とか飲めたりします?(´・ω・`)』

 

『お酒は大好きですよ(*´ω`*)

是非是非♪カラオケとかご飯とか行きましょう♪』

 

「ふっ、社交辞令だな。

訓練されたぼっちの俺はこの程度の事では浮かれたりしない。何度失敗したと思ってんだ」

 

『お!まじですか!(*゚∀゚人゚∀゚*)♪

私もお酒大好きなんです~!

今度行きましょう!私は土日休みなんですけど、タカさんの休みも土日ですか?』

 

『僕の休みも土日ですよ(*´ω`*)

なおちんさんも飲めるんですね!

安い居酒屋とかで良ければいつでも大丈夫ですよヽ(・∀・)ノ』

 

『お!言質頂きました(* ̄∇ ̄)ノ

いつでもって事は次の土曜とかどうですか?

お昼はカラオケ行って夜はご飯行きましょう(。^。^。)」

 

「は?マジで?

おいおい、俺が訓練されたぼっちじゃなかったら勘違いしてるからね?」

 

『土曜なら大丈夫ですよー。楽しみにしてますね(*^^*)』

 

『あぁ、だからって変な勘違いはしないで下さいね?( ´,_ゝ`)

TwitterじゃあれなのでLINE交換しませんか?待ち合わせの時間とか決めなきゃですし(#^.^#)」

 

「してないからね!全然勘違いなんかしてないからね!!」

 

『勘違いなんかしてないからね!マジで!

全然勘違いなんかしてないからね!!マジだから!!

ならLINEのID、DMで送りますね~\(^o^)/』

 

『あら、勘違いしてませんでしたか。それはそれで残念というか面白くないというか。

LINEで時間と待ち合わせ場所送りますね~』

 

タカ『はーい』

 

「はぁ、LINE待つか……。」

 

 

 

 

 

LINEこねぇぇぇぇぇ!!

DMしてから1時間経ってますけど!?

いやん、1時間も待つとか俺って超律儀!!

………はぁ、寝よ。あ、お風呂入らなきゃ。

 

 

 

 

 

「いや、もう木曜ですよ?」

 

来ない!奈緒ちゃんからLINE来ない!

それどころかTwitterもあれ以来絡みねぇ……。

たまに呟いてるみたいだけど……。

まぁ、そんなもんだよな。うん。

 

「はぁ、帰って酒飲んで寝よ」

 

--ライ~ン

 

『LINE遅れてしまって本当にごめんなさい(´;ω;`)

佐倉 奈緒です。Twitterのなおちんです。

貴さんのお住まいどちらかお伺いするの忘れてまして、先日のカフェイベの近くならいいかな?と思ってたのですが、どこのカラオケも予約いっぱいで……。

ちょっと駅から歩くかも知れませんが、やっと予約出来るカラオケ店見つけまして…。

12時から予約してるんですけど、駅前で11時に待ち合わせとかいかがですか?

フリータイムでカラオケして飲み会と思いまして、19時にカラオケ店の近くの居酒屋で飲み放題で予約してます。

お気に召さないとか、LINEも遅くなってしまいましたし、他にお約束とか入れちゃったとかなら言って下さればいいので……。長文失礼しました。』

 

「可愛いかよ……」

 

おっといかんいかん。俺は訓練されたぼっちだ。

こんな事くらいで浮かれたりはしない。

びしっと返事しなくちゃ。びしっと。

 

--ライ~ン

 

『LINE ID教えていただけて本当に嬉しかったです。』

 

これもう勘違いしてもいんじゃね?

あれだ。これって青春×バンドのSSだもんね。

あ、SSとか言っちゃったよ。

これって青春の部分だよ。青春だよ。

あれ?このSSまだバンド要素ねぇよ?

 

…いかんいかん。ちょっとトリップしてしまった。青春頑張る俺。

 

『こんばんは。

LINE貰えて俺も嬉しいですよ。

遅くなったとか気にしないで下さい。

予約とか頑張ってくれてありがとうございます。

待ち合わせ時間と場所はOKです。

土曜日楽しみにしてますね。』

 

こんなもんかな……。送信と。

これでハートの絵文字付きのLINE来たら役満だな。

 

--ライ~ン

『私もです。本当に。楽しみにしてますね(ハート』

 

ハートきたぁぁぁぁ。役満じゃん。俺の時代来たんじゃね?やっぱ世の中青春だよな。よし……。

 

『俺も本当に楽しみです(ハート』

 

--ライ~ン

『ハートとかまじキモいんですけど?やめてくれません?』

 

よし、青春×バンド、完。

やっぱ青春とかねーわ。なんだよ青い春って。

青春謳歌してるやつって青い春ってより脳内ピンク色じゃねーの?いや、脳内ピンク色最高じゃん。むしろピンクのお花畑最高じゃん。

 

「はぁ…、もうスタンプで返しとこ…」

 

 

 

 

 

「そして土曜。俺は駅前で待っているわけだ。現在時刻11時20分。

何度もLINEを見返したが待ち合わせの時間は11時だよな?

まぁ、4時間待たされた若かりし頃の黒歴史よりマシか」

 

 

 

 

 

「すみませーん!

はぁ…はぁ……。遅れちゃいました…」

 

「うん、めちゃ待ったわ」

 

「そこは……はぁ…はぁ…。

今来たとこだよ。キリッ。とか言うとこじゃ…な…ないですかね……?」

 

「いや、もう11時40分だしね?今来たとことか俺も遅刻した事になるよね?」

 

「怒って……ます?……よね?

はぁ…はぁ…。」

 

「いや、別に。

それより何でハァハァ言ってんの?何か興奮する事あったの?」

 

「な…!何言ってるんですか!

めちゃ急いで来たからに決まってるじゃないですか……!!」

 

「駅ってか改札すぐそこなのに?ここまで50mもないのに?」

 

「チッ」

 

うわ、この娘遅れてきた挙げ句

急いで来ましたよアピール失敗して舌打ちしましたよ。僕怖いよママン。

 

「遅れて本当にごめんなさいでした」

 

「ま、いいけどね。とりまカラオケ向かおうか」

 

「そうですね。

あぁ、今日は私の我儘に付き合ってもらうんですし、遅れたお詫びもあるのでカラオケも飲み会も私に奢らせて下さい」

 

「いや、いいよ。女の子に全部出させるとか嫌だし。割り勘でいんじゃね」

 

「いえいえ!ここは!私が!

これはお礼も含まれてるんですから!」

 

「いや、お礼とか別にいいし。

お礼なら別の形で返してくれた方が……」

 

「身体ですか!?」

 

「いや、ねぇわ……」

 

「ふぅ……危なく通報するとこでした」

 

「カラオケってどっち?」

 

「ああ!こっちですこっちです!」

 

そして俺達はカラオケ店に向かった。

 

 

 

 

「さぁ!何歌いましょうかね!」

 

「その台詞10分前にも聞いたけど?」

 

「あぅ…」

 

「俺から歌おうか?」

 

「待って下さい!もうちょっとだけ!」

 

さっきからこの調子で全然歌おうとしない奈緒ちゃん。

俺が歌おうとしても、もうちょっと待つように言ってくるし…。

まぁ、それなりに会話はしてるし退屈してるわけじゃないからいいけどね。

 

「まぁ、いいけど…」

 

「それよりお腹空きませんか!?

まずは何か軽く食べてからにしませんか!?」

 

「そうね…」

 

 

 

 

 

「ふぅ!お腹いっぱいですね!」

 

「まじでか。アイスしか食べてないじゃん」

 

「女の子なんてこんなもんですよ?」

 

「うん、俺の知る限りそんな女の子はいないわ。いや、いるのか?

ちょっとタバコ吸いたいんだけど……」

 

「タバコ吸うんですか?」

 

「うん、まぁ。奈緒ちゃんは吸わないみたいだし、俺ちょっと部屋出て吸ってく……」

 

「喉に!喉に悪いじゃないですか!何でタバコなんか吸ってるんですか!!」

 

「え?」

 

「あ、あ……すみません。

タバコ大丈夫ですよ。お父さんも吸いますし。ここで吸ってもらっても大丈夫です…」

 

「ん?いや、まぁ、いいってんならいいけど……個室はすぐ臭いこもるから、外で吸ってくるよ。すぐ戻る。

あ、飲み会の時は普通に吸わせてもらうな。酒飲んでると我慢出来なくなるし…」

 

「はい…」

 

う~ん、やっぱ嫌煙家かな。出来るだけ我慢するか。

 

 

 

 

「ごめん。お待たせ」

 

「貴さん」

 

「はい?」

 

「歌って下さい。私の知らない歌でも何でもいいです。

……歌って下さい」

 

そう言って真剣な眼差しを向けてくる。

どうしたんだろう…?

 

「何でもいいの?」

 

「はい」

 

「何でもか…。バンやりやってるって事はOSIRISとか知ってるよね?」

 

「もちろんです。ライブもよく行きますし」

 

「ならOSIRIS歌うな?」

 

「はい!」

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

「ふぅ…」

 

「……」

 

「奈緒ちゃん?」

 

「……」

 

「はは、俺下手過ぎてびっくりした?」

 

「……」

 

俺の歌が終わってから、いや、歌ってる途中から奈緒ちゃんはずっとボーっとしていた。

 

「……ハッ!」

 

「大丈夫?」

 

「あ、すみません!下手なんて事ないですよ!

男の人にしてはすごく高い声出るなぁって思いまして!!まぁ、男の人とカラオケ来たことないのでよくわかりませんが!」

 

「あ、そう……?」

 

「あの…ありがとうございます…」

 

「え?いや、うん?こちらこそ?

あれだ。次は奈緒ちゃんが歌ってよ」

 

「……はい。貴さんは知らないかもしれませんが、私の好きなバンドの歌でも構いませんか?」

 

「え?うん、いいけど?カラオケは歌いたい好きな曲歌うってのが1番だし」

 

「はい。……では」

 

♪~

 

 

このイントロ…なんで…。

 

 

「私の好きなバンドで、BREEZEっていうんです。もう15年も前に解散しちゃったバンドなんですけどね」

 

この曲は……俺の……。

 

「このバンドのボーカルさん。TAKA(タカ)っていうんですよ。喉の病気で……解散しちゃったんです」

 

知ってるよ……。

そう、俺は知ってる。この曲は俺の曲だ。

15年前やっていたバンド。

メジャーデビューこそはしてなかったし、マイナーだったけど、それなりにファンもいてくれたしライブも何度もやった。

当時の大人気バンド、アーヴァルからドリーミン・ギグに誘われた時はバンドメンバーみんなで喜んだものだ。

 

もうすぐドリーミン・ギグってタイミングで、

俺が喉を壊さなかったら……。

今もバンドやってたかも知れないな……。

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

「ふぅ……。

ど……どうでしたか……?」

 

「うん、上手かったと思うよ。奈緒ちゃん声いいね」

 

「私の好きなバンドの曲って言ったじゃないですかぁ?

曲については…どう思いましたか?」

 

「え?ああ……15年前に解散したバンドさんだっけ?俺はよく知らないけど…。まぁ、いい曲だったと思うよ?」

 

「本当にかっこいいバンドだったんですよ~。メジャーデビューしてたわけじゃないので、カラオケにはあんまり曲入ってないんですけど」

 

「ああ、そうなんだね」

 

「カラオケに入ってるのはちょっと歌詞がエッチっぽい歌ばっかりなんですよね~」

 

「ハハハ……確かにちょっとエッチっぽかったね」

 

「ですよね~。

『首筋に残された痣、君を求め夜を彷徨う』

とか、ぶっちゃけ一夜限りの関係の女を忘れられなくて夜の街でその女を探すとかですし~」

 

「ハハハ…ソウデスネ」

 

「『君の傷跡が消えなくて、次は僕がヴァンパイアになる』とか、ぶっちゃけその女忘れられなくて他の女抱いちゃった~って感じですし」

 

「ソウデスネ」

 

「ちょ~童貞くさいです」

 

「童貞じゃねーし!」

 

「は?」

 

「いやいや、昔の?なんてーの?そういうバンドさんってそんな歌詞多かったやん?」

 

「はぁ?よくわかんないですけど。

それとかGood nightって曲あるんですけど、歌詞には全くGood nightって入ってなかったり」

 

「ヘェ」

 

「何をとち狂ったのか、インナー着ずにお腹出してジージャンとデニムでライブやったりとか、初ライブの時なんか40分枠で2曲だけで残り時間ずっとMCとかやってたらしいですよ」

 

「ソウナンダ…サスガ、クワシイネ」

 

もうやめてっ!

お願いっ!これ以上黒歴史を掘り返さないで!!

もう貴のライフはゼロよっ!!

 

「でも……。本当にかっこいいバンドだったんです。曲もかっこいいのもいっぱいあったんです」

 

「……」

 

「当時私は小学生で。母に連れられてライブも行った事あるんですよ。当時の私は友達とかあんまりいなくて…ってそれは今もなんですが。

BREEZEの曲を聞いて勇気とか夢とか…色々貰った気がします」

 

「……」

 

「ライブで最前に行った時に、Futureって曲の歌詞を聞いて…感動とかっこよさで泣いてしまって……。そしたら、ボーカルのTAKAさんが私の頭をポンってしてくれて撫でてくれて。初恋でした。」

 

「ふぁ!?」

 

「なんですか?変ですか?小学生の女の子なんてそんなもんじゃないですか?」

 

あの時の女の子か…。覚えてるわ……。

え?覚えてるとか俺まじきもくね!?

 

「まぁ、なんだ……。そう思ってくれてるファンが…。

そういう人が解散してから15年も経ってるのに居てくれてるって。そのバンドは幸せじゃないかな?もし俺がそうだったら……。バンドやってた事……良かったって思うと思うよ?」

 

「はい……。それじゃ、じゃんじゃん歌いましょうか!」

 

 

 

 

 

「う~…飲みすぎました…」

 

「いや、ほんとな?自分のペース考えて飲めよ」

 

「ちょ~眠いです」

 

「帰れそうか?」

 

「帰れないとか言ったらどこか連れ込まれちゃいますか?まじ勘弁して下さい。通報します」

 

「心配しとるだけや……。え?帰れないの?」

 

「大丈夫ですよ~。実はここ電車ですぐですし、家近いですから」

 

「ならいいけど…。帰宅したらLINEかTwitterでちゃんと報告してね?」

 

「大丈夫です~。ちゃんと家に着いたら連絡しますね。もう遊んでくれないってなったら嫌ですし…」

 

「ああ、よろしく」

 

「じゃあ……電車来ましたので…。ホームまで送っていただいてありがとうございました。今日は楽しかったです」

 

「俺も楽しかったよ。また飲みなり遊びに行こう」

 

「はい!約束です!」

 

「じゃあね…」

 

「はい…」

 

「電車乗らないの?」

 

「……」

 

奈緒ちゃんは電車に乗らずドアの前に立ったままだった。

 

「あ、ドア閉まった……」

 

「ああ!貴さんが引き止めるからうっかり乗り忘れました!!どうしてくれるんですか!?そんなに私とバイバイしたくなかったですか!?」

 

「は?」

 

「……すみません。やっぱり伝えたい事があるので…聞いてください。酔ってないと言えそうにないので」

 

は!?何!?告白!!?

ちょっと待って!やっぱ世の中青春か!?

 

「貴さん…、私と……」

 

ゴクリ

 

「バンドやろうぜ!」

 

「………………は?」

 

「バンドやろうぜ!」

 

「いや、2回も言わなくていいから」

 

「あ、もしかして愛の告白とか期待しちゃいましたか?年の差とかもあるのでそこは勘弁して下さい。ごめんなさい。

だから、バンドやろうぜ!」

 

「ごめんなさい」

 

「え~!?何でですか!?」

 

「いや、何でバンド?てか、それこそ年齢考えようね?バンドやりたいなら年の近い人とやった方がよくね?」

 

「いや、私そんなに友達いませんし」

 

「だからってな…」

 

「ずっとバンドしたかったんですよ。ほら、私ってBREEZEが好きじゃないですか?バンドのボーカルには声の高い男性にしてほしいって思ってましたし」

 

「あ、俺ボーカルなの?」

 

「はい!」

 

「……ごめんな」

 

俺は気付いたら奈緒ちゃんの頭を撫でていた。

 

「あ……」

 

「気持ちは嬉しかったよ。でも…ごめん」

 

「うっ…ひっく……ぐす……」

 

え!?泣かせた!?まじで!?

やべぇ!これはやべぇ!!?

 

「頭…ぐす…」

 

「あっ…。悪い…ごめん」

 

「大丈夫です。もっと撫でて下さい」

 

「え?いいの?なら……」

 

「……」

 

「……」

 

え?

何これ。俺駅のホームで何やってんの?

 

「ふっ…、ふっふっふ」

 

え?今度は笑いだした?

 

「セクハラされました」

 

「ふぁ!?」

 

「それに言ったじゃないですか?

頭撫でてもらったのBREEZEのTAKAさんとの思い出だって!」

 

「あぁ…そうね」

 

「その大事な思い出をおじさんに嫌な思い出に上書きされちゃいました!

ありえないです!ちょ~やばです!」

 

「嫌な思い出なのね…」

 

「だから……嫌な思い出にしたくないので。

私は貴さんとバンドやるの諦めません」

 

「だからバンドやるつもりは…」

 

「責任取って下さいね」

 

「いや、無理だけど?」

 

「だから諦めませんって!昔、私の大好きな先生が言ってたんです!諦めたら試合終了だよ。って!!」

 

さすが安西先生。

どの世代にも有名ですね!

 

「あ、電車来ましたし行きますね」

 

「あぁ…お疲れ…」

 

「ではではです。ちゃんと帰ったらLINEしますね」

 

そう言って奈緒ちゃんは帰って行った。

 

バンドか。

ライブとか行く度にまたステージの上で歌いたい。ってよく思う。

昔の事思い出して歯痒い気持ちになる時もある。悶える事も多いけどな……。

 

多分俺は……

出来る事ならもう一度バンドをやりたいんだと思う。

でもそう踏み切れないのは……



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第2章 憧れなんかじゃない

言ってしまった…。

 

『バンドやろうぜ!』

 

『………………は?』

 

酔った勢いとはいえ、バンドやろうなんて…。

 

私は佐倉 奈緒。

今は貴さんとご飯からの帰りで電車に乗っている。

 

先週の日曜日。

私はいつものヲタ活……

じゃない!

 

いつものようにカフェに行った時にたまたま出会ったお兄さん。

一目見て、BREEZEのTAKAさんだと思った。まさかこんな所で逢えるなんて…。

そして思い切って声を掛けて…。

 

でも今日は失敗したなぁ……。

今日のカラオケとご飯が楽しみ過ぎて寝れなくて、大学の時の先輩とか友達に電話したりゲームしてたら4時になってたし…。

寝たら起きれないと思って気合い入れたのに気付いたら寝ちゃってて、起きたら10時半だったもんね……。

遅刻確定だよ…。でも貴さんはずっと待っててくれて……。

 

「うふへ」

 

ハッ、いけないいけない。

ここはまだ電車だった。

一人ニヤけてたら、ちょ~変な人じゃん。

 

カラオケも楽しかったな。

今の貴さんの歌を聴くのは怖いって気持ちもあったけど、普通に歌えてたし…。

 

貴さんの歌をもっと聴きたい、ステージに立つ貴さんをまた見たい。

その気持ちは確かにあるけど、私は今の貴さんの歌が好きだ。

BREEZEのTAKAとしてじゃなくて、葉川 貴として私と一緒にバンドをやってほしい。こんなの私の我儘だとはわかってるけど…。

 

そんな事を考えてたら家に着いていた。

 

「ただいま~」

 

「おかえり。早かったわね。明日は日曜日だしお泊まりして来たら良かったのに」

 

「ちょ…!何言ってんの!そんなんじゃないし!」

 

急にお母さんがそんな事言ってくるもんだからびっくりする。

 

「奈緒!帰ったのか!!?」

 

そう言ってお父さんがリビングから出てくる。

 

「あ、お父さん、ただいま~」

 

「良かった……。もし男を連れて来られたらどうしようかと思った」

 

ちょっと待って!

何でお父さんもお母さんも私が男の人と会ってた事知ってるの!?

 

「大丈夫ですよ。あなた。奈緒にもTAKAさんにもそんな度胸ありませんよ」

 

「ふぁ!?」

 

何で!?貴さんの事までバレてる!?

 

「ママ…。だって…だってあのBREEZEのTAKAだよ?」

 

貴さんがBREEZEのTAKAってとこまでバレてるの!?

 

「お父さんったら、奈緒がもしTAKAさんを連れて来たりしたら塩を撒いて追い返す気でいたのよ。それはないって言ってたのに」

 

そっか。やっぱり娘が男の人と…ってなるとお父さんは心配しちゃうんだね。

貴さんはそんなんじゃないけど、いつか彼氏が出来たりしたら通らなきゃいけない道か。

 

「心配してくれてありがとう。でも、ほんとにそういうのじゃないから大丈夫だよ。お父さん」

 

「いや、奈緒の心配はしていない。むしろ彼氏でも作って安心させてほしいくらいだ。早く孫を抱きたい」

 

「は?」

 

「ほら、お母さんもね。昔はBREEZEのファンだったじゃない?それで私がTAKAさんの事を好きになるんじゃないかって心配して」

 

「それだけじゃない!ママは可愛くて綺麗でスタイルもいい!むしろこの世にママより美しい女性なんていない。天使や女神ですらママの美しさには敵わないだろう」

 

「もうっ!お父さんったら」

 

「そんなママを見てしまったらそのTAKAもママを好きになってしまうかも知れない……パパはそれが恐ろしい」

 

「は?」

 

「あなた、大丈夫よ。私はあなただけを愛しているわ」

 

「ママ。僕もだよ。僕もママだけを愛している」

 

「あなた!」「ママ!」

 

「あ~…私部屋行くね。どうぞごゆっくり…」

 

そして私は部屋に戻った。

ったく、あのバカップル夫婦が!!

 

「疲れた…家に帰って来てからの方が疲れた……あ、貴さんにLINEしなきゃ…。

えっ……と、『今無事に帰宅しました。今日は楽しかったです。ありがとうございました。また遊びに行きましょうね(^v^)』と……こんなもんで大丈夫かな?」

 

 

--ライ~ン

 

うわ!返事早っ!

 

『無事に帰宅したなら良かったヽ(・∀・)ノゆっくり休んでね!』

 

う~…ん、無難な返事だなぁ。

もっとこう…今日は楽しかったよーとか、また遊びに行こうねーとかないもんですかね。

 

……楽しくなかったのかな?

 

「ふぅ…どうしたもんですかね」

 

--ライ~ン

『俺も今帰宅しました!今日は楽しかったよ。また遊びに行こうね!』

 

「うふへ」

 

ハッ!?違う違う!

何ニヤけてるんですか!

こんな事で喜ぶとかマジ恋する乙女みたいじゃないですか!?

くっ…さっきのバカップル夫婦にあてられたせいだ…うん。

 

『は~い。絶対また遊びましょうね(σ・ω・)σ』

 

‐‐ライ~ン

 

また返事早っ!

 

「……スタンプだけとか」

 

まぁいいです。また遊びに行こうって言質はいただきました。

お風呂入ってこようかな……。

 

「あなた!」「ママ!」

 

うわぁ。この夫婦まだやってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、さっぱりした。酔いも覚めた事ですし寝るのも勿体ないなぁ」

 

「あなた!」「ママ!」

 

うわ!?この2人まだやってるよ!

さすがに娘だけど引きます!

いや、娘だから余計にか。

 

はぁ…部屋に戻ってゲームでもしようかな。

 

「あ、お姉ちゃん。帰って来てたんだ?」

 

「あ、美緒。まだ起きてたの?」

 

「うん。喉乾いたからジュースでもと思ったんだけど、お父さんとお母さんあんなだからリビングに行きづらくて」

 

「あ、あはは」

 

この子は私の妹の美緒(みお)

現役の女子高生で軽音楽部に入っている。

15年前はまだ小さかったからBREEZEのライブには行った事ないけど、私とお母さんの影響からかバンド好きに育ってくれた。

追っかけてるのはガールズバンドばっかりだけど…。

 

「で、どうだったの?今日のデートは」

 

「デ、デートじゃないし!」

 

「?男の人と2人でお出掛けしたんじゃないの?」

 

「そ、そうだけど…」

 

「ふぅん、まぁいいや」

 

そう言って美緒は自分の部屋に戻ろうとした。

 

「あ、そうだ美緒。まだ寝ないなら久しぶりに対戦しない?」

 

「え?やだよ。お姉ちゃん強すぎるし」

 

「いいじゃんいいじゃん!やろうよー!」

 

「それにほら。私明日部活あるし」

 

「そっかぁ。頑張ってるんだね。ベース」

 

「まぁ好きだし。お姉ちゃんもバンドもロックも好きなんだから何か楽器やってみたらいいのに」

 

「うーん、それも最近いいなって思ってるんだけどね」

 

「ほんと?あれだけ頑なにバンドやるならボーカルしかやらないって言ってたのに?

私は憧れの人がベースボーカルだからベースを選んだけど、お姉ちゃんの憧れの人ボーカルでしょ?何の楽器やるの?」

 

「うーん、そこはまだ決めてないんだけどね。まだ本当にやるかどうかわかんないし」

 

「あぁ、そっか。今日BREEZEのTAKAさんと会って、一緒にバンドやる事にしたとか?」

 

「なっ!?そ…そんなんじゃないよ!

それより何でお父さんもお母さんも、美緒も貴さんとの事知ってるの!?」

 

「…?いや、普通にTAKAさんに会えるー。とか、カラオケでBREEZEの曲歌うと失礼かな?とかブツブツ言ってたし」

 

「は……??」

 

「え?あれお母さんへの私BREEZEのTAKAさんに会って来ますよアピールじゃなかったの?無意識?こわっ」

 

「ちょちょちょちょ…私そんな事言ってたの!?」

 

嘘だ…。そりゃ貴さんに会えると思って浮かれてたけど、無意識に口に出してるとか……。

 

「こわいわぁ。我が姉ながらこわいわぁ。これが恋する乙女ってやつね」

 

「それは本当に違うし!恋とかじゃなくて憧れだよ!?歳の差とかも考えて!」

 

「ふっ、恋に歳の差なんて関係ないよお姉ちゃん。むしろ性別すら関係ないまである」

 

いやいやいや、私からしたらそっちの方が心配だからね!

私も次元は関係ないと思ってるし怖くはないけど。キリッ!

 

「で?結局どうなの?バンドやるの?」

 

「わかんない…。断られたし」

 

「ぴぎぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そう叫んで美緒は突然仰向けに倒れた。

びっくりした!びっくりした!びっくりした!

 

「ど…どうしたの美緒!?」

 

「わた…わた…」

 

「綿?」

 

「私の可愛いお姉ちゃんの誘いを断るとはなんと許せん男……もう私が葬り去るしかない。今度会う時連れて行って下さい」

 

「何言ってるの!葬り去るとダメだよ!?」

 

「そんな男認めない。義理の兄などと到底呼べるわけもない。お姉ちゃんもお母さんも男を見る目は節穴です。お母さんなんてお父さんを選んでる時点でありえないけど」

 

「義理の兄とか呼ばなくていいし!それに美緒だってさっき私の対戦の誘いを断ったじゃん!」

 

「!?盲点でした。なるほど。可愛いお姉ちゃんの誘いでも断る事はある。というわけだね。お父さんの事は認めないけど」

 

お父さん……

まぁ、お父さんだもんね。

 

「しかし、お姉ちゃんもお父さんの事はフォローしないのにTAKAさんの事はフォローするんだね」

 

「なっ!?」

 

「じゃあ私は明日学校だし寝るねー。おやすみなさい」

 

そう言って美緒は部屋に戻って行った。

ち……違うもん…本当にもう…。

 

 

 

 

 

私も自室に戻ってベッドで横になっていた。

 

貴さんの気持ちもわかる。

昔は本気でバンドをやってたんだし、その時は貴さんのせいで解散したようなものだ。

ドリーミン・ギグを目前にして…。

一緒にバンドをやっていたみんなへの罪悪感もすごかったんだろうと思う。

 

なのに私はずけずけとバンドをやろうって貴さんに言っちゃったんだ…。

 

私…最悪じゃん……

 

 

 

 

 

 

 

「ん……もう朝か」

 

いつの間にか寝ちゃってたんだ。

今何時だろ……

 

「あ、プリキュアも仮面ライダーも終わってる……録画してて良かった」

 

私は急いでリビングに降りて戦隊物タイムです。スーパーヒーロータイム観ないと日曜日は始まりません。

 

ん?LINE来てる?誰だろう?

そう思ってLINEを開いてみた。

 

『昨日のデートはどうだった?お姉さん奈緒に色々聞きたくて早起きしちゃったよ!今日とか暇?暇?あ、プリキュア始まるから返事はスーパーヒーロータイム終わってからにしてね☆ミ』

 

大学の時の先輩からだった…。

どうしようかな。暇って言ったら根掘り葉掘り聞かれるんだろうな……。

 

『すみません~。今日はお父さんとお母さんと買い物に行こうって事になってまして(>_<)また今度ゆっくりお話しましょう!』

 

先輩ごめんなさい。

ちょっと昨日の事お話出来る余裕はないです。

 

‐‐ライ~ン

 

あ、先輩からだ。

 

『スーパーヒーロータイム終わるまで返事はいらないって言ったでしょ(#゚Д゚)そうなんだね。ならしょうがないから今度にしよっか?(*^^*)

で?どこのお父さんとお母さんと買い物に行くの?奈緒のご両親には今日は奈緒は暇って確認済みなんだけど?』

 

「……」

 

手回し良すぎませんかね?

 

『すみません。ごめんなさい。でも今日はちょっと疲れてますので、また今度にして下さいm(__)m』

 

‐‐ライ~ン

『え?夕べそんなに疲れる事したの?(*/ω\*)それならしょうがないね!そうか~。とうとう奈緒も……(ハート』

 

は!?何!!何言ってんですかあの先輩は!!

 

『そんな事してないです!変な事言わないで下さい!怒りますよ?』

 

と、いくら先輩でも怒りますよ。本当に。

 

‐‐ライ~ン

『そんな事ってどんな事?ヽ(・∀・)ノお姉さんわからないから詳しく聞きたい。今ならバンド誘ったのを断られた時に口説く方法が特典で付いてきますよ?』

 

『今日は1日中暇です。何時頃がいいですかね?スーパーヒーロータイムは録画してますので1時間もあれば家を出れます』

 

ふぅ…何て素晴らしい特典ですか。

うん。いつでも出れるように準備してこよう。

 

 

 

 

 

 

そして私は今駅前で先輩を待っている。

昨日、貴さんと待ち合わせした駅前で…。

17時待ち合わせとか呑みながら話すのかな?やばい。洗いざらい吐かされそう……。

 

「やっほー、奈緒!」

 

「あ!まどか先輩!遅いです!」

 

「いや、待ち合わせ時間までにまだ20分以上あるけど?」

 

この人は私が大学の時の先輩。

柚木(ゆずき) まどかさん。

私の数少ない友達の一人だ。

 

「それにしても久しぶりだね!何ヵ月振りだっけ?」

 

「いえ、先週も一緒にご飯行きましたけど?それで?今日はどこに行くんです?」

 

「あー、もうちょっと待ってね。もう一人呼んでるんだ」

 

え?まどか先輩と2人じゃないの!?

誰呼んだの!?

 

「お、来た来た。しっかり15分前に来るとはさすが律儀な男!」

 

え!?男の人!?

 

「うす。待たせた?てか、何で奈緒ちゃんがいるの?」

 

え?奈緒ちゃん……?

私をそう呼ぶのって……

 

「あれ?言ってなかったっけ?てへ」

 

「いや、てへとか言っても可愛くないからね?もう一度言って下さい。お願いします」

 

「貴さん!?何で!?」

 

「いや、何か夕べ……まぁ色々あってLINEしてたら呼ばれた」

 

「可愛い女の子とデートしたみたいだから根掘り葉掘り聞いてやろうと思って呼んだ!」

 

「かわ……」

 

可愛いって…貴さんがそう言ったのかな?

 

「お前ほんといい性格してんな…」

 

「え?惚れた?」

 

「ないわ。え?惚れてほしいの?」

 

「石油王になったら惚れてほしい!」

 

「いや、無理だろ」

 

えーっと……

 

「それより貴さんとまどか先輩ってお知り合いだったんですか?」

 

「うん。そだよ?やってるゲーム繋り」

 

「てか、Twitterで割と話してるけどな」

 

そうだったんだ……。

って事は、まどか先輩は私から貴さんとデ、デートする事聞いてて、貴さんからは私とデートするって聞いてた事になるのかな?

 

そしてまどか先輩の方に目をやると…

 

「それよりさ。タカが昔バンドやっ……」

 

「わぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「「!?」」

 

急に貴さんが叫び出した。びっくりした。

 

「どしたの?」

 

「まどか……あれだ。ちょっと来い」

 

「何?」

 

貴さんがまどか先輩と少し離れた所で内緒話している。

それより!貴さんはまどか先輩の事呼び捨てなんですね!私も奈緒でいいんですけど!?

 

「ふぅん……そうなんだ?わかった」

 

「いや、だから声でかいよね?わざと?わざとなの?」

 

話が終わったのかまどか先輩はバッグから取り出したスマホを見ていた。

 

「よし、じゃあ行くよ」

 

「どこに?」

 

「エデン」

 

「「は?」」

 

 

 

 

 

 

そして私達はエデンの前で開場時間を待っていた。

 

「あの、なんで急にエデンに?」

 

「え?ライブに来たかったから」

 

「なんか急すぎません?今日は誰が出るんですか?」

 

「キュアトロとOSIRIS。しかも最前行けそうな整理番号3連番」

 

「まじですか!?最前ですか!?京くんを間近で見れるですか!?え?私今日命日!?」

 

「なんだ……と!?OSIRISキュアトロ最前とか……神か…!?」

 

「ヤバイですヤバイですヤバイですー!」

 

「どうしよう。MCの時にマイリーと目があったりしたら…結婚か!?やばい。婚姻届持ってきてない。市役所何時まで開いてるっけ?」

 

この人は何を言ってるんだろう?

 

「私的にはタカマイもありだけどね。いや、マイタカでもいいかも……」

 

「ああ、俺もマイリーの子供なら産めそうな気がする」

 

本当にこの人は何を言ってるんだろう?

 

そんな時だった。

 

「せ~んぱい!」

 

そう言って女の子が貴さんに声をかけた。

 

「ん?水瀬?どしたん?今日ライブ?」

 

「うん、そですよ。ぼっちの先輩が可愛い女の子2人も連れてるとか贅沢ですね?どっちか彼女さんですか?」

 

「いや?2人共ただの友達だけど?え?友達だよな?フォロワ様?」

 

「なんだー。彼女さんかと思って明日の会社での話題にしようと思ってたのに!」

 

む、なんでしょうこの子。

あれ?私なんでイライラしてんだろ…

 

「こんなん会社で話題にされたら俺仕事行けなくなるからね?あ、それって合法的に仕事休める?アリかな……」

 

貴さんの会社の人なのかな?

 

「いやー、でも彼女さんとかじゃなくて良かったです」

 

「やめてくれるそういう事言うの。勘違いしちゃうからね?」

 

「勘違いされたらそれはそれで会社での話題に…」

 

「やめてっ!お願いだからやめてっ!」

 

なんでしょう。この置いてけぼり感

 

「奈緒、奈緒!」

 

まどか先輩が私を呼んできた。

この2人の話もう少し聞いてたかったのに。

 

「今からタカに抱き付いて『私の彼氏に気安く話しかけないでくれます?』とかやっちゃえ」

 

「は!?」

 

出来るわけないじゃないですか!

 

「絶対面白い事になるから!」

 

そりゃまどか先輩は面白いでしょうね!

 

「だから…ほんとに貴さんとはそんなんじゃないので…それならまどか先輩がやったらいいんじゃないですか?面白い事になりそうですし」

 

「いいの?やるよ?」

 

ダメだ。この先輩はやると言ったらやる…。

もしこの女の子が貴さんの事を好きだったら、もし貴さんがこの女の子の事を好きだったら、その可能性もあるんだしそんな事しちゃいけない。

 

「やめときましょ」

 

「最初からやるつもりないよ、奈緒をからかっただけ」

 

ほんとにこの先輩は……

 

「それよりLINE見た?」

 

「LINEですか?」

 

「さっきタカと内緒話してた内容。大丈夫そうな話だったしLINEしといたよ」

 

へ?さっきの…?

そしてスマホを取り出してLINEを見てみた。

 

『タカって奈緒がBREEZEのTAKAって気付いてる事を知らないみたい。奈緒には内緒にしてくれってさ』

 

は!?まじですか!?

あれで何で気付かないんですか!?

バカなんですか!?

 

「笑えるっしょ?」

 

「いや、笑えるって言うか……。わかりました。私も貴さんが自分から言ってくるまで気付いてない振りしときます。これはどっちからボロ出すかの勝負です」

 

「あの~…」

 

そしたらさっきの女の子が私達に話かけてきた。

 

「はい?何ですか?」

 

「すみません。ライブに来たらたまたま先輩…葉川さんを見かけたので、せっかくだから声を掛けとこうと思いまして…。あ、私、葉川さんの会社の部下みたいなもんでして…あはは」

 

あ、そうなんだ。

 

「いえいえ、全然気になさらないで下さい」

 

……聞いても大丈夫かな?

 

「あの……貴さんの事好きなんですか?」

 

「はい!?」

 

女の子はびっくりしていた。

 

「ないですよ。ないです。優しい先輩とは思ってますけどそれだけです」

 

そうなんだ……良かったぁ。

ん?良かった?何で?

 

「あの…もしかして葉川さんの事好きなんですか?」

 

「ふぁ!?」

 

「もしそうだったら声を掛けて申し訳なかったなと……今更ですけど」

 

「ないですよ。ないです。楽しい人とは思ってますけどそれだけです」

 

「あ、私、水瀬 渚っていいます」

 

「私は佐倉 奈緒っていいます」

 

「奈緒ちゃん」

 

「あ、ライブに来たって事はOSIRISかキュアトロのファンですよね?よかったらTwitterとかLINEとか交換しません?」

 

「わ!いいんですか?私、最近こっちに出てきたばっかりでまだ友達少なくて……良かったら仲良くして下さい!」

 

「是非是非!こちらこそです!」

 

そして私達はTwitterとLINEの交換をした。

ふふふ、友達が増えました!

 

「あ、友達を待たせてますんでそろそろ行きますね」

 

「はい~。またTwitterとかLINEしますね」

 

「私もさせてもらいますね!あ、呼びタメ大歓迎なんで!私の事は渚って呼んで下さい」

 

「私も大歓迎ですよ!奈緒って気軽に呼んで下さい!」

 

「奈緒、ありがとう。またね!お互いライブ楽しもうね!」

 

「うん!お互いに楽しもうね!また連絡するからご飯とかも一緒に行こ!」

 

「うん!またね!」

 

そう言って渚は戻って行った。

明るくて可愛い子だなぁ。

 

「こうして私は敵の情報を得る事に成功した。私の戦いはこれからだ!そして、一人の男を巡る戦いの火蓋は切って落とされたのであった」

 

「勝手に人のモノローグを改変しないでくれませんかね?」

 

「あ、違った?」

 

違いますよ、違います。

 

「それよりそんな事言って、貴さんに聞こえてたらどうするつもりなんですか?」

 

「そこら辺はちゃんとわきまえてる。タカは今ライブのポスターのマイリーに夢中だから」

 

私は貴さんの方を見た。

ヤバイくらいポスターをガン見している。一体何枚写真撮るんだろう?

 

こんな綺麗なまどか先輩もいるのに

あんな可愛い渚も居たのに

それなりには可愛いであろう私もいるのに、なんであんなにマイリーに夢中になれますかね?さすがに引きます。

 

「でも奈緒も京くんのポスターあったら写真撮るでしょ?」

 

「ナチュラルに人の心読むの止めてくれませんかね?」

 

そして開場してライブが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー!OSIRISもキュアトロも最高だった!!ありがとうな!まどか!」

 

「いやいや~、喜んでくれて良かったよ」

 

「最高でした。もうヤバイです。明日の仕事も笑顔で頑張れます」

 

「奈緒も良かったみたいだな!」

 

「はいー!もう最高でした!私は今日の為に生まれてきたと言っても過言ではないです!幸せ過ぎて爆発しそうです!」

 

「頑張ってチケット取った甲斐があったよ!それでさ、BREEZEのライブとどっちが良かった?」

 

「え?」

 

急にまどか先輩がそんな事を聞いてきて、空気が変わった気がした。

きっと貴さんも…

 

「そんなのって比べられるもんじゃないだろ」

 

貴さんがそう言ってフォローしてくれた。

でも…

 

「そう?タカはさ?今日のライブ行ってどう思った?

最高だった!楽しかった!ってだけ?」

 

「あ?何が言いたいんだ?俺あんま語彙力ねぇからな。他は尊かったとか…そんな感じか」

 

「ライブをしてるOSIRISやキュアトロを見てそれだけ?」

 

「他に何があるんだよ」

 

「ステージに立ちたいとか、京ちゃんやマイリーちゃんみたいに歌いたいとかないの?」

 

「……」

 

「まどか先輩…」

 

「私、タカの歌好きだよ?奈緒もだからタカとバンド組みたいんじゃないかな?」

 

少しの沈黙の後、貴さんが口を開いた。

 

「歌うのは好きだよ。出来ればまたステージに立ちたい。思いっきり歌いたい。想いを歌に乗せて……バンドのメンバー、オーディエンスみんなで楽しくなるライブをやりたい」

 

貴さん……。

 

「でもダメだ。俺はバンドはやれない」

 

「なんで?ステージで歌うのが怖い?昔のメンバーに悪い?歳なんて言い訳だよね?タカくらいの歳でもバンドやってる人はいっぱいいるし、タカよりもっと歳上でもバンドやってる人もいる。

別に奈緒もバンドやろうって言ってるだけで、本気でメジャーデビューしようとか武道館目指そうとか言ってる訳じゃないでしょ?」

 

「そ!そうですよ!さっき貴さんも言ってたじゃないですか!みんなで楽しくなるライブがやりたいって!私がやりたいのはそういうバンドなんです!」

 

「…」

 

「奈緒もそう言ってるよ?バンドやれないなら理由言って。昔のメンバーに悪いって思ってんの?」

 

「それも多少はあるな。俺のせいで解散したようなもんだし。でもそれはほとんど関係ねーよ」

 

貴さんもまどか先輩も普通に貴さんが昔にバンドやってた事喋ってるよね…。

私はどういうポジションにいたらいいんだろう……。

 

「じゃあなんで?ちゃんとした理由があれば奈緒も納得するかもよ?」

 

「え?奈緒ちゃん納得してなかったの?」

 

「だから!諦めないって言ったじゃないですか!」

 

「私もタカはバンドやるべきだと思うよ?色々チャンスじゃん?ライブの後いつもステージで歌いたいってライブやりたいって言ってたじゃん」

 

そうなんだ…。メンバーに悪いって訳でもないならなんでバンドやりたくないんだろう?

まさかただ私とバンドしたくないだけとか!?

 

「俺は…BREEZEのTAKAじゃない。あんな声は出せない。俺は…声域が狭くなったからな…」

 

「!?」

 

「ちょっと前に手術もしたんだけどな。声は戻らなかった。だから…」

 

違う!そうじゃない!

私は貴さんがBREEZEのTAKAだったから一緒にバンドをやりたいんじゃない!!

 

「バカじゃないですか!?私が、私がBREEZEのTAKAさんと貴さんを重ねてバンドをやりたいって言ってると思ってたんですか!?」

 

「「え?違うの?」」

 

うわ!まどか先輩まで!?

 

「違いますー!BREEZEのTAKAさんとバンド組んだりしたら手が震えて楽器なんか出来ません。私は貴さんとカラオケに行って、貴さんの歌を聴いてバンドを一緒にやりたいと思ったんです」

 

「奈緒…」

 

「私が一緒にバンドをやりたいのは憧れのBREEZEのTAKAじゃないんです。ゲーム好きでヲタクで京くんとマイリーが大好きな葉川 貴さんとバンドがやりたいんです」

 

うぅ~…BREEZEのTAKAさんと貴さんが同一人物って気付いてない振りもめんどくさいなぁ…。

 

『BREEZEのTAKAさんとしてバンドを組みたいんじゃないんです!』

 

ってハッキリと言えたらいいのに…

 

「だから、貴さんにお願いです。私と一緒にバンド組んで下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「あ、お姉ちゃんお帰り」

 

「うん、ただいま。美緒。私バンドやるよ」

 

「え?ほんとに?楽器何やるの?」

 

「まだ決まってないけど……多分美緒と同じベースかな?」

 

「えー?ならお姉ちゃんと一緒にバンドやれないじゃん」

 

「あ、美緒も一緒にやりたい?ならお姉ちゃんパート変えようか?」

 

「いや、いらない。私もうバンド組んでるし。それに私がやりたいのはベースボーカルだもん。歌いたいもん」

 

「もう!一緒にやりたいのかな?って思ったじゃん!」

 

「で?なんでベースなの?」

 

「うん。ぶっちゃけ私楽器何も出来ないじゃない?」

 

「うん、どや顔で言うことじゃないけどね」

 

「それ言ったら貴さんが、ギターとドラムなら心当たりあるって言うからさ」

 

「そんな消去法でベースやられたくないんだけど…」

 

「あはは、確かにベース好きでやってる人には失礼かもだけどね。でも、私と美緒って好きなのよく被るじゃん?美緒も昔はアニメとか漫画好きだったでしょ?だから私もベース好きになると思うよ」

 

「まぁいいけどね。それでBREEZEのTAKAさんとバンドやる事になったんだ?」

 

「ううん、違うよ。私がバンドを組むのは……葉川 貴さんだよ」

 

「同一人物じゃないの?」

 



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第3章 BREEZE

「だから、貴さんにお願いです。私と一緒にバンド組んで下さい」

 

「奈緒ちゃん…俺は…」

 

「ダメ…ですか?」

 

「やるからには武道館目指すぞ」

 

「へ?」

 

「で、奈緒ちゃんは何の楽器出来るの?」

 

「あー…すみません。実は何も楽器出来ません」

 

「は?」

 

「すみません…」

 

「そか、じゃあ聞き方変えるか。何の楽器やりたいの?」

 

「個人的はギターとかベースがいいな…って思ってます。ドラムもかっこいいんで捨てがたいのですが…キーボードもうまく弾けたらかっこいいですよね!」

 

「全部かよ。う~ん、ギターとドラムなら何とかなるかも?」

 

「え?」

 

「ギターとドラムなら心当たりあるからな。だからやるならベースとかキーボードとか?ダブルギターもありだけどな」

 

「私!妹がいるんですけどベースやってるんです!だからベースは妹に教えてもらえると思うのでベースならやれそうです」

 

「わかった。じゃあ、ベースは任せるな。ギターとドラムは知り合いにあたってみるわ…」

 

「じゃあ…あの一緒にバンドしてくれるんですか?」

 

「あー…うん、まぁ、あれだ……バンドやろうぜ!」

 

「は、はい!」

 

「ねぇ、私もいるんだけど?私空気?」

 

そう言って奈緒ちゃんは嬉しそうに笑って泣いた。まどかはスルーしておいた。

だから俺がバンドをやるって決めた事は良かったとは思ってる。だが……。

 

何で俺あんな事言っちゃったかなぁー!?

ギターとドラムなら心当たりあるってなんだよ!あるけどねーよ!!

あいつらが今更バンドなんかやるわけねーじゃん!

しかもそのうち2人はBREEZEのメンバーだし!なんだよ。俺何繋り?バレるじゃん!BREEZEのTAKAさんだってバレるじゃん!ほんとバカじゃねーの!?

 

「ハァ…ハァ…僕疲れたよパトラッシュ……。あ、ラーメン食べたい。明日の昼はラーメン食べよ」

 

とりあえず明日の昼はラーメン食っとけば何とかなるか?いや、ならねぇよ。

 

一頻り悩んで悶えた後、俺は寝た。

明日は明日の風が吹くだろ……

 

 

 

 

 

 

「おはようございますー。あ、先輩、今日もぐったり死んでますね?」

 

「あぁ?水瀬か。おはようございますー。もうね。昨日のライブが最高過ぎてね?」

 

「あー、可愛い女の子2人も連れてましたもんね。奈緒と友達になれてラッキーでした」

 

「え?何?お前ら友達になったの?」

 

「ええ、先輩その時マイリーのポスターに夢中でしたしね」

 

「そか、奈緒ちゃんには俺がBREEZEのTAKAって事内緒にしててね。30円あげるから」

 

「300円なら考えますよ?ってか何でですか?」

 

「高いな。50円にして。あれだ。BREEZEのTAKAの大ファンなんだとよ」

 

「なるほど。それならしょうがないですね。晩御飯飲み放題付きで手を打ちます」

 

「それしょうがないって思ってないよな?値上りしてるし」

 

「ほんとはそう言いたいとこなんですけどね。私今2人で住んでますから。だから2人分でお願いします」

 

「いや、値上ってるよ?算数出来る?」

 

水瀬とそんなバカな会話から1日の仕事が始まった。

 

 

 

 

 

「やっと昼か。水瀬どうする?俺ラーメン食べに行くけど?」

 

「ふっふっふ、私には今日もお弁当があるのです!」

 

ああ、そういや同居してる彼女(笑)(かっこわらい)が甲斐甲斐しく毎日弁当作ってくれてんだっけか。百合百合。

 

「良かったな。リア充爆発したらええねん。俺にキラークイーンがあればなぁ…」

 

「私にキングクリムゾンがあったら先輩の昼休みまるまる時間飛ばしますよ?」

 

何それ怖い。そんな事されたら僕死んじゃう。

そして水瀬が弁当箱を開けると、そこには500円玉と『渚ごめん!寝坊しちゃった!』って可愛いイラスト入りの紙切れが入っていた。なんてベタな展開なんだろう。

 

「先輩…私もラーメンご一緒します…」

 

「はいはい」

 

そしてラーメン屋。

 

「あ、先輩。今朝の話の続きですけど」

 

「奢らないよ?」

 

「いや、私もバンド始めたって話したじゃないですか?」

 

「ああ、メンバー揃ったん?」

 

「いえ、まだなんですけど」

 

なるほど。この時点でまだメンバー揃ってないのか。そしたら時系列的には3章でもメンバー揃わないな。やだメタ発言でネタバレしちゃった。

 

「うちのベースの子もBREEZEのボーカルの大ファンなんですよ。だから私達の前でも先輩がBREEZEのTAKAっての内緒にしてくれません?」

 

「え?そうなの?可愛い?」

 

「ヤバいくらい可愛いです!そしてかっこいい女の子です!」

 

「いつご飯行こうか?お兄さん奢っちゃう」

 

「え?ほんとですか?ありがとうございます。いつでもいいですよ?そのベースの子は紹介しませんけど」

 

「いや、なんでだよ」

 

「私もバンドを始めて思ったんです。憧れは憧れのままの方がいいって。ほら、思い出って美化されるものだから」

 

「いい事言ってる風を装ってるけど全然そんな事ないからね?そんな素敵な笑顔で言う言葉じゃないからね?」

 

「笑顔が素敵とか照れますねー」

 

「はいはい。午後からも仕事頑張ろうね」

 

 

 

 

 

 

 

今日も無事にお仕事終了!

ジャンプ買って帰ろう。

月曜日の楽しみなんてジャンプくらいしかないからな。

あ、胸キュンスカッとを観て世の中の不条理に対して憎しみの炎を燃やすのもいいかも知れん。やだ、俺の人生超充実。

 

そしてスマホを開く。

 

とりあえず連絡してみるか。

まずはトシキからだな…。

 

そして俺はBREEZE時代のギターを担当していた佐藤 トシキ(さとう としき)にLINEした。

 

『お疲れ様ですー。

今日とか暇すか?19時くらいに家の前で少しお話しません?』

 

トシキとは小学校の頃からの仲だが、何故かLINEとかメールでは敬語で話してる。なんでだろうな…。

 

--ライ~ン

『大丈夫ですよ~。お待ちしてますね(^o^)』

 

『ならよろしくですー!家の前に着いたらワンコしますねU^ェ^U』

 

--ライ~ン

『は~い』

 

 

 

 

 

 

 

そして俺は帰宅する前にトシキの家に向かった。玄関ではすでにトシキが待っていた。

 

「おつかれ~。家の前に着いたらワンコするって言ったのに」

 

「いやー、はーちゃんは19時に来るって言ったら10分前にはいつも来るしさ。で、今日はどしたん?」

 

「ああ、超言いづらいんだけどな」

 

「うん?」

 

「もっかい俺とバンドやらね?」

 

「うん、無理」

 

「そうか、ならギターの練習しといてくれ。またバンドの練習日とか連絡する」

 

「え?俺無理って言ったよ!?」

 

チッ、押しきれなかったか…

 

「てか、今更でしょ?なんでバンド?」

 

「まぁ、色々あってな。いつもバンドもっかいやりたいって言ってたろ?それを実行しようと思って」

 

「う~ん、俺15年前から一切ギター触ってないしな…。今は三線にハマッてるし…」

 

ああ、そういや三線やり始めたって去年くらい言ってたっけか。

じーちゃんの実家から出てきたんだっけ…

 

「だから、ごめん。三線教室に通って三線をやってる時が、今の俺の音楽の時間だから」

 

やれやれ、気が進まないが…

許せ我が友よ。

 

「俺、好きな人が出来た」

 

「え?」

 

「その子の事が好きで結婚したいと思ってる。その子はバンドやってるから俺も同じ土俵に立ちたいと思ったんだ。だから、バンドがやりたい」

 

「はーちゃんの…恋の為……」

 

まぁ、嘘ではないよな。

マイリーと結婚したいし、バンドやればキュアトロとデュエルする事もあるかもしれん。

そしたらマイリーとお近づきになれる可能性もある。あ、これマイリーと結婚出来るんじゃね?

俺なんで今までバンドやらなかったんだろう?

 

「頼む!俺が結婚する為にはバンドが必要なんだ!!」

 

俺はさっきより力を込めてトシキに頼んでいた。

 

「はーちゃんの結婚の為なら俺も…力になりたいけど…」

 

頼む。トシキ、俺とマイリーの為に…。

 

「考えとくよ…」

 

「ああ、頼むな。無理はせんでもいいけど」

 

俺も帰って考えよう。

マイリーとの明るい未来を。

 

「はーちゃん、他のメンバーはどうするの?」

 

「ああ、一応明日は英治に話しに行こうと思ってる」

 

英治とは中原 英治(なかはら えいじ)

俺達BREEZEのドラムを担当していた男だ。妻子持ちだしかなり可能性低いんだよなぁ……

 

「宮ちゃんは?宮ちゃんはどうするの?」

 

「誰だそれ?」

 

宮野 拓斗(みやの たくと)だよ!宮ちゃんの事になるといつもそれだね…」

 

「宮野?拓斗?」

 

「まだ連絡取れない?」

 

「ああ、どこで何してんだろな」

 

「やっぱり覚えてるじゃん」

 

ぐっ……誘導尋問とはやるじゃねぇか。

BREEZEのベースの宮野 拓斗。

俺達の解散後あいつは消息不明。

元々音楽は学生期間の思い出作りってバンドをやってたが、そのままずるずると俺達とBREEZEを続けていた。

 

でも、アーヴァルからドリーミン・ギグの話が来た時。

このドリーミン・ギグを自分の引退ライブにしたいって意気込んでた。

 

その直前に俺が喉をやらかしてドリーミン・ギグには参加出来ず、あいつのそんな想いは実現する事はなかった。

俺の事を恨んでてもしょうがないやつの一人だ。

まぁ、闇討ちでもしてきたら返り討ちにしてやるけどな。どうしよう。15年も経つのに怖くなってきた夜出歩くのは控えよう。

 

てか、ドリーミン・ギグってアーヴァルの引退ライブじゃん?

俺らレベルのバンドのベースが、あんな所で引退して『普通の男の子になりま~す』とか言ってもピエロだったからね?

拓斗、俺に感謝しろよ。だから闇討ちはやめて下さい。

 

「はーちゃん、どうしたの?」

 

「ああ、拓斗の事をな…」

 

闇討ちされるかもってビビってただけだけど。

 

「そか」

 

「じゃあ、俺は行くわ。今日はありがとうな」

 

「うん、気を付けてね!明日はえーちゃんによろしくね」

 

「おう、おやすみ」

 

そして俺は帰宅した。

俺もしっかり考えないとな。

マイリーとの事…。俺は深夜までマイリーとの明るい未来を妄想していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっとお昼だー!今日はちゃんと志保のお弁当もあるしね!幸せ!」

 

はいはい、百合百合。

 

「水瀬は元気だな?」

 

「先輩は今日もめちゃ眠そうですね?いつも眠そうな目をしてるのに、今日は一段と眠そうな目が冴え渡ってます」

 

「何それ?眠そうなの?冴えてるの?どっち?日本語合ってる?」

 

「今日もまたラーメンですか?太りますよ?彼女出来ませんよ?」

 

ふ、こいつめ。甘いな。俺は昨日は深夜までマイリールートをどう進めるかを考えていたから寝不足なのだ。もう結納直前までいっている。彼女どころか嫁と言っても過言ではあるまい。超有意義な時間を過ごしたものだ。

 

「大丈夫だ。俺はマイリーと結婚するから」

 

「は?何言ってるんですか?マイリーと結婚なんかさせません。全力で阻止します」

 

「は?何?ヤキモチ?なら水瀬がマイリーの代わりに俺と結婚してくれる?」

 

「………考えときます」

 

え?マジで?考えてくれんの?

 

「え?考えて…くれんの?」

 

「はい。先輩をこの世から抹殺する方法を……社会的に」

 

何それ怖い。社会的に抹殺って何されんの?

なんで俺のまわりの女の子みんなこんな怖い事さらっと笑顔で言うの?

俺がドMだったら悦んでるレベル。

 

「ラーメン食ってくるわ」

 

「行ってらっしゃ~い」

 

 

 

 

 

 

 

さて、今日も定時にお仕事終了。

まだ火曜日か。早く土曜日にならないかな…。

 

今日は英治んとこ行かなきゃな。

はぁー!気が重い!気が進まない!

帰りたいよ!マジで!

 

そんなこんなしてるとライブハウス『ファントム』の前に着いた。

ここは英治が経営してるライブハウスだ。

元々は英治の家の工場の倉庫の1つだったここは、俺達がいつもスタジオ変わりに練習する溜り場だった。

 

「いらっしゃ~い。あれ?タカ?」

 

この子は英治の娘の初音(はつね)ちゃん。

もう……いや、年齢は伏せておこう。

なんでって?

英治の娘って事は、俺もそれくらいの娘が居てもいいという歳になる。

それは俺の年齢がバレてしまうとほぼ同意だろう。

つまり初音ちゃんの年齢は隠し通さねばならないのである。

 

「今日はどしたん?私にプレステ4でもプレゼントしたくなった?」

 

「いや、英治いるか?ちょっと話があってな」

 

「お父さんなら厨房だよ?」

 

「あー、今日は忙しい?なら出直そうか?」

 

「ううん、今日はお客さんも少ないし厨房でも暇してるんじゃない?」

 

「そんで初音ちゃんは受付の手伝いか?偉いな」

 

そう言って初音ちゃんの頭を撫でる。

こうやって初音ちゃんを子供扱いする事で読者に初音ちゃんは幼い年齢と錯覚させる技法である。やだメタ発言多いわ。

 

「お触りは1万円になります」

 

とんだぼったくりライブハウスに入ってしまったものだ。

昔はタカお兄ちゃんのお嫁さんになるとか言って可愛かったのに。

おっと、昔とか言っちゃったよ。

 

「じゃあ、厨房に行くわ。すぐ帰るけどな」

 

「入場料は5,000円になります」

 

「わかった。ここで待たせてもらうな」

 

5,000円なんて払えるわけがない。

ましてや知り合いのおっさんに会う為に5,000円とか絶対払いたくもない。

 

「で?お父さんに何の用?とうとう娘さんをくださいって挨拶に来たの?」

 

「もしそうだったらどうする?」

 

「ん~…タカだとあんまり遺産も期待できないよね…?」

 

こわっ!ほんま怖いわ!

何なの!?俺のまわりの女の子はほんとなんでこうなの!?

 

「いや、実は仮想通貨で大儲けしたんだけど?」

 

「私ね、実はずっとタカの事が好きだったの」

 

「その仮想通貨の財産も大暴落して今はもうないけどな?」

 

「ごめん、やっぱりタカとは結婚出来ないや」

 

「はいはい、そうですか」

 

「あれ?珍しいなタカか?」

 

初音ちゃんとそんなやり取りをしてると英治が来た。

 

「おう、久しぶりだな。ちょっと話……ってか相談があってな」

 

「初音をもらいにきたのか?」

 

「なんでお前ら親子揃ってそう思うの?」

 

「だってお前、昔初音に結婚してやるって言ってたろ?」

 

「いやいやいや、お前いつの話してんの?」

 

「ひどい!嘘だったの!?結婚してやるって言って何度も何度も私の事抱いたくせに!」

 

「いや、何言ってんの!?ほんと何言ってんの!?抱いたって、ただ高い高いしてあげたり歩くの疲れたとか言うから抱っこしてあげてただけだよね!?」

 

「最低だなお前」

 

「頼む。お願いだからちゃんと話させてくれ」

 

そして俺はバンドの事を話した

 

 

 

 

 

 

 

 

「アホか……」

 

やっぱそう思うよな…

 

「俺もライブハウスの経営者だぞ?Cure2tronの名前くらい知ってる。そんなバンドのボーカルと結婚出来るわけないだろ?」

 

あ、そっち?

 

「お父さんお父さん。誰その女?」

 

「それは決定事項だからいい。ドラムやってくんねぇか?」

 

「今でもたまに叩いてるけどな。お前のバンドに入った子にドラムを教えてやってくれ。ってんじゃダメなのか?」

 

やっぱりダメか…

まぁ、そんな気はしてたけどな

 

「お父さん?だから誰その女」

 

「お前、それより喉は大丈夫なのか?」

 

「まぁ、大丈夫だろ。カラオケ程度しかしてないけど声が出なくなるって事はもうないしな」

 

「カラオケとライブは違う。お前が一番わかってんだろ」

 

「…」

 

「ぐれるよ?盗んだバイクで走り出すよ?」

 

「初音。大事な話だ。うるさいから黙ってろ」

 

「はい…」

 

「お前、初音ちゃんかわいそうだろ?」

 

だから英治にはあんまり話したくなかったんだよな…バカのくせに俺らに気ぃばっか遣いやがって

 

「お前とトシキ程じゃねぇよ。俺が人に気を遣うようになったのはお前らのせいだ」

 

「何なの?お前エスパー?人の心読むなよ」

 

「それもお前らの影響だな」

 

そう言って英治は笑った。

 

「それに、今お前が一緒にバンドをやりたいドラマーは俺じゃないだろ」

 

「あ?何言ってんのお前」

 

「そういうのわかっちまうのもお前らの影響だよ」

 

「……そか。……あれだ。俺の喉の事なら大丈夫だ。問題ねぇよ」

 

「喉だけじゃねぇだろ。クリムゾンの事もあんだろ。だからあいつにはドラムを頼めないのか?」

 

クリムゾングループ。

最近また日本にも進出して来たらしい。

………バンドを『また』やるならいつかは決着も付けないとな。

 

「心配すんな!俺だよ?タカさんだよ?なんか問題あるか?」

 

そう言って俺は英治に笑ってみせた。

 

「そうだな。お前は昔からそうだな。だから…頼んだぞ。三咲と初音の事」

 

「お前、自分の嫁とか娘とかバカに託すなよ。男なら守りきってみせろ」

 

「バカ以外には任せられねぇからな」

 

「時間取らせて悪かったな。ドラム教えてくれるって件と…良かったらここでライブやらせてくれ。無料で」

 

「気にすんな。俺こそ変な話して悪かったな。バンドの事は…悪い」

 

「お互い様だろ。それにお前と話して本当にやりたい事も決まった。あと……さっきの話だけどな」

 

「あ?無料じゃ無理だけど10%オフくらいならライブやらせてやるぜ?」

 

「守るよ。三咲も初音ちゃんも。お前もトシキもな」

 

「……拓斗は?」

 

「拓斗?誰それ?」

 

「あいつはもう守ってやんねぇのか?」

 

「俺は神でもなんでもねぇよ。俺の手の届かないとこに居るやつは守れねぇよ」

 

「噂で聞いただけだけどな」

 

「あ?」

 

英治にそう言われて嫌な予感がした。

 

「あいつを見たってバンドの話を聞いた」

 

息が止まりそうになった。

心臓が何かに鷲掴みされたような。

そんな錯覚。

 

 

 

「今あいつは…………………」

 

 

 

血の気が引く。目の前が真っ暗になる。

そんな言葉がピッタリと収まるような。

俺は…いつか自分の手で拓斗を……

他の誰でもない。俺が…………きゃいけない

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ水曜日だよ。中日だよ。

トシキは考えてくれるとは言ってたけど…英治は無理だもんな…。

さて、奈緒ちゃんになんて言おうか?

 

ドラム……もう一人心当たりあるっちゃある。俺がドラムを本当にやって欲しいのはあいつだ…でもあいつは…。

 

そんな事を考えてたら水曜日も定時上りでした。

 

何この1日の流れの早さ!

ほぼ10行!現実もこれくらい早く時が流れてくれていいのよ?仕事の日に限るが!

 

昨日、英治と話をして…俺達を思い出してた。あの時はほんとバカで…怖いもんなんか何もなかったもんな。

 

奈緒ちゃんはBREEZEのTAKAじゃなく、今の俺とバンドをしたいと言ってくれた。でも俺は…BREEZEのTAKAなんだよな。

 

俺がやりたいのはBREEZEの復活じゃない。

 

BREEZEのTAKA、BREEZEのTOSHIKI、BREEZEのEIJI。

それじゃないんだ。俺がやりたいのは。

 

だから俺が今連絡するのは奈緒ちゃんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

木曜日も終わった!明日は金曜日だキャッホー!!

 

明日の夜は奈緒ちゃんにドラムを紹介するからとご飯に行く約束を取り付けている。

だから今日はあいつと会う約束をしていた。ドラムをやってもらう為に。

 

「だ~れだ!?」

 

そんな言葉と共に俺は後ろからものすごい衝撃を受けた。背骨が折れたかと思った……。

こんなイタズラする子猫ちゃんは一人しか知らないぞぅ?いや、やっぱいっぱいいるわ。

 

「おう、呼び出して悪かったな、まどか」

 

「タカから女の子に会いたいとか言うの珍しいよね?私に惚れた?」

 

「石油王じゃねぇけど?」

 

「だったら惚れられても困るかな!」

 

俺はまどかを呼び出していた。

 

「あんま時間は取らせねぇ。頼みたい事があってな」

 

「う~……ん、どうしてもっていうなら考えなくはないけど…やっぱ今の関係でタカとHとか無理かな。ごめんね」

 

お前ほんと何なの?

この状況で俺がそんなの頼むと思ってたの? 今の関係でってどんな関係ならいいんですかね?

 

「俺がそんなん頼むか。どうしても俺に頼ませたいなら俺を惚れさせてからにしてもらおうか」

 

「じゃあ何?他に私に頼みそうな事って思い付かないんだけど?」

 

「お前俺の事どんな目で見てんの?アホなの?」

 

「だから何?タカの本気のお願いなら聞くよ」

 

ふぅ……緊張する。

まさかまどかにこんな事頼む時が来るとはな…。

 

「俺の本気のお願いだ。俺達のバンドのドラムをやってくれ」

 

「…本気で言ってんだ?」

 

「ああ、頼む」

 

「英治がダメだったから?私?」

 

「お前には嘘とか言いたくないしな。だから言っておく。確かにトシキにも英治にもバンドやってくれとは頼んだ。でもダメだったからとかじゃねぇよ」

 

「なら何で奈緒と居た時に私にドラムをやってくれって言わなかったの?」

 

「あの時に頼んでたら、『ああ、タカにバンドやれって言っちゃったしな』とか思って責任感から受け入れてただろ?」

 

「うん、多分受けてただろうね」

 

「そんな責任感からバンドやっても楽しくねぇだろ。俺がやりたいのはみんなで楽しくやれるバンドだからな」

 

「うん…」

 

「でも、こないだ英治と話してな。思ったんだよ。今の俺がやりたい音と一緒にバンドやらないと俺自身が楽しくないんじゃないかってな。だからまどかに頼もうと思った」

 

「そっか。断ったらどうする?」

 

「理由は?」

 

「ん……なんとなく嫌だから」

 

「そんな理由なら何度でもまた頼むだけだ。俺はお前とやりたい」

 

「ん~…どうしよっかな?タカはさ。私のドラムの音…………好きなの?」

 

「ああ、好きだ」

 

「そんなに私としたい?」

 

「ああ、俺はお前とやりたい。お前じゃなきゃダメだ」

 

「そっか、なら……いいよ」

 

「ほんとか?」

 

「本気のお願いかどうかは長い付き合いだし顔を見ればわかるしね」

 

「ありがとうな」

 

「大学卒業してからはしてないから、上手く出来ないかもしれないけど、なんとかやってみるよ」

 

「大丈夫だ、俺もサポートしてやる」

 

「うん、よろしくね」

 

「あ、それで早速明日なんだけどな」

 

 

 

 

 

うし!金曜日も終わり!

今から飲み会だぜ!キャッホー!

 

そんなこんなで俺はいつもの駅前で奈緒ちゃんとまどかを待っていた。

おかしいな。こないだは奈緒ちゃんめちゃ早く来てたのに…俺が誘ったら遅刻する病にでもかかってるの?

そしてそんなこんなって言葉便利だな。

 

そんな事を考えてると……

 

「すみませーん!

はぁ…はぁ……。遅れちゃいました…」

 

「うん、めちゃデジャビュだわ。このやり取りこないだやったわ」

 

「はい?それよりまどか先輩はまだ来てないんですか?」

 

え?なんで奈緒ちゃんがまどかが来るって知ってんの?

 

「ごめんごめん、遅れちゃった!待たせちゃった?」

 

「まどか先輩遅いです!」

 

え?奈緒ちゃんも今来たとこだよね?

 

「いや、ほんとごめん!本当は待ち合わせ時間前には着いてたんだけどさ」

 

は?ならすぐ来いよ。

俺実は二人にすっぽかされちゃったかと思って不安だったじゃん

 

「もう!ならすぐに来て下さいよー!」

 

え?奈緒ちゃんがそれ言うの?

それどっちかというと俺の台詞だよ?

 

「それがね、海より深い理由があんのよ。まじで」

 

「しょうがないです。その理由に寄っては許してあげます」

 

だから奈緒ちゃんの台詞じゃないからね?

 

「それがさ。待ち合わせにちゃんと間に合うように来てタカに声をかけようとしたその時にね。タカからの死角の所。ちょうどあの辺かな」

 

そう言ってまどかは奈緒ちゃんの後ろの方を指さした。

確かにあそこなら俺からは死角になってるな。

 

「その辺りで可愛い女の子がさ?一生懸命メイク直したりコンパクトで前髪チェックしてんの。それ見てたら笑えてきてさ。ついずっと眺めてたら遅刻しちゃった」

 

「は?そんなの見てて遅れたの?」

 

「それより貴さん、今日はどこのお店行きます?私お腹ペコペコです」

 

「んで、その後また笑えるのがね」

 

「まどか先輩。もういいです。遅刻とか誰にもあるものです。それよりご飯行きましょう。バンドのドラム引き受けてくれてありがとうございます」

 

「こっからが面白いとこなんだけど?」

 

「いえいえ!もう大丈夫です。お腹いっぱいです。それよりお腹空いたのでご飯食べたいです」

 

お腹空いてるの?いっぱいなの?どっち?

 

「てかさ、なんでまどかがドラムやってくれるって事奈緒ちゃんが知ってんの?昨日話したのか?」

 

いやん、サプライズ的な事考えてたのに僕恥ずかしい!

 

「え?まどか先輩から火曜日かな?の夜にLINEで、私達のバンドのドラムやる事になったからよろしく!って来ましたので。なのに貴さんからドラムやってくれる人紹介するからってLINE来て、この人サプライズでも狙ってるのかな?マジキモい。って思ってましたけど?」

 

いや、マジキモいのくだりいらなくないですかね?

って先にやっぱまどかが言ってたのか…

 

ん……火曜日の夜?

 

「奈緒ちゃん、まどかから火曜日の夜に聞いてたの?」

 

「はい?ちょっと待って下さいね。え~っと……」

 

そう言って奈緒ちゃんはスマホを確認している。

 

「はい!間違いなく火曜日です!」

 

1週間を振り返ってみるか。

月曜日はトシキに会いに行った。

火曜日は英治に会いに行った。

水曜日はまどかにちゃんと話さなきゃって悩んでた。

木曜日にまどかに話してバンドに入ってもらった。

金曜日は今日だ。

 

知ってるか?時系列って大事なんだぞ?

そう思ってまどかの方を見る。

 

「あはは、火曜の夜にさ。英治から連絡あってね。『タカがバンドのドラムをお前にやってもらいたいみたいだ。ドラムやる事断ってないのに断った扱いになっててワロタwww俺涙目うぇwwww』って」

 

火曜の夜を思い出す。

……………確かに直接断られてはないな。

 

「まぁ、タカは私の事大好きすぎるもんね!」

 

「は?何ですかそれ?どういう事です?貴さんはまどか先輩の事好きなんですか?片想いですか?貴さん、可哀相過ぎます」

 

「奈緒、これ聞いてみ?」

 

そう言ってまどかは何かを取り出した。

僕あれ見たことあるよ。ICレコーダーっていって会話とかを録音するやつだ。

どうしよう?嫌な予感しかしない。

 

『……好きなの?』

 

『ああ、好きだ』

 

『そんなに私としたい?』

 

『ああ、俺はお前とやりたい。お前じゃなきゃダメだ』

 

『そっか、なら……いいよ』

 

『ほんとか?』

 

『本気のお願いかどうかは長い付き合いだし顔を見ればわかるしね』

 

『ありがとうな』

 

『大学卒業してからはしてないから、上手く出来ないかもしれないけど、なんとかやってみるよ』

 

『大丈夫だ、俺もサポートしてやる』

 

『うん、よろしくね』

 

そこでICレコーダーの録音は終わった。

そして多分俺の人生も終わった。

 

「な、な、な、何ですかこれ!?2人はそういう関係だったですか!?不潔です!インモラルです!貴さん変態過ぎてキモいです!」

 

「あは、あはははははは」

 

「ま、まどか先輩も何を笑ってるんですか!?最低!2人共最低!!」

 

その後もずっと爆笑してるまどかを横に、なんとか奈緒ちゃんの誤解を説く事が出来た。

何で俺は奈緒ちゃんの誤解を説くのにこんな必死なのん?

 

そうして俺達のバンドにドラムが加わった。3章終わったのにメンバー揃わなかったよ!いや~ん!

 

「お、お話はわかりました。別に2人がそういう関係でもそういう事してても別にいいんですけどね!別に!」

 

「~~~」

 

まどかは声にならないくらいまだ爆笑している。窒息死したりしないかな?大丈夫かな?

 

「と、とりあえずですね!まどか先輩もバンドメンバーで、私もバンドメンバーです!」

 

「はい、そうですね」

 

「だ…だからですね……いつまでも私の事をちゃん付けで呼ぶのはおかしいと思うのです!だ、だから私も貴さんの事はタカって呼ぶので、私の事はな…奈緒って呼び捨てにして下しゃち」

 

あ、噛んだ

 

「か…噛んでるし……~~~(ジタバタ」

 

そんな感じで3章は幕を閉じるのである。

いつになったらバンドやれるんだろうな

俺ら……



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第4章 ギターとベース

「ダメだ…ギターが決まらん…」

 

奈緒ちゃ……奈緒とまどかとの飲み会の翌日の土曜日、俺は朝からライブハウス『ファントム』に来ていた。まどかの件で英治に一言文句を言ってやろうと思ったからだ。

だが、ファントムに入ってすぐに英治がこう言った。

 

「おお、タカか。ビール飲むか?奢るぞ?」

 

俺は英治を許してやる事にした。

うん、友情大事だからね。朝から飲むビール最高オブ最高。

 

「ギターやってるやつなら俺に心当たりあるぞ?」

 

「まじでか?誰?」

 

「初音」

 

「ダメだ。初音ちゃんとバンドやるとか俺の明るい未来が見えてこない。あ、俺の人生元から明るい未来見えてなかったわ」

 

「わかんねぇだろ?もしかしたら初音とのラブロマンスが待ってるかもしれん。むしろR18展開がくるかもだぞ?ほら、超明るい未来。俺もうこの若さでおじいちゃんになるのか…」

 

「それ父親の台詞なの?」

 

「父親の俺が言うのもなんだけどな。初音は可愛い。顔だけは。見た目だけは。初音目当ての男性客も多いくらいだしな。良物件だと思うぞ?見た目だけは」

 

「確かに見た目は三咲に似て可愛いけどな。見た目は…」

 

「お父さんもタカも私の横でよくそんな話出来るよね?もしかして私見えてないの?あれ?私存在してる?」

 

「トシキはほんとにダメなのか?」

 

「ああ、頼んではみたけどな。今は三線やってる時が楽しいって言ってるし、無理矢理バンドやらせるのもな」

 

「なら、今からトシキ呼ぼうぜ。俺も久しぶりに会いたいしな」

 

「トシキ土曜は仕事ちゃうかな?LINEしてみるか」

 

「お父さんお父さん。今私達もなうで仕事中なんですけど?」

 

「タカ、もう一杯飲むか?俺も飲んじゃおうかな」

 

「奢りならな」

 

「あれ?私の声聞こえてないのかな?」

 

そして英治はビールを2本持ってきた。

ああ、本当にお前も飲むのね?

そして英治は煙草に火をつけて大きく吸い込む。

 

「フー、仕事中に飲むビールは最高だな」

 

「あ、仕事中って自覚はあったのね?お前あれだよ?初音ちゃんばかり働かせてたらダメだよ?」

 

「そうだ!そうだ!!」

 

「だって俺が仕事に戻ったらお前帰るだろ?」

 

「あ?まぁそりゃな」

 

「らしいぞ初音?お父さん働こうか?」

 

「たまには親孝行も大事だと思ってるし、お父さんより私の方がしっかりしてるしね!お父さんゆっくりしてていいよ!」

 

「ほらな?初音は俺よりしっかりしてるから大丈夫だ」

 

「そーでっか」

 

それまるで初音ちゃんが俺に帰られたくないって思ってると勘違いしちゃうからね?もう止めてね?

 

「お前とまどかとやるバンドの何とかちゃん。あの子にベースじゃなくてギターにしてもらうとかは?」

 

「あ?それ本末転倒だろ?ベースがいなくなるじゃん」

 

「なるほどな。お前頭いいな。ならお前がギターボーカルやるとか」

 

「俺のギター…お前知ってるよね?」

 

「Fコードでほぼ引っ掛かるもんなお前。元々トシキにギター教えたのお前だったのにな。ははは、懐かしいな」

 

そんな話をしてると初音ちゃんが俺達にツマミを出してくれた。ほんと出来た娘さんですね!

 

「タカがどうしてもって言うなら私がギターやってもいいよ?ラブロマンス付きで」

 

「いや、いいよ。俺まだ捕まりたくないし。俺が捕まったら弟に迷惑かけちゃう」

 

「なら、うちのお客さんにあたってみる?ギターなら結構いるんじゃないかな?」

 

「本気でバンドやりたいって、バンドを探してる人に頼むのも気が引けるのもあるんだよな。ボーカルの歳が歳だし。いやん涙出そう」

 

「あー、そのタカにバンドやろうって言った女も、まどかお姉ちゃんもBREEZE絡みっちゃBREEZE絡みだもんね」

 

「うちに『15年前の伝説のバンドBREEZEのTAKAがバンドメンバーを募集中!ギターもしくはベースやりたい人募集!!』とかポスター貼るか?」

 

「やめて、恥ずかしくて僕死んじゃう」

 

 

 

「こんにちわー」

 

そんな声と共にファントムの扉が開かれ、トシキが入ってきた。

 

「うわ、二人共飲んでるの?」

 

「おう!トシキ久しぶりだな!」

 

「お、今日は休みだったか」

 

「えーちゃんも初音ちゃんも久しぶり。はーちゃんはこないだぶりかな」

 

「トシキさんこんにちは。トシキさんも飲む?」

 

「あ、俺はウーロン茶貰おうかな?」

 

「はーい」

 

そう言って初音ちゃんがウーロン茶を用意していると、トシキがエプロンを着けて洗い物を始めた。

 

「もう、えーちゃんダメだよ?初音ちゃんばかり働かせてたら。俺も洗い物くらいなら手伝うよ」

 

「あ、ありがとうトシキさん」

 

「俺はいい友達を持ったな」

 

「いや、お前が働こうね?」

 

洗い物を終えたトシキが追加のビールを持って俺達のテーブルにつく。

英治のやつが初音ちゃんにビールおかわりー!って言ったからだ。もうここの経営トシキか初音ちゃんに譲れば?

 

「タカとトシキと俺。こうやって3人揃うのも久しぶりだな」

 

「ああ、BREEZEが全員揃ったな」

 

「いやいや、宮ちゃんいないよ?」

 

「宮ちゃん?誰それ?」

 

「もう、はーちゃんは……。それより俺何で呼ばれたの?バンドの話?えーちゃんはまたバンドやるの?」

 

「いや、俺が久しぶりにトシキに会いたいって思ってな。バンドの話は俺は断ってないのに断った事になってた」

 

「え?そうなの?はーちゃんに好きな人出来たからって、恋の為にバンドやるんじゃないの?」

 

〈〈バリン〉〉

 

「あは、お皿拭いてたら割れちゃっタ」

 

「え?初音ちゃん大丈夫?」

 

「大丈夫だヨ。それよりトシキさんその話…詳しく聞かせテ?」

 

「お前トシキにそう言って頼んだの?」

 

「まぁ…トシキに頼むにはこれが1番かなと…あながち嘘でもないしな」

 

「その恋の相手ってタカにバンドやろうって誘った子?意外と大穴でまどか?」

 

「Cure2tronのマイリーだけど?」

 

「え?それ本気なのか?」

 

「それよりトシキ、こないだ頼んだギターの事だけどさ」

 

「あ、うん、はーちゃんごめん。やっぱりギターはもう出来ないかな…」

 

「そうか、なら逆に良かったよ。これじゃBREEZEの復活みたいなもんだって思ってたしな」

 

「そっか。なら良かったよ。それでギターはどうするの?」

 

「それなんだよなぁ…最悪俺がマジでギターしちゃう?」

 

「ああ!ほんとそれもアリじゃない?」

 

 

 

 

「あれ?トシキもいる」

 

「あ、あの…こ、こんにちは」

 

そう言ってファントムの扉が開きまどかと奈緒が入ってきた。

 

「あ、まどかちゃん久しぶり」

 

「おう、まどか。お?誰だその美少女は」

 

「び…美少女って…」

 

ん?なんか奈緒の様子が変?顔真っ赤だし。どしたんだろ?二日酔い?

 

「まどかも奈緒もどしたん?ここにランチでもしに来たの?」

 

「うわ、英治もタカも飲んでるの?初音ちゃん!私もビール!!」

 

いや、お前も飲むんかい。

 

「はーい、まどかお姉ちゃんのお友達さんは?ビールにする?」

 

「あ、わ、私はえっと…じゃあ紅茶を…」

 

「え?飲まないの?てかやっぱり二日酔い?」

 

昨日はそんなに飲んでなかったと思うけどな。一応奈緒に確認してみる。

 

「そ、そんな事ないです…大丈夫です」

 

「いやー、今日は奈緒とショッピングしてたんだけどね。実はBREEZEのドラムの人がやってるライブハウスを知ってるって話したらさ。行ってみたいって言うからさ」

 

「す、すみません…お邪魔でしたか?」

 

「いやいや、全然!へー、俺達の事知ってくれてるんだ?あ、タカにバンドしようって言ったの君とか?」

 

「あ、はい。母が元々BREEZEさんのファンでして、ライブにも行かせて頂いた事もあります!あ、もちろん私もそれで大ファンになりまして」

 

「まずいな…」

 

そう思って奈緒の死角になるように、トシキと英治に小声で俺がBREEZEのTAKAって事は内緒にしてくれと頼んだ。

奈緒の思い出も壊したくないし、奈緒のやりたいバンドはBREEZEのTAKAとやりたいわけじゃない。

だから何としてでも隠し通さないと…。

 

「あ、憧れのBREEZEのEIJIさんにお逢い出来るとか、ほんと幸せです…!あのはじめまして!私、佐倉 奈緒と申します。挨拶が遅れてしまってすみません!」

 

「お、ありがとう!奈緒ちゃんね。ここに居るトシキはBREEZEのギターやってたんだぜ?」

 

「え!?ト…TOSHIKIさんですか!あの、あの!は、はじめまして!」

 

「はじめまして。俺達のファンだったとかすごく嬉しいよ。よろしくね、奈緒ちゃん」

 

「は、はいー!よろしくお願いします!」

 

奈緒はすごく嬉しいだろう。

憧れのバンドのTOSHIKIとEIJIに会えたのだから。俺もイケメンに育っていたらTAKAだよ。って言ってやれたんだけどな。あれ?そういやBREEZEにはもう一人誰か居たような?誰だっけ?

 

「ギターのTOSHIKIさん、ドラムのEIJIさん、憧れのBREEZEのメンバーのお二人とお知り合いになれるとか…生きてて良かったです…」

 

「え?二人?タカは?」

 

「へ?」

 

しまった!?まだ注意しなければいけない人物が居た!初音ちゃん!!!

 

俺がそう思った時、まどかが俺の方を見てウインクしてくれた。

初音ちゃんに説明してくれるのか!ありがとうまどか!あと5秒くらいだけ世界で一番愛してる!!

 

「初音、初音。あの子にはタカがBREEZEのTAKAっての内緒にしときな?あの子BREEZEのTAKAの大ファンでラブの意味で好きだから」

 

「え?は?今のうちに倒しておけって事?」

 

「違う違う。もしタカがBREEZEのTAKAって知っちゃったら、あの子タカの事好きになるかもしれないよ?だから内緒にしてた方がよくない?」

 

「な、なるほどね。わかった。内緒にしておく」

 

まどかが俺にピースサインを見せてきた。でも何だろう?あの笑顔がすごく黒く見える。

 

「あ、貴も居たんですね。影が薄いから見えてませんでした。こんにちはです」

 

「え?最初から居たけど?さっき普通に会話もしてましたけどね?」

 

「それよりBREEZEのメンバーがやってるライブハウスに何で貴が居るんですか?しかも、お二人と一緒に飲んでるとか。BREEZEの事知らないって言ってましたよね?ね?」

 

「あれ?トシキと英治ってBREEZEのメンバーだったの?マジで?知らなかったわー。タカさんびっくり。今世紀最大のカルチャーショック受けてるわー」

 

「な、なんか白々し過ぎませんかね…?」

 

「それよりタカはなんでここに居るの?」

 

まどかがそんな事を聞いてきた。

奈緒もいるしうまく誤魔化さないとな…。

 

「あー、あれだ。ギターのメンバーどうしよっかってな」

 

「またトシキに頼もうとしたの?(ボソ」

 

「いや、それを断ろうと思ってな。先に断られたけど」

 

「そっか」

 

「あ、そういえば今日はTAKUTOさんはいらっしゃらないんですか?」

 

TAKUTO?誰それ?

 

「あ、宮ちゃんは…」

 

「あいつは15年前に俺達が解散してから風来坊になっちまってな。あれ以来会ったのは…初音が生まれた時くらいか?」

 

「もう1度だけあるよ…」

 

「……」

 

「あ、な、なんかすみません…本当に…」

 

「いや、気にしなくていいぞ。大した事じゃねぇよ」

 

「貴……。って、何で貴が言うんですか?関係ないですよね?」

 

「すみませんね。ついね」

 

「奈緒ちゃん、本当に気にしなくていいよ。宮ちゃんの事は多分元気でやってると思うし」

 

「ありがとうございます。……気付いてない振りも大変だなぁ(ボソ」

 

「お待たせしました。紅茶です。それよりボーカルのTAKAの事は気にならないんですか?」

 

「ありがとうございます。って、そりゃ…気になります…けど」

 

「ボーカルのタカは痔が悪化して入院しました。面会謝絶の危篤状態です」

 

「「「ぶほっ」」」

 

俺と英治とまどかがむせてしまった。

あぶねぇ、吹き出すとこだった。

 

「む?へー、それは大変です!是非お見舞いに行きたいです!」

 

「いえいえ!それにはおよばないです!面会謝絶ですので!」

 

「そうなんですね。痔かぁ~」

 

そう言って俺を見る奈緒。

なに見てんの?俺は痔じゃないよ?マジで。てか、まどかは初音ちゃんに何を言ったの?

 

「それよりまだギターの人決まらないんですか?」

 

「ああ、まぁな。どうすっか悩んでたとこ。あ、奈緒はベースの調子はどうだ?」

 

「私ですか?ベース触ってすらいませんよ?」

 

「え?バンドやりたいって言ったの奈緒だよね?何で練習してないの?」

 

「まどか先輩に『本当に奈緒がベースになるかわからないから、ギターかキーボードでも出来るようにまだ楽器は触るな』って言われまして。ほら、楽器も高いじゃないですかー?」

 

「あ、なるほどね。把握。なら今からやっぱりギターしてってなっても大丈夫なわけだ?」

 

「はい!」

 

「だからギターなら私がやるってー!BREEZEのTAKAから引き継いだレスポール・スタジオがあるんだし!」

 

あ、あれ大事にしてくれてるんだ?

 

「え?TAKAさんってギターやってたんですか?」

 

「え?知らなかったのか?初期の頃はタカもギターしてたぞ?中盤の頃はただぶら下げてるだけになったし、終盤は持ってくる事すらなかったけどな」

 

止めて!黒歴史ほじくり返さないで!

 

「俺にギターを教えてくれたのは実ははーち…タカなんだよ?中3の時の音楽のテストで自分で作詞作曲して発表したって黒歴史もあるし」

 

トシキ!黒歴史ってわかってるなら言わないで!!

 

「TAKAさんにギター教わったんですか!?」

 

「そうだよ。タカがギターしてたから俺達もバンドしたようなもんだし」

 

「まどか先輩は知ってたんですか?(ボソ」

 

「いや、楽器は出来ないって言ってたし知らなかったよ(ボソ」

 

「なるほど…わかりました!私!ベースは止めてギターやります!ギターがやりたいです!!」

 

「は?いや、ベースどうすんの?妹さんに教えてもらうんじゃないの?」

 

「それです!」

 

「どれ?」

 

「ベースはその気になれば妹に頼む事が出来ます!あ、でも妹に手は出さないで下さいね?通報します」

 

「いや、出さないけど」

 

「だ…だからその…。私にギターを教えて下さい」

 

「は?」

 

「そういう事なら教えてやれよタカ。お前もギターやってた時期があっただろ?」

 

「なんで俺に?それならトシキの方がいいんじゃね?」

 

「トシキのが確かにギターは上手いけどお前の方が教えなれてるだろ?」

 

「えー、めんどい」

 

「ほら、はーちゃん。俺が教えるには色々問題あるし…」

 

「ああ、女の子と二人きりになると急に喋れなくなる病か」

 

「あははは、うん、まぁ…」

 

「まどか、まどか!ちょいちょい」

 

「英治?何?」

 

「奈緒ちゃんってさ?タカがBREEZEのTAKAって気付いてるよな?(ボソ」

 

「うん、バッチリ。でもタカが気付かれてないって思ってるから、気付いてない振りしてるんだって(ボソ」

 

「なかなか面白い展開だな。俺超協力しちゃう(ボソ」

 

「でしょ?ほんと笑えるよね(ボソ」

 

「う~ん、それならしゃーないか…。んで、妹さんはベースやってくれそうなの?」

 

「そこは…実は難しかったりするんですが…妹はもうバンド組んでますしね…」

 

「なら意味ないんじゃないか?う~…ん…」

 

「タカ教えやれよ。このままギターが決まらないのもベースが決まらないのも一緒だろ?それに本人がギターやりたいって言ってんだし。それともお前、憧れの人がやってた楽器をやりたいって奈緒ちゃんの気持ち踏みにじるのか?」

 

「いや、それはそうだけどな。それじゃなくて俺が教えるってとこがな」

 

「貴」

 

「ん?」

 

そして奈緒は顔を赤らめて俺の袖を掴み涙目で潤ませながら上目遣いで言ってきた。

 

「ダメ……かな?」

 

「い…いいよ?」

 

「フッ」

 

ハッ!?しまった!

 

「はい!言質は頂戴しました!チョロいですねー!」

 

そして奈緒はギターをやる事になり、俺は奈緒にギターを教える事になった。

 

ハァ~…ベースどうすっかぁ…。

奈緒の妹さんの返事待ってからにするか…?ベースやってる知り合いか……。

居ないこともないんだが…。

 

「よし!そうと決まれば早速妹に電話してみますね!」

 

「ん、よろしく頼むわ」

 

そして奈緒はスマホを取り出して席を少し外した。

このまま奈緒の妹さんがベースやってくれるならいいだろう。

バンドに入るのは断られても、たまにヘルプでやってくれたりすれば……。

 

「ん~…ベースかぁ。私の友達にもいないかなぁ…」

 

「え?まどか、お前友達いるの?」

 

「タカと一緒にすんなし。それなりには居るよ」

 

そしてふと視線を横にした時だった。

向こうのテーブルの女の子が俺達の方を睨んでいた。え?なんで睨まれてんの?やだ怖いわ。

言い方を変えよう。俺達の方に熱視線を送っていた。やだ何それ照れちゃう。

 

そしてその子は俺と目が合ってからも視線を反らさない。フッ、これは先に目線を反らした方が負けだな。

 

「それより奈緒はまだか?」

 

俺はまどか達の方を見た。だって怖いんだもん。

 

「まだみたいね。あ、それより英治さ?ちょっとドラムの事で聞きたい事あんだけど?」

 

「ん?何だ?」

 

まどかは英治と話している。

トシキの方を見るといつの間にか初音ちゃんと洗い物をしている。

 

そういやこないだここに来た時は、英治は厨房にいる。って事で俺はここのカフェスペースで英治が来るのを待ってたんだが、今はこのカフェスペースからトシキと初音ちゃんが洗い物をしている所が見えている。このライブハウスの造りどうなってるのん?

 

俺はそんな事を考えながら、さっきの女の子の方を見てみる。

うっわぁ、まだこっち見てるよ?何なの?いい加減にしないとビビりすぎてちびるよ?

 

するとその女の子は立ち上がって俺達の方に歩いて来た。なんだ?やろうってのか?とりあえず土下座して謝ればいいか?そう思っていると、

 

「あの~」

 

普通に声をかけてきた。なかなか可愛い声をしている。フッ、危なく大人の尊厳をなくすとこだったぜ。

 

「あの~!」

 

「あ、はい?何ですか?」

 

「さっきからそちらのお話が聞こえてたんですけど」

 

あ、うるさかったとかかな?

よかろう。大人のお兄さんとして綺麗な土下座を見せてさしあげよう。

 

「BREEZEのTAKAさんとEIJIさん。あちらで洗い物をしているのがTOSHIKIさんですか?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「え?誰?この子?」

 

奈緒はまだ電話中だな。よし。

 

「ええ、そうですよ。あの、あっちで電話してる子には僕がBREEZEのTAKAってのは内緒にして下さいね」

 

「わぁ、本物だぁ。わかりました。とりあえず内緒にしておきます」

 

「えっと、キミ確かうちにたまに来るお客さんだよね?」

 

ん?英治はこの子の事知ってるのか?

 

「はい、こちらはBREEZEのEIJIさんが経営してるライブハウスと聞きまして、もしかしたら会えるかな?と思いましてランチによく来させていただいてました」

 

なるほどな。このライブハウスもそれなりにはライブもやってるし、BREEZEのEIJIがやってるライブハウスだって気付かれても不思議ではないか。

 

「そうなんですね。僕達のファンだったとかですか?」

 

「ねぇ、タカって可愛い女の子の前に行くと一人称僕になるし、敬語になるよね?(ボソ」

 

「いや、そうじゃないぞ?あれはタカのぼっちスキルが発動してる状態だ。つまり警戒してるって事だ(ボソ」

 

お前ら聞こえてるからな?

 

「お父さんとお母さんがよくBREEZEの曲を聞いてましてそれで私もって感じです。あ、お父さんとお母さんは付き合ってなかったんですけど、BREEZEのライブに行って燃え上がっちゃって、そのまま燃え上がったらあたしが出来ちゃったみたいな?BREEZEがいなかったらあたしは生まれてなかったみたいな~?」

 

この子さらっとすごい事言ったな…

 

「俺達の歌詞は全部タカが書いたからな。タカが産みの親みたいなもんか」

 

いや、英治お前何言ってんの?

 

「お母さんがEIJIさんに何度か口説かれた事あるってよく自慢してました。意外と私のお父さんはEIJIさんだったりして~」

 

「タカヤバい。奈緒ちゃんの前ではお前がTAKAっての内緒にしてやるから、この子の前では俺がEIJIってのは内緒にしててくれ」

 

はい。もう手遅れですね。俺とトシキで何度三咲を慰めたと思ってんの?あれ?三咲を慰めてた時もう一人誰か居たような?誰だっけ?

 

「大丈夫ですよ。冗談です。多分、髪色はお父さん譲りですし」

 

「心臓に悪いな。それより初音が目をキラキラさせてこっち見てるのも俺は怖い」

 

「ははは、英治はその…色々あったからね…」

 

まぁ、あの頃はほんと俺もトシキも大変だったからね。俺なんてまだ童て…げふんげふん。だったのにね。

 

「あ、それで俺がBREEZEのTOSHIKIです。よろしくね」

 

「あ、申し遅れました。あたし蓮見 盛夏(はすみ せいか)と申します。以後お見知りおきを~」

 

「蓮見…記憶にない。やっぱり俺はやってない」

 

「それ父親の姓じゃないの?」

 

「英治の昔の話は聞いてたけど…こんなのにドラム習ってたかと思うと泣けてくるわ」

 

「チッ、お姉ちゃんじゃないのか…」

 

初音ちゃん?その方が良かったんじゃないかな?

 

「あ、それでですね。ずっと皆さんのお話が聞こえてたんですけど…」

 

「たかぁぁぁ!!」

 

奈緒が戻ってきたようだ。あの抱きついてくるの止めてくれませんかね?柔らかいのが……ね?

 

「妹が…嫌とか無理とか貴を葬るとか……グス」

 

ちょっと待って葬るって何!?俺、奈緒の妹さんに葬られちゃうの?

 

「わぁ、良かった~」

 

「ほえ?誰ですかこの可愛い女の子。貴が嫌らしい目で見て通報するとか言ってきてるですか?それならしょうがないですね…」

 

え?しょうがないの?何で諦めてるの?もしそうだったら一緒に冤罪だって戦おうよ?あ、もしかしてちょっと見たりしたら捕まっちゃう世の中?うっわ、この世界生きづらいわぁ。

 

「いえいえ。そうではなくてですね。あ、貴さんと目が合って見つめられてたのは本当ですけど」

 

「ヤバいです。貴、短い間でしたが楽しかったです。貴とライブ…し…したかっ…た…グスッ」

 

え?奈緒何で泣いてるの?俺捕まるの?うっわ、BlazeFuture編第4章で完結?待ってよ。俺まだライブしてない。

 

「はーちゃん、面会には行くからね」

 

「タカ。俺はいつまでもお前の友達だからな」

 

「タカ…そんなの…そんなの嘘だよ…私、子供の頃からタカの事…う…う…うわぁぁぁぁん」

 

「タカ。私はいつまでも待ってるからね。お腹の中にいる子と一緒に…。

タカと私の名前の1字から取って…いい名前ないから適当に名前付けとくね」

 

「いや、お前ら揃いも揃ってアホなの?バカなの?そんなんで捕まるわけないだろ。それで捕まるくらいだったら今頃俺は捕まってここにいないわ。え?捕まらないよね?大丈夫だよね?」

 

「わぁ、みんなさっきからお話聞こえてた通り面白いですね~。大丈夫ですよ。通報とかしませんし」

 

た、助かった…助かった……。

 

「あのですね、最初はギターを探してるみたいでしたので声を掛けれなかったんですけど、あたしベースやってますんで良かったらベースとしてバンドに入れてくれませんか?」

 

「え?ほんと?俺通報されない?」

 

「まじですか!ベースやってくれるのですか!?」

 

「お!いいじゃんいいじゃん!BREEZEのファンだったんなら、私らとも話合うだろうし!私は別にBREEZEのファンでも何でもないけど」

 

「良かったぁ。はーちゃんが捕まったりしたらどうしようかと…」

 

「また新しい女が…」

 

「俺達のファンでベースって事はその…拓斗のファンだったとかか?」

 

拓斗?誰それ?

 

「いえ、ほんとはギターがやりたかったんですけど、お父さんがギターとベースを間違えて買ってきて、それからベースをする事にしまして。今じゃ完全ベーシストって感じです」

 

ああ、親にジャンプ買ってきてくれって頼んだらマガジンとかサンデー買ってこられたようなもんか…

 

「貴!お願いしましょう!BREEZEのファンでこんな可愛い子が入ってくれるとか奇跡に近いです!可愛い女の子に囲まれてハーレムですよハーレム!ね!入ってもらいましょう!」

 

「私もいいと思うよ。この子の話面白いし」

 

「まぁ、そうだな。俺達にとってはありがたい話ではある」

 

しかし、こんなトントン拍子でメンバーが決まるとはな。まぁ、バンドのメンバーとかってそんなもんか。BREEZEん時も似たような感じだったしな。

 

「う~ん、ダメですか?…お、あれやれば入れてもらえるかな?」

 

「えっと…蓮見さんでし…」

 

俺が話をしようとしたら、蓮見さんは顔を赤らめて俺の袖を掴み涙目で潤ませながら上目遣いで言ってきた。

 

「貴…お願い…いれて…?」

 

「…いいよ」

 

ハッ!?

 

「貴…不潔です…変態です」

 

「あは、あははは、あははははは」

 

「また敵が増えた…」

 

「バンドの問題解決して良かったね」

 

「ははは、良かったな!タカ!初ライブはうちでやれよ?割り引きするから」

 

「わぁい!入れてもらえた!うっし、バンド頑張るぞ~」

 

「ああ、よろしく…ね…」

 

そうして俺達のバンドのメンバーは揃った。

はぁ、次はどう動きましょうかね……。



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第5章 未来に向かって新しい道を切り開く

あたしの名前は蓮見 盛夏。

そんじょそこらには居ない美少女JDだ。

と、自分では思っている。

 

お父さんとお母さんの影響で音楽が好きになり、いつしか自分も楽器をやってみたいと思い、中学の時に音楽の授業で、ギターをやってた事もあり、お父さんにギターを買ってくれとおねだりした。

 

音楽が大好きだったお父さん。

なのに買って来てくれたのはベースだった。それからあたしはベースをやるようになるのだが、やってみるとベースが自分に合っていたのだろう。

中学で習っていたギターよりも、ベースを演奏するのが好きになっていた。

 

そんなあたしはひょんな事からライブハウス『ファントム』は、お父さんとお母さんが好きだったバンド『BREEZE』のドラムだった人が経営しているという話を聞き、いつか本物に会えるかもしれないと思い、ライブのない日のカフェタイムの日によく通っていたのである。

 

ある日、本物のBREEZEのドラムどころか、BREEZEのボーカル、BREEZEのギターのメンバーにも会うことが出来た。

それどころか、ボーカルの人が始めたバンドのベースとして入れてもらう事が出来たのである。バンドをやった事のなかったあたしはうれしみに溢れているのであった。

 

「と、まぁ、これがあたしなのである」

 

「え?ほえ?何?」

 

モノローグの中で一生懸命自己紹介したつもりだったけど、どうも奈緒には伝わらなかったみたいだ。まぁ、そりゃそうだね。

 

そしてそんなあたしは今、仕事帰りの奈緒と合流してファントムでお茶しながらバンド名を考えているのである。

 

「う~ん、バンド名とか難しいなぁ。全然考えてなかったよ…。貴に相談したら『え?俺らバンド名決まってなかったの?4章も終わったのにバンド名決まってないの俺らだけだよ?』とかわけのわかんない事言ってたしなぁ」

 

「貴ちゃんは時々まともな事言うけど、時々以外はわけわかんないね~。まぁ、そこが面白いんだけど」

 

「え?まともな事言ってた時あったっけ?」

 

「たまに?」

 

「ははは、2人共なかなか辛口だな?タカが聞いてたら泣いてるぞ?」

 

そう言ってファントムの経営者であり、BREEZEのドラマーであった英治さんがケーキを持って来てくれた。

 

「え?あ、私達ケーキ注文してないですけど…」

 

「ああ、気にしなくていいよ。俺の奢り。奈緒ちゃんは俺達のファンで居てくれたし、盛夏ちゃんはお得意様だからな」

 

「え?いいんですか?ありがとうございます!いただきます」

 

「おー!ありがとうございます。ラッキーだ~」

 

「ま、実は賞味期限ギリギリのやつなんだけどな。処分するのは勿体ないし」

 

「それでしたら処分しなきゃってのがあったらいつでも呼んで下さい。ダッシュで来ます」

 

「も、もう盛夏!」

 

「ははは、ああ、そん時はまた頼むよ」

 

わー、英治さんいい人だー。

 

「それより奈緒ちゃん達は今日はバンド名考えてんのか?」

 

「ええ、そうなんですよ。そういえばBREEZEの名前はどうやって決まったんですか?」

 

「ああ、もちろんタカが決めたぞ。元々はBREEZEって『Brigade of Breeze(ブリゲード オブ ブリーズ)』ってバンド名だったんだよ」

 

「え!?そうだったんですか!?知らなかったです」

 

「Brigade of Breeze……?そよ風の旅団?」

 

「お、盛夏ちゃんは英語得意なのか?そうだよ。そよ風の旅団。俺達は音色をそよ風に乗せて運ぶ旅団なんだって意味でな」

 

「す!すごく素敵です!!」

 

「ははは、それを面と向かってタカに言ってやれば照れて喜ぶだろうに」

 

「う…あの…あ、あはは…」

 

あ~、そういや奈緒には貴ちゃんがBREEZEのTAKAってのは内緒だったんじゃ?

 

「大丈夫。まどかから聞いてるよ。タカが気付いてないと思ってるから、気付いてない振りしてるんだろ?」

 

え?そうなの?何でだろ?

 

「あはは、はい、実はとっくに気付いてます…。気を使わせてしまってるようですみません…」

 

「いや、面白いから俺としては構わないぞ。盛夏ちゃんもそういう事らしいからよろしくな」

 

「ラジャー!ってか、何でそんな事に?面白そうだから、あたし的にもオッケーだけど?」

 

「あ、それより。何でBrigade of BreezeはBREEZEに名前が変わったんですか?」

 

「まぁ、ライブをやりだしたのはBREEZEになってからだけどな。元々はタカはBrigade of Breezeは長い名前だから、BoB(ビーオービー)って呼ばせたいって言ってたんだよ。なんか略称あった方がかっこよさげじゃん?とか言って」

 

「あ、あはは。そういうとこは昔からそうだったんですね」

 

「でも、略称はみんなからBB(ビービー)って呼ばれるようになってしまったから、これは俺の拘りから外れておるとか言ってな。BREEZEだけになっちまった」

 

「なんか貴らしいですね」

 

「ならあたし達のバンド名をBrigadeにしちゃう?」

 

「う~ん、それもいいかもだけど、それだと貴がまたBREEZEの事を思い出しそうだし…。やっぱり貴はBREEZEのTAKAじゃなく葉川 貴としてバンドやってほしいしなぁ」

 

「思い出す?およ?そう言えばBREEZEって何で解散しちゃったんですか?」

 

「あれ?盛夏ちゃんは知らなかったのか?実はな……」

 

 

 

 

 

 

「ほえ~、そうだったんですね。は~。なるほどなるほど」

 

「まぁ、俺達自身あれは楽しかった青春だって事で終わってるし、何も気にしてないけどな」

 

う~ん、計算が合わない…?あれ?

 

「どうしたの?盛夏」

 

「あたしは蓮見 盛夏。美少女JDである」

 

「え?何言ってるの?貴が憑依でもした?」

 

「あたしはJDなのだよ。大学3年生20歳!今年21歳!」

 

「え?何?私の事おばさんって言いたいの?」

 

「奈緒ちゃんの年齢でおばさんとか俺らもうお爺ちゃんじゃないか…」

 

「BREEZEが解散した15年前はあたしは5歳か6歳。あたしがお父さんとお母さんに作られたのは21、2年前のBREEZEのライブの日という事になる!」

 

「つ、作られたって…」

 

「大丈夫だ。その計算なら合ってる。22年前なら俺達もそれなりにライブやってたよ」

 

「ほぉほぉ。BREEZEの皆さんって……何歳なの?」

 

「やっほー!やっと仕事終わったよー!」

 

あたしのそんな質問は何故かスルーされ、まどかさんがファントムにやって来た。

 

「あれ?まどか先輩こんばんは」

 

あ、奈緒が呼んだんじゃないんだ?

 

「英治~…疲れた。ビール。ビール持ってきて…」

 

「お前最近よく来るな?そんなに俺に会いたいか?もしかして俺に惚れた?」

 

「えっと…三咲さんの電話番号は…と…」

 

「まどか。このビールは俺の奢りだ。だからスマホはしまっとこうな?な?」

 

「ありがとね!英治!」

 

そう言ってまどかさんはビールを飲み始めた。あ~、あたしも飲みたくなってくる。

 

「プハー!英治ー!おかわりー!」

 

「おかわりは奢りじゃないからな?」

 

「三咲さんと久しぶりに会いたいなぁ」

 

「待て、こういうのはタカのポジションだ!俺のポジションじゃない!」

 

「ま、冗談だけどね。さっきの分もちゃんと払うよ。あ、久しぶりに三咲さんに会いたいのは本当だよ?それより奈緒と盛夏はなんでここにいるの?」

 

「私達はバンド名を考えよー!ってここに!ね、盛夏」

 

「そんな感じですー」

 

「へぇ、なんかいいの思い付いた?」

 

「それがさっぱりです」

 

「ケーキ美味しかったですー」

 

「ケーキ?あんたらケーキ食べてたの?」

 

「あ?まどかも食うか?賞味期限ギリギリのでよけりゃマジで奢るぞ?」

 

「あたし英治の弟子で良かったよ」

 

「ほんと調子いいな、お前…」

 

 

 

 

 

 

「あー、ビールとケーキ。幸せな一時だった…」

 

まどかさんはとても満足そうだった。

 

「それで?バンド名の案とか見せてみ。お姉さんが酷評してあげよう」

 

「あ、はい。こんな感じです」

 

まどかさんが奈緒から色んなバンド名の書かれたノートを受け取り、ゆっくりゆっくり見ている。ビールを飲みながら。

何かお気に召すバンド名はありましたか?

 

「ん、奈緒、今からタカ呼びな」

 

「は?」

 

お?

 

「あたしが呼ぶよりは奈緒のが来ると思うし。呼びな」

 

「は?酔ってますか?」

 

「うん、それもある。でもバンド名の事で話あるのは本当だし」

 

「私がかけても来ないかもしれませんよ?ま、まどか先輩がそういうからしょうがなく電話します。しょうがなくです」

 

そう言って奈緒はニヤニヤしながらスマホを取り出した。あれ?そういう事なのかな?ちょっと残念。

 

「あ、もしもし、貴ですか?

……あ、はい。奈緒です。今お忙しいです?

………あ、やっぱり忙しいですよね?賢者タイム中でしたか?

……違う?なら何してたんですか?

……………は?電器の紐相手にデンプシーロールの練習してた?バカなんですか?

………え?今なら掴めそう?いやいやいや、ならデンプシーロール出来るようになったら私に試してみます?

……は?デンプシーロール破り?そんなのしないですよ。私の世界(ザ・ワールド)で時を止めますし。

………え?いやいや…」

 

奈緒~?話脱線してない?

てか、男の人に平気で賢者タイム中でしたか?って聞けるのすごいね。

 

 

 

 

 

「いえ、多分貴の九頭龍閃(くずりゅうせん)より私の天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)の方が速いです。絶対回避不能技だろうが天翔龍閃の前では……」

 

長い。長いよ奈緒。一体何分お喋りしてるの?

 

「ほえ?結局キラークイーンに頼るんですか?

………いえ、だから爆弾に変えられる前に」

 

「よし、奈緒からスマホぶんどってくる…」

 

おお!まどかさん、さすが!このままだと本題に入らないもんね。

そして貴ちゃんはキラークイーンで、奈緒は世界かぁ。いいなぁ。あたしもスタンド使いになりたい……。

 

「う~ん、私あんまりBLはわからないんですよね~………あっ」

 

まどかさんが奈緒からスマホを奪い取った。やったぜまどかさん。

 

「もしもし?タカ?あたしー!声でわかるよね?

………うん、あんたら一体何分お喋りしてんの?バカップルなの?

……は?奈緒みたいな可愛い女の子と何十分も電話しててぼっちとかありえないと思うんですけど?

………は?うるさい。今からすぐファントムに来い。

……え?嫌?いいの?あたしら今、めちゃ可愛い女子大生と一緒に居るけど?

………はぁ?もうそういうのいいから。

……タカ、真面目な話ね、バンド名の事で相談したいの。お願いだから来て欲しい。

………うん、ありがとね!待ってるよ」

 

そしてまどかさんが通話を切ってスマホを奈緒に返していた。

 

「タカすぐ来てくれるってー」

 

「最初からまどかさんが電話したら良かったのでは?」

 

「あたしも今そう思ってる……。しかも普通に相談したいって言ったら来てくれるとか、あたしの前半の掛合いもなんだったのか……」

 

 

 

 

 

 

「うっす」

 

「お、来た来た」

 

貴ちゃんがファントムにやって来た。

 

「家でゆっくりしてるのに呼び出しくらうとかマジで俺社畜だわ」

 

「貴、こんばんはです」

 

「こんばんは。で?可愛い女子大生どこ?」

 

「ほらここに」

 

「美少女JD蓮見 盛夏ちゃんどぅえ~す。ブイ」

 

「………それで?バンド名の事だっけ?」

 

お、無視ですか?スルーですか?

 

「貴ちゃん、貴ちゃん」

 

「ん?」

 

「美少女JD蓮見 せ…」

 

「はいはい。美少女美少女」

 

む~、何だその反応は~。

 

「あ、タカこれ。奈緒達が考えてたバンド名のリスト。酷評よろしく」

 

「は?酷評前提なの?」

 

そう言って貴ちゃんはまどかさんからノートを受け取っていた。

 

「どうですかね?」

 

「うん、どれもこれも中二病くさくて大変素晴らしいですね。もう帰っていい?」

 

「なっ!?」

 

「そうなんだよね。どうしたらいいかな?」

 

「いや、どうするもこうするも手の施しようがないんじゃないの?」

 

「な!何ですかそれ!私達のバンドの名前ですよ!真剣に考えて下さいよ!」

 

「いやいやいや、真剣に考えてこれなの?Blood Destiny(ブラッド デスティニー)とかChaos Infiniti(カオス インフィニティ)とか?」

 

「た、確かに中二心が疼くようなかっこいい英単語並べただけですけど…」

 

Freedom & Justice(フリーダム アンド ジャスティス)とかガンダムだし、Gold Experience(ゴールド エクスペリエンス)とかまんまジョジョじゃん?」

 

「うっ……」

 

Beautiful Knuckle(ビューティフル ナックル)とか何?なんでナックルなの?ってか、Beautifulシリーズ多いけどこれ盛夏だろ?考えたの」

 

「正解正解!さすが貴ちゃん!」

 

「タカが来てくれて良かったよ」

 

「じゃ、じゃあ貴が考えて下さいよ!中二病くさくない名前を!」

 

「はぁ……じゃあBlaze Future(ブレイズ フューチャー)。はい、決定。帰っていい?」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「え?何この沈黙?怖いんだけど?」

 

「いえ、貴にしてはまともだな…と思いまして…」

 

「いきなり下ネタでもぶっこんでくるかな?とか期待してたのに…」

 

「ん~?Blaze Future…?炎の未来?いや、違うな~」

 

何となくどこかで聞いた事あるような?ないような?

 

あっ!

 

「blaze a new path to the future(ブレイズ ア ニュー パス トゥー ザ フューチャー)かな?縮めてBlaze Futureとか?」

 

「まぁ、そうですね」

 

やった!当たった!

 

「え?どういう意味なんです?」

 

えっと確か……

 

「未来に向かって新しい道を切り開くって意味かな?だったと思うんだけど~」

 

「うわっ!?タカらしくない!どしたの?」

 

あ、まどかさんもそう思ったんだ?あたしもそう思います。

 

「は?まぁ色々ですね?あれがあれでな。あれなもので」

 

「ハッ!?まさかあれ?私か奈緒か盛夏とラブロマンス狙って結婚出来る未来が切り引かれたとか?そんな感じ?」

 

「ヒッ!?そんな目で私達を見てたんですか!?」

 

「フッフッフー、貴ちゃんもやっとあたしの魅力に気付いたか~」

 

「ああ、言われてみればそうだな。確かにバンドをやって、いつかキュアトロとデュエルしたらマイリーとお近づきになれて結婚出来るかもしれん。いや、結婚する事になるだろう。そういう意味ではありっちゃありか」

 

「ごめんね、タカ。そういうのは石油を掘り当ててからにしてくれるかな?そしたら結婚してあげてもいいよ?」

 

「いや、無理だろ?それ」

 

「わ、私はあれです!顔と性格と年齢をなんとかしてからにして下さい。ごめんなさい」

 

「顔と性格が仮になんとか出来たとしても年齢は無理だよね?」

 

「んー、あたしは特に理由はないけどお断りします。ごめんなさい」

 

「理由無しのダメってもうどうしようもないよね?」

 

まぁ、あたしは貴ちゃんとならありっちゃありだけどね。一緒に居たら面白いし楽しいし。年齢とかも気にしないし。でも、奈緒が貴ちゃんの事好きなのかと思ってるしな~。さっき断ってたのは好きなわけじゃなかったのかなぁ?

でもここは断ってた方が面白いよね。

 

「ねぇ?家でゆっくりしてたら呼び出しくらってわざわざ出てきて、バンド名の案を出したらこの仕打ちってなんなの?家帰って泣くよ?」

 

「じゃ、じゃあ何でそんなバンド名にしたんですか?」

 

「ん、まぁ色々な…」

 

「お、教えて下さいよ!気になるじゃないですか!自分達のバンド名の由来くらい知ってたいです!!」

 

「はぁ……。由来は3つ。まず1つ目。俺らはBREEZEに関係もあるバンドだからな。あ、俺はBREEZEと関係ないけどな。んで、BREEZEがそよ風だから、Blazeで炎な。対抗してみた」

 

「は、はぁ」

 

「んで2つ目。………な、奈緒がBREEZEの曲でFutureが好きって言ってたからな…。それで…まぁ、Futureって入れようかと…」

 

「あ……ありがとう…ございます……そ、そういうとこほんとズルいですよね(ボソッ」

 

んー?奈緒の顔が真っ赤だぁ?やっぱりそういう事なのかなぁ?

 

「で?3つ目は?」

 

「ああ、奈緒も盛夏もまどかも初めてのバンドだし、これをきっかけに未来も切り開けるかもだろ?そういうのとかなんつーの?なんか新しい道標的な?そんなんになってもいいかな。ってな」

 

「そこにタカは入ってないの?」

 

まどかさん?

 

「いや、だからさっき言っただろ?マイリーとの結婚も意味に入れようかな。って」

 

「何それ、あはは」

 

まどかさん?なんか寂しそう?どうしたんだろ?

 

「私はBlaze Futureでいいと思います。かっこいいですし……その…私の事とか考えくれたのかな?って……う、嬉しいですし…」

 

「あたしもいいと思うよ~」

 

「ま、奈緒達のバンド名よりは全然いいしね。あたしもいいと思うよ」

 

「ん、ならBlaze Futureで決定な」

 

なんだかあっさり決まったなぁ~。

でもBlaze Futureかぁ。なんか気に入ったしいっかな。

 

「あとな、それとこれだ」

 

そう言って貴ちゃんは私達に紙の束を渡して来た。

 

「とりま3曲程作ってみた。割りと簡単なコードで作ってあるし、楽器初心者でも何とかなると思う。盛夏とまどかにはしんどいかもしれんけどな」

 

「きょ…曲って……」

 

「タカ、あんた曲作りとかしてたの?」

 

いつの間に……すごいなぁ……。

 

「盛夏は?どうだ?やれそうか?」

 

「ん!大丈夫!あたしに不可能はないのだ」

 

「そうか、良かった。で、まぁ、バンド名も決まったしライブも視野に入れて活動していこう。やりたいだろ?ライブ」

 

「や、やりたいです!ライブ!!」

 

「あたしも~」

 

「まどかライブの日程とかそういうのとか決めたいから、ちょっと付き合ってくれ」

 

「ちょっ、いきなり告白?そんないきなり付き合ってくれって言われても…」

 

「お前の頭どうなってんの?腐ってんの?ああ、そういや腐ってたな」

 

「盛夏、明日も暇?明日早速、自分のギター買う!付き合って!」

 

「ほぇ~、いきなり告白?そんないきなり付き合ってくれって言われても…」

 

「は?そんなわけないでしょ?」

 

「てか、奈緒まだギター買ってなかったの?」

 

「はい!英治さんに備品のギター借りて練習してましたけどね!妹も軽音やってるだけあってギターもそれなりに詳しいですし。実はもうFコードもバッチリです!」

 

へぇ~、奈緒もいつの間に練習してたんだろ?偉いな~。あたしも貴ちゃんの作った曲練習しまくろう。

 

「まじでか。ってか、俺にギター教えてくれって言ってなかった?せめてギター買いに行くの付き合おうか?」

 

「いえいえ、お気遣いなく。盛夏に付き合ってもらいますので、貴はまどか先輩とライブの事決めてて下さい」

 

んー?やっぱり奈緒が貴ちゃんの事ってのは気のせいなのかな?

 

「それとも私にギターを教えたかったですか?……ハッ!?そしてそのまま大人の恋愛も教えてやるぜとか言って押し倒してくるつもりでしたか!?ヒィ!?つ…通報します!!」

 

「え?奈緒の目には俺がそんな事する人間に見えてんの?マジで?」

 

「タカにはそんな願望はあっても、する度胸ないってあたしは信じてるよ」

 

「え?それ信じてる事になんの?」

 

やっぱりこの空間楽しいなぁ。Blaze Futureに入れてもらえて良かった。

 

 

 

 

 

 

そして翌日。あたしは奈緒の買い物に付き合うべく駅前でぼけ~っとしていた。

 

「盛夏!ごめんね。待たせちゃった?」

 

「ん~ん、全然。あたしも今来たとこだよ?」

 

「そっか、良かった」

 

「それよりあたしで良かったの?貴ちゃんとデートの方が良かったんじゃない?」

 

「せ、盛夏まで何言ってんの!?貴はそんなんじゃないから!」

 

ふぅん、やっぱりそうなんだ?

 

「あ、それともやっぱり迷惑だった?」

 

「全然。あたしも弦とか買っとこうかな?って思ったし大丈夫」

 

「良かったぁ」

 

「あ、それでね。今から行くお店はあたしがよく行くお店なんだけど、なんとあのDESTIRARE(デスティラール)のセイジもよく来るらしいよ~」

 

「え?マジで?あのDESTIRARE!?」

 

「あくまでも『らしい』だけどね。あたしも会えた事ないし」

 

「そうなんだ~。今日は会えたらいいなぁ」

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

「あ、岬さん、ちゃお~」

 

「あら?盛夏ちゃん、いらっしゃい。今日はどうしたの?」

 

「友達がギターを買うみたいなんでその付き添いで~す」

 

「あ、は、はじめまして」

 

「へー、気に入ったのあったら言ってね。試し弾きもしていいし、おまけも付けちゃうよ」

 

「あの、えっとレスポールモデルのが良くて…ですね」

 

「あ、もうどんなギターがいいか決まってるのね。レスポールならこの辺りかな」

 

「ん~と……わ、高い……」

 

「ん?奈緒はそのメーカーのレスポールがいいの?」

 

「あ、あはは。まぁ…うん…」

 

「そのメーカーのは高いよ?初心者で1本目なら他のメーカーのがいいんじゃないかな?」

 

「でもこのメーカーのが欲しいんです。その憧れの人がこのメーカーのギターを使ってたみたいで…」

 

ん?奈緒の憧れの人?あ、貴ちゃんもギターやってたんだっけ?

 

「そっか、ならさスタンダードタイプじゃなくてこっち辺りにするとか」

 

「あ、えとレスポールスタジオとかってありますか?」

 

「ああ、それならこの辺よ。カラーは?拘りあったりする?」

 

「いえ、カラーは自分の気に入った色にしようと思ってまして」

 

「じゃあここにあるの試し弾きして、気に入ったのあったら言ってね」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「奈緒~」

 

「ん?何?」

 

「奈緒の憧れの人。レスポールスタジオ使ってた人」

 

「え?ふぇ?」

 

「貴ちゃんだよね~?」

 

「あ、あは。何言ってるの盛夏。それよりさ。この…」

 

「な~お~?」

 

「え、あ、うん。貴…だね」

 

「そっか。だからレスポールスタジオ?」

 

「あ…ま、まぁ…」

 

「なら貴ちゃんに付き合ってもらったら良かったのにさ。さっきもはぐらかされたようなもんだし」

 

「えと、うんとね…。貴の前で同じギター探すの恥ずかしいっていうか……。それにさ。貴って何だかんだバンドの事考えてくれてるじゃん?曲作ってくれてたり、バンド名も考えてくれてたり…」

 

うん、そうだね。あれはあたしもびっくりしたなぁ

 

「貴にバンドやりたいって言ったの私だしさ。何でもかんでも貴に頼るのは……ね。あ、でもだからって盛夏と買い物したいって気持ちはほんとだよ?ほら、私達話も合うしさ。自分を出せるから一緒に居て楽って言うか……。こんな事も素直に話せたしさ?」

 

素直にねぇ?あたしから聞き出したようなもんだけど…。

 

「だからカラーは自分の好きなのって思ったのも本当だし。ごめん、やっぱり迷惑だった?」

 

可愛い。可愛いなぁ、奈緒は。ういやつじゃわい~。

 

「盛夏…?」

 

「奈緒はね。一生懸命だと思うよ?」

 

「え?あ、ありがとう…」

 

「それは貴ちゃんにも伝わってると思うよ。だから貴ちゃんもバンドの事ちゃんとやってくれてるんじゃないかなぁ?」

 

「あ、あはは。そうだと嬉しいな」

 

「だからね。もうちょっと貴ちゃんに甘えてもいいと思うよ?」

 

「盛夏……。うん、ありがとうね…」

 

「貴ちゃんの事好き?」

 

「………ん、わかんない。好きか嫌いかなら好きだけど。私も自分の気持ちがわからないんだ」

 

ほぅほぅ。そっかそっか~。

 

「あはは。自分の気持ちなのにね?」

 

「奈緒は本当に可愛いね~」

 

「え?」

 

「あたしは貴ちゃんの事好きかどうか聞いただけだよ?恋かどうかは聞いてないよ?」

 

「ふぁ!?ふぇ!?な…ななな……」

 

奈緒は可愛いなぁ。あたしが男なら放っとかないのになぁ。てか、普通にモテてんじゃない?

 

「あ、あのね!それはね!違うの!あれがあれであれなの!」

 

「うふ~。ふっふっふ」

 

「な、何よ……」

 

「ううん、ギター。どれにする?」

 

「え?あ?ギター?ギターね。うん」

 

そして奈緒はうんうん唸りながらギターを選び始めた。

 

「これ。これにする。真っ赤なレスポール」

 

「お~、あたしのベースはブルーだし調度いいかも!」

 

「うん。今日からこのギターが私の…Blaze Futureのギターだよ」

 

 

 

 

 

 

あたしと奈緒がそんな買い物をしてた時。貴ちゃんとまどかさんは3ヶ月後のライブを…昔のドリーミンギグのような。

そんなライブを企画していた。

 

そのドリーミンギグがあたし達のBlaze Futureのデビューライブになる!

 

そう思っていた。でも、そうはならなかった。あんな事件を。あんな出来事を誰が予想出来ただろうか?

誰がいたらあの血の惨劇を回避出来たんだろうか……!!

 

この話の続きは…何故かDival編第5章で語られるのであった!



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第6章 ステージから見える景色

俺の名前は葉川 貴。

 

昔…BREEZEというバンドをやっていた。

メジャーデビューはしていなかったが、仲間達と楽しくバンド活動を経て、強敵と書いてトモと呼ぶようなバンドマン達と知り合い…。俺は、俺達はクリムゾンと…。

 

だが、俺達はやむを得ない理由があり、ドリーミン・ギグという最高のライブを前に解散した。

まぁ、やむを得ない理由って俺が喉やらかしただけだけどな…。

 

そして何の因果か15年という長い月日を経て、また俺はバンドをやる事になった。

 

明日、俺達はデビューライブをやる。

 

なのに…。

 

仕事が終わって帰宅した俺に待っていたのは非情な現実だった。

 

 

「何で親父もお袋も弟家族んとこに行ってるかなぁぁぁぁ!!?俺の晩飯は!?」

 

 

そう、俺の晩飯が無かったのだ。

 

英治んとこに飯食いに行くにも今日はライブやってるみたいだしな。

 

ああ、帰宅してからまたお外出るのダルい。もう寝ちゃおうかな?いや、こんな時間に絶対寝れないよ。

 

しゃあねぇ…ラーメンでも食いに行くか…。

 

 

 

 

 

俺は行き付けのラーメン屋に入り、テーブル席へと案内された。明日はライブだしビールは我慢するか…。

 

「あ、すんません、味噌ラーメン大盛に煮たまごトッピングで」

 

注文を終えスマホを取り出すと店員さんが話し掛けて来た。早いな。

 

「すみません。大変申し訳ありませんが相席でもよろしいですか?」

 

ああ、ラーメンが出来たんじゃないのね。まぁ、こんな時間だしお客も多いよな。

 

「あ、大丈夫ですよ」

 

そして案内されて来たのは可愛らしい女子高生だった。え?JKって一人でラーメン食いにくんの?あ、一人だからこそラーメンか…。

 

その子は無言で俺の正面に座り、肩から提げていたベースを隣のイスに立て掛けていた。この子ベースやってんのか。

あんま見てると通報されても怖いしスマホでも弄っとくか。

 

「あ、すみません。味噌トンコツの大盛麺固めで、ニンニク増し増し。ニラとニンニクチップをトッピングでお願いします」

 

は!?華のJKがニンニク増し増しにニンニクチップとニラのトッピング!?しかも大盛!?いや、美味いけども!最高だけどもね?

 

取り合えず俺はスマホ弄っておこう…。

 

しばらくして俺のラーメンと目の前の子のラーメンが運ばれて来た。なんで同じタイミングなのん?あ、麺固めだからか?

 

そんな事を考えつつも目の前のラーメンに箸をつける。その時俺は驚愕した。

 

目の前の女の子はテーブルに備え付けられたガーリックパウダーをラーメンに振りかけている。

 

「あの…?何か?」

 

うお、見てるのバレちゃったよ。

 

「あ、いえ、何でもないです」

 

目の前のラーメンに集中しよう。

 

「いただきます」

 

俺はズルズルとラーメンを食べ始めた。

 

--チュルチュル…チュルン

 

--ズルズルズル…ズズ…

 

--チュルチュル…チュルン

 

--ズルズルズル…ズズ…

 

--チュルチュル…チュルン

 

ちょっと待ってちょっと待って!

チュルチュルチュルンって何!?これラーメン食べてる音なのん!?

 

--チュルチュル…

 

「すみません。替玉お願いします。固めで」

 

え!?もう食ったの!?あの音で!?俺まだ半分くらい残ってるよ!?

 

俺はソッと女の子方を見てみた。

 

めちゃ目が合った。

 

「何か?」

 

ヤバい通報される…。

 

「ああ!なるほど。顔を写さないのであれば、写真いいですよ?彼女とラーメンデートなうとか呟きたいのでしょう?相席のお礼にそれくらいの恥辱なら我慢します」

 

「は?いや、違うからね?ないですよそんなの」

 

「そうでしたか。おじさん、見た感じ薄幸そうなので、ネット上だけでもそんな見栄を張りたいのかと思いまして」

 

「いやいや、確かに幸薄いですけどね?そんな事全然考えてないですから。あとおじさんじゃないんで」

 

「そうでしたか。それは大変失礼しました」

 

そして女の子に替玉が運ばれてきた。

 

--チュルチュル…チュルン

 

いや、まじその音何なのん?もういいや。さっさと食っちまおう。

 

「すみません、お会計お願いします」

 

「ブホッ。ゲホッゲホッ…」

 

「おや?どうしました?大丈夫ですか?」

 

何でもう食べ終わってんのこの子?その子のラーメンの器を見るとスープすらなくなっていた。まじかよ…。

 

「1,200円になります。伝票を持ってレジまでお願いしますね」

 

「はい」

 

そして女の子はスクールバッグをごそごそし始めた。

 

なんか一緒に店出るのもあれだし、ゆっくり食うか…。

 

「おや?あれ?あれ?」

 

ん?女の子はスマホを取り出すと電話し始めた。

 

「お姉ちゃん……出ない……。うっ、どうしよう……。お姉ちゃん…お願い出て…」

 

はぁ…まじでか…。俺は一気にラーメンを食い干した。うふ、美味しかったぁ。

 

「あ、すんません。お会計お願いします」

 

「はい。870円になります。伝票を持って…」

 

「あ、この子俺の知り合いなんで。伝票一緒にしてもらっていいすか?」

 

「え?」

 

「はい。かしこまりました」

 

 

 

 

 

 

「あ、あのお兄さん…」

 

「今度から店入る時は財布の確認しような。じゃ」

 

「待って下さい!このまま借りを作りっぱなしは嫌です!ちゃんと今度お返しします!」

 

「めんどくさいからいいわ」

 

早くこの場から逃げたい。俺はそんなつもりで出したわけじゃない。ただ、見て見ぬ振りをするのは気持ちが悪い。だから俺の為だ。そして俺はその子に背を向けて帰ろうとした。

 

「そうはいかないです」

 

なにぃ!?いつの間に回り込まれた!?時間を吹き飛ばされた!?時を止められた!?ば…ばかな…。

 

「ちゃんとお返ししますので、明日……は、忙しいので明後日ここでまた会いましょう」

 

「だが、断る」

 

そして俺はまたその子に背を…

 

「何でですか?」

 

な、なにぃ!?また、また回り込まれただと…!?間違いない…こいつ…新手のスタンド使いだ…!

 

「ハッ!?まさかあれですか?お金とかいいから身体で返せって事ですか!?ヒィ!お姉ちゃん助けて…!」

 

「いや、お金も身体もいいから。帰らせてくんない?」

 

さっきからずっと思ってたけど…この子って…。もしかして…。俺の超直感が働いた。

 

「あのさ。もしかしてなんだけどな?」

 

「何でしょう?」

 

「キミ、このバンドのボーカルの子の声に似てるって言われない?」

 

俺はあるガールズバンドの写真を目の前の女の子に見せた。

 

「は?あ、あ~、このバンドの子ですか?」

 

「いや、なんとなく。なんだけど…」

 

「まぁ…たまに…似てると言われますね」

 

「よし、こうしよう。その声で『おにいちゃん大好き』って言ってくれ。それでラーメン代チャラな」

 

「え?まじきもいんだけど…」

 

バ…バカな…。奈緒や渚や理奈や初音ちゃん、さらにはまどかや盛夏や志保に罵られても何とも思わないのに…何だこの破壊力は…。いやん、Mに目覚めちゃいそう。

 

いや、待って。それより何で俺のまわりの女の子みんな俺を罵ってくるの?

 

「あ、ありがとうな…。もう十分だ。ラーメン代以上の物を俺は貰った、渉。亮。今ならお前らの気持ちがわかりそうだぜ…」

 

「は?あ、あの…」

 

ハッ!?いかん!俺には、俺にはマイリーがいるのにっ!!

 

「くっ、すまん!マイリー!こんな俺を許してくれ!」

 

そして俺は家までダッシュした。

 

「は!?あの!ちょっ……行っちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

「ただいま~」

 

「あ、お帰り美緒」

 

「あ、お姉ちゃん。帰ってたんだ?何で電話出てくれなかったの?」

 

「電話?明日ライブだし、早目に休もうと思ってお風呂入ってたからさ?その時かな?」

 

「あー、そっか」

 

「って美緒くっさ!めちゃニンニクくっさ!またニンニクいっぱい入れたラーメン食べて来たの!?」

 

「明日はお姉ちゃんの大事な初ライブだからね。験担ぎ」

 

「もう……!ってあれ?美緒の財布、リビングに置いてあったよ?あんたお金どうしたの?」

 

「ん…。なんか優しい変態なお兄さんに借りた」

 

「は?」

 

「すごく気持ち悪かった…。あ、お風呂入って来よ。身体綺麗に洗わなきゃ…」

 

「ちょっ!?変態なお兄さんとか気持ち悪かったとか身体綺麗に洗わなきゃとか何!?お姉ちゃん超心配なんだけど!?」

 

「じゃあ、お姉ちゃん明日頑張ってね。おやすみ」

 

「おやすめないよ!ちょっ!ちゃんと話しなさい!何があったの!?」

 

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

ふぅ、ラーメン食べに行っただけなのに疲れた。明日はライブだってのにな…。

帰宅後、俺は風呂に入り、ベッドで横になっていた。

 

うん…明日はとうとうライブか…。

 

明日は対バン形式のライブだ。

デュエルじゃない。だからみんなで楽しんでライブやれりゃいい。

 

『カラオケとライブは違う。お前が一番わかってんだろ』

 

いつだったか英治に言われた言葉を思い出す。もしまた、俺の声が出なくなったら…。また、歌えなくなったら…。

 

ライブはそれなりにやって来たからな。

嘲笑も浴びた事もあるし、ライブ中に帰られた事もある。

そんな経験もあるからライブをする事自体は怖くない。むしろ、オーディエンスの前で思いっきり歌うという最高の時間。それが楽しみなまである。

 

ただ、奈緒やまどかや盛夏の前で…。トシキと英治の前でまた声が出なくなったら…。それだけは怖かった。

 

「あかん。寝れん…。もっとポジティブに考えな……」

 

よし、明日のライブにマイリーが観に来てたと仮定してイメージしよう。

 

『すごい!あのBlaze Futureってバンドのボーカルかっこいい!結婚したい!』

 

ヤバい。余計寝れん。興奮する。

 

明日はなるようになるしかないか…。

歌えなくなったら…。その時はその時だな。

 

 

 

 

 

 

「眠い…」

 

結局あまり眠れないまま、ファントムの外の喫煙所でタバコを吸っている。

カフェでゆっくりしようと思ってたのに、何で物販やってるのん?Divalって何かグッズ作ったの?

 

「あれ?変態のお兄さん?」

 

「え?」

 

「何でこんな所にいるのですか?」

 

「いや、それを言ったら何でJKがこんなとこにいんの?ここ喫煙所だよ?」

 

昨日、ラーメン屋で会った女の子が、何故こんな所に…。やはりスタンド使い同士は引かれ合うのか…?

 

「今日はここでやるライブを観に来たのです。それよりちょうど良かったです。昨日のお金お返しします」

 

誰かの関係者か?志保かな?

まぁ、もっかい会うのが面倒だっただけだしな。ここは素直に返してもらっておくか。

 

「1,200円です。どうぞ」

 

「はい。どうも」

 

本気で俺に返すつもりだったんだろう。そのお金は『おにいさん』と書かれた可愛らしいポチ袋に入れられていた。

 

「あら?貴さんじゃない。おはよう。この暑いのによく外に居れるわね?」

 

「おう、理奈か。おはよう」

 

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そう叫んでその女の子は突然仰向けに倒れた。びっくりした!

それよりミニなスカートでそんな風に倒れると見えちゃうよ?何がとは言わないけど。

 

「このロリコンは一体どこを見ているのかしら?」

 

いや!見てないからっ!ちょっと目がいっちゃっただけだから、だって男の子だもん仕方ないじゃん。いや、ほんと見てないからそのスマホをしまって下さい。お願いします。

 

「それよりこの子大丈夫かしら?ものすごい倒れ方したわよ?まさか貴さんと数秒間同じ空間に居たせいで…?」

 

俺と数秒同じ空間に居たらどうなるの?

 

「お、おい、大丈夫か?生きてる?」

 

「り、り、り…」

 

「「り?」」

 

そしてその女の子が起き上がり、理奈に詰め寄った。

 

「Rinaさんですか!?元charm symphonyの!」

 

「え、ええ…。まぁ…」

 

「わ、私!Rinaさんの大ファンでしてっ!ろ、路上ライブしてた時から大ファンでしてっ!!」

 

「そ、そうなのね。ありがとう」

 

俺と話す時とは全然声の高さが違いますね。ってか、この声どっかで聞いた事あるような?

 

「わ、私もRinaさんに憧れてベースをやり始めまして!バンドも組むようになって…あ、あの、えっと…その…」

 

「サインでも書いてあげれば?」

 

「ぴゃ!?」

 

「それくらい構わないけれど…私、色紙とか持って来てないわよ?」

 

「ベースケースに書くとか?」

 

「ぴゃ!?」

 

「いくらなんでもそれは…」

 

「白のペン、英治に借りてくるわ。ちょっと待ってろ」

 

「ぴゃ!?」

 

「あの?あなた大丈夫?」

 

 

 

 

 

 

 

「これでいいかしら?」

 

「あ、ありがとうございます…!これはもう一生の……いえ、末代までの家宝にします」

 

「あの?本当にあなたの名前は書かなくて良かったの?」

 

「私如きの名前がRinaさんの名前に並ぶとか恐れ多くて……」

 

「そうなの?でも、私に憧れているというのなら、いつか私に追い付いてらっしゃい。そして、いつか私を追い越すように頑張りなさい。待ってるわ」

 

「は、はい!!!」

 

「おーおー、随分上から目線。さすが理奈だな」

 

「別にそんなつもりはないわよ。もしかしたらこの子の方がベースも上手いかもしれないじゃない。でも、憧れられるって事は、貴さんもよくわかるんじゃないかしら?」

 

憧れられる……。そうだな。憧れの対象でいないと。……か。

 

「あ、それより何故Rinaさんはこちらに?」

 

「ああ、そうね。私、またバンドを始めたのよ。Divalってバンドでベースをやっているの。ボーカルではないけれどね」

 

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そう叫んでその女の子は突然仰向けに倒れた。またかよ!?ほんっっと大丈夫か!?

 

「何て事でしょう…」

 

そして女の子は起き上がった。

 

「私とした事が迂闊でした…。まさかRinaさんが活動を再開していたとは…」

 

「もう私はcharm symphonyではないのだし、理奈でいいわよ。Rina表記だと読みにくいし」

 

理奈は何を言ってるの?

 

「でも困りました。まさかDivalのベースが理奈さんとは…。お姉ちゃんとどっちを応援すれば…」

 

「お姉ちゃん?あなたのお姉さんってもしかして…」

 

「ああ、言われてみたら似てるな。奈緒に」

 

そうか。さっきの理奈に対しての声。どっかで聞いた感じすると思ったら奈緒に似てるんだわ。

 

「変態のお兄さん、お姉ちゃんを知っているのですか?まさかお姉ちゃんが可愛すぎて天使過ぎるからファンに?…あ、理奈さんはもっと素敵です」

 

「聞いたかしら?可愛すぎて天使過ぎるお姉ちゃんより、私は素敵らしいわよ?」

 

「すまん、聞き流した。変態のってとこも含め」

 

「貴ー!ヤバいですヤバいですヤバいですー!!」

 

ん?奈緒?渚も?

 

「あら、奈緒、渚も。おはよう」

 

「理奈、おはよう!」

 

「それより聞いてよ!なんか物販とかやってるからさ。何が売ってるんだろう?って思ったら、なんとBREEZEのグッズがいっぱい売ってたんですよ!!」

 

は?BREEZEのグッズ!?

あいつ、英治。何やってんの?アホなの?

 

「しこたま買おうと端から端まで注文したんですけど、英治さんが『あ、奈緒ちゃん欲しいの?全部あげるから貰って』って言われて全種類貰えました!もうこれは家宝です。末代まで大事にします」

 

おーおー、佐倉家は今日一日で随分家宝が増えましたね。

 

「あ、そだ。先輩見て下さいよ。これ。TAKAのブロマイド。私はTAKAのファンじゃないけど3枚貰いました」

 

あいつ何やってんの!?ほんっっっと何やってんの!?そして渚は仕事中じゃないのに先輩呼び!?

 

「渚…そのブロマイドはまだ残っているのかしら?」

 

「まだ腐るほどあったよ」

 

そりゃそうでしょうね。

 

「……ちょっと物販に行ってくるわ」

 

「あ?お前TAKAのブロマイド欲しいの?」

 

「あなただけ私の写真集を持ってるとか不公平じゃない」

 

「あ?あれか?そのブロマイドを見ながら毎晩毎晩如何わしい事を……」

 

「そうね。毎晩毎晩ブロマイドに釘でも刺していきましょうか(ニコッ」

 

なんでそれをそんな笑顔で言えるの?

 

「あ、お姉ちゃん」

 

「え?あれ?美緒?何でこんな所にいるの?」

 

「お姉ちゃんこそ、このお兄さんの知り合いなの?」

 

「え?そだよ?私のバンドのボーカルの貴さんだよ?」

 

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

またかよ!?何!?俺が奈緒とバンドやってるのそんなショックなの!?

 

「わ!?この子大丈夫!?」

 

「あ、渚、気にしなくて大丈夫だよ。いつものこの子の発作みたいなもんだから」

 

え?いつもこうなの?

 

「くっ…まさか昨日の変態お兄さんがBREEZEのTAKAだったとは…。やられました」

 

「「「「え?」」」」

 

俺がBREEZEのTAKAって知ってる?え?奈緒の妹が……?

 

「ななななな、何を言ってるの美緒ったら!貴は貴だよ!TAKAじゃないよ!」

 

「え?お姉ちゃん何を言ってるの?」

 

「そうだよ!美緒ちゃんだっけ?先輩はBlaze Futureの貴だよ!BREEZEのTAKAじゃないよ!」

 

「は?はぁ…?」

 

「そうね!貴さんがもしBREEZEのTAKAだったら大変よ?」

 

「何がですか?」

 

はぁ…めんどくせぇな。

 

「奈緒…お前気付いてたの?」

 

「ふぇ?何を?何の事ですか?知らないです」

 

「俺がBRE…」

 

「知らないです!って言ってるじゃないですか!!」

 

「奈緒…」

 

「奈緒……」

 

そんな泣きそうな顔をすんなよ…。

うぐっ、胸が痛くなる……。

 

「あ、すみません。わからないです。知らないです。私には何の事かさっぱり…」

 

奈緒…

 

「ご、ごめん…なさ…い」

 

「お姉ちゃん!?」

 

奈緒はそう言って走って行った。

 

「悪い、渚、理奈。美緒ちゃんには事情を説明しててくれ。俺は奈緒を追いかける」

 

「先輩…!あの…!!」

 

「大丈夫だ」

 

「は、はい!」

 

俺は奈緒を追い掛けた。

 

が、あっさりと追い付いて腕を掴む。大量のBREEZEのグッズとギター持ってるもんね。早く走れないよね。

 

「な、何ですか?いきなり腕なんか掴んで来て……通報しますよ」

 

「いつから気付いてたんだ?」

 

「……何の事ですか?」

 

「別に怒ったりしてねぇよ。そもそもその可能性もあるとは思ってたし、あのメンツでいつもいるのに気付かない方が……まぁおかしいだろ…」

 

「ゲーセンで…」

 

「ん?」

 

「バンやりのイベントの時…」

 

「え?始めからやん…!?」

 

「BREEZEのTAKAさんだ。と思って声を掛けました」

 

「そか…俺の素晴らしいオーラは隠しきれていなかったという事か…さすが俺だな」

 

「は?何を言ってるんですか?」

 

そう言ってこっちを向いた奈緒の目は真っ赤で、頬は涙に濡れていた…。

 

「何泣いてんの…」

 

「泣いてなんかないです」

 

「はぁ……」

 

「あの…ごめんなさい…」

 

「なんも謝るような事ないだろ。俺自身も言わなかったわけだし、隠してたようなもんだしな。俺が…」

 

「違います」

 

「ん?」

 

「これだけは本当です。私は貴がBREEZEのTAKAだったから、一緒にバンドをやりたかったわけではないです!」

 

「あのな、今更…」

 

「本当です!本当にちが…ちがいま…す。いまさ…らとか……ちが……」

 

「ち!違う違う!そっちの意味じゃないっての!」

 

「グスッ」

 

「今更そんな事言われなくても、ちゃんとわかってるって事だ」

 

「ぼん…と…でずか?」

 

「今まで一緒に居て話もして…奈緒が俺に向けてる目はBREEZEのTAKAにじゃないってわかるよ。まぁ、だから俺もバレないようにしなきゃとか思ってたのもあるが……」

 

「グスッ…たか……」

 

「おう」

 

「バンド…止めない…です…か」

 

「止めない」

 

「ずっと…いっじょに居でぐれ…ますか…」

 

「おう。俺はずっとBlaze Futureのボーカルだ」

 

「やくそく…」

 

「約束する」

 

「貴…うぅ……」

 

〈〈〈ギュッ〉〉〉

 

は!?え!!?は!?なっ!?

 

奈緒に抱きつかれた!?待って…!?最近女の子に抱きつかれ率高くない!?

勘違いしちゃう!ほんと勘違いしちゃうからっ!

 

「ごめん…なさい……」

 

「はぁ……」

 

俺はそのまま奈緒の頭を撫でた。

 

「大丈夫だ」

 

「いつも捻くれてて、変な事ばっかり言って、いつも文句ばっかり言って来て……。それでもいつも優しくて。いつも一緒に居てくれて…。そんな貴が、大好きです」

 

ふぁ、ふぁっ!?

 

そして奈緒は離れた。

 

「だからって勘違いしないで下さいね?恋とかそんなのではないので、彼氏面とかされたら若干どころかかなりドン引きします。ごめんなさい」

 

「いや、あっそ…」

 

「大好きなお兄ちゃんとかお父さんって感じです」

 

「お父さんは止めてね?まだ若いんで」

 

「ハッ!?今後の人生お父さんになれる事がないであろう貴に!?私はなんて酷いことを……」

 

いや。そっちの方が酷いよ?さっきとは別の意味で胸が痛いわ…。

 

「はぁ…もう大丈夫か?」

 

「はい…ご迷惑おかけしました…」

 

「あのな。第6章はライブやる話なの。こんな事やってる場合じゃないの。だからもう…これからは俺がバンド止めるとか抜けるとか、そんな事は心配せんでいい」

 

「また何をわけのわからない事を言ってるんですか?でも、わかりました。もう心配しないです」

 

そして俺達は喫煙所付近まで戻った。

出来ればこのままダッシュして逃げ出したい。だって、ここからあそこ見えてるもの。

 

「お姉ちゃん…私…ぐすっ」

 

「美緒…何を泣いてるの」

 

「知らなくて…内緒なの…お姉ちゃんが…BREEZEのTAKAを…」

 

「大丈夫だよ。だから泣かないの。ね?」

 

ええ話やなー

 

「あ、それより貴が美緒にラーメン代貸してくれたんですね。ありがとうございました」

 

「いや、別に」

 

「先輩」

 

「ん?」

 

「大丈夫でしたか?」

 

「おう。まぁな」

 

渚にも心配かけちまったな。

俺も、もっとしっかりしないとな…。

 

「そっか。良かった!ね!理奈!」

 

「ええ、本当に。これで心置き無くライブの反省会は3人で出来るわね」

 

「へ?」

 

「うん。明日が日曜日で良かったよね。今夜はゆっくり反省会しようね?私の家で」

 

「え?あの…渚?理奈?」

 

「先週の飲み会の後の二次会!楽しかったもんね!私が白目剥くくらい!」

 

「そうね」

 

「あ、あの、ほら。やっぱ反省会ってバンド同士でやった方がいいじゃん?ね?」

 

「打ち上げと反省会は別よ?」

 

今日のライブ終わったら3人で反省会すんのか。仲良くてほっこりしますな。

さっきまでのやり取りが嘘みたい。うふ。

 

「さすが同い年同士だな。仲がいいな」

 

俺らもBREEZEん時そうだったな~。

懐かしいな~。

 

「はい!」

 

「ええ。羨ましいかしら?」

 

「あわわわわわ……」

 

「あ、みんなこんな所に居たんだ?そろそろリハやれるみたいだよ」

 

俺達がそんなのほほんとした一時を過ごしていると志保がやってきた。

 

「あ、志保。もう来てたんだ?」

 

「うん、初音が忙しそうだったしね。ちょっと早目に手伝いに来てたんだ」

 

「じゃあ私達もそろそろ……あ、先に行っててちょうだい。私は物販に寄ってから行くわ」

 

え?理奈?ほんまにブロマイド買いに行くの?

 

「お義兄さん…」

 

「ん?てか、なんか漢字違わない?気のせい?」

 

「お姉ちゃんの事よろしくお願いします」

 

「そんな心配そうな顔すんな。大丈夫だから」

 

「あの…頭……」

 

え、あ、つい頭撫でちゃってたか…。

 

「す、すまん」

 

「なるほど…これで難攻不落のお姉ちゃんを落としたのか(ボソッ」

 

「ん?どした?」

 

「いえ、何でも。では客席から応援してます。お姉ちゃんと理奈さんと渚さんを」

 

「え?俺は?」

 

そして俺は美緒ちゃんと別れた。

 

「たーか!」

 

「ん?志保、どした?」

 

「見てたよ~。毎週毎週とっかえひっかえ女の子抱いちゃうとかやるね?さすがだね?」

 

「見てたのかよ。人聞きの悪い言い方すんな…」

 

「来週は理奈かあたしあたりかなぁ?」

 

「アホか…」

 

「あ、貴…」

 

そんなバカ話をしていると奈緒に話し掛けられた。

志保は何も言わずそのまま楽屋へと向かって行った。俺らに気を使ってくれたのかな?

 

「ん?」

 

「美緒と何話してたんですか?」

 

「ああ、お姉ちゃんをよろしくってよ」

 

「そうですか…」

 

「奈緒」

 

「はい?」

 

「今日はめちゃ楽しいライブにしような。俺達のデビューライブだからな」

 

「はい!」

 

「んじゃ、リハ行くか」

 

「あ、貴待って下さい」

 

「ん?」

 

「昨日、美緒に貴の好きなバンドのボーカルちゃんの物真似しろとか気持ち悪い事言ったのってマジですか?まじキモいです」

 

「ええ、まぁ…はい…」

 

まじキモいですのくだりいりますか?

 

「そうですか。そりゃ美緒も変態のお兄さんって呼ぶはずですよね~」

 

「すみませんねぇ」

 

「じゃあ、よく聞いてて下さいね!んん…!!」

 

「あ?」

 

そして奈緒は頬を赤らめて目線をそらして……

 

「お兄ちゃん…今日のライブ…頑張ろうね?」

 

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

俺は叫びながら仰向けに倒れてしまった。に……似すぎだろ……なんなのこの破壊力…。

 

「わ!?え?え!?貴!貴…ちょっと…!!」

 

我が生涯に一片の悔い無し…

 

 

 

 

 

 

 

そして滞りなくリハは終わり、もうすぐ開演時間だ。

 

「やっと。やっとだ…やっとあたしが登場出来た…感動だ~」

 

「え?盛夏どうしたの?」

 

「奈緒、あんたにはわからないんだよ。私達もBlaze Futureなのにやっと出番なんだよ?」

 

「まどか先輩まで何言ってるんですか?」

 

はいはい、メタメタ。

 

まぁ、奈緒も大丈夫そうだし良かったか。

 

「よし、行くか」

 

「「わぁぁぁぁぁ!!」」

 

「ん?」

 

俺が声のする方向に目を向けるとステージ衣装に着替えたDivalが居た。まじかよ…。

 

「せ、先輩…ど、どうですかね?この衣装…」

 

「まぁ、いいんじゃねぇの?」

 

ヤバい。可愛い。マジでヤバい。

 

「わ、私はどうかしら…?その…あんまりこういうのは私には似合わないと思うのだけれど…」

 

「いや、似合ってると思うぞ」

 

いや、うん。超似合ってるよ。可愛いよ。

 

「たか兄!あたしはどうよ?」

 

「ああ、香菜もいいと思うぞ」

 

はい。堪りませんね。ありがとうございます。

 

「貴!あたしは!?あたしは!?」

 

「はい。可愛いです。ヤバいです。ちょべやばです」

 

志保もなかなか似合ってるぞ。

 

「え、あ、うん、か、可愛いって……あ、ありがとう…」

 

え?は?ヤバい。思ってた事と台詞逆になってたよ…。ちょべやばってなんだよ。超ベリーヤバいだよ。今まさに俺がちょべやばだよ。

 

「へ、へぇ…志保には可愛いって言うんだ?」

 

「さ、さすがロリコンね……しまったわ。スマホはバッグの中だわ…」

 

「貴が…あたしだけ…可愛いって…」

 

「まどか姉まどか姉!この衣装どうよ!?」

 

「香菜、静かに。今面白いところだから」

 

面白いところって何ですかね?

 

「貴!Divalだけずるいです!私達もステージ衣装欲しいです!」

 

「あたしも欲しいー!」

 

あー、衣装とかほんとめんどくせぇ……。

Blaze Futureで衣装って俺も合わせなきゃだよ?わかってるの?あ、もしかして俺だけ私服で奈緒達だけ衣装?うわ~ハブられてる感半端ねぇ~。

 

「あ、そろそろ時間だよ~?」

 

「うし、まぁ、ライブ前に円陣でも組むか懐かしいなこの感じ」

 

そして俺は拳を前に出した。

 

「ほら、ここに拳出して…気合い入れんぞ!Blaze Future!!」

 

「は、はい!」

 

奈緒が拳を合わせてくる。

 

「よ~し!頑張るよー!」

 

盛夏が拳を合わせてくる。

 

「熱いね~。この感じ」

 

まどかが拳を合わせてくる。

 

「う、私、緊張してきました」

 

渚が拳を合わせてきた。何で?

 

「あはは、あたしもライブとか初めてだしね…」

 

志保が拳を合わせてきた。俺さっきBlaze Futureって言ったよね?

 

「charm symphonyの時はこういうのしなかったわね」

 

理奈が拳を合わせてきた。だから何で?

 

「あたし達の初めてのライブ……。あたしも柄にもなく緊張してるよ」

 

香菜が拳を合わせてきた。お前もなの?

 

「あの……なんでDivalの皆様も拳を合わせて来てるんですかね?」

 

「へ?先輩が気合いを入れようって」

 

いや、それは言ったけどね?

 

「ほら、たか兄!時間ないよ!?」

 

「あ、ああ、もういっか…。んん…!

今日が俺達の初ライブだ。泣いても笑っても初ライブってのはもう2度とやる事は出来ない。だからな。初ライブってのを楽しもうぜ。俺達が思いっきり楽しかったってライブを。失敗したってそれもいつか楽しかった思い出になる。と、まぁ、初ライブが2回目の俺が言うんだから間違いねぇよ」

 

「私も2回目ね」

 

そういや理奈も2回目か。

 

「もう!途中までいい感じだったのに!」

 

志保。あんまり真面目にやると余計緊張しちゃうんだよ?

 

「あはは、タカらしいけどね」

 

「まぁ、確かに先輩らしいかな?」

 

「貴ちゃんが真面目だとかえって変だもんね」

 

まどかも渚も盛夏もよく俺をわかってらっしゃいますね!

 

「タカ兄はこの方がいいね」

 

「あはは。確かに貴はこれくらいがちょうどいいです」

 

香菜も奈緒も今日は楽しんでライブやろうな…。

 

「だから、今日は楽しんでライブをやろう。行くぜ!Blaze Future!Dival!!」

 

「「「「「「「おぉー!!!」」」」」」」

 

 

 

 

―The next story is chapter6 of Dival

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやいやいや、続かないよ?

第6章でライブやる言うたやん。

 

「おう。お前ら来たか」

 

「タカ!あたしも準備頑張ったよ!褒めて!」

 

「おう、ありがとうな」

 

そう言って初音ちゃんの頭を撫でる。初音ちゃん見るのなんか久しぶりな感じするな~。

 

「思ってた以上に客入りいいぞ?」

 

「まじでか。俺らん時なんて20人いなかったのにな。俺ら友達居なかったし」

 

「お、おい、お前…それ」

 

「ああ、奈緒にも俺がBREEZEってのはもう話してある。大丈夫だ」

 

「へー、そうなのかつまらんな」

 

チッ、やっぱ英治も奈緒が俺がBREEZEのTAKAだと知ってる事を知ってやがったか…。

 

「え?マジで?奈緒さんの事とうとう倒さなきゃいけなくなった?」

 

「初音ちゃんは何を言ってるの?」

 

みんながステージ袖から客席を見てる。

 

「お~。ほんとにいっぱいお客さんいる~」

 

「あ、盛夏!大学のみんな来てくれてるね!」

 

「え?あなた達、大学のみんなにチケット渡してたの?」

 

「そだよ~。もち有料で」

 

「まぁ、一応商売だしね?理奈は大学の友達には売らなかったの?」

 

盛夏も香菜もしっかりしてるな…。

 

「大学の友達なんてあなた達しかいないもの…でも、前の…charm symphonyのみんなは来てくれてるみたいだわ…」

 

「あ、江口達も来てくれてる。さっちもだ!」

 

「は?まじかよ」

 

俺が客席を覗くと渉達が来てるのを確認出来た。

 

「え?貴は江口達に来て欲しくなかった?」

 

「ちげぇよ。今度のイベの事もあるし、色々あったし、もうあいつらは俺の関係者だからな。だから関係者席に来いって誘ってたんだよ…」

 

「あ、そうなんだ?貴ってそういうとこマメだよね」

 

「あれ?遊……シフォンと一緒にいるの綾乃姉じゃない?」

 

「あは、あたしが呼んじゃった」

 

「まどか…お前、綾乃にも売ったの?」

 

「わっ!?美緒と一緒にいるのお母さんだ…」

 

みんなが思い思いに客席を見てキャッキャしてした。懐かしいなぁ。俺らもそうだったなぁ。数人しか友達居なかったけどね?

 

「あ、そういや氷川さんも来てたぞ?」

 

「え?お父さんが?」

 

「やっぱ娘の晴れ姿は気になるんだろ」

 

「そう、あの男、やっと帰ってきたのね」

 

「は?」

 

「あの男この間の飲み会の夜から行方をくらませていたのよ」

 

旅に出るってマジだったのか…。

 

「う~ん、私の友達は来てくれてないかぁ…」

 

「は?お前会社のやつらに話したの?てか、お前友達居たっけ?」

 

「いえ、会社の人には言ってないですよ。地元の友達とか」

 

「いや、さすがに来れなくね?」

 

「む!そんな先輩こそ友達来てくれてるんですか?」

 

「ばっか。俺にはお前らが居れば十分だから誰も呼んでないまであるな」

 

「「「「「「「うっ」」」」」」」

 

「ん?どしたん?」

 

「なるほど。たか兄はさすがだね」

 

「ラノベとかギャルゲの主人公っぽいね~」

 

「何が?それぼっちっぷりを褒めてんの?」

 

「ねぇねぇ、奈緒さん、理奈さん、渚さん、志保」

 

「ん?初音ちゃんどしたの?」

 

「みんなタカのただの友達だって」

 

「「「うっ」」」

 

「ちょ、ちょっと待って、初音。そこにあたしが入るのはおかしい」

 

「チ、マイリーは来ていないか…いや、だが既に俺と結婚していて関係者席にいる可能性も……」

 

「お前やっぱりバカだよな?」

 

「あたしの親父も…来てないか…」

 

「おし、準備はオッケーか?そろそろ時間だ。照明落とすぞ?」

 

「タカもすごいよね。ステージの上にいるの男の人ってタカだけだもんね。ハーレムかよって思っちゃうよね」

 

「えっ?」

 

は?ふぁ!?初音ちゃんに言われてハッとした。

考えてみたらそうじゃん!?ステージ上の男って俺だけじゃん!?今更何に気付いてんの俺!?

 

ヤバい。かつてない程に緊張してきた…。

むしろ今すぐ帰りたいまである。

 

そうだよな。BREEZEやってた時のノリでいたから気楽だったけど、ライブ前の煽りとか下ネタとかぶち込めねぇじゃん。

 

奈緒のお母さんとか氷川さんなら昔の俺ライブを知ってるからいいとしても、盛夏の友達とか、志保の友達とかの前で下ネタぶち込むとか無理ゲーじゃね?ステージ上に8人中1人しか男いないのに下ネタとかただの変態やん?

 

あ、ヤバい。下ネタなかったら俺MCとか出来ないよ?泣きそうになってきた。

 

「ほぇ?貴どうしました?顔が真っ青ですよ?もしかして緊張してきましたかぁ?」

 

「うん。めっちゃ緊張してきた。もうダメ。僕お家帰りたい」

 

「へ?は!?まじですか?今頃!?」

 

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……

 

「え?タカほんとどしたん?」

 

「照明落とすぞー」

 

そして会場の照明が落とされ、SEが鳴り響く。ヤバい、もう逃げられない…。

 

『先輩…。私、超緊張してます。上手くMCやれるかな?喋れるかな?』

 

『んな不安そうな顔すんな。大丈夫だ。今日は俺も居る。任せろ(キリッ』

 

『は、はい!』

 

任せろ(キリッって何だよ。カッコつけすぎだよ。僕もう無理です。

 

そして俺達はステージに上がる。

俺達Blaze Futureが下手側、Divalが上手側。俺と渚が並んでステージ中央にと、それぞれが定位置に着き、SEが止み、ステージに照明が当たる。

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

そしてオーディエンスの歓声。

 

「香菜ー!」「盛夏ちゃーん!」「にーちゃーん!」「蓮見さーん!」「雨宮ー!」「雪ちゃーん!」「ぴぎぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

大学の友達が多いからか香菜と盛夏を呼ぶ声が多いな。最後のぴぎぁって美緒ちゃんだよね?理奈の衣装見て倒れちゃった?

 

帰ってきたんだな、俺は。ステージに。

ここから見える景色に…。

 

本来なら俺がここで挨拶をする予定だったが……

 

俺は左手を高々と上げ、まどかに目で合図した。

そして左手を思いっきり降り下ろし、その反動で体を回転させる。それと同時にまどかのドラムが鳴り響く。

 

「行くぜ!Blaze Future!!」

 

あ、曲名言わないと奈緒と盛夏は対応しきれないか。悪い…。

 

Re:start(リスタート)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

ハァ…ハァ…やっぱり楽しいな。バンドは。

 

「ありがとう。Blaze FutureでRe:startでした」

 

奈緒も盛夏もバッチリだったな。練習頑張ったんだな。

 

「さて、自己紹介が遅れてしまったけど、俺達が!Blaze Futureだぁぁぁ!!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

「今日は短い時間だけど、俺達Blaze FutureとDivalのデビューライブです。みんなの思い出に残るような最高のライブに……」

 

いや、違うな…。

 

「ここにいるみんなと俺達で最高の1日にしたいです。俺達が失敗したら盛大に笑って下さい。俺達がかっこいいと思ったら盛大に歓声を下さい。みんな1人1人が家に帰って、今日1日を思い出して楽しかったって1日にして下さい」

 

「にーちゃーん!俺は今、最高に楽しいぞー!」

 

「おう!ありがとうな!」

 

渉。ありがとうな。

 

「じゃあ、みんなでどんどんぶち上がっていこう!次はDivalだ!!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、Blaze FutureとDivalのデビューライブが終わった。

 

みんな1人1人に最高の1日になってたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

「貴!お疲れ様でした!」

 

「おう、奈緒もお疲れ様」

 

「ほんとですよ…まさか志保とユニゾンやらされたり……最後に……みんなでBREEZEのFutureを演奏するとか…聞いてなかったです…」

 

「ああ、俺らもDivalも3曲ずつしかないし、時間もたないからな。色々考えてみたけど、みんなよくついてきてくれたな。Futureは盛夏から奈緒と練習してたって聞いてたからな。出来るだろうと思ってたし」

 

「ありがとうございます」

 

「ん?何が?」

 

「私達を信じてくれて」

 

「……そんなの当たり前だろ。さて、ロビー行って、みんなに挨拶して回るか」

 

「はい!」

 

俺達がロビーに着くともう人・人・人でごった返していた。特に盛夏と香菜の回りが。まじかよ……。

 

「たか兄!」

 

「おう、シフォン。今日も可愛いな。ライブ熱かったろ?その火照った身体を冷ましに一緒にお風呂でも行こうか」

 

「た…貴…?」

 

「その人たか兄のバンドの人じゃないの?いいの?そんな事言って」

 

「貴兄。お久しぶりです」

 

「おう、綾乃も久しぶりだな。今日はありがとうな」

 

この子の名前は北条 綾乃(ほうじょう あやの)

まどかの幼馴染で、まどか、綾乃、香菜、遊太と、もう一人栞って子がいるんだが、その5人で英治のドラムの弟子である。

 

「あ、そういや、シフォンと綾乃が一緒なのに栞はいないのな?」

 

「栞ちゃんもさっきまで居たのですがもうお帰りになりました。明日、ライブやるようで忙しいみたいです。貴兄やみんなによろしくと」

 

「そか」

 

「それにボクも元々は渉くん達と来たんだけど、綾乃姉が一人だったから声掛けたんだよ」

 

ああ、だからシフォンの格好なのか…。

 

「たか兄達見てたら、ボク達もライブやりたくなってきたよ!」

 

「私も、バンドやりないな~。って思っちゃいました」

 

「綾乃もバンドやりゃいいのに。ドラムもう辞めたのか?」

 

「まだ、たまに叩いてますけど…う~ん」

 

「あ、綾乃、シフォン」

 

「まどか、お疲れ様」

 

綾乃とシフォンはまどかの所に走って行った。

 

「葉川さん、ちわす」

 

「あれ?松岡くんも来てくれたのか?」

 

「は、はい。明日の参考にでもなればと…」

 

この子は今度のイベントに参加したいと言ってくれている松岡冬馬くん。

先日、英治に紹介されて知り合う事が出来た。

 

「ライブ自体はヘルプでやった事あんだろ?」

 

「ええ、まぁ…」

 

「なら大丈夫だろ。明日は俺も見に来るからな。思いっきり楽しんでな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「にーちゃん!」

 

「おう、渉」

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

「あー、ライブ良かったなぁ。タカ見てると俺もバンドやりたくなってくるわ」

 

「あはは、えーちゃんならまだ今からでもやれるんじゃない?」

 

「いや、メンバーもいないしな。なぁ、トシキ」

 

「ごめん。無理」

 

「お父さんもちゃんと掃除してよ。それが嫌ならタカ呼んできて」

 

「なんでだよ…」

 

「あれ?ピックが落ちてる。今日は誰もピック投げてないよね?」

 

「あ?落し物か?」

 

「お父さんちゃんと掃除した?」

 

「俺はしてないが、朝から志保もお前も掃除してくれてたろ?」

 

「なら落し物かなぁ。あれ?」

 

「どした?」

 

「このピック…BREEZEって書いてある」

 

「初音、見せろ」

 

「白いピックだね…これって宮ちゃんの…」

 

「……今日はタカ目当ての客もいただろうしな。BREEZEのファンが来てても不思議じゃないだろ」

 

「うん…、その可能性もあるよね」

 

「そうそう、それに拓斗がマジで来てたなら誰かが気付くだろ。俺もお前もタカも居たんだし。さ、掃除の続きするか」

 

「うん、そうだね」

 

 

------------------------------------

 

 

 

「貴!」

 

「おう、奈緒。もう帰るのか?」

 

「はい。貴も気を付けて帰ってくださいね」

 

「あー、結局奈緒のお袋さんに会えず終いだな。挨拶をと思ったが…」

 

「は!?何ですか!?いきなりお母さんに娘さんをくださいとか挨拶するつもりでしたか!?」

 

「うっわぁ、めんどくせぇ~…」

 

「な、何ですかそれ…もう!」

 

「じゃあな、俺も帰るわ。渚と理奈によろしくな」

 

「はい?」

 

「あ?なんかお前ら今日お泊まり会なんだろ?志保もなんか邪魔しちゃ悪いしとか言って実家に帰るみたいだぞ。百合百合しいですね」

 

「はわ!?あわわわわわ…忘れてた…」

 

「な~お!」

 

「ヒィ!」

 

「貴さん、お疲れ様。今日は楽しかったわ」

 

「先輩も気をつけて帰って下さいね!」

 

「おう、ありがとうな。俺も楽しかったわ。お前らも疲れもあるだろうし、程々にな」

 

「あは、ありがとうございます!センパァイ…」ズズ…

 

ん?

 

「何ならあなたも来るかしら?楽しいわよ…きっと…」ズズズ…

 

ん?あれ?

 

「いや、いいわ。なんか疲れてるみたいだし」

 

「なら、今日は早く寝なくちゃですね!」

 

「ああ、そうするわ。じゃあな」

 

やっぱり疲れてんのかな?何か渚と理奈に黒い影みたいなんが…。

 

ソッと振り返ってみる。

 

奈緒を真ん中にして3人肩を組んで仲良く歩いている。やっぱり気のせいか。

 

声が出なくなる事もなく、俺はライブを楽しめた。バンドをやって良かったって改めて思う。

 

このまま…みんなで楽しいライブを…

今度こそやれればいいな。

 

なぁ、ユーゼス……。



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第7章 ライバルバンド

「私はベッドから起き上がり、ホテルの窓から摩天楼の夜景を見ている。

 

またやってしまった…

 

さっきまで寝ていたベッドに目をやる。

そこにはBlaze Futureのバンドのボーカル、タカが静かに寝息を立てている。

 

私達は別に付き合っているわけではない。だけど彼に求められるとつい流されて…」

 

「いやいやいやいやいや!」

 

私がモノローグを語っていると、Blaze Futureのギタリスト、奈緒が邪魔をしてきた。これからが面白くなるのに。

 

「何言ってるんですか?まどか先輩。

ここめちゃファントムですし、ホテルじゃないですし。今日は貴も来てませんし、夜景どころかまだお昼前ですよ?てか、そんな事言って読者が信じてしまったらどうするんです?」

 

「いや~、せっかく私の初モノローグだしさ?なんかこう面白くしなくちゃいけないみたいな使命感がね?」

 

「それにモノローグとか言いながら普通に口に出してましたよ?」

 

私の名前は柚木 まどか。

Blaze Futureというバンドでドラムをやっている。

 

私が幼稚園くらいの時に、幼馴染である北条 綾乃と一緒に『大きな太鼓がある家』があると、いつも英治の家のガレージを覗いていた。

当時はドラムなんて知らなかったから、大きな太鼓はお祭りの時くらいしか見たことがなく、私達にはドラムは魅力的だった。

 

ある日綺麗なお姉さん……まぁ、後に英治の嫁さんになる三咲さんなんだけど、三咲さんが英治の家に遊びに来ていた時に、私達が覗いているのに気付いて英治に頼んでドラムを叩かせてくれた。

 

それ以来私と綾乃はドラムの音がお気に入りになり、幼稚園が終わると公園なんかに遊びに行かず綾乃と一緒に英治の家に行って毎日ドラムを叩かせてもらっていた。この時はまだBREEZEも活動していたからドラムを教わったりしてたわけではなく、本当にただドラムスティックでドラムを叩かせてもらってるってだけだったけど…。

 

そして私達が小学生の高学年になった頃。BREEZEが解散し、英治と三咲さんは結婚した。

それから英治は暇になったのか、私と綾乃にドラムを教えてくれるようになった。

 

「う~ん、懐かしいな…」

 

「ほぇ?何がですか?」

 

「ちょっと昔の事を思い出しててね」

 

「昔の事?」

 

「うん、英治が私達にドラムを教えてくれるようになった頃のこと…」

 

「私達に…って、まどか先輩と綾乃先輩にですか?」

 

「うん、BREEZEが解散して、家業を手伝いながら夕方からは私達の為にドラム教室を開いてくれてね。有料だったけど…月謝高かったけど……」

 

「へぇー、その話ちょっと聞いてみたいかもです」

 

「ん、いいよ」

 

そして私は奈緒に昔の話を始めた。

 

「英治の家ってさ。すごくお金持ちでね。英治が高校に入った時に親に家を買ってもらったんだって。そこが今の英治と初音の家なんだけどね?そこのガレージにドラムセットがあって、私も綾乃もご近所さんだったからよく叩かせてもらってたんだよ」

 

「え?高校生で親に家を買ってもらうって凄すぎませんか?」

 

「昔は工場をいっぱい持ってたんだけど、事業縮小とかで工場をいっぱい潰してね。土地だけはあったみたいなの。そこを遊ばせとくのも勿体ないからって感じらしいよ?このファントムの場所も元々は工場だったらしくて、使わなくなってからはBREEZEの練習場にしてたみたい」

 

「え!?この場所でBREEZEの皆さんが練習してたんですか!?聖地…まさに聖地じゃないですか……」

 

「あはは、奈緒にとってはそうかもね」

 

そして私は奈緒に話を続けた。

 

「私と綾乃が小学生の高学年になった頃くらいに英治の家のガレージでね、ドラム教室を開いたんだよ。英治はここにライブハウスを立てたかったんだろうね。色々仕事も掛け持ちしてたみたい」

 

「へぇー、BREEZEが解散した後なんですよね?貴とはその頃には知り合ってたんですか?」

 

「うん、貴とトシキはたまに会ってたかな。拓斗さんには会った事なかったんだけどね。あ、貴とトシキはその頃はバイトしながら同人活動してたんだよ?」

 

「あ!それは貴から聞いた事あります!」

 

それからしばらく英治と私と綾乃だけの3人のドラム教室が始まった。

 

私と綾乃はドラムに夢中になっていた。

私は綾乃よりドラムが上手くなりたい。

綾乃も私よりドラムが上手くなりたい。

そういう気持ちからお互いに技術を高め合っていた。

 

ある日、英治が私達より年下の女の子を連れて来た。

 

『あ、おい。まどか、綾乃。この子の事知ってるか?なんか迷子みたいなんだけど』

 

それがDivalのドラマーである雪村 香菜だった。

どうやら弟が友達と遊びに行ったまま帰って来ないから、心配になって探しに出たが自分が迷子になってしまったらしい。

 

運が良かったのか綾乃が香菜の事を知っていたから、家もわかったので事なきを得た。そのまま家に連れて行っても良かったのだが、香菜の家はみんなロック好きで、香菜は四響のダンテに憧れていたらしい。それで私達のドラムの練習を見せてあげる事にした。

 

翌日から英治と私と綾乃の3人だけのドラム教室は、英治と私と綾乃と香菜の4人のドラム教室になった。

 

そして英治と三咲さんとの間に初音が出来て。初音が産まれてからタカとトシキもよく遊びに来るようになった。

 

私は漫画やアニメが好きだったのでタカに懐いて、綾乃は家庭菜園が好きだったのでトシキに懐いて、香菜は四響のダンテへの憧れの想いからかドラムが上手くなりたかったんだろうね。ドラマーだった英治にすごく懐いていた。

 

「へぇー、トシキさんって家庭菜園とかされてるんですね」

 

「そうなんだよ。昔からそういうの好きだったらしくてさ。色々な野菜作ってるよ」

 

私と綾乃が中学生になった頃。

タカが小学生の男の子と女の子を連れて来た。

 

『いや、まじビビるわ。今時の小学生まじ怖い。この女の子グーパンでこの男の子殴ってたぞ…』

 

『ゆーちゃんが悪い!ボクは悪くない!』

 

『うわぁぁぁん、うわぁぁぁん』

 

『ほらお前ももう許してやれってこの子泣いてんじゃん?お前も男の子なんだからもう泣き止め?な?』

 

英治の家の近所で喧嘩をしてた男の子と女の子を仲直りさせる為に連れて来たのだ。それがAiles Flammeのドラマーのシフォンこと井上 遊太と、FABULOUS PERFUMEのドラマーのイオリこと小松 栞だった。

 

ドラムに興味を持ったのか栞と遊太は

 

『ゆーちゃん!太鼓だよ太鼓!ボクも叩きたい!』

 

『わぁぁ!太鼓だ!太鼓だよ!しおりちゃん!』

 

あっという間に仲直りしていた。

 

翌日から私達のドラム教室には、遊太と栞が加わった。

 

「クスクス、シフォンちゃん可愛いですね。私、まだ栞ちゃんって子には会った事ないです~」

 

「あれ?そうなんだ?また機会があったら紹介したげるよ」

 

「はい!お願いします!」

 

でも、それから1年くらい経ったある日。

私はドラム教室に顔を出さなくなった。

 

「え!?そうなんですか!?」

 

「あはは…まぁ、ちょっとカッコ悪いんだけどさ。中学生っていったら思春期真只中でしょ?私達の中でさ。香菜がすごく上達しててね。私も綾乃も香菜のドラムの技術には追い付けなくなってた。私はそれが悔しくて…。遊太と栞もまだ小学生で甘えん坊なとこもあったからさ。あの2人はタカに懐いてたから。タカも取られちゃった気がしてね…」

 

その頃には家にもドラムはあったから、ドラムを叩く事は毎日欠かさなかったけど、私は音楽から逃げるように遠ざかっていっていた。

 

『まどか』

 

『ん?綾乃?何?』

 

『今日も…練習には来ないの?』

 

『ん…、まぁね。他に好きな趣味出来ちゃったしさ』

 

『そう…』

 

『うん。綾乃はさ。ドラム好きなら頑張りなよ』

 

『何を?』

 

『え?』

 

『私はドラム好きだよ。でも、何を頑張るの?』

 

『いや、だからもっと上達するようにとか?いつかバンド組むとかあるかもじゃん?』

 

『うん、ドラムは好きだから…もっと上手くなりたいかな』

 

『でしょ?』

 

『うん、頑張る…かぁ…。考えた事なかった…』

 

『え?』

 

『まどか、私はね。好きだからドラム叩いてるだけ。頑張るとか思ってなかった。まどかにはまどかのリズムが。香菜には香菜のリズムが。遊くんにも栞ちゃんにも、私にも各々のリズムが』

 

『綾乃?』

 

『私は私のリズムで楽しんでドラム叩いてただけだったから…。そうだね。まどかの言う通り。上手くなりたいなら頑張らなきゃね』

 

『うん、あはは…そうだよ!頑張らなきゃだよ!あ、私はそろそろ行くね。また明日ね』

 

『ありがとう、まどか。また明日ね』

 

私は恥ずかしかった。

楽しいからドラムを叩いていたのに、いつの間にか香菜に負けてるから、頑張らなきゃって思ってドラムをやるようになっていた。楽しんで叩いてなかったんだ。

 

そして私はその場から逃げるように走ってアニメショップに行った。

 

「え?何でアニメショップなんですか?」

 

「え?新刊の発売日だったから早く欲しかったし」

 

「そ、そうですか…」

 

そこで私は新刊だけじゃなく、新しいグッズは出ていないか、買い逃しているのはないか?そう思って店内をうろうろしていた。

 

『あ?まどか?』

 

『え?たか兄?』

 

そこには何故か平日の夕方なのに社会人のはずのタカが居た。そんな事よりこれは何か買ってもらうチャンスだ。私はそう思った。

 

「へぇー、まどか先輩って貴の事たか兄って呼んでたんですね」

 

「そだよ。タカの事をたか兄、トシキの事をトシ兄、英治の事を尊敬する師匠と親しみを込めておっちゃんって呼ぶようになったのは私だからね。それがみんなに浸透したみたいな?」

 

「何で英治さんはおっちゃんなんですか?」

 

「んー、英治は小さい頃からよく会ってたからかな?幼稚園くらいの時にはタカとトシキにはあんまり会ってなかったし」

 

「それでいつから皆さんの事を名前呼びになるようになったんですか?」

 

「ん、それはちょうどこの頃だよ。アニメショップで私はタカと会って…」

 

『たか兄!これ買って!』

 

私は新刊をタカに渡した。

 

『は?何で?意味がわからん』

 

『お兄ちゃん…お願い…なの…』

 

『うん、いいよ』

 

タカはあの頃からちょろかった。

 

『いや~、ありがとね!たか兄!』

 

『くっ…余計な出費が…』

 

『いいじゃんいいじゃん!ほら、こうやって私の好感度上げとけば、将来私と結婚出来るかもよ?』

 

『お前が成人する時、俺いくつだと思ってんだ?さすがにそれまでには結婚しとるわ』

 

なのにタカはまだ結婚出来ていない。

激しくワロス。

 

まぁ、それはいいとして私達はアニメショップから出た。

 

『あ、そだ。まどか』

 

『ん?何?』

 

『お前最近ドラム教室に来てないみた……』

 

『たか兄!!』

 

『あ?』

 

『今日は買ってくれてありがとね!これも早く読みたいし私帰るね!』

 

私はそう言って走ってその場を去った。

でも…

 

『いや、俺の話終わってないんだけど?』

 

タカは私と同じスピードで走り、並走しながら話し掛けてきた。

 

『ご、ごめんね、たか兄!は、話はまた今度!』

 

『すぐ終わる』

 

タカはどこまでも追い掛けてきた。

私の家も知られてるわけだし、このままだと家にまで着いてくる。

そうなると私の家族と面識のあるたか兄は普通にインターホンを押すだろう。そうなると逃げ場はない。

 

『ハァ…ハァ…』

 

私は立ち止まってタカの方を向いた。

 

『お、やっと話聞く気になったか?』

 

『たか兄…お願い…。帰って!私について来ないで!!』

 

『え?あ、うん、わかった』

 

タカはそう言って帰ろうとした。

 

 

 

「は?」

 

「私も本当に帰るとは思わなかったからさ。びっくりしちゃったよ」

 

 

 

私は帰ろうとしてるタカに、

 

『ちょ…!ここまで追って来たくせに本当に帰るの!?』

 

『え?だって帰ってって言ったやん?これ以上付きまとって通報されたりしたら嫌だし』

 

 

 

「貴は昔から…貴だったんですね…」

 

「う~ん、今よりはまだ全然普通の人っぽかったと思うんだけど…」

 

 

 

『たか兄!さっきたか兄はドラム教室の事話そうとして私が逃げたでしょ!?それってドラム教室の話をしたくなかったからでしょ!』

 

『ああ、そうだろうな』

 

『そうだろうなって…。そんな時は何があったんだ?とか聞くものでしょ!』

 

『あ、そうなの?話したくないなら無理に聞こうとは思わないんだけどな』

 

『そんな事言ってるといつまで経っても彼女出来ないよ?』

 

『何があったんだ?(イケボ』

 

『はぁ…話したくない。放っておいて』

 

『何かあったんだろ?話せよ(イケボ』

 

『お、成長したね。たか兄』

 

『人は成長するものなの。俺なんか常に成長期だから』

 

成長。タカはそう言った。

私はあんな理由でドラム教室に顔を出さなくなった事が余計に恥ずかしくなった。

 

『ん、たか兄、ごめん。やっぱ話せない』

 

『まぁ、いいぞ。話したくないのは話さんでも。だから俺が勝手に言う』

 

タカはそう言って

 

『まぁ、何でドラム教室に来なくなったのかは聞かない。色々あるのかも知れんしな。ただ綾乃も香菜も遊太も栞もいつも寂しそうにしてるぞ。まぁ、俺も英治もトシキもな。よくまどかが来なくなって寂しいなって話しとる』

 

『そっか…ごめんね』

 

『別に?まどかが他に楽しいこととか見つけて、そっちに夢中になってんならそれはそれでいい事だしな。俺はまどかの音が好きだったからな。もう聞けないのはつまんねぇから、たまにでも叩きに来てくんねぇか?って言いたかっただけだ。ま、それも他の事が忙しいなら別にいいけどな』

 

タカが私の音が好きと、私のドラムが聞けないがつまらないと、叩きに来てほしいと言ってくれた。私はそれを聞いて泣いてしまった。

 

『そ、そんなお世辞いらないし…!香菜のが全然ドラム上手いじゃない!ドラムの音が……聞きたいなら…みんな…みんなが…うわぁぁぁぁん…』

 

『え!?なにごと!?』

 

タカは私が泣き止むまで、ずっと待ってくれた。私が泣き止んだ後、タカにドラム教室に行かなくなった理由を話した。

もちろん遊太と栞にタカを取られたってのは伏せて…。そしたらタカは…

 

『ああ、まぁ確かにドラムの技術的には香菜のが上かもな。香菜のドラムはすごいな』

 

『やっぱり…たか兄もそう思ってんじゃん』

 

『は?それはそう思うけど、上手いから好きとかじゃねぇだろ?いや、香菜のドラムも好きだぞ?でも、俺はまどかの音のが好きなんだよな』

 

『え?』

 

『まどかの音は、俺に合ってるっつーのかな?お前のドラムって割と自由だろ?なんかお前のドラム聴いてるとな、リズムに合わせて勝手に体が動くし……また、歌いたいなって思ってくる音なんだ…』

 

『たか兄…』

 

『もちろん香菜のリズムも綾乃のリズムも遊太のリズムも栞のリズムも好きだぞ?

でも俺の喉が治って、バンドまたやるとかなったらまどかにドラムやってもらいたいって思うかな。

それに技術とかそんなんで言ったら英治のがまだ上手いじゃん?音が合わせやすいってのもあるし?あいつは俺らに合わせて叩いてくれるしな。

あ、でもそれ言ったら英治の音も香菜と全然違うくね?英治のリズムに近いのはお前らん中じゃ綾乃だろ』

 

 

 

「え?貴ってそんな事言ってたんですか?へぇー、ならBlaze Futureでドラムやる人は、その時からまどか先輩って決まってたんですね」

 

「そうなんだよねー。なのにタカのやつ奈緒とバンドやるって時に私の事すぐに誘わないしさぁー。頭くるよね!」

 

 

 

『それにあれだ。香菜もまどかみたいな音出せるようになりたいって言ってたし、遊太と栞はお前のドラムに影響受けてんだろ』

 

『私…たか兄が…』

 

『ん?』

 

『……!タカが私の音が好きなら!もっかいドラムやろうかな!!』

 

『え?何で呼び捨て?』

 

『タカと綾乃の言う通りだよね。上手いとか技術も大切だけど、楽しんでドラム叩いて、好きな音出すのが一番だよね』

 

『だから何で呼び捨て?呼び捨てでもいいんだけどね?なんか唐突過ぎてびびるわぁ…』

 

『タカ、ありがとうね。うん、今日から早速また英治のドラム教室に行く!タカも行こうよ!』

 

『うん、それはいいと思います。ってか、英治も呼び捨てなの?』

 

 

 

「それからかな。タカとか英治とかトシキを呼び捨てにするようになったのは…」

 

「と…唐突すぎやしないですかね?」

 

「なんかその時にね。タカとかトシキとか英治をもっと近くに感じたくなって。お兄ちゃんじゃなく、仲間として見てほしくなったんだよね」

 

「その気持ちはわからなくないですけど…私も貴さんと奈緒ちゃんじゃ嫌だって思ってましたし。同じバンドの仲間なんだからって」

 

「私もそんな気持ちになったからさ。いきなりだったけど、呼び捨てで呼ぼうと思ってね。英治はおっちゃんよりマシって言ってたけど、タカは『俺は天くんが陸に天にぃと呼ばれてるようにたか兄って呼ばれてたかった』とか言ってたけどね」

 

「いやいやいや、ちょっと待って下さいよ。その時代にアイナナがあるわけないじゃないですか」

 

「そこがタカの恐ろしいところだよね。まぁ、それでまたその日からドラム教室に行くようになってね。それから2年前の私と綾乃の就職した頃に、このファントムも完成したのもあって英治のドラム教室は終わったんだよ」

 

「そうだったんですね」

 

「私と綾乃は就職でドラムを辞めて、香菜はちょっと前からかな?友達と遊んだりするようになってたからドラム教室はたまに休んだりしてて、栞はバンドを始めたとこだったしね。ファントムが完成したのは頃合いだったのかもね」

 

「シフォンちゃん……遊太くんはどうしたんですか?」

 

「遊くんはおっちゃんにその後もドラムを教わってたのよ。スタジオ借りて一人で練習したりもしてた。いつか栞ちゃんみたいにバンドやるんだってね」

 

「綾乃!?」

 

「綾乃先輩!お久しぶりです!」

 

「懐かしい話してるね、まどか」

 

私と奈緒が昔の話をしていると、綾乃が横に立っていた。

 

「ど、どこから聞いてたの!?」

 

「まどかが拗ねてドラム辞めてた時くらいからかな」

 

「ぐっ……」

 

「それより今日は貴兄もおっちゃんもいないの?」

 

「そうなんですよ。貴と英治さんは今度のファントムギグの参加バンドが増えたとかで会場探しに行ってまして。私とまどか先輩でファントムのお留守番を任されてます!」

 

「お留守番って…お店準備中になってたよ?」

 

「は!?」

 

「ふふふ、実は私がそうしておいた」

 

「ま、まどか先輩何やってんですか!?せっかく英治さんが私達に任せてくれたのに!」

 

「私、料理出来ないし、カフェ客来ても困るでしょ?英治もカフェは休みでいいから、ライブの受付だけよろしくって言ってたじゃん」

 

「そ、そうですけど、私料理も出来ますし英治さんに褒めてもらうチャンスが…」

 

「そしてタカにも『おお、奈緒って料理も出来るんだな。いつ俺の嫁に来てもいいな』とか言われたかった?」

 

「さすがまどか先輩。貴の物真似上手いですね。でも、貴とはそんな関係ではないのでそこまではいらないです。そんな事言われたらうっかり通報しちゃいます」

 

う~ん…、奈緒って本当にタカの事そんな風に見てないのかな?なら渚か志保か理奈に乗った方が面白いかな?

 

「だからってそれは止めて下さいね?」

 

「え?私口に出してた?」

 

「あ、そんな事より綾乃先輩はどうしたんですか?貴か英治さんに何か用事ですか?」

 

「え?あ、うん…そだね。まどかと奈緒には先に言っておこうか…」

 

そう言って綾乃は私達の座っているテーブル席に座った。

 

「あ、ちょい待ち。私コーヒー入れてくるわ。綾乃もコーヒーでいい?奈緒はおかわりいる?」

 

綾乃が改まってあんな事を言う時、それは大事な話がある時だ。私の行っていた大学はこの辺じゃかなりレベルの高い大学だったのだけど、私がそこを受験するって言ってしばらくした後、綾乃も

 

『まどか。大事な話があるの。……私もまどかと同じ大学受験する。まどかには先に言っておこうかと思って』

 

二人とも無事に現役で合格出来たわけだけど、綾乃のそう決めてからの行動力と言うか頑張りは本当にすごいと思った。

ドラムもあの時、頑張ってみるって言ってからはすごく上達したもんね。

 

「お待たせ。はい、コーヒー。……で?話って何?」

 

「うん、あのね。貴兄とおっちゃんにね。私もファントムギグに参加したいって言おうと思って今日は来たの」

 

「え?」

 

「あ…綾乃先輩、バンド始めたんですか!?」

 

「まだ…バンド名も決まってないし、メンバーもボーカルとドラムの私しかいないんだけど…」

 

正直驚いた。まさか綾乃がバンドをやるだなんて…。

 

「まどかも香菜も、遊くんも栞ちゃんも、おっちゃんの弟子はみんなバンドやってて…。みんな楽しそうで羨ましいなって、私もやりたいなって思って」

 

「綾乃…」

 

「貴兄にもね。綾乃もバンドやればいいのにって言われてさ。やろうって思ったんだよ」

 

「う~!綾乃先輩!最高です!一緒にバンド頑張っていきましょう!!いつか対バンとデュエルも是非是非!」

 

「ありがとう奈緒。あ、私のバンドのボーカルなんだけどね。花音がするんだよ」

 

「ほぇ?花音が?あの子大丈夫なんですか?」

 

大西 花音(おおにし かのん)

この子は私と綾乃の大学の後輩だ。

奈緒の大学での唯一の友達。

まぁ、花音にとっても奈緒が唯一の友達なんだけど…。小・中・高と友達の居なかった奈緒と花音は、大学に行ってから初めて友達が出来たと仲良しさんだった。

 

花音は大学を卒業出来ず留年して、今まさに就職活動真っ最中の現役JDである。

 

「あの子、歌は確かに上手かったですけど今就活中ですよね?綾乃先輩には申し訳ないですが、また留年とかしたりしないか心配なんですけど…」

 

「私もそれが心配だったから最初は断ったんだけどね。先日のBlaze FutureとDivalのライブ観てバンドやりたくなったんだって」

 

花音と綾乃でバンドか…。

 

「私はまどかに。花音は奈緒に負けないように。私達はBlaze Futureに負けないように頑張るよ」

 

「いいね、綾乃!私そういう熱いの好きだわ!ライバルバンドって感じだね!」

 

ライバルバンド。

私と綾乃はずっと一緒だった。

そして、今は違う。別の道を歩いている。

綾乃は私の一番の親友で、一番のライバルだ。今までもこれからも。

 

「私達がBlaze Futureに勝って、まどかに勝って、今度こそおっちゃんの正当後継者の権利は私が貰うね。正直そんな称号はいらないんだけど」

 

「ふぇ?ほぇ?英治さんの正当後継者って何ですか?まどか先輩が正当後継者なんですか?」

 

英治の正当後継者かぁ…。

私もこんな称号いらないんだけどなぁ。

 

「ふふ、おっちゃんのドラム教室を閉める時にね。私達みんなでドラムでデュエルをやって。誰が一番かって勝負したのよ」

 

「わぁ!そうなんですか!?それでまどか先輩が勝ったって感じですか!?」

 

「うん、まどかが勝ってね。おっちゃんの正当後継者はまどかって事になったんだよ」

 

「ま!まどか様…!!」

 

うっ!?奈緒の眼差しが眩しい…!!

奈緒の大好きなBREEZEの公認正当後継者だもんね?そりゃ奈緒からしたら羨望の的だよね…!

 

「でも、この正当後継者の称号はいつでも下剋上で奪い取れるって事になってるからね。遊太と栞はまだこの称号狙ってるし…」

 

私はこの称号はいらないから誰かに譲ってもいいんだけど…。

奈緒も嬉しそうだし、まだ誰かに負けたくもないし、もうしばらくは英治の後継者で居続けようかな。

 

「ま、でも、誰にもこの称号は渡さないから安心しな」

 

私はそう言って奈緒の頭を撫でた。

 

「はい!!」

 

 

 

 

それからお客さんも来ないまま、私と奈緒と綾乃で昔話に花を咲かせていた。

 

「奈緒も花音も常にイヤホン付けて机に突っ伏してて、誰も私に近寄るなオーラ出してたもんね」

 

「私も『あーこの子友達いないんだなぁ』って思ったもんね」

 

「もう!そんな昔の話は止めて下さいよ!」

 

すると、

 

「ただいまー」

 

「お疲れさん、待たせたな」

 

「こんちゃ~っす!」

 

英治とタカと何故か盛夏が帰ってきた。

 

「英治さん!ついでに貴もお帰りなさいです!って何で盛夏も一緒なの?」

 

「いや~、街をぶらぶらしてたら貴ちゃんと英治ちゃんにナンパされちゃって~」

 

「そうか。最近はあれをナンパと呼ぶのか。こりゃ迂闊に街歩けないな」

 

「ははは、俺とタカでここに帰ってくる途中でな。盛夏ちゃんが『はろ~!』って後ろから体当たりして来てな。まどかと奈緒ちゃんもファントムに居るぞって教えたら『私も行く~』って言ってついて来たんだ」

 

「おっちゃん、貴兄、こんにちは。盛夏さんはちゃんと挨拶するのは、はじめましてかな?」

 

綾乃がタカと盛夏、英治に挨拶をした。

そっか。綾乃はこないだのライブに来てたけど盛夏と話すのは、はじめましてなのか。

 

「おお~、すごい美少女だ~。はじめまして、蓮見 盛夏と申します~」

 

「おお、綾乃か。久しぶりだな。こないだのBlaze FutureとDivalのライブに来てたんだってな?タカだけじゃなく俺にも挨拶くらいしてけよ」

 

「私がここに寄ってもいつも初音ちゃんしかいないんですけどね」

 

「あ、それきっとたまたまだ。俺、超働いてるもん。いつもはいるもん」

 

確かに最近は英治も居るけど、前まではほとんど初音ちゃんしかいなかったもんね…。

 

「んで、綾乃は今日はどうした?まどかに呼び出しでもくらったのか?」

 

「あ、私もバンドやる事にしましたので、良ければファントムギグに参加させて欲しいと思いまして」

 

「いいんじゃね?」

 

タカはちゃんと考えて返事してるのかな?まぁ、タカなら何とかするんだろうけど…。

 

「綾乃、お前マジか?これってファントムギグに俺の弟子みんな参加する事になるんじゃないか?」

 

「ほぅほぅ、お姉さんも英治ちゃんのお弟子さんなのですか~。英治ちゃんのお弟子さんって美人さんが多いですな~」

 

「さすが盛夏!わかってるね!!」

 

「まぁ、一番はシフォンだけどな」

 

「貴…やっぱり……」

 

「え?やっぱりって何?俺なんか変な事言った?」

 

「しかし、これでファントムギグの参加バンドも8バンドか。時間とか色々調整しないとな。おいタカ、いっそ昼からやっちまうか?」

 

「8バンド?綾乃先輩のバンド入れて7バンドじゃないんですか?

……ハッ!?まさか1日限りの復活とかでBREEZEも出たりするとかですか!?それ最前席を関係者席にしませんか?」

 

「いや、BREEZEは拓斗がいないし…」

 

「拓斗?誰それ?いや、今日帰りに英治とラーメン食いに行ったんだけどな」

 

「ラーメン…?なんか嫌な予感がするんですけど…」

 

「ラーメン屋が混んでたからカウンター席になっちまってな。そしたら隣に美緒ちゃんが来たんだわ」

 

「やっぱり…」

 

美緒ちゃんというのは奈緒の妹の佐倉 美緒。私も何度か遊んだ事はある。

確か高校の軽音楽部でバンドを組んでて、ライブも何度かやったと聞いている。

 

「奈緒ちゃんの妹さんって理奈の大ファンなんだな?俺がDivalも出るって言ったら『ぴぎぁぁぁぁぁぁ』って言って倒れてな」

 

「そんで俺が美緒ちゃんに、美緒ちゃんもバンドやってるなら参加する?って言ったら、また『ぴぎぁぁぁぁぁぁ』って言って倒れたな」

 

「ま、またあの子は…。ご迷惑おかけしました…」

 

「いやー、でも嬉しそうだったぞ?な、タカ」

 

「理奈と同じステージに立てるチャンスがあるとは…って言ってたな」

 

へー、奈緒がタカに憧れてたように、美緒にも憧れのボーカルがいるって言ってたけど、それって理奈の事だったんだ?

 

「まぁ、憧れの人と同じステージに立てるってのは嬉しいものですよ。私も英治さんやトシキさんと同じステージに立ちたいですし」

 

「え?俺は?あれ?」

 

「あ、そうだ。奈緒~。まどかさ~ん」

 

「ん?何?どしたの?」

 

「まさかここに来る途中でタカと英治に何かされた?」

 

「「冤罪だ」」

 

「いや、そんなのじゃなくて、こないだのライブの時にDivalがステージ衣装とか着ててさ。羨ましかったじゃ~ん?」

 

「ああー!うん、そうだよね。私達もステージ衣装みたいなの欲しいよね」

 

そういえば奈緒も盛夏もDivalのステージ衣装羨ましがってたもんね。

私は動きやすい服装の方がいいんだけどね。

 

「でしょ~?それでさっき貴ちゃんにお願いしてたんだけどさ~」

 

「衣装なんかそうパッパと用意出来るもんじゃねぇだろ…。だから、バンドでお揃いのトレードマーク的なアイテム?それでいいじゃんって言ったんだよ」

 

「そしたらね、英治ちゃんがエルフラはピックのネックレスをみんなで持つみたいだぞって~」

 

「ああ、こないだここでちょうど秦野くん達がそんな話しててな」

 

Blaze Futureでお揃いのアイテムかぁ。

タカは男だしあんまり可愛すぎるのはきついかな。もうおっさんだし。

 

「ま、安いものならな。メンバー分買ってやるよ。そんかわり衣装はしばらくは無しな」

 

へぇ、タカが買ってくれるのか…。

車…いや、マンションもいいかな…。

 

「まどか先輩。ライブで着けるやつですからね?」

 

「え?私また口に出してた?」

 

「まどかさんと奈緒は何がいいと思う~?」

 

「貴が買ってくれる……。私!指輪がいいです!」

 

「奈緒。さすがだね。左手の薬指の指輪をタカに合法的に買わせるわけだね」

 

「まどか先輩?暑さで頭がやられましたか?後、そのスマホで今何したんですか?」

 

「いや、渚と理奈に、奈緒がタカにお揃いの指輪を買ってくれと言ってました。っLINEしただけだよ?」

 

「は!?まどか先輩何してくれちゃってんですか!?」

 

もちろん冗談である。さすがにそんな事はしない。……んだけど。

 

「あわわわわ…また、また渚の家で地獄のミーティングだ…し、しばかれる…」

 

「あはは、冗談だよ。さすがの私もそんな事はしないって」

 

「みたいですね…。自爆しました…」

 

そう言って奈緒は私にスマホを渡してきた。そこは奈緒と渚と理奈のグループLINEの画面だった。

 

奈緒『違うからね!貴にお揃いの指輪を買ってって言ったのは変な意味じゃないから!(>_<)』

 

理奈『指輪?何の話かしら?』

 

渚『先輩に指輪買ってって言ったの?それもお揃いの?』

 

奈緒『え?待って、まどか先輩に聞いたんじゃないの?』

 

渚『まどかさんから?何の話?』

 

理奈『その話もっと詳しく聞きたいわね』

 

渚『だよね!じゃあ今夜理奈も奈緒も私の家に集合ね(((o(*゚∀゚*)o)))』

 

理奈『ええ、明日が日曜日で良かったわ。今夜が楽しみね』

 

渚『絶対来てね?』

 

理奈『絶対来るのよ?』

 

「ぶはっ!あは、あははははは!」

 

「うぉ!?びっくりした!どうしたまどか?」

 

いや~、ごめんね奈緒。

ちょっと奈緒を驚かせようと冗談言っただけだったんだけどね。

 

「消される…今度こそ本当に…消される……」

 

「まどかは爆笑してるし、奈緒は病んでるしどしたの?」

 

「なんだろ~?でも何か面白い事が起きてる気がする~。あ、貴ちゃん。奈緒の言う通り指輪とかどう?」

 

「ボンゴレリング的な?でも、指輪って正直楽器の邪魔だろ?ベースの盛夏は特に」

 

「ふっふっふ~、盛夏ちゃんには不可能はないのだ。指輪をしててもベースを弾いてみせる」

 

指輪かぁ。私的にも邪魔にならないから指輪でも全然いいんだけどね。

奈緒と盛夏にはあんまりおすすめ出来ないかなぁ。

 

「ふっ…ふっふっふ、こうなったら徹底抗戦です。今日はたっぷり指輪を自慢してやるです」

 

奈緒…とうとう壊れちゃったか…。

 

「自慢?つか、ほんとお前らの演奏の邪魔になるだろ?他に何かないのか?」

 

「大丈夫です!プロのギタリストさんも指輪されてる方いっぱいいますし!ってわけで今から買いに行きましょう。指輪」

 

「は?今から?どんなんがいいかとか話し合った方が良くね?」

 

「そんなのはこれだ!ってインスピレーションが大事なんです!それに私にはもうあまり時間が残されていません!」

 

「時間ないなら後日のが…」

 

「貴!うるさいです!私は必死なんです!ね?盛夏も早く欲しいよね?」

 

奈緒…何があんたをそこまで…。

 

「うん!あたしも早く欲しい~。貴ちゃん行こうよ~」

 

「うっわぁ、せっかくファントムまで帰ってきて涼んでるのに、また出掛けるとかめんどくせぇ~」

 

「それにほら。キュアトロちゃんもみんなお揃いのピンキーリングしてるじゃないですか?私達もお揃いのリング着けてたらマイリーちゃんも貴の事見てくれるかもしれませんよ?」

 

「よし、行こう。今すぐ買いに行こう。リング以外の選択肢なんてないまであるな」

 

タカはほんとチョロいなぁ~…。

 

「ほら!まどか先輩も!行きますよ!」

 

やれやれ、まぁ、私達Blaze Futureでお揃いのを持つってのも悪い気がしないしね。

 

「ってわけで英治!後はよろしくね!」

 

「おう。せっかく買って貰えるんなら、めちゃくちゃいいやつ買って貰ってこい。店番は俺と綾乃に任せろ」

 

「え?おっちゃん何言ってるの?私も?」

 

ここ英治の店だよね?

 

「ふふ、まぁいっか。まどか、行ってらっしゃい。良かったね?」

 

良かった?何が良かったって言うんだろう綾乃は…。

 

「楽しみだぁ~。貴ちゃんの給料3ヶ月分の指輪~」

 

「いやいやいや、無理だからそんなの」

 

「う~ん…徹底抗戦とはいえ、左手の薬指はまずいか…。左手は演奏にも支障ありそうですし…」

 

そうして私達はBlaze Futureのアイテムとして、お揃いのリングを買いに行く事になった。

 

みんな右手に着ける指輪。

タカは『俺マイク持つの右手やねんけど?』って文句を言っていたが無視した。

 

タカが人差し指。

私が中指。

奈緒と盛夏が薬指。

 

私達は同じデザインの指輪を

Blaze Futureの証を手に入れた。

 

そしてその夜、奈緒は善戦虚しくと言っていたが、夏休みに渚の実家に理奈と遊びに行くらしい。

何だかんだで仲が良いよね。あの3人。

『私も行きた~い』って言ったら私も行く事になった。関西行くの久しぶりだから楽しみだ~。

 

そうやって楽しい夏休みに思いを馳せている中、まさかタカからあんな宿題が出されるとは思わなかった…。

この歳になって夏休みの宿題が出される事になろうとは…。



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第8章 旅行行こうぜ!

8月13日朝7時15分。

俺は今電車に揺られている。

 

「いえ~い、シフォンちゃんがババ引いた~」

 

「ちょっ!盛夏ちゃん!止めてよ!」

 

「ふぅん…シフォンがババ持ってんだ…?

貴、ババ引いたら怒るよ?」

 

「志保、お前あれだよ?ババってジョーカーだよ?ジョーカーって切り札なんだぜ?」

 

「たか兄、そんなのいいから早く引いて」

 

あ~…何で俺は夏休みの早朝から電車でババ抜きやってんだろ……。

 

そうか…夕べ…。

そう…夕べファントムに晩飯を食いに行ったから…。

 

 

 

 

8月12日。

俺は会社が夏休みだというのに休日出勤をしていた。休日出勤はいいね。職場に一人だから好きな音楽を聴きながら仕事をする事が出来る。

 

俺の名前は葉川 貴。

Blaze Futureというバンドでボーカルをやっている。

 

今日も1日よく頑張った俺!

そう思いながらライブハウス『ファントム』に向かっていた。

 

実は今両親は母親の実家に帰っている。

実質上一人暮らし状態の俺は晩飯を作るのも面倒くさいので、ファントムで晩飯を済ませようとしているのだ。

 

ファントムの休日は、ライブのない日の中で英治の気分に寄って変わる。昼に連絡した時に今日はオープンしていると聞いた。まぁ、閉めてるなら閉めてるで一緒に飲みに行くとかしただろうけどな。

 

そんな事を考えながら歩いているとファントムに着いた。

今日の定食は何かなぁ?とか考えながら店内に入ると、そこにはAiles FlammeのドラマーのシフォンとDivalのギタリスト雨宮 志保が居た。

 

「あ、たか兄だ。やっほー!」

 

「お、貴。今日は確か休日出勤だっけ?今日もお疲れ様」

 

「おう、シフォンも志保もお疲れさん。お前ら何やってんの?渉達とか渚達は一緒じゃないのか?」

 

「亮くんは家にいるかもだけど渉くんと拓実くんは今日からお泊まりで短期バイトなんだよ」

 

「あたしとシフォンはここで夏休みの宿題を一緒にやってんの。あ、渚に会いたかったとか?」

 

「ほ~、学生さんは大変ですな」

 

俺はそう言って空いてる席に座った。

さて、今日の定食は何かな?

 

「よいしょっと」

 

「たか兄はファントムで晩御飯食べるの?」

 

何故かシフォンと志保が俺の座ったテーブル席に座ってきた。

 

「お前ら何やってんの?」

 

「え?貴もしかしてボケたの?最近暑いもんね」

 

「もう!さっき志保がボクと一緒に夏休みの宿題やってるって言ったでしょ!」

 

「俺が聞きたいのはそれじゃねぇよ。何で席移動してんの?って事だな」

 

「「貴(たか兄)とお喋りしたかったから」」

 

なるほどな。何か言うのも面倒くさいしこのままでいいや…。

 

しばらくすると英治がお冷やの代わりにビールを持って来てくれた。

英治。お前は最高の親友だぜ。

 

「おうタカ。何にするか決まったか?今日初音は三咲に宿題見てもらってるから俺の手料理だけどな」

 

「微妙に食欲失せる言い方すんなよ。今日の定食は何だ?」

 

「初音がいないからな。今日の定食は休みにしてんだよ」

 

「あっそ。じゃあ質問を変えよう。俺は何なら今日食う事が出来る?」

 

「あ~、色々材料はあるからな。食いたいのあるなら適当に作ってやるぞ?」

 

「あ~…そう来たか。ならどうしよっかな。食いたいのって聞かれるとなぁ」

 

「あ、ならさ。あたしが作ってあげようか?英治さんいい?」

 

「お、志保が作ってやってくれるのか?それは楽出来るしありがたいな」

 

「そういや志保は帰らなくていいのか?渚が待ってんじゃねぇの?」

 

「渚には今日はシフォンと晩御飯食べて帰るって言ってあるからね。渚は理奈と奈緒とまどかさんとそよ風にご飯に行ってるんだよ。あの4人は明日から渚の実家に遊びに行くしね」

 

「あ~…奈緒とまどかもそんな事言ってたな。理奈と奈緒は渚と仲良いから実家に遊びに行くのもわからなくはないが何でまどかも?」

 

「さぁ?シフォンも晩御飯はあたしの料理でいい?」

 

「え!?いいの!?ボクも志保の料理がいいよ!」

 

「志保~。あたしも志保のご飯食べたい~」

 

「「「「盛夏(ちゃん)!?」」」」

 

いつの間にか俺達の席に盛夏も座っていた。座っていたって何!?ほんといつの間に来たの!?

 

「貴ちゃんも英治ちゃんも志保もシフォンちゃんもちゃお~」

 

「お前物音も立てずにいつの間に来たの?何?前世忍者か何かなの?」

 

「フッフッフ、あたしのステルス機能は無敵なのだ」

 

「じゃあ4人分作っちゃうか。盛夏も何でもいい?」

 

「好き嫌いないからあたしも何でも大丈夫~」

 

「オッケ」

 

そして志保は英治と一緒に厨房に向かって行った。

 

「いや~、JKの手料理が食べれるとか生きてて良かったですな~。ね、貴ちゃん」

 

「あ?微妙に『そうだな』って言いにくいコメントは控えてくれませんかね?それより盛夏は何でここにいるの?」

 

「あたしはファントムで晩御飯食べながら貴ちゃんからの宿題をやろうと思って~。お父さんとお母さんは田舎に帰省中だしね~」

 

俺からの宿題。

それは奈緒と盛夏とまどかに出した宿題だ。

今はもう俺がBREEZEのTAKAだった事は みんなが知っている。そしてBREEZEが解散する事になった理由。俺の喉の事も。

 

もしかしたらまた喉にダメージが来て思いっきり歌えなくなるかも知れない。

そういう建前の元、BREEZEの時にも考えていたが実現出来なかった演出。

 

それぞれメンバーが歌うソロ曲。

それをこの夏休み中に1人1曲は作る事を宿題にしていた。

まぁ、歌詞さえ仕上げてくれたら曲作りはもちろん手伝うけどな。

 

「そっか。それで?何かイメージでもあんのか?」

 

「ん~ん、全然。ロックにするかバラードにするかポップな感じにするかも決まってない~」

 

「まぁ、曲作りは最初はみんな難しいわな。取り合えず頑張れ」

 

「押忍!」

 

「ほぇ?盛夏ちゃんも曲作りするの?」

 

「そうなんだよ~。貴ちゃんからの宿題でね~。奈緒もまどかさんも1人1曲作るって事になってさ~」

 

「へぇー。ボク達も曲作りっていうか歌詞作りしないとなぁ。亮くん達にも歌詞作るって言っちゃったし…」

 

「あ?Ailes Flammeってあれからまだ曲出来てないの?」

 

「そうなんだよ~。たか兄、何かいい方法ない?」

 

「それなら『ボクは男の子』とか歌詞作ってみるとか?」

 

「まじめに聞いてるのに…」

 

「まじめだっつーの。そもそも渉達に『ボクは井上 遊太です』って何度か打ち明けてんのに信じてもらえなくて困ってんだろ?」

 

「それはそうなんだけどさ…」

 

「はい、お待たせ」

 

そんな話をしていると志保が料理を運んで来てくれた。

ハンバーグを作ってくれたようだ。

 

「みんなで何の話してたの?」

 

「ああ、曲作りの事をな」

 

そして俺達は志保の料理をありがたくいただきながら、志保にさっきまでの曲作りの事を話した。

 

「あ~…なるほどね。理奈もいつも大変そうだしなぁ~。って、貴!それってかなり無茶振りじゃない!?」

 

「ハンバーグ美味しい」

 

「え?あ?う……うん、ありがと……って違うよ!曲作りの話!」

 

「あ?盛夏ならやれるよな?」

 

「ハンバーグ美味しい~」

 

「ほらな?」

 

「何が『ほらな?』なのよ!盛夏もありがとう!」

 

うん、ハンバーグ美味しい。渚が毎日絶賛する腕前なだけあるな。

 

「ははは、懐かしいな、タカ。お前もバンドやりたての頃は曲作りに毎日悩んでたもんな。それより俺のハンバーグはないのか?」

 

「俺は前を見て生きてるからな。過去なんか振り返らないので忘れました。ハンバーグ美味しい」

 

「おっちゃんおっちゃん!たか兄はそんな時どうやって歌詞とか曲を作ってたの?」

 

「なんか適当だったぞ?」

 

「いや、適当じゃないから。ちゃんと考えてたからね?」

 

「そういや歌詞作りの為に俺らで合宿行ったり、タカは一人でふらふら旅行行ったりしてたよな?」

 

「まぁ知らん土地に行ったり遊んだり観光したりして思いつくような事もあったしな。最近は家でゴロゴロしてる時のがインスピレーション降りてくるけど」

 

「う~ん、合宿かぁ」

 

「ふぅん…旅行…か」

 

「おぉ~!それだ~!」

 

「「「貴(ちゃん)(兄)!!」」」

 

「断る」

 

「まだ何も言ってないのに~」

 

「そうだよ!取り合えず聞いて!」

 

「そうそう!貴にとっても悪い話じゃないって!」

 

「あ?聞かなくても嫌な予感しかしないんだけど?どうせあれだろ?旅行に連れてってくれとかだろ?」

 

「さっすが貴ちゃん!」

 

「ね?いいじゃんいいじゃん!連れてってよ!ボク旅行行きたい!」

 

「ほら、渚達は明日から旅行なのにあたしは何処も行けないしさ?お願い!」

 

はぁ~…最高にめんどくせぇ…。

せっかくの休みですよ?

何とかして断らないとな…。

 

「大体だな夏休みというのは夏に休みを……」

 

「「「そんなのいいから」」」

 

「貴…あたしね…。小さい頃からお父さんとお母さんも巡業ばっかりでさ。お母さんが死んじゃってからは…お父さんはクリムゾングループに入ったから…夏休みに旅行なんてした事なくて……ぐすん。いつも…寂しかったの…ぐすん」

 

え~…?泣き落し…?

志保、お前そんなキャラじゃないよね?

 

「貴ちゃん貴ちゃん。8月8日なんだけどね?奈緒から飲み会の連絡なかったぁ~?」

 

「あ?8日?そういやあったな。お誘いじゃなかったけど。女子会しま~すとかの報告な」

 

「8月8日はあたしの誕生日だったんだ~。奈緒とまどかさん、渚と理奈ちと香菜にもお祝いして貰ったんだよ~。

ああ!それなのにそれなのに!!

我がBlaze Futureのバンマス様はお祝いをしてくれなかったのでした~。シクシク」

 

え~…?女子会しま~すとかしか聞いてないし盛夏の誕生日とか知りませんでしたけど?

 

「たか兄!」

 

「あ?お前はどんな泣き落ししてくんの?」

 

「旅行連れて行ってくれるならボクずっとシフォンの格好しとくよ!お風呂も!寝る時も!」

 

な、なんだと!?

お風呂でもベッドでもだと!?

 

確かにこのメンバーで旅行となると、志保と盛夏の部屋にシフォンを泊まらせるわけにはいかない!間違いがあっても大変だからな!

 

そうなると志保と盛夏が同じ部屋に。俺とシフォンが同じ部屋という事になる?

いやん、間違いが起こったらどうしよう!?

いや、そもそもシングルで部屋取ったら1人じゃん?

 

「だからって襲って来たら通報するからね?渚さんとまどか姉に」

 

何でその2人をチョイスするの?

俺の人生終わるフラグしか見えない。

 

「ね?貴!お願い!夏休みの思い出を作って?ぐすん」

 

「あたし、貴ちゃんにもお祝いして欲しかった~。お祝いに旅行連れてって~。シクシク」

 

「行きたい行きたい行きたい!旅行に行きたいよぉぉぉぉ!!」

 

「め…めんどくさ……」

 

 

 

 

 

そうして俺は…。

ってか俺達は8月13日から15日までの2泊3日の旅行に行く事になった。

何でこうなった!?

 

電車から降りた俺達はバスに乗り換え徒歩で山道を登り、やっと目的地へと辿り着いた。

 

「「「おおおおおおおお!!!!」」」

 

「すごい!ねぇ!貴ここ?ここに泊まるの!?」

 

「夕べファントムでコテージの予約取ったとか貴ちゃんが言った時はそんな期待してなかったけど~。こんなお洒落な所に泊まれるとは~」

 

「夏休みまっただ中によくこんな所の予約取れたよね!さすがたか兄!」

 

「ああ、格安のコテージだしな。借りれるのは寝床だけで飯とかは自分らで用意しなきゃだし、スーパーとかある町まで遠いからな」

 

「えへへ、今更だけど楽しみになってきた!」

 

「ボクもボクも!」

 

「遊んだりはしゃいだりすんのもいいけどちゃんと曲作りもしろよ?俺は取り合えずコテージの鍵を受け取りに行ってくるからここで待ってろ」

 

「「「はぁ~い」」」

 

何なのこれ。ほんと俺学校の先生みたいじゃね?

まぁせっかく来たんだ。俺も曲作れるように考えてみるか。

 

そんな事を考えながら管理者の方からコテージの鍵を受け取り。

あいつらを待たせている場所まで戻った。

 

「やっばりあいつら居ないし…」

 

もうー!俺は早くコテージに入って荷物起きたいんだよ!何処行ったんだよマジで!!

 

 

 

 

それから俺はぼっちで30分程待ち合わせ場所でボケーっとしている。

その間女子大生グループやOLグループが何組通り過ぎて行った事か…。

不審者と思われてたらどうしよう?

あ、泣きそうになってきた…マジでほんと早く帰って来て…。

 

 

 

 

「綺麗な川もあったし水着持って来たら良かったね」

 

「そだね~。せっかく貴ちゃんに連れて来てもらったんだし、それくらいサービスしてあげても良かったかもね~」

 

「すっごくいい所だよね!ボク気に入っちゃった!」

 

それから更に20分程してからこいつらは帰って来た。

ここは大人としてちゃんと怒っておかないとな。うん。

 

「夜とかキャンプファイヤーもいいんじゃない?」

 

「おお~!いいねそれ~」

 

「でもたか兄がOK出してくれるか……」

 

「おいお前ら」

 

「あ、貴お帰りなさい!」

 

やれやれ、本当は旅行の初っぱなから怒るとか気が滅入るが…

 

「フン!」

 

ペシッ

 

「ん?貴?」

 

ポスッ

 

「お?貴ちゃんどしたの?」

 

ゴンッ

 

「いっっった~~~い!!」

 

志保の頭を叩き、盛夏の頭にチョップをしてシフォンの頭にゲンコツをお見舞いした。

 

「お前らな…。ここで待ってろって言ったろ?」

 

「え…?あ…うん」

 

「た…貴ちゃん…?怒ってる…?」

 

「た、たか兄…?」

 

ふぅ…めんどくせぇな…。

でもちゃんと言わないとな…。

 

「俺がここでぼっちで待たされるのは構わん。はしゃいだりし過ぎてハメ外すのもいい。志保も遊太ももうガキじゃねぇし、盛夏ももう成人してんしな。そこら辺はわきまえてんだろ」

 

志保も盛夏もシフォンも黙って俺の話を聞いている。

 

「でもな。万が一とかもあるし世の中何があるかわからん事もある。どっか行くならせめて連絡くらいはして行け。お前らに何かあっても助けに行く事も出来ねぇだろ」

 

「あ、あの…ご、ごめんなさい…」

 

「貴ちゃん…ごめんなさい。ちょっと調子に乗っちゃってた…」

 

「ひぐっ…ごめ…ごめ…ひぐっ…ごめ…なじゃい…うぅ……う、うわぁぁぁぁん!」

 

ふぁ!?シフォン泣かせちゃった!?

待って!泣くな!くっ、抱き締めて大丈夫だよ。って撫で撫でしてあげたい!

しかし…ここは…くっ…。許せ……。

 

「わかりゃいい。この辺この時期は野生のデュエルギグ野盗も出たりするしな。万が一には備えとかないと大変な事になるからな」

 

「や、野生のデュエルギグ野盗って何なの……?」

 

 

 

 

 

 

そして俺はやっとコテージに入り荷物を置く事が出来た。あ~…疲れたぁ。

 

このコテージにはリビングとキッチン、そしてツインの部屋が2部屋ついている。

それにリビングにはテレビもあるしフリーWi-Fiもあるしゆっくり休むか~。

 

って思ってたけどダメだ。

あいつらのせいで少し時間が押してるしな。

 

俺は重い腰を上げてリビングに降りた。

 

「お?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

3人共リビングのテーブルでもくもくと何かをやっていた。

 

「お前ら何やってんの?」

 

「あ、貴。あたしとシフォンは夏休みの宿題で盛夏は大学のレポートだって」

 

「ああ、夏休みの宿題まだ残ってたのか」

 

「あたしもシフォンも自由研究だけだけどね」

 

「自由研究か…懐かしいな。どんな題材にしたんだ?」

 

「ボクも志保も絵日記だよ!」

 

は?絵日記?え?絵日記なの?

高校生が夏休みの自由研究で絵日記?

 

「あたしはもう8月25日くらいまでは書き終わってるよ」

 

いや、それ日記じゃないじゃん。

 

「そうでっか。盛夏もまじめにレポート書いてる時は静かだな」

 

「うん、あたしは基本的にはまじめだから~」

 

こいつらの邪魔すんのもあれだしな。

 

「そっか。まぁ、頑張れ。俺は晩飯作ってくるからキリのいいとこまで終わったらここに来てくれ」

 

そう言って俺は地図を渡した。

 

「え?今晩のご飯は貴が作ってくれんの?」

 

「ま、せっかくのキャンプだしな。さっきお前らに手をあげたお詫びも含めてな」

 

「お、お詫びって貴ちゃん悪くないし、あたし達が悪かったわけだし~…」

 

「たか兄。何作ってくれるの?」

 

「キャンプと言ったらカレーだろ?カレーに勝るキャンプ料理があるのか?」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!カレーだぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「びっくりした!?何だ?盛夏はカレーが好きなのか?」

 

「カレーが大好き!」

 

「そうかそうか。なら期待してろ」

 

「貴一人で大変じゃない?あたしも手伝おうか?」

 

「いや、野菜はカット野菜あるし大丈夫だ。ゆっくり宿題やってろ」

 

「カレーだー!カレーだー!」

 

大はしゃぎする盛夏を横目に俺はコテージを出た。

参ったな。期待してろとか言っちゃったよ。久しぶりに気合い入れて作るか…。

 

 

 

 

「しまったな…。かっこつけすぎたな。志保について来てもらえば良かった…」

 

ここは一応キャンプ場である。

まわりはパリピウェイウェイ勢の社会人グループや大学生グループ。そして家族連ればかりである。

こんな所でおっさんが一人でカレー作ってるとか……。

少し考えたらわかるのに俺は何で一人で出てきたんだろう…。

 

ああ、まわりの人達に『あの人寂しそうに』とかな目で見られてる気がする。

どうしよう。お家帰りたい。

 

「た~か~ちゃ~ん~」

 

そんな事を考えていると盛夏が後ろから思いっきり抱きついてきた。

止めて!まわりからの目はこれで多少はまぎれるけど背中に柔らかい感触がっ!

あの、ほんとごめんなさい。離れて下さい。いや、やっぱりもうちょっとだけ…。

 

-カシャッ、カシャッ

 

-パシャッ、パシャッ

 

「う~ん、渚と奈緒の次はまさかの盛夏か…。理奈かあたしになると予想してたんだけど…取り合えずこの写真は渚と理奈に送るか…」

 

「あわわわわ、ボクうっかり写真撮っちゃったよ…まどか姉に送っちゃったらどうしよう…」

 

お前らほんと!お前らほんとになっ!

てか、盛夏もいい加減離れ……なくてももうちょっとくらいならいいか?

 

「カレー!カレー!」

 

ああ、なるほどな……。

俺に抱きついてるわけじゃなくて俺越しに鍋の中のカレーを見てるのね。

 

-カシャッ、カシャッ

 

-パシャッ、パシャッ

 

いや、ほんと写真は勘弁して下さい。

 

 

 

 

「貴、お疲れ様。よくこんな家族連れとかパリピの多いような場所で一人でカレー作れたよね?」

 

「まぁ、俺くらいのレベルに達するとこんくらい余裕だな」

 

ほんとは何度もお家帰りたいって思ってましたけどね。

 

「それって自慢出来るような事なの?」

 

「それより今はカレーの鍋の前で変な儀式やってる盛夏とシフォンを見るまわりの目が痛いわ。ほんとあいつら何やってんの?怖いんだけど?」

 

盛夏とシフォンはカレーが美味しくなるようにと変な祈りを捧げながら謎の儀式をしている。

たまたまだろうがあいつらが儀式を始めてからちょっと曇ってた空が雲ひとつない晴天に変わった。

あいつらの儀式のおかげじゃないよね?

 

「貴のカレーだしね。盛夏もシフォンも楽しみなんでしょ。あたしも楽しみだし」

 

「あ?あんま期待すんなよ?」

 

「え?コテージ出る時期待してろって言ってなかった?」

 

はい。言いましたね。

マジか、やっぱり期待してんのか……。

 

 

 

 

 

 

 

「ん~!美味しい~!デリシャス~!」

 

「そっか。そりゃ良かった」

 

「ねぇ?カット野菜あるって言ってたけどこれって…」

 

「ああ、俺は野菜がデロデロに溶けたカレーの方が好きだからな。すりおろしたりペーストしたり…」

 

「なるほど…手間かけてんだね…。そっかそういう手もあるのか」

 

「たか兄!おかわり!!」

 

「あたしも~!」

 

こいつら一体何杯食べんの?

作った俺としてはありがたいけど、こいつらこんだけ食って何でこのスタイル保ててんの?

 

俺はカレーと一緒に世の中の不条理を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

8月13日の夜。

盛夏と志保が一緒にお風呂に入り、次に俺も男同士シフォンと一緒にお風呂に入ろうとウキウキしていたのだが、風呂上がりの盛夏と志保に絡まれている間にシフォンは風呂を済ませていた。

明日こそはと心に誓った。

 

「ふー!やっとベッドでゴロゴロ出来るー!疲れたけどすごく楽しかったよたか兄!」

 

風呂の後はテレビを見ながらだらだらみんなでゲームしたり、話したりして過ごした。俺と盛夏はビール飲みながらだけどな。

そして現在は0時もまわり、そろそろ休もうと男性陣と女性陣で分かれて今は部屋でゆっくりしていた。

 

「そっか。楽しめたなら良かった。それで?歌詞は出来そうか?」

 

「うん!なんとなくだけどね!」

 

「そういやお前最近どうなんだ?」

 

「ん?何が?」

 

「学校とかAiles Flammeとかな」

 

「学校もバンドも順調だよ。まだ曲は1曲しかないけどね。この旅行で歌詞をしっかり考えてみるよ!」

 

「あ、いや、まぁ、それはいいこっちゃな。でも俺が聞きたいのはそんなのじゃなくてな」

 

「はてな?」

 

くっ…はてな?とか言いながら首を傾けてんじゃねぇよ!あざと可愛い過ぎるだろうが…!!

 

「あれだ…その…まだ遊太の姿じゃ人と話にくいか?」

 

「ああ…そういう事か…。うん、正直シフォンの時みたいには話せないかな…」

 

「そか。渉達の前でもか?」

 

「ん…。はじめの頃よりは話せるようにはなったけどね。だからボクが井上 遊太だって何度か打ち明けようともしたわけだし」

 

「昨日もファントムで志保と宿題やってる時もシフォンだったもんな。まだ…怖いか?」

 

「うん、まぁ…まだちょっとね…。

って!ずっとぼっちのたか兄に言われたくないんだけどっ!

……最近全然ぼっちじゃないけどさ(ボソッ」

 

「あ?最後の方聞こえなかったんだけど?」

 

「何でもないよ!」

 

遊太は昔、いじめられていたわけではないが学校で男友達にバカにされていた時期がある。

 

いつも栞…FABULOUS PERFUMEのイオリの事な?

あいつと一緒に居たせいで夫婦だの何だのとバカにされていた時期が。

まぁ、そのバカにしていた奴らはいつも栞の鉄拳制裁で沈められてたんだが、そういう事にも起因して余計にバカにされていた。

 

小学生の頃なんかはよくある話ではあるんだが、遊太にとってはいつも傷付いていたんだろう。

遊太は他人と話すのが苦手になっていた。

 

遊太がシフォンの格好をしだしてからは余計に遊太の格好の時は話せなくなった。

 

「お前さ。昔は俺とか英治には普通に話せてたじゃん?」

 

「うん、まぁ…確かに?」

 

「とりまそのウィッグ外して俺ともうちょっと何か話すか?」

 

「は?何言ってるのたか兄は?」

 

「いや、ウィッグはずして話すくらい大丈夫だろ?」

 

「は…恥ずかしいもん…」

 

「は?何ぶってんの?」

 

「ちょっ…!たか兄!ダメ!いきなりはダメ…!!」

 

俺は嫌がる遊太を押し倒し、そしてウィッグを外そうと髪に手をかけた。

 

「嫌!嫌なの!たか兄!止めてぇぇ!」

 

え?何このR18なの?って思うような文面。こんな所誰かに見られたら俺通報されんじゃね?

 

そう思った時だった。

 

-バターン!

 

俺達の部屋の扉が開かれた。

 

-カシャッ、カシャッ

 

-パシャッ、パシャッ

 

「ちょっ!貴!何やってんの!?」

 

-カシャッ、カシャッ

 

-パシャッ、パシャッ

 

「何かうるさいな~。って思ってたら~。まさか貴ちゃんがシフォンちゃんを襲っているとは~」

 

-カシャッ、カシャッ

 

-パシャッ、パシャッ

 

「志保!盛夏ちゃん!助けて!嫌だって言ってるのにたか兄が無理矢理…!!」

 

-カシャッ、カシャッ

 

-パシャッ、パシャッ

 

何枚写真撮られるんですかね?

俺は驚きのあまり遊太を押し倒しているような体勢で何枚も写真を撮られた。

 

ああ…俺の人生もここでジ・エンドか…。

 

 

 

 

 

「よし!では貴ちゃんの言い分を聞こうではないか~」

 

俺はロープで縛られ口にはガムテープを貼られベッドの上に転がされている。

言い分を聞いてくれるならガムテープを剥がしてくれ。

 

「ほうほう~。つまり貴ちゃんは言い訳はしないと。そう言うわけですな~。シフォンちゃんを襲った事を認めたわけですな!」

 

「もが…!!もが…!」

 

だから喋りたくても喋れねぇんだよ!

ガムテープを剥がしてくれ!!

 

今、俺は男部屋。

つまり俺とシフォンが寝る予定だった部屋で盛夏に尋問を受けている。

尋問って言っても盛夏の尋問には答えられねぇんだけどな!

 

そしてシフォンは女部屋。

志保と盛夏が寝る予定だった部屋で志保に慰めてもらっている。らしい。

 

「あたしは怒っているのだ~!まさか本当にシフォンちゃんを襲うとは!貴ちゃんはそんな事はしない人だと思ってたのに!!」

 

だから俺の話を聞いてくれっ!

 

「貴ちゃん…。遊太ちゃんにシフォンちゃんみたいに居なきゃって思ってもさ?いきなりはダメだよ…?」

 

盛夏…?

 

「貴ちゃんの事だから、シフォンちゃんに遊太ちゃんの時でもちゃんと話せるようにしたかったのかな?って~。貴ちゃんはシフォンちゃんのウィッグに手をかけてたしね~。

でも……無理矢理はダメだよ?」

 

そして盛夏は俺のベッドに腰を掛け、俺の頭を持ち上げて膝に乗せた。

 

ふぁ!?膝枕!?

盛夏…ちょっ!まっ!え!?

ショーパンだから生足じゃん!?

 

「前に奈緒に頑張ってるって言ったけどさ~?貴ちゃんは頑張り過ぎ。だからダメだよ?」

 

そして盛夏は俺の頭を撫でながら…

 

「貴ちゃんが頑張り過ぎるとね~。貴ちゃんがしんどいんじゃないか?ってみんなも頑張らなきゃとか思っちゃう事もあるしさ?」

 

違う。そうじゃない。そんな事はない。

俺の方こそみんなが頑張ってくれてるからって思ってやってるだけだ。

 

「…もがっ!」

 

「うるさい!あたしの膝枕でゆっくりしてなさい」

 

改めて膝枕とか言われると恥ずかしいんですけど?

 

「貴ちゃんもお昼に言ってたじゃん?あたし達ももう子供じゃないんだし~。

だからね?貴ちゃんが頑張り過ぎる必要はないよ。あたし達もゆっくり答えを出すと思うから」

 

そっか…そうだな…。

 

「あたしは貴ちゃんの事…大好きだよ」

 

ふぁ!?盛夏!?

 

「だからね。あたしも貴ちゃんを一人にはしない。貴ちゃんも一人になる必要もない。みんなと一緒でいいんだよ。みんな貴ちゃんが大好きなんだから~」

 

盛夏…。

俺は一人で居るつもりはない。

みんなが居るから頑張れるだけだ。

でも何故か…少し安心した…のかな?

 

「今日のお昼ね。貴ちゃんがあたし達を怒った時。ごめんなさいって思ったけどね。ちょっと嬉しかったんだ~。

あたし達をちゃんと叱ってくれるんだ~って」

 

盛夏の膝枕と頭を撫でてくれてるのが気持ち良くて…

俺は意識が……このまま寝そうだ…。

 

「だから……た…ちゃ……ね」

 

う…意識が…。もう…。

盛夏の声ももう…。

 

 

 

「いつまでも夜の太陽で居なくてもいいんだよ?」

 

 

 

……!?

 

夜の太陽…?懐かしい言葉が聞こえた。

ずっと昔に聞いた言葉だ。

なんで盛夏がその言葉を知ってるんだ?いや、盛夏が言ったんじゃない?これは夢……?

 

盛夏の言葉なのか俺はもう眠っていて夢で聞いた言葉なのか。

 

俺はわからないまま完全に意識がなくなった。

 

 

 

 

 

 

『チュンチュン…』

 

ん?朝か?え?朝チュン?

俺はソッと目を開いた。

 

「うおっ!!?」

 

目の前に盛夏の顔があった。

え?え?何これ?

 

……あ、俺盛夏に膝枕してもらったまま寝ちゃってたのか。

って盛夏ずっとこの体勢で!?

うっわ、ものっそい申し訳ないな…。

 

それよりこのまま起きるのはまずいな。

このまま起き上がると盛夏とチューしちゃう事になる…。

 

「あれ?」

 

いつの間にかガムテープも剥がれてる?

俺が寝ちゃったから盛夏が剥がしてくれたのかな?身体はロープで縛られたままだけど…。

 

「およ?」

 

俺が何とか盛夏の膝枕から逃れようともがいていると盛夏が目を覚ました。

起こしちゃったかな?

 

「貴ちゃんおはよう~」

 

「おう、おはよう」

 

「まさか男の人と同じ部屋で一晩を共にする事になろうとは~。帰ったらお父さんとお母さんに報告しなきゃ~。お赤飯炊いてもらお~」

 

いや、ほんと!お前ほんとにな!

 

「相手はBREEZEのTAKAだよ。って言ったらどんな反応するかな~?うふふ~」

 

止めて!ほんと止めて!

確かに一晩同じ部屋に居たけど何もしてないじゃん!縛られてるから何も出来ないしなっ!!

 

「お、取り合えずロープをほどいてあげる~」

 

「はいはい、ありがとうございます」

 

「今日は何して遊ぶの~?朝御飯と昼御飯と晩御飯のメニューは何かなぁ?」

 

「朝飯は夕べの残りのカレー。昼飯は朝飯の後に釣りに行くからそん時釣った魚だな。何も釣れなかったら昼飯は抜きだ。だから頑張れよ?」

 

「カレーだ!カレーだ!ってお昼抜きは死ぬ…無理…」

 

「昼以降は曲作りもあんし散歩とか色々考えてるけど予定は決まってねぇな。晩飯はバーベキューだ。肉たんまりあるからな」

 

「お~!バーベキュー!食べるよー!」

 

そしてロープをほどいてもらった俺は盛夏と一緒にリビングに降りた。

 

「あ、貴、盛夏おはよ!」

 

「たか兄…盛夏ちゃん……おはよ…」

 

俺は志保とシフォン…いや、遊太を見て驚いた。

 

「お、シフォンちゃんは今日は遊太ちゃんなのか~。二人ともおはようございます~」

 

「志保も遊太もおはようさん」

 

「貴。遊太から聞いたよ。夕べは縛りあげちゃってごめんね!」

 

「いや、別に。俺もちょっと焦り過ぎたかもだしな。でも今日は遊太で…なんか良かったわ」

 

「遊太に聞いてすぐにロープをほどいてあげようと思ったんだけどね?部屋に行ったら盛夏の膝枕で気持ち良さそうに寝てたからさ」

 

「くっ…見てたのかよ…」

 

「写真もバッチリだよ!」

 

いや、ほんと写真は止めて…。

 

 

 

 

 

カレーを食べ終わり、俺達はキャンプ場が運営している釣り場の川まで来た。

ここには養殖の魚が放流されていて、よほどの事がない限り釣れないという事はない。定期的に魚も補充されるしな。

 

「お~、これなら釣れそうだ~」

 

「あたしは釣りとかすんの初めてだよ」

 

「僕は…昔に何度かたか兄やおっちゃんに連れて来て…もらってたよね」

 

「志保は初めてなのか。誰が一番釣れるかって勝負にしようと思ったけどチーム戦にするか」

 

そして俺と遊太の男チームと志保と盛夏の女子チームに分かれて勝負する事になった。

 

 

 

「こうやって遊太と釣りすんのも久しぶりだな」

 

「た、たか兄は…あんまり釣り…得意じゃないよね…僕が頑張らないと…」

 

「ふっ、甘いな。俺が苦手なのは海釣りだ。川釣りならトシキより上手い」

 

「トシ兄より釣り上手いって…トシ兄は銛を持って潜って魚取ってくるじゃん…」

 

「ほれ」

 

「わっ!?ほんとに釣れた!?」

 

俺は早速1匹を釣りあげた。

 

「俺くらいのレベルに達すると魚に俺が居ないと錯覚させるまである。ここの魚は養殖さんだしな。静かにステルスモードで釣りをしてたら勝手に食い付いてくれる」

 

「し、静かにかぁ…」

 

「だからほれ。あいつらを見ろ」

 

そう言って少し離れた所で釣りをしている志保と盛夏の方を指した。

 

「どぉりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

志保と盛夏は叫びながら思いっきり竿を振り釣り糸をボッチャンボッチャンと川に叩きつけている。

 

「あんな風に騒がしくしてたら魚も逃げちゃって釣れない」

 

「な、なるほど…」

 

「そんであれだな。遊太お前ちょっとこっち来てみ」

 

「え?ぼ、僕…今はシフォンじゃないよ…?」

 

「お前俺の事何だと思ってんの?」

 

 

 

 

 

 

 

釣り勝負の結果は俺達男チームが22匹。

女子チームが16匹だった。

 

あの後1時間くらいしてから全然釣れない志保と盛夏を見かねてアドバイスをしにいったらぽこぽこ釣れだした。

まぁ、全く釣れないのも面白くねぇだろうしな。

 

その後食べる分だけの魚を食べ、残りの魚は盛夏と遊太と志保で元の釣り場に放流した。

 

「お魚さんとバイバイしてきた~」

 

「でもやっぱり貴と遊太に負けたのは悔しいな…。ねぇ、また釣りに連れて来てよ」

 

「あはは、今度も…僕が勝つよ」

 

さて、この後はぶっちゃけ晩飯まで予定はないんだが…。

 

「そろそろ曲作りすっか。何か昨日、今日で思いついたりしたか?」

 

俺が志保達にそう声を掛けた時だった。

 

「きゃああああああー!!助けてぇぇぇぇ!!誰かぁぁぁぁ!!」

 

女の子の悲鳴が聞こえた。

 

「うら若きおなごの悲鳴が!助けに行かなくては~!!」

 

「待って!盛夏あたしも行く!」

 

盛夏と志保は声のする方に走った。

 

「ちっ、後先考えず突っ走りやがって…」

 

「た、たか兄っ!」

 

俺と遊太も後を追って走った。

 

 

 

 

 

俺達が女の子の悲鳴が聴こえた場所へ辿り着くと、そこには二人の女の子が複数の男に囲まれていた。

 

「貴ちゃん!」

 

「ああ、俺に何かあったらすぐ警察に通報よろ。

……おい、お前ら!」

 

「!?た、助けて!そこの人!」

 

女の子達が男達の隙間を掻い潜って俺達の元へと走って来た。

 

「……助けて下さい」

 

俺は一人の女の子を見て…その顔を見て驚いた。

 

「あ……梓…?」

 

「え?この子Artemisの…?」

 

「この子たか兄と…志保の知り合い…なの?」

 

何で志保が梓の事を知ってるんだ?

ああ、雨宮さんから何か聞いてたのかな?いや、今はそれよりもだ。

 

「た、助けて下さい!野生のデュエルギグ野盗が…!!」

 

「野生のデュエルギグ野盗ってだから何なの?」

 

「助けて……」

 

うっ…見れば見るほど似ている…。

でもこの子は梓じゃない…。

 

「もう大丈夫だ。デュエルギグ野盗なんか俺達が蹴散らしてやる」

 

「え?貴が…自分から…?」

 

「たか兄じゃないみたい…」

 

「貴ちゃんが…女の子に敬語じゃない…」

 

え?何か俺おかしかった?

 

 

 

 

 

そして俺達はあっという間に野生のデュエルギグ野盗を打ち倒した。

それより志保も盛夏も遊太もどこから楽器出したの?

 

「くそっ!覚えろ!」

 

「キングに報告だ!ずらかれ!」

 

ずらかれとか言って逃げる人初めて見たわ…。

 

「あの!ありがとうございました!」

 

「助かり…ました…」

 

「いや、別に。じゃ」

 

俺はそう言って帰ろうとしたが、

 

「また野生のデュエルギグ野盗に襲われても大変だし、安全な所まで送ってあげようよ」

 

「そうだよ~」

 

「あの助けてもらっておいてこんな事お願いするのは…って思うのですが…」

 

「ハァ…それもそうだな」

 

「あ、いえ、あの…すみません…実は…」

 

この女の子達は友達4人でキャンプに来ていたらしい。今夜帰る予定らしいのだがこの大人しそうな…顔だけは梓に似てる女の子が友達とはぐれてしまって迷子になっていた所を野生のデュエルギグ野盗に襲われたらしい。

そしてもう一人の女の子が助けに来たらしいのだが、その時にデュエルギグ野盗に荷物を奪われて困っているそうだ。

 

「友達とはぐれてって…そんな所まで梓に似てんのかよ…」

 

「はい?」

 

「迷子じゃないもん…」

 

「いや、何でも。それで俺達にあいつらから荷物を取り返して欲しいってわけか?」

 

「やはり…ご迷惑でしょうか…?」

 

くそ…参ったな…。

いくらなんでもこればかりはな…。

 

「よし!あたし達が取り返して来てあげる!」

 

は?

 

「まぁ野生だろうが何だろうがデュエルギグ野盗だしね~。やっつけちゃお~」

 

「たか兄やろうよ…!荷物取り返して…あげないと…」

 

まぁ相手がデュエルギグ野盗じゃ警察もなかなか手を出せないしな…。

え?そうなの?

 

「しゃあねぇか…どうせ俺らもキングとやらに狙われるかも知れんしな…」

 

「……暇なの?」

 

こ、この子は……。

やっぱり似てるのは顔だけか…。

 

 

 

 

 

「この洞窟の中に野生のデュエルギグ野盗がいるの?」

 

「はい。私達の荷物を持ってここに入って行くのを見ましたから。そしたらその時に見つかってしまって…」

 

ま、しゃあねぇか。乗り込むしかないわな。

 

「何かRPGみたいでドキドキする~」

 

「モンスターとか出てきたら楽しいのにな」

 

「うぅ…たか兄…変な事言わないで…」

 

「遊太…あんたあたしに引っ付きすぎ」

 

俺を先頭に梓に似た女の子、盛夏、志保、遊太、女の子の順に並んで洞窟を進んでいる。

意外と長い洞窟だ。てか、この梓に似てる子…。何で俺のシャツをつまんでるの?ドキドキするんで止めてくれません?

 

ある程度進むと洞窟の奥に明かりが見えてきた。

 

「そろそろか、お前ら準備はいいか?」

 

「準備はいいか?ってそういやどうすんの?デュエルギグをやろうって言うの?」

 

「んー、マジでどうしよっか?」

 

「貴ちゃんのキラークイーンで何とか出来ない~?」

 

「俺のキラークイーンか…でも相手にどんなスタンド使いがいるかわからないからな」

 

「あ、それでしたらシアーハートアタックを突っ込ませてみてはどうですか?」

 

「でもあいつらの中に重くするスタンドが居たらやっかいじゃない?」

 

「……どうせならパイツァーダストで荷物が盗られる前に戻ってくれたらいいのに」

 

「手詰まりだな…」

 

「ね、ねぇ…みんな…な、何を言ってるの…?僕がおかしいの…?」

 

ふぅむ…ここでうだうだ考えるのは得策じゃねぇしな。俺が突っ込んで様子を見るか?相手はデュエルギグ野盗だしな。いきなり殴られるとかはないだろ…。

 

「よし、俺が突っ込んでみる」

 

「え?大丈夫なの?」

 

「相手がデュエルギグ野盗だしな。何とかなんだろ」

 

と、志保と会話をしている間に盛夏と女の子達と遊太が突っ込んで行った。

ちょっ!遊太お前さっきまで怖がってなかったか!?

 

「たのも~!」

 

「わ、私の荷物を返して下さい!」

 

「返して」

 

「あ、あの…その…あの…」

 

「何だ貴様らは!?」

 

あ~…もうなるようにしかならないか…。

 

「貴!あたし達も!」

 

「そだな…ハァ…」

 

そして俺達も奥の部屋に入った。

 

「あっ!お前らは!

キング!さっき言ってた奴らはこいつらです!」

 

「ほう。貴様らが我が子分達を倒したバンドマンか…」

 

キングと呼ばれる男が俺達を睨んでいる。やだ怖いわ。

 

「取り合えずこの子達の荷物返してくんない?そしたら俺達も素直に帰るから」

 

「フフフ、ならばデュエルギグで我を倒してみろ。さすれば荷物を返してやろう」

 

まぁ、予想通りの展開か。

 

「なら話が早いわね。表に……」

 

「断る!」

 

あ?

 

「デュエルする場所はここだ」

 

「へぇ、上等じゃん!」

 

ち、まずいな。志保はわかってんのか?

ここは洞窟内だ。音が反響するんだぞ?

 

そしてキングとやらとその部下らしき者達、志保、盛夏、遊太が楽器を構えた。

だからほんとお前らどこから楽器出したの?

 

「行くぞ!我が音色の錆となれ!」

 

「ハートに響かせてあげる!あたしの音色!」

 

まぁ、志保もデュエルギグ馴れしとるし大丈夫かな?

そう思った時、キング達…デュエルギグ野盗達がヘッドホンを付けているのに気付いた。

 

「まずい!お前ら耳を塞げ!!」

 

「「「え?」」」

 

「もう遅いわ!!」

 

<<<ドカーンッ!!>>>

 

「キャッ!?」

 

「わっ!?」

 

「ヒッ!?」

 

やられた…。

志保も盛夏も遊太も楽器を持っているし、デュエルを始めようと演奏の体勢に入っていた。

 

スピーカーから出された爆音。

洞窟内で反響し3人共耳をやられたようだ。

 

曲を始めようにも耳をやられてリズムも取れていない。

 

「ハハハハハ!悪い悪い。スピーカーの音量を間違えていたようだ。さぁ、デュエルギグを仕切り直そうか」

 

ちっ、余裕かよ…。

 

「志保、盛夏、遊太…大丈夫か?」

 

「ごめん…貴。何を言ってるのか全然聞こえない…」

 

「う~…耳がぁ~頭がグワングワンする~」

 

「たか兄…どうしよう…?」

 

「皆さん大丈夫ですか…?」

 

「あ、君達は大丈夫だったのか?」

 

「はい!咄嗟に耳を塞ぎました!」

 

「タカくんが耳を塞げって言ったから…」

 

……何で俺の名前を知ってんの?

あ、みんなが俺の事呼んでるのを聞いてか?

 

「ハハハハ!さぁ!デュエルギグを始めるぞ!」

 

ちっ、クソが…。

こいつらには絶対負けられねぇ。

志保と盛夏と遊太はこいつらに負けさせるわけにはいかねぇ…。

 

「よし。やるか。デュエルギグ」

 

「ほう」

 

「あ、あの…大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫だ。任せろ」

 

「………」

 

ん?何で無言?

あ、荷物が心配なのかな?

 

「ほんとに大丈夫だから」

 

「イヤッ!」

 

-パシンッ

 

いつもの癖で頭を撫でそうになった俺の手を梓に似た女の子が払いのけた。

 

「あ、あの…ごめんなさい」

 

「い、いや、俺の方こそつい…。その悪い…」

 

考えてみたら初めてあった女の子の頭撫でるとかほんとヤバいもんな。

この癖改めないとほんとまずいな…。

 

「今度こそ我が音色の錆としてやるわ!」

 

「聴かせてやるよ。俺達の鎮魂歌を…夢の中で踊れ」

 

俺は右腕を高く上げて遊太を見た。

そして遊太と目があった後その右腕を下ろした。

その刹那、遊太のドラムが始まる。

よし、よくやった。次は盛夏だ上手く俺が音を掴んで…。

 

俺は左腕を盛夏に見えるように真横に上げて盛夏を見る。そして左腕を下ろし再び右腕を真横に上げた。

盛夏のベースが始まり次は志保を見る。

 

志保が頷いたのを確認し、盛夏と遊太のリズムをよく聞いて……。

 

右腕を下ろした。

 

志保のギターが始まる。

 

「Future」

 

俺はこのメンバーなら出来るだろうとあらかじめ話していた曲。

BREEZEのFutureを歌い始めた。

 

Futureなら志保も盛夏もこないだのライブでやったし、遊太も英治の教育の賜物。BREEZEの曲なら全部やれるはずだ。

 

とはいえ音がまだ聞こえ辛いこいつらには、なんとかしてリズムを伝える必要がある。

 

俺は右足を上げたり下げたりしてメトロノームのようにリズムを刻む。

志保も盛夏も遊太も俺の右足を見ながらリズムを、ビートを合わせてくれている。

 

問題は俺だ…。リズムを取るのに集中して歌が…。

くっそ…俺はリズムを合わせるのは苦手なんだよ…。リズムに合わせる側だからな。リズムを合わせる事が出来るなら楽器もやれとるわい。

 

俺達4人がやれる曲はFutureしかない。

この曲で決着をつけないと…。

 

 

 

「タカくん…あたしが歌う。タカくんはリズムを取って…」

 

 

 

は?この子…。Future歌えるのか?

 

「ま、しゃーないか…」

 

明るい方?って言えばいいのか?

女の子がそう言った後、梓に似てる女の子が前に出て歌い始めた。

 

 

 

Futureを…。

梓を思い出すよな歌声で……。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、貴。ちゃんと野菜も食べないとダメだよ」

 

「俺は焼いた野菜は好きじゃないの。生が好きなの」

 

「女の子に囲まれてる中で下ネタとか…。タカくんはやはり軽薄な男…」

 

「いや、下ネタじゃねぇよ?何で今のが下ネタに聞こえんだよ」

 

俺達は野生のデュエルギグ野盗に勝てた。

この女の子…。梓に似ている女の子の歌のおかげで…。

 

荷物を取り返す事が出来た俺達は今バーベキューを楽しんでいる。

 

しかし結局この女の子達が予約していた電車の時間には間に合わなかった。

先に駅に着いていた他の友達が駅付近のホテルを取ってくれたらしく、今夜も泊まって明日の朝に帰るそうだ。

 

駅前に行くバスも時間的に中途半端だったので、この2人の女の子は俺達と一緒にバーベキューを楽しんでから最終バスで駅前に向かう事になった。

 

「な?肉…美味いか…?」

 

「は?急に何?セクハラ?お肉美味しいけどラーメンがいい。ラーメン食べたい」

 

俺は梓に似ている女の子に話し掛けた。

てか俺が話し掛けただけでセクハラになんの?うわ、そしたら俺毎日仕事中に渚にセクハラしてる事になんじゃん。やだ怖いわ。

 

しかし助けてやったのに何で俺こんな仕打ち受けてんの?

まぁ、本気じゃないんだろうけどな。

それを証拠にさっきからこの子は左手で俺のシャツをずっとつまんでいる。

右手だけで器用に箸とビールを持ち変えてバーベキューを楽しんでいる。

楽しんでるよね?

てか、ビール飲むって事はこの子成人してるのか…

 

「それよりお前さ」

 

「お前じゃない」

 

「ん?」

 

「ミク。美しい未来という意味で美来。未来なんか真っ暗なのに名前が美しい未来とか超うける~」

 

ん、ああ…名前か…。

てか、未来真っ暗なの?

 

「美来さ」

 

「いきなり呼び捨て?」

 

う……。

 

「美来ちゃんさ」

 

「キモい。呼び捨てでいい」

 

何なのマジで。ほんと何なの?

 

「あ~、あれだ。さっきの曲。知ってたのか?」

 

「BREEZEのFutureの事?」

 

やっぱり知ってんのか…。

 

「……お母さんの好きだったバンドの曲だから」

 

あ~、やっぱりもうこんな大きな…いや、この子ちっさいけど。

こんな歳の子の親世代のバンドなのね。BREEZEって。いやん、泣いちゃいそう。

 

「人の胸見てちっさいとか思うの止めてくれる?まだ発展途上中だから」

 

いや、ちっさいとは思ったけど胸の事じゃないからね?胸はどちらかというと梓と違って……げふんげふん。

 

取り合えず俺が聞きたかった事。

Futureを歌えた理由はわかった。

しかし…顔も歌声も…あんなに梓に似てるなんてな…。

 

 

 

 

 

 

バーベキューを終えた俺達は美来達をバス停まで送り、コテージに戻って風呂も終わらせた。結局今日も志保と盛夏に絡まれて遊太と一緒にお風呂に入る事は出来なかった。

そして今はもう寝ようと部屋でゆっくりしている。何故か志保と…。

 

「今日はあたしが貴の見張り役ね!」

 

見張り役も何も男の俺とJKが同じ部屋ってだけでダメくさくないですかね?

 

「へへ、やっと貴と二人きりになれた」

 

「は?勘違いしちゃうんでそういう事言うの止めてくんない?」

 

そして志保は真面目な顔をして俺に話し掛けてきた。

 

「似てたね。あの子。Artemisの梓さんに」

 

「それな。まぁ、似てんのは顔だけだ」

 

歌声も似てましたけどね。

 

「てか、やっぱり梓の事は知ってたのか」

 

「うん、晴香さんに少し聞いた」

 

は!?晴香!?

雨宮さん達から聞いてたわけじゃないの!?あかん…あいつ絶対いらんこと言ってそう…。

 

「アルテミスの矢の事とか…お父さんとお母さんの事も少し…」

 

「そっか……」

 

「うん」

 

「で?何が聞きたいんだ?」

 

「ん?別に?」

 

「何か聞きたい事あったんじゃねぇのか?」

 

「んーん、あ、ならさ?お父さんとお母さんがどんなバンドマンだったのか聞きたい!前に言ったでしょ?いつか話聞かせてって」

 

「そっか。わかった…」

 

そして俺は雨宮さん達がどんなバンドマンだったのか。俺達とどんなライブをやっていたのか。

俺は志保が眠るまで話してやった。

 

 

----------------------------------------------

 

 

「およ?今何時…?」

 

あたしは寝ぼけ眼で時計を確認する。

5時10分。

お~、朝だぁ~。

今日の朝御飯は何かなぁ?

 

あたしの名前は蓮見 盛夏。

Blaze Futureのベース担当である。

 

「遊太ちゃん遊太ちゃん朝だよ~」

 

あたしは今、Blaze Futureのボーカルの貴ちゃん、Divalのギタリスト志保、Ailes Flammeのドラマーシフォン…遊太ちゃんとキャンプに来ている。

夕べは貴ちゃんが遊太ちゃんを襲わないように志保が貴ちゃんと同じ部屋。

あたしが遊太ちゃんと同じ部屋に泊まったのである。

 

普通に考えたら男女で同じ部屋に泊まるとか……ありえないよね。フフフ~。

 

「う~…?盛夏ちゃん?」

 

「遊太ちゃん起きた~?貴ちゃんと志保を起こしに行こう!」

 

「う?う…ん、待って…シフォンに着替えりゅ…」

 

今日はシフォンになるのか~。

あたし的には遊太ちゃんのままでも可愛いのに~。

 

 

 

 

「さて~。寝起きドッキリの時間になりました~」

 

「たか兄も志保もどんな格好で寝てるのか!?イヒヒ…今から楽しみだね!」

 

夕べあたしとシフォンちゃんで隣の部屋に寝ている貴ちゃんと志保に寝起きドッキリを仕掛けようと計画してたのだ。

 

あたしとシフォンちゃんとでスマホのカメラを構えてゆっくり貴ちゃん達の部屋に忍び込む。

ふっふっふ~。貴ちゃんの寝顔を激写して奈緒と理奈ちに送ってあげよ~。

あ、ついでに渚にも送ってあげるか~。

ランチくらいなら奢って貰えるかなぁ?

 

あたしとシフォンちゃんで貴ちゃんが寝ているだろうベッドを激写した。

 

-カシャッ、カシャッ

 

-パシャッ、パシャッ

 

「え!?」

 

「わっ!?マジで!!?」

 

なんとそこには貴ちゃんと、貴ちゃんに抱きつきながら寝ている志保が居た。

 

「こ、これは…まずいよ。盛夏ちゃん…。ど、どうしよう?あ、まどか姉に報告しなきゃ…」

 

「むむむむむ…………えいっ!」

 

あたしは握っていたスマホで思いっきり貴ちゃんの頭を殴った。

 

「いっっっっってぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「ん?何事…?」

 

貴ちゃんが悲鳴をあげて飛び起きて、その声で志保も目を覚ました。

 

「ん?シフォン?盛夏?………って、貴!なんであたしのベッドで寝てるの!?」

 

「は?え?は?何?」

 

「この…!変態っっっ!!」

 

<<<ゴキャッ>>>

 

志保の渾身の一撃が貴ちゃんの顔面に入った。

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんね、貴ちゃん」

 

「………」

 

「うん。ボクはたか兄がそんな事する度胸はないって信じてたよ!」

 

「………」

 

どうやら志保は夜中にトイレに行ったらしい。そして部屋に戻った時に間違えて貴ちゃんのベッドに入ってしまったそうだ。

 

「ほ、ほら~!夢のJKに添い寝してもらえるとか!貴ちゃんラッキーだったね~!ね?」

 

「………」

 

「う……ご…ごめん…なさい…」

 

「別に怒ってるわけじゃないから気にするな」

 

「ほ、ほんと?」

 

「ああ、それより俺は何とかして生きる方法を考えている。もう地元帰りたくないんだけど?あ、どっかのバンドのベースみたいに風来坊になろうかしら?」

 

それってBREEZEの拓斗さんの事ですか?

 

貴ちゃんがこういうのにも理由がある。

シフォンちゃんがあまりにも動揺してしまって、貴ちゃんと志保の寝ている写真をまどかさんに送信しそうになっていた。

まぁ、実際はLINEでまどかさんとのトーク画面に入ってただけなんだけど。

 

そして志保がそんな写真残されてたまるかー!とシフォンちゃんに襲いかかった。

どうやらその揉み合った時に画像の送信場面に入ってしまったらしい。

 

そしてスマホが貴ちゃんの方に飛んでいった。

そして貴ちゃんがスマホを拾いあげた拍子に送信ボタンを押しちゃったらしい。

なんじゃそりゃ。

 

貴ちゃんは、まずい。これは本気でまずい。まじまずい。って言いながら送信を取り消ししようとしたんだけど、秒で既読がついた。

 

それから少しして貴ちゃんと志保のLINEには渚と理奈ちと奈緒から鬼のようにメッセージが来たのであった。

 

さすがにまどかさんでも誰かに見せたりしないだろうからたまたま見ちゃったんだろうね~。今あの4人一緒に居るはずだし~。

 

あ、でも香菜からも『これまじ!?Divalの危機じゃん!?』ってLINE来てたなぁ。なんでだろ?

 

そして志保は今部屋のベッドで毛布にくるまりながら怯え震えている。

何に怯えてるんだろう?

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

「小夜…」

 

「ん?美来?何?」

 

「大した事なかったね。Blaze FutureもDivalも」

 

「その割にはあんたずっとタカにベッタリだったじゃない」

 

「そんな事ない…。気のせい」

 

「まぁ、美来と小夜の話通りのレベルなら私達の敵じゃないだろ」

 

「タカくんの歌声も昔の方が上手かった」

 

「アタシとしてはドラムの男の子ってのが気になるかな。何者なんだろ?」

 

「そうなんだよねぇ~。FABULOUS PERFUMEのドラマーは男装女子だし、男のドラマーってCanoro Feliceだけのはずなんだけど聞いてる話と違う感じだったし…」

 

「そんなの関係ない。あのドラマーが何者だろうが……。小夜のギター」

 

「ん?どしたの?」

 

「沙耶のベース」

 

「あ?」

 

「美奈のドラム」

 

「うん?何?」

 

「そしてあたしの歌。

あたし達は相手が誰だろうと負ける事はない。

……あたし達は誰が相手でも負けない。アーヴァルにもArtemisにもBREEZEにも、エデンにもファントムにも…」

 

「美来がそんな事言うの珍しいね」

 

「あれ?また中二病ってやつか?」

 

「アタシ達にはパーフェクトスコアもいらないもんね」

 

「クリムゾングループに牙を剥くなら誰であろうと倒すだけ。………あたし達Malignant Dollが」

 

 

-----------------------------------------------

 

あたし達の楽しい旅行も終わり、今は帰りの電車に揺られている。

 

「いえ~い、シフォンちゃんがババ引いた~」

 

「ちょっ!盛夏ちゃん!止めてよ!」

 

「ふぅん…シフォンがババ持ってんだ…?

貴、ババ引いたら怒るよ?」

 

「志保、お前あれだよ?ババってジョーカーだよ?ジョーカーって切り札なんだぜ?」

 

「たか兄、そんなのいいから早く引いて」

 

「てかジョーカー的な切り札が欲しい…帰りたくない…」

 

「ね!貴!このままあたし達二人でどこかに逃げない?あたしも働くし…!」

 

「ああ、それもいいかもな…。え?ほんとそうしちゃう?」

 

「貴となら親子として何とかなると思うの!」

 

「あ、親子なんだ?夫婦じゃないんだ?」

 

こうしてあたし達の楽しかった旅行は終わった。

しかし、あたし達はこの時誰も予想してなかった。貴ちゃんも、奈緒も、まどかさんも、あたしも…。

 

あたし達はこの夏。

クリムゾングループのミュージシャンと会うことになる。それが大事件というのなら大事件なのだろう。

でもあたし達Blaze Futureはクリムゾンよりもっと会いたくなかった人。

 

BREEZEのベース宮野 拓斗とも出会う事になる。



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Canoro Felice編
第1章 バンドやろうぜ!


「69番!一瀬 春太(いちのせ はるた)です!!特技はダンスとバスケットボールです!」

 

 

 

 

「またダメだったかぁ…」

 

俺の名前は一瀬 春太。

アイドルを夢見てオーディションを受けまくってる。

 

でも、どこの事務所もダメで……。

ダンスには自信あったんだけどな…。

 

クリムゾングループが日本にも進出してくるようになってから、世の中はバンドブーム……。

いや、クリムゾンブームって言った方がいいかな。だから、どこの事務所もアイドルよりバンドを採用している。

 

「俺だってロックは好きだけど…」

 

アイドルみたいにキラッキラに輝きたいんだよな…。

 

「あ、次のオーディション会場向かわなきゃ!」

 

俺は次のオーディション会場へと向かおうと走り出した。

 

〈〈〈ドン〉〉〉

 

「きゃっ!」

 

「痛っ……。あ、ごめんなさい」

 

「いえいえ、こちらこそごめんなさい。道に迷ってしまって地図見ながら歩いてたから……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫ですよ。身体が丈夫な事だけが取り柄ですので!」

 

「え……?あ……あなたはもしかして…」

 

「はい?」

 

「アイドルグループBlue Tear(ブルー ティア)のユイユイこと夏野 結衣(なつの ゆい)さんじゃないですか……?」

 

「あ、うん、そうですよ。あ、えっと……、元…アイドル…だけどね…、あはは」

 

「こんなとこでお会い出来るだなんて……」

 

「あ~……え~っと…その……、私達のファンだった方……かな?」

 

「あ、いや、そういうわけじゃないんですけど、俺もアイドル目指してまして…それでアイドルグループには詳しいって言うか……」

 

「あ、そうなんだ!じゃあ同業さんだね!」

 

「まだどこの事務所にも合格してませんし目指してるだけなんですけどね。あはは」

 

「なら私も似たようなもんだよ!今は事務所も潰れちゃったし、アイドルでも何でもないもん」

 

「あ、そうなんですか!?だから解散しちゃったんですね……。やっぱりクリムゾングループの?」

 

「くりむぞん???」

 

ん?違うのかな……?

 

「あ、そうだ!私この辺初めてでさ?地図ではこの辺りだと思うんだけどエデンってとこ知らないかな?」

 

「エデンですか?俺も今からそこでオーディションなんですよ!もしかして結衣さんもですか?」

 

「オーディションあるんだ?私は前の事務所の人にそこ薦められてね。よくわかんないけどとにかく行ってみようと思って」

 

「あ、そうなんですね。俺、道はわかりますし一緒に行きましょう」

 

「わー!良かったー!助かる!よろしくね!!」

 

うわぁ、さすがアイドル…すっごく可愛い笑顔だ。

エデンで再デビューするのかな?

俺も頑張ろう!

 

「あはは、じゃあ、行きましょうか!」

 

「ねぇねぇ!そういや名前聞いてないんだけど?」

 

「あ、俺、一瀬 春太っていいます」

 

「歳は?いくつ?」

 

「19です」

 

「おー!じゃあ私と同いだね!同いなんだし私には敬語はいいよ!結衣って呼んでくれたらいいから!んで、私は春くんって呼ぶね!!」

 

「あ、は……はい……」

 

「ほらー!遠慮なんかいらないってー!」

 

「うん、わかったよ……、ゆ…結衣」

 

「うんうん!改めてよろしくね!春くん!」

 

 

 

 

 

 

 

「この辺のはずなんだけど……」

 

「それっぽい建物ないねー」

 

「あ、あの人に聞いてみよう」

 

「うん!」

 

俺は通りを掃除してる人に声をかけてみた。

 

「あの、すみません…」

 

「……」

 

「この辺にエデンってとこあると思うんですけど、どこか知りませんか?」

 

「……」

 

うわ……無視かな……?

 

「えー!?そうなんだ!?ありがとうございます!助かりました!」

 

「え?」

 

「あ、大丈夫です。ここを降りればいいんですね」

 

「え?」

 

「ほら!春くんもちゃんとお礼言って!」

 

「え?あ、ありがとうございます…?」

 

「行こ!」

 

「え?ちょっと……結衣……?」

 

「いやー、すごくいい人で助かったねー」

 

「え?今の女の子?」

 

「女の子?今の人男の人じゃないの?」

 

「え?男……だったのかな?」

 

「ここのマスターはガリしかくれないから気を付けて下さいとか……。ぷぷっ……今思い出しただけでも笑えてくる」

 

「え?そんな事言ってた……?」

 

「???

春くんの位置からじゃ聞こえなかった?すごくいい感じに色々教えてくれたよ。案内しましょうか?まで言ってくれたし」

 

嘘だろ……?

全然聞こえなかったんだけど……。

 

「すみません。失礼します」

 

結衣に連れられたとこは確かにエデンだった。

俺の位置からじゃ聞こえなかった……だけなのかな?

 

「ん?誰だ?」

 

「ほら……春くん…!」

 

あ、俺から自己紹介するのか。

 

「本日、こちらのオーディションに伺わせて頂いた一瀬 春太といいます!」

 

「ん?オーディション……?」

 

「はい!本日こちらでアイドルグループの選抜オーディションがあると聞きまして!」

 

「いや、オーディションなんかねぇぞ?何か間違いじゃねぇか?」

 

「え?」

 

「ここはライブハウスだ。そんなオーディションなんかやった事もないし、やるつもりもないぞ。ここでライブをやらせてほしいってんなら大歓迎だけどな」

 

「え…そんな……」

 

「春くん…」

 

「ごめん、結衣。頭が追い付いてない……。外で待ってる…」

 

「え……あ……うん」

 

「で?こっちの嬢ちゃんは?」

 

 

 

 

 

はぁ~、まじかぁ~……。

おかしいとは思ったんだよな…。

確かにエデンなんてアイドル事務所聞いた事ないし……。

そもそもオーディションってのに人も全然いなかったし……。

バカだなぁ……俺……。

 

「どうしたの?」

 

え?

 

「大丈夫?」

 

さっきのお兄さん?

いや、やっぱりお姉さん?

 

「あ、あはは……」

 

何故か俺はこのお兄さ……お姉さん?

に、話を聞いてもらっていた。

 

「もう、アイドルとか諦めた方がいいかな?って思う時もあるんですけど…。やっぱり昔からの夢ですし……。ステージの上でみんなにそんな夢を見せられるような……そんな存在になりたいなって」

 

「……」

 

「いや!そんな事ないですよ…!?そんな立派なもんじゃないです!でも…ありがとうございます」

 

「……」

 

「はい。もうちょっとだけ……頑張ってみようかな…」

 

「絶望は歩みを止める理由にはならない」

 

「え?」

 

「……」

 

「今日のライブ見てけって…?まぁ、ロックは好きですけど」

 

「春く~~ん!」

 

いきなり結衣が抱きついてきた。

っていやいや!何で抱きついてきてるの!?

 

「ちょ……結衣…!!どうしたのいきなり……!」

 

「私も……アイドルとしてここ紹介されたんじゃなかったよぅ……」

 

「え?まぁ、ライブハウスって言ってたしね……」

 

「私ダンス苦手で……。コンサートの時もギターソロとかしてたからさ……」

 

あぁ……そういえば結衣は歌も最高に上手いしギターソロとかやってたっけ……。

ダンスは……うん、なんか固かった……ってレベルじゃないくらいお察しだったしね……。

 

「それでここのライブハウスで働きながらバンドを探すようにって事だったんだって……」

 

「あぁ……結衣はギターが出来るからそっちの道もあるって事か」

 

「私!嫌だよ!!」

 

「あ、やっぱり結衣もアイドルがいいんだね」

 

「ん?違うよ?」

 

「え?違うの?」

 

「うん。私はアイドルでもバンドでもお笑い芸人でも月9女優でも何でもいいよ?」

 

「そうなの?」

 

月9女優って……。

 

「うん。私の夢はどんな子でも頑張れば、笑っていれば夢を叶えられるんだよ。って。私を見てくれるみんなにそれを伝える事だもん」

 

そう……か…。

そういえば結衣のキャッチフレーズみたいなのがそんなのだっけ…。

 

「じゃあ何が嫌なの?」

 

「ここで働いてる間は……お給料はガリだって…」

 

「は?」

 

「絶望は歩みを止める理由にはならない」

 

え!?その台詞ここで言うの!?

 

「うんうん!見習いさん良いこと言うね!」

 

この人ミナライさんっていうの?

結衣はなんで知ってるんだ?

 

「え?今日のライブ見てけって?う~ん……、どうしようかな……」

 

「俺も見てけって言われたよ。結衣もこの後の予定ないなら見ていかない?せっかくだしさ」

 

「予定は特にないし……。春くんも一緒ならそうしよっかな!」

 

 

 

 

 

「春くん!春くん!!」

 

「どうしたの?」

 

「実は私バンドの生ライブって初めてなんだ!」

 

「そうなの?結衣ってテレビ番組にもよく出てたし、バンドさんと共演とかもあったんじゃない?」

 

「そりゃ共演とかはあったけど、音撮りのスタジオは別だったり、私達は控え室とか袖裏で待機とかだったり……」

 

へぇ~、そういうものなんだ……。

 

「だから今すっごいドキドキしてるよ!楽しみ!!」

 

「なら今日は思いっきり楽しもうね!」

 

「うん!あ、そろそろ始まるよ!今日は2組の合同ライブなんだって!」

 

「最初はBLAST(ブレイスト)ってバンドさんで、次はFairyApril(フェアリーエイプリル)ってバンドさんなんだってね。」

 

「あ、暗くなった…!!う~~!ドキドキする!!」

 

そして激しい音と共にライブが始まった。

 

『吠えるぜ!BLAST!!』

 

♪♪

♪♪♪

 

凄かった……。

BLASTの曲はどれもかっこよくて元気になって。

まだ終わらないでほしい。そう思うライブだった…。

 

「BLAST凄かったね。」

 

「……」

 

「結衣?」

 

「春くん……」

 

「ん?」

 

「ごめん、私……。私ね」

 

「どうしたの?」

 

「春くんはFairyAprilのライブも楽しんで……。ちょっと外の空気に当たってくる!」

 

「結衣?」

 

そう言って結衣はエデンから出ていった。どうしたんだろう……?

 

 

 

 

 

 

「そろそろFairyAprilのライブも始まるのに……」

 

結衣は結局戻って来なかった。

やっぱりロックは違うな。と思って帰っちゃったのかな?

 

今更結衣を追ってもどこに行ったかわからないだろうし、俺は俺でFairyAprilのライブを楽しむか……。

 

「お、暗くなった。そろそろ始まるかな」

 

さっきのかっこいい感じのBLASTとは違って心踊るような……軽快な音楽が流れる。

 

『みんなー!今日も来てくれてありがとうー!』

 

『姫達ー!今日も思いっきりかっこいい俺を見てくれよな!』

 

『今日も僕たちのライブ楽しんでいってね!』

 

『楽しんでいってくれよな』

 

『それじゃあ……行くよ!みんなも一緒に!Fairy……』

 

『『『『go』』』』

 

♪♪

♪♪♪

 

目も耳も奪われた……。

 

俺はFairyAprilのライブに……。

ボーカルの葵陽(あさひ)にすべての感覚を奪われたような気がした。

 

バンドよりアイドルの方がいい。

きらきら輝いている。

 

そんな風に思っていた俺がどれだけ井の中の蛙だったのか…。

そんな風に思ってしまうようなライブだった。

 

FairyAprilは俺の憧れてたアイドルのように。いや、それ以上にきらきら輝いていた……。

 

 

 

 

 

あれ?ここどこだろ……?

 

意識がはっきりとした時は俺はエデンの外に居た。

 

「ど~~~ん!!!」

 

「うわっ!?」

 

いきなり後ろからすごい衝撃……不意をつかれたからか思いっきり転んでしまった。

 

「わ!わわわわわ!!春くん!ごめん!!そんな転ぶとは思ってなくて……」

 

あぁ、後ろからの衝撃は結衣がぶつかって来たのか……。ん……?結衣……?

 

「結衣!?」

 

「わ~…。だからごめんて~。ちょっと驚かせようと思っただけだったんだけど……」

 

そう言ってすごく申し訳なさそうな顔をする結衣。

 

「あ、いや、びっくりはしたけど大丈夫だよ。結衣は帰っちゃったのか思ってたからさ」

 

「あぁ……うん……。ごめんね」

 

「もしかしてずっと待ってたの?」

 

「うん。ちょっと考えたい事もあったしさ」

 

「BLASTのライブ?」

 

「うん…。FairyAprilのライブも良かったみたいだね!エデンから出てきた春くんをずっと呼んでたのに、全然気付いてくれないくらい自分の世界入ってたみたいだし!」

 

「あ、そうだったんだ。俺こそごめん……」

 

「あ、全然だよ!全然!!私もBLAST見た後、しばらくそんな感じだったし……」

 

「そっか……」

 

「BLASTのライブ見てね。ギターの宗介(そうすけ)さん見てね。すごくかっこいいって思った」

 

そして結衣は色々自分の想いを話してくれた。

 

「私はアイドルだけどダンスは出来ない!でもギターは弾けるんだぜ!ってね。そう思ってた頃もあるんだ。

だけどね。今日宗介さんのギターを見て、そんな自分が本当にみんなに夢を見せられるのか?ってね。考えちゃったんだ」

 

「結衣……」

 

「私ね。自分が音楽が好きって改めて気付いた。せっかくギターも弾けるんだもん。せっかく今日BLASTのライブを見れたんだもん。私は私のやる音楽で……みんなに夢を見せられるようになりたい」

 

「俺もだよ」

 

「春くんも?」

 

「俺、ステージの上できらきら輝いているのはいつもアイドルだって思ってた。だからアイドルになりたい。ってずっと思ってた」

 

「うん」

 

「今日FairyAprilのライブを…ボーカルの葵陽を見てさ。俺の憧れているきらきらを、葵陽は……FairyAprilはみんな持ってた。すごくきらきら輝いてた」

 

「うん」

 

「アイドルのオーディションに全然受からなかったからこう思ってるんじゃなくて……。俺がやりたかった事は。俺がなりたかったきらきらは……。

葵陽みたいな…FairyAprilみたいな存在だったんじゃないかな?って思った。いや、そう感じたんだ…」

 

「うん」

 

「俺…。きらきら輝きたい。ステージの上できらきら輝いていたい。そう思ってる。今でも。」

 

「春くん」

 

「でも……アイドルじゃないんだ。今はFairyAprilのような。バンドマンとしてステージに立ちたい」

 

「私も……。ギターに自分の想いを乗せて、自分の好きな音楽をみんなに伝えたい」

 

「結衣!」

 

「春くん!」

 

「「バンドやろうぜ!」」



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第2章 メンバーを集めよう

俺と結衣がバンドを組む事になって1週間が経とうとしている。

 

「春くんの方は調子どう?」

 

「ダメ…かな?結衣は?」

 

「私もダメ…」

 

俺達はバンドメンバーを探している。

俺はバイトのない日にライブハウスにメンバー募集がないか聞いてまわったり、高校の時の友達とかをあたってみている。

結衣は元アイドル仲間に聞いてまわったりしてくれているらしい。

 

「う~…私あんまり友達いないからなぁ。元グループのメンバーも友達っていうかライバルだったし」

 

俺も学校終わったらダンスの練習ばっかりで友達付き合いも少なかったからなぁ。

 

「あ、春くんごめん。私バイトの面接行ってくるね」

 

「うん、今日面接なんだ?頑張ってね」

 

「うん!」

 

結衣はとりあえずバイトを探す事にしたらしい。

あのBlue Tearのユイユイがバイトの面接に来たらどう思うだろう?

下手したらドッキリと思われないかな?

 

「俺はバイトの時間までゲーセンでも行って久しぶりにダンスゲームでもしようかな」

 

考えてるだけじゃ煮詰まっちゃうし、こんな時は好きなダンスでスカッとしよう。

 

 

 

 

 

「この時間は学校帰りの学生が多いな。失敗したかな」

 

「「すげー!あの姉ちゃんもう10人抜きだぜ!」」

 

ん?なんだろうあの人だかり。

 

そう思って俺が覗いてみると、女の子が対戦ゲームで連勝しているようだった。

 

「おおー!11人抜き!」「次誰が挑戦するよ?」「お前やってみろよ」「無理に決まってんだろ」

 

「俺がやる!」

 

そう言って男の子が挑戦していた。

 

「あら、松岡くん?今日も挑戦ですか?」

 

「ああ!今日こそ勝つ!」

 

そしてその男の子は瞬殺された。

すげぇ…。

 

「まだまだですわね」

 

「う…う……どちくしょぉぉぉぉ!!」

 

そして男の子は去って行った。

 

「12人抜きだよ…」「すげぇ…」「次誰が挑戦する?」

 

ほんとすごいな。

でも俺は対戦ゲーム苦手だし挑戦なんて無理かな。ダンスゲームしてこよ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…楽しかったー!スッキリした!」

 

パチパチパチパチ

 

「すごいですわね。感服しました」

 

え?俺のまわりにもいつの間にかギャラリーが出来ていた。さっきの女の子もいる。

 

「よろしかったら私と対戦しませんか?ダンスゲームも多少嗜んでおりますので」

 

喋り方がすごく丁寧な子だな。

Tシャツにデニムって格好だけど、どこか大和撫子的な印象を感じさせる。

 

そして女の子は長く綺麗な黒髪を束ねていた。

 

この子もやる気だし、これだけギャラリーもいたら断れないよな。

 

「いいですよ。手加減しませんから」

 

「はい!私も本気でいきますね!」

 

そして軽快な音楽が鳴り響き、対戦がスタートした。

 

♪~

 

「なかなかやりますわね」

 

「そっちこそ!」

 

この子すごく上手い……!

本気でやらないと負けちゃいそうだ!

 

「おおー?」「二人ともすげぇ!」「どっちが勝つんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

僅差の得点でなんとか俺が勝てた。

もう一度やったら結果はわからないな。

 

「さすがです!まさか私が負けてしまうとは……」

 

「お疲れ様でした。ほんと凄かったですよ」

 

「いえいえ、私なんてまだまだです。とても楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます」

 

そう言って女の子は微笑んでくれた。

 

「俺も楽しかったです。久しぶりに対戦とかしましたし」

 

そして俺は時計に目をやった。

 

「あ、ヤバい!そろそろバイト行かないと…!」

 

結構長い時間ゲーセンにいたんだな俺。

 

「すみません。俺行きますね!本当に楽しかったです!ありがとうございました!それじゃ!」

 

ヤバいヤバい。

遅刻したら店長に怒られちゃう!

俺は急いでバイトへ向かった。

 

 

--------------------------------------------------

 

「あら?さっきの方何か落として行きましたわ。何でしょう?」

 

私はあの方が落として行った何かを拾いあげた。

 

「バンドメンバー…募集……?」

 

--------------------------------------------------

 

 

 

うーん、今日も疲れたぁー。

なかなかの客入りだったし、店長も忙しそうだったけど喜んでたな。

 

スマホを見ると着信が3件。

知らない番号だけど同じ番号からだ。

何だろう?かけ直した方がいいかな?

 

「………あ、もしもし」

 

『あ、もしもし。わざわざお電話ありがとうございます。私、秋月 姫咲(あきつき きさき)と申します。一瀬 春太様の番号でお間違いなかったでしょうか?』

 

「あ、はい一瀬ですけど」

 

あれ?この喋り方と声って

 

『突然のお電話大変申し訳ございません。バンド募集のチラシを拝見させて頂きましてお電話させてもらいました』

 

「バンド募集のチラシ……?

……あっ!」

 

ふと思い出してポケットを確認してみる。………無い。

こないだライブハウスに置いてもらおうと思って作ったやつだ。落としたのかな…。

 

『あの…もう募集は終了しておりますでしょうか?』

 

「いえ!まだ全然募集中です!楽器とか何かされてますか?」

 

『はい、ベースをしております。まだ練習中の身ではございますが』

 

「そうなんですね。じゃあ秋月さん、詳しくお話したいので、明日とかお時間ありますか?」

 

『明日でしたら16時以降でございましたら』

 

「じゃあ明日の17時に今日のゲーセンとかでも大丈夫です?」

 

『!?さすがです。声で私とわかりましたか?』

 

「ええ、それにそのチラシ、実はまだ配布してなくて…それを落したってなるとゲーセンくらいしか思い付きませんし。あはは」

 

『なるほど。そうでしたのですね。それでは明日17時に昨日のゲームセンターでお待ちしてますね』

 

「はい、よろしくお願いします。では、また明日」

 

『はい。それではまた』

 

そう言って電話を切った。

その後、俺はすぐに結衣に電話した。

 

『はい。どしたの春くん』

 

「あ、結衣、今少し大丈夫かな?」

 

そして今日の経緯を結衣に話した。

 

『すごいね、すごいね!そんな子がうちに入ってくれるんだ!?』

 

「いや、まだ決定じゃないけどね。それで明日、結衣にも会ってもらえたらと思ってるんだけどどうかな?」

 

『え?いいの!?私も会いたい会いたい!どんな子か気になるもん!』

 

「なら、どこかで早目に待ち合わせて、2人でゲーセンに向かおうか」

 

『うん!わかった!』

 

「じゃあ、明日はよろしくね。おやすみ」

 

『うん、おやすみ!また明日ね!』

 

そして俺は結衣との電話を終えた。

今日話してた感じだと、いい子そうだったし結衣も気に入ってくれたらいいけどな。

 

 

 

 

 

 

そして俺と結衣は昨日のゲーセン前で秋月さんが来るのを待っていた。

 

「遅いね。その…秋月さんだっけ?

もう17時15分だよ?何かあったのかな?」

 

「16時過ぎにはって言ってたから、余裕を見て17時待ち合わせにしたんだけど」

 

「事故とか……じゃないよね?」

 

結衣が急に不安になるような事を言ってくる。

ほんとにどうしたんだろう。

 

その時だった。

 

俺達の目の前に黒の高級車が止まった。

そして後部座席から…

 

「一瀬様!遅くなってしまい誠に申し訳ございません!急に委員会の仕事が入ってしまいまして、長引いてしまいました!」

 

そう言って姫咲さんが出てきた。

しかも……この辺じゃ有名な進学校の制服……。高校生だったんだ…。

 

「いや、大丈夫ですよ。事故とかじゃなくて良かったです」

 

「お嬢様。鞄とベースをお忘れにございます」

 

そう言って屈強な感じのお爺さんが鞄とベースを持ってきた。

 

「じいや、ありがとう。それとここまでの運転、ご苦労様でした。大変助かりましたわ」

 

「うっ……お嬢様…なんと勿体なき御言葉…じいやは……嬉しゅうございます…」

 

え!?何これ!?

 

そう思って結衣の方を見ると…

 

「じいや……良かったね、良かったね…ぐすっ」

 

何でか泣いている……

 

「お嬢様、じいやはこれ以上は邪魔になると思われます…。わたくしはここで失礼致しますが…」

 

「じいや。私は大丈夫ですわ。じいやの想い。無駄にはしません」

 

「お嬢様……大変…大きゅうなられましたな」

 

「これもじいやの教育の賜物ですわ。たまに厳しくて泣きそうにもなりましたが」

 

「お嬢様…」

 

「じいや!何をボサボサとしているのです!早くお行きなさい!!」

 

「しかし……!」

 

「私を……いつまでも子供扱いしないで。私はじいやの…1番弟子ですのよ…?」

 

「おじょ……くっ……」

 

え?何なのこれ?

 

「じいやさん…!!グスッ」

 

結衣は何故かガン泣きしている。

俺がおかしいのかな?

 

「ではわたくしはこれで失礼致します」

 

「じいや!私は…私は……!」

 

「ギリッ」

 

え?じいやさんギリッって言葉に出しちゃうの?

俺っておかしいのかな?

結衣ももう言葉にならないくらい泣いているし。

 

「おじょ……いや、姫咲…!」

 

お爺さんがグッと拳を握る…

これドッキリとかモニタリングじゃないよね?

 

「姫咲!何を狼狽しておるのか!このバカ弟子がぁぁぁぁぁ!」

 

「じい……いや、師匠!!」

 

「これは貴様が選んだ道ぞ!!ならば!己の信念の元!突き進んでみせよぉぉぉぉ!!」

 

「師匠!!ししょ……。いえ、もう私は師匠と呼びません…。あなたの…あなたの想いを越えて…私は突き進みます」

 

「それでこそ……我が弟子よ…。いや、もう貴様は弟子でもなんでもない…。猛るだ!己の道を!!」

 

「じいや。見ていて下さい。私が…私が突き進む道を……」

 

え?これほんとに現実?

昨日、秋月さんにバンドやりたいって言われて浮かれ過ぎたのかな?

まだ夢の中なのかな?

 

「うぅ……うぅ…じいや……ぎざきぢゃん……。だ…だいびょうぶだよ…!う…ぅぅ」

 

結衣……どうか俺を置いて行かないで?

 

「っというわけで、今日は本当に遅れてしまいましたのに、三文芝居にまでお付き合い頂きまして、誠にありがとうございます」

 

そう言って秋月さんは深々と頭を下げた。

あぁ、やっぱり三文芝居だったのね…

 

「わたくしは秋月 姫咲お嬢様の付き人兼ボディーガードを勤めさせて頂いておりますセバスと申します。フレンドリーにセバスちゃんと呼んで頂ければ幸いでございます」

 

そう言ってセバスさんも深々と頭を下げた

 

「あ、私はこのバンドでギター担当の夏野 結衣といいます。姫咲ちゃん!セバスちゃん!二人共よろしくお願いしますね!」

 

さっきまでガン泣きしてた結衣もケロッとして挨拶して深々と頭を下げた。

あれ~?俺がおかしいのかな?

俺の頭大丈夫かな…?

 

「じいや。後はお二人と私でお話しますわ。お父様とお母様によろしくお伝えくださいな」

 

「ハッ!かしこまりました!遅くなるようでございましたら、ご連絡頂けましたらお迎えにあがりますので」

 

「その時はよろしくお願いしますね」

 

そう言ってセバスさんは車に乗り込んで去って行った。

あー、俺自己紹介してないよ。

セバスさんに失礼なやつって思われてないかな?

 

「一瀬様、夏野様」

 

「あ、は…はい」

 

「ん?何かな?私の事は結衣でいいよ?」

 

「では改めまして。

一瀬様、結衣様。本日はお忙しい中、時間を割いて頂きましたのに、遅れてしまい申し訳ございませんでした」

 

そう言って秋月さんはまた頭を深々と下げた。

ちょっと俺今頭が追い付いてない…。

 

「わわわ!いいよいいよ!さっき春くんも言ったけど、事故とかじゃなくて良かったよ!よろしくね!姫咲ちゃん!」

 

「はい!」

 

そんなやり取りの後、結衣と秋月さんは俺の方を見た。あは…あはははは…

 

「と、とりあえずお茶でもしながらゆっくりお話しましょうか」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

そして俺と結衣は、俺達のバンドをやりたい理由、俺達のバンドが目指すバンドを秋月さんに話した。

 

秋月さんはこの話を聞いてどう思うのか。俺達のバンドをやりたい理由に共感してくれるのか。

秋月さんがどう思ってバンドをやりたいのか。

 

それを俺は聞きたかった。

 

「…素晴らしいです」

 

秋月さんはそう言って

 

「少し長いお話になってしまいますがよろしいでしょうか?」

 

そして秋月さんは話し始めた

 

「私は幼少の頃から何も不自由なく暮らして参りました。お父様の言う通り、お母様の言う通り、そのように生きて来て私はそれなりに幸せでしたし、色々成功もして参りました。

ですが、それと同時に物事に対して、楽しいとか喜びとかそういった事も感じなくなってました」

 

恵まれ過ぎてるからの葛藤か。わからなくもない。

俺もダンスに自信を持ってた。

アイドルのオーディションを受けてた時、すんなりオーディションに合格してアイドルデビューしてたら、俺もそれが当たり前ってなったりもしたかも知れない。

オーディションに落ちたからこそ、次は頑張ろうとか、落ちて悔しいとかそんな気持ちになる事が出来たんだから。

 

「でもそんな私でも楽しいと思える時間はあったんです」

 

「え、何?何?」

 

「ふふ、私のお父様はクラシックが好きで、お母様はジャズが好きだったのですが、私はロックが好きでして。

ずっとピアノを家庭教師様に来ていただいて習っていたのですが、ちょっとした休憩時間にピアノで作曲してる時間が好きでしたの」

 

「へー!ピアノもやってたんだね!しかも自分で作曲もやっちゃうとかすごいね!」

 

「そんな大した曲じゃありませんけどね。ありがとうございます。そしてある日、間近でロックを聴きたいと思うようになりまして、こっそりライブハウスに行くようになりました」

 

そうなんだ。生のライブは本当にすごいもんね。

俺もFairyAprilを見た時は感動が凄かった。

 

「ライブに参戦してる時間はとても楽しい時間でした。そんなある日、エデンというライブハウスでCure2tronのライブを見た時衝撃が走りました」

 

「エデン!?」

 

「私達もこないだエデン行ったよ!」

 

「そうでしたのね。エデンのライブは凄く楽しいライブばかりですよね」

 

「うんうん!」

 

「そしてそのCure2tronのベースを担当されているユキホ様を見た時、一気に心を奪われました。ユキホ様は私の理想像を越えるような素敵な女性でした」

 

「ね、ねぇ、春くん」

 

結衣が小声で話し掛けてくる。

 

「Cure2tronってさ、女性じゃなくて男の娘だよね?」

 

「しっ、結衣。そこは聞き流そう」

 

「それからユキホ様の事を追いかけるようになりました。ゲームがお好きと聞きましたら、私もゲームの腕を磨き、特技がお菓子作りと聞けば、お菓子作りをするようになりました。そしてベースを始めました」

 

「憧れからベースを始めたんですね」

 

「私達と一緒だね!」

 

「ゲームをすれば楽しいですし、お菓子をお父様とお母様やじいやにふるまって、美味しいと言ってもらえれば嬉しい。憧れで始めたベースも大好きになり、ベースを弾いている時は時間が経つのも忘れるくらい夢中になれました」

 

俺もダンスしてる時はそうだもんな。

つい時間の事、忘れちゃう。

 

「でも、それだけだったんです。所詮はユキホ様に憧れた、ただの真似っこ」

 

「え?」

 

「ライブを見ている時のようなドキドキも、ユキホ様のベースを聴いている時のような幸せな気持ちもありませんでした」

 

「姫咲ちゃん…」

 

「ですが、一瀬様のダンスを見て、一緒にダンスをして、ライブを観ている時のようなドキドキと、幸せな気持ちを味わう事が出来ました。ですから、一瀬様がバンドを募集しているのを知り、私も一緒にベースをやれば、もっとドキドキして幸せな気持ちになれるかも。そう思ってバンドに応募させていただきました」

 

「秋月さん…」

 

「合格!絶対合格だよ!100点満点だよ!春くん、私、姫咲ちゃんと一緒にバンドやりたい!理想もやりたい理由も私達と一緒だもん!姫咲ちゃん以上の人はいないよ!!」

 

「俺も秋月さんの話を聞いてそう思ったよ。秋月さん、是非俺達とバンドやってくれないかな?」

 

「よろしいのですか!?」

 

「うん、よろしく!」

 

「これからよろしくね!」

 

「一瀬様、結衣様。こちらこそどうぞよろしくお願い致します」

 

そう言って深々と頭を下げる秋月さん。

 

「秋月さん、俺達の事は様とか付けずに気軽に呼んでくれたらいいですよ」

 

「うん!そだよ!」

 

「承知しました。では、結衣と、結衣と同じように春くんと呼ばせていただきますね。私の事は姫咲と呼び捨てでお呼び下さい」

 

「わかったよ、姫咲。改めてよろしく」

 

「はい!」

 

「春くん!後はドラムだね!!」

 

「うん、キーボードも欲しいとこだけど、まずはドラムかな」

 

「ドラム……ですか?」

 

「うん!姫咲、誰か心当たりある?」

 

「そうですわね。少し荒っぽいですが、私達同様に憧れからドラムを始めたって知り合いに心当たりはございますよ」

 

「え?本当に?」

 

「わぁ!やったぁ!少し荒っぽいってとこが気になるけど」

 

「でしたらこれから会いに行きますか?おそらく近くにいるでしょうし」

 

「そうだね。じゃあ、早速勧誘に行こうか」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、その子ってどんな人なの?荒っぽいって喧嘩っぱやいとか?」

 

「私と同じ学校に通ってますの。喧嘩とかはしないと思いますが、少々口が悪い方でして…」

 

「それくらいなら大丈夫かな?」

 

「後は決まったバンドには所属しておりませんの。すぐに辞めてしまって…」

 

「え?そうなの?口が悪いからとか?」

 

「いえ、どのバンドも楽しくないらしいです。それでいつも。ですが、ドラムの腕前は素晴らしいです。彼がバンドを辞める度に色々なバンドが彼を勧誘してますわ」

 

「そっかぁ…楽しくないなら続かないよね」

 

「そんなにドラム上手い人なんだ?とりあえず会って話してみるしかないかな」

 

「あ、いましたわ!彼です!」

 

そう言う姫咲の指を指す方を見ると、昨日、姫咲と対戦ゲームしてた男の子がいた。

 

「彼は松岡 冬馬(まつおか とうま)という名前です」

 

「松岡くんね」

 

「おーい!松岡くーん!!」

 

結衣が大声で松岡くんを呼んだ。

結衣のこういうとこ凄いと思う。

 

「あん?誰だ?」

 

そう言って松岡くんがこっちを見る

 

「あ、秋月…それと…誰あんたら?」

 

松岡くんがこちらに近づいてきた。

 

「あ、俺は一瀬 春太っていいます」

 

「私は夏野 結衣だよ!」

 

「な……夏野って、まさかBlue Tearのユイユイ!?」

 

「え?あ、うん。知っててくれてるんだ?」

 

「そりゃ…有名だし…」

 

「えへ、ありがとう~」

 

そして結衣は松岡くんと握手していた。

元アイドルの性分かな?

 

「で、俺に何の用だよ」

 

「いや、実はね…」

 

俺は松岡くんにバンドの事を話した。

 

「ふぅん、秋月から聞いたのか……」

 

「うん、まぁね。それでどうかな?」

 

「断る」

 

「即答だ!?」

 

「秋月から聞いてんならわかるだろ。俺にも憧れてる人がいる。OSIRISの進さんだ」

 

「あの生ガツオの人?」

 

結衣……

 

「俺はかっこいいバンドをやりたいんだよ。それに女となんかバンド組めるかよ」

 

「む!私達だってかっこいいバンドになろうって思ってるんだよ!」

 

「ああ…、言い方が悪かったな。ガールズバンドにもかっこいいバンドはたくさんいる。そういう意味じゃなくて俺がただ単に男女混同のバンドをやりたくねぇってだけだ」

 

まぁ、そういう人もいるか。

俺だってバンドとの出会い方や、憧れてる目標とかが違ってたらそう思ったかもしれないしな。

それにそういう強い意思とかポリシーも大事だと思うし、無理に入ってもらうのもな。

一度、松岡くんのドラムを聴いてみたかったけど……

 

「ならしょうがな…」

 

俺が諦めてそう言おうとした時だった。

 

姫咲が俺の裾を掴んで首を振ってこう言った。

 

「私に任せて下さいな」

 

そう言って姫咲は松岡くんの前に出た。

 

「秋月…」

 

「松岡くん、お願いいたします。私達とバンド組みましょう?」

 

「え?秋月もバンドメンバーなのか?

う…いくら秋月の頼みでも……でもどうしても…ってんなら…う~ん…」

 

弱っ!さっきの強い意思は!?

 

「春くん春くん」

 

結衣が小声で話し掛けてきた

 

「松岡くんって姫咲の事好きなのかな?」

 

多分そうだろうね……

 

「そうですか。わかりました。では、もう結構です」

 

え?姫咲そんなあっさり…

 

「私はこれから春くんと結衣とバンドをやります。これからはもうあまり松岡くんとはゲームしたり出来ないと思いますがお元気で。ごきげんよう」

 

「春くん…だと!?あんた…秋月に下の名前で呼ばれてんのか…?」

 

わかりやすいなぁ。

 

「そりゃ、同じバンドのメンバーだからね。これからもほぼ毎日くらい会ったりするんじゃないかな?」

 

「毎日…だと…」

 

「だよね!もしかしたらお泊まり会とかしたりもあるだろうし!」

 

「お…お泊まりだと…!?」

 

「春くん、結衣、たまに息抜きのゲームもしましょう」

 

「うん!やろやろ!私絶対勝つよ!」

 

「もちろんだよ。また俺が勝つから」

 

「……秋月にゲームで勝った!?」

 

「あら?松岡くん。まだ居たのですか?もう帰って頂いて構いませんのよ?」

 

「松岡くん。俺達もバンド頑張る。またいつかデュエルでもしようね」

 

「え?いや…あの…」

 

「春くん!姫咲!今なんかピーンってきた!曲のインスピレーションきた!」

 

「本当に?なら俺達も早く行こう!松岡くん!じゃあね!」

 

そう言って俺達は立ち去ろうとした。

 

「待て!もう少し…!もう少し話してもいいんじゃないか!?」

 

ほんとわかりやすいなぁ。松岡くん。

 

「まだお話がありますの?少しだけなら聞いてあげましょうか?」

 

「うーん…でも、遅くなると私のインスピレーションなくなるかもだよ?」

 

「それはいけませんわ!松岡くん!さよならです!」

 

「春くん春くん!ドラムの人はイケメンの人探そうよ!姫咲可愛いからさ!姫咲の事好きになってバンドやってくれる人もいるかもだよ!」

 

「それもいいかもね」

 

「え!?ちょっ…お前ら!」

 

「私にそんな魅力があるとは思いませんが…。

……わかりました。精一杯ご奉仕させて頂きます」

 

「せ……精一杯のご奉仕!?」

 

なんか…俺、松岡くんの事可哀想になってきた…。ごめんね、俺、松岡くんのドラム聴いてみたいんだよ。

 

「待て!待て待て待て!!」

 

「ん?何かな?」

 

「なんですの?」

 

食い付いてきたかな?

 

「秋月!俺はお前がどうしてもってんならお前らのバンドに…」

 

「もう一押しかなぁ?次はどうしようか?」

 

俺もそうは思ったけど…

結衣、口に出すのはやめよ?

 

「松岡くん、私達はバンドで忙しいのです。こちらから声を掛けておきながら申し訳ございませんが……帰ってくれません?すぐに。今すぐに」

 

「お…俺だって!俺だって秋月とバンドやりたいって気持ちはあるんだよ!でも俺はOSIRISみたいなかっこいいバンドをやりたい…!秋月の事好きだからって自分のポリシー曲げちまったら……男じゃねぇだろ!」

 

松岡くん……

 

「春くん…私ちょっと申し訳ない気持ちになってきた…」

 

俺もだよ。

 

「松岡くん…」

 

「秋月…」

 

「早口過ぎて何を言ってるのかわからないのですが?どうしたいのですか?」

 

「「え!?」」

 

俺と結衣が被った。

 

「あ、いや……その…自分のポリシーとかプライドとか…の話です」

 

松岡くん…

 

「まっちゃん……うぅ…頑張って…!」

 

結衣はまた泣きそうになってる。

いつの間にまっちゃん呼びになったの?

 

「あの…よくわかりませんが…安っぽいプライドとかポリシーが邪魔してるから私達とバンドは出来ないって事ですか?」

 

姫咲……すごい辛辣だね…

 

「あ、いや…まぁ…」

 

「わかりました。では、そのポリシーやプライドを上回るような理由付けを作れば良いわけですね」

 

もう姫咲とバンドをやるって事自体がその上回る理由付けになってると思うけどね……。

 

「そ!そうだな!俺の安っぽいポリシーとかプライドを上回る理由があれば俺もお前達のバンドに入るのもやぶさかじゃない!」

 

でもこんな理由で俺達のバンドに入ってもらっても……

 

そう思って姫咲に目をやると、何か感じ取ったのか俺の方を見て笑顔で頷いた。

ここは任せろって事かな?

 

「松岡くん、では私と勝負しましょう」

 

「勝負?」

 

「はい。松岡くんの指定のゲームで構いません。10本勝負です。私は10回中1度でも負ければ負け。どんな命令でも1つ私は聞き入れます」

 

「ど…どんな命令でも…?」

 

「春くん春くん!これってまずくない?」

 

松岡くん指定のゲーム10本勝負で1度でも負けたらダメってかなり分が悪くないかな?

 

「ただし、私が10連勝しましたら、私の命令を1つ聞き入れて頂きます。いかがですか?」

 

「わかった。その勝負受けるぜ!」

 

「はい!」

 

そして姫咲が俺達の方を向いてピースサインをした。

これって大丈夫なのかな…姫咲に任せるしかないか…

 

 

そして姫咲と松岡くんの10本勝負が始まった。



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第3章 十本勝負

「わかった。その勝負受けるぜ!」

 

「はい!」

 

そう言って姫咲と松岡くんの勝負が始まった。

 

「そう!そして実況と解説は私!夏野 結衣と一瀬 春太でお送りします!」

 

えぇ~…俺達そんな事するの…?

 

「では!早速二人に意気込みを聞いてみましょう?」

 

ノリノリだね、結衣…

 

「さぁ!まずは姫咲!今の意気込みをどうぞ!」

 

「ゲームでの十本勝負。確かにもちかけたのは私ですが、必ず全て勝ってみせますわ。私に1勝でも出来ると思っているとか……傍らいたしとはまさにこの事ですわね」

 

「うんうん!さすが姫咲だね!まさに笑止!って感じだね!」

 

結衣、わざわざ言い直さなくていいよ…

 

「じゃあ次はまっちゃんに聞いてみようかな?まっちゃん!意気込みをどうぞ!」

 

「俺もゲームは得意だからな。しかもこの勝負は俺の指定でいいときてる。いくら秋月相手でも全部負ける事はねーよ」

 

「うんうん!まっちゃんもやる気満々だね!まずはどのゲームで挑むのかな?」

 

「まずは格闘対戦ゲーム。秋月のフィールドで戦ってやる」

 

「お?姫咲は格ゲーが得意なのかな?あえてそのゲームで挑む理由は?」

 

「ゲームで対戦ってなるといつかは通る道だからな。先に秋月の得意なゲームで集中力と体力を消耗させる」

 

「なるほど!まずは勝てないとわかってても消耗させる為のあえて格ゲーから行くと?」

 

「ああ、この十本勝負……1勝でもすれば俺の勝ちだしな。俺は必ず勝つ!」

 

松岡くんもノリノリだね……

 

「さぁ!まずは格闘対戦ゲームです!準備はいいかな?」

 

「ええ」

 

「ああ!」

 

「じゃあ行くよ!格ゲーファイト!レディー……」

 

「「ゴー!!」」

 

そして格闘ゲームでの対戦が始まった。

今日はバイトなくて良かったなー…

 

「おおっと!?これはどういう事だぁ!?姫咲選手、棒立ちのまま動かないぞー!?」

 

「どうした秋月!わざと負けるつもりか!?」

 

「ハンデですよ。最初から本気を出すと秒で終わってしまいますので」

 

「チ、舐めやがって……!」

 

「姫咲選手!余裕のハンデときたもんだ!だが、そうこう言ってるうちに体力ゲージがもう半分しかないぞーぅ!?」

 

結衣はほんっっっとノリノリだね!

ああ、バンドやりたい……

 

「ハッ、余裕を出し過ぎたな秋月!ここから巻き返す事は出来ないだろ!?俺はハンデでも甘んじて受けるぜ?勝てばいいのだ勝てば!」

 

「負ける…?私がですか?クス、では、そろそろいかせていただきますわね」

 

そう言って松岡くんの超必を避けた姫咲の怒涛の攻撃が始まった。

 

「なっ!!?」

 

「おおっと!?ここで姫咲選手の怒涛の攻撃!まっちゃん選手はガードで手一杯だぁぁぁぁ!!」

 

「もう少しハンデがあっても良かったかも知れませんわね」

 

そして松岡くんはそこから逆転する事も出来ず、必死にガードするも削り倒されてしまった……。なかなかえげつない攻撃するんだね……。

 

「そんな……クッ、だが格ゲーは負けるとわかっていた勝負だ。次のゲームで勝つ!」

 

「さぁさぁ!まっちゃん、次はどのゲームで勝負するのかな?」

 

「何でもよろしいですわよ?」

 

「フッ、次はガンシューティングで勝負だ」

 

松岡くんが選んだのはゲームセンターによくあるゾンビを倒して行くガンシューティングだ。

 

「まっちゃんが選んだのはガンシューティングだぁ!で、どうやって勝敗決めるの?得点の高い方?生き残った方?」

 

「それも松岡くんにお任せしますわ」

 

そう姫咲が言った瞬間、松岡くんはニヤリと笑った。

 

「総合得点の高い方の勝ちだ」

 

「わかりましたわ」

 

そう言って松岡くんがゲームの筐体にコインを投入した。そして…もう1枚松岡くんがコインを投入した。

 

「あら?」

 

「おおっと!?これは!まさか!?」

 

「そう2丁拳銃だ!総合得点の高い方の勝ちって言っただろう!?」

 

そして松岡くんがゲームを始めた。

松岡くん…先にプレイする方がそれをやっちゃ…姫咲も自分のプレイする時に2丁拳銃出来ちゃうよ?

 

「悪いな秋月!俺は例え卑怯と言われても必ず勝つ!」

 

「春くん春くん」

 

実況のはずの結衣がいきなり小声で話し掛けてきた。

 

「あんな事言ってるけど、姫咲に卑怯者って罵られたらまっちゃん落ちこみそうだよね?ね?」

 

うん、俺もそう思うよ。

 

そしてかなりの高得点を出した松岡くん。

ゲーセンのガンシューって意外と2丁拳銃でやるの難しいんだけどな。

それでもあの高得点って、松岡くんのゲームの上手さがよくわかる。

 

「どうだ!秋月!」

 

「ふむ。私も2丁拳銃でやっても良いのですが……まぁ、普通にプレイしますね」

 

そう言って姫咲のプレイが始まった。

上手いなんてレベルじゃない。

特に得点には関係ないが、出る敵の急所を確実に撃ち抜いている。

なんでわざわざ急所ばかりを…恐ろしい。

 

「ふぅ、こんなもんですわね」

 

姫咲はゲームをクリアしてしまった。

得点なんかとっくに松岡くんを越えている。

そして俺が何よりも恐ろしいと思ったのはヘルプって助けを求めてきた一般人まで撃ってた事だ。

 

「ゾンビに囲まれた所から助けを求めて来ても、もうゾンビウィルスにやられて手遅れかも知れませんわ。それならいっそひとおもいにやってさしあげるのが一番だと思いますの」

 

本当に恐ろしかった。

このゲームが一般人を撃ったら減点方式じゃなくて、ライフ消費方式だったら松岡くんが勝ってただろう。

 

「さぁさぁ!まっちゃん!次はどうする?どのゲームで挑戦する?」

 

「ま…麻雀ゲームだ!」

 

「おー!麻雀ゲーム!!確かにあれなら運も必要だもんね!」

 

「姫咲は麻雀のルールわかる?」

 

「もちろんです。雀姫と恐れられた私の力を見せつけてやりますわ」

 

姫咲、会って間もないけど、君がすごく遠くの人に見えるよ。

 

「でも雀ゲーは積み込み出来ないしね!なかなか厳しいかもしれないよ!」

 

「確かに…配牌はコンピュータ任せですものね」

 

「ねぇねぇ姫咲、今度一緒に麻雀やろうよ」

 

「いいですわね。結衣も麻雀は得意なのですか?」

 

「そんな得意ってわけじゃないけど、アイドルやってた時はグループ内では坊や結衣って呼ばれてたよ。燕返しくらいしか出来ないけどね。あはは」

 

ああ、さっきから結衣まで遠くの人に感じるようになったよ。

 

「と!とりあえず雀ゲーで勝負だ!2人打ちで最終的に持ち点の多い方の勝ち!いいな!?」

 

「はい。構いません」

 

そして2人の麻雀対決が始まった。

 

一瞬で勝敗が着いた…。

確かに持ち点の多い方の勝ちってルールなら、安上がりでさっさと終わらせた方がいいしね…。

高めを狙ってしまった松岡くんが悪いな…。

 

「こんな打ち方…つまらないですわね…」

 

「ねぇ、まっちゃん。まだやる?」

 

「あ…当たり前だろ!まだ3回だ!次は音ゲーで勝負だ!俺はドラマーだしなリズム感はある。ここで一気に決着を付ける!」

 

「音ゲーは私の2番目に得意とするところ…望むところですわ」

 

そして軽快な音楽と共にゲームが始まった。

まずは選曲…。

ルールとしては好きな曲、好きな難易度でプレイし、得点の高い方の勝ちだ。

 

松岡くんは最近テレビでもよく聴く曲だ。

姫咲もあえて松岡くんと同じ曲をチョイス。

だが……

 

「秋月…エキスパートモードとはやるじゃないか」

 

「高得点を狙うならエキスパートの方が狙えますから」

 

姫咲がそう言った後、松岡くんはニヤリと笑った。

もうこれフラグじゃないかな?

なんか松岡くんを応援したくなってきた…。

 

そしてゲームが始まった。

松岡くんのリズム感、そして反応の良さがよくわかる。

なんと全てパーフェクトだ。

このままパーフェクトでフルコンしたら…。

 

「フ、秋月、お前なら俺とあえて同じ曲をチョイスすると思ったよ。確かに同じ曲でハードモードの俺とエキスパートモードの秋月とじゃ、秋月の方が有利だろう」

 

確かに普通ならそうだ。だけど松岡くんは…。

 

「だが俺はこの曲のハードモードならパフェコンが出来る!そしてこの曲のエキスパートモードにはリズム感を狂わせる怒濤の譜面がある。そこで大体のやつがミスをする。これは俺の勝ちだ!」

 

そうだ。いくらエキスパートモードでもパフェコン相手には…。

 

「お喋りしていても大丈夫ですか?パーフェクトコンボを逃してしまいますわよ?」

 

「俺を誰だと思ってんだ。余裕だよ!」

 

松岡くんは喋りながらでもパーフェクトでコンボを取っていっている。

姫咲も今まではノーミスだけど、パーフェクトコンボってわけじゃない。

 

「確かにこのままなら負けるかもしれませんわね。ですがこの曲には怒濤の鬼譜面がありますから」

 

「何!?知っていてあえてこの曲の勝負に乗ってきたというのか!?」

 

あ~、やっぱりフラグだったか。

それより結衣はさっきから静かだな?

あ、クレーンゲームのコーナーでぬいぐるみ取るのに必死になってる。

 

結衣に気を取られている間に曲も終盤。

怒濤の鬼譜面が降ってくる。

 

「今日もフルコンは取りたいものですわね」

 

「!?」

 

姫咲の動きは凄かった。

まるで譜面と手が磁石か何かで引き合っているような…。

 

「これはあくまでもゲームですわ。先程のガンシューティングと同じ。譜面をエネミーに見立てて、私の指を武器に確実に1つ1つ潰していけば良いのです」

 

リズムを完全に崩しにかかってるような譜面。

それなのに姫咲は未だにノーミスだ。

そして姫咲の動きにリズムを崩された松岡くんは…。

 

「あ」

 

最後の最後にミスをしてしまった。

パフェコンどころかフルコンすら逃してしまった。

もちろんこうなってしまった以上は姫咲の勝ちだ。

そうして音ゲー対決は幕を閉じた。

 

「あ、音ゲー対決もう終わっちゃったんだ?」

 

結衣が背中に大きなぬいぐるみを背負って帰ってきた。やけに違和感なく似合ってるから不思議だ。

 

「次はメダルゲームだ!制限時間は1時間!100枚のメダルをどっちが多く稼げるか勝負だ!」

 

不正をしないように俺が姫咲、松岡くんには結衣がついて見張っておく事になった。

 

「まっちゃん…10分もしないのに0枚になったら勝てないよ…」

 

「結衣、松岡くん、ヤバい。姫咲がもう5,000枚くらい稼いでる」

 

「ここがカジノでしたら良かったのに…」

 

「次はカラオケだ!選曲は1曲のみ!得点の高い方の勝ちだ!!」

 

♪~

 

♪~

 

 

「結衣」

 

「どしたの春くん?」

 

「俺がボーカルでいいのかな?姫咲がボーカルの方がいいんじゃない…?」

 

「大丈夫だよ!春くんの声は腐じょ……女の子に受ける声してるし!」

 

腐じょ…?なんて言いたかったんだろう?

 

「次は野球ゲームだ!」

 

「ハンデは変化球無しくらいでよろしいですか?」

 

松岡くんの4回コールド負け。

良かった。コールドゲーム有りにしてて…

 

「こうなったらパズルゲームだ!」

 

「松岡くんパズルゲーム得意でしたっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まっちゃんまっちゃん、後2回だよ?大丈夫?まだやる?」

 

十本勝負の8回まで終わった。

残り2回……もうどんなゲームでも姫咲が負けるとこ想像出来ない……。

 

「ふ、ふふふ…ここまでは想定内さ…」

 

その割に顔が青ざめてるんだよなぁ…。

 

「次はどのゲームにしますか?」

 

姫咲も余裕だなぁ…。

 

「フ…フリースロー対決だ…お互いに10球……」

 

それも姫咲の圧勝だった。

 

「私、中学の時はバスケを嗜んでましたので。もう少しで全国大会に行けてたのですけれどね…」

 

「まっちゃん…」

 

さて、そろそろ止めた方がいいかな。

こんなのでバンドに入ってもらっても正直嬉しくない。

 

「さ…最後の勝負は…」

 

「松岡くん、姫咲もう止め…」

 

「腕相撲だ!!」

 

腕相撲……!!?

ここに来て腕相撲!?

ゲームで勝てないからって腕力で!?

 

「腕相撲ときましたか。確かに男性の松岡くん相手に、か弱い女の子の私では敵わないかもしれませんわね」

 

「最後の勝負だね。まっちゃん…勝てるかな?」

 

そうだよね。松岡くんは男だしドラムもやってるから手首も強いだろうし単純に腕力もあるだろう。

それに比べて姫咲は普通の女の子より細身の印象だ。

……なのに松岡くんが勝てるとは思えない。

 

「さ、さすがに腕相撲はダメか?」

 

「私は構いませんよ。でも最後の勝負ですのよ?本当に腕相撲でよろしいのですか?腕相撲なら私に勝てるとお思いですか?」

 

「さ…さすがに腕相撲ならな…」

 

「わかりました。腕相撲で決着をつけましょう」

 

そして松岡くんと姫咲が腕相撲の体勢に入る。レフェリーは結衣だ。

 

「じゃあ、最後の勝負だよ。まっちゃんも悔いのないようにね!」

 

「ああ…」

 

「それじゃあ力を抜いてね?二人共OK?」

 

「来い!」

 

「いつでもどうぞ」

 

「それじゃあ行くよ!」

 

「こうやって松岡くんと手を握るのは初めてですわね…」

 

「え?秋月…?」

 

え?まさか!?姫咲…!!

 

「ドキドキしますわね。あの…私初めてなので……」

 

「レディー……!」

 

「優しく……して下さいね?」

 

「あ……秋月…!」

 

「ゴー!!!!」

 

〈〈バァン〉〉

 

一瞬だった。さすが姫咲だ。

腕力じゃさすがに勝てないと思ったんだろう。

男の動揺を誘ってその隙を付いて一気に終わらせる。

結衣の言葉を発するタイミングを見計らっての上目使いからの優しくして下さいね攻撃。

これは松岡くんじゃなくても男ならみんなたまったもんじゃないだろう。

 

「私の勝ち…ですわね」

 

「あ…あ……」

 

「では、約束通り命令をひとつ聞いてもらいましょうか」

 

いや、ダメだ!こんな形のバンドなんて俺は…!

 

「あ、あのね姫咲……」

 

結衣も多分そう思ったんだろう。

だけど松岡くんが…

 

「わかったよ!負けは負けだ!お前らのバンド引き受けてやるよ。でもやるからには本気でやるからな」

 

「松岡くんそれは…」

 

「あの……誰がバンドに入ってくれって言いましたか?」

 

「「「え?」」」

 

俺達はみんな姫咲の言葉に驚いた。

松岡くんにバンドに入ってもらう為にやってたんじゃなかったの?

 

「ち、違うのかよ。俺にバンドのドラムをやってもらいたくて勝負してたんじゃねーのかよ!?」

 

「違いますけど?」

 

「え?え?え?春くん、違うの?」

 

「いや、俺もそう思ってたんだけど…」

 

「そんなわけないじゃありませんか。勝負して勝った負けたでバンドを一緒にやっていただいても楽しくありません。春くんも結衣も松岡くんも私も」

 

「あ、ああ、俺もそう思うけど…」

 

「うん!やっぱりこんな形のバンドなんて楽しくやれないもんね!」

 

「はい。松岡くん自身が私達とバンドをやりたい。私達が松岡くんとバンドをやりたい。そう思わないと意味がありません。そして楽しくない音楽は聞いて下さっているオーディエンスのみなさんにも楽しんでいただく事は出来ません」

 

「姫咲…」

 

「うん!私もそう思うよ!」

 

「じゃ、じゃあ俺になんて命令しようとしたんだよ」

 

「1曲だけで良いのです。春くんのボーカル、結衣のギター、私のベース。そして松岡くんのドラムで今から演奏して下さい。それが私の命令ですわ」

 

「1曲だけ…?」

 

「はい。1曲だけです。本気で演奏して下さい」

 

「わかったよ。てか、そもそも命令を聞くって約束だしな。断れねーし1曲だけ一緒に演奏してやるよ」

 

「お願いしますね」

 

そして俺達は一緒に演奏をする事になった。

 

「春くんも昨日のように全力でダンスもお願いしますね」

 

「うん、わかってるよ」

 

「では、松岡くんお願いします」

 

「ああ…行くぞ」

 

♪~

 

すごい!松岡くんのドラム!

結衣と姫咲のメロディも上手く乗って…

俺も自然と身体が動く!

このリズム…心地いい…もっと、もっと踊りたい!歌いたい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー!すごかったすごかったすごかったよ!みんな1つのメロディに乗って、まるでみんなで踊ってるみたいだった!」

 

「うん、俺も楽しかった!」

 

「松岡くんは?どうでしたか?」

 

「俺も…こんな感覚は初めてだ…他のバンドでは味わった事のない…俺のリズムに一瀬やユイユイや秋月のメロディが調和して…ひとつになったような感覚…すっげー楽しかった…」

 

そうか。姫咲はこれを狙ってたのか。

どうなる事かと思ってたけど、姫咲に任せて正解だったな。

 

「で、でもな!一瀬はダンスはいいが歌はまだまだだし、ユイユイはまだギターの技術的には全然ダメだ」

 

「うぅ…まっちゃんいじわるだ…。も、もちろんもっともっと練習するもん!!」

 

「でも楽しかった。お…俺はかっこいいバンドやりたかったけど……その…楽しいバンドを今はやりたい。かっこいいは…かっこいいドラムに俺がなる!うん!」

 

「松岡くん…」

 

「まっちゃん…」

 

「お…俺は…お前らとバンドを…ちょっとやりたいと思う…か、かっこわるい事したり中途半端にするようならすぐ抜けるけどな。なんか問題あるか?」

 

「ううん!全然だよ!」

 

「うん、松岡くん俺達の方こそよろ…」

 

「問題大アリですわ」

 

「「「え?」」」

 

姫咲の言葉に俺達は驚いた。

問題…あるの?

 

「私の命令は1曲だけ一緒に演奏をする事です。同じバンドになってしまいましたら1曲だけって約束を反故する事になってしまいますわ」

 

「「「え?」」」

 

「松岡くん、今日は楽しかったです。ありがとうございました。それではさようなら」

 

「ちょっ…秋月……?」

 

「また私達と演奏したいなら十本勝負もう一度しますか?今度こそ1回でも勝てると良いですわね?クスクス」

 

松岡くんが意識を飛ばして固まっている。

 

「ちょっ!姫咲、それじゃまっちゃんが可哀相だよ!?」

 

「そうだよ姫咲、せっかく松岡くんからやりたいって言ってくれたのに…」

 

「クスクス、冗談ですよ。私何故だかわかりませんけど…こうやって松岡くんに意地悪するのが楽しくてしょうがなくなってしまいましたの…今まではこんな事ありませんでしたのに……」

 

ああ、姫咲……そっちの世界に目覚めちゃったんだね…

 

「わわわ、姫咲が覚醒しちゃった…!」

 

「覚醒???」

 

その後、ようやく意識を取り戻した松岡くんに追い討ちをかけるように姫咲が弄って…。

必死にバンドをやりたいと言う松岡くん。

必死に姫咲を説得する俺と結衣。

しばらくこんなやり取りを繰返してから俺達は4人でバンドをやる事になった。

 

これからバンドをやれると思うと楽しい気持ちになる。

松岡くんの今後を考えると……うん、まぁ、好きな人に弄られるんだしいいかな?と、思っておこう。いつか松岡くんもそっちの世界に目覚めるかもしれないしね。

 

こうして俺達のバンドはボーカル、ギター、ベース、ドラムの4人が揃った。



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第4章 幸せの音色

俺の名前は松岡 冬馬。

OSIRISのドラム小金井 進に憧れて、かっこいいバンドがやりたいと思ってドラムを続けていた。

 

だが、俺が満足するかっこいいバンドには出会えず、バンドに入ってはすぐに辞める。そんな生活を続けていた。

 

ある日、ちょっとした事情からかっこいいとは掛け離れた、どっちかと言うとかわいい系のバンドと演奏する事になった。

 

その時にやった演奏は今までの俺の価値観を見事にぶっ壊すような…そんな楽しい演奏だった。

 

アイドルを夢見ていたボーカル

一瀬 春太

 

元アイドルのギター

夏野 結衣

 

とにかく可愛く美しいベース

秋月 姫咲

 

俺はこのメンバーとバンドをやる。

そして俺は自分のかっこいいと思うドラマーになる。そう思っていた。

 

だが…それは失敗かもしれない…。

 

 

 

 

「一瀬!だからダンスに気を取られ過ぎだ!そこで声が落ちちまったらオーディエンスに歌詞が伝わらねぇだろ!」

 

「ご、ごめん、もう1回お願いするよ」

 

「バカ野郎!お前はダンスしながら歌ってんだ!体力の消費も半端ねぇだろ!水でも飲んで少し休憩してろ!」

 

「う、うん、ありがとう…」

 

チ、頑張り過ぎて身体壊したらどうすんだ!?

 

 

 

 

「ユイユイ!またそこで遅れてる!何度も同じとこで引っ掛かるんじゃねーよ!」

 

「う、うん。ごめんね。私頑張るよ…!」

 

「バカ野郎!同じとこずっと練習してても出来てねぇんじゃねぇか!曲を作ってんのは俺なんだから難しいならアレンジ加えるなり少し変えたりするからちゃんと言え!」

 

「あ、ありがとう。ここなんだけどさ?」

 

チ、指がマメだらけじゃねぇか。まだギター始めたばかりなんだから難しいなら無理せずちゃんと言えよ。

 

 

 

 

「秋月!少し走り過ぎだ!一瀬はダンスしながらだしユイユイはまだ素人だ!俺と秋月がリズムを上手く合わせてやる努力も必要だろうが!」

 

「す、すみません。セッションとかあまりした事なくて…いえ、これは言い訳ですわね。松岡くん!もう一度お願いします!」

 

「よし!次は上手く合わせてやれよ!出来るだけ俺も秋月が走り過ぎないようにリズムを取るから、一瀬やユイユイが合わせやすいように経験者の俺達がしっかり引っ張るぞ!」

 

「はい!松岡くん、ありがとうございます」

 

チ、何で俺はまだ苗字呼びなんだよ…!

 

 

 

 

はぁ…。これじゃあ、いつまで経ってもライブなんて出来ねぇ。

 

俺はやっぱりあいつらとバンドをやるべきじゃなかったのか。俺のかっこいい曲がやりたいって我儘があいつらの足を引っ張ってるんじゃないだろうか…。

 

ユイユイが曲を作って、歌詞を一瀬が作る。それを俺と秋月でアレンジして、あいつらがやりやすいように編曲する。そうする方がいいんじゃないか?

 

ダメだ。あいつらは俺に曲を作ってくれって言った。だから俺は俺がいいって思う曲を、難しくてもあいつらにやらせなきゃ…。

 

一瀬のダンスは光っている。あれは俺達のバンドには必要だろう。

だが、その分歌が響かなかったら意味がねぇ。キーボードを入れて…?いや、いっそコーラスを入れるか…?いや、ユイユイとツインボーカルにして、ギターもツインギターにする?どっちにしろメンバーが必要か…。くそっ!!

 

俺はあいつらとの演奏が好きだ。

だが、俺の音楽性はあいつらとは違う。

俺はやっぱり…。

 

「よぉ、松岡…やっと見つけたぜ」

 

「なんだてめぇら」

 

「こないだのライブで世話になった礼をしに来たんだよ」

 

こないだの…あの時の奴らか……。

 

「礼なんかいらねぇよ」

 

「まぁ、そう言うなよ。せっかくこうやって会えたんだしよ」

 

「これでも食らえよ!!」

 

そう言って奴らは俺に温泉まんじゅうを渡してきた。

 

「また、なんかあったらヘルプでいいからドラムやってくれよ」

 

「こないだはありがとうな」

 

そう言って奴らは帰っていった。

俺はやっぱりああいう奴らとバンドを組んだ方がいいんだろうか…。

このまんじゅうは練習の休憩の時にでもあいつらと食うか…。

 

ん?あれ?

まんじゅうをバッグにしまおうとした時だった。バッグの中にスマホが入っていない事に気付いた。

チ、スタジオに忘れてきたか…。

また戻るのもめんどくせぇけどしょうがないか…。

 

俺はスタジオにスマホを取りに戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

俺はスタジオに戻り、受付に落とし物が届いてないかと問い合わせたが、落とし物は届いてないとの事だった。俺達の使ってた部屋は今もどこかのバンドが練習中らしいが、事情を説明してなんとか通してもらえた。

普通なら通してもらえないんだけどな。

 

そして俺がその部屋を使っているバンドの名前を見て驚いた。

一瀬 春太…。俺達にはまだバンド名がない。だからルームの予約は代表者の名前になっている。

 

俺はソッと覗いてみた。

 

一瀬はダンスをしながら歌っている。

ユイユイと秋月はセッションしていた。

 

なんだよこいつら。

さっきまでもぶっ通しで何時間も練習してたじゃねぇか。それでなんでまだ動けるんだよ…。

 

「いてっ…!」

 

一瀬の足がもつれて倒れた。

 

「「春くん!?」」

 

「ハァ…ハァ…あはは、二人の練習の邪魔になっちゃったかな?ごめん。俺は大丈夫だよ。ハァ…ハァ…」

 

「そんな事言ってもすごい汗だくじゃん!!」

 

「少しは休憩なさった方がよろしいですわよ」

 

「大丈夫!これでも朝晩と走り込んでるからね!体力だけはついたよ?だから、もうちょっと大丈夫…!」

 

「ダ、ダメだよ!少し休憩しよ!私達も休憩にするし!」

 

「そうですわね。少し休憩にしましょう」

 

「でも……」

 

バカ野郎が…。

 

「でもじゃねーよ」

 

「「「松岡くん(まっちゃん)!?」」」

 

「あれ程無理すんなって言っただろーが。そもそも俺だけ帰らせて何やってんだよ」

 

「あはは、もうちょっと練習しないと…私達まだまだ下手っぴだし…」

 

「松岡くんにばかり負担かけるのもいけませんしね」

 

「はは、そういう事…でね。俺達も松岡くんに早く追い付かないとさ」

 

「しっかり休憩するのも大事な事だろーが。とりあえず今から休憩で。ほら、温泉まんじゅう」

 

「え?まっちゃん練習終わってから温泉行ってたの!?」

 

「んなわけねーだろ!貰ったんだよ」

 

「それではお茶にしましょうか。じいや!」

 

「ハッ、既に準備は整っております」

 

「さすがじいや。仕事が早いですわね」

 

「ハッ、勿体なきお言葉」

 

そしてじいさんは消えた。

え?今のじいさんどこから出てきてどこに消えたんだ!?

 

「ははは、セバスさんはいつも神出鬼没だね」

 

いつもなのか!?

いつも…?こいつらいつも俺が帰ってからも練習してやがったのか…。

 

「それより松岡くんはどうしたの?」

 

「ああ、どうもスマホを忘れちまったらしくてな。それよりお前らいつも練習終わった後も3人で練習してやがったのか?」

 

「うっ…」

 

「俺だけ除け者かよ」

 

「ち、違いますわ!」

 

「そうだよ!そんなわけないよ!!」

 

そして俺達は無言で温泉まんじゅうを食った。

 

 

 

 

「よし、食い終わったな。みんな帰るぞ」

 

「え?」

 

「あ~、せっかく休憩も挟んだんだしもうちょっと練習を…」

 

「だから休憩も練習のうちだ。今日は帰って休め。そのかわり大事な事を今から話す」

 

「え?あの…ほんとに除け者とかにしたつもりじゃないよ?松岡くんに早く追い付かないとって思ってただけで…」

 

「も、もしかして私達とやっていくの嫌になっちゃった…とか…?」

 

ほんとこいつらは…。

 

「そんなんじゃねーよ。今更抜けるつもりもねぇから安心しろ」

 

「よ、良かったぁ」

 

「うん、びっくりしたよ~」

 

「大事な事ってなんですの?」

 

「俺達にはバンド名がまだない」

 

「あ、そう言えばそうだよね」

 

「バンド名は俺達にも大事な名前だ。だから真剣に考えないとな」

 

「ええ、そうですわね」

 

「だから各自帰ってバンド名を明日の練習までに1つ以上考えてくる事。明日の練習はその事を話あってバンド名が決まってからだ」

 

「え、う、うん」

 

「バンド名考えて来なかったやつは明日のスタジオ代全額払うこと。だからって適当に考えたりするなよ」

 

「う、うん!わかったよ!」

 

「じゃあ今日は解散だ」

 

そして今日は解散した。

またこっそり練習に戻らないように、秋月が車に乗るとこを見送り、一瀬とユイユイも駅まで見送った。

 

俺も帰るか。

 

『かっこわるい事したり中途半端にするようならすぐ抜けるけどな』

 

俺はかっこわるい。

あいつらが俺に追い付こうと必死で頑張ってるのに

 

『俺だけ除け者かよ』

 

あんな事しか言えなかった。中途半端なのは俺だ。あいつらに甘えて俺の好きな曲を押し付けて…あいつらは俺に追い付こうとしてくれてたのに、俺はあいつらを伸ばす事だけ考えて、あいつらのペースに合わせる事をしなかった。

あいつらに無理な練習をさせてたのは、外でもない俺だ……。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺達はいつものスタジオに集まっていた。

 

「あ、まっちゃん、おはよう!」

 

ユイユイは時間に関係無くいつもおはようだな。

 

「松岡くん、こんにちは」

 

「松岡くん、さっき振りですわね」

 

秋月は車だから俺より到着が少し早い。

 

「よぉ、バンド名は考えてきたか?」

 

「うん、候補はいくつかね」

 

「私も考えてきたよ!」

 

「では、発表しましょうか」

 

「はいはーい!じゃあまず私からね!」

 

ユイユイが自分から手をあげた。よほど自信があるんだろう。

 

「私が考えたのはすっごく可愛いよ!『cato and dogs』って書いてキャットアンドドッグス!猫も犬も可愛いでしょ?ね?」

 

catの綴り間違えてるー!!!

なんて突っ込み所が満載なネーミングなんだ…。何でdogだけ複数形でdogsなんだ…。

 

「確かに可愛らしいバンド名ですわね」

 

正気が秋月!?

 

秋月の方を見ると思いっきり明後日の方向を見ていた。やっぱりおかしいと思ってるんだな。安心したぜ。

 

「え、えへへ、やっぱり?可愛いよね」

 

その後実際には数秒しか経っていないだろう。だか永遠とも思える沈黙が続いた。

 

「あれ?あれ?誰も発表しないの?私ので決まり?」

 

いや、それは勘弁してくれ。

 

ヤバいな。ここから切り出すのはかなり難易度が高い。あのユイユイのバンド名を越えるインパクトのあるバンド名。かつ、まともなバンド名じゃないととても言いづらい。

 

一瀬お前ならユイユイと仲がいいだろ!?さぁ!お前が発表するんだ!

 

「じゃ、じゃあ…」

 

さすがだ一瀬!さすが俺達のリーダーだ!さぁ!この空気をぶち壊してくれ!

 

「次は言い出しっぺの松岡くんのバンド名を聞いてみようか」

 

な、なんだとぉぉぉぉ!?

こいつ…!天然?

いや、違う。俺は見逃さなかった。

 

『次は言い出しっぺの松岡くんのバンド名を聞いてみようか』

 

ああ言った後、あいつは確実にニヤリと笑っていた…!か、確信犯だ…!!

 

よし、こうなったら…『俺のはトリだな。ラストに発表させてもらう。それより秋月はどんなの考えたんだ?』これだ。これでいこう。今ならいける。さっきの一瀬の台詞から0.2秒しか経っていない。すまん、秋月!許せ!

 

「俺のは…」

 

「そうですわね。言い出しっぺの松岡くんのを聞いてみたいですわ」

 

な、なにぃぃぃぃぃ!?

ば、バカな…俺の発言に被せるように仕掛けてきただと!?くそ、こうなったら…。

 

「結衣も松岡くんのバンド名どんなのか気になるんじゃない?」

 

「え?うん!気になる!!」

 

な…なんだ……と…!?

ここでユイユイも巻き込む事により俺の逃げ場をなくしただと…!?

 

くそ、こうなったら少しでもハードルを下げて……

 

「あー、俺の考えたやつは大した事ねーぞ?アイドルとか詳しくねぇから、そんなキラキラしたような名前は思い付かなかったからな。あくまでもロックなイメージで考えた」

 

よし、ナイス俺!これならインパクト的に欠けててもスルーで済むはず…!

 

「一瀬は春太で春。ユイユイは夏野で夏。秋月にも秋があるし俺は冬馬で冬が入ってる。それで俺達は4人だ。だから俺が考えたのは『FOUR SEASON』と書いてフォーシーズンだ」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

え?何で無言?

 

「う~~ん、インパクトにかけるかなぁ」

 

いや!ユイユイ!お前には言われたくねーよ!確かにキャットアンドドッグスみたい衝撃はないけどっ!

 

「普通過ぎるかな」

 

キャットアンドドッグスの後にバンド名発表させられた俺の身にもなれよっ!

 

「……ふぅ」

 

秋月!?何で!?そんなに俺のダメだったか!?

 

「こうなったら私の案か春くんの案で行くしかありませんわね」

 

俺の案無かった事になったぁぁぁ!!?

ユイユイの案を潰す為の捨て石にされただとぉぉぉぉ!!

確かにFOUR SEASONってのもどうかと思うぞ!?なんかありきたりだしな!?

でもキャットアンドドッグスよりは他に何か言うことあるだろ!?

 

「じゃあ次は俺がいこうか。俺が考えて来たのはこれ。『KIRAKIRA☆BOYS』って書いてキラキラスターボーイズ!」

 

ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!!

何!?ユイユイとそんな変わらないネーミングセンスだぞ!?

そもそもその☆の部分スターって呼ばせるのか!?いや、その前にユイユイと秋月はボーイズじゃねぇ!!

 

「うん!さすが春くんだね!私のキャットアンドドッグスに匹敵する可愛さだよ!!」

 

なんでそんな絶賛!?俺のFOUR SEASONよりそんな良かったのか!?確かにインパクトはあるけどなっ!

 

「…」

 

秋月!?言葉も失って真顔になってる…。

頼む秋月…お前だけが頼りだ…。

真顔のお前も可愛いぞ。

 

「では、私達のバンド名を発表しますね」

 

おい、秋月『私達の』って言ったぞ。もう自分のバンド名で決定って事か?

いや、確かにな。キャットアンドドッグスとかキラキラスターボーイズはどうかと思うぞ?でもFOUR SEASONの方は候補に入ってもいいと思うからな?

 

「私が考えて来たのはこれですわ。『YKH ~和と美を添えて~』と書いてユ・キ・ホ わとびをそえて。ですわ」

 

ユキホって言っちゃってるぅぅぅ!!

和と美を添えてって何だよ!料理かよ!くっそ!そんな秋月も可愛いな!!

 

「さすが姫咲だね。なかなかいいと思う」

 

いや、良くないだろ!

 

「確かに和と美を添えてる所とかいいと思うんだけどさ」

 

何でだよ!何でバンド名にそんなの入るんだよ!

 

「やっぱり俺はKIRAKIRA☆BOYSがいいと思うな」

 

一瀬!お前そんな自己主張強いやつだったか!?

 

「私としてはYKH ~和と美を添えて~がいいと思うのですが…」

 

秋月!?……は、うん。元から自己主張強かったな。

 

「う~ん…3択だね…」

 

どれとどれとどれで3択!?

昨日俺『今更抜けるつもりもねぇから安心しろ』とか言ったけどそんなバンド名になったら考えるからな!?

 

「悩みますわね。こう…いいのが3つも揃いますと、やはり自分のが1番と思ってしまうのが人の性ですし…」

 

秋月…お前の中でもFOUR SEASONよりキャットアンドドッグスとかキラキラスターボーイズの方がいいのか…。

 

「こうなれば第三者に聞いてみましょうか」

 

第三者…?俺、第三者扱いじゃないよな?

 

「じいや!」

 

「ハッ、ここに」

 

じいさんほんとどこに居たの!?

 

「じいや。申し訳ないのだけれど、私達のバンド名にピッタリと思うのはこの中のどれと思いますか?」

 

「セバスちゃんならセンスもありそうだし安心して任せられるね!」

 

「セバスさん、すみません。よろしくお願いします」

 

「そうでございますな。一瀬様のKIRAKIRA☆BOYSも、夏野様のcato and dogsも、お嬢様のYKH ~和と美を添えて~も大変素晴らしいバンド名で、私も決めかねる…といったところが本音ではございますが…」

 

そしてじいさんが俺の耳元にそっと呟いてきた。

 

「松岡様、心中お察し致します。ここはこのセバスにお任せ下さいませ」

 

じ、じいさん…!!

 

そしてじいさんはみんなに向けて続けてこう言った。

 

「ですが、私も皆様のバンドの練習を見守っている身でありまするが故、僭越ながら私もバンド名を考えて参った次第にございます」

 

「なるほど。では、じいやの考えて来たバンド名も聞かせていただけますか?」

 

「ハッ、お耳汚しを失礼致します。私が考えて参りましたバンド名は『Canoro Felice』と書いてカノーロ フェリーチェと読みます。私の祖国イタリアの言葉にございます」

 

「かのーろふぇりーちぇ?どういう意味?」

 

「このCanoro(カノーロ)とは歌うことという意味や音色という意味でございます。そしてFelice(フェリーチェ)とは幸せという意味にございます。皆様の歌で音色で幸せにしよう。幸せな歌や音色を届けようという意味で名付けさせて頂きました。また、皆様ご自身もこのバンドの歌で幸せになるという意味も含めております」

 

「すごい!すごいよ!セバスちゃん!カノーロ フェリーチェって読み方も可愛いし!」

 

「うん!確かに俺達にぴったりなバンド名だよね」

 

「さすがじいやですわね。私はまだまだじいやがいないとダメですわ」

 

「勿体なきお言葉!」

 

すげぇ、確かにネーミングも俺達にピッタリって思うけど、それ以上にこいつらを納得させれたのがすげぇ…。

 

「ね!私達のバンド名さ!Canoro Feliceにしようよ!私気に入ったよ!」

 

「うん!俺もいいと思う。セバスさん、その名前。俺達のバンド名に貰ってもいいかな?」

 

「ハッ、恐悦至極にございます!」

 

「じいや。私達はじいやに戴いたCanoro Feliceの名でバンドをやっていきますわ。だから、いつまでも私達の行き着く先を見守って下さいね」

 

「御意」

 

そうして俺達のバンド名はCanoro Feliceに決定した。良かった…。あの3つのどれかにならなくて…。それに俺もこのバンド名気に入ったしな。

 

「松岡様」

 

「ん?なんすか?」

 

「いかがでございましょう?あの3つよりは…とは思いますが。おっと、失言でしたな、失礼」

 

ふふ、あははは…やっぱりこのバンドってか、このバンドのメンバーの雰囲気楽しいな。

 

「ありがとうなじいさん。実際ヒヤヒヤしてたけど助かった。それ以上にCanoro Feliceってバンド名、俺も気に入った!」

 

「勿体なきお言葉!ですが、私の事はフレンドリーにセバスちゃんとお呼び下さいませ」

 

「あはは、おう、ありがとうな…セバ…セバス。俺はちゃん付けで人を呼ぶキャラじゃねーわ。悪いな」

 

「とんでもございませぬ」

 

そしてセバスは姿を消した。

ほんとどこ行ったんだ!!?

 

 

 

 

「よーし!バンド名も決まった事だし練習頑張ろう!!」

 

「うん!今日も頑張るよー!」

 

「ええ、今日も頑張っていきましょうね!」

 

あ、そうだ。まだ俺からこいつらに話があったんだった。

 

「練習の前にちょっと聞いてくれ」

 

「ん?何?」

 

「昨日までやってた曲な。あれはもうやらなくていい。あれはライブでもやらない」

 

「え?」

 

「な、何で!?」

 

「せっかく昨日までみんなで練習してましたのに」

 

「その事については謝る。この通りだ。すまん、その曲は忘れてくれ」

 

そう言って俺は頭を下げた。

 

「頭の下げ方が足りませんわ」

 

「「姫咲!?」」

 

まぁ、俺の我儘だしな…。

こいつらに謝りたいのは本気の気持ちだ。俺は膝をついて土下座をしようとした。

 

〈〈ギュッ〉〉

 

「き…姫咲…!?」

 

「うわうわうわわわわわ!」

 

土下座をしようとした俺を秋月が抱き抱えるように支えていた。

やばい、いい匂い。いい匂い。いい匂い…

 

「冗談ですわ。殿方がそんな簡単に土下座なんかしたらいけませんわよ。何か事情がおありなんでしょう?まずはそれを話して下さい」

 

そう言って秋月は俺から離れた。

 

「何があったのですか?」

 

「あ、ああ…。昨日までの曲は、あれは俺の曲だ。俺がやりたいだけのかっこいいって思って作った曲。お前らの事やCanoro Feliceの事を考えて作った曲じゃない。お前らは俺の技術に追いつこうと練習も無理して頑張ってくれてた」

 

「そ、そんな事気にしなくていいのに!」

 

「そうだよ!私がまだまだ下手っぴなのは事実なんだし!」

 

「春くん!結衣!松岡くん、ごめんなさい。続けて下さい。最後まで聞きますわ」

 

「ああ、俺は今まで色んなバンドを転々としてきて、どこのバンドも楽しくなくて。お前らと演奏して…初めて楽しいって思えるバンドと出会えた。それなのに俺は俺に追いつこうと頑張ってるお前らを伸ばす事ばかり考えて、俺がお前らのペースに合わせるって事をしてなかったんだ」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「今、俺がやりたいのはCanoro Feliceなんだ。だから、あの曲は忘れてほしい。俺達はCanoro Feliceなんだから」

 

「「「松岡くん(まっちゃん)…」」」

 

「それでな。昨日作ったんだ。俺達の曲を。今日からはこの曲をやっていってほしい。そしてこの曲を俺達のデビュー曲としてライブでやりたい」

 

そう言って俺は一瀬とユイユイと秋月にスコアを渡した。

 

「『Friend Ship』…?」

 

「わぁ、こないだとは全然違う曲調と歌詞だね」

 

「また安直なネーミングですこと」

 

ぐっ……

 

「ねぇ松岡くん、この歌詞の部分の赤いとこは何?」

 

「ああ、そこはユイユイが歌うパートだ」

 

「私!?」

 

「一瀬はダンスが持ち味だしな。だからどうしても歌えない間も出来ちまう。だからそこはユイユイがサポートとして歌ってくれ。多分これが俺達の完成型だ」

 

「う、うん…頑張るよ…!」

 

「松岡くん。よく頑張ってくれましたね」

 

そう言って秋月が俺の頭を撫でてくれた。Feliceはここにあったのか…!

 

「あ、あとな…」

 

「何ですか?」

 

「いつまで俺だけ苗字呼びなんだよ。俺も仲間なんだし……そろそろ名前で呼べよ…」

 

う、こういうの言うのってすげー恥ずかしいな。

 

「わかったよ。冬馬。改めてよろしくね」

 

「お…おう、は…春太…」

 

自分から言っておいてすげー恥ずかしい…。

 

「冬馬…冬馬だからとうちゃん?なんかお父さんみたい。う~ん、とうまちゃん!長いなぁ…」

 

呼び捨てでいいよユイユイ…。

 

「わかりましたわ」

 

そう言って秋月が俺の頭から手を離して、優しい微笑みを俺に向けてこう言った。

 

「それだけはお断りしますわ。ごめんなさい」

 

え?

 

「もう松岡くんは私の中では松岡くんってのがあだ名みたいな感じですので…」

 

え?

 

「え?いや…あのきさ…」

 

「学校で誰かに聞かれて勘違いされても迷惑ですので、絶対に私の事は下の名前で呼ばないで下さいね」

 

今日一番の秋月の笑顔を見た。可愛いな。

 

いやいやいや!何でだよ!同じCanoro Feliceの仲間だろ俺達…!!

 

そして俺は春太と下の名前で呼び合うようになり、ユイユイと秋月とは変わらずまっちゃんとユイユイ。松岡くんと秋月と呼び合う事で収まった。

 

それでも俺はやっとCanoro Feliceのドラムになれたんだと思う。

 

俺達の曲をライブで演奏する日も…きっと近い。



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第5章 FABULOUS PERFUME

俺の名前は松岡 冬馬。

今回も俺のモノローグから物語は始まる。

 

俺達はバンド名も決り曲も出来た。

俺達Canoro Feliceはこれからだと思ってた。

 

でも現実ってのは漫画やアニメ、ゲームの世界とは違う。そんな簡単なものじゃなかった。

 

 

 

 

 

----------------------------

 

『ねぇ!ねぇ!私達もさ、バンド名も決まったし曲も出来た!そろそろライブやろうよライブ』

 

『は?曲も出来たっても1曲しか出来てないだろ』

 

『そうですわよ。結衣。私達はまだまだです。もっと曲を作って、もっと上手くならないと』

 

『うー、それはそうだけどさ…』

 

『俺も曲作るの頑張ってんだ。もうちょっと待ってろよ』

 

『そうだよ結衣。冬馬も頑張ってくれてる。俺達は今の俺達の出来る事をやろう?』

 

『だから!それはわかってるの!でもね、私達が私達だけで練習してても良くなりっこないと思うんだよ』

 

『ん?どういう事だ?』

 

『ほら、私もね。アイドルやってたじゃん?みんなボイトレしたり、ダンスのレッスンしたり色々頑張ってたよ?それもメンバーのみんな一人一人が』

 

『うん、Blue Tearのみんな凄かったよ。俺も覚えてる』

 

『ああ、俺もユイユイの事一目見てわかったろ?俺もBlue Tearみんな凄いと思ってたぞ』

 

『じゃあさ?春くんの推しは誰だった?まっちゃんの推しは誰だったの?』

 

『俺はみんな好きだったよ。箱推しってやつかな』

 

『俺はセンターのユウカちゃんだ』

 

『へぇー、松岡くんってあんなタイプの女の子が好きなのですね』

 

『え?ちが、違うぞ秋月!Blue Tearの中でなら!って話だからな!』

 

『私はBlue Tearならヒナちゃんが好きでしたわ。あの闇をもった黒さ。同じ女として見習いたいものです』

 

『姫咲…姫咲は今のままが一番だよ』

 

『俺も今のままの秋月がいいと思うぞ。そんなの見習わなくていいからな?な?頼むから』

 

『んとね、私達Blue Tearの中で一番頑張ってたのはメグミちゃんなんだ。って、私が思ってるだけだけど…あはは。みんなBlue Tearにメグミちゃんって居たの知ってた?』

 

『ごめん…俺は知らないかな…』

 

『俺も知らないな。秋月はどうだ?』

 

『いつもバックにいた子ですわね。ソロパートとかもなかったように記憶してますけど』

 

『『『あ、知ってるんだ?』』』

 

『じいやの推しですわ』

 

『あ、でね。そのメグミちゃんだけどさ。ずっと努力はしてたんだよ。でも才能がなかったわけじゃない。セバスちゃんみたいに見てくれてる人もいるにはいたからBlue Tearでいれたんだと思う』

 

『はぁ、で?ユイユイは何が言いたいんだ?』

 

『その子はね、見てもらう機会がなかったんだよ』

 

『見てもらう機会…ですか?』

 

『うん。やっぱり冠番組でもバラエティでも歌でもさ。センターのユウカが一番出てた。私もギターやりだしたからってのでテレビに出るようになったから、それなりに知名度があったんだと思う』

 

『なるほどな。スタジオで一生懸命練習しててもそれだけじゃ誰にも見てもらえない。だから俺達もライブなりやってみんなに見てもらうべきだ。って言いたいのか?』

 

『そう!それ!そうじゃなきゃさ?私達もどこが悪いかとか、どこがいいかとかもわかんないじゃん?』

 

『そうですわね。確かに今の練習法や伸ばそうとしてる所が必ずしもオーディエンスの望む姿。とは限りませんものね』

 

『だからって曲もないのにライブってのはな…』

 

『うん、ならさ、路上ライブとかどうかな?』

 

『路上ライブか……』

 

『あ!それいい!私達も研究生時代とかよくやったもん!』

 

『路上ライブもいい練習になると思うよ。オーディエンスの意見も見え聞き出来ると思うし』

 

『そうですわね。路上ライブでしたら1曲だけでもいいでしょうし』

 

『冬馬、やってみるのもありじゃない?』

 

『そうだな。やってみるのもありか…』

 

『うん!やろうよ!路上ライブ!!』

 

『それよりな。路上ライブやるのはいいが、その為にそのメグミちゃんの話題出すってのはな…どうかと思うぞ。ユイユイ』

 

『え?なんで?』

 

『え?いや、努力家だったのに報われませんでした。みたいな例に出されても可哀相だろ…』

 

『え?メグミちゃんの努力は報われたよ?最近テレビでもよく見るしオリコンも2曲連続トップテン入りしてるよ?』

 

『は?いや、俺はしらないぞメグミちゃんって子』

 

『ごめん結衣、俺も知らないかな』

 

『ん?目久美 飛鳥(めぐみ あすか)ちゃんって今めちゃ有名じゃない?』

 

『『メグミって苗字だったのかよ』』

 

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そんなやり取りから数日後、俺達は路上ライブデビューをした。

 

最初は誰も立ち止まってくれる事はなかったが、日々やっていくにつれ。立ち止まって見てくれる人達も増えていった。

 

そう、聴いてくれる人達じゃなく、見てくれる人達が……。

 

「キャー!春太くんかっこいー!」「松岡くーん!こっち向いてー!」「結衣ちゃん可愛いよー!」「姫咲様ー!罵ってくださいー!」

 

な、なんか秋月のファン層だけ違う気がするが、みんな俺達の曲を聴いてくれてるわけじゃない。

俺達はこれでいいんだろうか…。

 

 

 

 

 

 

「うっす」

 

「冬馬こんにちは」

 

「今日も路上ライブ頑張ろうね」

 

「ええ、頑張りましょう」

 

「「「「……」」」」

 

しばらくの沈黙。俺達は黙ったまま路上ライブの準備をしていた。

 

「ねぇ、今日はさ。私達の曲。ちゃんと聴いていってもらいたいね」

 

ユイユイのその一言が俺達には重かった。

 

 

 

 

 

「みんなー!今日もありがとう!聴いて下さい!俺達、Canoro FeliceのFriend Ship!」

 

そして俺達の演奏が始まる。

 

「結衣ちゃん可愛いよー!こっち向いてー!」「冬馬さ~ん!今日もかっこいいですー!」「春太くん!春太くん!!」「姫咲様ー!どうかこの憐れな豚を踏んで下さいー!」

 

やっぱり秋月のファン層だけ……。いや、演奏に集中しろ。演奏をしっかりやれば……きっと…。

 

「ハァ、ハァ。Canoro FeliceでFriend Shipでした!みんな聴いてくれてありがとう!!」

 

「キャー!春太くーん!握手して下さいー!」

 

「え?うん、ありがとう」

 

「結衣ちゃ~ん!一緒に写真撮って下さい!」

 

「え?あ、うん、いいよ」

 

「姫咲様。どうかこの鞭で私のお尻をぶって下さい」

 

「あ、あの、ごめんなさい。それはちょっと…」

 

「松岡さん、私と握手して下さいー!」

 

「あ、ああ。いいぜ」

 

「ありがとうございます!」

 

「お、俺達の曲どうだったかな?」

 

「え?かっこよかったです」

 

「そ、そうか、ありがとう」

 

感情のこもってない『かっこよかった』か…。やっぱりこの子も俺達の曲を聴いてくれてるわけじゃない。

 

 

 

 

 

 

「みんな、今日もお疲れ様。結衣も姫咲も気を付けて帰ってね」

 

「あはは、私は姫咲と一緒にセバスちゃんに送ってもらうから」

 

「ハッ、このセバス。必ずや結衣様もお嬢様も無事に送り届けてみせます。一瀬様も松岡様もお気をつけて。いくら我が私設部隊を各所に配備させてますとはいえ、こうも遅い時刻ですと何があるかわかりませんので…」

 

「あはは、セバスさん、ありがとう」

 

私設部隊って何だ…?

 

「では、春くん、松岡くん。ごきげんよう」

 

「俺達も帰るか」

 

「うん、そうだね」

 

「…」

 

「…」

 

帰り道俺達はずっと無言だった。

春太も色々考えてるんだろう。

 

「あ、冬馬。じゃあ、また明日」

 

「ああ、また明日な」

 

無言のまま駅前に着き、俺達は別れた。

 

ダメだ、このままじゃCanoro Feliceはダメだ。

だからと言って現状を打破する方法なんて思い付かない。

 

ん?LINE?お袋からか。

 

『ごめんねヽ(・∀・)ノ

パパとママで冬馬の分のご飯も食べちゃったv( ̄Д ̄)v』

 

なんだよこの顔文字のチョイス!!

食べちゃったじゃねぇよ!

 

しょうがねぇ、いつものカフェで食ってくか…。

そう思い、飯がない時とかによくお世話になるカフェへと足を向けた。

しかし、そのカフェはいつもと様子が違う。なんだあの人集り……。

 

「チヒロ様ー!今日のギターも最高でしたー!」「イオリ様のドラムかっこよかったです!!」

 

たくさんの女の子に囲まれてイケメンの4人組が居た。なんなんだあいつら…。

 

「シグレ様の今日の声も素敵でした!」「ナギ様ー!ナギ様のベース聴きながら寝たいですー!そしてナギ様に起こされたい!」

 

俺はふとカフェの壁に貼られたフライヤーへと目をやった。

FABULOUS PERFUME(ファビュラス パフューム)』?ライブ?

え!?ここってライブハウスだったのか!?

 

俺がずっとカフェだと思い込んでいたファントムはどうやらライブハウスのようだった。そうか、普段はライブハウスでライブのない日はカフェをやってるのか…。

 

店外はイケメン4人組と若い女の子だらけだが、店内はそんなに人はいないな。ライブ終わった後に店内で飯を食ってる人もいるみたいだし、俺も飯にありつけるだろうか?そう思い俺は店内に入った。

 

「いらっしゃい」

 

俺が店に入るといつものおっちゃんが俺を迎えてくれた。

 

「あ、あの俺もここで飯をと思ったんですが大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

どうやら大丈夫なようだ。俺は空いてる席に座ると今度はいつもの女の子が俺の席に水を持ってきた。

 

「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたらお呼び下さい」

 

「あ、あの今日の定食ってのは?」

 

「本日のメニューはほっけ定食です」

 

「え?ほっけ?」

 

「はい。身がぷりぷりしてて最高ですよ」

 

え?カフェで?ほっけ?

いや、まぁそれはいい。でもここライブハウスで今日はライブあったんだよな?魚なんか焼いて大丈夫なのか…?

 

「あ、じゃあそれを…」

 

「いつもパスタとかにされるのに珍しいですね」

 

「え?」

 

「私はよく来てくれるお客様の顔は覚えてますから」

 

そう言ってその子はすごくいい笑顔を向けてくれた。か、可愛い…。

ハッ、いかんいかん。俺には秋月がいる。

 

そしてその子はおっちゃんの元に戻って行き、俺は改めて店内を見渡してみた。

 

今日はライブがあったからか、フライヤーやポスターが多いけど、いつもはこんなのないもんな。

 

そう思ってフライヤーを見て回っていると、1枚のフライヤーに目が止まった。

 

Phantom Gig(ファントム ギグ)

開催日11月12日。

参加バンド1組募集中。

参加バンドBlaze Future/Dival/Ailes Flamme。

詳細は支配人まで。

 

どれも聞いた事のないバンドだな。

 

「ほいよ。今日の定食お待ち!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「どうした?店内を妙にキョロキョロして。今日は女性客が多いからな。どの子ナンパしようかって品定めでもしてたか?」

 

「ち、違いますよ。俺、たまにここ来るんですけど、ライブハウスって初めて知ったな。と思って」

 

「まぁ、あんまり流行ってないからな」

 

そう言っておっちゃんは笑った。

初めて会話したけど、なかなか話しやすい人だな。

 

「あの、それでそのフライヤーが気になったんですけど…」

 

「ん?ああ、このPhantom Gigのやつか?君、バンドやってるのか?興味ある?」

 

「ええ、まぁ一応…」

 

「このイベントはBlaze Futureってバンドの主催でな。このライブハウスで15年前の伝説のライブ、ドリーミン・ギグみたいにみんなで自由にライブをやろう。って企画だ。参加条件はバンドを組んでいる事って以外には特にないが、どれも聞いた事ないバンドだろ?」

 

「ええ、まぁ…」

 

「どのバンドも最近結成したバンドでな。でも3組とも熱いものを持ってるバンドだ。メジャーデビューとかそんなのを狙ってるわけじゃない。自分達で楽しいライブをしたい。そう思ってるバンド達だよ」

 

「じ、実は俺達も最近バンドを結成したばかりで…」

 

「そうなのか?今ならまだ枠もあるぞ。昨日募集かけたばかりだしな」

 

俺は何を言ってるんだ。路上ライブではあんな感じなのに。今の俺達がライブなんて出来るのか……

 

「どうした?なんか困り事か?」

 

そう言っておっちゃんはそのフライヤーの前に行き、そのフライヤーを剥がして俺の所に持ってきた。

 

「持っていきな。そんでメンバーと話し合って参加するかどうか決めたらいいさ。ただし3、4日くらいで決めてくれな。君達がダメだったらまた募集しなきゃだしな。あ、大事な参加費だけど1バンド………」

 

 

 

 

 

 

俺は飯を食い終わりフライヤーを眺めながら帰路についていた。

 

「みんな結成したてのバンド…か」

 

俺はこのライブの事をみんなに話すべきか?それとも……。

俺自身の気持ちとしては参加してみたい。

 

だが、今の俺達が参加したところで…。

 

〈〈〈ドン〉〉〉

 

「キャッ」

 

「イテッ」

 

「ご、ごめんなさい。急いでたものだから…」

 

「俺こそ悪い…ちょっとボーっとしてたから…大丈夫か?」

 

フライヤーを見ながら歩いてたら女の子とぶつかってしまった。

 

「……」

 

ん?女の子が俺の顔をじっと見てる。ヤバイな。どこかぶつけちゃったか?

 

「あの、ほんとすまん…」

 

「運命……」

 

「え?」

 

「あ、いや、なんでもないです!大丈夫です!」

 

「そっか、それなら良かった」

 

ぶつかった拍子に転ばせてしまった女の子のキャリーを立たせてやる。う、意外と重い…。

 

「ほんとごめんな。ほら、キャリー」

 

俺が女の子にキャリーを渡そうとすると、女の子は俺がぶつかった時に落としたであろうフライヤーを見ていた。

 

「あ、すみません。重ね重ねありがとうございます。このフライヤーって…」

 

「ああ、ここの近くのライブハウスでやるイベントらしくてな。俺もバンドやってるんだけど参加するか悩んでたらオーナーがそのフライヤーをくれたんだよ」

 

「残り1組募集かぁ。面白そうだけど、お兄さん達が参加するなら私達は無理かな」

 

「あ、いや、まだ参加すると決めたわけじゃないけどな」

 

「私もバンドやってるんですけどライブはやるべきだと思いますよ。はい、フライヤー」

 

「ああ、サンキュな」

 

「そのイベントの日程覚えましたし!きっと見に行きますんで参加して下さいね」

 

「え?あ、ああ。きっと…」

 

「あ、よかったら連絡先交換しませんか?同じバンドやってるもの同士悩みとか色々相談出来るかもですし」

 

彼女の名前は茅野 双葉(かやの ふたば)。俺と同じ18歳らしい。パートはベースをやってるようだった。秋月とは違って天真爛漫って感じの女の子だな。

 

そして帰宅した俺に早速茅野からLINEが入ってた。最初は他愛ない会話だったが、バンドの話になった。茅野達のバンドはそれなりにライブもやっているらしい。最初は全然オーディエンスが入らなかった事。CDを自主制作しても無料でも受け取って貰えなかった事。

 

そして俺は俺のバンドも今は同じような感じだと茅野に相談していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も俺達は挨拶だけ交わし、無言で路上ライブの準備をしていた。

俺は結局Phantom Gigの事をこいつらに話せないでいた。

 

そしていつものように路上ライブをし、いつものように解散する。

結局今日になっても何も変わらない。

明日もきっと何も変わらない…。

 

俺達が楽器の片付けに入ろうとした時だった。

 

「ふぅん、君達か。最近この辺で路上ライブをやっているというバンドは」

 

「なかなかつまらない演奏をしているじゃないか」

 

俺達は片付けの手を止めて声のする方へと目を向けた。

 

「デュエルギグ野盗が往来するこのご時世に路上ライブをやっているというから、期待して見に来てみればこれだ」

 

こいつら…昨日の…

 

「まぁ、用は済んだ。邪魔したね。こいつらはボク達の敵じゃない」

 

「ナギもう行こうぜ」

 

「待ってよ。オレはこいつらに本当の演奏を見せてやりたい」

 

「は?お前ドSかよ。こいつら二度と演奏出来なくなるぜ?」

 

「オレは優しいの。こんな奴らはここで終わらせてやるのが一番だろ?」

 

「な、何こいつら…感じ悪い…」

 

「FABULOUS PERFUME……確かそんな名前のバンドだ」

 

「俺は気が進まないな。可愛い女の子がいるバンドだぜ?」

 

「ボクも。こんな奴ら相手にしてもボクらの品が落ちるだけさ」

 

「私は構いませんよ。ナギ。やりましょう」

 

「まじかよ。シグレ…」

 

「可愛いお嬢さん、オレにベースを貸してくれるかな?」

 

「は、はい。私のベースでよければいくらでも…」

 

「秋月!?」

 

「チ、しゃーねーな。シグレがやんなら俺もやらねぇとな」

 

そしてその男はユイユイに近づいていった。

 

「君、見たことあるよ。Blue Tearのユイユイ…だよね?」

 

「は、はい…」

 

「俺にギター。貸してくれないかな?」

 

「え、え?あの、あの…」

 

「やれやれ、困った女の子だな…chu」

 

「「!?」」

 

その男はあろうことかユイユイの頬にキスを…キスをした!

俺ですらスコア渡す時に指先が触れた事しかないのに!!

 

「これは前払いのレンタル料…ほら、貸して」

 

「はい、いくらでも使ってくだしゃい」

 

「ゆ、結衣!?」

 

「ヤバいぞ春太…」

 

「うん、結衣はともかく姫咲までもが…。これが、イケメンとフツメンの差か…」

 

「安心しろ春太。俺のドラムはあんな奴らに貸さねぇ……」

 

「ふぅん、君はボクに貸してくれないんだ?」

 

「ったりめーだろ。誰が貸すかよ」

 

「いいの?シグレとチヒロとナギだけでも十分勝てるレベルだけど?ボクのドラムが参加しないのに負けたとあったら最悪だよね?君達」

 

「なっ!?」

 

「春太、挑発に乗んな」

 

「へぇ?本当にボクには貸してくれないんだ?怖い?自分のドラムが誰かに負けるのは」

 

こいつ…。

 

「イオリ。安っぽい挑発すんな。オレとシグレが居りゃ負けねぇよ」

 

「あ?ナギてめぇ俺の事忘れてんのか?」

 

「チヒロが居たら圧勝になっちまうだろ?手加減してやれよ?」

 

「バ~カ、お前こそ手加減してやれよ」

 

「「か、かっこいい~」」

 

秋月!?ユイユイ!?

 

「ダメだ、冬馬…あの2人は完全に落ちてる……」

 

そしてドラムの居ないまま演奏が始まった。この曲……これは…俺達のFriend Ship……。

 

「まぁ、完コピとまではいかないけどね?どうよ?うちのギターとベースは?」

 

な、何だってんだよ……。

 

「ひひひ、ドラム君青ざめてるねぇ?ボクがドラムやってなくて良かったねぇ?」

 

「お?路上ライブか?」「え?何何?なんかいいじゃんこの曲」

 

なっ…なんだと…!?俺達と同じ楽器で同じ曲で…しかもドラム無しで……オーディエンスが曲に興味を持って…

 

「これが音楽だよ。そしてシグレの声を聞いて……絶望しな」

 

「一輪の蕾を持ちし華達よ…私の歌を聞いて!狂い咲け!!」

 

 

 

 

 

 

 

「すげーぞにーちゃん!」「さ、最高!!」「ねぇねぇ、この曲なんて言ってた?あたしこの曲欲しい」「あ、なんかどっかのバンドさんのコピーらしいよ」「もう1回歌ってくれ~」

 

完敗だ…。俺の…俺達の今までやって来た事は…。

 

その後、FABULOUS PERFUMEは2曲のアンコールに応え、オーディエンスは解散し、その場は俺達だけになった。

 

「ボーカルくんもドラムくんも今すごい顔をしてるよ?どう?これが音楽なんだよ」

 

「そんな…完敗だ…俺達の…」

 

「チヒロ様かっこいいよぉ」

 

「ああん、ナギ様。ユキホ様の次に素敵な方ですわ…」

 

「ユイユイ…秋月……。くそっ!」

 

「お嬢さん、ベースありがとう。なかなかいいベースだったよ。楽器は持ち手を選ぶのかな?君が素敵だから…ベースも素敵な音を奏でるね」

 

「は、はぅ~~。ユキホ様ごめんなさい。姫咲は…姫咲は……」

 

何だよこの秋月は…!何でこんなに可愛いんだっ!

いや、違う。いや、秋月は可愛いから違わないけど違う…!

 

「さてと」

 

ベースのナギって男が俺に近づいて来た。

 

「ライブを怯えて路上ライブばっかりしてるからこんな事になるんだよ。オーディエンスに応えてもらえないのがそんなに怖いかよ?」

 

そしてナギは俺の荷物を漁り始めた。

こ、こいつ何やってんだ!

 

「おー、あったあった。シグレ、チヒロ、イオリ。オレ達このイベント参加しようぜ。Phantom Gig。

オレ達が昨日ライブやった所でやる15年前のドリーミン・ギグのようなイベントらしいぜ?」

 

なっ!こいつ!

 

「ちょっと…ナギ。いくらなんでもそれはやり過ぎじゃねぇか?」

 

「こんな奴らが参加したって他のバンドに迷惑なだけだろ?だったらオレらが参加してよ。最高のライブにしようぜ!」

 

「ナギ…。ボクもそれはやり過ぎだとおも…」

 

「て、てめぇ!いい加減にしろよ!!お前らに俺達の何がわかんだよ!!返せよそれ!!」

 

「わかるさ。怖いんだろ?自分達の演奏が誰にも聴いてもらえないんじゃないかって。やりたくてもやりたいって声もあげられない」

 

「ナギ……」

 

俺はナギに向かって走った。

 

「いけません!!松岡様!!その方は!!」

 

「セバスさん!?」

 

そして俺はナギの胸倉を掴み…

 

(((ぷにょん)))

 

「え?」

 

「ひ!?」

 

モミモミ…

 

あれ?何だこの柔らかくて素敵な感触は?俺はこれを触る為に生まれて来たのかもしれない。そう思える幸せな感触……。

 

「キ……キャーーー!!!!」

 

そして俺の頬にはとてつもない衝撃が走った…。え?なんだこれ?

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ…うぇぇぇぇん…」

 

ナギが泣いている……

 

「うわあああああん!やっぱり男の人怖いよぉぉぉぉ!だからボクほんとは嫌だったんだよぉぉぉ!」

 

イオリが泣いている…

 

「やっぱり男は獣ね…!!」

 

シグレに思いっきり睨まれている…

 

「まぁ、あのな…泣くなよ。ナギ、イオリ。ごめんな。ちゃんと俺が守ってやるべきだったな?ごめん…ね…うぅ」

 

おろおろしてたチヒロも泣き出した…

 

「……」

 

春太は( ゚□゚)こんな顔をしている。

 

「まっちゃん…最低…ほんっと最低…」

 

ユイユイにも思いっきり睨まれている…。

 

「エロ岡くん。あ、間違えましたわ。モミ岡くん。あら?何てお名前でしたっけ?」

 

秋月には名前を忘れられている…。

 

え?なんだこれ???

 

「あ、あの…」

 

俺は思いきってナギに声を掛けてみた。

 

「冬馬酷いよ…確かに挑発したのは私だけど…。あんだけしたのに私って気付かないし…。怒らせ過ぎてどうしよう。って思ってたら殴られそうになって…やり過ぎたし殴られてもしょうがないって思ってたら…胸を…思いっきり…揉ま…揉ま……うわぁぁぁぁぁん」

 

「え?ちょっと待って!ほんっとちょっと待って!俺の事、冬馬って呼ぶって事は…茅野か…?」

 

「そだよ…茅野 双葉だよ…」

 

そう言って茅野はウィッグとウィッグネットを外した。

 

「結衣、私達も気をつけませんと…いつかあの変態に襲われそうですわ…私、あの人怖いです」

 

秋月!?

 

「私もまっちゃんはそんな事しないと思ってたのにね…幻滅だよ…」

 

ユイユイ!?

 

「( ゚□゚)」

 

春太頼む!早くこっちに帰ってきてくれ!弁護してくれ!!

 

「と、取り合えず話を聞いてくれ!俺はナギを双葉だと思ってなかったし、男だと本気で思ってたんだ!本当だ!」

 

「この変態は何を言ってるのでしょう?どう見ても男装女子の方々ですのに」

 

「普通気付くよね?」

 

普通気付くの!?

 

「やはりあの変態は気付かない振りをして虎視眈々と胸を揉む事を企んでたんですわ。おっぱい星人に違いありませんわ」

 

「本当に最低だね松岡くん!」

 

まっちゃんから松岡くんに格下げ!?

 

「本当だって!信じてくれ!」

 

「男はいつだってそう。身体だけが目的なのよ。双葉に頼まれたからってやっぱりこんな事するべきじゃなかったわ」

 

どうしたら信じてくれるんだ…。

 

「ボク…怖いよぉぉぉぉ。もうお家帰りたいよぉぉぉぉ!うわぁぁぁぁぁん!」

 

「わかった!もうわかった!!もういい!!」

 

俺が叫んで泣き声や罵倒は収まった。

かに、見えたが……

 

「あの男…今度は居直りましたわ…」

 

「ここまで最低な男だったなんて…」

 

「( ゚□゚)」

 

「初めては…結婚する人って決めてたのに…うぇぇぇぇん…」

 

「やっぱり男なんて…」

 

「あ、あのさ?みんなちょっと落ちつこう?このドラムくんの話聞こう?ね?」

 

「怖いよぉぉぉぉ!うわぁぁぁぁぁん!」

 

ああ、さっきまでチヒロさんって嫌な奴だと思ってたのに今は天使に見える。

そして頼む。春太、帰ってきてくれ…。

 

「これはもう見てられませんな」

 

セバス!居てくれてたのか!!

 

「これはバンド同士の話ゆえ、私如きが口を挟むのは…と思っておりましたが…」

 

「じいや。居たのですね。では、命令します。ナギ様とイオリ様を泣かせたあの男を抹殺しなさい。この世から」

 

この世から!?秋月マジでか!!?

 

「お嬢様、大変申し訳ございません。その命令は私の話を聞いてから…。に、して頂けますでしょうか。じいやのお願いでございます」

 

「………よいでしょう。それで気が変わる事がなければ、抹殺してくれると受け取ってもよろしいですか?」

 

「ハッ、その時は証拠も残さずに抹殺してごらんにいれます」

 

え?怖いよセバス。俺が泣きそうだよ。

 

「では、私が松岡様がナギ様をFABULOUS PERFUMEの皆様を男性と思っていた証拠を提出させて頂きます」

 

そ、そんか証拠があるのか!?ありがとう!セバス!!

 

「この写真をご覧下さい。松岡様がお嬢様と会話をされている時、結衣様と会話をされている時、そして夕べそちらの茅野様と会話をしている時の写真でございます」

 

え?何でそんな写真あるんだ?

 

「うわー、顔真っ赤だぁ。しかも目線反らしてるし」

 

「とんだ変態ですわね」

 

「あぅ、冬馬とのツーショだ。あの、じいやさん、この写真は被害者の私が証拠品として押収します」

 

「ハッ、ではこの写真は証拠品としてお納め下さいませ。あと私の事はフレンドリーにセバスちゃんとお呼び下さいませ」

 

「ありがとうございます。セバスさん」

 

「そして次にこちらが一瀬様と会話をされている時、私と会話をされている時、学校のご友人と会話をされている時、そしてFABULOUS PERFUMEの皆様と会話をされている時の写真でございます」

 

「あ、ボク達と会話してる時は顔が赤くない」

 

「ちゃんと俺達の目を見てるな」

 

「ナ…ナギの時の私と冬馬のツーショ…。セバスさん、この写真も被害者の私が証拠品として押収します」

 

「ハッ、どうぞ」

 

俺これとんでもない事暴露されてないか?

 

「なるほどですね。そこの…エロムをやってる胸岡くんだったかしら?」

 

「いや、ドラムをやってる松岡だ…」

 

「あなたが私達を男だと思っていたのは信じましょう。でも、あなたが双ば……ナギの胸を獣のように揉みしだいた事実は事実なの。去せ…どう責任を取るの?」

 

今、去勢って言い掛けなかったか?

 

「そうだな。あんたの言う通りだ。茅野。本当に悪かった」

 

そう思って俺は頭を下げた。

 

「頭の下げ方が足りませんわ」

 

え?何で秋月がダメ出し?

 

「茅野。本当に悪かった。俺に出来る事なら何でもする。だから、許してくれとは言わないが、俺の謝りたいって気持ちだけはわかってくれ」

 

「本当に何でもしてくれるの?」

 

「ああ、俺に出来る限りは何でも!」

 

「じゃあ、私…オレ達とデュエルをしてもらおうか?」

 

「「「ナギ!?」」」

 

「オレ達がデュエルに勝ったら…」

 

「勝ったら何だ?」

 

「オ…オレのおっ…おっぱ…」

 

「おっぱ?」

 

「おっぱい!……を、揉んだ責任として、茅野 双葉とこ…こここ恋人になってもらう!」

 

「は?」

 

「そ、その、かわりお前らが勝ったら…えっと、どうしよう…」

 

「ナギ様!いけませんわ!そんな事を言ってはまた胸を揉ませろとか言ってきますわよ!その男は!!いえ、もしかしたらもっとすごいことも……」

 

あ、あの秋月?ほんと許して下さい。お願いします。

 

「よし、お前らが勝ったらPhantom Gigはオレ達は参加しない。お前らが出ろ」

 

「え?そ、それでいいのか?」

 

「~!?お前!オレ達に勝てる気でいるのかよ!恋人って事はあれだぞ?休みの日に一緒にお買い物行ったりカフェ行ったり…毎日メールしあったり…」

 

「デュエルで負けたら……ナギ様の恋人があの男に……!?ま…負けるわけにはいきませんわ……」

 

よし。頑張れ俺。きっと今の秋月の台詞は俺が他の女の子の恋人になるのが嫌って事なんだ。きっとそうだ。

 

「よし!日程と場所はオレ達が決めてまた連絡する!」

 

「お、おう!望むところだぜ!!」

 

「( ゚□゚)」

 

春太…結局帰って来れなかったか…。

 

 

 

 

 

そうして俺達のライブデビュー。

FABULOUS PERFUMEとのデュエルが決まった。俺達は新曲を作り万全の準備を整えた。

ファントムのおっちゃんには事情を説明して、Phantom Gigの参加は俺達のデュエルの後まで待ってもらえるように交渉した。

 

俺達はこのデュエルに負けたら俺は茅野の彼氏にならなきゃいけない。

確かに茅野は可愛いし元気だしすごくいい子だ。

あの日の後もLINEや直接会ったりして、曲作りのアドバイスや、ライブをやる時なんかの注意なんかを教えてくれた。

俺はバンドのヘルプでライブやる事もあったが、その辺は全然知らなかったからな…。

 

そして俺のLINEから路上ライブをやってる事を聞いて見に行こうと思ってくれたらしい。だけど俺達の演奏は苦しそうに寂しそうに見えたから、俺達を挑発して楽しい演奏を見せてや、やりたい演奏を思い出させる為にやった事らしい。

バンドのメンバーにも必死で頼み込んで一芝居うってくれたようだ。

 

茅野は優しいし、正直あんないい子の彼氏になれるとか最高だと思う。なんならお付き合いしたいくらいだ。デュエルに負けるのは嫌だけど…。

でも茅野は俺が好きだから恋人になりたいとかじゃない。俺が事故とはいえ胸を触ってしまったから、その責任からだ。

茅野はいい子だから、こんな交際はダメだ。

 

だから俺は、俺達は負けるわけにはいかない。

 

「私達はやるだけはやりましたわ。だから、必ず勝ちますわよ!ナギ様を守るのです!もし負けるような事があれば、春くんと松岡くんは去勢します」

 

「「え!?」」

 

「うん!私も楽しみだよ!勝つように頑張ろうね!」

 

「な、何で俺まで…まぁ、勝てばいいか」

 

そして俺達Canoro FeliceとFABULOUS PERFUMEのデュエルの日がやってきた。



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第6章 デュエルギグ

俺の名前は一瀬 春太。

 

アイドルを夢見てた俺が、Fairy Aprilに出会い、俺もFairy Aprilのボーカル鳳 葵陽のようになりたいと思い、今はCanoro Feliceというバンドでボーカルをやっている。

 

そして俺達は今日初めてのライブを…デュエルをやる。

 

俺達のドラム、松岡 冬馬。

彼が作ってくれた俺達の曲。今日はみんなの前で思いっきり歌うんだ。

 

『もし負けるような事があれば、春くんと松岡くんは去勢します』

 

……不安もいっぱいあるけど。

 

よし、行くか。

 

「おはようございます。一瀬様。お待ちしておりました」

 

玄関を開けたらそこには俺達のベーシスト秋月 姫咲の執事をやっているセバスさんがそこに居た。

 

「お、おはようございます、セバスさん。あの…どうしてここに…?」

 

「ハッ、お嬢様が今日のデュエルは負けるわけにはいかないので、皆様に万全の状態でお越しいただきますようにと、お迎えにあがった次第でございます」

 

ああ、そう言えば今日のデュエルで俺達が負けたら、冬馬がFABULOUS PERFUMEのベースの子。茅野 双葉と付き合うんだっけ?

 

双葉ちゃんって冬馬が好きだからそんな勝負吹っ掛けてきたんだよね?姫咲がいくら双葉ちゃんの男装してる時の姿、ナギの事が好きとは言っても、俺はどちらかと言うと双葉ちゃんを応援してあげたいんだけどな。

 

「ハッハッハ。それは違いますぞ一瀬様」

 

え?何が?

 

「あの?セバスさん?」

 

「一瀬様はお嬢様が『ナギ様をお慕いしているから、松岡様の恋人にはしたくない。』そう思っていると考えておられませんか?一瀬様のお顔を見ていると、何かそのような事を考えてらっしゃるのでは…と」

 

「え?あの、違うのですか?」

 

「お嬢様は頭の良いお方です。そしてとても思慮深い。それに頑固で我儘で強気で、つまらない事には目もくれない方でいて、かなりのSではございますが」

 

意外と言うな。セバスさん。

 

「ですが、観察眼も鋭く、人の気持ちに敏感に気付いてしまい、どうすればまわりが上手く動くか。みんなが気を悪くしないかなど、先を見て行動してしまいます。自分が悪者になっても。……悲しい方です。このような家に生まれたが故に、色々とございますから」

 

そっか。姫咲はお金持ちのご令嬢だもんな。子供の頃から社交の場に出る事もあったんだろう。そこで色々見たくないものも見てきたんだろうな。

 

「そして、お嬢様はナギ様が本気で松岡様をお慕いしている事に気付いておられますよ」

 

「え?そうなんですか?」

 

「お嬢様はこう考えておられます。松岡様は胸を触った責任を取ってナギ様の恋人になる。そのような条件では、松岡様はデュエルで負けても何か理由を作り、ナギ様と恋人になる事を拒むでしょう。恋人になる事を拒まれたナギ様は傷つき悲しむ。そう思ってらっしゃるのです」

 

「で、でも、もし冬馬が責任を取って恋人になる。って言ったら?」

 

「確かに。ですが、万一、そんな賭けでお付き合いされたとしても、お二人は幸せでしょうか?お嬢様は松岡様とナギ様との幸せを考えてらっしゃいますよ。

あ、お嬢様の楽しいおもちゃである松岡様を取られたくないと思っているところもあるやも知れませんな」

 

確かに姫咲は色々な事考えてるもんね。冬馬との十番勝負の時もそうだったっけ…。

 

「もし、ナギ様が松岡様を好きだから恋人になれ。と、いう条件でございましたら、何か手立てを考えたと思います。お嬢様は負けるという事が嫌いですからな。ハッハッハ」

 

「そうなんですね。姫咲がそんな事を…」

 

「いえ、言っておられませぬよ」

 

はい?

 

「お嬢様がそう考えているだろうと、じいやの勘でございます」

 

「ははは、なんだ…セバスさんの勘ですか」

 

「もう15年もお嬢様を見てきておりますので、わかるものですよ」

 

15年?姫咲が生まれた頃からの執事って訳じゃないのか…。

 

「お疲れ様でございました。さぁ、ファントムに着きましたぞ」

 

「え?あれ?このままみんなを迎えに行くんじゃないんですか?」

 

「お嬢様は既にファントムの中に。結衣様と松岡様は別の者が迎えに行っております」

 

そうなんだ。結衣と冬馬はまだ着いてないのかな?

 

「ありがとうございます。セバスさん。今日のライブも是非観て下さいね」

 

「ハッ、それでは」

 

そう言ってセバスさんは車に乗り込み、この場から去って行った。姫咲はどこにいるのかな?

 

ってか、ここの入口の前、女の子でいっぱいなんだけど…。FABULOUS PERFUMEのファンの人達かな?

 

どこに行ったらいいのかわからず、俺はライブハウスの周りをウロウロしていた。

 

しまったなぁ…。入口付近で結衣か冬馬を待ってた方が良かったかな?

 

そんな事を考えていると、喫煙所らしき所に女の子と男の人達がいるのが見えた。こんな所にいるって事はライブハウスの関係者かな?

 

「あの、すみません」

 

俺はその人達に声を掛けてみた。

 

「はい?」

 

「ん?」

 

「あー!いちのせはるた!!」

 

そこに居た男性2人が俺の方を振り返り、一緒に居た女の子にいきなり名前を呼ばれた。え?何で俺の名前を…?

 

「お?栞の知り合いか?」

 

「なかなかイケメン君だな?」

 

「こいつはボク達の敵!!Canoro Feliceのボーカルだよ!」

 

そう言ってその女の子は俺に指を指してきた。ボク達の敵?って事はFABULOUS PERFUMEの人かな?

 

「あの、えっと…。すみません、どちら様ですか?」

 

えっと…シグレ、チヒロ、イオリの誰かかな?ナギ……双葉ちゃんは男装してない時も会った事あるけど…。

 

「なっ…!このほんの1週間ちょっとでボクの顔を忘れるとか…!!」

 

「ご、ごめんね。ほら、男装してる時にしか会った事ないと思うしさ?」

 

何で俺、こんなに敵視されてんの?まぁ、敵っちゃ敵なんだけど…。

 

「ああ、そりゃわからないんじゃないか?」

 

「君がCanoro Feliceのボーカルくんか。俺はこのライブハウスのオーナーの英治だ。今後ともよろしくな」

 

そう言ってオーナーの英治さんは挨拶してくれた。

 

「Canoro Feliceのボーカルの一瀬 春太といいます。今日はよろしくお願い致します」

 

「ああ、よろしく。そしてこいつがBlaze Futureのタカ。今度のイベントの企画者だ」

 

今度の企画?あ、冬馬が言ってた11月のやつかな?

 

「よろしくな。んで、こいつはFABULOUS PERFUMEのドラムのイオリだ。仲良くしてやってくれ」

 

「たか兄は何をよろしく言ってるの!」

 

「いや、だってお前、今日のデュエルでCanoro Feliceが勝ったら、俺らのイベントに参加してくれんだろ?そりゃ、Canoro Feliceを応援するだろ…」

 

あれ?そう言えばそんな事になってるんだっけ?冬馬と双葉ちゃんが付き合うかどうかって事ばっかり考えてたな…。

 

15年前のドリーミン・ギグってよくは知らないけど、姫咲もセバスさんもすごく絶賛してたもんね。出来れば俺も参加したい。

 

「うぅ…。ボクもそのライブに出たかったのに…遊ちゃんと一緒のステージに立ちたかった…」

 

「あ?出てもいいぞ?参加バンドが増えるならまだ調整きくし。元々俺が企画した所でそんなにバンド集まらないと思ってたから4バンドってしただけだし。な?英治」

 

「ああ、俺もこのPhantom Gigはうちのこれからの経営が掛かってると思ってるし、大きく出来るなら万々歳だぞ?タカ達がいいならどんどん募集かけたいくらいだしな」

 

「え?そうなの?よし、みんなに相談しよ…」

 

え?そうなんだ?だったらこのデュエルで俺達が勝ったところで…。まぁ、せっかくのデュエルだから勝ちたいとは思うけど…。

 

「あ、それでこんな所にどうしたんだ?」

 

主催者さんが俺に聞いてくる。

 

「あ、俺、どこから入ればいいのかな?って、ちょっと迷いまして…」

 

「そっか。よし、じゃあ俺はこの子楽屋連れて行ってくるな。タカ、お前昨日のライブで筋肉痛だろ?」

 

「バカお前、楽屋に案内するくらい出来るっつーの。全身筋肉痛だけどな」

 

「ま、俺が行ってくるわ。そんでちょっと物販の様子も見てくる。じゃ、一瀬くん、行こうか」

 

「あ、はい。すみません」

 

そして俺はオーナーさんに連れられて、ライブハウスの中に入り、楽屋へと向かった。

 

 

 

 

「あ、あの…」

 

「ん?どうした?」

 

「さっきの方…、主催者のタカさんでしたっけ?昨日はライブだったんですか?」

 

「ああ、昨日はなかなか熱いライブだったぞ。今度のイベントに参加のBlaze FutureとDivalで対バンやったんだよ」

 

へー、やっぱりイベントを主催するだけあって、ライブとかもすごいんだろうなぁ。今度やる時は観させてもらおう。

 

「よし、ここがCanoro Feliceの楽屋だ。時間まで好きに使ってくれ。っと、ああ、今日は特別なデュエルだったな。後でタカが説明に来てくれると思うから、楽屋で待っててくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

特別なデュエル…?普通のデュエルとは違うのかな?

 

そして俺は楽屋の扉にノックした。姫咲が先に来てるみたいだし、着替えとかしてても大変だしね。

 

「はい?」

 

返事と共に楽屋の扉を開いてくれた。

 

「姫咲、おはよう」

 

「春くん、おはようございます」

 

俺は楽屋に入る。どうやらまだ姫咲しか来てないようだった。

 

「結衣も松岡くんもそろそろ来られると思いますわ」

 

あ、考えてる事がバレた?セバスさんの言う通りそういうの敏感になってるのかな?

 

「そっか。あのね?姫咲、ちょっと聞きたいんだけど?」

 

「何でしょう?」

 

「今日のデュエルさ。もし負けたら…」

 

「春くんも松岡くんも去勢します」

 

……それはやっぱり本気なんだろうか?

 

「いや、それは全力で許…」

 

「許否は認めません」

 

「いや、あの…」

 

「勝てば何も問題ありませんよ?」

 

う~ん、単刀直入に聞くか…。

 

「どうしてそこまで?冬馬と双葉ちゃんが付き合うのがそんなに嫌?」

 

「………」

 

「俺が思うにだけどさ。双葉ちゃんって」

 

「わかってますよ。そんな事くらい。双葉が松岡くんの事を…」

 

やっぱりわかってたんだ…。

 

「確かにデュエルで負けるのは嫌だし、本気でやるけどさ。あの2人を応援する事くらいは…って思うんだよね」

 

「ええ、私もそう思っています。デュエルが絡んでいなかったなら、私は全力で双葉の幸せの味方をしてますわ。ですが、あのような賭けではダメです。だから負けるわけには参りません。絶対に」

 

「冬馬が双葉ちゃんをフリそうだから?」

 

セバスさんに言われた事を聞いてみた。

 

「ええ、松岡くんの性格上、素直に告白されればすぐにお付き合いが始まると思いますが…」

 

う~ん…、冬馬が好きなのは姫咲だろうから、それもないとは思うんだけど…。

 

「胸を触った責任というのであれば、松岡くんは何かと理由を付けて双葉をフると思います。もしくは、負けたから付き合ってやる。と、酷い事を言って自分がフラれようとする。そのどちらか

ですわね」

 

ああ、俺もどっちかと言う冬馬は後者を選ぶと思うな。

 

「Canoro Feliceに入るかどうかの勝負の時もそうでしたものね。あのままこのバンドに入っていたら、今頃はみんなバラバラだったと思います」

 

そういやそうだったもんね。冬馬は…。でもまぁ、あの時は俺達のバンドに姫咲が居たから入りたいって気持ちもあったとは思うけど…。

 

「ですから必ず勝ちます。勝ちましょう」

 

姫咲もやっぱり色々考えてるんだな。

冬馬の自分への気持ちは気付いてなさそうだけど…。気付いてない振りかな?

 

コンコン

 

「あ、はい?」

 

楽屋の扉がノックされたので、俺が扉を開ける。

 

「松岡くん連れて来た」

 

扉の向こうにはタカさんと冬馬が居た。

 

「よう、春太」

 

「おはよ、冬馬」

 

「Canoro Felice全員揃ったかな。じゃあ、今日のライブの説明していいかな?」

 

タカさんが俺達にそう声を掛けてくれたけど……まだ結衣が来ていない。

 

「いえ、まだ結衣が…うちのギターの子がまだなんですよ」

 

「「え?」」

 

いや、何で冬馬まで驚いてるの?

 

「ちょ、ちょっと待て、春太。ここに到着したのは俺が最後のはずだぞ?」

 

「ああ、俺も松岡くんを連れて来てくれた執事さんにそう聞いたけど…?」

 

え?いや、ここには俺と姫咲しか…

 

「まさか迷子でしょうか?」

 

「え?いや、それはないんじゃないの?」

 

「「ありえる!」」

 

俺と冬馬がほぼ同時にそう言った。結衣だもんね…。

 

「え?まじで?」

 

 

 

 

 

俺達総出でライブハウスの周りを捜索して、冬馬が結衣を見つけて来てくれた。どうやら、FABULOUS PERFUMEのファンの人達と一緒に物販列に並んでたらしい…。

 

「いや~、みんななかなか動かないから変だな~とは、思ってたんだけどね?」

 

それが結衣の言い分らしい…。

 

「あの……そろそろライブの説明していいかな?」

 

タカさん…ご迷惑おかけして申し訳ないです…。

 

 

 

 

タカさんから俺達は今日のライブの段取りを聞いた。

 

まず、今日のライブはFABULOUS PERFUMEのワンマンライブらしい。

 

俺達、Canoro Feliceはライブのゲストとして途中で参加。そのタイミングはFABULOUS PERFUMEが一度はけた後のアンコール1曲目が終わってから。

そこでボーカルのシグレから俺達が紹介されて1曲披露する。

 

その後に俺達のうち誰かがMCでバンドメンバーを紹介して、デュエルが始まるらしい。デュエルの勝敗はどうあれ俺達はそこで退場。

 

そういう段取りらしい。

 

「まぁ、そんな感じだな。何かわからない事とかあるか?」

 

わからない事…か。

 

「あの…良いですか?」

 

「ん?何?」

 

姫咲が質問をした。

 

「その段取りですと、私達は最初はゲストという事で受け入れていただけるかもしれませんが…デュエルとなると一気に敵視されるのではありませんか?ましてや…」

 

「FABULOUS PERFUMEに勝ったらオーディエンスに恨まれて、負けたら笑い者になる。そんな感じの心配か?」

 

「まぁ…似たようなものです…」

 

「そこら辺はFABULOUS PERFUMEもうまくやってくれるだろうし心配すんな。あいつらももう2年くらいライブやってるし、事務所からのスカウトも来てるくらいだしな」

 

事務所からスカウト!?そんなにすごいの!?

 

「それに好きなバンドがデュエルで負けたからって、逆恨みするような奴を気にしてたらバンドなんかやってらんねぇぞ?」

 

「…わかりました」

 

「ん~。あれだ。まぁ、心配してるような事にはならねぇよ。デュエルで勝つ事だけを考えてたらいい」

 

「そ、それはもちろんです!」

 

「他には何かあるか?」

 

「はい!はい!はーい!」

 

「よし、質問もないみたいだし、ライブ開始の少し前までならリハもやらせてもらえるみたいだけど、ステージ見とくか?」

 

「え!?私無視!?」

 

結衣の質問とか的外れな感じするもんね…。

 

「たぁくん!私も!質問あるの!」

 

「え?たぁくん?誰それ?」

 

結衣…早速タカさんもあだ名呼びなんだね…。

 

「よし、聞いてやろう。答えるかは別として」

 

「むー!あのね?デュエルって何曲やるの?あと、勝敗はどうやって決まるの?私あんまりデュエルって詳しくなくて…」

 

ゆ、結衣にしてはすごく普通の質問だ。

 

「ユイユイちゃん。ほんとすまん!」

 

「え?何で謝るの?」

 

「いや、おやつは何円までですか?とか、バナナはおやつに入りますか?とか、そんな質問来ると思ってたからな」

 

「なっ!?」

 

「そうだな。まぁ、曲数はその時次第ってのもあるけど今日は1曲かな?

デュエルギグの勝敗ってのは、オーディエンスを盛り上げて、自分達もテンションを上げてな。どっちの曲が盛り上がったかを競うバトルだな。自分達だけが盛り上がっててもダメだ。オーディエンスが盛り上がらないからって自分達が盛り下がって、曲を最後までやれないのも負けだな。

ちなみに志保とか香菜がデュエルギグ野盗とやってたのはデュエルって言っても、エンカウンターデュエルに近い。エンカウンターデュエルの説明は省かせてもらうな」

 

そうか、デュエルって俺達が盛り上がらないのもダメなんだな。なら、俺達がやってた路上ライブは…。

 

「ん?志保とか香菜って誰?あと、文字数が多すぎてよくわからなかった」

 

「よし、もう質問はないようだな。俺は帰る。帰ってふて寝する」

 

すみません、タカさん…。

 

「あ、あの、すんません、いいすか?」

 

「あ?松岡くん?何?」

 

「やっぱりライブ前にステージ見ておきたいんですけどいいすか?」

 

「ああ、いいよ…。行くか……」

 

 

 

 

 

 

俺達はタカさんに連れられてステージ袖まで来た。

そこではFABULOUS PERFUMEの4人が休憩をしていた。

 

「おう、お疲れ様」

 

「あ、貴くんだ」

 

双葉ちゃんはタカさんを貴くんって呼んでるのか。タカさんはイオリとも仲良さげだったし、やっぱり付き合い長いのかな?

 

「たか兄!」

 

「葉川くん、こんにちは」

 

「葉川さん、こんにちはっす」

 

みんな衣装は着てるけど、ウィッグをつけてないし、メイクもしてないから、かっこいい女の子って感じだな。

 

「春太、冬馬、結衣、姫咲も!こんにちは」

 

双葉ちゃんが俺達に挨拶してくれた。双葉ちゃんにはあの日から今日まで色々と、ライブの事なんかを教えてもらったりで助けてもらってた。

 

「双葉、一瀬くんと松岡くんに挨拶するのは止めなさい。男はみんな狼よ。油断してると食べられるわ」

 

すごく綺麗な人だな…。ってか、俺達すごく嫌われてない?

 

「シグレ…。さっきお前俺に挨拶したよね?知ってたか?俺も男なんだけど?」

 

「狼の皮を被ったチキンならさほど危険はありませんので」

 

「たか兄はマイリーと遊ちゃんにしか興味ないでしょ?」

 

え?遊ちゃんってのは誰だか知らないけど、マイリーってキュアトロのマイリー?

 

「バッカ、女の子に興味津々だっつーの」

 

「え?葉川さん渾身のギャグすか?」

 

「貴くんがそれ言っても説得力ないよね」

 

「お前らが俺をどう見てるのかよくわかったわ。それより休憩してんならCanoro Feliceがリハなりステージ使っても大丈夫か?」

 

「あ、はい。いいっすよ。あたし達もそろそろメイクしようと思ってましたし」

 

「おう、助かる。じゃあ、ちょっと行こうか?」

 

「は、はい」

 

アイドルのオーディションでステージに上がった事は何度かあるけど、やっぱりステージって緊張するな。

 

「あ、私も手伝います。ちょっとした流れの説明も必要だと思いますし」

 

「ナギは本当にいい子だな。俺が10歳若かったら口説いて告白してフラれてるまであるな」

 

「私を?ナギを?どっちの時の私を?」

 

「何で俺がナギの時に口説くと思うの?」

 

 

 

 

 

俺達は双葉ちゃんから、細かい段取りを説明してもらって、立ち位置なんかの確認をしていた。

 

「春太も、捌けるタイミングはなんとなくわかったかな?」

 

「うん、ありがとう。双葉ちゃん」

 

「とうとうステージでやるんだね。私達…」

 

結衣がそんな事を呟いて、姫咲の手を握った。

 

「ええ…」

 

そして、姫咲が結衣の手を握り返す。

二人とも震えているのがわかった。

 

アイドル時代にはもっと大きなステージで歌ってただろうし、結衣はこういうのは馴れてると思ってたけど、やっぱり本番は怖いんだね。

 

「春太」

 

冬馬が俺に声を掛けてきた。

 

「お前が俺達のバンマスだ。あの2人がオーディエンスに飲まれないように、しっかり頼んだぞ。俺は…口下手だしな…」

 

冬馬?そうだね。俺がCanoro Feliceのバンマスだもんね。

 

「結衣、姫咲」

 

「ん?何?」

 

結衣が俺に聞き返してくる。姫咲は無言でこっちを向いてくれた。

 

「今日がCanoro Feliceのステージでやる初ライブだ。みんなで楽しもう。俺達でこのステージをキラキラに輝かせよう」

 

「うん」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

〈〈〈ワァァァァァ!!!〉〉〉

 

今はFABULOUS PERFUMEのライブ中。

俺達は楽屋でモニターを観ている。

 

路上ライブの時にFABULOUS PERFUMEの演奏は聴いたけど、今日の演奏はあの時とは全然比べ物にならない。今日はドラムもいるからとか、そんなレベルじゃない。

 

俺達はこんなすごいバンドとデュエルするのか…。

 

コンコン

 

俺達の楽屋の扉がノックされる。

 

「そろそろ出番だぞ?準備はいいか?」

 

タカさんが俺達を迎えに来てくれた。

 

「よし、みんな!行こうか!」

 

明るい感じでみんなに声を掛けてみたけど、やっぱりみんなFABULOUS PERFUMEのライブを観て、意気消沈している。

 

俺はバンマスとしてみんなにどう声を掛けたらいいんだろう…。

 

「あのな…」

 

そう思っているとタカさんが声を掛けてきた。

 

「お前ら音楽は好きか?」

 

「え?もちろん好きですよ」

 

きっとみんなも…。

 

「ユイユイちゃんは?」

 

「わ、私も音楽大好きだよ!」

 

「姫咲は?」

 

「もちろん。音楽が大好きです」

 

「松岡くんは?」

 

「俺も音楽、好きっす」

 

「ん、ならデュエルだとか勝ち負けだとか気にせんと、お前らはお前らの好きな音楽をオーディエンスに伝えてこい。お前ら自身が楽しんでやらないと、オーディエンスにその気持ちも伝わらねぇよ?」

 

楽しんでやらないと…か。そうだね。俺達は路上ライブの時はそれが出来ていなかった…。

 

「うん!そうだよ!タカさんの言う通り!俺達は俺達の音楽を楽しんでやろう!」

 

「うん、そ、そうだよ!そうだよね!私達が楽しんでやれば、きっと大丈夫だよね!」

 

結衣。うん、きっと大丈夫だよ。

 

「そうですわね。私とした事が大事な事を忘れてましたわ。デュエルの前に私達が楽しんで演奏しませんとね」

 

俺も忘れてたよ。音楽は楽しいから俺達はCanoro Feliceをやってるんだ。

 

「俺も色んなバンドのヘルプをやってきたけど、Canoro Feliceが好きだ。Canoro Feliceの音楽が好きだ。春太、ユイユイ、秋月、楽しいライブにしような」

 

うん、冬馬。俺達で楽しいライブにしよう。

 

「よし、みんな!行くよ!Canoro Felice!!」

 

「「おー!」」

 

「お、おー…」

 

冬馬…恥ずかしいの?

 

 

 

 

 

 

 

俺達はステージの裏で出番が来るのを待っている。今はアンコールの1曲目だから、この曲が終わったらシグレさんの紹介で俺達の登場だ。

 

「みんな!アンコールありがとう!!君達の前で歌えて、私は幸せだ!」

 

〈〈〈シグレさま~!〉〉〉

 

「こんな素敵な夜だ。私達ももっと盛り上げていきたい!みんな、もっともっと盛り上がっていけるかい?」

 

〈〈〈はーい!〉〉〉

 

「では、ここで、幸せの音色を届けに来てくれた私達の盟友を紹介したい!みんな!大きな拍手で迎えてくれたまえ!」

 

〈〈〈ワァァァァァ!!〉〉〉

 

会場に拍手と歓声が響き渡る。そしてタカさんに背中をトンと叩かれた。合図だ。よし、行こう。

 

俺、結衣、姫咲、冬馬の順にステージに上り、双葉ちゃんに教えてもらったように俺達は定位置に着いた。

 

「え?誰?」「ねぇ?あれBlue Tearのユイユイじゃない?」「え?シグレ様とユイユイって友達なの?」「あの男の子なかなかイケメンじゃない?」

 

会場がざわざわとしている。

 

「みなさん、こんばんは!」

 

〈〈〈こんばんはー!〉〉〉

 

「シグレさんに紹介された、俺達がCanoro Feliceです!」

 

「Canoro Felice?知ってる?」「知らなーい」「聞いた事ないよね」「うん、知らない」

 

うっ……俺…どうしたら…。結衣も姫咲も固くなってるのが見てわかる。なのに、俺も何も言えない…。

 

「喋らなくなったよ」「どうしたんだろ?」「緊張してるんじゃない?」「ふひっ、笑えちゃうね」

 

「みんな、Canoro Feliceは今日が初ライブなんだ」

 

双葉ちゃ…いや、今はナギって呼んだ方がいいかな?

 

「ただでさえ、初ライブで緊張しているというのに、ステージに立ったら客席にはこんなに可愛らしい君達がいるんだからね。みんなの魅力に圧倒されるのも無理はないさ。オレだってみんなの魅力を前に今もドキドキしているくらいだしね」

 

〈〈〈キャー!ナギ様ぁぁぁ!〉〉〉

 

「でもな、曲が始まったらこいつらはすげぇぜ?今度はお前らがドキドキする番かもな」

 

「まぁ、僕の美しさには敵わないけどね」

 

〈〈〈キャー!〉〉〉

 

チヒロさん…イオリ…

 

「私達が出来るのはここまでよ。後はしっかりやりなさい(ボソッ」

 

シグレさん…みんな、ありがとう。

 

「みんな、ごめんね!ナギさんの言う通り、みんなの魅力とFABULOUS PERFUMEの凄さに面食らっちゃってたよ」

 

今、このまま曲に入っても結衣も姫咲も多分ダメだ。

 

「俺、実はダンスが得意なんですよ。曲に入る前にちょっと自己紹介がてら、踊ってみていいですか?」

 

「へー、ダンスだって」「どんなのかな?」「見てみたいね」

 

シグレさん、みんなごめんなさい。こんな事勝手に…。

 

「そうだな。面白そうじゃないか。チヒロ、春太くんがやりやすいように1曲頼むよ」

 

シグレさん、ありがとうございます。

 

「春太!行くぜ?しっかりついて来いよ!」

 

「お願いします!」

 

チヒロさんのギターに合わせて、俺はダンスを始める。

 

〈〈〈おぉー!〉〉〉

 

よし、俺は動けてる!笑顔で、楽しんで。ううん、楽しいから自然と笑顔になるんだ。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…みんな、ありがとう!」

 

「みんなー!一瀬のダンス凄かったよな!拍手ー!!」

 

イオリ…ありがとう。

 

「かっこ良かったよね」「うんうん!凄かった!」「私ファンになっちゃいそう」

 

「じゃあ、そろそろ俺達の歌を聴いて下さい!結衣!大丈夫!?」

 

「え?あ、うん!大丈夫だよ!みんなー!私達の曲!楽しんでね!」

 

結衣は大丈夫そうかな?姫咲は…?

 

こくり

 

無言で俺に頷いてくれた。うん、冬馬は?

 

〈ドン、ドドドドドド……シャン〉

 

「俺はいつでもオッケーだ!」

 

「では、聴いて下さい!Canoro FeliceでFriend Ship!」

 

 

 

 

 

 

 

〈〈〈ワァァァァァ!!!〉〉〉

 

はぁ…はぁ…。最高だ。これがライブなんだ…。

 

「ありがとうございました!Canoro FeliceでFriend Shipでした!」

 

「素晴らしい演奏だったよ。Canoro Felice」

 

ここからシグレさんのMCで俺達は自己紹介。そしてその後にデュエルを…。

 

「では、ここでもう一曲、Canoro Feliceに演奏してもらおうと思う!さぁ!一瀬!次の曲を私達に聴かせてくれ!」

 

え?俺達の曲が終わったら自己紹介して、そのままデュエルじゃないの?

 

「みんなもまだCanoro Feliceの曲聴きたいよな!?」

 

チヒロさんまで…!?ダメだ。考えてる時間はない。次の曲に入らなきゃ…。

 

「よーし!まだまだいくよ!みんなついて来てね!」

 

でも、この曲をやってしまったら俺達にはデュエルでやる曲が…。

 

「聴いて下さい!『idol road(アイドル ロード)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈〈〈ワァァァァァ!!!〉〉〉

 

〈〈〈キャァァァァ!!!〉〉〉

 

 

「ね!今の曲すごく良くなかった!」「わかるわかる!なんか子供の頃見てた夢を思い出したっていうか」「明日からの仕事も頑張ろうって思えるよね」

 

 

「みんな!ありがとうございました!」

 

「みんな、ありがと~!」

 

「皆様、ありがとうございました!」

 

「あ、あの、あ、ありがとう…ございました…」

 

俺達一人一人がオーディエンスにお礼を言う。でも、俺達には次にやる曲は…。

 

「じゃあ、オレから改めてみんなを紹介させてもらう!まずはボーカルの春太!」

 

ナギが俺達の紹介を…?

 

「あ、ボーカルの春太です!今日はありがとうございました!」

 

「そしてオンギター結衣!」

 

「え、えへへ、ギターの結衣です!みんな本当にありがとう!」

 

「オンベース姫咲!」

 

「皆様、ありがとうございました!今日はすごく楽しんで演奏出来ました。皆様のおかげです!」

 

「オンドラムス!冬馬!」

 

〈ドン、ドドドドドド、ドン、ドン、シャン!〉

 

「あ、ありがとうございました…」

 

「みんな!もう一度Canoro Feliceに歓声と拍手を!」

 

〈〈〈ワァァァァァ!!!〉〉〉

 

「僕達も負けてられないね」

 

「ああ、よし、お前ら!今から俺達がもっと盛り上げてやるからなっ!」

 

〈〈〈キャァァァァァ!!!〉〉〉

 

「Canoro Felice。今日はゲスト出演してくれてありがとう。今夜は君達のおかげで熱い夜になりそうだよ」

 

え?え?え?

 

「みんな挨拶して早く行って(ボソッ」

 

ナギ…?

 

「あ、ありがとうございました!」

 

そう言って俺達はステージから下りた。

え?デュエルギグは…?

 

 

 

 

「おう、お疲れさん」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

俺達は訳がわからないまま、ステージ裏に戻って来た。

 

「えっと…?どういう事?今のがデュエルギグ?」

 

いや、違うと思うよ結衣。今日はただゲストバンドとして演奏しただけだ。

 

「みんなわけわかんねー。って顔をしてるな。俺もデュエルはしないって聞いたのは、FABULOUS PERFUMEのライブ直前だったしな」

 

デュエルはしない…?

 

「デュエルはしないってどういう事すか?」

 

「俺も詳しくはわからん。もうすぐアンコールも終わるだろうし、その時にでも聞いてみたらいいんじゃないか?」

 

そうだね…。直接FABULOUS PERFUMEのみんなに聞いてみよう。

 

「んで?どうだった?初めてCanoro Feliceでライブをやった感想は?」

 

「「「「最高(でしたわ)!!」」」」

 

 

 

 

 

 

その後、アンコールも終わりFABULOUS PERFUMEのメンバーも舞台裏に戻って来た。

 

「お疲れ様です」

 

俺はシグレさんに声を掛けた。

 

「ああ、お疲れ様。君達のライブも楽しかったよ。あの場でダンスに入った機転も私は凄いと思ったよ」

 

「あ、ありがとうございます。あのそれで…」

 

「デュエルの事ならナギに聞いてくれ。そう決めたのはナギだ」

 

ナギに…?

ナギの方を見ると結衣と姫咲と話しているようだった。後からの方がいいかな?

 

「ナギ、お喋りはそこまでだ。みんなのお見送りに行くぜ。Canoro Feliceも良かったら来いよ」

 

お見送り?

 

 

 

 

 

俺達はFABULOUS PERFUMEと一緒にロビーに出て、お客様達のお見送りをした。

 

FABULOUS PERFUMEだけじゃなく、俺達Canoro Feliceにも声を掛けてくれたり、握手なんかを求めてくれた。

路上ライブの時と違ったのは、ダンスの事や歌詞のフレーズの感想、今後のライブなんかの予定を聞かれたりした事だ。

 

俺はそれだけで幸せな気持ちになれた。

この幸せな気持ちを歌に乗せてみんなにまた届けたい。そう思った。

 

 

 

 

お見送りが終わった後、俺達は閉店したライブハウスのカフェスペースでFABULOUS PERFUMEを待っていた。

 

「ごめん、お待たせ」

 

着替えを終えたナギ…双葉ちゃんとイオリが俺達の元にやってきた。

 

「ごめんね。シグレとチヒロは明日早いから着替えてすぐ帰っちゃった。みんなによろしく伝えててって」

 

そうなんだ。最後にもう1度ちゃんとお礼を言いたかったけど、しょうがないか。

 

「一瀬 春太!お前達も今日は良かったぞ!誉めてやる!」

 

「あはは、イオリ、ありがとう」

 

「この格好の時にイオリって呼ばないで!ボクは小松 栞(こまつ しおり)。栞でいいよ!」

 

「うん!よろしくね!しおりん!」

 

結衣…早速あだ名なんだね…。

 

「茅野。今日は何でデュエルがなかったんだ?俺達とデュエルするはずじゃなかったのか?」

 

冬馬が双葉ちゃんに問いかけた。うん、俺も早く何でデュエルをしなかったのか聞きたい。

 

「あ、えっ…と」

 

「バカだな、松岡 冬馬は。ボク達とデュエルしてもCanoro Feliceが勝つわけないじゃん」

 

「そ、そんなのやってみないとわからないじゃん!」

 

結衣が反論する。やってみないとわからない…か…。

 

「ほんとに?やってみないとわからないの?」

 

「う…」

 

結衣も言い返せなくなった。そう。やってみなくてもわかる。今の俺達じゃどうやってもFABULOUS PERFUMEには勝てない。

 

「さっきも言ったけど、Canoro Feliceの今日のライブは良かったと思う。でも、ボク達にはまだ勝てるレベルじゃないよ。ましてや今日はボク達のワンマンだったわけだし」

 

悔しいけど、栞の言う通りだ。

 

「茅野もそう思ってたのか?」

 

「うん、さすがに只でさえ私達に有利な条件の中で、曲も2曲しかないCanoro Feliceは私達には勝てないと思う…。ごめん…」

 

「そうか。わかった」

 

それだけ言って席を立つ冬馬。

 

「冬馬…怒った?」

 

「……わかんねぇ。俺達がナメられてたのかって思ってる気持ちはある。でも、それ以上に茅野は俺達にずっと付いて色々教えてくれてて、俺達を一番近くに見てくれてて、俺達も今日、FABULOUS PERFUMEのライブを見て…俺達のレベルじゃどうやっても勝てない。それくらいバカでもわかるから…」

 

冬馬…。

 

「成長しましたわね。松岡くん」

 

「秋月?」

 

「ちょっと前の松岡くんでしたら、聞く耳を持たず、俺達をナメてんのかって怒ってたと思いますわ」

 

「……そういう気持ちもあるって言ったろ」

 

「でもさ?今回の賭けはどうなんの?デュエルはしなかったわけだし」

 

結衣…。もうそれはいいんじゃないかな?

 

「そだね。Canoro Feliceはデュエルするつもりでいたんだし、デュエルをしなかったのは、私達FABULOUS PERFUMEだから…。私達の不戦敗かな。あはは…」

 

「双葉…。いいの?」

 

栞が双葉ちゃんに心配そうな目を向ける。

 

「うん、ごめんね、栞。FABULOUS PERFUMEの負けって事になっちゃって」

 

「ボクは…ボク達は大丈夫だよ」

 

そんなのいいわけない。それでいいわけがないよ。

 

「あのさ、今日、ここに来た時にイベントの主催者のタカさんが言ってたんだけどね。イベントに参加してくれるバンドは多くてもいいんだって」

 

これで何がどうなるかとか、わからないけど…。

 

「俺も参加したいと思ってるしさ。良かったらFABULOUS PERFUMEも参加したらいいんじゃないかな?双葉ちゃん、考えてみてよ」

 

「そうなんだ…。じゃあ、私達も参加してみよっかな。ね?栞」

 

「うん、ボクも出たいよ。参加しよ」

 

「……そだね。春太、ありがとうね。今日はみんなお疲れ様。私、英治くんか貴くん探して参加申請してくるよ」

 

「双葉…。ひぐっ、うぐっ。ボクもいっじょに行く…」

 

泣きそうになる栞の手を引いて、双葉ちゃんはこの場を立ち去ろうとした。

 

こんな形で終わっちゃったら、もう双葉ちゃんから冬馬に何か伝えるなんて出来るわけない。あくまでもアレは『責任を取る』という賭けだったんだから……。決着を着ける事も出来ず、あやふやなまま終わるなんて、双葉ちゃんは俺達の事をあんなに考えてくれてたのに…。

 

「か、茅野!」

 

立ち去ろうとする双葉ちゃんを冬馬が呼び止めた。

 

「ん?何?冬馬」

 

「あの…その…あのな…」

 

「うん?」

 

「あの……色々…ありがとうな。今日はお疲れ様」

 

「うん、冬馬もね。お疲れ様」

 

そしてまた双葉ちゃんは踵を返した。

 

「チッ、情けない男ですわね…(ボソッ」

 

姫咲?

 

「双葉。待って下さいな」

 

姫咲が席を立ち、双葉ちゃんを呼び止めた。

 

「ん?姫咲?」

 

「デュエルは確かにやりませんでしたが、それで私達の不戦勝というのは、私達も納得がいきませんわ」

 

「うん!そうだよ!私も納得出来ない!だって…ライブのレベルじゃ、全然敵わないわけだし…」

 

姫咲、結衣…。

 

「私達はこれからも曲も作り、練習し、ライブも重ね、いつかデュエルでFABULOUS PERFUMEに挑戦出来るようにレベルを上げてみせますわ」

 

「その時こそ、私達とデュエルしよ!ね!ふーちゃん!しおりん!」

 

「う、うん…でも…」

 

「その時に賭けるのは、お互いのバンドのプライドですわ」

 

「姫咲…結衣…うん。私達も負けないよ」

 

「それはそうとしましても、私達もすぐにFABULOUS PERFUMEに勝てるとは思っていません。ですが、私達もPhantom Gigには参加したいので参加はします。まぁ、これは参加バンドはまだ多くても構わないという事ですので、今となってはどうでもいいですわね」

 

姫咲…どうでもいいって…。

 

「ですが、女性の胸を触った男の責任。恋人になるというのは、いささかやりすぎだと思いますが、男として別の形でちゃんと責任を取るべきですわ」

 

「なっ!ここに来てその事かよ!?」

 

「あら?私達が勝てる見込みのないデュエルで不戦勝を得て、それで責任逃れ出来たと、自分は許されたと思っているのですか?」

 

「姫咲、もういいよ。その事は。冬馬ももう気にしないで。ね?」

 

「ほれ見ろ秋月。もう、茅野もいいって言ってくれてんだ。今更、そんな話持ち出すんじゃねーよ」

 

と、冬馬。それはいくらなんでも…!

 

「この…!あなたという人は…!!」

 

「だから、茅野」

 

冬馬はそう言って双葉ちゃんの前に走って行った。

 

「その…責任ってのは俺は取らない。だから、その責任とかじゃなくて、お詫びってのと、今日まで色々教えてくれたりしたお礼って事で……その…」

 

「冬馬?」

 

「もうすぐ夏休みだしな!1日くらいお互いに暇な日も…あるだろうし、たまたま、これ…遊園地のチ、チケット2枚貰ったからさ。よかったら俺と一緒に…行か…行かない……でしょうか…?」

 

そう言って冬馬はバッグから財布を取り出しチケットを双葉ちゃんに渡した。

 

「そ、その…2枚しかないから…あれなんだけど…俺とじゃ嫌ならその…な?他の誰かと行ってもいいし…」

 

「この遊園地…。今年すごいプールが開設されたって所だ…。え…、私、水着…?」

 

「え!?いや、ちが、違う!普通に遊園地だけでもと思って…」

 

「ふふ、ふふふふふふ」

 

「あ、あの…お詫びとお礼だから…」

 

「うん、いいよ。一緒に行こ。楽しみにしてる」

 

「あ、ああ…」

 

冬馬…。良かった。双葉ちゃんも。

 

「あの男…まさかプールに誘うとは…。ポロリでも狙っているのでしょうか?」

 

「うんうん!いいねいいね!青春だね」

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

「良かったですわね。ライブも、松岡くんと双葉の事も」

 

「本当だよね。私賭けの事言っちゃった時、どうしようかと思ったよ…反省しなきゃ…」

 

「まぁ、終わり良ければ全て良しですわ」

 

う~…。私ほんとそういうとこ反省しなくちゃなぁ…。空気…どうやって読めばいいんだろう?

 

私と姫咲は、春くんとまっちゃんを駅前まで見送り、セバスちゃんがファントムで待っていてくれてるので、今、ファントムに向かって歩いていた。

 

「あ、セバスちゃんだ!」

 

私はセバスちゃんを見つけ走った。

 

「あ、結衣。走ると危ないですわよ」

 

「大丈夫だよー!」

 

すると、物影から人影が出てきた……あ、ぶつかっちゃう…。

 

私はぶつかったと思った瞬間、体がふわっと浮いた。

 

「結衣様、大丈夫でございますか?」

 

「わ、セバスちゃんが助けてくれたの?ありがとうー!」

 

「すげぇな、じいさん。俺もぶつかったと思ったんだけどな」

 

「いえ、あなた様も大丈……!?」

 

「どうした?じいさん?」

 

「あ、あの。すみませんでした。大丈夫でしたか?」

 

「ああ、俺は大丈夫。じいさんが君を守ってくれたおかげだな」

 

その人は声色こそ優しいけど…、なんて言えばいいんだろう?

ただシンプルに怖い。私はそんな言葉しか…。

 

「じゃあ、俺は行くな。走ったりする時はまわりにも気をつけろよ」

 

そう言ってその人は去って行った。う~ん、今日は反省する事ばっかりだな。

 

「ハァ…ハァ…」

 

「セバスちゃん?どしたの?大丈夫?」

 

「何で…?何で宮野 拓斗が…この町にいるの?」

 

セバスちゃん…?え…?あなた…誰?



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第7章 じいやの過去

「う~……ん、よく寝ましたわ」

 

私は秋月 姫咲。

Canoro Feliceというバンドでベースを担当しております。

 

「さて…と」

 

私は着替えを済ませ、朝食へ向かう為に部屋の扉を開ける。

 

「おはようございます。お嬢様」

 

部屋の前には、私専属の執事であるセバスが立っていた。

 

「じいや、おはようございます」

 

じいやは私が子供の頃からずっと一緒に居てくれている。私の家で住み込みで働いてくれている。

 

だけど、私はじいやの事をほとんど知らない。家族の事なんかを以前に聞いたことはあるがはぐらかされてしまった。

 

私がCure2Tronのライブでユキホ様に憧れ、ベースをやりたいと言った時、ベースを教えてくれたのはじいやだった。

 

 

 

『ねぇ、姫咲。セバスちゃんってさ?男の人だよね?……おじいちゃんだよね?』

 

『結衣?どうしましたの?』

 

『女の子だったりとか………う、ううん、何でもない。あはは。ごめん、忘れて!』

 

 

 

私達の初ライブ。

FABULOUS PERFUMEのライブにゲスト参加させて頂いた日の夜。

結衣はそんな事を言っていた。

 

「お父様、お母様、おはようございます」

 

「おはよう、姫咲。バンドの活動は楽しいかね?」

 

「はい、お父様。バンドも順調で毎日が楽しいです」

 

「姫咲、おはようございます。夕べはよく眠れましたか?」

 

「はい、お母様。ゆっくり熟睡出来ましたわ」

 

お父様とお母様と挨拶を交わし、朝食を済ませた私は先日より計画していた作戦を実行する。

 

「お父様、お母様。突然の話で申し訳ないのですけど、本日は私のバンドメンバーの結衣の家でお泊まり会をする事になりました」

 

「そうかそうか。では、手土産を用意させるのでしばらく待っていなさい」

 

「あなた…。姫咲がお友達の家にお泊まりだなんて…成長したのですね」

 

「2人共大袈裟ですわよ。手土産も大丈夫です。私が買いに行きますので。そういうわけなのでじいや」

 

「ハッ、なんでございましょうか?」

 

「本日はじいやも私設部隊も必要ありません。今日はみんな久しぶりに休暇を楽しんで下さい」

 

「いえ…ですが……」

 

「大人数で結衣の家に押し掛けても迷惑というものですわ」

 

「確かに……。承知しました」

 

「あ、結衣の家への手土産の購入だけ付き合って下さい。私はそういうのを選ぶのは少し苦手ですので…」

 

「かしこまりました」

 

 

 

 

 

そして私とじいやでお土産を買いに行き、その店の前で別れる事になった。

 

「それではじいや。ありがとうございました。私は結衣の家に向かいますわ」

 

「ハッ!くれぐれもお気をつけて下さいませ」

 

「大丈夫です。それでは」

 

じいやはそのまま私が見えなくなるまで私を見送っている。

ここからが私の…。私達の作戦の始りですわ。

 

 

 

 

『は?セバスの後をつける?』

 

『ええ、じいやの私生活を知りたいのです』

 

『姫咲は私の家に泊まるって事にしてね。セバスちゃんと姫咲が別れた所から春くんとまっちゃんに尾行してほしいの。後で私達も合流するし』

 

『俺はセバスさんを尾行出来るとか到底思えないんだけど…』

 

『春太の言う通りだぞ。絶対バレるに決まってる。それに私生活を暴くとか、セバスに失礼だろ』

 

『お願いします。バレたらバレたでも構いません』

 

『結衣はともかく姫咲が言うんだから、何か事情はあるんだろうけど…』

 

『春くん?何で私はともかくなの?』

 

『じいやは女の子かもしれません』

 

『『は?』』

 

 

 

 

 

そう言って春くんと松岡くんにじいやを尾行してもらう事にした。

私も早く2人に合流しなくては…。

 

私は結衣と合流し、春くんと松岡くんに連絡した。

 

「春くんですか?尾行の方はどうですか?」

 

『うん、姫咲とセバスさんが別れてから俺と冬馬で尾行はしてるよ。でも、このまま姫咲の家に帰っちゃったら俺達にはどうしようもないよ?』

 

そうなる可能性も私は想定している。

だから昨日のうちに前以てメイド長に私とじいやの部屋の掃除をお願いした。

じいやもそれを聞いているので、今じいやが家に帰っても居場所はない。

 

ですが、それでも帰宅する可能性はある。その場合でもプランBに移行するだけですわ。

 

「その点は大丈夫だと思いますわ。もしそうなってしまったら、また別の手を使います。じいやに気付かれないように気を付けて尾行して下さい」

 

『了解、わかったよ。あ、ちょっと冬馬が電話を代わってくれって…』

 

私はすぐに電話を切った。

 

あ、私とした事がミスを…。

春くんと松岡くんがどこにいるのか聞くのを忘れてましたわ。

 

しょうがありませんわね。もう一度電話してみますか。

 

『あ、もしもし?秋月か?松岡だけど、さっき……』

 

私は電話を切った。

 

「結衣、すみませんが春くんに電話して今いる所を聞いてみてくれませんか?」

 

「え?うん、いいよ。ちょっと待ってね」

 

春くん達の居場所を聞くのは結衣に任せて、私は色々な手を考えませんと…。

春くんと松岡くんの尾行がバレた時の次の手とか。

だから別に松岡くんと電話したくないわけではありませんわ。

 

「姫咲!春くんとまっちゃんの居る場所わかったよ!セバスちゃんは映画館に入ったみたい!なんかまっちゃん半泣きしてて聞き取りづらかったけど!」

 

「では、春くん達の所に向かいましょうか」

 

私達は春くん達の居る場所。

じいやが入ったという映画館へと向かった。

 

 

 

 

 

「お待たせしましたわ」

 

「おう、秋月。さっきの電話の事なんだけど…」

 

「それよりじいやはどの映画を観てるかわかりますか?」

 

「え?ああ、この任侠映画だ」

 

じいやが今この映画を観ているという事はまだ出てくるまで1時間はある。

今のうちに今日の目的を3人に伝えておいた方がいいですわね。

 

「では、春くん、結衣、松岡くん。今日の目的を伝えますわ。今日の目的はじいやの素性を暴く事ではありません。もし、私の家以外にも自分の家があるようならそこには近付きませんわ。ご家族がいるようならいつか挨拶はしたいとは思いますが…」

 

「まぁ、尾行してるだけでも大概だけどな」

 

「松岡くん。黙りなさい」

 

「ねぇねぇ姫咲。そしたら今日の目的は何なの?」

 

「今日の目的はじいやが男性か女性か見極める事ですわ」

 

「どう見ても男だろ。ユイユイも秋月も何でそう思ったんだ?」

 

「う~ん、こないだセバスちゃんに助けてもらった時にね。いつもの声じゃなくて女の子っぽい声になったんだよ」

 

「私は結衣にじいやは女の子か?と聞かれ、最初は何も思わなかったのですが、思い出してみると、じいやはいつも一緒に居るのにお風呂はもちろんの事、プールや海でもずっと執事服でしたの。それに外出時はお手洗いに入った所も見たことありませんわ」

 

「プールや海でもか…。確かにそれなら結衣にそんな事言われたら気になるよね」

 

「ですから、じいやを尾行して男性用か女性用のお手洗いに入ったらそこで終了。それでなくても買い物とかするなら趣向等からある程度は推測も出来るでしょう」

 

「でもさ、セバスさんっていつも神出鬼没だしさ?俺達の尾行もバレるかも知れない。そうしたらそこで終わりだね」

 

「その場合は私達はCanoro Feliceなのですから、4人で居ても不思議はありませんし、言い訳も多少は出来ますわ。まぁ、見つかる場所にもよりますが…。逃げられない場合は松岡くんに犠牲になってもらいます」

 

「は!?俺!?」

 

「松岡くん。私が頼りにしているのは貴方だけですわ」

 

そして私は松岡くんの手を握った。

 

「任せろ秋月。その時は俺がなんとかする」

 

ちょろいですわね。

その後、私達は色々と作戦を練って時間を過ごした。

 

 

 

 

「あ!セバスちゃん出てきたよ!」

 

「よし、見つからないように距離をあけて、見失わないように気を付けて行こう!」

 

「春くんもやる気になってくれて良かったですわ」

 

それから私達はじいやの尾行を開始した。

 

「あ、セバスちゃんあのお店に入るみたいだよ!」

 

「和食の定食屋ですわね。確かにそろそろ昼時。私達も何か食べませんと…」

 

「よし、俺がコンビニで何か買ってきてやる。リクエストあるか?」

 

「あ、まっちゃん、私も行く」

 

そう言って結衣と松岡くんはコンビニにお昼ご飯を買いに行ってくれた。

私と春くんで店からじいやが出てこないかを監視する。

 

「けど、普通の和食の定食屋みたいな所じゃ男性か女性かわからないよね」

 

「ええ、それもそうですが、店内でお手洗いに行かれると厄介ですわね」

 

「でも、さすがに俺達まで店内に入るとセバスさんの事だからすぐに俺達に気付いちゃうだろうしね」

 

確かにこれ以上じいやに近付くのは危険だ。じいやの索敵範囲は広い…。

 

「ただいま!」

 

「あ、結衣早かったね」

 

結衣と松岡くんがコンビニから戻ってきた。コンビニ袋に入っていたのは、人数分のあんぱんと牛乳…。

 

「尾行って言ったらこれだよね!!」

 

「俺はもう少し別のやつも買った方がいいんじゃないか?って言ったんだけどな…」

 

まぁ、何もないよりは…ありがたいですわね。

 

私達は手早く昼食を済ませ、引き続き監視を続けた。食べ終わったゴミは松岡くんがコンビニのゴミ箱に捨てに行ってくれましたわ。

 

「あ!出てきたよ!!」

 

私達は引き続き尾行を続けた。

 

次にじいやが向かった先は商店街。

色んなお店の店員さんがじいやに挨拶をしている。

 

「セバスちゃん、今日はいい魚が入ってるよ。どう?」「セバスちゃん、先日はどうも。またうちに寄って行って下さいよ」「セバスちゃん」「セバスちゃん」

 

正直驚きましたわ。こんなに商店街の方々に慕われているなんて…。

今日はこれだけでも新しいじいやを知る事が出来ましたわね。

 

そして、じいやが向かった先は花屋さんでした。

 

「今度は花屋か…これも男性か女性かを断定するには判断材料としては足りないね」

 

「そうだな…」

 

春くんと松岡くんがそんな会話をしている間に買い物を済ませたじいやは更に商店街の先へと歩いて行った。

 

この商店街を抜けたら駅がある。

まさか電車…?

まずいですわね。電車での移動ですと尾行の難易度が上がる。

人の少ない行き先の電車や、降りる駅があまり人が降りないのであれば見つかるリスクが上がりますわ。どうするべきか…。

 

「姫咲、どうしたの?早く行かないと…!」

 

「わかりました。4手に別れます」

 

「「「え?」」」

 

私が提示した案はこうです。

じいやの乗る車両の前後に1人ずつ配置し

その前後に更に1人ずつ配置する。

連絡は常にグループラインで。

じいやが降りる駅に着いたら各々見つからないように降りる。

 

なんともずさんな案ですわ。

 

じいやの前の車両に松岡くん。

じいやの後ろの車両に春くん。

松岡くんの前の車両に私が松岡くんを監視。

春くんの後ろの車両に結衣が春くんを監視。

 

この場合、万が一誰かが見つかれば、見つかった人がじいやの気を引いて、じいやの降りる駅まで会話を続ける。

松岡くんが見つかった場合、じいやが松岡くんの車両に移ったら春くんと結衣が車両を詰める。

松岡くんがじいやの車両に移ったら私が車両を詰める。そうすれば残りの3人は監視しながらグループラインで連絡が取れる。

 

もし、じいやが最前の車両や最後尾の車両に乗れば、じいやから春くん、松岡くん、私、結衣という順番で車両に乗る。

 

そうする事によって見つかるリスクを減らす。いきなりですとこんな案しか浮かびませんわね…。

 

「わかった。みんなで見つかるよりはその方がいいな。見つかった奴はセバスの降りる次の駅で降りて後からまた合流すればいいだろ」

 

「う?う~ん……、よくわかんない」

 

結衣が少し心配ですわね…。

 

そんな心配とは余所に、じいやはほぼ真ん中くらいの車両に乗り込んだ。

じいやが真ん中くらいの車両に乗ったという事は、駅の降り口が真ん中に近い駅で降りる可能性が高い。

という事はじいやの降りそうな駅もある程度は予想出来る。

 

私は路線図を確認し、グループラインでみんなに伝えた。

 

それから少ししてじいやは電車を降りた。ここはあまり人の多い駅ではないので、バラバラで降りて春くんだけじいやを尾行する。

その春くんを私と結衣と松岡くんで尾行する。

 

ある程度人の多い所まで出たらみんなでまた合流する事にした。

 

「春太のやつ大丈夫か?」

 

「松岡くんよりは大丈夫でしょう」

 

「いや、あいつ意外と抜けてるところあるからな」

 

「結衣程ではありませんわ」

 

「私!?」

 

私達がそんな話をしながら離れた所から春くんを尾行しているとLINEが入った。

 

『この先って霊園なんだけど…どうする?』

 

霊園?もしかしたらご家族の…?

どうしましょうか……。

 

「さっき買ったお花ってお供えするやつかな?」

 

「多分な。どうする?秋月。このままセバスを尾行するか?」

 

ご霊前でこそこそするのは気が引けますわね…。

 

『わかった。俺に任せて』

 

春くんからそう連絡が来た後、春くんは少しスピードを早めてじいやとの距離を縮めた。

 

「え!?春くん、急にどうしたの!?」

 

「あいつまさか直接セバスの所に行くつもりか!?」

 

春くんが曲がり角を曲がったところで、見失わないよう私達も走った。

 

角からじいやと春くんの曲がった方をこっそり覗くと…

 

「あれ!?春くんは!?」

 

「あの先に居るのはセバスだろ!?春太は何処に行ったんだ!?」

 

私達が覗いた視界の先には、じいやしか居なかった。視認出来る範囲は探してみたが春くんは何処にも居ない。

まさか…。

 

「じいやに見つかって……消された…?」

 

「「いやいやいやいや、ないだろ(でしょ)」」

 

「それもそうですわね。こんな一瞬のうちに消すなんてじいやならしませんわ。まず、仲間が居るのか目的は何なのか。それを吐かせてからにするはずですものね」

 

「「え?」」

 

「と、いう事は春くんは何らかの作戦の為に一時戦線を離脱したと考えるのが自然ですわね」

 

しかし、だからと言って楽観は出来ない。もしかしたらじいやの私設部隊に捕まった可能性もゼロではない。

そこは結衣と松岡くんには言わない方がいいですわね。

 

「それよりどうするの?このままセバスちゃんを尾行する?」

 

「春くんが作戦の為に今どこかに行っているのなら、何らかのアクションがあるかもしれませんわ。とりあえず私達だけで尾行を続けましょう」

 

そうして私達はそのままじいやの尾行を続けた。

 

 

 

 

じいやはやはり霊園に入り、ある墓前に立っている。

 

「あそこがセバスちゃんのご家族の方のお墓かな?」

 

「他のお墓と離れた所にポツンとあるんだな」

 

私達もこれ以上近付くわけにはいかず、遠目からじいやを見ているだけだった。

その時……

 

「あ、春くんから電話だよ」

 

春くんから電話がかかってきて、私はその電話に出た。

 

「もしもし?春くん、今はどちらにいらっしゃいますの?」

 

『……』

 

「春くん…?」

 

『……』

 

電話口からは春くんの声がしない。

私が不思議に思った時だった。

 

「お、おい、あれ春太じゃないか?」

 

松岡くんがそう言ってじいやの居る方向に指を指した。

私がその方向に目をやると春くんはじいやに近付き歩いている。

 

私はハッと思い、電話の音量を最大に上げスピーカーにした。

 

「姫咲?どうしたの?」

 

「結衣、静かに」

 

私は耳を澄ませ、電話の音声に集中した。

 

『あれ?セバスさん?こんな所でどうしたんですか?』

 

春くんがわざとらしくじいやに話掛けた。

 

『一瀬様…?まさか直接とは…いえ、こんな所でやる事はひとつでございましょう』

 

春くんとじいやの会話が聞こえる。

なるほど。春くんはこの機会を狙ってましたのね。

 

『お墓参りですか?俺も今日はお墓参りに来てたんですよ』

 

『ふふふ、なるほど。私も今日は休暇を頂きましたので、久しぶりにお墓参りをと思いましてな』

 

「春くん…すごいね」

 

「よくこんな手思いついたよな…」

 

「結衣、静かに。松岡くん、黙りなさい」

 

春くんはスマホを手に持ってない。

つまりポケットか何かに入れて電話しているのでしょう。

少し聞きづらいですが、何とか聞こえますわ。

 

『こちらの方、セバスさんのご家族の方ですか?木原…梓さん?』

 

『いえ、こちらの方は私の…そう、戦友ともうしましょうか。気高く強い、美しい女性でした』

 

『戦友…ですか?』

 

『はい。実は遺骨はこちらではなく、実家の関西に埋葬されているのですが、この辺に住む戦友達もお墓参りに来やすいようにと、皆で融資で建てたお墓でございます』

 

『そうなんですね…』

 

『そう、あれは本当に不幸な事故でございました。友達との待ち合わせの場所に向かってる途中に、道路に飛び出した子供を守ろうと突飛ばして…もう15年も前の事にございます』

 

『セバスさん…』

 

15年前…?じいやが私の執事になった時期と同じくらい…?

 

『救急車が到着する頃には意識はもうありませなんだが、待ち合わせに来ないこの子を探してた友達は、救急車より事故現場に先に到着する事が出来ましてな。意識を失う前に大好きだった男性に抱かれて、助けた子供の無事も知り、本当に幸せそうな笑顔で亡くなったそうでございます』

 

『セバスさん、すみません。何か思い出させてしまったようで…』

 

『とんでもございません。先程も申しましたように。あの子は…梓は幸せそうな笑顔でございましたから』

 

じいや…。本当にごめんなさい…。

 

「こんな話だからユイユイは泣いてると思ったんだが…どうした?」

 

松岡くん、黙りなさい。

でも、そう言えば結衣が静かですわね。

 

「う~…ん、木原 梓さん。この名前どっかで聞いた事あるんだよね~…って思って」

 

「別にそんな珍しい名前でもないし、同姓同名とかじゃないか?15年前に亡くなった人だし」

 

「そうかもね…。でも何か引っ掛かるというか…」

 

結衣の勘というか、こういった感覚は無視出来ませんわ。

 

『そうだ。一瀬様。せっかくですので拝んでいってもらえませんかな?』

 

『はい。是非』

 

そう言って春くんはそのお墓に手を合わせた。私も今度失礼のないようにお参りさせていただこう。

 

『私が今日お墓参りに来たのも、Canoro Felice、Ailes Flamme、Blaze Future、Dival、FABULOUS PERFUMEの事を報告に来たようなものでしてな』

 

『俺達の事?』

 

『はい、梓はさほど有名ではないのですが、Artemis(アルテミス)というバンドでボーカルをやっておりましてな。特別凄いというバンドではありませなんだが、聞く人達を魅了する素敵なバンドでございました』

 

「あーーーーー!!!!」

 

『ん?何事ですかな?』

 

「ユイユイ!でかい声出すな!見つかるだろ!!」

 

『あはは、何でしょうね?鳥かなんかじゃないですか?』

 

『ですかな?』

 

あ…危なかったですわ…。

 

「結衣、どうしましたの?急に大声を出して…」

 

「思い出したんだよ!木原 梓さん!Artemisのボーカルさん!」

 

「結衣の知っているバンドですの?」

 

「ううん、直接は知らないけど、私達Blue Tearの所属してた事務所の社長の友達だよ。社長はArtemisの意志を継いで事務所を設立したんだってよく言ってた」

 

結衣の所属していた事務所…?

クリムゾングループに潰された事務所?

結衣の事務所はクリムゾングループに反抗していた。

Artemisの意志を継いだというのはクリムゾングループとの事でしょうか?

Artemisの木原 梓さんと戦友のじいや?

じいやが戦っていたのはクリムゾン?

……考え過ぎかも知れませんわね。

 

「Artemisは凄いガールズバンドだって言ってたよ。ギターボーカルの梓さん、ギターの翔子さん、ベースの澄香さん、ドラムの日奈子さん。

バンドメンバーの表記はみんなローマ字だったから、梓さん以外は苗字は知らないんだけどね」

 

「そのバンドはクリムゾングループと戦ってましたの?」

 

「ううん、そこまでは知らないけど、うちの社長も『アルテミスの矢』って仲良しのバンドグループがあって、そこに入ってたバンドマンだったんだって」

 

ただの仲良しグループだっただけ?

そのグループ『アルテミスの矢』にじいやも昔入っていた…?

だから、じいやはベースが出来る…?

 

憶測ばかりで何もわからないですわね…。

 

こうなったら…。私は電話を切り、少し時間を置いてから、春くんに電話を掛けた。ポケットに入れているならマナーモードでもバイブでわかるはずですわ。

お願い、春くん気付いて下さい。

 

『もしもし?姫咲?どうしたの?』

 

春くん…!さすがですわ!

あたかも偶然に私から電話がかかってきたように振る舞ってくれてますわ。

 

「もしもし、春くん。私がお願いしたい事を一方的に話しますので、適当に相槌を打って下さい」

 

『うん、今俺はお墓参りに来てて…』

 

上手いですわね。

 

「では、そのままじいやに、そのArtemisの事を詳しく聞いてもらえませんか?もし、アルテミスの矢という言葉が出てきたらじいやはその仲間だったのか、クリムゾングループと戦っていたのかとか聞いてもらいたいんですの」

 

『う~ん、わかったよ。出来るだけ行けるようにはしてみる。また連絡するね』

 

そして春くんは電話を切らず、そのままポケットにスマホをしまった。

 

『あはは、姫咲からの電話でした』

 

『なるほど。それでお嬢様は何と?』

 

『今日は結衣とお泊まり会らしいんですけど、バンドの練習もしないか?ってお誘いでした』

 

春くんは上手く誤魔化してくれているようですわ。

 

「春太のやつすげぇな。俺ならあたふたしそうだ」

 

「私も…」

 

春くんも色々な事務所のオーディションとかでアドリブとかお芝居が上手になったのでしょうね。

 

『では一瀬様。私達もそろそろ行きますか』

 

『そうですね。帰りましょう。あ、そうだ。その間にさっきのArtemisの話聞かせてくれませんか?』

 

『よいですぞ。Artemisのメンバーは皆可愛い女の子ばかりでしたな。恥ずかしながら今思い出しただけでも心がときめいてしまいます』

 

『あはは、そうなんですね』

 

それからメンバーの名前や関西以外ではたまにしかライブをやっていなかった事、CDは一般的には出しておらず、仲の良かった友達くらいしか音源は持っていないだろうとの事でした。

 

じいやがバンドをやっていたのか、クリムゾンと戦っていたのか、アルテミスの矢の事など、聞き出したい事はうまくはぐらかされている感じでした。

 

『セバスさん、さっきArtemisの梓さんは戦友って言ってましたけど、セバスさんは何と戦ってたんですか?』

 

『どういう意味ですかな?』

 

『いえ、戦友って言葉が気になっただけですよ。ほら、15年前といえばクリムゾンミュージックのグループの事とかで色々あった頃ですし、Artemisもバンドだったならセバスさんが戦ってたのはクリムゾングループなのかな?って』

 

あまりにも核心をつかないものだからか、春くんからクリムゾンの話を切り出した。それどころか…

 

『Artemisって名前で思い出したんですけど、アルテミスの矢ってのもこないだ聞いたものですから』

 

アルテミスの矢の事まで…。

 

『アルテミスの矢…。まさかそれを知っておりますとは。このセバス。感服致しました』

 

春くんにここまで言われればじいやもはぐらかす事は出来ない。そうすれば余計に春くんに変に思われますものね。

じいやが咄嗟に『アルテミスの矢なんて知らない』そう言わなかった事で、もう逃げ道はありませんわ。

 

『アルテミスの矢というのは…一瀬様も予想しておりますように、クリムゾングループに反抗していた団体でございます。ですが、私が梓を戦友と言ったのは、また別の話でございますよ』

 

別の話?じいやもクリムゾンと戦っていたわけではない…?

 

『別の話っていうのは?』

 

『はっはっは。それはこのセバスも過去に色々とございますからな。内緒でございます』

 

くっ…、こう堂々と内緒と言われてしまえばこれ以上は聞けませんわね…。

 

『納得のいかない顔をされておりますな。では、少しだけ』

 

『え?は、はい』

 

『私はアルテミスの矢ではございません。そして、アルテミスの矢の事を知りたいのであれば、ファントムの英治様、Blaze Futureのタカ様に聞けば色々と教えてもらえるやも知れません』

 

『え?貴さんと英治さん?』

 

『あの2人は、BREEZEはアルテミスの矢でございましたからな』

 

貴さんと英治さんが…?アルテミスの矢?

 

「葉川さんと英治さんが…?クリムゾンと戦っていた…?」

 

「え?たぁくんって何歳?」

 

 

 

そして、そのまま私達は電車に乗り、地元まで戻って来た所でじいやと春くんは別れた。

 

そして……

 

「あ!見て!姫咲!!」

 

春くんを見送ったじいやはお手洗いに入って行った。男性用のお手洗いに…。

 

私達のじいやの尾行は、そこで終わりを告げた。

 

 

 

 

その夜、私達は4人でファミレスに来ていた。ファントムで夕飯を取り、そのついでに英治さんにアルテミスの矢の事を聞いても良かったのですが、私達はそんな気分ではありませんでした。

 

「セバスちゃん…男の人だったね…」

 

「やっぱり…って感じだよな」

 

結衣と松岡くんはそう思っているようでしたが、私と春くんは違っていた。

 

「……本当に男の人かな」

 

「春くん…?どうしました?男性用のお手洗いに入ったのですから、決定的ではありませんか?」

 

私も白々しいと思う。

私自身もじいやが男性だと断定していないのだから。

 

「姫咲らしくないよね。いつもの姫咲ならセバスさんがトイレに行った時に、冬馬にトイレに行かせて確認させてたと思う」

 

「あ?そう言えばそうだな。俺も今春太に言われて気付いたけど…」

 

「え?え?何?何?」

 

確かにその通り。

男性用のお手洗いに入っただけなら、すぐに引き返す事も出来る。

 

「恐らく…私達の尾行は最初から気付かれていたと思います」

 

「は?いくらなんでもそれは…」

 

「冬馬、俺も姫咲と同じ意見だよ。バレてたんだと思う。だから、あそこまで話してくれたんだろうし、俺もそれならって思って色々聞けたんだ」

 

「ど、どういう事だよ…。俺達に気付いていたから話してくれた…?」

 

「相変わらず鈍いですわね」

 

そして私は私の思った事を話した。

 

「私が疑わしく思った点をあげていきますわね。

まず、最初に春くんがじいやに直接話し掛けた時、じいやは『まさか直接』と言ってましたわ。それは恐らく尾行してるだけだと思っていたのに、春くんが直接接触して来た事を驚いた。と、受け取れますわ」

 

「うん、俺もそう思った」

 

「そして色々と話をしてくれましたが、じいやの過去の核心に迫る部分には一切触れていない事。そして、貴さんや英治さんに聞くというヒントをわざわざ与えてくれた事。最後にあのタイミングでお手洗いに行った事ですわね」

 

「姫咲…すごいねぇ。尾行してた時も思ってたけど本当にすごい!私じゃ全然ダメだったよ」

 

「それもですわ」

 

「え?」

 

「こういう尾行術もじいやに教わったわけですからね。もちろん裏をかこうと色々模索もしましたが…。恐らくそれも含めてじいやには気取られてたのですわ」

 

「そうか…。やっぱりセバスはすごいな」

 

私達はその話はそこで終わらせ、春くんと松岡くんは自宅に帰り、私は結衣と初めてのお泊まり会を楽しんだ。

 

「え?結衣は夏にリゾートバイトに行きますの?」

 

「えへへ、そうなんだよー。いつまでも昔の貯金だけじゃね。お父さんとお母さんにも迷惑かけれないし」

 

「偉いですわね。私も誘って下されば良かったのに」

 

「うん。次に何かバイトやる時は姫咲にも話すよ」

 

そんな話をして夜は更けていった。

 

 

 

 

 

翌日、昼前に私は自宅に戻った。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「じいや、ただいまです」

 

「初めてのお泊まり会はいかがでしたかな?」

 

「とても楽しい夜になりました。まるで修学旅行に行っている気分になりましたわ」

 

「はっはっは。楽しかったのでございましたら何よりでございましたな」

 

「じいや」

 

「何でございましょう?」

 

「私はまだまだですわね」

 

「……そうでございますな」

 

「私はCanoro Feliceが楽しいです。いつか、すごいステージで…。いえ、いつか世界で一番のバンドになってみせますわ」

 

「ハッ、このじいや。その日までお嬢様のお側にてお見守りさせていただきます!」

 

「ですから…。いつか私達もクリムゾングループと戦う事になると思います」

 

「……お嬢様」

 

「じいやが私達を認めてくれた時…。その日には…」

 

「お嬢様!私は別にお嬢様達を認めていないという訳では…!!」

 

「その時はきっと、じいや……あなたから話して下さい。貴さんや英治さんからではなく、あなたから」

 

「お嬢様…承知…しました。その時が来ましたら、私も…お嬢様にお話しさせて頂きます」

 

「はい!」

 

じいやが男性でも女性でも私には関係ありませんね。大好きな私の執事ですから。

 

「ああ、お嬢様!そうでございました!」

 

「なんですか?」

 

「昨日、あの後でございますが」

 

「あの後?」

 

「あ、ああ、あの後とは、お嬢様と結衣様の家へのお土産を買った後にございます!」

 

「その後、どうかしましたか?」

 

ちょっと意地悪が過ぎましたわね。

 

「少し…昔の事を思い出す事がございましてな」

 

そう言ってじいやが私に包みを渡して来た。

 

「これは?」

 

「僭越ながら…私からCanoro Feliceへのプレゼントにございます」

 

私は受け取った包みを開けてみる。

 

「これは…?」

 

その中にはイヤリングが4つ入っていた。

 

「昔、Artemisというガールズバンドがいましてな。彼女らが自分達のトレードマークとして、ピアスをお揃いで付けておりまして…」

 

じいや…。

 

「Canoro Feliceにも何かお揃いの何かがあれば…と思い、お嬢様と松岡様はまだ高校生ですからな。校則でピアスはまずいと思ってイヤリングにしてしまいました」

 

「じいや…」

 

「はっはっは。年寄りのお節介にございます。一瀬様と松岡様は男性でございますしな。気に入らなければ捨てて頂いても……」

 

私は泣きそうになった。

じいやに涙は見せたくなかったので、包みを胸に抱き締めてじいやの胸に顔を押し当てた。

 

「……絶対に捨てるなんてしません。あ…あでぃが……」

 

な、泣いちゃダメ。

 

「ありがとう…ございます。絶対に大切にします。私達の……Canoro Feliceの事を…いっぱい……いっぱい考えてくれて…ありがと……」

 

「お嬢様…」

 

「春くんと松岡くんが…もし付けないと言ったら…去勢して女の子にします。じいや、よろしくお願いしますわね」

 

「はっはっは。はっは…は、ははは……」

 

じいや?

 

「お嬢様…」

 

じいやは私をギュッと抱き締めてくれた。

 

「歳を取ると…涙脆くなって…いけませぬな。お嬢様…大好きでございますよ。じいやはお嬢様の執事になれて、Canoro Feliceの皆様と一緒に居られて、本当に幸せでございます」

 

 

 

 

 

そして私と松岡くんの学生組は夏休みに入り、松岡くんと双葉の遊園地デートの日が決まった。惜しむらくはその日は結衣がリゾートバイトに行っている日と重なってしまった事ですわね。

 

まさか、Canoro Felice編が2話連続で尾行のお話になるとは…。



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第8章 遊園地デート

俺の名前は松岡 冬馬。

 

8月11日の夜。

俺は今、ファントムのオーナーである中原 英治さんとBlaze Futureのボーカルである葉川 貴さんと居酒屋そよ風に来ている。

 

「あの…。何でCanoro Felice編なのに俺はここにいるんですかね?しかも松岡くん高校生だろ?居酒屋で会いたいとか…飲ませないよ?」

 

「きゅ…急に呼び出したりしてすんません」

 

「いや、タカ。松岡くんが昼に店に来てな?Canoro Feliceのみんなには聞かれたくない事らしいから、俺が居酒屋ならみんなも来ないだろうと思ってチョイスしたんだよ」

 

「あ、そうなの?酒飲んで大人の階段登りたいとか言い出すのかと思ったわ。なるほどな。ここなら確かに未成年揃いのCanoro Feliceは居ないわな」

 

「ちょっと相談に乗ってもらいたい事がありまして…。葉川さんと英治さんくらいしか相談出来る人がいなくて…」

 

「まぁそういう事なら構わないぞ。その相談事ってのに上手くアドバイス出来るかどうかわからんけどな。バンドとかライブの事か?」

 

「タカも俺もそれなりには経験もあるしな。何でも聞いてくれ」

 

こんな事…。

葉川さんと英治さんに相談するのは…。

すごく申し訳ない気がするが俺にはこの2人しか頼れる人はいない。

 

「で?どした?遠慮しなくていいぞ?」

 

ゴクリ…

 

喉が渇く…。でも、2人共俺の相談に乗ってくれるって言ってくれてる…。

よし……。

 

「じ…実は…」

 

葉川さんも英治さんも俺の方を真剣に見てくれている。

 

「じ…実は!今度俺、女の子とデートする事になりまして!それで…その…どうしたら相手を楽しませられるかとか…。そういうアドバイスが欲しくて!………な、情けない話で本当にすみません!!」

 

俺は思い切って茅野とのデートの事を相談してみた。

茅野とはFABULOUS PERFUMEのベースの茅野 双葉。すごく優しくて素敵な女の子だ。

 

茅野のバンドFABULOUS PERFUMEは女の子が男の格好を。つまり男装をしているバンドだ。俺はそうとは知らず男装している時の茅野の……。

そのお詫びと、俺達Canoro Feliceの事を色々と見てくれてアドバイスをしてもらったお礼に茅野をデートに誘った。

 

お礼なんだから茅野には楽しい1日にしてもらいたい。だけど俺は女の子とデートなんて……。

 

……頭を下げていた俺はソッと頭を上げて葉川さんと英治さんを見てみた。

 

2人共微動だにせずに真顔で俺を見ている。

やっぱりこんな情けない事で呼び出した俺を軽蔑しているんだろうな…。

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

--葉川 貴サイド--

 

ん?え?待って?

松岡くん何て言った?これは……夢?

 

いやいやいや、落ち着こう。

落ち着け俺。こんな時は素数を数えるんだってプッチ神父が言ってた…………ヤバい。素数って何?タカさん文系だから算数わかんない。

 

てかデート?女の子とデートって言った?

『それって何てギャルゲー?』

ダメだ。こんな事言ったら松岡くんに軽蔑される……。

 

英治頼む。お前はBREEZEの中で唯一の妻帯者だろ?早く…早く松岡くんにアドバイスするんだ。300円あげるから。

 

この間0.8秒

 

-----------------------------------------------

 

--中原 英治サイド--

 

デート?

松岡くん今デートって言ったか?

デートって何それ?美味しいの?

 

いや、落ち着け俺!俺は妻も子もいるリア充だ!

いや、でも三咲と二人の時って俺の部屋か三咲の部屋かラブ……おっと自主規制。

そんな所にしか行ってなかったしな?

最近は夕飯の材料買いに行くとか初音の服買いに行く時に車で送り迎えする時くらいしか二人きりとかないし。

 

『ははは、そんなの<<自主規制>>に連れ込んで、酒じゃないけどタカが言ったみたいに大人の階段登っちゃえばいいんじゃないか』

ダメだ。こんな事言ったら松岡くんに軽蔑される……。

 

タカ頼む。お前はBREEZEのバンマスだったろ?早く…早く松岡くんにアドバイスするんだ。初音をお前の嫁にあげるから。

 

この間0.8秒

 

-----------------------------------------------

 

 

 

 

「英治さん…葉川さん……すみません!いきなり呼び出してこんな事言って!!情けないですよね俺……」

 

俺はこんな情けない事を話してしまった事を詫びた。

 

「あ、いや!頭を上げてくれ!ちょっと意外な相談だったからびっくりしただけだ!」

 

「そうそう!タカの言う通りだぞ!」

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

--葉川 貴サイド--

 

うわぁぁぁぁ!!違う!違うんだ松岡くん!むしろ俺の方が情けないまである!!

 

女の子とデート?何したらいいんだマジで!早く答えないと松岡くんが…あわわわわわ。

 

そもそも普通の女の子とデートなんかした事ねぇっつーの!

アニメショップ行くとかアニメコラボのカフェ行くとか飲みに行くとかカラオケくらいしか……!!

 

んん…?待てよ?普通の女の子?

ハッ!?そうか!その手があった!!

 

この間0.3秒

 

-----------------------------------------------

 

--中原 英治サイド--

 

やめて!頭を下げないで!

むしろ俺の方が頭を下げて謝りたいくらいだからな!?

 

何か…何かないか!?

何をしたらいいんだ!?ダメだ!ナニしか思い付かない!このままだと松岡くんが…あわわわわわ。

 

そもそも普通のデートって何なんだ?どんなのだ?

ああ…!!すまん!三咲!ちゃんとデートしてやってれば良かったな!

 

ん?待てよ?普通のデート…。

そうか!普通のデートでいいんだ!

 

この間0.3秒

 

-----------------------------------------------

 

 

 

「まぁ、松岡くん。取り合えず頭を上げてくれ。別に情けないとか思ってないぞ。俺は」

 

「そうだぞ松岡くん。そんな事で悩むって事はみんな経験したりしてるもんだ。な?タカ」

 

俺は頭を上げて英治さんと葉川さんを見る。

 

「「まずな…………ん?」」

 

英治さんと葉川さんの発言が被った?

何か助言をしてくれるんだろうか?

 

「悪いタカ。先に言っていいぞ?」

 

「あ?お前こそ先に言っていいぞ?」

 

「「……」」

 

ん?なんだこの沈黙の時間は。

 

 

 

 

 

「んん!話が進まないし俺から言わせてもらうな」

 

英治さんが話を切り出してくれた。

よし、せっかく話をしてくれるんだ。

しっかり聞こう。

 

「デートって一言で言っても色々あるからな。松岡くんとその子はどんな関係なんだ?」

 

「それな!俺もそれは聞きたいと思っていた」

 

「ほら、クラスメートとかバンド仲間ってのもあるが、松岡くんの恋人だとか松岡くんが片想いしてるとか、ただの友達だとかで色々変わってくるものだからな」

 

こ…恋び……!?

 

「ち!違います!恋人とかじゃなくてただの友達です!俺がちょっとその子を傷付けるような事しちゃったのでお詫びの気持ちもあるんですけど…」

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

--中原 英治サイド--

 

友達…。友達か…。友達と二人って何するの?

女の子友達と二人きりとか…

……おっと、あの頃の事は黒歴史だ。

 

ダメだ。やはり打開策は思い付かない。

後は頼んだぞ。タカ!

 

-----------------------------------------------

 

 

 

 

「なるほどな。友達か」

 

「はい。友達…です」

 

そうか。確かに関係も大事だな。

茅野が俺の彼女だとか、俺が茅野の事を好きだったり茅野が俺なんかの事を……。

ってので色々変わる事もあるよな。

 

さすが英治さん。大人の男だぜ。

 

「タカはさっき何を言いかけたんだ?」

 

「ああ、俺か。松岡くんとデートの相手が友達ってのはわかった。後はその友達の趣味とか好きなのとかわかればアドバイスしやすいんだけどな」

 

茅野の趣味か…。ライブ?バンド?男装?

まずいな…。俺……茅野の事ほとんど知らないな…。

 

「えっ…と。すみません。正直何が好きなのとかそういうの俺詳しく知らないんです…」

 

「そうなのか…。それは困ったな」

 

「あ、でも葉川さんなら俺よりその相手と長い付き合いだろうし何か知ってるかもです!」

 

「え?デートの相手って俺の知ってる人なの?」

 

「はい…実は……茅野です」

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

--葉川 貴サイド--

 

茅野…?双葉か!?

松岡くんのデートの相手がまさか双葉だったとはな!!

ふはははははは!我勝利せり!

 

双葉とはもう5年くらいの付き合いになる!何度か二人でお出掛けもした事あるしあいつの喜びそうな所なら把握しているまである!

なんなら双葉にバンドやるように勧めたのは俺だからな!!

 

ふっ、教えてやるぜ!双葉の喜びそうな場所を!ヲタスポットをなっ!!

 

-----------------------------------------------

 

 

 

 

「あ、そうなのか。確かに双葉とは付き合いも長いからな。それなら……」

 

「あ、そうだ。それで茅野とは取り合えずこの遊園地に行く約束をしてるんです」

 

そう言って俺は葉川さんと英治さんに、茅野と行く予定の遊園地のチケットを見せた。

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

--葉川 貴サイド--

 

ゆ……遊園地だとぉぉぉぉぉ!?

バ……バカな…!?遊園地!?遊園地!?

遊園地なの!?遊園地デート!?

 

俺何回遊園地って言ってんの?

てか、行く場所は決まってんなら先に言ってくれよ!

 

そもそもCanoro Felice編なのに俺と英治の話長いんだよ!!

 

-----------------------------------------------

 

 

 

 

「そうか遊園地に行くのか。行き場所が決まってるなら何も問題ないんじゃないか?」

 

「え?と、言いますと?」

 

「これは俺の経験談なんだが(ギャルゲーでの)……。こんな時期の遊園地は人も多いしアトラクションに乗るにしても並ぶ時間も長い。つまり時間は待ち時間で潰れる事になるだろう。だからその間双葉を退屈させないように会話を弾ませる努力はいるが、同じバンドマン同士。話題は色々あるだろ」

 

「な、なるほど…!!」

 

さすがだ…さすが葉川さんだぜ!

確かに茅野とならバンドの事やこないだのライブの事。色々と話す事もある。

 

「松岡くん、それにあれだぞ。双葉ちゃんの事あんまり知らないなら、その待ち時間にランチとかディナーとかどこ行こうか?って話しながら好きな食べ物とか色々聞くチャンスもある。話題は事足りるな!」

 

なるほどっ!さすが英治さん!

既婚者である事だけある!!

 

「(ふぅ…なんとかなったか)英治の言う通りだな。まぁ、話題は出来るだけ膨らむように、会話が途切れないようにだけ気を付けてればいい」

 

「(なんとか大人としての威厳は保てたか…)せっかくなんだから松岡くんもデートを楽しんでな」

 

「あ、ありがとうございます。それでこの遊園地に今年はプールも新設されたんですけど、プールにも行った方がいいと思いますか?」

 

「「(プ…プールだとぉぉぉぉぉ!?)」」

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

--居酒屋そよ風 その隣の個室--

 

 

私の名前は茅野 双葉。

 

8月11日の夜。

私は今、同じバンドのドラマーである小松 栞に連れられて、私と同じヲタ仲間であり栞のドラム教室の先輩でもある柚木 まどかちゃんと、その友達の北条 綾乃ちゃんと何故か居酒屋そよ風に来ている。

 

「まどかちゃんも綾乃ちゃんもごめんね…」

 

「双葉ちゃん。私は大丈夫だよ」

 

「いや、私は飲めればいいし。それで?私らに話って何なの栞」

 

「今度ね!双葉がCanoro Feliceの松岡 冬馬と遊園地デートするんだよ!だからまどか姉と綾乃姉に何かアドバイスもらおうと思って!」

 

栞…。気持ちは嬉しいけどね?

そんな大声で言われても恥ずかしいし、デートのアドバイスって、ただ私と冬馬は一緒に遊園地行くだけだよ?

まぁ、そりゃ緊張はしてるけどさ…。

 

ほら、まどかちゃんも綾乃ちゃんも真顔になって微動だにしないし…。

 

 

-----------------------------------------------

 

--柚木 まどかサイド--

 

ん?え?待って?

双葉と松岡 冬馬が遊園地デート?

松岡 冬馬って誰?

 

いやいやいや、ちょっと待って!

そもそも栞は何で私を呼んだの!?

あんた小さい頃から私と一緒だったよね!?いつから私がデートした事あると錯覚していた…!!?

 

しかも遊園地デート?キャッキャウフフなの?

『そんなの乙女ゲーでしかした事ないけど?』

ダメだ。こんな事言ったら双葉と栞どころか綾乃にすら『やっぱりな』みたいな目で見られそうだ……。

 

綾乃頼む。私には乙女ゲーの経験でしか語れない。早く…早く双葉にアドバイスするんだ。今度トシキの恥ずかしい写真あげるから。

 

この間0.8秒

 

-----------------------------------------------

 

 

 

 

「ごめんね、栞ちゃん双葉ちゃん。私は男の人とデートした事ないからアドバイス出来ないよ。まどかはどう?」

 

「わ!?そうなんだ!?まぁ、綾乃姉だもんね。じゃあ、まどか姉アドバイスお願い!」

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

--柚木 まどかサイド--

 

何ぃぃぃぃぃぃぃ!!?

ちょ…!綾乃!栞!!何でなの!?

くっ、ここで『私もデートした事ないから♪』なんて言えるはずがない。

何より今更言うのは恥ずかしい!

 

しまった…。こんな事になるならタカか英治に遊園地に連れて行ってもらっとくんだった…。

そもそも男の人と二人でお出掛けなんてタカと英治としかないし!

 

んん…?待てよ?タカにはよくヲタスポット巡りに連れて行ってもらってるし、ヲタスポットをアトラクションと置き換えて話をすれば…。

そうか!その手があったか!!

 

この間1.2秒

 

-----------------------------------------------

 

 

 

「まぁ、アドバイスも何もさ。遊園地に行くってのは決定してんだし、後は男のプランを立てるつもりでリードさせてればいいんだよ。

アトラクションに乗りた~いとか、オバケ屋敷とかジェットコースターであざとく怖がるってのもアリかも知んないけどさ?等身大で遊園地を楽しめばいいのよ」

 

な、なるほど。

そうだよね。きっと冬馬も色々考えてくれてるんだろうしね。

無理に楽しんだり女の子らしく振る舞わずに、私らしくしてるだけでいいんだ。

冬馬との初めてのデートだもんね…。

 

さすがまどかちゃんだ。

栞達のお姉ちゃんであり大人の女って感じだ!

 

「ありがとう!まどかちゃん!そうだね。変に緊張したりせずに私らしく楽しむよ!」

 

「(な…なんとかいけたかな…?)そうそう。せっかくのデートなんだし楽しめばいいんだよ」

 

「うん。あ、そうだ。今度行く遊園地ね。プールが新設されたんだけど……水着…持っていくべきかな?」

 

「(み、水着だとぉぉぉぉぉ!?)」

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

私の名前は秋月 姫咲。

Canoro Feliceでベースを担当している。

 

8月11日の夜。

私は今、居酒屋そよ風に来ている。

ここは完全個室の大部屋で、壁を挟んだ隣には個室が2つ並んでいる。

 

1つ目の個室には

松岡くんと貴さんと英治さんが、

もう1つの個室には

双葉と栞ちゃんとその友達2人がいる。

 

「じいや!首尾の方はどうですか!?」

 

「ハッ!報告によりますと松岡様、茅野様共にプールに行くか悩んでいるようにございます」

 

くっ…やはり松岡くんめ。

双葉の水着姿を舐め回すように見るに違いありませんわ…!

 

「あのさ姫咲…ちょっといいかな?」

 

「私が松岡くんの毒牙からどのようにして双葉を守るか。

いえ、双葉を悲しませる事なく松岡くんをどう抹殺するかを考えていると春くんが話し掛けてきた」

 

「いや!怖いよ!抹殺って何!?」

 

「あら、私とした事が…。モノローグで語っていたつもりでしたが口に出てしまってたようですわね」

 

「あのさ…。俺達は居酒屋で何も飲まず食わずに何をしているの?」

 

「何も飲まず食わず?そんな事ありませんわ。ほら、結衣を見て下さい。あんなに美味しそうにご飯を頬張ってますわ」

 

「いや、確かに結衣はご飯いっぱい食べてるし、セバスさんの私設部隊の人も何人かはお酒も飲んでるしご飯も食べているね。めっちゃ静かだけど」

 

「ここは居酒屋ですのよ。こんな大部屋に通してもらっておいて何も注文しないのは失礼ですわ。ですので、結衣とじいやの私設部隊のB班の方にはお食事を楽しんで頂いてます」

 

「うん、それは見たらわかるよ。俺が聞きたいのは俺と姫咲、セバスさんと私設部隊のA班の人達は何をしているのかな?って」

 

「愚問ですわね。松岡くんが貴さんと英治さんを私達に聞かれたくない話がしたいと言って呼び出しましたわ。つまり、双葉とのデートの計画を立てるつもりだと推理出来ますわ。そしてそれはビンゴでした」

 

「うん、ごめんね。俺が悪かった。率直に聞くね。

冬馬が双葉ちゃんとのデートの為にタカさんと英治さんを呼び出したのはわかってるよ。そしてその隣の個室には偶然にも双葉ちゃん達が居たのは驚きだったけどさ。で、それで俺達は何で冬馬達の話を盗み聞きしてるの?って事が聞きたいんだよ」

 

「なるほど。春くんが何を言いたいのかわかりました。

では、私も率直に言いましょう。あの二人のデートを尾行する為ですわ」

 

「ありがとう姫咲。よくわかったよ。俺はもう帰っても大丈夫かな?」

 

「帰る…?何故ですの?」

 

「お腹も空いたしさ。俺は別に冬馬達のデートを尾行するつもりはないし…」

 

「な、何ですって!?」

 

ざわざわ…

 

春くんの発言により先ほどまで静かに食事を楽しんでいたじいやの私設部隊の人達もざわざわしだした。

いいえ、私設部隊の人達だけではありませんわ。結衣も次はどれに手をつけようか迷い箸をしながらあたふたしていますわ。

結衣、迷い箸はいけませんよ。めっ!です。

 

「な…なんでみんなざわざわしだしてるの?俺何か変な事言った?」

 

「お嬢様。もしや一瀬様は尾行などせず直接堂々とデートに割って入るつもりでは?」

 

「な、なるほど。さすが春くんですわね。なかなかの鬼畜っぷり。恐ろしい男ですわ」

 

さすがに私でもそんな事出来ませんわ。

私は春くんの恐ろしさに戦慄すら覚えた。

 

「いやいやいや、姫咲もセバスさんも何を言ってるの?冬馬と双葉ちゃんとのデートは尾行もしないし邪魔するような事もしない。姫咲もこないだ双葉ちゃんの恋を応援するって言ってたじゃないか。そっとしとこうよ」

 

「……!?」

 

ざわ…ざわ…

 

「え?なんでみんなまたざわついてるの?」

 

「春くん…もし…もし松岡くんが…」

 

 

 

『茅野、今日は楽しかったな』

 

『うん、今日はありがとうね。冬馬』

 

『その…水着姿も可愛かったぞ』

 

『うぇ!?…は、恥ずかしいな。でも…ありがとう』

 

『今日は疲れただろ?そうだ、ここで休憩していかないか?』

 

『え?休憩?………ここってその…ダ…ダメだよ冬馬!私達まだ高校生だよ!早いよ!』

 

『もう俺我慢出来ねぇんだよ。オラ!来いよ!』

 

『いや、ダメ!ダメェェェェェ!』

 

 

 

「…なんて事になったらどうするおつもりなのですか!?」

 

「うん。姫咲。言ってて恥ずかしくないかな?それに冬馬にはそんな度胸は絶対ないよ。確信してる」

 

「ですが万が一ということも…!」

 

「ないよ。絶対ない。なんなら賭けてもいい」

 

ふぅ…。やはりこのままでは埒があきませんわね。

 

「わかりました。私の負けです。尾行をする理由を話しますわ」

 

「理由…?」

 

「松岡くんは態度はでかいですが、チキンでありヘタレです。そして女心もわかっていないし、カッコつけてるくせにいつもどこか抜けているし、滑稽なくらいに残念な男ですわ」

 

「うん、姫咲が冬馬をそう見てるって知ると冬馬は泣きそうだから黙っていようね」

 

「それに双葉の気持ちにも微塵も気付いていなさそうですし、初めてのデートですからそこまでの進展もないとは思いますので」

 

「それで尾行して俺達でデートのサポートしたりしようって事?」

 

さすが春くん。話が早くて助かりますわ。

 

「お嬢様。日時と待ち合わせ場所が決定したようでございます。時は8月14日の朝9時。待ち合わせ場所は遊園地の正門前ということに決まったそうでございます」

 

「ふぅ…じいや。それは決めたのは松岡くんですわね?」

 

「ハッ!松岡様が先ほど茅野様に電話で伝えておりました」

 

「春くん。こういう事ですわ」

 

「こういう事?」

 

「せっかくのデートで家もそんなに離れていないのに、わざわざ現地集合にするというダメっぷり。さらには隣同士の個室に居るのにお互いに気付かないダメっぷりですわ」

 

「ああ…まぁ…そうなのかなぁ?確かに電話もしてて何で気付かないのか不思議だけどね」

 

「と、言うわけですので8月14日は尾行しますわ。結衣はバイトがありますので残念ですが、春くんには拒否権はありませんので」

 

「いや、待って。8月14日って俺もバイトあるんだけど」

 

「ご安心下さいませ一瀬様。バイトのシフト変更は既に受理されております」

 

「え!?何でそんな勝手に!?それより冬馬達のデートが8月14日に決まったのってついさっきですよね!?」

 

「春くん、当日はよろしくお願いしますわね」

 

 

 

 

 

8月14日8時20分。

 

私と春くんは変装し遊園地の正門前が視認出来る場所に居る。

 

そして正門前には20分程前から既に双葉が立っていた。

 

「松岡くんめ…遅すぎですわ。この暑い中双葉を20分も待たせるとは…」

 

「いや、待ち合わせ時間9時だよね?なのに8時に来たのは双葉ちゃんの方だし……。そして俺達は何で6時集合だったの?眠いんだけど?」

 

「春くんは何を言ってますの。待ち合わせ時間とか関係ありませんわ。男たるもの女性の来る5分前には到着しておくものですわ」

 

「うん、すごく理不尽だよね。それ。1時間も早く来るなんて予想出来ないし」

 

「それにしても今日の双葉の服装。かなり気合いが入ってますわ。可愛すぎて堪りませんわね(ジュルリ」

 

「ほら、ハンカチ。取り合えず涎は拭いた方がいいよ」

 

私達が不安を抱えたまま双葉を見守っていると、やっと松岡くんがやって来た。

現在の時刻8時40分。双葉を40分も待たせるとは…!!

 

「冬馬。ちゃんと20分前に来て俺は偉いと思ってるからね…」

 

 

 

「か、茅野!?もう来てたのか?悪い。待たせたか?」

 

「ううん、私も今来たとこだよ」

 

「そっか。なら良かった。じゃあ、行こうか」

 

「うん!」

 

 

 

「減点ですわ…」

 

「減点!?」

 

「双葉を見てください。あんなに汗をかいているのに今来たところなわけありません。それに服装を褒めないとか男の風上にもおけませんわ」

 

「ああ…なるほどね。でも冬馬にそれは無理じゃないかな?それより何で俺達はあの二人の会話が聞こえてるの?」

 

「ほら!春くん!急ぎませんと!見失ってしまいますわよ!」

 

私達は一抹の不安を消せないまま松岡くん達を追った。

 

 

 

 

「くっ…やはりプールですか」

 

私と春くんは水着に着替え、松岡くんと双葉を探していた。これだけ人が多いと探し出すのも一苦労ですわね。

 

「すごい人だね。それより俺と姫咲は何で冬馬と双葉ちゃんを探してるの?更衣室から尾行してたら良かったんじゃない?」

 

「くっ、早く…早く双葉の水着姿が見たいですわ…」

 

「本音が出てるよ姫咲」

 

私達が松岡くんと双葉を探していると、じいやからあの二人は流れるプールで遊んでいるという情報が流れてきた。

 

「春くん、あの二人は流れるプールですわ。早く行きましょう」

 

「はいはい…」

 

 

 

 

「普通に楽しそうに遊んでるね」

 

「確かに…これなら一安心ですわね」

 

松岡くんと双葉はせっかくの水着回だというのに、ただ流れるプールに身を任せて談笑しているだけ。

せっかくのプールですのよ!?

何かありませんの!?

 

「ほら、特に何もないでしょ。二人は放っておいても大丈夫だよ」

 

双葉が楽しそうにしているので問題はありませんが…。

 

それからしばらく二人を監視していましたが、ウォータースライダーに乗ったり波のプールで遊んだりと、何もハプニングもないまま時間が過ぎていった。

 

「そろそろお昼も過ぎたしあの二人はどうするんだろ?」

 

「そうですわね。プールも遊び尽くしたでしょうしそろそろお昼ご飯にするのが賢明ですわね」

 

 

 

 

「茅野。そろそろいい時間だし疲れたろ?プールはあがって昼メシでも食いに行くか」

 

「うん、そうだね。お腹も空いてきたしね」

 

 

 

そして二人はプールからあがり、更衣室へと向かって行った。

私達も見失わないように早く着替えませんと…。

 

 

更衣室から出た所で春くんと合流し、松岡くんと双葉の尾行を続けた。

 

 

 

「茅野は何か食べたいのあるか?」

 

「私好き嫌いないし何でも大丈夫だよ。冬馬が食べたいのでいいよ」

 

「そっか。なら今日ちょうどこの遊園地のイベントで蕎麦の会ってのがやってるらしくてな。珍しい蕎麦が食えるらしいんだよ。そこでもいいか?」

 

「へぇ~、面白そう!行ってみよ!」

 

 

 

 

蕎麦!?

いえ、蕎麦もいいですわよ?

美味しいですし私も大好きです。

 

ですが初デートで!

遊園地で!

何で蕎麦ですの!?

そもそも蕎麦の会って何ですの!?

何で遊園地でそんな会が!?

 

私がそんな事を考えていると二人はその蕎麦の会とやらがやっている建物に入って行った。

 

 

 

 

「俺はざる蕎麦にしようかな」

 

「私も同じので」

 

私と春くんは松岡くんと双葉の会話が聞き取れる場所に何とか座れた。

 

「俺はざる蕎麦のかやくご飯セットで。姫咲はどうする?」

 

「私は天ざるをお願いしますわ」

 

「私めはざる蕎麦の特盛と旬の天ぷら盛り合わせをお願い致します」

 

「セバスさん!?」

 

「じいや。何故持ち場を離れてこんな所に居るのですか?」

 

「ハッ。蕎麦が食べとうございましたので」

 

「なるほど。それであればしょうがありませんわね」

 

「え?それでいいの?しょうがないの?」

 

 

 

 

 

「あれ?松岡?…と、茅野先輩?」

 

松岡くん達に蕎麦を持って来た男性が、松岡くんと双葉の名前を呼んだ。

知り合いなのでしょうか?

 

 

 

 

 

「あ、秦野くんだ~。こんにちは」

 

「え?双葉も秦野の知り合いなのか?」

 

 

 

秦野?やはり松岡くんとも双葉とも知り合いのようですわね。

 

「彼の名前は秦野 亮様。11月のファントムギグに参加するAiles Flammeのギタリストにございます。そして松岡様の中学時代の後輩であり、現在は茅野様の学校の後輩でございます」

 

なるほど。さすがじいや。情報が早くて助かりますわ。

 

 

 

 

「秦野くんは私の……学校の部活の後輩の同級生なんだよ」

 

「茅野って何か部活に入ってたのか?」

 

「一応…軽音楽部。ほぼ幽霊部員だけどね」

 

「お前…軽音楽部って…」

 

「冬馬!私がFABULOUS PERFUMEってのは内緒なの!FABULOUS PERFUMEの正体を知ってるのはCanoro Feliceと貴くんと英治くん。そして英治くんのドラムの弟子だった5人だけなんだから!(ボソッ」

 

「あ、ああ。そうなのか…わかった(ボソッ」

 

「松岡と茅野先輩は何をボソボソ話してんだ?別に高校生の男女がデートしてたくらいで言いふらすつもりはないから安心してくれ」

 

 

 

 

 

なるほど。FABULOUS PERFUMEは人気の高いバンド。

男装ユニットである事は有名ですが正体は公表されておりませんものね。

 

「そっか。FABULOUS PERFUMEの正体は秘密なんだね。だから栞ちゃんもイオリと呼ばないでって言ってたのか。

………それより二人の近くにいる秦野くんには聞こえないような内緒話なのに何で俺達には聞こえてるの?」

 

 

 

 

「そ、それよりさ。冬馬と秦野くんも知り合いなんだね」

 

「ああ、秦野は中学ん時の後輩で…」

 

「オレが入学してから松岡が卒業するまではよくデュエルするライバルみたいなもんだったんスよ」

 

「え?デュエル?」

 

「えっと、オレが中学に入学したての頃に上級生からギター持って来て生意気だって呼び出されて…」

 

「それで多勢に無勢だったから俺が秦野の助っ人に入ろうとしたら…」

 

「あっという間にオレがデュエルで上級生に勝ったんスよ。そしたら松岡が『お前やるじゃん』とか言って来てデュエル挑んで来て…」

 

「それからよくデュエルし合う仲になった感じかな」

 

「そうなんだ~。秦野くんギター上手いもんね」

 

「秦野。お前まだギターやってんのか?」

 

「ああ、まぁな」

 

「ギターやってるも何も。秦野くんは今度のファントムギグに参加するAiles Flammeのギターだよ」

 

「は!?マジか!?お前もファントムギグ出るのか!?」

 

「お前も?」

 

「秦野くん、冬馬はCanoro Feliceのドラムなんだよ」

 

「松岡が…バンドを?」

 

「まぁな。でもちょうどいい機会だ。ファントムギグで中学時代に着けれなかった決着を着けてやるよ」

 

「そうか。あの松岡がなぁ……。まぁいいや。オレは戻るな。ゆっくり食ってけよ」

 

 

 

そう言って秦野くんとやらは厨房に戻って行った。

あのまま双葉を放置で中学時代の思い出話が始まったらどうしようかと思いましたわ。

 

それから少ししてから私達のお蕎麦も秦野くんが運んで来た。

 

どうやら秦野くんとじいやは知り合いで、じいやのよく行く和食のお店を秦野くんの両親が営んでるらしい。

 

先日じいやを尾行していた時に入っていた和食屋が秦野くんの実家でしょうか?

 

私達が食べ終わるのと同時くらいに松岡くんと双葉も席を立った。

少しくらいゆっくり会話すればよろしいですのに…。

 

ここまで来て見失うわけにはいきません。私達もすぐに追わなければ。

 

「じいや。何をしていますの?行きますわよ」

 

「まだ蕎麦湯が来ておりませぬ」

 

「何を言っているのです。さぁ行きますわよ」

 

「まだ!蕎麦湯が!来ておりませぬ!」

 

くっ…。こうなったじいやはテコでも動きませんわね。

ここまで頑なに動かないじいやはあの時以来ですわ。

そう……あの時とは……。

 

「何をやってるの姫咲。俺達だけでも追うよ」

 

そ、そうですわね。回想シーンに入っている場合じゃありませんわ。

 

 

 

 

私達は建物から出て再び尾行を開始した。すると…。

 

 

 

 

「おーい!茅野先輩!松岡!これお前らの忘れ物じゃないか?」

 

秦野くんが建物から出て来て、ピンク色の可愛らしいハンカチを掲げながら松岡くん達を呼び止めた。

さすが双葉。可愛らしいハンカチを持ってますわ。センスが素晴らしいです。

 

 

「あ、あれ俺のハンカチだ。悪い茅野、ここでちょっと待っててくれ。取ってくる」

 

「うん」

 

 

松岡くんめぇ……(ギリッ

 

 

「なんだよ、これ松岡のハンカチかよ」

 

「いいだろ別に。俺のセンスにケチつけんな」

 

 

松岡くんが秦野くんの元に行きハンカチを受け取ったその時でした。

 

 

 

「そこのお嬢さん!危なーい!逃げるんだっ!!」

 

「え?」

 

 

 

そんな声がしたので双葉の方に目をやると、暴れ馬が双葉に目掛けて走って来ていた。

なんで遊園地に暴れ馬が!?

そんな事よりこのままでは…!!

 

 

「「か、茅野(先輩)!!」」

 

 

<<<ガシャーン>>>

 

 

松岡くんと秦野くんが双葉に飛び付き、なんとか暴れ馬に轢かれる事態は回避する事が出来ました。しかし……

 

 

 

 

--遊園地の医務室--

 

「悪い…茅野…。俺がハンカチを忘れたばっかりに…」

 

「いや、オレが呼び止めずにハンカチをお前らの所に持って行っていれば…」

 

「ううん、助かったのは2人のおかげだよ。本当にありがとう」

 

双葉の右手と右足には包帯が巻かれていた。

骨折まではしていないのは幸いでしたが、しばらくはベースを弾くのは難しいでしょう……。

 

「しかし何だってこんな所に暴れ馬が…」

 

「ああ、さっき医者に聞いたんだが今日は夕方から流しのバンドマンが演奏をやる予定だったらしくてな。そのバンドマンは馬車で日本中を渡り歩いてるそうだが、そこの馬がアトラクションの音にビビって暴れ出したらしい」

 

松岡くんの誰にとでもない問い掛けに秦野くんが答えた。

何て事ですの…。

それで遊園地に馬が居たわけですのね。

 

「そのバンドマン達も怪我をして今日の演奏は中止になるそうだ」

 

「そうなんだ…。それはバンドの人達も演奏を楽しみにしてた人達も残念だよね。…………ね?冬馬はドラムだし秦野くんはギターだしさ。出来ないかな?演奏」

 

「なっ!?お前何を言ってるんだよ。そんなの出来るわけないだろ!?」

 

「だってさ。演奏を楽しみにしてたお客さんも居ると思うんだよ。そのバンドの曲は出来ないけど、演奏は中止にしたくないじゃん…」

 

「わかった」

 

「秦野!?」

 

「オレがステージの主催者に掛け合ってみる。だけどギターとドラムだけじゃな。茅野先輩もそんな手だし…」

 

「大丈夫。ベースもボーカルも居るから」

 

「「え?」」

 

「そんな訳だからさ。春太も姫咲も協力してくれないかな?」

 

双葉!?

まさか私達に気付いてましたの…?

 

「俺達が居るのバレてたんだ…」

 

「そのようですわね…」

 

私達は双葉達の元に出た。

 

「秋月!?春太まで!?」

 

やはり松岡くんには気付かれてませんでしたか。

 

「ごめんね、冬馬、双葉ちゃん」

 

「ううん、話聞こえてたよね?出来ないかな?演奏」

 

「双葉…。大丈夫ですわ。必ず成功させてみせますわ」

 

「ありがとう姫咲」

 

「ずっと尾行していたのに…助ける事が出来なくてごめんなさい…」

 

「お前ら…ずっと尾行してたのか?」

 

「あはは、ごめんね冬馬」

 

「チッ、まぁ春太は秋月に無理矢理連れて来られたんだろうしな。責めたりしねぇよ」

 

「あんた達はCanoro Feliceのボーカルとベースなのか?それならオレのギターで何とかなるかも知れないけど曲はどうすんだ?」

 

「秦野くんならデモを少し聴いてスコアがあれば大体はすぐ弾けるでしょ?完璧には無理だろうけど…。だからCanoro Feliceの曲とFairy Aprilのコピーなら大丈夫じゃないかな?」

 

 

 

 

 

そうして私達は急遽遊園地のステージで演奏をする事になった。

 

じいやがデモとスコアを秦野くんに渡し、結衣の歌のパートは双葉が歌う事になった。

私達5人での最初で最後の演奏。

双葉のお客様への想いの為にも、必ず成功させてみせますわ。

 

 

 

 

 

私達は無事にステージを終え、

5人で駅に向かって歩いていた。

 

「茅野…大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫……とは言えないけどね。平気だよ」

 

「双葉…」

 

「姫咲も心配しないで。それより今日のみんなでの演奏。楽しかったね」

 

結衣のギターではないCanoro Feliceの演奏。確かに成功もしたし楽しかった。

秦野くんのギターのテクニックも、双葉の歌声も凄かった。

 

ですが、やはり私達の曲には結衣のギターが必要だ。そう思う演奏でしたわ。

何かが違う。私達の演奏には結衣の明るさが優しい音色が必要なのですわね。

 

「ねぇ、秦野くん」

 

私が今日の演奏を思い返していると、双葉が秦野くんに向いて立ち止まった。

 

「Ailes Flammeってさ。曲はいくつくらいあるの?」

 

「え?曲っスか?今のとこは1曲です。今日の演奏で歌詞が浮かんできたので…もう1曲くらいはやれさそうっスけど」

 

「なら2曲かな?Canoro Feliceは?新曲出来た?」

 

次に双葉は私達を見て聞いてきた。

 

「まだ練習段階だけど3曲目は出来たよ」

 

春くんが双葉に答えた。

双葉?急にどうしましたの?

 

「そっか…。Ailes FlammeとCanoro Feliceの曲を足しても5曲か…」

 

双葉は何か考え込むようなポーズを取ってみせてから再び秦野くんを見た。

 

「秦野くん、FABULOUS PERFUMEってバンド知ってる?」

 

双葉!?

 

「FABULOUS PERFUME?もちろん知ってますよ。メジャーデビューはしてないけどかっこいいバンドですよね。男装バンドって話題性だけじゃなくて音楽もかなりかっこいいバンドです」

 

「へへへ、ありがとう」

 

「ありがとう?」

 

「うん……。私がね、FABULOUS PERFUMEのベースなんだ。私が男装したのがFABULOUS PERFUMEのナギなんだよ」

 

双葉!?

どうしましたの!?内緒だったんじゃありませんの!?

 

「え!?は!?FABULOUS PERFUMEのベースが茅野先輩!?」

 

「内緒にしててくれると嬉しいんだけどね」

 

「マ…マジなんスか…?松岡も知ってたのか?」

 

秦野くんが私達を見る。

私達は否定も肯定もせず、ただ黙っていた。

 

「そうなのか…。まぁ、内緒ってんなら言うつもりはありませんが、何でそれを俺に?」

 

「今度ね。8月24日にFABULOUS PERFUMEのライブがあるんだけどさ。私の手こんなんなっちゃったから…。出来る限りはやりたいけど…」

 

双葉…。

 

「私達のファンには私がしっかり謝るからさ。Ailes FlammeとCanoro Feliceにゲストとして出て欲しいの。私達のライブに」

 

「茅野…お前それって…」

 

「双葉ちゃん…」

 

「お願い…。ライブを中止にはしたくない」

 

双葉…。

さっきもそうでしたが…。

楽しみにしてくれているお客様。

その方達を大事にしたいんですのね。

 

「オレ達Ailes Flammeは2曲。そしてCanoro Feliceが3曲。茅野先輩の手がその感じじゃ2、3曲が限界だよな…」

 

「私は5曲はやる。絶対に5曲はやってみせる……。FABULOUS PERFUMEのライブなんだからそれくらいは…」

 

双葉…。あんまり無理をするのは…。

 

「茅野先輩はevokeってバンド知ってますか?」

 

「うん、もちろん。最近人気の高いバンドだよね」

 

「オレ、evokeの人と連絡取れるんで3曲くらいやってもらえないか頼んでみます。evokeなら知名度もありますし人気も高いですからファンにも楽しんで貰えるんじゃないですかね?」

 

「ほんと?秦野くんお願い出来る?」

 

「ちょっと待ってて下さい。今から連絡してみます」

 

「茅野……いいのか?」

 

「うん…。チケットももう完売しちゃってるしさ。ライブを楽しみに待ってくれてるみんながいる。だから絶対に中止にはしたくない。演出は貴くんと英治くんに相談してみる」

 

「双葉ちゃん、俺達是非出させてもらうよ。FABULOUS PERFUMEのファンをガッカリさせないライブにしてみせる」

 

「春太、ありがとう」

 

「結衣にも早速連絡しておきますわ。ですから安心して下さい。必ず素晴らしいライブにしてみせます」

 

「姫咲、期待してるからね」

 

「春太、秋月。今日から早速練習するぞ。ユイユイが自分のパートの練習をしやすいように俺達で先に仕上げるつもりでな」

 

「冬馬…」

 

「茅野先輩!evokeの皆さんもOKとの事です。FABULOUS PERFUMEのゲストとか最高だって喜んでました。FABULOUS PERFUMEのファンを引っ張るつもりでライブしてくれるそうです」

 

「良かった…。秦野くんもありがとう」

 

「もちろんオレ達Ailes Flammeも気合い入れてやりますんで!」

 

 

 

 

 

そうして私達の2回目のライブが決まった。

Ailes FlammeとCanoro FeliceとFABULOUS PERFUMEとevokeでのライブが。

 

双葉の気持ちに応える為にも、

FABULOUS PERFUMEのファンの皆さんの為にも私達は完璧にやりきってみせる。

 

そう意気込んでいたのに、

まさかライブ前にあんな事が起こるとはこの時誰も思ってもいませんでした。

 

私達はクリムゾングループのミュージシャンと邂逅する事になる。



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Dival編
第1章 バンドやろうぜ!


『ピピピピ……

ピピピピピ……』

 

もう朝か……。

せっかくの休みだけど起きないと…。

 

「んー……!!!」

 

思いっきり伸びをする。

 

「溜まってる洗濯しないとなぁ」

 

私、水瀬 渚(みなせ なぎさ)は現在一人暮らしをしている。

就職の為に都会に出てきて数ヶ月、毎日があっという間に過ぎ去っていく。

 

「実家だと休みは昼まで寝れたのになぁ~…。お母さんのありがたみを実感する…」

 

朝起きて、仕事行って、帰って来てご飯作って食べて、お風呂入って寝る。

 

それだけで1日が終わっちゃう。

 

まぁ、最近はコンビニご飯だし、夜はゲームしたりドラマ観たりしてるけど…。

 

「友達もこっちにはあんまりいないし…。お一人様が上手になっちゃったよね」

 

実家に居た頃は友達も多かったし、休みの日は買い物行ったり、カフェの開拓したり…。

 

毎日があっという間なのは変わらないけど楽しかったのになぁ…。

 

ハッ、せっかくの休みなのに暗い気持ちになってちゃいけない!

大好きなCure2tron(キュアキュアトロン)の曲でも聴いて楽しい気分になろう!

 

♪~~

 

仕事始めたての頃、毎日がしんどくてへこたれてた時。

仕事の帰りになんとなく立ち寄ったライブハウス。

 

そこで初めてCure2tronを見て、曲を聴いて、すごく元気になった。

 

元気で可愛い女の子!って思ってたのに、まさか男の娘だって知った時はびっくりしちゃったな。あはは。

 

「うん!やっぱりキュアトロの曲は元気になる!テンション上がる~!」

 

洗濯終わるまで時間あるし、せっかくの休みだし!

朝からビールでも飲んじゃいましょうかね!ダメ人間最高~♪

 

「あれ?」

 

一旦冷蔵庫を閉めてと……。

そして素早く冷蔵庫を開ける!

ザ・無意味!!

 

「うそ…」

 

なんて事でしょう…。冷蔵庫を開けたらそこには…。

 

「ビールどころか何も入ってなかったのです。あ、焼肉のたれはあった」

 

そういや今週コンビニばっかりで全然買い物行ってなかったっけ……。

 

「しょうがない。洗濯終わったら買い物行くか」

 

 

 

 

「んー!いい天気!!」

 

外に出て正解だったかな!

天気がいいと心まで晴れやかになる!

こんな日は何かいい事起きそうな予感するよね!

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「え?」

 

「くそ!覚えてろよ……!!」

 

〈〈ドン〉〉

 

「痛っ!」

 

いきなり走ってきた男達にぶつかられて私は転びそうになった。

男達は何も気にする事もなくそのまま走って行った。

 

「ちょ…謝りもせずに行くとか…!さいってい!!」

 

男達の走って来た方に目を向けるとそこには天から舞い降りてきた天使のような。

もしくは魔界から人を誘う為に現世にやってきた妖艶の悪魔のような。

すごく幻想的な雰囲気を纏った女の子が一人立っていた。

 

「綺麗……」

 

「フン…!雑魚が」

 

やっぱり悪魔の方かな?

 

そして女の子が私に近付いてくる。

 

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 

やっぱり天使かな?

 

「あ、大丈夫です」

 

「すみません。本当に…。お怪我とかされてませんか?」

 

「本当に大丈夫ですよ。ありがとうございます。えっと…さっきのは…?」

 

「あ、全然知らない人です。デュエルギグを申し込まれたから受けて立っただけで…」

 

「デュエルギグ…?」

 

「ええ、たまにあるんですよ」

 

デュエルギグを街中で……。

そんな事たまにあるものなの?

お母さん。やっぱり都会は怖い所です…。

 

「あ、あはは。デュエルギグって事は、音楽好きなんですね。バンドされてるんですか?」

 

「いえ、バンドはやってません。それに…今は音楽なんて…」

 

そう言ってその子の目はすごく悲しそうな色をしていた。

 

「ヒャッハー!!」

 

「見つけたぜ!雨宮…!!」

 

「お前の親父にやられた恨み!ここで晴らさせてもらおうか!!」

 

「え?え?」

 

何この世紀末救世主伝説に出てきそうな風貌の人達…。この格好で街中歩いて来たの?

 

「チ、またデュエルギグ野盗か…」

 

「デュエルギグ野盗!?」

 

「お姉さん、下がってて」

 

「ヒャッハー!雨宮ぁ!!今日こそお前のタマ取ったるぁぁぁ!!!」

 

「生憎だけどあたし一応女の子なの。タマなんか付いてないから」

 

「命取ったるって意味じゃゴラァ!」

 

「上等!!関係ないお姉さんがいるってのに……あんた達!絶対許さないから!!」

 

そう言って女の子はギターを取り出して演奏を始めた…。

男達も負けじと演奏を始める。

けど…女の子のギターも歌声もはるかにレベルが違う…凄い…。

このデュエルは圧倒的に女の子の勝ちだ…。

 

って、女の子どこからギター出したの?

 

「チ、このままじゃ…」

 

「くらいやがれ!!」

 

そう言って男が足下の砂を蹴って女の子にぶつけた!ずるいっ!!

 

「クッ……!!」

 

「へへへ、これで俺達の勝ちだ!」

 

ずるいっ!ずるいっ!

なんなのこの男の人達!!

女の子相手にこんな卑怯な事を…!!

 

「このままじゃ…!!」

 

私は怒った!

こんなのデュエルじゃない!

音楽じゃない!!

私は堪らず飛び出していた。

 

「え!?お姉さん!?」

 

「大丈夫。この曲なら知ってるから」

 

「へ!素人が増えた所で……!!」

 

私は女の子のギターに合わせて歌い始めた。

 

「クッ…こいつの歌……!」

 

「素人じゃねぇってのか!?」

 

「お姉さん…。この歌声……いける!!」

 

「このっ!お前もくらいやがれ!!」

 

男はそう言ってまた砂を蹴りかけてきた。

だけど、私はそれを華麗に避ける。

当たらなければどうということはない!!

 

「くっ!?かわしただと!?」

 

負けられない!負けたくない!!

何よりこんな連中にこの女の子が負ける所なんて見たくないっ!!

 

「クッ…もうダメか…」

 

「くそっ……!!」

 

「「「ぐわぁぁぁぁ!!!」」」

 

「ハァ…ハァ…」

 

「くそ!」

 

「覚えてやがれ!!!」

 

そう言って男達は逃げて行った。

 

「お姉さん、ありがと」

 

「ううん、それよりギターも歌もすごく上手いね!びっくりしちゃった!」

 

「お姉さんと一緒にデュエルして、本当に久しぶりに音楽って楽しいって思えたよ。あ、あたし志保。雨宮 志保(あまみや しほ)っていうの」

 

「志保ちゃん。私は渚!水瀬 渚だよ!」

 

「渚……ね。渚って呼ばせてもらうね。あたしの事も志保でいいから」

 

そう言って志保はすごくいい笑顔で笑った。

 

「うん、了解だよ!よろしくね!志保!!」

 

だから私も思いっきりの笑顔で応えた。

 

 

 

 

「へ~、この春にこっち出てきて一人暮らしなんだ?」

 

「そうなんだよ~。それまでずっと実家暮らしだったから、毎日大変で……。一人暮らしに憧れてたけど、やっぱり実家が一番だよ」

 

「あたしは親が留守がちだからさ。小さい頃から一人暮らしみたいなもんだったから」

 

「あ……そうなんだ」

 

「気にしなくていいよ。そんなつもりじゃなかったしさ。これでも幸せだったし、親の仕事に誇りも持ってたから。寂しいとかそんなのなかったよ」

 

「うん……」

 

志保……。

 

「でもさ、志保ってギターも歌もすごく上手いよね」

 

「父親の影響……かな?でも渚も歌すごかったじゃん!昔バンドやってたとかそんな感じ?」

 

「いやいや!私なんて全然だよ!バンドとかした事もないよ。地元のお祭りとかで歌った事ある程度だよ。あはは」

 

「正直さ。あたし歌にもギターにも割と自信あったんだけど渚の歌…。ほんと凄いと思ったよ。一緒に演奏しててすごく楽しかった」

 

「え?ほんと?あはは、なんか照れちゃうね」

 

「渚、ありがとうね」

 

「え?う…うん?私も志保の演奏に歌合わせられてすごく楽しかったよ?」

 

「ふふ、ありがと」

 

志保……。

今は…音楽は……。

 

「ねぇ…」

 

「何?」

 

「さっきさ、今は音楽は……。って言ってたよね?」

 

「うん」

 

「ギターも歌もそんなに上手いのにさ……。今は…音楽好きじゃないの?」

 

聞いてしまった。

何も事情も知らないのに……。

でも、志保の歌もギターも本当に凄い。

さっきのデュエルも本当に楽しかった。

だから……聞かずにいれなかった。

 

「……うん。今は…音楽は好きじゃない」

 

「理由とか…聞いてもいい感じかな?」

 

「は?初めて会ったあんたになんでそんな事言わなきゃいけないの?」

 

「あ、ごめ…ごめん……。ちょっと勿体ないって寂しいって思っちゃったから……。本当に…ごめんね」

 

やっぱり怒らせてしまった。

そうだよね。こんな事ずけずけと……

 

「ぷっ…」

 

???

 

「ぷぷっ…くくく……」

 

志保?

 

「あは…あはははは。ごめ…ごめん、渚……あははは」

 

え?え?

 

「ふー……ごめんね。ちょっとからかってやろうと思ってさ。あははははは」

 

「志保…?」

 

「うん、ごめん!ごめんなさい!別に人に話すような事じゃないけど、聞かれて隠すような事でもないしさ。渚の事、会ってちょっとしか経ってないけど大好きだよ。そういう事普通に聞いてくるとこにも、あたしは好感を持てる」

 

「もう……!ほんとにびっくりしたんだから!いきなりこんな事聞いて悪かったかな?とか、やっぱり怒らせちゃったかな?とか…」

 

「本当にごめん。だから、ちゃんと話すね」

 

「う…うん」

 

「さっき渚とデュエルした時、久しぶりに楽しかったって言ったじゃん?」

 

「うん」

 

そして志保は色んな事を話してくれた。

 

「昔は音楽大好きだったんだよ。だから歌も毎日歌ってたし、ギターも毎日練習した。それこそ友達と遊ぶ時間とか、みんなが観てるようなテレビを観る時間も惜しむ程に」

 

私は志保の言葉を真剣に聞いた。

 

「さっきさ。親が留守がちだって言ったでしょ?あたしの父親はすごいギタリストで、母親はすごいボーカリストだった。あたしはそんな両親に憧れて歌もギターも頑張ってたし、巡業とかで両親が家に帰ってこない日も多かったけど、誇りに思ってた」

 

「うん」

 

「特に父親は天使のギタリストって呼ばれるくらい凄かった。その曲を聞いた人はみんな笑顔になる。みんな幸せな顔になる。そんな噂が出るようなすごいギタリストだったんだ」

 

そっか。だから私も志保のギターを聞いて……。

 

「でもね。ある地方での巡業の時に母親が事故で死んじゃったの。私はもちろんすごく泣いた。大好きだったお母さんに…もう会えないんだって。もう歌を聞かせてもらう事も出来なくなったんだ。って」

 

そうだったんだ…

 

「だからね。私は思った。お父さんのギターに合わせて私が歌おうって。私がお母さんの代わりに歌おうって思った。大好きだったお母さんの歌を」

 

なのに…なんで…。

 

「でもダメだった。ううん、ダメだったのは……お母さんを失ったお父さんだった。お父さんはそれからしばらくの間、ギターを触る事すらしなかった」

 

お父さんが…。

 

「それでもね。私が歌っていれば、頑張ってたらお父さんはまたギターを弾いてくれる。そう思ってたんだ」

 

「……」

 

「そんなある日、お父さんがギターを持って出掛けたんだよ。どこに行ったのかは知らない。でも、お父さんがまたギターを弾くんだと思って嬉しかった」

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

『志保、ダメなお父さんで今まで悪かったな。お父さんはやっぱりギターだけだ。お母さんとはもう演奏は出来ないけど、お父さんまたギター弾くから応援してくれな』

 

『うん!あたしお父さんのギター大好きだから!ずっとずっと応援するよ!』

 

『ははは、ありがとう志保』

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

「そしてまたお父さんは巡業生活が多くなった。でも、お父さんがまたギターを弾いてる。みんなを笑顔にしてる。そう思ってあたしは幸せだった。お父さんの……バンドの曲を聞くまでは」

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

 

『お父さん……?』

 

『どうした?巡業ばかりで寂しかったか?』

 

『ううん、お父さんのバンド、ネット配信で観たけど…お母さんとやってた時と雰囲気が違うね』

 

『そりゃ、お母さんとは違うからな。事務所の作った曲を完璧に弾くのが、今のお父さんの仕事だからな』

 

『お仕事……なんだね』

 

『だけど今までとは違ってお給料はいいぞ!志保にもいっぱい贅沢させてやるからな!』

 

『いいよ、そんなの……。お父さん……今ギター弾いてて楽しい?今やってる音楽好き?』

 

『………楽しくないよ。お父さんな。今やってる音楽は大嫌いだ』

 

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

「……!」

 

「多分、お父さんが一番聞かれたくなかった事をあたしは聞いたんだと思う。それからもお父さんはそのバンドでギターを弾いてる。そしてそれから……その日から……お父さんの音楽はもっと酷くなった」

 

「志保」

 

「あたしはそれからお父さんのバンドを見る度、曲を聴く度に怖かったし悲しかった。たまに泣いたりもした」

 

「……」

 

「そしてお父さんは…。デュエルで対戦して負かしたバンドを……潰していくようになった。天使のギタリストって呼ばれてたのにさ。今では死神って呼ばれてるんだよ」

 

「そんな…」

 

「あたしは大好きだったお父さんをあんなにしたクリムゾングループを絶対に許せない。そして、そんな音楽をやってるお父さんを絶対に許せない…」

 

「クリムゾン!?」

 

「そ、お父さんはクリムゾングループのバンドやってるの。だからあたしはクリムゾングループを潰す為に。お父さんのバンドを倒す為だけに今は音楽を…ギターをやってる。だから……あたしは音楽が……嫌い」

 

「志保……」

 

そんなの……

そんなの絶対間違ってるよ…。

でも、私には何も言えないし出来なかった……。

 

「だからね、ごめん。さっきのデュエルギグ野盗もさ。お父さんに潰されたバンドグループの人なんだよ。巻き込んでごめんね。あたしって有名だからね~。あはは」

 

「そんなの…」

 

ダメだ…。私には…何も……。

 

「あ、もうこんな時間か。そろそろ帰らないと…」

 

「あ…、もうこんな時間なんだね」

 

「久しぶりに楽しい音楽もやれたし、こんな事話したのも実は初めてだし。

渚、今日は本当にありがとうね。でも、あたしと居たらまたデュエルギグ野盗に狙われるかもしれない。だから……もうお別れ」

 

「志保!?」

 

「バイバイ♪」

 

そう言って志保は走って去っていった。

引き止めなきゃもう会えない。

追いかけないともう会えない。

わかってるのに……

私は志保を追うことが出来なかった……。

 

 

 

 

志保と別れてからスーパーで買い物だけ済ませて帰ってきた。

 

それから何もやる気が起きず部屋でゴロゴロしている。

 

私は志保に何も言えなかった。

お母さんが亡くなって、

お父さんが好きな音楽を止めて、

そのお父さんがバンドで他のグループを潰していってて、

志保は潰されたバンドのメンバーに恨まれて、

クリムゾングループとお父さんを倒す為に音楽をやって………。

 

私は両親とも健在だ。

お父さんは普通のサラリーマンで

お母さんは専業主婦。

地元では友達にも恵まれてたし、

普通に青春して、普通に大学も卒業して、普通に就職して今に至る。

 

か……彼氏とか出来た事ないけど立派に青春してたもんね。うん!

 

そして普通にいつか恋もして結婚して

子供も生まれて、普通の生活を送る。

 

ずっとそう思ってた。

私は特別に何か素敵な事が起こる毎日を過ごしてたわけじゃないけど、普通の生活を送ってると思ってた。

でも私は……すごく恵まれてたんだ……。

 

「……お腹空いたな。今何時だろう?」

 

時計を見た後、私はそっと目を閉じた。

そして素早く目を開いて、素早く時計を見る!!

ザ・無意味!!

 

「なんで!?もう23時!!?志保と別れたの18時くらいとして……軽く買い物して帰ってきたとしても19時ちょっとくらいでしょ?もう4時間近くゴロゴロしてるの!?」

 

ハッ!?

いや、違う……。

これは時間を消し飛ばすスタンド能力に違いない……!!

キングクリムゾン……ディアボロが……近くにいる!!?

 

「クリムゾングループの事考えてただけにな!」

 

ってバカな事考えてないでお風呂入って寝よう。

この時間に食べちゃうと太っちゃうしね……。明日が日曜日で良かった……。

 

 

 

眠れない……。

私はベッドの上で眠れずに、また色んな事を考えていた。

そして私は……もう一度志保に会いたいと。会わなくちゃいけないと思った。

 

 

「キングクリムゾン!!我以外のすべての時間は消し飛ぶ!!」

 

 

ふぅ、もう朝になった。

 

ヤバい。全然寝てない…。

考えがうまくまとまらなかった。

いや、キングクリムゾンとか使えないしね……。

 

時間が経つのが早すぎる…。

でも……

 

「よし、今から志保を探す!タイムリミットは17時!それまでに見つけだす!!」

 

私は目の下の隈を消すために念入りにメイクをして家を出た。

 

 

 

 

「いない…」

 

もうすぐタイムリミットの17時になる。

このままじゃ……。

 

「同じニュータイプ同士ならひかれ合うはず……。まだ行ってない所……。いや、もう一度行ってみた方がいい所……。どっちに向かえば…」

 

もう時間がない……

 

「ララァ、私を導いてくれ……」

 

そんな事を考えていると、

志保が向こうの通りを歩いてるのを見つけた!

ありがとうララァ!!

 

「志保!!」

 

「渚…?」

 

「やっと見つけた!」

 

「ちょっと!昨日もうお別れって言ったじゃん!」

 

「うん!昨日バイバイしたから、今日はこんにちはだね!」

 

「そういう意味じゃなくて…!またデュエルに巻き込まれたりしたら!!」

 

「大丈夫。その時は志保のギターと私の歌で蹴散らせる」

 

「……!!?だ…だからって……」

 

「とにかく時間ないから行くよ!付いてきて!!」

 

「行くってどこに…!?」

 

「ヒャッハー!!」

 

「見つけたぜ!雨宮…!!」

 

「お前の親父にやられ……」

 

「うるっっっさい!!!!!」

 

「!!?」

 

「な……渚!?」

 

「今すっごく急いでんの。お願いだから今度にしてくれないかな?」

 

「ふ……ふざけんな!!」

 

「は?ふざけてんのはどっち?志保のお父さんに負けたからって志保に八つ当り?大体、志保関係ないじゃない。あんた達が仮に志保に勝てたとしても、それでどうなんの?何か変わるの?」

 

「いや…それは……」

 

「そこのモヒカン」

 

「お…俺っすか……?」

 

「他にモヒカンなんていないでしょう?急いでんの。早く答えて」

 

「えっと……スッキリ…すると思います…」

 

「思いますぅぅぅ!!?」

 

「ヒッ!?」

 

「スッキリしたかったらカラオケでも行っとけよ!次、そこの金髪オールバック」

 

「お…俺ですね。は、はい!」

 

「そもそも志保はあんた達の敵であるクリムゾングループを倒す為に音楽やってんの。それなのに潰しあってどうすんの?」

 

「あ、えっと…潰しあってちゃいけないと思います……」

 

「その通りだな。よし。では回れ右して帰れ!

次!お前……特徴ないしモブな。モブ。なら次にあんたらのする事は何?」

 

「え?俺モブですか……?」

 

「急いでるって言ってるでしょ?余計な事喋らないで!!」

 

「は、はい!急いでるようですので道をあける事です!」

 

ニコッ

 

「うん!正解!!」

 

「は、はい……!お気を付けて!」

 

「行くよ。志保!」

 

「え?え?え?あ……うん」

 

「そうだあんた達!」

 

「「「は、はい!」」」

 

「さっきも言ったけど、志保はクリムゾンを倒すの。戦うの。だからあんた達とは戦う理由なんてないの。つまらない音楽を志保にやらせないで……!」

 

「渚……」

 

「「「わかりました!」」」

 

「次もし志保に街中でデュエル申し込んできたら……。全力で叩き潰すよ……?

………あんた達のタマをね」

 

「「「は、はい!わかりました!もうしません!すみませんでした!!」」」

 

そう言って私は志保を引っ張って行った。

 

「ここまで来たらもう大丈夫かな」

 

「渚……あの……ありがとね」

 

「志保……」

 

そう言って志保の方を見る。

 

「え?渚……?あんた泣いてんの?」

 

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ……、怖かったよ怖かったよ怖かったよ~~~」

 

「え?え?」

 

「逆ギレされたり殴られたりしたらどうしようかと思ったぁぁぁ」

 

「あ、怒らせたらヤバいタイプなんだと思ったけど違うんだ?」

 

「も、もちろん怒ってたよ!言った事のように思ってるのは本当!でもあんな啖呵切るとか初めてだし……。内心ドキドキしてたし……本当に怖かった……」

 

「ぷっ……あは、あははは。ほんっと、渚って最高ね!」

 

「笑わないでよ……。もう……」

 

「ごめんごめん。もう笑わないよ。ありがとう。本当に嬉しかった」

 

「あ……、そうだ時間!志保!急ぐよ!」

 

「ちょっと、渚!どこに行くの!?」

 

「エデンっていうライブハウス!今日はCure2tronのライブがあるの!!」

 

「Cure2tron………?」

 

 

 

 

 

 

Cure2tronのライブが終わって、

私達は公園で熱くなった身体を冷ましていた。

 

「どうだった?Cure2tronのライブは?楽しかったでしょ?」

 

「うん……最高だった。すごく可愛くて、すごくかっこよくて…。ステージもオーディエンスも1つになったような…そんなライブで……」

 

「うん!うん!でしょでしょ!」

 

「本当に……楽しいライブだった。これが音楽なんだな。って改めて思ったよ」

 

そして志保は綺麗な顔をくしゃくしゃにして……。

 

「……しんどいよ。渚」

 

そう言って志保は泣き出した。

 

「あたしも……音楽が好き……ギターが好き……歌が好き……!好きな音楽を……あたしが楽しいって思える音楽を思いっきりやりたい…!!」

 

「やろうよ。志保」

 

「でも…ダメなの…!!大好きだったお父さんに戻って来てほしいし、まだ他にもお父さんに恨みを持ってるバンドもたくさんいる…!あたしと居たらみんな狙われる……!」

 

「うん。だから、志保のやりたい音楽でお父さんを取り戻そう。志保の楽しいって思える演奏でデュエルギグ野盗を蹴散らしていこう。私と一緒に志保の大好きな音楽をやっていこうよ」

 

「なぎ…さ……」

 

「志保、私も一緒に戦うよ。私も一緒に楽しむよ。一緒にバンドやろうぜ!」

 

「渚……私なんかでいいの?渚の歌ほんと凄いよ?私なんかよりすっごくいいギターが他にもいっぱいいるよ?」

 

「私は志保としかバンドはやらない。志保のギターが好き。志保のギターでしか歌わない。歌いたくない」

 

そして志保を優しく抱き締めた。

 

「バンドやろうぜ!」

 

 

 

 

 

 

『ピピピピ……

ピピピピピ……』

 

もう……朝か……。

今日は月曜日か……仕事行かなきゃ……。

 

「渚!起きた?起こしても起こしても起きないし焦ったよ!」

 

「あ、志保おはよ~」

 

「おはよ。……って、あたし学校行かなきゃだからもう行くからね!朝御飯はテーブルに置いてるから、ちゃんと食べて行きなさいよ?

あ、弁当も一緒に置いてるからね!」

 

「行ってらっしゃ~い」

 

「もう…!行ってきます!!」

 

そう言って志保は家を出た。

もちろん朝チュンしたわけではない。

 

『バンドやろうぜ!』

 

『………うん!』

 

その後、私達は夜の公園で歌った。

志保のギターに私の歌を合わせて……。

 

そして……

 

『ねぇ、渚…』

 

『何?』

 

『渚に会えて良かった。あたしは…お父さんを必ず元のお父さんに戻してみせる。そして……、そんな音楽を強要してるクリムゾンを潰す。その気持ちは変わらない。

でも、これからは……。あたしの…あたしのやりたい好きな音楽で…』

 

『うん』

 

『それでさ……良かったら、あたし達一緒に暮らさない?』

 

『え!?』

 

『あたしも実質一人暮らしだし、渚も一人暮らしでしょ?毎日ご飯一人分作るのって面倒じゃない?』

 

『そ…そですね……』

 

ここ最近コンビニで済ませてますとか言えない…。

 

『あ、もちろん無理にとは言わないけど…』

 

『私は…志保がよければ大丈夫だよ。部屋もそれなりに広いとこ借りてるし』

 

『ほんとに!?なら早速今日から!』

 

『ふふ、いいよ。じゃあ私の…これからは私達の家に帰ろっか』

 

『うん!あ、でもその前に着替えだけ取りに帰るよ』

 

『今日はもう遅いし明日とかでもいいんじゃない?私の服くらい貸すよ?』

 

『うん、私服はそれでもいいけどさ。制服は取りに帰らなきゃじゃん?明日は学校もあるし』

 

『が…学校……?制服……?』

 

『うん、いくらなんでもちゃんと学校は行ってるよ?』

 

『志保……?いくつ?』

 

『言ってなかったっけ?17だよ。華のJKってやつ』

 

『え………えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?』

 

そうして私は志保とバンドをやる事になり、華のJKと一緒に暮らす事になった。



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第2章 目指すのは最高のバンド

「さぁ!今夜の放送もいよいよ大詰めです。次は『新人さんいらっしゃい!』のコーナー!今夜のゲストはcharm symphony(チャーム シンフォニー)のみなさんです。デビューしてからまだ半年というアイドルグループ…」

 

「あの、私達はアイドルグループではなくて……」

 

「きゃはっ!みなさーん!よろしくお願いしますね!」

 

そう言って私の発言は掻き消された。

 

「お、元気いいね!ドラムのLuna(ルナ)ちゃんだっけ?」

 

「はいぃ~!今日は番組に呼んで頂いてありがとうございますぅ~」

 

「こちらこそ来てくれてありがとう」

 

「一生懸命頑張りますんでぇ応援して下さいねぇ」

 

「もちろんだよ。それじゃ他のメンバーにも意気込みを聞いてみようかな。君はベースしながらボーカルやってるRina(リナ)ちゃんだよね」

 

「はい」

 

「意気込みを聞かせてくれるかな?」

 

「私達の音楽を一生懸命やるだけです」

 

「あはは、期待してるよ。じゃあ、早速いってみようか。charm symphonyで『私だけのナンバー』」

 

「え?」

 

曲目が違う…。今日演奏()るのは『spirare(スパイア)』の予定だったはず。

 

「ほらぁ行くよぉRina。

……………急に本番で曲が変わるとかよくある事でしょ?それともあんたには無理?(ボソッ」

 

くっ…それにしてもこんな直前で変更なんてあるわけないじゃない…!!

 

「ほら、多少は失敗した方が可愛いって」

 

「冗談じゃないわ!やるからには完璧にやりきってみせる」

 

そう…私ならやれる。

こんなのアクシデントでもなんでもないわ。

 

「じゃあ、今日も元気にきゃるんと行くよぉ~」

 

Lunaの掛け声と共に演奏が始まる。

 

♪~

 

 

 

 

 

 

よし!ここまでは完璧だわ。

このまま最後まで……

私がそう思った時だった。

 

『カラ~ン』

 

そんな音と共にドラムの演奏が止まった。

私が後ろを振り向くと…

 

「えへ、やっちゃった」

 

Lunaがドラムスティックを落としていた。

なんで…こんな何でもないとこで…くっ、演奏に集中しなくちゃ!

 

ドラムの音がないまま、私達は最後まで曲をやりきった。

 

「うぅ……ぐすっ」

 

わざとらしく泣いてみせているLuna。

 

「いやー、残念だったね。最後にドラムスティックを落としちゃうなんてね」

 

「えぇ~ん、私のせいで、大事な所で……」

 

「Luna、あんたは頑張ってたよ。緊張してたんだよね」

 

そう言ってギター兼リーダーのRana(ラナ)がLunaを慰める。わざとらしいポイント稼ぎ…。

 

「らなぁ、えぇ~ん」

 

「よしよし」

 

「けど、すごく上手な演奏だったよ。さて、今夜の放送もここまで!またお会いしましょう。さよならー」

 

とんだ茶番…もう誰も私達の演奏なんて覚えてるわけないじゃない…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でしたー」「しゃ~した~」「はーい、おつかれ~」

 

みんなそれぞれ挨拶を交わし私達は楽屋に戻った。

 

「Luna、あなたどういうつもり?」

 

「は?あんたこそどういうつもりなの?失敗した方が可愛いって言ったよね?何を完璧にやりきってんの?」

 

「言ったはずよ。やりきってみせるって」

 

「何のために直前に曲を変更させてあんたに言わなかったと思ってんの?おかげで私が失敗する羽目になったじゃん」

 

やっぱり…こいつ…!!

 

「Rina、Lunaやめな。止めるのも面倒くさいから。あたしは早く帰って寝たいの。明日はドラマの撮影があんの」

 

Ranaが私達の仲裁に入る。

 

「お疲れ様!私は帰るね!彼氏が待ってるし!」

 

そう言ってキーボードのRena(レナ)はさっさと着替えて帰ろうとした。

 

「待ちな。Rena!あんた絶対フライデーされんじゃないよ?」

 

「大丈夫ー。わざわざ彼氏と同じマンションに引っ越したんだし!どっちかの部屋にずっといるだろうから問題な~し!」

 

そう言ってRenaは帰って行った。

私も帰ろう。もう…全部が嫌になる…。

 

「待ちな、Rina」

 

「何?私も帰りたいのだけど?」

 

「あんたさ。本気でバンドやりたいんなら事務所辞めちゃえば?私は止めないよ」

 

「おい!Luna!お前何を言って…」

 

「Ranaもほんとはその方がいいって思ってんでしょ?Rinaに音楽の才能があったからバンドとしてスカウトされた。私達は名前がたまたま、愛菜(らな)理奈(りな)瑠奈(るな)玲奈(れな)だっただけで組まされただけ。私達は音楽がやりたくて事務所に入ったんじゃない。仕事だから仕方なくやってんの」

 

「だからってだな。今、Rinaが抜けたらcharm symphonyは…」

 

「私達はなんとでもなるでしょ。逆にメンバー変えるなら今のうちじゃないの?Rinaの変わりならいくらでもいるでしょ」

 

「そうね。私もそれがいいとは常々思ってたわ」

 

「おいRinaまで…」

 

「あんたは今の音楽業界を舐めすぎてんのよ。うちの事務所が求めてるのは売れる芸能グループ。音楽をやるバンドじゃない」

 

「私が…舐めてるですって?」

 

「私達のいるような小さい事務所じゃクリムゾングループにすぐに潰される。クリムゾンに歯向かうわけにはいかないのよ。Blue Tearの事務所もクリムゾンに潰されたじゃない」

 

「それは…」

 

「Ranaは女優になる夢がある。私はモデルになりたいって夢がある。その夢の為なら音楽でもバラエティでもグラビアでも何でもやる。でも、事務所を潰されるわけにはいかないのよ。私達は人気の出るグループでいなくちゃいけないの」

 

「あなたの言ってる事も…わかるわ。でも…」

 

「わかってない。音楽が上手いバンド。そうクリムゾンに目をつけられたら私達は終わる」

 

「…」

 

「音楽がやりたいんならそういう人達とバンドを組んで勝手に潰されて。私達の夢を巻き込まないで」

 

私は間違えてない。

音楽をやる以上は音楽をしっかりやり通して、オーディエンスも私達も楽しめるような。そんな最高の音楽を1曲1曲やらないと意味がない。

でもそれは私の夢だ。Luna達の夢じゃない。

私は…何も言い返せなかった。

 

「Luna落ち着け。Rinaもそんな風に言われたんじゃ何も言えないだろ」

 

「わかってるよ。そしてそんな私や事務所のやり方じゃRinaの夢の邪魔にもなってるって事もわかってる。だからRina、あんた事務所辞めな」

 

「そうね。Lunaの言う通りだわ。私は事務所を辞めてやりたいバンドをやるのが1番いいと思う」

 

「おい!Rina!」

 

「Ranaごめん。私もう帰るわ。大丈夫いきなり辞めたりはしないから」

 

「フン、明日にでも辞めてしまえばいいのに」

 

私はこれ以上何も言わず退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は帰宅する気にもなれず、コンビニで缶ビールを買って公園に来た。

 

私の名前は氷川 理奈(ひかわ りな)

charm symphonyというバンドでベースボーカルをやっている。

最高のバンドになる。そう夢見て……。

 

ベンチに腰を下ろし、缶ビールをあける。

 

「今日も1日お疲れ様でした。乾杯」

 

一人でそんな事を言ってビールを口にする。う~…苦い。

ビールは好きでも嫌いでもない。

どちらかというと日本酒の方が好きだ。

でも乾杯の時にはいつもビールと決めている。

まだ陽も沈みきってないのに、公園で一人缶ビールを呑む女。バカみたい。

 

いつも一人で考えたい時はこうだ。

家に帰ればお父さんもお母さんもいる。

今日の放送も観てただろう。

あんな無様な演奏をした後に会わす顔なんてない。

 

私のお父さんはバンドを趣味でやっていた。私もお父さんに教えてもらいながらベースを弾いていた。お父さんのベースを真似するのが好きだった。

 

お父さんがバンドを辞めるきっかけになったデュエルギグ。相手はメジャーデビューしてるわけじゃないのにすごいバンドだった。

負けたお父さん達も、バンドを辞めるいいきっかけになったと絶賛する程の。

ずっとベースが好きだった私がボーカルに憧れを抱く程のバンドだった。

 

私の憧れのバンドBREEZE。

 

BREEZEがドリーミン・ギグを直前に解散したと聞いた時はお父さんも私も泣いた。

 

私はお父さんの意志を継いでベースを弾き、私は私の憧れの為に歌を歌った。

 

私の歌は上手いと思う。実際私より下手なボーカルのバンドはたくさん居た。

でも私の歌は上手いだけだ。人気だけはある。

私にボーカルになってほしいと言ってきたバンドも多かった。でも、誰かに響くような、感動させるような、ドキドキするような歌声はしていない。

 

実際に私の歌ではRanaもLunaもRenaも魅了する事は出来なかった。

あの子達に私とバンドをやりたいと思わせる魅力は私の歌声には無かった。

 

「一人で呑んでると冷静に物事は考えられるけど…ネガティブになっちゃうわね」

 

そんな事を考えてたら涙が出てきた。

 

何よこれ。カッコ悪い。私…なんで…泣いてるの…流れるな涙…!!

 

バンドを辞めたい。

事務所を辞めたい。

そう言ったのはデビューしてから1ヶ月程経った時だった。

 

『私がやりたいのは本気の音楽です!人気の為とかそういうのじゃありません!』

 

『君の言ってる事もわかるけどね。事務所の方針としては、人気のあるグループでいてもらわなくちゃ困るんだよ』

 

『そんな…!』

 

『君もずっと一人で路上ライブしてたろ?それを拾ってあげたのはうちだ。それは君が可愛いし歌も上手い。大衆の人気を得れると思ったからだ。君もたくさんの人の前で歌って、たくさんの人に歌を聞いてもらいたいんだろう?何か問題があるのかい?』

 

『やりたい好きな音楽を。みんなが聞いて最高と思う音楽をやりたいから歌ってるんです!』

 

『だったらうちを辞めて他の事務所に移ればいい。最高の音楽がやりたいならクリムゾンにでも行けばいいじゃないか』

 

『クリムゾンには自由な音楽なんて…!』

 

『プロになるという事はねビジネスなんだよ!1人の心に響く音楽より、2人が買ってくれる音楽!

1,000人の心に響いて1枚しか売れない音楽より、1人の心にしか響かなくても1,000枚売れる音楽が必要なんだよ!』

 

それを聞いた時、全てが真っ黒になった感じがした。

 

『ふぅ、うちの方針が合わないなら辞めてくれて構わない。ただし、charm symphonyの名前も、spirare、明日の光、vampire mode(バンパイア モード)の3曲も、もううちの名前と曲だ。名乗る事も、今後歌う事も出来ないよ。その覚悟があるのならいつでも辞めたまえ』

 

『!?』

 

charm symphonyってバンド名も私が考えた、spirareも明日の光もvampire modeも私が作った曲だ。それを全て奪われるのいうの!?

 

『バンド名は…未練はありません。ですが曲は作詞も作曲も私じゃないですか!それにいつも公共の場で歌うのはこの3曲じゃない、別の曲じゃないですか!あなた方には必要ないでしょう!?』

 

そうだ。テレビ番組でも、ラジオでも、イベントでも歌うのはいつも別の曲。

だったら私に返してくれても…!

 

『CDにもどこにも作詞も作曲も君の名前は使っていない。charm symphonyとして表記している。つまり権利はcharm symphonyにある。いつも他の曲にするのはまだ君以外のメンバーの腕がそこまで達していないのもあるし、あの3曲はロックだからね。ロックは選り好みも多い。他の曲の方が大衆受けはいいんだよ』

 

『だったら…!』

 

『でも曲のダウンロード数が多いのはあの3曲だ。我々はあれを手放すわけにはいかない。あの3曲が大事ならこの事務所で頑張ればいいじゃないか。いつかはあの3曲も大衆の前で歌える日もくるだろう』

 

『そんな…』

 

『もういいかな?僕も忙しいんだ。音楽はね。ビジネスだよビジネス』

 

そう言って笑ったあの男の顔を、私は2度と見たくないと思った。

なのに私はまだcharm symphonyとしてあの事務所で厄介になっている。

 

『あんたさ。本気でバンドやりたいんなら事務所辞めちゃえば?私は止めないよ』

 

Lunaの言う通りだ。

私はあの事務所にいたら、やりたい音楽なんてやれない。

 

でも辞めてどうなるの?

辞めてどうするの?

また一人路上ライブをする?

どこかのオーディションを受ける?

 

「あ…ビールなくなっちゃったわね」

 

もう1本追加で買いに行こうかしら。

次は日本酒にしようかしら?

夕暮れ時の公園でワンカップ片手に悩む女。シュールだわ。

 

そう思いながらコンビニに向かっている時だった。

 

〈〈ドン〉〉

 

人とぶつかってしまった。

酔ってるわけでもないのに…。

 

「あ、ごめんなさい」

 

「…」

 

「私は大丈夫です。少し考え事しながら歩いていたものですから」

 

「絶望は歩みを止める理由にはならない」

 

「え?」

 

「…」

 

「ライブを見て行けって?どうしようかしら」

 

「…」

 

そう言ってその少年…いや、女の子かしら?

私に今日のライブの参加バンドのフライヤーを渡してきた。

 

Cure2tron…?

へぇ、ガールズバンドなのね。

みんな可愛い…。

 

「私も一応バンドをやってるし、他のガールズバンドを観るってのもいいかもしれないわね」

 

「…」

 

「え?ガールズバンドじゃない?男の娘?」

 

男の娘?男?娘?どういう意味かしら?

 

「とにかく可愛くてかっこいいバンドだから見てみてって?そうね、せっかくだから寄らせてもらうわ」

 

その…男の娘?ってのも気になるしね。

 

そして私はCure2tronのライブを観る事にした。

 

 

 

「魅せるよ!キュアキュアトロン!」

 

 

 

すごい…!可愛いだけじゃない。

演奏の技術も、パフォーマンスもすごくかっこいい。

Cure2tronのメンバーも、オーディエンスの私達も元気になる。笑顔になる。

今、ここに居る事が幸せと思える。

演者もオーディエンスも1つになったようなライブ。

私のやりたい音楽は、目指す音楽は……。

 

 

 

 

 

ライブが終わって私は公園に居た。

そして泣いていた。

 

 

『仕事だから仕方なくやってんの』

 

『音楽はね。ビジネスだよビジネス』

 

悔しい。

 

情けない。

 

苦しい。

 

『魅せるよ!キュアキュアトロン』

 

羨ましい。

 

かっこいい。

 

あんな音楽がやりたい。

 

私は…私は…!!

 

『絶望は歩みを止める理由にはならない』

 

歩みを止めてなんかいられない。

私が目指すのは、最高のバンド。

もう…迷わない。

 

私がそう思った時だった。

女の子の話声が聞こえてきた。

 

「私は志保としかバンドはやらない。志保のギターが好き。志保のギターでしか歌わない。歌いたくない。

……………バンドやろうぜ!」

 

「………うん!」

 

あんまりよくないと思いつつ私は彼女達を見ていた。

 

そして女の子はギターを取り出し、2人は演奏を始めた。

あの女の子どこからギターを出したのかしら?

 

すごい。楽しそうに歌ってる。

それだけじゃない。

ボーカルの女の子の歌声はすごく胸に入ってくる。作詞した人の想いがこの女の子の歌声に乗って響いてくるような…。

そしてギターの女の子。かなり高い技術を持っている。ただ弾いているだけじゃない。

この2人の中に私のベースが加われば…。

 

想像しただけでゾクゾクした。

私の求めてた最高のバンドを、最高の音楽をやれるかもしれない。

 

私は…

 

 

 

 

 

 

 

 

「Rana、Luna、Rena。悪いわね。急に集まってもらって」

 

「あたしは撮影も終わったしな。大丈夫だ」

 

「うー、まだ彼氏とイチャイチャしてたかったのにー」

 

「別に。それより何?事務所辞めるって決めたの?」

 

「ええ、そうよ。話が早くて助かるわ」

 

「ちょ!Rina!本気か!?」

 

「ごめんなさい。もう決めたから」

 

「それだけだったら帰っていい?せっかくのオフだし彼氏とイチャイチャしてたいんだけど?」

 

「ええ、別に構わないわ。筋を通してちゃんとメンバーには直接言っておきたかっただけだから。Rena、世話になったわね」

 

「別にいいよ。私こそお世話になりましたー。事務所辞めても元気でね。じゃあ私帰るね!」

 

そう言ってRenaは帰って行った。

そもそもあの子は芸能界に入りたいわけじゃなくて、うちの事務所に事務員として入ってきたのだものね。

 

「…」

 

「あら?どうしたのLuna。あなたは一番喜ぶと思ったのに。引き止めたいのかしら?」

 

「冗談じゃないわよ。いきなりだったからびっくりしただけ。これで私は私の夢を追いかけられる。まぁ、ストレス発散の為の喧嘩相手がいなくなるのは寂しいけどね」

 

「そっか、Rina本気なんだな」

 

「ええ、申し訳ないとは思ってるわ」

 

「いや、正直あたしらは互いの夢の足の引っ張り合いをしてただけだからな。これで良かったのかもってホッとしてる」

 

「そう言ってもらえて助かるわ」

 

「事務所辞めてどうするんだ?他の事務所に移るのか?音楽は続けるつもりなんだろ?」

 

「ええ、音楽はこれからも続けるわ。私の夢だもの。事務所はまだ決まってないし、これからどうするのかも決まっていない。でも、前に進み続けるわ」

 

「そっか、ははは、頑張れよ。応援してる」

 

「ありがとう。世話になったわね。あなたのドラマが始まったら観てみるわ」

 

「あたしも世話になった。ありがとうな」

 

「じゃあ、事務所に行って社長と話してくるから失礼するわね」

 

「私には挨拶なしかよ」

 

「あら?あなたにはお世話になってないもの」

 

「~~!チッ、ほんと嫌なやつ」

 

「それはお互い様じゃないかしら?」

 

「フン!」

 

「……Luna。楽しかったわ。あなたのドラムは本当に上手いと思っていた。だからわざと失敗する度に失望していたのだけれど。あなたの夢が叶う事を祈っているわ」

 

「……私もあんたの歌とベースは凄いと思ってた。クリムゾンに潰されたら笑ってやるから」

 

「私は潰されない。私の前に立ち塞がるようだったら逆に潰してやるわよ。クリムゾンなんて」

 

そして私は事務所へ向かった。

 

 

------------------------------------------

 

「あー、精々した。でも事務所の事だからcharm symphonyは私達だけで続けるんだろうな。待てよ、私がボーカルやればもっと人気出るんじゃないか?私の!」

 

そしてRanaが後ろから抱き付いてきた。

何だよ暑苦しい。

 

「Luna。寂しいんだろ?泣いてもいいんだぞ?」

 

「はぁ?バカじゃないの?カメラが入ってたら、『辞めちゃやだよぅ』とか泣いてやるけど?」

 

「お前…ほんとはRinaの歌大好きだったもんな。Rinaが路上ライブしてた頃からのファンで、社長にRinaの事話したのお前なんだってな?」

 

「は!?はぁ!?そんな訳ないじゃない!もっとリアリティーある話題出してきなさいよね!」

 

「うちのグループには当時の情報通の事務員がいるんだけど?」

 

「チッあのおしゃべりバカが…」

 

「Rinaが自分の音楽をやれないから。

この事務所にRinaを紹介してしまったのが自分だったから、事務所辞めるように言ってたのか?このツンデレさんめっ!」

 

「キモい。ウザい。女優の顔でも殴るよ?」

 

「ははは、でもRinaもあんたのその気持ちわかってくれてるさ」

 

「はぁ!?あのバカRinaにまでそんな話したの!?いつ!?」

 

「いや、その事をあたしが知ったのもさっきだよ」

 

「さっき?」

 

「ああ、RenaからグループLINEできたから」

 

「は!!?」

 

私は急いでLINEを開いた。

 

『Rina!さっきはごめんね(;>_<;)

ダーリンパワーが不足してると早く帰りたい病になっちゃうからヽ(д`ヽ彡ノ´д)ノ

でもほんと残念だよー。特にLunaなんか泣いてたりして(*/ω\*)

LunaはRinaが路上ライブやってた頃からのファンで、モデルの仕事が上手くいかない時とかよく聞きに行ってたらしいよ(σ*´∀`)

うちの事務所にRinaの事紹介したのもLunaだしね\(^o^)/

でもうちじゃRinaのやりたい音楽やれないもんね(´・c_・`)

Lunaもその事ずっと気にして、ドラムも人一倍練習してたし、たまに社長にも文句言ってたみたいだよ(*ゝω・*)

私もこれからのRinaを応援してるから頑張ってね(*゚▽゚)ノ』

 

あ……あのクソバカ能天気彼氏脳女…!

顔文字も絵文字も多いし読みにくいし!

 

「ドラムも人一倍練習してたんだってな?良かったな、最後にRinaにドラム上手かったって褒めてもらえて。あははは」

 

ぐぐぐ……殴りたい。

 

ライ~ン

『そうだったのね。Lunaありがとう。

ライブがやれるようになったら必ず連絡するわ。よかったら聴きに来て』

 

ぎゃあああああああ…!!!!

 

------------------------------------------

 

私は事務所への道中で足を止めてLINEを見ていた。

 

あのバカ…最後の最後に。

ありがとうLuna。

……私はもう迷わない。

 

そして事務所に着いた。

 

 

 

 

 

「事務所を辞める?」

 

「はい。charm symphonyの名前も曲も事務所に提供します。ですので辞めさせて下さい」

 

「え?ほんとに?ならいいよ?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「で?うちを辞めた後はどうするの?音楽は続けるの?」

 

「はい、事務所なども決まってませんが、音楽は続けていくつもりです」

 

「そうか。音楽はビジネス。その事を覆すつもりはないが、君のやりたい音楽をやれるよう祈っているよ」

 

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

そして私は事務局に行き契約解除の手続きを済ませた。そこには今後の私の芸能活動を邪魔したり口出ししたりしない旨と、私がcharm symphonyの楽曲を歌わない事の誓約が書かれていた。

正直、これからの事を邪魔されるとか、そういう事も考えていたから拍子抜けだ。

 

そして私はcharm symphonyのRinaではなくなった。

 

次は…私のバンドを探す。

昨日の子達と組めたら最高なのだけれど…。

たまたま出逢う事なんてないだろう。

なら、私は自分でメンバーを探すしかない。

 

そんな時だった。

 

「どいてよ、あんた達」

 

女の子が全身タイツの変な人に囲まれているのが見えた。

警察でも呼んだ方がいいかしら?

それよりもあの人達ここまでこの格好で歩いて来たのかしら?

 

「ホ~ホッホッホ。やっと見つけましたよ、雨宮さん」

 

「あなたのお父上にやられた恨み。ここで晴らさせてもらいます」

 

「では、デュエルを始めましょうか!」

 

デュエル?こんな所で?

 

「はじめてですよ。わたし達をここまでコケにしたおバカさんは」

 

「はぁ…渚に怒られるからもうこんなデュエルなんかしたくないんだけど」

 

そう言って女の子がギターを出した。

どこからギターを出したのかしら?

なんだか昨日のデジャビュみたいね。

あ…あの女の子は昨日の子だわ。

なんてご都合主義なのかしら?

 

「蹴散らしてあげる。あたしの楽しい音楽で!」

 

そしてデュエルが始まった。

あの女の子のギター。本当にすごい。

でも……。

 

「さすがですねぇ、雨宮さん」

 

「ですが、わたし達4人を相手にするにはいささか戦闘力が足りませんでしたね」

 

「くっ……」

 

「フッフッフ、私の所持金は53円です」

 

なんで所持金の話なんかしたのかしら?

それよりいい歳した大人が53円しか持ってないって恥ずかしくないのかしら?

 

そんな事を考えている間に女の子が押され気味になっていた。

 

「こいつら…強い…!今までのデュエルギグ野盗とは違う…!」

 

「ホ~ホッホッホ!フルパワーです!」

 

「ハァァァァァァァ!!!」

 

デュ…デュエルギグ野盗?

正直着いていけないわ…。

でもこのままじゃあの女の子…。

 

私は持っていたケースからベースを取り出して女の子に加勢した。

 

「え?誰?」

 

「私は氷川 理奈。加勢するわ」

 

「ありがとう。私は雨宮 志保。頼むわね」

 

「ええ、蹴散らしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

私が加わった事により、デュエルはあっという間に勝負はついた。

 

「ありがとう。助かりました。歌もベースもお上手ですね」

 

「いえ、それよりあなたもギターだけじゃなく歌も上手いのね。雨宮さん昨日Cure2tronのライブの後、公園で演奏してなかったかしら?」

 

「え!?」

 

そして私は昨日の事、自分の事、これからの事を話した。

 

「それでどうかしら。是非あなた達のバンドに私をベースとして入れてほしいのだけれど」

 

雨宮さんは一頻り悩んだ後、お父さんの事、クリムゾングループの事、デュエルギグ野盗の事を話してくれた。

 

「あたしとしてはさっきの氷川さんのベースを聞いて問題ないと思いますし、是非一緒にやりたいと思います。渚も多分…ってか絶対一緒にやろうって言うと思いますし」

 

そして続けてこう言った

 

「ですが、あたしの話を聞いてどう思いましたか?それでも一緒にバンドをやりたいと思いますか?これからもデュエルギグ野盗にも襲われるかもしれない。まともにバンド活動なんか出来ないかもしれません」

 

だから私は

 

「関係ないわね。私達の前に立ち塞がるなら野盗もクリムゾンも蹴散らして行けばいい。私が目指すのは最高のバンドよ。クリムゾンもいつかは倒す相手であるのに変わりはないわ」

 

そう。私が目指すのは最高のバンド。

立ち塞がる敵は全て倒すまでよ。

 

「渚といい氷川さんといい、ほんとに…。

一応渚にも聞いてみないとだし、返事は保留って形になるけどいいかな?あの子今仕事行ってるから帰りは夜になると思うけど」

 

「ええ、構わないわ。雨宮さん、よろしくお願いするわね」

 

「あ、あたしの事は志保でいいよ。あたしも理奈って呼ばせてもらう」

 

「クス、ええ、よろしくね、志保」

 

そして連絡先を交換して私達は別れた。

その夜、志保から『やっぱり渚もOKだって。今度ご飯でもしながらゆっくりお話しようってさw』って連絡が来た。

 

このwってなんなのかしら?

 

私は最高と思うバンドに入る事が出来た。

私は、私達は最高のバンドになってみせる。



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第3章 歌姫と戦乙女

「渚!ほら!起きなって!渚!!」

 

志保の声で私の朝が始まる。

 

「う~…ん、おはよ、志保」

 

「はいはい、おはよ。朝ごはん出来てるからちゃんと食べて行きなさいよ?」

 

「うん!志保のご飯は美味しいからね!ちゃんと残さず食べるよ!」

 

「はいはい、ありがと!じゃあ、あたし学校行ってくるから!」

 

「行ってらっしゃ~い」

 

志保と暮らし始めてまだ1週間も経っていない。でも、もう昔からずっと一緒だったかのように馴染んでいる。

 

先週の土曜日に初めて志保と会って、

その翌日に志保とバンドを組む事にして一緒に暮らし始めた。

 

そしてその翌日には私達のバンドに入ってくれるって人と志保が出会って…。

グループLINEでは何度も話しているけど、まだ会った事はない。今日、私の仕事が終わったら私の家でお泊まり会なのだ。

 

私の職場は家からそう遠くない。

多少残業になってもそんなに遅くならないはずだ。

 

「おはようございますー」

 

「おう、水瀬か。おはようございますー」

 

「やっと金曜日ですね!明日はお休みですし、今夜は楽しみもあるのでお仕事頑張れます!」

 

「あ、そ。良かったね。じゃあ、しっかり頑張ってくれたまえ」

 

「お断りします」

 

「え?何で?さっき頑張る言うたやん」

 

「さ、お仕事の準備しなきゃ」

 

朝から先輩の事からかうと楽しいな。

頑張ったら褒めてくれるかな…?

 

 

 

 

「お昼だー!」

 

「ああ、お昼だな。俺はラーメンを食べなければならない。達者でな水瀬」

 

「あ、先輩。ちょっと聞きたい事とかあるので後で時間くれません?もぐもぐ」

 

「話聞いてた?俺はラーメン食べなきゃいけないんだけど?」

 

「今日くらいラーメン食べなくても死にませんよ?」

 

「いや、わかんねぇだろ?」

 

「いやいや、わかりますよ。もぐもぐ」

 

「はぁ…で?仕事の話か?」

 

「もぐもぐ」

 

「ねぇ?話聞いてる?」

 

「聞いてますよ?前にご飯を美味しそうに食べる女の子が好きって言ってたから美味しそうに食べてました。もぐもぐ。仕事の話なら仕事中に聞きます。もぐもぐ」

 

「よくそんなの覚えてるな?何?俺に好きになって欲しいの?」

 

「もぐもぐ。食欲が失くなるような事言わないで下さい。もぐもぐ」

 

「って、水瀬もう弁当なくなりそうじゃん。早くね?」

 

「もぐり」

 

「はぁ…わかったよ。で、何?」

 

「んぐ!?」

 

「ふぁ!?何!?どうしたの!?」

 

そう言って先輩は水を渡してくれた。

あ、先輩の水だ。って思ったけど未開封だった。

 

「美味し過ぎでやばかったです。心配おかけしました」

 

「俺。お昼。食べてない。お腹。空いた」

 

わかってるよ!

 

「あれ?ラーメン食べに行かないんですか?」

 

「いやいや、今からラーメン食べて一服してたら水瀬の話聞く時間なくなるからね?」

 

「いえ!それはさすがに悪いので何か食べて来て下さいよ!」

 

「大丈夫。渚と一緒に居る時間の方が俺には大切だから」

 

……!?

こ、こんな事言うから先輩は!先輩は!!いつか刺されたらいいのに……

 

「これセクハラで訴えれますかね?やだ、先輩が捕まったら仕事が忙しくなっちゃう!」

 

「うん、まぁ…とりあえず話してみ」

 

「何か食べて来て下さい」

 

「こんな問答が時間の無駄だから話せよ」

 

…この先輩はほんとこんなとこズルいよね

 

「あ、あのですね…」

 

「うん」

 

「た、たまご焼き食べる!?」

 

「は?」

 

「あ、いらない…よね?」

 

あ、思わずタメ口になっちゃった。

ただバンドの事聞きたいだけなのに何緊張してるの私!?

 

「はぁ…じゃあいただくか。華のJKの手料理なんて食える機会ないからな」

 

え?いただくの!?ちょ…ちょっと待って!

 

「は、はい!じゃあたまご焼き…!」

 

そう言って私はたまご焼きを箸で摘まんで先輩に差し出した。

ごめんね志保。本当は全部私が食べたかったんだよ…!?

 

「あの……何やってんの?」

 

「は?先輩がたまご焼きいただくって言うからやん!ほら!はよ!あ~ん!」

 

「……あの、勘違いしちゃうんであ~んとか止めてくれませんかね?」

 

「飲み会ん時はたまにしてるやん!はよ!」

 

「あぁ…今は飲み会じゃないですけどね?」

 

そんな先輩の口に無理矢理たまご焼きを突っ込んだ。ふぅ、ミッションコンプリート…!

 

「美味しいやろ?」

 

「ああ、うん、大変美味しいですね。嫁に欲しいレベル」

 

「し、志保は私のハニーです!貴…先輩には渡しません!」

 

「ああ、はいはい百合百合。てか、今俺の名前呼ぼうとした?水瀬って俺の名前知ってたの?」

 

「何言ってんですか?セクハラですか?明日、社長に相談します」

 

「えぇ~…明日は土曜日だけど休日出勤するんだ?頑張ってね」

 

「……命拾いしましたね」

 

ヤバ…ヤバい…私何やってんの!?

これじゃ先輩の事好きみたいじゃん!?

先輩にバンドの事…BREEZEの時の事聞きたかっただけなのに…。

 

BREEZEの時の事…。

そか…先輩にBREEZEの時の事聞くの…何だか申し訳ないから…。聞きたいけど、こんな事やって先輩が照れて逃げてくれたらいいとか思ってたんだ…。

 

志保に一緒に闘うとか言っておきながら……

 

「先輩」

 

「心配すんな。勘違いとかしてねぇよ。こんなんで勘違いとかしてたら今頃結婚出来てるわ」

 

「は?妄想の中でですか?」

 

「で、BREEZEの時の事か?何聞きたいんだ?」

 

先輩…。ほんと…だから彼女出来ないんじゃないですかね?顔もあれだけど。

 

「えっとー。私、バンドやるって話しましたよね?今、ボーカル、ギター、ベースは揃いました。他にどんなメンバーがいたらいいのかな?ってのと、インディーズってんですかね?私達はこれからどうしたらいいのかな?って…」

 

「それが聞きたい事か?」

 

「今日、メンバーで集まるんですけど煮詰まってて…あはは」

 

「まぁ、その質問なら他のメンバーなんかいらないまである。なんならその3人でもいい」

 

「え?」

 

「水瀬のバンドがどういう音楽をやりたいかによるからな。例えば…そうだな。俺らBREEZEみたいなんが良かったら、ボーカル、ギター、ベース、ドラムでやってたけど、コーラス入れたいとかなら追加でボーカルもいるだろ?もっと激しい音楽とかなったらギターもダブルのがいいし、他のパートが集まらないならヘルプとか他のバンドに頼むとかって手もあるし」

 

なるほど…確かにそれはそうかも…

 

「曲調によってはどこかのパートは、いらないとか増やしたいとかもあるし、そこは水瀬ら次第じゃねぇかな?」

 

そうか…私の…私達のやりたい音楽か…

 

「で、次どうするかもそれぞれに寄るんだよな。俺らはぶっちゃけるとメジャーになるつもりは無かった。武道館でライブやりたいとはいつも言ってたけどな。メジャーデビューするつもりなら曲を作りまくって事務所なりに応募するとか、インディーズ系のCD置いてくれる店に無料配布でもCDなりDVDなり置いてもらって認知度上げるとか。俺らみたいにライブがしたいってだけならコピーでもオリジナルでもいいから空いてるライブハウスに予約入れたりイベント参加の申し込みしてライブやりまくる。とかかな」

 

ほうほう。なるほど。

ってBREEZEってメジャーデビューするつもりなかったんだ…。

 

「んー、つまりは私達次第って事ですかね。やりたい曲とかやりたい事に向けてどうするかは…決まった型はないと言うか…」

 

「だから音楽って楽しいんじゃねぇの?」

 

そっか。そうだよね。

私達のやりたい事は決まってるけど、私達がやりたい曲は違うかもしれない。

そこは今夜3人で話し合うか…。

 

「ありがとうございます。ちょっと先輩の話思い出しながら話し合ってみます」

 

「ん、それがいいやな」

 

そうして昼休みが終わった。

先輩は結局昼ごはん食べず終いだ。

すみません、先輩。ちゃんと今度お礼もしますので。

 

 

 

「そして仕事は終わった!」

 

「おう、お疲れ。今夜は楽しんでな」

 

「あれ?先輩、いつも金曜日は仕事終わるとさっさと帰るのに今日は残業ですか?」

 

「いや、もう終わってる。明日、女の子と遊びに行く約束してるからな。楽しみは楽しみなんだけど、ちゃんと楽しんでもらえるかどうかで緊張してるだけ……俺ももう帰るよ」

 

は?女の子と遊びに行く?

あ、妄想か。いつもお疲れ様です先輩。

 

「先輩、妄想も大概にしとかないとその…捕まりますよ?」

 

「安心しろ。ちゃんとリアルの話だ。しかも見た目は超可愛い。見た目は!」

 

「え?それって…デート?ガチの?」

 

「まぁ、そういう事になるんですかね。じゃあな。お疲れ様」

 

「は~い!お疲れ様です!明日は楽しんで来て下さいね!」

 

「まぁそれなりにな」

 

先輩がデートかぁ。

早く結婚してくれるような人と出会えたらいいのにね。

 

そんな事を考えてたら家の前だった。

え!?なんで!?先輩の事考えてたら家の前とか…!

あれだ。今日は玄関を開けたら志保だけじゃない。理奈もいるんだ。

だから緊張と楽しみとうれしみで私のキングクリムゾンが暴走しただけだ。うん。

 

「た、ただいま~」

 

私は玄関を開けてそう言った。

そしたら奥から志保とすごく可愛い女の子が出迎えてくれた。何?ここは天国?

 

「おかえり渚、今日もご苦労様」

 

「え…と、はじめまして。って言えばいいのかしらね?LINEでは何度もお話してるから不思議な感じだけど。お邪魔しています」

 

「志保、ただいま。えっと、何だか不思議な感じだよね!じゃあ私もはじめまして、理奈」

 

そして私達の顔合わせ会という名の話し合いが始まった。私と理奈は缶ビール。志保はジュースだ。未成年の飲酒ダメ絶対。

 

「「「乾杯」」」

 

くー!やっぱ仕事終わりのビールは最高だね!

そしてテーブルには志保が頑張って作ってくれたご馳走が所狭しと並んでいる。

 

「でもいいのかしらね。大事なバンドの話をするのにお酒を飲みながらだなんて」

 

「うん、大丈夫。私の会社の先輩もいつも言ってるよ。『大事な話をする時だからこそ酒を飲むんだ。飲んだ時の方が冷静に色々考えたりみんな腹の中を割って話せるようになる。俺なんか仕事中でも飲んでいたいまであるな』って!」

 

「素敵な先輩ね」

 

「え?それ素敵なの?」

 

「まぁ、仕事中でも…ってのはどうかと思うのだけれど、私もゆっくり考えたいとかって時にはよく一人で飲むもの」

 

「お、理奈はいける口なんだね!美味しい料理もあるしじゃんじゃん飲んで話し合ってこー!」

 

「そうね」

 

「あ、それでね、その先輩ってのが昔バンドやってたんだけど…」

 

そして私は今日、先輩に聞いた話を志保と理奈に話した。

 

「なるほどね、あたし達のやりたい音楽か」

 

「私は最高のバンドになりたい。とは、言っても、何をもって最高というのか。ってのもあるものね」

 

「私達の共通点。そこは最高のバンドって一緒だけど、見据える先は違うかもしれないしさ。そこも話しとこうと思って」

 

「あたしはお父さんとクリムゾンを倒す!って事しか目標にしてなかったからなぁ…今はとりあえずみんなでライブがしたい」

 

「私は…そうね。私の最高と思えるライブをやる。メジャーデビューはしていたけど事務所の方針でやりたい音楽をやれなかったわけだし、今となってはメジャーだから何?とも思ってる所もあるわね」

 

「私はキュアトロみたいなライブがやりたい。ってところかなぁ?」

 

「じゃあ、あたし達は3人共ライブがやりたい。ってのが今の目標だね。で、音楽性か」

 

「私もキュアトロが好きだし、志保も理奈もキュアトロのライブで…ってのはあるけど、自分達の音楽に合ってるかってのもあるしね」

 

「あたしは作曲する時とかはロックが多いかな。激しい感じのやつ」

 

なるほど。志保は激しいロック系かぁ~。

 

「私はOSIRISっぽいのが多いかしらね。影響を受けてるのもあるかもしれないけど」

 

理奈はOSIRISっぽい曲かー。

うんうん!いいねいいね!

 

「私は歌いやすいのはやっぱりキュアトロかなぁ。激しいロック系もいけるけど」

 

「まぁ、方向性はロックかしらね。志保も作曲出来るなら助かるわ」

 

「そこは他のメンバーが集まってからも色々考えたい所だね」

 

「って事はやっぱ後はドラムとキーボードは欲しい所かな?」

 

「あたしが教えてもいいし、渚もギター少しやってみたら?」

 

こうやって私達の話は順調に進んで行き、ある程度の私達の型は見えてきた。

 

「とりあえず!まずはキーボードとドラム!そしてメンバー集まり次第ライブだね!」

 

「私と志保でいつでもライブ出来るように曲も作っておくわ」

 

「うん、それよりさ。2人共まだ飲むの?」

 

「もちろんだよ!」

 

「私はあまりビールは得意ではないのでそろそろ…」

 

「そうなんだ?秘蔵の日本酒もあるよ?」

 

「日本酒!?秘蔵!?」

 

理奈の目が光った気がした。

 

「あ、あの良かったらその日本酒いただけるかしら?」

 

「うん、いいよ。うちの地元の地酒なんだけどね。すごく美味しいんだぁ~」

 

そして私は地元の地酒『戦乙女』を取り出した。

 

「いくさおとめ…確かに聞いた事のない日本酒ね」

 

「うちの地元には売ってるけどこの辺じゃ見ないね~」

 

そう言って理奈のコップに波々と注ぐ

 

「さあ!おあがりよ!」

 

「いただきます………ん、美味しい!」

 

「でしょでしょ?」

 

「すごく飲みやすいし気に入ったわ」

 

そう言って一気に飲み干す理奈。

そしておかわりを注ぐ。

地元のお酒が誉められるのって嬉しいなぁ~。

 

「そんなに美味しいんだ?あたしにも頂戴よ」

 

「うん……って言うと思った?まだ志保はダメだよ。20歳になってからね」

 

「そうね。お酒は20歳になってから。これは若さを失った私達へのご褒美なのよ…」

 

「えぇー…あたしも早く20歳になりたい…」

 

「志保のバカ!」

 

「え?なんで?」

 

「今が一番いい時だよ!20歳になったら年月なんてほんとあっという間だよ!」

 

「そうね」

 

「あぁ…私も高校時代に戻りたい…」

 

「そうね」

 

「え?なんで?テストはあるしお酒は飲めないしそんないい事ないじゃん?」

 

「大人になったらたくさん辛いこともあるし、若い頃には若い頃にしか作れない青春もあんのよ?わかるかJK」

 

「そうね」

 

「まぁ、そりゃ色々あるんだろうけどさ。それより理奈、さっきから『そうね』しか言わないけど大丈夫?」

 

「そうね」

 

理奈はいつの間にか自分でお酌しながら『戦乙女』を飲んでいる。

今度お父さんにダースで送ってもらおう。

 

「てかさ、JKの青春って何よ。お洒落なカフェ行って写真撮ってインスタにあげるとか?バンドもしっかり青春じゃない?」

 

「そういうの!そういうのじゃないの!」

 

「そうね」

 

「あるでしょ!ス、ス、ス、スクール…ラブとか…!!」

 

「そうね」

 

「え?何これ?女子会なの?」

 

「べ、別にそんなわけじゃないけどさ!」

 

「ん?あたしの恋愛事情とか気になる?」

 

「え?彼氏いたりされるのですか?もう卒業なさってたりされますか?」

 

「何で敬語?あぁ、渚まだなんだ?」

 

まだ!?何がまだ!?

 

「何を言ってるの志保ったら!地元に居た時だけど私だって彼氏いた時あるんだからね!」

 

「へぇ、いつ?何で別れたの?」

 

「キ…キンダーガーテン時代に……」

 

「幼稚園じゃない」

 

理奈!そこはつっこまなくていいとこだよ!

 

「大丈夫。あたしも彼氏居た事なんかないしまだシた事もないよ。渚と一緒」

 

「な…何を言ってるの志保ちゃんは!先輩の前でそんな事言っちゃダメだからね!」

 

「その先輩って誰なの?それより…」

 

そして志保は理奈の方を見た。

私もつられて理奈を見る。

 

「何を見てるのかしら?」

 

「いや、理奈はどうなのかな?って思って」

 

「確かに理奈は落ち着いてるし大人っぽいもんね」

 

「ふぅ、何を言ってるのかしら?私は最高のバンドをやるの。彼氏とか恋愛とか必要ないわ!」

 

「ああ、良かった…」

 

「必要ないわ!」

 

大事な事だから2回言ったんだね。

 

「って事は理奈もまだなんだ?渚も理奈ももういい歳なのにね」

 

「「!?」」

 

志保が爆弾発言をした。いい歳?歳にいいも悪いもないのよ?あ、この言いまわしなんか先輩っぽい

 

「志保、さっきも言ったけど、私は最高のバンドをやるの。だから……」

 

「そうだよ!私も最高のバンドをやるの!彼氏とかいらない!」

 

「渚、さっきと言ってる事違わない?」

 

違うけど…なんか…ね?

 

「まぁ、正直ずっと片想いしてる人がいるのだけどね」

 

ふぁ!?え!?そうなの!?

 

「え?マジで?聞きたい聞きたい。せっかくだしその話聞かせてよ」

 

「ま、いいわよ。私昔からずっと片想いしてる人がいるの。その人の事を忘れられないから恋もする気はない。そんなとこよ」

 

「へぇ、そんな事ってほんとにあるんだ?あたしはそんな人にも出会えた事ないしなぁ」

 

「渚は?私が話したのだから渚にも聞きたいわね。今好きな人はいないのかしら?地元の人とか…」

 

「う~…ん、いないかなぁ。優しいなぁって思う人はいるけど、お兄ちゃんとかお父さんって感じだし」

 

「さっきからよく話に出てる先輩の事を好きなのだと思ってたわ。クスクス」

 

「な!?無いよ!無い!」

 

わぁ、先輩の事好きなのかと思われちゃってたよ。先輩の話するの自重しよう…。

 

「でも理奈くらい可愛くても片想いとかあるんだね。その人どんな人?バンドやってた時に会った芸能人とか?」

 

「芸能人って感じではあるのかしら?難しいところね」

 

「え!?ならテレビにも出てたりする?私も知ってるかも?」

 

「多分知らないと思うわよ。BREEZEって昔居たバンドのボーカル。TAKAさんっていうのよ」

 

「ぶふぉぉぉぉぉぉ」

 

「きゃ!」

 

私は思いっきりビールを吹き出してしまった。志保の顔に私のビールが……。

 

「ど、どうしたのかしら?」

 

「あたし…ベトベトなんだけど…」

 

え?は?BREEZEのTAKA?

わぁ、どっかで聞いた事のある名前だ…

 

「いや、なんか、なんとなく?先輩っぽく言えば、あれがあれであれだから。な?」

 

おおう、早速先輩の話しちゃったよ。

 

「いや、わかんないよ…。あたしタオル取ってくる」

 

「???渚?もしかしてBREEZEを知ってるとかかしら?」

 

うん、ごめんね。知ってますね。

いや、曲とかは知らないけど、そこのボーカルさんとは週5で会ってたりします。

 

「いや、名前はよく聞くバンドだけど曲は知らないかな?」

 

「そうなのね。なら聴いてみる?」

 

え?BREEZEの曲?

 

「あるの?」

 

「ええ、音楽プレイヤーに入れてるわ。近所迷惑になっても申し訳ないし小さめの音量でかけるわね」

 

え?え?昔の先輩の曲!?

まさか聴ける時がくるなんて…

 

「だ、大丈夫!このマンション防音完備だし多少は大きな音出しても大丈夫だよ!かけてみて!聴きたい!!」

 

「ええ、かけるわね」

 

そう言って理奈が音楽プレイヤーを再生してくれた。

思ってたよりも激しめの、思ってたよりもキーの高めの曲が流れる。

 

「あれ?音楽かけてるの?」

 

「あら、遅かったわね?」

 

「ちょっとシャワーも浴びてきた。へぇ、なかなかいい曲じゃん」

 

そしてイントロが終わり…先輩の声が聞こえてきた。

ふふ、今の声より少し高い声だ。こんな声だったんですね。先輩…。

 

「渚…?泣いてるの?」

 

「声が出なくなるってさ。好きだった歌が歌えなくなるってどんな気持ちなのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

『チュンチュン…』

 

う~…ん!朝?

朝チュン!!?………あれ?私いつの間にか寝ちゃってたんだ?

 

起きようと思って身体を起こそうとしたけど身体が重い…。あれ?ほんとに身体が動かない…。これが噂に聞く二日酔い?

 

そう思って私の横を見ると右側から志保に抱きつかれてた。そして左側からは理奈に抱きつかれてた。

え?何この状況?天国はここにあったよお母さん。

 

「あれ?渚?おはよ…」

 

志保が起きて私に挨拶をした。

 

「あら?私…いつの間にか寝ちゃってたのかしら?」

 

そして理奈も起きた。

 

二人共、私がBREEZEの曲聞いて…先輩の昔の声を聞いて泣いちゃったから…。

ありがとうね。志保、理奈。

 

「二人共おっはよー!いやー、夕べは飲み過ぎちゃったね!あはは」

 

「渚、暑い。抱きつかないで」

 

「あの、出来れば離れてほしいのだけれど?」

 

二人共…大好きだよ。

 

「あ、それでさ渚。渚が寝ちゃってから勝手に決めた事が2つあんだけどさ」

 

「ほえ?何?」

 

「まずは1つ目ね。明日ライブ行くよ」

 

「明日は日曜だから大丈夫だけど…誰の?」

 

「なんとOSIRISとキュアトロの対バン!ギリギリの整理番号だけどチケット取れたからさ!」

 

「え?マジで!?ヤバいやん!!明日とかめちゃ楽しみやねんけど!」

 

「渚の地元って関西の方かしら?」

 

「そんで2つ目ね。理奈お願い」

 

「わかったわ。なら私から話すわね。私達のバンド名を決めたわ」

 

え?え?私が寝てる間にそんな話してたの!?

 

「志保はクリムゾンを倒す為に。渚はそんな志保が楽しい音楽をやる為に戦う。そして私は私達の最高の音楽をやる為に邪魔な者は全て蹴散らしていく。昨日話したライブをやりたい目標とは別にこの志しが私達の根元なのよ」

 

そして理奈は『戦乙女』を出してきた。

 

「この渚の地元のお酒を見て思ったのだけれどね。私達はまさに戦う乙女ってぴったりだなって。valkyrie(ヴァルキリー)とかいいんじゃないかしら?って思ったのよ」

 

ああ、聞いた事あるね。他にはワルキューレともいうんだっけ。

 

「そして私も志保も歌をやっていたわ。私はBREEZEのTAKAに憧れて。志保はお母様に憧れて。そんな私達が憧れた歌声の渚。渚も私達も歌姫でもあるの。それでDiva(ディーバ)

 

「Divaはね。歌姫って意味なんだって」

 

「それでDivaとvalkyrieを重ねて『Dival(ディヴァル)』それが私達のバンド名よ」

 

おお!かっこいい!

Dival…私達は今日からDivalだ…!!

 

「うん!いいね!Dival!!」

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

私達はOSIRISとキュアトロの神ライブに並んでいる。た…楽しみ過ぎる…!!

 

「あたしはOSIRISのライブって初めてだから楽しみだよ」

 

「あら?そうなのね。OSIRISの曲もとても素晴らしいわよ。志保にも良い刺激になると思うわ」

 

「私は単独は何度も来てるけどOSIRISとキュアトロのライブとか楽しみ過ぎてヤバいよ…!神過ぎる…!!」

 

そして私は前方にあるキュアトロのポスターに目をやっ……あっ!?

私は急いで志保の後ろに身を隠した。

 

「どしたの渚?」

 

「知り合いでもいたのかしら?」

 

「せ…先輩がいる……」

 

「先輩?あの渚がいつも言ってる?どの人?」

 

私そんなに先輩の話してる?うん、してるね。

 

「あ…あの人…」

 

そう言って先輩を指した

 

「あの人…どこかで会った事あるような?どこだったかしら?」

 

理奈!思い出さなくていいよ!思い出って大切だからねっ!

 

「へぇ、あの人が渚の愛しの人か」

 

「違うからね。全然違うからね。それは小さなミステイク」

 

「小さいの?」

 

「でもさ?あの人すっごく可愛い女の子といるよ?いいの?」

 

は?え?志保ちゃんったら何を言ってるの?

 

私はそう思って先輩の方を見た。

 

「ヘェー、ホントダ」

 

「「渚!?」」

 

「どうしたノ?てかさぁ?いつもマイリーマイリーって言ってるくせに可愛い女の子2人も連れてるとか…アハ、先輩のくせにネ…マジウケル」

 

「な…渚?本当に大丈夫かしら?目の…目のハイライトが仕事してないわよ……?」

 

「……チャオウカナ?」

 

「何!?渚!何て言ったの!?」

 

「渚、よく聞いて。あの人は女の子を2人連れているわ。だから彼女とかそういう関係って事はないと思うのよ。ただのライブ好きのお友達。お友達じゃないかしら?」

 

「あ、そうだよねー。先輩だしね!あんな可愛い彼女居たら冷やかしてやろうと思ったのに!残念」

 

「そうだよ。心配ならさ?声かけてきたら?」

 

「シンパイ?何を?私が何を心配するの?ネェ、シホ?」

 

「痛い!痛いよ渚!爪!爪があたしの肩に食い込んでる!!」

 

「同じ会社の人なんだし、見掛けて声をかけないのは後輩としてはどうかと思うわ。挨拶でもして来た方がいいんじゃないかしら?」

 

「エ?」

 

「だ、だからね。もしその先輩さんも渚に気付いてたら『チ、この後輩俺に気付いてるのに声掛けて来ねぇのかよ。ま、俺なんてそんなもんだしな。むしろ嫌われてるまである』とか思われても困るのではないかしら?」

 

「ハッ!そうだよね!ちゃんと後輩らしく挨拶はしとかないとね。ごめん、私ちょっと行ってくるね!」

 

「助かったよ理奈」

 

「夕べの渚の話であの先輩さんの言いそうな事を言ってみたのだけれど…正解だったようね」

 

「それよりさ?」

 

「「渚!?」」

 

「理奈すごく先輩の真似上手かったよね!今度またやってみてね!」

 

私はそうして先輩の方に向かった。

 

「せ~んぱい!」

 

私は先輩に声をかけた。

 

「ん?水瀬?どしたん?今日ライブ?」

 

「うん、そですよ。ぼっちの先輩が可愛い女の子2人も連れてるとか贅沢ですね?どっちか彼女さんですか?」

 

「いや?2人共ただの友達だけど?え?友達だよな?フォロワ様?」

 

「なんだー。彼女さんかと思って明日の会社での話題にしようと思ってたのに!」

 

やっぱり友達かぁ。あれ?私なんでホッとしてるんだろ?

 

先輩といつものように話してると、お友達?の女の子達が何か話してるようだった。う…やっぱり私感じ悪い女かな…?

 

「あの~…」

 

私は女の子に声をかけた。

先輩の方を少し見たらポスターのマイリーをスマホで連写していた。だから彼女が出来ないんですよ。先輩。

 

「はい?何ですか?」

 

そしたら私と歳の近そうなすごく可愛い子が返事をしてくれた。え?何この子可愛すぎるんだけど…天使か何かなの?

 

「すみません。ライブに来たらたまたま先輩…葉川さんを見かけたので、せっかくだから声を掛けとこうと思いまして…。あ、私、葉川さんの会社の部下みたいなもんでして…あはは」

 

「いえいえ、全然気になさらないで下さい」

 

女の子はそう言ってくれたけど次の瞬間。

 

「あの……貴さんの事好きなんですか?」

 

「はい!?」

 

思いがけない事を聞かれた。ないよ!ないですよ!!

 

「ないですよ。ないです。優しい先輩とは思ってますけどそれだけです」

 

あ、もしかしたらこの子先輩の事…

 

「あの…もしかして葉川さんの事好きなんですか?」

 

「ふぁ!?」

 

女の子はびっくりしていた。やっぱりそうなのかな?

 

「もしそうだったら声を掛けて申し訳なかったなと……今更ですけど」

 

「ないですよ。ないです。楽しい人とは思ってますけどそれだけです」

 

あ、そうなんだ。うん、そうだよねー。こんな可愛すぎる子が先輩の事なんて…ん?なんで安心してるの私。

 

「あ、私、水瀬 渚っていいます」

 

「私は佐倉 奈緒っていいます」

 

そして私は奈緒と友達になれた。

うぅ…先輩!感謝です!!

こんな可愛すぎる子とお友達になれるなんて…!

志保、理奈、奈緒。

私の友達何でこんな可愛すぎる子が多いんだろう。そして私は志保と理奈の元に戻った。

 

「やっぱりただの友達なんだってさ。残念だよ…」

 

「うん?うん、残念だったね」

 

「彼女が出来たと思ってからかってやろうと思ってたのになー」

 

「そ…そうね」

 

そして私は今日のライブを思いっきり楽しんだ。

 

----------------------------------------------

 

「ぐはっ!でござる!」

 

「な、何なんだよお前!でござる!」

 

「デュエルギグ野盗なんかに名乗る名前なんかないよ」

 

「に、逃げるでござる!」

 

「撤退でござる!」

 

「逃がさないよ」

 

「ひっ!?でござる!」

 

「あ~あ…ネイル…剥がれちゃったじゃん…」

 

「お、俺達が悪かった…!でござる!」

 

「頼む…ゆ、許してくれ!でござる!」

 

「ダ~メ」

 

----------------------------------------------

 

あんな事件が起こってた事も知らずに……

 



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第4章 最高のバンド

『あはは、しーちゃんそれほんと?』

 

『ほんとほんと!もう凄かったんだから!』

 

『いいなー。私もギター欲しい~』

 

何だろうこれ…この子達は小学校の時に仲の良かった…せっちゃんとすーちゃん?

 

『グへヘヘ、見つけたぁ。お前が雨宮 志保だなぁ?』

 

『ヒッ!?何この人達!?』

 

『しーちゃん、怖いよー』

 

『な、なんですかあなた達!何で私の名前知ってるんですか!?警察に通報しますよ!?』

 

『グへ、お前の親父、雨宮 大志にやられた恨みを晴らしにきたんだぁ』

 

『お父さんに…?』

 

『お前の親父のせいで俺達の人生は目茶苦茶だぁ。だからお前の人生も目茶苦茶にしてやるぅ』

 

『何する気!?恨みがあるのはあたしだけでしょ!?この子達は関係ない!帰してあげてよ!』

 

『そうはいかないなぁ。誰も逃がさねぇよぉ』

 

『せっちゃん、すーちゃん逃げて!』

 

『グへヘ、安心しなぁ。お前がもし俺達にデュエルで勝てたら何もせずに帰してやるよぉ』

 

『デュエル?』

 

『そのかわり俺達がお前に勝ったら…わかってるよなぁ?グへヘヘ』

 

『な、何する気!?』

 

『雨宮 志保ぉ…まずはお前の額に『肉』って書いてやるぅ』

 

『なっ!?』

 

『そしてお前の友達の額には『骨』と『中』って書いてやるぜぇ…油性ペンでなぁグへヘヘ』

 

『あんた達それでも男なの!?いいえ、人間なの!!?』

 

『しーちゃん怖いよー』

 

『油性ペンで額に文字書かれたら恥ずかしくて街歩けないよぉ、え~ん…』

 

せっちゃん泣かないで…大丈夫だから…

 

『大丈夫。あたしがあいつらをデュエルでやっつけてあげるから』

 

『俺達に勝てるつもりかよぉ。グへヘ』

 

『やってやるわよ!あんた達なんか!』

 

『『しーちゃん…!!』』

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ」

 

あ、夢…か。今何時だろ……?

 

久しぶりに中学の時の夢なんか見たな…。

あの時はあたしが勝ってみんな無事に済んだ…。けど、あの日を境にあたしはデュエルを申し込まれる事が多くなった。

 

『シャッシャッシャッー!俺達がデュエルで勝ったらお前の友達がさっき買った推理小説の犯人を赤丸で囲ってやるぜ!』

 

『ヌハハハ!俺達が勝ったら貴様らのシャーペンのシンを全てBからHに変えてやるぜぇ!』

 

『ムハハハ!俺達が勝ったらお前らの消しゴムの角を全部使ってやるぜ!』

 

デュエルギグ野盗の奴らは卑劣だった。

あたしは負けられない。負けたらせっちゃんとすーちゃんも酷い目に合う…。

あたしはデュエルで勝ち続けるしかなかった…。

 

あたしは孤独である事を望んだ。

せっちゃんとすーちゃんとも別れ、それからの中学生活は一人で居た。今の学校もうちの中学から進学する人が居ないという事で選んだようなものだ。あたしはそんな音楽を、好きだった音楽を憎むようになった。

 

 

 

あたしは渚の寝室を開けた。

 

「すー、すー…」

 

渚はまだ寝ている。

 

「もう、またお腹出して寝て…」

 

あたしはソッと渚にタオルケットを掛けた。

 

「むにゅ……すー…すー」

 

起こしちゃったかと思った。

 

渚には感謝してる。こんなあたしを救ってくれた。また音楽を好きな気持ちを思い出させてくれた。一人でいる事を望み、一人で戦うしかなかったあたしと一緒に戦ってくれた。今は理奈もいる。あたしは一人じゃない。

 

ありがとうね。渚。

 

「さ、朝ごはん作って学校の準備しようかな」

 

 

 

 

 

 

そしてあたしは学校でも変われた。

 

「お、クールビューティー雨宮!おっす!」

 

「おはよ。あのね?あたし別にクールってわけじゃないから。ビューティーである事は認めるけどさ?」

 

「さすがクールビューティー。自意識過剰だな」

 

「あんたぶたれたいの?」

 

「おう、クールビューティー。ちょっとギターの事で聞きたい事があるんだけどよ」

 

「秦野…あんたまで…」

 

「あ、志保ちゃん、おはよ~」

 

「さっち、おはよ!」

 

学校で話すのは江口や秦野、内山、井上だけじゃない。同性の友達も出来た。まだ1人だけだけど…。秦野とよく話すもんだからどちらかというと同性には嫌われてる気もする。

 

まだメンバーが揃ってるわけじゃないけど、大好きな音楽のバンドを組めて、それなりに学生生活も楽しんでる。

あたしは今、すごく充実した毎日を過ごせている。

 

もちろんお父さんを…クリムゾングループを倒すという目的も忘れていない。

 

なのに、何で今更あの時の夢を見たんだろう…。

 

 

 

 

 

学校も終わり、帰宅して夕飯の準備をしている。

 

「志保。よかったら私も手伝うわ。何でも言ってちょうだい」

 

「大丈夫。理奈はゆっくりテレビ見るなり作曲するなりしててよ。だから食材には触らないで。絶対に」

 

「そう?悪いわね」

 

渚は料理はどちらかというと下手く……出来ない方だ。だから、渚がご飯を作ると言ってもいつも断っている。だって病気になりそうだもん。

でも、理奈の料理の腕はもっと壊滅的と言える。こないだのお泊まり会の時……

……思い出しただけで背筋が凍りそうになる。

 

「それより理奈はいつも夕方にはうちに来るけど仕事とか大丈夫なの?」

 

「いつもお邪魔して迷惑かしら?」

 

「いや、全然。こうやって話せる相手居た方があたしもありがたいし。でも、いつも夕飯の前に帰っちゃうからさ?」

 

「夕飯までお世話になるのも悪いもの。それにうちにも夕飯はあるしね」

 

あ、そっか。理奈はご家族と暮らしてるんだもんね。

 

「夜になったら帰るし、夜のお仕事してるかと思ったかしら?クスクス」

 

「うん、まぁ、ちょっと」

 

「私は今大学に通ってるのよ」

 

「え?理奈って渚と同い歳だよね?」

 

「何が言いたいのかしら…。ええ、そうね。渚と一緒の年齢だからまわりは年下ばかりよ」

 

「そっか。でも何で大学?」

 

「事務所に入った時にモデルとかもやらされたりしてて、あまり講義に出れなかったから私は辞めたつもりでいたのだけれど父が休学扱いにしてたのよ」

 

「あー、それで復学したって感じなんだ?」

 

「私はバンドの事もあるしバイトでも何でも仕事しながら…って思ってたのだけれどね。父が事務所を辞めたなら復学しろってうるさくて…」

 

「いいお父さんじゃん」

 

「そうね。あんな厳格とは思わなかったけれどいい父親だわ」

 

「あ、あれ?マヨネーズがない…」

 

「あら?なら私が買ってくるわよ」

 

「う~ん、どうせなら他のも買っておきたいし、理奈悪いけど留守番お願い出来る?」

 

「それくらい構わないけど」

 

「駅前のスーパーの方が安いからさ。ちょっと遅くなるかもしれないけど…」

 

「OKよ。気をつけてね」

 

「ありがと。行ってきまーす」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

あたしは無事にスーパーで買い物を終えて理奈の待つ自宅へと…自宅って言っても渚の家だけど…。あたしは帰路についていた。

 

「ゼハハハハ!見つけたぞ!雨宮 志保!」

 

またデュエルギグ野盗か…。

最近見ないと思ってたのにこれだ。

 

「あたし急いで帰りたいの。邪魔だから消えてくれる?」

 

「ふざけるな!お前の親父のせいで俺達の人生はな…!」

 

ま、これで素直に帰るやつらじゃないか。ごめんね、渚。降りかかる火の粉は払わなきゃいけないから…。

 

「俺達とデュエルギグをし…」

 

「待ちな!」

 

あたしがこいつらを蹴散らす為にギターを取り出そうとした時だった。あたしより少し歳上くらいのお姉さんが割って入ってきた。

 

「そのデュエル。この娘の代わりにあたしが請け負うよ!」

 

「何だとこのアマァ!俺達はお前に用はねーんだよ!」

 

そしてそのお姉さんはあたしの頭を優しく撫でて…

 

「もう大丈夫だよ。怖かったよね?後はあたしに任せて逃げな」

 

「え、あ、あの!」

 

そう言ってお姉さんはドラムセットを出し、デュエルの体勢に入った。

このお姉さんどこからドラムセットを出したんだろう?

 

「そのドラム…。聞いた事あるぜ!最近ここらでデュエルギグ野盗狩りをしてるって女だな!?」

 

デュエルギグ野盗狩り…?

 

「別にあたしはあんたみたいな奴ら相手になんかしたくもないんだけどね。誰かが襲われてるなら見過ごせない!」

 

「ゼハハハハ!ちょうどいい!お前を倒して名を上げてやるぜ!」

 

「絶望の海に沈めてあげる!あたしの音楽で!!」

 

そしてお姉さんとデュエルギグ野盗のデュエルが始まった。

 

凄い…お姉さんのドラムの技術もだけど…。歌声も…ドラムの音に負けてない。でも…このお姉さんの音楽は…音楽からは、怒りや憎しみの感情しか伝わってこない……。このお姉さんの音楽は…ちょっと前のあたしと一緒だ…。

 

「これでトドメ!!」

 

「「「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」」」

 

ドラムの技術も歌声も凄いのに……こんなのもったいないよ。

 

渚もあたしと出会った時こんな気持ちだったのかな…。

 

「くそっ!バカな!」

 

「ち、今日の所はこの辺にしといてやる!」

 

デュエルギグ野盗達はその場から逃げようとした。だけど…。

 

「次?あんた達なんかに次があると思ってんの?」

 

「何ぃ!?」

 

「2度とデュエルギグ野盗なんか出来ないように潰してあげる。徹底的にね」

 

「え?ヒッ!?」

 

ダメだ。これ以上はダメだよお姉さん!

 

あたしはそう思ってお姉さんを止める為に後ろからしがみついた。

 

「きゃっ!?何!?」

 

「それ以上はダメだよ!」

 

「びっくりしたぁ。あんたまだ逃げてなかったの?」

 

「い、今のうちだ!逃げるぞ!」

 

そう言ってデュエルギグ野盗達は逃げていった。

 

「あ~あ、あいつら逃げちゃったじゃん。ま、戦意は完全に失くなってたしいっか」

 

「あの!」

 

「ん?お礼はいいよ。じゃね!」

 

そう言ってお姉さんもその場から離れた。あたしは何を言ったらいいかわからなかった。なのにあたしを探して声を掛けてくれた渚は…やっぱりすごいな…。

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

「おかえりなさい。遅かったわね」

 

「うん…ごめん…」

 

「別に謝る必要はないわ。でも、何があったか聞いてもいいかしら?」

 

「え?」

 

「今まで見たことないような暗い顔をしてるわよ。今のあなた」

 

「理奈」

 

「一人で抱え込むよりは誰かに話した方が楽な事もあるわよ。無理にとは言わないけど」

 

あたしはお姉さんの事を話した。

そしてあたしはどうしたら良かったのか。理奈に相談してみた。

 

「デュエルギグ野盗狩りね。少し噂に聞いた事あるわね」

 

「そうなんだ…。あたしは全然知らなかった」

 

「まぁ、無理もないんじゃないかしら?元々は私もデュエルギグ野盗すら知らなかったわけだし、あなたと出会ってから色々調べてみただけだもの」

 

「あたしは渚に救われたのに…あたしはあのお姉さんに何も言えなかった」

 

「その考え方は傲慢ね」

 

「え?」

 

「そもそもその子が救われたいと思っていないかもしれない。救われたいと思っているかもしれないわよ?でも、あなたとその子は違うわ。あなたは降りかかる火の粉を払っていただけ。その子は自らデュエルギグ野盗に挑んでいる」

 

「それもわかってる…それでもあたしは…」

 

「だから救うつもりじゃダメなのよ。その子にはどんな事情があるかわからない。渚もあなたの話を聞いたから救おうとしたのでしょう?」

 

「!?」

 

「まずはその子に話を聞きなさい。救うか救わないかそういうのはその後よ」

 

「ありがとう、理奈。あたしあのお姉さんに会って話してみるよ」

 

「そうね」

 

そして理奈はスマホを取り出してどこかに電話をかけた。

 

「もしもし、お父さん?私よ。……え?私私詐偽?そんなわけないじゃない。娘の声がわからないのかしら?……え?娘なら証拠を見せろ?電話口だから証拠を見せる事は出来ないけれど、家に帰ってからなら地獄を見せてやる事はできるわよ?……ええ、そうよ。わかってもらえて嬉しいわ。お母さんにかわってちょうだい。……え?嫌?そう、わかったわ。覚悟は出来てるのね」

 

そう言って理奈はスマホを置いた。

その後すごい笑顔で

『ちょっと母にメールするわね』

って言ってから、物凄い形相でスマホを弄っていた。理奈の今の形相からは、怒りや憎しみの感情しか伝わってこない……。

まぁ、それはさっきの話聞いてる感じはしょうがないと思うけど…。

 

「待たせたわね。留守は私が預かるわ。行って来なさい」

 

「え?」

 

「その人と話すのでしょう?行きなさい。私は渚とずっとここで待ってるわ」

 

…!?……理奈。

 

「あなたと渚は違う。渚が出来てあなたに出来ない事はいくらでもあるのよ。でも、あなたが出来る事で渚に出来ない事もいくらでもあるわ。だからあなたはあなたのやれる事を、やりたい事をやりなさい。今のあなたなら大丈夫よ」

 

「理奈…」

 

「渚みたいに誰かを救いたいってあなたの気持ちもわかる。でもあなたもとても強いわ。渚みたいに…ではなく、あなたは雨宮 志保である事を思い出しなさい。あなたは雨宮 志保なんだから。それでいいの。それだけでいいのよ」

 

「ありがと……。行ってくる」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

あたしはお姉さんとさっき出会った付近を走り回っていた。何でこんな時に限ってデュエルギグ野盗共はあたしにデュエルを挑んで来ないの…!!

 

「やっぱりあたしには……」

 

そう思って諦めかけた時、理奈の言葉を思い出した。

 

そうだ。あたしはあたしだ。渚みたいになんかなれっこない。渚もあたしにはなれない。だったらあたしはあたしらしく…!!

 

すぅ~……

あたしは思いっきり息を吸い込んだ。そして

 

「ヒャッハー!!見つけたぜ!!雨宮 志保だぁ!!!雨宮 大志の娘を見つけたぞーー!!!!」

 

思いっきり叫んだ。さぁ、来い!あたしはここにいる!

 

「ニョハハハ!ここに居たか雨宮 志保!」

 

「お前が雨宮 大志の娘かぁ!」

 

遅いんだよ。あたしを見つけるのが。

3、4、5……6人か…。多いな…。

 

「あんた達、それなりに強いの?雑魚には用はないんだけど?」

 

「にゃ!にゃんだと!?」

 

「お主!拙者達を愚弄するか!」

 

ボーカル1、ギター2、ベース1、キーボード1、ドラム1……。ほぼフルメンバーじゃない…。

 

「雨宮ぁ!お前の親父にやられた恨みをここで晴らしてやる」

 

ごめんね。それでも今はあんた達なんか眼中にないの…。よし、次は…。

 

すぅ~……

あたしはまた息を思いっきり吸い込んだ。そして

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!デュエルギグ野盗よぉぉぉぉ!!怖いー!!誰か助けてぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「な!?」

 

「ニョハ!?怖くないよ!?ただデュエルで痛い目見せるだけだにょ!」

 

いや、普通の人達からしたら十分怖いからねあんたら。さぁ、来い!あたしはやれるだけやった!

 

「待ちな!」

 

声のする方に目をやるとさっきのお姉さんが居た。よし!ビンゴ!!

 

「あれ?あんたさっきの…?」

 

「またデュエルギグ野盗があたしを…ぐすん」

 

「ぐすん?え?何それ?……う~ん、なんか変だね…」

 

うわ、あたしもしかして演技下手くそ?

 

「ま、デュエルギグ野盗に襲われてるって事実は事実か。このデュエル、あたしが請け負ったよ」

 

「ありがとうございますー!さすがデュエルギグ野盗狩りのお姉さん!」

 

あ~…あたしらしくって言ったのにこのキャラ全然あたしらしくないわ…。

 

「え?何?あたしの事知ってるの?」

 

「デュ…デュエルギグ野盗狩りだと!?」

 

「こやつが噂の……」

 

「相手にとって不足なしでゴワス!」

 

よし、乗ってきた。後は……

 

「何だか付いていけないんだけど…ま、いいか」

 

そしてお姉さんはドラムセットを出してデュエルの体勢に入った。

やっぱりどこからドラムセットを出したのかは確認出来なかった。

 

「魅せてあげる!絶望よりも深い深淵の闇を!あたしの音で!!」

 

そしてデュエルが始まった。

 

すごい…やっぱりお姉さんのドラムも歌も…。でもこの野盗共は…

 

「ニョハハハ!勝てる!勝てるにょ!デュエルギグ野盗狩りを倒したとあれば!」

 

「拙者達の天下も間近!」

 

「深淵を見るのはお前の方だったでゴワスな!」

 

「こいつら…今までの野盗共とは違う……クッ、負ける…!?」

 

あたしはお姉さんの横に行った。

 

「お姉さん!」

 

「あ、あなたまだ居たの!?こいつらちょっとヤバい……。あたしが耐えてる間に逃げて!ね?」

 

「今、ドラム叩いてて、音楽やってて楽しい?」

 

「何言ってんの?こんな時に…!」

 

「それだけドラム叩けるんじゃない!好きだったからドラムやってたんでしょ?」

 

「う~ん……好きだよ。音楽もドラムも…。今もね。大好き!」

 

!?

そっか。やっぱりあたしとは違うんだ…。お姉さんは好きでドラムをやってる。好きでデュエルギグ野盗と戦ってるんだね…。

 

「だから音楽を楽しんでる人達を苦しめるデュエルギグ野盗をあたしは許せない。音楽をこんな事に使うこいつらをあたしは許せない!!」

 

お姉さん…?

 

「誰かが戦わないとさ。みんなが楽しんで自由な音楽やれないっしょ?もういい?あはは…あたしそろそろ限界だわ…早く逃げて…!」

 

お姉さん…。そっか。そういう理由なんだ。みんなの為に…。

 

「お姉さんごめんね。あたしも…戦うよ」

 

「え?あんた…どこからギター出したの?」

 

そしてあたしも演奏に加わった。

このデュエルギグ野盗のレベルは半端じゃない。かなりの技術だ。お姉さんごめんね。あたしの勝手に付き合わせちゃったね。

 

でも、だからこそ、負けられない!

 

「ニョハ!?さすが雨宮 大志の娘!」

 

「やりおるわ…だが!!」

 

「雨宮 大志の娘…?そんなの関係ない!!これは!あたしの力だっ!!」

 

「アハハ、あんたギターすごく上手いんだね。いい。すごくいいよ!」

 

お姉さんの演奏の雰囲気が変わった。

 

さっきまでの怒りや憎しみといった感情じゃない。純粋に音楽を楽しんでる。デュエルギグ野盗と戦っている事も忘れて音楽を楽しんでるような。そんな演奏に…

 

「えっ…と、雨宮ちゃんだっけ?あたしのリズムに付いてこれる?」

 

「もちろん!全然余裕!!」

 

楽しい。このお姉さんとの演奏。

渚や理奈と演奏してる時のような…。

安心感やドキドキや…色んな暖かい感情に包まれたような感じ。

あたしはもっと色んな音を出せる!

 

「ニョハ!?こいつら!」

 

「案ずるな!まだ我らに分がある!」

 

「このまま一気に潰すでゴワス」

 

くっ…やっぱりこいつら…強い…

負けたくない…負けられない…

 

「アハハ…さすがにヤバいかな……雨宮ちゃんごめんね」

 

「お姉さん!?まだ!まだだよ!いける!あたし達ならっ!」

 

「ニョハハハ!無駄な足掻きにょ!」

 

「久しぶりにさ。楽しんで演奏出来たよ。雨宮ちゃん、ありがとうね」

 

ダメ…諦めたら…

でもこいつらは確かに強い…

負けられないのに。負けたくないのに…

悔しい…悔しい…

 

ごめんなさい。お姉さん……。

 

 

 

「大丈夫。この曲なら知ってるから」

 

「そうね」

 

 

 

え…?

 

「すごいね、志保。この短期間にかなりのハザードレベルが上がってるよ」

 

ハザードレベル?

 

「渚…多分そのネタは志保にはわからないと思うわ。それよりよく頑張ったわね。もう大丈夫よ」

 

「渚…理奈……」

 

「いくよ、理奈」

 

「ええ、問題ないわ」

 

あたしとお姉さんのリズムに合わせて理奈のベースが入る。…完全にあたし達のリズムを掴んでる…。

 

そして渚はそのリズムに合わせて歌い始めた。

 

「ニョハ!?なんだにょ!?」

 

「わ、わしらが押されてるでゴワス」

 

「このままでは拙者達は…」

 

すごい。渚の歌と理奈のベースが入って、今までの演奏とは全然違う…。

そうだ。そうだね。これがバンドなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

渚と理奈のおかげであたし達はデュエルに勝てた…。

 

「なんとか勝てたね。雨宮ちゃん、ありがとうね。それに理奈ちとお姉さんも」

 

「え?理奈ち?」

 

「びっくりしたわ。まさかあなたがドラムをやっていたなんてね」

 

「え?二人は知り合いなの?」

 

「うん、あたしと理奈ちは大学の友達だよ」

 

「同じ大学に通ってるだけよ」

 

「えー?あたし達友達っしょ?」

 

「そうね…まず友達という定義はどこからどこまでを…」

 

そっか、お姉さん理奈と同じ大学に通ってるんだ…。

 

「それより志保!心配したじゃんか!」

 

「う、ごめん…」

 

「家に帰ったら理奈しかいないし、晩御飯は作ってる途中だったし!理奈が料理してるのかと思って……志保が私を見捨てて逃げちゃったのかと思ったよ!」

 

「それはどういう意味かしら?」

 

あ、そっか。晩御飯作ってる途中だったっけ…。

 

「よし、お家に帰ろう!お姉さんもおいでよ。色々お話したいさ」

 

「え、でもあたしは…」

 

「そうね。せっかく助けてあげたのだし。色々聞きたい事もあるわ」

 

「あたしもお姉さんと話したい事ある」

 

お姉さんは少し考えた後

 

「ん、じゃあ、お呼ばれしちゃいますかね。あたしは雪村 香菜(ゆきむら かな)。香菜でいいよ」

 

そう言ってくれた。

 

「私は渚。水瀬 渚だよ。私も渚でいいよ」

 

「私は今更自己紹介の必要ないわよね」

 

「香菜。あたしも志保でいいから」

 

 

 

 

 

あたし達は家に戻り、あたしと香菜は正座して対面に座り、渚と理奈は少し離れた所で私達の話を聞いていた。

 

あたしはまずお父さんの事を話し、それからデュエルギグ野盗に襲われるようになった事、そして音楽を嫌いになってた時期があった事、渚や理奈との出会い、あたし達Divalの事、それから……香菜を昔の自分と重ねて自分勝手に救おうとし、あんなデュエルギグに巻き込んだ事を謝った。

 

「アハハ、そうだったのか~。なんか変だな~とは思ってたんだけどね」

 

「本当にごめんなさい」

 

「ううん!全然いいよいいよ!久しぶりに楽しい演奏出来たのは事実だしさ。それにあたしも志保に音楽好きか?って聞かれた時に、みんなが自由な音楽をやる為にって言ったけど、それも似たようなもんじゃん?あたしも誰かに頼まれたわけでもないしさ」

 

「でも…」

 

「それに1つ言ってない事がある。あたしは確かにそう思ってデュエルギグ野盗と戦ってたけど、そう思うようになったのは個人的な私怨があるからだから。………うん、志保も話してくれたし、あたしも話すよ」

 

そう言って香菜は話し始めてくれた。

 

「あたしは昔から音楽が好きで、四響のダンテに憧れてドラムをやっていた。ドラムやってた近所の人に教わりながらね。でも特にバンドとか組みたいとかなくて、自由にドラムを叩ける事、色んなバンドのライブに行く事が好きだった。バイト代もほとんどライブの遠征費とかで消えちゃうくらいね」

 

あたしも渚も理奈も黙って聞いていた。

 

「でも大学に入った頃あたりからかな?バンドやライブより、メイクとかショッピングとか、インスタ映えするようなカフェ巡りとかの方が好きになってね。いつの間にかドラムも辞めてた。あたしは音楽も辞めてそっちの方が楽しくなってたんだよね。アハハ…」

 

うん、ここまではわかる。なら何でデュエルギグ野盗と…。そして香菜は続けた。

 

「あたしには弟がいてさ。ギターをやってんだけど。あいつは本気でギターをやっていて、本気でバンドをやっていた。メジャーデビューする事を夢見てた。でもある日ね。デュエルギグ野盗に襲われたんだ。そして…デュエルギグ野盗に負けた…」

 

そんな…まさか……

 

「弟が家に帰って来た時…弟は血だらけで満身創痍だった…」

 

「そんな…ひどい…!」

 

「渚…香菜の話を聞いていましょう」

 

「う…うん」

 

「あたしはすぐに弟に駆け寄った」

 

 

----------------------------

 

『ね…姉ちゃん…』

 

『良太…!どうしたの…!!?こんな血だらけで…!!』

 

『へへ…デュエルギグ野盗に…さ…』

 

『デュエルギグ野盗!!?誰よ!?誰なのそいつら』

 

『姉ちゃん…俺は…バンドが…バンドがやりたかっただけなのに…。もう、足が……う…うぅ…』

 

----------------------------

 

「あたしは良太の…弟の足を見て…言葉が出なかった。弟がどんな想いでここまで帰ってきたのか…そう思うと涙が出た…デュエルギグ野盗のやつらは…弟の靴の右足と左足の靴紐を固結びで結んでたの……」

 

「なっ…!?」

 

「「え?」」

 

「弟はそのまま…家までの道を歩き…そして転び…大怪我を負った…」

 

「…なんて、なんて卑劣な事を!!」

 

「渚、ちょっと私は付いていけなくなって来たわ」

 

「良かったぁ。私もだよ理奈」

 

「それだけじゃない…。その日はたまたまうちのマンションのエレベーターは点検日で…弟は…8階までその足で階段を登ってきた……足は…パンパンだった……うぅ…」

 

「そんな……」

 

あたしはデュエルギグ野盗を許せなかった。香菜のデュエルギグ野盗を憎む気持ちがわかる…。そんなデュエルギグ野盗は…私のお父さんが……。

 

「渚…私は思うのだけれど…」

 

「わかってるよ理奈。靴を脱げば良かったんじゃない?って思ってるんでしょ?」

 

「え、ええ、そうよね?私がおかしいわけじゃないわよね?」

 

「でもここでそれ言ったら空気読めないやつとか思われそうじゃない?」

 

「そうね…しばらく聞いておきましょう…」

 

「弟の身体の傷は治った…でも、心の傷は治らなかった。今でも弟は…靴紐のある靴を履けないでいるの…!」

 

「そうだったんだ…ごめん…」

 

「アハハ、志保が謝る事じゃないよ」

 

それでも香菜の顔は辛そうだった…。

 

「でね。あたしはそんなデュエルギグ野盗を許せなくて、弟みたいな目に合う人が少しでも減るようにと思って…戦う事にしたの」

 

「渚…肝心な所がはしょられててモヤモヤするわ」

 

「私もだよ。弟さんはギターを辞めたのか続けてるのかってところだよね?」

 

「そこよね?」

 

「でもさ。あたしはバンドやった事もないけど、志保と理奈ちと渚と今日演奏してさ。最高に楽しかったよ。今日みたいな奴らも他にもたくさんいるだろうし、そろそろ潮時かな…」

 

「香菜…」

 

「はい!話はおしまい!あたしは帰るね」

 

そう言って香菜は立ち上り帰ろうとした。

 

「志保、いいのかしら?私は明日も大学で会えるけどあなたはもうそうそうは会えなくなるわよ」

 

「そうだよ志保。それに私もいいと思うよ?」

 

そうだ。このままだともう会えないかもしれない…。

 

「香菜!待って!」

 

「ん?」

 

「あたしと…あたし達と…バンドやろうぜ!」

 

「は?」

 

「よく言ったわ、志保。……香菜、あなたのドラムの技術は最高だと思うわ。一緒にバンドをやらないかしら?」

 

「え?あたしもみんなと演奏してるの楽しかったよ。でもさ…さっきの話じゃDivalは最高のバンドを目指してるって…」

 

「うん。そうだよ。私達が最高のバンドを目指す以上はクリムゾングループともぶつかると思う」

 

「ク、クリムゾングループって…!」

 

「でもね?倒すよ。クリムゾングループも必ず倒す」

 

「そうね。それにクリムゾングループを倒せば、みんなが自由な音楽をやれるようになる。そうすればデュエルギグ野盗もいなくなるわ」

 

「香菜、あたし達と一緒に戦おうよ」

 

「みんなが…自由な音楽を…」

 

「うん、あたしはDivalなら、渚と理奈と香菜となら出来ると思ってる」

 

「一緒に戦おうよ。私達ならなれるよ。最高のバンドに」

 

「ええ、最高のバンドになるわよ。必ずね」

 

「うん、うん…!あたしなんかでいいなら、一緒にバンドやりたい。みんなと一緒に戦わせてほしい…!」

 

「決まりね」

 

「改めてよろしくね!香菜!」

 

「香菜、ありがとう。これからもよろしく」

 

「あたしこそ…ありがとう…。あたしは今日からDivalのドラムだ。もうデュエルギグ野盗狩りは引退だ!」

 

そうしてあたし達Divalは4人揃った。

 

 

 

 

 

その翌日、井上…シフォンに連れられてライブハウス『ファントム』に行き、貴と出逢い、3ヶ月後のライブに参加する事が決まった。

 

貴と知り合った事を渚に話すべきか、理奈にBREEZEのTAKAと知り合った事を話すべきか悩むけど……。

 

あたし達Divalはこれからだ。

 

 



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第5章 飲み会しようぜ!

「ふぅ、今日の講義も終わりね」

 

「理奈ち、今日も渚のとこ行くの?」

 

「ええ、そのつもりよ。香菜はどうするの?」

 

「あたしも今日はお邪魔しようかな?って思ってさ」

 

私は氷川 理奈。

数週間前まで私はcharm symphonyというバンドでメジャーデビューをしていた。

でも、自分が最高と思うライブと、最高と思う音楽がやりたいという身勝手な理由で脱退した。でも今は最高のメンバーにも出逢え、バンドをやりながら大学生活を楽しんでいる。

 

「理奈ちも香菜もお疲れ様~」

 

「あら、盛夏お疲れ様」

 

この子は蓮見 盛夏。

大学に復学した時に香菜と一緒に私に声をかけてくれた。と…友達…なのかしらね。

 

「盛夏もお疲れ!」

 

「ほんとに疲れたよ~。でもやっと金曜日!あたしは今日は飲み会なのだ~」

 

「へぇ?いいね。合コン?」

 

「ちっちっち、盛夏ちゃんは合コンなんか行かないのだ。何故なら男の人とは趣味が合わないから!あ、でもうちのボスとは趣味が合うかも?」

 

「ボス?」

 

「あ、じゃあ、盛夏がやってるバンドのメンバーと?」

 

「うん。ボスは来ないけどね。ぼっちのボスは放置して女子会なのだよ」

 

「いいなぁ、ねぇ理奈ち。あたしらも飲みに行こうよ。親睦会も大事だよ!」

 

「私達はまだまだ話し合いも必要な事もあるから親睦会とかは賛成だけれど、志保はまだ未成年。飲みになんか連れていけないわよ。行くのならサイゼとかかしらね」

 

「大丈夫だって。今時は居酒屋に行く高校生も増えてるし。あ、もちろんお酒はNGだけどね。ノンアル飲み会とかやってるらしいよ」

 

「それでもダメよ」

 

「あたしらが目を光らせとけば大丈夫だって~」

 

「ふぅん、残念だね。今日は駅前の『そよ風』って飲み屋が飲み放題も含めて半額セールなんだよ?ほらチラシ」

 

「そよ風って安くて美味しい居酒屋じゃん?あたしもたまに行くけど今日半額なんだ?」

 

「飲み放題もなんと通常2時間のとこを倍の4時間!予約不可だから早いもの勝ちなんだけどね」

 

「あそこの漬け物も最高だよね。あたしはあんまり漬け物食べないけど、そよ風に行ったら必ず注文するもん」

 

「あたしも!あそこの漬け物は最強だ!今日も絶対食べる!!」

 

「香菜。夕飯までお邪魔するのは志保と渚に迷惑だわ。だから2人でなら付き合ってもいいわよ。しょうがなくよ」

 

「え?何で急に?」

 

最高最強の漬け物…。これを聞いて食べてみないわけにはいかないわ。そして盛夏の渡してきたチラシの飲み放題メニューに私の大好きな日本酒『戦乙女』があった。戦乙女と最高の漬け物。至福の時間になるに違いないわ。

 

「しょうがなくよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と香菜は渚の家のインターホンを押した。

 

「は~い」

 

少しして渚の同居人、志保がドアを開けてくれた。

 

「やっほ志保」

 

「こんにちは、志保」

 

「いらっしゃい。あがって」

 

 

 

 

「あら?今日は夕飯の準備はしてないのね」

 

「あ、うん。今日はちょっと学校で疲れちゃってね。渚が帰ってきたらどこか食べに行こうかと思って」

 

「へぇ、そうなんだ?実はあたし達もこのあと飲みに行こうって事になってんだよ。渚と志保も来る?」

 

「ちょっ!香菜!」

 

「ほんと!?いいの!?」

 

「ダメよ。未成年は連れて行けないわ」

 

「もう!あたし達がしっかり志保がアルコールを飲まないように見とけば大丈夫だって」

 

「うん!あたし絶対飲まない!約束する!ね?こないだの飲み会もあたし飲まなかったじゃん!」

 

「え?前に飲み会したの?」

 

「そ、そうね…。確かに志保は飲まなかったけど、あれは家飲みじゃない」

 

「一度行ってみたかったんだよ!居酒屋!居酒屋料理ってやつ?うちじゃ作れないしさ」

 

ああ…、志保が食いついて来てしまったわ…。この子こうなると聞かないから困ったものね…。

 

「お願い!ね!理奈!!」

 

「ダメよ。今日はファミレスとかにしましょ」

 

「え~、理奈ち~いいじゃんか~!あたし今日はがっつり飲みたい!お願い!」

 

「ファミレスでもお酒はあるじゃない」

 

わ、私も戦乙女飲みたかったのよ。

でも、もう私もいい大人。これだけは譲れないわ。

 

「た、ただいまぁぁぁぁ!!」

 

そんな話をしていると渚が帰ってきた。

 

「お、お帰りなさい、渚。今日は早いわね?」

 

「ハァ…ハァ…た、ただいま…」

 

「どしたの渚?あ、それよりさ、今日の夕飯なんだけど…!」

 

「志保…!大事な話だよ。よく聞いて!ゆ…夕飯の準備は!?」

 

「えと…まだだけど…今日は外で食べようかと思って……」

 

「……良かった」

 

渚?何があったのかしら?私と香菜は場所を外した方がいいかしら?

 

「理奈と香菜も…聞いて…」

 

渚…。わかったわ。聞くわ。

 

「みんな居てくれたならちょうど良かったよ。後でみんなにも連絡しようと思ってたからさ」

 

「話して頂戴。聞くわ」

 

「あたしもちゃんと聞く」

 

「あたしも聞くよ。話の流れ的に予想ついてるけどね…」

 

香菜?あなたエスパーにでもなったのかしら?

 

「んとね。先輩が言ってたんだけどね。今日はそよ風って居酒屋が半額デーなんだよ。だから志保!約束して!お酒は飲まないって!」

 

渚…?何を言ってるのかしら?

 

「やっぱりね…」

 

「約束する!絶対飲まない!!だから…渚、あたしを…居酒屋に連れて行って……ぐすん」

 

あ、いつものが始まったわ。今日はどんな茶番になるのかしら?

 

そう思っていたら渚が自分の部屋に入り、3分程してから麦わら帽子を持って出てきた。

渚の部屋らしき所にはいつも鍵がかかっていて『渚ちゃんルーム☆関係者以外立ち入り禁止』とプレートがかかっている。あの部屋には何があるのかしら?

 

私がそんな事を考えていると渚が志保に麦わら帽子をかぶせた。

私、このシーンある海賊漫画で見たことあるわね。

 

「スウウウウ………当たり前だ!!!」

 

ああ、やっぱりね…。

 

「行くぞ」

 

「「おう!」」

 

ダメだわ…。私以外ノリノリだもの……。

ちゃんと志保には飲ませないようにしなきゃ…。

 

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

私は雨宮 志保。

最高のバンドでギターをやっている。

 

そして今日はバンドメンバーと居酒屋に行く事になった。あたしはまだ未成年だから理奈は反対していたけど、何だかんだで居酒屋に行く事を了承してくれた。

 

居酒屋とか行くの初めてだからすっごく楽しみ!うちじゃ大きなほっけとか焼けないし、焼鳥とかも炭火とか無理だしね。

 

「志保。絶対にお酒はダメよ?」

 

「大丈夫!あたしが目を光らせとくから」

 

「私、行きたい行きたいと思ってて行けてなかった店だから楽しみ!」

 

「そうなのね?そんなに有名なお店なの?」

 

「ん~…、この辺じゃ有名なのかな?チェーン店とかじゃないけど、料理もお酒もすごく美味しいし。でもネットとかではあんまり聞かないんだよね。隠れ家みたいな感じ?」

 

そんなお店なんだ…。へへ、すごく楽しみになってきた。

 

「あ、ここだよ!そよ風って居酒屋!」

 

「ここまで来たのだし、席が空いてるといいわね」

 

「え?そんなヤバいの?」

 

「先輩もここは絶賛してたしね。今日は半額デーだし確かに心配かな?」

 

「ここの席がいっぱいならファミレスね」

 

「え!?あたし飲む気満々なんだけど!?」

 

あ、あたしも居酒屋ご飯とか食べたいし!お願い!席空いてて!!

 

「取り合えず入ろうよ。ダメだったらそれから考えよ」

 

そして渚がお店の扉を開けてくれた。

 

 

 

「え~、そうなんですね…もう満席ですかぁ…」

 

「大変申し訳ございません。大部屋なら空いてるのですが、こちら10名様用になっておりまして…」

 

「あちゃ~…とても残念~」

 

「あはは、ご、ごめんね、あたしがちょっと遅れちゃったから…」

 

「まどか先輩のせいとかじゃないですよ。今日は別のお店行きましょう!」

 

「あれ?奈緒?」

 

「あー!渚ー!久しぶりー!」

 

「ほんと久しぶりー!こないだご飯行ったのいつだっけ?」

 

「もう2週間くらい前だよ!会いたかったよ渚ー!」

 

「私も私もー!」

 

そう言って2人は抱き合った。よし、あたしは百合じゃない。わかったか、江口!

 

「あら?盛夏?」

 

「およ?理奈ちに香菜?結局飲みに来たんだ?」

 

「うん。でももう席ないみたいだね…」

 

「そうなの…超残念~」

 

え?みんな知り合いなの?大学の友達?

 

「あはは、店員さん、あたし達7人になりましたけど大部屋ダメ…ですかね…?」

 

「あっれー?まどか姉?」

 

「あ、香菜か。めちゃ久しぶりじゃん」

 

え?この2人も知り合いなの?

 

「ちょっと店長に聞いてきますね。しばらくお待ち下さい」

 

そう言って店員さんが奥に入って行った。でも、あれ?あの店員さんに話掛けたお姉さんって…。

 

「あ、みんなちょっと待ってね。みんななんか知り合いみたいだしさ。店員さんに7人でも大丈夫か聞いてみたから」

 

「お!ナイスです、まどか先輩!」

 

「わ、すみません、ありがとうございます!」

 

聞いてみても大丈夫かな?

 

「あの、お姉さんって遊太の…」

 

「ん、そだよ。志保ちゃんだっけ?ライブ参加してくれてありがとね。一緒に居る子達が志保ちゃんのバンドメンバー?」

 

「ふぇ?はぇ?も、もしかして渚もバンドやってるとか?」

 

「え?奈緒も?」

 

「うん!私はBlaze Futureってバンドでギターやるんだよ!」

 

「そうなの!?今度のイベント!それに参加させてもらうバンドのDivalのボーカルが私だよ!」

 

「うっそ!まじ!?」

 

「まじまじ!」

 

「「キャー!」」

 

そう言って2人はまた抱き合った。これが百合だよ江口!!

 

「まさか盛夏のやってるバンドと一緒にライブする事になってたとはね…」

 

「世界って狭いよねー」

 

「それを言うなら世間じゃないの?あたしもびっくりだよ。今度のイベント余計楽しみになってきた!しかもまどか姉のバンドかぁ」

 

そんな話をみんなでしてると店員さんが申し訳なさそうに戻ってきた。やっぱりダメだったのかな…。

 

「大変申し訳ございません。大部屋はやはり団体様用でして…」

 

「あ、いえ、無理をお願いしてすみませんでした。また今度来ますね」

 

「あ、あの店長がそのまま帰ってもらうのは申し訳ないからと…次回の割引券を…」

 

「わ、すみません。気を使わせたみたいで…」

 

んー、ここのお店は残念だけど、出来れば居酒屋行きたいなぁ。大きなほっけのあるところ。あとたまご焼き!

 

あたし達が諦めて店を出ようとした時だった。

 

 

 

「え?何?居酒屋の扉を開いたはずなのに地獄が待ってたんだけど?俺いつ死んだの?」

 

誰かが入って来たと思って目をやると貴がいた。何なのこのご都合主義。

 

「あ、先輩」

 

「え?貴?こんばんはです」

 

「およ~、貴ちゃんだ。こんばんは~」

 

「いえ、人違いです。おい、店いっぱいみたいだわ。別の店に行こう。あれ?身体が動かないぞ?恐怖空間の扉開いて金縛りになっちゃった?」

 

渚が左腕を。奈緒って子が右腕を。まどかさんが首根っこを。そして香菜が腰をホールドしていた。

 

「タカ兄も久しぶり~」

 

「何で香菜までいるの?」

 

貴と香菜も知り合いなの?何なのこの世界。

 

「お?香菜もいんのか?久しぶりだな」

 

「英治先生!お久しぶりです!英治先生も飲み会すか?」

 

「わ、香菜ちゃんだ。久しぶりだねー」

 

この場にBREEZEのTAKA、TOSHIKI、EIJI。貴を好きであろう渚に、TAKAが好きな理奈、そして何となく貴の事を好きそうな感じの奈緒って子に、BREEZEのメンバーと知り合いらしき香菜、そしてまどかさんとあたし。

 

そんなメンツが揃った。何なのこの面白空間。

 

「あ、店員さん。割引券は申し訳ないので結構です。10人になりましたし大部屋大丈夫ですか?」

 

「はい!ご案内しますね」

 

「え?まじで?まどかお前何言ってんの?」

 

 

 

 

 

そして店員さんに少し広目の部屋に案内してもらった。おおー!ここが居酒屋の個室ってやつなんだね!しかも掘炬燵!!

 

「まぁ、飲めたらいいか。俺は端っこでちびちびやっとくわ…」

 

「俺もそれで…あはは」

 

「んじゃ、席はあたしが決めちゃうね!」

 

「は?」

 

「え?」

 

まどかさんがそんな事を言うものだから、貴もトシキさんもびっくりしている。

 

「タカもトシキもここはまどかに任せようぜ。俺達は後から来たんだ。ここは従うべきだろ?」

 

「え?なんで?」

 

「貴はいつも文句ばっかりですね」

 

「そうだよ~。はじめましての人もいるんだしさ~」

 

「え?はじめまして?誰が?」

 

あれ?奈緒って子と盛夏って子とまどかさんは貴のバンドメンバーだからいいとして、渚は同じ職場、あたしはこないだから知り合い。香菜も何だか知り合いみたいだけど、理奈ははじめましてじゃないの?

 

「もう!先輩!この子うちのベースの子です!はじめましてじゃないんですか?」

 

「……あの、はじめまして」

 

「ああ、そだったな。はじめまして。ほら、こないだ水瀬と志保とライブ来てたろ?それでな…」

 

あ、あの時のか。あたしの事も覚えてたみたいだしね。

 

「あの…失礼ですけど、渚の事は水瀬って苗字呼びなのに、志保は名前呼びなのですね。ロリコンなのかしら?」

 

「「「「「「うん」」」」」」

 

「いや、何でお前らが答えるの?違うから。全然違うから」

 

あたしと理奈以外が返事した。貴はロリコンだったんだ……

 

「いや、違う言うてるやん」

 

え?あたし口に出してないよ?

 

「とにかく!店員さんも忙しい中ここで注文待ってくれてるし!!さっさと1杯目のドリンクと席決めるよ!」

 

あたしはオレンジジュースを頼み、あたし以外はみんなビールを頼んだ。

そしてまどかさんが席を決め始めた。

 

「貴と英治はタバコ組だしね。横はタバコも大丈夫な人がいいと思うし、せっかくのこういう場なんだから親睦を深めるのもいいと思うの!」

 

という建前の元。多分まどかさん的に悪意のある席になった。席順はこうだ。

 

奥側

盛夏・奈緒・貴・渚・香菜

トシキ・まどか・理奈・志保・英治

通路側

 

「え?お前アホなの?何でこの並び?タバコ組の俺がなんで真ん中?志保とか未成年なのにタバコ吸う英治の横とかありえなくない?てか何で居酒屋にいるのJK」

 

「え?あたしはタバコの煙も平気だよ?英治さんなら話やすいし、Dival集まってるから遠慮もいらなさそうだし」

 

あたしがそう言った後にまどかさんが、

 

「それに渚ちゃんと理奈ちゃんで、志保ちゃんがお酒とか飲みそうになったら止める人役ってのもあるしね」

 

「いやいや、なら俺が席順考え…」

 

「タカ、せっかくの場だぞ?男同士で並ぶのは無しな?」

 

「で?タカは誰の隣を選ぶの?隣に座りたい女の子がいるの?」

 

「このままでいいです…」

 

さすが師弟コンビ。見事なコンビネーションだ。理奈が貴の前ってのも面白くなりそうだしね!

 

そして店員さんがドリンクを持ってきて、まどかさんの乾杯の音頭と共にあたし達の飲み会が始まった。

そう、この時まではあんな血の惨劇が待ってるとはあたしも思ってなかった…。

 

「じゃ。食べ物適当に注文しちゃうね?何か食べたいのある?」

 

「あ!あたしほっけとたまご焼き食べたいです!」

 

まどかさんが、注文をまとめてくれるようだ。あたしはすかさずほっけとたまご焼きを注文した。

 

「そうね、漬け物を取り合えず10人いるし10人前かしら?」

 

「え?理奈ち漬け物好きだったん?」

 

「俺、ビールおかわり」

 

え!?貴もう飲んだの!?早すぎない!?

 

それからあたしの夢見てた居酒屋メニューが並び、軽く自己紹介をはさみ、みんな楽しく談笑していた。

 

渚と奈緒が貴を挟んで、貴を放置しながら談笑し、まどかさんとトシキさんと盛夏で談笑し、あたしは英治さんと香菜と談笑し、貴は一人でビールをぐびぐび飲んでいる。

そして理奈も黙って日本酒を飲んでいる。この2人いったい何杯目なんだろ…。

 

「ねぇ?そろそろ席替えしませんかね?水瀬も奈緒も俺挟むより直接隣同士のが話しやすいだろ?」

 

「え?別に貴なんか気にしてないし私は平気ですよ?」

 

「私も全然大丈夫ですよ」

 

「いや、でもな?」

 

「貴は…私の隣じゃ…嫌?」

 

「先輩…私とじゃ嫌…ですか?」

 

「い…いいけど…」

 

「「チョロいですねー!」」

 

あはは、いいように扱われてるなぁ。貴は。あたしがそう思った時だった。

 

「渚と奈緒の隣は良くて席替えをしたいというのは、正面が私だから嫌なのかしら?」

 

「え?いや、そんな事ないですけど…」

 

「それにいつまで私には敬語なのかしら?これは親睦を深める意味もあるのでしょう?正面にいるのに全然話もしないし」

 

「え?いや、その…悪い。あれだ、あんまり可愛いからつい緊張しちまってな…」

 

「「は?」」

 

渚、奈緒、目にハイライトが入ってないよ。怖いよ…。

 

「か、かわ!?…まぁ、そうね。私は可愛いもの。確かに緊張して話せなくなるというのはわからなくもないわ」

 

「り、理奈?」

 

え?理奈何を言ってるの?酔ってるの?

 

「でも遠慮はいらないわ。話しなさい」

 

「は?えっ…とあれだ」

 

「お見合いじゃあるまいし趣味とか特技を聞いて来たりとかしないわよね?」

 

「………。俺はキラークイーンが好きなんだけど…」

 

「ごめんなさい。ジョジョはわからないの」

 

「いや、それですぐジョジョってわかるあたりあれだよな?」

 

「すみません、私ちょっとお花摘み行ってきますね」

 

そう言って奈緒が立ち上がった。

 

「トイレをお花摘みとか言うあたりあざといな」

 

「む、何ですかそれ!」

 

「女の子相手にトイレとか本当にデリカシーのない男ね」

 

「はぁ、すみませんねぇ。あ、俺タバコ買ってくるわ」

 

「あ、それなら私がお花摘みのついでに買ってきましょうか?」

 

「いや、いいよ。悪いし。ちょっと行ってくるわ」

 

え?何で理奈は貴に喧嘩腰なの?本当に酔ってるの?これは席替えした方がいいのかな?

 

「貴~。お花畑まで行くのしんどいです。手を引いて下さい~」

 

「何?脳内お花畑のくせして何言ってんの?バカなの?」

 

そう言いつつもちゃんと手を引いてあげてるあたり貴らしいなぁ。

 

「なるほど、その手があったか…」

 

渚?

 

「ふぅ……参ったわね」

 

理奈?やっぱり貴のこと嫌なのかな?

 

「やっぱりイケメン過ぎるわ。緊張して全然話せなかったわ…」

 

「「「は?」」」

 

「イケメン?どこに?」

 

「渚は何を言っているのかしら?貴さんに決まってるじゃない」

 

「「「は?」」」

 

「さっきは頑張って話してみたけれど、どこか変じゃなかったかしら?」

 

「え?理奈…貴に喧嘩売ってたんじゃないの?」

 

あたしは理奈に聞いてみた。

 

「何故?」

 

「え?だって…」

 

え~…。どう見ても喧嘩売ってるような感じしたんだけど…。

 

「あの頃より少し痩せた感じだから、この前に見かけた時はわからなかったけど、やっぱりかっこいいわね…」

 

あの頃?理奈やっぱり…。

 

「痩せた?いつ?誰が?」

 

「貴さんに決まってるじゃない」

 

「あれ?理奈ちゃんってタカに会った事あんの?」

 

まどかさんが理奈に聞いた。

 

「ええ、子供の頃に何度か。ライブもよく行ってたわけだしね」

 

「え?理奈って先輩がBREEZEのTAKAってわかってたの?」

 

「そりゃわかるわよ。トシキさんも英治さんもいるわけだし。それより渚。やっぱりあなたも貴さんがBREEZEのTAKAって知ってたのね?」

 

「あっ、ヤバ…」

 

「ほぇ?何何?何の話?」

 

奈緒がお花摘みから戻ってきた。って、あの子本当にお花持ってるんだけど何でなの!?

 

「あ、あはは。おかえり奈緒。何でもないよ。それよりそのお花どうしたの?」

 

うん。わかるよ渚。あたしもお花が気になる。

 

「え?お花摘み行ってくるって言ったじゃない?それより何の話?」

 

「ああ、実は理奈ちゃんも昔にBREEZEのライブに行った事あるんだって」

 

「わぁ!そうなんだね!私も昔によく行ってたんだよ!BREEZEの曲なら何が好き?」

 

「そうね。Futureとか好きよ」

 

「一緒だ!私もFuture好き!!」

 

「なんか俺らの前でそんな話されてると照れちゃうな」

 

「あ、それで何でBREEZEの話に?」

 

「ああ、この子がタカの事イケメンだって言うから」

 

「へぇー。やっぱりわかる人にはわかるんだなぁ。あ、理奈。貴には私がBREEZEのTAKAって気付いてるの内緒にしててね」

 

「え?なぜかしら?」

 

「ん~、まぁ今なら貴も居ないしいっかな?ぶっちゃけね、私の初恋の人なんだよね~」

 

「わ、私もよ。私も初恋が貴さんなの」

 

来た!?来たの!?これから修羅場が始まるの!? あたしが目をキラキラさせて理奈の方を向くと、理奈を挟んで目をキラキラさせてるまどかさんと目が合った。……なんかごめんなさい。

 

「へ、へぇー、そうなんだね。理奈は今も貴の事好きなの?」

 

「ええ、好きよ。奈緒はどうなのかしら?」

 

「う、う~ん…正直好きなのかもって思うけど、それが恋か~とかなったら微妙なんだよね。だから、こんな中途半端な気持ちじゃさ?貴に好きとか言えないし、理奈が本気で好きなら今なら応援できるよ。でも、今だけだよ。もしかしたらこれが恋って自覚しちゃったらさ。応援なんか出来ないかもしれないし」

 

奈緒…。いつもポケポケしてる女の子って思ってたけどやっぱり色々考えてるんだね。

 

「それを聞いて安心したわ。私もあなたと同じよ。貴さんと久しぶりに会って、昔はよく話もしてくれたのに、今日は全然話してくれなくてイライラした。ってのはあるわ。一緒に居たい。もっとお話したい。とは思うけれど……これが今も恋なのかどうかはわからない。ってのが今の私の意見かしらね」

 

「あは、あはははは。あははははは。いきなりタカフラれてる!あははは」

 

え?まどかさん……?爆笑なの?

 

「だから奈緒。奈緒が貴さんをBREEZEのTAKAだった事を知っている事は内緒にしてっていうなら内緒にするわ。安心してちょうだい」

 

「う、うん。ありがとう…」

 

「それに私は抜け駆けはしないからそれも安心して。もし恋だと気付いて、本気で好きになったらちゃんと言うわ」

 

「わ、私も恋だと気付いたらちゃんと言うよ!だ、だからその時は応援してくれたら嬉しいかな~?なんて…」

 

「そうね。その時もこれは恋じゃないと思ってたら応援するわ。でも恋だと気付いた後なら負けないわよ」

 

「そ、それは私も…だから…」

 

あれ?血の惨劇になるかな?とか思ったけど、そうならなかったな…。なら、あたしもまだチャンスは……。ん?チャンスって何?

 

「「で?渚は?」」

 

理奈と奈緒が渚に聞いた。渚はなんて答えるんだろう?

 

「ふぁ!?私!?私は先輩の事好きとかじゃないよ!?」

 

「そっか。なら良かった。信じていい?」

 

「渚。私達はちゃんと話したわよ?」

 

「う……うぅ……わかんない…。先輩の事好きとかじゃないと思ってるけど…でも、嫌。先輩が誰かと付き合うとかなんか嫌。だからって邪魔とかもしないけどさ。先輩も早く結婚出来たらいいな。とは思ってるし」

 

渚…。

 

「どうしても先輩が誰かと付き合うなら…」

 

「マイリーとならいいか?」

 

「「「「「ふぁ!?」」」」」

 

「ただいま。何の話しとるん?」

 

こ、このタイミング!このタイミングで帰って来るとかなんなの!?

 

「お、遅かったわね。私に恐れをなして逃げたのかと思ったわ」

 

「は?なんで?」

 

「先輩いつ戻ってきたんですか?」

 

「いや、今だけど?」

 

「そうじゃなくてどこから話を聞いてのかって聞いてるんです!」

 

「あ?なんかあれだな?字面だけだと水瀬が話してんのか奈緒が話してんのかわからねぇな?」

 

「いやいや、何言ってんですか?」

 

 

 

 

 

 

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おお~おお~!

いいね!若いね!青春だね!!

渚も理奈ちも奈緒も、もちろんタカ兄もあたしより歳上だけどね!

 

あたしの名前は雪村 香菜。

初めてのモノローグがこんなおまけ編みたいな話になるとは思ってなかったなぁ。あ、おまけ編とか言っちゃった。てへり!

 

でもまさか渚と理奈ちからあんな爆弾発言を聞けるなんてね~。飲み会ってのはこういうのがあるから楽しいね!

 

「で?何の話してたの?俺の悪口?」

 

「貴の悪口なんて言うわけないじゃないですかぁ?あ、あれですか?悪口言われて興奮したかったとかですか?気持ち悪いです」

 

「先輩の悪口とか言ったら、何かセクハラで仕返しされそうだし言うわけないじゃないですか」

 

「私達の話題に自分が入ると思ってたのかしら?自意識過剰にも程があるわね」

 

「今リアルタイムで悪口言われてないか?」

 

「あ、タカまだ何か飲む?」

 

「ああ、ビールよろ」

 

「それよりお前遅かったよな?何かあったか?可愛い子でも居た?」

 

うん!英治先生はいつも通りだね!

それよりさっきから全然喋らないトシ兄はチャーハンをオカズにお茶漬けをばくばく食べてるし、盛夏はもくもくとデザートメニューを端から食べていってるし、もうシメに入ってるの?まだ2時間経ってないよ?

 

「ああ、タバコ買ったついでにコンビニでタバコ吸ってたらな。宮野に会った」

 

「ブホッ!」

 

英治先生がビールを吹き出した。汚いなぁ…。

 

「え!?はーちゃん宮ちゃんに会ったの!?」

 

「ちょちょちょちょ…宮野ってもしかしてTAKUTOさんですか!?」

 

「え?TAKUTO?誰それ?」

 

宮野…聞いた事はある。

宮野 拓斗。英治先生達のBREEZEのベースをやっていた人だ。あたしもまどか姉も会った事ない人。

 

「え?だって…宮野に会ったって…。あ、ごめん、まどかちゃん。ご飯セット大盛り注文してもらっていい?」

 

「え?あ、ああ、うん」

 

トシ兄まだご飯食べるの?

 

「お前、拓斗に会ったってマジか?呼べよ俺を!」

 

「さっきからお前ら何言ってんの?拓斗って誰だよ。宮野ったら晴香の事だけど?」

 

「なんだよ、晴香かよ…びびらせんなよ。5滴ほどチビったじゃねぇか。それにもう晴香は宮野じゃねーし」

 

え?チビったの?どうしよう英治先生の近くに居たくない。

 

「俺もびっくりしたよ。おかげでご飯セット来る前にチャーハン全部食べちゃったじゃん。あ、まどかちゃん、石焼ビビンバ注文してもらっていい?」

 

トシ兄…石焼ビビンバはオカズなの?

 

「あ、私、このドーナッツおかわりしたい~」

 

盛夏!?久しぶりに喋ったと思ったらおかわり!?

 

「あの、晴香って誰です?」

 

「いや、私も知らない」

 

「ああ、晴香ってのは拓斗の妹だ。そしてこの店のオーナーでもある」

 

奈緒ちゃんの問いにタカ兄がそう答えた。

 

「や、はーちゃん、宮ちゃんの事やっぱり覚えてるよね」

 

「チ、誘導尋問とはやるな…」

 

「え?え?え?ここってTAKUTOさんの妹さんのお店なんですか!?」

 

「うん、そうだよ。ここは宮ちゃんの妹さんのお店なんだよ。だからそよ風」

 

「いや、晴香でも呼べよ。久しぶりに会いたかったのによ」

 

「厨房行ったら会えんじゃね?」

 

「TAKUTOさんに妹さんが居たなんて知らなかったです…」

 

「私も知らなかったわ」

 

「は?理奈は昔晴香にめちゃ可愛がってもらってたろ?忘れたのか?」

 

「え?」

 

「昔?」

 

「あっ……」

 

それから誰も一言も発さなかった。

これはあたしでもかなり気まずい。タカ兄って理奈ちと昔に会ってたの覚えてたの?

 

「よし、せっかくの飲み会だ。みんなでしりとりでもするか」

 

いや、何でよタカ兄…。いくらなんでも強引過ぎるよ。

 

「お待たせしましたー」

 

ナイス!店員さん!このタイミングはありがたい!!そう!ここだ!このタイミングこそがこの面子の中で、唯一のパリピうぇいうぇい勢であるあたしの出番だ!

 

「みんな飲み物も行き渡った?タカ兄も戻ってきた事だしさ。チビった英治先生の近くにいるのも嫌だし席替えタイムにしよ~!」

 

「え?チビったっての冗談だぞ?」

 

「はい!ここに番号の書かれた紙を用意しました!奥側から1番2番って席番号決めたので、みんなでこの紙を引いていきます!」

 

「そ、そだね。もうすぐ2時間になるし同じメンバーで話してても親睦会にならないしね!席替えしよっか!あたしもチビった英治の近くとか嫌だけど!」

 

「そうだね。俺もみんなと色々話してみたいし。俺は英ちゃんがチビってても近くでもいいよ」

 

まどか姉とトシ兄のフォローもあり、席替えタイムに入った。よし、席替えしたらどんな席になっても場の流れは変えれる…!!

 

そして席が決まった。

 

奥側

理奈・貴・志保・奈緒・香菜

英治・盛夏・渚・まどか・トシキ

通路側

 

な、何ぃぃぃぃ!?

そ、そんなバカな…!何故こうなった!?

タカ兄と理奈ちをサポートしようと思ったのにあたし遠い!遠いよ!!

 

しかもタカ兄と理奈ちの近くにいるのは空気を読めるくせに敢えて読まない英治先生に、空気の読めないフリーダム盛夏!何か、何か手を考えないと…。

 

「う~…またはーちゃんとも英ちゃんとも離れちゃった…」

 

「まぁまぁ、近くにあたしと香菜いるしまだ話しやすいでしょ?」

 

「あ、まどかさんとはちゃんとお話するの初めてですよね。先輩から色々お話聞いてるので話してみたいって思ってたんですよ」

 

「タカから話ってろくな事じゃないでしょ?」

 

「あはは、私も欲望に向かう純粋なる乙女でして…」

 

「同志よ!!」

 

まどか姉が渚に抱きついた。まどか姉が同志って呼ぶって事は渚はそっちか…。ハッ、ヤバい!それって盛夏もじゃん!

 

「ほうほう、まどかさんも渚さんもそうだったのかー。実は何を隠そうあたしもなのだー」

 

くっ、まぁ最初からあてにはしていなかったけど、盛夏はダメだね。こうなったら志保!頼んだよ!

 

「貴、どうよ?JKの隣って。嬉しいでしょ?」

 

「は?ちょっと肩が触れただけで高額請求が来そうで怖いんだけど?」

 

「あ、そいや奈緒ってギターなんだよね?」

 

「うん、そうだよ。まだまだ練習中だけどね」

 

「あたしもギターだしさ。仲良くしようよ」

 

志保も奈緒に行ったぁぁぁ!!

くっ、もうこうなったら英治先生に任せるしかない。そう思い英治先生を見るとあたしの方を見て笑顔で親指を立ててくれた。

 

終わった。もう無理だ。詰んだ。

ごめんね。理奈ち。あたしにはもう打つ手はないよ…。

 

「それにしても理奈って綺麗になったよな。小さかったから、俺達の事なんか覚えてないと思ってたけどよ。な?タカ」

 

はい。いきなり爆弾投下しましたね。

理奈ち、頑張ってね。あたしにはもう無理だよ。

 

「香菜ちゃん」

 

「トシ兄……何?」

 

「英ちゃんなら心配しなくても大丈夫だよ。はーちゃんもね」

 

ほんとかな…。でもトシ兄もちゃんとまわり見てるんだなぁ。

 

「あの、英治さんも私の事覚えてるのかしら?」

 

「そりゃな」

 

「貴さんもやっぱり覚えてたのよね?」

 

「まぁな。水瀬んとこのベースが理奈ってのは今日初めて知ったけどな」

 

「そう。子供の頃はよく話してくれてたのに、大人になったら話してこなくなるなんて……本当にとんだロリコンね」

 

「昔はあんな可愛かったのになぁ」

 

「私は今でも可愛いわ。そしてその発言は自分がロリコンだと認めてるようなものよ?わかっているのかしら?」

 

「いや、 見た目とかの話じゃないからね?」

 

「ふぅ…2人共私の事を覚えてるなら、改めて挨拶するわね。貴さん、英治さん、お久しぶりです」

 

「おう、久しぶり」

 

「ははは、久しぶり」

 

本当だ。普通に話せてる。あたしの心配って何だったんだろ。うん、もう大丈夫そうだね。

 

「まぁ、どうでもいいとは思うのだけれど、父も元気にしているわ」

 

「「知ってるよ」」

 

「え?」

 

「今でも氷川さんとは俺と英治と3人で飲みに行くしな。トシキは平日は20時には寝ちゃうから来ないけど」

 

「ああ、だから理奈の事は写真も見せてもらってたしcharm symphonyのCDも写真集も買わされたぞ?なぁタカ」

 

「あ、あの男は何をしているのかしら…。って写真集も!?」

 

「ああ、まぁね」

 

「まさか私の写真を見ながら毎晩毎晩如何わしい事を……」

 

「するわけないだろ。そもそも如何わしい事って何ですかね?」

 

「そう…してないの…」

 

何で理奈ち残念そうなの!?

あら?よく見たらみんな会話止まってるね?渚は相変わらず目にハイライトが無いし、奈緒ったらほっぺたぷくーと膨らませちゃって!いやん可愛いわね!

 

「でね~、あたしはあのアニメのカプはね…」

 

「そうだよね!そうだよね!なのに制作側ときたらさー……」

 

あ、まどか姉と盛夏は平常運転だわ。

 

「そ、それで私の事も見ただけでわかったって事かしらね?」

 

「まぁな。理奈がcharm symphony辞めたって時かな?氷川さんが泣きついて来たの。こないだ会ったのはそん時だわ」

 

「め、迷惑かけたわね…」

 

「おお、あん時な!あん時大変だったよな。タカに理奈を嫁にとか言ってて。………あっ」

 

英治先生ぃぃぃぃぃ!!『あっ』じゃないよ!?何をぶちこんでるの!!?

さっきまでカプがどうとか話してたまどか姉と盛夏もそっちの話に食い付いてるじゃない!

 

「え!?痛い!痛いよ奈緒?あたしの左腕に爪…爪が食い込んでる!渚も!なんで正面にいるあたしの右腕を掴んでるの!?隣にまどかさんも盛夏もいるじゃん!あ、あの、すみません。まじ痛いです」

 

志保…不憫な子…。

 

「な、何を言ってるのかしら。あの父親は……」

 

「ただの冗談だろ?真に受けんなよ」

 

「何を言ってるのかしらね?そんなの本気にするわけないじゃない。仮に貴さんが承諾したとしても私が断るわ」

 

「承諾するわけないだろ」

 

「私が断るわ」

 

「何?大事な事だから2回言ったの?」

 

それを聞いて安心したのか渚と奈緒は志保の腕を離した。

 

「た、助かった…痛かった…うぅ…なんであたしがいつもこんな目に…」

 

志保…ガンバ!

 

「そうそう!ちゃんとタカも断ってたから安心していいぞ!」

 

「それはそれで私がフラれたみたいでムカつくわね。そうね、だったら…」

 

「でさ!貴は何て言って断ったの!!?」

 

志保…そんなに大きな声出して…。よっぽど痛かったのね?もう掴まれるような話は回避したいのね?

 

「あ?お前俺らの話聞こえてたの?」

 

聞いてる!聞いてるよタカ兄!この場にいるみんなに聞こえちゃってるよ!

 

「えっと確か氷川さんに気を使って無理難題ふっかけたんだよな?」

 

「そうそう、理由なく断るのは『うちの娘がそんなに嫌かー』とか言われそうだし」

 

「俺ら昔から氷川さんにはお世話になってるからな」

 

「それで?何て言ったの?」

 

「確か…タカはJDが好きだからJDと結婚したいそうなので無理です。とか言ったんだっけ?英治が。いきなり大学生になるとかいくらなんでも無理だしな」

 

「ははは、そうそう!JKとか言ったら犯罪っぽいからな。そしたらタカが理奈がJDだったら考えたんですけどね。JDマジ天使とか言ったんだよな」

 

「え?あれ?理奈って確かお父さんに無理矢理大学に復学させられたんじゃなかったっけ?………あっ」

 

「「は?」」

 

志保ぉぉぉぉぉ!!!『あっ』じゃないよ!?それ理奈ちのお父さん本気にしてるって感じじゃん!!何自爆してんの!?もう!あたしが助けなきゃ…!

 

あっ、志保が渚と奈緒に掴まれた。

 

「痛っ!痛い!ちょっ…待っ…いだだだだだ…………」

 

ごめんね。志保。あたしと志保は遠すぎたよ……。

 

「もしもし?お父さん?私よ

…………え?もう私私詐欺の下りはいいわ。時間の無駄よ。

…………え?本当の娘ならゴリラの物真似をしろ?私がいつゴリラの物真似をしたのかしら?

…………毎日?そう、この世にもう未練はないのね?

………そうよ。最初から素直に答えてたら良かったのよ。それで、私を大学に復学させたのはどういう理由かしら?

……………ええ、ええ、大学くらいは卒業しとけって事なのね?本当にそれだけなのね?

…………わかったわ。信じるわ。それより今、貴さんと英治さんといるのだけれど

……あっ、……いきなり電話を切られたわ」

 

「おい、英治やばい。氷川さんからLINE来たよ。旅に出るってよ」

 

「え?マジでか………おい、俺はもっとヤバい。初音からLINE来てる。どうやら俺には盗聴器が仕込まれてるようだ…」

 

「……父に着信拒否されてLINEもブロックされたわ」

 

こ、こうなったら…トシ兄!なんとかして!お願い!わぁー!結局他人頼り!

 

「あ、まどかちゃん、卵かけご飯頼んでもらってもいい?」

 

ダメだね…。あたしにはこの世界は荷が重かったよ…。

 

「いだだだだだ…!!マジ…マジで痛い!!」

 

ごめんね。志保……。

ううん、まだだ。あたしには…まだやれる事が残ってるはず…考えろ。あたしは…パリピうぇいうぇい勢だ……!!!

 

「せ、席替えタ~イム」

 

あたしには…これが精一杯だよ…。

 

そして何とか席替えをする事に成功した…。

 

奥側

志保・香菜・トシキ・理奈・英治

貴・盛夏・まどか・奈緒・渚

通路側

 

 

 

------------------------------------

 

 

私の名前は水瀬 渚。

今日は先輩達のBlaze Future、私達のDival。そして、先輩の昔のバンドBREEZEの皆さんと飲みに来ている。

 

今度11月12日に私達は一緒にライブイベントをやる。まぁ、もちろん先輩は今はBREEZEじゃないし、Blaze Futureとして参加なんだけど…。

 

先輩は……怖くないのかな?

また声が出なくなったら……。そう思ってたら…。私は…。

 

「う…うぅ……ひっく…ひっく…ぐすっ」

 

「てかさ?何で志保泣いてんの?」

 

あれ?ほんとだ。志保、何で泣いてるの?

 

「よしよし、もう大丈夫だからね」

 

香菜が志保を慰めている。いいなぁ。私も志保をヨシヨシしたい。

 

「え?てかマジで何で?また俺の近くになったから?」

 

「ぐすっ…貴のせいだよ」

 

え!?志保、先輩に何かされたの!?

 

「え?いや、すまん?え?ほんと俺のせいなの?」

 

「貴に…傷物にされた…。責任取ってよね」

 

ガタタタッ

 

「エ?志保それどういう事?た…貴に傷物にされタ…?」

 

「ヘェー?センパ~イどういう事ですか?志保にそんな事……シたんですか?」

 

「二人共落ち着きない。取り合えず警察を呼ぶわ。二度と出てこれないように完全に抹殺するわ」

 

「ちょっ…ちょっと待って!奈緒ちゃん、渚ちゃん、俺の髪の毛引っ張らないで!俺のこれ地毛だから!どこかのマスターとは違うから……!痛い…!禿げる……!!あと理奈!お前が掴んでるのもスマホじゃない!俺の髪の毛!まずお前が落ち着け!!」

 

「まどかさん!ドーナッツおかわり!」

 

「はいよ~。盛夏はドーナッツ好きだねぇ」

 

「盛夏!まどか!落ち着くのお前らじゃない!こいつらを落ち着かせて!!」

 

「あ、ついでに俺ビール」

 

「貴はまたビールですか?飲みすぎ良くないですよ?あ、まどか先輩私もビールで」

 

「あ、私もビールお願いします。でもちょっとツマミが足りないかな?」

 

「私は戦乙女を……。ツマミなら漬け物を10人前頼んではどうかしら?」

 

「あはは、理奈ちほんと漬け物好きだね」

 

「もう!みんなバラバラに頼まないで!一人ずつゆっくり注文して!ほら、まず奥から聞いていくよ。志保は何かいる?あ、お酒はダメだよ?」

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!落ち着き方が違う!違うから!ゆっくりしてる場合じゃないから!抜ける!抜ける…!!」

 

「お前あれだよ?女の子いっぱいいるのに抜ける連呼とか下ネタかよ。変態の極みだよ?グビッ」

 

「ちょっ…タカ、てめぇ!わざわざ俺の横まで来たなら助けろよ!俺を!しかも俺のビール取ってんじゃねぇ!いだだだだだ…マジで痛い!」

 

「貴…」

 

「あ?」

 

「あたし…ほんとに痛かったんだからねっ!」

 

「「「フン!」」」

 

ブチブチブチ

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「てか志保さっきから何言ってんの?ジュースで酔ったの?」

 

「ううん、ほらこれ見てよ手」

 

「お前、血ぃ出てんじゃん。大丈夫?え?それ俺のせいなの?舐めようか?」

 

「うわ、きも…」

 

「うわ~痛そう~まさに血の惨劇だね~……」

 

何だ…手か…びっくりした。もう!志保ったら変な事言って!

 

「ふぅ、どうやら通報せずに済みそうね…」

 

「ほんとだよね。まぁ、貴にはそんな度胸ないとは思ってましたよ~」

 

「先輩って肝心なとこヘタレだもんね」

 

「お前ら何で俺ディスってんの?てか、志保、ほんとに大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。あたしだけじゃないとわかって、ちょっとだけスッキリしたから」

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

「おこんばんは~!!」

 

そんな奇声と共に私達の個室の扉が開かれた。え?誰?

 

「おっす!来たよ!」

 

「は?誰も呼んでないけど?」

 

すごく可愛い子だ。私と同い年くらいかな?

 

「わざわざ元カノが会いに来たのにその反応って何なの?」

 

え?元カノ?誰の…?先輩の…?

 

「は?お前誰かと付き合ってたの?まさか英治?」

 

あ、先輩のじゃないのか良かった…

ん?良かったって何でだろ…?

 

「え?私って貴の付き合ってた人にカウントされてないの?身体の関係なだけ?」

 

あれ?英治さんと志保が部屋から出ていった。どうしたんだろう?

 

「いつ俺とお前が身体の関係になったの?」

 

「いや知らないけどね」

 

「お前あれだよ?コンビニで言ったやん?俺バンドまた始めたって。俺のバンドメンバーの前で変な事言わないでくれる?」

 

「いや、トシキはツッコミもなくおろおろするだけだろうし、英治にするとあいつ妻帯者だし色々あんじゃん?で、消去法で貴」

 

「それ言ったらお前も旦那も子供もおるやん?」

 

「晴香ちゃん久しぶり~」

 

「トシキはほんと久しぶりよね!」

 

あ、さっき言ってた拓斗さんの妹さんかな?

 

「あ!あんたが理奈!?ほんとにすごく綺麗になってるね!!」

 

「え、え、あの…どうも…」

 

「懐かしいなー!理奈にはめっちゃ私のおっぱい揉まれまくったしね!」

 

「え!?」

 

晴香さんおっぱい大きいもんね~……。え?待って、歳いくつ?理奈の子供の頃にそれって…私よりかなり歳上!?

 

「それより何しに来たの?」

 

「ああ、英治に話したい事あってね。貴、タバコ1本頂戴」

 

「あ?自分の吸えよ」

 

そう言いつつも普通にタバコ渡すもんね。文句言わないで素直に渡せばいいのに。

 

「ほら、私今は仕事中だし?タバコは持ってきてないのよ。あ、タバコ代は身体で払おうか?」

 

「お願いしますって言ったらどうする?」

 

「私の今後の一生が貴を奴隷に出来ると思ったら奮えてくる」

 

「俺の一生ってタバコより安いの?」

 

「あ、それより英治は?」

 

「さぁ?さっきまでは居たんだけどな」

 

「そか、ならまた今度でいいかな。あ、お客さんそろそろラストオーダーなんですけど注文どうします?今ならお友達特別価格で+1,000円で1時間追加もオッケーすよ?」

 

「いや、じゃあそろそろ…」

 

「「「「「追加で」」」」」

 

「お前らまだ飲むの?」

 

「ありゃぁす!じゃあ私行くね」

 

「あ、待てよ。英治多分トイレとかじゃねぇの?ちょっと見てくるわ」

 

「あ、別に今度でいいって」

 

晴香さんの静止も聞かずに先輩は英治さんを探しに行った。先輩は相変わらず先輩だなぁ。

 

そんな事を考えてると私は晴香さんと目が合い、そして晴香さんが私に近付いて来た。

 

「あなたが貴の彼女さん?」

 

「え?」

 

え?え?え?

 

「ありゃ?ごめん。違った?」

 

「は、はい。そうです」

 

え?私何言ってんだろ…。

 

「「は?」」

 

「あは、あはははははは…!!!」

 

「そっか、やっぱりね!」

 

そして晴香さんは私の頭に手を乗せて

 

「貴の事お願いね。あのバカ誰かの為にしか生きれないから…。助けてあげてね」

 

え?何?どういうこと?

ダメだ…ちゃんと言わなきゃ…。

ちゃんと…言わなきゃ…。

 

「はい。守ります。絶対に一人にはしません」

 

「ありがと」

 

そう言って晴香さんは部屋から出て行った。嵐みたいな人だったなぁ。

 

ハッ!?私なんかヤバい事言ってない!?

 

「な…渚…?」

 

「そう?そういう事?」

 

奈緒!?理奈!?

 

「え!?あ、違う!違うから!なんか晴香さんの雰囲気に飲まれちゃって!」

 

ううぅ…私ほんと何言ってるんだろ…

 

何で『一人にはしません』って思ったんだろう……

 

 

 

 

 

それから先輩と英治さんと志保が戻ってきて、アニメやゲームの話しとか、バンドの話とかをして、私達の親睦会は終わった。

 

なんか色々あったけど終わりよければ全て良しってね!

 

「じゃあみんな気を付けて帰れよ」

 

「お疲れ様~」

 

なんか話足りないな…

 

「先輩…」

 

「ん?何だ?」

 

「…先輩、ライブしたいです」

 

「は?いきなりどした?」

 

「デビューライブが11月なんて遠すぎです」

 

「ん?ならみんなと話合ってライブしてみたらいいんじゃねぇか?」

 

「先輩と…Blaze Futureと対バンしたいです」

 

「は?何だいきなり…どうかしたか?」

 

「ダメですか?」

 

「……ほんとどした?」

 

「困らせちゃいましたか……ひぐ…」

 

あれ?何で泣いてるの私?これじゃ余計先輩を困らせちゃう…!

 

「水瀬?」

 

「ちが…ちがくて…あれ?何だろ?なんか…あれ?」

 

あれ?あれ?涙が…止まらない…

 

「ごめん…なさ…い…うぅ……」

 

「はぁ……。めんどくせぇ…」

 

そう言って先輩は私の頭に手を置いて撫でてくれた。

 

「落ち着いたか?」

 

「せ…せんぱ…」

 

「水瀬を泣かしたとかなったらまたどんだけディスられるかわからんしな。それなら酔った勢いで水瀬にセクハラした変態ってディスられた方がマシだわ。え?これどっちにしろ俺ディスられんじゃん」

 

先輩…先輩…

 

「もう…大丈夫です」

 

「おう。そか」

 

「はい」

 

「誰にも見られてないよな?大丈夫かな…」

 

もう、先輩は…

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「私、Blaze Futureと対バンしたいよ。そこでDivalのデビューライブやりたい。やろうよ。貴…」

 

「水瀬…?」

 

「今は仕事中じゃないよ」

 

「は?名前呼びとか無理だけど?てか、水瀬って俺の名前知ってたの?」

 

「は?私以外みんな名前呼びやん」

 

「そだけどさ?あれじゃね?なんか照れくさい?」

 

「え?何?今までは苗字で呼んでたけど、改まって名前で呼ぶの照れちゃうとか?女子か!」

 

「え?何言ってるのん?」

 

「うわ、最悪や!私、男の人にあんな事されたの初めてやったんに!」

 

「……そういうのやめてくれませんかね?」

 

「だったら男らしく仕事中以外は渚って呼んだらええやん」

 

「はぁ…わかったよ。んで、対バンの事だけどな」

 

「渚」

 

「は?知っとるわ。だから対バンだけどな」

 

「な・ぎ・さ」

 

「はぁ…わかったよ渚。対バンの事だけどな」

 

「うん」

 

「英治に聞いてみてやれそうな日あったら連絡するわ」

 

「ありがと、貴。楽しみにしてる」

 

「おう」

 

えい!

 

〈〈〈ギュ〉〉〉

 

「お願いね。今日はありがとう。貴」

 

「おおお…おう」

 

私は貴に抱きついて、少ししてから離れた。

うわー!私何やってんの何やってんのー!!!ヤバい!月曜から仕事行けない!!

 

「今からラーメン行く人ー!?」

 

「「はーい!」」

 

まどかさんがラーメンを食べに行く人を募集かけて、志保とトシキさんが賛同した。

 

「今から飲み直し行く人ー!?」

 

「「はーい!」」

 

英治さんが二次会の募集をかけて、盛夏と香菜が賛同した。

 

志保もラーメン食べに行くみたいだし私もラーメンに行こうかなぁ?貴はどうするんだろ?

 

「ねぇ?貴はどっち行くの?ラーメン?飲み会?それとも私と二人でどっか行っちゃうとか?」

 

「お前何言ってんの?じゃあ2人でどっか行くか?とか言ったらどうするの?」

 

「ん…初めてだから優しくしてね…」

 

「え?え?は?」

 

「って言うと思った?まじきもいよ?そういうの。そういうのは私を惚れさせて彼氏になってからにしてくれる?結婚前提でなら私の初めても捧げてあげようじゃないか」

 

「惚れさせてってのが無理じゃね?可能性あんの?」

 

「世の中ある事は証明出来ても、ない事は証明出来ないんだよ?」

 

「あ、ダメだ。これ可能性ない時の台詞だもの」

 

「え?そんなに私としたいの?」

 

「……バカじゃねぇの?」

 

「それよりほんとどうする?ラーメン?飲み会?」

 

「あー、もうちょい飲んでくかな。みな…渚は?」

 

「志保はラーメンみたいだしラーメンかな!」

 

「はいはい。百合百合」

 

そしてじゃあなって言って、貴が英治さんの方に歩いて行った。いや~!焦ったね!ヤバかったね!ほんと色々ヤバかったね!うん。私かなり飲み過ぎちゃってるね!

 

私はラーメン食べに行こうと思った時にふと思った。そして背中に冷たいものが走ったような感覚。

 

まどかさんの募集したラーメン。

まどかさんと志保とトシキさんの3人だ。

 

英治さんの募集した飲み会。

英治さんと盛夏と香菜と貴で4人。

 

そして今私がここに居て合計8人。

 

ヤバい。あの2人が居ない!?

 

私は早くラーメンに参加しなければと動いた。いや、動いたように思っただけだ。

 

な…なんだ!?体の動きが…に、鈍いぞ!?ち…違う、動きが鈍いのではない…、う…動けんッ!ば…ばかな!?

 

「渚、志保は今日は自宅に帰るそうよ?」

 

「たまには家に帰って掃除したいんだって~」

 

私は両肩を奈緒と理奈に捕まれていた。ば…ばかな!?これが女の子の握力とでもいうの!?それに今まで志保はそんな事を言った事はない。そう1度も…1度もだ…!何で今日に限って…!

 

「私も飲み足りないと思って、飲み会に行こうかとも思ったのだけれど、どうせ飲むなら戦乙女のある渚の家とかいいかな?と思って」

 

「それでね!私と理奈で渚ん家に泊まっていい?って聞いたらね?志保がいいよ。って!でも志保は自宅に帰るとか言ってさ。残念」

 

「あ、あはは、う、うん。それはいいんだけどね?」

 

「それに色々聞きたい事もあるしね」

 

「聞きたい事?」

 

「うん、渚が泣いてた事」

 

奈緒…

 

「そしてその後に貴に頭撫でられてた事とか…」

 

え?奈緒…?目のハイライトが仕事してないよ?

 

「私も聞きたい事あるのよ」

 

「な、何かな?」

 

「対バンの事よ。私達とBlaze Futureの」

 

うん、そうだね。わぁぁ、ほんとに私達ライブやるんだね。楽しみになってきた!

 

「そしてその後に貴さんに抱きついていた事とか…」

 

理奈?そんな綺麗なお顔でハイライトないとね?ガチで怖いよ?中に誰もいないですよ。とか止めてね?ほんとにいないからね?

 

「渚の家とか楽しみ!早く行こう!」

 

「そうね。楽しい時間はすぐに過ぎちゃうものね。急いで帰りましょう?」

 

私の家に帰宅後、3人で色々話し合った。うん、ほんとに色々…。

 

そんな中、貴からLINEが来て、ライブが来週の土曜日に決まった。思ってたより早い日程だ。明日からしっかり練習しなくちゃ!

 

でもそれよりも…私達3人は他の心配事もあった。

 

それは私達が帰宅中の事……。

 

 

 

『ほら!早く!渚!!』

 

『嫌じゃ…わしはまだ死にとうない死にとうない…』

 

『渚は何の心配をしているの?』

 

〈〈〈ドン〉〉〉

 

『キャッ』

 

いたたたた。下向いて歩いてたら人とぶつかっちゃった。取り合えず謝らな…きゃ……

 

私はぶつかった人を見て恐怖した。

 

すごく冷たい目。この世の全てを壊してしまいそうな。そんな目をした人だった…。

 

『あ、ごめんね。俺、この辺久しぶりでね。ちょっとよそ見してたから』

 

その人はさっきとはうってかわり、すごくばつの悪そうな顔で笑いながら私に手を差し出してくれた。優しそうな笑顔と声…。でも私は手を差し出す事はせず、一人で起き上がった。

 

『わ、私の方こそごめんなさい。大丈夫ですか?』

 

『俺は大丈夫だよ。じゃあ、俺は行くね。ほんとにごめんね』

 

そしてその人は私達の前から去って行った。

 

『あはは、ごめんね。さ、帰ろうか……理奈?奈緒?』

 

『そんな…何でこんな所にいるの…?』

 

『今の…TAKUTOさん…だよね…?』

 

『え?』

 

『多分…他人の空似じゃなければね…』

 

『今は連絡も取れないって言ってたのに…』

 

『それよりもよ…あんなに優しそうな人だったのに』

 

『うん、すごく…怖かったね…』

 

『もしかしたら本当に他人の空似かもじゃない?』

 

『うん。だといいけど…』

 

 

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「フゥー、やっぱり仕事終わりのタバコはうめ~。……やっぱり貴には言えないかなぁ…。兄貴が…この街に帰って来てる事は……」

 



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第6章 響け!Dival!!

私の名前は水瀬 渚。

今日は私達のバンドDivalと、職場の先輩のバンドBlaze Futureの対バンライブの日だ。そして、私達のデビューライブの日でもある。

 

ライブハウス『ファントム』に着いて、Blaze Futureのギタリスト奈緒と合流し、時間までお茶でもしてようとカフェスペースに入ると、カフェはお休みで物販をやっていた。

 

私達Divalはもちろんグッズなんか用意してないし、奈緒もBlaze Futureのグッズは用意していないと言っていた。

何が売っているのかと気になり、奈緒と2人で物販を覗いてみると、そこには先輩の昔のバンドBREEZEのグッズが山程売られていた。

 

マフラータオル、Tシャツ、リストバンド、メンバーのブロマイド、ピック、キーホルダーなどなど。これ絶対15年前の売れ残りだよね?とは思っていたけど、奈緒曰く『宝の山』だそうだ。

 

奈緒は全種類買う!と、ワクテカしていたけど、ファントムのオーナーであり、元BREEZEのドラマーである英治さんにプレゼントしてもらい、更には英治さんのブロマイドにはサインまで書いて貰って大喜び。

 

私は別にBREEZEのファンではないので、グッズは遠慮したが、元BREEZEのボーカルである先輩のブロマイドが大量に余っていたので、先輩を憐れと思い3枚だけ貰ってあげる事にした。別に使用用、保存用、観賞用というわけではない。

 

 

BREEZEのグッズを貰い、大喜びしていたBREEZE大ファンっ子奈緒だが、そんな幸せな時間もすぐに終わった。

 

そう、私達がファントムの裏手に回り、楽屋に向かおうとした時だった。

 

ファントムの裏手にある喫煙所に居たのは、私達Divalのベーシスト氷川 理奈。元BREEZEのボーカルであり、現Blaze Futureのボーカルであり、私の会社の先輩、葉川 貴。そして、奈緒の妹JKの美緒ちゃんの3人だ。喫煙所とは言っても、喫煙者は私の先輩である葉川 貴だけだ。

 

奈緒はBREEZEのボーカルTAKAが大好きだ。恋とかではなく、憧れのバンドのボーカルとして。断じて恋ではないらしい。あ、先週の飲み会後の二次会でのトラウマが…。ゴメンナサイモウシマセン。

 

先輩はそんな奈緒の憧れであるTAKAのイメージを壊さない為、今の自分を見て幻滅させない為に、奈緒には自分がBREEZEのTAKAである事を内緒にしていた。

 

そして奈緒も、TAKAと先輩が同一人物だと気付いてはいるが、先輩に一緒にバンドをやりたいと言ったのは、『BREEZEのTAKAだったからじゃない。』その想いから、先輩がBREEZEのTAKAだと気付いている事は内緒にしていた。

 

だけど今日、美緒ちゃんの言った何気無い一言でそれは瓦解した。

 

先輩は『奈緒が先輩の事をTAKAと気付いている事』を知り、奈緒は『先輩をTAKAだと気付いている事』を知られてしまった。

 

でもそれも今のふた……ううん、Blaze Futureの絆の前には些細な事だった。

 

そんな事件を乗り越えて、私達はファントムの中にあるDivalの楽屋でライブの準備をしていた。

 

「渚…長い…」

 

「え?何が?」

 

志保が私に声を掛けてきた。一体何だと言うのだろうか?

 

「モノローグが長い」

 

どうやら志保には私の心が読まれているようだ。ニュータイプ同士はわかりあえるんだね、ララァ。

 

「そもそもそんな感じのやつ、ちょっと前に盛夏がしてなかったかしら?」

 

なんと!?理奈にも心が読まれているというのか!?

 

「みんなメタ発言とかしてないで早くライブの準備やっちゃおうよ。渚も『Divalの楽屋でライブの準備をしていた。』じゃないよ…。さっさと準備しないとBlaze Futureのリハ終わっちゃうよ?」

 

まさか香菜にまで読まれているとは…。これは迂闊に変な事考えられないね!おっと、変な事なんか考えた事ありませんけどねっ!

 

「そういや今日の対バンはどっちかのバンドの出演が終わってから交代する。って、段取りじゃないんだね?」

 

「そうね、今日は私達もBlaze Futureもステージ上にいる形式の対バンね。機材の入れ換えとかの時間は省けるけど、演奏するスペースは狭くなるから、リハもしっかりとしないといけないわね」

 

志保と理奈がそんな話をしている。今回のこの形式は先輩と私で仕事中に話して決めたんだよね。おっと、間違えた。仕事の休憩中にだ。仕事中は真面目に仕事してますよ?

 

「みんな準備は大丈夫?」

 

「衣装がまだ届いていないという事に関して以外は大丈夫よ」

 

私がみんなに聞くと理奈がそう返事してくれた。

 

衣装。そう。今日は私達のステージ衣装も届く。本当にギリギリになっちゃったけど、理奈の知り合いの仕立て屋さんが頑張ってくれた。前の事務所も使ってるプロの仕立て屋さんらしい。

 

ステージ衣装を用意しようと決まったのは先週の日曜日の夜。

前日の朝まで呑んでた私と理奈だったけど、香菜が日曜日に急きょ話があると言うので、私の家で飲み会をする事になった。急きょと言ってもほぼ毎日顔を合わせてるけどね。

 

 

 

 

 

『やっぱり1日の終わりのビールと志保の料理は最高だね~』

 

『渚、明日は仕事なんだし飲み過ぎちゃダメだよ!』

 

『は~い。志保のいう通りにしますぅ~』

 

『理奈ちもだよ?明日は学校あるんだし…。それ何杯目?』

 

『香菜、女性にあんまりそういう事を聞くものじゃないわ』

 

『なんでよ…。あ、志保ごめんね。あたしらも御呼ばれしちゃて…』

 

『ううん、大丈夫だよ。Divalの話ならお酒の場の方が渚と理奈が面白いし』

 

『こないだあんだけ痛い目見たのに?』

 

『貴が絡まなかったら大丈夫でしょ?それで?話って何?』

 

『ああ、んとね、ステージ衣装ってあんじゃん?』

 

『ああ、あたし達もそういうの用意した方がいいのかな?』

 

『昨日のライブの時、Ailes Flammeもevokeも衣装って感じではなかったけど、なんとなく色とかスタイルとか合わせてた感じじゃん?』

 

『あ~、確かにね。あたし達って私服の系統全然違うもんね。なんか合わせた方がいいかな?』

 

『理奈!お洋服!お洋服買いに行こう!』

 

『そうね。私もそろそろ買いたいと思ってたのよ。明日行きましょう』

 

『渚、理奈ち、ごめん。あたし達ステージ衣装の話してるんだけど?』

 

『キュアトロのマイリーみたいな衣装にしよう!私はキュアトロになる!』

 

『そうね。明日買いに行きましょうか。志保も香菜もいいかしら?』

 

『志保。この人達何を言ってるの?』

 

『家飲みだとこうなるんだよ。おもしろいでしょ?』

 

『話が進まないんだけど…?』

 

『もっとおもしろくしてあげよっか?』

 

『え?これ以上カオスにするの?何で?』

 

『渚』

 

『何?志保?おかわり?』

 

『キュアトロのマイリーみたいな服着てたら、貴に惚れられて口説かれちゃうかもよ?』

 

『……それはいけない。服のデザインは私が考えます』

 

『そうね。考えただけでも身震いしてくるわね。では、こうしましょう。私の前の事務所でお世話になってた仕立て屋さんがあるわ。そこで渚のデザインの衣装を仕立ててもらいましょう』

 

『私、ペンと紙を持ってくる』

 

『私は早速仕立て屋さんに電話してみるわ』

 

『ね?面白くなってきたでしょ?』

 

『え?これ本気なの?衣装作るの?』

 

 

 

 

そうして私達はステージ衣装を作る事になった。何でこうなった?

 

そんな事を思い出しながら、私達がリハの為にステージに行くとBlaze Futureがリハをしていた。

 

〈〈〈バシン〉〉〉

 

え?

 

「な、何でそんな事言うんですか!私は…貴とバンドを…ライブをしたかっただけなのに!」

 

奈緒…?

 

「俺はな。BREEZEのTAKAなんだよ。それは変わらない。過去は変わらない」

 

先輩…?

 

「うっ…くっ……無理です……」

 

「俺も無理だわ」

 

何で…?

 

「ちょっと…何で?もうその話は終わったんじゃないの?」

 

理奈も心配そうにしている。

 

「理奈」

 

「ええ、止めないと…」

 

私達がステージに入ろうとした時、香菜に腕を掴まれた。

 

「香菜…!離して!」

 

「大丈夫でしょ。あれお芝居っぽいし。多分まどか姉だよ。盛夏も台本みたいなの読んでる」

 

え?

 

「無理です無理です!あはははは。貴の顔を見て笑わないとか…む…無理…」

 

「いや、俺も無理だって。こんな小芝居誰が喜ぶの?これなら俺が昔やった一人漫才のがうけるわ。あ、ごめん。やっぱり無理。昔、全然うけなくて赤っ恥かいたし。……え?てか、俺の顔見たら笑えるの?うっわ、人を笑顔にする顔とか、俺素敵過ぎるな」

 

「あはははは。あー、改めて見ると変な顔…」

 

「俺、帰っていいか?もうライブとかやれる精神状態じゃないんだけど?」

 

お芝居……?なっ!?

 

「何で2人共笑ってんの!!ここから感動的に、やっぱりBlaze Futureは大切な場所だ~!みたいな展開になるのに!」

 

「まどかさ~ん、これやっぱりダメだよ。あたしの台詞少ないしあたしが目立たない~」

 

な、何でこんなお芝居を…。心臓に悪いよ…。

 

「お芝居で良かったわ…。今日の事があったわけだしビックリしたじゃない」

 

「本当だよね…」

 

でも、お芝居で良かったよ…。

もう……

 

「先輩!」

 

「お?Divalやっと来たか」

 

「さっきの何ですか?私も理奈もビックリしたじゃないですか!」

 

「ああ、今日のライブって、枠は2時間だろ?俺らの曲って3曲しかないしな。MCだけじゃ限界あるからどうしようか?とか、考えてたらまどかのバカがな」

 

そっか。Blaze Futureも私達も3曲しかないもんね。6曲じゃ確かに2時間はキツいかな…。

 

「でも、だからって今のお芝居は!」

 

「確かにな。あれはないわ」

 

なら最初からやらないでくれませんかね!

 

「なかなか感動的に書けたと思ったんだけどなぁ…。理系の私じゃダメか…」

 

まどかさん!台本じゃなくて題材の問題ですよ!

 

「それよりお前ら今からリハすんの?」

 

「はい。そのつもりで来ました」

 

「そか」

 

先輩はそう言った後、何か考えこんで…

 

「よし、まどか、お前香菜の事見てやってくれ。理奈はcharm symphonyの時にライブもやってるから大丈夫だろ?」

 

「あいよ~」

 

まどかさんがそう言って香菜の所に行き、

 

「ええ、問題ないわ」

 

理奈は先輩の問いかけにそう答えた。

 

「奈緒と盛夏はさっき教えたみたいな感じで志保を頼むわ」

 

「了解です!」

 

「おっけ~」

 

「んで、渚は…、PAは裏で英治がやってくれてるから、英治と確認しながら音調してくれ。俺は客席の一番奥に行って聴こえるかとかそういう合図送るから…まぁ、それも合わせて音調してりゃいいわ」

 

先輩はそう言ってステージから飛び降りて客席の奥に走って行った。あ、転んだ。また立ち上がって、今度は走らずに歩いて行った。

 

音調…どうやればいいんだろう……?

 

それより私達のリハ。手伝ってくれるんだ…?Blaze Futureも色々あると思うのにね。ありがとうございます。先輩、奈緒、盛夏、まどかさん。

 

 

 

 

 

私達のリハも滞りなく終わり、Blaze FutureとDivalで、ある程度の流れを確認した。予想時間は1時間ちょっと。ライブの時間を考えると全然足りない。あんまりダラダラやり過ぎるとオーディエンスも冷めたり飽きたりしてくる。そこは先輩が、何か時間までに考えてくれるらしい。

 

『今までの俺の経験した中で、やれそうな事で盛り上がりそうなやつ考えとくわ。あ、俺の経験とかほぼ黒歴史ばっかりやん』

 

とか、言ってたけど、仕事も今まで一緒にやってきたのを見てるから、先輩のそういう所は信頼してます。さっきのリハの時も私達に色々教えてくれたしね。

 

私達が楽屋に戻ろうとした時、英治さんに呼び止められた。

 

「渚ちゃん、Divalに何か荷物届いてたぞ?楽屋の前に置いてあるから確認しててな」

 

「わ、ありがとうございます~!」

 

私達のステージ衣装が届いたんだ。早く楽屋に戻って着替えなきゃ!

 

 

 

 

楽屋に戻った私達は早速届いた荷物を確認する。やっぱり衣装が届いていた。

私達は荷ほどきをし、衣装を確認する。

 

「おー!いいじゃんいいじゃん!さっすが渚のデザイン!可愛い!」

 

「あ、改めてこう見ると可愛らしすぎないかしら…」

 

「理奈ちは私服も可愛い系多いじゃん?あたしの方がこういうの着るの緊張しちゃうよ」

 

うん、本当に可愛く仕上がってる。

今回の私達のステージ衣装は薄い水色を基調としている。

 

理由としては、私が『水』『瀬』、志保が『雨』宮、理奈が『氷』『川』、香菜が『雪』村と、水を連想させる言葉がみんなの名字に入っているから、そして私の名前が海を連想させる『渚』。

 

理奈がそう言って私達のイメージカラーは水色に決まった。

 

「あ、衣装見てる場合じゃないよ!早く着替えなきゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

着替えを終えた私達はBlaze Futureの楽屋に顔を出した。

 

先輩に衣装褒めてもらえるかな?って思ってたけど、志保にしか可愛いとか言わないし…。別に可愛いとか言われたかったわけじゃないけどねっ!!

 

そして、私達のライブの時間が近付いてきた。

 

どうしよう…今になって不安になって来た。私には志保も理奈も香菜もいる。

ステージに立って曲が始まれば、いつも通り歌えばいい…。

でも、今日はライブだ。MCもしっかりやらないといけない…。上手く喋れるかな?

 

「渚?どした?」

 

私が不安に思っていると先輩が声をかけてきた。

 

「先輩…。私、超緊張してます。上手くMCやれるかな?喋れるかな?」

 

「んな不安そうな顔すんな。大丈夫だ。今日は俺も居る。任せろ」

 

「は、はい!」

 

先輩…。そうだね。今日は先輩が居てくれてる。頼りにしてますね。先輩。

 

 

 

私達がステージ裏に行くと会場からのざわめきが聞こえてきた。

 

香菜と盛夏が客席を覗いているので私もつられて行ってみる。

うわ~、本当にすごいお客さんだ。香菜と盛夏の友達かな?若い女の子が多い。いや、私も若いけどね?

 

「あ、江口達も来てくれてる。さっちもだ!」

 

志保の友達も来てくれてるんだ?さっちちゃんってよく話に出る子だし、どんな子か気になるなぁ~。

 

私の友達は……うん、さすがにいないか。地元からじゃ新幹線乗らなきゃだし、こっちの友達って考えてみたら、ここにいるみんなしか居ないもんね…。

 

「う~ん、私の友達は来てくれてないかぁ…」

 

「は?お前会社のやつらに話したの?てか、お前友達居たっけ?」

 

う、会社でも先輩としかあんまり話さないしな…。私達隔離部署ですしね…。

 

「いえ、会社の人には言ってないですよ。地元の友達とか」

 

「いや、さすがに来れなくね?」

 

わかってますぅ。みんなお仕事もあるだろうし遠いし…。でも、ちょっとくらい期待してもいいじゃないですか。

 

「む!そんな先輩こそ友達来てくれてるんですか?」

 

「ばっか。俺にはお前らが居れば十分だから誰も呼んでないまであるな」

 

「「「「「「「うっ」」」」」」」

 

「ん?どしたん?」

 

先輩ってさらっとこういう事言うのって、わかってて言ってるのかな?計算なの?とか、思ってドキッとしたけど、考えてみたら先輩の友達もここにいるみんなしか居ないんじゃん…。

 

「おし、準備はオッケーか?そろそろ時間だ。照明落とすぞ?」

 

英治さんがそう言った。私達のライブが、初めてのライブが始まる。

 

 

 

 

 

会場の照明が落とされ、SEが鳴り響く。

 

まずは先輩達Blaze Futureが登場し、私達Divalも後を続く。

会場の手拍子や歓声が一層私を緊張させる。

 

ボーカルの私と先輩がステージ中央に立つと、私達は照明に照らされた。

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

すごい歓声だ。私は今、ステージに立ってるんだね。

 

………あれ?先輩?

本当ならここで先輩が挨拶をするのに…。

 

そう思っていたら、先輩は左手を高々と上げ……

そして左手を思いっきり降り下ろし、その反動で体を回転させた。それと同時にまどかさんのドラムが鳴り響く。 

 

「行くぜ!Blaze Future!!………Re:start!」

 

先輩がそう言ってBlaze Futureの曲が始まった。

 

BREEZEの曲より大人しい印象もあるけど、激しさもある王道ロックって感じの曲だ。これがBlaze Futureの曲なんだね。隣にいる私も自然と身体が動いちゃう。

 

ああ…。仕事中の真面目な先輩や、一緒にお話してて楽しい先輩とは違う。

奈緒や理奈がBREEZEの時の先輩の事好きなのわかる気がする。

 

 

 

 

 

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

「ありがとう。Blaze FutureでRe:startでした」

 

Blaze Futureの曲が終わり、先輩が挨拶をする。次は私達Divalの番だ。

 

「さて、自己紹介が遅れてしまったけど、俺達が!Blaze Futureだぁぁぁ!!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

「今日は短い時間だけど、俺達Blaze FutureとDivalのデビューライブです。

みんなの思い出に残るような最高のライブに……。

……ここにいるみんなと俺達で最高の1日にしたいです。俺達が失敗したら盛大に笑って下さい。俺達がかっこいいと思ったら盛大に歓声を下さい。みんな1人1人が家に帰って、今日1日を思い出して楽しかったって1日にして下さい」

 

先輩…。

うん、そうだね。失敗しても笑って貰えばいい。私も堂々と歌姫らしく。

 

「じゃあ、みんなでどんどんぶち上がっていこう!次はDivalだ!!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

「みんな!こんばんはー!」

 

〈〈〈こんばんはー!〉〉〉

 

「ありがとう!私達がDivalです!!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

「今日は私達のデビューライブです。ここでこうしてみんなに逢える事を楽しみにしてました!」

 

うん、喋れてる。かっこつけたりする必要ないんだ。これはライブだもん。

私は私の想いをみんなに伝えるだけでいい。

 

「貴さんも言ってましたが、失敗したら思いっきり笑って下さい。それが、私達のライブだから…」

 

ここで決め台詞!……言うの恥ずかしいなぁ…。けど、よ~し……!

 

「あなたのハートに!響け!Dival!!」

 

私の台詞の後、志保と理奈のハーモニーからこの曲が始まる。

 

歌い出しのタイミングを間違えないように…。よく曲を聞いて、集中して…。

 

今だ!

 

 

OCEAN(オーシャン)

 

 

私の曲名コールの後、一気に激しい曲になる。志保も理奈も香菜もヘドバンしながら演奏する。もちろん私もボーカルだから頭を左右に振りまくる…。激しく、荒々しく。

 

頭がボーッとしてくる。ふらつきそうになる。ダメだ。頑張れ私!

 

そして私は歌い出す。

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

ハァ…ハァ…ハァ…きっっつい。

酸素が上手く吸えない…。でも、倒れたりなんか出来ない。笑顔…笑顔で…。

 

「ありがとうございましたー!DivalでOCEANでした!」

 

ハァ…ハァ…。笑顔…で…。

 

「みんなー!最高に盛り上がったかな!?」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

〈〈〈Dival最高ー!!〉〉〉

 

ふふ、えへへ。みんな盛り上がってくれた。

 

「まだまだ盛り上げていくよー!みんな!ついてきてね!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

水…水が飲みたい…。でも…。

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

みんなの声を聞くと元気になれる気がする。本当にありがとう。私達の曲を聞いてくれて。

 

その後、先輩がBlaze Futureのメンバーと私達Divalのメンバーを紹介してくれて、Blaze Futureの2曲目が終わった後、照明が落ちた。こんな段取りじゃなかったのに。

 

おかげで少しだけ私は休憩が出来て、水を飲む事が出来た。

 

「渚、お前最初から飛ばし過ぎ…。大丈夫か?」

 

薄暗いステージの上で先輩がそう声をかけてくれた。

 

「あんま時間も取れないからな。照明上がったら、お前らの曲の開始だ。バラード曲あったろ?それで行け」

 

「だ、大丈夫です!」

 

「ライブの時間と体力のペース配分も大事なの。後は俺がなんとかすっからバラード曲やれ。そんでラストに暴れろ」

 

先輩…。心配してくれてるのかな?

 

「わかりました」

 

そして照明が上り、私達の2曲目が始まる。本当なら3曲目にやるはずだった曲。段取りは変わっちゃうけど、志保も理奈も香菜も…。きっとやりきってくれる。

 

素直になれなくて(すなおになれなくて)

 

私がそう曲名をコールした。

 

♪~

 

さすが志保だ。上手く対応してくれた。

 

 

 

 

そして私達の2曲目が終わった。

 

「みんなー!まだまだ盛り上がれるかー!?」

 

先輩が客席を煽る。

 

「もっともっと熱い夜にするよ!みんな!ぶち上がって行こうー!」

 

そう言って私は飛び上がった。

あ、あれ?膝がガクガクする…。

 

「さて!次は俺達Blaze Futureのギタリスト奈緒と、Divalのギタリスト志保とのギターバトルだ!」

 

「ふぁ!?ふぇ!?私!?」

 

「ちょっと…聞いてないんだけど…」

 

「みんなー!歓声よろしく!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

「う~、よし!負けないよ!志保!」

 

「上等!最高のギタリストの実力!魅せてあげる!」

 

志保と奈緒のギターバトルが始まり、先輩は私の手を引いてステージ裏に戻った。

 

 

 

「こ、こんな所に私を連れ込んでナニをする気ですか!?」

 

「アホか。ちょっと座ってろ」

 

「渚さん、お水」

 

初音ちゃんが私にお水を持って来てくれた。

 

「衣装もあるし、ステージの上はめちゃ暑いからな。ちゃんと水分取らんと倒れるぞ?それに飛ばし過ぎって注意したのに、まだピョンピョン跳び跳ねるとかなんなの?前世うさぎ?」

 

私は両手を頭の上にやってうさぎの耳を型どり、

 

「ぴょんっ」

 

とか、言ってみた。

 

「なにこのくそ可愛い生き物」

 

おわっ!?先輩に可愛いとか言われちゃったよ。

 

「まぁ、いいや。あー、あー、マイクのテストなう。みんな聞こえてるな?この後、俺達が戻ったらBlaze Futureでコピー曲やろう。OSIRISのvoiceならみんないけるだろ?返事はいらない。どうせ返せないだろうし」

 

先輩がイヤモニに指示を送った。私、みんなに迷惑かけてばっかりだな…。

 

「全然迷惑とかないから気にすんな」

 

「え?先輩?」

 

「なんかそんな事思ってそうな顔してたから」

 

「そうだよ。渚ちゃん、こういう演出もライブには必要だしな。むしろ、楽器隊も自分の見せ場が出来たし良かったと思うぞ」

 

先輩と英治さんがそう言ってくれた。

 

「それに見てみ。奈緒も志保も楽しそうに演奏してるだろ」

 

うん、音から2人が楽しんで弾いてるのが伝わってくる。

 

「ギターバトルもそろそろ終わりだろうし、お前らもそろそろ準備しとけよ?」

 

「いや、まだ大丈夫そうだぞ。Blaze FutureにもDivalにも目立ちたがり屋も負けず嫌いも揃ってるしな」

 

ギターバトルが終わり、歓声が響く中、盛夏がステージの中央に躍り出た。

 

「ふっふっふ、Blaze Futureの美少女ベーシスト盛夏です」

 

盛夏が自己紹介を始めた。

 

「理奈~!次は私とベースバトルだ!」

 

「わかったわ」

 

理奈もステージの前に出る。

 

「盛夏。身の程を思い知らせてあげるわ」

 

「よし!いくよー!理奈!」

 

そしてベースバトルが始まった。

 

「な?まだ大丈夫だったろ?」

 

「まどかと香菜の目もギラギラしてるな。こりゃドラムバトルもありそうだな」

 

「渚さんも今のうちに休憩しててね」

 

初音ちゃんがそう声をかけてくれた。

それよりさっきから、初音ちゃんが一生懸命私をうちわで扇いでくれている。なにこの子お持ち帰りしたいんだけど?

 

「んで、どうすっか?俺らのコピーが終わったら、もうお互い1曲ずつしかねぇし」

 

「コピー終わった後に、MC挟んでお前らの曲やって…中途半端に時間余るな」

 

先輩と英治さんがこの後の段取りを話し合っていた。

 

「アンコは出来ねぇから、そのまま終わるにはインパクトに欠けるよな?」

 

「だったらラストにお前らみんなでBREEZEの曲でもやれば?氷川さんや奈緒ちゃんのお母さんも来てるなら喜んでくれるんじゃないか?」

 

「いきなりBREEZEの曲なんかやるって言っても、誰も演奏出来ないだろ?まどかと香菜ならやれるだろうけど」

 

BREEZEの曲か…。でもあの曲なら…。

 

「あ、あの!志保も理奈もFutureなら出来ると思います!私の部屋で弾いてましたし!」

 

「え?マジで?なんか俺らの曲を練習してくれるとか嬉しいなタカ」

 

「盛夏と奈緒もFutureなら練習してたって言ってたしちょうどいいか……」

 

「問題は私が歌詞を覚えてません!!」

 

何度か聴いた事はあるけど、それだけじゃ覚えられないよ?

 

「悪いが俺もうろ覚えだ」

 

え?先輩もなの…?

 

「はい、Futureのスコア」

 

そう言って初音ちゃんがスコアを貸してくれた。何で持ってるんだろう?

 

「ありがとうな、初音ちゃん。よし、今のうちに覚えてしまおうぜ」

 

「これって先輩に全然似合わない歌詞ですね?」

 

「ほっとけ」

 

 

 

 

 

「ドラムバトルも終わりそうだぞ?そろそろ準備オッケーか?」

 

「おう。歌詞もバッチリ思い出した」

 

「私はわからないところは、ふにゃふにゃ~って歌いますっ!」

 

さすがに短時間では覚えきれなかった…。うん、さすがに無理!

 

「渚さん、大丈夫?」

 

初音ちゃんが心配そうに聞いてくる。

 

「うん、ありがとう。もうバッチリ元気だよ」

 

「頑張って」

 

「うん!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

「ドラムバトルが終わったぞ?照明落とすからな」

 

「みんなすまん。助かった。照明が落ちたら俺達もまたステージに戻るからvoiceの演奏始めてくれ」

 

先輩がイヤモニでそう指示を出して、照明が落とされた。

 

「みんな、ありがとう!先輩達のvoiceが終わったら、すぐにDivalでコピー曲始めるよ。私達はキュアトロのメガメガトロンでいこう」

 

私がイヤモニにそう指示を送ると、薄暗いステージの中で、志保と理奈と香菜が小さく頷いたのが確認出来た。ありがとう。みんな。

 

 

 

そして、Blaze Futureのvoiceと私達のメガメガトロンが終わり、みんなで雑談みたいな楽しいMCも終わり……、私達の3曲目も終わった…。もうライブの終了の時間が迫って来ていた。

 

「みんな、今日は本当にありがとうございました。俺達の曲はこれでお仕舞いです。俺達の曲って言ってもコピー曲も挟んだりしちゃいましたが。名残惜しいけど、今日のライブはこれで終了です」

 

〈〈〈えぇぇぇぇぇぇ!〉〉〉

 

え?先輩?Futureは!?しないの!?

 

そう思って先輩の方を見ると軽く頷いた。そっか…。これで終わりなんだ…。私もちゃんと挨拶しないと…。

 

「みなさん、今日は本当にありがとうございました。今日このステージに立てた事、本当に…本当に幸せでした。名残惜しいですけど、最後まで聞いてくれて……ありがとうございました!」

 

うわっ、ヤバ…。ちょっと泣きそうになってきた…。

 

「俺達は……。Blaze FutureもDivalも、これからも、もっと曲を作って、もっと熱いライブをたくさんやっていきます。こんな俺達ですけど、これからもよろしくお願いします!!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

「にーちゃーん!もう1曲やってくれー!」「たか兄!アンコール!アンコール!」「理奈かっこいいー!」「渚ちゃーん!アンコール!アンコール!」「渚ちゃんもっと歌ってー!」

 

みんな……。ありがとう、ありがとう…。

もう涙腺崩壊必至だよ……。うぅ…。

 

「さっきも言いましたが…。俺達の曲はこれだけしかありません。でも…」

 

先輩…?

 

「みんなまだまだ暴れ足りねぇって感じだな!じゃあ、もう1曲いっちゃうか!!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

「せっかくもう1曲やるんだ!みんな!思いっきり暴れろよ!!」

 

〈〈〈わぁぁぁぁぁ!〉〉〉

 

先輩…。そっか。これを狙ってたんだ…。

 

「って、ちょっと待っててくれな!今からみんなと何の曲やるか相談すっから」

 

え?

 

「あはは何それ~」「ほんとに決まってなかったんだ?」「理奈ー!!」「あのボーカルの人面白いよね」「さすが!さすがにーちゃーんだ!」

 

「ちょ、ちょっと先輩(ボソッ」

 

「いや、マジまずい。なんとか演出っぽく誤魔化したけどマジヤバい。これチョベヤバだわ(ボソッ」

 

チョベヤバ?超ベリーヤバいって事ですか?

 

「だって、Futureやるんですよね?(ボソッ」

 

「そのつもりだけどな。俺、みんなにFutureやるの言うの忘れてた(ボソッ」

 

「は!?マジですか!?……あっ」

 

「おまっ!マイク!マイク入ってんだし小声で喋れよ!(ボソッ」

 

「す、すみません…(ボソッ」

 

「えー?やっぱり予定にない曲なんだ?」「今夜は特別って感じするね」「ラストの曲って楽しみだよね!」

 

ざわざわ…

 

ヒッ!?ヒィィィィ!みんな超期待しちゃってる!?ハードル!ハードルと言う名のプレッシャーが!

 

先輩が私の方を見て何か目で訴えかけている。なるほど。わかりました。

私と先輩は目と目で通じ合えるほど仲良くない事が。ごめんなさい。わかったのはそれだけで、先輩が何を言いたいのかはさっぱりわかりません。

 

しょ…しょうがないです。かつて私と先輩が別部署だった時にやっていた、野原一家もびっくりのジェスチャーで…。

 

「センパイ・ナニヲ・イイタイ・ノカ・サッパリ・ワカリマセン・ドーゾ」

 

「オマエ・バカ・ナノ?コンナ・シキン・キョリデ・ナニ・ヤッテンノ?・ドーゾ」

 

「ナニ・ヤッテル・トカ・コンナ・トキニ・シモネタ・ハ・ヤメテ・クダサイ・ドーゾ」

 

「クスクス、何あれ~」「めちゃジェスチャーゲームしてる。笑える」「あの二人のトークも漫才みたいで面白かったよね」「ニーチャン・ライブ・チュウニ・ナニ・ヤッテ・ルン・ダ?・シモネタ・ハ・ヤバイ・ト・オモウゾ・ドーゾ」「え?渉、お前何やってんの?怖いんだけど」

 

「誰がこんな時に下ネタ言うか!俺がみんなに説明するから、トークで間を持たせてくれって言ってんの!(ボソッ」

 

ああ…、そういうことですか。

 

「だったら最初からそう言って下さいよ(ボソッ」

 

そして、先輩が奈緒と理奈に腹パン喰らってたのがチラッと見えたけど、取り合えず私はトークで間を持たせる事になった。

 

「あは、あははは。すみません、お見苦しい所を…」

 

「いいぞー」「面白かったよー」「もっとやって~」「あはははは」

 

た、楽しんでもらえたみたいだし、良かったのかな…?

 

「私もこれで今日のライブが終わるのは寂しいと思っていたので。ラストの曲。もう1曲だけですが、みんなの前で歌えるのが嬉しいです」

 

本当に…。次で最後だけど。まだライブの時間が続いてると思えて嬉しい。

 

「よし、決まった!」

 

そう言って先輩がステージの前に立つ。

 

「今からやる曲は15年前に居たBREEZEってバンドの曲です。知らない人も多いと思いますが。この曲には…」

 

先輩?昔の事を思い出してるのかな?

 

「この曲にはみんな夢とかやりたい事とかを思いっきりやっていこう。自分の今やりたい事を大事にして未来に繋げよう。って、気持ちを込めて書いた曲…だそうです」

 

だそうですって……。

 

「だから、知ってる人は昔の想いを思い出しながら、知らない人も昔にやりたいと思ってた事を思い出しながら、これからの自分の未来を想い描きながら聴いて下さい。Blaze FutureとDivalで歌います。…………BREEZEでFuture」

 

 

 

 

 

 

 

「みんなお疲れ様!!」

 

私は志保と理奈と香菜に飛びついた。

 

「ちょっ…渚!」

 

「暑苦しいわね…」

 

「渚、今無理。あたしヘトヘトだわ…」

 

もう!みんなノリ悪いよ!

私はみんなから離れ…離れ……え?

 

「渚!?」

 

「あれ?えへへ」

 

急に力が抜けた感じがして座り込んでしまった。

 

「渚、もう…」

 

志保と理奈と香菜も座って、私に抱きついて来た。

 

「お疲れ様、渚。あたしを見つけてくれてありがとう」

 

「渚、お疲れ様。私と一緒にバンドをやってくれてありがとう」

 

「渚、お疲れ。あたしに一緒に戦おうと言ってくれてありがとう」

 

みんな…。私こそだよ。

 

「私こそ。志保、理奈、香菜、私と出逢ってくれて、本当にありがとう」

 

 

 

 

少し休憩して私達は今ロビーに来ている。今日来てくれたみんなのお見送りをする為に。

 

盛夏と香菜のまわりはすごいなぁ~。あれが世に聞くパリピうぇいうぇい勢のオーラか…。眩しい…!私なんかあの場に行ったら5分で浄化されそうだし、先輩なんか秒で成仏しちゃいそうだ。

 

「香菜も盛夏もすごい人気ね」

 

「理奈は行かないの?同じ大学の人達でしょ?」

 

「あんまり話した事もない人達だし…。ちょっと、ああいう場に行くのは苦手ね…」

 

わかる!わかるよ理奈!

 

「あれ?あそこもすごい人だかりだよ?」

 

「え?誰のまわりかしら?他に友達居そうな人いたかしら?」

 

理奈、さらっと酷い事言うね。私もそう思うけどさ!

 

その人だかりの方へ私と理奈で行ってみた。

 

「えぇ~?もう1枚写真撮りたいのぉ~?しょうがないなぁ~。ポーズはこれでいいかなぁ?」

 

あ、あの子charm symphonyのLunaちゃんだ。理奈のお友達さんでしたか。

 

「あ、頭痛くなってきたわ…。行きましょ、渚」

 

「え?理奈に会いに来てくれたんじゃないの?挨拶しなくていいの?」

 

「ええ、ライブは観てもらえたんだし十分よ」

 

「あ、Rinaだぁ」

 

「チッ、見つかったか…」

 

理奈?

 

「久しぶりねRena」

 

「久しぶりぶり~。それより『チッ、見つかったか…』ってどういうこと?」

 

わわわ、Renaちゃんだ…。ほ、本物の芸能人だ…!それよりさっきの聞こえてたんだ?

 

「言葉のままよ。ま、RanaとRenaに見つかるのはいいんだけどね」

 

「もう!そんな事言って!またLunaが泣いちゃうよ?」

 

「あなたが最後の最後にあんなLINEを送ってくるから、Lunaに会いたくないんじゃないの…」

 

Lunaちゃんと理奈ってあんまり仲良くないの?確かに性格は真逆って感じだけど…。

 

「それより今日はその…こんな時間だけれど大丈夫なの…?」

 

「え?彼氏の事?」

 

彼氏!?Renaちゃん彼氏いるの!?

 

「え?ええ…まぁ…そうね」

 

「今はまだダーリンパワーも残ってるから大丈夫。それに、今日はRinaの門出だもん。こっちのが今日は大切だよ」

 

「Rena…。泣かせにきてるのかしら?」

 

「エッヘッヘー。泣きそうになった?でも本当だよ。言ったじゃん?これからのRinaを応援するって」

 

おおー、なんか私まで泣きそうになってきますぞ!

 

「久しぶりだな、Rina」

 

「久しぶりね、Rana」

 

おおおおお…!Ranaさんだ…!女優様だ…!!

 

「あっと、渚さんでしたっけ?今日のライブ楽しかったです。お疲れ様でした」

 

じょ、女優のRanaさんが私に!?

 

「こ、こちらこそありがとうござりまする!楽しんでいただけたようで恐悦至極でござりまする!」

 

おわっ!?緊張しすぎて日本語が!?

 

「渚…?大丈夫かしら?」

 

ごめん理奈。全然だいじょばない

 

「Rina…うぐっ、えぐっ、会いたかったよ~。え~ん」

 

る、る、る、Lunaちゃんだだだだ!

 

「私は別に。それより、もうこの辺にはファンの子はいないわよ?」

 

「そんな~酷いよぅRina~。え~ん」

 

そう言ってからLunaちゃんはまわりの様子を窺うようにキョロキョロして…。

 

「私も別に会いたくなかったわよ。ライブの連絡が来たから、わざわざ来てやったんだっつーの」

 

え!?Lunaちゃんってこんな感じなの!?今の嘘泣き!?頭の弱いゆるふわ系アイドルって仮の姿なの!?芸能界こぇぇ~、半端ねぇ~…。

 

「そうだな。Lunaは今日来るの嫌がってたもんな。昨日までは。今日は待ち合わせに30分早く来た私達に遅いってぶち切れるくらい早く来てたけどな」

 

「う、うっさいな……」

 

「私が居なくても上手くやってるみたいで安心してるわ」

 

「まぁね、ボーカルのいないバンドとして話題性はあるしね。後、ベースもいないけど」

 

そういえばcharm symphonyって音楽番組だけじゃなくてバラエティにもよく出るようになったもんね。

 

「オーディションはよくやってるんだけどね。Lunaがみんな落としちゃうの」

 

「Rinaより上手くないと嫌なんだよな?Luna」

 

「ち、違うし。捏造すんなし」

 

「そう。今日は私達のライブに来てくれてありがとう。楽しんでもらえたようで何よりだわ」

 

「ああ、まぁまぁかな。いい暇潰しにはなったわ」

 

「え?Lunaめちゃはしゃいでたじゃん?」

 

「ステージまでちゃんと聞こえてたわよ。あなたの声」

 

「う!?」

 

「あ、そういえば今のLunaちゃんっぽい声私にも聞こえてました。理奈ー!とか、かっこいいー!とか」

 

「う!?」

 

恥ずかしいのかLunaちゃんが身悶えしてる。

 

「くっ、Rina…。あんたがうちの事務所辞めてくれて本当に良かったわ。………おかげで…あんたがまた楽しそうにベースを弾いてる姿が見れた。今日は来て良かったよ」

 

Lunaちゃん…。ツンデレさん?

 

「ええ、本当に。私も心の底からそう思うわ。………あなた達の出てる番組は必ずチェックしてる。今度関西である大きなファッションショーに出場するそうね。1つ夢が叶ったわね。おめでとう」

 

理奈…。理奈のデレもいただきました。

色々積もる話もあるだろうし、私は場所を変えますかね。良かったね。理奈。

 

私はロビーをぶらぶらしていた。その間色んな人に声を掛けてもらえて…。バンドをやって良かったと思った。またすぐにでもライブをやりたい。

 

 

 

 

------------------------------------------

 

「今日のライブはほんと楽しかったー!」

 

「あたしも!またライブやりたい!」

 

「あははは、ほんとだね。またBlaze FutureとDivalで対バンしようよ」

 

今日は渚の家で奈緒と理奈で打ち上げをやるらしい。何故か身の危険を感じたあたしは、まどかさんの家にお泊まりさせてもらう事になった。

 

「ほんとに!それ思う!ゲストに綾乃姉とシフォンとイオリ呼んでさ!5人でドラムバトルやろうよ!」

 

「それじゃステージがドラムでいっぱいになっちゃうじゃない」

 

話の流れで香菜も一緒にまどかさんの家にお泊まりする事になった。

 

あたし達がまどかさんの家に向かって歩いていると、まだファントムからそう離れていない場所で、一人の男の人とすれ違った。

 

「今の人……」

 

まどかさんが急にそんな事を言った。

 

「まどかさん?どしたの?知り合い?」

 

こんな事を聞くのは正直白々しいと思う。だって、ただの知り合いに『今の人…』なんて言う訳がない。

 

「志保、香菜、あたしの家に急ぐよ」

 

私達は急いでまどかさんの家に帰り、ご両親にお邪魔しますと挨拶だけ済ませて、まどかさんの部屋に入った。

 

「えっと、確かこのアルバムにあったと思うんだけど」

 

まどかさんが綺麗に整頓された本棚からアルバムを1冊取り出した。アルバムには『タカの恥ずかしい写真集 vol1』と書いてある。何この渚と理奈と奈緒にオークションかけたら高値で売れそうなアイテム。

 

本棚を見ると貴以外にも英治さんやトシキさんや遊太の恥ずかしい写真集まであった。遊太のなら秦野に高く売れそうだ。

 

「あった!やっぱり!」

 

まどかさんがそう叫んだので、あたしと香菜で覗いてみる。

 

「さっきの人…やっぱりBREEZEの拓斗だ…」

 

「え?嘘!?これって英治先生やたか兄に言うべきかな?」

 

「いや、ほんとどうしよっか…。言うのも言わないのもなんか…ね。ファントムの近くに居たわけだし…」

 

「あたしらは何も言わない方がいいかな…。直接会った事ない人だし、今日もただすれ違っただけだし…」

 

まどかさんと香菜でアルバムを見ながらさっきすれ違った男の人の事を話していた。あたしはそれよりも、そのアルバムのページにあった別の写真に目を奪われていた。

 

貴を挟んで仲良さそうに肩を組んでいるカップルの写真…。あれは…お父さんとお母さんだ。間違いない。

 

貴も英治さんも、お父さんともお母さんとも顔見知りだと言っていた。だから、貴と一緒に写ってる写真があっても特に変じゃない。

 

ただ、気になったのは1つだけ。

貴とお父さんとお母さんの後ろにある段幕。そこに書かれてる言葉は…。

 

やっぱりあたしは……お父さんを倒さないといけない……。



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第7章 Artemis

「う~……暑い~…」

 

「香菜、暑い暑いって言ってた方が余計に暑くなるわよ…」

 

「だってぇ~……」

 

あたしの名前は雪村 香菜。

Divalというバンドでドラムを担当している現役女子大生だ。

 

大学の講義が終わり、同じ大学の友達でもあり同じバンドの仲間、ベーシストの氷川 理奈と一緒に、バンド仲間のボーカリスト水瀬 渚の家に向かっている。

 

渚の家とは言っても、渚は仕事中で今はバンド仲間のギタリスト雨宮 志保しかその家には居ないんだけど…。

あ、渚と志保は今一緒に住んでるんだぁ。仲のよろしい事ですね!

 

「そうだわ。香菜。そんなに暑いならコンビニに寄ってみんなのアイスでも買って行きましょうか。いつもお邪魔させてもらってるわけだしね」

 

「おっ!理奈ち、その案ナイス!行こう行こう!」

 

そしてあたし達はコンビニに寄ってアイスを買い、渚の家へと急いだ。

 

 

 

「いらっしゃい」

 

あたしと理奈ちが渚の家に着くと志保が迎えてくれた。

 

「志保、こんにちは。お邪魔するわね」

 

「今日も暑いよね~。志保!アイス買ってきたよ!」

 

「お!アイスいいね。ありがとう!」

 

玄関先であたし達は軽く挨拶を交わし、いつものようにリビングに向かう

 

……はずだった。

 

「ねぇ、いつも気になっているのだけれど……この部屋には何があるのかしら?」

 

理奈ちがそう言って、志保の動きが止まった。

その部屋はあたしも入った事はない。

部屋の入り口には『渚ちゃんルーム☆関係者以外立ち入り禁止』とプレートがかかっている。

 

「あたしも……その部屋には入れてもらった事ないんだ」

 

志保はそう答えた。

 

「そうなの?渚がこの部屋に出入りするのはよく見かけるのだけど、私も入った事がないから…」

 

実はあたしも気になっている。

この部屋には何があるのか……。

先日のBlaze Futureとの飲み会の時、渚はまどか姉と『同志よ』と言って抱き合っていた。

あたしが思うに渚はそっちの人だ。それは間違いない。

 

だけど、この家にはそんな形跡は全くないと言える。そう…この部屋を除いては…。

 

「……入ってみましょうか?」

 

「「え?」」

 

理奈ちのそんな提案にあたしと志保は驚いた。そりゃ……あたしも気になるけど……。

 

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

「ハッ!?」

 

「あ?どした?」

 

「何か…何か良くない事が起こる気がする…。この胸のざわめきは……」

 

「え?中二病が悪化でもした?お大事にな」

 

「これは仕事なんかしている場合じゃない……早く…早く家に帰らなくては…」

 

「いや、俺も早く家に帰りたいけどね?何で仕事資料をさりげに俺のデスクに近づけて来てるの?」

 

「先輩。私は早く帰りたいです」

 

「うん、だから『私は』っておかしいよ?俺も早く帰りたいからね?」

 

「私より先輩の方が仕事が早いです(キリッ」

 

「うん、キリッじゃないよね?まだ定時きてないし。定時までなら余裕で終わるやん?」

 

「それはそうなんですけど…。何か悪い事が起きそうな気がします」

 

「うん、どうでもいいわ。仕事やれ」

 

「わかりましたぁ。冗談ですよ。自分の仕事は自分でやります。早く仕事も覚えたいですし」

 

「はいはい、よろしくな」

 

「……先輩、そんな事言いながら私の仕事の資料半分くらい持っていってくれましたね?何ですか?ビールくらいなら奢りましょうか?」

 

「……もう少し仕事手伝おうか?」

 

「何でこれで先輩に彼女出来ないんですかね~?」

 

「顔じゃね?」

 

「なるほど。納得です」

 

「お前、残業させようか?」

 

-------------------------------------------------------

 

 

今のは何だったんだろう?

 

「ちょっ…理奈!いくら何でも勝手に入るのはまずいって…!」

 

「それもそうね。諦めましょうか」

 

「「え?」」

 

理奈ちはそのままリビングへと歩いて行った。

 

ちょっと待ってよ理奈ち!!

あたしもうあの部屋に何があるのか気になりすぎて、この後お話どころじゃないよ!?

 

理奈ちはそのまま行ってしまったので、あたしと志保もしぶしぶとリビングへと向かった。

 

「志保と香菜にも意見を聞きたいのだけど、新曲を作ってきたわ。でも、この曲にはもっといいフレーズがあるはずなのよ。それで……」

 

理奈ちがあたしと志保にスコアを渡してくれて、音楽プレイヤーでデモを流してくれた。うん、この曲あたしも好きな感じだ。

 

でもごめんね、理奈ち。

正直あたしは曲もフレーズも今は頭に入ってきません。あの部屋の事が気になりすぎてヤバいです。

 

志保の方に目をやるとあの渚ちゃんルームをチラチラ見ていた。

志保もずっと気になってたんだろうね。

本当は理奈ちに、『いいじゃない別に。入ってみましょう』とか言って欲しかったんだよね?

 

う~…あの部屋には何があるんだろう?

気になる…。あたしから言っちゃおうかな?『やっぱり入ってみない?』って…。

 

「志保も香菜も……聞いているのかしら?」

 

え、やば…。理奈ちの話聞いてなかった…!

 

「え?あ、うん。ごめん…」

 

理奈ちの言葉に志保が謝った。

そして理奈ちは音楽プレイヤーを止めてスコアを置いた。

 

「ふぅ…半分は私のせいみたいなものだしね」

 

そう言って立ち上り、渚ちゃんルームの前へと歩いて行った。

 

「何をしているの?入りたいのでしょ?」

 

あたしと志保は顔を見合わせて笑顔で渚ちゃんルームへと走って向かった。

 

「私も気になるのは気になるし。渚に怒られたら3人で謝りましょう」

 

「めちゃくちゃ怒られたり…しないよね…?」

 

「許して貰えなかったら、何でも好きな願い事を1つ叶える事にするわ。貴さんが」

 

「貴が…。うん、そうだね。そうしよう」

 

「タカ兄がって……。理奈ちにそんな権限あるの?」

 

「あるわ」

 

え?あるの?

 

 

-------------------------------------------------------

 

「ハッ!?」

 

「はい?どうしました?」

 

「何か…何か嫌な予感がする。俺の超直感が早く帰れと轟き叫んでいる…。このプレッシャーはなんだ!?」

 

「あ、いつもの発作ですか?お大事にして下さいね?」

 

「これは仕事なんかしている場合じゃない……何故か…水瀬を早く家に帰らせなくてはならないような気がする…」

 

「え?私ですか?もう帰ってもいいですか?ありがとうございます!!」

 

「水瀬。ここは俺に任せて早く行くんだ!」

 

「まぁ、早く帰りたいですけどね?まだ少し仕事残ってますし、定時には少し早いです」

 

「早退って事にすればいい(キリッ」

 

「うん、キリッじゃないですよね?早退にされたら私のお給料に響きます」

 

「それはそうなんだけどな…。何か悪い事が起きそうな気がするんだわ。マジで」

 

「うん、どうでもいいです。仕事やっちゃいましょ」

 

「くっ、なんか悪い予感がするって時の予感は当たってしまうからなぁ。そうだ。あれだ。お前キングクリムゾンで時間飛ばしてくれ」

 

「はいはい、我以外の全ての時間は消し飛ぶ~~」

 

「……水瀬、1分も時間飛んでないじゃん。もっと気合い入れろよ?ビールくらいなら奢るから」

 

「そりゃ先輩に彼女出来ない訳ですよね~」

 

「そうか。顔じゃなかったのか……」

 

「すみません。前言撤回します」

 

「お前、やっぱり残業させようか?」

 

-------------------------------------------------------

 

 

え?また?今のは何なの?

 

「志保、この渚の部屋についてる鍵なのだけれど、四桁の番号で開けるタイプだわ」

 

「え?番号?ん~、なんだろ?渚の誕生日とか?」

 

「渚の誕生日は1月28日だったわよね?それでは開かなかったわ」

 

「じゃあ、あたしの誕生日……とか?」

 

「そうね…0、4、1、6と………ダメね」

 

理奈ちはその後あたしの誕生日である3月9日、理奈ちの誕生日である2月10日でも試してみたけどダメだった。

 

それよりあたし達の誕生日って1月、2月、3月、4月って並んでるんだね!

 

「開かないわね…」

 

「諦めるしかないかなぁ…」

 

「ねぇ、タカ兄の誕生日とかは?」

 

「「……………」」

 

え?志保も理奈ちもどうしたの?

 

「わ、私達の誕生日を差し置いて貴さんの誕生日にしたりするかしら?」

 

「そ、そうだよね。うん、あたしもこの部屋に入りたかったけど、諦めるしかないかな。あはははは」

 

「試してみるだけ試してみたら?」

 

「………わかったわ。確か12月4日よね」

 

さすが元BREEZEのファンですね!

しっかり誕生日を知ってらっしゃる!!

 

「……開かないわ」

 

「ま、まぁ、貴の誕生日になんかするわけないよね」

 

「そ、そうよね」

 

う~ん、これで手詰まりか…。

でも開かなかったのに、何で理奈ちも志保もホッとした顔をしてるんだろ?

 

「う~ん、鍵を破壊するしかないか…」

 

いやいや、志保。それじゃ勝手に部屋に入った痕跡が残っちゃうよ?

 

「私にキラークイーンがあれば鍵を爆破するのに…」

 

いやいや、理奈ち。こないだの飲み会でジョジョはわからないって言ってなかったっけ?

 

でもさすがに八方塞がりか。

こりゃもう諦めるしかないかな…。

 

「渚に縁のある数字……3、7、7、3」

 

理奈ちがそう言って鍵のダイヤルを回す。3773?何でだろ?

 

<<ガチャ>>

 

「開いたわ」

 

「え?ほんとに!?」

 

「理奈ち、何で3773って思ったの?」

 

「まさか本当に開くとは思ってなかったわ。み(3)な(7)せで37で、な(7)ぎさ(3)で73って適当に回しただけなのだけど……」

 

あー、でも渚が考えそうなパターンだね。

 

「それよりさっ!せっかく開いたんだし早く入ろうよ!!渚が帰ってくる前に!」

 

「志保、あなたさっき勝手に入るのはまずいって言ってたわよね?」

 

まぁ、大体どんなのが部屋にあるのかは想像出来るけどね。まどか姉や盛夏にもやたらおすすめされた時期あるし。

 

そして理奈が渚ちゃんルームの部屋を開けた。

 

その部屋にはリビングより大きなテレビがあり、サラウンドシステムのスピーカー、更には大量の漫画本とフィギュアやガンプラの飾られた棚、壁に貼られたたくさんのポスター。このくらいならまどか姉や盛夏の部屋で見慣れている。

 

「う~ん、まどかさんの部屋と同じような感じだね」

 

「まぁ、普段の渚の会話からしたら想像通りってところかしらね?」

 

でもあたしには気になってしょうがないものがある。なんで2人共気にならないんだろう?

部屋の所々に置いてある┌(┌^o^)┐って形をしたぬいぐるみ…。あれは何なの?

 

「あ、この漫画こないだ渚が読んでたやつだ。読ませてもらおうと思ってたけどどこにあるのかわからなかったんだよね。この部屋になおしてたんだ…」

 

「あら?このデスクにある写真立て」

 

「理奈ち?どしたの?」

 

「渚の子供の頃の写真かしらね。クス、可愛いわね」

 

「え?見せて見せて!」

 

その写真立てには子供の頃の渚と、すごく可愛いお姉さんが写っていた。

 

「この渚の隣のお姉さんもすごく可愛いよね」

 

「あれ?この渚の横に居る人…」

 

「香菜も知ってる人かしら?」

 

「いや、こないだまどか姉の部屋で見たタカ兄の恥ずかしい写真集に写ってたような?」

 

「香菜、その恥ずかしい写真集というのはどういう物なのかしら?まどかさんに連絡すれば見せてもらえるのかしら?」

 

理奈ち…。

 

「そうだっけ?あたしはお父さん達と写ってた写真ばっかり見てたからなぁ…」

 

「それは志保も見たという事かしら?私はどうすればそれを見せてもらえるのかしら?」

 

理奈ち…そんなに見たいの?

またまどか姉に頼んどいてあげるよ…。

 

その後も私達は渚ちゃんルームを探索した。思ってたよりは普通……。いや、普通ではないのだろうけど普通?

そんな部屋にあたし達は少し拍子抜けだった。

 

「クローゼットの中は~っと」

 

そう言って志保が何の躊躇もなくクローゼットを開けた。

 

「あら?それ進撃の巨人の調査兵団の服じゃないかしら?」

 

「あ、これラブライブの制服じゃない?ピンクのカーディガンがあるって事はにこにー?」

 

「これはとあるシリーズの常盤台中学の制服ね」

 

「あ、あんスタの制服まである!男装もするんだ」

 

「そうみたいね。これ、TRIGGERのステージ衣装まであるわ。天くんね」

 

「見て!理奈!こんなのもあるよ!」

 

うん、何て言うか…。

渚が実はレイヤーさんだったとかでも全然驚かないんだけど、あたしは志保と理奈ちが衣装見ただけで何かわかるくらいには詳しいって方にびっくりしてるよ?

 

「他に何か面白そうなのないかなぁ?」

 

あたしはそんな事を言いながらとうとう見つけてしまった。薄い本のみっちり詰まった本棚を。

 

「……ちょっと見てみようかな?」

 

あたしがそんな事を呟いた時だった。

 

「そうね。私実はその手の本読んだ事ないのよ。気になるわ」

 

理奈ち!?

そして理奈ちは1冊の本を無作為に選び表紙を見た。

 

「………絵は綺麗ね。プロの方が描いたみたい。タイトルは…志保の前では読めないわね」

 

寄りによってR18の本を選んじゃいましたか!?

 

「ふぅん…ほんとすごく上手いわね」

 

理奈ちがペラペラとページを読み進めていく。まぁ…理奈ちももう大人だしね。大丈夫か。

 

そう思った矢先だった。

理奈ちの動きが止まった。いや、動かなくなった?完全に固まっている。

 

あたしは理奈ちの開いたまま動かなくなったページをそっと覗いてみた。

 

……………おっふ。

 

あたしはまどか姉と盛夏のおかげである程度の耐性はあるけど、初心者の理奈ちには刺激が強かったか…。

 

そしてあたしは固まって動かなくなった理奈ちを背負い、志保に声を掛けてリビングに戻った。

 

志保も部屋に入った痕跡を残さないように片付け、部屋の鍵をちゃんとかけてリビングに戻ってきた。

 

 

 

 

「ねぇ?理奈は大丈夫?そろそろ渚帰ってきちゃうよ?」

 

あたしは理奈ちをソファーに寝かせていた。

 

「う~ん…もう完全に意識飛んじゃってるからねぇ。いつ元に戻るか…。あ、それより志保。晩御飯の用意は?大丈夫なの?」

 

「今日もそよ風に食べに行こう!」

 

志保は完全に居酒屋にはまっちゃったね…。あそこは安いし美味しいからいいんだけどね…。

 

「理奈ちが起きたら理奈ちも行けるか聞いてみよっか」

 

早く目を覚ましてくれたらいいけどね…。

 

「た……ただいまぁ……」

 

そんな話を志保としていると渚が帰ってきた。ん?なんか元気ない?

 

「おかえり、渚!今日はあたし晩御飯の準備してないからさ。そよ風に行こうと思うんだけどどうかな?」

 

「いいね…今日は呑む…呑み倒す…」

 

項垂れながらリビングに向かって来る渚。だけど…

 

「んん?」

 

渚ちゃんルームの前で止まった。

そして部屋をジーっと見てる。

え?何で!?

 

「んー?」

 

「ね!ね!渚!今日元気ないじゃん?どうしたの?タカ兄と何かあった!?」

 

渚の興味が渚ちゃんルームから逸れるようにあたしから話を切り出してみた。

 

「え?あ、うん。先輩とは何もないけど…」

 

そう言って渚がリビングに来てくれた。

良かった。渚ちゃんルームから興味を無くしてくれた。

 

「実はねぇ……あれ?何で理奈は寝てるの?」

 

「あはは、疲れてるんじゃないかな?ほら!作曲とか大変だと思うし!」

 

「あー、そっか。じゃあ、そよ風に行くのは理奈が起きてからかな?」

 

「あ、今起こすよ。起こす」

 

「え?疲れてるなら別に…」

 

そしてあたしは理奈ちを揺さぶった。

 

「理奈ちー、理奈ちー、朝だよー、もう起きなきゃだよー」

 

あたしが理奈ちを起こそうとしていると、

 

「ちょっと。香菜。何かわざとらしすぎ。普通通りでいなって(ボソッ」

 

志保があたしの耳もとで話し掛けてきた。

 

「いや、だってあれ無理だって。あたし達は完璧に痕跡を消したはずなのに、渚帰ってきて早々に渚ちゃんルームガン見してたじゃん!(ボソッ」

 

「そりゃ、あたしもあれにはびっくりしたけど(ボソッ」

 

あたしはソーッと渚の方を見てみた。

 

ひぃぃぃぃぃぃ!!!

無言!無言で渚ちゃんルームをジッと見てる!!

何で!?何か気になる事でもあるの!?

 

「志保、渚の方を見てみな。めちゃ見てる。また渚ちゃんルームをめちゃくちゃガン見してる…(ボソッ」

 

「え?嘘…?……………ホントだ。早く理奈を起こそう(ボソッ」

 

あたしと志保で理奈ちをめちゃくちゃ揺さぶった。起きて!お願いだから早く起きてぇぇぇ!!

 

「ダメよ!そんなモノそんなトコロには!!!」

 

理奈ちが謎の叫びと共に目を覚ました。

 

「あ、理奈起きたんだ?おはよ~」

 

良かった。渚の興味が渚ちゃんルームから理奈ちに移ってくれた…。

 

「あら?私…寝てたのかしら?渚、おかえりなさい」

 

「うん、理奈ただいまぁ」

 

「理奈ちも起きた事だしさ!そよ風に行こうよ!渚も元気ないみたいだしあたしも呑むぞ~!」

 

「あら?そよ風に行くの?」

 

「うん!あたし今日、晩御飯の準備してないからさ!そよ風に行こう!」

 

「そうね。今日は呑みましょうか」

 

 

 

 

 

 

そして、あたし達はそよ風に向かって歩いている。

あたしと理奈ちが並んで歩き、少し前を渚と志保で歩いている。

 

「香菜」

 

「ん?理奈ち何?」

 

「さっき…出掛ける前なのだけれど…」

 

「うん。渚、めちゃ渚ちゃんルームを見てたね」

 

「やっぱり……。気のせいじゃなかったのね」

 

あたしは渚が帰宅してからの行動を理奈ちに話した。

 

「え?鍵もちゃんとかけたのよね?」

 

「うん。もちろん。プレートもちゃんと真っ直ぐになってるか確認したし、ドアノブと鍵の指紋も拭き取ったよ」

 

「指紋では気付かれないと思うのだけれど…野生の勘かしら?」

 

 

 

 

「「「「かんぱ~~い」」」」

 

今日は金曜日だというのにお店が空いてて良かった。

あたし達は半個室のテーブル席に通されて、ミーティングとは名ばかりの飲み会を始めた。

 

「あ~…仕事終わりのビールが身体に染み渡るわい」

 

「渚、親父くさいわよ。く~…この為に生きてると言っても過言ではないわね」

 

「いや、理奈ちも大概だよ?まぁ、こんな暑い日のビールは最高だけどね」

 

「みんないいなぁ。あたしも20歳になったら呑むぞ~」

 

あたし達の飲み会は楽しくスタートをきったのだけど、さて、本題に入りますか。

 

「んでさ?渚元気なかったじゃん?何があったの?」

 

「んとね。うちの会社の夏休みなんだけどね。8月11日から19日までなの…」

 

え?それだけ?

 

「いや、社会人でそれだけ夏休みあるって結構どころかかなりいい方だと思うよ?」

 

「そうね。うちの父は確か2、3日しか休みなかったわよ?」

 

「違うの!休みが長すぎるの!」

 

ん?休みが長すぎるの?

学生の頃はもっと休み長かったのに~とかじゃなくて?

 

「私も新入社員だしさ?仕事も早く覚えたいってのもあるし、私の部署ってWEB系だからさ?休み多くてもあんまり良くないしお客様に迷惑とかかかるし…。なのに先輩ったら自分だけ休日出勤とかするし、私には人件費がどうこうとか、たまの長期休暇なんだからゆっくりしろとか、実家に帰ったらいいじゃんとか……」

 

う~ん、それってタカ兄の渚への優しさじゃないの?そのまま渚の愚痴がずっと続いていた。

 

それに対して志保が失言してしまった。あたしもそう思ったけど敢えて言わなかったのに…。

 

「ふぅん…な~んだ。ただ長期休暇になると毎日貴に会えなくなるのが嫌なだけか」

 

空気が変わった気がした。

 

「ナニ?志保?私のお話聞いてタ?先輩とか会えなくても全然いいし。アハ、私はただ早くお仕事を覚えたいだけダヨ?」

 

「痛い!渚!また!爪が!爪があたしの腕に…!!」

 

志保…。しょうがないあたしが助けてあげるか…。

 

「でも仕事かぁ。あたしらも大学3年だし就活もそろそろしなきゃねぇ」

 

「あら?香菜は就活するのかしら?」

 

「まぁ、Divalやりながら今のバイト続けるのもいいかな?って思ってるけどさ。理奈ちは就活しないの?」

 

「私に就活なんて必要ないわ」

 

「あ、大学卒業したらタカ兄のとこに永久就職します的な?」

 

ふっ、志保…優しいお姉さんに感謝するのよ。

あたしはこう言って渚の気をあたしに引こうとした。

 

……だけどそれは失敗に終わった。

 

「何を言っているのかしら香菜は。貴さんの所に永久就職?身の毛がよだつわね」

 

あたしは今、理奈ちにアイアンクローをされている。さすがベーシストの握力だ。めっさ痛い。あたしの顔が潰れてしまう…!

 

「ネェ、志保。私は本当に仕事覚えたいだけだヨ。先輩とか関係ナイの」

 

「はい、すみません。ごめんなさい、もうしません」

 

「香菜?二度とそんなおぞましい事を言わないでちょうだい。私と貴さんが結婚とか……ありえないわ」

 

「うぐ…ぐ…あぁ…」

 

「ありえないわ」

 

あ、大事な事だから2回言ったの?

お願い理奈ち、もう言わないからそろそろ離して?

……てか、何なのこの空間。

 

「お待たせしました~」

 

いいタイミングで店員さんが入って来てくれてあたし達は解放された…。

大丈夫かな?あたしの顔潰れてないかな?

 

「あ、それでね。うちのお父さんもせっかくの夏休みなんだから帰って来いとか言っててさ~」

 

ああ、何事もなかったように会話が進んでる…。

 

「それでどうせなら地元の夏祭りに合わせて帰ろうかな?って。うちの実家の2階にはお客用の部屋もあるしさ?良かったらみんなも来ない?」

 

「うん…グスッ…それもいいね…グスッ」

 

志保……泣くほど痛かったのね…

 

「その夏祭りというのはいつ頃なのかしら?」

 

「14日に前夜祭があって15日に本祭だよ。本祭では音楽大会もあるし、Divalで参加も面白そうじゃない?」

 

「そうね。私は構わないわよ」

 

「あ、それって帰りは16日になるよね?あたし16日の午前中は無理なんだ…。お母さんのお墓参りしなきゃだし…ごめん…」

 

「あちゃ~、13日から15日まであたしもリゾートバイト入れちゃったんだよね…」

 

「志保と香菜は無理かぁ。お父さんには13日に行って16日に帰るって言っちゃったしなぁ…。理奈だけでも来てくれる?」

 

「渚のご両親が良ければ私は大丈夫よ」

 

渚の実家かぁ。行ってみたかったけどしゃーないかぁ…。

 

「うぅ…あたしも渚の実家に行ってみたかった…秋に修学旅行で関西には行けるけど…」

 

志保は秋に修学旅行があるのか~。

懐かしいなぁ。修学旅行…。

 

「理奈だけでも来てくれるなら良かった…。私の実家って山だしさぁ…。本当は今年こそ海に行きたかったのに…」

 

「海?あの、それは…有明の海って事かしら?」

 

「え?何で?何で有明?」

 

「ち、違うわよね。うん、忘れてちょうだい」

 

「それにねー、夏祭りやってるのに、花火大会は別の日なんだよねー。浴衣着て花火大会とか行きたかったなぁ」

 

「浴衣着て花火?え?それって何かのキャラ?」

 

「え?キャラ?志保何を言ってるの?」

 

「あ、あはは、ごめんごめん。何か勘違い!忘れて!」

 

「ん~?」

 

理奈ちも志保も何を言ってるの!?

渚がすごく不審がってるじゃない!

 

「有明…キャラ…?部屋に帰った時の違和感…。…………見ぃ~たぁ~なぁ~?」

 

ひぃぃぃぃぃぃぃぃ…!!!

 

「関係者以外立ち入り禁止と書いているのに…それなのに…」

 

「うん、興味あったから!ごめんね!」

 

志保!?あんた何言ってるの!?

 

「まぁ、想像よりは全然まともだったわ。もっとすごいの想像してたのに。まぁ、あの本はすごかったけど…」

 

理奈ち!?理奈ちまで!?

 

「そっかぁ。まぁドン引きされなくて良かったかな。あ、ビールおかわり頼も」

 

「私ももう1杯ビールにしようかしら?暑いしね」

 

え?え?え?どうなってんの?

あれって実はあたしへのドッキリ?

 

「香菜どうしたの?香菜もおかわり?」

 

「え?あ、うん。じゃあ、あたしもビール……」

 

「はぁい」

 

え?あれ?渚?怒ってないの…?

やっぱりドッキリ?

 

「香菜。渚が怒ってないのが不思議って顔をしているわね」

 

「う、うん、まぁ…」

 

「勝手に私の部屋に入った事?」

 

「渚さっきは怒り出しそうな雰囲気だったじゃん…?」

 

「嘘!?あの部屋に入ったの!?マジで!?……って気持ちはあるけど怒る程じゃないよ?」

 

そ、そうなの?

 

「そうね。最初は怒ったのかとも思ったけど、目のハイライトがちゃんと仕事してたし」

 

「あたしも腕掴まれたりしなかったからね。あ、怒ってはないんだ。ってすぐわかったよ」

 

「ん~、理奈も以外とヲタネタわかるしさ?特撮とかアニメとか。志保も割と漫画読んだりしてるの見てるし、香菜もまどかさんと付き合い長いし、盛夏とも仲良しだからある程度は耐性もあるでしょ?」

 

「え、うん、まぁ…」

 

「それに関係者以外は立ち入り禁止だけど、Divalは私の関係者だもん。入れてって言われたら全然入れてあげてたよ?」

 

なんだぁ…心配して損しちゃった気分だよ~。ほんと良かったぁ…。

 

「あ、そだ渚!あの漫画読ませてよ!こないだ渚が読んでたやつ!」

 

「え?全然いいよ?YOU勝手に部屋に入って読んじゃいなよ」

 

「あはは、ならあたしも気になったんだけど、部屋のいたる所にあった┌(┌^o^)┐って形のぬいぐるみって何なの?」

 

「あ?あれ?あれは純粋なる乙女のぬいぐるみだよ」

 

純粋なる乙女?え?欲望に…?

 

「そういえば渚の小さい頃の写真を見たわ。一緒に写ってたのはお姉さんかしら?」

 

理奈がそう言った後、渚は動きを止めて志保を見た。

 

「そっか。あの写真も見たんだ。志保も?」

 

「え?うん。可愛いお姉さんだったよね」

 

志保と何か関係があるの?

 

「あの人あたしの知り合い?香菜が貴の恥ずかしい写真集に写ってた気がするって言ってたけど…」

 

「え?何先輩の恥ずかしい写真集って?諭吉出したら買える?」

 

な…渚?

 

「なんでもまどかさんが持ってるアルバムらしいわ」

 

「え?それってまどかさんに頼んだら見せてもらえる?兄弟の盃を交わした仲だしチャンスはあるか…!」

 

「渚?何か話はぐらかそうとしてる?」

 

「ん……。別に志保の知り合いとかじゃないよ」

 

「じゃあ誰なの?」

 

渚は少し目を閉じて考え、ビールを一口飲んだ。

 

「あの人はね。私の実家の近所のお姉さん。Artemisのボーカルさんだよ」

 

「え?」

 

Artemis?アルテミスの矢の中心だったバンドの?

 

「すごく仲良くしてくれてたお姉さんなんだけどね。そして私のヲタ師匠だよ」

 

渚あの頃からそっちの人だったの?

 

「Artemisってバンドでボーカルをやってるってのは聞いてたけど、ライブに行ったりバンドの曲を聴かせてもらったりはしてなかったんだけどね」

 

「あんまり気にしなくていいよ渚。お父さんがアルテミスの矢だったとか、あたしには本当にどうでもいい事だから。今はね。あはは」

 

「そっか。変に気を使ってごめんね。あんまりアルテミスの矢の話とかしない方が今はいいかな?って思って。

あの人の名前はね。木原 梓さん。15年前に事故で亡くなったんだけどね」

 

…!あのお姉さん。亡くなってたんだ…。

 

「ハロハロ~」

 

「「「「え?」」」」

 

Artemisの話をしていると、この居酒屋そよ風のオーナーである晴香さんがあたし達の半個室に入ってきた。

 

「なんか休憩に行こうと思ってたらさ、Artemisとかアルテミスの矢とか懐かしい話聞こえてね。…………来ちゃった。いやん」

 

「「「晴香さん、こんばんは」」」

 

「え?晴香さんもアルテミスの矢を知ってるの?」

 

「そりゃね。アルテミスの矢を作ったの私の兄貴だし」

 

あ、そっか。中心バンドはArtemisだけど、英治先生もそんな事言ってたっけ?

 

「じゃあ、晴香さんはお姉ちゃん…梓さんに会った事あるんですか?」

 

「え?渚って梓の妹?」

 

「あ、いえ、近所のお姉さんで小さい頃からお世話になってたんですよ」

 

「あー、そうなんだ?なんとなく雰囲気が似てると思ってたけどだからかな?

でも、会った事あるってんなら理奈も梓には会った事あるよ?」

 

「え?私も?」

 

「うん、氷川さんもアルテミスの矢だったし。バンドは解散してたからサポート面でって感じだったけどね」

 

「そうなの…うちの父もアルテミスの矢だったのね…」

 

「あたしのお父さんとお母さんは!?」

 

「お姉ちゃんってバンドやってる時はどんな感じだったんですか?」

 

「父はサポートって…どんな事をしていたのかしら?」

 

志保と渚と理奈が晴香さんに詰め寄る。

 

「だー!!わかったから!教えてあげるから!……とりあえずタバコ吸っていい?」

 

晴香さんはあたし達の個室にイスを運んで来て、店員さんにビールを注文しタバコに火をつけた。

え?休憩中にビール飲むの?

 

「そうだね。まずはArtemisってバンドは知ってると思うけど、関西を拠点に活動してたバンドでね。デュエル負けなしってバンドだったけど、初めてこっち来た時のデュエルの相手がBREEZEでさ。Artemisは初めてデュエルで負けたんだよ」

 

「え!?先輩達がお姉ちゃん達に勝ったんですか!?」

 

「さすがBREEZEと言ったところね」

 

「英治先生達ってそんなすごかったの?」

 

「いや、演奏技術的にはArtemisの方が上だったんだけど…」

 

「それなら何でArtemisは負けたの?まぁ、その日のコンディションとかもあるだろうけど…」

 

「ん~……まぁ、いっか。渚も別にタカの彼女ってわけじゃないみたいだしね」

 

飲み会の時にタカ兄の彼女かと聞かれた渚はうっかり『はい』と答えてしまったけど、後日、渚と理奈ちと奈緒の3人で飲みに来た時に誤解を解いたそうだ。

 

「ん~、先輩が関係あるの?先輩が何かしたとかは考えにくいんだけどなぁ」

 

「貴さんはチキンだものね」

 

「んとね、梓がタカに惚れてね。デュエルどころじゃなかった!あはは」

 

「え?は?」

 

「ごめんなさい。晴香さん。私はかなり酔ってるようだわ。幻聴が聞こえるの」

 

え?あんな可愛いお姉さんがタカ兄に惚れてたの?

渚といい理奈ちといい奈緒といい…。

タカ兄どうなってんの?あ、昔はまどか姉もか…。

 

「それでその梓さんって人と貴は付き合ってたりしたの?」

 

志保!ぶち込んだね!あたしもそれは気になるけどね!

 

「んにゃ。タカはあんなだし。兄貴が梓に惚れてたってのもあったし、付き合うって事は無かったよ?」

 

あ、そうなんだ?

って!拓斗さんが梓さん好きで、梓さんはタカ兄が好き!?めちゃくちゃ修羅場じゃないのそれ!?

 

「それで話を戻すけど、それから梓はタカに会うために、ArtemisとしてはBREEZEにデュエルで勝つ為によくこっちに来るようになったんだよ」

 

「お姉ちゃんが…先輩を好き…だった…だと…」

 

「確かにBREEZEの時の貴さんはかっこよかったけど……いや、今もたまにはかっこいいけど……。いえ、これは幻聴よ…。しっかりしなさい。私」

 

渚も理奈ちももう完全に別の世界いっちゃったね…。

 

「Artemisって有名ではないけど、すごいバンドではあったからさ?クリムゾンミュージックは大丈夫だったんだけど、結局クリムゾンのグループ会社の奴らに目を付けられてね。まぁ、それはBREEZEも志保のお母さん達もだったんだけど…」

 

やっぱり英治先生達も志保のご両親も凄かったんだね…。

 

「んで、クリムゾングループの傘下に入るか、クリムゾングループによって潰されるか。そんな状況になってさ。

Artemisはメジャーデビューを狙ってたから、Artemisの夢を守る為にって兄貴達がクリムゾンのやり方に反抗して、みんなで楽しくライブをやろう!って結成したのがアルテミスの矢だよ」

 

「お姉ちゃんですら先輩と付き合えないとか先輩のハードル高すぎじゃない?そりゃ彼女出来ないはずだよね。いや、でも私も頑張ればお姉ちゃんよりは……(ボソッ」

 

「あの頃には私と会ってたわけだし、私は貴さんにすごく可愛がってもらってたわよね?でも、あんな可愛い人に好いてもらってたのに付き合ってない…。そして今はあんなに可愛い奈緒や、可愛い分類に入るであろう渚と私。それなのに今は誰ともそんな臭いを感じさせない……。あの頃の私の事を思うとやっぱり…ロリコンなのかしら…(ボソッ」

 

渚!理奈ち!

ボソボソ一人言言ってるつもりだろうけど丸聞こえだからね!

 

「貴がロリコンならあたしもワンチャンあるか…?(ボソッ」

 

え?志保もなの?

てか、みんなせっかく晴香さんがアルテミスの矢の事話してくれてるんだし聞こう?

 

「Artemisとアルテミスの矢は完全に別物って感じでさ。各々に色々想いもあったんだろうね。あるバンドはクリムゾングループを潰す為に積極的にクリムゾングループのバンドにデュエルを申し込んでデュエルに勝つ。クリムゾングループのバンドがデュエルに負けるって事は……ほぼ解散を意味してるからね」

 

「今…お父さんがクリムゾングループとして音楽を楽しんでやろうとしてるバンドを潰してるようなものか…」

 

「BREEZEはそのやり方には反対しててね。アルテミスの矢とは言っても色んな派閥があったみたい」

 

そっか。あたしも英治先生にアルテミスの矢の事を聞かされた事はあるけど、詳しく話してくれなかったのはそんな事があったからかな?

 

「兄貴もタカもトシキも英治も。クリムゾンに反抗するって団体を作ったせいで、クリムゾンに目を付けられて潰されたバンドに負い目を感じてたしね。クリムゾンに積極的に挑めばクリムゾンから恨みをかっちゃうわけだし。まぁ、でも

Artemisをクリムゾングループの目から離すって事には成功してたんだけどね。あはは」

 

「貴やお父さんがクリムゾンと戦ってたっては具体的に何をしてたの?秦野のご両親とか理奈のお父さんも…」

 

「秦野…?誰だろ?BREEZEや大志さん達は楽しいライブを色んな所でやりまくる!そこに挑んできたクリムゾングループのバンドには負けない!ってやってただけだよ。そんなライブをやりまくる事でクリムゾンの目をArtemisから離せたからね」

 

「そうなんだ…。うん、あたしもそんな戦い方の方が好きだな」

 

「理奈のお父さんはね。仕事のコネとかも活かしてクリムゾングループの傘下に入らないように、楽しんで音楽をやれるようにって、色んな事務所とかイベント会社やライブハウスやバンドに掛け合ったりしてたんだよ」

 

「そう…。あの男…なかなかやるじゃない……」

 

15年前…そんな事が、そんな戦いがあったんだね。

 

「でも、今…またクリムゾングループが暗躍してる。クリムゾンミュージックも日本にまた来るかもしれない…」

 

渚…。そうだね。そんな戦いでも勝てなかったクリムゾングループとの戦い……。

また始まるのかも知れないんだよね。

 

「あの時は、15年前はさ。タカが喉に腫瘍が出来て歌えなくなって。梓が事故にあってArtemisは解散する事になって、ドリーミンギグの後にアーヴァルがあんな事になって。たまたま不幸が重なっただけだよ」

 

そして沈黙が訪れて晴香さんの休憩時間が終わった。

晴香さんが仕事に戻ろうとした時……

 

「なぁに暗くなってんの?」

 

そう言ってあたし達の頭をガシガシと一人ずつ撫でてこう言った。

 

「今はタカもまた歌い始めた。英治も新しい戦い方を見つけたみたいだし。それに、DivalもBlaze FutureもAiles FlammeもCanoro Feliceも他にもたくさんの新世代のバンドがいる。あんた達はArtemisでもアルテミスの矢でもない。ニュージェネレーションなんだよ」

 

 

 

 

あたし達は会計を済ませ帰路についていた。

 

特に何も話さなかった帰り道。

あたしと理奈ち、渚と志保との分かれ道で渚が言った。

 

「私達はDival。お姉ちゃんのArtemisでも、志保のお父さんを倒す為のバンドでも、アルテミスの矢でもないし、クリムゾングループを潰す為のバンドでもない」

 

「そうだね。あたしのお父さんを倒す事はあたし達の目標じゃない。ただの通過点」

 

「私達は最高のバンドになるのだものね。私達は私達だわ」

 

「あたし達が最高のバンドになる頃にはクリムゾンも勝手に潰れてるだろしね」

 

「「「「私(あたし)達はDivalだ!!」」」」

 

そう言ってあたし達は笑った。

志保の提案でDivalのトレードマークのようなアイテムをみんなで身に付けようという事になった。

衣装はあるけどそんなお揃いってのはなかったからね。

 

それを話し合う為に結局みんなで渚の家にお泊まりになった。

色んな案もあったけど、あたし達Divalのアイテムはブレスレットになった。

あたし達のイメージカラーである水色の石の付いた。裏面にみんなの名前を掘ったブレスレット。

 

あたし達の、Divalの証だ。

 

 

 

渚と理奈は帰宅後も戦乙女を呑んで夜中ずっとカオスだった。

 

そしてもうすぐ夏休み!

あたしはバイトのシフト増やしちゃったし、13日からはリゾートバイトだ!

バンド活動もお金掛かるしね。

 

渚は結局理奈ちと奈緒とまどか姉と関西の実家に帰るらしい。なんでまどか姉?

 

志保は……どうするんだろう?

 

みんなの夏が楽しい夏になるといいな。

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

 

「渚達には言えないよね…。タカもBREEZEじゃない。もうアルテミスの矢はない…。だから兄貴…兄貴も、昔の優しかった兄貴に戻ってよ。帰って来てよ…」

 

 

 

 

 

 

「梓は…クリムゾンの奴らに殺された訳じゃ……だってあれは事故だったんだから…」

 



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第8章 夏祭

「う~…ん!やっと着いた!」

 

今は会社が夏休みという事で

8月13日から16日までの3泊4日で実家に帰ってきたのだ。

ソロモンよ!私は帰ってきたー!

まぁ、うちはソロモンじゃないけど。

 

「空気も澄んでるしすごくいい所ね」

 

「あはは、この辺はバスも少ないから車がないと不便だけどね」

 

Divalのベーシスト理奈。

Blaze Futureのギタリスト奈緒。

Blaze Futureのドラマーまどかさん。

そしてDivalのボーカリストの私こと水瀬 渚。

この4人で私の実家に遊びに来てるのだ。

 

「それよりほんとに私まで来て良かったの?」

 

「はい。まどかさんにも色々お世話になってますし、うちに遊びに来たいって言ってくれるなら是非是非ですよ!」

 

「あんまりお世話した覚えもないけどありがとね。あ、ちゃんと例のブツも持って来てあるから」

 

「楽しみです!」

 

例のブツとは私の会社の先輩であり、Blaze Futureのボーカリスト葉川 貴の恥ずかしい写真集だ。

今夜は大好きなお酒を呑みながら先輩の恥ずかしい写真を堪能しましょうかね。

別に先輩の事が大好きとかないからね?

 

「それよりさ。こないだ言ってた夏祭りの本祭のライブイベント?あれって私達も参加するの?一応ギターは持って来たけど」

 

「私も一応ベースを持ってきているわ。まどかさんもいるし参加しようと思えば出来るわね」

 

「え?それ何の話?さすがにドラム持ってきてないよ?」

 

「あ、えとですね」

 

奈緒がまどかさんに説明してくれている。

夏祭りの本祭ライブイベントとは、私の地元の夏祭りの本祭でやっているライブイベントだ。うん、そのままだね!

 

昔は地元の住人だけでカラオケをやったり、ちょっとした楽器で演奏したりとか子供達の合唱会などをやっていたのだ。

私もカラオケで参加した事もあるし、梓お姉ちゃん達Artemisはバンドとして参加した事がある。私はこの時の記憶がないんだけど…。

 

そんなイベントだったのだが、数年前から自治体で本物の芸能人バンドさんをゲストに迎えたり、地元の参加したいバンドさんを迎えたりして本格的なライブイベントを実施している。

私もせっかくバンドを組んだんだし、今度はバンドとして参加したいと思ってたんだけど…。

 

「なるほどね~。それなら記念に参加してみるのもいいんじゃない?ドラムも自治体から借りれるんでしょ?」

 

「わ!まどかさんいいんですか!?」

 

「全然いいよ。何曲くらいやるの?」

 

「確かいつもは一組15分くらいで、2、3曲だったような?」

 

「問題はまだ参加出来る枠が残っているのかどうかって所かしらね」

 

「まどか先輩も参加オッケーなら参加してみたいよねー」

 

うん、参加したい。

こないだのBlaze FutureとDivalの対バンには地元の友達は来れなかったしね。

私はバンドを始めたんだよ!ってみんなの前で歌いたい。

 

そんな話をしながら歩いていると私の家が見えてきた。

 

「あそこが私の家だよ」

 

「へー、ほんと大きい家だね」

 

私達が家に近付くと玄関前でお父さんが立っていた。

お父さん…。私が帰ってくるの待っててくれたのかな?

 

するとお父さんは私を見つけたのか手を上げてくれた。お父さん…。

 

「行ってきなさい。渚」

 

「そうだよ。久しぶりの再会なんだし甘えてきなよ」

 

「いいねー!久しぶりの帰省で感動の再会!」

 

「う、うん…行ってくる………

お父さーーん!」

 

私は泣きそうになるのを我慢しながらお父さんの元へ走った。

一歩、また一歩とお父さんに近付く。

まだ一人暮らしを始めて半年も経っていないのにすごく懐かしい感じがする。

そして私はお父さんの元へと辿り着き、

 

「このバカ娘がぁぁぁぁ!!!」

 

<<<バシッ!>>>

 

殴られた。え?何で?

 

「な…殴ったね!」

 

「殴って何が悪いか!」

 

そしてもう1発殴られた。

 

「2度もぶった!親父にもぶたれた事ないのに!」

 

「いや、何度か殴った記憶あるんだけど?」

 

た、確かに何度かある…。

家の窓ガラス割っちゃった時とか…。

 

「っていうか!何で久しぶりの再会で私は殴られたわけ!?」

 

「わからんのかこのバカ娘がっ!!せっかくここまで育ててやったのに…!地元で就職しろと言うのに関東の就職先を決めて来て、しぶしぶ送り出してやったらバンドやってますだと!?大概にしやがれってんだ!」

 

「は?はぁ!?仕事もちゃんとしとるしバンドの何が悪いねん!!」

 

「悪いわこのたわけ者がっ!」

 

こ、このくそ親父ぃぃぃ!

せっかく感動の再会だと思ったのに!

 

「あ、あの…」

 

そう言って理奈と奈緒とまどかさんが私達の間に入ってくれた。

 

「あ、お友達さん、すんません。お恥ずかしい所を…。さ、遠慮せずにあがってやって下さい」

 

「あ、えっ……と」

 

「こんなシーン見せられて。はいお邪魔します。って入れるわけないやろ!てか何でサラリーマンのくせに農作業の服着てるのよ!」

 

「この格好の方が田舎のお父さんって感じがするやろがっ!」

 

「そんなん知らへんわっ!生まれてきて始めてお父さんのそんな姿見たわっ!」

 

「お前ばらしてんじゃねーよ!恥ずかしいやろがっ!」

 

「な、なんなの一体…」

 

 

---------------------------------

 

 

取り合えず私達は家に入って2階の客間に荷物を置き、1階の茶の間で座っている。

 

「渚のお父さんってバンドとか音楽嫌いなの?」

 

奈緒が私に聞いてきた。

昔、歌を教えてくれたのはお父さんだったような気がするんだけど、そう言えばお父さんが音楽を聴いているのを見た事がない。

 

「知らない…。あんまりそういう話した事ないかも…」

 

「さっきの感じだと渚のお父さんってバンド活動には反対って感じだよね~」

 

まどかさんの言う通りだ。

確かにそんな話なんかした事なかったからバンドやるのを反対されるなんて思ってもみなかった。でも……。

 

「でもね。私には妹がいるんだけど、あの子は音楽関係の仕事に就いてるんだよ。地元の小さい事務所の事務員なんだけど…。だから音楽関係だから反対ってわけじゃないと思うんだけど…」

 

「音楽事務所の仕事と言っても事務ならバンドとは違うんじゃないかしら?でも安心して。私がきっと説得してみせるわ。渚の歌は私達に必要だもの」

 

「うん、ありがとう理奈。でも大丈夫。反対されようが関係ないよ」

 

私達がそんな話をしているとお母さんがお茶とお茶菓子を持ってきてくれた。

 

「みなさん、ごめんなさいね。恥ずかしい所を見せちゃったみたいで…」

 

「あ、お母さん!ただいま!」

 

「お帰りなさい、渚」

 

そう言ってお母さんはみんなに挨拶しながら冷たい麦茶を配ってくれた。

 

「皆さんは渚のバンドのメンバーさんかしら?」

 

「あ、私はそうですけど…」

 

「私とこの子は別のバンドで…。音楽仲間って感じです」

 

理奈とまどかさんが応えてくれた。

 

「そうなのね。

渚、お母さんは渚の味方だからね?バンド活動も応援してるから」

 

「ありがとう…お母さん」

 

「それより今日は渚の彼氏の先輩さんは連れて来なかったのね。女子旅ってやつかしら?会ってみたかったんだけどねぇ」

 

なっ!?彼氏じゃないし!

確かに先輩の事話した事あるけど何で彼氏と思ったの!?

てか、このメンバーの前でそんな爆弾投げ込まないで!!

 

「へぇ~……渚の彼氏の…?(ニコッ」

 

「先輩さんね…どこの先輩なのかしら?(ニコッ」

 

ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!

笑顔が…!笑顔が黒い…!!

ち、違うから!お母さんの勘違いだから!

まどかさんめちゃ笑いこらえて肩がピクピクしてるしっ!

 

「お母さん!先輩は私の彼氏なんかじゃないし!お母さんの勝手な勘違いだよ!」

 

「え?そうなの?就職してすぐの頃仕事辞めて帰りたいって言ってたのに、急に辞めたいって言わなくなったし、その頃から『今日は先輩がね』『今日は先輩がね』ってしょっちゅう言ってくるもんだから、その先輩さんと離れたくないから帰りたくなくなったんだと思ってたわ」

 

おおう…!母上様お願いですからそれ以上は止めて下さい。

 

「それにほら酔って帰れなく…」

 

「ほんと違うから!!マジ違うから!!

お母さん!ちゃんと彼氏出来たら紹介するからっ!」

 

取り合えずこれ以上変な事言われる前に話を終わらせよう…。

 

「酔って?」

 

「帰れなく……なって?かしらね?」

 

「まさかそのまま勢いで…?タカにそんな度胸あるかな?」

 

だから違うから!ほんとに!

 

「ワシは許さへんぞ渚ー!」

 

 

-バーン

 

客間の扉が思いっきり開かれ、そこからお父さんが登場した。

 

 

「お父さん!?」

 

「渚!ワシはそんな見た目だけかっこいいだけの男なんて許さん!」

 

「見た目か…う~ん…(ボソッ」

 

「確かにかっこよくはあるのだけど…うぅん……(ボソッ」

 

「どうすればもっと面白くなるかな?(ボソッ」

 

まどかさん…?

 

「だからそんなんちゃう言うてるやろ!それに何で一人称がワシやねん!いつもワシなんて言うてへんやん!それに何で着物?和服?着てんの?いつもTシャツと短パンやん!」

 

「こ、こんな感じのがお父さんって感じがするやろが!てかばらしてんじゃねーよ!お前!」

 

いつもいつも形に拘りやがってぇ…!!

いつもの普通のお父さんでいいじゃん!

 

「大体な!渚の彼氏になるような男なんてろくな奴じゃない!頭悪そうだし。ワシはそんな奴との結婚なんか許さん!」

 

「は!?意味わからんし!私の彼氏はろくな奴じゃないとか私にどうしろって言うねん!あれか?結婚すんなってか?」

 

「いや、早く結婚はしてほしい。孫を甘やかすおじいちゃんに早くなりたい」

 

「甘やかす宣言とか…彼氏と結婚ダメって誰と結婚しろ言うねん!」

 

「渚も大変ね…」

 

「うちは結婚しろとか言われないしなぁ~。むしろお父さんには夢女子で良かったって言われてる」

 

「まどか先輩はいいですね~。うちのお父さんも早く結婚しろって言ってくるなぁ。早くお母さんと二人で暮らしたいからみたいだけど…」

 

「それなら結婚しなくても奈緒と美緒ちゃんで家を出たら済む話じゃないかしら?」

 

「あ、そっか。でもそれお父さんに言ったら本当に家から出されそうだなぁ…」

 

くっ、私もみんなとの話に混ざりたい…。

何でお父さんなんかとこんな話を友達の前でしなきゃあかんねん。

おっと、モノローグでも関西弁になっちゃった。気を付けなきゃ。

 

「そうだな渚。お前の結婚相手に許す条件はまず酒が呑める事だな。ワシを相手に呑めるような酒に強い奴じゃないと話にならん!」

 

「お酒強い人……あ、貴(ボソッ」

 

奈緒!?何言ってるの!?

確かに先輩は呑めるけどさ!お父さんより絶対お酒も強いだろうし…!

 

「そしてワシは若い奴は好かん。男と女は精神年齢どうたらこうたらってのあるし年の差があった方がいい!と、こないだテレビで聞いた。渚より10歳以上は歳上じゃないと認めん!」

 

「貴さんなら私達より10歳以上歳上ね…(ボソッ」

 

理奈も何言ってるの!?確かに先輩はそうだけど…!てか、お父さんも自分がお母さんと年の差婚だったからってそんなの条件に入れないでよ!!

 

「後はあれだな。渚と趣味がちゃんと被るようにクソヲタなら問題はないな。夫婦の趣味が合うってのも大事だ。なんならギャルゲーも好きならワシとも話が合う!」

 

「ギャルゲーも好きなクソヲタ…タカだね」

 

まどかさん!?何でまどかさんはそんなハッキリと言っちゃってるの?

しかもお父さん!さりげに私の友達の前でギャルゲー好きって暴露していいの!?

 

てか、ほんと……先輩なら全部当てはまるじゃん…。

 

「渚~?何をそんなにニヤけてるの?」

 

ひぃ!?奈緒の目のハイライトが!

 

「何か嬉しそうね……渚?」

 

う、嬉しいとかないから!

 

「後はあれだ。バンドをやってないってのが条件だな」

 

「「「あ……」」」

 

バンドをやってない事…。

お父さん、何でそんなにバンドを嫌ってるの?

それと奈緒も理奈もまどかさんも『あ……』じゃないよ?私と先輩に結婚してほしいの?

 

「てかさ!お父さんは何でそんなにバンドを嫌ってるわけ?私もだけどここにいる友達もバンドやってんやけど?失礼じゃない?」

 

「確かにな。お前のお友達さんには悪いと思っとる。でもな、別にバンドを嫌ってるわけやない。お前がバンドと関わるのが嫌なだけや」

 

「は?何でよ!意味わからんし!お父さんが反対しようが何しようが私はバンドをやるからっ!」

 

「だったらもう水瀬家から出ていけ!お前の事なんか知らん!マンションも引っ越してもらうからなっ!」

 

「はぁ!?何よそれ!何でダメなのかハッキリ言ってよ!」

 

「バンドだけは……ダメだ」

 

何でバンドはダメなの?

そんな頭ごなしにダメって言われて納得出来るわけないじゃん!

 

「あ、親父、自治体の会長さんから電話。夏祭りの事で相談したいんだとさ」

 

そう言って私の弟が茶の間に入って来た。

 

「………わかった。今行く」

 

「なんかイベントで呼んでるcharm symphonyが大変なんだとよ」

 

「charm symphony!?」

 

え?charm symphonyって…。

理奈の元バンドのcharm symphonyの事?

イベントで…呼んだ?

 

「そうか。……すみません、皆さん。ちょっと出てきますね。皆さんはゆっくり休んでて下さい。………渚。バンドだけは絶対に許さんからな」

 

そう言ってお父さんは部屋を出ていった。

 

何でよ…。何でバンドはダメなの…。

 

「ちゃ…charm symphonyで大変な事って…あの子達に何かあったの…?」

 

私も理奈も混乱したまま。

私達は茶の間でゆっくりお茶を飲みながら雑談をしていた。

奈緒もまどかさんも気遣って話をしてくれたんだろうけど、正直私と理奈は会話の内容は入って来なかった……。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

その夜。お父さんはあの電話の後自治体の会長さんに呼ばれて帰って来なかった。

 

お父さんが何故バンドを許してくれないのか、charm symphonyはどうなっているのか。

私達は悶々としながらも、みんなで近所の温泉施設にお風呂に入りに行き私の地元を楽しんでもらった。

 

 

 

「もう少ししたら娘も帰ってくると思うから、そしたら晩御飯にしましょう」

 

「はい!あ、何かお手伝いしますよ!」

 

そう言って奈緒はお母さんと台所に向かった。理奈とまどかさんも手伝うと言ってくれたが、奈緒に全力で止められていた。

 

「ただいま~」

 

「あ、お帰りなさい」

 

妹が帰って来たようだ。

なんか久しぶりって感じするな~。

 

「あ、お姉ちゃん。そか。お姉ちゃんが帰ってくるの今日か」

 

え?あれ?『会いたかったよお姉ちゃん!』とかないの?

 

「お母さんの煮物すごく美味しいですね。すごく味も染み込んでて…。私ももっと料理上手くならないと…」

 

「奈緒ちゃんもすごく手際良かったじゃない。今度この煮物のレシピ教えてあげようか?」

 

「え!?いいんですか!?是非是非!」

 

お母さんと奈緒が料理を運びながら台所から出てきた。

 

「あ~…娘っていいわねぇ~。こうやって一緒に料理出来るのって楽しいわ~。

私も娘が欲しかった…。

あら?来夢お帰りなさい。ご飯にするからおばあちゃん呼んできて」

 

「は~い」

 

お母さん。私も来夢も娘ですよ?

 

 

 

テーブルには出前で取ってくれたお寿司とお母さんの手料理。そしてビールと地元のお酒、戦乙女とジュース等が所狭しと並んでいた。

 

「え?すごいやん!めちゃご馳走やん!お姉ちゃんいつも帰ってきたらいいのに」

 

「いつもだったらいつも通りのご飯になるんじゃない?たまにだからでしょ」

 

「あ、そっか」

 

「もう。恥ずかしい事言わないの。それじゃ食べましょうか。渚、お帰りなさい。お友達さんも水瀬家へいらっしゃいませ」

 

お母さんのそんな言葉と共に乾杯して楽しい晩御飯が始まった。

 

「それじゃ渚。改めてみんなを紹介して頂戴」

 

「あ、うん。えっとまずは水瀬家から紹介しよっか。まずは私のおばあちゃん、水瀬 千鶴。お父さんの会社の会長をやってる現役バリバリのサラリーマン!」

 

「渚。ばっちゃはサラリーマンやない。女の子やからOLや」

 

「え?ばあちゃん会社行ってへんやん。オフィスレディちゃうやん?」

 

妹の来夢がつっこみを入れた。

まぁ、おばあちゃんは自室でパソコンで仕事してるからなぁ…。会議もネット動画でやってるみたいだし…。あ、紹介紹介。

 

「そして私のお母さん。水瀬 明子。バリバリの専業主婦だよ!」

 

「いつもうちの渚がお世話になっております。これからも仲良くしてあげて下さいね」

 

もう…お母さんったら…。

 

「えっと、そして妹の水瀬 来夢!私の3歳下の20歳!高校卒業してから働いてるし社会人としては私より先輩かな」

 

「そうなんだよね~…。もう2年以上勤めてるのに名前が水瀬 来夢だからって略して見習いちゃんとか未だに言われてるし…。改名するか仕事辞めたい…」

 

ははは、来夢も何だかんだと頑張ってるよね。

 

「そして弟の水瀬 京介。今はまだ高校2年かな?」

 

「うす」

 

「後はお父さんの水瀬 龍馬とおじいちゃんの水瀬 五右衛門の7人家族だよ!お父さんは今は自治体の集まりに行ってるみたいだし、おじいちゃんはもうずっと昔から世界中を飛び回る旅人やってるんだけどね!」

 

「たまに手紙は来るからおじいさんも生きてるとは思うんだけどねぇ…」

 

「あはは、きっと元気だよ」

 

そして今度は理奈達を紹介した。

 

「それじゃ次は友達を紹介するね!まずは私のバンドのベースをやってくれている氷川 理奈さん」

 

「いつも渚には助けて頂いています。よろしくお願いします」

 

いやいや!理奈!私の方こそ助けてもらってるからね!

 

「え!?ちょー待って!理奈さんってもしかしてcharm symphonyのRina?」

 

「ええ、元…ですけどね」

 

さすが来夢!音楽業界の事務所で働いてるだけあって理奈の事知ってるんだね!

 

「そして私とはバンドは違うんだけど、仲良くしてもらってるギタリストの佐倉 奈緒さん」

 

「渚とは音楽の事以外でもお買い物とか一緒に行ったりと仲良くしてもらってます。皆さんよろしくお願いしますね」

 

奈緒!ほんとに可愛いよねぇ~。

私が男だったら惚れて口説いてるね!うん!

 

「奈緒ちゃん私からもこれからもよろしくね。料理のレシピも色々教えてあげるからね」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「あぁ…奈緒ちゃん可愛いわぁ…やっぱり私も娘を産みたかった…」

 

お母さん?だから私も来夢も娘ですよ?

 

「んん…!そして奈緒と同じバンドのドラマーの柚木 まどかさん!」

 

「はじめまして。柚木 まどかと申します。本日はお邪魔させて頂きありがとうございます。ご迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願い致します」

 

そう言ってまどかさんは深々と頭を下げた。さすがまどかさん…こういう挨拶はしっかりしてるなぁ…。

 

「ほぁ~…若いのにしっかりした娘さんじゃねぇ。こちらこそよろしく。気兼ねせずに楽しんで行ってな?」

 

「はい!お言葉に甘えさせて頂きます(ニコッ」

 

まどかさんって普段からちゃんとしてたら絶対モテるよね……。

 

「さ!自己紹介も終わったしじゃんじゃん食べよう!」

 

 

 

 

 

私達は美味しいご飯とお酒の力からか…。

お父さんがバンドを許してくれてない事、charm symphonyの事を忘れて晩御飯を楽しんでいた。

 

「あ!なるほどです!それで人参も大根もこんなに柔らかくなってるんですね!」

 

「そうなのよー!さすが奈緒ちゃん!これだけでそれがわかるってすごいわ!」

 

「いえいえ!私なんてまだレパートリーも少ないですし…。明子さんに教えてもらった料理とか早く作ってみたいです!」

 

奈緒はお母さんと仲良く料理の話をしている。

 

「あら?来夢さんは音楽は苦手なの?」

 

「そうなんですよ~。勉強と運動ならお姉ちゃんにも勝ってるんですけど、音楽はお姉ちゃんには…」

 

「でも音楽が好きって気持ちがあるのなら今のお仕事は天職なのかもね」

 

「あはは、まぁ辛いなって思う時もあるんですけどね。楽しいから頑張れてる感じです。あ、それでお姉ちゃんって……」

 

理奈は来夢と音楽関係の話を楽しんでいるようだ。

 

「へー、京介くんは明後日のお祭りは彼女ちゃんと行くんだ?」

 

「はぁ…まぁ…。明日の前夜祭は俺は準備の手伝いもありますし本祭くらいはと…」

 

「いいねー!青春!今の時間を大切に楽しんでね。もちろん将来も考えながら」

 

「うす。ありがとうございます」

 

まどかさんは京介と恋話?を楽しんでいるようだ。京介?お姉ちゃん彼女出来たとか聞いてないよ?

 

そして私はというとビールを片手にお寿司を美味しく頂いている。

あ、もちろんお母さんの料理も美味しく頂いているよ?

 

「渚…」

 

「ん?おばあちゃん?何?」

 

「お前…バンドやっとるってのはほんまか?」

 

急にそんな事を言われたものだからドキッとした。

さっきまで話を楽しんでいたみんなも話を止めておばあちゃんと私を見ていた。

 

「う、うん…まぁ、バンドやってるよ」

 

「そか。血は争えんっちゅーこっちゃな。ばっちゃは何もしてやれんと思うが頑張れ」

 

「う、うん。ありがとう…それより血って?」

 

「なんや?龍馬から……お父さんから聞いとらんのか?もしかしてあれか?お父さんからバンド反対されたりしとるんか?」

 

「お、お義母さん。その事はきっと龍馬さんから渚に話すと思いますから…」

 

え?お母さん?どういう事…?

お父さんがバンドを嫌ってる理由?

やっぱり何かあるの…?

 

「やっぱりあのアホは渚の事反対しとるんか…」

 

「お姉ちゃん…お父さんにバンドの事反対されとるん?」

 

「う、うん…バンドだけは許さないって…」

 

「渚。よう聞き」

 

「お義母さん!」

 

「明子さんもあのアホの事はよーわかっとるやろ?あいつは一度反対しよったらなかなか意見は変えへん。なら渚にはちゃんと理由も話したるべきや」

 

「お義母さん……わかりました」

 

え?まさかここに来てバンドを反対されてる理由が聞けるなんて…。

 

「渚。お父さんはな。バンドが嫌いとかやない。元々夏祭りで音楽イベントをやろう言い出してバンドとして参加した第一号がお父さんやからな。もう30年も前の事やがの」

 

お父さんが…?バンドとして参加?

 

「そして今の夏祭りの活性化の為にプロのミュージシャン呼んだり地元以外のミュージシャンも参加出来るイベントにしよ言うたんもお父さんや」

 

待ってよ。……それじゃお父さんは何で私がバンドをやる事に反対なの?

 

「待っておばあちゃん。お父さんってバンドやってたの…?」

 

「まぁ、結局メジャーデビューは出来んかったけどな」

 

「お母さんもね。お父さんのバンドのファンだったの。追っかけやってたのよ」

 

「え?じゃあもしかして明子さんってそれで熱烈アプローチして渚のお父さんを落としたって感じですか?」

 

「あはは、子供たちの前でこんな事話すのも恥ずかしいけどね。お父さんの…龍馬さんの事は好きだったけど、敢えて表には出さずに引っ付きすぎず離れすぎずを繰り返してね。私が居なきゃダメってくらいお父さんに惚れさせて告白させたの」

 

「おぉ~!さすがです!………なるほど。その手でいこうか(ボソッ」

 

奈緒?

 

「どうしようかしら?今更ファンだったのとか言うのも変よね…(ボソッ」

 

理奈?

 

「これは面白くなりそうだ…!」

 

まどかさん?

 

「て、てか!それで何で私がバンドやるの反対なん!?いいじゃん!自分もやってたんじゃん!」

 

「………あのアホは木原さんとこの娘さんの事思い出すんやろ」

 

「え?梓お姉ちゃんの事?」

 

「それってArtemisのボーカルの木原 梓さんの事ですか?」

 

「あら?理奈ちゃんも梓ちゃんの事知っているの?」

 

「話を少し…記憶にはないのですけど昔にお逢いした事もあるみたいでして…」

 

「そう…」

 

「梓お姉ちゃんがどうしたの?」

 

「木原さんとこの娘さんが事故で亡くなったじゃろ?それを今でも自分のせいと思っておるんじゃろ」

 

「は!?意味わかんないんだけど?」

 

何で梓お姉ちゃんが死んじゃった事が自分のせいなのよ…!!

 

「木原さんとこの娘さんにギターを教えてバンドを勧めたのは龍馬じゃからな」

 

え?お父さんが…?

梓お姉ちゃんにギターを…?

 

「自分が勧めたからバンドを始めた。バンドを始めたから関東に行った。関東に行ったから事故にあった。あのアホはそう考えとるんじゃろ」

 

そんな…そんなのって…。

 

「お父さんは渚と梓ちゃんを重ねてしまってるのね」

 

お父さん…。そうだったんだ…。

でも私は…。

 

「渚。よう聞き」

 

「おばあちゃん?」

 

「明後日の本祭でお前ら出場せい」

 

「しゅ、出場出来たらしたいけど…」

 

「そんでお前の歌をあのアホに聞かせたれ」

 

「お義母さん。そのお話はそれくらいにして。さ、楽しくご飯食べましょ」

 

その後もご飯は続いた。

私は…色んな事で頭がごちゃごちゃして…。

 

「え!?そんな事があったんですか!?」「そうなのよー」「それじゃ渚ってもしかして…」「じゃあお父さんのバンドダメってのも、その時のお姉ちゃんの事を話せば納得するんじゃない?」「あは!あはははは!」

 

みんな何かを話して楽しんでるみたいだったけど……。

私には何も頭に入ってこず、何が聞きたいのか、何を話したいのかもわからず。時間は過ぎていった。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

私は今、2階の客間に理奈と渚とまどかさんと4人で寝る準備をしていた。

 

「でも本当に面白いよね!良かったね!渚!」

 

「え?あ、う、うん…」

 

何の事だろう?

まどかさんがそんな事を言ってくれたけど私には何の事だかさっぱりだった。

 

みんなに…ちゃんと謝らなきゃ…。

 

「みんな…せっかくこんな所にまで遊びに来てもらったのに……こんな事になってごめんね…」

 

「「「何が(かしら)?」」」

 

「え…?何がって…明後日の本祭のライブイベントの事とか…」

 

「渚~?明後日の本祭の事なら何も問題ないよ?私達はいつも通り楽しくライブするだけだよ」

 

「奈緒…」

 

「ぶっちゃけね~。渚がお父さんに反対されてるって事なら何とでもなると思うし」

 

「な、何とでもって…」

 

「そうね。私達のこれからにとって今回の事なんて些細な問題だわ。渚はいつも通り歌えば問題ないわ」

 

「理奈まで…」

 

「まぁ、最悪はタカに頼めば何とかなりそだしね」

 

「そうね…。でも…その案は…」

 

え?何でここで先輩が出てくるの?

確かに先輩なら口八丁で何とかしてくれそうだけど…。

 

「私もあんまりその案は使いたくないし、明後日の本祭でお父さんの心を動かそうよ。ね?渚」

 

「う、うん…」

 

「それより今はcharm symphonyの方が問題じゃない?」

 

「え?charm symphony?理奈何かあったの?」

 

まどかさんが急にcharm symphonyの話題に入るもんだからびっくりする。

 

「やっぱり上の空だったのね。大した事ないわ。明日の関西で開催されるファッションショーでcharm symphonyの2代目ボーカルが決定する。そしてcharm symphonyは改名してバンドとしての音楽活動も積極的にやっていくらしいわ」

 

「え!?何それ!?そもそも理奈って音楽活動がちゃんとやれないからcharm symphony辞めたんでしょ!?何でそれが今になって?」

 

「今年のこの町のお祭りのゲストはcharm symphonyだったみたいなんだけどさ。急遽そんな事になってお祭りで新生charm symphonyのお披露目ライブをするらしいんだよ。それで渚のお父さんが今自治体に呼ばれてスケジュールとかの変更で忙しいらしい」

 

まどかさんが説明してくれた。

これは町興しにもなるし私達地元衆にはありがたい話だけど…。

でも理奈にとっては…。

 

「何か言いたそうね?渚」

 

「え?いや…あの…う~ん…」

 

「charm symphonyが本格的に音楽をやりだすから私が辞めた事を後悔してるんじゃないか?とか思ってるのかしら?」

 

「いや…んと…う、うん…」

 

「そう…。渚、今度そんな事言ったら思いっきりぶつわよ?」

 

「え!?」

 

「何であれだけ音楽はビジネスと言っていたのに今更?って気持ちはあるけれど後悔は一切していないわ。私が最高のバンドになりたくて。最高のバンドに渚達とならなれると思ったから私は今Divalなの」

 

「理奈…うん、ごめんね」

 

「次はないわよ?クスクス」

 

「よし!今日はもう寝るだけだしさ!せっかく持ってきたんだしタカの恥ずかしい写真集でも見ようか!」

 

「待っていたわ。この時を」

 

「私、お母さんにビールと戦乙女もらってくる!待ってて!」

 

「ふぇ?へ?貴の恥ずかしい写真集って何ですか?」

 

「私が色んなルートから入手したタカの昔の写真だよ。もちろんBREEZE時代の時のもある!」

 

「ちょっ!それっていくら出せば買えるんですか!?」

 

そして私と奈緒がビール、理奈とまどかさんが戦乙女を飲みながら、先輩の恥ずかしい写真集を開く。

 

「まずはタカの幼少期だよ」

 

「わぁ~…。貴こんなに可愛かったんですね~」

 

「本当に…。時の流れとは残酷なものね…」

 

「帰ったら先輩にもうちょっと優しくしてあげようかな…」

 

私達は思い思いの感想を言いながらゆっくり写真を見ていった。

 

「あ、この写真。この2人が志保のご両親だよ」

 

「昔はアルテミスの矢の一員として…今はクリムゾングループのミュージシャンとしてやってるんだね…」

 

「貴も志保も正直複雑だよね…」

 

「私達もこのままバンドをやっていけばいつかはクリムゾングループとぶつかるだろうしね」

 

「私達も出来るだけ貴さんと志保をサポートしていきましょう」

 

「「「うん」」」

 

「あら?まどかさん、この写真戴けないかしら?」

 

「え?どれ?今日持って来たのは全部焼き増ししたやつだから欲しいならあげるよ?」

 

え?マジで?私はどれを貰おうかな…。

てか、焼き増しって…。ネガから持ってるって事?

 

「この貴さんが……その…女の子を抱っこしてる写真……」

 

「ああ、これか。いいよ。はい」

 

まどかさんはそう言ってアルバムから1枚の写真を抜いて理奈に渡した。

先輩が泣きそうになってる女の子を抱っこしてる写真だ。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「もしかしてさ?さっきの貴が抱っこしてた女の子って理奈?」

 

「え?ええ…まぁ…」

 

「あ、そうだったんだ?いや~、それならその写真持って来て良かったよ~」

 

「理奈いいな~。私も貴と写ってる写真ないかなぁ?あれだけライブも行ってたのに…」

 

「いや、その気になればタカとならいくらでも写真撮れるじゃん?」

 

「憧れのTAKAさんとの写真が欲しいんです!」

 

そっか。奈緒の気持ちもわからなくはないかな。私も音楽の憧れってわけじゃないけど、梓お姉ちゃんとの写真は今でも飾ってるくらいだもんね。

 

そして次のページを開いた時、そこには梓お姉ちゃんと先輩の写真があった。

 

「梓お姉ちゃん…」

 

「へ~、この人がArtemisのボーカルさんなんだ~。や、やけに貴にベタベタしていませんかね?」

 

うん、梓お姉ちゃん……。ちょっと先輩に引っ付き過ぎじゃないかな?

もうちょっと離れなきゃだよ?

 

「ん?そりゃそうでしょ?タカの元カノでしょ?この人」

 

「「「は?」」」

 

「ヒィ!?」

 

「まどかさ~ん、言っていい事と悪い事があるって知ってまス?アハッ、私の梓お姉ちゃんが先輩なんかの元カノなわけないじゃないですカ~?」

 

「まどかせんぱ~い。貴ですよ?貴にこんな可愛い人が彼女になってくれるわけないじゃないですか?どうしちゃったんですか?あ、飲み過ぎて頭おかしくなっちゃいましたか?」

 

「晴香さんから貴さんと梓さんは付き合っていないと聞いたわ。まどかさんもおかしな事を言うのね。もし仮に付き合ってたとしたら貴さんは今頃通報されてこの世にいないと思うわ」

 

「え?いや、でも…英治がさ…?」

 

「「「英治さんが?」」」

 

「英治がそう言えって私に無理矢理ね!

わ、私もそんな事ないと思ってたよ?

あはは、くっそ~!英治のやつめっ!」

 

「へぇ~、英治さんがそんな事を…」

 

「そんな貴が可哀想になる冗談…。いくら尊敬する英治さんでも許せないです」

 

「これは帰ったら英治さんとゆっくり話す必要があるわね。帰ったらすぐにファントムに行くわ」

 

「よし!みんなで行こう!先輩と梓お姉ちゃんが付き合ってたとか…ないから!」

 

 

 

 

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--中原家リビング

 

「ヘックシッ!」

 

「あれ?お父さんどうしたの?風邪?」

 

「いや、初音知ってたか?バカは風邪引いたりしないんだ。これは可愛い女の子が俺の事かっこいいと噂してるんだな」

 

「お父さんも知ってた?夏風邪はバカが引くんだよ」

 

「だから風邪なんかじゃねーって」

 

「うわっ!?お父さん!?」

 

「ん?どうした?」

 

「お、お父さんの顔に死相が出てるよ?」

 

「え?マジで?俺死ぬの?」

 

 

 

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--翌朝

 

「う~~ん!よく寝た!……まだ8時か。

せっかくの関西旅行だし寝て過ごすのももったいないよね。奈緒達も起こしてあげよう」

 

私はあの後自室に戻り就寝した。

みんなと一緒に寝ても良かったんだけど、せっかくだから客間を広々と使ってもらいたいしね。

 

「おっはよー!」

 

私は勢いよく客間を開けた。

 

「だがそこには誰も居なかった」

 

え?え?あれ?

バ、バカな…何故誰も居ない!?

それどころか布団すらもない。

 

ま、まさか昨日の事は夢?

理奈と奈緒とまどかさんと実家に遊びに来たというのは私の幻想?

いや、違う…私達は確かにここに居た。

これは新手のスタンド攻撃か!?

 

そんな事を考えながら下に降りると

 

「あら、渚おはよう」

 

そこには理奈が居た。

良かった。どうやらスタンド攻撃でも夢でもなかったみたいだ。

しかし、何故理奈はこんな早朝から?

いや、理奈だけじゃない。この感じだと奈緒とまどかさんもか…。

 

「おはよう理奈!てか、こんな朝早くからみんなどうしたの?」

 

「朝早く…?もう8時よ?」

 

「え?まだ8時だよ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 

 

奈緒と理奈とまどかさんはいつも通り6時頃には起きたらしい。

そして散歩がてらおばあちゃんと近所の養鶏所に行って生みたての卵を貰いに行って来たそうだ。

 

奈緒はお母さんと朝食を作っているらしく、まどかさんはおばあちゃんとお茶をしながら朝食が出来るのを待っている。

そして理奈は私をそろそろ起こそうと私の部屋に来ようとしてくれてたらしい。

え?みんな休日なのにそんな時間に起きてるの?

 

 

 

「ねぇ、渚。今日はどこに連れて行ってくれるの?」

 

私達は朝食をいただきながら今日の予定を考えている。

しまったなぁ。どこに連れて行くとか全然考えてなかった…。

 

「みんなは行きたい所とかある?」

 

よし、ここはみんなの意見を聞いて行けそうな所に案内しよう。

 

「私は来る前まではUSJとか道頓堀とか?行きたいとは思ってたけど~…」

 

う~ん、さすがにユニバは厳しいかな?

なら道頓堀もいいかなぁ?

食べ歩きもいいだろうし、そのままアメ村や心斎橋商店街でお買い物。

それか日本橋に行くってもありかな?

 

「でもせっかく渚の実家に来てるんだから、ゆっくりこの辺を散策したりしたいかな~って思ってるかな?」

 

待って!ここ本当に田舎だよ!?

散策も何も本当に何もないよ!?

道頓堀は!?いいの!?

 

「私もそうかな~。自然の中でゆっくりするって事もそんな無いし」

 

まどかさんまで!?

 

「私もそうね。こういう所でゆっくり曲作りもいいと思ってたわ」

 

え、えぇ~…理奈までそうなの?

 

「う、う~ん……でも正直さ?この辺で連れて行ってあげれるような所ないんだよね…。これと言った観光スポットもないし…」

 

「渚」

 

「何?おばあちゃん」

 

「だったらほれ。戦乙女の酒蔵とか連れて行ってやればええんちゃうか?この時期は試飲会とかもやっとるし」

 

「戦乙女の試飲ですって!?」

 

「あ、そっか。今ならあそこも入れるし、ついでに理奈の家にも通販してもらえるように頼んでみよっか?」

 

「行きましょう。そこは必ず行くべきだわ」

 

「でもそれだと奈緒とまどかさんが暇になっちゃうかなぁ?」

 

「私は何処でもいいよ?」

 

「私も大丈夫だよ。それに渚と理奈が飲み過ぎないように見張っとく保護者も必要でしょ」

 

「とか言ってまどか先輩も飲み過ぎるんじゃないですか?」

 

 

 

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私達は色んな日本酒の試飲を楽しんだ。

理奈はこの酒造からの直販をしてもらえるようになり大喜び。

奈緒は日本酒に合う料理のレシピ本をいっぱい買っていた。

酒造もお祭りで出店するらしく、まどかさんはその準備のお手伝いをしていた。

そして私は……。

 

「う~…ちょっとフラフラする…」

 

「試飲だからって飲み過ぎだよ渚…」

 

「渚がお酒でフラフラになるなんて珍しいわね」

 

「ずっと日本酒だったからかも…。ほら私はビールの方が得意だし」

 

「得意って…」

 

少し飲み過ぎていた。

ちょっと頭がボーッとする…。

そんな私は奈緒に肩を借りて歩いているんだけど、奈緒って何でこんないい匂いするの?

 

「あ、車だ。渚、気を付けてね」

 

「大丈夫だよ~。ちょっとフラフラするだけでそこまでじゃないから~」

 

正面から車が来たので私達は道の端に避けた。

私達の横を通り過ぎた所でその車が止まり女の子が降りてきた。

 

「Rina!」

 

その女の子が理奈の名前を呼んだ。

あの子は…charm symphonyの…

 

「Luna?」

 

charm symphonyのLunaちゃんだ。

あわわわ、芸能人様だ…。

 

その後、車からRanaさん、Renaさん、見たことのない綺麗な女の子が降りてきた。

 

「Rina。久しぶりだな。渚さんもご無沙汰してます」

 

Ranaさんが理奈どころか私にも挨拶をしてくれた。

わ、私も挨拶をしなきゃ…。

 

「お、お久しぶりでござんす!」

 

ダメだ。芸能人様を目の前にすると緊張する。

 

「あなた達なんでこんな所に?明日のお祭りのゲストとは聞いていたけれど、今日はファッションショーじゃなかったのかしら?」

 

さすが理奈だ。

芸能人様を目の前にして普通に話せるとは…。いや、まぁ、元同じバンドのメンバーだからだろうけど。

 

「あなたが元charm symphonyのRina?」

 

「ええ、そうよ。あなたが2代目のボーカルなのかしら?」

 

「2代目?charm symphonyはもう今日で終わったの。私達はKiss Symphonyよ」

 

「……そう。私には関係ないわ」

 

「私の名前はRiona。Kiss Symphonyのベースボーカルよ。ま、覚えておく必要はないわ。いずれ名前を聞かない日がないって事になるでしょうし」

 

「そのいずれって日がやってくる事を祈ってるわ」

 

「……あんたがRinaで私がRiona。名前が似ているけど、『お』が付いてる分私の方が上ね」

 

「は?あなた…何を言ってるの?」

 

「この『お』があなたには追い越せない私との差だと言ってるの」

 

ん?このRionaって人は何を言ってるんだろう?

私が頭を悩ませていると…

 

「くっ…!」

 

「どうやら気付いたようね」

 

理奈は何かに気付いたんだろうか?

そしてまどかさんも顔を伏せて肩をプルプル震わせている。どうしたんだろう?

 

「む、胸の大きさと音楽は関係ないわっ!」

 

「私は胸でもオーディエンスを魅了出来ると言ってるのよ」

 

胸…?あっ!おっぱいの『お』か!

確かにこのRionaって子大きいもんね。

でも、理奈大丈夫だよ!

先輩も小さい方が好きとか言ってたし!あ、先輩はロリコンか。あてにならないね。

でも、私はちょっとだけ理奈よりは大きいよ。えへ。

 

 

思いっきり理奈に睨まれた。

 

 

あれ?私、口に出してないよ?

なんで?どうしよう。怖いわぁ……。

あ、フォローしとこう。

 

「乳なんて飾りです!エロい人にはそれがわからんのです!」

 

「……」

 

「……渚」

 

うわ!滑った!?

ちょ、理奈!その哀れむような目はやめて!

 

「ふん、でも足があればジオングでガンダムを落とせたかも知れないわ」

 

「あら?ジオングは現状で100%の性能が出せると言っていたじゃない」

 

「ただの気休めじゃないの?」

 

おおう!私か?私の台詞のせいですか!?

何でこの状況でガンダム談義!?

 

「お、おい、Rionaももう止めとけって。Rinaも渚さんも、奈緒さんもまどかさんもほんとすみません」

 

「ふぇ!?ら、Ranaさん、私達の事も知ってるんですか!?」

 

奈緒がびっくりしている。

そっか、こないだの対バンにcharm symphonyのみなさんも来てくれたんだもんね。

 

「ええ、先日のDivalとBlaze Futureの対バンに行かせて頂いたもので」

 

「そ、そうだったんですね!ありがとうございますー!」

 

「ほら~、RionaもRanaももう行こう~。私は早く帰って彼氏に電話したいし~」

 

「そうだな。それじゃ失礼します」

 

そう言ってRanaさんはRionaさんの手を引いて車内に戻っていった。

その後を追ってLunaさんも車内に戻ろうとしたけど

 

「えぇ~!?Lunaってば久しぶりにRinaに会えたからってもっと話していきたいって~!?」

 

「え?は?」

 

「しょうがないな~!ホテルの場所はわかるよね?私達先に行ってるから後でね~!」

 

何故かRenaさんがわざとらしく大声を出している。

 

「ちょ!Rena!あんた何言って…」

 

「ちゃんとRinaに話してあげなきゃ。私達の事」

 

そして真面目な顔をして静かにそう言った。

 

 

「……悪い。先にホテルに帰ってて」

 

「うん!じゃあね~。Rinaも渚さん達もまったね~!

………それにしても何でRinaがここにいるの?」

 

Renaさんはそう言って車内に戻ると車は再び発進した。

私達とLunaさんを残して。

 

「Luna?何かしら?charm symphonyの事は私は何も気にしてないわよ」

 

「わかってるよ。あんたがそんなの気にしてウジウジするような奴だったら事務所を辞めるよう言ったりしないわよ。

………って本当に何であんたがこんな所にいるの?」

 

「こんな所とは失礼ね。ここは渚の地元なのよ。それで夏休みを利用して遊びに来ただけよ」

 

「そっか…」

 

そう言って少し黙りこむLunaさん。

どう話そうか悩んでるのかな?

 

「話がないなら私達はもう行くわよ?あなたもホテルまで戻らないといけないのでしょう?」

 

「わかってる……。あんたさ?おかしいと思わない?急にうちの事務所が音楽をやりだすって…」

 

「そうね。それは少し思ったけれど、あなた達もバラエティ番組に出たり露出も多くなってきたわ。それなりに楽器も出来るのだし音楽でも儲けようって所じゃないかしら?」

 

「違うんだよ」

 

「違う?」

 

「私達は露出も多くなって人気も上がった。Ranaはドラマや映画のオファーも増えてきたし、私もモデルの仕事も増えてきた。Renaはレポーターとかそういった仕事も増えてきたしね。私達は順調だったよ」

 

「そうね。私もたまにRenaが一人で番組出てるのを観て驚いたわ」

 

「だけど順調だったからこそ…。私達はクリムゾングループに目を付けられた」

 

「「「「クリムゾン!?」」」」

 

理奈だけじゃない。

私も奈緒もまどかさんも驚きを隠せなかった。

でも、クリムゾンに目を付けられたから音楽活動に力を入れるのって…。

 

「ちょっと待ってちょうだい。charm symphonyはクリムゾンに目を付けられたのでしょう?だったらRanaがドラマを、Lunaがモデルの仕事を頑張っていった方が……」

 

「違うんだよRina。クリムゾンはRionaを売り込むつもりでcharm symphonyに入れたんだ」

 

「…!?そ、それって」

 

「Rionaはクリムゾングループの事務所の人間なんだよ。敵対したくないならRionaをcharm symphonyに入れて音楽活動を幅広くやっていけって…」

 

「そう…だったのね…」

 

「Rina。もしあんた達も明日の音楽イベントに出るつもりなら辞退しな」

 

え?

 

「どうせあんたの事だから手を抜くなんて出来ないでしょ?今、Rionaに…クリムゾンに目を付けられたらDivalは終わる。ここにいるみんな終わってしまう」

 

確かにクリムゾングループに目を付けられたらただじゃすまないかも知れない。

でも、今クリムゾンから逃げたからって…。

 

「そうね。Lunaの言う通りだわ」

 

理奈……。

 

「音楽の世界はクリムゾングループだけじゃない。私達もいるとクリムゾンに見せつけるいい機会ね」

 

「は、はぁ!?あんた何言ってんのよ!」

 

「そうだよね~。私達別にクリムゾンから逃げながら音楽するつもりもないし」

 

「な、奈緒さんまで!?」

 

「私は俄然やる気出てきたかなぁ!私達4人はBlaze FutureとDivalの混合ユニットだけどさ。クリムゾンに私達を見せるいい機会だよ」

 

「ほ、本気なの…?」

 

そうだね。それが私達の音楽だから。

きっと先輩も渉くんや亮くん、志保も香菜もそうすると思う。

 

「うん、私達は相手がクリムゾングループだろうが何だろうが関係ないよ。私達は私達の音楽を楽しくやるだけ!」

 

「そうね。それに事務所を辞める時にも言ったでしょう?私の…私達の前に立ちはだかるなら潰して行くだけだわ」

 

私達4人の決心は固い。

私達は音楽イベントを辞退もしない。

私達の戦いが今始まろうとしている。

 

 

 

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その夜、夕飯とお風呂を終えた私達は客間で明日の事を話し合っていた。

 

「それにしても困った事になったわね…」

 

理奈が頭を悩ませている。

 

「でもこうなった以上はしょうがないよ。腹を括ろう」

 

「まどか先輩の言う通りだよ。確かに…こんな事になるなんて思ってなかったけど…」

 

クリムゾングループが相手でも、誰が相手でも私達は演奏をするつもりだった。

 

イベントのエントリーも済ませた私達は、イベントのトリをするcharm symphony……ううん、Kiss Symphonyの前に出演する事、曲は2曲演奏する事も決まったのだけど…。

 

「私達4人で演奏出来る曲…ないね…」

 

私達は行き詰まっていた…。

 

「渚はDivalの歌しか歌詞覚えてないし、奈緒はBlaze FutureとBREEZEの曲しか弾けないもんね~。私も偉そうには言えないけどさ……」

 

「さすがに私もBlaze Futureの曲は無理ね。かと言ってBREEZEの曲をやるっていうのもね……」

 

「BREEZEだと私が歌詞覚えてないし…」

 

「でも渚のお父さんの事、charm symphonyの事もあるからさ…。

……うん!よし!まどか先輩!決めました!」

 

「ん?どしたの?何かいい案浮かんだ?」

 

「まどか先輩はBREEZEの英治さんの正当後継者です!」

 

「は?いや、まぁ…今はそうだけどさ?」

 

「一晩あればDivalの曲もやれるようになりますよね?」

 

「は?」

 

「ってわけでぇ。ドラムは大丈夫ですね!

理奈。私今からDivalの曲覚える!付き合って!」

 

「ちょ…奈緒?」

 

「私は志保じゃないし、まどか先輩も香菜とは違いますけど…。私達はDivalの曲をやらないといけないと思うんです。渚の歌と理奈のリズムじゃないとダメだと思うんです」

 

奈緒……。

 

「オッケー。わかった。私も香菜の音はずっと聞いてきてたしね。やってみるよ」

 

「はい!」

 

「奈緒…わかったわ。もう時間もないし厳しくいくわよ。アレンジが入れれそうな所は奈緒のやりやすいようにカバーしてちょうだい。後は私が上手くリズムを合わせるわ」

 

「よろしくね、理奈!早速練習しよう!」

 

奈緒…まどかさん……。

 

「奈緒、まどかさん、ありがとう。私も最高のパフォーマンスで歌う。もうバテたりなんかしない!」

 

「よし!みんなで明日のイベントは最高に盛り上げるよ!Kiss Symphonyの演奏が霞むくらいにね!」

 

「「「おー!」」」

 

そして私達は徹夜で練習をした。

 

 

 

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~~~♪

 

「な…何とかミスせずに出来た…」

 

「奈緒もやるじゃない。けど成功したのはさっきの1度だけ。少し休憩にしてもう一度みんなで合わせましょうか」

 

私達は夜通し練習して、何とかミスせずにやれるようになっていた。

 

「う~…眠い…」

 

「渚もさっきの動き良かったと思うよ。私のスマホで動画録ってたしチェックする?」

 

「そうですね。まだやれる事もあるかも知れないですし」

 

「はい。再生の仕方はわかるよね?」

 

そう言ってまどかさんは私にスマホを渡してくれた。ちゃんと動けてるかチェックしないと……。

 

-ライ~ン

 

スマホで動画を再生しようとしたら、ラインの通知が来てそのまま開いてしまった。

 

「あ、まどかさん、遊太くんからライン来たの勝手に開けちゃ……」

 

私はその遊太くんからのラインを見て固まってしまった。

 

「ん?こんな朝早くに遊太から?何だろ?」

 

こここここ……これって……!!!!

 

遊太くんからベッドで寝ている先輩と、先輩に抱き付くように寝ている志保の写真が送られて来た。

 

「どうしたの?渚?」

 

「まどかさん、遊太くんから写真が送られて来たンですけド…私のラインにも送っていいデスカ?」

 

「え。写真?別にいいけど…?」

 

「アハッ、ありがとうございマス」

 

「え?何?どうしたの?」

 

「あ、間違えて香菜に送っちゃった。落ち着かないとネ…ウフ、ウフフフ…」

 

「な、渚?何か怖いんだけど…?」

 

「渚、まどかさん、どうしたのかしら?何かあったの?」

 

「何?何で渚ヤミモードになってんの?」

 

「遊太くんからネ~。センパイの寝てる写真が送られて来たからまどかさんにその写真転送してもらったノ。それより奈緒?ヤミモードってナニ?(ニコッ」

 

「ひぃ!?」

 

「貴さんの寝顔の写真?ちょっと朝から気分が悪くなりそうね。でも夏と言えば肝試しの時期でもあるわね。いいわ、渚、私にも見せてちょうだい」

 

「スナオに見たいって言えばいいのに…。まどかさんいいかナ?」

 

「え?いや、いいんじゃないかな?うん」

 

「あ、まどかさんにもスマホお返ししますネ。

………でも本当に見たい?後悔するかもだよ?見なきゃ良かったと思うかもだよ?」

 

「そこまで言われたら気になるじゃない。見ない後悔より見て後悔した方がいいわ」

 

「私は別に貴の寝顔とかどうでもいいんだけどね!うん!貴がかわいそうだし見てあげようかな」

 

私はまどかさんにスマホを返し、理奈と奈緒に写真を見せようとしたけど…

 

「ごめ…ごめん…やっぱり2人には…見せ…れな……」

 

「「渚?」」

 

「うぇ……うわぁぁぁぁん、うわぁぁぁぁぁん」

 

「ちょっと…渚どうしたの!?」

 

「ふぇ!?え?渚!?」

 

何でかわからない。

何でかわからないけど私は泣き出してしまった。

 

「あちゃー…マジかこれ…」

 

「渚がダメならまどか先輩!見せて下さい」

 

「ま、隠しても無駄か…」

 

 

 

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「って事らしいよ。タカにそんな度胸あるわけないでしょ?

……志保もまだ死にたくないだろうし(ボソッ」

 

まどかさんが奈緒と理奈に写真を見せた後、遊太くんに電話して聞き出してくれた。

どうやら遊太くんを襲った先輩から遊太くんを守る為に、志保が先輩と同じ部屋に寝る事になったらしい。

 

そして別々のベッドで寝ていたのだけど、志保が夜中にトイレに行って部屋に戻った時に寝惚けて間違えて先輩のベッドに入ってしまったらしい。

 

盛夏と遊太くんで先輩に寝起きドッキリを仕掛けようとして、部屋に忍び込んだ時にこの写真を撮っちゃったそうだ。

志保がその写真を消そうと遊太くんと揉み合った際にまどかさんに写真が送信されちゃったらしい。

なんじゃそりゃ。

 

「いや~…でもまさか3人共あの写真見て泣き出すとはね。3人共よっぽどタカが好きなんだね!」

 

「「「ないです!」」」

 

「いや、ないって言われても…渚はギャン泣きだし、理奈は怒りながら涙ポロポロ流してたし、奈緒も信じられないとか言いながら泣いてたじゃん?」

 

「違います!私は私のハニーである志保が先輩なんかに汚されたと思って泣いただけです!」

 

「まどか先輩何言ってるんですか~。せっかくBlaze Future楽しかったのに、これで貴が捕まっちゃってバンド解散になるのかと思って泣いてただけですよ?」

 

「わ、私は泣いてないわよ?私は怒っていただけだわ。涙はあれよ。徹夜したせいで目が疲れてるだけなの!」

 

「タカのどこがいいんだろ?はは、うける」

 

「別にそんなのじゃないと言ってるじゃない。それに香菜から聞いてるわよ?まどかさんに言われたくないわね」

 

「な、何が?」

 

ん?香菜から?

あ、そう言えば私も理奈もさっきからDivalのグループLINEで志保に連絡してるのに香菜からのLINEに返事してないや。

 

「みんな練習の調子はどう?」

 

お母さんと来夢が朝食を作って私達に持ってきてくれた。

まぁ、来夢は運んだだけだろうけど。

 

「わわ、明子さんすみません!今朝はお手伝い出来ませんで…」

 

「いいのよ、奈緒ちゃん。はぁ~…やっぱり女の子欲しいわぁ」

 

だからお母さん。私も来夢も娘です。

 

「じゃあちょっと変なアクシデントもあったけど、朝食をいただいてからもう一度合わせましょうか。その後は少し寝てからもう一度合わせましょう」

 

「「「うん!」」」

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

-ガヤガヤ

 

「へー、ほんと本格的なお祭りだね。屋台もいっぱい出てるし」

 

「まさか渚のお婆ちゃんが私達みんなの浴衣を用意してくれてるなんて。感謝だね」

 

私達はお婆ちゃんが用意してくれていた浴衣を着て夏祭の会場に来ている。

もちろんLIVEイベントに参加する為に。

 

「逃げずによく来たわね」

 

そこにはKiss SymphonyのRionaさんが居た。

 

「あの…どなたかしら?」

 

え?理奈!?

 

「は?私の事を忘れた…ということかしら?」

 

「……?ごめんなさい。どこかで逢ったかしら?私、眼中にない人間はすぐ忘れちゃうのよ」

 

「な、なんですってぇぇぇ」

 

うお!?何でそんな喧嘩腰なの理奈!?

私が心配になって理奈の顔を見てみるとキョトンとしている。

可愛いなぁその顔。

 

「あの、私達はこれからイベントの準備で忙しいの。悪いのだけれどもう行ってもいいかしら?」

 

「くっ…!上等じゃない!なら今日のイベントで忘れられないようにしてやるわ!」

 

Rionaさんはそれだけを言うとこの場から去っていった。

 

「いやー、理奈も言うねぇ」

 

まどかさんが理奈の肩をバンバン叩きながら笑っている。

 

「あの…まどかさん、痛いわ……」

 

「渚!」

 

ん?私は名前を呼ばれた方を見ると、地元の友達が居た。

 

「わ~!英子!美依子!志乃!久しぶり!」

 

「ほんま久しぶりー!バンド始めたんやって?」

 

「そやねん!今日のイベントにも出るで!」

 

「渚昔から歌上手かったもんなぁ。こないだのデビューライブは行けへんかったけど今日は応援しとるから!」

 

「うん!見ててな!」

 

う~ん!やっぱり地元の友達はいいなぁ。よーし!今日のイベントも気合い入れて歌うよー!

 

「あ、渚の関東のお友達さんですか?」

 

「え、ええ」

 

「そうですよ。よろしくお願いしますね」

 

「この2人は渚と同じ歳だよ。私は1つ上だけどね」

 

「うわ~、関東の女の子って綺麗な人多いなぁ~」

 

えへ、地元の友達と関東の友達が触れ合うのって何か嬉しいなぁ~。

 

「あ、それよりさ。噂の渚の彼氏さんは来てへんの?」

 

は?彼氏?

 

「そうそう。私ら渚の彼氏さんに会えるかもって楽しみにしてたんやけど」

 

英子も志乃も何言ってるの?

彼氏なんかいないよ?

うお!?何か変な視線感じると思ったら理奈と奈緒がものすごく冷たい視線を私に向けていた。

 

「あの…もしかしてなのだけど、渚の彼氏というのは会社の先輩さんの事かしら?」

 

理奈!?

 

「うん!そうですよ!何かめちゃ面白い人って聞いてます!」

 

えぇ!?何でこっちでは先輩が私の彼氏って事になってるの!?

うわっ!理奈と奈緒がまるで信じられないものを見るような目で私を見てる!

 

「ちょ、ちょっと待って!私彼氏なんかいないよ!?先輩はそんな人ちゃうし!」

 

「え?そうなん?」

 

「何かたまに連絡取り合う度に、先輩さんとの事聞かされるから彼氏やと思ってたわ」

 

「ちが!違うから!」

 

え!?私そんなに先輩の話してる!?

 

「その先輩との話っての詳しく聞きたいわね」

 

「だよね~。気になるよね~、渚の彼氏の話…」

 

「これは面白くなってきた!」

 

まどかさん?

 

「だ、だから違うってば!彼氏出来たらちゃんと彼氏出来たって連絡するよ!

あ、それより私達イベントの準備あるからもう行くね!みんな楽しんでね!また後で!」

 

私は強引に話を打ち切り、理奈と奈緒の手を引っ張ってその場をあとにした。

くぅ~…久しぶりにゆっくり話したかったけど変な事言われたら堪らないしね…!

 

「渚?どうしたのかしら?まだ少し時間には余裕あるわよ?」

 

「そうだよ~。久しぶりの地元の友達じゃん?ゆっくりお話したら良かったのに」

 

何でこの2人こんな声低いの?怖いんだけど…。

 

 

 

 

 

私達はイベント会場の控え室にいる。

もっと色んなバンドさんがいると思ってたけど、私達を含めて3組くらいしか居なかった。

 

「お祭り自体は本格的なのに参加バンドって少ないんだね。そう言えば昨日のエントリーの時はどれくらいのバンドが参加するのか聞いてなかったしね」

 

まどかさんはそう言ったけど、そんな事はない。

例年は10組以上のバンドが参加している。何で今年に限って…。

 

「渚。やっぱり参加しよったか」

 

「お父さん…」

 

私が声の方に目を向けるとお父さんが居た。何だかすごく疲れてる顔をしている。

 

「今年は参加バンドが少ないからな。お前がバンドをやるのは気にいらんが…。祭の為にはありがたいか…」

 

「お父さん。どういう事?何で今年は参加バンドが少ないの?」

 

お父さんは少し理奈の顔を見て申し訳なさそうな顔をした。

 

「なるほどね。charm symphonyのせい。いえ、今はKiss Symphonyかしら?昨日急にクリムゾングループの息のかかったメンバーが加入したから。他のバンドはクリムゾンの名前に怖じ気づいて辞退したってところかしらね」

 

あ、そうか…。このイベントで目立つような音楽をしちゃったらクリムゾングループに目を付けられる。

だから…みんな辞退しちゃったんだ…。

 

「それだけやない。このイベントはプロのゲスト以外の参加バンドで人気投票を行ない優勝バンドを決めるって事もやってたんやけど、今回はKiss Symphonyも含めての人気投票になったんや」

 

「え?」

 

「Kiss Symphonyの販促の為にテレビも来とるからな。そしてその人気投票はKiss Symphonyが優勝する事に決まっとる。出来レースや」

 

「そんな!?」

 

何で…?クリムゾングループって何でそこまでするの?

ううん、わかってた。わかってたはずなんだ。クリムゾングループのやり方は。

 

でも、私の地元の…大切な地元のお祭りでそんなの…!

 

「なら好都合じゃん?テレビも来てるんでしょ?イベント自体が出来レースでも、私達の音楽の方が最高に楽しいってみんなに伝えるチャンスじゃん」

 

「それ!それですよまどか先輩!」

 

「残念ながらそれは無理や。テレビが映すのはKiss Symphonyのライブ中だけ。それ以外のバンドの演奏は撮影されない事になっとる。クリムゾングループもそれを危惧したんやろ…」

 

「そんな…私の…私達の地元のお祭りなのに…」

 

「そう。ならそれはそれでしょうがないわね。それでもここの会場に来てくれているお客様には私達の音楽が届くのでしょう?だったら私達はいつも通り音楽をやるだけだわ。最高の音楽を」

 

理奈…。うん。そうだよ。そうだよね!

 

「それだけは大丈夫や。クリムゾングループの関係者はもうこの町には居てへん。みんなこのイベントの台本だけ置いて帰りよったからな。今おるんはcharm symphonyの事務所の関係者だけや」

 

そうか。Kiss Symphonyって名前が変わっても事務所はクリムゾングループじゃないもんね。クリムゾンに関係あるのはRionaさんだけで…。

ん?でも待って。それってもしかして…。

 

「Rionaは捨て石にされたようなものね」

 

だよね?理奈の言う通りだ。

多分本気でRionaさんを売り出そうとしているわけじゃない。charm symphonyへの…charm symphonyの事務所へのただの圧力の為の捨て石なんだ…。

そう思うとRionaさんって…。

 

「渚、だからって同情とかしちゃダメよ?」

 

「え?うん、わかってるよ」

 

「まぁ、こればっかりはしゃーないか。Riona自身も何をどう考えてるのか。その事に気付いているのかどうなのかわからないしね」

 

「そうですね…。私達は私達の音楽をやりましょう」

 

「すみませんね。みなさん。ほな、ワシはこの後も仕事が残ってるので失礼します」

 

「待ってお父さん」

 

「なんや?」

 

「お父さん、見てて。私の…私達の音楽を。最高の演奏をしてみせるから」

 

「渚!?」

 

 

 

『おっちゃん、見ててな。あたしの、Artemisの音楽!最高の演奏をするからっ!』

 

 

 

「……頑張れ」

 

そう言ってお父さんは控え室から出ていった。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

次はいよいよ私達の演奏だ。

不思議と緊張はない。

すごく落ち着いた感じがしている。

 

「B&Dのみなさーん。そろそろステージに来て下さい」

 

「よし、行こうか」

 

B&Dってバンド名は単にBlaze FutureとDivalの頭文字を取って付けただけの名前だ。

一応バンド名も必要だったみたいだから、みんなでパッと決めた。

 

<<<ワァァァァァァ!>>>

 

「渚ー!」「渚ちゃ~ん!」「お姉ちゃーん」

 

私達はステージに立った。

さすが地元のお祭だ。

子供の頃から見知った顔が多い。

梓お姉ちゃんも、Artemisも昔このステージに立ったんだね。

 

でもステージに立った今も不思議と緊張はない。

 

よし……。

 

「みんなー!こんばん……」

 

「そこまでよ!!」

 

私がみんなに挨拶をしようと声をあげると別の声に掻き消された。

 

そして、Kiss Symphonyの4人が水着姿でステージに上がってきた。何で水着なの?

 

<<<ざわざわ>>>

 

会場もざわざわしだしている。

それはそうだろう。こんな事予定に無かった。

 

「どういうつもりかしら?私達に演奏をさせないつもり?(ボソッ」

 

理奈も困惑している。

 

「私はKiss SymphonyのRiona。あなた達B&Dにデュエルを申し込むわ!」

 

「え?」

 

<<<ざわざわ>>>

 

デュエル?何で?

Rionaさんの後ろにいるRanaさん、Lunaさん、Renaさんはすごくばつの悪そうな顔をしている。

周りのスタッフさん達もざわめきだしている。

 

そっか、これRionaさんが勝手に…。

 

「どう?このデュエル、受けるの?受けないの?」

 

うっ…どうしよう?どうしたらいいんだろう?

こんなの勝手に受けたら町の自治体にも、charm symphonyの事務所にも迷惑が…。

 

そんな事を考えていると

 

「渚!」

 

観客席の方からお父さんの声がした。

 

-コクリ

 

私と目の合ったお父さんはそのまま黙って頷いた。

 

再びステージに目をやるとRenaさんと目が合い。申し訳なさそうな笑顔で頷いてくれた。

 

お父さん…Renaさん…。

自治体も事務所も大丈夫って事だね。

わかったよ。

 

私は理奈、奈緒、まどかさんの方を見る。

 

「うん!」

 

奈緒が力強く頷いてくれた。

 

「上等じゃない。私達にデュエルを挑んだ事後悔させるわよ」

 

理奈がそう言ってRionaさんを……と、思ったけどRionaさんのおっぱいを睨んでいた。

 

「ん!」

 

まどかさんは親指を立てて合図してくれた。みんなの気持ちは同じだね。

私はRionaさんの方を見て

 

「いいよ!このデュエル!受ける!!」

 

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

Kiss Symphonyは以前理奈がcharm symphonyにいた頃の曲『vampire mode』『spirare』『明日の光』の3曲を演奏した。

 

理奈はcharm symphonyのみんながこの3曲を出来るくらい演奏が上達していた事に驚いていたけどどこか嬉しそうだった。

 

デュエルギグの結果は私達の演奏の方がオーディエンスも盛り上がりをみせたけど、Kiss Symphonyの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

 

「あはは、負けちゃったね」

 

「まぁ、元々出来レースだったわけだしこんなデュエルはノーカンだわ」

 

そうだ。元々優勝はKiss Symphonyに決まってた。

でも、それでもやっぱり悔しいな…。

 

「そうだよ渚。オーディエンスは私達のライブの方が盛り上がってたんだしね。渚としては地元のデュエルで…ってのがあるかもだけどさ…」

 

まどかさんも慰めてくれてるけどやっぱり悔しい。

 

「渚」

 

「奈緒?」

 

「私達いい演奏だったよ。きっとお父さんにも、梓さんにも届いてるよ」

 

奈緒……うぅ…そうだよね。

きっと梓お姉ちゃんにも届いてるよね…。

 

そんな事を考えていると急に頭に重い物が乗っかった。

 

「わ!?え?何!?」

 

私は頭の上に乗った重い物を取ってみた。

 

え?これって…。

イベントの優勝バンドのボーカルが貰う冠?

 

「Riona…」

 

理奈が私の後ろの方を見ながらそう言った。

 

「どうやら…私の名前は覚えたようね」

 

え?Rionaさん…?

 

「この冠はあなた達の物よ。どう贔屓目に見ても優勝はあなた達でしょ」

 

「え?え?」

 

「まったく……デュエルギグ形式にして演奏すればこんな茶番の出来レースも何か変わるかもと期待したのに…やっぱりクリムゾングループの圧力はこんなもんじゃ覆せないか…」

 

「あなた。出来レースってわかってたの?」

 

「まぁね…」

 

そしてRionaさんは話を続けた。

 

「クリムゾングループは私を売り出す為にcharm symphonyに入れた。それは嘘よ」

 

「え?」

 

「私の父親がクリムゾングループの会社の重役なの。私にはパーフェクトスコアを歌う才能はなかった。でも父さんに気に入られたい連中は私をクビにする事は出来ない」

 

え?それって…。

 

「なるほどね~。それであんたをcharm symphonyの事務所への牽制の為に使うってわけだ。胸くそ悪くなる話だね」

 

まどかさんの言う通りだ。それってすごく酷い…!

 

「それだけならそうね。実際は少し違うのだけれど」

 

「違う?どういう事ですか?そんなのってRionaさんもcharm symphonyのみんなもクリムゾンに利用されてるだけじゃないですか!」

 

「奈緒の言う通りですよ!そんなのって!」

 

「クリムゾングループはcharm symphonyの事務所を傘下に入れるつもりでいた。でもそうなるとあの子達は自分のやりたい事がやれなくなる。だから私が提案したのよ。傘下に入れるのではなく、クリムゾングループ所属の私がcharm symphonyに入れば問題無くなるんじゃないの?ってね」

 

「それはどういう事かしら?そもそもあなたがcharm symphonyに入った事自体がクリムゾングループの傘下に入るようなものじゃない」

 

「クリムゾングループは厄介者の私をcharm symphonyの事務所に押しつける事が出来た。そしてクリムゾングループである私がcharm symphonyの事務所のバンドに入る事でcharm symphonyが敵対する事はないから面目は立つ。それに私がいる以上charm symphonyには手を出される事はない。これであの子達の夢の邪魔はされないで済むわ」

 

「そっか。Rionaさんがcharm symphonyに入った事でクリムゾングループがcharm symphonyに手を出す心配はなくなったわけなんだ…」

 

「でもわからないわね。どうしてあなたがそこまでcharm symphonyの事を?」

 

「私は正直クリムゾングループは好きじゃない。父さんがクリムゾングループの社員だから入っただけ。それに私には夢があるわ。だから夢のあるあの子達にはこんなつまらない事で潰されてほしくなかった」

 

「あんたの夢って?」

 

「私の夢は…大きなステージで私のファンの前で歌う事。パーフェクトスコアの歌えない私にはそんなステージをクリムゾングループで用意される事はないわ。だから、私にとってもcharm……いえ、Kiss Symphonyはラストチャンスなのよ」

 

「そう…。その夢叶うといいわね」

 

「必ず叶えてみせるわ。Rinaあなたも私のライバルとして頑張りなさい」

 

「あの…。どういう事かしら?私のライバルはあなたではないのだけれど?」

 

「は?ちょ、ちょっと…?」

 

「あなたのベースも歌も確かに上手いと思うわ。でも……ごめんなさい」

 

「いや、待ちなさい、待ちなさいよ。素でそんな風に謝られると私すごく恥ずかしいんだけど…」

 

「本当に申し訳ないと思うわ。それにcharm symphonyの事を守る結果になった事には感謝しているわ。あの子達も一応元だけどバンドメンバーだったわけだし。でも、私のライバルとなると……やっぱりごめんなさい」

 

「わ、私のライバルとしてとか言ってしまった…恥ずかしい…恥ずかしい…」

 

Rionaさんが頭を抱えながら悶えている。

こう見るとこの人も可愛い人だな。

 

「だったらさ?理奈にはライバルって相手がいるわけ?」

 

「ええ、まぁ……」

 

理奈はそう言って奈緒を見た。

え?奈緒なの?奈緒ギターなのに?

あ、先輩を巡る恋のライバル的な?

 

「違うわよ」

 

やはり私の心は読まれている…。

 

「奈緒の妹の美緒ちゃん。彼女が私のライバルかしらね」

 

「ふぇ?美緒?何で?」

 

「先日、美緒ちゃんのライブに行かせてもらったのだけど…。あの子のベースも歌声も、正直震えたわ。」

 

「え?嘘。それって美緒は知ってるの?」

 

「多分……知らないわね…」

 

「へー、そうなんだ?美緒が知ったら大喜びしそうだよね。それより多分ってどういう事?てか、誰と行ったの?」

 

「………誰とでもいいじゃない」

 

「先輩か」

 

「貴だね」

 

「ち、違うの!たまたまなのよ!本当は貴さんと英治さんが行く予定だったのだけれど、英治さんが都合悪くなって…」

 

「それで?」

 

「そ、それで貴さんが『ほら、美緒ちゃんは理奈に憧れてんだろ?理奈も美緒ちゃんの演奏見とくのがよくねーか?』とか言って…!」

 

「あれ?おっかし~な。タカと英治の話だと『美緒ちゃんのライブがあるのね。私も憧れの対象でいたいし。美緒ちゃんのライブ見ておきたいわね』って理奈が言ってたから行きたいのかな?って誘ったって言ってたけど?」

 

「貴さんがそう言ってきたからよ!」

 

「で?ライブだけ行って帰ったの?」

 

「………帰りにそよ風でご飯を…少し」

 

「奈緒!どうやら今夜も眠れそうにないね!」

 

「うん!その話聞きたいよね!白目剥くくらい話そうよ。私なんか2回も……くっ!」

 

「ちょ、昨日も徹夜だったじゃない?今夜は早く休んだ方が……ね?」

 

「これは面白くなってきた…!」

 

そして私達は夜通し理奈に尋問……じゃなかった。

美緒ちゃんのライブの話を聞いたのであった。

ん?あ、Rionaさんの事忘れてた!?

 

「あの……私完全に空気?」

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

翌朝

 

「ん…朝か……。いつの間にか寝ちゃったのかな」

 

「あ、おはよ、渚」

 

「おはよう奈緒!」

 

夕べは私も客間で寝ることにした。

理奈はうつ伏せになったまま、まだ寝てるし、まどかさんは何故か部屋の隅っこで小さくなって寝ている。

 

「よし、私は明子さんのお手伝いでもしてこようかな~」

 

「私は……」

 

そうだ。お父さんと話さなきゃいけない。私はバンドをやるって。私の歌どうだった?って…。

 

私と奈緒が客間のある2階から1階に降りるとお父さんがいた。

 

 

 

「渚、起きたか」

 

「お父さん…」

 

どうしよう。私は何てお父さんに声をかけたらいいんだろう?

 

「私は明子さんのお手伝いしてくるね。

………渚、頑張ってね(ボソッ」

 

う、やっぱり奈緒には助けてもらえないか…。

 

「どうした?座らんのか?」

 

「う、うん…」

 

私はお父さんの正面に座ったけど…。

うぅ…何て言えばいいんだろう。

 

「渚」

 

「な、何!?」

 

「昨日の演奏は良かった。最高のライブやった」

 

お父さん…。

 

「お、お父さん!私…!」

 

「でも駄目や。関東でバンドをするのは許さん」

 

「何でよ…やっぱり梓お姉ちゃんの事があるから?」

 

「婆さんか母さんに聞いたんか?」

 

「うん…」

 

それからお父さんは何も言わなかった。

私も何も言えなかった。

でもこのままじゃダメだ。

 

お父さんは昨日のライブを最高だと言ってくれた。だから、ちゃんとバンドを認めてもらってバンドをやりたい。

 

「お父さん。お願いします。私のバンド活動を許して下さい」

 

「……」

 

「私は歌が、音楽が好きです。ずっと聴く専門でしたが、ステージに立ってみんなの前で歌って…楽しいって!私の場所だって思いました!」

 

「……」

 

「私は…志保のギター、理奈のベース、香菜のドラム……そして、私の歌。Divalを続けたいです!これ以上の我が儘は言いません!お願いします!許して下さい!!」

 

私は頭を下げて想いを伝えた。

今までいっぱい我が儘を言ってきたとは思うけど…。

 

「わかった」

 

「お父さん…!」

 

「ならこっちに帰ってこい。こっちでバンド活動をするってんなら許したる…」

 

……!?何で…!!

 

「それじゃダメなの!私は…Divalでバンドがやりたいのっ!!」

 

顔を上げた私はお父さんの顔を見て…

それ以上は言えなかった…。

あんな寂しそうな…悲しそうなお父さんの顔は見た事がなかった…。

 

 

 

どれくらいの時間が経ったんだろう。

もう数時間?それとも数秒?

 

 

 

私には時間の感覚がなくなるくらいの…。

 

「渚…」

 

「は、はい!」

 

「………お前の気持ちはよくわかる。ワシ……俺もな。昨日の渚のライブを見て、胸に熱いものを久しぶりに感じた」

 

「うん…」

 

「夕べは一晩中悩んだ。渚にこのままバンドをやらせたいって気持ちと、渚がバンドをやり続けたらどうなるのかって怖い気持ちとな…」

 

「お父さん…!」

 

「ん?なんや?」

 

「私は絶対にお父さんを悲しませるような事にはならない。私には守ってくれるたくさんの仲間も……先輩…先輩がいるからっ!」

 

「その先輩って誰やねんな……。渚。俺もお前が死ぬとかそんなん思ってへんよ。梓はたまたまの偶然の事故や。それはわかっとる」

 

「うん…」

 

「………はぁ」

 

「お父さん?」

 

「梓はクリムゾングループに殺された」

 

「……………え?お父さん今、何って…?」

 

梓お姉ちゃんが……?

クリムゾングループに………殺された?

 

「って噂も立った時期がある」

 

「は!?噂!?びっくりしたやん!何やねん!」

 

びっくりした!びっくりした!!

そんな事さすがにないよね…!

 

「でもな。そんな噂が立つくらいにはクリムゾングループは危険なんや。

翔子も澄香も日奈子も…まだあっちにおるけどな。それでもクリムゾングループからは隠れて生活しとるらしい」

 

え?

 

翔子お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんも日奈子お姉ちゃんも…?まだ関東にいるの?今何をやってるの…?

 

「翔子さん達は…まだクリムゾングループに狙われてるの?だから梓お姉ちゃんはクリムゾングループに殺されたって噂が立ったの?」

 

「わからん。もし梓が本当にクリムゾングループに殺されたのなら翔子達もあっちに住んだりしないやろ…」

 

そ、それもそうか…。

でも…今でも狙われてるって…。

何で?翔子さんも澄香さんも日奈子さんも今は音楽をやってるなんて話は聞かない。

まぁ、私がその辺疎いからかもだけど。

それでもまだ音楽やってるのなら噂くらいは………。噂は噂か…。

 

「だから俺はお前があっちでバンドをやるのは許されへん。お前を守ってくれる人がおらん。

……こっちでなら俺も…来夢もおる」

 

お父さんの気持ちもわかる…。

私はお父さんに愛されてるんだ。

だからお父さんは私を心配して…。

 

もう…お父さんを説得するのは無理かな…。

志保…理奈…香菜………。

 

お父さん…ごめん…ごめんなさい……。

私は…私はDivalの水瀬 渚なの…。

 

「うぅ…う……おと…お父さ…ん」

 

「渚…すまん…」

 

ごめんな…さい…。

 

「わた…私…私は…」

 

「はい、そこまでで~す」

 

私がお父さんに謝ろうとした時だった。

 

「明子さん…これ絶対もっと早く出てくるべきでしたよ…?」

 

「奈緒ちゃんごめんなさいね。でもちゃんと話さないとこの2人はダメだと思うから」

 

「はぁ……ま、しょうがないんですかね~?」

 

奈緒とお母さんが私達の横に座った。

 

「じゃ、奈緒ちゃん、お願い出来るかしら?」

 

「わ、私が言うんですか!?わ…私の気持ちも話しましたよね?」

 

「私は奈緒ちゃんの味方をする。この約束でどう?」

 

「くっ……わかりました…。絶対の約束ですよ?」

 

え?お母さん?奈緒の味方なの?

ってか何の味方?

 

「渚は取り合えず黙って聞いててね?面倒くさいから」

 

え?面倒くさい?

私が喋ると面倒くさいの?

 

「お父さん!」

 

「……可愛い」

 

「あなた?」

 

「ヒッ!?すまん!

……な、何かね?」

 

「お父さんは~?16年前?ですかね?ここのお祭でArtemisが出場した時の事覚えてますか?あ、わざとらし過ぎましたかね。覚えてますよね?」

 

「あ、ああ…もちろん覚えとる…」

 

「その日って~。すっごい大事件ありましたよね?渚の事で」

 

え?私!?16年前…?

私7歳?

Artemisが…梓お姉ちゃん達がイベントに出場した記憶ないんだよね…。なのに何で奈緒が知ってるの?

 

「あ、ああ、あの日は渚が梓の晴れ舞台やからって花を取りに行って…」

 

「そうです!それです!渚は梓さんに花を贈ろうして裏山の花を摘もうとして崖から落ちたんですよ!」

 

え?私崖から落ちたの?大丈夫なの?

あれ?私生きてるよ?生きてるよね?

 

「その時に……渚を探しだして助けてくれた…渚の命の恩人さん…。お父さんも知ってますよね?」

 

「ん?タカちゃんの事か?」

 

「はいー………そうですぅ…。タカちゃんです。梓さんの関東の友達の…BREEZEのタカちゃんです……」

 

え?タカちゃん…?BREEZEのタカ…?

貴…?先輩の事?

先輩が…私の命の恩人…?どういう事?

 

「タカちゃんの事ならよく知っとるよ。こないだも梓のお墓参りのついでに家に寄ってくれたしな。そのタカちゃんがどうしたの?」

 

「な…渚の…渚のいつも言ってる先輩さんがそのBREEZEのタカちゃんなんですぅ…」

 

「……はい?」

 

え?は?ちょっと待って。頭が追いつかないんだけど?

 

「だから~。昔渚を助けてくれた貴が、渚の先輩さんなんです!だから貴が渚の事をこれからも守ってくれると思うんですよ。

………なんで私がこんな事…(ボソッ」

 

「ほんまか?渚の彼氏ってBREEZEのタカちゃんの事やったんか?」

 

ちょっ!お父さんも何言ってるの!?

先輩は彼氏じゃないし!

って、それより命の恩人ってどういう事?

 

「あ、あの、貴は渚の彼氏とかじゃないので…ただの会社の先輩なので……ね?渚?」

 

黙ってろって言われたから喋りません。黙秘します。

 

「ね?渚(ニコッ」

 

「そうだよ。先輩ってBREEZEのTAKAの事だけど私の彼氏じゃないよ。マジ違うから」

 

おおう。奈緒の笑顔が怖いぜ。

 

「そ、それより奈緒が何でそんな事知ってるの?私ですら知らなかったのに…」

 

「やっぱりこないだの晩御飯の時…上の空だったんだね…」

 

「あのね、渚。16年前の事なんだけどね……」

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

16年前の夏祭。

あの時は梓ちゃん達が初めて地元のステージで歌うという事で、関東の友達であるBREEZEの4人を招待していた。

 

『ちょっ!タカ大変!』

 

『ん?澄香?どした?』

 

『ほら、昨日一緒に遊んであげた梓ん家の近所の女の子!あの子が行方不明になったって!』

 

『ああ…あの子か。え?まじで?』

 

『うん、そうみたい。今、梓達も一緒にみんなで探してるみたいだけど…』

 

『タカ。どうする?俺らも一緒に探してみるか?』

 

『誰だ貴様!?』

 

『お前…過去編でも俺の事忘れてんの?』

 

『ん?ああ、拓斗か。久しぶりだな』

 

『は?久しぶり?』

 

『う~む、昨日のあの子なら俺らも顔はわかるしな。英治と拓斗と俺で探すか。トシキは一応ここに残って、もしあの女の子が見つかったら俺らに連絡くれ。どっちにしろ祭のイベント前にはここに集まろう』

 

『わかったよ、はーちゃん』

 

そして自治体の数人とArtemisとBREEZEのメンバーで渚の捜索が始まった。

 

けれど、渚は一向に見つかる事はなかった。

 

『ダメだ。こっちもいねぇ…』

 

『うぅ…なっちゃんどこ行ったの…』

 

『泣くな梓…大丈夫だから』

 

『英治くぅん~…』

 

『あ!おい!テメェ英治!何梓に抱きつかれてんだ!三咲にチクるぞ!』

 

『宮ちゃん、まぁまぁ…』

 

もう少しでイベントライブの時間。

渚が見つからないままその時間は近付いてきていた。

 

『それよりタカちゃんは?』

 

『あたしは見てないな。日奈子の方にもいなかったのか?』

 

『翔子ちゃんも?ありゃ?澄香ちゃんは?タカちゃんと一緒だった?』

 

『いや、私も見てへんよ。どこ行ったんだろう?』

 

『英治、トシキ…これってヤバくないか?』

 

『ああ、タカがその女の子を誘拐したと疑われかねないな』

 

『はーちゃんがその女の子見つけても一緒に歩いてる所を警察に見られたら…』

 

『タカくん射殺されちゃう!?』

 

『くそ!俺達BREEZEもこれまでか!』

 

『いやいや、さすがにそれはないでしょ』

 

『あたしらはイベントの準備をしとこう。このままだと参加出来なくなる』

 

『うん、そうだね。運良くタカちゃんが見つけてくれてるかも知れないし』

 

『梓、行こう。タカとなっちゃんがもしイベントに間に合って私達が出場してなかったら悲しむよ?』

 

『うん…』

 

『澄香の言う通りだぞ。俺らももうちょっと探してみるからお前らはイベントに集中して優勝してこい』

 

『英治くん…』

 

『ほら、梓ちゃんもはーちゃんと優勝するって約束したでしょ?後は俺達に任せて』

 

『うん。トシキくんありがとう…』

 

 

 

その頃………

 

 

 

『まずいな。迷子になった。この時代スマホないしな。かー!GPSのありがたさが身に染みるわ~』

 

町から少し離れた林道をタカさんは歩いていた。

 

『う~…う~…』

 

『ヒッ!?何事!?何かうめき声が聞こえる?』

 

林の奥の方から何か声が聞こえる。

タカさんは不気味に思いながらも、もしかしたら…と思い、声のする方へ近付いて行った。

 

『くそ…私にもっと力があれば…いや、この背中の漆黒の翼が封印されてさえいなければ……無念…!』

 

『ピーピー泣いてると思ったら中二病拗らせた事言ってるとか余裕あるな』

 

『ヒッ!?誰!?私が可愛いから誘拐するつもりね!』

 

『ほんとに余裕あるな』

 

そこには横たわりながら中二病を拗らせた事を言っている渚が居た。

 

『なんだ…誰かと思ったら昨日のお兄ちゃんか…』

 

『お前こんな所で何してんの?』

 

『あそこ……』

 

渚は崖の上を指差した。

 

『あそこに梓お姉ちゃんが好きなお花が咲いてるの』

 

『ほぉ……。まさかそれを取りに行こうとして落ちたのか?』

 

『それを取ったら落ちた!』

 

『ドヤ顔で言う事じゃないな』

 

『せっかくお花取れたのに…。これからどうしようかな?って…考えてたの』

 

『お前…まさか動けないのか?』

 

『うん…』

 

渚が動けないと聞いたタカさんは急いで渚の元に向かった。

 

『お前…これ…』

 

『痛っ!』

 

『これ…折れてるかもしんねーぞ?』

 

『私の心は折れてない!少し…泣きそうにはなったけど…』

 

『心の話じゃねーよ。足だ足』

 

『足…?折れたらどうなるの?』

 

『ん、超痛い。足痛いだろ?』

 

『うん…超痛い…』

 

『ちょっと…我慢しろな…』

 

タカさんは渚をおぶった。

 

『大丈夫か?』

 

『うん…』

 

『よし、帰るぞ。あ~、帰り道とかわかるか?』

 

『わかんない。私は上から来たし』

 

『そか。さすがにおぶったまま登れねぇな。ま、来た道戻ってりゃそのうち着くか』

 

タカさんは渚をおぶったまま来た道を戻った。

渚の足も心配だから救急車を呼ぶ事も考えたようだけど、それだと渚はArtemisのライブを見れなくなるし、救急車に正確な場所を伝える事も出来ない。

 

幸い渚は泣いていないし、それほど痛がってもなかったから骨折まではしてないかな?と安心していた。

 

『それよりお前が泣いてなくて助かったわ』

 

『泣かないよ。強いもん』

 

『そか』

 

『それに梓お姉ちゃんが涙はここぞと言う時の女の武器だから簡単に流しちゃいけないって』

 

『は?あいつ幼女に何教えてんの?アホなの?………あ、もしかしてあれか?さっきの漆黒の翼とかも梓から教わったのか?』

 

『うん』

 

『あいつほんっっっっと何教えてんの!?』

 

『お兄ちゃんって梓お姉ちゃんの彼氏さん?』

 

『いや、違う』

 

『そっかぁ…』

 

『あれ?こっちだったかな?ヤバイな。このままじゃ、この子イベントライブに間に合わせてやれねぇ…。チ、いつもなら一度通った道には迷わないんだが、こんだけ似た景色ばっかだとわかんなくなるな…』

 

『お兄ちゃん』

 

『ん?なんだ?』

 

『ありがとう…。このままもうお父さんにもお母さんにも会えないかと思ってた…。このまま死んじゃうのかもって本当に怖かった…』

 

『大丈夫だ。もうすぐお父さんにもお母さんにも会える』

 

『うん……お兄ちゃん』

 

『ん?』

 

『好き…』

 

『あ?ああ、ありがとうな。俺も好きだぞ』

 

『ほんまに?』

 

『おう、俺は餅はついても嘘はつかねぇ』

 

『じゃあ、私大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!』

 

『そか。そん時も俺が結婚してなくて可愛くなってたらな』

 

『ブスになったら?』

 

『ごめんなさい』

 

『は!?普通子供にそんな事言う!?』

 

『さっき嘘はつかねぇって言っただろ?』

 

『あ、そっか。う~む……

……じゃあ私可愛くなる!』

 

『おう、それはいいこっちゃな。頑張ってくれ』

 

『だからお兄ちゃんも結婚しちゃダメだよ?』

 

『え?嫌だけど?結婚したいし』

 

『なんでやねん!私可愛くなるから!』

 

『はぁ…わかったわかった。善処する』

 

『ぜんしょ?』

 

『おう。善処』

 

『うん、よくわかんないけどわかった。絶対可愛くなってお兄ちゃんと結婚してあげるからね』

 

『ああ、そん時は頼むわ』

 

それから少し歩くと町が見えてきた。

 

『あ、町見えてきたぞ。もうすぐだからな?』

 

『すぅ~すぅ~』

 

『ん?寝てんのか。………それでも梓への花はしっかり握ってんだな。何とかArtemisのライブに間に合えばいいけど…さすがに無理か。それより警察とかに見つからないように移動しなきゃな…。誘拐とか思われたら大変だし』

 

そしてタカさんはイベント会場に到着し、BREEZEのみんなと合流して自治体のテントに居るお父さんの元へ渚を連れて行った。

 

渚は打ち身と捻挫はしていたが、骨折しているわけでもなく救護テントの応急措置で済んだ。

 

『ん……あれ?知らない天井だ…』

 

『うわぁぁぁぁん!なっちゃぁぁぁん!』

 

『あれ?梓お姉ちゃん?』

 

『起きてそうそうエヴァの台詞ぶっこむとか本当に末恐ろしいな』

 

『あ、お兄ちゃん』

 

『なっちゃん、大丈夫?痛くない?』

 

『お母さん…お父さんも……う、うぅ…うわぁぁぁぁん!』

 

渚は安心したのか泣き出してしまった。

 

目を覚ました渚をお父さんがおぶって帰ろうとしたけど、お兄ちゃんがいいと駄々をこねたのでタカさんがおぶって家まで帰ってくれた。

 

『タカくん!なっちゃん見つけてくれて本当にありがとうね!』

 

『ああ…でもすまんな。俺もこの子もArtemisのライブに間に合わなかった』

 

『いいよ。別に。なっちゃんが無事だったから』

 

『そか。あ~、あれだ。優勝おめでとう』

 

『へへ、ありがとう』

 

『あ、そうだ…梓お姉ちゃんにお花…』

 

『うん、なっちゃんありがとうね。貰ったよ。押し花にして御守りにするね』

 

『うん!』

 

『へへ…でも…。タカくんと結婚して子供が産まれたら…こんな感じ…なのかな?』

 

『バッ!お前何言ってんの。ほんとに何言ってんの?そして何でなっちゃんは俺の頭をペシペシ叩いてんの?』

 

『お兄ちゃん…もう浮気?』

 

『安心しろ。梓のいつもの冗談だ』

 

『ちゃうのに…(ボソッ』

 

『梓お姉ちゃんでもダメだよ?お兄ちゃんは私と結婚するの!』

 

『へ?タカくん……やっぱりロ…』

 

『大きくなって可愛くなったらな』

 

『むぅ…』

 

『良かったわねぇ、なっちゃん。素敵な旦那が見つかって』

 

『娘をよろしくお願いします』

 

『あの…ああ…はい。善処します…』

 

『タカくんのバカ』

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

「と、まぁ、そんな事があったのよ」

 

「本当にとんだロリコン野郎ね」

 

「まぁ、タカは昔からタカだったんだねぇ~」

 

いつの間にか理奈とまどかさんも起きてきていた。

 

「そうかぁ。まさかタカちゃんが渚の先輩やったとはなぁ。で?いつ結婚するんや?」

 

「は!?いや!だから先輩はそんなんちゃうし!そんなん子供の頃のはな……」

 

私が全てを言いきる前に奈緒に口を塞がれた。

 

「あ、あははは。だからお父さんも安心じゃないですか?貴とはバンドは違いますけど、会社も一緒だしよくご飯も行ったりするくらい仲良しさんですよ」

 

 

 

「奈緒も大変ね」

 

「ほんとにね~」

 

 

 

「そっか…確かにタカちゃんが居てくれるなら大丈夫か…」

 

「ですです!事故とかそういうのは関東でも関西でも渚がちゃんと気を付けないといけないのは一緒ですしね」

 

「そうやなぁ…バンドのメンバーも仕事もあっちやしなぁ…」

 

 

 

「もう一押しといった所かしらね?」

 

「もう大丈夫でしょ」

 

 

 

「ね?クリムゾンだけじゃなくて、貴はきっと……」

 

奈緒が急に黙り込んだ。

え?どうしたの?

 

「貴はあんなんですから…きっとじゃなくて絶対守ってくれます。渚も私も理奈もまどか先輩も…他のみんなも…」

 

奈緒…。

 

そうだ。先輩はいつもそうだ。

私が仕事を辞めようと悩んでた時も…

こないだの対バンの時も…。

 

私は私の口を塞いでいる奈緒の手をどけた。

 

「私も!守られてばかりじゃない!私も先輩を…貴を守るもん!」

 

「渚……タカちゃんを守る……タカちゃんの家庭は私が守る……タカちゃんと結婚して家庭を支える主婦になる………。

な、なんやて!?渚にはその覚悟が…」

 

 

 

「とんでもない脳内変換がきたわね」

 

「とんだ茶番だよね?」

 

 

 

「うん、私にはその覚悟がある!」

 

 

 

「渚も自分で何を言ってるのかわかってるのかしら?」

 

「帰りの電車の時間何時だっけ?」

 

 

 

「わかった。渚。関東でバンド活動をするのを許してやる」

 

「ほんと!?」

 

「条件は2つ」

 

「は、はい!守ります!」

 

「1つは事故とかもそうやけど体調にも気を付ける事」

 

「はい…」

 

「後はまた…タカちゃんと飲みに行きたいしいつか二人でこっちに遊びに来い」

 

「う…うん!約束する!」

 

 

 

「二人で……ね…」

 

「多分渚は意味わかってないね」

 

 

 

「お父さん…本当にいいの?」

 

「ええよ。渚のバンド活動を…応援する」

 

「お、お父さん…!!」

 

「良かったね!渚!」

 

「うん!うん…!奈緒…本当にありがとう…!」

 

私は奈緒と抱き合って喜んだ。

そして奈緒は私の耳元で

 

「この貸しは高いからね~?いつか返してね?(ボソッ」

 

「え?」

 

「えへ♪」

 

な、なんて低い声が出るの奈緒ちゃんったら。

あ、危なくチビりかけたからね?

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

私達は今帰りの新幹線の中にいる。

 

本当に長い。色々な事があった帰省だった。

そんな物思いにふけっていた時、英治さんからLINEがきた。

 

「あれ?英治さんからLINE?」

 

「あ、渚にもきたんだ?私にもきたよ」

 

「みんなに送ってるのかしらね。私にもきたわ」

 

「う~ん、今夜ファントムに集合か…。なんだろ?」

 

私だけじゃなく奈緒、理奈、まどかさんにもきたようだ。

 

これが大事件の幕開けとなった。

 

私達の夏はまだ終わってなかった。

そしてこの夏……私達とクリムゾングループとの戦いが始まる。



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特別編
第1話 ファントムの集い


このお話は各バンドの8章の次の特別編となります!


俺の名前は葉川 貴。

今日は8月16日。

 

本来なら会社は夏休みなのだが、俺は休日出勤をしていた。

そんな休日出勤も終わり、家で残りの夏休みをいかにだらだらと過ごすか。

そんな期待と希望に胸を膨らませながらの帰宅中。

 

昔のバンド仲間の中原 英治からあいつの経営するライブハウス『ファントム』に呼び出された。

 

休日出勤した日にファントムに行く。

先日はそれで面倒な事になったので気乗りはしないが、もしかしたら11月に開催するギグイベント『ファントムギグ』の大事な話かも知れない。

 

そう思ったのでやむを得ずファントムに向かうことにした。

 

「あ?貸切?」

 

ファントムに着いた俺は本当に嫌な予感がした。

ファントムではライブの無い日にはカフェをオープンしている。

なのにファントムの入り口には貸切の立て札。そして、中からは大勢のワイワイ話している声が聞こえる。

 

「うぅむ……帰りたい…」

 

俺はそう思いお腹が痛いことにして帰ろうとした時だった。

 

「あれ?貴、入らないの?」

 

そこにはDivalのギタリスト雨宮 志保が居た。

 

「あ?何でお前ここにいんの?」

 

「あたしはバイト終わって今来た所だよ。で?今帰ろうとしてなかった?」

 

「てか、志保も英治から呼び出されたのか?」

 

「うん、渚や理奈も香菜もみたい」

 

「そうか。いい事を聞いた。やはり俺は帰る」

 

俺はそのまま帰ろうとしたが志保に腕を掴まれた。

 

「往生際が悪いよ貴!いつまでも逃げてられないでしょ!もう諦めて二人で一緒にしばかれよう?」

 

「いやいやいや、何でしばかれるとわかってて行かにゃならんのだ。俺は帰る」

 

「いいの?あたしだけだったら自分の身可愛さにある事ない事言うよ?」

 

ぐっ…やむを得んか…。

まぁいい。2、3発殴られる程度で済むだろ。覚悟を決めるか…。

ってか、2、3発殴られる程度ってデュエルギグ野盗より怖いやん……。

 

そして俺は意を決してファントムの扉を開けて中に入った。

 

 

そこには色んな面々がいた。

 

Blaze FutureやDivalだけじゃない。

Ailes FlammeにCanoro Felice、evokeもFABULOUS PERFUMEも居た。

いや、それだけじゃない。

トシキも晴香も、綾乃や美緒ちゃんも居た。

 

これって何の集り?

 

「あ、貴!」

 

俺を見つけた我がBlaze Futureのギタリスト佐倉 奈緒がパタパタと俺の方に走ってきた。

え?何でほんとにパタパタ走る音してるの?

妖怪か何かなの?

 

「おう、奈緒。こんばん…」

 

「フン!」

 

「グホッ…!」

 

俺の元まで走ってきた奈緒にいきなりボディブローをもらった。

 

「な、何で…」

 

「いや~、この夏休みに色々な事がありまして。八つ当りです」

 

「お、おま…あれだろ?BREEZEのTAKAさんに憧れてたんだろ?それって俺の事ですよ?」

 

「やだなぁ貴は~。そんなのわかってますよぅ」

 

「憧れの人にいきなりボディブローなの?」

 

「だから八つ当りです」

 

な、何なのこの子。何で俺殴られたの?

ヤバいな、もしかして本当に2、3発殴られるの?嫌だなぁ。帰りたいなぁ…。

 

「先輩。こんばんはです」

 

俺が床に寝そべりながら苦しんでいると、Divalのボーカル水瀬 渚が俺の目の前にしゃがんで声を掛けてきた。

チ、もう少し丈の短いスカートだったら良かったものを…。

 

「先輩にちょっと聞きたい事があるんですよ」

 

「聞きたい事?何だ?」

 

あぁ~、嫌だなぁ。これ絶対殴られるフラグだよ。もう嫌だよ…帰りたい…。

 

「あ、あのね。あ、いや、あのですね…」

 

………。おっと、いかんいかん。

一瞬可愛いと思ってしまった。

この位置関係…顔面殴られる覚悟もしとかないとな。

 

「あの…私って…男の人の目線で見て可愛いですか?ブスですか?」

 

「は?」

 

「あの…可愛いか…ブスか…どっちかな?って…」

 

え?可愛いよ?可愛いけど……。

これはあれか?可愛いって言ったらセクハラって殴られて、ブスって言ったら罵られながら殴られるパターンか?

ヤバい。殴られる未来しか見えない…。

 

それより志保はどこに行ったの?

俺を置いて逃げたの?

 

「あは、やっぱり…可愛くない…よね…」

 

いや、可愛いか可愛くないかなら可愛いよ?なんか様子が変だな…。

あ!あれか!?好きな人出来て悩んでる的な感じか?

なら、ちゃんと答えてやらないとな。

 

「ん、俺目線で良けりゃだけどな。他の人は知らんぞ?渚はめちゃ可愛い方だと思うぞ?」

 

「え?か、可愛い……って…ほんまに?」

 

「まぁな。自信持ってもいいと思う」

 

「うへ」

 

うへ…?

 

「私…可愛いかぁ…えへへへ」

 

そう言って渚は立ち上り上機嫌で去って行った。

どうやらこの解で合っていたようだ。

セクハラとか言われて殴られなくて良かった…。

 

「むぅ~…」

 

「奈緒は何でほっぺた膨らませてんの?あざとさアピール?」

 

「……何でもないですよ(ニコッ」

 

こ……怖いよママン…。

 

<<<ざわざわ…>>>

 

おっと、ここでこのまま寝そべってる訳にもいかんな。

ってかこのメンツに召集って何の話なんだ?

 

「なぁ奈緒」

 

俺は立ち上り奈緒に話し掛けた。

 

「え?は、はい。何ですか?」

 

「奈緒も英治に呼び出されたのか?」

 

「はい。そうですよ。このメンツってファントムギグに参加するメンツですかね?」

 

「俺もそう思ったんだが晴香とかは関係ないだろ?」

 

「あ、あ~…確かに…」

 

「それで何でみんなを呼び出した英治はあそこで正座しながら泣いてるの?何かあったの?」

 

「あ、あれは私と渚と理奈でちょっと尋も……ちょっとお話してたらあんな感じに…」

 

え?今尋問って言おうとした?

 

「奈緒。英治ってな。お前の憧れのBREEZEのドラマーだったんだぜ?」

 

「し、知ってますよ!」

 

「にーちゃん!」

 

俺が奈緒と話をしていると後ろから思いっきり抱きつかれた。

 

「おう、渉か。久しぶりだな。泊まりでバイトに行ってたんだってな?お、ちょっと背延びたか?」

 

「あはははは、身長は変わってねー!」

 

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

俺の名前は中原 英治。

昔、BREEZEというバンドでドラムを担当していた。

 

現在は可愛い妻と娘と一緒にライブハウス兼カフェを営んでいる。

 

でも今は渚ちゃんと奈緒ちゃんと理奈に正座をさせられ説教され、謂れのない事で泣かされていた。

 

俺…タカと梓が付き合ってたとか言った覚えないけど?確かに付き合っててもおかしくない二人だったけどさ…。

 

「おい英治」

 

俺が何とか泣き止もうと頑張っているとタカが話し掛けてきた。

 

「おう、タカ」

 

「このメンツに召集って何だ?ファントムギグの事かとも思ったけど晴香もいるし三咲も居るしな。何があった?」

 

「お、三咲と挨拶したか?最近お前がバンド始めた事とか、よくここに来る事話してたら会いたがってたぞ?」

 

「いや、まだ挨拶してねぇな。お前と違って忙しそうだし」

 

タカとトシキは…昔からこうだよな。

周りの事に気を使いまくって…。

そんなお前らとバンドやってたから、俺も拓斗も変われたんだよな。

 

「で?マジで何なの?」

 

「あ、ああ、そうだな。お前と志保で全員揃ったはずだしな」

 

ヤバいヤバい。こんな事している場合じゃなかった。

俺は今からみんなに大事な話をしなきゃいけない。

 

と、その前に…

 

「おい、姫咲ちゃん。いいか?」

 

「あ、はい」

 

俺は立ち上りCanoro Feliceのベーシスト姫咲ちゃんを呼んだ。

そして俺と姫咲ちゃんはフロアから中二階に上がる階段の上に登り…

 

「みんな今日は忙しい中集まってもらってすまん。今から大事な話をするからよく聞いてくれ」

 

みんなに向かって声を掛けた。

 

みんな話をするのを止めて俺の話に耳を傾けてくれている。

 

「まずは…そうだな。俺はここのみんなのほとんどが知っていると思うが、昔BREEZEというバンドでドラムをやっていた。もう15年前の事だ」

 

さて、タカを説得するならここから話さないとな…。

 

「明後日の8月18日の土曜日になんだが。俺達BREEZEの昔馴染みのバンド。HONEY TIMBRE(ハニー タンブル)というバンドが南の島で開催される『南国DEギグ』に参加して再活動をすると連絡をもらった!」

 

「南国DEギグ?」「聞いたことあるぞ…」「ハ、HONEY TIMBREってあのHONEY TIMBRE?」「そか、あいつらまだ生きてたか…」「南国DEギグってクリムゾンも介入出来ないくらいのギグイベントって…」

 

うん、思った通りの反応だな。

バンドを志す者なら噂だけでも南国DEギグは聞いた事があるはずだ。

 

「そしてそのHONEY TIMBREのメンバーから南国DEギグのチケットを15組30人分を貰う事が出来た。そこでここにいるみんなの中から一緒に行くメンバーを決めようと思って呼び出したんだ。明日出発で2泊3日の旅になる」

 

「ここからは私が説明しますわ。英治さんが戴いたのはあくまでもライブのチケットです。旅費まで出して貰ったわけではありません。そこで、ちょうど会場の近くに、私秋月グループのホテルがあります。

この夏休み時期ですが12部屋空きがありましたので、そこに泊まってもらうという事で12組分24名の方を招待しますわ。

あ、ごめんなさい。Canoro Feliceで4人埋まりましたので残り20名です」

 

「え?俺バイトあるんだけど?」「春太諦めろ。秋月が決めた事は絶対だ…」「旅費も出してもらえるなら行きたいよね」「ああ、嫌な予感が当たった…」「そんなイベントなら行きたいよな」

 

うん、みんなざわざわしているな。

 

「俺はここの仕事が忙しくて三咲にも初音にも家族サービスをしてやれなかったからな。いい機会だし家族旅行も兼ねて行こうと思ってる。

ここの会場の近くにはトシキの別荘もあるし、俺と三咲と初音、トシキと晴香と晴香の義弟の達也はライブには参加するが旅費は自分達で出してトシキの別荘に泊めてもらう事にした。だから姫咲ちゃんの…秋月グループの融資で残りの20人を募集したい」

 

「え?俺はトシキのとこ泊まれないの?」「俺は妹と会えなくなるから行きたくないな…」「ねぇ渉…あの達也って人先生じゃない?」「何で東山先生がいるんだ?」「お姉ちゃんどうする?」「あ~、私は行きたいかな。仕事もお休みだし」「ボクも行きたい!」

 

「この中から20人ってなると行きたくても行けない人も出てくると思うし俺が勝手に7人は選ばせてもらった。もちろん用事があるとかなら他の人に権利を譲っても構わない。見たいよな。HONEY TIMBREの再活動…」

 

最後にこれを言った事でタカは参加せざるを得ないよな?俺とトシキも行くわけだし。

 

<<<ざわざわ>>>

 

「まずはAiles Flammeから秦野 亮くん!」

 

「え?お、オレすか?いいんすか?」

 

「次にBlaze Futureのタカ!」

 

「ま、7人って時点でそうだろうとは思ったけどな…HONEY TIMBREか……久しぶりだな…」

 

「次にDivalの水瀬 渚ちゃん」

 

「わ!私!?うわー!めっちゃ嬉しいです!」

 

「evokeの豊永 奏くん!」

 

「ありがとうございます。勉強させていただきます」

 

「まだバンド名は決まってないんだったか?綾乃、お前だ」

 

「え?私?」

 

「FABULOUS PERFUMEからはふた……ナギ!」

 

「待ってくれ、俺はまだ足が…。是非参加したいとは思うんだが…みんなに迷惑かからないか…?」

 

「そして、gamut(ガマット)からは佐倉 美緒ちゃん。お願い出来るかな?」

 

「わ、私…ですか?え、でも……」

 

「このメンバーは各バンドのバンマスって事で決めさせてもらった。残りは13人。各々色々あると思うし、無理な人もいるかも知れん。しばらくみんなで話し合ってくれ。参加したいメンバーが決まったら俺の所に来てくれ。参加メンバーがオーバーするようならくじ引きで決めさせてもらう。以上だ」

 

 

 

 

 

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オレの名前は秦野 亮。

Ailes Flammeでギターをやっている。

 

南国DEギグか…。

昔からよく聞くギグイベント…。

まさかそのイベントを観に行く事が出来る日が来るとは…。

 

「良かったな!亮!そんなすげーイベントに行けるなら俺がバンマスやれば良かったぜ!」

 

「いいなぁ~ボクも行きたいなぁ。残り13人かぁ…行けるかな?』

 

「僕も行きたいよ。南国DEギグって僕でも聞いた事あるもん。これって行けたらすごい勉強になりそうだよね」

 

そうだな。オレ達に足りないモノも何か掴めるかもしれない。

 

渉とシフォンも歌詞を作ってくれたみたいだし、 8月末にはFABULOUS PERFUMEのライブのヘルプもある。

練習も大事だとは思うが、このイベントに参加する事はオレ達にとっていい経験になるだろう。

 

「オレとしては行きたいと思うし、出来ればAiles Flammeのみんなで行きたいと思う。みんなの予定とか希望はどうだ?」

 

「行きたいに決まってるじゃん!南国DEギグなんて最高のイベントだよ?生で観てみたい!」

 

良かった。シフォンも行きたいと思ってくれてるのか。

これはシフォンとお泊まり旅行!?

 

「僕もバイトはまだお盆休み中だし行きたいかな。ベースの練習もしなきゃだけど、ベースもちゃんと持っていくし!」

 

拓実も同じ気持ちで良かった。

 

「ま、渉ももちろん参加だろ?オレ達はAiles Flamme全員で参加したいって英治さんに伝えてくるか」

 

「ああ!もちろんだぜ!てか、東山先生って英治にーちゃんの知り合いだったんだな。びっくりしたぜ…」

 

オレ達Ailes Flammeは、バンマスであるギター担当のオレ、秦野 亮。

ボーカルの江口 渉。

ベースの内山 拓実。

ドラムのシフォン。

この4人で参加を希望する事にした。

全員で行けたらいいけどな。

 

 

 

 

 

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私の名前は柚木 まどか。

Blaze Futureでドラムを担当している。

 

Blaze Futureのボーカル葉川 貴。

ギターの佐倉 奈緒。

ベースの蓮見 盛夏。

 

私達は4人で南国DEギグに参加したいメンバーの話し合いをしている。

ただ意外だったのが……。

 

「タカがぶつくさ言わずに行きたがるとか珍しいね」

 

「HONEY TIMBREの再活動だしな。英治もトシキも行くのに俺が行かないわけにはいかないだろ。それに久しぶりのあいつらの演奏見てみたいしな…」

 

HONEY TIMBREか…。

私は聞いた事ないバンドだなぁ。

 

「あたしも行きたい~。HONEY TIMBREの曲も好きだし、今年の南国DEギグにはあたしの好きなバンドも出場するし~」

 

「へぇ、盛夏はHONEY TIMBREの曲知ってるんだ?他にも好きなバンドが出るなら行きたいよね」

 

「私もHONEY TIMBREの曲知ってますよ。美緒も行けるみたいだし保護者として私も行かせてもらえないかなぁ?」

 

「あ?そっか。美緒ちゃん未成年だしお姉ちゃんとしては心配か」

 

「まぁ、美緒も子供じゃないんですし、貴も英治さんもトシキさんも晴香さんもいますしね。あんまり心配はしてませんけど」

 

タカも奈緒も盛夏も参加したい派か~。

私も南国DEギグは見ておきたいし、南の島でバカンスとか最高なんだけど…。

 

「まどかさんは参加しないの~?」

 

「う~ん…ちょっと悩んでるかな…」

 

「は?まじでか?お前はいの一番に参加したいって言い出すと思ってたんだけど?」

 

「わ、私もまどか先輩は参加したい派だと思ってました…。何か用事があったりするんですか?」

 

「ん?ううん、用事とかじゃないよ。仕事も9月からだしね」

 

「そっか。お前保母さんだもんな。8月いっぱい休みなのか」

 

「え?まどかさんって保母さんだったの?」

 

「うん。まどか先輩は幼稚園で先生やってるんだよ」

 

あ~、そっか。盛夏とはあんまりこんな話しないから知らなかったのか。

 

「ま、それはそれとして~。何で悩んでるの?」

 

「う~ん、南国DEギグは見ておきたいし、南の島でバカンスって最高だと思うけどさ。南国DEギグはシフォンとかイオリに見させてあげたいんだよね。大きなフェスとかあんまり見た事ないだろうしさ。あの子らに参加させてあげたいなぁって…」

 

「よし、ならBlaze Futureからは全員参加希望で英治に伝えてくっか」

 

「ちょっ!タカ!私の話聞いてた!?」

 

「ああ、シフォンかイオリがもし行けなくなって、まどかが参加権利を手に入れたらどっちかにやりゃいいだろ」

 

「で、でも二人共行きたいのに行けなくなったら…どっちかにしか…」

 

「そん時は俺の権利もくれてやる」

 

「は!?だってタカも見ておきたいって」

 

「さっきまどかが言った事な。俺もそう思ったからな。シフォンやイオリだけじゃなくて、Ailes Flammeも志保も美緒ちゃん達もな。高校生組に見せてやりたいと思うからな。ま、その気になりゃ俺は自腹で行けるしな」

 

タカ…。

 

「それにみんな行けるかも知れねぇだろ?仕事とかバイトとか家の用事とかで行けない人もいるだろうし、行きたいならエントリーだけでもしてた方がいい」

 

「そうですよ、まどか先輩。残り13人とはいえ、もしかしたら13人も参加希望いないかも知れませんし」

 

そっか。あはは、みんながみんな参加希望だとか勝手に思っちゃってたよ。

タカと奈緒の言う通りか。

 

「あはは、そうだね。なら……私も行きたい!」

 

「おう、英治にそう伝えてくるわ」

 

私達Blaze Futureは4人で参加希望を出した。みんなで行けるといいな。

 

 

 

 

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俺は一瀬 春太。

Canoro Feliceというバンドでダンサーボーカルをやっている。

 

「南の島でライブとか楽しみだよね~」

 

「ええ、南国DEギグはすごいフェスですわ。一度現地に行ってみたいと思ってましたし楽しみですわ」

 

Canoro Feliceのギターボーカルの夏野 結衣と、ベースの秋月 姫咲は楽しそうに話しをしている。

 

そりゃ俺もバンドをやっているわけだし、そんなすごいフェスには行きたいとは思ってるけど…。はぁ……。

 

「どうした春太。浮かない顔をしてるな」

 

「ああ…冬馬…」

 

俺が溜め息をついているとCanoro Feliceのドラム松岡 冬馬が話し掛けてきた。

 

「秋月に振り回されるって今に始まった事じゃないだろ。いい加減諦めろよ」

 

「それはそうなんだけどね。他にも色々さ」

 

「ん?何だ?良かったら話くらいは聞くぞ?」

 

「ああ……うん。いつもライブの事もスタジオの練習の予約とかもさ。曲作りも冬馬にばっかり任せっきりでしょ?」

 

「ん?まぁ、それは適材適所だろ。俺はユイユイや秋月を纏めるとか無理だしな。そこはお前に任せられるから俺が色々裏方的な仕事もやれてるだけで…」

 

「俺も真剣に考えてみたんだ。このバンドは俺がやりたいと思って結衣とやろうって結成したバンド。そして、姫咲と冬馬をスカウトした」

 

前々から少し考えていた事。

今日の英治さんの話でそうした方がいいと決心出来た事。

 

「俺さ。ダンスばかり得意で歌ってそんなに上手い方じゃない。声はいいとはよく言われるけど」

 

「あ?何が言いたいんだ?」

 

「ネガティブな事じゃないよ。だから俺、もっと歌を上手くなりたい。Canoro Feliceをもっともっとすごいバンドにしたいと思ってさ。最近…こないだのFABULOUS PERFUMEのライブの後からボイトレのスクールに通ってるんだ」

 

「は!?まじかよ。全然知らなかった…」

 

「ボーカルのくせに今更ってのもあるからさ。少し言うの恥ずかしくてね。冬馬にしかまだ言ってない。……セバスさんにはバレてるかも知れないけど」

 

セバスさんはいつも神出鬼没だし、さりげにみんなの色々な事知ってるしね。

 

「それでさ。これからCanoro Feliceのバンドマスターは冬馬にやってほしいんだ」

 

「は?」

 

 

 

「あれ?姫咲どうしたの?」

 

「いえ、何でもありませんわ」

 

 

 

あ、もしかして姫咲には聞こえちゃったかな?

 

「ちょっと待て春太。何で急にそんな…」

 

「もちろんみんなを纏める役とかはこれからも俺がするし、ライブでのMCもしっかりやる。さっき南国DEギグの参加者を英治さんが決めた時、他のバンドはバンマスのみんなが選ばれたろ?」

 

「あ、ああ…」

 

「バイトやスクールの事がなかったら俺はもちろんそんな機会なんてそうそう無いし参加したいとは思うけどさ。Canoro Feliceから参加出来るのは一人だけってなるとさ。俺より冬馬の方が適任だと思う」

 

「バ、バカ言ってんじゃねぇ!俺はお前がバンマスだから安心して裏方の仕事をやってられるんだ!」

 

「よく考えてよ冬馬。今度のファントムギグに関してもそうだけどさ。もしミーティングとかそういう集り。そんな時には冬馬の方が…」

 

「何だそりゃ?そんなの代理って形でも何でもいいだろうが。でもな、ミーティングや打ち合わせ、そんな事の代理は俺に出来てもな!Canoro Feliceのバンドマスターは一瀬 春太しか出来ねぇんだよ!」

 

「冬馬…」

 

「俺もこんな性格だ。ユイユイも少し……いや、かなり抜けてるし、秋月に至ってはすぐ暴走しちまう。そんな俺達を纏める事が出来るのは春太。お前だけなんだよ。もちろん俺も色々サポートはさせてもらう。………俺が…いつも自分勝手に生きてきた俺が。こう思えるようになったのもお前のおかげなんだよ。春太…」

 

「そうですわね。松岡くんはすごく変わったと思います」

 

「姫咲…」

 

「私は今回の事もですが、いつも好き勝手にさせて頂いてます。それが出来るのも春くんが、私が暴走し過ぎないように纏めてくれるからですわ」

 

「そうか…俺のせいだったのか…」

 

「春くん?(ニコッ」

 

「い、いや、何でもないよ姫咲」

 

でもまぁ確かに姫咲の暴走って、やり方はあれだけどCanoro Feliceの為なんだよね…。

こないだの遊園地の尾行も冬馬と双葉ちゃんの為だったし、今回の事も俺達Canoro Feliceに南国DEギグを見せたいって気持ちからだろうし。

 

「春くん春くん、私もCanoro Feliceのリーダーは春くんがいいと思うよ!」

 

「結衣…」

 

「こないだのFABULOUS PERFUMEとのライブの時、みんな緊張してる中でダンスをしてまわりの空気を変えてくれた。そして私達も緊張が解けて演奏する事が出来た。そういう機転がね。春くんには出来るんだよ!」

 

「そうですわ。自信を持って下さい。Canoro Feliceのバンマスは春くんしか出来ないんです」

 

「俺もそう思うぞ、春太」

 

「みんな…」

 

みんな俺の事そんな風に思ってくれてたのか。

 

「うん、ごめん。もうそんな事言わないよ。俺が…Canoro Feliceのバンドマスターだ」

 

「ああ、バンマスとコンマスが別々ってバンドも多いしな」

 

「ありがとう、冬馬。これからもよろしく頼むよ」

 

「ああ、任せろ」

 

「春くん!私もしっかりサポートするからね!」

 

「ありがとう、結衣。………姫咲は暴走も程々にね」

 

「………(ニコッ」

 

え?今の笑顔は何?

 

「そういや、こういう時って真っ先にセバスが春太に物言いしそうなのに今日は居ないんだな」

 

「あれ?そういえばそうだね?どうしたんだろう?」

 

「今日だけじゃないよ。FABULOUS PERFUMEのライブの時もセバスさんはファントムの中には入って来ていない」

 

「やはり…春くんも気付いていましたのね」

 

そうなんだ。いつも俺達の側で見守ってくれているセバスさん。

何故かファントムの中には入って来ない。自分はアルテミスの矢ではないと言っていたけど、貴さんや英治さんと顔馴染みな言い方だったのに…。

 

「今回の秋月グループからの融資の話。あの話を私とお父様に持ちかけたのもじいやですのよ(ボソッ」

 

姫咲は俺にだけ聞こえるように小声で話し掛けてきた。

 

「じいやは私達の事をよく考えてくれてますわ。今回のこの融資の件も秋月グループにメリットのある提案でもありましたの。ですからお父様はふたつ返事で融資してくれましたわ(ボソッ」

 

なるほど。セバスさんがみんなにはわからない所で策を立ててたわけか。

さすがに姫咲のお願いと言っても24人もの旅費とかなんて出してもらえるわけないしね。

 

「まぁ、じいやの策が無くてもお父様にお願いすれば24人分どころか英治さん達の分もポンと出して貰えたとは思いますが…(ボソッ」

 

え?秋月グループってそんなすごいの?

 

「あ、そういえば旅行って言ってもいいかな?今回はセバスさんは来るの?」

 

「ええ…一応私の執事ですから…」

 

「そっか。それならこの旅行で何か…わかるかも知れないね」

 

貴さんと英治さん…。

あの2人のどっちかに聞けばすぐわかるのかも知れないけど…。セバスさんの口から聞きたいしね。

 

この旅行で……何か……。

 

 

 

 

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あたしの名前は雨宮 志保。

Divalという最高のバンドのギタリストだ。

 

Ailes Flammeのシフォン、Blaze Futureの貴と盛夏、そしてあたし。

この夏休み中に4人で行った旅行の事で、私達Divalのボーカル水瀬 渚と、ベースの氷川 理奈。

この2人にしばかれる覚悟をしていたけど、何故か渚は上機嫌だしあたしの命は助かった。理奈には気をつけなさいと少し怒られたけど…。

ドラムの雪村 香菜もすごく心配してくれていた。あたしの命の。

 

「でも渚はいいよね~。あたしも南国DEギグ行きたいな~」

 

「そうね。南国DEギグは今や日本のトップアーティストが参加をしてきた登竜門とも言えるべきフェスだものね。私も最高のバンドを目指す者として観ておきたいわ」

 

「じゃあ、Divalからは理奈も香菜も参加希望だね!もちろん志保も参加希望だよね?楽しみだね!」

 

「え?あ、うん。もちろんだよ」

 

おかしい…。何で渚はこんなに上機嫌なんだろう?

 

「じゃあ私さっそく英治さんにそう伝えてくるね。えへへ、楽しみ~」

 

渚はそう言って鼻唄を歌いながら英治さんの元へと歩いて行った。

 

「ね、ねぇ、志保。渚どうしたの?」

 

「わかんない…。逆に怖いよ…。しばかれる覚悟してたのに妙に上機嫌だし…。貴も渚には殴られてなかったしさ…」

 

「もしかして今怒りゲージを溜めてるとか?」

 

「え?ちょっと香菜、怖いこと言わないでよ…」

 

「志保」

 

「理奈?何?」

 

「渚は正真正銘上機嫌よ。安心しなさい」

 

「え?理奈は何か知ってるの?」

 

「理奈ちが理由を知ってる?って事は渚の実家で何かあったの?」

 

「ま、そんな所かしらね。貴さんが渚の事を可愛いって言ったのが決め手だとは思うけど……」

 

「え?タカ兄が可愛いって言ってくれたから喜んでるって事?」

 

「その内話してあげるわ」

 

んー、何だろう?

気になるけどしばかれるよりはいいか…。

 

 

 

 

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俺の名前は豊永 奏。

evokeというバンドでボーカルをやっている。

 

「ありがたい話だな。まさか南国DEギグに行ける事になるとは…」

 

「そうだな。DESTIRAREも立ったあのステージ。俺も見に行きたいもんだぜ」

 

俺達evokeのギター折原 結弦(おりはら ゆづる)も参加希望のようだが…。

問題はこの2人か…。

 

evokeのベース日高 響(ひだか ひびき)

ライブになると熱い男なんだが…。

 

「響、お前はどうする?」

 

「………」

 

「おい、響!」

 

「……ぐー」

 

「ダメだ。奏。こいつ立ったまま寝てやがる…」

 

「おい、起きろ響!」

 

俺は響を揺すって起こした。

 

「うにゅ?奏?……ご飯?」

 

「ご飯は後だ。お前は南国DEギグに参加希望か?一緒に行きたいよな?な?」

 

「南国DEギグ…?何それ?何の事?」

 

クッ…まさか響のやつ、英治さんの話の時から寝ていたのか…?

 

俺は響にはじめから説明をした。

 

「ん、無理。俺が旅行とか行けるわけないでしょ?高校の時のスキーの修学旅行で山の上に置き去りにされたの忘れたの?」

 

そう。響は修学旅行のスキーの時にリフトで山の上に登った所で寝ていた。

みんなで滑り終わって人数確認をした時、響が居ないと騒ぎになったのだ。

 

「俺達がライブに出る為の遠征ってんなら起きてられると思うけど、基本的に他のバンドの音楽にもあんまり興味な…………ぐー」

 

また寝た……。

クッ…確かにこんな響を集団の旅行に連れて行くのは英治さんや他のバンドにも迷惑か…。

 

「奏。響は諦めろ。こいつも多分不参加だろうが……」

 

ドラムの河野 鳴海(こうの なるみ)

ああ、こいつの場合は泊まり掛けというのがダメだろうな。

 

「俺はパスだ。妹も連れて行ってくれるなら参加はしたいと思うけどな」

 

「鳴海。南国DEギグだぞ?こんな機会そうそうないぞ?」

 

「奏。よく聞けよ。南国DEギグと妹の沙智。どっちが大事なんだ?」

 

「な、南国DEギグだが…」

 

「ふっ、バカな」

 

やはりダメか。こいつは高校の時の修学旅行も妹に会えなくなるとか言って休んだくらいだしな。

もうすぐ沙智ちゃんも修学旅行。

それに付いていくからバンドの練習もライブも入れるなと言って来たくらいだし……。早く妹離れをしてくれるといいんだが…。

 

「奏。しょうがねぇ。evokeからは俺と奏だけ参加希望で行こうぜ」

 

「そうだな…」

 

俺は英治さんにevokeからの参加希望は俺と結弦の2人が参加希望だと伝えた。

 

 

 

 

 

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私の名前は北条 綾乃。

 

先日のBlaze FutureとDivalの対バン。

 

昔からお世話になっている貴兄、幼馴染のまどか。妹のような存在の香菜。

そして大学の後輩の奈緒。

そのみんなのライブが私には眩しかった。

 

私も子供の頃からドラムをやっていたので、大学の後輩の大西 花音をボーカルに。

居酒屋そよ風の店主でる晴香さんの義理の弟、東山 達也(とうやま たつや)さんをベースに迎え、私達はバンド活動を始めようとしている。

 

達也さんは短い期間だけど晴香さんの兄であるBREEZEの拓斗さんからベースを教わっていたらしい…。15年前までは…。それからは趣味でベースをやっていたそうだ。

実はシフォンちゃんの学校の先生であり軽音楽部の顧問をしている。

シフォンちゃんが井上 遊太だって事は知ってるのかな?

 

「綾乃さん、南国DEギグって大きなフェスイベントなんでしょ?」

 

「うん、そうだよ」

 

「曲作りもメンバー集めもしなきゃだとは思うけど、あたしも行ってみたい」

 

「うん、花音も参加希望だっておっちゃんに言って来ようか。達也さんも参加するみたいだし、親睦を深めるのにもいいだろうしね」

 

「まぁ、こないだ英治さんと貴さんにそよ風に連れられた時に少し顔合わせしたくらいだしね」

 

達也さんの事は貴兄と英治さんが紹介してくれた。

 

Blaze Futureを結成した時は、奈緒がベースをやる予定だったから声は掛けなかったみたいだけど、奈緒がギターをやると言った時に盛夏ちゃんが声を掛けてこなかったら達也さんをスカウトするつもりだったようだ。

 

「綾乃さん、花音さんこんばんは」

 

そんな事を考えていると、達也さんが私達の元へ来て声を掛けてくれた。

 

「あ、こ、こんばんは」

 

「達也さん、こんばんは」

 

「花音さんもせっかくだから参加したらどうかなって思って来てみたんですけど…」

 

「あ、はい。一応参加希望しようと思ってます。あ、後、私の方がずっと年下なんですから呼び捨てで大丈夫ですよ?」

 

「ははは、生徒達には呼び捨ても大丈夫なんですけど、職業柄か生徒以外には敬語が癖になってまして。すみません…」

 

「あ、いえ、謝られるような事じゃないんですけど…」

 

達也さんはすごく話しやすいし良い人だ。紹介してくれた貴兄とおっちゃんに感謝しなくちゃ。

 

「先日は顔合わせだけみたいな感じでしたし、ゆっくり話せませんでしたが、子供の頃からバンドやりたいと思ってましたから、綾乃さんと花音さんが僕を誘ってくれて嬉しかったです」

 

「あの…貴さんと英治さんにも聞いたんですけど、達也さんってベースすごくお上手なんですよね?どうしてバンドをやりたいと思ってたのに今までバンドやらなかったんですか?」

 

「ああ、その事ですか。実は……」

 

達也さんは15年前の事。

BREEZEの拓斗さんが行方不明になった事を花音に話してくれた。

私もBREEZEの事は少し花音に話した事もあるけど…。

 

「それで僕がバンドをやるとお義姉さんがお兄さんの事、拓斗さんの事を思い出すんじゃないかって遠慮してまして」

 

「そ、そうだったんですね。事情も知らずにずけずけとすみません…」

 

「いえ、気にしないで下さい。タカさんもまたバンド活動を始めて、タカさんや英治さんを通じてバンドマンと知り合いになれて、お義姉さんも本当に嬉しそうですし、僕のバンド活動にも大賛成ですから」

 

「晴香さんの事…好きだったんですね」

 

「な、何言ってるんですか!?お義姉さんは兄の彼女でしたし、僕はそんな…」

 

「もう!花音!」

 

「え、いや、は、す、すみません…」

 

「いや、まぁ…昔の事ですよ。ははは」

 

本当に達也さん良い人だなぁ。

 

「あ、それじゃ僕は英治さんに花音さんも参加希望だと伝えて来ますね」

 

「あ、はい。お願いします」

 

そうして私達はメンバー3人。

まぁ、私と達也さんは参加出来る事が決まっているのだけど、全員で参加希望という事になった。

みんなで行けるといいな。

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

私の名前は茅野 双葉。

今はFABULOUS PERFUMEのナギなんだけど…。

私はFABULOUS PERFUMEという男装バンドでベースを担当している。

 

「ナギ、僕も南国DEギグには参加したいと思っている。だけど…足は大丈夫なのか?」

 

そう言って話し掛けて来たのは小松 栞。

FABULOUS PERFUMEのドラム担当のイオリだ。

 

「まだ少し痛みもあるし松葉杖がないと歩けないけどな。旅行くらいなら大丈夫だろ」

 

とは、言っても……。

うぅ~…正直まだ痛みも酷いんだよね…。

痛み止飲まないとしんどいし…。

こんな状態で行ってもみんなに迷惑掛けそうだしなぁ…。南国DEギグ…観たかったけど…。

 

「無理すんなよナギ。本当はすごく痛いんだろ?さっき中原さんに呼ばれた時、断ろうとしてたじゃねーか」

 

そう言って来たのは明智 弘美(アケチ ヒロミ)

ギター担当のチヒロだ。

 

「大丈夫だ。問題ないよ。せっかくの南国DEギグだぜ?」

 

「それがFABULOUS PERFUMEのバンマスであるナギの責任のある言葉と受け取っていいかい?」

 

私とチヒロの会話に入ってきたのは小暮 沙織(コグレ サオリ)

私達FABULOUS PERFUMEのボーカルのシグレだ。

 

「……すまん。正直無理かもって思ってる。行きたい気持ちもあるが、悪化させて今度のライブに支障があっても困るしな。オレの権利は誰かにやるよ」

 

「そうか。ならFABULOUS PERFUMEからの参加はイオリだけになるね」

 

「え?シグレとチヒロは無理なのか?」

 

「ちょ…FABULOUS PERFUMEから僕だけって…まぁ、タカ兄もおっちゃんもいるし大丈夫だとは思うけど…」

 

「私はあいにくと明日から仕事なんだよ。土日は何とかなるとは思うが夏休み明けいきなり休むわけにはいかないだろう?」

 

「そして俺の仕事は年中無休の接客業だしな。もう今月のシフトは決まってしまってるからな」

 

そっか、シグレもチヒロも社会人だもんね。そうなるとやっぱりFABULOUS PERFUMEからはイオリだけか…。

 

「そっか、寂しいけど仕方がないな。僕がみんなの分も楽しんで来るよ」

 

本当に大丈夫かな?

他のバンドさんの中でイオリは楽しめるかな?後で冬馬達に楽しんでみようかな。

 

「……やっぱりやだ。みんな行かないならボクも行かない」

 

「おい、イオリ、素!素に戻ってる!」

 

「だって…たか兄やまどか姉もBlaze Futureと一緒かもだし、おっちゃんも家族と過ごしたいだろうし…。遊ちゃんもきっとAiles Flammeと遊ぶもん…。綾乃姉や香菜姉もきっと…トシ兄は女の子とは二人きりになれないし…グス」

 

イオリ……。

 

「しょうがないな。FABULOUS PERFUMEからは全員不参加にしよう」

 

「え?シグレ…でも…それは…」

 

「……グス」

 

「私は中原さんと話してくる」

 

「シグレちょっと待っ……」

 

シグレはそのまま英治くんの所に行ってしまった。

 

でも、しょうがないのかな。

私も行きたかったけど、この足じゃみんなに迷惑を掛けちゃうし…。

シグレもチヒロも仕事を休むわけにはいかないし…。

 

「……グス」

 

イオリ…。

やっぱりイオリは行かせてあげたい。

よし!冬馬達になんとかイオリを頼んで…。

 

「オッケーだ。話は済んだ」

 

「シグレ…悪いけどやっぱりイオリは行かせてあげたい。FABULOUS PERFUMEからはイオリだけでも参加させてあげたい」

 

「ナギ…でもボク…」

 

「大丈夫だイオリ。オレがCanoro Feliceのみんなに頼んでくる。オレ達は行けないけど、Canoro Feliceなら結衣も姫咲もいるし大丈夫さ。

Canoro Feliceは私達の正体も知ってるしね(ボソッ」

 

そして私は立ち上りまずは英治くんの所に行こうとした。

 

「ナギ。行かせないよ」

 

「シグレ。頼む。どいてくれ」

 

「最後まで話を聞け。Canoro Feliceに頼むのはイオリの事じゃない」

 

え?どういう事?

 

「松岡!おい!松岡!!」

 

シグレが大きな声で冬馬を呼んだ。

冬馬は最初はオロオロしていたけど、しぶしぶこっちに来てくれた。

 

「な、なんすか?」

 

「ナギ。私は中原さんにFABULOUS PERFUMEからは全員不参加と伝えて来た」

 

冬馬が来てくれたのにシグレは私に話し掛けてきた。

 

「え?あ、ああ…」

 

「その代わりに中原さんのドラム教室の弟子。小松 栞とその盟友である茅野 双葉をエントリーさせて欲しいと頼んできたよ」

 

え?栞と私…?ちょっと待って私は…。

 

「まぁ、中原さんは私達の正体も知ってるしな。OKしてくれたよ」

 

「え?シグレ…?ボク行けるの?双葉も?」

 

「まぁ、ナギの権利は双葉にって事だから栞が行けるかはまだわからないけどな」

 

シグレ…?ちょっと待って。

私はこの足だから…。

 

「待たせたな松岡!呼び出したりして済まない!」

 

シグレは再び大きな声で話し始めた。

 

「ちょ…なんすか急に大きな声出して…!みんな見てるじゃないすか!」

 

シグレは冬馬のそんな抗議の声も聞かず喋り続けた。

 

「私達FABULOUS PERFUMEは8月末にライブを控えている。運命とは残酷なものだ!私達FABULOUS PERFUMEは今回の南国DEギグには参加出来ない!」

 

<<<ざわざわ>>>

 

シグレ?どういう事?

私もイオリもわけがわからないよ…!?

 

「そこで私達は話し合った結果!私達FABULOUS PERFUMEの盟友である茅野 双葉に参加権を譲った!」

 

「え?あ、あの…」

 

冬馬も困るよね?私もわけがわからないもん。

 

「だが!残念な事に我が盟友である茅野 双葉は……。松岡わかっているね!?」

 

「いや、何の事かさっぱりなんですけど…」

 

そうだよね。私もさっぱりだよ?

 

「松岡…。君という男は…。失望したぞ!我が盟友である茅野 双葉をキズ物にしておいてそんな事を言うのか!?」

 

「え?は?」

 

え!?え?え?え?

えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 

「双葉は君につけられたキズで…今も歩くのもままにならないくらいに苦しんでいる!相当……痛かったんだろうな…」

 

「ちょ…!待って下さい!人聞きの悪い事を言わないで下さい!」

 

そ!そうだよシグレ!私そんなのまだ…!

いや、まだって何かおかしいけど…!

 

「男として双葉をキズ物にした責任は取るべきじゃないのかい?みんな!そうは思わないか!?」

 

<<<ざわざわ>>>

 

ふぇぇぇぇぇぇ!?何なのシグレ?これって何なのぉぉぉぉ!?

ほら!貴くんも英治くんも顔を真っ赤にしながら私をチラチラ見てくるよ!?

絶対変な想像されてるよ!?

 

「松岡。君は南国DEギグに参加出来るだろう?その間、責任を取って双葉のサポートをしたまえ!それくらいなら出来るだろう?」

 

「いや、あの…」

 

「出来るだろう!?」

 

「は…はい」

 

「よし!よく言ってくれた。帰りたまえ」

 

「え?あの……」

 

「帰りたまえ!」

 

「はい……」

 

そう言って冬馬は肩を落としながら帰って行った。

あ、あの、ごめんね冬馬…!

 

「と、言うわけだ。双葉のサポートは松岡がやってくれる。双葉が参加なら栞も安心だろ?」

 

「シグレ………うん!…うん!!」

 

「シグレ…」

 

「双葉の面倒は松岡が見てくれるさ。だからって無理して悪化はさせるなよ?」

 

私も…私も行ってもいいの?

 

「イオリ…!」

 

「ふた…ナギ!」

 

「一緒に行こうね」

 

「うん!……グス」

 

そうして私達は、茅野 双葉と小松 栞で参加希望を出した。

えへへ、冬馬がずっと私の面倒を見てくれるのか…。

楽しみが少し増えたかな…。

 

 

 

 

 

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私の名前は佐倉 美緒。

Blaze Futureのギター担当佐倉 奈緒の妹であり、gamutというバンドでベースボーカルをしている。

 

私達gamutは高校生バンドだ。

私には憧れている、尊敬しているアーティストがいる。

元charm symphonyのベースボーカル。

現Divalのベースを担当している氷川 理奈さんだ。

 

私は高校入学と同時に軽音楽部に入り、顧問の先生が良かったのか、すぐに軽音楽部に入部したクラスメートとバンドを組む事になった。

今では部活動の一環としてライブハウスでライブをさせてもらっている。

私達、軽音楽部の先生は昔バンドをやっていたそうで色々詳しくて色々教えてもらった。今の私達があるのはその先生のおかげと言っても過言ではないだろう。

 

そして今、私達はあの有名な夏フェス。

南国DEギグを見に行くチャンスをもらった。

南国DEギグは私達バンドマンの憧れとも取れる大きなフェスだ。

 

でも私達はまだ高校生。

本当にそんな所に連れて行ってもらってもいいのだろうか?助けてお姉ちゃん…!

 

「南国DEギグとか最高だよね!出来れば演奏する側で行きたかったけど、見に行けるだけでも幸せ者だよ!」

 

最初にそう言ったのは私達のキーボード担当の藤川 麻衣(ふじかわ まい)

私達gamutのムードメーカーでもある。

 

「麻衣はお気楽でいいよね。私達はまだ高校生だよ?そんな所に連れて行ってもらうって言うのは…」

 

「何言ってるんだよ美緒!南国DEギグだよ南国DEギグ…!」

 

「ごめん、美緒、麻衣。あたしは無理だわ。明日から家族旅行なんだよね…」

 

「えー!?睦月行けないの!?」

 

ギター担当の永田 睦月(ながた むつき)

私達の部活動の顧問の先生のご近所さんで、昔からギターを教えてもらっていたらしい。ギターの腕前はピカイチだけど勉強はとても残念な子だ。

 

「家族との用事ならしょうがないよ。恵美はどう?」

 

私が声を掛けたのは松原 恵美(まつばら えみ)

私達のバンドのドラムを担当している。

少し引っ込み思案な所もあるけど、ライブとなると力強い音を出してくれる。

 

「あ、あのごめんね、美緒ちゃん麻衣ちゃん。あたしも明後日はお婆ちゃんの家に行く用事があって…。あたしも行けるなら行きたかったんだけど…」

 

「えぇぇぇ…!恵美も行けないのぉぉぉ…」

 

「麻衣、しょうがないよ」

 

「美緒も諦め早すぎだよ~!」

 

「い、家の用事ならしょうがないじゃない。私も少し悩んでるし…」

 

「えー!?美緒も悩んでるの!?」

 

「ちょ…麻衣声大きい!」

 

それは悩みもするだろう。

南国DEギグを生で見れるとか最高の時間になりそうだし…。

それにDivalのメンバーも行くなら理奈さんと…お泊まり旅行出来るって事になるし…。

 

行きたいか行きたくないかだと、断然行きたいに決まってる。

 

「さっきも言ったけど私達まだ高校生だよ?大人もたくさんいるとは言え学校や両親にも許可はいるでしょ!」

 

「大丈夫!お父さんとお母さんにも了承を得たし、神原先生も楽しんで来いってLINE来たよ!」

 

「ほんとこういうのだけは行動早いよね…」

 

「ね?行こうよ!きっと奈緒さんも憧れの理奈さんも参加希望だよ?」

 

「そ、そりゃそうかもしれないけど…」

 

「ね!お願い!」

 

確かにお姉ちゃんも参加なら私も行きたいかな。

お姉ちゃんずっと旅行行ってたから、また私だけお留守番ってのも寂しいし。

お父さんとお母さんのイチャラブっぷりをまた一人で見る事になるのもなぁ~。

 

「わかったよ麻衣。私も参加する。gamutからは私と麻衣の2人で参加しよう」

 

「やった!ありがとう!」

 

「美緒、麻衣ごめんね」

 

「いいよ。私達も楽しんでくるし、睦月も家族旅行楽しんで」

 

私達gamutからは私と麻衣の2人の参加と伝えた。

 

 

 

 

 

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そして場面はCanoro Feliceのボーカルである俺。一瀬 春太に戻る。

 

全バンドからの参加希望が揃い、参加出来るメンバーを纏めるという事で、みんなしばらくの間、英治さんの奥さんである三咲さんと娘の初音ちゃん、居酒屋そよ風の店長である晴香さんの作った料理を楽しむ事になった。

 

「春太。秋月を見ろ。すごく悪そうな顔をしている」

 

「うん、気付いてるよ冬馬。ああなった時の姫咲は危険だ」

 

姫咲が暴走しそうになったらすぐに止めに入らなくてはいけない。

俺と冬馬は料理を楽しみながらも、姫咲から目を離さなかった。

 

しかし、俺と冬馬の警戒も虚しく、事態は一変する。



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第2話 くじ引き

8月18日に開催されるギグイベント。

南国DEギグ。

この南国DEギグは日本のトップアーティストがみんな過去に参加してきたと言われる程の大イベントだ。

 

あのDESTIRAREも参加した事のあるギグイベント。

 

その南国DEギグのチケットを譲ってもらう事が出来た。

今日はその参加者を募る為に、俺達はライブハウス『ファントム』のオーナーである中原 英治さんに呼ばれていた。

 

おっと、自己紹介が遅れてしまったね。

俺の名前は一瀬 春太。

Canoro Feliceのダンサーボーカルをしている。

 

今、英治さんが参加メンバーを纏めているのだけど、その横にいる俺達Canoro Feliceのベース秋月 姫咲が悪そうな顔をしている。

この南国DEギグへの旅費等は、姫咲のお父さんが全員分出してくれる事になっている。

つまり…俺達を生かすも殺すも姫咲の手の中と思ってもいいはずだ。

 

姫咲が変な暴走をしてみんなが困った事にならないように見張っておかなくては…。

 

「なかなか動きを見せないな…秋月のやつ…」

 

俺と同じバンド、Canoro Feliceのドラム

松岡 冬馬が話し掛けてきた。

冬馬も姫咲の暴走の危険性は知っている。むしろ一番被害に合っているのは冬馬だろう。

俺と冬馬は他のバンドのメンバーに迷惑をかけない為に姫咲の動向に目を光らせていた。

 

「冬馬、春太」

 

俺と冬馬が声のした方に目をやると、そこにはFABULOUS PERFUMEのナギとイオリがいた。

 

「ナ…ナギ、足は大丈夫なのか?あんまり立ったりせずに座ってろよ」

 

「少しくらいなら大丈夫さ。ありがとう」

 

ナギは……

ここでは茅野 双葉と呼ばせてもらおうか。

双葉ちゃんは先日の冬馬との遊園地デートで暴れ馬に襲われて足を怪我していた。

 

「松岡 冬馬!お前!シグレと約束したんだからな!双葉の事しっかり頼むぞ!」

 

「イオリ…。あ、ああ…わかってるよ」

 

「ごめんね、冬馬(ボソッ」

 

FABULOUS PERFUMEは男装バンドだ。

その正体は秘密という事になっている。

だからあくまでもナギはナギであり、茅野 双葉という人物はFABULOUS PERFUMEの友人という事になっている。

 

「よーし!参加メンバーが決まったぞ!!」

 

<<<ざわざわ>>>

 

英治さんがそう高らかに叫んだ。

どうやら南国DEギグに参加出来るメンバーが決まったようだ。

 

「ちょうど上手いことに参加出来るメンバーと参加出来ないメンバーで綺麗に纏まった。

まずはAiles Flamme、Blaze Future、Divalのメンバーは全員参加だ。

次にevokeからは豊永くんと折原くん、FABULOUS PERFUMEは代理として双葉ちゃんと栞。gamutからは美緒ちゃんと藤川さん。そして綾乃と花音ちゃんが参加メンバーだ」

 

 

「やった!ボクも行ける!」「やったな!シフォン」「良かった…シフォンも栞も行けるんだ…」「ほら!まどか先輩も参加希望で良かったですよね!」「美緒ー!私達も行けるよ!」「わ、わかってるから…暑いから抱きつかないで…」

 

<<<わいわいがやがや>>>

 

わいわいがやがやって古いなぁ~…。っと、そんな事考えている場合じゃない。姫咲が動いたら止めに入らないと…。

 

「それでは…」

 

姫咲が動いた!

何を企んでいるのかわからないけど、止めてみせる!

 

「これから参加メンバーでグループと泊まるホテルを決めましょうか。私の…秋月グループのホテルは全部で24人分空いてますが、それぞれ別の場所に位置してますので。同じホテルに泊まる者同士でグループを作って、ファントムギグまでに他のバンドのメンバーと親睦を深めるのも良いと思いますの!」

 

<<<は?>>>

 

「ちょ…待ってそれって」「え?別のバンドのメンバーと一緒にって事?」「え!?それって私が理奈さんと同じグループになれるチャンス!?」「美緒!?」「俺はどこでも構わないがな」

 

「それで、私が融資の権限を活かして面白そ……いえ、何となくグループを決めていきますね!」

 

「ちょ!何て横暴!」「今絶対面白そうとか言おうとしたよな?」「渉か亮かシフォンと一緒だったら助かるんだけど…」「シフォンと同じグループになれないかもなのか…」「にーちゃんと同じグループになりたいけどボーカル同士だし無理かな?」「あ?今回はそんな話じゃないだろ」

 

…おかしい。こんな事で姫咲にとって面白い結果になるなんてありえない…。

姫咲が独断でグループ分けをしたとしてもそのグループ内で、姫咲の思惑通り上手く動くなんてありえない…。

 

ピンポイントで狙っているメンバーがいる?

いや、それなら姫咲が真っ先に狙うのは冬馬と双葉ちゃんだ。

それならバンド同士でグループを分けただけで十分なはずだ。

 

考えろ…姫咲の狙いを…。

姫咲の狙いがわからない今は下手に動くわけにはいかない…。

 

「ねぇ、ボクもしかしたら双葉と同じグループになれないの?」

 

「え?あ、うん。そうなるかな?でも大丈夫。もしかしたら遊太くんと同じグループになれるかもだよ?」

 

「ゆーちゃんと……!?ゆ、ゆーちゃんなんか関係無いし!双葉とがいいし!」

 

まぁ、みんなざわついてるから大丈夫だろうけど、ナギもイオリも素に戻ってるよ?大丈夫?

 

「秋月ちょっと待ってくれ」

 

<<<ざわ…>>>

 

みんながざわついている中、冬馬が声をあげた。姫咲の考えに何か気付いたんだろうか?

 

「そのグループを秋月の独断で決めるってのはどうかと思うぞ。せっかくの旅行でもあるんだ。一緒になりたい者同士もいるだろう?」

 

「ええ、そうですわね。確かに松岡くんの言う通りです。ですが、今日この場でも初めてお会いする方同士もたくさんいますわ。11月のファントムギグでは私達は同じイベントを盛り上げる仲間。逆に言いますと、今回の旅行くらいでしか他のバンドのメンバーと親睦を深める機会はないと思いますの。これから各々練習もライブも忙しくなるでしょうし」

 

「あ~…確かにそれあるかも…」「他のバンドとの馴れ合いなんていらねぇ」「そっかぁ。音楽性も違うだろうし仲良しになるにはこんな時くらいじゃないとってのあるよね」「それが原因で仲違いする事もあるんじゃない?」「う~ん」「でも旅行でもあるし仲良しと行きたいってのもあるよね」

 

みんな各々の思いを口に出している。

冬馬は恐らく姫咲の独断を止めるタメの物言いだったんだろう。

それを姫咲は読んでたかのように他のみんなを煽るような言葉を選んで返した。

 

やっぱり姫咲は何か企んでいる。

 

「わかりましたわ」

 

ん?

 

「確かに私の独断というのはよくありませんわね。では、公平にくじ引きで決めましょうか。全ては運次第、これでどうですか?」

 

「くじ引きかぁ」「まぁ、親睦を深めるのも大事だしね」「お姉ちゃんと理奈さんと同じグループになれたら…」「美緒?私は?」「くじ引きなら面白そうだしいいんじゃない」「懐かしいな。学生ん頃思い出す」「ごめんなさい。貴さんにとっては懐かしくても私達にはつい最近の事よ」

 

くじ引き…?おかしい。

それだとますます姫咲の思惑がわからない。

 

「と、言いたい所なのですが、タカさんだけは独断で決めさせていただきますわ」

 

「え?俺?何で?」

 

「秋月グループのホテルは4つあります。北のノースアイランドホテルに3部屋の6名、東のホテルイーストブルーに3部屋6名とシングル1名、南のサウスカントリーホテル3部屋6名、西の民宿秋月に5人用の1部屋ですわ」

 

「おい、西だけ民宿って言ったぞ?」「西だけランクダウンって感じじゃね?しかも5人1部屋って…」「ボク民宿好きだよ!」「奇遇だなシフォン。オレも民宿がいいと思ってたんだ」「シングルっていいな」

 

「そしてトシキさんの別荘が民宿秋月の近くでして、ホテルイーストブルーからは離れてますの。トシキさんの別荘には大人のトシキさん、英治さん、三咲さん、晴香さん、達也さんがお泊まりになられますわ」

 

そこでタカさんだけってどう繋がるんだろう?それさえわかれば…。

 

「私達の中には私も含めてですが未成年もたくさんいます。ですので、各ホテルのグループには大人の引率の方がいらっしゃった方が安心だと思いますの」

 

「な、なるほど」「確かに江口達だけだと何やらかすかわからないもんね」「知ってたか雨宮、俺とお前は同い年だぞ?」「つまり貴をトシキさんの別荘から離れてるイーストブルーに…って事かな?」「あ、そうかも。そして他のホテルには晴香さん達とか」

 

「気付いてる方はいらっしゃると思いますが、別荘に泊まられる中でも英治さんは家族サービスもありますので、民宿秋月の引率をトシキさん、ノースアイランドホテルを達也さん、サウスカントリーホテルを晴香さんに引率して頂いて、ホテルイーストブルーはタカさんに引率してほしいんですのよ」

 

「ああ、まぁそういう事ならしょうがないわな。俺もその方がいいと思うし構わんぞ?」

 

<<<ざわざわ>>>

 

確かに筋は通っている。だけど…。

何が狙いなんだ姫咲。

 

「松岡くんもそれなら問題ありませんでしょう?あ、シグレ様からの頼みでもありますので、松岡くんと双葉は同じホテルになるように調整します」

 

「あ、ああ……わかった」

 

「では私は早速くじ引きを作りますわね」

 

そう言って姫咲はくじを作り始めた。

 

「春太、悪い…」

 

「ん?冬馬?何が?」

 

「俺が踊らされる事で何か掴めるかと思ったが…何もわからなかった」

 

「うん、そうだね。姫咲の狙いがさっぱりわからない…」

 

「くじが完成しましたわ!さぁ、まずは松岡くんがこの4枚の中から選んで下さい」

 

「お、俺からかよ…!?」

 

「当然でしょう?松岡くんの引いたホテルは双葉と同じホテルになるわけですし、くじの数を減らさないといけませんから」

 

「あ、ああ…そうか」

 

そして姫咲は冬馬の前に4枚の紙を出した。

 

「じゃあ……これで」

 

「何が書いてありますか?」

 

「ん…Wだな」

 

「では松岡くんと双葉はwest。西の民宿秋月ですわね。では、残りの西のくじ3枚、北と南の東のくじを6枚ずつこの箱に入れましたわ」

 

本当に普通のくじ引きなのか…?

 

「悪い…茅野…」

 

「ううん、全然いいよ。私民宿大好きだよ」

 

うん、冬馬も双葉も素に戻ってるよ?

大丈夫?双葉は今はナギだよ?

 

「さぁ、どなたからくじを引きますか?私は最後で良いですわ」

 

ん?姫咲が最後?

そうか…。やっとわかったよ姫咲。

 

 

 

 

 

 

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私の名前は秋月 姫咲。

Canoro Feliceでベースを担当しています。

 

私は今、南国DEギグの参加メンバーのグループ分けのくじを作り、今から皆様に引いてもらうところです。

 

既に松岡くんがくじを引き終わり、今は誰からくじを引くかみんな考えているようです。

 

「さぁ、どなたからでもいいのでくじを引いて下さい」

 

「じゃあ俺が引くー!」

 

真っ先に立候補して来たのはAiles Flammeの江口 渉さん。

この方もなかなか弄り甲斐が…いえ、楽しそうな方ですわね。

 

「どのくじがいいかな~?」

 

江口さんはくじの箱の中をごそごそしている。

 

「狙っているホテルはありますの?」

 

「おう!にーちゃんと一緒に泊まりたい!」

 

<<<ざわっ…>>>

 

なるほど。江口さんはそっちの方ですのね。

 

「いや、違うぞ。にーちゃんと居ると楽しいからな!」

 

……この方もマインドリーダーですの?

 

「よし!君に決めた!」

 

「……N。ノースアイランドホテルですわね」

 

「に、にーちゃんと違うグループか…」

 

とぼとぼと江口さんは帰って行った。

 

「じゃあ次はボクが引くー!」

 

次に立候補したのは同じくAiles Flammeのシフォンさん。

本当に近くで見ないと男の娘ってわからないですわね。

 

「どのくじがいいかな~?」

 

「シフォンさんは狙ってるホテルはありますの?」

 

「ううん、全然。どこでもいいって感じだよ!」

 

「………私もキュアトロが大好きですの。ユキホ様激推しですわ」

 

「ほんと!?ボクもキュアトロ大好きだよ!ボクはミントちゃん激推しだけどね!」

 

「またゆっくりお話したいですわね♪」

 

「うん!」

 

そしてシフォンさんが引いたくじはNだった。

 

「ノースアイランドホテルですわね。江口さんと同じホテルで良かったですわね」

 

「渉くんと一緒か~」

 

シフォンさんが戻ったのと同時くらいにAiles Flammeの秦野 亮さんが来た。

 

「あら、秦野くんこんにちは」

 

「こないだはどうも。今、渉とシフォンがNを引いてNの流れが来ているはず…!」

 

「あら?やっぱり同じAiles Flamme同士でって思ってますか?」

 

「いえ!オレはただシフォンと同じホテルに泊まりたいだけです!」

 

な、なんて鬼気迫る目をしていますの…!?それほどまでにシフォンさんの事を…。

 

私の目的の1つは色んなバンドメンバーで親睦を深めるという事もありますが…。

何とか秦野くんにはNを引いてもらいたいですわね!

 

「神よ!我にNの力を!!」

 

秦野くんが引いたくじはSだった。

まさか北と真逆の南を引くとは…。

ま、人生なんてこんなもんですわね。

 

秦野くんは半泣きしながら戻って行った。

 

「じゃあ次は私が引こうかな!」

 

次に来たのはBlaze Futureの柚木 まどかさん。

 

「狙っているホテルはございますの?」

 

「んーん、どこでもいいって感じ。あ、観光するならここがいいとかある?」

 

「そうですわね。ノースアイランドホテルは海水浴場から近いですし、民宿秋月には露天風呂が付いてます。イーストブルーは繁華街って感じですわね。サウスカントリーホテルはインスタ映えするような景色の綺麗な所が多いですわね」

 

<<<露天風呂!?>>>

 

「へ~?そうなんだ?どこも楽しそうじゃん……よし!これだ!」

 

「N…。ノースアイランドホテルですわね」

 

「何ぃぃぃぃ!?」

 

秦野くんが悲痛の叫びを上げた。

2連続でNが出て自分が引いたら違う所が出て、次の人が引いたらNとか…。

まぁ、ショックですわよね…。

 

「ゆーちゃんもまどか姉もNか…」

 

「栞、まだWも残ってるし引くなら今かもだよ?」

 

「うん…ボク引いてくる…!」

 

ナギ様もイオリ様も、双葉と栞ちゃんに完全に戻ってますけど大丈夫ですの?

 

「じゃあ次はボ……」

 

「はいはーい!次は私!私が引くー!」

 

栞ちゃんが引こうと出てくる前に結衣が出てきた。

 

「結衣はどこか狙って…」

 

「私!サウスカントリーホテルがいいかな!」

 

そして結衣が引いたのは……。

 

「やった!Sだ!S?

Sがサウスカントリーホテルだよね?」

 

「そうですわよ」

 

「やった!やったー!写真撮りまくるぞ~」

 

 

 

「ほら、栞。結衣が引き終わったよ。行っておいで」

 

「う、うん…!」

 

 

 

「俺はホテルはどこでも構わないしな。引かせてもらうか」

 

「あ、あう……」

 

次に来たのはevokeの豊永 奏さん。

 

「……Nだ」

 

「ノースアイランドホテルですわね」

 

 

 

 

「ほ、ほら栞」

 

「うん……」

 

 

 

「俺は他のバンドメンバーと馴れ合う気はねぇが…。同じイベントを盛り上げる仲間ってのは悪くねぇ」

 

「うあ……」

 

次に来たのはevokeの折原 結弦さんだった。

 

「Wか……民宿…悪くねぇな」

 

 

 

これで残りはノースアイランドホテルのNが2枚。

ホテルイーストブルーのEが6枚。

サウスカントリーホテルのSが4枚。

民宿秋月のWが2枚となってしまった。

 

おかしいですわね…。何でEが出ませんの?

 

 

 

「ほら、栞…NもWも2枚になっちゃったよ。早く行かなきゃ…」

 

「う…うん…」

 

ああ、イオリ様が泣きそうになってますわ…。早く、早く引きに来て下さい!

 

しかし、私の前に来たのはCanoro Feliceの一瀬 春太。春くんだった。

 

「姫咲、ものすごく俺の事を睨んでるね?」

 

「な、なんでもありませんわ…」

 

「栞ちゃんには悪いと思ったけどさ。まだEが1枚も出ていないタイミングの今しか無いと思って」

 

「イオリ様に悪いと思ってながら来るとは……後でグーパンですわね」

 

「何で!?今栞ちゃんが来てもNやWよりEを引く可能性の方が高いでしょ!?」

 

「それはそうかも知れませんが…」

 

「ってわけで、俺が引かせてもらうね。まぁ、イーストブルーには姫咲が居るから栞ちゃんは大丈夫だと思うけど…」

 

「な、何の事ですの…?」

 

「姫咲は貴さんと同じホテルになって、姫咲の執事であるセバスさんと貴さんを引き会わせようとしてるんでしょ?この箱の中にはEは5枚しか入っていない。

最後の姫咲は引く必要ないもんね」

 

「……」

 

「俺もセバスさんの事は気になるしさ。協力するよ」

 

春くん…。さすがですわね…。

いえ、春くんに見透かされるようでは私もまだまだという事かも知れませんわね。

 

「春くん…。さすがですわ。協力…お願いしますわね」

 

「うん、任せて」

 

 

春くんが引いたくじはNだった。

 

 

やはり後でグーパンですわ…。

 

 

 

 

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私の名前は佐倉 奈緒。

Blaze Futureでギターを担当しています。

 

今私は南国DEギグのグループ分けのくじをどのタイミングで引きに行こうかと悩んでいるところなのです。

 

「なかなかE出ないね~。これって貴ちゃんと同じホテルになる可能性高そう~」

 

そう私に話しかけて来たのは同じBlaze Futureのベース担当の蓮見 盛夏。

 

「盛夏も貴と同じホテルがいいの?」

 

「ほぅほぅ。盛夏『も』って事は奈緒も貴ちゃんと一緒がいいんだね~」

 

「ち、違うから!言葉のあやだから!」

 

「お姉ちゃんがBREEZEのTAKAと同じホテルになる…それは何としても阻止しないと…」

 

「え?美緒!何で!?」

 

この子はgamutのベースボーカル佐倉 美緒。私の可愛い妹です。

 

「だって私まだ高校生だよ?この歳でおばさんにはなりたくない…」

 

「ちょっ…!だから私と貴はそんなんじゃないってば!」

 

本当にこの子は…。

まぁ、小さい頃から私とお母さんがBREEZEのTAKAが好きって言ってたのもあるから、私が貴とバンドを…ってなったら変な勘違いしちゃうのもわからなくはないけど。

 

「美緒って奈緒さんの前ではすごい事さらっと言うよね?」

 

「そう?」

 

今、美緒と話しているのは美緒のバンドgamutのキーボード担当の藤川 麻衣ちゃん。私とも何度か会ってお話した事があります。元気で良い子です。

 

「でも本当に全然Eが出ないよね~」

 

「そうだよね。まさか細工されているのでは…」

 

「細工?何の為に?貴をぼっちにする為?」

 

「それなら無駄な細工ね。貴さんはいつもぼっちだもの」

 

そして今会話をしていたのがDivalメンバー。

喋った順に紹介すると、ドラムの雪村 香菜、ボーカルの水瀬 渚、ギターの雨宮 志保、ベースの氷川 理奈。

 

「でもこの感じ…なかなかくじを引きに行きにくいよね」

 

この子は…バンド名はまだないのかな。

私が大学に通っていた頃の友達。

大西 花音だ。この子はボーカル担当らしいです。歌上手かったですからね~。

 

「そうだよね…。栞ちゃんがさっきからくじを引きに行こうと頑張ってるし…」

 

この人は花音と同じバンドのドラム担当であり私の大学時代の先輩、北条 綾乃さんだ。

 

今ここにいる10人と、FABULOUS PERFUMEのイオリこと栞ちゃん。後はAiles Flammeの内山 拓実くんと、くじの主催者である姫咲ちゃんの13人がまだグループが決まっていません。

 

私達も拓実くんも、栞ちゃんが引きに行こうとしてもタイミング悪く行けなくなっているのを見ているだけに、なかなかくじを引きに行けないでいるのです。

 

 

 

「ほら、栞。もう誰もくじを引こうとしてないよ。今がチャンスだよ」

 

「でも…Eがいっぱい残ってるし…また引こうとして誰かが来たら…グス」

 

 

 

「それにしても…」

 

「こうやって栞ちゃんを見てるとさ…」

 

<<<可愛くてホッコリするね!>>>

 

私達10人の想いは同じでした。

 

 

 

「栞?どうする?」

 

「ん…んー…もう少し…様子見る。まだEが出てないから怖いもん。Eはたか兄が居てくれるけど、やっぱり双葉とがいいもん」

 

 

 

「か、可愛いわね…。しょうがないわ。私がEを引きに行ってくるわ」

 

そう言って理奈がくじを引きに行った。

Eを引きに行くとはすごい自信だ。

 

「どうも」

 

「Divalの氷川 理奈さんですわね。狙っているホテルはございますの?」

 

「そうね。狙っているホテルというわけではないのだけれど、Eを引く事を狙っているわ」

 

「それは…タカさんと同じホテルがいいと?」

 

「違うわ。あなたがEを5枚しか入れていない事を差し引いてもこの確率は変だものね。私が一番最初にEを引きたいって思っただけよ」

 

「春くん以外にも勘の鋭い方がいらっしゃいますのね」

 

「あなたが何故貴さんと同じグループになりたいのかはわからないけれど、さすがにそれくらいならわかるわ」

 

「さすがですわね。もし理奈さんがEを引けて同じグループになれたら全てお話しますわ」

 

「そう。楽しみにしているわ……

……Eよ」

 

「理奈さんはホテルイーストブルーですわね」

 

<<<ざわざわ>>>

 

初めて引かれたEのくじ。

みんながEって入ってたんだ?とかざわついています。

 

そのEの引率の貴の方を見てみると…。

あ、興味なさそうですね。英治さん達とビール飲みながら談笑してます。

 

「ほら、Eを引いて来たわよ」

 

「すごいね理奈ち。でもすごく顔がにやついてるね?タカ兄と一緒がそんな嬉しいんだ?」

 

「ち、違うわ!私が引こうと思ったくじを引き当てる事が出来たから、自分の引きの強さを誇っているだけよ」

 

「ふぅ~ん。私も引いて来ようかな?まだEの確率高いだろうし」

 

「あ、やっぱり渚は貴と同じホテルがいいんだ?」

 

「志保ったら何を言ってるの?イーストブルーってのがワンピースっぽい名前だからヲタ心が疼くだけだよ?」

 

「ヲタ心って何なの…?」

 

しかし、また誰もくじを引こうとしない。

みんな栞ちゃんの様子を伺っているみたいですね。

 

 

 

「残りはNが1枚…Eが5枚…Wが2枚…Sが4枚…?」

 

「うん、そうだね。栞どうする?」

 

「まだEとSの出る確率の方が高い…」

 

 

 

 

う~ん、確かにそうなんですけど、今までのNの確率見てるとなぁ~。

どうしたもんですかね。

 

「う~ん、イオリさん行きそうにないし私達が行こうよ、美緒」

 

「え?わ、私も?」

 

「うん!それに今ならEの確率高いじゃん?理奈さんと同じグループになれるかも知れないし!」

 

「そ、そうだね。お姉ちゃんにEを引かせない為にも私達が行こうか」

 

美緒と麻衣ちゃんがくじを引きに行った。

 

「こんばんは。美緒さんと麻衣さん…でしたわね?」

 

「あ、こ、こんばんは」

 

「こんばんはで~す。よろしくお願いしますね!さ、美緒から引く?私から引こうか?」

 

「ん…麻衣からよろしく」

 

「はいよー!」

 

「狙っているホテルはありますの?」

 

「私は美緒と同じホテルが希望ですけどどこでも……って感じです」

 

「Sですわね」

 

どうやら麻衣ちゃんはSを引いたようですね。美緒はどうかな?

 

「う~………美緒~…Sを引いてね…!」

 

「わ、わかったよ…」

 

「美緒さんはS狙いですか?」

 

「いえ、私の狙いはEです!」

 

「美緒!?」

 

そして美緒が引いたのは…。

 

「ぴぎぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

そう叫んで美緒は倒れた。

あ、どうやら理奈と同じEを引けて嬉しさのあまり倒れたみたいですね。

良かったね、美緒。

 

これでまた少しNかWを引く確率は上がったわけですけど栞ちゃんはどうするかな?

 

 

「あ~……う~……うぅ~…」

 

 

あ、まだ悩んでいるみたいですね。

くじを引きに行こうとしたり、やっぱり止めて戻ったりする姿が可愛くて堪りません。

 

「う~ん、しょうがないな~。あの手を使うか~。ほんとはあたしも貴ちゃんと同じ部屋が良かったけど~」

 

え?今、盛夏何って言った?

貴と同じホテルじゃなくて部屋って言わなかった?

 

「ねー、奈緒~、綾乃さんと香菜も協力して~」

 

「ん?協力?」

 

 

「な、なるほどね~…」

 

「それなら栞ちゃんはNかWに行けるだろうけど…いいのかな?」

 

「大丈夫でしょ~」

 

盛夏ってよくこんな事考えつくよね…。

貴の影響でしょうか?

 

「盛夏、それならあたしも手伝うよ。人数は多い方が確率高いでしょ?」

 

「志保の言う通りなんだけど、あんまり大人数で行くとズルってバレちゃいそうだし~。5人いたら確率的にも大丈夫かな?って~」

 

ああ、盛夏ったら普通にズルって言っちゃってますよ…。

 

「うん、まぁこれくらいのズルなら誰も何も言わないと思うけどね。わかった、あたしは見守っとくよ」

 

「よろしくぅ~」

 

そして私と盛夏と香菜と綾乃先輩はくじを引きに行かず栞ちゃんの前に来た。

 

「ん?香菜姉に綾乃姉?」

 

「栞ちゃん、くじ引きに行こう」

 

「え?で、でも…」

 

「栞、大丈夫だって~安心しな」

 

そう言って香菜は栞ちゃんの手を引いてくじを引きに向かった。

 

「あら?これは皆様お揃いで…」

 

くじの前には私、盛夏、香菜、綾乃先輩。そして栞ちゃんの5人が立っている。

 

「じゃあ、あたしが最初に引いてあげるね!」

 

「え?香菜姉?」

 

香菜は大きな声でそう言った。

 

「Sですわね」

 

香菜が引いたくじはS。

これでまたNとWの確率が上がりました。

 

「じゃあ次は私が引いてあげるね!」

 

そして綾乃先輩がくじを引いた。

 

「Eですわね」

 

綾乃先輩はEのくじを引いたみたいです。

いいなぁ~。

あ、これは別に『E』と『いい』をかけたわけじゃないです。

 

「よ~し、次はあたしだ~。あ、そうだ。イオリさん引いて下さい~」

 

「え?え?」

 

「早く引いて下さい~」

 

「う、うぅ…」

 

そして観念した栞ちゃんがくじを引いた。そこにはSの文字が書かれていた。

 

「あぅ…」

 

「ほうほう~。あたしのホテルはサウスカントリーホテルか~。くじを引いてくれてありがとうございます~」

 

「え?どういう事ですの?」

 

「さっきあたしはあたしの番って言いましたよね~?イオリさんに代理に引いてもらっただけです~。

栞ちゃんでしたっけ?栞ちゃんの代理にイオリさんがくじを引いてるんですから、あたしもイオリさんに代理に引いてもらっても構わないですよね~?」

 

「なるほど。そうですわね。なかなか考えますわね」

 

「え?え?」

 

栞ちゃんはわからないって顔をしている。そりゃそうでしょうね。

多少強引なやり方ですから。

さて、次は私の番です。言い回しを間違えないようにしないと…。

 

「さぁ、イオリさん引いて下さい。次は私の番ですから」

 

「え?い、いいの?」

 

「はい♪」

 

そして栞ちゃんが再びくじを引いた。

栞ちゃんの引いたくじは……。

 

「Nだ……あっ…」

 

そして栞ちゃんは私の顔を見た。

 

「おー!Nですね!って事は~。栞ちゃんって子がノースアイランドホテルですね!さぁ、イオリさん次は私が引くのでどいて下さい!」

 

「あら?イオリさんは奈緒さんの代理に引いたのではないのですか?」

 

やっぱりそう来ますよね。

ってか、姫咲ちゃんってきっとわかってて言ってますよね。

まぁ、主催者側としてはまわりが納得いくような説明も必要なのかなぁ~。

 

「何を言ってるんですか?私は私のくじは自分で引きますよ?だからさっき私はイオリさんに『早く引いて下さい。次は私の番ですから』と言ったじゃないですか~。私も早くくじを引きたかったので急いでもらっただけですよ?」

 

「クス、なるほど。確かにそうですわね」

 

盛夏の考えた作戦はまず香菜が『くじを引いてあげるね』と言ってくじを引き、NかWが出たら栞ちゃんに『くじを代理で引いてあげたよ』と言って栞ちゃんにくじを譲る。綾乃先輩の時も同じ感じですね。

それでも出なかったら、栞ちゃんに引かせるって作戦でした。この辺りは盛夏と私で説明してますね!

 

「やっと私が引けますね。ちゃっちゃと引いちゃいますね~」

 

私はどこのホテルを引きますかね~?

 

美緒もいるからEが引けたらいいですね!

 

……違いますね。貴と同じホテルがいいって思ってます。貴には恋をしているわけじゃない。私はそう思っている。

BREEZEのTAKAさんを好きだった時とは違う気持ちだから…。

 

でも貴と一緒に居たい。

バカな事を言い合っていたい。

 

同じグループになって私が行きたい所に付き合わせたい。

そして貴は『めんどくせぇ』とか言いながら嫌そうにするくせに私に付き合ってくれる。

 

そんなやり取りをしたいだけ。

この気持ちって何なんだろう?

 

そして私は横に居る盛夏を見た。

 

「ん?」

 

あ、盛夏に見てる事気付かれちゃいました。

 

私は子供の頃から友達と呼べる人はいなかった。もちろん学校の行事とかで同じグループになったクラスメートとは話は合わせてきました。

 

それも中学になった頃からそうする事も煩わしくなりました。

 

執拗に遊ぼうと誘ってくる男子。

もちろん二人きりで遊ぶ事はしませんでしたが、グループで遊ぶとなると男子の中で女子は私だけ。

私はそのせいで学校の女子には嫌われていた。

 

誘ってくれるから男子と遊びに行っていただけ。誘ってくれないから女子と遊びに行けなかっただけ。

 

男子に気を使うのも女子に気を使うのもしんどくなっていた。

だから私はぼっちで居る事を望んだ。

 

私は誰かに嫌われる事もなく、誰かに好かれる事もない青春を送った。

それでも中学に成り立てのあの頃より、ずっと楽でしたし幸せでした。

 

ですが大学に入った時、まどか先輩と綾乃先輩に話掛けられ、同じように友達の居なかった花音と出会い、人と触れ合う楽しさを知り、貴に出会いBlaze Futureとしてバンドを始め……渚や理奈にも出会え、そして…盛夏とも出会う事が出来た。

 

盛夏は私にとって一番の親友です。

渚や理奈ももちろん花音もまどか先輩もみんな私は大好きです。

 

盛夏とはほぼ毎日会ったりしてて、沢山色んな事を話してるのに、いつも話足りないと思う。もっと盛夏の事を知りたいと思う。そして盛夏はいつも隣に居てくれる。

 

………貴と同じホテルがいいけど、盛夏とも同じホテルにも泊まりたい。

だから私の狙いは……!

 

「………Sですね!」

 

私の引いたくじに書かれていた文字はSでした。

 

私はまた盛夏の方に目をやった。

 

「ん~?さっきからどうしたの奈緒~?まさかあたしに惚れた~?」

 

「んーん!別に!貴と同じホテルじゃなかったのは残念だけど、盛夏と同じホテルだし、まぁいいかな~?って思って」

 

「何それ~?素直に盛夏ちゃんと同じホテルになれて嬉しいって喜んでいいんだよ~?」

 

「ふふ、嬉しいよ!盛夏!」

 

 

 

 

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あたしの名前は大西 花音。

あたしのバンドにはまだ名前も曲もないけど、ボーカル担当という事で綾乃さんと達也さんとバンドを組んでいる。

本当に今はまだ形だけだけど…。

 

あたしがバンドをやりたいと思ったきっかけ。

それは先日のBlaze FutureとDivalのライブを観たからだ。

 

あたしは子供の頃から友達が居なかった。

人との距離感がわからず、何をどう話しかければいいのかわからなかった。

話掛けられればそれなりに応対は出来るけど、自分から誰かの輪に入る事が苦手になっていた。

 

奈緒もずっとぼっちだったみたいだけど、根本的にぼっちの系統が違う。

奈緒は自分から他人と離れてぼっちの道を選び、あたしは他人との輪に入れなくてぼっちになったのだ。

 

そんなあたしは大学でまどかさんや綾乃さん、奈緒と出会い仲良くなって友達と呼べる仲にはなれたわけだけど、先日のライブでは奈緒はすごくいきいきとしていて、とても眩しくて羨ましく思った。あたしは奈緒みたいになりたいと思うようになった。

 

それがあたしがバンドをやりたいと思ったきっかけ。

 

「残りのくじはEとWか…。綾乃さんも居るしEを引いておきたいけど…」

 

「あ、花音もE狙いなんだ?」

 

「渚も?」

 

「うん、理奈もいるしね」

 

「あたしもE狙いかな。まぁ、渚がWを引いてくれたらWでもいいけど」

 

そっか。WにはDivalのメンバー居ないもんね。

 

Divalのメンバーは奈緒が紹介してくれた。まだ出会って数時間だけどみんなすごく話しやすくてあたしは助かってる。

もっとあたしからいけるようになればいいんだけど…。

 

「あたし達も早くくじを引きに行かないと内山が引いちゃうし、そろそろ行こうか」

 

志保はそう言ってAiles Flammeの内山くんを見た。

う~ん、内山くんはあたし達に遠慮してる気がするんだけど…。

 

「じゃあ私が引いて来ようかな」

 

そう言って渚がくじを引きに行った。

 

「花音さんはどうする?次引く?」

 

「う~ん…志保が先に行っていいよ」

 

「んじゃ渚の次に引いて来ようかな」

 

あたし達は渚のくじを見守っていた。

 

「Eですわね」

 

「やったー!せ……理奈と一緒だー!」

 

『せ』って『先輩』って言おうとしたよね?

 

「じゃ、あたしも引いて来ようかな」

 

志保が続いてくじを引きに行った。

 

「あ、Wだ」

 

はやっ!迷うことなく引いたね!

 

「ありゃ~…志保は民宿かぁ。離れちゃったね」

 

「うん、まぁ、これはこれでありかな?って思ってるよ。しばかれる心配も無さそうだし、次にW引くのが花音さんにしても内山にしても話しやすいと思うしさ。Wなら茅野先輩も学校で面識もあるしね」

 

あ、そうなんだ?

あたしもくじ引きに行こうかな。

 

そしてあたしはくじの前に立った。

 

「はじめまして」

 

「あ、ど、ども」

 

「残りはEとW。どちらを狙ってますか?」

 

「最初はEを狙ってましたけど、Wでも知り合いはいますしどっちでもいいかなって思ってます」

 

うぅ…知り合いか…。

友達って言えないあたりがあたしの悪いところだよね。

まぁ、実際友達なのかどうかわからないし。

 

あたしはくじのボックスの中に手を突っ込んだ。

…でも綾乃さんもいるしやっぱりEのグループに行きたいかな。

 

……ん?あれ?

くじが2枚しかない?

 

あたしは目の前の女の子…姫咲さんを見た。

 

「どうしました?」

 

「いえ、別に…」

 

あたしはくじを取りだし書かれているアルファベットを確認した。

 

「E。ホテルイーストブルーです」

 

あたしがみんなの元に戻るのと同時くらいに内山くんはくじを引き終わったようだ。

 

内山くんが引いたくじはW。

って事はあの姫咲さんって子はEのグループに行きたかったのか…。

 

「怪訝な表情をして…どうしたのかしら?」

 

「あ、理奈…。えっと…何て言えばいいか…言ってもいいのかどうか…」

 

「あの子が何故Eのグループに行きたかったのか?って事かしら?」

 

「理奈…気付いてたんだ?」

 

「まぁ、あれだけあからさまな心理トリックをやっているとね。それよりあなたも気付いてたのね」

 

「いや、あたしは…さっきくじを引いた時にくじが2枚しか無かったから…」

 

「なるほど。それより内山くんは違和感を感じなかったのかしら?」

 

 

 

 

 

「渉、シフォンと同じホテルで羨ましいな。帰りは背後に気を付けるんだぞ?」

 

「おう!亮の前には歩かないように気を付けるぜ!」

 

「う~…僕は知り合いが茅野先輩と雨宮さんしかいないよ…」

 

「まどか姉と栞ちゃんと同じホテルか~。うん!楽しそう!」

 

 

 

 

「あ、やっとグループ分け終わったの?げ、女の子ばっかりじゃねーか。あ、亮のやつのホテルもか」

 

「盛夏、ホテルも同じ部屋になれるといいね」

 

「ふっふっふ~、寝させないからね~奈緒~」

 

「シフォンと栞と一緒か~。これはからかい甲斐があるね!」

 

 

 

 

「私達みんなバラバラになっちゃったね~」

 

「うん、でも俺のグループにはAiles Flammeとevokeのボーカルさんがいるし話を聞くのも楽しみかな」

 

「これはシングルには私が泊まった方が面白くなりそうですわね…」

 

「茅野以外知らないメンツだけど引率はトシキさんだしなんとかなるか…」

 

 

 

 

 

「先輩が男で一人だからって逃げ出さないように見張っとかないとなぁ~」

 

「そうね。協力して貴さんが逃げ出さないようにしましょう」

 

「ん~、内山に荷物持ちしてもらおう」

 

「奈緒と盛夏と一緒か~。結衣ともまた一緒みたいだし楽しみかな」

 

 

 

 

 

「結弦。頼むから他のバンドのメンバーに迷惑をかけるような事はしてくれるなよ?」

 

「あ?てめぇこそまわりに暑苦しがられないように気を付けろよ?」

 

 

 

 

「良かったね。まどかさんと遊太くんと同じグループになれて」

 

「そ、そんな事ないもん…。双葉とが良かったもん…」

 

 

 

 

「理奈さんと同じグループにはなれたけど、お姉ちゃんとは離れちゃったか…」

 

「ねぇ、美緒。私は?」

 

 

 

 

「貴兄も花音も一緒だし楽しそうだね」

 

「まぁ…せっかくですから、あたしもみんなと仲良くなれるようには頑張ってみます…」

 

 

みんな思い思いの事を話しながら過ごしていた。そろそろ出発の準備とかしに帰りたいんだけど、まだこの話は続きそうなのである。

 

『では、予約の事もありますし民宿秋月以外のメンバーのホテルの部屋割りを決めましょうか』

 

この姫咲さんの台詞のせいでまた一悶着起きるのである。



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第3話 出発

ボクの名前はシフォン!

Ailes Flammeでドラムを担当している可愛い男の娘だ!

 

そう、ボクは男の娘なのだ。

本名は井上 遊太!高校2年生!

 

昔から引込み思案で、人前に出るのが苦手だったボク。

それなのに中学のある日、幼馴染みの栞ちゃんに同人即売会の売り子を手伝って欲しいと脅さ……頼まれた。

 

やむをえ……快く引き受けたボクは栞ちゃんに無理矢理男の娘にされたんだけど、その時に自分じゃないみたいな感じ…新しい自分になれた気がした。

 

その翌日、思い切って自分で男の娘になって、ファントムまでお出掛けした。

おっちゃんもたか兄もトシ兄も、そんなボクを変な目で見たりする事もなく受け入れてくれた。それからボクは学校が終わると男の娘になるようになった。

 

ボクはこの格好が、シフォンが大好きだ。

だけど、Ailes Flammeのみんなには、ボクが本当は男の娘で井上 遊太なんだと伝えたいと思っている。

 

……何度かそれとなく言ってるけど信じてもらえないんだよね。

 

「シフォン、まさか君と同じグループになれるとはね」

 

「あ、イオリ」

 

このイオリが最初にボクを男の娘にした小松 栞ちゃん。

生まれた時から家が隣同士の幼馴染みだ。

 

「シフォン!イオリ!」

 

ボク達に声を掛けて来たのはまどか姉。

 

「まどか姉。今度の旅行ではよろしく頼むよ」

 

「いや~…もう2年もイオリを見てるけど、イオリの喋り方って馴れないなぁ~」

 

「だよね。ボクもだよ」

 

「う、うるさいなぁ!」

 

今ボク達は明日からの旅行、南国DEギグに参加するメンバーでグループ分けが無事に終わり、ホテルの部屋分けの話し合いをする為に同じグループ同士で集まる事になったんだ。

 

「しかし困ったよな。部屋割りってどうしたらいいんだ?」

 

「ああ、江口の言う通りだな。なかなか難しい問題だ」

 

ん?渉くんに奏さん?

どうしたんだろう?

 

「渉くんどうしたの?何か問題?」

 

「ほら、イオリさんの代わりに小松が俺達のグループになるだろ?」

 

「え?う、うん。そうだね」

 

そっか。渉くんはイオリの正体が栞ちゃんって知らないもんね。

何を隠そう栞ちゃんとボクらは同じ学校で1年の時は同じクラスメートだったのだ!

 

「そうなると男女3人ずつになるからさ?誰かの部屋は男女で1部屋になっちまう」

 

「え?男女3人?」

 

「江口 渉。君は何を言っているんだ?男性4人で女性2人だろう?実に分けやすいじゃないか」

 

「イオリさんも変な事言うんだな?小松は女の子だぞ?友達なんじゃないのか?」

 

「え?いや、だから…」

 

あ、そうか…。

渉くんの中じゃボクは女の子だからまどか姉と栞ちゃんとボクで女の子3人になると思ってるんだ…。

 

「あ~…そっか。なるほどね。渉くんの言いたい事はわかったよ」

 

「ん?まどか姉?どういう事だ?」

 

「イオリ。私にはイオリの喋り方禁止ね」

 

「無茶言わないで…」

 

そしてまどか姉はイオリに耳打ちをした。

 

「ふぇ!?そ、そうなの!?」

 

あ、栞ちゃんに戻った。

 

「ゆーちゃんが悪い」

 

え?ボクのせい!?

 

「あはは、まどかさん、イオリごめんね。話は聞かせてもらったよ」

 

そう言ってやってきたのはCanoro Feliceの一瀬 春太くんだ。

 

「一瀬 春太!盗み聞きとはいい度胸だな!」

 

「部屋分けの事は俺に案があるからそれで勘弁してよ」

 

「いい案?一瀬くん、ほんとにいい案があるの?」

 

まどか姉が春太くんに話し掛けた。

あれ?2人って知り合い?

 

「ええ、まぁ…。シフォン……って呼ばせてもらっていいかな?ちょっといい?」

 

そして春太くんはボクを連れてみんなから少し離れて話し掛けてきた。

 

「シフォンは男の娘って事みんなには内緒にしたい?あ、ごめんね。いきなり変な事聞いて」

 

「ううん、全然いいよ!

質問の答えはボクは内緒にしたいわけじゃないよ。みんなには一応それとなくボクは男の娘だって言ってるし。信じてもらえないけど…」

 

「そうなんだ…なるほどね」

 

「うん」

 

「じゃあ逆に言うと打ち明けたいと思ってるのかな?」

 

「あ、あ~、どっちかと言うとそうかも」

 

「オッケー。わかったよ。任せて!」

 

そして春太くんはみんなの元に戻って行った。

 

「江口くんと豊永さんは初めましてですね。Canoro Feliceのボーカルの一瀬 春太です。8月24日のFABULOUS PERFUMEでのライブもよろしくお願いします」

 

「おう!俺の事は渉でいいぞ!一瀬さんの事はユイユイに聞いてるしな!俺の方こそよろしく!」

 

「evokeのボーカル豊永 奏だ。奏って呼んでくれ。今後ともよろしく」

 

そう言って3人はガッシリと握手をした。

なんか男同士って感じでああいうのいいなぁ~。

……ってまぁ、ボクも男なんだけど。

 

「一瀬くん、それで部屋割りのいい案ってのなんだけど…」

 

「あ、ああ、まどかさんすみません。部屋割りなんですけど、まどかさんと栞ちゃんが同じ部屋、シフォンは同じバンド同士だし渉くんと同じ部屋で、俺と奏さんが同じ部屋ってのが妥当じゃないかな?」

 

「え!?ちょ、ちょっと待ってくれよ!いくら同じバンドだからってシフォンと同じ部屋なんて……!

………ほら、こんなに離れてるのに亮からのプレッシャーが半端ねぇし!」

 

「だが、江口。一瀬の言う案が一番妥当だとは思うぞ。少なくとも俺か江口、一瀬の内誰かは女の子と同じ部屋になる訳だしな」

 

「うん、シフォンも同じバンドの渉くんと一緒なら問題ないよね?」

 

「え?え?う、うん!渉くんと同じ部屋で大丈夫だよ!」

 

<<<バターン>>>

 

「え!?秦野くんどうしたの!?」

 

「いきなり血を吐いて倒れちゃった~」

 

「きゅ、救急車呼んだ方がいいかな!?」

 

 

 

 

 

「え?亮くんどうしたんだろう?大丈夫かな?」

 

「亮、お前の事は忘れないぜ…」

 

「そんな訳だからさ。渉くんもそれでよろしく頼むよ」

 

「まぁ、しょうがないか…シフォン、よろしく頼むな」

 

「う、うん、ボクの方こそよろしくね!」

 

「う~ん……」

 

「栞?どしたの?」

 

「まどか姉、栞って呼ばないで……。

ゆーちゃん大丈夫かな?って思ってさ」

 

「大丈夫だよ。遊太も色々変わって来てる。いい方向にね。あんたも学校での遊太も見てるでしょ?」

 

「うん、ちょっと前まではずっと一人だったけど、今は江口 渉とか秦野 亮とかと一緒に居る事が多くなってきたかな…」

 

「きっとさ。この旅行でまた遊太も色々考えて変わると思うよ。私達はソッと見守ってたらいいよ」

 

「……うん」

 

そうしてボク達ノースアイランドホテルの部屋割りが決まった。

渉くんと同じ部屋…。

この旅行でボクは渉くんに男の娘だと打ち明けようと誓った。

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

「は?姫咲…お前頭沸いてんの?」

 

「ここは私のホテルですわ。誰がどの部屋に泊まるかの権限は私にありますわ」

 

私の名前は佐倉 美緒。

私達は今はホテルイーストブルーに泊まるメンバーで集まって、部屋分けをしています。

 

私達の泊まるホテルイーストブルーにはシングルの部屋が1つ空いていて、そこに誰が泊まるのかと争っている所なのです。主にお義兄さん…じゃなかった。

お兄さんと姫咲さんで。

 

「あのな?よく聞け姫咲。このホテルに泊まる男は俺しかいねぇ。つまり、シングルの部屋には俺が泊まって女の子同士で泊まるのが妥当だろう?俺はまだ捕まりたくねぇんだよ」

 

「あら?女の子と同じ部屋になったら逮捕されるような事をなさるつもりですか?」

 

「あ?い、いや、しないけども…」

 

「なら問題無いではありませんか」

 

「そうじゃなくてだな……」

 

 

 

「お兄さんと姫咲さん…まだやってますね…」

 

「まぁ、普通に考えたら貴さんがシングルに泊まるべきだとは思うのだけれど…」

 

「どうでもいいから早く帰って明日の準備したい…」

 

「私達だけでも先に決めとこうか?」

 

「それだと私と花音、同じバンド同士で渚ちゃんと理奈ちゃん?そうなると美緒ちゃんが貴兄と一緒になっちゃうよ?」

 

「それはダメよ。美緒ちゃんの身が危険だわ」

 

私達は簡単に決まるはずだったホテルの部屋分けに頭を悩ませていた。

姫咲さんが折れてくれたら話は早いんだけど、シングルに泊まりたいって気持ちはわからなくもないんですよね…。

 

「あ~、でも正直あたしもシングルがいいっちゃシングルがいいんだよね…」

 

「え!?花音、私とじゃ嫌なの!?」

 

「あ、いや、綾乃さんが嫌とかそういう訳じゃないんですけど、シングルの方が気楽じゃないですか?」

 

確かに花音さんの言う通り。

誰とが嫌という事はないけれど、やっぱりシングルの方が気楽ですもんね。

 

「わかった。姫咲、俺の負けだ」

 

え?

 

「先輩が…負けを認めた…だと…!?」

 

「これはまずいわね。このままだと貴さんと女の子の誰かが同じ部屋になってしまうわ」

 

そ、それは確かにまずい…!

お義兄さん…じゃない。お兄さんが理奈さんと同じ部屋になったりしたら…。

 

り、理奈さんの身が危ない…!!

 

「って訳でお前ら…」

 

「話は聞いていたわ。貴さんと同じ部屋なんて冗談じゃないわね」

 

「せ、先輩の変態!」

 

「「で、でも他の女の子を危険な目に合わせる訳にはいかないから、私が同じ部屋になってあげても……」」

 

「ん?理奈?」

 

「渚?………あなたはDivalの大事なボーカルよ。貴さんと同じ部屋にして危険な目に合わせる訳にはいかないわ」

 

「理奈こそ!理奈はDivalの大事なベースだよ!先輩と同じ部屋だとか危険な目に合わせる訳にはいかないよ!」

 

「あ?お前らさっきから何の話してんの?」

 

う~ん…お姉ちゃんの為にもお兄さんと他の女の子は出来るだけ同じ部屋にしない方がいいのかな…。なら私が…?

 

「まぁ、いいや。お前らん中にもシングルルームに泊まりたいってやついるだろ?だからそのみんなでじゃんけんして勝ったやつがシングルルームの権利を貰える事になった」

 

「「え?」」

 

「って訳でお前らも立候補しろよ。そんでじゃんけんで勝てたらシングルルームの権利を俺にくれ。それで問題なくなる」

 

「そ、それは私に不正を働けという事かしら?」

 

「先輩は!それでも人間ですかっ!?」

 

「えぇぇぇぇ~……何なのこいつら…」

 

「私は貴兄と同じ部屋でもいいよ?」

 

「お前何言ってんの?俺がいきなり襲いかかったらどうすんの?」

 

「貴兄は自分の身に降りかかるリスクを計算しながら生きてるしそれはないでしょ」

 

綾乃さんはお兄さんを信じてるんですね。

まぁ、確かにお姉ちゃんから聞いてる感じじゃその心配はないだろうけど…。

 

「あたしも別に貴さんと一緒でもいいですよ。気を使う事はあっても襲われる心配はないだろうし。それより早く部屋を決めて帰りたいです」

 

「私もみんなの話を聞いてる感じでは襲われる心配も無さそうですし、お義兄さんと同じ部屋でもいいですよ」

 

「お前らの貞操観念どうなってるの?お兄ちゃん心配だわ~…。それより美緒ちゃんなんか漢字違ってなかった?」

 

「話は纏まりましたか?シングルルームを誰が使うか……じゃんけんしましょうか」

 

「ああ…そうね…じゃあ、シングルルームがいいって人は……」

 

「「「はい!」」」

 

お兄さんが言い終わる前に、私と花音さんと綾乃さんが立候補した。

 

まぁ、私が勝てたらお兄さんに権利を譲ってあげましょうかね。

ラーメン代をお借りした恩もありますし。

 

「え?実はみんなシングルが良かったの?さっきのやり取りなんなの?」

 

 

 

「渚は参加しないのね?誰か一緒の部屋になりたい人がいるのかしら?」

 

「……………理奈とだよ」

 

「今の間は何かしら?」

 

「理奈こそ誰かと一緒の部屋になりたいの?」

 

「……………もちろん渚よ」

 

「うふふ~、ちょっと間が気になるけど同じ部屋になれるといいね」

 

「そうね。楽しみだわ」

 

「あ、じゃんけんが始まったみたいだよ!」

 

 

 

「「「「「じゃ~んけ~ん」」」」」

 

「「「「「ほい!」」」」」

 

 

綾乃さんと私がチョキを出し、お兄さん、花音さん、姫咲さんがグーを出した。

 

「あぁ…負けちゃった…」

 

「……悔しいです」

 

「「チッ」」

 

私と綾乃さんが負けたのに何故か理奈さんと渚さんが舌打ちをした。

 

「ふっ、よかろう。俺は次もグーを出そうと思っている。今は。土壇場でチョキに変えるかも知れんけど」

 

お兄さんが心理戦に持ち込もうとしている。何て大人気がないんだろう…。

 

「……貴さん、あたしね。ずっと友達が居なかったんだ…。こうやって信じ合える友達と旅行って初めてだよ。信じるね、貴さん」

 

「うぐっ……!?」

 

花音さんがそこに防衛線を張った。

 

「よろしいですか?それではじゃ~んけ~ん………」

 

「「「ほい!」」」

 

「くっ、バ、バカな……!」

 

全員がグーを出した。

 

「か、花音……お前…俺を信じた手がグーか…?」

 

「いや~、貴さんの事だからチョキ出すと思って…」

 

「大人は!大人は汚い!!僕の心を裏切ったんだ!!」

 

この中で一番の歳上が何か言っています。

 

「もうこんな茶番もさっさと終わらせなくてはいけませんね。では私は左手でパーにします。この左手はグーにもチョキにもしません。パーです」

 

「は?そんな手には乗らんぞ…」

 

「構いませんわ。お好きにどうぞ。ただ、私は今、運気に乗っているのです。例えガラスのシャワーが降ってきても傷ひとつ付く事はありませんわ」

 

「本当にパーか…?」

 

「私の左手はこの手を変える事はありません」

 

「よーし、よく言った。それじゃやんぞ!じゃ~んけ~ん……」

 

「「「ぽい」」」

 

花音さんがパーを出し、お兄さんはグー、そして姫咲さんはパーを出した。

 

「「よしっ!!」」

 

何故か理奈さんと渚さんが喜んだ。

 

「バカな…何故…何故パーなんだ…」

 

「パーだと言ったじゃないですか」

 

「いや!左手って強調してたじゃん!左手でパーって言って油断させておいて右手で別の手を出すと思うじゃん!」

 

「全く…どうしてここまで捻くれて育ったのでしょう。人は信じるものですわよ?」

 

「こ……こいつ……!」

 

「じゃあ姫咲さん、どっちがシングルの部屋に泊まるか決着つけましょうか」

 

「あ、もう目的は達成したので花音さんがシングルの部屋を使っても構いませんよ?」

 

「え?マジですか?じゃあお言葉に甘えて、あたしがシングルの部屋の権利を貰いますね」

 

「はい♪」

 

「もー!何なの!?こいつマジなんなの!?」

 

「ってわけで、あたしがシングルの部屋の権利を貰いましたので、その権利を貴さんに譲ります。さ、女の子同士で部屋を決めちゃいましょうか」

 

「え?」

 

花音さん…お兄さんにシングルルームの権利を譲る為に参加してたんですね。

 

「ちょ…ちょっと…花音さん…?」

 

「まぁ、普通に考えて貴さんがシングルの方がいいでしょ?ちょっと貴さんも可哀相でしたし…」

 

「ありがとう!ありがとう!!花音…!!」

 

「あの…手を握るのやめてもらえます?」

 

お兄さんはよほど嬉しかったのか花音さんの手を握ってお礼を言っていた。

何故かその後、渚さんにリバーブローされて理奈さんにガゼルパンチをされてました。すごく痛そうでした。

 

そして意気消沈した姫咲さんがあみだくじを作り、私と花音さん、渚さんと理奈さん、綾乃さんと姫咲さんのペアで部屋割りが決まりました。

 

ほんと……このやり取り何だったんだろう……。

 

 

 

 

 

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僕の名前は内山 拓実。

Ailes Flammeのベースをやっている。

将来はパティシエになりたいという夢はあるけど、もっとベースの腕前を上げて今はたくさんライブがやりたいと思っている。

 

そんな僕が明後日開催される南国DEギグを観に行けるなんて本当に夢のようだ。

 

ただ…泊り先が民宿で5人で1部屋。

しかも男女混同なんだよね…。

Ailes Flammeのメンバーとは離れちゃったし…。

Divalのギター雨宮さんや、学校の先輩の茅野先輩、evokeの折原さんも一緒だけど、あんまり話した事ないし折原さんってちょっと怖いんだよね…。

 

「チッ、俺は南国DEギグに行けりゃそれでいい。同じグループだからって、てめぇらと馴れ合う気はねぇ」

 

ほらね…。

今、僕達は民宿で同じ部屋だから部屋分けをする必要はないけど、他のホテルのみんなは部屋割りの為に集まってるからって、顔合わせという事で集まっている。

 

「まぁまぁ、そんな事言わずにさ。せっかくなんだし仲良くしようよ」

 

「志保ちゃんの言う通りですよ。同じ部屋になったんですし仲良くしましょう?」

 

雨宮さんと茅野先輩が折原さんに話し掛けていった。

FABULOUS PERFUMEのナギさんは体調が悪いとの事で今日は帰ってしまった。

その代わりに茅野先輩に連絡してくれて、茅野先輩がわざわざファントムまで来てくれた。

 

「別に馴れ合う気がねぇってんなら無理に馴れ合わせる必要もねぇだろ」

 

Canoro Feliceの松岡くんが話に入っていった。

うぅ…松岡くんも怖そうな人だよ…。

どうして民宿のグループには怖そうな男の人ばっかりなの……。助けて渉…。

 

「あ、そだ。明後日さっちと買い物に行く約束してたんだけど、ごめんなさいメールしとかなきゃ」

 

「あ、河野さんと約束してたんだ?」

 

「うん、あ、もう返事来た。

お詫びにパフェでもご馳走するって言ってんのに『そんなのいいよ。せっかくだから楽しんできて』ってさ。あ~、さっちいい子過ぎる…大好き」

 

「あはは、そんな事言ってるとまた渉に百合とか言われちゃうよ?」

 

僕と雨宮さんでそんな話をしていると、折原さんが話し掛けて来た。

 

「おい、てめぇら。さっきから河野さんとか、さっちとか……。もしかしててめぇの友達の名前は河野 沙智か?」

 

「え?そうだけど?」

 

「お、折原さんって河野さんとお知り合いなんですか?」

 

「ああ、知り合いっていうか……うちのドラムの河野 鳴海の妹だ」

 

「え?河野 鳴海さんってあの妹好きの…?」

 

「まぁ、否定はしねぇ」

 

「へぇ~、さっちのお兄さんってバンドマンだったんだ…」

 

そうだったんだ…。

河野さん…妹の沙智さんの方とは雨宮さんを通じて最近はよく話すけど、お兄さんがバンドをやっているとか聞いた事ないや。

 

「あ、あれか。それで沙智はこないだの俺らのライブに来てたのか…」

 

「こないだのって僕らが前座をやらせてもらったライブですか?」

 

「ああ…。あいつは妹を溺愛しているが妹の方はうざったがってるしな。お前らの応援に来たんだろ…」

 

そうなんだ…。僕は兄弟とかいないし、わからないなぁ…。どんな感じなんだろ。

 

「あ、そだ。自己紹介しとこうか。あたしは雨宮 志保。evokeのえっと………」

 

「あ?俺は馴れ合う気は………チッ、折原 結弦だ」

 

「あはは、よろしくね!」

 

雨宮さんはすごいなぁ…。

僕もこれくらいコミュ力があればなぁ…。

 

「ってか、雨宮…か…」

 

「ん?どしたの?あたしに惚れた?」

 

「いや、俺のいつか倒すと決めてるギタリストに雨宮って人がいるからな…」

 

それってもしかして……。

 

「その人って雨宮 大志って人?」

 

「あ?知ってんのか?」

 

「まぁ、ちょっとね……。その人を倒すって…。折原もその人に何かされたの?恨んでるの?」

 

「あ?呼び捨てかよ……ま、いいか。別に恨んでるとかねぇよ。お前が言いたいのは、あの人がクリムゾン以外のバンドを潰していってる事を言ってるのか?」

 

「う…うん」

 

「まぁ、そんな奴らもいるだろうけどな。デュエルで負けて潰れてしまうような弱小バンドの事なんか知ったこっちゃねぇ」

 

「じゃあ何で…?」

 

「あの人はすげぇギタリストだ。あの人の演奏技術は尊敬している。だが、俺がナンバーワンのギタリストになる為には雨宮 大志もDESTIRAREのセイジも倒さなきゃならねぇ。もちろん四響のラファエルもな」

 

「そっか…」

 

「チッ、喋りすぎた……」

 

そう言って折原さんは僕達から離れていった。

 

「そっか…お父さんの事……まだそういう風に見てくれている人もいるんだ…」

 

「雨宮さん…」

 

「でも残念!お父さんを倒すのはあたしだし!最高のギタリストになるのもあたしだからね!」

 

「はは、雨宮さんらしいって言えばいいのかな?1年前じゃ考えられなかったけど、今の雨宮さん方がずっといいよ」

 

「内山……。気持ちは嬉しいけどごめんね。あたし好きな人いるから」

 

「何で告白してないのにフラれた感じになってるの!?」

 

ここでこんな話をしている時は思ってもみなかった。

この旅行で…僕達は…雨宮さんは…。

 

 

 

 

 

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私の名前は藤川 麻衣。

元気が取り柄の美少女女子高生!

gamutのキーボード担当なのだよ!!

 

私達gamutは実はファントムでライブをした事がないんだけど、うちのボーカルちゃん、佐倉 美緒が姉である奈緒さんの所属しているバンド、Blaze Futureの葉川 貴さんと知り合いになり、私達は11月に開催されるファントムギグというギグイベントに参加出来る事になった。

 

それだけでも最高に楽しみなのに、なんとファントムギグに参加するバンドのみんなで南国DEギグという日本ではかなり大きなギグイベントを見に行ける事になったのだ!

 

参加メンバーみんなでグループ分けをして、残念ながら美緒とは別のグループになっちゃったけど、奈緒さんもいるしみんなとも仲良くなりたいし楽しめそうかな!

 

「秦野っち大丈夫?」

 

「いきなり吐血して倒れたと思ったら、今度は真っ白になっちゃいましたね」

 

「シフォンちゃんと渉ちゃんが同じ部屋になったのがショックだったんだね~」

 

「あたしらも部屋を決めないといけないのに……どうしよっか?」

 

そうなのです。

私達のグループも男性が1人しかいないから、誰かが秦野くんと同じ部屋になるのは必然!私達のグループにはシングルの部屋はないしね。

 

「まぁ、シフォンちゃんにベタ惚れみたいですし、秦野くんにも襲われる心配はなさそうですけどね」

 

「奈緒~、良かったね~。貴ちゃんが渚や理奈と同じ部屋にならなくて~」

 

「べ、別にそんなの心配してなかったし!」

 

「でもあたしらの中から誰かは秦野くんと同じ部屋になるもんね」

 

「秦野っちが起きたら誰と泊まりたいか聞く?」

 

う~ん、でも秦野くんはこんな状態だしな~。

 

「秦野っち~。大丈夫?」

 

「………燃え尽きたぜ。真っ白にな」

 

ダメだ。もう完全に燃え尽きてる。

 

「う~ん、あたしが秦野くんと同じ部屋になろうか?」

 

「え?香菜ぽんは秦野っちと同じ部屋がいいの?」

 

「違う違う。このままだと部屋割り決まらないでしょ?明日からの準備もあるし早く帰りたいし」

 

「まぁ確かにそうだけど…」

 

「じゃあさ!私が秦野っちと同じ部屋でもいいかな!?私秦野っちとがいい!」

 

「「「「え?」」」」

 

みんなの時が止まった気がした…。

ゆ、結衣さん…秦野くんと同じ部屋がいいって…。

あの…その……そういう事ですか!?

 

「え?あれ? みんなどうしたの?私が秦野っちと一緒の部屋はダメかな?」

 

「えっと……結衣は秦野くんと一緒の部屋がいいの…かな?」

 

「うん!」

 

「私としてはありがたいけど…ね、盛夏」

 

「うん、そうだね~。自分から一緒がいいって言ってくれるなら助かるよね~」

 

「ま、まぁ、秦野くんイケメンですしね…。いきなり吐血した時はびっくりしましたけど…」

 

こ、これはこのまま結衣さんと秦野くんを一緒にしていい感じなんだろうか?

い、いや、別にいいとは思うんだけど…。

 

「あたしとしては結衣が秦野くんと一緒に…って希望してくれるならありがたいんだけどさ?どうして秦野くんと一緒がいいのかな~?って気になったりもするんだよね…」

 

お、香菜さんが結衣さんに理由を聞いちゃいました。

でもこれで秦野くんの事が好きだからとか言われたら私達明日から気を遣わないですかね…?

 

あ、他のグループの一瀬さんと松岡さん、姫咲さんもめちゃこっち見てる…。

 

「あ、うんとね!こないだみんなで遊園地に行ったみたいなんだけどさ!

あ、 みんなっていうのは私以外のCanoro Feliceメンバーとあそこにいる双葉とで!」

 

え?結衣さんって遊園地に誘ってもらえなかったの?

 

「その時に秦野っちも遊園地に居たみたいでね。みんなで演奏したんだって!」

 

「遊園地で演奏…?」

 

「うん、その話は話すと長くなるから省くけど、その時に秦野っちが私達Canoro Feliceの曲も聞いて少しスコア見ただけで完コピしたみたいでさ。あはは、私自身はまだまだミスも多いのに…」

 

結衣さん…。

 

「それでね。秦野っちと同じ部屋になったら、色々ギターの事教えてもらおうと思って。私へたっぴだからさ?まだまだ練習が必要だからね!」

 

結衣さん…。そうだったんだ…。

それで自分と同じギターの秦野くんと…。

 

「結衣ちゃん…」

 

奈緒さんが目をうるうるさせている。

 

「結衣!」

 

「わっ!?何!?」

 

香菜さんも感動したのか結衣さんに抱きついた。

 

「ほんにええ話やなぁ~」

 

盛夏さんと会うのは今日が初めてだけど、なんかいつも通りな気がする…。

 

ふと、気になったのでCanoro Feliceのメンバーに目をやると……3人とも泣いてた。あ、葉川さんと中原さんも泣いてる。

 

「完コピなんか出来てないすよ。難しい所は適当にアレンジ加えましたし」

 

あ、秦野くん起きたんだ?

 

「おー!秦野っち起きたんだね!」

 

「誰が完コピなんて言ったんすか?松岡?」

 

「ううん、完コピとは確かに言ってないかな…?バッチリだったみたいな感じ?」

 

「はぁ……。まぁ、いいすよ。オレで良ければギター教えます。シフォンにもオレも人とセッションした方がいいって言われてますし……。でも、オレ一応男すよ?いいんすか?」

 

「え?何か問題?」

 

「いえ……特には…」

 

う~ん、結衣さんは本当にわかってない感じなのかな?

 

こうして秦野くんと結衣さんが同じ部屋に決まり、私と香菜さん、奈緒さんと盛夏さんが同じ部屋に決まった。

 

ふぅ、一段落したしこれで明日の準備しに帰れるかな?

時計を見るとちょうど21時をさしていた。

葉川さんと雨宮さんが来たのが18時半くらいだし、まだ2時間ちょっとしか経ってないのか。なんだか濃い時間だったなぁ~。

 

「みんなホテルの部屋も決まったみたいだな。まだまだ三咲と晴香の作った料理もあるしゆっくり食べて行ってくれ」

 

ファントムのオーナーである中原 英治さんはそう叫んだ。

私ももう少し戴いてから帰ろうかな?

美味しそうな料理もいっぱいあるもんね!

 

「あ、そうそう明日の待ち合わせ時間だけど、朝の5時にファントム前な?参加者は遅れるなよ?」

 

<<<<<は!?>>>>>>

 

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

 

8月17日4時40分。

まだ朝日も昇りきっていない時間。

俺、中原 英治はライブハウス『ファントム』の前に立っている。

 

「先輩、めちゃ眠そうですね?」

 

「眠いわ。スーパー眠いわ…。結局あの後1時前まで宴会付き合わされたしな。お前らも一緒だったろ?何でそんな元気なの?」

 

「私達は若いからかしらね」

 

「志保も美緒ちゃんも藤川さんもめちゃ眠そうだし若いからってのは多分違うな」

 

「喧嘩を売ってるのかしら?」

 

ああ、タカ止めとけって…。

渚さんと理奈さんにはあんまり逆らわない方がいいって……。

 

おっと、昨日しばかれたトラウマのせいでうっかり『さん付け』になっちゃったぜ。

 

「でも本当に渚も理奈も元気だよね…。私達ここ数日ほとんど寝てないじゃん?」

 

「あはは、私は行きの飛行機の中でゆっくり寝るよ。奈緒もしっかり元気そうじゃん?」

 

「私は昨日は美緒も居たしみんなより少し早く帰ったしね~」

 

俺達はファントムの前でゆっくり会話をして過ごしていた。

もう少ししたら姫咲ちゃんの所の執事さんが大型バスで迎えに来てくれるらしい。

 

「ほら!もうみんな来てるじゃん!ゆーちゃんが遅いから!」

 

「ボクは朝の仕度に時間がかかるの!文句言うなら栞ちゃんが先に行ってくれてたら良かったのに!」

 

「うるさい!ゆーちゃんが悪い!!」

 

「おはようシフォン。今日は一段と可愛いな」

 

「あ、亮くんおはよー!」

 

「シフォンおはよー!それよりシフォンって小松に『ゆーちゃん』って呼ばれてんだな!」

 

「あ、江口 渉…!あれだぞ!あれだ…!えっと……」

 

「なんだ?」

 

「シフォンの頭文字を取ってゆーちゃんだ!だからボクはシフォンをゆーちゃんって呼んでるだけだ!」

 

「シフォンの頭文字……なるほどな!だからゆーちゃんか!」

 

「え?何で!?」

 

遊太と栞も来たみたいだな。

 

「もうみんな揃ったか?そろそろバス来るぞ?」

 

そろそろ待ち合わせ時間の5時だ。

俺はみんなに声をかけた。だが…。

 

「盛夏が来てないね…」

 

「晴香さんもまだだね…」

 

「香菜も来ていないわ…」

 

え?マジか?

あいつら本当に何やってんだ…?

 

それから少しして大型バスが到着した。

 

「皆様、お待たせしましたわ。それでは行きましょうか」

 

バスのドアが開き、そこから姫咲ちゃんが出てきた。……何でバスの添乗員さんのコスしてるの?

 

「ごっめ~ん!遅れたっ!!」

 

お、どうやら香菜が到着したようだ。

 

「香菜、遅いわよ。何をしてたのかしら?」

 

「ほんとごめん。電車が遅延しててさ…」

 

「まぁ、それならしゃーねーわな。後は盛夏と晴香か」

 

「俺とタカで待ってるから渚さん達は先にバスに乗っててもいいぞ?」

 

「英治さん?何で私の事さん付けなんですか?」

 

 

 

 

「もう5時10分だよ?盛夏どうしたんだろう……」

 

「あたしもさっきからLINEしてるけど既読すら付かないよ…」

 

「盛夏はあたし達に寝起きドッキリ仕掛けるくらいだし朝は弱くないと思うんだけどなぁ……」

 

「ヘェー、寝起きドッキリね……」

 

あいつら本当に何やってるんだろう?

俺とタカ、そしてDivalのメンバーと奈緒さんとまどかでバスの前で盛夏ちゃん達を待っていた。

 

<<<ドドドドドド……>>>

 

それから少しするとバイクの爆音が近付いて来た。

 

「あ?あの音、晴香のバイクじゃねぇか?」

 

「あいつまだアレ乗ってんのか」

 

二人乗りしたバイクが俺達の方に近付いて来て、そして目の前で止まった。

そこから降りて来たのは晴香と盛夏だった。

 

「みんな~…遅れてごめんなさい~…」

 

「いや、マジでごめん!でも盛夏は悪くないよ!私のバイクに乗らなかったら間に合ってたはずだし!」

 

「あ?なんか渋滞でもしてたのか?」

 

「ううん、盛夏を後ろに乗せて走ってたらさ。風になりたくなったんだよね」

 

「30分以上ツーリングに付き合わされちゃって~…」

 

「あっそ。じゃあさっさとバス乗って出発すっか」

 

「盛夏ちゃんも災難だったな…」

 

みんながバスに乗り込もうとした時だった。

 

-ポン

 

タカが先頭に居た奈緒さんの頭に手を置いた。

 

「ふぇ!?た、貴?ど、どうしたんですか!?」

 

そしてDivalのメンバーとBlaze Futureのメンバーの顔をそれぞれ見て…。

 

「楽しい旅行にしような…」

 

そう言って笑いかけた。

 

「な、な、な、あ、当たり前ですよ!」

 

奈緒ちゃんが照れながら貴に応えた。

あ、さん付けするの忘れた。

 

「あ~、奈緒だけずるい~」

 

盛夏ちゃんが不満を漏らしている。

 

「あんた何フラグ立ててんの?」

 

まどからしいな…。

 

「奈緒にいきなりセクハラですか?」

 

渚ちゃんに腹パンをされていた。

 

「貴!あたしも!」

 

「あ~…はいはい」

 

-ポンポン

 

タカって志保に甘いよな?

 

「本当にとんだロリコン野郎ね」

 

理奈からも腹パンをされていた。

 

「タカ兄!あたしも!」

 

「はいよ」

 

-ポンポン

 

「なんかタカ兄に頭をポンポンってされると昔思い出すなぁ~」

 

「あ?そういやそうだな…。昔はお前らの頭をよく撫でてやってたよな。そのせいでこれ癖になってんだよなぁ…自重せんとな…」

 

「タカ兄はこのままのがいいと思うよ」

 

「………そっか」

 

タカ……お前……。

 

「よし、俺らもバス乗るか」

 

「……」

 

「英治?どした?………え?まさかお前も頭撫でてほしいの?」

 

「ちげーよ。お前…夕べの事気にしてんのか?」

 

 

 

夕べ。

みんながグループ分けのくじを引いている時の事。

 

『そういや英治。HONEY TIMBREの誰から招待されたんだ?』

 

『あ?別に誰からって訳じゃねぇぞ?今朝ここの郵便受けにあいつらからチケットと再活動するって手紙が届いてたんだよ』

 

『ここに?お前ん家じゃなくてファントムにか?』

 

『おお、色々段取り大変だったぞ?ほら、秋月グループも今度のファントムギグの融資してくれるだろ?その話を姫咲ちゃんと今日する予定だったしタイミングが良かったぜ』

 

『そこはお疲れ様だな………お前、HONEY TIMBREの奴らとBREEZE解散後も連絡取ったりしてたの?』

 

『あ?いや、あいつら俺らより早く解散しただろ?それ以来連絡なんか取ってねぇぞ?』

 

『じゃあ何であいつらがファントムの存在を知ってるんだ?』

 

『あ…そういや……そうだな…』

 

『まぁファントムのサイトもあるわけだしオーナーの名前も英治だし、調べようと思えば調べられるしな』

 

『……タカ…お前』

 

『悪い。変な事聞いた。とりあえずお前は家族サービス頑張れ。俺はライブ以外の時間はホテルでだらだら過ごす』

 

『お前ほんと頭いいな?俺は懐かしいな~って思っただけで、そんなの気にならなかったぜ………もしこれが罠だったとしたらどっちの罠だと思う?』

 

『………お前もいい性格してるな。その可能性もあると思ってたわけか。だから晴香も呼んだのね』

 

『ただの楽しいイベントって可能性の方が高いだろ?』

 

『そりゃな』

 

『だったら見せてやりてぇだろ。あいつらに…ニュージェネレーションに……』

 

『ああ……そうだな…でも万が一もある。初音ちゃんは…しっかり守れよ…』

 

『ああ、約束する。お前の未来の嫁だもんな』

 

『いや、違うけど?』

 

 

 

 

 

「あ?夕べの事?」

 

-ブロロロロ……

 

「はは、何でもねぇよ。悪い。ただ奈緒ちゃんを触りたかっただけだよな?」

 

-ブォ~ン………

 

「は?人聞きの悪いこと言わないでくれます?てか、さっきからブロロロとかこの音何なの?」

 

「………バスが発車した音だな」

 

「………そうか。俺達まだ乗ってないのにな」

 

「「………」」

 

「「………何で発車してんの!?」」

 

俺達はバスを必死に追い掛けた。

だが、追い付けるわけもなく、やむを得ず俺達はタクシーを使った。

 

 

 

そして、俺達は南国DEギグが開催される地に降り立った。

 

この話はほんの序章に過ぎなかった。

そよ風の残響は…俺達に鳴り響く。



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第4話 interlude

着いたー!!

ここがノースアイランドホテルか~。

さすが秋月グループのホテルなだけあって大きなホテルだね!

 

ボクの名前は井上 遊太。

ううん、今はシフォンかな!

 

ボク達は無事に南国DEギグが開催される地に着いて、グループ毎に分かれていた。

 

ボク達の泊まるホテル、ノースアイランドホテルのメンバーは、

Ailes Flammeのボーカル江口 渉くん、

evokeのボーカル豊永 奏さん、

Canoro Feliceのボーカル一瀬 春太くん、

Blaze Futureのドラムの柚木 まどか姉、

FABULOUS PERFUMEのドラムのイオリこと小松 栞ちゃんの6人だ。

 

ボク達グループの大人の責任者。

引率をしてくれるのは、なんとボクと渉くんと栞ちゃんの学校の先生である東山 達也先生だ。

 

東山先生はボクの部活の軽音楽部の顧問でもあるし、話しやすいんだけど学校の先生が一緒とか……。

あんまりハメも外せないかなぁ。

 

「じゃあ、みんなホテルに荷物を預けてまたここに集合しましょうか」

 

東山先生がみんなにそう声を掛けた。

南国DEギグは明日の8月18日に開催される。1日目の今日は自由時間だ。

 

「うぅ…これじゃまるで学校の行事みたいだぜ…」

 

「ほんとに…まどか姉とかゆーちゃんと一緒なのは嬉しいけど、これじゃ先生に監視されてるみたいでハメ外せないじゃん…」

 

「江口、小松聞こえてるぞ。まぁ、教師と生徒ってのもあるが今日は同じバンドマン同士って事でな」

 

「え?同じバンドマン?小松もバンドやってるのか?」

 

「あ、いや、そ、そうだな!ほら、小松は英治さんに昔ドラムを習ってたから…ついな!」

 

「へぇー、そうなのか。小松もドラムやってたんだな!」

 

「ま、まぁね…」

 

栞ちゃんも大変だなぁ…。

そういえば今の東山先生の感じだと、栞ちゃんがFABULOUS PERFUMEのイオリだって知ってる感じかな?

 

「東山さん」

 

ボクは東山先生に敢えて先生とは呼ばずに話し掛けてみた。

 

「何だい?シフォンさん」

 

シフォンさん……か?よし…。

 

「東山さんはボクの正体を知ってますか?」

 

ストレートに聞いてみよう。

これが一番わかりやすいし。

 

「まぁ……な。お前のその格好は初めて見たけどな」

 

やっぱり知ってるんだ。

 

「変…ですよね?教え子がこんな格好して」

 

「ん?そんな事ないぞ?自分の好きな格好をしているだけだろ?ファッションの一環だろ」

 

「東山先生……」

 

「ただ1つ気になる事はあるけどな…」

 

「ん?な、何ですか?」

 

「お前らが入学して来た時くらいに他校の女の子がうちの軽音楽部に乗り込んで来て、デュエルでうちの部員を倒してしまってな。軽音部の部員のほとんどが自信をなくして退部していったという事件があるんだが…」

 

「あ!ボ、ボクも荷物置いて来ま~す!先生また後でね!」

 

うわぁ…危ない危ない…。

その他校の女の子ってボクの事じゃん…。

 

実際は入部してもみんなと話せなかったからシフォンの格好で部活に出ただけなんだけど…。

 

先輩達がしつこくナンパして来たからデュエルで勝てたらLINEの交換してあげるって条件でデュエルしただけだったのにね。

 

みんなボクに負けて自信なくして辞めちゃうもんだから、ボクが軽音楽部に殴り込んで軽音楽部を潰したとか変な噂が立っちゃったし……。

 

「シフォンこっちだよ」

 

「ほぇ?」

 

まどか姉に呼ばれたので、まどか姉の方に向かった。

 

「まどか姉どしたの?」

 

「ホテルにチェックイン出来る時間はまだだから荷物はフロントで預かってもらうんだよ」

 

「ほぇ~。そうなんだ?」

 

ホテルにはチェックインの時間とかあるんだね。

こないだの旅行の時はたか兄に任せっきりだったからなぁ~。

そしてボクは旅行カバンから水着を取り出して、旅行カバンをフロントに預けた。

 

「楽しみだよね!海!」

 

そう。ボク達の泊まるノースアイランドホテルは海水浴場から近いという事で、1日目は海水浴を楽しむ事にしたんだ。

 

「でもボク……どこで着替えようかな…」

 

「あたしにいい考えがあるから任せな」

 

まどか姉のいい考えか……。

ダメだ。不安が隠しきれない…。

 

 

 

 

 

 

「海だー!」

 

「海だな」

 

「海だね」

 

「江口、泳ぐならちゃんと準備運動しろよ?」

 

ボク達は海水浴場にやって来た。

 

渉くんと奏さんと春太くん、東山先生は水着に着替えて待ってくれていた。

 

ボクはいうとシフォンの格好だから男子更衣室に入る訳にもいかず、当然女子更衣室にも入るわけにもいかないので岩影で着替える事にした。

まどか姉と栞ちゃんが人が来ないように見張りをしてくれたけど…。

 

見られた…。栞ちゃんに…ボクの遊太を…。

 

「まどか姉…ボクもう気分が悪いよ…ゆーちゃんのゆーちゃんが……昔と全然違ってた……」

 

「あはははははは!」

 

「まどか姉も笑いごとじゃないよ…。ボクの方がショックなんだからね!」

 

「ゆーちゃんが悪い!」

 

「だから何でボクが悪いんだよ!」

 

「女の子にあんなモノ見せるなんて!変態!!」

 

「栞ちゃんがこっちを振り向くからでしょ!」

 

「あはははははは!」

 

ぐぅ~…。ほんと散々だよ…。

泳ぐ前から疲れた…。

 

「一瀬、なかなかいい腹筋をしているな」

 

「そんな奏さんこそすごい腹筋じゃないですか」

 

「おー!春さんも奏さんもすげーな!俺も野球やってた時はそれなりに割れてたんだけどな!」

 

「よし!一瀬!江口!あそこの岩場までどっちが早いか泳ごうぜ!」

 

「あはは、いいですね。奏さん、渉くん負けないからね!」

 

「よし、久しぶりにホンキで泳ごうかな…!」

 

そう言って渉くんと奏さんと春太くんが海に飛び込んだ。

 

「ゆーちゃんは行かないの?」

 

「ボクがあんな所まで泳げるわけないでしょ…」

 

「あはは、僕もさすがにあそこまでは無理かな」

 

「東山さんもあんまり泳げないんですか?」

 

「晴香義姉さんに昔に色々されてね…海は少し苦手で…あはは」

 

泳げないってわけじゃないけど、さすがにあんなに遠い所までは泳げないよ…。

 

ボク達は波打ち際で水のかけあいをしたり、砂でお城を作ったりして時間を過ごした。

まどか姉のお城のクオリティは凄かった…。さすが幼稚園の先生だね。

ん?関係ないかな?

 

それから少しして…。

 

「やったー!いっちばーん!」

 

春太くんが1番に帰ってきた。

 

「ハァ…ハァ…やるな、一瀬。俺の完敗だ。ハァ…ハァ…だが、音楽では負けないからな」

 

「ははは、奏さんもすごく速かったじゃないですか。次やったらわからないですよ。でも、音楽でも俺達は負けませんから」

 

次に戻って来たのは奏さん。

春太くんと奏さんはガッチリと握手をしていた。

なんか男同士っていいな~。

まぁ、ボクも男なんだけど…。

 

それより2人共すごく速かったよね!

渉くんなんてまだあんな所でバシャバシャやってるのに…。

 

………ん?バシャバシャ?

 

「ね、ねぇ…渉くんってもしかして溺れてるんじゃない?」

 

ボクはみんなに渉くんの方を指して言ってみた。

 

「え?渉くん!?」

 

「くっ、江口って運動が得意じゃなかったのか!?」

 

「これってマジやばくない!?ど、どうしたらいいの!?」

 

「柚木さん落ち着いて!僕がライフセーバーの方に連絡します!」

 

「せ、先生そんな余裕ないよ!」

 

ど、どどどどどうしよう!?

東山先生は走ってライフセーバーさんを探しに行った。

 

「俺、助けて来ます!」

 

「一瀬!溺れてる人を助けるのは……。

くっ、言ってる場合じゃないか…!」

 

春太くんと奏さんはそのまま海に飛び込もうとした。

けど…

 

「一瀬春太!豊永奏!泳いで来て疲れてる2人は足手まとい!江口渉はボクが助けて来る!」

 

そう言って栞ちゃんが海に飛び込んだ。

 

「え!?栞ちゃん!?」

 

「何!?何だあの速さは…!」

 

栞ちゃんは物凄いスピードで泳いで渉くんに近付いて行った。

 

「栞ちゃんって泳ぐのすごく速くない!?俺や奏さんよりずっと…」

 

「何者なんだ…あの女子は!?」

 

春太くんも奏さんも栞ちゃんの泳ぎを見てびっくりしている。

そうなんだ。栞ちゃんは泳ぎがすごく上手いんだ。

 

「栞はさ。トシキやタカや英治に海釣りに連れて行ってもらってた時に、釣りをせずに銛を持ってトシキと潜ったり泳いだりしてたからね……。それに…」

 

まどか姉がボクの方を見て

 

「海で溺れてるシフォンをよく助けてたからね…。ふざけてシフォンを船から海に落としてたのも栞だけど…」

 

そうなんだよね…。

栞ちゃんは釣りをしているボクの後ろから体当たりしたりして来て、よく海に突き落としてきてたからね…。

 

 

 

 

 

 

 

それから少しして渉くんを担いだ栞ちゃんが戻って来た。

 

「ど、どうなってるのこの海…」

 

栞ちゃんは担いでいた渉くんを降ろして、渉くんの足元を見てそう言った。

 

ボク達が渉くんの足元を見ると、そこには巨大なタコの足が足に絡み付くように巻き付いている。え?何これ?

 

「あ、ありがとうな……小松…し、死ぬかと思った…」

 

渉くんは何とか大丈夫なようだ。

良かったぁ。安心したぁ~…。

 

「江口渉の足に巨大なタコが絡み付いてたからぶっ倒してやろうと思ったけど、なかなか強敵だったよ…。

だから足を引きちぎって来た!」

 

それから少ししてライフセーバーを連れて来てくれて東山先生も戻って来た。

 

ライフセーバーの話だと、渉くん達が競争した岩場の近くに潜んでるこの辺りの主のタコだろうとの事だった。

 

春太くんと奏さんがその付近を通った時に攻撃されてると思って反撃してきたんだろうと話してくれた。

渉くんは運が悪かったんだね…。

 

「すまん、江口。僕の監督不行き届きだ」

 

「先生が謝る事じゃねーぞ?確かに死ぬかと思ったけど、こんなの誰にも予想出来ないしな?」

 

「それでもだ。僕はみんなの保護者だからな」

 

東山先生は本当にいい先生だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?なんや?なんか騒がしいから野次馬に来てみたら、Blaze Futureの柚木まどかとevokeの豊永奏やんけ」

 

「え?」

 

声がした方に目を向けるとツンツン頭のお兄さんが居た。

奏さんとまどか姉の知り合いかな?

 

「柚木まどか…なんて美しい女性デショウ…ワタシの嫁に相応しい…」

 

「は?誰?」

 

そしてその横には金髪ロン毛の男の人。

目が青いしすごく白い肌の美形だ。

外国の人かな?

 

そしてその横にはボクと同じ歳くらいの小柄の男の子とすごくガタイのいい男の人。4人の男の人達が居た。

 

「え~………っと…あんたら誰?」

 

ん?まどか姉の知り合いじゃないのかな?

 

「ワタシはあなたの未来の旦那様デス」

 

「は?」

 

金髪の男の人がそう言ってまどか姉に近付いて来た。

 

「待って」

 

小柄な男の子が金髪の男の人を止めた。

何なんだろうこの人達…。

 

「帰るよ」

 

「oh…ヒバリ~…。何故止めるデスか?ワタシはまどかと結婚式について話し合わなくては……」

 

「そやで。何で止めるんや?結婚うんぬんはええとして、せっかくBlaze Futureとevokeのメンバーに会えたんやで?ここで潰しとった方がええやろ?」

 

Blaze Futureとevokeを潰す……?

 

「ちょっと……私達を潰すって何?」

 

「言葉のまま受け取れや。Blaze Futureもevokeも…ファントムのバンドマンはワイらクリムゾンの邪魔やって事や。だから潰す」

 

「「「クリムゾン!!?」」」

 

「虎次郎……喋りすぎだよ」

 

「そうよ~。虎次郎ちゃん。ダメよぅ~」

 

小柄な男の子とガタイのいい男の人がツンツン頭の人をそう呼んだ。

って…あのガタイのいい男の人の喋り方って……。

 

「遅かれ早かれすぐにわかる事やろ。今更隠さんでええやん。ここにはDivalはおらんし怒られる程の事やないやろ」

 

Dival!?

Divalの事も知ってるの…!?

 

「しょうがないな…。怒られたら虎次郎が責任取ってよね」

 

「その前に自己紹介しとったろか。ワイがボーカルの白石 虎次郎(しらいし こじろう)

そこの金髪がギターの青木 リュート(あおき りゅーと)

そこのガキがベースの朱坂 雲雀(あけさか ひばり)

んで、そこのおっさんがドラムの玄田 武(げんだ たけし)。この4人でクリムゾンのバンドマン、interlude(インタールード)や」

 

interlude?

聞いた事のないバンドだ…。

ってそれもそうか。ボク、クリムゾンの曲なんて聴かないしね!

 

「interlude…?聞いた事あるぞ…」

 

「え?奏さんは知ってるんですか?」

 

「……クリムゾンに属さないバンドを潰していっているバンドだ」

 

え?

 

「奏さん、それってまさか…」

 

渉くんもきっと同じ事を思ったんだろう。

志保のお父さんの事を…。

 

「さて、お喋りはここまでや。

デュエル…やろか?」

 

そう言ってinterludeのメンバーが楽器を構えた。クリムゾンのアーティストと…デュエルなんて…。

 

「いや、ちょっと待ってよ」

 

春太くんが慌てて止めに入ってくれる。

 

「ん?なんや?」

 

「君たちボーカル、ギター、ベースにドラム。ほぼフルメンバーじゃないか。

こっちはボーカルとドラムしかいないんだよ?デュエルなんか出来ないよ」

 

そう言って春太くんは東山先生の近くに歩いて行った。

 

「東山さん、こいつらヤバいです…。

目の前にいるだけなのに震えが…。

だから、東山さんがベースやれるのは内緒にしてて下さい(ボソッ」

 

「一瀬くん……。わかってます。曲を聴いたわけでもないのにすごいプレッシャーを感じます。一瀬くんもCanoro Feliceの事は内緒に…(ボソッ」

 

「ええ…、その方がいいですね…(ボソッ」

 

春太くんと東山先生の会話が聞こえた。

そっか。なるほど。

相手はクリムゾングループのバンドマン。

そして志保のお父さんのように、他のバンドを潰していってるようなバンドだもんね。関わらない方がいいよね。

 

「そんなの関係あらへんわ」

 

「「!?」」

 

「だったらボーカルのワイとドラムの武だけで相手したる。お前らはevokeの豊永とBlaze Futureの柚木。ボーカル&ドラム同士でちょうどええやろ」

 

「こいつ…ずいぶん余裕じゃん…」

 

ま、まどか姉……。

 

「ま、待ってよ!それでも奏さんとまどかさんは別のバンドだし、いきなり合わせるなんて…!」

 

「なんやこのイケメン君ごっつめんどくさいのぅ……。そんなん関係あらへんねや。クリムゾンに属さないバンドマンがここでワイらと出会った。それを不運や思って諦めろや」

 

そう言って白石 虎次郎と玄田 武って人が、近付いて来た。

ど、どうしよう…。

 

「ちょっっっと待った!!」

 

渉くんがそう叫んでボク達の間に入ってきた。

 

「なんやお前?」

 

「お前らさっきから聞いてたらさ?

Blaze FutureとかevokeとかDivalとかってよ?ここにもファントムのバンドマンがいるだろ?」

 

「あん?」

 

「ちょ…江口!」

 

わ、渉くん…!?

まさかボク達の事を言うつもり!?

 

「俺はファントムのバンド、Ailes Flammeの江口 渉!ここにいるこいつはAiles Flammeのドラムのシフォンだ!」

 

ええええええええ!?

ボクの事も言っちゃうの!?

 

「わ、渉くん!何を…!」

 

ほら!春太くんもびっくりしてるよ!?

 

「Ailes Flamme……?知らんのう…」

 

「ンー、ワタシも聞いた事ないデス」

 

「あたしも知らないわねぇ」

 

「僕は聞いた事あるよ」

 

「お!お前は俺達の事知ってるのか!」

 

「evokeのライブで前座をやってBLASTの曲を歌ったっていうバンドでしょ?」

 

「おぉ!あいつらか!そういや居たのぅそんなバンドも!」

 

「はっはっは。俺達有名だな!」

 

も、もう!渉くん!

どういうつもりなんだよ…!

 

「んで?そのAiles Flammeがなんや?」

 

「奏さんとまどかねーちゃんは違うバンド同士だしな!いきなり合わせるなんて出来ねぇ!」

 

「あん?お前もめんどいやっちゃな」

 

「だから!お前らもボーカルとドラムだけなら、Ailes Flammeのボーカルの俺とドラムのシフォンでお前らとデュエルしてやる!やろうぜ、デュエル!」

 

わ、渉くん!?何を言ってるの!?

 

「ぷっ、あは、あはははは。いいじゃん虎次郎!やってやりなよ、デュエル!」

 

「こ、こいつ…ワイらの事なめてんのか?」

 

「こないだちょっと聞いたんだけどな。お前らクリムゾンはデュエルを申し込まれたら断る事は出来ないんだろ?」

 

あ、そういや昔におっちゃんがそんな事言ってたっけ?

どうして渉くんがそんな事知ってるんだろう?

 

「おい!江口!」

 

奏さんが渉くんの肩を掴んで話し掛けた。

 

「お前、何を考えている?

あいつらは普通のバンドマンじゃないんだぞ!もしデュエルで負けたりしたら…!」

 

「ああ、そうだな。奏さん、すみません。

でも、奏さんとまどかねーちゃんをこのままデュエルさせるわけにはいかねーからな」

 

「江口……」

 

「俺はまだ奏さんみたいに歌えないし、亮も拓実も居ないけど……。

ただじゃ負けたりしねぇから。

奏さんはまどかねーちゃんとやれそうな曲の打合せでもしててくれ」

 

「江口…お前まさか…」

 

「あはは、俺もまだAiles Flammeでバンドやりたいしな!勝つつもりでやるさ!」

 

渉くん……。

 

「渉くん!待って!あたしと豊永くんでやるからあんた達は下がってて!」

 

「まどかねーちゃん……悪いな。

このまままどかねーちゃん達にデュエルさせて、もしあいつらに負けちゃったら、俺にーちゃんに合わせる顔ねぇからさ」

 

「そっ…そんなのあたしだって一緒だよ?

あんた達に何かあったらタカに合わせる顔なくなっちゃうじゃん!」

 

「悪い…」

 

「お願いだから…!あたし達にやらせて…」

 

「まどか姉…ごめんね。ボクも渉くんと同じ気持ちだよ」

 

そうだよ。奏さんとまどか姉もすごいバンドマンだけど、いくらなんでもいきなり合わせるなんて無理だ。

ここはボクと渉くんで何とかしないと…。

 

「シフォンまで……」

 

「大丈夫!ボク達は負けないよ!

ね!渉くん!」

 

「おう!」

 

そしてボク達はinterludeの前に立った。

 

「ん?もうええんか?」

 

「待たせたな!やろうぜ、デュエル!」

 

「お前ら……クリムゾンにデュエルで負けるって事はどうなるかわかって挑んできとるんやろな?」

 

「お前らこそクリムゾンのバンドマンがデュエルで負けたらどうなるかわかってるんだよな?」

 

「面白いやんけ…いくで…武!」

 

「いつでもオッケ~よ」

 

そう言って玄田 武がドラムを叩き始めた。すごく力強いドラムだ…!

 

「いくで…!『破壊者(はかいしゃ)』!」

 

「俺達も!打っ放すぜ!シフォン!」

 

「うん!渉くん!いっくよぉぉぉぉ!」

 

「いくぜ!『Challenger(チャレンジャー)』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ……やるじゃん」

 

「ハァ…ハァ…このガキ…なかなかやりよるやんけ…」

 

「ハァ…な、なんとか負けずにすんだ…ハァ…ハァ」

 

「江口のやつ…いつの間にこんな…」

 

「すごい!渉くん!全然負けてなかったよ!」

 

みんなの言う通りだ…。

渉くん、いつの間にこんなに力強い声に…。ううん、声だけじゃない。

リズムもパフォーマンスも全然前とは違う…!

 

「ゆーちゃんもだよ…。いつの間にあんなテクを…」

 

「あははー、こりゃあたしもうかうかしてられないなぁ」

 

「虎次郎、このまま終わりじゃないよね?手伝おうか?」

 

「やかましい!引っ込んどれ!本番はこれからじゃ!」

 

「ハァ…ハァ…ま、まだやんのかよ」

 

うっ、ど、どうしよう…。

Challengerしかボク達の曲ないのに…。

BLASTの曲なら渉くんも出来るだろうけど、ボク達の曲じゃない。

それだと渉くんの歌は…。

 

「いくで!Ailes Flamme!」

 

「シフォン!亮の曲!No15のやつだ!出来るか!?」

 

「え?」

 

亮くんの曲?No15?

 

「俺が亮の曲で好きだって言ってたやつだ!」

 

あ、あれか!

渉くんがいつかこの曲に合わせた歌詞を書きたいって言ってたやつ!

 

「だ、大丈夫!あの曲なら出来るよ!」

 

「よし!任せた!」

 

ま、任せたって…!

大丈夫なのかな?

でも……考えてる時間なんかないか!!

 

ボクは亮くんの作り溜めしていた曲のNo15の演奏を始めた。

 

「覚悟せいAiles Flamme!『リボルバー(リボルバー)』!!」

 

「行くぜ!『SUMMER DAYS(サマーデイズ) 』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

わ、渉くんすごい…!

いつの間にこんな歌詞を…。

まだ修正や編曲はしないといけないだろうけど…最高だよ!渉くん!!

 

「ハァ…ハァ…また決着つかなかったな…ハァ…ハァ…」

 

「な、なんやねん…こいつ……!ハァ…ハァ…」

 

「江口も……シフォンさんもすごいですね…。クリムゾンのアーティストに全然負けてない…」

 

また決着が着かなかった。

渉くんは本当にすごい…。

でも…これ以上は…。

 

「つ、次でケリ着けたるわ…!ハァ…ハァ…」

 

ボク達には……次の曲がない……!

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

 

 

「あ?誰じゃ?」

 

「なかなか面白いデュエルを見せてもらった。だが、そこまでにしてもらおうか」

 

誰だろう?

すごく綺麗なお姉さんがボク達の間に入って来た。

 

「邪魔すんねやったら女でも容赦せぇへんぞ?わかったらさっさと居ねや!」

 

「自己紹介……とまでは言わないが、私は反クリムゾングループ『SCARLET(スカーレット)』の者だ。

これ以上Ailes Flammeとデュエルをやると言うのなら私が相手になろう」

 

「な、なんやて!?」

 

反クリムゾングループ…?

SCARLET……?

 

「虎次郎、今度こそ帰るよ。SCARLETが相手じゃ怒られるだけじゃ済まない」

 

「ふ、ふざけんなや!まだAiles Flammeとの決着は…!」

 

「僕の言うことが聞けないの?」

 

「うっ……しゃ、しゃーないな。ここは退いたるわ…」

 

「SCARLETのお姉さんも。そういう事だから。僕達は帰らせてもらうよ?」

 

「いいだろう」

 

「Ailes Flammeのボーカル!

ワレ……確か江口とかいうたな!」

 

「あ?お、おう!」

 

「お前は絶対ワイが潰す!それまで他の奴らに潰されたりすんなよ!」

 

「当たり前だ。俺達Ailes Flammeは誰が相手でも負けねぇ!」

 

そう言って白石 虎次郎達は、interludeはこの場から去って行った。

 

 

 

 

「すごい!すごいよ渉くん!」

 

「ああ、やるな江口。まさかクリムゾンのアーティストを追い払うとはな」

 

「あはは、でも俺は勝てたわけじゃねーからな。止めに入ってくれたそのねーちゃんのおかげだな」

 

「シフォン…良かった。あんた達が無事で…」

 

まどか姉…。

心配させちゃったよね…。

 

「フフン!どーよまどか姉!ボクのドラムは!

そろそろおっちゃんの正統後継者の座はボクが貰っちゃおうかな!」

 

「江口 渉もゆーちゃんもなかなかやるじゃん。でも、まだまだ荒い部分が目立ってたよ」

 

みんな…無事で良かった。

 

「あの、すみません。助かりました」

 

東山先生がお姉さんにお礼を言っていた。

そうだよ。ボク達もあのお姉さんにお礼を言わないと…。

 

「いや、気にしなくていい。

それでは私も行かせてもらうよ」

 

「ま、待ってくれねーちゃん。俺もお礼を…」

 

「待って下さい!」

 

渉くんがお姉さんに駆け寄ろうとしたけど、その前に春太くんが駆け寄った。

 

「あの…助けて頂いてありがとうございます」

 

「気にしなくていいと言った。礼には及ばないさ」

 

「すみません、助けてもらっておきながらこんな事聞くのもどうかと思いますが…。

反クリムゾングループって…SCARLETって何ですか?」

 

「……今はまだ君達は知らなくていい。

いつか知る時がくるだろうしな」

 

今は?まだ?

 

「それでも…」

 

「私達は君達の敵ではない。

……だからといって味方というわけでもない。今はそれで十分だろう?」

 

敵ではないけど味方でもない?

敵じゃないから助けてくれた…?

 

「また近い内に会う事になるさ。

話の続きはその時に……いいね?」

 

「……はい、わかりました」

 

「いい子だ」

 

お姉さんはそのまま振り返る事もなく去って行った。

なんだかわからない事だらけだけど、

今日は…みんな無事で良かった。

 

 

 

 

 

 

あの後ボク達は海水浴場からホテルに戻り、ホテルのレストランで夕食を摂った。

その時、東山先生がボクにだけこっそり言ってくれた。

 

『江口と井上を見てたら、昔のタカさんと英治さんを思い出したよ。歌い方やパフォーマンスは全然違うんだけどな。

何て言うか……雰囲気がな』

 

ボクと渉くんが昔のおっちゃんやたか兄と雰囲気が似てるかぁ~。

 

そういえば少し前に渉くんがたか兄みたいだな。って思った事がある。

渉くんはスーパーポジティブ人間だし、たか兄はスーパーネガティブ人間だしで性格は全く反対な感じもするんだけど…。

 

よくよく思い出してみると渉くんとたか兄ってすごく仲がいいよね。

あの二人…何かお互いに感じる事があるのかな?

 

「シフォン、先に風呂入らせてもらって悪いな。

覗いたりしないならゆっくり入って来てくれ!」

 

渉くん…。

ボク達は夕食を済ませた後ホテルの部屋に戻ってゆっくりしていた。

 

ボクと渉くんが同じ部屋で、先に渉くんにお風呂に入ってもらっていた。

 

ボクは今から渉くんに打ち明ける。

 

ボクは女の子じゃなくて男の娘で…

同じ学校の井上 遊太なんだよ。って…。

 

「わ、渉くん…ちょっといいかな?」

 

「ん?なんだ?」

 

「真面目な話なんだ。ちゃんと聞いて欲しい…」

 

「真面目な話…?わかった」

 

そしてボクはウィッグを外し、メイクを落とし、渉くんの方を向いた。

 

僕はシフォンから遊太になった。

 

「ごめん。僕…女の子じゃないんだ。

シフォンは……仮の姿で…僕…」

 

渉くんは僕の顔を見てびっくりしている。

そりゃそうだよね。

ずっと女の子だと思ってたバンドメンバーが…同級生の男の子だったんだもんね…。

 

「僕、井上 遊太なんだ」

 

あはは、嫌われ……ちゃった…かな?

 

「なぁ?もしかしてそれが真面目な話か?」

 

「う…うん。ごめん…変…だよね?」

 

「いや、シフォンの正体が井上だっての知ってたぞ?

亮と拓実ももちろん知ってるぞ?」

 

やっぱり知ってたよね…。

こうなるって事はわかってたのに…。

 

……

………え?知ってた?

 

 

「ちょ、渉くん!?知ってた!?」

 

「え?ああ、知ってたけど?」

 

えええええええええ!?

いつ!?いつから知ってたの!?

今までの僕の苦労は何!?

 

「い、いつから知ってたの…?」

 

「ん?evokeの前座やらせてもらうちょっと前くらいかな?」

 

そんなに前から!?

 

「シフォンが井上だって事は内緒にしときたいのかな?って思って知らない振りしてたんだよ。

色々事情もあるかも知れないしな。シフォンが…井上が打ち明けてくれるまで俺達は待ってようぜって」

 

「そ、そうだったんだ…ごめん……。

ってちょっと待って!ボク何度か打ち明けてたんだけど!?」

 

「え?そうだったか?

何か井上の姿でシフォンの喋り方って新鮮だな!」

 

あ、そうだ…。

僕…今は遊太なのに渉くんにはシフォンの時と変わりなく話せてる…。

 

「まぁ、最初は驚いたけど井上は井上だし、シフォンはシフォンだ。俺達の仲間である事には変わりねぇよ」

 

渉くん…。

 

「亮のやつは最初はショックだったみたいだけどな。翌日にはケロッとしてたぞ?」

 

「ああ…やっぱりショックだったんだ……」

 

「ん?でもな。シフォンが井上って知った日の翌日の登校中に…」

 

 

 

『渉。お前、四響のアダムを知ってるか?』

 

『四響のアダム?もちろん知ってるぞ?』

 

『四響のアダムはな、キュアトロのマイリーが好きなんだ。結婚したいらしい』

 

『ああ、何かちょっと前にそんな事やってたな。にーちゃんは絶対認めないって暴れてたけど』

 

『そうだ。貴さんもキュアトロのマイリーが結婚したいくら好きだ』

 

『お、おう、そうだな。亮、だからどうしたんだ?』

 

『キュアトロのマイリーは男の娘だ。

つまり、男が男の娘を好きになってもいいんじゃないかな?オレはそう思うんだ』

 

『え?まぁいいんじゃねーか?』

 

『やっぱりお前もそう思うよな。

ははは、学校に行くのが楽しみになってきたな!』

 

 

 

「………ってな事があったんだ」

 

え?

 

「だから心配する事ねぇぞ?俺達はAiles Flammeだ!」

 

「う、うん!」

 

でもちょっと待って?

何かわからないけど、急に何かが不安になってきたんだけど……。

なんだろうこの胸のざわめきは…。

 

「それで?何で急に打ち明ける気になったんだ?

これからAiles Flammeで演奏する時は井上でやるのか?」

 

「あ、いや、そんなわけじゃないけど…。ドラムの演奏もシフォンの格好の方が上手く叩けるし…。遊太のままだと緊張したりしちゃうからさ…ダメかな?」

 

「そっか。俺としてはどっちも井上だしシフォンだからな。構わないぞ」

 

渉くんも…Ailes Flammeのみんな…。

僕が遊太でもシフォンでも…僕を受け入れてくれるんだね。

 

たか兄、おっちゃん…。

僕、バンドやっててドラムやってて良かったよ。

 

「よし!渉くん!聞いてくれてありがとう!

僕お風呂入ってくるね!覗かないでよ?」

 

「あはは、俺もまだ死にたくねーからな!覗いたりしないから安心してくれ!」

 

 

 

 

渉くんに打ち明けて良かった。

まぁ、みんな知ってたみたいだけど…。

 

僕はこれからも井上 遊太として、シフォンとしてAiles Flammeで頑張っていきたい。

出来ればずっとこの4人で…。



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第5話 美来

南の島だー!南国だー!

 

私は水瀬 渚。

南国DEギグというイベントの為に、ライブハウス『ファントム』の仲間と共にこの地にやって来た。

 

でも、この南の島ってどこにあるんだろう?

そう思った私は飛行機の中で会社の先輩でもありBlaze Futureのボーカルでもある葉川 貴に聞いてみた。

 

 

 

 

『先輩先輩。南の島ですよ!南国ですよ!楽しみですよね!』

 

『あの…すみません、僕寝たいんですけど?ちょっと静かにしてもらえませんかね?』

 

『うふふ!先輩もテンション高いですね!やっぱり南の島とかテンション上がりますもんね!』

 

『あの……俺の話聞いてる?俺は寝たいんだけど?お前何で飛行機の中でウロウロしてんの?CAさんに迷惑だからお前も寝ときなさい』

 

『でも南の島ってどこにあるんだろ?

沖縄?九州?先輩は知ってます?』

 

『どこでもいいよそんなもん。俺は寝たいんだよ。お願い、寝させて?』

 

『あ、実は私って沖縄には行った事ないんですよ!』

 

『うん、良かったね。それより俺は眠いの。もう羊さんも1万匹以上数えてんの。

なのにお前がうるさいから眠れないの。わかる?羊さんのメェ~メェ~鳴く声よりお前がうるさいんだよ』

 

『もう!先輩はノリが悪いなぁ。

だったら羊じゃなくてマイリーちゃんでも数えてたらいいんじゃないですか?』

 

『お前バカなの?マイリー一人でも興奮するのに何人もマイリー居たら余計寝れなくなるじゃん』

 

『はいはい、私は席に戻りますー。

先輩はマイリーちゃんを数えて静かに寝て下さい。永久に』

 

『はいはい、はよ帰れ。

俺はマイリー数えて寝るわ。

ああ…マイリーに囲まれて永眠したい…おやすみ』

 

そして私が自席に戻ってちょっとした後、先輩が急に『ふぁぁぁぁ、マ、マイリー!』とか叫ぶもんだから若干どころかドン引きした。

あ、あんまり関係ない話だった。

 

 

 

 

「わぁ…結構大きなホテルですね」

 

この子はBlaze Futureのギター、佐倉 奈緒の妹の美緒ちゃん。

私達のバンドDivalのベース、氷川 理奈の大ファンだ。

 

「皆様、長旅お疲れ様でしたわ。

チェックインの手続きはじいや……私の執事がやってくれましたので、それぞれカードキーをじいやから受け取って下さいな」

 

この子はCanoro Feliceのベース、秋月 姫咲ちゃん。

ほとんど話した事ないけど、この機会に仲良くなれるといいなぁ。

 

「さあ、じいや。みなさんにカードキーをお渡しして下さいな」

 

「ハッ!畏まりました。

では、姫咲お嬢様と北条 綾乃様は603号室でございます」

 

「ありがとうございます、じいやさん」

 

「綾乃様、私の事はフレンドリーにセバスちゃんとお呼び下さいませ」

 

綾乃さんがセバスさんからカードキーを受け取った後、美緒ちゃんと大西 花音ちゃんがカードキーを受け取っていた。

 

大西 花音ちゃんというのは、バンド名はまだないみたいだけど、綾乃さんとバンドを組んでいるボーカルさんだ。

 

「では……水瀬 渚様、氷川 理奈様」

 

「は~い!」

 

「はい」

 

私と理奈は同じ部屋になれた。

うふふ、夜は部屋飲みしようって言ってるし楽しみだな。

 

「あの、はじめまして。よろしくお願いします」

 

理奈がセバスさんに挨拶をした。

私もちゃんと挨拶しなきゃ!

 

「セバスさん、はじめまして。よろしくお願いしますね」

 

「大きくなったね…」

 

え?

 

「大きく?」

 

「あ、いや、何でもございませぬ!

さ、カードキーをどうぞ!」

 

「え?え?あ、ありがとう…ございます」

 

大きくなったね?

セバスさん…今のは誰に向けて言った言葉なんだろう?私?理奈?

 

「さぁ、それでは。皆様カードキーを受け取られましたかな?

私は仕事がございますのでこれで…」

 

「あの…俺がまだ受け取ってないんですけど…」

 

「ほら、じいや。タカさんにもちゃんとカードキーを手渡しして下さいな」

 

「そ、そうでしたな。うっかりしておりました。葉川 貴様、816号室でございます」

 

「ああ、どうも…」

 

そして先輩がセバスさんの元へカードキーを受け取りに行った。

その様子を姫咲ちゃんがジッと見つめている。

 

「あ?姫咲?どした?」

 

先輩も姫咲ちゃんがずっと見つめてくるのが気になったようだ。

 

「いえ、別に何でもありませんわ。ジー」

 

姫咲ちゃんがわざとらしくジーって言っている。どうしたんだろう?

 

「ハハハ…た、タカ様。お、お久しぶりでございますな」

 

久しぶり?

セバスさんと先輩って知り合い?

 

「…………ああ…久しぶりだな。元気そうで良かったわ」

 

「タカ様こそ…お元気そうで何よりでございます」

 

「やはり!」

 

「ん?どした姫咲」

 

「タカさんとじいやはお知り合いでしたのね!どういう関係ですの!?」

 

「お、お嬢様……」

 

「は?ただの昔馴染だ」

 

「どんな繋りでしたの?昔のバンド仲間とか?Artemisは関係ありますの?」

 

Artemis!?

嘘……。まさか姫咲ちゃんの口からArtemisの名前が出るなんて…。

 

「お嬢様、もうそれくらいで…」

 

「まぁ、色々だ」

 

「色々……ですか。わかりましたわ」

 

「ん?もっと食い付いてくるかと思ったけどやけに素直だな」

 

「……ええ、私はいつでも素直ですわ」

 

「お嬢様…」

 

姫咲ちゃんが何も言わないからか先輩はそのまま何も言わずホテルの中に入って行った。

セバスさんも『それでは仕事に戻りますので』と言ってその場から去っていった。

 

「今のがあなたが貴さんと同じホテルになりたかった理由かしら?」

 

「理奈さん……。ええ、そうですわ。

じいやとタカさんを会わせてみてどうなるのか…知りたかっただけです」

 

ん~?

セバスさんと先輩を会わせてみたかったから、姫咲ちゃんは先輩と同じホテルになりたかったの?

 

「ま、どんな理由で2人を会わせたかったのかは知らないけれど、さっきのやり取りだと失敗といった所かしらね」

 

「そうですわね」

 

「あ~、なるほどですね。それであたしがくじを引いた時には3枚あるはずなのに2枚しかくじが入ってなかったんですね」

 

「花音さんにも気付かれてましたか」

 

「でもさ?何で姫咲ちゃんは先輩とセバスさんを会わせたかったの?」

 

「そうね。それも気になるわね。

あなた、さっきArtemisの名前を出したわよね?貴さんはBREEZEの事があるからわからなくもないけど、セバスさんも関係あるのかしら?」

 

「理奈さんもArtemisを知ってますの?」

 

姫咲ちゃんは話してくれた。

 

ベースはセバスさんから教わった事。

セバスさんがファントムには入らない事。

セバスさんが梓お姉ちゃんのお墓参りをしていた事。

セバスさんが本当は女性なんじゃないかって事。何で女性って思ったんだろう?

 

セバスさん自身の過去は、いつかセバスさんから話してくれるのを待ってるつもりだったらしい。

だからさっきもはぐらかされたからすぐに諦めたそうだ。

 

でもどうしてもファントムに入らない事だけは気になっていたらしい。

何故ファントムには入らないのか。

先輩や英治さんに会いたくないのだろうか?と…。

 

「だから貴さんとの関係を知りたかったわけね」

 

「ええ、そうですわ」

 

確かにさっきの感じだと久しぶりとか昔馴染って言ってたわけだし、知り合いではあるんだよね。

 

「まぁ、タカさんとじいやは顔見知りだったという事で納得しておきます。

みなさまはこれからどうなさるおつもりですの?」

 

あ、そうだね。

今日の予定って何も決まってないもんなぁ。どうしよっか?

 

「私は適当に繁華街あたりをウロウロしようかな?って思ってるよ。お土産とかも買いたいし」

 

「あ~、お土産か。綾乃さん、あたしも着いて行っていいかな?」

 

「うん、もちろんだよ」

 

綾乃さんと花音ちゃんは繁華街をぶらぶらしに行くのか~。

私はどうしよっかな?

 

「り、理奈さんはどうなさるんですか?」

 

「そうね。特にこれといった予定もないし、私も繁華街あたりに行こうかしら?」

 

「わ、私もご一緒していいですか!?」

 

「クス、もちろんいいわよ。渚も予定がないなら一緒にどうかしら?」

 

理奈と美緒ちゃんと繁華街か~。

…うん!それもいいね!

 

「あ、ならみんな目的地も一緒だしみんなで行こうか。姫咲ちゃんもいいかな?」

 

「ええ、是非」

 

綾乃さんがそう言ってどこかに電話を掛けた。

 

「あ、もしもし貴兄?今から繁華街行くよ。ロビーで待ってるね。

…………え?寝たい?うん、わかった。ロビーで待ってるね。

………うん?聞いてるよ?ロビーで待ってるからね」

 

そう言って綾乃さんは電話を切った。

 

「さ、貴兄が来るまでに私達も荷物を部屋に置きに行こうか」

 

おおう…!先輩にすぐロビーに来るように言っておきながら、荷物は部屋に置きに行くとは…!

綾乃さん……さすがまどかさんの幼馴染だ…!

 

 

 

 

 

それから私達は部屋に荷物を置きに行き、ホテルのロビーへと向かった。

そこにはしっかり先輩が居た。

 

「あの…ロビーに来たら誰も居ないし泣きそうだったんだけど…」

 

「じゃあ貴兄、引率よろしくね」

 

「え?今の俺の台詞無視なの?」

 

そして私、理奈、美緒ちゃん、綾乃さん、花音ちゃん、姫咲ちゃん、先輩の7人で繁華街へと向かった。

先輩ってこれすごいハーレムだよね。

良かったですね。先輩。

 

「何が良かったんだよ。俺は部屋で寝ときたかったっつーの」

 

先輩に私の心が読まれてるだと!?

 

「まぁいいか。腹も減ったしな。繁華街で適当にメシでも食うか」

 

「「「「「「ごちそうさまです」」」」」」

 

「いや、奢らないよ?」

 

 

 

 

 

「本当にお腹空いたよね!この辺のご当地料理とか食べたいかな~」

 

「うん、そうだね。姫咲ちゃん、この辺の名物とかってわかる?」

 

「ん~、私も頻繁に来るわけではないので…あんまり詳しくないですわ」

 

私達は談笑しながら繁華街を歩いていた。

先輩ってさっきから迷いもせずサクサク歩いてるけどこの辺詳しいのかな?

 

そんな事を思っていると先輩が動きを止めて一軒のお店を見た。

 

「おー、ここだここだ。俺はここで飯を食らう」

 

え、ここって…。

 

「さすがです。お兄さん。一生着いていきます」

 

「お、美緒ちゃんもここでいいのか?」

 

「はい。ここ以外の選択肢はないと言っても過言ではないでしょう」

 

「ラ、ラーメン……かしら?」

 

「え?タカさん、せっかく南の島まで来てラーメンなの…?」

 

花音ちゃんの言う通りですよ先輩 …。

せっかくの南の島ですよ?

 

「貴兄がここがいいなら私もラーメンでいいよ。貴兄の事だからすごい調べてここのお店選んだんでしょ?」

 

え?そうなの?

 

「ああ、まぁな。でもラーメン以外がいいなら後でどこかに適当に待ち合わせたらいいんじゃね?」

 

「ま、まぁ私もラーメンなんて滅多に食べないしここでもいいわよ」

 

「り、理奈さんラーメンあんまり食べないんですか!?」

 

「家ではたまに食べるけれど、外でってなるとあんまり機会がないわね」

 

「も、勿体ないです!ラーメンってすっごく尊い食べ物ですよ!」

 

「さすが美緒ちゃんはわかってるな」

 

私もラーメン好きだし先輩とも食べに行くけど…。

まぁ、ラーメン大好きの先輩が行きたいってお店だから期待は出来るのかな?

 

「ま、入るか」

 

結局私達7人みんなでラーメン屋に入る事にした。

 

「お兄さん……見て下さい…」

 

「ああ…超特盛ラーメン…30分以内に食べれたら無料か…。食費が浮くな…」

 

「ラーメン5玉って書いてますわよ?食べれますの?」

 

「あ、あたしは普通のラーメンでいいかな…」

 

「貴兄…30分以内に食べれなかったら3,000円だよ?」

 

「ああ!お、お兄さん!見て下さい!」

 

「な、何だと…!?トッピングも好きなだけ入れれるだと……」

 

「ここは……天国ですか…!?」

 

先輩と美緒ちゃんは超特盛ラーメンに挑戦し、見事に30分以内に食べきってみせた。

美緒ちゃんに至ってはさらに替玉まで頼んでいた。あの二人の胃袋どうなってるの?

 

 

 

 

 

「ふー!美味しかったです!大満足です!」

 

「ラーメンって外で食べるとすごく美味しいわね。たまに食べに行くようにしようかしら?」

 

「ほ、ほんとですか!?よ、良かったら一緒に行きませんか?美味しいラーメン屋紹介しますよ!」

 

「ええ、そうね。たまに一緒にラーメン屋に行きましょうか」

 

「ぴぎぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

そう言って美緒ちゃんは倒れた。

よっぽど嬉しかったんだね。

ああ、でもこの光景も見馴れてきたなぁ。

 

「ま、まさか理奈さんにOKしてもらえるとは…ラーメンを一緒に食べに行く人なんてお兄さんくらいしかいないから幸せ過ぎて倒れてしまいそうです…」

 

うん、実際倒れてたけどね?

それより先輩とラーメン屋によく行くの?

 

「このロリコンは美緒ちゃんとよくラーメンを食べに行くのかしら?」

 

「あ?ああ、なんか週1でラーメン食いに行ってるな。たまたま会うって事もあるけど」

 

「麻衣達はラーメンはカロリーが高いとか言って一緒に行ってくれないんですよ。ずっと一人ラーメンだったんですけど、お兄さんという便利な……お兄さんというラーメン仲間が出来まして」

 

え?まじで?

奈緒はその事を知ってるんだろうか?

それより美緒ちゃん今先輩の事便利って言おうとしなかった?

 

「そうだな。んじゃこれからは美緒ちゃんとラーメン食いに行く時は理奈も誘うか」

 

「ええ!是非呼んで頂戴!楽しみにしているわ!」

 

理奈……ずるい……。私もラーメン好きなのに…。

後で奈緒にLINEしておこう…。

 

「ねぇねぇ、貴兄。この辺におすすめのお土産屋とかある?」

 

「ああ、今向かってる」

 

「さすが貴兄!頼れる~」

 

「タカさんってそんなにこの辺詳しいの?」

 

「貴兄は旅行とかお出掛けになると、すごく調べてくれるから。

みんなで遊びに行った時なんか旅のしおりとかよく作ってくれてたよね」

 

「旅行とかって時間が限られてるからな。想定外の事もよくあるし」

 

へぇ~、やっぱり先輩ってそういうとこマメだなぁ。

 

………ん?待ってよ。

それって先輩は今日の事も私達を色々連れて行ってくれようと調べてくれてたって事?

眠いとか寝たいとか言ってたくせに…。

ちゃんと私達に付き合ってくれるつもりだったんだ…。

 

「おお、見えてきた。あの店だ。あそこの店は総合店みたいな感じでこの辺のご当地アイテムがしこたま売ってるらしいわ。色んな店まわるより1つの店で揃えられる方がいいだろ」

 

「ありがとう貴兄」

 

結構大きなお店だなぁ。

お店に入ってから綾乃さんと花音ちゃんと姫咲ちゃんは食べ物のコーナーに。

理奈と美緒ちゃんは置物とかそういった雑貨のコーナーへと向かって行った。

 

「渚はお土産見ないのか?」

 

「わ、私は友達もここに来てるメンバーだけですし…。先輩こそお土産買わないんですか?」

 

「まぁ適当に親の分だけ買うかな。帰りに空港とかで」

 

先輩も友達ってここに来てるメンバーだけだもんね…。

 

「あれ?葉川と水瀬さん?」

 

私と先輩が話をしていると誰かに声をかけられた。

え?待って。先輩を葉川、私を水瀬って呼ぶ人なんて…。

 

「え? 木南…?え?何でこんな所にいるの?

……あ!南国DEギグか!?」

 

木南さん!?

この人の名前は木南 真希(きなみ まき)さん。

私と先輩と同じ会社の経理部の人だ。

木南さんも南国DEギグ見に来たの?

え?バンド好き?

 

「うん、私は南国DEギグにね。

それにしても……へぇ~、2人ってそんな関係だったんだ?」

 

「バカちげぇよ。あれだ…俺らも南国DEギグにな…」

 

「2人で?ニヤニヤ」

 

どどどどどどうしよう!?

ヤバい!まずい!先輩と付き合ってるとか思われたら大変じゃん!

 

「2人じゃないわよ」

 

「え?」

 

り、理奈ぁぁぁぁ!

助かった!助かった…!

 

「あれ?真希さん?」

 

「お?美緒ちゃん?」

 

「え?お前ら知り合いなの?」

 

木南さんと美緒ちゃんがお知り合い?

 

「はい。何度か一緒にLIVEした事がありまして」

 

「あはは、私達は解散しちゃったけどね」

 

「え?お前らバンド解散したのか?」

 

「うん、ボーカルの子が結婚しちゃったからさ。そのまま解散」

 

ええ!?木南さんってバンドやってたの!?

ってか先輩って木南さんがバンドやってた事知ってたんだ…。

 

「あ、そうだ。葉川って昔バンドやってたよね?私とバンド組まない?」

 

「あ?悪いな。実は俺もうバンドやってんだわ」

 

「はぁ!?ちょっと聞いてないんだけど!」

 

「いや、言ってないしな」

 

「教えてよ~。そういう事は~…」

 

「あの…木南さんってバンドされてたんですか?」

 

「あ、水瀬さんは知らなかったんだ?」

 

知らない知らない!

そんな事聞いた事ありませんよ!

 

「まぁうちの会社でも知ってる人は限られてたしな。

んで、またバンドやりたいって思ってんのか?ベースとドラムの子はどうしたんだよ」

 

「あの子達もボーカルの子が結婚したのをいい機会だって音楽辞めちゃってさ。

私はまだまだ演奏したいから…。ま、だから南国DEギグも一人参加なんだけどね」

 

ボーカルとベースとドラムの子が抜けたなら……木南さんはギターなのかな?

 

「……そっか。俺を誘ったって事はバンドメンバーに男が居てもいいの?」

 

「え?ギター探してるバンドに心当たりある!?男の子が居ても全然いいよ!

紹介するだけ紹介してよ!」

 

「そうだな。紹介くらいなら…」

 

ギターを探してるバンド…。

先輩、木南さんに綾乃さん達を紹介するつもりなのかな?

 

「待って貴兄」

 

「ん?綾乃?」

 

綾乃さん達が食べ物のコーナーから戻ってきた。

 

「え……っと、はじめまして。

私、貴兄の…葉川 貴さんの友達の北条 綾乃と申します」

 

「え?あ、はじめまして。

木南 真希と申します」

 

「えっと、どう言えばいいかな……。

私達バンドを始めようって段階なのですが、ボーカル、ベース、ドラムは居るんですけどギターを探していまして。

もしよければ私達のバンドに入ってもらう事考えていただけませんか?」

 

「え!?本当ですか!?

私なんかでよければ是非!」

 

おお?これはまさか綾乃さんのバンドメンバーが決まる流れですか!?

 

「あの、すみません。はじめまして。

あたし、綾乃さんのバンドでボーカルさせてもらう大西 花音っていいます」

 

「あ、はじめまして」

 

「あたしとしても木南さんに是非って気持ちはあるんですけど、木南さんってどうしてバンドやってるんですか?

もし、メジャーデビューしたいとかあったら…って思いまして」

 

あ、そっか。そういった意識も大切だもんね。

 

「あ~…メジャーデビューかぁ。

昔はそう思ってた事もあったけど、もう仕事もあるしね。今はライブがしたいってのがバンドやり続けたい理由かな。

ステージの上で思いっきり演奏したい」

 

「そうなんですね。良かった。

それならあたしも綾乃さんも同じ感じですから、是非あたし達とバンドやって欲しいって思います」

 

「ありがとう!あ、そうだ。北条さんも大西さんも今から時間ある?」

 

「?

特に予定はないですけど…。綾乃さん大丈夫ですよね?」

 

「あ、私も大丈夫だよ。いいかな?貴兄」

 

「ああ、いいんじゃない?」

 

「良かったー!じゃあさ、今からカラオケ行こうカラオケ!

大西さんの歌も聴いてみたいし、私のギターも2人のイメージに合うか聴いてもらいたいし!」

 

「え!?カラオケ!?」

 

「よし!行こうー!」

 

そう言って綾乃さんと花音ちゃんは木南さんに強引に連れて行かれてしまった。

木南さんってこんな感じの人だったんだ…。

仕事中は物静かな感じだったのに…。

 

「行ってしまわれましたね」

 

「嵐のような人だったわね」

 

「お兄さん、私達はこれからどうします?」

 

そうだね。お昼ご飯も食べたしお土産もみんな買えたみたいだし。

先輩は次はどこを考えてくれてるのかな?

 

「あ~…そうだな。その辺ぶらぶらすっか」

 

え?ノープラン?

 

そして私達がお土産屋さんから出た時だった。

 

「どーーーーん!」

 

「グハッ」

 

先輩がいきなり吹っ飛んだ…。

え!?何事!?何が起こったの!?

 

「……こないだとは違う女を連れてる。

やはりタカくんは軽薄な男……」

 

「は!?え!?何で!?美来!?

何でこんな所にいんの!?」

 

え?先輩の知り合い?

 

………え?

 

………私はその女の子の顔を見て驚いた。

 

…………梓…お姉ちゃん。

 

「あたしは仕事…。

だったけど、タカくんがたくさんの女の子連れてるから気分悪くなって早退した」

 

「は?何だそれ?」

 

似てる……梓お姉ちゃんに…。

 

「渚…」

 

「え?うん、何?理奈」

 

「似てるわねこの子…。Artemisの梓さんに…」

 

「……うん。理奈もそう思ったんだ…?」

 

「理奈さんと渚のお知り合いですか?

私もどこかで会ったような気がするんですけど…」

 

え?美緒ちゃんも?

美緒ちゃんって梓お姉ちゃんの事知ってるの?

 

って、いやいや、美緒ちゃんまだ高校生じゃん。梓お姉ちゃんの事知ってるわけないよね。

 

「それで?タカくんは何でこんな所にいるの?何でハーレム作ってんの?」

 

「ハーレムって……。俺は旅行だ旅行。

てか、何なの?ヤキモチ?」

 

「は?ヤキモチなんて妬くわけないでしょ?

あれがあれであれだからなだけだし」

 

「いや、わかんねーし。気分悪いならホテルとか戻れよ」

 

「は、白昼堂々とホテルに誘ってくるとは…。やはりタカくんは変態…。助けてお母さん…」

 

「相変わらずお前の耳どうなってるの?」

 

え~…何だろうこの置いてけぼり感…。

あ、多分理奈もそんな感じなんだね。前髪で目が隠れてるよ?なんか怖いよ?

 

「あの…お二人はお知り合いとかですか?」

 

姫咲ちゃんが先輩と女の子の間に入ってくれた。さすが姫咲ちゃんだ。

 

「ああ、こないだ盛夏と志保とシフォンと旅行に行ってな。そん時に知り合った」

 

「タカくんが命懸けであたしを守ってくれた。ただそれだけの関係」

 

先輩が!?命懸けで!?

 

「いや、デュエルギグ野盗に荷物取られて困ってたみたいだから俺らで取り返しただけだ」

 

へぇ、そうなんだ…。

だったらこの子は志保とも会った事あるんだね。

 

「それよりタカくん。あたし仕事早退したから暇になった。責任取って」

 

「何で俺が責任取らなきゃいけないの?」

 

「いやー、ちょうど良かったわー。

せっかく南の島まで来たのにずっと仕事ばかりで、まじ社畜だわーって思ってたところだったし。そんな訳でよろしく」

 

な、何だろう。この子の発言って先輩に似てる…。

 

「まぁ、いいんじゃないですか?

お兄さんのお友達なのでしょう?」

 

み、美緒ちゃん!?

 

「えぇぇ~」

 

「美来はタカくんのハーレムに加わった。いえ~い。ドンドンパフパフ」

 

でもこの子…すごく懐かしい感じがする…。

 

「あは、はじめまして!

私は渚だよ。水瀬 渚。美来ちゃんだっけ?よろしくね」

 

「渚……?………なっちゃん」

 

「!?」

 

ドキッとした。

梓お姉ちゃんに似てる子から…なっちゃんって呼ばれるなんて……。梓お姉ちゃん…。

 

「わ、私は氷川 理奈よ。よろしくね美来ちゃん」

 

「ん、理奈……。りっちゃん」

 

理奈はりっちゃんなんだ…。

 

「美来がなっちゃんとかりっちゃんとか言ってると…ほんま梓思い出すわ…」

 

先輩!?

先輩も…やっぱり美来ちゃんを見て梓お姉ちゃんを思い出してたんだ…。

そしてなっちゃんの事も思い出してくれたんですね、先輩♪

 

「あの…渚さん?どうしましたの?すごくニヤけてますけど…?」

 

「あは、何でもないよ!何でも!」

 

ヤバいヤバい、私ニヤけちゃってましたか!

 

「あの…貴さん、梓さんっていうのは?」

 

「あ?理奈は覚えてないのか。昔いたバンドのボーカルの女の子だけどな。

理奈も可愛がってもらってて『りっちゃん』って呼ばれてたんだぞ」

 

「そ、そうなのね…。

それじゃ、なっちゃんっていうのは?」

 

「なっちゃんか。

なっちゃんは梓ん家の近所の女の子だ。会った事は2回くらいしかねぇけどな」

 

「会った事が…2回しかない…?」

 

「ん?ああ。梓の地元のお祭りに遊びに行った時にな」

 

え?先輩?

その梓お姉ちゃんの家の近所のなっちゃんって私ですよ?

私の事思い出してくれたんじゃないんですか?

 

「そ、そうなのね…」

 

それから美緒ちゃんと姫咲ちゃんが挨拶を交わして、私達は一緒に行動する事になった。

取り合えず何かイラッとしたので先輩を蹴っておいた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、りっちゃん」

 

「……何かしら?なっちゃん」

 

「私達が美来ちゃんとも一緒に行動するのもいいんだけどさ?可愛いし」

 

「ええ、それで?」

 

「何で美来ちゃんは先輩の服の裾を握って歩いてるの?」

 

「すごく自然にそう歩いてるわよね。不思議だわ。貴さんにあんなにくっついて…気持ち悪くないのかしら?」

 

「だよね?美来ちゃん大丈夫かな?」

 

「ええ、心配ね」

 

「あ、あの…理奈さんも渚さんも何でそんな怖い顔をしてるんですか…?」

 

「しっ!美緒さん、静かに。

これは面白くなってきましたわ」

 

姫咲ちゃん?聞こえてるよ?

 

その後私達はショッピングモールでお買い物したりして過ごしていた。

 

「あら?」

 

「どうした姫咲?行きたい店でもあったか?」

 

「お店…というわけではありませんが、久しぶりにゲームセンターに行きたいかな?と…」

 

「へぇ、姫咲ちゃんってゲーム好きなの?」

 

「ええ、まぁ…」

 

「ま、ここならみんなも楽しめるだろうしな。いいんじゃね?」

 

そして私達はゲーセンで遊ぶ事にした。

 

「私はこんな所に来るのも初めてね」

 

「理奈さんもですか?私も麻衣達とプリクラとかは撮りに来ますけどゲームはあんまり…。家ではお姉ちゃんとたまにやりますけど…」

 

「あたしもゲームはソシャゲしかしない」

 

「理奈さんと美緒さん、美来さんはほぼ初心者ですのね。そうですわ。でしたら2人ずつチームに別れて勝負しませんか?」

 

「ふっ、姫咲め。俺にゲームで勝てるとでも思っているのか?」

 

「先輩こそ私に勝てると思ってるんですか?」

 

「では、私と貴さんと渚さんのチームに別れて勝負しましょうか♪」

 

私と先輩と姫咲ちゃんでじゃんけんをして、グーチーム、チョキチーム、パーチームと別れて、

理奈、美緒ちゃん、美来ちゃんで同じようにグーチーム、チョキチーム、パーチームと別れた。

 

「私がパーチームですわ」

 

「私がパーよ」

 

姫咲ちゃんと理奈が同じチームかぁ。

 

「さぁ!チョキは誰?私がチョキチームだよ!」

 

「チョッキチョキ~」

 

お、どうやら美来ちゃんが同じチームのようだ。

 

「はぁ…お兄さんと同じチームか…」

 

「え?嫌なの?」

 

「なんか…負けちゃいそうで…」

 

先輩と美緒ちゃんが同じチーム!

理奈のゲームの実力は未知数だし、姫咲ちゃんもゲーセン好きみたいだし上手そうだよね。

美来ちゃんもゲームはあんまりしないみたいだし私が頑張らないと…。

 

「なっちゃん」

 

「ん?何?」

 

「一緒に勝とうね」

 

そう言って美来ちゃんは少し笑った。

未来ちゃんってずっと無表情だったけど、こうやって笑うと余計に梓お姉ちゃんに似てる…。似すぎだよ……。

 

「うん!美来ちゃん頑張ろうね!」

 

なんか…久しぶりに梓お姉ちゃんと遊んでるみたいだ…。

 

「でも3チームでやれるゲームなんて限られてるよな」

 

「では、このレースゲームとかいかがですか?」

 

姫咲ちゃんが選んできたのはレースゲーム。これならシンプルだしゲームをあんまりやらない理奈達も大丈夫かな。

 

「1位の人から5ポイント、4ポイント、3ポイントとポイントを振っていき最終的にポイントの高いチームが優勝にしましょう」

 

なるほど。って事はドベだと0ポイントって事だね。

1位を取っても相方がドベだと5ポイントしか入らないけど、2位と3位を取れば7ポイントか…。

 

「まぁやってみるか…」

 

 

結果は姫咲ちゃんが1位、なんと美来ちゃんが2位、美緒ちゃんが3位で先輩が4位、理奈が5位で私がドベだった…。

 

「せ、先輩があんな所で亀の甲羅を投げてくるから私がドベになっちゃったじゃないですか!」

 

「いや、だって俺の前に居たから邪魔だったし…」

 

「ポイントは私のチームが6ポイント、タカさんのチームが5ポイント、渚さんのチームが4ポイントですわね」

 

「なっちゃん、大丈夫。あたしが次のゲームでタカくんを葬ってあげる」

 

「美来ちゃ~ん……」

 

「では、次はリズムゲームをやりますか。この太鼓のゲームで協力プレイをしてスコアの高いチームから3ポイント、2ポイント、1ポイントという事で♪」

 

「リズムゲームか…リズム隊2人のチームが優勢じゃねぇか?」

 

 

結果はやっぱりというか姫咲ちゃんのチームが1位、先輩のチームが2位、私のチームが3位だった…。

 

「なっちゃん、ごめん…」

 

「あはは、私もボロボロだったから…」

 

「しゃあねぇな。姫咲、次は俺がゲーム選んでいいか?」

 

「何でも構いませんわよ」

 

「じゃあ次はこれだ」

 

先輩が選んだのは球体ドーム型のロボット対戦ゲーム。

その中で擬似的にロボットを操縦して戦うゲームだ。なんか説明するの難しい…。

 

「どうやって勝敗を決めますの?」

 

「ああ、チーム毎に正規軍、反乱軍、革命軍に別れて純粋に勝ったチームのポイントが3ポイント。2位と3位は被害の大きさで決めればいいんじゃないか?」

 

「わかりましたわ」

 

 

「ま、まさか…私がゲームで大敗を……理奈さん…申し訳ありません…」

 

「まぁ、しょうがないんじゃないかしら?私もそんなに動けたわけではないし……貴さんと渚と美来ちゃんの動きが異常だったわ……」

 

「いえ~い。やったね、なっちゃん」

 

「クッ…まさか美来があんなに動けるとはな…誤算だった…」

 

そうなのだ。私と先輩はたまに仕事の帰りにこのゲームをやっているので馴れたものだったけど、美来ちゃんがあんなに動けるとは思わなかった。

まさか美来ちゃんはニュータイプとでもいうのか!?

 

「これで姫咲さんのチームが10ポイント、渚さんのチームが8ポイント、私達のチームが9ポイントか…」

 

「そろそろラストにすっか。何のゲームにする?」

 

そうだなぁ。何のゲームだと勝てるだろうか?

 

「これ。あたしこれがいい」

 

美来ちゃんが選んだのはクレーンゲーム。

え?クレーンゲームでどうやって勝敗を決めるの?

 

「クレーンゲームでどうやって勝敗を決めるんだ?」

 

「タカくんは愚か。チーム毎に別れて一番大きい景品を取って来たチームの勝ち。もちろん制限時間を決めて時間内に取れなくてもダメ」

 

「まぁいいけどな。クレーンゲームは俺の最も得意とするゲームだしな」

 

うっ…確かにそうだ。

先輩はよくゲーセンで景品取ってるもんね…。

 

「わかってる?多く取ったチームの勝ちじゃないよ?大きい景品を取ったチームの勝ちだよ?」

 

「ふっ、余裕だな」

 

「では簡単にルールを決めましょうか。制限時間…15分程度にしましょう。

制限時間内に一番大きい景品を取って来たチームの勝ち。使用金額は…好きなだけで」

 

使用金額好きなだけって…!

それって姫咲ちゃんに有利じゃん!?

あ、でも制限時間あるからそうでもないか…?

 

「ついでにもう1つ追加いいか?

今6時40分だ。6時45分になったらここから同時にスタート。7時にゲーセンの入り口に到着出来なかったチームも負けにしよう。じゃないとバラバラでゲームやってたら時間内に取れたのかどうかもわからないしな」

 

「つまり実質景品を取る時間に掛けられるのは10分ちょっとってところかしら?」

 

「確かにそれで曖昧さは回避出来ますね」

 

「いいですわ。それでいきましょう」

 

そして私達はチーム毎に別れて作戦会議に入った。

 

 

 

--姫咲チーム

 

「理奈さんはクレーンゲームとかされますか?」

 

「いえ、ほとんどやった事ないわね」

 

「では私がやりますわね。一緒に一番大きいぬいぐるみを狙いましょう。私達がその台に居れば『一番大きい景品』という点で負ける事はありませんわ」

 

「悪いわね、任せっ放しになってしまって……」

 

「いえ、そんな事ありませんわ。

先程のリズムゲーム…。悔しいですが私のスコアより理奈さんのスコアの方が高かったですし、ロボットゲームの時は私が速攻で落とされてしまいましたしね」

 

「ロボットゲームはしょうがないんじゃないかしら?貴さんと渚に集中的に狙われてたわけだし…」

 

 

 

--貴チーム

 

「美緒ちゃんはクレーンゲームした事ある?」

 

「あるにはありますけど…ほとんど取れた事はありません…」

 

「そっか。なら俺がやるから美緒ちゃんは見ててくれ」

 

「お兄さん……。俺を見てろって……ちょっと年齢考えてくれませんか?ごめんなさい」

 

「うん、間違いなく美緒ちゃんは奈緒の妹だな。今すごく納得したわ」

 

 

 

--渚チーム

 

「美来ちゃんはクレーンゲーム得意なの?」

 

「それなり…。

ゲーセンではクレーンゲームしかした事ない。でも推しのグッズが出たら必ずゲットしてる」

 

推しのグッズが出たら…?

そういえばさっきゲームはソシャゲしかしないって…。

 

そ、そうか!美来ちゃん!

美来ちゃんもこっち側の住人なんだね!

うわっ!更に親近感!!

 

 

 

「そろそろ45分ですわ。

それでは……スタートです!」

 

姫咲ちゃんのスタートの声と共にクレーンゲーム勝負が始まった。

 

先輩チームと姫咲ちゃんチームは何か狙ってたの?って思うくらいな感じで走って行った。

わ、私達も急がないと…!

 

ぐいっ

 

私は何か引っ張られたような感じがしてその方向に目をやった。

 

「なっちゃんそっちじゃない。こっち」

 

え?美来ちゃん…?

 

「秘策があるから大丈夫」

 

大きなぬいぐるみコーナーがあるのは先輩や姫咲ちゃん達が走って行った方だ。

美来ちゃんは私の手を引いて逆方向に歩きだした。

 

 

「これを取る」

 

こ、これは…!?

 

美来ちゃんが私を連れて来た場所は乙女ゲーやギャルゲーのアミューズメントグッズが景品になっているコーナーだった。

ぐふふ、いいなぁ、この空間。

アレもコレも欲しい…なんかヨダレが出てくるよ。ジュルリ。

 

って!違う違う!

何でこんなコーナーに来たの美来ちゃん!?

 

「み、美来ちゃん?何でこのコーナーに…?」

 

「ああ…アレもコレも欲しくなってくる…。ジュルリ」

 

!?

やはり…!美来ちゃんはこっち側の住人!

よし、聞いてみよう…。

 

「み、美来ちゃんさ…」

 

「ハッ!?

……なっちゃん。あたしの出した勝負の条件覚えてる?」

 

「え?勝負…?もちろんだよ?

一番大きな景品を取って来たチームの勝ちって……」

 

「そう。一番大きな景品。

あたしはこんなコーナーよく知らないし興味もないんだけど。いや、全然興味なんかないよ?うん、マジで」

 

え?え?え?

興味ない振りが下手すぎるよ?

 

「ここならアレがあると思って…」

 

アレ?アレって何だろう…?

 

「あ、あった。あたしはコレを取る」

 

「え?美来ちゃん……コレって……」

 

 

 

 

今時間は6時58分。

タイムリミットである7時まで後2分。

 

ゴールであるゲームセンターの入り口には私と美来ちゃん、姫咲ちゃんと大きな犬のぬいぐるみを抱きながら光悦の表情をしている理奈が居た。

 

先輩と美緒ちゃんはまだ戻って来ていない。

 

「制限時間まで後2分…。

タカさん達は間に合わなそうですわね」

 

「先輩…クレーンゲームは得意なはずなのに…」

 

「私達の勝ちかしらね。渚達は……その景品で良かったの?」

 

そうなのだ。

私達が…美来ちゃんが取った景品は大きくない。

美来ちゃんが片手で持てる程度の大きさの景品。

 

「大丈夫。問題ない。

それよりタカくんの景品が怖い。このままタイムオーバーになってくれたらいいけど…」

 

え?で、でも姫咲ちゃん達の景品って理奈が両手で抱っこする程大きいんだよ?

 

「あ、タカくん達だ」

 

本当だ。

先輩と美緒ちゃんが走ってこっちに向かって来てる。

でも何か景品を持ってるように見えない。

今はまだ6時59分。これなら先輩達も間に合うかな。

 

……あれ?

美緒ちゃんが急に動きを止めた。

どうしたんだろう?

 

 

 

 

--貴チーム

 

「え!?どうした美緒ちゃん!?」

 

「……」

 

「美緒ちゃん……?」

 

「……」

 

「ん?あ?これって…」

 

「……」

 

「美緒ちゃん」

 

「……あ、ご、ごめんなさいお兄さん。

ちょっと…あ、時間ですね。急ぎましょう!」

 

「……このマスコットが欲しいのか?」

 

「い、いえ!そんなのじゃないです!

変な人形だなーって思って…。それより時間です!急ぎましょう!」

 

「………このピンクの熊?」

 

「何言ってるんですか!?急ぎませんと!」

 

「ちょっと待ってろ…。このピンクの熊、なんか何かを思い出すな」

 

「お兄さん。それは危険です。思い出さない方がいいです…って時間!お兄さん!」

 

「もう間に合わないだろ………ほれ、取れた」

 

「お、お兄さん……何で…」

 

「ん?え!?まさかそれじゃなかった!?」

 

「いえ……これです…。これが欲しかったんです…」

 

「はぁ~……良かった…。違ってたらどうしようかと思ったわ」

 

「これ…私の好きなキャラのマスコットで…ピンク色は限定カラーで……どこにもなくて…」

 

「そか。見つかって良かったな」

 

「時間ですわね」

 

「チッ、間に合わなかったか…」

 

「お兄さん…このマスコット…私が見つけなかったら…」

 

「このまま勝敗決まって、はい終わりってなったらそのマスコット取る時間無くなったかもだろ?

勝負に勝つより美緒ちゃんの欲しいマスコット取れた方がよっぽど良かったわ」

 

「お義兄さん……」

 

「え?なんか漢字違わない?」

 

 

 

 

そして先輩のチームは制限時間までに間に合わず、私達と姫咲チームの勝負になった。

 

「さ、さすが姫咲さんですね…。理奈さんの持ってるぬいぐるみ、すごく大きいです…」

 

「………渚が選んだのか美来が選んだのか。この勝負、渚チームの勝ちだな」

 

「え?」

 

「私達の取ってきたぬいぐるみは縦70cm、幅40cm、厚さ15cm。

単辺では70cmですが、大きさ的には70+40+15の125cm。って事ですわね♪」

 

125cm…!?

わ、私達の取ってきた景品は…。

 

「あたし達の勝ち。いえ~い」

 

え?

 

「え?ど、どういう事かしら…?美来ちゃんの持ってるそれが景品なのよね?」

 

そ、そうだよ。私達の取ってきた景品は…。

 

「これ。ここ見て」

 

ここ?

 

「……!?そ、それは!?」

 

美来ちゃんが私達の景品を見せて指を指した所。

そこにはその景品のサイズが記されていた。

 

『大型ブランケット 120cm×100cm』

 

「え?これって…」

 

「これを広げたら220cm。あたし達の勝ち。いえ~い」

 

「ま、負けましたわ…大きさ…って言葉に惑わされた私の…完全敗北ですわ…」

 

「そうだな。単辺でだけでの勝負でもお前らの負けだったな」

 

「クッ……せ、制限時間に間に合わなかったタカさんには言われたくありませんわ…」

 

「そーでっか」

 

私達のゲーセン勝負は、姫咲さんチームが12ポイント、私達のチームが11ポイント、先輩のチームが10ポイント。

姫咲ちゃんのチームが優勝で先輩のチームが最下位で終わった。

 

「勝った気がしませんわ…」

 

「私もよ」

 

「でも楽しかったよね!ね、美来ちゃん」

 

「うん。楽しかった。でもお腹空いた」

 

本当に…楽しかった。

美来ちゃんとも仲良くなれたし…。

れ、連絡先の交換とかお願いしたら引かれるかな?うぅ…もっと仲良くなりたい…。

 

「お兄さん…ごめんなさい…」

 

「ん?何が?」

 

「私が…このマスコットを……そしたら優勝は…お兄さんが取った景品だったら…」

 

「そんなんどうでもいい。

勝ち負けよりそのマスコットのが大事だと思ったんだしな。結果俺的には勝利したと言っても過言ではない」

 

「お兄さん…」

 

「だから気にすんな。マスコット喜んでくれた方がずっといいぞ?」

 

「………お兄さん、あのバンドのボーカルちゃん好きでしたよね?」

 

「あ?好きってわけじゃねぇよ。大好きってレベルだ」

 

「また変な事言って…お姉ちゃんが苦労するわけですね…」

 

「そりゃすみませんねぇ」

 

「お兄さん、ちゃんと聞いて下さいね?」

 

「あ?」

 

「タカさん、これ大事にするね」

 

「う?」

 

「取ってくれて…ありがとう」

 

「ぴぎぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「え!?ちょ……お兄さん!?」

 

え?先輩?ど、どうしたの?

 

「我が生涯に一片の悔いなし…」

 

「お兄さん!?お兄さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

「あ~…俺…生きてたか…」

 

「もうお兄さんの前ではあの子のモノマネしません」

 

「え?土下座してもしてくれない?ならラーメン奢ろうか?」

 

私達はホテルに戻る道中を歩いていた。

 

「それにしてもいい時間になったな。綾乃達はカラオケから帰ってきてるかな?」

 

うん、私もちょっとお腹空いたかな。

あ、美来ちゃんのホテルってどこなんだろう?出来ればもうちょっと一緒に居たいなぁ…。

 

「あ、あたしのホテルこっちだ。

タカくん、なっちゃん、みんなありがとう。あたしは帰る」

 

「ん?もう帰るのか?

よかったらこのまま晩飯も一緒にって思ってたんだけど…」

 

「……ん、帰る」

 

美来ちゃん…帰っちゃうのか…。

よ、よし、連絡先の交換を…。

 

「今日は…本当に楽しかった」

 

「私も楽しかったわ。また一緒に遊びましょう」

 

「私もですわ。また一緒にゲームで勝負して下さいね」

 

「私も楽しかったです。美来さん、ありがとうございました」

 

みんな美来ちゃんにお別れの挨拶をした。私も…楽しかった。別れたくないよ…。

 

「お姉ちゃ…ん…」

 

「ん?なっちゃん?」

 

……ハッ!?

ヤバイ。ついお姉ちゃんって言っちゃった。な、何でだろう…。

 

「なっちゃん……いくつ?」

 

「え?わ、私?22だけど……」

 

「そ。ならお姉ちゃんで合ってる。

あたし25だし」

 

え?え…?えええええええええ!?

み、未来ちゃん25!?にじゅうご!?

こ、こんなちっちゃいのに!?

ま、まどかさんより歳上だと…!?

 

「なっちゃん…人の胸見てちっちゃいとか思わないでくれる?まだ発展途上中だから」

 

ちが…!いや、ちっちゃいとは思ったけど胸のお話じゃないですよ!

胸の話なら……え?私より美来ちゃんの方が大きくないですかね?

 

「なっちゃん…」

 

え?

 

私は美来ちゃんに抱き締められた。

わ、私のお顔が美来ちゃんのお胸に…!!

 

「なっちゃん…ありがとうね。

今日はすごく楽しかった…大好きだよ、なっちゃん」

 

み、美来……

……お姉ちゃん。

お姉ちゃん……!

 

「な、なっちゃん…痛い。おっぱいが痛い」

 

あ、つい思いっきり抱きついちゃった。

は、離れないと。

 

「あ、あははは、ご、ごめんね美来ちゃん」

 

「ん?お姉ちゃんでいいよ?」

 

私は急いで美来お姉ちゃんから離れようとした。

 

ブチッ

 

「あ…」

 

美来お姉ちゃんの胸に着けていた何かが私が離れた拍子に千切れて飛んでいってしまった。

 

「あ、あたしのお守り…」

 

おおう!

美来お姉ちゃんのお守りでしたか!?

ご、ごめんなさい。

 

「お前ら何やってんの?」

 

美来お姉ちゃんのお守りは先輩の所に飛んでいったみたいで、先輩がそれを拾ってくれた。

良かったぁ。遠くに飛んでいかなくて。

 

「あ、あはは。先輩、ごめんなさいです。美来お姉ちゃんのお守りを私が引きちぎったみたいでして…」

 

「美来お姉ちゃん?お前いつから美来の事、美来お姉ちゃんって呼ぶようになったの?」

 

最後に失敗しちゃったなぁ…。

私は先輩の元に駆け寄りお守りを受け取ろうとした。

だけど…。

 

「………このお守り」

 

先輩はお守りを受け取ろうとした私を無視して美来お姉ちゃんの方に歩いて行った。

先輩…?どうしたのかな?

 

「このお守り…美来のか?」

 

「うん、あたしの大切なお守り」

 

「そう……か」

 

先輩?どうしたのかな?

 

「……うん。タカくん、拾ってくれてありがとう」

 

「いや…別に…」

 

そして先輩は美来お姉ちゃんにお守りを返した。

 

「……随分年季の入ったお守りだな」

 

「何?汚いって言いたいの?」

 

「………ちげぇよ。

よっぽど大事なお守りなんだなって思っただけだ」

 

「ずっと昔に…お母さんから貰ったお守りだから……」

 

「そっか」

 

「じゃあね。タカくんバイバイ」

 

美来お姉ちゃんはそう言って走って去っていった。

 

「せ、先輩…?」

 

美来お姉ちゃんが走って去っていった方向を見つめたまま、先輩は動かなかった。

 

まるで……時間が止まったような。

 

そして私には…何故か先輩が泣いているように見えた…。



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第6話 父親

「へぇ~、ここがあたし達の泊まる民宿か~」

 

あたしの名前は雨宮 志保。

南国DEギグという大きなギグイベントを観る為に、ライブハウス『ファントム』のみんなとこの地にやってきた。

 

「結構綺麗な民宿だね」

 

この人の名前は茅野 双葉さん。

あたしの学校の1つ上の先輩だ。

FABULOUS PERFUMEっていうバンドで男装しながらベースを弾いている。

 

「冬馬も…荷物ありがとうね」

 

「あたしの分の荷物もありがとね!」

 

「いや、別に…。シグレさんに頼まれてんしな。雨宮には茅野のサポート任せっきりだし荷物くらいは…」

 

この人はCanoro Feliceのドラムの松岡 冬馬。どうやらAiles Flammeの江口や秦野の中学の時の先輩らしい。

 

「お前ら邪魔だ。

とりあえず旅館入るぞ。もう少ししたら佐藤さんが来てくれるみたいだしな」

 

この人はevokeのギター折原 結弦。

ツンケンしてるけど話せばそんなに怖くない人だった。

 

「長旅疲れたよね。茅野先輩は足は大丈夫ですか?」

 

「うん、ありがとう内山くん。私は大丈夫だよ」

 

今、茅野先輩に声を掛けたのはAiles Flammeのベース、内山 拓実。

最近はよく話すあたしのクラスメートだ。

 

 

 

 

 

「へぇ~部屋も綺麗だし広いね」

 

「旅館って最初に聞いた時のイメージとは全然違うや。僕もう少し古い旅館イメージしてたよ」

 

「なかなかいい部屋だな…悪くねぇ。

よし、早速ギター弾くか」

 

そう言って折原はギターを弾きだした。

もうすぐトシキさんが迎えに来てくれるっていうのにギター弾くとか……。

 

「茅野、雨宮、荷物はここでいいか?」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

「サンキューね」

 

ヴヴヴヴ…ヴヴヴヴ…

 

「あ、あたしのスマホ。着信……?

あ、トシキさんだ」

 

あたしのスマホにトシキさんから着信が入った。

そろそろこの旅館に着いたのかな?

 

「もしもし、志保です。

………はい。みんな居ます。

………はい。はい。わかりました。すぐ行きます」

 

「志保ちゃん、トシキさんから?」

 

「うん、もう旅館の前に着いたって。

みんな準備して行こうか」

 

あたし達の旅館グループはトシキさんが引率してくれる事になっている。

茅野先輩が足を怪我しているからとトシキさんが車を出してくれる事になっていた。

 

「ごめんね、待たせちゃったかな?」

 

「いえ、全然ですよ。私達もちょうど旅館に着いたところでしたし。

それより車を出してもらってありがとうございます」

 

「これくらい何でもないよ。準備良かったら出掛けようか」

 

「トシキさん、今日はどこに行くんすか?」

 

「ん?松岡くんは行きたい所ある?」

 

「あ、いえ、特にそういう訳じゃないんですけど…」

 

なるほどね。松岡は茅野先輩の足を心配してるんだね。

確かにあんまり歩き回るような所だと茅野先輩はしんどいかな?

 

「冬馬…気を使わせちゃってごめんね」

 

「ちがっ、そ、そんなんじゃねーよ!」

 

「まぁ、行きたい所のリクエストがあるなら車の中で聞くよ。さ、みんな乗って」

 

車は大きめの7人乗りようだった。

運転席にトシキさん、助手席に松岡、その後ろに折原と内山、後部座席にあたしと茅野先輩が座った。

 

「あ、あのトシキさん、今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」

 

「ああ、一応ここに連れて行ってあげようって所はあるんだけどね。

みんなはどこか行きたい所ある?」

 

「私はどこでもいいかな」

 

「あたしもトシキさんに任せるよ」

 

「俺もどこでも構わないす」

 

「僕も特に行きたいって場所はありませんし…」

 

あはは、みんなどこでもって感じか。

そりゃそうだよね。

南国DEギグに行くって決まったのも昨日だし土地勘も全然無いしね。

 

「俺はどこでも構わないんだが…腹が減った」

 

「そうだね。じゃあお昼ご飯食べに行こうか。折原くんは何か食べたいのある?」

 

「俺は人間が食えるもんならなんでも」

 

「あはは、そっか。みんなは?」

 

お昼ご飯か~。

確かにあたしもお腹空いてきたしね。

何が食べたいかな?

 

「志保ちゃんは何か食べたいのある?」

 

「あたしも何でもって感じかなぁ。内山はスイーツがいいんじゃない?」

 

「スイーツもあればいいとは思うけどお昼ご飯って感じじゃないでしょ」

 

「腹減った…」

 

あたし達はがやがやと話すだけで何が食べたいとかそんなのは一向に決まる事はなかった…。

 

「あはは……なかなか決まりそうにないね。じゃあ、目的地の近くにおすすめのお店あるからそこでいいかな?」

 

「そうすね。後ろのメンバーは多分聞いてないと思いますけど……」

 

 

 

 

「すごく美味しかったね。びっくりしちゃった」

 

「うん、僕も大満足だよ」

 

あたし達はトシキさんのおすすめのお店でお昼ご飯を済ませた。

ファミレスみたいな感じのお店で、この島の名産品を使った料理を出してくれるお店だった。

 

「茅野先輩の食べてたパイナップルを器にしたカレーも美味しそうでしたね。盛夏に教えたら飛びつきそうだよ」

 

「盛夏さんってカレーが好きなの?」

 

「僕の食べたお蕎麦もすごく美味しかったよ。亮に教えたら喜びそうだよ」

 

「ははは、みんな喜んでくれて良かったよ」

 

しかもみんなの分を全部トシキさんが払ってくれたんだよね。本当にごちそうさまでした。

 

「トシキさん、目的地までは遠いんすか?」

 

「いや、すぐ近くだよ。もうそろそろ見えてくるんじゃないかな」

 

それから少しすると大きな会場が見えてきた。えっ…あそこって…。

 

「トシキさん、まさか目的地ってあそこっすか?南国DEギグの…会場?」

 

「うん、そうだよ」

 

「「「「「え!?」」」」」

 

 

 

 

あたし達は誰も居ない設営されたばかりの南国DEギグの会場のアリーナエリアに居た。

 

何でこんな所に?

って思ったけど、すごく迫力がある。

ぐるっと回りを見ると会場のすごさがよくわかる。

 

こんな大きな会場で、

この会場を埋め尽くすオーディエンスの前で、

こんな大きなステージで、

たった数人のバンドメンバーだけで、

ここの全てを盛り上げなきゃいけないんだ…。

 

すごい。本当にすごい。

明日たくさんのバンドマン達が、この会場のステージに立つんだ…。

 

「圧倒されるな……」

 

「ま、松岡さんもですか?

僕もです。こんな大きな会場で…。今の僕達がステージに立たせてもらえてもちゃんと演奏出来るかな?って思います」

 

「本当にすごいね…。ステージもこんなに広いんだもん。パフォーマンスもこのステージいっぱい使ってやらないと端っこのお客さんに見てもらえないもんね。

すごく動き回らなきゃ…」

 

「……たまんねぇな。このステージにいつか立つって思うと奮えてくるぜ」

 

「ふふ、みんなどうかな?

お客さんの居ない会場ってすごく広く感じるでしょ?」

 

「あ、で、でもここって入って良かったんですか…?明日が本番なのに…」

 

「うん。ここの会場の責任者とは昔からの友達でね。お願いしたらOKしてもらえたよ」

 

こんな大きな会場の責任者と友達なんだ?トシキさんすごいなぁ。

BREEZEの時の友達かな?

 

「もし良かったらステージに上がってみる?」

 

「え!?いいんですか!?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

あたし達は南国DEギグのステージの上に立った。

ステージの上からだと観客席が一望出来る。

 

この観客席にいっぱいのオーディエンスの前で…。

いつか…いつかDivalのみんなと演奏がしたい。きっとすごく最高な時間になるんだろうな…。

 

「す、すげぇな。こんなステージで…Canoro Feliceで演奏出来たら最高だろうな」

 

「僕も…さっきまではこんな大きな会場で上手く演奏出来るかな?って思ってたけど…。

いつかAiles Flammeとしてここに立って演奏したい。思いっきり演奏したいよ」

 

「最高だろうね。私達もオーディエンスも一緒に最高のライブ…」

 

茅野先輩はそう言ってステージの端から端まで歩きだした。

 

「茅野、足は…」

 

「もう!心配しすぎだよ冬馬。

これくらいなら全然大丈夫だよ」

 

そして端まで歩いた茅野先輩は

 

「本当にすごい。ここにいっぱいのお客さんが居て、ステージいっぱいで私達がパフォーマンスして…目を閉じてイメージしてたらさ。ライブしたくなってくる。今すぐにでも演奏したいくらいだよ」

 

「俺はいつか立つぜ。このステージにevokeとして…」

 

みんなこのステージに上がらせてもらって色々思う事があるんだ。

トシキさんに感謝しなくちゃ。

 

「良かったよ。みんなをここに連れて来て。

このステージを…会場を見て自信をなくしたりしなくて良かった。みんなやる気が俄然上がったって感じだね」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「でも懐かしいな。ステージの上から見る景色って…」

 

「そういやBREEZEは南国DEギグに出た事あるの?」

 

そういえばBREEZEも割とすごいバンドではあったんだよね?

メジャーではなかったみたいだけど、ファンの人もたくさん居たわけだし。

 

「ううん、俺達は参加してないよ。

参加したいって言っても出してもらえないよ。あはは」

 

え!?そうなの!?

BREEZEですら出せてもらえないくらいのギグイベントなんだ…。

何だか余計にやる気出てきた!

 

「でも志保ちゃんのお父さんとお母さんは出た事あるよ。バンドのサポートメンバーとしてだけどね」

 

「お父さんとお母さんが!?

サ、サポートメンバーってお母さんボーカルでしょ?」

 

「志保ちゃんのお母さんは昔はギターもやってたんだよ。香保さんは元々はギターボーカルだったんだよ」

 

「そ、そうだったんだ…」

 

知らなかった。

そうか。あたし自身もお父さんとお母さんのバンド時代を詳しく知ってるわけじゃない。

あたしがよく聞くようになったのは、流しで演奏するようになってからだもんね。

 

って、こないだの旅行の時に貴も教えてくれたら良かったのに…。

 

「BREEZEは大きなギグイベントとか出た事あるんですか?」

 

バ、バカ!内山!

それは聞いちゃいけない事だよ!

BREEZEはアーヴァル主催のドリーミン・ギグに…。

 

「俺達は大きなギグイベントには参加した事ないかな。いつもライブハウスで演奏してたよ」

 

「そうなんですか。BREEZEでも…」

 

「あはは、でもギグイベントってだけならここにいるみんなファントムギグには参加出来るでしょ?大きなギグイベントがゴールじゃないよ」

 

うん、そうだね。

大きなギグイベントに出たいって気持ちはあるけど、それもあたしが、あたし達が最高のバンドになる為の通過点。

 

「でも俺達BREEZEにも目標はあったよ」

 

「え?そうなんですか?もし良かったら何を目標にしてたのか教えてもらえませんか?」

 

あ、それあたしも気になる。

トシキさんも貴も英治さんも何を目標にしてたんだろう?

 

「うん、BREEZEにもって言ってもほとんどはーちゃんが掲げてた目標だけどね。

俺と英ちゃんはそんなはーちゃんについていくのが目標だったかな」

 

そうなんだ…。貴が…。

 

「貴くんの目標は?」

 

「よく言ってたのは目指せ武道館!

いつか武道館でライブをやりたいって」

 

そういえば奈緒も盛夏もまどかさんも言ってたっけ。

BREEZEの武道館って目標はBlaze Futureに引き継がれてるんだね…。

 

「それと日本中47都道府県でライブをする全国ツアーをする事。

後はアニメのタイアップになる事だったかな。あはは」

 

47都道府県で全国ツアー!?

すごいなぁ。メジャーバンドでもなかなか出来ないのに…。

貴らしいっちゃ貴らしいけど。

 

「あのトシキさんいいすか?

トシキさんと英治さんは貴さんについていくとして……もう一人BREEZEにはいましたよね?」

 

「うん、宮ちゃんだね。

BREEZEのベースの宮野 拓斗」

 

「その人はメジャーデビューとか目標にしてた感じっすか?」

 

「ううん、宮ちゃんの目標はね。

はーちゃんをメジャーデビューさせる事」

 

え?は?

 

「え?BREEZEをメジャーデビューじゃなくて貴さんを……っすか?」

 

「宮ちゃんははーちゃんの歌が大好きだったからね。自分がバンドをやるのは学生の間の思い出だって言ってたけど、はーちゃんがメジャーデビューするのをずっと夢見てたよ」

 

貴ってよく宮野さんの話が出る度に『誰だそれ?』とか言ってたから、実は仲良くないんだと思ってた…。

 

「はーちゃん自身はライブが出来ればそれでいいって言ってたし、メジャーデビューには興味なかったみたいだけどね。

だから、はーちゃんが喉を壊した時は……宮ちゃんはすごくショックだったと思う。

だから余計にはーちゃんも自分が喉を壊してしまった事を宮ちゃんに対して申し訳ないって気持ちでいっぱいだったみたいだよ。当時は」

 

そうだったんだ…。

貴も別に宮野さんを嫌ってるわけじゃないんだね。

BREEZEが解散してから宮野さんは行方をくらませたって言ってたけど…。

本当はそれから後に何かあったのかな?

 

「宮ちゃんか…どこで何してるんだろ?

最後に会ったのはもう10年?11年くらい前かな?」

 

やっぱりだ…。

BREEZEが解散してから会ってないなら15年って言ってるはず。

何が…あったんだろう…?

 

あたし達Divalのデビューライブ。

Blaze Futureと対バンをした夜。

あたしと香菜とまどかさんはファントムの近くで多分拓斗さんに会っている。

 

会っていると言ってもすれ違っただけだし、まどかさんも香菜も写真でしか見た事ないわけだし人違いかも知れないけど…。

 

確証がないからトシキさん達には言わない方がいいかな…。

 

「雨宮さん?どうしたの?」

 

「内山……ううん、何でもない。乙女の悩み事だよ」

 

『ははは、雨宮が乙女って笑わせてくれるな!』

 

「え!?な、何で渉の声が!?」

 

江口ぃぃ……明日覚えてなさいよ…!

 

「よし、そろそろ行こうか。この後はノープランだけどね」

 

トシキさんがそう言ってステージから降りて行った。

トシキさんに続いてみんながステージを降りる。あたしは茅野先輩の手を引いてステージを降りた。

いつか、いつかDivalでこのステージに帰ってくるよ。必ず。

 

「でもこの後はどうしようかな?

ドライブでもする?それとも今日は疲れてる?」

 

「俺は何でも…ドライブってなるとトシキさんがしんどくないすか?」

 

「ははは、それは大丈夫だよ」

 

「あ、トシキさん、それならBREEZEの事とか話聞かせてくれないすか?どうやって結成したのかとか。どんなライブをしてきたのかとか」

 

「あ、BREEZEの時の話?別に俺はいいけど…」

 

「ま、待ってよ松岡。そんな面白そうな話あたしらだけで聞くの勿体ないって。渚も理奈も香菜も聞きたいだろうし」

 

「そ、そうですよ。渉も亮もシフォンも絶対聞きたいと思います!」

 

「う~ん、それじゃ今度みんな揃ってる時に話そうか。はーちゃんと英ちゃんには内緒で…」

 

「え?何で2人には内緒なの?」

 

「恥ずかしがりそうでしょ…あの2人は」

 

そんな恥ずかしい話なの?

あたし達は駐車場に戻り、車に乗り込もうとした時だった。

 

「トシキ……志保……」

 

あたしとトシキさんの名前が呼ばれ、声のした方向に目を向けた。

 

そこには……。

 

「あ、雨宮さん……何でこんな所に…」

 

「お父さん!?」

 

そこにはあたしの父親。

クリムゾングループのアーティスト、雨宮 大志が居た。

 

「久しぶりだな。二人とも…」

 

何でお父さんがこんな所に…。

南国DEギグはクリムゾングループも介入出来ないビッグイベントなのに…。

それとも別件……?

 

「雨宮 大志だと……!?何でこんな所にいるのか知らねぇが。

雨宮、お前……雨宮 大志の娘だったんだな」

 

「折原……ごめん。内緒にしてたってわけじゃないんだけど…」

 

「…雨宮さん、どうしたんですか?こんな所で…」

 

「この時期にこの場所にいる。理由は1つだと思うが?」

 

やっぱり…狙いは南国DEギグなの…?

 

「志保がバンドをやっている事。

それにタカも関わっている事には驚かされたが……。トシキ、お前まで志保と関わっているとはな…。まさか英治もか?」

 

「はーちゃんも英ちゃんも俺も。

楽しく音楽をやるバンドマンの味方ですから…」

 

「お父さん!どういう事!?

南国DEギグは……クリムゾングループは…」

 

「お、おい。まじか。雨宮の親父さんってあの雨宮 大志だったのか?」

 

「松岡さん…。うん、雨宮さんのお父さんは…クリムゾングループのミュージシャン雨宮 大志だよ…」

 

「Ailes Flammeの内山 拓実、evokeの折原 結弦、Canoro Feliceの松岡 冬馬にFABULOUS PERFUMEのナギか…」

 

「え!?私の事もバレてる!?」

 

茅野先輩がFABULOUS PERFUMEって事まで…。

 

「ここでお前達を潰すのは簡単だが、今日はそんな話をしに来たんじゃない」

 

「じゃあどんな話をしに来たんですか?

今の俺でもみんなを逃がすくらいの時間は作ってみせますよ?」

 

トシキさん!?

 

「志保。お前はバンドを辞めろ。

今日はその事を忠告しに来た」

 

バンドを辞めろ…?

 

「冗談じゃない…あたしがそれでわかりましたって言う事聞くと思ってんの?」

 

「だったらこっち側に来い。Divalのメンバー全員で来ればいい。バンドをやるならクリムゾンに入れ」

 

「お父さん…。

お父さんがクリムゾングループに入って音楽をやりだした時、あたしに何って言ったか覚えてる?」

 

「……」

 

「楽しくないって……今の音楽が大嫌いだって。あたしにそう言ったんだよ?」

 

「それでもだ…」

 

「雨宮さん…志保ちゃんは今のDivalが楽しいんです。だから……」

 

トシキさん…。

 

「バンドも辞めない。クリムゾングループにも来ないのであれば……

Divalの雨宮 志保。お前を潰すだけだ」

 

!?

 

「ちょっ!雨宮さんのお父さんなんでしょ!酷すぎじゃないですか!?」

 

「そうですよ!志保ちゃんは楽しい音楽をやってるだけじゃないですか!」

 

「内山…茅野先輩…。いいよ。大丈夫。

いつかは倒さなきゃいけないって思ってたんだし。雨宮 大志!」

 

あたしはギターを構えてお父さんを睨み付けた。

 

「あんたはあたしが倒す!今日ここで!」

 

『ダメだ志保。その台詞は負け台詞だぞ?あかんやつや』

 

「え!?はーちゃんの声が!?」

 

「クッ、タカもここに来ているのか!?」

 

え?何で貴の声が聞こえたの?

しかも負け台詞って何よ…。

 

「雨宮…あ、どっちも雨宮か。娘の方の雨宮」

 

「折原?何?」

 

「お前は引っ込んでろ。いい機会だ、雨宮 大志とは俺がやる」

 

「は!?ちょっと待ってよ!お父さんを倒すのはあたしだって!」

 

「お前…雨宮 大志に勝てると思ってんのか?」

 

うっ……た、確かにお父さんの演奏はすごいけど、あたしだって必死に練習してたわけだし…。

 

でも…さすがに勝てるとは…今は思えない。

だからって逃げるなんて…。

 

「さぁ、雨宮 大志やろうぜ。俺と」

 

「evokeの折原 結弦か。わかっているのか?クリムゾンのミュージシャンにデュエルで負けるという事はどういう事か。

それとも本気で俺に勝てると思ってるのか?」

 

「十中八九勝てないだろうな。

だが、今の俺とあんたとどれだけの差があるか知るいい機会だ」

 

「今の俺と……か。次は無いかもしれないぞ?」

 

「ここであんたに負けて心が折れる程度ならそれまでだ。……負けてevokeじゃなくなったら奏達には悪いけどな」

 

「仲間に悪いと思ってても敢えて闘いを選ぶか。何故だ?」

 

「俺がナンバーワンのギタリストになる為。あんたもDESTIRAREのセイジも四響のラファエルも俺が倒す。奏達ならわかってくれるさ」

 

「いいだろう。デュエルをしてやる。だがこれは正式なデュエルではない。evokeを辞める必要はない。

……お前の心が折れなければな」

 

「あ?正式なデュエルじゃねぇだぁ?」

 

「特別サービスだ。

だがデュエルは本気で相手をしてやる。安心しろ」

 

「へっ、上等じゃねぇか。

雨宮娘。そういう訳だ、俺がやらせてもらうぜ。お前ら絶対手を出すなよ?」

 

お父さんと折原がデュエル…?

でも正式なデュエルじゃないなら折原が負けたとしてもevokeで居られる。

今のお父さんの実力を見るいい機会か…。

 

「行くぜ!雨宮 大志!聴け俺の音を!」

 

「魅せてやろう。死神といわれる俺の音を……」

 

 

お父さんと折原のギタリスト同士のデュエルが始まった。

そんなの…そんなのってないよ……。

 

「折原さんの音が…雨宮さんのお父さんの音に…」

 

「折原さんの音の刹那に雨宮の親父さんが音を被せて掻き消してるってのか!?」

 

「嘘でしょ…こんな事ってあるの?いくら何でもこんなの技術ってレベルの話じゃないよ…」

 

「これが…お父さんの今の実力…」

 

「(嘘だろ…!?こ、こんなに差があるはずがねぇ!俺もガキの頃からずっとギターをやってきたんだぞ…!?)」

 

「そろそろ諦めたらどうだ?」

 

「うるせぇ!まだまだだ!」

 

「折原くん……!」

 

「(まだ上にはDESTIRAREのセイジも…ラファエルもいるんだぞ…!?こんなに遠いわけがねぇ…!!)」

 

「これで終わりだ…」

 

 

デュエルは圧倒的な差でお父さんの勝ちだった。

折原は曲が終わった途端に膝から崩れ落ちてそのまま動かない。

 

「折原くん…」

 

トシキさんがそんな折原に駆け寄ったけど…名前を呼ぶ以上の言葉は掛けれなかった。

 

「あれだけの差を見せつけられて最後まで演奏出来るとはな。なかなかの根性だ。トシキもよく止めに入らなかったな」

 

「雨宮さん…!」

 

「とはいえ折原 結弦。やはり心が折れたか…」

 

折原の技術もすごかった。

それでもお父さんの足元にも及ばなかった。ここまで差があるなんて…。

 

「次はお前だ。志保」

 

ゾクッとした。

クリムゾングループに入ったお父さんの曲を初めて聴いた時。その時と同じような恐怖感。

 

……勝てるわけがない。

 

「さっきの威勢はどうした?」

 

でも、逃げるわけにはいかない…!

 

「いくよ…お父さん…」

 

あたしがギターを構えた時だった。

 

「僕も一緒に演奏するよ。雨宮さん」

 

「悪いすけど、雨宮は俺らファントムのバンドマンの仲間なんで…」

 

あたしの前に内山と松岡が立った。

 

「あ、あんた達…」

 

「茅野先輩の足はあんな状態だから演奏は出来ないけど僕達なら…」

 

「こんな事言うのもすんのも俺のガラじゃねぇんだけどな…」

 

二人ともさっきのお父さんの演奏を見てたのに…。

 

今は渚も理奈も香菜も居ないけど…。

 

ファントムの仲間が居てくれている。

一緒に戦ってくれる。

こんな事思うなんて…昔のあたしじゃ考えられないな…。

 

「Ailes Flammeの内山 拓実、Canoro Feliceの松岡 冬馬。構わん。3人でこい」

 

「内山…松岡……あたしの足引っ張るんじゃないよ?」

 

「だ、大丈夫!頑張って演奏するよ!」

 

「お前こそ親父さんにビビって演奏途中で止めるなよ?」

 

あたし達は楽器を構えてお父さんと対峙した。

 

「心を砕いてやる。俺の音で…」

 

「魅せてあげる!あたしの最高の音色!」

 

「奏でるよ!僕の甘い音色!」

 

「お、俺も何か言った方がいいのか…?」

 

 

そんな…あたし達はギター、ベース、ドラムが居るんだよ…!?

お父さんはギターだけなのに…。

 

内山と松岡を巻き込んでおいて…。

負けてなんかいられない…!

 

「これが俺の…クリムゾンの力だ…」

 

「(くそっ!くそっ!僕が…僕がもっとベースを上手く弾ければ…!)」

 

「(雨宮の親父さんの演奏…こっちのリズムを崩しにきてやがる…!どうすれば雨宮を引っ張ってやれる…?)」

 

 

 

「トシキさん…志保ちゃんのお父さんの演奏って…」

 

「うん、みんなのリズムを崩しにきてる…。いきなりのセッションで経験の浅いみんなだと分が悪いね…」

 

「経験の…浅い…」

 

「志保ちゃんはともかく折原くんも内山くんも松岡くんもデュエルはほぼ初心者…。内山くんと松岡くんはLIVE自体も経験が浅い…」

 

「で、でも冬馬はCanoro Feliceの前は…」

 

「うん、色んなバンドのサポートはしてたみたいだけど…。そこは双葉ちゃんの方がわかってるんじゃないかな?」

 

「経験の…差か…」

 

「何とかみんなを守りたいけど…どうすれば…」

 

「いるよ。トシキさん。経験の浅くないバンドマン…」

 

「双葉ちゃん?」

 

「あたしもベースで加勢する…」

 

「双葉ちゃん!?その足じゃ…」

 

「少しくらい大丈夫だよ」

 

 

 

くっ…どうしたらお父さんの音に呑まれないでやれる…!?

ダメだ。余計な事考えてる余裕なんかない…集中しないと…!

 

「内山くん、私についてきて。

私のサポートをお願い」

 

「か、茅野先輩!?」

 

え?茅野先輩…?

内山の横を見ると茅野先輩がベースを演奏していた。

 

すごい。茅野先輩の演奏ってちゃんと聴くのは初めてだけど理奈と匹敵…。

ううん、もしかしたら理奈より上手いんじゃ……。

 

「か、茅野!?お前…足は…」

 

「冬馬、大丈夫だよ。今は演奏に集中して」

 

「あ、ああ…」

 

「FABULOUS PERFUMEのナギか…」

 

茅野先輩が加勢してくれた事で乱されていたリズムも整ってきたけど…。

それでも…。

 

「まだ…経験の豊富なバンドマンは居たよね…」

 

トシキさん?何を言って…。

 

!?

 

トシキさんはあたしの隣に立っていた。

折原のギターを構えて…。

 

「志保ちゃん、俺がある程度のサポートはする。だから…歌うんだ」

 

歌う…?あたしが…?

 

「いきますよ。雨宮さん…」

 

「トシキ…お前…」

 

そしてトシキさんの演奏が始まった。

 

BREEZEを引退してからほとんどギターは触ってないって言ってたのに…。

確かに少し荒い部分もあるけど…。

すごく力強い演奏だ…。

これが…BREEZEのギター……。

 

「クッ…トシキ…!」

 

いける!お父さんを倒す…!

 

あたしは…久しぶりに歌った……。

 

 

「茅野…だ、大丈夫か?」

 

「うん、平気…。でも勝てなかったね…」

 

「ああ…でも…」

 

「僕達は負けなかった…」

 

「ハァ…ハァ…お父さん…!」

 

「志保……」

 

あたし達のデュエルは引き分けに終わった。

茅野先輩とトシキさんが加勢してくれなかったら……。

 

「雨宮さん…引いてください…」

 

「トシキ…いいだろう。久しぶりにお前の演奏を聴けた。それに免じてここは引いてやる」

 

「お父さん…!」

 

「Divalの雨宮 志保…お前は父親である俺が必ず倒す。それが嫌ならクリムゾンに来い。………待っている」

 

待っている……か…。

 

「クリムゾンの雨宮 大志!あんたは娘であるあたしが必ず倒す!」

 

「俺を倒すか…」

 

そしてお父さんはあたしに近付いてきた。

 

「大きくなったな。志保…。

胸は母さんには敵わないが…」

 

「は?喧嘩売ってんの?」

 

お父さんはどこからかもう1本のギターを取り出した。

 

「受け取れ。母さんのギターだ」

 

「お母さんの…?」

 

「お前のパフォーマンスを見ている限りでは力強さが足りん。技術に頼り過ぎだ。

俺の真似をしてレスポールタイプを使うより、若干だが軽くネックグリップの細いストラトキャスタータイプの方が向いているだろう。それにボーカルの水瀬 渚に合わせるなら高音域に強いストラトキャスタータイプの方がいい」

 

お父さん…何でそんな事を…。

 

「調整はしてある」

 

お父さんはそう言ってお母さんのギターを押し付けてきた。

あたし達Divalのイメージカラーでもある水色の…ギター……。

 

「お父さん…」

 

あたしはお母さんのギターを受け取った。

すごく綺麗に手入れがされてある。

お父さん…ずっとこのギターを大切にしてたんだね…。

 

「Ailes Flammeの内山 拓実」

 

「え?ぼ、僕?」

 

「お前はまだまだ技術がない」

 

「わ、わかってます…よ…」

 

「だからと言って自信を失くすな」

 

「…え?」

 

「技術がなくても今の精一杯を演奏しろ。オーディエンスが望むのはそれだ」

 

「今の精一杯…」

 

「俺も四響にはまだまだ技術では敵わん。上には上がいる。まだまだたくさんの上がな。だからといって自信を失くしたりしない。今やれる事を精一杯やるのがライブだ。

そして精一杯の演奏はオーディエンスにもまわりにも伝わる」

 

「は……はい!」

 

「Canoro Feliceの松岡 冬馬」

 

「な、なんすか?」

 

「ドラムはバンドにとって指揮者のようなものだ。お前のみんなを引っ張ろうとする姿勢、みんながついてこれていないと感じたら合わせにいく姿勢。見事なものだった」

 

「あ、ありがとう…ございます…」

 

「それなりに技術も高いがパフォーマンスが全然なっていないな。正確に叩く事を意識しすぎている」

 

「パ、パフォーマンス…?でも正確に叩く事は大事じゃないすか?」

 

「確かにそれも大事だが、正確に叩く事に意識しすぎて力強い音を出した方がいい場面でもこじんまりとして聴こえる」

 

「ダイナミクスコントロールもしっかりしてるつもりなんすけど…」

 

「もっと体を使って激しく叩く事を意識してみろ。もう1段階お前の演奏がバンドの雰囲気を良くするだろう」

 

「体を使って…激しく…か…」

 

「FABULOUS PERFUMEのナギ」

 

「は、はい!」

 

「お前の技術は高い。だが、まわりに合わせに行き過ぎだな」

 

「……」

 

「もっと自由にやりたいように演奏してみろ。お前の持ち味をドンドン前に出していくつもりでな」

 

「自由に……私の持ち味を…」

 

「evokeの折原 結弦に伝えておけ。

お前は技術が高いだけで走りすぎだ。

もっと対バンやデュエルの経験を積んで、まわりの演奏を見て俺に挑んで来いとな…。心が折れてなければだがな…」

 

お父さん…何でみんなに…アドバイスなんて…。

 

「トシキ」

 

「俺にもアドバイスですか?

雨宮さん…何を考えてるんです?」

 

「……海原(かいばら)が日本に戻って来るぞ。タカに伝えておけ」

 

海原?誰?

 

「か、海原が…!?」

 

足立(あだち)も15年経った今更また暗躍しているらしい。手塚(てづか)さんも動いているという噂も聞いた」

 

「足立はともかく…手塚さんは…。

ま、まさか雨宮さんの所属してる事務所って…」

 

「クリムゾンエンターテイメントだ」

 

「な!?何で!?寄りによって…!」

 

クリムゾンエンターテイメント。

クリムゾンミュージックのグループ会社の1つ。お父さんの所属してる事務所だ。

 

トシキさんは何でクリムゾンエンターテイメントの名前を聞いてそんなに驚いてるの?

クリムゾンエンターテイメントも確かに大きいけど、クリムゾングループには他にも大きい会社はあるのに…。

 

「そうだ。それより志保」

 

「な、何よ」

 

「先日俺は数日間家に帰ってたんだが、お前何日も帰って来なかったな?」

 

「急に父親面?今まで放っといたくせに?」

 

「今どこに住んでいるんだお前」

 

う~ん、ちょっと苛めてみるか。

どんな反応するかも気になるし。

 

「今あたしは彼氏の家に住んでんの」

 

「グハァァァァァ!!!!」

 

お父さん!?

 

お父さんは断末魔をあげながら吹っ飛んでいった。

 

「グ…グハッ…か、彼氏だと!?一緒に住んでいるだと!?」

 

「あ、いつかちゃんとお父さんに挨拶したいって言ってたよ」

 

「あ、挨拶だと…!?ゴ、ゴフゥ」

 

ものすごいダメージ受けてるなぁ。

なんか面白い…。

 

「ゆ、許さんぞ…忌々しいやつめ…!どこのどいつだ!?」

 

「お父さんも知ってるでしょ?貴だよ。葉川 貴」

 

「グハッ!」

 

そうしてお父さんは倒れた。

 

「あたしは倒した…お父さんを…雨宮 大志を…」

 

「いやいやいや、志保ちゃん!それはまずいよ!?貴くん捕まっちゃう…!」

 

「え?貴さんって雨宮と付き合ってんのか?」

 

「いや、茅野先輩も松岡さんも…これ雨宮さんの冗談だから…」

 

「志保ちゃん、さすがにはーちゃんと暮らしてるってのは無理があるよ…」

 

「な、なんだ…冗談か…。川の向こうで母さんが手招きしてるもんだから泳いで渡るところだった…」

 

あ、そんなにショックだったんだ?

へぇ~、何だかんだと娘として心配はしてくれてるんだ?

 

「ふぅ…ま、こんな形で倒したいわけじゃないしね…」

 

「志保…音楽で勝てないからと精神攻撃にもってくるとは…さすが母さんの娘だな…」

 

え?お母さんもこんな感じだったの?

 

「志保ちゃんは香保さんにほんと似てるよね…」

 

あたし…お母さんに似てるんだ…。

ちょっと嬉しいけど、ちょっと複雑かな?

あたしのお母さんのイメージって清楚で大人しい感じのイメージだったのに…。

 

「あたしは今はうちのボーカル渚と住んでるの。だから安心していいよ」

 

「水瀬 渚か…。良かった…タカにお義父さんと呼ばれるような事にならなくて…」

 

そう言って立ち上がったお父さんは、あたし達の方を見て『さらばだ』とかっこつけて帰っていった。

 

ずっとシリアスだったのに、まさかこんなオチになるなんてね…。

 

 

「さて、俺達も今度こそ本当に帰ろうか。疲れちゃったね」

 

「折原さん…大丈夫かな?」

 

「……」

 

「ずっとこんな感じだね…」

 

「取り合えず今はソッとしとくか」

 

そうだね。今はソッとしてた方がいいかな。

 

「あ、そだ。トシキさんのギター凄かったよね。さすがって感じ。

トシキさんももう一度バンドやってみたら?」

 

「あはは、さすがに無理だよ。今日もいっぱいいっぱいだったよ」

 

あたし達は他愛のない話をしながら民宿に戻った。

今日は本当に色々とあった1日だったなぁ。

 

あたしはトシキさんの運転する車の中でもずっとお母さんのギターを抱き抱えていた。



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第7話 青い涙

「南の島だよ南国だよ!!」

 

「あはは、結衣は相変わらず元気だね~」

 

「あたしはお腹空いた~。何か食べたい~」

 

「晴香さんが来るまでもうちょっとかな?盛夏、クッキー食べる?」

 

「食べる~」

 

「あ、盛夏さん、私キャンディなら持ってますよ?食べます?」

 

「食べる~」

 

「待ち合わせ場所ってここで合ってんだよな…?」

 

私の名前は夏野 結衣。

Canoro Feliceのギター&コーラス担当だよ。

 

私達はライブハウス『ファントム』のみんなで南の島まで来ているんだ~。

 

何でかというと明日開催される南国DEギグってイベントを観る為なんだよ。

そして今日は自由時間!

 

大きなギグイベントを観るのも楽しみだけど、姫咲の話だと私達の泊まるホテルのまわりには綺麗な景色の見れる所がいっぱいって話だからね。

そこを見て回って写真をいっぱい撮るのも楽しみだなぁ~。

 

「盛夏さんもお腹空いてるなら、奈緒さん達は先に行ってもらってもいいっスよ?結衣さん達にはオレがついてますんで」

 

「あはは、ちゃんとお姉ちゃん達が晴香さんが来るまでしっかり保護者するからね」

 

「保護者って…」

 

私達の南のホテルに泊まるメンバーは、

Ailes Flammeのギター担当の秦野っちこと秦野 亮くん。

Blaze Futureのギター担当の奈緒ちんこと佐倉 奈緒ちゃん。

Blaze Futureのベース担当のせいちゃんこと蓮見 盛夏ちゃん。

Divalのドラム担当の香菜ぽんこと雪村 香菜ちゃん。

gamutのキーボード担当のまいまいこと藤川 麻衣ちゃん。

そして私の6人。

 

私とまいまいは綺麗な景色の見える所をまわって写真をいっぱい撮りたい派だったんだけど、せいちゃんと香菜ぽんは食べ歩きしたい派なんだよね。

 

それでどうするか?って昨日の部屋割りの時に話してたんだけど…。

 

 

---------------------------------

 

 

『おっすー!あたしがこの南グループの美人引率者こと東山 晴香だよ。

はじめましての子もいるけどよろしくね!』

 

『晴香さん、明日はよろしくお願いしますね』

 

『奈緒と盛夏と香菜もいるからあたしは楽出来そうかな~。あ、みんなは明日行きたい所とかあるの?』

 

『はいはーい!私は景色の写真いっぱい撮りたいでーす!』

 

『私も結衣さんと一緒で、色んな写真撮りたいです!gamutのSNSに色んな写真をアップしたくて!』

 

『は~い!あたしは食べ歩きしたいで~す』

 

『景色の綺麗な写真もいいかな~って思うけど、あたしも盛夏と一緒で食べ歩きがいいかな~?って。

せっかくの南の島だし、ザ・南国って食べ物食べたいんだよね~』

 

『そんな訳で…、結衣ちゃんと麻衣ちゃんが観光で、盛夏と香菜が食べ歩きって感じで意見が分かれてまして…』

 

『ありゃ~?そうなんだ?奈緒と…秦野くんだっけ?はどっちに行きたいの?』

 

『私はどっちでもって感じですかね~?

どっちでも楽しそうですし』

 

『オレもどっちでもって感じです。女子の行きたい所でいいっスよ』

 

『うんうん、なるほどなるほど。

だったらどうしようかな…どうすればあたしは楽が出来るか…うぅむ…』

 

『あの、晴香さん?』

 

『よし!決めた!奈緒!』

 

『は、はい?』

 

『あんたを南グループB班の隊長に任命する!』

 

『はい?班なのに隊長なんですか?』

 

『ユイユイちゃんと藤川さんと秦野くんはあたしと同じA班として写真撮りまくりツアーに行こう!

そして盛夏と香菜は奈緒に引率してもらって食べ歩きツアーだ!

これでみんなの希望は叶っちゃうね!うん!』

 

『お~、さすが晴香さん』

 

『わ、私が盛夏と香菜の引率ですか…?』

 

『そ、奈緒と盛夏と香菜は成人してるしそんなに心配もいらないでしょ。

あたしは未成年組って事でユイユイと藤川さんと秦野くんを引率するよ』

 

 

---------------------------------

 

 

そんな事になって私達は今晴香さんを待ってるとこなんだよね。

それにしても遅いなぁ…。

 

「奈緒~、クッキーなくなっちゃった」

 

「え?もう全部食べたの?これから食べ歩きだよ?」

 

「それにしても晴香さん遅いですね…」

 

「ほんとだよね。何やってるんだろ?」

 

「あの、結衣さん、待ち合わせの場所って本当にここで合ってるんスか?」

 

「ムッ!秦野っちは私の事を信用してないのかな!?」

 

「い、いや、そんな訳じゃないっスけど…」

 

「ほら!晴香さんからもらったメール!ここでしょ!?」

 

「あの…そのメールの場所が待ち合わせ場所ならここじゃないっスよ?」

 

「……え?」

 

私達は走った。

晴香さんとの待ち合わせ場所に…。

えぇぇぇぇ…?このメールの場所ってここじゃないの…?

 

「はぁ…はぁ……こ、ここ…かな?」

 

「あ、晴香さん居たよ…はぁ…はぁ…」

 

「はぁ…はぁ…お腹空いたぁ~」

 

「うぅ…み、みんなごめんね…」

 

私達が晴香さんの元に駆けつけた時、晴香さんは泣きながら待っていてくれていた。本当にごめんなさい…。

 

 

「ま、みんな無事で良かったよ。じゃああたし達は行こうか。

奈緒、ちゃんとそっちの引率任せたよ」

 

「はい、まぁ適当に…」

 

「知らないおじさんに着いていっちゃダメだよ?事故とか怪我とかしないように」

 

「もう子供じゃないんですし大丈夫ですよ」

 

「何かあったらタカからHなお仕置きされるからね?気を付けるんだよ?」

 

「た…貴からHなお仕置きって…考えただけでもおぞましいので、ちゃんと気を付けますから安心して下さい」

 

「晴香さ~ん、それじゃ奈緒にはお仕置きにならないよ~。ご褒美になっちゃう」

 

「な、何言ってんの盛夏は!!?」

 

「あはは、盛夏も香菜もちゃんと気を付けるんだよ?さ、あたし達は行こうか」

 

そうして私達と奈緒ちん達は分かれた。

私ももう失敗しないようにしなくちゃ…。

 

 

「この階段…何段あるの……き、きつい」

 

「藤川さん頑張れ。まだ若いんだしさ」

 

「ほ、本当にこの先なんスか?」

 

「わ、私も結構キツイかも…」

 

私達は奈緒ちん達と分かれた後、バスに乗って少し離れた…山?なのかな?

そこまでやって来た。

 

晴香さんの話だとこの山を上った所に絶景ポイントがあるらしいけど…。

どこまで登るんだろう…。

 

「ほら、もうゴールが見えてきたよ」

 

晴香さんのその言葉で私とまいまいは元気を取り戻してダッシュで階段を駆け登った。

 

「うわぁ……すごい…!」

 

私はその光景を見て驚いた。

山の上の方だから海が見えるとか町並みの景色が綺麗な所を想像してたけど、ここは一面緑で木の間から入ってくる日射しがすごく幻想的な場所だった。

 

「ゆ、結衣さん!ボーっとしてる場合じゃないですよ!写真!写真撮らないと!」

 

「う、うん!そうだね!」

 

SNSに写真をアップする為に、色んな綺麗な景色を見て回りたかったからスマホしか持ってきてないけど、せっかくだからデジカメも持って来たら良かったなぁ…。

 

「うおっ!ほ、本当にすごいっスね、ここ。オレも写真撮っておくか」

 

「苦労して登った甲斐があったっしょ?

もう少し奥に行ったら滝もあるよ」

 

滝!?

 

「結衣さん!」

 

「うん!まいまい!行こう!」

 

私達は奥の方に向かってダッシュした。

 

「あはは、あの子ら元気だなぁ。またあの階段を下りなきゃいけないってわかってんのかな…」

 

「あの…晴香さん」

 

「ん?何?」

 

「いえ…何でもないっス。オレらも滝の方に行きましょうか」

 

「そだね。走って転ばれて怪我でもされたらタカと英治にグチグチ言われそうだし」

 

 

私達はその後も色んな場所に連れて行ってもらって写真を撮りまくった。

すごいなぁ。こんな景色が綺麗な所がいっぱいいっぱいあるんだね。

 

「ここで最後だよ。はぁ~、楽出来ると思ったけど結構歩き回ったよね…。おばさんはクタクタだわ…」

 

「ねぇ、晴香さん。ここが最後ってどこが絶景ポイントなの?」

 

私達は最初に待ち合わせをした場所に戻ってきていた。

もう少ししたら奈緒ちん達と合流して晩御飯だ。なんか時間が経つのってあっという間だなぁ。

 

「時間的にはもう少しかな。ここから見える夕焼けが最高なんだって」

 

夕焼けかぁ…。うん!いいね!

夕焼けって好きなんだよね~。

昔、Blue Tearの時に練習の後とかみんなで事務所の屋上から夕焼けを見たりしてたっけ…。

 

Blue Tearの事務所が潰れちゃって、みんなバラバラになっちゃったけど元気にしてるかな?

TVで見かけるのって目久美ちゃんくらいだもんなぁ。舞台で頑張ってる子もいるけど…。

優香も架純も瑞穂も今はどこで何をしてるんだろう?

 

……あれ?私何で今頃Blue Tearの事を思い出したんだろ?夕焼けってだけで…。

 

「結衣さん!」

 

「わ、え?まいまい?何?」

 

「どうしたんですか?ボーっとして」

 

「あはは、ご、ごめんね。ちょっと考え事してて。それでどうしたの?」

 

「見て下さいよ!あそこ!観覧車!

観覧車の上から写真撮ったらすっごく綺麗だと思いませんか?」

 

「おお!ナイスアイデアだね!」

 

「あはは、いいよ。もう少し時間はあるし。行っておいで。

あたしは下で待ってるよ」

 

「オレも待ってます。2人で行って来て下さい」

 

私達は観覧車の下まで行きチケットを2枚買って観覧車に乗った。

やっぱり頂上で写真撮りたいよね!

 

 

---------------------------------

 

 

「あ、秦野くん、あたしそこのコンビニでタバコ吸ってくんね」

 

「オレも付き合いますよ」

 

「あ?吸わせないよ未成年」

 

「タバコは吸わないっスよ。コンビニ前まで晴香さんに付き合うって事っス」

 

「あはは、そっか。

………う~、久しぶりのヤニだぁ」

 

「そういや今日は吸ってなかったっスね」

 

「ん~?まぁ、未成年ばっかの前でバカバカ吸うのもね…。それで?」

 

「それで?とは?」

 

「あたしに何か聞きたい事あんじゃないの?昼間も何度かそんな感じしてたし」

 

「聞きたい事…か…」

 

「あ、あたし一応旦那も子供もいるからね?」

 

「何を言ってんスか…?

何でオレもA班にしたんスか?」

 

「それが聞きたい事?」

 

「……逆に晴香さんがオレに聞きたい事があるからオレをA班にしたんじゃないですか?

それがオレの聞きたい事っス」

 

「なるほどね」

 

「観覧車もしばらくは帰ってきませんし、いいスよ何でも聞いてくれても。

あ、オレ、一応好きな子いますんで」

 

「あはは、そっかぁ。せっかくだから聞かせてもらおうかな」

 

「はい。何スか?」

 

「志保から秦野くんのご両親もクリムゾンと戦ってたって、Artemisの矢だったって聞いてる。

あたしもArtemisの矢の事はよく知ってるんだ」

 

「雨宮から?ええ、まぁ、親父もお袋もArtemisの矢だったらしいですよ」

 

「………あたしは秦野なんて知らない。

あんたのご両親本当にArtemisの矢だったの?」

 

「そんな事っスか…」

 

「まぁ確かにそんな事なのかも知れない。あたしもArtemisの矢の全てを知ってるわけじゃないしね。最後ら辺は兄貴達すら知らないバンドもArtemisの矢を語ってたみたいだし」

 

「渉も知らないし、貴さんにしか話してないんスけど…」

 

「うん?」

 

「オレの秦野って苗字は母親の姓なんスよ。クリムゾンの目から逃れる為に父親の姓から母親の姓を名乗る事にしたんス」

 

「あ……そっか、そうだったんだ…。

なんかごめん……」

 

「別に晴香さんが謝るような事じゃないでしょ。オレももちろん親父達も全然気にしてませんし」

 

「うん…でも、Artemisの矢は兄貴が作ったグループだからさ…」

 

「関係ないっスよ。本当に。

親父達はBREEZEが解散した後もArtemisの矢が無くなってからもバンドを続けてましたから。だからクリムゾンに目をつけられたんだと思いますし」

 

「そ、それなら尚更さ…!」

 

「BREEZEが解散したのもArtemisの矢が無くなった事もタカさんや晴香さんのお兄さんのせいじゃない。そしてその後もクリムゾンと戦ってたのは親父達の責任です。親父達もそう思ってますよ」

 

「ちょ…!ちょっと待って!BREEZEが解散した後もクリムゾングループと戦ってた!?

も、もしかして秦野くんのご両親って…」

 

「浅井っていうんスよ。オレの親父の名前」

 

「ええええええ!?あ、浅井さんのお子さんが秦野くんなの…!?」

 

「ははは、貴さんもすごく驚いてましたよ。

Ailes Flammeって実はオレが浅井で、シフォンが井上、拓実が内山で渉が江口。

苗字の頭があ、い、う、えって続いてんスよ。面白いでしょ?」

 

「ほ、本当にびっくりした…。今はお二人共元気なんだね?」

 

「ええ、うるさいくらいに元気っスよ。

………お、そろそろ結衣さん達戻ってきますね。行きましょうか」

 

「良かった…。浅井さん達……元気なんだ」

 

 

---------------------------------

 

 

「たっだいま~!」

 

「秦野さん、晴香さん!見て下さいよ写真!すっごく最高の景色でしたよ!

………あれ?晴香さん泣いてます?」

 

「あはは、いや、2人が観覧車乗ってる間にって思ってタバコ吸ってたら煙が目に入っちゃって…あはは」

 

タバコの煙かぁ。

でも晴香さん…なんか嬉しそう。

久しぶりにタバコ吸えたのが嬉しかったのかな?

 

「あ、そだ。あんた達。もうすぐ夕焼けの時間だよ。急がないと」

 

「わぁぁぁ、ほんとだ!まいまい!急ごう!」

 

「は、はい!せっかくですもんね!

最後の絶景ポイントでもしっかり写真撮りたいですよね!」

 

やばいやばい!

観覧車からの景色も最高だったけど、夕焼けの綺麗な写真も撮りたいもんね!

 

私達がさっきの夕焼けの場所に戻ろうとした時だった。

 

「久しぶり、結衣」

 

え?誰?

夕日が逆光になって顔がわからないよ?

 

「え?誰?」

 

そしてその人影は私を誘うように路地裏へと消えて行った。

誰だかわからないけど…追わなきゃ。

 

「晴香さん、まいまい、秦野っち。

ごめん、私行ってくる」

 

「え?」

 

私はその人影を走って追い掛けた。

 

「ゆ、ユイユイ!どこ行くの!?

秦野くん、ごめん。あたしはユイユイを追い掛ける!藤川さんの事頼んだ!」

 

「は、はい!」

 

えっと…どっちに行ったんだろう?

こっちかな…?

 

あ、いた。

 

私はその後ろ姿を見て誰だかやっとわかった。

 

「架純…?」

 

「久しぶりだね。結衣」

 

そう言って振り向いた人は間違いなく、Blue Tearのセンター3人組のひとり。

御堂 架純(みどう かすみ)だった。

 

すごいすごい!

こんな所で架純に会えるなんて!

 

「うわぁー!久しぶりだね!架純!」

 

「結衣はいつも元気だね」

 

「あはは、私って元気だけが取り柄だからね」

 

どうしたんだろう?

なんか架純の声が変…?風邪かな?

 

「あ、居た!ちょっとユイユイ勝手にさ…」

 

「あ、晴香さん、ごめん…」

 

「誰?友達?」

 

「うん、Blue Tearの時の友達だよ」

 

「友達…ね。友達だった。が正しいんじゃない?」

 

え?架純?

まぁ、今はBlue Tearもないわけだし、今はお互いに連絡も取ってないけど…。

 

「結衣はいいね。楽しんで音楽がやれて」

 

え?え?え?

どういう事?私の事知ってくれてる?

 

「あはは、うん、メジャーではないし、まだまだ下手っぴだけどね。バンド…楽しくやってるよ」

 

「羨ましい…」

 

羨ましい…?

 

「そ、それよりさ?架純は今はどうしてんの?優香や瑞穂も一緒にどこかの事務所に行ったんだよね?」

 

「あんた…私達……が…ゴホッ、ゴホッ」

 

「わ!?大丈夫?声も少し変だしさ?風邪?」

 

「少し…変…?これが少しだって言うの?」

 

「え?」

 

そして架純は私の近くに寄って来て、私の胸倉を掴んで壁に押し付けできた。

 

「ちょっ、あんた何やって…!」

 

「か…架純…?」

 

な、何で…?どうしちゃったの架純…。

 

「私達の…紹介された事務所はクリムゾンエンターテイメント…クリムゾングループの事務所よ」

 

クリムゾン…?クリムゾングループの事務所…?

 

「あんた…クリムゾングループの人間なの…?」

 

「元…ね…」

 

元?

 

「…!取り合えずその手を離しな!」

 

晴香さんのそのひと言で架純は手を離してくれた…。

どういう事なの?さっぱりわからないよ…。

 

「ごめん…結衣。あんたには何の責任もないのにね…ただの妬み…ごめん…」

 

「架純…。う、うん、全然いいよ。

それより…どうしたの?どういう事なの?」

 

「私達は……Blue Tearの事務所が潰れた後、クリムゾングループの事務所に紹介された。私達の事務所を潰したクリムゾングループの事務所にね…」

 

私と晴香さんは架純の話を黙って聞いた。

 

「クリムゾンの事務所の練習はキツかった。朝から晩まで歌の練習。

事務所のスタッフがOKを出すまでずっと歌い続けていた。

訳わかんかったよ…。私も優香も瑞穂もちゃんと歌えてた。歌えてたのに…」

 

朝から晩までって…そんなに歌い続けてたら…。

 

「それだけじゃない。私達は楽器の練習もしなきゃいけない。バンドを組む為にね。

私と優香はギター。瑞穂はベース。

寝る間も惜しんで練習したよ。早くデビューしたい。早くキラキラ輝くようなライブをやりたいって一心で」

 

架純…優香…瑞穂…大変だったんだね…。

 

「そしてまず瑞穂が壊れた」

 

壊れた!?

 

「え…?瑞穂…どうしたの…?」

 

「ストレスと過労。それで瑞穂は倒れて精神的に傷を負った。今も病院で入院してる」

 

「そんな…瑞穂……グスッ」

 

「私と優香は瑞穂の分も頑張ろうって…。私達はデビューしようってお互いに励まし合って練習をしていた。

けど…そんなハードな練習に耐えられる訳ないよね。優香も私も喉を壊した。もう昔のような声は出せなくなった」

 

「そんな…そんなのって…」

 

「優香は私よりもっと酷い。声がほとんど出せなくなった。

そして私と優香は商品価値がないからとクリムゾンをクビになり棄てられた」

 

何で…どうして架純達がそんな目に…。

クリムゾン…酷い事をいっぱいしてるって聞いてたけど…ここまでだなんて…。

 

「優香は声が出なくなったから…田舎に帰ったよ。もう…あの子の綺麗な歌声は一生聴けない…」

 

うぅ……優香…

 

「私はその事が許せなくて…あの子達の分も文句を言ってやろうと思って…事務所に乗り込んだ。

ふふふ、その時にね。事務所のスタッフが話してるのを私…聞いちゃったんだ…」

 

 

---------------------------------

 

 

『いやー、あのBlue Tearの事務所から来た3人。壊れてくれて良かったですよね』

 

『ほんとだよな。毎日毎日しごかれて可哀相だったもんな』

 

『でも上も怖いですよね。自分達でBlue Tearの事務所を潰しておいて…。

復讐されるのが怖いからって人気があって歌の上手かったメンバーをクリムゾンに引き抜いて…』

 

『引き抜いておきながらメジャーになられたら復讐されるかもしれないからって壊れるように仕向けたんだもんな』

 

『歌が上手かっただけに怖かったんでしょうね』

 

『まぁ、これであの3人が二度と歌えなくなったんだから上も万々歳だろ』

 

『そうですね。あはははは』

 

 

---------------------------------

 

 

「そんな…そんな事って…酷い…酷すぎるよ……うわぁぁぁん」

 

「クリムゾンのやつら…まだ…そんな事を…!」

 

「私はその話を聞いて…すぐに事務所を飛び出した。私達が何をしたっていうの?

私達はただ好きな歌を歌っていたかっただけ…!それだ……け…ゴホッゴホッ」

 

「架純!」

 

「だ…大丈夫…。大きい声を出そうとするとね…こうなるの…。

だから私は…クリムゾンに復讐する事を心に誓った。クリムゾングループを完全に叩き潰す…」

 

「ふ、復讐って…!」

 

「私はそれから必死でギターを練習した。歌えなくなったからね。

もう私がクリムゾンのミュージシャンと戦うには楽器で戦うしかない…」

 

「悪いことは言わない…辞めときな復讐なんて…」

 

「そ、そうだよ。架純!復讐なんて勿体ないよ!

きっと…きっとね、優香も瑞穂も復讐なんて望んでないよ?ギターも必死に練習したんでしょ?

だったら…もう歌えないかもしれないけど…ギターでバンドをやってさ?キラキラなライブやればいいじゃん?

私も協力するし。優香も瑞穂もその方が…」

 

「結衣は優しいね…。

それもいいかな?って思った事も確かにある。

でもクリムゾンのミュージシャンのライブを見てたらね。やっぱり潰さないといけないと思ったよ」

 

「そんな…」

 

「クリムゾンのミュージシャンが主催のライブに乗り込んではデュエルを挑んで倒す。私はそうやって来た。

でもね。さすがに歌もないギター初心者の私だけで勝ち続ける程クリムゾンは甘くなかった。

順調に勝ち続けてた私も…負けそうになった事があったの。

そんな時にね。私は出会ったの。拓斗さん。宮野 拓斗さんに…」

 

「兄貴に…?ど、どういう事!?」

 

「私がもうダメだと思った時、ステージに上がってきて助けてくれた人。その人が拓斗さん」

 

みやのたくと?

確かたぁくん達のバンドでベースをしていた人?

 

「拓斗さんは凄かった。ベースも歌も…」

 

「歌を!?兄貴が…!?」

 

「私は拓斗さんのおかげでデュエルに勝てた。

そして拓斗さんは私に言ってくれた。お前も来るか?って」

 

「あんた…兄貴と一緒に居るの!?今兄貴は…」

 

「ふふ。私は拓斗さんについていった。そこには私と同じようにクリムゾンを憎む子達がいた。

両親がクリムゾンに壊された子、バンドメンバーをクリムゾンに壊された子…。

そこで私はクリムゾンがどれだけ酷い事を続けてきたのかを聞いた。私は…拓斗さん達とバンドを組む事にした」

 

「兄貴とバンド…?」

 

「私達はお互いに腕を研き、そしてクリムゾンのミュージシャンと戦っていた」

 

そんなの…そんな音楽勿体ないよ…。

 

「兄貴…バカ兄貴…」

 

晴香さん…晴香さんも泣いてる…。

 

「そろそろ…時間も大丈夫かな…?

晴香さん…まだここに居ていいんですか?今頃、拓斗さんは会いに行ってるはずですよ。

佐倉 奈緒と蓮見 盛夏に…」

 

「兄貴が…奈緒と盛夏に…何で…」

 

「拓斗さんの敵はクリムゾンだけじゃない。Blaze Futureも拓斗さんには敵なんですよ」

 

「そんな…ハッ!?

ユイユイ!帰るよ!急がないと!」

 

「え?でも…」

 

「でもじゃない!奈緒と盛夏が危ないの!もしかしたら香菜も!」

 

「え?奈緒ちん達が…?」

 

奈緒ちん達が…危ない…?

訳がわからないよ…色んな事が起こりすぎて…。

私はどうしたら…。

 

「結衣…久しぶりに会えて良かったよ。

私達の為に泣いてくれてありがとう。

まだこんな私を友達と言ってくれて嬉しかった。

………でもごめんね。これは時間稼ぎだったの」

 

「架純……」

 

「ユイユイ早く!」

 

架純も気になるけど…

しっかりしなきゃ。今は奈緒ちん達だ。

危ないなら急いで帰らなきゃ…!

 

「架純!また今度ゆっくり話そう!

ごめんね。私行くね!」

 

「バイバイ、結衣」

 

私は架純と別れて晴香さんと一緒に秦野っちとまいまいの元へと戻った。

 

今すぐ奈緒ちん達と合流する予定の場所に帰ると言う晴香さんの必死さに、秦野っち達は訳もわからずオロオロしていたけど、そのまま何も言わずに帰る事を了解してくれた。

 

まいまいも夕焼けの写真はバッチリ撮れたようだった。

夕焼けの写真…忘れてたよ……。

 

 

 

 

私達が奈緒ちん達との合流場所に着くとそこには奈緒ちんもせいちゃんも香菜ぽんもすでに合流場所で私達を待ってくれていた。

 

みんな居たけど…。

みんな俯いていた…。

 

「奈緒!盛夏!香菜!あんた達大丈夫!?」

 

「あ、晴香さん…」

 

奈緒ちんが私達の方を見た。

奈緒ちん……泣いてる…。

せいちゃんと香菜ぽんは俯いたままだ。

 

「奈緒…兄貴に会ったんだね?」

 

「はい…お会いしました…」

 

「奈緒…泣いてんじゃん。何があったの!?何をされたの!?」

 

「私達…ごめん…な…さい…」

 

「何があったの?何を言われたの?」

 

晴香さんは奈緒ちんに優しく声を掛けたけど、奈緒ちんはそれ以上何も話さなかった。

 

「盛夏?あんたは?大丈夫?」

 

「…」

 

「盛夏…」

 

せいちゃんも何も言わずに俯いている。

みんなに何があったの?

 

「晴香さん…あたし達…」

 

香菜ぽんはドラムスティックを握りしめたまま…震えた声で言った。

 

「デュエルで…負けちゃった…」



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第8話 SCARLET

俺の名前は中原 英治。

BREEZEというバンドでドラムをやっていた。もう15年も前の事だ。

今は昼はカフェ、夜はライブハウスを経営している。

 

自営業ってのはなかなか大変なもので、まとまった休みを取る事が出来ない。

俺には愛する妻も娘もいるが、なかなか家族サービスをしてやる事が出来ていなかった。

 

そんな時に昔馴染のバンドHONEY TIMBREが、南国DEギグという一大ギグイベントで再始動するという事で、ライブハウス『ファントム』のバンドマン達と俺の家族とでこの南の島に遊びに来たのだ。

 

まぁ、バンドマンでも家族でもない奴も連れて来たけどな。

 

南国DEギグは明日開催される。

今日は俺と妻と娘の3人で楽しく家族旅行を楽しんでいるのだ。

 

 

………そうなるはずだった。

 

 

 

--ズバン

 

--ズバン

 

「あはは、初音。いい球投げるようになったね」

 

--ズバン

 

「お母さんこそ!」

 

--ズバン

 

今、愛する妻の三咲と、愛する娘の初音は2人でキャッチボールをしている。

 

何なのあいつらの投げる球の速さと重さ。俺、あいつらの球取れないんだけど?

 

家族仲良くキャッチボールでもしようと提案したのは俺だった。

なのにあいつら手加減してくれないんだもん。

 

あいつらの仲間に入れなかった俺は少し離れた所でキャッチボールを眺めていた。

 

「ま、これはこれでいいけどな…」

 

こうやってのんびり家族3人で旅行なんてほとんどした事なかったしな。

いつもタカやトシキ、まどか、綾乃、香菜、遊太、栞。

あいつらも一緒だったからな。

 

平和だな…。

逆に言うと暇だな…。

 

さっきこうやって家族をのんびり眺めてるのもいいかと思ったがやっぱり暇なもんは暇だな。

 

俺がタバコをくわえて火をつけようとした時だった。

 

「久しぶりだな。英治」

 

名前を呼ばれたもんだから、声のした方に目を向けた。

 

「家族サービス中悪いがちょっと時間あるか?」

 

「今、家族サービス中なんであんまり時間はありませんが……付き合いますよ、手塚さん」

 

そこには15年前、俺達BREEZEが戦っていた相手。

クリムゾングループの会社の1つであるクリムゾンエンターテイメントの大幹部である手塚 智史(てづか さとし)が居た。

 

「悪いな。そんなに時間は取らせねぇ」

 

「本当に悪いと思ってるんですか?呼び出されるなら可愛いお姉ちゃんの方が嬉しいんですけどね」

 

俺は手塚さんに少し待ってて下さいと伝え、三咲と初音の元へと向かった。

 

「あれ?どうしたのお父さん。仲間に入りたくなった?」

 

「いや、さすがにお前らの球は取れねぇよ」

 

「それじゃどうしたの?別の事して遊ぶ?」

 

「三咲、悪いけど昔の知り合いに会ってな。少し話してくっから初音の事頼むわ」

 

「昔の知り合い…?」

 

三咲は俺の来た方向、手塚さんの方を見た。

 

「タカくんとトシキくんに連絡する…?あの人、手塚さんだよね?」

 

「いや、あいつらには連絡しなくていい。ちょっと行って来るから俺の戻りが遅かったらトシキの別荘に戻っててくれ」

 

「手塚さんなら…大丈夫だと思うけど…。

あなた…無茶しないでね?」

 

「おう、大丈夫だ。ちょっと話してくるだけだからな」

 

俺はそう言って初音の頭を撫でた。

 

「じゃ行ってくるな」

 

「お父さん…?」

 

「あなた…行ってらっしゃい」

 

 

 

なんか今生の別れとか俺がやられちゃうようなシーンだな!?

ないよ!そんな事ないない!

 

手塚さんは確かにクリムゾンエンターテイメントの大幹部だ。

クリムゾンエンターテイメントは俺達BREEZEの敵だった。いや、俺達だけじゃない。ArtemisにとってもArtemisの矢にとっても…。

 

だが、手塚さんだけは違った。

……と、俺は今でも思っている。

 

パーフェクトスコアで音楽の世界を支配しようとしているクリムゾンミュージックの皇紅蓮。

そのクリムゾンミュージックに属する音楽事務所や会社を総じてクリムゾングループと呼ばれている。

 

そのグループ会社の1つ。

クリムゾンエンターテイメントはクリムゾンミュージックに属する音楽会社でありながらパーフェクトスコアにそれほど心酔している訳ではなかった。

 

クリムゾンエンターテイメントの創始者である海原 神人(かいばら きみひと)

名前の通りまさに人の神になろうとしたおっさん。生きてたらもうじいさんか?

 

あいつは皇紅蓮のパーフェクトスコアを凌駕するスコアを…。

究極の楽譜(アルティメットスコア)を作ろうとしていた。

 

何の為にパーフェクトスコアを凌駕するスコアを作ろうとしていたのか…。

直接対峙した事のあるBREEZE(おれたち)でもわからなかった。

 

 

海原の率いるクリムゾンエンターテイメントは単純な組織だった。

クリムゾンエンターテイメントは4つの部隊構成で成り立っていた。

 

海原に心酔してアルティメットスコアの研究に没頭していた九頭竜 霧斗(くずりゅう きりと)

 

皇紅蓮からパーフェクトスコアを、海原からアルティメットスコアを奪い最強のバンド軍団を作ろうとした野心家のニ胴 政英(にどう まさひで)

 

音楽を争いの道具としか見ず、デュエルギグによる混沌と無秩序の世界を作ろうとした最凶最悪のクソ野郎足立 秀貴(あだち ひでき)

 

そして、自由がなくともバンドマンに音楽が出来る世界を作ろうとした手塚さん。

 

この人はクリムゾンの自由がない音楽でも、音楽を好きなバンドマンには音楽が出来るようにとクリムゾンエンターテイメントに勧誘し、自分の直属のバンドマンとして音楽をやれるようにしてくれていた。

 

だけど俺達との戦いの中でその考えを変えて俺達に味方するような形になって…。

この人の助けもあったおかげか、俺達は多大な犠牲を出した末に足立を倒し、九頭竜とニ胴を退ける事が出来た。

だが、ギタリストだったこの人も最後には二度とギターを弾けない腕になった。

 

手塚さんと足立を失ったクリムゾンエンターテイメントは、まさに手足をもがれたようなもので一気に勢力が減退。

海原も海外に渡り、クリムゾンエンターテイメントは小さい音楽事務所と成り下がった。

その後も九頭竜とニ胴は何かともがいてたみたいだけどな。

 

そしてドリーミンギグが開催され、

アーヴァルのユーゼスがあんな事になり、ダンテはどこかに幽閉された。

 

それから…15年だ。

 

まぁ、ここら辺はいつか外伝的な時にタカあたりが語ってくれるかもな。

 

「手塚さん、どこまで行くんですか?」

 

「そうだな。この辺りでなら人も通らないだろうしいいか」

 

「こんな所に俺を連れて来てどうしようっていうんです?まさか15年前の事を恨んで俺をここで倒すつもりですか?」

 

「もしそうだったらどうする?」

 

「…もう…左腕は大丈夫なんですか?」

 

手塚さんはポケットにつっこんだままだった左手を動かしてみせた。

 

「俺はスーパーでスペシャルな人間だからな。何とか日常生活は困らない程度には動かせるようになったさ。

だが、ギターはもう無理だろうな」

 

「そうですか…」

 

「それよりもだ英治」

 

「何ですか?」

 

「俺からのプレゼントは気に入ってくれたか?」

 

手塚さんからのプレゼント…?

 

そうか…。

やっぱり南国DEギグのチケットはHONEY TIMBREの奴らからじゃなくて…。

タカの嫌な予感が当たっちまったわけか。

 

「ええ、おかげさまで。

うちでライブをやってくれてる若い奴らに南国DEギグを見せてやれますし、俺も家族サービスをしてやる事も出来た。

まぁ、その家族サービスは今あんたに邪魔されてますけどね」

 

「そうか」

 

さてどうする?

手塚さんの企みは何だ…?

参ったなぁ。こんな事はタカとトシキの分野なんだけどなぁ。

 

「安心しろ。俺はもうクリムゾンエンターテイメントに属していない。

もちろんクリムゾングループにもな。

むしろクリムゾンからは追われる身だ」

 

クリムゾンから追われる身?

確かにこの人は大幹部だった。15年前の事もある。

 

クリムゾンからしてみれば裏切り者だ。

あの時はまだクリムゾンエンターテイメントの人間だったから助かってたのかも知れないが、今はクリムゾングループのどこにも属してないのなら追われてるってのもわからなくもない。

 

だが、今になって俺…いや、俺達に接触して来た理由は何だ?

 

タカがまた歌い出した…?

いや、それならタイミング的にはと思うが決定的な理由とは思えない。

手塚さんだってタカの喉の事は知っているはずだ。

 

 

……わからん。助けてタカ!

 

 

「何で今頃になって俺がお前の前に現れたのかわからない。助けてタカって顔をしているな」

 

「何ですか?しばらく見ない間にエスパーにでもなったんですか?」

 

「単刀直入に言おう。英治、反クリムゾングループ『SCARLET』を知っているな?」

 

「反クリムゾングループ『SCARLET』!?」

 

「まぁ、お前もライブハウスの経営者だ。知らないわけがないか」

 

「………すみません。知りません」

 

「ズコー!」

 

ズコー!って言いながら手塚さんはずっこけた。リアクションが古いな…。

 

「お、お前!一応ライブハウスの経営者だろ!?しかも15年前はクリムゾングループと戦ってたバンドマンだろ!」

 

そう言われても知らないもんは知らないしなぁ…。タカとトシキにも知っているか聞いてみるか。

 

「まぁ、名前からして反クリムゾングループって謳ってるわけですから、クリムゾングループに反抗してるグループってくらいならわかりますよ」

 

「チッ、いちいち説明すんのもめんどくせぇな。まぁそんな感じだ。適当に解釈してろ」

 

「で?そのSCARLETってのがどうしたんです?」

 

「そのSCARLETが今後は大々的に会社として、音楽事務所として動き出す。

とは言えまだバンド自体は1バンドしかいないんだがな」

 

「それが俺と何の関係が?」

 

「黙って聞け。

お前のファントム。そのSCARLETに所属する気はないか?」

 

は?何言ってんだこの人…。

 

「もちろん名前はファントムのままでいい。SCARLETをバックに付けてスポンサーとして扱えばいい。

ようはお前のファントムを音楽事務所として旗揚げし、Blaze FutureやDival、evokeやFABULOUS PERFUMEをお前の事務所のバンドマンとしてデビューさせるんだ」

 

「なるほど……そうきましたか…」

 

「お前らはお前らで楽しいバンド活動をやってりゃいい。SCARLETはその辺は口出ししたりしねぇ。

だが、もちろんそうなるとクリムゾングループが黙っていないだろう。そんな時の為のバックボーンのSCARLETだ」

 

意外な展開だな。

SCARLETってのがどんな組織なのかは知らないが、俺達は俺達でやれるってんならその辺は気にしなくていいのか?

 

………いやいやいや!

あいつらをデビューさせるって何だよ!

そんなバカな事出来るわけねぇだろ!!

 

「もうわかってるとは思うが俺は今SCARLETに所属している。まぁ、ディレクターみたいなもんだな。

お前らがライブをやりたいならSCARLETは出資もする。どうだ?悪い話じゃねぇだろ」

 

確かに悪い話じゃない気もするけど根本的な問題だ。あいつらをデビューさせる気もねぇし、あいつらもデビューする気もねぇだろ。

evokeとCanoro Feliceならデビューも考えもするとは思うが…。

 

「手塚さん…悪いですけど…」

 

「デビューってのは形だけでもいいぞ?デビューしたいバンドだけデビューするってのもいいな。他のバンドマンはアマチュアじゃなくインディーズって事にするのもいい」

 

なぁ!?なんだ…と…。

 

「ようはお前らファントムのバンドマンにはSCARLETが後ろについている。

その事をクリムゾングループに見せつける為だけの思索だ。その方がお前らも自由に音楽をやりやすいだろ?」

 

もうわけわかんねぇ…。

三咲にタカを呼んでもらえば良かったか…。

てか、何で手塚さんもそんな話を俺にするんだよ…そういうのはタカに言えよ。

あ、ファントムの経営者は俺だからか…。

 

タカならどうする…。こんな時あいつなら…。

 

「うちの出資者の1つには秋月グループもいる。スポンサーに困るような事もねぇ。何を悩む英治!」

 

秋月グループも…?

そもそもSCARLETって何だ…?

 

 

話を纏めると、SCARLETには秋月グループという巨大なスポンサーがついている。

俺達ファントムのバンドマンは自由に楽しい音楽のバンド活動を続ける。

 

そうするとクリムゾングループに目をつけられるバンドも出てくるだろう。

 

そうなった時の為にファントムをSCARLETの所属にして、ファントムでライブをやるバンドマン達の音楽の邪魔をさせないようにする?

 

つまりそういう事か?

いや、クリムゾングループがそれで黙ってるような奴らなら15年前に俺らあんな苦労してねーよ。

 

 

「うまい話過ぎるでしょ?

裏は何です?俺達に出資をするようなメリットがSCARLETにあるんですか?」

 

「そうだな。そこも説明しないとイエスとは言えないか…。

まず俺達SCARLETのうまみとしては、今はまだ企業としては名前が売れてないから規模が小さい。

お前らをうしろだてしておけば、お前らがライブや活動をしてくれる事でSCARLETの名前も広がる。俺達にはさっきも言ったがバンドは1バンドしかいないからな。お前らに広告塔になってもらう」

 

名前の売り込み…それが目的なら別に俺らじゃなくても…。

 

「そして2つめ。お前らは既にクリムゾングループに目をつけられている。

協力しあってクリムゾンを撃退する戦力としてもお前らが欲しい」

 

あいつらをそんなつまんねぇ音楽に巻き込めって言うのか…?

ふざけ……

 

「既に目をつけられていると言っただろう?巻き込むとかじゃない。

お前らはもう渦中に居るんだ」

 

手塚さん…本当にエスパーかよ…。

 

「そして3つ目。お前らに投資すると言ってももちろんタダってわけじゃない。

かと言って金を取るわけでもない。ここはビジネスだ」

 

ビジネス…?

まずい。これは本当にまずい。

俺では恐らくわからないだろう。

三咲か初音が居ないと俺にはどうこう出来ないぞ……。

 

「SCARLETの会社の中にはグッズを作る部署がある。お前らファントムのバンドのグッズはそこで作らせてもらう」

 

グッズを…?まぁ、それは俺らどうこうよりバンドマン達次第だわな…。

 

「その他にも派遣業務もあるからな。

お前らのライブの時に人手が居るような時はそいつらを使ってもらいたい。

そいつらの給料はこっちで持つが、スタッフジャンパーとしてSCARLETの社名の入ったジャンパーを着て作業をしてもらう。まぁ、これも広告塔扱いだな」

 

給料をそっちで出してくれるなら俺ら的にはありがたい話か。

別にSCARLETの社名の入ったジャンパーくらい着て作業をしてもらうのも構わないしな…。

 

「そしてライブの収益はもちろんお前のもんだが、うちにはネットテレビをやる予定もあってな。ファントムのバンドの冠番組とかも作りたい。もちろんその番組での収益はこっちが貰う」

 

あ、それなら渚ちゃんや奈緒ちゃんや盛夏ちゃんなら喜んでやるんじゃないか?

ネット番組やりたいとか前に話してたしな…。

 

「後はファントム以外での……ライブとは別のイベントだな。そういうのも増やしてやっていきたいと思っている。つまり、そこでお前らに協力してもらう事でうちにも利益があるわけだ。

ROASとか考え出すと……」

 

え?待ってこの人何を言ってるの?

ろあす?何それ?

あ、あかん。こういうのは三咲と初音にお願いします。

 

「……という事だ。納得いったか?」

 

ごめんなさい。途中からさっぱりわかりません。

 

「つまりこれはSCARLETにとってもビジネスでもある。これがお前らに持ち掛けた理由だ」

 

「何で俺達に?もっと大きいライブハウスやスポンサーを欲しがってる事務所もあるでしょう?」

 

「ビジネス面に関しては俺とうちのボスがお前らなら信頼出来ると思ったのと、FABULOUS PERFUMEやDival、Canoro Feliceとタカ以外のBlaze Futureなら大衆に売れると思ったからだ」

 

ボス…?

SCARLETのボスも俺達を知っているのか?

てか、タカは売れると思われてないのか…。まぁ、あいつは歌以外ダメだもんな。

 

「戦力としてはダンテにも持ち掛けたんだけどな。断られちまった。

まぁ、あいつはクリムゾンミュージックしか見えてないかも知れないしな」

 

ダンテ…?幽閉されてたんじゃないのか…?マスターやラモさん達か…?

 

「どうだ?こっちに来ないか?」

 

こんな事俺一人で決めれるわけねぇだろ…。アホか…。

まぁ、俺がやるって言っても、バンドの奴らが断ればそれでいいのか…。

 

「俺がはいと言っても、どのバンドもついてこないかも知れませんよ?」

 

「それも想定内ではある。その時はその時だ」

 

さて、本気で考えないとな…。

 

今すぐ返事なんか出来るわけねぇだろ…。

 

 

 

「……英治」

 

「はい?何ですか…?」

 

「……俺がこのタイミングでお前らに声をかけたのにはまだ理由がある。それも話しておく」

 

他の理由…?

 

「Blaze FutureもDivalもライブはまだ1度しかしていない。

Ailes Flammeも前座をしただけだし、Canoro Feliceもゲスト参加しただけだ。

だから本来ならもう少し経験を積んでからお前に話を持ち掛けるつもりだった」

 

……やっぱりタカが活動を再開したからって訳じゃなかったか。

 

「海原が日本に帰ってくる」

 

「海原が!?」

 

「クリムゾンミュージックが日本に再侵攻してくるからだろう。あいつもまた日本で何かするつもりのようだ」

 

海原が帰ってくる…。

またあんなつまんねぇ戦いが日本で起こるのか?

それこそ…あいつらを巻き込みたくねぇ。

そんな戦い知らない世界で音楽をやらせてやりてぇ…。

 

でも…もうクリムゾンに目をつけられてるなら無理なのか…?

何でクリムゾンに目をつけられた…?

 

 

……!?

 

 

雨宮 大志の娘である志保と、元charm symphonyの理奈、それと元BREEZEのタカか…!

 

 

「それだけじゃない。

クリムゾンエンターテイメントはこの15年、力を溜めていたんだ。二胴のやつがな。まさに胴体って感じだ。

海原の居なくなったクリムゾンエンターテイメントでバンドを集めてぶくぶく肥え太りやがった。

九頭竜のやつも海原が帰ってくるなら動き出すだろう」

 

二胴も九頭竜も…。

 

「そして最もやっかいなのが…暗躍しているらしい…。BREEZE(タカ)にやられた復讐の為か…決着をつける為か…」

 

「足立か…!?まさか…あいつが…!?」

 

「元仲間だった俺が言うのは何だが……。

足立も二胴も九頭竜も…あいつらは特大のクソだ。どんな手を使ってくるかわかったもんじゃねぇ…」

 

どうする…。俺はどうしたらいい?

タカ…トシキ…拓斗…。

 

「恐らく……いや、確実にクリムゾンと戦う事になればエンカウンターデュエルになる。そうなればチューナーの役割をする人間もいるだろう。チューナーを探し鍛えるのも俺達は協力する」

 

チューナー…。

バンドの演奏する音色が見えて譜面を可視化出来て正しいリズムを刻める人物…。

クリムゾンと戦うには欠かせない役割だ。

 

「英治。こっちに来い。ボスもお前らを待っている」

 

…どうする?

 

……

 

………そうだ。そうだな。

 

これが俺の本音。俺の答えだ。

 

「手塚さん…すみません…」

 

「な!?バカかお前!

お前らだけで何が出来る!」

 

「もうBREEZEは無くても…俺はBREEZEのドラマーなんです。

今でも俺は、俺の大将はタカなんですよ」

 

「……英治」

 

「昔も…今も…情けないと思われるかもしれませんが…俺は俺の大将についていくだけです。あいつが決めた事なら俺は必死になれる。頑張れる」

 

「……フッ、ハハ、ハハハハハハ!

予想通りの答えで安心したぜ。やっぱりお前は中原 英治だな」

 

「手塚さん…」

 

「お前がお前で決めてこっちに来るなら万々歳だったが…。やっぱりタカに話してみるしかねぇな」

 

「タカは手塚さんの事大嫌いですからね。望み薄ですね」

 

「あいつがバカなだけならそうだろうな。

時間を取らせて悪かった。近い内にタカに会いに行くとするわ。

家族サービス…頑張ってな」

 

そう言って手塚さんは去って行った。

 

手塚さんの提案には今の俺は乗れなかったのに…何故かその後ろ姿は嬉しそうな雰囲気を出していた。

 

……俺も三咲と初音の元へ戻るか。

 

 

「そう…そんな事が…。海原はともかく足立まで…」

 

俺は三咲に手塚さんとの事を話した。

 

「でもお父さん。ビジネスとしてはおいしいよね。もう少し交渉も必要だと思うけど。私がネゴシエートしようか?」

 

初音は盗み聞きしていた。

 

「あなたはどうするの?」

 

「……手塚さんにも言ったが俺はタカが決めた事について行きたいと思ってる。

どっちにしろお前らには苦労をかけるだろうけどな」

 

「私もタカくんが決めた事なら大丈夫だと思う。私はそんな英治くんについていくよ」

 

俺はいい女と結婚出来たものだ。

羨ましいだろ?タカ、トシキ、拓斗。

 

「やっぱりネットテレビにしてもイベントにしてもうちも出演料を貰った方がいいと思うの。ライブの収益の事も交渉しないといけなくなると思うけど…」

 

俺はしっかりした娘を授かったものだな。

 

「そしてな…三咲。初音の事なんだが」

 

「うん、わかってる」

 

「私?私がどうかしたの?

もしかして私もとうとうデビューしちゃう?歌っちゃう?」

 

「問題はタカくんが承諾してくれかどうかだね…」

 

「タカ?タカが関係あるの?

もしかして私もとうとう嫁いじゃう?結婚?」

 

俺はソッと初音の頭を撫でながら言った…。

 

「初音…お前Blaze Futureのチューナーになる気ないか?」

 

「……え?」



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第9話 笑顔

「もう夜なのに外は暑いな…」

 

俺の名前は一瀬 春太。

ホテルの裏庭のような所で一人で考えている。

 

今日の昼間、俺達はクリムゾングループのバンドinterludeと会った。

 

interludeは、evokeの奏さんの事もBlaze Futureのまどかさんの事、Divalの事も知っていた。

栞ちゃんもイオリの格好をしていたらFABULOUS PERFUMEの事も知っていたのかもしれない。

 

俺達Canoro Feliceの事は知らなかったみたいだけど、渉くん達のAiles Flammeも名前は知っているようだった。

 

Blaze FutureもDivalも1度ライブをやっただけ…。Ailes Flammeはオープニングアクトをやっただけだ。

それなのにクリムゾングループに狙われている。

 

わかんない事だらけだけど、多分ファントムでライブをやっているからなんだろうな。

 

さっきの夕飯の時、渉くんもシフォンも奏さんもまどかさんも栞ちゃんも……東山さんですらクリムゾングループを倒すぞ!って意気込んでた…。

 

俺はこれからもずっと…出来る限りの時間をCanoro Feliceでバンド活動をファントムでやっていきたい。

そうなればクリムゾングループとの対立も避けられない。

 

俺は今日の渉くん達のデュエルを見て、俺はまだまだあんな風に歌えないけど、クリムゾンと戦う事になるなら戦おうと思った。俺達の好きな音楽でバンドをやる為に…。

 

でも、結衣や姫咲や冬馬を巻き込むわけにはいかない…。

きっとみんなも一緒に戦おうと言ってくれるだろうから…。

 

俺はCanoro Feliceのバンマスとしてどんな選択をするのが1番なんだろう。

 

Canoro Feliceとしてバンドを続けてファントムでライブをしてクリムゾングループと戦うか。

Canoro Feliceは続けてファントムから去るか。

Canoro Feliceを……解散するか…。

 

Canoro Feliceを続けてクリムゾングループと戦うっていうのは俺の我儘だ。

かと言って渉くん達やファントムのみんなを見捨ててファントムを去って別の所で活動を続けるなんて事もしたくない。

Canoro Feliceを解散は…絶対に嫌だ。

 

考えても考えても答えが出せずにまた考えるの繰り返し。

このあいだCanoro Feliceのバンマスは俺だってみんなに言われたばっかりなのに情けないな。

 

でも、だからこそ俺が決めなきゃ…。

 

 

 

頭ばっかり使って疲れてきたな…。

よし、少し踊って気分転換でもするか。

 

俺は鼻唄を口ずさみながら身体を動かした。

 

 

「ふぅ~…」

 

俺は一息ついた。

やっぱり歌って踊るのは楽しい。

でも、結衣のギター、姫咲のベース、冬馬のドラム。

Canoro Feliceの音楽にノッて踊ってる時の方がずっと楽しい。

 

「あれ?一瀬くん?」

 

「一瀬 春太!お前こんな所で何やってるんだ!?」

 

「まどかさん…栞ちゃんも…」

 

俺が一息ついているとまどかさんと栞ちゃんが浴衣姿で……散歩かな?

まどかさんの片手には缶ビールが握られていた。

 

「俺はちょっと考え事したくてね。散歩みたいなものかな」

 

「そうなんだ?豊永くんは?」

 

「奏さんは渉くんに負けるわけにはいかないって体力作りの為に走りに行きました」

 

「あはははは。熱い男だね~」

 

「まどかさんと栞ちゃんは散歩ですか?」

 

「いや、あたし達は~…」

 

「一瀬 春太!乙女の秘密を暴こうとするとはいい度胸だな!この変態!」

 

えぇ~…何でそうなるの……?

 

「栞が昼間の渉くん達のデュエルを見て、遊太に負けたくないって思ったらしくてね。

この辺ならドラムの練習してもいいってホテルのスタッフさんに聞いたから、ちょっと栞のドラムの練習をね」

 

「まどか姉は何をベラベラ喋ってるの!?」

 

そっか。シフォンのドラムも力強くて凄かったもんね。

シフォンの演奏が栞ちゃんに火を点けちゃったのか。

 

昼間の事があったのに…。

栞ちゃんは強いな。いつもは泣き虫なくせに。

 

「ぷっ…」

 

「なぁ!?一瀬 春太!お前今笑ったな!?」

 

「いや、ごめん。そんなつもりじゃなくてさ。ドラムの練習なのに乙女の秘密って…」

 

「むぅ~…」

 

栞ちゃんのドラムか…。

そういえば間近でちゃんと見た事って無かったなぁ。

この前ゲストで出してもらった時は俺達は控え室に居たし、路上ライブの時は栞ちゃんは演奏してなかったもんな。

 

「ねぇ、俺も見せてもらっていいかな?」

 

「いいわけないだろ!一瀬 春太!」

 

「うん、いいよ。一瀬くんも見ていきなよ」

 

「まどか姉は何を言ってるの!?」

 

えっ……と…。

 

「ほら、栞も一瀬くんにドラムの腕を見せつけるチャンスじゃん?」

 

「む!むむぅ…」

 

「ほら、練習始めて始めて」

 

「一瀬春太!特別だからな!心して聴けよ!」

 

「あ、あははは、わかったよ」

 

そして栞ちゃんがドラムの演奏を始めた。

 

小さい身体なのにしっかりと力強い演奏だ。技術も凄い。

これが栞ちゃんの…FABULOUS PERFUMEのドラムか…。

 

俺は栞ちゃんの演奏に圧倒されていた。

 

だけど…。

 

「う~ん…全然ダメだなぁ。気負い過ぎだよ…」

 

え?全然…ダメ…?

 

「昼間の遊太の演奏のせいなのか、クリムゾンに負けたくないって気持ちからなのか…」

 

こんなに凄い演奏なのに…?

 

「あ、あのまどかさん…」

 

「ん?何?」

 

「栞ちゃんの演奏…俺は凄いと思ってるんですけど、どこら辺がダメなんですか?」

 

「演奏の技術だけなら確かにすごいね。

さすがに場数踏んできただけの事はあるよね」

 

そしてまどかさんは『でもさ』って言って話を続けた。

 

「今の栞の演奏。全然楽しそうじゃないでしょ。技術うんぬんじゃなくて…なんて言えばいいかな?

そう!一瀬くんが今の栞の音に合わせてダンスするってイメージして聴いてみて!」

 

この栞ちゃんのドラムに合わせて踊る…?

よし、よく栞ちゃんの音を掴んで……と…。

 

俺は栞ちゃんの音を聴きながらどう踊るか、どうパフォーマンスをするかをイメージしてみた。

 

……

………

…………

……………ん?あれ?

 

確かに音に合わせて踊るだけなら出来る。

だけどなんていうんだろう?

楽しいって気持ちにならない…。

今の栞ちゃんの演奏は確かに凄いけど、踊りたい歌いたいって気持ちにならない…。

 

「はいはーい、栞~ストップスト~ップ」

 

「ん?何?まどか姉」

 

まどかさんが栞ちゃんの元まで演奏を止めに行った。

 

「栞の技術は大したもんだよ。うん、正直凄いと思う」

 

「でしょ?ボクだって伊達に2年もバンドやってないからね!」

 

「でも全然ダメだよ。いつもの栞の音の方があたしは好きだ」

 

「まどか姉?」

 

「あんた今楽しんでドラム叩いてた?」

 

「もちろんだよ!ドラム好きだし!」

 

「遊太に負けたくないとか。クリムゾンに負けたくないとか、そんな気持ちで叩いてない?」

 

「そ、そりゃそうだよ!ゆーちゃんももちろんクリムゾングループには絶対負けたくないし!

もちろんまどか姉や綾乃姉、香菜姉にも負けたくないよ!」

 

「もちろん負けたくないって気持ちも大事。でもね。そんな気持ちでドラムを叩いてたって、まわりのみんなには栞の楽しい気持ちは伝わらないよ」

 

「だからボクも楽しんで叩いてるって…!」

 

「だったら笑顔。笑顔で叩いてみな。

FABULOUS PERFUMEでライブをやってる時みたいにさ」

 

「わ、わかったよ…」

 

笑顔…笑顔か…。

そうだ。さっきの栞ちゃんはすごく真剣な顔つきでドラムを叩いてた。

もちろん真剣にやる事は大切だし、真剣にやらなくちゃいけない。

 

でも、ずっとそんな顔で演奏してても、まわりの人達には想いは伝わらないか…。

 

俺達もそうだ。

路上ライブをやってた時は笑顔で演奏出来てなかった。

でも、FABULOUS PERFUMEのゲストで演奏してた時は、楽しくて俺も結衣も姫咲も冬馬も自然と笑顔でやれていた。

 

あっ!

そういえばさっき夕飯前に俺と奏さんで渉くんと話してた時……

 

 

 

-------------------------

 

『江口、さっきのinterludeとのデュエル凄かったな。俺達のオープニングアクトをした時よりずっといい演奏だった』

 

『凄かったよ渉くん。俺も自然と身体が動きそうになったよ』

 

『ははは、奏さんも春さんもありがとうな!』

 

『ふっ、俺も負けていられないな。

江口、どんな練習方法を取り入れたんだ?あれから日にちも経っていないのにあんなにレベルが上がるとは…』

 

『練習?』

 

『俺もそれは気になるかな。

俺はボイトレのスクールに通ってるんだけどそれだけじゃ……って思ってて』

 

『俺は別に特別な練習なんかしてないですよ。Ailes Flammeのみんなとスタジオに入って歌ってるくらいですし』

 

『え?それだけ?』

 

『それだけって事はないだろう?

そんな事は俺はもちろん一瀬もしているだろうし、他のバンドだって…』

 

『う~ん、後はにーちゃんや英治にーちゃんに借りたライブDVD見まくったりとかかな?』

 

そして渉くんはこう続けた。

 

『ライブDVD見てるとさ。

かっこいいとかすげーって思うバンドばかりなんだよな。まぁ、当然なんでしょうけど』

 

まぁ、ライブDVDを出してるくらいなんだから、ほとんどのバンドがプロだろうしね。

 

『でも、俺が楽しそうって思うバンドの人達ってさ、みんな笑顔で楽しそうに演奏してたんだよ』

 

『笑顔で…楽しそうに?』

 

『ああ、思い返せばこないだのBlaze FutureとDivalの対バンでもさ。にーちゃんもねーちゃんも楽しそうに歌ってた。

だから俺も上手く歌おうとか考えるの止めて、楽しんで歌おうって意識するようにした。そしたら…』

 

そしたら…?

 

『世界が全然違って見えた。

失敗してもかっこよく出来なくても、俺は今が楽しい。もっと色んな事を思いっきりやりたいって思えたんですよ。

明日が楽しみになるっていうのかな?

明日ってのを信じられるっていうか』

 

明日を…信じる?

 

『今が最高に楽しくて。

まだ見たことのない明日、まだやった事のない明日、色んな明日が見えてくるっていうか…それも楽しみになって…』

 

『江口…お前の言ってた音楽の先の世界……か?』

 

『う~ん……そこはまだ難しいかも?

でも、それが俺の見たい世界なのかも知れないなって思います』

 

今が楽しいから…明日が楽しみに…。

 

なんか…そういうのっていいな。って思う。

 

-------------------------

 

 

そうだよ。

今が楽しいから笑顔になる。

明日が楽しみだから笑顔になる。

俺達演者は楽しんで演奏するから、みんなにもその楽しいって気持ちが伝わってみんなも笑顔になる。

 

はぁ~……。

やっぱり俺はまだまだダメだな。

最近は悩んだりしてばっかりで…。

 

「一瀬くん?」

 

「え?あ、はい。何ですか?」

 

「なんかさ。さっきあたしらが来た時、難しい顔をしてたから何か悩んでるのかな?って思ったけど…」

 

あ、俺そんな顔してたんだ…。

 

「今はスッキリした顔してるね。

栞の演奏を聴いて何か思う事あった?」

 

「あ、まぁ…。まどかさんの話を聞いて色々な事思い出しまして」

 

「あたしの話?」

 

「さっき栞ちゃんに笑顔でって言ってじゃないですか?

それって俺にも響いた言葉っていうか…」

 

「ふぅ~ん…。そっか。一瀬くんもクリムゾンとか色々あって悩んでたんだ?」

 

「……俺、クリムゾンには負けたくないって思ってました。

でも、Canoro Feliceのみんなをクリムゾンとの戦いに巻き込みたくないって気持ちもあって…。クリムゾンと戦わない道を選んだ方がCanoro Feliceにはいいのかな?って考えたり」

 

まどかさんは茶化したり口を挟んだりせず俺の話を真剣に聞いてくれていた。

 

「でも俺はCanoro Feliceとしてファントムでライブをやって行きたい。そう思ってます」

 

「いいんじゃないかな。それで」

 

「まどかさん」

 

「クリムゾンなんて関係ないよ。確かにデュエルを挑まれたり、楽しんでバンド活動をする邪魔はされるかもしれないけど……あたし達は誰が相手でも楽しんで音楽をやるだけ」

 

そうですよね。

楽しんでバンドをやる。

楽しいからバンドをやる。

それだけだったんだよね。

 

「それにさ?ファントムでバンドをしなくても、他のライブハウスでも一緒でしょ。クリムゾングループに入らない限りは目立てば狙われるだけだし」

 

「……そうですよね。あは、俺何を悩んでたんだろ。最近悩んでばっかりでバカみたいです」

 

「えいっ!」

 

「いへっ」

 

俺は鼻をまどかさんに掴まれた。

 

「全然バカみたいじゃないよ。

悩むって事はそれだけその事に対して真剣だって事でしょ。

悩むって事はバカな事じゃないよ」

 

まどかさん…。

 

そしてまどかさんは俺の鼻から手を離して…

 

「ほら、今の栞の演奏見て。

さっきとは違って笑顔で演奏してる。

見てて楽しそうって思うよね」

 

うん、確かにさっきより明るい感じっていうか…。聴いてる俺も楽しくなってくる。そんな演奏だ。

 

「誰よりも上手くなりたい。誰にも負けたくないって気持ちも大事だけどさ。

やっぱり人がついていくのって笑顔だからね」

 

今までもわかってた事なのに。

Fairy Aprilの葵陽も楽しそうに笑顔で歌ってた。

俺はそんな葵陽を見て、あんなにキラキラしたい。バンドをやりたいって思ったのに。

 

「ハァ…ハァ…まどか姉!一瀬春太!

どうだったよ!ボクの演奏は!」

 

「あははは。バッチリだったよ。

聴いてて楽しい気持ちになったよ」

 

「うん、俺も栞ちゃんの音に合わせて踊りたくなったよ」

 

「そーだろそーだろ!

やっぱりボクのドラムは最高だもんね!」

 

「栞ちゃん、良かったらもう1曲叩いてよ。俺も踊りたい」

 

「む!しょーがないな、一瀬春太は。

特別だからな!」

 

「うん、よろしく!」

 

そして栞ちゃんの演奏が始り、俺は栞ちゃんの音に合わせて踊りだした。

 

「やるな一瀬春太!これでもついてこれるか!?」

 

栞ちゃんの演奏が更に激しくなる。

俺のダンスも更に激しく…!

 

「うん!最高だよ栞ちゃん!」

 

最高だ。堪らないよ。

やっぱり音楽は…最高に楽しい!

 

 

「ハァ…ハァ…ン~~…!!

楽しかった!!」

 

「一瀬春太!なかなかやるな!ハァ…ハァ…ボクも…楽しかった!」

 

「二人共……最高だったよ、あたしも楽しかった!」

 

俺と栞ちゃんは1曲だけじゃ満足出来ず、そのまま2曲、3曲と演奏を続けた。

 

明日…結衣と姫咲と冬馬にクリムゾンの事、interludeとの事を話そう。

 

そして、俺はCanoro Feliceとしてファントムでバンド活動をやって行きたいって事と、一緒にクリムゾングループと戦ってほしいと伝えよう。

 

みんなの答えはわかってるけど…。

 

「うにゅ~……ドラム叩いて満足したからか眠くなってきた……。

ねぇまどか姉、今何時?」

 

「ん?あ、ちょっと待ってね」

 

まどかさんがスマホを取り出して画面を見た。

 

「うん…早く寝た方がいいかな。

英治からみんな宛に連絡きてたんだけどさ」

 

英治さんから?何だろう?

 

「明日…大事な話があるらしいよ。

会場に行く前にトシキの別荘にみんな集合だってさ」

 

「トシ兄の別荘?何時集合?」

 

「んと、9時集合…だって…」

 

9時?

南国DEギグの開場時間は13時からなのに…。何でそんな早くに…。

 

「えぇ!?お昼前まで寝てるつもりだったのに…」

 

「あたしが起こしたげるよ。

でも…大事な話って何だろ…」

 

英治さんからの大事な話…か…。

みんな集合ならCanoro Feliceのみんなもかな?

みんなと話すにはいい機会かも。

 

 

 

 

そして翌日。

俺達はトシキさんの別荘に集合した。

 

でもそこにはBlaze Futureの蓮見 盛夏さんは居なかった…。



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第10話 東の夜

「ふぅ~、さっぱりしたぁ~。お待たせ理奈!」

 

「おかえり渚」

 

私は氷川 理奈。

Divalというバンドでベースを担当している。

 

南国DEギグというギグイベントを見る為に南の島に来ていた。

 

 

……この南の島ってどこにあるのかしら?

 

 

今はホテルの一室で私達のバンドのボーカル水瀬 渚とゆっくりしていた。

私が先にお風呂に入らせてもらい、続いて渚がお風呂に入り、今渚がお風呂から出てきた所だ。

 

「悪いわね。私が先にお風呂入らせてもらって」

 

「ううん、全然いいよ!それより呑もう!」

 

「そうね」

 

私達のグループには未成年者もいるので、夕食の時はお酒を飲まず、部屋でゆっくり飲もうという事になっていた。

 

「そういや理奈と2人で飲むのって初めてだね」

 

「そうね。いつもは志保や香菜、奈緒も一緒な事が多いものね」

 

私達は缶ビールをあけて乾杯をした。

 

「あれ?そのお漬け物って昼にお土産屋で買ったやつだよね?あけていいの?」

 

「何を言っているの渚。これは今夜のおつまみ用に買ったのよ。

お土産用は既に自宅に宅配してもらったわ」

 

「あ、そうなんだ…」

 

 

私達は他愛のない話をしながら時間を過ごしていた。

でも…。

 

「それにしてもお酒もおつまみも2人で食べるには買いすぎたんじゃないかしら?」

 

「そうだね…さすがに2人じゃこの量は多かったかな?」

 

「そういえばカゴに食べ物いっぱい入れてたわよね?夕食の後だというのに」

 

「な、何を言ってるの理奈ったら!そんな理奈こそ戦乙女を3本も持って来てるのに缶ビールをカゴにいっぱい入れてたじゃん!先輩好きだもんね!ビール!」

 

「な、何でここで貴さんが出てくるのかしら…?」

 

そういえば渚の選んでた食べ物って貴さんの好物ばかりよね…。

やっぱりそういうことかしら?

 

「ほ、ほら!まだまだ夜は長いんだし!

じゃんじゃん食べてじゃんじゃん呑もう!」

 

「2人で?」

 

「も、もちろん!他に誰がいるの!?」

 

わかりやすいわね、渚は…。

まぁ、それは私もかしら。

 

「渚。不毛な争いは止めましょう。考えてる事はきっと一緒だわ」

 

今のうちに素直に言っておかないとこのままこの量を2人で片付ける事になりそうだしね。

 

「か、考えてる事は一緒って…」

 

「あら?違うのかしら?」

 

「わ、私は別に先輩の部屋に行こうとか思ってないよ!」

 

「そうなの?じゃあ2人で飲みま…」

 

「ごめんなさい。先輩の部屋に突撃しようと考えてました」

 

は、早いわね。

 

この子はまったく……。

 

「じゃあお酒とおつまみをまとめて貴さんの部屋に行きましょうか」

 

私達は大量のお酒と食べ物を持って貴さんの部屋に向かった。

 

「で、でも理奈も先輩の部屋に行こうと思ってたんだね」

 

「え?……ええ、聞きたい事があるから。渚は?ただ貴さんと飲みたいだけかしら?」

 

「私も…先輩に聞きたい事あるんだ…」

 

「そう……。なっちゃんを覚えてないのか?とかかしら?」

 

渚が貴さんに聞きたい事…。

多分それも私と同じなのかもしれないわね…。

 

「ち、違うよ!ちょっとそれも気になるけど…」

 

クスッ。なんだか今日の渚は素直ね。

でも…きっと私と同じ…未来ちゃんの…。

 

そんな事を話しながら渚と貴さんの部屋に向かっていた私達は…

 

「816号室……ここね」

 

貴さんの部屋の前まで来た。

 

私達が急に部屋に来たら嫌な顔をするかしら?

それとも私達の事だから部屋に来るとか予想してたかしら?

そんな事を思いながら、私は静かにノックした。

 

「反応ないね…」

 

「何をしているのかしら?まさかもう寝た?」

 

「え?でもまだ21時過ぎだよ?

………まさか!?部屋にひとりだからって有料チャンネルを観てるんじゃ!?」

 

「ありえるわね。もう1度ノックするわ」

 

私はもう1度ノックした。

だけど部屋から反応はなかった。

 

もしかしていないのかしら?

それとも本当に寝ている?

 

「う~ん、部屋からは何の物音も聞こえないね」

 

ノックをしてみても反応がないので、渚が貴さんに電話をしようとした時だった。

 

「あ?お前ら人の部屋の前で何してんの?なんか用か?」

 

私達が来た方向。

どこかに出掛けていたのか、貴さんはそこに立っていた。

 

「貴さんこそどこに行ってたのかしら?」

 

「私達は先輩と飲もうかな~ってお誘いに来ました」

 

「俺はちょっとな…知り合いに会いにな。

それより今から飲むのか?

お前らにも話あったしちょうどいいか…」

 

「せ、先輩やけに素直ですね…。『あ?断る。俺は寝たいんだよ』とか言うと思ったんですけど…」

 

「渚ん中じゃ俺ってそんなイメージなのな」

 

貴さんはそう言って部屋の鍵を開けて、私達を部屋に入れてくれた。

 

「ああ、俺の部屋シングルだからな。狭いからお前らベッド使っていいぞ」

 

「ま、まさか浴衣姿の私達を見てムラムラして…そ、そのままベッドに押し倒してくるつもりですか!?」

 

「いい度胸ね。返り討ちにしてあげるわ」

 

「お前ら何言ってんの?」

 

私と渚はベッドに腰を掛け、貴さんはイスに座って飲み会が始まった。

 

「それで?私達に話って何かしら?」

 

「ああ、明日なんだけどな。

朝の9時にトシキの別荘にみんな集合って事になった。なんか話があるんだと」

 

「トシキさんの別荘って…」

 

「だからみんなホテル前に8時集合な。姫咲んとこの執事さんがバスで送ってくれるから」

 

「8時集合……私起きれるかな…?」

 

「大丈夫よ。私が起こしてあげるわ」

 

それにしても元々はお昼に現地集合だったはずなのに…。

何かあったのかしら?

 

「お前ら以外にはさっき外出たついでに伝えてきた。お前らの部屋に行ったら誰もいなかったからどうしたのかと思ったわ」

 

「あ、もうみんなには伝えてきたんですね」

 

「まぁな。俺の話ってのはそんだけだ」

 

 

 

 

 

会話が止まってしまったわ…。

どうしようかしら?

 

「そういや先輩はさっきどこに行ってたんですか?知り合いって?」

 

渚、ナイスよ。

 

「あ?ああ、昔まだBREEZEやってた時にお世話になってた人にな……ちょっとした用事だ」

 

「どんな人ですか?男の人ですか?女の人ですか?」

 

貴さんが会いに行くって事は女性って事は考えにくいけど…万が一って事もあるわね…。

 

「ちょっとした用事って何かしら?相手は男性かしら?それとも女性?」

 

「何なの?何でぐいぐいくるの?

俺が女の子と会ってたら何?ヤキモチ?」

 

「これはセクハラで訴えられますかね?」

 

「冗談は顔だけにしてくれるかしら?」

 

「何なのお前ら…」

 

べ、別に女性と会ってたからって私には関係ないわけだし…。

いきなり変な事を言わないでもらいたいものだわ。

 

「で?女の子と会ってたんですか?」

 

「昔お世話になった人って言っただろ。じいさんだじいさん」

 

「まぁ、そんなところだと思ったわ」

 

「先輩だもんね~」

 

「ほんと何なのお前ら…」

 

やっぱりね。

まぁ、貴さんが女性と会うなんてありえるわけがないわ。

 

………。

考えてみたら今現在進行形で女性と会ってるわね。

美緒ちゃんともよくラーメンを食べに行ってるみたいだし…。

 

「それで?そのお世話になった方っていうのはバンドをやってた方なのかしら?」

 

「あ?いや、楽器職人のじいさんだ。名前くらい聞いた事あるんじゃねーか?

モンブラン栗田って人なんだけどな」

 

「モンブラン栗田ですって!?」

 

「え?誰それ?理奈も知ってるの?」

 

モンブラン栗田…。

父から聞いた事があるわ。

伝説の楽器職人…。彼の手掛ける楽器は演者の気持ちや想いを奏でる事が出来るらしい。

 

正直どういう事だかさっぱりわからないのだけど。

 

「モンブラン栗田…伝説の楽器職人よ。

楽器のリペアやカスタマイズも手掛ける人らしいわ。そして誰も彼の本名を知らない…。

ただの父の冗談だと思っていたのだけど…実在したのね」

 

「ああ、滅多に人前に出ないしな。実は俺も本名は知らん」

 

「え?モンブラン栗田って名前じゃないんだ?」

 

「ええ、何でもケーキはモンブランしか食べず、カフェに入ってもモンブランがメニューに無かったら何も注文せずに帰る……そういった事からついた通り名らしいわ」

 

「え?それ楽器関係ないじゃん?

通り名ってそんなものなの?あれ?」

 

「そんな伝説の職人と知り合いだなんて…さすがBREEZEといったところかしらね」

 

「つっても元々はトシキの知り合いなんだけどな。まぁ、トシキもモンブラン栗田の本名は知らんらしいが」

 

「てかさ。さっきから先輩も理奈も本名は知らんってさ?モンブランが好きだからモンブランでしょ?栗田ってのが名前じゃないの?」

 

「私のベースも是非見てもらいたいものだわ」

 

「あ?なら今度一応頼んでみてやろうか?見てくれるかわからんけど」

 

「もしよかったらお願いするわ」

 

「ねぇ?さっきの私の発言は無視なの?」

 

私も今のベースを使い始めてから、もうかなりの年月よね。

もちろん自分で手入れはかかさないけれどそろそろ限界だもの…。

モンブラン栗田…彼にリペアしてもらえるといいのだけれど…。

 

「あ、そだ。それで先輩はその楽器職人さんに会って何してたんですか?

もしかしてまたギター弾くんですか?

Fコードで引っ掛かるのに?」

 

「ちげーよ。俺が楽器なんか出来るわけねぇだろ。俺だよ?」

 

「奈緒に聞いたんですけどBlaze Futureってみんなソロ曲やるんですよね?

だから先輩もギターなり楽器をやるのかな?って思ったんですけど」

 

そういえば言っていたわね。

喉の事もあるから……なのかもしれないけど、奈緒や盛夏やまどかさんが歌うなら貴さんはその間何をするつもりなのかしら?

 

「ああ、あいつらちゃんと歌詞作ってんのかな?色々やりてぇライブ演出あるんだけどな」

 

「色々やりたいライブ演出…?

貴さんはみんながソロ曲をやっている時は何をするつもりなの?」

 

「DJ」

 

「え?先輩が…?」

 

「聞かなかった事にするわ…」

 

「え?何で?」

 

 

「いやー!楽しいね!やっぱり飲み会の時間はライブの次に幸せだよ~」

 

「そうね。まだ22時過ぎだものね。夜はこれからだわ」

 

「は!?22時過ぎ?もう22時過ぎてんの?」

 

「え?もう10時10分ですよ?なんか観たいアニメでもありました?」

 

「え?あ…いや、そういうわけじゃねぇけど…そか…」

 

どうしたのかしら?急にそわそわし始めたわね。

 

「この変態は何をそんなにそわそわしているのかしら?何かあるの?」

 

「い、いや別に…」

 

「先輩怪しいなぁ~」

 

「何がだよ…」

 

「存在そのものが怪しいわ」

 

「存在って……」

 

でも本当にどうしたのかしら?

 

「あの…先輩…」

 

「あ?どした?」

 

「さっきから…その…何で理奈の足を見てるんです?…通報しますよ?」

 

「ブホッ…!バ、バカお前何言ってんの!?」

 

「え!?キャッ!」

 

私はあわてて足を隠した。

 

「先輩の変態!!た、確かに理奈の足は綺麗だし浴衣の裾から出てるのが色っぽいけど、そんなにマジマジ見るなんて!」

 

「ちげーよ!見てねぇよ!」

 

で、でも…。

 

「そ、そんなに見たいのなら見たいって言ってくれれば……その…(ゴニョゴニョ」

 

「理奈も何を言ってるの?

先輩もダメですよ?女の子ってそういう視線に敏感なんですよ?」

 

「だからちげーって言ってんだろ!」

 

「先輩はこんな色っぽい理奈の足を見たくないと言うんですか!?それでも男ですか!?」

 

「いやいや、見たいか見たくないかならそりゃ見たいに決まっ………。いや、そうじゃなくてだな!」

 

「うっわ~…先輩、ごめんなさい。ドン引きです」

 

「見たいか見たくないなら見たいだなんて…その…えっと……どうしたらいいかしら?」

 

え、えっと…ど、どうしようかしら?

 

「だから違うって!お前らほんと飲み過ぎなの!?酔ってるの!?明日大丈夫!?」

 

「奈緒と盛夏とまどかさんにLINEしよ~っと」

 

「ちょ!待って!ほんと待って!!お願いします!

お前らの…その浴衣がちょっと…はだけてるから目のやり場に困ってだな…。

それで下を向いてただけだから…その…足を見てたわけじゃないんで…」

 

あ、そういう事だったのね。

びっくりしたじゃない…。

 

……って!え!?浴衣がはだけて!?

 

「わ!?わわわ!?せ、先輩の変態!!」

 

「だから俺が悪いんじゃないって……」

 

私と渚は焦りながら浴衣を整えた。

 

それなのに貴さんはまだそわそわしている様子だ。

 

…………よく見ると貴さんは時計とスマホを見ながらそわそわしている。

やっぱり時間が気になるのかしら?

 

「あの…やっぱり時間が気になるのかしら?」

 

「ああ……まぁ、あれだ。

いつもこの時間には奈緒から電話くるんだけど今日はないから…」

 

「「いつも?」」

 

「え?何?どったの?」

 

いつも?それはいつも22時頃になると奈緒と電話をしているって事かしら?

一体何の話をしているの?

何なの?この二人は付き合ってるの?

え?それはないわよね。

うん、ないない。ないわ。

 

「せんぱぁい。それって毎日毎晩奈緒と電話してるって事ですよね~?アハッ。

もしかして実は付き合ってるとかですカ?毎晩毎晩おやすみとか言い合ってるんですか?うわぁ、ラブラブですネ~」

 

「アホか…そんな訳ねぇだろ。仮に俺が奈緒に惚れて告ったとしても秒でフラれる自信あるわ」

 

奈緒に告白したら秒でフラれる……ね…。

………それはないと思うのだけれど。

 

「いつもってもこの夏になってからだ。

そんでさっきも話に出てた各々が曲を作るって話な。それのアドバイスとかのフレーズの感想聞かせてくれって話だ」

 

あ、なるほどね。そういう事だったのね。

 

「なぁんだ。それだけですか。つまんないなぁ。奈緒と先輩が付き合ったりしたらからかってやろうと思ってたのに~」

 

「他に何があんだよ」

 

急に笑顔になったわね渚…。

でも大事な事を忘れてるわよ。

奈緒には美緒ちゃんという作詩作曲している妹さんがいるのよ?

わざわざ貴さんに聞かなくても身近にアドバイスをくれる人は居るわ。

 

……ま、今は黙っていようかしらね。

それよりも…

 

「ただそれだけならそんなにそわそわする必要はないわよね?他に何かあるのかしら?」

 

「うっ……」

 

やっぱり何かあるのね。

 

「先輩。もう全部白状しちゃいましょうよ」

 

「そうよ。はぐらかされても気になってしまうわ」

 

「しゃーねーな……面白い話じゃねぇぞ?」

 

 

そして貴さんは話をしてくれた。

本来なら明日の朝に英治さんから私達に話すつもりだったらしい。

 

貴さんはギターのカスタムの為にモンブラン栗田の所までトシキさんに車で送迎してもらったようで、その時に英治さんも一緒に着いてきたようだ。

 

そこで貴さんは英治さんから反クリムゾングループ『SCARLET』の事と、元クリムゾングループの幹部である手塚さんの事、東山さん達の北のグループがクリムゾンのミュージシャン『interlude』に襲われた事を聞き、トシキさんからはクリムゾンのミュージシャン雨宮 大志。

志保のお父さんと出会った事を聞いたらしい。

 

志保も、西と北のグループのみんなも大丈夫なようなので安心はしたけれど…。

 

今すぐ出来る事なら志保と話がしたいわね…。

 

「んで、俺らは大丈夫だったが、もしかしたら南のグループもクリムゾンの奴らに会ってたりしてたら……って思っただけだ。

晴香はまだトシキの別荘に戻ってなかったからな…」

 

「わ、私!志保と奈緒に電話します!」

 

「…やめとけ」

 

そうね。貴さんの言う通りだわ。

今は……この件は話すべきじゃない。

 

「な、何でですか!心配じゃないんですか!?

ね?理奈も気になるよね?」

 

それはもちろんよ。

気になるかならないかなら気になるわ。

でもね渚…。

 

「私も貴さんと同意見よ。

気にはなるけれど…何を話すの?

志保にどう声をかけるつもり?

奈緒達にもどう声をかけるの?誰にも会わず、何もなかったのかも知れないのよ?」

 

「ど…どうって……」

 

渚の気持ちもわかるけれど…。

私達が本来は知るはずのない話を持ち出すのは…。

 

「でも…心配だよ…。志保と…奈緒の声を聞きたい…」

 

声を聞きたい…か…。

そうね。今の声を聞けばどんな気持ちでいるのか…。

そう、声よ。声を聞くだけでいいのなら…。

 

「そうね……渚。

それなら私は今お風呂に入っているから暇って事にして今何してる?とか他愛のない会話をしてみたらいいんじゃないかしら?声を聞いたら安心なのでしょ?」

 

「う、うん。やっぱり気になるし、私電話してくる!

先輩、理奈と二人っきりになったからって襲ったりしちゃダメですよ?」

 

「まだ死にたくないからな。安心して電話して来い」

 

「じゃ!行ってくるね!」

 

渚はそう言って部屋を出た。

さてと…。

 

「やっと二人っきりになれたわね」

 

「何なのそれ?Divalで流行ってんの?」

 

Divalで…?

なるほど。先日の旅行の時に志保もこんな事を言ったのね。

 

「んで?渚を部屋から追い出して何か聞きたい事あんのか?」

 

「追い出してって…人聞きが悪いわね。別にそんな風に考えてなかったわよ?

でも時間も限られてるでしょうし単刀直入に聞くわ。

あなたとセバスさんの関係。未来ちゃんの御守りを見てからのあなたの態度。それとSCARLETの事をどうするつもりなの?

私の聞きたい事はこの3つよ。返答に寄っては聞きたい事も増えるかも知れないけど」

 

「はぁ~……めんどくせぇ……」

 

そう言って貴さんはタバコに火をつけた。

 

「俺とあの執事さんの関係は、昔のバンドやってた時の仲間だ。あいつはすげぇベーシストだった。以上だ」

 

「そうなのね。では、セバスさんのバンド名を知りたいわ。BREEZEの仲間だったのなら私も会った事あるかも知れないわよね?」

 

「理奈も会った事はある。バンド名は……直接あいつに聞け。何で秋月グループの…姫咲の執事をしてんのか知らねぇけど…。何かあるんだろ。だから俺が色々話すわけにもな。それは俺が入り込むような事じゃねぇよ」

 

この男は……こういう事は律儀なのよね。

 

「わかったわ…」

 

「助かる。んで、未来の御守りだったか?」

 

「ええ、あなた未来ちゃんの御守りを見て……何かあったの?」

 

「たまたま昔に同じような御守りを持ってる仲間が居たからな。未来がそっくりな御守りを持ってたから驚いただけだ。特に深い意味はねぇよ」

 

昔の仲間……。

誰の事か聞いた所ではぐらかされるんでしょうね。

 

「……納得いったか?」

 

「納得いったと思う?」

 

「いや…」

 

「言いたくないのなら別にいいわ」

 

「………それでSCARLETの事だったな」

 

「ええ、何か悩んでる気がして」

 

「そうだな。……実を言うと迷ってる。

クリムゾンに狙われてる以上は後ろ楯はあった方がいいとは思う。

だけどそれで俺達が楽しいって思える音楽がやれねぇなら意味ねぇからな」

 

「そうね。それは私も同意見よ」

 

「でも……何とかなるんじゃねぇの?とは思ってる」

 

何とかなる?

 

「どういう事かしら?」

 

「今は…15年前とは違う。SCARLETはArtemisの矢じゃねぇし。

今はAiles FlammeもCanoro FeliceもDivalもいる。それに俺はBREEZEじゃねぇ。

Blaze Futureだしな」

 

「そう。それを聞いて安心したわ」

 

「あ?」

 

「昔の事を…Artemisの矢の事を引き摺ってるならどうしようかと思っていたから…」

 

あなたが昔の事と今を重ねて、私達の事まで背負ってほしくないもの…。

 

「全く引き摺ってない訳じゃねぇけどな。Artemisの矢の事も『あった事』なんだから消えるわけじゃねぇし。

けどそんな昔の事考えてたって前に進めねぇからな。あの時の事は俺の背景の話であって、俺達の背景じゃねぇし」

 

「そうね」

 

「まぁ…明日もうちょい英治から詳しく話を聞いて奈緒と盛夏とまどかと話し合ってだな。俺も嫌だけど手塚にも会ってみねぇとな。気になる事もあるしな」

 

気になる事…?

私達もしっかり話し合って決めなきゃいけないわね。

 

「聞きたい事ってそれだけか?別に渚の前でも聞ける話だったじゃねぇか」

 

「別に渚を追い出したわけじゃないと言ったじゃない。でもそうね。特にArtemisの…梓さんの話が出たわけでもないし、渚がここに居ても良かったかもね」

 

「あ?何で梓がここで出てくんだよ」

 

「あなたの事だからなっちゃんの前では梓さんの話はしにくいかな?って思っただけよ」

 

「……………知ってたのかよ」

 

そう言って貴さんは項垂れた。

 

「やっぱり渚がなっちゃんだって気付いてたのね。

そりゃそうよね。奈緒や私の事も覚えてたくらいだものね。このロリコンは」

 

「そりゃ……渚の親父さんとは何度か会ってるしな。水瀬って名字だしなっちゃんが渚って名前なのも、関東で就職したってのも聞いてたしな…」

 

まぁ、気付かない方がおかしいわよね。

 

「つまり…なっちゃんとの約束も覚えてるって事かしらね」

 

「にゃ、にゃにが?」

 

この反応…あの約束もしっかり覚えてるのね。

だったら今のうちに聞いといてあげようかしらね。

 

「それでその約そ…」

 

「たっだいまー!」

 

渚!?

早い!早いわ!今からあの約束の事を話そうと思っていた所なのに!

 

「おう、志保と奈緒とは電話出来たか?」

 

「志保は元気そうでしたよ」

 

「そっか。そりゃ良かったな。んで?奈緒は?」

 

「あー、なんか昼間に拓斗さんと会ってデュエルしたらしくて、負けてしまって盛夏が落ち込んでるそうですよ?」

 

「そっか。そりゃ良かっ……は!?今なんつった!?」

 

「だからぁ。昼間に拓斗さんに会って…」

 

「拓斗…に会っただと…?んでデュエルで負けた…?」

 

奈緒達は拓斗さんに会ったというの…?

何でデュエルなんかを…。

そして盛夏…大丈夫なのかしら?

 

「ってわけで先輩。今夜は寝かせませんよ?」

 

「は?お前何言って…」

 

「奈緒と香菜に頼まれましたから。

先輩が拓斗さんを探しに出ないように見張ってろって。盛夏は心配ですけど…」

 

でも奈緒と香菜も居るのにデュエルで盛夏を負かすなんて…。

さすがBREEZEのベースと言ったところね…。

 

「……しかし盛夏がデュエルで負けるとはな」

 

「そうね。盛夏のベースの技術も凄いものね。あの子の才にはいつも驚かされてるもの」

 

「ああ…盛夏はその時々に合わせた音を出せる。何でもそつなくこなせるって言うか…まさに天から授かった才能って感じだよな」

 

「確かに盛夏のベースって凄いですよね」

 

「そんな盛夏を負かすとはな…。

拓斗…か…。一体何者なんだ…?」

 

「はい?」

 

全く…この男は…。

 

「何を言ってるのよ。拓斗さん。あなたのBREEZE時代のベース担当でしょ。

もうそのネタはいいわ」

 

「うぅむ…。冗談抜きで話すと拓斗が盛夏に勝てるとは思えねぇんだけどな…」

 

「え?そうなんですか?」

 

そ、そうなの?

 

「拓斗も腐っても元俺の仲間だしな。贔屓目に見ても確かにベースの技術は高い。技術的には拓斗のがまだ上かも知れんが盛夏は特別だ…」

 

「そうね。先日のBlaze Futureとの対バンの時。盛夏とベースバトルをした時に思い知ったわ」

 

「え?盛夏のベースってそんな凄い感じ?」

 

「そうだな。例えばライブ前に盛夏のレベルが1で、相手のレベルが5だとしたら、一緒に演奏する事で盛夏はぐんぐんレベルアップするって感じだ。

ボクシングにミックスアップって言葉があるんだが、互いにどんどん相手に合わせて成長するっていうか」

 

「そうね。私にも盛夏とのバトルはいい刺激になったわ。

私自身も盛夏に引っ張られて自分が成長している実感があったもの」

 

「なるほど。つまり盛夏は演奏する度にどんどんハザードレベルが上がってるんだね」

 

「ああ、まぁそんな感じだ」

 

「でもだったら元々拓斗さんのレベルが高かったとか?」

 

「いや、それでも盛夏と拓斗だとな。それにこっちにゃ奈緒も香菜も亮もゆいゆいも居たわけだろ?

ベース一人に負けるとはな…」

 

「あー、なんか盛夏と奈緒と香菜で拓斗さんのバンドとデュエルしたらしいです」

 

「は!?拓斗がバンド!?」

 

拓斗さんもバンドをやっているというの?それなら貴さんや英治さんも噂話とかで耳にしそうなものだけれど…。

 

「なんか拓斗さんのバンド『も』拓斗さん以外女の子らしいですよ」

 

「なんだと!?

ってか何で『も』を強調するの?」

 

Blaze Futureも貴さん以外女の子だものね…。

 

「それで…?その…拓斗のバンドの女の子は可愛いのか?」

 

「さあ?そこまでは聞いてないです」

 

そこは気になる所なの?

 

「しかし拓斗がバンドをなぁ…。

しかも女の子ばかりと……。

チッ、あの野郎いっぺんシメてやろうか…」

 

あなたのバンドもそんな感じなのよ?

 

「それにしても何故拓斗さんは盛夏達とデュエルを…」

 

「私も詳しい経緯は知らないけどね。

明日また詳しく聞いてみようよ」

 

「そうね」

 

「とうとう俺のデンプシーロールを試す時がきたか…」

 

貴さんは何を言っているのかしら?

 

 

翌日

 

私達はセバスさんのバスでトシキさんの別荘に来た。

 

「それでは。私めはこれで失礼致します」

 

「じいや、ご苦労様でした」

 

「いや、待て執事さん」

 

バスで送ってくれた後、帰ろうとするセバスさんを貴さんが引き止めた。

 

「タカ様?何でございますかな?」

 

「お前も英治の話を聞いてけ。

きっとお前も聞いておいた方がいい」

 

「私は…

………わかりました」

 

私達はセバスさんも一緒にトシキさんの別荘に入った。

 

だけど…奈緒も香菜も晴香さんも居るのに…

そこには盛夏の姿は無かった。

 



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第11話 苦悩

僕の名前は内山 拓実。

Ailes Flammeというバンドでベースを担当している。

 

BLASTというバンドのライブを見て、僕達もあんなライブをやりたい。

楽しんでバンド活動をやりたい。

 

そう思っていたけど、

 

今日僕達はクリムゾングループのひとつであるクリムゾンエンターテイメントのミュージシャン。

雨宮 大志と出会い、そして……レベルの違いを見せつけられた。

 

雨宮 大志とデュエルギグをした僕達は負ける事はなかったけれど、勝つ事も出来なかった。

 

雨宮 大志は去り際に僕達にアドバイスとも取れるような事を言ってくれたけど、僕達がバンドを続ける以上はあんなミュージシャンと戦い続ける事になるんだ…。

 

「茅野達遅いな…」

 

「そ、そうですね。女子のお風呂って長いですよね。あはは」

 

今僕に話し掛けてきたのはCanoro Feliceのドラム、松岡さんだ。

 

僕達は今旅館の部屋でゆっくりしている。

ここの旅館には露天風呂がついていたので夕飯前にみんなでお風呂に入ろうという事になった。

 

僕達男組はお風呂からあがったけど、女子組の雨宮さんと茅野先輩はまだお風呂から帰ってきていなかった。

 

「折原さんは…雨宮の親父さんに負けてからずっとその調子だな…」

 

「うん、お風呂の時は動いてましたけど部屋に戻ったらずっとこうですね…」

 

evokeのギターの折原さん。

雨宮 大志と一対一でデュエルギグをして完敗した…。

それからずっと俯いたまま何も喋らず、お風呂の時はしっかり頭も体も洗っていたけど、今は部屋の壁にもたれたまま俯いている。

 

「やっぱり雨宮さんのお父さんに負けちゃった事がショックだったんですかね?」

 

「いや、勝てるとは折原さん自身も思ってなかったみたいだしな。

圧倒的な差だった事がショックだったんじゃねぇか?」

 

圧倒的な差…か…。

 

「俺も…雨宮 大志の名前は知ってたし、すげぇミュージシャンだってのは知ってるけどな。

けど…まさかこんなに差があるとは思ってもいなかった」

 

「僕もです…。むしろ…雨宮さんや松岡さんの足を引っ張ってた気がします」

 

「あ?そんな事ねぇだろ」

 

「え?」

 

「お前ベース始めてまだ数ヵ月だろ?

その割には正確に弾けていたと思うぞ。

雨宮の親父さんも言ってたろ。技術なんか上と比べたらキリがねぇんだしな」

 

「ありがとう…ございます…。

でも僕はそれじゃダメなんです」

 

「あ?」

 

僕はそれじゃダメだ。

もっと…もっと技術を磨かないと…。

 

僕も亮にクリムゾングループと戦うって言ったんだから…。

 

 

 

「男共待たせたー!」

 

「遅くなってごめんね」

 

 

 

僕と松岡さんが話をしていると雨宮さんと茅野先輩がお風呂から帰ってきた。

 

「ごめんね、お腹空いたよね?」

 

茅野先輩が謝ってくれたけど別にそんな気にしてないのになぁ。

 

「じゃあ俺はフロントに電話して夕飯持ってきてもらうな」

 

ここの旅館は好きな時間に夕飯を部屋まで持ってきてくれる。

温めたりしないといけないから少し時間はかかるらしいけど、ゆっくり観光したい人にはありがたいよね。

 

「ん~?内山、折原はずっとこんな感じなんだ?」

 

「うん、もうずっとこんな感じだよ。

デュエルであんな差を見せつけられたら…ショックだよね」

 

「お父さんに負けたバンドマンは心が折れる…。バンドをそのまま辞めちゃうか、バンドマン達に恨みを持ってデュエルギグ野盗になるか…」

 

僕達も下手をしたらこうなってたかも知れないのか…。

 

「情けな。あれだけ『負けたくらいで心が折れるような弱小バンドなんか知らねぇ』とか言ってたくせに…」

 

「志保ちゃん…でも…確かにそうだよね。

折原くんは自分から志保ちゃんのお父さんに挑んだんだもん」

 

うわぁ…雨宮さんも茅野先輩も辛辣だなぁ…。

 

「折原がデュエルギグ野盗に堕ちるようならあたしがこの場で倒す。それもお父さんの娘であるあたしのやるべき事だと思うし」

 

雨宮さん…。

 

「お前ら……さっきから聞いてりゃ好き勝手ほざきやがって…」

 

折原さん!?

 

「お、起きたか折原」

 

「誰の心が折れてるだぁ?」

 

「ん?お父さんに負けてへこんでるんじゃなかったの?」

 

「んなわけねーだろ。テメェはバカか」

 

「バカですってぇ~…!!?」

 

「志保ちゃん落ち着いて」

 

折原さん…落ち込んでたんじゃないのかな?

 

「大体な。今のレベルで雨宮 大志に勝てるなんざ1ミリも思ってねぇよ」

 

「あたしは勝てるかもって思ってたけどね!

勝てなかったのは朝ごはん食べてなかったからだし!」

 

雨宮さん…それは無理があるよ。

僕らあの前にお昼ご飯食べたじゃん…。

 

「私も勝つつもりだったよ。

勝てなかったのは足の怪我のせいだし」

 

茅野先輩…まぁ、確かにそうかも知れないけど…。でもさ…。

 

「テメェらは揃いも揃ってレベルの違いもわからねぇバカなのか…」

 

「む!さっきまで俯いてた折原くんには言われたくないよ!」

 

「俺は落ち込んで俯いてたんじゃねぇ…嬉しかったんだ」

 

「嬉しかった?どういう事すか?」

 

松岡さんがフロントの電話を終えて折原さんに聞いた。

 

「あ、冬馬。電話ありがとうね」

 

「ああ、夕飯はすぐ用意して持って来てくれるってよ」

 

「それより…お父さんに負けて嬉しかったって何よ。あんたまさかM?」

 

「ちげぇよ。

確かに圧倒的な差を見せつけられて俺のレベルはまだまだだって思い知らされたけどな。

つまり俺の演奏はもっと技術を上げれる。

雨宮 大志のレベルに追い付く頃には俺はもっとすげぇギタリストになってる。

そう思うとな…嬉しさと楽しみで体が疼いてきやがった。それを抑えようとしてただけだ」

 

すごい…折原さんは…負けた事よりいつか雨宮さんのお父さんに追い付く自分を見てたんだ…。

 

「なるほどね。確かにお父さんに勝つ頃にはもっとすごいギタリストになってるはずだもんね」

 

「すごい努力と練習が必要だと思うけど、そうだね。私達も志保ちゃんのお父さんくらい……ううん、もっとすごいミュージシャンになれる可能性あるんだもんね」

 

「そうだな。俺も自分に足りない所もよくわかったしな。雨宮の親父さんに言われた事を意識して演奏してみるか」

 

「私も。もっと自分の味を出せるような演奏を意識してみる」

 

「それに…雨宮 大志は俺達evokeの事もお前らの事も知っているようだったしな。

これからはクリムゾンの奴らとデュエルする事もあるだろうな」

 

「そうでしょうね。雨宮の親父さんに勝つ為のレベルアップの相手にはちょうどいいかもすね」

 

みんな…すごいな…。

雨宮さんのお父さんにあれだけの差を見せられて。

そしてクリムゾングループにも狙われる事になるのに…。

クリムゾングループに負けるって事は…もうそのバンドで音楽をやれなくなるのに…。

 

Ailes Flammeでクリムゾンのバンドとデュエルしてもし負けちゃったら…。

渉も亮もシフォンも……僕も…。

 

 

嫌だ。

 

 

Ailes Flammeでずっと音楽をやっていきたい…。

 

 

心が折れたのは…弱いのは……

 

 

 

僕の方だ…

 

 

 

「お待たせしました~」

 

ハッ

 

「お、メシがきたみたいだな」

 

僕がAiles Flammeの事を考えていると旅館の人が夕飯を運んで来てくれた。

 

「ほら、内山も折原もご飯運ぶの手伝って」

 

僕は雨宮さんに言われるままご飯を運び、僕らの夕飯が始まった。

 

みんな和気あいあいと談笑しながら、すごく豪華な夕飯を喜んでいた。

 

 

だけど僕は上の空で…。

せっかくの夕飯の味も…わからなかった。

 

 

 

 

夕飯を食べ終わった僕達は、それぞれが好きに時間を過ごしていた。

 

折原さんはスマホを触ってゴロゴロしていて、松岡さんはヘッドホンを着けながらノートパソコンを開き譜面を見ている。作曲してるのかな?

雨宮さんと茅野先輩はファッション雑誌を見ながらあれが欲しいこれが欲しいと言い合っている。

 

僕は…。

 

「あれ?内山どしたの?どっか行くの?」

 

「あ、うん。せっかくだから夜風に当たって散歩でもして来ようかな?って」

 

「あ?ガキが夜に出歩くんじゃねぇよ」

 

「あはは、少しその辺りをまわるだけですし、旅館の明りで明るいから大丈夫ですよ」

 

そして僕は『行ってきます』とだけ伝えて部屋を出た。

 

部屋に居る間は明るく振る舞っていたけど、やっぱり怖いよ…。

クリムゾングループと戦う事になるのが怖いんじゃない。

誰が相手でも一生懸命楽しく演奏するつもりだ。

 

 

 

だけど…下手くそな僕のせいで負けて、渉達がバンドをやれなくなったら…。

みんなの夢を…僕のせいで…。

 

 

 

旅館の中庭に来た僕は、ちょうどベンチがあったのでそこに座ってベースを取り出した。

 

「みんなでAiles Flammeを続けたい。

みんなで誓ったんだもん。クリムゾングループとも戦いたい。

でも…負けてしまったら…」

 

僕はベースを取り出し弾いてみた。

 

今はベースの演奏も大好きだ。

絶対に辞めたくない。

負けたくない…。

 

「そうだよ。負けないくらいいっぱい練習して上手くなれば…」

 

いつ上手く弾けるようになる?

 

クリムゾングループはそれまで待ってくれる?

 

そんな訳ないじゃないか…。

 

「僕は…どうしたら…」

 

「下手くそなベースの演奏が聴こえるから何かと思えば…子供か…」

 

え?誰?

 

そこには男の人…20代後半くらいかな?

そんな人が立っていた。

 

っていうか下手くそな演奏とか失礼じゃない?そんなのわかりきってるのにさ。

 

「あ?もう弾かないのか?」

 

そう言ってその男の人は僕の隣に座った。

 

え?何?怖いんだけど…。

 

「……」

 

うわ!?めっちゃ見られてる!?

どうしよう!?

そろそろ戻りますって言って部屋に帰ろうかな…。

うん、そうしよう。

 

「あ、あの…」

 

「早く弾いてみせてくれよ。さっきの曲でいいから」

 

戻りますって言いづらくなったぁぁぁ!

 

うぅ…しょうがない…。

1曲だけ弾いて終わったら帰ろう。

うん、そうしよう。

 

「じゃ…じゃあ1曲だけ…」

 

僕はそう言って演奏を始めた。

うぅ…めっちゃ見てくるよこの人。

本当に何なの…?

 

 

「ふぅ…」

 

僕の演奏が終わると、その人は笑顔でこう言ってきた。

 

「さっきは下手くそって言って悪かったな。コードも正確に押さえられてるしな。いい演奏だった。

……ただ音に迷いがあるな。

下手くそに感じたのはそのせいかもな」

 

音に…迷い…?

この人は何を言ってるんだろう?

 

「俺もベースをやってんだけど、キミくらいの歳の時はまだ触ってすらいなかったし上手い方だと思うよ。もっと自信を持って弾けばいいさ」

 

この人もベースをやってるんだ…。

そして雨宮さんのお父さんと同じ事を言ってる…。自信なんか…持てないよ…。

 

「俺がベースを弾き始めたのは高校1年の頃だからなぁ…」

 

え?待って。ちょっと待って。

 

「あ、あの…すみません…。

僕…高校2年なんですけど…」

 

「へ?」

 

その人はキョトンとした顔で僕を見た後、大きな声で笑いだした。

 

うぅ…笑いすぎだし…。

 

「わ、悪い悪い。てっきり中学生かと思ってたぜ。あはははははは」

 

ま、まだ笑ってるし…。

確かに背もそんなに大きくないけどさ…。

 

「あ~…久しぶりに爆笑したわ。

……あ、わ、悪い。その…変な意味じゃくて自分の勘違いにな」

 

「いいですよ…別に…」

 

「しかし高校2年かぁ~。

で、キミはバンドやってんのか?」

 

「ええ…まぁ一応…」

 

「そっか」

 

普通に話し掛けてくるなぁ。この人。

部屋に戻りますって言いづらい…。

 

でも、最初の印象じゃ怖い人って感じだったけど、笑った顔とか優しそうだし悪い人じゃなさそうだな…。

 

「バンド始めてどんくらい経つんだ?」

 

どんどん質問してくるなぁ…。

でも一人で考えてても悶々とするだけだし…。

少しくらいお話しててもいいかな…。

 

「え……っと、バンドを組んだのは5月くらいです。学校の仲のいい友達がバンドをやり始めまして…それで僕もベースをやり始めてたっていうか…」

 

「は!?ちょっと待て…。キミベースをやり始めて3ヶ月くらいなのか?」

 

「え?ええ…まぁ…」

 

「まじかよ……驚いたな…」

 

え?どうしたんだろう?

何か変だったかな…?

 

「俺、さっきキミに迷いがあるって言っただろ?」

 

「え?ええ…」

 

「旅の恥はかき捨てってな。

俺もベースをやってる仲間だ。何か悩んだりしてんなら聞いてやるぜ?」

 

……え?

 

うぅ~ん…どうしようかなぁ。

旅の恥はかき捨て…か。

少しなら聞いてもらってもいいかな…。

面白い話じゃないけど…。

 

 

 

そして僕はその男の人に話した。

もちろん雨宮さんの名前とかは出さなかったけど。

 

僕達のバンドの事。

バンドが好きな事。

みんなでずっとバンドをやりたい事。

クリムゾンと戦う事になる事。

クリムゾンに負けたら…って悩んでいる事を。

 

 

「ふぅ~ん…またクリムゾン…か」

 

やっぱりベースをやってるだけあってクリムゾンの名前くらいは知ってるよね。

でも『また』ってこの人は言った。

 

『また』って事はこの人なのか周りの人なのか。

クリムゾンに関わりがあるんだろう。

 

「俺がキミくらいの頃…高2の時はそれなりにライブもしてたけどクリムゾンなんて影も形もなかったからな。

毎日が…楽しかったよ」

 

僕はその人の話を黙って聞いていた。

何か…聞かなきゃいけない気がして…。

 

「それでもな。失敗も多かったぜ?

客にはライブの途中で帰られた事もあったし、うちのドラムが客の女の子ナンパして大変な事になったり。

もちろん俺も演奏失敗して恥ずかしい想いをした事も泣きそうになった事もある」

 

ドラムの人がお客さんをナンパって……。

 

「俺らが大学になった時かな…クリムゾングループと戦う事になったのは…」

 

「クリムゾングループと戦ってた!?」

 

「……まぁあの頃は少しだけな」

 

この人は…昔にクリムゾングループと戦ってた時があったんだ…。

 

「…クリムゾングループと戦い始めた時はな。俺も毎日が怖かった。

俺は…当時は大学卒業したら真面目に就職して働いて、バンドをやってた事は学生時代の思い出ってつもりでいたんだ」

 

そうなんだ…。

学生時代の思い出とかでバンドをやる人も多いもんね。

 

「でも俺にはバンドに掛けた夢があった」

 

夢…?

バンドは学生時代の思い出ってつもりでやってたんじゃ?

 

その人は照れたように笑いながら僕に言ってきた。

 

「あはは、俺さ…俺のバンドのボーカルに心の底から惚れ込んじまってな。

かっこよくて優しくて…そして誰よりも厳しさを持ってる人だった」

 

え?優しくて厳しい?

優しいの?厳しいの?

 

「俺はどうしてもその人の歌を心を色んな人に見てほしくて…聴いてほしくて…。

何日も頼み込んでバンドに入れてもらったんだ。

俺をバンドのベースにして貰えた日は嬉しくてよ。妹とパーティーしちまったくらいだ」

 

その人はその頃の事を思い出すように笑いながら僕に話してくれた。

 

ボーカルの人に惚れ込んでバンドって…。

なんか亮を思わせる人だな。

 

「お…っと、話脱線しちまったな。

俺はそのボーカルをな。メジャーデビューさせたかったんだ。

ソロでもバンドでもいい。あいつをデビューさせて世界にあいつの歌を届けたかった。それが俺の夢だったんだ」

 

そんなにこの人には大切な人だったんだ…。でも…その人は今は…?

 

 

 

………僕はそこまで考えてひとつの仮定に辿り着いた。

 

 

 

この人が大切に想っていたボーカルさんは…

 

 

きっと…

 

 

クリムゾンに……

 

 

「話を戻すとな。クリムゾンに負けたらあいつはデビューどころか音楽すらやれなくなる。俺もずっとその事は…怖かったよ」

 

やっぱり…。

 

僕も同じだ。

渉や亮やシフォンが音楽をやれなくなったら…。

僕が…Ailes Flammeでいられなくなったら…。

 

「俺が失敗してクリムゾンに負けたら…。失敗しなくてもクリムゾンに負けたら…。

そんな事を毎日考えてた」

 

僕と一緒だ…。

 

「でもな…。そんな時にボーカルがよ。言ってくれたんだ。今思うとバカみたいな話なんだけどな」

 

 

------------------------------

 

 

『んー!今日のライブも楽しかったね。ギターソロにはまだ馴れないけど…』

 

『ああ!客の反応も良かったしな。

お前は歌詞間違えまくってたけどな』

 

『あ?うるせーよ。あれはあれだ。

今日のライブの限定バージョンだ。ライブだからこその演出だな』

 

その日もいつものようにライブをやって、みんな想い想いを語っていた。

 

でも俺はライブが楽しかったって感想より、今日はクリムゾンに挑まれなかった。って安心感しかなかった。

 

『ねぇ。俺お腹空いちゃったしさ。今日もファミレスで反省会する?』

 

『そうだな。今日の対バン相手のバンドに挨拶したら、来週のライブの予定だけスタッフの人に確認してファミレス行くか』

 

『あー、来週もライブやるもんね。

来週はデュエルするんだっけ?』

 

『あ、そういやそだったな。

相手はガールズバンドだっけか?

お前が勝手に決めてきたやつな』

 

『そう言うなよ。何度もデュエル申し込まれてた相手だしガールズバンドだぜ?

もしかしたら可愛い女の子がいるかも知れないじゃないか』

 

『女の子相手にデュエルかぁ…俺上手くギター弾けるかな?』

 

『まぁ、相手が誰だろうといつも通りやりゃいいんじゃねーの?

しかし、可愛い女の子がいたら…か。

どうしよう。俺もうこの若さで結婚かな?』

 

『お前は幸せそうでいいな』

 

『お前には彼女いるじゃねーか』

 

俺のバンドのメンバーは翌週に行われるガールズバンドとのデュエルについて話していたが、俺はその話には入る気になれないでいた。

 

『悪い…今日は疲れたみたいだ。

俺は先に帰らせてもらうわ』

 

『え?うん、大丈夫?気を付けてね』

 

『おう、またな。また来週の詳細はメールするわ』

 

『……悪いな』

 

俺はそう言って先に帰らせてもらい、家にも帰らず彷徨い歩いていた。

 

 

『よう』

 

ゴンッ!

 

俺が考え事をしながら歩いていると、何者かに頭を殴られた。

 

『イッテェなこら!誰だ!?』

 

『俺だ』

 

そこには俺のバンドのボーカルが立っていた。

 

『お、お前…反省会行ったんじゃねぇのかよ』

 

『あ?俺には反省なんかする事ねーからな。それよりお前こそ帰ったんじゃねぇのかよ』

 

『……ちょっと歩いてただけだ』

 

『大体お前最近元気ねぇじゃねーか。

ほんまどしたん?もしかして痔でも切れたか?』

 

『ちげぇよ』

 

『じゃあイボの方か?』

 

『そもそも痔で悩んでんじゃねぇ』

 

『って事は他の事では悩んでんのか』

 

『うっ…』

 

俺はその時に思った。

こいつは元気のねぇ俺を見かねて、話しに来てくれたんだろうなと…。

 

『お、お前には関係ねぇよ』

 

『そうか。俺には関係ないか。

でもそんな事はどうでもいい。何か悩んでんなら話せよ』

 

『だからお前には…』

 

『俺の性格知ってるよな?』

 

『チ、わかった。話す。話すよ』

 

『おう』

 

 

そして俺はボーカルに話した。

クリムゾンにビビっちまってる事。

もし負けてバンドを解散する事になるのが怖い事。

自分がミスをしたりしてデュエルで負けたら…俺のせいでこいつが歌えなくなったら…。と不安に思っている事を。

 

『長いわ』

 

『あ?だから話したくなかったんだよ』

 

『つーか、つまんねぇ事でウジウジしやがって。そんな気持ちで音楽やってても楽しくねぇだろ?知ってる?音楽って音を楽しむって書くんだぞ?』

 

『んな事はわかってるっつーの。

てか、俺にとっては大事な事なんだよ。つまんねぇ事じゃねぇ』

 

『つまんねぇよ。そんな悲しくなるような話は…』

 

そしてボーカルは俺の方を見て言った。

 

『そもそもな?クリムゾンに負けてバンド解散になったら再結成しちゃえばいいじゃん。

再結成しちゃいけないって決まりあんのか?そんな法律でもあんの?』

 

『は、はぁ!?』

 

『負けて解散してもまたバンドやりてぇって思ったら再結成したらいいんちゃう?バンド名の前にネオとか付けたりバンド名の後ろにツヴァイとか付けたりして』

 

こいつは何を言ってんだろう?って思った。

バカだとは思っていたが、ここまでバカとは思っていなかった。

 

でも…クリムゾンに負けてバンドを解散する事になっても、こいつはそう言ってまたバンドをやるんだろうな。って思った。

 

『お前な…そんな事がまかり通るわけねぇだろ…』

 

『え?そうなの?何で?」

 

何でって……。

そういや何でだ?

 

『ほ、ほらあるバンドは楽器を壊されたりよ…』

 

『あー、あーそれはムカつくわなぁ。

でもまたバイトとか頑張って楽器買えばいいんじゃね?』

 

『楽器買えばって…。

ほら、それにどっかのバンドの奴は腕を折られたとかよ…』

 

『それは暴力沙汰だな。僕すぐ警察行く。

それに腕が折れただけならまた治るだろ。治ったらまたバンドやりゃいいやん』

 

『治ったらって…』

 

『バンドを…音楽をやりてぇって気持ちがありゃいくらでもやれるだろ…。それが俺達だろ。何度でもやり直しゃいいさ』

 

 

----------------------------------

 

「そう言って笑ったあいつの顔を俺は今も忘れてねぇよ」

 

クリムゾンに負けてバンドを解散しても…音楽をやりたい気持ちがあれば何度でもやり直せばいい…か…。

 

「ふ、ふふふ…ボーカルさん面白い人ですね。なんか…渉に…僕のバンドのボーカルに似てる気がします」

 

「ははははは、そっか。キミのバンドもそんな奴がいるなら大変だな」

 

きっと渉もそう言うと思う。

そして…僕も楽しんで音楽がやりたい。

その気持ちは…きっとなくならない。

 

「俺はあいつのその言葉で吹っ切れたっていうか…。クリムゾンに負けても俺達なら何とでも出来るって思うようになった」

 

そうだ。そうだよ。

 

evokeのライブで前座をやらせてもらった時…僕達はコピー曲で失敗した。

だけど渉が思いっきり僕達の曲を歌って成功したじゃないか。

 

こないだのバイトの時もそうだ。

僕達の演奏は最高に良かったって、バイト先のオーナーもお客さんも喜んでくれた。

 

そして今日はクリムゾンのミュージシャンである雨宮さんのお父さんに負けはしなかった。

 

あはは。僕は何を悩んでたんだろう。

どの時も…僕はベースを演奏してた。

 

「キミも迷いはなくなったみたいだな」

 

「え?は、はい!」

 

「ははは、良かった」

 

そう言ってその人は僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「よし、俺はそろそろ部屋に戻るわ」

 

その人はベンチ立ち上り、旅館の方に歩いて行こうとした。

 

あ、待って…!ちゃんとお礼を言わないと…!

 

「あ、あのありがとうございました!

さっきのお話、僕も絶対忘れません!」

 

「おう、頑張れよ」

 

聞いても大丈夫かな…?

 

「あの…さっきの話のボーカルさんって…」

 

「あ?あいつか。

あいつは今もバカみてぇに歌ってるよ。

元気にな。あ、クリムゾンにやられたと思ってたか?」

 

「え?ええ…まぁ…」

 

そうなんだ。まだ元気に歌ってるんだ。

なんか安心したな。

 

「でも俺はもうあいつを歌わせるわけにはいかねぇ(ボソッ」

 

え?今何て言ったんだろう?

小声過ぎて聞こえなかったよ。

 

「じゃあな少年!」

 

そう言ってその人は今度こそ歩いて旅館に戻って行った。

だから僕はその人に聞こえるように大きな声で…

 

「あの…僕、内山 拓実っていいます!」

 

その人は立ち止まって僕の方を向いて

 

「拓実か…。俺と名前が似てるな。

俺は拓斗。宮野 拓斗だ。じゃあな」

 

 

え…?

 

 

拓斗……?宮野……拓斗……って。

 

 

英治さんやトシキさん…貴さんと同じBREEZEの……?

 

 

……って事はさっきの話のボーカルさんって貴さん!?

 

 

呼び止めようと思ったけど…。

僕はそれ以上拓斗さんに声をかける事は出来ず…旅館に戻る拓斗さんの背中をずっと見ていた…。

 

 

「ただいま」

 

「内山くん!もう!遅いから心配したじゃない」

 

僕は旅館の部屋に戻ってきた。

 

「俺と折原さんで探しに行こうかとも思ったんだけどな。入れ違いになってもって思ったしな」

 

「あはは、うん、心配かけてごめんね。

夜風が気持ち良くてさ」

 

僕はみんなに拓斗さんの事を言えないでいた。

言うにしたって何を言えばいいかわからないし…。

 

「内山?あんた元気ない?」

 

「そんな事ないよ。遠出しちゃったから疲れちゃったのかな?」

 

「あ、そういや内山が出てる間に俺に英治さんから連絡があってな」

 

英治さんの名前を聞いてドキッとした。

英治さん達には…拓斗さんがここに居る事を伝えた方がいいんだろうか?

 

「明日は急遽9時にトシキさんの別荘に集合って事になった。何か話があるんだと」

 

話…?何だろう?

何かあったのかな?

 

「ここはトシキさんの別荘に近いからな。トシキさんが迎えに来てくれるって言ってたけど俺達は散歩がてら歩いて向かう事にしたんだ。15分もあれば着くみたいだしな」

 

「そうなんだ?了解だよ」

 

「あたし達もせっかくだからこの辺散策してみたいしね」

 

「そういう訳だ。今朝は早かったしな。

明日寝坊するわけにもいかねーからそろそろ寝るぞガキ共」

 

そう言って折原さんは布団の中に入っていった。

僕も休んだ方がいいかな。

 

トシキさんに迎えに来てもらうんじゃなくて僕達は歩いて向かうなら調度いいや。

 

英治さんの話を聞いてから…

拓斗さんの事を話すか決めたらいいかな。

 

僕も布団に入り…眼を閉じた。

 

 

 

 

翌朝。

僕達西のグループがトシキさんの別荘に着いた時には既に他のグループのみんなは到着していた。

 

だけど貴さんとトシキさんの姿は無く、みんなざわざわしていた。

 

どうしたんだろう?

 

「なんかみんなざわついてるね」

 

「どうしたんだろ?貴もトシキさんも…盛夏もいない?奈緒はいるのに?」

 

本当にどうしたんだろう?

 

僕は渉を見つけたので声をかけてみた。

 

「渉!おはよう!みんなざわついてるけどどうしたの?何かあったの?」

 

「おお、拓実か。おはよう。

何かな盛夏ねーちゃんが居なくなったとかでな」

 

盛夏さんが?

 

「夜には戻ります。心配しないで下さい。って書き置きがあったらしいんだけどさ…。それでにーちゃんとトシキにーちゃん達が探しに行ってんだよ」

 

「そ、そうなんだ。心配だよね」

 

「お、みんな揃ったみたいだな。

盛夏の事も心配だとは思うがみんな集まってくれ。大事な話があるんだ」

 

英治さんがみんなに声を掛けて、僕達はテーブルに着いた。

 

「でも…本当に盛夏さんどうしたんだろ?」

 

渉にソッと声を掛けた。

 

「ん?ああ、何でもな。

昨日、盛夏ねーちゃんと奈緒ねーちゃんと香菜ねーちゃんで、BREEZEの拓斗って人とデュエルしたらしくてな」

 

え?

 

拓斗さんと…盛夏さん達がデュエル…?

 

「それで負けちまったらしくてな。

盛夏ねーちゃんの…ベースがな…」

 

盛夏さんのベースが…?

何で?拓斗さんってあんなに気さくで優しい感じの人だったのに…。

 

昨日の夜に会った拓斗さんはそんなひどい感じの人じゃなかった。

だけど盛夏さんは…。

 

僕は…拓斗さんの事を話せないまま英治さんの話を聞いた。



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第12話 宮野拓斗

「みんな落ち着いた?」

 

「……」

 

「あ、あははは。

今日はこの晴香お姉さんの奢りだよ。さ、みんなじゃんじゃん食べてじゃんじゃん呑もう!

あ、未成年組はお酒はダメだからね?」

 

あたしの名前は雪村 香菜。

あたし達南のグループのみんなは、晴香さんに連れられて居酒屋に来ていた。

ゆっくり話すなら個室の方がいいだろうって事で…。

 

今は晴香さんと秦野くんと藤川さんが適当に注文した料理と、あたし達の前にはビールが並んでいる。

でも…今は飲む気分じゃないかな…。

 

そう言えばいつも元気な結衣も大人しくしてる…。何かあったのかな?

 

「ゆ、結衣さん、これ美味いっすよ。どうすっか?」

 

「うん…美味しいね。ありがとう秦野っち」

 

「な、奈緒さん。これ美味しいですよ。ちょっと食べてみません?」

 

「あ、うん…麻衣ちゃんありがとう…」

 

 

 

それから誰もしばらく話さなかった。

 

どれくらい時間が経ったんだろう?

 

しびれをきらしたのか晴香さんがあたし達に聞いてきた。

 

「兄貴に…会ったんだよね?

デュエルで負けたって…どうしてそんな事になったの…?」

 

盛夏はずっと俯いたままで、奈緒も今にもまた泣き出しそうだ。あたしも…口を開いたら泣いてしまいそうで…何も言えなかった。

 

「晴香さんのお兄さんは…香菜ぽん達に会いに行ったんだよね?架純がそう言ってたから…」

 

さっきまで大人しかった結衣が口を開いた。架純って誰だろ?拓斗さんの仲間…?

 

「香菜ぽん…あのね…」

 

そう言って結衣は話をしてくれた。

 

結衣の昔のアイドルグループBlue Tearの友達と会って、その時にした話の事を。

 

「そして架純が私達に会いに来たのは、晴香さんのお兄さんが奈緒ちん達に会いに行く為の時間稼ぎだったんだって言ってて…」

 

「兄貴は奈緒と盛夏に最初からデュエルを挑む気だったのかも知れない。だから、邪魔されないようにユイユイの友達を使ってあたし達を足止めしたのかも…」

 

盛夏はずっと俯いたままだ。

でも奈緒は少し落ち着いたのか、ビールで少し口を潤してから言った。

 

「晴香さん達を足止めしようとしてたのは…そうかも知れません。

でも…私達にデュエルを挑んでくるつもりだったのかは…わかりません」

 

「え?でもデュエルを…」

 

「もちろん最初からデュエルをするつもりだったのかも知れません。

でも…デュエルを挑んだのは私達ですから…」

 

「え?どういう事…?」

 

「それは…拓斗さんは…わた…し達を…」

 

奈緒はまた泣きそうになり言葉を詰まらせた。

言いにくいよね…奈緒も盛夏も…。

 

「えいっ!」

 

あたしは大きな声を出してみんなの注目を集め、目の前のビールを一気に飲み干した。

 

いい子は一気飲みなんかしちゃダメだよ?

 

「奈緒…あたしから話すよ。

言いにくいでしょ。奈緒は特に」

 

「…!………………ごめん」

 

そしてあたしは晴香さんの方を見て

 

「少し長くなりますけど…最初から話しますね」

 

 

 

 

---------------------------------------

 

 

あたし達は晴香さん達と分かれた後、

盛夏がチェックしてたお店をまわる為に商店街の方へ向かった。

 

そこにはたくさんの露店も出てて、食べ物だけじゃなくて色んな面白いお店もあった。

 

「おお~。奈緒~香菜~、南国パフェだって~。あれ食べた~い」

 

「さっきの南国クレープも美味しかったもんね。うん、食べよ食べよ♪」

 

「で、でもこのネーミングセンス何とかなりませんかね?南国って付ければいいってわけじゃ…」

 

あたし達は食べ歩きを楽しんでいた。

 

少し歩き過ぎたあたし達は、南国ソフトクリームを食べながらカフェのテラスでゆっくりしていた。

 

「およ?」

 

そう言って盛夏はカフェの側に出てた露店の方へとフラフラと歩いて行った。

 

「ん?どうしたの盛夏。あんまりはしゃぎ過ぎちゃダメだよ?転んで怪我でもされて貴にHなお仕置きされても困りますし」

 

「こ…これは…!」

 

「盛夏?どしたん?」

 

「あたしはこれを食べなければいけない!」

 

その露店で売っていたのは北国モンブランケーキだった。

何で南国なのに北国ってネーミングついてんの?

その違和感が盛夏の興味を惹いていたんだ。

 

「むっふっふ~。残り4つだったから全部買っちゃった~。奈緒と香菜も食べる?」

 

「え?いいの?ありがとう」

 

「盛夏が食べ物を奢ってくれるって珍しいね。明日は雨かなぁ~?」

 

「ふっふっふ、盛夏ちゃんは優しいのだ。ま、あたしが2個食べるんだけどね」

 

あたし達がそんな話をしていると…

 

「なんじゃって~!?完売じゃと~!?」

 

変なおじいさんが露店の前で膝をつきながら叫んでいた。

 

「バ…バカな…。何故…何故なんじゃ!?

ワシがこの北国モンブランをどれだけ楽しみにしていたか…!

半年前にここで露店が出ると聞いて毎日毎日通い詰め……やっとその露店を見つける事が出来たのに…!!

完売!?何で完売!?マジありえないんだけど!?チョベリバって感じー!」

 

このおじいさんに関わっちゃいけない。

あたしの直感はそう働いていた。

 

だけど盛夏はそのおじいさんに近づいて行き…

 

「おじーさんおじーさん。そんなにここの北国モンブランを食べたかったの?」

 

「む?なんじゃお嬢ちゃんは?

ま、まさかワシの心の叫びが聞こえたのか?

ハッ!ま、まさか…お嬢ちゃんテレパスか!?」

 

あたしはこれはまずい。本格的にまずいと思った。

 

「あ、あわわわわ…貴にHなお仕置きされる…」

 

奈緒もそう思ったようだった。

 

「うぅん。普通に声出してましたよ?」

 

「まじでか」

 

「そんな事より~。北国モンブランそんなに食べたかったの?」

 

「まぁのぅ。この北国モンブランは南国のここではなかなか食べれないものじゃし。冥土の土産に食べてみたかったのぅ…」

 

そして盛夏は北国モンブランを取り出しておじいさんに差し出した。

 

「冥土の土産ってのは縁起悪いから~。

あたし2個あるから1個あげる~」

 

「い…いいのか?遠慮なんかせんぞ?貰っちゃうぞ?」

 

「どうぞどうぞ~」

 

おじいさんは盛夏から北国モンブランを

受け取り、そのままかぶりついた。

 

「ウマ!ウマママ!ウマー!」

 

「良かった~。あたしも食べよ~っと。

うん、美味しい~」

 

「北国モンブラン…ひと口食べただけで口の中に広がるこの…」

 

あ、ここはちょっと長いから省くね。

 

北国モンブランを食べ終わったおじいさんは光悦の表情でその場に佇んでいた。

 

あたしと奈緒は今がチャンスだと思い、盛夏の腕を掴んで引っ張った。

 

「ほら行くよ盛夏。まだまだ色んなの食べたいでしょ?」

 

「うん、食べたい~」

 

「じゃあ行こうか。盛夏は次は何を食べたい?次は私が奢ってあげるよ」

 

「おお~、奈緒に奢ってもらえるのか~。何にしよっかな?」

 

あたし達はその場から急いで離れようとした。

 

「待たれよお嬢ちゃん達!」

 

だけどおじいさんにあたし達は呼び止められた。

 

おじいさんはあたし達に…盛夏に近づいて来て盛夏の顔を両手で掴んだ。

 

「ふむ」

 

え?まさかこのまま盛夏にチューでもするつもり?

あたしがそう思った次の瞬間。

 

「お嬢ちゃん…やっぱり良い眼をしておるな」

 

「ふぉうぇ~?」

 

そしておじいさんは盛夏の顔から手を離して、次は盛夏の手を握った。

 

「おお?おじーさんどうしたの?」

 

「………お嬢ちゃん。ベースをやっとるのかね?」

 

「「え?」」

 

あたしと奈緒は驚いた。

このおじいさん、すぐに盛夏がベースをやってるってわかるとか何者なんだろう?って。

 

「困った事があったらここに来なさい。

北国モンブランの恩にワシの精一杯で報いよう」

 

おじいさんは盛夏に何か名刺のような物を渡してその場から去っていった。

 

あたしと奈緒が困惑していると盛夏は

 

「あ!あたし次は何かしょっぱい物が食べたいかも~」

 

さっき貰った名刺のような物をそのままポケットに突っ込んで何事も無かったかのように、あたし達の食べ歩きは再開された。

 

 

---------------------------------------

 

 

 

「あ、あの香菜さん…?」

 

「ん?秦野くん何?」

 

「あ、えっと…今の話…拓斗さんは関係あるんすか?」

 

「え?いや?ないよ。拓斗さんと会うのはもうちょっと後かな…」

 

「あの…香菜さん…」

 

「麻衣ちゃん?どうしたの?」

 

「あ、いや…えっと…」

 

秦野くんも藤川さんもどうしたんだろう?

 

「せいちゃん…優しいねぇ…優しいねぇ…」

 

結衣は感動して泣いているようだ。

 

「あのさ香菜」

 

「晴香さん?どうしました?」

 

「あ、えっとね。悪いけどさ。

話してくれるのは兄貴と会った所からでいいかな?って思って…」

 

え?そう?

 

「そこからで大丈夫ですか?」

 

「いや、大丈夫って言うか聞きたいのはそこからかなって…」

 

「わかりました。それじゃ拓斗さんと会った所から…」

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 

あたし達は食べ歩きもそれなりに楽しんでお腹いっぱいに………。

あたしと奈緒はお腹いっぱいになっていた。

 

「あははは、今日はめちゃ食べたよね~。お腹いっぱいだよ」

 

「ホントだよね。体重計が怖いな~」

 

「え~?あたしはまだ食べ足りない~。もうちょっと満喫したいよ~」

 

「もう少ししたら晴香さん達と合流して晩御飯じゃん。少しはお腹休めないと」

 

「そうだよ盛夏。私お土産とかも見たいんだよね」

 

「おお!夜食用?」

 

「違うよ!もう…ホントに盛夏………は……?」

 

「ん?奈緒?」

 

あたし達の進んでた方向。

そこは道路になっててさ。

ガードレールに腰を掛けてる人が居たんだ。

さっきあたし達が晴香さん達と待ち合わせしてた所だよ。

 

「な、何で拓斗さんがこんな所に…居るの…?」

 

その人がBREEZEの宮野 拓斗さんだって最初に気付いたのは奈緒だった。

 

「よう。佐倉 奈緒ちゃん、蓮見 盛夏ちゃん。こんにちは。

そっちに居るのは雪村 香菜ちゃんかな」

 

「拓斗さん…ですよね…」

 

「お、さすが俺らのファンだったってだけあるね。奈緒ちゃん」

 

拓斗さんは奈緒の事だけじゃなく、盛夏の事もあたしの事も知っていた。

 

「ほえ~。あの人がBREEZEの拓斗さんなんだ~?何でこんな所に?南国DEギグ?」

 

「キミ達を見掛けたのはたまたまだったんだけどさ。ちょうどいいから話をしようと思ってね」

 

「話…ですか…?」

 

大好きなBREEZEのベーシストに会えたのに、奈緒は怯えていた。

それ程に拓斗さんは笑顔だけど冷たい声をしていた。

 

「ああ。実はね。

Blaze Future解散してくれないか?」

 

「「「え!?」」」

 

「ははは。やっぱりそんな反応になるよな」

 

Blaze Futureを解散…?

何で急にそんな事を…?

 

「な、何でですか?いくら拓斗さんのお願いでもそれだけは…」

 

「Blaze FutureもDivalもクリムゾングループにもう目を付けられている」

 

クリムゾングループに!?

あ、あたし達Divalも…?

 

「ほえ~。あたし達もうそんな有名なんだ~?まだライブも1回しただけなのに~。さすがあたしだ~」

 

「な、何で私達がクリムゾングループに目を付けられているんですか?」

 

「英治のやってるファントムな。あそこは前々から目を付けられていたんだ。

そこでブレイクしているFABULOUS PERFUME。最近上り調子のevoke。

そして元BREEZEのTAKAがバンドを再開した。

それだけじゃない。Divalにはあの雨宮 大志の娘、元charm symphonyの理奈、デュエルギグ野盗狩りをしていた英治の弟子のドラマーがいる」

 

志保や理奈ちだけじゃなくてあたしまで!?

 

「クリムゾングループにとってファントムはまだ脅威ではないけど邪魔なんだよ」

 

確かにパーフェクトスコア以外の音楽を認めようとしないクリムゾングループにはファントムは邪魔なんだろうけど…。

 

「お話はわかりました。

ですけどそれで何でBlaze Futureを解散って話になるんですか?

ごめんなさい。そのお話はお断りさせて頂きます」

 

「あたしもお断りしま~す。

Blaze Future楽しいですし解散したくありませんし~」

 

「よし、ならこうしよう。

タカや英治から俺の事聞いてるだろ?

俺はずっと音信不通で行方知れずになったって」

 

「え、ええ。まぁ…。それで何でこんな所に居るのか不思議ですけど…」

 

「俺はBREEZEが解散してからもずっとクリムゾンと戦ってたんだ。

もちろんこうして俺がここに居るって事は今まで負け無しだぜ?すげぇだろ?」

 

「クリムゾンと戦ってた…?ずっと…?

それって貴や英治さんは…晴香さんは知ってるんですか!?」

 

「多分な…」

 

多分…?

いや、きっとタカ兄も英治先生もトシ兄も晴香さんも知っているんだ。

だから拓斗さんは連絡を絶ってたんだろう。

 

「それってもしかして…Artemisの梓さんの敵討ちとかそんなのですか…?」

 

奈緒の口から梓さんの名前が出てびっくりした。

まぁ奈緒も梓さんを知っていても不思議じゃないんだけど敵討ちってどういう事…?

 

「梓の敵討ち…か。何でそう思う?」

 

「……梓さんはクリムゾンに殺された。

そういった噂が流れた時期があると聞いた事がありまして。

それで拓斗さんはその噂を信じて…って思ったんですけど…」

 

「クリムゾンに恨みはある。そして俺には探しモノがある。だからクリムゾンと戦っている。梓の事故は関係ないよ」

 

「そう…ですか。それなら…」

 

「しかし…梓が殺された……か。

タカや英治から梓の事を聞かされていないんだな…」

 

タカ兄や英治先生から梓さんの事を…?

確かに2人から梓さんの事を聞いた事はないかな。あんまり話す機会がないからしょうがないのかも知れないけど…。

 

「話を戻すけどな。奈緒ちゃんと盛夏ちゃんとまどかちゃんかな?キミ達はBlaze Futureを続けたらいい。

タカを脱退させて新しいボーカルを加入させて楽しいバンドをやればいい」

 

「なっ!?」

 

「嫌で~す。あたしは貴ちゃんとしかバンドをやる気はありませ~ん」

 

「タカ兄を脱退って…何で?拓斗さんはタカ兄に恨みでもあるんですか!?」

 

「タカはもう歌わせるわけにはいかねぇんだ。だからそうしろ。

その代わりと言っちゃなんだが、これからキミ達の音楽をクリムゾンが邪魔しようとしてきたら俺が守ってやる。クリムゾンは俺達が蹴散らしてやるからよ」

 

「わ、私達…クリムゾンから逃げながらバンドをやるつもりはありませんので…。

それに私も貴以外のボーカルとバンドをやるつもりはありません」

 

「そ、そうだよ。Blaze Futureのまわりにはあたし達Divalだけじゃない。ファントムには他にもすごいバンドがいる。みんなで戦えば…」

 

「すごいバンド…?

こないだのBlaze FutureとDivalの対バンは俺も観させてもらった」

 

!?

拓斗さん…あの対バンの日ファントムに観に来てたの?

 

「楽しいライブだったと思うよ。下ネタのないタカのMCも斬新で良かったとは思う」

 

「え?下ネタ…?」

 

「貴ちゃん、昔のMCは下ネタばっかりだったのかぁ~」

 

「え?嘘…。ちょっと待って下さい?わ、私のかっこいいライブだったってBREEZEのイメージが…」

 

「でもそれだけだ。

タカの声も昔とは全然違う。あの透き通ったような声は…無くなっていた。

そしてタカの隣に似つかわしくない下手くそな演奏…」

 

「へ、下手くそって…そりゃ私はまだまだ下手くそですけど…盛夏もまどか先輩も…」

 

「カッチーン!下手くそってなんだー!

おじさんはアレですか?ようはあたし達に貴ちゃんを取られてヤキモチですか~?」

 

おじさん!?

盛夏…ホントに怒ってるのね。

 

「それもあるな…。もうタカの隣には俺以外のベースは認めねぇ。特にお前はな」

 

「むむむむむ!残念でした~。

もう貴ちゃんの隣には美少女ベーシスト盛夏ちゃんが居ますので~。

あたし達は解散もしませんし貴ちゃんを脱退もさせません。

お話は終わりですか~?それではお引き取りを~」

 

「あ?」

 

「せ、盛夏…?」

 

おおう、盛夏ホントに怒ってんだね~。

まさか盛夏がこんな事言うなんて…。

 

「タカのあの声で…お前らの下手な演奏でクリムゾンと戦っていけると本当に思ってるのか?」

 

た、拓斗さんももしかして怒ってらっしゃる?

さっきまで口調は優しかったのに、『キミ達』から『お前ら』に変わっちゃったし…。

 

「思ってま~す。貴ちゃんの隣には一生あたしがついてますので安心して帰って下さい。あたし達相思相愛のボーカルとベースですので」

 

「え?盛夏?相思相愛ってボーカルとベースとしてって事だよね?そうだよね?」

 

「バカもここまで来ると金メダル級だな。相思相愛のボーカルとベースとはまさに俺とタカの事だ」

 

「な、何をー!」

 

え?あ、え?相思相愛ってボーカルとベースとしてだよね?うん、まどか姉や渚が喜ぶようなお話じゃないよね?

ほら盛夏も喜んでないし。

 

あ、そうだよ。晴香さん言ってたじゃん。拓斗さんは梓さんの事が好きだったって。あ~、焦ったぁ~。

 

「しょうがねぇな。そろそろ時間も無さそうだし…これ以上話す必要もねぇ。

最初の予定通り…Blaze Futureは俺達で潰す」

 

なっ!?Blaze Futureを潰す!?

 

「覚悟しとくんだな。タカも居る時…Blaze Futureが揃った時に俺達がお前らを潰す」

 

「何でそこまで貴が歌うのが嫌なんですか!?」

 

そして拓斗さんは何も言わずそのまま帰ろうとしたんだけど…。

 

「Blaze Futureを潰すつもりならあたしも容赦しないですよ~?

って言うか~。今ここであたしとデュエルして行ったらどうですか~?」

 

「あ?」

 

盛夏は拓斗さんを呼び止めてデュエルギグを申し込んだんだ…。

 

「あたしが勝ったら貴ちゃんの前ではBlaze Futureを潰すとか歌うのを辞めろって言わないで下さいね?」

 

「じゃあ俺が勝ったらどうする?お前のベースをこの場で破壊してもいいか?」

 

「オッケーです」

 

「や、止めなよ盛夏。これは貴にも相談した方がいいよ?」

 

「そうだよ盛夏。もし負けたら…。今でもずっとクリムゾンと戦ってるくらいなんだから相当なレベルだよ?」

 

「大丈夫大丈夫~。盛夏ちゃんは天才だから~」

 

「お前…本当にわかってデュエルを挑んできてるんだろうな?」

 

「なんですか~?怖いですか~?

あたしに負けちゃったら貴ちゃんの隣はあたしの方が相応しいってなりますもんね~?」

 

拓斗さんを挑発するようにデュエルを申し込む盛夏。すごく怒ってるんだなって思った。

あたしはそれでも盛夏を無理にでも止めるべきだった。

 

「上等じゃねぇか。その挑発に乗ってやるよ」

 

そう言った拓斗さんはまるで吸い込まれるような闇の色と言えばいいのかな?真っ黒のベースを構えた。

 

盛夏と拓斗さんのデュエルギグが今始まろうとしていた。

 

だけどその時…。

 

「拓斗。いつまで待たせるの?」

 

「まだBlaze Futureの子と話しとるん?」

 

2人の女の子が拓斗さんの隣に来た。

志保くらいの歳の女の子と関西弁の可愛らしい女の子だ。

 

「ああ、悪いな。こいつらが素直に言う事を聞いてくれなくてな」

 

「拓斗くんの言う事は聞いておいた方がええよ?怒ると怖いで~?」

 

「そう?拓斗は優しいと思うけど?」

 

拓斗さんの仲間かな?

もしかして今の拓斗さんのバンドメンバー?

 

「盛夏。ほら拓斗さんの仲間も来たみたいだしあたし達ももう行こう?」

 

「そうだよ。早く晴香さん達に合流しよ?」

 

「ダメ。ダメだよ。

あたしは拓斗さんと貴ちゃんを会わせるわけにはいかない」

 

「な、何でよ。タカ兄がちゃんと拓斗さんと話した方が…」

 

「貴ちゃんは歌うのが大好きだもん。

昔の友達から…歌うなって言われるのは辛いと思うから…だから貴ちゃんの前ではそんな事言わせるわけにはいかないよ」

 

盛夏…。そこまで考えてたんだ…。

 

「盛夏…貴の為に…」

 

「ねぇあんた達」

 

志保くらいの歳の女の子があたし達に声を掛けてきた。

 

「拓斗と今からデュエルするんだって?」

 

「そうで~す」

 

「なるほどね。私は拓斗のバンドのキーボード。観月 明日香(みづき あすか)っていうの。あんた達も3人、私達も3人、3対3でデュエルしましょう」

 

3対3でデュエル!?

……でももしかしたらあたしや奈緒が居た方が盛夏は…。

 

盛夏のベース技術はすごい。

あたし達とBlaze Futureの対バンの時、理奈ちとベース対決をした時の盛夏の音はすごかった。

盛夏は誰かとセッションするとぐんぐん音が良くなる。それなら勝機は…。

 

「明日香!テメェ何を勝手言ってやがる!これは俺と盛夏の…!」

 

「ん、拓斗くんは黙っとき。

明日香には明日香の考えがあるんやろ」

 

「どう?私達とデュエル。

あなた達が勝てば拓斗には葉川 貴に何も言わせない。約束する」

 

あたしは盛夏の方を見た。

 

「奈緒…香菜…。巻き込んでごめん」

 

「盛夏…。謝らないで……」

 

奈緒はギターを取り出した。

奈緒もきっと盛夏と同じ気持ちではあるんだ。

 

あたしもドラムを出して演奏の体勢に入った。

 

「そう…。ならデュエルしようか」

 

明日香って子がキーボードを取り出し、関西弁の女の子がドラムを出して…。

拓斗さんはベースをベースケースに入れた。

 

「拓斗?何をしているの?

今からデュエルだよ?ベースを…」

 

「わかってる」

 

拓斗さんはデュエルの為に用意していたベースをしまい、どこからかもう1本のベースを取り出した。

 

「……本気で潰しにいくぞ」

 

そう言った拓斗さんの手には、さっきまで持っていた闇のような黒いベースじゃなく、鮮やかな明るい黄色のベースを取り出し構えた。

 

 

----------------------------------------

 

 

「黄色のベース!?」

 

晴香さんの大きな声にびっくりしてあたしは話すのを止めた。

 

「晴香さん、黄色のベースに何かあるんすか?」

 

「黄色のベースは…兄貴がクリムゾンと戦う時にだけ使ってたベースなんだ」

 

「クリムゾンと戦う時だけ?何でそんな…」

 

秦野くんも驚いたんだろう。

今までの話を静かに聞いていた晴香さんが黄色のベースってだけで声を荒げたんだから…。

 

「モンブラン栗田…。みんなこの名前知ってる?」

 

モンブラン栗田…?

そう言えば昔に英治先生に聞いた事がある。

すごい楽器職人で楽器のカスタムからリペアまでしてくれるとか?

彼の右に出る職人は居ないとかなんとか…。

 

「ん~?モンブラン栗田?可愛い名前だね!」

 

結衣は元の調子を取り戻したかな?

 

「聞いた事ありますよ。

モンブラン栗田…誰も彼の本名は知らない伝説の楽器職人。彼の手掛ける楽器は演者の想いを音にして奏でてくれるとか…」

 

「あ、私も軽音部の先生から聞いた事あります!元々はベース職人でモンブラン栗田さんのベースは100万円以上するとか!」

 

100万!?

そんなすごい楽器職人なの!?

って、その楽器職人がどうしたの?

 

「うん。秦野くんと藤川さんの言う通り。モンブラン栗田はすごい楽器職人なんだ。

そしてあの人には最高傑作ともいえる7本のベースがある。

それぞれ虹の色を与えられたiris(イリス)ベース」

 

虹の色を与えられた?

まさか拓斗さんの黄色のベースって…。

 

「赤色の『花嵐(はなあらし)』、橙色の『虚空(こくう)』、黄色の『晴夜(せいや)』、緑色の『雷獣(らいじゅう)』、青色の『雨月(うげつ)』、藍色の『狭霧(さぎり)』、紫色の『雲竜(うんりゅう)』の7本。

その内の2本はクリムゾンに奪われたらしいんだけど、黄色の『晴夜』は兄貴に。橙色の『虚空』はArtemisの澄香に託されたんだ」

 

 

拓斗さんの持っていた黄色のベースってそんなすごいベースなの?

 

「名前はリボーンのボンゴレリングから取って付けたらしいんだけどね」

 

いや、晴香さん…その情報はいらないですよ…。

 

「拓斗さんがそんなすごいベースを…?

香菜さん!それでどうなったんすか!?話の続きは!?」

 

「あ、うん。それであたし達はデュエルで負けちゃったんだけど…」

 

「いや、そうじゃなくて…あの…」

 

 

 

----------------------------------------

 

 

「これが俺達とお前らの差だ。

お前らのレベルでクリムゾンと戦う?笑わせるな」

 

あたし達は拓斗さん達に負けた。

それなりに戦える自信はあったのに、まるで歯が立たなかった。

 

「何でお前らが負けたかわかるか?」

 

あたしにはわからなかった。

技術的にはそんな差があったようには感じなかったし、何より盛夏はデュエルをしながらどんどん上手くなっているようにさえ感じてた。

 

「お前らには覚悟も想いも足りねぇんだよ」

 

覚悟…?想い…?

 

「特に奈緒と香菜。お前らはこのデュエルを避けられるなら避けたいと思いながらデュエルをしていただろ?」

 

!?

確かに…あたしはこのデュエルはしたくなかった。でもそれって普通じゃないの?

こんな潰しあいのデュエルなんて…。

 

「俺は絶対にタカを歌わせたくない。って想いがある。重みが違うんだよ」

 

違う…。あたしは…あたしと奈緒は確かにこんなデュエルは避けたいと思ってたかも知れない。でもタカ兄を辞めさせたくないって気持ちは…!

 

「さあ…盛夏。ベースを破壊させてもらおうか…」

 

…やらせない。あたしの想いや覚悟が足りなくてこのデュエルに負けたんだとしたら盛夏のベースは…。だったらあたしのドラムを!

 

「やらせません」

 

奈緒…?

 

「私は確かに…拓斗さんとデュエルをしたくないと思っていたかも知れません。

いえ、それ以前に貴に相談すれば何とかしてくれる。そう思っていたかも知れません」

 

「ほう…」

 

「だから…盛夏のベースじゃなくて私のギターを破壊します。負けたのは盛夏じゃないから」

 

「………そうか。

……お前のギターも盛夏のベースも破壊しなくていい。お前のその目。本気の目だからな。次にBlaze Futureとしてのお前らとデュエルするまでの貸しにしててやる」

 

「拓斗さん…?」

 

「良かったなぁ。ほなうちらは帰るわな。拓斗くん、明日香帰ろか」

 

「良かったね拓斗が優しくて」

 

そう言って3人が帰ろうとした時だった。

盛夏は…

 

「フン!」

 

バキッ!

 

自分のベースを地面に叩き付けて破壊した。

 

「せ、盛夏…?」

 

「あんた…何やって…」

 

「お前…自分のベースを…。な、何やってんだ!?破壊しなくていいって言っただろ!」

 

「あたしは…」

 

盛夏は自分で壊したベースの破片をひとつひとつ拾い上げてベースケースにしまいながら

 

「あたしは…自分のベースを破壊すると約束した」

 

「だからその約束は次のデュエルまで…!」

 

「破壊してもまた買い直せばいい。

破壊してもまた修理したらいい。

そう…思ってた…あたしにも覚悟は足りなかった」

 

「お前…」

 

「ごめんね…あたしの勝手で壊しちゃって。

そしてありがとうね。今まであたしと音楽をやってくれて」

 

盛夏…。

盛夏は全ての破片をベースケースに入れて、ベースケースを抱き締めて謝っていた。

 

「バカ野郎が……!」

 

そして拓斗さんは行くぞと言ってその場から去ろうとした。

でも明日香って子があたし達に近付いて来て言った。

 

「あんた本当にバカね。

楽器に思い入れがあるなら…破壊しなけりゃ良かったのに」

 

「……」

 

「そのバカさ加減に免じて教えてあげるわ」

 

あたし達はデュエルで負けちゃった事より、明日香って子が言った事が何よりもショックだったんだ。

 

「拓斗が葉川 貴に歌わせたくない理由。

それはね…」

 

「おい…明日香!」

 

「葉川 貴の喉はまだ治っていないから。

いいえ、むしろ悪くなってる。あの人はまた手術が必要になってるの」

 

「え?貴の…喉が…?」

 

「貴ちゃんが…?手術…?」

 

「明日香!そいつらに言う必要は…!」

 

「私のバンドにも喉を痛めている子がいてね。私が付き添いで病院に行った時、そこに葉川 貴がいた。

写真でしか見た事ないけどあれは間違いなく葉川 貴だった」

 

「明日香!」

 

「拓斗…この子はベースを破壊した。だからその覚悟に報いて教えてあげなきゃ。

覚悟だけじゃない。想いも拓斗には負けてたんだって」

 

「嘘…ですよね?貴の喉が治ってないなんて…」

 

「嘘じゃないわ。

受付の看護士さんにこう言っていたわよ。

『手術の日程をのばして下さい。11月に大事なイベントがあるのでその後の日程で手術の相談をさせて下さい』ってね」

 

タカ兄が…?

手術しなきゃいけない?

それを11月のファントムギグの為に先送りにしてるの…?

 

「看護士さんには怒られてたみたいだけどね。拓斗は葉川 貴にバンドを辞めさせて早く手術をさせたいの。それが拓斗がBlaze Futureを解散させたい理由」

 

「明日香…。余計な事をべらべらこいつらに話しやがって…」

 

「ね?拓斗は優しいでしょ?

あんた達にはそんな事を知らずにいさせてあげたかったんだって。

それで拓斗は悪者になっても葉川 貴に歌を辞めさせようとしていたの」

 

「貴…私が…バンドやろうなんて…言った…か…ら…」

 

「貴ちゃんが……」

 

あたしも目の前が真っ暗になった気がした。

タカ兄の病がどんなのかは知らないけど…。喉の事はちゃんと完治したって言ってたのに…。

 

ファントムギグの為に先送りになんかしたら…今度こそ…もしかしたら…。

 

「それを踏まえて……どうするのか考えなさい」

 

 

 

 

-------------------------------------

 

 

「タカが…手術…?」

 

コクン

 

奈緒が何も言わず頷いた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。貴さんの喉はちゃんと完治したって聞いてますよ!?」

 

「うん、そのはずだよ。タカが手術した時はあたしも英治もトシキもお見舞いに行ってるし、手術は大成功したって聞いてる。何かの間違いじゃないの?」

 

あたしもタカ兄が手術をしたのは知ってるし、まどか姉や遊太達とお見舞いにも行ってる。

遊太と栞はずっと泣いてたけど…。

 

「もしかしたら…また歌い始めたせいで再発したのかもしれません。私が…バンドをやろうって言ったせいで…」

 

「わかった。その事はあたしからさりげなくタカに聞いとく。だから奈緒と盛夏もあんまり気にしちゃダメだよ」

 

~♪~♪

 

ん?どこからともなくBREEZEのFutureが流れてきた。

 

「あ、電話だ。英治から…?」

 

どうやら晴香さんに英治先生から電話が掛かってきたようだ。

晴香さん着メロをFutureにしてるんだね。

 

「英治ならタカの事知ってるかも…」

 

晴香さんは電話をスピーカーにしてみんなに聞かせてくれた。

 

「もしもし?英治?」

 

『もしもし晴香。お前どこに居るんだよ。もうすぐ9時半だぞ?』

 

「うん、みんなで晩御飯食べてんだ」

 

『お?じゃあ今みんな一緒に居るのか?

じゃあ明日なんだけどな、急で悪いんだが9時にトシキの別荘に集合する事になったって伝えてくれないか?』

 

「あ、うん、わかった。伝えておくよ。

それより聞きたい事があるんだけどさ」

 

『あ?聞きたい事?』

 

「タカが手術するって話、英治は知ってる?」

 

『………誰に聞いた?』

 

「やっぱり…ホントなんだ…」

 

タカ兄は本当に手術しなくちゃいけないんだね…。何でタカ兄がそんな事に…。

 

『まぁ、そんな心配する事はねぇだろ。気にすんな』

 

「気にすんなって…そんな事出来るわけないじゃん…また歌えなくなったら…」

 

『は?歌えなく?何言ってんだお前』

 

「奈緒と盛夏もすごく気にしてる。奈緒は私がタカにバンドをやろうって言ったせいでって…すごく落ち込んでる」

 

『はぁ!?奈緒ちゃんと盛夏ちゃんも知ってんのか!?』

 

「うん…ちょっとそんな話を聞いてさ…」

 

晴香さんは拓斗さんの事を話さなかった。今は拓斗さんの事は言わない方がいいって思ったのかな。

 

『はぁ……まじかよ。

んー、まぁあれだ。タカが歌えなくなるって何でそう思ったのか知らねぇけど大丈夫だよ。奈緒ちゃん達にもそう言っとけ』

 

「英治!」

 

『な、何だよ…いきなりでけぇ声出すなよ』

 

「教えてよ…タカは…何でまた手術を…」

 

『奈緒ちゃん達も居るんだろ?言えるわけねぇだろ。タカにしばかれる』

 

「貴は…やっぱり私達には知られたくないんですね…うっ…うぅ…」

 

奈緒は泣き出してしまった。

自分の大好きな人が、自分がバンドをやろうって言ったせいで…。

きっとすごく辛いよね…。

 

「英治…奈緒達の気持ちもわかってあげてよ。タカの喉の事…みんな心配なんだよ」

 

『あ!そうか!そういう事かよ!

タカが歌えなくなるとか何言ってんだ?って思ってたけど、お前タカの手術って喉の事と思ってんのか』

 

え?今…何って?

もしかしてタカ兄の手術って喉じゃないの?

 

「ちょっと待って?タカって喉にまた何かあったんじゃないの?だから手術するんじゃないの?」

 

『いや違うぞ。タカが手術するのは喉じゃねぇ』

 

「貴が手術するのは…喉じゃ…ない?

ならどこの手術を…?」

 

奈緒は安心したのか泣き止んだけど、それでも心配そうな顔は隠しきれていなかった。

 

「英治、教えて。タカは何の手術するの?」

 

『だから気にすんなって。奈緒ちゃんと盛夏ちゃんにも歌えなくなるような事はないから安心するように言っとけ』

 

「あたし明日の朝三咲さんに英治に襲われたって泣きついてもいいんだよ?」

 

『よし、教えてやるからそれはやめような』

 

「うん、わかった。約束する」

 

『でも絶対に奈緒ちゃん達には言うなよ?適当にごまかしとけよ?もちろんタカにも言うなよ?

どうしよう…俺が喋ったってバレたらしばかれる…。あ、ちびりそうになってきた』

 

「それも約束する。あたしは絶対に何も言わない」

 

スピーカーで電話してるもんね。

晴香さんがわざわざ言わなくても英治先生から直接聞けるもんね。

 

『わかった…。タカの病名はな…』

 

みんな息を飲んで英治先生の言葉に集中した。

 

『痔だ』

 

「「「「「「「は?」」」」」」」

 

「ご、ごめん英治。よく聞こえなかった」

 

『だから痔だよ、痔。

でっけぇのが出来たらしくてな。もう手術しねぇと治らねぇんだと』

 

痔…?痔なの!?

だって明日香って子は喉って…!

 

「英治…嘘だったらひどいよ?」

 

「嘘なわけねぇだろ。これが嘘だったらタカにしばかれるだけじゃすまねぇだろ。

ちょっと前に初音が奈緒ちゃんにタカは痔ですって言った事あるんだけどな。

まさかそれが本当になるとはな。大爆笑だよな」

 

「で、でも明日香って子は喉を痛めてるバンドメンバーの付き添いの時って言ってたよね?」

 

「うん、そう言ってたよね…」

 

あたしと奈緒で話していると晴香さんが英治先生に聞いてくれた。

 

「でもさ?喉の病院で見たみたいな話もあるんだけど…?」

 

『喉の病院?あ、あれじゃねーか?

タカが喉の手術した病院あんだろ?あそこ総合病院じゃん?だからそのタカを見たって人は勘違いしてんじゃねーか?』

 

そう言えばタカ兄が手術した病院は大きい総合病院だったし、咽喉科だけじゃなくて外科も内科も…皮膚科や肛門科とかもやってた気がする…。

 

「え、英治さん!本当ですか!?本当に貴は痔なんですか!?それだけですか!?」

 

奈緒が堪らず電話に向かって話し掛けた。

 

『え?奈緒ちゃん!?何で!?』

 

「あ、これスピーカーで電話してんの。あたしは約束通り何も言ってないよ」

 

『は、晴香てめぇ…!や、ヤバ…ヤバイ…しばかれる…タカにしばかれる…』

 

「ありがとね英治」

 

そう言って晴香さんは電話を切った。

 

「よかったぁ…ただの痔だってさ…。英治があんだけ怯えてるって事は本当なんだよ」

 

「わ、私達…痔の事でこんなに…」

 

「でも奈緒さん。痔も大変ですよ?うちもお母さんが痔になりましたけど、手術後もしばらく痛がってましたもん」

 

まぁ確かに痔も手術するくらいになったら大変だって聞くけど…。

 

「で、でも拓斗さんって貴さんが喉の病気と思ってBlaze Futureを潰そうとしてるんすよね?」

 

「あの…早とちりのバカ兄貴め…」

 

「晴香さん」

 

さっきまで静かに俯いていた盛夏が立ち上がった。

何か久しぶりに盛夏の声を聞いた気がする…。

 

「ごちそうさまでした。あたしは申し訳ないですけど先にホテルに戻ります~」

 

「え?」

 

あたしが盛夏の前のテーブルを見ると、いつの間にか大量にあったご飯が全て食べられていた。

いつの間に食べたんだろう?

 

「そんなわけで~。あたしは行きますね~」

 

盛夏はそのまま個室を出ていった。

 

「ま、待ってよ盛夏。私も一緒に帰るよ。

晴香さんごちそうさまでした。何か今の盛夏を一人にしたくないので私も行きますね」

 

「あ、うん。わかった。明日は9時にトシキの別荘に集合だから遅れないようにね」

 

「了解です!」

 

そして奈緒も盛夏を追うように個室から出ていった。

 

あたし達はタカ兄の病気は痔だったという事で安心した。

でもこれから…あたし達はクリムゾンに…奈緒達は拓斗さん達からも狙われるんだね…。

 

 

翌朝。

ホテルでゆっくりと寝ていたあたしは、部屋のドアがノックされる音で目を覚ました。

 

「こんな朝早くから何…?

ふぁぁ…眠い…」

 

「あれ?奈緒さん?」

 

ん?奈緒?

あたしより早く起きていた同室に泊まっていた麻衣ちゃんがドアを開けてくれたようだ。

 

「麻衣ちゃん、盛夏来てない!?」

 

「え?盛夏さんですか?来てないですよ」

 

盛夏…?

あたしは寝間着のまま部屋の入り口へ向かった。

 

「盛夏がどうかしたの?」

 

「起きたら…盛夏がいなくなってて…それで…」

 

盛夏がいなくなった?

 

「ちょっ…奈緒、落ち着いて」

 

「こんな書き置きがあって…」

 

『夜までには戻ります。心配しないで下さい』

 

奈緒の見せてくれた盛夏の書き置きにはそんな言葉が書かれていた。

 

「奈緒、夕べホテルの部屋に帰ってからの盛夏はどうだった?」

 

「うん…夕べは…普通に色んな話をして…そろそろ寝ようって事になってベッドに入ったんだけど…」

 

 

-------------------------------------

 

『奈緒~。貴ちゃんの喉。

大丈夫で良かったよね~』

 

『うん…そだね。でも痔かぁ。

手術はしなきゃって事だから心配は心配だけどね』

 

『これで今夜も安心して熟睡出来ますなぁ~』

 

『う、うん』

 

『………やっぱり拓斗さんの事許せないよ』

 

『え?』

 

『あたしは…拓斗さんが貴ちゃんが歌うのを辞めさせようとしてた事は、どんな理由があっても絶対に許せないんだ~』

 

『盛夏?』

 

『あたしもね。奈緒やまどかさんや…貴ちゃんからベースを辞めろって言われたら、すっごくすっごく悲しいと思うから』

 

『……言わないよ。絶対』

 

『あたしも言わないよ~』

 

『うん…』

 

『だからあたしは…拓斗さんを倒さなきゃ…』

 

『盛夏?何を言って…』

 

『おやすみ奈緒。また明日ね~』

 

『盛夏…!』

 

『………』

 

『………………おやすみ盛夏』

 

 

-------------------------------------

 

 

「そうなんだ…盛夏はまだ拓斗さんの事を…」

 

「も、もしかして盛夏さんは拓斗さんを探しに…」

 

「でも盛夏にはベースは…」

 

そうだ。盛夏は自分のベースを破壊した。

拓斗さんを見つけ出せてもデュエルは出来ない。

 

もう…どこに行っちゃったのよ盛夏は…。

 

「奈緒さん香菜さん、取り合えず私達はトシキさんの別荘に向かいませんか?そこで貴さん達に相談するとか…」

 

「うん、そだね。麻衣ちゃんの言う通り。あたしらがここで考えててもどうしようもないよ」

 

「うん…そうだね…」

 

あたし達は秦野くんと結衣とも合流してトシ兄の別荘に向かった。

 

そこでタカ兄と英治先生に盛夏の事を話して、タカ兄とトシ兄、晴香さんと三咲さんと東山さんの5人で盛夏を探しに行った。

 

奈緒やまどか姉も探しに行くと言い張っていたけど、英治先生の話をしっかり聞いておくようにと説得され、しぶしぶ残る事になった。

 

英治先生の話を聞いたあたし達は、これからの事をしっかり考えて答えを出すように言われた。

 

きっと拓斗さんとデュエルした事は…これからのあたし達の物語の序章に過ぎないんだ…。



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第13話 初音

「だから俺らが行ってくるから心配すんなって」

 

「私もBlaze Futureです!連れて行って下さい!」

 

「タカが何と言おうとあたしも行くよ。

盛夏は仲間なんだから」

 

「奈緒ちゃんもまどかちゃんも。はーちゃんの言う通り、えーちゃんの話を聞いてた方がいいよ?」

 

「で、ですけど…」

 

「奈緒とまどかさんの言う通りですよ!先輩、私達も盛夏を探しに行きたいです!」

 

「だ~か~ら~。俺はもう盛夏がどこに行ったのか香菜からの話で見当ついてんの。本来なら俺ひとりでも大丈夫なの。

一応の為にトシキと晴香と達也と三咲に頼んでんだしな」

 

「見当がついてるなら尚更連れて行ってほしいわ。それに英治さんの話というのは例の事でしょう?

私達の気持ちは決まっているもの」

 

「だからな……」

 

オレの名前は秦野 亮。

さっきからオレは全く喋る事が出来ないでいる。

そんな間もないくらいに貴さんがBlaze FutureとDivalのメンバーに詰め寄られていた。

 

それというのもオレ達南のグループのひとりである盛夏さんが、朝からどこかに居なくなっていたからだ。

 

『夜には戻ります。心配しないでください』

 

盛夏さんはそんな書き置きを残していた。だから別にこの中から誰かが居なくなった。とかのミステリーではない。

 

貴さんとトシキさん、晴香さん、東山先生、英治さんの奥さんの三咲さんは盛夏を探しに行く事にしたんだが、奈緒さん達も一緒に探しに行くと言って聞かないのだ。

 

「でも盛夏ちゃんどうしたんだろう…?ボクも心配だよ…」

 

こんな時に不謹慎だとは思うが、今日のシフォンも可愛いな。抱き締めたくなる。

渉に変な事をされてないといいんだが…。

 

「盛夏はちゃんと俺が連れて帰ってくる。だから大丈夫だ。俺が今まで嘘ついた事があるか?」

 

「私にはBREEZEなんて知らないって言ってましたよね?」

 

「うっ…」

 

「それに……何か隠し事もしてるみたいですし…」

 

「は?隠し事?」

 

奈緒さんはそう言って貴さんの腰あたりを見た。隠し事って痔で手術する事を言ってるんだろうな……。

 

「別に何でもないです。それより…!」

 

「頼む奈緒。まどかも。

英治の話はこれからの俺達にとって大事な話だ。ちゃんと聞いてどうしたいのか考えてほしい」

 

「うっ…こ、こういうとこずるいですよね……」

 

「タカが…あたし達に頭を下げるなんて…」

 

「いや、頭は下げてないけど?

え?頭下げて頼めって事?」

 

貴さんも大変だなぁ…。

 

っと、そういやまだ西のグループは来てないんだな。

ここに雨宮や茅野先輩まで入って来たらまたややこしくなるもんな。

 

「わかりました。

貴、約束ですよ?

ちゃんと盛夏を連れて帰って来て下さいね」

 

「おう。任せろ。

ああ、そうだトシキ。もし盛夏を探してる途中で拓斗を見つけたら伝えといて欲しい事があるんだけど」

 

「ん?宮ちゃんに伝えたい事?」

 

「ああ、拓斗に会ったら------------------」

 

 

そんなやり取りが終わった後、

貴さん達が出発したのと入れ違いの形で、西のグループが到着し、オレ達はバンド毎に固まって座っている。

 

「私も一緒に探しに行くって言ったのに何で…(ブツブツ」

 

「私はどうするかもう決めていると言ってるのに何で連れて行ってくれないのよ…(ブツブツ」

 

そしてさっきから渚さんと理奈さんが何かブツブツ言いながら怒っていて怖い。

隣に座っている雨宮と香菜さんも怯えている。

 

「今日はせっかくの南国DEギグだってのに悪いな。みんな集まってくれてありがとう。

まぁ、タカと盛夏と達也は居ないけどな」

 

英治さんがみんなに声を掛けた。

 

オレ達Ailes Flammeは

ボーカルの渉、ギターのオレ、ベースの拓実、ドラムのエンジェル……おっと、あまりにも眩しいので天使と錯覚してしまった。

ドラムのシフォンと全員揃っている。

 

Blaze Futureはベースの盛夏さんが行方知れず。それをボーカルの貴さんが探しに行っているから、ギターの奈緒さんとドラムのまどかさんだけだ。

 

Canoro Feliceからはボーカルの一瀬さん、ギターの結衣さん、ベースの秋月さんにドラムの松岡。…………と、秋月さんの隣に座ってるのはセバスちゃん?こういう場にセバスちゃんが居るなんて珍しいな。

 

Divalはボーカルの渚さん、ギターの雨宮、ベースの理奈さん、ドラムの香菜さんで座っている。Divalもフルメンバーって感じだな。

 

evokeのメンバーはボーカルの奏さんとギターの折原さん。

何で奏さんは鉄アレイを持ちながら筋トレしているんだ?

 

ドラムの北条さんとボーカルの大西さんの所はまだバンド名は決まってないんだったな。

…………って、あの二人と一緒に居るお姉さんは誰なんだ!?いや、ほんと誰!?

 

「あのねーちゃんの名前は木南 真希さんって言ってな。なんか綾乃ねーちゃんのバンドでギターやるらしいぞ?にーちゃんとねーちゃんの会社の人らしいぜ?」

 

渉…。その情報はありがたいがナチュラルにオレの心を読むのはやめてくれ…。

 

コホン

 

そしてFABULOUS PERFUMEからはベースのナギである茅野先輩とドラムのイオリである小松。

二人とも正体は秘密って事らしいが、ここにいるほとんどの人はもう知ってるんだよな…。てか、二人とももう隠そうともしてないし…。

 

gamutのメンバーはベースボーカルの佐倉さんとキーボードの藤川さん。

そういや二人共オレ達と同い年なんだよな。

 

これだけいるバンドメンバーに、英治さんと初音ちゃん。

 

今この部屋にはこれだけの人がいる。

トシキさんの別荘って広いんだな…。

 

「まずどこから話せばいいのか…。本当はタカに任せるつもりだったから俺ん中ではちゃんとまとまってないんだけどな」

 

そう言って英治さんは、

北のグループのinterludeとの話、

西のグループの雨宮の親父さんとの話、

南のグループの拓斗さんとの話をし、

それから本題の話が始まった。

 

「今回のこの南国DEギグの旅行なんだが、実は反クリムゾングループのSCARLETに仕組まれた事だった。HONEY TIMBREからの招待じゃなかったみたいだ。あはははは」

 

ザワッ

 

「SCARLETって俺達を助けてくれた?」「え?どういう事?」「反クリムゾングループ?」「 SCARLETって聞いた事ありますわね」「ハッ。秋月グループが出資している組織でございます」

 

SCARLETの名前を聞いてみんながざわめきだした。

渉達を助けてくれたSCARLETが俺達を招待した…?

 

「それというのも俺のライブハウス『ファントム』はクリムゾングループに目を付けられているらしくてな。そこでライブをやってくれているみんなはクリムゾングループに狙われているらしい」

 

みんな何も言わなかった。

それもそうだろう。クリムゾングループに狙われる。

 

それは楽しい音楽、自由な音楽をやっていればいつかはぶち当たる壁だから。

まだオレ達のレベルや認知度で狙われるのは早い気もするが、アルテミスの矢として戦っていた英治さんのライブハウスだ。

クリムゾングループには気になるバンドなんだろう。

 

「そこでSCARLETが持ち掛けてきたのが、ライブハウス『ファントム』で音楽事務所を設立し、ファントムでライブをしてくれるみんなを俺の事務所に迎え、クリムゾングループと戦おうという提案だ」

 

ザワッ…

 

「音楽事務所!?」「クリムゾンと戦う!?」「え?これってデビュー出来るチャンス?」「どういう事かわかんないんだけど…」「戦うってどういうつもり?」

 

驚いた…。メジャーデビューとかそういう事は考えた事がない訳じゃないけど…。

でもそれでオレ達はどうなるんだ?

ライブだってevokeの前座しかさせてもらった事がないのに…。

 

「まぁ、クリムゾングループと戦うと言っても俺ももちろんみんな何もしなくていい。クリムゾングループに邪魔をされたり挑まれたりしたら戦わずにいられないのは音楽やってりゃ一緒だしな。

ようはクリムゾングループに俺達のバックにはSCARLETがいる。と牽制する為の案だ。その方がみんなもバンド活動をやりやすいだろ」

 

確かにそんな組織がバックについているならクリムゾンもそう簡単には俺達に手を出せなくなるか…。

 

「正直俺も悩んでる。タカも悩んでるみたいだしな。でも、もしそれが自由な音楽をやりたいと思ってるみんなを守る力になるなら…。俺はやってみてもいいと思った。だからみんなファントムに所属するバンドになるかどうか考えて答えを聞かせて欲しい。もちろんメジャーデビューする必要はないぞ。インディーズって形でも構わない。以上だ」

 

以上だ。って…。

そんなの急に決めれる訳ないじゃ…。

 

いや、少なくともinterludeは既にオレ達Ailes Flammeを意識しているだろう。

雨宮の親父さんが拓実の事を知っていたとなると他のクリムゾンのバンドにも知られている可能性もある。

オレ達はSCARLETに所属した方がいいのか…?

 

「お父さんのアホ!」

 

ん?初音ちゃん?

 

「初音。父親に向かってアホとは何だ。泣いちゃうぞ?わかってんのか?」

 

「今の説明じゃみんなわからない。混乱するだけだよ。そもそもそれに寄ってどうなるとかこうなるとかの説明もないじゃん!」

 

「初音。お父さんもう涙目だ。だってこういうの俺苦手なんだもん」

 

「じゃあ私から説明する。なんかおかしいとかお父さんやタカの意図してない事を言ってたら訂正して」

 

「御意」

 

初音ちゃんは本当にしっかりしてるなぁ…。

 

「私が聞いた話じゃないし、ところどころ間違いもあるとは思いますが、ファントム代表として私が説明させて頂きます」

 

「待て初音。代表は俺だ」

 

「まずSCARLETに関してですが…」

 

初音ちゃんは英治さんの言葉を無視して話を進めた。

 

「SCARLETの事に関しては私もよくわかっていませんでした。反クリムゾングループという名前だけで、クリムゾングループとどういう関係なのか、どのように戦っているのか。

ただ北のグループのみなさんのお話ではSCARLETの人が、Ailes Flammeとinterludeの間に入ってくれて、interludeはSCARLETとのデュエルを避ける為に退散したと聞いています」

 

「なるほど」「春太そうなのか?」「うん、SCARLETと揉めるわけには…みたいな感じだった」「SCARLETって何なんだろう?」

 

「そこで私は色々とSCARLETの事を調べてみました。どんな組織なのか…。クリムゾンとの関係…。そして…金にな…私達にどんなメリットがあるのか」

 

今、初音ちゃん金になるのかとか言おうとしてなかったか?

 

「まずSCARLETの行っている活動についてですが、表向きはライブハウスやコンサート会場への派遣事業、ゲーム開発、開発したゲームのグッズ作成等を行っているそうです。どうやら『バンドやりまっしょい』ってゲームはSCARLETが開発しているゲームだそうです」

 

「表向き?」「え!?バンやり!?」「奈緒、ちょっとバンやり起動してみて」「あ、はい。………M&Sソフトって書いてま……あ!クレジットの所にちっちゃくSCARLETって書いてます!」「ま、まじなのか…」

 

「そんな会社が何故?と思われるかも知れません。そもそもクリムゾンと関係ないじゃん。と思っている人もいると思います」

 

確かに…それだけじゃクリムゾンが撤退するような感じはないよな…。

 

「そこで私はネットの掲示板で気になる書き込みを見つけました。

『反クリムゾングループSCARLETについて語ろうぜ』ってスレの書き込みですが…」

 

いやそのまんま過ぎるだろ!?

 

「見て下さい。……お父さん、プロジェクターをオンにして」

 

「はい。わかりました」

 

そして巨大なスクリーンが天井からおりてきて、どこから出したのか初音ちゃんがノートパソコンを取り出し画面をスクリーンに映した。

初音ちゃんがしっかりしているというか何というのか…。それにも驚いてはいるんだがトシキさんの別荘本当にすごいな!

 

「ある人はこんな書き込みをしています。『今日のクリムゾンとのデュエルやばかったけどSCARLETのバンドマンに助けてもろたwww』とか、『SCARLETとクリムゾンのデュエル初めて見た!』とか、『SCARLETってマジなにもんなん?何でクリムゾンと戦ってるん?教えてエロい人』とか『あ~、SCARLETが本気を出してクリムゾンを潰してくれたらいいのにな~』とかとか」

 

「あの、質問があるのだけれどいいかしら?」

 

「理奈さん。何でしょう?」

 

「そのSCARLETのバンドマンに助けてもらったって人の書き込みなのだけれど、wwwって何なのかしら?」

 

そこ!?理奈さんそこが気になるんですか!?

 

「このwというのは(笑)のようなもので、笑いと文字を打つときにwが1文字目なのでwとだけ打って略してるんです。

他の使い方としてはwwwっていう風にwが並んでいると草が生えてるみたいに見える事から『草生えた』って使い方もあります。まぁ、諸説はあるかも知れませんが」

 

「なるほど。ありがとう、よくわかったわ。そういう事だったのね…」

 

って初音ちゃんもちゃんと質問に答えるんだな!偉いな初音ちゃん!

 

それよりメタな事言うと理奈さんってもしかしてDival編第2章からずっとwの事気になってたんですか!?

デュエルギグ野盗の事は調べたりしてたのに!?

 

「このSCARLETのスレは現在part8までありますが、ざっくり見た感じではSCARLETのバンドはクリムゾンとデュエルギグをして負けそうなバンドに加勢しているようです。そしてクリムゾン主催のライブやイベントに乗り込んだりしている訳ではないようです。

そこだけで判断するわけにはいけないとは思いますが、SCARLETはクリムゾンと敵対している。かといってクリムゾンに戦いを仕掛けているわけではない。そう見て取れます」

 

「そう言えばあのお姉さんもそんな感じだったよね」「ああ、interludeが退散したら何もしなかったしな」「これって晴香さんに聞いた貴達と同じ感じじゃない?」「Artemisの矢か…」

 

「そこで!私は考えました!」

 

初音ちゃんが大きな声を出してみんな静かになった。

 

「私はファントムとしてSCARLETのグループ会社として…ファントムを音楽事務所にしようと思います!ですが!!」

 

みんな初音ちゃんの言葉に耳を澄ましている。

 

「これからもファントムは昼にはカフェを、夜にはライブハウスと変わらず営業します。そしてもちろんファントムに関係のないバンドがうちでライブをやりたいと言ってくれれば、これまでと変わらずうちでライブをやってもらいたいと思ってます。ライブスタッフはSCARLETから派遣されたスタッフさんにお願いしたりするかも知れませんが…えへへ」

 

「あの…初音?それ俺と貴とトシキで考えた事だけど…?」

 

「みなさん。ファントムが音楽事務所になるからといってそこに所属する必要はありません。他の事務所に所属しても変わらずうちを使って頂いても構いません。だから重くは考えないで下さい。

まずはここまでで質問はありますか?」

 

「所属する必要はないって言っても…」「実際にはクリムゾンには狙われてるわけだよね?」「メジャーデビュー?」「でも英治さんはデビューしなくてもいいって…」

 

「あ、後言い忘れてました。これは貴と私で思った事なのですが、クリムゾンが私達ファントムにデュエルを挑んで来ても、SCARLETは助けてくれる訳ではないと思います」

 

「え?初音?それどういう事だ?俺はそれ聞いてないけど?」

 

「ここまでの話ではSCARLETに対するメリットがありません。SCARLETのスタッフを使う事での広告塔。そこの役立たずのおじさんにはそう言ったみたいですが、それはあまりメリットではないと思ってます」

 

「役立たずのおじさんって俺の事か?そうなんだな初音…」

 

「SCARLETの思惑としては私達がクリムゾンを打ち倒す事。私達がSCARLETに所属すれば余計に私達はクリムゾンにとっての脅威になると思うんです」

 

「あ、なるほどな。そう言われたらそうだな」

 

「私達のバックにはSCARLETがいるから下手に手出しは出来ないという後楯も出来ますが、今以上に名を知られて狙われる事になる。そう思ってます。

クリムゾンとのデュエルは負けたら終わりのデュエルですから…私達は勝たないといけない。そして私達が勝てばクリムゾンのバンドは減る。

SCARLETにはバンドが1組しかいないから私達を戦力にしたい。SCARLETの狙いにはそこにもあると思ってます」

 

「…負けたらお互い終わりだもんね」「もし俺達がクリムゾンに負けたらネオAiles Flammeでバンドやろうぜ」「渉は本当に貴さんに似てるね」「クリムゾンに脅威に思われればクリムゾンのトップアーティストに狙われるかもな」「奏。俺達のレベルアップにはありがてぇ話だな」

 

「みなさん静かに!思う所もあると思います。質問は受け付けますのでひとりひとり聞いてきて下さい」

 

初音ちゃん本当にオレ達より年下なのか?

 

「あの…いいですか?」

 

「はい!双葉お姉ちゃん!」

 

「もし…私達が…あ、私じゃないけど…、FABULOUS PERFUMEがクリムゾンのミュージシャンに負けた場合…私達はどうなりますか?あ、心がどうとかじゃなくてファントムとして…って事です」

 

「うん。ファントム的には何も問題ないと思ってます」

 

「問題…ない?」

 

「これも私とタカで話してた事ですが、もしファントムのバンドがクリムゾン関係なく、仕事や学校、プライベートな事情でもなんでもバンドを解散する。音楽を辞めるって事になっても出来るだけではありますがバンドの意思を尊重しようと思ってます。

逆にクリムゾンに負けてもバンドを続けたい。音楽をやりたいと思ってるならファントムのみんなで助け合えばいいと思ってます」

 

「でもそれじゃクリムゾンは…」

 

「クリムゾンとか関係ないですよ。本人の気持ちが大事です。万一それでSCARLETがそのバンドに辞めさせろとかいうなら……私はSCARLETととも戦います。ですから負けた場合なんか気にせず楽しんでバンドをやって下さい(ニコッ」

 

「初音ちゃん…うん、わかったよ」

 

「あの…」

 

「はい!一瀬さん!」

 

「ファントムに所属したら……プロに…メジャーデビュー出来るって事ですか…?

も、もちろんインディーズでも全然いいんですが、そのチャンスはあるのかな?と…」

 

「そこもこの後にお話しするつもりでしたが、先に言っておきますね。

メジャーデビューは約束します」

 

「え?初音?マジ?お父さんお前が違う人みたいで心配なんだけど?」

 

「もちろんすぐにって訳ではないですし、SCARLETにこれからネゴシエーションも必要とは思ってますが、メジャーデビューをする事については約束します。

ですが給料とかCDを出したいとかライブをやりたいとか…その辺りは各バンドの頑張り次第だと思ってます。

ビジネスのお話にもなりますし、出来るだけしたくはないですが、売れなければ嫌な仕事もしないといけない事もあるかもですし。

音楽イコールビジネスとは思ってませんしそういうのは私も嫌いですけどね。

理奈さんなら…少しわかってくれるんじゃないかな?」

 

「ええ、そうね。プロならプロとしての仕事もある…。

でも初音ちゃんが…ファントムの代表が音楽イコールビジネスと思っていないと聞けて安心したわ」

 

「理奈?音楽イコールビジネスとは俺も思ってないけどな?ファントムの代表は俺だからな?初音じゃないから」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「他に質問はありませんか?」

 

オレは今のところは大丈夫かな。

あ、待てよ…。オレ達は…。

 

「は、はい」

 

「亮さん…。いくらでも質問して下さい!」

 

え?いや、ひとつしかないけど…。

 

「オレ達Ailes Flammeはまだ高校生です。他にも学生のいるバンドも多いと思いますがプロに…メジャーデビューしたとして学校とかどうしたらいいすか?」

 

「さすが亮さん。いい質問ですね♪」

 

え?そうかな?

 

「そこも考えている所ではありますが、学生と仕事は両立出来るようにしたいと思ってます。ですから亮さんが大学に進んでも……拓実さんがパティシエになって店を構えてもそこは当人のやりやすいようにしたいと思ってます。

もちろんそこはお給料に響くとは思いますけどね」

 

拓実の夢の事まで…。

だったらオレ達Ailes Flammeにはありがたい話か…?

 

「ファントムはSCARLETのグループになっても、みなさんはSCARLETじゃなくてファントムの所属です。そこはちゃんとSCARLETとも約束しますので安心して下さい。他には何かありますか?」

 

みんな何も言わず静かにしている。

 

「他に質問はないようですので次にいきますね」

 

続きもちゃんと聞かないとな。

これからのオレ達の事だし…。

 

「次にSCARLETに…いえ、ファントムに所属した場合の規約なんですが…」

 

「規約!?」「どんな規約だろう?」「でもこういうのがあるなら聞いておきたいよね」「初音ちゃんってしっかりしてるね」

 

「まず1つ目ですが、今後ファントムのバンドマンのグッズはSCARLETで製作してもらいます。もちろん製作をSCARLETで。という事ですので、今まで変わらずグッズの収益やどんなグッズを展開するかは今までと変わらずで大丈夫です。

って言ってもこれに関係あるのは今はevokeとFABULOUS PERFUMEだけですかね」

 

「グッズに関しては私達も大丈夫かな?」「いつも違う所に発注してるもんね」「奏。うちは問題あるか?」「いや、問題ないと思う」

 

「そして2つ目ですが、SCARLETのイベントにも参加してもらう事もあると思います。そこももちろんバンドの気持ちも尊重したいとは思いますが、一瀬さんの質問の時も言いましたように、プロとしての仕事と割り切ってやってもらう事もあると思います」

 

「仕事としてか…」「どんな事やらされるんだろう?」「俺はあんまり人前に出るのはな」「正直この事に関しては複雑な気持ちだわ」「あ~、理奈はcharm symphonyの事あるもんね」

 

「規約としては以上です。

他にも細々とした事もあるとは思いますが、道徳的な事はみなさんもわかってらっしゃると思いますし、まだ私達がSCARLETと話し合って決まる事もあるとは思います。

その点はまた決まり次第改めてお話させて頂きます。ここまでで質問はございますか?」

 

「はい!」

 

「はい!ユイユイさん!」

 

「イベントってどんな事をやるのかな?」

 

「はい、そこはまだ正式に決まってませんが、多分CD発売時にリリースイベントとか、バンドマンによるトークショーとかそんなのじゃないかな?って思ってます。後、インターネットTVとかもやりたいって言ってました」

 

「リリースイベントか…」「理奈はリリイベとかやった事あんの?」「一応あるわよ」「インターネットTVとか私やってみたいかなぁ?」「トークショーとか俺は自信ないな」

 

「このあたりも正式に決まってからのお話になると思いますし、バンドの方向性とかもあると思います。他に質問はありますか?」

 

「はーい!」

 

「ゆ……シフォンさんどうぞ!」

 

「ボク達はまだライブした事もないしグッズとか全然考えてないけど、ライブするならグッズを作らないといけないとかあるのかな?」

 

「それはいいと思いますよ。グッズもタダってわけじゃないし、15年前に解散したどっかのバンドみたいにグッズが余りまくっても大変だろうし」

 

「初音。そのどっかのバンドって俺達の事か?」

 

「他にありますか?」

 

「初音?だからそれってBREEZEの事言ってんだよな?」

 

「では。最後のお話をさせて頂きたいと思います。これはすごく大事な事です」

 

大事な事?規約とかよりも大事な事なのか?

 

「これまではSCARLETの事をお話させて頂きましたが、クリムゾンについてお話させて頂きます」

 

クリムゾンの事…?

確かにクリムゾンも謎だらけではある。

 

「まずみなさんも知っているように皇紅蓮の率いるクリムゾンミュージック。

XENON(ゼノン)を筆頭にパーフェクトスコアを歌えるミュージシャンが揃っています。私達ファントムだけじゃなく、全世界の自由な音楽を歌うミュージシャンの脅威です。

ですが、私達ファントムの最大の脅威はクリムゾンミュージックではありません」

 

「クリムゾンミュージックじゃない?」「どういう事?」「しっ、静かに。みんな初音の話を聞こう」「ゴクリ」

 

「私達の最大の脅威はクリムゾングループの会社…音楽事務所なのかな?

クリムゾンエンターテイメントが私達の最大の脅威。これからはクリムゾンエンターテイメントとの戦いになると思います」

 

「クリムゾンエンターテイメント?」「お父さんの事務所か…」「クリムゾングループ全体が敵じゃないの?」「どういう事だろう?」

 

「この中にも知っている人はいると思いますが、Blaze Futureのタカは15年前にBREEZEというバンドをしていました。

その時にメジャーデビューを夢見たArtemisというガールズバンドと出会います。

そのArtemisがクリムゾンエンターテイメントに狙われ、解散するかクリムゾンエンターテイメントに所属するかという状況になりました。

そこでBREEZEを筆頭に『アルテミスの矢』というグループを作り、Artemisを守る為にアルテミスの矢とクリムゾンエンターテイメントの戦いが始りました」

 

「Artemisが…?」「これは聞いた事あるよね」「アルテミスの矢ってそういうグループだったんだ…」「結弦は聞いた事あるか?」「知らねぇ」

 

「そしてそのクリムゾンエンターテイメントはパーフェクトスコアを凌駕するスコア。アルティメットスコアを作ろうとしています。理由は15年前に直接戦ったBREEZEにもわからなかったそうです」

 

「アルティメットスコア?」「パーフェクトスコアよりすごいの?」「そんなスコア存在するのか?」「私はパーフェクトスコアよりまっちゃんの作る曲が好きだよ!」「あ、ありがとうな…」「それより初音は何でこんな詳しいんだ?パパ心配なんだけど?」

 

そして初音ちゃんはクリムゾンエンターテイメントの事を説明してくれた。

 

アルティメットスコアを作ろうとしたクリムゾンエンターテイメントの創始者である海原 神人。

アルティメットスコアを研究していた九頭竜 霧斗。

最強のバンド軍団を作ろうとした二胴 政英。

クリムゾンに負けたミュージシャンを救済していた手塚 智史。

クリムゾンの名前を利用し、デュエルギグによる争いの世界を作ろうとした足立 秀貴。

 

15年前、アルテミスの矢は手塚の力を借りて足立を倒し、海原を海外に退ける事が出来た。

 

手塚は今はSCARLETとしてクリムゾンと戦っている。オレ達がSCARLETに属すれば味方となるだろう。

 

そしてクリムゾンエンターテイメントに力を蓄えていた九頭竜と二胴。

日本に帰ってくる海原と、暗躍していると噂のある足立。

それが…オレ達の敵…。

 

雨宮の親父さんのバンド。それにinterludeもクリムゾンエンターテイメントのバンドマンのようだ。

もちろん他にもすごいバンドマンはたくさん居るんだろうが…。

 

「私達はそんな戦いをしなくちゃいけないと思います。出来ればそんな戦いはしたくないと思ってますが…。だから…。みなさんもその事をよく考えてこれからをどうしたいか決めて下さい。

私からのお話は以上です」

 

「はい。質問」

 

「え?まどかお姉ちゃん?」

 

「何?あたしが質問したらいけない?」

 

「い、いえ……どうぞ…」

 

「クリムゾンとは戦いたくない。関わり合いたくない。そんなバンドはファントムではどうなりますか?」

 

「え?……私はいいと思います」

 

「いいんだ?じゃああたし達がクリムゾンにデュエルを挑まれても逃げてもいいんだね」

 

「まどかお姉ちゃんは…戦いたくないの?

それならそれでいいと私は思う。さっきも言ったけど私も出来れば戦いなんて避けたいし…。でもBlaze Futureはタカが…」

 

「タカは関係ないよね」

 

「関係ないって…」

 

「みんながクリムゾンと戦ってる中でも、あたしは怖いからクリムゾンと戦いたくない。だからクリムゾンから逃げる。でもファントムではライブをやりたい。それでもいいって事?」

 

「ちょ、まどか先輩…!」

 

ザワッ

 

まどかさん?どうしたんだ?

全然まどかさんらしくない。

みんなもざわつきだしている。

 

「まぁ、例えばここに居るBlaze Futureはあたしと奈緒だけ。タカや盛夏が戦うと決めても、あたしと奈緒は戦いたくないと言えばそれまでだし、それはあたし達バンドの問題。

初音の言う通りあたし達が考えて決めるべきだと思う」

 

「お、おいまどか」

 

「英治は関係ない。黙ってて」

 

「関係ないって…ファントムの代表は俺なんだけど…」

 

「初音。それもいいこれもいい。だから皆さん考えて決めて下さい。ずっとそれだけじゃん」

 

「そ、それのどこがいけないの…?

ファントムの音楽事務所に入って戦うのはバンドのみんなだもん…」

 

「戦うのはあたし達バンドだけじゃないでしょ。ライブハウスのスタッフ、音楽事務所としてのファントムのみんな。

初音、あんたも戦う事になるんじゃん」

 

「そんなのわかってるよ…だからみんなに…」

 

「あたしが聞きたいのは初音の気持ち。

あたし達がどうこうの前に、初音はどうしたいのか。初音はあたし達にどうしてほしいのか。あたしはそれを聞かせてほしい」

 

ザワザワ…

 

「私の…気持ち…?」

 

まどかさん…。

そうか。そうですよね。

初音ちゃんはさっきからオレ達にファントムに所属するかしないのか。

それをオレ達で決めてくれと言っていた。

 

だけど、初音ちゃんはファントムとしてクリムゾンと戦うと言っているのに、オレ達にどうしてほしいかは言っていない。

もしオレ達がファントムに所属しない。クリムゾンとは戦いたくないって決めたら…初音ちゃんは…。

 

「言って…いいの?私がどうしたいのか…どうしてほしいのか…きっと迷惑になるよ?」

 

「あたしがそれを質問してんの。だから言っていいの」

 

「私は……大変な事とか…忙しい日もいっぱいあったけど、ファントムでの毎日が大好き。タカやまどかお姉ちゃんもバンドやりだしてから、いっぱい来てくれるようになって、遊ちゃんや志保…もいっぱい遊びに来てくれるようになって…」

 

みんな初音ちゃんの気持ちをしっかりと聞いている。

 

「Ailes Flammeの音楽はすごく元気になって、私も頑張ろうって気持ちになれて…」

 

初音ちゃんはオレ達の方を見てそう言ってくれた。

 

「Blaze Futureはかっこよくて、楽しい気持ちになれて熱くなってつい暴れちゃて…。

Canoro Feliceはキラキラしてて、明るい気持ちになって気付いたら笑顔になってて…。DivalはBlaze Futureとは違うかっこよさがあって、楽しいとか元気とかを分けてもらってる感じあってドキドキして…」

 

初音ちゃんはそれぞれのバンドを見て、ゆっくりと話していた。

 

「evokeもすごく暴れたくなる熱さがあって叫びたくなるかっこいい音楽で、FABULOUS PERFUMEは演奏の1つ1つに美しさとか凄みとかがあって、ドキドキして感動して泣きそうになったりもあって…。綾乃お姉ちゃん達やgamutのライブはまだ見た事ないけど、今からすごく楽しみにしてて…」

 

初音ちゃん…。

 

「私は…みんなの音楽が大好き。そして、みんなといる毎日が大好き。

だから…私は…」

 

初音ちゃんは言葉を詰まらせていた。

 

「私…は…」

 

「初音ちゃん!言っていいよ!ボクも初音ちゃんの気持ちを聞きたい!」

 

シフォンが声をあげて立ち上がった。

 

「初音!あたしも!あたしも初音の気持ちを聞きたい。迷惑とかないよ」

 

続くように雨宮も立ち上がった。

 

「俺も!」「私も!」「初音ちゃん言って!」「みんな初音ちゃんの言葉を待ってるよ」「僕も!」「初音様お聞かせ下さい」

 

みんな立ち上がって初音ちゃんの言葉を待った。もちろんオレも。

 

「みんな…私…私は…。

みんなと一緒がいい。みんなと一緒にファントムで頑張りたい。

みんなに…ファントムに入ってほしい…。

いつも通りの毎日をみんなと一緒に…」

 

ワァァァァァ!!!!

 

「もちろん!」「当然ね」「一緒に戦うぞー!」「俺達はファントムだ」「みんなずっと一緒だよ」「頑張ろうな!」「これからもよろしくね」「バンドやろうぜ!」

 

みんな歓声を上げた。

そしてみんな…本当にちゃんと考えてんのかな?ハハハ…楽しいな。ファントムは。

 

 

その後、冷静になった初音ちゃんはこう言った。

 

「あ、でも今のは私の気持ちですから、バンドのみなさんもちゃんと話し合って決めて下さいね!まだ正式な契約とかではありませんので!」

 

本当にしっかりしてるな。初音ちゃんは…。

 

「あ、それとクリムゾンとのデュエルはエンカウンターデュエルになると思います。

エンカウンターデュエルにはチューナーと呼ばれる存在が必要になります。

チューナー探しもSCARLETは協力してくれるそうですが…Blaze Futureのチューナーは私がやるからね。よろしくね。まどかお姉ちゃん、奈緒さん♪」

 

 

 

そしてトシキさんと晴香さん、東山先生と三咲さんが戻って来て、オレ達は南国DEギグの会場へと戻った。

 

貴さんからはグループLINEで

『盛夏はバッチリ見つけたから心配すんな。ただ一度そっち戻ったら南国DEギグに間に合いそうにねぇから直接会場向かうわ』

との事だった。

 

盛夏さんも無事に見つかったみたいで良かったぜ。

 

 

 

 

 

-------------------------------------

 

 

「ねぇ美緒。私達もさっきついファントムに入るって言っちゃったけど良かったかな?」

 

「ん、別に問題ないでしょ。それに私自身ファントムでやりたいと思ったのは本当だし」

 

「それは私もそうだけどさ?ファントムのみんな楽しいし」

 

「じゃあいいんじゃない?」

 

「だけど神原先生に怒られないかな?」

 

「SCARLETとクリムゾンの事?」

 

「うん…私達って前からクリムゾングループのバンドとはデュエルする事もあったしそれは問題ないと思うけど…」

 

「SCARLETの事も大丈夫じゃない?先生も好きにしたらいいって言ってたじゃん」

 

「でも…まぁ美緒はDivalもBlaze Futureもファントムに入ったら理奈さんも奈緒さんも一緒だからそっちの方がいいかも知れないけど…」

 

「うん、まぁね」

 

「あれ?反応薄いね?いつもならもっと喜びそうなのに」

 

「え?そんな事ないよ?嬉しいし喜んでるし」

 

「ハッハ~ン。この麻衣さんには全てわかりました。ズバリ!理奈さんや奈緒さんとやれるより葉川さんと一緒の方が嬉しいんだね?」

 

「は!はぁ!?麻衣何言ってんの!?そんな事ないし!お兄さんは義理の兄になる予定のただのラーメン仲間だし!」

 

「義理の兄ねぇ?こないだ私達で練習後に何か食べに行こうってなった時、たまには美緒のラーメン付き合うって言ったのに、お兄さんとラーメン食べに行く約束してるからごめんって先に帰っちゃうし~?」

 

「だ、だからあの日は先にお兄さんと約束してたからだし!私がお兄さんとの約束破ってお姉ちゃんのポイントが下がったら困るし!」

 

「私達も一緒に連れて行っても良かったんじゃない?ファントムギグの話とかもあるしみんな顔見知りではあったし」

 

「だからってみんなでいきなり行ったらお兄さんも驚いちゃうでしょ」

 

「それにそのベースケースに大事そうに付けてるマスコット。葉川さんに取ってもらったやつじゃん?」

 

「はぁ!?な、何でその事知ってんの!?こ、これはせっかく取ってもらったから付けないのはお兄さんに失礼かな?って思って…」

 

「ありゃ?本当に葉川さんに取ってもらったやつなんだ?」

 

「え?」

 

「ふんふん。そっかそっかぁ~。これは美緒の初恋かにゃ?」

 

「ま…麻衣…本気で怒るよ…?」

 

「あははは。美緒カッワイ~」

 

「そんなんじゃないから…本当に…もう…」

 

「あ、待ってよ。美緒」

 

 

 

 

 

「ど…どうしよう…聞いてしまった…。

ファントムの事、頑張ろうねって声を掛けに来ただけだったのに…。

………gamutってSCARLETの事も知っているみたいでしたけど何か関係があるのかな?

いえ、それよりも……。

貴って何であんなにモテるんですか?

渚といい理奈といい…。何か黒い陰謀?

……

………

それにしても…

美緒の初恋かぁ~……。

美緒……。何で?

何で寄りによって貴なの…?

お姉ちゃん…どうしたらいいの?」



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第14話 楽器の声

あたしの名前は蓮見 盛夏。

 

あたしは昨日、元BREEZEのベース。

宮野 拓斗というおじさんにデュエルを挑み…負けてしまった。

 

そしてデュエルに負けたあたしは自分のベースを破壊した。

そういう約束でデュエルをしたから。

 

宮野 拓斗はあたし達に覚悟が足りないと言った。

ベースを破壊しても買い直せばいい。

ベースを破壊しても修理すればいい。

 

確かにあたしには覚悟が足りなかった。

 

 

 

そして貴ちゃんは今手術をしなきゃいけない状態になっている。痔の。

 

宮野 拓斗は貴ちゃんは喉の手術をしなきゃいけないと思っている。痔なのに。

 

だから宮野 拓斗は貴ちゃんに歌うことを辞めさせようとしていた。

 

貴ちゃんは歌うのが大好きだ。

BREEZEの時に歌えなくなった貴ちゃんは本当に辛かっただろうと思う。

 

そんな貴ちゃんの側に居たくせに、貴ちゃんに歌うのを辞めさせようとするのは、あたしは許せなかった。

 

貴ちゃんが本当に喉の病気だったら、あたしも歌うのは辞めてほしいと思うだろう。

そう思うと無理矢理歌うのを辞めさせるのも優しさなのかも知れない。

 

でもあたしは貴ちゃんに歌うなとは言わない。言いたくない。

 

無理矢理歌うのを辞めさせるのが正しいのか。

歌いたい貴ちゃんには思う存分に歌わせてあげるのがいいのか。

 

あたしは貴ちゃんへの想いも足りなかったのかも知れない。

 

 

 

 

そんな事を考えていたら、あたしはいてもたってもいられなくなった。

 

あたしはある所へ向かうべく、朝早くから山を登り、崖を越え、長い道のりを走っていた。

 

「はい、お嬢ちゃん着いたよ。4,600円ね」

 

「は~い。ありがとうございます~。

あ、領収書下さい~。宛名はファントムでお願いします~」

 

今、あたしはタクシーを使って目的地に到着したのだ。

 

そう…あたしはここに来る為に…。

 

 

 

 

そしてある家のインターホンを押した。

 

-ピンポーン

 

……

………

…………

 

およ?出てこない?

もう一度押してみる。

 

-ピンポーン

 

……

………

…………

 

お留守かな?

 

-ピンポーン

-ピンポーン

-ピピピンピンポーン

 

連打してみた。

 

あれ~?本当に居ないのかな?

取り合えず行く宛も無いし帰ってくるまでここで待たせてもらおうかな?

 

そう思った時だった。

 

-ガチャ

 

「うるさいな…誰?」

 

家のドアが開かれ、タバコをくわえたお姉さんが出てきてくれた。

 

「あれ?女の子?本当に誰?」

 

「はじめまして~。あたしは蓮見 盛夏と申します~」

 

「え?は、はい、はじめまして」

 

「こちらに伝説の楽器職人、モンブラン栗田さんがいらっしゃるとお聞きしたのでお伺いさせて頂きました~」

 

「……何でここにモンブラン栗田って人がいると思ったの?あんた何者?誰に聞いた?」

 

「それはですね~。まずここの表札にモンブラン栗田って書いてますので居ると思いました。そして先程も言いましたがあたしは蓮見 盛夏と申します~。誰に聞いたのかは昨日ご本人に名刺を戴きまして~」

 

あたしはお姉さんに昨日のおじいさんに貰った名刺を見せた。

 

そうなのだ。昨日あたしが北国モンブランをあげた人物。

あのおじいさんこそがモンブラン栗田だったのだ。

 

「じじいが名刺を…?珍しい…。

あ、あんたまさか…じじいの愛人?」

 

 

「あー、盛夏ちゃんだっけ?アイスコーヒーでいい?」

 

「お構いなく~。ありがとうございます~」

 

あたしはお姉さんに家にあげて頂き、これからアイスコーヒーを美味しく頂戴する所だ。

 

このお姉さんの名前は杏子(きょうこ)さん。モンブラン栗田さんのお孫さんらしい。

 

「んで?じじいは今モンブラン食べに町に出てんだけどさ。何の用?」

 

「あ~。それはですね~。実は」

 

あたしは杏子さんの前にベースを出した。

 

「この子を修理して欲しくて~」

 

「あちゃ~。これもうバラバラじゃん。修理するより新しいの買った方がいいよ?」

 

「あは~。やっぱりそうですかね~…?」

 

「さすがにモンブラン栗田でもそれは直せないよ」

 

「そっかぁ…」

 

あたしが自分で壊したんだもんね。

ごめんね。あたしのベース…。

 

「随分型遅れみたいだし…新しいのが良くない?」

 

「はい~。バイト頑張って新しいの買う事にします。あ、でもバイト先のお店閉店しちゃったんだった。どうしよっかな~?」

 

「………そのベース。そんなに大事なんだ?」

 

「ほえ?」

 

「なんか…愛おしそうに触ってるからさ…」

 

「うん。中学の頃から…ずっと一緒だったから」

 

「そっか」

 

「アイスコーヒーごちそうさまでした~。あたしはそろそろ…」

 

「え?帰っちゃうの?もう少ししたらじじいも帰ってくると思うしゆっくりしていきなよ」

 

「いえ~。友達に何も言わずに出て来ちゃったから心配してると思いますし、ベースも直せないなら…」

 

「ふぅん、あ、そだ。うちの店見て行く?店って言ってもいつもは開けてないんだけどね。ベースももちろんあるよ」

 

ほぉ~。ベースもあるのかぁ。

でも藤川さんがモンブラン栗田さんのベースは100万以上するって言ってたしさすがに買えないしな~。

 

「見てくだけならタダじゃん。おいでよ」

 

う~ん、次に買うベースの参考にもなるかな?せっかくだし見させてもらおうかな?

 

「じゃあ、見るだけで」

 

「あはは、気に入ったのあったら買ってくれていいんだよ」

 

 

そしてあたしは杏子さんに連れられて家の裏手にあるお店へと入った。

 

「普段はこのお店は閉めててね。気に入った客しかお店に入れないし売らないから在庫だけはいっぱいあるんだ」

 

お店の中にはギターやベースだけじゃなく、ウクレレやバイオリン。色んな楽器が列べられていた。

 

「およ?このギター」

 

「ん?盛夏ちゃんギターもやるの?

でも、ごめんね。それは売り物じゃないんだ」

 

「いえいえ。あたしはベースオンリーです。ランダムスターって珍しいなぁって思いまして~」

 

レジの横に広いスペース。

そこには星の形をしたギター、ランダムスターが置かれていた。

 

「このランダムスターは古いモデルでね。もう20年くらい前のやつかな?

これを最新型にカスタムしてくれって面倒な依頼を受けちゃって…」

 

ほうほう。20年前のギターか~。

このギターはヘッド部分がギブソンタイプなんだね。

その人もこのギターがすごく大事なんだね。

 

 

 

 

ふぅん。ベースも色々あるなぁ。

カラーはやっぱり奈緒のギターが赤だしあたしは青系の方がいいかな?

 

そんな事を考えていると…

 

「え!?理奈!?」

 

「ん?盛夏ちゃんどしたの?」

 

あたしの目の前に理奈の大きなポスターが貼ってあった。これcharm symphonyの時のポスターかなぁ?

 

「あ、それね。charm symphonyのRina。

じじいがこの子のファンでさ。それでポスター貼ってんの」

 

ほうほう。モンブラン栗田さんは理奈のファンなのかぁ。理奈とお友達ですよ~って言ったら羨ましがるかなぁ?

 

「今帰ったぞ~」

 

およ?帰ってきたかな?

 

「あ、じじい。おかえり」

 

杏子(あんこ)。お前ランダムスターのカスタムは終わったのか?」

 

「いや、まだだよ。お客さんが来ててさ。そんであたしの名前はきょうこだから。あんこじゃないから」

 

「客人じゃと?」

 

モンブラン栗田さんとあたしは目が合った。

 

「こんにちは~。あれ?まだおはようございますかな?」

 

「おお!おお!おお!!

お嬢ちゃん久しぶりじゃのぅ!」

 

「久しぶりって言うかお会いしたのは昨日ですけどね~」

 

モンブラン栗田さんはあたしの所に走って来て手を握ってブンブンと手を振りながら

 

「お嬢ちゃんよく来てくれたのぅ!お嬢ちゃんにはワシの出来る限りのお礼をしたいと思っておったんじゃよ!」

 

「あははー。北国モンブランくらいでおおげさですよ~」

 

「そんな事はないぞ!北国モンブランを貰ったからってわけじゃない。お嬢ちゃんの優しさと眼に惹かれたんじゃ。

っと、それより今日は何でここに来たんじゃ?ベースの事か?」

 

「あー、それね。盛夏ちゃんはベースの修理依頼に来てくれたみたいなんだけどさ。さすがに修理不可能って感じで…」

 

あたしの代わりに杏子さんが答えてくれた。

 

「ふぅむ…杏子にも修理が無理ならワシでも無理かの……すまんな、お嬢ちゃん」

 

「いえいえ。お気になさらず~」

 

あたし達はお店からまたリビングの方へ戻り、今度はモンブラン栗田さんがあたしのベースを見てくれた。

 

「おぉ~…これは確かに酷いのう…」

 

「やっぱりそうですよね~。ベースは新しいのを買う事にします。ありがとうございました~」

 

あたしはベースを担いで帰ろうとした。

けどモンブラン栗田さんは

 

「お嬢ちゃん。何でベースを壊したんじゃ?」

 

「ほえ?」

 

「これはお嬢ちゃんが叩きつけるとか何かして壊したんじゃろ?かわいそうな事じゃ…」

 

「え?盛夏ちゃん…そうなの?」

 

やっぱりバレちゃったか。

そうだよね。こんなにバラバラなんだもん。

 

「実は…ですね~…」

 

あたしはモンブラン栗田さんと杏子さんに昨日の経緯を話した。

二人とも黙って最後まで聞いてくれた。

 

「なるほどのぅ…」

 

「拓斗さん…か…。もしかして盛夏ちゃんってタカさんのバンドメンバーなの?」

 

え?

杏子さん…貴ちゃんの事知ってるの?

 

-ピンポーン

 

あたしが杏子さんに貴ちゃんの事を質問しようとした時、家のインターホンが鳴った。

 

「はい?どなた様ですか?」

 

あたしの時はなかなか出てくれなかったのに…。

あたしがそう思っていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『ああ…あんこか。じいさんはいるか?』

 

この声…貴ちゃん?

 

「あたしの名前はきょうこだ!あんこじゃねぇ!」

 

『いや、そのネタはもういいから。じいさんに聞きたい事あんだけど』

 

「盛夏ちゃんの事?」

 

『……やっぱ盛夏はここに来てたか。今も一緒か?』

 

え?え?え?本当に貴ちゃん?

どどどどど…どうしよう!?

 

「さぁ?きょうこ様お願いしますって言ったら教えてあげない事もないけど?」

 

『あ、そういや俺昨日運転中のトシキの写真撮ってたんだったわ。この写真見たくねぇか?』

 

「盛夏ちゃんは今一緒に居るよ。鍵は開いてるから入って来て」

 

え!?杏子さん!?

 

 

「盛夏…」

 

「た、貴ちゃん…。あ、あはは~。おはようございます~」

 

「お前ほんと何してんの?」

 

「あ、あ、あ…あは~。貴ちゃんよくあたしがここに居るってわかったね~。

おお!?もしかしてこれは…!貴ちゃんの愛の力…!」

 

「はいはい。愛の力愛の力」

 

そう言って貴ちゃんはあたしの隣に座った。

 

「あんこ。悪い、何か飲み物くれ」

 

「あたしはタカさんの家政婦じゃ…」

 

「ほれ」

 

そう言って貴ちゃんは杏子さんにスマホを投げ渡した。

 

「トシキの写真いっぱい入ってるから欲しいの転送していいぞ」

 

「タカさんはコーヒー好きだったよね。すぐ淹れてくるね」

 

杏子さんはスキップしながら台所へ向かって行った。

ほうほう。杏子さんってもしかしてトシキちゃんの事……

 

「さてと…」

 

ビクッ

 

あ、あわわわわ、貴ちゃんに怒られる…

 

「じいさん。盛夏のベース直せそうか?」

 

え?あれ?あれあれ?

 

「…さっき見せてもらったがの。あれを直すのは無理じゃな」

 

「そっか。じいさんに直せないなら無理か」

 

……

………あれ?貴ちゃん?

あたしの事怒らないの…?

 

「盛夏」

 

「は、はいぃぃぃぃ!?」

 

「あ?どしたの?」

 

怒られる…怒られる…

 

「まぁいいか。このじいさんの所は楽器屋もやってんだけどよ。少しベース見させてもらうか?」

 

え?あれ?……怒られない?

 

「はいタカさん。アイスコーヒーでいいよね?」

 

「おう。ありがとうな」

 

そう言って貴ちゃんは杏子さんからアイスコーヒーを受け取って飲み始めた。

 

貴ちゃん…?

 

「あの…貴ちゃん…?」

 

「ん?どした?」

 

「ううん…何でもない…」

 

貴ちゃんは…あたしを怒らないの…?

 

 

 

怒ってくれないの……?

 

 

 

「盛夏?」

 

………

 

「おい、盛夏」

 

………

 

 

「盛夏!」

 

え?あれ?

 

「ん?貴ちゃん?なぁに?」

 

「お前俺の話聞いてた?」

 

「お?ごめ~ん。お昼ご飯と晩御飯の事考えてて~」

 

「はぁ…あのな。あんこが言ってたけどさっき店の方見せてもらったんだって?」

 

やっぱり…怒ってくれないんだ…

 

「うん~。でもお金もないし~?何かコレってのがなかったっていうか~」

 

「え!?ワシの作ったベースはダメじゃったか!?」

 

「いえいえ。そうじゃなくてですね~。

何て言えばいいかなぁ?何かね。どのベースもあたしと一緒に居たいって思ってくれてないみたいな?ベースの声が聞こえてこないっていうか~」

 

「ベースの声…じゃと?」

 

「盛夏…お前…」

 

ん?何か変かな?

あ、まぁベースの声が聞こえるとか聞こえないとか変だもんね。

 

あたしは……何を言ってるんだろう?

 

「じじい…もしかしたら盛夏ちゃんなら…」

 

「そうじゃな」

 

ほえ?

モンブラン栗田さんは席を立って杏子さんとお店の方に歩いて行った。

どうしたんだろう?

 

「盛夏…お前のベース…親父さんに買ってもらったんだったか?」

 

「うん、そうだよ~。当時はあたしはギターをやりたかったのに間違えてベースを買って来られて~」

 

「蓮見……やっぱり記憶にねぇな…。

なぁ、お前のお母さんの旧姓って…」

 

ん?どうしたんだろう?お母さんの旧姓?

 

「待たせたの…」

 

お?

あたしと貴ちゃんが話しているとモンブラン栗田さんと杏子さんがベースケースを3本持ってきた。

 

……

………

 

その3本のベースケースの内の1本。

あたしはそれに目を奪われた。

 

3本共同じベースケースに入っているのに、何故かあたしにはその1本のベースがすごく輝いて見えた。

 

「お嬢ちゃんに見て欲しいベースがあっての…」

 

モンブラン栗田さんはあたしの前に3本のベースケースを置いて、ベースを取り出そうとした。

だけどあたしは1本のベースケースに指を指して…

 

「あたし…このベースが見たい…」

 

「ん?これかの」

 

そう言ってモンブラン栗田さんは藍色のベースを取り出してあたしに渡してくれた。

 

「おお~!これはこれは~」

 

あたしはその藍色のベースに目も心も奪われていた。

 

だけど…何か違う。

 

「お嬢ちゃんそのベースはどうじゃ?」

 

「うん。すごいと思う。何がどうすごいかと聞かれてもわからないんだけど~」

 

「盛夏ちゃん、それ弾いてみる?」

 

「いいの?」

 

あたしはその藍色のベースを弾かせてもらった。

 

ん~?やっぱり…何か違う…。

 

「じいさん。あのベース…」

 

「うむ。ワシの最高傑作irisシリーズのうちの1本。『狭霧』じゃ」

 

「……まだ残ってたのか」

 

「拓斗のやつはお嬢ちゃんとのデュエルで『晴夜』を使ったらしいの」

 

「らしいな…」

 

「ホッホッホ」

 

「ん?」

 

「カマをかけただけじゃが…本当に『晴夜』を使っていたとはのぅ」

 

「…盛夏から聞いてたんじゃねぇのかよ」

 

「お嬢ちゃんから拓斗とデュエルをした事は聞いたがの。ベースの事までは聞いておらんよ」

 

「……そうか」

 

「拓斗に託した『晴夜』、澄香に託した『虚空』。そしてクリムゾンに奪われた『雨月』と『雷獣』。

ベースは音楽を楽しむ為に弾くもんじゃ。だから楽しい音楽をやれないクリムゾンにはワシのベースは渡したくなかった」

 

「……」

 

「お主らにクリムゾンからワシのベースを取り戻してほしくて託したベースじゃが…」

 

「悪かったな…取り戻せなくて」

 

「いや、その方が良かったのかも知れん。ワシもワシのベースを、クリムゾンから取り戻す為の武器にしてたんじゃよ」

 

「そうでもねぇだろ。拓斗のバカは律儀にクリムゾンとのデュエルん時しか使ってなかったけど…澄香はいつもあのベースで弾いてたしな。少なくとも澄香は楽しんで弾いてたぞ」

 

「ワシの気持ちの問題じゃよ。

だから残った『狭霧』と『雲竜』と『花嵐』の3本は楽器の音色(こえ)を聴ける者に託したかった」

 

「それが盛夏か」

 

「ホッホッホ。後は元charm symphonyのRinaちゃんに使ってもらえたら最高じゃのう」

 

「は?理奈?」

 

「お?タカも知っとるのか?」

 

「ああ、その理奈ならモンブラン栗田(じいさん)にベースをリペアしてもらいたいって言ってたぞ」

 

「な、なんじゃってぇぇぇぇ!!?」

 

「おわっ!?び、びっくりしたぁ~」

 

あたしはモンブラン栗田さんの叫び声にびっくりしてベースの演奏を止めた。

 

「じじいどうしたの?いきなりでかい声出して…盛夏ちゃんびっくりして演奏止めちゃったじゃん…」

 

「タカ!それは本当か!?マジか!?

嘘じゃったらワシは泣くぞ!?お前も泣かせるぞ!?」

 

「いや、マジだけど?」

 

「まさか…Rinaちゃんがワシの事を知ってくれているとは…嬉し過ぎて天に召されそうじゃ…。あ、婆さんが川の向こうからワシを呼んでる」

 

ん~?どうしたんだろう?

何かあったのかな?

 

「どうしたのじじいは…それに婆ちゃんまだ健在だからね?今日も朝から南国DEギグに出演する推しバンドのグッズ買う為に並びに行ってるからね?」

 

「そうじゃったかの?

それよりお嬢ちゃん。そのベースはどうじゃ?」

 

「う~ん。とってもいいベースだと思います~。でも何か違うんだよね~」

 

「違う?」

 

「うん」

 

どう言えばいいだろう?

思った事をそのまま言えばいいかな?

 

「なんか~?お互いに仲良くしようとしてるけど上手く打ち解けないみたいな、息が合わないみたいな?なんかそんな感じ?」

 

このベースはすごくいいベースだと思う。でもあたし達は合わない感じがする。

 

「だからこのベースはお返しします~。関東に帰ってからゆっくりベース探ししようと思いま~す」

 

「お嬢ちゃんはそのベースの声は聞こえたかの?」

 

「うん。それは聞こえた気がする~」

 

「そうかそうか」

 

そしてモンブラン栗田さんはあたしのベースを取って。

 

「お嬢ちゃん。このお嬢ちゃんのベースとその藍色のベースを交換してくれんか?交換じゃからもちろんタダじゃよ」

 

え?あたしのベースとこのベースを?

 

「そのベースの名前は『狭霧』。

明日お嬢ちゃん達が帰るまでに必ずお嬢ちゃんに合う最高のベースに仕上げてみせる。じゃから…お願いじゃ」

 

う~ん…どうしようかな?

あたしのベースとバイバイしなきゃだしなぁ?でもタダか~。むむむむ~。

 

バイト先も潰れちゃったからすぐにベースも買えないしな~。う~ん…。

 

「じゃあ、是非お願いしま~す」

 

「ありがとうの。さぁ、忙しくなって来たぞ!杏子、手伝ってくれ!」

 

「は?あたしランダムスターのリペアがあるんだけど…」

 

「全部明日までに仕上げるぞ…。ワシの最後の仕事じゃ」

 

最後の…?

 

「じじい…?」

 

「ワシももう歳じゃ。細かい作業はもうやれんし最新のパーツなんかもよくわからん。その辺はもう杏子の方が詳しいじゃろ」

 

「じいさん…」

 

「じゃが、irisシリーズだけはワシの手で…そう思っておった。

これがワシの最後の仕事。そしてこれからは杏子。お前がモンブラン栗田二代目としてワシの仕事を継げ。お前ならもうワシの腕を越えておる」

 

「じじい……。そっか。じじいも引退か…。わかったよ。最後の仕事…あたしも手伝う」

 

「お嬢ちゃん、タカ。そういうわけじゃ。ワシらは仕事に戻るからの。明日トシキの所に届けに行くから待っておれ」

 

「………わかった。じいさん…頼むな」

 

「モンブラン栗田さん…お願い…します」

 

「ばっちり任せとけぃ」

 

そう言ってモンブラン栗田さんと杏子さんは玄関まであたし達を見送ってくれてから仕事に戻り、あたし達も南国DEギグがあるから急いで戻る事にした。

 

「よし、みんなにもLINEしたし俺らも行くか」

 

「うん…」

 

ベースの事は何とかなって一安心だけど、貴ちゃんは…二人になった今も怒ってくれなかった。

 

「参ったな。この辺は山だしちょっと町の方まで歩かないとタクシーもつかまえらんねぇな」

 

「そうだね~」

 

「ん?盛夏?何か元気ねぇか?

ベースの事はじいさんに任せとけば大丈夫だと思うぞ」

 

違う…そうじゃない…。

 

「貴ちゃん…」

 

「ん?」

 

「怒ってないの?」

 

聞いてしまった。

怒ってくれないの?って続けようかとも思ったけど…それだと…やっぱり違うから。

 

「は?それでビビってんの?」

 

ビビってる訳じゃないけどね…。

 

「うん…まぁ…」

 

「そっか。まぁあれだ。

怒ってるか怒ってないかって質問なら、正直めちゃくちゃ怒ってる。

本当ならげんこつの1発でもお見舞いしたいくらいだな。もしくはお尻ペンペン」

 

貴ちゃん…怒ってる…?

 

「お尻……うわぁ…セクハラだぁ~」

 

「でも奈緒と香菜に聞いたしな。どういう経緯かは知らねぇけど、盛夏は俺の為に拓斗とデュエルをしたって…」

 

まさかそれが貴ちゃんの痔が原因だと知ったらどう思うかなぁ?うふふ~。

 

「誰にも言わずにじいさんの所に行った事は怒ってるけど…元はと言えば俺の為だったわけだし。

でもみんな心配してたからな。みんなには謝っておけよ」

 

「やっぱり怒ってるんだ?」

 

「ああ…まぁな」

 

貴ちゃん…怒ってくれてた…。

怒ってくれてたんだ。

 

「貴ちゃん…!」

 

「グハッ」

 

あたしは貴ちゃんに飛び付いた。

 

「ごめんなさい…」

 

「あ?何が?今いきなり体当たりしてきた事?勝手に行動した事?」

 

「ん…どっちも…」

 

「そっか」

 

「うん…ごめんなさい…」

 

「まぁどっちも気にすんな。でももう勝手な行動したりすんなよ?

って言ってもお前こないだの旅行の時も勝手に行動してたけどな。2回目だよ?わかってる?」

 

「は~い。もう勝手な行動はしませ~ん」

 

「本当にわかってんのかな……。

それより歩き辛いんだけど?いつまでしがみついてんの?」

 

「朝から何も食べてないから力が入らない~。ひとりで歩けない~」

 

「め…めんどくさ…」

 

あたしはそのまま貴ちゃんの腕にしがみついて歩き始めた。

 

 

ちょっとくらいなら…今日だけだから……いいよね?

 

 

 

「おお!?そうだそうだー!そうだったー!」

 

「あ?いきなりどした?」

 

さっきの貴ちゃんの質問に答えてないや。

 

「あのね?お母さんの旧姓なんだけど~」

 

「ん?おお、そういや聞いてなかったな」

 

「知らないの」

 

「は?」

 

「んとね。あたしって貴ちゃんのBREEZEのライブの後にお父さんとお母さんに作られたじゃん?」

 

「いや、あの…はい。そうみたいですね。ってかそれわざわざ俺のって言う必要ありましたかね?」

 

「お母さんその時まだ18で未成年だったから、お母さんのお父さん。つまりあたしのおじいちゃんに反対されてて、勘当されたんだって~」

 

「そうなのか…。やっぱ考え過ぎか…。考えてみりゃ盛夏って21だもんな。15年前に盛夏のお母さんに会ってたら盛夏にも会ってても不思議はないもんな」

 

「ん~?そうとも限らないかも?」

 

「え?そうなの?」

 

「さっきも言ったけどお母さんは色々反対されてて、籍は入れてたから結婚はしてたわけだけど、お母さんがあたしを産んでからしばらくの間、お母さんは一人暮らししててね。あたしはお父さんとおじいちゃんとおばあちゃんと4人で住んでたからね~」

 

「なんか…複雑だな…」

 

「色々落ち着いてから一緒に暮らし始めたんだよ。その間もお母さんは趣味全開でライブとか行きまくってたらしいし、英治ちゃんに口説かれてた時には実はお母さんは人妻だったのだ~。まぁ、お父さんと出会う前にも口説かれてたみたいだけど~ 」

 

「そうだったのか…」

 

「それでも時々はあたしもお母さんに会ったり遊んだりしてたし寂しくなかったけどね。おお!そういえばあたしがお母さんと暮らし始めたのも15年前くらいかも~。結局お母さんのお父さんには認めてもらえなかったみたいだけど~」

 

「15年前…か…」

 

「うん」

 

「盛夏が…生まれる前から英治に口説かれた事もあって…生まれてからも口説かれた事があるなら…やっぱり盛夏のお母さんは俺達と…何度も会ってんだな」

 

「そういう事になるね~。でもどうしてお母さんの事が気になるの?

まさかとうとうお母さんに…娘さんをくださいと挨拶に…!?」

 

「盛夏に英治がお母さんを口説いてたって聞いた時から気になってはいたんだけどな。お母さんの名前な…」

 

「ほえ?」

 

聖羅(せいら)だろ?」

 

「おお!正解正解!さすが貴ちゃん!」

 

「やっぱりか」

 

「貴ちゃんはお母さんの事知ってるの?」

 

「あ?まぁな。何度も会ってんぞ。

そっか…聖羅ってあん時にはもう盛夏を産んでたんだな」

 

「……ならお母さんならあたしと貴ちゃんの事許してくれそうだねぇ」

 

「は?何が?何を許してもらうの?」

 

そっかそっか~。

お母さんは貴ちゃん達と何度も会ってるのか~。

高校の時は軽音楽部に入るのも反対されたけど、バンドをやるって話した時に何も言われなかったのはそれも関係してるのかな?

ボーカルがBREEZEのTAKAだったから…?

 

「盛夏…変な事…聞いてもいいか?」

 

「変な事…?

あ、大丈夫。あたしまだ彼氏とか出来た事ないし~。まだした事ないよ?

ちょっと怖いけど…頑張る…!」

 

「お前何言ってんの?マジで何言ってんの?俺がこの状況でそんな事聞くと思ってたの?」

 

「ほえ?あたしバンドやるの貴ちゃんとが初めてだよ?」

 

「え?あ、ああ、バンドな。バンド。うんバンドだなバンド」

 

うふふ~。貴ちゃんからかうと面白いなぁ~。

 

「それで?変な事ってなぁに?」

 

「あ、ああ…あれだ…。

盛夏のお父さんって本当に間違えてベースを買ってきたのか?」

 

え?変な事ってそれ?

 

「そうだよ~。貴ちゃんは何を見てたの?あたしが弾いてたのはベースだよ?」

 

「いや、それは見たらわかるっつーの」

 

まぁ、ギターとベースは違うしね。

見たらわかるよね~。

 

………見たらわかる?

お父さん…音楽があんなに好きなのに…ギターとベースを間違えて買ってきた…?

 

あれ?なんか違和感…?

今更だけど…普通間違えないよね…。

 

「盛夏のお父さんは間違えて買ってきたのかな?って。もしかしたら…ギターじゃなくてはじめからベースを…ってな。

ベース買うちょっと前に何かあったんじゃねぇかな?って」

 

ちょっと前に?

お父さんは最初からベースを買うつもりだった?

あれ?……あれ?

 

 

……あ

 

 

あたしは思い出した。

お父さんがベースを買ってきてくれた日。

 

あの日の少し前……。

 

 

 

 

-----------------------------------------

 

 

『おかーさーん。おかわりー』

 

『せ、盛夏?もう5杯目よ?』

 

『おかわりー』

 

『はいはい…』

 

あの日は家族みんなでご飯を食べてて…

 

『あ、ごめんね盛夏。もうお米ないみたい…』

 

『ええええ~…あたしまだ食べ足りないよ~』

 

『ごめんごめん。また明日はもう少し炊いておくから』

 

『ふぇぇぇぇぇ…食べ足りない~…』

 

あの日はお米がなくておかわり出来なくて…落ち込んでたんだっけ?

そしたらお父さんが…

 

『ほら盛夏。今日はもう我慢しろ。

その変わり今度ギター買ってきてやるから』

 

『ギター…?ほんとに!?』

 

『ああ、少し早い誕生日プレ…』

 

『わぁぁぁい!やったぁー!

誕生日でもクリスマスでもないのにギター買ってもらえる~!』

 

『ああ、だから少し早い誕じょ…』

 

『わぁぁぁい!わぁぁぁい!!

誕生日とクリスマスと別腹でギター買ってもらえるぅぅぅぅ!』

 

『だから別腹じゃなくて…』

 

『わぁぁぁい!おかわり我慢したらギター買ってもらえる事になったぁぁぁ』

 

『あの…も、もういいや…』

 

あたしは確かにお父さんにギターを買ってもらえるはずだった。

だってあの時お父さんは…

 

『それでな盛夏。お父さん雑誌買ってきたからこの中から好きなギター選んでいいぞ。どのギターが欲しい?』

 

お父さんは…楽器の雑誌を買ってきてくれてて…あたしに好きなギターを選べって言ってくれたんだ…。

 

『う~ん、どのギターがいいかなぁ?

これもいいし~、これも可愛いし~、あ~、これもいいなぁ』

 

『盛夏…?これ値段で選んでないよな?』

 

いいな~って思うギターはたくさんあったけど、どれかってなるとなかなか決められなくて…。

 

『どれどれ~?お母さんにも見せて』

 

お母さんも一緒に雑誌を見て3人でどれがいいかってなってたんだっけ。

 

『あ、盛夏。お母さんこれとかかっこいいと思うんだけどどう?』

 

『ん~?何かピンときませんなぁ』

 

『あ、お母さんこれ欲しいな~。ねぇ、お父さん』

 

『いや、母さん楽器何も出来ないじゃない。譜面も読めないし…』

 

『あ、これ…盛夏。これにしなさいな。

盛夏にはこの子がいいよ』

 

『ほえ?どれ~?』

 

『このブルーの…』

 

お母さんがあたしに勧めたのは、ギターじゃなくてベースだった。

 

『お母さん~。これギターじゃないよ~』

 

『お父さん。盛夏にはこの子がいい』

 

『母さん…?そっか。わかったよ』

 

『お父さん?何がわかったの?あたしが欲しいのはギターだよ~』

 

『あはは、そうだな。盛夏が欲しいのはギターだもんな。じゃあどのギターにする?』

 

『う~んとね~…』

 

 

 

-----------------------------------------

 

 

そうだ。あの日は結局どのギターがいいか決められなくて…。

 

お父さんが買ってきてくれたベース。

あれは…お母さんが選んだベースだ。

 

「貴ちゃん」

 

「ん?」

 

「貴ちゃんの言う通りかも。お父さんが買ってきてくれたベースは…お母さんが選んでくれたベースだ」

 

「そっか」

 

ん?どうしたんだろ?

もしかしてお母さんもバンドやってたとか?実はベーシストだったとか?

 

「貴ちゃん、お母さんってバンドやってたとか?」

 

「ん?いや?俺の知る限りじゃバンドやってたとかないぞ?」

 

あ、そうなのか。

ならお母さんがベースを選んだのはたまたま?

 

いや、それよりも…何で貴ちゃんはそんな事を聞いてきたの?

やっぱりお母さんには何かある?

 

「何で俺がお母さんの事聞いてきたんだろ?って思ってんのか?」

 

「お?さっすが貴ちゃん。あたしの事は何でもお見通しですな~」

 

「さっき盛夏がベースの声が~とか言ってたろ?盛夏のお母さんも楽器の声が聞こえるとか言ってたからな。それで思い出しただけだ。

世の中には音色が見える人もいれば、楽器の声を聞ける人もいるんだと」

 

「ふ~ん、そうなんだぁ?」

 

あたしのお母さんも楽器の声が聞こえるのか~。遺伝なのかな?

 

「あ、そいや」

 

「なぁに?」

 

「拓斗のバカに何言われたんだ?」

 

「ほえ?」

 

ん~。さすが貴ちゃんが歌う事を辞めさせようとしてたからとか言えないよね~。どうしようかなぁ?

 

「んとね。貴ちゃんの昔のMCは下ネタだったって~」

 

「は?あのバカ……奈緒と盛夏と香菜の前で何言ってんの?本当にバカなの?

やっぱりあの野郎いっぺんシメてやんねぇとな……」

 

嘘はついてないもんね~。

 

「でもそれじゃねぇだろ?それくらいでデュエルしようとかなんねぇだろ…」

 

「どうしてそう思うの?それが原因だよ~?」

 

「いや、それこそなんで!?俺の昔のMCが下ネタばっかだったからってデュエル勃発しちゃうの!?やだ怖いわ。過去のMCに震えちゃう」

 

「いや~何が原因でデュエルになるのかわからないものですな~」

 

「はぁ…てっきり盛夏が俺のベースをやるのを認めねぇとかそんなん言われたんかと思ってたわ…」

 

え?貴ちゃん…?

 

 

 

『もうタカの隣には俺以外のベースは認めねぇ。特にお前はな』

 

 

 

特にお前はな。

宮野 拓斗は確かにそう言っていた。

 

あれはあたしが文句を言ったからだと思ってたけど…。実は違う?

あたしだから…貴ちゃんの隣はダメ?

 

「貴ちゃんは…何であたしが宮野 拓斗にそう言われたと思ったの?

貴ちゃんも…あたしが隣でベースを弾くのは……」

 

「貴ちゃんも……か。やっぱり拓斗にそれ言われたんだな」

 

「あ…」

 

「心配すんな。拓斗が何を言おうと…誰が何を言おうと…俺の隣は盛夏の場所だ」

 

貴ちゃん…。

 

「ずっと?」

 

「おう。ずっとだ」

 

「あたしは貴ちゃんの隣にずっと居ていい?」

 

「当たり前だろ。Blaze Futureのベースは盛夏じゃねぇとダメだ。盛夏以外のベースを俺は認めねぇよ。だから奈緒と一緒にずっと俺の隣に居ろ」

 

「おお!?これは……プロポーズ!」

 

「いや!?何言ってんの!?

ボーカルとベースとの話だよね!?」

 

「ん~?でも宮野 拓斗は貴ちゃんと相思相愛って言ってたし~。そういう事なのかな~?って~」

 

「た、拓斗の野郎…マジで泣かす…。

いや、待って。あいつ俺と相思相愛とか本当にどうしちゃったの?梓にフラれたショックでソッチになっちゃったの?やだ怖くなってきた」

 

あたしはずっとBlaze Futureで、貴ちゃんの隣でベースを弾き続けるよ。

貴ちゃんの隣でずっとずっと…。

 

 

貴ちゃんの隣はあたしの居場所だから。

 

 

「あ、貴ちゃんタクシー来たよ。

ヘ~イ、タクシー!」

 

「どうしよう拓斗と会っちゃったら…。逃げる?やっぱり逃げるのが1番かな?」

 

あたし達はタクシーに乗り、南国DEギグの会場へと向かった。

 

やはり一大イベントがあるからか道は混雑していて、あたし達は開場時間どころか開演時間にも間に合わなかった。

 

タクシーを途中で降りて、領収書をしっかりと貰い、あたし達は走って会場へと向かった。

 

会場の裏手の林道を走り、もうすぐ会場の入口という所まで来た時、

そこにはトシキちゃんと英治ちゃんと、宮野 拓斗が居て……

今まさにデュエルをしようとしているところだった。

 

「トシキ…英治……。と、誰だあいつ?」

 

貴ちゃん…もうそのネタはいいから~。



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第15話 そよ風

俺の名前は佐藤 トシキ。

 

あれ?何気に俺のモノローグって初めてじゃないかな?

 

俺達は今南国DEギグの会場前に居た。

 

「タカと盛夏ちゃんはタクシーで向かって来てるみたいだけどな…。

渋滞してるから開場には間に合わないみたいだ」

 

「そうなんだ?チケットははーちゃんに渡してあるよね?」

 

「ああ、一応な」

 

南国DEギグの会場は広い。

アリーナはA~Eブロックに分かれていて、スタンドはA~Lブロックに分かれている。

 

チケットにはどこの席かは記載されておらず、開場された時に抽選で決まるらしい。

俺達が貰ったチケットはペアチケットになっているので、はーちゃんは盛夏ちゃんと一緒に入れるだろうけど…。

一度入っちゃったらもう合流は出来ないだろうな…。

 

「あ、列が動いてきましたよ。そろそろ開場ですかね?」

 

亮くんとシフォンちゃん。

渉くんと内山くん。

奈緒ちゃんとまどかちゃん。

一瀬くんと結衣ちゃん。

秋月さんと栞ちゃん。

松岡くんと双葉ちゃん。

渚ちゃんと志保ちゃん。

理奈ちゃんと香菜ちゃん。

豊永くんと折原くん。

綾乃ちゃんと大西さん。

美緒ちゃんと藤川さん。

晴香ちゃんと達也くん。

三咲ちゃんと初音ちゃん。

そして英ちゃんと俺。

 

このようにペアに分かれて南国DEギグを楽しむ事になった。

 

「出来ればアリーナに行きたいよなー」

 

「そうだな。近くで感じたいものだ」

 

「茅野はスタンドの方がいいよな?」

 

「あ、そうだね…ずっとスタンディングは辛いかも」

 

「もし冬馬達がアリーナになったら誰かと交換してもらえばいいんじゃないかな?」

 

みんな思い思いの事を話しながら開場するのを待っている。

 

SCARLETやクリムゾン、そして宮ちゃんの事を聞いた時はどうなる事かと思ったけど、今日はみんなにとって楽しい1日になるといいな。

 

そんな事を考えていると少しずつ動いていた列がスムーズに動き出した。

どうやら開場したみたいだ。

 

 

「やったよ亮くん!ボク達アリーナだよ!」

 

「ああ、やったな!渉達はどうだった?」

 

「俺達はスタンドだった。離れちまったな」

 

「まどか先輩!やりました!アリーナですよ!」

 

「でかした奈緒!」

 

「私達はスタンドですわね。春くんと松岡くんはどうでしたか?」

 

「俺達もスタンドだった。スタンドなら茅野も座れるだろうし良かったぜ」

 

「俺達もスタンドだったよ」

 

「あちゃ~。せっかくだからアリーナに行きたかったけどスタンドだよ」

 

「問題ないわ。スタンドでも十分楽しめるわよ」

 

「渚。あたし達は?」

 

「私達もスタンドかな。でもここならステージに近いよ」

 

「やるな結弦。まさかアリーナを引き当てるとはな」

 

「たりめーだ。だけどな奏。アリーナで喜んでんじゃねぇぞ?」

 

「もちろんだ。いつか俺達はステージに立つぞ」

 

「綾乃さんあたし達はアリーナですか?スタンドですか?」

 

「私達もスタンドみたいだよ」

 

「美緒!どうだった?」

 

「私達もスタンドだね。でもどこでもいいじゃん。来れただけ幸せだよ」

 

「達也?あたしらは?」

 

「スタンドですね。すみませんお義姉さん」

 

「お母さんどうだった?」

 

「スタンドよ。疲れたら初音は座れるし良かったかな?」

 

「トシキ。俺達は?」

 

「あはは。スタンドだよ。さすがにアリーナは無理だったね」

 

そして俺達は南国DEギグが終わったら集合する場所を決めてそれぞれ別れた。

 

 

俺と英ちゃんは抽選で決まった席に座った。

開演時間まではもう少しあるかな?

 

「いや~やっぱこういう時間が一番ドキドキするよな。なぁ、トシキ俺達も…」

 

「いや、無理だから」

 

「でもお前昨日はギター弾いたんだろ?」

 

「うん…まぁ…」

 

確かに昨日、雨宮さんとのデュエルでギターを弾いた。

久しぶりの感覚。あんな大変なデュエルだったのに楽しいって思えた。

 

でも自分でもわかる。

昔みたいな演奏は出来ないよ。

 

「コードはまだ覚えてるしね。昨日は必死だったのもあったからだよ。

昔みたいには……弾けないよ」

 

「そっか…残念だな」

 

「あ、俺今のうちにドリンク買ってこようかな。英ちゃんは?何かいる?」

 

「お?そっか?悪いな。なら水でいいから頼むわ」

 

「オッケー。行ってくるね」

 

俺は水を買いに席を立った。

英ちゃんもはーちゃんも…15年経った今でも俺を誘ってくれたのは嬉しいけど…。

 

俺はやっぱり今はギターより三線をやってる時が楽しいしね。

 

でも英ちゃんなら今からでもまたバンドを……

 

「トシキ」

 

俺がそんな事を考えていると、名前を呼ばれたので声のした方に目を向けた。

 

「………久しぶり、宮ちゃん」

 

「ああ…久しぶりだな」

 

そこには俺達の…BREEZEのベーシスト宮野 拓斗が立っていた。

 

「さすがにこの会場の広さだ。お前らを見つけるのは骨だったぜ」

 

「俺達を?探してたのははーちゃんでしょ?」

 

「トシキ。お前なら今あいつが何処にいるか知ってんだろ?タカと…Blaze Futureのメンバーを連れて来てくんねぇか?」

 

はーちゃんだけじゃなくてBlaze Futureのみんなも?

 

「……昨日、盛夏ちゃん達とデュエルしたんだよね?」

 

「ああ」

 

「はーちゃんが言ってたよ。もし俺が宮ちゃんに会ったら伝えてくれって」

 

「あ?タカが?」

 

「ぐしゃぐしゃにぶん殴って泣かせてやるってさ」

 

「…………そ、そんにゃのじぇんじぇん怖くないち!」

 

「じゃあはーちゃん呼んでくるよ」

 

「ちょ、ちょっと待て!心の準備するから!」

 

「やっぱり怖いんじゃん…」

 

宮ちゃんも昔からこうだよね…。

本当に変わってない。

 

なのに何で今でもクリムゾンと…。

 

「宮ちゃん。はーちゃん達とBlaze Futureとデュエルするつもり?」

 

「ああ…そうだ。

俺ももう手段は選らばねぇ…Blaze Futureを潰す」

 

手段は選ばない…?

デュエルでBlaze Futureに勝って、はーちゃんに歌うのを辞めさせるつもりか…。

 

「わかった。なら会場の裏の林道……開けた所あるでしょ?あそこで待ってて」

 

「ああ…わかった」

 

Blaze Futureを潰そうとしてる事は許せないけど…、

宮ちゃんも一応はーちゃんを心配してるんだもんね。

 

『はーちゃんの手術ってさ。喉じゃないよ。痔だよ?』

 

そう言えば宮ちゃんもはーちゃんを…Blaze Futureを潰そうとしないかも知れない。

 

でもそれじゃ……宮ちゃんとクリムゾンとの事は解決しないもんね…。

宮ちゃんは何でまだクリムゾンと戦ってるんだろう?

 

「英ちゃん」

 

「お?早かったな?」

 

「ごめん……俺と一緒に来て」

 

「トシキ…?……………わかった」

 

俺は英ちゃんを連れて会場裏の林道に向かった。

 

 

「そろそろ開演時間だな…。トシキ…何処まで行くんだ?」

 

「もうすぐ着くよ」

 

南国DEギグ。

俺も見たかったけど…。

 

俺達の…はーちゃんの明日には…。

 

 

 

「宮ちゃん…お待たせ」

 

「英治……?」

 

「………拓斗?」

 

 

 

これが大切だと思うから……。

 

 

「トシキ…俺はBlaze Futureを連れて来いって言ったよな?」

 

「俺…Blaze Futureを連れて来るって言ったっけ?」

 

宮ちゃんは…宮ちゃんの今のバンドのメンバーかな?

女の子3人と一緒に居た。

 

「拓斗…久しぶりだな」

 

「ああ…久しぶりだな…」

 

英ちゃんと宮ちゃんの挨拶は…そんなひと言で終わった。

 

「拓斗…Blaze Futureじゃないじゃん」

 

「ああ…ちょっと黙ってろ。トシキ…」

 

「何かな?」

 

「タカはどうした?」

 

「え?そんなにはーちゃんに会いたいの?………はーちゃんの伝言伝えたよね?俺知らないよ?」

 

「………!?しくしくしく」

 

「え?拓斗!?何泣いてるの!?」

 

「拓斗さ…!?ゴホッゴホッ……拓斗さんどうしたの?」

 

「え?タカさんに殴られるのが怖い?

え?拓斗くん……こんなキャラやったん…?クリムゾンにはいつも強気なのに!?」

 

もう…宮ちゃんはほんとに……。

 

 

 

ゾクッ!

 

 

 

俺は背中に冷たい水をかけられたような…。そんな恐怖感を感じた…。

 

昔…クリムゾンのミュージシャンとデュエルをする時。いや、それ以上の恐怖。

 

 

 

………足立…海原。

 

 

 

俺達が敵対していたクリムゾンエンターテイメント。

その創始者である海原。

そして…デュエルギグによる混沌の世界を作ろうとした足立。

 

あの二人に初めて会った時のような恐怖。

 

俺はそれを感じていた。

 

 

 

………英ちゃんから。

 

 

 

「(拓斗……何故こんな所に…。いや、それはどうでもいい。些細な事だ。

だが何故だ拓斗……。

何故奈緒ちゃん達にタカの手術の事を言った…?

おかげで俺は晴香にハメられ…奈緒ちゃん達にタカは痔だと白状させられた…。お前わかってんのか?

俺が奈緒ちゃん達にタカが痔だって事を話した事になるんだぞ?それがタカにバレてみろ。俺はしばかれる。絶対しばかれる……)」

 

英ちゃん…?

わかる。俺にはわかる。

英ちゃんは…すごく怒ってる…。

 

「(そしてお前のバンドメンバー…。噂で女の子達とバンドを組んでいる事は聞いていた。それはいい。

でも何故お前のバンドメンバーにBlue Tearの架純ちゃんが!?

お前ほんと何なの!?俺への嫌がらせなの!?

Blue Tearの架純ちゃんっていったら俺の最推しじゃねぇか!!

Blue Tearのリリイベの握手会…。

三咲と初音からの少ない小遣いの中、何枚もCDを買って応募したのに俺は一度も当たらなかった…。そう!一度もだ!

なのにお前は……タカに殴られるのが怖いからってだけで架純ちゃんに寄り添ってもらえてるだと!?)(ギリッ」

 

「え、英ちゃん…?」

 

「拓斗…!俺はお前を許せねぇ!!」

 

「…!?英治!!」

 

英ちゃんは本気で怒ってる…。

こんな英ちゃんを見るのは初めてだ…。

 

「許せなかったら何だってんだ…?俺も…!

お前らタカと一緒に居たんだろ!何でタカを守ってやらなかった!!タカに何でまた歌わせたんだ!?俺こそお前らを……!!」

 

宮ちゃん……ごめんね。

はーちゃんがまた喉を痛めたなら俺達も歌うのを止めると思うよ。

でもね、はーちゃんは痔なんだよ。

歌とか関係ないんだ…。

 

「拓斗…。タカの事は関係ねぇ。

俺は…お前に怒ってんだよ…」

 

英ちゃん…。

こんなに怒った英ちゃんを見るのは初めてだけど……何でこんなに陳腐に感じるんだろう…。

 

「英治…俺もテメェに怒ってんだよ」

 

「拓斗…俺はお前を絶対に許さねぇ」

 

宮ちゃんも…英ちゃんも…。

………どうしたんだろう?唐突に帰りたくなってきた…。こんな大事な場面なのに。

 

「拓斗…Blaze Futureの前にこの二人を倒す?そしたら…葉川 貴も出てくるんじゃない?」

 

「トシキ…英治…。タカは何処にいる?」

 

「ごめんね。今の宮ちゃんには会わせてあげれない」

 

「拓斗…お前はここで俺が倒す。物理的に」

 

物理的にって何!?

 

俺はギターを取り出した。

万が一の為に持って来ていたギター。

まさかこのギターを…もう一度弾く日がくるなんて…。

 

そして英ちゃんは金属バットを取り出した。

 

って、え!?金属バット!?

 

「え、英ちゃん…?」

 

「止めるなトシキ。これは避けられない戦いだ。俺は今のうちに拓斗を倒さなくてはならない」

 

「もう…デュエルするんでしょ…ちゃんとしようよ…」

 

「ちっ…」

 

英ちゃんはしぶしぶドラムを出し、宮ちゃんと宮ちゃんのバンドメンバーも楽器を出して構えた。

 

今…俺達のデュエルギグが始まる…。

 

「トシキ!英治!俺が勝ったらタカを連れて来てもらうぜ!!」

 

「宮ちゃん!俺達が勝ったら聞かせてもらうよ!クリムゾンとの事を!!」

 

「拓斗…!俺達が勝ったら貰うぜ!架純ちゃんのサイン!!」

 

「え?私…?サイン?」

 

ん?え、英ちゃん…?

 

「貴ちゃ~ん。お腹空いて走れない~」

 

「会場着いたら何か買ってやるから我慢しろ。ほら、ここ抜けたらもう少し……で……」

 

「ん?貴ちゃん?どうしたの?」

 

「トシキ…英治……。と、誰だあいつ?」

 

はーちゃん!?

何でこの林道に!?

 

「タカ…!」

 

「タカ…盛夏ちゃん…何でこんな所に…」

 

俺達がデュエルを始めようとした時。

はーちゃんと盛夏ちゃんが…。

まさかこんな所に来るなんて…。

 

「トシキちゃんと英治ちゃん…宮野……拓斗…」

 

「お前ら…何やって……いや、そんな事よりもだ…」

 

はーちゃんはそのまま宮ちゃんの方を見て

 

「お前…何者だ?」

 

は、はーちゃん?

 

「はーちゃん……宮ちゃんだから…」

 

「貴ちゃ~ん。そのネタはもういいから~」

 

「宮ちゃん?誰それ?お前宮ちゃんっていうの?はじめまして」

 

「タカ…テメェ…」

 

「この人誰?英治とトシキの知り合い?」

 

はーちゃんは…ほんとに…。

………ほんとに忘れてるとかじゃないよね?

 

「おい、トシキ、英治。

もう南国DEギグ開演してんだろ?さっさと行こうぜ」

 

「貴ちゃ~ん、お腹空いた~」

 

「わかったから。屋台で好きなの買ってやるから。英治が。だからもう少し我慢しろ」

 

そしてはーちゃんはそのまま盛夏ちゃんと会場に向かおうとした。

ちょ…ちょっと待ってよ…。

 

いや、待たなくていいのかな?

あ、そうだ。はーちゃんにはこのまま行ってもらった方がいいか…。

 

「待てよタカ!…お前また手術しなきゃなんねぇんだろ!?」

 

「あ?何でお前がそんな事知ってんだ?

てかお前…盛夏の前で何言ってんの?」

 

あ~あ…宮ちゃん言っちゃったか…。

このままはーちゃんが会場に行ってくれたら楽だったんだけど…。

 

「タカ…てめぇ俺とデュエルしろ。

そして俺が勝ったらBlaze Futureを…」

 

「貴ちゃん!お腹空いた!!早く行こう!!」

 

「盛夏?」

 

「早く早く~」

 

盛夏ちゃんははーちゃんを引っ張って行こうとした。

だけどはーちゃんは…。

 

「盛夏……そういう事かよ…。

はぁ~……もう少し待ってろ。

後で好きなだけお腹いっぱい買ってやるから。英治が」

 

「やだ!やだやだ!」

 

「言ったろ?俺の隣は盛夏の場所だって。誰に何を言われても俺は歌い続けるさ」

 

「貴ちゃん…」

 

「ちょっとここで待ってろな」

 

そしてはーちゃんは俺と英ちゃんの間に入り、宮ちゃんの方を見た。

 

「お前……俺と相思相愛とかわけのわかんねぇ事言ってたらしいな」

 

「え?拓斗そっち!?昔からタカにべったりだったが……梓はダミーだったのか」

 

「はーちゃんだけじゃなくて…宮ちゃんも?」

 

「おいトシキ。お前それどういう意味?」

 

「いや、だってお前キュアトロのマイリーと遊太の事好きだろ?」

 

「あの二人は天使だ」

 

「ほら…やっぱり…」

 

 

 

「拓斗…私が誘惑しても手を出して来なかったのは…そういう事だったのね…」

 

「いや、違っ!そういう話じゃなくて!」

 

「拓斗さん…安心して。私は見て見ぬふりしとくから…」

 

「見て見ぬふり!?」

 

「あーなんか今日で拓斗くんのイメージごっつ変わったなぁ~」

 

「だから違うって言ってんだろ!」

 

あっちも大変そうだなぁ。

でも宮ちゃんって梓ちゃんの事が好きだったと思ってたんだけどなぁ…。

 

「本来ならお前は俺のバンドメンバーと妹分を泣かせた罪で万死に値するわけだが………俺はそんなお前が怖くて逃げようとしていた」

 

「タカ!聞けよ!そういう意味じゃねぇ!盛夏もタカに何言ったんだ!?」

 

「ありのままを~。貴ちゃんと相思相愛なのにあたし達に取られてヤキモチ妬いてるって事とか~」

 

「おまっ!それ!確かに言ったけど、その言い方意味変わってくるじゃねぇか!!」

 

え?ほんとにそんな事言ったの?

 

「拓斗…やっぱりそうなのね…」

 

何だろう…これって…。

デュエルするのかな?

あ、HONEY TIMBREの出演時間って何時くらいだろ?

 

「けど気が変わった。やっぱりお前は俺達で倒してやらねぇとな……。

拓斗…お前らが勝ったら俺はBlaze Futureを辞めてやるよ」

 

はーちゃん…!?

負けたら辞めるって本気で!?

 

「タカ…お前…」

 

「貴ちゃん…」

 

「いいんだな?タカ。約束だぜ?」

 

「そん変わり俺らが勝ったら…お前を思いっきりぶん殴る。グーで。顔面を。全力で」

 

「タカ…今のお前らで俺に勝てると思ってんのかよ…」

 

「お前の今のツラ見てたらわかる。俺らは負けねぇよ」

 

「上等じゃねぇか…」

 

「トシキ、英治…BREEZEん時の曲ならまだやれるか?」

 

BREEZEの時の曲。

それなら俺もまだ出来るけど、昔みたいな演奏は出来ない。きっと英ちゃんも…。

それにはーちゃんもあの時のキーで歌うのは…。

 

「ああ…けどお前…ほんとにいいのかよ」

 

「そうだよはーちゃん。俺達とやるよりBlaze Futureでデュエルした方がまだ…」

 

「拓斗は…BREEZE(おれたち)で倒さねぇとな…。じゃねぇとあのバカにゃ意味ねぇよ」

 

はーちゃん…。

ベースもいないのに…。

でもやるしかないか。

 

「行くぜ?拓斗…」

 

「上等だ…後悔させてやるよ」

 

今、俺達のデュエルが始まる…。

もし負けたらはーちゃんは…Blaze Futureは…。

 

「トシキ、英治いきなり飛ばしてくぞ。『ヴァンパイア(ヴァンパイア)』!」

 

「明日香、聡美、架純!やるぞ!『SHADOW BIRTH(シャドウバース)』!」

 

 

くそっ…危なかった。

なんとかギリギリ負けずに済んだって感じだ…。

やっぱり俺と英ちゃんのブランクは…。

 

「拓斗の野郎…いつの間にこんな歌が上手く…まずいな…」

 

「タカ…!次で終わらせてやる!『DARK KNIGHT(ダークナイト)』!」

 

「チッ、トシキ、英治いくぞ!『MARIA(マリア)』!」

 

 

「ハァ…ハァ…さすがだな…ブランクを感じさせねぇ…」

 

そんな事ない…。俺も英ちゃんも必死でついていっているだけだ…。このままじゃ…。

 

「ハァ…ハァ…トシキ、英治。大丈夫か?」

 

「俺はまだ大丈夫だ…。お前こそ大丈夫かよ…」

 

「ハァ…余裕だっつーの…ハァ…ハァ…」

 

はーちゃんもきっと必死なんだ。

元々はーちゃんはベースの音でリズムを合わせて歌っている。

こっちにはベースは居ないし相手は宮ちゃん。

宮ちゃんの音に引っ張られそうになるんだ…。

 

「デュエルを長引かせてお前の喉に負担をかけるわけにはいかねぇ…『Bloody Rose(ブラッディーローズ)』!」

 

「中二病っぽいタイトルの曲ばっか作りやがって…!『夏の夜の思い出(なつのよのおもいで)』!」

 

 

「拓斗…いい加減諦めろよ…ハァ…ハァ…」

 

「タカ…負けを認めろ…ハァ…ハァ…」

 

何とかまだギリギリの所で負けずに済んでいる。

だけどはーちゃんも英ちゃんも俺も…。

宮ちゃんのバンド…さすがにクリムゾンと戦っているだけあるね…。

 

「拓斗の…バンドメンバー…名前…なんつったっけ?ハァ…ハァ…」

 

「あ?キーボードが観月 明日香、ギターが御堂 架純…ドラムが三浦 聡美(みうら さとみ)だ…ハァ…ハァ」

 

「ああ…架純ちゃんは知ってんけどな。

お前も…お前のバンドメンバーもみんな…そんなツラで音楽やってて楽しいかよ?」

 

「何だと…?」

 

「しかめっ面で演奏しててよ…楽しいのかよ」

 

はーちゃん?何で急にそんな事を?

 

「葉川 貴…あなたに何がわかるの?楽しいかって?楽しんで音楽をやる必要は私にはない」

 

「そう…私達は…クリムゾンに復讐する為に音楽をやってるの…」

 

「そや。拓斗くんとクリムゾンを叩き潰す。その為のうちらや」

 

「つまんねぇな…お前らみんな」

 

そうか。はーちゃんは宮ちゃん達が楽しんで音楽をやってないのが嫌なんだ。

そうだよね。音楽は楽しんでやらなきゃ。

宮ちゃんもそれはわかってるはずなのに。

 

「つまらない…?私達の事なんか何も知らないくせに…!」

 

「知らねえな。今日が初対面だし。

俺は絶対に…音楽を楽しんでやってない奴らに負けるわけにゃいかねぇんだよ」

 

「あなた…何を…言って…」

 

「楽しんでやれねぇ音楽なんかクリムゾンと一緒だろ…」

 

「うちらが…クリムゾンと一緒やて…!?」

 

「お前らに勝って証明してやるよ…。楽しい音楽が一番だってな…音楽は楽しんでやるものだって!」

 

「「「「!?」」」」

 

「『DREAM WORLD(ドリームワールド)』」

 

うん。俺もやるよ。

今の俺に出来る限りで楽しんで音楽を!

 

「拓斗…さん…私…」

 

「拓斗くん!やるで!」

 

「拓斗…!このデュエル負けられない」

 

「わかってる!俺達は負けられねぇ!『朧月夜(おぼろづきよ)』!」

 

 

今のデュエルは俺達に分があった。

宮ちゃん達…さっきのはーちゃんの言葉で迷ってる…?

少しだけどみんなの演奏に歪みがあった。

 

「どうした?お前らさっきの演奏今までと全然違うな?迷ってるのか?音楽を楽しんでやってた時を思い出したか?」

 

「うちらが…音楽を楽しんでやってた時…」

 

「私は…私は音楽を楽しんでやっていた事なんてないっ!私はずっと…!」

 

「明日香…」

 

「拓斗!本気でいくよ!アレを出して!」

 

「拓斗にアレを出してって…え?下ネタ?」

 

「違う!!」

 

はーちゃん…。こんな時に下ネタなんて言うわけないでしょ…。昔のはーちゃんじゃないんだから…。

 

「ああ…コレで勝てると思っていた俺が甘かったな…」

 

宮ちゃんは黒いベースをしまい、黄色のベースを取り出した。

モンブラン栗田の最高傑作irisシリーズの1本。『晴夜』を…。

 

「拓斗のやつ『晴夜』を出して来やがった…本気かよ…」

 

「これはまずいな。どうすっかまじで」

 

「お前が挑発しすぎなんだよ…」

 

「でもさ。これで…本気の宮ちゃんでしょ。本気の宮ちゃんを倒さなきゃさ…」

 

「トシキの言う通りだな。本気の拓斗を倒さなきゃ意味ねぇか…」

 

「やるしかねぇか…」

 

さて…今の俺達で勝てるかどうか…。

せめてベースがあれば盛夏ちゃんに加勢してもらえたんだけど…。

さすがに宮ちゃんには借りれないしね。

 

「いくぜタカ…覚悟はいいな?」

 

「あんまよくねーけどやるしかねーだろ」

 

「これで終わりだ『天国の扉(てんごくのとびら)』」

 

「………『光る空(ひかるそら)』」

 

え?Futureじゃない!?

てっきりFutureで決着を…って思ってたのに!?

 

はーちゃん…何か考えがあるの…?

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ……」

 

「タカ…トシキも英治も…よく耐えたな。

だがもう限界だろう?」

 

確かに限界かな…。

はーちゃんの声も俺達も…。

やれても1曲か2曲…。

 

「タカ…何でFutureをやらなかった?俺はてっきりFutureをやるもんだと…」

 

英ちゃんもFutureをやると思ってたんだね。

確かに俺もFutureをやるなら今のタイミングだったと思う。

 

「Futureはまだ出来ねぇ」

 

「あ?何言ってんだお前」

 

「Futureはあいつらに…届けるように歌わなきゃ…」

 

「あ?」

 

「今、あいつらは迷ってる…焦ってるっつーかな。きっとあいつらも思ってんだよ。楽しい音楽がやりたいって…」

 

「お前それで…でも出し惜しみして負けちまったら元も子もねぇだろ…」

 

「ああ…確かにそうだけどな…」

 

はーちゃんは…宮ちゃん達の事を…。

もう…。はーちゃんも昔からはーちゃんだな。

 

「そろそろいいか?次でトドメをさす」

 

「……チ、やるしかねぇか」

 

これが最後のデュエルになる。

俺はそう思った。きっと次の曲で…

 

 

 

俺達は負ける…。

 

 

 

「しゃーねぇ。トシキ…英治……やるぞFutureを」

 

「はーちゃん…うん、Futureをやろう」

 

「ああ…俺達の一番の曲で決めるか」

 

「………一番の曲はFutureじゃねぇ」

 

「あ?一番人気もあってみんなも喜んだのはFutureだったろ?」

 

俺達は楽器を構え、最後のデュエルを開始しようとした時だった。あの人が現れたのは…。

 

 

 

「そこまででございます!」

 

 

 

その人は俺達と宮ちゃん達の間に入ってきた。

あの人は…秋月さんの執事さん。

 

「始めから見させて頂いておりましたが…拓斗様、退いては下さりませぬか?」

 

「あ?じいさん何者だ?退けだと?」

 

「ふざけないで!拓斗は葉川 貴を倒すの!今日ここで!」

 

「音楽は楽しんでやるもの。

タカ様のこの言葉に動揺されてますな。

本当は自分達も楽しい音楽がやりたいから」

 

「「「「!?」」」」

 

「お、おいタカ。あのじいさん何者なんだ?お前の知り合いか?」

 

「あ?英治お前あれ誰だかわからないの?もしかしてトシキもか?」

 

「え?俺達の知り合い?」

 

え?誰だろう?秋月さんの執事さんって事しか知らないんだけど…。

 

「退くのはじいさん、あんただ。俺はもう退けねぇ…ここでタカを倒す」

 

「私が…楽しい音楽をやりたいですって…!?そんなわけない!!ありえない!!」

 

「わた…私は……結衣…優香…瑞穂…」

 

「うちは…もう…楽しい音楽なんか…」

 

宮ちゃん達…やっぱり迷ってるんだ。

はーちゃんや執事さんの言う通り、楽しい音楽をやりたいから。でもクリムゾンへの憎しみが消えなくて…。

 

「退いては下さりませぬか…」

 

「くどいぜじいさん…タカにはもう歌わせねぇ」

 

「やむを得ませんな…」

 

そう言って執事さんは俺達の所に来た。

う~ん…やっぱり会った記憶ないんだけどな。

 

「お前…始めから見てたならもっと早く助けに来いよ…」

 

「これはBREEZEの問題と思いましたがゆえ……。それにしてもタカ様は私に助けて欲しいのですかな?」

 

「てか、その喋り方何とかなんないの?」

 

「拓斗様、退いて頂けないのであれば……私はタカ様に加勢させて頂きます」

 

「何だと…?じいさん…あんた楽器やれんのか?」

 

「多少嗜んだ程度でございますが」

 

「多少嗜んだ程度だぁ?お前よくそんな事俺らに言えるよな?嫌味なの?」

 

え?楽器を…?俺達に加勢?

BREEZEの曲を知っている人…?

本当に何者なんだろう?

 

「ベースの腕は衰えてねぇんだろうな?」

 

ベース…?

そしてはーちゃんの言った名前。

その名前を聞いた時、俺も英ちゃんも宮ちゃんも驚いた…。

 

 

 

 

 

「澄香」

 

 

 

 

 

 

「え?はーちゃん…何を言って…」

 

「澄香…?お、おいタカ!俺の知ってる澄香は女なんだけど!?じいさんじゃないんだけど!?」

 

「澄香…だと…!?」

 

はーちゃんは執事さんを澄香ちゃんって呼んだ。

そんな事って…。

 

「やはり…タカ様には見破られておりましたか…。いやはや、お見事でございます」

 

そして執事さん……澄香ちゃんはカツラとマスクを取りタオルで顔を拭いて…ウィッグネットを外すと綺麗な長い黒髪が現れた。

 

「俺の股間のセンサーなめんな。一度会った女は俺は忘れねぇ。てかその喋り方ほんと何とかならない?」

 

「え?一度ヤった?お前と澄香ってそんな関係だったの…?」

 

「な!?んな訳ないでしょ!英治!

タカも変な事言わないでよ!!」

 

「いや、俺は会ったって言ったからね?英治が勝手に聞き間違えただけだから」

 

「言い方が紛らわしいでしょ!」

 

「ほんとに…澄香ちゃんだったんだ…」

 

でも何で澄香ちゃんは変装してたの?

変装していなきゃいけない理由がある?

宮ちゃんのクリムゾンと戦っている事といい、澄香ちゃんの事といい謎だらけだな…。

 

「拓斗…あの女は何者?」

 

「あいつは…Artemisのベーシスト澄香だ」

 

「え?嘘やん。Artemisのベーシストって…あの人見た目うちらと変わらんくらいの歳に見えるんやけど?メイクも取ってたしあの人スッピンやろ?」

 

「BREEZEも…Artemisも…その見た目の若さ何なの…?」

 

「まぁええわ。取り合えず私はタカ達に加勢する。BREEZEの曲やったらやれるし」

 

そう言って澄香ちゃんは橙色のベース『虚空』を取り出した。

 

「澄香…てめぇ…」

 

「拓斗…悪いけどそういう事だから」

 

「上等だ!今日こそてめぇに勝ってみせる!」

 

 

俺達はFutureを演奏し、宮ちゃん達とのデュエルは圧倒的に勝利した。

 

ベースのあると無いとでははーちゃんの歌も全然違う。

そして…迷いながら演奏した宮ちゃん達は、俺達に勝てるはずが無かった。

 

「澄香お前すげぇな。全然プランク感じなかったぜ」

 

「英治達がサボり過ぎなんやろ。私は姫咲お嬢様にベース教えたりもしてるし」

 

澄香ちゃんの演奏は凄かった。

まるで昔を思い出すような……そんな演奏だった。

 

「さてと…」

 

そう言ってはーちゃんは宮ちゃんの所に歩いて行った。

 

「拓斗」

 

「タカ…」

 

「……まず先に言っておく。俺の病気。

俺が手術するのは喉じゃねぇ」

 

「喉じゃ…ない…?」

 

「おう………ちょっと耳貸せ」

 

はーちゃんは宮ちゃんの耳許で小声で何か言っているようだった。

 

「……は!?痔!?痔の手術!?」

 

「てめぇわざわざ耳貸せって小声で言ったのにでけぇ声で言うんじゃねーよ!」

 

「葉川 貴の病気は…痔?」

 

「喉じゃ…ない…?」

 

「え?じゃあ拓斗くんは痔の為にBlaze Futureのメンバーとデュエルしたん?」

 

「ほら!みんなにも聞こえちゃってんじゃん!お前ほんと何なの!?」

 

「あははー、大丈夫大丈夫。私はタカが痔って知ってるから。秋月グループの情報網すごいんやから」

 

「あたしも大丈夫~。あたしも英…」

 

「盛夏ちゃん!お腹空いただろ?待たせてごめんな!ほら!好きなの好きなだけいくらでも食べていいぞ。全部俺が奢ってやる!」

 

「え?ほんとに?やった~!」

 

「そう言えば盛夏ちゃんずっと静かだったよね?」

 

「うん~。せっかくのBREEZEのデュエルだったから奈緒にも見せてあげたくてスマホで動画撮ってたの~」

 

あ、そうなんだ。

だから静かにしてたんだね…。

 

「あ、そだ。拓斗。今から殴るぞ?歯を食いしばって祈れ」

 

「え?」

 

バキッ!!

 

「ゴブァ!」

 

「「「拓斗(くん)(さん)!?」」」

 

「ふぅ…」

 

はーちゃんは思いっきり宮ちゃんを殴って吹っ飛ばした。

やりすぎだよ…はーちゃん…。

 

「い…いてぇ……」

 

「拓斗…血が出てる…!」

 

「た、拓斗さん…」

 

「ほ、ほんまに殴りよった…こわぁ…」

 

「俺のバンドメンバーと妹分を泣かしてんじゃねぇ!!」

 

「タカ…てめぇマジで殴りやがったな…」

 

「約束は約束だ。そういう約束でデュエルしただろ」

 

そしてはーちゃんは吹っ飛ばした宮ちゃんの所に歩いて行った。

 

「拓斗…俺は昔から言ってただろ」

 

「あ?」

 

「漫画の受け入れだけどな。

お前はお前のバンドのリーダーだろ?」

 

「あ、ああ…」

 

「リーダーが笑えば仲間は明日を見つける。リーダーが憎しみの拳を握れば仲間も憎しみの拳を握る。リーダーは仲間の鏡だ」

 

「……」

 

「俺の仲間は…今のファントムの仲間も、昔の仲間もみんな笑ってくれてたぜ?もちろん昔のお前もな」

 

「タカ…」

 

「それが何だよ…クソつまんねぇツラになりやがって…。今のお前の仲間見てみろよ。誰も笑ってくれてねぇじゃねぇか」

 

「拓斗…」

 

「拓斗さん…」

 

「拓斗くん」

 

「明日香…架純…聡美…」

 

「お前らに何があったのか知らねえし、クリムゾンとの事で色々あったのかも知れねえけど…お前は復讐なんかに囚われずに仲間を明日に導いてやるべきだったんじゃねーか?」

 

「タカ…俺は…そうだな…俺が見てきた好きだったお前は…ずっとそうだった…。

俺は…こいつらを笑えるようにしてやるべきだったんだな…」

 

「拓斗…さん……。私も昨日結衣と…友達と会って思ったの…。羨ましいって。

私…も、もう一度…楽しい音楽をやりたい…」

 

「架純…」

 

「拓斗くん…うちもや。

クリムゾンの奴らは憎い。あいつらをうちは許されへん。でも昔みたいに楽しい音楽がやりたい…」

 

「聡美…」

 

「拓斗…私は…やっぱりクリムゾンに復讐したい。あいつらを潰してやりたい。

だから…楽しい音楽を拓斗に教えてほしい。楽しい音楽っていうのがあるのなら…私に教えてほしい」

 

「明日香…」

 

「俺が殴ったとこ。早く冷やしとけよ。これから腫れてくるぞ」

 

そしてはーちゃんはそれ以上何も言わず、俺達の所に戻ってきた。

 

「さて……南国DEギグを楽しむか」

 

「タカ…さっきのかっこ良かったよ」

 

「え?何?俺に惚れた?」

 

「アホか…」

 

「だよな?梓も澄香も元々昔からタカの事…」

 

「英治、余計な事言ったら潰すよ?」

 

「貴ちゃ~ん。お腹空いた~」

 

「お前さっきからそればっかりだな」

 

ひとまずはこれで解決したのかな。

これから宮ちゃん達はどうするんだろう?

楽しい音楽をやりはじめるのか、それともまだクリムゾンを…。

 

海原が日本に戻ってくる。

その事を宮ちゃんにも教えておいた方がいいとは思うけど…。

 

「拓斗!お前なにやってんだ?」

 

はーちゃん?

はーちゃんは立ち止まって宮ちゃんに声をかけた。

 

「早く来いよ。置いていくぞ?」

 

「タカ…俺を…俺達を連れて行ってくれるのか…?もう一度一緒に居させてくれるのか?」

 

「嫌ならそこで寝てろ…」

 

はーちゃん。

はーちゃんはやっぱりBlaze FutureでもBREEZEでも関係ない。

はーちゃんははーちゃんだね。

 

「明日香…架純…聡美…俺は」

 

「行くよ拓斗」

 

「うん、行こう拓斗さん…。私も結衣にもう一度謝らなきゃ…」

 

「拓斗くんもみんなに謝らんとな」

 

これで本当に解決だね。

 

色々あったけど…俺達にとって最高の旅行に……

 

俺がそう思った時だった。

 

 

 

<<<ドカーン>>>

 

 

 

南国DEギグの会場が爆発した。

 

え?何で…?



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第16話 南国DEギグ

「あ、そういや澄香。お前何で正体隠してたんだ?姫咲が気にしてたじゃねーか」

 

「ああ、それでございますか。姫咲お嬢様にもそろそろ私の事話そうと思ってるんやけどね。

クリムゾンとの事もございますしな」

 

「喋り方混じってるよ?それ何とかならない?」

 

「英治ちゃ~ん。本当に何を食べてもいいの~?」

 

「お、おう。もちろんいいぞ。その代わりタカの手術の事俺が話したってのは内緒な(ボソッ」

 

「焼きそばと~たこ焼きと~リンゴ飴と~…」

 

「宮ちゃんは大丈夫かな?」

 

「ああ、きっと大丈夫だろ」

 

「ああ、腐っても俺らの仲間だった野郎だからな。……架純ちゃんのサイン貰ってくれねぇかな」

 

 

 

<<<ドカーン>>>

 

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

「会場が…爆発…?何で!?」

 

「お、お嬢様!!!」

 

「奈緒!!」

 

「お~。貴ちゃんは最初に奈緒の名前を出して走って行ったか~」

 

「何がどうなってんだ…三咲…初音…!」

 

 

 

 

 

-それから少し前の時間

 

 

 

 

「まどか先輩!最高でしたね!」

 

「いやー、ほんとほんと!めっちゃ暴れられたわー」

 

あたしの名前は柚木 まどか。

今日あたし達は日本でも大きなフェスイベントの1つ。南国DEギグに来ている。

 

ちょうど今、3組目のバンドの演奏が終わり、4組目のバンド出演を待っていた。

 

「あ、次みたいですよ。HONEY TIMBRE」

 

HONEY TIMBRE。

あたしはよく知らないバンドだけど、タカ達がBREEZEをやっていた時代のバンド仲間らしい。

 

「貴と盛夏は間に合いましたかね?

二人ともHONEY TIMBREを楽しみにしてましたのに」

 

「きっと間に合ってるよ。

もし間に合ってなかったら、あたしらがしっかり見てレポしてあげりゃいいよ」

 

「そうですね。しっかり見て教えてあげたらいいですよね」

 

「お、そろそろ出てくるみたいだよ」

 

「はい!楽しみです!」

 

 

HONEY TIMBREの演奏は凄かった。

すごく深みのある音。

そしてブランクを感じさせないパフォーマンス。

これが…15年前に活躍していたバンドの演奏…。

 

「凄かったですね…。HONEY TIMBRE…」

 

「うん…あたしも圧倒されちゃったよ…」

 

「私、ライブがしたくなってきました」

 

「うん…そうだね。あたしも今思いっきりライブをやりたい」

 

<<ざわざわ>>

 

ん?なんか会場がざわついてる?

 

「あれ?どうしちゃったんでしょう?

HONEY TIMBREのみなさん退場しないですよ?」

 

「ほんとだ。どうしたんだろ?機材トラブルかな?」

 

ステージ上のHONEY TIMBREのメンバーもおろおろしている。

本当ならステージのライトが消えて、HONEY TIMBREが退場し、その後次のバンドが出て来てステージがライトに照らされる。

 

そういう演出のはずなのに…。

まぁ、まだお昼だから明るいんだけど…。

 

「ライトが消えなくなっちゃったんですかね?」

 

「本当にどうしたんだろ?」

 

あたし達がそう思っている時だった。

 

♪~

 

この曲…何で?

 

「この曲って…クリムゾンの曲…」

 

<<ざわざわ>>

 

何で南国DEギグでクリムゾンの曲が?南国DEギグはクリムゾンは介入出来ないはず…。

 

それよりまだステージにはHONEY TIMBREが…。

 

そしてステージの袖からスモークが焚かれ、ステージ全体がスモークに覆われた時、数人の人影がステージに上がったのが見えた。

 

その間も会場内に鳴り響くクリムゾンの曲。

 

今朝の英治と初音からの話を思い出して冷静に考えると、恐らくクリムゾンはこの南国DEギグに介入しに来たんだろう。

その為の志保のお父さんとinterludeだったんだろうね。

 

すごく……嫌な予感がする。

 

「あ、スモークがはれてきましたよ」

 

スモークがはれたステージ。

そこに立っていたのはinterludeの4人だった。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「あちゃ~…間に合わなかったか…」

 

「しょうがないよ。まさかこんな堂々と出てくるなんて予想してなかった」

 

「二胴さんの独断なのか海原さんの指示なのか…」

 

「そんなのどっちでもいい。あたし達は帰って九頭竜に報告するだけ」

 

「美来…せめて上司なんだから九頭竜さんって呼ぼうな?」

 

「これから…始まる。クリムゾンの……いえ、あたし達の戦いが…」

 

「ほら美来~。そんな所でかっこつけてないで帰るよ~」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

interlude…何でこんな所に…。

 

「南国DEギグに来ているお前ら!!

よく見ろ!!ワイらがクリムゾンのロックバンドinterludeじぁぁぁぁぁ!!」

 

「interlude!?interludeってまどか先輩達が昨日会ったっていうクリムゾンのバンドですか!?」

 

「うん…やっぱりクリムゾンはこの南国DEギグに…」

 

「よっしゃいくで!『破壊者』!!」

 

そしてinterludeのメンバーは演奏を始めた。昨日はボーカルとドラムだけの演奏だったけど…ギターとベースが加わった事で昨日とは全然違って聴こえた。

音に凄味が…すごく攻撃的なロックサウンド…。

 

もし…昨日のデュエルがフルメンバー同士でのデュエルだったら…。

きっとあたし達は…。

 

 

「これがクリムゾンの音楽!!ワイらがナンバーワンじゃ!!」

 

<<キャー!ワー!>>

 

interludeの曲が終わった時、会場中はinterludeの曲に呑まれ大きな盛り上がりをみせていた。

 

「どうでしたか?マイハニーまどか」

 

は?

 

interludeのギターの金髪。

確か青木 リュートとかいったっけ?

そいつがあたし達の近くのステージ上から話かけてきた。

 

「え?ふぇ?まどか先輩?」

 

「ワタシの今の演奏はアナタの為に弾きました。惚れ直しましたか?」

 

は?こ、こいつ何言ってんの?

てか、ステージ上からあたしに声掛けないでよ!

 

「ま、まどか先輩?」

 

あ、おっと、自分の世界に入ってる場合じゃなかった…。

 

「あのさ…あたしはあんたの事なんか知らないし、あたしはあんたのハニーじゃない。大勢の前で変な事言わないでくれない?」

 

「OH!コレが噂に聞くツンデレというやつですね。ワカリマス」

 

こ、こいつ…。

こんな事ならアリーナじゃなくてスタンドの方が良かった…。

 

「ワイも気になってたんやけどな。

そこに柚木がおってそっちにはシフォンのやつがいよる。

って事は、この会場のどこかで江口のやつもワイら見とるはずやな」

 

そして白石 虎次郎はマイクに向かって叫んだ。

 

「見とるか江口 渉!!これがワイのinterludeの本気じゃ!!

次にやるのは出来立てほやほやの新曲じゃ!よー聴いとけ!!」

 

「虎次郎…また勝手な事を…」

 

「まぁまぁ雲雀ちゃん。進行には影響がないからいいじゃない」

 

「いくで!『翼を折る者(つばさをおるもの)

 

翼を折る者…?

Ailes Flammeは炎の翼って意味だって聞いた。この曲はAiles Flammeに対する曲なんだね…。

 

 

<<ワァァァァ!!>>

 

相変わらず攻撃的なサウンド。

悔しいけどinterludeはバンドとして凄い実力を持っている。

 

今のあたし達じゃ勝てないかもしれない…。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「渉…この曲…明らかに僕達に向けた曲だよね」

 

「ああ…interlude。すげぇな。まさかたった1日でこんな曲を完成させるなんて…」

 

「勝てるかな…?」

 

「まぁ、今の俺達なら絶対勝てないだろうな」

 

「あははは、やっぱりそう思うよね」

 

「でも俺達は…」

 

「うん、勝つよ。今はまだ勝てないだろうけど…必ず勝てるようになってみせる」

 

「拓実…。あははは、何か拓実がそんな事言うのって珍しいな」

 

「そうかな?でもそれがAiles Flammeでしょ」

 

「ああ、そうだな。俺達はチャレンジャーなんだからな」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「さて、ここでや。

HONEY TIMBREがステージから下りてないのにワイらが登場した事は、ある余興の為の演出なんや」

 

あ、そういえばHONEY TIMBREのメンバーもまだステージに居るんだっけ…。

interludeが目立ち過ぎてすっかり忘れてた…。

 

「今からクリムゾン式公開オーディションの始まりや!」

 

<<ザワッ>>

 

そしてステージの袖から4人の男の子がステージに上がってきた。

 

「この4人は厳しいクリムゾンのオーディションを勝ち抜いて来た新人ちゃんでな。バンド名もまだ許されてへんレベルの下っ端や」

 

バンド名も許されていない…?

それってその男の子達でバンドを組んでいたわけじゃないって事…?

 

「そしてこれから最終試験!この会場におるみんなが証人や!

こいつらとHONEY TIMBREがデュエルをして勝てばクリムゾンのミュージシャンとしてデビュー!負けたら日の目を見る事もなく即引退!

音楽生命を賭けた一世一代のデュエルや!!」

 

<<ワァァァァ!!>>

 

くっ……なんて事を…!!

デビューもしてないような子をこんなステージに上げて…!

 

あの子達…震えてる。

これがクリムゾンのやり方!?

 

こんな大勢の前であんな事を言われたらHONEY TIMBREもデュエルを受けざるを得ない。

 

HONEY TIMBREはクリムゾンに負けたらもう音楽はやれなくなる。

かと言って勝ってしまったらあの子達は…。

 

「まどか先輩…私、許せないです。

クリムゾンのやり方…絶対許せないです!」

 

奈緒…。

 

「さぁ、そういうわけや。

HONEY TIMBREこのデュエル受けてもらうで?」

 

あの子達…震えながら楽器の準備を…。

楽器の準備をしている子達を見ていると一人の男の子に白石 虎次郎が近付いて行った。

 

「すまんな。正直ワイも胸くそ悪くなるやり方やけどこれが仕事なんや。

ワイらの事恨んでくれてもええ。

でもこれがクリムゾンや。最後のチャンスやで。がんばりや…(ボソッ」

 

あいつ…。

 

「さぁ!デュエルのスタートや!!」

 

スタートの掛け声の後、クリムゾンの男の子達もHONEY TIMBREも演奏を始めようとしなかった。

 

しばらくの間……。

 

だけど、クリムゾンの男の子の内の一人。ギターの子が演奏を始めた。

 

あの子…泣いてんじゃん…。

 

そしてHONEY TIMBREとクリムゾンの男の子達とのデュエルが始まった。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「クリムゾンのやり方…ほんっと最低!

あの子達が可哀相じゃん!

ねぇ、志保もそう思わない?」

 

「………」

 

「志保?」

 

「間違いない…。あのinterludeのベース。ひーちゃんだ…」

 

「ひーちゃん?」

 

「小学校の頃の友達…。学校は違ったんだけどね。

あたしがギター、ひーちゃんがベースを弾いてよく公園でセッションしてたんだよ。

中学になる前に引っ越ししちゃったんだけどね。あたしの唯一の男の子の友達だったんだ」

 

「え、そうなの?もしかして志保の初恋の子とか?」

 

「ないない。そういうんじゃ全然無かったから。でも何でクリムゾンなんかに…」

 

「あの子、志保の友達だった子なんだ…」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「あのドラムのおっさん…」

 

「ん?interludeのドラム?」

 

「ああ、間違いねぇ。俺がCanoro Feliceに入る前にサポートしたバンドの対バン相手だったおっさんだ」

 

「冬馬ってクリムゾンと対バンした事あったの?」

 

「いや、違う。あのおっさんはクリムゾンに関係ないバンドのドラマーだった」

 

「そのバンドを辞めてクリムゾンに入ったとか?」

 

「いや、あのバンドはメジャーデビュー目前だって話だったし、つい半年くらい前の話だぞ?どうなってんだ…何でクリムゾンに…」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

HONEY TIMBREとクリムゾンの男の子達のデュエルは、圧倒的なレベルの差でHONEY TIMBREが優勢だった。

 

もうすぐ曲が終わる。

そしたらあの子達は…。

 

あたしがそう思った時だった。

ステージが一瞬光った気がした。

 

「奈緒!」

 

「え?」

 

あたしは奈緒に覆い被さった。

 

 

 

<<<ドカーン>>>

 

 

 

 

「………ぱい!まどか先輩!まどか先輩!!」

 

ん………奈緒…?

良かった…無事みたいだね。

あはは、涙で顔がくしゃくしゃだけど。

 

「まどか先輩…わかりますか?私の事わかりますか!?」

 

「ん…大丈夫だよ。奈緒は無事?」

 

「はい……まどか先輩が庇ってくれましたから…」

 

あたしはゆっくり起き上がった。

良かった…あたしもどこも怪我してないみたいだ。

 

ゆっくりまわりを見渡してみる。

みんな混乱しながら、泣き叫びながら、会場内を走りまわり、我先にと逃げようとしていた。

 

ステージを見ると照明やセットが倒れ…。

見るも無惨な姿に変わっていた。

 

「まどか先輩…大丈夫ですか…?」

 

「うん…大丈夫…。怪我はないよ。爆発の衝撃でちょっと脳しんとう起こしたんじゃないかな」

 

「爆発……」

 

奈緒がさっきの爆発を思い出したのか震え出した。

 

「奈緒!」

 

このままここに居たんじゃまた爆発が起こるかも知れない。

奈緒も怖いだろう

 

<<グッ>>

 

け……ど…。奈緒?

 

「まどか先輩。私から離れないで下さいね」

 

奈緒はあたしを抱き抱えるようにして歩き出した。まだ震えてるくせに…。

 

本当に強いね。奈緒は…。

 

「しんどいとか疲れたとかありましたら言って下さいね」

 

「ん…大丈夫。ありがと」

 

「まどか先輩…何で爆発するってわかったんですか?」

 

「ん?あたし理系だったしね。ちょっとそういう実験してた時の光に似てたからさ…」

 

「なるほどです。Dival編第6章の時のまどか先輩のセリフはこの時の為の布石だったんですね!」

 

ん?奈緒?何言ってるの?

タカの影響かなぁ?

奈緒も変な事言うようになってきたなぁ…。

 

「もう少しで出口ですから…頑張って下さいね」

 

「あはは、あたしは大丈夫だよ。怪我もしてないし」

 

「あ……」

 

あたしは奈緒の視線の先を見た。

瓦礫に埋もれた出口。

そこの群がっているたくさんの人。

 

何で…?爆発はステージだけじゃなかったの…?

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「茅野…大丈夫か?」

 

「うん、私は大丈夫。それより…」

 

「ああ…人の流れがバラバラだ。どこから逃げりゃいいか…」

 

「私…聞いたことある」

 

「ん?何をだ?」

 

「クリムゾンはね。負けたらステージを爆破したりマグマを噴出させたりするって…」

 

「は!?マグマ!?」

 

「うん…みんな火傷して大変だったって…」

 

「あ、あのな茅野。爆破はまぁ…あってもって気はするけどな?マグマなんてありえないからな。仮にマグマが噴出したら火傷じゃすまないから…」

 

「冬馬…ありがとう。こんな時でも冬馬は優しいね。私を怖がらせないように無理して…」

 

「え?いや、茅野?何言ってんだ?」

 

「松岡パイセン!茅野先輩!こっちだ!こっちから外に出られる!」

 

「江口…と、内山か」

 

「松岡さん、茅野先輩!大丈夫ですか!?」

 

「うん。江口くんと内山くんも大丈夫だった?」

 

「ああ、俺達は大丈夫だ。

あっちで綾乃ねーちゃんと花音ねーちゃんが出口を確保してくれてる」

 

「花音さん凄いんですよ。このパターンはあのゲームでやった事あるから。とか言って出口の確保もみんなの避難誘導とかも」

 

「そっか。江口、内山。他のファントムのメンバー見たか?」

 

「いや、俺が見たのは綾乃ねーちゃん達と松岡パイセン達だけだぞ」

 

「江口、内山…茅野の事頼めるか?」

 

「お?」

 

「冬馬……?」

 

「俺は秋月を探しに行く。あいつは俺の助けなんか無くても平気だろうけど…」

 

「冬馬…」

 

「茅野、悪いな。ここからは江口達と逃げてくれ」

 

「冬馬…やっぱり…姫咲の事…。わかってたのにね…(ボソッ」

 

「茅野?」

 

「ううん、姫咲は栞と一緒だと思うし…栞の事もお願いね」

 

「おう、任せろ」

 

「茅野先輩。大丈夫ですか?僕が肩を貸します」

 

「内山くん、ありがとう」

 

「茅野先輩!拓実!こっちだ!」

 

「行かないでなんて…言えないよ…(ボソッ」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「あ……こっちの出口も…」

 

奈緒があたしを抱き抱えながら逃げてくれているけど、奈緒の体力も心ももう限界が近いだろう。

 

あたしも自分で歩けたらいいんだけど、まだ頭がフラフラしてるし…。

他のファントムのみんなは大丈夫かな?

 

「まどか姉!奈緒さん!」

 

この声…遊太…?

 

「シフォンちゃん…?」

 

「奈緒さん!まどかさん!大丈夫すか!?」

 

秦野くんも…良かった。

二人共無事だったんだね。

 

「私は大丈夫。でもまどか先輩が…」

 

「……まどかさん失礼します」

 

「え?わっ!?」

 

そう言って秦野くんはあたしをおぶってくれた。

 

「ちょっ……秦野くん!?」

 

「ははは、すみません。お姫様抱っこの方が良かったすか?」

 

「お~!亮くんかっこいい~!!」

 

「え?シフォン?本当か?本当にそう思ってくれてるか?ここから生きて帰ったら結婚しよう」

 

「亮くん?」

 

ちょ、ちょっと待ってよ!おんぶって!

こ、これじゃあたしの体重が…重さがバレちゃう!降ろしてー!

 

「ちょ、まどかさん暴れないで下さい!」

 

「重いでしょ!?いいから降ろして!」

 

「え?全然すよ?だから大丈夫すから大人しくしてて下さい」

 

「わぁ~、秦野くんかっこいい~」

 

「奈緒さんも何言ってんすか…。それより出口探しましょう」

 

もう…。本当にかっこいいんだから。

あ~、うちのバンマス様はこんなかっこいい事出来ないんだろうなぁ~。

 

「ごめんね…秦野くん。

こんな事して……お姉さん秦野くんに惚れちゃったらどうすんの」

 

「本当に全然大丈夫すよ。あ、俺シフォンにしか興味ないんでその点も大丈夫すから気にしないで下さい」

 

「え?亮くん…?」

 

「「大丈夫。それは知ってるから」」

 

「え?まどか姉?奈緒さん?」

 

少しだけ甘えちゃうか…。

自分で歩くって言っても足手まといになりそうだし…。

 

……待って。他にアリーナ席の当たったメンバー。

 

豊永くんと折原くん!

 

あの二人は……無事なのかな…?

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「テメェ……正気かよ、奏」

 

「ああ、あの程度の爆発で俺がおかしくなったとでも思ったか?」

 

「あ?テメェは元から頭おかしいだろ」

 

「そうか?普通だと思うが?」

 

「あんな爆発があって逃げもせずにステージに爆発の原因を探しに来るなんて頭おかしい奴しかしねぇだろ」

 

「そうなのか?ならそんな俺に付き合ってる結弦も頭がおかしい事になるな」

 

「俺はテメェがバカやらねぇように見張ってるだけだ。一緒にすんな」

 

「………」

 

「どうした?何か見つかったか?」

 

「いや、あれは仕組まれた爆発だとは思うが…そういう痕跡はないな」

 

「やっぱりクリムゾンの仕業と思ってんのか…」

 

「いや、クリムゾンの仕業としてもおかしい点はあるしな」

 

「おかしい点?」

 

「ステージにはまだinterludeが残っていた。爆発させるにはタイミング的にな」

 

「……ならSCARLETか?もしくはSCARLETのようにクリムゾンに反抗しているグループ」

 

「それもないだろう。お前もわかってるんじゃないか?HONEY TIMBREが優勢な場面で爆発させる意味はない」

 

「だろうな。証拠や痕跡もねぇんだったら、事故として処理するしかねぇだろうな」

 

「それは警察の仕事だ」

 

「んな事はわかってんだよ!」

 

「む!?あそこ…誰か居るぞ…」

 

「あ?」

 

 

「雨宮…大志…」

 

「……折原 結弦か。その目。

どうやら心は折れていなかったようだな」

 

「雨宮 大志?あの『JORKER × JORKER(ジェイジェイ)』の雨宮 大志か」

 

「evokeのボーカル豊永 奏か。お前らここで何をしている?」

 

「この爆発の犯人を探しにな…そしたらテメェが居たわけだ。テメェこそここで何をしている?」

 

「フッ…今にもまたデュエルを挑んできそうな感じだな」

 

「ああ、ここでまたデュエルするのも悪くねぇ。だがそこまでバカじゃねぇよ。

答えろ。ここで何をしている?」

 

「お前らと同じだ」

 

「つまりこの爆発を起こした犯人を探していると?」

 

「………偶発的にあんな爆発が起こるとは考えられない。そしてこれは俺達クリムゾンの仕業ではない。

そうなると気にならない方がおかしいだろう」

 

「奏……わかってんな?(ボソッ」

 

「ああ、俺達からはSCARLETの名前は出さない(ボソッ」

 

「………安心しろ。これはSCARLETの仕業でもない」

 

「(こいつ…俺達とSCARLETの事まで!?)」

 

「……この爆発は九頭竜の仕業だ」

 

「ちょっと待て。九頭竜ってったらお前らクリムゾンエンターテイメントの幹部だろうが」

 

「そうなるな。だが九頭竜のバンドの仕業でもない。あの子らは何も知らないだろう……」

 

「意味がわかんねぇんだよ。勝手に自分で納得してんじゃねぇ」

 

「九頭竜は恐らく自分の傀儡であるバンドに南国DEギグの調査をさせていた。

そこに二胴さんの率いるバンドが南国DEギグに乱入した」

 

「あ?」

 

「二胴さんのバンドが南国DEギグに乱入した報告を受けた九頭竜は海原に気に入られたい一心で、二胴さんの計画を……手柄を潰そうとした。

南国DEギグ自体無くなれば二胴さんの計画は成功しない」

 

「共食いかよ…どこまでも汚ねぇなクリムゾンは…」

 

「だが雨宮 大志。あんたは何故そこまでわかる…それも俺達を撹乱させる罠とも受け取れるぞ?」

 

「見ろ…こいつらは俺が先程倒したデュエルギグ暗殺者(でゅえるぎぐあさしん)共だ」

 

「なっ!?」

 

「こいつら…」

 

「これでこの爆発はクリムゾンの仕業だったとわかる。そして二胴さん率いる俺達はこんな計画を知らなかった。

そうなれば九頭竜の仕業だと容易にわかる」

 

「こいつら…生きてんのか…?」

 

「今はな。俺が気絶させておいた。目が覚めた後どうするかは俺の知った事ではない」

 

「雨宮 大志!テメェ!」

 

「タカとトシキと英治に伝えておけ。

HONEY TIMBREのメンバーは無事だとな。ついでにinterludeもあの男の子達も…」

 

「お前……」

 

「さらばだ…」

 

「結弦…俺達も戻るぞ。この事を中原さん達に伝えねばな…」

 

「あ、ああ…」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

「奈緒さん、大丈夫?」

 

「シフォンちゃん…ありがとう。大丈夫だよ…」

 

奈緒…。

渚の実家への旅行からずっと旅行続きで昨日はデュエル。

盛夏の事もあって今日こんな事になって、きっと心身ともに疲労困憊なんだ…。

 

「ここもダメか…」

 

アリーナ席のあったこの場所からは逃げられずにいる人達で溢れていた。

怪我をしているような人は見ないけど…きっとみんな恐怖や不安でいっぱいだろう。一体誰が何の為にこんな事を…?

 

「爆発もあれ以来起きてないみたいですし、少しここで休みましょうか……。

まどかさん、降ろしますよ」

 

「あ、うん。秦野くんごめんね」

 

奈緒も少し休めるかな?

 

「美緒…大丈夫かな…」

 

そっか。美緒ちゃんの事も心配だよね。

みんな無事でいるといいんだけど…。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「グフッ…」

 

<<ドサッ>>

 

「おお!美緒さんも麻衣さんも志保も凄い!かっこいい!」

 

「なんだってデュエルギグ戦闘員(でゅえるぎぐこんばっと)がこんな所に…」

 

「三咲さん…渚は大丈夫ですか…?」

 

「あはは、大丈夫だよ。志保、心配しないで。

三咲さんすみません。おんぶしてもらっちゃって…」

 

「大丈夫よ渚ちゃん」

 

「そうだよ渚さん。お母さんは昔浮気性だったお父さんをしばく為にあらゆる格闘技やって鍛えてたから!」

 

「初音…余計な事言わないの」

 

「あたしがぼさっとしてたから…」

 

「違うよ、志保。あれは志保のせいじゃないよ…」

 

 

 

 

 

『志保!何やってるの!?早く逃げないと!』

 

『何で…爆発なんか…まさかクリムゾン…?お父さんが…?』

 

『志保!今は逃げなきゃ!しっかりして!』

 

『渚…あたし…』

 

『……!?志保!危ない!』

 

『え?』

 

<<グキッ>>

 

『あ、危なかった~…瓦礫があたしの横に落ちてくるなんて…。あれ?渚?どうしたの?』

 

『ぐぉぉぉぉぉ…志保を庇おうと…走ろうとしたら足を挫いたぁぁぁぁ……』

 

 

 

 

「あれは…私の不注意だよ…」

 

「渚…」

 

「でも私とお母さんが通りかかって良かったよね」

 

「あはは、おかげで助かりました」

 

「美緒。どう思う?やっぱりこの爆発は…」

 

「麻衣…」

 

「あ、志保さん…ご、ごめんなさい…」

 

「ううん。気にしないで。爆発した時はびっくりしたけどさ。

美緒さんと麻衣さんってさっきの奴らの事デュエルギグ戦闘員って呼んでたし…。もし何か知ってるなら二人の考えを聞かせて欲しい」

 

「志保さん…うん、わかった」

 

「じゃあ美緒、私から話すね。私達はファントム以外のライブハウスでよくライブしてたんだけどね。

やっぱりそうやってライブをやってるとクリムゾンとデュエルする事もあって…」

 

「え!?麻衣ちゃん達ってクリムゾンとデュエルした事もあるの!?」

 

「ええ…まぁ、お姉ちゃんには内緒にしててほしいんですけど…」

 

「その時にデュエルギグ戦闘員の事とか色々と…うちの軽音楽部の先生から聞いてて…」

 

「そっか。じゃあやっぱり…この爆発はクリムゾンの仕業なんだ?」

 

「うん…多分…」

 

「麻衣、志保さん。お喋りはそこまでです」

 

「美緒?」

 

「デュエルギグ戦闘員…!!クッ!」

 

「美緒ちゃん!ひとりで走って行っちゃ危ないよ!」

 

「あたしも行く!」

 

「志保…!?」

 

 

 

「グハッ」

 

<<ドサッ>>

 

「志保さん、やるじゃないですか」

 

「美緒さんこそ。歌も凄いしベースも。

まるで理奈と演奏してるみたいだった」

 

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「み、美緒さん!?」

 

「わた、わた、私如きが理奈さんみたいだなんて…なんと恐れ多い……」

 

「だ、大丈夫?」

 

「ええ…大丈夫です。すみません、取り乱しました…」

 

「あ、そだ。あたし達同い年なんだしさ。タメ語でいいよ。志保って呼び捨てにして」

 

「うん、私も…美緒でいいよ。志保」

 

「コラ!二人とも!急に走って行っちゃ危ないじゃない!」

 

「三咲さん、ごめんなさい…」

 

「すみません…」

 

「それよりさ志保」

 

「ん?初音?どうしたの?」

 

「この爆発は志保のお父さんとは関係ないみたいだよ」

 

「え?ほんとに!?」

 

「さっき麻衣さんとお母さんに聞いたんだけど、デュエルギグ戦闘員ってのは九頭竜派みたいなんだよ。

でも志保のお父さんは二胴派だから」

 

「でも…」

 

「大丈夫よ、志保ちゃん。

あの二人が協力するなんて事はありえないから」

 

「うん、志保のお父さんが二胴派ならこの件は関係ないと思う」

 

「美緒?いつの間に志保さんの事呼び捨てするようになったの?」

 

「そっか。お父さんは関係ないんだ…。

少し…安心した」

 

「それより早く出口を探しましょう。英治くん達も心配してると思うし」

 

「「「はい!」」」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「ダメっすね。あっちの出口も人でごった返してて…」

 

「あっちもダメだったよ…。どこかの出口に絞って順番を待った方がいいかな?」

 

「いや、その出口から出られる保証がないだろ?どこかの出口から出られるならもう少し人が減ってても…」

 

そうだ…秦野くんの言う通り。

このアリーナから外に出られる出口があるならもう少し人が減っていてもいいはず…。

まさかここは完全に閉じ込められている?

 

「だったらどうしよっか?ここで座って救助が来るのを待つ?ボク達このアリーナ一周したよ?それでも出口見つからなかったし…」

 

救助を待つっていうのも手だと思うけど…。

 

「ハァ…ハァ…」

 

早く奈緒を何とかしてあげないと…。

でも…救助を待って体力を温存させてた方がいいのかな…。

こんな時…タカや英治、トシキならどうする?あの三人なら…。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「………ん?あれ?ここ…は?」

 

「香菜。やっと目が覚めたようね」

 

「え?理奈ち!?あたし理奈ちにおんぶされてる!?」

 

「あんまり大きい声を出さない方がいいわ。あなた、頭を打ってるのよ?」

 

「頭を…?え?わ!?これ血!?

な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「だから……大きい声を出さない方がいいって言ってるじゃない」

 

「それで理奈ちがあたしを運んでくれてるんだ?」

 

「ええ、出口がなかなか見つからないのよ。それにこの辺りは人が全然いなくて…」

 

「もしかして…迷子?」

 

「違うわ。私の直感が出口はこっちだと告げているのよ」

 

「あ、トイレだ。こっち行き止まりだね」

 

「………引き返すわよ」

 

 

「理奈ち。あたし重いっしょ?」

 

「香菜。女性にあんまりそういう事を言うものじゃないわ」

 

「いや、何言ってんの理奈ち?

あたしも目が覚めたわけだしさ。歩くよ」

 

「あなたはうちの大事なドラマーなのよ?そしてそれ以上に私のと…友…友…」

 

「友達?」

 

「わかってるなら言う必要はないわね」

 

「もう~理奈ちは~…。

あたしも理奈ちは大事な友達だよ。だから負担は掛けたくない。降ろして」

 

「負担になんてなってないわ。

それに私、charm symphonyの時に番組の企画で熊と戦った事があるの。力には自信あるのよ」

 

「熊と…?え?冗談だよね?」

 

「当たり前じゃない」

 

「びっくりしたじゃんか…」

 

「……私の直感はこっちが出口だと告げているわね」

 

「いや、そっちトイレって看板出てるよ?」

 

「そう。なら逆の方向に行きましょうか」

 

 

「出口ないね…それどころか人もいないし…」

 

「困ったわね。ここはどこなのかしら?」

 

<<ドカーン>>

 

「え!?わ!?また爆発!?」

 

「そこの壁が爆発したみたいね。

もしかしたら…そこから外に出られるかも」

 

「ふっふっふ~。美少女JDベーシスト盛夏ちゃん登場~」

 

「「盛夏!?」」

 

「およ?理奈と香菜だ~。ヤッホー」

 

「盛夏…あんた何やって…」

 

「ん~?何か外に逃げて来た人達の話だとね。まだ逃げられてない人が中にいっぱい居るって言ってたし~。壁を破壊して出口を増やしたらみんな逃げて来られるかな~?って」

 

「壁を破壊って…あなた何をしたの?」

 

「ん~?石破天驚拳だよ~」

 

「盛夏…大丈夫か?あ、理奈、香菜」

 

「「英治さん(先生)」」

 

「良かった。お前ら無事だったか。もう大丈夫だぞ。って香菜!お前血ぃ出てんじゃん!?」

 

「助かったわね」

 

「うん、理奈ちありがと」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

タカ達なら…こんな時どうする?

出口も見つからない。

救助もいつ来るかわからない。

そして…奈緒の状態…。

 

「まだ…見てない所ありますよ…」

 

「奈緒?」

 

「秦野くん、まどか先輩の事お願い出来ますか?」

 

「いや、俺は大丈夫すけど、奈緒さんの方こそ大丈夫すか?」

 

「私は大丈夫です。それで…あそこから逃げれないかな?と思いまして」

 

そう言って奈緒が指を指した先はステージだった。

 

「あそこならミュージシャンの出入りする通用口とか色々あると思いますし」

 

奈緒…でもまたステージで爆発が起こったら。

今はどこでも爆発は起きてないみたいだけど…。あそこから逃げる道を探すのがベストなのかな?

 

「貴ならあそこから逃げると思うんですよね」

 

タカなら…?確かにタカなら意地でも出口を見つけ出して脱出しそうだけど…。

英治はアリーナが無理ならスタンドから逃げようってスタンド席にのぼろうとしそうだし、トシキなら瓦礫をどけて出口を開けそうだよね…。

 

「それに…」

 

それに?

 

「なんとなく…なんとなくですけど…

あそこから貴が助けに来てくれる気がします」

 

「わかりました。行きましょう。まどかさんもいいすか?」

 

「うん…奈緒のタカへの愛の力を信じてみるよ」

 

「まどか先輩。愛の力とかそんなんじゃないので。気持ち悪い事言わないでもらえませんかね?」

 

はいはい。

 

「よし!奈緒さんボクが肩貸すよ!一緒に行こう!」

 

そしてあたし達はステージへと向かった。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「栞ちゃん…大丈夫ですか?」

 

「ん!大丈夫…!グスッ」

 

「でも俺達も合流出来て良かったよね」

 

「うん。まっちゃんも他のみんなも大丈夫かなぁ?」

 

「双葉に何かあったらボク…」

 

「大丈夫ですわ。松岡くんは甲斐性も無くて態度も悪くて女性に免疫のないヘタレ野郎ですが…やると言ったらやり遂げてくれる男です。必ず双葉を守ってくれてますわ」

 

「……うん」

 

「それより俺達も早く脱出しよう。出口を探さないと」

 

「ええ、人があっち行ったりこっち行ったりしててどこから脱出出来るかわからないですわね」

 

「秋月!春太!ユイユイ!小松!」

 

「え?まっちゃん?」

 

「あ…双葉がいない…何で…グスッ」

 

「あの男は…本当に何を…!!」

 

「あ、姫咲!そっちは危ないよ!」

 

「え?」

 

「秋月!上だ!危ねぇ!」

 

 

<<ドカッ>>

 

 

「ふぅ…何とか間に合いましたな。

姫咲お嬢様…大丈夫ですか?」

 

「あ、はい。大丈夫ですわ。でも…あなたは…?」

 

「うわ~。まっちゃん派手に転けたねぇ。顔から転んだよ…」

 

「と、冬馬…大丈夫かな?」

 

「た、助けていただいてありがとうございます…でも…」

 

「皆様ご無事なようで安心致しました。

出口はこちらでございます。さ、着いて来て下さいませ」

 

「そのしゃべり方…あなた…じいやですか?」

 

「はい。セバスでございます」

 

「セバスさん…やっぱり女性だったんですね…」

 

「いやはや。この姿でお会いするのはいささか恥ずかしいものですな」

 

「セバスちゃん…こんな綺麗な女の子だったんだ…」

 

「結衣様。お褒めいただいてありがとうございます。ですが、もう女の子という歳ではございませんがな」

 

「おい。松岡 冬馬。生きてるか?大丈夫か?」

 

 

「さぁ皆様。こちらでございます。

足元にお気をつけて…」

 

「じいや…と呼ぶのも失礼ですわね。

何故今まで正体を隠してましたの?」

 

「ハッ、その件につきましてはここから無事脱出した後に…」

 

「では…名前だけでも聞かせていただけませんか?あなたの本当のお名前を…」

 

「……澄香。瀬羽 澄香(せば すみか)と申します」

 

「瀬羽 澄香……。

やはり…Artemisの方でしたのね」

 

「はい」

 

「まじかよ…あのセバスが…。

ま、まさかあんな可愛らしいお姉様だったとはな…」

 

「それより松岡 冬馬!本当に双葉は無事なんだろうな!?」

 

「ああ、茅野は大丈夫だ。出口まで江口達が連れていってくれてる」

 

「それにしてもセバスさんがArtemisのメンバーだったなんて…。

だからアルテミスの矢ではないって言ってたんだ…」

 

「『せばすみか』だからセバスって名乗ってたのかなぁ?春くんはどう思う?」

 

「あ~、なるほど。そういう事なのかな?」

 

「姫咲お嬢様」

 

「え?はい?なんでしょう?」

 

「怒っておられますか?正体を隠していた事…」

 

「そうですわね。澄香さんにも色々とあったのかと思います。クリムゾンとの事とか。……ですから怒ってはいません」

 

「ありがとうございます…。

そこの角を曲がれば出口にございます。

さぁ、急ぎましょう」

 

「はい」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

あたし達はステージに上り、その裏手の方から外へと向かっていた。

 

「ここからなら出られそうかな?」

 

「どうだろうな。でもここに賭けるしかない」

 

そうだね。それに……。

 

あたし達がステージに上がったもんだからそれを見ていた他の人達もあたし達についてきちゃったしね…。

 

この先に出口があればいいんだけど…。

 

「これ…出口なかったら私達超ひんしゅくですよね……ああ、プレッシャーが…」

 

あはは…確かに…。

 

「あ…」

 

行き止まり…。

参ったなぁ…。ここからでも出られないか…。

 

それよりここから引き返したりなんかしたら…。

 

「……聞こえます。……貴?」

 

え?奈緒?

奈緒は何かに導かれるように脇の道を歩いて行った。

 

「な、奈緒さん?どうしたの?」

 

「聞こえませんか?貴の声…」

 

「え?たか兄の?」

 

タカの声?あたしには全然聞こえ…

 

-まどか!

 

聞こえる…?確かにタカの声が聞こえる。

 

-奈緒!

 

「こっちです」

 

「な、奈緒さん?」

 

「秦野くん。奈緒について行って。

あたしにも…聞こえたから。タカの声が」

 

「え?は、はい。わかりました」

 

そしてあたし達は奈緒に導かれるように歩いた。

 

そして…。

 

「……見つけました」

 

「奈緒!まどか!亮!ハニー!

あ、ハニーじゃなかった。シフォン!」

 

タ、タカ?

え?あんた普段遊太の事ハニーとか思ってんの?

 

「本当にたか兄がいた…」

 

「貴…!」

 

「奈緒…」

 

奈緒は遊太から離れ、貴の方に走って行った。え?まさかこのままみんなの前で抱きつくつもり?

 

「フン!」

 

「グホッ」

 

と、思ったけど奈緒はタカのボディーにいい一撃を入れた。

 

「た、助けに来て何なのこの仕打ち。

俺何で殴られたの?あれ?こないだもこんな事なかった?デジャビュ?」

 

「助けに来るのが遅いです。遅すぎです。何をやってたんですか?

まさか盛夏とイチャイチャしてたとかですか?マジありえないです。超キモいです」

 

「あ、あのね?ちょっと色々とありましてね?」

 

「もう…!それより出口はどっちですか?

早く連れていって下さい」

 

「あ、ああ。はい…」

 

そしてタカが立ち上がった時だった。

 

「お?おっと…ん?おい?奈緒?」

 

奈緒は貴に会えて安心したのか、そのままタカに寄りかかって気を失ってしまった。

 

「奈緒…熱あるみたいだな…。頑張ったんだな。………よっと」

 

え!?タカが!?

奈緒をお姫様抱っこ!?

 

「気を失ってくれたのは幸いだな。

こんなのセクハラですとか通報しますとか言われそうだし…」

 

タカが…そんな…。

まるでタカじゃないみたい…。

 

「さ、出口はこっちだ。さっさとこんな所から出ちまおう。他のみんなも心配だしな」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「グハッ」

 

<<ドサッ>>

 

「チ、雑魚が…」

 

「拓斗…この辺りのデュエルギグ戦闘員はあらかた倒した」

 

「ああ、しかし妙だな…」

 

「妙?葉川 貴に殴られた所が腫れ上がってきて確かに拓斗は妙な顔をしている」

 

「……俺の話じゃねぇよ」

 

「拓斗くん、あっちの出口は開けて来たで。これでもう少し避難も捗るはずや」

 

「こっちも…大丈夫。ついでにデュエルギグ戦闘員も片付けて来た」

 

「ああ、助かった」

 

「ププ……拓斗くん…その顔やめて…」

 

「拓斗さ…ゴホッゴホッ…そんな顔でかっこつけられても…ゴホッゴホッ」

 

「お前ら……」

 

「それより妙な事って?」

 

「ああ、それなんだけ…」

 

「お願い拓斗。こっち見ないで」

 

「………さっきの会場の爆発は恐らくデュエルギグ暗殺者の仕業だろ。戦闘員共にはそんな度胸もねぇだろうしな」

 

「確かにそうだね。なるほど、これだけの数のデュエルギグ戦闘員が会場の外にも居る。それが不思議なんだね」

 

「ああ、爆発が終わった今デュエルギグ戦闘員(こいつら)を配置させてる理由。それがわからねぇ」

 

「お義姉さん、木南さん、ここから出られそうです」

 

「助かったぁ~…」

 

「良かった。みんな、こっちから出れるみたいだよ。押さずに順番にゆっくりついてきて!」

 

「この声…」

 

「あ、拓斗さん…」

 

「達也か。久しぶりだな」

 

「はい。お久しぶりです」

 

「兄貴…?」

 

「晴香……」

 

「兄貴……しばらく会わない間に変な顔になったね」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

あたし達は全員無事に脱出出来た。

 

無事にとは言っても、あたしと奈緒、香菜と渚は念の為に病院で診てもらう事にした。

 

タカにお姫様抱っこされていた奈緒は実は途中から目が覚めてたけど、もうちょっとだけとか思っていたら渚と理奈に見つかってしまったらしい。

しかも起きていた事まで二人にバレてしまい、

この旅行が終わった後、渚の家でお泊まり会が開かれるそうだ。

 

そしてこの日はみんなの疲れや考えたい事もあるだろうという事で、それぞれホテルへと戻り、翌日飛行機の時間までの間、再びトシキの別荘で話し合おうという事になった。

 

翌日の朝。あたしは新聞を見て目を疑った。

 

『南国DEギグ!今年も大盛況!』

 

あの爆発事件は無かった事になっていた…。



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第17話 澄香の過去

「姫咲お嬢様、一瀬様、結衣様、松岡様。

このような所へお呼びだてして申し訳ございません」

 

私は秋月 姫咲。

南国DEギグの会場から脱出した後、私達は会場近くの林道に呼び出されていた。

じいや…。いえ、澄香さんに…。

 

「改めてご挨拶させて頂きます。

私は15年前Artemisというバンドでベースを担当しておりました瀬羽 澄香と申します。年齢は不詳でお願い致します」

 

「え?年齢不詳?何で?」

 

「し、結衣、今は澄香さんの話を聞こう」

 

「まず…どこからお話をすればよろしいか…」

 

私の秋月グループの執事セバス。

 

セバスの正体はArtemisのベーシスト、瀬羽 澄香さんでした。

 

澄香さんは私が3歳くらいの頃。

15年前から私の専属の執事として仕えて下さってました。

 

忙しいお父様やお母様に代わり、ある時は親のように、ある時は友達のように、ある時は先生のように。

ずっと私と一緒に居てくれていました。

 

私は…そんな澄香さんが女性だとは知らず、15年前にクリムゾンと戦っていたバンドマンだとは知らず…。

私は執事である澄香さん…じいやに甘えて生きてきました。

 

ずっと一緒に居たのに…結衣にじいやが女性かも知れないと言われるまで…。

じいやがじいやである事に疑いも持たず…当たり前のように毎日を過ごして来ていた。

 

私は…大好きなじいやを…澄香さんの事を何も理解しようとしていなかった…。

 

「あれは15年前…BREEZEもArtemisも解散した後の事にございます…」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

-15年前

 

 

 

「クッ…参ったなぁ。デュエルギグ暗殺者がまだこんなに残ってたなんて…」

 

私は梓の事故の後、Artemisの解散後もある『サガシモノ』の為にクリムゾンエンターテイメントに潜入しようとしておりました。

 

アルテミスの矢はBREEZEの解散後も残ったメンバーで日夜戦いが続いておりましたし、創始者である海原が海外へ逃亡し、幹部である手塚と足立を失ったクリムゾンエンターテイメントであれば、一人でも何とかなると思っておりました。

 

しかし、クリムゾンエンターテイメントの本部にはまだ多くのバンドマンや、デュエルギグ戦闘員やデュエルギグ暗殺者。デュエルギグ騎士(でゅえるぎぐないと)デュエルギグ将軍(でゅえるぎぐじぇねらる)デュエルギグ皇帝(でゅえるぎぐえんぺらー)達が残っておりました。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「なぁ?俺達がやってるのってバンドだよな?音楽だよな?何なんだナイトとかアサシンって…俺達何と戦ってんだ?」

 

「松岡くん、黙りなさい」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

私は深手を負いクリムゾンエンターテイメントのバンドマン達に追われておりました。

 

「ハァ…ハァ…ここまでやな…。

ごめんね、梓。……『サガシモノ』は見つけられそうにない…。約束…守れそうにないね…」

 

このまま私は…そう思っておりました。

 

「タカ…最期に会いたかったな…。

英治のオムレツももっかい食べたかった…」

 

-ガサッ

 

「敵!?」

 

私の腕は傷つき演奏するにはもう…。

私は覚悟を決めておりました。

 

「おや?これはこれは可愛らしいお嬢さん。どうされましたかな?」

 

「え?誰?クリムゾンじゃない?」

 

「まぁ…怪我をされてますのね。あなた…」

 

そこに現れたのは、姫咲お嬢様のお父上様とお母上様でございました。

 

 

私は秋月家の一室に通され、怪我の手当てをして頂き、食事までご馳走になりました。

 

「あの…匿って頂いてありがとうございました…」

 

「いやいや、しかしまたどうしてあんな所に?」

 

私がクリムゾンから無我夢中で逃げた先、そこはどうやら秋月家の敷地内のようでございました。

 

「あ、そうだったのですね…。勝手に入ってしまい申し訳ございませんでした」

 

「怪我もされてるようですし、何か事情があるのでございましょう?

良かったらお話して下さいませんか?」

 

勝手に敷地内に入ってしまったあげく、怪我の手当てや食事までご馳走になっておきながら何も話さないのは失礼にあたると思い、私は旦那様と奥様に全てをお話しました。

 

「なるほど…クリムゾンと…」

 

「それは…大変でしたわね」

 

「いえ…。とんでもありません。本当にありがとうございました」

 

クリムゾンとの事を話終えた私は旦那様と奥様に挨拶をして家を出ようとしました。

 

「待ちなさい、お嬢さん。

その『サガシモノ』が見つかるまで関西には帰らないのだろう?行く宛はあるのかね?」

 

「そうですわ。まだ怪我も治ったわけではありませんのよ。一人でクリムゾンと戦うなんて無茶ですわ」

 

私の実家は関西にございます。

『サガシモノ』が見つかるまではここに留まろうとホテル暮らしをしておりました。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「あの…お話の途中で申し訳ないんですけど…」

 

「何ですかな?一瀬様」

 

「何故澄香さんは一人で?

いくら解散したと言っても…ギターの翔子さんやドラムの日奈子さん。

それに貴さん達BREEZEのみんなやアルテミスの矢の方々も…」

 

「そうでございますな。

当時残っていたアルテミスの矢のメンバーとはあまり面識もございませんでしたからな。BREEZEや雨宮さんや氷川さん…浅井さんもみんなアルテミスの矢を抜けておりましたから」

 

「それでも…」

 

「タカ様は…喉や梓の事がございましたし…その…何か頼るのはズルいかな?って…思って…」

 

ズルい?どういう事でしょう?

 

「や、失礼。そしてトシキ様は女性と二人きりになると喋れない病の事がございましたし、英治様は三咲様と結婚の為に仕事を頑張っておりました。

拓斗様は私と同じく『サガシモノ』を探しておりましたが…単独行動して行方知れずになっておりましたしな」

 

拓斗さんも澄香さんと同じ『サガシモノ』を?

『サガシモノ』っていうのは一体…。

 

「そしてArtemisのメンバーは梓はあんな事になりましたし、翔子は次世代のバンドを育てると別の道を行きましたし、日奈子はやりたい事があると言って旅に出ました」

 

次世代のバンドを育てる?

もしかしたら翔子さんは英治さんのように?

確か英治さんもライブハウスを作ったのは楽しく音楽をやる次世代バンドの為とか仰ってたような?

 

「浅井さんはまだ奥様と共にクリムゾンと戦っているというお話も聞いておりましたが、浅井さんも雨宮さんも氷川さんも、お子様がいらっしゃいましたから…」

 

浅井さんって方はどなたか知りませんが、雨宮さんと氷川さんのお子さんというのは志保さんと理奈さんの事ですわね…。

 

「そうだったんですね…だから一人で…」

 

「はい。それで一人で…と。

それに私は天才でございましたからな。一人でもやれんちゃう?って気持ちもありましたがな。ハッハッハ」

 

さすが私のじいやですわ。

おっと…じいやと呼ぶのは失礼ですわね。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「ふむ。ではここで『サガシモノ』をしながら暮らしていくのは大変であろう?

金銭面の事もあるし、クリムゾンと戦いながら…となると…」

 

「これが…私の選んだ道ですから…」

 

「よし、ではこういうのはどうだろうか?」

 

「え?」

 

旦那様が私に提案した事。

それは旦那様と奥様には幼い娘がいらっしゃるとの事でございました。

この幼い娘とは姫咲お嬢様の事でございますが。

仕事が忙しくあまり一緒に遊んであげられないので、私は姫咲お嬢様の遊び相手として住み込みで働かないかとの事でございました。

 

そして、秋月グループはクリムゾングループのいくつかの会社とは対立しており、『サガシモノ』をする事にまで協力して頂けるとの事でございました。

 

「そ、そんな…!そこまでして頂くわけには…!」

 

「私達もクリムゾングループのやり方、今の在り方には不満もあります。

それに私達とはライバル会社でもあります。その点は問題ございません。

姫咲はあまり人には懐かない子ですので苦労をかけるかも知れませんが是非お願いしたいですわ」

 

行く宛もなく、今は頼る人もいない。

そしてこの大きな秋月グループが『サガシモノ』の手伝いをしてくれる事は私にはありがたいお話でございました。

 

そして、私は秋月グループで働かせて頂く事になり、姫咲お嬢様とお逢いする事になりました。

 

「お嬢ちゃんが姫咲ちゃん?よろしくね」

 

「……」

 

「あははー…やっぱ緊張しとるんかな…」

 

<<ギュッ>>

 

「ん?」

 

姫咲お嬢様は私の服の裾を掴み、私から離れようとしませんでした。

 

「姫咲が初対面で…珍しい事ですわね」

 

「ほ~。姫咲も澄香さんの事が気に入ったみたいだな。是非これからよろしく頼みます」

 

「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「その日から姫咲お嬢様の遊び相手として私は秋月グループにお世話になりました。

あの頃のお嬢様は本当に可愛くて…目の中に入れても痛くないとはこの子の事であると思っておりました」

 

澄香さん……

 

「それが何故このように頑固で我儘なドSに育ってしまったのでしょうか…」

 

澄香さん?

 

「それで姫咲の執事になったって事なのかな?でもそれで何で変装するようになったの?」

 

「はい、それでございますが…」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

 

私は姫咲お嬢様の遊び相手というだけで、姫咲お嬢様のお付きの人は別におりました。

 

ある日の事でございます。

 

「澄香さん!澄香さん!」

 

「ん?婦長さん?どうしました?」

 

秋月家のメイド長である婦長さんと、当時の姫咲お嬢様のお付きのメイドさんが私の元へと来られました。

 

「姫咲お嬢様を見ませんでしたか!?」

 

「姫咲お嬢様?いえ、見てないですけど」

 

「姫咲お嬢様が居なくなってしまったみたいで…」

 

「え?居なくなった!?」

 

「すみません!私が少し目を離した隙に…」

 

「屋敷内は一通り探してみたのですがどこにも…」

 

「わ、わかりました。私も探してみます」

 

もしかしたら屋敷の外に出たのかも知れない…。

そう私は思いました。この日の前にお嬢様は公園に行ってみたいと仰っておられましたので…。

 

 

「確かこの辺りに公園があったような…」

 

私が秋月家の近くの公園に行ってみた所、やはり姫咲お嬢様は一人で公園で遊んでおられました。

 

「姫咲お嬢様…」

 

「澄香さん。わたくち…せっかく公園に来まちたのに…お友達がおりませんの…」

 

秋月グループの娘となると誘拐などの恐れもございましたので、まだ小さい姫咲お嬢様は外で遊ぶ事を禁じられておりました。

外で遊ぶ事を禁じられていたお嬢様には同年代の友達はおらず、一人公園で寂しそうにしておられました。

 

「姫咲お嬢様。もう少し大きくなられましたら幼稚園に通う事になると思います」

 

「ようちえん?」

 

「はい。その後は小学校、中学校、高校大学と…学校という所にお勉強に行く事になります」

 

「おべんきょう…わたくち遊びたいですわ」

 

「その幼稚園や学校ではお嬢様と同じようにお勉強をしに来る子がたくさんいらっしゃるのです」

 

「たくちゃん?うちのメイドよりたくちゃんですの?」

 

「もちろんでございます。もっとたくさんの方がいらっしゃいます」

 

「そんなにたくちゃんの方が…」

 

「はい。そのたくさんの方々とお嬢様は一緒にお勉強をして、一緒に遊んで、一緒にお話やもっともっと色んな事をなさると思います」

 

「いっちょに遊べますの?」

 

「はい。もちろんでございます。そうやってお嬢様にもたくさんのお友達が出来ると思います」

 

「本当ですの!?わたくち学校に行きたいですわ!」

 

「はい。もう少し大きくなられましたら、学校に行きましょう。だから今はお家に帰りましょう」

 

「う~ん…大きくなったら学校に行かせてもらえますか?」

 

「はい。約束します」

 

「わかりまちた。今日はおうちに帰ります。わたくちかならず大きくなってみせますわ」

 

「はい。帰りましょう」

 

そうして私は姫咲お嬢様と手を繋ぎ、秋月家へと戻ろうとしました。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「わぁ~!姫咲ってすっごく可愛かったんだね!」

 

「時の流れっていうのは本当に残酷だね…」

 

「ああ、大きくなったら…か…。

身体だけじゃなく態度も自尊心も大きくなっちまったんだな…」

 

春くん?松岡くん?

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

私達が公園を出ようとした時でした。

 

「瀬羽 澄香だな」

 

「デュエルギグ戦闘員!?」

 

「クリムゾンに仇なす者は何者も許されない」

 

「ちょっと待って、瀬羽 澄香って誰?

私は名もない一般人の専業主婦、この子の母親なんですけど?」

 

「え?マジで?」

 

「おい、どうする?人違いやん?」

 

「かっこつけて出てきたのに人違いって…」

 

姫咲お嬢様を連れている私は、姫咲お嬢様に危害が及ばないように、人違いのふりをしてその場を逃れようとしました。

 

「あはは、そんな訳ですんで失礼しますね~」

 

「あ、人違いしたみたいですみませんでした」

 

私は助かったと思い、そそくさとその場から退散しようと思いましたが姫咲お嬢様が…

 

「澄香さん。この人達は誰ですの?

澄香さんのお友達ですの?」

 

「「「!?」」」

 

「お嬢様!逃げますよ!」

 

「はい?」

 

「やはり瀬羽 澄香か!追え!」

 

姫咲お嬢様と一緒だった私がデュエルギグ戦闘員から逃げられるはずもなく、あっさりと追いつかれてしまいました。

 

「クッ…」

 

「瀬羽 澄香、我々を欺けるとでも思ったか?」

 

「澄香さん?鬼ごっこですか?」

 

「こっちには子供もいるんやしさ、今日は見逃してくれへんかな…?」

 

「我々が見逃すと思うか?」

 

小さい子供がいようが関係ない。

まるでそう言わんかのように、デュエルギグ戦闘員は私を襲ってきました。

 

「お嬢様!絶対に私から離れないで下さい!」

 

「わかりまちた!」

 

お嬢様は私の足にしがみつき、私はベースを取り出して戦いました。

 

何とかその場を切り抜ける事が出来た私はお嬢様と秋月家へ戻り、ある事を考えました。

 

今日は何とか切り抜ける事が出来ましたが、これから先姫咲お嬢様と行動を共にしていれば、また姫咲お嬢様と一緒に居る時に襲われるかもしれない。

 

それどころか秋月家に匿われてる事をクリムゾンに知られたら、対立グループである秋月家に迷惑が掛かるかもしれない。下手をすると迷惑以上の事が…。

 

私はその夜早速旦那様と奥様に話しました。

 

「それで…ここから…秋月家から出て行くのかね?」

 

「はい。これまでのご恩は忘れません。本当にお世話になりました」

 

「秋月グループも舐められたものだ…」

 

「は?い、いえ、そういうわけでは…」

 

「クリムゾングループがそれで我々秋月グループに危害を及ぼそうとするのであれば望む所。我々も本気で叩き潰す事が出来るというもの!」

 

「は?え?」

 

「そうですわね。クリムゾングループが表立って仕掛けてくれましたら、私達も戦いやすいのにと常々思っておりましたものね」

 

「あの…」

 

「我々はいつでもクリムゾンと戦う準備は出来ておる。デュエルギグ人型機動兵器(でゅえるぎぐもびるすーつ)の量産化も出来ておるしな」

 

「ええ。そうですわね」

 

私は秋月グループを甘く見ておりました。それは旦那様や奥様を侮辱したようなもの。私は迷惑がかかると家を出ようと考えた事を申し訳ない気持ちでいっぱいでございました…。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「(ちょっと待って。デュエルギグ人型機動兵器?ナイトとかアサシンだけでもお腹いっぱいなのにモビルスーツって何?春太俺は今まで散々ツッコミを入れてきただろ?頼む。今回くらいはお前がつっこんでくれ)」

 

「(まずいな。姫咲との付き合いでもうつっこむだけ無駄だと悟ったけど、これはツッコミたい。いや、やっぱりダメだ。冬馬ですらツッコミを入れていないこの状況。俺一人おかしい人扱いになりかねない…)」

 

「ねぇ…誰もツッコミを入れないみたいだから私がツッコミを入れたいんだけど…いいかな?」

 

「(結衣!)」

 

「(ユイユイ!)」

 

「何でございましょう?」

 

「結衣?どうしましたの?」

 

「澄香さんはそれでどうしてセバスちゃんになったの?」

 

「「(それツッコミ違う!)」」

 

「ハハハ、申し訳ございません。話が長くなり過ぎてしまいましたな。

そして旦那様はこう仰いました…」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「澄香さん。姫咲が幼稚園に行くようになれば、姫咲も外出も増える事になるだろう。いっその事澄香さんが姫咲の専属の付き人になるのはどうだろうか?

外出時は変装すれば良いだろう」

 

「そうですわね。変装すれば問題ないと思いますわ。澄香さん考えてくれませんか?」

 

「私が…お嬢様の…」

 

そしてその翌日。

私は瀬羽 澄香の姿を捨て、セバスとなりました。

 

「旦那様、奥様、姫咲お嬢様」

 

「「え?誰?」」

 

「?どなたですの?」

 

「澄香でございます。私はこれよりこの姿でお嬢様の専属執事として従事させて頂きたく存じます」

 

「おお、澄香さんでしたか。はははは、バッチリな変装じゃないですか。本当に誰かわかりませんでしたよ

(どうしよう…変装ってサングラスかけるとかマスクするとかそんな感じのつもりで提案したのに…)」

 

「そ、そうですわね。それだと絶対に澄香さんとはバレませんわね

(ど、どうしましょうかしら?ちょっと髪型とかメイクを変えるとか…そのくらいのレベルの変装を考えていましたのに…)」

 

「わたくちちぇんぞくのちつじ?

澄香さんはどこにいますの?わたくち澄香さんがいいですわ」

 

しかしこの姿ですと、なかなか姫咲お嬢様に懐いていただけず苦労しました。

 

「いやですわ!わたくち澄香さんがいいです!澄香さんしかいやですわ!

……うぐっ…うわぁぁぁぁぁん、澄香さ~ん、澄香さ~ん。どこにいますの~?うわぁぁぁぁぁん」

 

「いやはや、これは困りましたな…」

 

「うわぁぁぁぁぁん、わたくちいい子になりますから。いい子にちますから、澄香さん出て来てくだちゃいませ~。うわぁぁぁぁぁん」

 

澄香である私を泣きながら探し、疲れて眠る姫咲お嬢様。

 

胸が締め付けられる程の想いでございましたが、姫咲お嬢様に危害を及ばせるわけには…その一心で姫咲お嬢様の前で澄香の姿になる事は、今日まで封印しておりました。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「春くん、松岡くん。まさかとは思いますが『ああ、だから姫咲はいい子にならなかったんだ』とか思っていませんわよね?」

 

「……………そんな事思うわけないじゃないか」

 

「……………あ、ああ。春太の言う通りだ」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

姫咲お嬢様になかなか懐いていただく事は出来ませんでしたが、私はこれから秋月家の執事として生きていかなくてはならない。

 

私はそれからの1年間。

最強の執事になる為に『執事虎の穴』に入門し、血の滲むような修行の日々を過ごしました。

 

修行を終えた私はメイド長である婦長さんとの決戦に勝利し、姫咲お嬢様の専属執事になれましたのでございます。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「(ヤバい…ツッコミどころが満載だぜ…。執事虎の穴って何!?執事って修行してなるものなのか?そもそも何でメイド長と戦ってんだ!?)」

 

「(何て言えばいいんだろう?大変でしたね。かな?いや、本当に大変な事になってるよね。そもそも1年間も修行してたの?その間は姫咲はどうしてたの?それに『サガシモノ』の事とかさ……)」

 

「澄香さん…大変だったんだねぇ。ぐすっ」

 

「澄香さん…そうでしたのね。私の為に変装を…」

 

澄香さんは私の為に…。

私に危害が及ばないようにと変装されてましたのね…。

15年も…女性である事を隠して…。

 

「とんでもございません。姫咲お嬢様の為ならば何も大変な事なんてありませんでした」

 

「澄香さん…。

それで…何故…私達に話そうと思ってくれたのですか?」

 

「はい。それはCanoro Feliceの皆様に私の事が女性だと思われた事もございますが…元々姫咲お嬢様が強くなられましたら、正体を明かそうとは思っておりました」

 

「私が…強く…?」

 

「はい。お嬢様は強くなられました。

Canoro Feliceという仲間にも恵まれましたし、ファントムでタカ様や英治様と出会い…。

今のお嬢様ならクリムゾンにも負ける事はないと思い、私はお話しようと決心しました。

そして今回のこの旅行での数々の事件。

今がお話する時だと思いました」

 

「澄香さん…」

 

昔から…昔からずっと澄香さんは私の事を…。それなのに私は…私は……。

 

「姫咲お嬢様にお渡ししたい物がございます」

 

そう言って澄香さんは1本のベースケースを取り出し、橙色のベースを私へと差し出してきました。

 

これは…このベースは…。

 

「このベースは私がArtemisの時から使っていたベースでございます。

伝説の楽器職人モンブラン栗田の最高傑作irisシリーズの1本『虚空』でございます」

 

凄い。このベースからは凄まじい力を感じますわ。この感覚…一体何ですの…?

 

「モンブラン栗田!?」

 

「え?結衣は知ってるの?」

 

「うん!晴香さんが言ってた。すっごい楽器職人の人なんだって!

秦野っちもマイマイも絶賛してたし、たぁくんのお友達のたっくんが使ってたベースもこのirisシリーズだって!」

 

「モンブラン栗田。俺も知ってるぜ。

モンブラン栗田の楽器には生命が宿り、演者と楽器がひとつになる時、楽器は演者の想いを音色に変えて紡ぎ出されるそうだ」

 

そんなにすごいベースですの…?

確かに…このベースからは鼓動を感じますわ。

 

ですが…。

 

「澄香さん、このベースは受け取れません」

 

「姫咲お嬢様?」

 

「Artemisの頃から使ってらしたベースなのでしょう?このベースには澄香さんの思い出がたくさん詰まっていると思います。

そんな大事なベース…私なんかには…」

 

「だからこそ。お嬢様に託したいのでございます。私が認めたベーシストに…」

 

澄香さん…。

 

「それにそのベースは私では使いこなせませんでした。そのベースの声は…鼓動は私には聞くことは出来ませんでした」

 

ベースの声…?

 

「私はお嬢様の執事になった時、そのベースを梓のダミーのお墓に封印しました。そのベースをお嬢様に託そうと思い、封印を解きましたのでございます」

 

私の為に…?

 

「お嬢様ならきっと『虚空』の声が聞こえると思います」

 

澄香さん…。

 

「ありがとうございます…。私、この『虚空』を使いこなしてみせますわ。

クリムゾンと戦う為ではなく、Canoro Feliceとして、私達らしい音楽を楽しんで演奏する為に!」

 

「はい。見届けさせて頂きます」

 

 

私達はその後、それぞれのホテルに戻り、明日に備える事になりました。

 

もしかしたら今日の南国DEギグの爆発事件のせいで、クリムゾンと戦いたくないと思う人がいるかも知れない。

英治さんはそれを危惧していました。

 

ですがきっと私達は大丈夫ですわ。

 

 

 

私はホテルの部屋で綾乃さんと花音さん、美緒さんと同じホテルに泊まっていた木南さんとで談笑していました。

誰も今日の爆発事件の事は語らず、好きなバンドの事やテレビ番組。そんな話をして過ごしてました。

 

「あら?」

 

「姫咲さん?どうしたんですか?」

 

「あの中庭にいらっしゃるのは…澄香さんとタカさん?」

 

「え?お兄さんと執事さんですか?」

 

あの二人が中庭で…?

何のお話をしてらっしゃるんでしょうか?き…気になりますわね。

 

「え?何?もしかして葉川のやつ……逢引き?」

 

「えー?貴兄に限ってそんな事あるかなぁ?」

 

「怪しいです…お姉ちゃんという者がありながら…」

 

「え?貴さんと奈緒ってそんな関係じゃないでしょ?」

 

久しぶりにお会いしたわけですし、積もる話もあるんでしょうけど…。

 

「覗きに行きましょうか?」

 

私はこんな提案をしてみた。

 

「「「「行きましょう」」」」

 

皆さん素敵な性格してますわね。

 

 

私達はホテルの中庭に行き、澄香さん達の近くへと向かった。

 

「どうですか?」

 

「ここからじゃあんまり声が聞こえないね」

 

「もう少し近付いてみる?」

 

何とか声が聞こえる所に…。

私達は息を潜めてこっそり近付きました。

 

「あ、ここなら少し声が聞こえます」

 

「よし、ここから覗こう」

 

「私も着いて来ておいて今更だけど…いいのかなぁ?」

 

「タカさんが澄香さんを襲おうとしたら一斉に飛び掛かりましょう」

 

 

「ハァ……」

 

「ん?どした?タメ息なんかついて」

 

「いや、別に…。何でもございませぬよ」

 

「その喋り方やっぱり何とかならない系?」

 

ん~…お二人で居るのにあんまりソレっぽいお話ではなさそうですわね。

 

 

 

「やっぱり逢引き?」

 

「木南さんそれ好きですね」

 

「貴兄に限って…。でもそうだったら面白いかも♪」

 

「タカさんには私の澄香さんは渡せませんわ」

 

「お姉ちゃんに報告しなきゃ…」

 

 

 

「ん~?どうやったら面白くなるかな?」

 

「あ?何が?」

 

「よし」

 

あ、澄香さんがタカさんの方へと近付いて行きましたわ。

 

「ごめんね、タカ。

私もタカに久しぶりに会えて嬉しかったけど、タカの気持ちには応えられないよ」

 

「え?何が?急にどうしたの?」

 

「最後に会った時から今までずっと私の事を想ってくれてたのは嬉しかったよ?

でもタカの愛の告白には……ごめんね」

 

「どうしたの?立ちながら寝てるの?

愛の告白って何?」

 

 

 

「まさか葉川が告白だなんて…」

 

「あちゃ~、タカさんかわいそ…」

 

「貴兄が…?愛の告白…?似合わな~い…」

 

「ま、当然ですわね」

 

「おのれお兄さんめ…お姉ちゃんという者がありながら…(ギリッ」

 

 

 

 

「で、でもね。タカがどうしてもって言うなら…いいよ?えへへ」

 

「は?何が?何がいいの?

てかえへへって何?ちょっとキモいんですけど…」

 

「いや、女の子にキモいとか普通言うかな…。ほら、私の後ろ(ボソッ」

 

「あ?後ろ?…………ああ、そういう事ね…」

 

「さ、タカ?もっかい心のこもった愛の告白をしてくれたら私も落ちるかもよ?

ほら、カモン!どんと来い!」

 

「えぇぇぇぇぇ……てか何でそんな乗り気なの?何が面白いの?」

 

「ほらほら~。あの子らびっくりさせたいじゃん?(ボソッ」

 

「め…めんどくさ…」

 

「バンやりのマイミーちゃんの限定アクスタでどう?(ボソッ」

 

「澄香。もう一度俺の気持ちを聞いてくれるか?(キリッ」

 

「ほんとチョロいなぁ~(ボソッ」

 

あ、タカさんが澄香さんの両肩を掴みましたわ…!ま、まさか…。

 

「え、ちょっ…タカ、これやり過ぎじゃ…」

 

「澄香…」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

「おおおおお!まさか!このままブチュッと!?」

 

「しっ!木南さん声が大きいです」

 

「あ、あわわわわ、まどか…まどかにLINEしなきゃ…!」

 

「クッ、今から秋月家のスナイパーチームに連絡しても間に合いそうにありませんわね…」

 

「どこかに手頃な石とかありませんかね?」

 

 

 

 

「澄香…ずっと好きだった。

必ず幸せにする。俺と付き合ってくれ」

 

「は、はい…よろしく…お願いします…」

 

「「ヘェー」」

 

「え?」

 

あ、渚さんと理奈さんですわ。

 

「ふぅ~ん。先輩?どういう事ですカ?

あ、もしかして澄香お姉ちゃんへの告白シーンを私達に見せたかったとかそんな感じですカ?アハッ♪おめでとうございマス『しばくぞ』」

 

「いや、あの渚…その違うくてだな…なんかステレオでしばくぞって聞こえたんですけど?」

 

「本当にどういうつもりで私達を呼び出したのかしら?返答によっては地獄を見る事になるわよ?さぁ、遺言でも辞世の句でも好きな方を言いなさい『地獄を見せてあげるわ』」

 

「理奈。だからこれは違うくて…え?理奈からはステレオで地獄を見せてあげるわって聞こえたんだけど?何これ」

 

タカさんが渚さんと理奈さんを呼び出した?どういう事ですの?

 

「「何が違うの?」」

 

「澄香…あの澄香さん。すみません、二人に説明してくれませんかね?」

 

「はわわわ…タカが私の事を……どうしよう…梓…」

 

「あの…もしもし?澄香さん?」

 

「先輩♪澄香お姉ちゃんにオッケーしてもらえて良かったですね♪『お前を〇す』」

 

「あの…〇すってなんですか?まるす?それ怖い漢字が伏せられてる訳じゃないよね?」

 

「でもやっと貴さんも幸せになれそうね。まだ夏だけど春が来たって感じかしら?おめでとうと言わせてもらうわ『この後地獄を見る事になるんだけどな』」

 

「……え?この後地獄見る事になるの?もう俺ちびりそうなんだけど」

 

「「ネェ、さっきから何ヲ怯えてるノ?(ニタァ」」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア」

 

 

 

 

「なぁ~んだ。ただのお芝居だったんだ?つまんな~い」

 

「まぁ貴さんに春が来るなんてありえない事だものね」

 

「あはは、なっちゃんもりっちゃんもごめんね…」

 

なっちゃん?りっちゃん?

澄香さんはお二人と面識がありましたの?

……昨日お会いした未来さんみたいな呼び方ですわね。

 

タカさんが渚さんと理奈さんにある程度しばかれた後、澄香さんが二人にお芝居だったとネタばらしをしました。

 

澄香さんは私達が覗いている事に気付いていて、私達をびっくりさせようとしたらしいです。

考えてみれば姿が澄香さんってだけで、澄香さんはあのじいやだったんですものね。あれだけ近付いてしまえば気付かれてしまいますわよね…。

 

「へぇー、じゃあ瀬羽さんって水瀬さんの実家のご近所さんなんだ?」

 

「まぁ、近所って言っても澄香お姉ちゃんの家は山の下の町の方なんですけどね」

 

「えー?りっちゃんって私らの事覚えてくれてへんの?」

 

「ご、ごめんなさい。ぼんやりとは覚えてるのだけれどハッキリとは…」

 

「綾乃さんはArtemisの曲は聴いた事ないんですか?」

 

「うん、おっちゃんも貴兄もあんまりArtemisやアルテミスの矢の事は話してくれた事ないし」

 

「私も聴いた事ありませんのよ。いつか聴いてみたいものですわ」

 

「私は聴いた事ありますよ?」

 

「え?」

 

美緒さんがArtemisの曲を…?

あ、そう言えば以前美緒さんはガールズバンドを追っ掛けてると聞いた事がありますわね。それででしょうか?

 

「へぇー、美緒ちゃんってArtemisの曲聴いた事あるんだ?実は私も聴いた事ないんだよね~」

 

「あれ?そうなん?梓にもなっちゃんちのおっちゃんにも聴かせてもらった事ないん?」

 

「うん、実はあらへん。澄香お姉ちゃんはCDとか音源持っとる?」

 

「ん~、実家にはあるかもやけどこっちには持って来てないかなぁ?てか、タカも英治も音源持っとるはずやで?」

 

「ほんまに?今度聴かせてもらお」

 

渚さんと澄香さんが話すと関西弁になってますわね。素が出ちゃうのでしょうか?

 

「あ、なら今から聴きますか?

私音楽プレイヤーに入れてますし」

 

「え!?美緒ちゃん本当に!?

いいなら聴いてみたい!」

 

「じゃあちょっと待ってて下さいね。部屋から取ってきます」

 

私も楽しみですわ。

まさかArtemisの曲を聴けるチャンスがこんなに早くやってきますなんて…。

 

「ん?あら?そういえば…」

 

「姫咲さん?どうしました?」

 

「そういえばタカさんは何故渚さんと理奈さんを呼び出しましたの?」

 

「それでございますか。私はなっちゃんの家の近所に住んでいた事は先程のお話でもわかると思いますが、りっちゃんとはArtemis時代によくお会いしていた事もあり、この姿で暮らす事にしましたからな。改めてご挨拶をと思いまして」

 

なるほど。そういう事でしたのね。

 

「ん?あれ?あれあれ?」

 

「渚?どうしたのかしら?」

 

そう言って渚さんはタカさんの方へと近付いて行った。

 

「先輩先輩」

 

「ふぁい?なんでふか?」

 

あ、渚さんと理奈さんにしばかれて顔が腫れて上手く喋れませんのね…。

 

「先輩は何で私も澄香お姉ちゃんと会わせようとしてくれたんですか?」

 

「うっ…」

 

「やっぱり……私が梓お姉ちゃんの家の近所のなっちゃんだってわかってたんですね」

 

「…ふぁい」

 

「うふふ」

 

あら?渚さん…何か嬉しそうですわね。

 

 

「じゃあ再生しますね」

 

♪~

 

「ん?この曲って…fairy-tale(フェアリーテイル)?」

 

「Artemisってこんな激しいロックやったんや!?」

 

確かに…想像してたイメージと違いますわね。ああ…ヘドバンしたくなってきますわ…。

 

「本当にかっこいい曲ね。梓さんの声も凄いわ。すごく胸に響いてくる」

 

「あたしこの曲好きだな。曲調はロックなのに歌詞はすごく優しい感じ」

 

「本当に…梓さんの声に合った曲だね」

 

「やってさ。タカ。みんな絶賛やで良かったなぁ」

 

え?何でタカさんに…?

 

「あはは、この曲はタカに提供してもらった曲でございますから」

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

「な、なんでふかね?」

 

この曲をタカさんが…。

梓さん達の事、Artemisの事をタカさんも大切に想ってましたのね。

 

 

私達はその後も数曲、Artemisの曲を聴かせて頂き幸せな気持ちになれた時間を過ごしました。

 

「梓…お姉ちゃん……グスッ」

 

「え?渚さん?どうして泣いてるんですか?」

 

「あ、あは、ごめんね。梓お姉ちゃんの事を思い出しちゃって…」

 

「ん?そうなんですね。最近は梓さんに会えてないとかですか?」

 

「え?あ、うん。会えてないっちゃ会えてないかな。もう会うことは出来ないから…」

 

そうですわね…。

梓さんは……もう…。

 

「タカ…(ボソッ」

 

「なんでふかね?」

 

「なっちゃんにも言ってないの?(ボソッ」

 

「なぎふぁのぼやでぃざんもびっでなびびだびだびぶぁ」

 

「ごめんね。何を言ってるのかわかんない」

 

タカさんと澄香さん?

またこっそりと何を話してますの?

 

「『渚の親父さんも言ってないみたいだしな』かな?」

 

「コクコク」

 

「そっか。私もこの事はまだCanoro Feliceのみんなにも言えてないし…(ボソッ」

 

私達にも言えてない?

一体何の事ですの?

 

「でぶぉな、べいびとトシキどもぶぁなびだぶぁ、明日びんぶぁにぶぁなぶぶぼりだ」

 

「ん?ん~…『でもな、英治とトシキとも話したが、明日みんなに話すつもりだ』?」

 

「コクコク」

 

「そっか。うん、私もそれがいいと思う」

 

明日…明日にはその事を話して頂ける?

 

「え!?梓さんって亡くなってらっしゃるんですか!?」

 

「ええ…そうなのよ」

 

美緒さんはご存知なかったのですね…。

 

「そうだったんですね…。渚さん、すみません…」

 

「ううん、全然。気にしないで。

美緒ちゃんは知らなかったんだし…」

 

「はい…軽音部の先生にも聞いてませんでした…。言いたくなかったのかな…」

 

「そういやデュエルギグ戦闘員の事とか、二胴とか九頭竜とかクリムゾンの事もその軽音部の先生に教えてもらったんだっけ?」

 

「はい…」

 

「そうなのね。美緒ちゃんの学校の先生は詳しいのね。一体何者なのかしら?」

 

「あ、うちの軽音部の先生ですか?」

 

「意外と美緒ちゃんの先生もアルテミスの矢のメンバーだったりしてね」

 

「それならタカさんか澄香さんに名前を出して聞けばわかるんじゃないかしら?」

 

確かに。もしかしたらタカさんや澄香さんのお知り合いの方かもしれませんわね。

 

「いえいえ、先生はアルテミスの矢ではないですよ」

 

「あはは、さすがにそれはなかったかぁ」

 

「ええ、先生の名前は神原 翔子。Artemisのギタリストでしたから」

 

なるほど。Artemisでしたらアルテミスの矢ではありませんものね。

 

…………え?

 

「み、美緒様…ちょっとお待ち下さいませ…。美緒様の学校の軽音部の先生が…翔子?」

 

「あれ?澄香さんも知らなかったのですか?

はい。私達の顧問は神原 翔子先生です」

 

「「「「な、なんだってー!!?」」」」



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第18話 15年前の真実

俺の名前は宮野 拓斗。

昔BREEZEというバンドでベースを担当していた。

 

今はLazy Wind(レイジーウインド)というバンドでベースボーカルを担当し、日夜クリムゾンのミュージシャンと戦っている。

 

俺のバンドのメンバー。

キーボード担当の観月 明日香。

この子はまだ16歳だ。

 

10年前…この子がまだ6歳の時、ミュージシャンだったこの子の両親はクリムゾンに敗れ、この子を置いて行方知れずになった。その時から俺はこの子の親代りとして一緒に過ごしている。

 

この子は両親の仇としてクリムゾンを恨んでいる。

タカの言う通り、俺はこの子がクリムゾンを憎みながらの音楽をやらせるのではなく、楽しんでやる音楽を教えてやるべきだった。

 

そして、ドラム担当の三浦 聡美。

こいつは高校の頃からバンド活動をやっていた現役の女子大生だ。

半年ほど前のある日、こいつのバンドはクリムゾンのミュージシャンとデュエルギグをして敗れた。

バンドメンバーのボーカルがクリムゾンに引き抜かれ、バンドは解散。その事でクリムゾンを恨んでいる。

 

ある日こいつは奪われた仲間を取り戻そうとクリムゾンにデュエルを挑んだ。その時に俺が助けてやり、それから俺に着いて来るようになった。

俺は聡美に復讐なんて辞めさせるべきだったんだ…。

 

ギター担当の御堂 架純。

こいつはBlue Tearというアイドルグループで活躍していた。

その中でもダンスと歌の上手いセンター3人組の一人。

 

だが、Blue Tearの事務所はクリムゾングループに潰され、Blue Tearは解散。

その後、センター3人組はクリムゾンエンターテイメントに引き抜かれ、日々の過酷なレッスンの強要により、1人は倒れ、架純ともう1人は喉を壊し歌えなくなり、自分と友達の夢を壊したクリムゾンを恨んでいた。

 

喉を壊し歌えなくなる。

俺はタカを見てきただけに架純の苦しさがよくわかった。だから俺は架純を連れて行こうと思った。

 

だが…、架純はどうも昨日の一件からタカの事を気にしている様子だ。何かタカの事やたら質問してくるし。

これは由々しき事態だ…。

 

英治が架純の事を好きで、架純がタカの事が好きとかなると、どこかで聞いた事のあるような話になる。

まるで誰かが梓の事を好きで梓がタカを好きだった頃のような…。あ、苦い思い出が…。頭痛い頭痛い。

 

まぁ、英治は妻子持ちだし大丈夫か。

それに架純。いくらお前であってもタカは渡さねぇからな!!

あ、一応言っておくが俺がタカの事を好きとかそんな話じゃないからな?

 

「拓斗くんお待たせ。用意出来たで」

 

「ああ、わかった…」

 

俺達は英治にトシキの別荘に来るように言われていた。

何か大事な話があるらしいが…。

 

「ん?お前ら…」

 

「ん?どしたん?」

 

「何でそんないい服着てるんだ?」

 

「そやねん。なんか明日香も架純も…」

 

「気のせい…だよ。たまたまこの服しか…なくて…」

 

う~む…。架純と会ってまだ3ヶ月程度だがスカート履いてる所なんて初めて見るんだが…。

 

「これから拓斗もお世話になるわけだしね。保護者として正装でお邪魔しないと…。恥をかくのは私なんだから」

 

いや、何でだよ。保護者は俺の方だし。

むしろそんな正装でお邪魔した方が余計浮くし恥かいちゃうからな?

 

「はぁ…まぁ…行くか…」

 

 

トシキの別荘か。久しぶりに来るな。

 

「あれ?拓斗…さん?」

 

「お前…拓実?何でトシキの別荘に…」

 

そこには2日前の夜。

俺達の泊まっている旅館で出会った内山 拓実がいた。

まさか拓実もファントムの関係者だったとはな…。

 

「あ、拓斗さん」

 

「うー!宮野 拓斗…!」

 

奈緒、盛夏…。

 

「貴に…聞きました。その…何て言えばいいか…あはは」

 

「奈緒~。あたしは先に別荘に入ってるね~」

 

「あ、盛夏…。

す、すみません…盛夏は…その…」

 

「いや、元々は俺の勘違いが原因だ。俺の方こそ…悪かった。もうBlaze Futureに解散しろとか言わねぇから……安心してくれ」

 

「はい…。安心しておきます」

 

「拓斗!悪かったじゃないでしょ?

ちゃんと頭を下げてごめんなさいでしょ!」

 

あ?明日香?元はと言えばお前がタカが喉の手術とか言うから…。

 

「佐倉 奈緒さん。先日は本当に申し訳ありませんでした。ほらっ!拓斗も!」

 

「ああ、はい。どうもごめんなさい」

 

そう言われしぶしぶ頭を下げた。

 

「そんな!気にしないで下さい!拓斗さんも貴を心配しての事だったじゃないですか!?私ももうそんなの気にしてませんので…!頭をあげて下さい!」

 

「あのコレお詫びと言うか…。つまらない物ですが…」

 

そう言って奈緒に何か大きな箱を差し出す明日香。あれ?俺どっかであの箱見た事あるぞ。

 

「え?あの…これは何ですか?」

 

「BREEZEの今までのライブやプライベートライブ、PVやリハ風景などもろもろ。それに当時の練習風景なんかを撮影したDVDセットです」

 

は!?お前それ俺の大事な…!!

 

「え!?まじですか!?ガチですか!?

め……めちゃくちゃ宝物…いえ、もう国宝と言っても過言じゃないレベルの代物じゃないですか…。こんなのいただいちゃっていいんですか…?」

 

いや、待って!それ本当に俺の大切な宝物なんですけど!?

 

「はい。どうぞ」

 

どうぞじゃねーよ!

 

「ありがとうございます!これは佐倉家の…いえ、私の一族一丸となって家宝として永遠に奉ります!」

 

ありがとうじゃねーよ!待って!それだけそれだけは…!

 

「拓斗さん…本当にありがとうございます。大切にします(ニコッ」

 

「あ、ああ。別に構わねぇよ。俺には大したもんじゃねぇしな」

 

言っちゃった!つい構わねぇよとか言っちゃったよ!

あんな嬉しそうにいい笑顔でありがとうとか言われたら返してくれなんて言えねぇよ!!

 

ああ…さようなら俺の思い出…。

 

そして奈緒はスキップしながら別荘へと入って行った。

 

「これで佐倉 奈緒へのつかみはオッケーね!」

 

「あ、あの…拓斗さん大丈夫ですか?」

 

「すまん、拓実…俺の心は今折れちまった…」

 

クッ、いつまでもクヨクヨしててもしょうがねぇ…。もしかしたら英治も持ってるかもしれねぇしな。ダビングさせてもらえねぇかな……。

 

「あ、拓斗さんだ。拓実くんもおはよ~」

 

「あ、香菜さん!おはようございます!」

 

香菜…次は香菜か…。

よし、明日香に言われるより先に…。

 

「香菜、先日はすまなかった。

俺が悪かった。迷惑を掛けちまったな。

本当にごめんなさい」

 

そう言って俺は深々と頭を下げた。

どうだ明日香。これで文句ないだろう?

 

「わ、拓斗さん!拓斗さんもタカ兄を心配しての事だった訳ですし、気にしないで下さい!頭をあげて下さい!」

 

「あの…雪村 香菜さん。これつまらない物ですがお詫びの品という事で…」

 

な、何だと!?明日香!お前香菜には何を……。

 

…………は?ドラムスティック?

ああ、香菜はドラマーだからな。ドラムスティックをお詫びに渡すわけか。

ドラムスティックは消耗品だからな。

 

フッ、明日香にしてはなかなかのベストチョイスだ。

 

「え?あ、ドラムスティック?ありがとう。使わせてもらうよ」

 

「いえ!使うなんて勿体ない!

それは拓斗が昔アーヴァルのダンテから頂いたドラムスティックですよ!ほら、ここにサインが」

 

え…?待て明日香。

それも俺の宝物じゃん!すっごく大事にしてたのお前も知ってるじゃん!

 

「わ、本当だ!こ、こんなお宝…貰っちゃっていいの…?」

 

「はい。香菜さんはアーヴァルのダンテがお好きだと聞きましたので」

 

「ありがとう!うわー!すっごく嬉しい!!」

 

ああ…もう諦めるしかないよな…。

さようなら俺の宝物…。

 

香菜はスキップしながら別荘に入って行った。

 

「これで雪村 香菜へのつかみもバッチリだわ!」

 

明日香ぁぁぁ(ギリッ

 

「おう、拓斗か。お前何やってんだ?

拓実くんも一緒かよ。早く入れよ、みんな揃ってるぞ?」

 

ああ、英治か…。

 

「あ、英治さん。これからうちの拓斗がお世話になります。これつまらない物ですが…」

 

何ぃぃぃぃ!?英治にも何か渡すの!?

ちょっと待って!何を渡すつもり!?

 

「おお!これはっ!架純ちゃんのサイン色紙!!いいのか!?貰っちゃっていいのか!?」

 

あ、何だ…架純のサインか…。

 

「はい♪拓斗の事よろしくお願いしますね」

 

「うぉぉぉぉぉ!額縁!額縁買わなくちゃ!」

 

英治はスキップしながら別荘に入って行った。

 

「ふっふっふ。これで英治さんのつかみもパーフェクトだわ」

 

「た、拓斗さん。別荘に入りましょうか。拓斗さんのバンドメンバーの他の女の子達はとっくに入って行きましたし…」

 

え?聡美も架純も先に別荘に入っちゃったの?何で?

 

ハァ……俺達も別荘に入らせてもらうか…。

 

 

俺達Lazy Windとファントムのメンバーはある一室に通され、四角いテーブルを囲むような形で座っている。

 

-ピシッ

 

タカと英治とトシキと初音はホワイトボードの前に立っていた。

 

-ピシッ

 

しかし……。

 

「ああ、みんな集まってもらって悪いな。今から大事な話をするわけだ。ぶっちゃけめんどくせぇけど聞いてくれ」

 

-ピシッ

 

「昨日は南国DEギグであんな事があったわけだが…」

 

-ピシッ

 

「タカ、ちょっと待ってくれ。話の前にひとついいか?」

 

-ピシッ

 

「あ?拓斗…?何だ?お前に発言権はない」

 

-ピシッ

 

「いや、あのな…」

 

「何だよめんどくせぇな。飛行機の時間まであんま余裕ねぇんだしさっさと話終わらせたいんだけど?」

 

-ピシッ

 

「ああ、それには俺も同意なんだがな。さっきから向かいの席に座ってる盛夏が俺に輪ゴムを飛ばしてきてんだけど?

地味に痛いんで止めさせてもらえねぇか?」

 

「あ、輪ゴム無くなっちゃった~」

 

「盛夏様。どうぞ輪ゴムでございます」

 

「お、澄香さんありがとう~」

 

いや、ほんと止めて?地味に痛いから。

何で澄香は盛夏に輪ゴム渡してんの?

お前俺の事嫌いだったっけ?

 

「チ、拓斗のくせに面倒な事言いやがって。あ~、盛夏。ゴム飛ばすの止めてやれ。痛いらしいわ」

 

「え~?やだ~」

 

「嫌だとよ。諦めろ拓斗」

 

何でだよ!止めろよ!大事な話なんだろ!?さっきからピシピシうるさいじゃん!

 

「で、昨日は南国DEギグであんな事があったわけだがみんな本当に無事で良かった。お疲れ様だったな」

 

「いや、本当に止めないのかよ!そのまま話続けんの!?」

 

-ピシッ

 

あ、痛い。ほんと、ほんと止めて。

 

 

その後、英治が盛夏にお菓子を渡し、なんとか輪ゴムを飛ばしてくるのを止めさせる事に成功した。

 

タカからは昨日の労いの言葉と、爆発の原因はクリムゾンエンターテイメントの九頭竜派の仕業だろうという事が語られた。

 

「ま、昨日の件はそんな感じだ。マスコミとかにも規制入ってるみたいだしな。

みんな口外はしない方がいい。この件の話はそんだけだ」

 

ほう…。昨日の件でもっとざわつくかとも思ったが…。

フッ、さすがタカの…ファントムの仲間だな。みんな覚悟はあるという事か。

 

-ピシッ

 

痛っ、痛い。何で?盛夏は何でまた輪ゴム飛ばしてきたの?

 

「ニヤニヤしてて気持ち悪かった」

 

「盛夏様。わかります」

 

え?澄香?お前ほんと俺の事嫌い?

 

「さて、俺からもういっこ大事な話があるんだが…」

 

ん?大事な話だと?

 

「言いにくいなぁ…言うの怖いなぁ…。おい、英治かトシキから言ってくんね?」

 

「あ、俺みんなのお茶煎れ直してくるわ」

 

「俺は場所を提供してるって事で」

 

「なんなら拓斗か澄香でも可。あ、三咲でもいいぞ?」

 

あ?俺?そもそも俺は何の話するのか知らねぇし。

 

「私よりタカくんの口から言った方がいいよ?晴香にしばかれそうになったら止めてあげるから」

 

「へ?あたし?あたしがタカをしばき倒すような話なの?」

 

〈〈〈ざわざわ〉〉〉

 

晴香がタカを?

すまねぇ、タカ。晴香からは守れる自信はねぇ…。

晴香がタカをしばくとなったら俺が止めに入った所で二人まとめてしばかれるだけだろう。許せ友よ。

 

「ハァ…しゃあねぇな…。

みんなArtemisのボーカル、木原 梓って名前を聞いた事くらいはあると思うんだが…」

 

「梓お姉ちゃん…?」

 

「梓は15年前に道路に飛び出した子供を守る為に車にひかれたんだが…」

 

「子供を守る為に…」

 

「そうだったのね。梓さんはそれで…」

 

「実は死んでねーんだわ。元気に生きてたりするんだよこれが」

 

「「「「「え?」」」」」

 

「梓お姉ちゃんが…生きてる…?」

 

「タカァァァァ!!!!」

 

ひっ!?晴香!?

 

「ヒィ!?ほら!やっぱ晴香怒ったじゃん!三咲!助けろよ!」

 

「テメェ…!!」

 

晴香はタカに飛びかかり胸ぐらを掴んだ。

よし、巻き添えをくらう訳にはいかん。今のうちに逃げよう。俺も晴香に隠してた訳だしな。

 

「ヒィ!?誰か!誰か助けて!

あ、英治トシキ拓斗!お前ら何逃げてんだ!」

 

「タカ…あたしに隠してたってのは不問にしてやる…」

 

「ほんとですか?助けてくれますか?ありがとうございます。ありがとうございます…」

 

「助けてやるとは言ってないよ…」

 

「ヒィ!?三咲!三咲助けて!

え?あれ?三咲いないじゃん!どこ行ったの!?あ、澄香もいねぇ!?」

 

「いいか?今からあたしはお前に質問をする。命が惜しかったら真面目に答えろ。変なボケはいらねぇ。そして余計な事は喋るな」

 

「は、はい。かしこまっ!」

 

「余計な事は喋るなって言ったよ?」

 

「コクコク」

 

「さっきの話は本当?本当に梓は生きてるの?」

 

「はい。生きてます…」

 

「嘘だったらあんたの痔をこの場で破裂させる!」

 

「おまっ、何で痔の事を…」

 

「そんな事はどうでもいい。それよりまた余計な事喋ったね?」

 

「す、すみません。本当です。本当に梓は生きてます…。今はアメリカに住んでます…」

 

「アメリカに…?何で?」

 

「事故の時の怪我を…療養の為なんですぅ…」

 

「じゃあ…本当に…本当に梓は生きてるんだね」

 

「はい。本当です。本当の話でございます。ですから何卒…何卒命だけは…」

 

「……うぇ」

 

「上?」

 

「うぇぇぇ…梓…生きてたんだ…あたし…ずっと……うぇぇ…良かったよぉ…あずさぁ~うぇぇぇん」

 

「晴香……。………悪かったな、黙ってて」

 

「何勝手にあたしの頭を触ってんだ?

そして余計な事を喋ったね?3度目だよ?」

 

「ちょっ、まっ…すみませんすみません本当にごめんなさい。ヒィ!?」

 

「梓お姉ちゃん……本当に…生きてるの?」

 

「ギャァァァァァァァァ」

 

 

タカの叫び声が聞こえる…。

やはり晴香には慈悲の心はなかったか。

我が妹ながら恐ろしいやつ…。

 

俺は晴香の暴力という名の制裁に恐怖し、別荘の外へと逃げていた。

 

「ん?何だよ結局拓斗も逃げて来たのか」

 

「たりめぇだ。俺はまだ死にたくねぇ」

 

「あはは、大丈夫。きっと三咲ちゃんが助けてくれてるよ」

 

まぁ、三咲なら格闘技もそれなりにやってたしな。何とかなんだろ。

 

「いやー、相変わらず怒った晴香は怖かったね」

 

「ほんとだよね。うっかり私も逃げて来ちゃった。タカくん大丈夫かなぁ?」

 

え?三咲も澄香も?

待てよこれやばくね?タカを助けてくれる人いないんじゃねぇか?

 

「三咲お前…タカを助けてやってたんじゃねぇのか…?」

 

「え?怒った晴香ちゃん怖かったし」

 

「澄香ちゃんも…はーちゃんを助けてあげれば良かったのに…」

 

「いやーあれはさすがに無理だって…」

 

「おい、それよりこれからどうする?

どのタイミングで戻る?」

 

「ん~?晴香の怒りが収まるまで?」

 

「はーちゃん一人の犠牲で晴香ちゃんの怒りは収まるかな?」

 

「拓斗。俺はお前を親友だと思っている」

 

「は!?ふざけんな英治!あいつは身内相手でも容赦するような事はねぇんだぞ!それより三咲なら晴香にも勝てるだろ!?」

 

「英治くん、様子見てきてよ」

 

-ドサッ

 

ん?何だ?

 

「ねぇ?あんた達みんな知ってたって事?」

 

クッ…晴香…!?

 

ん?待て…晴香が引き摺っているアレは何だ…?

 

「ねぇ晴香ちゃん。……もしかしてなんだけどね?その引き摺ってるのってはーちゃん?」

 

「ん?コレ?うん、さっきまでタカだったモノかな」

 

タカ…!?まじでか!?

 

「おいおい、晴香ちょっと待てよ。

これは青春×バンドのお話だぜ?ホラーじゃないんだからよ?その辺で止めとこうぜ。な?」

 

「次は英治か……」

 

「は?お前何言って……ん?あれ?

ちょっと待って!何で三咲もトシキも拓斗も澄香も居ないの!?俺を置いて逃げたの!?」

 

-ガシッ

 

「つ~かま~えた~」

 

「おい、晴香ちょっと待てよ。話し合おう…な?俺、まだ小さい初音を置いて死ねねぇよ」

 

「あたしに隠してた事…不問にしたのはタカだけだから」

 

「ギャァァァァァァァァァァァァ」

 

 

「本当に梓お姉ちゃん…生きてるんだ…」

 

「良かったわね。渚…」

 

「うん…でも…何で隠してたんだろう?

ずっと…15年も…」

 

「クリムゾンから身を隠す為。それとお前らの為でもある」

 

「拓斗さん!?」

 

俺は外で逃げるより敢えて室内に戻る逃げ道を選んだ。

まさか室内に戻ってるとは思わないだろう。

 

フッ、せいぜい外を探し回るがいい。

そしてその怒りをお納めください。お願いします。

 

-トントン

 

「あ?誰だ俺の肩を気安く叩くやつは?」

 

「さっすが兄妹だよね。次に兄貴が逃げそうな所。すぐわかったよ」

 

なっ!?バ、バカな…!何故室内に戻って来た!?

トシキも三咲も澄香もまだ外だろ!?

いや、それより英治は!?英治はどうなった!?

 

「兄貴はついでに今まで放浪してた分もあるよね」

 

「待てよ晴香、落ち着け…。俺は妹であるお前を1日足りとも忘れた事はない。愛しているぞ我が妹よ!」

 

「それが遺言か?あたしはたまに兄貴の事思い出さない日もあったよ。サヨウナラ兄貴」

 

まずい…やられる。

チ、のこのこ戻ってくるんじゃなかったぜ…。明日香、聡美、架純、強く生きろよ…。

 

「晴香さん!待って下さい!!」

 

「ん?渚?どうしたの?」

 

「あの、拓斗さん…さっき梓お姉ちゃんの事を黙ってたのは身を隠す為と私達の為って言ってましたよね?どういう意味ですか?」

 

「え?あたし達の為?

………兄貴、どういう事?」

 

俺は…助かった…のか…?

 

「兄貴?」

 

「あ?ああ、梓の事か?お前も聞いた事あんだろ?梓がクリムゾンの奴らに殺されたって噂」

 

「え?うん…だから兄貴は梓の仇討ちの為にクリムゾンと戦ってると思ってたんだけど…?」

 

「……どこから話せばいいか。

まず、梓達Artemisはクリムゾンエンターテイメントに狙われていた。

それは梓ならアルティメットスコアを歌えると思われていたからだ。

アルティメットスコアなんか完成もしてねぇ。存在すらしねぇスコアなのにな」

 

そうだ。アルティメットスコアなんて存在しないのに…梓は…Artemisは…。

 

「梓お姉ちゃんがアルティメットスコアを…って」

 

「どういう事なんすか?アルティメットスコアなんてないんすよね?」

 

「それだけの理由で梓さんを?」

 

〈〈〈ざわざわ〉〉〉

 

「クリムゾンエンターテイメントの創始者海原には特別なチカラが2つあった。

楽器の声を聴くチカラ、感情や想いを音色に変えて歌うチカラだ」

 

「楽器の声を聴く…?澄香さんが仰ってた…」

 

「単体でそういった特別なチカラを持ってる奴なら稀にいるんだけどな。タカにも…」

 

「貴にも…ですか?」

 

「そういや貴ちゃんには物体を爆弾に変えるチカラが~」

 

「ええ、貴さんにはキラークイーンがあるわね」

 

「それなら私にも時間を吹き飛ばす力があると思うんだよ」

 

「さすがにーちゃんだぜ…」

 

「そうだよ!たか兄にはキラークイーンがあるんだから、昨日の南国DEギグの時も外壁を爆破してくれたらみんなもっと早く避難出来たのに!」

 

「ねぇ双葉。みんな何を言ってるの?」

 

「ああ、うん。貴くんのスタンド能力の話だよ」

 

「チ、キラークイーンか…奏、まずいな」

 

「ああ、葉川さんと戦うとなると最初から本気で挑まねばな…」

 

いや、お前ら何言ってるの?

キラークイーン?

 

「それで?その海原のチカラってのと梓に何の関係が?」

 

「あ、ああ。話を続けるぞ。

単体でそういうチカラがある奴はいるが、海原はその2つのチカラを合わせて『楽器の声を歌声にのせるチカラ』が使えた。

海原はそのチカラがアルティメットスコアには必要だと思ったんだろう」

 

「それを…梓は使えたって事?

だったら海原がアルティメットスコアを歌えば…!何で梓を!」

 

「海原は音痴だった。だから歌えなかった」

 

〈〈〈音痴?え?海原って音痴だったの?〉〉〉

 

「そして海原と同じチカラを持つ娘は歌は問題ないが楽器がまるでダメだったしな」

 

「海原の娘って…聖羅の事?」

 

「聖羅?お~、お母さんと同じ名前だ~」

 

「そりゃそうだろ。お前は海原の孫だからな」

 

〈〈〈え!?〉〉〉

 

「ちょ…ちょっと待って?どういう事?

盛夏が海原の孫…?」

 

「え?え~っと…マジで?」

 

「あたしのおじーちゃんがクリムゾンエンターテイメントのボス?」

 

「なぁ拓斗にーちゃんってさりげに爆弾発言してないか?」

 

盛夏が海原の孫だとみんな知らなかったのか…?まさかタカ達も盛夏自身も…?

チ、まずったな…。いらねぇ事言っちまったか…。

盛夏も母親から聞かされてなかったのか…。

 

「ん~?…あっ!!

そっかそっか~。あたしがクリムゾンエンターテイメントのボスの孫だから宮野 拓斗はあたしだけは認めないって言ってたのか~」

 

「あたし達…盛夏のおじいさんを…」

 

「……あっ!?もしかして~、あたしみんなの敵?」

 

〈〈〈そんな訳ないっ!〉〉〉

 

こいつら…全員で声を揃えて…。

 

「盛夏!バカな事言わないで!

盛夏は私の大事な親友だよ!!盛夏のおじいちゃんが海原だろうと誰だろうと関係ない!!」

 

「そうだよ盛夏!奈緒の言う通りだよ!今度そんな事言ったら私怒るからね!」

 

「そうそう。それにそんな事で敵になるなら、あたしのお父さんもクリムゾンなんだしさ。あたしもみんなの敵になっちゃうよ」

 

「そうよ盛夏。あなたは私の大事なと…友…友…」

 

「も~、理奈ちもこんな時くらい恥ずかしがらずに友達って言いなよ~」

 

「い、言わなきゃわからないなんて盛夏も香菜もまだまだね」

 

「盛夏。あたし達はあんたの敵じゃない。大事な仲間であり、大事な友達の蓮見 盛夏なんだから」

 

こいつら…。いい仲間だな。

 

「みんな~………ありがとう~。

でもね?あたしが貴ちゃんの彼女になっても友達?敵じゃない~?」

 

「あったり前じゃんか。どんな事があっても友達だよ!ね?みんな?」

 

「そうだよ盛夏。そんな事くらいで敵になるわけないよ。ね、みんな?」

 

「「「「…………え?うん?まぁ?もちろん?」」」」

 

「え?あれ?奈緒?理奈?渚?ってか志保まで?さっきまでのは何だったの?」

 

「盛夏。お前の母親の聖羅もな俺達と仲間ではあった。海原の孫だろうが何だろうが関係ねぇ」

 

「宮野 拓斗…」

 

そう言って盛夏は俺の所まで近付いて来て…

 

「ペッ!」

 

え?俺なんで唾を吐きかけられたの?

 

「それでそのチカラを使えた梓が狙われたってわけ?」

 

「ああ、梓も海原の娘だからな。梓がArtemisとしてこっちで歌い始めたせいで狙われたんだろうぜ」

 

〈〈〈は?〉〉〉

 

「梓が…海原の娘…?」

 

「ああ、妾の娘だがな。知らなかったのか?」

 

「梓お姉ちゃんが…海原の娘…?」

 

「ん?って事は~?たまに会ってた叔母さんが梓さん?」

 

「え?それって盛夏は梓に会った事あるって事!?」

 

「たまに~?」

 

「貴さんは盛夏が梓さんに会った事あるって知ってたのかしら?」

 

「もうタカ兄には聞けないもんね…」

 

え?タカにはもう聞けないの?

タカどうなったの?

 

「それで…梓はクリムゾンエンターテイメントに…?」

 

「ああ。梓も含めArtemisのメンバー全員がクリムゾンのやり方には反対派だったしな。そして俺がアルテミスの矢を作ってクリムゾンエンターテイメントとの戦いが本格化し始めた。

まぁ、この辺りはまた外伝的なもんで語られるだろ」

 

「だったら余計にさ。梓がクリムゾンエンターテイメントには必要だったわけでしょ?何で殺されたなんて…」

 

「それはな。梓が事故にあった時に庇ったガキがクリムゾンエンターテイメントのガキだったからだ」

 

「クリムゾンエンターテイメントの…?」

 

「くそったれの九頭竜があらゆる音楽の英才教育を施し育てていたガキ共がいる。その内の一人だ」

 

「そうだったんだ…」

 

「でも何でその子がクリムゾンエンターテイメントの子ってわかったんだ?」

 

「そうだな。確かにまだ謎は多いな」

 

チ、しゃあねぇか。ここも話すしかねぇな。命が惜しいし。

タカもこの事も話すつもりだったかも知れねぇしな。

 

「俺達はその子を『サガシモノ』と呼んでいた。俺はそのガキを探す為にずっとクリムゾンと戦っていた」

 

「それが兄貴のクリムゾンと戦ってた理由?まさかその子に復讐するつもり?」

 

「『サガシモノ』?それって澄香さんも探してたっていう?」

 

「俺達は…?つまり貴兄達も?」

 

「タカにも英治にもトシキにもそんな話聞いた事なかったよ…」

 

「そのガキは海原に盲信している九頭竜が作り上げた生命体makarios bios(マカリオス ビオス)

梓の遺伝子を培養して作った生命体だ」

 

〈〈〈は?〉〉〉

 

「ちょっと待て…何だそりゃ…」

 

「作り上げた生命体?しかも梓さんの遺伝子で…?」

 

「そんな事許される訳が…!」

 

「海原は梓をクリムゾンエンターテイメントに取り込もうとして、九頭竜はその生命体を梓の代わりにしようとしていたらしい。だから九頭竜には梓は邪魔だったんだ。梓が殺されたって噂はそのせいだろう」

 

「九頭竜には梓さんが邪魔だった…?」

 

「九頭竜はその子を使って梓さんを?」

 

〈〈〈ざわざわ〉〉〉

 

「いや、梓の遺伝子で作られたガキは、梓に会いたいと思ってクリムゾンエンターテイメントを脱走したらしい。

梓が事故にあったのはその時にたまたまだ」

 

「クリムゾンエンターテイメントを脱走?」

 

「梓さんに会いたかったからって…」

 

「そのガキにとっては梓は母親みたいなもんだからな…。梓が事故にあったのを目の前で見てしまったガキは自分が脱走をしたせいで梓が事故にあったと思い、クリムゾンエンターテイメントに戻った。だからガキも梓が生きている事は知らねぇだろう」

 

「そんな…」

 

「自分の母親のような人が自分のせいで…」

 

「その子…かわいそう…」

 

「一命を取り留めた梓はそのガキをクリムゾンエンターテイメントから救い出したいと思っていた。だから俺はそのガキを探していたんだ」

 

「そっか…だから兄貴は…恨みからじゃなかったんだ…」

 

「いや、クリムゾンに恨みもあったぜ?

梓もそんな事がなければ事故に合わなかったかも知れねぇし、タカの喉が悪化して歌えなくなったのもクリムゾンとの戦いが長引いたせいだしな」

 

みんな静かになったな。まぁ、無理もないか。

こんなのまるで漫画やゲームの話みたいなもんだ。現実でこんな事が起こるなんて、関わり合う事になるなんて思ってもみなかっただろうな。

 

「それで梓が生きているとなるとまたクリムゾンに梓は狙われる事になるだろうし、梓を探す為に、関係が深かった俺達のまわり連中も、梓の実家の近所の連中もクリムゾンに狙われるだろうって事でな。梓は死んだ事にしてたわけだ」

 

「そうだったんだ…それで隠してたんだね…」

 

晴香!わかってくれたか!?

 

「じゃあ…連絡もなく放浪してた分だけにしとこっか」

 

え?

 

「ここだとみんなの目もあるし、兄妹水入らず、アッチで逝こうか」

 

待って晴香!

言い方間違えてるよ?『あっちで』じゃないよ『あっちに』だよ?日本語はちゃんと使おうな?あと『いこうか』の漢字がおかしいから!

 

「ほら、こっち来い」

 

俺は『え?こいつ本当に女?』と思うような力で晴香に引きずられた。

 

「待って!誰か!誰か助けて!

明日香!架純!聡美!!」

 

「ほら、早く。タカも英治もきっと待ってるから」

 

嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁぁ!!

 

「ギャァァァァァァァァァァァァ」



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第19話 モンブラン栗田

「お~!ここじゃここじゃ!」

 

「ここがトシキさんの別荘?」

 

「うむ。ここに来るのも久しぶりじゃわい。…………ん?何じゃあの隅っこに固まっとる肉の塊みたいなやつは?」

 

「さぁ?3つあるみたいだね。燻製でも作ってるのかな?」

 

「まぁええわい。とりあえず別荘に入らせてもらうかの」

 

 

 

 

 

 

私の名前は水瀬 渚。

先輩に梓お姉ちゃんが生きている事を聞いて、少し頭が混乱している。

 

お父さんは知ってるのかな?

先輩達に詳しく聞きたいけど……。

みんな何処に行っちゃったんだろう?

 

「渚」

 

「あ、理奈…」

 

「まだ混乱しているようね。わからなくもないけど…」

 

「うん…なんか色んな事考えちゃって…これからの事もあるのにさ…」

 

そうだ。これからの事。

SCARLETやファントム、クリムゾンとの事も考えなきゃいけないのに…。

 

「そうね。でも……梓さんは生きている。

これは紛れもない現実よ。素直に喜びましょう」

 

うん……今はアメリカに住んでるみたいだけど、梓お姉ちゃんは生きている。

これは現実なんだ…。素直に喜んでいいんだよね?

 

私と理奈が話をしていると、トシキさんと三咲さんと澄香お姉ちゃんがリビングに戻ってきた。

先輩と英治さんと拓斗さんの姿はなかった。何処に行っちゃったんだろう?

 

「みんな、晴香ちゃんからさっき聞いたよ。宮ちゃんから梓ちゃんとクリムゾンの事も聞いたんだってね」

 

〈〈〈ざわざわ〉〉〉

 

「色々な事が起こったり、色々な事を聞かされたりして考えたい事もあるだろうし、混乱していると思うけど、もう少ししたら飛行機の時間になるから、帰る準備をしようか」

 

あ、そうだ…。飛行機の時間…。

私達は今日この南の島から関東に帰るんだ…。

え?待って…明日から仕事!?

 

「あのトシキさん…ちょっといいですか?」

 

「ん?奈緒ちゃん?どうしたの?」

 

「あの……貴はどうしたのかな?って思いまして…」

 

「はーちゃん?…………きっと大丈夫だよ?」

 

「あの…その間も気になるんですが…疑問系なんですね…」

 

「うん。知らない方がいいと思うから…」

 

え?本当に先輩どうなっちゃったの?

明日からお仕事なのに先輩いないとかヤバすぎるよ!?

 

「トシキー!タカー!英治ー!おるかの?」

 

大きな声をあげて知らないおじいさんとお姉さんがリビングに入ってきた。

え?誰?

 

「あれ?おじいちゃんにあんこちゃんも?どうしました?あ、はーちゃん達のギターが直ったんですか?」

 

「あの…トシキさん。私の名前はきょうこですので。あんこではありませんので…」

 

「おおー!トシキ!そうじゃそうじゃ。

タカと英治はおらんのか?」

 

先輩のギター?

あ、そういえば先輩のギターをカスタムしてもらってるとか言ってたっけ?

もしかしてこの人がモンブラン栗田さん?

 

「あ~。モンブラン栗田さんだ~。

杏子さんもちゃおちゃお~」

 

「おー!お嬢ちゃんもおったか!ちょうど良かったわい」

 

やっぱりこの人がモンブラン栗田さんなんだ…。でも何で盛夏ともお知り合いなんだろう?

 

「あれ?こないだのおじいさん?あの人がモンブラン栗田だったんだ?」

 

「え?香菜も知ってる人なの?モンブラン栗田って誰?」

 

「志保はモンブラン栗田って名前聞いた事ないんだ?

あの人は凄い楽器職人なんだよ。んで、こないだあたしと奈緒と盛夏で食べ歩きしてた時にちょっとね」

 

食べ歩きしてた時に?

何があったんだろう?

気になるなぁ~。

 

「彼がモンブラン栗田なのね…。

私のベースをリペアしてもらいたいものだわ。でもさすがにそんなお願いは出来ないわね…」

 

あ~、そういえば先輩と話してた時にそんな事言ってたっけ。

 

「お嬢ちゃん。昨日のベースなんじゃが……」

 

モンブラン栗田さんはベースケースから藍色のベースを取り出して盛夏に渡した。

 

「およ?何か……違う?ペグとかピックガードとか…あれ?あれあれ?」

 

「お。気づいたかの?藍色のボディに青色のピックガードじゃからわかりにくいがの」

 

「あ、これあたしの……」

 

「うむ。お嬢ちゃんのベースの使えそうなパーツを組み込んでカスタムしたんじゃよ」

 

「だから…あたしのベースを?」

 

「うむ。どうじゃ?『狭霧』の声は聞こえるかの?」

 

「ん…」

 

盛夏はベースを抱き締めて目を閉じた。

 

「……うん。聞こえる。昨日とは全然違う。一緒に遊ぼって言ってくれてる……そんな感じ~」

 

「そうかそうか!良かったわい。ワッハッハッハ」

 

「さすが盛夏様。ベースの声を聴けますとは…」

 

「ん?おお、澄香か。久しぶりじゃの」

 

「はい。ご無沙汰しております」

 

へぇー。モンブラン栗田さんって澄香お姉ちゃんとも知り合いなんだ。

 

「『虚空』の調子はどうじゃ?」

 

「はい。『虚空』は実は彼女に…」

 

そう言って澄香お姉ちゃんは姫咲ちゃんを紹介していた。

 

「へぇー。澄香さんのベースって姫咲に託したんだ」

 

「香菜?澄香さんのベースって?

香菜は何か知ってるの?」

 

「ああ、うん。晴香さんに聞いたんだけどね。モンブラン栗田には最高傑作と言われるirisシリーズって7本のベースがあって……」

 

香菜はirisシリーズの話をしてくれた。

澄香お姉ちゃんのベースってそんなにすごいベースだったんだ…。

まぁ、澄香お姉ちゃんが演奏してる所なんて見たことないんだけど。

 

「その内の1本が姫咲さんに託されて、1本が盛夏に託されたというわけね」

 

「そしてその内の2本がクリムゾンの手に…」

 

盛夏のベースは拓斗さんとのデュエルで壊したって聞いた時はびっくりしたけど…。

盛夏は嬉しそうにあのベースを抱き締めてる。良かったね盛夏。

 

「おお!そうだそうだ!そうだった~。

ねぇねぇモンブラン栗田さん」

 

「ん?お嬢ちゃん?なんじゃ?」

 

「ほらあそこ~」

 

盛夏はそう言って私達の方に指をさした。

 

「あそこに元charm symphonyのRinaがいるよ~」

 

「なんじゃってぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

え?理奈?

 

「わ、私!?」

 

そしてモンブラン栗田さんは物凄いスピードで私達の方へとやって来た。

 

『ま、まさかこんな所でRinaちゃんに逢えるなんて…!実はわしはずっとファンでして!ずっとファンでして!……ってあれ?なんかおかしいのう?』

 

「ちょ…ちょっと!?大丈夫かしら?いきなり倒れたわよ!?」

 

モンブラン栗田さんは理奈の前に来るといきなり倒れた。まるで魂が抜けたかのように。だ、大丈夫かな…?

 

「ちょっ…こ、このおじいさん息してないよ!?心臓も…!」

 

え!?嘘!?

 

『な、なんじゃってぇぇぇ!?

ま、まさかRinaちゃんを目の前にして天に召された!?そんなバカな…!』

 

「大変だわ!救急車!救急車呼びましょう!」

 

「え!?あ、うん、そうだね!」

 

『なにぃぃぃ!?わしの体め!Rinaちゃんに触ってもらえとるじゃと!!?

なんて忌ま忌ましい体じゃ!羨ましい!羨ましすぎるぞっ!

ハッ!?そうじゃ!体に戻ればわしもRinaちゃんに!』

 

「ハッ!?」

 

「あ!目を開けたわ!」

 

あ、良かったぁ。びっくりした~。

 

「良かったぁ。一時はどうなる事かと思ったよ~」

 

「危なかったわい。まさかあんな体験をする事になるとはのぅ」

 

「あ、あははは。うちのじじいが迷惑かけちゃってごめんね…」

 

「いえ、本当にもう大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃ。実はわしはずっとcharm symphonyのRinaちゃんのファンでしてな。

まさかこんな所で逢えるとは思ってなかったから、うっかり脱魂しちゃったわい」

 

だっこん?あ、魂が抜けちゃうって事?

 

「おじいさん、わかります!」

 

あ、美緒ちゃん。

 

「ぬ?お嬢ちゃんもRinaちゃんのファンなのかの?」

 

「はい。もうファンというのも恐れ多いくらいです。理奈さんの可愛さ、美しさ、かっこよさ……いえ、そんなありきたりの言葉では言い表せません」

 

「うむ。確かに。言葉に出来ない尊さがある。Rinaちゃんは世界の……いや、全宇宙の宝と言っても過言ではあるまい」

 

「わかります。私は私のお姉ちゃんがこの世で一番可愛い存在と思ってましたが、理奈さんを初めて見た時……私は井の中の蛙だったという事を思い知りました」

 

「わしもそうじゃ。婆さんがこの世で一番美しいと思っておったが息子が生れ、孫が生れ……こんなに可愛い子はいないだろうと思い直したもんじゃ。……じゃがRinaちゃんを見た時、わしの世界なんてなんと小さいものかと思い知ったもんじゃ」

 

美緒ちゃんとモンブラン栗田さんの理奈談義は数分間続いた。

もう理奈なんてさっきから恥ずかしがってお顔真赤にしてうつむいちゃってるもんね。

 

そして美緒ちゃんとモンブラン栗田さんは熱い握手を交わしていた。

 

「あ、そうじゃRinaちゃん」

 

「は、はい?なんですか?」

 

「タカに聞いたんじゃが、わしにベースのリペアをしてもらいたいと言ってたというのは本当かね?」

 

あ、先輩って本当にモンブラン栗田さんに理奈のベースのリペアを頼んでくれたのかな?

 

「え?ええ…まぁ…。伝説の楽器職人といわれるモンブラン栗田さんのお話は昔から伺った事がありますし…。ベーシストに限らず楽器を演奏する者でしたらみんなモンブラン栗田さんに見て頂きたいと思うと思います」

 

『おお!本当にわしなんかにRinaちゃんのベースを……ん?あ、また脱魂しとる!?』

 

モンブラン栗田さんはまた倒れた。

理奈にリペアしてもらいたいって言われて嬉しかったのかな?

 

また少しした後、蘇生したモンブラン栗田さんは理奈にこう言った。

 

「Rinaちゃん。リペアをわしにお願いしてくれるなら、是非ともわしにリペアをさせてもらいたいくらいじゃが……ちょっとわしのベースを見てもらえんかね?」

 

「モンブラン栗田さんのベースを?」

 

そしてモンブラン栗田さんは理奈の前にいくつかのベースケースを並べた。

 

「Rinaちゃんのライブ映像を何度も何度も見せてもらっておってな。

Rinaちゃんの弾き方やパフォーマンスを研究させてもらったんじゃ」

 

「私の弾き方やパフォーマンスを……ですか?」

 

「わかります。私も理奈さんの弾き方やパフォーマンスを研究して参考にさせてもらいましたから」

 

「お嬢ちゃんもかね?Rinaちゃんの弾き方の、美しさの中に力強くも華麗なパフォーマンス。何度見ても惚れ惚れするわい」

 

「激しく同意します。理奈さんのクールでありながらも激しくパワフルなサウンド。オーディエンスを魅了する優雅なパフォーマンス……私如きどれだけ参考にさせてもらっても真似の出来ない美しさ……本当に堪りません」

 

その後、また美緒ちゃんとモンブラン栗田さんの理奈談義は数分間続いた。

理奈なんて恥ずかしさで爆発しそうなくらいお顔真赤になっちゃってるしね。

 

そして美緒ちゃんとモンブラン栗田さんはまるで一仕事終えたようないい顔をしていた。

 

「あ、それでの?ここに数本のベースを用意させてもらったんじゃが。このベース達はRinaちゃんの弾き方に合うように調整しておるんじゃ。この中で気になるベースはあるかの?」

 

気になるベースかぁ…。

って……全部同じベースケースに入ってるじゃん。これじゃ気になるとかそんなのわからないんじゃないのかな?

 

「えっと……これ全部ベースケースに入ってるけど開けちゃっていいの?

これじゃ理奈もカラーも何もわからないんじゃない?」

 

うん。志保の言う通りだよね。

 

「開けた方がいいかの?」

 

え?そりゃそうじゃないの?

 

「いえ、このままで……いいわ…」

 

理奈?

 

「モンブラン栗田さん。このベース。

見せていただいてもいいかしら?」

 

「もちろんじゃとも!是非見てやってほしいわい」

 

そして理奈は1本のベースケースから紫色のベースを取り出した。

 

「凄い……。何故かわからないのだけれど凄さを感じるわ。

モンブラン栗田さんがベースを並べてる時、このベースだけすごく気になったの」

 

「うぅ……やはり私如きまだまだというわけですね…。とても残念です。

私はこのベースがすごく気になったんですが……理奈さんと同じベースを選べませんでした……」

 

「ぬ?お嬢ちゃんはそのベースが気になったのかの?何故じゃ?」

 

「え?何て言えばいいでしょう…。

このベースが歌っているような気がしまして…」

 

ベースが歌ってる?どういう事だろう?

私には全然わからないんだけど…。

 

「美緒ちゃんはそのベースが歌ってる気がしたんだ?

へぇーどんな感じなんだろ?

理奈ちは?理奈ちは何でそのベースを選んだの?あたしには正直どれも同じベースケースにしか見えないんだけど…」

 

「香菜もそうなんだね。私も全然わかんないや。志保は?何か気になるベースある?」

 

「全然。違いがあたしにもさっぱりわかんないよ」

 

「私がこのベースを選んだ理由は美緒ちゃんとは少し違うわね。

変と思われるかも知れないのだけれど……このベースが私を呼んでいるような感じがしたのよ」

 

ベースが?理奈を呼んでいる?

 

「何でかわからないのだけど…このベースを触ってる今は一緒に奏でようって言われてる気がするわ。今すごくベースを弾きたい」

 

「え?それってまさか理奈も楽器の声が聴こえるって事?」

 

「いえ、そんな事ないと思うわ。こんな事初めてだもの」

 

「そのベースはわしのirisシリーズの1つ『雲竜』。今日持ってきたベースはRinaちゃんに合うようにと調整はしておったが、まさかirisシリーズを選んでもらえるとはの」

 

理奈がirisシリーズのベースを?

irisシリーズのベースが理奈を呼んだ?

 

「そうじゃ。お嬢ちゃんもそのベースが歌ってる気がするとか言うておうたのう?」

 

「え?は、はい。ただそんな気がしただけですけど…」

 

「そのベース見てみんか?」

 

「いいのですか?」

 

「もちろんじゃ。そのベースが本当に歌ってるか聴いてみておくれ」

 

そして美緒ちゃんはベースケースから真っ赤なベースを取り出した。

 

「……」

 

「どうじゃ?そのベースは歌っておるかの?」

 

「いえ……歌うのを止めちゃいました。

そのかわり一緒に歌おうって言ってる気がします。今すごくこのベースを弾きながら歌いたいです」

 

「そのベースの名は『花嵐』。そのベースもわしの最高傑作の1本じゃ」

 

美緒ちゃんも?

え?楽器の声ってそんなに聴こえるものなの?

 

「これは正直驚きましたな…」

 

「あ、澄香お姉ちゃん」

 

「irisシリーズのベースは擬似的に才能のある者に声を届けるチカラがあるんだけど、盛夏様もりっちゃんも美緒様もそんなハッキリと声を聴けるなんて…」

 

やっぱり…理奈も盛夏も美緒ちゃんも凄いんだ…。

 

「澄香さんが姫咲に託したベースも、そのirisシリーズなんですよね?澄香さんはベースの声を聴いた事はあるんですか?」

 

「志保様……。いえ、私にはirisシリーズの声は聴こえた事はございませんでした。

それというのも戦う為にベースを弾いていたからやも知れません」

 

戦う為に…?クリムゾンとの戦いの為か…。

 

「Rinaちゃん、お嬢ちゃん。

これも何かの縁と思ってそのベースを貰ってはくれんか?無論無料じゃ」

 

「え?」

 

「そ、そんな!おじいさんそれはさすがに申し訳ないですよ!」

 

「わしのirisシリーズのベースは全部で7本。その内の『雨月』と『雷獣』はクリムゾンに奪われ、その2本のベースをクリムゾンから取り戻す為に、わしは『虚空』と『晴夜』をクリムゾンと戦う武器として澄香と拓斗に託してしもうた…」

 

澄香お姉ちゃんと拓斗さんには、クリムゾンからベースを取り戻す為に託したんだ…。

 

「拓斗のバカは楽器の声を聴くチカラは無かったが、澄香は楽器の声を聴くチカラを持っておった。なのにわしが戦う為の武器としてベースを託したばかりに澄香のチカラを……」

 

澄香お姉ちゃんも楽器の声を聴くチカラが…?

 

「モンブラン栗田様……。

そんな事はございません。私は『虚空』で楽しんで演奏をしてきました。

『虚空』の声が聴けなかったのは私の力不足にございます」

 

「澄香……。その喋り方何とかならんかの?」

 

 

 

 

 

 

「うぅぅぅむ……。俺様がトシキの別荘までわざわざ来てやったというのに、タカと英治と拓斗は何でこんな所で寝てやがんだ?

てか、何で拓斗がこいつらと一緒に居るんだ?」

 

「これは寝ているのか?むしろ生きているのかどうか怪しいものだがな…」

 

「それよりどうだ?タカと会ってみた感想は?何かねぇのか?」

 

「街中で何度か見掛けた事はあるしな。

それにこんな形で会ったと言えるのか?特に何も思う事はないよ」

 

「チッ、つまんねぇ奴だな?何でそんな冷めてんだ?お前あれか?街中でう〇こ踏んでもそんな冷めてんの?」

 

「手塚。そんな事はどうでもいい。さっさと用件を済ませて帰ろう。私は寝たいんだ」

 

「あのな…いつも言ってるが俺はお前の上司だぞ?何で呼び捨て?せめて手塚さんだろ?」

 

「それはパワハラというやつか?

いいだろう。ボスに報告させてもらう」

 

「お前ほんと可愛くない奴だな…」

 

「別に可愛いと思ってくれなくて構わんさ」

 

「チッ……おい、タカ、英治、ついでに拓斗!聞こえてるか?」

 

「返事がない。ただの屍のようだ」

 

「あ~…まぁいいや。次の土曜にな。

SCARLETとファントムの事でうちのボスから直々にお前らに話があるらしい。

だからお前らBREEZEのメンツと何人かで……あ~、何なら全員でもいい。

この名刺の場所に来い。いいな?」

 

「伝える事は伝えたな。手塚、帰るぞ」

 

「いや、何でお前そんな偉そうなの?マジでほんと何なの?」

 

「………じゃあね。----------。」

 

「ん?お前今何て言った?おい」

 

「うるさいな。今度はセクハラかね?

いいだろう。ボスに報告させてもらう」

 

 

 

 

 

 

「ダメですダメです!

こんなすごいベース頂く事なんて出来ません!」

 

「そうね。美緒ちゃんの言う通り。さすがにこんな凄い物を頂くのは…」

 

「わしの残った3本のベースはわしが見込んだベーシストに使ってもらいたいんじゃよ。楽しい音楽を奏でるという本来の目的の為に」

 

さっきからモンブラン栗田さんと理奈と美緒ちゃんで『ベースを貰ってくれ~』とか、『こんな凄いもの頂くわけには~』とか、そんなやり取りが繰り広げられている。平和だなぁ。

 

「頼む!Rinaちゃん!お嬢ちゃん!

わしのベースで楽しい音楽を演奏してやってくれ!」

 

「……わかりました。

モンブラン栗田さんのご厚意ありがたく頂戴します」

 

「理奈さん!?」

 

「このご恩はこれからの私の演奏でお返しします。私はこのベースで最高の音楽を演奏します。そしてこのベースの演者として恥ずかしくないような最高のベーシストになってみせます」

 

「ありがとうの。楽しみにしておるよ」

 

理奈…。

うん。私も理奈のベースの音に恥ずかしくないような最高のボーカルになってみせるよ。

 

「美緒」

 

「あ、お姉ちゃん!助けてお姉ちゃん!わ、私どうしたら……」

 

「せっかく言ってくれてるんだから、ありがたく貰っておけば?」

 

「お姉ちゃん…!?」

 

「そうじゃそうじゃ!そこのお嬢ちゃんの言う通りじゃ!貰っちゃえばいいんじゃ!」

 

「でも私は…まだ高校生だよ?こんな凄い高価なベース…」

 

「歳とか関係ないよ美緒」

 

「お姉ちゃん…」

 

「確かに高価な物をってね。申し訳ない気持ちになると思うけど、モンブラン栗田さんのせっかくのご厚意なんだから。あんなに言ってくれてるんだよ?美緒に使って欲しいって」

 

「でも…」

 

「それにね。そのベースの声は美緒に聴こえたんだよ。理奈にはそのベースの声は聴こえなかった。美緒も理奈の持ってるベースの声は聴こえなかったと思うんだけど…」

 

奈緒…。すごいなぁ。しっかりお姉ちゃんしてるなぁ~。

おっと、私にも妹と弟が居たんだった。

 

「理奈の言う通り、美緒もこれからの演奏で恩返ししたらいいんじゃないかな?」

 

「お姉ちゃん…」

 

そして美緒ちゃんはモンブラン栗田さんの方を向いて頭を下げた。

 

「おじいさん、ありがとうございます。

おじいさんのご厚意に甘えさせて頂きます。そして私もこれからの演奏で必ず恩返しさせて頂きます。私にこのベースを託して良かったって思って頂ける演奏を……」

 

「ホッホッホ。お嬢ちゃんの演奏も楽しみにしておるよ」

 

「私…私なんかがおこがましいかも知れませんが…!

このベースで…楽しい音楽で、理奈さんよりも盛夏さんよりも凄いベーシストになってみせます」

 

「期待しとるよ。お嬢ちゃん」

 

お~!美緒ちゃんも言うね~!

これからがすごく楽しみになってきたよ!!

 

「美緒ちゃん」

 

「ハッ!?はわわわわわ……理奈さん…」

 

「私も美緒ちゃんに負けないわよ。もちろん盛夏にもね」

 

「ふっふっふ~。理奈も美緒ちゃんもこの盛夏ちゃんに挑んでくるとは~。

あたしも絶対に負けないよ~」

 

「わ、私も理奈さんにも盛夏さんにも負けないように頑張ります!」

 

ふふふ、いいなぁこの3人。

すごく仲のいいライバルみたいで…。

 

「これでわしの肩の荷も降りたわい。

『花嵐』も『狭霧』も『雲竜』も……良いベーシストと出会ってくれたもんじゃ。

そして『虚空』も澄香の認めたベーシストに……。ホッホッホ、これからの音楽の世界が楽しみじゃわい。長生きせんといかんのぅ」

 

「じじい……。あたしもまだじじいに教えてもらいたい事もあるんだから。長生きしてよね」

 

「お、そうじゃ!タカと英治はどこにおるんじゃ?あいつらにもギターを渡さんといかんのじゃが…」

 

本当に先輩も英治さんもどこに行っちゃったんだろう?

 

 

 

 

 

 

「生きてた…。俺、何とか生きてた…。

また三咲と初音に会えるんだ…ぐすん」

 

「いや、マジで今回はダメかと思ったわ。拓斗、お前妹の教育どうなってんの?あいつ俺が痔だって知ってるくせに容赦なく俺のケツ蹴ってきたんだけど?」

 

「あいつの辞書には慈悲とか容赦とかの言葉は存在しねぇ。小2くらいん時にビリビリに破いて捨てたそうだ」

 

「それより俺らどんくらいの時間気を失ってたんだ?そろそろ飛行機の時間じゃねぇか?あ、そういや拓斗は何時に帰るんだよ」

 

「俺らは夕方の便だな。お前らは?」

 

「俺は飛行機の時間より俺の尻の方が心配なんだけど?

あ、やべぇ。俺のケツ2つに割れちゃってんだけど?これマジでヤバくねぇか?」

 

「え?タカまじでか?お前大丈夫かよ?

あ!やべぇ。俺も晴香に蹴られてケツ真っ二つになってるわ」

 

「お前らの頭が大丈夫か?ケツは元々2つに割れてるもんだ」

 

「まじでか。安心したぜ」

 

「おい、タカ、英治、兄貴。まだこんな所で寝てたの?」

 

「ヒィ!?晴香…」

 

「タカ、拓斗すまん。俺は逃げる!」

 

「ざけんな英治!俺が先に…」

 

「それよりタカと英治に客だよ。

モンブラン栗田っておじいさんが来てるんだけど」

 

 

 

 

 

 

「じいさん、悪いな待たせた」

 

「おお!タカ!」

 

あ、先輩と英治さんと拓斗さんが戻ってきた。良かったぁ。明日からの仕事ひとりだったらどうしようかと思ったよ。

 

「ほれ。タカのギターと英治のギターじゃ。てか、この英治のギターって元々タカが使ってたやつじゃないのか?」

 

「ああ、じいさんありがとうな」

 

先輩と英治さんはモンブラン栗田さんからギターを受け取って、英治さんは初音ちゃんの前に行った。

 

「おい、初音。このギター本当にいいのか?」

 

「うん。ギターは好きだけどね。私はチューナーになるから。

それにそのギターを使うのは私より相応しい人がいるし」

 

そして初音ちゃんは英治さんからギターを受け取りこっちに歩いてきた。

 

「奈緒さん」

 

「ん?初音ちゃん?どうしたの?」

 

「これ。タカがBREEZEの時に使ってたギター」

 

「え?まじですか?すんごいお宝じゃないですか!あのBREEZEのTAKAさんが使ってたギター…」

 

奈緒?そのBREEZEのTAKAさんって先輩だよ?すぐそこに居るよ?

 

「これからは奈緒さんがこのギターを使って」

 

「え…?初音ちゃん…?」

 

先輩のギターを奈緒に?

 

「ダメ…ダメだよ初音ちゃん。

それ初音ちゃんがすっごく大事にしてたギターじゃないですか。

貴が初音ちゃんにあげたギターなんだから初音ちゃんが大事にしてあげて」

 

「ううん。私はこのギターをタカから預かってただけ。そう思ってる。

タカがバンドをまたやり始めたんだし、本当はタカに返すべきなんだと思った」

 

「英治…お前、初音ちゃんが奈緒にあのギター渡すつもりって知っててじいさんにカスタムを頼んだのか?」

 

「まぁな。奈緒ちゃんも最新型のギターあるし、あんな古いギター使わないだろうって言ったんだけどな。どこで聞いたのかモンブラン栗田の名前を知ってやがってな。………あんなに我儘言った初音は初めてだったからな」

 

「そうか…」

 

「でもタカはギター上手くないから。

だから…だから私は奈緒さんにこのギターを使って欲しい。Blaze Futureの奈緒さんに!奈緒さんにならきっとBREEZEのTAKAもギターを託すと思うから」

 

「初音ちゃん…」

 

奈緒は初音ちゃんを抱き締めた。

 

「な、奈緒さん…痛い…」

 

「ありがとうございます…。

このギター…大切に使います…」

 

「うん。ありがとう奈緒さん」

 

そして奈緒は初音ちゃんからギターを受け取り、先輩の前へと歩いて行った。

 

「初音ちゃんから大事なギターを託されちゃいました」

 

「おう」

 

「私はこれから……このギターで演奏していきます。大切にしますね」

 

「ああ……その…よろしく…お願いします」

 

「はい」

 

おおー!なんかいい話だね!感動しちゃうね!

 

「俺もさっさと終わらせるか…」

 

そう言って先輩はギターケースからギターを取り出した。

 

「お~。あのランダムスターはモンブラン栗田さんの所にあったやつだ~。

そっかぁ~。あれは貴ちゃんのギターだったのか~」

 

「タカ…そのランダムスターって…」

 

ん?盛夏も澄香お姉ちゃんも知ってるギターなの?

 

先輩はそのランダムスターを持って私の前に歩いてきた。

え?何で私?

 

「渚。お前は対バンの時もバテてたし、こないだの夏祭ん時もバテてたらしいな?」

 

「え?何で先輩が夏祭の事を知ってるんですか?」

 

「まぁ、そんな事はどうでもいい」

 

いや、良くないよ?何で知ってるの?

 

「だからちょっと考えてみたんだけどな…。ピョンピョン飛びはねながら歌うのもDivalならではかも知れんしいいとは思うんだが……その……。

渚もギターやってみねぇ?ギターボーカルとか…」

 

「いや、私ギターとかやった事ありませんし」

 

「このランダムスターは梓のギターだ。

梓も……なっちゃんが持ってた方が嬉しいだろうと思うしな…」

 

え?梓お姉ちゃんのギター…?

てか、なっちゃんって…。

 

「うん。私もこのギターはなっちゃんが持ってた方がいいと思う。

これを機になっちゃんもギターをやってみたらいいんじゃないかな?」

 

澄香お姉ちゃん…。

 

「あたしも。前にも言ったけど渚がギターやるのアリだと思うよ。リードギターはあたしでさ。渚もギターやろうよ」

 

「そうね。渚もギターをやるなら曲の幅も広がるしいいと思うわ。またライブ中にバテても大変だしね」

 

「あたしも渚のギターいいと思うよ。

まぁ練習は大変だろうけどさ」

 

志保、理奈、香菜……。

 

「先輩…梓お姉ちゃんのギターありがとうございます。でも先輩もギター出来ないくせに私にギターボーカルやれとかよく言えますよね~」

 

「え?全然言えますけど何か?」

 

 

 

 

 

 

「では皆様、空港に向かいましょうか。

時間もありませんのでこちらのバスに乗って下さいませ」

 

私達はこれから空港に向かう。

澄香お姉ちゃんが秋月グループの大型バスを出してくれた。

 

「モンブラン栗田さ~ん。ベースありがとうございました~」

 

「ホッホッホ。わしこそ北国モンブランありがとうの」

 

「モンブラン栗田さん。またライブが決まりましたら連絡させて頂きます」

 

「楽しみにしておるよ。Divalの理奈ちゃん」

 

「私もまた必ず連絡します!おじいさん本当にありがとうございました」

 

「お嬢ちゃんの曲も楽しみにしとるからの」

 

みんなモンブラン栗田さんにお礼を言ってバスに乗り込んでいった。

 

「あ、おい、拓実。ちょっと待て」

 

「拓斗さん?どうしました?」

 

「俺らは夕方の便だから一緒に行かねぇからな。これをお前にくれてやろうと思ってな」

 

そう言って拓斗さんが拓実くんに渡したのは黄色のベースだった。

 

「た、拓斗さんこれって…」

 

「ああ、じいさんの irisシリーズの『晴夜』だ」

 

「こ、こんな凄いベース僕には…」

 

「あ~、時間ねぇのにこの問答が無駄だろ。受け取れ」

 

「で、でも拓斗さん…!」

 

「こいつの名前は晴れた夜って書いて『晴夜』だ。俺はこのベースにいつも真っ暗な夜ばかりで、晴れた風景を見せてやれなかった。

お前がこのベースに明るく晴れた夜を見せてやってくれ。楽しいお前らの音楽でな」

 

「拓斗さん…」

 

「ほら、バス出ちまうぞ。時間ねぇんだろ」

 

「拓斗さん…!ありがとうございます!

僕まだまだ下手くそですけど、必ずこのベースに合ったベーシストになってみせます!」

 

「ああ。俺もこれからはお前らの仲間だからな。見届けさせてもらう」

 

「はい!」

 

そして私がバスに乗り込んだ後、拓実くんも拓斗さんから託されたベースを持ってバスに乗り込んできた。

 

今、バスの外では先輩と英治さんと拓斗さん、モンブラン栗田さんで何か話していた。

 

「拓斗、良かったのかの?」

 

「ああ、拓実なら間違いねぇよ。

きっといい使い手になってくれる」

 

「じいさん、色々世話になったな。助かった」

 

「タカ…楽しみにしておるよ。BREEZEでもアルテミスの矢でもないお前の音楽を」

 

-ブロロロロ……

 

「ああ…期待は裏切らねぇよ。多分な」

 

-ブォ~ン………

 

「11月に俺らみんなでフェスやる予定だからな。またチケット送るわ。

てか、さっきからブロロロとかこの音何なの?」

 

「………バスが発車した音だな」

 

「………そうか。俺達まだ乗ってないのにな」

 

「「………」」

 

「「………何で発車してんの!?デジャビュ!?」」

 

 

 

 

 

「ホッホッホ。タカも英治も走ってバスに追い付くわけないじゃろうに……。

拓斗…今度はちゃんとあいつらについててやるんじゃぞ?」

 

「あ?」

 

「タカの無茶をお前が止めて、お前の暴走をトシキが押さえて、トシキが尻込みしてたら英治がケツを叩いて、英治がバカをやらかしたらタカが治める。

お前達は4人おってちょうど良かったんじゃ。お前がおらなんだら、誰がタカの無茶を止めるんじゃ」

 

「あ?じいさんもうろくしたか?

さっき何見てたんだ?タカのまわりには奈緒達がいる。あいつは大丈夫だろ」

 

「お前こそバカかの?

あの子らに何かあってみろ。タカはなりふり構わず無茶をしよるぞ」

 

「…………ああ、頭に入れとく」

 

「拓斗。私達もそろそろ…」

 

「ああ、そうだな。じいさん、またな」

 

 

 

 

そうして私達の短いようで長かった旅行が終わった。

 

でもこの旅行での出来事は、まだほんの序章。

私達のこれからの物語の始まりでしかないんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「梓…さっきの国際電話はタカからか?」

 

「ううん。日奈子からだった」

 

「何の用件だったんだ?」

 

「海原が……お父さんが日本に戻ってくるんだって…」

 

「海原が……?今更?」

 

「久しぶりにタカくん達にも会いたいし……なっちゃんやりっちゃんにも。

あたしも帰るよ。日本に」



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第20話 evokeの決断

俺の名は豊永 奏。

evokeのボーカルをやらせてもらっている。

 

南国DEギグへの旅行中に聞いた15年前の話。そしてSCARLETとファントムとクリムゾンの事。

 

南国からファントムに戻って来て、俺達は先に帰らせてもらい、これからの自分達の事を集まって一度話してみようと、鳴海の家に集合する事にしていた。

 

「結弦。お前は今回の旅行でどう思った?」

 

「あ?テメェがinterludeと会って俺が雨宮 大志とデュエルギグをして…。

SCARLETとファントムの今後を聞いて南国DEギグの爆発事件からの今日か…。

ハッ、この3日で随分と立て続けに色んな事が起こったもんだ」

 

「ああ。今はevokeの俺とお前だけだ。

だから正直に話させてもらうが俺は…」

 

「楽しみで身体が疼いてしょうがねぇんだろ?」

 

フッ、結弦の想いも一緒というわけか。

 

「ああ、不謹慎だとは思うが、俺は今回の話を聞いて俺達evokeはもっと音楽の先に行ける。DESTIRAREに近付ける。

そう思ってしまってな…」

 

「そうだな。俺達はもっと先の世界に行く事が出来る。ファントムに所属すりゃメジャーデビューの近道でもあるし、クリムゾンに狙われるなら俺達のレベルアップにもうってつけの相手だ」

 

メジャーデビューか…。

思えば結弦と出会った時からこいつはそればっかりだな。

 

あれは高校に入学したての頃か。

俺がいつものようにタイヤを引っ張りならがロードワークをしてた時か…。

 

 

-----------------------------

 

 

『ハァ…ハァ…ハァ…。俺はもっと強く、もっと強くならねば…』

 

当時は地上最強の男になりたい。

そう思って身体を鍛えてたものだ。

 

『ハァ…ハァ…ん、んん?タイヤが急に重くなっただと…?』

 

俺は急に重くなったタイヤを見てみた。

するとそこには同じ歳くらいの男が座っていた。

 

『貴様。俺のタイヤに座って何をしている?まさか俺のロードワークの邪魔をするつもりか』

 

『……』

 

その男は何も答えなかった。

 

『おい!聞いているのか!』

 

『うるせぇゴリラ。俺は今インスピレーションが浮かんできてんだ。ちょっと黙ってろ。ゴリラはそこでバナナでも食いながらウホウホ言ってやがれ』

 

何て自分勝手な奴だと思った。

こいつはインスピレーションが浮かんできたという理由だけで俺のタイヤに座って考え事をし始めたのだ。

 

やむを得ず俺はポケットからバナナを取り出し、食べながらこの男がどこかに行くのを待っていた。

 

『テメェ…マジでバナナを持ってやがるとはな…』

 

『もぐもぐ』

 

『チッ、幸せそうなツラしてバナナを食いやがって…』

 

『貴様も食うか?』

 

『誰がバナナなんか……チッ悪くねぇ。ありがたく貰ってやる』

 

これが巷の噂に聞くツンデレというやつか。俺はそんな事を思いつつもその男にバナナを渡した。

 

『貴様…ギターをやっているのか?』

 

『あ?勝手に触るんじゃねぇ』

 

『心配するな。見ているだけだ』

 

『テメェ…ギターに興味あんのか?』

 

『いや、全くこれっぽっちも興味ないな』

 

『そうかよ』

 

俺はそれまで音楽や楽器といったものに興味が無かった。

だがロードワーク中に出会ったこの男。

俺はこいつに興味が出た。

 

『貴様はバンドをやっているのか?』

 

『あ?バンドはやってねぇ。

俺はメジャーデビューしてぇって思ってるからな。半端な奴等と音楽をやる気はねぇ』

 

『メジャーデビュー…?

デビューして金儲けしたいのか?それとも有名になってチヤホヤされたいのか?』

 

『チッ、やっぱゴリラじゃその程度しか考えつかねぇか』

 

『違うのか?』

 

『俺の夢は地上最強のギタリストになる事だ。いつか越えてぇと思ってるすげぇギタリストが山程いる』

 

地上最強のだと…?

 

『そしてそんなギタリストより上手くなって、世界中の奴等にこいつのギターを聴きたい。こいつのギターは最高だ。そう言わせるのが俺の夢だ。

だったらメジャーデビューすんのが手っ取り早いだろうが』

 

『貴様…その為のメジャーデビューだというのか』

 

『ああ、まずばメジャーデビュー。

そこが俺のスタートラインだ』

 

 

 

-----------------------------

 

 

 

あの日から俺達は毎日のように会うようになって……毎朝バナナを食べたものだ。

 

「結弦さんはアイスコーヒーで良かったかな?奏さんはいつも通りバナナジュースで良かったですよね?」

 

「ああ、ありがとう紗智ちゃん」

 

「ごめんなさい。みんなで集まるって知らなかったから、お兄ちゃんにアイス食べたいって言っちゃって……」

 

「いや、まだ響も来ていないしな。ゆっくり待たせてもらうさ」

 

俺と結弦が鳴海の家に到着した時、鳴海は家に居なかった。

紗智ちゃんがアイスを食べたいと言ったから、いずこかへとアイスを買いに出掛けたらしい。

 

鳴海の両親は共働きで、ほとんど家には帰ってこない。

だから鳴海がずっと紗智ちゃんの親変わりをしてきたのだが、紗智ちゃんはいい子に育ったが鳴海は紗智ちゃんを溺愛しすぎ、重度のシスコンとなった。

 

鳴海がドラムをやり始めたのも、紗智ちゃんが『ドラム叩いてる人ってかっこいい』って言ったからだったしな。

 

しかしその紗智ちゃんは兄の鳴海をうざがっているのだがな。

 

「あ、そういや紗智」

 

「結弦さん?どうしたの?」

 

「テメェ、Ailes Flammeの連中やDivalの雨宮とクラスメートらしいな」

 

「え?うん。志保ちゃんの事も知ってるの?」

 

「ああ、南国DEギグの旅行でな」

 

「あ~、そっか。ファントムのみんなと一緒に行ってたんでしたっけ?」

 

「ああ…。俺は雨宮と内山と同じ旅館だったしな」

 

「俺は江口とシフォンと同じホテルだったな」

 

「へぇ~。えっと……秦野くんは別のホテルだったのかな?」

 

「あ?ああ、秦野は別のホテルだったな」

 

「そっかぁ~」

 

ん?紗智ちゃんは秦野の事が気になるのか?

フッ、鳴海の奴に知られたら秦野の命も危ういな。

 

-ピンポーン

 

「ん?誰だろ?響さんかな?」

 

家のインターホンが鳴り、紗智ちゃんは玄関へと向かった。

 

「奏。お前はどう思う?」

 

「何がだ?」

 

「響と鳴海の事だ…」

 

響と鳴海の事?

 

「響は他人や他のバンドの音楽にゃ興味ねぇしな。ファントムでやるってなるとよ…」

 

「それでも響はお前よりは協調性はあるだろ。すぐ寝てしまうのは困ったもんだがな」

 

「そして鳴海だ。あいつは紗智の事もあるしな。クリムゾンとの事に巻き込んでいいのかどうか……ってな」

 

「確かに…そうだな。もしかしたら紗智ちゃんまで戦いに巻き込む事になるかも知れんしな…」

 

響も鳴海もevokeの音楽に対しては情熱的だ。だが、これからのクリムゾンとの事を考えると…。

 

「あ、あの…奏さん、ちょっといいですか?」

 

ん?紗智ちゃん?

 

「どうした?何かあったか?」

 

「あの…響さんが玄関で靴を脱ごうとしたら寝ちゃって…」

 

はぁ…何であいつはそんなタイミングで寝れるんだ…。

 

「わかった。俺が運ぼう」

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。これ何の集り?南国DEギグのお土産くれるの?」

 

「ああ、鳴海が帰ってきたら取っておきの土産話をしてやる。ちょっと待ってろ」

 

「わかった。俺は寝てるから鳴海が帰ってきたら起こ……し…グー」

 

もう寝た…。

 

「しっかし鳴海の奴遅いな。どこまでアイスを買いに行きやがった…」

 

「うぅ……ごめんなさい…」

 

「あ?紗智のせいじゃねぇだろ。気にすんな」

 

確かに遅すぎるな。どこまで買いに行ったんだ…。

 

「紗智~。今帰ったぞ~」

 

ん?噂をすれば……か。

やっと帰ってきたようだな。

 

「お兄ちゃん!みんなを待たせ過ぎだよ!どこまでアイス買いに行ってたの!」

 

「フッ、紗智の為なら何処にでも行ってやるさ」

 

「いや、質問の答えになってないよ…」

 

「奏、結弦待たせたな。俺が居ない間に紗智に変な事してないだろうな?」

 

「お前はバカか。紗智にそんな事するわけねぇだろ」

 

「紗智にそんな事するわけない?

お前らこそバカなのか?紗智を目の前にして何もするわけないとか…」

 

まずいな。紗智ちゃんがとてつもなく心配になってきた…。

 

「お兄ちゃんもバカ言ってないで。

大事な話なんでしょ?アイス頂戴。私は部屋に戻ってるから」

 

「いや、紗智ちゃん。これからの話は紗智ちゃんにも聞いてもらいたいんだ」

 

「え?私も…ですか?」

 

「おい。響起きろ。大事な話だ」

 

 

 

 

 

 

「うにゅ~?すかあれっと?くりむぞん?」

 

「奏、結弦その話はマジなのか…?」

 

「爆発…?志保ちゃんもみんなも大丈夫だったんですか…?」

 

俺は響と鳴海、そして紗智ちゃんにも今回の旅行での出来事、これからの事を話した。15年前の梓さんの事も。

 

「クリムゾングループは危険だと以前から聞いていたが、正直これ程までとは思っていなかった」

 

「このままバンドを続けるならどうせクリムゾンとぶつかるのは時間の問題だと思ってる。ファントムに所属すりゃメジャーデビューの近道になる。この2つの理由からせっかくのチャンスだからファントムに所属してぇと思ってる」

 

「だが、これは俺と結弦が勝手に考えて決めた事だ。お前達を巻き込む訳にもいかん。クリムゾンと戦う事になれば鳴海の妹である紗智ちゃんの身にも危険が及ぶかも知れん。それを踏まえてお前達にも考えて答えを出して欲しい」

 

もしこれで響と鳴海がファントムに所属する事を反対したら……。いや、それ以前にevokeを辞めたいと言ったら……。俺達は…。

 

「奏~。いっこ質問いい?」

 

「ん?響?何だ?」

 

「ファントムに入ったら俺達は俺達の曲やれなくなる?事務所の音楽をやれとか言われる?」

 

「いや、その点は心配ない。ファントムに所属しても俺達は俺達で作ったevokeの曲だけだ。イベントとか仕事とかになるとわからんが…」

 

「まぁ、メジャーデビューしてお仕事ってなるとそうなる事もあるよね。

でもライブとかは俺達の曲でやれるんだね?」

 

「ああ、ライブは問題ないはずだ」

 

「だったら俺もファントムに所属してもいいよ。奏の歌と結弦のギター、鳴海のドラムでベースやれるなら所属がどうとかどうでもいいし」

 

どうでもいいって…。

 

「響、テメェ本当にわかってんのか?

クリムゾンと戦うって事は…」

 

「もう~結弦なんなの?俺にevoke辞めてほしいの?」

 

「バカな事言ってんじゃねぇ!

んな訳ねぇだろ!俺はただ心配してんだけだ!」

 

「大丈夫。わかってるよ。現地に居た訳じゃないし奏や結弦よりはわかってないかもしれないけど………俺はevokeのベースだから」

 

「チッ、わかってんならいい…」

 

響…。お前も俺達と同じ気持ちで嬉しいぞ。

 

「奏、結弦、響。………すまん!」

 

鳴海はそう言って俺達に頭を下げた。

すまん………か。鳴海はやはり…。

 

「お、お兄ちゃん…?何言ってるの?」

 

「鳴海。頭を上げろ。別にテメェを責めたりしねぇ」

 

「そうだぞ鳴海。俺達自身も恐怖や不安もある。お前の気持ちもわかっているつもりだ。だから頭を上げてくれ」

 

「俺は……お前らとメジャーデビューしたいって気持ちはある。この話を聞くまではクリムゾングループとも戦う事になってもevokeをやっていきてぇ。そう思ってた」

 

「お兄ちゃん、だったら何で…」

 

「今日、お前らの話を……15年前の事、南国DEギグの事を聞いて、俺は正直クリムゾンとは戦えないと思った。本当にすまん!!」

 

鳴海…。

 

「んにゅ…鳴海も気にしなくていいんじゃない?さっきの話を聞いてそう思っても俺はしょうがないと思うよ?俺もクリムゾンってヤバイなぁって思ったし」

 

「そうだぞ鳴海。真剣に考えた末の結論なのだろう?気にする必要はないさ」

 

「俺は…元々は音楽なんてどうでも良かった…。紗智がドラムを叩いてる人がかっこいい。そう言ったからドラムをやり始めただけだ。

だけど、お前らとevokeをやって来て、もう紗智にかっこいいと言われたいからじゃなくて、お前らとの演奏を好きになってきてた。いや、お前らと演奏する事が好きだった」

 

「鳴海。テメェの気持ちを聞けただけで十分だ。俺もテメェと演奏するのは悪くなかった」

 

そうだな。俺も鳴海のその気持ちを聞けただけで満足だ。ありがとうな。鳴海…。

 

「でも……俺は…俺がファントムに所属してクリムゾンと戦う事になって……もし紗智が巻き込まれたりしたらと思うと…俺は楽しんで音楽はやれねぇ」

 

「お兄ちゃん…?」

 

「俺はevokeを脱退させてもらう。新しいドラムを入れて、お前達はお前達の夢を追いかけてくれ。

応援くらいはこれからもさせて欲しいけどな……」

 

鳴海…。紗智ちゃんを巻き込むわけには…か…。俺もそれが気掛かりだったしな。

俺はお前のその決断にも敬意を払うぞ。

 

「フッ、鳴海…。本当に気に…」

 

「お兄ちゃん本当にバッカじゃないの!?」

 

さ、紗智ちゃん…?

 

「私の為にお兄ちゃんのやりたい事我慢されたって私はちっとも嬉しくない!悔しいくらいだよっ!」

 

「紗智ちゃん…鳴海も紗智ちゃんの事が心配なんだよ。だから……」

 

「もういい。お兄ちゃんなんてもう知らない…」

 

「おい紗智!テメェ鳴海の気持ちも…」

 

「奏さん!結弦さん!!」

 

「な、なんだ?紗智ちゃん?」

 

「秦野くん達Ailes Flammeや志保ちゃん達のDivalはどうするか聞いてます?ファントムに所属するの?」

 

Ailes FlammeとDival…?

ちゃんとあいつらがどうするのかは聞いていないがあいつらなら…。

 

「Ailes Flammeはinterludeの事もあるし、雨宮は親父の事もあるからな。

どうするのかハッキリと聞いた訳じゃねぇがファントムに所属するだろうと思うぜ」

 

「うん。そっか。じゃあ私はこれからAiles FlammeとDivalを応援する為にファントムに行きまくる。そしてお兄ちゃんの抜けたevokeも応援していく!」

 

紗智ちゃん何を…!

 

「おい、紗智。いい加減にしろ!

俺はお前を危険な目に合わせる訳には…!」

 

「江口くん達や志保ちゃんなら私を守ってくれる。きっと。

お兄ちゃんには私を守る自信がないんでしょ?だからやりたいくせにevokeを辞めるんでしょ!?」

 

「何だと…?俺はお前を守れるに決まってんだろうが!!」

 

「だったら何でevokeを辞めるのよ!?

私を守ってくれるんなら辞める必要ないじゃん!!やりたいんでしょ?evokeを本当は続けたいんでしょ!?

私の事を言い訳に使わないでっ!!」

 

紗智ちゃんは本気で怒っていたように感じた。こんな紗智ちゃんを見るのは初めてだ。

 

「紗智ちゃんすっごいね。俺の眠気も一発で覚めちゃった。

鳴海?今の紗智ちゃんの話聞いたでしょ?どうする?」

 

「俺は…それでも……紗智に危険が及ぶような事になったりしたら……」

 

「あ~あ…はいはい。もういいよお兄ちゃんは。

お兄ちゃんがファントムに入ってメジャーデビューしてくれたら、私の『かっこいい大好きなお兄ちゃん』ってみんなに自慢出来ると思ったのにさ…」

 

「奏、結弦、響。悪い。さっきの俺が脱退するって話は無しだ。

それでメジャーデビューについてもう少し詳しく話を聞きたいんだが…」

 

な、鳴海?お前は本当に…。

涙が出そうになってきたぞ…。

 

「ハァ……テメェは本当にバカだな…」

 

「紗智ちゃんありがとうね。おかげでこれからも俺の好きなevokeでいられそうだよ」

 

「本当に…バカな兄がご迷惑お掛けします…」

 

 

 

 

 

 

「なるほどな。詳しい話は次の土曜にって話なのか…」

 

「ん~。土曜かぁ。せっかくの休みだから俺も寝てたいけど……今回ばかりは俺もちゃんと行かないとな。奏や結弦からの話だけじゃなくて中原さん達から聞きたい事もあるし」

 

次の土曜に葉川さん達元BREEZEのメンバーと中原さんの奥さんと初音ちゃん、澄香さんと何故か晴香さんとでSCARLETの本社に行くらしい。

 

そしてファントムに所属を希望するバンドのメンバーも一人、希望であれば全員で本社に行くという事になっている。

未成年組は親や関係者等も連れて来ても構わないらしい。

 

今さらっと言ってみたが、ファントムのバンドメンバー全員が保護者と参加となったら一体何人になるんだ……。

 

「奏?どうした?」

 

「いや、何でもない…。

取り合えず話を纏めるぞ。

俺達evokeは全員の意思でファントムに所属を希望。土曜のSCARLETへの訪問は俺達4人で…という事で構わないな?」

 

「ああ、俺は問題ねぇ」

 

「俺も俺も~。土曜は寝ないように頑張ってみるよ」

 

「俺もそれで大丈夫だ。メジャーデビューを1日でも早くしたいしな」

 

「いえ、それは問題大ありですよ」

 

「紗智ちゃん以外は問題ないようだな。

………え?紗智ちゃん、問題あるのか?」

 

「はい。問題大ありです」

 

何で紗智ちゃんが…?

まぁいい。その問題とやらを聞いてみるか。

 

「紗智ちゃん。良かったらその問題とやらを教えてくれないか」

 

「はい。その土曜日のSCARLET本社への訪問ってAiles FlammeもDivalも来ますよね?」

 

「ああ…多分な」

 

「じゃあ私も今はevokeの河野 鳴海の関係者としてSCARLETの本社に行きます。だから4人じゃなくて5人です」

 

は…?じゃあって何なんだ…。

 

「紗智!お前は何を言って…」

 

「お兄ちゃん達がファントムの所属になってクリムゾンと戦う事になったら、私も巻き込まれるかも知れないんでしょ?

だったら私もクリムゾンの事を知ってた方が良くない?」

 

いや…確かにそれはそうかも知れんが…。

 

「それでもダメだ。クリムゾンの事なら帰ってから俺が話して…」

 

「ファントムのみんなに『かっこいいお兄ちゃんをよろしくお願いします』って妹として挨拶しなきゃね」

 

「奏。そういう訳だ。俺達evokeは5人でSCARLETの本社に行こう」

 

鳴海…本当にお前というやつは…。

 

「紗智ちゃん…本当にいいの?話を聞いちゃったらもう普通の生活に戻れなくなるかもだよ?」

 

「うん。大丈夫です。私もAiles Flammeや志保ちゃんの力になりたいってずっと思ってましたから」

 

「あ、俺達evokeの為じゃないのね…」

 

ふぅ……。鳴海の事で一時はどうなるかと思ったが…。

俺達はこの4人でまだevokeをやっていけるんだな。俺達は地上最強のバンドになる為に覇道を突き進む!!



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第21話 私達の始まり

「おはよ」

 

「おはよう美緒。

……あら?制服なんか着て学校に行くの?」

 

「うん。先生にも言わなきゃいけないし、睦月達にも……」

 

「そっか。大変な事もいっぱいあると思うけど、自分で決めた事なんだから、奈緒も美緒も頑張るのよ。お母さんとお父さんも応援してるから」

 

「いや、お父さんの応援はいらない。

お父さんとお姉ちゃんはもう出掛けたの?」

 

「うん。奈緒も今日からお仕事だしね」

 

「そっか。お姉ちゃんも忙しいね。

私も行ってきます」

 

「朝ごはんはいいの?気を付けて行ってらっしゃい」

 

私の名前は佐倉 美緒。高校2年生。

 

昨日までの南国DEギグへの旅行。

 

楽しい事もありましたが、それ以上に色んな事があった。

会場の爆発事件、ファントムとSCARLETの事、クリムゾングループの事、15年前の事。

 

昨日帰宅した私とお姉ちゃんは、早速お父さんとお母さんに私達の今後の事を話した。

 

私達はファントムに所属してバンド活動を今後もやっていきたいという事を。

そしてこれからクリムゾングループと戦う事になるだろうという事を…。

 

主にお姉ちゃんが説明してくれたんだけど…。

 

お父さんもお母さんも最初はビックリしてたけど、お母さんもさすが元BREEZEのファンと言ったところです。

15年前のお兄さん達とクリムゾンとの戦いの事もそれなりには知っているようだった。

 

その事もありお母さんも私達がバンドをやる以上は、いつかこんな日が来るかも知れないと予想していたようで、すぐに承諾し私達を応援してくれるとの事で話は纏まった。

 

お父さんは

 

『奈緒も美緒もデビューしたらお父さんとしては嬉しいし応援するぞ。そうだ!事務所の近くとかにマンションを借りて2人で住んだらどうだ?お父さんが家賃も払ってあげるから』

 

きっとお父さんは私とお姉ちゃんに出ていってほしいだけなんだ。

そんな事になったら私に歳の離れた弟か妹が出来かねない。

お父さんめ……そうはさせない…!

 

そして私もお姉ちゃんに私のバンドの事も話した。

これまでもクリムゾンのミュージシャンとデュエルをした事がある事を。

 

お姉ちゃんは私を優しく抱き締めてくれて

 

『そうだったんだ。頑張ってたんだね美緒。これからはお姉ちゃんも一緒だからね。知らなくて気付いてあげれてなくてごめんね』

 

そう言ってくれた。

お姉ちゃんが悪いわけじゃない。私が心配をかけたくなくて黙っていただけなのに……。

 

それにしてもお姉ちゃんは何であんな柔らかくていい匂いがするんだろう?妹じゃなかったら一線越えちゃってたまである。

 

そして今日、私の軽音楽部の顧問の先生と、南国DEギグに行けなかったバンドメンバーの睦月と恵美にもファントムの事と南国DEギグでの事を話すつもりだ。

 

高校に入学した1年前の春。

私は憧れの氷川 理奈さんのようにベースをやりたいと思い、軽音部に入部した。

 

そこで出会った顧問の先生、神原 翔子先生は優しく気さくな先生だ。

 

私達軽音部のメンバーはみんな先生からArtemisの事、クリムゾングループの事を聞かされていた。

私達の軽音部はライブハウスでライブをさせてもらえる。だけど、そうなるとクリムゾンと関わる事にもなるだろうからと…。

 

私達の学校の軽音部には当然私達以外のガールズバンドもいる。

女子高なのでガールズバンドしかいないわけだけど……。

 

私達のgamutというのは『全音階』という意味の言葉で、実はバンド名ではなく、うちの部活の名前である。

 

私達がライブハウスで活動しているのは部活の行事。だから私達はgamut。

私達と同じ軽音部の子達のバンドもgamut。

これはクリムゾンにgamutというバンドを特定させない為の目的もあったそうだ。

 

もし私達が部活から離れてファントムに所属するなら、私達も本格的にクリムゾンと戦う事になる。

そしたら私達のバンド名も必要になるよね…。

 

「美緒!おっはよー!」

 

「あ、麻衣。おはよ」

 

学校へ向かっている途中で、藤川 麻衣と出会った。

麻衣は私達のバンドのキーボードを担当している。子供の頃からプロのピアニストを目指してピアノをやっていたそうだ。

 

クラシック志向だった麻衣は、中学の頃にテレビでガールズバンドの演奏を見てロック志向になり、高校からキーボードに転向した。

 

「何か考え事しながら歩いてたみたいだけど何かあった?」

 

「ん、ちょっとバンド名の事…」

 

「バンド名?あ、そっか。

私達がファントムに所属してもgamutって名乗っちゃったら…」

 

「うん、他の部活のメンバーに迷惑かかると思うし」

 

「そっか…そうだよね。

そもそも私達が学生の間だけ使う名称ってだけだったし、SCARLETに所属したらバンド名を作るって話だったんもんね」

 

そう。SCARLETの事。

私達はSCARLETの事も少しだけ知っている。

 

翔子先生はSCARLETに古い知り合いがいるらしい。英治さんの話だと元クリムゾンエンターテイメントの手塚さんという人だろうか?

 

私達、軽音部の生徒は本年度から、つまり私達の1つ上の先輩方から、希望するならSCARLETに所属させてもらえる事になっていた。

 

もちろん他の事務所に所属するのも本人達の自由だけど、特にオーディション等もなく所属させてもらえるわけだし、大学に進学して、学生生活を楽しみながらの活動でもいいそうで、私達軽音部のメンバーには魅力的な話だった。

 

私も理奈さんへの憧れからメジャーデビューも夢見てたから、私も大学に進学するとは思うけど、SCARLETに所属させてもらいたいと考えていた。

 

「美緒ちゃん、麻衣ちゃん、おはよう」

 

「あ、恵美。おはよ」

 

「恵美~!おはよ~!

今日は部活もないのに招集かけてごめんね~」

 

「ううん。大丈夫だよ。お婆ちゃんの家からのお土産も渡したかったし」

 

この子の名前は松原 恵美。

私達のバンドのドラムを担当している。

 

この子は元々音楽が好きでバンドにも興味はあったみたいだけど、引込み思案な性格が災いしたのか今まで楽器をやったりや、自分でバンドを組んだりとかは考えた事はなかったみたい。

 

私と麻衣と恵美、今はここには居ないけど睦月の4人は、1年の時に同じクラスになり、あ、2年の今も同じクラスなんだけど。

私達4人はウマが合ったのか、すぐに仲良しになった。

 

私と麻衣と睦月がたまたま同じ軽音楽部に入部する予定でいたので、恵美もその流れで同じ軽音楽部に入部。

私がベースボーカル、睦月がギター、麻衣がキーボードという事で恵美はドラムをする事になった。

 

根が真面目で何事にも一生懸命な恵美はみるみるドラムの技術が上り、今では軽音楽部内では一二のドラムの腕前にまでなっている。

 

一番ビックリした出来事が、いつもは引込み思案なくせに、部活の先輩がクリムゾングループのミュージシャンに卑怯な手で負けそうになった時、

 

『美緒ちゃん!あのクリムゾンのミュージシャン許せないよ!あたし達がステージに上がってやっつけよう!』

 

そう言ってステージに乱入した事かな。

 

「あ、美緒ちゃんと麻衣ちゃんは南国DEギグはどうだったの?楽しかった?」

 

「あ~……うん、その事なんだけど…。

ね、ねぇ美緒…」

 

「ん?どうしたの?まさか楽しくなかったの?」

 

「恵美。今日の招集はその話をする為の招集なんだ。睦月も合流したら話すよ」

 

「あ、そうなんだ?わかったよ」

 

私達は学校に着いて上履きに履き替え、今日の集合場所にしていた部室へと向かった。

今日は部活はないから誰も居ないとは思うけど、もし自主練とかで誰か来てたら場所を変えないとなぁ。

 

 

「あ、美緒、麻衣、恵美。おはよ~」

 

私達が部室に着くと、睦月が出迎えてくれた。

 

あ~…やっぱり自主練に来てる部員もそれなりに居るね…。

ってなると屋上か中庭に移動した方が良さげかな。

 

「おはよ睦月。ちょっと屋上に行こうか」

 

「え?屋上に呼び出し?

もしかして今からあたし告白されるの?それとも決闘?」

 

「どっちも違うから。行くよ」

 

「あ、うん」

 

永田 睦月。

私達のバンドのギターを担当している。

勉強はとても残念な子で、うちの高校によく合格出来たね?って感じなんだけど、ギターの技術は本当に凄い。

 

それというのも子供の頃から、うちの軽音楽部の顧問である神原 翔子先生にギターを教わっていたらしい。

その為か睦月は15年前のArtemisの事やクリムゾンの事にとても詳しく、お兄さん達BREEZEの事も知っていた。

 

睦月はArtemisのギタリストであった翔子先生の果たせなかった夢。

メジャーデビューする事を夢にしている。ファントムに所属すればメジャーデビューするという夢は叶うと思うけど……。

 

私がそんな事を考えていると学校の屋上に着いた。

まわりをサッと見て人がいない事を確認する。

 

………うん、誰もいないみたい。

 

「美緒?一体何の話?」

 

「昨日まで行ってた南国DEギグの旅行の事かな?」

 

今から私と麻衣で恵美と睦月に話す。

南国DEギグで起こった事。

クリムゾンの事。

SCARLETの事。

ファントムの事。

Artemisの梓さんの事。

15年前の事。

そして私がこれからどうしたいのかを。

 

 

「そ、そんな事があったんだ…。

美緒ちゃんも麻衣ちゃんも大変だったね…」

 

「それでファントムに所属してやっていきたいって事?軽音楽部はどうするの?」

 

「軽音楽部の事については練習もあるし翔子先生に教わりたい事もあるから続けていきたいと思ってる。だけど……翔子先生に相談してからかな?」

 

「私も美緒もね。このまま軽音楽部でgamutとして続けていくのも考えてみたよ?でもさ。ファントムのみんなとこの3日間一緒に居て……私達もファントムのバンドとして戦いたいなって…」

 

「うん。あたしはいいよ?あたしはこのメンバー以外とはバンドやりたいとは思わないし、SCARLETやデビューの事もお父さんもお母さんも今では私の好きにしたらいいって言ってくれてるし」

 

「あたしもいいよ。あたしは美緒の歌が好きだから。メジャーデビューがあたしの夢だけど、今はこの4人でメジャーデビューする事があたしの夢だから」

 

睦月…恵美…。

良かった。2人も同じ想いで。

 

「私も……この4人でバンドをやりたい。やっていきたい」

 

「うわ~!睦月ー!恵美ー!良かったよぉ~。反対されたりしたらどうしようかって~…」

 

「まぁ、あたしとCanoro Feliceの一瀬さんは同じバイト先仲間だし、Ailes Flammeの内山くんのバイト先にはよくケーキ買いに行くし、Blaze Futureの盛夏さんとはよく楽器屋で一緒になるし、Divalの雨宮さんのバイト先にはよく遊びに行くし、evokeの河野さんの妹とは中学の頃の同級生だし、綾乃さんとはSNSから繋がった家庭菜園仲間だし、FABULOUS PERFUMEのライブにはよく行くし、初音とはファントムのカフェタイムの時によく話すもん。

あたしもファントムの仲間って感じだから」

 

「え!?睦月それマジ!?」

 

「うん、マジ」

 

睦月……。ファントムのバンドの人達とそんなに交流あるの…?

てか、それってファントムのバンド網羅してない?

 

「あ、あはは。睦月ちゃんって意外と顔広いんだね…」

 

「それじゃバンド名決めなきゃだよね。

美緒か麻衣が考えて来てくれたの?」

 

あっ…バンド名…か。

 

「バンド名も決めなきゃってのはわかってたんだけどさ。ごめん、考えて来てない。まずは睦月と恵美に話してからって思ってたし」

 

「あはは~。私は朝に美緒から言われるまでバンド名の事は失念してて……」

 

「そっか。恵美は?何かいいバンド名ある?」

 

「え!?きゅ…急に言われても…」

 

「うん。それじゃ翔子ちゃんに話しに行く前にバンド名決めちゃおう」

 

バンド名を?これから?

 

「だってバンド名ってあたし達の大事な名前だよ?しっかり決めてから翔子ちゃんに、私達はこうして行きますって話さなきゃ。それに土曜日にはSCARLETに行かなきゃいけないんでしょ?バンド名ないと困るじゃん」

 

睦月って勉強は出来ないくせにこういう所はしっかりしてるんだよね…。

 

「ありがとう美緒。それ誉め言葉だよね?」

 

え?私口に出してないよ?

 

「う~…バンド名かぁ。確かに決めないとね。いきなり過ぎて何も浮かばないけど…美緒と睦月と恵美はこんなのがいいとかある?」

 

「私はかっこいいのがいいかな」

 

「あたしは可愛いやつがいいかも」

 

「ん~…あたしは音楽とか関係してる言葉がいいかな」

 

「美緒がかっこいいやつで、睦月は可愛いやつで恵美は音楽関係の言葉か~」

 

「そういう麻衣はどんなのがいいの?」

 

「私はキラキラした言葉がいいかな~」

 

え?キラキラ…?

 

 

私達はそれから辞書やスマホを見ながらあれでもないこれでもないと話し合っていた。

 

「なかなかこれっていうのが決まらないね…」

 

「かっこよくて~かわいくて~音楽関係のキラキラした言葉~」

 

「そんな都合のいい言葉あるかな?

Divalみたいに造語にしちゃう?」

 

「え?美緒ってDivalのバンド名の由来とか知ってるの?」

 

「歌姫のDivaと戦乙女のvalkyrieを合体させた造語だって志保に教えてもらったよ」

 

「あ、理奈さんや渚さんからじゃないんだ?それより本当にいつの間に志保さんの事呼び捨てになったの?」

 

「それならあたし達も神話とかそういうのから探してみる?神原先生達のArtemisも神話の女神の名前じゃない?」

 

う~ん…女神の名前かぁ…。

アテナとかフレイヤとか?

歌の女神だとミューズだっけ?

あ、あれは9人の女神か…。

 

「あ!そうだ!Divalだ!思い出した!」

 

「ん?どうしたの睦月?」

 

「ねぇ美緒。この写真どう?」

 

「え?写真?」

 

そう言って睦月は私に1枚の写真を見せてきた。

 

……

………え?天使?

何ですかこの可愛い女の子は…。

え?本当に何ですか?女神?天女?

 

そういえば睦月は南国DEギグは家族旅行で来れないって言ってたよね?

家族で天国まで旅行に行ってたの?

いやいや、落ち着きましょう。天国まで旅行って何ですか。無理無理。

って事はヴァルハラ?桃源郷?楽園?

 

「美緒?生きてる?」

 

「………」

 

「ね、ねぇ…美緒ちゃん瞬きもしないんだけど…大丈夫かな?」

 

「………」

 

「ありゃ~本当に写真に見入っちゃってるね?睦月、この写真の女の子誰なの?」

 

「あ、この子ね。理奈さんの子供頃の写真。翔子ちゃんが持ってたから貰ってきた」

 

「む……むつ……き…」

 

「あ、美緒。良かった、生きてた」

 

理奈さん……やはり子供の頃から美しさと可愛さを兼ね備えた御方だったのですね。正直堪りません。

 

「この写真いくらですか?言い値で買います」

 

私は急いでスクールバッグから財布を取り出した。あ、まずい。財布の中3,000円しかない……。

 

「言い値でって……10万って言ったらどうするの?」

 

「ちょっと私明日からバイト始める。いや、待ってよ定期預金を解約すれば…」

 

「そんなに欲しいの!?」

 

「ああ、美緒冗談だから。タダであげるタダで」

 

「マジですか!?ガチですか!?本当ですか!?睦月、実は神様だったの!?」

 

そして私は震える手で幼女理奈さんの写真を受け取った……。こ、これは物凄いお宝を手に入れたものだ。ゴクリ。

 

「それでバンド名どうしよっか?美緒はこんな感じだしあたし達で決めちゃう?」

 

「いやいや、睦月のせいでしょ。それより本当にどうしよっかバンド名」

 

「なかなか…決まらないね…」

 

「う~ん、こうなったら『かっこよくてかわいくて音楽関係のキラキラした言葉』ってのから少しだけ離れてみる?」

 

「あ、そうだ。一瀬さんがCanoro Feliceのバンド名を考えてた時の案がキラキラしてるバンド名だった」

 

「え?そうなの?」

 

「うん。一瀬さん達はCanoro Feliceにしちゃったし、あたし達がその名前使わせてもらおっか?」

 

「どんなバンド名?聞かせて」

 

「えっと…ノートに書くね。

………………これ。『KIRAKIRA☆BOYS』って書いてキラキラスターボーイズ」

 

「おお!さすが一瀬さん!すっごいキラキラしてる!」

 

「あ、あの睦月ちゃん、麻衣ちゃん。あたし達…ボーイじゃないよ。ガールだよ?」

 

「あ、そっか」

 

「じゃあさ。…………………こう。『KIRAKIRA☆GIRLS』って書いてキラキラスターガールズ」

 

「ナイス!睦月!」

 

「ど、どうしよう…美緒ちゃん、起きて。お願いだからこっちに帰って来て…!このままだと大変な事に…」

 

ハッ!?

そうだったそうだった。

私達はバンド名を考えないと…。

この写真を堪能するのは夜のお楽しみにしておこう。

 

「ん。恵美、ごめん。大丈夫」

 

「良かったぁ…美緒ちゃんが帰って来てくれて…」

 

っていうか一瀬さんのセンスどうなってるの?絶賛してる麻衣もどうかと思うけど……。

 

「ねぇ、睦月も麻衣も正気なの?」

 

「美緒、大丈夫。あたしもこれはどうかと思ってる」

 

「え?何で?キラキラしてて良くない?」

 

麻衣……。

 

「あ、そういえば美緒がモンブラン栗田さんに貰ったベースって『花嵐』って名前だっけ?」

 

「うん、そうだよ」

 

「花嵐……ふぅん『風で桜の花が散り乱れること』ってな感じの意味か。

私達のバンド名に桜って入れちゃう?」

 

「このバンドは私のバンドって訳じゃないし。私達のバンドだし。私個人に由来させるのはなぁ」

 

「でもあたし達のリーダーは美緒ちゃんだしいいんじゃないかな?」

 

「桜って事はチェリーブロッサム?かな?それはそれでそのまま過ぎるかな?」

 

う~ん……恵美もそう言ってくれたけど、やっぱり私は個人に由来するバンド名はなぁ…。

 

「薄いピンク…」

 

「お!睦月冴えてるね!確かに桜って薄いピンク色って感じだもんね」

 

「いや、桜の話じゃなくて今日の美緒のパンツの色が……」

 

へ?私の?パンツ?

………………って!!?

 

「ちょっ!睦月!!どこ見てんのよ!」

 

「美緒~。女子高だからって油断しすぎだよ?」

 

ま、全く睦月は……。

 

「あ~まさか美緒のパンツを拝めるとは。今日は学校に来て良かった」

 

こ、これからは下に短パンか何か履くようにしよう…。

 

 

「なかなか決まらないね。このまま下校しなきゃいけない時間になったりして」

 

「まぁ、神原先生にはバンド名はまた考えておきますって事にして土曜日までにまた集まって決める?」

 

「でも…あたしはちゃんとバンド名も決めてから神原先生に報告したいかな。さっき睦月ちゃんも言ってたけど、神原先生にはきちんと話したいし」

 

「私も恵美と同じ意見かな。それにこれだけ考えて決まらなかったら、結局ずるずると決まらない気がする」

 

そうだ。バンド名ってすごく大切だと思う。gamutも私達には大切な名前だった。だから翔子先生にもちゃんと私達のバンド名を決めてから話したい。

 

gamut…そうだ…。

 

「ねぇ、今更だけどさ。私達のバンド名は『G』から始まる言葉にしない?」

 

「「「Gから始まる言葉?」」」

 

「うん。gamutのG。gamutは私達4人の始りだから。gamutの始りの文字のGを入れたいなって……」

 

gamutは私達4人の始りの名前。

もうgamutと名乗る事は出来ないけど、その名前は私達に残したい。

 

「うん、そうだね。

あたし達の始り。あたしも美緒ちゃんのその案に賛成」

 

「オッケ~!じゃあGから始まる言葉で絞って決めちゃおう!」

 

「さすが美緒。伊達に薄いピンク色のパンツを履いてないね」

 

パンツは関係ないし……。

 

「でもGって多いよね~。さっきの女神ってのもGoddessだからGだし、GloryとかGlowとか輝くって感じの言葉も多いし、Grooveとか音楽関係の言葉だし」

 

確かに……まぁさっきまでよりは絞れるけど…。

 

「ねぇこれは?『Glitter』。

キラキラ輝くって意味みたい。『Glitter何とか』にしたらいいんじゃないかな?」

 

「お!キラキラ!恵美ナイス!」

 

「うん。私もいいと思う」

 

「Glitterに続ける言葉か。なんかそれって振り出しに戻ってない?」

 

「「「あ……」」」

 

そうだった…。まさか睦月に言われるなんて…。

Glitterに続く言葉か…Glitter Rina…キラキラ輝く理奈さん。素敵な言葉になったけどさすがにこれはダメだね。自重しよう。

 

「さっきの麻衣ちゃんの案の桜を入れて『Glitter Cherry』とか?」

 

「桜……薄いピンク…『Glitter Pants』」

 

「睦月…もうパンツネタ禁止」

 

「ん~。美緒の大好きな人のいるバンドの名前から……『Glitter Future』とか!キラキラ輝く未来!」

 

「麻衣…本当に怒るよ?」

 

「何で?何で美緒の大好きな人のいるバンド名でFuture?Divalじゃないの?

あ、奈緒さんがBlaze Futureだから?」

 

「ねー?奈緒さんのBlaze Futureから取ったのに何で私怒られるんだろう?私わかんな~い」

 

クッ……しまった。

 

「もしかして美緒ちゃん…」

 

「違うから!姉妹でFutureとか入れちゃうとかまるで私もBREEZEのファンみたいに思われるのが嫌なだけだから!それなら『Glitter Charm』とか『Glitter Symphony』とかのがいいし!!」

 

「ああ、そういう事か。確かに『Glitter Symphony』もかっこかわいくていいんじゃない?」

 

な、なんとか誤魔化せたかな…。

いや、そもそも誤魔化すとかじゃないし。麻衣め……。

 

「ね、ねぇ…麻衣ちゃん……。もしかしてそういう事?姉妹で…なの?」

 

「うっふっふ~。後でコッソリね!」

 

恵美も変な勘違いしないでっ!

麻衣…恵美に変な事言ったら本当に怒るからね!!

 

「結局Glitterに続く言葉を考えるとなると、Gから始まる言葉って絞った意味もないよね。どうしよっか?」

 

う~ん……原点に戻ってみようかな…。

 

私がかっこいい言葉…。

うん、Glitterってなんかかっこいいよね。そしてGlitterの意味はキラキラ輝くだから麻衣の希望も入ってるよね。

あとは……睦月のかわいいってのと、恵美の音楽に関係する言葉か。

 

音楽に関係する可愛い言葉を考えてみる?

 

「あ、Glitter Melody(グリッターメロディ)とかどうかな?」

 

「Glitter Melody?あ、なんか響きは可愛いかも。略すとグリメロ?うん。略しても可愛い」

 

「Glitter Melodyかぁ。それだと確かに恵美の希望した音楽の言葉ってのも入ってるね」

 

「うん。あたしもGlitter Melodyっていいと思う。Glitter Futureもいいなって思ったけど、それだと美緒ちゃんと奈緒さんで大変な事になりそうだしね」

 

ちょっと待って恵美!私とお姉ちゃんで大変な事って何!?

 

「Glitter Melodyのギタリスト!睦月でっす!!

…………どう?可愛い?」

 

「じゃああたしも。

Glitter Melodyのドラムス!恵美です!」

 

「うん!いいんじゃない?

Glitter Melodyのキーボード担当!麻衣です!」

 

「ほら、美緒も」

 

「え?私もやるの?まじで?」

 

ちょっと恥ずかしいんだけど…。

 

「ほら!早く早く~!」

 

しょ、しょうがないな…えっと…。

 

「Glitter Melodyのベースボーカル!美緒です!」

 

こ、これでいいかな…?

 

「さ、バンド名も決まったし翔子ちゃんに報告に行こうか」

 

「うん、そうだね」

 

「神原先生は何て言うかな?」

 

ちょっ!ちょっと!

何で何も言ってくれないの!?

私何か変な所あった!?

 

 

 

 

「そっか。あんた達の気持ちはよ~くわかった。あたしとしては心配もいっぱいあるけどな。Glitter Melodyか……応援するよ」

 

バンド名の決まった私達は職員室に行き、誰にも聞かれたくない話があるという事で来賓室に通してもらい、そこでSCARLETとファントムの事を翔子先生に話した。

 

「それにしてもBREEZEか……。まさかあたしの教え子があいつらと関わる事になるとはね…」

 

「あの……神原先生…変な事質問してもいいですか?」

 

「ん?何?このスタイルを維持する秘訣?」

 

「いえ、そういうのじゃなくてですね……う~ん…」

 

麻衣?どうしたんだろう?

 

「えっと……な、何で神原先生はファントムでgamutのライブをしなかったんですか?中原さんや佐藤さん、葉川さん達とは会ったりしてたんですか…?」

 

「そんな事か……」

 

そして翔子先生は『タバコ吸っていいか?』と私達に断りを得てタバコに火をつけた。

 

「あたし達Artemisはね。すんげーBREEZEに世話になってた。それこそ頭も上がらないくらいだよ。本人達には言えないけどな」

 

BREEZEにお世話に…。

うん、お兄さんもトシキさんも英治さんも優しいもんね。よくわかります。

元々関西が拠点のArtemisは初関東がBREEZEとのデュエルだったみたいだし、その事も色々助けてもらったってお話は聞いてましたしね。

よく迷子になる梓さんをお兄さんが助けてたとかも……。

 

「トシキさんとタカは同人誌を描き始めて、英治は三咲さんと結婚する為に仕事を頑張ってた。拓斗は知らんけど。

あたし達Artemisには『サガシモノ』があったからね。あいつらに会っちゃうとさ。音楽の世界から出たあいつらにまた頼っちゃいそうで…」

 

『サガシモノ』……梓さんが庇ったっていうクリムゾンエンターテイメントの女の子ですか…。

拓斗さんもその『サガシモノ』をしてたんですよね。

ん?そういえば何でトシキさんだけ『さん』付け?

 

「澄香は『サガシモノ』を探すって言ってたけど、あたしは正直3人で見つけるのは無理だと思った。そこであたしが考えたのが楽しい音楽をやれる次世代のバンドを育てる事。そしてそのバンドが卒業した後もバンド活動するようなら、卒業の時に『サガシモノ』の事を話してもし見つけたらあたしに教えてって伝えてきたんだ」

 

なるほど。そういう事ですか。

確かに闇雲に探すよりはその方が可能性は増えますよね。

部活の行事として色々なライブハウスでライブをしてれば『サガシモノ』の噂とかも聞く事もあるかもしれませんしね。

 

「って言っても梓には悪いけど正直『サガシモノ』より、あたしは音楽は楽しんでやるものってバンドの楽しさを若い奴等に教えたかっただけなんだけどな。あははは」

 

でもそれだと何故ファントムでライブをしなかったのか…。英治さんはライブハウスを作ったわけだから音楽の世界に戻って来た事になるのに…。聞いても大丈夫かな…。

 

「翔子ちゃん。それで何でファントムでライブしなかったの?英治さんはライブハウスを作ったんだから頼っても良かったんじゃない?」

 

あ、睦月が聞いてくれた。

 

「睦月…学校では一応先生って呼べって……」

 

「うん、わかった。翔子ちゃん先生何で?」

 

「まぁいいか…。ファントムでライブをしなかった理由はあたしが英治と会ってファントムでライブをするようになったらタカとトシキさんの耳にもあたしの話が入るかも知れない。だからだよ」

 

そっか……それで…。

 

「トシキさんには…会いたかったけど…頼っちゃうのは…(ボソッ」

 

あ~…やっぱり翔子先生トシキさんの事…。

 

「ねぇ麻衣ちゃん、もしかして神原先生って…(ボソッ」

 

「うん、多分佐藤さんの事…(ボソッ」

 

うん、麻衣も恵美もそう思うよね…。

 

「そっか。だから翔子ちゃん先生はまだ独身なんだ?」

 

「は?睦月…喧嘩売ってんのか?」

 

ちょっ!睦月何言ってるの!?

 

「今度の土曜さ。みんなでSCARLETの本社に行くんだけど翔子ちゃん先生も行こうよ。タカさん達にも会いたいでしょ?」

 

「は?せっかくの休みにめんどくさい。みんな音楽の世界に戻って来たなら、久しぶりにタカに会いたい気もするけどさ」

 

「英治さんにも会いたいでしょ?」

 

「英治か…。まぁ会いたいって気持ちもあるけどな。タカと英治にならあんた達も任せてられる。だからあたしはいいよ」

 

「そう?トシキさんも来るよ?」

 

「え?ト…トシキさんも…あ、会いたいけど、あたしもうこんな歳になっちゃった…し…な、なんか恥ずかしい…でも…どうしよっかな?土曜日かぁ……」

 

うわ!?明らかにお兄さんや英治さんの時と反応が違う!

こんな可愛くなった翔子先生始めてなんだけど!?

 

「そうですよ神原先生!久しぶりに会ったらどうですか?私達のバンドの保護者って事にして!」

 

「保護者…保護者なら…仕方ないかな…」

 

あ、そうだ。翔子先生にまだ伝えてない事があったんだった。

 

「翔子先生。澄香さんも来られますよ。久しぶりに澄香さんとも会いたくないですか?」

 

「澄香!?澄香もファントムの仲間なの!?」

 

「はい。澄香さんも私達の仲間です」

 

「澄香が……ファントムの…。

あのバカ…たまに連絡はくれてたけど、全然大事な事言わないんだから…そっか…」

 

 

 

 

こうして私達のバンド名は決まり、土曜日のSCARLETへの訪問には私達Glitter Melodyの4人と翔子先生の5人で行く事になった。

 

私は翔子先生に言えていない事が1つある。それは私達が南国DEギグの翌日、私達がトシキさんの別荘から空港に向かう時、澄香さんがトシキさんの別荘に大型バスを持ってきてくれて、みんなの荷物を英治さんとトシキさんがバスに乗せてくれている時だった。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「ちょっとタカ…急に何?

こ、こんな人がいない所に私を連れて来て……。まさか告白?」

 

「んな訳ないだろ。ちょっと話があるだけだ拓斗も呼んでんだよ」

 

「拓斗も?……なんだ二人きりじゃないのか(ボソッ」

 

お兄さんが澄香さんの手を引っ張って人気のない所に連れて行くものだから、お兄さんが澄香さんを襲ってはいけないと思い後をつけてみた。

 

「おう、タカ。やっと来たか。話って何だ?」

 

「ああ、悪いな。まだトシキにも英治にも話してねぇんだけどな。お前らには先に話しておこうと思ってな」

 

「トシキと英治には話してない?何で?」

 

「まだ確証もねぇ事だしな。ただ何となく?もしかしたら?そうなのかも?って思ってるだけなんだけどな」

 

「まだるっこしいな。何だよ。俺と澄香にだけって…」

 

「俺な。多分『サガシモノ』見つけた…」

 

!?

お兄さんが?『サガシモノ』を?

 

「ちょっ…ちょっと待ってタカ…それってどういう事…?」

 

「タカ…テメェ……それがふかしだったらお前でも容赦しねぇぞ…?」

 

「だから多分って言ってんだろ。その子に1度目に会った時にな。梓に似てて驚いた。

だけどもしかしたらその子が『サガシモノ』なんじゃねぇかと思ってな…」

 

「1度目に……?って事は2度以上会ってるって事か?」

 

「ああ、2度目に会った時には……梓の持ってた御守りとそっくりなやつを持っててな。お母さんから貰ったって言ってた」

 

!?

御守り……?お母さんから貰った…?

それってもしかして……。

 

「タカ!何でその子を保護しなかったの!何で…!!」

 

「……確証がねぇって言っただろ。その子の話じゃ友達も居れば普通に仕事もしてるらしいしな。

それに………名前もあった」

 

「仕事だと…?仕事や名前はダミーって可能性もあんだろ…」

 

「どこで会ったの?」

 

「1度目は志保と盛夏と遊太と旅行に行った時。

その子も友達と旅行に来てるみたいだった。そん時は野生のデュエルギグ野盗に荷物を盗られてたみたいでな。俺達で取り返してやったんだよ。

そんで2度目は2日前に俺達のホテルの近くでな…仕事の出張みたいだった」

 

2日前に私達のホテルの近くで…。

やっぱり……お兄さんが『サガシモノ』と思っている人って……………美来さん。

 

「野生のデュエルギグ野盗に荷物を…?

確かに九頭竜のmakarios bios(マカリオス ビオス)ならそんなヘマはしないし自力で取り返せるか…」

 

「なるほどな。確かに梓の御守りもただの恋愛成就の御守りだったしな。親から受け継いでってのは一般家庭でもあり得るか」

 

「それと年齢も25って言ってたしな。それだと計算が合わねぇ」

 

「makarios biosだから年齢のスタートは10歳くらいなのかもよ?」

 

「梓の庇ったあの子が10歳くらいに見えたか?俺はタカと違って遠目でしか見てねぇけどな」

 

「ま、何にせよもし本当に『サガシモノ』だったとしたら、あの子はまだ無事って事だ。そしてファントムで音楽やってりゃ、またあの子に会う機会はあるだろうしな。先にお前らには話しておこうと思っただけだ。ただのそっくりさんの可能性もあるしな」

 

「そっか……確かにそれじゃ確証もないか…。ごめん…責めたりして…」

 

「まぁ『サガシモノ』だったとしても元気に無事でいるってわかっただけでもマシか…」

 

「それにタカがそんな事を私達に話してくれたのも嬉しいよね。いつもなら一人で勝手に抱え込みそうなのにさ」

 

美来さんが……『サガシモノ』かも知れない。

 

そしたら…未来さんはクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンって事になる。もしそうなら私達はいつか美来さんと……?

渚さん…あんなに美来さんと仲良くなったのに……。

 

「それともう1つ気になる事はある」

 

「気になる事?」

 

「さっき盛夏は梓に会った事あるみたいに言ってたけどな。盛夏もその子に会ったはずなんだが特にびっくりした様子はなかったんだよな……志保でも似てるって驚いてたのにな」

 

「いや、でも盛夏だろ?ボーッとしてたんじゃねぇか?」

 

「拓斗。その事は盛夏様に伝えさせてもらうね」

 

「なぁ?お前やっぱり俺の事嫌いなの?」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

私も確証があるわけじゃない。

だからお兄さんもトシキさんや英治さんにはまだ言えていない。

私も翔子先生に言うべきじゃない。

 

来賓室から職員室へと戻り、翔子先生の机に飾ってある写真に目をやった。

 

きっとあの真ん中にいる人が梓さんなんだろう…。

本当に美来さんに似ている……。



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第22話 私達らしい美しさ

私の名前は小暮 沙織。

FABULOUS PERFUMEというバンドでシグレという仮の姿で男装しながらボーカルをしている。

 

今日は私のバンドのベーシストのナギである茅野 双葉とドラムのイオリである小松 栞に呼び出され、仕事の終わった今、待ち合わせ場所であるカフェで2人の来訪を待っていた。

 

ふっ、仕事終わりにアールグレイで唇を湿らせながら読書する。

私がライブの次に好きな時間だわ。

 

「あ、あれ?沙織もう来てたんだ?

ごめん、待たせちゃった?」

 

「沙織ー!待たせてごめんね!」

 

せっかくの読書の時間もほんの数分で終わりを告げる。

まだ待ち合わせの時間には30分以上もあるのだけど…。

 

「いえ、私も今来た所よ。少し早目に来て読書の続きでもしようと思って」

 

「あ、そうなんだ?逆に読書の邪魔しちゃったかな?」

 

「いえ、そんな事ないわ。構わないわよ」

 

「ボク沙織の横ー!

あ、すみませ~ん。注文お願いしますー!」

 

そう言って栞は私の隣の席に座り店員さんを呼んだ。

この子は本当に可愛いわね。

 

「双葉、足の調子はどうかしら?」

 

「うん。まだ痛みはあるけどね。大丈夫」

 

今週の金曜日に私達はライブを予定している。双葉の足の怪我の事で、Canoro FeliceとAiles Flammeとevokeがゲストとして参加してくれる事になっている。

 

Canoro Feliceが3曲、Ailes Flammeが3曲、evokeが3曲、そして私達FABULOUS PERFUMEが5曲。

合計14曲のライブの予定だ。

出演の順番や細かい演出は各バンマスで集まって話したとは聞いている。

もう金曜日のライブの事は当日で問題ないはず……。

 

「双葉、それで今日は何の話かしら?

金曜日のライブの事じゃなさそうね」

 

「うん、ライブの事はこないだ連絡した通りだよ。えっ……と、弘美が来たら話すよ」

 

「なら今話しても問題ないんじゃないかしら?」

 

「問題大有りだろ。あたしは今仕事中だ……」

 

ちょうど弘美が私達のテーブルにオーダー取りに来てくれたので今話してもいいと思ったんだけど…。

 

おっと紹介が遅れてしまったわね。

 

FABULOUS PERFUMEのギタリスト、チヒロである明智 弘美。

私達は今彼女が働いているメイド喫茶にいる。弘美の仕事が終わり次第、弘美も私達のテーブルについて話をする事になっていた。

 

「メイドさんメイドさん。ボク、ミルクティーお願いします」

 

「はいはい、わかったよ。あたしの仕事ももう少しで終わるからちょっと待ってて」

 

「メイドさん……まだ仕事中だよね?

ボク……お客さんだよ…?」

 

「うっ……。大変申し訳ございませんでしたお嬢様。ミルクティーでございますね。すぐにお持ちしますね♪」

 

弘美は逃げるように厨房へと戻って行った。

 

「わ、私まだ注文してないのに……」

 

 

「ハァ……お待たせ…。いつもいつも言ってるけどさ。

あたしの職場で待ち合わせするのいい加減止めない?」

 

いつもは弘美の仕事も終わった後、私達はそのまま弘美の働いているメイド喫茶でミーティングをしている。

しかし今日は…。

 

「弘美も終わったみたいだし場所変えようか。お腹空いてるようなら居酒屋に行こうとは思うけどどうしよっか?」

 

「居酒屋!?ふ、双葉が不良になった…」

 

「あ、大丈夫だよ。ボク達はアルコールは飲まないし、居酒屋って言っても晴香さんの所だから」

 

晴香さん…?

先日のファントムで南国DEギグの話をした時に居た女の人かしら?

それより場所を変えようなんて今まで無かったわよね…。人に聞かれたくない話…?

 

「双葉と栞はお腹空いてるのかしら?」

 

「ううん、ボクは大丈夫」

 

「私もまだ大丈夫だよ」

 

「弘美も大丈夫よね?それならそこのカラオケに行きましょう。そこなら誰かに話を聞かれる心配もないでしょう?」

 

「うん、そうだね。そうしよっか」

 

「人に聞かれたくない話?何なのそれ?」

 

「さぁ?私にもわからないけれど、双葉と栞には何か考えがあるんでしょう」

 

私達は会計を済ませて、店を出てすぐのカラオケ店へと向かった。

 

今日は月曜日だけどまだ学生は夏休み真っ最中。部屋が空いてるといいのだけれど…。

 

 

 

 

運良く部屋も空いていて、そこで私と弘美は双葉と栞から話を聞いた。

 

南国DEギグでの爆発事件。

15年前のArtemisとアルテミスの矢の事。

クリムゾンエンターテイメントの事。

反クリムゾングループSCARLETの事。

そして今後のファントムの事。

 

正直理解がなかなか追いつかなかった。

ステージが爆発?

遺伝子から作られた生命体?

アルティメットスコア?

私達がやっているのは音楽よ?バンドよ?

双葉も栞も何を言っているの?

 

……………でもそれは現実なのよね。

双葉と栞の顔を見ていたらわかるわ。

 

それにクリムゾングループによる自由な音楽への断罪。頻繁に行われるデュエルギグ。クリムゾンに潰されたバンド。デュエルギグ野盗…。

私が見てきた事もあるのだものね。

 

「双葉も…栞も大変だったんだね…。

あたしも一緒について行ってれば…」

 

「弘美。あなたが一緒に居たからといって何かが変わったとも思えない。だからそんな事考える必要はないわ。それよりもよ…」

 

私は双葉と栞を見つめて言葉を続けた。

 

「双葉と栞はそれを私達に話してどうしたいの?どうして欲しいの?」

 

私は双葉と栞の性格をよく知っている。

それはきっと弘美も同じ。

だからこそ弘美もさっき『一緒について行ってれば』と言ったのでしょうね。

 

「私は…」

 

そこで言葉を詰まらせる双葉。

やっぱり…そういう事なのね。

 

「双葉…」

 

「大丈夫だよ栞。ちゃんと私から言うよ」

 

双葉と栞が考えている事は……。

 

「ううん。まずはボクから話させて。

沙織、弘美。いきなりこんな話を聞いてもらってごめん。

ボクはおっちゃんの…中原 英治さんの弟子だし、まどか姉や綾乃姉、香菜姉やゆうちゃんの事もあるし、ファントムのバンドマンとしてバンドをやっていきたいって思ってる。クリムゾングループと戦おうって思ってる」

 

 

 

私達FABULOUS PERFUMEの解散…。

 

 

 

「沙織、弘美。

私もね。正直に言うと怖いよ。クリムゾンは怖い。

でも私達には戦う力がある。

それなのに戦わないで逃げた方が…冬馬達ファントムのみんながクリムゾンにやられちゃったり、これから楽しいライブを出来なくなっちゃうって事の方が…ずっと怖いんだよ…だから…」

 

 

 

「「沙織、弘美。お願い。私(ボク)達と一緒に戦って欲しい」」

 

え?解散じゃない…?

私達と一緒に戦って欲しいって…。

 

「双葉…栞…マジか?マジで言ってんのか?」

 

弘美も驚いたようね。

今までの双葉と栞なら、私達に迷惑をかけたくないとかそんな理由でFABULOUS PERFUMEを解散しようと言うと思っていたのに……。

 

「うん。私はマジだよ。

シグレのボーカル、チヒロのギター、イオリのドラム、そしてオレのベースでFABULOUS PERFUMEを続けていきたい。

オレ達ならクリムゾンにも負けない」

 

「僕もだ。僕もFABULOUS PERFUMEでならどんな相手も怖くない。僕達ならどんな相手でもどんな大変な事でも乗り越えていけると思っている」

 

双葉…栞…。

いえ、今はナギとイオリかしら?

だったら…。

 

「当然だな。私も正直恐ろしい気持ちもあるが、私はFABULOUS PERFUMEが好きだ。そして私達のファンの事も大好きだ。クリムゾンから逃げたりしたくない。それならいっそ戦って散った方が美しいだろう。まぁ、クリムゾンに私達を散らせるようなバンドが居ればの話だがね」

 

「うぅ~……双葉!栞!よく言った!

俺は嬉しいぜ…!俺も戦うぜクリムゾンとな」

 

「ありがとう。シグレ、チヒロ」

 

そしてその後私達は笑い合った。

私も弘美も仕事用……男装ではないメイクと服装。双葉と栞も女の子らしい格好をしている。

こんなスタイルでFABULOUS PERFUMEをやっても締まらないよね。

 

 

「ごめんなさい、双葉。

私はあなたはFABULOUS PERFUMEを解散しようと言い出すと思ってたわ」

 

「ううん、そんなの全然いいよ。私も少しは解散の事も考えたし」

 

「あたしも双葉も栞も解散を考えてるかと思ってたよ」

 

「ボクはinterludeと江口 渉とゆうちゃんのデュエル見ちゃった時…怖いって事よりゆうちゃんに負けたくないって気持ちの方が強くて……。

まどか姉に負けたくないって気持ちだけじゃダメって、笑顔で叩けって言われて……。

FABULOUS PERFUMEでの演奏を思い出しながら叩いてたら笑顔になれてた。だからボクはFABULOUS PERFUMEじゃないとダメって思ったんだよ」

 

「私も雨宮 大志さんとデュエルをして、全然歯が立たなかったけど…。

FABULOUS PERFUMEでなら私はもっと演奏が上手くなれる。FABULOUS PERFUMEでならもっと楽しい音楽をやれる。って思った」

 

双葉も栞もいつの間にか成長してるのね。南国DEギグでの事は大変だったと思うけど、行って良かったんだと私は思うわ。

 

「あ、でもさ。メジャーデビューの事はどうする?あたしも沙織も仕事の事があるから今まではどこの事務所のスカウトも断ってたけどさ」

 

メジャーデビュー……。

確かにファントムとはいえ私達は音楽事務所に所属するバンドという事になる。

私の仕事もそうだけど、弘美には今の仕事に夢がある。

今の系列会社の店舗の店長になり、自分の店を持つという夢が……。

 

「それなんだけど、沙織も弘美もお仕事あるし私も栞もまだ高校生だしね。メジャーデビューはせずにインディーズでやらせてもらおうかな?って思ってるんだよ」

 

「ボクもそれがいいと思う。

ゆうちゃん達がメジャーデビューしちゃっても、ボクはメジャーとかアマチュアとか関係ないよ。ボクはFABULOUS PERFUMEで演奏をライブをしていきたいだけだから」

 

FABULOUS PERFUMEで演奏したいだけ…か。私も同じ気持ちだわ。

 

「そっか。あたしも自分の夢の事もあるけどさ。FABULOUS PERFUMEでライブをやっていきたい気持ちは本物だから」

 

「それよりも当面の問題はクリムゾンね」

 

「うん。私達はまだまだクリムゾンのミュージシャンには敵わないと思う」

 

クリムゾングループ…。

私達がファントムに所属すれば、これからはクリムゾンのミュージシャンともデュエルをする事になるでしょうね。

 

私達FABULOUS PERFUMEにスカウトに来た事務所にはクリムゾングループの事務所もあった。

断ってはいたけど、私達がどこの事務所にも所属していなかったから、今までは見逃してもらえてたんだろう。

 

私達がファントムに所属する事になれば、クリムゾングループの敵となる。

それなりに名前の売れている私達は余計に狙われるようになるかも知れない。

 

「チューナーの存在が必要ね」

 

クリムゾングループと本格的にデュエルをするとなると十中八九エンカウンターデュエルになる。

そうなると私達にもチューナーが必要になるわね。

 

「ボク達は男装バンドだもんね。

男装が好きなチューナーが居てくれたらいいんだけど……」

 

そう。私達のバンドは男装バンドだ。

そして私達みんなその事に誇りを持っている。

ファンの方達の事もそうだ。

私達のステージにFABULOUS PERFUMEとして男装していないチューナーが居ても『私達らしい美しさ』に欠ける。

そうなるとオーディエンスの気持ちも下り、デュエルで勝つのが難しくなるだろう。

 

「チューナーは誰にでも出来るものじゃないもんね。雨宮 大志さんとデュエルした時もチューナーが居ればリズムを乱される事はなかったと思う」

 

音色を視覚化し、正しいリズムを刻む事の出来る存在のチューナー。

SCARLETはそのチューナー探しにも協力してくれると言っているみたいだけれど、私達には……。

 

「ここであたし達が頭を悩ませててもどうにもならないんじゃないか?

土曜日にSCARLETの本社に行くならその時にその話もしてみればいいさ」

 

「うん…そうだね。

………って土曜日は弘美はお仕事は大丈夫なの?」

 

「ん?ああ、土曜日はライブの次の日だろ?さすがにしんどいと思って公休にしてたんだよ」

 

「そっか。じゃあ土曜日は4人で行けるね。沙織も大丈夫かな?」

 

「ええ。私も大丈夫よ」

 

 

 

 

 

私達の話はそこで終わり、カラオケ店から出て解散した。

私達にも問題は山積みだけど、きっと私達なら大丈夫。私はそう思っている。

 

「沙織」

 

私は声の掛けられた方に目を向けた。

 

「やっぱり沙織だ。どう?あの事考えてくれた?」

 

「あの事?私はクリムゾンの事務所に所属する気はない。そう伝えたはずよ姉さん」

 

そこにはクリムゾングループの事務所で働く私の姉が居た。

まだ双葉達にも言えないでいる事。

 

「ん~。やっぱりダメかぁ。

まぁ別にいいんだけどね。お仕事も頑張ってるんでしょ?」

 

姉は私がFABULOUS PERFUMEのシグレである事を知らない。

昔から歌の上手かった私をクリムゾングループのミュージシャンにしようと執拗にスカウトしてきている。

 

今はまだFABULOUS PERFUMEのシグレである事も、ファントムに所属する事も知られる訳にはいかないわね。

 

「まぁね。毎日が充実しているわ」

 

「そっかそっか。お姉ちゃんそれ聞いて安心したよ」

 

姉さんは特に嫌いという訳ではないが少し苦手だ。昔から何でも見透かされているような気がして…。

 

「話がないなら私は行くわよ」

 

「久しぶりに会ったんだからさ。そこらでお茶でもしながら話さない?」

 

「……私には話はないわ。話があるならここで話して頂戴」

 

それに姉さんは変な所鋭かったりする。

あんまり今は関わりたくないわね。

 

「そっかぁ。残念。

じゃあ私も行くわ。お父さんとお母さんも寂しがってたよ。たまには家に帰っておいでよ」

 

「姉さんも父さんも母さんも。

事ある毎に私にクリムゾンに所属しろって言ってくるじゃない。それも嫌だったから家を出たってのもあるのだから」

 

姉さんがクリムゾングループの会社で働くようになり、父さんも母さんも姉さんの働くクリムゾングループに私を所属させようとしてくるようになった。

クリムゾングループは大きな会社だし、親としてはそんな会社に雇われる方が安心するのだろう。

 

だけどクリムゾングループの音楽には自由がない。私もクリムゾンの音楽は好きじゃない。FABULOUS PERFUMEのシグレになってから、その気持ちもどんどん大きくなってきている。

 

建前上は私は普通の会社に就職したわけだしこれからは自立して頑張っていく。

そう言って家を出て一人暮らしを始めたが、実の所は家族にFABULOUS PERFUMEの事を知られたくないからだ。

 

「そっかぁ。まぁ沙織も沙織で考える事ややりたい事もあるんだろうしね」

 

「ええ。それじゃ行くわね」

 

私はそのまま姉さんと別れ、帰宅しようと歩き始めた。

 

「あ、そだ。沙織」

 

まだ何かあるのかしら?

 

「何?明日も仕事なのだし早く帰りたいのだけど」

 

「私ね。他のクリムゾングループの会社に引き抜きされたの。クリムゾンエンターテイメント。名前くらいは聞いた事あるでしょ?」

 

え?クリムゾエンターテイメント…?

 

「そこの創始者である社長がね。

今度日本に帰ってくるんだって。それでこれからどんどん活動も増やしていくみたいでさ。優秀なお姉ちゃんは引き抜きされたのだ!出世も出世の大出世だよ」

 

創始者が日本に帰ってくる…?

双葉達の言ってた海原って人の事ね。

 

「それはおめでとう。良かったわね出世出来て。これからも頑張ってね」

 

もう少し姉さんから話を聞き出してもいいかも知れない。

そう思ったけれど、さっきから帰ろうとしている私がこれ以上姉さんの話に付き合うのは変に思われるわね。

 

「うん。ありがとう。お姉ちゃん頑張るよ。

沙織も頑張ってね。金曜日のライブ」

 

!?

今、今姉さんは何って言った?

金曜日のライブ……?

 

「じゃあね~」

 

姉さんはそう言ってその場から去っていった。

 

そういえば双葉は雨宮さんに正体がバレていたと言っていた。

私も姉さんにバレている……?

 

私は一抹の不安を抱えたままその場を後にした。



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第23話 幸せの音色を届ける為に

「ま、まじかよ…ここって私服で入っても大丈夫なのか?怒られたりしないよな?」

 

「こ、ここが姫咲の家…?

ど、どうしよう…手土産とか持って来た方が良かったかな…?」

 

「春くんもまっちゃんも姫咲の家は初めて?私も最初に来た時はびっくりしたよ」

 

俺の名前は一瀬 春太。南国DEギグの旅行から帰ってきた翌々日の火曜日。

Canoro Feliceのこれからの事を話し合う為に、俺達は姫咲の家に呼ばれていた。

 

「と、取り合えずインターホンを押すね…」

 

俺が震える手でインターホンを押してみた。

 

〈〈バパパパーン〉〉

 

なっ!?どこからともなくファンファーレが!?

 

〈〈ドーンドーン〉〉

 

「は!?花火!?何で!?」

 

〈〈ヒヒーン〉〉

 

「姫咲の家のインターホンって凄いよね~」

 

いや、凄いってレベルじゃないよね!?

何で!?馬も鳴いてるんだけど!?

 

「あ、でもね。そのインターホンを1秒間で16連打したら普通のインターホンの音になるんだよ」

 

1秒間に16連打!?

そんなの無理に決まってるじゃん!

何名人なんだよ!

 

ダメだ。ツッコミ所満載だけどクールになるんだクールに。

きっと姫咲の家はいちいちツッコミを入れていたら体力がもたない事になる。

 

俺がそんな事を考えていると大きな門が開き、そこから澄香さんが出てきてくれた。

 

「一瀬様、結衣様、松岡様。お待ちしておりました。さ、どうぞこちらへ」

 

俺達は澄香さんに案内されるまま秋月家の門を越え、奥にある屋敷へと向かった。

 

「ハッ!ハッ!ヤーッ!」

 

屋敷へと向かう途中、スーツ姿の女の人達が戦闘の訓練をしているようだった。

ある者は武器を手に、またある者は素手で、そしてまたある者は楽器を持っている。

え?何これ?

 

「こ、この人達は何をしているんだ…?」

 

「ああ、この者達は私の私設部隊の者達でございます。日々万事に備えて訓練をしております」

 

澄香さんの私設部隊…?

確かに澄香さんにはセバスさんの時にも私設部隊の人達も居たけど、みんな男の人だっ……ま、まさか!?

 

「フフフ、一瀬様。気付かれたようでございますな」

 

「ええ……こちらに居る私設部隊の方達も…。男装をしていたんですね…。澄香さんがセバスさんになっていたように…」

 

「仰る通りでございます。強要等しておりませなんだが、彼女達もまた自らを男の姿に変え、お嬢様を見守っておりました」

 

何て事だ…。セバスさん…いや、澄香さんの私設部隊の人達もまさかみんな女性だっただなんて……。

正直『何でそんな事してたんですか?』って聞いてしまいそうになってしまった。危ない所だった…。

 

「私も澄香の姿でこれからお嬢様をお守りしていく。そう決めた時、彼女達もまた本来の姿でお嬢様を守ろうと決心されたようでございます」

 

くそっ!さっぱり意味がわからない!

ダメだ春太!しっかりしろ!

まだこんな事でつっこんじゃダメだ!

 

「なぁ、ユイユイ。わざわざ男装して秋月の警護をするって何か意味があるのか?(ボソッ」

 

「みんな姫咲を想ってこそだよ!」

 

「え?何で?」

 

クッ…冬馬はやっぱりつっこんでしまった…。冬馬……最初からそんな調子じゃこの先の戦いが辛くなるよ?

 

「あ、お姉様~」

 

そう言って訓練中の女の子が澄香さんの方にやってきた。……ってお姉様!?

 

「お疲れ様。朝から精が出るわね」

 

「はい。私達のお嬢様とお姉様の為ですもの」

 

「良い心懸けです。これからも期待しているわ」

 

「はい。それでは私は訓練の続きに戻ります。それでは」

 

そう言って女の子は訓練に戻ろうとしたけど…

 

「待ちなさい!」

 

それを澄香さんが呼び止め、女の子の方に近付いて行った。

 

「タイが曲がっていてよ」

 

「お姉様……」

 

そう言って女の子のネクタイを直す澄香さん。

いやいやいや!何で!?

ほんの数日前までみんな男の人の姿で過ごしてたんだよね!?

何でいきなりこんな関係になってるの!?これ何?澄香様が見てるなの!?

 

危ない危ない…またつっこんでしまう所だった…。落ち着け春太。クールになれ。

 

「いや、何だこれ?澄香様が見てる?」

 

「ん?まっちゃんどうしたの?」

 

冬馬……やっぱり冬馬はもうダメか…。

 

「大変お見苦しい所を見せてしまいましたな。さ、お嬢様がお待ちでございます。参りましょう」

 

そう言って澄香さんはまた俺達の先頭を歩き始めた。

 

「ハッ!ハッ!ヤーッ!」

 

屋敷へと進んでいくと、メイド服の女の人達が何かの訓練をしているようだった。

ある者はお盆を手に、またある者は掃除機を持って、そしてまたある者は紅茶を淹れている。

いや、本当に何これ?

 

「こ、このメイドさん達は何をしているんだ…?」

 

「ああ、この者達は秋月家のメイド達でございます。日々家事等を完璧にこなす為に訓練をしております」

 

いや、訓練って何で!?

今この時間も家事とかしてた方がいいんじゃないの!?

 

「まぁ、彼女達はメイド長の部隊でございますからな。さ、先を急ぎましょうか」

 

そして大した説明も無し!?

 

「メイドって訓練がいるものなのか?

いや、もう何をつっこんだらいいかわからねぇ…」

 

「まっちゃんさっきからどうしたの?」

 

 

 

 

俺達は屋敷を越えてテラスの方へと案内され、そこにはお茶をするのにちょうど良さげなテーブルとイスがあり、姫咲はそこに居た。

 

あのメイドさん達の訓練からは特に何もなかった。

特に何もなかった事に拍子抜けして、『何もないのかよ!』って危なくつっこんでしまう所だった…。

 

「みなさん、お待ちしておりましたわ。どうぞこちらへ」

 

俺達は姫咲の元へ行きイスに腰を掛けて挨拶を交わした。

 

「では私はお茶を淹れてきますね」

 

澄香さんはそう言ってその場を後にした。俺達のこれからの話だから澄香さんにも聞いてもらいたいんだけど…。

 

「では私達Canoro Feliceの今後の事をお話したいと思います。ですが…」

 

「うん。この話は澄香さんにも聞いてもらいたいもんね。澄香さんがお茶を持って来てくれてから話をしよう」

 

でも俺達にお茶を持って来てくれたのは澄香さんではなく、別のメイドさんだった。

 

「すみちゃん何処に行っちゃったんだろう?」

 

「困りましたわね。これからの話には澄香さんにも聞いていただきたいのに…」

 

「ああ、澄香さんも俺達Canoro Feliceの一員だからな。これからの話には必要だ」

 

「結衣……は迷子になりそうだから俺と冬馬で探して来ようか」

 

「え?私迷子にならないよ?」

 

「そうだな。俺と春太で探して来る。ユイユイと秋月はここで待っててくれ」

 

「え?私も探しに行くよ?」

 

「春くん、松岡くん、よろしくお願いしますわね。結衣は私がしっかり見張っておきますわ」

 

「うん、よろしく」

 

「え?あ?え?うん、行ってらっしゃい」

 

そして俺と冬馬で澄香さんを探す事になった。

 

「しかしこんだけ広い敷地内で澄香さんを見つけられるか?」

 

「そうだね。闇雲に探してもダメだろうね。まずはさっきのメイドさんや私設部隊の人達が訓練してた場所に行ってみよう」

 

俺の予想はビンゴだった。

さっきメイドさんが訓練していた場所。

そこに澄香さんは居た。

 

「婦長さん!!!」

 

「まだまだです!澄香さん!!」

 

何故か澄香さんと婦長さん…メイド長さんかな?

2人は戦っていた……。

 

「さすがです澄香さん!セバスの衣を捨て、その姿になってからスピードが格段に上がっていますね!」

 

「婦長さんこそさすがです…。まさか今の私のスピードについてこれるとは…。

もしかして今までは手を抜いてくれてたんですか?」

 

「いいえ。そんな事はありません。いつもフルパワーでしたよ。

ただし試合用のフルパワーですが……!」

 

婦長さんがそう言った後突然消えた。

いや、消えたんじゃない。物凄いスピードで澄香さんの後ろにまわったんだ。

何だこれ?

 

「クッ!?」

 

「ほう…。まさかバトル用フルパワーの私の攻撃をかわすとは…ですが!」

 

また婦長さんの姿が消えた。

だけど澄香さんは婦長さんの動きを読んでいたのか、背後に拳をくり出し、澄香さんの一撃は婦長さんの胸を貫いた。

……胸を貫いた!?

 

「クッ!?残像ですか!?」

 

残像!?

 

「遅い!これでトドメです!真・流星婦長拳!!」

 

「それも読んでますよ!婦長さん!」

 

「な、何ですって…!?」

 

〈〈〈バキッ!!〉〉〉

 

婦長さんの必殺技?と澄香さんが光る拳を繰り出した後、一瞬の閃光とぶつかり合ったような音が鳴り響き、2人は交差して立っていた。

本当に何これ?

 

「さすがです…婦長さん…」

 

「その姿ではスピードが上がった分パワーが下がる……。そう思っていましたが…。フフフ、澄香さんも今まで本気ではなかった……という事ですか……グフッ」

 

ドサ

 

「いいえ…今までもフルパワーでしたよ…。ただし、スミカモードではなくセバスモードでですが……」

 

いや、本当に何これ。

 

「おかしいな…いや、おかしい事だらけだな。俺まだ寝てるのかな?これは夢か?」

 

冬馬…。

 

「あ、澄香さん、こんな所に居たんですか」

 

そして俺は何も見てない風を装って普通に声をかけた。

 

「これはこれは一瀬様。いかがされましたかな?」

 

「何をやってるんですか。澄香さんも俺達にとってはCanoro Feliceのメンバーなんですから。澄香さんも居てくれないと話が始まらないですよ」

 

「し、しかし私が居ると話辛い事もあるかと…」

 

「みんな待ってますから。来て下さい」

 

姫咲だけじゃない。

澄香さんは俺達みんなの事もずっと見守ってくれてたんだから。

 

 

 

 

 

 

「あ、春くん達が澄香さんを見つけてくれたみたいですわね」

 

「うん、ごめん。お待たせ」

 

俺達は5人で1つのテーブルを囲むように座った。

 

「さてそれでは私達の今後に関してですが…」

 

「うん。みんなそれぞれ想いも違うかもしれないしね。まずはバンマスである俺からどうしたいか言おうか」

 

「そうだな。じゃあ春太、ユイユイ、秋月、俺の順に話していくか」

 

「すみちゃんも私達の想いをちゃんと聞いてね!」

 

「すみちゃん?それは私の事でございますかな?」

 

「あ、その前によろしいですか?」

 

俺が話を始めようとした時、姫咲が何か言いたそうだったので俺は姫咲の言葉に耳を向けた。

 

「どうした秋月」

 

「澄香さん。いきなりは難しいかもしれませんが、出来ればタカさんや渚さんや理奈さんと居る時と同じように。

私達にもセバスの話し方ではなく、澄香さんとして接して頂けませんか?」

 

「お嬢様…」

 

「元々は。私の付き人ではなく遊び相手。友達として雇われたのでしょう?

これからはCanoro Feliceの仲間として一緒に居てほしいです」

 

そうだね。もうクリムゾンから隠れる為のセバスさんは居ない。

俺達と一緒に居るのは澄香さんなんだから。

 

「俺もそうして欲しいです。もう一瀬様とは呼ばずに気軽に春太って呼んで下さい」

 

「私も!結衣って呼んでほしいよ!」

 

「俺も呼び捨てにして頂いた方が話やすいっす」

 

「お嬢様…みなさま…わかりました」

 

「お願いしますね」

 

「じゃあ俺から気持ちを発表させてもらうね。

俺はファントムに所属してメジャーデビューを視野に入れて、ここに居るみんなでCanoro Feliceとして活動していきたい。姫咲と冬馬はまだ学校があるし、メジャーデビューするとなるとまだ先の話になるかもしれないけどね。

それにクリムゾンの音楽より俺達のキラキラした音楽の方がずっと凄いんだってみんなに見せてあげたい」

 

これが今の俺の気持ちだ。

俺はCanoro Feliceでメジャーデビューしたい。アイドルとかメジャーになりたいとかじゃなくて俺達で…。

 

「次は私だね。

私はクリムゾングループは怖いと思ってる。Blue Tearの時に事務所が潰された事もあるし、昔の話や架純の話。そして南国DEギグの事。すごく怖い」

 

結衣は一度クリムゾングループに事務所を潰されてるし、Blue Tearの時のメンバーの事もある。クリムゾンが怖くても仕方ない…。

 

「でもね。事務所の事や架純達の事、そして南国DEギグの事も考えるとね。

やっぱりクリムゾンはやっつけなきゃいけないと思う。もう架純達みたいな人を出さない為に。私達の、Canoro Feliceのキラキラした音楽でクリムゾンをやっつけたい。音楽はすごく楽しくてワクワクドキドキするものなんだよ。ってクリムゾンに教えてあげたい!」

 

結衣…。

 

「だから私もファントムに所属して戦いたいって思うよ」

 

「次は私ですわね。私はCanoro Feliceが大好きです。春くんのダンスと歌が。結衣のギターの音が。松岡くんのドラムのリズムが。

ですからクリムゾンが私達の楽しい音楽を邪魔をしてくるようでしたら叩き潰すまでです。私達に歯向かった事を後悔する程に。徹底的に」

 

姫咲が言うとすごく怖く聞こえるのは何故だろう…。

 

「ですから正直な所、SCARLETとかファントムとかより、Canoro Feliceで楽しく音楽をやれれば私は問題ありません。

春くんと結衣がファントムに所属したいなら私はついていくだけですわ」

 

「最後は俺か。

春太とユイユイと秋月が言いたい事を言ってくれたってのあるからな。あんまり多くは語らねぇが、俺もファントムに所属してCanoro Feliceでやっていきたいと思ってる。そんだけだ」

 

冬馬も…Canoro Feliceのみんな同じ気持ちでいてくれて良かった。

 

「すみちゃんは私達の話を聞いてどう?

昔、Artemisとしてクリムゾンと戦ってて…。私達の考えは賛成してくれるかな?反対かな?」

 

「そうですね。路上ライブをしてた頃。あの頃のCanoro Feliceなら私は反対したと思います。でも今のCanoro Feliceなら…。

クリムゾンと戦っていけると思います」

 

「では私達の考えに賛同して…これからも一緒に居て頂けますか?」

 

「ですが……もし私が反対したら…皆様は考えを改めてクリムゾンと戦わない道を選んでくれますか?」

 

「「「「選びません!」」」」

 

「でしたら…私の答えは1つです。

Canoro Feliceの皆様を見届けさせて頂きます。Canoro Feliceの仲間として」

 

澄香さん……。ありがとうございます。

 

「それと澄香さん」

 

「はい?何でしょう?」

 

「『サガシモノ』の事ですが……。

それも私達にお手伝いさせて頂けませんか?」

 

うん。姫咲の言う通り。俺達も澄香さんの力にもなりたい。

そしてその子に梓さんが生きている事を伝えたい。

 

「私も!その子可哀相だもん!クリムゾンから助け出してあげたい!梓さんの事を教えてあげたい!」

 

「その件は…多分もう大丈夫です。気にしないでください」

 

気にしないでって…。

俺達じゃ澄香さんの力になれない?

 

「澄香さん……何故…」

 

「恐らくですが……確証はありませんが…『サガシモノ』は多分タカが…見つけております」

 

貴さん?貴さんが『サガシモノ』を見つけた…?

 

「葉川さんが?澄香さんは葉川さんからそれを?」

 

「はい…タカも確証はないようですが…。

でもタカは本当は確信しているんだと思います。私が『虚空』の封印を解いたように…。タカも封印を解いたから……」

 

貴さんも?封印を解いた?

あ、もしかして渚さんに渡していた梓さんのギターかな?

 

『サガシモノ』って誰なんだろう……。

 

「あ、それと皆様にお伝えしときたい事がございます」

 

俺達に伝えておきたい事…?

 

「先程私は『サガシモノ』の事を気にしないで下さいと言いましたが、それはタカが見つけた可能性があるからです。

もし、私が困った時や助けてほしい時はCanoro Feliceに頼らせて頂きますので………よろしくお願いします」

 

澄香さん……。

 

「もちろんですわ!私達もまだまだこれから沢山の事を澄香さんに頼ると思います。ですから澄香さんも私達を頼って下さいませ」

 

「そうだよ!何かあったらすぐに言ってね!」

 

「俺も…出来る限りはサポートさせていただきますんで…その、よろしくお願いします」

 

「俺もです。これからも改めてよろしくお願いしますね」

 

 

 

 

その後は金曜日にゲスト出演させてもらうFABULOUS PERFUMEのライブ事、そして俺達の今後の方針を話し合った。

 

俺達の今後の方針としては姫咲と冬馬の卒業を待たず、メジャーデビューを視野に入れて活動していく事にした。

いつの日か姫咲は秋月グループの総統となるらしいけど、そこはまだまだ先の話だからその時に考えるとの事だった。

 

「これである程度の方針は決まりましたわね」

 

「うん、後は土曜日にSCARLETに訪問した時に……だね」

 

「土曜日はすみちゃんも来てくれるよね?」

 

「はい。もちろんです。タカが居るから大丈夫だとは思いますが、相手はあの手塚ですしね。私も同行させてもらいます」

 

手塚さん…。元クリムゾンエンターテイメントの大幹部か…。

今なら澄香さんに色々聞いても答えてくれるかな?

 

「澄香さん…少し質問しても大丈夫ですか?」

 

「何でしょう?私でわかる事でしたら何なりと」

 

「以前に梓さんのお墓参りをしてたと思うのですけどあのお墓って…。

梓さんは亡くなってないんですよね」

 

「はい。あのお墓はクリムゾンエンターテイメントの目を眩ませる為のダミーです。梓の実家に遺骨を送ったという情報も万一の為の情報。クリムゾンの目や耳は何処にあるかわかりませんから…」

 

「そこまでしないとヤバい相手なんすか…」

 

「冬馬くんは怖くなった?」

 

「と、冬馬くんって……。

い、いえ、怖くなった訳じゃないですけど、クリムゾンは一筋縄じゃいかないなと思って…。英治さんの話じゃクリムゾンエンターテイメントも手塚と足立って人が居なくなって弱体化したって言ってたのにと思って…」

 

そういえばそうだ。

梓さんを狙っていたのはクリムゾンエンターテイメント。そのクリムゾンエンターテイメントは海原が海外に行って、4人の幹部の内2人を……。

 

「冬馬くんの言う通りです。

ですが、海原が居なくなり、手塚と足立も居なくなったからこそ、私達は九頭竜の暴走を恐れていました」

 

九頭竜?

あの海原に盲信して遺伝子を培養した生命体を造ったっていう…?

 

「九頭竜は海原に盲信しておりました。

海原が海外に逃亡した後のクリムゾンエンターテイメントを任された二胴と九頭竜は何をするかわかりませんでしたから…」

 

なるほど…そんなに危険な相手なんですね…。

 

「まぁ、足立はタカが倒してくれたから…梓にしか興味のない九頭竜の暴走だけに気をつけていれば良かったので、私達は動きやすかったのですが…」

 

「葉川さんが足立を倒した…?

なぁ、俺達ってバンドやってんだよな?これって音楽の話なんだよな?」

 

「松岡くん、黙りなさい」

 

「その足立って人と九頭竜って人がヤバかったの?二胴って人は?」

 

「足立は何を考えていたのか…。クリムゾンエンターテイメントの幹部と言えども足立にとっては世の中の全てが敵みたいなもので、凄く危険な男でした……ただ音楽の才能だけは神がかっていただけに残念です…」

 

そんな相手を貴さんが…。

 

「二胴は海原が海外に逃亡した後はめっきり動かなくなりました。あの男は野心家で全ての頂点に立とうとしてましたから何か考えがあったのでしょう。それが今になって動き出した……」

 

手塚って人は自分からアルテミスの矢になったって聞いている。

その人の助けがありながらも足立しか倒せなかった…。今の俺達は戦っていけるんだろうか?

 

ダメだダメだ弱気になるな。

何とかなるよきっと。

それにこれって音楽の話だしね。

 

「フフフ、私の話を聞いて少し怖くなりましたか?15年前は私達Artemisやアルテミスの矢が居たのに勝てなかったのか……と」

 

「そんな事…ありませんわ」

 

「う~ん、多分何とかなると思う」

 

「なっちゃんの居るDivalは私達Artemisによく似ています。あの子達を見ていると昔を思い出します」

 

DivalがArtemisに…?

 

「ボーカルとベースがタカの事好きっぽいのも何かね…(ボソッ」

 

え?何?何か聞こえちゃったんですけど…。ボーカルとベース?渚さんと理奈さん?そして梓さんと澄香さん?

 

あ、もしかしてお墓参り行った時に言ってた梓さんは戦友ってそういう事?

 

「さっきの発言は聞こえなかった事にしますわ。断じて認めません。

それより澄香さんはDivalの皆さんが居るから大丈夫と?」

 

あ、姫咲にも聞こえてたんだ。

 

「いえ、逆です」

 

逆?

 

「Ailes Flammeの皆様は昔のBREEZEによく似ています。Ailes FlammeとDivalを見ていると15年前を思い出せます。

ですが、15年前はクリムゾンエンターテイメントに勝てなかった」

 

Ailes FlammeがBREEZEに?

 

「あ~、言われてみたら江口は葉川さんに雰囲気が似てるよな…」

 

「あ、なんかそれ私もそう思うかも」

 

「ですがCanoro Feliceの雰囲気に似ているバンドは15年前は居ませんでした。

私はこの戦いの鍵はCanoro Feliceだと思っています」

 

澄香さん…。

15年前は俺達に似ているバンドは居なかった。だから俺達が居る今なら…。

 

「そういう事ですのね。フフフ、これは澄香さんの期待に応えなくてはいけませんわね」

 

「うん。そうだね。届けよう幸せの音色を。みんなに!」

 

きっと俺達ならCanoro Feliceの名前に相応しい幸せの音色を奏でられると思う。

俺と結衣と姫咲と冬馬と澄香さんが居れば。俺達5人ならきっと…。



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第24話 俺に聴こえる声

俺の名前は江口 渉。

Ailes Flammeのイケメンボーカルだ。

 

南国DEギグのあの事件からもう3日経った。

あの旅行は本当に色んな事があった。

 

15年前の話。

Artemisとアルテミスの矢の話。

クリムゾンエンターテイメントの話。

ファントムの話。

拓実が拓斗にーちゃんに託されたベース。

俺とシフォンでinterludeとのデュエル。

拓実の雨宮の親父さんとのデュエル。

そして海の主の巨大タコに殺されかけた事。

 

どの出来事も俺達には衝撃的だった。

 

 

今日俺達Ailes Flammeは、金曜日にゲスト出演させてもらうFABULOUS PERFUMEのライブのセトリを決めるのと、俺達の今後の事を話し合う為にスタジオ『ミルフィーユ』に来ていた。

 

「なんか俺のモノローグも久しぶりだな!この物語の主人公なのに最近全然目立ってなかったもんな~」

 

「また渉は何を言ってるの?

そんな事より渉が歌詞を書いた『SUMMER DAYS』っていい歌詞だよね。渉らしさが出てるって言うかさ」

 

「ああ、オレもこの歌詞好きだな。渉が選んだオレの曲にも合ってるっつーか。

大体この物語の主人公ってお前だったのか?初耳だけど?」

 

「うん!ボクも渉くんが『SUMMER DAYS』を歌った時ビックリしたもん!

タカ兄とか渚さんの方が目立ってるもんね。そもそも渉くんって15年前とか関係ないし」

 

え?まじで?

俺が主人公じゃなかったの?

 

いや、でも何かあるかもしれねぇじゃねぇか。

15年前には居なかった期待のニュージェネレーションとか、実は俺も15年前にクリムゾンと戦っていた!とか、実は俺もクリムゾンエンターテイメントの創始者海原の実子だった!とか、実はクリムゾンの黒幕は俺だった!とか!!

 

「いや、渉がクリムゾンの黒幕だったとしたら僕達の敵だよね?」

 

「15年前っていったらボクらは2歳だよ?

クリムゾンと戦っていたとか無理がありすぎるよ…」

 

「大体お前には普通に両親いるじゃねーか。どっちかというとお前は親父さん似だし」

 

これはまずいな。

俺が主人公かどうかは今はまだ些細な問題だ。これから活躍して昇格したらいいからな。

今まずい事はナチュラルに俺の考えている事がみんなにバレてる事だな。

 

「じゃあ、お前らは誰がこの物語の主人公だと思ってるんだ?」

 

「そんなのシフォンに決まってるだろうが!」

 

「え?ボクなの?

ボクは意外と盛夏ちゃんが主人公じゃないかな?って思うなぁ~」

 

「僕は大穴で英治さんかな?

なんか英治さんってキーパーソンな感じしない?」

 

フッ、こいつらめ…。

今名前が挙がったメンバーみんな各バンドの第1章には出てないじゃねーか。

主人公が途中登場なの?それは斬新でいいですねっ!

 

「そんな主人公談義より金曜日のライブのセトリ決めようよ」

 

「そうだね。ボクが今歌詞を書いてる『雨上がりのピクニック』を入れても3曲しかないから順番を決めるだけだけど」

 

シフォンの言った『雨上がりのピクニック』。

これは俺達Ailes Flammeの3曲目の歌だ。

まだ完成はしていないけど、亮の作り溜めしていた曲の中からこれだって曲も決まり、歌詞も今夜には書き上がる予定らしい。

今回はポップな感じの明るい曲だ。シフォンらしい選曲だよな。

 

「そうだな……。オレは『Challenger』で盛り上げて、『雨上がりのピクニック』で場を明るくして、ラストに『SUMMER DAYS』で暴れる。

こんな流れがいいと思うんだけどどうだ?」

 

「「「うん!それでいこう!」」」

 

金曜日のセトリは一瞬で決まった。

 

「え?いいのか?」

 

「じゃあ次は俺達の今後の事を決めるか。

俺はまだメジャーデビューってのはピンと来ないしどうすっかな?って思ってるけど、ファントムに所属してAiles Flammeをやっていきたいと思ってる。

interludeは俺がぶっ倒したいってのもあるしな!」

 

「オレもメジャーデビューってのはまだ考えていないが、ファントムでやっていきたいと思ってる。別に親父やお袋の事に関係なく、あんな話を聞いたり南国DEギグの事を思うとな。やっぱクリムゾンは野放しに出来ねぇって思うし、あの『サガシモノ』って子も見つけてやりてぇ」

 

「うん!ボクも亮くんと一緒かな!

『サガシモノ』ちゃんを見つけてあげたい!そして梓さんは生きてるんだよって教えてあげたい!」

 

「シフォン、オレと同じ意見だな。

これはもう相思相愛の……いや、まるで長年連れ添った夫婦みたいだな」

 

「え?亮くん?」

 

ああ…どんどん俺の幼馴染が遠くの存在になっていってる気がするぜ。

そういや亮。俺言うの忘れてたけど、シフォンは俺達が『シフォンの正体は井上』って知っている事を知っているからな?

 

「え、えっと、そ、それにボクはおっちゃんの弟子だしね!クリムゾンの事は色々聞いてたのもあってクリムゾンって大嫌いだし、やっつけなきゃって思うし!」

 

「僕もそうかな。クリムゾンは怖いって気持ちもあるけど、ファントムに所属してAiles Flammeをやっていきたい。

そしてそれでクリムゾンと戦う事になるなら逃げずに戦って勝ちたいと思う。

拓斗さんに託されたベース『晴夜』もあるしね」

 

そう言って拓実は拓斗にーちゃんに託されたモンブラン栗田じーちゃんの最高傑作であるirisシリーズのベース『晴夜』を取り出した。

 

楽器がまるでわからない俺にもこのベースの凄さはわかる…。

 

「へぇ~、これがirisシリーズのベースか~。見ただけじゃ何が凄いのかわからんちんだね」

 

え?わからないの?

 

「ああ、オレも見ただけじゃわかんねぇな。拓実は弾いてみたのか?」

 

え?亮もわかんないの?

盛夏ねーちゃんや理奈ねーちゃんや美緒が凄い凄いって言うから凄いベースって思い込んでたのになぁ~…。

 

何が『このベースの凄さはわかる…』だよ!?

正直俺もさっぱりわかんねーよ!

ミーハーなんだよミーハー!

何かまわりのみんなが凄いって言ってたら、これって凄いのかな?って思ってこれは凄い物だって思い込んだりするじゃん!俺が正にそれだよ!!

 

「ん?渉はどうしたの?」

 

「いや…何でもない…」

 

「僕は昨日も『晴夜』を弾いてみたよ。

でもやっぱりって言うかベースの声は聴こえなかったけどね。あはは」

 

ベースの声か…。

盛夏ねーちゃんは『一緒に遊ぼう』って聞こえるって言ってた。

理奈ねーちゃんは『一緒に演奏しよう』って聞こえるって言ってた。

美緒は『一緒に歌おう』って聞こえるって言ってた。

 

拓実のベースからはどんな声が聞こえるんだろうな。

 

「ねぇ拓実くん。せっかくだし何か弾いてみてよ」

 

「うん、いいよ。じゃあ弾くね」

 

そう言って拓実はベースの演奏を始めた。

 

「お、いつも使ってた拓実くんのベースより重みのある音だね」

 

「ああ。とはいえ音に繊細さも感じるな。これはサウンドの幅も広がりそうだ」

 

「ああ…これは俺もわかる。いいベースだな」

 

俺は拓実の奏でるベースの音を聞いていた。これは『SUMMER DAYS』だな。

練習したんだな拓実。

 

俺は頭の中で歌詞を歌いながらパフォーマンスはどうするかをイメージしていた。

 

 

 

『力が欲しいか?』

 

 

 

「え?誰か何か言ったか?」

 

「ほぇ?誰も何も言ってないよ?」

 

「僕も演奏に集中してたし何も言ってないよ?」

 

「どうかしたのか?渉」

 

「あ、いや悪い。何でもねぇ」

 

誰も何も言ってないのか…。気のせいかな…?

 

「あ、そうだ亮。『SUMMER DAYS』のここの所なんだけどちょっと僕なりにアレンジ考えてみたんだけど聴いてくれないかな?」

 

「お、マジでか?聴かせてくれよ」

 

そう言って拓実は再び演奏を始めた。

 

 

 

『力が欲しいか?』

 

 

 

「え!?」

 

「どうしたの?僕のアレンジ変だった?」

 

「オレは今のアレンジで良かったと思うぜ?渉は何か気になったのか?」

 

「あ、いや…悪い。俺も今のアレンジで良かったと思う」

 

「変な渉くんだなぁ」

 

「じゃあもう一度頭から弾いてみるね変な所あったら言って」

 

拓実はまた頭から『SUMMER DAYS』の演奏を始めた。

本当にさっきの何だったんだ…。

確かに俺には聞こえた。俺にしか聞こえてない……?

 

 

 

『力が欲しいか?』

 

 

 

やっぱりだ。

拓実が演奏を始めたら声が聞こえる。

もしかしたらこれが…ベースの声?

 

 

 

『力が欲しいか?』

 

 

 

それにしても『カ』って何だ?

蚊なの?蚊なんて正直な所迷惑なだけなんだけどなぁ。

 

 

 

『いや、カタカナのカちゃうし。力やし。これってバンやろのネタそのまんまやん』

 

 

 

「な!?」

 

「うぇ!?わ、渉くんどうしたの!?」

 

「こ、このベース……関西人だと……?」

 

「「「は?」」」

 

あ、しまった。つい口に出しちまったぜ…。これじゃ俺まるで変な人じゃねーか。

 

「渉?本当にどうしたの…?」

 

「渉くん……そんな変な所はたか兄に似なくていいんだからね?」

 

「渉……お前まさか……」

 

な、何とか誤魔化さねぇとな…。

 

「いや、悪い。拓実のベースの音が心地好くてさ。寝ちまってたみてぇだわ。あはは…」

 

「お前…もしかするとベースの声が聞こえたんじゃねーのか?だから…」

 

やっぱり亮は鋭いな…。

俺は黙って頷いた。

 

「え!?渉くん!本当に!?」

 

「さすがオレの見込んだボーカルだな」

 

「そ、それで渉!このベースは何って言ってたの!?」

 

「あ、ああ……力が欲しいか?って聞かれて…」

 

「力が?ありゃ?盛夏ちゃん達とは違うんだね?同じirisシリーズなのに」

 

「力が欲しいか?って何だよ。ジャバウォックか?」

 

そして俺はありのまま聴こえた声の話をした。

 

「そんで…俺が『それにしても『カ』って何だ?蚊なの?蚊なんて正直な所迷惑なだけなんだけどなぁ』って言ったら、『いや、カタカナのカちゃうし。力やし。これってバンやろのネタそのまんまやん』って関西弁でツッコミを入れられたんだ」

 

「「「え……?関西弁?」」」

 

「ああ…」

 

「えっ……と…渉?それ本当にベースの声なの?」

 

「お前、実は寝不足とかじゃないよな?」

 

「渉くん、そんな所はたか兄に似なくていいんだよ?」

 

な!?何だと…!?

まさか俺が寝惚けてるとかそんな風に思ってんのか!?

 

くっそ~…もうベースの声が聞こえても絶対に教えてやらねぇからな!

 

「あ、そうだ。悪かったな拓実。渉のバカがバカな事言うからアレンジの所ちゃんと聞けなかったわ…」

 

「あ、うん。じゃあもう一度弾くね」

 

「うん。拓実くん頭からお願い」

 

「オッケー」

 

くっそ~…しかし本当にさっきの声は何だったんだろう?

俺がそんな事を考えていると、拓実がまた演奏を始めた。

 

けど本当にあれはベースの声なのか?

 

 

 

『力が欲しいか?』

 

 

 

!?また聞こえた!

間違いない。拓実が演奏を始めたら聞こえてくる。やっぱりベースの声なのか……?

 

 

 

『力が欲しいか?』

 

 

 

ん~…でも力なんていらないしなぁ。

 

 

 

『力が欲しいのなら……くれてやる』

 

 

 

だからいらないぞ?

 

 

 

『え?いらへんの?ほんまに?』

 

 

 

ああ、別にいらねぇ。

 

 

 

『ほんまに?後悔せぇへん?』

 

 

 

あ、ああ~……何かそういう風に言われると考えちまうな…。

具体的にその力ってどんな力なんだ?

 

 

 

『具体的に…?』

 

 

 

ああ、例えば世界を破滅させる力とか、リア充共を爆発させる力とか。

 

 

 

『え?そんな力が欲しいん!?』

 

 

 

いや、別にそんな力とかいらねぇけどな。

あっ!雨宮にしばかれない力なら欲しい!!

 

 

 

『ェェェェェェェェ~~……』

 

 

 

無理なのか?じゃあどんな力なら俺にくれるんだ?

 

 

 

『我がキサマにくれてやる力は……』

 

 

 

「……たる!渉!!おい!大丈夫か!?」

 

「え?あ、あ?わ、悪い。俺もしかして寝てたか?」

 

「「「………」」」

 

ん?どうしたんだ?

 

「いや、渉くんは寝てたっていうか…」

 

「目は開いたままだったしな。寝てるっていうかボーッとしてる感じだったな」

 

ボーッとしてる…?

やっぱり俺にだけあの声が聞こえてて…。

 

「渉…本当にこのベースの声が聞こえてるの?このベース本当に関西弁でツッコミ入れてくるの…?」

 

俺はまたバカにされるかもとは思ったが、さっきの声との会話のやり取りをありのままに話した。

 

「それって本当にベースの声なのかな?っていうか渉くんって声が聴こえるどころか会話しちゃってるよね?」

 

「渉にだけ聴こえる声……か…」

 

「えぇ~……本当に『晴夜』の声なのかなぁ?何か嫌だなぁ…」

 

「あ?何でだよ。関西弁いいじゃねーか」

 

「いや、僕も関西弁は好きだよ?関西のノリも好きだしお笑いの番組もよく観るし。でも演奏中に関西弁でツッコミ入れられると思うとさ…。

ちょっとミスしちゃったら『そこ間違っとるで?』とか、『そこそれとちゃうで?』とか言われたりしたらテンション下がるじゃん……」

 

あ~、まぁ確かにそうだな。

俺がもし歌詞を間違えたりした時にツッコミ入れられたらライブに集中出来ないもんな。

 

「ねぇ、それでベースのくれる力って結局何なのかな?」

 

「あ、それな。悪い拓実。もう一度ベースを弾いてくれないか?」

 

「え~……何か嫌だなぁ…」

 

「頼むよ拓実」

 

「わかったよ…もう一回だけだよ?」

 

そう言って拓実はベースを弾いてくれた。拓実のベースの音に集中して…。

もう一度ベースの声が聞こえたら…。

 

 

 

『力が欲し…』

 

 

 

いや、もうその下りはいいから。

 

 

 

『ぇ~…』

 

 

 

それよりさっきは何を言おうとしたんだ?俺にくれる力って何なんだ?

お前は本当に拓実のベースなのか?

 

 

 

『………我がキサマにくれてやる力は』

 

 

 

俺にくれる力は……?

 

 

 

『内緒♪』

 

 

 

「なんでやねん!!!」

 

ハッ、しまった…。

うっかり俺が関西弁でツッコミ入れてしまった。

 

「ど、どうしたの渉…?」

 

「今度はベースは何って言ってたんだ?」

 

「ああ、俺がその力って何なのか聞いたら、内緒って言われちまってな…音符付きで……」

 

「え?音符付きで…?」

 

「………拓実。悪いんだがもう一度ベースを弾いてくれないか?」

 

「え?亮?何で?正直嫌なんだけど…」

 

ん?亮?もしかして亮にも聞こえたのか?

 

「頼むよ拓実。これでラストでいいから」

 

「もう……わかったよ。でも何で?亮にも聴こえたの?」

 

「いや、そういう訳じゃねぇけどな。オレにも聞こえてねぇよ」

 

「そっか。じゃあもう一度だけね。今日はこれで終わりね」

 

そして拓実はもう一度ベースの演奏を始めてくれた。俺は拓実のベースの音に集中して耳を澄ませて……。

 

「ねぇ?亮くんは何でもう一度拓実くんにベースを弾いてほしかったの?」

 

「ん?ああ、渉の聞こえてる声は本当にベースの声なのかな?って思ってな…」

 

「ふぇ?拓実くんが演奏してる時にしか聞こえてないんだしベースの声じゃないの?」

 

「ああ、でも拓斗さんが言ってたろ。特別な力を持つ者は稀にいるって。もしかしたら渉の力は楽器の声を聞く力じゃなくて別の力じゃねぇかな?って」

 

「ほむほむ。なるほどね。

それならベースの声じゃない方がいいよね。ボクもドラム叩いてる時に関西弁でツッコミ入れられたら集中出来ないし」

 

「いや、オレはベースの声であってほしいけどな」

 

「え!?何で!?」

 

「渉が声を聞けるのは拓実の演奏してる時だけなんだぜ?なのにベースの声じゃなかったら渉の聞いてる声は…」

 

「あ、そっか。確かにベースの声じゃなかったら怖いよね。拓実くんの演奏中にだけ渉くんに聞こえる声……」

 

「大丈夫だシフォン。怖がる必要はない。お前はオレが守ってやる。一生な」

 

「え?う、うん、ありがとう…」

 

さっきから亮もシフォンもうるせぇな。

ベースの音に集中出来ねぇ…。

今はまだ声は聞こえない。早くしないと拓実の演奏が終わっちまう…。

 

 

 

ダメだ…聞こえねぇ…。

まさかもう聞こえなくなっちまったのか?

クソッ!しっかり集中して……!

 

 

 

『|д゚)チラッ』

 

 

 

チラッじゃねーよ!居たのかよ!!

その顔文字ってどうやって発音してんだよ!!

 

 

 

『だって力いらへんとか言うし…』

 

 

 

あ~……悪かったから。謝るから…。

ごめんなさい。これでいいか?

 

 

 

『力が欲しいか?』

 

 

 

やり直すのかよ!!

あ~、わかった!欲しい!俺は力が欲しい!!

 

 

 

『でもあげな~い』

 

 

 

何で!?謝っただろうが!

 

 

 

『さっき散々いらないとか言われて拗ねちゃった』

 

 

 

拗ねたのかよ!

だから悪かったって!な?機嫌直してくれよ。

 

 

 

『我は難しい年頃なのだ』

 

 

 

そんなの知るかっ!難しい年頃!?

何歳なの!?自慢じゃねーけど俺も難しい年頃だからな!!

 

 

 

『ふぅ……』

 

 

 

タメ息!?あー!イライラするなぁ…。

じゃあもういい!!俺は力なんていらねぇ!!

 

 

 

『さすれば力が欲しくなった時、我を呼ぶがよい……』

 

 

 

さっき力が欲しいって俺言ったじゃねーか!何なの!?もうマジで何なの!?

 

 

 

『………あんま拗ねちゃってると嫌な奴って思われても嫌だから1つだけ教えてあげるね』

 

 

 

ん?1つだけ…?教えてくれる?

 

 

 

『我は……ベースではない』

 

 

 

ベースじゃない?じゃあ誰なんだお前!?

 

おい!聞いてんのかよ!おい!!

………誰なんだよお前。

 

 

 

 

その後、俺にその声が聞こえる事はなかった。

 

ベースじゃない。あいつはそう言った。

その事を亮と拓実とシフォンに伝えたら、拓実は『良かったよぉ~良かったよぉ~晴夜ぁぁ!』って叫びながらベースを抱き締めて喜んでいた。

 

でも本当に何だったんだろうあの声は…。

 

まさか本当に俺が寝ちゃってて変な夢を見てたとか?いや、そんなはずはない。ハッキリとし過ぎている。

 

土曜日ににーちゃん達に相談してみるかな……?

 

「けど本当に何だったんだろうね?渉くんの聞いた声って」

 

「僕はあれが『晴夜』の声じゃなくて本当に良かったよ…」

 

「何か気になるよな~。拓実が演奏してる時にだけ聴こえた声」

 

「もう渉もシフォンも気にするなよ。

もう聞こえなくなっちまったし、考えたって答えなんか出ねぇだろ」

 

「う~ん、確かにそうだね。じゃあボクはここで!今夜中には歌詞を完成させて連絡するからね!」

 

「ああ、よろしくな。シフォン」

 

「僕もバイトあるから行くね。渉も亮も気を付けてね」

 

「ああ、拓実も頑張ってな」

 

そう言って俺達は解散した。

解散したといっても俺と亮はご近所さんだし帰り道は一緒なんだけどな。

 

「あ、そういやお前夏休み終わったらバイト始めるんだっけ?」

 

「ん?おお。そのつもりだ」

 

「どこで働くんだ?」

 

「ファミレス。こないだのリゾートバイトの時にウェイターって楽しいって思ってな」

 

「そっか。普通は夏休み中にバイトするもんだと思うがお前は夏休み終わってからなんだな」

 

「夏休みは遊びてぇからな」

 

その後俺達は何も話さず帰路についていた。参ったな。こういう時って亮のやつは何か考え事してる時なんだよな…。

 

「なぁ亮…」

 

「ああ、お前の聞こえた声の事を考えてた」

 

!?

全く…幼馴染は面倒だな。

 

「んだよ。俺とシフォンには考えても答えなんか出ねぇって言ってたくせによ」

 

「いや、誰の声だったのか、何の声だったのかってのを考えてた訳じゃねぇ」

 

あ?だったら何を考えてたんだ?

 

「何で渉に声が聞こえるようになったか。それって多分拓実が『晴夜』を弾いてたからなんだよな。きっとお前には何か特別な力があるんだよ」

 

「あ?まぁ俺って主人公だしな?」

 

「いや、主人公はシフォンだ」

 

そーでっか。

 

「お前の特別な力を引き出すきっかけが『晴夜』だったんだろうな」

 

「まぁ…多分そうだろうな」

 

「楽しみだな。これからのオレ達が」

 

ああ。確かに楽しみだ。

特別な力うんぬん関係なく、俺達はファントムに所属してライブをやっていく。

 

これから俺達Ailes Flammeは突き進んで行くんだ。

東雲 大和の言っていた天下一のバンドになる為に。

俺が見たいと思った音楽の先の世界へ。



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第25話 聖羅

俺は葉川 貴。

Blaze Futureでボーカルをしている。

 

8月21日火曜日の夜。

 

旅行からの疲れも取れないまま月曜日は休み明けで忙しく残業となり、今日こそ早く帰ってダラダラするんじゃい!って気合いを入れて仕事をしていたのに、何故か盛夏からBlaze FutureのグループLINEでファントムに招集が掛かった。

 

盛夏からの連絡に気付かなかった事にして、明日あたりに『ごっめ~ん、気付かなかった。テヘ』とかキモさ満載のLINEを送ろうと思ったのだが、追撃とばかりに個人LINEの方に俺がシフォンを押し倒してる(笑)(かっこわらい)な写真と『貴ちゃんが来なかったら奈緒とまどかさんとこの写真見ながらお話ししちゃうかも~?』等と脅迫文が送られて来たのだ。

 

だが、さすがに俺はいい大人だ。その程度の脅迫には屈しない。

ふたつ返事でファントムへ行く事を了解し(了解するのかよ)、第二の作戦を瞬時に思い付いた。

『俺も行きたかったんだがすまん。夏休み明けで仕事か忙しくてな。残業になっちまった…』と、帰宅してベッドでゴロゴロしながらLINEをしようと思っていた。

 

だが、そんな作戦を思い付いた3秒後に、『あ、そうそう渚に今日はBlaze Futureでミーティングしたいから貴ちゃんが逃げたりしないように仕事終わったら連絡頂戴って言ってあるんだ~。この写真って渚と理奈にも送ってあげた方がいいかな?』と、要約すると逃がしはしないぜ!って内容の追撃が来た。

 

もちろん俺はそんな脅迫には屈しない二度目。

すぐさま『今日は定時ダッシュで帰ります』と返事をした。

そして今、嫌々ファントムに向かいながら新たな作戦を考えているのだ。

 

「あ、貴~!」

 

俺は名前を呼ばれ、声のした方に目を向けるとそこにはBlaze Futureのギタリストの奈緒が居た。

 

「おう、こんばんは」

 

「こんばんはです。それより私を見掛けた途端すっごい嫌そうな顔しませんでした?」

 

「いや、気のせいじゃねぇか?」

 

え?そんな顔してた?

まぁ奈緒に見つかったという事はもう逃げるのは不可能だし、最近奈緒と出くわす度にボディーブロー貰ってるからな。そんな顔になっちゃったのかな?

 

「それより盛夏から呼び出しって何でしょうね?」

 

「さぁな。さっぱり用件が思い当たらん。SCARLETとかファントムの事かな?」

 

「でもそれって一応ファントムに所属するって決まったじゃないですか。

まぁ土曜日にSCARLETの本社に行ってから気に食わなかったら考えるって貴は言ってましたけど」

 

そう。俺達Blaze Futureはファントムに所属してインディーズとして活動していく事に決めてある。

奈緒と盛夏とまどかがそうしたいと希望してくれたし、俺はやっぱり15年前の事もあるしな。こいつらをもしかしたら巻き込んだのかもしれないって気持ちもあったりなかったりもする訳だが…。

 

「ま、ファントムに着いたらわかるだろ。っていうか奈緒って今仕事帰りなのか?いつもより遅くね?」

 

「夏休み明けだからか少し忙しくて……。

って!?何で貴が私の退社時間を知ってるんですか!?もしかして私の退社時間を把握して待ち伏せしておきながら、あたかも偶然を装ってご飯に誘ったりしようとか考えてたりするんですか!?」

 

いや、何でだよ…。いつも仕事帰りに盛夏と遊んでるし、何か私達楽しんでま~す的なLINEとかツイートとかしてくんじゃん…。それである程度は帰る時間とかわかるやん?

 

「もしそうだったらどうする?」

 

「いつもいつも奢ってもらうのは悪いのでたまには割勘でお願いします!」

 

え?それって俺が待ち伏せしてご飯誘ったら付き合ってくれるって事?

おっと危ない危ない。勘違いする所だったぜ。それってたまの割勘以外は奢れって事だよな?

 

 

 

 

「そういやバンやりの新規SSRマイミーちゃんゲットしてましたよね?おめでとうございます」

 

「おう、ありがとうな。俺の推しへの愛もそうだが……やはり俺は推しに愛されている」

 

「で?いくら課金したんですか?」

 

「………俺は推しに愛されている」

 

「あ~…はいはい」

 

などとヲタ話をしながら歩いているとファントムに辿り着いてしまった。

しゃあねぇな。ここまで来たら腹を括るか。

 

そして俺はファントムの扉を開き中を覗いた。盛夏とまどかは来てるかな?

 

………

…………

……………は?

 

「わ、悪い。奈緒……俺は帰る。大事な用を思い出した」

 

「え?ふぇ?大事な用?何ですか?」

 

え!?何で!?何でファントムにあいつが居るの!?まさか盛夏が連れて来たの!?

 

「えっと……じゃああれだ。今日中に片付けなきゃいけない仕事を思い出したから会社に戻らなきゃだ」

 

俺は盛夏と一緒にいる人物を確認し、急いで帰ろうと思い立った。いや、帰らねばなるまい。

 

「はい?じゃあって何ですか?

ほら、早く入りましょうよ」

 

俺の気も知らずにファントムに入ろうとする奈緒。何か作戦を考えないと…。

 

「あ、貴ちゃ~ん、奈緒~。こっちこっち~」

 

クッ…見つかってしまったか…。

 

「あ、盛夏~♪

と、あれ?盛夏と一緒にいる人って誰なんでしょう?あれ?何で英治さんは正座してるんですかね?」

 

え?英治正座させられてんの?

俺は恐る恐る盛夏の座っているテーブルに目を向けた。

 

あぁ…盛夏と一緒にいる人物が超笑顔で俺に手を振っている…。もう逃げられないな。

 

そして俺は観念し、奈緒と一緒に盛夏と盛夏の母親である聖羅の座っているテーブルへと向かった。

 

 

 

 

「久しぶりねタカ」

 

「はい……お久しぶりです…」

 

俺達が盛夏達の座っているテーブルの席に座ろうとした時、俺は聖羅に『こっち』と言われ、テーブルの横の床に正座させられている英治の隣を指さされた。

 

何で俺が正座させられなきゃなんねーんだよ。と思ったりはしたが、特に口に出す事はなく大人しく英治の隣で正座した。

 

「へぇー盛夏のお母さんなんですね。

挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。佐倉 奈緒と申します。

盛夏さんにはいつもお世話になってます。よろしくお願いします」

 

「まぁ!あなたが奈緒ちゃんなのね!

盛夏がいつも言ってるわ。本当にすっごく可愛いわね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「おか~さ~ん。恥ずかしいからやめてよ~」

 

「お、おいタカ。お前さっき逃げようとしたよな?盛夏ちゃんのお母さんが聖羅ってもしかして知ってたのか?(ボソッ」

 

「ああ、すまん。言うの忘れてた。

まぁ、俺が知ったのも南国DEギグの日なんだけどな。それより何でお前と俺は正座させられてんの?(ボソッ」

 

そうだよ。何でだよ。

俺は何で正座させられたわけ?

俺自分で言うのも何だけど15年前結構聖羅の事助けてあげてたよね?

 

俺はこの不条理な事態に反抗し正座を解いて一言言ってやろうと思ったが、そんな勇気はありませんでした。

まどかまだかなぁ?早く話を終わらせて帰りたいなぁ~。

 

「フッ、しかし盛夏ちゃんのお母さんが聖羅で良かった。安心したぜ…」

 

「は?何で?今まさに聖羅に正座させられてんだけど?お前ドMなの?」

 

「いや、この状況はどうかと思うがな。

盛夏ちゃんのお母さんが聖羅って事は紛れもなく盛夏ちゃんの父親は俺じゃない。そう確信出来たからな」

 

ああ…そういう事ね…。

お前もしかしてBlaze Future編第4章からもしかしたら盛夏の父親は自分かもしれないってビビってたの?

 

「あとはまどかちゃんって子だけかしらね?トシキは来れないみたいだし」

 

え?トシキも呼び出してたの?

もしかしてトシキもしばかれるリストに入ってたのか?

え?しばかれるリストって何?今から俺達しばかれるの?

嫌だなぁ。帰りたいなぁ。

 

「まどかさんは急遽夏休み明けにやる父母会の事で先生同士でミーティングが入っちゃったんだって~」

 

え?そうなの?

じゃあBlaze Futureみんな揃わないし今日はもう帰ろう。次のミーティングは土曜日でいいんじゃない?

よし、これだ。俺は今からこの提案を出すのだ。これで数日は延命出来る。

 

「だから1時間くらい遅れて来るって~。

でも必ず行くから待っててってLINE来てたよ~」

 

は!?1時間遅れて来る!?

しかも必ず行くから待っててって何!?

俺達この後1時間も正座しとかなきゃいけないの!?

 

「う~ん…ちゃんとみんな揃ってから話したかったけど、トシキも来れないし、このままタカ達を正座させとくのは可哀相だし先に話を始めとこうか?」

 

聖羅!?ああ…優しいな聖羅は…。

いや、危ない危ない。勘違いする所だった。そもそも優しかったら訳のわからないまま正座させられたりしませんよね。

 

「え~?でもBlaze Futureの大事なお話ならまどかさんも来てからしたい~」

 

「私もそう思います。まどか先輩もBlaze Futureなんですから…」

 

「う~ん…別にBlaze Futureの話って訳じゃないけど、それじゃまどかちゃんが来るまで待ってましょうか」

 

「はい(うん)!」

 

って何でだよ!Blaze Futureの話じゃないのん!?

それなら今から話してもいいじゃん!

今日は普通にカフェオープンしてるしな!他のお客様もいっぱい……多少はいるんだよ?

何でオーナーと客の俺が正座させられてんだよ!もう他のカフェ客の目が痛いんだけど!

 

と、俺がそんな事を思いながらも、これがいつか快感に変わったらどうしよう?と不安に思っていると、ファントムの扉が開かれ、一人の客が入ってきた。

 

「こんばんは~……。へぇ~…ファントムの中ってこうなってたんだ…」

 

え?澄香?何で?

 

「す、澄香…?」

 

「ん?え?……聖羅?」

 

そして澄香は俺達の方へやって来て俺と聖羅の間に入ってきた。

位置関係で言うとこんな感じな。

 

[盛夏] [聖羅] [澄香] [俺]

[ テーブル ]    [英治]

[奈緒]

 

こんな位置関係なもんだから、正座をさせられている俺の眼前には澄香ちゃんの可愛いお尻が……おっと、いかんいかん。自重しろ俺。

 

「何で…こんな所に聖羅が…?」

 

「澄香…本当に久しぶり…」

 

お~お~。感動の再会ですね。

それより澄香はここで正座させられてる俺と英治は無視なの?変に思わないの?

 

「奈緒様も盛夏様も本日もご機嫌麗しく…」

 

「澄香さんこんばんはです!」

 

「澄香さんこんばんは~」

 

「澄香?何で盛夏を盛夏様って呼んでるの?あ、盛夏は私の娘なの。盛夏が小さい頃に澄香は会った事なかった?」

 

「え…?せっちゃん?盛夏様が…?」

 

せっかく久しぶりに会ったんだからと、澄香も同じテーブルに座る事になり、奈緒の隣の席に座った。

あ~あ…お尻あっちに行っちゃった…。

だから自重しろって!!

 

「そうだ!澄香さんも私達の仲間じゃないですかー?私の事も奈緒って気軽に呼び捨てにしてくれると嬉しいんですけど?」

 

「あ、あたしもあたしも~。これからはせっちゃんって気軽に呼んでほしい~」

 

「え?そ、そうですかな?

で、では…奈緒……せっちゃん……」

 

「「はい!」」

 

何なのこれ?俺は何を見せられてるの?

さっきまではお尻を……だからもういいって。

 

「そうだ…俺はこの店のオーナーだ。仕事に戻る振りをしてこのまま逃げれば…(ボソッ」

 

いや、逃がさねぇからな?

頼む…まどか早く来てくれ…。

 

 

 

 

「お、遅れて……ごめん…ハァ…ハァ…」

 

あれから30分以上も俺達は正座をさせられたまま奈緒と盛夏と聖羅と澄香で楽しい楽しい女子トーク(笑)が続き、やっとまどかが来てくれた。

予定より10分早い。頑張ってくれたんだな。ありがとうまどか。後でビールくらいなら奢ってやろう。

 

「え?誰?」

 

「はじめまして。私、盛夏の母親の蓮見 聖羅と申します。いつも娘がお世話になっております」

 

「せ、盛夏のお母さん!?嘘!!?お姉さんとかじゃなくて!?」

 

「ふぇ?や、やだまどかちゃんったら…盛夏のお姉さんだなんて…」

 

おーおー、若く見られて嬉しそうですね。それより俺達はいつまで正座をしてたらいいですか?

 

「あ、す、すみません。あたし……じゃなくて……。コホン。

私は柚木 まどかと申します。盛夏さんと同じバンドでドラムを担当させて頂いております。

今後ともよろしくお願い致します」

 

まどかってちゃんとしてる所では本当にしっかりしてるよなぁ。お兄ちゃん感心しちゃう。いつもこうならモテるだろうに素の姿が残念だからなぁ…。

 

「タカ程じゃないよ。それよりタカと英治は何で正座してんの?」

 

俺の心が読まれている……だと…。

 

「じゃあみんな揃ったようだし話を始めようか。みんな好きなの注文して頂戴。今日は無理言って集まってもらったんだし私がご馳走するから」

 

「え?そんな…それは申し訳ないですよ…!」

 

「そうですよ。そんなのお気になさらないで下さい…!」

 

「私は呼ばれた訳じゃないし、自分の分は出すよ?」

 

「あたしはA定食とB定食とカレーとケーキセットで~」

 

「俺はビール」

 

「お、じゃあ俺もタカと同じで」

 

「もう!澄香もたまにはお姉さんに甘えなさい。可愛い妹のバンドメンバーだったんだから。

タカと英治なんか普通にビールとか言ってるし。あ、英治、あんたの分も出してあげるからみんなの注文取っちゃってよ。あ、タカも早く座って」

 

え?冗談だったのに俺らの分も奢ってくれんの?しかも正座を解いてくれますか?聖羅って実は女神様かなんかなの?ああ、ビールピッチャーで頼んでおけば良かった。

って思ったけど、このタイミングで正座を解いてもらうって今まで何の為に俺達正座させられてたの?新手の羞恥プレイ?

 

そして英治はみんなの注文を取って厨房に戻り……初音ちゃんにオーダーを通してドリンクだけを持って俺達のテーブルに戻ってきた。え?初音ちゃんが作るの?

 

 

 

 

「さて、まずはタカと英治に聞きたいんだけど…」

 

「ん?何だ?」

 

「俺とタカに聞きたい事?」

 

「私の父親の話。あいつが私の父親だって盛夏に話したのは誰?」

 

ん?盛夏に父親の話?海原の事か?

海原 神人。クリムゾンエンターテイメントの創始者。

あいつは15年前の俺達の敵であり、聖羅の父親である。聖羅の父親って事は盛夏の祖父にあたる訳だ。

 

「その前にちょっといいか?」

 

「タカが話したの?」

 

「いや、俺じゃねぇけどな。その前にちょっと聞きたいんだが…」

 

「質問してるのは私なんだけど…。タカが話したんじゃないのね?聞きたい事って何?」

 

「ああ、実は言いにくいんだが……。みんな聖羅の父親。つまり盛夏のじーさんが誰なのか知ってるの?」

 

俺の質問に対し、奈緒とまどかは頷いた。そして盛夏は『クリムゾンエンターテイメントの大ボスでしょ~?実は祖父がラスボスだったとかエモい~』とか言っていた。

 

そうか…みんな盛夏のじーさんが海原って知ってたのか。はぁ~……まぁいいか。

 

「なるほどな。だったら英治でもないから安心してくれ。英治が盛夏のかーちゃんが聖羅だって知ったのも今日だからな」

 

「そうなの?じゃあ誰が……」

 

「ん?あたしにおじーちゃんの事教えてくれたのは宮野 拓斗だよ?」

 

「拓斗…?拓斗も盛夏と関係してるの?」

 

「いや、関係はない?かな?微妙な感じ?」

 

拓斗か…あのバカ…。

これからクリムゾンエンターテイメントと戦う事になるかもって時に言うか普通……。まぁ、みんな何とも思ってないみたいだしいいけど……。

 

「まぁ、あれだ。そういう事らしいわ。もしかしてそれで俺達は正座させられたの?めちゃ冤罪じゃねーか」

 

「英治はそうかもしれないけど、タカは違うわよ?まだ嫁入り前の盛夏と一夜を共にしておいて私達に挨拶も来ないとかどう責任を取るつもり?」

 

「「「「「は?」」」」」

 

………は?

 

待って?この場の空気が凍りついたんですけど?何?何の話?

あれ?俺知らない間に違う世界線に来ちゃったの?

 

「お~!ファントムのカレーも美味しい~♪」

 

!?

カレー……カレー…だと…?盛夏と一夜を共にした……?もしかしてあの旅行の時の事か!?

あれは一夜を共にしたと言っても俺は縛られて何もしてないしされてないしな!?それこそ冤罪だろ!?

てか盛夏は自分の母親にそんな事話したの?

 

しかしこれは確かにまずい…。

何がまずいってこのカフェにいる人盛夏以外みんな固まっちゃってるよ?

関係のない他のカフェ客の皆様まで俺達の方を見て固まっちゃってるし!

あんな言い方誤解がありまくりまくってるじゃねーか!どんどけまくってんだよ!

 

--ブブ…ブブ

 

あ?LINE?え?何件来てんのこれ。

 

渚『ヘェー。それどういう事ですか?明日詳しく教えて下さいね(はぁと』

 

理奈『それはどういう事かしら?詳しく説明してもらいたいものね。ふふふ、楽しみね』

 

志保『ねぇ?何かあったの?渚と理奈が超怖いんだけど?』

 

香菜『タカ兄。悪い事は言わない。逃げて』

 

美緒『おのれ……お姉ちゃんという者がありながら…(ギリッ』

 

天使(遊太)『たか兄!お腹空いた!』

 

渉『にーちゃん……俺…俺絶対に天下一のバンドになるからっ!(涙)』

 

ちょっと待って。何でこのタイミングでこんなLINEが来てるの?本当に怖いんだけど?盗聴器か何か仕掛けられてるの?

ってか何で渉は泣いてるの?そして香菜は逃げろって?逃げれるならダッシュで逃げ出したいわ。

それより遊太のお腹空いたって何?

 

はぁ~…めんどくせぇ。

ここはちゃんとビシッと誤解だと言っておかねぇとな。

 

「にゃ、にゃんの事でしゅかにぇ?」

 

噛んだー!盛大に噛んじゃったよ!

しかも何がビシッと誤解だと言っておかねぇとだよ!めちゃしらばっくれるつもりじゃん!

 

「え~…貴ちゃん酷い~。あたし初めてだったのに~。ふぇぇぇぇん……」

 

-バリン

 

-バリン

 

-バリン

 

え?何が壊れたの?割れたの?

え?何で奈緒と澄香の持ってるジョッキが破裂してんの?さっきの音はそれ?

あれ?バリンって3回鳴ってなかった?

それにしても何で盛夏もそんな誤解を招くような言い方するの?

 

--ブブ…ブブ

 

あ?またLINE?え?見たくないんだけど。怖いんだけど。

 

渚『先輩先輩!明日飲みに行きましょう!!いつも先輩にはお世話になってるので私と理奈の奢りですよ(はぁと』

 

理奈『そうね。久しぶりに一緒に飲みたいわね。無理にとは言わないけれど、必ず来るのよ?』

 

志保『貴!あんた本当に何したの!?マジでヤバいよ!?何がヤバいってマジヤバい!!』

 

香菜『タ、タカ兄!に、逃げてー!!』

 

美緒『お姉ちゃんを泣かせたら……わかってますよね?』

 

天使(遊太)『たか兄今まで本当にありがとう!なんか急にお礼を言いたくなっちゃった!』

 

渉『にーちゃん……』

 

えええええ!?本当に何?マジで何なの?何の茶番?

 

そもそも理奈とはこないだホテルで宅飲みしたばっかじゃねーか!あ、なんかこの言い回しも誤解を招きそうですね。

それに『無理にとは言わないけど』と言いながらも『必ず』なの?それ矛盾してね?

香菜に至っては何でLINEでどもってんの?遊太も今までありがとうとか本当にやめて……!!

 

「うぉぉぉぉぉ!!やったぁぁぁぁ!!

明日は渚と理奈に奢って貰える~!

そんな訳でおかーさん。明日は晩御飯いらないのでよろしく~」

 

あ、盛夏も渚と理奈に呼び出しされたの?何で喜んでんの?

ってかマジで盗聴器か何か仕掛けられる?

 

「あ、英治ごめん。雑巾かなんか貰える?ジョッキも弁償するね。奈緒は大丈夫?怪我してない?」

 

「あ、私は大丈夫ですよ。澄香さんも大丈夫ですか?あ、明日は渚達と飲みに行くんですけど澄香さんも来ます?」

 

「お、いいね。なっちゃんとりっちゃんとも飲みに行きたいし、私もお呼ばれしちゃおうかな」

 

え?奈緒と澄香も来るの?

どうしようもうちびりそうなんだけど。

ってか何で俺はビビってるの?ただ飲みに行くだけじゃん。

みんなで飲み会楽しみだなぁ~。

 

と、完全に自分の世界に入っている場合ではない。この空間を何とかしないとな。

 

「てかな、聖羅。その件は確かに盛夏と一夜を……って言い回しをしたら事実ではあるんだが、こないだのみんなで行った旅行での話であってだな。確かに俺と盛夏は同じ部屋に居たが俺は縛られてたし何もしてないからな…。誤解を招くような言い方はやめてくれ」

 

よし!言った!言ってやった!!

ちゃんと噛まずに言えたよ!!

 

「!?タ、タカを縛ってって……初回からそんなプレイを…!?」

 

「いや!お前の想像力どうなってんの!?アホなの!?」

 

クッ…こうなったら全部話すしかねぇな…。遊太との事までバレてしまうがしょうがない。

 

そして俺はこの前の旅行での事をつつみ隠さず話した。それはもうBlaze Future編第8章を読み聞かせたレベル。

 

 

 

 

「盛夏…そうだったの?」

 

「え~…?あたしもちゃんと説明したよ~?」

 

「だってお赤飯を炊いてとかいうから…」

 

「食べたかったし~」

 

それ!?本当に赤飯を炊いてもらったの!?

 

「な~んだ。そういう事ですか。

せっかく貴と盛夏をお祝いしようと思ってましたのに~」

 

「まぁ、タカにはそんな度胸ないか~…。

だからタカはまだ結婚出来ないんだよ」

 

澄香?わかってるか?

確かにお前の方が俺よりは年下だけどそんな年齢変わらないからな?結婚出来てないのはお互い様だよ?その台詞ブーメランだからな?

 

--ブブ…ブブ

 

あ?またLINE?今度は何だよ…。

 

渚『そういや先輩って奢られるの嫌いって言ってましたよね?だからやっぱり明日は割勘にしましょう。遠慮して来ないとかなるとつまんないですし。あ、盛夏の分はちゃんと私と理奈で出しますので♪』

 

理奈『そうね。今は私達もそよ風でミーティング中なのだけれど、明日はBlaze Futureがどうするのか聞きたいわね』

 

志保『何か渚と理奈も機嫌直ったみたい。良かったぁ~』

 

香菜『あ、タカ兄。なんかもう大丈夫みたい』

 

美緒『命拾いしましたね……でも次はないです』

 

天使(遊太)『さっきたか兄にお礼を言ったの損な気がしてきた!たか兄謝って!!』

 

渉『にーちゃん。これからも俺達を見ててくれよな!』

 

本当に何なのこれ。それでも明日呼び出されるのは決定事項なの?

美緒ちゃんの次はないって何?

てか何で俺は遊太に謝らなきゃなの?

渉……俺はお前達をしっかり見てるからな!

 

もう本当に疲れたんですけど…。

 

「あはは、タカごめんね。ビールもう1杯奢るから許して」

 

は?ビール1杯でさっきの羞恥プレイを忘れろと?そういう事ですか?

はい。もう忘れました。さっきの羞恥プレイって何の事ですか?

 

「それとさ……悪いけど拓斗を呼んでくれないかな?」

 

「あ?拓斗を呼べって?おい、英治。あいつを呼び出してやってくれ」

 

「あ?何で俺があいつを呼ばなきゃなんねーんだよ。お前が呼んでやれよ」

 

「すまん……実は俺拓斗の連絡先知らねぇんだわ…」

 

「何だお前もかよ。俺もこないだ聞きそびれちまってな」

 

「まじでか……。もしかして今誰もあいつの連絡先知らないの?」

 

「……晴香に聞いてみるか」

 

「澄香は?拓斗の連絡先とか聞いてたりするか?」

 

「え?聞くわけないじゃん」

 

「え?タカも英治も本当に拓斗の連絡先聞いてないの?BREEZEって…」

 

しまったなぁ。土曜日にSCARLETの本社に行く事は伝えてるし、そん時に会えるってのあったから連絡先聞くの失念してたわ…。

そもそもぼっち民の長い俺は人に連絡先を聞くとかやり方知らないしね。

 

「……晴香も拓斗の連絡先知らないってよ」

 

「手詰まりだな」

 

「妹ですら連絡先知らないって……」

 

やだ。もしかしてこないだ誰にも連絡先聞かれなかったのあいつ。

どうしよう何か涙が出そうになってきた。今度会ったらすぐ連絡先聞いてあげよう。そうしよう。

 

「はぁ……拓斗はいいや。うん、まぁもう盛夏も知っちゃった訳だから今からグチグチ言った所でどうしようもないか…」

 

「あ?もしかして母親としてその事を文句言いに今日来たの?」

 

「まぁ…ね。盛夏にはあいつとは関わらせたくなかったし…。だから、軽音部に入るのもバンドをやるのも私も主人も反対してたんだけどね」

 

「え!?盛夏ってバンドやるの反対されてたんですか!?」

 

「す、すみません。あたし達そうとも知らず盛夏を…」

 

盛夏がバンドをやるのを反対していた?

軽音部に入る事も?ベースは買ってやったのに…?

 

「あ、奈緒ちゃんもまどかちゃんも気にしないで。盛夏がバンドに加入したって聞いた時は驚いたし、盛夏やそのバンドメンバーには悪いけど辞めさせようとは思ったわよ。

でも、盛夏がボーカルは元BREEZEのTAKAだよって言って…EIJIさんやTOSHIKIさんとも知り合いになったよって言って…。

それなら大丈夫かな?って。タカ達になら盛夏を任せられるかなって思って、応援する事にしたの」

 

「そうだったんですね」

 

「おかーさん……カレーおかわりしていい?」

 

「え?盛夏まだ食べるの?それよりさっきの話は盛夏的にスルーなの?」

 

俺達になら任せられる……か。

 

「なぁ聖羅……。盛夏が軽音部入るのもバンドをやるのも反対してた理由って…」

 

「……多分だけどこの子は梓と一緒だから」

 

梓と一緒……か。やっぱりな。

軽音部かバンドをやりゃライブなり何なりでクリムゾンに見つかる可能性がある。だから家の中だけでベースを弾くようにしてたのか。

 

「梓と一緒って…だから『狭霧』の声が…」

 

「普段はポケポケ~ってしてるけどね。

この子は自分がやるって決めた事には一途に頑張っちゃう子だから…外で演奏するのは心配だったの」

 

そうだな。こないだの旅行ん時もレポートを書いてる時はすっげぇ真面目だったもんな。

 

「あたしが叔母さんと一緒?何が~?」

 

「こら!盛夏!叔母さんとか言ってたらまた梓に怒られるわよ?」

 

へ?梓に怒られる?また?

 

「あ、そういえば盛夏って梓さんに会った事あるんだっけ?」

 

「うん。こないだ会ったのいつだっけ~?3年前?」

 

こないだ?3年前…?

 

「そうね。盛夏が高校卒業して大学の入学式くらいまでこっちに居たわね」

 

ちょ…ちょっと待って…?

3年前にこっちに帰ってきたの?

俺ももう梓とは10年?11年くらい会ってないんですけど?

いや、べ、別に会いたいって訳じゃないんだからねっ!

 

って、ツンデレってる場合じゃねぇなこれ。

ほら、そんなの英治も澄香も知らないからびっくりして目が点になって口も開いちゃってるじゃん。

ってか俺も多分そんな顔になってそうだけど。

 

「あれ?貴も英治さんも澄香さんもどうしたんですか?」

 

「あ?いや、梓ってこっちに帰ってきたりしてたの?」

 

「あれ?タカって知らなかったの?

たまに電話してんじゃないの?」

 

「わ、私もたまに電話してるけど梓がこっちに帰ってきたりとか聞いてないけど…?」

 

「え?澄香も?そうなのね…。あ、もしかしてタカ達に会いに行ったら迷惑掛けると思って…?」

 

俺達に迷惑…か。あのバカ……今更だろ…。

 

「迷惑なんてねぇから……今度こっちに来たら連絡くらい入れろって言っててくれ。ま、梓が俺なんかに会いたくねーってんならいいけどな」

 

「うん…わかった。伝えておくね。

あの子もタカ達に本当は会いたかっただろうし…」

 

「梓のやつ~今度電話した時に怒ったろかな…」

 

「大体タカに迷惑掛けたくないとか今更だろ?なぁ?どんだけ迷子になった梓をタカが見つけてやってたか…」

 

「ん~。やっぱり叔母さんって車イスだし、タカちゃん達に悪いって思ってたんじゃな~い?」

 

「え?梓さんって……もしかして15年前の事故で…?」

 

「うん。一命は取り止めたんだけどね」

 

アメリカで手術してリハビリしたらまた歩けるようには……って話だったけど、やっぱりそう簡単にはいかねぇか…。

 

「じゃあさ、今度梓が日本に帰ってきたらよろしくね。タカ。

梓が日本に居る間はずっと一緒に居てあげて」

 

「おう。次に日本に帰ってきた時にな」

 

「本当に?日本に居る間は一緒に居てあげてくれる?」

 

俺も…会いたかったしな。

きっと俺だけじゃなくてみんな梓に…。

 

「ああ、次に帰ってきた時はずっと俺が一緒に居てやるよ。まぁ仕事中とかは無理だけどな」

 

「フフ……フフフフフ……」

 

え?俺なんかおかしい事言った?

 

「言質は取ったからね。あ、ちなみにもうすぐあの子日本に帰って来るから」

 

「あ?もうすぐっていつだよ?」

 

え?もうすぐ会えちゃうの?

なんかドキドキするわ~。

渚も喜びそうだよな~。

 

「ねぇ聖羅。本当にもうすぐ梓帰ってくんの?いつ頃?」

 

「う~ん……いつ頃になるかな?色々手続きとかいるしね」

 

あ、そういうもんなの?

海外旅行者とか行った事ないからわかんねぇや。瀬戸内海とか国内の海なら渡った事あるけどな。

 

「でもタカが梓が日本に居る間はずっと一緒に居てくれるって言ってくれて良かった~」

 

あ?何?もしかして長期でこっちに居るの?

どんくらい居るんだろ?つか平日は俺仕事だよ?

 

「あの…私何か嫌な予感するんですけど…」

 

「梓が次に帰ってきたら日本に永住するからね。

家財を売り払ったりとかの手続きが大変なんだってさ。って訳で梓が日本に居る間はよろしくね、タカ」

 

「「「「「は?」」」」」

 

次に帰ってきたら……日本に…永住?

 

「お、おい。それって…梓が日本に居る間はタカがずっと一緒って事は、永遠にタカは梓と一緒って事か?2人を死が別つまで的な…?」

 

「梓……とうとう私と決着をつける時がきたか……」

 

「おかーさん。あたしも叔母さんが日本に永住するって聞いてないんだけど~?」

 

「や、やっぱり嫌な予感が当たりましたか……」

 

「こ、これは面白くなってきた!高画質のビデオカメラ買わなきゃ…!」

 

「てか何で?リハビリはどうしたの?」

 

「もう手術は成功したしね。リハビリはゆっくりこっちでやればいいし♪」

 

はは…ははははは。ま、まじかよ……。

 

「それに……」

 

それに?

 

「あいつも日本に帰って来るんでしょ?

だから梓も帰って来る決心をしたみたい」

 

あいつ…海原か…。

海原が日本に帰って来るから梓も?

まさか梓のやつ海原と…。

 

--ブブ…ブブ

 

またLINEがきたみたいだが、俺はそれを見る気にはなれなかった。

別に見るのが怖いわけじゃないよ?

 

梓が日本に帰って来る理由。

もし海原と…クリムゾンエンターテイメントと戦うつもりで帰って来るなら…。

 

今度こそは……梓も守ってやらないとな。

梓だけじゃなくて…奈緒や盛夏やまどかを…ニュージェネレーションのみんなを…。

 

もう15年前の繰り返しはごめんだ。

梓にも楽しい音楽を…。音楽は楽しむものだから……。



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第26話 最高×ヤミ

「ぐぉぉぉぉ…指が…指がつる…」

 

「だから!いきなり早弾きでFコードとか無理だってば!力み過ぎだし!」

 

私の名前は水瀬 渚。

Divalのボーカルなんだけど、会社の先輩である葉川 貴に私はライブ中暴れ過ぎで体力が無いとか言われ、ギターボーカルもやれるようにと、伝説のバンドArtemisのギターボーカルである梓お姉ちゃんの使っていたギターを託された。

 

そして今私はギターの練習中なのである。

 

「くぅ……ギター難しいね…。

でもせっかく梓お姉ちゃんのギターを託されたんだし、早く上達したいなぁ~」

 

「そんな簡単にギターが弾けるようになるわけないじゃん。今は練習あるのみだよ」

 

まぁ確かにそうなんだけどね…。

先輩ですらギターは妥協しちゃったんだもんね。だからこそ早く上達したいとも思うんだよね~。

 

 

 

『何だ?もうギター弾けるようになったのか?Fコードも?』

 

『どうですか先輩!私もやる時はやるんです!』

 

『本当に凄いな渚は。可愛いだけじゃなくて頑張り屋さんなんだな。よ~し、頭撫で撫でしちゃうぞ』

 

『はぅ…せんぱぁい…』

 

 

 

いやいやいや、これ誰よ?どこの先輩さん?

っていうか私はこんなの妄想した事もありませんけど?何これ。

 

「いや、早く上達して貴に褒めて欲しいのかな?って思って…」

 

「いや、何を言ってるの志保は…」

 

何て事!?至ってクールな渚ちゃんを装ってはいたけど正直ビビっちゃってるよ!

志保ちゃんったらいつの間に私のモノローグを改変出来るようになったの!?

 

私は今後ももしかしたら志保にモノローグを改変されるかもしれない…。

私はその恐怖に戦慄を覚えた。

 

あ、もし何か変な事考えちゃったら志保に改変された事にしちゃおう。

 

「渚、ちょっと休憩にしよっか」

 

「あ、うん。そうだね」

 

「私も少し休憩にしようかしら。それにしても香菜は遅いわね?どうしたのかしら?」

 

「あ、理奈お疲れ様。どう?『OCEAN』と『素直になれなくて』と『RADICAL HEART(ラジカルハート)』の渚パートは出来た?」

 

今日はDivalのメンバーでそよ風に行って今後の私達の事を話し合う予定にしていた。

 

理奈は私がギターも弾くようになったのならと、今までのDivalの曲に私のギターパートを追加する為に私の家に来ていた。

 

仕事が順調に終わった私は帰宅してすぐにそよ風に向かおうと思ってたんだけど、香菜のバイト先の友達が風邪を引いちゃったらしくて、ヘルプで短時間だけバイトに行く事になったらしい。

 

一応私の定時に合わせて帰らせてもらえるみたいだったけど、まだ香菜は私の家に来ていない。

 

「『素直になれなくて』は完成させたわ。でも『OCEAN』と『RADICAL HEART』はどうしたものかしらね。

私達には渚の元気に走り回るパフォーマンスも必要だと思うのよ」

 

「あ~、確かに。なら全部の曲でギターやるんじゃなくて…ってした方がいいかな?」

 

え?私ギター担ぎながら走り回るの?

 

「そうね。ギタースタンドを用意しておいて、渚のギターパートのない曲の時は立て掛けておけばいいものね」

 

あ、ギターを弾かない曲の時はギタースタンドに立て掛けとくのか。

それなら走り回る事も出来るかな?

私の体力次第だけど……。

 

「そうなるとセトリも考えて組まなきゃね。まぁ、そこら辺は何とでもなるか」

 

あ~…確かに1曲目にギター演奏、2曲目にギターなし、3曲目にギター演奏とか交互にやっちゃうとバタバタしちゃうもんね。

 

理奈にも曲の事で苦労掛けてるんだし、私もギターの練習しないとね!

 

「あ、理奈も休憩するならお茶でも淹れようか?渚も何か飲む?」

 

「ぐぉぉぉぉ…指が…指が…」

 

「何で!?休憩するんじゃないの!?」

 

 

 

 

-ピンポーン

 

「あ、香菜が来たのかな?あたし見てくる」

 

「は~い」

 

「ええ、お願いね」

 

私達が冷たい麦茶を飲みながら休憩をしていると呼鈴が鳴った。香菜だといいなぁ?

ちなみに志保が飲み物を用意してくれるって言うので、私はビールを、理奈は戦乙女をリクエストしたんだけど志保に却下されちゃったのだ。

だからそよ風に行くまでビールは我慢なのだ。

 

「ねぇ、香菜来たよ。玄関で待ってもらってるしあたしらも用意して行こっか」

 

よし、これからの私達の話し合いだ。

しっかり飲むぞ~。ん?あれ?しっかり飲んで大丈夫かな?

 

 

 

 

私達はそよ風の個室に通してもらい、乾杯をしてからミーティングを始めた。

うん、ミーティングだから飲み会じゃないから。

 

「バイト長引いちゃってごめんね。

ってわけで~、ベロンベロンに酔っちゃう前に話し合いしちゃおうか」

 

「え?香菜何かあったの?」

 

「ベロンベロンに酔っちゃう?香菜、あなたそんなに飲むつもりなの?」

 

香菜はどちらかと言うとお酒の強い方だ。いや、強いというより私や理奈とは違い、自分の限界がわかっているのか自分のペースでお酒を飲むのでそんなに酔ってる所を見た事がない。

あ、私も理奈も自分の限界はわかっているんだよ?ただペースは早いし、たまに限界突破しちゃうだけで。

 

「あ、うん。ごめん。ベロンベロンに酔っちゃうのはあたしじゃなくて、渚と理奈ちだから」

 

「私と渚が…?香菜も面白い事を言うのね」

 

「私達ベロンベロンに酔った事あったっけ?」

 

ないよね?

 

「ま、それはいいじゃん。どうする?あたしからどうしたいか言おうか?

どうせみんな同じ気持ちだろうけどね~」

 

「香菜の言う通りね。私達の気持ち…。

これからどうしたいのかはみんな同じだと思うわ。だけど…」

 

「うん、そうだね。改めてって言うか…。

私達の気持ちをちゃんとお互いに言い合っとこう」

 

「じゃあ誰から言う?香菜から言う?」

 

「「「「……」」」」

 

え?誰も何も言わないの?

 

「ま、んじゃあたしから言うか~。

あたしの今の目標はDivalで最高のバンドに、最高のドラマーになる事。

その最高のバンドになるって目標は正直ファントムに所属しなくてもあたし達なら達成出来ると思ってる。

でもね、あたしは英治先生の事を尊敬してるし、Divalに入れて貰った時の目標の1つはクリムゾンを倒して、バンドマンがやりたい音楽を自由にやれる世界にしたかったから。そうする事によってデュエルギグ野盗も減ると思うしね。

だからファントムに所属してクリムゾンと戦いたいって思ってるよ。まぁ、メジャーデビューの件はどっちでもいいって感じかなぁ」

 

うん、そうだね。

香菜はデュエルギグ野盗がいない世界。

みんなが楽しい音楽をやれる世界にしたいって思ってたんだもんね。

 

「じゃあ次は私が言おうかしら。

私はcharm symphonyとしてメジャーデビューをしていて、その時は自分のやりたい音楽をする事は出来なかったわ。

だからファントムに所属してメジャーデビューをするという事に関しては少し思う事もあるし土曜日に詳しく話を聞いてから……と思ってる。

私の夢は最高のバンドになる事。

渚の歌声、志保のギター、香菜のドラム、そして私のペース。私達なら必ず最高のバンドになれると思っているわ。

でも15年前の事、私の父がアルテミスの矢だった事。その話を聞いて、私はクリムゾンは私の夢の障害だと認識している。だから、私はファントムに所属してクリムゾンを叩きたいと思ってる。

まぁ、ついでに私達がクリムゾンを叩けばKiss Symphonyの子達もやりたい事をやれるでしょうしね」

 

理奈…。うん、香菜も言ってたけど私も私達なら必ず最高のバンドになれると思ってるよ。

それにしてもついでにKiss Symphonyもって……。理奈も心配なんだね。

 

「じゃあ次はあたしが言おうかな。渚はうちらのリーダーなんだしトリね。

あたしも理奈と香菜の言う通りあたし達なら最高のバンドになれるって確信してる。だけどあたしはその前に倒さなきゃならない相手……お父さんがいる。

そしてお父さんの音楽をあんな風にしたクリムゾンをあたしは潰したいって、クリムゾンは憎いって気持ちもある。

だけど、あたしはあたしが楽しいと思う音楽で、最高のバンドになる為にクリムゾンと戦う。楽しい音楽が最高の音楽なんだってクリムゾンに思い知らせたい。

だからあたしもファントムに所属して、クリムゾンと戦いたいと思ってる」

 

志保。志保なら大丈夫。

今の志保なら楽しい音楽でクリムゾンに勝てると思う。

 

「最後は私だね。

私もみんなと一緒だよ。Divalならみんなとなら最高のバンドになれると思ってる。

でもね、15年前の話とかも聞いたりして、志保のお父さんみたいな人、始めて志保に会った時のように楽しんで音楽をやれてない人、香菜の弟くんみたいにやりたい音楽を邪魔された人、拓斗さんのバンドメンバーのようにクリムゾンを憎んでる人、梓お姉ちゃんや澄香お姉ちゃんみたいな人、15年前にも今もいっぱいいると思ってる。

正義の味方になったつもりもなるつもりもないけど、そんな人達をこれ以上増やさない為にも私はクリムゾンをやっつけたい。だから最高のバンドDivalとしてファントムに所属したいって思ってる」

 

そう。もう先輩みたいに一人で抱え込んだり傷つく人を見たくない。

 

………え?先輩?あれ?私何で先輩が一人で抱え込んだり傷ついてるって思ったんだろう?

そういえば前にも先輩を一人にしちゃいけないって思って……あれ?何でだろう?

 

あ、先輩はいつもぼっちだからかな?

 

「私達4人の気持ちはやっぱり同じようね」

 

「だね。でも改めてみんなで話せて良かったと思うよ」

 

「うん。あたしも!…………あれ?渚?ど、どうしたの?泣いてんの?」

 

え?私が泣いてる?

何を言ってるの志保ちゃんったら。

 

「渚…?大丈夫かしら?」

 

え?あれ?あ、本当だ。右目から涙が出てる…。

 

「渚…?あ、ハンカチ使う?」

 

「え?いや、本当に大丈夫だよ?

何でだろう?ん~?みんなの気持ちが一緒で嬉しかったのかな?それともただの疲れ目?」

 

みんなの気持ち…みんな同じ気持ちだろうって思ってたし、そんなに感動したわけじゃない。

それに何か嬉しいとか悲しいとかそんな気持ちも今はない。本当に疲れ目かな?片目からだけだしね。

 

それ以上は私は涙を流す事はなかった。

え?本当に変な病気とかじゃないよね?

 

「本当に何だったんだろう?またこんな事があったら眼科行ってみた方がいいかなぁ?」

 

「あ~、そうだね。本当にただの疲れ目かも知れないけど続くようなら病院行った方がいいかもね」

 

「夜中までアニメの観すぎやゲームのやり過ぎとか?」

 

「何を言ってるの志…保……った……ら?」

 

「え、どうしたの?渚?」

 

な、何だこの胸のざわめきは…?

そして身体の奥底からフツフツと沸き上がってくる感情……何だ…これ…は…。

穏やかな心を持っているはずなのに……激しい怒りによって何かが目覚めそうな…この感覚…!

 

「ちょっと!渚!?」

 

「なぁに?どうしたノ?」

 

「ヒィ!!?」

 

フフ、フフフフフフ……。

 

「ちょっ…な、何で渚がヤミモードに…?」

 

「まさかさっきの志保のアニメの観すぎとかの台詞で…?」

 

「こ、怖い事言わないでよ香菜…」

 

「ア!」

 

「ヒィィィ、な、渚、ご、ごめ…ごめんなさい。わ、悪気があった訳じゃないの!冗談!冗談だから!」

 

「どうしたノ志保?何ヲ謝ってるノ?」

 

「ヒィィィィィ!!」

 

「そうだそうだ。センパイにLINEしなきゃ。フフフフ…」

 

「え?貴…?」

 

「え?タカ兄なの?何で急に?」

 

よーし、これでいいかナ?

あ、せっかくだしハートの絵文字もツけてあげようカナ。

 

「フフフフ…センパイから返事クるかなぁ?」

 

「ちょっと…怖いんだけど…どうしたの渚?(ボソッ」

 

「わかんないよ……だってタカ兄だよ?今はこの場にいないじゃん(ボソッ」

 

「フフフフフフフフ…」

 

「え!?理奈!?」

 

「ちょっと…何で理奈ちまで!?」

 

ン?リナ?どうしたんだろう?

 

「奇遇ね渚。私も今貴サンにLINEした所なのヨ」

 

「あ、リナもなんだ?」

 

「エェ、何か急に貴サンに聞きたいって思って…」

 

「アハッ♪私もだヨ。何が聞きたいのかわからないんだけど…」

 

「ちょっとちょっと…貴って何したの?新手のスタンド攻撃?(ボソッ」

 

「わかんない…わかんないよ……と、取り合えずタカ兄には逃げるように言っとこう(ボソッ」

 

「アレ?志保も香菜もどうしたノ?」

 

何ヲこそこそ話してるノ?私も仲間に入れてほしいなぁ~。

 

「な、渚?ビール…ビールがもう少なくなってるから注文した方がいいかな?って…」

 

「エ?」

 

「り、理奈ちも…次も戦乙女にしとく?それと漬物ももっかい注文しようか?あ、あははは」

 

「………ソウネ」

 

「こわっ!ホント怖いんだけど!(ボソッ」

 

「ねぇ?タカ兄大丈夫かな?大丈夫かな?(ボソッ」

 

-ガタッ

 

-ガタッ

 

「ヒィィィィィ!!!!きゅ、急に二人共立ち上がったんだけど何で!?(ボソッ」

 

「わ、わかんないよ!あたしもう逃げたいよ!渚なんて相変わらず目のハイライトが職務放棄してるし、理奈ちなんか前髪で目が隠れちゃってるし……!」

 

ウーン……どうしようカナ?

逃げられてモ嫌だしナー。

 

「ネェ……リナ…」

 

「何かしラ?」

 

「明日ハ私とリナの奢りって事にシナイ?」

 

「イイワネ、そうしましょウ」

 

「ちょっ……この二人何の話してるの!?声もめっちゃ低いし単調なんだけど!?(ボソッ」

 

「志保……取り合えず落ち着こう。今下手な事をしたらあたし達も危ない…(ボソッ」

 

「ネェ…志保、香菜」

 

「「はぃぃぃぃ!あたしですか!?」」

 

「志保も香菜もどうしタのかしラ?」

 

「「な、何でもないです!」」

 

「何でケイゴ?それよりネ、明日モそよ風でご飯にしようと思うんダけどどうかナ?」

 

「「え!?明日ですか!?」」

 

「エエ、貴サンも一緒ヨ」

 

「ちょっと貴も一緒って何で…?(ボソッ」

 

「これは本格的にヤバいね…明日もバイトって事にしとこうかな?(ボソッ」

 

「あ、それいいね。あたしもそうしよう(ボソッ」

 

「…………マサカとは思うのだけれド、無理なのかしラ?」

 

「エ?無理なノ?何デ?」

 

「「 無理じゃありません!大丈夫です!」」

 

「ソウ…(ニヤッ」

 

「ヨカッタァ…(ニタァ」

 

「これまずい…絶対まずいやつだよ…(ボソッ」

 

「こ、断れなかった…怖すぎる…タカ兄逃げて…!(ボソッ」

 

じゃあ、明日ハ私とリナと志保と香菜とセンパイと盛夏とナオかな?

 

「アラ?」

 

「ど、どうしたの?理奈…?」

 

「あ、ちゅ注文かな?あははは…」

 

「渚、ナオからLINEが来たワ。明日ハ澄香サンも来れるみたいヨ(ニヤッ」

 

「エ?澄香オネーチャンも?アハッ♪楽しみだネ(ニタァ」

 

「な、な、何で澄香さんも!?(ボソッ」

 

「渚に理奈ちに奈緒に澄香さんにタカ兄…?どうしよう明日は惨劇になる末路しか見えない…(ボソッ」

 

明日ハ澄香オネーチャンも一緒かぁ。

澄香オネーチャンともユックリお話シタイし、一緒にノむなんて初めてダもんナー。アハッ♪イマから楽しみ~♪

 

「フフ、フフフフフフ…」

 

「フフフフフフフフ…」

 

「「早く明日ニならないカナ(かしラ)?」」

 

「あ、明日なんて来なくていいよ…むしろあたしもその飲み会に行きたくないよ…(ボソッ」

 

「どうしよう…何か…何か手を考えないと…(ボソッ」

 

ン~?サッキから志保と香菜は何ヲぼそぼ……そ……と……?

ん?あれ?あれあれ?私どうしたんだろ?

 

「あれ?私……?」

 

「え?渚…?」

 

「あら?私どうしたのかしら?え?もしかしてあれくらいの量で酔った…?」

 

「り、理奈ち…?」

 

あれ?どうしたんだろ?

何か急に安心したっていうか…。

今すっごく気分がいい。

まるでフルマラソンを完走したような…。まぁ、フルマラソンなんて参加した事ないけど。

 

「何かしら?今すごくホッとしてるというか…。何て言えばいいかしら?

作詞作曲に悩んでたけど最高のフレーズとメロディが思いついて一気に一曲を作りきったみたいにスッキリしてるわ」

 

「渚…?ちょっと顔を見せて」

 

「え?どうしたの?志保」

 

急に私に顔を見せてだなんて…!

もう!志保ちゃんったら!渚ちゃん照れちゃうじゃん。

 

「良かったぁ…ハイライトが社畜してる…」

 

え?社畜?

 

「理奈ち!ちょっとあたしに顔を見せて!」

 

「え?香菜?な、何かしら急に…そ、その…恥ずかしいじゃない…」

 

「うん、綺麗なパッチリおめめが髪に隠れてない。理奈ちは目がすっごく可愛いんだし今の方がいいよ?」

 

「な、何を急に……!そ、その…あ、ありがと…」

 

ん?志保も香菜も急にどうしたの?

も、もしかして百合ですか!?そうなのね!?

 

「あ、そだ。ねぇ、理奈。

そういや先輩って奢られるの嫌いなんだったよ。たまに自分は奢ったりしてるくせにさ」

 

「そうなのね?それなら貴さんとは割勘でいいんじゃないかしら?盛夏の分は喜んでるみたいだし出してあげようかしらね。クス」

 

「え?何?もしかして貴と盛夏には奢ってでも明日来させようとしてたって事?(ボソッ」

 

「お前達絶対逃がさないぜ!って事だったのかな?(ボソッ」

 

それにしてもさっきのは何だったんだろ?まるで私じゃないみたいな?

あ、もしかしたらまた志保にモノローグを改変されちゃったのかな?

 

「あ、そういえば渚と志保はファントムに所属した後、メジャーデビューについてはどう考えているのかしら?」

 

「あ、私も仕事もあるしね。メジャーデビューは悩んでるかな?でもネットテレビとか?そんなのはやったみたいなぁって思うんだよね~」

 

「あ、普通に会話続くんだ?(ボソッ」

 

「志保、気にしたら負けだよ。いつもの事じゃん(ボソッ」

 

「そうだね……(ボソッ

あ、あたしもメジャーデビューはどっちでもって感じだよ。まだ学校もあるしさ」

 

「では、特に私達からはメジャーデビューに関して希望者はいないって事かしらね」

 

それに理奈のcharm symphonyの時の話もあるしなぁ。

もしメジャーデビューしちゃって私達がやりたい音楽をやれなくなっても意味ないしね。

 

私達の今後の方針。私達のやりたい事はあらかた決まった。

 

土曜日にSCARLETに訪問してどうなるか…。何かあったらその時に考えたらいい。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

「え?転勤…ですか?正直嫌なんですけど?」

 

「まぁ、転勤っていうより引き抜きだな。

うちも大きな会社とグループ提携を組む事になってな。向こう側さんが是非とも水瀬にうちでって事なんや」

 

「はぁ……。でも私は家を出たくないですし、関東なんて怖くて住めません」

 

「水瀬のお姉さんも関東で働いてるって言ってなかったか?」

 

「まぁ姉は関東にいますけど…」

 

「それにやっと『見習いちゃん』から卒業出来るチャンスだと思って。

ほら、これが向こう側さんが出して来た水瀬の優遇についての契約書や」

 

「いや、私もう2年以上勤めてますしね?

見習いどころか割と仕事出来る方だと自負してますんで…。

てか、名前が水瀬 来夢だからって『見習いちゃん』って呼ぶのいい加減止めません?」

 

「僕も水瀬は仕事の出来る方だと思ってるよ。だから向こう側さんも水瀬が欲しいんやろ。まぁ契約書見てみ。考え変わると思うで?」

 

「はぁ……。……………って、こ、これほんまなんですか!?きゅ、給料が今の倍以上なんですけど! ?」

 

「どや?行きたくなって来たやろ?

ほんまやったら僕が行きたいくらいやで」

 

「ちょ……ちょっと考えさせてもらいます…。両親とも相談したいですし」

 

「うん、よろしく頼むな」

 

「(一般社団法人SCARLET…か。聞いた事ない名前の音楽事務所やけど…。給料もええし考えちゃうな)」

 

 

 

------------------------------

 

 

 

何かあっても私達なら最高のバンドになれると思うから…。



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第27話 これからの日常

-チュンチュン

 

「ん……朝…か?」

 

俺の名前は宮野 拓斗。

窓から入る日差しを顔面にモロに受けて俺は目を覚ました。

 

俺は布団から起き上がり部屋を見渡す。

この部屋にはあまり家具はない。殺風景な部屋だ…。

 

ここに引っ越して来たのは南国DEギグの開催された南の島から帰ってきた2日後、8月21日の火曜日だ。

 

今日は8月22日。

俺もこれからはファントムのバンドマンとしてクリムゾンと戦う。

 

明日香の親の家。今まで俺達…俺と明日香と聡美はそこに住んでいた。

だがそこからだとファントムやSCARLETへは遠すぎるから、引越しをしようと決めた。

 

今にもナニカが出そうな雰囲気のボロアパートだが、ファントムやSCARLETへの交通の便もよく、架純の住んでいるマンションからも徒歩圏内、しかも家賃がびっくり安いという事もありここに住む事に決めた。

 

明日香と聡美はこれからは架純のマンションで3人で一緒に住む事にした。

架純はさすが元アイドルというだけあって、それなりに広いマンションに住んでいたからな。

 

明日香も架純も聡美も、クリムゾンへの恨みは忘れる事は出来ないようだが、ファントムに所属して楽しい音楽をやっていきたいと言っている。

 

俺はもっと早くあいつらが楽しい音楽をやりたいと思うように導いてやるべきだった。これもタカのおかげだな…。

 

だが………問題は俺か…。

 

-ドンドンドン

 

突然部屋に激しいノック音が鳴り響く。

 

「拓斗ー!拓斗ー!起きてるー?」

 

明日香か…。ここのアパートはボロいんだからそんなに激しく叩くと壊れちまうぞ…。

 

俺は手早く着替え部屋のドアを開けた。

 

「うるせーよ。そんな叩いたら壊れちまうだろうが…。インターホン押せよ」

 

「インターホン壊れてるよ?」

 

「うん。押したけ…ど、鳴らなかったよ」

 

ドアの前には明日香と架純と聡美が立っていた。

まさかインターホンが壊れていたとはな。そういやここトイレの電気も切れてたな…。今度修理するか…。

 

「まぁいいや。何か用があって来たんだろ?入れよ」

 

俺は明日香達を部屋へと招き入れた。

 

「でもほんまボロいアパートやなぁ。

拓斗くんももう少し綺麗な所にしたら良かったのに…」

 

「あ?あんま金ねぇからな…」

 

「今は拓斗も無職だしね」

 

うっ…確かにその日暮らしを続けてきてたからな…。

多少は貯金もあるが贅沢は出来ねぇ…。

 

「うるせー。それより今日は何の用だよ。俺は昼から出掛けんだ。あんま時間取れねぇぞ?」

 

「昼からお出掛け?私聞いてないんだけど?」

 

「あ?言ってねぇからな」

 

「なんで?」

 

「あ?なんでって……いちいち言わなきゃなんねーのかよ」

 

「クリムゾンの所に行くの?」

 

あ?ああ……そうか。

こいつ俺が一人でクリムゾンのミュージシャンとデュエルしに行くと思ってんのか…。

 

「ちげぇよ。クリムゾンは関係ねぇ」

 

「じゃあ拓斗さんは何しに?まさかタカさんに会いに?」

 

タカに……か。確かにタカやトシキ、英治ともゆっくり話したいって気持ちはあるが……連絡先知らねぇんだよな…。

 

 

『おい、タカ。俺もこれからはファントムのミュージシャンの仲間だ。れ、連絡先の交換をしないか…?』

 

『あ?仲間?誰が?お前俺のバンドメンバーと妹分を泣かせといて何言ってんの?盛夏に許してもらってからそんな事言ってこい』

 

 

タカに連絡先交換を提案してこんな事言われたらへこむしな…。

てか、盛夏はまだ俺の事怒ってんのかな?

 

ってなると英治か…?

 

 

『おい、英治。俺もこれからはファントムのミュージシャンの仲間だ。れ、連絡先の交換をしないか…?』

 

『お、それもそうだな。よし、俺はお前らと連絡取る時は架純ちゃんに連絡するわ。って訳で架純ちゃんどこだ?』

 

 

英治だとこうなる気がする…。

そしたらトシキか…。

 

 

『おい、トシキ。俺もこれからはファントムのミュージシャンの仲間だ。れ、連絡先の交換をしないか…?』

 

『え?俺は別にファントムと関係ないけど…?宮ちゃんもはーちゃんとか英ちゃんと連絡先の交換した方がいいよ?』

 

 

いや、普通にこうなるだろ。トシキはバンドやってる訳じゃねぇしな。

あ、ヤバいどうしよう?何か泣きそうになってきた。

 

「拓斗さん…?」

 

「あ?ああ、別にタカに会いに行くわけでもねぇよ」

 

「本当…に?抜けがけしない?」

 

え?抜けがけって何?

お前まだ俺がタカの事好きだとか思ってんのか?

 

「ほんなら拓斗くんはどこにお出掛けするん?」

 

「何処でもいいだろそんなもん」

 

「「よくない!」」

 

「やってさ。うちは別に拓斗くんが何処行ってもええけどな。興味ないし」

 

え?聡美って俺に興味ないの?

何処に行ってもいいって言ってくれるのはありがたいけど、それはそれで悲しいからな?

 

「しゃあねぇな……。

俺達はこっちに拠点を置いた。今までの明日香の家からじゃ遠すぎるからな。だが、明日香はまだ高校生だ。それでこっちの高校に転校手続きをな」

 

明日香は一応まだ高校生だ。

明日香の両親が残してくれていた金もあったし、明日香は高校くらいは出してやりたいと思い通わせていた。

だが、こっちに来たら前の学校まで通学するのは大変だろうからな。こっちの高校へ転校させようと思っていた。

 

「え?私別に学校なんか行かなくてもいいけど?前の学校だってあんまり出席してなかったし」

 

え?あんまり出席してなかったの?何で?

チッ、俺の育て方が甘かったか…。

 

「テメェ…あんまり出席してなかったってどういう事だ?あ?返答次第じゃ許さねぇぞ?」

 

「名義上の私の保護者が無職だったから恥ずかしかったし、小学生の頃に参観日とかで目付きと態度の悪い拓斗が来るもんだから、父親がチンピラか何かと思われて友達も出来なかったし」

 

お、俺のせいかよ……。

 

「まぁ確かに拓斗くんは小学生からしたら怖いやろなぁ。見た目が。

うちもたまに拓斗くん怖い思うし」

 

聡美、お前俺の事怖いと思ってんの?

 

「拓斗さん…は、見た目がアレだしファッションセンスもアレだからね…。

でも本当は不器用な優しさを持ってるただのBでLなだけなのにね。…女子受けはよさそうだけど」

 

待て架純。BでLって何だ…?いや、やっぱり答えなくていい。嫌な予感がする。それと見た目がアレって何だ?いや、やっぱりこれも答えなくていい。

 

「そんな訳で拓斗。私の転校手続きなんかいらないから」

 

「高校くらい出てやがれ。大学は…まぁ好きにすりゃいいけどな」

 

「あ~…。確かに拓斗くんの言う通りかもな。架純も大学はちゃんと行っとるんやし明日香も高校は行ってた方がええよ?

うちも拓斗くんも一応大卒やしな」

 

「確かに…拓斗より学力が劣ると思われるのは屈辱でしかないけど…」

 

何で屈辱なの?

 

「それに夕べ私達で話したじゃない。これからファントムでお世話になるわけだし、バイトくらいはみんなでやろうって。架純もそろそろBlue Tearの時の貯金も無くなるでしょ?」

 

「私は可愛くて歌も上手かったし、センターで売れっ子だったからまだ余裕あるけど…」

 

架純のやつ…自分で可愛いって言いやがった…。

 

「取り合えず私は高校には行かない。バイトする。

いつまでもお父さんとお母さんの残してくれてた貯金だけじゃ心許ないし、私の学校の心配より自分の将来の心配でもしてて」

 

はぁ~…しょうがねぇな。こいつは。

 

「明日香。お前を転校させる高校は達也が教師をやってる学校だ。それに晴香もお前をちゃんと学校くらいは行かせろって言ってやがったしな。一応高校には行かせてるとは言ったが…」

 

「晴香さんと達也さんが…?

クッ…ファントムの方がそう言うなら行かざるを得ないか……困った…」

 

何で俺が言ったらダメなの?

てか、達也は一応ファントムのバンドマンだが晴香はファントム関係ないからな?

 

「それに……俺も一応働く。だからテメェも高校行け」

 

「拓斗が…働く…?え?自宅警備員は働くって言わないよ?」

 

「自宅警備員じゃねーよ。高校の転校手続きの後は仕事の面接だ」

 

「拓斗が……?そんな…今日はこんなにいい天気なのに…昼から雨!?」

 

「拓斗くんが面接に…?その目付きで…?」

 

「拓斗さん…面接ってね。合格しないと働けないんだよ…?」

 

何なのこいつら。

俺の事何だと思ってるの?今までも日雇いの仕事はしてきてましたけど?

 

「テメェらが俺をどう見てるかよくわかった。おい、明日香」

 

「何?洗濯物を取り込みに帰りたいんだけど」

 

「お前の転校手続きはやってくる。だから俺が今日の面接に合格して働けるようになったらテメェは学校にちゃんと行け」

 

「………それは拓斗の面接が不合格だったら私は学校に行かなくていいと受け取ってもいいという事ね?」

 

「………いいだろう。ただし俺が面接に合格したらこれからの高校生活は皆勤しろよ?いいな?」

 

「勝算の高い勝負は面白くないけど……いいわ。その勝負受けてあげる」

 

「明日香~。せっかくなんやし高校は行ってた方がええって~」

 

「拓斗さんも……ちゃんと明日香を説得した方がいいよ…?」

 

こいつら…俺が面接に合格しないと思ってやがんのか…。

 

 

 

 

俺は明日香の転校手続きを終え、今は面接を受けている。

そういえばあいつら何の用で俺の部屋に来たんだ?高校の事と俺の仕事の話しかしなかったしな。

 

「お話はわかりました。それでは本日の面接の結果ですが…」

 

あ?もう面接の結果出るのか?

フッ、丁度いい。早速今夜あいつらに面接が合格した事をドヤ顔で言ってやるぜ。

 

「不合格です。さようなら」

 

「ファッ!?」

 

ちょっと待て…不合格!?何で!?

 

「な、何で俺が不合格なんだよ!」

 

「いや、何でって一応あたしは兄貴の上司になるんだよ?ここの経営者はあたしだし。会社でいったら社長よ?

いくら身内でも面接でタメ語ってどうなの?この15年の間に一般常識が欠落したの?」

 

そう、俺が面接に来たのは居酒屋そよ風。晴香の経営する居酒屋だ。

しかしバカな…。お前があの南国DEギグの翌日に……。

 

 

 

------------------------------

 

 

 

「そういえば兄貴って今は何してんの?ニート?」

 

「あ?たまに日雇いのバイトしたりして…」

 

「はぁ!?一応明日香ちゃんの保護者なんでしょ!?」

 

「あ?ああ、まぁな。あいつを育てる事には問題はねぇ。あいつの両親の残していった貯金があるしな」

 

「ま、まさかテメェ明日香ちゃんのご両親のお金を…!!」

 

「ちょっ、勘違いすんな。俺自身はあいつの両親の金には手ぇ出してねぇよ。あいつの学費とかにしか使ってねぇ。食費とか光熱費、スマホ代とかその他諸々は俺がバイトした金で支払ってる」

 

「そっか。びっくりした…とうとう兄貴をこの手で……って思っちゃった」

 

この手で何なの…?こいつ怖いわぁ…。

 

「でもそれじゃちゃんとした物食べれてないんじゃない?」

 

「あ、俺はな?でも明日香にはちゃんと食わせてるぜ?」

 

「そっか。じゃあ兄貴うちの店で働かない?うちも色々考えてる事もあるし人手欲しいんだよね。賄いも出してあげるしさ。時給はまぁ他のバイトの子の事もあるしうちの規定通りしか出せないけど…」

 

晴香の店で働く……か。

確かにこれからはファントムでって考えてるし、日雇いを転々とするより安定して働ける所の方がいいか。

 

「身内の所ならLazy Windでライブとか何かあった時も休みとかも取りやすいでしょ?それにあたしも……もう兄貴がどっか行っちゃうの嫌だしさ」

 

晴香…。俺ももうお前の側からは離れねぇよ。たった二人の兄妹だもんな。

 

「そうだな。じゃあお前の店でやっかいになるか」

 

「兄貴…。うん。あ、一応面接はするからね。履歴書書いて水曜の15時に面接に来てよ。都合悪いならまた別の日で考えてもいいし。そよ風の場所わかるよね?」

 

「ああ、水曜で問題ねぇよ。そよ風の場所もわかるしな。15時に行かせてもらうわ」

 

「うん!待ってるね!」

 

 

------------------------------

 

 

 

こ、こんなやり取りだったから気軽に考えてたんだけど……。

 

「そもそもあたしも面接中は敬語だったよね?何でそれでタメ語で面接受けてんの?アホなの?」

 

「あ、いや…確かに…そうだったな…」

 

そういやこいつずっと敬語だったな。

 

「それに何で1日3時間で週に2日なの?

何かあるわけ?うち人手欲しいって言ったよね?」

 

「あ、あんまり働いてこなかったから…その感覚がな…?」

 

「は?」

 

うおっ!?何なのこいつのこの目!!

まるで汚物を見るような目で俺を見てくる…。

 

「す、すみません…」

 

「はぁ~……。このバカ兄貴は…。

とにかくこんだけしか働けないならうちでは雇えないよ。人を雇用するのにもお金ってかかんだしさ。それに社会保険の事とかもあるっしょ?うちは福利厚生もあんだし、それくらいは働きなよ」

 

「あ、ああ、そ、そうだな…」

 

「兄貴を雇ってさ。うちも夜だけじゃなくてランチタイム営業とかしたいって思ってたんだよね。それにうちには正社員の子らも居るから兄貴もいずれは……。

正社員はファントムの事もあるから無理だろうけど契約社員とか特別雇用社員とかにしたいと思ってたしさ」

 

さ、さすが晴香だ…。ちゃんと経営者やってんだな…。そして俺の事もちゃんと考えてくれてたのか…。

 

「晴香…」

 

「あ?何?」

 

「大変申し訳ございませんでした。

身内の所という事で正直甘えがありました。お忙しい所誠に申し訳ありませんが、再度面接を受けさせて頂けませんでしょうか?お願いします」

 

俺は席を立ち、頭を下げて晴香にもう一度面接を受けさせてほしいと懇願した。

 

「へぇ……正直驚いた。

兄貴の事だからもういいとか言って帰ると思ってたけど…。いいよ。じゃあもう一度だけ面接してあげる」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

俺は頭を上げてイスに座り、姿勢を正して面接に挑んだ。

明日香の学校の事もあるが、俺の事をしっかり考えてくれていた晴香の思いにもちゃんと報いないとな。

 

「それでは……面接を再度始めさせて頂きたいと思います。ではまず………」

 

 

 

 

「では最後に質問等はございますか?」

 

「はい。特にはありません。ありがとうございました」

 

「では、これで面接は終了します」

 

俺は面接を終え、晴香の次の言葉を待った。

 

「うん。今のはちゃんと敬語だったし良かったと思う。さっきの面接での言葉に嘘偽りはない?やれる?」

 

「ああ、男に二言はねぇ」

 

「本当に週5でやんの?昼も夜もとかなるとしんどくない?」

 

「お前も正社員の人もそんくらいやってんだろ?問題ねぇよ」

 

「いや、うちらは交代制にするつもりだしさ」

 

「面接ん時にライブや練習がある時は休みなり何なり融通はきかせてくれるって言ってたろ?」

 

「いやそりゃ言ったけどさ……」

 

それにお前が俺の事を心配してくれてた事も、考えてくれてた事も嬉しかったからな。

 

………とは、面と向かって言えねぇな。

 

「だったら俺には問題ねぇよ。よろしく頼む」

 

「うん……わかった。あたしの方こそよろしくお願いします。あ、そうだ。今日早速なんだけど、お得意様が団体で予約入れててさ。そのお客様はヘマしても許してくれそうだから、そのお客様で研修しちゃう?」

 

あ?いきなり今日からか?

だがお得意様で割と許してくれそうなら、そういうお客で研修させてもらった方がいいか…。

 

「そうだな。早目に仕事も覚えた方がいいだろうし、晴香……店長がよけりゃ今日から早速…」

 

「うん。わかった。じゃあそれまで基本的な事はあたしが教えるね。まずは更衣室からだけど…」

 

「あ、その前に明日香に電話していいか?仕事が決まった事と今日からっての伝えておきたいしな」

 

「うん、わかった」

 

そして俺は明日香に電話して今日から仕事という事を伝えた。

めちゃくちゃ驚いていたが『おめでとう』と祝いの言葉をもらった。

 

高校にもちゃんと皆勤すると約束もさせたし、バンドも仕事も頑張っていくか。

クリムゾンとの戦いもな…。

 

 

 

「兄貴、そろそろお得意様が来るから入口で待機してて。そして教えたように席に案内してあげて」

 

「あ、ああ。わかりました」

 

「相原さん。そんなわけでお得意様が来たら兄貴に任せて他のお客様が来たらお願いね」

 

「了解で~す。それより店長のお兄さんめちゃイケメンっすね。ご結婚とかされてるんですか?」

 

「そう?イケメンかな…?兄貴はまだ独り身だよ彼女もいないし」

 

「へぇ、そうなんですね~」

 

いや、お前ら聞こえてるからな?

恥ずかしいからやめてくんね?

 

-ガラッ

 

「こんばんは~」

 

「こんばんはで~す」

 

「ほら、いい加減観念してキビキビ歩きなさい」

 

ん?客か?

それにしても聞いた事あるような声だな…。

 

「あ、拓斗さん。お得意様がいらっしゃいましたよ。マニュアル通りお願いします」

 

「あ、ああ。わかっ……わかりました」

 

そして俺はお客様の元に行き、晴香に教わった通りに挨拶をした。

 

「い、いらっしゃいませ。な、何名様でしょ……う…か?」

 

「あ、予約してた水瀬です。今日もよろしくお願……え?拓斗さん?」

 

な、何で渚が…?奈緒も理奈も居やがる。

晴香の言ってたお得意様ってこいつらの事か…。

 

「あれ?拓斗さん?どうしてこんな所に?」

 

「あ?拓斗?」

 

「おお、拓斗か!もしかしてお前ここで働く事にしたのか?」

 

タカと英治まで居るのかよ…。

 

「う~!宮野 拓斗…!!(ギリッ」

 

「せっちゃん、気持ちはわかるよ」

 

盛夏と澄香まで居やがる…。

それより盛夏はまだ俺の事怒ってんの?

そして澄香はやっぱり俺の事嫌いなのか?

 

そこには、渚、理奈、志保、香菜、タカ、奈緒、盛夏、澄香、英治、渉、シフォン、美緒の12人が居た。

何で未成年が4人もいるんだ?ここ居酒屋だぞ?

 

クッ、しかし今は俺は居酒屋そよ風の店員だ。

マニュアル通りに接客すりゃ問題はないはず…。

それに幸いこいつらとは顔見知りだ。多少は失敗しても多目に見てもらえるだろ…。

 

……見てもらえるかなぁ。こいつらめちゃ文句言って来そうだなぁ…。

何で晴香は俺の仕事1発目にこいつらをチョイスしたの?

まだ『いらっしゃいませ』って言っただけなのに、もう不安で爆発しそうなんだけど?

 

 

そうして俺の仕事1日目が始まった。



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第28話 運命的な出会いだから

あたしの名前は大西 花音。

バンド自体は………組んでるって言えるのかな?

 

ボーカルのあたし、ギターの木南 真希さん、ベースの東山 達也さん、ドラムの北条 綾乃さん。

 

バンドメンバーは揃ったけど、あたし達にはまだバンド名が無い。もちろん曲も無い。

11月にはライブハウス『ファントム』主催のフェスイベントもあるというのに…。

 

いや、それよりもだ。

 

あたし達が先日まで行っていた南の島。

そこで開催された南国DEギグ。

南国DEギグにはクリムゾンは介入出来ないと言われていたのに、今回に限ってクリムゾンの乱入があり、爆発事件にまで至った。

 

マスコミなんかには規制が入って、南国DEギグは今年も大盛況だと報道されていた。

 

…………あの会場には何万人もの人が居たのにどうやって規制をかけたんだろう?

いや、考えるのは止めとこう。

 

まぁ、そんな事があったわけで、これからの事もバンドメンバーでゆっくり話し合おうと綾乃さんにあたし達は招集をかけられていた。

 

あたしはファントムの扉を開けて中に入った。

 

「いらっしゃっせー!

……って花音さんか。今日はどうしたの?お父さんは飲みに出掛けちゃったんだけど」

 

あたしがファントムに入ると、オーナーである英治さんの娘。初音ちゃんが出迎えてくれた。

英治さんって初音ちゃんに任せて飲みに行っちゃったの?

 

「今日はうちらのバンドでミーティングしようって事で綾乃さんに呼ばれてさ」

 

「あ、そうなんだ?

じゃああんまり聞かれたくない事もあるよね?綾乃お姉ちゃん達が来たら控え室を開けようか?」

 

ああ……初音ちゃんって本当にしっかりしてるなぁ…。まだ[ピー]歳とは思えないよ。

………あれ?何で初音ちゃんの歳の所に自主規制音が入ったの?

初音ちゃんはまだ[ピー]歳!

あれ?初音ちゃんはまだ3歳!

あ、適当な数字を言ったら自主規制音が入らない。

 

初音ちゃんは4歳、初音ちゃんは5歳、初音ちゃんは[ピー]歳、初音ちゃんは[ピー]歳………なるほど。適当な数字でもある程度増やしていくと自主規制音が鳴るのか。何でこんな事が?

 

「花音さん?」

 

「あ、いや、ごめん初音ちゃん。

じゃあ綾乃さん達が来たらそうしてもらおうかな。

それと初音ちゃんっていくつだっけ?」

 

「うん。じゃあ綾乃お姉ちゃん達が来るまでは好きな席に座ってて。

そして私は[ピー]歳だよ」

 

なるほど。初音ちゃんが自主的に言っても自主規制音が鳴るのか。あたしだけじゃないって安心したけど何でだろ?

 

あたしは不思議に思いながらも空いている席に座った。ちょっと早く来すぎたかな?スマホでゲームでもしとこ。

イヤホンは片方だけにしてたら呼ばれてもきっと気付くよね。

 

「えっ……とここ…かな?あ、大西さ~ん」

 

あたしの名前が呼ばれたものだからゲームを一時中断して(止めないのかよ)入口の方に目を向けてみた。

 

スーツ姿のお姉さんがめちゃ手を振っている。うぅ~む……知らない人だ。

大西って特に珍しい苗字じゃないし、あたしじゃない大西さんかな?

 

さ、ゲームの続きしよ。

 

「え!?無視!?」

 

あ~…このゲームもそろそろクリアしちゃうな…。何か面白いゲーム…。奈緒に聞こうかな?

でも奈緒の事だから……

 

『え?面白いゲーム?花音は何を言ってるの?去年ゲームのやりすぎで単位落としたよね?おかげで一緒に卒業出来なかったよね?また大学4年生やりたいの?

バンドもやるのにゲームもして卒業出来るの?』

 

とか言われそうだもんなぁ~。

そもそもあたしが留年したのはゲームのやりすぎじゃなくて、課金したいからバイトを頑張り過ぎただけだし。

うん、ゲームのせいですね。

 

「あの~……大西さん…?」

 

奈緒って普段は優しいのに、そういう所は厳しいからな~。お母さんが奈緒じゃなくて良かった…。

 

「あ、あの…」

 

あ、やっぱり美緒ちゃんが居るからかな?結構歳の離れた妹だもんね。

お姉ちゃんとしてしっかりしなきゃってのもあったのかもなぁ。

奈緒って会話の時も敬語が多いもんね。間違ってる敬語が多いけど…。

 

「大西 花音さん!」

 

え?あたし?

あたしは声のかけられた方に目を向ける。

 

「………あ、も、もしかして木南さんですか?」

 

「そうだよ~…。さっき目が合ったのにすぐ目を反らされるしショックだったよ…」

 

「す、すみません…。眼鏡もかけてらっしゃるし、髪も綺麗に束ねてらっしゃるので一瞬誰だかわかりませんでした」

 

いやいや、雰囲気変わりすぎでしょ。

南国DEギグの時と全然違うし…。

 

「まぁ、仕事の時はこんな感じかな。

コンタクトも毎日ってなると高いじゃん?」

 

あ~、そっか。木南さんも社会人だもんね。あたしも就職したらスーツか…。

あはは、堅苦しいな……。

いや、その前に就職活動か…。

 

「あれ?そういえばタカさんや渚と同じ職場なんですよね?タカさんに平日に会った時は私服でしたけど?」

 

「ああ、葉川と水瀬さんは隔離部署だし、お客様と会う機会が無いからね。営業部とか私達経理部とかはスーツなんだよ」

 

え?タカさんも渚も隔離部署なの?

タカさんって会社でもぼっちなの?

あ、渚がいるからぼっちって訳でもないか…。

 

「あ、そういや葉川と水瀬さんは来てないんだね。二人で急いで帰ってったからここに来てるのかな?って思ったんだけど…」

 

「木南さん、こんばんは。

タカと渚さんなら一度ここに来たけど飲み会に行っちゃったよ」

 

「あ、初音ちゃんこんばんは。あ、今日はお手伝いしてるの?」

 

「ああ、私はお手伝いっていうか……。

実質ここのオーナーは私だから…。だからお父さんも平気で飲み会行っちゃうし。

お母さんも今日は手伝ってくれてるけどね」

 

あ、まぁ確かにそうかな…。

英治さんや三咲さんよりは初音ちゃんが厨房にいる方が多いもんね…。

 

「まぁ、私が来る時って大体おっちゃんは居ないよね。三咲さんか初音ちゃんばっかりで」

 

え!?綾乃さん!?

 

「び、びっくりした…。北条さんいつの間に来たの…?」

 

「ついさっきだよ。花音も木南さんもこんばんは」

 

「こ、こんばんは…。あたしもびっくりしましたよ。綾乃さんっていつもいきなり現れますよね…」

 

「え?私そんなに存在感無い?」

 

いや、存在感があるとか無いとかじゃなくて…。いつもいつの間にか居ると言うかいきなり会話に入って来ると言いますか…。

 

「後は達也さんだけか。綾乃お姉ちゃん控え室Aわかるよね?花音さんと木南さんをそこに案内してあげてくれる?

オーダーが決まったら内線くれたらそっちに持って行くし、達也さんが来たらそっち行ってもらうし」

 

「控え室?わかるけど何で?」

 

「バンドの事話すならあの事も話すでしょ?それならあんまり人が居ない方がいいかな?って。はい控え室の鍵」

 

初音ちゃんはそう言って綾乃さんに鍵を渡した。本当にしっかりしてる子だな…。

初音ちゃんは[ピー]歳!!

あ、自主規制音は元気に社畜中か。

 

そしてあたし達は綾乃さんに案内されて控え室に向かった。

 

「へぇー、ファントムの控え室って綺麗にしてんだね」

 

「あ、そっか。木南さんは他のライブハウスでライブしてたんですもんね。

他のライブハウスって汚ないんですか?」

 

「いや、綺麗な所の方が多いっちゃ多いけど、私達がライブしてた所によっては汚な~~い所もあったよ」

 

そうなんだ…。ファントムは綺麗にされてて良かった…。

 

「花音と木南さんはオーダーどうする?

そんなに長居するつもりはないけどご飯もここで食べちゃう?」

 

「あ、長居しないならあたしは家で食べようかな」

 

「それなら私も家で食べようかな?

じゃあアイスコーヒーだけお願い」

 

「木南さんはアイスコーヒーね。私はアイスミルクティーにしようかな。花音は?」

 

「じゃああたしもアイスコーヒーお願いします」

 

あたし達のオーダーが決まり、綾乃さんが内線で注文してくれた。

 

 

 

 

-トントン

 

綾乃さんが注文をしてくれてから少しして、控え室のドアがノックされた。

初音ちゃんか三咲さんがドリンク持って来てくれたのかな?

 

「はい」

 

あたしがドアを開けると目の前には達也さんが居た。

 

「こんばんは、花音さん。皆さん待たせてしまいましたか?」

 

あたしはふと腕時計に目をやる。

うん、待ち合わせ時間5分前。

 

「いえ、まだ待ち合わせ時間には余裕ありますし大丈夫ですよ」

 

「そうですか。それなら良かったです。

あ、初音ちゃんに頼まれて皆さんのドリンクも持って来ました」

 

「え?あ、ありがとうございます」

 

あたしは達也さんを控え室へと招き入れ、達也さんと木南さんと綾乃さんが挨拶を交わした後、綾乃さんから話は切り出された。

 

そしてそれは意外な話だった。

 

「私達はまだバンド名も無いし、曲も無い。これからクリムゾンエンターテイメントの海原も日本に帰ってくる。南国DEギグの時のような爆発事件にもこれからも巻き込まれるかも知れない…」

 

「ちょっ…北条さん…?」

 

「バンドをやめとくなら今の内だと思う。みんなどう?」

 

「北条さん…」

 

「バンドをやめとく…か。確かに今の内じゃないとファントムやSCARLETにも迷惑が掛かりますもんね…」

 

バンドをやめとく…か。

綾乃さんらしくない……どうしたんだろう?

 

綾乃さんは確かに前に出るタイプじゃない。まどかさんが前線に出て、綾乃さんは後方から爆弾をぶっ放すタイプだ。

もしクリムゾンが邪魔してくるなら元から断とうとしそうだし、タカさんや英治さんやまどかさんにバンドを辞めろと言われても嫌がりそうなんだけどなぁ。

 

それにクリムゾンが怖いならこないだホテルの中庭でその話をしてもよさそうなのに。

 

綾乃さんがそんな事言うもんだから、あたしもだけど達也さんも木南さんもびっくりしちゃってるじゃん……。

 

ん……?達也さんと木南さん?

あ、あ~……そういう事かな?

 

「わ、私は確かに15年前の事とか詳しくは知らないし、北条さんは葉川や中原さん、トシキさんに色々聞いたり、南国DEギグの事でクリムゾンが怖くなってもしょうがないかも知れないけど……私はそれでもまたバンドがやれるんだって…音楽がやれるんだって嬉しかった……それなのにさ…」

 

「え?木南さん?」

 

「綾乃さん。僕も綾乃さんにバンドを誘って頂いて嬉しかったです。15年前はタカさんや拓斗さんの事を見てましたから、クリムゾンが怖いって事は少しはわかっているつもりですけど、それでもバンドやりたいって…クリムゾンとも今度は戦いたいって思っていました」

 

「え?そう?なら良かったです」

 

あ~……やっぱり綾乃さんはそういう意味で言ったんだね。話が噛み合ってない…。

綾乃さんも話し方が下手くそですよ…。

 

「葉川にも言ってなかったけどさ。

こういう事言うのは大西さんには失礼かもしれないけど…」

 

え?あたし?別に何言われても割と平気ですよ?ぼっち時代にハートは鍛えられてますので。

 

「私は実は……BREEZEのトシキさんに憧れてギター始めたんだ。すごく力強い演奏ですごくかっこいいって思った。弾き方も真似したりしてさ…」

 

へぇー、そうだったんだ…。

え?それで何であたしに失礼なの?

 

「私はトシキさんに憧れて、東山さんは宮野さんにベースを教わって、北条さんは中原さんにドラムを教わってさ…。何かみんなBREEZEのメンバーに憧れてたんだってのも嬉しかったんだ。あはは、だから葉川に憧れてた訳じゃない大西さんには失礼かな?って思ったんだけどね」

 

あ、そういう事ですか。

うん、別にあたしはタカさんに憧れてたとか無いしね。奈緒に散々BREEZEの曲は聴かされてたけど…。

 

それにあたしはあのハーレム陣に加わる気力はないわ~。命がいくつあっても足りなそうだし……。

 

「え?私別におっちゃんに憧れてないよ?ドラムは教わってたけど」

 

綾乃さん……。

 

「そうだったんですね。木南さんはトシキさんに憧れて……。僕も拓斗さんのベースに憧れてましたから…」

 

あ、これは達也さんなりのフォローかな?いい人だなぁ。

 

「……綾乃さん。すみません。僕も木南さんと同じ気持ちです。バンドをやりたい。ですから……綾乃さんがもしクリムゾンが怖いなら僕は何も言えませんが、僕と木南さんはバンドをやります。やっていきます」

 

「と、東山さん…」

 

「え?え?」

 

あちゃ~……。綾乃さんもわかってないよねぇ。これはあたしから説明するしかないかぁ……。

こう……目立つ感じで自分から話し掛けるってぼっち民にはちょっと難しいんですよ~……。

 

「あ、あの!綾乃さん、達也さん、木南さん!」

 

「ん?大西さん?」

 

「花音さん?どうしました?」

 

「花音?」

 

あ~…注目されちゃったよ…。

でもしょうがないか…。

 

「えっとですね。皆さんのお話が噛み合ってないようですので、あたしから説明させてもらいますね。もし間違ってるようでしたら遠慮なく口を挟んで下さい」

 

あたしも口下手だしなぁ。

口下手って程、人と会話してきてないけど…。

 

「まず綾乃さんの話したかった事。要約しますと、『クリムゾン怖いですし、達也さんと木南さんはバンドをやめたいですか?』って聞きたかっただけだと思います。

ですが、綾乃さんの話し方に少し問題があって……」

 

「え?私に何か問題が!?」

 

「達也さんと木南さんは『クリムゾンは怖いからバンドをやめときませんか?』って受け取ったんだと思います。あたしも最初はそう思っちゃいましたし」

 

「え?ち、違うの…?」

 

「僕も綾乃さんの話はバンドをやめようって話かと…」

 

やっぱりね~…。そうですよね~…。

綾乃さんは達也さんと木南さんの身を案じてバンドをどうしたいかの確認しときたかっただけなんだろうなぁ。

 

「え……っと、私が話したかったのは概ね花音からの説明で合ってるんだけど…。何か勘違いさせたみたいでごめんなさい」

 

「い、いえ!私こそ勘違いしちゃって…」

 

「ぼ、僕の方こそすみませんでした」

 

ハァ…何とか話は収まったかな。

 

「それじゃ。達也さんと木南さんはバンドをやっていきたい。綾乃さんもバンドをやっていきたい。そして、お互いにバンドをやっていきたいという意思疏通は出来た。って事でオッケーですかね?

……あ、そうだ。あたしもクリムゾンと戦う事になってもファントムでバンドをやっていきたいです」

 

 

 

 

その後あたし達は土曜日のSCARLETへの訪問は4人で行く事に決め、作曲は前のバンドの時に木南……真希さんがやっていたので、今後もやってくれるという事になった。

そして今あたしが木南さんの事を真希さんと呼んだように、みんな下の名前で呼び合おうという事にもなった。

まぁ、真希さんだけ苗字ってのも変だしね。

 

そしてあたしがバンド名を決めようと提案をした。

 

「あ、そだ。せっかくこうやって集まったんですからバンド名もそろそろ決めませんか?」

 

「あ、そうだね。花音は何か案ある?」

 

「バンド名って難しいよね。私は文才とか全然無いからなぁ。作詞も私はしてなかったし」

 

「僕達らしいバンド名がいいですけど難しいですね」

 

「あ~…だったらNoble Fate(ノーブル フェイト)とかどうですか?気高い運命って意味で。あたしは関係無いですけど、みんなBREEZEに関係あるようなメンバーでたまたま集まったとか運命的な感じしますし。

なんかこの出会いを大切にしたいなぁとかも思いますし、誇りを持ってみたいな?」

 

「「「………」」」

 

え?ダメですか…?

 

「凄いね花音。そんな言葉がパッと浮かぶなんて…」

 

「私もびっくりした。でもNoble Fateか。私はいいと思うよ。南国DEギグの時にお土産屋で会ったのも運命な感じするし」

 

「僕もNoble Fateいいと思います。でも、そういう言葉がすぐに思いつくって本とかよく読まれたりとか?」

 

「え?ええ……まぁ…」

 

本を読むって言ってもラノベばっかりですけどね。ゲームもよくやるから言葉だけは強くなったっていうか…。

ぼっち時代に培ったスキルです…。

 

「そっか。なら私達の歌詞はさ。花音がやってみない?ボーカルだしその方が気持ち込めて歌いやすいでしょ」

 

え?

 

「私もそれいいと思う。そうしようよ花音」

 

は?

 

「花音さん、歌詞の件お願い出来ますか?」

 

ま、マジで?

 

「「「花音(さん)」」」

 

「は、はい…頑張ります……」

 

何でこうなった!?

 

あたし達のバンド名はNoble Fateと決まり、バンドの歌詞はあたしが書く事になった。

 

ハァ…頑張りますかね…



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第29話 閑話休題

8月22日水曜日。

俺は今日も元気に社畜している。

推しに貢ぐ為!そう思えば嫌な仕事も楽しんでやれるというものだ。

 

すみません。嘘吐きました。

拙者働きたくないでござる。

 

俺の名前は葉川 貴。

今日は何故かDivalのボーカル様とベーシスト様に飲み会に呼び出されている。俺何かしたっけ?

 

「先輩先輩。今日は頑張って仕事しましょうね!目指せ定時退社です!」

 

そんな事を考えていると隣に座っているDivalのボーカル様が話し掛けてきた。

 

「いや、月曜は色々忙しかったから残業になっちゃったけど、普段は定時退社だからね俺達。昨日も定時退社だったし」

 

「わかんないじゃないですか~?もし何かあったらどうするんですか?」

 

「何かって?もし何かあったら俺一人残業して、水瀬は帰らせてやるから安心してくれ」

 

「何を言ってるんですか!もし残業とかになったら私も手伝いますよ!運命共同体です!(何言ってるの?逃がすわけないだろうが)」

 

おかしいな。また渚の声がステレオで聞こえる。逃がすわけないって何?僕やっぱりしばかれちゃうの?

 

「葉川、水瀬さんお疲れ様」

 

「あ、木南さんお疲れ様です」

 

俺がせっせと社畜していると経理部の木南が話し掛けてきた。経理部が何の用だ?

 

「どうした?経理部がうちに何か用か?」

 

「いや、特に用って訳じゃないんだけどね。今日はファントムに行く事になってるからさ。行き方を教えてもらおうと思って」

 

ファントムへの行き方?何か説明しにくいんだよな。

 

「あれなら俺らもファントムに行くし連れてってやろうか?」

 

「いや、いいよいいよ。私は残業になるだろうし待たせんの悪いし」

 

「少しくらいなら全然待ちますよ?一緒に行きますよ」

 

「ありがたいとは思うけどね。それに待たせてるって思うと焦っちゃって仕事も集中出来ないしさ」

 

あ~…なるほどな。

 

「そっかわかった。んと、簡単な地図と行き方書いてやるから少し待ってろ。そんでGPSで確認しながら行きゃわかんだろ」

 

俺は簡単な地図と行き方を書いた紙を木南に渡した。

 

「わぁ~わざわざありがとう。まるで昔同人誌描いてたのが嘘みたいなクオリティだね」

 

ほっとけ。

 

 

 

 

「さ!定時だー!何事もなくしごおわー!さ、先輩!行きますよ!急ぎますよ!」

 

「あ~…はいはい。んじゃ行くか…」

 

仕事も定時に無事に終了。

理奈や盛夏とはファントムで待ち合わせをする事になっている。

 

「先輩…二人きりですね」

 

いや、本当に何なのそれ?やっぱDivalで流行ってんの?

 

「それより今日は何で呼ばれたの?何の話?」

 

「何だと思います?」

 

「いや、さっぱりわからんな」

 

「ふふふ。内緒です(しらばっくれてんじゃねぇぞコラ)」

 

怖いわぁ。何なの?本当に何なの?

 

「行けばわかりますよ~♪」

 

ハァ…観念してファントムに向かうか…。何かヤバそうなら英治にこっそり頼んで助けてもらおう…。

 

「そういえば今日は澄香お姉ちゃんも来てくれるみたいですけど、先輩はArtemisのみんなとは飲み会とかした事あるんですか?」

 

「あ?まぁそりゃな。あいつらが成人してからは飲み屋ばっかだったな…」

 

「へぇー、そうなんですね。梓お姉ちゃんとかお酒は強いんだろうなぁ~」

 

「いや、あいつは酒は好きだが超弱いぞ。大丈夫大丈夫って言いながら飲んで地べたに寝たりとか、フラフラ歩いて電柱にぶつかって喧嘩売ったりしてたな……」

 

懐かしいな…。そういやあいつがそうなる度に俺と澄香で介抱してたよな…。

 

「そうなんや…。いつか梓お姉ちゃんとも飲んでみたいなぁ…」

 

「ああ、そういや梓なんだけどな…」

 

「はい?梓お姉ちゃんがどうしました?」

 

「……たまにリバースもしてたからな。一緒に飲み会する時には気を付けてな」

 

「そんなに飲むの!?」

 

危ない危ない。梓がもうすぐ日本に帰ってくる事を言っちゃうところだったぜ。

これは間違いなく渚が小躍りして喜びそうな情報だ。

俺がしばかれそうになった時の気を紛らすリーサルウェポンにしとかないとな。

 

「でも澄香は強いぞ?あいつのペースで飲むなよ?」

 

「そうなんや?なら澄香お姉ちゃんと飲み比べしなきゃやなぁ」

 

「俺の話ちゃんと聞いてた?」

 

そんな話をしながらファントムへ向かう俺達。俺も澄香と飲むのも久しぶりだしな。少し楽しみでもあるか。

 

 

 

 

「いらっしゃっせー!……ってタカと渚さんか。あ、そっか。今日は飲み会なんだっけ?」

 

「ああ、理奈達は来てる?来てなかったら飲み会は中止の方向で」

 

「何言ってるんですか先輩は。今日は先輩が逃げないように予約してるんですからね。先輩が逃げたら晴香さんにしばかれますよ?」

 

え?まじで?あ、南の島でのトラウマが…。

 

「ちょっと待て。そよ風って予約不可だろ。何だよ予約って」

 

「フッフッフ、私達Divalは超お得意様ですからね!リザーブ権を晴香さんから戴きました」

 

何なのそのリザーブ権って俺らですらそんなの貰ってないよ?Divalの皆様はそんなにそよ風に通ってるの?

 

「おう、タカ。理奈達はまだだけどな。今日はAiles Flammeと志保とそのお友達ちゃんが来てたぞ。亮くんと拓実くんとお友達ちゃんは帰っちまったけどな」

 

英治がそう言って奥のテーブルに指をさした。

 

「にーちゃん!ねーちゃん!」

 

「たか兄!渚さん!こっちこっち!」

 

「貴ほんとに来たんだ…香菜に逃げろって言われてたのに…」

 

志保が不安になるような事を言っているが気にせず渉達の方に近づいた。

 

「渉もシフォンも志保もこんばんは。今日はどうしたんだ?亮と拓実は帰っちまったんだってな」

 

「ああ、亮は今日は家の手伝いで拓実はバイトだ!にーちゃんが来るって雨宮に聞いてたからな。俺は挨拶してから帰ろうと思って」

 

「ボク達はここで夏休みの宿題してたんだよ。渉くんと亮くん拓実くんはまだ終わってないみたいで」

 

「あたしなんかもう夏休みの宿題全部終わらせたってのに、このおバカさん達ときたら…」

 

え?志保の夏休みの自由研究って絵日記だったよな?なのにもう終わったの?

 

「さすが志保だね。私も学生の頃は夏休みの宿題は7月中に終わらせて8月には遊び倒す派だったよ」

 

「俺もそうだな。一気に終わらせてわ」

 

「さ、さすがにーちゃんとねーちゃんだ…。俺も来年こそは…」

 

「そういや渉は自由研究は何にしたんだ?」

 

「俺は読書感想文だ!」

 

読書感想文?高校生で読書感想文っていいの?

 

「この夏休みにドラゴンボール全巻読破したぜ」

 

って漫画の読書感想文!?

 

「秦野は日本の蕎麦の歴史ってレポート書いててさ。もう800ページくらいになってたのにまだ書き足りないって嘆いてたよ。そんで内山はスイーツのレシピ本作ってた」

 

俺が学生の時ってどんな自由研究にしたっけか?

 

「私が学生の頃はスタンド能力についてレポートを書いたよ」

 

ああ…渚らしいわ…。

 

「こんばんは~……あれ?お姉ちゃんは来てないのかな?」

 

「あ、美緒じゃん。お~いこっちこっち!」

 

え?美緒ちゃん?珍しいな美緒ちゃんがファントムに来るなんて。

 

「こんばんはです。お姉ちゃんから晩御飯いらないって連絡が来たのでファントムに居るのかな?って思ったんですけど……」

 

「ああ、奈緒ももうすぐ来ると思うぞ?

何か用事?じゃあ今日の飲み会は中止だな」

 

「先輩もいい加減覚悟決めたらどうですか?」

 

まぁここまで来たら覚悟もしてるけどな。え?覚悟?何の?

 

「あら?美緒ちゃんも居るのね」

 

「あれ?何で美緒がここに居るの?」

 

「貴ちゃんも渚も志保ももう来てたんだ~?あたしお腹空いた~」

 

「渉くんとシフォンも居る。もしかしてみんなで飲み会?」

 

お、理奈と奈緒と盛夏と香菜も来たか。

後は澄香だけだな。

 

奈緒は仕事が終わった後に盛夏に連絡をしたら、理奈と香菜と一緒に図書館に行ってるみたいだったからと、時間潰しに図書館に行ってから、みんなでこっちに来たらしい。

 

「お姉ちゃん……今日は晩御飯いらないってどういう事?」

 

「え?あ、あはは~。今日は家で食べるよりみんなとご飯食べたいな~って思って…」

 

ん?え?マジで奈緒は何か用事あったの?

 

「ずるい……」

 

「え……っと、奈緒は今日は用事があったのかしら?もしそうなら…」

 

「あ、用事とかじゃなくてね。今日はお父さんとお母さんが初めて会った記念日とかでパーティーする事になっててね」

 

「毎年同じDVDを観させられてバカ夫婦のイチャイチャっぷりと惚気話を延々聞かされる1年の中で数回催される奇怪なイベントの1日なのです」

 

初めて会った記念日って……。

 

「後はデート100回目記念日とか、他人様に言えないような記念日とかのイベントもあってね。もう娘の私達はうんざりで…」

 

「お姉ちゃんが今日は外食とかになったら、その地獄のような苦しみの時間を私一人で過ごさなきゃならなくなりますので…」

 

「そ…そうなのね。大変ね…」

 

本当に大変そうだな。

俺も親父とお袋にそんな話を延々と聞かされたら苦痛でしかないわ…。

 

「あ~、だったらさ。美緒も私達とご飯行く?お母さんには私から連絡しとくし」

 

「……!?いいの?」

 

「別にいいんじゃない?渚大丈夫だよね?」

 

「うん。いいと思うよ。人数にもまだ余裕あるし」

 

人数にもまだ余裕あるって何?

予約してんじゃないの?そよ風の予約ってどうなってんの?

 

「わぁ~美緒ちゃんいいなぁ。ボクもたか兄達とご飯行きたいよぉ~」

 

「え?そう?だったらシフォンも来る?

渚、シフォンも来ても大丈夫かな?」

 

「え?シフォンちゃんも?全然大丈夫だよ」

 

「本当に!?やったぁぁぁぁ!!」

 

え?シフォンも来るの?

どうしよう今日の飲み会が超楽しみになってきた。

 

「あ!シフォンずりぃ!はいはーい!それなら俺も行きたい!!」

 

「渉もか?渚、渉も大丈夫か?」

 

「渉くんも?大丈夫ですよ」

 

「だとよ。渉も来るか?」

 

「おう!行く!酒は飲まないから安心してくれ!」

 

よし、渉とシフォンと美緒ちゃんが増えた事で俺がしばかれるような話は回避出来る可能性が増えた。

 

「後は澄香さんだけだね」

 

「うん、澄香さんが来たら出発しようか」

 

俺達はその後ワイワイと話しながら澄香を待った。

 

待ち合わせ時間までもう少しあるけど、あいつにしては来るの遅いな。

 

 

 

 

「た、大変申し訳ございません!遅れてしまいました…!」

 

待ち合わせ時間から遅れて来る事3分。

まぁ、3分くらい何とでもなるだろ。

 

「澄香が時間に遅れて来るって珍しいな。何かあったか?」

 

「Canoro Feliceのスタジオ練習に付き合っててね。姫咲お嬢様を屋敷まで送ってたら渋滞に巻き込まれちゃって…。姫咲お嬢様は送らずに行って下さいって言ってくれてたんだけどね」

 

「あ、そうなの?そういやお前姫咲の専属執事だろ?昨日も今日も姫咲から離れてていいのか?」

 

「ああ、私は専属執事はクビになったんだよ。昔みたいに友達としての雇用になったっていうか…」

 

は?クビ?友達としての雇用?何それ。

 

「だから今は付きっきりって訳じゃなくて……お嬢様のお世話はするけど、時間も9時から18時で週休2日の雇用になったしね。残業はしたいだけしていいみたいだけど」

 

何なのそれ?何て職種なの?金持ちのやる事はわからんわぁ…。

 

「それにしてもさ。タカ兄よく来れたよね?大丈夫なの?」

 

「あ?何が?」

 

「あたしも貴の事だから難癖つけて逃げると思ってたんだけどな~」

 

「そういや昨日のLINEでヤバいとか逃げろとか言ってたよな?何かあったの?俺何かした?」

 

「それがさ。わかんないんだ」

 

「うん、あたしと香菜は何があったのかわからずに怯えてただけだし」

 

怯えてた?え?何かあるの?

超怖いんだけど…。

 

「渚と理奈にはヤミモードってのがあってね。あ、それは奈緒もか」

 

ヤミモード?何それ?

 

「昨日は普通にうちらでこれからの事話してたら、急に理奈ちと渚がタカ兄に…」

 

「志保、香菜。何を言っているのかしら?」

 

「り、理奈……!?

まずい…聞こえたか…(ボソッ」

 

「何でもないよ理奈ち!今日はタカ兄と呑むのも久しぶりだから楽しみだなぁ~って……」

 

「そう。確かに楽しみね」

 

え?何なの?渚と理奈が俺にって何?

やっぱり帰ろうかな……。

 

「あ、そうだったわ。渚に借りてたのを忘れてたわ…。うっかりね」

 

そう言って理奈が俺の方に近付いて来た。

 

「貴さん……」

 

理奈が俺の手を握り紅潮した顔で俺を上目遣いで見てきた。

何なのこの可愛さ。ヤバいんですけど…。

こんな事されたら勘違いしてうっかり告っちゃってフラれて泣いちゃうレベル。

 

「貴さん…」

 

ゴ、ゴクリ……な、何ですかね…?

ハッ!?まさか俺にもとうとう青春×バンドの青春の部分が…!?

 

俺がそう思った時だった。

 

-ガチャ

 

「ん?」

 

俺の手に手錠がかけられた…。え?何で?

そして手錠の片方は理奈の手にかけられている。

 

「あ、あの…理奈…?」

 

「本当に屈辱的で気持ち悪い事この上ないのだけれど、あなたが逃げ出さないように手錠で繋がせてもらうわ。

そよ風に着いて席に通されたら外してあげるから安心しなさい」

 

な、な、な、何されんの俺!?

ここまで来て逃げ出すと思うような事されるの!?

あ、ダメだ。こんな事考えてたら怖くて心臓がビビって止まっちゃう。

 

「お?にーちゃんどうしたんだ?理奈ねーちゃんと手錠なんかで繋がって……あ、そういうプレイか?いいなぁにーちゃん…」

 

「江口くん。気持ち悪い事言わないで頂戴。これはこの男が逃げ出さないように嫌々やっている事よ。け、決して貴さんと繋がっていたいとかじゃないわ」

 

いかんいかん。今の理奈の言葉は聞き流そう。渉の言う通りだ。

これはきっと理奈なりの『貴方と離れたくないのプレイ』に違いない。きっと。

アブノーマルだけどこれは青春×バンドの青春の部分なんだ。うん。

俺を逃がさない為とかそんなんじゃないんだ。そう思おう。

 

「あ、理奈。ちゃんと先輩が逃げ出さないように手錠使ってくれたんだね」

 

「ええ。みんな揃ったようだし、そろそろそよ風に向かいましょうか。貴さんは必ず逃がしはしないわ」

 

必ず逃がしはしないわって何なの?

ほんと謝るから俺が何をしたのか教えてくれ……。

 

「うん、頼んだよ理奈。じゃあ、ゆっくり歩いても予約時間には余裕あるけど、最終人数確定の連絡を晴香さんにするね。ん……と、11人かな?」

 

「いや、渚ちゃん12人だぞ。俺も行くからな」

 

え?英治も来るの?

それはそれで助かるんだが……。

 

「え?英治さんも…ですか?」

 

「え?何その反応…俺が行くのはダメなの?泣いちゃうぞ?」

 

「いや、だって英治さん……お仕事中ですよね?」

 

「あ、渚さん、私は大丈夫だよ。お母さんがすぐに来てくれるし、お父さんは居ても居なくても………いや、居ない方が仕事は捗るから」

 

居ない方がいいって……。

 

「な?そういう事だからさ。それにさっきの初音の台詞も酒を飲んで忘れたいし」

 

「まぁそういう事でしたら……」

 

そうか。今日は12人か……なかなかの人数だな。これは色々と話題があるに違いない。何か嫌な予感がしたらタバコ買いに行くとか行って逃げても問題無さそうだな…。この手錠さえどうにかなれば…。

 

「あ。そういや今日はまどか姉は来ないの?まどか姉ともご飯したかったのに」

 

「ああ、うん。まどか姉は来れないよ。

何か夏の日の思い出がどうとか言ってたよ。よくわかんないけど地獄のミーティングには行くの怖いとか言ってた」

 

夏の日の思い出?地獄のミーティング?何じゃそりゃ。

 

「ああ、そういえばまどか先輩ってあの日隅っこで小さくなって震えてたっけ?」

 

「そうね。あの日は私も何度も気を失いかけたわ」

 

「何でだろ?楽しくて明け方までみんなで話してたよね?」

 

あ?もしかしてこないだ渚の実家に行った時に何かあったのか?俺これからそんな目に合うの?

 

「俺は居酒屋なんて初めてだから楽しみだな!」

 

「私も居酒屋なんて初めてです…。

ほ、ほろ酔い理奈さんを拝める……ハァ…ハァ…」

 

「美緒ちゃ~ん。涎出てるよ~。はい、ハンカチ」

 

何か不安な気もするが俺達は居酒屋そよ風へと向かった。

 

 

 

 

「こんばんは~」

 

「こんばんはで~す」

 

不安な気持ちを消せないままそよ風へと辿り着いた俺達ご一行様。

渚と奈緒が先陣を切ってそよ風へと突入した。

 

「ほら、いい加減観念してキビキビ歩きなさい」

 

俺は理奈に引っ張られるように歩いていた。何で理奈ってこんなに力が強いの?

 

「い、いらっしゃいませ。な、何名様でしょ……う…か?」

 

「あ、予約してた水瀬です。今日もよろしくお願……え?拓斗さん?」

 

「あれ?拓斗さん?どうしてこんな所に?」

 

ん?拓斗だと?

 

「あ?拓斗?」

 

俺が入り口から中を覗くと拓斗が受付をしていた。

あいつまさかここでバイトする事にしたのか?

 

「おお、拓斗か!もしかしてお前ここで働く事にしたのか?」

 

「う~!宮野 拓斗…!!(ギリッ」

 

「せっちゃん、気持ちはわかるよ」

 

「何で拓斗にーちゃんがここでバイトしてるんだ?」

 

「ああ、江口は知らないんだっけ?

ここは晴香さんが経営してる居酒屋なんだよ。だからじゃない?」

 

「晴香さんって居酒屋さんの経営者だったのですか…?」

 

「うん、そだよ。拓斗さんをここで見るのは今日初めてだし、もしかして今日がお仕事初日かな?」

 

「ふぅん…晴香さんのお店だからボク達未成年でも入れてもらえるのかな?」

 

「ご、ご予約されてた水瀬様ですね…こ、こちらへどうぞ…」

 

俺達は拓斗に案内され店内の奥へと進んで行った。

 

「おい、拓斗。お前いつからここで働いてんだ?架純ちゃんは一緒じゃねぇのか?」

 

「あ、ああ今日からだ。英治はファントムは今日は閉めてんのか?」

 

「ファントムの事は聞かないでくれ…」

 

「は?何があったんだ?

あ、お客様、こちらの席でございます」

 

俺達が拓斗に通された席は個室にはなっている6人掛けのテーブルが2つある部屋だった。

 

さて……ここからが本番だな。

俺の座る席それで天国か地獄が決まる。

さぁ、誰か『どう座る?』って言うんだ。我に策あり!!

 

「ねぇねぇ。テーブル2つに分かれてるけど席はどうするの?」

 

よし!シフォンよく言った!

このタイミングを待っていたんだ!(この間0.8秒

 

「まぁ、席はどうでもいいんじゃね?

取り合えずシフォン。お前は俺の膝の上だ。異論は認めない」

 

しまったぁぁぁぁぁ!!

何が我に策ありだよ!思いっきり欲望を曝け出しちゃったよ!

 

「な、何を言ってるのたか兄は…」

 

くそっ!策士策に溺れるとはこの事か…!

策もくそも欲望を口にしただけだけど。

 

「取り合えずお前ら注文はどうすんだ?

最初のドリンクは俺が通さなきゃなんねぇんだけど」

 

「拓斗?お客様に向かってお前らって何なの?一般教養がなってないんじゃない?」

 

「そーだそーだー。澄香さんの言う通りだー」

 

「クッ……お客様。ご注文はいかが致しましょうか…?」

 

「「「「ビール(コーラ)(オレンジジュース)(メロンソーダ)」」」」

 

「すみません……お一人ずつお願いします…」

 

拓斗は俺達の注文を取り、肩を落としながら厨房へと戻って行った。

頑張れ拓斗。今日のこのメンツの接客をこなせたらきっと他の接客は楽なもんだ。多分。知らんけど。

 

「それより本当に席はどうするんだ?俺とタカはタバコ組だし固まった方がいいか?」

 

「そうだな。それより理奈、そろそろ手錠を外してくれ」

 

「そうね。ここまで来たら逃げないでしょうし。外してあげるわ」

 

理奈は俺達の手錠を外してくれた。よし、これで自由の身だ。

 

「なんだ?にーちゃんと理奈ねーちゃんもう手錠外すのか?なかなかお似合いの2人だったのに」

 

渉……止めてくれ。俺は手錠に繋がれる趣味はねぇんだよ。

 

「江口くん。さっきも気持ち悪い事言わないでと言ったはずよ。なかなかお似合いだとか気分が優れないわ」

 

「ああ…わ、悪い…」

 

「素直に謝っていい子ね。いいわ。今日は江口くんの分は私が出してあげるわ。

これからは私と貴さんがお似合いだとか気分が悪くなるような事は、たまにしか言ってはダメよ?」

 

「本当か!?いいのか理奈ねーちゃん!

約束する!たまにしか言わねぇ!……お?たまに?」

 

「「理奈?」」

 

さて、俺は今のうちに奥の席に……。

 

「待った!タカ兄!!」

 

何だと!?香菜……どういうつもりだ!?

 

「ちょっと香菜……貴には奥に行ってもらった方が良かったんじゃない?そのまま渚と理奈と奈緒を貴の方に行かせれば…(ボソッ」

 

「それじゃダメだよ志保。タカ兄と渚と理奈ちと奈緒が固まっても4人。英治先生をそっちに行かせても5人だよ。ここは6人席。誰か1人は地獄を見る事になる…(ボソッ」

 

「あ、そっか……。で、でもさ澄香さんなら渚も理奈も下手に手が出せないんじゃない?(ボソッ」

 

「あの3人がヤミモードになった怖さはあたし達がよく知ってるでしょ(ボソッ」

 

「ねぇ?さっきから香菜姉と志保は何をこそこそ話してるの?」

 

「なら席は前みたいにくじで決めるか?

それなら誰も文句はねぇだろ」

 

まぁ、それが妥当か。

このままじゃ席も決まらんし拓斗に迷惑掛けちまうしな。

 

「じゃあ俺が仕事用の紙持ってるしくじ作るわ」

 

「先輩?仕事用の紙って何ですか?それ使っていいやつですか?」

 

俺がくじを作り、テーブル席の左奥から1番、2番と番号を割り振っていった。

フッ、賢明な読者なら既におわかりだろう?もちろんこのくじには細工が施されているのだ。

 

「ほら、作ったぞ。みんな一人ずつくじを引いて……」

 

「はい。ありがとうございます。くじは一旦私が預かっちゃいますね~」

 

え……?

 

「な、奈緒ちゃん?何を言っているの?」

 

「ほぇ?ただのくじですよね?だから私が預かってみんなに引いてもらおうと思いまして。ですから私はもちろん最後でいいですよ」

 

ま、まじでか…。

 

「このくじに書かれている席は絶対ですので……。みんなわかってますよね~?」

 

「「「「は~い」」」」

 

や、やば…やばい……。

 

「じゃあ俺から引くー!お、9番!ラッキー9だ!」

 

ラッキー9って何だ……?

 

「じゃあ次はボクー!あ、7番だ」

 

クッ…シフォンは7番か…!

と、なるとシフォンの隣に座るには8番しかないか…!

 

「じゃあ、あたしが、引かせてもらおっかな~?……これにしよ。お、11番。真ん中席かぁ」

 

香菜が11番か……香菜がアレを引いてくれても冗談で済みそうだし良かったんだが…。

 

「次はあたしが引く~。………お?5番~」

 

「次は私が引かせて貰おうかしら。………4番ね」

 

「じゃあ私が引こうかな。……10番だ!」

 

「あたしは何を引くかな~?……出来れば2番か6番か12番………あ、3番だ。江口の真正面……理奈と渚からも近い席か……終わった……」

 

こんだけ引いて何で誰もあれを引かないんだ?だがこれでいい。あれを英治か澄香…もしくは俺が引けば問題はない…。

 

「では私が引かせてもらいますね。理奈さんの隣は無理だし、お姉ちゃんの隣になるといいなぁ…………え?は?」

 

………ま、まさか美緒ちゃんが?

一番引かれたらまずい人物に……。

 

「お姉ちゃん。この紙に書かれてる席は絶対なの?」

 

「え?うん、まぁ……。何番だったの?」

 

「ふぅん………まぁいいでしょう。早く席を決めちゃいましょう」

 

………え?え?あれ?俺何か間違えた?

まさか字が汚くて読めなかったとか?

 

「よし次は澄香が引いていいぞ」

 

「うん、わかった………8番か。ヤダ若い男の子に囲まれるなんてお姉さん照れちゃう」

 

キ…キモ……。

しかし澄香め……シフォンの隣をゲットするとはなんて羨ましいやつ…!!

 

「キモいな澄香……さ、俺が引かせてもらうか」

 

「英治…女の子にキモいとか言うな……。これはタカの真似だよ」

 

え?俺そんなキモい事言ってる?

 

「俺は12番だな。………ここならしばかれる心配はないか」

 

英治?

 

「さ、貴も引いて下さい。美緒は何番だったんでしょう?」

 

そうだよな……多分美緒ちゃんが引いたのはアレだよな。俺が細工をしたのは1番だし残るは2番と6番……。

2番なら隣は美緒ちゃんと志保。6番なら隣は盛夏。

フッ、どちらにしてもしばかれる心配はない訳だな。

 

「……2番だ」

 

「じゃあ私が残り~っと。6番ですね」

 

ああ……美緒ちゃんが文句言ったりしなかったのは最後に出なかった番号の所に座ればいいと思ったからか。

俺がしばかれないように気を使ってくれたんだな……。ありがとう美緒ちゃん。

 

「よし、じゃあみんな決まった席に座ろうぜ。実は部屋の前で拓斗が既にドリンク持って来ててここに入れなくて泣いてやがる」

 

え?そうなの?ごめんね拓斗。

 

そして俺達は拓斗からドリンクを受け取り、各自引いたくじの席に座った。

………けど、何で美緒ちゃんは座らないんだ?1番だから奥だし俺と志保が座っちゃうと座りにくくないか?

 

「あら?美緒ちゃんどうしたのかしら?

美緒ちゃんが引いたのは1番でしょう?」

 

「あ、いえ………では座ります…」

 

そう言って美緒ちゃんは俺の隣に来て……

 

「で……では、お兄さん……し、失礼します」

 

俺の膝の上に座った……。

 

-ガタガタガタッ

 

「み、美緒……?あんた何やってん…の…?」

 

「美緒ちゃん!今すぐ離れなさい!!貴さんの菌が感染してしまう前に!」

 

「ね~ね~。ご飯の注文していい~?」

 

「み…美緒?な、何で貴の膝の上に座ってるんですか……?え?何で…?」

 

「み、美緒って大胆なんだな…」

 

「み、美緒様…!?スナイパー!…スナイパー部隊に連絡をしなくては……!」

 

「ま、まさかたか兄本当にボクを膝の上に座らせようとしてたとか…?」

 

「み、美緒ちゃんが……先輩の膝の上に……う、羨ま……じゃない。え?これって現実…?」

 

「ちょっ…!?渚!?何であたしの腕を掴んでんの!?いた…いだだだだだ……志保っていつもこんな目に!!?」

 

「良かったぁ。俺の席ここで…」

 

終わった…。どうやら俺の命運もここまでか。ファントムギグ…やりたかったなぁ。

 

「だって……わ、私も嫌だし恥ずかしいですけど…くじに『葉川貴の膝の上』って書いてあったし…」

 

「み、美緒ちゃん……その…す、すまん。それ1番って意味なんだわ…その書き間違えたみたいで…あは、あははは…」

 

『1』と『葉川貴の膝の上』ってどうやって書き間違えるんだよ…!?無理あり過ぎだろ!

 

「そ、そうなのですか…?くじに書かれてる席は絶対と言われましたので……その…意外と座り心地いいんですけど降りた方がいいですか…?」

 

す、座り心地いいって……。いかんいかん。

 

「キャッ!わっ!?」

 

俺は美緒ちゃんを抱っこする形になったが、無理矢理隣の席に座らし、何事もなかったかのように……

 

「さ、乾杯すっか」

 

「「「「貴(さん)(先輩)」」」」

 

やっぱりダメだよなぁ…。甘んじてしばかれるか……。しょうがないな。俺が悪ふざけしたせいだもんな……。よし、やむを得ん……。

 

「渚。そういえば梓がもうすぐ日本に帰ってくるらしいぞ。今度帰って来たら日本に永住するらしい。良かったな。うん、めでたい!」

 

俺はリーサルウェポンを発動した。

 

「「「「それが遺言か?」」」」

 

しかし、不思議なチカラでかきけされた。

 

-ダッ

 

タカは逃げ出した。

しかし、まわりこまれてしまった。

 

ギャァァァァァァァァァァァ!!!!



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第30話 電話

俺の名前は葉川 貴。

 

え?何で?何で2話連続で俺のモノローグなの?

それならわざわざ次の話にする事なかったんじゃない?

 

などと思っていると、いつの間にか注文されていた料理が拓斗によって運ばれて来た。

 

「うー!宮野 拓斗…!」

 

「盛夏はまだ拓斗さんの事を怒っているの?」

 

「いや~、別に何となくなんだけどね~。やっぱり今貴ちゃんの隣はあたしの場所だし~?昔の男がしゃしゃって来て貴ちゃんの隣は自分の場所とか言われても~みたいな?」

 

「盛夏……気持ちはわかるけれど…その言い回しは誤解を招くわよ」

 

昔の男って……別に拓斗とはそんな関係じゃありませんでしたけどね。

 

「あ、拓斗さん。そのキムチは先輩にお願いします」

 

「あ?はい、かしこまりました。………ってタカ、お前キムチ好きだっけか?」

 

「嫌いじゃねぇけどな。どっちかというと好きな方だし……ただな…」

 

「ただ?」

 

「せ~んぱい♪キムチ好きですよね?(ニコッ」

 

「そうよね。何なら特別サービスで私が食べさせてあげてもいいわよ?(ニコッ」

 

「タカ、今のうちに拓斗におかわり頼んどく?(ニコッ」

 

「ああ…いえ……結構です…」

 

さっきしばかれて口の中が切れてるからキムチとか沁みるんだよなぁ…。

 

「あ?何なんだ一体…」

 

「奈緒ちゃんはタカ苛めに参加しないのな?」

 

「英治さん……貴苛めって何ですか…。

まぁ、美緒を膝の上に……ってのは、『姉として』怒ってはいますけどね…色々思う所もありまして…」

 

「思う所…?何なのそれ?後、姉としてって強調しなくても…はははは」

 

「まあ、色々ですよ。それに貴の病気って……あんまり辛い物良くないって聞きますし」

 

「ああ…そういやそう言われてるな」

 

 

「あ、そうだ。おい、盛夏」

 

「ん?宮野 拓斗?」

 

「………これやるよ。俺の奢りだ。食え」

 

「おお…!!こ、これは…!!?」

 

拓斗が盛夏に渡したのは、ドーナツが大量に入ったでかいパフェだった。

え?あれもしかして一人で食べるの?

 

「まぁ、これで許しを乞うつもりはねぇけどな。奈緒にはDVD、香菜にはドラムスティックをお詫びにプレゼントしたが、お前には詫びの品は渡してなかったしな」

 

「う~……宮野 拓斗から……拓斗さんに昇格してあげる……」

 

「ハッ、ありがとよ」

 

そう言って拓斗は厨房に戻って行った。

そういや拓斗と連絡先交換しとかねぇとだったな……。

 

俺はバッグから紙とペンを取り出し、俺の電話番号、メアド、LINEのIDを書いた。まぁ、Twitterはいらねぇだろ。

 

「悪い志保。ちょっと後ろ通るな」

 

「え?貴?どこ行くの?」

 

俺は厨房に戻った拓斗を追った。

 

「おい、拓斗!」

 

「あ?どうした?ビールのおかわりか?」

 

「ああ、そうだな。ついでにそれも頼むわ。んで、これだ。受け取れ」

 

俺は拓斗に連絡先を書いた紙を渡した。

こないだ誰もこいつの連絡先知らなかったしな。また何かあった時困ってもめんどくせぇし。

 

「あ?んだこれ?

………え?これお前の連絡先か?」

 

「おう。俺の個人情報だからな大切に扱えよ。いらねぇようだったらシュレッダーして捨てろ」

 

「ああ…サンキューな。バイト終わったら一度連絡入れるわ…」

 

「おう。出れるかどうかわからんけどな。ワンギリでもくれりゃ登録しとくわ。後、ビールのおかわり忘れんなよ」

 

「あ、ああ。わかった。すぐ持って行くから待ってろ」

 

「後な………一応お前はファントムの仲間だしな。何かあったら俺を頼れ。俺の手が届く所に居るなら……ついでに守ってやっからよ」

 

「あ?急にどうしたんだよ気持ち悪い……。俺はもうお前に守ってもらう程弱くねぇし、どっちかっつーと昔の歌声を出せねぇお前の方が危ないだろ……」

 

まぁ、そうなんだろうけどな。

こいつも歌もベースも昔より上手くなってたし、今のこいつには新しい仲間が居るしな。

 

「ただのお節介だから気にすんな。それに………『サガシモノ』の事だけでクリムゾンと戦ってたわけじゃねぇんじゃねぇの?何か隠し事してね?」

 

「は?何言ってんだお前……。

まぁ、そんな事があったらテメェにも話しすっから心配すんな」

 

「そっか。ならいい。心配してんわけじゃねぇけどな」

 

そう言って俺は席に戻った。

 

「…………(ボソッ」

 

あ?今何て言った?

 

俺は拓斗が何か言ったような気がして、拓斗の方を見てみたが、あいつは振り返る事なく厨房へと戻って行った。

 

やっぱりお前……俺達に何か隠してんだろ……?

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

「ただいま」

 

「あ、貴おかえり」

 

「貴さん、何処に行ってたの?」

 

「ん?ああ、こないだ拓斗に連絡先聞きそびれてたからな。俺の連絡先渡しにな」

 

「ああ、そうなのか。あ、俺も連絡先渡しときゃ良かったな……」

 

「紙とペンならあるぞ?拓斗もまたこっちにも来るだろ」

 

そう言って先輩は英治さんに紙とペンを渡していた。

そっか。拓斗さんに連絡先教えに行ってたんだ。

 

私の名前は水瀬 渚。

さっき先輩をしば……スキンシップする前に先輩が言ってた事……

 

 

『渚。そういえば梓がもうすぐ日本に帰ってくるらしいぞ。今度帰って来たら日本に永住するらしい。良かったな。うん、めでたい!』

 

 

あれって本当の事なのかな?

それともただ苦し紛れに言った事なのかな?

 

「渚?どしたの?あんま食べてないじゃん」

 

「あ、うん……ちょっと考え事してて…」

 

「渚さん、これ美味しいよ。食べる?」

 

「あ、ありがとシフォンちゃん」

 

シフォンちゃんが差し出してくれた唐揚げ。うん、美味しい。

でも気になるなぁ…梓お姉ちゃん…。

 

聞いてみてもいいかな…?私は先輩に目をやった。

 

 

「キムチ美味しいなぁ……でも沁みるなぁ…痛いなぁ…」

 

「にーちゃんキムチばっかじゃ辛いだろ?この刺身も美味いぞ!」

 

「ありがとうな渉。でも醤油がな……」

 

「タカ、これ食べる?おでん。好きだったでしょ?」

 

「いや、好きだけどこれ全部カラシみっちり塗ってあるじゃん…」

 

「おでんと言ったらカラシでしょ?タカも好きだったじゃん」

 

「お兄さん、餃子食べますか?」

 

「ありがとうな美緒ちゃん。でも餃子のタレがね…」

 

 

何事もなかったかのように飲み会を楽しんでるなぁ。話し掛け辛いや…。

 

「どうしたの渚。貴の方をジッと見て。

それよりあれって渚には楽しんでるように見えるんだ?」

 

志保に心を読まれている!?

 

「渚はさっきの話が気になっているのでしょう?」

 

「え?り、理奈……さっきの話って何の事かな?」

 

理奈って本当に鋭いよね…。

いつもまわりを見てるって証拠かな…。

 

「食事中に言うような事ではないのだけれど……さっきの英治さんと奈緒との話……貴さんの病気の事ね?」

 

え!?違うよ!?全然鋭くなかった…!

 

「確かに…タカ兄も手術しなきゃなんだもんね……大変だよね…渚も心配なんだね」

 

香菜まで!?

 

「貴ちゃんが手術で入院になったら渚もお仕事大変だもんね~もぐもぐ」

 

は!?そうだよ!別に先輩の痔の事を考えてた訳じゃないけど、先輩が入院とかになったらヤバいじゃん…!!

 

「晴香にも容赦なく蹴られてたからな。悪化してなけりゃいいけどな……」

 

容赦なく蹴られて!?悪化!?

 

「でも貴って私達みんなが貴の病気の事知ってる事に気付いてるんですかね?

思いっきり晴香さんに暴露されてましたけど…」

 

「ああ、確かに晴香さんが破裂させるって言ってたのはビックリしたよね。まさか先輩がそんな病気になってるとは…」

 

「まぁ、あたしら南のグループは英治先生に聞いて知ってたけどね」

 

「おい、香菜。声がでかい。もう少し小さい声で…!」

 

「貴が入院になったら渚がナースコスでもして看病してあげたら?喜ぶんじゃない?」

 

ナ、ナースコスで先輩を看病……だと…!?

 

「ああ、そういえば麻衣さんが言ってたけど、手術後はなかなか大変らしいよ?座薬入れたりとか色んな薬を塗ったりなきゃいけないみたい。ボクは絶対たか兄の看病するの嫌だけどね」

 

座薬とか色んな薬を塗る!?

おっとヤバい…妄想が暴走してR18な事を考えちゃったよ…。あ、鼻血出そう…。

 

「いや、冗談だったんだけど何で渚も理奈も奈緒も顔を真っ赤にしてんの?変な想像したの?」

 

理奈も奈緒ももしかして自分が先輩の看病をとか考えちゃったとか?

 

「あ?どうした澄香?顔が真っ赤だぞ?カラシ辛かったのか?」

 

「な、何でもございませぬよ…お気になさらないで下され……」

 

澄香お姉ちゃんにも聞こえてたのか……。喋り方がセバスちゃんに戻ってるし……。

 

「そういやにーちゃんっていつ手術するんだ?もぐもぐ」

 

「あ?渉?何言ってんの?」

 

渉くん!?それ聞いちゃうの!?

 

「渉が聞きたいのはお兄さんの痔の事じゃないですか?」

 

「あははは、美緒ちゃんもおかしな事を言うな?俺が痔?そんなバカな」

 

あ、先輩まだバレてないと思ってるんだ?

 

「全く……渉も美緒ちゃんもおかしな事を仰る。夢か何かなの?それとも今の高校生で流行ってんの?あ、話題変えようか。渉と美緒ちゃんって仲良しなの?お互い名前呼びだし」

 

「貴、みんな知ってるから観念しちゃいなよ。痔って本当に大変らしいよ?早く手術しなきゃさ」

 

「何でみんな知ってんだよ……」

 

「ほぇ?たか兄が晴香さんにしばかれてた時、『嘘だったらあんたの痔をこの場で破裂させる』って言われてたじゃん」

 

「あ……そか、それでみんな知ってるのか…。てか、何で晴香はそんな事知ってやがったんだ?」

 

「タ、タカ!それはもういいじゃねーか。それより本当に早目に手術した方がいいんじゃねぇか?ファントムギグも会場も決まらないし、出演バンドが9組になったろ?日程も延ばそうと思ってんだよ」

 

「あ?日程を延ばす?それどういう事だよ?」

 

日程を延ばす…?え?ファントムギグって11月にやるんじゃないの?

 

「ちょっと…英治先生。ファントムギグの日程ってどういう事ですか?」

 

「ああ、実はな。秋月グループが小さい武道館みたいなイベント会場を造ってるらしくてな。ファントムギグはそこでやりませんか?って話が来てんだよ」

 

「あ、それ私も旦那様から聞いた事ある。今年の秋月グループの年末にやる年次総会をやる為にイベント会場を建造中って…」

 

へぇ……武道館みたいな会場かぁ。

姫咲ちゃんの家って本当に凄いなぁ…。

 

「まぁ姫咲ちゃんの居るCanoro Feliceも参加するイベントだから提案してくれたんだろうけどな。スタッフがうちは少ないからと思ってたんだがSCARLETのスタッフを借りれるなら大きな会場でやるのもアリかな?って」

 

「そりゃ確かにすげぇ話だけどな。収容人数何人?その会場いっぱいになるくらいお客様来てくれるの?

FABULOUS PERFUMEとevokeが居ても他はほとんどデビューしたてだよ?」

 

あ、そっか。確かにそんな凄い所でライブやれたら最高だろうけど、私達の知名度じゃそんなにお客様も来ないかな?

 

「大丈夫だぞにーちゃん!俺達Ailes Flammeもライブをガンガンにやっていこうって話してるしな!きっとオーディエンスは満員御礼だぜ!」

 

「渉くんはどうしてそんなに自信満々なの?ボクもAiles Flammeならいけなくはないって思ってるけどね~♪」

 

「あ~…武道館みたいなって言っても秋月グループの会議用施設だからね。3,000人程度のキャパのはずだよ」

 

「3,000人か…。でも全盛期時代のBREEZEとArtemisの対バンの時もめちゃ宣伝しても1,000人いったかいかなかったくらいじゃん」

 

え!?BREEZEもArtemisも凄いって思ってたのに、1,000人入らなかったの!?

 

って思ったけど1,000人って凄くない?

いや、それより秋月グループの会議用で3,000人キャパって……。

 

「そもそも俺らの対バンの時の会場のキャパはいつも1,000人の会場だったじゃねぇか。テメェはリスク計算し過ぎでネガティブ過ぎだ。………追加のご注文分お持ちしました」

 

「拓斗…。まぁそうなんだけどな……しかし3,000人か…」

 

「お兄さん武道館でライブやりたいって言ってましたよね?武道館って14,000人ですよ?」

 

「そうだぜタカ。お前と梓でいつか対バンを大阪城ホールでしたいって言ってたじゃねぇか。あそこ16,000人だぜ?」

 

「夢と野望はでかい方がいいだろ」

 

「でも貴。3,000人ならいけそうじゃないですか?」

 

「そうね。FABULOUS PERFUMEはいつも完売しているみたいだし。それに私達Divalが居るもの」

 

「あたし達ならいけるいける~。あたし達もそれまでにライブするだろうし~。ファンも増えてくれると思うし~」

 

「そうだよタカ。それにBREEZEも一夜限りの復活とかしてみたら?解散ライブって結局やれてないでしょ?」

 

「!?それです澄香さん!一夜限りのBREEZE復活ライブ!最高です!!」

 

「あ?俺はトシキが良けりゃ構わねぇけどな。タカと英治はどうだ?」

 

「俺もお前らが良けりゃって気もするけどな。久しぶりにステージに立つのも楽しそうだし」

 

「あ?ならArtemisも一夜限りの復活ライブやってみたら?お前らも解散ライブやってねぇだろ。翔子の所在もわかってるし、梓も帰ってくるしな」

 

やっぱり…!梓お姉ちゃん帰って来るんだ……!

 

「いや、でもうちらは日奈子が何処にいるのか……」

 

「先輩!梓お姉ちゃんが…梓お姉ちゃんが帰って来るって……」

 

「マジかタカ!?梓が日本に帰って来るのか!!?」

 

え?拓斗さん?

拓斗さんも知らなかったの?

 

「いや、渚も拓斗も声でかいね?

もしここにクリムゾンエンターテイメントの奴らが居たらどうすんの?」

 

あ、そ、そっか。確かにそれは危ない…。

 

「まぁ、最近のクリムゾンの奴らが梓の事知ってるとは思えんけどな」

 

「拓斗はまだ梓に未練あるの?50回くらいフラれてんのに?」

 

「うるせぇよ澄香。まだ54回だ。101回目までは諦めねぇ…」

 

え?拓斗さんってそんなに梓お姉ちゃんにフラれてるの?

 

「お~…叔母さんにそんなにフラれてるのか~。南無~」

 

「ちょっと盛夏…そんな事言っちゃ拓斗さんが可哀想だよ?」

 

「あの……拓斗さんはその…梓さんの気持ちは知ってるの?かな?」

 

「ちょっと香菜。止めなさい。もし知らなかったとしたら、拓斗さんは屈辱でこの先の人生を生きていけなくなるわ」

 

「いや、ちゃんと知ってるからな……。その事を知らねぇのはタカだけだ…」

 

は?先輩だけ?

 

「ん?俺だけ知らないって何だ?何かあんの?」

 

「タカは知らなくていいの。

……知られるとヤバそうやし(ボソッ」

 

え?知られるとヤバそう?それってもしかして梓お姉ちゃんが先輩を好きだったって事?

知られるとヤバそうってまさか先輩も梓お姉ちゃんの事……?

 

「そ、それより貴さん、その話は本当なのかしら?梓さんが日本に……って」

 

「ん?ああ、いつ頃なのかはわかんねぇけど、こっちに帰ってくるんだと。

また梓に電話しようとは思ってんだけどな……。ん、あ、そうだ」

 

そう言って先輩はスマホを触って何処かに電話した。ま、まさか……。

 

「あ、もしもし?俺だけど。俺だよ俺」

 

何でそんな電話の掛け方なの?

 

「……………うちにはあんたみたいな息子はいませんって言われて切られちまった」

 

何やってんの先輩は……!

 

「ねぇ、貴。もしかして電話の相手って……」

 

「ああ、もっかい掛けてみる。ちょっと待ってね…………あ、もしもし?俺だけど。てか電話番号でわかるよね?何で切ったの?」

 

先輩……梓お姉ちゃんに電話……?

 

「ああ、色々聞きたい事あるんだけどな?まぁ、今日はそれはいいや。

………は?声が聞きたかったの?って?ないよ?

………ああ、今飲み会しててな。

………いや、いるよ?澄香もいるし」

 

澄香お姉ちゃんの名前を…。

やっぱり電話の相手って梓お姉ちゃん…。

 

「タカめ……私と飲み会してるとか梓に言うなよなぁ…」

 

澄香お姉ちゃんも先輩の電話相手は、梓お姉ちゃんって思ってるんだ…。

 

「ああ、ちょっとな。お前の声聞かせてやりたい奴がいるんだわ。お前ん家の近所のなっちゃんだけど。

…………いや、お前声でかいよ。うるせぇよ。何叫んでんの?

…………代わるからちょっと待ってろ」

 

え?代わる…?なっちゃんに…?私…?

 

「ほれ。渚」

 

そう言って先輩は私にスマホを渡してきた。

え?え?え?梓お姉ちゃんと……電話…?

 

「声聞きたくねぇの?」

 

「き、聞きたい…!!」

 

私は先輩からスマホを受け取って……。

 

 

 

「も、もしもし…?」

 

『もしもし?なっちゃん?わぁぁぁぁ!久しぶりぃぃぃぃ!!会いたかったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 

「あ、梓お姉ちゃん……声が大きいよ…。

それに会いたかったって…これ電話やし」

 

『あ、そっか。えへへ。なっちゃん元気だった?タカくんと飲み会って、なっちゃんもお酒飲める歳になったんだね』

 

「うん…もう22やし…私はめっちゃ元気やったよ。梓お姉ちゃんは?元気?声は元気そうやけど…」

 

『めっちゃ元気やで!そっかぁ。なっちゃんももう22かぁ。いつの間にかなっちゃんもあたしより歳上かぁ~』

 

え?何を言ってるの梓お姉ちゃんは…。

 

「いや、梓お姉ちゃん…もう[ピー]歳だよね?」

 

あれ?何この自主規制音?

 

『いや、あたし永遠の20歳やから』

 

あ、何かそれ前に先輩が言ってたやつだ。

 

「そんな事言ってると先輩……あ、タカみたいになっちゃうよ?」

 

『まじでか。え?てかなっちゃんってタカくんの事呼び捨てやの?タカくんに変な事されてない?セクハラとかセクハラとかセクハラとか。お姉ちゃん超心配』

 

梓お姉ちゃん……。何か先輩と話し方似てる。笑っちゃいそう。

 

「あ、タカは私の会社の先輩でいつもは先輩って呼んでるんやけど、梓お姉ちゃんには先輩って言っても誰かわからないかな?って思って……。セクハラはたまにされてるかな?」

 

『な、なんやて……!?あ、あたしのなっちゃんになんて事を……!!』

 

 

 

「いや、渚のやつ梓に何言ってんの?俺セクハラなんかしてないけど?え?してないよね?」

 

「貴さんは存在自体がセクハラのようなものじゃない」

 

「え?そうなの?」

 

「昨日、ファントムで私のお尻ずっと見てたやん…」

 

「え!?バレてたの!?」

 

「え!?冗談やってんけどマジで!?

うわ、キモッ!信じられへん…!この変態!!」

 

「お兄さん?この唐揚げに付いてたレモン食べますか?食べさせてあげましょうか?」

 

 

 

『なっちゃんも今はバンドやってるんやってね。どう?楽しんで音楽やってる?』

 

梓お姉ちゃん…。本当に元気そう。

先輩が言ったのかな?私のバンドの事。

 

「うん。Divalってバンドでボーカルやらせてもらってるよ。バンド最高に楽しい」

 

『そっかそっか。おっちゃんもなっちゃんの事応援してるって言ってたよ。ギターはやらへんの?おっちゃんに教えてもらえばええのに』

 

え?おっちゃん?

ギター?梓お姉ちゃんに教えてた…?

 

「梓お姉ちゃん。そのおっちゃんってもしかしてお父さんの事?」

 

『ん?そだよ?タカくんにもなっちゃんがバンドやってるの聞いてたけど、こないだおっちゃんと電話した時に聞いてね』

 

あんのクソ親父ぃぃぃぃ!!

梓お姉ちゃんが生きてるって事知ってたって事!?

 

『あたしがこんな事になって、今はアメリカだからさ。おっちゃんも心配してたけどね』

 

あっ……そっか…。

お父さん…梓お姉ちゃんが事故にあったからじゃなくて、クリムゾンエンターテイメントに狙われてたから…。だから、私のバンド活動を反対してたんだ…。

 

「大丈夫だよ。私は…」

 

『タカくんもいるもんね。きっとタカくんがなっちゃんの事守ってくれるよ』

 

 

 

「渚嬉しそうだね」

 

「そうだな。俺もこないだ渚ちゃんが梓の家の近所のなっちゃんだって聞いた時は驚いたもんな…」

 

「あ、英治さんもなっちゃんの事覚えてるんですか?」

 

「ああ、まぁな。梓の実家に行ったのなんてあん時くらいだし。タカはたまに梓の実家に行ってたけどな。あのギターの調整するのと、渚ちゃんのお父さんに会う為に」

 

「な、渚のお父さんに…ですか?

何か嫌な予感がするんですけど…」

 

「ああ、多分そんな話じゃないよ。奈緒ちゃんが言ってる嫌な予感って、なっちゃんが大きくなったらタカが結婚してやるってやつの事だろ?」

 

「ち、違いますからっ!」

 

「おお~…貴ちゃんめ~!あたしという者がありながら~。もぐもぐ」

 

「え?渚が大きくなったらタカ兄と結婚って何?タカ兄と渚結婚するの?」

 

「香菜?バカな事言わないで頂戴。渚はDivalの大切なボーカルよ。貴さんなんかには渡せないわ。子供の頃の約束なんてノーカンよ」

 

「そういやタカの奴ってやたらと子供と結婚の約束してるよな。初音にも結婚してやるって言ってたし、理奈が子供の頃にも結婚してやるって言ってたしな」

 

「やっぱり子供の頃の話とはいえ約束は大切だわ」

 

「「「理奈(ち)?」」」

 

 

 

『いや~、でも嬉しいな。久しぶりになっちゃんの声が聞けて。あたしの事なんか忘れちゃってるかな?とかも思ってたけど』

 

忘れない…。忘れるわけない…!

 

「忘れないよ。梓お姉ちゃん…」

 

『もう少ししたらさ。あたしも日本に帰るから、きっと会おうね』

 

「うん。絶対に会おう。約束だよ?

いつくらいに帰って来るか決まってるの?」

 

『あ、うん。色々手続きとかしてからだから、11月の末くらいか遅くても12月の頭って予定だよ』

 

11月末くらいか…。長いなぁ。

でも梓お姉ちゃんが帰ってきてくれる。

また会える…。楽しみだな……。

 

『なっちゃんのライブも観たいしね♪』

 

「うん!絶対楽しいライブにする!」

 

 

 

「あたしも久しぶりに叔母さんと話したいな~もぐもぐ」

 

「お、いいな。俺も話してぇな。タカいいか?」

 

「あ?いいんじゃね?」

 

「タカ……お、俺もいいか?」

 

「拓斗?あんた仕事は?」

 

「晴香に休憩にしてもらった」

 

「私も会った事あるようだけれど、あんまり覚えてないわけだし、電話を代わってもらうのは悪いわね」

 

「声を聞いたら思い出すんじゃない?」

 

 

 

『でもなっちゃんにはあんまり迷惑掛けたくないけどね』

 

え?迷惑…?何で…?

 

「え?梓お姉ちゃん?それってどういう事?」

 

『あ、深い意味はないよ?なっちゃんにもあんまり迷惑かけたくないなぁと思っただけだし』

 

「迷惑なんて…!そんな訳ないよ!」

 

『な、なっちゃん…?』

 

何で…何で迷惑なんて……。

 

 

 

「あのバカ……渚に何言ってやがんだ……」

 

「梓……なっちゃんに迷惑掛けたくないとか言ったんじゃ………なっちゃん!貸して!」

 

「え…?」

 

私は澄香お姉ちゃんに先輩のスマホを強引に奪われた。

 

 

 

「ちょっと!梓!あんたなっちゃんに何言ったの!?」

 

『ふぇ?澄香?』

 

 

 

「梓お姉ちゃん…何で私に迷惑掛けたくないなんて…」

 

「渚~」

 

「盛夏?何…?」

 

「叔母さんはね~。事故の後遺症で車イスなんだよ。だから渚に負担を掛けちゃうとか思ってんじゃないかなぁ?車イスくらいあたしが押してあげるのに~」

 

梓お姉ちゃんが車イス…?

そんな事…そんな事くらいで…私は…。

私だって梓お姉ちゃんくらい押してあげるのに…。

 

 

 

「は?何それ?あたし達に負担かけるとか思って言ったんじゃないの?」

 

『え?あたし負担かな?』

 

「いや、全然そんな事ないよ。梓の事だからそう思って遠慮とかしてんのかな?って…じゃあ何でなっちゃんに迷惑掛けたくないとか言ったの?」

 

 

 

「およ?違うのかな?もぐもぐ」

 

え?違うの?じゃあ何で迷惑って…。

 

 

 

『なっちゃんもあたしの愛弟子だからね!あたしが日本に居ない間に出来たであろう聖地!そう!ヲタショップ巡りに付き合って欲しいから!なっちゃんももう22歳……R18もとっくに解禁だからね!』

 

「……は?」

 

『でもあれから15年……もし、なっちゃんがヲタ卒してたらさ…。そんな所に連れて行ってとか迷惑掛けるじゃん?』

 

「あ……ああ、そう……。ごめん。やっぱり梓は梓だわ…」

 

『あ、それよりね!あたし澄香に聞きたい事あったの!』

 

「私に聞きたい事…?」

 

『ネェ……何でタカくんと飲んでるノ?抜け駆けなノ?アハッ♪別にタカくんと澄香が一緒に飲んでもあたしは全然いいんだけどネ?もしさ?タカくんがお酒の勢いで澄香を襲ったりしたら大変じゃない?』

 

「ヒィ!?」

 

『ネェ?何でなの?』

 

「あ、あ、あ、梓?りっちゃん!りっちゃん覚えてる?ここにりっちゃんも居るんだよ!か、代わるね!」

 

『え?りっちゃん?』

 

 

 

そう言って澄香お姉ちゃんは理奈に先輩のスマホを押し付けていた。

どうしたんだろう?

 

「はい!りっちゃん!梓だよ!」

 

「え?私も……ですか?」

 

「理奈も久しぶりに梓お姉ちゃんと話してみたら?」

 

「そ、そうね…」

 

理奈は先輩のスマホを耳に当てて…

 

 

 

「え、あの…えっと…もしもし?り、理奈です」

 

『わぁぁぁぁ!りっちゃぁぁぁぁん!!

久しぶりだね!charm symphonyの曲も聴かせてもらったよ!ベースも歌もすっごく上手だね!』

 

「え?charm symphonyをご存知なんですか?あ、あのえっと…あ、ありがとうございます…」

 

 

 

「危なかったぁ……いきなり梓がヤミモードになるんだもん…電話だからって油断してた…」

 

ヤミモード?何それ?

 

「え?澄香さん…梓さんもヤミモードとかあるんですか?」

 

「そうなんだよ…ああなった梓は色んな意味で怖いから…」

 

「「「へぇ~……」」」

 

ん?何で志保も香菜も奈緒も私を見るの?

 

「あ、それで澄香お姉ちゃん。梓お姉ちゃんは何で私に迷惑掛けたくないなんて…」

 

「ん、ああそれね。何か日本に帰ってきたら、なっちゃんにヲタショップ巡りに連れて行ってほしいんだって。それでなっちゃんがヲタ卒してたら迷惑掛けるって思ったみたい」

 

梓お姉ちゃん…そんな事を心配してたんだ…。

 

「ヲタ卒なんてするわけないじゃん…!!」

 

「「「「ですよね~」」」」

 

志保?香菜?盛夏?奈緒?

 

 

 

『え!?りっちゃんってあたし達の事覚えてへんの!?』

 

「あの……本当にごめんなさい…」

 

『ショックやなぁ。でも、しょうがないかな?まだりっちゃんも小さかったし、あの頃はタカくんにベッタリやったもんね』

 

「へ……?あ、あの…それは梓さんが?って事ですか?」

 

『あははは、ちゃうよちゃうよ。りっちゃんがずっとタカくんにベッタリやったし、氷川さんが連れて帰ろうとしたらタカくんから離れたくないって泣いてたし』

 

「わ、私が…?ごめんなさい…頭が痛くなってきたわ…」

 

 

 

理奈が『へ?』とか言うなんて珍しいなぁ。何を言われたんだろう?

 

「あ、先輩。そういえば梓お姉ちゃんは11月末か12月頭くらいに帰ってくるそうです」

 

「あ、そうなの?ならファントムギグを延期するのもアリか…。まぁ、これも土曜にみんなに話してみるか」

 

「私達も翔子先生の教え子ですからね。私達の演奏も梓さんに観てもらいたいです」

 

「私もCanoro Feliceを梓に観てもらいたいかなぁ」

 

 

 

『そう?今はタカくんの事好きって訳じゃないん?優しいし意外とかっこいいんやけどなぁ』

 

「はい。それは……よく知ってます」

 

『あはは、やっぱりタカくんの事まだ好きなんだね』

 

「ご、ご想像にお任せします……」

 

『そっかぁ。やっぱりあたしも早く日本に帰らないとね』

 

「あの…梓さんもまだ…?」

 

『ご想像にお任せします♪』

 

「クス、はい。わかりました」

 

『あたしが日本に帰ったらりっちゃんも会おうね。りっちゃんのライブも楽しみにしてるからね』

 

「はい。ご期待に応えられるような最高のライブにしてみせます」

 

『うん』

 

「梓さんとお話してたら…少し昔の事思い出しました…。すごく懐かしい感じを…」

 

『そう?イントネーションが関西弁やからかな?』

 

「かも知れませんね。あ、盛夏が代わってほしいみたいですので、お電話代わりますね。ありがとうございました」

 

『盛夏?せっちゃん?』

 

 

 

「待たせたわね、盛夏」

 

そう言って理奈は隣の盛夏にスマホを渡した。

 

「ありがとう~。もぐもぐ」

 

「ちゃんと食べ終わってから電話なさいよ?」

 

「わかってる~。もぐり」

 

 

 

「もしもし~。美しい堕天使シャイニング梓お姉様ですか~?お久しぶりです~」

 

『せ、せっちゃん!?そ、そこにはタカくんもなっちゃんもみんな居るよね!?何でその呼び方するの!?しかもそんな大きな声で…!!』

 

「ほえ~?だって叔母さんって呼ぶと怒られちゃうし、そう呼ぶように言われてたし~?」

 

『た、確かにそう呼べとは言ったけど、時と場所を考えて…!』

 

 

 

美しい堕天使シャイニング梓お姉様?

何それ?梓お姉ちゃんって盛夏にそう呼べって言ってるの?

 

「さすが梓だな。クソださい中二病は健在か」

 

「梓……せっちゃんにまでそんな事を…」

 

「梓さんって面白い人なんだね。さすがたか兄のお友達だよね」

 

「おい、シフォン。確かに梓のそういう所は変だけどな。タカの友達って纏めるな。タカの友達ってなると俺と英治とトシキも入っちまう」

 

「さすがにーちゃんの友達だぜ。センスがかっこいいよな!俺もそんな呼び名が欲しいぜ」

 

「え?江口……あんた正気?」

 

 

 

「そんな事より~」

 

『全然そんな事じゃないよ!?あたしの死活問題だよ!?』

 

「おかーさんに聞いたんだけど日本に永住するの?うちに住むの?」

 

『あ、うん。日本には永住するんやけどね。なっちゃんの家が経営してるマンションがあるからそこに住まわせてもらおうと思ってて』

 

「ほえ~?うちで一緒に住めばいいのに~」

 

『少しの間ならそれでもいいけどね。

あたしも一人で生活出来るようにしなきゃだし。いつまでも居候は出来ないでしょ』

 

「本当に?それが理由?あたしは美しい堕天使シャイニング梓お姉様と一緒でも全然いいよ?むしろずっと居てくれるならその方が嬉しいし~」

 

『あ、まだその呼び方するんだ?せっちゃんの気持ちも嬉しいけどね。あたしには色々あるし』

 

「車イス……の事…?」

 

『ううん、それは関係ないよ。それならせっちゃんにお願いしちゃうよ』

 

「そっかぁ~。なら良かったぁ。でもそれならそれこそ何で?」

 

『うん……色々だよ』

 

「あたしのおじーちゃんの事?海原って人が日本に帰って来るから?」

 

『せっちゃん……知ってるの…?』

 

 

 

盛夏…?海原の事を…?

 

「あ、そうだ。おい拓斗」

 

「あ?何だ?」

 

「お前…海原の事盛夏のお祖父さんって話したらしいな?聖羅が怒ってたぞ」

 

「あ、ああ。ついな。みんな知ってるもんだと思ってな…」

 

 

 

「実の祖父がラスボスとかエモいよね~。さっすが盛夏ちゃん。すごい運命を背負ってるよね~。そこにシビれる憧れるぅ~」

 

『そっか。せっちゃんも知ってるんだね。でもね?実の父親がラスボスって方がエモいから。まるで王道ファンタジーの主人公みたい』

 

「大丈夫大丈夫~。海原って人はあたしが倒しちゃうから~。タカちゃんとあたしの石破ラブラブ天驚拳で~」

 

『いやいや、お父さんはあたしが邪王炎殺黒龍波で倒しちゃうから。邪眼の力をなめちゃダメだよ?

って、せっちゃん?石破天驚拳じゃなくてラブラブの方なの?もしかしてせっちゃんもそうなの?』

 

「ん~?別に~。それもアリかなぁ~?って思うけど~?やっぱりあたしは奈緒の友達だし~?」

 

『え?なお?誰それ?』

 

 

 

「え?盛夏は何で私の名前出してるんですか?何か怖いんですけど…」

 

盛夏?奈緒の味方なの?

 

「ねぇ香菜。盛夏って意外と怖いもの知らずだよね。近くに渚も理奈も居るのに」

 

「うん。志保も意外と怖いもの知らずだよね?隣には理奈ちが居るのに…」

 

 

 

『ねぇ……せっちゃん?なおって…もしかして佐倉さん?佐倉 奈緒ちゃん?』

 

「ほえ?奈緒の事知ってるの?何で~?

奈緒は佐倉さんちの奈緒ちゃんだよ~。すっごく可愛いんだぁ」

 

 

 

「え?梓さんって私の事知ってるとかですか?まじですか?」

 

え?梓お姉ちゃんが奈緒の事を知ってるの?何で?

先輩がBlaze Futureの事も梓お姉ちゃんには話してるだろうし、だからかな?

 

「何で梓が奈緒ちゃんの事知ってるんだ?俺は悪いけどあの頃の奈緒ちゃんは覚えてないぞ?」

 

「英治先生は子供には興味無かったからじゃないですか?」

 

「いや、そんな事はない。理奈の事は覚えてたし。単純に奈緒ちゃんには会った事ねぇだけだ」

 

「まぁ確かに私は楽屋とかにお邪魔した事はありませんし、BREEZEのファンの1人って感じでしたしね~。た、貴は覚えててくれたみたいですけど…」

 

「さすが貴さんと言った所ね。ロリコンの鑑だわ」

 

「先輩ってボーカルだしファンの1人1人ちゃんと見て歌ってたんじゃない?」

 

「てか、マジで梓が奈緒を知ってるのってびっくりなんだけど?奈緒ってArtemisのライブも行ってたのか?」

 

あれ?やっぱり先輩が話した訳じゃない?

 

「何度かはあると思いますけど、多分BREEZEとの対バンくらいだと思いますよ?」

 

「私もあの頃の奈緒は知らないんだけどな~?何で梓が奈緒を知ってんだろ?」

 

「俺も奈緒の事は覚えてるぞ?親子でよく来てくれてた客だったしな」

 

「やはり…お姉ちゃんは可愛すぎて天使過ぎるから……」

 

「奈緒ねーちゃん、すっげぇ可愛いもんな。子供の頃から目立ってたんじゃねーか?」

 

 

 

『せっちゃん……そこにトシキくんか英治くんか拓斗くんいる?』

 

「ほえ?英治ちゃんか拓斗さんなら居るよ~」

 

『そっか。ごめん、英治くんに代わってくれないかな?』

 

「ほ~い。りょ~か~い。…………………英治ちゃん、美しい堕天使シャイニング梓お姉様が代わってって~」

 

 

 

盛夏は英治さんにスマホを渡した。

てか、結構長電話してるけど、国際電話だよね?先輩、通話料金は大丈夫ですか?

 

「叔母さんには英治ちゃんか拓斗さんが居るよって言ったんだけどね~。叔母さんは拓斗さんじゃなくて英治ちゃんに代わってってさ~」

 

「なぁ盛夏。やっぱりまだ俺の事怒ってるのか?」

 

「ざまみろーって感じだよね」

 

「なぁ澄香。やっぱり俺の事嫌いなの?」

 

 

 

「お、もしもし?美しい堕天使シャイニング梓お姉様か?久しぶりだよな!」

 

『え、英治くんまで何言ってるの…?

久しぶりだよね。英治くんは全然連絡くれへんし』

 

「ははは、お前たまにこっち帰って来てたんだってな?それなら連絡くれたら良かったのによ」

 

『まあ……あたしまだ歩けないしさ…』

 

「ん……そっか。それで?俺もお前と久しぶりに話したいと思ってたけどな?俺に代わってくれって何だ?」

 

『うん、それね。タカくんにはまだ知られたくないし適当に相槌打ってくれない?』

 

「ん?ああ、いいぞ」

 

『佐倉 奈緒ちゃんってバンドやってるの?』

 

「おう。まぁな」

 

『タカくんと一緒のバンド?それともなっちゃんと一緒のバンド?』

 

「ああ、それなら前者だ」

 

『そっか…タカくんと一緒か……』

 

 

 

英治さんって梓お姉ちゃんと何の話してるんだろ?

 

「英治のやつ早く俺に代わってくれねぇかな」

 

「まだ休憩時間あるんだろ?そんな時間かかんねぇだろ?何ならここの料理何か適当に食ってていいぞ?晴香も普通に食いに来るし」

 

「いや、それは悪いからな。遠慮するわ。ってか、晴香って客の料理に手ぇ出してんの?」

 

「あ、なら拓斗さんも何か飲む?ボクもコーラおかわりしようと思ってるしついでに」

 

「あ、いや、このテーブル飲み放題だろ?グラス交換制だからグラスが1つ増えるのはな。でもありがとうな」

 

「晴香さんはよく休憩時間にはビール頼んで飲んでるわよ?拓斗さんもアルコールじゃなければいいんじゃないかしら?」

 

「晴香のやつ……やりたい放題だな……」

 

 

 

『英治くん……奈緒ちゃんの事なんだけどね…』

 

「そうだよ。お前奈緒ちゃんの事何で知ってるんだ?」

 

『ちょっ!適当に相槌打ってって言ったでしょ!?』

 

「そこら辺は大丈夫だ。任せろ」

 

『もう……。奈緒ちゃんはね……奈緒ちゃんっていうか奈緒ちゃんのお母さんとなんだけど。BREEZEのライブで知り合ったの。お忍びでライブに行ったら安定の迷子になってね。その時に奈緒ちゃんのお母さんに助けてもらって……この事はいつか外伝とかで、語られると思うんだけど』

 

「安定の迷子って……。そんなどうでもいい事は外伝とか出ないと思うぞ?」

 

『それからBREEZEのライブ行く度に見掛けるようになって仲良くなったんだよ』

 

「あ~なるほどな。謎は全て解けた!」

 

『それでたまにライブ前にも会うようになってね。カラオケに行った時に奈緒ちゃんの歌を聴いた』

 

「ん、そっか」

 

『奈緒ちゃんがもしバンドをやってるなら……歌ってるならお父さんに狙われるかもしれない……』

 

「………奈緒ちゃんはタカのバンドでギターやってんだよ。そっかそっか。それで梓も奈緒ちゃんの事知ってるんだな。あははは」

 

『そっか…。ギターか…。奈緒ちゃんはもしかしたらタカくんと同じ力を持ってるかも知れない。あたしの力も……』

 

「………奈緒ちゃんには妹も居てな。妹ちゃんはベースボーカルやってんだよ。じいさんからirisシリーズのベースも託されてな。タカに聞いたんだが妹ちゃんは軽音部に入ってんだが、翔子が顧問の先生やってるらしいぞ」

 

『翔子の教え子?翔子からあたしの歌を思い出す子が居るって聞いてたけど、奈緒ちゃんの妹ちゃんの事かな…?』

 

 

 

「え、英治さん美緒の事まで……超恥ずかしいんですけど…」

 

「美緒の顧問の翔子って誰だ?」

 

「私の顧問の翔子先生はArtemisのギタリストだったの」

 

「へぇ~。そういや南国DEギグの時、美緒も麻衣さんもクリムゾンの事詳しかったもんね?その先生から聞いてたんだ?」

 

「うん。いい先生だよ」

 

「ほぇ~。美緒ちゃんの学校の軽音部の顧問も凄いんだねぇ。ボクの学校の軽音部の顧問は東山先生って言って拓斗さんにベース教えてもらってたらしいよ」

 

「あ?シフォンの学校って達也の学校なのか?」

 

「ほぇ?うん、そうだよ!」

 

「お前ら拓実と同じ2年だよな?」

 

「そうだぞ!拓実と雨宮は同じクラスだしな。シフォンと亮は隣のクラスだけど」

 

「え!?江口!?シフォンって誰だか知ってるの!?」

 

「ん?ああ。俺も亮も拓実も知ってるぞ?」

 

「あはは……何かね…みんな知ってたみたい……ボクの苦労って…」

 

「そうか……亮の奴も知ってるのか…。なるほどな。あいつもとうとう俺の域に達したという事か…さすがだな」

 

「たか兄?」

 

「そうか。お前らみんな同じ学校か。夏休み明けたら俺のバンドの観月 明日香って奴がお前らの学校に通う事になんだけどよ。良かったら仲良くしてやってくれ」

 

「おう!わかったぞ!」

 

「へぇ~。拓斗さんのバンドの子があたしらの学校に通うんだ?楽しみだな」

 

「ボクも……シフォンの格好なら仲良く出来るとは思うけど…」

 

 

 

『うん。そうだと思う。だから……英治くん。奈緒ちゃんと奈緒ちゃんの妹ちゃんの事よろしくね。あたしも日本に帰ったら出来るだけ力になるから』

 

「おう。わかった。タカには代わらなくていいか?」

 

『うん。今はまだ言わなくていいと思う。今タカくんがその事知っちゃったら、また一人で抱え込んじゃいそうだし…』

 

「そっか…。わかった。そういや拓斗が話したいってよ。拓斗に代わっていいか?」

 

『拓斗くん?うん、いいよ』

 

 

 

「拓斗。ほらよ」

 

そう言って英治さんは拓斗さんにスマホを渡した。梓お姉ちゃんと何の話してたんだろ?奈緒の事?

 

「英治さん……その…梓さんと私と美緒の事話してたんですか…?」

 

「ん?ああ、梓が俺達BREEZEのライブを観に来た時に迷子になったらしくてな。その時に奈緒ちゃんのお母さんに助けてもらったんだと。それで奈緒ちゃんのお母さんと友達になって、奈緒ちゃんの事も知ってたみたいだ」

 

「あ~……そうなんですね。あんまり私は覚えてないんですけど…」

 

「それで奈緒ちゃんには妹が居て、その子もバンドやってるぞって話してただけだ」

 

そうなんだ。梓お姉ちゃんが迷子ってよく聞くけど、そんなに迷子になってたの?

 

「英治先生。梓さんってよく迷子になってたの?」

 

「ん?ああ、よく迷子になってたぞ。その度に俺らで探し回ってな」

 

「梓はバイクにも乗ってたけど、うちらの高校にも辿り着けずに迷子になってたりしたからね。いつも私の家まで来て、私が梓を学校まで連れて行ってたんだよ」

 

梓お姉ちゃんってそんなに方向音痴だったんだ……。

 

 

 

「も、もしもし?あ、梓か…?」

 

『うん、そだよ。拓斗くん久しぶり~』

 

「………」

 

『拓斗くん?』

 

「………」

 

『お~い。拓斗く~ん?』

 

「………」

 

『あれ?もしかして電話切れちゃってる?拓斗くん聞こえてる?』

 

「……!?あ、わ、悪い。久しぶりだな…。その、久しぶり過ぎて話したい事いっぱいあったんだけどな……その、何から話せばいいか…」

 

『あはははは。そっかぁ。本当に久しぶりだもんね。あたしも拓斗くんとお話したかったよ』

 

「そ、そうか。お、俺…まだお前の事…」

 

「はい。しゅ~りょ~」

 

 

 

あ、晴香さんだ。

 

晴香さんが電話中の拓斗さんからスマホを奪い取った。なんか拓斗さん可哀相…。

 

「ちょっ!晴香テメェ…!」

 

「兄貴?時間見てみ」

 

「時間だぁ!?………あっ」

 

「そんな訳だから……仕事に戻ってね(ニコッ」

 

「は、はい……わかりました…」

 

「あ、それからあたし今から休憩だから。ここにビール持ってきてね。ついでにみんなの分の注文も聞いてあげて」

 

「か、かしこまりました……」

 

そして拓斗さんはみんなの注文を聞いて肩を落としながら厨房へと帰って行った……。

 

「休憩時間は終わっちゃってるけど、本当はあたしも兄貴にもう少し梓と話させてあげたかったんだけどね……。何かいきなり告ろうとしてたみたいだからさすがにね……」

 

あ、ああ……だから無理矢理スマホ奪ったんだ?

 

「それよりも……と」

 

 

 

「もしもし?梓?あたし~晴香だよ。兄貴は仕事に戻ったからあたしが代わるね」

 

『え?晴香ちゃん!?久しぶりー!!!

拓斗くんお仕事中だったんだ?悪い事したかな?何を言いかけてたんだろ?』

 

「兄貴の事はどうでもいいよ。それより…梓生きててくれて……あり…ありがと……ふぇぇぇぇん……あずさぁぁ…」

 

『は、晴香ちゃん?な、泣かないで。あたしは元気に生きてるよ。ごめんね、連絡してなくて…』

 

「良かったよぉぉぉ…」

 

 

 

「晴香さん…。晴香さんも本当に嬉しそう。晴香さんも梓お姉ちゃんが生きてるって知らなかったんだもんね…」

 

「そう言えば英治さん達は何で晴香さんにまで内緒にしてたんですか?晴香さんなら大丈夫だったんじゃ…」

 

「ああ、梓の事を知ってるのは梓の意識が戻った時に病院に居た連中だけなんだよ。意識が回復した後はすぐに関西の病院に転院したしな。それで渚ちゃんのお父さんとお祖父さんにだけ話してな」

 

「え?私のお父さんとお爺ちゃんにですか?」

 

「梓さんの父親は海原だよね?梓さんのお母さんはどうしたの?」

 

「あ、梓のお母さんはね。元々身体が弱くてね。私達が高校生の頃に亡くなってね。その時なんだよ。梓が父親の海原や聖羅に初めて会ったのは……」

 

「そうだったのね…。梓さんはそれまで父親の事を…」

 

「私達はその頃にはもうArtemisをやってたけど、海原はまだその事を知らなかったからさ。梓の事を引き取るとかもしなくてね。梓の姉である聖羅。盛夏のお母さんは、それからはよく梓の所に遊びに来てて仲良くなれたんだけどね」

 

梓お姉ちゃん…そうだったんだ…。

 

「梓のお母さんの家系は割と大きな地主だったし、お金には困ってなかったんだけどね。だから好きなだけヲタグッズを買えてた梓は拍車がかかって……クッ…」

 

好きなだけヲタグッズを!?さすが梓お姉ちゃんだ…。

 

「あたしがこうなったのも叔母さんの影響だしね~。まだ子供の頃から英才教育されてたし~」

 

なんと!?じゃあ私は盛夏の兄弟子にあたるわけか!?

 

「あの…渚のお父さんはわかりますけど、渚のお祖父さんって…?渚のお祖父さんは海外を旅してるって聞いたんですけど?」

 

あ、そうだよね。私もそう聞いてるんだけど。

 

「ああ、渚ちゃんのお祖父さんが梓と一緒に暮らしてるからな。何だっけ?梓のじいさんの兄弟が渚ちゃんのお祖父さんなんだっけ?」

 

「あ?どうだっけか?何か遠い親戚ってのは覚えてんだけどな。渚のじいさんの妹が梓のばあさんじゃなかったか?」

 

「なっちゃんのひいお爺ちゃんの兄妹が梓のひいお爺ちゃんだかひいお婆ちゃんじゃなかった?」

 

え?そうなの?てか澄香お姉ちゃんの話なら本当に遠い親戚だね。

 

 

 

『うん。あたしも晴香ちゃんと飲むの楽しみにしてるね』

 

「あはは、梓はお酒弱いじゃん。あんまり飲ませないからね」

 

『いやいや、この15年の間に強くなったよ。多分やけど』

 

「何それ。多分なの?あ、結構長電話しちゃったよね。どうする?誰かに代わろうか?」

 

『あ、うん。じゃあタカくんに代わって』

 

「はいよ。…………………タカ。梓が代わってって」

 

「お?おう」

 

 

 

そして先輩は晴香さんからスマホを受け取った。私ももうちょっと梓お姉ちゃんとお話したかったなぁ。

 

 

 

「ん?どした?俺の声でも聞きたくなったか?」

 

『うんって言ったらどうする?』

 

「別に……」

 

『お父さんが……海原がまた日本に帰ってくる。せっちゃんが知ってたって事はタカくんも知ってるよね?』

 

「ああ……まぁな」

 

『なっちゃん達を守ってあげてね。って言いたいけどさ。勝手にタカくんは守っちゃうんだろうし』

 

「まぁやれる範囲でな」

 

『いつもそんな風に言って……だからモテないんだよ?』

 

「どんな風に言ったらモテますかね?」

 

『ん~。モテないタカくんの方が面白いから教えてあげない』

 

「あ。そうなの?土下座したら教えてくれる?」

 

『結婚してくれたら教えてあげるよ?モテて浮気したら○すけど♪』

 

「その○す?まるすって何なの?怖い漢字が伏せられてるとかじゃないよね?てか結婚してくれんの?」

 

『タカくんがあたしの事が好きで好きでどうしようもなくて、全裸で土下座しながら都会の中心で愛を叫んでくれたら、少しだけ考えてあげる』

 

「無茶振りもいいとこだな。俺それ捕まっちゃうし」

 

『…………絶対に無茶はしないでね。あたしも日本に帰るから』

 

「いや、全裸で土下座とか絶対しないから。無理だから」

 

『そっちちゃうし!もう!わかってるくせに!』

 

「もう無茶する程若くねぇよ。永遠の20歳だけど」

 

『あたしとタカくんいつの間に同い年になったの……?』

 

「はいはいワロスワロス」

 

『なっちゃん達と電話させてくれてありがとう。すごく嬉しかった…』

 

「あ?別に。渚に聞いたけど11月末くらいに帰ってく……」

 

『タカくん?何でなっちゃんの事を渚って呼び捨てなノ?もしかしてぇ?あの夏祭りの日のなっちゃんが結婚してくれるって約束を本気にして彼氏面してるノ?アハッ♪ちょ~ウケるんだけどぉ~?

ネェ、何で?何でなっちゃんを呼び捨てなノ?』

 

「ヒィィィィ!?」

 

 

 

先輩はスマホを投げ出した。

どうしたんだろう?それよりさっきの『結婚してくれんの?』ってどういう事なんだろう?ネェ、先輩?

 

「こ、こえぇ……思わずスマホ投げちゃったよ…。あ、電話も切っちゃったか」

 

「ごめん!貴!あたしトイレ行ってくる!盛夏一緒に行こう!」

 

「ん~?トイレ?あたしは別に~」

 

「いいから早く!」

 

「あ?志保?どうしたんだ?」

 

「タカ兄!ごめんね!あたしもトイレ!シフォン。一緒に来な!」

 

「え?香菜も?」

 

「え?香菜姉?ボクさすがに女子トイレには入れないよ?」

 

「悪いタカ、俺もトイレ。渉くん一緒に来るんだ」

 

「え?お、おう?英治にーちゃんどうした?」

 

志保も香菜も英治さんもどうしたんだろう?

ア、それより先輩にさっきの事詳しく聞かなきゃネ♪

 

「何なんだ一体……。あ、俺もトイレ行っとくか………ん?あれ?立てない?」

 

「お兄さん……次はないと忠告したはずです」

 

「え?美緒ちゃん?何で俺の肩を掴んでんの?え?全く動けないんだけど?」

 

アハッ♪美緒ちゃんが捕まえててくれるんだね。さっきの話ゆっくり聞けるネ♪

 

「え?渚?目のハイライトどうしたの?職務放棄?理奈も前髪で目が隠れちゃってるよ?大丈夫?奈緒も頬っぺたパンパンに膨らんでるけど大丈夫?破裂したりしない?」

 

「タカ……?梓に結婚してくれんの?とか言ってたよね…?あれ……どういう事?」

 

「え?澄香?何か目が血走ってない?」

 

「タカ…さようなら…ごめんね」

 

「は?晴香?何言ってんの?え?お前厨房戻るの?」

 

「先輩?梓お姉ちゃんと結婚したいんですカ?」

 

「貴さん…?梓さんに言ってた事…詳しく教えてくれるかしら?」

 

「貴……お尻は勘弁してあげますね♪」

 

「何言ってんのお前ら?あれはいつもの梓との冗談の掛け合いだ。お前らから梓を取ったりしねぇから安心しろ。そもそも梓と結婚とかなったら拓斗と気まずくなるじゃねぇか」

 

え?あ、冗談の掛け合い?

 

「なぁんだ。貴のいつもの冗談ですか。そう言えば夏祭りの回想シーンでもそんな事言ってましたっけ?」

 

「全く……貴さんの事だからフラれるでしょうし心配したじゃない」

 

「えっ……と…ま、まぁいいか。タカだしね……確かに昔からあんたらはそうだったよね……」

 

「私はちょっと納得いきませんけど、お姉ちゃんがいいならいいか……命拾いしましたね」

 

「全くぅ。先輩も早く結婚出来たらいいのにって思ってますけど、私の梓お姉ちゃんはダメですからね?わかりましたか?」

 

「いや、だからないって…」

 

そっかぁ。先輩は別に梓お姉ちゃんの事……。そうだよね。もしそうなら15年前にきっと…。

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

おかしい……静かだ…。

あたしの名前は雪村 香菜。

あたし達は巻き添えを食わないように、避難している。

 

「ねぇ?香菜姉?どうしたの?」

 

「志保~あたしお腹空いてるんだけど~?」

 

「え?盛夏ずっと食べてたよね?なのにお腹空いてるの?」

 

「英治にーちゃんどうしたんだ?トイレ行かないのか?」

 

「あ、ああ……おかしいな、静か過ぎる」

 

「英治先生もそう思いますか?」

 

何故タカ兄の悲鳴が聞こえないんだろう?ま、まさか…!!?

 

「英治さん、香菜……もしかしたら貴はもう……悲鳴をあげる間もないくらいに…」

 

「ああ、もしかしたらそうかも知れないな…」

 

タカ兄………そんな……!

 

「なぁに?みんなどうしたの~?ディアボロの『死んだことを後悔する時間をも与えん』的な~?それより席に戻ろうよ~」

 

盛夏はそう言って走って行った。

もしあたし達が席に戻った時…タカ兄が…。ごめんねタカ兄。あたし達が我が身可愛さに逃げてしまって…!!

 

しかしそれは杞憂に終わった。

あたし達が席に戻った時、みんな楽しそうに食事を楽しんでいた。

 

「あ~、あたしの焼き鳥が無くなっちゃってる~」

 

「あ、ごめんね盛夏。私が食べちゃったー」

 

「ほら、盛夏。私の唐揚げあげますから」

 

タカ兄にも外傷は増えてないように見える…。どういう事…?

 

「ねぇ、香菜。そろそろ席替えしない?(ボソッ」

 

席替え?あたしは志保の提案に乗るべきか否か。確かに席替えをするならこのタイミングしかない。しかし…。

 

「俺もその方がいいと思うぞ?渚ちゃんと理奈が近くの席というのはお前も志保も危ないんじゃないか?」

 

確かに英治先生の言う通りだ。

あたしもさっき渚に掴まれて痛い目を見た。

だけどどうする?もし…もしも渚と理奈ちに挟まれたりしたら…。

 

渚と理奈ちに挟まれる確率……。ダメだ。受験の時以来勉強らしい勉強をしていないあたしではわからない。

そしてゆっくり計算している時間もない……ど、どうする…?

 

「香菜も志保も英治さんもどうしたのかしら?座らないの?」

 

クッ……ここまでか…。

 

「せ、席替えタ~イム……」

 

あたしのこの決断は浅はかだった。

 

このまま何もなく過ごせば良かったのに…。

さっきタカ兄が作ったくじ。あのくじで再び席を決める事になった。

タカ兄の膝の上という訳のわからないくじを残したまま。

 

渚と理奈ちと奈緒と盛夏と志保と……何故か渉くんが必死にそのままのくじでとアピールしたからだ。

盛夏と志保はまぁ?とか思ったけど、まさか渉くんまでとは……。

 

そしてみんなのくじが引き終わった。

 

奥側の席左から、美緒ちゃん、理奈ち、あたし、渚、志保、渉くん。

手前側の席左から、奈緒、澄香さん、英治先生、盛夏、タカ兄、シフォン。

という席順になった。

 

志保は渚と渉くんの隣という事でげんなりしていたが、あたしは理奈ちと渚に挟まれる席になった。どうしてこうなった!?

 

お気づきの方もいるとは思うが、タカ兄の膝の上というVIPチケットは、美緒ちゃんが再び引く事になった。

そのくじを引いた時、美緒ちゃんは密かにガッツポーズをしていたのを見逃さなかった。

 

そして美緒ちゃんは『さっき座り心地が良かったので再びお邪魔します』と言ってタカ兄の膝の上に座り、タカ兄が『いや、だからそれ1番って意味だから』と言った後、あろう事か美緒ちゃんは『くじに書かれてる席は絶対と念を押されましたので。お兄さんが悪いです。どかせたいならさっきみたいに抱っこして1番の席まで運んだらどうですか?』とか言うものだから、タカ兄は『やれやれ…』と言いながら、美緒ちゃんを抱っこして1番の席まで運んだ。

 

その後は当然のようにタカ兄はしばかれたわけだけど、それは些細な事件。

本当の惨劇はこれから始まろうとしていた……。



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第31話 ライブやろうぜ!

「ああ…まさか理奈さんにお酌出来る日が来るなんて…」

 

「ありがとう美緒ちゃん。美緒ちゃんが成人した暁には私も美緒ちゃんにお酌させてもらうわね」

 

「そ、そんな…!なんと恐れ多い…!!う、嬉し過ぎて倒れてしまいそうです…。早く成人出来るように頑張ります!」

 

「え、ええ、頑張ってどうにかなる問題ではないのだけれど…」

 

美緒ちゃんは……理奈ちに戦乙女をお酌しながら嬉しそうに話している。

 

「え?私の家が経営してるマンション?」

 

「うん、叔母さんがそう言ってたよ~」

 

「渚の親父さんが経営してるマンションなぁ?今渚が住んでる所かな?」

 

「え?今の私の家ってうちが経営してるマンションだったんですか?だから家賃が引かれてなかったのか…」

 

「え?お前知らなかったの?」

 

渚は盛夏とタカ兄と仲良く話をしている。渚のマンションの事かな?

 

「あ、そういや江口もシフォンもinterludeとデュエルしたんだよね?」

 

「ん?おう。勝てなかったけどな。もぐもぐ」

 

「でも南国DEギグでのinterludeはヤバかったよね。フルメンバー同士でデュエルしてたら負けてたかも?もぐもぐ」

 

「ベースの子の名前とか聞いてたりする?」

 

「あ?何だっけ?ウグイスだっけ?」

 

「違うよ渉くん…ヒバリだよ。朱坂 雲雀って名前だったはずだよ」

 

「朱坂 雲雀………やっぱりひーちゃんなんだ…」

 

「ん?雨宮の知り合いなのか?」

 

志保は渉くんとシフォンと話をしている。interludeの事か…。

 

「奈緒ってArtemisの単独ライブには来てくれた事あるの?」

 

「いえ、単独は無かったと思います。当時はBREEZEしか見えてませんでして…あはは…」

 

「お前らArtemisって関東で単独やった事あったっけ?」

 

「え?なかったっけ?」

 

「何で当人のお前が覚えてねぇんだよ…」

 

英治先生は奈緒と澄香さんと話をしている…。

 

でも奈緒って何か上の空みたいな…?ん?美緒ちゃんを見てる?

理奈ちに可愛い妹を取られてジェラシーかな?

 

あたしの名前は雪村 香菜。

前回のラストに引き続き、あたしのモノローグからこの話は始まる。

 

てか、この飲み会いつまで続くの?もう3回目だよ?

 

今あたしはみんなの動向を見ていた訳だけど、今の所はとても平和だ。

あたしがこの中のどこかの会話に混ざるか否か。これであたしの運命が決まる。

 

理奈ち達に加わる?ここは美緒ちゃんが居るから安全牌だろう。

 

渚達に加わるとフリーダム盛夏が、志保達に加わると渉くんが暴走しかねない。そして英治先生達に加わるのは得策じゃない。英治先生はまどか姉と一緒で面白くなると感じたら堂々と場の空気を破壊する…。やはりここは理奈ち達か…。

 

「あ、そうだ。お姉ちゃんも日本酒にするならお酌してあげるよ?澄香さんもいかがですか?」

 

「あ、美緒、ありがとうね…私はまだビールでいいや」

 

「ではせっかくなので美緒様にお酌して頂きましょうかな?」

 

な、何ぃ!?美緒ちゃんが奈緒と澄香さんにターゲットを変更しただと!?

じゃ、じゃあ今理奈ちは!?

 

「そういや氷川さんは旅から戻って来たのか?」

 

「それが…母の話だと戻って来てはいるようだけれど、私はまだ会えていないのよ。LINEも電話もまだ着拒されているし…」

 

クッ…!英治先生と会話に入ったか…!

これはまずい…だったらタカ兄が犠牲になってくれる事を祈って渚達に…!

 

「そういや盛夏は秋アニメでこれだ!ってのある?」

 

「いくつかはあるよ~?でも取り合えず1話は全録するかなぁ?」

 

何ぃぃぃ!?渚は盛夏とヲタ話に突入!?まずい……今の放送中とか最近のだとある程度はわかるけど、秋予定のアニメはあたしにはわからない…!話に入れない…!た、タカ兄は今誰と…!?

 

「シフォン。やっと隣同士になれたな。酔ったらいつでも俺に寄り掛かって来てもいいからな」

 

「いや、ボクはソフトドリンクだし。酔うとかないよ?」

 

ダメだ。一番あかんやつだ…。

こうなったら志保か…。

 

「へぇ~…これがAiles Flammeの新曲のデモか。シフォンらしい選曲だね」

 

「だろ?俺もこの曲に合うパフォーマンスとか考えないとなぁ」

 

志保は渉くんとAiles Flammeの新曲の話!?イヤホンを片方ずつ着けて仲がおよろしい事ですね!

ってか、あたしのテーブルと志保達のテーブルには隙間があるし、あたしと志保との間には渚が居る…。遠すぎる…!

 

どうする……あたしはどうすれば…!!

 

「か、香菜?さっきからどうしたのかしら?何か悩み事?」

 

「お前本当にどうしたんだ?何か注文したいのか?」

 

理奈ちに英治先生?

クッ…ここはこの2人と会話しとくか。

あたしはパリピウェイウェイ勢だ。

会話の流れをコントロールしてみせる…!

 

「いや、何でもないよ。次は何飲もうかな?って思って」

 

「ハッ!?私とした事が失念していました……。香菜さんすみません。今からお酌させて頂きます!」

 

なっ!?美緒ちゃんが入ってきただと!?

 

「あ、ありがとう美緒ちゃん。でも、あたしは日本酒よりチューハイの方がね…。あははは」

 

「そういや酒ってひと口で言っても色々あるんだな?ビール、日本酒、カクテル、チューハイ、サワー、焼酎、ウイスキー、ワイン、マッコリ?マッコリって何だ?あのシティーハンターのやつか?」

 

渉くん!?そんな遠くからこっちの会話に!?新曲の話はどうなったの!?

マッコリってのは朝鮮の醸造酒の1つだよ!シティーハンターのはモッコ……あ、危ない危ない。花も恥じらう乙女の香菜さんが、はしたない事を言っちゃう所だった。

 

「そういやDivalって酒の趣味はバラバラだな。渚がビールで理奈が日本酒、香菜がチューハイだろ?志保が成人したらどうなんのか楽しみだな」

 

「あたし達Blaze Futureはみんなビールだよね~」

 

「あ、そういえばみんなビールだよね?奈緒とかカクテル少し飲んで『今日は酔っちゃった』とか言いそうな感じなのに」

 

「ふぇ?渚の中の私ってそんなイメージなの?」

 

何ぃぃぃ!?みんなでお酒談義に変わっただと!?だが、それがいい!

あたしがこの場を……支配する!

 

「そういえば英治先生はビールが多いですよね?でもトシ兄はカクテルが多いかな?」

 

「ん?ああ、そうだな。拓斗は焼酎が多いしな。Artemisはどうだっけか?」

 

「私はウイスキーで翔子がワイン。日奈子はサワーが多いかな。あの子はサワー頼んでフルーツを搾るのが好きだったみたいだけど…」

 

「梓お姉ちゃんは?」

 

「梓はビールかカクテルって感じ?何か交互に頼んでチャンポンしちゃうから、すぐ酔ってたけどね」

 

『すぐ酔ってたけどね』この台詞はまずい…!!英治先生の事だから『そんでいつも酔ってた梓をタカが介抱してたよな』とか言い出しかねない…!

 

そうなったら渚が『へぇー?先輩が梓お姉ちゃんを介抱していたんですか?セクハラですか?』とか、理奈ちが『それはどういう事かしら?まさか酔った梓さんを…』とか言い出しそうだ…!

あたしが会話の流れを変えないと…。(この間0.5秒)

 

「そういや梓はすぐ酔ってたもんな。そんでいつもタ……」

 

「へぇー!Artemisのみなさんもバラバラだったんですね!でもタカ兄も割りと色々飲んでない?よくウイスキーをロックで飲みながら『坊やだからさ』とか言ってんじゃん?」

 

「貴さんがシャアの真似を…?それは不愉快な話ね」

 

あ、理奈ちが食いつくんだ?渚狙いだったのに。

 

「へぇ~、にーちゃんそんな事やってんのか?今日もやってみてくれよ!」

 

「いや、言われてやるとか無理だから、あれは雰囲気が大事だからね」

 

「たか兄って所々にアニメや漫画のネタぶっこんでくるよね?日常生活の中で」

 

「そう?」

 

「叔母さんもそんな感じかな~?日常生活の中でアニメとかの台詞をいかに使うかに情熱をかけてるっていうか~」

 

「渚もそんな感じだよね?あたしもおかげで色々詳しくなったし」

 

「志保。こっちの世界に来るならいつでもウェルカムだよ。共に駆けよう。修羅の道を」

 

よし、まぁ予定とは違ったけど話題を変える事には成功したね。やるじゃん。さっすがあたし♪

 

「お姉ちゃんはヲタクだけどあんまりそういうのはないね?グッズ集めてるくらい?」

 

「ふぇ?何を言ってるの美緒は。お姉ちゃんヲタクじゃないよ?ただ、漫画やアニメやゲームをこよなく愛しているだけなの」

 

「私もアニメや漫画はよくわからないわね…」

 

「え?理奈って意外と色んなネタ知ってるじゃん?」

 

「嗜む程度よ」

 

よしよしよーし、こんな話なら平和に時は過ぎていくはず!あたしも美味しくお酒とご飯を楽しめるというものだ。

 

「あ、先輩。話は変わりますけどライブしたいです」

 

「ブフォ!!」

 

「うわ!?汚ねぇな香菜!?こっち向いて吹き出すなよ!」

 

「あれ?どうしたの香菜?」

 

「香菜?大丈夫?」

 

「ゲホッ…ゲホッ…え、英治先生すんません。渚も理奈ちもありがとう……大丈夫…」

 

何で!?何でなの渚!?

あんたの大好物のアニメや漫画の話じゃない!何でこのタイミングで話題を変えたの!?

 

「ん~……ライブなぁ…。確かにファントムギグまで長いし、近々ライブやりたいとは思ってたんだが……。ってか渚は何で俺に言うの?Divalで話し合った方がいいじゃん?」

 

「ほら、私達まだ主催ライブとかワンマンとかやる経験値が少ないですし」

 

「ああ、そうか…。渉達Ailes Flammeはどうなんだ?明後日のFABULOUS PERFUMEのゲストしか予定ない感じか?」

 

「ボク達も明後日のFABULOUS PERFUMEのゲスト参加くらいだね。でもライブもしたいよね~」

 

「ああ、そうだな。俺達も経験値が不足してるしな」

 

ま、まぁライブの話ならいっか。

これなら変な話になる事はないっしょ。

 

「ねぇねぇ貴ちゃ~ん」

 

「ん?どした盛夏?何か嫌な予感がするんだけど…」

 

「10月末にね?ハロウィンライブやらなぁい?」

 

「「「「ハロウィンライブ?」」」」

 

「みんなでコスプレしてライブやるの~。どうかな?」

 

ハロウィンライブか…。うん、楽しそう!

盛夏にしてはすっごくいいアイディアじゃん♪

 

「ぇぇぇぇぇ……俺もコスやんの?」

 

「志保!理奈!香菜!やるよ!ハロウィンライブ!!」

 

「お~いいなぁ。ねぇねぇ渉くん!」

 

「そうだな。なぁ、にーちゃん俺達もそれ出たい!ダメか?」

 

「はぁ…ハロウィンライブは決定なの?Blaze Futureも出るの?」

 

「ねぇねぇ貴ちゃ~んいいじゃ~ん。奈緒もいいよねぇ?」

 

「え?う、うん。いいと思うよ」

 

ん?奈緒?

いつもの奈緒ならライブってなると主旨はどうあれ喜びそうなのに…。

コスプレするのが恥ずかしいのかな?

 

「ほらほら貴ちゃ~ん!奈緒もやりたいって~!」

 

「いいじゃんいいじゃん!やろうよたか兄~!!」

 

「でも私もコスプレしてっていうのは少し恥ずかしいわね…」

 

「理奈って元がいいから可愛くなると思うんだけどなぁ~。ねぇ先輩、やりましょうよ」

 

「そうだな……まぁいいか。英治、10月末頃にやれそうな日あったら連絡してくれ」

 

「お?10月末だな?ちょっと待ってろよ。初音に言われてスマホにファントムのスケジュール入れるようにしたんだよ。俺って手帳とか持たない主義じゃん?

スマホでスケジュール確認とか俺かっこよくね?」

 

英治先生…。最近はスマホにスケジュールを入れるとか割とみんなしてますからね?そもそも手帳とか持ってなかった事に驚きですから…。

 

「あ、そのライブ私達も出ていいですか?コスプレは恥ずかしい気もしますが、そういう企画ライブにもこれから参加していきたいと思ってましたので」

 

あ、そっか麻衣ちゃんがgamutは学校の部活の行事って言ってたっけ。

だから、企画ライブとかはやった事ないのかな。

 

「あとそれと……少しお話が長くなってしまうのですが…土曜日にお願いしようと思ってたのですけど…」

 

美緒ちゃんの話は、美緒ちゃん達のバンドは、学校行事から離れファントムに所属するように決めたようだ。

その為、バンド名をGlitter Melodyと改め、今後活動していくらしい。

 

Glitter Melodyの主催で9月にデビューライブをファントムでやりたいとの事だった。

 

「まぁ曲はそれなりにあるのですが、出来ればお姉ちゃんのいるBlaze Futureにゲストとして参加して欲しいのですけど…」

 

「貴?どうですか?私も美緒にこのお話を聞いてて、美緒達の為にも出たいなぁって思ってるんですけど」

 

「ん?いいんじゃない?」

 

はやっ!タカ兄の決断早っ!

いつやるの?とか何曲やるの?とかないの!?

 

「お兄さん……ありがとうございます。では9月に……」

 

「美緒ちゃん。そのライブのゲスト枠はBlaze Futureが参加したら、もういっぱいになるのかしら?」

 

「あ、いえ。どれくらい時間取れるかとか、今まではライブハウスの出演料は学校が出してくれてましたので、おいくらくらい掛かるのかとか、わからない事だらけですので何とも……」

 

「そう……。もし良かったらなのだけれど、私達Divalも参加させてもらえないかしら?いいわよね?渚」

 

「え?うん!出た……」

 

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

み、美緒ちゃん!?

美緒ちゃんはイス毎倒れそうになったけど、すんでの所で理奈ちが美緒ちゃんを倒れないように支えた。

 

「ふぅ……準備していて良かったわ…。危ない所だったわ…」

 

「ま、ま、ま、ま、まさか理奈さん達Divalの皆様にもゲスト参加して頂けるとは…!!」

 

「あははは。良かったね美緒!理奈も美緒が倒れないように支えてくれてありがとう~」

 

ん?あれ?奈緒ってさっきまで少し元気無さそうな感じしてたけど気のせいかな?理奈ちと美緒ちゃんが仲良くてジェラシーって訳じゃ無かったのか…。

 

「タカ。ハロウィンって言ったら10月31日だろ?当日が空いてるみたいだぜ?この日にしとくか?」

 

「お?まじで?みんな大丈夫か?その日にしちゃうか」

 

「「「「さんせ~い!」」」」

 

「ねぇ、タカ。その日Canoro Feliceも参加していい?ダメかな?」

 

「いいぞ?じゃあいっその事ファントムのグルチャで募集かけるか?ファントムギグの前にみんな集まったりしてな。………よし、募集してみた」

 

「そんで美緒ちゃんはいつくらいがいいんだ?9月だよな?」

 

「あ、そうですね。9月の土日で早ければ早い方が……翔子先生が9月は土日しか無理みたいですので」

 

「土日かぁ。なら1週目の土曜とかどうかな?」

 

「あ、あの……すごく聞きづらいんですけど、どれくらいの金額になりますか?」

 

「ああ、土曜なら…12時から22時の機材費とか込み込みで、2階のキャパ200人のホールだとこれくらいかな?地下の500人キャパのホールならこれくらいだ」

 

「……………こ、こんなに?あの…え?まじですか?ど…どうしよう……でも2階なら何とか……むぅ…」

 

「うちは安い方だぞ?………多分」

 

そっか。美緒ちゃんはあんまりその辺詳しくないんだね。こないだのBlaze FutureとDivalの対バンの時も実は大黒字なんだけどなぁ~…。

 

「美緒ちゃん美緒ちゃん、ちょっとこっち来てみ」

 

ん?タカ兄?どうしたんだろ?

 

「お兄さん?何ですか?」

 

「ちょっと耳貸して」

 

「ふぇ!?ま、まさか息を吹きかけてきたり、耳たぶを噛んだりしてくるつもりですか!?お姉ちゃん助けて……!」

 

「…………え?あ、うん。美緒大丈夫?」

 

「お姉ちゃん!?それだけ!?」

 

奈緒?ん?どうしたんだろ?

って、それどころじゃない!!

渚と理奈ちが危ない…!!いや、危ないのはあたしと志保の身の安全だけど…!!

 

「違うから。そんな事しないから。

こないだのBlaze FutureとDivalの収益を教えてあげるから、ちょっと耳貸して」

 

「は、はぁ…」

 

そう言って美緒ちゃんはタカ兄に近付いて、タカ兄は美緒ちゃんの耳許で何かを教えているようだった。

 

タカ兄が予め何を話すのか言ってくれたから、渚も理奈ちもヤミモードにはならなかった。良かったぁ…。

 

「あたし達は貴から収益を貰ったから、どれくらいの儲けが出たかわかってるもんね」

 

「志保……その…間違ってはいないのだけれど、その儲けって言い方は…」

 

「え!?雨宮達ってこないだのライブで儲かったのか?」

 

「うん。一応ね」

 

「ふぇ!?ふぁ!?そ、そんなにですか!?まじですかガチですか!?」

 

「まぁ、あの日は2階のホールだったし、盛夏と香菜が友達をいっぱい誘ってくれたのもあるし、元charm symphonyの理奈目当てとかのお客様もいて、90人くらい来てくれたからな」

 

「あわわわわわ……。そ、そんな大金が……動くとは……お、お姉ちゃん助けて…!」

 

「まぁ、もちろんお客様が入らなかったら赤字にはなるし、そこら辺も考えてチケット代を考えたり、ゲストバンドにもお金を徴収するなり考えんとな」

 

「な、なるほど…わ、わかりました。ありがとうございます…ですが、ゲストバンドからはお金は取りたくないです。私達のデビューライブみたいなものですから…」

 

「そっか……」

 

タカ兄もさすがライブやり馴れてるだけあって頼りになるよね。こないだの対バンの時は、誰も友達呼んでなかったけど。

 

「あ、美緒ちゃん、もし良かったらだけどな。オープニングアクトを綾乃達にやらせてくれるなら10%OFFにさせてもらうけどどうかな?」

 

「オープニングアクトですか?いっその事ゲストとかの方がよくないですか?」

 

「いや、綾乃達はまだ曲が無いからな。1曲だけ、どこかのバンドのオープニングアクトをやらせて欲しいみたいでな。それにせっかくのGlitter Melodyの主催ライブだろ?Blaze FutureとDivalも出るんだし、これ以上参加バンド増やすのは時間的にもさ」

 

「1曲だけ…?」

 

「ああ、8月中に1曲は完成させるからって言って来ててよ」

 

「美緒ちゃん、いいんじゃない?ボク達Ailes Flammeもevokeにオープニングアクトやらせてもらったし。きっと綾乃姉もライブの感じを掴みたいんだと思う」

 

綾乃姉達のバンドの曲かぁ~。あたしも楽しみだな。綾乃姉のドラムはあたし達の中じゃ一番英治先生のリズムに近いし。

 

「考えてやってもいいんじゃねぇか?10%OFFって意外とでかいぞ?」

 

「いえ、綾乃さん達が良ければ是非って思ってますが、オープニングアクトでいいのかな?と思ってるだけで…」

 

「本人達がいいって言ってるからいいんじゃねぇか?綾乃には美緒ちゃんがオッケーって日にちの連絡しても大丈夫かな?」

 

「はい。ありがとうございます。私もバンドメンバーに連絡入れておきます」

 

おお~♪いい感じだね!

9月がライブのゲストで10月にはハロウィンライブ!一気にライブが2回も決まったよぉ~。すっごい楽しみになってきた!

 

「ん~……んん~…」

 

「どうしたんだにーちゃん?」

 

「いや、奈緒と盛夏とまどかに曲作るよう宿題出してたんだけどな。いつ発表すっかな?って思ってな」

 

「ふっふっふ~。実はあたしは既に完成しているのだよ~」

 

「え?盛夏?マジですか?私は歌詞は出来たんですけど曲の方が…」

 

「お?歌詞は出来たのか?曲なら俺が手伝ってもいいぞ?今度どっかでミーティングすっか?」

 

「………いえ、美緒も作曲してますし、私もせっかく貴のギターを託してもらいましたから…貴の力を借りずにやってみます」

 

「え?あ、うん……。いつもなら『何ですかぁ?二人っきりで作曲しようとか言って、曲より子供を作ろうとか言って押し倒してくるつもりでしたかぁ?まじきもいですぅ』とか言ってくるのにどうしたんだ?」

 

「……は?私そんな事言いませんし、そんな喋り方じゃありませんし」

 

うん。確かにさっきのタカ兄みたいなキモい喋り方はしないけど、いつもならあんな感じの事は言ってるのに…。

 

「私達も新曲を作りたいわね。美緒ちゃんのデビューライブにもハロウィンライブにも」

 

「そうだね。ハロウィンライブではハロウィンっぽい曲!美緒ちゃん達のライブではかっこいい暴れ曲がいいね!」

 

ハロウィンっぽい曲かぁ。確かに楽しそう!

 

「ほら貴。理奈もそう言ってますし、私の曲より美緒達のライブの曲とハロウィンライブ用の新曲をお願いします♪」

 

「ああ……そうだな」

 

「お、タカ。ちょうどいい事にみんなからハロウィンライブの返事来たぞ」

 

「お?参加バンドは居たか?」

 

「ん、ちょっと待ってくれな。え………っと、Canoro Feliceは参加希望だが、他のバンドはその日は無理っぽいな」

 

「えー!FABULOUS PERFUMEは無理なのぉ?」

 

「なぁにシフォン?もしかしてイオリとライブやりたかった?」

 

「ち、ちがっ!そうじゃないもん!」

 

あはははは。遊太は可愛いなぁ。昔から栞と一緒だもんね。

 

「ならハロウィンライブは5組か…平日だし時間も考えねぇとな」

 

「そうね。高校生組と社会人組はあまり遅くなってもね」

 

「社会人組はその気になれば有給あるけどね。先輩…………ありますよね?」

 

「ああ、一応あるから心配すんな。え?有給取るの?」

 

「まぁ、ハロウィンの事は俺とタカで話し合っとくからよ。渉くんとシフォンは明後日のFABULOUS PERFUMEのライブの事、他のみんなは9月のGlitter Melodyのライブの事を考えてな」

 

「「「「はい!」」」」

 

くぅ~!これだよこれだよ~!

やっぱりあたし達はバンドマンだもんね!

何よ血の惨劇とかしばかれるとかって!

こういう話!こういう話がいいんだよ。テンション上がるぅぅ♪

 

「俺達も9月にもライブやりたいよな!」

 

「うん。そうだね!たか兄!ボク達も9月にライブやりたい!」

 

「あ?だから何で俺に言うの?」

 

「だったら俺達と出るか?」

 

「「「「拓斗さん!?」」」」

 

「何だよお前達もライブ予定あんのか?」

 

「いや、何も決まってねぇけどな。英治、ファントムの空いてる日あるか?」

 

「あ?まぁ、まだ全然空いてるけどな。うちでやんのか?」

 

「ああ、明日香はライブってのやった事ねぇしな。楽しい音楽ってやつを教えてやりてぇし…………あ、このカルピスサワーは誰の注文だ?」

 

「拓斗にーちゃんいいのか?俺達も出してくれんのか?」

 

「まぁ、出演料は貰うけどな。拓実の演奏も近くで観たいしよ」

 

「うん!じゃあボク達も出して欲しい!」

 

渉くん達Ailes Flammeも9月にLazy Windとライブかぁ~。これから楽しみいっぱいだね。

 

「拓斗さんのライブかぁ~。ねぇ貴。私達も出ませんか?拓斗さんのライブ」

 

「あ?9月に2回もライブやんの?出来なくはないけど…どうすっかな?」

 

「日程にもよるんじゃないかなぁ~?」

 

「美緒達のライブ出演はふたつ返事でオッケーしたのに、拓斗さん達だと悩んじゃうんですか……」

 

「え?奈緒?どしたの?」

 

奈緒?

 

「いえ、拓斗さん。ライブの予定はいつくらいって考えてるんですか?」

 

「ああ、まだ帰ってからみんなと話し合ってからだな。英治、後で空いてる日の連絡くれよ」

 

「おお、わかった」

 

「あ、そんでそろそろラストオーダーだけどどうする?晴香がお友達価格で追加1時間500円だってよ」

 

「いや、俺らは明日も仕事あんしな。そろそろ……」

 

「「「「追加で!」」」」

 

「お前らまだ飲むの?」

 

そう言って拓斗さんは厨房に戻って行ったけど……。奈緒はどうしちゃったんだろう?いつもならあんな事言わないのに…。

 

「香菜。そろそろ席替えしたらどうかしら?せっかく時間も追加したわけだしね」

 

理奈ち?理奈ちが席替えを提案するなんて珍しいね。

そう思って理奈ちの視線を追うと奈緒の方を見ていた。そっか。理奈ちも奈緒が変って思ってるんだ…。

 

「じゃあ席替えしちゃおっか。タカ兄の膝の上もそのままでね。次は誰がタカ兄の膝の上に座れるかなぁ?」

 

本当は『タカ兄の膝の上は無しね!』って提案した方がいいとは思ったけど、美緒ちゃんが2回も引いた訳だし、今回は無しってするのは不自然に思ってそのままにした。

 

美緒ちゃんが3回も引くとは思えないし、もし運良く奈緒が引いたら、奈緒の対応や態度で何かわかるかもしれないし。

素直に奈緒がタカ兄の膝の上に座ったらあたしと志保の身に危険が及ぶけど…。

 

そして3回目のくじが引かれ……、

タカ兄の膝の上に座ったのは……

 

 

 

英治先生だった。

 

 

 

何で!?しかも何で英治先生も素直に座ってるんですか!?

 

「いや~、くじを引いた時は気持ち悪いなぁって思ったけど、美緒ちゃんの言う通りだな。意外と座り心地いいな。こりゃクセになりそうだぜ」

 

「あの?降りて下さいませんかね?俺は普通に気持ち悪いんだが…」

 

「どうしても降ろしたかったら美緒ちゃんの時のように…」

 

「ああ、はいはい…」

 

そう言ってタカ兄は英治先生を抱っこして1番の席まで運んで行った。

意外と力持ちだねタカ兄。

 

そして今回の席はこのように決まった。

 

奥側の席左から、英治先生、美緒ちゃん、奈緒、タカ兄、澄香さん、志保。

 

手前側の席左から、盛夏、渚、渉くん、シフォン、理奈ち、あたし。

 

あたしはまた理奈ちの隣を引いてしまった。きっと愛の力だよね?しばかれる為の捌け口じゃないよね?

 

「奈緒が貴さんの隣……か。あの二人を近くに出来て良かったわ」

 

「うん、そうだね。やっぱり理奈ちも奈緒の様子がおかしいと思ってたんだ?」

 

「ええ。少しね…」

 

やっぱり理奈ちも奈緒の様子を……。

でもね理奈ち。何で理奈ちの右手はあたしの左手首を掴んでるの?

目論み通りにいったんだよね?え?何で?あ、百合?百合なのね?もう!理奈ちったら!

 

誰か助けて…!

 

「お待たせしましたー」

 

拓斗さんがそう言って、あたし達のドリンクと何故か大量の食事を運んで来てくれた。え?まだあの量を食べるの?

 

色んな不安を抱えたまま、飲み会は後半戦へと突入した。

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

「なぁ、奈緒。さっきの話だけどな…」

 

「さっきの話?何の事ですか?」

 

「いや、拓斗のライブの事だけど…」

 

「その事ですか?どうしました?」

 

「俺はボーカルだから、まぁ大丈夫だけど、奈緒もギター初心者だし同じセトリってのも……ってのがあったからであって…」

 

「私がギター下手くそだからですか?なるほどそういう事ですか」

 

「あ?いや、そういう訳じゃ無くてだな」

 

「じゃあどういう訳ですか?私の『せい』ですよね?」

 

「………いや、もういいわ」

 

やってしまった…。最低だ私は…。

 

私の名前は佐倉 奈緒。

 

貴が言いたい事はわかっています。

ただでさえギター初心者の私が短期間の間に何曲も練習を…ライブで出来る程のクオリティで演奏出来る訳がない。

よっぽど……死ぬ気で練習しないと…。

 

仕事も毎日普通にあって、ライブも控えている。私の曲も完成させなくてはいけません。

 

貴は私の事を心配してくれている。それはよくわかっています。

だから……貴にそう思われない為に、嫌な女になろうとしてる…。

 

 

『ふんふん。そっかそっかぁ~。これは美緒の初恋かにゃ?』

 

『ま…麻衣…本気で怒るよ…?』

 

『あははは。美緒カッワイ~』

 

『そんなんじゃないから…本当に…もう…』

 

 

南国DEギグの日。私は美緒と麻衣ちゃんの会話を聞いてしまいました。

今日まで考えないようにしてたけど、貴の膝の上に座った美緒を見て…貴の膝の上の権利を取れた時に喜んでいたのを見て、美緒は本当に貴の事を……。

そう思いました。

 

私は美緒のお姉ちゃんなんだから、今まで美緒の事を見てきたんだからわかってたはずです。

美緒は男性嫌いで、中学から女子校に通うようにまでしていたのに、貴への懐きようはおかしいもんね。

 

私は貴に恋をしている訳じゃない。そのはずです。

子供の頃にBREEZEのTAKAに恋をしていた。ただそれだけの昔の話です。私の『初恋』を大切にしているだけ。

 

だから私はお姉ちゃんとして、美緒の初恋を応援しなければいけません。

 

「奈緒……やっぱりおかしいわね」

 

「うん…あんな事言う子じゃないもんね」

 

だから…。

 

本当に…ごめんなさい…。



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第32話 姉と妹と

「そういや、さっきのお話で思い出したけど~。ファントムの出演料っていくらなの?」

 

「あ、私も知らないや。前は先輩が全部出してくれたからなぁ」

 

「え?そうなのか?うちはこれくらいだぞ?こないだの対バンってタカが全部出したのか?」

 

 

「そういやさっき貴も言ってましたけど、渉くんと美緒ってお互い名前を呼び捨てで呼び合ってるよね?昔からの知り合いとか?」

 

「いや、こないだ初めて会ったばかりだぞ?」

 

「何かこないだ気安く呼び捨てにしてきたから、私も渉を呼び捨てにしてるだけだよ?」

 

 

「タカ…酔った振りして、私に触って来たらグーパンだからね?」

 

「あ?触るわけねぇだろ。シフォンを触らない保証はないけどな」

 

「たか兄?ボクを触ってきたら、まどか姉と綾乃姉に報告して、渚さんと理奈さんに泣きつくからね?」

 

 

「あっ!理奈!それあたしが狙ってた玉子焼き!」

 

「あら?ごめんなさい。あ、香菜、それ私の狙ってたソーセージよ」

 

「いや、食べたかったらもっかい注文したらいいじゃ~ん」

 

私の名前は佐倉 奈緒。

 

さっきの貴とのやり取りから、私は何となく貴と話辛くなっています。

どう考えても私が悪いわけですし、美緒との仲を取り持つなら、私から美緒の事をアピールしたりした方がいいんでしょうけど…。

 

「ほぇ~…ライブの出演料ってそんなに高いんだぁ?困ったなぁ…」

 

「え?もしかして盛夏って金欠?」

 

「いや、でも前はタカが出してくれたんだろ?こないだは儲かったわけだし、またタカに出してもらったらいいんじゃねぇか?」

 

「いや~、貴ちゃんは手術もあるし~。あんまり負担かけたくないし、こういう事はしっかりきっちりしたいし~?」

 

「ん?盛夏ねーちゃん確かカフェでバイトしてなかったか?」

 

「それが聞くも涙語るも涙。壮大な物語の末、カフェが閉店する事になっちゃって~」

 

ああ、そう言えば盛夏のバイト先って潰れちゃったんでしたっけ?

 

「なるほど。盛夏さんも新しいバイト先を探している訳ですか」

 

「そうなんだよ~。賄いがあって割とシフトが緩めの時給がいい所~とか思ってたらなかなか決まらなくて~」

 

「盛夏も?『も』って事は、もしかして美緒もバイト探してるの?」

 

「うん。私達もスタジオ代とか出演料とかね。稼がないといけないし」

 

「そうなのか。俺は夏休み明けたらファミレスでバイトする事になってんだよ」

 

「ああ、そういえば渉くんそんな事言ってたっけ?ボク達Ailes Flammeでバイトしてないの渉くんだけだったし」

 

「え!?まじでか?シフォンもバイトやってたのか!?てか、亮は自分ちの定食屋だしバイトってより手伝いじゃねぇか?」

 

へぇー、みんな偉いなぁ。私、学生の時ってバイトしてなかったなぁ。

お父さんがめちゃお小遣いくれてましたし……。ひ、引きこもりでしたしね…。

 

「貴ちゃんや英治ちゃん達はどんなバイトしてたの?参考までに~」

 

「俺は自分ちの工場の手伝いと、色んな飲食店のバイトを転々としてたな…。タカは屋台やったりしてたよな?」

 

「ああ、祭の時とかたまにな。基本はレンタルCD店だ。新曲とかレンタルし放題だったしな」

 

貴ってお祭りの時に屋台とかやってたんですね。どんな感じだったんだろう?見てみたかったなぁ。

って!何でまた貴の事を考えてるんですか私は!

 

「それで?トシキさんと拓斗さんはどんなバイトされてたんですか?」

 

「トシキは農園でバイトしてて、拓斗は日雇いの仕事ばっかりだったな」

 

「澄香お姉ちゃん達Artemisもバイトしてたの?」

 

「ん?梓は何もしてなかったね。私はコンビニで、翔子は楽器屋、日奈子は神社で巫女さんやってたよ」

 

巫女さん!?貴とか巫女さんとか好きそうですよね。ってまた貴の事を!?

 

「香菜姉は高校生の頃から同じファーストフード店だよね?志保はカラオケ屋だし。理奈さんは何をしてるの?」

 

「うん、そだよ。あたしももうバイトして6年かぁ~」

 

「理奈ってバイトしてるの?」

 

「志保、失礼ね。私は父の仕事の手伝いをしているわよ。父は音楽雑誌の編集者だから色々とね」

 

理奈のお父さんって音楽雑誌の編集やってるんだ?どんな雑誌だろ?

 

「なるほど。皆さん色んなお仕事されてるんですね。睦月は本屋だし、麻衣はクレープ屋。恵美は花屋でバイトしてますし…私は何がいいかな?」

 

「ラーメン好きだしラーメン屋とかどうだ?」

 

「お兄さん…それはダメです。うっかり食べてしまいそうで……」

 

「あ、なるほどな。それはいただけないな」

 

美緒のラーメン好きも異常ですからね…。

 

「あ、そだ。英治、お前確かファントムでバイト雇おうとか言ってなかったか?SCARLETと一緒んなったら、初音ちゃんも忙しくなるだろうからって」

 

え?忙しくなるのは英治さんじゃなくて、初音ちゃんなんですか?

 

「ん?ああ、でもカフェタイムん時くらいだぜ?そんなガッツリは稼げねぇぞ?SCARLETとの話し合い次第じゃ、ライブん時も受付とかPAとかドリンク出しもやってもらってもいいけどな。それにカフェタイムって俺の気分で定休日変わるだろ?」

 

「でも定休日ってお前が休みたかったりの日ってだけで、初音ちゃんだけをファントムで働かせられないからだろ?盛夏なら学生とはいえ成人してんし、お前が休みたい日も任せられるんじゃね?」

 

「そっか。お前頭いいな。って訳だが、盛夏ちゃんどうだ?よかったら美緒ちゃんも」

 

「ほえ~?」

 

「え?わ、私もですか?」

 

え?盛夏だけじゃなくて美緒も?

 

「カフェタイムって言っても、忙しいのは土日とか、平日は夕方くらいからだけだしな。ライブの日はカフェは休みだしあんま稼げないかも知れないが、SCARLETとの土曜の話次第じゃ希望があればライブの日の受付とかドリンク出しも出来るしな。PAも教えてやるし」

 

「ん~。どうしよっかな~?」

 

「ど、どうしましょうか…。確かに知り合いの所で初音ちゃんや盛夏さんが一緒ならやりやすいでしょうけど……」

 

「時給はそんなに出してやれねぇんだけどな。でも賄い付きでうちの出演料10%OFFって特典も付けるしどうかな?ついでに仕事終わった後は自宅前まで俺の車で送ってやるよ」

 

「賄い……!!やる!!」

 

「10%OFF……!!やります!!」

 

え?二人共時給とか聞いてないのにいいの?私としても仕事の後は英治さんに送ってもらえるなら安心ですけどね。

 

「良かったぜ。タカありがとうな!これで俺も楽出来そうだし、カフェのオープン日も増やせそうだから助かるわ」

 

あ、初音ちゃんじゃなくて英治さんが楽出来そうなんですね。

 

「いや、盛夏が頑張ってくれるおかげで、Blaze Futureの出演料が割引になるなら俺も助かるしな。ありがとうな盛夏。頑張ってくれ」

 

「しょうがないなぁ~。甲斐性のない貴ちゃんの為に、盛夏ちゃんが頑張ってあげるか~」

 

「まぁ時給とか条件や待遇とかは、土曜のSCARLETとの話が終わった後に、また初音に用意してもらうわ」

 

あ、英治さんじゃなくて、初音ちゃんが用意するんですね。

 

「英治ちゃん、初音ちゃんによろしく~」

 

「はい。英治さん、初音ちゃんによろしくお願いしますとお伝え下さいね」

 

良かったね美緒。いいアルバイトが見つかったみたいで。

姉として……貴にお礼くらい言った方がいいよね…。

 

「あ、あの……貴」

 

「あ?どした?」

 

「その…美緒のバイトの事ありがとうございました。帰りは英治さんに送ってもらえるようですし、姉として安心ですし…」

 

「いや、別に。英治がこないだその事悩んでたからな。言ってみただけだ。決めたのは英治と美緒ちゃんだろ」

 

でも貴がその事を思い出して言ってくれたから、決まった事なんですよ。

だからありがとうなんです。

 

「奈緒もちゃんと貴さんにお礼を言ったようね」

 

「うん…でもやっぱぎこちないっていうかさ…」

 

「理奈も香菜もそう思ってたんだ?あたしもさっき席替えの前あたりから、奈緒が変って思ってたんだよね…」

 

「志保もそう思っていたのね…。どうしたものかしら?」

 

私はいつまで…貴にこんな態度をしちゃうんだろ…。何だか苦しいな…。

 

「あ、それより奈緒。悪いんだけどな…」

 

「え?ああ、はい。お醤油ですね。どうぞ」

 

「ん、サンキュ」

 

「あ。貴…すみません…」

 

「ん?ほれ塩」

 

「ありがとうございます」

 

本当に……どうしたものですかね…。

 

「「「「………」」」」

 

ん?あれ?みんなどうしたんでしょう?

みんな私の方を見て固まって…。

 

……ああ、やっぱり私の態度ってみんなから見てもおかしいんですね…。

 

英治さんはタバコを持ったままポカーンとした顔で私を見ていますし、盛夏はビールを飲もうとジョッキを口をつけたまま私を見ている。

美緒は目をキラキラさせて、すごく嬉しそうですね。やっぱり私と貴の関係が変だからかな…。

渚は目のハイライトが職務放棄しているし、渉くんなんかシェーのポーズをして固まっている。

 

貴は…あ、何事もなかったようにビール飲んでご飯食べてますね。

シフォンちゃんは何故かウィッグが空中に浮いて止まっちゃってるし、理奈も前髪が隠れちゃって…。

澄香さんなんか何故かセバスさんになってますし、香菜だけ何か苦しみながら痛がって悲鳴をあげているけど、志保も唐揚げを食べようと口を開けたまま固まっちゃってるよ…。

 

「いだだだだだだだだだ!!!マジで!これマジで腕の骨砕ける…!!理奈ちマジで!だ、誰か何か……場のこの空気を壊して!!いだだだだだ……!!!」

 

香菜だけはジタバタ動いているけど……。ずっと大好きな場所だったのに……。すごく居づらいな……。

 

「ネェ…奈緒ってサ?先輩が醤油を取ってほしいって何でわかったノ?」

 

え?醤油?あ、さっきのかな?

 

「ああ、貴の雰囲気で何となく?」

 

「ヘェー……雰囲気で?」

 

「貴さん……ちょっと聞きたいのだけれど…」

 

「ん?あ?どした?」

 

「さっき奈緒が塩を取ってほしいって何でわかったのかしラ?」

 

「は?塩取ってほしかったんじゃねぇの?」

 

「あ、私ですか?お塩を取って欲しかったので合ってますよ?」

 

「ほら、塩で合ってんじゃん。それより香菜は大丈夫か?声にもならない声っていうのかな?何か悶えてね?

それより俺の隣の席はいつの間にじいさんになったの?新手のスタンド攻撃?」

 

「私の聞きたい事は、そういう事じゃないのだけれど……」

 

渚も理奈もどうしたんだろう?

でも、渚や理奈より香菜の方がヤバそうだなぁ…。

 

「あ、ビールがなくなっちまった」

 

「ああ、さっき貴の分のビールも注文しましたので、そろそろ持って来てもらえると思いますよ」

 

「まじでか?ついでに…」

 

「ああ、大丈夫です。私の分もちゃんと注文してます」

 

「そっか。なら良かった」

 

「「ヘェー」」

 

「すげぇな!にーちゃんと奈緒ねーちゃん!!まるで長年連れ添った夫婦みてぇだ!!」

 

へ?何が?

 

「え?渉何言ってんの?アホになったか?」

 

「お姉ちゃん……まさかお兄さんとそこまでの仲になっているとは!今日はこの飲み会に来て良かったよ(ボソッ」

 

え?美緒は何を言ってるの?

 

「お兄さんが取ってほしい物を何も言われないのに醤油とわかりお兄さんに渡すお姉ちゃん。はたまた、お姉ちゃんが取ってほしい物を何も言われないのに塩とわかりお姉ちゃんに渡すお兄さん…!もう夫婦と言っても過言ではないね!(ボソッ」

 

ふ、夫婦って…!!

 

「み、美緒は何を言ってるの!」

 

「お姉ちゃん静かに!みんなの顔を見たらわかるでしょ?大きい声で話すとお兄さんに気付かれてしまいますよ(ボソッ」

 

だって…美緒は…何で私と貴をそんな風に笑顔で言えるの…!

 

「美緒…私は美緒のお姉ちゃんだよ?無理しなくていいの!」

 

「は?無理?私が?………あ、もしかしてお姉ちゃんがバンド始めた頃の話してる?」

 

「いや、私がバンド始めた頃って?」

 

「そりゃ最初は私の大好きなお姉ちゃんがどこの馬の骨とも知れない男と…とか思ったし、BREEZEのTAKAの事は葬り去らなければならないと心に誓ってたけど…(ボソッ」

 

葬り去ろうとしてるって本気だったの!?

 

「でもラーメン屋で助けてもらって、それからお兄さんと知り合って仲良くしてもらって……。お兄さんの事を義理の兄と認めようと思ったんだ(ボソッ」

 

「義理の兄とか認めなくていいし!美緒は本当に何を言ってるの!お姉ちゃんそんな事全然ないから!(ボソッ」

 

「でも……お兄さんと一緒に居て、私は気付いちゃったんだ…」

 

美緒。そっか…。貴の事が好きだっていう自分の気持ちに気付いたんだね。

 

「もしかしたら理奈さんもお兄さんに好意を持っているのかも知れないと…(ギリッ」

 

え?自分の気持ちに気付いたんじゃないの?

 

「もし理奈さんがお兄さんと……と、思うと私は……クッ…!だから、お姉ちゃんとお兄さんを何とか結婚させて、理奈さんをお兄さんの毒牙から守らなきゃ…!!(ボソッ」

 

へ?は?美緒?

 

「……お兄さん如きに理奈さんは渡せない!お兄さんとお姉ちゃんが上手くいったら理奈さんも悲しむかも知れないけど、そこはその時私が理奈さんを慰めれば…と、思ってるし」

 

「あの…美緒は何を言っているの?お姉ちゃん正直混乱中なんだけど?」

 

それに理奈は貴には渡せないけど、私なら貴に渡せるって事?

 

「ほら、お姉ちゃん見て下さい。理奈さんの隣の香菜さんを…」

 

え?香菜?

何か相変わらず苦しんでるね。大丈夫かな?

 

「あれはきっとお兄さんとお姉ちゃんにヤキモチ妬いた理奈さんの八つ当りをくらって苦しんでるに違いないんだよ。ほら、理奈さんの右手を見て!」

 

あ、本当だ。理奈がガッチリ香菜の手首を握って……いや、握り潰そうとしてる。

え?どうしよう?美緒と話さなきゃって思うけど、香菜も助けてあげなきゃって思うし…。

 

「だからお姉ちゃん。私の為にも、理奈さんを悪い夢から覚ましてあげる為にも…私はお姉ちゃんを応援してるよ!」

 

ちょ、ちょっと待って。美緒って貴の事が好きなんじゃ…。

そうだよ。さっき貴の膝の上の権利を手に入れた時喜んでたじゃん!

 

「み、美緒?でもね、美緒は本当にそれでいいの?てか、私は貴の事好きとかないんだよ?」

 

「お姉ちゃん…あんな夫婦みたいな雰囲気を出して、この場を凍りつかせておいてよくそんな事言えるね?それより私はいいの?ってどういう事?」

 

「だ、だって…美緒って2回目の席決めで、貴の膝の上の権利を引いた時、嬉しそうにガッツポーズしてたじゃん?」

 

「……!?まさか……お姉ちゃんに気付かれていたとは…迂闊でした…」

 

美緒…やっぱり貴の事が…、

 

「お姉ちゃん……絶対に誰にも言わないでよ?」

 

言うわけないよ美緒。お姉ちゃんは貴との事を応援…

 

「私がお兄さんの膝の上の権利を手に入れた時の理奈さんの、私を心配するような困った顔をして私を見てくれたあの眼差し……正直堪りません(ジュルリ」

 

す……る………え?理奈?

 

「しかし!一番の見所はそこじゃない!!私を心配そうに見てくれる前に一瞬だけ見せてくれた、あの残念そうな……餌をお預けされた時の子犬のような可愛らしい表情!いつものクールでかっこいいイメージからは想像出来ないあの可愛らしさは……今も私の瞼の裏に焼き付いて離れる事はありません。ああ……思い出しただけでも…(ダラダラ」

 

美緒!?物凄い涎だよ!?女の子がそんなのはダメだよ!?

 

「あの……美緒?取り合えず私のハンカチ使って?」

 

「あ、ありがとうお姉ちゃん」

 

「それで……美緒は貴の膝の上の権利を手に入れた時の理奈の反応を見て喜んでたの?」

 

「うん、そうだけど?あ、漢字が微妙に違うね。喜んでたっていうか悦んでたレベル」

 

そ、そんな…美緒は貴の事を好きだから喜んでたんじゃなくて、理奈の反応を見て喜んでたって事?

じゃあ美緒が貴の事を好きっていうのは……私の勘違い?

 

「美緒、あのね…」

 

「ん?何?どうしたのお姉ちゃん?」

 

あっ……。

 

そっか。やっぱりそうなんだ…。

美緒の今の顔を見たらわかるよ。

私は美緒のお姉ちゃんだから…。

 

だから私が…美緒にお姉ちゃんとしてやらなきゃいけない事は…。

 

「私と貴が夫婦みたいとかまじあり得ないんだけど?でもまぁ?憧れの人とそんな風に言われるのは、ちょっと嬉しいかな?」

 

「お姉ちゃん」

 

私がやらなきゃいけないのは、いつも通りの私でいる事。

美緒の気持ちに気付いていない振りをする事…そして…。

 

-ベキッ

 

ん?ベキ?何の音…?

 

「ギャアアアアアアアアア!!!!」

 

「え?ちょっ…香菜!?どうしたのかしら!?」

 

「どした香菜!?」

 

あ、もしかして香菜の腕……。

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

「良かった…あたしの左手動く…良かった…本当に良かった…」

 

「あ、あの…本当にごめんなさい香菜。まさか香菜の手首を握っていたとは思わなくて…」

 

「大丈夫だよ理奈。よくある事だから」

 

「大丈夫って何なの志保?被害受けたのあたしなんだけど?」

 

香菜さんが悲痛の叫びをあげた後、私達の飲み会はまるで何事もなかったかのように再会された。

 

私の名前は佐倉 美緒。

今日はファントムのメンバー……と、言ってもBlaze FutureとDivalの人がほとんどだけど…、そんなメンバーと晴香さんの経営する居酒屋そよ風にご飯に来ている。

 

「およ~?あたしの右手もプラプラしてる~?もしかしてさっき渚に握られてたからかな?」

 

「え!?私、盛夏の手を握ってたの!?」

 

「良かった……俺の席ここで…」

 

せ、盛夏さんの右手大丈夫かな?

プラプラしてるって……。それより一切悲鳴とか聞こえなかったんだけど…。

 

「貴…あの……今日は本当にすみませんでした。私…」

 

「あ?何の事?何で謝ってんの?それより澄香はいつの間にじいさんになったの?」

 

「いやはや。私も驚きでございます」

 

お姉ちゃんずっと様子がおかしかったみたいだけど、もう大丈夫かな?

 

「いやー、それにしてもそよ風のご飯ってめちゃ美味かったな!シフォン、またみんなで来ようぜ!」

 

「ボクもまた来たいけどね。たか兄とかおっちゃんが居ないとボク達だけじゃね~」

 

確かにそよ風のご飯ってどれもこれも美味しかった。また、お兄さんかお姉ちゃんに連れて来てもらいたいかな。

お父さんとお母さんの記念日とか特に。

 

「よし、そろそろ帰るか。もういい時間だしな」

 

「そだね~。貴ちゃん2次会はどこに行くの~?」

 

「お?2次会も行くのか?何処がいいかな?」

 

え?これからまだ食べるの?

さすがにもうこれ以上は……

 

「ああ、ならラーメンでも行くか?てか、盛夏は右手大丈夫なの?」

 

「お兄さん。私もお供します」

 

ご飯会の後にデザートにラーメンまで食べに行けるとは…!さすがお兄さん一生着いていきます。

 

……一生着いていく。

一生か…。

 

「お、にーちゃん、俺もラーメン着いて行っていいか?」

 

「ボクもボクも~!」

 

「み、みんなあれだけ食べてまだラーメン食べれるの?若さって凄いね…」

 

「まぁな」

 

「いや、タカの事じゃないよ?」

 

 

 

 

私達はそよ風の会計を済ませて外に出た。

 

盛夏さんの分は渚さんと理奈さんで奢りの予定だったみたいだけど、右手を握り潰したお詫びという事で、渚さんが出した。

 

理奈さんは渉の分と、左手を握り潰したお詫びという事で香菜さんの分の2人分も出し、私の分はお姉ちゃんが保護者という事で出してくれた。

 

志保とシフォンさんの分は、『はぁ、今日は学生組の分は社会人組が出してやっか』と言ってお兄さんが出していた。

 

そして澄香さんが『初めて一緒に飲めた記念』という事で、渚さんと理奈さんとお姉ちゃんの分を出していた。

 

結局、そよ風での飲み会は澄香さんとお兄さんに出して貰った形になった。

そして2次会のラーメン屋は英治さんがみんなの分を出してくれるらしい。

 

今日はどこのラーメン屋に連れて行ってもらえるんだろう?新規開拓もアリかな?

 

「じゃあ、ラーメン屋に行くのは誰だ?全員で行くか?」

 

「私もご一緒します。ラーメンが私を呼んでいますので。もちろん大盛りです」

 

「あたしは行く~!ラーメンと~チャーハンと~餃子と~」

 

「俺も!チャーシュー麺!!」

 

「ボクも行くよ!ボクはラーメンと麻婆豆腐食べたい!」

 

「私も行こうかな。ラーメンは入らないかもしれないけど、ビールと餃子で」

 

「んじゃ俺はみんなのリクエストが通りそうなラーメン屋を検索すっか。記憶の中で」

 

「ごめんなさい。せっかく英治さんが出して下さるんだし、私も行きたかったのだけど……」

 

え!?理奈さんは来られないんですか!?

 

「先輩。申し訳ないんですけど、そういう訳なんで美緒ちゃんを家まで送って行ってあげてくれませんか?」

 

え?お兄さんが私を家まで?お姉ちゃんは?

 

「は?お前らまた渚の家でお泊まり会なの?飲み会の後いつもだな?明日も仕事だよ?」

 

お姉ちゃんお泊まり会行くの!?まさか理奈さんと…!?私もそのお泊まり会に混ざりたい!!クッ、しかしラーメンが……。

 

「あ、貴。今日はあたしも実家に帰るからあたしの事も送ってよ」

 

「め、めんどくさ……」

 

あれ?志保は確か渚さんと住んでるんだよね?理奈さんとお姉ちゃんがお泊まりするのに志保は今日は実家に帰るのか。

 

「あたしもラーメンに行こうかな。あっさりしたの食べたいし。左手も無事だったしね」

 

「お姉ちゃん、本当に渚さんの家にお泊まりするの?私が帰り道にお兄さんに襲われたらどうするの?」

 

「大丈夫だよ美緒。貴にはそんな欲望はあっても度胸はないから。それよりお姉ちゃんが無事に生きて帰って来れるように祈ってて」

 

え?生きて帰って…?お姉ちゃん何言ってるの?

 

「じゃあ、奈緒行きましょうか。澄香さん今日はごちそうさまでした」

 

「楽しみだね!あ、帰りにコンビニに寄っておつまみとビール買って行こうよ。長い夜になりそうだし。澄香お姉ちゃん今日はごちそうさまでした。先輩も梓お姉ちゃんとお話させてくれてありがとうございました!」

 

「澄香さん……今日は本当にごちそうさまでした。貴も…本当にごめんなさいでした。美緒の事…よろしくお願いしますね。

………貴…もし、もし私が生きて帰ってきたら………。いえ、何でもありません。必ず生還してみせます」

 

「何なのこれ?奈緒の小芝居なの?」

 

「さぁ?なっちゃんもりっちゃんも奈緒も飲み過ぎないようにね。またね」

 

お姉ちゃんは両サイドから理奈さんと渚さんに肩と腕をガッチリ掴まれて、歩いて行った。いいなぁ。私もいつか理奈さんとお泊まり会したいなぁ…。

 

「あ!忘れてました!!」

 

ん?お姉ちゃん?

お姉ちゃんは渚さんと理奈さんに何か『逃げないから!』とか何か言いながらお願いしているようだった。どうしたんだろ?

 

「美緒!ちょっとこっちこっち!」

 

私?どうしたんだろ?

お姉ちゃんは私を呼びながら近付いて来るので、私もお姉ちゃんの元へと近付いた。

 

「どうしたのお姉ちゃん。ラーメンが私を呼んでるんだけど?」

 

「私も頑張るから…。美緒も頑張るんだよ?」

 

「は?何が?どうしたのお姉ちゃん」

 

「お姉ちゃんと約束。ね、美緒」

 

「は?はぁ……?」

 

そう言ってお姉ちゃんは、無理矢理私の小指にお姉ちゃんの小指を絡めて来た。

 

「ねぇ?何を頑張るの?ライブ?」

 

「うん。私は美緒に負けないように、美緒は私に負けないように。もちろんDivalにも」

 

「はぁ…?何で急に?」

 

「頑張ろうね。美緒」

 

まぁ、私もお姉ちゃんはもちろん理奈さんにも盛夏さんにも……ううん。誰にも負けるつもりはないから…

 

「うん。約束する」

 

「うん、指切った。おやすみ美緒」

 

お姉ちゃんはそう言って渚さんと理奈さんの所へと走って行った。

 

「おやすみ……お姉ちゃん」

 

本当に急にどうしちゃったんだろう?

 

 

 

 

「あそこのお店のラーメン美味しかったね!」

 

「うん、あそこは私のオススメのラーメン屋ベスト20には入るレベルだしね」

 

「ベスト20?それってすごいの?」

 

「まぁ、あそこはラーメンと餃子が美味いからな。割りとあっさり系だしこってり派の美緒ちゃんには微妙なラインなんだろ」

 

「何を言っているんですかお兄さん。あのお店のラーメンも私は好きですよ?ベスト20にランクインするのはすごい事なのです」

 

私達はラーメンを食べ終わって解散し、お兄さんと志保と一緒に私の家へと向かっていた。

 

「そういえば志保の実家ってこの近くなの?」

 

「いや、全然?」

 

え?近くないの?あ、お兄さんに送ってもらう為か…。

 

「志保の実家って微妙に離れてるからな。俺、帰れるの何時になるんだろ…」

 

「え?なら貴うちに泊まる?あたしはいいよ?」

 

「まじそうしちゃおうかな?って思うレベルだな。明日も仕事だし」

 

え!?それはまずいんじゃない?

その…色々と…。

 

「何ならその辺のホテルに泊まっちゃおうか?あたしん家まで行くのもしんどいっしょ?」

 

ホテ……ホテル!?

 

「え?そうする?襲って来たらすぐ110番するけど?」

 

「その場合どっちがヤバいかな?」

 

「明らかに俺が捕まるな。冤罪なのに」

 

ちょ、ちょっと待って…!お兄さんと志保って実はそんな関係なの!?

お、お姉ちゃんに電話しなきゃ…!!

 

「あ、美緒。ただの冗談だから本気にしないでいいからね。だからお願いします。奈緒に連絡するのは止めて下さい」

 

な、なんだ…冗談か。びっくりしたじゃん。

 

「あ、家に着きました。ここまで本当にありがとうございました」

 

「ここが奈緒と美緒ちゃんの家なのか。本当に駅から近いな」

 

「あれ?知らなかったのですか?でも、これでお姉ちゃんをストーキングしやすくなりましたね。おめでとうございます」

 

「何がめでたいの?」

 

お姉ちゃん…私をお願いしますって、お兄さん私達の家知らなかったんじゃん…。

 

「では、私も家に入りますね。お兄さんも志保も気を付けて……。

………そ、その、一応確認なのですが、本当にお兄さんは志保の家に泊まるの?ですか?」

 

「「いやないよ」」

 

本当かな……怪しいな…。

 

「大丈夫だよ美緒。あたしもまだ死にたくないし。さっきのは本当に冗談だから」

 

「志保の親父さんとは知り合いだしな。志保の家に泊めてもらって親父さんが帰ってきたら俺、しばかれるだけじゃ済まねぇだろ」

 

「え?うちに泊まったらお父さんにしばかれるだけじゃ済まないような事するの?」

 

む~……でもいつまでも引き止めても悪いか…。

 

「では、お兄さんも志保もおやすみなさい。今日はありがとうございました」

 

「おう。おやすみ。俺も………楽しかったわ。ありがとうな」

 

「じゃね美緒。またね、おやすみ」

 

私は2人に挨拶し、家へと入った。

どうしよう…。私も志保の家まで行けば良かったかな…。でも、そうするとお兄さんがまた家に来なきゃいけなくなるし大変かな。

 

「あら?美緒おかえりなさい。奈緒は?」

 

「お姉ちゃんはお泊まりしてくるって」

 

「な、なんですって!?まさかTAKAさんと!?ちゃ、ちゃんと避妊はするかしら…」

 

「いや、お母さん何を言ってるの?お姉ちゃんは渚さんと理奈さんとお泊まり会だから。お兄さんとじゃないから」

 

「なんだそうなの?つまらないわね」

 

お母さん……。

 

「それよりお父……おじさんは?」

 

「何でわざわざ言い直したの?お父さんはお風呂よ」

 

「え?まじですかガチですか?どうしよう…お父さんの後のお風呂とか超嫌なんだけど」

 

「じゃあお母さんが先に入って、またお風呂入れ直してあげるから」

 

「あ、うん。それでよろしく」

 

 

 

 

「ふぅ……サッパリした」

 

私がしばらく部屋でゆっくりしていると、お母さんがお風呂の準備をしてくれてさっきお風呂を済ませて来た。

 

私の入浴シーン?そんなのないよ?

 

私はベッドに横になって考える。

アルバイトの事でも、ライブの事でも、新曲の事でもない。

私が考えているのはお姉ちゃんの事…。

 

参ったなぁ……。お姉ちゃんは私がお兄さんの事を好きだと思ってたんだろう。

そして、私の事を応援しようとしてたんだよね。

だから、お姉ちゃんはお兄さんにあんな態度で…。お兄さんから離れようとしたのかな?

 

でもヤバかったな…。お兄さんの膝の上を引き当てた時…喜んでたのをお姉ちゃんに見られてたなんて…。

何とか誤魔化せてたらいいんだけど…。

 

私はベッドに横になったままベースケースに目をやった。

 

「あ、そうか。今日はベースを持ち歩いてないから…」

 

私はお出掛け用のバッグの中から、ピンク色のマスコットを取り出して、ベースケースに付けた。

 

「うん。これでよし」

 

南の島でお兄さんに取って貰ったマスコット。いつもはベースケースに付けているけど、ベースを持ち歩かない日はバッグに付けている。

今日はファントムに行くつもりだったから、バッグの中に入れてたんだけど…。

 

お姉ちゃんはいつもお兄さんの事を好きじゃないと言う。恋じゃない憧れなんだと。

 

お兄さんと会うまでは本当にそうなのかな?とも思ってた。

幼稚園児や小学生が学校の先生や、近所のお兄さんやお姉さん。テレビの中のアイドルや芸能人を好きになるような感じ?

 

でも、お兄さんとお姉ちゃんを見てたらわかる。お姉ちゃんはお兄さんが好きなんだと。まぁ、渚さんと理奈さんもわかりやすいくらいわかりやすいけど…。

 

お兄さんの話をしている時、お兄さんとお話をしている時……いつもすごく笑顔だもん。お姉ちゃん。

大学に入る前のお姉ちゃんからは考えられないくらいだよ…。

 

だからわかるんだよ?お姉ちゃん。

だから私は……。

 

お兄さんがお姉ちゃんを選んでくれて、お兄さんとお姉ちゃんが結婚してくれたら、私はお兄さんの義妹としてずっと一緒に居る事が出来る。それこそ一生。

 

ま、まぁ離婚とかしなければだけど…。

 

 

だから、私はそれでいいんだよ……お姉ちゃん。



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第33話 ファビュラスな1日

私の名前は茅野 双葉。

いや、今はFABULOUS PERFUMEのナギ。

 

これから私…オレ達のライブが始まる。

 

「シグレ、ナギ、イオリ。やるぞ、俺達のライブだ」

 

「ああ、ゲストで来てくれているCanoro FeliceやAiles Flamme、evokeの前にオレ達で会場を熱くしよう」

 

「ああ、だけどナギ…無理はするなよ」

 

「会場のみんなに届けよう。私達の香りを……」

 

「「「「FABULOUS PERFUMEいくぞ!!」」」」

 

オレ達は気合いを入れ、ステージへと向かった。

 

 

「すげぇな…FABULOUS PERFUME」

 

「なぁ亮!俺達もステージに上がる前にやろうぜ!ああいうの」

 

「FABULOUS PERFUMEかぁ。俺も今日は寝ずに聞いておこうかな?」

 

「珍しいな……響」

 

「ナギのやつ……足は大丈夫なのかな…」

 

「うん……。心配だよね。ナギっちも無理はしないって言ってたけど…」

 

 

オレ達はステージに立った。

シグレの台詞とタイトルコールの後、ステージのライトアップと同時にオレ達の演奏が始まる。

 

「今宵、私達の香りに(いざな)われた蝶達よ!!私達の香りに……酔いしれろ!!…………『バタフライ(ばたふらい)』」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

今日は8月24日。

本来ならオレ達FABULOUS PERFUMEのワンマンライブの予定だったが、オレの不注意で足を怪我してしまった。

 

チケットはありがたい事にソールドアウト。オレは何としても今日のライブを中止にはしたくなかった。

オレ達の音楽を楽しみにしてくれているみんなが待ってくれているんだから。

 

オレもバカじゃない。こんな足の状態で、ライブをやりきれるとは思っていない。だから、Canoro FeliceとAiles Flammeとevokeにお願いしてゲスト出演してもらう事にした。

 

オレ達が3曲演奏し、evokeが3曲、Ailes Flammeが3曲、そしてCanoro Feliceが3曲演奏した後にオレ達で2曲やる。

オレ達がやれる曲は5曲だけだけど、全力でやりきってみせる!!

 

「ハァ…ハァ………ありがとうみんな!私達がFABULOUS PERFUMEだ!!」

 

〈〈〈ワァー!キャー!!〉〉〉

 

「では、早速だがメンバー紹介をさせてもらおう!私がボーカルのシグレだ!」

 

〈〈〈キャー!シグレさまぁー!〉〉〉

 

「そしてドラムの……」

 

-ドンドドドドンドドドシャンドンドドドン

 

「イオリだ。今日は僕の音を君達のハートに響かせてあげる」

 

〈〈〈イオリさまぁー!〉〉〉

 

「そしてギターの……」

 

-ギュイーン……ギャギャギャギャ…ギューン…ギュッ

 

「俺がチヒロだ!俺の香りでお前らを満たしてやるぜ!」

 

そう言ってチヒロは胸元に入れていた薔薇を客席に向かって投げた。

チヒロめ…そんな事するって聞いてないぜ?

 

〈〈〈ステキー!チヒロさまぁー!〉〉〉

 

「そして我らがFABULOUS PERFUMEのリーダー!ベースの……」

 

よぉし……私も私らしさを前に押し出す気持ちで……おっと双葉に戻っちゃった。

オレはナギ……オレはナギ……!!

 

-ドゥーンべべンドゥンドゥン

 

わた……オレはステージの端から端へと回り踊りながらベースを奏でる。

よし、全然動ける大丈夫…!!

 

そしてステージを1周しセンターに立ち、

 

「オレがFABULOUS PERFUMEのベーシスト、ナギだ!みんな盛り上がっていくぞぉぉぉ!!」

 

〈〈〈キャー!ナギさまぁー!好きー!!〉〉〉

 

「ちょっとナギやり過ぎだ。足は大丈夫なの?(ボソッ」

 

「ああ、まだ全然大丈夫だ。シグレ2曲目にいこう(ボソッ」

 

オレは定位置に戻りながら客席に向かってピックを投げた。オレも薔薇とか用意してたら良かったなぁ~…。

 

「では、2曲目にいこう!みんな!手を上げてよろしく!………『Clap(クラップ)』!」

 

オレ達の演奏開始と共にオーディエンスが手拍子を始め、オレ達とオーディエンスのみんながひとつになる。

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

いい感じだ。すごく楽しい。

もっとみんなでこの時間を……

 

-ズキン

 

えっ…?

 

-ズキッズキッ

 

嘘でしょ…?まさか痛み止めが切れた…?

どうしよう…でも、まだ2曲目だし…。

 

ううん。やれる。オレなら…私なら…!!

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

「ありがとう!!みんなと1つなれた最高の演奏だったよ!」

 

「みんな!僕も楽しかったよ!もう一度自分と隣の友達に拍手!」

 

どうしよう……痛みが増して来た…。

でもこの流れからはevokeにバトンタッチは出来ない。もう1曲…全力で…!

 

シグレとチヒロがオレを見てる?

えっ?まさかオレのMC待ち!?

 

ど、どうしよう…何を言えば…。

 

「みんな!今日はありがとう!俺達のホームページやTwitterで知っているとは思うが、ナギの奴は足を怪我してしまってな」

 

え?チヒロ?それはオレがCanoro Feliceの演奏の後に言うはずだった……。

 

「そこで私達は盟友であるCanoro Feliceと、Ailes Flammeとevokeにゲストとして今日のライブを盛り上げてもらう事となった。彼らの音楽もとてもファビュラスな音楽だ!みんな楽しんでくれ!」

 

〈〈〈ワー!〉〉〉

 

「ナギさまぁー!」「大丈夫ー?」「無理はなさらないで下さいー」「チヒロさまぁー!」

 

みんな…。ごめんね。ありがとう。

でもまさか…もうevokeに交代するつもり?オレは不安な気持ちでシグレを見た。

 

「………では!evokeにバトンタッチする前に聴いてもらおう!『楽園(らくえん)』」

 

良かった…。ちゃんと3曲やってくれるんだ…。良かった…。

 

 

 

----------------------

 

 

 

俺の名前は豊永 奏。

FABULOUS PERFUMEの演奏の後、俺達がステージに上り演奏する事になっている。

 

「茅野……ナギの奴、辛そうだな。奏、予定変更だ。このまま俺達がステージに上がるんじゃなくて、ステージのライトを消してもらおう。あいつまともに歩ける状態じゃねぇだろ」

 

「ああ…確かにそうだな…」

 

「ああ、俺もそれがいいと思う。どうする?俺が葉川さんに伝えてくるか?」

 

「河野さん大丈夫だよ。私からタカにイヤモニで言っておく。evokeはライトが消えたら直ぐにステージに上がって」

 

「初音ちゃんはしっかりしてるねぇ」

 

初音ちゃんから葉川さんに伝えてくれるなら大丈夫か?だがいきなり演出を変えてFABULOUS PERFUMEは大丈夫だろうか?

 

「奏さん。それも多分大丈夫。タカとトシキさんに任せてたらいいよ」

 

初音ちゃん…。俺そんなわかりやすい顔をしてたかな?

 

「そろそろ3曲目が終わるぞ?行けるな?」

 

「結弦…。誰に言っているんだ?俺達はevokeだぞ」

 

俺達がステージに上がる準備をしていると、佐藤さんから指示が入ってきた。

 

FABULOUS PERFUMEの演奏が終わり次第、オーディエンスの拍手が鳴り止む前にライトが消される。

そして俺達がステージに上り、FABULOUS PERFUMEがハケたのを確認してから、俺達の演奏を始める。

俺の歌い出しと共にライトアップされるとの事だ。

 

さすが佐藤さんだな。この一瞬でそんな違和感のない演出を思い付くとは…。

 

〈〈〈ワァー!キャー!〉〉〉

 

FABULOUS PERFUMEの演奏が終わったか。

 

「行くぞ!evoke!地上最強への道を!」

 

俺達はステージに上がる。

 

「みんな…ごめんね…」

 

茅野は右足を引き摺っている。歩くのも辛そうな表情だ。

こいつ…こんな状態で笑顔のまま、あのパフォーマンスをやり遂げたのか…!!

 

「大丈夫?ナギ?」

 

「うん、イオリ……ごめんね。シグレもありがとう。3曲目までやらせてくれて」

 

「無理はしないと約束したのに……」

 

「evoke…悪い。後は任せる」

 

「確かチヒロとか言ったか?心配すんな。後は俺らに任せやがれ」

 

ナギが盛り上げたこの会場。

俺達が盛り下げる訳にはいかんな。

 

「今日だけは紗智の為じゃなく……あいつの為に演奏してやるか…。フッ、紗智に知られたらヤキモチを妬かれちまうな」

 

安心しろ鳴海。紗智ちゃんは全く何とも思わないはずだ。

しかし、お前今までevokeの為じゃなく紗智ちゃんの為に演奏していたのか……。

 

「FABULOUS PERFUMEハケたよ。オーディエンスを待たせてもアレだし、俺達も演奏始めよ。俺も同じベーシストとしてあの子の為にも全力でやるよ」

 

ああ、もちろんだ。

 

「俺は準備は出来たぜ?テメェらはいいか?」

 

俺達は黙って頷き、それから結弦がギターを鳴り響かせ、俺達evokeの演奏が始まった。

 

俺の歌い出しはそろそろだな…。

 

-パッ

 

俺の歌い出しと同時のライトアップ。

さすが佐藤さんだ。いや、葉川さんか?タイミングがこれ以上ないくらいにバッチリだ。

 

うおっ!?

 

明るくなったステージから客席を見て俺は驚いた。いつもと違う風景。

俺達evokeとは全然違うオーディエンス。

 

それはそうだな。俺達のゲスト参加が決まった後に、2階のホールから地下のホールに変更し追加販売したとはいえ、ほとんどはFABULOUS PERFUMEのファンで売れたようだしな。

それでも完売とはさすがと言わざるを得ないな…。

 

おっと、オーディエンスにくわれている場合ではないな。俺は歌に集中しなくては…!!

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「ハァ…ハァ…ふぅ……。evokeで『Winner(うぃなー)』でした。聴いてくれてありがとうございます」

 

〈〈〈ワァー!!〉〉〉

 

「かっこいいー!」「すごい激しかったよね」「FABULOUS PERFUMEの雰囲気とは違うけど良かった」

 

よ、良かった…。俺達の曲はFABULOUS PERFUMEの曲の雰囲気とは全然違う。

FABULOUS PERFUMEのファンには受けは悪いかもと思っていたが、そんな事は無かったようだな。

 

フッ、ナギの……茅野の言った通りだな。

 

 

 

『了解した。ならば俺達evokeがゲストバンドのトップバッターを任せてもらおう』

 

『うん、よろしくね豊永くん』

 

『FABULOUS PERFUMEのライブの雰囲気を壊さないようにセトリも考えてやらせてもらう』

 

『それはダメ!』

 

『ダメ……?何故だ?俺達の曲調とFABULOUS PERFUMEの曲調は違うだろう?なら、俺達の曲の中からそれなりに近い雰囲気の曲を選んだ方が……』

 

『豊永くん達evokeがその曲をやりたいと思ってやるなら大歓迎だよ?でも、FABULOUS PERFUME(わたしたち)の雰囲気と合わせる為に選ぶのは止めて』

 

『いや、しかしファンの多くはFABULOUS PERFUMEの曲を聴きに来るようなものだろう?』

 

『うん、そうだね。追加販売したとはいえ、大半のお客様はFABULOUS PERFUMEのファンだと思う。だからこそ、私達に合わせるのは良くないよ』

 

『意味がわからないな。どういう事だ?』

 

『豊永くんが、evokeがその日その時にオーディエンスに届けたいと思う曲じゃないと意味は無いよ。evokeのファンの人もきっといるし、私達のファンの中からevokeの曲を好きになってくれる人もいるかも知れない』

 

『!?………確かに茅野の言う通りだが』

 

『evokeがFABULOUS PERFUMEのライブに合わせた曲というコンセプトで、やりたいと思ってやるのは全然構わないよ?

自分で言うのもちょっと偉そうな気もするけど、せっかく大勢のオーディエンスのいる大きなステージでevokeの曲を伝えるチャンス。evokeのやりたい曲をやらなきゃ』

 

『そうだな……。すまない』

 

『わわっ!私こそごめんなさい。偉そうな事言って。だから謝る必要は…』

 

『いや。茅野の言う通りだ。俺は俺達の伝えたい曲をやる。FABULOUS PERFUMEのファンをevokeのファンにかっさらう気持ちでな』

 

『うん。私達もevokeのファンのお客様にFABULOUS PERFUMEのファンになってもらうつもりでやるからね』

 

『フッ、望む所だ。それにアレだな。

俺達もFABULOUS PERFUMEに合わせたセトリにしてしまうと、Canoro FeliceとAiles Flammeも大変だしな。あいつらは曲が少ないし、コンセプトを合わせる事は出来んしな』

 

『あ、本当だ。それもそうだね。あはははは』

 

 

 

俺達が今やりたいと思った曲。

FABULOUS PERFUMEとAiles FlammeとCanoro Feliceとのライブを盛り上げる為、そしてFABULOUS PERFUMEのファンの為に組んだセットリスト。

 

これが今日の最高のevokeだ。

 

「では続けて聴いて下さい。『偽りのエゴイスト(いつわりのえごいすと)』」

 

 

 

----------------------

 

 

 

「ナギ、痛み止めは?」

 

「うん、さっき飲んだよ」

 

「ナギ……大丈夫?ボク…」

 

「あ~、イオリ泣くな。ナギは大丈夫だ」

 

ライブ前にも痛み止めは飲んでたのに…。何で……ライブ中に…!!

 

「茅野……悪い。俺がちゃんとお前の事を守ってやってれば…」

 

冬馬…。違う。冬馬のせいじゃない。

 

「冬馬…オレは大丈夫だ。それにアレはオレの不注意のせいだからな」

 

「お母さんを連れてきた!」

 

「双葉ちゃん、大丈夫?」

 

初音ちゃん?三咲さんを?え?何で?

 

「とりあえず脱いで」

 

は?………脱げ?

 

「み、三咲さん!ダメですよ!と、冬馬が居るのに脱げだなんて……そ、その恥ずかしいじゃん!!」

 

と、冬馬の前で脱がされるとか……その……無理無理無理無理!!

 

「いや、ブーツの話なんだけどね?松岡くんが居なかったら脱いでたの?」

 

え?ブーツ?

 

「お母さんは昔色々格闘技やってたし、応急措置くらいならと思って…」

 

「応急措置とは言っても冷却スプレーしてテーピングするくらいしか出来ないけどね」

 

テーピング……それだけでも…。

 

「三咲さん!お願いします!」

 

私はブーツを脱いで足を三咲さんに見てもらった。

 

「あ~…少し腫れちゃってるね。本当なら今日のライブはもう出ない方がいいと思うんだけど……」

 

そんな……もしかして悪化しちゃってる…?

 

「これくらいなら冷やしてテーピングしてたら大丈夫かな。一応明日の朝には病院に行ってね」

 

「本当ですか?良かった…」

 

「三咲さん……双葉治る?」

 

「栞ちゃん大丈夫だよ。ちゃんと固定せずにブーツを履いて動き回ったから、少し腫れて痛みが出てきたんだと思う」

 

「三咲さんすみません…ご迷惑おかけします…」

 

「弘美ちゃん。迷惑とかないから気にしないで。私もこうやって役に立てたなら良かったよ。はい、お仕舞い。ブーツはまだ履かないで次の出番までは安静にしててね」

 

「ありがとう三咲さん。うん、ほとんど痛みは感じなくなったよ」

 

良かった…。まだ私はステージに立てる。

ステージの様子も気になるけど、出番までは安静にしておこう。

 

「じゃあ私はまた戻るから、初音はここに居て何かあったら双葉ちゃんをお願いね」

 

「うん、わかった。私じゃ無理そうならすぐ連絡する」

 

そう言って三咲さんは戻って行った。

三咲さんもすごく忙しいだろうに…本当にごめんなさい。そして、ありがとうございます。

 

「双葉、私もステージ袖に戻る。弘美と栞は双葉に付いててやってくれ」

 

「ああ、わかった。そろそろevokeの出番も終わるだろうし、Ailes Flammeの事頼むな」

 

「あ、ボク……ちょっと…」

 

栞………?あ、そっか。

 

「栞も沙織と行っておいで。私は弘美と初音ちゃんが居てくれるから大丈夫。シフォンちゃんに頑張れって言っておいで」

 

「べ、別にゆーちゃんは関係ないし!Ailes Flammeは一応同級生だからってだけなの!」

 

「クス、じゃあ栞行こうか。Ailes Flammeもそろそろ準備しているだろうしね」

 

「い、行って来るけど、双葉も安静にだよ!弘美も初音ちゃんも双葉をよろしくね!」

 

そう言って沙織と栞は戻って行った。

Ailes Flammeの演奏か…。頑張れ内山くん!

 

「じゃ、じゃあ俺もCanoro Feliceの準備があるし戻るけど、ナギ安静にしてろよ」

 

「うん。約束する。心配して来てくれてありがとうね冬馬」

 

「いや、それはいいんだけど、みんなFABULOUS PERFUMEから中の人に戻ってたけど良かったのか……?」

 

 

 

----------------------

 

 

 

ボクの名前は井上 遊太。

いや、今はAiles Flammeのシフォン。

 

これから僕…ボク達のライブが始まる。

ゲスト参加だけど。

 

「渉、拓実、シフォン。やるぞ、オレ達のライブだ。ゲスト参加だけど」

 

「うん、ゲストに呼んでくれたFABULOUS PERFUMEの為に僕達で会場を熱くしよう」

 

「うん、だけどシフォン…無理はしないでね。

別に怪我してるとかないのに無理はしないでって何なの?」

 

「会場のみんなに届けようぜ。俺達の歌を……」

 

「「「「Ailes Flammeいくぜ!!」」」」

 

ボク達は気合いを入れ、ステージへと向かった。

 

 

「いや、みんな何やってるの?ステージへと向かったじゃないよ。まだevokeの3曲目やってるし」

 

「もしかして今のは私達の真似なのかな?」

 

「ほら、渉……シグレさんもイオリさんも呆れちゃってるじゃん…」

 

「いや、だってFABULOUS PERFUMEのねーちゃん?にーちゃん?達みんなかっこ良かったしよ」

 

だからって真似する必要はないでしょ。

色々無理あり過ぎるし、ボクなんてモノローグまでやらされたし…。

 

「渉…確かに良かったがオリジナリティーが無かったな。オレ達らしくもう1回やり直そうぜ」

 

「まぁAiles Flammeはあまり緊張していないという事なのかもね」

 

いやいやいや、めちゃ緊張してますよ。

ボクなんて手汗びっしょりだし、スティックを落とさないように気を付けなきゃ…。

 

「あ、evokeの曲終わったよ。そろそろだねAiles Flamme」

 

よ~し…!頑張るぞぉ~!

 

「よし!行くか!拓実、シフォン!」

 

ボク達は渉くん以外の楽器隊がステージに上り、それぞれ担当楽器のメンバーとバトンタッチをする。

そして楽器の準備を始めて、渉くんがステージに登場し、奏さんからマイクを受け取る。それからボク達の演奏が始まる。

 

「ゆ、ゆーちゃん!」

 

ふぇ?ゆーちゃんって……。

 

「ボク今はシフォンなんだけど?」

 

「が、頑張って…!///」

 

イオリちゃん……?

 

「うん!頑張ってくる!見ててね!!」

 

『栞ちゃん』って続けて言おうと思ったけど、止めておいた。だって今は栞ちゃんはイオリちゃんだもんね。頑張って来るよ。FABULOUS PERFUMEからevokeに託されたバトンを、Canoro Feliceに届ける為にもね。

 

ボク達はステージに上がって、各々担当楽器のメンバーの元へと行った。

 

-パァン

 

「確かに繋げたぜ?俺達のバトン」

 

「はい。必ずオレ達もCanoro Feliceに繋げます」

 

-パァン

 

「俺は精一杯叩いた。次はお前がこの会場を飲み込んでやれ」

 

「うん!ボクのリズムでもっともっと盛り上げてみせるよ!」

 

-パァン

 

「FABULOUS PERFUMEのナギはすごく頑張ってた。俺……僕達はあの子と同じベーシストだ。あの子に負けないような演奏を見せてね」

 

「はい。僕の今の精一杯を楽しんでやりきってみせます」

 

よし、ボク達は急いで楽器の準備を…。

そろそろ渉くんが出てくる。

 

……………よし!ボクは準備オッケーだ。

 

そして奏さんがステージ袖の方へ歩いて行き、渉くんが奏さんからマイクを受け取った。

 

「江口。interludeとのデュエルで聴かせてもらった歌声を期待しているぞ」

 

「奏さん。ちゃんと聴いててくれよ。あの日よりもっとすごいぞ今日の俺は」

 

「ほう……」

 

「俺達はAiles Flammeだからな」

 

そして渉くんがステージの中央に立った。

 

…………けど、そのまま歩いて行った。え!?何で!?

渉くんがステージの中央に立ってボク達の演奏開始だよ!?

 

渉くんは拓実くんの所まで歩いて行き、拳を拓実くんに突き出した。

 

「渉…?」

 

「ん!」

 

拓実は一瞬戸惑っていたけど、渉くんの突き出した拳に拳を合わせた。

 

〈〈〈ワァー!〉〉〉

 

そのまま無言でボクの方まで歩いて来て、今度はボクに拳を突き出してきた。

 

もう……そんなの聞いてなかったよ?

ボクは渉くんの拳に拳を合わせた。

 

〈〈〈キャー!〉〉〉

 

次に亮くんの所に行って亮くんと拳を突き合わせ、ステージの中央に今度こそ立った。

 

「………『Challenger』!!」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

〈〈〈ワァー!キャー!!〉〉〉

 

やった!大成功だ!!

ボク達の演奏は大成功し、オーディエンスを盛り上げる事が出来た。

 

「Ailes Flammeだって知ってた?」「全然聞いた事もないけどすごくかっこ良かった!」「あのギターの人かっこいいー!」

 

「みんな!聴いてくれてありがとう!!俺達がAiles Flammeです!」

 

〈〈〈ワァー!キャー!〉〉〉

 

「俺達の事知ってる人ー!手を挙げてー!」

 

え!?渉くん!?そんな事聞くの!?

てか、これ昔のたか兄のMCのパクりじゃん!?

 

「お!全然居ないと思ってたけど、何人かは居てくれてるんだな!ありがとう!」

 

本当だ。チラホラ手を挙げてくれてる人がいる。

 

「でも知らない人の方が一杯だな!じゃあメンバー紹介するから、しっかり聞いて覚えていってくれ!忘れちまったら次に来てくれたら、また教えるけどな!」

 

あ、ここら辺はたか兄とは違うね。そっか、たか兄の昔のライブDVDとか観てMCも勉強したんだね。

 

「じゃあまずは…!誰から紹介しようかな?」

 

「クスクス」「えー?決めて来てないのー?」「名前教えてー」

 

「よし!じゃあさっき俺が拳を合わせた順に紹介していくな!まず、夢はパティシエベーシストの拓実だ!」

 

え!?渉くんが名前まで言っちゃうの!?

 

「え!?いきなり僕から!?え、えっと、Ailes Flammeのベーシストの拓実です!よろしくお願いします!夢は紹介されたようにパティシエベーシストです。あはは」

 

「パティシエベーシストだって」「あ、あの子ケーキ屋の子じゃない?」「私も見た事ある!」「夢に向かって頑張ってー!」

 

「みんな!Ailes Flammeのベーシストの拓実だ!覚えていってくれよな!

次はAiles Flammeの紅一点!ドラムのシフォンだぁぁぁ!!」

 

Ailes Flammeの紅一点……か。

 

「ボクがAiles Flammeのドラマーのシフォンです!あははは、紅一点って言ってもボク実は男の娘なんだけどねっ!」

 

言っちゃった……言ってしまった。

でも後悔はしてない。これがボクなんだから。

 

「男の娘だって」「全然わかんないよね。てか、あたしより可愛いし」「すっごく可愛いー!」「シフォンちゃーん!」

 

みんな……良かった。すごく嬉しい。みんな受け入れてくれるんだ…。

あれ?亮くんは何で耳を塞いでるんだろう?

 

「あはははは。シフォンって本当に可愛いよな!そしてAiles Flammeの定食屋亮だ!」

 

「いや、お前定食屋って何だよ。オレを紹介するならギタリストだろ」

 

「定食屋って…」「クスクス」「ねー?定食屋なのー?」「かっこいいー!」「ギター弾いてー!」

 

「えっと、紹介にあずかりました実家が定食屋のギタリスト亮です。蕎麦が好きです」

 

そう言って亮くんはギターの演奏をした。蕎麦が好きって事も自分で言っちゃうんだ。

 

「リクエストが聞こえたので、少し演奏させてもらいました。よろしくお願いします」

 

そして亮くんはピックを客席に向かって投げた。本当に亮くんってかっこいいよね!

 

-ゾクッ

 

え?何だろ?亮くんの事かっこいいと思ったら一瞬寒気がしちゃった。

 

「さあ、みんなの紹介も終わった所で、俺達の2曲目を聴いて下さい。次の曲は…」

 

「おい、お前自分の事は紹介しないのかよ?」

 

「え?」

 

「クスクス」「ねー!ボーカルくんのお名前はー?」「教えてー!」「もしかして自分の紹介忘れてたの?クスクス」

 

「わ、悪い。緊張しすぎて自分の紹介忘れてた。俺はAiles Flammeのボーカル、渉だ!わ・た・る!みんな覚えてくれたかな?じゃあみんなで一緒に!」

 

え?渉くん……もしかしてコレがやりたくての演出だったとか?

 

「俺がボーカルの!」

 

〈〈〈わたるー!!〉〉〉

 

「ありがとう!!じゃあいくぜ!『雨上がりのピクニック』!!」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

 

----------------------

 

 

 

「江口のやつ……歌も凄いが相変わらずMCも上手いな」

 

「生真面目のテメェにゃ出来ねぇMCだな」

 

「俺がアレをやってうけると思うか?」

 

「夢に見ちゃいそうだからやめて…あ、逆に寝れなくなっていいかなぁ?」

 

「えぐっちゃんならではって感じのMCだよね」

 

「私達Canoro FeliceのMCも負けてませんわ。春くんならもっと会場を沸かせてくれますわ」

 

「ごめん姫咲。無茶振りは止めてくれないかな」

 

 

 

----------------------

 

 

 

「ハァ…ハァ…『雨上がりのピクニック』でした。こういうポップな感じの歌も俺達の持ち味です。楽しんでくれましたかー?」

 

〈〈〈楽しかったー!〉〉〉

 

渉くん凄いなぁ。歌もどんどん上手くなってるし、パフォーマンスもステージいっぱい使ってやってる。

MCも本当に上手いし、まるでデビュー仕立てって感じさせない。

 

「じゃあ次で俺達の曲はラストです!

みんなで盛り上がって暴れて下さい!『SUMMER DAYS』!」

 

よし!ボク達Ailes Flammeの最後の曲だ!後でもっと頑張れば良かったって思わないように、思いっきり叩いちゃうよ!

 

 

 

----------------------

 

 

 

私の名前は秋月 姫咲。

私達Canoro Feliceはステージ袖で待機していた。

 

「そろそろ俺達の出番だ。俺達のキラキラをオーディエンスに届けよう」

 

「うん!今日は架純も来てくれてるみたいだし、私も楽しんで演奏するよ!」

 

そう言えば関係ありませんけど、結衣ってBlue Tearのメンバーはあだ名呼びじゃなくて名前呼びなのですね。

 

「俺も茅野が……FABULOUS PERFUMEがガッカリしないように、精一杯演奏する。もちろんオーディエンスに楽しんでもらう為にもな」

 

「私もFABULOUS PERFUMEの皆さんが、私達に任せて良かったと思って頂くように、私にこのベースを託してくれた澄香さんの為にも、最高に楽しい演奏をオーディエンスに届けてみせますわ」

 

今日は澄香さんもドリンク出しのお手伝いをしてくれています。

私達の出番の時には演奏を聴きに来てくれるとの事でした。無様な演奏を見せる訳にはいきませんわ。

 

「ありがとうー!Ailes Flammeでしたー!」

 

あ、Ailes Flammeの出番が終わったようですわね。この後、Ailes Flammeは拓斗さんのLazy Windと9月に出演するライブの告知をして退場してくる。

 

Ailes Flammeが退場した後、松岡くんだけがステージに上り、ドラムを叩いて会場を盛り上げる。

そして私達がステージに上り、春くんが挨拶とメンバー紹介をして演奏が始まる。

 

口下手な松岡くんにこんな大役が出来るとは思えませんが……信じますわよ。

 

「楽しかったぁぁ!精一杯暴れ回ったけど、まだ暴れ足りねぇぜ!」

 

「だよね!僕も楽しかった!」

 

「ボクもボクも!まだまだ叩きたい!」

 

Ailes Flammeの皆さんが戻って来たようですわね。

 

「じゃあ俺も行ってくる」

 

「まっちゃん!頑張ってね!」

 

「冬馬、任せたよ」

 

「松岡くん、頼みましたわよ」

 

 

「松岡、茅野先輩の事はオレ達の責任。

そんな事思う必要はねぇからな。思いっきり楽しんで来い」

 

「秦野。観てろよ。俺のCanoro Feliceの演奏を」

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

 

松岡くんはステージに上り、ドラムの準備を始めた。何も喋らず一人黙々と……。

やはり松岡くんでは難しかったでしょうか…。

 

-ドンドンドンドン

 

松岡くんは無言のままドラムの演奏を始めた。このままではオーディエンスも困惑してしまいますわね。私達もすぐに…。

 

「待って姫咲。冬馬を信じて」

 

「ですが……」

 

「姫咲。まっちゃんなら大丈夫だよ」

 

わかりましたわ。もう少し様子を見ていましょう。

私がそう思った時でした。

 

 

「さぁ!みんな俺のドラムのリズムに合わせて手拍子!……を、お願いします///」

 

最後は照れが入ったみたいですけど、松岡くんは立ち上り、身体を使ってダイナミックに、ですが、オーディエンスがリズムを取りやすいように優しい音でドラムを叩き続けた。

 

「よーし!じゃあ次はもう少しリズムを変えて叩くけど、みんなついてきて……くれたら嬉しいっす///」

 

-ドドドンドドドンドドドン

 

最後は締まりませんでしたが、松岡くんのリズムに合わせて、オーディエンスが手拍子し、会場がひとつになっている。

 

「よし!じゃあスピードアップ!」

 

-ドドドドドドドドドド

 

「さっすが!みんなついてきてくれてありがとう!………ございます///」

 

やはり照れますのね。

 

「さぁ!Canoro Feliceのメンバーの登場だ!みんな手拍子を……続けて///」

 

松岡くんの台詞の後、私達はステージに上がって各々の定位置に着いた。

 

〈〈〈キャー!ワァー!〉〉〉

 

「春く~ん!」「ユイユイー!」「姫咲さまぁぁぁぁ!ブヒィィィ!」「松岡くんかっこいいー!」

 

みんな先日に一度FABULOUS PERFUMEのライブにゲスト参加をしただけの私達を覚えててくれてますのね。

何か私の名前を呼ばれた時は少し異色な感じがしましたが…。

 

「みんなー!こんばんはー!」

 

春くんの挨拶が始まる。松岡くんもホッとした顔をしていますわね。とても盛り上がった登場シーンでしたわ。ありがとう、松岡くん。

 

「早速だけどメンバー紹介行くよ!俺がボーカルの春太です!」

 

そう言って春くんは軽くダンスをし、ステージ中央でターンをしてポーズを決めた。

 

「春くんかっこいい!」「春くん手を振ってー!」「春太くん最高!!」

 

「そして!ギターの結衣!」

 

結衣は無言で松岡くんのリズムに合わせてギターを弾き、笑顔で右手を高々と挙げた。

 

「結衣ちゃーん!」「可愛いー!」「ユイユイー!」

 

「ベースの姫咲!」

 

私は春くんの紹介と共にベースを弾き始める。松岡くんのリズムに合わせて…。

双葉、澄香さん、オーディエンスの皆さん!見て下さいね。私の楽しいキラキラした演奏を!!

 

 

『一緒に踊ろう』

 

 

え?何ですの?

 

私はベースの演奏を終了し、黙って深々と頭を下げた。

 

「姫咲ちゃーん!」「姫咲さまぁぁぁぁ!」「罵って下さいぃぃぃ!ブヒィィィ!」

 

『一緒に踊ろう』確かに聞こえた気がしたのですけど、オーディエンスのどなたかが言ってくれたのですかね?

 

ですが、罵って下さいって何なんでしょう?私先日のゲスト参加の時も、大人しくしていたはずですが…。

 

「そしてドラムの冬馬!」

 

松岡くんはドラムの演奏を止め、両手を挙げた。

 

「松岡くーん!かっこいい!」「抱いてー!」「まっちぁぁぁぁん!」「とうちゃーん!」

 

まっちゃん!?とうちゃん!?

 

松岡くんが再び座り、ドラムでリズムを取る。そこに結衣と私が合わせて曲が始まる。まずは……。

 

「行くよ!『idol road』!」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

----------------------

 

 

 

「よし!大丈夫。痛みもない。ありがとうね初音ちゃん」

 

「うん、無理はしないでね。頑張って」

 

オレはブーツを履き、チヒロと共にステージ袖へと向かった。

 

 

 

「驚いた。一瀬くんのダンスも歌声もすごく上達している」

 

「うん、一瀬 春太だけじゃない。松岡 冬馬もユイユイも姫咲も、こないだと全然違う。すごく上手くなってる」

 

「本当だ。みんないつの間にこんなに…」

 

「あ!ふた……ナギ!」

 

「ナギ、足の痛みはどうだ?」

 

「うん、大丈夫。もう無理はしない」

 

「当たり前だ。次の出番の時は最低限のパフォーマンスにしとけ」

 

最低限のパフォーマンスか。

しょうがないね。思いっきり暴れたかったけど、もうオーディエンスのみんなにもシグレ達にも心配掛けるわけにはいかないし。

 

「大丈夫。約束する。だから、シグレ、チヒロ、イオリ、ひとつだけお願いがあるんだけど……」

 

 

 

----------------------

 

 

 

「次で俺達Canoro Feliceの曲はラストです。これからやる新曲はみんなで踊れるように簡単な振付を考えて来ました。

出来ればみんなでやりたいので、覚えて下さいね。まずサビの部分でキラッキラッキラッって所があるので……」

 

春くんがオーディエンスに新曲の振付を教えてみんなで練習している。

 

これが私達の最後の曲。

私達とオーディエンスがひとつになって、みんなで演奏する曲。

最後まで全力で輝いてみせますわ。

 

「よし!練習もバッチリだね。じゃあ行くよ!『KIRA KIRA☆STAR BEAT(きらきらすたーびーと)』!!」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

私達の3曲目が終了し、私達一人一人が挨拶をしてステージ袖へハケる。

私達がステージを降りた後はライトが消され、FABULOUS PERFUMEの2度目の出番となる。

 

「春太、冬馬、結衣、姫咲。すごく良かった。本当にありがとう」

 

「次は私達に任せてくれ。最高のラストを飾ってくる」

 

「Canoro Felice。ありがとうな」

 

「一瀬 春太!松岡 冬馬!耳と目をかっぽじってよく観てろよ!ユイユイと姫咲も応援よろしくね!」

 

そしてFABULOUS PERFUMEがステージへと上がって行った。

 

FABULOUS PERFUMEの全員がステージへ上がった後、ライトアップされて演奏が始まる。

 

-パッ

 

あら?

 

ステージ中央にだけスポットでライトアップされ、その中央にはナギ様がイスに座っている。

 

 

「みんな、今日は来てくれてありがとう。それなのにオレの不注意で怪我をしてしまって…本当にすまない」

 

オーディエンスは黙ってナギ様の言葉を聞いている。

 

「でも、今日、Canoro FeliceやAiles Flammeやevokeがゲストとして、演奏をしてくれて。みんなすごくかっこいい曲で。オレはすごく幸せな1日になったと思っている」

 

ナギ……双葉。それは私達もですわ。

きっとオーディエンスもみんな…。

 

「これからオレが歌うのは、そんなみんなへの気持ちを込めた曲です。聴いて下さい。『ありがとう ~want to say~(ありがとう うぉんと とぅ せい) 』」

 

双葉が歌を……!?

双葉はアコースティックギターを持ち、優しい歌声で歌い出した。

 

「か、茅野ってベースだけじゃなくて、ギターも出来たのか…?」

 

「松岡は知らなかったのか?」

 

秦野くん?いえ、秦野くんだけじゃありませんわ。evokeとAiles Flammeのみんながこの場に。

 

「茅野先輩は学校の軽音部ではギターをやってるからね。ドラムも叩けるし一通りの楽器は出来るよ」

 

そうなのですね。双葉…。

 

「いい曲だな」

 

「うん。本当に心地好い曲。せっかく寝るの我慢してるのに、ゆっくり眠れそう」

 

「茅野先輩の想いが伝わってくるような曲だね」

 

「ああ、きっとオーディエンスにも伝わってるな」

 

あなたのこの歌に込めた想い。

確かに私達にも届いてますわ。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

ナギ様のソロ曲の後、FABULOUS PERFUMEは予定通り2曲演奏し、私達のライブは終了した。

私達は控え室で少し休憩しながら、本当に最高に幸せな1日になったと、充実感と達成感で溢れ返っていた。

 

 

 

「さて、お客様がみんな帰っちゃう前にお見送りに行こうか」

 

「そうだな。今日は奈緒ねーちゃんとまどかねーちゃんも来てくれてるし」

 

「盛夏ちゃんと香菜姉は腕の事があるから今日は病院みたいだけど、志保と渚さんと理奈さんも来てくれてるしね」

 

盛夏さんと香菜さんは病院?腕の事って何か怪我でもされたのでしょうか?

 

「そういやgamutの………今はGlitter Melodyか。あの4人も来てくれてるらしいな」

 

「拓斗さんはお仕事らしいけど、観月さんや、御堂さん、三浦さんも来てくれてるらしいよ」

 

「うん、架純からも今日来てくれるって連絡あったし!楽しんでくれてたらいいけどなぁ」

 

「綾乃姉達も来てくれてるらしいよ。東山先生も……。さすがに僕の事をみんなの前で小松とは呼ばないと思うけど……」

 

栞ちゃんのイオリ様キープ時間がどんどん短くなっていってる気がしますわ。

 

「紗智ちゃんも来てくれてるみたいだしねぇ。みんなでお見送りに行こうか。俺の眠気もそろそろヤバいし……」

 

 

私達は今日来てくれたオーディエンスをお見送りする為にフロアに向かった。

 

私達の1日は最高の終わりを迎えると思っていた。

 

 

そう……この時までは……。



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第34話 interludeの侵攻

「うわぁ~。すっげぇ人だなぁ」

 

俺の名前は江口 渉。

FABULOUS PERFUMEのライブのゲスト参加を終え、来てくれたお客様にお礼を言う為にフロアに降りて来ていた。

 

「あ、あの…!Ailes Flammeの渉さんですか?」

 

「ああ、そうだぜ。俺の名前覚えてくれたんだな!ありがとう!!」

 

「はい!Ailes Flammeすごくかっこ良かったです!握手して頂けますか?」

 

「もちろん!これからもよろしくな!」

 

「は、はい!」

 

俺は俺の名前を覚えてくれていた女の子とガッチリ握手をした。

その子は『ありがとうございます!これからも応援してます!』と言って走って行ってしまった。

 

ファン?かどうかはわかんないけど、こうやって応援してくれる人と触れ合えるのって嬉しいよな。それに女の子の手に触れるとか小学生の頃以来だぜ。柔らかかったなぁ。女の子の手。

 

「女の子と握手してデレデレしちゃって。志保ちゃんにまたバカにされちゃうよ?」

 

「ん?」

 

声のした方に目をやるとそこには同級生の河野 紗智が居た。

 

「おっす!久しぶりだなさっち!」

 

「私、いつから江口くんにさっちって呼ばれるようになったの?お兄ちゃんに見つからないように、秦野くん探してたんだけど…」

 

「あ~…こんだけ人多いとな。俺もはぐれちまったし」

 

そう。人が多いからはぐれただけだ。

決して迷子になったわけじゃない。

 

「江口 渉?」

 

「ん?あ、確か明日香だっけ?」

 

声がした方に目を向けるとLazy Windの観月 明日香が居た。何で1人なんだ?迷子か?

 

「何で名前呼びで呼び捨て?」

 

そういや拓実が拓斗にーちゃんのバンドメンバーも来てるって言ってたっけ?

 

「そういや明日香って夏休み明けたら俺達の学校に通うんだってな!よろしくな!」

 

拓斗にーちゃんにも仲良くしてやってくれって言われてるしな。

 

「え?そうなの?明日香ちゃんだっけ?何年生?」

 

「マジで?江口 渉達と同じ学校なの?私は2年だけど、あんまりよろしくする気ないから」

 

明日香も2年だったのか。

じゃあ同じクラスになるかもな?

あ、これってフラグ?

 

「へぇ。じゃあ同じクラスになれるかも知れないね。私は河野 紗智。よろしくね」

 

「いや、よろしくする気ないって言ったよね?私は……観月 明日香」

 

いや、よろしくする気ないのに名乗るのな。ツンデレキャラか?

 

「よろしくしようよぉ~」

 

「てか、紗智とか言ったっけ?何なの?何でこんな馴れ馴れしいの?この子渉の彼女?」

 

「いや、その勘違いはマジで止めて」

 

おお、明日香からいつの間にか渉って呼ばれるようになっちまったな。

けどな、さっち。そんな低いトーンで否定されると、さすがの俺も胸がチクチクしちゃうぞ?

 

「Ailes Flammeの江口。女の子に囲まれてええのぅ」

 

 

あ?その声……。

 

 

そこにはinterludeの白石 虎次郎が立っていた。

 

「お前らの演奏。見せてもろたで」

 

何でここに……ファントムにクリムゾンの白石 虎次郎が…?

 

「なんや?ワイに会ったのに挨拶も無しかいな?んで、その子らはお前の彼女か?」

 

「「いや、マジで止めて」」

 

どうする…?正直ここで虎次郎に会ったって事より、さっちと明日香にあんな低いトーンで否定された事の方がショックだぜ……。胸がズキンズキンする。

 

「お前、生きてたんだな。あの爆発に巻き込まれて吹っ飛んだと思ってたぜ」

 

「あんな爆発でワイがやられる訳ないやろ」

 

まぁ、本当は奏さん達に聞いて無事だってのはわかってたけどな。

 

あ、爆発……?まさかここも…?

こいつらファントムを……?

 

「江口くん、爆発ってまさかこないだの南国DEギグの事…?」

 

さっちも知ってるのか?鳴海さんに聞いてたのか?

 

「こいつ見た事ある。interludeのボーカルだね」

 

「なんや。お嬢ちゃんはワイの事知ってるんか?………ん?お前どこかで」

 

まずいな。にーちゃん達に連絡した方がいいか?もしこんな所で爆発なんか起こされたら…。

 

俺がそんな事を考えていると、虎次郎は明日香の胸倉を掴んだ。

 

「痛っ!ちょっと何すんのよ!」

 

「ワレ……Lazy Windの観月 明日香やな?クリムゾンのブラックリストに載っとった。間違いあらへん………って痛っ!」

 

俺は虎次郎の腕を思いっきり掴んでいた。いくら何でも女の子の胸倉を掴むとか何考えてんだこいつ。

 

「江口……離せや」

 

「虎次郎。お前こそその手を離せよ」

 

「チッ」

 

虎次郎は舌打ちして明日香から手を離した。

 

「渉……助かった。ありがとう」

 

「え、江口くんがかっこいい…!」

 

お?マジか?もしかして惚れられたか?

 

「「いや、ないよ?」」

 

何で心が読まれてるんだ?泣きそうになってきた。

 

「観月 明日香。確かお前らのバンドに三浦 聡美がおるやろ?あいつにバンドを辞めさせろ」

 

「は?あんた何言って……」

 

聡美ねーちゃんにバンドを辞めさせろ?

虎次郎の奴何言ってんだ?

 

 

「あー!おったおった!明日香ー!」

 

 

「え?聡美?」

 

「チッ、まぁええ。面倒な事になる前にワイは行くわ。ここで騒ぎ起こすわけにもいかんしの」

 

そう言って虎次郎はこの場を去ろうとしたけど、まだここに居た目的を聞いてねぇ。逃がす訳にはいかねぇな。

 

俺は虎次郎の肩を掴んだ。

 

「待てよ。虎次郎お前何でここに…」

 

「チッ、離せや江口。ワイは観月から手を離したやろ?安心せい。ただお前らAiles Flammeの演奏を観に来ただけや。

九頭竜の奴はあの爆発事件の事を、海原さんにえらく怒られたらしいからな。しばらくあんな事は起こらへん」

 

そういやあの爆発事件は九頭竜って奴がやったって話だっけか?海原に怒られたからしばらくあんな事は起こらない?本当かよ?

 

「早よ離せや!聡美がこっち来るやろ!」

 

ん?聡美ねーちゃん?

 

「こ、虎次郎……?何でここに…?」

 

「チッ、見つかってもうたか…」

 

この2人知り合いなのか?

そういや2人共関西弁だしな。

 

「虎次郎…」

 

「聡美……」

 

「え?聡美?何なの?まさか2人は知り合い?昔付き合ってたとか?」

 

「「そんなんちゃう!」」

 

「江口くん。この人達って…?」

 

「あ?ああ、この虎次郎って奴は話の流れからわかってると思うけど、クリムゾンのミュージシャンだ。そんでそっちのねーちゃんが、俺達の仲間の聡美ねーちゃんだ」

 

「なるほど!すごくよくわかったよ!」

 

マジでか?今のでよくわかったの?

 

「つまり、そこの虎次郎って人が聡美さんって人と同じバンドをやっていたけど、ある日クリムゾンのミュージシャンにデュエルを挑まれた。そして、クリムゾンに負けたせいで、虎次郎って人がクリムゾンに引き抜かれてしまった。その事に恨みを持って聡美さんはクリムゾングループと戦ってたって事だね!でも、虎次郎って人は聡美さんがクリムゾングループと戦うのは嫌だから、明日香ちゃんに聡美さんにバンドを辞めさせるように言ったんだね!」

 

何でさっきの俺の説明でそこまでわかるんだ?何なのこの子。

 

「その通りや。聡美、そこの嬢ちゃんの言う通りや。クリムゾンに楯突いても無駄や。バンドを辞めて大人しゅうしとけ」

 

「虎次郎、クリムゾンなんか辞めてうちらの所に帰ってきてや!」

 

しかも合ってるの!?さっち何者なの!?

 

「それは無理や。ワイはクリムゾンを辞める気はあらへん」

 

「だったらうちも無理や。虎次郎が帰って来れるように……クリムゾンを潰す」

 

「やれるもんならやってみ……。ワイの前に立ち塞がるならお前でも容赦せぇへんぞ?」

 

「「私達も容赦しないから!」」

 

え!?何で明日香とさっちが言うんだ!?

 

「明日香とその子の言う通りや。………って誰やのその子!?」

 

「興が削がれた。ワイは帰るわ。江口、今日の演奏程度じゃワイらは倒されへんぞ!精々気張るんやな!」

 

「「おととい来やがれ!」」

 

だから何で明日香とさっちが言うの?

おととい来やがれって二度と来るなって意味だからな?デュエルで決着を……って話だから二度と来なかったら決着つかないしな?

 

そして、明日香とさっちは硬く握手をしていた。ああ、なんか渚ねーちゃん達に振り回されてるにーちゃんの気持ちがわかるわ……。

 

「で?結局明日香とおるあの子は誰なん?」

 

 

 

----------------------

 

 

 

俺の名前は折原 結弦。

チッ、奏も響も鳴海もどこに行きやがった。俺がファンサなんか出来るわけねぇだろうが…。

 

このまま控え室に戻るか…。

俺がそう思った時だった。

 

「ちょっと…マジで止めてくれない?」

 

「これは運命デス。結婚しましょう。もしくは、婚儀を行ないましょう」

 

「あの…どっちも同じ意味だと思うのですが?」

 

「アナタも大変お美しい。良ければ名前を書いて頂けませんか?ちょうど婚姻届を持って来てマス」

 

「は?あ、あの…」

 

「相手しなくていいよ」

 

チッ、こんな所でナンパかよカスが。

あんま関わり合いたくねぇが…FABULOUS PERFUMEのファンの女が、evokeのファンの奴にナンパされてんとかだったら目覚めが悪いしな……。

 

しゃあねぇ……助けてやるか。

 

「おい、テメェ、こんな所でナンパとはいい度胸だな」

 

俺がナンパ野郎に声を掛けた時だった。

 

 

「お、折原くん?」

 

「あ、折原くんこんばんは~」

 

 

Blaze Futureの柚木 まどかと、え………っと、バンド名は何だっけか?取り合えず北条 綾乃だな。

まさか、ナンパされてん奴が知り合いだったとはな…。

 

「ノーノー!これはナンパではありません。運命の出逢いなのデス」

 

こいつ何を言ってやがんだ?

 

「Oh!アナタはevokeの結弦デスね!

ワタシの求愛の儀の邪魔をするとはイイ度胸デスね!」

 

こいつ…よく見たらinterludeのギターの……。

 

「テメェ、クリムゾンのミュージシャンが何でこんな所に居やがる」

 

「おかしな質問をする男デスね。ここにワタシのハニーまどかが居るからに決まってマス」

 

あ?ハニーだぁ?

 

「誰があんたのハニーなのよ。それより何でクリムゾンがファントムに居るわけ?」

 

「その質問には結婚してくれたらベッドの上で教えマス。さぁ、まどか結婚しましょう」

 

「ねぇ、まどか?この人イライラするんだけど?」

 

「あたしもさっきからイライラMAXだよ。MAX通り越してマックスハートだよ」

 

あ?プリキュアかよ。

 

「おい柚木。一応確認の為だが、お前はこいつのハニーじゃねぇよな?」

 

「あったり前でしょ!」

 

なら、助けてやっか。クリムゾンのこいつが何でこんな所に居やがるのかも気になるしな。

 

「おい、テメェ……確か青木 リュートとか言ったよな?ここでテメェが何してやがるんだ?あ?」

 

「evokeの結弦。まだこんな所に居るのデスか?さっさと帰って、その下手くそなギターの練習をする事をオススメしマス」

 

あ?下手くそなギターだと?

 

「面白れぇ。テメェ俺に喧嘩売ってんだな?」

 

「何故デスか?」

 

チッ、マジでムカつくなこの野郎。

ムカつき過ぎてイライラがマックスハートだぜ。

 

しかし、こいつの狙いがわからねぇ。

今は揉め事を起こすわけにはいかねぇか…。どうすっか……。

 

「折原くん」

 

ん?北条?

 

「何だ?」

 

「今から私と折原くんでこの人にデュエル挑んじゃおっか?私達2人掛りでやればギター1人だし勝てるんじゃない?」

 

あ?こいつ正気か?狙いもわかんねぇし、仲間が居るかも知れねぇってのに…。

 

「Oh!美しいお嬢さんそれは後生デース!ここで揉め事を起こしてしまえば怒られるだけじゃ済みません!」

 

「やっぱりね…(ボソッ」

 

マジかこいつ。こうなる事を予想してあんな事言いやがったのか?こないだの爆発事件、こいつも会場に居たってのに。

 

「でも、クリムゾンのミュージシャンはデュエルを申し込まれたら受けない訳にはいかないよね?」

 

「確かにその通りデス……ですから、デュエルは勘弁して下さい。わかりました。アナタをワタシの第二婦人にしてあげマス」

 

「うわぁ♪殴りた~い♪……いいかな?」

 

「綾乃!ダメ!暴力はストップ!」

 

なるほどな。こいつはこの方法で追っ払うのがいいか……。

 

「デスガ、ワタシは貴女方3人で挑んで来ても負けませんケドネ」

 

何だとこの野郎…。

 

「綾乃、さっきは止めてごめん。あたしもめちゃ殴りたいわ。やっちゃおうか?」

 

「取り合えず裏行く?」

 

こいつらが熱くなってくれてて良かったな。おかげで俺が冷静でいられるぜ。

 

「柚木、北条ちょっと待てよ。

おい、青木 リュート。俺ら3人相手でも勝てんだよな?だったら今から正式にデュエルを申し込むぜ?いいんだな?」

 

「それは……本当に困りマス……海原サン怒ると怖いデス…」

 

海原?クリムゾンエンターテイメントの創始者か……。もう日本に帰ってきてやがんのか……?

 

「海原が怖いだぁ?そんなテメェの理屈でデュエルから逃げる気かよ?海原は日本に帰ってきてやがんのか?」

 

「海原サンはまだ日本にはいません。テレフォンで怒られマス。海原サンを怒らせたら二胴サンも雲雀も怖いデス…」

 

こいつがバカで助かったぜ。

ベラベラベラベラ情報ありがとよ。

 

「テメェが誰に怒られようが、俺らの知ったこっちゃねぇんだよ」

 

「そんな……殺生デース」

 

「ちょっと…折原くん本気?こいつとデュエルやんの?(ボソッ」

 

「いや、そんなバカじゃねぇよ。まぁ見てろ(ボソッ」

 

さて……上手くいきゃいいけどな。

 

「青木 リュート。どうしてもってんならデュエルを申し込むのを止めてやってもいいぜ?どうする?」

 

「本当デスか!?ありがとうございマス!」

 

「ああ、そん代わりテメェはここに何しに来たのか教えろ。嘘だと判断したら即座にデュエルを申し込む。この場でな」

 

「ワカリマシタ…。ではお話させて頂きマスので、デュエルだけは勘弁して下さい」

 

「ああ、約束してやんよ」

 

「ワタシ達はただファントムのバンドマンのライブを観に来ただけデス…敵情視察とか言うらしいデス」

 

ただライブを観に来ただけ?

 

「嘘だと判断したらデュエルを申し込むっつったよな?」

 

「本当デース!ワタシ達の新しい上司がファントムのバンドマンのライブを観たいと言って、ワタシ達を連れて来たのデス。Ailes Flammeも出演してマスから、虎次郎も観たい観たい言ってたデース」

 

なるほどな。どうやらフカシじゃなさそうだな。って事は新しい上司って奴は誰だ……?15年前に関係ねぇ奴なら中原さん達に聞いてもわかんねぇだろうが…。

 

「ねぇ、あんた。それ嘘じゃないでしょうね?そもそも新しい上司って何者よ」

 

「嘘じゃありまセーン。ワタシの上司は

木暮 麗香(こぐれ れいか)といいマス。ワタシ達はクイーンと呼んでいマスが…」

 

木暮 麗香か…。後で中原さん達に聞いておくか……。

 

「南国DEギグの時にあんな爆発を起こしておいて、ただライブを観に来ただけってのを信じろって?」

 

「本当デース。そもそも爆発の件は九頭竜が勝手にやった事デス。九頭竜も海原サンに怒られていたので、この間のような事はもうない筈デス」

 

九頭竜……この名前も出すって事は、どうやらこいつの情報は信用出来るな…。

 

「わかった。信じてやるよ。テメェはもう帰れ。ライブを観に来ただけなら、もうここにゃ用はねぇだろ」

 

「確かにその通りデス。ワカリマシタ。今日の所は大人しく帰りマス。デスガ、まどか。次に会った時は結婚しましょう」

 

「絶対嫌!!」

 

 

そして青木 リュートはトボトボと帰って行った。海原はまだ日本に居ない事、あいつらの新しい上司の木暮 麗香って奴の事、中原さん達に伝えに行くか……。

 

 

 

----------------------

 

 

 

僕の名前は内山 拓実。

ライブが終わって、お客様のお見送りに来たのはいいけど、渉達とはぐれちゃったな…。

 

でも、僕の演奏ってまだまだ下手くそなのに、色んなお客様に声を掛けてもらっちゃった。すごく嬉しいな。

これからも頑張っていこう。うん。

 

「あ、拓実く~ん」

 

「睦月ちゃん」

 

僕がフロアでウロウロしていると、Glitter Melodyの永田 睦月ちゃんが声を掛けてくれた。

 

「今日のライブ来てくれたんだね。ありがとう」

 

「うん。すごく楽しいライブだった。ねぇ、ケーキ屋のスタンプカード持って来てるけど今日は押してもらえない?」

 

「うん、さすがに無理だよ」

 

「そっか。美緒達とはぐれてまで拓実くんを探してたんだけど残念」

 

そうなんだ。すごく欲望に忠実に行動してるんだね。すごいや。

 

「お、内山じゃん。今日はお疲れ様。それと……睦月じゃん。やっほ」

 

僕と睦月ちゃんが話をしていると、雨宮さんが声を掛けてくれた。

 

「あ、雨宮さん。一人なの?」

 

「うん。渚と理奈が迷子になったみたいでね」

 

そうなんだ。全く自分が迷子になったとは思わないんだね。すごいや。

 

「あ、志保。あたし、カラオケ屋のスタンプカード持って来てるけどスタンプは押してもらえないよね?」

 

「うん。さすがに無理かな」

 

「そっか、残念」

 

ん?2人とも名前呼び?親しいのかな?

 

「雨宮さんと睦月ちゃんって仲良いの?」

 

「うん。プライベートでは遊んだ事ないけど仲良しだよ」

 

「睦月はあたしのバイト先のお得意様だから」

 

そうなんだ。睦月ちゃんって僕のバイト先のケーキ屋もお得意様だし、意外と顔が広いんだなぁ。

 

「やっと見つけた……。内山 拓実」

 

僕がそんな事を思っていると、僕の前にひとりの男の子が現れた。

 

この人はinterludeのベースの人だ…。

何でファントムにクリムゾンのミュージシャンが……。

 

「「ひーちゃん!」」

 

ひーちゃん?雨宮さんも睦月ちゃんも?

この人と知り合いなの?

 

「しーちゃんにむっちゃんか。しーちゃんはファントムのバンドマンだからわかるとしても………まさか、むっちゃんもなの?」

 

「睦月もひーちゃんの知り合いなの?」

 

「うん。小学校と中学校の時の同級生。それよりしーちゃんって可愛いね。あたしもしーちゃんって呼んでいい?」

 

睦月ちゃんの同級生か…。って事は僕逹と同じ歳なんだ。

 

「昔話をするつもりはない。僕は内山 拓実に用があるんだ」

 

僕に?何だろう…?

 

「キミのベース。irisベースだよね?」

 

僕のベース?まさか僕のベースを狙って…?

 

「そうですけど?それが何か?」

 

「キミの演奏では、ベースのチカラが全然引き出せない。悪いけれど、キミのベースを僕に譲ってもらえないかな?」

 

やっぱり…『晴夜』を狙って…。

 

「それで?僕がどうぞって渡すと思いますか?」

 

「だったら、ちからずくで奪うまでだけどいい?」

 

まさかここでデュエル?どうしよう…。まだこんなにたくさんのお客様もいるのに…。それに悔しいけど……今の僕じゃ勝てる訳がない…。

 

「ちょっとひーちゃん!どういう事よそれ!てか、何でひーちゃんがクリムゾンのミュージシャンなんかに…」

 

「しーちゃんは黙って。僕は今、クリムゾンエンターテイメントのミュージシャン朱坂 雲雀として、ファントムのミュージシャン内山 拓実と話してるんだ」

 

「だったらあたしもファントムのミュージシャンとして、ここで内山とデュエルするってんなら、ひーちゃんを倒す」

 

雨宮さん……。クソッ僕にもっと力があれば…。

 

「しーちゃんの実力で僕に勝てるの?」

 

「あんまりあたしを舐めないでよね…。あの頃のあたしとは違うんだから…」

 

あの頃のあたし?やっぱり雨宮さんもこの雲雀って人と昔何か関係が…。

 

「そっか。デュエルギグ野盗を蹴散らしてたんだもんね。でも僕とは場数が違うよ」

 

「あたしの事…デュエルギグ野盗との事も知っているの…?」

 

「雨宮さんも……しーちゃんのお父さんも心配してたよ。でもまぁ、今はDivalに手を出す訳にはいかないか。ここで揉め事を起こす訳にもいかないしね」

 

ここで揉め事を起こす訳にもいかない?

良かった…。じゃあここは南国DEギグの会場みたいになる事は…。

 

「ねぇ?ちょっといいかな?今の話を聞いてて何となくなんだけど……ひーちゃんってクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンなの?」

 

え!?睦月ちゃん今更そこなの!?

 

「むっちゃん……そうだよ。僕はクリムゾンエンターテイメントでinterludeのベースを担当してる」

 

「ふぅん……そっか。ひーちゃんが自分でやりたいと思ってクリムゾンに入ったなら、あたしは別にどうでもいいし、いいんじゃない?って思う」

 

「ちょっと…睦月…」

 

「でも、ひとつだけ確認。もしかしてクリムゾンの誰かに翔子ちゃんの事を話した?」

 

翔子ちゃん?誰だろう?

 

「翔子さんの事は誰にも話してない。そして、これからも話す気はない。だから、安心していいよ」

 

「そっか。だったらいい」

 

翔子さんの事をクリムゾンには話さない?あっ……もしかして翔子ってArtemisのギタリストの神原 翔子さん!?

 

「僕はそろそろ行くよ。内山 拓実、キミのベースはいつか僕が奪わせてもらう。覚悟しててね」

 

「その時は僕ももっとベースの腕を磨いて……絶対に負けない。『晴夜』は渡さない」

 

「そっか、その子の名前『晴夜』っていうのか。僕のベースの名前は『雷獣』。キミのベースと同じirisシリーズのベースだ」

 

……!?モンブラン栗田さんの奪われたベースの内の1本がinterludeに!?

 

「そうなんだね。だったら、僕がその『雷獣』を取り返してみせる。必ず」

 

朱坂 雲雀は何も言わずにこの場を去って行った。

 

「ひーちゃん……何で…」

 

「雨宮さん…」

 

「そういえばさっき聞きそびれてたんだけど、しーちゃんとひーちゃんはどんな知り合いなの?」

 

あ、睦月ちゃん、雨宮さんの事本当にしーちゃんって呼ぶんだ?

 

「あたしが小学生の頃……うちからちょっと離れた公園で、あたしがギター、ひーちゃんがベースでね。よくセッションしてたんだよ。学校は別だったんだけどね」

 

「そっか。ひーちゃんが小学校の6年の時に引っ越して来てからは、あたしとセッションしてたって感じか……あたし達ひーちゃんの元カノと元カノみたいだね」

 

いや、元カノと元カノって……。

 

「あははは。渚にもそんな事言われたっけ……。あたしはそんなつもり無かったよ。別に好きとかそんなのなかったし」

 

「え?しーちゃんってひーちゃんの事好きじゃなかったの?なのにセッションしてたの?」

 

「え?いや、友達としては好きだよ?でも、恋とかそんなんじゃないって意味」

 

「恋……?いや、それはそうでしょ。

あ、でも美緒みたいな子もいるし、そうとも言い切れないか」

 

「え?美緒みたいな子って?」

 

「ん?百合?」

 

あははは。百合って…。

渉が聞いたら『そっか!やっぱり雨宮って百合だったんだな!』とか言いそうだよね。

 

 

『そっか!やっぱり雨宮って百合だったんだな!』

 

 

え!?何でまた渉の声が!?

 

「江口ぃぃぃ(ギリッ」

 

「そっかそっか。しーちゃんもそっちだったのか。安心して、あたしはどっちもいけるから」

 

どっちもいけるって…。何を安心したらいいんだろう?

 

「いや、それよりさ?そもそも百合ってね……。何であたしがひーちゃんに恋をしてたら百合なの?」

 

「え?しーちゃんって女の子でしょ?」

 

「そうだけど……え?も、もしかしてひーちゃんって…」

 

え?朱坂 雲雀ってもしかして……

 

「うん。ひーちゃんも女の子だよ。あ、男の子だと思ってたの?」

 

「「な、何だってぇぇぇぇぇぇ!!?」」

 

 

 

----------------------

 

 

 

「今日は来てくれてありがとう」

 

「ナギ様。お大事にして下さいね」

 

「松岡さん。握手して頂けませんか?」

 

「あ、ああ。今日はありがとうございました…///」

 

俺の名前は松岡 冬馬。

FABULOUS PERFUMEのライブの後、ナギと一緒にライブに来てくれたお客様のお見送りをしている。

 

「大人気だな、ナギ」

 

「え?そうかな?でも、冬馬も人気あるじゃん。色んな女の子に握手求められて鼻の下延ばしてデレデレしちゃって(ニコッ」

 

「鼻の下延ばしてって……ナギと一緒に居るからってついでにって感じじゃねーか?」

 

まぁ、確かに音楽やドラムの感想とか応援してるとか言ってくれてるし、悪い気はしないけどな。

 

「松岡さん!ドラムかっこ良かったです!握手して下さい!」

 

「ああ。ありがとうございます///」

 

「ジー……」

 

「あ?何だ?ナギ」

 

「別に(ニコッ」

 

何だか笑顔が怖いんだけどな……。

 

「冬馬ちゃん♪」

 

え?冬馬ちゃん?

 

「冬馬ちゃん?(ギロッ」

 

怖っ!?ナギの目が怖いわ!!

メイクで目を鋭くしてるから、そんな目で睨まれたら女の子ビビッちまうんじゃねぇか!?

 

そう思って俺は声を掛けてくれた女の子の方に目を向け………たハズだったが、そこに居たのはガタイのいいおっさんだった。

 

このおっさんはinterludeの……。

 

「久しぶりねぇ♪まぁ私の事は覚えてないかしら?1度会っただけだものね」

 

「………忘れたくても忘れられるキャラじゃねぇだろあんたは」

 

何でクリムゾンのミュージシャンがファントムにいやがるんだ。ナギだけは守ってやらねぇと…。

 

「嬉しいわねぇ。冬馬ちゃんの事は本当は今日のライブまで忘れてたんだけど、あなた変わったわね。前のバンドの時はどこかつまらなそうにしていて…」

 

あの頃の俺は……確かにバンドやライブを楽しいとは思っていなかった。

俺がかっこいいと思うバンドをやる事、ライブをやる事、そしてOSIRISの進さんのようにかっこいいドラマーになる事。

それだけしか見ていなかった。

 

だけど、今の俺は違う。春太やユイユイと出会い、秋月とバンドを組んで、茅野や葉川さん、ファントムのみんなと出会って、俺が望んでいた『かっこいい』なんて、ただの俺の利己的な考えだと気付けた。

 

今はCanoro Feliceでいられる事が、楽しくて幸せだ。だから、クリムゾンなんかに今の幸せは、壊させねぇ。

 

「Canoro Feliceとの出会いがあなたを変わらせたのかしらね?」

 

「ねぇ…冬馬…」

 

ナギ、心配すんな。お前は俺が守る。

 

「さぁな?それよりクリムゾンのミュージシャンがこんな所で何やってんスか?

それと、あんたはクリムゾンのミュージシャンじゃなかったハズだ。確かデビュー目前って言ってましたよね?」

 

「そうね~。冬馬ちゃんに私が答える義務はないわよねぇ?」

 

チッ、めんどくせぇな…。

 

「まさか……南国DEギグの会場みたいに、ここも爆発させるつもりじゃないだろうな…」

 

ナギ…やっぱりお前も心配なんだな…。

 

「あら?FABULOUS PERFUMEのナギちゃん?あなたもあの会場に居たのかしら?」

 

「ナギだけじゃねぇ。俺もあの会場に居たんだ。

だから悪いスけどあんたの事は警戒してんスよ」

 

「なるほどね。あなた達もファントムのバンドですものね。Ailes FlammeやBlaze Futureが居たんだから、居てもおかしくないわね。そう言えば春太ちゃんも見掛けたしね」

 

春太を?そうか、江口とinterludeがデュエルをした時か…。

 

「ま、しょうがないわね。だったら教えてあげるわ。私達がここに居るのは、私達クリムゾンエンターテイメントの敵であるあなた達のライブを観る為よ。今日は本当にそれだけの事よ♪」

 

俺達のライブを?敵情視察ってやつか…。

しかし、それってつまり俺達をクリムゾンエンターテイメントは敵と認識してるって訳か…。

 

「あんな爆発をさせておいて…沢山の人を巻き込んでおいて…!」

 

「あれは本当に申し訳ないと思ってる。オレもあんな事になるとは思っていなかった……」

 

え!?何で!?このおっさん普通に喋れるの!?そっちの方じゃなかったの!?

 

「あんな事になるとは思っていなかった?それで許されるとでも思って…」

 

「思ってはいない。死人や大怪我をした人が出なかったとは言え、本来あってはならない事だ。だから、オレはクリムゾンのミュージシャンとして音楽で償っていくしかない。………言い訳に聞こえるかも知れないが、あの件は九頭竜の奴が勝手にやった事だ。いや、二胴さんでもやりかねないとは思うがな…」

 

ちょ、ちょっと待って!俺はもう二胴とか九頭竜とかより、このおっさんの変わりように驚いてんだけど!?

キャラ?あの喋り方ってキャラ作りだったの!?

 

「だからって……みんなライブを楽しみにしていたのに…」

 

「そんなわけでぇ。九頭竜も私達のボスの海原さんに、ものすごぉく怒られたみたいだから、もうあんな事は起きないと思うわよぉ。安心しなさいな」

 

結局その喋り方に戻るのかよ!!

 

「そ、その事はわかった。だけど、あんたがクリムゾンのミュージシャンになった理由は…?」

 

「ウフフ~。それはヒ・ミ・ツ♪」

 

 

「悪いけどその理由は俺も聞きてぇな」

 

 

そう言って俺達の間に入って来たのは、evokeのドラマー、河野 鳴海だった。

 

「久しぶりっすね。武さん」

 

「鳴海か。久しぶりだな…」

 

って、また喋り方変わるの!?

 

「俺もあんたに聞きてぇな。何でクリムゾンなんかでドラム叩いてんすか?あんなにクリムゾンを嫌っていたのに…」

 

クリムゾンを嫌っていた?

今はクリムゾンのミュージシャンであるこのおっさんが…?

そういえば雨宮の親父さんも…昔は……。

 

「クリムゾンのミュージシャンになる事が、オレにとって何よりも大事だと思ったからだ」

 

「武さんと一緒にバンドをやってたメンバーを捨ててでもかよ?」

 

「そうだ」

 

「見損なったぜ…」

 

河野さん……このおっさんと親しいのか?

それより、一緒にバンドをやってたメンバーを捨ててクリムゾンエンターテイメントに…?

 

「鳴海…お前にもバンドより大事なモノがあるだろう?」

 

「バンドのメンバーより大事なモノだと?そんなものあるわけねぇだろ」

 

「紗智ちゃんは?」

 

「すまなかった」

 

即答!?即答で謝罪!?

 

「鳴海。お前らの演奏楽しかったぞ。もちろんFABULOUS PERFUMEとCanoro Feliceの演奏もな」

 

このおっさん……。

 

「FABULOUS PERFUME、Canoro Felice、evoke。頑張れよ。オレ達なんかにやられないようにな」

 

そう言っておっさんは帰って行った。

何だったんだ一体……。

 

「ねぇ。河野くん…さっきの話って…」

 

「ああ、紗智の事か?あいつは俺の可愛くて可愛くて仕方ない妹の事でな…」

 

「いや、一応オレもさっちちゃんとは知り合いだから。学校の後輩だし。

オレが聞きたいのは、さっきのクリムゾンのミュージシャンの事なんだけど…」

 

「そっちかよ……あいつは玄田 武。俺がevokeに加入したての頃に、世話になったバンドのドラマーだ」

 

河野さんが世話になったバンドのメンバー?

 

「それはevokeのメンバーもっスか?」

 

「いや、奏達は知らねぇかもな。俺がたまたま近所でバンド練習してたおっさん達と仲良くなってな。ドラムを教えてもらってただけだ。それに奏は筋肉バカで、結弦は音楽バカ、響は寝てばっかだしな。バンドの事なんか全然無知だったし俺がな……」

 

今のは『バカ』と『ばっか』を掛けたわけじゃないよな?ヤバい。秋月と付き合いが増えたせいか、すぐにこういう事が気になってきちまう…。

 

「冬馬。貴くんと英治くんに一応伝えに行こう。クリムゾンのミュージシャンがファントムに来ていた事を…」

 

「あ、ああ。そうだな。河野さんも行きますか?」

 

「いや、俺は紗智を探してるからな。お前らだけで行ってくれ」

 

そう言って河野さんは去って行った。

俺達は葉川さん達の所に行くか。

 

しかし、あのおっさん…。

 

 

『FABULOUS PERFUME、Canoro Felice、evoke。頑張れよ。オレ達なんかにやられないようにな』

 

 

何となく悪い奴じゃねぇのかもな。

俺はそう思っていた…。



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第35話 クリムゾンの影

私の名前は秋月 姫咲。

FABULOUS PERFUMEのライブが終わり、今はファントムのフロアで、ライブに来て下さったお客様のお見送りをしています。

 

澄香さんにもご挨拶をと思いましたが、今はファントムのお手伝いとして、達也さんとドリンク出しをしてらっしゃいました。

お忙しいみたいですので、挨拶は後でいいですわね。

 

それにしても先程見掛けた春くんや松岡くんは握手などを求められてましたのに、何故私には『ぶってください』とか『踏んでください』とか求められるのでしょうか?

 

Canoro Feliceとしてライブをしている時は猫を被って、大人しい清楚な女性のように振る舞ってますのに…。そう、Cure²Tronのユキホ様のように。

 

「秋月、お疲れ様」

 

「あら、チヒロ様。お疲れ様です」

 

私がフロアをウロウロしていると、FABULOUS PERFUMEのチヒロ様が声を掛けて下さいました。

 

「Canoro Feliceの演奏。こないだよりずっと凄かったな。正直驚いたぜ」

 

「いえ、そんな事ありませんわ。私達はまだまだです。

いつかの約束。FABULOUS PERFUMEとデュエルを出来るように、精進して参りますわ」

 

「ははは、それは俺達もうかうかしてられねぇな」

 

FABULOUS PERFUMEの演奏はとても素晴らしい演奏でした。曲もパフォーマンスも『美』という言葉が、ピッタリと当てはまるような演奏でしたわ。

 

「あ、姫咲ちゃん、チヒロさん。こんばんは~」

 

私がチヒロ様とお話をしていると、Divalの水瀬 渚さんが声を掛けて下さいました。

 

「水瀬さん、今日は来てくれてありがとう」

 

「渚さん、本日はありがとうございます」

 

「そんなそんな!私こそありがとうだよ。FABULOUS PERFUMEもCanoro Feliceも凄かった。私達Divalも負けてらんないな~って思ったよ」

 

そういえばハロウィンにはDivalとも、一緒にライブが出来ますのね。楽しみですわ。

 

「私も凄い演奏だと思ったよ。FABULOUS PERFUME、Canoro Felice」

 

私達がお話をしていると、今度は長身の女性が話し掛けて来た。確かこの方は……。

 

「久しぶりだね、秋月さん。そしてチヒロもね」

 

「お久しぶりですわね、天花寺さん」

 

この方は私達秋月グループのライバル企業である天花寺グループのご令嬢、天花寺 紫苑(てんげいじ しおん )さん。

事あるごとに私に対抗意識を燃やしてくる……正直あまり好ましくない相手ですわ。

 

「紫苑……お前がこんな所に居るなんてな。まさか俺達の応援……って事はねぇよな」

 

まさかチヒロ様と過去に何か…?このお二人はどのような関係なのでしょう?

 

「私がチヒロの応援なんかするわけがないだろう?そして、さっきから気になっていたが、そこのレディはDivalの水瀬 渚さんかな?」

 

渚さんの事まで知っていますの?

 

「あの……えっと……どなたですか?」

 

知り合いって訳じゃありませんでしたのね…。

 

「私の名前は天花寺 紫苑。君達の敵クリムゾンエンターテイメントのミュージシャンさ」

 

「「「クリムゾン!?」」」

 

そんな…。天花寺さんがクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンに…?一体どういう事ですの?

 

「紫苑…それはどういう事なの?クリムゾンエンターテイメントのミュージシャンって…」

 

「フフフ、私の会社。つまり天花寺グループはクリムゾンエンターテイメントと提携する事になってね。クリムゾンエンターテイメントの重役に、是非とも私にボーカルをやって欲しいと頼まれたのだよ」

 

天花寺グループがクリムゾンエンターテイメントと提携?どういう事ですの?クリムゾンエンターテイメントも会社であるとは言え、クリムゾンミュージックのグループ会社のひとつに過ぎない。

そんな会社と提携して、天花寺グループに一体何のメリットが……?

 

「私達天花寺グループは更に大きくなるだろう。チヒロ、私達のカフェを辞めた事を後悔させてあげるよ」

 

チヒロ様が天花寺グループのカフェに?そこを辞めた?いや、そもそもチヒロ様の正体を天花寺さんは知っている?

 

「あたしは天花寺グループのカフェを辞めた事は後悔した事ないよ…。それにクリムゾンエンターテイメントと提携か。尚更辞めて良かったと思うよ……」

 

「これから後悔するんだよ。キミは」

 

読めませんわね。クリムゾンエンターテイメントと提携を組んで、わざわざ天花寺さんがバンドをやる理由。そこも気になりますが、私達にその事を伝える意図、そしてファントムに来た理由……。

 

まさかとは思いますがファントムがSCARLETと提携する事を知っている?

SCARLETには私達秋月グループが出資をしているから?

 

いえ、秋月グループがSCARLETに出資をする事は知っていても、ファントムがSCARLETと提携する事は知っているはずはありませんわよね。

 

「それはわかりました。天花寺さんでしたっけ?あなたがファントム(ここ)に居る理由は何ですか?クリムゾンのミュージシャンが、ただライブを観に来ただけって事はありませんよね?」

 

「水瀬さん、私達は本当にただライブを観に来ただけですよ。敵情視察とでも言えばいいかな?」

 

まだるっこしいですわね…。

私が直接聞いた方が早いでしょうか…?

 

「へぇー、ただライブを観に来ただけですか。では、そろそろお引き取りを。ライブは終わってますからね」

 

な、渚さん!?何故ですの!?

ここはもう少し情報を引き出した方が…。

 

「嫌われたものだな。まぁ、いいだろう。秋月さんとチヒロに宣戦布告をしたかっただけだしね」

 

そう言って天花寺さんは帰って行った。

本当にただの敵情視察だったのでしょうか?

 

「ごめんね、姫咲ちゃん。もうちょっとあの人から情報を聞き出したかったかもだけど」

 

渚さん?わ、わかってて帰らせましたの?

 

「ありがとうございます、渚さん。助かりました」

 

チヒロ様?

 

「喋り方。また戻ってますよ?」

 

喋り方…?

 

「あ、ああ。そうだな。助かったぜ渚さん、サンキューな」

 

あ、ああ……そういう事でしたのね…。

私とした事が配慮が足りませんでしたわね…。

 

まだ、このフロアにはたくさんのお客様がいらっしゃいますわ。

ですが、チヒロ様は天花寺さんにお会いして、動揺したのか弘美さんの部分が出てましたものね。

 

それに、天花寺さんも『チヒロさん』と呼んではいましたが、カフェの事等も話してましたし、ここで話を続けるのは望ましくありませんでしたわね。

 

「渚さん、チヒロ様…申し訳ございません。私は…」

 

「ん。そうだ。ちょっと場所変えよっか」

 

 

 

 

私達は控え室に行き、3人で少し話をする事にしました。まだ控え室には他の方は戻ってきていないみたいですわね。

 

「さっきの人もこないだの南国DEギグの会場みたいに何かするつもりかな?って思ってたけど、何もせずに帰ってくれて良かったよね」

 

「あ…渚さんも秋月さんも大変だったんだよね。双葉と栞から聞きました」

 

「いえいえ、私は自爆したようなもんだし」

 

そういえば渚さんは三咲さんにおぶってもらってましたわね。何があったんでしょうか?

 

「あいつは……紫苑はあたしの幼馴染でね。天花寺グループのカフェを、世界一のカフェにする事をあたしらは夢見てたんだ」

 

天花寺さんとチヒロ様が幼馴染?

 

「あたしは短大に進んだからさ、紫苑とは大学が別になってね。あたしらは会う事が少なくなってた。でも、天花寺グループのカフェを世界一の……って夢はお互い想ってると信じて、あたしは天花寺グループに就職した」

 

「でも、そこは辞められたのですね?何がありましたの?」

 

「メイド喫茶や執事喫茶。色んな事業に手を出しては大成功して、天花寺グループは秋月グループと並ぶ程の会社になった。でもね、それと同時にお客様へのサービスとかさ。真心ってのかな?そういうのが天花寺グループには無くなっていったんだ」

 

お客様への…。会社を大きくする事に囚われてしまったのですわね。

 

「それが嫌になって辞めた。そんな時に入ったメイド喫茶が凄く素敵な店で、あたしはそこに再就職したんだけどね」

 

「それであの人は弘美さんの事を恨んでるとか、許せないとかそんな感じなの?」

 

「それもあるとは思うけどね。あたしが再就職してFABULOUS PERFUMEを始めた頃かな。そんな時に紫苑があたしの家に来てね。あたしに戻って来てくれって言ってきたんだ」

 

天花寺さんは弘美さんとの事を大事にしてたのですわね。

 

「今のお店にもお世話になってたし、FABULOUS PERFUMEの事もあったけど、あたしも天花寺グループに戻ろうかな?って考えたんだ。だから、紫苑にお客様への真心を、サービスを昔のように……出来るだけでいいから戻してくれないかとお願いした」

 

「それで仲違いしちゃったんですね…」

 

「うん。紫苑は『真心で会社は大きくなるのか?』ってね。『利益をどれだけ出してどれだけ儲かるかが大事』ってさ。

それで大喧嘩。あいつの世界一ってのはあたしの世界一とは違って、お金の大小の世界一だったんだってさ」

 

確かに……天花寺グループの事業は効率的で無駄が無い。ですが無機質な感じです。

お父様とお母様も、だから天花寺グループは嫌っていると言ってましたわね。

 

「そっか。それで天花寺グループはクリムゾンエンターテイメントと提携を開始した。うんうん、なるほどなるほど」

 

渚さん何かわかりましたの?

 

「この事を先輩か英治さんに話したら何か色々わかるかも知れないね!私には考えてもわからなかったけど!」

 

あ、わかりませんでしたのね…。

まぁ、そうですわよね。

 

確かに気になる事はたくさんありますが、私がもうひとつ気になる事…。

 

 

『水瀬さん、私達は本当にただライブを観に来ただけですよ。敵情視察とでも言えばいいかな?』

 

 

天花寺さんは『私達は』と言った。

このファントムには、他にもクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンが……。

 

何事もなければ良いのですけど……。

 

 

 

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私の名前は夏野 結衣。

今日のライブはすっごくすっごく楽しかった!!

 

楽しかった…けど…。

 

「はーい!握手はお一人様10秒以内でお願いしますー!お写真はすみませんが今回は…」

 

「Blue Tearの頃から大ファンでした!」

 

「ありがとうございます。これからも応援お願いしますね(ニコッ」

 

「あの…!私今年受験なので、応援して下さいませんか!?」

 

「今年、受験なんだね。大変だと思うけど志望校に合格するように頑張ってね(ニコッ」

 

べ、別にいいんだけどさ。

何でさっきから握手は架純ばっかり求められてるの?私は?

 

「ああ!そちらの方!!横入りは止めて下さいー!」

 

私がお見送りをしようと思って、フロアでお客様と握手している時だった。

 

架純が私の所に挨拶に来てくれたから、嬉しくて大喜びしていたら、お客様に架純の事がバレちゃって私達は大混乱。

 

そこにGlitter Melodyの藤川 麻衣ちゃん。

通称まいまいが来てくれて、列の整列から何から何までやってくれたから、何とか助かってる。

 

私ももちろん握手は求められてるけど、やっぱり架純は私の比じゃないや。

さすがセンター3人組のひとりだよねぇ~。

 

 

「ふぅ、何とかなりましたね…」

 

「まいまいごめんね~。助かったよ~」

 

「藤川さん、ありがとう。結衣もお疲れ様」

 

何とか並んでいたお客様達との握手も終わり、私達はひと息ついていた。

もしかして今日ってリリイベの握手会より、握手した人多かったんじゃないかな?

 

「それにしても結衣のギターってBlue Tearの時よりすごく良くなってた」

 

「そ、そうかな?えへへ」

 

「結衣さんすっごく楽しそうに弾いてましたもんね!観てる私もすっごく楽しくなりましたよ!」

 

えへへ、ギターの演奏誉められるのって嬉しいな。まだまだ下手だけど、Blue Tearの頃からギターやってたんだもんね。

 

「あの…すみません。握手はもうして頂けませんか?」

 

え?握手?

 

「あ、すみませ~ん。握手はちょっと……って……この人ってBlue Tearの…」

 

「かり…」

 

「結衣、ストップ」

 

私達に握手を求めて来てくれてた人。

その人はBlue Tearの元メンバーである小鳥遊 花梨(たかなし かりん)だった。

私はまた嬉しくて名前を叫びそうになり、架純に口を塞がれた。

危なかったぁ。また、架純の時みたいに人いっぱい来ちゃうかも知れないもんね…。

 

「久しぶりだね、花梨。もしかして結衣の噂を聞いて観に来てくれたとか?」

 

ん?架純?どうしたんだろう?

急に声のトーンが低くなった?

あ、もしかしてまた喉が痛くなっちゃったとか…?

 

「久しぶりだね、架純。ついでに結衣も」

 

え?私はついでなの?

 

「質問の答えになってないね?今日は何でここに来たの?」

 

「本当はわかってるんじゃない?いや、まだ予想してる段階かな?」

 

ん?架純?花梨もどうしたんだろう?

 

「やっぱり……そういう事なのね」

 

「架純も大変よね。喉を壊してクリムゾンを追い出されて、そして復讐の為にクリムゾンと敵対なんかするから、今じゃクリムゾンのブラックリストに載っちゃってさ」

 

クリムゾンのブラックリスト?架純が?

クリムゾンと戦っていたから?

今は架純も楽しい音楽をやろうとしてるのに……。

 

「別に……私の事なんて優香や瑞穂に比べたら…」

 

「優香も瑞穂も壊れちゃったんだっけ?架純も可哀想よね、中途半端に壊れたもんだから…」

 

ちょっ!花梨!!何を言ってるの!?

何でそんな言い方…!!むぅ~…文句を言ってやりたいけど、まだ架純は私の口から手を離してくれないし……。

 

「ちょっと待って下さい!そんな言い方酷くないですか!?」

 

まいまいありがとう~。私もそれが言いたかったんだよ~。

 

「藤川さん…ただの挑発だから気にしないで」

 

「あれ?架純は怒らないの?」

 

「別に……本当の事だし、私を怒らそうとしてるのも見え見えだし」

 

何で?何で花梨は架純にそんな酷い事を言えるの?私達Blue Tearってみんなライバルって感じだったけど、仲良かったじゃん……。

 

「私達Blue Tearからクリムゾングループの事務所に移籍になったメンバーは、クリムゾンエンターテイメントの私と優香と瑞穂だけ。他の子は結衣のように音楽関係の職場を紹介されたりと色々あったようだけど?」

 

あ、そっか。私も元々はライブハウスエデンで働きながらバンドを探すようにって紹介されたんだもんね。春くんと出会って、私は今はCanoro Feliceだけど……。

 

待って…私って今の毎日がすごく楽しくて、すっかり忘れてたけど、みんな私がCanoro Feliceだって知ってる訳ないじゃん。

架純はたっくんとバンドをやってたから、ファントムの事を知ってたんだろうけど花梨は……。

 

「私が紹介されたのは、とある小さい音楽事務所でね。そこでメイド喫茶とかに派遣されたりして、私は歌とダンスをそこで披露してた」

 

「そう。良かったわね。普通の音楽事務所に行けて、普通に歌とダンスをやれて…」

 

普通……か。架純達はその普通が出来なくて…。架純も優香も瑞穂もすっごく辛かったよね…。

 

「普通?普通の何処がいいの?私はテレビ番組で輝いていたかった!世界中に私の輝きを届けたかった!架純達がセンターになって、私はバックになって……いつかセンターを奪ってやるって気持ちで頑張ってたのに事務所が潰されて…!それで移籍先が小さい音楽事務所!ふざけないで!」

 

「ふざけてるのはどっち?小さい音楽事務所?歌えるだけでも…少ないお客様の前ででも、花梨は歌えるんじゃない。輝けるんじゃない」

 

そうだよ!架純も優香も瑞穂も…ステージで歌う事はもう……。

 

「花梨、あなたは頑張りが足りなかったんじゃないの?目久美ちゃんは小さい音楽事務所に行ったけど、今はあんなに輝いている。テレビで観ない日もないくらい。それはあの子が頑張ったからの結果。結衣も今はCanoro Feliceとしてしっかり輝いてる」

 

架純……ありがとう…。そう言ってくれて…。

 

「それに花梨も結衣も、バラエティ番組では私達より輝いてたじゃない。おバカアイドルとして、クイズのコーナーとかの時はしっかり抜いてもらってたじゃない」

 

おバカアイドル?え?架純?

 

「私の欲しかった輝きはあんなのじゃない!あんたなんてただ可愛くてスタイルが良くて、少し歌とダンスが上手かっただけ!クリムゾンを倒そうという気持ちは無かった!」

 

「そうね…私はBlue Tearの時は、歌とダンスはすごく努力してたけど、クリムゾンに勝とうという気持ちは無かった。

だから事務所はクリムゾンに勝てなかったのかもと思うと…後悔してもしきれない。私はただすごく可愛くてスタイルが良かっただけ。そしてすごく可愛かっただけだわ」

 

架純?いや、確かに架純は可愛いけどね?

 

「あの~…?アイドルですよね?可愛くてスタイルが良くて、歌とダンスが上手かったら、それでもいいんじゃ…?普通はクリムゾンを倒すぞーって動機で音楽やらないと思いますし……」

 

「花梨、認めるわ。私は可愛い。

でもね?それで何でクリムゾンに入ったの?あなた今クリムゾンの人間だよね?」

 

「え!?クリムゾン!?」

 

嘘……何で?何で花梨がクリムゾンに?

嘘だよね?だってさっき小さい音楽事務所に移籍したって…!

 

「やっぱり気付いてた?そうよ。私は今はクリムゾンエンターテイメントのミュージシャン。あんた達と同じギターをやっているわ」

 

「寄りによってクリムゾンエンターテイメントか……。まぁ、そうじゃなきゃ私がクリムゾンのブラックリストに載ってる事も、結衣がバンドをやっている事も知ってる訳ないもんね」

 

架純達の居たクリムゾンエンターテイメントに?花梨が?

だから私の事もファントムの事も知っていたの?

 

「私が派遣されたあるメイド喫茶でね。スカウトされたのよ。

そして私はそのメイド喫茶の会社に就職した。そしたらたまたまその会社がクリムゾンエンターテイメントと提携してね。そこのご令嬢とクリムゾンエンターテイメントのバンドマンとして音楽をやる事になったの」

 

え?どうしよう?よくわかんなかった。

 

「そこで架純達と結衣の事を知ってね。すごく驚いたけど嬉しかった」

 

嬉しかった?

 

「私があんた達を音楽で倒すチャンスが与えられたんだもん。こんな嬉しい事なんてないよね」

 

花梨…!?

 

「花梨…あなたはバカだったけど、そんな事を言うような子じゃなかったのにね」

 

「私はあんた達センター3人組に嫉妬していた。結衣もギターをやりだしてから注目されるようになって…」

 

「嫉妬か…。そんな気持ちで音楽をやって…あなたの思う輝きってのを、手に入れられるんならいいんじゃない?復讐に囚われていた私は偉そうな事は言えないし」

 

架純…。でも架純も今は…。

 

「でもね、そんな気持ちで音楽をやったって私達は負けない。音楽は楽しんでやるものだから。私はそれを教えてもらったから……」

 

架純…うん!そうだよね!

 

「そうですよね。音楽は楽しんでやるもの。楽しんでやらない音楽は誰にも伝わらない。もちろん自分達にも」

 

「そう。なら楽しみにしているわ。あなた達の楽しい音楽ってやつより、私達の音楽の方が優れていると証明する日をね」

 

そう言って花梨は私達の前から去って行った。花梨、そんな日は来ないよ。

楽しい音楽が一番なんだって、私が教えてあげるからね!

 

「花梨がクリムゾンエンターテイメントに…その提携した会社ってのも気になるし、拓斗さんに……あ、やっぱりタカさんに伝えに行こう。チャンスだし」

 

「チャンス?チャンスって何のチャンスですか?」

 

私達はそのまま控え室へと戻る事にした。

 

それより架純はいつまで私の口を塞いでるんだろう……?

 

 

 

----------------------

 

 

 

「う~ん……ハッ!?ヤバ…寝てた…」

 

俺の名前は日高 響。

evokeでベースを担当している。

今日のライブは楽しかった。久しぶりに寝ないで他のバンドの曲を聴いて、やっぱり音楽って楽しいなって思った。

 

でもそろそろ限界…。

FABULOUS PERFUMEのファンの女の子でいっぱいだし、眠気に負けて倒れちゃったら騒ぎになりそうだしね。

もう控え室に戻って寝ちゃおうかな?

奏達も控え室に戻って来たら起こしてくれるだろうし。

 

 

「う~ん……理奈ち達も来てるはずだけど、みんなに会えないね」

 

「人がいっぱいだしね~。いつかあたし達のライブもこれくらいの人達に観てもらいたいよね~」

 

 

うん?あれはBlaze Futureの蓮見さんと、Divalの雪村さん?

俺達のライブに来てくれてたのか。

挨拶だけはしといた方がいいかな。

 

俺は2人に声を掛けてみた。

 

「蓮見さん、雪村さん、こんばんは」

 

「ん?あ、日高さんこんばんは」

 

「お、いつも寝てる人だ~。こんばんは~」

 

「こら、盛夏。ちゃんと日高さんって呼びなよ。何よいつも寝てる人って~」

 

「いや、別にいいですよ。いつも寝てるし間違えてないし」

 

うん。いつも寝てる人って認識されてる方がありがたい。急に寝ちゃって大騒ぎされたりすると面倒だしね。

こないだもコンビニで寝ちゃって倒れたもんだから、周りの人達に心配されたみたいだし。

 

「それより今日は俺……僕達のライブを観に来てくれたんですか?」

 

「あ、実はそれが~…あは、あははは」

 

「あたし達今日は病院に行ってまして~。実はライブは観れてないんですよ~」

 

え?病院?2人で?病院って2人で行くものだっけ?

それより俺達のライブ観れてないの?何しにここに来たの?

 

「あ、それで今日は挨拶だけでもと思って来たんですよ」

 

「本当はライブも観たかったんですけど~」

 

ああ、なるほど。挨拶ね。

俺も控え室に戻ろうと思ってた所だし、連れていってあげようかな。

2人共ファントムの関係者だし、俺が一緒なら大丈夫だよね?

 

「みんなお見送りしてるかも知れないけど、僕は眠いし控え室に戻るよ。良かったら一緒に来る?」

 

「え?いいんですか?」

 

「確かにここじゃ、いつ誰に会えるかわからないしね~。お邪魔させて頂きますか~」

 

「それじゃ行きましょうか」

 

俺が2人を連れて控え室に戻ろうとした時だった。

 

「evokeの日高 響さん、Blaze Futureの蓮見 盛夏さん、Divalの雪村 香菜さんですね。はじめまして」

 

「ん?誰?僕達のファンの子?」

 

そこには……何て表現したらいいだろう?

えっと……可愛いには可愛いとは思うけど、片目が完全に前髪で隠れちゃってて、ダークな雰囲気と言うか、儚い雰囲気と言うか……。そんな女の子が立っていた。

 

「えっと……誰だろ?何であたし達の名前まで知ってるの?」

 

「ま!まさか……そんな…!」

 

ん?蓮見さんは知ってるのかな?

 

「盛夏?この子の事を知ってるの?」

 

「その前髪に隠された目は…もしや邪気眼!」

 

は?邪気眼?何?

 

「ちょ、盛夏……。す、すみません。この子ちょっとアレもので…」

 

「まさか…私の邪気眼を見破られているとは…さすがファントムのバンドマンと言ったところですね………ハッ!まさか…あなたのその右腕の包帯は…」

 

「ふっふっふ~。いや~、見破られてしまいましたか~。この右腕には封印されし……」

 

「ちょっと盛夏も何言ってんの~。それってさっき病院で巻いてもらったんじゃん」

 

「え~?そうだっけ~?」

 

あ、あれかな?中二病ってやつかな?

紗智ちゃんも中学の頃ヤバかったっけ?

それより俺はもう眠いんだけど、どうしたらいいかな?

 

「あ、それでさ?えっと、お姉さんはあたし達のファンとかかな?って思っちゃったり?」

 

「す、すみません、申し遅れました。私、クリムゾンエンターテイメントのバンドでベースを担当させて頂いている風祭 百合子(かざまつり ゆりこ)と申します」

 

「「「クリムゾン!?」」」

 

え?マジで?この子クリムゾンのミュージシャンなの?何でこんな所に?

 

「ちょっと待って、風祭さんって言ったっけ?本当にあなたクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンなの?」

 

「はい。本格的に活動していくのはこれからなのですが、クリムゾンのミュージシャンとして、必ずあなた方を倒させて頂きます」

 

え~……っと。俺達を倒させて頂きますって言われてもね…。

 

「特に雪村 香菜さん。あなたは…あなただけは…!」

 

「え!?あたし!?」

 

「およ~?ベースなのに香菜なの?日高さんやあたしじゃなくて?」

 

ふぅん…。雪村さんと何かあるのかな?

雪村さんはこの子の事は知らないみたいだけど……。

 

「はい!あなただけは私の手で…………うっ、これは…まさか…」

 

え?どうしたの?

 

「クッ……皆さん!逃げて下さい…!!私の目に封印している魔力が……もう抑えきれない……!!」

 

「「「え?なんて?」」」

 

「ぐっ……あ……ああ…逃げて…くださ…」

 

え~?どうしたらいいかな?

逃げろって言われてもなぁ…。周りにはまだまだお客様もいらっしゃるのに、お構い無しかな?

 

「ど、どうしたんだろうこの子……まさかここを南国DEギグの会場みたいに…!?」

 

「香菜ぁ。安心していいよ~?多分右目に封印していた魔力が暴走して、第2の人格が出てきたりとか、魔王的な何かが復活するだけじゃないかなぁ?」

 

紗智ちゃんもそんな事してなぁ。

鳴海に包帯を巻いてもらって、封印がどうのとか言ってたっけ…。

 

「んと……あれ?あれ?」

 

ん?どうしたんだろうあの子ポケットをゴソゴソしながら何かを探してる?

あ、今度はバッグをゴソゴソしだした。

 

「あ、あった」

 

バッグから取り出したのはゴム紐?

 

ゴム紐を取り出した女の子は、右目にかかっていた前髪を上げて、ゴム紐で縛った。これで両目が見えている状態になった。

 

「クックック、どうやら…アタシの力が目覚めてしまったようね。こうなってしまっては誰もアタシを止める事は出来ない?」

 

「え?どうしたのこの子?口調も変わっちゃったし」

 

「今のアタシは風祭 百合子ではない。アタシは『闇を漆黒に染めし朱き混沌《ダークリリー》』だ」

 

「や、闇を黒に染めちゃうんだ?なのに朱き混沌…?」

 

「眠気もなくなっちゃう衝撃だね。百合だからリリーなの?」

 

「あ~…ガッカリだぁ。まさかその程度だったとはぁ~…」

 

ん?蓮見さん?その程度?

 

「何?…ガッカリ?その程度?どういう事だ…」

 

「んとね~…ちょっと見ててね~」

 

そう言って蓮見さんはバッグをゴソゴソとしだした。何をするつもりだろう?

 

「いくよ~?………うっ、目が…!あたしの中に封印していた朱き眼の力が…暴走しようとしている……グッ、ああ…」

 

蓮見さんはそう言いながら、右目を押さえてうずくまり、そして右手で右目を隠しながら立ち上がった。

 

「見るがいい!あたしの…!闇を切り裂く光焔(こうえん)の力を~!」

 

そう言って右目から右手を離し、そこから現れた蓮見さんの右目は朱く染まり、オッドアイになっていた。

 

「え?わっ!すごいです!それどうやってるんですか!?ま、まさか本物?」

 

あの子『本物』とか言っちゃってるよ。自分のは偽者って暴露しちゃってるよ。

 

「んと、これはね。カラーコンタクトを素早くはめてるの~。馴れるまでは難しいんだけどね~」

 

「な、なるほど……。そんな手が……勉強になります!」

 

もうこの子ブレッブレだね。

 

「あ、あのさ?それよりどうしてあたしを倒そうとしてるのかな?って~。

ちょっと気になってるんだけど…」

 

「おお~!そうだそうだそうだった~。

何で香菜を倒したいの?」

 

「あ、そうでした。

………雪村 香菜!貴様は我が兄のカタキ!だからアタシが倒す!」

 

雪村さんがこの子のお兄さんのカタキ?

それって現実のお兄さんの話なのかな?それともアッチの世界のお兄さん?

それよりそのダークリリーは続けるんだね…。

 

「あたしが風祭さんのお兄さんの?えっと……ごめん。正直何の事かさっぱりなんだけど…」

 

「フッ、貴様は兄の事なぞ知るまい。

兄は貴様に破れ去った名も無きデュエルギグ野盗、ダークドラゴンだ!」

 

名も無きデュエルギグ野盗なのに、ダークドラゴンって名前あるんだ?

って事はお兄さんの名前には龍って漢字がつくのかな?

 

「あ、えっと…どう言っていいかわからないんだけど……あたしがデュエルギグ野盗狩りしてた頃の…?」

 

「いかにも!兄はメジャーデビューを夢見たバンドマンだった。

しかし、兄はクリムゾンのミュージシャンに破れ、デュエルギグ野盗へと堕ちた」

 

デュエルギグ野盗狩り?そういえば一時期そんなのがいるって噂を聞いた事あったっけ。それが雪村さんだったんだ?

 

「そしてデュエルギグ野盗へと堕ちた兄は、一般のバンドマンや市民を襲い、アタシ達家族すらも震えさせる最低の人間へと成り下がった。

しかし、アタシはいつかあの頃の優しかった兄に戻る。いつかまた優しいベースの音色を聴かせてくれる。そう信じていた」

 

「そしてそのお兄さんをあたしが…?」

 

「そう。兄はあなたに……デュエルギグ野盗狩りに破れた。

それからの兄は、モヒカンだった髪型を整え、中小企業に就職し、朝は5時に起きてランニング、朝食を済ませてから会社に行き、週3回のトレーニングジムに通い、その日以外はアタシ達家族と夕食を食べるようになり、お風呂の後は軽いストレッチをし、寝る前にホットミルクを飲んで夜の11時には就寝する。

そんな生活へと変わってしまった…」

 

「ぇ~?それっていい事じゃない?」

 

「ほうほう。香菜がお兄さんを更正させたのか~」

 

「今では兄にもアタシにも優しく、アタシ達の家族を大事にしてくれる、綺麗な彼女も出来、毎日充実した幸せな日々を過ごしている」

 

「だからそれっていい事じゃないかな?デュエルギグ野盗狩りにやられて良かったんじゃない?」

 

「ほうほう。貴ちゃんに知れたらキラークイーンで吹き飛ばされそうなお兄さんですなぁ~」

 

「しかし、兄は音楽を辞めてしまった。もうアタシは兄のベースを聴かせてもらえなくなった……だからアタシは兄から音楽を奪った雪村 香菜!貴様を許さない!!」

 

「そっか……あたしが…良かれと思ってやっていたデュエルギグ野盗狩りが……風祭さんのお兄さんから音楽を奪う事になっちゃったんだ……」

 

「ぇ~?雪村さんが気にする事じゃないと思うんだけど?」

 

「ん~……人の幸せってわからないものですな~。でもお兄さんが幸せな日々を過ごしているならいいと思うんだけどなぁ~」

 

「風祭さんが何であたしを恨んでいるのかはわかったよ。でも、あたしはデュエルギグ野盗は許せなかった!だから…。

それで…風祭さんは何でクリムゾンに入ったの?元々お兄さんをそんな風にしたのはクリムゾンに負けた事が原因でしょ?」

 

「そこだよね?」

 

「あたしもそう思いま~す」

 

「わからない人ですね。あなたを倒すにはクリムゾンに入るのが手っ取り早いと思ったからです。そして、あなたの大事な場所。Divalを壊すならここ以上の場所はないでしょう?」

 

「あたしの大事な場所…Divalを…?」

 

「あなたに関わりを持ったDivalは私が壊します。兄の使っていたベースで…必ず!」

 

それって完全に逆恨みじゃないのかなぁ?

 

風祭さんはそう言って、雪村さんに宣戦布告をして帰って行った。

途中から中二病設定なくなっちゃってたよね。……あの子にとってはそれくらいに思い詰めた事だったのかな?

 

「あたしのせいで……風祭さんのお兄さんは音楽を…。風祭さんはクリムゾンに……。Divalも……」

 

「香菜ぁ?気にしない方がいいよ~?お兄さん自身は今は幸せかも知れないし~。風祭さんの事もDivalで楽しい音楽を見せてあげればさ?何か変わるかも知れないし~?」

 

「でも……」

 

こっちも色々大変そうだね。

何とかしてあげたいけど、これからどうなる事やら……ね、奏、結弦、鳴海…。

 

 

 

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オレの名前は秦野 亮。

今日はFABULOUS PERFUMEのライブにゲスト出演させてもらう事が出来た。

 

ガキの頃からやりたかったバンド活動。こんなにも楽しいモノだったんだな。と、オレは今ファントムの外で余韻に浸っていた。

 

「あ、秦野くん」

 

「あれ?こんな所でどうしたんです?」

 

オレが余韻に浸っていると、Noble Fateの大西 花音さんとBlaze Futureの佐倉 奈緒さんが声を掛けてくれた。

この2人こそ何でこんな所に?

 

「こんばんは。今日は来てくれたんすね。ありがとうございます。

オレはお見送りを少し休憩して、ちょっと外の風に当たりに…」

 

「あ~、なるほど。あたしもフロアが人でいっぱいだったから疲れちゃって…」

 

「私達もちょっと外の風に当たりにね~。秦野くんも今日のライブお疲れ様」

 

そっか。確かにフロアはまだ沢山のお客様でいっぱいだしな。外のこの辺りにもまだ人は多いけど…。

 

「あ、そういや渉に聞いたんすけど、Noble FateもBlaze Futureも、Glitter Melodyのライブに出るんですってね。オレも観させてもらいますよ。楽しみにしてます」

 

「うっ……そうなんだよね…。まだ曲もないし練習もしなきゃなのに、もう2週間後か…」

 

「もう!花音も自分でやりたいと思ってバンド始めたんでしょ?せっかくなんだから楽しまなきゃだよ」

 

「いや、でもまさかあたしが歌詞を作る事になるとは思ってなかったしね…」

 

へぇ、Noble Fateは花音さんが歌詞を書くのか。

 

「佐倉さん?あんた佐倉 奈緒よね?」

 

ん?

 

オレ達が話をしているとひとりの女性が奈緒さんに話し掛けてきた。

FABULOUS PERFUMEのファンの人に奈緒さんの知り合いが居たのか?

 

「あ、えっと、す、すみません。どなたですか?」

 

「は!?あんたマジ!?あたしの事忘れてるとか超ありえないんだけど!?」

 

「えっと……ほんとごめんなさい…」

 

奈緒さんは本当に忘れてるって感じだな。

 

「ちょっと…奈緒。本当に覚えてない人なの?よく思い出してみなよ」

 

「え?いや、本当に覚えてないし……思い出せって言われても…」

 

「くぅ~~……!ちょっと!マジでムカつくんだけどっ!!」

 

「奈緒さん、ほら例えば昔の同級生とか、なんかそういうのないっすか?」

 

「同級生……うぅ~ん…基本的に小中高とぼっちだったし、誰とも関わらないように生きてきたしなぁ~。あ、もしかして大学かな?」

 

き、基本的にぼっちって…。だ、誰とも関わらないように生きてきたんすか…?

 

「大学でもほとんどぼっちでしょ…?あたしと綾乃さんとまどかさん以外と交流あったっけ?」

 

「あ、ないや」

 

ないの!?

 

「ほんとに忘れてるとかありえないんだけど…。まぁあんたは休み時間もイヤホンして机に突っ伏して寝てたし、誰が話し掛けてもガン無視してたよね」

 

誰が話し掛けてもガン無視って…。

 

「あたしはあんたと高校の頃3年間一緒だった 若月 菫(わかつき すみれ)よ」

 

「若月……菫……さん?」

 

「は!?名乗ったのに思い出せないの!?」

 

名前を出してもらったのに思い出せないって……奈緒さん…。

 

「あの…本当にそれ私の事ですかね?」

 

思い出せないもんだから人違い説を持ち出した!?

 

「いや、この人ちゃんと佐倉 奈緒って言ってるし、やっぱり奈緒の同級生だった人じゃないの?」

 

「う~~ん……あ、もしかして授業中に居眠りしてて、いきなり『出ろぉぉぉぉ!ガンダァァァァム!』とか叫びだした……」

 

「違う!それは山下!」

 

「え……っと、それじゃ修学旅行のお土産屋で木刀を買って、龍槌閃の練習をして足の骨を折った……」

 

「それは山本!」

 

「………体育の授業でバスケの時にイグナイトパスの練習をして…」

 

「それは山崎!」

 

「テニスの授業で手塚ゾ…」

 

「それは山岸!」

 

「ごめんなさい…わかりません…」

 

「何でよ!?同級生の名前より、そんなどうでもいいエピソードの方が覚えてるって言うの!?」

 

それにしても奈緒さんの同級生の『山』率高いな…。

 

「ほら奈緒……いい加減思い出してあげなよ」

 

「そうは言われても…さっきのエピソードだって、こんな事があったなぁってだけで、顔も名前も覚えてないし……」

 

奈緒さんはどんな青春時代を過ごしてきたんだろう……。

 

「佐倉さん……あんたさ?もしかしたらサッカー部の池綿くんの事も忘れてるわけ?」

 

「サッカー部……?いけわた?………誰ですか?」

 

「サッカー部のエースで生徒会長にもなったあたし達の学校の女生徒の憧れ!池綿くんよ!」

 

「…その池綿くんが何か?」

 

「キィィィィィ!!あたしはね!中学も高校も学校中の男子と女子の憧れの的だったわ!まさにトップカースト!」

 

「はぁ……だったら尚更、底辺カーストだった私とは関わりがないと思うんですけど…」

 

自分で底辺って認めているのか……。

奈緒さんの見た目ならトップカーストに入れただろうに。今はオレ達にも優しいし、気さくに話し掛けてくれるし。

まぁオレにはシフォンの方が魅力的だが。

 

「そんなあたしが唯一落とせなかった存在がサッカー部の池綿くんなのよ!」

 

「そうなんですね…。それで私に何の関係が?」

 

「池綿くんはあんたの事が好きだったから!だから!」

 

何だそりゃ?それってただの逆恨みなんじゃねぇのか?

でも、交流もないのにそんな人からも惚れられるとか、さすが奈緒さんだな。

 

「ハッ、まぁいいわ。過去の事をネチネチ言うつもりもないし」

 

あ?別にそういう訳じゃねぇのか。

まぁ奈緒さんが高校の時って言ったらもう5年も前の事だしな。

 

「それよりさっきから気になってんだけど、そっちの彼。Ailes Flammeの秦野くんだよね?」

 

あ?オレ?

 

「え、ええ。そうですよ。オレが何か?」

 

「ふぅん……佐倉さん、秦野くんと親しそうだったけど、もしかして彼氏?」

 

「ないですよ」

 

秒で否定されたな。まぁ、別にいいけど…。

でもシフォンに否定されたら泣いていただろうな……。

 

「いや、あたしの目は誤魔化せないわ。あなた、秦野くんに惚れてるわね。秦野くんもまたあなたに惚れてると見たわ」

 

「「なんで?」」

 

いや、この人の目大丈夫か?

オレにはシフォンがいるし、奈緒さんには貴さんがいるしな。

 

-ゾクッ

 

あ?何だ今の寒気は…?

 

 

「あたしね。今バンドをやってるのよ。ドラムを担当してるの」

 

「は、はぁ…そうなんですね」

 

「いつか正式にあなた達Blaze Futureともデュエルをする事になると思うわ」

 

奈緒さんがBlaze Futureだと知っているだと?この人まさか…。

 

「フッ、佐倉さん、顔色が変わったわね」

 

「私がBlaze Futureのメンバーだと知っている。まぁ、可能性のひとつですけど、若月さんでしたっけ?クリムゾンでバンド活動をやっているんですね?」

 

「そうよ。あたしはクリムゾンエンターテイメントのミュージシャン」

 

やっぱりそうか。

しかし何だってファントムにクリムゾンのミュージシャンが?

 

奈緒さんも災難だな。元同級生がクリムゾンのミュージシャンだとか…。

 

「ふぅん。だったら奈緒ももちろんですけど、あたし達の敵って訳ですね。そんな人がファントムで何をやっているんですか?敵情視察とかそんな感じですか?」

 

「まぁ、そんな所よ。あたしにはぶっちゃけクリムゾンだとかファントムだとか関係ないんだけどね。クリムゾンに居れば露出も多いから目立つ。あたしは周りからチヤホヤされたいだけだったし?」

 

周りからチヤホヤされたい……か。

まぁ音楽をやる動機なんか人それぞれか。

 

「でも気が変わった。あたしらはあんたのBlaze Futureを潰す」

 

「は?どういう事ですか?」

 

「あたしがあんた達Blaze Futureに勝ったら……あんたの彼氏の秦野くんを貰うわ///」

 

は?オレ?何で?

てか、オレは奈緒さんの彼氏じゃねぇしな。

 

「奈緒……気持ちはわかるけど、顔に出てるよ。ものすっごい嫌そうな顔になってる」

 

あ、本当だ。奈緒さん……さすがにそんな嫌そうな顔をされるのは、いくらオレでも胸がチクチクします。

 

「フッ、秦野くんを取られるのが相当嫌なようね。あたしの好きだった池綿くんのハートを奪ったあなたへの復讐には、いい機会を手に入れたものだわ」

 

いや、結局その事恨んでたのかよ!?

 

「精々束の間の恋人同志を楽しんでおく事ね。………秦野くん、いずれお姉さんが大人の恋愛を教えてあげるから楽しみにしてなさい……フフフ///」

 

そう言って……っていうか、言いたい事だけを言って、若月 菫は帰って行った。

何だったんだ一体……。

 

「あ、あははは。な、奈緒も秦野くんも大変な事になっちゃったね……。いやぁ、これはしんどいわ…」

 

「ハァ……秦野くんごめんね。何か巻き込んじゃって…」

 

「いや、奈緒さんこそ……。まぁ、オレは奈緒さんの彼氏に見てもらえたのは男として嬉しいですよ(ニコッ」

 

「それってシフォンちゃんの前でも言えますか?」

 

「すみません…言えません…」

 

「……面倒な事になる前に貴に相談しときますか。渚と理奈に聞かれるのは避けたいけど無理だろうなぁ~。しんどいなぁ……」

 

あの2人は喜びそうですしね……。

オレもシフォンには丁寧に説明しておかないとな…。勘違いされても困るし。

 

「ま、まぁ奈緒もさ?タカさんを奪われるってよりいいんじゃない?ね?」

 

「は?花音は何を言ってるの?貴とか関係無いですし……」

 

しかし、さっきの若月 菫の感じだと、ひとりでファントムに敵情視察ってのは考えにくいな……。

控え室に戻って貴さんと英治さんに伝えるか…。

 

 

 

----------------------

 

 

 

私の名前は小暮 沙織。

いや、今はFABULOUS PERFUMEのシグレ。

 

ライブが終わりお見送りをしていたが、フロアの人達もまばらになってきた。

私もそろそろ控え室に戻って、着替えるとするかな。

 

「シグレ」

 

私が控え室に戻ろうとしていると、木南 真希さんに声を掛けられた。

彼女は私の姉の友達で昔からお世話になっている。私の正体を知る数少ない人のひとりだ。

 

「真希さん、今日もありがとうございます」

 

「いやいや、私もすっごく楽しませてもらったよ。Ailes FlammeもCanoro Feliceもevokeも凄かった。………やっぱりライブは最高だね!」

 

「はい、私もそう思います」

 

真希さんのバンドが解散って聞いた時は寂しい気持ちになったけど、まさか真希さんも私達ファントムでバンドをやる仲間になるとは思ってもみなかったな。

 

「あれ?あそこに居るのは美緒ちゃんかな?」

 

私が真希さんの指を指した方に目を向けるとgamut……いや、今はGlitter Melodyの佐倉 美緒ちゃんが居た。

 

「お~い、美緒ちゃ~ん」

 

「え?真希さんにシグレさん?」

 

私達に気付いた美緒ちゃんは私達の元へと歩いて来てくれた。

 

「真希さんもシグレさんもこんばんはです。シグレさんはライブお疲れ様でした。今日もかっこ良かったです」

 

「ふふ、ありがとう美緒ちゃん」

 

美緒ちゃん達のバンドとは直接対バンや、一緒にライブをした事はないけれど、私も美緒ちゃん達のライブを観に行った事もあるし、美緒ちゃんも睦月ちゃんと私達のライブによく来てくれている。

 

「あ、そういや美緒ちゃんありがとうね。大切なデビューライブのオープニングアクトを私達にやらせてくれるって」

 

「いえ、私達こそありがとうございます。せっかくですからゲスト出演して頂いても…って思ってたんですけど」

 

「私らはまだ曲が無いしね。でも必ずかっこいい曲を完成させて、Glitter Melodyのオープニングアクトにバシッとキメちゃうからね。期待してて」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

Glitter Melodyのデビューライブでオープニングアクト?

それは楽しいライブになりそうだ。

日程が合えば私も観に行かせてもらいたいな。

 

「楽しいライブになりそうだね。よかったら私も観覧させてもらいたいのだが、日程は決まっているのかな?」

 

「その話、私も詳しく聞きた~い!」

 

 

え?この声は……。

 

 

私達の話に入ってきた人物。

その人は私の姉、小暮 麗香だった。

姉さんが何でファントムに…?

まさか本当に私の正体を知って…?

 

いや、バレるはずがない。

この姿で姉さんと会うのは初めてだ。

でも、クリムゾンエンターテイメントの情報網は……。

 

探らせてもらうわ。姉さん……。

 

「レ、レイ。何でここに?もしかしてFABULOUS PERFUMEのファンなの?」

 

真希さんも姉さんの仕事の事は知っている。クリムゾングループの会社というだけで、クリムゾンエンターテイメントに異動になった事までは知らないと思うけど……。

 

だから、真希さんは姉さんにも私の正体を秘密にしてくれている。

 

「私の職場でライブハウス『ファントム』は有名だからさ。ちょっとどんなライブやってるのか観に来たんだよ」

 

さて、私はどう対応するか…。

下手に喋らない方がいいかしらね…?

 

「それより真希ってバンドまた始めたの?うちにスカウトしようと思ってたのに残念だよ。あ、今のバンドのメンバーとうちに来る?優遇するよ?」

 

「いつも言ってるでしょ?それはお断り。もう歳も歳だしメジャーとかは考えてないよ。ただの趣味の延長だよ」

 

「そっか。残念。で?キミはgamutの佐倉 美緒ちゃんだよね?私、実はキミのファンなんだよね~。ね?うちでメジャーデビューする気ない?どうかな?」

 

「え?メジャーデビュー…ですか?えっと…」

 

「うん。うちはクリムゾンエンターテイメントだよ。聞いた事はあるでしょ?」

 

「クリムゾンエンターテイメント!?」

 

「ちょっとレイ……クリムゾンエンターテイメントに異動になったの?」

 

「そそ。大出世だよ~。ねぇ美緒ちゃん。どうかな?優遇しちゃうよ~」

 

「あ、あの……えっと…その…」

 

まずいな。美緒ちゃんはまだ高校生。

上手くはぐらかす話術なんて、まだ知っている訳がない。特に姉さんは強引だから…。

 

しょうがない。少し危険だけど私が…。

 

「はじめまして。真希さんのお知り合いですか?今日は私達のライブに来てくれてありがとうございます」

 

さぁ姉さん…どう応える…?

 

「はじめまして。FABULOUS PERFUMEもすごくかっこいいバンドだよね。どう?FABULOUS PERFUMEもうちに所属とか考えてみない?」

 

はじめましてか…。

私の正体がバレているというのは杞憂だったかな。

 

「すみません。私達はどこかに所属とか今は考えていませんでして…」

 

「そっかぁ。残念だなぁ」

 

「あの、私はそろそろ……」

 

そう言って美緒ちゃんはこの場を離れようとした。賢明な判断ね。

今はこの場から離れた方がいい。

 

「あ~ん、待ってよ美緒ちゃん。まだ返事聞いてないし~」

 

「ちょっとレイ!美緒ちゃんはまだ高校生だしさ。もうこんな時間なんだから引き留めるのも……」

 

「え~?ちょっとくらいいいじゃ~ん」

 

しょうがない。私も加勢して美緒ちゃんを逃がすかな。

 

「ねぇ?沙織もそう思うよね?せっかくクリムゾンエンターテイメントの幹部がこうやってファントムに来てあげたってのにさ」

 

 

 

………え?

 

 

 

今、姉さんは私の事を沙織と呼んだ?

やっぱり姉さんは私の正体を……。

 

どうする?どう誤魔化す…。

誤魔化せる?姉さんを?出来るの?私に?

 

「レイ……あんた何を言って…」

 

「その反応……やっぱり真希も沙織の事知ってたんだ?まさか可愛い妹と親友が私の敵だったなんて……ああ、なんたる悲劇なのかしら…」

 

 

敵?私達は姉さんの敵?

違う。私達はクリムゾンエンターテイメントの敵なだけで、姉さんの敵では…。

 

 

私は怯えている…姉さんを。

ずっと見てきた姉だから。姉さんは敵と認めたモノには…。

 

「ねぇ?沙織も真希も私の敵なんでしょ?だって私はクリムゾンエンターテイメント。あなた達はファントム。

美緒ちゃんも私のお誘いを断るって事は私の敵になっちゃうのかな?ねぇ?」

 

「レイ……わ、私は別にレイの敵って訳じゃ…」

 

「え?じゃあ真希はクリムゾンエンターテイメントに来てくれるの?」

 

「いや、あの…そういう訳じゃ…」

 

「私達はオセロの黒と白。決して交わる事はないの。だったらひっくり返って同じ色になるしかないでしょ?」

 

私達は姉さんの敵…。

 

「あの…」

 

美緒ちゃん?まずい……美緒ちゃんだけはこの場から逃がしてあげないと…。

 

「シグレさんも真希さんも怯えているって事は、お姉さんはきっと怖い人なんでしょうね」

 

「そんな事ないよぉ~。優しいお姉ちゃんだよ?ただ敵には容赦しないだけ♪」

 

「だったら言っておきますね。私はgamutじゃなくて、これからGlitter Melodyとしてバンド活動していきます。

クリムゾングループは嫌いですので、クリムゾンエンターテイメントに所属する事はありません。

だから、それで敵だという事になるんなら、私はお姉さんの敵になるんだと思います」

 

美緒ちゃん!?

 

「へぇー。そっかそっかぁ。美緒ちゃんは私の敵かぁ」

 

「レイ……ごめん。その理屈なら私もレイの敵だわ。レイとは友達って思ってんだけどさ。やっぱクリムゾンは私の敵だから」

 

真希さんまで…。

 

「真希まで私の敵になっちゃったかぁ」

 

真希さんも姉さんの容赦の無さは知っているだろうに…。

 

………ここならお客様も居ないし、大きな声を出さなければ大丈夫かな。

 

「申し訳ないが私達FABULOUS PERFUMEもクリムゾンエンターテイメントには所属は出来ない。

…………だから姉さん、私も姉さんの敵だわ」

 

「へぇー……沙織まで……」

 

「私はFABULOUS PERFUMEのシグレなんだ。一応正体不明なのでね。悪いがこの姿の時はシグレと呼んでもらえるとありがたいんだが…」

 

「あ~、そっかそっか、ごめんねシグレさん」

 

やけに素直ね…。逆に怖いわ…。

 

「プッ……ククッ…あは、あははははははは。もうダメ…苦しい。あははははははははは…」

 

ね、姉さん…?

 

「いやぁ、良かった良かった。沙お……シグレさんも真希も私の怖さって知ってる筈なのにさ?そう堂々と敵だ!って言ってくるとは。あははは」

 

良かった?

 

「レイ?良かったってどういう事?」

 

「いや、だってね?せっかくクリムゾンエンターテイメントの幹部になったのにさ。敵が居ないってのつまんないじゃん?あ、もちろんうちに来るって決めてくれてたら、それはそれで良かったよ?でも、やっぱり敵が居た方がゲームは面白いじゃない?」

 

ゲーム……?

 

「だからぁ…み~んな私が壊してあげる。ファントムもSCARLETも……私の敵はぜ~んぶ♪」

 

-ゾクッ

 

私にはわかる。ずっと姉さんを見てきたから…。

姉さんは本当に全く怒っていない…。

むしろ楽しんでいる……。

 

「覚悟しててね。私達に簡単に潰されないでね♪」

 

 

 

「潰されませんよ。私達は」

 

 

 

え?初音ちゃん?

いつから私達の話を聞いていたんだろう?私達の会話に初音ちゃんが入ってきた。

 

「あら?お嬢ちゃん誰?」

 

「私はここのオーナーの娘の中原 初音といいます。実質のボスです」

 

え?初音ちゃんがボス?

いや、さすがにそれは中原くんだろう?

 

「へぇ。ファントムはこんな小さい女の子がボスなの?面白~い」

 

「貧乳はステータスです」

 

「いや、小さいって胸の話じゃないよ?」

 

初音ちゃん…何でここに来たの?

中原くんか葉川くんが一緒ならまだしも…。

 

「それで?ファントムのボスが私に何のお話かな?」

 

「いえ、わざわざクリムゾンエンターテイメントの幹部様にお越しいただきましたようですので、私もご挨拶をと思っただけですよ」

 

「へぇー、そうなんだ?私は小暮 麗香。クリムゾンエンターテイメントには最近異動になったんだけどね」

 

「なるほどです。今後ともよろしくお願いしますね(ニコッ」

 

初音ちゃんは何を考えているの?

控え室に戻るよう言った方がいい?

 

「本当に?ファントムのボス様は私とよろしくしてくれるの?私達はあなた達の敵でしょ?」

 

「さぁ?敵とか味方とか私達はそんなつもりはありませんよ?私達ファントムはバンドマンが楽しいと思う音楽を、楽しんでライブをやる。そんな場所を提供しているだけですし」

 

「へぇー?そう。ファントムは私達クリムゾンにはノータッチ。そういう事かな?」

 

「もちろんですよ。クリムゾングループのような大きな会社に、私達みたいな小さいライブハウスがわざわざ噛みつくわけないじゃないですか」

 

なるほど。初音ちゃんもさすがと言ったところね。こうやって姉さんを上手くかわすつもりね。まだ[ピー]歳とは思えないわね。

 

あら?今の自主規制音は一体……?

 

「へぇ。そっかそっかぁ」

 

「ですが」

 

「ですが?何?」

 

「私達ファントムで楽しんでライブをやるバンドの邪魔をするなら私は絶対許さないです。容赦しません」

 

「何それ?結局それって私達の敵って事じゃん?」

 

「だからぁ、敵とかないですよ?私達を敵だと思うのはそちらの勝手です。私達は楽しんでライブをやるだけ。その邪魔をしてくるなら潰してあげるって言ってるんです。ですから私達の邪魔をしなければいいだけですよ(ニコッ」

 

「私達はクリムゾンだよ?そんな自由な音楽を今の世界で出来ると思う?」

 

「出来ますよ。音楽は自由に楽しんでやるものですから」

 

初音ちゃん…。

 

「世の中を知らないガキがナマ言ってんじゃないよ?(ニコッ」

 

「楽しいライブをやる私達に僻んでる年増女は、私達にちょっかい出したりせずに黙って見てて下さい(ニコッ」

 

 

初音ちゃん!?それはちょっと…!

 

「と、年増女……レイと同い年の私も初音ちゃんにはきっと…」

 

「ま、真希さん落ち着いて…」

 

 

「私が……ひが…んでる…?」

 

「あら?違いましたか?それは失礼」

 

「面白いね。初音ちゃんだっけ?

教えてあげるわ。クリムゾングループに歯向かう事がどれだけ無駄な事なのか」

 

「こんな事をゲームにするような連中に私達は負けませんよ。楽しい音楽が一番なんだって、きっとファントムのバンドがあなた方に教えてくれます」

 

「………なら挨拶がてら面白い情報を教えてあげるわ。九頭竜はDivalを敵視してる。なんだかあの子達が邪魔みたいだよ?」

 

九頭竜…?確かアルティメットスコアを研究していて遺伝子がどうこうって言ってた?

 

「そして二胴はBlaze FutureとLazy Windを危険視して潰そうとしているわ。きっと15年前の事があるからかしらねぇ?」

 

葉川くんと宮野さんの事か…。

やはりBREEZEとの事があるから?

 

「そして私は天花寺グループとの提携に成功させた事を買われてね。今ではあの2人と同列の幹部。JORKER×JORKERとinterludeを私の駒として二胴から引き抜いたの。二胴には他にも手駒はいっぱい居るしね」

 

JORKER×JORKERと言えばあの雨宮 大志のいるクリムゾンエンターテイメントのトップバンド…そんなバンドを姉さんが?

 

「そして今は全クリムゾングループから私の気に入ったメンバーを引き抜いてバンドを作ろうとしている所よ。7つくらいのすんごいバンドを率いて『麗香七武海』とか名乗るのも面白そうよね~」

 

全クリムゾングループから?

姉さんにそんな実権が…?

 

「私達クリムゾンエンターテイメントはそれくらい巨大な組織になってるんだよ。どう?怖くなったりしてないかな?それでも私達と戦える?」

 

「……何を怖がるんですか?貴重な情報ありがとうございます。お礼に私達も情報を」

 

初音ちゃんまさかSCARLETの事を!?

確かに姉さんに伝えれば牽制にはなるかも知れないけど、今はまだ……。

 

「私達ファントムはライブのやってない日はカフェを営んでいるんですよ。是非、コーヒーでも飲みにまた来て下さい(ニコッ」

 

「へ?それが情報?」

 

カフェって……初音ちゃん…。

 

「プッ……ククッ…あは、あははははははは。それが情報…あははは。てっきりSCARLETの事とか出してくるかと思ってたけど…あははは。おっかし~」

 

SCARLETの事!?まさかクリムゾンエンターテイメントはその事も知っているというの!?

 

「あははは。うんうん!初音ちゃん!私はあなたが超気に入っちゃった!やっぱりファントムを潰すのはやめとくわ~」

 

え?ファントムを潰すのを止める…?どういう事?

 

「あ、語弊があるね。うん。

ファントムは潰さないけど、ファントムのバンドは潰す。そして初音ちゃんに『ごめんなさい。ファントムを助けて下さい』って言わせてみせるね。ファントムとその時に残ってたファントムのバンドが私の手駒になるなら許してあげる♪」

 

姉さん……あなたはどこまで…!!

 

「じゃあね。私は帰るわ。またコーヒー飲みに来るね♪」

 

「お待ちしていますね♪その時はまたクリムゾンの情報もお願いします(ニコッ」

 

「了解♪」

 

そう言って姉さんは帰っていった。

初音ちゃん……本当にすごいな。姉さんに負けてなかった…。

 

その後、控え室に戻った私達は葉川くんと中原くんと佐藤くん、そして瀬羽さんに姉さんの事を伝えた。

 

どうやら他にもクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンと会った人も居たらしい。

 

私達は情報を交換したが、葉川くんと中原くんと佐藤くんと瀬羽さんは声を揃えて『何とかなるんじゃね(ない)?』と言っていた。全く……本当にこの人達は…。

 

 

 

そして翌日。

私達はファントムに再び集まった。

双葉も病院に行っていたようだが、応急措置が良かったのか特に悪化はしていなかった。だが無理はさせられないので、私はまた松岡に双葉の面倒を見るように伝えた。

 

私達はこれからSCARLETの本社へと訪問する。



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第36話 SCARLETへの訪問

俺の名前は中原 英治。

俺は今、ファントムのバンドのメンバーと、SCARLETへと向かっている。

 

これからライブハウス兼お洒落カフェ『ファントム』は、ライブハウス兼お洒落カフェ兼音楽事務所『ファントム』となる。

まぁ、それも初音と三咲がSCARLETと話し合いをしてから本決まりという事だけどな。

 

俺がファントムの経営者のはずなんだがな…。

 

 

Ailes Flammeから

江口 渉くん、秦野 亮くん、内山 拓実くん、井上 遊太(シフォン)。

 

Blaze Futureから

葉川 貴、佐倉 奈緒ちゃん、蓮見 盛夏ちゃん、柚木 まどか。

保護者として盛夏ちゃんの母親、蓮見 聖羅。

 

Canoro Feliceから

一瀬 春太くん、夏野 結衣ちゃん、秋月 姫咲ちゃん、松岡 冬馬くん。

保護者として姫咲ちゃんの付き人、瀬羽 澄香。

 

Divalから

水瀬 渚ちゃん、雨宮 志保、氷川 理奈、雪村 香菜。

 

evokeから

豊永 奏くん、折原 結弦くん、日高 響くん、河野 鳴海くん。

保護者として鳴海くんの妹、河野 紗智ちゃん。

 

Noble Fateから

大西 花音ちゃん、木南 真希ちゃん、東山 達也、北条 綾乃。

 

FABULOUS PERFUMEから

小暮 沙織(シグレ)、明智 弘美(チヒロ)、茅野 双葉(ナギ)、小松 栞(イオリ)

 

Glitter Melodyから

佐倉 美緒ちゃん、永田 睦月ちゃん、松原 恵美ちゃん、藤川 麻衣ちゃん。

保護者として学校の顧問である神原 翔子。

 

Lazy Windから

宮野 拓斗、御堂 架純ちゃん、三浦 聡美ちゃん、観月 明日香ちゃん。

保護者として拓斗の妹、東山 晴香。何でこいつ来てんの?

 

そしてライブハウス『ファントム』から

俺、中原 三咲、中原 初音。

何故か保護者として親友の佐藤 トシキ。

 

総勢45人がSCARLETへと訪問する。

てか、多すぎじゃね?こんな人数で訪問していいの?迷惑じゃねぇかな……。

 

俺は今とても不安でしょうがないです。

 

 

 

「なぁ?なんでさっちも来てんだ?」

 

「おい、渉。お前いつから河野の事さっちって呼ぶようになったんだ?」

 

「は、秦野くん!これは江口くんが勝手に呼んで来てるだけだからね!別に仲良いわけじゃないから!」

 

「お前ら。俺の紗智と気安く話してんじゃねぇよ」

 

「この人が紗智のお兄さん?似てないね」

 

 

 

「何でお母さんまで来てるの~?」

 

「私は盛夏のお母さんよ?これからの事をしっかり聞いてなくちゃ。それより拓斗。あんた盛夏にあいつの事話したんだってね?何してんのよ!」

 

「あ?だからお前俺に会った途端に蹴って来たの?お前も俺の事嫌ってたのかと思ったぜ」

 

「聖羅さんもお久しぶりですよね。拓斗さんも義姉さんのお店で働くようなったって本当ですか?」

 

「蓮見さんのお母さんって事はめちゃ年上やろ?何でそんなに見た目若いん?蓮見さんと姉妹って言われても信じそうやし……」

 

 

 

「あれ?睦月ちゃんって今日はバイトじゃなかったっけ?」

 

「うん。店長に人生で3回くるチャンスのうちの1回目が来たから休みたいって言ったら休みくれた」

 

「春くんはむっちゃんと同じバイトなのかな?私もバイトしないとなぁ~」

 

「あれ?もしかしてユイユイちゃんもバイト探してんの?うちの店って昼の営業も考えてるし、うちでバイトする?」

 

「結衣さんも夏に僕らと海の家とかウェイターの仕事してましたし、居酒屋とかもいいかも知れませんね」

 

 

 

「翔子お姉ちゃんも本当に久しぶり…。こんな近くに居たんだね…」

 

「あたしもまさかなっちゃんがバンドやってるなんて知らなかった。澄香もこっちに居たなら居るって言ってくれてたらさ…」

 

「ごめんね翔子。でも翔子も学校の先生やってるとか聞いてなかったし。てか、翔子が何を教えてるの?音楽と体育以外全然あかんかったやん?」

 

「神原先生は数学の先生ですよ。いつも丁寧な授業でわかりやすいです」

 

「あはは、翔子ちゃんが数学教えてるんだ?翔子ちゃんは優しかったからね。恵美ちゃん達もいい先生に巡り会えたんだね」

 

 

 

「栞ちゃん達は今日は男装してないんだね。ボクもシフォンじゃなくて遊太で来たら良かったかなぁ?」

 

「本当はボク達もちゃんと男装しようかと思ってたんだけど、双葉が病院だったから時間無かったしね」

 

「シフォンはシフォンで来た方が良かったでしょ?遊太だと大事な話の時に発言出来なかったら大変だし」

 

「まどか姉……そうハッキリと遊太の前で言うのはさ…」

 

「香菜。まどかはいつもこうじゃない。それに私も遊くんはシフォンちゃんの方がいいと思うよ?可愛いし」

 

 

 

「あ~、そうなのか。架純ちゃんがあの病院で俺を見掛けたのか」

 

「はい。ごめんなさい…。私も喉が悪くて病院に行っていたので…」

 

「タカの手術した病院はあそこだけど、診察してもらったのは別の病院じゃなかったっけ?ね?お父さん」

 

「そうだな。お前最初に喉を見てもらった先生を架純ちゃんに紹介してやったらどうだ?」

 

「葉川さん達のBREEZEが解散した理由って喉が原因だったんですか?知りませんでした…俺も同じボーカルとして喉を鍛えなくてはな…」

 

 

 

「では理奈さんも美緒さんも、あの日以来ベースの声は聞こえてませんの?」

 

「ええ、毎日ベースは弾いているのだけれど、あの日以降は声が聞こえた事はないわね」

 

「私もです。あの時は確かに『一緒に歌おう』って聞こえた気がしたんですけど…」

 

「irisシリーズのベースかぁ。モンブラン栗田の名前くらいは知ってるけど、どんなベースなんだろ?僕も南国行けば良かった…」

 

「私は美緒に聴かせてもらいましたけど、他のベースよりも音はいいなって印象でしたよ」

 

 

 

「あ?テメェ、雨宮 大志から貰ったギターでまだ弾いてやがらねぇのか」

 

「お母さんが使ってたってギターだけど、あたしにはちょっと軽すぎてさ…」

 

「音はどうなの?Divalの曲には合いそうな感じなのかな?」

 

「茅野も雨宮のギター見てやったらどうだ?でもギターなら明智さんの方がわかるかな?」

 

「あたしはあんまり楽器には詳しくないからね。バンドやり始めた時も双葉と葉川さんに教えてもらいながらだったし」

 

 

 

「へぇ、佐倉さんって作詞も作曲もしてるんですか?Blaze Futureの曲は葉川が作るんだと思ってたんだけど」

 

「いえ、曲はまだなんですよ。なかなか難しくて……」

 

「タカくんも相変わらず無茶振りするなぁ~。中学の頃から全然変わってないね。まぁ、超ネガティブにはなったけど」

 

「へぇ、三咲さんってタカさんと中学の頃から一緒なんですか?」

 

「私はそれよりネガティブじゃない葉川くんが想像出来ないよ」

 

 

 

俺達はある程度のグループに分かれて話をしながら歩いていた。

 

ほどなくして、手塚から貰った名刺に書いてあるSCARLETの住所に着いたんだが……。

 

「ねぇお父さん……本当にここ?」

 

「おい英治、テメェ間違えてんじゃねぇだろうな?」

 

「ねぇ、ここM&Sソフトって書いてありますよ?」

 

《ざわざわ》

 

俺達の眼前にはびっくりするような大きなビルが建っていた。

 

え~……梓じゃあるまいし、俺が迷子になるとかねぇんだけどなぁ…。地図もちゃんとあるし…。

 

「大丈夫英治。ここで合ってるよ。早く入ろうよ」

 

ん?翔子?

そう言って翔子が先陣を切って、ビル内に入って行った。

 

「おい、あいつ大丈夫か?いきなり入って行ったぞ?」

 

「お兄さん、大丈夫ですよ。翔子先生はSCARLETと交流あったみたいですし、来た事があるんだと思います」

 

「うん。きっと大丈夫。ヤバかったら翔子ちゃんを置いて逃げよう」

 

そう言って美緒ちゃんと睦月ちゃんも入って行った。

 

しょうがない。俺達も入るか……。

 

 

 

俺達がビル内に入ると、そこには大きなエントランスが広がっていた。

 

「ま、まじですか?こ、こんなエントランスってドラマでしか観た事ないんですけど…」

 

「あ、あたし達って私服で来て良かったの?スーツで来るべきだった?」

 

みんなびっくりしているな。俺もびっくりしてるもん。

手塚さんめ…こんなデケェ会社なら最初に言っておけよ…。

 

「みなさんどうしてそんなに驚いているのでしょうか?」

 

「さぁ?何も変な所はないと思うのですが…」

 

ああ、例外がいたか。姫咲ちゃんと澄香は一般人の感覚じゃねぇわな…。

 

「英治。こっちだって。取り合えず手塚が来るまで8階の会議室で待っててくれってさ」

 

どうやら翔子が受付に問い合わせてくれたようだ。

さすがに45人も一度にエレベーターには乗れないから、俺達は数回に分かれて8階の会議室へと向かった。

 

 

 

 

《ざわざわ…》

 

俺達は会議室に通されてからも緊張は続いていた。

 

「マ、マイミーの巨大ポスター…ハァハァ」

 

「貴、見て下さい!こっちには京太くんの巨大ポスターがっ!」

 

「お、お姉ちゃん…恥ずかしいから止めてよ…」

 

「ね、ねぇねぇ、このポスター写真撮って大丈夫かな?ねぇ?」

 

「ちょっと渚…落ち着いて…」

 

「お~!バンやり以外にも色んなゲーム作ってるんだぁ。あ、これ叔母さんに送ってあげたら喜ぶかも~」

 

「盛夏。それ盛夏の推しキャラじゃない。梓をダミーに使うのはよしなさい」

 

「あ、綾乃。よかったら良かったらこの角度であたしの写真撮ってくれないかな?」

 

「後ろのポスターとツーショットになるような感じで?」

 

「ねぇ双葉。今度このゲームの衣装作ろうよ」

 

「いいね。冬はこのキャラの衣装でいこっか」

 

一部の人間を除いては……。

 

 

 

「しかし、手塚のやつ来るの遅いな…」

 

「色々忙しいんちゃう?こんな大きな会社やし」

 

-コンコン

 

ん?ノック?

部屋の入口がノックされた後、手塚さんが入って来た。

 

「よく来たなファントム。俺が元クリムゾンエンターテイメントの大幹部の手塚 智史だ。しかしまぁ本当に全員で来るとはな」

 

そして手塚さんは俺達全員の顔を見てから、こう言った。

 

「本来なら全員社長室でって思ってたんだけどな。まぁ、こんな人数はさすがに入らないから、社長にここまで来てもらった。本当に悪いとは思うんだが、拍手で出迎えてやってくれるか?」

 

は?拍手だぁ?まぁ、別にそんくらいなら構わないが社長って何者なんだ?

手塚さんの口振りだと俺が知ってる奴みたいだったが……。

 

「では!うちの社長の登場です!皆様拍手でお迎え下さい!!

………チッ、何で俺がこんな事を(ボソッ」

 

 

パチパチパチパチパチパチパチパチ……

 

 

俺達が拍手を始めると部屋のライトが消され、どこからともなく謎のBGMが流れて来た。

 

部屋の入口にスポットライトが当てられ、少ししてからそこに入って来た人物は……

 

 

「皆の者!よくぞここまで来た!天晴れである!!」

 

 

どうやら俺は部屋の暗さとBGMが心地好くて眠ってしまったらしい。

これはきっと悪い夢だ…。

 

「おい、俺は幻覚を見てんのか?昔見た事あるちびっ子が見えてんだけど?」

 

「ああ、俺もどうやらクリムゾンとの長い戦いのせいで、頭がいかれちまったみたいだ。変なちびっ子の幻覚が見える」

 

「はーちゃんも宮ちゃんも……あの子は日奈子ちゃんだよ。俺にも見えてるし多分これ現実だよ。それよりあの乗ってる乗り物ってフリーザが乗ってたやつじゃない?あれってリアルで見るの初めてなんだけど…」

 

「何で日奈子がSCARLETに…?え?これってドッキリ?」

 

「え?澄香は知らなかったのか?SCARLETのボスは日奈子だよ?」

 

マジか!?日奈子がSCARLETのボス!?

これって夢でも幻覚でもないの!?

 

SCARLETの社長として部屋に入って来た人物はArtemisのドラマー、月野 日奈子(つきの ひなこ)だった。

 

「日奈子お姉ちゃん…?」

 

「え?この人ってArtemisの日奈子さんなの?」

 

《ざわざわ…》

 

「みんなお久しぶりだね!元気してた?」

 

「………よし、帰るか」

 

「ああ、俺も帰って寝るかな。昨日もバイトだったし」

 

「しかし困ったな。これでファントムが音楽事務所になるって話も無くなっちまったか…」

 

《え?》

 

「むー!タカちゃんも拓斗ちゃんも英治ちゃんも何それ!ぷんすこだよぷんすこ!」

 

「お嬢様、私達も帰りましょう。今回の話は残念です」

 

「え?澄香さん?」

 

「澄香ちゃんまでどういう事~~!」

 

「あの…どういう事かしら?日奈子さんってそんなに……?」

 

「え?私もわかんないけど…」

 

まじか…てか、こいつに会社なんか経営出来んのか?

 

「まぁ、それはさておき」

 

「いや置くなよ。てか、なんでお前が社長なんかやってんの?」

 

「え?変?」

 

「あたしも最初に日奈子から連絡もらった時はびっくりしたもん。そりゃタカ達もびっくりするっしょ」

 

そうか…だから手塚さんもこないだボスの正体を明かさなかったんだな…。

 

「え?本当に帰るの?」「でもたぁくんもたっくんも帰ろうとしてるよ?」「澄香さん?本当に帰るのですか?」

 

《ざわざわ》

 

まぁ日奈子の企画って無茶が多かったし何度か死にかけたからなぁ。

タカとトシキと拓斗と俺だけが…。

 

「タカちゃんほんとに帰るの?(ウルッ」

 

「あ?そ、そんな風に言われると……ぐぐ……」

 

「タカちゃん………これ。バンやりのマイミーちゃんの原画。欲しくない?」

 

「日奈子様、どうぞ私の事は犬と呼んでください」

 

相変わらず安いなぁこいつは…。

 

「せ、先輩だけズルい!」

 

「黙れ。日奈子様の御前たるぞ?頭が高いわ」

 

「大丈夫大丈夫~。なっちゃんの分もちゃんとあげるから~」

 

「日奈子お姉ちゃん(トゥンク」

 

何で渚ちゃんはときめいてんの?

 

「んで?日奈子。マジでお前がSCARLETのボスなのか?」

 

「そだよ。話せば長くなるんだけどね。

あたしはクリムゾンから自由な音楽を取り戻す為にね。資金集めに色々時間掛かっちゃったけど…」

 

「そか。お前も頑張ってたんだな」

 

「た、タカちゃん……あた、頭!何であたしの頭撫でてんの!?」

 

「あ、悪い。ちびっ子過ぎて子供扱いしちゃったわ」

 

日奈子って初音と身長もそんな変わらねぇしな…。その気になりゃ小学生でも通りそうだ。こいつ何で15年前から成長してないの?

 

「殺られる…タカちゃんに頭撫でられたとか梓ちゃんに知られてしもたら、うちの命殺(たまと)られてまうで……ガタガタブルブル」

 

「タカもボスもしょーもねーコントしてんじゃねぇよ。俺も仕事が残ってんだ。さっさと話しちまおうぜ」

 

「チッ、手塚のくせに偉そうだな」

 

「そうなんだよ。手塚のくせにいつも偉そうなんだよ。ほんと嫌な部下なんだよね。ぷんぷん」

 

そういや日奈子って手塚さんの事嫌いだったよな?何で一緒に居るんだ?

 

「ねぇタカ。みんな置いてけぼりになってるからさ。さっさと話やっちゃおうよ」

 

翔子に正論を言われるのも15年前じゃ考えられねぇな。時の流れって本当に恐ろしいな。

 

「しょうがない。タカちゃんとのコントは梓ちゃんが帰って来てからにするか。

さて、ファントムの皆様。改めまして弊社までよくぞお越し下さいました。天晴れである」

 

俺も取り合えず日奈子の話を聞くか。

 

「せっかくこうしてみんなに来てもらいましたので、手っ取り早くお話を進めさせて頂きたいと思います。手塚」

 

「ああ、はいはい。まずうちの社員を2人紹介させてもらう。おい、入れ」

 

手塚さんがドアの外に声を掛け、2人の女性社員が入って来た。

 

「手塚。入れとはまた偉そうだな。パワハラとして、然るべき所に訴えさせてもらう」

 

「え?あのねーちゃんは?」「渉の知り合いなのか?」「あの人はinterludeから俺達を助けてくれた…」「綺麗な人だなぁ」「え!?トシキさん!?」

 

このお姉ちゃんが北のグループのみんなをinterludeから助けてくれたって子か。

確かに綺麗なんだが、何だかどっかで会ったような感じがするな……。

 

続いて2人目が入って来た。

 

「あ、あはははは。お姉ちゃんやっほ~…」

 

「来夢!?何でここに!?」「は?何で来夢ちゃんがここにいんの?」「へ?貴って来夢ちゃんの事知ってるんですか?」「来夢ちゃんって誰?」「渚の妹よ」

 

渚ちゃんの妹?何でSCARLETに居るんだ?渚ちゃんもタカも知らなかったみたいな感じだな…。

 

「さぁ、2人共自己紹介をしてやれ」

 

「手塚…。私の個人情報をこんな大勢の前で発表しろとは……セクハラだな?」

 

この子は手塚さんが嫌いなのか…?

 

「まぁいいだろう。私はSCARLETで唯一のバンドでボーカルをやらせてもらっている、風音 有希(かざね ゆき)だ。

『有希』とは『有る』に『希望』と書く訳だが、希望なんて無いのに有希って名前とか超ウケる」

 

「希望がないの?」「なんか未来みたいな自己紹介だな」「未来お姉ちゃんの自己紹介って何ですか!?」「SCARLETで唯一のバンド?」

 

「えっと……恥ずかしいな…。私はDivalの水瀬 渚の妹で、水瀬 来夢といいます。んと、関西からこっちに異動となりました。今日は顔見せで月曜から仕事のはずでしたが、何故か今日から働く事になりました。よろしくお願いいたします」

 

「来夢が異動?」「ねーちゃんの妹さんなのか」「あんまり似てないね」「いきなり今日からとか…」

 

「まぁ、そんな訳でな。

うちの社長、日奈子から契約やこれからの仕事の話。そして風音からはクリムゾンとSCARLETとの話。この2つはお前ら各々のバンドから1名以上は聞いてもらいたい。

あ~、そんでBREEZEとArtemisだった連中は風音の話を聞いてくれ。英治もな。日奈子との契約の話は三咲でいいだろ」

 

「まぁ俺も契約とかよりクリムゾンとかの話のがいいか」「お父さん私も日奈子さんの話聞いてくる」「バンドから1名ずつか…」「他のメンバーは?どうなるの?」「取り合えず話し合う?」

 

「あ~、待て待て。そんでな。他のメンバーに関してだが、これからのクリムゾンとの戦いにはチューナーって存在が必要になる。SCARLETにはチューナーやバンドマンを育成する施設があるからな。そこには俺が案内するから希望者は申し出てくれ」

 

「チューナー?」「ちょうどいいな。双葉、私に行かせてくれないか?」「沙織なら大丈夫だと思うしいいよ?」「チューナーか…」「うちは初音ちゃんが居るし」

 

「そんで他のメンバーはな。英治に聞いてるかも知れないが、お前達バンドのグッズはうちで制作してもらいたい。

だから、グッズが気になるバンドもいるだろ?見習いちゃん…ああ、水瀬 来夢の事な。こいつにグッズ制作の説明や工場見学に連れて行ってもらってくれ」

 

「ボクグッズ見たい!」「奇遇だなシフォン。オレもそう思ってたんだ」「亮はクリムゾンの話聞いて来てよ…」「私もグッズ気になるなぁ可愛いのがいいし」「結衣が可愛いと思う物ですか……」「不安だね…」

 

「まあ、お前らも色々あると思うからな。今から15分程度でどうするか決めてくれ。もちろんチューナーとグッズは聞かなくていいバンドは聞かなくてもいいからな。契約の話に3人、クリムゾンの話に1人とかでも構わねぇからな」

 

「はー。手塚が色々仕切ってくれるから、あたしは楽出来るわ~」

 

「いいのかボス?こいつこのままだと調子に乗るぞ?」

 

「あはは…こっちに異動になっても見習いちゃんって呼ばれるんだ……」

 

 

 

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-Ailes Flamme

 

オレの名前は秦野 亮。

これからの話を誰が何処に聞きに行くか。それを今、話し合っている。

 

「ねぇねぇ、ボクはグッズが見たいんだけどダメかな?」

 

「まぁ、シフォンがグッズを見たいって希望してるんならいいんじゃないか?」

 

「僕はどうしようかな?渉と亮はどうしたいの?僕はさっきも言ったけど、亮にはクリムゾンとSCARLETの事を聞いててもらいたいんだけど?」

 

「何でだ?俺じゃダメなのか?」

 

「渉は何を聞いても、interludeを倒すとか、クリムゾンとは戦うとしか言わないでしょ?僕らの中じゃ亮が一番冷静に考えられると思うし」

 

確かにそうだな。親父やお袋の事もあるし、貴さんや英治さんもそっちの話に参加するならオレもそっちの方がいいか…。

 

「でも結局亮もクリムゾンはぶっ倒すってなるだけじゃねぇか?それに俺は契約とかそんなの聞いても多分わからねぇぞ?」

 

「あ、なら渉くんはチューナーの所に行ったらどうかな?渉くんってボクらの中じゃ一番リズム取るの下手くそだし、チューナーは渉くんに合った人がいいんじゃない?」

 

「え!?俺ってリズム取るの下手なのか!?」

 

確かにそうだな。オレや拓実が行っても渉に合わなかったら意味がないしな…。

 

「となると、契約の話は拓実に任せる事になるけど大丈夫か?」

 

「え!?あ、そうか…。それもちょっと自信無いなぁ…」

 

「でもでも、それも拓実くんの方がいいんじゃない?」

 

「え?何で?僕ってあんまり数学得意じゃないよ?」

 

「それはボクらみんな文系だし一緒じゃないかな?でもほら、拓実くんにはパティシエの夢があるじゃん?その為にもSCARLETとの契約の話を聞いて、拓実くんの夢に都合がいいようにしちゃえばいいと思うよ?」

 

「そんな……僕の都合に合わせても…」

 

「オレもそれでいいと思うぞ?オレも渉もシフォンも特にメジャーデビューしたいとか無いしな。だから拓実のパティシエベーシストになる近道ってのかな。都合がいい選択をしてくれた方がオレ達にも都合はいいと思うんだけどな」

 

「俺もそれでいいと思うぞ?interludeとBLASTを倒す!俺はそれだけだからな」

 

ああ、渉のやつまだBLASTも倒す夢は持ってたんだな。

 

「うん…わかった。じゃあ僕が日奈子さんの話を聞いてくる」

 

「おう!任せた!」

 

こうしてオレ達Ailes Flammeは、

渉がチューナーの話、

拓実が契約の話、

シフォンがグッズの話、

オレがクリムゾンとSCARLETの話を聞く事になった。

 

しかしシフォンのおかげで話もすんなり纏まったな。可愛いだけじゃないシフォン。マジで推せるぜ。

 

 

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-Blaze Future

 

「って訳で俺はあのお姉ちゃんの所に話聞きに行くわ。お前らどうする?」

 

「私はタカがあの女の子にセクハラしないように見張っときたいんですけどね~」

 

「いや、セクハラなんかしないし」

 

俺の名前は葉川 貴。

SCARLETからの話を誰がどの話を聞くか、今話し合っている。

 

「おかーさんはおじーちゃんの事もあるし、クリムゾンの話聞きたいとか?」

 

「そうね…でも今更あんな奴の事を聞いてもね…今度こそタカが倒してくれるでしょうし」

 

「え?俺が倒すの?」

 

「うちって初音がチューナーしてくれるでしょ?別にチューナーの話は聞かなくてもいいんじゃない?」

 

ああ、それな。

英治も三咲も初音ちゃんも、うちのチューナーに初音ちゃんを……って言ってるけど、あんまり乗り気じゃねぇんだよな…。

初音ちゃんを巻き込みたくねぇしな。しっかりしてると言ってもまだ幼女だし。

 

「でもさ貴ちゃん。初音ちゃんが音色(トーン)を見れるとしたら、クリムゾンにも狙われるだろうし~、他のバンドのチューナーになるってなるかもだし?貴ちゃんの手が届く所に居た方がいいんじゃなぁい?」

 

「盛夏…何でお前俺の心読んでんの?」

 

「タカ……。盛夏とは口にしなくても心で通じ合える。そう言いたいのね?これからは私の事はお義母さんって呼ぶのよ?」

 

「盛夏。お前のかーちゃんはあれだな。アホだな」

 

「でもタカ。あたしもそう思うよ?」

 

「え!?まどか先輩もタカと盛夏が心で通じ合える関係と!?」

 

「奈緒もアホなの?あたしが言いたいのはそっちじゃなくて初音の事だよ」

 

まぁそうなのかなぁ?どっちにしろクリムゾンと戦う事になるなら、俺の見える所に居てもらった方が安心は安心か。ん~……安心かなぁ?

 

「まぁその辺はまたヤバくなったら考えたらいいか…。んで?お前らはどうする?何の話聞きたいとかある?」

 

「タカがクリムゾンとかの話聞きに行くんだし、あたしが契約の話を聞きに行こうか。仕事の事もあるし気になるっちゃ気になるしさ」

 

「あたしはグッズが見たい~。盛夏ちゃんプロデュースで色々作りたいし~」

 

「私は貴と一緒にクリムゾンの話聞いてもいいですか?」

 

「あ?セクハラなんかマジでやんないよ?」

 

俺ってそんなに心配なの?セクハラなんかした事ないんだけど…。

あ、でもこないだ理奈に存在がセクハラって言われたな。あ~……生きにくい世の中だわぁ…。

 

「そんなのわかってますよ。貴にはそんな欲望はあっても実行する度胸はないって信じてます」

 

それって信じてる事になんの?

 

「ちょっとクリムゾンのバンドの事で気になる事がありまして…」

 

あ、そっか。何か同級生がクリムゾンでバンドやってんだっけか。

 

「そうだな。じゃあ、俺と奈緒でクリムゾンの話、盛夏がグッズでまどかに契約の話を任せるか。聖羅はどうする?」

 

「だからお義母さんって呼んでって…」

 

ああ、はいはい。

 

「盛夏はグッズに行くみたいだし、タカ達とクリムゾンの話にしとこうかしらね」

 

俺達Blaze Futureは

俺と奈緒と聖羅でクリムゾンの話、

盛夏がグッズの話、

まどかが契約の話を聞く事になり、チューナーの話には参加しない事にした。

 

 

 

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-Canoro Felice

 

俺の名前は一瀬 春太。

Canoro Feliceのボーカルをやっている。

メジャーデビューを夢見て…。

 

「澄香さんがクリムゾンの話に……という事ですが、私達はどうしましょうか?」

 

「そうだな。契約の話もあるしな。俺達はメジャーデビューを目標としているし、やっぱり春太が聞いた方がいいか?」

 

「俺も直接メジャーデビューの話を聞きたいって思ってるけど、契約やお金の話ってなると姫咲の方がいいとは思うし、チューナーの事も気になるっていうのも本音かな」

 

確かにメジャーデビューを早くしたいと思っているけど、チューナーの事も気になる。俺達と一緒にCanoro Feliceをやってくれる人なんだから…。

 

「チューナーの事は気になされずとも結構でございます。Canoro Feliceは契約の事、クリムゾンとの事、まぁ、気になるならグッズの事で大丈夫でございますよ」

 

え?チューナーは気にしなくていい?

 

「あの、澄香さん…何故ですか?やはりチューナーと言えども私達Canoro Feliceの一員となる方ですのよ?」

 

「私もグッズが気になるけど、チューナーは大事だと思うよ?私達の理想っていうか考え方が同じ人になってもらいたいし」

 

「澄香さん。俺もチューナーは大事だと思っています。姫咲や冬馬も俺達と一緒に演奏をして楽しかったから……」

 

ハッ!?

 

俺はここまで口に出して気付いた。

 

澄香さんが目を閉じて口元を緩ませ笑っている。澄香さんがこんな時は何か考えがある時だ。主に小芝居の。

セバスさんの頃から澄香さんはこうだった。

 

まずい……迂闊な事を言えばついツッコミを入れてしまう。クールにならないと…。

 

「どうした春太?」

 

「い、いや、何でもないよ…」

 

-ニヤリ

 

笑った…!澄香さんが…!

まさか俺が話の途中で気付き、話を止める所まで澄香さんは読んでいたというのか…。

 

「フフフ、春太くん。どうやら気付いたようでございますな」

 

やはり…俺は踊らされていた…。

澄香さんと姫咲の大好きな小芝居の立役者として…。

 

「春太が?何を気付いたってんだ?」

 

クッ…冬馬のこの反応までも見透かされていたような気がする…。

 

「春太くん、冬馬くん。先日、秋月家の屋敷に来た時の事を思い出してみて下さい」

 

……屋敷に招待された時?

澄香さんとメイド長さんの戦いの印象が強すぎて…。

 

「ま、まさか……澄香さん……」

 

冬馬?冬馬は何かに気付いたのか?

しかし、その反応は危険だ!

 

「松岡くんの想像通りでございます」

 

クッ…冬馬は別に何か言った訳じゃないのに想像通りってどういう事なんだ…(ギリッ

 

「え?結局どういう事なの?まっちゃんの想像って何?」

 

結衣がツッコミを入れた!?

 

「結衣ちゃんも思い出して下さいませ。私の私設部隊の事を…」

 

私設部隊?

確か……『タイが曲がっていてよ』くらいしか覚えてないや…。

 

「そういえば澄香さんの私設部隊の人達って何か特訓してたよね?」

 

「ええ。ありがたい事に、皆様私を護る為に日夜訓練に勤しんで頂いていますわ」

 

姫咲を護る為に……日夜訓練を…。

 

 

『ハッ!ハッ!ヤーッ!』

 

 

ハッ!?そういえば、澄香さんの私設部隊の人達は武器だけじゃなく楽器を…。

 

「残念ながら私にはチューナーの素質はございませんでしたが、私の選んだ精鋭の中にもしかしたら……そう思い、昔からCanoro Feliceのチューナーになる為の訓練を課して参りました」

 

「澄香さん…そんな…私達の為にそんな昔から……う、うぅ…」

 

「すみちゃん…私達の為にいつも頑張ってくれてたんだね…うわぁぁぁぁん」

 

何でみんな泣いてるの?

俺達がCanoro Feliceになってからまだ3ヶ月くらいしか経ってないよ?何かそろそろ1年?ってくらい濃い毎日を送ってるけど…。

 

「昔から?俺がCanoro Feliceに入れてもらってからまだ3ヶ月だよな……」

 

「まぁ、そんな訳で、私の私設部隊にもチューナーになれそうな素質のある者もいますので、契約の件とグッズの話で良いと思います」

 

何の茶番だったんだろうこれは…。

 

俺達Canoro Feliceからは、

俺と姫咲で契約の話、

結衣がグッズの話、

冬馬と澄香さんがクリムゾンの話を聞く事になった。

 

結衣がグッズに絡むというのは、少し不安もあったけど…。

デビューの話、上手くいくといいけどね……。

 

 

 

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-Dival

 

「まさか来夢がSCARLETで働く事になるなんて……。来夢にもお父さんにも聞いてなかったし…」

 

「確かにびっくりよね。渚の実家に遊びに行かせて頂いてから、まだそんなに日も経っていないのに…」

 

私の名前は水瀬 渚。

私達Divalはこれからの事を話す為に、誰が何処に話を聞きに行くか決めなきゃいけないんだけど…。

 

「渚は妹さんの事で頭いっぱいかな。理奈と香菜はどうする?」

 

「そうね。クリムゾンとの事か契約の事。……の、どちらかしらね。やっぱり私はcharm symphonyの時の事もあるから契約と言いたい所だけれど、Kiss Symphonyの事も気になるから…」

 

そうだよね…。私もしっかりしなきゃ…。

 

「理奈!志保!香菜!私は大丈夫だよ!

私もしっかりお話聞ける!

理奈はKiss Symphonyの事もあるし、クリムゾンとの話に行きなよ!私は契約の話を……」

 

「渚ぁ。無理しなくていいって。あたし達もDivalなんだからさ。妹さんの事で今は頭いっぱいでしょ?」

 

「そうだよお姉ちゃん。それにお姉ちゃんのオツムじゃ多分、契約の話なんて理解出来ないでしょ?」

 

「そだね……渚って貴に言われるまで、今のマンションの家賃の事とかもわかってなかったんでしょ?………って!?」

 

「「「来夢ちゃん(妹さん)!?」」」

 

「どうも。理奈さんはお久しぶりです。他の方ははじめまして。姉がご迷惑をお掛けしております」

 

来夢?何でここに?

 

「ちょっとDivalの事でお話がありまして」

 

「来夢ちゃんお久しぶりね。まさかSCARLETに……って話もしたいのだけれど、私達に話って何かしら?」

 

「あ、はい。私の事もついでに……。

お姉ちゃんと理奈さんは知っていると思いますが、私は地元の小さい音楽事務所で働いてまして…。その事務所がSCARLETと提携を結んだので、事務員の足りないこちらに私が異動になりました」

 

なるほど。それでここに居るんだ…。

でも、娘が2人共関東とかお父さんもよく許したよね。私の時は大反対だったのに…。

 

「……と、思っていたのですが」

 

え?思っていた?

 

「どうも私にはチューナーの素質があるみたいでして、日奈子お姉ちゃんからお父さんに、私にDivalのチューナーをさせてみないか?って提案されて、事務員兼チューナーとして、こちらに配属された訳です」

 

チューナー?来夢が?

それも私達Divalの…?

 

「へぇ、渚の妹さんがあたし達のチューナーをやってくれるんだ?あたしとしては全く知らない人ってよりは気は楽かな?」

 

「そうね…チューナーはいずれは必要となるのだし、私としても来夢ちゃんなら……とは思うのだけれど…」

 

「うん、あたしもお父さんとデュエルをして、チューナーがどれだけ大切な存在なのか思い知った。あたし達にチューナーが居ればお父さんにリズムを崩される事はなかったかもしれない。

だけど…だからこそチューナーも最高のチューナーにやってもらいたい」

 

「そうね。志保の言う通り。こんな事を言うのは来夢ちゃんには気の悪い話だとは思うのだけれど、まずは来夢ちゃんのチューナーとしての実力を見せてもらいたいわね」

 

あ、そうだよね。私もそう思う。

来夢だったら私も気が楽だけど、来夢ってあんまり音楽は得意じゃなかったような?

 

「私もそういった事はちゃんと言ってもらった方がいいって思ってます。私もやると言った以上はしっかりやりたいと思ってますので。ですが正直な所……」

 

「あ、もしかしてあんまりチューナーとしての自信が無いとかかな?」

 

「そうですね。実力を見てもらうと言っても、今日は私はグッズの案内がありますし、チューナーって何をすればいいのかとかもわかってませんし…」

 

チューナーとしての実力か…。

でもそうだよね?何を基準に判断したらいいんだろ?

いや、それよりも標準語の来夢に違和感を感じちゃってるよお姉ちゃんは。

 

「あ、そだ。渚って妹さん……えっと、来夢さんとカラオケとか行った事ないの?」

 

「ん?カラオケ?よく行くよ。来夢と一緒にカラオケ行くと気持ちよく歌えるんだよね。何でかわかんないけど」

 

「私は歌は苦手なんですけど、お姉ちゃんにはよく連れて行かれますね。試験の後とかよく連れて行かれてたよね?」

 

そうなんだよね~。

来夢って歌はあんまり歌わないけど、私が歌ってる時にリズム取ってくれて……

………ん?リズム?

 

「なるほど…ならもしかしたら渚の歌には、来夢ちゃんのリズムと相性がいいのかも知れないわね」

 

そっか。そうだったんだ…。

私が歌っている間、来夢が私にリズムを伝えてくれて…それで私は来夢といると歌いやすかったんだ…。

 

「志保」

 

「うん。あたしもいいと思う」

 

「来夢ちゃん。さっきは失礼な事を言ってごめんなさい。きっと来夢ちゃんは渚に合った最高のチューナーになれると思うわ。もし良かったらお願いします。

私達Divalのチューナーになってもらえないかしら?」

 

「理奈さん……。

はい、もちろんです。最高のチューナーになってみせます。Divalのチューナーの件、承らせて頂きます」

 

「ありがとう。よろしくね」

 

よろしくね。来夢…。

 

「んじゃ、来夢さんがチューナーになってくれるって事で、あたしらはチューナーの話は聞きに行かなくて大丈夫かな?みんなどうする?」

 

「あ、その事もなんですけど、お姉ちゃんは梓お姉ちゃんの事、雨宮さんは雨宮 大志さんの事、理奈さんはKiss Symphonyとその事務所の事がありますので、クリムゾンのお話を、そして、雪村さんが契約のお話を聞くのがいいと思うのですがどうでしょう?」

 

「あたしが契約の話かぁ~…。でも確かにその方がいいかなぁ…」

 

「梓お姉ちゃんの事か…。うん、気になるのは気になるかな」

 

「なら、来夢さんの言う通りそのように別れましょうか」

 

私達Divalは

私と志保と理奈でクリムゾンの話を、

香菜が契約の話を聞くという事になった。

 

 

 

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-evoke

 

「奏、俺は半端な奴とバンドをやる気はねぇ。俺はチューナーを見に行く。文句ねぇな?」

 

「文句があったとして、お前が考えを変える事はあるのか?」

 

「俺はやはり早くメジャーデビューしたいしな。紗智の為にも。俺は契約の話を聞きに行かせてもらう」

 

「俺はどこでもいいけど、誰かと一緒の方がいいかなぁ?寝ちゃったら起こしてほしいし」

 

俺の名前は豊永 奏。

これからの話を誰が何処に聞きに行くかを話し合うつもりだったが…。

 

やれやれ、結弦がチューナーで、鳴海が契約、響は誰かと一緒に…と、なると俺はクリムゾンの話を聞きに行くしかないな。

 

「響。俺はクリムゾンの話を聞きに行こうと思う。お前はどうする?」

 

「ん~…どうしようかな?そだ。紗智ちゃんはどうするの?」

 

「あ、私ですか?どうしようかな?」

 

特に紗智ちゃんに聞いておいてもらいたい話というのはないが、万が一の時の為にもクリムゾンの話を聞いてもらってた方がいいか…?

 

「紗智。俺に早くデビューして欲しいだろう?俺と一緒に契約の話を聞きに行くか?」

 

「ねぇ、奏さん。私は自分のやりたい事の為に話を聞きに行ってもいいですか?」

 

自分のやりたい事?紗智ちゃんにもやりたい事があるのか?

 

「ああ、それは構わないぞ。紗智ちゃんの意思を尊重させてもらう」

 

「じゃあ私はチューナーのお話を聞きに行きたいです!」

 

チューナーの話だと?紗智ちゃんが?

 

「おい紗智。テメェそれはどういう事だ?チューナーの話なんざテメェには関係ねぇだろ?」

 

「そうだぞ紗智。お前は俺と一緒に契約の話を聞きに行こう」

 

「私は楽器も出来ないし、何か出来るとか自信を持って言える事もないけど、もしかしたらチューナーになれるかも知れない。ううん、チューナーになれなくてもチューナー探しの手助けとか出来るかも知れない。

私もみんなの力になりたいんだよ」

 

紗智ちゃん……。

 

「何を言っているんだ紗智。お前は傍に居てくれるだけで……」

 

「鳴海ぃ。もうそういうのはいいから」

 

「あ?響お前何言ってんだ?紗智は俺達の力の源だろう?」

 

まぁ、確かに紗智ちゃんの応援はありがたいし、俺達の力になっていると思うがな。

 

「紗智ちゃんもさ。色々考えて、俺達やAiles Flamme、そしてDivalの力になりたいって思ったんじゃない?

だからいいじゃん。紗智ちゃんがチューナーの話を聞きに行きたいならそれでもさ」

 

「しかしな…紗智にはあんまり深入りさせたくないって気持ちは…」

 

「考えてみなよ鳴海。もし紗智ちゃんにチューナーの素質があって、evokeのチューナーになってもらえたら、今よりもっと一緒の時間が増えるよ?」

 

「結弦。そういう訳だ。紗智が迷子になったりしないように、しっかり見ててやってくれ」

 

なるほどな。確かに紗智ちゃんにチューナーの素質があれば俺達と共に戦ってもらった方が安心ではあるな。

 

「あ?テメェ……まぁいいか」

 

「ちょっ…ちょっと響さん」

 

「ん?きっと大丈夫だよ。紗智ちゃんは俺達じゃなくてAiles FlammeとDivalの力になりたいんでしょ?」

 

「え?は、はい……ごめんなさい」

 

ん?そうなのか?

それはそれで残念な気もするんだが…。

どうやら2人の会話は鳴海には聞こえていないみたいだな。

 

「それはその時にまた鳴海と話したらいいと思うよ。紗智ちゃんは今やれるかもって思う事をしっかり聞いておいで」

 

「はい……ありがとうございます」

 

ふむ。なるほどな。確かに響の言う通りだな。

しかし響のやつ、いつからそんな風に物事を考えるようになったんだ?

 

俺達evokeからは、

俺と響でクリムゾンの話を、

結弦と紗智ちゃんがチューナーの話を、

そして鳴海がメジャーデビューの話を聞く事になった。

 

俺達はこれまでのライブでも、グッズ販売はしていたから、誰かはグッズの話聞いておいた方が良かったとは思うが……まぁ何とかなるだろう。

 

 

 

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-Noble Fate

 

私の名前は北条 綾乃。

私達はSCARLETの本社に訪問させてもらっている。

 

そして、ギターの木南 真希、ベースの東山 達也さん、ボーカルの大西 花音。

この4人の内誰が、音楽事務所になったファントムとの契約の話、クリムゾンとSCARLETの話、チューナーの話、バンドのグッズの話に行くのか。

 

話し合いが今始まろうとしている。

 

私達のバンドであるNoble Fateのバンドマスターは私だ。

だから、クリムゾンの話か契約の話に私が行くのは妥当だと思う。

 

しかし私はグッズの話が聞きたい。

どんなグッズを出すのか、どんなグッズを作るのか。

そういった事を妄想するのが大好きだから…。

 

ここで私が『グッズの話聞いて来ていいかな?』とか発言するのは正直どうかと思う。何より恥ずかしい。

 

私はどうしたら……(ギリッ

 

「綾乃さん……!綾乃さん!」

 

え?私?

 

「あ、ごめん花音。どうしたの?」

 

「聞いてました?」

 

「あ、ごめん…ちょっと考え事してて…」

 

グッズを見に行きたいものだから、うっかり話をスルーしちゃってた。ちゃんと聞かないとね…。

 

「そうなんですか?考え事って?」

 

「う、ううん、何でもないよ」

 

言えない…グッズが見に行きたいって考えていたなんて…。

 

「それで誰がどの話を聞きに行くのかって話なんですけどね。真希さんもバンドやっていただけあって、グッズで揉めたりもあったみたいですから、あたし達は4人ばらばらになりますけど、一通り話を聞いておこうって話でして…」

 

グッズ!?私は花音の言葉を聞いて、チャンスと一瞬思ったが、真希が前のバンドの時にグッズの事で揉めたのなら、真希がグッズを見たいと言うかも知れない…。

 

どうする…?どうしたら私はグッズを見に行ける…?(ギリッ

 

「そんな訳だからさ。綾乃にも迷惑掛けるかも知れないけど、やっぱりグッズの話も聞いておいた方がいいと思って…」

 

真希。もちろんよ。私もグッズの話を聞きたい。

けど…ここは真希に譲るしかないの…?

 

「ごめんね。私はチューナーを見に行きたいって言ってるのに、こんな事を言っちゃって…」

 

真希!?待って…!今、真希はチューナーを見に行きたいって言った!?ならグッズは……。

 

「真希さんは自分で聞きたい話があるって言ってくれてますからね。僕としても真希さんにはチューナーの話に行ってもらいたいって思ってるんですが…」

 

「綾乃さんはどうですか?あたしもチューナーの話とか正直……ってありますから、真希さんが行ってくれるならありがたいなぁって思ってるんですけど…」

 

「もちろんよ!真希!私達Noble Fateのチューナーの話はあなたに任せるわ!」

 

「え?綾乃…?いいの?」

 

「もちろん!」

 

良かった……これで真希がチューナーの話を聞きに行ってくれる…。後は花音と達也さんが何の話を聞きたいかだね…。

 

「あ、それでさ?花音と達也さんは何の話が聞きたいの?」

 

「あ~…あたしは特にこれってのはないんですよね。でも、達也さんと綾乃さんは、拓斗さんや英治さんの事もあるからクリムゾンの話の方がいいですかね?」

 

……まずい。確かに私はおっちゃんの弟子だ。

15年前の事もあるし、私はクリムゾンの話を…というのが自然だろう。だけどね、私はグッズが見たいんだよ花音。

 

「でもさ、花音。私も達也さんも15年前の事、アルテミスの矢として戦ってたBREEZEの事もあると思うよ。けど、それは私達Noble Fateには関係ないよ。私達は私達としてクリムゾンと向き合わないと」

 

ふぅ…これで何とかなるかな?ちょっと我ながらいい事言ったと思うし。

 

「なるほど…確かに綾乃さんの言う通りですね。確かに僕も拓斗さん達BREEZEの事もありますが、Noble Fateとして、江口達にも小松達にも負けない楽しいバンドをやりたい。その想いが一番ですから」

 

達也さん……。

 

「ならどうしよっか?綾乃か達也が契約の話を聞く?花音はグッズにしとく?」

 

真希!?花音がグッズってどういう事!?

あ、そうか。達也さんか私が、クリムゾンの話か契約の話かって事か…どうしよう?

貴兄…貴兄ならこんな時はどうする?あのひねくれ者さんなら…。

 

「私はお仕事の事もあるけどさ。それは達也さんも真希も一緒でしょ?でも達也さんは学校のイベントとかで忙しい日もあるだろうし、契約の話を聞く方がいいんじゃないかな?」

 

「綾乃さん……いいんですか?確かに11月には修学旅行もありますし、少し忙しくなりそうですから、その話を聞いておけば、ある程度の調整は出来るようになるでしょうしありがたいですけど…」

 

「私は普通の事務員だし、まどかが幼稚園の先生をやってて大変なとこ見てきてますから…達也さんが良ければ是非」

 

「綾乃さん、ありがとうございます」

 

ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁい!

そんな風にお礼を言われると罪悪感が…。

 

でも私はここまで来てしまった。

後は花音だけ…。花音をクリムゾンの話に行かせる事が出来れば…。

 

「そうですか。じゃあ後は綾乃さんがクリムゾンの話で、あたしがグッズの話でいいですかね?」

 

何を言っているの花音。全然良くないよ。

 

しかし、このままだと私がクリムゾンの話に行く事になりかねない…。どうする?

 

「花音は……クリムゾンの話よりグッズの話が聞きたいの?」

 

「はい?」

 

聞いてしまった。この質問はすごく不自然な気がする…。考えて…おっちゃんならこんな時どうする?あの面倒臭がり屋さんなら…。

 

「花音。私は花音がグッズの話を聞きたいのなら、グッズの話を聞いた方がいいと思う。だけどね、花音もNoble Fateの一員なの。自分の聞きたい話をちゃんと聞いた方がいいと思うの」

 

さぁ花音。あなたはどの話が聞きたいの?

これでグッズと言われればそれまで。私は諦める。

だから花音言って。クリムゾンの話を聞きたいと!

 

「いや、あたしは何でも。後で話の内容は共有するでしょうし。だから、綾乃さんが決めてくれていいですよ?」

 

うわぁぁぁぁぁぁん……!花音!何でなの!?

普通こんな話になったら、私は実はクリムゾンの話じゃなくてグッズの話を聞きたいのかな?って思わない!?

 

「なら、やっぱり花音がグッズの話で綾乃がクリムゾンの話ってのがいいかな」

 

「そうですね、それで行きましょうか」

 

まずい…まずい…このままだと…。

トシ兄…トシ兄ならこんな時どうする?あの生真面目さんなら…。

 

「……ごめんなさい。本当は私…グッズの話を聞きたいです。グッズが気になってます…」

 

「「「はい?」」」

 

 

こうして私達Noble Fateは

花音がクリムゾンの話、

真希がチューナーの話、

達也さんが契約の話を聞き、

私がグッズの話を聞く事になった。

 

こんな事なら最初から素直に言っておけば良かった。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

-FABULOUS PERFUME

 

「では私がチューナーの話を聞きに行くので構わないな?」

 

「うん、それで大丈夫だよ」

 

「頼んだよ沙織。ボク達に合いそうなチューナーが居たらスカウトしてきてね!」

 

「話を聞きに行くだけだし、いきなりスカウトってのは無理じゃないか?」

 

私の名前は茅野 双葉。

私達FABULOUS PERFUMEからは、沙織がチューナーの話を聞きに行く事は決定していた。

後は私と弘美と栞がどこの話を聞きに行くかなんだけど…。

 

「普通に考えて双葉がクリムゾンの話、あたしが契約の話で栞がグッズの話ってのが妥当じゃないか?」

 

「でも弘美よりボクの方が数学出来るよ?」

 

「弘美は接客業をしている割に、あんまり数学……算数に明るくないからね」

 

「待って沙織、何でわざわざ数学から算数に言い直したの?」

 

確かにそうなんだよねぇ。弘美はあんまり計算は得意じゃないし…。でも、弘美には夢があるから契約の話をしっかり聞いて、将来の事も考えて欲しいし…。

 

「ねぇ双葉。ボクが弘美と一緒に契約の話を聞きに行こうか?」

 

「それがいいかなぁ?」

 

「双葉も栞も何でだよ!?契約の話くらいあたし1人でも聞いて来れるって!!」

 

うぅん…確かに今日は細かいお金とかそういったお話は無いと思うけど……。

 

「双葉。歳上の私がこんな事を言うのは…とは思うのだけど、FABULOUS PERFUMEのバンドマスターは双葉なの。私は…双葉が決めた事なら……従うわ。弘美だけに契約の話を聞きに行かせても、私は双葉を責めたりしない」

 

「だから何で!?沙織まであたしが心配なの!?こないだカラオケで今後の話を決めた時より重い雰囲気になってんじゃん!?」

 

「わかったよ沙織……私が…私がFABULOUS PERFUMEのバンマスなんだもんね…」

 

私達はグッズの展開もそれなりにしている。

その時のライブの雰囲気に合わせて、発注をかける事業所は変えているけど、これからのグッズはSCARLETで制作するのなら、その話は私達には大切な話だ。

 

「栞…私達にはグッズの話も大切だと思う。私はクリムゾンの話を聞きに行くから、栞にグッズのお話は頼める?」

 

「うん、ボクは大丈夫だよ…。でも、でもいいの?弘美1人で契約の話を……いいの?」

 

私は黙って頷いた。

 

「……双葉…グスッ」

 

「いやいやいや!何で!?双葉も栞も何でそんな重く考えてんの!?」

 

私達FABULOUS PERFUMEからは、

沙織がチューナーの話、

弘美が契約の話、

私がクリムゾンの話、

栞がグッズの話を聞く事に決めた。

 

不安もあるけど、私達はFABULOUS PERFUMEだから、きっと大丈夫だと思う。きっと……。

 

「だーかーらー!あたしは大丈夫だって!みんな心配しすぎー!!」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

-Glitter Melody

 

私の名前は佐倉 美緒。

私達Glitter Melodyのメンバーは、これからの事の話を聞く為に、学校の部活の顧問である神原 翔子先生とSCARLETに訪問している。

 

翔子先生は元Artemisのメンバーという事で、クリムゾンとSCARLETの話を聞くようだけど、私達は……。

 

「あたしグッズの話が聞きたい」

 

「私だってグッズの話が聞きたいもん!」

 

「睦月ちゃんも麻衣ちゃんも落ち着いて…」

 

睦月と麻衣が自分プロデュースのグッズを制作したいという事で、私がクリムゾンの話、恵美が契約の話を聞く事に決まったのは決まったんだけど、翔子先生が

 

『これからのあんた達は学校から離れて、自分達でバンドを頑張っていくんだろ?出来る限りはあたしも助けてあげられるけど、チューナーはこれからのクリムゾンとの戦いには必要な存在だよ。しっかり聞いておいた方がいい』

 

と、言うものだから、睦月と麻衣でどっちがグッズの話を、どっちがチューナーの話を聞きに行くのか揉めている所だ。

 

「麻衣、聞いて。あたしね、Glitter Melodyの為にマスコットキャラも考えて来たの。グリメロちゃんっていうの可愛くない?」

 

「か、考えて来たのって…そのグリメロちゃんってどんなデザインなの?」

 

「それは考え中」

 

「考え中って何よ!ただ名前考えただけじゃん!Glitter Melodyを略しただけの安直な名前だし!」

 

グリメロちゃんって…私達バンドだよ?

マスコットキャラって……可愛いのならアリかな。

 

「じゃあ麻衣は?何かあたし達Glitter Melodyのグッズ開発担当として何か考えてる案はあるの?」

 

Glitter Melodyのグッズ開発担当…?

いつからそんな話になったの?

 

「わ、私は…私なら…むむむむむ…」

 

「ねぇ美緒ちゃん…どうしよう?睦月ちゃんも麻衣ちゃんも…」

 

「うん、正直どうでもいいと思ってるかな」

 

「ど、どうでもいいって…」

 

「グッズの話を聞きに行ったとしても、他のメンバーやSCARLETの人がグッズ開発とかするかも知れないし?チューナーにしたって話を聞いただけで、今日ここで決めなきゃいけないって事もないでしょ?」

 

「そ、それはそうだけど…」

 

「でも確かにこのままだと纏まらないのも確かかな…」

 

さて、どうしようかな?

睦月も麻衣も自分のやりたい事には真っ直ぐだからなぁ…。

 

「ねぇ、睦月、麻衣。ちょっと提案なんだけどさ?」

 

「「美緒は黙ってて!」」

 

ちょっと泣きそうなんだけど?何で?

私はちょっとした提案を言おうとしただけだよ?

助けてお姉ちゃん……。

 

「睦月ちゃんも麻衣ちゃんも!美緒ちゃんが提案あるって言ってくれてるんだし、少し落ち着いて話を聞こうよ!」

 

「あ、恵美…ごめん…」

 

「そだね。せっかく美緒が提案してくれてるんだもんね。ごめんね、恵美」

 

何で?何で恵美の言う事は素直に聞くの?

謝るのって普通は私にじゃないの?

 

「ほら、美緒ちゃん」

 

うん、ありがとう恵美。泣くのは家に帰るまで我慢するよ。

 

「あのさ?このままだと話も纏まらないじゃん?睦月が聞きに行くにしても、麻衣が聞きに行くにしてもさ?グッズは睦月と麻衣で作る事にしようよ」

 

「ふぅ……聞きましたか睦月さん」

 

「やっぱり美緒は美緒だね」

 

え?何なの?私おかしい事言ったの?

 

「美緒ちゃん。その案はあたしもいいと思うんだけどね?もしライブ用のグッズを作るとして、睦月ちゃんも麻衣ちゃんもTシャツを作りたいってなったら、またデザインとかで揉めるんじゃないかな?同じグッズを2種類販売ってなるとお客さんもさ…?」

 

ああ…そうか。2人が同じデザインで納得いったら話は早いけどその度に揉める可能性もあるのか?

 

「美緒?わかった?これはあたしと麻衣の譲れない戦いなの」

 

「美緒はクリムゾンとラーメンと理奈さんと葉川さんの事でも考えてて!」

 

ちょっと待って麻衣。何でそこにお兄さんが出てくるの?てか、何で私がこんな風に言われなきゃならないの?なんかムカついてきた…。

 

「も、もういいよ。

だったらさ!Glitter Melodyのマスコットキャラはグリメロくんにしよう!睦月が可愛いグリメロくんのデザインして!そんで麻衣!麻衣はそのグリメロくんの着ぐるみにでも入ってくれそうなチューナーを探して来て!はい!これで決定!何か文句ある!?」

 

ハァ…ハァ…わ、私だって怒る時は怒るんだからね…。

 

「み、美緒ちゃん?それ…本気なの?」

 

「美緒。グリメロくんじゃないから。グリメロちゃんだから」

 

「なるほど…私達のマスコットキャラにゆるキャラみたいな着ぐるみのマスコットを採用して、そのマスコットをチューナーにする…。確かにこれは私プロデュースで色々イベントとかもやれそうだね…」

 

え?グリメロくんじゃなくてグリメロちゃんなの?

いや、それより待って。着ぐるみのマスコットとか色々イベントとかって何?私達のバンドかっこいい系だよね?私もしかしてヤバい事言ってない?

 

「うん。美緒にしてはいい案だと思う。麻衣、そうしない?」

 

「そうだね!なかなか面白い趣向だと思う!ゆるキャラかぁ。うん!テンション上がって来た!」

 

「み、美緒ちゃん。確かにあたしも面白いなって思うし、話も纏まったみたいだけど……あたし達のバンドのイメージには合わなくない?大丈夫かな?」

 

あ、えっと……。ごめんなさい……。

 

私達Glitter Melodyからは

私と翔子先生がクリムゾンとSCARLETの話、

睦月がグッズの話、

恵美が契約の話、

麻衣がチューナーの話を聞くという事に纏まった。

 

纏まったのは良かったんだけど……。

私はもう少し冷静に物事を考えて発言するようにしよう。そう思い知らされた1日だった。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

-Lazy Wind

 

俺の名前は宮野 拓斗。

訳あってクリムゾンと戦い続けていた。

 

クリムゾンに恨みを持つメンバー。

友達を壊された御堂 架純。

友達を奪われた三浦 聡美。

両親が消えてしまった観月 明日香。

 

そして、俺の妹の暴君東山 晴香。

 

俺達は5人でSCARLETに訪問していた。

 

15年前にもBREEZEとしてクリムゾンと戦っていた俺は、クリムゾンの話を聞きに行くという事になっているが、こいつらはどの話を聞きに行かせるべきか…。

 

「みんな色々思う事もあると思うけどさ。考え過ぎちゃうと余計に考えてしまうと思うんだよね。直感で私この話が聞きたいとか希望はあるかな?」

 

うちの暴君は何を仕切ってるの?

ああ、暴君だからか……。

 

「私は…特に聞きたい話なんて無い。クリムゾンを潰す。それが出来ればどうでもいい」

 

「明日香ちゃん!そんな考えじゃ駄目!

あたしはね、兄貴ってこんな無愛想でアホだけどさ。兄貴がBREEZEの時には楽しい演奏をしてた。そしてそれを見るのが好きだった」

 

「私は楽しい演奏なんて知らないし。音楽はクリムゾンを倒す為だけの…」

 

「タカとデュエルしてもそう思った?」

 

「タカと……わからない。確かにタカも英治もトシキも今までの知ってるミュージシャンとは違ってた。昨日のFABULOUS PERFUMEのライブも……」

 

明日香……。

すまん。本当は俺が……お前の両親にお前を託された俺が、楽しい演奏ってのを教えてやらなきゃいけなかったのにな……。

 

「明日香。私もね。

タカさんと…BREEZEとデュエルをして思ったの。音楽は楽しんでやるものだって。

私もクリムゾンへの憎しみや恨みは消えてない。だけど、これからは楽しい演奏でクリムゾンと戦おうと思う。明日香もこれからはそうしていこう?」

 

「架純…。私も楽しい音楽ってのがあるなら、楽しい音楽をやりたい……でも私はそんなすぐには…」

 

「拓斗くん。うちは契約の話を聞きに行くわ。

明日香にはチューナーの話に行かせてやりたいんやけどええかな?」

 

あ?チューナーの話を明日香に?

 

「は?聡美何を言ってるの?」

 

「今はクリムゾンとかSCARLETとか忘れ?うちらの仲間になるチューナーの事とかを考えてたらええよ」

 

「は!?ちょっと待ってよ。グッズに行けとか言われるなら、まだわかるとしてもチューナーって何でよ!?」

 

「うちも昨日、クリムゾンに奪われた元メンバーと会ってな。やっぱりクリムゾンは許されへんって思った。だからクリムゾンは倒したいと思ってるよ。でもな、タカくんも言ってたやろ。そんな音楽やっててもクリムゾンと一緒なんや」

 

そうだな。少しニュアンスは違うが、クリムゾンから自由で楽しい音楽を取り戻す為に戦ってたんだ。

その為だからって楽しい音楽を忘れてたら意味なんかねぇよな。

 

「明日香。あんたに足りないんは楽しい音楽を一緒にやる。楽しい事を一緒にやる仲間や友達や。だから、チューナーは明日香が楽しんでやれると思う人を選び」

 

「私が……」

 

「そだね。あたしもそれがいいと思う。チューナーの話に行って来な。ね、明日香ちゃん」

 

「…それが楽しい音楽を知るきっかけになるのだとしたら、私はチューナーの話を聞いてみる」

 

「うん。じゃあ聡美が契約の話で明日香がチューナーの話ね。拓斗さん、私もクリムゾンの話を聞きに行ってもいいかな?」

 

架純が俺と一緒にクリムゾンの話だと?

あ、タカが一緒だからか?

 

「違うよ……。Blue Tearの時の仲間が…クリムゾンのミュージシャンになったみたいで…」

 

そういや夕べそんなことを言ってたっけか?

それより違うよって何だ?

まさか俺の心の声を聞いた?いや、まさかな……。

 

「わかった。なら俺達Lazy Windからは俺と架純でクリムゾンの話、聡美が契約の話で、明日香がチューナーの話でいいな。おい、晴香はどうすんだ?」

 

「あたしもクリムゾンの話を聞こうかな。もう兄貴がどっか行っちゃうのも嫌だし」

 

こ、こいつらの前でそんな照れるような事言うなよ…。

でも約束してやんよ。俺はもう何処にも行かねぇよ。

やらなきゃいけない事はあるけどな……。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

そして場面は俺、中原 英治の視点に戻る。

 

俺とトシキはクリムゾンの話を聞きに行くことになっているから、契約の話は三咲と初音に任せる事にした。

 

今日の俺達の話し合い次第で、俺達ファントムの…ファントムでバンド活動をやってくれているみんなの運命が大きく変わるだろう。

 

クリムゾンとの戦いなんてつまらない音楽は俺達の世代で終わらせておきたかったんだけどな。

あの時の俺達にもっと力があれば、今は変わっていたんだろうか?

 

なぁ?どうなんだろうな?

ユーゼス……。



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第37話 SCARLETとクリムゾン

私の名前は中原 初音。

 

まさかバンドマンでもない私のモノローグからお話が始まるだなんて…。

さすが特別編と言ったところだ。

 

SCARLET本社での話も終わり、私達はファントムへと戻って来ていた。

 

SCARLETとの契約の話はこうだった。

ファントムはSCARLET直属の音楽事務所となるけど、今までと同じようにライブハウスとしても、カフェとしての営業もしていくのも許してもらえた。

 

しかし、音楽事務所となる以上はファントムは会社となってしまうので、私が事実上の責任者らしいが、年齢的な問題があるので、お母さんがSCARLETの社員となり、音楽事務所ファントムの社長に就任する事になった。

お父さんは『何で俺じゃないんだ』と、泣いていた。

 

SCARLETはメジャーレーベルでは無く、インディーズレーベルの会社だ。だから私達ファントムもインディーズレーベルとなり、メジャーデビューしたいのなら、メジャーレーベルの音楽事務所に移籍しなければならない。

私は出来ればこのままみんなには、ファントムでバンド活動をしてほしいけど、メジャーデビューしたいのなら、邪魔するわけにはいかないかな…。

春太さんは『キラキラしたライブをやれるなら、メジャーデビューでもインディーズデビューでも構わないよ』と言ってくれたけど…。

 

懸念していたクリムゾンとの戦いも、自分達からクリムゾンのミュージシャンに戦いを挑む必要は無いらしいが、クリムゾンが主催のイベントやギグやフェス等には、参加してもらいたいとの事だった。もちろんバンドの意思を尊重してくれるようで安心している。

聡美さんは『そんならうちらもファントムのバンドマンとして、自分らから仕掛けへん方がええんかな?』と言っていた。

 

色々とややこしい契約の話になるかと思っていたけど、資金面もすごくシンプルで、ファントム所属のバンドには良い条件が揃っていた。お給料ってのは無いみたいだけどね。まどかお姉ちゃんも『給料は無くても色々と支援してもらえるみたいだしありがたい事だね』と言っていた。私もそう思う。

 

音楽に関しても各バンドの好きな音楽をやっていけばいいようで、特に制約等もないようだ。その為、SCARLETからの曲の提供も無いとの事。香菜お姉ちゃんは『理奈ちはcharm symphonyの時の事もあるからその方が良かったよ』と言っていた。みんな好きな音楽をやれるみたいで良かった。

 

そしてファントムに所属したとしても、他のお仕事はもちろん音楽以外の夢を追いかけたり、そっちを頑張っても良いとの事だった。

拓実さんも弘美さんもすごく安心したようだった。

 

契約の話はこんなものだった。

こんなものって言うのは語弊があるのだけど…。

 

うん、次はお父さん達の聞いて来たクリムゾンの話をしようかな。

 

 

 

 

クリムゾンミュージックが日本での活動を再開する。

 

ライブハウスエデンのミュージシャン、

BLAST、OSIRIS、Fairy April、 Cure²Tron。

この4バンドでディスカードランド島のカジノ型ライブハウス『サクリファー』に幽閉されていた四響のダンテを助け出したらしい。

 

四響のダンテは15年前の伝説のバンド『アーヴァル』のドラマーだった人だ。

 

彼の救出に成功したエデンは、これからクリムゾンミュージックとの戦いが始まるらしい。

 

これを期としたのかどうなのか。

お父さん達のBREEZEと、澄香お姉ちゃん達のArtemisが15年前に戦っていたクリムゾンミュージックのグループ会社の『クリムゾンエンターテイメント』の創始者である海原 神人が日本に帰ってくる。

 

クリムゾンエンターテイメント。

創始者である海原 神人がクリムゾンミュージックのパーフェクトスコアに対抗したスコア。アルティメットスコアを作ろうとしていた団体。

 

何の為にパーフェクトスコアに対抗したスコアを作ろうとしていたのか、クリムゾンエンターテイメントの目的は何だったのか……直接戦っていたお父さん達にもわからなかったそうだ。

 

エデンのミュージシャンがクリムゾンミュージックと戦える為に、SCARLETは…私達ファントムはクリムゾンエンターテイメントと戦おうとしている。

 

 

 

だけど……

 

 

 

「正直めんどくせぇな…」

 

 

 

それがお父さん達BREEZEとArtemisの翔子さんと澄香お姉ちゃんの意見だった…。

 

いや!?危機感無さすぎじゃない!?

 

「大体今更海原が日本に帰ってきて何すんの?タカ、お前が今度こそ海原を倒せよ。あ、これで解決じゃね?」

 

「いや、英治…お前アホなの?海原倒すって何したらいいの?俺がやってんのバンド活動なんだけど?」

 

「え?でもタカって梓の事抱き締めながら『海原もクリムゾンも俺が倒してやる』とか言ってなかったっけ?」

 

「お前!ほんとお前な!翔子!お前アホなの!?バカなの!?みんなの前で何言ってんの!?」

 

「タカ……ちょっとトイレに面貸せ…」

 

「拓斗待って。私、男子用トイレは入れないしさ。タカ…梓とそんな事してたの?裏に行こっか?」

 

「貴って昔はそんな事してたんですか?今じゃ考えられないですぅ。あ、詳しくその話聞きたいんで裏に行きましょうか?」

 

「せんぱぁ~い。アハッ♪梓お姉ちゃんを抱き締めたって何ですカ?あ、クリムゾンとの戦いで疲れてる梓お姉ちゃんを無理矢理って感じですかネ?チョット裏に行きましょうカ?」

 

「貴さんが梓さんを抱き締めた?それはとんでもないセクハラね。あら?なのに何故あなたはここに存在しているのかしら?何故捕まってないのかしら?ちょっと裏でお話しましょうか」

 

「いや、違っ!あれは俺が足立と決着を……待っ…待って!」

 

そう言って拓斗さんと澄香お姉ちゃんと奈緒さんと渚さんと理奈さんは、タカを引き摺ってどこかに行った。

平和だなぁ~。

 

 

そこからはお父さんとトシキさんがクリムゾンエンターテイメントの事を話してくれた。

 

クリムゾンエンターテイメントは15年前はそこまで大きな会社ではなかったらしい。

 

アルティメットスコアを開発していた九頭竜。

最強のバンド集団を育成していた二胴。

クリムゾンに敗けたバンドを救済していた手塚さん。

デュエルギグによる音楽の争いの世界を作ろうとした足立。

 

クリムゾンエンターテイメントは単純な組織だった。

手塚さんは事実上お父さん達の仲間になってくれた訳だけど。

 

そして15年前、お父さん達はクリムゾンエンターテイメントの幹部である足立を倒し、海原を海外に退ける事に成功した。

だけど今のクリムゾンエンターテイメントには、足立と手塚さんに変わる幹部。小暮 麗香が居る。

 

彼女はクリムゾンエンターテイメントという枠に囚われず、クリムゾングループの会社から手練れのミュージシャンを集めているらしい。

 

最強のバンド集団を育成していた二胴。

その二胴からクリムゾンエンターテイメントのトップバンドのJOKER×JOKER。そしてinterlude。

そして……Kiss Symphonyを自分のバンドとして手駒にしたらしい。

 

私も先日少し麗香さんと話す機会があったけど、あの人はとても怖い人だった。でもあの人は多分……。

 

小暮 麗香の率いるクリムゾングループのトップミュージシャン達。

二胴の率いる15年前から集められたミュージシャン達。

九頭竜の率いるmakarios bios。

それが私達の敵……。

 

クリムゾンエンターテイメントの話はここまでしか無かったらしい。私達の敵は思っていた以上に強大だ。

 

 

 

そしてグッズの話は特に大変な事も無さそうとの事だった。

各バンドが好きなデザインで、好きなグッズを作る事が出来る。素材や作りもしっかりしていると栞お姉ちゃんは喜んでいた。

 

 

クリムゾンの話も私達には懸念事項ではあるけれど、契約やグッズに関してはさほど問題は無かった。

問題があったのは……チューナーの話だった。

 

 

今現在、ファントムのバンドでチューナーがいるのは私がチューナーとなるBlaze Future。渚さんの妹である来夢さんがチューナーとなるDival。

そして今、Ailes Flammeとevokeでチューナーの取り合いが行われていた。取り合い……なのかな?

 

 

「紗智!お前は俺達のチューナーになれ!Ailes Flammeのチューナーなんて許さねぇ!」

 

「嫌!私は秦野くんの力になりたいの!だからAiles Flammeのチューナーになる!」

 

「鳴海ぃ~。気持ちはわかるけど紗智ちゃんはAiles Flammeのチューナーになりたいって言ってるんだしさ~?」

 

「うるせぇ響!お前は黙ってろ!」

 

「なぁ、さっち。亮の力になりたいのか?俺達のじゃねぇのか?」

 

「江口くんは黙ってて!」

 

 

手塚さんに連れられてチューナーの話を聞きに行った紗智さん達。そこで紗智さんはチューナーとしての素質を開花させたらしい。

手塚さんも驚いていたようだった。

 

 

「しかし鳴海にも困ったものだな」

 

「ああ、紗智自身が俺達のチューナーをやりたいって思わねぇと意味なんかねぇのにな」

 

「でも本当に驚いたよ。まさか河野さんにチューナーの素質があるなんて」

 

「だよね。学校ではよく話すようにはなったけど、あんまり音楽やバンドの話はしないもんね。でも河野さんならボクが遊太の時でも話しやすいかなぁ~」

 

 

紗智さんは亮さんの力になりたいとAiles Flammeのチューナーになろうとしている。しまったなぁ……私もAiles Flammeのチューナーを希望してたらもっと亮さんとお近づきになれたのに。おっと、失礼。

 

だけど妹が大好きでしょうがない鳴海さんは、evokeのチューナーに紗智さんを迎えたいらしい。

本当に困ったもんだよね。どうしたらいいんだろ?

 

 

「紗智。あんまり兄である俺を困らせるな。本来ならお前はクリムゾンとの戦いには巻き込みたくねぇんだ。どうしてもチューナーをやりたいならevokeのチューナーしか許さねぇ」

 

「お兄ちゃん。あんまり妹である私を困らせないで。本来なら志保ちゃんの力にもなりたかったんだよ。でもDivalにはもうチューナーは居るからAiles Flammeのチューナーしかやらない」

 

 

「でもまさかさっちにチューナーの素質があるなんてね。秦野もさっちがチューナーになってくれるならいいんじゃない?」

 

「ああ、確かに河野がオレ達のチューナーをやってくれんならありがたいけどよ。ただ渉と合うかどうかってのもあるしな」

 

「あ、そっか。でもSCARLETの手塚って人が絶賛してたんでしょ?何とかなるんじゃない?」

 

「そのチューナーの話を聞きに行った渉自身がよくわかってないみたいだしな……」

 

 

チューナーか……。誰にでも出来るものじゃないだけに、どこのバンドもチューナー探しは大変だよね。

 

紗智さんはどっちのチューナーになるんだろ?

 

 

 

「さて、もうこんな時間だしな。そろそろ解散すっか?」

 

お父さんがみんなに向けてそう言った。

 

「みんなSCARLETからの契約書をよく読んで、このままアマチュアバンドとして続けていくか、ファントムに所属してインディーズデビューをするか決めてくれたらいい。

このままバンド同士でここで、話し合ってもらっても構わないけどな。俺も三咲と初音とここでこれからの事を話し合うから質問も受け付けるしよ」

 

そう言ってお父さんは私とお母さんの元へと来た。

 

 

「ははは。結局誰も帰らないみたいだな」

 

「そうね。みんなにコーヒーか何か淹れてあげようかしら?」

 

今はどのバンドもバンド同士で集まって話をしているようだ。時間も時間だしご飯か何か用意した方がいいかな?もち有料で。

 

「三咲と初音にも迷惑かけちまうな」

 

「私は大丈夫だよ。BREEZEを結成する前からみんなを見て来たんだもん。BREEZE結成前の英治くんの方が迷惑だったくらいだし」

 

「私も大丈夫だよ。私の方がお父さんにこれから迷惑をかけるかもだしね。反抗期になったり思春期特有の父親嫌いになったり」

 

「そっか」

 

「あ、そうだ。ずっと気になってたんだけど、BREEZEのチューナーは誰がやってたの?」

 

お父さん達も15年前はクリムゾングループと戦ってたんだから、チューナーも居たんだろうと思う。

私にチューナーの素質があるって事はお母さんがチューナーをしていたのかな?

 

「俺達のチューナーか?まぁ予想はしていると思うが三咲がチューナーをやってくれてたぞ」

 

やっぱりお母さんがチューナーをやってたんだ。

私にチューナーの素質があるのはお母さんからの遺伝かな?

 

「じゃあチューナーの事はお母さんに色々聞かなきゃだね。タカにやっぱりお母さんの方が良かったとか思われたくないし」

 

「そうね。でもきっと初音なら大丈夫よ。お母さんより凄いチューナーになれると思う」

 

そうなのかな?実はあんまりよくわかってないんだけど…。

 

「初音」

 

私がお父さんとお母さんと話をしていると、まどかお姉ちゃんと盛夏ちゃんが話し掛けて来た。

 

「どうしたまどか?初音に何か用か?」

 

「うん、ちょっとね。うちのバンマス様は今しばかれてるみたいだし、Blaze Futureはあたしと盛夏しか居ないから話し合うとか出来なくてさ。聖羅さんも居てくれてるけど」

 

「それで~あたしとまどかさんで、これ書いたから先に渡しておこうと思って~」

 

そう言って盛夏ちゃんは私に契約書とBlaze Futureみんなの履歴書を渡して来た。え!?履歴書も!?

 

「お前らこれ…もう書いたのか?」

 

「まぁあたしらは最初から決めてたし」

 

「貴ちゃんがこういう事って履歴書も必要だろうから書いて来いって言ってたからね~」

 

私は盛夏ちゃんから契約書とみんなの履歴書を受け取った。そして契約書のバンドのメンバー欄には私の名前も書かれていた。

 

「まどかお姉ちゃん、盛夏ちゃんこの契約書…」

 

「え?何かミスあった?」

 

「ううん。私の名前も書いてあるから…」

 

「そうだよ~。初音ちゃんももうBlaze Futureのメンバーな訳だし~」

 

「今はファントムの責任者は三咲さんだからさ。初音もファントムの仲間なのにどこにも名前が無いのは寂しいっしょ」

 

まどかお姉ちゃん……盛夏ちゃん……。

 

「って訳でいいよね?三咲さん」

 

「うん、ありがとうね。まどかちゃんも盛夏ちゃんも」

 

私はついまどかお姉ちゃんに抱きついてしまった。

 

「ありがとう……まどかお姉ちゃん…盛夏ちゃんも」

 

私も…私もBlaze Futureなんだ。Blaze Futureのメンバーでいいんだね。

 

 

「あ、そうだ英治ちゃ~ん。英治ちゃんにも渡しとくね」

 

「あ?何だこりゃ?」

 

「あたしの履歴書だよ~」

 

そっか。うちのカフェタイムの時に盛夏ちゃんと美緒ちゃんがバイトしてくれるって言ってたっけ?

あ、ヤバい。まだバイトの条件とか考えてないや。

 

「あ~、バイトのやつか。律儀にありがとうな。そっかバイトの条件も考えねぇとな」

 

「まぁまた色々と決まってから連絡くれたんでもいいし~」

 

「いや、盛夏ちゃんも早く働きたいだろ?ん~…じゃあ時給は……」

 

 

その後、まだファントムに残っていた美緒ちゃんを呼んで、お父さんがバイトの条件を説明し、早速明日からバイトが開始される事になった。

 

美緒ちゃん達のGlitter Melodyもファントムに所属という事で、明日のバイト開始の時に契約書とみんなの履歴書を持ってきてくれるらしい。

 

私達の戦いはこれからだ。

 

 

 

 

-翌日

 

「いらっしゃいましぃ~」

 

「い、いらっ、いらっしゃいませ…」

 

私達は今ファントムでカフェの営業をしている。

 

「ご注文は何になさいますか~?」

 

盛夏ちゃんは前のバイトもカフェでやっていたらしく、それなりに馴れている感じだ。でも……。

 

「コーヒーおひとつですね~?ついでにカレーもいかがですか~?ここのカレーは絶品でして~」

 

ありがたいっちゃありがたいけど、お客様に色々と追加注文を提案するのはどうなんだろう?

 

「はぁ~……私も早くカフェのバイトに馴れなきゃ…」

 

「でも美緒ちゃんもちゃんと接客出来てると思うよ?ね、理奈」

 

「ええ、そうね。この様子だと奈緒も姉として安心じゃないかしら?」

 

「うん。心配してたけど、この様子だと安心出来るかな」

 

今日はDivalの契約書と履歴書を提出するのと、美緒ちゃんのバイトの様子見という事で、奈緒さんと渚さんと理奈さんと香菜お姉ちゃんと花音さんが来てくれている。

 

志保も渚さん達と一緒に来たのだけど、今は別のテーブル席で、渉さんと亮さんと拓実さんとゆーちゃん。あ、見た目はシフォンちゃんだけど、Ailes Flammeのみんなと紗智さんと栞お姉ちゃんと明日香さんと一緒に居た。

 

紗智さんは何とかAiles Flammeのチューナーになる事を許されたらしく、明日香さんはLazy Windの契約書を持ってきた所を紗智さんに捕まってしまったのだ。

紗智さんは何と言って鳴海さんを説得したんだろう?

 

 

今お父さんはタカ、トシキさん、拓斗さん、澄香お姉ちゃんと一緒にSCARLETの本社に行っている。

 

昨日出してもらったBlaze Futureの契約書、

渚さん達が持ってきたDivalの契約書、

渉さん達が持ってきたAiles Flammeの契約書、

澄香お姉ちゃんが持ってきたCanoro Feliceの契約書、

紗智さんが持ってきたevokeの契約書、

花音さんが持ってきたNoble Fateの契約書、

栞お姉ちゃんが持ってきたFABULOUS PERFUMEの契約書、

美緒さんの持ってきたGlitter Melodyの契約書、

明日香さんが持ってきたLazy Windの契約書。

 

私達ファントムのバンドはみんなインディーズデビューをしてくれる事を選んでくれた。

お父さん達はその契約書を出しに行ってくれている。

 

 

「あ、いらっしゃっせー」

 

私がそんな事を考えていると、お客様がひとり入って来てくれた。

今日はAiles FlammeのみんなもDivalのみんなも居るから、入り口付近のテーブル席の方がいいかな?

 

このお客様のご案内は美緒さんにお願いした。

 

「わ、わかりました…やってみます!」

 

美緒さんはお客様の方へ行って、私が提案した通りの案内をしてくれた。

 

…………うん、バッチリだよ美緒さん!

 

「あ、あんな感じで案内して来ましたけど…」

 

「うん。バッチリだよ!美緒さんも物覚え早いから助かります♪」

 

「あ、私は初音ちゃ……初音さんの部下みたいなものですし、美緒って呼んで頂いて大丈夫ですよ?」

 

美緒さん…。うん、よし……。

 

「確かにここでは雇い主とアルバイトってのあるかもですけど、私は年下ですから…出来ればタメ語で初音って呼んでくれた方が……嬉しいです。美緒」

 

……ど、どうかな?

 

「………うん、わかったよ初音。私にもタメ語でよろしく」

 

「……!うん!ありがとう美緒!!」

 

わぁぁぁ♪美緒からも初音って呼んでもらえるようになっちゃった。何か嬉しいな。

 

「ふっふっふ~。美少女JD盛夏ちゃん登場~」

 

「せ、盛夏(ちゃん)(さん)」

 

「あたしも盛夏って気軽に呼び捨てにしてくれていいんだよ~?初音、美緒」

 

盛夏ちゃん……。

 

「うん!わかったよ盛夏!」

 

えへへ、盛夏とも何か近づけた感じする。

 

「いえ、盛夏さんはお姉ちゃんの親友ですし。

何となく呼びタメは無理です」

 

え?美緒?

 

「ヨヨヨヨヨ~。あたしは美緒と仲良くしたいだけなのに、フレンドリーに接してもらえないのでした~。シクシク」

 

「あ、いえ、フレンドリーとかそんな話じゃなくて…」

 

私達がそんな話をしていると、先程入店してくれたお客様が手を挙げてくれていた。あ、ご注文かな?

 

「あ、あたしがご注文聞いてくるね~。美緒もあたしの接客術をよく見てるんだよ~?」

 

そして盛夏はお客様の元へと行き、

 

 

「ご注文は決まりましたか~?カレーはいかがですか?あたしはここのカレーが大好きでして~」

 

「え?カレーですか…?」

 

 

盛夏!?何でカレーを勧めてるの!?

いや、うちのカレー大好きって言ってくれるのは嬉しいけど…!

 

 

「あ、すみません。ホットコーヒーをお願い出来ますか?」

 

「承知しました~。ホットコーヒーおひとつですね。

おひとつですか~?一緒にカレーもいかがですか~?

今ならセットでお安くなっております~」

 

「え!?」

 

 

ほら!盛夏!お客様もびっくりしてるよ!

その接客はあんまりよろしくないよ!

 

「な、なるほど。あのように接客をすれば…」

 

美緒!?ダメだからね!?

 

「初音~。カレー大盛りとホットコーヒーをお願~い」

 

盛夏!?カレーの注文を取るのに成功したの!?しかも大盛り!?

 

 

「盛夏ってこういうとこ凄いよね~」

 

「香菜も似たようなものじゃない。私が大学に復学した時……私はひとりで居たのに香菜も盛夏もお構い無しに私に話し掛けて来て…」

 

「私も盛夏のああいう所は凄いと思うんだよね~。あの物怖じしない所とか真似したいっていうか~?」

 

「奈緒も大学の頃と今は全然違うじゃん」

 

「よ~し!俺もファミレスでのバイトが始まったら盛夏ねーちゃんみたいに…!」

 

「渉。それは逆効果だと思うからやらない方がいい」

 

「明日香ちゃんの言う通りだと思うよ?ボクもそれは逆効果だと思う」

 

「オレも盛夏さんみたいにうちの客には蕎麦を勧めてるけどな」

 

 

はぁ……。今回は良かったけど、次からはこんな事しないように言っておかないとね…。

 

そんな事を考えながらホットコーヒーを淹れ、盛夏にお客様に出してもらうようお願いして、お客様にまずはコーヒーを出してもらった。

さ、カレーの準備は美緒に教えようかな。

 

 

そんな事を思っていると、ファントムの扉が開かれた。

 

 

「留守番ご苦労様だったな。今帰ったぞ」

 

「あ~、ファントムはクーラーが効いてて最高だな」

 

 

どうやらお父さん達が帰って来たようだ。

 

だけどお父さんとタカはファントムに入った所で固まっていた。それから少ししてから…

 

 

「澄香!トシキ!絶対にファントムの中に入って来んな!!どんだけヤバそうな匂いがしても絶対に入って来るな!!そこで拓斗を抑えとけ!!」

 

え…タカ…?どうしたの?

 

「初音!そこから絶対に動くな!!美緒ちゃんも!」

 

「盛夏!!すぐにそいつから離れろ!!」

 

「ほえ~?」

 

お父さんもタカも…どうしたの?怖いよ…?

 

 

お父さんとタカは盛夏が接客していたお客様の元へと行った。

 

「やあ、久しぶりだね。タカ、英治。外には拓斗やトシキ、それに澄香もいるのかな?」

 

「何でお前がこんな所に居やがる……」

 

「お前……よく俺らの前に顔出せたな?タカ、どうする?」

 

お父さん達の知り合い?もしかして15年前に関係のある人なのかな?

 

「いや、仕事でこっちに出張になったものでね。久しぶりに挨拶を…と思ってね。それと忠告かな」

 

「忠告だぁ?お前…自分の立場わかってんのか?」

 

「ふふふ、怖いことだ。だが私には何もしない方がいい。ここの周りには既にデュエルギグ暗殺者を配備させてある。どういう事か意味はわかるだろう?」

 

デュエルギグ暗殺者…?もしかしてこの人…。

 

「チッ」

 

お父さんとタカはそのお客様のテーブルに、向かい合うように座った。

 

「……で?何の用だ?っても本当の事を話すかどうかわかったもんじゃねぇけどな」

 

「いやいや、本当にこんな立派なカフェを作った英治にね。おめでとうと言いに来ただけさ」

 

「おめでとうだぁ?祝いの言葉より祝い金でも用意して来い。そのコーヒー代は俺が奢ってやるよ。だから今すぐ俺達の前から消えろ」

 

お父さんがあんな事を言うなんて…。やっぱりこの人はクリムゾンエンターテイメントの…。

 

「フフフ、実はカレーの大盛りも注文していてね。英治、その分も奢ってくれるのかな?」

 

「初音。このおっさんのカレーの注文はキャンセルだ」

 

「せっかく可愛い孫娘が勧めてくれたカレーなんだがねぇ」

 

……!?

孫娘が……勧めた…?盛夏?

 

「は?孫娘?何言ってんのお前?とうとうボケたの?」

 

「タカ。俺このおっさん怖いんだけど?どうしよう?」

 

お父さん達のこの態度…。

盛夏の事を孫娘って…この人が海原 神人?

 

「フフフ、私を誰だと思っているのかね?聖羅の娘である盛夏の事を知らないと思っていたかな?」

 

「……てめぇ」

 

「タカ、あんま熱くなんな…」

 

「フフフ、梓ももうすぐ日本に帰って来るそうじゃないか。これは楽しみな事だよ」

 

「何言ってやがる。梓は15年前に事故で…」

 

「死にはしなかったのだろう?私を欺けると思っていたのか?」

 

そんな…梓さんの事まで知っているというの?

 

 

 

「外暑~い。やっぱりファントムの中が最高だわ~」

 

「初音ちゃん、悪いけどお水貰えるかな?」

 

「トシキ、何で水なんだよ。俺は冷えたビールが飲みてぇ」

 

 

 

お父さん達に気を取られていると、澄香お姉ちゃんとトシキさんと拓斗さんがファントムに入って来て、お父さん達の隣のテーブルに座った。

 

 

「バッ!お前ら入って来んなって言っただろ!」

 

「いや~、俺も今更こいつの顔なんて見たくなかったんだけどね。外は暑いからさ」

 

「心配すんなタカ。俺は今のお前程熱くなってねぇよ。正直ここでぶっ倒しておきてぇとは思ってるけどな」

 

「ははは。拓斗も相変わらず怖い事だ。久しぶりだね、トシキ、拓斗、澄香」

 

「そんな事より海原…何であんたがせっちゃんと梓の事を知ってる訳?」

 

 

 

海原…澄香お姉ちゃんはあの人の事をそう呼んだ。

やっぱりあの人がクリムゾンエンターテイメントの創始者海原 神人なんだ…。

 

 

 

「あの人が…あたしのおじーちゃん…」

 

「盛夏さん、あんまり前に出ないで。私の後ろに居て下さい」

 

 

「あいつが海原…。私達の敵…」

 

「まさかラスボスがいきなりファントムに来るなんてね~」

 

「ここで倒しておきたい所だけれど…」

 

「うん、ここはデュエルギグ暗殺者に囲まれてるみたいだしね。下手に戦えない…」

 

「理奈?倒すって何?あたし達やってるのバンドだよね?奈緒も何言ってるの?」

 

 

 

「ど、どうしよう…?」

 

「小松、心配すんな。ここはにーちゃん達に任せとこう」

 

「あいつがクリムゾンエンターテイメントのボス…私のお父さんとお母さんの仇…」

 

「明日香ちゃん、志保ちゃんダメだよ。今は我慢して」

 

「わ、わかってるよ、さっち。あたしも状況はわかってるし」

 

「けど他のお客様は帰った後で良かったよね」

 

「ああ、最悪はオレ達全員でかかれば…」

 

「りょ、亮も怖い事言わないでよ」

 

 

 

「フフフ、まわりも殺気立っているね。デュエルギグ暗殺者を配備しておいて良かったよ」

 

「残念だけど。あんたらご自慢のデュエルギグ暗殺者は私の私設部隊のみんなで倒してくれたみたいだから」

 

「ほう…なるほど。私のピンチという訳か」

 

「は?ふざけんな。どうせ他の手も持ってんだろ?余裕かよ」

 

「さすがタカだね。熱くなってみせてはいても冷静な判断だ」

 

他の手も…?一体何が…?

 

「さて、澄香。私が何故盛夏と梓の事を知っているか?だったね」

 

そうだ。盛夏の事はBlaze Futureの事があるから、調べられたんだとしても、何で梓さんの事まで…。

梓さんの事はダミーのお墓を作ったり、知り合いにも秘密にしていたくらいなのに…。

 

「私は実は昔からSNSで聖羅をフォローしていてね。盛夏の事も成長日記とか呟いて写真までUPされていたからね」

 

〈〈〈は!?〉〉〉

 

「そして聖羅と梓はお互いにフォローしているから、そこで梓の事もね。先日の呟きで自撮り写真付きで『私もうすぐ日本に帰りま~す(はぁと』と呟いていたのは驚いたよ」

 

〈〈〈は!?〉〉〉

 

「あ、梓お姉ちゃんのSNS!?自撮り付き!?探さなきゃ!!」

 

「な、渚!落ち着いて!!」

 

 

 

「2人共本名でやっているから容易にわかるというものだよ」

 

「ア…アホなの!?あの姉妹ホント何やってんの!?」

 

「お、俺達の苦労って何だったんだ…」

 

「あ、梓のSNS…写真付き…」

 

「宮ちゃんも落ち着いて…」

 

「聖羅も梓も何やってんの…。私達の15年って…」

 

 

2人共しかも本名で写真付きでやってるんだ…?

全然隠す気ないよね。それよりこの15年よく無事だったね…。

 

 

「だが安心したまえ。私はもちろん君達ファントムも梓にも手を出すつもりはないよ。今はね」

 

「あ?」

 

「俺達に手を出すつもりはないだと?」

 

「どういうつもりだテメェ…」

 

「今は…か。でもそれっていつかは手を出すって事だよね?」

 

「15年前に散々私達に手を出して来たくせに信じろって?」

 

「フフフ、少し話をしようか?私達の目的を。その方が安心出来るのだろう?」

 

「お前らの目的なんか知った事かよ。俺らは俺らで楽しい音楽をやる。それだけだ」

 

「英治、相変わらずせっかちな事だな。

タカ、私は君の判断力は高く評価しているつもりだが、今回は話を聞いていた方がいいと思うんだが?

そもそも梓が生きている事を知っているのに、今まで私は梓には手を出さなかった。その理由も知りたくはないかね」

 

「おい、タカこんな奴の言う事なんて…」

 

「英治、悪い。ちょっと黙ってろ」

 

「私達クリムゾンエンターテイメントの目的のひとつであるアルティメットスコア。九頭竜はとても優秀でね。もうすぐ完成しそうなんだよ」

 

アルティメットスコア…?もうすぐ完成…?

そんなスコアが本当に存在するの?

 

「私がアルティメットスコアを必要としていた理由。それはね。パーフェクトスコアに対抗する為。ただそれだけだ。

パーフェクトスコアに負けないスコア、そして、パーフェクトスコアに勝たないスコア。

ブレイカースコアに破壊される事も、エビルスコアに呑まれる事もない究極なスコアが必要だっただけ」

 

「パーフェクトスコアに負けないだけじゃなく勝たないスコア…?何でそんなスコアが必要だったのよ」

 

「タカにならわかるんじゃないかね。足立と直接戦っていたタカになら…ね」

 

「足立だと…?お前…まさか…」

 

「足立と戦ったはーちゃんならわかる…?まさか…」

 

「音楽による争いの混沌の世界。そんな世界の創造が私の目的だ」

 

音楽による争いの混沌の世界?何なのそれ?

 

「足立は私の理想の世界には必要な人間だと思っていたが、私の想像を越える猛毒の持主だった。タカが足立を倒してくれた事には感謝をしているよ」

 

「海原…テメェ…」

 

「拓斗。君にも感謝をしているよ。私のクリムゾンエンターテイメントから弱いバンドを排除してくれていたんだってね。おかげで精鋭だけが残る組織へとなる事が出来た」

 

拓斗さん達が倒してきた自分達の仲間のバンドマンを…そんな風に…!!

 

「おかげで皇紅蓮の率いるクリムゾンミュージックを倒す準備が出来た。まぁ、皇紅蓮の足元には最大の癌が居るのだが……そこに気付いていないとはどこまでも愚かな男だ」

 

クリムゾンミュージックの皇紅蓮?

足元に最大の癌…って!?

もしかしてクリムゾンエンターテイメントはクリムゾンミュージックを潰すつもりなの!?

 

「わかんねぇな…。そんでお前に何の得があんの?クリムゾンミュージックを潰す?音楽による争いの世界?お前何が楽しいの?中二病なの?」

 

「デュエルギグというものはすごく金になってね。みんなこぞってパーフェクトスコアを欲しがっているんだよ。パーフェクトスコアの曲なんて誰にでも歌える訳でもないのに。いや~、人というのは実に愚かだね」

 

「なるほどな。そんでクリムゾンミュージックを潰してパーフェクトスコアを奪い、パーフェクトスコアを欲しがっているバンドマンに売り付けて、アルティメットスコアもばら蒔く。デュエルギグの戦争を引き起こそうって訳か。バカじゃねぇの?」

 

「やはり頭の回転は早いね。その通りだよ」

 

「ヘドが出るぜ。お前のそんなバカげた理想の為に何人のバンドマンが夢を潰したと思ってんだ?」

 

「タカ…」

 

タカ…本当に怒ってる…。こんなタカを見るのは始めてかも…。

 

「でもこれは君達にとってはいい話だろう?私達はクリムゾンミュージックを倒す為に忙しいからね。その間は好きに自由に音楽がやれる。自由な音楽のない世界を作ろうとしているクリムゾンミュージックは君達にも敵だろう?

私達がそのクリムゾンミュージックを潰してやろうと言っているんだ!君達は大人しくしていたまえ!」

 

「おい、タカ…」

 

「心配すんな拓斗。熱くなってねぇよ。

海原、そんで何で梓を狙わなくなった?その理由だけが読めねぇ。もったいぶらずに教えろよ」

 

「そうだな。私の理想のアルティメットスコアを歌う。それが出来るのは梓だけだと思っていた。昔の私も愚かだったね。私の新しい部下の小暮 麗香も優秀でね。すごいバンドを集めてくれている」

 

「だから梓は必要なくなったってか……?」

 

「もちろんそれだけではない。私の理想のアルティメットスコア。そのアルティメットスコアですら必要としない最高の素材が私達には居るんだ」

 

「……makarios bios」

 

「その通りだよ澄香。私達にはmakarios biosが居る!あの子達にはパーフェクトスコアもアルティメットスコアもブレイカースコアもエビルスコアも必要ない!ただ歌うだけでいいんだ!これほど最高の存在が……クッ…」

 

「タカ…お前…」

 

「ぐぅぅ……タカ…!」

 

いつの間にかタカが海原の左肩を右手で掴んでいた。

海原はすごく苦しそうな顔をしている。タカがおもいっきり握ってるんだ……。

 

 

そ、そんな奴の肩なんてそのまま潰しちゃえ!

 

 

私はそう思ったけどタカは海原から手を離した。

 

 

「さっきも言ったろ?ヘドが出るぜ…。

もう俺達の前から消えろ。出来れば2度とそのツラ見せんな」

 

「フ、フフフ…わかった。私は帰らせてもらおう。

私達は君達の邪魔はしない。だから君達も私の邪魔をしてくれるなよ。そう忠告しに来ただけだ」

 

そして海原はそのまま帰ろうとした。

だけど入口前で振り返って…

 

「あ、そうそう。君達の探している39番だがね。実に素晴らしい働きをしてくれているよ。さすが我が娘のクローン体だ」

 

「サガシモノ…やっぱりまだクリムゾンに…」

 

「それにしても……私の期待していた36番はどこに脱走したんだろうねぇ?あの日39番と一緒に脱走してそれっきりだ…」

 

「36番…?梓と会ったあの子以外にも…?」

 

「タカ。もし見つける事が出来たら私達の元へ帰ってくるように伝えてくれないかね?

36番はお前のクローン体だからお前の言う事なら聞いてくれるだろう」

 

「あ?俺の…クローン体…?」

 

タカのクローン体…?え?タカの遺伝子で……makarios biosを…?

 

「海原…!てめぇ!待ちやがれ!」

 

「さらばだ」

 

そう言ってファントムから出ていった海原をタカが追って行ったけど……。

タカは少ししてから戻ってきた。

 

 

 

 

「俺の遺伝子か……参ったな…」

 

「タカ…ま、まぁ気にすんなよ!お前の遺伝子って事はきっと今もどっかで元気に生きてるって!」

 

「英治…そういう問題じゃねぇよ…」

 

タカ……やっぱりショックだよね…。

 

「makarios biosはみんな女の子だから…タカの遺伝子を持った女の子…」

 

え?makarios biosってみんな女の子なの?

 

「そうなんだよな…。どうしよう?俺の娘みたいなもんだろ?俺の娘とか絶対超可愛いしな。変な男に騙されてたらどうしよう?パパ超心配」

 

「こ、この男は何を急に父性に目覚めてるのかしら?でも見つけてあげたいわね。変な男に騙されてたら……私も心配だわ。ちゃんと守ってあげないといけないわね。あ、胸が苦しく……」

 

「理奈ちも何で母性に目覚めてんの?」

 

「貴の遺伝子を持った女の子なら私も見つけてあげたいです。貴の娘って事は私の娘みたいなもんですし」

 

「お姉ちゃんは何を言ってるの?」

 

「先輩の娘か……。ママ…お母さん…どっちがいいかな?」

 

「渚?何の相談なのそれ?」

 

「どうしよう…タカの娘…ごめんね、梓…!」

 

「澄香ちゃんは何を謝ってるの?」

 

 

………意外とファントムのバンドのメンバーに居たりして。ってさすがにそれは無いか。

 

 

「ねぇ拓斗…一応聞いておくけど私の…」

 

「心配すんな。お前の両親はちゃんといるから」

 

「良かった…架純の事をお母さんと呼ぶ事にならなくて…」

 

「おい…架純のやつもマジなの?」

 

 

SCARLETとクリムゾンと私達ファントム…。

 

今、新たな戦いが始まろうとしているんだ…。



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第38話 一周年記念

このお話を書いて一周年になりました!早いものです!
このお話を読んで頂いている皆様には感謝の言葉しかありません(人´∀`)♪

一周年という事であんまりストーリーには関係ありませんが記念作品的なお話です!
5月26日に間に合って良かったです(^o^;)


「やあ、みんな!はじめまして!

私の名前は水瀬 渚。

Divalというガールズバンドでボーカルをやっているナイスガイだ!よろしく!」

 

 

……え?ナイスガイ?

いや、あの、私、女の子なんですけど?

花も恥じらう乙女ですよ?

 

 

「うん……えっ…と……。

今日はせっかくなので、これまでこのお話を聞いてくれたみんなにも、これからの私達の話を聞いてくれるみんなにも、私達の事を紹介しようと思うんだ。きゃぴるん♪」

 

 

きゃぴるん?きゃぴるん……?

何ですかこれ?

 

 

「ん、んん…。

では、まずは…このバンドの紹介から始めようと思います。

バンやろで言うとGROOVE属性のバンド!Ailes Flamm(エル フラム)!!バンドアイテムはピックのネックレス」

 

 

ん?GROOVE属性…?

これって何の事?ま、まぁいいや。

 

 

江口 渉(えぐち わたる)、Ailes Flammeのボーカル。

誕生日は6月9日のB型17歳。

好きなバンドはBLAST。

好きな食べ物はカツ丼。

嫌いな食べ物はトマト。

必殺技は特に無し。

趣味はカラオケと野球観戦。

BLASTの東雲 大和に野球で負けてから、東雲 大和に勝つ為にと野球を頑張っていたが、東雲 大和が野球が出来なくなった事で、目標を見失い野球を辞めてしまった。ある日幼馴染みの亮にライブに誘われ、そこで野球をやっていた頃よりかっこよくなっていた東雲 大和を見て、自分もバンドを始める事にした。

BLASTに勝つ事を目標にしていたが、バンドをやっていく中で音楽の先の世界を見たいと思うようになる。

最初は不貞腐れたネガキャラだったのに、いつの間にかポジキャラになっていた」

 

へぇ~、渉くんってそんなキャラだったんだ?

てか、必殺技って何なの?音楽の先の世界って何?

 

 

秦野 亮(はたの りょう)、Ailes Flammeのギタリスト。

誕生日は4月8日のAB型17歳。

好きなバンドはDESTIRARE。

好きな食べ物はざる蕎麦。

嫌いな食べ物は肉の脂身。

必殺技は耳コピ。

趣味は蕎麦打ち。

父親と母親が昔にバンドをやっていた事もあり、幼少の頃から自分もバンドをやりたいと思いギターを始める。

幼稚園の頃の合唱コンクールで渉の歌を聞き、自分のバンドのボーカルは渉しかいないと思うようになり、ずっと渉にバンドをやろうと誘っていた。秦野というのは母親の姓で、父親の姓は浅井という。浅井夫婦のバンドは15年前にクリムゾンエンターテイメントと戦っていたアルテミスの矢のメンバーであり、クリムゾンから身を隠す為に名を変えた」

 

え!?そうなの!?亮くんって秦野じゃなくて、浅井って苗字だったの!?てか、私がこんな事を暴露しても大丈夫なんですかね!?

 

 

内山 拓実(うちやま たくみ)、Ailes Flammeのベーシスト。

誕生日は9月13日のA型16歳。

好きなバンドはBLAST。

好きな食べ物はスイーツ全般。

嫌いな食べ物はセロリ。

必殺技はスイーツを食べただけで材料がわかる。ただし分量はわからない。

趣味はスイーツ作りとお笑い番組を観る事。

パティシエになる事を夢見るベーシスト。渉達とBLASTのライブを観てバンドをやりたいと思うが、自分の夢が渉達のバンド活動の邪魔になると思い、最初はバンドをやる事を諦めていた。今はベースを担当し、伝説の楽器職人モンブラン栗田の最高傑作シリーズであるirisベースの1本。黄色いベース『晴夜(せいや)』の使い手となる」

 

拓実くんってスイーツを食べただけで材料がわかるんだ?凄いなぁ…。

 

 

井上 遊太(いのうえ ゆうた)(シフォン)、Ailes Flammeのドラマー。

誕生日は11月22日のO型16歳。

好きなバンドはCure²Tron。

好きな食べ物はシュークリーム。

嫌いな食べ物はしめ鯖。

必殺技は可愛い

趣味は食べる事と寝る事と遊ぶ事。

とてつもなく可愛い男の娘。結婚したい。英治のやっていたドラム教室の生徒の1人。昔に幼馴染みの栞とよく一緒に居る事から、同年代の男子から少し弄られていた事もあり、他人と話すのが怖くなっていた。男の娘の時は逆にコミュ力の高い性格になる。そして可愛い」

 

何ですかこれ?可愛い可愛い言い過ぎじゃない?

これってまるで私がシフォンちゃんと結婚したいみたいじゃん……。この台本書いたの先輩だな…。

まぁいいや。早く帰りたいしさっさと終わらせよう…。

 

 

「バンやろで言うとBEAT属性のバンド!Blaze Future(ブレイズ フューチャー)!!バンドアイテムは指輪」

 

次は先輩の紹介かな?

 

葉川 貴(はかわ たか)、Blaze Futureのボーカル。

誕生日は12月4日のB型で永遠の二十歳。

好きなバンドはアーヴァル。

好きな食べ物はラーメンとつけ麺。

嫌いな食べ物は特に無し。

必殺技はスタンド『キラークイーン』

趣味はゲームと漫画とアニメ。

すごくかっこよくて抱かれたいって思……って…?

え?何これ?……すみません、ごめんなさい。嘘はつけません。

………え?英治のバカが書いた?尺も無いから適当にやれ?ああ……わかりました。

えっと私の会社の先輩で昔にBREEZEってバンドのボーカルをやってました。あとは痔です。

は?情報量が少ない?あと痔の事言ってんじゃねーよ?」

 

知らないです。さ、次にいきましょうかね。

 

 

佐倉 奈緒(さくら なお)、Blaze Futureのギタリスト。

誕生日は1月29日のA型の22歳。

好きなバンドはBREEZE。

好きな食べ物は納豆。

嫌いな食べ物は特に無し。

必殺技は衝撃のファーストブリット。

趣味は料理。

この物語で一番可愛……ヘェー、そうなんだ?

これはどっちが書いたノ?まぁいいや。ウフフ。

BREEZEのボーカルTAKAとヲタ活の好きな女の子。小中高と人との付き合いに疲れ、人と関わらないように生きて来たぼっち。

……いいの?こんな事言って。知りませんよ?

今は芯が強く誰にでも優しく接するすごくいいお姉ちゃん…う~ん…なんか適当過ぎません?」

 

あんまり情報量無いよね?疲れてきたのかな?

 

 

蓮見 盛夏(はすみ せいか)、Blaze Futureのベーシスト。

誕生日は8月8日のB型21歳。

好きなバンドはBREEZE。

好きな食べ物はカレー。

嫌いな食べ物は苦い食べ物。

必殺技は石破天驚拳。

趣味はアニメ観賞。

楽器の声を聞く事が出来る少女。実はクリムゾンエンターテイメントの創始者である海原 神人の孫。普段はポケーっとしているが、意外な所で鋭かったりする」

 

うわぁ…情報量少なっ……。

 

 

柚木 まどか(ゆずき まどか)、Blaze Futureのドラマー。

誕生日は7月30日のA型の24歳。

好きなバンドはOSIRIS。

好きな食べ物は唐揚げ。

嫌いな食べ物はパセリ。

必殺技は不明。

趣味は乙女ゲーム。

幼稚園の先生をやっている。英治のやっていたドラム教室の生徒の1人。英治のドラム教室を閉める時に生徒同士でやったデュエルギグで勝利し、英治の正当後継者となる」

 

へぇ~、まどかさんが英治さんの正当後継者なんだ?

本人はどうでも良さそうだけど…。

次はCanoro Feliceかな?私はあんまりCanoro Feliceのみんなの事知らないし楽しみだなぁ。

 

 

「バンやろで言うとMELODY属性のバンド!Canoro Felice(かのーろ ふぇりーちぇ)!!バンドアイテムはイヤリング。

一瀬 春太(いちのせ はるた)、Canoro Feliceのダンサーボーカル。

誕生日は9月1日のA型19歳。

好きなバンドはFairy April。

好きな食べ物はハンバーガー。

嫌いな食べ物はらっきょう。

必殺技は不明。

趣味はダンスとバスケ。

アイドルになるのを夢見て、色んな音楽事務所のオーディションを受けていたが見事に全滅。ライブハウスエデンでFairy Aprilのライブを観てキラキラしているのはアイドルだけじゃないと思いバンドを結成する。鳳 葵陽に憧れを抱く」

 

一瀬くんってあんなにかっこよくてダンスも上手いのにアイドルのオーディションに受かってなかったんだ…。

厳しい世界なんだね。

 

 

夏野 結衣(なつの ゆい)、Canoro Feliceのギターコーラス。

誕生日は10月11日のO型で19歳。

好きなバンドはBLAST。

好きな食べ物はミートドリア。

嫌いな食べ物は玉葱。

必殺技はノーリード・ザ・エアー(空気が読めない)。

趣味はお菓子作り。

天然物の天然な女の子。自分はツッコミ担当だと思っている恐ろしい子。昔Blue Tearというアイドルグループの1人だった女の子。歌とダンスも得意で笑顔が可愛いけどどこか残念。………これ書いてる台本を読まされてるだけだからね?」

 

次は姫咲ちゃんか…。何だか読むの怖いなぁ…。

 

 

秋月 姫咲(あきつき きさき)、Canoro Feliceのベーシスト。

誕生日は12月24日のAB型で17歳。

好きなバンドはCure²Tron。

好きな食べ物は卵かけご飯。

嫌いな食べ物はゴーヤ。

必殺技は不明。

趣味は格ゲーと音ゲー。

秋月グループのご令嬢。頭の回転は早いし鋭いが我儘でドS。Artemisのベーシスト澄香から、irisシリーズの橙色のベース『虚空』を託される」

 

情報量少ないし必殺技不明の人多いね!?

こんなに必殺技が不明の人が多いなら必殺技の項目なんか作らなきゃ良かったじゃん!!

 

つ、次は松岡くんかぁ…。

 

 

松岡 冬馬(まつおか とうま)、Canoro Feliceのドラマー。

誕生日は5月5日のB型で18歳。

好きなバンドはOSIRIS。

好きな食べ物は魚の干物。

嫌いな食べ物はシナモン。

必殺技は不明。

趣味はゲーム(ビリヤードやボーリングなど)。

OSIRISの進に憧れを抱いているドラマー。OSIRISのようなかっこいいバンドをやりたいと思って、色んなバンドのヘルプをしていたが、どのバンドも楽しくないとやさぐれていた。Canoro Feliceのメンバーと一緒に演奏してから、かっこいい音楽というのは自分が楽しいと思える音楽だと気付く。多分こいつドM」

 

ちょっ…!途中までいい感じの紹介だったのに、最後に『多分こいつドM』って何なの!?誰が書いたの!?

私うっかりそのまま読んじゃったじゃん!

 

つ、次は私達Divalか…。ちゃんと台本を読んでから喋ろう…。

 

 

「えっと…バンやろで言うとBEAT属性のバンド!Dival(ディヴァル)!!バンドアイテムはブレスレット」

 

あ、私達BEAT属性なんだ?

 

水瀬 渚(みなせ なぎさ)、Divalのギターボーカル。

誕生日は1月15日のB型22歳。

好きなバンドはCure²Tron。

好きな食べ物は志保の作るご飯。

嫌いな食べ物は人参グラッセ。

必殺技はスタンド『キングクリムゾン』

趣味はコスプレとゲームと漫画とアニメ。

関西出身の女の子で闇を持っ………。ヘェー、どっちですカ?これ書いたの?………闇なんか持ってないし。

う、う~ん。えっと、関西出身の可愛い女の子。歌も上手くて守ってあげたいタイプ。この子の可愛さは本当にヤバくていつも会社の先輩からセクハラを受けている。………痛っ!な、何でフリップを投げてきたんですかっ!!え?嘘つくな?早く終わらせろ?え?終わり?次に行け?」

 

まったく……だったら最初から普通に梓お姉ちゃんに憧れてる事とか、梓お姉ちゃんの使っていたランダムスターを託されたとか…。その…先輩に昔助けてもらった事とか…色々あるじゃん。何よこの闇モードとか骨を砕く握力とかって……。

 

 

「あ~、はいはい。うるさいです。

えっと…、雨宮 志保(あまみや しほ)、Divalのリードギター。

誕生日は4月16日のB型17歳。

好きなバンドはCure²Tron。

好きな食べ物は玉子焼き。

嫌いな食べ物は渚と理奈の手料理。

必殺技は不明

趣味は家事全般。

父親がクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンで、自由な音楽をやるバンドを潰していっていた。その為、父親に潰されたバンドから恨みを買い、デュエルギグ野盗に襲われるようになる。友達をそんなデュエルに巻き込みたくないと思い、1人になる道を選ぶが渚と出会い、友達や仲間の大切さを知る」

 

これ!これですよ先輩、英治さん!

私はこういう紹介をしたいんですよ!やれば出来るんじゃないですか~。

 

 

氷川 理奈(ひかわ りな)、Divalのベーシスト。

誕生日は2月10日のA型22歳。

好きなバンドはCure²Tron。

好きな食べ物は漬物。

嫌いな食べ物は甘すぎる物。

必殺技はシャイニングフィンガー。

趣味は音楽観賞。

charm symphonyのベースボーカルとしてメジャーデビューしていたが、好きな自由な音楽をやれない事に絶望してcharm symphonyを辞める。ある日渚と志保と出会い最高のバンドになる為にDivalに加入する。モンブラン栗田からirisシリーズの紫色のベース『雲竜』を託される」

 

志保も理奈も普通の紹介なのに何で私だけ…。

 

 

雪村 香菜(ゆきむら かな)、Divalのドラマー。

誕生日は3月9日のO型20歳。

好きなバンドはアーヴァル。

好きな食べ物は焼鳥(特にレバー)。

嫌いな食べ物はなまこ。

必殺技は固有結界。

趣味はショッピング。

弟がデュエルギグ野盗に負けて大怪我をしてから、デュエルギグ野盗狩りをするようになる。ある日志保と出会いデュエルギグ野盗狩りを引退してDivalに加入する。英治のドラム教室の生徒の1人だが、高校生の頃にパリピウェイウェイ勢になりドラム教室にはたまにしか顔を出さなくなっていた為、少しだけブランクがある」

 

香菜も普通の紹介かぁ…。

あ、そっか。もうっ!先輩ったら!

私の紹介を書くのは可愛いとか抱き締めたいとか大好きとか、そんな事しか書く事が出来ないから照れ隠しであんな事書いたんですね♪

 

うん……そう思っておこう…。

 

 

 

「バンやろで言うとGROOVE属性のバンド!evoke(イヴォーク)!!バンドアイテムは腰に着けているチェーン。

豊永 奏(とよなが かなで)、evokeのボーカル。

誕生日は8月3日のA型20歳。

好きなバンドはDESTIRARE。

好きな食べ物はバナナ。

嫌いな食べ物はところてん。

必殺技は不明。

趣味は筋トレ。

かつては地上最強の男になるべく身体を鍛えていた。ある日特訓中に結弦と出会い、地上最強のバンドマンになろうとしている結弦に共鳴する。その日から度々会うようになる内に意気投合し、一緒に地上最強のバンドになろうと誓い合う」

 

地上最強のバンドかぁ~。私達の最高のバンドみたいな感じかな?

 

 

折原 結弦(おりはら ゆづる)、evokeのギタリスト。

誕生日は5月26日のA型20歳。

好きなバンドは四響のラファエル。

好きな食べ物は親子丼。

嫌いな食べ物はブルーチーズ。

必殺技は不明。

趣味はギターを触る事。

四響のラファエルやDESTIRAREのセイジ、JOKER×JOKERの雨宮 大志を尊敬し、いつか倒そうとしている。南国DEギグの時に雨宮 大志と一対一でデュエルをするも、圧倒的なレベルの差で負けてしまう。しかし、心が折れる事は無く、自分はまだまだギターが上手くなれると前向きに思っている」

 

そっかぁ。そういや志保のお父さんに負けたって言ってたもんね。でも、前向きにギターの腕を磨いてるんだね。

 

 

日高 響(ひだか ひびき)、evokeのベーシスト。

誕生日は3月19日のO型19歳。

好きなバンドはRe:vale。

好きな食べ物はたこ焼き。

嫌いな食べ物はキウイ。

必殺技は何処でもすぐに寝れる。

趣味は寝る事。

何かしながらでも、話の途中でも寝てしまう事がある。他のバンドの音楽には基本的に興味は無いが、いい曲だと思った時は眠気に勝つ事が出来る。一人称は『俺』だが、まだ打ち解けてない人や、目上の人と話す時は一人称が『僕』になる」

 

そういや日高さんっていつも寝てるイメージだなぁ。

あんまり絡んだ事ないけど。って、好きなバンドRe:vale!?

 

 

河野 鳴海(こうの なるみ)、evokeのドラマー。

誕生日は10月24日のAB型19歳。

好きなバンドはFairy April。

好きな食べ物は妹の作った物。

嫌いな食べ物は特に無し。

必殺技は妹の為になら何でもやれる力。

趣味は妹観察。

極度のシスコンで妹の為なら何でもしようとする男。いや、まさに(おとこ)である。妹がドラムをやっている人がかっこいい!と、言った為にドラムを始める。でも今は妹とか関係なくevokeの音が好きになっている」

 

河野さんって志保の友達のさっちちゃんのお兄さんだよね?さっちちゃんともあんまり話した事無いし、ゆっくりお話してみたいなぁ~。

 

 

「バンやろで言うとMELODY属性のバンド!Noble Fate(のーぶる ふぇいと)!!バンドアイテムは左手のリストバンド。

大西 花音(おおにし かのん)、Noble Fateのボーカル。

誕生日は12月18日のB型22歳。

好きなバンドはBlaze Future。

好きな食べ物はハンバーグ(デミグラスソース)。

嫌いな食べ物は甘い梅干し。

必殺技はゲームの経験を活かした生活術。

趣味はゲーム。

まどかと綾乃の大学の後輩で奈緒の大学時代の唯一の友達。ゲームが大好きで課金をしたいが為にバイトを頑張っていたら、単位を落とし留年してしまう。奈緒がバンドを始めた事を聞き、ライブを観た時に奈緒が輝いているように見え、自分もそうなりたいとバンドを始める」

 

ゲームの経験を活かした生活術って…。

ああ、そういえば南国DEギグの時の避難誘導とか率先してやってたって言ってたっけ。

 

 

木南 真希(きなみ まき)、Noble Fateのギタリスト。

誕生日は9月27日のA型27歳。

好きなバンドはBREEZE。

好きな食べ物は鰻。

嫌いな食べ物はナス。

必殺技は不明。

趣味はライブ観賞。

高校生の頃からバンドをやっていたが、メンバーの1人が結婚した為にバンドは解散。自分はまだバンドを続けたいと思っていたところで、ギタリストを探していた綾乃と花音と出会い、Noble Fateに加入する事になる。貴と渚の働いている会社で経理を担当している」

 

私って木南さんがバンドしてたっての知らなかったんだよね~。先輩は知ってたみたいだけど…。

 

 

東山 達也(とうやま たつや)、Noble Fateのベーシスト。

誕生日は6月29日のA型年齢不詳。

好きなバンドはBREEZE。

好きな食べ物は筑前煮。

嫌いな食べ物はレーズン。

必殺技は不明。

趣味は読書。

BREEZEのベーシスト宮野 拓斗の妹である晴香の旦那の弟。ベースは子供の頃から拓斗に教わっていた。15年前は幼かったのでクリムゾンエンターテイメントとは戦っていなかった。渉達の学校の教師をしている。担当は現国」

 

達也さんって現国の先生なんだね。それより達也さんも年齢不詳なの?

 

 

北条 綾乃(ほうじょう あやの)、Noble Fateのドラマー。

誕生日は1月19日のO型23歳。

好きなバンドはOSIRIS

好きな食べ物はたこわさ。

嫌いな食べ物は酢豚の中のパイナップル。

必殺技は目にも止まらないパンチ。

趣味は家庭菜園。

まどかの幼馴染み。家庭菜園が好きで家で野菜や花を育てている。大人しい性格で人の前に出たりはしない性格だが、割と短気な一面もあり好戦的ではあると思う。後、気配を消しながらいきなり登場したりもする。あ、ちなみにこれ英治が書いたから。英治のドラム教室の生徒の1人」

 

綾乃さんって好戦的なんだ?あ、英治さんが先輩の胸倉掴んで何か文句言ってる。

 

 

「バンやろで言うとMELODY属性のバンド!FABULOUS PERFUME(ファビュラス パフューム)!!バンドアイテムはヘアピン。

小暮 沙織(こぐれ さおり)(シグレ)、FABULOUS PERFUMEのボーカル。

誕生日は1月7日のA型25歳。

好きなバンドはOSIRIS。

好きな食べ物はイチゴ。

嫌いな食べ物はキノコ類。

必殺技は辛辣で冷たい目線と言葉。

趣味は読書(実はラノベ)。

高校生の時に出来た彼氏との初デートでカフェに入った時に、最後に取っていたケーキの上のイチゴを食べられて、男はすぐに食ってくる狼と思い男嫌いになる。FABULOUS PERFUMEの初ライブの時に、貴と英治から大量のイチゴを差し入れてもらってから、貴と英治は害はないと認識して少しだけ気を許している」

 

え!?何この紹介!!?

てか、FABULOUS PERFUMEの正体って不明だよね!?いいの?こんなエピソードとか本名言っちゃって!

 

 

明智 弘美(あけち ひろみ)(チヒロ)、FABULOUS PERFUMEのギタリスト。

誕生日は7月20日のA型26歳。

好きなバンドはBLAST。

好きな食べ物は焼き鮭。

嫌いな食べ物はからし蓮根。

必殺技は影分身。

趣味はお洒落なカフェ巡り。

普段はメイド喫茶で働いていて、いつか自分のカフェを持ちたいと夢見ている。実は拓実のケーキ屋の常連客で、同じBLASTが好きな者同士で仲が良い。拓実がパティシエになったら、自分のカフェで働いて欲しいと思っている」

 

え?そうなの?へぇー、拓実くんと仲良いんだ?

 

 

茅野 双葉(かやの ふたば)(ナギ)、FABULOUS PERFUMEのベーシスト。

誕生日は2月23日のB型17歳。

好きなバンドはアーヴァル

好きな食べ物はパンケーキ。

嫌いな食べ物は酢の物。

必殺技はフォームチェンジ。

趣味はアニメとコスプレ。

貴の昔からのヲタ仲間。オンラインゲームで知り合いよく一緒に遊ぶように……ヘェ。そうなんダ?

貴を通じてまどかと栞ともヲタ友になり古い付き合い。実はコスプレイヤーで、渚のコスプレ友達のフタニャンであるが、お互いに気付いていないのがまた笑える」

 

え!?は!?フタニャンちゃん!?

双葉ちゃんがあのいつもコススペで一緒になるフタニャンちゃん!?ってか先輩も知ってたなら教えてくださいよ!何よお互いに気付いていないのがまた笑えるって!!

 

 

小松 栞(こまつ しおり)(イオリ)、FABULOUS PERFUMEのドラマー。

誕生日は11月23日のO型16歳。

好きなバンドはTRIGGER。

好きな食べ物はプリン。

嫌いな食べ物は牛乳。

必殺技はオラオララッシュ。

趣味は漫画やイラストを描く事。

夏と冬の大きな祭典で同人誌を出している。その際に遊太に女装させて売り子をやらせたのがきっかけで、遊太は男の娘に目覚める。遊太とは産まれた病院も一緒で家も隣同士。遊太が産まれた数分後に栞が産まれた為、遊太の方が誕生日も1日早くお兄ちゃんであるわけだが、栞はそれを認めていない。英治のドラム教室の生徒の1人」

 

え?栞ちゃんって遊太ちゃんとそんな関係なの!?やだお姉ちゃん興奮しちゃう!

てか、TRIGGERが好きなの?

 

 

「バンやろで言うとBEAT属性のバンド!Glitter Melody(グリッター メロディー)!!バンドアイテムはチョーカー。

佐倉 美緒(さくら みお)、Glitter Melodyのベースボーカル。

誕生日は4月12日のA型17歳。

好きなバンドはcharm symphony。

好きな食べ物はニンニクたっぷりのラーメン。

嫌いな食べ物は特に無し。

必殺技はスタンド『スタープラチナ』。

趣味は可愛い物集め。

Blaze Futureの奈緒の妹。極度のラーメン好きで大盛の後に替玉まで注文する。Divalのベーシストの理奈の大ファンで理奈に憧れてベースを始める(理奈に憧れ出したのは理奈がまだデビューせずに路上ライブをやっていた頃から)。声がとてつもなく可愛い。あの声で罵られたい……バカなんですか?これ絶対書いたの先輩ですよね?

irisシリーズの赤色のベース『花嵐』を託される」

 

もうこれクロスオーバーとか気にしてるだけ無駄なんだろうなぁ……。

 

 

永田 睦月(ながた むつき)、Glitter Melodyのギタリスト。

誕生日は12月31日のB型16歳。

好きなバンドはArtemis。

好きな食べ物はエビフライ。

嫌いな食べ物はピーマン。

必殺技は長距離ピック投げ。

趣味は散歩。

Artemisのギタリスト翔子に幼い頃からギターを教わっている。Artemisの果たせなかったメジャーデビューの夢を果たそうとしていたが、そのArtemisのドラマーの日奈子のグループ会社からデビュー出来るので、メジャーデビューじゃなくていいや。と思っている」

 

そっか。睦月ちゃんって翔子お姉ちゃんの部活だけじゃなくて、子供の頃から翔子お姉ちゃんにギターを教わってたんだ。梓お姉ちゃんが日本に帰ってきたら私にギター教えてくれるかな?

 

 

松原 恵美(まつばら えみ)、Glitter Melodyのドラマー。

誕生日は5月14日のA型17歳。

好きなバンドはIDOLiSH7。

好きな食べ物はクリームシチュー。

嫌いな食べ物はホルモン。

必殺技は不明。

趣味はフラワーアレンジメント。

引っ込み思案な性格で高校に入るまで習い事をしたりとか出来なかったが、高校で美緒達と仲良くなり軽音部でドラムを担当する。ドラムを叩くのが大好きになり、両親にドラムでメジャーデビューしたいと相談した所、自分から何かをやりたいと言った恵美の言葉に感動して、バンド活動を応援してくれるようになったらしい」

 

ご両親共、恵美ちゃんのバンド活動を応援してくれてるんだね。

 

 

藤川 麻衣(ふじかわ まい)、Glitter Melodyのキーボード。

誕生日は10月2日のB型16歳。

好きなバンドはFairly April。

好きな食べ物はアボカド。

嫌いな食べ物は生牡蠣。

必殺技は不明。

趣味はカメラ。

子供の頃からピアノをやっていた。高校に入ってからキーボードに転向する。流行り物やSNSが好きで軽音部のSNS担当もやっていた。ただし、バンド活動や音楽の呟きは少なく、カフェに行った時のスイーツや綺麗な風景の写真ばかりをアップしている」

 

趣味はカメラか…。私がコスする時とかカメラ頼めるかな?今度聞いてみよう…。

 

 

「バンやろで言うとGROOVE属性のバンド!Lazy Wind(レイジー ウインド)!!バンドアイテムはバンダナ。

宮野 拓斗(みやの たくと)、Lazy Windのベースボーカル。

誕生日は11月6日のA型年齢不詳。

好きなバンドはアーヴァル。

好きな食べ物は鍋物。

嫌いな食べ物は銀杏。

必殺技は梓にフラれても折れない強い心。

趣味はキャンプ。

元BREEZEのベーシスト。高校の頃に路上ライブをしていた貴に憧れてバンドのメンバーに入れて欲しいと懇願する程に貴のファン。いつか貴をメジャーデビューさせたいと思っていたがクリムゾンとの戦いで喉を壊した貴を見てクリムゾンに恨みを抱く。BREEZE解散後1人でクリムゾンを倒す為に放浪していた。今は何だかんだあってファントムの仲間になる。後はあれだ。バカ。後はあれだろ?アホだ」

 

すごいディスってるなぁ…。

 

 

御堂 架純(みどう かすみ)、Lazy Windのギタリスト。

誕生日は2月14日のO型21歳。

好きなバンドはCure²Tron。

好きな食べ物はかつおのたたき。

嫌いな食べ物はハバネロ。

必殺技は不明。

趣味はヒトカラ。

元Blue Tearのセンター3人組の1人。Blue Tear事務所が潰された後、クリムゾンエンターテイメントに配属されて過酷な特訓を強いられ喉を壊してしまう。一緒にクリムゾンエンターテイメントに配属された友達も喉を壊したり過労で倒れ、それがクリムゾンエンターテイメントが3人を壊す為にしていた事と知り復讐に走る。BREEZEのメンバーとデュエルをきっかけに楽しい音楽をまたやりたいと思うようになる。拓斗は架純の喉を治してLazy Windのギターボーカルにしたいと思っている。………え?そうなの?」

 

そうなんだ…。拓斗さんって…あ、だから先輩が昔に喉の手術をした病院に…なのかな?

ん?先輩が手術したのって3年前くらいって言ってなかったっけ?何で拓斗さんが先輩が手術をした事を知ってるんだろう?

 

 

三浦 聡美(みうら さとみ)、Lazy Windのドラマー。

誕生日は3月25日のAB型24歳。

好きなバンドはFairy April。

好きな食べ物はカルボナーラ。

嫌いな食べ物はネギ。

必殺技は不明。

趣味は編み物。

メジャーデビューを夢見てバンドをやっていたが、ある日クリムゾンエンターテイメントのミュージシャンとデュエルをして負けてしまう。その時にバンドのボーカルをクリムゾンに奪われ、仲間を取り戻す為にクリムゾンと戦う。仲間を奪われた憎しみからクリムゾンと戦っていたが、BREEZEのメンバーとデュエルをきっかけに楽しい音楽をまたやりたいと思うようになる」

 

そういえば聡美さんも関西弁だし関西なんだよね?私とは少しイントネーション違う気もするんだけど、どこら辺出身なんだろ?

 

 

観月 明日香(みづき あすか)、Lazy Windのキーボード。

誕生日は6月17日のB型17歳。

好きなバンドはBLAST。

好きな食べ物はポテトチップス。

嫌いな食べ物はグリーンピース。

必殺技は不明。

趣味はポイントサイト巡りやポイントカード集め。

幼少の頃に両親が蒸発し、拓斗に育てられるようになる。蒸発前に両親が貯金を残してくれていたので、生活に困るといった事はないが、拓斗は貯金は明日香の将来の為に残しておきたいと考えていたので、裕福な生活はしていない。拓斗がバカな為に明日香は自分が保護者気取りでいる。evokeの鳴海の妹紗智に絡まれて友達宣言され、その流れでAiles FlammeとDivalの志保とも仲良くなる。青春やなぁ~」

 

へぇ~。明日香ちゃんって志保とも仲良しさんなんだ?

私も志保の保護者としてしっかりよろしく言わなきゃね!

 

……ん?え?時間がない?CMに入るから締めろ?

 

 

あっ!そういえば言ってなかったね!

 

私は今、SCARLET本社にあるスタジオでネット番組の収録をしている。

日奈子お姉ちゃんのたってのお願いで、私がネット番組のMCをやる事になったのだ。

 

 

「以上が私達ファントムのバンドメンバーの紹介だよ!

次はファントムの仲間と私達の敵、クリムゾンエンターテイメントの紹介をさせてもらうね!

とりあえずその前にCMだ!チャンネルはそのまま!

良かったらチャンネル登録してね♪キャハッ☆」

 

キャハッ☆って何?私そんなキャラじゃないんだけど…。何か色々とヤバい事言ってるけど大丈夫なのかな?後日ちゃんと編集して配信するとは言ってたけど……。

 

 

私が色んな不安を抱えたまま、一周年記念のお話は幕を閉じるのであった……。



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第39話 一周年過ぎたけど

「やあ、みんなチャンネル登録はしてくれたかな?

CMも明けた事だし、後半戦のスタートだよ。フフフ」

 

 

何?フフフって?さっきからキャラぶれぶれじゃん?

 

 

「さぁ、早速メンバー紹介といこうか!」

 

 

はぁ~…ネット番組のMCって、もっと楽しくやれると思ってたんだけど、台本を読んでるだけだしなぁ~。

もっとゲストを呼んでトークしたり、楽しい所にロケに行ったり出来ると思ってたんだけどなぁ。

 

 

「私達の事務所『ファントム』の仲間の紹介だ!

中原 英治(なかはら えいじ)、ライブハウス『ファントム』の経営者。

誕生日は7月18日のA型。

好きなバンドはBlue Tear。

好きな食べ物は刺身。

嫌いな食べ物はチョコミント。

必殺技は場の空気を壊す。

趣味はドライブ。

元BREEZEのドラマー。バンドが自由な音楽をやれる為にと、ライブハウスを創るのを夢に、仕事をいくつも掛け持ちしながら頑張っていた。だが、ライブハウスが完成した途端、それまでの反動からかあんまり働かなくなった。Lazy Windの架純のファン」

 

英治さんって架純ちゃんのファンだったんだ…。

そういえばカフェタイムの時のファントムでは、英治さんが働いてるところ見た事ないかな?

 

 

中原 三咲(なかはら みさき)、ファントムの代表取締役。

誕生日は3月3日のO型年齢はヒミツ。

好きなバンドはBREEZE(一応)。

好きな食べ物はマヨネーズ。

嫌いな食べ物はししとう。

必殺技はパロスペシャル。

趣味は格闘技観戦。

BREEZEの英治の嫁。英治とは中学の卒業と共に付き合いだしたが、浮気性だった英治をしばく為にあらゆる格闘技を習っていた。こいつならフリーザにでも勝てんじゃねぇの?って思う。怒ると怖い」

 

三咲さんってすごく優しいんだけどなぁ?

怒ると怖いんだ?あんまりイメージ出来ないや。

 

 

佐藤 トシキ(さとう としき)、元BREEZEのギタリスト。

誕生日は4月2日のA型年齢は禁則事項。

好きなバンドはアーヴァル。

好きな食べ物はお米。

嫌いな食べ物はパクチー。

必殺技はマジ殴り。

趣味は釣りとサイクリング。

元BREEZEのギタリスト。今はギターから離れ三線にハマっているが、雨宮 大志やLazy Windとデュエルをした時は、15年のブランクを感じさせないパワフルな演奏を魅せた。女の子と2人きりになると気を使いすぎて話せなくなってしまう」

 

そういえばトシキさん本人も、女の子と2人きりになると…って言ってるけど、あんまりそんな風には感じないんだけどなぁ?確かにいつも誰かしらとは一緒だけど…。

 

 

東山 晴香(とうやま はるか)、居酒屋『そよ風』の店長。

誕生日は5月20日のA型で年齢は不明。

好きなバンドはBREEZE。

好きな食べ物はチーズフォンデュ。

嫌いな食べ物は豆乳。

必殺技は容赦のない暴力。

趣味はバイクに乗ってどっか行く事。

元BREEZEのベーシスト宮野 拓斗の妹。今は居酒屋の店長をやっている常識人だが学生の頃はアレだった。その為普段は優しいがキレると怖い。梓とすごく仲が良かった。そしておっぱいがでかい」

 

ふぁ!?

確かに晴香さんのおっぱいって大きいけど、この情報必要なの!?ってか晴香さんってファントム関係ないじゃん!?確かに私達は頭も上がらないくらいお世話になってるけど!!

 

 

蓮見 聖羅(はすみ せいら)、盛夏の母親。

誕生日は9月5日のB型年齢は内緒。

好きなバンドはBREEZE。

好きな食べ物はメンチカツ。

嫌いな食べ物はほうれん草。

必殺技は不明。

趣味はヨガ。

Blaze Futureの盛夏の母親であり、クリムゾンエンターテイメントの海原の娘。楽器の声を聞く事が出来る。想いや感情を音色に乗せる力も使えるが、楽器が全く出来ない。BREEZEの追っかけをやっていた」

 

盛夏のお母さんって楽器が出来ないのか。だから盛夏のお母さんは神原に狙われてなかったのかな?

 

 

「ここからは私達ファントムのバンドでチューナーをやってくれるメンバーの紹介だ!

準備はいいかな?ヒアウィーゴー!!」

 

だから…何なんですかこのキャラ……。

 

河野 紗智(こうの さち)、Ailes Flammeのチューナー。

誕生日は11月11日のB型16歳。

好きなバンドはBLAST。

好きな食べ物は焼きそばパン。

嫌いな食べ物はつぶ餡(こし餡は平気)。

必殺技はマインドリーダー。

趣味はコンビニスイーツ巡り。

evokeの鳴海の妹。自分に過保護過ぎる兄を疎ましく思っている。Divalの志保と仲が良く、よく一緒に遊んでいる。親が共働きで滅多に帰って来ない為、料理の腕もそれなりだが、学校の購買の焼きそばパンが好きな為に弁当は絶対に作らない」

 

さっちちゃんとも色々お話ししたいし仲良くなりたいんだよね~。志保ったら全然さっちちゃんを家に呼んでくれないし…。いつかうちにお泊まりとか来て欲しいなぁ~。

 

 

中原 初音(なかはら はつね)、Blaze Futureのチューナー。

誕生日は8月18日のA型[ピー]歳。

好きなバンドはBREEZE。

好きな食べ物は赤ウインナー。

嫌いな食べ物は特に無し。

必殺技はお客様の趣向を覚える。

趣味はカフェの新メニュー開発。

中原 英治と三咲の娘。まだ[ピー]歳とは思えないくらいしっかりしている。気になる事や疑問に思った事はすぐに調べたくなる。いつもファントムの手伝いをしているように思われがちだが友達は多い。将来のタカのよ………めません。ちょっと疲れたかもですぅ」

 

将来の先輩の嫁って何ですか!?これ書いたの英治さんだなぁ…?せ、先輩と結婚の約束は初音ちゃんより私の方が早いもん。私は別に先輩なんかと結婚したくないけどねっ!

 

 

水瀬 来夢(みなせ らいむ)、Divalのチューナー。

誕生日は6月21日のB型20歳。

好きなバンドはOSIRIS。

好きな食べ物はたこ焼き。

嫌いな食べ物は渚の手料理。

必殺技は不明。

趣味はランニング。

Divalのボーカル渚の妹。楽器は何も出来ないがリズムを取るのは得意。日常の音からリズムを取る事が出来るが渚以外にはあまり伝わらない。物の捉え方が現実的過ぎてあまり冒険はしないタイプ。名前が『みなせ らいむ』な為に『みならい』ちゃんと呼ばれる事が多い。貴とはよく会っていて仲良し」

 

……は?先輩と仲良し?

何で?確かにお父さんも先輩と仲良しみたいだけど、何で来夢まで?

私こっち来るまで先輩とは、昔の夏祭りしか会った事ないよね?あ、来夢とちゃんとお話しなきゃね。うふふ。

 

 

「さ、さぁ!次はお待ちかね!Artemisのメンバーの……。

Artemisのメンバーの…紹介だ…。まずはボーカルの…」

 

Artemisのメンバーの紹介…。梓お姉ちゃん達の…。

私の知らない梓お姉ちゃんの事…知れるかな?

 

 

「まずはボーカルの紹介だ。

木原 梓(きはら あずさ)、Artemisのギターボーカル。

誕生日は4月8日のA型自称永遠の二十歳。

好きなバンドはCure²Tron。

好きな食べ物は豆腐。

嫌いな食べ物は渋柿。

必殺技は妄想具現化。

趣味は漫画、アニメ、ゲーム。

15年前に事故に合い車イス生活になるが、アメリカでの手術が成功し、現在はリハビリ中。海原の妾の娘で楽器の声を聞く力と、想いや感情を音色に乗せる力がある。その為、海原に狙われていた。実はSCARLET開発のゲームであるバンやりの作画をしている!?え!?マジで!?」

 

梓お姉ちゃんがバンやりの作画担当なの?先輩は知って……あ、知らないみたいだね。びっくりした顔してる。……あ、どこかに電話しだした。まさか梓お姉ちゃんに!?

 

 

神原 翔子(かんばら しょうこ)、Artemisのリードギター。

誕生日は10月15日のB型年齢は企業秘密らしい。

好きなバンドはBLAST。

好きな食べ物は焼肉。

嫌いな食べ物はマーマレード。

必殺技は踵落とし。

趣味はお風呂。

Glitter Melodyである美緒達の学校の軽音楽部の顧問をしている。Glitter Melodyの睦月の家の近所に住んでいて、睦月が幼い頃からギターを教えている。男勝りな性格だがトシキの前に行くと、何故かしおらしくなる。何でだろ?」

 

何でだろ?って…!!何でわかんないの!?

それって翔子お姉ちゃんはトシキさんの事…って訳じゃないの!?………まぁ先輩だしなぁ。

 

 

瀬羽 澄香(せば すみか)、Artemisのベーシスト。

誕生日は8月5日のO型20歳にはなってるらしい。

好きなバンドはOSIRIS。

好きな食べ物はオムレツ。

嫌いな食べ物はみょうが。

必殺技は爆熱ゴッドフィンガー。

趣味は映画鑑賞(特に任侠映画)。

Canoro Feliceの姫咲が幼少の頃より執事として仕えていた。クリムゾンエンターテイメントから身を隠す為に、男装してセバスとして生活をしていた。姫咲がCanoro Feliceに入り、強くなったと感じた澄香はセバスの姿を捨て、女性として生活するようになる。しかしたまにセバスの頃の癖が出る」

 

澄香お姉ちゃんもこの15年ずっと大変だったんだね。

そういえば姫咲ちゃんはキュアトロのユキホに憧れてベースを始めたって言ってたけど、その頃から澄香お姉ちゃんが姫咲ちゃんにベースを教えたのかな?

 

 

月野 日奈子(つきの ひなこ)、Artemisのドラマー。

誕生日は7月7日のAB型見た目は子供、頭脳も子供。

好きなバンドはFairy April。

好きな食べ物はクレープ。

嫌いな食べ物はブラックコーヒー。

必殺技は駄々っ子パンチと地団駄キック。

趣味はFX。

SCARLETの創始者。音楽事務所を創設する為にゲーム会社やグッズ制作会社で資金集めをしていたが、会社が大きくなり過ぎた為、音楽事務所をやらないかとファントムに持ち掛けた。昔からこいつの考えや企画はぶっ飛んでいて、BREEZEのメンバーは何度か命の危機に合っている。正直クリムゾンよりこいつの方が怖い」

 

日奈子お姉ちゃんの企画とかって、そんなにヤバいの?

 

 

「さぁ!それじゃあ次はSCARLETのメンバーの紹介といこうか!」

 

SCARLETのメンバー?手塚さんとあの有希ちゃんって子しか私は知らないんだけど…。まぁ日奈子お姉ちゃんも来夢もSCARLETのメンバーっちゃメンバーだけどね。

 

 

手塚 智史(てづか さとし)、SCARLETの幹部。

誕生日は4月30日のA型45歳。

好きなバンドは四響のラファエル。

好きな食べ物は里芋のにっころがし。

嫌いな食べ物はきゅうり。

必殺技は偉そう。

趣味は切手集め。

元クリムゾンエンターテイメントの幹部で、クリムゾンに敗れたバンドを自分の部下に迎えていた。自由が無くても音楽をやれる環境を作ろうとしていた。Artemisとアルテミスの矢と出逢い、考え方を改めてBREEZEの仲間になるが、タカと日奈子はこいつが嫌い」

 

先輩も日奈子お姉ちゃんも手塚さんの事嫌いなんだ…。でも、自由が無くてもバンドに音楽をやれるようにしようとはしてたんだから、いい人なのかな?英治さんやトシキさんは慕ってるような感じだったし。

 

 

風音 有希(かざね ゆき)、SCARLETのバンドのボーカル。

誕生日は12月4日のB型25歳。

好きなバンドはOSIRIS。

好きな食べ物は麻婆豆腐。

嫌いな食べ物は焼いた野菜。

必殺技は何かしらのスタンド能力を有しているらしい。

趣味は不明。

クールで静かな女の子。他のバンドメンバーは不明。色んなライブハウスにライブを観に行き、そこに介入してくるクリムゾンのミュージシャンと戦っていたらしい」

 

え!?有希ちゃんって25歳!?しかも先輩と誕生日一緒!?確かに大人びてる雰囲気はあったけど、私と同じか下くらいだと思ってたよ…。

 

次はクリムゾンエンターテイメントの紹介かぁ…。

 

 

「みんな!ファントムとSCARLETの事はわかってもらえたかな?次は私達の敵!クリムゾンエンターテイメントの紹介だぁぁぁぁぁ!」

 

「スト~~ップ!!!」

 

え?はい?

 

「なっちゃんもタカちゃんも英治ちゃんも、何をやっているの?」

 

私がクリムゾンエンターテイメントの紹介に入ろうとすると、スタジオ内に日奈子お姉ちゃんが入ってきた。

 

「あ?お前がファントムの紹介動画が撮りたいって言ったんだろ?だから俺達がだな…」

 

「そうそう。それにちゃんと手塚さんの許可も得てるぞ?日奈子は聞いてないのか?」

 

え?何何?

 

「ふぅん…手塚にはなっちゃんの紹介動画を撮るって聞いてるよ。私もちゃんと許可出したし。だからスタッフもこうやって撮影してくれてるんだと思うけど」

 

「だったら何で止めた?お前の紹介が気に入らなかったのか?」

 

どうしたんだろう?何か問題かな?

 

「あのね。私はファントムの紹介動画を撮りたいとは依頼したよ。でもそれは、ファントムのバンドを番組のエンディングで流すMVとかのつもりだったんだけど?」

 

え?それって……。

 

「何だと!?だったら最初からそう言えよ!手塚だってそんな事言ってなかったぞ!?」

 

「その台本っての手塚に見せた?」

 

「ああ、英治のやつが見せたはずだ」

 

「本当?」

 

「ん?台本は見せてねぇぞ?」

 

「「は?」」

 

え?台本見せてないの?もしかして私達の今までの撮影って…。

 

「いや、待て英治。少し落ち着こう。手塚から日奈子がファントムの紹介動画を撮りたいと依頼を受けたな?」

 

「ああ、間違いねぇな」

 

「そんで俺とお前で紹介動画って何だろうなぁ?って悩みながら適当に台本を作ったよな?」

 

「ん?ああ、ファントムのメンバーを手分けして紹介台本を書いたな。何か問題が?」

 

「んで、台本が書き終わったから、手塚にこれでいいか確認して撮影の許可貰ってくれって頼んだよな?」

 

「手塚さんには台本も出来たから撮影の許可くれと言ったぞ(ドヤァ」

 

英治さん!?何でドヤ顔!?

 

「………らしいぞ日奈子」

 

「SCARLETのボスとして、私がこんな台本OK出せる訳ないよね?FABULOUS PERFUMEの正体バラしちゃってるし、梓ちゃんの事とかSCARLETの事まで暴露しちゃってるし。放送出来る訳ないよね?」

 

え?放送出来ないの?私頑張ったのに?頑張ったよ?

 

「よし、渚、英治。スタッフの皆さんに挨拶して帰ろうか」

 

「ははは、まさか手塚さんに台本を見てもらってから、確認を取って欲しかったとは思わなかったぜ」

 

「あの~。先輩?英治さん?」

 

「「申し訳ございませんでした」」

 

先輩と英治さんの綺麗な土下座を見た私は、誰にでもミスはあるもの。今から居酒屋そよ風に行って全部先輩と英治さんの奢りという事で許してあげる事にした。

 

 

 

----------------------------------

 

 

 

「……と、いうわけだ。我々はファントムのバンドには手を出さない。よろしく頼むよ」

 

「承知しました、海原総帥」

 

「九頭竜…お前は何を言ってやがる。このクリムゾンエンターテイメントを守ってきたのは俺とお前だろ?

クリムゾンエンターテイメントを今のようにでかくしたのは俺だ。海原…あんたアメリカに行って腑抜けになっちまったのか?えぇ?」

 

「海原さん。私もそう思います。ファントムのバンドは私達クリムゾンエンターテイメントには邪魔な存在だと思いますが…」

 

「黙れ小暮。俺はお前の事も認めてねぇ。

海原、あんたが社命だというからJOKER×JOKERとinterludeを小暮の手駒にしてやったが、それはBlaze FutureとLazy Windを潰す為だ。それがファントムのバンドには手を出すなだと?ふざけた事をぬかすなよ!」

 

「二胴!海原総帥に対して何だその口の聞き方は!!」

 

「九頭竜くん、構わないよ。確かに日本でクリムゾンエンターテイメントを守ってきたのは、二胴くんと九頭竜くんだ。私は高く評価している。ありがとう」

 

「海原総帥……ありがたきお言葉!」

 

「ハッ、だったらどういうつもりで、ファントムに手を出すなと言ってやがるのかお聞かせ願いてぇな!15年前に俺達は葉川や宮野、あいつらのBREEZEとアルテミスの矢を潰せなかったから、俺達は遠回りする事になった!

今、葉川がまた歌い出しやがったんだぜ?早目に潰しておかねぇと15年前の二の舞だろうがっ!」

 

「海原さん、お言葉ですが私もそう思います。ファントムのバンドはこちら側につかないのであれば、早目に潰しておいた方がいいのでは?私は出来れば潰さずにこちら側につけたいというのが本音ですけどね」

 

「小暮も甘ぇ!あいつらがこっち側につくなんて、天地がひっくり返ってもありえねぇんだよ!だったら潰すしかねぇだろ!九頭竜!お前だってDivalは潰しておきたいんだろ!?」

 

「た、確かにDivalはオレの計画には邪魔でしかないが…」

 

「落ち着きたまえよ二胴くん。キミは多くのバンドを集めクリムゾンエンターテイメントを大きくしてくれた。そして、小暮くんがクリムゾングループから才のある人材を引き抜き、それこそキミの求めていた最強のバンドを育成してくれる。確かにタカ達は邪魔だが、我々のやろうとしている事に比べれば些細な問題だ。

それこそ遠回りをするわけにはいかないのだよ」

 

「些細な問題だと?15年前にアメリカに逃げたあんたがそんな事を言うのかよ?ファントムのバンドには聖羅の娘もいる。あんたは孫が可愛くてしょうがねぇんじゃねぇのか?何ならもう隠居してくれても構わないんだぜ!?」

 

「ほう…まさか盛夏の事を知っているとはな。さすが情報は早いな。だがそんな事は関係無いよ。私を誰だと思っているのかね」

 

「ハッ!どうだかな!」

 

「やれやれ、私はまたアメリカに戻らなくてはならないし、完全に日本に戻るのは先の話になるから、まだ内緒にしておきたかったのだが…」

 

「そのままアメリカから戻って来なくてもいいんだぜ?俺はファントムを…今度こそBREEZEもArtemisも潰す。その為に集めたクリムゾンエンターテイメントだ!」

 

「だからアルテミスの矢である雨宮くん達も我々に取り込んだか…。まぁアルテミスの矢の事はいいだろう。クリムゾンエンターテイメントのミュージシャンとして、活躍してくれるなら私には関係ない。ただ……」

 

「ただ?何だ?」

 

「私が知らないと思っているのか?足立が復活し動き出したという噂がある。キミは足立を探しだしてまたクリムゾンエンターテイメントに所属させようとしているね?」

 

「足立は最強のミュージシャンだからな。今度は俺の手駒とする。幹部なんかにしてあいつの上に誰もつけなかったから、あいつが暴走しただけだ。俺ならあいつも上手くコントロールしてみせる。葉川との決着を餌にくれてやったら喜んで食いついてくるだろ」

 

「そこには賛同出来ないな。キミ程の男がその程度でしかヤツを見れないとは…。せっかく15年前に私が見捨てたのに…」

 

「何だと…?」

 

「私がファントムに手を出すなというのはね。我々クリムゾンエンターテイメントは、もっと強大な敵を相手にせねばならないからだ」

 

「強大な敵…ですか?」

 

「クリムゾンミュージックだよ。

せっかくクリムゾンエンターテイメントがここまでの力を蓄えたのだ。そして、アーヴァルのダンテが救出され、かつてのアーヴァルのマスターとラモがアヴァロンという組織を創り、クリムゾンミュージックと戦う。これ以上の機はないだろう?」

 

「「「クリムゾンミュージックを!?」」」

 

「どうかね二胴くん、ファントムに…タカや拓斗に構っている場合ではないと思うのだが?」

 

「クリムゾンミュージックを…?私達…共食いを?」

 

「さすが海原総帥…心…洗われました」

 

「クリムゾンミュージックを潰す…?パーフェクトスコアを…俺達の手に…」

 

「そこで九頭竜くんには引き続きアルティメットスコアを。そして小暮くんにはアルティメットスコアを歌える最強のバンドの育成を。二胴くんはファントムに囚われず、クリムゾンミュージックに反抗的なバンドと、我がクリムゾンエンターテイメントのバンドで戦っていってもらいたい」

 

「「「……承知しました」」」

 

「(やれやれ、何とかなったか…。このままファントムと戦って無駄に我々の戦力が削られれば、クリムゾンミュージックにはとても敵うものではない。足立なんぞに戻って来られればヤツの毒で我々自身が倒れる。九頭竜に念を押しておくか……)」

 

「アルティメットスコアはお任せ下さいませ!

(フフフ、海原総帥はオレのアルティメットスコアに期待してくれている。海原総帥の悲願の達成の為、必ずアルティメットスコアを完成させてみせる。しかし、海原総帥はmakarios biosの事をお話になられなかった…?なるほど、そういう事か…)」

 

「ご安心下さい。必ずアルティメットスコアを歌える最強のバンドを育成してみせますわ。

(あははははは、やっばい…笑っちゃいそう~。でも我慢しなきゃね。ファントムに手を出すな。って言われた時はどうしようかと思ったけど、クリムゾンミュージックを相手に戦うんだ?面白~い。やっぱクリムゾンエンターテイメントに配属されて良かったぁ~♪)」

 

「あんたの言う通りにさせてもらう…だがやはり葉川達は…。

(クリムゾンミュージックを潰すだと?面白い。パーフェクトスコアを俺が手に入れるチャンスだな。それまではこいつに従順な振りの方がいいか…。いつかあんたも潰すけどな海原…)」

 

「ああ、そうそう。ファントムには手を出すなとは言ったが、もし彼らが我々の邪魔をして来た場合はその限りではないし、彼らが参加するようなギグイベントに我々のバンドの出演が『たまたま』重なった場合もその限りではない。全力で相手にしてやるといいよ。

(九頭竜はまだしも二胴と小暮は何をしでかすかわからないからな。餌は与えておいた方がいいだろう。タカ達が邪魔であるのも確かだしね)」

 

「承知しました、海原総帥!

(オレは動かない方がいいか…?いや、makarios biosならDivalも…)」

 

「『たまたま』一緒になった場合ですね…。

(ヤバいヤバい…楽し過ぎる…!!初音ちゃんでも遊んでいいんだね?)」

 

「その時は俺の駒を使わせてもらう。

(なるほどな…俺が暴走しないように餌をぶら下げてきたか…。やはり足立は早目に見つけておくか…)」

 

「では私は明日アメリカに戻る。後は任せたよ」

 

「「「はい!畏まりました!!」」」

 

 

 

 

私達はクリムゾンエンターテイメントでそんな事が話されている事も知らず…、居酒屋そよ風で美味しいご飯とお酒を楽しんでいた……。



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第40話 そして日常へ

すみません。諸事情によりミクの名前を今回から未来→美来に訂正します…。過去のお話でも修正しました。 読み方はそのままミクですのでよろしくお願いします。





長かった夏休みも終わり、今日から二学期が始まる。

南国DEギグへ行く為にファントムに集まったあの日。

あれからまだ2週間も経っていないというのに、まるで半年以上も前な気がする…。

 

俺の名前は江口 渉。

南国DEギグの開催された南の島では巨大タコに殺されかけた…。その事もあったからだろう。

俺はまだ夏休みの宿題が終わっていなかった。

本当にどうしようか…?

 

「二学期も始まったとこだけどな。今日からこの学校に転校してきた生徒を紹介する。喜べ男子共、可愛い女の子だぞ。さ、入って来て自己紹介を」

 

担任の先生がそう言って、1人の少女が教室に入って来た。

 

「……観月 明日香。今日からこのクラスに厄介になる。だけどあんまりよろしくする気はないから」

 

〈〈ザワザワ〉〉

 

明日香のヤツうちのクラスになったのか。

 

「キャー!やったー!明日香ちゃーん!同じクラスだよー!」

 

「明日香。今日からはクラスメートとしてもよろしくね」

 

そう言ってさっちと雨宮が立ち上がった。

さっちはともかく雨宮があんな事をするなんて珍しいな。

 

「げ…紗智も志保も同じクラスなの…?」

 

「なんだ観月。河野と雨宮の知り合いか?

だったら席は………あいつらの横は空いてないから…。

おい、江口。お前の隣の席にしようか。観月、あの窓際でカッコつけて黄昏た振りしてるヤツの隣の席に行ってくれ」

 

あ?俺の隣の席?てか黄昏た振りなんかしてねぇからな?

 

「渉も同じクラスなの…?めんどくさ…」

 

 

 

 

今日は始業式という事で授業は無いが、10月には文化祭と体育祭もあり、11月には修学旅行もある。その為、今日は11月にある修学旅行の班決めをする事になっていた。班は男子4人、女子4人の8人で班を作る事になっている。

だから班を決めて早く帰りたいんだけど、やはり転校生は珍しいのか、班決めよりもみんな明日香に群がっていた。

 

 

「観月さんってどこから転校して来たの?」「何か部活やってたとかある?」「彼氏とかいるの?」「今日のパンツ何色?」「好きな食べ物とかある?」

 

 

「明日香って質問責めにあってるねぇ~」

 

「まぁ転校生なんて珍しいしな」

 

「何でパンツの色とか聞かれてるんだろ…?」

 

「観月さんも大変だよね…」

 

俺は雨宮とさっちと拓実と一緒に居る。

雨宮も今週の土曜日はGlitter Melodyとのライブもあるだろうし、早く帰って練習したいだろうな。

 

「それより修学旅行の班はどうする?俺と拓実は決定としても、雨宮とさっちも一緒の班になるか?」

 

「江口と同じ班とか正直問題起こりそうで嫌だけど、他に話せる人とかいないしね」

 

「でも男子2人と女子2人でしょ?後はどうしよっか?

僕もあんまり他のクラスメートとは話さないしね。大体のクラスメートはグループも出来上がっちゃってるし」

 

「そこは大丈夫だよ。後は女子1人。出来れば明日香ちゃんと一緒になりたいけどね~」

 

後は女子1人?さっちの友達の男子2人と女子1人を紹介してくれんのか?同じクラスなのに紹介って何か変な気もするけど。

 

「ちょ、ちょっとごめん……」

 

俺達がそんな事を話していると、明日香が質問責めしているクラスメートの群れの中からこっちへやって来た。

 

「明日香?どした?」

 

「あのね…。私めちゃ困ってたじゃん?パンツの色とか聞かれるし…。助けに来てよね」

 

「あはは、ごめん。やっぱ観月さんも困ってたんだ?」

 

「そりゃね。それより修学旅行って何?班決め?あんまりよくわかってないんだけど」

 

 

俺達は修学旅行の事。11月に京都と大阪に3泊4日する事と、男女4人ずつの班を作って行動しなきゃいけない事を簡単に説明した。

 

 

「なるほどね。修学旅行も行かないと皆勤にならないか…。ねぇ、どうせ紗智と志保は同じ班でしょ?私もその班に入れてよ」

 

「明日香ちゃぁぁぁぁん!!」

 

「ちょ、紗智…!」

 

さっちは明日香に抱きついた。なるほど百合か。

 

「江口?あんまそんな事ばっかり考えてると、本当に彼女出来ないよ?」

 

安定に俺の心は読まれてるな。うん。

 

「と、とにかく、女子も4人で班を作らないといけないなら、志保と紗智ともう1人女子がいるよね?志保か紗智の友達?どの子?」

 

「あ、うん。もうちょっとしたら来ると思う」

 

来ると思う?どういう事だ?

 

「おう。渉、拓実」

 

「え?あれ?明日香ちゃん…?渉くん達と…同じクラス…なの?」

 

亮と井上が俺達のクラスへとやって来たようだ。

何の用だろ?もう亮達のクラスは修学旅行の班決め終わったのかな?

 

「あ、秦野くん井上くんいらっしゃい」

 

「何であんたらがうちのクラスに?」

 

「ん?ああ、オレと井上は渉達と同じ班になろうと思ってな。こっちに来たんだよ」

 

「は?この学校ってクラスが違っても、修学旅行で同じ班になれるの?」

 

「いや、そんな事ないよ?亮、それってどういう事?」

 

「あ?お前らのクラスのラオウとトキがうちのクラスに来て、ケンシロウと同じ班になりたいからって、オレと拓実がこっちのクラスと交代する事になったんだよ」

 

え?それ何理論?そんな事がまかり通るの?

 

「なるほどね……それでボクのクラスにもボクと交代しようって女子が来たんだね…。せっかく班決めしてたのにさ…」

 

「栞ちゃん?」

 

「え?栞もうちのクラスの子と交代?どうなってんの?」

 

何がどうなってんだ?うちのクラスから男子2人が亮と井上と交代して、小松もうちのクラスの女子と交代?

 

「ふっふっふー!実は私がそうしておいた!」

 

さっちが!?

 

「ちょっと…河野さん?どういうつもり?ボクせっかくクラスの友達と班作ってたんだけど?」

 

「小松さんも井上くんと一緒に修学旅行まわりたくない?(ボソッ」

 

「は?な、何言ってるの?何でゆーちゃんなんかと…」

 

「小松さんも漫画とかアニメ好きだよね?青春ラブコメモノとかって修学旅行で色々あるでしょ?いいの?他の女の子が井上くんとそうなっても?心配じゃない?(ボソッ」

 

「~~!?ゆ、ゆーちゃんとそんな事になったらその女の子がかわいそうだから、しょうがなく同じ班になってやる!」

 

なんだ?小松とさっちは何を話してんだ?

 

「って訳で、私達の班は秦野くんと井上くんと江口くんと内山くん。そして、志保ちゃんと明日香ちゃんと小松さんと私♪8人揃ったね!やったー!」

 

いやいやいや、いくらなんでもこれは無理だろ?

そんな事許されたら収拾つかなくなるんじゃねーか?

 

「ちょっとさっち。これってどういう事よ?あたしとしてはファントムのメンバーでってのは気楽でいいけどさ」

 

「そ、そうだよ。いくらなんでも先生が許してくれないんじゃない?」

 

「それは大丈夫。僕が許可しておいた」

 

「「「「東山先生!?」」」」

 

「今年の修学旅行は実験的に別のクラス同士でも班を組める事にしようという事になってね。条件としてはクラス同士で同じ人数の交代メンバーがいる事。秦野も井上も小松もこのクラスからの交代メンバーがいるから問題はないんだよ」

 

「そういう事だよ。だから私は秦野くん達のクラスメートと交代したいだろう男子2人と、小松さんのクラスメートと交代したいだろう女子を調べて話を持ち掛けたんだよ」

 

そうだったのか。いつの間にそんな事になってたんだ?

昨日まで夏休みだったはずなのにな…。

 

「まぁ何にせよ無事に班が決まって良かったじゃん。

あたしこないだ渚の実家行けなかったし、関西とか初めてだし楽しみだよ」

 

「お、雨宮は関西行った事ねぇのか?USJとか道頓堀とか楽しいとこいっぱいあるぞ」

 

「意外だな。渉って関西に行った事あんのか。オレも行った事ねぇのに」

 

「いや、ないけどな。テレビでよく観る」

 

「あ、渉くんも関西行った事ないんだ…」

 

「まぁまだ11月だから先だしな。それまでにお前らみんなライブもあるだろ?そっちもしっかり頑張れよ」

 

「東山先生こそGlitter Melodyのオープニングアクト頑張ってよね。あたしらDivalも出演すんだしさ」

 

あ、そうだよな。東山先生もNoble Fateのメンバーなんだし、次の土曜はライブなのか。

 

「ははは、僕も初ライブだし緊張はしてるけどな。盛り上げてみせるさ」

 

「オレらも観に行かせてもらいますんで」

 

「てか、東山先生ってボクらのクラスの担任じゃん?江口 渉達のクラスに何か用があって来たの?」

 

「ん、ああ、そうだった。お前らの中で今日ファントムに行くヤツいるかな?」

 

ファントム?俺は別に行く予定はないけど何だろ?

 

「あ、なら私が行こうか?次の私達のライブの為にやりたい事あるんだけど、やっていいかどうかを、英治さんと初音ちゃんに聞いておきたい事あるし」

 

次の明日香のライブ?俺達も出してもらうLazy Windのライブの事かな?

 

「おい、観月。それってオレ達との対バンライブの事か?それだったらオレ達も聞いておきてぇんだけど」

 

「それってもしかして拓斗さんの考えた企画とか?」

 

「え?いや、拓斗は関係ないけど…聡美と架純と私とで考えただけで…」

 

「そ、それなら僕らも行ってもいい…かな?僕らも何か力になれるかもだし…」

 

「よし!じゃあAiles Flammeのみんなで明日香ちゃんと一緒にファントムに行こう!私もAiles Flammeのチューナーだからね。私ももちろんついて行くよ」

 

「は?何で?」

 

「じゃあ、あたしも行こうかな。渚も仕事だし家に帰っても1人になっちゃうし」

 

「じゃ、じゃあボクも行く!修学旅行の班のみんな行くのにボクだけ行かないのって何か嫌だし!」

 

「ははは、お前ら仲良いな。じゃあ悪いんだけど、英治さんか初音ちゃんにコレを渡しててくれないか?」

 

そう言って東山先生は包みを明日香に渡していた。

 

「これは?」

 

「ああ、Noble Fateのデモ曲だ。先に英治さんに聴いてもらってNoble FateからGlitter Melodyに繋ぐ間の演出を決めてもらおうと思ってね」

 

ああ、なるほどな。そういや俺達がevokeのオープニングアクトをさせてもらう時も、井上がデモテープ持って行ってくれたっけ。

 

「わかった。渡しておきますから安心して下さい」

 

「ごめんな。僕達は今日もスタジオ練習入れてるから、行けそうになくてな」

 

そう言って東山先生は教室から出ていった。

 

「今からファントムか…どうしよっか?みんな着替えてから行く…?」

 

「そうだね。どうしよっか?あたしは別に制服のままでもいいけど」

 

「……井上。1つ確認したいんだが、着替えに帰った場合はシフォンでファントムに来るのか?」

 

「亮くん?う~ん…やっぱシフォンの方が話しやすいし…」

 

「よし、帰ってから着替えてファントムに集まろう。昼飯もファントムで食おうぜ。な?そうしよう」

 

「秦野 亮……お前…」

 

「ねぇ志保ちゃん。秦野くんってやっぱりなの?」

 

「ごめんね、さっち。今まで言えなくて……」

 

 

そして学校も終わり、俺達は帰宅して着替えてからファントムに集合しようという事になった。

ただ昼飯は食って終わってから、昼過ぎから集合って事になった。

まぁ、着替える為だけに帰るのってめんどくせぇもんな。

 

 

「わ、私は達也さんに頼まれたコレを渡して、英治さんに少し話をしたら帰りたかったのに……」

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

あたしの名前は雨宮 志保。

学校から帰宅したあたしは今から着替えて、ファントムに向かおうとしていた。

 

「あたしは別に制服のままでも良かったんだけどな」

 

そう思ってテーブルに目をやった時だった。

 

「え?」

 

テーブルの上に見覚えのある巾着が置いてある。

あれってまさか……。

 

「あ!やっぱあたしの作った弁当じゃん!

夏休みの間は弁当無しだったからね。渚も忘れて行っちゃったんだ…」

 

どうしようかな?渚もいい社会人だしお金はあるだろうからお昼には困らないだろうけど…。

 

渚もお金は持ってる?

あたしはいつからそう錯覚していた?

 

夏と言えば渚の大好きな夏の祭典もある。そして、最近渚は『渚ちゃんルーム』に入り浸る時間が長かった…。つまり色々買いすぎて金欠の可能性がある。

 

とは、思ったけど渚の職場には貴もいるし大丈夫か。

 

 

『先輩…志保のお弁当忘れて来ちゃいました…』

 

『は?そうなの?ならラーメンでも食いに行くか?』

 

『でも…夏は色々あって…お金もありませんでして…』

 

『はぁ…しゃあねぇな。金は貸してやるよ…』

 

『先輩…ありがとうございます。身体で払えばいいですか?』

 

『そうだな。身体で返してもらうか。もちろん前借りでな!』

 

『あぁ、先輩……!!』

 

 

いや、ないね。まずないわ。

 

でもどうしようかな?今から着替えずになら、あたしの分のお弁当を作って渚の職場まで行ってあげても、お昼休みには十分間に合うかな?制服のまま行くのかぁ…。

 

 

『あ、貴。渚いる?お弁当忘れて行ったみたいだから、持って来たんだけど?』

 

『ああ、あいつなら居るぞ。そうか弁当忘れて来てたのか。お昼抜きだぁ~!とか嘆いてたから何事かと思ってたわ』

 

『はい。これ渚のお弁当。ちゃんと渚に渡してね』

 

『……渚に渡さないとダメか?俺が食べちゃいたいんだけど』

 

『え…?貴…あたしの弁当…食べたいの?』

 

『ああ。俺が食べたい。そして志保、制服姿のお前も可愛いな。お前もこのまま食べちゃいたいくらいだ』

 

『え?そんな…貴…ダメだよ…』

 

『デザートにと思ったが…やっぱりお前は前菜にいただいちゃうぜ!』

 

『あぁ、ダメ…貴……!!』

 

 

いやいやいや、ないよないない。

あたし何考えてんの?アホなの?

 

「………しょうがない。渚にお弁当を届けてあげるか」

 

あたしはやむを得ず渚にお弁当を届けてあげる事にした。貴とあたしの分も作って行こうかな。

 

 

 

 

あたしは今、渚の職場に向かっている。

電車に乗るとすぐらしいけど、電車賃も勿体ないしね。歩いても20分くらいらしいし、歩いて向かっていた。

 

「ん?あれ?あそこに居るのって奈緒と沙織さん?」

 

渚の会社に向かう途中のお洒落なパン屋さん。

そこはすごい行列が出来ていた。

その行列の中にあたしは奈緒と沙織さんを見つけたのだ。

 

「奈緒、沙織さん、こんにちは」

 

「え?あ、志保?」

 

「志保ちゃんもここに?こんにちは」

 

「いえ、あたしはちょっとこの近くに用事がありまして。そしたら奈緒と沙織さんを見掛けましたから」

 

あたしは奈緒と沙織さんに挨拶をと思い、声を掛けた。

 

「お二人が一緒って珍しいですね」

 

「私は今日は少しお昼休みに出遅れてしまってね。いつもこのパン屋にお昼を買いに来ていたのだが…。まさかこんなに並んでいるとは…」

 

あ、あたし達の前だからかな?喋り方がシグレさんだね。

 

「私はここのパン屋が美味しいって聞いたからね。ちょっと遠出して買いに来たんだ~。そしたらこんなに並んでてね。たまたま沙織さんに会ったんだよ」

 

へぇー、たまたま一緒になったんだ?

ここのパン屋ってそんなに美味しいのかな?

 

「志保こそこの辺に用事って?あ、貴と渚に用事かな?」

 

「奈緒も貴達の職場知ってるの?」

 

「ああ、うん。何度か仕事終わりの渚と待ち合わせしてたしね」

 

「葉川くんと渚さんの職場もこの近くなの?知らなかったなぁ…」

 

って事は沙織さんの職場もこの辺なんだ?

確かにこの辺はオフィス街って感じだもんね。

 

「あの~…すんません。ちょっといいですか?」

 

あたし達が話をしていると奈緒の後ろに並んでいた女性が話し掛けてきた。

ヤバッ、もしかしてあたし知り合いがいるからって横入りしようとしてる人と思われちゃったかな?

 

「やっぱり志保さん?」

 

「え?」

 

あたしの名前を知ってる?

あたしは声を掛けてきた女性の顔を見てすぐに誰だか思い出せた。

 

「小夜さん?」

 

「え?この方は志保のお知り合い?」

 

あたしに声を掛けてきたのは、夏に貴に連れていってもらった旅行先で会った女性だった。こんな近くの人だったんだ…。

 

「はい。志保さんには以前お世話になりまして。あの時は助かりました」

 

「いえ、無事に荷物を取り返せて良かったです」

 

「志保さんもこの辺りの方だったんですね。何か運命的なの感じちゃいますね」

 

「あはは、本当に。美来さんもお元気ですか?」

 

「元気過ぎるくらいに…今日はあの子は遠出してラーメンを食べに行っちゃって。『あ、まずい。今日はラーメン食べないと昼から頑張れない。むしろ死ぬかも知れない。これはラーメン食べに行くしかない。何人たりともあたしを止める事は出来ない』とか言って…」

 

何か貴とか美緒みたいだなぁ…。

 

「何か貴とか美緒みたいな人ですね…」

 

奈緒もそう思ったんだ?

 

「志保さんもここのパンを買いに?」

 

あ、そうだった。忘れてた。

 

「あ、私はパンを買いにじゃなくて、近場に用事がありまして。時間も無いのでそろそろあたしは行きますね」

 

「そうなんですね。私の職場ここの近くだからお昼時はよくこの辺にいますし、良かったらまた今度お礼させて下さいね」

 

「いえ、お礼なんてお気になされずに…!

奈緒、沙織さん、それじゃあたしも行きますね」

 

「ああ、またね。志保ちゃん」

 

「うん、またね。あ、そうだ。今日は帰りにファントム行こうかなって思ってるんだけど」

 

「あ、そなの?あたしも用事が終わったら、ファントムに行くしさ。また夜に会おうよ」

 

「オッケー。仕事終わったらすぐ向かうよ」

 

そうしてあたしは、奈緒と沙織さんと小夜さんと別れた。

それにしても小夜さんって久しぶりだったなぁ。

声を掛けてくれなかったら気付けなかったよ…。

 

 

 

 

渚の会社に着いたあたしは、入り口に置いてある電話で『ご用の方はこちら』と書かれている内線番号に掛けてみた。

 

『はい。株式会社……』

 

うわぁ。すごい綺麗な声の人だなぁ。

ちょっと緊張しちゃうよ…。

 

「えっと、すみません。あたし、ウェブ事業部の水瀬の家族の者で志保と申します。水瀬 渚はいらっしゃいますか?」

 

家族の者って言った方がいいよね。

門前払いされても困るし。

 

『え?志保ちゃん?水瀬さんに用事?ちょっと待ってて』

 

この声…もしかして真希さん?

 

-ガチャ

 

「志保ちゃん、ヤッホー」

 

少ししてからドアが開けられ、そこから綺麗な女性が出てきた。え?誰?本当に真希さん?

 

「あ、あの…真希さん…ですか?」

 

「あはは、やっぱりこの格好じゃパッと見、私ってわかんないか。花音もわかんなかったみたいだし…」

 

髪も束ねてるし、眼鏡も掛けてるし、いつもの感じと全然違うもんね。メイクもいつもと少し違うかな?

内線に出てくれた時の声も全然違ってたもんね。

何か…大人だ…!

 

「あ、それで志保ちゃんは今日はどうしたの?

とりあえずついて来て。葉川と水瀬さんは隔離部署だからフロアが違うんだよ」

 

え?フロアが違うの?渚も貴も隔離部署って言ってたけど、本当にそんな隔離されてるんだ……。

 

あたしと真希さんは階段で1つ上のフロアに上がり、ある部屋の前まで来た。

 

「ここだよ」

 

そして真希さんがドアをノックしようとした時だった。

 

 

『先輩…コレ…ちょっと大きすぎじゃないですか?』

 

『は?んな事ねぇよ』

 

『こんなの…入らないですよ…』

 

『いいから早く上に乗れよ』

 

『ちょっと…怖いです…』

 

『俺が上になるよりいいだろ?』

 

 

「「え!?」」

 

え?何?貴も渚も中で何やってんの?

 

 

『ん…や、やっぱり…入らないで…す』

 

『あ?無理そうか?』

 

『も、もうちょっと頑張ってみます…先輩?もうちょっとだけ我慢してくれますか?』

 

『あ~、はいはい』

 

『コレ…やっぱり大きすぎですって…あ、でも入りそう…』

 

『いけそうか?やっぱり俺がやるか?』

 

『だ…大丈…夫……ん…もうちょっと…。あ、入りました!』

 

 

「ちょっ…!葉川も水瀬さんも何やってるの!?」

 

「こ、これまずくないですか?ど、どうします?」

 

「さ、さすがにこれは見過ごせないでしょ…いくら2人きりだからって仕事中になんて…!」

 

で、でも今入ったりしたら…そ、その…え?どうしよう…?

 

「行くよ!志保ちゃん!」

 

え?マジで?

 

真希さんは思いっきりドアを開けた。

 

「は、葉川!水瀬さん!あんたらナニやって……え?」

 

あたし達がドアを開けて中を覗いた時に広がっていた光景は、貴が床に四つん這いになり、その上に渚が乗って、蛍光灯の交換をしているところだった。なんじゃそりゃ……。

 

「あ?木南に志保?どした?」

 

「何で志保がここに居るの?」

 

「あ、あの…葉川と水瀬さんに…用事だって…」

 

「え?う、うん…。渚、お弁当忘れてたから…」

 

「あ、もうそんな時間か?おい、そろそろ降りてくんね?重いんで」

 

「なぁ!?お、女の子に向かって重いとか失礼じゃないですかね!?」

 

な、何の茶番だったんだろうこれは…。

 

 

 

 

「あ、そっか。今日から志保も学校だから、お弁当作ってくれてたんだ?ありがとうね。届けてくれて」

 

「い、いや、別に……」

 

「葉川も紛らわしいんだよ…脚立とかあるでしょ」

 

「あ?脚立ならこないだ社長が、自宅に持って帰ったっきり持って来てもらってねぇんだけど?てか、紛らわしいって何が?」

 

どうやら部屋の蛍光灯が切れたらしく、交換しようと脚立を探したが見当たらなかったらしい。

最初は椅子に乗って貴が交換しようとしていたらしいが、椅子がくるくる回るので安定感が悪く交換出来なかったようだ。

そこで貴が四つん這いになって、渚が交換する事になったらしい。

 

「はぁ…わかった。とりあえず私は仕事に戻るよ。社長にもちゃんと脚立を持って来るように伝えとくわ」

 

「おう、よろしく」

 

「あ、渚達のお昼休みって何時からなの?」

 

「私達は仕事が一段落した時に、好きな時間に1時間休憩って感じだよ」

 

「まぁせっかく志保も来てくれたんだし、俺らも昼休みにすっか。志保の分の弁当もあんならここで食ってもいいぞ?俺はラーメンでも食いに行くし」

 

「あ、あたしの分もあるけど、貴の分も作って来たんだよ。ついでだったし」

 

「え?マジで?」

 

「ヘェー?ついで?」

 

あたしは貴と渚にお弁当を渡して、椅子とお茶を出してもらい、貴と渚の職場で3人でお弁当を食べるという貴重な経験をした。

 

 

 

「あ、そういやここに来る途中に、奈緒と沙織さんに会ったよ。もぐもぐ」

 

「奈緒の職場ってちょっと離れてるんだけどなぁ?沙織さんの職場って近いのかな?もぐもぐ」

 

「美味しい。もぐもぐ」

 

「何か美味しいパン屋さんがあるみたい。もぐもぐ」

 

「パン屋?どこだろ?先輩知ってます?もぐもぐ」

 

「俺を誰だと思ってんだ?俺はラーメン屋しか知らん。もぐもぐ」

 

ラーメン屋しか知らんって…。ラーメン?あ、そうだ。

 

「その時にさ。小夜さんに会ったよ。小夜さんもこの辺の人だったんだね」

 

「小夜と…?会った?」

 

あれ?どうしたんだろ?

 

「小夜?小夜って誰ですか?もぐもぐ」

 

「ああ、美来の友達だ…」

 

「美来お姉ちゃんのお友達!?

え!?って事は美来お姉ちゃんもこの辺の人なの!?」

 

美来お姉ちゃん?え?渚も美来さんの事を知ってるの?

 

「渚も美来さんの事知ってるの?」

 

「え?うん!美来お姉ちゃんとは南国DEギグの時にね。たまたま出会ったんだよ」

 

「そうなんだ?小夜さんもこの辺の職場って言ってたし、美来さんもこの辺じゃないかな?今日はラーメン食べに何処か行ったらしいけど」

 

「美来お姉ちゃん…。もしかしたらまた…会えるかな…」

 

「美来と小夜は同じ職場仲間って言ってたしな。まさか同じ地元民だったとはな…。

職場がこの辺って事は、やっぱクリムゾンは関係ねぇのか(ボソッ」

 

え?貴?今クリムゾンって言った?気のせいかな?

 

 

あたし達は弁当を食べ終わり、そろそろあたしもファントムに向かわないといけない時間になっていた。

 

「じゃああたしは行くね。渚も貴もお仕事頑張ってね」

 

「「頑張りたくないでござる」」

 

「いや、何でよ……。あ、あたし今からファントム行くしさ。奈緒も仕事終わったら来るみたいだし、渚も貴も仕事終わったら来なよ」

 

「え?やだよ、めんどくせぇ」

 

「わかったよ、志保。ほら、先輩も行きましょうよ~」

 

「もう!じゃあ渚、後でね。貴を引っ張って来てね」

 

「いや、何でだよ。じゃあな。弁当美味かったわ。ごちそうさま」

 

「お弁当届けてくれてありがとうね、志保。また後でね~」

 

あたしは渚と貴と別れ、ファントムへ向かった。

 

 

 

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私の名前は河野 紗智。

まさかバンドマンでもない私のモノローグがあるだなんて…!!

 

「ただいま~」

 

「ん?紗智か。おかえり」

 

私が帰宅すると兄である河野 鳴海が出迎えてくれた。

玄関には靴が4つある。って事は奏さん達evokeで集まっているのかな?

 

私は靴を脱ぎリビングへと向かった。

 

「やぁ紗智ちゃん。おかえり」

 

「そうか。今日は始業式だから帰りが早えぇのか」

 

「グーグー」

 

あ、響さんは寝ちゃってるんだ?

 

「ただいまです。今日はミーティングですか?」

 

「ああ、俺達にはライブ予定が無いからな。どこかの日にちでライブをやれないものかと思ってな」

 

「せっかくファントムでデビューした訳だしな。単独ライブをやろうと思ってよ」

 

そっか。そういえばevokeとFABULOUS PERFUMEはライブ予定無いんだっけ?

Canoro Feliceも次のライブは、ハロウィンまでないみたいだけど…。

 

「紗智。そろそろ昼だしな。俺らは出前でも頼もうと思ってたんだが、お前も出前にするか?」

 

出前かぁ。ちょっとファントムに行く前にブラブラしたいし、私は外で食べて来ようかな。

 

「ううん、着替えたらファントムに行こうと思ってるし、今日は外で食べて来るよ」

 

「ファントムだと?Ailes Flammeとミーティングか?」

 

「そんな感じかな。ほら、もうすぐLazy Windと対バンだし、明日香ちゃんも来るしね」

 

「チューナーは普通のライブにゃ必要ねぇだろ。何処にも行くな。俺と一緒に居ろ」

 

全く…面倒くさいお兄ちゃんだなぁ…。

 

「ほら、Ailes Flammeのみんなにも明日香ちゃんにも、かっこいいお兄ちゃんを自慢したいじゃん?」

 

「何だと!?クッ…それならやむを得んか…」

 

まぁお兄ちゃんの話なんて一切しないと思うけど。

 

「何であいつはあれで許せるんだ?バカなのか?」

 

「きっと鳴海にも色々あるんだろう…」

 

「じゃあ私は着替えてくるね」

 

そう言って私は自室に行こうとした。

 

「………お兄ちゃん?何でついてくるの?」

 

「無論お前の着替えを手伝ってやる為だ」

 

-ドカッ

 

「紗智ちゃん、心配しなくていい。鳴海は俺達が見張っておく」

 

「こいつマジか?年々エスカレートしていってねぇか?」

 

奏さんと結弦さんがお兄ちゃんを殴って、リビングまで引き摺って行ってくれた。三咲さんに格闘術少し教わっておこうかな?

 

私は自室で手早く着替えを済ませ、机の上に置いてある写真立てに目を向けた。

この写真が捨てられてないって事は、お兄ちゃんも私の部屋には入ったりしてないって事だよね。

 

 

『ねぇ志保ちゃん。秦野くんってやっぱりなの?』

 

『ごめんね、さっち。今まで言えなくて……』

 

 

志保ちゃん…謝らなくていいよ。

私も志保ちゃんに言えてない事あるもん…。

 

秦野くんの事はすごくかっこいいと思う。女子のみんなの憧れの的なのも頷ける見た目だ。私もちょっと緊張しちゃうくらいだ。

友達だけじゃなくて、みんなに対してさりげなく優しいところもあるし、勉強やスポーツも出来るし、ちょっと変な所があるけど話しててもすごく楽しい。

 

でもね…好きな人は違うんだよ。

子供の頃からずっと…志保ちゃんに会うよりも、秦野くんに会うよりも前から、ずっと好きだった人…。

 

 

 

-ぐぅ~

 

 

 

そう、ぐぅ~くん。……ぐぅ~くんって誰!!?

 

あ、私のお腹の音か…。

そういえば朝御飯も今日は食べてないんだっけ。

 

私は身支度をして、部屋を出てそのまま玄関から

 

「行ってきま~~す」

 

そう言って外に出た。

 

 

 

 

「ファントムに行く前にお昼ご飯食べないとね~」

 

私はファントムに向かいがてら、商店街をブラブラしていた。

 

「あ、そだ。今日は新刊の発売日だっけ?」

 

商店街を歩いていると、いつも行き付けの本屋が目に入った。あそこの本屋はCanoro Feliceの春太さんとGlitter Melodyの永田さんが、バイトをしている本屋だ。

 

帰りは何時になるかわからないし、先に買っておこうかな?私は本屋に入って、ラノベのコーナーに行こうとした。あ、ラノベって言っちゃったよ…。

 

「あれ?内山くんと夏野さん?」

 

「ん?あ、さっちだ!ヤッホー」

 

「河野さん。河野さんも本を見に?」

 

「うん、ちょっと…ね」

 

私が雑誌コーナーを通り過ぎようとした時、そこには内山くんと夏野さんが居た。

ちょっとこのままラノベコーナーに行くのは、恥ずかしいかな…。

 

「あれ?紗智ちゃん?」

 

「あ、春太さんこんにちは」

 

春太さんも今日はシフトの日か。

う~ん、さすがにこれだけの知り合いに会った訳だし、今日は新刊買うの諦めようかな?

ファッション誌を適当に物色して、ご飯食べに行こうかな。

 

「春くんの休憩時間はまだかなぁ?」

 

「うん、もうちょっとかな。ごめんね、お待たせしちゃって」

 

休憩時間…?ハッ!そうだ!

今からお昼ご飯行ってくるとみんなと別れ、春太さんが休憩に出た頃を見計らって、本屋にまた戻って来て新刊を買っちゃえばいいじゃん。

さすが私だ。瞬時にこんな作戦を思い付くとはっ!

 

「あ、そうだ!私そろそろお昼ご飯に行こ…」

 

「河野さんもお昼まだなんだ?一瀬さんが休憩になったら結衣さんと3人で、ご飯行こうって事になってるんだけど、一緒にどうかな?」

 

な、何だってぇぇぇぇぇぇ!!?

ま、まさか内山くんもお昼まだだったとは…!

さすがに春太さんも夏野さんも行くのに、断るのはすごく気が悪い感じしちゃうしなぁ。

しょうがない。新刊は諦めようかな?

 

「じゃ、じゃあせっかくだし、ご一緒させてもらお…」

 

「あれ?内山くんと夏野さんと紗智さん?」

 

「すごい偶然だね。花音とも会うとは思ってなかったのに、まさかみんな居るなんて」

 

私が内山くん達にお昼を一緒させてもらおうと返事をしようとした時に本屋に入って来た人達。

Noble Fateの綾乃さんと花音さんだった。

 

「あやのんもかのかのもヤッホー!」

 

「綾乃さん、花音さんこんにちは」

 

「綾乃さんと大西さんも本屋に?」

 

「うん、あたしは今からスタジオで自主練なんだけど、その前に新刊を買っとこうと思って」

 

「私は仕事でね。事務用品を注文してたから、それを受け取りに来たんだよ。そしたらそこでたまたま花音と会って…」

 

新刊?まさか…花音さんも!?

 

「ああ、事務用品ですね。届いてますよ。今から持って来るので少し待っててもらえますか?花音さんの新刊も持って来ますね」

 

「あ、一瀬くんありがとう。でも、新刊2冊にしてもらえるかな?私も買うし」

 

「え?綾乃さんも買うんですか?あれってBL要素もあるし、綾乃さんが読むような本じゃないと思うんですけど…」

 

「ああ、まどかに頼まれててね。今日は仕事終わったらファントムに行くみたいだから」

 

「あ、まどかさんですか。それなら納得です」

 

まどかさんに頼まれて…?

あ、もしかしてこれってチャンスじゃないかな?

 

「あ、綾乃さん。ご注文の品ってこれですよね?

花音さんとまどかさんに頼まれたって新刊はこれでいいかな?」

 

「あ、これですこれです」

 

「一瀬くん、ありがとう」

 

今だっ!!

 

「あー、あれー?その本ってお兄ちゃんに頼まれてた本だー。ついでに私も買って行ってあげようかなー?(棒」

 

「え!?鳴海さんってこんな本読むんですか!?」

 

「へ、へぇ~…じゃあ待ってて。もう1冊持って来るよ…」

 

うぅ…ごめんね、お兄ちゃん…。

今日と明日くらいは優しくしてあげるから許してね…。

 

 

 

 

花音さんはラノベを買ってスタジオへ行き、綾乃さんは春太さんから注文していた品を受け取って、内山くんにラノベを預けて、仕事に戻って行った。

内山くんが『僕達、今日はファントムに集まりますから、良かったらまどかさんに渡しておきましょうか?』と、声を掛けたからだ。

 

私もお兄ちゃんを犠牲にしたけど、無事にラノベも買えた訳だし良かったという事にしておこう。うん。

 

春太さんもそろそろ休憩時間という事で、本屋の前に出て私と内山くんと夏野さんとで待っていた。

 

 

「おい!まだ買い物あるのか!?俺はまだ仕事が残ってんだけど!?」

 

「私はまだ本屋に用事があるからな。何なら荷物を纏めて帰ってもらっても構わないぞ?実家に」

 

「何で実家なんだよ…」

 

「手塚はうるさいなぁ。後は私と有希ちゃんでショッピングして帰るから、先に帰ってなよ」

 

「あのな!お前は一応俺達のボスだぞ!?俺もお前も面は割れてるし追われる身なんだよ!わかってんのか?」

 

「だから私は有希ちゃんも居るし大丈夫だから、手塚は先に帰ってなって~」

 

「あのなぁ……あぁ、もういい。何処までもついてってやるよ…全く…」

 

「いいのかボス?手塚がボスのストーキング宣言しているぞ?」

 

「まぁしょうがないよ。私が可愛すぎるから」

 

「お前らほんと頭の中身どうなってんの?」

 

 

 

私達が暑い中、外で春太さんを待っていると、日奈子さんと、有希さんと手塚さんが歩いていた。

声を掛けてみた方がいいかな?

 

「ヤッホー!ひなぽん、ゆっきー、手塚さん」

 

「ん?およ?みんなどうしたの?」

 

「このクソ暑いのに外に居るとは、若さというものはすごいな」

 

「いや、人を散々連れ回してるお前がそれ言うのか?

それよりここにも本屋あるじゃねぇか。欲しい本があんならここで買ってしまえよ」

 

「……手塚。お前はバカなのか?普通の本屋で特典やポイントが付くと思っているのか?幼稚園からやり直してくるといい」

 

「お前!ほんとお前なっ!」

 

夏野さんが声を掛けて、3人共私達の方に来て話掛けてくれた。

 

「みんな揃って今日はお出掛けかな?」

 

「はい。この後みんなでお昼ご飯に。あ、一瀬さんがこの本屋でバイトをしてまして。今、一瀬さん待ちなんですよ」

 

日奈子さんの問いかけに内山くんが答えてくれた。

 

「ほう。お前ら仲がいいんだな。昔のタカ達を思い出すな」

 

「そうなのか?パ…」

 

ん?パ?

有希さんが何かを言いかけて急に黙りこんでしまった。

だけどすぐに…

 

「……パンを食べたい気分だな。これから昼食というのなら長居しても悪いしな。私達も行くか」

 

パン?パンが食べたいの?

 

「え?もうちょっと話しても良くない?一瀬くんが来るまでとか」

 

「ボスがそうしたいなら私は従うまでだ」

 

「あのな有希。俺もお前の上司だからな?」

 

 

それからちょっとしてから春太さんも来たけど、結局15分くらいそこでお話して、私達は解散した。

 

 

 

 

私達がチヒロさんの職場であるメイド喫茶に到着した時、そこにはメイドとして仕事を頑張る明智さんと、松岡さんと双葉先輩が居た。

もちろん、松岡さんと双葉先輩は客として…。

 

 

「冬馬も双葉ちゃんもこんにちは。今日はデート?」

 

「まっちゃんとふたにゃんはここでデートなのかな!?」

 

「春太…ユイユイ…ちがっ…これは…」

 

「ねぇ?結衣は何で私をふたにゃんって呼んだの?もしかして知られた…?」

 

 

人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら。

そんな言葉があるけど、馬に轢かれて怪我をした双葉先輩の前では笑えないね…。

 

「一瀬さんも夏野さんも凄いね。まさか、デート中の2人のテーブルに突撃するなんて…」

 

「いつもの事だよ。内山くんも河野さんもいらっしゃい」

 

「あ、弘美さんこんにちは」

 

「明智さんにとってはこの光景っていつもの事なんですか?」

 

私と内山くんがみんなを眺めていると、明智さんが私達の接客に来てくれた。

 

春太さんと夏野さんはそのまま松岡さんと双葉先輩のテーブルに通されてしまい、私と内山くんで別のテーブル席へと通されてしまった。

弘美さん曰く、こんな状況に陥った時の松岡さんの反応がいちいち面白いそうだ。私もチラチラ見てようかな?

 

 

「あ、あははは、ごめんね河野さん。僕と2人みたいになっちゃって…」

 

内山くん…?

プッ、そんなの気にしなくていいのに。

 

「いやいや、全然いいよ。それよりコレって周りから見たら私達もデートみたいだよね」

 

「え!?」

 

え?何その反応?私とデートじゃ嫌なの?

 

「あ、いや、ほら、こんな所…河野さんも見られたくないでしょ?」

 

「え?何で?別に友達同士で一緒にランチとか普通じゃない?あ、お兄ちゃんの事言ってる?」

 

「いや、確かに鳴海さんに見られたら僕しばかれちゃいそうだけどさ。鳴海さんとかじゃなくて…。

まぁ、こんな店には来ないと思うけどね」

 

お兄ちゃんじゃない?

あ、もしかして秦野くんの事言ってるのかな?

 

「河野さんも困っちゃうでしょ?もし見られて…」

 

そっかぁ。やっぱり内山くんにも私が好きな人って秦野くんだと思われてるんだねぇ。

 

 

 

 

「渉に勘違いされちゃったら」

 

 

 

 

ブフォォォォォォ!!!!

 

「わ!?河野さん!?」

 

「ゲホッ、ゲホッ…わ、渉?江口くん?何で!?」

 

 

な、何でいきなり江口くん!?秦野くんじゃないの!?

おかげで水を飲んでる所だったから、思いっきり吹き出しちゃったじゃん!

 

 

「え?も、もしかして違った…?」

 

「ち、違っ……ってか、何で江口くんだと思われたの!?」

 

 

 

本当に何で…

 

 

 

「あ、いや、何となくそうかな?って思ってたんだけど…ご、ごめんね、変な事言って」

 

「いや、別にいいけどさ?いきなりだったから、びっくりしちゃったよ」

 

 

 

何で…内山くんは…

 

 

 

「あ、あはは、ちゅ、注文しちゃおうか。僕らも早くファントムに行かなきゃいけないし」

 

「もう…!じゃあ私は何にしようかな~?」

 

 

 

私の好きな人が江口くんだってわかったの……?

 

 

 

 

 

「う~ん、ちょっと遅くなっちゃったかな?」

 

「江口くん達は大丈夫そうだけど、明日香ちゃんなんか時間に厳しそうだもんね」

 

何の話をしただろう?何となくは覚えているけど、ほとんど私は上の空だった。

 

会計を済ませお店を出て…そこで、春太さんと夏野さんと別れて、私達はファントムに向かっていた。

 

 

 

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僕の名前は井上 遊太。

夏休みも終わり、新学期が今日から始まった。

 

学校が終わって着替えてからファントムに行く。

僕とFABULOUS PERFUMEのイオリである栞ちゃんは、生まれた時から家はお隣同士。

 

それで一緒に学校から帰宅してるんだけど…。

 

「ゆーちゃん!ほら急がなきゃ!!」

 

「え?いや、何で?早く帰ろうよ。僕早く着替えたいし…」

 

「ボクは今日はラーメンが食べたい気分なの!!

これはきっとたか兄の呪いだよ。普段はラーメンなんかあんまり食べないから、たか兄がボクを呪ったんだよ…」

 

いやいやいや、いくらたか兄でもそんな力ないから。

 

「ほら、昔にたか兄とおっちゃんに連れて行ってもらったラーメン屋!あそこに行きたい!」

 

たか兄とおっちゃんに連れて行ってもらったラーメン屋とか、めちゃくちゃあるじゃん…。

 

しょうがないので、僕は学校帰りの制服のまま、栞ちゃんと一緒にラーメン屋を探す事にした…。

シフォンの姿になれれば、もっとラーメン屋探しも捗りそうなのに…。

 

僕達がラーメン屋を探している時だった。

 

「あれ?栞さんとシフォ…遊太さん?」

 

僕達の前に現れたのはGlitter Melodyの美緒ちゃんだった。え?てか、美緒ちゃんと遊太の格好で会うのって初めてなんだけど、何で僕がシフォンってわかったの?

 

「あ、美緒さん。こんにちは」

 

「み、美緒ちゃん…こ、こんにちは…そ、それより何で僕がシフォンって、わか…わかったの?」

 

あ、やっぱり上手く話せないや…。

 

「ん?こないだみんなでご飯に行った時に、シフォンさんのウィッグが浮いてた時がありましたので」

 

え?僕のウィッグが浮いてた?

 

「ウィッグが浮いてたって何なの…?」

 

「それよりお二人は何故こんな所に?この辺って学校から少し離れてますよね?」

 

「あ、あの…僕達は…」

 

僕達はこれから着替えてファントムに向かう予定だったんだけど、急に栞ちゃんが昔に食べたラーメン屋のラーメンが食べたいと言い出し、そのラーメン屋を探している事を話した。

 

「なるほど。思い出のラーメン屋という訳ですね」

 

「あ、いや、思い出の…って程大層なものじゃないけど」

 

「任せて下さい。ラーメン道を究めんとするこの私が、必ず栞さんの思い出のラーメン屋を見つけ出してみせます」

 

「ほんと!?わぁぁぁ!ありがとう美緒さん!」

 

ラーメン道って…。

まぁ僕も栞ちゃんの行きたいラーメン屋ってわからないし、美緒ちゃんが居てくれた方が助かるけど…。

 

「それではまず、栞さんの思い出のラーメン屋。

記憶の限りでいいので、どんなラーメンだったのか話して頂けますか?」

 

「ん~…えっとね……」

 

栞ちゃんはそのラーメン屋の外観や、どんなラーメンだったのか、味はどんな感じだったのかを話し、美緒ちゃんからのいくつかの質問に答えていた。

それだけでわかるのかな…?

 

「なるほど…。栞さんのヒントと、お兄さんに連れて行ってもらったという事は…お兄さんの嗜好に合った味付けのお店……そこから導き出されるラーメン屋は……あそこしかない!!」

 

え!?わかったの?

 

「恐らくあそこだろうと思う店を導き出しました。では、行きましょうか」

 

「ホントに!?やったー!」

 

だ、大丈夫なのかな?まぁ、僕はラーメン屋なら何処でもいいけど…。

 

 

 

 

「栞さんの思い出のラーメン屋とはここではありませんか?」

 

「そう!そうだよ美緒さん!ありがとう!!」

 

ホントに当てちゃったよ…。何でわかったの?

それにしても凄い人だなぁ…。結構並んでるね。

 

「良かったです。それでは私はこれで…」

 

「え?美緒さん帰っちゃうの?せっかくだから一緒に食べようよ」

 

「そ、そうだよ。そ…それともお昼は済ませちゃった…?」

 

「いえ、お昼はまだですが、仮にお昼を済ませていたとしても、ラーメンならいくらでも食べれますが」

 

ああ、そうだろうね。こないだの2次会のラーメン屋でも大盛の後に替玉も食べてたしね…。

 

「このまま私が一緒ではせっかくのデートの邪魔になるでしょう?」

 

なぁ!?デート!!?

 

「ち、違うから!何でボクがゆーちゃんとデートなんかっ!!」

 

「そ、そうだよ…栞ちゃんとデートなんてありえないから…」

 

「ゆーちゃんはうるさい!!」

 

-バシッ

 

え?何で僕蹴られたの?

 

「そうなのですか?………どうしようかな?」

 

「あ、え、えっと…な、何か用事ある?」

 

「いえ、用事という訳じゃありませんが、この後ファントムでバイトですので…結構並んでるので大丈夫かな?と…」

 

ああ、この後ファントムでバイトなんだ?

 

「なら大丈夫だよ。ボクらもこの後はファントムに行くからね。おっちゃんにはボクから美緒さん少し遅れるかもって連絡しておくよ」

 

「い、いえ、それはさすがに…」

 

「そうだよ…美緒ちゃんを困らせたらダメだよ。栞ちゃん」

 

「大丈夫大丈夫。それに上手くいけば間に合うかも知れないでしょ?」

 

「う~ん、確かにせっかく誘って頂いたんですけど…」

 

「大丈夫。ラーメンより大切な物なんてそんなにないから。何ならラーメンが一番大切なまである」

 

「確かにその意見には私も同意しますが…。って、え?」

 

僕達が話していると、僕達の前に並んでいた女の子が会話に入ってきた。この女の子って…。

 

「ゆーくんも、みーちゃんもハロハロ~」

 

「み、美来さん!?何でこんな所に…!?」

 

そこには夏休みに、たか兄に連れて行ってもらった旅行先で知り合った美来さんが居た。

 

「みーちゃん、その質問は愚問。何故こんな所に?あたしがここに()る理由。

それはここにはラーメンがあるから。ラーメンがあたしを呼んでいる。たった1つのシンプルな答えだよ」

 

「なるほど…確かに愚問でした。すみません」

 

え?美緒ちゃんは何で謝ってるの?

 

「ねぇゆーちゃん、この女の子誰?」

 

「あ、この人は、こないだたか兄に旅行に連れて行ってもらった時に……」

 

僕は栞ちゃんに、たか兄達と旅行に行った時に出会った美来さんの事、その時に野生のデュエルギグ野盗と戦った時の事を話した。

 

「へぇ~、そうなんだ。てか、ゆーちゃんはゆーちゃんのまま演奏したんだ?(ボソッ」

 

「え?う、うん。あの時は必死だったから…」

 

「それでみーちゃんもゆーくんも……えっと…?」

 

「あ、ボクは栞。小松 栞っていうの!よろしくね!」

 

「栞……。しーちゃんは志保ちゃんがいるから……ん、しおりん。

あたしは美来。美しい未来という意味を込めて名付けられた。未来なんで真っ暗なのに美しい未来とか超ウケる~」

 

「え?未来真っ暗なの…?」

 

これか…たか兄がこないだ言ってた自己紹介って…。

確かに有希さんみたいな自己紹介だ…。

 

「あ、で?みんなこのラーメン屋が目的なの?」

 

「う、うん…僕と栞ちゃんは…ここのラーメンを食べに…」

 

「なるほど。みーちゃんは?ここにラーメンがあるのに食べて行かないの?」

 

「………気が変わりました。やはりラーメンを食べます。美来さんも良かったら一緒にどうですか?栞さんも遊太さんもいいですか?」

 

え?美来さんも一緒に?

 

「ボクは美来さんが良かったら全然いいよ!」

 

「あたしも一緒に?」

 

「ええ、美来さんはお一人のようですし、カウンターに通される可能性が高いでしょう?この時間帯は込み合いますから、私達3人でテーブル席に通されても、知らない方と相席になるかも知れませんから。それなら最初から4人で入って、テーブル席に通してもらった方がよくないですか?」

 

ん?…美緒さんの言ってる事は理に適ってるけど、美緒さんがそんな事を言うのって珍しいなぁ。

それに美緒さんと美来さんっていつ知り合ったんだろう?聞いてみても大丈夫かな?

 

「あ、あの美緒さんと美来さんって…し、親しいの?」

 

「はい。南の島でちょっと…そして、同じラーメン仲間として、今通じ合いました」

 

今なの?

 

「ラーメン仲間は尊い絆で結ばれている。まぁ、みーちゃんと会ったのは、南の島でタカくんと会って、その時に知り合った感じ?」

 

南の島で?たか兄達と美来さん一緒になったんだ?

 

「ならせっかくだからご一緒しちゃおうかな。みーちゃんもタカくんにセクハラされてないか心配だし」

 

そして、僕達は4人グループとしてラーメン屋に並ぶ事にした。

 

「そういえばみーちゃん達もラーメン好きなの?」

 

「はい。ラーメン程尊い食べ物は無いと思っています。ラーメンなら週に7日3食までならいけます」

 

「なるほど。みーちゃんはよくわかってる」

 

いや、週に7日って毎日でしょ?3食までならって毎食ラーメンって事だよねそれ。

 

「ボクはあんまりラーメンは食べないかなぁ?今日はたまたまラーメンが無性に食べたくなっちゃって」

 

「しおりん。それは大変。人生の9割以上損をしている」

 

9割!?もう人生のほとんどじゃん!?

 

「そうですよ栞さん。人間8時間睡眠とすると、1日は24時間だから活動出来るのは、16時間という事になります。つまり人生の2/3しか活動出来ないんです。人生の9割という事は睡眠時間まで損をしているという事になります。勿体無いですよ」

 

「……美緒さんも美来さんも面白いね?まるでたか兄と話してるみたい」

 

「「タカくん(お兄さん)と?」」

 

あ、なんか2人共頭を抱え込んで悩みだしたね?そんなに嫌なの?

 

「あ、そういえば美来さんが、こちらのラーメン屋にいらっしゃるという事は、この辺に住まわれてるんですか?」

 

「うん。家は電車乗らないとだけど、職場はここから歩いて20分くらいの所。今日はここのラーメンが食べたくなったから遠出してきた」

 

歩いて20分くらいの所?それって往復40分?

え?休憩時間内に食べて帰れるの?

 

「なるほど。職場はこの辺り…徒歩で20分圏内という訳ですね……」

 

ん?美緒ちゃんは美来さんの職場が気になるのかな?

 

「ねぇ、もうそろそろボク達が入れそうだよ?ゆーちゃんは何にするか決めた?」

 

「いや、まだだよ。味は決めたんだけどね。トッピングとかもあるみたいだし、中に入ってからゆっくり決めようと思って」

 

「あたしは豚骨しょうゆのニンニクマシマシの大盛で背油ギタギタで。もちろん替玉も食べる予定」

 

「私もニンニクにすごく惹かれていますが、この後はバイトですからね。無難に味噌の大盛に野菜マシマシにしようと思ってます。もちろん替玉も」

 

「みーちゃん、あたしはニンニクの臭いを口臭から消す秘薬を持っている。だからニンニク入れても問題無い」

 

「やはり私もニンニクマシマシを追加しようと思います」

 

「ふぅ~ん、美来さんが豚骨しょうゆで、美緒さんが味噌かぁ。ボクはどうしようかな?」

 

「ん?じゃあ栞ちゃんは味噌にしたら?僕豚骨しょうゆにしようと思ってるし、少し食べてみていいよ?今日食べ比べしてみたらいいよ」

 

「あ~、じゃあそうしよっかな?じゃあゆーちゃんにもボクの味噌少しあげるね」

 

「「………」」

 

「ん?美緒ちゃんも…美来さんも…ど、どうしたの?」

 

「「いえ、何でも……」」

 

どうしたんだろう?

 

 

 

 

そして僕達が入れるようになり、テーブル席に案内されて、それぞれが注文を終え、ラーメンが出てくるまでの間ゆっくり話をしていた。

 

店内では最近流行りの曲が流れている。

 

「あー、これ最近よくテレビで聴く曲ですよね。私はガールズバンドにしか興味ないので詳しくは知りませんが」

 

「あたしは家ではソシャゲのイベントを走るのに忙しい。あんまりテレビは観ない」

 

「ボクもこの曲はよく耳にするけど、あんまりこのグループは知らないかなぁ?」

 

「なるほど。では、最近クリムゾングループのミュージシャンの曲もよくテレビで流れてますが、クリムゾングループに関してはどう思ってますか?」

 

「ふぇ?クリムゾン?あ、あんまり…え?何でクリムゾンの話題?」

 

み、美緒ちゃん?

急にクリムゾングループの話題を出すなんて…。

僕も栞ちゃんもびっくりなんですけど?

 

「美来さんはクリムゾングループの曲ってどう思いますか?」

 

「クリムゾングループ?あたしはクリムゾングループの曲は大嫌い。あんなのは音楽じゃない。自由がない」

 

美来さんもクリムゾングループは嫌いなんだ?

やっぱり人気だけはあるって言っても、嫌われてる人には嫌われてるんだね。クリムゾングループは。

 

「奇遇ですね。私もクリムゾングループの音楽は大嫌いです」

 

「みーちゃんはよくわかってる。さすがラーメン好きの同志」

 

何で急にクリムゾンをディスってるの?

僕もクリムゾンの曲は大嫌いだけどさ…。

 

 

「お待たせしました~」

 

 

お、僕達のラーメンが出来たみたいだ。

 

「「「「いただきます」」」」

 

僕達はそれぞれ箸を取り、ラーメンをすすり出し……。

たかと思ったけれど、僕の目の前の2人は違った。

 

美緒ちゃんはテーブルに備え付けのガーリックパウダーをこれでもかと振りかけ、美来さんは備え付けのニラの薬味を山のようにラーメンに乗せていた。

 

そして、お互いに満足したのか、今度は美緒ちゃんがニラの薬味を山のようにラーメンに乗せ、美来さんがラーメンにガーリックパウダーを振りかけ始めた。

2人共この後、お仕事あるよね?大丈夫なの?

 

「うーん!美味しい!!これだよこれ!昔たか兄とおっちゃんに連れて来てもらった時の味だ!!」

 

栞ちゃんは平常運転だね…。目の前のこの光景を見て何とも思わないの?

まぁいいや。僕も食べちゃおう。

 

 

--チュルチュル…チュルン

 

--チュルルルル…チュルリ…

 

--チュルチュル…チュルン

 

--チュルルルル…チュルリ…

 

 

ちょっと待ってちょっと待って!

チュルチュルチュルンとか、チュルルルルチュルリって何!?これラーメン食べてる音なの!?

 

--チュルチュル…

 

--チュルルルル…

 

「「すみません。替玉お願いします」」

 

え!?もう食べたの!?あの音で!?僕も栞ちゃんもまだ半分くらい残ってるよ!?美緒ちゃんも美来さんも大盛だったよね!?

 

「やはりここのラーメンは美味しい。惜しむらくは野菜マシはあるのに、もやしマシが無いところ」

 

「美来さんわかります。私もここのラーメンならまだまだ食べれます」

 

「替玉もう1回したいくらいだね」

 

「そうですね……私は…。

……後39回くらい替玉頼みたいくらいです」

 

39!?何でそんな中途半端な数字なの!?

 

「みーちゃん。わかる。あたしも替玉39回くらいなら余裕。あ、でもみーちゃんに負ける訳にはいかない。40回にしておこう」

 

「なら私は41回で」

 

「ならあたしは42回で」

 

これって一体何の勝負なの?

 

 

 

 

僕達はラーメンを食べ終わり、お店も空いてきたので、少しお話をしていた。

主に美緒ちゃんと美来さんが…。

 

「じゃあ美来さんもギターをされてるんですね」

 

「うん。下手くそだけど」

 

「……Artemisってバンドが昔居たんですけど」

 

「Artemis…?もちろん知ってる。まさかみーちゃんも知ってるとは超驚き」

 

何で美緒ちゃんはコロコロ話題を変えたり、変な質問みたいな事ばっかりしてるんだろう?

 

「ボーカルさんが事故で亡くなって解散しちゃったんだよね…すごく悲しい。まぁライブには行った事ないけど」

 

「ええ、本当に…そう思います。あ、私そろそろバイト行かないと…」

 

「えー?みーちゃんともう少しお話したかった。このままだと仕事に戻らないといけなくなる。つらたん」

 

え?いや、美来さんの休憩時間って…?

そして僕達は会計を済ませて、ラーメン屋を出た。

 

「私も美来さんともう少しお話していたかったです。

今度は渚さんや理奈さんや、お兄さんの居る時にでもゆっくり」

 

「うん。ほんとそれ。タカくんはどうでもいいけど、なっちゃんとりっちゃんには会いたい」

 

「本当にお兄さんはいりませんか?」

 

「………」

 

うわっ!?いきなり美来さんのまわりに悲壮感漂うダークなオーラが!?

 

「冗談です。お兄さんもちゃんと呼びます」

 

「別にタカくんはいらないし…で、でもタカくんを呼びたいなら別に…」

 

今度は美来さんのまわりに謎の花が咲いた!?

あ!僕こんなの漫画で見た事あるよ!!

 

「そうですか。それでしたら……」

 

 

 

「ゆーちゃん、ゆーちゃん!ボク達も時間!」

 

「あ、そうだね。僕らは着替えなきゃいけないし」

 

「「美来さん。本当に今日はごちそうさまでした!」」

 

「いや、別にいい。2人には甘酸っぱい青春の味をご馳走になったし」

 

「「青春?」」

 

「美来さん、私もごちそうさまでした。次は本当に私に出させて下さいね」

 

「ん。みーちゃんも気にしなくていい。でも、次も楽しみにしてる」

 

そうなのだ。今日は美来さんがみんなの分を出してくれたのだ。

 

「じゃああたしは嫌々仕事に戻る。みーちゃんもバイト頑張って」

 

「はい。ありがとうございます。美来さんも頑張って下さい」

 

「頑張りたくないでござる。それじゃ、バイバイ」

 

頑張りたくないのか…。

美来さんはそう言って帰って行った。

僕達もそろそろ着替えに帰ろう。

 

「…クリムゾンにも39って数字にも、Artemisにも何も反応無かったか。悪い事したかな…」

 

ん?どういう事だろ?39?

 

「ねぇ、美緒さん」

 

「ん?何?栞さん」

 

「美緒さんは美来さんが『サガシモノ』だと思ってたの?いや、思ってるの?」

 

え?サガシモノ…?

 

「…気付かれてましたか」

 

「何となくね!替玉39とか数字あり得ないし!クリムゾンとかArtemisの話もしてたからさ。海原って人がたか兄達が探してるのは39番って言ってたし」

 

「はい。ちょっと気になる事があったので、そう思ってました。でも、きっと違いますね」

 

「今日の反応ならボクも違うと思うけどね。何で美緒さんは美来さんが『サガシモノ』と思ったの?」

 

「翔子先生の机に置いてあるArtemisの写真を見て…。梓さんと美来さんがそっくりだと思いまして」

 

「あ、な、なるほど…ね。サ…『サガシモノ』って梓さんの…だもんね…」

 

僕達はそのまま解散した。

美緒ちゃんはこのままファントムに、そして僕と栞ちゃんは着替えに戻った。

 

 

 

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「ただいま」

 

「あ、明日香お帰りぃ~」

 

「明日香…お帰りなさい…」

 

私の名前は観月 明日香。

私が帰宅すると、聡美が架純の背中を擦っていた。

 

「架純…?」

 

「うん…ちょっと…」

 

架純はクリムゾンエンターテイメントでの、過酷な特訓のせいで喉を痛め、たまにむせかえるように咳をする。

 

喉を痛みのせいでの咳なのだから、背中を擦った所で気休めにしかならないとは思うけど、苦しそうに咳をする架純を私も聡美も放っておけなかった。

拓斗が架純の背中を擦ろうとした時は、みんなでセクハラと叫んだものだ。

 

「ごめんね、聡美。ありがとう。バイトに行こうとしてたのに、私の為に…ごめん…」

 

「そんなん気にせんでええよ。落ち着いたみたいやし、うちはバイト行くな」

 

聡美は何だかんだと急いでいたのだろう。

そのまま走ってバイトに行ってしまった。

 

私も着替えてファントムに行かなきゃいけないんだけど…

 

「コホッ…コホッ…」

 

こんな状態の架純を置いて行くのはちょっと…。

 

「架純。私は着替えたら拓斗の所に寄ってから、ファントムに行こうと思ってるけど、架純も来る?」

 

「私…?コホッ…」

 

「あ、まだしんどいなら無理に喋らなくていい。頷くか首を振ってくれたらいいよ」

 

「コホッ…今日は喉も…調子悪いし…遠慮しとこうかな…コホッ」

 

喋らなくていいって言ったのに…。

でも、だからこそ1人にしときとくないんだけど…。

 

「あ、そうだ!」

 

「コホッ…明日香?」

 

「さすがに仕事終わってから、夜にならないと来ないけど、今日はタカさんもファントムに来るみたいだよ」

 

「タカさんも…?コホッ…」

 

「ほら、こないだ初音ちゃんが言ってたっていうお医者様?その病院の事聞いてみれば?」

 

本当はタカさんが来るかどうかなんて、知らないけど…。英治さんか初音ちゃんに頼んで呼んでもらおうかな?

 

 

「何をやってるの明日香。私はもう準備出来たよ」

 

架純!?いつの間に着替えたの!?

ってか何で着替えたの!?さっきまでのTシャツとデニムで良かったじゃん!何で可愛い系のワンピース!?

 

「わ、私も着替えて来るから、ちょっと待ってて…」

 

 

 

 

制服から私服に着替えた私は、架純と一緒にマンションを出て、拓斗の家に向かった。

 

「え?拓斗さんの家に行くの?」

 

「うん。今夜はバイトみたいだけど、昼は休みみたいだし、放っておくとお昼ご飯食べないだろうから、一緒に食べようと思って」

 

「あー、拓斗さん放っておくとご飯食べないもんね。お酒は飲むくせに…」

 

そして私と架純が拓斗のアパートの前に着いた時だった。どこからともなくいい匂いがしてきた。

 

 

「すごく美味しそうな匂いだね」

 

「これって拓斗さんの部屋から匂ってきてない?気のせい?」

 

え?いやいや、いくら居酒屋でバイト始めたといっても、こんな短期間で料理出来るようになったりしないでしょ。

 

で、でも確かにこの美味しそうな匂いは拓斗の部屋から…。

 

「明日香!!ダメ!!!」

 

「ひゃっ!!?」

 

私はいきなり後ろから架純に抱きつかれた。

 

「あ、明日香…ゲホッ、ケホッケホッ…た、多分っていうか絶対…拓斗さ…ゴホッ…女の子連れ込んでるとかないから…!!」

 

は?拓斗が女の子を…?

 

「ゲホッ…ゴホッゴホッ…だ、だから…乗り込…コホッ…乗り込むとかは…」

 

「ばかすみ」

 

「え?」

 

全く…拓斗にそんな甲斐性がない事くらいわかってるってーの。それに…。

 

「また、大きな声出して…。拓斗が仮に女の子を連れ込んでるなら、あ、遊びなら怒るけど…。拓斗に彼女出来たとかなら大歓迎なの。拓斗の彼女って事は私の母親みたいなもんだから、気になるっちゃ気になるけどね」

 

 

 

それに私は…。

 

 

 

「ほら、あんたも落ち着いて。拓斗を誘惑してたってのは、拓斗が彼女も何も作らないから、ロリコンなのかあんたの好きなBLなのかもって思ってただけだから。

私に手を出して来なかったから、BL疑惑が濃厚になってきてた時に、タカさんの事を……って聞いたから、まぁ親代わりがそうだったのかってショックだっただけ」

 

「え?え?」

 

「私は別に拓斗の事…恋として?好きだった訳じゃないよ。おじさん好みのあんたと一緒にしないで…」

 

 

 

私にはちゃんと好きな人居るんだから…。

 

 

 

「え?私おじさん好みとかじゃないよ?それにBLはいいよ?本貸そうか?」

 

「いや、いらないし」

 

きょ、興味がない訳じゃないから、下手に本を借りてハマると大変そうだし…。

 

「とにかく架純が思ってるような事にはならないから安心して」

 

「コホッ…コホッ…ほ、本当に?コホッ」

 

架純…涙目になるくらいしんどいんじゃん。

本当にこの子は…。ちゃ、ちゃんと好きな人言った方がいいかな…?

 

「か、架純…。今から言う事は2人だけの秘密…」

 

いや、言って拓斗との誤解が解けても、もしかしてびっくりし過ぎて余計むせたりとか…。

 

「え?何?コホッ…2人だけの…コホッ?」

 

コホッ?って何…?も、もう言っちゃうか…。

は、恥ずかしいけど…。

 

「あのね。私には好きな人がちゃんと居て、その人は拓斗じゃないの」

 

「え?ケホッケホッ…」

 

「は、初恋ってやつ…。わ、私の好きな人はね…」

 

「……ケホッ」

 

「私の好きな人は……」

 

 

 

 

「あ?お前ら俺の家の前で何やってんだ?」

 

た、拓斗ぉぉぉぉぉぉ!!?

な、何でこのタイミングで出てくるの!?

し、心臓が…あ、ヤバい。心臓がバクンバクン言ってる…。

 

私が決死の想いで、架純に好きな人の名前を告白しようとした時、玄関のドアを開けて小さい子供を抱っこした拓斗が出て来た。

 

本当に…びっくりさせないでよね…。

ほら、架純も目を丸くして固まってるじゃん。

 

 

 

ん?小さい子供を抱っこした拓斗?

 

 

 

私はもう一度拓斗の方に目を向けた。

 

 

 

「「子供ぉぉぉぉぉぉ!!?」」

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

私と架純は拓斗の部屋にあげてもらい、リビングと呼ばれる茶の間で正座している。

 

「あ、あはははは、2人共びっくりさせたよね。

この子は兄貴の子じゃないよ。あたしの3人目の子だから…」

 

「「い、いえ…(ケホッ)」」

 

どうやら拓斗の妹である晴香さんが、拓斗の為に昼ごはんを作りに来てたらしい。

そして、晴香さんがご飯を作ってる間、拓斗が晴香さんの子供をあやしているって事だった。

 

そ、そうだよね。子供なんてそんなすぐには…。

仕込む事は出来ても産む事はね…。いや、私何言ってるの?

 

「ガキをあやすのは明日香で馴れてるからな。晴香が昼飯を作ってくれるっつーから、面倒見てただけだ」

 

「拓斗…気持ち悪い事言わないで」

 

「あ?」

 

「あ、明日香ちゃんと架純ちゃんは、苦手なものある?2人の分もあたしが作るよ」

 

「あ、わ、私は大丈夫です…ケホッ、お手数おかけします…」

 

「私も大丈夫です。グリーンピース以外なら何でも」

 

私と架純はそのまま晴香さんに、お昼を作ってもらう事になった。何だか申し訳ない気持ちもあったけど……。

 

架純に好きな人を暴露する前で良かった…のかな?

 

 

 

 

「晴香さんのご飯美味しかったね」

 

「うん。また晴香さんのお店にも食べに来てって言ってもらえたし、今度はみんなでお店に行かせてもらおうか?聡美は下戸だけど、架純は呑めるもんね?」

 

「うん、ま、まぁ嗜む程度には…」

 

「前に拓斗を飲み潰してなかったっけ?」

 

「明日香…私はね。タカさんに音楽は楽しんでやるものだって教えてもらったの。過去は見ないの。私は楽しい音楽をやりたい。だから前だけ見ていくよ」

 

「うん。それは良い事だと思う。でもさっきの私の質問の答えにはなってないね」

 

まぁ私も…そんな楽しい音楽をやりたいって思っちゃったしね。

 

私達は晴香さんの手料理をご馳走になり、拓斗の家から出てファントムに向かっていた。

 

「あれ?ケホッ…明日香、あれ見て…」

 

「ん?どれ?」

 

私が明日香の指の指した方に目をやると、そこには幼稚園児くらいの子達が、公園でキャッキャと遊んでいた。

みんな楽しそう。私にはこんな風に遊んだ記憶なんて無いけど、お父さんとお母さんが居なくならなかったら…。こんな風に友達と公園で遊んだりしてたのかな?

 

私は今まで自分の歩いてきた人生の後悔はしていない。

拓斗に保護されて自分で選んだ道だし。

 

ただ…最近は…私にもこんな人生があったのかな?って思う事はある…。

 

「架純?」

 

さっきから何も言わない架純を不思議に思い、架純の顔を見てみた。

 

「え?あ?明日香?どうしたの?」

 

「いや、別に…」

 

子供達を愛おしそうに見てる訳じゃない?

 

だったら架純は何を見て…?

 

あ。

 

公園で子供達を遊んであげている人。

あの人はBlaze Futureのまどかさん…。

 

私もまどかさんに目を奪われていた。

何て表現したらいいんだろう?子供達に優しい笑顔を向けているけど、はしゃいで何処かに走って行こうとしている子には、ちゃんと注意したり、子供達から目を離さないようにしながらもまわりを警戒しているような…。

 

転んだ子供にはすぐに駆け寄ってあげて…。

……あの人本当に私の知ってるまどかさん?

 

あ、まどかさんと目が合っちゃった。

 

「あ、えっと…」

 

ど、どうしよう?声掛けるべき?

まどかさんを見ていると、ばつの悪そうな顔をして、私達の方に近付いて来た。

 

「あははは…、御堂さんも明日香ちゃんもこんにちは~…」

 

「まどかさんこんにちは」

 

「こ、こんにちは…まどかさんって幼稚園の先生だったんですね」

 

「に、似合わないっしょ?」

 

いつものまどかさんならそう思うかも知れないけど…。

 

「そんな事ないで…ケホッ、ないですよ。さっきのまどかさん見て、すごくいい先生だなって。みんなのお母さんなんだなって思いました。ケホッ」

 

私もそう思うよ、架純。

 

「あ、あはははは、ちょっと照れちゃうね。あ~……でも、ありがとう」

 

私と架純はまどかさんと一緒に、公園のベンチに座った。

 

「まどかさんが幼稚園の先生って知りませんでした。

子供が好きとか…ですか?」

 

「え?あ、うん…。好きー!って訳じゃないんだけどね。何て言うんだろう?子供達の笑顔ってさ、何か癒されない?」

 

癒される?

 

「大変な事もいっぱいあるけど、子供って純粋で素直でさ…。笑顔が輝いて見えるんだよね。あたしはそんな子供達を見ているのが好きなんだよ」

 

それって……結局子供達が好きって事じゃないの?

 

って、そういえば…。さっきから架純が静かだね。

どうしたんだろう?

 

「架純…?どうかした?子供達に見惚れてるの?」

 

「ん?明日香?いや、あのね。子供達は可愛いと思うんだけど…私達と一緒にこのベンチに座って、隣でパンを食べ始めたこのお姉さんは誰なんだろ?って思って…」

 

「もぐもぐ…ん?え?アタシ?」

 

「「え?誰?」」

 

このお姉さんいつの間にこの公園に来たの?

 

「失礼。アタシの名前は美奈!こよなく子供を愛するただのOL!決してロリでもショタでもないわ!!」

 

「え?え?」

 

「まさか不審者…?」

 

「まどかさん。警察を呼びましょうか?」

 

「何で!?何で警察を呼ばれるの!?」

 

何なのこの変な人は…自分でロリでもショタでもないとか普通の人は言わないからね?

 

「いやいや、本当に怪しくないから。たまたまここの公園で、ゆっくりランチにしようと思って来ただけだから。むしろあの子達よりお姉さん達の方にムラムラしてるくらいだからね。安心して」

 

「わ、私達にムラムラって…ケホッケホッ」

 

「やっぱり不審者だね…」

 

「すぐに警察を呼びますね」

 

「だから何で!?」

 

そのお姉さんは、仕事の営業にまわっていて、あまり成果が上げられずに落ち込んでいたらしい。

そんな時に公園で遊んでいる子供達を見て、少し元気が出て来たので、ここでお昼ご飯を食べようと、近所のコンビニからパンを買ってきたとの事だった。

 

「あ、あはは、お、お仕事大変ですね」

 

「お、お疲れ様…です」

 

「そうなんだよ~。まどかちゃ~ん、架純ちゃ~ん、アタシを慰めてぇぇぇぇ…」

 

「「え?」」

 

こ、この人…架純はともかくまどかさんの名前も知っている…?まさか…。

 

「ん?あれ?どったの?」

 

「あんた……美奈って言ったっけ?御堂さんの名前はともかく、何であたしの名前を知ってるの?」

 

「知ってるよ?Blaze Futureのまどかちゃんでしょ?」

 

Blaze Futureを知っている…?やっぱりこの人…クリムゾンの…!!

 

「あんた…もしかして…」

 

「こないだのDivalとの対バン行きたかったんだけどね~…。香菜は元気してる?」

 

え?香菜さん…?

 

「え?香菜…?あの…香菜のお知り合いなんですか?」

 

「うん、アタシ、就職する前は香菜のバイト先の先輩やっててね。Blaze FutureとDivalの対バンの時にチケット買って下さいって連絡来てさ」

 

「雪村さんの…?」

 

「うん。あの子が高校入学して、すぐの時からだから~…もう6年くらいの付き合いになるかな?アタシが就職してからは、ほとんど会ってないけど」

 

それでまどかさんの事を…?いや、それにしても怪しすぎる。Blaze FutureとDivalの対バンに来てないんなら、まどかさんの事を知っている理由としては…。

 

「アタシも趣味でだけどドラムやってたからさ。対バン相手のドラムの人の事聞いた時にね」

 

あ、そういう事…?いや、でも顔まで知ってるはずは…。

まどかさんはどう思ってるんだろう?

 

「へ、へぇ…香菜のやつそんな事言ってたんですね」

 

「うん。もぐもぐ」

 

その人はそれだけ言ってパンを食べ始めた。

ここは私が探りを入れてみる?

もしこの人が……クリムゾンの関係者だとしたら…。

 

「でも、それでまどかさんの顔をわかるのって、どうしてなんですか?会った事はないんでしょう?香菜さんからも話しか聞いて……」

 

「もぐもぐ…もぐり」

 

美奈って人は片手でパンを食べながら、片手でスマホを触り、ある画面を私達に見せて来た。

 

「もぐもぐ…この写真貰ったし…もぐもぐ」

 

見せられたスマホには1枚の写真。

そこには英治さんを囲むように、まどかさん、綾乃さん、香菜さんと井上と栞の写真が表示されていて、まどかさんの顔には赤丸がされてあった。

 

「この写真貰った時に、この赤丸の人がBlaze Futureのまどかちゃんって聞いてね。たまにここら辺通る時に見掛けてたから…もぐもぐ」

 

あ、そ、そうだったんだ…。ど、どうしよう?

私ってクリムゾンとの戦いが長かったからか、人を疑っちゃうようになってるね…。反省しなきゃ…。

 

「香菜のやつ…こんな写真を…」

 

「もぐ…あ、香菜にはアタシと会った事は話していいけど、写真の事話したのは内緒にしててね。内緒だよ~って貰った写真だからさ…もぐり」

 

「あ。大丈夫です。香菜には言いませんよ」

 

「あ、あの…美奈さんでしたっけ?何か変な事言ってすみません…」

 

「あー、アタシってどっちかと言うと百合だからさ?まわりからは変に見られてた事もあるから気にしないよ。だから、お嬢ちゃんも気にしないで」

 

え?百合なの?

でも『お嬢ちゃん』か…。クリムゾンなら私の名前も知ってる筈だもんね。interludeの白石が知ってたんだから…。

 

「いえ…本当にすみません…」

 

私が謝ったのと同時くらいに、美奈って人はパンを食べ終わったのか、ベンチから立ち上がった。

 

「じゃあアタシは仕事に戻るね。まどかちゃんとお話も出来たし、あのBlue Tearの架純ちゃんとも会えたし、お仕事頑張れる気がするよ!………あの園児達の可愛い笑顔も見れたしね。ハァハァ」

 

え?ヤバい。やっぱり警察を…?

 

「じゃあね~ん♪」

 

そう言って美奈って人は、この場から去っていった。

 

「あたしも子供達連れて、幼稚園に帰るとするかな。そろそろお昼寝させないとね~」

 

まどかさんもそう言ってベンチから立ち上がった。

何だか難しい顔をしている。どうしたんだろう?

 

「明日香…私達も行こうか…」

 

「え?う、うん」

 

そこで私達はまどかさんと別れた。

まどかさんも今日の仕事が終わったら、ファントムに来るそうなので、私達もファントムにいますから、また会いましょうとだけ話した…。

 

私達がファントムに向かっている途中、架純はこう言った。

 

「雪村さんも今日はファントム来てくれるといいな」

 

香菜さんが…?やっぱりさっき気になる事があったんだろうか?架純もまどかさんも…。

 

私は少しモヤモヤした気持ちのままファントムに向かうのだった…。

 

 

 

「あ、それでさ?明日香…」

 

ん?架純?どうしたの?

今私この話の締めに入っちゃったよ?まだ続くの?

 

「結局明日香の好きな人って誰なの?さっき拓斗さんが出て来たせいで、話途中だったじゃん?」

 

「え!?」

 

「ゴホッ…ゴホッ…。明日香…ゴホッ…明日香の…好きな…ゴホッゴホッゴホッ…誰なの…?ゴホッ」

 

いやいやいやいやいや!

何なのその咳!?わざとらし過ぎるでしょ!!

 

「ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッ…」

 

ああ!もう!わかった!わかったわよ!

 

「わ、私の…好きな人はね…」

 

「うん(ケロッ」

 

くっ…架純…。

 

「私の好きな人は-------///」

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

俺の名前は江口 渉!

やっと俺のモノローグに戻って来たって感じだな!

 

俺は学校から帰宅し、制服から私服に着替えて亮の家に向かっている。

亮の家はすぐ近くなんだけど、亮の親父さんとお袋さんのやってる定食屋は商店街の方にある。

 

今日の昼飯は亮の親父さん達が経営している定食屋で、食おうという事になっていた。

 

「おう!亮、待たせたな。さっきぶりだな」

 

「ん?ああ、オレも今来たとこだ。店に向かうか」

 

「今日の日替わりは何かな?亮は聞いてるか?」

 

「いや?オレは蕎麦しか食わねぇしな。渉もどうせカツ丼だろ?」

 

「まぁな。亮の親父さんのカツ丼は世界一うめぇしな!」

 

俺達はそんな他愛ない話をしながら歩き、商店街の入口に着いた。そこには…。

 

「あら?渉さんに亮さん?」

 

「おお、姫咲さんか」

 

Canoro Feliceのベーシストである姫咲さんと、その執事?付き人?である澄香ねーちゃんが居た。

 

「渉くんも亮くんもこんにちは。2人は商店街に買い物?」

 

「いえ、今日はうちの店で昼飯をと思いまして」

 

「あら、奇遇ですわね。私達も亮さんのお父様のお店で、昼食をと思ってましたのよ」

 

「え?そうなんすか?澄香さんはセバスちゃんの時にも、よく来てくれてましたけど、姫咲さんは珍しいすね」

 

お?澄香ねーちゃんは、よく亮のとこに食いに行ってたのか?

 

「ええ。澄香さんがじいやの姿の時…、その時に正体を明かしていた、ご夫婦に私もお会いしたいと思ってましたから」

 

「え?親父もお袋もセバスチャンが、澄香さんだって知ってたって事すか!?」

 

「ええ…亮さんのお父様とお母様には、Artemisの時にもお世話になっておりましたし、BREEZEやArtemisの解散後も……」

 

ん?にーちゃん達が解散後も…?

亮の親父さんとお袋さんは、その後もクリムゾンと…?

 

「いや、それは親父とお袋が勝手にやってた事ですし…」

 

「それでも私は感謝してるんですよ。貴も英治もきっと」

 

にーちゃんや英治にーちゃんも?

15年前の事か…いつか聞いてみたいな。にーちゃん達の話…。

 

「あ、そうですわ!では、渉さんと亮さんもご一緒しませんか?」

 

「ああ、それはいいですね。渉くんも亮くんもどうかな?一緒に食べない?」

 

「ええ、それじゃ一緒に昼飯にしましょうか」

 

「そーだな!」

 

俺達は4人で亮の両親のやってる店へと入った。

 

 

「いらっしゃい!……って亮か!」

 

亮の親父さんは俺達の姿を見るや否や、厨房から俺達の方に走って来て、いきなり亮の胸倉を掴んだ。

 

「親父…!いきなり何しやがる…!」

 

「何しやがるだとテメェ!!学校をサボるとはいい度胸してんじゃねーか!!」

 

「は!?サボってねぇよ!!今日は始業式だから午前中だけだ!!渉も居るだろうがっ!」

 

「何だと…!?よう、渉ちゃんいらっしゃい。

って事はテメェ!!店の手伝いをサボるとはいい度胸してんじゃねーか!!」

 

「落ち着け!今日は手伝いの日じゃねーだろ!」

 

「何だと…!?じゃあテメェ…ここに何しに来やがった!」

 

「飯だ!ただ渉と昼飯を食おうと思っただけだ!!

澄香さんも姫咲さんも一緒なんだから、あんま恥ずかしい真似してんじゃねーよ!」

 

「何だと…!?あ、澄香いらっしゃい。お?まさかその子が噂の姫咲ちゃんか?」

 

亮の親父さん……相変わらずぶっ飛ばしてるなぁ…。

 

「あなた。他のお客さんもいるのよ?

渉ちゃんも澄香もいらっしゃい。亮、みんなをテーブル席に通してあげて。………あなたはちょっとこっちにいらっしゃい」

 

「あ?お前亭主に向かって、何だその態…」

 

「いいから」

 

「は……はい…」

 

そう言って亮の親父さんは、亮のお袋さんに引き摺られて厨房の奥へと行った。

 

 

『ごめ…ごめんね…、いや、ごめんなさい。調子乗っ……ギャァァァァァァ』

 

 

 

この光景も俺ももう馴れたもんだぜ。

 

「あ、あの…大丈夫ですの…?」

 

「ああ…昔は亮くんのお父様もお母様も、クールでカッコいい系のバンドマンだったんですけどね。いつの間にかあのような感じに…」

 

「親父とお袋が…すみません…」

 

亮の親父さんがクールでカッコいい系?

何か全然想像つかねぇな…。

 

 

「もぐもぐ…亮…可愛い女の子を2人も連れてるとか、いい身分だな…もぐもぐ」

 

 

「あん?あ?沙耶さん…?」

 

俺達が亮にテーブル席に案内されてる途中で、亮は綺麗なお姉さんに話し掛けれた。

綺麗なお姉さんだな…誰だろ?

 

「今日は1人なんすか?美奈さんはどうしたんすか?」

 

「もぐもぐ…美奈は今日は外回りでね。だから、今日は1人なんだよ。もぐもぐ…」

 

「そうなんすね。ゆっくりして行って下さい」

 

「ああ、午後からの仕事に遅れないようにはな」

 

 

この店に来てるお得意様か何かかな?

亮が昼も手伝いをしてるってのは、珍しいわけだし昔からの知り合いとかか?

 

 

それから俺と亮と澄香ねーちゃんと姫咲さんは、ゆっくり話しながら昼飯を楽しんだ。

いつか澄香ねーちゃんにも、にーちゃん達BREEZEの事とかも聞かせてもらいてぇな。

 

 

「あ、あの…すまん亮…」

 

 

俺達が昼飯も食い終わり、解散するまでの間ゆっくり話をしていると、さっき亮に声を掛けて来たお姉さんが、俺達のテーブルへとやって来た。

 

 

「ん?沙耶さん?どうしました?」

 

「ちょ…ちょっと…このテーブルからの話が聞こえて来て…その…」

 

「あ、私達がうるさかったとかですか?す、すみません…」

 

そのお姉さんに澄香ねーちゃんが謝った。

そして急にそのお姉さんは、澄香ねーちゃんの手を握って、

 

「あ、Artemisの澄香さんっすか!?私!ずっと澄香さんのファンでして…!!そ、その…」

 

「え?私のファン?」

 

「さすが澄香さんですわ。15年経った今もこのようにファンの方がいらっしゃるとは…」

 

「は!はい!澄香さんに憧れてベースもやってるんですけど…そ、その…」

 

「あ、あははー、ありがとうね。私のファンでベース始めてくれたとか嬉し…」

 

「はい!澄香さん達が関西で走り屋やってたって聞いてから大ファンになりましたっ!!」

 

 

 

-シーン

 

 

 

え?バンドじゃなくて?走り屋…?

 

「ハッハッハ。この方は何を言っておられますのかな?私には何の事だかサッパリでございますな」

 

え?何で澄香ねーちゃんはセバスちゃんになったんだ?てか、いつの間に着替えたんだ?

 

「あ、あの…澄香さん…?」

 

「姫咲お嬢様。澄香って誰の事でございますかな?」

 

いや、澄香ねーちゃん。さすがにそれは無理があると思うぞ?

 

「ハッ!?澄香さん!?澄香さんはいずこに!?

さっきまで目の前に居たのに、いつの間にご老人と入れ代わったというの!?」

 

いや、まぁ…確かに澄香ねーちゃんとセバスちゃんだと見た目全然違うけど…。気付かないものなの?

 

「あ、あの沙耶さんと仰いましたか?澄香さんが走り屋というのは…?」

 

「え?ええ、関西のヤンキーだったらしいです」

 

「いやいや!違うから!ヤンキーじゃないから!マジ誤解だからそれ!!!」

 

へぇ…Artemisってヤンキーだったのか…。

 

「渉くん!違うって言ってるでしょ!」

 

澄香ねーちゃんにも心を読まれてるだと…!?

てか、澄香ねーちゃんはセバスちゃんの格好のまま、澄香ねーちゃんの喋り方になってるけど大丈夫なのか?

 

「そ、そもそもでございますな。Artemisは高1の時からバンドをやっておりますし、梓と翔子と日奈子はバイクにも乗っておりましたが、澄香はバイクの運転もした事がなければ、免許も持ってないでございますことよ?」

 

いや、澄香ねーちゃん、喋り方おかしいからな?

 

「ほう、おじいさん。なかなかArtemisに詳しいですね」

 

そりゃ本人だからなぁ…。

 

「ですが、近隣の高校の男達をワンパンで沈めていたという伝説が…」

 

「そ、それは梓が、近隣の高校の人から告白されて、フッてたから、そんな噂が立っただけで…!」

 

「なるほど。では、夜な夜なバイクで爆走してたと…」

 

「それは梓の家が山の方だったから、みんなバイクで梓の家まで練習に行ってただけ!しかも澄香は翔子の後ろに乗ってただけだしっ!」

 

「そうなんですか?ヤンキーって訳じゃなかったんだ…。良かった(ボソッ」

 

ん?良かった?今このお姉さん良かったって言った?

 

「もちろんでございます。4人共品行方正、成績も……澄香と日奈子は上から数えた方が早かったですし、真面目が服を着て歩いているような淑女達でございました」

 

すごい持ち上げてるなぁ…。

 

「そうですか。って、私休憩時間終わっちゃう!

慌ただしくてすみません。私はもう行きますね」

 

「ハッハッハ。もしArtemisが元ヤンとか勘違いしている人が他にも居るようでしたら、是非誤解を解いてあげて下さいませ」

 

「わかりました。澄香さんが戻って来たらよろしくお伝え下さい」

 

戻って来たらも何も、目の前のじいさんが澄香ねーちゃんだけどな。

 

「美来とサムの気持ちも…わかっちゃうな…」

 

美来?サム?誰だ?サムって外人さん?

 

「それでは」

 

そう言ってお姉さんは会計を済ませて帰って行った。

俺達もそろそろファントムに向かうか…。

……その前に、

 

「なぁ澄香ねーちゃん?Artemisってマジで元ヤンなのか?」

 

「だから違うってば…。何でそんな噂が出たのか本当にわかんないくらいだよ…」

 

「にーちゃん達に聞いてみるか…」

 

「ほんと止めて!タカ達なんか絶対『あいつら?ああ、元ヤンだけど?まじこえぇわ。俺何度かちびりかけたしな』とか言うに決まってんやから!」

 

ああ、確かににーちゃんや英治にーちゃんならそう言いそうだな…。

 

 

 

 

姫咲さんと澄香ねーちゃんと別れ、俺と亮はファントムに着いた。

 

そこでは初音ちゃんと、盛夏ねーちゃんがフロアでウェイトレスをやっていて、厨房では三咲ねーちゃんが美緒に料理を教え、英治にーちゃんと翔子ねーちゃんがビールを飲み、理奈ねーちゃんと香菜ねーちゃんがお茶をしていて、睦月と麻衣と恵美もお茶をしながら、バイトしている美緒を誂っていた。

 

その後は明日香と架純ねーちゃんが来て、雨宮が来て、拓実とさっちが来て、シフォンと小松が来て、一気にファントムは賑やかになった。

 

 

これが俺達の日常なんだな…。

 

 

俺達はみんなと…これからバンドをやっていくんだ。

ここにいるみんなと一緒に…。

 

 

バンドやろうぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は何だかんだと夜までダベっていた。

 

「そろそろ渚も来るでしょうし、志保、今日の夕飯の準備は良かったのかしら?」

 

「今日もそよ風に行こう!」

 

「志保はほんっっとそよ風好きだよね~」

 

「え~?香菜達いいな~。あたしはバイトだからそよ風行けないし~」

 

「ん?俺も行っていいなら盛夏ちゃんも早上がりでいいぞ?もちろん美緒ちゃんも」

 

「「お父さん(英治くん)?」」

 

そっか。もうそんな時間なんだな。

にーちゃんは今日来るかな…?

 

「でもさー?ファントムのバイトって私服にエプロンだけとか、あんまり可愛くないよね?」

 

「え?そうかな?あたしの花屋も私服にエプロンなんだけど…」

 

「恵美は何を言ってるの!ここはカフェだよ!?私も睦月と同じ意見だよ!美緒に何かコスチューム着せたい!」

 

「だってさ~…英治ぃ~…ここの制服もコスチュームにしちゃおうよぉ~…」

 

「あの…翔子ちゃん先生?ボクおっちゃんじゃないだけど?何でボクに言うの?酔ってるの?」

 

「ゆーちゃん!よ、酔ってる神原先生に抱きつかれて…その…へ、変態!!」

 

「え?ボクが悪いの?」

 

「そうか…オレも酒を飲めばシフォンに…」

 

「亮?僕はAiles Flammeを解散とかしたくないから、自重してね?」

 

「ゴホッゴホッゴホッ…明日香?タカさんまだかな?」

 

「あ、それでさ紗智」

 

「え?明日香?私の事無視なの?」

 

みんな一緒に居るこの時間って本当に楽しいな。

けど、土曜にはGlitter MelodyもDivalもライブだよな?ゆっくりしてていいのか?

 

 

「英治~……喉乾いた…ビール…」

 

 

俺達がゆっくりしていると、まどかねーちゃんがファントムへと入ってきた。

 

「……あれ?みんな居る?………嫌な予感がする。あたしは帰る…」

 

けど、すぐに踵を返して帰ろうとした。嫌な予感って何だ?

 

「まどか、いらっしゃい。ほら、ビール入れたよ」

 

「み、三咲さん……」

 

帰ろうとしたまどかねーちゃんに、三咲ねーちゃんがビールを持って行き、まどかねーちゃんはしぶしぶビールを飲みながら、カウンター席に座った。

 

「何でみんな居るの…?」

 

「さぁ?私もびっくりだよ。まどかもお仕事お疲れ様。今日は私がご飯作ってあげよっか?」

 

「え!?三咲さんが作ってくれんの!?」

 

「私より初音の方がいい?」

 

「い、いえ…三咲さんの料理……久しぶりに食べたい…です///」

 

「オッケー♪じゃあちょっと待っててね」

 

まどかねーちゃんのあんな顔初めて見たなぁ…。

 

「渉?何でまどかさんをそんなにガン見してるの?セクハラ?」

 

「江口くん?まどかさんを見る目がいやらしすぎるよ?また志保ちゃんにバカにされちゃうよ?」

 

明日香にさっち?え?俺そんな変な目でまどかねーちゃん見てた?

 

 

-ゴンッ

 

 

「痛っ!」

 

「渉くん、久しぶり」

 

ん?え?久しぶり?

 

俺が声のした方に目をやると、Glitter Melodyの恵美が居た。

 

「あ?久しぶりっても、こないだSCARLETで会ったろ?てか、何で俺は殴られたの?」

 

「あ、ほら、こないだはゆっくり話出来なかったじゃない。だからかな?」

 

「だから俺殴られたの?」

 

 

 

「ねぇ亮くん?」

 

「どうしたシフォン?…あ、オレ達の子供の名前か?」

 

「え?何を言ってるの?渉くんと恵美ちゃんってお知り合い?」

 

「………シフォン。その前に1つ質問いいか?」

 

「ん?質問?何?」

 

「渉と恵美の関係が気になるって…その…お前…」

 

「ないから。マジでないから。さすがにその質問は引くよ?」

 

「あ、ああ、すまん(さすがにその質問は引くよ?どういう事だ?シフォンに引かれるのは避けたい…考えろオレ…)」

 

「亮くんはちゃんとわかってくれてると思ってたのになぁ」

 

「(亮くんはちゃんとわかってくれてると思ってた!?つ、つまりそういう事かシフォン!『ボクが好きなのは亮くんだけなのに…何で…何で渉くんの事をボクが気になると思ってるの!ボクが好きなのは……。亮!亮だけなんだから!そんなに疑われたらボクも引いちゃうよ(泣)』って事か…!?すまん…オレもお前だけだ!)」

 

「ん?亮くん?どしたの?」

 

「いや…悪かったな…オレを許してくれ…」

 

「え!?何で泣いてるの!?意味がわかんないんだけど!?ゆ、許すよ!だから泣かないで!」

 

「(キュン…。優しいな…シフォン…)ああ、恵美はオレらと幼稚園の頃からの幼馴染みだ。家は少し離れてっからそんないつも会ってた訳じゃねぇし、高校からは違うんだけどな」

 

「あ、そうなんだ?ふぅん…渉くんも大変そうだなぁ。そんな所はたか兄に似なくて良かったのに…」

 

「あ?貴さん?」

 

 

 

 

「あれ?みんないますね。今日って何かありましたっけ?」

 

「あ、ほんとだ。みんなどうしたんだろ?あ、志保~理奈~香菜~♪」

 

「何でみんないんの?俺は早く帰ってイベント走りたいんだけど?今日でイベ終了なんだけど?」

 

お、にーちゃんとねーちゃんと奈緒ねーちゃんも来たか!

 

「オッス!タカ!女の子侍らせてるとか、いい身分だな。梓にチクってやろうか?とりあえず駆け付け3杯な?」

 

「何なの?翔子もう酔ってるの?こいつめんどくせぇんだけど」

 

「かつての戦友に向かってめんどくせぇとは何だ?あ?やんのか?表出るか?」

 

にーちゃんの姿を確認した翔子ねーちゃんが、いきなりにーちゃんに絡んでいた。

やっぱArtemisって元ヤンのねーちゃん達だったのかな?

 

「ははは。翔子ちゃん、すっかり出来上がっちゃってるね」

 

「え?ト、トシキさん…?な、何故こんな所に?」

 

お、トシキにーちゃんも一緒だったのか。

 

「ああ、買い物に来てたら、はーちゃん達と会ってさ。それで一緒にファントムにって事になって」

 

「い、今のは…その…ヤンキー女子が好きなタカへのサービスで、ちょっとお芝居してあげてただけですよ♪」

 

「あ、そうだったの?でもヤンキー女子が好きなのは、はーちゃんじゃなくて宮ちゃんだよ?」

 

「あ、ご、ごめんなさい…。久しぶりだから勘違いしちゃってた。テヘッ」

 

 

 

 

「ねぇ睦月。あんな神原先生見るの私初めてなんだけど」

 

「うん、あたしも初めて。これは貴重な動画が撮れたもんだよ。いい歳してテヘッとか、完全に黒歴史だよね」

 

「え?動画撮ってたの?」

 

 

 

 

「渚さんお兄さんこんばんは」

 

「おう、美緒ちゃんこんばんは」

 

「美緒ちゃんこんばんは~。バイトはもう馴れた?」

 

「まぁ、バイトはそれなりに…」

 

「ねぇ美緒?お姉ちゃんも一緒なんだけど?私には挨拶とかないの?」

 

「そんな事より」

 

「え?お姉ちゃんってそんな事なの?」

 

「今日は遊太さんと栞さんとラーメンを食べに行ったのですが、その時に美来さんとお会いしました」

 

「美来お姉ちゃんと!?会ったの!?」

 

「はい。連絡先も交換しましたので、今度良かったら一緒にご飯でも…」

 

「連絡先を交換!?今度一緒にご飯!?……美緒様!!」

 

「あ、あの…渚さん?」

 

「渚?お前何やってんの?何で美緒ちゃんの前で跪いてんの?」

 

「先輩うるさいです。美緒様の御前ですよ?頭が高いです」

 

「貴、美来さんってどなたですか?」

 

「ん?ああ、美来ってのは…」

 

「南の島で私達と一緒に遊んだ女の子よ。美来ちゃんともまた会いたいと思っていたし、私も良かったらそのご飯に呼んでもらいたいわね」

 

「理奈さん。はい、理奈さんも是非。美来さんもなっちゃんとりっちゃんに会いたいって言ってました」

 

「そう。楽しみね」

 

「そしてお兄さん…ちょっといいですか?」

 

「ん?どした?」

 

ん?美緒がにーちゃんを引っ張って何処かに?

 

 

 

「どした?美緒ちゃん?」

 

「はい。美来さんの事なんですけど…」

 

「ああ、美来がどうかしたの?」

 

「ただの参考にしかならないと思いますが、美来さんはクリムゾンの音楽は嫌いだそうです」

 

「ん?急にどした?」

 

「そして39って数字にも、Artemisって言葉にも反応はあまりしていませんでした。こんな事言うのは撹乱させちゃうだけかも知れませんが…」

 

「そっか」

 

「お兄さん…か、勝手にこんな事…ごめんなさい」

 

「いや、それは別に。でもすげぇな。美緒ちゃんも美来が『サガシモノ』だと思ってたのか…」

 

「ま、まぁ色々思うところがありまして……って、キャア」

 

「ん、でも…もしかしたら美来がクリムゾンのミュージシャンって可能性もあった訳だからな?あんま無茶すんなよ?」

 

「は、はい…そ、それよりお兄さん…あの…頭…」

 

「あ、悪い。撫でちゃってたか…」

 

「い、いえ、あの…もう少しだけ…」

 

「「「ヘェー」」」

 

「「え?」」

 

「せんぱぁい。アハッ、こんな所に美緒ちゃんを連れ込んでセクハラですか?」

 

「貴、何を勝手に私の大事な妹に触ってくれちゃってんですか?」

 

「さすがロリコン大魔王といったところね。私の大事な美緒ちゃんに手を出すとは…覚悟は出来ているのね?」

 

「ちょっ、待っ…違っ!俺が連れ込んだんじゃなくて…」

 

「「「それが遺言か?」」」

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

このにーちゃんの叫び声も俺達の日常のひとつになっちまったなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

「予定より早く手続きも終わったな」

 

「うん、これなら早く日本に帰れそうだね」

 

「後の手続きはワシがやっとくから、梓だけ先に帰ってたらいいんじゃないか?」

 

「いや、でも…」

 

「ワシにはまだこっちでやる事もあるしな。それに渚も心配だしのぅ」

 

「じゃあ再来週くらいに帰ろうかな」

 

「そうしろそうしろ。早くタカにも会いたいだろ?」

 

「べ、別にタカくんとどうでもええし!」

 

「ほんまに?」

 

「ごめんなさい。………それよりお爺ちゃんこそ…無茶しないでね」

 

「海原相手に無茶をするな…か」

 

「お父さんは…今度こそあたしが倒すから」



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Episode of Phantom編
第1話 ハジマリ


私の名前は水瀬 渚。

今日はGlitter Melodyのデビューライブ。

そして、ファントムが音楽事務所としての初ライブの日だ。

 

ハッ!?こんな記念の日に、私のモノローグとか…。この物語の主人公は私なのでは!?

 

「渚は何を言っているの?」

 

「え?り、理奈…?」

 

「Glitter Melodyのデビューライブな訳だけど、Noble Fateもデビューライブな訳だし、Blaze Futureも私達と同じようにゲスト参加するわけだし…」

 

この子の名前は氷川 理奈。私達のバンドDivalのベーシストだ。

 

「渚のモノローグは割と私達に筒抜けだしね…」

 

な、何だと…!?まさかこんなハッキリと、私の心は読まれている事を言われてしまうとは…!!

 

「あ、あははは。それより理奈は何でこんな所に居るの?」

 

「今はGlitter Melodyがリハやってるみたいだしね。貴さんや英治さんは外の喫煙所に居るかと思って」

 

あ、そうなんだ?先輩か英治さんに用事かな?

 

 

私の会社の先輩でありBlaze Futureのボーカルの葉川 貴、そして、ライブハウス『ファントム』のオーナー中原 英治。理奈はこの2人を探しているようだった。

 

私も先輩と少し話をしたいと思って、ファントムの外にある喫煙所付近まで来てたんだけど…。

 

 

「あ、それじゃ理奈はこの物語の主人公は誰だと思ってるの?」

 

「そうね…。まぁ無難に考えると、渉くんか貴さんか奈緒。一瀬くんと夏野さんは無いかしらね。後は渚か志保と言った所じゃないかしら?」

 

「あははは。先輩が主人公だったらウケる~。私が下剋上してみせるよ」

 

「貴さんが主人公だとしたらヒロインは誰なのかしらね?」

 

「………私か」

 

「それは無いわ!」

 

え?何で?

 

私達がそんな話をしながら、外の喫煙所に行くと、案の定英治さんとBlaze Future、そして志保と香菜、それにトシキさん、翔子お姉ちゃん、澄香お姉ちゃんと日奈子お姉ちゃんが居た。

 

 

 

「やっぱり先輩と英治さんは、喫煙所に居たんですね」

 

「ああ、俺らはリハも終わったしな。Divalもリハお疲れ様だったな」

 

「なっちゃん!リハ見せて貰ったよ!リハからDivalは気合い入ってたね。SCARLETのボスってより、Artemisのドラマーとして熱くなれたよ!」

 

「あはは、確かに。なっちゃんがランダムスター弾いてると、梓を思い出すよね」

 

私が梓お姉ちゃんに…。

 

「でも渚ちゃんも凄いね。もうギターもバッチリ弾けてたし。もうはーちゃんより弾けてるんじゃない?」

 

「いやいや、私なんてまだまだですよ。所々は弾けないから志保に任せて、エアーな所もありますし」

 

「そだね。渚ももう少しギター上手くなったら、あたしらの演奏ももっと良くなりそう」

 

うぁ!?志保からの期待という名のプレッシャーが重い…!

 

 

「それよりも奈緒。あなたさっきからどうしたのかしら?顔がひきつってるわよ?」

 

「あはは、なんかね。Glitter Melodyのデビューライブだからって、美緒ちゃんが緊張してないか心配なんだってさ」

 

「佐倉はgamutでライブ経験もあるから大丈夫だと思うんだけどね」

 

「翔子さ~ん、香菜ぁ。それだけじゃないと思うよ~?」

 

「そだね。せっかくの美緒ちゃんのデビューライブだから、あたしらBlaze Futureのラストは奈緒のソロ曲だからね。奈緒も緊張してんでしょ」

 

へぇ~。Blaze Futureのラストは奈緒の曲なんだ?それは美緒ちゃんも喜びそうだね。

 

「み、美緒にはサプライズで驚かせようって事で、リハでも私の曲やってないし、上手く演奏出来るかどうか不安で……あ、お腹痛い…」

 

え?リハやってないの?それPAとか大丈夫なの?

 

 

私達がそんな話をしている時だった。

 

 

-タッタッタッタッ

 

 

「ダッシュからのキ~~ック!!!!」

 

 

「ぷげらっ!」

 

 

え?え?え?

いきなり先輩が『ぷげらっ!』とか叫びながら、吹っ飛んで行った…。一体なにごと!?キック!?

 

 

「え?な、何で…?」

 

「あ、梓ちゃん?何で日本に…」

 

「梓…?あれ?梓ちっちゃくなった?」

 

 

え?梓…お姉ちゃん…?

 

私が先輩を吹っ飛ばした人に目をやると、そこには梓お姉ちゃんが……居ない。この子は美来お姉ちゃんだ。

 

 

「性懲りもなく女の子に囲まれてるどころか、喉を壊したくせにタバコを吸っているとは…。やはり、タカくんは軽薄な男」

 

「み、美来さん?どうしてここに…?」

 

「あら?志保も美来ちゃんの事を知っているのかしら?」

 

「え?美来?梓じゃないの?」

 

澄香お姉ちゃん達もびっくりしてるね。

やっぱり…美来お姉ちゃんって梓お姉ちゃんに似てるなぁ。

 

「へぇ~。本当に梓に似てるな。キミが噂の美来ちゃんか?」

 

「ん?何者?何であたしの名前を知っているの?」

 

「あ、ああ。俺はここのライブハウスのオーナーで、中原 英治ってんだよ。キミの事はタカから聞いててな」

 

「タカくんから聞いて……?ハッ!?ち、違う。あたしはタカくんの彼女って訳じゃない。確かにタカくんにはホテルに誘われたりしたけど、まだそんな関係じゃないから」

 

え?先輩がホテルに誘って…?あ、こないだの旅行の時の聞き間違いのやつかな?

てか、まだって何?美来お姉ちゃん?

 

「そ、それよりタカ兄生きてる?思いっきり吹っ飛んで行ったけど…」

 

「まあ、はーちゃんだからね。大丈夫じゃないかな?」

 

 

 

「ジィー」

 

ん?どうしたんだろ?

美来お姉ちゃんは英治さんの事をジッと見つめていた。

 

「英治くんってもしかしてBREEZEのEIJI?」

 

「お、俺の事も知ってくれてんのか?」

 

「ヒィィィィィィィィ!!?」

 

「え?お、おい…」

 

美来お姉ちゃんは両手で胸を隠しながら後退りしている。どうしたんだろう?

 

「た、助けてお母さん…。お、犯される…。初めては好きな人にって決めてるのに…」

 

「ちょ、ちょっと待って!何それ!?俺そんな事しないよ!?」

 

「本当に…?」

 

「あ、ああ。当たり前だろ…。俺には愛する妻も娘もいるしな(キリッ」

 

それでも美来お姉ちゃんは英治さんから離れ、今度は澄香お姉ちゃん達の方に歩いて行った。

 

 

「ジィー」

 

「え?な、何かな…?」

 

「やっぱり。澄香」

 

「え?何で私の名前を…?」

 

美来お姉ちゃんが澄香お姉ちゃんの名前を…?

 

「Artemisのファンだったから。ArtemisのメンバーもBREEZEのメンバーも知っている」

 

「え?そ、そうなんだ…?あ、ありがとう。それより本当に梓に似てる…」

 

「澄香。英治くんは安全?近付いても大丈夫?」

 

「あかん!英治の近くなんて危ない所に行っちゃダメ!」

 

「え!?澄香!?何で!?」

 

 

「本当に梓ちゃんに似てるね~。この子が『サガシモノ』だったりして」

 

「ちょ、日奈子…あんた何を言って…」

 

『サガシモノ』?え?美来お姉ちゃんが…?

そ、そんな訳ないよ。美来お姉ちゃんがクリムゾンのミュージシャンだなんて…。梓お姉ちゃんのクローンだなんて…。

 

「あんたさ?39番?」

 

翔子お姉ちゃんまで!?

てか、本人に39番かどうか聞くとかストレート過ぎない!?

 

「ちょっと翔子…!」

 

「39番?何の話?……あっ、ちょっと待って」

 

そう言って美来お姉ちゃんは、肩から提げているポシェットをガサゴソと触りだした。

 

「ん、やっぱ違う。あたしは18番。これって最前行けそうじゃね?キャッホー!」

 

え?18番?最前?

美来お姉ちゃんがそう言って、翔子お姉ちゃんに見せたのは、今日のGlitter Melodyのライブのチケットだった。

 

………って、ちょっと待って!?これって美来お姉ちゃんが今日のライブ観てくれるって事!?

ヤ、ヤバ…ヤバい…。めちゃくちゃ緊張してきた…。

 

 

「……そっか。変な事聞いてごめんね」

 

「……?別にいい」

 

 

-ドサッ

 

 

ドサッ?何の音だろう?

その音が気になって振り返ってみると、そこには拓斗さんと明日香ちゃん、架純ちゃんと聡美ちゃんが居た。

 

 

「あ、梓…?何でこんな所に…」

 

「タ、タカさん…?何でこんな姿に…」

 

あ、先輩ってまだ倒れたままなんだ?

 

 

「梓ぁぁぁぁ~~~~!!!!」

 

「ヒィィィィィィ!!?」

 

拓斗さんが美来お姉ちゃんに飛び掛かってきた。

あ、これはあかんやつや。

 

 

-ドカッ

 

-ボキッ

 

-ドスッ

 

 

「あ、あはは、美来ちゃんだっけ?ごめんね、変態が怖がらせて」

 

「よく見ろ拓斗。この子は梓じゃないよ」

 

「拓斗ちゃんは本当に危ないよね」

 

 

拓斗さんは澄香お姉ちゃん達に、殴られて何とか止まってくれた。それよりボキッって音してなかった?

 

「あん?あ、ああ。確かに似てるが、梓とは違うな。すまん、我を忘れちまったぜ」

 

我を忘れちまったって…。もしかして梓お姉ちゃんにいつもあんな事を?

 

「BREEZEの男はやはり危険。助けてお母さん…」

 

「あ、あはは、お、俺は危険ではないと思うんだけど…」

 

 

 

 

 

 

「そうなんですね。美来さんも美緒ちゃんにライブを招待してもらったんですね」

 

「ん?りっちゃん?何でりっちゃんは、あたしをちゃん付けなの?りっちゃんも美来お姉ちゃんって呼んでいいんだよ?ほら、カモン。どんと来い」

 

「い、いえ、それはさすがに…」

 

そっか。美緒ちゃんって美来お姉ちゃんと、連絡先交換したって言ってたもんね。それで連絡貰って今日は来てくれたのかな?

 

 

「やっぱりあの子はmakarios biosじゃないんじゃないかな?」

 

「う~~ん…私達を敵として認識してるから、とぼけてるって可能性も捨てきれないだろ?」

 

「でもあの子、背はちっちゃいけどおっぱいは大きいよ?梓ちゃんの遺伝子なら、あんな大きくならないんじゃない?」

 

 

澄香お姉ちゃん達は美来お姉ちゃんの事を、makarios biosだと思ってるのかな?内緒話してる風を装ってるけど、ここまで丸聞こえだけどね…。

 

 

「あ、そういや美来お姉ちゃんは何でここに?」

 

「みーちゃんにライブのチケット貰ったんだけど、あたしの友達も行きたいって言ったから、当日券狙いで来た」

 

え?う、うん。ライブに来たってのはわかってるんだけどね。何でこの喫煙所に来たのか聞きたかったんだけど…。

 

「ファントムで待ち合わせって言ったのに、誰も来ないからしょんぼりしてた。そしたらタカくんがハーレム作ってたから気分が悪くなって…」

 

「当日券?当日券ももちろんあるけど、販売はこんな裏ではやってないぞ?」

 

「……迷子じゃないもん」

 

迷子!?迷子になっちゃったの!?

 

 

「迷子…そんな所まで梓に似てるんだ…」

 

「いや、待て澄香。梓とこの子はやっぱり似てないぞ」

 

「翔子ちゃんの言う通りだね。もしこの子が梓ちゃんのmakarios biosだったとしたら、ファントムまで辿り着けるわけがないよ」

 

梓お姉ちゃんってどれだけ方向音痴だったの?

 

 

 

「おい、澄香」

 

「何?拓斗?」

 

「ちょっとだけ面貸せ」

 

「断る」

 

「………何で?」

 

「え?何か怖いし」

 

「大事な話だ」

 

「いや、それこそ無理やろ?拓斗と2人きりで大事な話とかマジ嫌なんだけど?」

 

「あー、わかったわかった。今度そよ風でタカとデートさせてやる。俺の奢りってったらタカも来るだろ」

 

「拓斗。大事な話って何?(キリッ」

 

ん?澄香お姉ちゃんと拓斗さん?

2人で何処行くんだろ?美来お姉ちゃんも理奈達と話してるみたいだし……。ちょっと覗いてみようかな?

 

べ、別に澄香お姉ちゃんと拓斗さんが付き合ったりしたら、ライバルが減るとか考えてるわけじゃないからねっ!

 

 

 

「みんなと離れてるし、この辺ならいいでしょ?大事な話って何?」

 

「いや、お前どんだけ俺の事信用してないの?

……まぁ、こんだけ離れてたらあの子には聞こえないだろうしいいか…」

 

「もし愛の告白とかだったら、明日の太陽を見る事はなくなっちゃうからね?覚悟して話してね?」

 

「俺は梓一筋だ」

 

拓斗さん、やっぱり梓お姉ちゃんの事まだ諦めてないんだ……。

 

「多分こないだタカが話してたmakarios biosのガキって、あの子の事じゃねぇか?」

 

「やっぱりその話か…。私もあの子と会うまではタカの話してた子がサガシモノかな?って思ってたけど、さっき少し話してみて違うかな?って思ったよ」

 

先輩が話してた…?先輩も美来お姉ちゃんがmakarios biosだと思ってたって事?何で?

美来お姉ちゃんが梓お姉ちゃんに似てるから?

 

 

「あら?どうしたの、渚?」

 

え?あ…理奈…?

 

「う、ううん。何でもないよ。それより美来お姉ちゃんは?」

 

「英治さんとトシキさんと日奈子さんで、ファントムの入口に案内しに行ったわ」

 

「そ、そっか。あ~…私も連絡先交換お願いしたら良かったぁ~」

 

そんな訳ないじゃん…。美来お姉ちゃんがクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンだなんて…。

先輩も澄香お姉ちゃんも拓斗さんも…。

どうしてそんな風に思うの…?

 

 

 

 

 

 

「こ、こんばんは…!Noble Fateです…!」

 

 

そしてGlitter Melodyのライブが始まった。

まずはNoble Fateのオープニングアクト。

 

さすがに木南さんと達也さんは堂々としてるなぁ。

花音は緊張しているみたいだけど…。

 

Noble Fateのオープニングアクトが終わったら、Glitter Melodyが演奏する。

そして、私達Divalが演奏し、Blaze Futureが演奏する。

その後再びGlitter Melodyが演奏し、アンコールという流れだ。

 

……お客様いっぱいいるなぁ。

ここからじゃ見えないけど、きっと美来お姉ちゃんもこの中に…。

 

 

「渚、どうしたの?」

 

「あ、志保。えへへ、私もちょっと緊張してきてさ」

 

「本当に緊張しているだけかしら?」

 

「え?理奈…?」

 

「うん、ちょっと変だよ渚」

 

「香菜まで…」

 

「もうすぐ私達の出番よ。そんな顔でステージに立つつもりなのかしら?」

 

「うっ……」

 

「えい」

 

私は香菜に顔を掴まれ、人さし指で頬を押されて無理矢理笑顔にされた。

 

「ふぁ、ふぁな(か、香菜)?」

 

「渚。あたし達はDivalだよ。何かあるならさ?あたし達にも話してよ」

 

みんな…。

 

 

そして私は志保達に美来お姉ちゃんが、もしかしたら『サガシモノ』なんじゃないかと、先輩達が考えているようだと話した。

 

 

「そっか。美来さんの事を貴達は…」

 

「美来さんってさっき喫煙所で会った子でしょ?何でタカ兄達はそう思ったんだろう?」

 

「………渚?それがどうしたっていうの?これから私達は最高のライブをやるのよ?」

 

「ちょっ、理奈ち…」

 

「う、うん…わかってるけどさ…」

 

「わかってないわね。そんなままじゃDivalのステージに立たせる訳にはいかない。……いいわ、今日は私が歌う」

 

え?ど、どういう事…?理奈が歌う?私は…?

 

「ちょっと理奈!何を言って…」

 

「それとも志保が歌う?渚のパートもカバーしながらとなると大変だと思うのだけれど?」

 

「そういう事じゃなくてっ!」

 

理奈はさっきから何を言ってるの?

Divalのボーカルは私だよ…?何で理奈が歌う事になってるの?志保は私のパートのカバー…?

 

……まさか私をステージに立たせないつもり?

 

 

「渚は何を黙りこくっているのかしら?反論はないの?

ならいいわ。そろそろステージに上がる準備をしましょう」

 

反論…?あるよ。あるに決まってんじゃん…!

 

「そ、それってどういう事なの?わ、私をステージに上げないつもり?」

 

「ええ、そうよ」

 

そうよって…!!

 

「な、何でそんな事言うの!?私ちゃんと歌える!歌えるよ!」

 

「ちゃんと歌える?」

 

「もちろんだよ!私は大丈夫!!」

 

「ちゃんと歌うって何なの?」

 

「え?」

 

ちゃんと歌うって何って…?え?どういう事?

 

「渚。ちゃんと歌詞を間違えずに歌うだけなら、誰にでも出来るのよ。あなたは何の為に歌っているの?

美来ちゃんがクリムゾンかも知れない?だから何?」

 

え?理奈…?何でそんな事言うの?美来お姉ちゃんがクリムゾンのミュージシャンだったら私達は…。

 

「私は先日、美来ちゃんと少し遊んだだけだけれど、私は美来ちゃんの事が好きよ?だから、せっかく美来ちゃんがここに来てくれているのだから、最高の演奏を届けたい」

 

理奈…?

 

「そんな顔で悩みながら歌った所で、美来ちゃんにはもちろんここに私達の演奏を聴きに来てくれているオーディエンスにも届かない。ましてや、今日私達をゲストに呼んでくれたGlitter Melodyに失礼だわ」

 

美来お姉ちゃんにもオーディエンスにも…。

そうだ。美緒ちゃんもせっかくのGlitter Melodyのデビューライブに私達を呼んでくれたのに…。

 

「美来ちゃんは私達の敵じゃないわ。今はね」

 

今は…?

 

「美来ちゃんが私達やファントムを潰すと言った?敵だと言ったかしら?」

 

「美来お姉ちゃんはそんな事言わないよっ!」

 

「そうね。では貴さんは?澄香さんは美来ちゃんを敵だと言ったのかしら?」

 

「い、言ってない…」

 

「美来ちゃんがクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンだとしても、『サガシモノ』だったとしても関係ないわ。美来ちゃんが私達を敵だと思って近づいて来てるのだとしても……私は美来ちゃんの事を…と、とも…とも……」

 

とも?

 

「り、理奈ちさぁ?途中までかっこいい事言ってんだから、最後までバシッとキメなよぉ~」

 

「い、言わなきゃわからないなんて、まだまだだって事よ…」

 

とも…?友達…?

友達…。そうだ、そうだよ。美来お姉ちゃんは友達だ。

クリムゾンエンターテイメントのミュージシャンだとか、そんなの関係ない。私は美来お姉ちゃんが好き。

美来お姉ちゃんが私達に敵だと言って来た訳じゃない。

 

「渚。だから私は美来ちゃんにも…」

 

「うん、そうだね。理奈の言う通り。

美来お姉ちゃんにも最高の演奏を、私達の歌を聴いてもらいたい」

 

「渚……そうよ。それがわかったのなら大丈夫かしらね」

 

「うん、ごめんね理奈」

 

「わ、私に謝る必要はないわ」

 

 

 

「渚、理奈!お喋りはそこまで。Glitter Melodyが戻ってくるよ」

 

え?もうGlitter Melodyの出番も終わっちゃったの!?

 

「よし!みんな行くよ!理奈ちも渚がボーカルで大丈夫だよね?」

 

「一時はどうなるかと思ったけれど…。

Divalのボーカルは渚よ」

 

うん。そうだ。私はDivalのボーカルの渚。

今、最高の歌を歌うだけだ。

 

「魅せるよ!Dival!!」

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

「どうなるかとヒヤヒヤしましたけど…。貴の言った通り大丈夫でしたね」

 

「な?あいつらなら大丈夫だって言ったろ?」

 

「渚と理奈の事、信じてるんですね♪」

 

「まぁ……な。……さ、俺らも準備しに行くか」

 

「そうですね。私もDivalの演奏ゆっくり聴きたかったですけど……。あ、貴、ちょっと待って下さい」

 

「ん?何?」

 

「美来さんでしたっけ?……貴は今もmakarios biosだと思ってますか?」

 

「……多分な」

 

「そうですか」

 

「は?何?そうですか。ってそれだけ?」

 

「え?何ですか?もしかして慰めて欲しかったとかですか?うわっ、気持ち悪いです。むしろキモいです」

 

「いやいやいや、何なの?これ新手の精神攻撃?」

 

「貴がそう思うなら、もしかしたらそうなのかも知れませんね」

 

「は?やっぱ精神攻撃なの?何でライブ前に俺の心折るような事言うの?」

 

「そっちじゃないですよ~。……わかってるくせに」

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

「みんなありがとう~~!!次で私達Divalの曲はラストです!」

 

\\えぇ~~!?//

 

 

あはは、やっぱりライブは楽しい。最高の時間だ。

 

ここからみんなの笑顔が見える。

渉くん達も、日奈子お姉ちゃん達も、美来お姉ちゃんも…。

 

みんなにもっともっと私達の歌を届けたい。

 

「今日はGlitter Melodyの特別な日にゲストとして呼んでもらえて、私達Divalにとっても最高の1日になりました!」

 

私は梓お姉ちゃんのギター。

先輩から託して貰ったランダムスターをしっかりと構えた。

 

「今日の事を思って、Glitter Melodyのスタートに、今日という特別な日の為に作った新曲です」

 

作ったのは理奈だけど……。

 

GLORY DAY(グローリー デイ)

 

 

 

 

 

 

「はぁ~……やりきったぁぁぁぁ!」

 

「あはは、香菜お疲れ」

 

「ん……志保もね」

 

私達の出番は終わり、控室に戻って来ていた。

 

「ん?あれ?理奈は?」

 

「ん~?理奈ち~?あれじゃない?こっち戻らずにBlaze Futureの演奏観てるんじゃない?」

 

あ、そうなのかな?私も行って来ようかな?

 

「じゃあ私も観て来ようかな。志保と香菜はどうする?」

 

「あたしパス…さすがに疲れた…」

 

「あはは、香菜もめちゃ激しくパフォーマンスしてたもんね。渚、あたしもBlaze Future観たいし一緒に行くよ」

 

「うん、じゃあ香菜はゆっくり休んでてね。また後でね」

 

私は志保と一緒に舞台袖へと向かった。

 

 

 

 

「さすがBlaze Futureですね。お姉ちゃんや盛夏さん、まどかさんはもちろんですが、お兄さんもすごくかっこいいです…」

 

「そうね。歌ってる時の貴さんはかっこいいわね。歌ってる時は……」

 

「あたしBlaze Futureの演奏観るの初めてだけど、ほんとタカさんかっこいいね。いつもあんな顔ならモテるだろうに」

 

「睦月の言う通りだよね。普段がボケボケしてるだけにギャップもすごいし?」

 

「あはは、睦月ちゃんも麻衣ちゃん言い過ぎ…」

 

「「ま、モテたらモテたで困るんだけど…(ボソッ」」

 

「ん?理奈さんも美緒も何か言った?」

 

「「いえ(ううん)、別に何も」」

 

 

 

私達が舞台袖に行くと、そこには理奈とGlitter Melodyのみんなが居た。

 

「渚さん、お疲れ様でした。今日は本当にありがとうございます」

 

「あ、恵美ちゃん。お礼なんていいよ。こっちこそありがとうだよ」

 

「おりょ?香菜さんは?」

 

「ああ、香菜は疲れきって控室でグッタリしてるよ」

 

「お、Blaze Futureの曲終わった。次はあたし達の番だね」

 

あー、Blaze Futureの出演時間終わっちゃったか。

もう少し早く来たら良かったかな。

 

「よ~し!ほら!みんな、円陣組もう円陣!」

 

「え?やだよ。理奈さん達も居るのに恥ずかしいし…」

 

「麻衣はこういうの好きだよね」

 

「あ、あはは、麻衣ちゃんなりの緊張のほぐし方なんじゃないかな?」

 

本当ならこのままBlaze Futureが舞台袖に戻って来て、Glitter Melodyと交代。

だけど今日は美緒ちゃん達へのサプライズがあるから…。

 

「Blaze Futureの挨拶も終わってライトが消えたね」

 

志保がそう言って、美緒ちゃん達Glitter Melodyのメンバーは準備を始めたけど、

 

 

舞台袖に戻って来たのは先輩だけだった。

 

 

「あー、お疲れ」

 

「え?あ、はい。お兄さんお疲れ様でした…。あの、お姉ちゃん達は…?」

 

「ん?もう少ししたら戻ってくんだろ」

 

先輩は美緒ちゃんにそう言ったけど、次の瞬間ステージ上の奈緒にスポットライトが当てられた。

 

「え、え?お姉ちゃん…?」

 

「奈緒さん?何で…?」

 

ふふふ。美緒ちゃんも麻衣ちゃんもびっくりしてるね。

 

 

 

 

「あ、改めましてこんばんは。Blaze Futureのギタリスト奈緒です…」

 

 

 

「え?奈緒さん何をしてるの?貴さんは戻って来て良かったの?あ、仲間外れ?」

 

「睦月ちゃん…。その…気持ちはわかるけど…」

 

「お、お兄さん!?どういう事ですか!?」

 

「ん?まぁ黙って見てろ」

 

 

 

「きょ、今日はGlitter Melodyの特別な日でして…。

その…美緒にとっても、睦月ちゃんにとっても、恵美ちゃんにとっても、麻衣ちゃんにとっても、新しいスタートを切る日です」

 

 

 

「お姉ちゃん…」

 

「奈緒さん?ど、どうしたんだろ?」

 

「美緒ちゃんも睦月ちゃんも。今は黙って奈緒さんを見てよ」

 

「恵美の言う通りだよ。奈緒さん…何かサプライズしてくれるんじゃない?」

 

あはは、麻衣ちゃんは鋭いなぁ~。

頑張ってね、奈緒。

 

 

 

「あの……それでって訳じゃないんですけど、私も歌を作ったりなんかしちゃってまして。あ、あはは…」

 

 

 

「お姉ちゃん…」

 

 

 

「聞いて下さい。『絆の繋がり(きずなのつながり)』」

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

わぁぁぁ、すごい!

奈緒とも何度かカラオケ行った事もあるし、歌声も聞いた事あるけど……

 

「これが奈緒の歌声?す、凄いわね、正直驚いたわ」

 

「お姉ちゃん…すごく素敵な歌…」

 

「奈緒の歌も演奏もすごいね。心に訴え掛けられるっていうか、すごく胸に響いてくる。これって貴もボーカルの座危ういんじゃない?」

 

「本当に綺麗な声…。せんぱぁ~い、志保の言う通りこれはうかうかしてられないんじゃないですか?」

 

「……」

 

先輩?

 

「う、嘘だ…ろ…?」

 

「先輩?どうしたんですか?マジで焦ってます?」

 

先輩は奈緒を見ながらびっくりした顔をしている。

本当に奈緒の歌声って凄いもんね。先輩も本気で心配してるのかな?

 

「何で奈緒が……?カラオケとライブは違う…くそっ!」

 

そう言って先輩は走ってどこかに行ってしまった。

どうしたんだろ?本当に自分より奈緒がボーカルやった方がいいと思ってへこんじゃった?

 

「貴さん?どうしたのかしら?」

 

「何か変じゃなかった?貴も歌うの好きだしボーカルだっていっても…」

 

「うん、いつもの先輩なら『あ、これ俺がボーカルじゃなくてもよくね?これからは奈緒にも歌ってもらうようにするか』とか言いそうなのに」

 

「そうよね」

 

私達がそんな話をしている時だった。

 

「タカちゃんいる!?」

 

「タカ!!?」

 

澄香お姉ちゃんと翔子お姉ちゃん、そして日奈子お姉ちゃんが舞台袖へとやって来た。

 

「なっちゃん、タカは?控室戻っちゃった!?」

 

「え?いや、何かどっか走って行っちゃったけど…。澄香お姉ちゃん達はどうしたの?」

 

何でこんなに焦ってるんだろう?

何となくだけど、すごくヤバい予感がする。

 

「あのバカどこに…」

 

「英治の所かな?翔子はここでGlitter Melodyに激励でもしてて。タカは私と日奈子で探してくる」

 

「うん、私は控室に行ってみるから、澄香ちゃんは英治ちゃんの所に行ってみて」

 

そう言って澄香お姉ちゃんと日奈子お姉ちゃんは走って行ってしまった。本当にどうしたんだろう?

 

「あ、あの、翔子お姉ちゃん?一体何が?」

 

「ん?いや、ちょっとね。奈緒ちゃんの歌声って」

 

奈緒の歌声?やっぱり何かあるの?

先輩も奈緒の歌を聴いてから様子がおかしくなったし。

 

 

 

「ありがとうございました。

それでは、次はGlitter Melodyの再登場です!皆さん是非拍手で迎えて下さいね!」

 

\\ワァー//

 

パチパチパチパチパチパチ……

 

 

 

奈緒の歌が終わり、Blaze Futureが舞台袖へと戻って来た。

 

「おねーちゃーん!!」

 

「ふぇ!?わっ!美緒?」

 

舞台袖へと戻って来た奈緒に美緒ちゃんは抱き付いた。

 

「お姉ちゃん…ありがとう。すごく感動した」

 

「美緒……。うん、次は美緒の番だよ。お姉ちゃんここで観てるから頑張って来るんだよ」

 

「うん」

 

 

美緒ちゃんはしばらく奈緒に抱き付いたままだったけど、睦月ちゃんに肩を叩かれて、

 

「行くよ、美緒」

 

「盛夏さんもまどかさんもありがとうございました。あたし達も行ってきます」

 

「うん、恵美ちゃん達も頑張ってね。Glitter Melodyの演奏楽しみにしてる」

 

「よ~し!私達もBlaze Futureに負けないように頑張るよ~!」

 

そして、睦月ちゃんと恵美ちゃんと麻衣ちゃんはステージに上がろうとした。

 

「ま、待って!」

 

「ん?どしたの美緒」

 

「わ、私達も負けていられない。ちょっとセトリ変わっちゃうけど……飛ばしていくよ!」

 

「「「え?マジで?」」」

 

 

 

 

 

「みなさん!改めましてこんばんは!Glitter Melodyです!」

 

美緒ちゃん達、Glitter Melodyがステージに上がり、Glitter Melodyの2回目の演奏が始まった。

 

「ねぇ、タカ見なかった?」

 

「先輩ならどっか走って行っちゃいましたよ?」

 

「そっか…。ありがと…」

 

まどかさん?どうしたんだろう?

 

「奈緒、あなたの歌声、正直驚いたわ」

 

「ほんとだよね~。あたしも今日の奈緒の歌にはびっくりしたよ~」

 

「え?そうかな?理奈も盛夏もありがとう」

 

うん、本当に奈緒の歌凄かったもんね。

何だろう?初めてBREEZEの歌を聞いた時みたいな…。

 

何だか昔の先輩の歌を思い出しちゃったな。

やっぱりファンだっただけあって、先輩の歌い方に影響されてるのかな?

 

 

 

 

 

Glitter Melodyの演奏も終わり、Glitter Melodyのデビューライブは無事に終わった。

 

私達は終演後のお見送りにフロアに出ていた。

 

理奈はKiss Symphonyのみんながまた来てくれていたみたいでRionaさんとRunaさんに捕まってしまった。

志保は明日香ちゃんやさっちちゃんの所に行き、香菜は盛夏と大学の友達の所に行ってしまった。

 

私は今はぼっちで……

美来お姉ちゃんを探している。

 

 

「なっちゃん、お疲れ様」

 

「美来お姉ちゃん!?」

 

なっちゃんと呼ばれた私が振り向いた先には

 

「……先輩になっちゃんとか呼ばれたくないんですけど?これってセクハラで訴えられますかね?」

 

「え?何で?」

 

何で先輩が私の事をなっちゃんって呼ぶのよ…。

 

「お前……さっきの反応って事はやっぱ美来を探してんのか?」

 

「はい、まぁ…」

 

「俺も美来を探してんだけどな。もう帰っちまったかな?」

 

先輩も美来お姉ちゃんの事を?

 

「先輩。梓お姉ちゃんがダメだったからって、美来お姉ちゃんもダメですからね?」

 

「そんなんじゃねーよ」

 

そんなんじゃないか…。

やっぱり美来お姉ちゃんの事をmakarios biosだと思って問いただすつもりなのかな…?

 

「あ、あの…先輩…」

 

-ポン

 

ふぇ!?先輩!?な、何で私の頭を!?

ここにはまだお客様もいっぱい居るのに!!

 

「そんな不安そうな顔すんな。別に美来にmakaリ……ぶふぉあ!」

 

ぶふぉあ?

 

先輩はいきなりうずくまってしまった…。

え?何事なの?

 

「お疲れ様と労いの言葉をかけようと思って探していたら、まさかあたしのなっちゃんにセクハラをしているとは…。やはりタカくんもBREEZEの男。危険人物」

 

「み、美来お姉ちゃん…?」

 

「なっちゃん、今日はお疲れ様。

Divalの演奏すごく良かった。ランダムスターを弾いてるなっちゃんもすごくかっこ良かったよ」

 

「あ、ありがと…。美来お姉ちゃんに良かったとか言われると照れちゃうね。あはは」

 

「そう?」

 

どうしよう…。ライブ前に理奈に美来お姉ちゃんは友達だって言われたばかりなのに…。

 

美来お姉ちゃんはmakarios biosじゃないよね?

クリムゾンのミュージシャンじゃないよね?

 

そんな事ばっかり頭に浮かんで来て…

何を話せばいいかわかんないよ…。

 

 

「なっちゃん?」

 

あっ…。私が黙ってるもんだから美来お姉ちゃんも…。

あはは…私…今どんな顔してるんだろ…。

 

「おい…美来…」

 

「ん?タカくん?生きてたの?あたしの攻撃を1日に2度も受けて立てるとは…」

 

「ふっ、美来の攻撃なんぞ俺にしてみれば赤子に撫でられたようなもんだな」

 

「本当に?じゃあもう1発いっていい?」

 

「ごめんなさい」

 

先輩…。先輩は普通に美来お姉ちゃんとお話出来るんですね。私は…。

 

「あ、そんな事よりな美来」

 

「何?Blaze Futureの演奏の感想?」

 

「いや、別にそれはいいや」

 

「確かにタカくんもかっこ良かった。屈辱でしかないけど胸がドキドキした。でもまぁ、BREEZEの時の方が良かった」

 

「BREEZEの時の方がって…。感想は別にいいって言っただろ。あんな、渚の様子おかしいと思わね?」

 

え!?わ、私!?

 

「うん、確かにおかしいと思う。タカくんにセクハラされて気分が悪くなって落ち込んでいるとしか思えない」

 

「実はな。渚は美来と連絡先の交換したくて仕方ないんだけど、なかなか言い出せなくて緊張してんだと」

 

「え?あたしと連絡先の交換?」

 

ふぇ!?先輩!?

な、何を言ってくれちゃってんですか!?

そりゃ美来お姉ちゃんと連絡先の交換したいけど!

 

「なっちゃん?そうなの?」

 

「う、うん…。あの…連絡先の交換したい…。ダメ…かな?」

 

「なっちゃん。なっちゃんとの連絡先の交換は是非あたしもしたい。ほら、交換しよ?」

 

美来お姉ちゃん…。

 

「うん!」

 

そうして私は美来お姉ちゃんと連絡先の交換する事が出来た。美来お姉ちゃんの連絡先…。

 

うん、そうだよ。私はやっぱり美来お姉ちゃんが好き。

美来お姉ちゃんがmakarios biosだったとしても、クリムゾンのミュージシャンだったとしても関係ない。

 

美来お姉ちゃんは美来お姉ちゃんだ。

私の大好きな美来お姉ちゃん。

 

「あ、ついでにタカくんも連絡先交換しとく?」

 

「ん?あ、ああ、そうだな」

 

そう言って先輩と美来お姉ちゃんは連絡先を交換していた。

 

「あ?何だ美来もバンやりやってんのか?」

 

「うん。それよりタカくんの上げてる写真ってラーメンばっかりだね。飯テロ?」

 

ん…?美来お姉ちゃんがバンやり?

先輩が写真を上げてる?

 

「ちょ、ちょっと待って下さい先輩。ラーメンの写真って…まさかTwitter?」

 

「ん?ああ、LINEとTwitterと交換したけど?」

 

なぁ!?つ、Twitterも交換しただと…!?

せ、先輩だけズルい!!何で!?何で私はLINEだけなの!?

 

-ドスッ

 

「はうん!」

 

先輩が今度は『はうん!』とか気持ちの悪い事を叫びながらうずくまった。どうしたんだろう?

 

「み、美来…何で…?何で俺いきなり殴られたの…?

知ってるか?人の右腹には肝臓って臓器があってだな?そこって人体の急所なんだよ?」

 

「大丈夫。肝臓の事は知っている。ただ、タカくんはTwitterで『なおちん』って女の子とよく話してて仲が良いなぁ。と思って」

 

「あ?なおちん?」

 

なおちん?あ、それって奈緒の事じゃないかな?

確かに先輩と奈緒ってよくTwitterで話してるよね。

私も2人共フォローしてるから、2人の会話見てよく妬きも……微笑ましいなぁって思ってるし。

 

「その子はBlaze Futureのギタリストだ。だからよく話すの。何なの?何で俺が女の子と仲良く話してたら殴られるの?」

 

「Blaze Futureのギタリスト…?って事はこの子は奈緒ちゃん?」

 

あれ?美来お姉ちゃんって奈緒の事も知ってるのかな?

 

あ、今日ライブ来てくれていたんだし、そりゃ知ってるか。

 

 

「タカくん。真面目な話」

 

「あ?」

 

「奈緒ちゃんにはもう歌わせない方がいい。そしてちゃんと守ってあげて」

 

「お前…何を言って…」

 

奈緒にはもう歌わせない方がいい?何で?

そういえば先輩も澄香お姉ちゃん達も、奈緒の歌を聞いて…。

 

「……変な事を言ってごめん。あたしは帰る。友達も待たせてるし」

 

そう言って美来お姉ちゃんは逃げるように走って行こうとした。

 

「美来。待て」

 

だけど先輩はそんな美来お姉ちゃんを呼び止めて

 

「何?」

 

「…守るよ。奈緒も渚も理奈も美緒ちゃんも。他のみんなもな」

 

「そう」

 

「相手が誰であろうとな…。俺達の敵からは守ってみせる」

 

「……うん。よろしく」

 

美来お姉ちゃんはそのまま走って行った。

 

今の……どういう事なんだろう?

 

その後は先輩と一緒にお見送りをして、私達のファントムとして初めてのライブは終了した。

 

この日が私達の『ハジマリ』なんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

「ごめん。待たせた」

 

「あ?別にいいよ。それより愛しのタカとは会えたのか?」

 

「沙耶。気分の悪くなる事言わないで。別にタカくんを愛おしく思ったりしてない」

 

「ん?小夜?どしたの?何か悩み事?」

 

「美奈?いやさ。Blaze FutureとDivalとGlitter Melodyのライブ見てさ?私達の敵じゃないって思ったんだけどね」

 

「あ、うん。アタシもそれは思ったよ?それが?」

 

「…うん。でも奈緒って子の歌は危険だと思ってね。私達には脅威になりかねない」

 

「小夜!」

 

「わっ!?びっくり。

どしたん美来。いきなり大きな声を出して…」

 

「奈緒ちゃんはBlaze Futureの正式なボーカルじゃない。それにあの歌声でもあたしの敵じゃない。それとも小夜はあたしの歌声が奈緒ちゃんに負けてると思う?」

 

「あ、いや、そう言われると美来の敵じゃないし、何の脅威もないけどさ?」

 

「それに奈緒ちゃんがBlaze Futureのボーカルをやるなら余計に問題なくなる。タカくんが歌わなくなるんだから」

 

「あ、そっか。確かにそれなら奈緒って子が正式にBlaze Futureのボーカルになってくれた方がいいのか…」

 

「そういう事。だから何の問題もない。Blaze FutureもDivalもGlitter Melodyも、あたし達Malignant Dollが倒す。それには何の影響もない事」

 

「美来よぉ。でも一応九頭竜さんに報告してい…」

 

「沙耶?何も問題ないと言っている。九頭竜に報告なんか必要ない(ギロッ」

 

「わわわわ、わかったよ。報告なんかしないって。約束する!うん、絶対」

 

「美来って本当に怖いよねぇ。元ヤンお母さんの影響かな?」

 

「あ、美来のお母さんって元ヤンだったの?アタシも気を付けよ~っと」

 

「今日があたし達とタカくん達との戦いの…『ハジマリ』だ」

 

 

 

 

 

 

「まさかまだ元気に生きていてくれたとはね。

美来…か。今はそう名乗ってるんだね…。39番…」

 

 



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第2話 makarios bios

俺の名前は江口 渉。

 

昨日のGlitter Melodyのライブを見て、いてもたってもいられなくなり、俺は1人でカラオケに来ていた。

 

受付に居たのは雨宮だった。

 

 

『え?あんた今日はぼっちなの?せっかくの日曜なのに寂しい青春だね』

 

 

とか、言われたもんだから、必要以上にドリンクをオーダーして忙しくしてやろうと思う。フリードリンクだしなっ!

 

だけど、何故か3杯目を注文してから一切ドリンクが来なくなった。喉乾いたんだけどどうしようか?

 

 

俺は届かないドリンクを不安に思いながら、ちょうど曲が終わったのでトイレに行く事にし、そのついでに受付まで行って雨宮に文句を言ってやった。

 

 

『ドリンクを理由にあたしを何度も呼んで…。そんなにあたしに会いたいの?ごめんね、江口の事は友達としてしか見れないよ…』

 

 

なんて事を言われたもんだから、俺は2度とドリンクは注文しないと心に誓った。

 

かと言ってドリンク無しで歌い続けるのもなぁ。

 

そんな事を考えながらカラオケの部屋に戻ろうとした時、

 

「あっ…」

 

「お?」

 

そこに居たのはSCARLETの風見 有希さん。ゆきねぇちゃんだった。

 

「ゆきねぇちゃんも今日はカラオケなのか?」

 

「江口くんか…あのあれだ。私がここに居た事は内緒にしてくれないか?」

 

「え?何でだ?」

 

内緒に…?内緒にしてて欲しいなら、別に誰かに言ったりはしないけど、何で内緒にしてて欲しいんだろう?

 

「ボスにはあんまり外で歌うなと言われているし、1人でカラオケとか手塚に知られたら何を言われるかわかったものじゃないのでね」

 

ゆきねぇちゃんも今日はヒトカラなのか。

 

「まぁ、内緒にしてて欲しいなら誰にも言わないから安心してくれ!」

 

「すまないね。ありがとう」

 

う~ん、せっかく会えたし聞いてみてもいいかな?

 

「なぁ?ゆきねぇちゃんってSCARLETでバンドやってるんだよな?」

 

「ん?ああ。まぁね」

 

「せっかくだしゆきねぇちゃんの歌、聞いてみたいんだけどダメかな?1曲だけでいいからさ」

 

「私の歌を?」

 

ダメかな?ゆきねぇちゃんは顎に手を当てて考え込んでいるようだった。

 

「やっぱりダメか?」

 

「………まぁいいだろう。私の部屋に来たまえ」

 

「本当か!ありがとうなっ!」

 

俺はゆきねぇちゃんに連れられて、ゆきねぇちゃんの部屋に向かった。ダメ元で言ってみるもんだよなぁ。

 

SCARLETのバンドマンの歌か。

きっとすげぇ上手いんだろうな。勉強させてもらうぜ!ゆきねぇちゃん!!

 

 

 

 

「さて、せっかくなんだ。江口くんのリクエストに応えてあげよう。歌ってほしい曲はあるのかな?」

 

「あ、歌ってほしい曲か。別にそこは考えてなかったな。ゆきねぇちゃんの歌声を聞きたかっただけだし」

 

「そんなに期待する程の歌声はしていないがね。しかし、何を歌ったものか」

 

ゆきねぇちゃんに歌ってほしい曲か…。

何があるかな?さすがにSCARLETの曲ってのはカラオケに入ってねぇだろうしな。

あっ、それなら…。

 

「それなら、ゆきねぇちゃんが得意な曲を歌ってみてくれよ!」

 

「私の得意な曲か…。上手く歌えないと恥ずかしい想いをするな。さて、何を歌うか…。あ、BREEZEの曲なら江口くんもわかるかな?」

 

「BREEZEの曲?ああ、ある程度はわかるぞ。にーちゃんにライブDVD借りて何度も見たしな!」

 

「パパに?」

 

「え?」

 

パパ…?パパってにーちゃんの事か?

 

「ゆきねぇちゃん…パパって…?」

 

「え?あ、え?え、江口くん?どうかしたかね?パパ?何を言ってるんだ?」

 

「いや、今ゆきねぇちゃんパパって言わなかったか?パパってにーちゃんの事か?」

 

にーちゃんがパパ?こんな大きな子供が?

いや、にーちゃん独身だしな?あ、もしかして大人な関係のパパか?

 

「江口くん…聞き間違いは止めてくれないか?しかもタカの事をパパ?ありえないな」

 

お?聞き間違い?

 

「確かにタカの事を言ったわけだが、『パパ』ではなく『バカ』と言ったのだがね」

 

パパじゃなくてバカ?

あれ?そう言ったのか?俺の聞き間違い?

 

「では、BREEZEの歌を歌うか…。『Future』はカラオケには無いのか…。なら『ヴァンパイア』にしておくかな」

 

そう言ってゆきねぇちゃんはBREEZEの『ヴァンパイア』を予約して、マイクを持って立ち上がった。

 

「ライブだと平気なのだが、カラオケを人前で歌うとなると緊張するものだな」

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

えっ…?ゆきねぇちゃんの歌…。こ、こんなにすげぇのか!?カラオケで!?

 

俺はゆきねぇちゃんの歌を聞いて奮えていた。

ゆきねぇちゃんの歌声は力強く、そして優しい歌声だった。歌詞のフレーズが心にドスンと入ってくる。

 

これがSCARLETのボーカルの歌声か…!!

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

「ふぅ…。どうだったかね?」

 

「……凄かった。まるで歌詞の世界に入り込んだような感覚になって」

 

これがクリムゾンと戦ってきたゆきねぇちゃんの歌声か。

 

……遠い。俺なんかじゃまだまだ追いつけねぇ。

BLASTの大和とも、interludeの虎次郎とも違った凄さ。

 

なのに何でだろう。すげぇワクワクする。

もっともっと歌って、いつかにーちゃんやねーちゃん、大和や、ゆきねぇちゃんみたいに歌いたいって思った。

 

 

ん?にーちゃん?

 

 

「そうか、ありがとう」

 

「そういや、ゆきねぇちゃんの歌ってさ。なんかにーちゃんの歌に似てるな?今のにーちゃんの歌じゃなくて、BREEZEん時のにーちゃんの歌に」

 

「ふぇ?パパに?///」

 

ふぇ?笛?

え?ってかやっぱりパパって言わなかったか?

しかも微妙に喜んでる感じがする?

 

「なぁ?やっぱりゆきねぇちゃんってにーちゃんの事…」

 

「確かにパパって呼んだよね?」

 

え?雨宮?

何で雨宮が俺達の部屋に居るんだ?

 

「え?何の事かね?そ、それより雨宮さんは何故ここに?」

 

「江口にドリンクを持ってってあげようと思ったら、有希さんと一緒に部屋に入ってくのを見てね。悪いけど何の話をしてるのかな?って思ってさ」

 

ま、まさか雨宮のやつ…。

俺とゆきねぇちゃんがラブな関係と勘違いして、ヤキモチを妬いて俺達の話を盗み聞きしたって事か!?

 

「江口。ないから。あんまり気持ち悪い事考えてると本気で抹殺するよ?社会的に」

 

よーし、どうやら今日も安定に心は読まれてるようだな。

 

「それより貴がパパってどういう事?あのチキン野郎にそんな変な関係を作る度胸なんか無いと思うし」

 

にーちゃん…。

 

「さっきから雨宮さんは何を言っているのかね?タカの事をパパなんて呼ぶわけがないだろう?」

 

「あんた…makarios bios?貴の遺伝子の…クリムゾンを脱走したっていう36番じゃないの?」

 

36番?にーちゃんの遺伝子のって…。

クリムゾンエンターテイメントの海原が言っていた?

 

「何の事だかわからないな。タカの遺伝子?クリムゾンを脱走?何か漫画かアニメの話かな?」

 

「ごまかさないでっ!!」

 

あ、雨宮…?何でこんなに怒ってんだ?

 

「……出来ればここにいる雨宮さんと江口くんだけの秘密にしていて欲しい。その代わりと言っては何だが…聞きたい事には出来るだけは答えよう」

 

「オッケ。ちょっと待ってて」

 

そう言って雨宮は部屋に備え付けられていた内線を手に取った。

 

「あ、店長?悪いんですけど人生で3回あるチャンスの内の1回目が来たので早退させてほしいんですけど?」

 

人生で3回あるチャンス?

 

「あ、はい。わかりました。今度拓斗さんのパンツを…。え?はい。洗濯前ですね?友達に頼んでおきます」

 

拓斗にーちゃんの?パンツ?

 

「あたしの早退は許可された。じゃあ、誰にも言わないから質問に答えてもらいますよ?」

 

ちょっと待て雨宮。

早退が許可されたってのはいい。だけど拓斗にーちゃんのパンツって何だ?

 

「いいだろう。何でも聞いてくれたまえ。ただし、出来る限りだ。そこだけは譲歩してくれたまえ」

 

「わかりました。江口、あんたも今日の事は口外するんじゃないよ。修学旅行には行きたいでしょ?」

 

いや、俺は内緒にしてくれって話は言わないけどな?

修学旅行には行きたいでしょって、その脅し何なの?もし喋ったら俺どうなるの?

 

 

「さっきのあたしの質問。まずアレには答えられますか?」

 

「そうだな。私はBREEZEの葉川 貴の遺伝子によって造られたmakarios biosだ。当時は36番と呼ばれていた。

私は父親のような存在のタカに会いたいと思い、クリムゾンエンターテイメントを脱走した。タカに会える事は叶わなかったが、Artemisのドラマーである月野 日奈子に保護されて今に至る。……これで満足かな?」

 

「そか。やっぱり貴のmakarios biosなんだ…」

 

ゆきねぇちゃんがにーちゃんの遺伝子で…?

だから、にーちゃんの歌に似てた?

いや、何だかあんまりしっくり来ねぇ。何でだ?

 

「質問は以上かな?」

 

「まだです。その事は何で内緒に?貴になら言ってもいいんじゃないですか?」

 

そうだな。にーちゃんは自分のmakarios biosがって心配してたみたいだし…。

 

「その答えをする前に私からも質問をしていいかな?」

 

「……まぁいいです。どうぞ」

 

「私がmakarios biosだという事。それはいい。

だが、36番がタカのmakarios biosだと雨宮さんは知っていた。それはタカも自分のmakarios biosが存在する事を知っているって事だね?」

 

「…はい。貴も知っています。先日クリムゾンエンターテイメントの海原に会って、貴のmakarios biosが存在する事をその時に…」

 

「そうか。海原は戻って来ていたか。

では、先程の雨宮さんの質問に答えよう。タカが自分のmakarios biosが存在すると知った。あの男の事だ。形振り構わず私を探すだろう」

 

「そうですよ!貴は有希さんの事を…36番の事を知った!だから…!」

 

「名乗り出るよ」

 

え?名乗り出る?

 

「ちょ、名乗り出る…?その…貴にですか?」

 

「ああ。タカ…もういいか。

パパには私の事を話す。私の事を知ったのならそれがいいだろうしね」

 

「内緒だったんじゃないんですか?だから今まで…」

 

「パパには私の存在を知られていなかった。だから内緒にしていただけだ。あの男はチキンの癖に無茶をするからな。私の存在を知ってしまったのなら、早めに話した方が賢明だろう」

 

本当にゆきねぇちゃんは…にーちゃんの…。

 

「海原も余計な話をしてくれたものだな。いいだろう。来週の土曜日、江口くんも雨宮さんも予定を空けててくれたまえ。タカも呼び出して私の事を話す」

 

「な、何で来週何ですか?」

 

「私はSCARLETのバンドマンでもある。ボスや手塚にも話しは通しておかなくてはな。そして、私が逃げないという証明の為にもキミ達に立ち会ってもらおうとね。土曜日なら学校も休みだろう?」

 

「そうです…ね。わかりました。来週の土曜日は空けときます」

 

来週の土曜日俺も…?いや、別にいいけどな?

ゆきねぇちゃんも雨宮も俺も立ち会ってって、話なのに何で俺の予定は聞いてくれないんだ?お構い無しか?

 

「もうひとつ…質問があるんですけど」

 

「何かな?」

 

「39番。梓さんのmakarios biosは…今は…」

 

「39番か。あの子なら元気にしているようだ」

 

元気にしている?にーちゃん達が探してるっていうmakarios biosが?

 

「元気にしているって…。まさか39番も日奈子さんに保護されて?」

 

「いや、彼女はクリムゾンに戻った。木原 梓が生きている事を知らないだろうしね。自分が脱走したからと負い目を感じているんだろう」

 

「39番が元気にしているって知っているのなら、梓さんの事を教えてあげれば…!」

 

「私が39番を見掛けたのは昨日たまたまだ。15年振りにね」

 

昨日見掛けた?待てよ。ゆきねぇちゃんも確か昨日はGlitter Melodyのライブに…。

まさか昨日ファントムに39番が居たのか!?

 

「あの子がどういうつもりや経緯でGlitter Melodyのライブに来ていたのかは知らないが、他のmakarios biosと一緒に居たのでね。さすがに声は掛けれないというものだ」

 

「39番が昨日のライブに…?まさか本当に美来さんが39番なんじゃ」

 

「雨宮さんとあの子は知り合いなのか?」

 

「やっぱり…美来さんなんですか?」

 

「ああ、今は美来と名乗っているようだ」

 

そんな…美来ねーちゃんが39番…?

お? 美来ねーちゃん?美来ねーちゃんって誰だ?

俺の会った事ある人なのかな?

 

「美来さんとは少し知り合いでして…実は…」

 

 

そして雨宮はにーちゃんと行った旅行での事。

南国旅行の時に東のグループで美来ねーちゃんと会った事。

昨日のライブ前にファントムで会った事を話してくれた。

 

 

「そうか。タカだけではなく、BREEZEのメンバーやArtemisのメンバーも美来とは会っているのか。

しかし、うちのボスもタカも何故美来が39番だとわからないんだ。何か黒い陰謀でも働いているのか?」

 

って事は、にーちゃん達は36番にも39番にも会ってるって事か…?

15年間必死で探してたのに、こんなあっさり見つかるなんてな。世の中何が起こるかわかんねーな。

 

 

 

 

そして俺達はカラオケ店を出た。

俺も雨宮ももう少しゆきねぇちゃんと話したいとは思ったけど、来週の土曜日にも会う約束はしてるしな。

その時に色々話を聞けばいいか。

 

俺と雨宮はこのままファントムに遊びに行く事にしたけど、ゆきねぇちゃんは帰って日奈子ねーちゃんと話をするらしい。

 

 

「しーちゃん?」

 

 

「え?」

 

しーちゃん?雨宮の事か?

 

「な、何で…?美来さん…?」

 

美来さん?雨宮をしーちゃんと呼んだ人。

雨宮はこの女の子を美来さんと言った。

 

この女の子が木原 梓って人のmakarios bios?39番なのか?

 

「こんな所でしーちゃんと会うとは超奇遇。昨日振りだね」

 

「あ、は…はい。お久しぶりです…」

 

「久しぶり?昨日会ったばっかだけど?」

 

雨宮の奴テンパってるのか?

まぁ、無理もないか。こんなご都合主義っていうか何というか。こんなタイミングで会うなんて普通ありえねぇもんな。

 

「久しぶりだな」

 

「ん?綺麗なお姉さん?何者?久しぶり?」

 

「私だよ39番」

 

「39番?何の事?」

 

「私は36番と呼ばれていた」

 

「……サム?生きていたの?何で…今まで何処に!?」

 

「私はサムと言う名前は捨てたのだよ、サク」

 

サム?サク?

……あ?36だからサム?そんで39だからサク?

てか、女の子なのにサムって…。

 

「髪の毛が短くなってるからわからなかった。サム。何でしーちゃんと一緒に居るの?」

 

「サムと呼ぶのは止めてもらおうか。私は今は風音 有希という名前を貰ってね。希望なんて無いのに有る希望とかマジうける」

 

「有希か…。あたしも今はサクじゃない。美来。

美しい未来なんて無いのに美来とか超うける」

 

何なの?ゆきねぇちゃんには希望ないの?

そんで美来ねーちゃんには美しい未来とかないの?

 

「なるほど。上手くタカくんやなっちゃんと近付けたと思ってたんだけどな。ここまでか…」

 

にーちゃんやねーちゃんに上手く近付けた?

 

「ちょっと未来さんそれって…!?」

 

「しーちゃんと有希が一緒って事は、あたしの正体を知ったって事でしょ?」

 

「ああ、あらかた話したところだ」

 

「そっか」

 

「美来さんは貴や渚を騙してたんですか?クリムゾンエンターテイメントの……まさか小夜さんも!?」

 

小夜さん?誰だ?

ちょっと俺の置いてけぼり感すげぇんだけど?

 

「あたしも小夜もクリムゾンエンターテイメントに造られたmakarios bios。Malignant Dollというバンドでクリムゾンに歯向かうバンドと戦っている」

 

「Malignant Doll…?じゃあやっぱり貴と渚に近付いたのは…」

 

「Blaze FutureもDivalもあたしの敵。あたしが必ず倒す。もちろん江口 渉のAiles Flammeも」

 

Ailes Flammeも…?美来ねーちゃんって俺達の事も知っているってのか。

 

「酷い…。渚も貴も理奈も美来さんの事…」

 

「………あたしは」

 

ん?美来ねーちゃん?何か言いたげだな…。

 

「美来。クリムゾンを捨てて私達の元に来い。クリムゾンからはタカも水瀬さんも…私も一緒に美来を守る。だからっ!」

 

ゆきねぇちゃん…。

うん、俺もだ。俺もクリムゾンから美来ねーちゃんを守ってやる!きっとファントムのみんなも…。

 

「それは無理。あたしはクリムゾンを裏切れない」

 

「だったら…あたしは美来さんを倒しますよ?もしあたしがデュエルで勝ったら」

 

「あたしはあたしのやりたい時にしか歌わない。クリムゾンのデュエルを挑まれたら受けなければいけないという規則に従う気はない」

 

「なっ!?」

 

「心配しなくてもいつかデュエルしてあげる。しーちゃんのDivalもあたしが倒すから…」

 

何でだよ。こうなったら梓さんの事を美来ねーちゃんに…。そしたらきっと…。

 

「あ、あのさ!梓さんは…」

 

俺がそこまで言った時、俺はゆきねぇちゃんに肩を掴まれた。

 

「美来。私達と一緒に来ないのは何か理由があるのか?」

 

ゆきねぇちゃん?

 

「……有希。会えて良かった。元気そうで」

 

「美来?」

 

「バイバイ」

 

そう言って美来ねーちゃんはいきなり懐から出したボールを地面に叩きつけた。そして辺りは煙に包まれた。

え?何これ?

 

「ケホッケホッ、み、美来さん…!?」

 

「煙玉?チッ…」

 

 

 

煙が晴れた時、そこには美来ねーちゃんの姿は無かった。

 

 

「逃げられたか…。すまない。私の判断ミスだ」

 

「いや、煙玉を持ってるとか思ってもなかったしな。ゆきねぇちゃんのせいじゃねぇだろ」

 

「私が江口くんを止めずに、梓が生きている事を伝えていたら…美来は…」

 

「有希さんのせいじゃないですよ。あたしも美来さんに会った時にすぐに言っていれば…。クッ…渚に何て言えば…」

 

俺達はそのまましばらく動けなかった。

せっかく美来ねーちゃん、39番に会えたのに誰も梓さんの事を伝えられなかった。

 

そして、ゆきねぇちゃんは美来ねーちゃんの事は、来週の土曜日に纏めてみんなに話そうと提案してくれた。

俺や雨宮からはにーちゃんやねーちゃんに伝えにくいだろうからと、ゆきねぇちゃんが話してくれるらしい。

 

 

俺達は心にモヤモヤしたものを残したまま解散し、何か考えても、何を思っても晴れた気分にならないまま1週間が経ち、土曜日を迎えたのだった。

 

 

 

 

「まさかタカの方からボスを呼び出すとはな」

 

「そよ風で飲み会とか楽しみだよね。タカちゃんと呑むのも久しぶりだ~」

 

「あの…あたしや江口も一緒で良かったんですか?」

 

「うん。有希ちゃんがタカちゃんのmakarios biosって知っちゃったんでしょ?だから別にいいかな?って思うし」

 

「江口くんと雨宮さんの前でちゃんとタカに話すと言っただろう?」

 

俺は今、雨宮とゆきねぇちゃんと日奈子ねーちゃんとで、居酒屋そよ風に向かっていた。

 

にーちゃんにゆきねぇちゃんが36番だと伝える為に。そして、美来ねーちゃんが39番だと伝える為に…。

 

そよ風でご飯を食べながら話すとは思っていなかったけど、どうやら今日はにーちゃんが日奈子ねーちゃんを呼び出したそうだ。にーちゃんからも何か大事な話があるんだろうか?

 

「あ、そういえば有希ちゃんも自分の事以外にも何か話す事あるんだって?何の話なの?」

 

ゆきねぇちゃんから自分の事以外にもってのは、きっと美来ねーちゃんの事だろうな。

日奈子ねーちゃんにも39番の事はまだ話してないのか。

 

「着けばわかるさ。吉報と受け取るか凶報と受け取るかはボス次第だがね」

 

「凶報?え?何か怖いんだけど?」

 

 

俺達はそんな話をしながらそよ風に到着し、受付のお姉さんに部屋まで案内してもらった。

どうやら俺達が最後の到着後らしい。

 

「は!?何で!?」

 

「何でここに…?」

 

「ん?しーちゃんに有希?えぐっちゃんも?1週間振りだね」

 

「あ?美来って有希とも知り合いなの?」

 

「うん。知り合い」

 

そこにはにーちゃんと英治にーちゃんとトシキにーちゃんと拓斗にーちゃんのBREEZEの4人。

そして澄香ねーちゃんと翔子ねーちゃんArtemisのメンバー。Blaze FutureとDivalのメンバー、姫咲さんと美緒。

 

そして…美来ねーちゃんが居た…。

 

「ちょっと!美来さん!?先週あんな事言ってて何でここに!?」

 

「志保?美来お姉ちゃんと先週会ったの?え、私聞いてないよ?」

 

「タカくんに大事な話があるから来いと言われた。まさかプロポーズかと不安に思って、なっちゃんとみーちゃんに相談したらみんな集まった」

 

「そうか。だから俺はここに到着早々に渚達に殴られたのか。謎は全て解けた」

 

今から大事な話をって事なのに…。いいのかなこのメンバーって。

 

俺は一抹の不安を抱えたまま、この場に居るのだった。



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第3話 美来と有希

「はぁ~、1週間よく頑張った俺」

 

俺の名前は葉川 貴。

今日は金曜日。明日と明後日の休みをいかにだらだらと過ごすか必死に考えている。

 

朝の5時には起きてゲームを起動し、イベントを走り、録画溜めしていたアニメを観ながらラーメンを食べて過ごそうか?はたまた何か新しいグッズや漫画が出ていないかとアニメショップへ向かおうか?

 

ふふふ、これはどの選択をしたとしても有意義な休日を過ごせるに違いない。オラわくわくしてきたぞっ!

 

そんな事を考えていると、俺のスマホが鳴り響いた。

し、しまった…。俺とした事が帰宅したのにサイレントモードにするのを忘れていた。

よし、このまま気付かない振りをして風呂に入ってくるかな。

 

 

 

 

俺は1時間ほど風呂に入り、ゆっくりとホカッてきた。

後は寝るだけである。何て幸せな時間なんだろう。そう思いながらベッドにダイブしようと部屋に入ったんだが……まだ俺のスマホ鳴り響いてんですけど?

 

何なの?俺が風呂に入ってる間ずっと掛けてたの?暇なの?俺はそう思い、誰からの電話なのかを確認した。

 

電話を掛けてきたのはArtemisのボーカルの木原 梓だった。何なの?何か用事ですかね?

このまま電話を無視したとしても、こいつの性格上俺が出るまで延々と電話を鳴らし続けるだろう。

 

それなら早く出て用件だけ聞いて早目に切ってしまうのが吉だ。

 

俺はしぶしぶと電話に出る事にした。

 

「あ、もしもし…梓か?悪い、寝てたわ…」

 

「……」

 

ん?

 

「梓?」

 

「……」

 

何で?何で無言なの?こいつ、まさかとは思うが俺に電話を掛けるだけ掛けて寝てしまった?それともなかなか出ない俺におこ?

 

「もしも~し?梓?切るぞ?電話切っちゃうぞ?」

 

よし、これはチャンスだ。このまま電話を切ってしまおう。履歴には俺が電話に出た事が残るはずだから、今度何か文句を言われる筋合いもないだろう。

 

俺がまさに電話を切ろうとした時…、

 

『あ、タカくん?やっと出てくれた』

 

チッ、逃げられなかったか。

 

「お前人に電話掛けておいて何してるの?」

 

『なかなか出ないからゲームしながら放置してたんだよ』

 

「そうか。それは大変だな。ゲームの続きがしたいだろう?もう切るぞ?」

 

『あたしが電話してるのに無視してお風呂に入って来たくせにそんな事言うの?』

 

何で知ってんだよ。まさか俺の部屋監視されてるの?

 

「む、無視なんかするわけないじゃん。何言ってんだよ。それより何の用?」

 

『ああ、それなんやけどね。明後日暇だよね?タカくんのお仕事土日休みやし』

 

明後日?何かあんのか?

まさか明後日こっちに遊びに来るとか?

 

「それが残念な事に明後日は忙しいんだよ。悪いな」

 

ん~、久しぶりに会いたい気もするが、11月末か12月にはこっちに帰ってくるなら、いつでも会えるようになるしな。明後日は渚なら暇だと思うぞって伝えて、渚と会わせてやった方がいいだろ。

 

『家でだらだらとごろ寝するのは忙しいって言わないよ?』

 

何でそう思ったの?遊びに行くとか思わないの?

 

『まぁ、そんな訳でさ。あたし明後日、日本に帰るから迎えに来てくれないかな?って思って』

 

やっぱりか。なら渚に伝えて渚に迎えに行かせてやるか。

 

「そういう事なら渚に頼んだらいいんじゃねーか?渚も梓に会いたいだろうし」

 

『あ、うん。なっちゃんも呼んでくれるなら呼んで欲しいけど』

 

なっちゃんも?『も』って何だよ。なっちゃんだけでいいじゃん。

 

『タカくんが来てくれないと荷物重いし、あたしの可愛いなっちゃんには持たせられないよ』

 

は?荷物?荷物持ちかよ。

だったら俺が行くしかねぇか。てか、渚や理奈の方が俺より力強いですけどね?

 

「荷物持ちかよ。わかったよ俺も行ってやるよ」

 

『ありがと~。わぁ♪頼れるぅ~♪』

 

「んで?何時頃にどの空港なんだ?」

 

『あ、それは後でメールするよ。英治くんとトシキくんも出来れば連れて来てね。荷物大変やと思うし』

 

「は?英治とトシキも?どんだけ荷物あんだよ」

 

『大体は送っちゃったんだけど、英治くんとトシキくんには部屋への搬入とか?お引越しのお手伝いして欲しいかな?って』

 

「は?引越し?」

 

『うん。明後日からあたし日本に永住するから』

 

「は!?」

 

『よろしくね。タカくん』

 

「お前…明後日から永住って11月末か12月くらいじゃなかったのかよ!?」

 

『その予定だったんだけど、あたしだけ早く帰る事にしたんだ。おじいちゃんは残るんだけど』

 

「あのな…それでもいきなりすぎるだろ」

 

『あ、タカくんがなかなか出てくれなかったから電池切れちゃう…!ま、またメールするからっ!』

 

「あ、あのなっ!」

 

『ずっと会いたかったよ。…早く会いたいね。タカくん』

 

「あ、ああ。俺も会いたい…かも」

 

『フッ、ちょろ』

 

なっ!?こ、こいつ…!!

 

-プツッ

 

そこで電話は切れてしまった。

 

はぁぁぁぁ……一気にめんどくさくなっちまった。

でもまぁ渚達にも連絡しとく……。

 

俺は渚達にも梓が明後日の日曜日に日本に帰って来てそのまま永住する事を伝えようと思ったが、その前にやるべき事を思い出した。

 

梓が帰ってくるまでに、ハッキリとさせておきたかった事。

渚達に連絡するのはその話が終わってからでいいだろう。明日の土曜日もだらだろ出来なくなるが…。

 

俺は英治とトシキ、澄香と日奈子と翔子とあいつに連絡した。拓斗は……どうすっかな…。

 

 

 

 

 

翌日の土曜日。

俺は駅前である人物を待っていた。

ある人物と言っても、前回の2話のラストでネタバレしてるし、読者には誰の事かわかってるだろうけどな。

 

えっ?待って!?

って事は俺はこの後殴られる運命なの!?

ヤバい。これは今のうちに逃げるしかない。

 

大事な話もあるし、俺がこの場から逃げてしまうと呼び出した人物は待ちぼうけをくらう事になる。

だからと言ってこのままここに居ても、俺は殴られる運命にある。ど、どうすればいいんだ…。

 

 

「お待たせ。待った?」

 

 

ああ、来ちゃったか。もう運命を受け入れるしかないか。

 

「おう、美来。今日は呼び出したりして悪かったな」

 

「連絡先を交換早々にデートのお誘いとは。タカくんはやはり軽薄」

 

「ん、まぁデートじゃないんだけどな」

 

「そうなの?それで?何処に連れて行ってくれ……何処に連れ込まれるの?」

 

「何でわざわざ言い直したの?それより美来、1人なのか?」

 

「?1人だけど?」

 

何だと!?前回のラストでは確かに美来は、渚と美緒ちゃんに連絡したと言っていた。なのに1人…?

俺が今日呼び出したのは、美来とBREEZEとArtemisのメンバーのみ…。

美来が1人という事は俺は運命に抗う事が出来たという事か…!?

 

「タカくん?」

 

「い、いや、何でもない。ちょっと早いけど飲み屋に行かないか?ゆっくり話も出来るだろうしな」

 

「飲み屋に…?お酒?」

 

「あ、ああ。どうかな?」

 

「まさかあたしを酔わせてその勢いで?」

 

「いや、ないから」

 

「まぁいい。ちょっと飲みたいと思ってたとこだし」

 

「じゃ、じゃあ行こうか」

 

やった!やった!やったぞ!!

俺の殴られる未来は回避出来た!俺の時代が来たという事か!?

 

俺と美来はそのままそよ風に向かった。

殴られる予定だった未来を回避出来た俺は少し浮かれていたが、今から美来や英治達に大事な話をしないとな。

 

 

 

 

「このお店?」

 

「ああ、本当は予約とか出来ない店なんだけどな。今日は特別に個室を予約させてもらったんだよ」

 

「個室…?不安になってきたんだけど?」

 

「何もしないから安心しろ」

 

「何もしてくれないのか…」

 

「あ?何か言ったか?」

 

「別に。何でもない」

 

そして俺は美来と一緒に店員さんに予約していた個室へと通してもらった。他の奴らはもう来ているだろうか?

 

俺が個室の中に入ったその刹那。

 

-ドゴッ

 

「ぐはっ…!」

 

な、なにぃぃぃぃぃ!?

俺が油断していた所にリバーブローを入れられた。

俺にリバーブローを入れてきた人物…!

俺は苦痛に堪えながらその姿を捉えた。

 

 

……奈緒!?

 

 

バカな。何故奈緒がこんな所に…!?

次の瞬間奈緒が俺の視界から消えた。

奈緒がこの場に居たという事は渚も…?

 

まずいっ!俺はとっさに顔面を殴られない為にガードを上げた。しかし、それが俺の判断ミスだった。

 

-ドゴッ!

 

「ガッ…!!」

 

俺がガードを上げた所を狙われ、下から突き刺さるように顎を殴られた。ガゼルパンチ…!?

俺の顎を突き上げた人物が視界に入る。

 

 

……理奈!?

 

 

-ヒュン、ヒュン、ヒュン

 

理奈の後ろでは渚が∞の字の軌道でウィービングしながら俺に近付いてくる。

リバーブローからのガゼルパンチ…そしてこれは…デンプシーロール!?

 

間違いない。これは幕ノ内一歩が千堂を破り日本チャンピオンになった時のフィニッシュブローだ…!

 

そう思った時には既に遅かった。

 

-ドスン

 

渚の一撃目が俺の両手のガードの上に入る。重い…!

何とか一撃目をガードする事は出来たが、すぐに二撃目が…!

 

-ドスン

 

-ドスン

 

-ドスン

 

二撃目、三撃目、四撃目と物凄いスピードで渚のデンプシーロールが俺に襲いかかる。

 

ダメだ。今のところは何とかガード出来ているが、すぐに俺のガードも弾かれる…!そしたら…俺は…!

 

このままやられる訳には…!!

 

「うがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

-ヒュン

 

俺は防ぐ事を止め、逃げる道も選ばず、渚のパンチに自ら飛び込み、ギリギリの所で渚のパンチをかわした。

これだけ前に突っ込めばデンプシーロールは止まらざるを得ない。俺の勝ちだ!!

 

渚のパンチをかわした俺は勝利を確信した。

しかし……。

 

-ズドン

 

俺がかわした先には美緒ちゃんのパンチが…。

俺は渚のデンプシーロールを破る事には成功したが、美緒ちゃんのパンチに自ら突っ込む形で、思いっきりカウンターで喰らってしまった。

 

「お兄さん…次はないと言ったはずです」

 

俺の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

「おい。タカ?生きてる?お~い」

 

俺は何とか意識を取り戻す事が出来た。

かに、思えたがどうやら俺は地獄に落ちてしまったらしい。もっと生前に徳を積んでおけば良かった…。

 

「……どうやら俺は死んでしまったらしいな。鬼がいる」

 

-ドゴッ

 

「す、澄香さん?」

 

「すみませんお嬢様。タカはもう…」

 

「ははは、澄香ちゃん、ちょっとやりすぎじゃないかな?」

 

「だ、だよね。そんな事よりトシキさん、一緒にお酒飲むの久しぶりだね?」

 

「翔子先生が翔子先生じゃない…」

 

「あ、美緒ちゃんにしてみたらこの光景って珍しいのか?俺らからしたら懐かしい光景だよな、拓斗」

 

「ああ、トシキの前だといつも翔子はああだけどな。俺らは見馴れた光景だよな」

 

ん?あ?ここって地獄じゃなかったのか。

え?もうみんな集まってんの?

それより頭がすごく気持ちいいんだけど何だこれ?

 

「ああ、俺死んだ訳じゃなかったのか。みんな揃ったの?」

 

「いや、お前が呼んだみんなってのが誰だかわからねぇんだけど?」

 

「タカ兄はもしかしてBREEZEのメンバーとArtemisのメンバーを呼んだとか?だったら日奈子さんがまだかな?」

 

「ねぇ~、あたしお腹空いたんだけど~。注文していいかなぁ?」

 

「あはは、盛夏はいつもそれだね。ん、じゃあ先にあたしらで始めちゃう?」

 

何なの?何でBlaze FutureとDivalのメンバーまで居るの?あ、そういや姫咲まで居やがる。

 

俺がそんな事を考えていると、俺達の居る個室の扉が開かれた。

 

「遅れちゃた?ごめんね~」

 

どうやら日奈子も到着したようだ。

俺の意識が回復したのはタイミングが良かったな。

てか、意識が回復するのに普通はタイミングが良いとか悪いとかないからね?

 

「は!?何で!?」

 

「何でここに…?」

 

あ?志保と有希まで来たの?

後ろに居るのは渉か?

 

「ん?しーちゃんに有希?えぐっちゃんも?1週間振りだね」

 

美来が志保達に挨拶をしていた。

ん?志保は会った事はあるし、渉も会った事はあるかもだが、有希とも会った事あんのか?

 

「あ?美来って有希とも知り合いなの?」

 

「うん。知り合い」

 

「ちょっと!美来さん!?先週あんな事言ってて何でここに!?」

 

「志保?美来お姉ちゃんと先週会ったの?え、私聞いてないよ?」

 

「タカくんに大事な話があるから来いと言われた。まさかプロポーズかと不安に思って、なっちゃんとみーちゃんに相談したらみんな集まった」

 

ああ、そういや前回のラストそんな感じの話をしてたな。てか、何なの?俺が呼び出したらプロポーズなの?

そもそもプロポーズどころか告白とかする勇気もありませんけどね?

 

「そうか。だから俺はここに到着早々に渚達に殴られたのか。謎は全て解けた」

 

てか、こいつら本当にそれで集まったの?

怖いわぁ。何が怖いって俺がそんな人間に見られて殴られる運命にあるのが恐い。

 

「タカ、みんな集まったみたいだよ。話って何?」

 

澄香。さっき俺を思いっきりぶん殴っておいてそんな台詞が吐けるのか。さすがだな。

……さっきの思いっきりだよね?手加減してあの威力じゃないよね?

 

「タカくん…まさかこんなに人を集めてあたしと結婚宣言するつもり?どうしよう。こんな人数の前では否定しきれない…。結婚するしかないのか…」

 

「美来。頼むから黙れ。とりあえずお前ら全員座ってくれ。まどか、悪いけど話を遮られたくねぇし盛夏の好きなのしこたま注文してやってくんねぇか?」

 

「いや…うん、それはいいんだけどね?」

 

「あ?どした?」

 

「た、タカもさ?いつまでも奈緒に膝枕されてないで座ったらどうかな~?って思って」

 

「膝枕?」

 

俺が頭を上に向けると顔を真っ赤にしながら、明後日の方向を見ている奈緒の顔があった。

 

ふぁ!?

 

「まさか意識を失って倒れている俺を奈緒が膝枕してくれているとは…。俺は今まで膝枕されている事なんてちっとも気付いていなかったが、慌てて飛び起きた」

 

「この男は何をモノローグで説明していますって体で口走っているのかしら?」

 

「アハッ、せんぱ~い。今日の呼び出しがつまらない内容でしたら明日の陽を見る事はありませんからネ?」

 

「貴も目が覚めたなら…その…あの…も、もう起き上がって大丈夫ですか?まだしんどいようでしたらもう少し…」

 

「お姉ちゃんは何を言ってるの?」

 

し、心臓に悪いんですけどマジで。

ああ、だから頭が気持ち良かったのか…。チッ、もう少し堪能しておけば良かった…。

 

 

 

 

それから俺達は適当に席につき、注文していた料理とドリンクが並べれたので乾杯をする事にした。

 

「あ、乾杯の前にちょっといいか?」

 

「貴ちゃんなぁに~?焦らしプレイ~?早く食べたいんだけど~?」

 

「い、いや、俺が呼んだのは美来とBREEZEとArtemisだけなんだけどね?何でみんないるの?」

 

「私は美来さんからお兄さんに呼び出されたのでプロポーズされるかも知れないから助けてと…」

 

何で俺が呼び出したらプロポーズ?

 

「私もそうですよ?先輩が身の程をわきまえずに美来お姉ちゃんにプロポーズしたら大変だと思って。気が付いたら奈緒と理奈にLINEしてました」

 

気が付いたら奈緒と理奈にLINEしてたって何なの?

 

「私も貴さんが美来ちゃんにフラれたショックで犯罪を犯しては大変だと思って来ただけよ」

 

フラれたくらいで犯罪なんか犯すわけねぇだろ。フラれちゃったら家帰って泣くのに忙しいんだよ。

いや、そもそも告白でもプロポーズでもないしな?

 

「あたしは理奈ちと盛夏とレポート書いてたら、理奈ちがスマホを握り潰そうとしてたからヤバいと思って逃げようとしたんだけどね?」

 

そのまま逃げとけよ!いや、何で来たの?

てか理奈を止めろよ!香菜は俺に好きな人出来ても告白なんかする勇気ねぇ事くらい知ってるよね!?

 

「理奈が今日はそよ風でご飯しようって言ってたから~。貴ちゃんも来るって言ってたし~?」

 

今日は奢らないよ?何なの?そよ風でご飯しようって言ったら盛夏はついて来るの?うわ、お兄ちゃんはそんな盛夏ちゃんが心配です。

 

「私はまどか先輩とお買い物してたら、渚から変なLINEが来ましたので…」

 

だから来たの?変なLINE来たら取り敢えず来て俺を殴るの?

 

「あたしは何か面白くなりそうだから来た」

 

まどか……お前は平常運転か。なんか安心だわ。

 

「私は澄香さんがタカさんに呼び出されたと聞きましたから、タカさんが澄香さんを襲っては大変だと思いまして」

 

ちょっと待て。俺が澄香呼ぶとか今日に始まった事じゃないよね?あ、何かこれ俺がいつも澄香呼び出してるような感じじゃん?そんな事ないからね。

 

「あ、あたしは有希さんと大事な話が…」

 

「お、俺もゆきねぇちゃんと大事な話が…」

 

「私はボスについてきただけだ」

 

こいつら俺の事何だと思ってんの?

まぁ、渉と志保と有希はいいとしてもな…。

 

「貴ちゃ~ん、早く早く~!お腹空いた~!」

 

「ああ、はいはい」

 

そして俺達は乾杯をして、俺はビールを一口飲んでから美来に話掛けた。

 

「美来、悪かったな。こんな大人数になって」

 

「何で謝るの?あたしはみんなの方が楽しいよ?

デートって訳じゃないんなら(ボソッ」

 

「あ?何か言ったか?」

 

「別に?それより今日は何の集まりなの?」

 

「ふぅ……」

 

「え?ため息?」

 

さて、どう切り出すか。

 

うっわぁぁぁ、めんどくせぇ……。

何だよこれ。わざわざ渚や理奈には聞かせたくなくて、気を使ってたってのに、ほんと何でみんな居るの?

 

あ、もういいや。ストレートに言っちゃうか。

 

「美来。梓は生きているぞ。お前の事を心配してたし、お前と一緒に居たいって…お前の事をずっと探してた。15年前のあの日からな」

 

 

シーン……

 

 

少しの間の静寂。

この場に居るみんなが喋る事を忘れ俺の方を見ていた。

 

ま、普通はこうなるよな。

 

美来、何て答える?

 

 

『何の事?梓って誰?』

 

 

俺は美来がそう言ってくれるのを待っているのか、それともそう答えて欲しくないのか…。

 

 

「せ、先輩は何を…」

 

「渚。静かに」

 

 

理奈。ありがとうな。

 

さて、美来は…。

 

 

「タカくん」

 

 

「ん?」

 

 

「お母さんが生きてるって何…?お母さんは…15年前にあたしの目の前で…」

 

「「「「!!?」」」」

 

 

 

はぁ~……やっぱり美来は梓の…。あの時の子か…。

 

 

 

「お母さんが生きている訳ない!!お母さんは…!!」

 

美来はそう言って立ち上がったが、俺は美来の手を引っ張って無理矢理座らせた。

今はまだ…逃がす訳にはいかねぇ…。

 

「わっ!?ちょ、タカくん…!」

 

「いいから座って飲め」

 

「……うん」

 

澄香達も何か言いたそうにしていたが、俺と美来の会話を待っているのか、何も言わずに俺達を見ているだけだった。

 

 

だけど……。

 

 

「う~ん、やっぱりそよ風のご飯は美味しい~♪」

 

 

盛夏は平常運転だった。

 

 

 

 

「お母さんが生きているのは…本当なの?」

 

「ああ、あの事故でも何とか一命を取り止めてな。美来にも…やっと話せたわ」

 

「こんな話って事は、あたしの正体わかってるって事だよね?有希に聞いたの?それともしーちゃん?えぐっちゃん?」

 

あ?それって有希と志保と渉も知ってるって事か?

 

俺は3人の方に目をやったが、3人とも顔を思いっきり横に振っていた。

 

「あいつらも知ってたのか。あいつらに聞いた訳じゃねぇよ。お前の御守りが梓の持ってたやつとな…それに美来は梓に似すぎだからカマ掛けただけだ」

 

「あ、そっか。御守り…」

 

南国旅行の時に見た美来の御守り。

やっぱりあれは梓の御守りだったか。

 

さて、ここからが本題だ。

渚の前で言うのは、はばかれるんだけどな…。

 

 

「美来、お前はクリムゾンのミュージシャンだな?俺達の敵か?」

 

 

「先輩…何で…」

 

「渚…落ち着きなさい…」

 

「お兄さん…」

 

 

さぁ、美来。お前は俺達の敵なのか?それとも…。

 

 

「あたしはBlaze FutureもDivalも倒す。だから、あたしはファントムのバンドの敵」

 

 

ファントムのバンドの敵か…。

くそっ…。こうもハッキリと公言されちまったかぁ。

 

「そうか。次の質問だ。さっきも言ったように梓は生きてる。梓もお前と一緒に暮らすつもりでいる」

 

「お母さんが…?あたしと…?タカくんと3人で暮らすと…?」

 

え?何で俺も?そんな事言ってないですけど?

 

「先輩?それどういう事ですか?」

 

「渚、許可するわ。一緒に貴さんを尋問するわよ」

 

「渚さん、理奈さん。今はお二人の話を聞きましょう」

 

「そうだよ。ちゃんと聞こ?」

 

ああ、奈緒、美緒ちゃん…優しいなぁ、佐倉姉妹は…。

 

「「貴(お兄さん)を葬るなら店を出てからでも遅くないですし」」

 

そうか、店を出たら葬られるのか。

やだなぁ。時間止まらないかなぁ?てか、こうなる事を恐れてBREEZEとArtemisしか呼ばなかったのになぁ。

 

あ、怖くて泣きそうになってきた。頑張れ俺。

 

 

「それでな、美来。お前クリムゾンを抜けて俺達の所に来るってのは…」

 

「それは無理。お母さんの申し出も嬉しいけど、あたしがクリムゾンを抜けたら、またお母さんが狙われるかも知れない。それよりタカくんは何で泣いてるの?そんなにあたしと暮らしたかったの?」

 

あ、やべ。店を出てからの惨劇を想像して泣いてしまっていたか。

 

「美来ちゃん、何でクリムゾンを抜けれないの?クリムゾンにまた梓も狙われるかもってのは想定内。今、私達には秋月グループがついてくれている。美来ちゃんと梓くらい私達で守るよ」

 

「澄香」

 

「そうですわ、美来さん。私の秋月グループはクリムゾンなんかには負けませんわ。また一緒にゲームとかしましょう?」

 

「きさきっちゃん」

 

「そうだよそうだよ!私達SCARLETも居るしね!有希ちゃんもこの15年ずっと守ってきたんだし大丈夫だよ!」

 

あ?有希を15年守ってきた?

 

「日奈子…。みんなの申し出はありがたい。だけどあたしにはあたしの事情もある。クリムゾンは裏切れない」

 

「その事情って?」

 

「あたしは今、makarios biosで最強最高のバンドを組んでいる。ちなみに海原のお気に入り」

 

ああ、そういやあの野郎パーフェクトスコアもアルティメットスコアも必要ない最高のmakarios biosが居るみたいに言ってたっけ?それが美来達の事なのか。

 

「あたし達のバンドが本気を出せばクリムゾンエンターテイメントくらい軽く倒せると思う。あたしお母さんと一緒で天才だから」

 

ああ、そういや梓と一緒で方向音痴だよな。

 

「クリムゾンエンターテイメントを倒せるなら尚更…」

 

「あたし達がクリムゾンエンターテイメントを抜けない条件。今、バンドを組んでいない他のmakarios biosの生活の保証。それと今後一切makarios biosを造らないこと。まぁ他にもあるけど」

 

なんだと……?

 

「あたしがクリムゾンエンターテイメントを抜けたら、今、平和に暮らしている他のmakarios biosが狙われるかも知れない。それに、また新たなmakarios biosが造られるかも知れない。だから…無理」

 

「そんな…だからって美来お姉ちゃんが!」

 

「なっちゃん。あたしは大丈夫」

 

ま、すんなり上手く話は転がらねぇか…。

 

「そっか、わかった。だったらやっぱあの手しかないか」

 

「あの手?」

 

 

「美来、俺はお前達を倒す。

クリムゾンエンターテイメントもな。makarios biosも2度と造られないように徹底的にな」

 

 

やっぱりこの手しかないか。

美来も…クリムゾンエンターテイメントも倒す。

美来の帰る場所を…壊す。

 

「先輩…」

 

「タカ…」

 

「にーちゃん…いいのか?」

 

俺は美来の帰る場所を壊す。だから…。

 

 

「だから、そん時は…こっちに『帰ってこい』」

 

 

チッ、なんか気恥ずかしいな。こんな事言うのキャラじゃねぇんだけどな。

 

 

 

「まさか…みんなの前でプロポーズされるとは…」

 

「いや、ほんとお前の耳どうなってんの?あれがプロポーズに聞こえたの?」

 

「タカくん…。でもあたし達は負けないから」

 

「おう、そうでっか。まぁ、俺の話はそんだけだ」

 

「タカくん」

 

「あ?」

 

「タカくんの話が長いから、せっちゃんがあたしの分の唐揚げまで食べてしまった。もっかい唐揚げ頼んでいい?」

 

「は?唐揚げ?」

 

「ほぇ~?あたし~?」

 

いや、うん。唐揚げくらい頼んでもいいよ?

え?てか、さっき俺らは敵同士って公言したよね?

俺はこの話の後、美来に逃げられるとか思ってたんだけど、飲み会続けるの?

 

「?唐揚げダメなの?」

 

「え?いや、唐揚げくらい別にいいけど…。美来はいいのか?」

 

「あたしが唐揚げ食べたいんだけど?」

 

「いや、そうじゃなくて…。その…お前ファントムの敵なんだよな…?」

 

おいおいおい、こんな事質問させんなよ。超気まずいじゃん。

 

「ファントムはあたしの敵。タカくんのBlaze FutureもなっちゃんのDivalもあたしが倒す。何か問題が?」

 

いや、問題だらけだろ。ここに居るの美来以外ファントム関係者ですよ?あ、トシキと翔子は微妙な立ち位置か。

 

「ん?あ、ああ。そういう事か。タカくん」

 

「あ?何?」

 

「あたしはファントムの敵。Blaze FutureもDivalもAiles Flammeもあたしの敵」

 

「お、おう」

 

「でもタカくんもなっちゃんもりっちゃんも。ここに居るみんなはあたしの敵じゃない。友達だと思っている」

 

 

……

………

…………あ?

 

 

「バンドとプライベートは別。だからあたしがみんなと遊んでも何も問題はない」

 

は?そんな事まかり通るの?いや、まかり通ってくれたら俺も嬉しいし、渚達も嬉しいとは思うが…。

 

「あたし達のバンドはMalignant Dollという。ギターボーカルのあたし、ギターの小夜、ベースの沙耶、ドラムの美奈。それぞれがクリムゾンエンターテイメントから抜けない条件を提示している」

 

「バンドのメンバーが各々?」

 

「うん。36番の事もあったし、あたし達を抜けさせない為に九頭竜はあたし達の望みを1つだけ聞いてくれる事になった。あたしはさっき言った今後一切makarios biosを造らないこと。小夜が造られたmakarios bios達の生活の保証をすること」

 

36番の事…か。

 

「チッ、九頭竜の野郎…やっぱあん時に俺が…」

 

「宮ちゃん、あれは宮ちゃんのせいじゃないよ。俺もだったから…」

 

「そして残りの2人の望みが、あたし達も普通の女の子として友達を作って遊ぶ事の許可。だから、ステージの上や九頭竜や海原の策略以外でタカくんやなっちゃんとお近づきになれたのは良かった」

 

「あっ…だからこないだ美来さんは貴や渚に上手く近付けたって…?」

 

「うん。そういう事」

 

ん?あ、あ~あ~…なるほどな。

普通の女の子として…か。だから旅行とかは行けたって事か。

 

「でもまぁ、夏の旅行でタカくんやしーちゃんやせっちゃんに助けて貰ったのは九頭竜の策略なんだけどね」

 

あれって九頭竜の策略だったのかよぉぉぉぉ!?

 

「あたしがみんなとはぐれて迷子になって、タカくん達に助けてもらうってシナリオだったけど、野生のデュエルギグ野盗に襲われたのは好都合だった」

 

ああ、あいつらに荷物取られた所までは計算外だったのか…。

 

「なるほどな。まぁ、美来にも梓に会わせてやりたいし、その……友達としてか?そんな感じで付き合えるなら俺も嬉しいけどな」

 

「あたしと付き合えるなら嬉しい?やはりこれはプロポーズ」

 

いや、違うから。もう否定すんのもめんどくせぇわ。

 

てか、何なの?これって茶番なの?

美来をクリムゾンから取り戻す。

それは俺達の願いでもあったけど、そんな上手くいかねぇって思ってたしな。

実際美来はクリムゾンを裏切れないって言ってるし、Blaze FutureもDivalも敵だって公言されたけど、俺達とは友達?プライベートなら一緒に居てもいい?何なのこれ。俺達の15年なんだったの?

 

あかん…頭痛くなってきた……。

 

 

 

「あ、でもこれはもちろんファントムのみんな。タカくんやなっちゃんも、あたしを友達と思ってくるならってのがあるけど」

 

「も、もちろんだよ!私は美来お姉ちゃんの友達だよ!でも、私達Divalも負けない。美来お姉ちゃんをちゃんとクリムゾンから取り戻すよ!」

 

「なっちゃん…」

 

はぁ、何か色々考えてたんだけどな。でも、これはこれでいいか。

 

「俺も…その美来の事…まぁ、あれだ」

 

「あれ?嫁って言いたいの?」

 

疲れるなぁ。しんどいなぁ。俺が嫁って言ったら結婚してくれるの?ないよね?フラれて殴られて泣く未来しか見えない。もう何なのこいつの頭の中身。

 

 

 

「あ、そだそだ。美来ちゃんも何とか大丈夫ってわかったし、私もタカちゃんに話があるんだけどいいかな?」

 

「何だと?日奈子が俺に話だと?嫌だ、聞きたくない」

 

「な~ん~で~よ~!?」

 

「俺らは日奈子のその話とやらのせいで何度か死にかけた事もあるしな。そりゃタカも聞きたくねぇだろ」

 

「拓斗ちゃんまで!?」

 

「いいよボス。私から話そう」

 

あ?有希から?

 

「タカ。私は36番、お前のmakarios biosだ。以上だ」

 

 

 

「「「「は!?」」」」

 

 

 

………は?

 

 

え?有希が36番…?

海原が言っていた美来と一緒に脱走したmakarios bios?

 

 

「ゆ、有希さんが先輩の…?こんなに綺麗な人が?」

 

「そ、そんなの嘘ですよ。タカの遺伝子でこんな綺麗な人が…」

 

「makarios biosを造る課程で失敗したんじゃねぇか?タカの遺伝子じゃこうはならないだろ?いや、タカが失敗で有希が成功って事もありえるか…」

 

英治?

 

「有希さん、今まで大変だったんじゃないかしら?これからは私に甘えていいわよ」

 

「り、理奈さん何を言ってるんですか!?」

 

「日奈子、あんたは知ってたの?」

 

「うん。私と手塚は知ってたよ」

 

「有希さぁ~ん、このお刺身食べる~?」

 

「盛夏が他人に食べ物を!?」

 

 

ちょっと待て…。有希が俺のmakarios biosって…。

美来がハッキリと梓のmakarios biosってわかったところなのにこれってな。やば、頭が全然追い付かねぇ。

 

 

「タカくんは知らなかったの?」

 

「あ?あ、ああ。そもそも俺のmakarios biosが居るって知ったのもこないだだしな…」

 

「サム。サムは何でタカくんに会わなかったの?元々あたしはお母さんに会う為に。サムはタカくんに会う為に脱走したはず」

 

ん?あ、そうなの?

ってかサムって何?

 

「美来。私の事はサムと呼ぶな。まぁ色々とな、私としてはタカを見ることは出来たわけだし、私が名乗り出てどうなるという問題でもないと気付いたしな。余計な負担を掛けると思ったからさ」

 

俺に負担か…。今なら一緒に生活ってなっても経済面的には大丈夫なんだけどな。って俺は何を考えてるの!?

 

「なぁ、ゆきねぇちゃん?」

 

「江口くん?どうしたかね?」

 

「今日は何でにーちゃんの事をタカって呼んでるんだ?先週みたいにパパって呼べば良くねぇか?」

 

「ふぇ!?え、江口くんは何を言ってるんだ…!!?」

 

パパ?俺が?俺が…パパだと!?

 

「有希(ニコッ」

 

俺は有希に向けて微笑み掛けた。

 

「タカ…すまないが気持ち悪い顔をしないでくれないか?ここは食事の場なんだよ」

 

え?何なのこの仕打ち。

 

「た、貴。気を落とさないで下さい。さっきの顔はちょっとアレだと思いましたけど…」

 

「せっかくの美味しい食事が台無しね」

 

「先輩。今のお顔はヤバいですよ?捕まっちゃいますよ?」

 

何で俺の笑顔ディスられてんの?

 

 

「それより日奈子ちゃんって、有希ちゃんがはーちゃんのmakarios biosだって知ってたんだよね?どうして今まで内緒に?」

 

「うん、それなんだけどね。タカちゃんって喉壊して歌えなくなったじゃん?」

 

今まさにボーカルとして歌ってますけどね?

 

「タカちゃんも含めて誰もタカちゃんのmakarios biosが居るのって知らなかったじゃん?」

 

まぁそうだな。makarios biosって存在は知っててもどれだけの人数いるか知らなかったしな。

美来が39番だってから、39人は居るんだろうな~とは思ってたけど…。

 

「もしあの時、タカちゃんのmakarios biosが存在するって知ってたら、タカちゃんの事だからクリムゾンとの戦いを止めたりしなかったでしょ」

 

「は?買い被りすぎだろそれは。俺はそんな人間じゃねぇよ?」

 

「タカちゃんは止めないよ、絶対」

 

「俺もそう思うよ。はーちゃんって逆口だけだもんね。やる気ない振りしてても勝手にやっちゃうって言うか」

 

「今は本気でやる気ない男になったけどな。何がこいつをここまで…」

 

英治?

 

「あ、それよりよ。もしかして梓やタカ以外のmakarios bios。俺や拓斗やトシキのmakarios biosも居たりするのか?」

 

「……あたしは一応クリムゾンエンターテイメントの人間。あんまり情報は渡せない」

 

ああ、梓どころか俺のmakarios biosも居たんだもんな。

そりゃあの時代のバンドの……。

 

 

 

待てよ。って事はもしかしてアーヴァルや、雨宮さんや氷川さん達のmakarios biosも?

 

 

 

「でも、有希もあたしと一緒だったし、有希からなら教えてもらえるかもね」

 

美来がそう言った後、俺達の視線は有希へと向いた。

あ、今まであんまり気にしてなかったけど有希って可愛いな。さすが俺の遺伝子だな。

 

「やれやれ…。私達makarios biosはあの時代のバンドのボーカルからのみ造られた。まぁ、例外も居るには居たがね」

 

ボーカルからのみ?

ああ、もしかしてアルティメットスコアを歌う為にって感じか?

 

「有希さん、その例外って何なのかしら?」

 

「澄香だ。澄香のmakarios biosは存在する。他のボーカル以外のmakarios biosも存在するのかも知れないが私は知らないな」

 

「私…?私のmakarios bios……」

 

「す、澄香さんのmakarios bios!?その子は絶対に可愛らしいに違いありませんわ!」

 

澄香のmakarios bios?

他のmakarios biosはボーカルからのみ造られたってのに、何で澄香だけ?こいつそんな歌が上手かったっけ?

それとも別の理由か?

 

「ね、ねぇ…こんな事聞くの……。ううん、やっぱり聞きたい。私のmakarios biosは?今も元気なの?」

 

「うん。元気。あたしと一緒にバンド活動してる。だから安心するといい」

 

「そっか…良かった…。って、え?美来ちゃん?」

 

「お、俺が俺のmakarios biosが居るか聞いた時は教えてくれなかったのに何で澄香の時だけ…」

 

「澄香はお母さんの親友だから。澄香の質問には答えたい」

 

何なのそれ。何基準なの?

 

「お前のバンド。確かMalignant Dollとか言ったか?他のメンバーは誰のmakarios biosなんだ?」

 

「拓斗くん…。悪いけどそれは教えられない。あたしはクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンだから」

 

「未来…頼む。教えてくんねぇか?」

 

「タカくんのお願いでも無理なものは無理。ごめん」

 

さすがにこればかりは教えてもらえねぇか…。

 

「未来お姉ちゃん…教えて…」

 

「ギターの小夜はしーちゃんのお母さん、雨宮 香保の遺伝子から。ベースの沙耶は澄香の遺伝子。そしてドラムの美奈は浅井 蓮(あさい れん)の遺伝子から造られた(ペラペラ」

 

え?喋っちゃうの?

 

「はっ!?しまった。なっちゃんにお願いされたとは言え、うっかり喋ってしまった。タカくん、誘導尋問とはなかなかやる」

 

「そうか。取り敢えず美来は帰ったら、誘導尋問って言葉を辞書で調べておけ」

 

「美来お姉ちゃん…私がお願いしたから…(トゥンク」

 

そんで渚は何でときめいてんの?

 

「お母さんの遺伝子から…小夜さんが…?え?何で…待ってよ!」

 

「落ち着け雨宮。美来ねーちゃん、浅井 蓮って亮の親父さんだよな?亮の親父さんはドラマーじゃねぇ。ギターボーカルだった。なのにドラムをやってるって事か?」

 

そうだな。浅井さんはギターボーカルだった。

亮のお袋さんである律子(りつこ)さんもリードギターだったしな。だから亮はギタリストになったんだ。

なのに何でドラムを?それに香保さんもギターボーカルだったけど、ギターの腕前なら浅井さんの方が上だった。当時の遺伝子を培養して造られたんなら…。

 

ってか、渉も亮の本当の名字は浅井って知ってたの?

俺が亮に聞いた時は、俺にしか話してないって言ってたけど…。

 

いや、待て。

そもそもmakarios biosはボーカルから造られたって言ってたよな。

BREEZEのボーカルの遺伝子で有希。

Artemisのボーカルの遺伝子で美来。

Code Joker(コード ジョーカー)のボーカルである香保さんの遺伝子、そして、DD ACTION(ディーディー アクション)のボーカルである浅井さんの遺伝子。

なのに何で澄香の遺伝子でもmakarios biosが造られた?

 

Blaze Futureの俺、Ailes Flammeの亮、Divalの志保、Canoro Feliceの関係者である澄香。

有希はこっち側としても、ファントム関係者のmakarios biosが多いよな。たまたまなのか?何かの陰謀?

 

いや、バンドはやってなくても、他にもmakarios biosは居るって話だしな。アルテミスの矢だったバンドやあの時代のバンドのmakarios biosは他にも存在してるって事だよな?って事は本当にたまたま?

 

くそ、わかんねぇ事だらけだな…。

 

 

「貴?大丈夫ですか?何か顔が死んでますけど…」

 

「ああ。色々な事がドドーンババーンって来たからな。めんどくせぇってのとか色々な」

 

「ふぅん、そうですか。私達がやってるのってバンドですのにね。これって青春×バンドのお話なのにバンド活動ほとんどやってないですよね~」

 

「ああ、俺も青春の部分めちゃ欲しいんだけどね。切実に」

 

「うわっ、キモすぎです。ってかマジキモいです」

 

いやいや、青春大事だからね?わかってる?

 

……っても奈緒も。

何で奈緒があんな歌声出せたんだ?奈緒の歌は確かに上手いとは思っていたが、こないだのライブでの歌声はいつもと違っていた。

俺とも梓とも違う…。まるであの歌声は……。

 

 

「あ、あの…貴?その…あんまり見詰められると…その…」

 

「お、お兄さん。お姉ちゃんの事をそんなに見詰めて…」

 

「あ、悪い。こいつ何で俺をディスってんの?って思ってな」

 

「べ、別にディスってる訳では…!」

 

 

考えるだけ無駄か…。俺が考えて何かしてどうなる問題なら15年前にどうとでもなってるわな。

 

今が楽しければ…。今のこいつらが好きな音楽をやれるならそれが一番なんだよな。

 

渉や渚や奈緒や盛夏、まどかや美緒ちゃん。

ここに居る奴らだけじゃなくて、今、音楽をやってるみんなが。いつかは美来も…。

 

 

 

『音楽?俺がやってるのは音楽じゃねぇ!

俺が奏でてるのは音だ。音楽じゃねぇんだよ!』

 

 

 

「あっ…」

 

「ん?にーちゃん?どした?」

 

「いや、何でもねぇよ。ビールのおかわり頼もうかな?って思ってよ」

 

 

嫌な奴の事思い出しちまったな…。

 

 

その後俺達は、美来や有希の話って何だったの?

って言っちゃいそうなくらい、今の飲み会を楽しんだ。

 

梓が明日、日本に帰ってくる事も美来にも伝える事が出来た。

 

 

 

 

 

 

「しまったぁぁぁぁ!明日!明日梓お姉ちゃんが帰ってくるって知っていれば、美容院に行ってエステに行ってネイルも…!くっ!」

 

「渚さぁ?エステにも行かないしネイルもしないじゃん?」

 

「わ、私も行っていいのかしら?」

 

「理奈も梓さんとは会ったりしてたんでしょ?行ったらいいんじゃない?あたしは明日はさっちと明日香のライブ見に行く予定なんだよね~」

 

 

 

「おかーさんも叔母さんが帰ってくるの明日って知ってるのかな~?あたしはどうしよっかな~?」

 

「私もお会いした事あるみたいですけど、どうしましょうかね。美緒は翔子さんの事もあるし行くの?」

 

「うん。私も梓さんとはお会いしたいと思ってたし、お兄さんが良ければ行かせてもらいたいかな」

 

「美緒ちゃんも奈緒ちゃんも来たらいいんじゃない?俺も梓ちゃんと会うのは久し振りだし楽しみだよ」

 

「あ、明日もトシキさんと会える…///」

 

「翔子ちゃんは平常運転だね。私は明日は忙しいんだよね~」

 

 

「タカ、悪い。梓にはよろしく言っててくれ。明日はLazy WindとAiles Flammeの対バンがあるからよ…」

 

「な、何で俺は梓の帰国日にライブを入れてしまったんだ…」

 

「あはははは、拓斗にーちゃんは残念だったよな。でも、明日のライブは夕方からだし夜には梓ねーちゃんに会えるんじゃねーか?」

 

 

「美来。お前は明日は梓に会いに行くのか?」

 

「行かない。あたしはクリムゾンエンターテイメントのミュージシャン。お母さんに会うわけにはいかない。有希からよろしく言ってて」

 

「美来ちゃん。きっと梓も美来ちゃんに会いたいと思ってると思うよ?」

 

「澄香さんの言う通りですわ。美来さん、せめて明日は…」

 

 

みんな思い思いに話してんな。

飲み会を終えた俺達はそよ風の前で少し話をしていた。

ああ、明日は梓のお迎え行かなきゃいけないってのにな。早く帰りたい。

 

 

「ねぇ、タカ」

 

「ん?まどか?どした?」

 

俺がいかにこの場のみんなに解散しようと提案するか。そんな事を考えているとまどかが話し掛けて来た。

そういやこいつ今日の飲み会の間ずっと静かだったな。

 

「こないだのライブの事なんだけどね」

 

「こないだの?Glitter Melodyのライブん時か?」

 

「奈緒の歌声ってさ…」

 

-ドキッ

 

「あ?奈緒の歌がどうかしたか?」

 

まさかまどかから奈緒の歌について話されるとは思っていなかったからびっくりした。

まどかも奈緒の歌を聴いて何か思うところがあったんだろうか?

 

「…何でもない。ごめん」

 

何でもない?お前、何でもないって顔じゃないだろそれ。

 

俺はいつもの癖でまどかの頭に手をやろうとしてしまった。あ、ヤバい。このまままどかの頭を撫でたりしたら、こいつにセクハラだとか何だとか文句を言われかねない。

 

俺はまどかの頭に向けて出した手を引っ込めようとした。でもまどかは俺のその手を握って…。

 

 

「辞めないよね?タカはBlaze Future辞めないよね?抜けたりしないよね?」

 

 

泣いてこそはいないが、すごく寂しそうな。

今にも泣き出しそうな顔を俺に向けてまどかはそう言った。

 

「何で俺がBlaze Futureを辞めると思ったの?

抜けたりしねぇから安心しろ」

 

そう言うべきだったんだろうけど、Blaze Futureを抜けるとか今は考えてねぇんだけど、俺はまどかにそう言ってやる事が出来なかった……。



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第4話 帰国

私の名前は氷川 理奈。

今日はArtemisのボーカル、木原 梓さんが日本に帰ってくるという事で、私も一緒に空港に迎えに行く事になっている。

 

 

………え?

何でこの話のモノローグが私なのかしら?

この話こそ貴さんや渚がやるべきじゃないの?

Artemisのメンバーの誰かがやるとかあるじゃない。

 

それにしても新章に入ってからCanoro Feliceのメンバーって姫咲さんしか出てないわよ?しかもちょい役。

大丈夫なのかしら?

 

私が2階にある自室を出て、1階のリビングに行くと母がテーブルの食器を片付けている所だった。

 

「あら?理奈、おはよう。今日は下りてくるのが早いのね。作曲の方はいいの?」

 

「ええ。今日は用事があるから。それより、父さんはまた逃げたのかしら?」

 

「お父さんはもう仕事に行ったわよ。別に理奈から逃げてるとかじゃないでしょう」

 

私の父は15年以上前に趣味という形でバンド活動をしていた。学生の頃はメジャーデビューを夢見ていたようだけど。

 

メジャーデビューの夢を諦め、趣味であるバンド活動を辞めた父も、BREEZEと共にクリムゾンエンターテイメントと戦うアルテミスの矢の一員だったと聞いている。

その時の話も詳しく聞きたいのだけれど、私を大学に復学させた理由。その理由を問い詰めようとした日から、私は父の姿を見ていない。

母が今、父は仕事に行ったと言ったように、家には帰って来ているのだとは思うのだけれど…。

 

「理奈、朝御飯はどうする?パンでも焼こうか?」

 

「いえ、もう少ししたら出掛けるからコーヒーだけ淹れてもらえるかしら?」

 

私がそう言うのがわかっていたのか、母はすぐにコーヒーを私に出してくれた。

これが母娘で通じ合うという事かしら?それとも日常?

クスッ、そんな歌詞を作るのもいいかもしれないわね。

 

 

 

 

「では、私は行ってくるわ。今日も晩御飯はいらないと思う」

 

「タカさんとデートかしら?」

 

15年前のあの頃。私は父に連れられて、よくBREEZEのライブなんかにも行かせてもらっていた。それに貴さんや英治さんの話では、父は今でもよく3人で飲みに行っていたらしい。

母がBREEZEのTAKAを知っているのは当然だろう。

 

「気持ちの悪い事を言わないでちょうだい。そんなのじゃないわ」

 

「タカさんと会うのは否定しないのね。クスクス」

 

……。

そ、そりゃ今日は貴さんも来るわけだし…。

 

「そんなんじゃないわよ。行ってきます」

 

「あ、理奈、待って」

 

私は話をはぐらかしたい気持ちもあり、急いで家を出ようとしたら母に呼び止められた。

 

「何かしら?あんまり時間も無いのだけれど」

 

さっきリビングにある時計を見た時は、まだ余裕がある時間だったのだけれど、貴さんとの事を何か言われたら恥ずかしいと思い、私は早くこの場から去りたい気持ちでいた。

 

………恥ずかしい?

……私と貴さんはそんな関係でもないし恥ずかしく思う必要はないのだけれど。

 

「理奈は…」

 

何なの母さん。は、早く言って頂戴!!

わ、私は何をドキドキしているの……!

 

「理奈は……弟か妹ならどっちが欲しい?キャッ、言っちゃった///」

 

……

………

…………は?

 

母は何を言っているのかしら?え?本当に何なの?

 

あ、もしかして父のmakarios biosが存在する事がわかったとかかしら?父の遺伝子で造られたmakarios biosなら私の弟か妹と言っても過言ではないのかも知れない。

 

いえ、そういえばmakarios biosは女の子だけと言っていたわね。だとすれば弟になる事はないわ。それにmakarios biosはボーカルからのみ造られたと言っていた。

父はメジャーデビューを夢見ていた学生時代も、趣味としてやっていたバンド時代でもボーカルではなかったわ。

 

落ち着くのよ私。もしかしたら澄香さんのmakarios biosのようにボーカル以外から造られた可能性も…。

 

「理奈、お母さんもしかしたらね……」

 

……!?

 

こ、これはヤバい。これ以上聞くのは危険だわ!

 

「ご、ごめん、母さん。ちょっと時間無いから。い、行ってきます!!」

 

私は逃げるように玄関を出た。

あ、朝から何て話をするつもりだったの!?

父さんと母さんってそんなラブラブだった!?

いや、違う。そうじゃない。え?でも……。え?

 

そ、そんなラブラブ夫婦は奈緒の所だけでいいのよ…。

うちはそんな事はないはずだわ…。うん、ないはず。

 

私は心にモヤモヤしたものを残しながら、渚のマンションへと向かった。

 

 

 

 

予定の時間より早く渚のマンションに着いてしまった。

あんまり早すぎるのも迷惑よね。もう9月の中頃だというのにまだ暑いし、そこのコンビニでアイスでも買って行ってあげようかしら?

 

私が近くにあるコンビニに入ろうとした時、大きめのトラックが数台、渚のマンションの前に止まっているのが見えた。引っ越しかしら?梓さんの荷物?

それにしてはトラックの台数が多いわね。

 

「あれ?理奈?」

 

私は不意に名前を呼ばれ、声のした方へと目を向けた。

 

「志保、おはよう」

 

そこには私達Divalのリードギターを担当している雨宮 志保が居た。

 

「予定の時間より早くない?」

 

「ええ、ちょっとね。早く来すぎてしまったものだから、アイスでも買って伺おうと思っていたところよ」

 

「え?そんな気を使わないでもいいのに!」

 

そう言って志保はコンビニのアイスコーナーへと走って行った。そうね、好きなのを選んで頂戴…。

 

「志保、そう言えばマンションの前にトラックが数台止まっていたのだけれど…」

 

「ああ、うん。なんか来夢ちゃんがうちのマンションに引っ越してくるんだって。う~ん……チョコミントにするか…それとも無難にバニラ…?う~~~ん…」

 

志保…。

 

「そうなのね。来夢ちゃんの引っ越しにしては遅くないかしら?もうこっちに異動になってから半月くらい経ってるじゃない」

 

「んー、何か今までは社宅に住んでたらしいよ。あっちで荷物の準備が終わったから、うちのマンションに引っ越して来るんだってさ」

 

来夢ちゃんというのは、私達Divalのボーカル水瀬 渚の妹であり、私達Divalのチューナーになってくれた女の子。

渚と同じマンションに引っ越してくるのね。

でもそれにしたってあのトラックの台数は…。

 

「よし!あたしはガチガチ君にしよ!なんてったって氷雪系最強だしね!」

 

志保、さっきまでチョコミントかバニラかで悩んでいたのに…。

 

「そう。来夢ちゃんも渚のマンションに引っ越してくるのね。梓さんもこのマンションに引っ越してくるようだし、色々な意味で騒がしくなりそうね」

 

渚も来夢ちゃんや梓さんも同じマンションになって嬉しいでしょうね。

……梓さんもこのマンションに引っ越しという事は、貴さんも頻繁に出入りするようになるかしらね。

 

って、私は一体何を考えているの…。

 

「あー、それなんだけどね。何かうちのマンションの屋上に何か改築が入るみたいでさ。その為の工事のトラックも今日は来てるみたい。改築工事終わるまで、ほんと騒がしくなりそうだよ」

 

屋上に改築工事?

このマンションのオーナーは渚のお父様よね?

どんな改築をするのかしら?

 

私は渚と香菜の分のアイスを適当に選び、志保の選んだガチガチ君と一緒にレジに出した。

 

 

 

 

「そういえば志保は何故コンビニに?」

 

コンビニを出て、渚のマンションに向かう道中で私は志保に尋ねてみた。

 

「ああ、夕べもそよ風でご飯になったし遅くなったじゃん?だから残り物っての無いからさ。朝ごはんはコンビニのパンにしようと思って」

 

夕べも遅かったものね。そよ風の後も美来ちゃんがラーメンを食べたいと言うものだから、結局みんなでラーメン屋にも行ったし。

 

「渚はもう起きてるかな~?」

 

「あら?渚はまだ寝ているの?てっきり梓さんと会えるものだから、早起きしていると思ってたのだけれど」

 

「あ、うん。それのせいで夕べはなかなか寝れなかったみたい。だけど、朝方に寝ちゃってね。あたしが起きた時はまだ起きてたみたいだよ」

 

ああ、遠足とかの前に寝れなくなるって感じのやつかしらね。

 

「さ、あがって」

 

「ええ。お邪魔するわね」

 

渚の部屋にあげてもらい、志保に断りをいれてから冷凍庫に買って来たアイスを入れた。

渚や志保と出会ってまだ3ヶ月程だというのに、この部屋にも何度も来ているわね。

 

「もぐもぐ。理奈もアイスコーヒーでいい?」

 

「志保、食べながらは行儀が悪いわよ。私が淹れるわ」

 

「あ、ありがと。もぐもぐ」

 

私が冷蔵庫に入っていたアイスコーヒーをコップに注いでいると志保が聞いてきた。

 

「渚も理奈も、もちろん貴もだけど今日は梓さんのお迎えに行くじゃん?」

 

「ええ。その予定よ」

 

「そうだよね」

 

志保?どうしたのかしら?

 

「楽しみだよね。あたしも梓さんに会うの楽しみだし」

 

ああ、そういう事ね。

この子はもう少し素直になればいいのに。

 

「貴さんも迎えには来るみたいだけれど、顔を見せたら私と渚、澄香さんに任せるらしいわよ。貴さんはLazy WindとAiles Flammeのライブには間に合うようにファントムに向かうつもりみたいよ」

 

そう。今日はファントムで元BREEZEのベーシスト拓斗さんのバンド、Lazy WindとAiles Flammeの対バンがある。

貴さんには当日にサプライズのつもりで拓斗さんから言うつもりだったらしいのだけれど、梓さんの帰国の報を受けて予定が変更になった。

 

貴さんは『え?何でライブの予定とか当日報告なの?何のサプライズ?誰も喜ばないじゃん。Ailes Flammeのライブとか俺も見たいんだけど?』とか言っていた。

 

普通そうよね。ライブの日程をサプライズとか、予定を入れちゃってたらどうにもならないわけだし…。

 

「あ、そ、そうなんだ。貴も来れるんだね…」

 

「貴さんに今日も会えると思って嬉しいかしら?」

 

「いや、理奈や渚と一緒にしないで」

 

何て低い声を出すのかしら。正直謝る所だったわ。

 

「明日香の楽しい音楽もだけど…貴には江口達の、Ailes Flammeの演奏を見てもらいたいから」

 

「大丈夫よ。拓斗さんも江口くんも貴さんに内緒にしてるもんだから、昨日、拓斗さんは貴さんに殴られてたじゃない」

 

貴さんもAiles Flammeの演奏を見たいのよね。

きっとファントムのバンドとなったLazy Windの演奏も…。

 

「えへへ。今日も貴に会える…///」

 

志保?

 

 

-ピンポーン

 

 

呼び鈴?あら?こんな早くに誰か来たのかしら?

香菜は今日はバイトがあるから無理と言っていたのだけれど…。

 

「はいはーい」

 

志保が返事をしながら玄関へと向かった。

いつも思うのだけれど、呼び鈴が鳴って玄関へ向かう時に、室内で返事をして相手には聞こえるのかしら?

 

「理奈、ごめん」

 

玄関から戻って来た志保が私に謝ってきた。

どうしたのかしら?

 

「今日のAiles FlammeとLazy Windの対バンの準備が大変みたいでさ。あたしもさっちと一緒に準備の手伝いに行って来るよ」

 

「対バンの準備?」

 

ああ、今日は貴さんもトシキさんも梓さんのお迎えに行くのだものね。それにしても…。

 

「ええ。わかったわ。準備がキツそうなら私もそっちの手伝いに回るわよ?でも、そんなに大変なの?」

 

貴さんやトシキさんがいないとはいえ、英治さんも三咲さんも初音ちゃんも居る。

それに今はSCARLETのスタッフも居るのに…。

 

「あ、んとさ。Lazy Windってお客様に来てもらう為に…あの…その」

 

どうしたのかしら?何か言いにくい事?

 

「理奈にはちょっと言い辛いんだけど…、『Blue Tearの架純ちゃんがバンドを始めました』って宣伝をしたみたいで……当時のファンの人が殺到したらしくて…」

 

ああ…そういう事ね。

まぁ確かにLazy Windもファントムのバンドとして活動をする以上は、たくさんのオーディエンスに聴いてもらいたいでしょうし、お客様がたくさん来てくれた方が収入的にも……ね。

 

でもだからと言って、御堂さんの名前を使って呼び込みをするのはどうかと思うけれど。音楽を聴きに来ると言うよりアイドルのショーみたいな感じにならないかしら?

 

それにそもそも御堂さんのBlue Tearはクリムゾンエンターテイメントに……。

 

 

私はそこまで考えてハッとした。

 

 

そうよ。御堂さん達Blue Tearの居た事務所はクリムゾンエンターテイメントに潰された。

それだけじゃない。御堂さんはその後はクリムゾンエンターテイメントに移籍になって喉を壊した。

 

それから拓斗さんと出会ってLazy Windとして、クリムゾンエンターテイメントのバンドと戦っていた。

クリムゾンエンターテイメントが御堂さんの事を知らない訳がない。

 

御堂さんの名前を使ってBlue Tear時代のファンを呼び込む事は出来るでしょうけど、大々的に宣伝をしたのなら、クリムゾンエンターテイメントにも知られる事になる。それって危険じゃないかしら…。

 

「理奈?やっぱり怒ってる?架純さんの名前を使って宣伝するとか…その…」

 

「いえ。怒ってなんかいないわ。今の自分達の音楽を聴いてもらいたいなら、一番手っ取り早い方法だもの。

私達も元charm symphonyのRinaの居るバンドと宣伝してもいいのよ?」

 

「も、もう!何言ってんのよ!」

 

「冗談よ。クスクス」

 

そう、冗談。

 

私がcharm symphonyのRinaだという事はバレているにしても、大々的に宣伝してしまえば、クリムゾンエンターテイメントも私達Divalを放ってはおかないでしょうね。

charm symphonyの事務所も今はクリムゾングループの会社な訳だし、Kiss Symphonyの事もあるものね。

 

拓斗さんももちろん御堂さん達もそんな事をすればどうなるのか想像は出来るはず。今までクリムゾンエンターテイメントと戦って来たのだし、私達よりもクリムゾンのやり方はわかっているはずなのに…。

 

「ねぇ、志保」

 

「ん?何?」

 

急いで出掛けようとしている志保だったのだけど、私はひとつの疑問があった。これは聞いておきたいわ。

志保が知っているかどうかはわからないけど…。

 

「その御堂さんの件なのだけれど、拓斗さんもその事は知っているのかしら?」

 

「え?元Blue Tearの架純さんが…って宣伝した件?」

 

もし拓斗さんも知っていて、Lazy Windの案なのだとしたら、考えられる事はふたつ。

 

 

自分達を囮にしてクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンを炙り出す為。

 

クリムゾンエンターテイメントが下手に手を出せないように、一般のお客様を増やす為。

 

 

恐らくこのふたつのどちらか…。

だけれど、もし拓斗さんがこの案に関わっていないのなら…。

 

 

「ん~?拓斗さんは知らないんじゃないかな?

明日香と架純さんと聡美さんで話し合って決めたって言ってたよ」

 

そう、拓斗さんは知らない可能性があるのね。それなら…。

 

「んで?それがどうかした?」

 

「いいえ。何でもないわ。気を付けて行ってらっしゃい」

 

「え?うん。ありがと。行ってきます」

 

そう言って志保は出掛けて行った。

沙智さんもいるのに長話でひき止めてしまって申し訳無かったわね。

 

しかし、拓斗さんが知らないのなら選択肢は増えたわね。拓斗さんに内緒で…となると。

自分達を囮にする事や、一般のお客様を巻き込み兼ねない案って事も考えられないか…。そうなる事を懸念はしていたとしても。

 

そう言えば夏野さんの事や、クリムゾンエンターテイメントに入った元Blue Tearのメンバーが居ると言っていたわね。拓斗さんが知らないのならこの為と考えた方が…?

 

 

「アン♪ダメッ!せ、先輩!こんな所じゃダメですよ!あ、梓お姉ちゃんも見てるのに…!」

 

 

「え?」

 

私がLazy Windの事を考えていると、渚の寝室から訳のわからない叫びが聞こえてきた。

先輩って何を言っているの?貴さんがここに居るわけないじゃない。

 

………居ないわよね?実はこっそり渚とお泊まりとかありえないわよね?志保も居るのだし。

 

 

私は渚の寝室へと入ってみた。

 

 

「もう。この娘は…」

 

まだ暖かいとはいえ、お腹を出して寝てると冷えるわよ?

 

私はソッと渚にタオルケットを掛けようとした。

だけど、ふと渚のおへそが目に入った。

 

「……それにしてもこの娘。あれだけ毎日毎日ビールばっかり飲んでるくせに、何でこんなに細いのかしら?くびれとかも…」

 

「ふぁ…せ、先輩…こんないっぱいダメですぅ…。梓お姉ちゃん…見ちゃ…やだ…」

 

この娘どんな夢を見ているのかしら。寝言と言えどもそれはさすがに…。

 

「先輩…!これ以上は…ダメ…梓お姉ちゃん…!」

 

本当にどんな夢を見ているのかしら?

これはとても寝苦しそうね。しょうがないから起こしてあげるわ。……夢の中とはいえ、貴さんに何をされてるのよ。

 

「渚…そろそろ起きなさい」

 

私は渚を揺すり起こそうとした。

 

「あ、英治さん!それはパンじゃないですよ!?」

 

本当にどんな夢を見ているの?

 

「ほら!渚…!」

 

なかなか起きない渚をさらに強く揺する。

 

「フッ、いいよ理奈。フルパワーで来て…!」

 

本当にどんな夢を……わかったわ。フルパワーね。

 

「な!ぎ!さ!!」

 

私は思いっきり渚を揺さぶった。

これで起きないようならお手上げね。

 

「ん?あれ?理奈…?」

 

「おはよう渚。やっと起きたようね」

 

「ふぇ?あれ?ここ私の部屋?」

 

 

 

目の覚めた渚は、着替えて顔を洗いに行き、今は私と一緒にテーブルに座り志保の買ってきたパンを食べている。

 

「もぐもぐ。そっかぁ。あれは夢だったのかぁ。道理で変だと思ったんだよ。もぐもぐ」

 

「どんな夢を見ていたの?」

 

「んとね~…」

 

貴さんだけじゃなく私も出てきたみたいだものね。気になるわ。

 

「私がスマホを見てたら先輩が私のスマホを奪って、梓お姉ちゃんの前でバンやりを起動させて、ガチャを引きまくったの!酷いと思わない!?」

 

ガチャ…?

 

「それがSSRも全然出ないし、単発ばっかりで引くからRばっかりでさ!梓お姉ちゃんに『ぶははは、Rばっかりだわ。まじわろす』とか言ってるんだよ!」

 

……最後まで聞きましょうか。

 

「そしたら今度は英治さんが先輩から私のスマホを奪ってね!『これは美味しそうなパンだな』って言ってスマホを食べ出したの!」

 

本当に何て夢を見ているのかしら……。

 

「そしてそれから…それから…どうなったんだっけ?」

 

そこから!そこからが大事なのよ!

 

「う~…ん、思い出せないや」

 

私は!?私はどうなったの!?フルパワーの私!!

 

「そこまでしか思い出せないのかしら?ほら、例えば私が出てきたとか」

 

「え?理奈が?」

 

ああ、もうこれはダメね。思い出す事はないでしょうね。

 

「理奈が…私の夢に?」

 

「いえ、もう大丈夫よ。夢の話だものね」

 

「あ、そういえば志保は?てか、何で私の家に理奈が?」

 

今更そこなのね。いいわ、一から説明してあげる。

 

そして私は今日のこれまでの事を渚に話した。

 

 

 

「はぁー!なるほどなるほど!そうだったんだね。

そっか。先輩もトシキさんも澄香お姉ちゃんも、梓お姉ちゃんのお迎えだもんね。ファントムは忙しいのか~」

 

「そうみたいよ。今日は夕方からのライブでカフェタイムは無いから、盛夏も美緒ちゃんもお休みだしね」

 

まあ多分だけれど、盛夏も美緒ちゃんも梓さんのお迎えに行きたいだろうっていう英治さんの計らいかも知れないけれど。

 

「そっか~。あ、まだ時間あるよね?」

 

「時間?ええ、梓さんのお迎えにはまだ余裕あるわよ」

 

「良かった。梓お姉ちゃんのランダムスターを引き継いだ私としては、いつまでもヘタっぴのままじゃかっこつかないしさ。ちょっと私のギターの練習に付き合ってほしいんだけどいいかな?」

 

渚ったら…。梓さんの帰国は私達Divalにも良い風になりそうね。

 

「ええ、もちろんよ。やるからには厳しくいくわよ」

 

「あ、あははは。お手柔らかにね」

 

 

 

 

 

 

「すみません運転手さん。このタクシーにターボは付いていませんか?」

 

「え?た、たーぼ?」

 

「落ち着きなさい渚。運転手さん、すみません。この子の言う事は聞き流して下さい」

 

私達は今、梓さんの到着する予定の空港へとタクシーで向かっていた。

思いの外、ギターの練習が長引いてしまい、時間に遅れそうになった私達はタクシーを使ったのだけれど、タイミングが悪かったのか渋滞に巻き込まれてしまった。

 

「うぅ~…間に合うかなぁ…」

 

「渋滞なのだししょうがないわ。もし梓さんが先に到着しても私達を待っててくれるわよ」

 

「いや、それはいいんだけどね。いや、あんまりよくないか。えっと、そういう事じゃなくてさ?

私達が遅れて梓お姉ちゃんが待っててくれるとしたら、先輩も待っててくれそうじゃん?」

 

ああ、なるほど。私達が遅れてしまったせいで、貴さんまで待っててくれる事になったら、貴さんがLazy Windのライブに間に合わなくなるかも。という事を心配しているのね。

 

「先輩も見たいだろうな。拓斗さんの今の音楽…」

 

本当に。私もそう思うわ。

 

 

クリムゾンエンターテイメントへの復讐の為に音楽をやっていたLazy Wind。

南国DEギグの日にBREEZEとデュエルをして、音楽は楽しんでやるものだと変わったLazy Windの新しい音楽。

貴さんにもトシキさんにも見てもらいたいものね。

 

 

 

 

私達が空港に着いた時。

梓さんの到着予定時刻より30分も過ぎていた。

 

そこには貴さん、トシキさん、盛夏、奈緒、美緒ちゃん達Glitter Melodyのメンバーと、澄香さんと翔子さんが居た。

みんな私達の到着を待っててくれ………ていた?

 

あら?梓さんは…?

 

「先輩!遅れてしまってごめんなさい!あ、梓お姉ちゃんは…?」

 

「あー……?」

 

ど、どうしたのかしら?

 

私と渚が不思議に思っていると、トシキさんが声を掛けてくれた。

 

「あ、あははは。何かね、飛行機のトラブルで梓ちゃんの乗った便の到着が遅れてるみたい」

 

「「飛行機のトラブル!?」」

 

それって大丈夫なの?一体どんなトラブルが…。

 

「もうちょっとで到着するみたいだけどね」

 

心配する私達を見て澄香さんが答えてくれた。

もうちょっとで到着するのなら、大事ではないようね。少し安心したわ。

 

「貴ちゃんもトシキちゃんも~。叔母さんの事はあたし達に任せてファントムに行ってもいいよ~」

 

「そうですよ。貴も拓斗さんの今の音楽見たいでしょう?梓さんは私達が必ずファントムに連れて行きますから」

 

「は?お前ら何言ってんの?拓斗のライブとかどうでもいいしな。………ちょっとタバコ吸って来るわ」

 

そう言って貴さんは何処かへと歩いて行った。

何処かと言っても多分喫煙所なのでしょうけど。

 

「またかよあいつ…。あたしもタカに付き合って来るわ」

 

翔子さんが頭を掻きながら貴さんの後を追って行った。この中で喫煙者は貴さんと翔子さんだけだものね。

 

「はーちゃんもあんな事ばっかり言って…。本当は宮ちゃんのライブを見たいくせに」

 

「お兄さんもう何本も吸いに行ってますよね?喉とか大丈夫でしょうか?」

 

「美緒~。心配なら美緒も行って来たら?美緒も一緒なら葉川さんもタバコ吸わないかもよ?」

 

「わ、私は関係ないでしょ!?それならお姉ちゃんが適任だよ。ね、お姉ちゃん」

 

「ねぇ、渚。ギターの練習はどう?良かったら今度一緒に練習しない?」

 

「あ!いいね、それ!また家に来てよ。一緒にやろ!」

 

「お姉ちゃん?私の事無視なの?」

 

貴さんは喫煙者だけどあんまりタバコを吸う方ではない。やっぱり梓さんやLazy Windのライブの時間を心配しているのかしら?

 

「理奈~。それだけじゃないと思うよ~」

 

それだけじゃない?

いえ、その前に私は何も言っていないわよ?

まさか盛夏に心を読まれている?

 

「それだけじゃないってどういう事かしら?」

 

「んとね。せっかく美しく堕天使シャイニング梓お姉様が帰ってくるのにさ?美来ちゃんはやっぱり来てくれなかったから……」

 

美来ちゃん…。

昨日の飲み会の後もみんなで説得をしてみたけれど、美来ちゃんは梓さんと会うのを拒んだ。

 

15年前に梓さんに会いたい一心でクリムゾンエンターテイメントから脱走を試みたというのに…。

その時に梓さんが事故にあったものだから、色々と思うところがあるのかしら?

 

「あ、そろそろ飛行機が到着するみたい。タカ達も戻って来たみたいだしゲートの方に行こっか」

 

喫煙所から戻って来る貴さんと翔子さんを確認した澄香さんが私達に声を掛けてくれた。

もうすぐ梓さんとお会いする事が出来るのね。

 

「うぅ…もうすぐ梓お姉ちゃんに会えると思うと緊張してきた…」

 

「そだね~。あたしも会うのは久し振りだし~」

 

「そっか。盛夏はたまに会ってたんだっけ?私も昔に会った事あるみたいだけど…」

 

私も少し緊張して来たわ。何を話せばいいかしら。

 

 

 

 

「なかなか出てこないな。梓のやつ」

 

私達は梓さんが出てくるであろうゲート前で待っていた。先程からたくさんの人が出て来ているけれど、梓の姿はまだ見えていなかった。

 

そんな時……

 

「え?あれ?みんな何でここに居るの?」

 

私達に声を掛けて来た人。ゲートから現れた人物は

 

 

 

「いや、それはこっちの台詞だけど?何でお前がこんな所に居るの?」

 

「お~!杏子さんお久しぶり~♪」

 

 

 

そこに居たのは、南の島で出会ったモンブラン栗田さんの孫娘である杏子さんだった。

 

「あ、杏子ちゃん久し振りだね。こっちに旅行かな?」

 

「あ、トシキさん…。いえ、実は私は…あ、もしかしてお祖父様に聞いて迎えに来てくれたとかですか?///」

 

「え?いや、俺達は…」

 

「いやー!久し振りだねーあんこ!!」

 

杏子さんと話しているトシキさんとの間に、翔子さんが割り込んで行った。

 

「ひ、久し振りだねー翔子。私の名前はきょうこだから。って、まだトシキさんに付きまとってるの?」

 

「何を言ってるのあんこったら。別に付きまとってるとかないよ?ほら、あたし達は同じ仲良しギター仲間だし?」

 

「「うふふ、ウフフフフフ…」」

 

「本当に翔子ちゃんと杏子ちゃんって仲が良いよね。いつも翔子ちゃんと話してたら杏子ちゃんが入ってくるし、杏子ちゃんと話してたら翔子ちゃんが入ってくるし。俺としては助かるけど」

 

 

 

「トシキって本当に…もうアレだよね」

 

「澄香さん、やっぱり翔子さんと杏子さんはトシキさんの事?」

 

「トシキも本当に何で気付かねぇかな?あれか?モテない俺への嫌味か?」

 

「お兄さん、どの口がほざいてるんですか?」

 

美緒ちゃんの言う通りね。貴さんも渚と奈緒の気持ちに微塵も気付いてないものね。梓さんと澄香さんにも想われていたようなのに。わ、私は違うわよ。

 

 

 

「タカくん」

 

 

 

「梓…」

 

私達が声のした方に目を向けると、そこには車イスに乗った女の子が私達に微笑みかけていた。

 

女の子!?

ちょっと待って頂戴!この方が梓さん!?

渚の部屋にあった写真の頃そのままなんだけれど!?

 

「梓お姉ちゃん…」

 

私達が梓さんを見ていると、貴さんとトシキさんと澄香さんが梓さんの方へと歩いて行った。

 

「お、おかえり…」

 

「うん、ただいま」

 

「梓…元気だった?」

 

「うん。澄香こそ元気にしてた?」

 

「梓ちゃんお帰り。荷物持つよ」

 

「トシキくん、ただいま。ありがとう」

 

そう言ってトシキさんは梓さんの荷物を持った。

 

「飛行機のトラブルだってな?大丈夫だったんかよ?」

 

「うん。あたし達は大丈夫だよ」

 

私は横目に渚を見てみる。

 

「梓お姉ちゃん」

 

今にも泣き出しそう。こんな渚を見るのは初めてね。

 

「渚、行ってらっしゃい。ずっと会いたかったのでしょう?」

 

「え?で、でも…」

 

「ほら~行こうよ渚~」

 

そして盛夏は渚の背中を押しながら梓さんの方へと向かった。

 

「渚さん、嬉しそうですね」

 

「あの人が梓さんか。翔子ちゃん先生のデスクにあった写真から歳取ってないね」

 

「ほんとだよね。BREEZEのメンバーもだし、神原先生も年齢よりずっと若く見えるし。妖怪とかじゃないよね?」

 

「ま、麻衣ちゃん…妖怪って事はいくらなんでも…」

 

 

 

 

「梓お姉ちゃん…」

 

「なっちゃん。お久しぶり~」

 

そう言って梓さんは渚に手を振った。

 

「梓お姉ちゃん…!」

 

渚は我慢が出来なくなったのか、走って梓さんに飛びついた。って、ちょっと!梓さんは車イスなのよ!?

 

-ドン

 

「フッフッフ~、セ~フ♪」

 

「あ、あれ?せっちゃん?ありがと」

 

「何の何の~」

 

渚が梓さんに飛びついたのとほぼ同時に、盛夏は梓さんの後ろに回り、車イスを止めたのだった。

もう…渚は…。危ないところだったわ。

 

「あ…ごめ…ごめんなさい…。梓お姉ちゃんごめんなさい!盛夏もごめ…」

 

 

-ギュッ

 

 

「ごめんね、なっちゃん。全然連絡してなくて。

大好きだよ、なっちゃん」

 

「梓お姉ちゃん…梓お姉ちゃん…!」

 

 

「渚…良かったわね」

 

「あれ?理奈泣いちゃってる?」

 

「奈緒は何を言っているのよ。な、泣いてなんかいないわ」

 

「り、理奈さんの涙…ハァハァ…」

 

「美緒、落ち着いて」

 

「ねぇ?美緒ちゃんってどんどんヤバくなってない?」

 

「私がタカさんタカさん言うから変に拗らせちゃったかなぁ?」

 

え?藤川さん?今、何て言ったかしら?ちょっとその話を詳しく聞きたいのだけれど…。

 

 

「さて、時間もねぇしな。そろそろファントム向かうか」

 

「そ、そうですね。梓お姉ちゃんも行くよね?」

 

「ファントム?英治くんの所?」

 

「うん、今日は拓斗のバンドとAiles Flammeのライブをやってるからさ」

 

「ええええええ!?拓斗くんのバンド!?」

 

あら?梓さんは知らなかったのかしら?

 

「ちょっと!タカくん!拓斗くんのバンドって何!?」

 

「あ?言ってなかったっけ?」

 

「聞いてないよ…。だから、英治くんも拓斗くんもいないのか…」

 

「梓ちゃんも英ちゃんや宮ちゃんに会いたかった?」

 

「そりゃそうだよ!でも、拓斗くんのバンドかぁ。どんな音楽なんだろ…」

 

「日奈子も居ないけど日奈子は気にならへんの?」

 

「あ、うん。日奈子はバンやりのイベント更新で忙しいかな?って。新規カードの原画送ったの昨日だし」

 

「梓…俺はマイミーちゃんが好きだ」

 

「タカくんは何を言ってるの?」

 

「あ。そだそだ~」

 

盛夏?どうしたのかしら?

 

「ねぇねぇ、貴ちゃん」

 

「あ?どした?」

 

「美しい堕天使シャイニング梓お姉様の車イス。貴ちゃんが押して行って~。ほら、あたしまだ渚に砕かれた腕が~」

 

「ちょっ!盛夏!私に砕かれたとか…!?」

 

「は?俺は荷物持ってるし渚に押してもらえば……」

 

「先輩!!」

 

そして渚は貴さんの持っていた荷物を無理矢理奪い取った。

 

「私…も、車イスとか押した事ありませんし、先輩が梓お姉ちゃんを押して下さい…」

 

「あ?でもお前…」

 

「お願い…します」

 

「え?せっちゃんもなっちゃんも。あたしひとりでも大丈夫だよ?………って、わっ!?タカくん!?」

 

「……まぁあれだ。俺も押すの久し振りだからな。あんま上手く押せねぇかもだが」

 

「あ、あの…ありがと」

 

「別に」

 

貴さん…梓さん…。

悔しいけれどお似合いよね。

 

え?悔しい?いや、全然悔しくなんかないわ。断じて!

 

「ほら!先輩、梓お姉ちゃん。急ぎますよ!」

 

渚。頑張ったわね。

 

 

 

「なぁ、梓」

 

「なぁに?タカくんどしたの?」

 

「おかえり」

 

「何それ。さっきも聞いたよ?」

 

「あ?ああ、まぁな」

 

「タカくん」

 

「あ?」

 

「ただいま」

 

「何だそれ?さっきも聞いたぞ」

 

「あはは、うん、そだね」

 

 

 

 

そして私達はファントムへと向かった。

 

私達が到着した時には、Lazy Windのライブも終盤を迎えていた。

 

「何とかギリギリ間に合ったか…」

 

「そうね。これからラストコールでLazy Windの最後の曲のようね」

 

私達はファントムの関係者席に座り、Lazy Windの演奏を聞いた。何とかラストには間に合って良かったわ。

 

 

「すごいね拓斗くん。でも拓斗くんってよっぽどタカくんの事好きなんだね。タカくんのパフォーマンスにそっくり」

 

「あ?そうか?」

 

「俺は少し安心したかな。宮ちゃんの音楽、こないだまでとは全然違う」

 

「トシキさんもそう思いましたか?あの時と全然違いますね。みんなすごく楽しそうです」

 

「ま、それでもあたしにはまだまだ敵わないけどね~?やっぱり貴ちゃんの隣はあたしの場所だよね~」

 

「え?せっちゃん?」

 

Lazy Windの演奏が終わり、次はAiles Flammeの演奏が始まる。江口くん達の演奏も楽しみだわ。

 

「次はAiles Flammeくんだっけ?澄香にBREEZEに似てるって聞いてるし楽しみにしてたんだ~♪」

 

Ailes FlammeがBREEZEに似てる?

そう言われてみたら確かに似ている感じもするわね。

曲調や歌詞も似てはいないのだけれど、雰囲気というか何というか…。

 

私達はLazy Windの退場を見守っていたのだけれど、Lazy Windは退場をせずに、ギターの御堂さんの位置とベースボーカルの拓斗さんの位置が交代しただけだった。

 

「あ?あいつら何やってんだ?……あっ」

 

貴さんがそう言った後、ステージのライトは消され、センターにいた御堂さんにスポットが当てられた。

 

 

「皆さん、Lazy Windの曲を聞いてくれてありがとうございました。………次の曲が、新しい私達の、新しいLazy Windの音楽です」

 

 

え?新しいLazy Windの音楽?

 

 

そして御堂さんの歌でLazy Windの演奏は再開された。



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第5話 新しい風

「もう9月も半ばだってのに暑いな~」

 

俺の名前は一瀬 春太。

Canoro Feliceのダンサーボーカルをしている。

 

今日はライブハウス『ファントム』で、Lazy WindとAiles Flammeのライブがある。

 

渉くんのライブはもちろん、拓斗さんのライブも観てみたい。俺達Canoro Feliceのメンバーはライブに行く予定ではいたのだけど、昨日の夜、俺達Canoro Feliceのグループラインに、澄香さんから連絡があった。

 

 

 

『澄香さん:一瀬様!松岡様!夜分遅くに申し訳ございません!お願いしたい事がございます!!

 

俺:澄香さん?どうしました?話し方がセバスさんになってますよ?大丈夫ですか?

 

冬馬:俺もまだ起きてます。どうしましたか?

 

澄香さん:実は姫咲お嬢様と結衣ちゃんには内密で、お願いしたい事がございまして…。

 

結衣:あ、私も起きてるよ~(о´∀`о)

 

俺:姫咲と結衣に内密にって、これCanoro Feliceのグループラインですよ?

 

結衣:え?なになに?( ̄▽ ̄= ̄▽ ̄)

 

澄香さん:ええ、実はお願いっていうのは…

 

俺:あ、話は続けるんですね。

 

冬馬:あ、話は続けるのか…。

 

澄香さん:明日はAiles Flammeとアホの拓斗がいるLazy Windのライブがある事はご存知だとは思いますが

 

俺:アホの拓斗さんって…

 

冬馬:澄香さんって宮野さんに何か恨みあるのか?

 

澄香さん:明日は急遽私に用事が出来ましてな。ファントムのお手伝いに行ってもらいたいのです。もちろんバイト代は出させて頂きます。

 

結衣:そうだよね!明日は架純のライブでもあるもん!すごく楽しみだよ!!

 

俺:ファントムのお手伝いですか?

 

結衣:え!?ファントムのお手伝い!?私も架純のお手伝いしたいよ(≧∇≦)

 

冬馬:俺は大丈夫です。

 

結衣:バイト代なんていいよ!架純は友達だもん!

 

結衣:英ちゃんにもすみちゃんにもお世話になってるし!

 

結衣:どんなお手伝いでもばっちこいだよ!

 

結衣:スタンプ

 

(結衣…レスポンスがめちゃくちゃ早いね…)

 

冬馬:ファントムの手伝いって何をしたらいいんですか?

 

澄香さん:複雑なPAとかは英治がやってくれるやろけど、何をするかは当日に英治からの説明があると思われます。

 

(結衣って完全に無視されてるなぁ…。確かに結衣に手伝いとか何か失敗されそうな気がするけど…)

 

澄香さん:本当に申し訳ございません。春太くん、冬馬くん、明日はよろしくお願いします。

 

冬馬:了解っす

 

結衣:私達に任せて!!

 

(結衣…いくらなんでもこれじゃ結衣が可哀想だよね。結衣だって架純さんの力になりたいだろうし)

 

澄香さん:結衣ちゃん、大変申し訳ございません。結衣ちゃんはお手伝いは結構でございます。

 

(澄香さん!?そんなハッキリ言うのは…)

 

結衣:え?何で?私も手伝いするよ?

 

澄香さん:本当は結衣ちゃんに気付いて欲しかったのですが…。結衣ちゃんには手伝いより大事な事があると思います。

 

(え?手伝いより大事な事…?)

 

結衣:え?なになに?

 

澄香さん:私が言えるのはここまででございます。失礼ながら結衣ちゃんは失念してるかな?と思ってグループラインで連絡させて頂いたわけですが。

 

結衣:え!?私何か失念しちゃってるの!?

 

(どういう事だろう?結衣が何かやらかしそうだからって訳じゃなかったのか?)

 

澄香さん:結衣ちゃんは元Blue Tearですから。

 

結衣:あ!わかった!!そっかそっか!お手伝いしてたら出来なくなるかも知れないもんね!

 

(え?結衣は何かわかったの?)

 

冬馬:えっと、どういう事ですか?

 

結衣:そんな訳だからさ。春くん、まっちゃんごめんね(>_<)私はお手伝い行けないや(^o^;)

 

俺:いや、それは構わないよ

 

冬馬:俺も別にいいけどな

 

澄香さん:結衣ちゃん。出来れば姫咲お嬢様もお願い出来ますか?姫咲お嬢様が手伝いとか行くと何か色々やらかしそうだから…。

 

姫咲:澄香さん?

 

(あ、姫咲もこのグループライン見てたんだ?)

 

結衣:すみちゃん任せて!姫咲!後で個別にラインするね!

 

姫咲:何か納得出来ませんが、わかりましたわ。』

 

 

 

と、いうような内容の話が行われた。

あの後も少しラインはしていたけど、結衣には何か別の事をしてもらいたかったから、俺と冬馬だけにファントムの手伝いを依頼したんだろうか?

 

ライブには結衣も来るだろうし、その時に何があったのか聞けばいいかな。

 

 

そういった訳で、俺は今駅前で冬馬を待っていた。

約束の時間からまだ5分程しか過ぎてないけど、時間には正確な冬馬にしては遅れるって珍しいな。

 

 

「おう、春太。悪い、遅れちまった」

 

「おはよ冬馬。いや、全然いいよ」

 

「取り敢えずファントムに向かおうぜ。ちょっと話したい事もあるしな」

 

大した遅刻じゃないから俺は気にしてないけど、話したい事か?一体何なんだろう?

 

俺は冬馬と一緒にファントムへと向かった。

 

 

「それで?話って何かな?」

 

俺はファントムに向かう道中で、冬馬に聞いてみた。

歩きながらでも出来る話ならいいけど。

 

「ああ、それなんだけどな。こないだ遊園地で演奏しただろ?」

 

遊園地で?

冬馬と双葉ちゃんのデートの時のあれかな?

 

「もちろん覚えてるよ。結衣が居なくて残念だったけど、秦野くんや双葉ちゃんと一緒に楽しい演奏が出来たよね」

 

「ああ…俺もまぁ楽しかったと思う」

 

どうしたんだろう?改めてあの時の話って…。

 

「春太。あのな」

 

「うん?何?」

 

「さっきな。あの遊園地でライブイベントをやってた主催者の人に会ったんだ」

 

あの時の主催者さんに?

 

「それで再来週の土日に商店街でヒーローショーをやるみたいなんだが、そのヒーローショーの後でエンディングとして俺達に演奏して貰えないかって言われたんだ」

 

ヒーローショーの…エンディング?

ちょっと待ってよ。俺、あんまり特撮とか詳しくないよ?再来週の土日って日もあんまりないじゃん。

 

「冬馬。ちょっと待って。さすがにそれはキツいんじゃないかな?」

 

「…だよな。さすがに無理だよな」

 

「ダンスが無ければ俺は歌詞を覚えるだけだけど、結衣も姫咲も冬馬も無理じゃないかな?」

 

「そうだよな。今から曲と歌詞を作ってってなると、再来週には間に合いそうもないよな…。俺もそんな曲を作れるかわかんねぇし」

 

え?曲と歌詞を作る?

ヒーローショーのエンディングだよね?曲はもうあるんじゃないの?

 

「でもな春太。俺達って今の所ハロウィンまでライブ予定無いし…」

 

冬馬?冬馬はやりたいのかな?

でもさすがに再来週ってのはキツいと思うし、作詞作曲って…。

 

「……悪い、春太。忘れてくれ」

 

忘れてくれって…。忘れられるわけないじゃないか。

冬馬がやりたいって思ってくれたイベントなんだろうし…。

 

「冬馬。冬馬はやりたいんじゃないの?」

 

俺は冬馬の前に回り、顔をしっかりと見て聞いてみた。

 

「バッ、バカな事言うなよ!俺はかっこいいバンドをやりたいって思ってんだぜ!?ヒーローショーのエンディングなんか…」

 

「だったら何でその話を俺にしたの?」

 

「お前が俺達の…Canoro Feliceのバンマスだからだ。春太の意見を聞きたかった…」

 

バンマスの俺の意見か。

そっか。だったら俺はこの件は…

 

「そっか。だったらCanoro Feliceはそのイベントには参加出来ない。冬馬がやりたいって訳じゃないイベントに、参加しようとは言いたくないよ」

 

「春太…」

 

俺はそれ以上は何も言わず、冬馬の目を見ていた。

これ以上冬馬が何も言わないなら、この話は忘れてしまおう。

 

 

……

………

 

 

冬馬はそれ以上は何も言わなかった。

だったら俺もこれ以上何か言うべきじゃない。

 

「冬馬、行こっか。澄香さんにも頼まれてるんだし、しっかりファントムのお手伝いしなきゃね」

 

俺は冬馬に背を向けてファントムに向かおうとした。

 

 

 

「ま、待ってくれ春太!」

 

 

 

「何?どうしたの?」

 

「歩きながらでいい。聞いてくれ」

 

「ん?うん、わかった」

 

俺は冬馬と並んだ形で歩き始めた。

冬馬が俺にバンマスとしての意見を聞きたいのなら、俺もちゃんと冬馬の話を聞かなきゃいけない。そして応えなきゃ。

 

それがCanoro Feliceの為になるのかどうかはわからないけど、俺をバンマスと認めて話してくれる冬馬への俺の出来る事のひとつだと思うから。

 

「春太。俺がCanoro Feliceに入った頃に言ってたの覚えてるか?」

 

「もちろんだよ。かっこいいバンドになりないってやつでしょ?OSIRISの進さんに憧れてるんだよね」

 

「ああ、OSIRISの進さんは俺の憧れだ。かっこいいバンドであの人みたいなドラマーになりてぇ」

 

わかるよ冬馬。俺もFairy Aprilの葵陽みたいなキラキラしたボーカルになりたい。Fairy Aprilみたいになりたい。でも俺は……。

 

「春太、今でも俺はそう思ってる。いや、これからもずっとそう思いながらドラムを叩いていくと思う」

 

「うん、いいと思うよ」

 

「でもな。俺はCanoro Feliceが好きなんだ。昔、俺が目標としていたかっこよさとは違うが、俺はCanoro Feliceでもっともっとかっこよくなりたいと、なれると思ってる」

 

冬馬…。そういえば言ってたよね。Canoro Feliceでかっこいいドラマーになるって。

 

「ヒーローショーのエンディングとかさ。子供受けするような曲になると思うし、OSIRISのようなかっこよさとは違うかも知れねぇけど……。俺はこの曲を作りたい。Canoro Feliceでショーの後にエンディングを演奏したい」

 

「それが冬馬の気持ち?」

 

「ああ。Canoro Feliceらしいヒーローモノに合ったかっこいい曲を作ってみせる……だからっ!」

 

「だったら俺が言う事はひとつだよ」

 

俺は冬馬の方をしっかり見て言葉を続けた。

 

「Canoro Feliceのバンマスとしても、一瀬 春太個人としても。俺もやりたいと思う。冬馬と一緒に、結衣も姫咲も一緒にCanoro Feliceで。是非そのイベントに参加させてもらおう」

 

「春太…。ああ、ありがとう。俺も明日からさっそく曲作りに入る。今日はしっかりとファントムの手伝いをしなきゃな」

 

そう言って冬馬は笑ってくれた。

 

だけど、さっきから俺が気になっている事。

俺はそれを冬馬に聞いてみる。

 

「あのさ冬馬。それはいいんだけどさ」

 

「ん?何だ?」

 

「曲作りって何なの?ヒーローショーのエンディングだよね?そのヒーローのエンディング曲を俺達がやるんじゃないの?」

 

「あ、悪い。説明が中途半端だったな。ヒーローって言っても、商店街のご当地ヒーローってヤツでな。執事戦隊セバスマンってヤツらしいんだ」

 

……冬馬。

ごめん、つっこみたい気持ちで俺の胸はいっぱいだよ。

いや、いっぱいいっぱいだよ。

 

商店街のご当地ヒーローってまではいいよ。

色んな所でもご当地ヒーローとかご当地アイドルとか大人気だし、俺もテレビとかでもよく見るよ。

 

冬馬はその話を聞いた時に変に思わなかったの?

執事戦隊とか商店街関係無いし、セバスマンって思いっきりセバスチャンくさい名前じゃない?

これってセバスさん…いや、澄香さんが絡んでるんじゃないの?

 

「あ、春太は…ご当地ヒーローとかって嫌か…?」

 

ううん、冬馬。

ご当地ヒーローでも全然いいよ。

むしろ今、テレビで放送されてるヒーローモノより、ご当地のヒーローなら、俺もこの地域に貢献出来るんだって気持ちにもなれるし、誇らしくも思うよ。

 

「春太…?」

 

えっと…何をどう言おうか。冷静になるんだ俺。

 

「な、何でもないよ。でも執事戦隊セバスマンって聞いた事ないなって思ってさ。澄香さんなら商店街にも知り合い多そうだったし、何か知ってるかもね」

 

どうだ冬馬。敢えて澄香さんの名前を出して、もしかしたら澄香さん絡みかも知れないと思うように匂わせた。

でも、本当に澄香さんが関係あるのかもな。

澄香さんが俺達が演奏出来るように手回ししてくれた可能性もあるか…?

 

「ああ、それはダメだ。主催者さんも俺達のメンバーに秋月が居る事を知ってるからか、澄香さんの事も知ってるみたいでな。このご当地ヒーローの事は澄香さんには内密にしててくれって頼まれてんだよ」

 

え?何で?

 

「考えたくはねぇけど、もしかしたらこの商店街は秋月グループと敵対している企業がスポンサーって事もありえるんじゃねぇか?」

 

ああ、うん。その可能性もあるっちゃあるけど…。

それなら執事戦隊セバスマンとかにしないと思うんだけどなぁ~。

 

「ねぇ、確認だけど主催者さんは澄香さんに内密にって言ってたの?セバスさんじゃなくて?」

 

さぁ冬馬!セバスさんって俺は言ったよ。気付いて!

 

「あ?ああ、そうだ。主催者さんは澄香さんじゃなくて、セバスに内密にって言ってた。

まぁ、主催者さんはセバスの正体が澄香さんって事は知らねぇだろうからな。俺が澄香さんに内密にって思っただけだ」

 

あ~…。そうなんだね。

って事は商店街で人気のあったセバスさんをモチーフにして、勝手に作ったご当地ヒーローなんだろうね。

だから商店街としては澄香さんに知られたくないんだろうな。

 

「しかし…何で澄香さんには内密なんだろうな?」

 

冬馬。俺は割と冬馬は賢い方だと思ってたんだけど…。

 

「そ、そうだね。俺達が曲を作って演奏するとなると、遅かれ早かれ澄香さんに気付かれる事になるとは思うけど…」

 

まぁ、バレずにってのは無理だろうな…。

 

「姫咲と結衣には俺から話しておくから、冬馬は主催者さんと話を詰めててよ。作曲もあるから大変だとは思うけど、その執事戦隊セバスマンの事は冬馬が聞いてた方が曲作りも捗るでしょ」

 

「あ、ああ。悪いな。俺のやりたいってワガママで…」

 

「ううん、俺はむしろ嬉しいよ。冬馬がCanoro Feliceでライブを、演奏をやりたいって言ってくれて」

 

「な!?お、俺は昔からCanoro Feliceで…その…」

 

「あはは、わかってるよ」

 

さて、問題は色々とありそうだけど、どの時点で澄香さんにバレちゃうかだな。

あんまり早目にバレちゃうと……また、変な茶番に付き合わせられかねない…。それだけは回避しないと…。

 

 

 

 

俺達はその後もヒーローショーについて話しながら歩いていると、いつの間にかファントムの前に到着していた。

 

ファントムの入り口にはCLOSEDの札がかけてあった。

 

「裏から入ればいいのかな?」

 

「取り敢えず裏に回ってみるか?もしかしたら喫煙所に英治さんもいるかも知れねぇしな」

 

ファントムの裏口に回って、そのまま中に入る事も出来るかも知れないけど、もしかしたら冬馬の言うように喫煙所に英治さんが居るかも知れない。

そう思って喫煙所へと行ってみた。

 

 

そこには英治さんだけじゃなく、Ailes Flammeのメンバーが居た。いや、あれ?渉くんは見当たらないな。

 

 

「おう、一瀬くんも松岡くんも悪いな。今日は手伝いしてくれるんだってな」

 

俺達を見つけた英治さんが声を掛けてくれた。

 

「いえ、俺達も英治さんにはお世話になってますし。至らない所とかあると思いますがよろしくっす」

 

「俺達もファントムの仲間ですし気になされないで下さい。それで何をお手伝いすれば…」

 

「ああ、一瀬くんも松岡くんもAiles FlammeとLazy Windのライブ見たいだろ?開演前の列整理だけ頼まれてくれねぇかな?って思ってな」

 

開演前の列整理?

え?こう言っちゃ失礼だけどLazy WindとAiles Flammeのライブってそんなにお客様が来てるの!?

 

そう思った俺を見透かしたのか英治さんが続けて言った。

 

「今日は元Blue Tearの架純ちゃんが復活ライブしますって宣伝をやったからお客様いっぱいでな!満員御礼で俺としてもありがたいぜ」

 

そう言って英治さんは笑っていた。

なるほどね。Blue Tearの架純と言えば、大人気アイドルだ。Blue Tearを解散した後は露出も無かった訳だし、復活ライブってなるとファンはみんな見たいと思うだろう。

 

でもそう言って笑っていた英治さんが苦い顔をして

 

「……なのに、当のLazy Windのボーカルの拓斗もAiles Flammeのボーカルの渉くんもな」

 

英治さんが指をさした方向。

そこには悲壮感漂うオーラを発しながらしゃがみこんでいる渉くんと拓斗さんが居た。

 

どうしたんだろう?俺は2人に近付いてみた。

 

 

「梓…何で帰ってくるのが今日なんだ…。お迎えに行きたい人生だった…」

 

拓斗さん?

 

「にーちゃん…何で梓ねーちゃんのお迎えに行っちゃったんだ…。頑張れよ渉!って声を掛けてもらいたい人生だった…」

 

渉くんもか…。

 

「あの、英治さん。渉くんと拓斗さんって…」

 

「ああ。見ての通りだ。

拓斗は梓を迎えに行けない事に落ち込んで、渉くんはタカに激励してもらえない事に落ち込んでてな」

 

あ、そうなんだ…。

 

「まぁ、拓斗も渉くんもゲネプロはしっかりしてたし、ライブは問題無いと思うけどな。今は架純ちゃんと明日香ちゃんと聡美ちゃんで最終リハやってるから暇なんだろ」

 

ゲネプロはしっかりやったなら大丈夫なのかな。

でも架純さん達だけで最終リハって何か気になる事でもあったのかな?

 

その後、俺と冬馬は英治さんについて行き、開場時間まで列整理をして、開場後しばらくしてからSCARLETのスタッフがヘルプに来てくれた。

それからは俺と冬馬は手伝いから解放され、関係者席へと通してもらった。

 

開演10分前。これからまずはLazy Windのライブが始まる。何とか開演には間に合って良かった。

 

 

 

 

「あ、春くんもまっちゃんもお疲れ様!」

 

「春くん、松岡くんこんにちは」

 

関係者席に入ると結衣と姫咲、雨宮さんと紗智さん、まどかさんと栞ちゃんが居た。

 

「あれ?綾乃さんと雪村さんはまだ戻って来てないの?」

 

結衣と姫咲以外のメンバーはファントムの手伝いをしていたメンバーだ。

綾乃さんと雪村さんはドリンク出ししてるみたいだったし、まだあっちは忙しいのかな?

 

 

\\ワァァァァー//

 

 

ん?大きな歓声だ。

ステージがライトアップされ、Lazy Windの演奏が始まった。

 

すごく激しいサウンドだ。

これがクリムゾンと戦ってきたバンドの音楽か…。

 

 

 

 

Lazy Windの4曲目が終わり、次が最後の5曲目となる。

拓斗さんのサウンド、架純ちゃんのパフォーマンス、聡美さんのリズム、明日香ちゃんのメロディー。

 

みんながみんな凄かった。今の俺達じゃLazy Windの演奏には並ぶ事も出来ない。俺はもっとパフォーマンスを磨かなきゃ…。そう思わせてもらえる音楽だった。

 

 

 

「何とかギリギリ間に合ったか…」

 

「そうね。これからラストコールでLazy Windの最後の曲のようね」

 

ちょうどLazy Windのラストの曲の前に、貴さん達が俺達の居る関係者席に入って来た。

貴さんがおんぶしている女性……この人が木原 梓さんか。

 

「先輩って意外と力持ちですね?だけど梓お姉ちゃんをおんぶした時に太股とかお尻を触りましたよね?明日の光は見ることはないです」

 

「梓さんも貴さんなんかにおんぶされて気持ち悪くなかったかしら?その屈辱は私が晴らしてあげますね」

 

「ねぇ澄香。なっちゃんもりっちゃんもやっぱりなの?」

 

「……なっちゃんとりっちゃんだけじゃないけどね」

 

「梓ちゃん、はい車イス」

 

「あ、トシキくんありがとう。タカくんもここまでおんぶしてくれてありがとうね」

 

「めちゃ重かったわ…」

 

「貴、拓斗さんの曲…始まりますよ」

 

俺もみんなに挨拶をと思ったけど、今はLazy Windのライブ中。俺はもっとLazy Windのライブを、パフォーマンスを見たい。挨拶は後回しにしてライブに集中する事にした。

 

 

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「すごいね拓斗くん。でも拓斗くんってよっぽどタカくんの事好きなんだね。タカくんのパフォーマンスにそっくり」

 

え?拓斗さんのパフォーマンスって貴さんとそっくりなの?そうか、拓斗さんもBREEZEのベーシストだったんだもんね。クリムゾンとの戦い以前にライブ馴れもしてるんだ…。

 

「あ?そうか?」

 

「俺は少し安心したかな。宮ちゃんの音楽、こないだまでとは全然違う」

 

「トシキさんもそう思いましたか?あの時と全然違いますね。みんなすごく楽しそうです」

 

「ま、それでもあたしにはまだまだ敵わないけどね~?やっぱり貴ちゃんの隣はあたしの場所だよね~」

 

「え?せっちゃん?」

 

Lazy Windの演奏が終わった。

俺達Canoro Feliceとは曲調も違うアグレッシブなサウンドだったけど、俺にとっては色々と考えさせられるライブだった。拓斗さん、架純さん、聡美さん、明日香ちゃん。ありがとう。

 

 

次はAiles Flammeのライブだ。

江口くん達の演奏も楽しみだ。しっかり見ておかないと。

 

「次はAiles Flammeくんだっけ?澄香にBREEZEに似てるって聞いてるし楽しみにしてたんだ~♪」

 

Ailes FlammeがBREEZEに似てる?

そういえば澄香さんも以前そう言っていた。

そしてDivalはArtemisに…。

 

「あ?あいつら何やってんだ?……あっ」

 

え?

俺がステージに目をやると、ステージ上にはまだLazy Windが居た。架純さんをセンターにして…

 

 

「皆さん、Lazy Windの曲を聞いてくれてありがとうございました。………次の曲が、新しい私達の、新しいLazy Windの音楽です」

 

 

新しいLazy Windの音楽…?

架純さんはそう言った。

 

まさか…架純さんに歌を…?喉は大丈夫なの?

 

 

「聞いて下さい。Lazy Windで『新しい明日へ(あたらしいあしたへ)』」

 

 

-ドキン

 

 

明日香ちゃんのメロディーから、架純さんの歌が始まった。俺はLazy Windの曲を聴いて胸がドキドキした。

だってこれは今までのLazy Windの曲とは違い、明るくポップな…俺達Canoro Feliceの曲調に近いような…そんな音楽だった。

 

この曲や歌詞を作ったのは誰なんだろう?

この曲にはドキドキやワクワクが詰まっている感じがする。俺がやりたいと思ってた音楽だ。

 

 

「 わぁ~、すごいね。これって拓斗くんが作ったのかな?」

 

「曲はそうかも知れないけど、この歌詞は宮ちゃんには書けないんじゃない?」

 

「すげぇな。拓斗も架純ちゃん達も」

 

「はーちゃんもそう思う?」

 

「ん?ああ。みんな楽しそうに演奏してんよな。あん時のデュエルでこの曲やられてたら、俺らが負けてたかもな」

 

「タカが素直に負けを認めるとか珍しいじゃん」

 

「翔子。でも今のLazy Wind見たら私もそう思うよ。私も拓斗に負けてらんなんな」

 

 

タカさん達もLazy Windの演奏すごいと思ってるんだね。

 

「ひぐ…ぐす…ぐす」

 

「結衣?大丈夫ですか?」

 

結衣?泣いてる…?

あ、そうか。架純さんが歌ってるんだもんね。

 

「架純…喉が…なのに、昔みたいに……ううん、あの時よりずっとすごい…架純…」

 

結衣…。良かったよね。また架純さんの歌が聴けて…。

 

 

俺がそう思った時だった。

 

 

「……!?」

 

 

架純さんの歌声が止まった。

 

 

会場に鳴り響くのは架純さんのギター、拓斗さんのベース、聡美さんのドラム、明日香ちゃんのキーボードのみ。

 

演出と取れなくもないタイミングだったけど、俺達にはわかってしまった。

 

きっと架純さんは声が出なくなったんだ。

 

 

数秒とも数分とも感じられる間奏。

これ以上間奏が続くとお客さんにも変に思われ兼ねない…。こんな時ってどうすれば…。

 

「架純…嘘だよ。こんなの…」

 

「結衣!?何処に行きますの!?」

 

「ステージだよ!このままじゃ架純は…!」

 

「何をバカな事を言ってますの!?結衣が行ってどうなるというのですか!結衣がステージに上がったりしたら、それこそ架純さんを追い詰める事になりますわよ!」

 

「わかってる!わかってるよ!でもこのままじゃ…!」

 

「結衣ちゃん。気持ちはわかりますが今はこの場で祈るしかありません。架純様を信じるしか私達は…」

 

「すみちゃん…でも…でもさ…」

 

結衣の気持ちもわかる。何とか助けてあげたい。

だけど俺達には何も出切る事なんて…。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

え?

 

 

♪~

 

 

Lazy Windの曲調が少し変わった。

俺がそう思ってステージを見た時、明日香ちゃんが歌い始めた。さっきの演奏の繋がりに不自然を感じさせないメロディーを奏でながら。

 

 

「さっすが明日香!やるじゃん!!」

 

「うん、志保の言う通りだね。あの場で即興で曲を繋げて歌い始めるなんて…。技術だけじゃなくてこの曲をよくわかってこそって感じだよね!」

 

うん、渚さんの言う通りだ。

即興で曲を作って演奏しても、この曲に合わなければそれまでだったし、まわりに違和感を持たせる結果になったはず。こんな事を土壇場でやってのけるなんて…。

 

「明日香のやつなかなかやるな。だが…」

 

「うん、やっぱりこのままじゃまずいよね」

 

え?タカさんと梓さんには気になる事が?

 

「たぁくん、あずあず!それってどういう事!?」

 

「え?あずあず?それってあたしの事?」

 

結衣…。早速梓さんもあだ名呼びなのか…。

 

「そうね。今は御堂さんにトラブルがあって、観月さんが即興で曲を繋げる事は出来た。だけど、問題はこの後よ。このまま観月さんがラストまで引っ張れる訳がないわ」

 

「理奈の言う通りだな。このまま架純ちゃんのパート無しだとラストに違和感が残る」

 

そうか…。確かにこのまま明日香ちゃんのパートで終わらせる訳にはいかないか…。でも架純さんはもう…。

 

 

♪~

 

 

!?

架純さんが明日香ちゃんの歌声に合わせて歌い出した。

綺麗にハモっている。すごい。まるで本当にこの曲はこうあるべき曲だったような…。

 

いや、架純さんと明日香ちゃんだけじゃない。

拓斗さんも聡美さんも何の相談もなくリズムをふたりに伝えたなんて…。もしかしたらファントムで一番上手いバンドなんじゃ…。

 

 

「奈緒」

 

「ふぇ?貴?どうしました?」

 

「拓斗のクソバカに負けてらんねぇからな。Blaze Future、もっとがんばんぞ」

 

「貴…?………はい!もちろんです!」

 

 

 

「明日香…やるじゃん」

 

「志保!理奈!私達も!!」

 

「ええ、負けていられないわ。まだまだ上を目指すわよ」

 

「志保!帰ったらまた私の練習に付き合って!」

 

 

 

「まさか拓斗のバカがこんなに…」

 

「翔子先生。悔しいですけど私のベースじゃ拓斗さんには…」

 

「美緒ちゃん。拓斗さんだけじゃないよ。

あたしもまだ聡美さんみたいに上手くリズムを繋げるなんて出来ないと思う」

 

「明日香さんのキーボードすごい。即興であんなパフォーマンスや曲を…」

 

「美緒、恵美、麻衣。明日からもっと練習するよ。翔子ちゃん先生、付き合って」

 

 

 

「架純…。すごい!すごいよ!!」

 

「さすがですわね。これがBREEZEの……いえ、クリムゾンと戦ってきたベーシストの…バンドの音楽…」

 

「姫咲お嬢様。多分そうではございません。これまでのLazy Windであれば……」

 

「澄香さん?」

 

「明日からは覚悟して下さいませ。私のベーシストとしての技術。全て姫咲お嬢様に叩き込んでいきますので」

 

「……クス。いいですわね。望むところですわ」

 

 

 

何て言えばいいんだろう。

今日のLazy WindのライブはBlaze FutureやDival、俺達Canoro Feliceにも…きっとステージ袖で見ているAiles Flammeにも刺激的なライブになったと思う。

 

Glitter Melodyにも今日観に来てくれているお客様にもきっと…。

 

 

 

そして、Lazy Windの演奏が終わり、ステージはライトアップされたまま誰も何も声を出さなかった。

架純さんを見ていたらわかる。顔は笑顔でいるけれど、心ここにあらずって感じだ。

 

きっとこの後は架純さんのMCで終わる予定だったんだろう。でも架純さんはもう声は…。

さっきの曲で架純さんは出し切ったんだ。

 

「春太。すげぇな、拓斗さんもLazy Windのメンバーみんな」

 

「うん、俺達もあんなライブが出来るようなバンドになりたいよね」

 

「……なれると思うぞ。俺達ならな」

 

「冬馬…」

 

「た、多分だけどな。きっとな!

きっと…俺達ならCanoro Feliceならもっとすげぇバンドに…な」

 

「うん。そうだね」

 

冬馬がこんな事を言うなんてね。

南国への旅行も今日のLazy Windのライブも俺達にとって本当に良い風だったんだと思う。

 

俺達も幸せの音色を風に乗せて届けられるように、もっとかっこよくてキラキラしたバンドに……きっとなるよ。

 

 

「…あ!私!架純達の所行ってくる!」

 

「あ、結衣…」

 

結衣は俺の呼び止めにも反応せず、そのまま関係者席から出て行った。

……俺は結衣を呼び止めて何を言うつもりだったんだろう。

 

俺も行く!

 

そうだね。きっとそれが言いたかった。俺も行きたいんだ。

結衣は架純さんの事を心配しているんだろうけど、俺はあんな凄い演奏をしたLazy Windと話がしたいんだ。

 

「よし、行くか」

 

「え?え?貴さん…?」

 

急に貴さんが俺の肩に手を回してきたものだからびっくりした。

行くかって一体…?

 

「あの…貴さん?」

 

「あ?まぁあれだ。俺は渉と亮と拓実に激励とな。シフォンに愛を囁きに行こうかなってな」

 

え?シフォンに愛を…?

 

「まぁ、それで俺ひとりで行っても拓斗に見つかってもな。あいつには別にかけたい言葉とか無いし?」

 

いや、無いし?って聞かれても…。

 

「あれだ。一瀬くんには拓斗達Lazy Windに声を掛けてもらって、俺はAiles Flammeを激励する。その為にな」

 

貴さん…もしかして…。

 

「ありがとうございます。ご一緒します」

 

「あ?何でお礼言われてんの?ただお互いwin-winなだけだし」

 

お互いにwin-winか。

俺は一言もLazy Windと話したいとは口に出してないのに…。貴さんも本当に凄いな。

 

 

 

 

「コホッコホッ」

 

「ああ!無理に喋らなくていいよ!」

 

俺と貴さんが舞台袖に着いた時には、結衣は架純さん達Lazy Windと一緒に居た。

 

「あ?タカ?」

 

「コホッ……え?タカさん?(キリッ」

 

「え?架純…?」

 

俺と貴さんに気付いた拓斗さんが俺達の方へと歩いて来てくれた。

 

「タカ、俺達の演奏…どうだったよ?」

 

「あ?どうでもいいけど?それよりAiles Flammeはどこ?てか、お前誰?」

 

貴さん……。

 

「て、てめ…」

 

「あー、梓は関係者席に置いてきたんだったわ。さっきのバンドの演奏良かったとか言ってたなぁ」

 

……拓斗さんは何も言わずに走って行った。

これが…BREEZEか…。

 

「よ、架純ちゃんも聡美ちゃんも明日香もさっきの演奏良かったな。観てる俺も最高に楽しかった」

 

「貴さん…あ、ありがとうございます…///」

 

「タカさん…何で私は呼び捨てなの?」

 

「貴くんは何でそれを拓斗くんに言わへんの?照れ屋なん?」

 

おっと、俺も声を掛けておこうかな。

 

「今日のLazy Windのライブ最高でした。俺も楽しかったです」

 

「一瀬さん、ありがとうございます。

コホッ、Canoro Feliceにも刺激のある演奏になってたら嬉しいです。コホッ」

 

「架純…」

 

「結衣…、本当にありがとう。私が最後まで歌えたのは結衣の差し入れのおかげだよ。コホッ、結衣が…応援に来てくれたから」

 

「架純ぃ~…」

 

結衣が差し入れに?

そっか、昨日澄香さんの言ってた結衣のやる事ってのは…。

 

 

「おーい、Ailes Flamme!準備OKだぞ!」

 

 

英治さんが舞台袖に居る俺達、いや、Ailes Flammeに声を掛けてくれた。

 

 

「よし!!亮、拓実、シフォン!行くぜAiles Flamme!」

 

「ああ、Lazy Windに負けてらんねぇしな」

 

「うん、拓斗さんに僕の演奏をしっかり見てもらわなきゃ」

 

「行くよ!Ailes Flamme!!」

 

 

そして、Ailes Flammeがステージに上がろうとした時、渉くんは俺達の方へ向かって

 

 

 

「にーちゃん、春さん達も明日香達も見ててくれよな!

俺達のAiles Flammeのステージを!!」

 

 

 

Ailes Flammeの演奏が始まる…。



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第6話 理想

「にーちゃん、春さん達も明日香達も見ててくれよな!

俺達のAiles Flammeのステージを!!」

 

 

 

俺の名前は江口 渉。

今から俺達Ailes Flammeはステージに立つ。

 

evokeのライブのオープニングアクトとして、初めてステージに立ってから、まだ3ヶ月も経っていない。

初めてステージに立ったのは1年くらい前な感じもするけど、ステージに立つのはまだたったの3回目だ。

 

もちろん緊張もあるけど俺は落ち着いている。

 

今まで観てきたライブ。にーちゃんに借りたDVDで観させてもらったたくさんのライブ。どれもこれも凄かった。

 

 

 

 

今まで観てきた演奏やパフォーマンスを俺達Ailes Flammeの色に塗り替えて……。俺は……。

 

「ふぅ~、疲れたね。でも僕、今の精一杯をやりきったよ!」

 

拓実…。ん?やりきった?

 

「渉くんのパフォーマンスも良かったし、MCも盛り上がったよね!でもあのMCはたか兄のパクリっぽいかなぁ?」

 

シ、シフォン?え?

 

「最高だったな渉。だけどまだまだevokeにもBLASTにも届いてねぇ。もっと上を目指そうぜ!」

 

あ?あ、ああ…。確かにさっきのライブは今の俺をやりきった感はある。だけど、evokeにも大和達のBLASTにも…。

にーちゃん達のBREEZEにも全然届かねぇ。

やっぱりみんなすげぇよな。

 

 

………って待って!!?

 

 

うん!確かに俺もさっきめちゃ頑張った!めちゃ盛り上げた!って気持ちはある!

拓実の言うように今の俺達の精一杯をやりきったと思う!!

 

でも何でもう俺達の演奏終わってんの!?

 

ステージに立つ。

って描写から次はいきなり演奏終わって感想言い合ってるじゃん!?

 

もうちょっと俺のMCやパフォーマンスはどんな感じだったとか、亮や拓実やシフォンの演奏してる描写があっても良かったんじゃねぇのか!?え!?何で!?

 

「渉はどうしちゃったんだろう?」

 

「あれじゃねぇか?オレ達は精一杯をやりきったけど、まだまだBLASTにもevokeにも敵わねぇ。それが渉には…」

 

「もう!渉くんは!

確かにボクもまだまだ反省点も多かったけど、少しくらいは感動して喜んじゃってもいいと思うのに」

 

「ふふ、でもなんか渉らしくてさ。この方がいいかもだよね」

 

「ああ…確かにな」

 

「ぷっ…」

 

「「「あははははは……」」」

 

 

いや、お前ら何笑ってんの!?

確かにそんな気持ちもあるけどな!?違うから!!

 

俺が悶えてんのは何で俺達だけ演奏の描写が無いの!?って所だから!!

 

 

 

「おう、Ailes Flammeお疲れ様だったな」

 

にーちゃん!!

 

「たか兄たか兄!どうだったよボク達の演奏!!」

 

「そうだな。evokeの前座やってからそんな経っていないのにな。あの頃とは全然違う。楽しいライブだった」

 

「でしょでしょ!」

 

「ああ、シフォン。結婚しよう」

 

にーちゃん…。

 

「貴さん、シフォンはオレの……オレ達の大事なドラマーですんで。シフォンと結婚したいならオレ達を倒してからに…」

 

亮…。

 

「タカもバカな事言ってんなよ。渉くん達の演奏、本当に良かったと思うぜ。何か懐かしい気持ちになったよな」

 

「あ、おっちゃん!」

 

俺達が舞台袖で話していると英治にーちゃんが声を掛けて来た。

 

「シフォンもさすが俺の弟子だよな。最高の演奏だったぜ」

 

「えへん!そろそろボクもまどか姉に下剋上する時がきたかな!」

 

まどかねーちゃんに下剋上?

あ、そういえばBREEZEのドラマーの正当後継者はまどかねーちゃんって話だったっけか?

 

 

「拓実。見事な演奏だった」

 

「あ、拓斗さん」

 

「技術面はまだまだだし荒い部分もあったけどな。最高の演奏だったと思う。楽しかったぜ」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

「亮くんは浅井さんと……あ、蓮さんとは全然イメージが違うよね。すごくパワフルで楽しい気持ちになれる演奏だったよ」

 

「オレの演奏って親父とそんな違うっスか?一応親父とお袋にギター習ってたんスけど、親父達とオレとは違う。オレはオレとしてAiles Flammeとしてって意識はしてて…」

 

「うん。型やパフォーマンスはさすが親子って思うくらい似てるけどさ。サウンドは全然違うよ。亮くんらしさが出てていいギターだったよ」

 

「まじすか?その…ありがとうございます。親父達の演奏を観てきたトシキさんにそう言ってもらえて嬉しいです」

 

あ?そういえばAiles Flammeの曲って、亮の親父さん達と曲調が違うもんな。

そっか。亮はそんな事も意識して作曲してたのか…。

 

 

「渉」

 

「にーちゃん?どした?」

 

「見えてきたか?音楽のその先の景色ってのは」

 

音楽の先の景色。

俺がいつか見たいと思った景色。

 

「ん~?まだわかんねぇな。ぼんやりとは見えてる気がするんだけどな」

 

「そっか」

 

そう言ってにーちゃんは俺の頭に手を置いて…

 

「その先の景色ってやつが、ぼんやりとでも見えてんならそれでいい。見失ったりすんなよ?」

 

「お?おお、絶対見失ったりしねぇ!いつかその先の景色に辿り着いてみせるぜ!」

 

「おう。

でもな渉。そういうのってのは探し続けるもんだ」

 

探し続ける…?

 

「どういう事だ?俺はその先の景色に辿り着いちゃダメなのか?」

 

「あ?いや、そんな訳じゃねぇよ?その景色に辿り着いたと思った時にな。もっかい後ろを見てみろ。そしたらきっとわかる」

 

もう一度後ろを?どういう事だ?

 

「ははは、今はわかんなくていい。その事を覚えておくだけでいい」

 

「そっか。わかった!覚えとく!」

 

「おう!」

 

音楽のその先の景色を見たい。

でもその景色ってのは探し続けるもの。

もしその景色に辿り着けたら、もう一度後ろを振り返ってみる。

 

俺はその事をずっと忘れずにいようと思った。

 

 

でもにーちゃんってあんな風に笑うんだな。

にーちゃんの笑ってるところって何度も見てるはずなんだけど、これがにーちゃんの本当の笑顔なんだって思った。

 

 

 

 

今日は架純ねーちゃんのファンが多すぎって事で、お見送りは無しとなり、今俺達は澄香ねーちゃんの運転する大型バスに乗り、ねーちゃんのマンションへと向かっている。

 

それというのも俺達が控室に戻ろうとした時……

 

『渉くん達のAiles Flammeもさ。ライブ後で疲れてるかも知れねぇけど、梓の引っ越しの手伝いに行ってくれねぇか?』

 

そう英治にーちゃんが俺達に話掛けてきた。

 

『梓さんの引っ越しの手伝いすか?』

 

『ああ、本当は俺も行きたかったんだけど、片付けとかもあるしな。拓斗達Lazy Windのみんなも行くみたいだしよ。頼まれてくんねぇかな?』

 

梓ねーちゃんの引っ越しの手伝い。

ライブで確かに疲れてはいるけど、にーちゃん達も行くみたいだし俺も手伝いくらいは…。そう思っていた。

 

『おっちゃ~ん…ボク達はライブやって疲れてるんだよ?何で今から引っ越しのお手伝いなのさ!』

 

『あはは、やっぱり嫌か?』

 

俺はそう思っていたけど、やっぱりみんな疲れてるよな。これから引っ越しの手伝いとかなると…。

 

『あったり前じゃん!

だからおっちゃんは何を企んでるの?ボク達に引っ越しのお手伝いに行かせて何を狙ってるの?』

 

ん?シフォン?

 

『その企みに寄ってはボクは行ってもいいよ?』

 

『お前…企みってな…』

 

『おっちゃん!誤魔化さないでよ』

 

『………お前ら見てたらな。昔を思い出してな』

 

俺達を見てたら昔を思い出した?

昔ってもしかして…。

 

『昔って?』

 

『なんつーかな。曲調や見た目とかは全然違うけどな』

 

その後英治にーちゃんは俺の方を見て

 

『渉くんはBREEZEのライブDVD見てタカのパフォーマンスを参考にしたのかも知れないけど、歌ってる雰囲気ってのかな。それがタカに似てるって思ってよ』

 

そして次は亮の方を見て

 

『亮くんの独特なパワフルなサウンドはな。何となくあの頃のトシキに似てる気がしてよ。パフォーマンスは全然違うんだけどな。自分が主役かのように主張した音の中にしっかりと脇役としての自分も出してる感じがな。トシキは目立つのが苦手だったからってのもあるかも知れねぇけど、亮くんもトシキみたいにボーカルの声を引き立たせようと演奏してるように感じた』

 

『確かにオレは渉の声が響くように、間奏はオレが主役だ!って思うように演奏してますけど…』

 

『そして拓実くん』

 

『ぼ、僕ですか?』

 

『拓実くんは俺達がバンドやり始めた頃の拓斗にそっくりだよ。あいつが晴夜を拓実くんに託した気持ちがよくわかった』

 

『拓斗さんに…僕が…』

 

『……遊太。お前はな』

 

『ちょっ!おっちゃん!この格好の時に遊太って呼ばないでよっ!』

 

『あ?だってお前、渉くんも亮くんも拓実くんも、もうお前の正体知ってんだろ?』

 

ああ、確かに俺達みんなシフォンの正体が井上だって知ってるもんな。

でも、亮。何でお前は耳を塞いでるんだ?

 

『そりゃそうだけどさ…』

 

『ぶっちゃけりゃ俺の弟子の中ならドラムの才能があるのは香菜だな。俺のリズムに一番近いのは綾乃だし、リズム隊としてみんなを引っ張るのはまどかが長けてるよな。そんでお前らん中で一番楽しそうに演奏してんのは栞だと思ってる』

 

『ボク何も誉められてないじゃん』

 

『ああ。誉められる所はあんまねぇな。でもよ、それでも誰よりもドラムが上手くなりたいって気持ちはお前が一番じゃねぇかな?そう思うと俺に一番似てるのは遊太、お前だよ』

 

『おっちゃんに似てるって…』

 

『俺がドラムの演奏が上手いのはただの経験値だ。お前らに教える何年も前からドラム叩いてたし、お前らに負ける訳にはいかねぇからBREEZEを解散してからもドラムを叩いてたしな』

 

『まぁ…ボクも男だしね。まどか姉達にももちろんだけど栞ちゃんには負けたくないし』

 

 

 

『あーあー聞こえなーい。オレには何も聞こえなーい』

 

……亮。

 

 

 

『……お前らの今日の演奏の感想をな。梓に聞いてこい』

 

ん?梓ねーちゃんに?

何でさっきの会話の流れからそうなるんだ?

 

『おっちゃん?何で梓さんなのさ?』

 

『じゃあ頼んだぜ。早く片付けねぇと初音もうるさいだろうしな。俺は行くわ』

 

 

そう言って英治にーちゃんはライブの片付けに行き、俺達は梓ねーちゃんの引越しの手伝いに向かっていた。

 

 

 

 

「はぁ…着いちゃったか…」

 

俺達はねーちゃんの住むマンションの前に着き、バスから降りた。

ここがねーちゃんの住んでるマンションか。思ってたより綺麗ででかいな。

 

 

「やっと帰ってきた。お帰りなさい」

 

 

お帰りなさい?

俺達が声のした方に目を向けると、SCARLETの事務員なのかな?来夢ねーちゃんがマンション前に立っていた。

 

来夢ねーちゃんはねーちゃんの妹であり、Divalのチューナーでもある人だ。

 

 

「あー、ごめんね来夢。そいや来夢の引越しも今日だっけ?」

 

「ああ、お姉ちゃんには何の期待もしてないし別にいいよ。それよりタカにぃちゃんとあずねぇちゃんに話あるかな」

 

「タカにぃちゃん?あずねぇちゃん?誰それ?もしかしてお父さんだけじゃなくて来夢も梓お姉ちゃんの事知ってた感じなの?」

 

「タカにぃちゃんはAiles Flammeのライブ見たかったにしても、あずねぇちゃんは何ですぐに帰って来てくれなかったの?」

 

「あれ?来夢?私の事は無視なの?」

 

「来夢ちゃんごめんね。私も拓斗くんやAiles Flammeくんのライブ見たかったのはあるけど、タカくんが無理矢理…」

 

「え?俺が無理矢理って何?」

 

「タカにぃちゃんにそんな度胸ある訳ないやん。大体あずねぇちゃんは昔から……」

 

 

 

ほえー。にーちゃんと梓ねーちゃんは来夢ねーちゃんと昔から仲良しだったのか?

ってか、何でねーちゃんは梓ねーちゃんの事知らなかったんだ?

 

にーちゃんと梓ねーちゃんは来夢ねーちゃんにしばらく怒られた後、来夢ねーちゃんが今の状況を説明してくれた。

 

どうやら来夢ねーちゃんも引っ越しの片付けをしたかったのに、梓ねーちゃんが帰って来ないものだから、引っ越し業者さんが梓ねーちゃんの荷物を来夢ねーちゃんの部屋に運んだらしい。

 

そして、ここのマンションの屋上には梓ねーちゃんの希望で簡易的なスタジオが作られるらしいが、その荷物は屋上に置かれたままになっているらしく、今から来夢ねーちゃんの部屋、梓ねーちゃんの部屋、屋上のスタジオの設営をしなくちゃいけないようだ。

 

梓ねーちゃんの引っ越しの手伝いだけでいいと思ってたのにまじでか……。

 

 

「なるほどな。状況はわかった。タカ、お前が仕切ってくれよ。人数も多いしさっさとやりゃすぐ片付くだろ」

 

「は?何で俺が仕切らなきゃなんないの?拓斗、知ってたがお前はアホだな」

 

「俺もはーちゃんが仕切ってくれた方がいいと思うよ。このままズルズル何も決まらなくても時間ばっかり経っちゃうし」

 

「あたしもタカくんが仕切った方がいいと思うよ。人生の選択肢はよくミスってるけど、こういう事は得意でしょ?」

 

「ああ、やっぱり先輩って人生の選択肢はよくミスってるんですね」

 

「なるほどね。すごい説得力だわ」

 

「いや、お前らマジで何なの?」

 

そしてにーちゃんは『何で俺が…』とブツブツ言いながらも、人員の割り振りを提案してくれた。さすがにーちゃんだぜ!

 

 

まず簡易スタジオの設営は、

にーちゃん、トシキにーちゃん、翔子ねーちゃん、姫咲ねーちゃん、理奈ねーちゃん、睦月、聡美ねーちゃん

 

来夢ねーちゃんの引っ越しの手伝いは、

来夢ねーちゃん、まどかねーちゃん、春さん、松岡パイセン、渚ねーちゃん、香菜ねーちゃん、美緒、麻衣

 

それと時間も時間だからと、何人かのメンバーは渚ねーちゃんの部屋でみんなの分の飯を作ってくれる事になった。そのメンバーは、

雨宮、さっち、拓斗にーちゃん、奈緒ねーちゃん、ユイユイ、恵美、架純ねーちゃん、明日香

 

そして最後に梓ねーちゃんの引っ越しの手伝いは、

梓ねーちゃん、澄香ねーちゃん、盛夏ねーちゃん、亮、拓実、シフォン、俺って事になった。

 

 

 

「でもボク達Ailes Flammeはみんな一緒で良かったよね」

 

「英治さんの話もあるし、貴さんが気を使ってくれたんじゃねぇか?」

 

「まぁ、来夢さんの部屋から梓さんの部屋に荷物を運ぶのもあるしこっちに男手を割きたかったのもあるんじゃない?」

 

「あははー、それにあたしは車イスだし、あんまり手伝い出来ないってのもあるのかも~」

 

「梓ねーちゃん!?」

 

俺達が来夢ねーちゃんの部屋から荷物を運んでいると梓ねーちゃんが声を掛けてくれた。

 

「Ailes Flammeくんのみんなもライブで疲れてるだろうにごめんね」

 

「あはは、俺達は元気だけが取り柄だからな!そんなの気にしなくていいぞ?」

 

「そうっすよ。オレら全然大丈夫っすよ。でも…」

 

「うん、僕らも荷物を運んでるけど…」

 

「盛夏ちゃんと澄香さんはボクらの横を荷物持ちながら何往復もしてるもんね…。男のボクらより盛夏ちゃん達の方が…」

 

「あ、あはは、澄香もせっちゃんも異常だから…」

 

せっかくだし俺達のライブの感想とか聞いてみてもいいかな?いや、やっぱ引っ越しが一段落するまで待った方がいいかな?

 

「ねぇねぇ、それより梓さん。ボクらAiles Flammeのライブどうだったかな?」

 

俺がそんな事を思っているとシフォンが梓ねーちゃんに聞いてくれた。

 

「え?Ailes Flammeくんのライブ?

うん。まだ結成して半年も経ってないのにあれだけの演奏出来るなんてすごいと思ったよ。車イスだってのも忘れて立ち上がりそうになったくらい楽しかったよ」

 

車イスから立ち上がりそうにって…。

 

でもそっか。15年前のにーちゃん達BREEZEを見てきた梓ねーちゃんにも楽しんでもらえたんだ。ははは、何か嬉しいな。

 

「良かったぁ~。僕も技術はまだまだだけど精一杯やったし…。少し安心したかな。でももっと頑張って拓斗さんみたいなベーシストにならなきゃ!」

 

「え?拓斗くんみたいな?」

 

「オレもトシキさんに親父達とは違うって、英治さんにはあの頃のトシキさんに似てるパワフルなサウンドって言ってもらえて嬉しかったっす」

 

「トシキくんに?え?亮くんだっけ?お父さんもギタリストなの?」

 

「ええ、オレは浅井 蓮の息子っす」

 

「え!?ええええええ!?あ、浅井さんの!?

そういや似てる…。浅井さんも女の子に人気だったからなぁ~」

 

お、やっぱ梓ねーちゃんも亮の親父さんの事を知ってるんだな。

それより亮。俺には亮の親父さんの苗字が浅井だって17年間内緒だったのに、初対面の梓ねーちゃんには言っちゃうんだな。まぁ、別にいいけど。

 

「そっか。渉くんのパフォーマンスやMCもタカくんに似てたもんね。シフォンちゃんはやっぱり英治くんを意識してるの?」

 

「いや、ボクは別におっちゃんの事なんか意識してないよ?まぁ、BREEZEの正当後継者ってのには憧れはあるけど」

 

あ、そうなの?シフォンって英治にーちゃんを意識してる訳じゃねぇのか。

でも、梓ねーちゃんから見ても俺ってにーちゃんに似てるのかな?やべぇ、すっげー嬉しい。

 

「そっか。BREEZEか。確かに澄香からもAiles FlammeくんはBREEZEに似てるって聞いてたよ。あたしも渉くん達見てたら昔のタカくん達思い出すし。雰囲気って言うのかなぁ~?」

 

そっかそっか!やったぜ、にーちゃん!!

 

「でもライブってなると全然違う。もしBREEZEみたいになりたいって思ってるなら、まぁそれでいいんじゃない?」

 

え?全然違う…?

 

「梓さん、それってどういう事かな?そりゃボク達の技術はまだまだだけどさ。それでいいんじゃないっていうのは…」

 

「うん?そだね~。

取り敢えずその荷物置きに行こっか。荷物持ったままじゃしんどいでしょ?」

 

 

 

 

俺達は梓ねーちゃんの部屋に荷物を運び、梓ねーちゃんが澄香ねーちゃんと盛夏ねーちゃんに残りの引っ越し作業をお願いしていた。

澄香ねーちゃんと盛夏ねーちゃんはブーブー文句を言っていたが、にーちゃんが何でも願い事をひとつ叶える権利を差し出すと、通常の3倍の動きで作業に戻った。

この分だと俺達がいなくても何とかなりそうだ。

でも勝手ににーちゃんのそんな権利を差し出してもいいの?にーちゃんに怒られない?

 

 

そして俺達は今、マンションの近くのコンビニ前にいる。梓ねーちゃんが俺達に飲み物を奢ってくれたんだぜ!

 

「暑いのに外でごめんね。部屋だとみんなの邪魔になっちゃうかもしれないし」

 

「いえ、僕達は大丈夫です」

 

「それより梓ねーちゃん。さっきの話の続きなんだけど」

 

「うん、そだね」

 

梓ねーちゃんは俺達の方を見て質問をしてきた。

 

「みんなは何で音楽をやってるの?」

 

あ?俺達が何で音楽をやってるかって?

そりゃ俺は東雲 大和のBLASTに勝ちたいって思って…。いや、今はBLASTだけじゃねぇな。

evokeにもinterludeにも負けたくねぇ。

 

 

……違う。

 

 

負けたくないから音楽をやってるんじゃねぇ。

にーちゃんに憧れてるから?にーちゃんみたいになりたい?いや、それも違う。

負けたくないからでも憧れからでもない。俺は…。

 

 

「さっきも言ったけどね。BREEZEに憧れてBREEZEみたいなバンドになりたい。そんな音楽をやりたいっていうなら今のままでいいと思うよ?憧れから音楽をやる人達もいるし、Ailes Flammeくんのさっきのライブは確かに昔のタカくん達に似てて楽しかったし」

 

俺は、俺達は何も言えなかった。

BREEZEみたいなバンドになりたい。確かにそういう気持ちある。だけど、そうじゃねぇ。俺がやりたいのはBREEZEじゃねぇんだから。

 

「うん?何かあたし偉そう?お局ってる?わわわ、どうしよう……」

 

「あ、いや、いえ、そういう訳じゃなくてっすね。オレは何て答えたらいいかって思って…」

 

「良かったぁ~。いきなり登場してきたオバサンが何言ってんだ?とか思われてるのかと…」

 

いや、オバサンって…。

確かに俺達よりかなり年上だろうけど、制服来てたらメイク次第じゃ俺達と同級生って言ってもいけるんじゃねぇかな?

 

「え!?渉くん!それまじで!?本気にしちゃうよ!?」

 

ちょっと待って!

俺って梓ねーちゃんにも心読まれてんの!?

 

「ねぇ、亮くんは何でギターやってるの?」

 

「あ、オレすか?やっぱ親父とお袋がギターやってたのもありますし、オレもそんな親父達を見てきてギターやりたいと思いまして」

 

「なのにお父さんと違うって言われて嬉しかったの?お父さんの演奏は嫌い?」

 

「……!?いえ、親父の演奏もお袋の演奏も好きっすよ。ギタリストとして尊敬もしてます。でも何か親父の真似とかみたいな…何て言えばいいんだろう…」

 

「それっておかしくない?トシキくんみたいなパワフルな演奏って…トシキくんの真似ならいいの?」

 

「そ、そういう訳じゃ…」

 

「ん~、本当は亮くんの言いたい事はわかってるけど…。ちょっと意地悪過ぎたかな?(ボソッ」

 

ん?梓ねーちゃん?

もしかして俺達が梓ねーちゃんに聞きたいって思ってるように、俺達に言いたい事もあるのかな?

 

俺達に伝えたい事…?

 

「拓実くんは?」

 

「あ、僕は…どうなんでしょう。渉や亮と一緒にバンドやりたいって思って…拓斗さんにも晴夜も託して貰いましたし…」

 

「ふぅん、そっか。じゃああたしが拓斗くんに頼んで晴夜を別の人に託してもらおうか?そしたら大丈夫かな?」

 

「え?いや、大丈夫かな?って言われましても…」

 

考えろ…梓ねーちゃんの言いたい事。俺達に伝えたい事…。

 

「シフォ…」

 

「ボクは!」

 

シフォン…?

 

「ボクは…おっちゃんの弟子として、まどか姉にも綾乃姉にも、香菜姉にも栞ちゃんにも負けないドラマーになりたかった。

栞ちゃんがFABULOUS PERFUMEとしてバンドを始めて、栞ちゃんにも負けないバンドをやりたいって思ってた」

 

栞ちゃんがFABULOUS PERFUMEとしてバンドを始めて!?

ちょっと待って…!小松ってFABULOUS PERFUMEのバンドマンなのか!?

 

「渉くん、ちょっとうるさい。なんで気付いてないのさ。気付いてないの渉くんくらいだよ?」

 

え?そうなの?

 

「渉。すまん、オレは知ってるぞ」

 

「渉…、それってネタだよね?いくらなんでもそれはないよね?」

 

「あ、当たり前じゃねーか!お前ら何言ってんだよ!あははは」

 

え?そうなの?何かそんなフラグあったの?

いや、あったな。南国DEギグの旅行の時か…。

 

やっべぇ…。全然気付かなかった…。

それより俺、口に出してないのにうるさいって何なの?

 

 

「それで?シフォンちゃん続きは?」

 

「あ、うん。

ボクは誰にも負けないバンドをって思ってた。今もそう思って演奏してたよ。

でもね、梓さんに言われて思った事があるんだ」

 

「何かな?」

 

「渉くん達がボク達の学校の軽音部の部室に来た時ね。渉くん達がバンドをやりたいって。ドラマーを探してるって聞いて、みんなの演奏を見てみたい。ボクの…僕の演奏を見てもらいたいって思ったんだ」

 

声のトーンが変わった…?シフォンから井上になったのか?

これってあの時かな?Ailes Flamme編第4章?

 

「それでみんなを……スタジオに誘ってみたら、そこでデュエルしてみたらさ。…あはは、みんなすっごいバラバラですっごい下手くそで…」

 

え?下手くそ?

まぁ、あの時はただ歌えばいいって思ってたしな。

 

「渉くん達とは…バンドはやれないな。って…その、思ったし、もっと上手いバンドに…入りたいって、そうじゃないと…栞ちゃん達に勝てないと思ったし…」

 

井上…。そうだよな。

俺もあの時はシフォンは俺達とバンドをやるべきじゃない。もっとシフォンに合ったバンドがある。シフォンにはそういうバンドでバンドをやってもらいたいって思った。

 

 

……

………

 

 

そう思うようにしたんだ。

 

でも俺は…シフォンにAiles Flammeのドラムをやってもらいたいって。他のバンドじゃなくて俺達と一緒にやってもらいたいって思ったんだ。

 

………そうか。俺はBLASTの東雲 大和に勝ちたいと思ってる。もちろんinterludeの白石 虎次郎にも、BREEZEのにーちゃんにも、今のにーちゃんにも他のファントムのバンドのみんなにも。俺は勝ちたい。

 

でも違うんだ。

 

俺がバンドをやりたいのは、歌いたい理由は、俺の知ってる人にも、知らない人、会った事もない人にも、俺の歌を聞いてもらいたい。

 

亮のギター、拓実のベース、シフォンのドラムで、Ailes Flammeの演奏をもっともっと色んな人に聞いてもらいたい。

俺が最高に楽しいって思ってるAiles Flammeのライブをみんなに観てもらいたいんだ。

 

「僕は…デュエルの後、みんなの練習にアドバイスしたり、渉くんや…亮くんや拓実くんを見て…たんだ」

 

「シフォン…!オレを見てくれて…(トゥンク」

 

いや、亮。何でお前ここでときめいたの?え?幼馴染みが遠く感じるよ?

 

「渉…今はシフォンの話をちゃんと聞こう?」

 

そう言って拓実は俺の腕を掴んできた。

本当に待ってくれ。俺は心の中で思ってるだけなんだよ。声に出してたのは亮だからな?

 

「その時にね。思ったんだ。

僕はAiles Flammeでドラムを演奏したいって。みんなの練習してる姿がかっこよくて…僕は…その…」

 

「シフォンが…オレの練習している姿がかっこ…いいって…ぐすん」

 

何で亮は泣いてるんだ?おっと、また拓実に何か言われてもへこんじゃうしな。黙って見守っておこう。

 

「Ailes Flammeが楽しい音楽をやれるって思ったんだ」

 

「シフォンちゃんのバンドをやりたい理由はそれなの?」

 

「バンドをやりたい理由ってなると…やっぱりまどか姉達に負けたくない、勝ちたいと思ってるよ。でも……違うんだよ。Ailes Flammeは…勝ち負けとかじゃなくて…僕の居場所なんだ」

 

井上…。わかる。俺もそうだ。

 

BLASTにもinterludeにも勝ちたい。

でも、Ailes Flammeはそうじゃねぇ。

俺がやりたいって思う、俺が俺で居られる場所なんだ。

 

野球で東雲 大和に負けて、何もやる気が起きなくて。

適当に毎日を生きてた俺が、明日を信じる事が、まだ見てない事が楽しみに思える事が出来たんだ。

 

「そっか。シフォンちゃんは…」

 

「梓ねーちゃん!!」

 

「え!?何!?渉くん……?」

 

俺は梓ねーちゃんが『答え』を言うよりも先に、ちゃんと言わなきゃならないと思った。

亮にも拓実にもシフォンにも…井上にも聞いてもらいたい。

 

「俺もシフォンと同じだ。BLASTやinterlude、evokeや他のファントムのバンド、みんなに負けたくねぇって思ってた。でも今の俺達じゃ勝てないとわかってる。

それでも本当は良かったんだ。俺はAiles Flammeが楽しい。

亮のギター、拓実のベース、シフォンのドラムで俺の歌。それをみんなに聞いてもらいたい。そう思ってやってる音楽が俺は楽しいからバンドやってんだ。勝ち負けじゃなかったんだよ」

 

「渉…オレも…オレもそうだな」

 

「そうだよね。Ailes Flammeが楽しいんだ。だから僕達はバンドを…」

 

亮、拓実。

そうだよな。俺達はAiles Flammeだからバンドをやってるんだよな。

何でそれを忘れてたんだろう…。勝ち負けじゃねぇんだ。

 

 

『そういうのってのは探し続けるもんだ』

 

 

さっきにーちゃんに聞いた言葉が頭に浮かんできた。

 

BLASTに勝ったら終わりじゃない。

BLASTに負けたからって終わりじゃない。

 

俺は歌うのが好きだ。ゴールなんてない。

BLASTに勝ったら次を。interludeに勝ったら次を。

俺が音楽を好きな限り終わりなんてない。ずっと探し続けていくんだ。次の俺達を。

 

「もうっ!渉くんが何で言っちゃうのさ!せっかくボクが梓さんとお話してたのにっ!」

 

ん?あ、井上からシフォンに戻ったか。

 

「ふふ、渉くんは本当にタカくんに似てるね」

 

え?お?

 

「タカくんもね。みんなを楽しませようと色々MC考えたりパフォーマンスを考えたりしてたよ。

でもいつも言ってた。色々考えてても自分が楽しくなっちゃって失敗しまくったって」

 

自分が楽しくなって…。

 

「クス、いつも後悔はしてたみたいだけどね。全く反省はしてなかった。タカくんは誰よりも自分が一番楽しいって事をやってんだよ」

 

誰よりも自分が一番楽しめるように…か。

 

「渉くんがBREEZEのライブDVDとかを見て楽しいって思って、タカくんを参考にしたのならさ。誰かみたいなライブじゃなくて渉くんが一番楽しめるライブをするといいと思うよ」

 

そう言って梓ねーちゃんは車イスから立ち上がった。

そして俺の頭に手を置いて…。

 

「頑張れ」

 

そう言って撫でてくれた。

 

 

 

 

梓ねーちゃんの部屋の引っ越しは、澄香ねーちゃんと盛夏ねーちゃんで終わらせてくれていた。

 

俺達は引っ越し作業の後、雨宮達が作ってくれた夕飯を食べ、今はAiles Flammeの4人で帰路についていた。

 

にーちゃんや澄香ねーちゃんは送ってくれると言っていたけど、俺達は今は4人で居たかった。

 

 

「おっちゃんがボク達に梓さんの引っ越しの手伝いをさせたかったのは、この事をボク達に伝えたかったのかな?」

 

始めにシフォンがそう口を開いた。

 

「オレも忘れてた。オレは誰かに勝つバンドがやりたかった訳じゃない。親父達の敵討ちでもないしな。

オレはただギターが好きで、渉の歌声が好きになったからバンドをやりたいって思ったんだ」

 

俺もそうだ。きっかけは東雲 大和のBLASTに勝ちたいって、東雲 大和ともう一度勝負がしたいって思ったからなんだ。

でも、今は違う。亮のギターが、拓実のベースが、シフォンのドラムが好きなんだ。

 

「も、もちろん今は渉とだけじゃねぇぜ?拓実ともシフォンともバンドやりたいって、この4人がいいって思ってるからな」

 

「もう、亮は。わかってるよ。僕も同じ気持ちだからさ」

 

「ボクもわかってるよ。亮くんの気持ちは」

 

亮…拓実…シフォン…。

 

「いや、わかっていない」

 

亮?どうしたんだ…?

 

「亮くん?」

 

「シフォン。オレはお前とはバンドだけじゃない。

出来れば…将来的な事も…その…したいと思ってる」

 

ヤバい。これはヤバいやつだな。

亮、俺は聞かなかった事にするぜ。

 

「…………あ、ボクと拓実くんは電車だからこっちだね!渉くんも亮くんも気を付けて帰ってね!また明日学校でね!」

 

シフォンはそう言って走って行ってしまった。

拓実もシフォンを追って走った後、こっちを振り向いて『亮のバカー!』とだけ言って走って行ってしまった。

 

 

「いきなりのプロポーズは早すぎたか。シフォンもみんなの前じゃ照れるのもあるよな。今日は失敗だな」

 

すまん、亮。

お前は人生を失敗したって思っちまった。

だけど俺はお前の幼馴染みだからな。見捨てないぜ。

 

……聞きたい事もあるしな。

 

 

 

 

俺は亮とふたりになった事で聞いてみた。

こんな事幼馴染みに相談するのは照れくせぇんだけどな。亮もバレてないと思ってるみたいだけど、俺には話してくれたしな。

 

よし…。

 

「な、なぁ亮…」

 

「あ?どした?」

 

「お前さ。

前に男が男の娘を好きになってもいいんじゃないか?って俺に聞いてきたよな?」

 

「ああ、言ったな。………渉、とうとうお前もシフォンを…。いつかこんな日が来るとは思っていたぜ」

 

亮はそう言ってどこからともなく金属バットを取り出した。

 

いや!待って…!金属バットは止めて!!

違うから!本当に違うから!!

 

「ま、待て亮!シフォンじゃない!!だから金属バットはしまってくれ!」

 

「本当にか?なら何でそんな事を?」

 

亮は金属バットを手にしたまま俺に詰めよって来た。

いや、まじで違うから勘弁してくれ。

 

「渉?」

 

「い、いや、あのな?俺が聞きたかったのはよ。

その…男女の恋愛ってさ。歳の差とか…やっぱ気になるものかな?」

 

やべぇ。こんな質問より亮の金属バットの矛先の方がドキドキしてやまない。

 

「は?歳の差?どうしたんだ急に」

 

亮は金属バットをしまってくれた。助かった、助かった…。

 

「ああ、その…歳の差恋愛とかどうかな?と…」

 

「そんなのは当人同士次第じゃねぇのか?ほら、貴さんも奈緒さんや渚さんや理奈さんとかよ」

 

あ、そ、そう言えばそうだよな。

俺の見立てなら美緒や雨宮もっぽいし。

うん、歳の差もあり!……だよな。

 

「お前…本当にどうしたんだ?」

 

「いや、何でもねぇ!ちょっと気になっただけだ…!」

 

「渚さんか?」

 

「ん?ねーちゃん?」

 

「違うか…。理奈さんか?」

 

「お前何言ってんだ?理奈ねーちゃんがどうかしたか?」

 

「って事は奈緒さんか?」

 

「は?」

 

「…お前、梓さんの事好きになったのか?」

 

ふぁ!?

 

「お、おみゃえ、なに言っ、言ってんの?意味わかんにゃいし!」

 

「まじでか……。頭ナデナデのせいか…」

 

「お、お前さっきから何言ってんだよ…」

 

ま、まさか俺が梓ねーちゃんの事好きになっちまったの…バレちまったのか…?

 

「渉」

 

「お?お、おう?」

 

「お前、河野や雨宮や明日香や恵美はどうすんだ?」

 

「あ?さっちや雨宮や明日香や恵美?」

 

「いや、な、何でもねぇ…」

 

どうしたんだ亮のやつ?

 

 

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 

「う~ん…!引っ越し疲れたぁ~。

ま、あたしは何もしてないけどね!」

 

「おう、久しぶりだな。梓」

 

「ふぇ?……あ、なんだ。手塚さんか」

 

「ふふ、久しぶりの挨拶がそれか」

 

「どうしたんです?こんな時間に。どうせならもう少し早く来て引っ越しの手伝いを~」

 

「タカはあんま俺のツラは見たくねぇだろ」

 

「本当はタカくんも手塚さんにめちゃくちゃ感謝してるの知ってるくせに」

 

「だからだよ。俺の左手の事は忘れさせてやりてぇだろ」

 

「まだ動かないんですか?」

 

「俺はお前と違ってスペシャルでスーパーな人間だからな。お前の足程じゃねぇよ。日常生活には困らねぇ」

 

「あたしも立ち歩くくらいは出来ますよ~だ!」

 

「そうか」

 

「それで?あたしに何か話ですか?」

 

「日奈子にも聞いてるだろ?俺は佐倉 奈緒を歌わせてぇ」

 

「……タカくん電話出てくれるかなぁ?」

 

「待て!本当に待て!お前にとっても悪い話じゃねぇ!」

 

「あたしは奈緒ちゃんに歌わせるのは反対です」

 

「俺がクリムゾンエンターテイメントに所属していた理由。覚えてるか?」

 

「まぁ。手塚さんはどっちかと言うとあたし達側でしたし」

 

「クリムゾンエンターテイメントや海原のいない世界。もちろんクリムゾンミュージックも、クリムゾングループ全体がいない世界。

そんな世界でお前は佐倉 奈緒の歌を聞いたらどう思う?」

 

「……なるほど。それであたしにとっての悪い話じゃないっていう意味がわかりません」

 

「立ち上げようぜ。SCARLETで。

俺のプロデュースするバンドと、お前らArtemisのプロデュースするバンドと、BREEZEのプロデュースするバンドをな。15年前の決着と言えばあいつらを巻き込みたくねぇって気持ちもあるが。やりたくねぇか?俺達のあの頃の理想の音楽を」



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第7話 母と娘と

あたしの名前は木原 梓。

 

まさか死んでいたと思われていた人物が実は生きていて、アメリカでリハビリ中なのに日本にさっさと帰って来て早々にモノローグ回があるとは…。

 

実はあたしが日本に帰って来てから2週間が経った。

 

あの日からは、なっちゃん達Divalのメンバーや、奈緒ちゃん、せっちゃん、まどかちゃんといった、タカくん以外のBlaze Futureのメンバーにお世話になりながら今の生活にも馴れてきた所だ。

 

って、何でBREEZEのメンバーもArtemisのメンバーもあたしに会いに来てくれないの?もしかしてあたし嫌われてる?

手塚さんもこないだ話した日以来会いに来ないし。

 

おっと、ついネガティブになっちゃったよ。タカくんの影響かな?

 

 

あたしが日本に帰って来た日。

奈緒ちゃんをボーカルとしてプロデュースしたいと言った手塚さん。

あたし達ArtemisとBREEZEのプロデュースでバンドを作ろうと提案してきた。

 

奈緒ちゃんの歌には何かがある。あたしやタカくんとも違う何かが…。だからあたしは奈緒ちゃんに歌わせるのはお父さん……いや、クリムゾンエンターテイメントに狙われるかも知れない不安から危険だと思った。

だけど、お父さんが…海原が居ないなら…。バンドとして奈緒ちゃんの音楽は、ひとりのバンドマンとして、あたしは聴いてみたいと思ったのも確かだ。

 

 

 

「ま、タカくんは反対だろうなぁ~」

 

そう。今は海原もクリムゾンエンターテイメントも居るんだから。それがあたし達の現実だから。

 

そしてあたしは部屋のカレンダーに目をやった。

 

とうとう待ちにまった日がやってきたのだ。

 

せっかくの1日だというのに、Divalは今日はスタジオで練習があり、Blaze Futureも今日はタカくん以外のメンバーとNoble Fateとで合同練習らしい。

何でタカくんは合同練習に参加していないんだろう?という疑問はあるけれど、今日のあたしにはそんな事は些細な問題だった。

 

 

だって今日は…。

 

 

あたしの推しソシャゲ(乙女ゲーム)のイベントがとあるデパートで開催される日!!

澄香は今日は秋月家の仕事で忙しいらしく、翔子は修学旅行の準備やら日奈子は仕事とかで誰も誘う事は出来なかった。あたしはぼっちで行くしかない…!!

 

「あたしは!ひとりでも負けないっ!!」

 

あたしは玄関のドアを開け外に出た。

 

「あ、暑い…帰りたい…」

 

早速心が折れそうになってしまった。

 

だけどあたしは行かねばならない。推しキャラのグッズが売り切れる前に!!

 

 

 

 

あたしは車イスで馴れない街並みを走っていた。

そう、馴れない街並みなのだ。

 

「こ、ここはどこだろう…?」

 

だからあたしは迷子になった訳ではない。決して。

 

しかし本当に困っちゃったな。

わかる道まで引き返そうかとも思ったけど、既にわかる道までの道のりがわからない。

 

こうなったら迷惑かも知れないけど、なっちゃんかタカくんに電話して…。

 

ダメだ。タカくんはともかくなっちゃんの邪魔はしたくない。なっちゃんも志保ちゃんもりっちゃんも香菜ちゃんも、Divalを一番頑張ってもらいたいし。

 

かと言ってこのまま迷子…じゃない。

『さ迷える孤高の狼』のままじゃイベントの時間にどんどん遅れる事になる。

 

さ迷える孤高の狼って…。

こないだせっちゃんにも『考えてみたらさ~?美しい堕天使シャイニング梓お姉さまって呼び名ダサいよね~』とか言われちゃったし、そろそろ中二病も卒業しないといけないかな。そもそも卒業出来るならとっくに卒業してる気もするけど。

 

あたしがそんな事を考えていると…。

 

-ドン

 

「「わっ!?」」

 

あたしは曲がり角の所で誰かとぶつかってしまった。

まさか白馬に乗った王子様!?

 

とか、考えてる場合じゃないって!

あたしは車イスだし大丈夫だったけど、ぶつかった人は…!!

 

 

-ドクン

 

 

え?

 

 

この子は…。

 

 

胸が痛い。まさかこんな事って…。

鼓動が早くなるのがよくわかった。

 

 

「……ぶつかってしまってごめんなさい。あたしは大丈夫。だから気にする必要はない。じゃあバイバイ」

 

 

あたしとぶつかった女の子はそう言って、その場から立ち去ろうとした。

 

呼び止めなくちゃいけない。

 

「あ、あの…」

 

あたしはその女の子に声を掛けようとした。

 

「あたしは忙しい。だから…。あたしに構わないで」

 

その女の子はあたしの方を見る事もなく、そう言って走って行こうとした。

 

「あ、足が…うぅ…」

 

「え?」

 

あたしが足を痛めた振りをするとその女の子は心配そうに振り向いてくれた。騙しちゃってごめんね。

 

「足が…くっ……」

 

「だ、大丈夫…?」

 

もう少しかな…。

 

「うぅ…も、もうダメ…」

 

「お母さん…!」

 

お母さん。その女の子はあたしの事をそう呼んで駆け寄って来てくれた。そしてあたしは…。

 

「えい!」

 

車イスから立ち上がって、その女の子へと抱きついた。

 

「え?わ、わわわわ…」

 

「やっと捕まえた。美来ちゃん」

 

この女の子はあたしのmakarios bios。39番、美来ちゃんだ。

 

「な、何で…足は…?」

 

「手術も成功したしリハビリも頑張ってるからね。少しだけなら立って歩くくらい出来るよ」

 

「木原 梓。あたしを騙したの?」

 

「うん、ごめんね。走って行かれちゃったら、追っかけられないから。でも何で名前で呼ぶの?さっきはお母さんって言ってくれたのに」

 

「は?はぁ?何言ってるの?それは多分気のせい。あれがあれだから。あれだし」

 

「タカくんやなっちゃんから少し話は聞いてたけど、元気そうで良かった。ごめんね、あたしの事で…15年間苦しかったよね…」

 

「何で謝るの?謝るのはあたしの方じゃない。あたしがあの日脱走しなかったら、木原 梓は事故に合うことも…Artemisの事も…足も…」

 

「15年前も言ったけど、お母さんでいいんだよ。美来ちゃん。美来って今は名乗ってくれてるんだってね。ありがと」

 

「……お母さんが…付けてくれた名前だから」

 

「へへへ、あの頃はそんな名前嫌だって言ってたのにね」

 

「だって…美しい未来なんかあたしには無いのに…」

 

「今、あたし達は会えたよ。15年前からしたら今は未来だよ」

 

「……おか…さん」

 

 

 

 

あたしが抱き締めていた手を緩めると、美来ちゃんは走って逃げようとしたが、すかさず腕を掴み、少しだけでいいからお話がしたいと懇願した。

 

それでも無理とか嫌とか言って逃げようとしたが、少し付き合ってくれないと駄々っ子のようにここで泣きじゃくると脅……説得し、何とかお茶だけ付き合ってもらえる事になった。母親の威厳よ……。

 

 

「取り敢えずしょうがないからお茶だけ付き合ってあげる。あたしが忙しいっていうのは本当だから」

 

「ほ、本当にごめんね。忙しいって、誰かと約束かな?」

 

「いや、あたし休日はぼっちで居たいし。ちょっとした買い物」

 

休日はぼっちで居たいって…。美来ちゃんあたしの遺伝子から造られてるんだよね?タカくんの遺伝子じゃないよね?お母さん超心配なんだけど…。

 

「買い物かぁ。何買いに行くの?あたしも付き合おうか?」

 

「あたしが買いに行くのはオシャンティな秋物のお洋服。だからお母さんは…そのあれだよ?」

 

「あれだよって何?あたしだってオシャンティな服を見立てるくらい出来るよ?」

 

「チッ、お母さんをあんな所に連れて行けるわけないじゃん…(ボソッ」

 

「え?何?ちょっと聞こえなかったんだけど…」

 

「何でもない。それよりお母さんこそこんな所で何をしていたの?この辺に用事?」

 

「え!?え、ええ……まぁ…」

 

「この辺に用事って何?」

 

うっ…、何でそんなぐいぐい聞いてくるの?

言える訳ないじゃん。『実はソシャゲのイベントが開催されてるからそのグッズを買いにね!でもイベントやってるデパートに辿り着けずに迷子になっちゃって』なんて!!あ、迷子って認めちゃったよ。

 

くっ、どう言うべきか…。恥ずかしくない言い訳を考えなくては…!!

 

「お母さん?」

 

「あ、そういえば美来ちゃん。クリムゾンエンターテイメントに戻ったんだってね」

 

あたしはズルい…。結局言い訳が思い付かずに話を反らしてしまった。

 

「タカくんやなっちゃんから聞いているんでしょう?あたしはクリムゾンエンターテイメントでバンドをやっている」

 

「うん。色々事情があるみたいだって…」

 

「ん?お母さんが気にするような事じゃない。あたしは好きに歌っているし今のバンドも好きだから。九頭竜とクリムゾンは嫌いだけど」

 

そっか。クリムゾンエンターテイメントでも美来ちゃんは好きに歌えてるんだ…。

 

でも何でだろ?お父さんが許してもクリムゾンエンターテイメントもクリムゾングループの会社にすぎない。

それで何で美来ちゃん達は自由な音楽を…。

 

アルティメットスコアも完成している訳がないのに。

 

アルティメットスコアなんて存在し得ないんだから。

 

 

「その事情ってのはあたしは詳しく聞いてないけどさ。……あたし達の元に来てくれないかな?もちろん美来ちゃんのバンドメンバーも一緒に」

 

「それがお母さんがあたしにしたかった話?あたし達にファントムのバンドになれって事?」

 

「……ちょっと違うかな?あたしは正直、美来ちゃんが今、楽しんでバンドをやってるならSCARLETでもファントムでもクリムゾンでもいいよ」

 

「クリムゾンでもいいんだ?」

 

「うん。本当に楽しんでやってるならね」

 

あたしは美来ちゃんの目を真っ直ぐに見た。

 

「……わかんない。あたしは楽しんで歌っている。だけど、結局はデュエルギグでクリムゾングループ以外のバンドを潰していっている事に変わりはない。そこは仕事として割り切るようにはしているけど」

 

「そんな悲しくなるデュエル…辞めちゃいなよ」

 

「そう出来るならそうしたい気もする。でもこれがあたしの選んだ道だから。あたしはもう九頭竜にはmakarios biosを造らせたくない。それがあたしのクリムゾンで歌う理由」

 

そっか。美来ちゃんは九頭竜に…お父さんにそう言われて…。だからクリムゾンエンターテイメントで歌っているんだね。

 

お父さんと九頭竜の事だから…きっとそんな約束は…。

 

「お母さん?」

 

「あ、ごめんね。やっぱ今度こそ海原も九頭竜もやっつけちゃわないとなぁって思って。あはは」

 

「タカくんもそんな事言っていた」

 

もうタカくんには頼りたくないんだけどね。

あたし達が頼っちゃったから…。タカくんは足立と…そして喉を…。

 

「そろそろ時間。あたしは行く」

 

え?もう?

 

「も、もうちょっといいじゃん。ね?もうちょっとだけ」

 

「さっきも言ったようにあたしは忙しい。売り切れちゃうとへこむし」

 

え?売り切れちゃう?

 

あっ!忘れてた!あたしもイベントに急がなきゃ!

 

「あ、ならさ、あたしと連絡先交換しよ?また時間のある時にでもさ?」

 

あたしはスマホを取り出して、美来ちゃんと連絡先の交換を提案した。

 

「お母さん、ごめん。あたしはお母さんともう会うつもりはない。だから…連絡先の交換は出来ない」

 

え…?もう会うつもりはないって…何で…?

あたしは会いたい。もっと美来ちゃんと一緒に居たいのに。

 

あ、そっか。

あたしは美来ちゃんにお母さんって呼んでもらっているけど、実際はあたしは美来ちゃんのお母さんじゃない。

あたしと美来ちゃんは同じ遺伝子。美来ちゃんはあたしのクローンだから…。

だからオリジナルであるあたしの事は…。

 

「…あたしの遺伝子だもんね。あたしの事イヤだよね」

 

「違う!お母さんの事は好き!本当はあたしも一緒に居たい!」

 

美来ちゃん…?

 

「あたしは…クリムゾンエンターテイメントの人間だから。

お母さんが生きている事はあたし以外は知らないはず。お母さんがあたしと一緒に居る事で、お母さんの生存が知られたら…またお母さんがクリムゾンエンターテイメントに狙われたりしたら…」

 

美来ちゃん…。そっか、美来ちゃんはあたしの事を心配して…。

 

「美来ちゃんスマホ貸して。これからいっぱい連絡する。これからはいっぱい会おう?」

 

「お母さん…!あたしの話聞いてた?」

 

「うん、聞いてたし気持ちもわかるよ。でもね、あたしが日本に帰ってきたのは、お父さんと…クリムゾンエンターテイメントと向き合う為だから」

 

「お母さん…」

 

そう。あたしは今度こそお父さんを…。クリムゾンエンターテイメントを…。

15年前、タカくん達があたし達の為に戦ってくれたように。今度はあたしがファントムのみんなや、美来ちゃんが楽しんで音楽をやれる為に…。

 

 

 

 

あたしと美来ちゃんは連絡先を交換し、会計を済ませて店を出た。美来ちゃんに車イスを押してもらいながら…。

 

「そういえばお母さん。お母さんはこの辺に何の用事なの?」

 

うっ…。結局その話に戻っちゃうか…。

 

「あ、えっと…ちょっと商店街近くのカクイデパートでお買い物をと思って…」

 

「商店街近くのカクイデパート?超奇遇。あたしもそこにお買い物。………入り口まで一緒に行こっか」

 

美来ちゃん…ふふ。

 

「さっきまではあたしから逃げようとしてたくせに」

 

「なっ!?あれだから。たまたま目的地が一緒なだけだから。別にもうちょっと一緒に居たいとか思ってないし。全然思ってないし」

 

「車イス押すの大変じゃない?あたしは大丈夫だよ?」

 

「こんなの全然屁でもない。それより商店街近くってここからちょっと遠いけど、何でこんなところに?ここら辺に住んでるの?」

 

「ひ、久しぶりの日本だから迷子になっちゃって…それにほら。あたし関西が拠点だし?この辺は詳しくないし?」

 

そうだよそうだよ!あたしは関西の人間やもん!

この辺の地理に詳しくなくてもしゃーないし!

迷子になっても仕方ないし!!

 

って、何を力説しているんだろうあたしは…。

 

「なるほど。ならあたしに任せるといい。この辺はあたしの庭みたいなもの」

 

「そうなんだ?じゃあ道案内頼んじゃおうかな」

 

この辺は美来ちゃんの庭みたいなもの…か。

15年前とは違って今は自由に外出も出来るんだね。

 

 

 

 

「ねぇ美来ちゃん。ここさっきも通った気がするんだけど…?」

 

「………カクイデパートに着いたらお母さんとバイバイしなくちゃいけない。だからわざと遠回りしている」

 

美来ちゃん…。そっか。あたしの遺伝子だもんね…。

 

「これは果てしなく困った。ここはどこだろう?」

 

美来ちゃん、心の声が駄々漏れだよ?やっぱり迷子なんだね…。けど、本当にこれは困った事になっちゃったな。

 

あたしがこれからどうしようかと考えている時だった。

 

 

「あれ?美来さん?」

 

「ん?気安くあたしを呼ぶのは何者?…あ、しおりん」

 

しおりん?美来ちゃんのお知り合いかな?

 

「お久しぶりです。先日はごちそうさまでした!」

 

「気にしなくていい。それよりしおりんはどうしてこ……こ…に、な、なんだ…と…!?」

 

ん? 美来ちゃん?どうかしたのかな?

 

「こんにちは。はじめまして。栞のお友達さんかな?」

 

「あ、あの…もし違ったら申し訳なく思う。も、もしかして…ふたにゃんさんです…か…?」

 

「ふぇ!?わ、私の事知ってるんですか?」

 

「あ、あたし!ふたにゃんさんのコスのファンでして!その、Twitterもフォローさせて頂いてます!」

 

そう言って美来ちゃんはふたにゃんさんと呼ばれる女の子に土下座していた。

 

「わ、わわわ、や、やめて下さい土下座なんて…!」

 

「ハッ、あ、あたしとした事が…!!

すみません。今から地面にめり込んでみせます!」

 

「そ、そんなの本当にいいから頭を上げてっ!?」

 

「あははは、双葉大人気だな!」

 

「ひ、弘美も止めてよ!一緒にこの子を説得して!」

 

ふたにゃんさんと呼ばれる女の子、しおりんと呼ばれる女の子。そして弘美と呼ばれる女の子と、知的なイメージの綺麗なお姉さん。そんな4人があたし達の前に居た。

 

「あ、あの、美来ちゃん?」

 

「ハッ、お母さんごめん。ちょっと我を忘れてしまった」

 

「「「「お母さん!?」」」」

 

目の前にいる4人の女の子達は、美来ちゃんにお母さんと呼ばれるあたしを見てびっくりしている。

 

「ちょ、み、美来さん?この方って美来さんのお母さんなの?お姉さんじゃなくて?」

 

「うん。血は繋がってないけどね。あれ?繋がってるのかな?その辺どうなんだろ?」

 

あ~…確かに血は繋がってないよね…。

 

「そ、そうなんですか?お二人そっくりですのに」

 

「ちょ!弘美そんな事を本人達の前で…!」

 

「あ、ふたにゃんさん、気にしなくていい。みんなもファントムのバンドマンなんだし知ってるでしょ?この人はArtemisの木原 梓」

 

え?この子達も…ファントムのバンドの…?

 

「え!?美来さんボクがファントムのバンドマンって知ってるの!?」

 

「もちろん知っている。しおりんはFABULOUS PERFUMEのイオリでしょ?」

 

え!?この子がFABULOUS PERFUMEの!?

FABULOUS PERFUMEって、男装バンドって聞いてたけど、こんな可愛い女の子がやってるんだ…?

 

「な、何でボクの事…」

 

「栞、待ちなさい」

 

「ふぇ?沙織?」

 

そう言って沙織と呼ばれた知的なイメージのする女の子が、しおりんちゃんとあたし達の間に入ってきた。

 

「栞がFABULOUS PERFUMEだと知っている。あなたもしかしてクリムゾンの人間?」

 

「うん。あたしはクリムゾンエンターテイメントのミュージシャン」

 

「そう。なら…」

 

「でも安心するといい。あたしはクリムゾンのミュージシャンだけど、お母さん、木原 梓はファントム側の人間だから」

 

美来ちゃん…?何でそんな事を…。

 

「…!?どういう事かしら?」

 

「FABULOUS PERFUMEのシグレだよね?

ならタカくんや英治くんから聞いていると思うんだけど?木原 梓のmakarios bios、39番の事」

 

「……なるほどね。あなたが葉川くん達が探していたというmakarios biosなのね」

 

 

そして美来ちゃんはあたしと美来ちゃんの関係を。今の状況を目の前の4人の女の子達に話した。

 

 

「なるほど。あなたはクリムゾンエンターテイメントのバンドMalignant Dollsのバンドマン。私達ファントムのバンドFABULOUS PERFUMEの敵。そして、クリムゾンとしてSCARLETの木原 梓さんとも敵同士」

 

「うん」

 

え?あたしってSCARLETの木原 梓なの?ファントムじゃないんだ?

 

「でも、美来という個人としては、栞とは友達だし、梓さんとは母娘のような関係と…?」

 

「うん。あたし個人としてはね。まぁ、それを受け入れるかどうかはあなた達次第」

 

「栞…。あなたはどう思う?」

 

「ふぇ?ボク?双葉じゃなくて?」

 

「栞はこの子と知り合いなんでしょ?」

 

「う~…ん、ボクは美来さん好きだし友達だと思ってるよ?美来さんの言う事も何となくわかるし。ほら、ボクらもゆーちゃん達と同じファントムの仲間って言ってもさ?Ailes Flammeももちろん、たか兄達Blaze FutureもCanoro Feliceともライバルだとは思ってるし」

 

「クリムゾングループとはそんな簡単に割り切れる関係ではないと思うのだけど。…そうね。私も姉がクリムゾンエンターテイメントの人間な訳だしね」

 

「FABULOUS PERFUMEのシグレの姉がクリムゾンエンターテイメントの人間?誰だろ?」

 

ふぇぇぇぇぇ!?

ちょっ…!!何なのこの展開!!

あたし達が戦ってた15年前より関係が複雑じゃない!?

15年前よりキツいんじゃ…。

 

「私の姉は小暮 麗香。あなた達クリムゾンエンターテイメントの幹部なのでしょ?」

 

「ん?シグレってレイレイの妹?……そっか。レイレイには妹がいたんだ?知らなかった」

 

「え?知らなかった…?」

 

小暮 麗香?クリムゾンエンターテイメントの幹部?

またあたしの知らない人だなぁ~…。

 

「あ、あの~…?」

 

「はい?」

 

美来ちゃんは沙織と呼ばれた人と引き続き何かを話しているようだった。そしてあたしはふたにゃんちゃんとしおりんちゃんに声を掛けられた。

 

「あの、貴くんや英治くんから話を聞いてまして…。木原さんが生きているって聞いた時は、一度お会いしたいと思ってました」

 

「ボクも!ボクはおっちゃんの…中原 英治さんにドラムを教わったんですよ!」

 

「そうなんだ?あたしもFABULOUS PERFUMEの事は聞いてるよ。これからよろしくね。

しおりんちゃんは英治くんにドラムを教わったって事はまどかちゃんや香菜ちゃんと一緒なのかな?」

 

まどかちゃんはこっちに来てから何度か会ったけど、あたしの事は覚えてなかったみたいだったよね。

まどかちゃんと綾乃ちゃんは昔に会った事があるんだけどね。

 

「うん!ボクも梓さんに会えるの楽しみにしてました!」

 

わぁ~。可愛いなぁこの子。

え、英治くんに変な事されてないかな?お姉さんはとてもとても不安です。

 

…でもそっか。こんな可愛らしい女の子達が…この子達がFABULOUS PERFUMEなんだね。

まだ演奏は聞いた事ないけど、タカくんも英治くんもかっこいいバンドって言ってたし、この子達の演奏を聞くのも楽しみだな。

 

「…お母さん!」

 

「え?あ、美来ちゃん?どうしたの?」

 

「どうしたの?は、あたしの台詞。あたし達の話聞いてた?」

 

あ、ご、ごめんね美来ちゃん。ちょっとボーっとしてたよ…。

 

「…カクイデパートだけど、これからさおりん達も行くらしい。それで一緒に行こうって事になったけど、お母さんもそれでいい?」

 

え?さおりん?誰それ?

っていうか、あたしも美来ちゃんも迷子なんだし、一緒に行ってくれるならその方が…。

 

「え?沙織って美来さんからさおりんって呼ばれるようになったの?ボクもこれからはさおりんって呼んでいい?」

 

「栞…頼むから止めてちょうだい…」

 

 

 

 

あたしと美来ちゃんはFABULOUS PERFUMEのメンバーに、カクイデパートに連れていってもらい、何とか昼前に到着する事が出来た。

オープン前から並ぶはずが何でこうなった!?

 

「んー、ちょっと早く着きすぎちゃったか。沙織、双葉、栞。あたしらはどうする?」

 

「そうだねー。まだ時間には余裕あるし、お昼ご飯でも食べに行こうか?」

 

「さんせーい!

そういう訳でボク達はお昼ご飯食べに行くけど、美来さんと梓さんも一緒にどう?」

 

そっか。もうそろそろお昼時だもんね。

FABULOUS PERFUMEのみんなとは仲良くしときたいし、ご一緒したい気もするんだけど…。

 

「あはは、ごめんね。あたしここで買い物あるし、また今度誘って」

 

「あたしも申し訳ない。せっかくふたにゃんさんとご飯出来る良い機会ではあるけど、あたしもここに買い物がある」

 

「そっかぁ~。残念」

 

うぅ、ごめんねしおりんちゃん。

ああ、本当にしおりんちゃん可愛いなぁ。

 

「じゃあ私達は行こっか。梓さん、またArtemisの時のお話聞かせて下さいね」

 

「うん、ふたにゃんちゃん、またね」

 

「あ、私ふたにゃんが定着しちゃったんだ…」

 

そしてFABULOUS PERFUMEの4人はあたし達と別れ、あたしと美来ちゃんのお別れ時間もやってきてしまった。

 

 

「美来ちゃん、連絡先の交換…ありがとうね。

また絶対連絡するから…」

 

「お母さん…。あたしも…また連絡する。したい。ううん、本当はまた…会いたい。生きててくれ…て、ありが…と…」

 

そう言って美来ちゃんは顔を伏せたまま…。

 

「だから…もうバイバイは言わない…。お母さん…また…ね」

 

「うん。美来ちゃん…またね」

 

 

またね。

 

 

あたしと美来ちゃんはそう言って別れた。

 

 

 

あたしはエレベーターに乗り、イベントの催しが行われている6階へと辿り着いた。

さすがイベント会場といったところだ。

ゲームのキャラのポスターやら、メニュー表やら、色んな物が所狭しと貼られてある。

 

いつものあたしならこのポスターやイベント会場の風景を思い出に残すべく、スマホで写真を撮りまくっていただろう。

だけど今はそんな事をする余裕はあたしには無かった。

 

 

だって……

 

 

あたしの前に並んで、色んな角度からポスターの写真を撮ったり自撮りをしている女の子…。

どう見ても美来ちゃんだもん……。

 

 

え!?ホント何で美来ちゃんがここに並んでるの!?

しかも何で写真撮りまくってるの!?

エレベーターで『同じイベントに参加ですか~』って話してたお姉さん達は、あたしが車イスだからって前を譲ってくれたし、今さらこの列から出るなんて出来ないし!

さっき『美来ちゃん……またね』とか言って別れたのに、そのまたねの場所がソシャゲ(乙女ゲーム)のイベント会場ってどうなの!!?

 

ああ、このまま美来ちゃんに気付かれないまま無事にイベント会場から脱出したい…。

 

 

 

 

それから少ししてイベント会場に入れる時間になった。

もちろんあたしの前に並んでいた美来ちゃんも同じタイミングではあるけど、美来ちゃんはポスターの写真撮影に夢中になっている。

 

本当はあたしもポスターを撮りまくりたいところではあるけど、今日の目的は完売する前に推しのグッズを買う事!!あたしは急いで物販コーナーに向かう事にした。

 

 

-ドクン

 

 

胸が弾けたのかと思った。

 

 

-ドクン、ドクン

 

 

鼓動が早くなるのがわかる。何で…ここに…?

 

 

そこには…あたしの推しの隆弥(たかや)くんの等身大ポップが、こっちに手を出し『おかえりなさい』という吹き出し付きで立っていた。

 

何なのこの尊さは…。

 

あたしは美来ちゃんに見つからないようにしなきゃという事なんかどうでもよくなり、誰かこの等身大隆弥くんとあたしのツーショを撮ってくれないだろうか?とか、

せっかく隆弥くんが手を出してくれているのに、『展示物にはお手を触れないで下さい』という注意書きのせいで触る事が出来ないとか、そんな事ばかりを考えていた。

 

 

「何で…隆弥くんが手を出してくれているのに…触れれないの…?」

 

ん?隣の女の子もこの隆弥くんの手に触れたくて葛藤しているんだね。わかります。

 

「くっ…この等身大ポップ欲しい。10万までなら出すのに…!」

 

10万?フッ、あたしなら20万は出すよ。

次の日から1日1食カップ麺生活になるかもしれないけど…。

 

ああ…でも本当に…。

 

 

「「隆弥くん尊い」」

 

 

ん?

 

「ん?」

 

この隣に来た女の子も隆弥くん推しなのか!

あたしはそう思ってその女の子の方を見た。

 

隣に居た女の子は…美来ちゃんだった。

これはまずい…!!

 

「ん?え?は?お、お母さ…」

 

 

世界(ザ・ワールド)!!

 

 

美来ちゃんは微動だにしない。

な、何とか世界を発動させて時を止める事が出来たかな…。危なかった。

 

やれやれだぜ。久しぶりに…15年振りに時を止める事が出来たぜ。

だが、今のあたしは何秒時を止められる?

 

いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

あたしの世界は発動された。

今あたしがやるべき事は、この止まった時の中で美来ちゃんの前から立ち去る事だ。車イスに座ってる訳だから立ち去るっていうか座り去るんだけれども!

 

あたしはこの場から去ろうと車イスを動かそうと……、何!?バ、バカな…!!?

 

あたしは車イスを動かそうとしたが、車イスは動かない。いや違う。車イスを動かそうとしているのに身体がぴくりとも動かない。

 

意識はある。車イスを動かそうと手を動かそうとしている。だけど、手も足も…何も動かす事が出来ない。

そう、まるで時を止められたかのように…。

 

 

ハッ!?

 

 

そこまで考えてあたしはハッとした。

動かない身体で美来ちゃんに目をやる。

 

美来ちゃんもあれから微動だにしていない。

美来ちゃんの時は止まっている。

そして、あたしの身体も動かない。

 

美来ちゃんはあたしの遺伝子から造られたmakarios bios。

あたしと美来ちゃんは同じ『個の存在』。

美来ちゃんも…美来ちゃんのスタンドも時を止める能力を有している可能性が……いや、美来ちゃんのスタンドも時を止める能力があるに違いない。

 

つまり…あたしが時を止めたタイミングで美来ちゃんも時を止めたんだ。

あたしは何秒時を…美来ちゃんは何秒時を止められる?

先に動いた方が……。

 

 

「あ、あのポスター可愛いー!」

 

え…?

 

「ちょっ!この角度マジ尊いんだけど!」

 

「え?アクスタ1人5限なの!?推し来なかったらどうしよう!?」

 

ま、待って…!!

あたしはまだ身体が動かない…!そして美来ちゃんも動いていない。

なのに何でまわりの女の子達は普通に動いてるの?

まるで時が止まっているのは、あたしと美来ちゃんだけみたいな……。

 

 

……

……そうだよねぇ。スタンド能力なんかある訳ないよね。時が止まってるのはあたしと美来ちゃんだけ。

お互いにびっくりして止まってしまってるだけだよ…。

 

あ~…どうしよ…。本当にあたしに世界のスタンドがあれば…。

 

はぁ…。いつまでもこうしててもしょうがないか…。

 

 

「み、 美来ちゃんさ…?」

 

あたしは思い切って美来ちゃんに話し掛けた。

 

「美来?美来って誰の事?あたしはそんな名前ではない。それじゃバイバイ」

 

美来ちゃん…無理があり過ぎるよ…。

さっきあたしの事お母さんって呼びかけてたじゃん…。

 

「あたし今から購入上限いっぱいまでアクスタ買うんだけどさ。お互いの推しが出なかったら交換しようよ」

 

「さすがお母さん。あたしもそれがいいと思っていた」

 

……あたしの遺伝子かぁ。

 

 

 

 

そしてあたしと美来ちゃんはグッズを購入し、トレード用に開けられたスペースでアクスタの中身確認をした。

 

「チッ、あたしは推しが出なかった」

 

「……あたしもだよ。ね、交換しようよ。美来ちゃんは誰が推しなの?」

 

「あたしの推しは隆弥くん」

 

推し被りかよぉぉぉぉぉぉぉ!!

あたしの遺伝子ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

 

そういえばさっき等身大ポップの前で葛藤してたもんね。

 

「あたしも…隆弥くん推しなんだよね…」

 

「お母さんも?チ、推し被りか…」

 

どうしようかな?ここで隆弥くんのトレード探そうかな?美来ちゃんはどうするんだろ?

 

「誰か隆弥くんの交換募集してないかな?」

 

あ、美来ちゃんも同じ考えだった。

 

 

 

 

それから20分程交換相手を探してみたけど、残念ながら交換相手は見つからなかった。

 

「あれ?梓さんと美来ちゃん?」

 

「ん?あたしとお母さんを知っている?何者?」

 

あたしと美来ちゃんが声のした方に目を向けると、そこには沙織ちゃんと弘美ちゃんが居た。

 

「あれ?沙織ちゃんも弘美ちゃんもどうしたの?ご飯に行ったんじゃないの?」

 

「ああ、あたし達はもうご飯も食べ終えて…」

 

「双葉と栞がこのイベント会場でアクスタを買いたいと言ってたので、時間もあまりないのですが、グッズだけ買うとの事で…」

 

なるほど。ふたにゃんちゃんとしおりんちゃんもこのゲームが好きなのか。うん、超仲良くなれそう。

 

「沙織、弘美、ごめんね。待たせちゃって。

あれ?梓さんに美来ちゃんも?」

 

「双葉!あんまり時間も無いし先に屋上行こ!開封式はそこで!」

 

「あ、ああ、うん、そだね」

 

あ、FABULOUS PERFUMEのみんなはこれから屋上に行くのかな?

 

「あ、そうだ。梓さんも美来ちゃんもこれから一緒に屋上に行きませんか?もし良かったらですけど」

 

今からあたし達も屋上に?

 

「しおりんは屋上で開封式をするの?」

 

「うん、そだよ。あ、もしかして美来さんもアクスタ買った?ボクの推し来なかったら交換しない?推し被りしてなかったらだけど」

 

「……お母さん、あたしは今からしおりん達と屋上に行ってくる」

 

あはは…。

今から屋上かぁ。あたしもこの後は用事は無いし。

 

「じゃあ、あたしもご一緒しようかな」

 

 

 

 

あたしと美来ちゃんはFABULOUS PERFUMEのメンバーと一緒に屋上に行く事にした。

そこには小さなステージがあり、ステージ前には観覧用のイスが並べられていた。

 

今から誰かのミニライブでもあるのかな?って思ったけど、ステージには『執事戦隊セバスマン』と看板がかけてあった。特撮物のショーがあるのかな?

 

 

「席がちょうど空いていて良かったわね」

 

「ちょうど空いてたっていうか、あんまり人も居ないけどね…」

 

弘美ちゃんの言ったように、この会場にはさほど人は居なかった。

 

観覧席には子供ばっかりだもんね。

まわりにはチラホラ若い学生っぽい男女も多いけど…。

子供達にまじって観覧席に座るのが恥ずかしいのかな?

 

「まぁ、チビッ子が来たらボク達は立てばいいんじゃない?それより開封式~っと♪」

 

「ちなみにしおりんは誰推しなの?あたしとお母さんは隆弥くん推し」

 

「お?美来さんと梓さんは隆弥推しなんだ?ボクは悠聖(ゆうせい)推しだよ」

 

え?しおりんちゃんの推しは悠聖くん?

 

「む、悠聖くんならお母さんが当たっていたはず」

 

「まじで?梓さん、ボク悠聖は無限回収したいくらいだから、隆弥が出たら交換しますよ?」

 

「しおりんちゃんありがとう~」

 

「あ、美来ちゃん。私は刀児(とうじ)くん推しなんだけど、刀児くん持ってない?」

 

「ふたにゃんさん!?

刀児くんならあたしが持っている。もし、隆弥くんが当たったら是非交換して欲しい」

 

 

 

〈〈〈執事戦隊!セバスマン!!〉〉〉

 

 

\\ワァー!!//

 

パチパチパチパチパチ……

 

 

 

あ、特撮のショーが始まっちゃった。

 

「まず1個目~。………お!いきなり悠聖が来た!!

ふひひ、ボクは推しに愛されている」

 

ん?あれ?ショーは見なくてもいいの?

 

そう思ってFABULOUS PERFUMEのメンバーに目をやると、しおりんちゃんとふたにゃんちゃんはアクスタの開封式をしている。そして、沙織ちゃんと弘美ちゃんは2人で何かを話している様子だった。

 

あ、美来ちゃんはステージに目が釘付けになってる。

 

 

『セバスレッド!』

 

\\ワァー!//

 

『セバスブルー!』

 

\\ワァー//

 

『セバスグリーン!』

 

\\ワァー//

 

『セバスカレー!』

 

\\ワァー//

 

え?カレー?え?衣装は黄色みたいだけどイエローじゃないの?

 

『セバスショッキングピンク!』

 

\\ワァー//

 

ショッキングピンク!?

ピンクでいいじゃん!?

 

『セバスブラック!』

 

\\ワァー//

 

あ、普通に戻った。

 

『セバスオフホワイト!』

 

\\ワァー//

 

も、もうつっこまないよ?

 

『セバスゴールド!』

 

-シ~ン

 

何でシーンとしちゃったの!?ゴールド良くない!?

思わずつっこんじゃったよ!?

 

『セバスシルバーシート!』

 

\\ワァー//

 

シート!?え!?

 

『セバスブラウン!』

 

\\ワァー//

 

『セバスバイオレット!』

 

\\\\ワァー!キャー!!////

 

なんでバイオレットだけこんなに歓声大きいの!?

 

『セバスコバルトブルー!』

 

\\ワァー//

 

何人居るの!?戦隊だよね!?もう12人だよ!?

 

『セバスゼブラ!』

 

\\ワァー//

 

ま、まだ居るの…?

 

 

 

 

「梓さん!はい!隆弥!!」

 

「ありがとうしおりんちゃん!はい、悠聖くん」

 

「お母さんも無事に交換出来て良かった」

 

「美来ちゃんもありがとね。私も美来ちゃんのおかげで無事に刀児くんお迎え出来て良かったよ~」

 

あたし達は無事にアクスタの交換をする事が出来た。

でも今はそれよりも…。

 

 

『セバスタイガー!』

 

\\ワァー//

 

本当に何人居るの!?もうステージに上がれなくてステージ下に半分以上居るし!

それにもう色じゃなくて動物になってるしね!

 

『セバスフェニックス!』

 

\\ワァー//

 

『57人合わせて…』

 

『『『『執事戦隊セバスマン!』』』』

 

\\\\ワァー!キャー!イヤッフー!////

 

57人って…。

これって怪人とか戦闘員とか出てきたらこの場がカオスにならない?

 

 

そしてヒーローショーは開始された。

怪人や戦闘員が出て来る事もなく、何か昔の昼ドラみたいなドロドロとした恋愛模様のストーリーだった。

てか、ここ子供多いよ?いいの?そんな内容のショーをやって…。いや、ストーリーはちょっと先の展開が気になるレベルには面白いけどさ…。

 

ショーが始まって15分程が過ぎた後、舞台袖から狭い中を一生懸命掻い潜って怪人らしき人が出てきた。

 

 

『カーカッカッカ!俺様の名前はカニ怪人!!お前らセバスマンを一人残らず抹殺してやる為にここに来たのだ~!』

 

『『『『な、なんだと!?』』』』

 

 

本当になんだと!?って展開だよね。

57人相手に怪人1人だけって…。この怪人強いの?

 

 

『カーカッカッカ!戦闘員共は全員有給休暇中だからな!俺様1人で貴様らの相手をしてやるー!』

 

 

戦闘員は全員有給休暇って…。

でも本当にこの怪人さんは57人を相手に戦うのか…。

 

 

『カーカッカッカ!この人数相手に勝てる訳もない!

そこでセバスレッド!貴様に一対一の決闘を申し込む!』

 

 

あ、勝てる訳ないんだ?そりゃそうだよね。

 

 

『なにぃ!?一対一の決闘だと!?』

 

『レッド!こんな決闘を受ける必要はないわ!私達全員でカニ怪人と戦いましょう!』

 

 

うわぁ…ショッキングピンクもえげつない事言うね。

 

 

『ショッキングピンク!その通りだな!

おい!カニ怪人!!俺達は57人で力を合わせて貴様を倒す!!』

 

 

57人で力を合わせてって…。それもうフルボッコじゃん…。

 

 

『『『『そこまでだ!』』』』

 

 

ん?え?ここに来て新キャラ?あ、怪人の助っ人かな?

 

そしてステージから数人のセバスマンが下りて、ステージ上にはレッドとショッキングピンクとカニ怪人だけになった。そして舞台袖から現れたのは…。

 

 

『セバススプリング!』

 

\\オォー!//

 

 

ここに来て追加のセバスマンなんだ?

 

 

『セバスサマーだよ!』

 

\\オォー!//

 

『セバスオータムですわ!』

 

\\オォー!//

 

『セ、セバス…ウィンター…』

 

\\オォー!//

 

 

セバスマン4人追加か。これで61対1…。

 

 

『ま、まさかキミ達は新しい戦士なのか!?』

 

『ええ、そうですわ』

 

『セバスマンのピンチを聞きつけて、私達は助っ人に来たんだよ!』

 

 

ピンチ…?何のピンチなの?

 

 

『さぁ、ここは俺達に任せて!』

 

『そ、そうだぜ…こ、ここは俺達に…』

 

『ああ!ありがとう!!自己紹介といきたい所だが!

まずはこのカニ怪人を倒してからだなっ!』

 

 

そしてレッドはカニ怪人に近付いて行き…

 

 

『レッドパーンチ!!』

 

 

カニ怪人にパンチをした。

 

 

『ぐわぁぁぁぁ!!やられたぁぁぁぁ!!』

 

 

そしてカニ怪人はフラフラしながら舞台袖へと戻って行った。いや、結局レッド1人で勝ってるしね…。

 

 

『今日も俺達セバスマンの活躍で悪の驚異を倒し、世界に平和がもたらされた。だが、この世に悪がいる限り、俺達セバスマンに安息の日々は無いのだ!』

 

 

いや、さっきめちゃ昼ドラってたよね?

確かにドロドロしすぎてて安息では無さそうだったけど。

 

ん?あれ?

 

セバスレッドがステージの真ん中で喋っている中、他のセバスマン達はステージに何かを運んで来ていた。

 

あれはギターとベースとドラムセット…?

 

「あ、そろそろ始まるかな?」

 

始まる…?

 

「さっきのショーもある意味面白かったけど今からが本番ね」

 

「ああ、あたしもせっかくの公休に来たんだし楽しませてもらいたいね。意外とさっきのショーも見いっちゃったけど」

 

そっか。何か変だと思ってたけど、FABULOUS PERFUMEのみんなはさっきの特撮ショーじゃなくて、これから始まる何かを観に来たのか。

 

楽器が運び込まれてるって事は、誰かのミニライブかな?

 

「ねぇしおりん。今から何が始まるの?ライブ?」

 

「あ、うん。

どうもね、このセバスマンの主題歌をCanoro Feliceが歌う事になったみたいで、今日は新曲お披露目ライブやるみたいなんですよ」

 

「「Canoro Feliceの新曲お披露目ライブ!?」」

 

Canoro Feliceって澄香の言ってたバンドだ。

こないだ引っ越しの時もお世話になったもんね。

 

へぇ~、今から新曲お披露目のミニライブがあるんだね。すっごく楽しみ!今日は来て良かったな♪

 

「Ailes Flammeのみんなも誘ったんだけど、今日はファントムとは別のライブハウスで、evokeがゲスト出演するライブがあるみたいでさ。Ailes Flammeとたか兄はそっちに行ってるんですよ」

 

「ん?タカくんも?」

 

「うん。何かevokeをゲストに呼んだバンドさんが、たか兄の昔のお友達なんだって」

 

へぇ~、タカくんの昔のお友達かぁ。

もしかしてあたしの知ってる人かな?アルテミスの矢に居たバンドとか?

 

 

『みんなー!こーんにーちはー!』

 

\\こんにちはー!//

 

 

セバススプリングが観客席に向けて挨拶をした。

ステージ上ではセバススプリングがセンターに立ち、セバスサマーがギターを構え、セバスオータムがベースを、セバスウィンターがドラムの前に立っていた。

 

あの追加戦士の4人がCanoro Feliceくんだったんだね。

 

 

『それでは聴いて下さい!執事戦隊セバスマンのテーマソング!ヒーロー ~one for all~(ひーろー わんふぉーおーる)!!』

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

……すごい。さすが澄香が絶賛するバンドだ。

子供達が覚えやすいように、口ずさみやすいメロディーに、みんなで踊りやすいダンス。

一見子供向けな曲だけど、歌詞はしっかり大人の心にも響くような単語を選んで作られてる。

 

「みんな演奏技術が格段に上がってるわね」

 

「ああ、一瀬のダンスも子供達にも覚えやすいシンプルなダンスだし、本当に良い曲だな」

 

「うん。今度は私達のゲストって形じゃなくて、対バンをやりたいね」

 

「むー!松岡 冬馬め!ボクももっと練習しなくちゃ!」

 

「Canoro Felice…。演奏を観るのは初めてだけど、4人共なかなかやる。だけどまだあたし達の敵じゃない」

 

 

『ありがとうございました!執事戦隊セバスマンのテーマソングでした!そして俺が……』

 

 

そう言ってセバススプリングは頭に被っていたマスクを外した。

 

 

『Canoro Feliceのダンスボーカル!一瀬 春太です!』

 

\\キャー!春くーん!!//

 

 

へぇ、女の子のファンでいっぱいだ。

Canoro Feliceってもうこんなに知名度があるんだね。

 

 

『そして私がギターの夏野 結衣です!よろしくね!』

 

\\ワァー!ユイユイちゃーん!//

 

 

さすが元Blue Tearのユイユイちゃんだよね。

この子は男の子のファンでいっぱいだ。

 

 

『ベースの秋月 姫咲です。よろしくお願い致します』

 

\\ブヒィー!姫咲様ぁぁぁ!//

 

 

え?姫咲ちゃんのファン層って……。

 

 

『ドラムの松岡 冬馬です。よろしく』

 

\\冬馬くーん!//

 

 

松岡くんも女の子に人気みたいだね。

 

「冬馬~♪」

 

ふたにゃんちゃんが小さい声で松岡くんの名前を呼びながら小さく手を振っていた。

あ、もしかしてふたにゃんちゃんって。

フフン、お姉さんにはわかってしまいましたよ?

いいねぇ。青春だねぇ~。

 

 

『次は俺達のミニライブです!みんな、盛り上がっていこう!』

 

\\はーい!//

 

 

『んじゃあ行くよ!まっちゃんも準備いい?

Canoro Feliceで!』

 

『『『『Friend Ship』』』』

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

あたし達はCanoro Feliceのミニライブが終わった後、少しカフェでお茶を飲みながら談笑し、デパートを出て駅へと向かっていた。

 

本当にかっこよくて可愛いバンドだったな。Canoro Felice。

 

Canoro Feliceのメンバーは明日もショーとミニライブがあるらしく、これから居残りで打ち合わせだそうだ。

 

 

『明日もショーもミニライブもありますんで、是非明日も来て下さいね!ショーの方は今日の続き!復活カニ男です!楽しみにしてて下さいね!』

 

 

復活カニ男…。正直観たいと思ってしまった。

 

 

そして、沙織ちゃんと弘美ちゃんは、この後Noble Fateの木南 真希ちゃんって子とご飯の約束をしているらしく別れ、ふたにゃんちゃんとしおりんちゃんは、バイトという事で駅で別れた。

あたしと美来ちゃんもここでお別れだね。

 

「じゃあ…美来ちゃん」

 

「うん。お母さん…毎日LINEする」

 

「うん。待ってるよ」

 

そして美来ちゃんはあたしの乗る電車のホームまで車イスを押してくれていた。あたしの乗る電車の向かい側が美来ちゃんの乗る電車。どっちかの電車が来たら…。

 

って、それよりあたしって電車で来たら良かったんだね…。

 

「じゃあお母さん。あたしはここまでだけど迷子にならないように」

 

「うん。美来ちゃんも迷子にならないようにね」

 

「あ、そうだ。ちょっと待って」

 

ん?何だろう?

美来ちゃんは首もとをゴソゴソとしだした。

 

「これ。お母さんから預かった御守り。返しておく」

 

この御守りは…。

あたしが初めてタカくんに会った頃に買った御守り…。

ずっと持っててくれたんだ…。

 

「ずっと持っててくれたんだね。ありがとう」

 

「ちゃんと返せて良かった」

 

でもこれは。この御守りは…。

 

「美来ちゃん」

 

「ん?何?」

 

「これはあたしが美来ちゃんにあげた御守りだよ。

だから、これはずっと美来ちゃんが持ってて」

 

そう。この御守りは15年前にあたしが美来ちゃんにあげたんだ。

 

「いいの?でも、お母さんはあたしにこの御守りを渡したりしたから…」

 

「あの事故は御守り関係ないよ。それにあたしは御守り無くて車にひかれても無事だったんだしね」

 

「お母さん…」

 

あたしは御守りを渡そうとする美来ちゃんの手を握って…

 

「これは…美来ちゃんの御守りだよ。お母さんからのプレゼント。あはは、こ、こんな汚い御守りで悪いけど…」

 

「お母さん…」

 

 

『〇番ホームに電車が参りま………』

 

 

あ、美来ちゃんの乗る電車が来ちゃうね。

 

「ほら、美来ちゃん、電車来ちゃうから」

 

「お母さん…わかった。ありがとう」

 

そして電車が到着し、美来ちゃん電車に乗り込んだ。

 

「それじゃ…お母さん」

 

「うん。またね」

 

「お母さんが託してくれたこの恋愛成就の御守り。ずっと大切にする。お母さんの想いも」

 

ありがとう美来ちゃん。

あはは、あたしの想いもとか言われたら照れちゃうね。

 

「だから、お母さんの意志を継いで、あたしがタカくんと結婚してみせる」

 

ん?え?タカくんと結婚って何?

 

「お母さんが成就出来なかった恋愛を、あたしが必ず成就させてみせる!この御守りの為にも!」

 

「え?あの…?美来ちゃん?」

 

「ありがとうお母さん。いやー、でもタカくんと結婚かー。お母さんに恋愛成就を託されたから仕方ない。本当はタカくんと結婚なんて嫌なんだけど。マジ嫌だけど」

 

「え?ちょ、ち、違…」

 

-プシュー

 

そして電車のドアは閉まってしまった。

 

……え?は?

 

まさか…まさか美来ちゃんも…?

あ、あた…あたしの遺伝子ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!

 

 

 

 

あたしは今の家の最寄りの駅に着き、1人で少し考えていた。いや、タカくんの事じゃないよ?

いや…本当は少しは考えてたけど…。

 

 

Ailes FlammeとLazy Windのライブを観て考えた事。

そして今日のCanoro Feliceのライブを観てしたいと思った事。

 

あたしは日奈子に電話を掛けた。

仕事中かも知れないけど大丈夫かな?

 

 

『もしもし?梓ちゃん?』

 

「あ、日奈子。ごめんね、仕事中だった?」

 

『ううん。大丈夫だよ。そろそろ帰ろうと思ってたし』

 

「そっか。良かった。

それでごめんね…。手塚さん…いるかな?」

 

『ん?手塚?あいつも休日出勤してたみたいだし、まだ居るんじゃないかな?』

 

「もし良かったら手塚さんに代わってくれない?」

 

『手塚に代わるとか嫌だけど、梓ちゃんの頼みならしょうがないね。ちょっと待ってて』

 

そして日奈子は手塚さんに電話を代わってくれた。

そして…私は…。

 



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第8話 15年前の遺志

「いやー!今日のevokeも最高にかっこ良かったな!」

 

「ああ、オレ達もライブやりたくなって来るよな」

 

「渉も亮も…。僕もライブやりたいけど曲作りもしなきゃだよ?来月はハロウィンだよ?」

 

「あ、そうだよな?ハロウィン編ってどうなるんだろ?」

 

「渉くんもメタな事言ってないで…。

それよりたか兄はボクらと一緒に帰って良かったの?evokeをゲストに呼んだバンドさんって、たか兄の友達のバンドじゃないの?」

 

「あ?いや、あのバンドは…なんつーか。

あいつらは俺らBREEZEとよく対バンやってたバンドの後継者的なバンドでな。あいつらは4代目で、あいつらのプロデュースしてんやつが、俺の知り合いなんだわ。知り合いってだけで友達じゃねーし」

 

「4代目?」

 

「ああ、俺の知り合いのやつらも、あのバンドの3代目だっけかな?」

 

「ふぅん、変なの」

 

俺の名前は葉川 貴。

今日はAiles Flammeの4人と一緒にevokeのライブを観に来ていた。evokeはゲスト参加なんだけどな。

 

俺はせっかくの土曜日だし、ゆっくりと惰眠を貪りたかったのだが、渉にevokeのライブに行こうと誘われた。

いつもの俺なら何か適当な理由を付けて断るのだが、evokeがゲスト出演するメインのバンドの名前を見て驚いた。

 

ONLY BLOOD(おんりーぶらっど)

唯一の血筋という意味を込めて作られたというバンド名。そのバンドは俺達がまだガキの頃に活躍していたバンドで、その音楽を初代のおっさんから託されたって奴が2代目ONLY BLOODとして活動し、俺達がBREEZEをやり始めた頃に3代目にONLY BLOODが託されたという。

 

3代目ONLY BLOODは俺達BREEZEを敵視して、何度もデュエルをした仲ではあったが、あいつらはクリムゾンエンターテイメントに寄って潰されてしまった。

 

それからONLY BLOODはその遺志も音楽も後世に託される事は無く、そのままあのバカと一緒に消えて無くなっちまったもんだと思っていたが…。

 

「んで?その4代目さんはどうだった?」

 

「ん?ああ、ONLY BLOODか?

まぁ、あのバカがプロデュースしてるだけあって、なかなか良かったな。昔を思い出したわ」

 

ONLY BLOODがあいつらの4代目だと気付いたのは、渉に今日のライブのフライヤーを貰った時。

メインバンドONLY BLOODのメンバー欄に作詞作曲として、あのバカの名前があったからだ。

 

俺も喉の事が無ければ…。BREEZEん時のヴァンパイアとかみたいなダークロックもやれたのかも知れねぇな。

あの時のような高い声が響かせられるなら…。

 

いやいやいや、あんな歌詞とか奈緒と盛夏とまどかの前で見せれないし。うん。Blaze Futureは王道ロックで攻めるのだ。ダークな歌詞は封印です。MCでも下ネタは封印したしな。うん。

 

 

「よう。タカ」

 

「ん?誰だキサマ?」

 

俺がAiles Flammeの4人と楽しく帰宅していると知らないおっさんに話し掛けられた。やだ怖いわ。

 

「なぁ、にーちゃん。あの人SCARLETの手塚さんじゃねーのか?」

 

「手塚…?知らんな」

 

俺は渉にそう言って、そのおっさんを無視して帰ろうとした。

 

「今後のSCARLETに関しての大事な話だ。つまりファントムのバンドにとっても大事な話だって事だな」

 

くっ…こ、こいつ。

俺の弱点をついて来やがって…。

 

「大事な話って何だよ」

 

「ちょっと着いて来い。Ailes Flamme、悪いな。そういう訳だからタカを借りてくぜ?」

 

「あ?ここじゃダメなのかよ?」

 

「長くなるからな」

 

はぁ~…しゃあねぇか…。

いつものふざけた態度と違ってマジモードになりやがって…。

 

「渉、亮、拓実、シフォン。悪いけどそういう事らしい。俺はこいつと行って来るわ」

 

「ああ!俺は亮の家で飯食ってからバイトだ!」

 

「拓実とシフォンはどうする?」

 

「僕はこれからバイトだからね。このまま帰るよ」

 

「ボクもバイト~」

 

渉も拓実くんもシフォンもバイトか。

せっかくの土曜日に学生さんは大変ですな。

 

そして俺達は別れ、俺はしゃーなしに手塚に着いて行ってやる事にした。

 

 

 

「おい、どこまで行くんだよ」

 

「黙って着いて来い」

 

「あ?話くらいその辺でも出来るだろうが」

 

「あー!うっせぇな!そよ風だよ!俺の奢りだから黙って着いて来い!」

 

何!?そよ風だと!?しかも奢り!?

って、こいつに奢って貰うのは何かな…。

 

「チ、そんな怪訝そうな面すんじゃねぇよ。

BREEZEの連中とArtemisの連中も呼んでんだ。あいつらも一緒だから心配すんな」

 

あ?BREEZEとArtemisだ?

余計心配になったんだけど?俺、今日は殴られたりしなくて済むよね?

 

 

 

 

その後俺達は電車に乗り、手塚とそよ風にやって来た。

てか、何でさっき渉達と別れたの?

そよ風に来るなら駅まで一緒でも良かったじゃん。

 

俺はそんな事を考えながら、手塚と一緒にそよ風に入った。

 

「あ、タカと手塚。やっと来たね。みんなもう待ってるよ」

 

「おう、晴香悪いな。タカのヤツが素直に着いて来なくてよ」

 

「まぁあたしはタカは結局来ないと思ってたんだけどね。澄香か翔子に迎えに行かせたら良かったのに」

 

ああ、確かに澄香か翔子が迎えに来てたら無駄な問答なんかせずに素直に着いて来てただろうな。殴られたりしたら嫌だし。

 

俺達が晴香に通された個室。

その部屋に入るとトシキ、拓斗、英治、梓、翔子、澄香、日奈子の7人が居たのだが、誰も座らずに立って俺達を待っていた。

 

「あ?何でお前ら座ってねぇの?てか、梓は立ってて大丈夫なの?」

 

「少しくらいは立ってられるし歩けるよ」

 

「はぁ~ん。そうなのか。それで?何で座ってねぇの?」

 

「ああ、俺も手塚さんから呼ばれただけで、何の話か知らねぇしよ。タカと手塚さんが来てから席は決めた方がいいかな?ってな」

 

ああ、なるほどな。

 

「ああ、それでか。待たせちまって悪かったな。じゃあ、奥の席にBREEZEが座って、手前の席にArtemisにするか」

 

「「「「「断る!!」」」」」

 

「あ!?何でだよ!」

 

いや、ほんと何で断るの?

さっさと話済ませて帰ろうよ。

 

「チ、めんどくせぇな。じゃあ適当でいいから好きに座れ。誰が何処に座ろうが話には影響しねぇしな」

 

そう言って手塚は奥に行って座った。

 

「おい、英治。あいついきなり上座に座りやがったぞ」

 

「ああ、ああも堂々と上座に座られるとはな」

 

「手塚め!あたしの部下のくせにあたしに上座を譲らないとは!プンプン」

 

「うるせぇな!今日は俺からお前らに話があるんだからこの位置関係がいいだろうが!それに俺は一番歳上だし、今日は俺の奢りなんだからなっ!こんぐれぇ許せ!」

 

「え?本当に手塚が出すの?じゃあSCARLETの経費は使わせないよ?」

 

「ああ、それでいい。頼むからさっさと座ってくれ」

 

そう言って奥から入り口側に向かって

日奈子、英治、翔子、トシキ

拓斗、梓、俺、澄香

という並びで座る事になった。

手塚は上座だから、日奈子と拓斗の横って形になるな。

 

「何で男女交互に座ってやがんだよ。これは合コンかよ…」

 

「あたしは社長だからね。当然上座だよ」

 

「日奈子には今後のファントムでのライブの事で聞きたい事もあったからよ」

 

「…あ、あたしは久しぶりにトシキさんと飲みたくて。2週間前は隣に座れなかったし///」

 

「あはは、俺は端っこの方が落ち着くし」

 

「俺は久しぶりに梓と隣同士で話したかったからな。梓の隣に座ろうと思ったら必然的にここになっただけだ」

 

「あたしは澄香の事もあるからこの位置関係がいいかな?って…」

 

「俺は梓に無理矢理ここに座らされたんだけど?俺も端っこのが良かったのに…」

 

「タカの隣とか触られそうで嫌だったけど、下座に座る癖が付いちゃっててさ?」

 

いや、お前俺の横嫌だったの?

でも安心してくれ。何より命の惜しい俺はお前に指一本触れるつもりねぇから。

 

「ハァ…まぁいいや」

 

そして手塚はタバコに火を着けた。

 

「さ、適当に好きなの頼んでくれ。乾杯の後に早速話に入らせてもらう」

 

 

 

そして注文したドリンクと食べ物がテーブルに並べられた。本当に飲みながら話すのか。まぁいいけど。

俺もビールを注文したしな。てか、このお話バンドのお話だよね?ライブより飲み会の描写のが多くないか?

 

「よし、飲み物はみんなに行き渡ったな。それじゃまずは乾杯すっか」

 

「待って手塚!!あたし今グレープフルーツ絞ってるから。んしょ、んしょ」

 

日奈子のやつ本当に生搾りサワーが好きだな。

 

「よし!あたしの力じゃここまでが限界!

さ、タカちゃん。残り絞って~」

 

「めんどくせぇ」

 

こいついつもこれだよな。

何でいつも俺が最後に絞らされるの?

俺より澄香とか翔子の方が絶対力強いからね?

ま、生搾りの極意は力じゃないけどな。

 

「これはSCARLETの社長として、ファントムのミュージシャンBlaze Futureのタカちゃんへの社命なんだよ」

 

「アホか」

 

「今度、うちからバンやりのクリアファイル出すんだけど?」

 

「日奈子。グレープフルーツを寄越せ。俺が生搾りの極意を見せてやろう」

 

「こいつは本当に安いな…」

 

うふふ、バンやりのクリアファイル?何それ。

もうめっちゃ楽しみなんですけど?

 

俺はグレープフルーツがしわくちゃになるまで絞り倒し、日奈子に渡してやった。あ~…手にグレープフルーツの匂いがうつっちゃった。微妙にくせぇ…。

 

「さて、これで準備はいいな。それじゃ乾杯すっか」

 

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

そうして俺達の飲み会は始まった。

あ、飲み会って言っちゃったよ。

 

 

「さて、早速だがな。ここにお前らを呼んだのは…」

 

「ねぇ、英治ちゃん。ファントムのライブの事で聞きたい事って何?」

 

「ん?ああ、それなんだけどよ」

 

「トシキさん。こうやって飲むの…久しぶりだね///」

 

「あはは、そうだね」

 

「梓…。お前は弱いんだから、あんま飲み過ぎんなよ?」

 

「もう!拓斗くんは!あたしもアメリカでの生活でお酒強くなったんだよ?」

 

「俺ビールおかわり」

 

「タカはいつも飲むの早いよね」

 

俺達は飲み会を楽しんでいた。

 

「いやいやいや!飲み会を楽しんでいた。じゃねーよ!聞けよ!俺の話を!!」

 

「もう!手塚うるさい!」

 

「そうだぜ!久しぶりに梓と飲めてるってのによ!」

 

「日奈子も拓斗も黙れ!とりあえず俺の話を聞け!その後は好きに話したらいいからよ!」

 

「うん、日奈子も拓斗くんも…。まずは手塚さんの話を聞いてくれないかな?」

 

「む!梓ちゃんが言うならしょうがないか…」

 

「梓の頼みならしょうがねぇ。さぁ話せ手塚。手短にな」

 

「あ、俺ビールおかわり」

 

「あ、タカ、あたしもおかわり。トシキさんもおかわり頼みます?」

 

「ありがとう翔子ちゃん。俺は大丈夫だよ」

 

「チ、まぁいいか。お前ら俺がクリムゾンのミュージシャンだった頃、思い描いていた夢を覚えているか?」

 

あ?手塚の思い描いていた夢?

 

「う~ん、知らないかな?英治ちゃん知ってる?」

 

「あ?クリムゾンにいた頃の手塚さんは、クリムゾングループに潰されてしまったバンドを救済してただけじゃねぇのか?翔子は知ってるか?」

 

「え?手塚の事とか興味ないし。トシキさんは知ってますか?」

 

「俺も英ちゃんと同じ印象かな?そう言えば何でミュージシャンになったのかは知らないかな?宮ちゃんは知ってる?」

 

「手塚の夢って聞いた事あったか?梓は何か知ってるか?」

 

「タカくんは知ってる?」

 

「んあ…。手塚プロデュースのバンドでエクストリームジャパンフェスに出場して優勝する事…だったか?」

 

「え!?タカは知ってたん!?

エクストリームジャパンフェスで優勝って…。それ…私達Artemisの夢でもあったじゃん…」

 

「タカは覚えていたか」

 

「いや、お前俺以外にもこの話したの?知ってたのが俺だけじゃねぇのか?」

 

そう。手塚の思い描いていた夢。

これを俺が聞いたのは、15年前の俺のクリムゾンエンターテイメントとのラストギグの前日。

俺の喉が壊れ、手塚の左腕が壊れた前日の事だ…。

 

「ちょ、ちょっと待てよ。手塚さんプロデュースって何だよ。そもそも手塚さんはミュージシャンだったろ。自分が優勝したいとかよ…」

 

「俺は俺の実力もわかってるしな。それに当時の俺はクリムゾンエンターテイメントのミュージシャン。既にデビューしているミュージシャンは、あのフェスには参加出来ねぇだろ」

 

「それはそうかも知れないけどさ。手塚、あんたまさかファントムの子達を、エクストリームジャパンフェスに参加させたいって話?」

 

「ちょっと待って澄香ちゃん。それも無理じゃない?ファントムのバンドは、ファントムでデビューしてる事になっちゃってるし」

 

あ?それもそうか。

俺もファントムのバンドをエクストリームジャパンフェスに参加させたいとか言い出すのかと思ったんだが…。

 

「それはそれで面白そうなんだがな。まぁ、その場合は俺プロデュースって事が出来なくなる。それにあいつらとの約束は反故にしたくねぇし、お前らもあいつらには自分達の好きな音楽をやらせてやりてぇだろ?」

 

「ま、まぁね。じゃあ何なの?」

 

「そこでだ。俺と梓でも話したんだがな。俺のプロデュース、Artemisのプロデュース、そしてBREEZEのプロデュースでそれぞれバンドを結成させてぇ。どうだ?」

 

あ?俺達でバンドをプロデュースだぁ?アホかこいつ。

 

「手塚ってアホだと思ってたが、本当にアホだったな。意味がわからねぇ。特に俺はLazy Windがあるし、タカにはBlaze Futureがあるだろうがよ。他のバンドをプロデュースなんかしてる時間ねぇよ」

 

「タカ。お前はどうだ?お前はBlaze Futureになってからはダークロックを1曲も作ってねぇ。いや、今のお前の歌声じゃ作ったとしても歌えねぇだろ?作って届けたいと思わねぇか?あの頃のBREEZEの歌を!」

 

こいつ…。俺もあの頃のような歌を届けてぇって思う事はある。今の俺にはあの頃のような声はねぇわけだしな。だが…。

 

「お前はアホだな。俺も拓斗と同じ気持ちだ。そもそもBREEZEプロデュースって何だよ。そんな曲でやるなら俺プロデュースになるじゃねーか。だから俺はパス。

トシキと英治はやりたいならいいんじゃねぇか?」

 

「あはは、確かに俺も音楽から離れちゃってるしね。

でも、元BREEZEのギタリストとしてなら、ちょっと面白そうとは思っちゃったかな」

 

「俺もそうだな。俺もタカや拓斗やファントムのみんなを見てて、バンドをやりてぇって気持ちもあったからな。プロデューサーとしてならやれそうだし面白そうって思ったけどな」

 

あ?トシキと英治は面白そうって思ってんの?

それはそれで俺もあいつらの音楽を観てみたい気もするな。

 

「ねぇ、手塚。さっきあんた梓と話したって言ってたよね?それって梓はやるつもりだって事?」

 

「澄香…。うん、あたしもやりたいって思ったんだ。この前Lazy WindとAiles Flammeのライブを観て、今日はCanoro Feliceのライブを観て…」

 

「へ!?か、Canoro Feliceのライブ!?今日!?

ちょっ…私何も聞いてないんだけど!?え!?何で!?」

 

あ?Canoro Feliceのライブって商店街主催のヒーローショーのやつか?栞に誘われたけど今日はevokeのライブあったし行けなかったんだよな。

 

「う…うぅ…お嬢様…何故なのですか…じいやは…じいやは…うぅ…」

 

おいおい、喋り方がセバスになってんぞ?

てか、何でCanoro Feliceは澄香に内緒で?

 

「ぇ~…澄香聞いてなかったんだ?話さなきゃ良かったかな…」

 

「それより梓。お前はやるつもりなのか?」

 

「ん?ああ、うん。あたしももう歌うのは無理だしね。

でも、あたしのあの頃の歌。今のArtemisの…あたしの曲をプロデュースしたいなって思って…」

 

「まぁ、あたしもパスだ。でもあの頃は梓が作詞も作曲もしてたしな。お前がやりたいなら止める事もないよ」

 

「ありがとう翔子」

 

梓もやりたいって思ったのか。そうだよな。

エクストリームジャパンフェスで優勝したら、メジャーデビューの扉が開かれる。ようはメジャーデビューのオーディションみたいなフェスだ。

Artemisはそこで優勝してメジャーデビューするのが夢だったしな。

 

「ま、手塚も梓もやりてぇんならやったらいいんじゃねぇの?音楽は自由に楽しくやるもんだしな。あ、俺ビールおかわり」

 

「タカ。俺の話をちゃんと聞いていたか?」

 

「あ?ようはお前プロデュースのバンドと俺達プロデュースのバンド、そしてArtemisプロデュースのバンドを結成してエクストリームジャパンフェスに出場させてぇって事だろ?俺は嫌だけどお前らは好きにしたらいいじゃねーか」

 

「フッ」

 

あ?この野郎…。何鼻で笑ってんの?やんなら表出んぞ?渚とか理奈呼んじゃうぞ?

 

「タカくん。手塚さんはエクストリームジャパンフェスに出場させたいとは言ってないよ」

 

あ?

………確かに手塚はエクストリームジャパンフェスに出場したいとは言ってねぇな。でも、それがあいつの夢だったろ?

 

「タカ。15年前にな。俺の夢は変わったんだ」

 

「は?どういう事だよ」

 

「俺は俺のプロデュースするバンドで、BREEZEとArtemisを越えるバンドを作りてぇんだ。俺にとってBREEZEとArtemisはな、エクストリームジャパンフェスで優勝するよりも尊い目標になったんだよ」

 

手塚…。お前…。

こいつ…何も言えなくなるような事言いやがって…。

 

「俺はクリムゾンエンターテイメントの四天王と呼ばれた男でありながら、BREEZEともArtemisともデュエルする機会は無かった。まぁ、お前らの音楽の方が俺には合ってると思ったしな」

 

「それで…お前のプロデュースするバンドと俺達のプロデュースするバンドでデュエルして勝ち負け決めてぇって事か?」

 

「少し違うな。

勝ち負けはどうでもいい。俺達がプロデュースしたバンド。そいつらがどれだけ楽しんでバンドやれるか。それを観てぇだけだ」

 

どれだけ楽しんでバンドやれるか?

 

「お前も今日、ONLY BLOODのライブ観て思ったんじゃねぇか?BREEZEが、お前が喉を壊さなかったら、あの時のお前らしい音楽をもっとやれたんじゃねぇかってよ」

 

「おい手塚。テメェそれ以上タカの事を…」

 

「拓斗いいよ。気にすんな」

 

「でもよ…」

 

お前が俺をメジャーデビューさせてぇって思ってたのもわかってるよ。だからこの話はお前にとっても辛いかも知れねぇ…。

 

「ちょっ!タカ!テメェ俺の事なんか気にしてんじゃねーぞ!?」

 

「は?俺がお前なんか気にする訳ねぇだろ。自意識過剰もここまで来ると怖いからな?」

 

「だったら……いいけどよ」

 

いやいやいや!文句のひとつも言ってくれよ!

はぁ~…拓斗も気にし過ぎだっつーの。

 

「タカ。この話をお前らBREEZEやArtemisの前でしたのは他でもねぇ。お茶らけたりせずに真面目に聞け」

 

あ?普段から俺は真面目ですけど?

 

とは、思ったが手塚の野郎もマジモードだな。

さっきからスパスパ煙草ふかせやがって…。

 

 

「俺は佐倉 奈緒をボーカルとしてバンドをプロデュースしたい」

 

 

 

………は?

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

-ドン!!

 

うお、びっくりした。

つい大声出しちゃったからか、隣の個室の方に壁ドンされちゃったぜ…。俺とした事が…。

 

「ちょ、手塚お前何言ってんだよ。マジでしばくぞ?鼻毛全部抜いてやろうか?お?」

 

「ちょっと…タカくん落ち着いて」

 

「おい、手塚さん。さすがに奈緒ちゃんは無いだろ。奈緒ちゃんはBlaze Futureのギタリストだ。タカじゃなくても俺もしばきますよ?その眉毛全部剃りますよ?」

 

「英治ちゃんも落ち着いて!手塚!お前は今日でクビ。明日から会社来なくていいよ!」

 

「ひ、日奈子ちゃん落ち着いて…」

 

「日奈子。トシキさんが落ち着けって言ってるでしょ?落ち着きなさい」

 

手塚め…。大人しく話を聞いてたら奈緒をボーカルにバンドをプロデュースするだと?

奈緒はもう歌わせる訳には…。

 

「タカ。お前の気持ちもわかる!

だがよく考えろ!お前は佐倉 奈緒の歌声を聞いてどう思った!?クリムゾンエンターテイメントや海原に怯えてあいつの歌声を腐らせるのは勿体ねぇと思わねぇのか!?」

 

「クリムゾンエンターテイメントや海原に怯えてるだぁ?んな訳ねぇだろ」

 

「だったら何を拒む?」

 

「あ?だから…奈緒は俺達Blaze Futureのギタリストであって…」

 

「それが理由か?お前は佐倉 奈緒の歌を聞いてギタリストでいいと思ってんだな?それが葉川 貴の…」

 

「うるせぇよ!手塚!!」

 

わかってる。俺も奈緒の歌はすげぇって思ってる。

出来る事なら奈緒にも歌ってもらいてぇ。

奈緒がBREEZEのTAKAに憧れてくれたように、俺も奈緒の歌にドキドキした。憧れに近い気持ちを持った。

 

あれだな。奈緒とまだ知り合ってなくて、奈緒の歌を聞いてたらうっかりファンになっちゃってたレベルまである。

 

「俺は何も佐倉 奈緒をボーカルにして、ライブハウスやファントムでライブをやって行きたい訳じゃねぇ。

デビューさせたりクリムゾンとデュエルするような真似もさせるつもりもねぇ。もちろんエクストリームジャパンフェスにも参加するつもりもねぇ」

 

あ?バンドをプロデュースするのに、ライブもやらずにクリムゾンとデュエルもさせない?

クリムゾンとデュエルしねぇなら…って気もするが、ライブやらねぇなら何でバンドやんの?アホなの?

 

「フッ、佐倉 奈緒はあくまでもBlaze Futureのギタリストだ。だが、それと同時にファントムに所属するバンドマンであり、SCARLETのタレントという位置付けではある」

 

こいつさっきから何を…。

 

「覚えているか?SCARLETで番組を作りてぇと言った話を。俺のプロデュースするバンド、お前らのプロデュースするバンドはSCARLETの企画バンド。その番組内でのみ活動するバンドだ。

まぁ、人気が出りゃ番組のイベントライブとかもするつもりだけどな」

 

SCARLETの企画バンド…?

確かに番組内のみとか、番組のイベントとしてってんならクリムゾンとデュエルするような事は回避出来るか…。クリムゾンがイベントに乗り込んで来たら完全アウェイだし、その場で俺も乱入してBlaze Futureとしてデュエルやりゃいいしな…。

 

「どうだタカ。お前の心配するような事にはならねぇだろ?どうだ?」

 

「ちょっと待てよ手塚さん。それなら、手塚さんがプロデュースせずに、タカに奈緒ちゃんをプロデュースさせたらいいじゃないですか。奈緒ちゃんも憧れのBREEZEのTAKAプロデュースとかなら大喜びしそうですし」

 

 

-ドン

 

 

うわっ、びっくりした。

また隣の個室の方に壁ドンされちゃったよ。

俺らちょっと熱くなりすぎて、声が大きくなっちゃってたかな…。

 

「英治。だから佐倉 奈緒は俺がプロデュースしてぇって言ってんだろ。それに、タカが佐倉 奈緒をプロデュースするには問題がある。それはタカもわかってるだろう?」

 

「あ?奈緒ちゃんをタカがプロデュースする事に何か問題が?あ、曲じゃなくて子供作っちゃいそうだからとか?」

 

「英治。頼むから黙れ。

そうじゃねーよ。俺が奈緒をプロデュースする問題。

それは奈緒のあの歌声は俺の作った曲じゃ出せねぇ」

 

「あ?どういう事だよ」

 

「奈緒のあの歌声は奈緒が想いを込めて作った歌詞だから想いが乗る。だから、俺が歌詞を作っちまったら意味ねぇんだよ」

 

「その通りだ。俺はさっきも言ったように自分の実力はわかってるつもりだ。昔は俺も作詞をしていたが、どれもパッとしねぇ。曲はスーパーいい曲ばかりだがな」

 

「手塚。それでテメェは奈緒に作詞させて、テメェは作曲しようって事か。それならタカでもよ…」

 

「タカの曲は歌詞が合って、初めてモノになる。それはBREEZEだったお前もよくわかってるだろ」

 

まぁ、そうだな。俺は歌詞書いてイメージして曲付けるもんなぁ。それにあの頃のBREEZEの曲は奈緒の歌声には合わない気もするし。

それにあの頃のBREEZEみたいな歌詞と曲なら、俺の曲に合う歌声をしているのは……。

 

「これが最後の頼みだ。これ以上はもう言わねぇ。

タカ、俺は佐倉 奈緒をプロデュースしてぇ」

 

「はぁ…。まぁ好きにしたらいいんじゃねぇか?

手塚の気持ちもわからなくはないしな。俺も奈緒の歌をもっと聞きたいと思ってたのは事実だしな」

 

 

-ドン!

 

 

ふわっ!?また隣の個室の方が!?

 

「って訳で賛成じゃねぇけど反対もしねぇ。

条件は2つ。奈緒自身がやりたいって言わないとやらせねぇ」

 

「ああ、もちろんだ。それは最優先事項だからな。

それともう1つの条件は何だ?」

 

「…ああ、さっきから隣の個室の方に壁ドンされて怖いし、もう少し小さい声で話そう」

 

「あはは、確かにあたし達うるさかったかもね…」

 

「そういやそれってSCARLETの番組企画って言ってたよな?って事は他のバンドメンバーもファントムのバンドマンから選ぶのか?」

 

「ああ、当然そのつもりだ」

 

「ん?って事は梓もか?」

 

「うん。あたしがプロデュースしたいボーカルは、当然なっちゃんだよ」

 

「渚!?」

 

 

-ドン!

 

 

うおっ!?俺が小さい声で話そうって提案したのに、俺がうっかり叫んじゃったよ。気を付けよ…。

 

「ねぇ。タカちゃんは本気なの?本気でそれやっていいと思ってる?」

 

「ん?まぁ当人がいいって言えばいいんじゃないか?」

 

「手塚も?本気?それSCARLETの番組企画としてやるの?社長のあたしに何の相談も無く?」

 

「ああ、それは悪かったと思ってる。だから今話してんじゃねぇか。俺は本気でやりてぇと思ってる」

 

「う…うぅ……」

 

日奈子?あれ?日奈子泣かせちゃった?

 

「おい、日奈子どうしたんだ?大丈夫か?」

 

「うぅ~……!!やりたいやりたいやりたい!!

あたしもやりたいよー!!」

 

「「「「は?」」」」

 

「タカちゃんと梓ちゃんと手塚だけズルいズルいズルい!あたしもあたしプロデュースの……!!!」

 

「ちょっ…日奈子。声が大きいよ?もう少し静かに…」

 

「………アイドルグループ作りたい」

 

「「「「アイドルグループ!?」」」」

 

「よし、決めた。作る」

 

「お、お前日奈子…」

 

「うるさい!あたしはSCARLETの社長だよ!

だからこうしよう!手塚、タカちゃん、トシキちゃん、拓斗ちゃん、英治ちゃん、梓ちゃん、翔子ちゃん、澄香ちゃん、あたしで9バンドをプロデュースしよう!

よ~し、決定!!あ、これもう社長命令だから」

 

何なのこの暴君様は。

 

「おい、日奈子ふざけんなよ。お前のアホみたいな企画に付き合ってやれる程俺は暇じゃねぇんだよ」

 

「いいの?拓斗ちゃん?」

 

「あ?俺はタカと違ってバンやりとかゲームに釣られる程安くねぇぞ?」

 

拓斗?お前俺の事そんな風に思ってたの?

 

「……昔、あたしのパンツ見た事梓ちゃんにチクっちゃうよ?(ボソッ」

 

「なぁ!?」

 

あ?日奈子のやつ拓斗の耳元で何言ってんだ?

 

「日奈子!テメェ…!」

 

「ねぇねぇ梓ちゃん梓ちゃん」

 

「ん?どうしたの日奈子?」

 

「んとね」

 

「待て!日奈子!やる!俺やるからっ!」

 

「拓斗ちゃんもやってくれるって~」

 

「拓斗くんいいの?」

 

「あ、ああ。もちろんだ…くそっ(ボソッ」

 

あ?拓斗は日奈子に何を握られてんだ?

 

「日奈子。さっき言ったろあたしはパス。

それにあたしはSCARLETのバンドじゃないしな」

 

「翔子ちゃん?いいの?」

 

「いいの?って何がだよ」

 

あ?今度は翔子の横に行ってどうしたんだ?

 

「こないださ?梓ちゃんが日本に帰ってきた日さ?あんこちゃんに会ったんだって?(ボソッ」

 

「あ?ああ、まぁな」

 

「あんこちゃんって実はね?SCARLETで楽器のリペアを担当してもらう為に、あたしが呼んだんだよ(ボソッ」

 

「は!?それであいつこっちに!?」

 

「どうしようかなぁ?あんこちゃんって今はあたしのSCARLETの社員だしな~。あたしはあんこちゃんを応援しちゃおうかなぁ?(ボソッ」

 

「日奈子…テメェ…」

 

「クスッ」

 

長いな。まぁ、翔子は一筋縄じゃいかねぇだ…

 

「わかった…あたしもやるよ…」

 

ろ…って、な…なんだ…と…!?

 

「わぁ♪ありがとう翔子ちゃん!」

 

しかしトシキと英治は面白そうって言ってたし、やるつもりなのかな?澄香はどうすんだろ?

 

「澄香ちゃんはやるよね?」

 

「はぁ…。まぁ、梓も翔子も日奈子もやるのに、私はやらないって何か嫌だし。私もやるよ」

 

「よしよしよーし!楽しくなってきた!」

 

ほんまこいつの脳はピーカンでいいですな。

さて、俺はどうすっかな。

 

Blaze Futureに全力を出したいって思うしな。

でも…あいつがボーカルをやってくれるなら…。

いやいやいや、ないわ。あいつがボーカルやってくれる訳ねぇ。やっぱり僕はBlaze Futureで頑張ります。

 

「手塚!これで全員参加だよ!」

 

「フッ、楽しくなって来やがったな」

 

え?待って。俺はやるなんて言ってないよ!?

 

「あ、それとタカちゃんはBlaze Future、拓斗ちゃんはLazy Wind、翔子ちゃんはGlitter Melody、澄香ちゃんはCanoro Feliceからメンバーを入れるのは無しね」

 

「は!?日奈子!何で!?私はやるなら姫咲お嬢様を…」

 

あ?俺はBlaze Futureから無しなの?

って事は盛夏とまどかは諦めねばならんか…。

いや、まだやるとは言ってねぇし!!

 

「澄香。あたしもそれがいいと思う。

それにあたし女子校の顧問だしな。やるなら野郎共をプロデュースしたいと思ってたし」

 

ああ、そうか。部員って女の子ばっかだもんな。

 

「ま、待って日奈子ちゃん」

 

あ?トシキ?

 

「どしたのトシキちゃん?」

 

「俺はBREEZEの時も作詞、作曲ってやってなかったしさ?いきなり1人でプロデュースって自信無いんだけど…」

 

「ああ、なるほど。そっか。

じゃあトシキちゃんは……翔子ちゃんと一緒にやったら?翔子ちゃんなら部活で作詞、作曲やり馴れてるだろうし、男の子でバンド組むみたいだから、トシキちゃんもその方がやりやすいでしょ?」

 

「あ、そうだね。翔子ちゃん、悪いんだけどいいかな?」

 

「トシキさん…!全然OKです!一緒に頑張りましょう!!」

 

あ?トシキは翔子と一緒にやんのかよ。

 

 

「おこんばんはー!」

 

 

え?

いきなり俺達の個室の部屋が開かれたと思ったら、そこには晴香とまどかが立っていた。

まどか…?何でまどかがここに?

 

「兄貴。話は聞いたよ。兄貴プロデュースでバンド作るんだってね」

 

「あ?お前どこで話聞いてたんだよ。それに仕事はどうした?」

 

「兄貴!あたしもプロデュースしたかったんだよ!ダンス系イケメンユニットを!」

 

「晴香。お前はきっと疲れてんだな?早く帰れ。

家にはお前の愛する夫と子供達が待っているだろう?」

 

「あ、まどかは何を飲む。あたしはビール」

 

「あ、あたしもビールで…」

 

まどか?こいつどうしたんだ?何でここに?

 

晴香はトシキと澄香の間の席に座り、まどかは英治と翔子との間に無理矢理座った。

 

「ちょ、おま…まどか」

 

「あ、英治ごめんね。翔子さんもすみません」

 

「あ、あたしは大丈夫だよ」

 

翔子はまどかが横に座ってきたせいで、席を詰めたもんだからトシキと近くなったもんね。そりゃ大丈夫だよね。

 

「お前な!狭いだろ!別のとこ座れよ!」

 

「あ、英治?さっきあたしが座る時、あたしの胸が英治の肘に当たったよね?三咲さんに泣きつこうかな?」

 

「まどか、狭いだろもう少し詰めてやるからな。

おい、日奈子お前もっと詰めろ」

 

「もう!何なの英治ちゃん!」

 

英治の野郎。どさくさに紛れてまどかの胸が肘に当たっただと…?何てうらやまけしからん!

 

「ねぇ、タカ…」

 

「あ?」

 

俺がまどかの胸…いやいや、英治の野郎めとか考えてると、まどかが話し掛けて来た。

 

「Blaze Futureは大丈夫だよね?奈緒が別のバンドでボーカルやっても…タカは…」

 

そういやこないだのGlitter Melodyのライブの時。

あの時、奈緒がソロ曲をやって……あん時もお前そんな顔して心配そうにしてたよな。

 

 

あの時俺が思ってしまった事。

 

 

奈緒にボーカルをやらせたい。

 

 

あの日からたま~にだけど悩んでた。

手塚に言われるまでもなく、奈緒の歌声を聞いていきたいと思った俺も居た訳だから。

 

でも今は違う。だから心配すんな。

 

「まどか。お前俺らの話聞いてたの?てか、何でここに居るの?今日はNoble Fateとの合同練習だったんじゃねぇのか?」

 

「あ、うん…。合同練習は上手くいったよ。

スタジオで練習してたら、帰りがたまたまDivalと一緒になってさ」

 

「ああ、そうなの?だったら余計によ…」

 

「あ、だからね。みんなでこの後ご飯に行こうってことになったんだけど、達也さんはこれから夜行バスで関西に行って明日は修学旅行の下見らしくてさ」

 

は!?今から夜行バスで関西!?

達也…お前大変なんだな…。

 

「それで真希さんも今夜は沙織さんと弘美さんとご飯らしくて…」

 

「あ、沙織ちゃんと弘美ちゃんもそう言ってたよ」

 

あ?梓は沙織と弘美に会ってたの?

 

「だから…ご飯は今度にしようって事になって…。あたしが、みんなの予定を纏めて晴香さんに空いてる日を確認に来たら……タカ達の声が聞こえて…。ごめん」

 

あ~、そういう事か。そういやそよ風って予約不可の癖にDival様の予約なら受けるんだっけかな。

 

ん?いや、でも待てよ?

 

「それでお前1人でそよ風来たのか?

奈緒と盛夏はどうしたんだよ。花音と綾乃も一緒じゃないって…」

 

「はぁ…」

 

え?ため息?

 

「だからさっき言ったじゃん。ご飯はまた今度って。

奈緒と盛夏と花音は買い物行って、綾乃は薄情にもあたしを置いて帰ったの!」

 

あ、ああ。さすがまどかだな。ぼっちで可哀想に。

 

「は?ぼっちじゃないし。タカと一緒にすんなし!」

 

いつもの調子に戻ったかな。

はぁ、こいつもめんどくせぇ性格してるよな。

………俺の心が読まれてるのは別として。

 

「英治」

 

「あ?どした?」

 

俺は英治に声を掛けた。俺のこれからの決意を口に出す為に…。

 

「お前も作詞、作曲ってやりなれてねぇんじゃね?」

 

「あ?俺も腐ってもライブハウスのオーナーだぜ?

やりなれてぇ所かやった事もねぇよ」

 

何でこいつその台詞でドヤ顔出来るの?

 

「そか。……おい、まどか」

 

「ん?何?」

 

「俺はBlaze Future辞めるつもりはねぇよ。

でも、昔みたいな曲をな。作りたいって思ってたのは確かだ」

 

「うん。そか。

あたしはそれでいいと思うよ。タカがBlaze Futureを辞めないでいてくれるなら…それでいい」

 

「おう。

だからな、俺はこいつらみたいに…プロデュース業ってかな。それをやろうと思う。Blaze Futureの片手間じゃなくて、そっちも本気でな」

 

「タカくん…」

 

「タカ…。あんた…」

 

「そっか。それがタカのやりたい事なら、あたしは何も言わないよ。でもBlaze Futureを疎かにするなら怒るからね!」

 

「ああ。約束する。でもな…」

 

「でも?何?」

 

「お前がガキの頃した約束も…そのマジだから」

 

「え…?」

 

「俺がバンドやるならお前のドラムで…。お前がドややるなら俺が……ってやつ?あれだ」

 

ああ、俺はみんなの前で何を言わされてるの…?

超恥ずかしいんですけど…。

 

「覚えててくれたんだ…。

奈緒とバンドやるって時はあたしに声掛けなかった癖に」

 

「あ?俺は前だけ見て生きてるからな。そんな過去は忘れました」

 

「は?何それ?忘れてるの?覚えてるの?どっちなの?」

 

「だから…今回の企画バンドの話な。お前はつまんねぇかも知れねぇが……バンドじゃなくてプロデュースやれよ。英治と」

 

「英治と…?英治とあたしで…?」

 

「お!それいいな!まどか、お前もBlaze Futureの宿題とかで作詞、作曲したんだろ?」

 

「え?え…?うん、まぁ…」

 

「だったらよ!編曲とかは俺がやるから、お前と俺でやろうぜ!」

 

「英治が良ければ…うん…」

 

はぁ…何とかなったか。

俺もお前が他のバンドのドラムやるのは…嫌だったしな。

 

「タカ…それ。あたしと昔の約束だからって…」

 

「めんどくせぇから1回しか言わねぇぞ?

約束ってのはあるにはある。だけど……お前には俺以外のバンドではドラムやって欲しくねぇ。何か…嫌だし(ボソッ」

 

「この…すけこまし…」

 

ふぁ!?そんなんじゃねーしな!

お前は妹みたいなもんだしな!それ以上はねぇし!

歳は離れてるけども……!!!

 

「じゃあさ?あたしが高校の頃に、一番の志望大学に合格したら……って約束も覚えてる?」

 

「は?だからお前の入学式には行ったったやん?」

 

「それだけかぁー」

 

え?何?

お前が志望大学に合格したら、スーツ着て保護者面して入学式に来いって罰ゲームだろ?

わざわざスーツ新調して行ったやん?

 

そうして、俺、トシキと翔子、拓斗と晴香、英治とまどか、梓、澄香、日奈子、手塚。

8つのバンドがSCARLETの企画バンドとして誕生することになった。

 

でも俺は…あいつにボーカルを断られたら…。



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第9話 企画バンド

「まどかはボーカルは誰がいいと思う?」

 

「は?英治それ本気で言ってる?あんたどんな感じの音楽したいとか無いの?それに寄ってこの人がいいとかあるじゃん」

 

 

「さすが翔子ちゃんだね。俺もボーカルしてもらうならその子しかいないと思ってたんだ」

 

「そんな…トシキさん…。あたし達…これって以心伝心…?」

 

 

「タカは誰に歌って欲しいとかあるの?」

 

「ああ、もうボーカル、ベース、ドラムは決まってる。問題はギターなんだよな…」

 

「タカくん、さっきまでやる気無さそうだったのに、今はノリノリだね?」

 

 

「企画バンドって事は、そよ風の宣伝に使うのは無理かなぁ…いや、でも…」

 

「な、なぁ。晴香。お前本気なのか?ダンスユニットとか俺が曲作るのか…?」

 

 

「おい、日奈子。お前のせいでカオスになっちまったじゃねーか」

 

「え?でもいいじゃん?楽しいし」

 

「はぁ…柚木 まどかが英治とプロデュースするにしても、俺のバンドのドラム引き受けてくれねぇかな…」

 

 

俺の名前は葉川 貴。

また俺のモノローグかよ。とか思っている。

 

 

「よし!みんな!」

 

俺達が酒を飲みながらあれやこれやと話していると、暴君日奈子が急にみんなに声を掛けた。

このタイミングとか嫌な予感しかしねぇ。もう帰りたい。

あ、トイレ行くとかタバコ買いに行くとか言って逃げちゃおうかな?

 

「バンドメンバーの取り合いになっても嫌だしさ!今のうちにメンバー決めちゃおうよ!」

 

「日奈子。お前はやっぱりバカだな」

 

「むー!英治ちゃん!何それ!」

 

「考えてもみろ。ファントムの連中がそんな企画バンドやりたく無いって言ったらどうすんだよ」

 

「だから予め先に決めとくんでしょ!手塚が奈緒ちゃんにボーカルやって欲しいって思っても、奈緒ちゃんが嫌って言ったら、じゃあ奈緒ちゃんが無理だったから、なっちゃんを勧誘する!とかなったらややこしくなるじゃん!」

 

「ああ。まぁ日奈子の言う通りではあるな。俺は佐倉 奈緒に断られたらバンドを作るつもりはねぇけどな」

 

あ?そうなの?この野郎言い出しっぺの癖して、奈緒に断られたらやらないの?それなら俺も…。

 

「まぁ俺がやらないからって、お前らはやめる必要ねぇからな」

 

「何言ってんの手塚は。あたしがやりたいんだもん。やめる訳ないじゃん!」

 

「な、なぁ、晴香本気なのか?お前の趣味に俺が付き合わされるのか…?」

 

「なぁ、それってよ?俺もボーカルにしてぇヤツは決まってんだが、断られたら俺も辞めていいのか?」

 

「あ?タカも?」

 

そう。俺がプロデュースするなら、BREEZEの時のヴァンパイアとかみたいな曲をプロデュースしたい。

こないだLazy Windとデュエルした時にも思ったが、やっぱり高いキーは俺には出せねぇ。

普段の俺の曲ならBlaze Futureの曲として出したいしな。俺も歌いたいし。

 

「まぁ、タカはBlaze Futureもあるしね。昔みたいな曲だけをプロデュースしたいって事でしょ?」

 

「ああ、まぁな」

 

「だったら辞めてもいいんちゃう?それでタカは誰にボーカルやって欲しいの?誰を選ぶの?」

 

何かその言い回し何となく嫌なんですけど?

 

「タカくん!なっちゃんはダメだよ!なっちゃんはあたしのだから!」

 

はいはい。百合百合。

 

「俺がボーカルをやって欲しいのは理奈だ」

 

「え?りっちゃん?」

 

 

『ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 

ああ、美緒ちゃんの叫びの幻聴が聞こえる。

理奈に俺がボーカルを頼んで、理奈が引き受けてくれたら、美緒ちゃんにとっては最高に嬉しい展開だろうしな。

 

「そっか…りっちゃんか」

 

「ああ、確かに理奈なら声の高低の幅も広いし、昔のタカに近い感じがするよな」

 

「うん。確かに理奈ちゃんならヴァンパイアとかも上手く歌ってくれそうだよね」

 

「英治とトシキも同じ印象か。

確かに理奈なら俺が思い描く歌を表現してくれると思う」

 

 

-ドン!ドン!

 

 

「ねぇ、さっきから隣の個室からドンドン壁を叩かれてんだけど何なの?」

 

ほんま怖いわぁ。

 

「おい、手塚さん。文句言って来いよ」

 

「あ?何で俺が。英治お前が行けよ」

 

「おい、晴香。隣の個室ってどんな客だ?」

 

「は?隣の個室?んー、あんまり顧客の情報は言うわけにはいかないんだけど…。ちょっと怖いお客さんだよ?文句言いに行くなら覚悟はしといた方がいいかも…」

 

は!?怖い客!?覚悟しとけって何の覚悟!?

 

「拓斗、お前ここの店員だろ?お前行ってこいよ」

 

「あ?何で俺が…大体今日は休みなんだしな。仕事の事は忘れてぇ。手塚が俺達を集めたんだし、手塚が行けよ」

 

「俺も行きたいのは山々なんだがな。クソ…左腕の古傷が痛みやがるぜ…。タカ、お前行ってこいよ」

 

「怖いから嫌だ。英治、お前行ってこいよ」

 

「俺は小さい初音を置いて死ぬ訳にはいかねぇ。トシキ、お前行ってこいよ」

 

「え?俺?俺もちょっと…」

 

「英治!トシキさんを困らせないで!あたしがあんたをしばくよ?」

 

「何で俺が!?」

 

「結局みんなビビッてる訳ね…」

 

「「「「「ビビッてなんかねーし」」」」」

 

「え?タカくん、さっき怖いから嫌だって言ってなかった?」

 

もうホント何なの隣の個室…。超怖いんですけど…。

 

 

 

「ま、もうちょい小さい声でお話しようか」

 

「そうだね。男共はビビッてるみたいだし」

 

あのな?俺らは平和主義者なの。お前らArtemisみたいな武闘派と一緒にすんじゃねーよ。

 

「で、話は戻るけどさ?それでボーカルをりっちゃんにお願いしたいから、ベースも決まってるって事?」

 

「あ?いや、俺のバンドじゃ理奈にはベースはやらせるつもりねぇ。理奈にはボーカルとして歌に集中してもらう」

 

「え?りっちゃんにベースやらせないの?それってベースを他の人にやって欲しいって事?」

 

「ああ、まぁな。理奈のベースの技術も最高ではあるんだが、俺の曲に合うベーシストは他にいるからな」

 

「もしかして美緒ちゃん?」

 

 

『ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 

澄香。滅多な事言うんじゃねぇよ。

ほら、また美緒ちゃんの幻聴聞こえちゃったじゃん。

美緒ちゃんなら理奈と同じバンドでベースをやってくれって頼んだら、二つ返事でやってくれそうだけどな。

 

「美緒ちゃんのベースも確かにすげぇけど、美緒ちゃんに頼むなら理奈がやっても一緒だろ?同じタイプのベーシストだし。それに美緒ちゃんの歌を腐らせるのも勿体ねぇ。それにお前…美緒ちゃんにボーカルやって欲しいと思ってんじゃねぇの?」

 

「え?な、何でわかったの?」

 

「理奈と美緒ちゃんのベースはお前に近いしな。そんくれぇわかるよ。後は姫咲もだけどな」

 

「タカ…そんな…私の事は何でもわかってるなんて…」

 

いや、何でもとは言ってな…グホッ!

 

「あれ?どしたんタカ?」

 

「タカくんの脇腹に蚊が止まってたから、かいかいになったら大変だと思って叩いたら悶えちゃった。当たり所が悪かったのかな?」

 

け、結局俺は今日も殴られるの…?

 

「梓?梓はもうバンドメンバーは決めたん?」

 

「あ、うん。まぁね」

 

澄香も梓も俺を挟んで普通に話続けるの?

俺こんなに悶えてるのに?

 

「梓の事だから…ベースはせっちゃん?」

 

「うん。ホントはそうしたいけどね。せっちゃんは手塚さんに譲る事にした」

 

「手塚に…?って事はせっちゃんは奈緒のバンドに?」

 

「うん。奈緒ちゃんの歌にはせっちゃんのベースが必要だと思う。あはは、あたしも奈緒ちゃんの歌のファンだし、奈緒ちゃんには最高のコンディションでって思って」

 

確かにな。奈緒と盛夏は何て言うんだろう?

俺達には見えない絆ってか、そういうのに結ばれてるって言うか…。それ言い出すとDivalも全員が全員そんな感じなんだけどな。

 

「まぁ、そうだな。だから俺も蓮見 盛夏にベースをやってもらいてぇって思ってる。だから、ドラムも本当は柚木 まどかにやって欲しかったんだけどな」

 

おい、待て。それ確かに最高かも知んねぇけど、Blaze Futureから俺を抜いただけになるじゃん。

ふぁ!?もしかして俺って足手まとい!?

 

「おい、手塚テメェ。それじゃBlaze Futureにタカがいらねぇみてぇじゃねぇか。…………俺もちょっと前まではBlaze Futureはタカを抜いてやればいいと思ってたけどよ」

 

ふぁ!?拓斗!?

それあれだよね?俺が喉をまたやらかしたって思ってたからだよね?俺があいつらにいらないとかじゃないよね?

 

「って訳でな。柚木 まどか。お前俺のバンドのドラムやってくれねぇか?」

 

「あたし…?あ、えっと…すみません。あたしも…タカとしか…したくないです。あたしの……は、タカのだから…。あたしの初めて(のバンド)もタカだったし///」

 

あ?お前何かその言いか…グフッ、オブン

 

「ま、まどかちゃん?その、その言い方は…ね?」

 

「タカが変な妄想したらどうすんの?お姉さん心配になっちゃうよ?」

 

「あははは…!タカ!悶えてる!あははははははは!」

 

え?何?

今いきなり右と左からものっそい衝撃的がきたんですけど?何か右脇腹と左頬がめちゃくちゃ痛いんですけど?

え?何でまどかはそんな大爆笑してるの?さっきの言い回しはわざとなの?

 

「チ、ならしゃあねぇか。ドラムか…」

 

おい、手塚。お前俺がここで悶えてんだぞ?

お前何かおかしいとか思わないの?そのまま話続けるの?

 

「ねぇねぇ。晴香ちゃんはイケメンダンスユニットだよね?それって男の子でユニット組むって事だよね?」

 

「うん。あたしはそのつもりだよ」

 

日奈子も晴香もそのまま話続けるの?俺はこんなに苦しんでるのに?『どうしたの?』とかないの?

 

「よーし!じゃああたし、架純ちゃんとユイユイちゃん取ったー!」

 

あ?この暴君様は何を高らかに宣言してらっしゃるの?

 

「お前いきなりアレだな。大体何でその2人選んだんだよ」

 

「顔とスタイル」

 

こいつ…そうも堂々と…。

 

「おい、タカ、お前も何か言ってやれよ」

 

「落ち着け英治。今までのこの暴君様の企画よりはマシだろう?何て言っても命の危険がねぇからな。こいつがそれで満足して大人しくなってくれるなら、些細な事だろう?」

 

「でもよ…」

 

「あ、もしかして英治って架純ちゃん取りたかったとか?あんた架純ちゃんのファンだもんね」

 

「まどか…。ああ、俺は架純ちゃんの大ファンだな。

だけどよ。バンドってなると別だ。架純ちゃんは可愛い。ものすごく一緒に居たい。拓斗に対して憎しみを持ったくらいだ」

 

「あ!お前こないだのデュエルん時、それであんなに怒ってたのかよ!?」

 

「その通りだ」

 

え?そうなの?俺の為に怒ってくれたんじゃないの?

 

「俺にもやりたい音楽ってのはある。どうせプロデュースするなら、俺も……タカの音楽や梓の音楽に負けねぇくらいの音楽をやって行きてぇ」

 

「英ちゃん…」

 

「タカがマジでやるってんなら、俺もマジでやりてぇんだよ」

 

「英治にしてはやけに珍しいじゃん」

 

「俺もタカに憧れてた男の1人だからな。そしていつか俺の音楽で勝負してみてぇとも思ってたしな」

 

「英治…お前…」

 

「だから架純ちゃんは好きだけどな、俺のバンドのボーカルは沙織にやってもらいたいと思ってる」

 

……ん?あ?沙織?

ちょっと待て。沙織って…、イオリにして欲しいって事か…?

 

「英治…?」

 

「まどか、勝手に決めちまって悪いな。そんでドラムはな。遊太にしてもらいたいと思ってんだよ」

 

は?遊太?シフォンじゃなくて?

沙織が男装してイオリ?遊太が天使化…じゃない、男の娘になってシフォンでバンドか?

 

「英治…あんたそれってさ…」

 

「沙織は沙織として歌ってもらう。遊太には遊太としてドラムを叩いてもらう。俺のやりてぇバンドはそんなバンドだ」

 

沙織は双葉と栞に頼まれて…ってのもあるが、あいつの家族がクリムゾンだから…いや、今はあいつのねーちゃんはクリムゾンエンターテイメントだろ。

まぁ、それも正体はバレちまってるらしいから、何とかなるかも知れんが、遊太は遊太のままじゃドラムは…。

 

「だからこの2人は俺のバンドに入れたい。すまんな」

 

「いいんじゃね?あいつらがやりたいって言うなら」

 

英治も色々自分の音楽や、あいつらの事を考えての提案なんだろうな。俺も先に言っておくか。

 

「あ、俺のバンドなんだけどよ…」

 

「あ!あたしのダンスユニットには、一瀬くんと秦野くんと豊永くんと河野くんと達也入れたい!いいよね!?ね!あ、5人になっちゃったか…」

 

この日奈子より暴虐の限りを尽くす独裁者晴香様は何を言っているの?みんなでバンドに誰を入れるか?って話でもないのに、何でいきなり5人も選んでるの?

 

よし、このままこいつの我儘に付き合ってたら、俺らにもファントムの奴らにも……特に拓斗に迷惑かけちまう。

ここはビシッと晴香を叱ってやらなきゃならねぇな。いつまでもこいつを甘やかす訳にもいかねぇし。

 

さぁ!手塚!今こそお前が俺の役に立つ時だ!

晴香にビシッと文句を言ってやれ!

 

「おい…晴香…」

 

お、手塚。お前マジで晴香に文句言ってくれるのか。

ありがとう。後10秒くらいだけ尊敬しててやるわ。

 

「あ、手塚。やっぱ5人はダメ?みんなもそう思ってる?でもあたしもこの5人は外せない…って思うからさ。文句ある人はあたしとタイマンはろうよ」

 

「……5人ってのもアリだと思うぜ」

 

「ありがとう!手塚!」

 

10秒もたなかっただと…!?

手塚この野郎…。晴香のタイマンってのにビビりやがったな?チ、俺も晴香は怖いからしょうがないと思います。

 

「あ、晴香ちゃんがいいなら、あたしも5人バンドでもいいかな?今のあたしの曲にはキーボードも欲しいと思って…。あ、でもあたしはダメとかあったら言ってくれたらいいよ?ちゃんとあたしもタイマンはるし」

 

……梓。

いや、今の梓にならもしかしたら勝てるか…?

…………ダメだ。どうシミュレーションしても俺が血塗れになってる。

 

「梓とタイマンとか…。晴香のがまだマシやんか…(ボソッ」

 

「ん?翔子?何か言った?」

 

「い、いや。あたしらArtemisはキーボード居なかったじゃん?でも、部活ではキーボードする子らも居るからさ?キーボードの重要さはわかってるつもり!

さすが梓だなー!って思って!」

 

「わぁ♪翔子ー!ありがとうー!」

 

「そそそ、それでさ?梓は誰をプロデュースしたいの…?」

 

「あ、それね!

ボーカルはなっちゃん!なっちゃんは何と言ってもあたしの後継者だからね!それでギターは睦月ちゃん!

睦月ちゃんは翔子の後継者みたいなもんじゃん?

それより澄香は何でそんなに奮えてるの?」

 

……後継者?って事はベースは…。

 

「あ、いや、あははは。私もさすが梓やなーって思って!後継者って事はベースは姫咲お嬢様?」

 

「うん。日奈子がアイドルやりたいって言った時は、姫咲ちゃんを狙ってるかな?って思ったけど…。あたしのバンドのベースは姫咲ちゃんがいいかな」

 

「ガタガタブルブル…」

 

「あれ?日奈子どうしたの?寒い?」

 

「う、ううん。も、もしさ?あたしのアイドルユニットにも姫咲ちゃん欲しいって言ったら梓ちゃんどうする?」

 

「……やっぱりタイマン?」

 

「ねぇ。梓ちゃん。その前にちょっと電話してもいいかな?」

 

あ?電話?日奈子やつ誰に電話すんだ?

あ、今から梓とタイマンはるし両親に最期の挨拶かな?

 

俺がそう思いながら日奈子の背中を見て、今まで何度も死にかけ……今までの思い出を思い返していた。

 

「あ、もしもし?日奈子だよー。弘美ちゃん、今大丈夫?」

 

弘美?弘美ってチヒロか?

お前ら仲良かったの?てか、何で今弘美に電話?

 

「あ、うん。それでね?こないだあたしと話してたじゃん?

………そうそう!番組の企画でアイドルとか作りたいねーってやつ!」

 

あ?日奈子のやつ弘美とそんな話してたの?

 

「それでさ、それが本格的に決まりそうで…。

……うん、うん。そう。あたしのプロデュースでね?

……いや、それがさ?うちの魔王に姫咲ちゃん取られちゃって~」

 

「日奈子?魔王ってあたし?」

 

「あ、取られちゃったってのはね。あたし達ArtemisとBREEZEで各々バンドをプロデュース……うん。そうそう。話早くて助かる~♪」

 

お前これまだ企画段階だろ?弘美に言っちゃっていいの?弘美って今は沙織と木南と居るんじゃねぇの?

 

「え?社長権限で何とかならないか?って?

無理無理。うちの魔王はマウンテンゴリラがスーパーサイヤ人になったくらい狂暴だもん。あたし死にたくないし。

………うん、だからせめて人数だけでもとは思ってるんだけど、それもうちの魔王がさ?」

 

「マウンテンゴリラがスーパーサイヤ人?それってあたしの事?」

 

「……あ、そっか!うん!そうだね!それでいこう!」

 

そして日奈子は電話を切り、梓の方を向いてこう言った。

 

「梓ちゃん!梓ちゃんがやりたい曲は、あの頃のArtemisみたいな…。今の梓ちゃんの気持ちを込めた曲だよね?」

 

「え?うん、そうだけど…それより魔王って?」

 

「梓ちゃん!あたしも…Artemisのドラマーとして感動したよ!」

 

「え?うん、ありがとう…マウンテンゴリラがスーパーサイヤ人って何?」

 

「梓ちゃん!ボーカルの梓ちゃん、ギターの翔子ちゃん、ベースの澄香ちゃん、そしてドラムのあたし。

4人でとっても楽しかったよね!」

 

「うん、そうだね…。楽しかった」

 

「そしてその楽しかったArtemisの後継的なバンド!梓ちゃんの愉快な仲間達!あたしは応援したい…!」

 

梓ちゃんの愉快な仲間達?何それバンド名なの?

俺ならそんな名前のバンドに入ってくれとか言われたら、秒で断るわ。

 

「梓ちゃんの後継者のなっちゃん!翔子ちゃんの後継者の睦月ちゃん!澄香ちゃんの後継者の姫咲ちゃん!そして……あ、どうしよ?あたし後継者居ないや」

 

あの頃の日奈子のドラムに近いのは栞かな?

いや、恵美ちゃんもさすが翔子の教え子なだけあって、日奈子に似たドラマーではあるな。

 

「ま!それはいいとして!」

 

いいのかよ…。

 

「梓ちゃん!あたし達は4人でArtemisだったんだよ!」

 

「日奈子…」

 

「梓ちゃんの曲にはキーボードは必要ないよ!」

 

いや、お前キーボード居たら曲の幅広がるよ?

キーボード重要だからね?わかってる?

いや、わかってるんだろうな。そこまでして梓のバンドメンバー5人ってのを阻止したいか…。

 

「ね、梓ちゃん?Artemisは4人だよ…」

 

いや、そもそも梓がやりたいバンドは、Artemisって訳じゃねぇから。

 

「うん…うん…!そうだね。あたし達Artemisは4人だもんね…」

 

「梓ちゃん…。梓ちゃんのプロデュースするバンドも…4人でいいよね…?」

 

「うん!もちろんだよ!あたしがプロデュースするバンドはArtemisとは違うけど…あたし達のバンドは4人にするよ!」

 

日奈子のやつ…押しきりやがった…。

 

「フゥー、良かった。梓ちゃんとタイマンとかなったら、命が死んじゃうもんね。って訳であたしのアイドルグループは7人にするよ。梓ちゃんを説得出来た訳だし」

 

何を言ってるのこのちびっ子は…。

 

「本当は姫咲ちゃんもアイドルにしたかったけど…。これは梓ちゃんを納得させられる理由が無いしなぁ~」

 

お前ここでそれ言っちゃったら梓にも聞こえちゃうよ?大丈夫なの?

 

 

 

「日奈子。茶番劇は終わったか?」

 

「茶番劇!?手塚!お前は何を言ってるの!」

 

「お前らに好き勝手話させてたら、纏まるもんも纏まらねぇからな」

 

まぁ確かにな。かと言って…。

 

「そこでだ。今お前らが茶番劇を演じてる間に色々決めさてもらった」

 

あ?手塚この野郎。お前が勝手に決めただと?

上等だ表出ろ。戦争だ。

お前をしばいたどさくさに紛れて俺は帰る。

だってもう21時過ぎてるよ?トシキなんか平日なら寝てる時間だしな?酒を飲んでるせいで梓も何かおかしいし。

 

「あ、あの、トシキさん、大丈夫ですか?」

 

「あ、まだらいじょうぷだよ」

 

「ね!澄香!あたしお酒強くなったでしょ?」

 

「ああ、うん…あたし晴香だよ?」

 

ほらな?

 

「タカ。お前は理奈をボーカルにしたいって言ってたな。他のメンバーは誰を考えてる?」

 

あ?俺?

 

「俺は理奈をボーカルにベースを双葉、ドラムは香菜って考えてんな。ギターは悩んでるけど…」

 

 

-ドン!ドンドンドン!

 

 

うぉ!?また隣の個室から!?

ほんま怖いわぁ…。

 

「双葉は理奈を引っ張るベーシストとしてピカイチだと思う。香菜もな。理奈は昔に聞いたが、あいつはリズムはドラムに合わせてるみたいだしな。綾乃のが英治のリズムには近いドラマーだけど、理奈に合わせられるのは香菜しか居ないと思ってる」

 

「……よし、梓。お前はボーカルに水瀬 渚、ギターに永田 睦月、ベースが秋月 姫咲だな?ドラムは誰か考えてるか?」

 

「ん…?ドラムは誰にしようかまだ悩んでるよ?日奈子には後継者いないし?あ、タカくん…あたし酔っちゃったかも?」

 

安心しろ梓。かも?じゃねぇ。

お前は完全に酔っている。

 

「あ、梓、ならうちの恵美とかどうだ?あいつは日奈子のドラムに影響受けてるしな」

 

「ふぇ?恵美ちゃん?」

 

あ、やっぱ恵美ちゃんって日奈子のドラムに影響受けてんのか。性格は日奈子と正反対って感じだけど、ドラム叩く時はパワフルな演奏だもんな。

 

「なるほど…確かに恵美ちゃんは日奈子の演奏に似てるかも…。日奈子と違って可愛い性格してるけど…」

 

「梓ちゃん?」

 

 

「俺はボーカルに佐倉 奈緒。ベースに蓮見 盛夏。ドラムは柚木 まどかにしてもらいたかったが、今は北条 綾乃にしてもらいたいと思ってる」

 

「あ?手塚テメェしばくぞ?まどかがダメだったから綾乃か?」

 

「タカ、お前の言いたい事はわかる。だがそうじゃねぇ」

 

 

『英治がダメだったから、あたし?』

 

 

いつかまどかに言われた言葉。

 

「まどか」

 

「え?何?」

 

「すまんかった」

 

「は?何が?」

 

「いや、なんとなくだ」

 

そう、なんとなく。あの頃まどかは奈緒とバンドやろうって言った時、俺がすぐに誘わなかった事に傷付いてたかも知れねぇ。こんなのただの俺の思い上がりかも知れねぇけど。ただ、謝りたかった。

 

「ん?タカどうした?

まぁ、いいか。俺は柚木 まどかは佐倉 奈緒と蓮見 盛夏を纏める役にと思ってただけだ。ただ、俺の曲には自由な音楽をやる柚木 まどかが合っているか、パワフルなリズムの北条 綾乃が合っているのかは迷っていた」

 

「あたしのドラムってそんな評価高いの?」

 

「そりゃお前は俺の正当後継者だからな」

 

「英治に聞いたのは間違いだったよ。拓斗さんはあたしのドラム聞いた事ありましたっけ?」

 

「おい、まどか。俺早速お前とやっていけないかもって思ったんだけど?」

 

「……お前のドラムは出鱈目過ぎるな」

 

「え?最悪じゃん?」

 

「いや、それは技術とかそんなんじゃねぇ。お前のドラムは奈緒を引っ張る力強さ、盛夏に合わせるテクニックもある。それに何よりドラムを叩いてるお前を見て、オーディエンスは一緒に楽しくなれるような…そんな存在感もある。タカがお前のドラムが好きだってのは頷けるレベルだ」

 

「ふぇ!?あ、ありがとう…ございます」

 

「まどか?俺もお前のドラムはそんな感じって思ってるぞ?」

 

「だけどお前のドラムはBlaze Futureだからこその演奏だと思ってる。他のバンドやタカから離れた時にどうなるかは未知数だな」

 

「タ、タカとか関係者無いですし…」

 

さっきから隣に座ってる魔王が『酔っちゃったと』か、『今日は帰れない』とか言ってるから、あんま話聞こえてなかったけど何の話しとるん?唯一わかった事は、まどかは拓斗には敬語なのかって事くらいなんだけど?

 

「よし、俺とタカと梓のバンドメンバーは決まった。異論は認めねぇ。次はトシキと翔子、お前らは誰にやってもらいたいと思ってる?」

 

「手塚…!トシキさんは眠そうでしょ?起こしたりしたらわかってるよね?」

 

「翔子ちゃん、もう少しは大丈夫だよ。うん、らいじょう…ぷ…」

 

「トシキさん…何て優しいの…(トゥンク」

 

いや、今ので翔子はときめいたの?

お前らはよ付き合うか結婚するかしろよ。

 

「あふん」

 

「ふぇ?タカくん…?どしたの、気持ち悪い声出して…」

 

「タカはもう少し乙女心勉強して出直して来い」

 

澄香?お前か?今、俺の顎にいい一撃を入れたのは…。

 

「俺も色々考えたんだけどね。俺のやりたい音楽、それが翔子ちゃんと合ってるのかどうかも気になったしさ」

 

トシキ?お前急に何を流暢に喋ってるの?

さっきまで眠そうだったじゃん?え?俺、澄香に殴られ損?

 

「英ちゃんの話を聞いてね。俺もやりたい音楽ってちょっと見えて来た。それを翔子ちゃんに話したらさ、翔子ちゃんも意気投合してくれたし、俺はこういう音楽やりたいなって…あはは」

 

「トシキさん…トシキさんの思い描いた音楽って、あたし達Artemisとも、トシキさん達のBREEZEとも違ってましたから…Artemisのあたしとして指導して来た部活も大事ですけど、枠を外れて新しい音楽を見詰めるのもいいかな?って」

 

「翔子ちゃん、ありがとう。俺は作詞も作曲も苦手だからさ。これからもずっと俺を支えてね」

 

「こ!?これからもずっと…!!?」

 

そう言って翔子は倒れた。

 

「澄香」

 

「はい…?何でございましょう…?」

 

「俺、めっちゃ顎痛いんだけど?俺に言う事無い?」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

澄香も素直に謝るこの破壊力。

トシキは何でこれで翔子の気持ちに気付かないかなぁ?

 

「タカ、やっぱさっきの謝罪無し」

 

「あ?」

 

「タカくんはほんまいっぺんしばかんとあかんわ…」

 

梓!?しばかんとあかんって何!?

 

「俺はボーカルに渉くん。はーちゃんとすごく似てるけどさ。Ailes Flammeとは違う曲調で歌わせたらどうなるかな?ってワクワクするし」

 

渉ってそんな俺に似てるか?

あいつは俺と違ってかわいいけど?

 

「ギターは折原くんかな。雨宮さんとデュエルした時は、正直独りよがりな演奏だったと思う。でも、あのデュエルの後は、南国DEギグの時もみんなを見るようにはなってたし、負けてから見える事もいっぱいあるだろうしさ。あの時と変われた折原くんに色々教えていきたいって気持ちがあるんだ」

 

トシキ…。

そっか、お前も…やっぱお前も根っからのバンドマンだな。お前が今そう思えてるって事、お前とBREEZEをやれて良かったって改めて思うわ。

 

「ベースは拓実くん。こないだのLazy Windとの対バンの時は、これまでの拓実くんの演奏とは違う雰囲気になってて、すごくドキドキした。でも、だからかな?昔の俺と宮ちゃんを思い出したよ」

 

「トシキ、俺とお前を思い出すって…」

 

「俺も宮ちゃんもさ。自分に自信が無くて一生懸命だったでしょ?そんな俺達を思い出してね。あの頃俺達が失敗した事を教えて、拓実くんがどう変わるのか見てみたいんだよ」

 

「た、拓実に期待してんのはお前だけじゃねぇからな!

あいつは…勝手に俺の後継者だと思ってるしよ…」

 

「ふふ、宮ちゃんも変わったよね。

そしてドラムをして欲しいのは松岡くん。松岡くんは周りをよく見てくれてるからね。

あの頃のはーちゃんみたいな渉くん、独りよがりだったけど周りを見るようになった折原くん、自信が無くても一生懸命演奏する拓実くん。このメンバーを引っ張れるのは松岡くんかな?って」

 

確かに松岡くんなら、みんなを引っ張ってくれそうではあるな。でもな、それだと松岡くん自身の良さが…。

 

「俺も自分を出すのは苦手だから偉そうには言えないけど、翔子ちゃんも居てくれるから…。松岡くんにも松岡くんの良さを引き出せる指導もさ。翔子ちゃんならきっと…」

 

「ト!?トシキさんに期待されてる!?……ご、ごふっ」

 

翔子…。トシキに期待されるというプレッシャーに堪えられなかったか…。

 

 

 

「……トシキも翔子も俺と同じギタリストだしな。俺もお前らの音楽が楽しみだぜ。

澄香、お前の希望するメンバーは決まってるか?」

 

「私はベースボーカルに美緒ちゃん、ギターは志保、キーボードに明日香ちゃんで、ドラムは栞ちゃんかな」

 

「理由は?」

 

「私がやりたいのは王道ロックだからね。ファントムの中でもパワフルな演奏を魅せてくれるメンバーを選んだの。そしてArtemisみたいに、みんな仲良くワイワイやって欲しいって思ったからさ。同い年の女の子同士でって思ってね。美緒ちゃんは学校は違うけど、あの4人仲良いしさ」

 

ほ~ん、澄香らしい理由だな。

 

「それに梓もガールズバンドだし。英治がさっきタカに負けないって言ったように、私も梓のバンドに負けないバンドにしたいしね。私も本気でやりたいから」

 

「お豆腐!お豆腐食べたい!冷奴ー!」

 

梓は完全に酔っ払いか…。

 

 

「英治は?ギターとベースは決めたか?」

 

「あ?俺っすか?ギターは木南さんかな。そしてベースはまどかのたっての希望で日高くんだ」

 

あ?日高くん?まどかの希望で?

 

「うん、日高くんのベースはすごく聞いてて心地いいんだよ。まぁ、本人がいつも眠そうだからかも知れないけどさ。小暮さんの歌声には合うと思うんだよね」

 

なるほどな。

 

 

「わぁー!すごい。みんな自分のプロデュースしたいメンバーがバラバラだ」

 

あ?そうなの?俺も何となくで聞いてたから、そこまで気付かなかったけど。

 

「そういう日奈子はそれで7人アイドルってのやれるのか?」

 

「うん。あたしは架純ちゃん、ユイユイちゃん、弘美ちゃん、聡美ちゃん、麻衣ちゃん、さっちちゃんの7人」

 

………は?さっちちゃん?

 

「ちょ、ちょっと待てよ。お前さっちちゃんって…。河野くんがよ…」

 

「元々アイドルグループ作りたいってのは、あたしと弘美ちゃんとさっちちゃんで話してたんだよ。さっちちゃんはメンバーに入る気満々だったんだ」

 

さっちちゃんも確かに可愛いもんな。

おっと、こんな事考えてたらまた殴られちゃいそう。

 

「本当は姫咲ちゃんも欲しかったけど、梓ちゃんに取られちゃったから、姫咲ちゃんの代わりに一緒にプロデュースするつもりだった弘美ちゃんが入るって事で。ほら、これでみんな決定!」

 

なるほどなぁ~。

って、納得すると思ったかこの野郎。

 

「決定って何だよ。俺のバンドも手塚のバンドもギターが決まってねぇじゃねぇか。アホか」

 

「よし、じゃあ今までの希望でメンバーは決定にしておこう。後で俺からSCARLETのグループに全員に、明日集合をかけておく」

 

は!?手塚!?お前正気か!?

 

「待ってよ、手塚さん」

 

「あ、梓ちゃん、俺トシキだよ?」

 

「待ってよ、手塚さん」

 

「あ?何だよ?」

 

「Canoro Feliceは明日もヒーローショーのミニライブあるから無理かも?」

 

「ほんま!?梓!それほんまに!?よし、明日こそは私も観に行こ…」

 

ほう。明日もあんのか。だったら俺も観に行こうかな?

 

「なら、夕方からの集合にすっか。来れない奴らがいたら日を改めるしかねぇかな…」

 

いやいやいや、待てよ。だから!俺とお前のバンドのギターはよ!

 

「よし、送信完了だ。

さて、タカ。俺とお前のバンドのギターだったか?」

 

「あ、ああ。わかってんのかよ。ファントムのメンバーみんな決まってしまったろうが。俺とお前のバンドどうすんだよ」

 

「俺のバンドのギターは佐倉 奈緒にやってもらう。ギターの問題はねぇ」

 

なんだ…と…?

って事はこいつのバンドは3人でやるつもりなの?

 

「タカ。お前のバンドのギターにビッタリなヤツがいる」

 

「あ?俺のバンドのギターにピッタリのヤツだ?誰だよそれ」

 

「フフフ、風見 有希。お前のmakarios biosだ」

 

「ああ、有希か。あいつギター出来んの?俺の遺伝子だろ?あ、何か悲しい事自分で言ってる」

 

「は!?ちょ、ちょっと待て…!お前、有希がお前のmakarios biosだって知ってたのか!?」

 

「え?みんな知ってるけど?何でお前が知らないの?」

 

「ま、マジか…驚かせてやろうと思ってたのによ…」

 

「あははー!サプライズ成功!有希ちゃんにもタカちゃんに名乗り出た事は内緒にしてようって言ってたしね!」

 

「お前…!ほんとお前な…!!」

 

有希がギターかぁ。俺の遺伝子だったらギターダメじゃん。ただ可愛いだけじゃねーか。

 

「ちょ、タ、タカくん?タカくんのmakarios biosって…?」

 

「ああ、梓は知らないんだっけ?どうも俺にもmakarios biosが居たらしくてな」

 

「そうなんや…。あ、あたし日本酒おかわり」

 

こいつ…まだ飲むのか…。

 

「チ、まぁいい。有希のギターの技術は問題ねぇ。昔の俺に匹敵する腕前だ」

 

なんだと!?マジでか!なら俺も頑張ったらギターを…?いや、もう今更感あるか…。

 

「タカちゃん、ほんとに大丈夫だよ。有希ちゃんはSCARLETのバンドのギターボーカルだし」

 

「有希はギターボーカルとキーボードの2人バンドだからな。キーボードのヤツの名前は桐谷 亜美(きりたに あみ)

俺のバンドにはこいつを入れようと思っている」

 

あ?キーボード?

そういや有希のバンドメンバーには会った事なかったもんな。2人でバンドやってんのか…。それで今までクリムゾンと…。

 

「亜美ちゃんまだ大学生じゃん。就職先もうちに決まったけど、さすがに手塚のバンドは嫌なんじゃない?」

 

「あ?異論は認めさせねぇ。だが、あいつはBlaze Futureのファンだし、佐倉 奈緒と同じバンドって言ったら喜ぶだろ」

 

え?そうなの?いやだわ、照れちゃう。

 

「あ、亜美ちゃんはね、Blaze Futureの奈緒ちゃんと盛夏ちゃんとまどかちゃんのファンなんだよ。父親のせいで男嫌いだからさ、タカちゃんの事はどうでもいいみたいなんだけど」

 

え?俺の事はどうでもいいの?俺ボーカルだよ?

 

「父親のせいって訳じゃねぇだろ。離婚したのもクリムゾンとの事があったからだし、家族3人で仲良く飯食ったりはしてるしよ」

 

「「「「「は?」」」」」

 

離婚?え?何を言ってるの?

 

「離婚って何だよ。手塚テメェ結婚してたのか?」

 

「あ?拓斗は知らなかったのか?15年前はまだ離婚してなかったし俺は妻帯者だったぜ?」

 

「「「「「はぁ!?」」」」」

 

「拓斗だけじゃなくて、俺も知らなかったですよ!」

 

「あ、そうなのか。まぁ、結婚して子供も居たが、クリムゾンエンターテイメントを抜けてからは、俺も追われる身になった訳だしな。あいつらが安心して暮らせるように離婚したんだわ。まぁ、形だけの離婚みたいなもんだがよ」

 

こ、こいつでも結婚出来るってのに何故俺は…。

おのれこの理不尽な世の中め…。

 

「まぁ、その子供ってのが有希とバンドやってる亜美って訳だ」

 

 

「よし!これでみんなのプロデュースする企画バンドは決まりだね!次にみんなのバンドでやる企画なんだけどさ…」

 

そうして俺達は企画バンドをプロデュースする事になった。暴君日奈子が提示した番組企画も俺達のバンドでコーナーを設けるらしい。

そりゃ、番組企画のバンドって話だもんな…。

 

それから俺達は誰のバンドがどの企画をやるか話し合い、明日、日曜の夜にファントムのみんなをSCARLET本社に呼び出し、その説明会が行われる事になった。

 

さて、あいつらはやるって言ってくれるかな?



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第10話 その時隣では…

♪~。

 

「ハァ…ハァ…」

 

「今日の練習はここまでにしましょうか」

 

「り、理奈…私もっと…ハァ…やれるよ…」

 

「この後、片付けもあるのよ?それに…無理をして喉を痛めでもしたらどうするのよ…。私達は…知ってるはずよ」

 

「そうだよ渚。さっきの演奏はなかなか良かったじゃん?あたしもくたびれたよ~」

 

「うん、お母さんのギターにも馴れてきた。確かに軽い分動きやすいとは思う。でも、音にもうちょい重み欲しいかなぁ」

 

私の名前は水瀬 渚。

今日はDivalのメンバーとスタジオ練習に来ていた。

 

「あ、次のスタジオ練習どうする?あたし、予約してくるよ」

 

「そうね。来週にしておこうかしら?それまでにハロウィン用の曲を仕上げてくるわ」

 

「あはは、ハロウィン曲かぁ。楽しみだよ」

 

来月末にはハロウィンライブもある。

Ailes Flamme、Blaze Future、Canoro Felice、Glitter Melody、そして私達Divalでの企画ライブ。

すっごく楽しみだなぁ~。

 

「あ、そうだ。今日も晩御飯の用意出来てないしさ。この後はそよ風に行こうよ」

 

「お!志保、それいいね!美味しいビールが飲めそうだよ!理奈と香菜はどうかな?」

 

「私は大丈夫よ」

 

「あたしも大丈夫。そんじゃ来週の土曜に予約取ってくるね。あたしバイトだから夕方からになっちゃうけど」

 

 

 

 

私達がスタジオから出た頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 

「ん?あれ?あそこに居るのって奈緒達じゃない?Noble Fateのメンバーもいる」

 

あ、ほんとだ。先輩はいないけど、Blaze FutureとNoble Fateのメンバー勢揃いだ。

えへへ、いきなり奈緒に飛びついたらビックリするかな?

 

私はターゲットの奈緒を見据え、ダッシュをかまして奈緒に抱きついた。

 

「奈~~緒~~!!」

 

「わひゃあ!?」

 

ビックリしたのか変な声をあげる奈緒。

奈緒って何でこんなに柔らかくていい臭いがするの?

 

「ふぇ?へ?渚…?」

 

「えへへー、こんばんは、奈緒」

 

奈緒に挨拶した私は、奈緒から離れ、他のメンバーにも挨拶した。

 

「みんなもこんばんは~。もしかしてみんなも練習してたの?」

 

「水瀬さん、こんばんは。ええ、僕達は合同練習をやってまして。タカさんはevokeのライブに行っていますので、残念ながら不参加でしたが」

 

え?先輩ってevokeのライブに行ってるの?

今日ってevokeのライブだったんだ?

 

「水瀬は本当に元気だね。あ、みんなごめん。私この後約束あるから行くね」

 

「あ、僕もそろそろ荷物を取りに帰らないと…。

今日は有意義な練習出来たと思います。ありがとうございました。ではまた」

 

そう言って木南さんと達也さんは帰ってしまった。

え?もしかして私が来たから?みんなの邪魔しちゃった?

 

「あはは、達也さんも大変だねぇ~」

 

まどかさん?

 

「本当に…。急な出張が決まったら、練習はまた今度にして、仕事優先にしてくれても良かったのにね」

 

「か、花音?仕事って?」

 

「もう!渚!いきなり走って行かないでよ」

 

私が達也さんの仕事の事を花音に聞こうとしたタイミングで、志保と理奈と香菜は私達の所に来てくれた。

 

「あ、ああ、うん。達也さんって11月にある修学旅行の下見に行かなきゃいけないんだって」

 

修学旅行の下見?

 

「それってあたしらが行く修学旅行だよね?え?先生って今から関西に行くの?」

 

あ、そっか。志保の学校って11月に関西に修学旅行に行くんだっけ?

 

「これから家に荷物を取りに帰って、夜行バスで関西に向かうらしいよ」

 

「マジで!?わぁ…先生大変だなぁ。よっし、あたしらは先生が頑張って良かったって思うくらい修学旅行楽しまなきゃね」

 

いいなぁ修学旅行。

私もDivalで旅行行きたいなぁ。

 

 

「ねぇねぇ~、ところで理奈達はどうしたの?Divalでお出掛け~?」

 

「私達はスタジオ練習していたのよ」

 

「ほうほう、理奈達もスタジオ練習したのか~。

もしかして同じスタジオミルフィーユで練習してたのかなぁ?」

 

あ、Blaze FutureとNoble Fateもミルフィーユで練習してたのか。すっごく奇遇~。あ、そうだ。

 

「ねぇ、私達これからそよ風でご飯にするつもりだったんだけどさ?みんなも一緒にどうかな?」

 

「お~!そよ風~!あたしは行く~」

 

「そよ風かぁ。お酒はあんまり飲めないけど、私もご一緒しようかな?」

 

「綾乃さんは本当にあんまり飲まないで下さいね。真希さんもこれから約束が無かったら、一緒出来たかもなのに残念だね」

 

あ、木南さんは本当に約束あるんだね。良かったぁ、私が嫌われてる訳じゃなくて。

 

「綾乃も盛夏も花音も参加なら、あたしも参加しようかな?奈緒はどうする?」

 

「私も参加したいんですけど…。美緒も一緒でいいですかね?そろそろバイトも終わってると思いますし」

 

「美緒ちゃんも?大歓迎よ」

 

「良かったぁ…。今日もあのバカップルの記念日だから…。私だけ逃げるのは美緒に悪いからね…」

 

バカップルの記念日?

ああ、前に言ってた奈緒のご両親の記念日かな?

いつも大変だよね…。

 

 

 

 

私達がそよ風の前に着くと、そこには美緒ちゃんが待っていてくれていた。

 

「あ、美緒~♪」

 

「皆さん、今日はお呼び下さってありがとうございます。今日も拷問のような時間を過ごすのかと思い悩んでいましたが、皆さんのおかげて助かりました」

 

「み、美緒?お姉ちゃんの呼び掛けは無視なの?」

 

「それよりもういい時間帯だし土曜日だしね。席が空いてたらいいんだけど…」

 

「へへへ、まどか姉、それは安心してよ。あたしらDivalはそよ風のお得意様だからね。さっき晴香さんに連絡したら大部屋が空いてるからってさ」

 

「あ、そうなんだ?あんた達どんだけそよ風に通ってるの?」

 

私達が店内に入ると、晴香さんが私達を迎え入れてくれた。

 

「いらっしゃい。

あ、そうだ。あんた達を通す席の隣なんだけどさ?

タカ達BREEZEとArtemisと手塚が来てるんだよ」

 

「え!?梓お姉ちゃん!?」

 

「あの男は…また今日も飲んでいるのね」

 

「あはは、理奈ち?どの口が言ってるの?」

 

「BREEZEとArtemisでって飲み会ならわからなくもないですけど、何で手塚さんも一緒なんだろ?」

 

「まどか?いきなり突撃してみようか?」

 

「お、いいね綾乃。それあたしも賛成」

 

「まどかさんも綾乃さんも…お願いですから止めて下さいね」

 

「タカちゃんめ~。evokeのライブって言ってたのに練習をサボって叔母さんと飲み会しているとは~」

 

「英治さんは私がバイトを上がるちょっと前に出ていきましたから、飲み会始まってまだ間もないかも?」

 

「何の話だろ?SCARLETの事かな?」

 

私達はワイワイ話ながら、先輩達が居るという個室の隣に通された。

 

「席はどうしよっ……ん?理奈ち?何でもう奥に座ってるの?渚も何で理奈ちの対面に?」

 

「わ、私はアレよ?ほ、ほら、私達の中では私が一番飲むじゃない?だから注文用のデンモクの近くがいいと思ったからよ」

 

「私もそうだよ?今日は理奈と飲み比べしようと思って」

 

そうそう。私達はよく飲むしデンモクの近くがいいからだもん。別に隣の話が聞こえるかも?とか思ってないよ?

 

「奈緒は良かったの?」

 

「花音は何を言ってるの?普通に考えて隣の話声なんか、ここでみんなで話してたら聞こえないと思うし?美緒の前では変なお姉ちゃんになる訳にもさ?」

 

「お姉ちゃん?手遅れだよ?」

 

変なお姉ちゃん!?

もしかして私と理奈も変なお姉ちゃんと思われちゃってますか!?いや、だから私達はデンモクの近くに居たいだけだって…!

 

「よいしょー」

 

ん?盛夏は私の隣?

 

「ちょ、盛夏正気!?やっと腕も治ってきたところでしょ!?」

 

香菜?

 

「だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ~。

あたしもデンモクの近くの方がいいし~」

 

ああ…盛夏はよく食べるもんね…デンモクの近くの方がいいよね…。

 

「あ、あの私、理奈さんのお隣に座らせて頂いてもいいですか!?」

 

「もちろんよ。美緒ちゃん、いらっしゃい」

 

「はいー!」

 

「美緒もお姉ちゃんの私より理奈の隣かぁ~。こうやってお姉ちゃん離れしていくんだねぇ」

 

「志保それよりも!(ボソッ」

 

「うん!渚の隣は盛夏、理奈の隣は美緒。あたし達はしばかれる心配無く、安心してご飯を楽しめそうだね(ボソッ」

 

「もしかしてDival結成してから初じゃない?(ボソッ」

 

「今日は最高の1日になりそうだね(ボソッ」

 

ん~?志保と香菜は何をボソボソ話してるんだろう?

あ、もしかしてせっかくDivalで飲もうって言ってたのに、私の隣は盛夏だし、理奈の隣は美緒ちゃんだしで、寂しいって思ってるのかな?ごめんね、志保、香菜。

 

 

「あ、そうだ。あんたらにコレ預けててあげるよ」

 

「ほぇ?何ですかこれ?」

 

「うちの店の従業員用トランシーバー。兄貴のトランシーバーをあたし宛に通話状態にしてあるから、これであんたらも隣の話が聞こえるよ」

 

え?隣の個室の会話を?

 

「は、晴香さん…そ、それっていいんですか?」

 

「ん?本当はいい訳ないけどね。一応、手塚とタカ以外には承諾は得てるしね。だから兄貴のトランシーバーも使える訳だし」

 

そうなんだ。だったらちょっとくらいならいいかな?

 

「BREEZEとArtemisだけだってんなら、兄貴の梓への暴走だけ気を付けてたらいいけどさ。手塚も居るなら何か大事な話するかもだし気になるっしょ」

 

そっか、そうだよね。

手塚さんは今はSCARLETとはいっても、元はクリムゾンエンターテイメントの大幹部。もしかしたら、何かクリムゾンエンターテイメントを倒す為の話かも知れないし…。クリムゾンエンターテイメントを倒せたらきっと美来お姉ちゃんも…。

 

「あ~、志保ズルい~」

 

「ほら!こういうのはあたしも気になるしさ!みんなの真ん中に置くのが一番じゃん?」

 

 

『お待たせしました~』

 

 

「ん?ほら、隣もドリンク来たみたいだしさ。あたしよりあんたらのが聞いてた方がいいと思うし。

みんな最初の一杯目はビールでいいよね?志保と美緒はどうする?」

 

「あ、私はオレンジジュースで」

 

「あたしもそれで」

 

「ん、承りました」

 

晴香さんはそう言ってウインクをして個室から出て行った。あの可愛さ何なの?本当に3児の母なの?

 

「ふぇぇぇ~…ご飯の注文まだなのにぃ~…」

 

「私も…漬物を注文するのを忘れてたわ…」

 

この2人はいいとして…。

 

こうして私達の席順は決まった。

先輩達の居る個室側の奥から、

私、盛夏、奈緒、花音、綾乃さん、

理奈、美緒ちゃん、志保、香菜、まどかさん。

トランシーバーは奈緒と志保の前に置かれた。

 

 

『『『『かんぱーい!』』』』

 

 

「あ、始まったみたいだね」

 

「ふぇぇぇ…お腹空いたぁ…」

 

「一体何の話なんでしょう?」

 

「あたしは面倒くさい事にならなかったら、それでいいんだけど…」

 

「何かいけない事してるみたいでドキドキするね♪」

 

「隣の個室には15年前の…。BREEZE、Artemis、クリムゾンエンターテイメントの人間が居るのよね。どんな話が始まるのか興味深いわ」

 

「私も気になります。翔子先生が見てきた世界。そんな話がもし聞けるなら…」

 

「取り敢えずあたしはどんな話になっても、しばかれるような事にはならないだろう席順に感動してるよ」

 

「あ、それわかる。ここの席なら志保もあたしも安全だもんね。久しぶりにのんびりとお酒を楽しめそうだよ」

 

「綾乃はあんま飲み過ぎちゃダメだからね?」

 

 

私達は私達での話ももちろん楽しんではいたけど、やっぱり隣の個室でどんな話が繰り広げられるのか。

 

それが気になっていた。

 

 

『いやいやいや!飲み会を楽しんでいた。じゃねーよ!聞けよ!俺の話を!!』

 

 

わ、びっくりした。

 

「BREEZEもArtemisも手塚さんの話は聞いていないようね」

 

「それよりさ?これってやっぱり手塚さんから大事な話があるって事だよね?」

 

 

「お待たせしましたー」

 

 

私達のドリンクが届いたので、取り敢えず私達も乾杯。

先輩達も梓お姉ちゃん達も好き勝手話してるみたいだもんね。今はビールに専念しててもいいかな?

 

く~、生き返る~~♪

 

「あたしは~、これと~これと~これと~これと~これ食べたい~」

 

「盛夏、待ちなさい。漬物は10人居るから10人前は必要だわ」

 

「あ、盛夏!あたしもたまご焼き!!」

 

「盛夏が適当に注文してくれるから、あたしらは楽だよね~」

 

「そうですね、あたしも通された料理を適当につまむ事にします」

 

私も盛夏が適当に注文してくれたやつでいいかな?

それより梓お姉ちゃんは何を食べてるんだろ?

確かこないだやらされた番組のヤツでは、豆腐が好きとか言ってたっけ?あの番組は結局ボツったけど。

 

「あ、待って下さい。手塚さんが何か話すみたいですよ」

 

美緒ちゃんの言葉にみんな静かになり、トランシーバーに注目していた。

 

 

『お前ら俺がクリムゾンのミュージシャンだった頃、思い描いていた夢を覚えているか?』

 

 

ん?手塚さんの思い描いてた夢?

 

「手塚さんの思い描いてた夢って何だろう?」

 

「理奈~?ビールおかわりする?それとも日本酒にしとく~?」

 

「手塚さんが音楽をやり始めた理由なのかな?」

 

「う~ん、でも手塚さんってクリムゾンエンターテイメントだもんね?」

 

「あ、盛夏ちゃん、私もビールおかわりで」

 

「そうね、まだビールにしておこうかしら?」

 

「日本酒でしたら私がお酌しますのに…」

 

「手塚さんってあたしと同じギタリストだったよね?」

 

「あ、そうだっけ?盛夏、あたしはカルピスサワーおかわり」

 

「ちょっと綾乃!あんたペース早すぎ!」

 

う~ん、私達が考えてもわかんないか。

そもそも手塚さんとか、SCARLETの本社に行った時くらいしか話した事もないし。

 

 

「ちょっと待ってちょうだい!今、貴さんは何て言ったの!?」

 

え?理奈?

 

「ああ、何かエクストリームジャパンフェスとか言ってたような?」

 

「あ、花音も聞こえてたんだ?エクストリームジャパンフェスって何だろ?」

 

エクストリームジャパンフェス?私も知らないなぁ。

 

「何言ってるのお姉ちゃん!エクストリームジャパンフェスっていったら、アマチュアのバンドマンの夢と言っても過言ではない一大フェスだよ!?」

 

「フェス?南国DEギグみたいな?」

 

「奈緒、エクストリームジャパンフェスってのはね。

メジャーデビューを夢見るバンドマンの、メジャーデビューへのオーディションみたいなフェスでさ」

 

あ、香菜も知ってるんだ?

 

「予選だけでも通過は難しいって聞くね。エクストリームジャパンフェスはデビューしているバンドは参加不可。南国DEギグみたいに実力のあるバンドは参加出来るってもんじゃないんだよ」

 

まどかさんも知ってるんだ?

英治さんが教えてくれてたのかな?なら綾乃さんも知ってるのかな?

 

「それって南国DEギグと何が違うの?デビューしてるバンドが参加出来ないなら、南国DEギグのが凄くない?」

 

あ、綾乃さんは知らないのか…。

 

「エクストリームジャパンフェスは、予選からデュエルでの勝敗で勝ち残れたバンドのみが参加出来るんだよ。つまり、本戦の出場バンドはその予選を勝ち抜いてきたバンドばかりって訳」

 

志保も知ってるの!?ヤバい、Divalで知らないの私だけだったんじゃん…!!

 

 

『それはそうかも知れないけどさ。手塚、あんたまさかファントムの子達を、エクストリームジャパンフェスに参加させたいって話?』

 

 

え?私達がそんなフェスに…?

 

「エクストリームジャパンフェス。確かに私達の実力を知る為にも参加したいとは思うわ。だけど…」

 

「そうですね。私達はファントムのミュージシャン。インディーズデビューしているという事になりますし」

 

「あたし達まだ実際には活動してない訳だしって事かな?」

 

「チーズコロッケ美味しい~」

 

ああ、盛夏は正常運転だね。

それよりいつの間に食べ物届けてもらったの?

 

 

『俺のプロデュース、Artemisのプロデュース、そしてBREEZEのプロデュースでそれぞれバンドを結成させてぇ。どうだ?』

 

 

え?

 

「どういう事かしら…BREEZEとArtemisと手塚さんでプロデュース…?」

 

先輩達と梓お姉ちゃん達が…?

手塚さんってどんな曲作ってたか知らないけど、クリムゾンエンターテイメントの大幹部だったくらいだし、きっとすごいバンドとかやってたんだろうけど…。

 

で、でも…。

 

「梓お姉ちゃん達がプロデュースするなら、私がボーカルやりたい……かも…」

 

「あたしはタカちゃんプロデュースならやってもいいかも~?もぐもぐ」

 

「ブ…BREEZEがプロデュースって…ガチですかマジですかこれって夢ですか?え?え?ガチ?」

 

「奈緒も落ち着きなって。そりゃBREEZEプロデュースなら、奈緒にとっては最高かもだけど、メンバーにも寄るんじゃないの?」

 

「う~ん…私は悩むなぁ。でもファントムメンバーから選ばれるにしても3バンドなら、私が選ばれる事はないかな?」

 

「冗談じゃないわね。私はDivalなのよ。

って言いたい所だけれど、私の歌の目標でもあるBREEZEのプロデュースっていうのは正直気になるわね」

 

「私はパスですかね。Glitter Melodyがありますし…。あ、でも睦月とか麻衣なら選ばれたら喜んでやっちゃいそうだなぁ…」

 

「あたしもDival以外の演奏は興味無いかな。もぐもぐ」

 

「って言ってもさ、手塚さんは知らないけど、BREEZEは作詞作曲タカ兄だった訳だし、Artemisも梓さんの作詞作曲でしょ?実際、タカ兄プロデュースと梓さんプロデュースじゃないの?」

 

「あたしは絶対反対。タカはBlaze Futureのタカなんだから…。承諾したらぶん殴ってやる…」

 

ま、まどかさん…先輩をぶん殴るって…。

何でそこまで怒ってるんだろう?

 

 

『今のお前の歌声じゃ作ったとしても歌えねぇだろ?作って届けたいと思わねぇか?あの頃のBREEZEの歌を!』

 

 

「「「「!?」」」」

 

私達は手塚さんの言葉を聞いてハッとした。

そうだ…。あの頃のような高いキーはもう先輩は…。

初めてBREEZEの曲を聞いた時、今の先輩と全然違う声だと思った。

Blaze Futureの曲を歌っている時も、かっこいい歌声はしているけど、あの頃とは全然違う。

 

 

『お前はアホだな。俺も拓斗と同じ気持ちだ。そもそもBREEZEプロデュースって何だよ。そんな曲でやるなら俺プロデュースになるじゃねーか。だから俺はパス。トシキと英治はやりたいならいいんじゃねぇか?』

 

 

「先輩…断るんだ…」

 

「難しい所ですなぁ~。タカちゃんにはBlaze Futureもあるもんね~。ま、タカちゃん自身も歌いたいと思うし。もぐもぐ」

 

「それなら…貴が昔のような曲を届けたいなら…その時は私が歌えば……ハッ!?BREEZEプロデュースの曲を私が歌うとか何と恐れ多い事を!?」

 

「いや、普通にそれもありなんじゃないの?」

 

「パスだとか言ってるけど、貴兄も本当はやりたいんじゃないかな…」

 

「貴さんの気持ちもわかるわね。喉の事が無ければ今もきっと…」

 

「私もお兄さんの作る曲に寄って、お兄さんとお姉ちゃんがボーカルを代わるっていうのもアリだと思いますけどね」

 

「確かに貴の曲って、BREEZEとBlaze Future、どっちも王道ロックって感じだけど、少し曲調は違うもんね。キーの高い曲は作ってなさそうだし」

 

「基本的に歌詞がえっちぃっぽい曲の時の曲調?あんな曲が無くなったよね。まぁ、それがBlaze Futureのコンセプトなんだろけどさ?」

 

「タカも…本当はきっと…あたし……」

 

まどかさん?

 

「まどか?どうしたの?」

 

「あたし…タカがボーカルじゃないとさ。何となく嫌なんだよね。もちろんゲスト参加とかは全然嫌じゃないよ?むしろ声掛けてくれたら嬉しいくらいだし」

 

「まどか先輩…」

 

「タカがさ。またバンドを辞めちゃうんじゃないかって、怖いんだよ。それが嫌…」

 

「まどかさ~ん。タカちゃんは大丈夫だよ~。タカちゃんはずっとあたしの隣に居てくれるって約束してくれたし~」

 

え?盛夏?先輩が盛夏の隣に居てくれるって何?

それボーカルとしてベースの横に居ますよって事だよね?

 

「そうですよ!まどか先輩!貴はずっと一緒に居てくれるって約束してくれましたもん!」

 

え?奈緒?ずっと一緒に居てくれるって、ボーカルとギターとしてBlaze Futureとしてって事だよね?

 

 

『あ?ようはお前プロデュースのバンドと俺達プロデュースのバンド、そしてArtemisプロデュースのバンドを結成してエクストリームジャパンフェスに出場させてぇって事だろ?俺は嫌だけどお前らは好きにしたらいいじゃねーか』

 

 

やっぱり先輩は…。

 

「エクストリームジャパンフェス…。私も出るのならDivalで出たいわね。私達の曲と演奏で」

 

「わかります。私も出場するならGlitter Melodyで出場したいです」

 

 

『タカくん。手塚さんはエクストリームジャパンフェスに出場させたいとは言ってないよ』

 

 

「ん?そういや確かに手塚さんは、夢を覚えてるか?ってだけで、出場したいとは言ってないね」

 

「え?でも話の流れ的にはさ…?」

 

そうだよね。あんな言い回しだと出場するつもりで、プロデュースしたいのかな?って思うよね。

 

 

『俺は俺のプロデュースするバンドで、BREEZEとArtemisを越えるバンドを作りてぇんだ。俺にとってBREEZEとArtemisはな、エクストリームジャパンフェスで優勝するよりも尊い目標になったんだよ』

 

 

「BREEZEとArtemisを越えるバンド…」

 

「むー!Blaze FutureはBREEZEを越えてるしー!」

 

「盛夏、それはちょっと言い過ぎだよ」

 

「奈緒…あんたどれだけBREEZEが好きなの?」

 

「さすがに私もNoble Fateでも今は越えられないかなぁ?すぐにサクッと越えられると思うけど」

 

「私達DivalならBREEZEもArtemisも越えてみせるわ。私達が最高のバンドになるのだもの」

 

「私も翔子先生を見てきた訳ですし、Artemisにはまだまだ…とは思いますが、お兄さんは越えられると思ってます」

 

「あはは、美緒も言うね~。でも、理奈の言う通りあたし達DivalならBREEZEもArtemisもクリムゾンも越えられると思ってるよ」

 

「英治先生を越えるかぁ。今まで考えてなかったけど、あたしらDivalは最高のバンドになるんだもんね」

 

「タカはどう考えてるんだろうね。今のタカ自身の事を…」

 

 

『お前も今日、ONLY BLOODのライブ観て思ったんじゃねぇか?BREEZEが、お前が喉を壊さなかったら、あの時のお前らしい音楽をもっとやれたんじゃねぇかってよ』

 

 

先輩が喉を壊さなかったら…。

先輩が喉を壊さなかったら、今でもBREEZEをやってたのかな?そしたらそのままデビューもしちゃったりしてたかもだよね?

 

そしたら……私は今、先輩と同じ職場じゃなかったかも知れないんだ…。

 

「ONLY BLOODかぁ~。もぐもぐ」

 

「え?盛夏はONLY BLOODって知ってるの?」

 

「もちのろんよ~。

ONLY BLOODはタカちゃん達BREEZEがデビューした頃からのライバルバンドで~。クリムゾンエンターテイメントに潰されちゃったらしいよ~」

 

クリムゾンエンターテイメントに…?

 

「それでタカちゃん達は叔母さん達を守る為に、アルテミスの矢を作ったみたいな~?」

 

「聖羅さんからそれ聞いたの?」

 

「おかーさんから聞いたって言うか、おかーさんが好きだったバンドの曲を聞いて育ったから~」

 

「でもタカ兄って、そのONLY BLOODのライブ観たみたいな話じゃない?」

 

「もしかしたらそのONLY BLOODってのも再活動したんじゃない?」

 

何か…先輩の気持ちがわかる…。

 

先輩は今はBlaze Futureとしてバンドをやってるけど、昔みたいな曲も作りたいんだ…。

でも昔みたいな曲はもう歌えないから…。

このプロデュースの案も断ってるのはきっと…。

 

「やりたいなら…やりたいって言ってくれたらあたしも…」

 

まどかさん…。きっとまどかさんもわかってるんだね。

今の先輩の気持ち。

 

 

『俺は佐倉 奈緒をボーカルとしてバンドをプロデュースしたい』

 

『はぁぁぁぁぁぁぁ!!?』

 

 

え?奈緒?

 

「ふぇ!?わ、私が手塚さんのプロデュースするバンドのボーカル!?」

 

「クッ……タカ…!!」

 

 

-ドン

 

 

まどかさんは急に立ち上がって、先輩達の居る個室の壁を殴った。

 

「何で…どうして…」

 

「ま、まどかさん?」

 

「まどか?」

 

「まどか先輩…?」

 

私達はそんなまどかさんを見て、何か言わなきゃいけない。何か言わなくちゃと思ったけど…、何も言えなかった…。

 

「あ、あはは、ご、ごめん。あたし…帰るわ」

 

「え?まどか姉?」

 

「これ、置いとくね。ごめん…」

 

まどかさんはそう言って財布から1万円を取り出し、バッグを持って個室から走って出て行った。

まどかさん…。

 

 

-ガラッ

 

 

出て行ったと思ったらすぐに戻って来た。

 

「あ、お釣りは今度会った時でいいから」

 

それだけ言ってまた個室から出て行った。

お釣りは取るのか…。

 

 

「まどかさん…どうしちゃったんだろ…」

 

「渚~。心配しなくても大丈夫だよ~。盛夏ちゃんには何となくわかっちゃったのだ~」

 

「私も…何となくだけど、まどか先輩の『やりたい事』わかっちゃった。はぁ~…私もまどか先輩みたいになれたらなぁ~…」

 

「あたしも何となくだけど、まどかさんの『やりたい事』わかっちゃったかな」

 

「まどかの置いていった1万円…。お釣りを返さないには、割り勘として10万円分か…。あ、無理」

 

「盛夏も奈緒も花音も…まどかさんが心配じゃないの?」

 

「理奈さん。私もまどかさんの『やりたい事』わかっちゃいました。私ももう少し勇気があったら…(ボソッ」

 

「え?美緒もわかったの?何だろまどかさんの『やりたい事』って…」

 

「あたしもサッパリだよ。まどか姉…大丈夫なのかな?」

 

う~ん、む~ん…。

まどかさんの『やりたい事』って何なんだろ?

奈緒達はわかってるみたいだけど…。

 

 

「多分この後もお話を聞いてたらわかりますよ」

 

美緒ちゃん…。本当に大丈夫なのかな?

 

 

『佐倉 奈緒はあくまでもBlaze Futureのギタリストだ。だが、それと同時にファントムに所属するバンドマンであり、SCARLETのタレントという位置付けではある』

 

 

ん?奈緒はSCARLETのタレント?

あ、そっか。私達はファントム所属のバンドだけど、ファントムはSCARLETの音楽事務所。

私達はSCARLETに所属しているタレントって扱いになるんだ?

 

「お、お姉ちゃんが…タレント…」

 

「あ、そうだよね?位置関係的にはそうなるのかな?

でも、美緒もタレントって事だよ?お姉ちゃんだけじゃないよ?」

 

「え?マジ?あたしもタレント!?」

 

「あ、香菜もそうなるんじゃない?あたしもタレントって事か…。お父さんはクリムゾンとしてタレント扱いだったとしても、お母さんはどうだったんだろ…」

 

「タレント…ね。charm symphonyのときの事もあるから素直に喜べないわね…」

 

 

『お前は佐倉 奈緒の歌声を聞いてどう思った!?クリムゾンエンターテイメントや海原に怯えてあいつの歌声を腐らせるのは勿体ねぇと思わねぇのか!?』

 

 

「さ、さすがお姉ちゃん…」

 

「ふぇ!?な、何でですか!?何で私の歌が!?」

 

「私もこないだの奈緒の歌声凄いと思ったよ。でも、何だろ?カラオケの時とはまた違ったんだよね~」

 

そう。奈緒の歌声は私とカラオケ行っている時とは全然違ってた。普段の可愛い歌声ってより、しっかり歌詞を伝えに来てるような感覚…。

 

「いやいやいや。あの時は緊張もしてましたし、ギター弾きながらちゃんと歌えるかって思ってましたしね…」

 

「お姉ちゃん。でも…私はあの歌嬉しかった。すごく…嬉しかったよ。理奈さんの歌の次くらいに感動した…」

 

「あ、美緒はそれでも理奈の歌の方がいいんだ?」

 

 

『覚えているか?SCARLETで番組を作りてぇと言った話を。俺のプロデュースするバンド、お前らのプロデュースするバンドはSCARLETの企画バンド。その番組内でのみ活動するバンドだ』

 

 

「……え?企画バンド?」

 

「おぉ?これってもしかして~、初音がSCARLETでやるって言ってたネット番組の事かな~?」

 

「…あ、でもそれなら尚更貴に…じゃない。BREEZEにプロデュースしてもらいたいような…」

 

「あ、ダメだ。これ面倒臭い事になりそう…。あたしはパスしたいかな…」

 

「番組の企画バンド…?給料出るなら仕事辞めれる…?」

 

「なるほど。そういう事ね。手塚さんのやりたい事、ようやくわかったわ。それなら貴さんもきっと…」

 

「あ~、なるほど。でしたらお兄さんがどうしてもって言うなら私がお兄さんのバンドに入っても…いいかな?」

 

「そういや初音がそんな事言ってたっけ?もぐもぐ。

そういう事ならあたしもやってもいいかな。もぐもぐ」

 

「志保が美味しそうにご飯を食べてるとこ、初めて見た気がするよ」

 

手塚さんが言うように、その番組内でだけのバンドなら…梓お姉ちゃんのバンドには私が入りたい…!

 

 

『タカに奈緒ちゃんをプロデュースさせたらいいじゃないですか。奈緒ちゃんも憧れのBREEZEのTAKAプロデュースとかなら大喜びしそうですし』

 

 

は?英治さんは何を言ってるの?

 

 

-ドン

 

 

取り敢えず隣の個室に向けてグーパンしてみた。

 

「な、渚…?」

 

……あ、いけない!

英治さんったら何を言ってるの?とか、思ってうっかり壁を殴っちゃった。

 

 

『だから佐倉 奈緒は俺がプロデュースしてぇって言ってんだろ。それに、タカが佐倉 奈緒をプロデュースするには問題がある。それはタカもわかってるだろう?』

 

 

「え!?私の歌に問題が!?」

 

「あれじゃない?お兄さんがお姉ちゃんをプロデュースするとかなると、我慢出来なくなってつい襲っちゃうとか?」

 

「いや、美緒は何を言ってるの?もぐもぐ。

奈緒と貴は同じバンドだし。もしそうなっちゃうなら、もうとっくにそうなってるんじゃない?」

 

「……!?お姉ちゃん!?もうお兄さんとそんな事を!?」

 

「何を言ってるの美緒は…。貴はそんなんじゃないし。

そんな妄想を暴走させてる妹が心配だよ、お姉ちゃんは」

 

「貴さんが奈緒をプロデュースする事の問題点……ね」

 

「ん?理奈ちは何かわかったの?」

 

「何となくなのだけど…。奈緒とはカラオケにも行った事あるのだけれど、先日のGlitter Melodyのライブで歌った奈緒の歌。いつもの奈緒の歌とは違ってたわ」

 

「あ!それ私も思った!奈緒ってカラオケの時はBREEZEの曲歌うけど、あの時と全然違ったよね!」

 

「え?そう?」

 

「うん。あたしもこないだの奈緒の歌声にはびっくりしたかも。綾乃さんもそう思いませんでした?」

 

「眠い……」

 

ありゃ?綾乃さんは飲み過ぎると眠くなっちゃうのかな?

 

「あの歌声は…そう。初めて美緒ちゃんの曲を聞いたような衝撃。それに近いものを感じたわ」

 

「り、理奈さんが…私如きの曲を…幸せ過ぎます…!」

 

 

『それは奈緒のあの歌声は俺の作った曲じゃ出せねぇ』

 

『あ?どういう事だよ』

 

『奈緒のあの歌声は奈緒が想いを込めて作った歌詞だから想いが乗る。だから、俺が歌詞を作っちまったら意味ねぇんだよ』

 

 

奈緒が作った曲だから…奈緒の歌が…って事?

 

「やっぱりね…」

 

「え?ふぇ?私が作った曲?」

 

「ええ。奈緒が作った曲だからこその歌声なんだと思うわ。それは美緒ちゃんも同じだと思う。美緒ちゃん達の聞いたも美緒ちゃんの作った曲だもの。

あなたには…いえ、あなた達にはそういったチカラがあるのかも知れないわね」

 

チカラ…?

あ、前に拓斗さんが言っていたチカラの事か…。

 

 

『手塚。それでテメェは奈緒に作詞させて、テメェは作曲しようって事か。それならタカでもよ…』

 

 

「わ、私が作詞!?いや、待って下さい!?無理です無理です無理です!」

 

「お姉ちゃんの作った歌詞……尊い…」

 

「クス、美緒ちゃんは本当にお姉ちゃんが好きね」

 

「あ、でも理奈さんの歌詞の方が素敵です」

 

「み、美緒ちゃん…?」

 

 

『これが最後の頼みだ。これ以上はもう言わねぇ。

タカ、俺は佐倉 奈緒をプロデュースしてぇ』

 

『はぁ…。まぁ好きにしたらいいんじゃねぇか?手塚の気持ちもわからなくはないしな。俺も奈緒の歌をもっと聞きたいと思ってたのは事実だしな』

 

 

「ふぇ!?た、貴も何を言って…!?」

 

-ドン

 

奈緒がそう言った直後だった。

焼鳥を咥えた盛夏が立ち上がって、壁にワンパンしていた。盛夏?普通にご飯食べてると思ってたのに…。

 

「む~、もぐもぐ。貴ちゃんは何を言ってるのだ~!!

奈緒は私達Blaze Futureのギタリストなのに!!もぐもぐ」

 

「せ、盛夏…?」

 

「もぐり。

あたしも奈緒の歌は好きだよ。こないだ奈緒の隣でベースを弾いててさ。とてもとても気持ち良かった」

 

盛夏…。

 

「でもね。奈緒はBlaze Futureのギタリストなの。

奈緒の歌が聞きたいなら、Blaze Futureでやればいいじゃん!奈緒が歌詞を書いて~、貴ちゃんが曲を作って~。それでいいじゃ~ん」

 

「盛夏。あの…ありがとう」

 

そう言って奈緒は盛夏の腕を引いて無理矢理座らせた。

 

「お?おお?奈緒…?」

 

「あ、あはは、盛夏…ありがとね。

私もBlaze Futureのギタリストと思ってる。ううん、私はBlaze Futureのギタリストだよ。

ボーカルの貴が居て、ドラムのまどか先輩が居て…そして、ベースは盛夏」

 

「奈緒…。うん、そうだよね~。

それなのに貴ちゃんときたらさ~」

 

「でもね、貴も本当はそう思ってくれてると思うけど…。貴の気持ちもわかるんだ」

 

「貴ちゃんの気持ち…?それは…あたしも…わかってるけどさ…」

 

先輩の気持ち…か。

 

あの頃のような歌を作りたいって気持ちと、奈緒の歌をもっと聞きたいという気持ち。

それとあの頃のBREEZEのような歌では奈緒の歌を活かせないって気持ちかな…。

 

「私は…手塚さんから正式にお話を頂けたら…このお話受けようと思う」

 

「……!?奈緒…?」

 

「貴の気持ち…すごくわかるから…。BREEZEは辞めたくて辞めたんじゃないと思うし。きっとそれは梓さんも手塚さんも…」

 

「……あたしもそれはわかってる。わかってるんだよ。

でもね…」

 

「それにさっき英治さんが言ってた事…。私の歌がそんなに凄いのなら…。私も憧れのTAKAさんを越えるボーカルになってみたい。憧れの人と並べるような…」

 

憧れのTAKAさんを越えるボーカルか。

私も…いつか梓お姉ちゃんや先輩を越えるようなボーカルになりたい…。ううん、必ずなる。なってみせる。

 

「あ~!香菜ぁ!それあたしが狙ってたから揚げ~!」

 

「え?いや、あ、ご、ごめん…?あれ?何であたし謝ってるの?」

 

「ちょ、盛夏!真面目に話してるのに!」

 

「もういいよ~。真面目な話してるとお腹空くし~。

奈緒の気持ちはわかったからさ~?」

 

「盛夏…?」

 

「あたしもBREEZE好きだもん。昔の貴ちゃんみたいな曲を聞きたい。

それに今の奈緒の歌も好き。もっともっと奈緒の歌を聞きたい」

 

「盛夏………うん、ありがとう」

 

「貴ちゃんの歌の時も、奈緒の歌の時も、あたしがベースをやりたいって我儘だから~」

 

「それは大丈夫だよ」

 

「ほえ~?大丈夫って~?」

 

「手塚さんには…私がボーカルやる条件として、ベースは盛夏にして下さいってお願いするつもりだから…」

 

「奈緒…。奈緒ぉぉぉ」

 

そう言って2人は抱き合……わなかった。

 

奈緒は盛夏が抱きつきにくるのを待っている感じだったけど、盛夏はその時運ばれてきたから揚げを目にして、から揚げを食べるのに夢中になってしまった。

 

「お姉ちゃん……ど、どんまい」

 

「美緒…言わないで…」

 

 

『あたしがプロデュースしたいボーカルは、当然なっちゃんだよ』

 

『渚!!?』

 

 

-ドン

 

あ、つい壁がある事を忘れて突撃してしまった。

思いっきりおでこをぶつけちゃったよ…。

 

「な、渚?大丈夫?」

 

「あ、あはは、ありがとう志保。大丈夫だよ~。

ってか、まさか梓お姉ちゃんがプロデュースしたいバンドのボーカルが私とは…!!」

 

「まぁ、梓さん直々に渚をボーカルに…って事だから嬉しくても無理は無いわね」

 

「あれ?理奈ちは反対しないんだ?」

 

「何故反対すると思ったのかしら?」

 

「いや、ほらだってさ?理奈ちの事だから、『私達はDivalよ。Dival以外にかまけている時間はないわ』とか言うかと思って…」

 

「もしかして今のは私の真似なのかしら?

さっきも言ったじゃない。BREEZEは私の目標にしていたバンド。この企画バンドは私も興味はあるのよ」

 

あ、そっか。そう言えばさっき興味あるって言ってたっけ。

 

「もちろんDivalが最高のバンドになる。その想いは変わらないわ。それに、15年前活躍していたバンドのプロデュース。そのバンドを越えるいい機会でもあるもの」

 

そっか。そう言われればそうだよね。

今はBREEZEもArtemisも居ない。私達の憧れの的であるだけ。そのメンバーがプロデュースするバンドを越える事が出来たら…。そんな想いもあるよね。

 

 

『タカちゃんと梓ちゃんと手塚だけズルいズルいズルい!あたしもあたしプロデュースの……!!!』

 

 

「「「「「え?は?」」」」」

 

「ひ、日奈子お姉ちゃん…?」

 

「まさかの日奈子さんもプロデュース?もぐもぐ」

 

「BREEZEとArtemis……確かに貴と梓さんプロデュースって感じですけど…」

 

「あはは~、ダメだわこれ。嫌な予感しかしない…」

 

「Zzz…」

 

「日奈子さんもプロデュース…。これは面白い事になりそうね」

 

「ほ、本気なんですかね…」

 

「う~ん…。そういう事ならあたしも企画バンドってのやってみたいかも…もぐもぐ」

 

「あー、確かにそれも面白そうだよね。企画バンドって事ならDivalの活動にも差し支えないようにはしてくれそうだし」

 

日奈子お姉ちゃん…本気なのかな?

 

 

『うるさい!あたしはSCARLETの社長だよ!

だからこうしよう!手塚、タカちゃん、トシキちゃん、拓斗ちゃん、英治ちゃん、梓ちゃん、翔子ちゃん、澄香ちゃん、あたしで9バンドをプロデュースしよう!

よ~し、決定!!あ、これもう社長命令だから』

 

 

あ、本気だった。

 

「あ、あはは、日奈子お姉ちゃん…本気なんだ…」

 

「う~ん…。何だかとんでもない事になりましたなぁ~」

 

「あわわわわ、TAKAさんだけじゃなく、TOSHIKIさんやTAKUTOさんやEIJIさんのプロデュースまで…!ゆ、夢ですかこれは…」

 

「いや、タカさんもトシキさんも拓斗さんも英治さんも普段から会ってるしね?タカさんに至っては奈緒は同じバンドだよ?わかってる?」

 

「ふぇ?あ、私寝てた…?」

 

「本当にこれは面白い事になりそうだわ。

私もどこかの企画バンドに参加したいものね」

 

「さすがにベースの理奈さんとベースの私じゃ、同じバンドになるのは無理かな…」

 

「9バンドって事はあたしも何処かに参加する事になるのかな?」

 

「もぐもぐ、そだね~。ファントム所属バンドの番組での企画バンドらしいし。あ、でもさっき聞こえた話だと翔子さんはトシ兄とやるみたいだし8バンドじゃない?もぐもぐ」

 

私は梓お姉ちゃんのプロデュースバンドのボーカルだとしても…、梓お姉ちゃんは他のメンバーは誰を選ぶつもりなんだろう?

 

 

『おこんばんはー!』

 

 

え?晴香さん?

隣の個室から聞こえた声。この声は晴香さんだ。

 

 

『あ、まどかは何を飲む。あたしはビール』

 

『あ、あたしもビールで…』

 

 

え?まどかさん!?まどかさんも隣の個室に!?

 

「ふふ、やっぱりまどか先輩。隣の個室に突撃したんですね」

 

「やっと登場か~。って感じだよね~。

はてさて、まどかさんはどう言うんだろう~?」

 

え?奈緒と盛夏はまどかさんが隣の個室に行くつもりだったってわかってたの?

いや、奈緒と盛夏だけじゃなさそうだ。

花音や綾乃さん、美緒ちゃんもやっとかーみたいに言っている。

 

えっと……どういう事なんだろう?

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 

-少し前の時間

 

「あれ?まどか?どったの?」

 

「あ、晴香さん…」

 

「もしかして帰るの?」

 

「いえ…そういう訳じゃ…えっと…」

 

「何か迷ってるんだ?お姉さんに話してみ?ほれほれ」

 

「晴香さん…あはは、えっと…実は…」

 

 

 

 

「なるほどね。BREEZEとArtemisのプロデュースでバンドを作ろうってか。

あはは、手塚も面白い事考えるじゃん」

 

「お、面白い事って…」

 

「タカがBlaze Futureを辞めて、そっちのプロデュースばっかりになりそうで怖い?」

 

「……少し。タカは昔みたいには歌えないから。

Blaze Futureの事も大事にしてくれるとは思いますけど、タカのやりたい曲は、バンドはもしかしたら…」

 

「大丈夫だと思うよ。タカは」

 

「……はい」

 

「ん~、そだ!あたしもう仕事あがりだしさ。2人であいつらの個室に突撃しよう!」

 

「え!?と、突撃って…」

 

「まどかもあいつらの個室に乗り込んでやろうって思ってるから、ここで帰らずに1人でいるんでしょ?」

 

「いや、まぁ…あははは…」

 

「あたしも一緒に行くからさ。大丈夫。

あいつらに、タカに言いたい事、今の気持ちをぶつけな」

 

「晴香さん……はい」

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 

そこで私達はまどかさんと晴香さんの加わった隣の個室の話を聞いた。

 

そっか。まどかさんは先輩がBlaze Futureじゃなくなっちゃうかも知れない事が不安で怖かったから、先輩に直接話を…。

 

「そっかぁ。まどかさんって…」

 

「きっとまどかさんは自分が弱いってわかってるんだね~。だから今を一生懸命になれるんだよ~」

 

「でもまどか先輩と英治さんのプロデュースバンドかぁ……ちょっと楽しみかも?」

 

「えっと…これで手塚さんと、タカさんと、佐藤さんアンド神原さん、晴香さんと宮野さん、英治さんとまどかさん、木原さん、澄香さん、社長の8バンドか…」

 

「おっちゃんとまどかのプロデュースバンド…。わぁ~めんどくさそぉ~…」

 

「私にはDivalの事もあるけれど、企画バンドとしても私も何処かに所属する事になるなら全力でやるだけだわ」

 

「私もやるという事になれば全力でやります。もし睦月達と別のバンドになったら負けたくないですし」

 

「あ、それならあたしは美緒とバンドやってみたいかも。もぐもぐ」

 

「う~ん…あたしはやるなら英治先生にプロデュースしてもらいたい気もするけど…やっぱBREEZEってなるとタカ兄かな…?」

 

 

15年前のバンド、BREEZE、Artemis、クリムゾンエンターテイメント。

そんな人達にプロデュースしてもらうバンド。

 

みんな今の自分のバンドが一番と思っているものの、やっぱり自分が憧れていた人にプロデュースしてもらえるかも知れない。

不安や心配もあるけど、そんな想いの方が大きく、私達はあれやこれやと歓談しながら、楽しい時間を過ごしていた。



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第11話 企画バンドへの想い

「Divalとは違うバンド…梓お姉ちゃんの…」

 

「企画バンドねぇ~…もぐもぐ」

 

「歌詞…かぁ…。うぅ…どうしたもんですかね…」

 

「あたしはNoble Fateだけで良かったのに…」

 

「うぅ~…眠い…飲み過ぎた…」

 

「この企画バンドに選ばれたら、私の実力もあの頃のバンドメンバーに選ばれたとも言えるわね…」

 

「お兄さんプロデュースのバンドにお姉ちゃんって事は無いのか…」

 

「江口と同じバンドになりそうなら断ろ…」

 

「み、みんな企画バンドやる気満々なんだ…?」

 

 

あたし達は美味しいご飯を食べながら、隣の個室で話されていた企画バンドの事を話していた~。

 

あたしの名前は蓮見 盛夏。

そんじょそこらにはいない美少女だ。

……と、自分では思っている。

 

正直な話をすると、あたしはこの企画バンドにはあんまり興味は無い。

 

あたしはBlaze Futureのベーシストだから。

 

 

おかーさんの影響もあったのかもしれないけど、ずっと大好きだったBREEZE。

あたしがずっと追っていたBREEZE。

 

TAKUTOさんのベースに負けないように、

TAKAさんの歌に合わせるように、

そう思ってベースをやってきたあたし。

 

そんなあたしがTAKAさんの…、タカちゃんのBlaze Futureでベースを弾く事が出来るようになった。

 

 

そして仲良くなったBlaze Futureのギタリスト奈緒。

 

奈緒のギターの音はとても心地いい。

あたしとまどかさんのリズムで、どんどん奈緒のギターを引っ張っていきたい。

どんどん奈緒のギターに合わせた音を出したい。

 

あたしはそう思うようになっていた。

 

 

Blaze Future。

ボーカルのタカちゃん。

タカちゃんはきっと企画バンドが始まっても、Blaze Futureを頑張ってくれると思う。

だけどタカちゃんの作りたい曲は、昔のBREEZEの時に作っていた曲なのだろう。

 

ギタリストの奈緒。

ずっと憧れていたBREEZEのTAKA。

そんな憧れの人と一緒にバンドをやる事が出来て、今は手塚さんプロデュースの名の元に、あの頃のBREEZEと同じような歌を歌えるかも知れない。

憧れの人に並ぶチャンス。奈緒はやりたいだろう。

 

ドラマーのまどかさん。

タカちゃんがBlaze Futureを辞めて、あたし達…奈緒の歌声に全てを託して、歌う事を辞めると怖がっていた。

だけど、勇気を出して自分のやりたい事を話せた。

まどかさんは凄いと思う。きっと…自分の弱さも受け止めているから。

 

あたしには…出来ない…。

でも、それは…あたしの我儘。我儘なんだよね。

 

 

「あ、盛夏」

 

「ん?香菜ぁ?どしたの~?」

 

あたしは…普段通りの盛夏ちゃんで居なくちゃ。

それがあたしに出来る精一杯だから。

 

「ビールもうなくなりそうじゃん?盛夏もおかわり頼む?」

 

「おお~、どうしよっかなぁ?う~ん、やっぱりまだビールかなぁ?」

 

「了解。盛夏もビールね~」

 

タカちゃんとまどかさんはどうするんだろう?

タカちゃんのバンドにはBlaze Futureのメンバーはダメって事だった。

まぁ、奈緒は手塚さんのバンドのボーカルだし、まどかさんは英治ちゃんとプロデュースやるみたいだし、残ったBlaze Futureはあたしだけなんだけどね~。

 

手塚さんは誰をベースに選ぶんだろう?

 

奈緒はさっきあたしのベースじゃないと話を断るって言っていた。あたしも奈緒のバンドのメンバーになりたい。

 

奈緒のバンドのベースに選ばれるのがあたしじゃなかったら。それでも奈緒には断ったりせずに、やりたい事をやってほしい。

でも…そうなったら素直に応援出来ないだろうな…。

 

あたしは…本当に我儘だ…。

 

 

『バンドメンバーの取り合いになっても嫌だしさ!今のうちにメンバー決めちゃおうよ!』

 

 

お?バンドメンバーを…決める?今から?

 

「うふふ~、みんな誰のプロデュースするバンドに入るのかなぁ~?タカちゃんのバンドか、まどかさんのバンド~。それか奈緒と同じバンドじゃないとあたしは嫌かなぁ~?」

 

あたしの精一杯の言葉。

こんな言葉しか言えなかった…。

奈緒には…BREEZEを越えたいという気持ちもあるのに。

 

「盛夏はさ?その…私と一緒のバンドじゃくても…ベースやる?」

 

奈緒…?

………やりたい訳ないじゃん。

 

「ん~?そだなぁ。

さっきも言ったけど~。タカちゃんのバンドは無理だから~。

まどかさんのプロデュース、それか奈緒と同じバンドに選ばれなかったらお断りするかも~?」

 

「あ、あはは。盛夏がまどか先輩に選ばれたら、私と盛夏は別のバンドになっちゃうね」

 

わかってるよ、あたしも…。だから、言わないで…。

 

『あたしは奈緒と同じバンドじゃないとお断りするよ~。だから奈緒もあたしと同じバンドじゃなかったら断ってほしいかなぁ?』

 

奈緒もこの企画バンドやってみたいと思ってるんだろうから、あたしはこんな我儘言えない。

 

「おぉ!?そうなっちゃうとそうだね~」

 

だからあたしはこんな事しか言えないよ。

 

奈緒はそれ以上は何も言わず、あたしに微笑みかけてくれていた。

 

 

『だったら辞めてもいいんちゃう?それでタカは誰にボーカルやって欲しいの?誰を選ぶの?』

 

 

お?タカちゃんがボーカル選ぶ?

誰を選ぶんだろう?

あたしの事はさておき、これはこれで気になるよね~。

 

タカちゃんのやりたい曲に合った歌声。

あの頃のBREEZEの曲に合った歌声。

 

 

『俺がボーカルをやって欲しいのは理奈だ』

 

 

「え?私?」

 

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「わ、美緒!?大丈夫!?」

 

理奈。確かに理奈の歌もかっこいいけど…。

ベースボーカルって事かな?

確かに理奈に聴かせてもらったcharm symphonyの時の歌声は、タカちゃんの曲に合ってるかも~?

 

うっふっふ~。

タカちゃんが選んだのは理奈かぁ~。

渚と奈緒はどんな反応するかなぁ?

 

「せ、先輩が選んだのは理奈かぁ~。あ、あはは。わ、私は梓お姉ちゃんに選ばれてるしね。選択肢に私は無かったわけだし」

 

「そ、そうだよね。貴が理奈を選んだのは、わ、私も手塚さんに選ばれてたからだし。私も選択肢に無かったもんね」

 

「渚も奈緒もどうしたの?顔が青ざめて汗がものすごいけど?」

 

うふふ~、焦ってる焦ってる~。

理奈はどんな反応してるのかなぁ?

 

「全く…本当に困った男ね。でもそうね。

奈緒や渚の言う通りだわ。

私には奈緒のように人を感動させる歌声も、渚のように人を惹き付ける歌声もしていないわ…」

 

「り、理奈さん!そんな事ないです!!理奈さんの歌声は最高ですよ!!お兄さんが理奈さんを選んだのは……ん?あれ?理奈さん何でそんなお顔がニヤけているんですか?」

 

「ありがとう美緒ちゃん。そうね。

それでも貴さんが選んだのは『私』なのよね。他の誰でもなく」

 

「「ウッ…」」

 

 

『理奈なら俺が思い描く歌を表現してくれると思う』

 

 

「あら?私なら貴さんが思い描く歌を表現?

全く…あの男は何を言っているのかしら?恥ずかしいじゃない。

『私なら』と期待して私を選んだのね。しょうがないわね。私にはDivalがあるのだけれど、期待に応えてあげる事にするわ」

 

「「ム、ムキー!!!!」」

 

 

-ドン!ドン!

 

 

奈緒と渚は隣の個室に向かって壁にパンチした。

うふふ~、黒いバトルが開かれておりますな~。

理奈なんか勝ち誇った顔しちゃってるし~。

 

「り、理奈?先輩のプロデュースとか嫌なら断ればいいんじゃないかな…?」

 

「そ、そうだよね。しょうがなくとか思ってやるなら断った方がさ…?」

 

「渚も奈緒も何を言っているの?

私もBREEZEのTAKAさんに憧れて歌っていたのよ?

それに、渚と奈緒と競えるいい機会ではあるわ」

 

「で、でもさっき理奈はしょうがないわねとか言ってたじゃん!」

 

「そ、そうだよ!しょうがなくやる必要なんかないよ!そ、それって貴にも失礼じゃん?」

 

「言い方が悪かったわね。ごめんなさい。

貴さんが私に歌って欲しいと言うなら喜んで歌わせてもらうわ。しょうがなくと言ったのは、あんな大きな声で、みんなの前で『私を選んでくれた』事が恥ずかしいから、しょうがない男ねって意味で言っただけよ(ニコッ」

 

「「ウッ…」」

 

 

『あ?いや、俺のバンドじゃ理奈にはベースはやらせるつもりねぇ。理奈にはボーカルとして歌に集中してもらう』

 

 

「「「「え?」」」」

 

タカちゃんのバンドのベースは理奈じゃない?

ん~。確かに理奈のスタイルはタカちゃんの音楽っぽくは無いけど~。

 

「私がベースを弾かない…?どういうつもりかしら?」

 

 

『え?りっちゃんにベースやらせないの?それってベースを他の人にやって欲しいって事?』

 

『ああ、まぁな。理奈のベースの技術も最高ではあるんだが、俺の曲に合うベーシストは他にいるからな』

 

 

「わ、私のベースも最高だなんて…。も、もう!あの男は…。

でも確かに私のベースはBREEZEとは、拓斗さんとはかけ離れているわね。私のベースは父の影響が大きいもの」

 

「せ、先輩が…理奈を…」

 

「そっかぁ。確かに理奈のベースより盛夏の方がBREEZEのスタイルに近いもんね…」

 

確かにあたしと理奈のスタイルは違うよね~。

あたしはタカちゃんのバンドには入れないし、タカちゃんは誰にベースをして欲しいんだろう?

 

 

『もしかして美緒ちゃん?』

 

 

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

-ガシッ!

 

いつもの如く倒れようとしていた美緒を、すんでの所で理奈が支えていた。

 

「あ、危なかったわ…。準備していて良かったわね…」

 

「わた、わた、私が理奈さんと同じバンドに…!?」

 

「美緒、残念だけどね。それは無いと思うよ」

 

「お姉ちゃん?」

 

そうだよね~。

美緒のベースは理奈の影響受けてるからか、本当に理奈に似たスタイルだし。

もし美緒をベースにって事なら、理奈がそのままベースボーカルしたらいいもんねぇ?

 

「そうね。美緒ちゃんのベースは私のスタイルとよく似ているわ」

 

「わ、私如きが理奈さんのスタイルに似ているとは…!」

 

「あ、それあたしも思うよ。美緒とセッションしてると、まるで理奈と一緒にやってるような気になるし。歌声は全然違うけどね」

 

「し、志保まで…ああ、何と恐れ多い…」

 

 

『美緒ちゃんのベースも確かにすげぇけど、美緒ちゃんに頼むなら理奈がやっても一緒だろ?同じタイプのベーシストだし。それに美緒ちゃんの歌を腐らせるのも勿体ねぇ。それにお前…美緒ちゃんにボーカルやって欲しいと思ってんじゃねぇの?』

 

 

あ、やっぱり美緒じゃないんだ?

 

「そういう事だよ、美緒」

 

「お兄さん…わ、私のベースも凄いとか、私が歌わないのは勿体ないとかって…も、もう…///」

 

「それより澄香お姉ちゃんは美緒ちゃんにボーカルやってほしいと思ってるんだね」

 

「じゃあタカ兄は誰にベースやってもらいたいんだろ?

ファントムの中じゃ拓斗さんに近いのは盛夏の次は内山くんかな?」

 

「確かに内山も最近は拓斗さんの弾き方に影響受けてる感じするね」

 

 

『梓の事だから…ベースはせっちゃん?』

 

 

お?あたし?

 

「梓お姉ちゃんのバンドに盛夏のベースかぁ。なら私と盛夏が同じバン…」

 

 

『うん。ホントはそうしたいけどね。せっちゃんは手塚さんに譲る事にした』

 

 

「ドにならないだとぉぉぉぉ!?」

 

およ?あたしは手塚さんに譲る?

え?それならあたしは奈緒と…。

 

 

『手塚に…?って事はせっちゃんは奈緒のバンドに?』

 

『うん。奈緒ちゃんの歌にはせっちゃんのベースが必要だと思う。あはは、あたしも奈緒ちゃんの歌のファンだし、奈緒ちゃんには最高のコンディションでって思って』

 

 

え?本当に?いいの?

あたしは奈緒と一緒にやれるの?

 

あたしが奈緒の方に目をやると、奈緒もあたしを見ていた。

 

「えへへ、私の歌には盛夏のベースが必要だって♪

企画バンドでも一緒にやれそうだね」

 

企画バンドでも、Blaze Futureでも奈緒と一緒にやれる。奈緒と演奏出来るんだ。

 

「うっふっふ~。奈緒の歌にはあたしのベースが必要かぁ。ま、あたしも奈緒にはあたしが居ないとダメだと思ってたんだよね~」

 

「もう、何を言っているの盛夏は~」

 

本当に嬉しいよ。奈緒。

 

 

『まぁ、そうだな。だから俺も蓮見 盛夏にベースをやってもらいてぇって思ってる。だから、ドラムも本当は柚木 まどかにやって欲しかったんだけどな』

 

 

およ?およおよ?それって…。

 

「わぁ~、貴兄かわいそ~。まるでBlaze Futureには貴兄がいらないみたい~」

 

「ちょっ、綾乃さん。思ったとしてもハッキリとそう口にするのは…」

 

タカちゃんはBlaze Futureに必要だぞー!

手塚さんは何を言ってるんだー!!

 

 

『よーし!じゃああたし、架純ちゃんとユイユイちゃん取ったー!』

 

 

ほぇ?架純ちゃんとユイユイ?

 

「日奈子お姉ちゃんがやりたいのってアイドルユニットだっけ?」

 

「あの2人は元アイドルだし~。ちょうどいいかもね~」

 

「アイドルユニットかぁ。架純ちゃんも優衣も喜びそうだね」

 

「アイドルユニットって演奏はどうするんだろ?御堂さんも夏野さんもギターだよね」

 

「アイドルか…私も選んでもらえないかな?ね、花音、私もまだいけるよね!?」

 

「アイドルと一言で言ってもBlue Tearやアイドリッシュセブンのようなダンスアイドル、パスパレのようなバンドアイドルもあるものね」

 

「理奈さん…今更ですけど…クロスオーバーしてます…」

 

「架純さんの喉って大丈夫なのかな?貴が今度、いい病院に連れて行ってくれるらしいけど」

 

「んー!アイドルかぁ。あたしも割とアイドルでもイケそうだよね?」

 

あたしは奈緒と同じバンドって事になったけど、みんな自分がどうなるのか気になるよね。

あたしもタカちゃんがベースに誰を選ぶのか気になるしね~。

 

 

『俺にもやりたい音楽ってのはある。どうせプロデュースするなら、俺も……タカの音楽や梓の音楽に負けねぇくらいの音楽をやって行きてぇ』

 

 

「おっちゃん…?」

 

「英治先生…」

 

おお!?英治ちゃんが珍しく真面目だ。

 

やりたい音楽…タカちゃんや叔母さんに負けない音楽か…。あたしはBREEZEを追っ掛けて、タカちゃんや奈緒と並んで…。今の目標って何だろう?

 

 

『俺もタカに憧れてた男の1人だからな。そしていつか俺の音楽で勝負してみてぇとも思ってたしな』

 

『英治…お前…』

 

『だから架純ちゃんは好きだけどな、俺のバンドのボーカルは沙織にやってもらいたいと思ってる』

 

 

「英治先生が選んだのは沙織さんかぁ~」

 

「おっちゃんの事だから渉くんか花音を選ぶと思ったんだけどなぁ~…」

 

「え?綾乃さん?何であたしなんですか?」

 

英治ちゃんが選んだのは沙織さん。

FABULOUS PERFUMEのシグレさんかぁ~。

シグレさんの歌なら聞いた事あるけどぉ~…。

 

 

『まどか、勝手に決めちまって悪いな。そんでドラムはな。遊太にしてもらいたいと思ってんだよ』

 

 

ドラムは遊太ちゃん?

なるほどなるほど~。英治ちゃんのやりたい音楽はそういう音楽かぁ~。

 

遊太ちゃんのドラムはシフォンちゃんの時とは違うもんね。

 

「そっか、おっちゃん…。おっちゃんらしいかな」

 

「え?綾乃姉は何かわかったの?」

 

「香菜も英治さんの弟子っていってもまだまだだね。あたしもわかったよ」

 

「え!?志保も!?」

 

 

『あ!あたしのダンスユニットには、一瀬くんと秦野くんと豊永くんと河野くんと達也入れたい!いいよね!?ね!あ、5人になっちゃったか…』

 

 

ん?晴香さん?5人?

 

「あ、確かにファントムのイケメン勢かも?」

 

「晴香さんが5人も取っちゃったかぁ~」

 

「秦野くんとか将来心配ですよね~。色々と」

 

「確かに達也さんってライブの時はかっこ良かったかもですね」

 

「それね!普段は髪を下ろしてるのにライブの時は髪を上げてて、ワイルドでいい感じって思ったもん」

 

「「イケメンなら…貴さん(お兄さん)も入ってもいいんじゃ…(ボソッ」」

 

「ん?理奈も美緒も何か言った?」

 

「も、もしかして美緒ちゃんもなの…?」

 

 

 

 

「あ、そだ!ねぇねぇ!」

 

うん?何だろう?

急に渚が手を上げて立ち上がった。

 

「みんなぶっちゃけさ?やるなら誰のバンドに入りたい?」

 

ん~?渚はいきなり何を言ってるんだろ~?

 

「渚…あなた何を言って…」

 

「私はさ。梓お姉ちゃんにボーカルとして選んでもらったけど、やっぱりDivalがいい」

 

「な、渚?何を言っているの?みんなそれはそうなんじゃない?あたしもDivalがいいし、タカ兄もBlaze Futureの方が…」

 

「それだよ香菜!」

 

「うん、ごめん。それってどれ?」

 

「みんな今の自分のバンドが一番だと思うんだよね。

でも仕事として?って言うのかな?やるならこの人のプロデュースバンドがいい!とか、この人とバンドやってみたいな。とか、そう思ったりしない?」

 

「うん、渚。ちょっとよくわかんない」

 

ん~?んん~…。

あたしがやりたいのはBlaze Futureだ。

だけど、企画バンドをやるなら、それでも奈緒と同じバンドがいい。

そういう事を聞きたいのかな?

 

「さぁ!花音!

花音はやるなら誰のバンドがいい!?」

 

「へ?あたし?」

 

「渚?あたしとのさっきの会話はもう終わったって事?」

 

花音のやりたいバンドかぁ。

確かに想像つかないかも~。

 

「ま、まぁ、あたしはNoble Fateがあれば…」

 

「そういうの!そういうのじゃなくて!」

 

「渚は何を言ってるの?めんどくさ…」

 

「花音、私も気になるよ」

 

「私も私も~」

 

「奈緒も綾乃さんも何を言ってるの…ほんとに…」

 

「Blaze FutureとDivalの対バン観に行った時。

バンドやりたいって言ったのは私だけどね。それを聞いた花音は自分からバンドやりたいって言ったんだよ?」

 

「うっ…た、確かにそうですけど…」

 

ほうほう。そうだったのか~。

綾乃さんは何となくわかるけど、花音も自分からやりたいって思ってたんだぁ~?

 

「それとも花音はNoble Fateでこないだオープニングアクトやってみてさ?バンドは辞めようかな?って思った?」

 

「それはないよ。楽しかったし。

初めはあたしが歌詞を書くって事になって失敗したって思いましたけど。

あたしなんかの歌詞に真希さんが曲を付けてくれて、こんなすごい歌になるだって感動しましたし」

 

そして花音はビールを一口飲んでから続けて言った。

 

「へ、変な意味じゃなくて…いや、これも変な理由かも知れないけど…」

 

「ん?何?」

 

みんな花音に目を向けて、花音の次の言葉を待っていた。

 

「あたしはこの企画バンド…。

やるなら日奈子さんのアイドルユニットがいいかな。アイドルになりたいとか、そんなんじゃないんだけど…」

 

日奈子さんのアイドルユニット?

 

「え?意外だぁ。花音ってアイドルやりたかったの?」

 

「あ、綾乃さん!だ、だから違いますって…!」

 

「私も意外だと思ったんだけど…。花音はアイドルユニットだけはやりたがらないと思ってたし…」

 

あたしも奈緒と同じ意見だね~。

花音は他のバンドはやったとしても、目立つような事のあるアイドルだけは嫌がるかと~。

 

「んとさ、あたしって昔からぼっちで、ゲームするか音楽を聞くか…。そんな感じだったんだよね」

 

「花音…」

 

「お姉ちゃんも正にそんな感じでした。そこに漫画とアニメと特撮も加わりますが」

 

「美緒?」

 

「Noble Fateのボーカルとしてライブをやって、……って言ってもまだ1曲しかやってないけど、すごく楽しかったし、あたしの歌を聞いてオーディエンスも喜んでくれて…」

 

「花音…」

 

「あたしももっと歌いたいって思ったし、あたしじゃセンターなんか無理だと思うけどさ。御堂さんの喉の事もあるから、あたしの歌で少しでも助けになれたらなって思っちゃって。あはは、あたしなんかじゃ助けになれないかも知れないけど」

 

そっかぁ~。

花音の歌も楽しい気分になれる歌声してるもんね~。

うん。きっと花音ならやれる気がする~。

 

 

「そっか!さすが花音だね!」

 

「え?渚?何がさすがなの?あたしそんな事言った?」

 

「それじゃ綾乃さんはどうですか!?」

 

「え?私?渚ちゃんは何を言っているの?」

 

「綾乃さんは誰のバンドがいいですか?」

 

ん~?渚は酔っ払ってるのかな?

あれかな~?叔母さんにボーカルに選んでもらえてテンション上がってるのかな~?

 

「ああ、その話?それなら私は手塚さんかな?」

 

ほぇ?手塚さん…?

 

「え!?綾乃姉は手塚さんがいいの!?

てっきりトシ兄かタカ兄を選ぶと思ってた…」

 

「貴兄のプロデュースも面白そうとは思うんだけどね。トシ兄はどんな音楽やるのかわかんないのもあるし?」

 

「へぇー、それなら綾乃先輩は私と盛夏と一緒って感じですよね」

 

「え?うん。やるなら奈緒と盛夏ちゃんとやりたいと思って」

 

「ふぇ?え?マジですか…?」

 

綾乃さんはあたしと奈緒とやりたいって事なのかな?

 

「うん。マジだよ。

花音の歌が私は一番好きなんだけどね。こないだのライブで奈緒の歌を聴いた時に、この歌に合わせたリズムを刻んでみたいって思っちゃってね」

 

「あ、綾乃先輩…」

 

「そして盛夏ちゃんなら、そんなあたしのリズムにも合わせた演奏をしてくれると思って」

 

おお~。あたし褒められてる~。

 

「だから私は手づ…」

 

「なるほど!綾乃さん!私感動しました!」

 

「え?何が?渚ちゃん?」

 

「さあ!志保は?志保は誰のバンドがいい!?」

 

「え?あたし?」

 

「うん、理奈は先輩のバンドって決定してるしね」

 

あ~、なるほど。

だからあたしと奈緒にも聞かなかったのか~。

 

「あ、なるほどね。それならあたしはやっぱ澄香さんがいいかな?トシキさんと翔子さんは男でメンバーって話だしね」

 

「そうなんだ?てっきり先輩を選ぶと思ってたのに。

何で澄香お姉ちゃんなの?」

 

「ん?澄香さんのとこはボーカルが美緒でしょ?だからだよ」

 

「し、志保!?私がボーカルだからって…その…」

 

「あはは、美緒の歌も凄いと思ってるけどさ。ベースも本当に理奈みたいで合わせやすいし、あたしのギターには美緒や理奈のリズムが合ってると思うし」

 

「そうね。美緒ちゃんのベースも歌も本当に凄いと思っているわ。さっきは奈緒と渚と競ういい機会だと言ったけど、美緒ちゃんにも負ける訳にはいかないわね」

 

「そうだよね。Dival以外で演奏するってのも、あたしらにいい経験にもなりそうだよね」

 

「そういう香菜は誰のバンドがいいのかしら?」

 

「あたしは絶対貴兄だよ」

 

……ほ?香菜はタカちゃんのバンドがいいのか~。

まぁ英治ちゃんのバンドは遊太ちゃんがドラムだし?

でも香菜はアイドルとかやりたいって言うと思ってたなぁ~。

 

「香菜が…先輩がいい…だ…と…?」

 

「香菜?何でなの?何で貴なの?」

 

「まさか香菜…あなたも…?」

 

「いやいやいや!違うから!そういうんじゃないから!

あたしもBREEZEの曲好きだしさ!子供の頃からBREEZEの曲で練習してきた訳だし!」

 

「私も子供の頃からBREEZEの曲で練習してきたし、貴兄の曲好きだけど、貴兄のバンドがいいとかないよ?」

 

「綾乃姉もあたしの命が危うくなるような事言わないでっ!マジでタカ兄がいいとかじゃないから!

ほら、タカ兄のバンドのボーカルは…その…ね?」

 

タカちゃんのバンドのボーカル?理奈がいるから?

 

「香菜…あなた…」

 

「うぅ~…言うのめっちゃ恥ずいわぁ~…。

その…理奈ちがボーカルやるなら…あたしも理奈ちと一緒がいいから…」

 

「香菜…」

 

お~お~。香菜もあたしが奈緒と一緒がいいって思うように、理奈と一緒がいいんだね~。

 

「私もそう思うわ。私にはあなたのリズムが必要よ、香菜」

 

「理奈ち…」

 

 

『あ、それね!

ボーカルはなっちゃん!なっちゃんは何と言ってもあたしの後継者だからね!それでギターは睦月ちゃん!

睦月ちゃんは翔子の後継者みたいなもんじゃん?

それより澄香は何でそんなに奮えてるの?』

 

『あ、いや、あははは。私もさすが梓やなーって思って!後継者って事はベースは姫咲お嬢様?』

 

 

「あ、理奈、香菜。百合してる場合じゃないよ!

梓お姉ちゃんはギターに睦月ちゃんでベースは姫咲ちゃんがいいみたい!」

 

「な、渚…別に百合って訳では…」

 

「ギターに睦月、ベースに姫咲さんか…。

なかなかクセの強そうなバンドになりますね」

 

「た、確かにそのバンドには誰かまとめ役が必要な気がするよね」

 

「私がいるから大丈夫!!睦月ちゃんと姫咲ちゃんとなら、私が一番お姉ちゃんだしね!」

 

「……そうね。梓さんのバンドにはしっかりした人が必要ね」

 

「え?理奈?何で?だから私がいるよ?」

 

「う~ん、ドラム組でしっかりしてる人かぁ~?あ、香菜とか~?」

 

「あたし!?あたしは…その理奈ちとが…」

 

「そうよ盛夏。香菜は私のよ。誰にも渡さないわ」

 

何かその言い回し~。理奈も酔ってる?

 

「まどか先輩はプロデュース側だしなぁ。あ、恵美ちゃんとか?」

 

「恵美さん?う~…ん確かにしっかりはしてるけど…。渚と睦月と姫咲さんの相手は辛いんじゃ…」

 

「志保?」

 

「うん、でも恵美ならやれると思う。あの子は睦月と麻衣に振り回されてもいつも元気だから」

 

「いや、だからね?私がまとめるよ?」

 

 

『タカ。お前は理奈をボーカルにしたいって言ってたな。他のメンバーは誰を考えてる?』

 

 

「お~?貴ちゃんのメンバー発表かな?」

 

「タカ兄の発表かぁ。あたしは選ばれるかな…?」

 

「大丈夫よ、香菜。香菜が選ばれなかったらあの男を抹殺するわ」

 

抹殺って……。

 

 

『俺は理奈をボーカルにベースを双葉、ドラムは香菜って考えてんな。ギターは悩んでるけど…』

 

 

「理奈ち!あたし!」

 

「ま、当然の結果ね。私には香菜のリズムが必要なんだもの」

 

「それより貴…!ギターは悩んでるって……何であたしを選ばないのよっ!?……貴のバカッ!!」

 

-ドン!ドンドン!

 

「え?あれ?渚?綾乃さんも…?」

 

志保が壁にパンチした時、渚と綾乃さんも壁に向かってパンチしていた。何で綾乃さんも?

 

「な、渚?どうしたの?」

 

「いや~…双葉ちゃんと先輩って昔から仲良しさんみたいだしさ…。それで…なんとなく?」

 

「なんとなくって…」

 

「あ、綾乃さんは何で?貴さんに選ばれたかったとかですか?」

 

「花音?私はそんな事ないよ?

ただ貴兄の目の前にはまどかがいるのに、まどかはプロデュースだとしても、『いや、ドラムはまどかがいいんだけど?お前やってくんね?』って言ってほしかったんだよ~。まどかかわいそう~」

 

「あ、綾乃姉のタカ兄のモノマネも似てるね…」

 

ん~、タカちゃんの事だから面と向かってこそ言わないと思うんだけどな~。

 

「でも…貴が茅野先輩を選んだのは何となくわかるかな。茅野先輩の技術はナギの時とは違って凄かったからね。お父さんも褒めてたくらいだし」

 

「茅野さんのベースはそんなにすごいの?ナギの時とは違うというのは?」

 

「ああ、うん。茅野先輩ってナギの時は、それがバンドのスタイルなんだろうけど、静かでクールなイメージあるでしょ?」

 

「そうだね。ナギさんのベースは私や理奈さんとも違うタイプだけど…クールな印象が強いかな」

 

「うん、でも茅野先輩の時は…お父さんとデュエルした時は、いつものクールな印象と違ってて、すごくパワフルな演奏だったんだ。技術だけなら理奈よりも…って思うくらいだったよ」

 

「私よりも…?」

 

ほぉ~。理奈よりも凄いのかなぁ?

これは理奈の反応はどうなるかな?

 

「それは面白いわね。FABULOUS PERFUMEのナギさんではなく、茅野さんとしての演奏。実に聴いてみたいものだわ」

 

「きっと驚くよ。理奈にもいい刺激になるんじゃないかな」

 

 

『……よし、梓。お前はボーカルに水瀬 渚、ギターに永田 睦月、ベースが秋月 姫咲だな?ドラムは誰か考えてるか?』

 

『ん…?ドラムは誰にしようかまだ悩んでるよ?日奈子には後継者いないし?あ、タカくん…あたし酔っちゃったかも?』

 

 

「あ、梓お姉ちゃんが酔っているだと…!?ゴクリ」

 

あ、渚はそれに反応しちゃうんだ?

 

 

『あ、梓、ならうちの恵美とかどうだ?あいつは日奈子のドラムに影響受けてるしな』

 

 

「え?恵美?…確かに恵美はArtemisの音楽に影響受けてるかも…」

 

「恵美ちゃんならしっかりしてるし、渚と睦月ちゃんと姫咲ちゃんのまとめ役としてもいいんじゃない?」

 

「いや、だから私が一番お姉ちゃんだし私がまとめるよ?」

 

 

『俺はボーカルに佐倉 奈緒。ベースに蓮見 盛夏。ドラムは柚木 まどかにしてもらいたかったが、今は北条 綾乃にしてもらいたいと思ってる』

 

 

「あ、私、手塚さんのバンドだ」

 

「わぁぁぁ!やったです!綾乃先輩!」

 

「綾乃さんよろしくぅ~」

 

「綾乃姉は奈緒達と同じバンドか…。なかなか面白くなりそうだね」

 

 

『俺はボーカルに渉くん。はーちゃんとすごく似てるけどさ。Ailes Flammeとは違う曲調で歌わせたらどうなるかな?ってワクワクするし』

 

 

トシキちゃん…?

そっかぁ~。トシキちゃんは渉くんかぁ~。

やっぱり…トシキちゃんも貴ちゃんが大好きなんだね~。

 

「トシ兄は江口くんか…やっぱりね、フフ」

 

「ふぇ?綾乃先輩はトシキさんが渉くんを選ぶって思ってたんですか?」

 

「江口くんは…そうね。

奈緒もわかるんじゃないかしら?あの頃の貴さんにそっくりだわ」

 

「あの頃の貴……ん~、確かに雰囲気は似てるけど…」

 

「お姉ちゃん…さすがだね。

渉ごときじゃお兄さんとは全然似てないって事だね?お姉ちゃんが愛するのはお兄さんだけだと…」

 

「美緒はソフトドリンクで酔ったのかな?あんまり気持ち悪い事言ってたら、さすがのお姉ちゃんも引くからね?」

 

 

『ギターは折原くんかな。雨宮さんとデュエルした時は、正直独りよがりな演奏だったと思う。でも、あのデュエルの後は、南国DEギグの時もみんなを見るようにはなってたし、負けてから見える事もいっぱいあるだろうしさ。あの時と変われた折原くんに色々教えていきたいって気持ちがあるんだ。

ベースは拓実くん。こないだのLazy Windとの対バンの時は、これまでの拓実くんの演奏とは違う雰囲気になってて、すごくドキドキした。でも、だからかな?昔の俺と宮ちゃんを思い出したよ。

そしてドラムをして欲しいのは松岡くん。松岡くんは周りをよく見てくれてるからね』

 

 

「へぇー、トシキさんが選んだギタリストって折原か。そんでベースは内山でドラムは松岡…」

 

「どしたん志保。何か嬉しそうじゃん?」

 

「うん、少し嬉しいかな。これでボーカルが江口じゃなくてあたしだったら、もっと嬉しかったんだけどね」

 

ん?ボーカルに志保だったら嬉しかった?

ギターが折原さんでベースが拓実ちゃん、ドラムが冬馬ちゃんだったら嬉しいの?

 

あれ?このメンバーってもしかして?

 

「あ、これもしかして南国DEギグの時の?」

 

「そ、渚正解!

トシキさんが選んだメンバーって江口以外はお父さんとデュエルしたメンバーだからさ。何か…トシキさんはトシキさんでお父さんに影響受けたのかな?って思うと嬉しくて」

 

そっか。みんな志保のおとーさんとデュエルしたんだよね。

 

 

『……トシキも翔子も俺と同じギタリストだしな。俺もお前らの音楽が楽しみだぜ。

澄香、お前の希望するメンバーは決まってるか?』

 

『私はベースボーカルに美緒ちゃん、ギターは志保、キーボードに明日香ちゃんで、ドラムは栞ちゃんかな』

 

 

「私と志保と明日香さんと栞さん!?」

 

「あ、さすが澄香さん!それ面白そう!」

 

「美緒ちゃんがベースボーカル。澄香さんにベーシストとしても選ばれるとは…。さすが美緒ちゃんね」

 

「理奈さん…何とありがたい言葉を…」

 

「栞ちゃんがドラムか。あの子も遊ちゃんと一緒で緊張しぃだけど大丈夫かな?」

 

「栞も多分大丈夫だよ。志保と栞が同じバンドか…楽しみだね」

 

 

『お豆腐!お豆腐食べたい!冷奴ー!』

 

 

「梓お姉ちゃん…私も今…冷奴を食べてるよ(トゥンク」

 

渚は何でときめいたんだろぉ~?

 

 

『英治は?ギターとベースは決めたか?』

 

『あ?俺っすか?ギターは木南さんかな。そしてベースはまどかのたっての希望で日高くんだ』

 

 

「え?まどかの希望で日高くん?ま、まさかまどか!?」

 

「綾乃さん、それは無いと思いますから…。それよりギターは真希さんか」

 

「真希さんと沙織さんは古いお友達みたいですからね。意外と合うかもですね」

 

「ん~?日高くんって誰~?」

 

「何言ってんの盛夏。evokeの日高 響さんじゃんか」

 

「おお!あのいつも眠そうな人か~」

 

「盛夏。間違ってはいないのだけれど…その…本人の前では…ね?」

 

「理奈ち…それもう手遅れ…」

 

 

『わぁー!すごい。みんな自分のプロデュースしたいメンバーがバラバラだ』

 

 

ほ?あ、確かにみんなバラバラかな?

 

「本当に…みんなバラバラですよね…」

 

「何てご都合主義なんだろう!」

 

「な、渚?わかってるでしょ?あんまりそういう事を言うのはさ…?」

 

「それにみんな希望したバンドに入れそうですよね」

 

「美緒、それも言っちゃいけない事だよ」

 

 

『うん。あたしは架純ちゃん、ユイユイちゃん、弘美ちゃん、聡美ちゃん、麻衣ちゃん、さっちちゃんの7人』

 

 

「え!?さっち!?」

 

「さっちちゃんがアイドルかぁ~。さっちちゃんも可愛いもんね。志保、さっちちゃんにも家に遊びにおいでって言っててよ」

 

「麻衣がアイドル…?ヤバイな、あの子喜んでやりそう…」

 

ありゃ?でもちょっと待ってよ?

 

「私達の…貴さんプロデュースのギタリストは誰がやるのかしら?」

 

「それだよね。私達のバンドも私と盛夏と綾乃先輩だけだし…」

 

「ヤバい…私眠気限界…」

 

「だから綾乃さんは弱いくせに飲み過ぎですって…!」

 

あたし達のバンドは3人でやるのかな?

奈緒がギターボーカルなら~。

 

 

『タカ。お前のバンドのギターにビッタリなヤツがいる』

 

 

お?貴ちゃんにピッタリのギタリスト?

 

「誰かしら?気になるわね」

 

「あたしより貴に合うギタリストか…」

 

「志保は何を言っているの?」

 

 

『フフフ、風見 有希。お前のmakarios biosだ』

 

 

「え?有希さん?」

 

「ん~?貴ちゃんはギター出来ないのに~?」

 

「貴の遺伝子でってなると…ギター大丈夫ですかね?」

 

「どうしようかしら?一気に不安になってきたわ…」

 

「いや、でも貴さんはあんな性格だからギターは挫折しただけで、有希さんは挫折せずに頑張ったからギター上手いって可能性も…」

 

「花音?貴兄の遺伝子だよ?」

 

 

『タカちゃん、ほんとに大丈夫だよ。有希ちゃんはSCARLETのバンドのギターボーカルだし』

 

 

「有希さんはギターボーカルだったんだ…」

 

「日奈子お姉ちゃんのお墨付きなら大丈夫なのかな?」

 

「でも貴兄の遺伝子だよ?」

 

「綾乃さんはタカさんの事嫌いとかじゃないですよね?」

 

 

『有希はギターボーカルとキーボードの2人バンドだからな。キーボードのヤツの名前は桐谷 亜美。俺のバンドにはこいつを入れようと思っている』

 

 

「きりたに あみさん…?誰ですかね?盛夏は知ってる?」

 

「ん~ん、あたしも知らな~い」

 

「私も聞いた事ないかな?SCARLET本社に行った時もあってないよね?」

 

 

『あ、亜美ちゃんはね、Blaze Futureの奈緒ちゃんと盛夏ちゃんとまどかちゃんのファンなんだよ。父親のせいで男嫌いだからさ、タカちゃんの事はどうでもいいみたいなんだけど』

 

『父親のせいって訳じゃねぇだろ。離婚したのもクリムゾンとの事があったからだし、家族3人で仲良く飯食ったりはしてるしよ』

 

 

「え!?私達のファン?ま、まじですか…?」

 

「お~!あたし達のファンなのか~!なんか嬉しいなぁ~」

 

「えっと、それよりお姉ちゃん達は他の事は気にならないの?これって亜美さんって方はもしかしたら手塚さんの…」

 

 

『よし!これでみんなのプロデュースする企画バンドは決まりだね!次にみんなのバンドでやる企画なんだけどさ…』

 

 

 

 

日奈子さんの言うみんなのバンドでやる企画。

 

その話もゆっくり聞きたかったんだけど、あたし達は飲み放題の時間制だったから、話の途中で飲み会が終わる事になり、今、それぞれが帰路についていた。

 

 

「本当にとんでもない事になったわね」

 

「まぁ、でも面白そうではあるじゃん」

 

「香菜の言う通りだね。せっかくなんだし楽しもうよ」

 

あたしも奈緒と一緒にやれるなら楽しんでやりたい。

ううん、きっと楽しんでやれると思う。

 

だけど…やっぱり貴ちゃんも一緒が良かったな…。

 

 

 

-翌日

 

 

あたしは朝早くから駅前でボケ~っとしている。

お腹空いたなぁ。朝からメロンパンとカレーパンと焼きそばパンしか食べてないし~。

 

もうすぐお昼になろう時間。

あたしはやっとターゲットを発見した。

 

「見ぃ~つけたぁ~!」

 

-ドン

 

「ぐほっ!」

 

あたしはターゲットに向かって体当たりをした。

 

「え!?何!?いきなり何なの!?盛夏!?」

 

ふっふっふ~。まさかあたしがここに居るとは思ってなかったのか慌ててるねぇ。

 

「まさかこんな所でナンパされちゃうとは~」

 

「あ?今のって俺がナンパした事になんの?」

 

「しょうがない。せっかく貴ちゃんにナンパされちゃった訳だし?今日1日は付き合ってあげるか~」

 

「いや、本当にお前は何を言ってるの?」

 

「さ、行こっか~」

 

「お前…どうせ夜に会え……盛夏?」

 

あたしは貴ちゃんの腕を掴んでいた。

あたしもまどかさんみたいに…。あたしの気持ちを伝えなくちゃ。

 

 

『あたし達はBlaze Futureだよ。企画バンドももちろん頑張るけど~、Blaze Futureが大好きだから。貴ちゃんは貴ちゃんの隣はあたしの場所だって言ってくれたけど、あたしの隣も貴ちゃんの場所だから』

 

 

『だからずっとずっと…一緒に居てくれなきゃ嫌だよ?』

 

 

「盛夏?どした?」

 

「ふぇぇぇぇ…お腹が空いて一人で歩けない~…」

 

「は?」

 

あはは~…。やっぱりこんな事しか言えないや。

でも、貴ちゃんを見たら何か安心した。

 

「早く行こう~。Canoro Feliceのミニライブの前にご飯ご飯~」

 

「あ?今からCanoro Feliceのミニライブ観に行くって何で知ってんだ?」

 

「ふっふっふ~。盛夏ちゃんは何でも知っているのだ~」

 

「は?は、はぁ…」

 

そうしてあたしは貴ちゃんと、商店街近くのデパートに、Canoro Feliceのミニライブへと向かうのであった。

 

 

きっと…大丈夫だよね。貴ちゃん♪



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第12話 執事戦隊!セバスマン!!

ドクン……ドクン…。

 

やはり…緊張していますわね。

 

 

私の名前は秋月 姫咲。

今日は昨日に引き続き、商店街の自治体の方々の支援…と言えばいいのでしょうか?

 

自治体のご当地戦隊の主題歌を担当するという名目の元、私達Canoro Feliceはミニライブをさせて頂ける事になりました。

 

まぁ…ヒーロースーツを着てショーにも出演する事になるとは思っていませんでしたけど…。

 

 

「昨日は私も台詞少なかったしね!今日は台詞も多いみたいだし楽しみだよ!」

 

結衣はノリノリですわね。

 

「昨日のミニライブの反響も良かったしさ。今日もみんな頑張ろうね」

 

春くんもSCARLETでの話以降…いえ、南国DEギグでのあの事件以降、すごくやる気を見せてくれてますわ。

 

「秋月、ちょっといいか?」

 

「松岡くん?ちょっと所かあなたに時間を割く時間は私の人生の無駄な時間だと思うのですが?大事なお話なら聞きますわよ?」

 

「うん…多分…大事な話だ…きっと……」

 

「何ですの?」

 

「昨日のミニライブの時に思ったんだけどな。お前は少し下がり過ぎてた。ベースはユイユイの音を刻ませる大事な要だ。もっと全面に押しだす感じでやってみてくれねぇか?ここの所なんだけどよ…」

 

そう言って松岡くんは私にスコアを見せて来た。

 

松岡くんも変わりましたわね。

以前までの松岡くんなら、結衣の事も私の事も気に掛ける事はなかったでしょうに。

 

「わかりましたわ。ここは私が前に出るように演じますわね。松岡くんもここの箇所なのですが…」

 

「……あ、なるほどな。さすが秋月だな。

よし、今日はその感じでやってみる」

 

「お願いしますわね」

 

本当に松岡くんは変わりました。

これも私達と…Canoro Feliceとバンドをやってきての成長でしょうか?

それとも……双葉の影響なのでしょうか…、

 

 

 

 

『セバスレッド!』

 

『セバスブルー!』

 

 

どうやらショーが始まったようですわね。

 

登場人物の紹介の後には、昔の昼ドラを思い出すようなドロドロとした恋愛ドラマが繰り広げられますし、私達もまだ少しだけ時間もありますわね。

 

 

「セバススプリング!私とセバスオータムのどっちが好きなの!?」

 

「待ってよセバスサマー。僕は誰にも縛られない。年中春のセバススプリングさ」

 

「本当にそうかよ…」

 

「「セバスウィンター!?」」

 

「セバススプリング…。お前はそれでいいのかよ?

俺との……あの夜は…。俺は忘れたらいいのかよ…」

 

「セ、セバススプリング!どういう事!?

私やセバスオータムだけじゃなくて……」

 

「ごめん…セバスサマー…」

 

「何で…?どうして……?ま、待ってよ。セバスウィンターは…」

 

「わかってる。わかってるんだよ!」

 

「何が…わかってるの…私…私はわからないよ…」

 

「セバススプリング。俺は…おみゃえにょ…」

 

 

「あー!またまっちゃん噛んだ!!」

 

「しょうがねぇだろ!こんな恥ずかしい台詞なんか言える訳ねぇだろ!」

 

「ははは…た、確かにね。俺もやってて恥ずかしいよ…」

 

「春くんも!お芝居はちゃんとやらなきゃ!ショーを待ってくれてる子供達にキラキラドキドキを届けなきゃ!」

 

「いや、待てよユイユイ…。こんなシナリオじゃ子供達はキラキラドキドキしねぇだろ…」

 

春くんも結衣も松岡くんも、この後のショーの練習に勤しんでおりますわね。

 

私達はバンドですし、ショーに参加する事でバンドのイメージも左右されるかも知れない。

ですから、自治体の方々にはショーはしなくてもいいと言われてますのに…。

 

「ねぇねぇ、春くん。ここの私の台詞ってxxxとか◯◯◯とかにした方良くないかな?」

 

「うん、うん?………そうだね。その方がドロドロしてるよね。結衣は何でそんな発想出来るの?」

 

フフ、結衣も張り切ってますわね。

でしたら私も本気の演技を披露しますわ。

 

 

私がそんな事を思った時でした。

 

 

………え?

 

 

あの…観客席に居る方は…。

 

 

「な、なぁ、春太、ユイユイ、秋月…。やっぱ俺らのショーは無しにしないか…?」

 

「まっちゃんは何を言ってるの!?子供達が私達のショーを待ってくれてるんだよ!?」

 

「冬馬…。俺もこんなショーは子供の心への悪影響しかないと思ってるけどさ…。観客席に居るお母様方は楽しみにしてるかもだし…。結衣と姫咲がやりたいって言うなら俺達には意見は言えないよ…」

 

「秋月…お前もやりたいのか?」

 

「やはりショーは無しにしませんか?」

 

「「え!?」」

 

「ど、どうしたの姫咲…?もしかして体調悪いの?

子供達が私達を待ってくれてるんだよ!?」

 

「そうだよ姫咲。昨日はショーを観覧するみんなにトラウマを植え付けてやるって張り切ってたのに…」

 

確かに私もショーに出るのは楽しみにしてましたわ。

 

ですけど…観客席には澄香さんが…。

いえ、澄香さんだけじゃありませんわ。

 

澄香さんと一緒に、梓さん、渚さん、志保さん、理奈さん、タカさん、盛夏さん、英治さんにトシキさんまでいらっしゃいますわ…。

 

出来ない…。あの面々の前では……ってあら?

 

 

『セバスインフィニット!』

 

『セバスインフィニットー!頑張って!!』

 

 

あの最前席でセバスマンを応援してるのは…美来さんでは…?

 

「秋月、本当にどうしたんだ?マジで体調悪いのか?」

 

「春くん、結衣。ここから客席を見てみて下さい」

 

「「客席?」」

 

「秋月…?俺は呼んでくれないのか?」

 

これは参りましたわ…。

しかし何故、澄香さんがここにいますの?

秋月家のメイド達にも賄賂……いえ、お願いして澄香さんには内緒にするように言ってましたのに…。

 

私達Canoro Feliceが、この場に居る事を知る人物…?

 

ヤツか(ギリッ

 

 

------------------------------------

 

 

「え?何?今、いきなり寒気したんだけど?」

 

「タカくんどうしたの?風邪?」

 

「あ?俺を誰だと思ってんだ?バカは風邪引かねぇんだよ」

 

「なるほど。説得力あるわね。梓さん、安心して下さい。貴さんが風邪を引く事なんてありえないわ」

 

「理奈?お前俺に喧嘩売ってんのか?そうなんだな?」

 

「でもタカってもう15年くらい風邪引いてねぇんじゃねぇか?」

 

「そういや、はーちゃんが風邪引いたとか聞かないよね」

 

「先輩…やっぱり…」

 

「いや、やっぱりって何だよ」

 

「貴ちゃ~ん。でも気を付けなきゃだよ~?風邪って万病の元って言うし?万病になっちゃうと大変じゃない?」

 

「え?マジで?万病って何?万病ってそんなヤバいの?」

 

「「「「……………」」」」

 

「え?何でみんな無言なの?そんなにヤバいの?」

 

「どうしよ。あたしも風邪引いた事ないんだけど、もし万病ってのになっちゃったら…」

 

「志保ちゃんは大丈夫だよ」

 

「え?志保は大丈夫なのに俺はヤバいの?」

 

 

------------------------------------

 

 

「え?何で澄香さん達がいるの!?」

 

「ねぇ?これってヤバくない?自治体さんには、すみちゃんには内緒にしてくれって言われてたよね?」

 

「ああ、そうだな…。自治体の人らはセバスに内緒で勝手にセバスマンをご当地ヒーローにしたからな。澄香さんにバレたらセバスマンの事怒られるかもとか言ってたしな。てか、葉川さん達もいるのかよ…」

 

これはまずいですわね…。

自治体の方々にセバスマンの事をバレてしまうのは、ここまで来てしまいました以上避けられないと思いますが、何よりヒーロースーツを着て澄香さんの前に出るのは恥ずかしいですわ…。

 

「まぁバレちゃったのは仕方ないよ。俺達はやれる事をしっかりやろう」

 

「みんなの前で恥ずかしいお芝居なんか出来ないもんね!」

 

「お、おい。本当にショーも…いや、やるしかないか。春太!ユイユイ!もう一度練習だ!」

 

え!?何で松岡くんまでやる気満々に!?

 

クッ…私はどうすべきですの…?

 

「あ、あの…みなさん…?ちょっとご相談があるのですが…」

 

「相談?何かな?」

 

「もしかして戦闘員達を傘下に加えた後に、戦闘員達をまっちゃんと戦わすんじゃなくて、姫咲自身がまっちゃんと戦いたいとか?」

 

「ちょっと待てよ。戦闘員の人達は手加減してくれるだろうけど……秋月相手ってなるとよ!?」

 

松岡くん…?

 

「そうじゃありませんわ。その…ショーなのですけれど…」

 

私はやはり…澄香さんの前では…。

 

「姫咲は何か凄い展開を考えたのかな!?このままだとセバスウィンターは……」

 

結衣。セバスウィンター……いえ、松岡くんはこれでいいんですの。でもショーの話ではありませんでして…。

 

「秋月…このままだと俺は…。だからか?やっぱショーとしても俺達は四人で居たいよな」

 

松岡くん、黙りなさい。

 

「あ、あの…ショーをやるのは…やっぱり止めにしませんか?」

 

やはりこんなショーを澄香さんの前でやるのは無理ですわ。さぁ!私は言いましたわよ!

 

「姫咲…もしさ、もし俺達がこのショーを止めたとしたらさ。誰が喜んでくれるの?」

 

春くん!?春くんは何を言っていますの!?

仮にこのショーをやり遂げたとしたら誰が喜んでくれますの!?

 

「姫咲…何で…?私達は…みんなを笑顔に…。

私達のショーを待ってくれている子供達はいっぱい居るんだよ!?」

 

結衣?このショーのお話は子供達は楽しみにしてないと思いますわ。観客席を見てくださいな。

子供達は好き勝手にはしゃいで、ショーをガン見して下さってる方々はお母様方ですわよ?

あ、美来さんらしき最前の方は泣いてますわね。

 

「秋月…お前まさか俺の為に…」

 

松岡くん、黙りなさい。

 

「姫咲、このショーを止めたい理由を…聞かせてくれないか?」

 

春くん?いや、何でわかってくれませんの?

 

「待ってよ春くん!姫咲も…もしかしたら何か考えがあるのかも知れないよ?」

 

結衣…。

 

「もしかしたら姫咲は…主役の座を狙ってるのかもだよ!」

 

ああ、そう来ましたか。結衣、あなたならわかってくれると…思ってはいませんでしたが…。

 

「秋つ…」

 

「松岡くん、黙りなさい」

 

「き…って、え?黙れ?」

 

あ、いけませんわ。

私とした事がつい口に出してしまいましたわ。

 

「あの…せっかく澄香さんや渚さん達が観に来てくれていますから…」

 

「そうだよ姫咲!せっかくすみちゃん達が来てくれてるんだよ!?なのにショーを中止にするなんて…!」

 

「え、ええ。ですから、自治体の方と掛け合って、ショーではなく、Canoro Feliceのミニライブを長めにやらせて頂けないかと…」

 

「ミニライブを長めに?」

 

「なるほど。確かに澄香さん達に観てもらうなら、ショーよりミニライブの方がいいよね」

 

「そうだな。今日は3曲の予定だったが、俺達には6曲あるしな。リハは出来てねぇが何とかやれるだろ」

 

「うん!そうだね!私もミニライブに賛成!」

 

ふぅ…。何とかなりましたわね。

さすがに苦し紛れの案かと思いましたが、春くん達も納得してくれて助かりましたわ。

 

私がそう思った時でした……。

 

 

「あ、Canoro Feliceのみなさ~ん。出番ですのでよろしくお願いしま~す」

 

 

「はーい!」

 

自治体のスタッフさんが、私達にそう声を掛けてきた。

その直後、結衣が元気よく応え……ステージへ向かった。

 

……ステージへ 向かったって何ですの!?

 

さっきまで!さっきまでショーは止めようと話してましたわよね!?何故結衣はステージに向かいましたの!?

 

「おい、春太…。ユイユイのやつ…」

 

「うん…。いきなりステージに行っちゃったね。さっきまでのって…」

 

ああ、春くん松岡くん。貴殿方ならわかってくれると思ってましたわ。

 

結衣はステージに上がってしまった。

私達はこれからどう立ち回るか考えませんと…。

 

「秋月…お前はどう思う?」

 

松岡くん?

そうですわね…結衣はヒーロースーツを着たままステージに上がってしまいましたわ。

私達がこの後出来そうな事と言えば…。

 

「よし!俺も行ってくるよ!姫咲、冬馬、後は頼むよ!」

 

そう言って春くんは走ってステージに向かった。

 

いや、だからステージに向かったって何ですの!?

何で春くんまでヒーロースーツを着たままステージに上がりましたの!?

 

私は呆気に取られたまま、松岡くんに顔を向けた。

 

「フッ、春太のやつ…なかなかやるじゃねぇか」

 

すみません。なかなかやるとは?

 

「秋月」

 

「は、はい?」

 

松岡くんが珍しく私の目を見て名前を呼んだ。

いつも私と話すときは目線を反らしたりして気持ち悪……じゃありませんわ。いえ、あの…。

 

いえ、今はそんな事を考えている時ではありませんわね。

 

「松岡くん、何ですか?」

 

「ああ。ユイユイも春太も行っちまった…」

 

「ええ。そうですわね」

 

「俺達が何とかしねぇとな」

 

松岡くん…。

いつもは頼り無くて、たまにウザったいと思っていましたが…今はすごく心強いですわ。

 

「ええ。私達で何とかしましょう!」

 

「はは、悪いな、秋月。俺はこんな性格だからよ。あんまいい考えってのは浮かばねぇ」

 

松岡くん?

 

「だから秋月。お前に任せる形になる。

お前の指示で俺を動かしてくれ。はは、俺ってカッコ悪いな」

 

松岡くん…。そんな事はありませんわ。

今までの松岡くんなら、そのように考えたりしなかったと思います。今は…心強いですよ。

 

………い、今だけですからね!

 

「秋月?」

 

「ええ。わかっています。今、この場をどうするかを考えていますわ。私と松岡くんはまだステー…」

 

「そう。俺達はまだステージに上がっていない。

なのにあの違和感の無いショーの展開。あいつら…ほとんどアドリブだけでやってやがる」

 

ええ…そうですわね。

うん?うん、そうですわね。

本来なら春くんが登場して自己紹介、その後は結衣、私、松岡くと続いた後にドロドロショータイムですものね。

 

……ちょっと待って下さい?何か違和感が…。

 

「俺もCanoro Feliceのメンバーだ。やれるだけやって来るさ」

 

……何をやる気ですの?

 

「後は任せたぜ!秋月!!」

 

そう言って松岡くんはステージへと走って行った。

 

……あの男は何をやってますの?

 

私はソッとステージを見てみた。

 

 

「セバスウィンター…何でここに…!?」

 

「セバスウィンターは帰って!これは私とセバススプリングの問題なの…!あの夜の事は…忘れてよ…」

 

「え!?あ、そっちなの?」

 

「セバスウィンター、そっちなのってどういう事だ?まさか…キミはセバスサマーと…」

 

「違うの!セバスウィンターは悪くないの!悪いのは…私…」

 

「あ?ああ、いや。セバスサマーは悪くねぇよ。悪いのはセバススプリングお前だろ。だから俺は…」

 

 

あの方達は一体何をやってますの?

全然台本と違いますけど…?

 

あ、結衣!元アイドルがそんな事を言っては…!

あ、春くん!?アイドル志望でしたわよね!?何でそんな黒い事が言えますの!?

松岡くんもヘタレのくせして何故そんなに臨機応変にアドリブに対応出来てるのですか!?

 

こうなってしまった以上、春くんも結衣も松岡くんも私がステージに上がるまで、お芝居を止める事は無いと思いますわ。てか、アドリブだらけのこのお芝居に私はどうやって入ればいいんですの!?

 

「くっ…やむを得ませんですわね」

 

私も覚悟を決めステージへと上がりました。

…この後どうお芝居を続ければ良いのか…。

無茶振りもいいとこですわよね…。

 

「セバスオータム!セバスサマーとセバスウィンターが…。何とか…してくれよ!!」

 

………。

おっと、一瞬トリップしてしまいましたわ。

春くん?台本とは全然違うストーリーにしておいて、今登場したばかりの私にいきなり何て無茶振りしますの?

 

「セバスオータム!私は…悪くないよね…」

 

結衣?マスクをしているから観客席にはわかりにくいと思いますが、しっかり涙まで流して…。Blue Tearの時はお芝居も練習してましたのね…。

 

「おい、セバスオータム…」

 

「セバスウィンター。黙りなさい」

 

「え?あ、はい」

 

さて、これからどのようにストーリーを進めていくか…。

 

私は観客席の方へ目を向けてみた。

 

 

------------------------------------

 

 

「「ぶは!ぶはははは!!姫咲(ちゃん)まで何やってんだ!ぶはははは!!」」

 

「ちょっ、はーちゃんも英ちゃんも笑いすぎだよ…」

 

「先輩も英治さんもうるさいです!今からとんでも展開があるかもなのに!」

 

「渚?…今のストーリーは頭からとんでも展開よ?これは本当に子供向けのショーなのかしら…?」

 

「………」

 

「澄香?大丈夫?女の子がしちゃいけないお顔になってるよ?」

 

「ねぇ?何で盛夏は泣いてるの?そんなお話だった?」

 

「志保ぉ~。子供向けのショーだと思って舐めて見てたのに~。まさかこんなに尊いお話とは~……うぅ…グスッ」

 

 

------------------------------------

 

 

クッ…タカさんと英治さんめ…。

 

そして私はもう1人の顔馴染みを思い出し、最前席に座っている美来さんへと目をやった。

 

………ハンカチを噛み締めながら私達を見ていますわね。その膝に置いてある望遠レンズ付きのカメラは何ですの?そこから望遠レンズが必要な被写体を撮るつもりで持って来ましたの?

 

そして私は空を見上げた。

雲ひとつない綺麗な晴天ですわね。

ああ、このまま何事も無かったように、お家に帰りたい…。

 

「「「セバスオータム!!」」」

 

………。

春くんも結衣も松岡くんも何ですか?私が登場したからといって、私の発言を待つ必要なんてないじゃないですの…。私は……。

 

 

もう……。こうなったら自棄糞ですわね。

 

 

「カニ怪人さん!カニ怪人さんはいらっしゃいませんか!?」

 

私はステージのセンターに立って、楽屋までも聞こえるように大きな声でお芝居をした。

 

「「「???」」」

 

春くんも結衣も松岡くんも訳がわからないってお顔をされてますわね。

 

私は更に声を高らかに…。

 

「カニ怪人さん!早くいらっしゃい!」

 

それから少しした後…

 

「な、何ですカニ~?」

 

「やっと来ましたのね。待ちくたびれましたわ」

 

カニ怪人さんがステージへと上がって来てくれました。

本来の出番はもう少し後でしたのにね。申し訳ございませんわ。

 

「すみませんカニ~」

 

ちょっと待って下さいな?

何で語尾に『カニ~』が付いてますの?昨日はそんな事ありませんでしたわよね?

 

ま、まぁいいですわ。

 

「カニ怪人さん。今から戦闘員を数人呼んで頂けませんか?」

 

「せ、戦闘員カニ?戦闘員はみんな休暇中カニ~」

 

「数人で構いませんわ」

 

「い、いや…でも…」

 

「いいから(ギロッ」

 

「…!?」

 

「いいから」

 

「は、はいカニ~!戦闘員共よ!来るカニ~」

 

カニ怪人さんがそう言った後、ステージの下に居たセバスマンの……何色かは覚えていませんが、セバスマンの数人がステージ袖へと戻って行った。

 

さて、セバスマンから戦闘員へのお着替えもあるでしょうし、しばらくはお芝居の間をもたせなくてはいけませんわね。

 

「さあ!カニ怪人さん!!今こそ先日の雪辱を果たす時ですわ!セバススプリングとセバスサマーを倒してしまいなさいな!」

 

「「「なっ!?どういう事だ!セバスオータム!」」」

 

「いや、本当にどういう事カニ?」

 

「待ってよ!セバスオータム!どうして私とセバススプリングにカニ怪人と戦わせようとするの!?セバスウィンターは……ハッ!?まさか…セバスオータムはセバスウィンターの事…」

 

結衣…よくもまぁそんな発想がポンポン出てきますわね。

 

「何だって!?セバスオータム!そういう事なのかい!?」

 

春くん…何をニヤニヤしてますの?

 

「秋…セバスオータム…そ、そういう事なのか?///」

 

松岡くんめぇ…(ギリッ

 

「あ、そういう事なのカニ?セバスオータムにとってセバススプリングとセバスサマーが邪魔だからカニ?」

 

「チッ」

 

「「「「え!?舌打ち…!?」」」」

 

「ふぅ…やれやれ。皆さんの勘違いには溜め息しか出ませんわ」

 

「溜め息しかって…今思い切り舌打ちしてなかったか?」

 

「セバスウィンター如き…カニ怪人さんの手を煩わせる事はありませんわ。私が直々に仕留めますわ」

 

「え!?何で!?ちょっと待って…!?」

 

「覚悟はよろしいですね」

 

「いや!本当にちょっと待って…!!?」

 

私がこれまで鬱憤を……いえ、ショーの成功の為にセバスウィンターを仕留めようとした時でした。

 

「あー、カニ怪人さん何スかー?」

 

とても面倒臭そうに戦闘員の方が8人程上がって来てくれました。今から松岡くんを仕留める大事な場面でしたが、ここからが私の本当の目的ですわ。

松岡くん、命拾いしましたわね…。

 

「戦闘員さんご苦労様です。こういう時は悪役が子供達を人質に取るというのは定石ですわ。さぁ、観客席から子供達を連れて来て下さいな!」

 

「「「は?」」」

 

私は戦闘員の方々にそのようにお願いをしたのですが…

 

「いや、うちそういうのはやってないで」

 

「子供達を人質に取るのはね~…ヤバいよね?」

 

「てか、俺らこんなんやらされるとか聞いてないですけど?」

 

「そんな事して親御さんに怒られたらどうするんですか」

 

ええい…。最近の戦闘員は軟弱ですわね…!!

 

「わかりました。では、人質も無しに今から私と戦う訳ですわね?リハもやってませんから手加減は出来ないと思いますが(ギロッ」

 

「「「………子供達を人質に取ってきます!」」」

 

物分かりのいい戦闘員達で良かったですわ。

 

そして戦闘員達がステージから下りて、どの子供達を連れて来るか見定めている時に私は戦闘員に声を掛けた。

 

「あ、すみません。人質にはあそこで見物しているおっさん2人を連れて来て下さいますか?あそこの2人です」

 

私はそう言ってタカさんと英治さんを指差した。

 

「え?ちょっ…セバスオータム…?」

 

「セバススプリング?私の邪魔をするなら容赦はしませんわよ?あ、戦闘員さん、あの2人以外の人質は適当に選んで頂いて構いませんわ。怪我などさせないように丁重に連れて来て下さい。あの2人は嫌がるようなら骨の2、3本なら折っても構いません」

 

「セバスオータム?これってヤバくない?何か考えがあるの?」

 

「大丈夫ですわ。セバスサマーも安心して下さい。ショーを丸く収めてみせますわ」

 

 

「キャ、キャー!助けてー!!セバスマーン!!」

 

 

え!?戦闘員さん?タカさんと英治さん以外の方は丁重に扱って下さいと…。

私は観客席に目を向けた。

 

 

「た、助けてー!」

 

 

私の目を向けた先には、戦闘員にわざと捕まろうとしている美来さんが居た。……美来さんもノリノリですわね。

 

 

 

 

そしてステージ上にはタカさんと英治さんと美来さんが追加された訳ですが、美来さんはタカさんと英治さんの顔を見た途端に大人しくなってくれました。恥ずかしかったんですのね…。

子供を人質にって話でしたが、人質にした3人共私より年上の方ばかりですわね。

 

まぁそれはさておき…。

 

「戦闘員さん達、ご苦労様でした。

さぁ人質が逃げ出さないように押さえて下さいね」

 

「ちょっ…姫さ…セバスオータムさん?一体これはどういう事なんでしょうか?」

 

「おい、なんで美来がここにいんの?てか、お前さっきノリノリだったな?人質になりたかったの?」

 

「うるさい。あなた誰?あたしは美来なんて知らない」

 

「お前さっきのばっちり梓にも見られてるからな?」

 

「さっきからおじさんうるさい」

 

私は戦闘員に押さえられているタカさんの前まで来た。

一番怪しいのはこの男ですものね。

 

「あ?セバスオータムお前何のつもりなの?」

 

さて…。

 

「澄香さんに今日のショーの事を喋ったのはお前か?(ボソッ」

 

「あ?澄香?」

 

-ドスン

 

「グホッ…!」

 

私はタカさんのボディーにいい一撃を入れた。

 

「ちょっ…こ、これショーだよね!?何で俺殴られたの!?マジで痛いんですけど!?」

 

-ドスン

 

「グハッ…」

 

「うるさい。聞かれた事にだけ答えなさい。澄香さんに今日の事を話したのは誰ですか?(ボソッ」

 

「い、いや…ちょっと待っ…」

 

-ドスン

 

「ガハッ…」

 

「お前か?」

 

-ドスン、ドスン

 

「ガ…ガフッ…」

 

チッ、根性のない男ですわね。

答える前に落ちてしまうとは…。

 

まぁいいですわ。自白は諦めていましたし。

それにその為の人質2号にも来てもらっていた訳ですしね。

 

私は次に英治さんを見た。

 

「ま、待ってくれ。澄香に話したのは俺じゃない。梓が昨日のショーを見てたみたいでな。そ、それで夕べ俺らで飲んでた時によ…」

 

「昨日、梓さんが…?」

 

「うん。英治くんが言ってる事は間違いない。

あたしも昨日、お母さんと一緒にショー見てたし」

 

そ、そうだったのですね。

 

「梓さんが…でしたらしょうがないですわね…」

 

「ちょっ…ちょっと待てテメェ。お、俺は冤罪で殴られたってのか…?」

 

「チッ」

 

「え?何で舌打ち…?」

 

でしたらこのショーはそろそろ終らせてミニライブに移行させるのが良いですわね。

 

「カニ怪人さん!戦闘員さん!罪なき一般人もよくも!!セバススプリングとセバスサマーとセバスウィンターと力を合わせて、あなた方を倒させて頂きますわ!」

 

「「「「「え?」」」」」

 

「倒させて頂きますわ!」

 

「え?あ、ああうん。そうだね…」

 

「倒しちゃっていいのかな?」

 

「ま、まぁ……いいんじゃねぇか?」

 

 

そして私達はカニ怪人さんと戦闘員を倒し、ミニライブを終えたのでした。

 

 

 

 

「本当に申し訳ございませんでしたわ!」

 

「いや、別にいいけどね…。いや、よくねぇけど…まぁ誤解だってわかってくれたみたいだし」

 

「ああ…やっぱり私がセバスをやってた時のイメージで作ったご当地ヒーローなんだ…?」

 

「そうみたいっス。だから澄香さんには今回だけは内緒にしてくれと自治体から頼まれてまして…」

 

「美来お姉ちゃん…。ゆっくりお話したかったのに…」

 

「渚、心配しなくても大丈夫だよ。美来さんとはまた会えるよ」

 

私達はショーが終わった後、今日はSCARLET本社で話があるという連絡が、夕べ手塚さんより通達が来ていましたので、澄香さん達とSCARLET本社へと向かっていた。

 

「それより英治さん、SCARLETで話って何ですか?手塚さんからって…」

 

「ああ、それは行ってみたらわかるさ。一瀬くんにも悪くない話だとは思うぞ」

 

「 昨日の話って晴香ちゃんじゃなくて、理奈ちゃん達が聞いてたんだ?ははは、勝手にあんな事にしちゃってごめんね」

 

「いえ、トシキさんが謝る事では…。それに企画としては面白そうと思ったのは事実ですから」

 

「え?え?何の話?もしかしてSCARLETでやる番組とかのお話なのかな?」

 

「そっか。せっちゃんも聞いてたんだ?」

 

「まぁ~ね~。でもみんなやるのかなぁ?」

 

SCARLETで手塚さんからの話。

一体どのような話なのでしょうか?

 

私達はこの後、とんでもない企画話を聞かされるのでした。



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第13話 番組企画

あたし達は今、SCARLET本社へと向かっていた。

 

「ごめんね、せっちゃん。車イス押してもらって」

 

「ん~ん~。全然平気だよ~。

あたし美しい堕天使シャイニング梓お姉様の車イス押すの好きだし~」

 

「あはは、ありがと。でもちょっとお願い良いかな?」

 

「お願い?なぁに?」

 

「そろそろ…美しい堕天使シャイニング梓お姉様って呼ぶの止めない?」

 

「ほぇ~?あたしは別にいいけど~?

それじゃあ何って呼べばいいかなぁ?叔母さんって呼ぶと怒られちゃうし~?」

 

「ま、まぁ確かに"オバサン"はね…。あ、それなら普通にお姉ちゃんとか?」

 

「ふぇぇぇぇ……」

 

「え?何で!?」

 

せっちゃん?何でお姉ちゃんはそんな嫌そうなの!?

美しい堕天使シャイニング梓お姉様って呼ばされる方が嫌じゃない!?

 

そんな事をせっちゃんと話しながら、あたし達はSCARLETの本社へと辿り着いた。SCARLETってこんな大きなビルの会社だったんだ…。

 

あたしの名前は木原 梓。

またあたしのモノローグとか…まさかこのお話のヒロインはあたし!?って事はそろそろ結こ…。

 

 

「梓?何をニヤニヤしてるの?」

 

「澄香!?いや、何でもないですじょ!?」

 

「は?ほんまどしたん…?」

 

「はぁ~…来ちゃったか。ま、入るか」

 

そう言ってタカくんを先頭にSCARLET本社へと入った。

 

……え?何なのこのエントランス。

ビルの一角の部屋を事務所として借りてるとかじゃなくて、このビルが丸々SCARLETの会社なの?

日奈子ってこんなに大きなビル建てれる程…?

 

「あ、やっと来てくれましたね。お待ちしてました」

 

受付の所にいた来夢ちゃんがあたし達を迎えてくれた。

 

「あ、来夢、お疲れ様。今日ってお仕事だったんだ?」

 

「お姉ちゃんは何を言ってるの?今日は日曜だよ?めちゃくちゃ休日出勤なんやけど…」

 

休日出勤か…。来夢ちゃんお疲れ様…。

 

「まぁ、休日出勤手当がヤバいからありがたいけどね。

とりま仕事に戻っていいかな?」

 

「休日出勤手当?どれくらい貰ってるの?お姉ちゃん聞きたい」

 

「…………まずは葉川様、佐藤様、中原様、木原様、瀬羽様は17階の社長室に行って頂けますか?

他の方々は社員食堂までご案内します。

しばらくはそちらでお待ち頂きますようお願い致します」

 

そう言って来夢ちゃんは頭を下げた。

 

「ん?来夢?お姉ちゃんの台詞は無視なの?」

 

「って訳でタカにぃちゃん。社長室まで梓ねぇちゃん達を連れて行ってな」

 

「は?お前何言ってんの?俺も社長室とか知らねぇんだけど?」

 

「だから17階やて」

 

「17階行ったらわかんの?てか、それくらいなら別にいいけどよ?お前も社会人ならだな……」

 

「タカにぃちゃんうるさい。

わかっとる?今うちはお姉ちゃんと同じマンションに住んでんねんで?お姉ちゃんの部屋には理奈さんも奈緒さんもよー来とるよ?梓ねぇちゃんも同じマンションやで?お邪魔させて頂いて昔の話とかうっかりしちゃうかもやで?」

 

「来夢、梓達は任せろ。17階だな」

 

「タカにぃちゃんよろしく~」

 

そんなやり取りの後、あたしの車イスをタカくんが押して、トシキくんと英治くんと澄香との5人で社長室へと向かう事になった。

タカくんは来夢ちゃんに何を握られてるの?

 

 

そしてせっちゃんは、

 

『あたしが美しい堕天使シャイニング梓お姉様の車イス押すよ~。あたしも社長室について行く~!!』

 

とか、言っていたが、

 

『社員食堂は今日は食べ放題ですよ。ただし、皆さんが揃うまでという時間制限はありますが』

 

と、来夢ちゃんが言った途端、

 

『タカちゃん後はよろしく~!

うぉぉぉぉぉ!社員食堂~!!!』

 

と言って来夢ちゃんを連れて走って行った。

 

あたしより社員食堂の食べ放題か…。

まぁお昼から何も食べてないしね…。あたしもお腹空いちゃってるし。

 

 

 

 

-コンコン

 

17階に着いたあたし達は『しゃちょ~しつ』と書かれたプレートが下げられている部屋にノックして入った。

 

そこには日奈子と手塚さん、拓斗くんと晴香ちゃんとまどかちゃんが居た。

翔子はまだ来てないのかな。

 

「ああ、来たか。翔子ももう少ししたら来るみたいだしな。お前らも適当な所に座ってくれ」

 

「おいタカ。手塚さんは何でこんなに偉そうなんだ?まぁ、座らせてもらうけどよ』

 

「あ?こいつが偉そうなのは今に始まった事じゃねぇだろ。まぁ、座らせてもらうけどな」

 

「タカも英治も何を言ってるの。取り敢えず座らせてもらおうよ。手塚が偉そうにしてるのは腹立つけどさ」

 

「はーちゃんも英ちゃんも澄香ちゃんも…。手塚さんは一応ここでは偉いと思うしさ…」

 

う~ん…。手塚さんはSCARLETの上役な訳だし、タカくんのBlaze Futureからしても、英治くんのファントムからしても上司扱いだとは思うんだけど…。

 

「うん。翔子ちゃんはまだだけど、翔子ちゃんはトシキちゃんと一緒にって事だし、先にパッパとお話を済ませちゃおうか」

 

日奈子がそんな事を言うものだから、あたしは少しの違和感を覚えた。

 

ん?あれ?

今日はあたし達が昨日決めたバンドメンバーを各々部屋に集めて、あたし達からバンドのスカウトとか今後の話をするんじゃ?まだあたし達だけで話す事あるの?

 

「梓ちゃん達が来る前に拓斗ちゃんと晴香ちゃんには軽く説明したんだけどね」

 

拓斗くん達には先に?

 

「タカ…トシキ…英治…俺は今すぐにでも家に帰りてぇくらいだ…」

 

「宮ちゃん?何があったの?そんなヤバい話なの?」

 

「待てよ英治。お前何帰ろうとしてんの?帰るなら俺も連れて帰ってくれ」

 

「今日は盛夏ちゃんも美緒ちゃんもバイト休みにしてるからな。初音に負担を掛ける訳にはいかねぇだろ…」

 

「英治。もう腹を括ろう?今更それって無理があるし、私も諦めたから…」

 

まぁ、あたし達は日奈子の無茶振りで何度か死にかけたもんね。澄香も高校の頃から散々な目に合ってたし…。

 

「大丈夫だよ!みんな死んだりしないから!何だかんだってみんな今も生きてるじゃん♪」

 

「日奈子。お前は何をもって大丈夫だと言ってるのかわからねぇ。今までは大丈夫でもこれからどうなるかわからねぇだろ?お前ももう大人だろ?わかってくれ」

 

「もう!英治ちゃんは心配し過ぎだよ!

拓斗ちゃんが変な事言うからこんな事になるんじゃん!責任取って拓斗ちゃんがみんなに説明して!」

 

「は!?何で俺が!?」

 

「このままじゃ英治ちゃんもタカちゃんも、あたしの話を聞いてくれないでしょ!」

 

「チッ…タカ、英治。まぁ聞け。命の危険は一応無いからな」

 

命の危険は無い?まぁ、あったらあったで困るけど、それなら拓斗くんは何であんなに…?

 

「命の危険は無いだと?それはマジだろうな?」

 

「拓斗、俺はまだ初音を残して死ぬ訳にはいかねぇんだ。わかってんだろうな?」

 

「ハァ…俺らの企画バンドは全部で8バンド。その企画バンドでネット番組をやろうって話だ」

 

「あ?それなら元々ファントムのバンドでネット番組をやろうって話だったろ?」

 

「そうだよな。何でお前はそれで項垂れてんだ?あ、もしかして企画バンドで番組作るならお前は番組に出れないからか?お前そういうの出たかったの?」

 

あ、そういえばなっちゃんがそんな事も言ってたっけ?

『私がネット番組に出れるようになったら、梓お姉ちゃんも観てね!』とか…。

 

なっちゃんがそんな番組に出る事になったら、もちろんリアタイして録画して5回は見直すけどね。

 

「ちげぇよ。まぁ、聞け。日奈子のバカと手塚のアホと、渚の妹がな。ネット番組の放送時間を取る事に成功したらしい」

 

「あ?だからそれが何だってんだよ。放送時間も取れたなら良かったじゃねぇか」

 

「なぁ、それってCMとか入れる事出来るかな?ファントムのカフェのCMとライブハウスのCMとで別バージョンのCMとかやりたいんだけどよ」

 

日奈子と手塚さんと来夢ちゃんが頑張って、ネット番組の放送時間を取れた?それってファントムのバンドのみんながネット番組がやれる事になったって事だよね?

 

なっちゃんみたいにネット番組出たいって子達には良かったんじゃないのかな?

りっちゃんみたいに複雑に思ってる子達も居るかもだけど…。りっちゃんはcharm symphonyの事もあるしね。

 

「だから違うんだって!」

 

「あ?お前何言ってんだ?昔から言ってんだろ。作戦事項は明瞭に話せ」

 

「ファントムのバンドの番組として取ってあった1時間枠とは別に、日奈子と手塚と、渚の妹がそれぞれ取ってきた番組の1時間枠。つまり1時間枠の番組を4本作らなきゃいけねぇ事になった。年明け早々からの番組開始だ」

 

それってつまり1時間枠の番組を毎週4本作らないといけないって事?え?何なのそのハードスケジュール。

 

「おい…拓斗それマジか?日奈子、手塚さんそれってどういう事すか?」

 

「いや、待って。俺らまだハロウィンライブもファントムギグもあるんだけど?年明け早々に放送開始ってどういう事だよ…」

 

「宮ちゃん…?それって…。渉くん達は修学旅行もあるよ?」

 

そうだよね?このお話の時期はまだ10月頭だけど、そのスケジュールはキツ過ぎない?

 

「わーってるよ!だから俺も頭を悩ませてんじゃねぇか…」

 

「ああ。俺も今回ばかりはお前らにもファントムの奴らにも悪いと思ってる。けど、どの番組にもスポンサーか付いてくれてるしな。こんなチャンスはそうそうねぇからよ。水瀬 来夢もなかなか仕事出来るよな。関西から呼び寄せた甲斐もあるってもんだぜ」

 

「番組の日時としては日曜日の朝9時からと火曜日のお昼13時から。水曜日の夕方18時からと金曜日の夜22時からなんだよ」

 

「ちょっと…。日奈子も手塚もそれってさ…」

 

さすがの澄香も何とも出来ないよね。

ファントムのバンドには学生も社会人も多い訳だし…。

 

「ねぇ、タカちゃん。何とかならない?」

 

「お前は本当にアホだな。こればかりはさすがに無理だろ。スポンサーには謝って番組は1本に……」

 

「もうすぐクリスマスもあるじゃん?この件が何とかなったらバンやりのクリスマスイベントはキュアキャルイベントにして、マイミーはミニスカサンタ衣装にしようと思ってるんだけど…」

 

「何だと!?」

 

「梓ちゃん?マイミーのミニスカサンタ衣装の原画お願い出来る?」

 

え?あたし?それくらいなら何とかするけど…。

 

「まぁ…クリスマスイベントもあるだろうとは思ってたしそれくらいなら描けるけど…」

 

「だってさ。でもね。この番組の事が何とかならないと、あたしは社長としてやる気無くなっちゃうかもだし?ミニスカサンタマイミーは無しになっちゃうんだけど…?」

 

「……そ、それくら…うぐ…ミニスカサンタマイミーちゃん…ほ、欲しいし見たい…うぐ…」

 

タカくん?

 

「タカ。落ち着け。そんなのが実装されてもガチャで出なかったら辛いだけじゃねぇか?」

 

「ハッ!?そ、そうだった。危なかったぜ。

ありがとうな英治。あやうく罠にハマるところだっ…」

 

「マイミーはこないだガチャで新規SSR出したし、今回はイベント配布にしようと思ってたんだけどな~」

 

「日奈子様。私めにお任せ下さいませ。必ずや今回の4番組の企画を成功させてみせます」

 

「わぁ♪ありがとうタカちゃん♪

って訳で梓ちゃん。新規マイミーのミニスカサンタ衣装お願いしま~す」

 

「え?あ、うん。別にいいけど…」

 

本気なの?タカくんはそれで大丈夫なの?

 

「おい!タカてめぇ!!」

 

「タカ!いくら何でもそれは無理だろ!」

 

「拓斗も英治も黙れ。日奈子様の決定は絶対だ。俺は何としてもミニスカサンタマイミーちゃんを手に入れなくてはならん」

 

「は、はーちゃんは…本気なの…?」

 

「タカは本当に昔から変わらないね…」

 

と、今まさに日奈子と手塚さんの無茶振りが可決されようとしている時だった。

 

 

 

 

「ごめん、遅れちゃった…?」

 

あたし達のいる社長室に翔子が入って来た。

 

「ん?あれ?みんなどうしたの?何でタカは日奈子の前に跪いてんの?」

 

「あ、翔子ちゃん。実はね…」

 

そして遅れて来た翔子にトシキくんが説明をしてくれた。

 

 

 

 

「なるほど…。そうだったんですね。だから、拓斗も英治も曇った顔をしてるんだ?」

 

「うん。澄香ちゃんもそれでさ…。あはは」

 

いや、あたしも結構焦ってるよ?

トシキくんも翔子も何でそんなに落ち着いてるの?

 

「トシキさんは落ち着いてますね♪」

 

「うん。翔子ちゃんもわかってるでしょ?」

 

「はい♪」

 

何なのこいつら。何イチャイチャしてんの?

おっと、こいつらとか思っちゃったよ。危ない危ない。

 

あたしが気分を落ち着けようと深呼吸している時だった。

 

「拓斗も英治もさ。タカがやれるって言ってんでしょ?だったら大丈夫でしょ?」

 

翔子…?タカくんが…?

 

「確かにこの企画は時間的にも色々ヤバいって、あたしも思うけどさ。あんたらは昔も日奈子の無茶振りもやって来たじゃん」

 

「あ?い、いや。そうだけどよ…。なぁ、英治」

 

「ああ、いくら何でもよ…タカでもこれは無理だろ…」

 

「タカ。あんたやるんだよね?やれんだよね?」

 

「当たり前だろ。俺はミニスカサンタマイミーちゃんの為なら、今までの俺の培ってきた力を惜しみなく使ってでも、この企画を成功させてみせる。あ、インスピレーションおりてきたわ」

 

どうしよう。今更ながらタカくんが遠い存在に感じて来た。

 

「お、おい…タカ…。マジなのか…?」

 

「日奈子、手塚。この番組は1時間枠の番組を4本やれりゃいいんだよな?内容や出演者はどうでもいいのか?」

 

「ん?出演者?」

 

「ああ、SCARLETで番組をやるってだけだからな。スポンサーからは特に何か指定されてる訳じゃねぇ」

 

「そうか。ならまぁ多少はめんどくせぇけど何とか出来そうだな」

 

え?本当に?

 

「1時間枠の番組を4本って考えてっから面倒なんだよ。毎週4番組を作るって考えりゃいい」

 

いや、タカくんは何を言ってるの?

 

「お前、まさか1本の番組を作って、後は再放送とかにする気じゃねぇだろうな?それぞれスポンサーは違うんだからよ。それじゃスポンサーが納得してくれねぇぞ…」

 

「手塚黙れ。そこは俺もわかってるからな。取り敢えず聞け」

 

タカくんはあたし達の方を見て話を続けた。

 

「俺達は8バンドで番組を作る。ってのをぶち壊してな。

そうだな……。梓と俺で1番組。トシキと手塚で1番組、拓斗と澄香で1番組、英治と日奈子で1番組作ろう」

 

「「「「は?」」」」

 

えっ…と、それってどういう事?なのかな?

 

「俺ら各々が自分がプロデュースするバンドでな。各々30分くらいのコーナーを企画してだな…」

 

あ、なるほど。そういう事か。

 

「なるほどだよ!そしたら1バンド30分くらいのコーナーをやれば…!」

 

「ああ。その番組の収録は1週間の猶予も出来るし、企画に寄っては撮り溜めも出来るしな。まぁ、さっきの割り振りは適当だけどよ。企画内容や取れそうな時間とかで、誰のどのコーナーをどの曜日の番組に当てるか?それを考えたらいいんじゃね?」

 

「「「「……」」」」

 

「え?何なのこの沈黙」

 

「さすがタカだな。俺達BREEZEの大将はやっぱりお前しかいないぜ」

 

うん。英治くんの言う通りだよ。

こんな短い時間で、そんな企画を思い付くなんて…。

 

さすがタカくんだね。昔から変わってない。

すごく嬉しくなっちゃった。

 

あたしはそんなタカくんの為に、ちょっとえっちぃっぽい際どいポーズのミニスカサンタ衣装のマイミーちゃんを描いた。そのマイミーちゃんが実装された時にタカくんのSNSが若干どころか、かなりドン引きするくらいの浮かれた呟きばかりになったのはまた後日談。

 

 

「まぁ、問題はひとつあるんだけどな」

 

「問題?何それ?私もタカのその企画でいいと思うんだけど?」

 

「澄香ちゃん。俺達は今からみんなに企画バンドのスカウト話をしに行くでしょ?」

 

「え?うん。そうだけど…」

 

「そっか。そのバンドでコーナーを作る訳だから、企画コーナーの話もその時にしなきゃ…」

 

「うん。梓ちゃん正解。バンドをやるのは引き受けてもらえても、後からこんな番組やるから出演してね。とか言えないもんね。それならスカウトする時に話しておかなきゃ」

 

「あ、そっか。タカもちゃんと考えてんだね」

 

「澄香。お前は俺を何だと思ってんだ?」

 

そっか。みんなにバンドやるのは引き受けてもらえても、番組には出たくないって子もいるかも知れないし、企画内容によってはやりたくないって子もいるかも知れないもんね。

 

「あー、そうだな。やっぱ今決めとこう。うん、それがいいな」

 

「あ?タカ。てめぇ何を1人で納得してやがんだ?」

 

「ああ。悪い。ここにはプロデューサー陣が集まってる訳だしよ。 無茶振りってのは重々承知もしてんだけど、どのプロデューサーの番組が何曜日のどんな企画に参加すんのかも決めとこうと思ってな」

 

え?今から…?

 

「ちょっ…!待てよタカ!今からってのはいくら何でもよ…!」

 

「英治、心配すんな。俺らがこの部屋に来た時からだけどな?まどかも晴香もずっとノートに何か書きながら考え込んでやがる。こいつら自分のコーナー持つのやる気満々だと思うから」

 

「え?まどか?そうなのか?」

 

「英治うるさい。今あのメンバーでみんなに受ける番組企画考えてんだから。何も案が無いなら黙ってて」

 

「お、おい、晴香…?」

 

「兄貴!あたしプロデューサーとしての素質あるよ!

うん!この企画は絶対成功する!あたしに任せて!」

 

「晴香…俺、本当に帰っていいか?マジで帰りたいんだけど…」

 

え?本当に今から番組の事も話し合うの?

 

あたしはソッとまわりを見てみた。

 

「う~ん、それじゃ折原くんは嫌がるかも…」

 

「なるほどです。じゃあこんなのはどうですか?」

 

トシキくんも翔子もノリノリなの?

 

「ひっひっひ~。あたしはSCARLETの社長だもんね~。経費も使い放題だよね~」

 

日奈子は相変わらず独裁か…。

 

「タカのヤツ…。無茶振りし過ぎやろ…。うぅ~、どうしよう…」

 

「澄香、お前はいつも大変だな」

 

「うるさい英治。殴るよ?」

 

「何で!?」

 

ふふ、澄香も相変わらずだね。

いつもみんなの我儘に振り回されて…。

 

あたしはこんな発言の発端者。

タカくんに話し掛けてみた。

うわっ、この人落ち着いてタバコ吸ってるよ…。何でこんなに落ち着いてるの?……タバコ止めてって言ったら止めてくれるかなぁ?

 

「ねぇ、タカくん」

 

「ん?どした?」

 

『喉に悪いからタバコ止めてよ』

 

あ、言えないわ。あたし何様やねんてな。

……タカくんのお嫁様になれたら言おう。うん。

 

「タカくん落ち着いてるね」

 

「あ?そうでもねぇぞ?理奈にしても有希にしてもどんな企画にしても文句言われそうだし?」

 

「あはは、でもタカくんも色々考えてんだね」

 

「いや、お前も澄香も俺の事どう思ってんの?企画バンドやらせるってだけでも……。まぁ、何とかするわ」

 

うん。そっか。タカくんも昔からタカくんのままなんだね。

 

「あ、それよりな梓」

 

「ん?何かな?」

 

「俺が……もしな…」

 

タカくん?どうしたんだろ。

………あ、も、もしかして告白とかプロポーズとか?

え?や、ヤバい……どうしよう!?

よろしくお願いしますって言うべき!?それともしょうがないなぁとかツンデレちゃうべき!?

 

「も…もしもなんだけどな?」

 

「は、はい!」

 

わ、緊張し過ぎて思わず『はい!』とか言っちゃったよ!

 

「お、俺が…」

 

ゴクリ

 

「マイミーちゃんが受けのHな漫画描いてくれって土下座したら描いてくれたりしねぇか…?」

 

-ドゴン!

 

「わ!?びっくりした!?梓ちゃんどしたの!?」

 

「ん?タカくんがあまりにもドン引きするような事言ってたからつい…」

 

変な勘違いさせるもんだから、つい思いっきり殴っちゃった。

 

「は、はーちゃん生きてる…?」

 

「いいなぁ。タカのやつ…」

 

「兄貴は正気なの?」

 

全くもう…タカくんは…。

それにしてもあたしのバンドの企画…。どうしようかな?

 

 

 

 

「よし、私はこの企画で話してみようかな…」

 

「あ、澄香もどんなコーナーにするか決めたの?」

 

「うん。まぁ、一応ね。梓も決めたの?」

 

「あはは、うん。こんなのしか思い付かなかったけど…」

 

あたしがなっちゃん達ならやってくれそうと思った企画。なっちゃんはネット番組やりたいって言ってたし、これなら観てくれるみんなにも、ファントムのみんなにも良い企画コーナーになると思う。

 

「そろそろ予定の集合時間になるな。お前ら企画どんなのにするか決めたか?」

 

手塚さんがそう言って、ホワイトボードの前に立った。

 

「時間もねぇしさっさと決めるぞ。さっきのタカの企画でな。タカ、お前はどんな企画にすんだ?」

 

「俺か。俺は理奈を先生役。他のメンバーを生徒役として学園モノのコントにしようと思ってる。コントっても実際やるのはトークだけでな。SNSでファントムのバンドやSCARLETのバンドの質問とかそんなの授業形式で答えたり、バンド活動を宣伝したりな。それなら理奈も嫌とは言いにくいだろうしな」

 

わ、タカくんしっかり考えてんだ…。

 

「なるほどな。バラエティー路線でせめて告知やファンとの絡みを見据えたコーナーか。梓はどうだ?」

 

え!?あたし!?

 

「あ、あたしはなっちゃんと恵美ちゃんをメインにして、カフェとかバーみたいなシチュエーションで、ファントムのバンドをゲストに呼んでトークするコーナーにしようかな?って…。ゲストがDivalの時は恵美ちゃんと姫咲ちゃんをメインにしたりとか…。睦月ちゃんにはあたしと一緒にトーク内容の台本考えてもらおうかな?って…」

 

「梓もトークコーナーか。ファントムのバンドをゲストにって事なら、ファントムのバンドの宣伝にはいいな」

 

良かったぁ。トークコーナーってタカくんと被っちゃったし、どうしようかと思ったよ…。

 

「トシキ達は決まったか?」

 

「あ、はい。俺達は…」

 

「あたし達は音楽コーナーにしようと思って。本当はファントムやSCARLETに関係無く、前週に売れた音楽を紹介しようと思ってたんだけどさ」

 

「それだとSCARLETの番組として意味が無いと思いまして。それならファントムのバンドの曲やSCARLETの企画バンドの曲とかを毎週3曲ずつくらいを紹介するコーナーにしようと思いまして。渉くん達にバンド紹介してもらったりしながらね」

 

「さすがトシキさんです…。あたしじゃこんな企画思い付きませんでした…」

 

お~、さすがトシキくん。

そんなコーナーならファントムのバンドもSCARLETの企画バンドも番組を通して紹介出来るもんね。

 

「バンドと曲を紹介する音楽コーナーか。なかなか面白そうだな。拓斗達はどうだ?晴香の企画だったか?」

 

「晴香…。説明頼むわ…」

 

「うん。あたしらはみんなに身体を張ってもらうコーナーだよ。メンバーのみんなに、スポーツして勝敗を競ってもらったり、商店街とかこの辺のお店の1日体験バイトしてもらったりさ。地域活性にも繋がるし、上手くいけば体験バイトしたお店にもちょっとしたスポンサーになってもらえそうじゃん?」

 

1日体験バイトか。確かにそれなら商店街の人達にも喜んでもらえるかも…。

 

「晴香にしてはまともな企画だな…。確かにそれは美味いな。スポンサーが増えるのは俺達にとってもありがてぇしな…。澄香。お前の企画はどんなのだ?」

 

「あ、わ、私か。えっと…私のバンドにはベースボーカルの美緒ちゃん、ギターの志保、ドラムの栞ちゃんにキーボードの明日香ちゃんがいるからさ?各パートの楽器の弾き方講座的な…コーナーにしようかと…」

 

あ、確かに音楽番組っぽい。

みんな高校生だから、その年代のバンドをやってみたいって子達にも受けがいいかも…。

 

「楽器の講座コーナーか。なかなかいい案だな。英治達はどんなコーナーにするか決めたか?」

 

「ああ、俺はそれなりに料理も出来ますからね。バンドメンバーに簡単なレシピの時短料理とか作らせようかと…」

 

「主婦層の人気取るのもいいかな?って思って。小暮さんと木南さんには女子料理、日高くんと遊太には男のガッツリ飯とかさ。そういう料理番組にしたいなって」

 

お料理番組か…。よし、あたしも観よう…!!

 

「なかなかバランスの取れた番組になりそうだな。

日奈子。どうせお前はメンバーに旅行に行かせた旅番組とか思ってんだろ?」

 

「手塚!?何でわかったの!?」

 

「お前は旅行好きだしな。それにさっき経費も使い放題とかほざいてやがったからな…」

 

「て…手塚のくせに!!」

 

「なかなかバラエティーにとんだ番組がやれそうだな。

俺は奈緒と盛夏をメインパーソナリティーにした、ファントムやSCARLETのライブやイベント、そんでバンやりの情報を告知するような、情報番組にしてぇと思っていた。タカと梓と被っちまったな…」

 

バンやりの情報公開?

それって色んなゲームメーカーさんもやってるもんね。

 

「よし、トーク番組は、俺とタカと梓か…。この3つはバラけさした方がいいな」

 

「ああ、そうだな。んで、みんなの企画を聞いて考えたんだが、俺の企画は澄香の音楽講座と一緒にしねぇか?美緒ちゃん達も生徒役にして、その音楽講座は部活とか音楽の時間とかにするとかよ」

 

「あ、タカ。それいいじゃん。私はそれに賛成かな」

 

ん?タカくん?タカくんは澄香とやりたいの?澄香も?

そりゃあたしとじゃ、トークとトークで内容が被っちゃうけど…。それにしてもそれってDivalの理奈ちゃんと香菜ちゃんと志保ちゃんと一緒になるよ?なっちゃんは?

 

「そんで英治の料理番組か?あれは昼の時間がいいんじゃねぇか?これから今日の晩御飯にその料理やってみようとかあるかもだしな」

 

「あ、なるほどな。お前相変わらず頭いいな。ターゲットは主婦層だからその方が良いよな」

 

「タカのくせによく考えてんね」

 

「何なのそれ?まどか、お前俺の事誉めてんの?

んで、ターゲットが主婦層ってのもあるし、日奈子の旅番組を一緒にやりゃいいんじゃねぇか?それに時短料理ならそんな尺も取れねぇだろうけど、旅番組ならある程度尺も延ばせるだろ」

 

「おお!タカちゃんさすが!!」

 

「んで手塚のトーク番組と梓のトーク番組なんだけどよ。俺らのトークはSCARLETのバンドの情報番組にして、梓らはファントムのバンドをゲストにってんならファントムのバンドやライブの情報番組にしたらいいんじゃねぇかな?」

 

あ、そっか。あたしの企画はファントムのバンドをゲストにする訳だしその方がいいよね。

 

「ほう…。そうだな。バンやりの情報ってなると、俺の方が色々とやりやすいってのもあるもんな。タカ達がSCARLETとしての情報。梓達がファントムとしての情報。俺達がバンやりの情報ってすると内容も被る事はねぇか」

 

「だったら俺達の音楽番組は梓ちゃんの企画と一緒にしてもらってもいいかな?俺達もファントムのバンドの音楽紹介って企画だし」

 

あ、そうだね。トシキくんの言う通りだ。

あたし達の企画と一緒にした方がいいよね。

 

「いいね。それだと音楽番組観て、ファントムのライブに行きたいって思ってもらえるかも知れないし」

 

「って事はあたしらのスポーツとか1日体験バイトのコーナーは手塚と一緒にって事かな」

 

「チッ、手塚と一緒かよ…」

 

「拓斗。手塚さんの企画と一緒にって事は、お前は盛夏ちゃんと一緒に番組作るって事だろ?番組を上手く作れば盛夏ちゃんに許してもらえるんじゃねぇか?」

 

「ちょっ…待て、英治!盛夏ってまだ俺の事怒ってんのか!?」

 

ん?拓斗くんはせっちゃんに何か怒らせるような事したの?あたしの可愛い姪っ子に…!(ギリッ

 

「拓斗がかわいそうになってきた。これからは優しくしてやるか」

 

「タカ!?お前何言ってんだ!?」

 

「よし、タカの案でいくか。後は日奈子らは火曜の昼枠として、俺達とタカ達と梓達の番組をどの時間の枠にするかだな」

 

あ、そうだね。時間も無いし早くそれも決めちゃわないとだね。

 

「タカくんはそこら辺も考えてる?」

 

「いや、正直悩んでる」

 

う~ん、どうしたらいいだろ?

あたしは別にどの時間でもいいんだけど…。

 

「よし、こうすっか」

 

タカくん?何かいい方法思い付いた?

 

「手塚。お前らの情報番組を夜の枠にしてな。番組のラストあたりにファントムとSCARLETの情報も出すようにしろよ」

 

「何?俺の番組を…?」

 

「梓達はファントムバンドの紹介だから金曜の夜にして、土日のファントムでのライブの紹介もいいとは思ったんだが…」

 

「おお!タカ!それいいじゃねぇか!うちも儲かりそうだしよ!」

 

あ、確かにそれだったら当日券販売のお知らせとかするのもいいかもだ。

 

「でもな。それってリアルタイムってか、ほぼ生でやらなきゃ意味ねぇだろ?ファントムのバンドをゲストに呼んでってなると生放送は難しいしな」

 

あ、そっか。そう言われればそうだよ。みんな予定もあるだろうし。音楽番組も編集とかもいるだろうし…。

 

「手塚の情報番組を生放送にしてな。拓斗らのコーナーは録画にして、拓斗らのコーナーやってん時は奈緒達の休憩時間にしてよ」

 

「なるほどな。バンやりの情報を番組の前半でやって、拓斗達のコーナーを挟む。その後はSCARLETやファントムの宣伝に当てりゃ生放送でもやれなくもねぇな」

 

「そゆこと。そんで夕方よりは日曜朝のが視聴率も取れそうだしな。ファントムの宣伝する梓達がやって、俺らは夕方枠のがいいな」

 

うわ、本当にタカくん考えてるんだなぁ…。

 

「よし、それでいくか。お前らの中で反論はあるか?」

 

手塚さんの言葉に誰も反論する事はなかった。

 

「え?ほんまにええの?俺マジで適当に考えただけだぜ?」

 

タカくんは…。本当に一言多いよね。だからモテないんだよ?

今の話が一番纏まりやすそうじゃん。

 

 

 

 

そしてあたし達は各々の企画内容を伝える為に。

SCARLETに集まってくれたファントムのバンドメンバーを…。各々の部屋へと集めた。

 

もしかしたら断られるかも知れない。

そんな想いを胸に、あたしはなっちゃん、睦月ちゃん、姫咲ちゃん、恵美ちゃんの待っているであろう部屋の扉を開けたのだった。

 



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第14話 澄香の場合

しばらく間が空いてすみませんでした!
またぼちぼち更新していきますので、よろしくお願い致します!!






私の名前は佐倉 美緒。

今日はファントムでのバイトもお休みを頂き、

SCARLET本社へと来ています。

 

SCARLETの本社に来ているのは、私達ファントムのバンドが、バンドマンとしてでは無く、SCARLETに所属するタレントとしての活動である企画バンドのお話をする為。

 

バラエティとかいった番組や、どこかの会場でファンの前でイベントをやったりとかやらされるとは思っていたけれど、まさかGlitter Melody以外のバンド活動をやらされる事になるとは思っていませんでした。

 

SCARLETの本社に来る前、私達は学校の部室に集まっていた。

 

 

 

『ふぅ…。よっし!美緒、睦月、恵美!そろそろ休憩にしよっか!』

 

『朝からぶっ通しだったもんね。あたしも疲れたよ』

 

『ふふ、睦月ちゃんもお疲れ様。…うん。でも美緒ちゃんの考えたセトリいいよね。ハロウィンライブ楽しみだよ』

 

『と言ってもハロウィンライブ用の新曲…まだ出来てないんだけどね。かっこいい感じにするかポップな感じにするか…』

 

今月の末に行われるハロウィンライブ。

私達はそのライブの為の練習をしていた。

 

『美緒もいつもお疲れ様だよね。それよりさ?睦月はどんなハロウィンコスするか決めた?』

 

『ううん。考えてはいるけど、どれもしっくりこなくて。やっぱりせっかくコスプレするなら気合い入れたいし、他の参加バンドと被ったりしても嫌だし。そう言う麻衣はどう?何か考えた?』

 

『ううん、私も悩んでるよー。そうだよねー。私も被らないようにコスプレしたいからさー。なかなか決められなくてー』

 

『あはは、コスプレするのとかって初めてだもんね…。それより美緒ちゃんはどうしてそんな難しい顔をしてるの?』

 

『え?わ、私そんな顔してる?』

 

『うん。あたしもそれ思った。今日の美緒は変だったよ?』

 

『え?睦月まで…?私…そんな変?』

 

『何かあるなら話してよ。あたしも美緒ちゃんの悩み事に協力出来るかも知れないよ?ね、麻衣ちゃん』

 

『ま、マジで?睦月も恵美も何でそう思ったの…?ごめん、美緒。私は全然気付けてなかったよ…』

 

『いや、麻衣が普通だと思うんだけど…。私も気取られないようにしてたのに……。うん、わかった。私達にとっても大事な話だし…』

 

私は睦月と恵美と麻衣に、企画バンドの話をしました。

私がやっていきたいのはGlitter Melodyだ。それは絶対の私のやりたい事。

 

だけど、お兄さんや梓さんや手塚さんの話を聞いて…。いや、盗み聞きなんですけども。

そして、私のベースと歌を尊敬していたArtemisのベーシストである澄香さんに選んでもらえて…。少しやりたいと思ったのも事実です。

 

睦月とは違うスタイルのギタリストの志保と、恵美とは違うリズムを刻む栞さんと、そして麻衣とは違うパフォーマンスの明日香さんのキーボード。

 

そんな音楽もやってみたい。

 

睦月と恵美と麻衣は何って言うんだろう…。

 

 

 

 

『ふぅん、なるほどね。話はわかった。恵美と麻衣もわかった?把握出来た?』

 

『うん、あたしは大丈夫だよ。……企画バンド…かぁ。梓さんのプロデュースで…』

 

『アイドルとかも超楽しそうじゃん!日奈子さんのプロデュースアイドルかぁ~』

 

ま、まぁ、麻衣は思った通りの反応かな。

 

『あたしは美緒のボーカルとしてしかバンドをやるつもりは無い』

 

む、睦月…。

 

『あたしは…Artemisの…日奈子さんの演奏をDVDで観て、バンドをやるって決めた訳だし…。あんな小さい女の子でもあんな力強い演奏が出来るんだ…って思って…』

 

恵美…。

 

『でもアイドルとなるとキーボードの演奏は無いよね?私、運動神経鈍いしダンスとかなるとなぁ~…』

 

麻衣も…か。

 

そっか。 睦月と恵美と麻衣は反対か。

半分安心しなような、半分残念なような…。

 

『でもね美緒』

 

『ん?睦月?何?』

 

『美緒自身はどうしたい?さっきの話だと美緒は澄香さんの企画バンドでしょ?あたし達とは違うバンドだよ?美緒はやりたいの?やりたくないの?』

 

『私は…』

 

やりたいかやりたくないかならやりたいと思ってる。

いや、やりたいって言うよりやってみたい。

 

『……ごめん。私はやってみたいって思ってる。だけど、Glitter Melodyが私のバンド。一番大切にしたい場所。そんな風には思ってるんだけどね』

 

そう。Glitter Melodyが一番大切な場所。

でも、だからこそ睦月達にも本当の気持ちを伝えておきたい。

 

『だからさ。これは私のワガママ』

 

『そっか。なら安心』

 

安心…?

 

『あはは、睦月ちゃんも…やりたいと思っちゃったんだ?』

 

え?ちょっと待って。それってどういう意味…?

 

『美緒のボーカルじゃないとバンドをやりたくないって思う気持ちはある。だけど、翔子ちゃんの後継者として梓さんがあたしを選んでくれたのは嬉しい。こないだあたし達のデビューライブの時の渚さんも、梓さんみたいでかっこ良かったし』

 

『ふふ、睦月ちゃんもそう思ったんだね。あたしも梓さんに選んで貰えたんなら…ちょっとやってみたいかな』

 

睦月…恵美…。

 

『ね!ねぇ!美緒!睦月!恵美!どう!?このターン決めてからのポーズ!可愛くない!?』

 

いや、麻衣…もうダンスの練習してるの?

 

 

 

 

ほんの数時間前にあったこんなやり取り。

 

そして今は私はぼっちでSCARLETの社員食堂でラーメンを食べている。

せっかくの食べ放題だというのに、私があんな話をしてしまったせいで、睦月と恵美は渚さんのところに行っちゃうし、麻衣は優衣さんと架純さんのところに行っている。

 

やっぱまだ話すべきじゃなかったかな…。

 

 

ん、ここの豚骨ラーメンも美味しいですね。

さっき食べた醤油ラーメンも味噌ラーメンも美味しかったし、次は塩ラーメンを頼んでみようかな。

 

私がそんな事を考えている時だった。

 

「美緒」

 

「ん?あ、志保」

 

私に声を掛けて来たのはDivalのギタリストである志保だった。そして私達の企画バンドのギタリストでもあります。

 

「あ、ラーメンも美味しそう。私もラーメンにしたら良かったかな?」

 

「美緒さんは本当にラーメン好きだね」

 

「それより私はさっき聞いた志保と沙智の話でお腹いっぱいなんだけど…」

 

evokeのドラムス河野さんの妹である沙智さんと、FABULOUS PERFUMEのドラムスである栞さん、Lazy Windのキーボードの明日香さんも一緒にいた。

沙智さん以外は私達の企画バンドのメンバーだ。

 

「昨日の話で企画バンドの話は終わったと思ってたんだけど、何であたしらここで待たされてんだろうね?」

 

ん……?確かにそうですよね。

志保の言う通りだ。何でお兄さんや梓さん達は呼ばれたのに私達はここに…?

 

「いや、それより私はその企画バンドってのを詳しく聞きたいんだけど?志保も佐倉さんも私の話聞いてる?」

 

「明日香ちゃ~ん!そんなの些細な話だよ~!」

 

「いや、何が?全然些細な話じゃないし。沙智、その抱き付いてくる癖治して」

 

「ボクもその企画バンドの話は聞きたいかな?もしかしてボクってFABULOUS PERFUME以外でもバンドしなきゃなの?」

 

うん。FABULOUS PERFUMEって正体不明の男装バンドだったはずなのに、もうみんな普通に中身が誰なのか知ってる風で話してるね。

 

「明日香も栞も心配しなくていいよ。楽しい話だからさ」

 

「「楽しい話?」」

 

楽しい話…か。うん、確かに楽しそうだけど。

 

「志保ちゃんも明日香ちゃんも栞ちゃんも美緒ちゃんも、私の事忘れたら嫌だよ?私もみんなと一緒にアイドルやりたかった…!」

 

「「は?アイドル?沙智(河野さん)は何言ってるの?」」

 

 

 

「皆さん、お疲れ様です。今、小暮さんと木南さんが到着しましたので、これからお伝えする会議室へ行ってもらえますか?」

 

私達が話していると、渚さんの妹さんである来夢さんが私達に声を掛けてくれた。

 

そしてみんな来夢さんの前に集まり、各々にプリントのような物が配られていた。

 

「よし、あたしらも行こっか。栞も明日香も移動しながら説明したげるよ」

 

「ちょっ…、志保、待ちなさいよ!説明って何なの!?」

 

「ねぇ?美緒さんと河野さんは何の話か知ってる感じなの?ボクと観月さんだけ知らないの?」

 

 

 

 

私達は河野さんと別れ、長い廊下を歩いていた。

 

第1008会議室…ここかな?

 

「ちょっと!何それ!企画バンド!?私そんなの聞いてないし、Lazy Wind以外でバンドやるつもりなんか…!」

 

「そ、そうだよ!イオリだからボクはバンドやれてたってのもあるし!」

 

「でもさ?楽しそうじゃない?

あたしもDivalが1番だと思ってるけどさ。美緒の歌やベースも凄いし、うちらにはキーボード居ないからどんな音楽やれるかな?ってのもあるし、栞も香菜と一緒で英治さんにドラム習ってたでしょ?栞はどんなリズムを刻むのかな?って楽しみもあるし」

 

「いや…そんなの私には関係無いし…」

 

「……」

 

「え?小松どしたの?」

 

「ん…雨宮さんの言う事もわかるような気がして…。FABULOUS PERFUMEをやってる時、ボクはイオリなんだよね」

 

「え?あ、う、うん」

 

「2年くらいかな。FABULOUS PERFUMEやってきてさ。ドラムの技術も、オーディエンスの前での演奏も昔より凄くなったと思ってるんだ」

 

「小松…」

 

「イオリじゃなくて、小松 栞として演奏するのも楽しそうかもって…。も、もちろん一番はFABULOUS PERFUMEだけどね!」

 

「ひひひ、栞もやる気になってくれてるみたいで嬉しいよ」

 

栞さんも色々と思う所があるんですね。

 

「ここが私達の集められた部屋みたいです。入りますよ」

 

私は志保達に声を掛けて部屋のドアを開いた。

 

 

 

そこには誰もおらず、机の上に私達の名前が書かれた名札が立て掛けられていた。

この席に座れという事でしょうか?

 

「この名札のある席に座れってことかな?」

 

志保はそう言って自分の名札のある席に座った。

私も座らせてもらおうかな?

 

「ちょっと志保!私の話はまだ…」

 

「いいじゃん、観月さん。取り敢えず座ろうよ。澄香さんから話を聞いてから決めたんでもいいんじゃないかな?」

 

「こ、小松まで…」

 

栞さんに座るよう促された明日香さんも観念したのか、自分の名札のある席に座った。

 

 

-パチン

 

 

え…?

 

「ちょ!いきなり電気が消えたんだけど!?」

 

「わ、わわわ!?ゆーちゃん助けて…!!」

 

何で電気が?

おかげで部屋が真っ暗です。

 

私がそう思った直後。

 

 

-ガチャ

 

-ジジ…

 

 

私達が座った席の前にあるホワイトボードに、ライブの映像が流された。このライブって…。

 

 

『ざわざわざわ』

 

 

ステージに立っているのは……Artemis…?

 

 

そしてライブ映像に映し出されたステージがライトアップされ、軽快な音楽が鳴り響いた。

 

 

『いっくよぉ~!!Artemisぅぅぅぅ!!』

 

 

ステージに立つ梓さんの掛け声と共に軽快な音楽は、激しい音楽に変わった。

この曲は翔子先生に聴かせてもらった事があります。

ArtemisのStand-Up(スタンド アップ)

 

すごく楽しそうなライブだ。

私達も色々見習いたい所があります。私はベースボーカル、梓さんはギターボーカルという違いはあっても、同じように楽器を演奏しながら歌うボーカル。

 

私にももっともっと出来るパフォーマンスもあると思う。

 

「あ、あれって…」

 

「たか兄?」

 

Artemisの演奏が終わった後に、ステージに上がって来た人達。

今とそんな変わらないからか、誰だかよくわかります。

 

お兄さんとトシキさんと拓斗さんと英治さん。

BREEZEのメンバーです。やっぱりこのライブは15年前の…。

いや、待って下さい。

 

BREEZEのメンバーもArtemisのメンバーも今と全然変わらないんですけど?これ15年前のライブ映像ですよね?

実は最近撮ったとかじゃないですよね?

 

 

『お前らぁ!今のArtemisの演奏最高だったよなー!』

 

 

ステージに上がって来たお兄さんが梓さんからマイクを奪ってMCを始めた。

 

 

『男共ぉぉぉ!お前らしっかり〇〇〇したか!?

女の子はしっかり××ちゃったかぁ!?』

 

 

え!?ちょ、ちょっと、お、お兄さん!?

 

「ん?ねぇ、観月さん?たか兄の言ってる〇〇〇とか××って何の事?」

 

「こ、小松!?何で私に聞くの!?わ、私も何の事かわかんないし…!」

 

「これが噂に聞く貴の下ネタMCか…」

 

「お母さんもお姉ちゃんも…BREEZEのTAKAさんが好きだったんだよね…?」

 

それからも…私の口では言えないような単語を連呼するお兄さん。こんなMCだったんですね…。

あ、そういえばこないだラーメン屋に一緒に行った時…。

 

 

------------------------------------------

 

 

「あ、そういえばお兄さんってBREEZEの時はどんなライブやってたんですか?」

 

「ん?急に何?奈緒とかお母さんから聞いてないの?」

 

「お兄さん。漢字が違います。お母さんじゃなくてお義母さんです」

 

「美緒ちゃんは何を言ってんだ?」

 

「いえ、ですからBREEZEの時はどんなライブをやってたのかな?と。

gamutの時は翔子先生や学校の先輩にアドバイス貰ってましたけど、Glitter Melodyとしてやっていく訳ですし、私達らしさを出して行きたいと言うか…」

 

「いや、俺が聞きたいのはお母さんの漢字の話なんだけどな?まぁ、いいや。ようは俺らはどんなライブやってたのか聞いて参考にしたいとかか?」

 

「まぁそんな感じです。BREEZEの曲はさして興味も無いのであまり聴いた事ありませんし」

 

「よくそれを俺の前で言えるよな」

 

「で?どんな感じだったんですか?」

 

「翔子にも聞いた事ないのか?」

 

「学校で見せてもらえるライブ映像ってArtemisか学校の先輩方の映像ばかりでして」

 

「そっか。……うぅん。俺らのライブがどんなのか聞いても参考にはならんと思うけどなぁ」

 

「それはお兄さんの話を聞いて私達で判断します」

 

「いや、絶対ならんわ。気にすんな」

 

「……?そんな風に言われると余計気になりますけど」

 

「ん~、誰かのライブ参考にするってのももちろん良いとは思うが、美緒ちゃん達もそれなりにライブ経験もあるだろ?これまでやって来た中で自分らが楽しかったって思ったライブをやっていくのがいいと思うぞ?」

 

「確かにそれはそうかも知れないですけど…」

 

「そんなライブをやっていくのが美緒ちゃん達らしさのライブになるんじゃねぇの?」

 

「なるほど。確かにそうですね。さすがお兄さん、伊達に歳は取ってないですね」

 

「いや、歳は関係ないから………いや、あるのか?」

 

「わかりました。私達は私達が楽しかったライブを私達らしくこれからやっていきます」

 

「おう、それがいいやな」

 

「でもまぁ、それはそれとして。やっぱりお兄さん達がどんなライブしてたのか気になるので教えて下さい」

 

「あ、美緒ちゃんラーメンもうないやん。替え玉頼むか?奢るぞ?」

 

「お兄さん…(キュン」

 

 

------------------------------------------

 

 

いや、待って下さい。何で私はアレでときめいてるんですか?安すぎじゃないですかね?

 

いや、それよりもお兄さんがBREEZEのライブの事を話したがらなかったのは、これが原因か…。

 

 

私がそんな事を考えているとBREEZEの曲が始まった。

 

Blaze Futureの曲よりもずっとキーの高いサウンド。

お兄さんがこのキーで歌えるの…?

 

「す…すごい…。いつものパワフルな感じだけじゃない…疾走感もすごくあって…これがおっちゃんの本気のドラム…」

 

栞さんも英治さんの演奏に夢中みたいですね。

 

「拓斗…。こんな顔して演奏してたんだ…今と全然サウンドも違う…これがBREEZEのTAKUTO…」

 

「トシキさんのギター…お父さんとデュエルした時と全然違う。こないだとは違ってすごく繊細な演奏だ…なのに、何なのこの全体に響くような力強いサウンドは…」

 

明日香さんも志保もBREEZEの演奏に驚いている。

 

そして曲はサビに入ろうとしていた。

サウンドのキーが更に上がった。

そのキーに合わせて高音で歌うお兄さん。いや、それだけじゃない…次は…

 

「一気にキーが下がった!?こんな高低差の激しい歌を…わ、私じゃこんな歌い方…」

 

すごい。すごいとしか言葉が無いです。

それにすごくかっこいい。お母さんやお姉ちゃんがBREEZEを好きだって言ってたのがわかります。

 

その後もArtemisとBREEZEのライブ映像を数曲見た私達。

部屋の明かりが点いた後は、誰も何も言葉を発する事は無かった。

 

 

それから少しして部屋のドアが開かれた。

 

「あ、あははは~…みんなお疲れ~…」

 

そう言って部屋に入って来たのは澄香さん。

やっぱりさっきのライブ映像を私達に見せたのは、澄香さんの考えなんでしょうか?

 

「あ~…、えっと、今みんなには昔のArtemisとBREEZEが対バンした時のライブ映像を見てもらったんだけど…ど、どうだったかな?」

 

凄かったしかっこよかった。

これが私の率直な感想。

 

Blaze Futureの時とは違うお兄さんの曲や歌声。

梓さんの胸に響くような歌声。

私はまだまだだと実感した。

15年前のライブ映像って事は、そんなに私とも歳も違わないと思うのに…。

 

ん?え?15年前であの見た目…?

ちょっと待って下さい?お兄さん達も梓さん達も一体何歳なの?

 

「あ、あんまり響かなかったかな?」

 

あ、誰も何も言わないものだから、澄香さんが心配しています。何か言わないと…。

 

「すごくかっこいいライブでした!BREEZEもArtemisも…!」

 

私が感想を言おうとしたら、先に志保が声を上げてくれた。私も同じ感想です。

 

「私もすごくかっこいいし、楽しいライブだったと思います。すごく勉強になりました」

 

「かっこいいライブか。ありがとう。

明日香ちゃんと栞ちゃんはどうだったかな?」

 

「ボクも…かっこいいライブだとは思いました。楽しいってのも思いましたし…でも何て言えばいいかな?」

 

栞さん?どうしたんでしょう?他に思う事が?

 

「小松の言いたい事…何となくわかります。

オーディエンスや私達も楽しいって思えるライブだったと思いますが、BREEZEのみんなやArtemisの皆さんが、すごく楽しそうでした」

 

明日香さんの言葉に私はハッとしました。

確かにすごくかっこいいし楽しいライブでしたが、MCにしてもパフォーマンスにしても、誰よりもお兄さん達が楽しそうに演奏しているのが感じ取れるライブでした。

 

私達もそんな楽しそうなお兄さん達の気持ちや想いが伝わって来て…。

 

「拓斗もあんな顔してライブやってたんだね…」

 

「まぁ拓斗の顔とかどうでもいいとしてね」

 

…澄香さん。やっぱり拓斗さんの事は嫌いなのでしょうか?

 

「私達Artemisにはメジャーデビューしたいって夢があったし、BREEZEにも武道館やらアニメのタイアップやら夢もあった。志保のご両親の大志さんや香保さんも…みんな夢を持ってバンドやってたと思う」

 

うん、わかります。

私達Glitter Melodyも4人でメジャーデビューをしたいっていう夢もありましたし。

だけどそれ以上に、私は睦月と恵美と麻衣と4人でバンドをやってる事が、すごく楽しくて…。

 

「でも、さっきのライブの時もさ。私達はすごく楽しかったんだよ。夢も忘れちゃうくらいにね。その時その時が最高に楽しかった」

 

そして澄香さんは私の前に来て

 

「美緒ちゃんにはGlitter Melodyでメジャーデビューしたいっていう夢がある」

 

私…?

 

そして澄香さんは志保達の方へ目を向けて

 

「志保にはDivalで最高のバンドになるって夢が…。

明日香ちゃんにはクリムゾンエンターテイメントを倒す目標が、栞ちゃんには英治の弟子の中で1番のドラマーになりたいって目標がある」

 

澄香さん?

 

「私はみんなのその夢や目標を応援したい。応援していきたいって思ってる。今のバンドもすごく楽しいとは思うけどね。また別の形で楽しいってバンドもやってみてほしいんだよ」

 

別の形で楽しい…?

私はGlitter Melodyが楽しいと思っている。

だけど志保達とバンドをやってみるのも楽しそうだとは思いました。そういう事なのでしょうか?

 

「みんな1度肩の力を抜いてさ。ここにいる4人で新しいバンドをやってみてくれないかな?」

 

私はこのバンドをやってみたい。

きっと志保もそう思っていると思います。

だけど明日香さんと栞さんは…。

 

「ふざけないでっ!!」

 

私がそんな事を考えていると、明日香さんが大声を出して澄香さんの話を遮った。

 

「あ、明日香ちゃん?ど、どしたかな?あ、あはは」

 

「……!どうした!?どうしたですって!?澄香さんにもわかってるんじゃないですか…!?」

 

私も志保も栞さんも何も言えないまま明日香さんと澄香さんを見ていた。

 

 

少しの間

 

 

「……だからどしたん?ちゃんと言ってくれへんねやったら私はわからへんよ?」

 

澄香さんはさっきまで私達に向けていた営業スマイルっていうのかな?そんな笑顔をやめて真剣に明日香さんを見ている。

 

「私は…ずっと楽しい音楽なんて…。音楽なんて楽しんでやるものじゃないと思って…ました」

 

「うん。それは知ってるよ。それで?」

 

私と志保と栞さんはそんな明日香さんと澄香さんのやり取りを黙って見ている。

 

「BREEZEと…澄香さんにもそこには居たから知ってると思いますけど、BREEZEとデュエルをして…タカさんに音楽は楽しんでやるものだって…教えられました」

 

「うん」

 

「そんな音楽があるなら…そんな音楽をやってみたいと思った。けど…私はやっぱり…」

 

「やっぱり何?音楽は楽しくない?こないだのAiles Flammeとの対バンをやってみて、楽しくないって思った?」

 

「ちが…違います。そうじゃなくて…私はクリムゾングループを…」

 

「クリムゾングループとか関係あらへんよ。それに私が聞いてるのは、明日香ちゃんはこないだのAiles Flammeとの対バンが楽しかったのか、楽しくなかったのかって事」

 

「だから!私は楽しんで音楽なんてやれないんです!クリムゾングループを倒さなきゃいけないんだからっ!」

 

「音楽は楽しんでやるもの。南国DEギグの時にタカに言われたでしょ?」

 

お兄さんに…?

そう言えばお兄さん達とLazy Windはデュエルをしたんでしたっけ。それでお兄さん達が勝って…。

 

「それは…」

 

「それに私の質問の答えになってないよ。明日香ちゃんはこないだの対バン。楽しかったの?楽しくなかったの?」

 

明日香さんは澄香さんの言葉に少しうつむき、何か耐えているような…。

 

「う…うぅ…」

 

私はそんな明日香さんが見ていられなくなり、気付いたら観月さんの手を握っていた。

そしてそれは私だけじゃなく、志保も栞さんも明日香さんの手を握っていました。

 

「志保…小松…佐倉さん…」

 

明日香さんはそんな私達を驚いた顔で見て、そして澄香さんの方を真っ直ぐに見て…

 

「楽しかったです。すごく…すごく。音楽って、バンドってこんな楽しいものだったんだって思った。あの時間が終わってほしくなくて…、架純の声が出なくなった時も必死になれて…上手くいって嬉しくなって…それから…それから…」

 

明日香さん…。

 

「でも…それじゃダメなの。私は…私は…」

 

「ストップ。もういいよ、明日香」

 

「志保…?」

 

「あたしも昔は音楽なんて大嫌いだった。でも渚と出会って、理奈や香菜と出会ってDivalでライブして…。

タカや江口や美緒や栞、そして明日香とも出会ってさ。

あたしは音楽って、なんて楽しくて最高なんだろうって思った。

ううん、今も思ってる。音楽は最高に楽しいって」

 

「志保…」

 

「あたしもまだお父さんを倒す事も、クリムゾングループを倒す事も忘れてない。でもさ、音楽は楽しいから。

あたしは楽しんで音楽をやって、そしてお父さんもクリムゾンも倒す」

 

「私も…そうしたいけど…でも…」

 

「観月さん、ボクも音楽が、バンドが大好きだよ。さいっこーに楽しいと思ってる。だけどね、クリムゾンを倒すって気持ちもあるよ。クリムゾンを倒すって気持ちとはまた別の倒すって気持ちだけどさ?ボクの場合はゆーちゃんもまどか姉も綾乃姉も香菜姉も倒したいって思ってるよ。もちろんたか兄も江口 渉もね。ボクの楽しい音楽で!」

 

「小松…タカさんや渉達もって…」

 

次は私の番ですかね。

私もカッコつけたりせずに、ありのままの気持ちを…。

 

「明日香さん、私も…クリムゾンとたたか…」

 

「うん!みんな感動した!私がやりたかったバンドはこんなバンドだよ!」

 

…え?は?いや、待って下さい澄香さん。

私まだ何も言ってませんし、これから割といい事を言うつもりなんですけど?

 

「美緒ちゃんにも志保ちゃんにも栞ちゃんにも明日香ちゃんにも、みんな熱い想いが…音楽へ各々の彩った鼓動(ビート)がある。

私はここにいる4人みんなでこのバンド、PASTEL BEAT(パステル ビート)をやってみて欲しい」

 

PASTEL BEAT…?それが私達のバンド名…?

 

「パ、PASTEL BEATって…」

 

「そして明日香ちゃん。私はこのPASTEL BEATのリーダーを、明日香ちゃんにやってほしいと思ってる」

 

「は!?はぁ!?しかも私がバンマス!!?」

 

明日香さんがバンマス…。うん!私もそれがいいと思う。

 

「いや、バンドの事は100歩譲って受けるとしても…」

 

「ししし、いいんじゃん!あたしもこのバンドのリーダーには明日香がいいと思う。やろうよ、明日香」

 

「し、志保まで…」

 

「うん!ボクもこのバンドのリーダーは観月さん…。明日香がいいと思うよ!これからもよろしくね、明日香!ボクの事は栞でよろしく~♪」

 

「ちょ、小松……し、栞まで…」

 

ふふ、何だかんだと栞さんの事を栞と呼ぶ事は了承したんですね。

 

今度こそ私もちゃんと言わないと…。

 

「明日香さん…ううん、明日香。私の事も美緒でよろしく。楽しんでやろうPASTEL BEATを」

 

「美緒まで…これで私が意固地になって…やらないとか言うのはカッコ悪いじゃない…」

 

そして明日香は私達を見て、顔を真っ赤にしながら言った。

 

「しょ、しょうがないから私もやるわよ!でもいい!?やるやからには最高に楽しんでやるわよ!覚悟しなさいよっ!」

 

明日香…。

そして私と志保と栞さんは、明日香に笑顔で

 

「「「うん!よろしくね、リーダー!」」」

 

 

 

 

 

 

と、ここで話は終わったかと思ったのですが、澄香さんから追加の話がありました。

 

 

それは私達PASTEL BEATのメンバーがやる番組企画のコーナーの話。

 

私達で楽器講座か…。番組の企画としては面白そうかも。

 

「うぅ~…ドラムを教えるのかぁ~。ボク上手く教えられるかな?」

 

「ま、また厄介な話が…」

 

「いいんじゃない?うちの学校とは違う制服も着れるみたいだし。うちより可愛い制服だといいな~」

 

「し、志保は余裕ですね。バンドだけじゃなく番組の企画も楽しんでやれたらいいんですけど…」

 

「ああ、それなら大丈夫。楽器講座はみんなが部活の一貫としてやるコーナーだけど、メインは女教師に扮したりっちゃんの…」

 

「ぴぎぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「「「「美緒(さん)(ちゃん)!?」」」」

 

私はそこまで聞いて倒れてしまった。

女教師理奈さん…何と尊い…。

個人授業をお願いしたいです…。

 

 

そうして私達はPASTEL BEATとしても、バンド活動をしていく事になったのでした。

 

私はそこまで



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第15話 拓斗と晴香の場合

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

僕は東山 達也。

高校で教師をしながら、バンドでベースの担当をしている。

 

11月にある修学旅行先の下見の為に、僕は昨夜、夜行バスで関西に行き、今、地元に戻って来た所だ。

 

本来なら夕方まで関西で下見をし、終電ギリギリまで個人的に観光を楽しむつもりだったのだが、下見を終えてスマホを見て驚いた。

 

 

『達也!大変なの!早く…早く帰って来てっ!』

 

 

義理の姉である晴香さんから、こんな文面が届いていたのだ。

 

一体何があったというのだろう?

仕事自体は下見が終わっていたという事もあり、観光を楽しむ事を諦めて、僕は急いで地元へと戻ったのだ。

しっかり晴香義姉さんと、花音さんと綾乃さんと真希さんのお土産は買って…。

 

すみません、拓斗さん、タカさん、トシキさん、英治さん!いつもお世話になっているのに皆さんの分のお土産を買う時間はありませんでした…!

 

それはいいとして…。

 

地元に戻って来た僕は急いで晴香義姉さんに連絡した。

そして晴香義姉さんからの返事は、急いでSCARLETの本社に来て欲しいとの事だった。

 

「晴香義姉さん…待ってて下さい…!」

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…誰も…いない?」

 

僕はSCARLET本社に着いたけど、正面玄関のドアは閉まっていた。

ビルを見上げると所々の部屋からは明かりが漏れているけれど、エントランスは真っ暗だ。

晴香義姉さんに連絡をしてみた方がいいだろうか?

 

僕がジャケットの内ポケットからスマホを取り出した時だった。

 

「東山さん、お待ちしていました」

 

正面玄関から脇道に入った所から、Divalの水瀬 渚さんの妹である水瀬 来夢さんが出てきて僕に声を掛けてくれた。

 

「来夢さん、すみません。晴香義姉さんからこちらに来るように連絡を貰いまして…」

 

「はい、伺っています。取り敢えずこちらから中にどうぞ」

 

僕は来夢さんに案内されるまま、裏口からSCARLET本社の中に入り、8階の第3会議室へと向かった。

 

一体何があったんだ…?

晴香義姉さんから早く帰って来るように言われたが、向かうように言われたのはSCARLET本社。

晴香義姉さんからあんな連絡が来るなんて滅多に無いから慌ててゆっくり考えてなかったけれど、SCARLET…バンドとは関係無い晴香義姉さんから何でここに向かうように言われたんだ…?

 

わからない事だらけだけれど、取り敢えず来夢さんに言われたように8階の第3会議室に入ればわかるか…。

 

エレベーターで8階まで上がった僕は、第3会議室の前に行き、軽く深呼吸をして、ノックしてから第3会議室に入った。

 

 

そこには晴香義姉さんと拓斗さん、Canoro Feliceの一瀬くんにAiles Flammeの秦野、evokeの豊永くんと河野くんが居た。何なんだこのメンバーは…。

 

「晴香さん…俺…俺が本当にアイドルに…?それもセンターって…」

 

「うん。あたしは一瀬くんにはその素質があると思ってる。だから引き受けてくれないかな?」

 

「お、俺なんかで良ければ是非!!」

 

一瀬くん…?アイドルって…?

 

「バンドだけじゃなく…アイドルとしても地上最強…ですか…?」

 

「うん。豊永くんはevokeとして歌での地上最強を。そして、あたしプロデュースのアイドル『QUINTET FUSION(クインテット フュージョン)としてダンサーとしての地上最強を…」

 

「そんなチャンスを俺に頂けるとは…。是非お願い致します」

 

そう言って豊永くんは晴香義姉さんに頭を下げていた。

晴香義姉さんプロデュースのアイドルって何だ…?

 

「晴香さん…いや、ここではプロデューサーって呼ばせてもらいましょうか。本当に俺がアイドルになったら、沙智と兄妹アイドルとして話題になりますか?」

 

「うん。大丈夫だよ、さっちちゃんもアイドルやるんだし、きっと鳴海くんもアイドルやったら兄妹アイドルとして話題になるよ」

 

「チ、沙智の奴がアイドルをやるってのは気に喰わねぇが……アイドル兄妹…悪くないな」

 

河野くんも何を言ってるんだろう?

沙智?河野 沙智の事か…?アイドル?

 

「晴香さん…。マジっすか?オレがアイドルをやれば…天下蕎麦武道会の出場権利を貰えるんすか?」

 

「うん。来年の出場権利を秦野くんにあげるよ。だけど本戦に出るには予選は勝ち抜かなくちゃいけない。あくまでも契約の上て渡せるのは出場権利だけ。後は秦野くんの実力次第だよ」

 

「それだけでも…出場権利を貰えるだけでもオレは…。いや、オレにはAiles Flammeがあるってのに…。すまん、渉、拓実、シフォン…」

 

いや、秦野が一番何を言ってるんだ?って感じだな。

天下蕎麦武道会?何なんだそれは…。

 

僕は部屋に入った所で固まっていた。

本当に何があってどうなっているんだろう?

 

「ん?あ、達也。やっと来たか」

 

そんな僕を見て晴香義姉さんが僕に近寄って来た。

 

「達也。あんたはこれから…」

 

「おう!達也、待ってたぜ!お前、ちょっと俺に付き合え」

 

「え?兄貴?」

 

僕に近寄って来る晴香義姉さんを制して、拓斗さんが僕の手を取り、部屋を出た。

え?拓斗さん…?

 

 

 

 

拓斗さんが僕を引っ張って連れて来たのは、SCARLET本社のフロアにある喫煙所だった。

 

「……ふぅ~」

 

拓斗さんはタバコに火を着けて深く吸い込み、煙を吐き出した。拓斗さんもタバコ辞めてなかったんですね。

 

「…ん?達也?お前は吸わねぇのか?」

 

「僕は教師になった時にタバコは辞めました。

拓斗さんはまだ吸われてるんですね」

 

「ああ、お前はタバコ辞めたのか。俺も明日香の前じゃ吸わねぇけどな」

 

そして拓斗さんはタバコの火を消して、僕の目を見て言った。

 

「悪かったな、達也」

 

悪かった?一体どの事を謝ってるんだろう?

 

晴香義姉さんを置いて行方知れずになっていた事?

観月の転入手続きに翻弄された事?

関西から急遽呼び戻された事?

 

昔に比べたらこれくらい…。

僕には拓斗さんに謝ってもらう事なんかないですよ。

 

「あの…拓斗さん?」

 

「あ?」

 

「僕には拓斗さんに謝ってもらう理由が思い付かないです。それより今日の呼び出しは何なんですか?部屋に居たのは秦野達ですし、Noble Fateのメンバーじゃないので僕には何が何だか…」

 

そうだ。謝ってもらう理由なんかより、僕は晴香義姉さんや秦野達が言っていたアイドルって話の方が…。

 

「ああ、その話か。最初から説明すっとな。

晴香の独裁により、お前はSCARLETでアイドル活動をする事になった。それだけだ」

 

…え?僕がアイドル?

それだけだって、それだけってレベルの話じゃないですよ!?あ、でも晴香義姉さんの決定なら仕方ないのか…?

 

「いや…あの、拓斗さん?」

 

「達也。お前ならわかるだろう?お前らがアイドルをやると決めたのは晴香だ。そしてその作詞作曲は俺がやる。それを決めたのも晴香だ」

 

そうか…やっぱり晴香義姉さんが。拓斗さんも大変だな…。

ああ、もう僕はアイドルをやるしかないのか。でも僕はNoble Fateを…花音さんと真希さんと綾乃さんとやりたい。やっていきたいんだ。

 

「拓斗さん…すみませんがその話は…」

 

「お前の気持ちはわかる。だが、それは俺じゃなくて晴香に言ってくれ」

 

あ、無理だ。詰んだ。

晴香義姉さんのやる事に口を出して五体が無事でいられるわけがない。諦めるしかないのか…。

 

「でもな達也」

 

「拓斗さん?何です?」

 

「晴香の言い出したアイドルではあるが、俺はやってみるのはアリだと思ってるぜ?」

 

え?何で?

 

「いや、待って下さいよ拓斗さん。僕にはNoble Fateもありますし、学校の教師という仕事もあります。

Noble Fateも教師も僕にとってやりたい事ですから、両立させてみせるって気持ちはありますが、アイドルとかなると…年齢も考えて下さいよ」

 

「それはわかってる。まぁ聞け。

俺はLazy Windとしてアグレッシブなダークロックばかり作って来たが、これからの新しいLazy Windの曲には明るい感じっつーのかな。ポップ系の曲が必要だと思ってる」

 

新しいLazy Windの曲?

それって御堂さんをメインボーカルにした曲の事かな?

 

「架純の声にはその方が合ってると思うし、明日香にも楽しいって音楽をやらせてぇからな。今までとは違う曲調でやって行きてぇ。ま、俺がボーカルの時やクリムゾンの奴らとデュエルする時は、今まで通りのダークロックで行くけどよ」

 

確かに御堂さんには喉の事もあるし、Blue Tearの時のイメージや歌ってきた癖なんかもある。

今までの曲調よりはポップな感じの方が合ってるか…。

 

「それはわかりました。でもそれがこのアイドルの企画とどう関係あるって言うんです?」

 

「ああ、このアイドルのプロデューサーはあくまでも晴香だが、作詞作曲は俺だからな。

これからのLazy Windの為にいい練習にもなると思ってる。あんまいい曲に出来なかったら晴香からダメ出しも貰えるだろうしな。あいつは身内だからって甘くねぇし」

 

なるほどね。確かにアイドル系の曲を作っていくならポップな曲を作る練習にもなるか。

でもだからってアイドルとかは…。

 

「そして次に一瀬 春太」

 

ん?一瀬くん?

 

「あいつはCanoro Feliceの前はアイドルをやるって夢があった。Canoro Feliceでもダンサーボーカルではあるが、番組の企画とはいえアイドルグループとして歌う夢を叶えてやる事も出来るだろ」

 

そうか。そう言えば一瀬くんはアイドルをやりたい事思ってオーディションを受けまくっていたって言ってたな。

そうか。番組の企画と言ってもアイドルをやれる機会があるなら……ん?番組の企画?

 

「あの、それよりそれもどういう事ですか?」

 

「あ?お前は一瀬がアイドルをやりたがってたって事を知らなかったのか?」

 

「それじゃないですよ。番組の企画ってやつです」

 

「ん?ああ、そっちか。

今回のアイドルってやつはSCARLETに所属するお前らファントムのバンドがやる番組がある。

その番組内の企画バンドで、お前と一瀬と亮と豊永と河野はアイドルになったって訳だ」

 

あ、SCARLETに所属する時にそんな事が規約に書いていたっけ。強制は無いとは記載されていたけど…。

晴香義姉さんに言われたんじゃほぼ強制だよね…。

 

「その企画バンドってのが手塚やタカや……」

 

 

そして拓斗さんは今回の企画バンドの事や経緯を僕に話してくれた。

 

手塚さんやBREEZE、Artemisのメンバーでプロデュースするバンドか…。確かに15年前のみんなを見て来た僕も楽しみになる企画だ。

 

けど給料も一応出るならこれって副業って事にならないかな?バンド活動は許されても番組とか大丈夫だろうか?一応僕は教員なんだけどな…。

 

「話はわかりました。

確かにそれならバンド活動にも支障は無いようにしてくれそうですし、拓斗さんや一瀬くんには良い機会だとは思いますけど…」

 

「次に豊永 奏だ」

 

豊永くん?

 

「evokeでのあいつはステージのど真ん中で歌うってスタイルだ。だがあいつはガタイもいいし、アイドルとしてダンスを身に付ける事で、もっと動きのあるパフォーマンスを身に付ける事も出来るだろう。それをevokeに活かせばevokeはもっと良くなるだろうぜ」

 

た、確かに…evokeでステージ一杯のパフォーマンスをする事が出来るようになれば…。

 

「そして秦野 亮」

 

秦野も?

 

「亮のやつのギターの技術は大したもんだ。そこらのギタリストよりレベルは高い」

 

ああ…。うん、さすが浅井さんにしごかれてきたってだけあって、秦野の技術は高いと思う。

 

「だがあいつはセッションに馴れてねぇな。Ailes Flammeとのバンド活動の中で、あいつらに合わせた演奏なら出来ちゃいるがな」

 

セッション…か。そういえば井上もAiles Flammeの事を話してくれた時にそんな事を言っていたな。

どういう練習させたらいいかって相談だっけな。

僕もほとんど一人で独学でやってきた訳だし、あんまり人の事は言えないけど…。

 

「このアイドル活動で他のメンバーとリズムを合わせていきゃ、その経験がAiles Flammeとしてももうひと皮剥けるはずだ」

 

アイドル活動なら歌はもちろんダンスなんかも、他のメンバーと合わせなきゃいけないしな。

僕としてもそういう意味ではNoble Fateの演奏の為にもなりそうか…。

 

「そして河野 鳴海」

 

河野くんか。

河野くんはevokeでもしっかりリズムを取れているし、そんなに気になる所は無いと思うけど…。

 

「あいつは周りの雰囲気に合わせてリズムを取るのに長けていやがる」

 

……!?

河野くんのリズム…?

そういえば河野くんはよく周りを見ている印象が強い。

 

「あいつにはお前らのダンスを引っ張るキーパーソンになってもらいてぇ」

 

なるほど。拓斗さんの言いたい事がよくわかる。

河野くんならみんなを引っ張る役に適していると思う。そこで培った経験をevokeに活かせたら、これからのライブでも……。

 

「だがあいつは妹の事で暴走する所もあるからな。それが欠点だな」

 

妹の事…?ああ、河野の…。

あ、ここじゃ河野って言うのは紛らわしいか。

沙智…。いや、教師が生徒の名前を呼び捨てってどうなの?

 

「そこでお前だ達也」

 

…ん?僕…ですか?

すみません、わかりません。

河野の事…evokeの河野 鳴海くんの妹の河野 沙智の事だけど、あいつは何て呼ぶようにしたらいいんだろう?

 

河野くんの事を鳴海くんと呼ぶ?

そうなると豊永くん達も下の名前で呼ぶべきかな?

 

とかを考えていたので…。すみません、拓斗さん。

 

「河野 鳴海の暴走に関してもそうだが、春太、亮、奏のやりてぇ事やさっき言ったあいつらに足りないもの。

それを補わせる為のまとめ役をお前に頼みてぇ」

 

まとめ役を僕に?

 

「お前も腐っても教師だ。そんぐれぇなら出来るだろ」

 

拓斗さん…腐っても教師って何ですか?

まぁ、確かに僕を含めての5人程度だし、一瀬くんや豊永くんとは南の島での事もありましたし、秦野の至っては僕の生徒だ。まとめる事は出来るとは思うけど…。

 

「拓斗さん、でもそれは…」

 

「お前が一番の年長者でもあるしな。つまりQUINTET FUSION。ああ、QUINTET FUSIONってのはこのアイドルのユニット名だがよ。このユニットのリーダーをお前に任せてぇ」

 

……よし、帰るか。

帰ったら明日の授業の準備をして…綾乃さん達にライブについての連絡してみようかな。僕達Noble Fateもライブをやりたいしね。

 

「待て達也。お前、何帰ろうとしてやがる」

 

「拓斗さん、すみません。明日の授業の準備がありますので」

 

「お前は俺や晴香にも、タカ達にもNoble Fateにもな。遠慮し過ぎなんだよ。俺はお前のそういう所を変えてぇ」

 

遠慮し過ぎ…?僕が?

う~ん、晴香義姉さんは兄貴の嫁でもあるわけだし、何か文句言っても鉄拳制裁が待ってるだけだし?

拓斗さん達BREEZEのメンバーには、すごくお世話になったのもあるけど…Noble Fateに対してっていうのは…。

 

「花音にしても綾乃にしても木南にしてもお前にしてもな。Noble Fateは互いに気を使い過ぎだ」

 

 

花音さん達も…?

 

 

そうか。僕がいつも感じていた違和感はそういう事なの知れないな。

花音さんも綾乃さんも真希さんも、僕だけじゃなくみんなに遠慮しているような雰囲気はある。

 

「ははは、昔のお前なら考えらんねぇけどな」

 

た、拓斗さん…昔の話は…!

 

「ま、Noble Fateのメンバーで野郎はお前だけだしな。色々遠慮もあんのかも知れねぇな」

 

って…!ちょっと待って下さいよ!

Noble Fateのメンバーで男が僕だけって…!

確かにそうですけど、拓斗さんのLazy WindもタカさんのBlaze Futureも同じじゃないですかっ!

 

「さ、そろそろ戻るか。

達也。このアイドルユニットはお前の為にもなる。騙されたと思って受け入れてみろ」

 

「騙されたと思ってって…」

 

拓斗さんはタバコの火を消して喫煙所から出て行った。

 

 

『悪かったな、達也』

 

 

拓斗さんはこの話の前に僕に謝った。

アイドル活動の事を謝っていると思うんだけど、さっきの話じゃほぼ強制じゃないですか…。

 

ベースしかしてこなかった僕がアイドル活動か…。

秦野もいるし、一瀬くんや豊永くん達も僕よりずっと年下の子達だ。やるとしたらカッコ悪い所は見せてられないな…。

 

 

 

 

僕と拓斗さんが会議室に戻った時、河野くんが晴香義姉さんに詰め寄っていた。

 

「プロデューサー、アイドルをやるってのは構わねぇ。一瀬も秦野、東山さんもイケメンの分類に入るだろう。だが、何故このゴリラ…いや、奏を選んだ?顔面偏差値なら響のが高いはずだ。あいつは高校の頃からモテてたしアイドルにやるならあいつは適任だろう?」

 

「鳴海、確かに俺もそう思うが、俺はゴリラって程ではないと思うぞ?言い過ぎじゃないか?」

 

「いや~、確かに日高はイケメンだけどさ?あの子って元々はうちの居酒屋でバイトしてたんだよね」

 

「響がバイトだと!?バカな…あいつがバイトなんて出来るはずが…」

 

へぇ、そうなのか。

日高くんは元々そよ風でバイトしていたのか。

今はもう辞めちゃったのかな?

 

「でもね。あの子、お客様の注文を聞いてる最中も、食事を運んでる最中も、お会計中も洗い物してる時もさ。

ものすごいタイミングで寝ちゃったりして仕事にならなかったから…クビにしちゃったんだよね…」

 

……そんなタイミングで寝ちゃうのか日高くんは。

 

「なるほど。響はいつも急に寝ますからね。それでですか」

 

「奏、何言ってやがる。響は確かにいつも急に寝ちまうがライブ中は寝る事はねぇ。このアイドル活動でもよ…」

 

「お前は何でそんなに響をアイドルに推すんだ?俺じゃ不服か?」

 

「あはは…居酒屋をクビにしといてさ…アイドルやってくれって頼みにくいじゃん?

そ、それにあたしは豊永くんはモテると思うよ。マッチョ系だし、ユニットの中のマッチョ担当はものすごく大事だよ?」

 

「俺がマッチョ担当…。晴香さん、その期待に応えてみせます」

 

「ゴリラ、いや、奏はちょっと黙ってろ」

 

河野くんは何でこんなに必死なんだ?

 

「東山先生」

 

僕が河野くんと晴香義姉さんのやり取りを見ていると、秦野が話し掛けてきた。

 

「秦野、どうした?」

 

「いえ、とんでもない事になったなぁと思いまして。東山先生はこのアイドル活動やるんすか?」

 

う~ん、正直まだ迷ってる所もあるけどな。

秦野達もやるつもりなら僕だけやらないとは言いにくいし。拓斗さんの話ならきっとこれからの僕の為にもなるのかも知れないしな。

 

「ああ、まぁ一応な。やるからにはバンドもアイドルもやり抜いてみせるさ」

 

僕は秦野にしっかりとそう答えた。

 

 

 

と、そうだ。拓斗さんにも言っておこうか。

 

「拓斗さん」

 

「あ?何だ?」

 

「拓斗さんの言うようにこのアイドル活動が僕達のこれからにも繋がるなら、僕もやりますよ。このQUINTET FUSIONを」

 

拓斗さんは少し驚いた顔をしたけどすぐに…

 

「当たり前だ。元々晴香が決めた事だからな。

お前には最初から拒否権はねぇ」

 

ふふ、拓斗さんは本当に…

 

「最初に謝ってきたのは誰でしたっけ?」

 

僕は少し意地が悪い気もしたけど、拓斗さんにそう言ってみた。

 

「あ?謝った?誰が?」

 

拓斗さんも本当に昔から変わらないな。

 

「『悪かったな、達也』そう言ったじゃないですか」

 

「ん?その事か?それは別にこのアイドル活動の事を謝った訳じゃねぇぞ?」

 

ん?え?このアイドル活動の事じゃない…?

 

「え?それって…?」

 

「俺がお前に謝ったのは晴夜の事だ」

 

晴夜…?

irisシリーズのベース。

拓斗さんが15年前に使っていたあのベースの事か。

内山に託したって聞いてるし、僕もそれが良かったと思ってるけど…。

 

「お前がガキの頃…俺がお前にベースを教えてた頃な。

お前はいつもいつか晴夜を譲ってくれって言ってきてたからよ。だけど俺は拓実に託したからな…」

 

そんな事か…。

いや、そんな事じゃないな。拓斗さんはずっと気にしてくれてたのか…。

 

「拓斗さん、晴夜の事は…」

 

「お前も昔と違ってベースも上手くなった。それにもうガキじゃねぇし、お前の事は俺も認めてる。だけど…」

 

お前の事は認めてる。か…。

嬉しいです。拓斗さん。

 

15年前には聞けなかった言葉だ。

 

内山が拓斗さんに晴夜を託してもらった事を聞いた時も、僕は嬉しかったんですよ拓斗さん。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

『あ、あの!東山先生!』

 

『ん?内山か?どうした?授業でわからない所でもあったか?』

 

『い、いえ、授業の事じゃなくて…東山先生って軽音楽部の顧問ですよね?』

 

『軽音楽部?

ああ、そうだぞ。何だ?もしかして入部希望か?』

 

『あ、違いまして…。その、僕バンドやる事にしまして…その…楽器を買うお金も今は無くて…』

 

『内山がバンド?』

 

『は、はい!それで部活で使わない日だけでもいいのでベースを貸してもらえないかと…』

 

『ベース?お前ベースやるのか?』

 

『はい…。ベースがやりたいんです…』

 

『まぁうちは部員もみんな辞めちゃって廃部寸前だしな。いいぞ。ちょっと部室行こうか』

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

そうして僕は内山を部室に連れて行き、ベースを貸した。その日から内山はたまにベースの事も聞きに来て…。昔、僕が拓斗さんにベースを教わっていた頃を思い出していた。

 

僕がバンドをやりたいと今強く想ったのは、そんな内山を見たからかも知れないな。

 

「拓斗さん」

 

「何だ?」

 

「ベーシストとして、内山に期待してるのは拓斗さんだけじゃないですよ」

 

「あ?お前それって…」

 

これから僕はNoble Fateのベーシストとしてだけではなく、ファントムのアイドルユニットQUINTET FUSIONとしても頑張って行こうと思う。

 

15年前の尊敬するバンドに追い付けるように、そして今のニュージェネレーションのバンドを引っ張っていけるように…。



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第16話 タカの場合

私は氷川 理奈。

今はSCARLET本社の会議室で、香菜と茅野さんとの3人で一緒に人を待っている。

 

「あ、あはは、理奈ちさぁ?タカ兄のバンドに選ばれて嬉しいのはわかるけど、そわそわし過ぎじゃないかな?」

 

「香菜?おかしな事を言わないでちょうだい。

私は別にそわそわなんてしていないわ。有希さんが来るのを待ちわびているだけよ」

 

「いや~、世間一般ではそれをそわそわしてるって言うと思うんだけど…」

 

まったく香菜もおかしな事を言うわね。

それってまるで私がこのバンドを楽しみにしているようじゃない。

私は別に楽しみにしている訳じゃないわ。

そう…あれがあれであれなのよ。

 

 

……

………

 

 

いやー!!!

ダメだ!無理無理無理無理無理!!!

 

何よ『私は氷川理奈』って…!!

いかにも理奈ちがモノローグで言ってそうな言葉をチョイスして、喋り方も理奈ちっぽくしてみたけど限界あるし!もうあれがあれであれとか言っちゃったし…!!

 

あぁ…ダメだ。何で今回のモノローグがあたしなの?

タカ兄の企画バンドの話でしょ!?

理奈ちがボーカルじゃん!Divalでベーシストの理奈ちがcharm symphony以来のボーカルをやるって大事な話じゃん!

いいじゃんモノローグは理奈ちで!何であたしのモノローグなの!?

 

 

そう…。本当はあたしは理奈ちではなく、Divalでドラムを担当している雪村 香菜。

 

これからタカ兄の企画バンドの話があると思うんだけど、あたしと理奈ち、双葉ちゃんの3人は渚の妹である来夢ちゃんの指定した会議室にいる。

 

本来ならタカ兄もSCARLETのバンドのボーカルの有希さんもこの会議室に呼ばれているはずなんだけど、今この会議室にはあたし達しかいない。

 

いや~、めちゃ嫌な予感するわぁ~…。

この異質なメンバーでモノローグがあたしとか嫌な予感しかしないじゃん…。

こないだ理奈ちに砕かれた腕もやっと治ってきたのに…。

 

「あの…香菜?どうしたのかしら?」

 

「え?いや、何でもないよ。あははは」

 

「そう?だったらいいのだけれど…」

 

ああ…あたしはまた理不尽な惨劇に巻き込まれるんだ…。何事も無く帰る事なんか出来ないんだね…。

 

あたしはこれから起こるであろう惨劇を想像し色んな事を諦めていた。

 

「あ、あの、香菜ちゃん?どうしたのかな?もしかして今日って何の話か知ってたりするのかな?」

 

あたしが今までの楽しかった思い出に浸っていると双葉ちゃんが話掛けてきた。

 

「あ、うん、そだね。タカ兄も有希さんもまだ来てないし今のうちに双葉ちゃんにも話しとこっか」

 

「タカくんや有希さん?わ、私は何でこのメンバーで呼び出されたの?」

 

そりゃ不安だよね。

あたしと理奈ちはDivalだし、双葉ちゃんはFABULOUS PERFUMEのメンバーと分かれて1人な訳だし。

そこに更にはタカ兄と有希さんも来るってんだからね…。

 

あたしと理奈ちはこれからどんな話になるのかわかってるわけだし、双葉ちゃんに先に説明してあげなきゃね。

 

「双葉ちゃん、実はさ…」

 

「待って頂戴、香菜」

 

ん?理奈ち?

 

「茅野さんには私から説明するわ」

 

「ふぇ?理奈さん?あ、よろしくお願いします」

 

おぉ~、まさか理奈ちが説明してくれるとはっ!

あ、そっか。タカ兄のバンドの話だし理奈ちも気合いが入ってるって事かな?気合いってより気愛?なんちゃってぇ。

 

 

……今、理奈ちがあたしを思いっきり睨んできたんだけど何で?

 

 

「まぁいいわ。

今は茅野さんに説明する事が大事だしね」

 

今は…?理奈ちは今はって言った…?

 

「茅野さん、軽くだけれど私から説明させてもらうわね」

 

うん、さっきの理奈ちの発言は気にしない事にしよう。

そんな事より双葉ちゃんに説明する方が大事だしね。うん。

 

「早速なのだけれど、まずは私とデュエルをしてもらえるかしら?」

 

「ふぇ?デュエル…?」

 

ふふふ、双葉ちゃんもびっくりしてるね。

さすが理奈ちだね。まずはデュエルするのが手っ取り早いもんね。

 

 

……

………

 

 

って!!なんでデュエル!?

 

双葉ちゃんにSCARLETの企画バンドの話をするだけだよね!?それが何でデュエルなの!?

 

いやいやいや!理奈ち!

それはダメだよ!双葉ちゃんも困っちゃうよ!?

理奈ちに普通の説明を期待したあたしが悪かったの?

 

「わかりました…。デュエル…受けさせてもらいます…」

 

待って双葉ちゃん。

何がわかったの?何でデュエルを受けるの?

あっれぇ~?おかしのはあたしなの?

 

「あなたの本気を期待しているわ」

 

理奈ちはそう言ってirisシリーズのベース、雲竜を構えた。

 

いや、本当に何でなの?理奈ちも本気…?

 

「では…いきます…!」

 

いやいやいや、本当に待って?

双葉ちゃんも何処からベースを出したの?

 

あたしのそんな疑問は無かった事のように、理奈ちと双葉ちゃんのデュエルは開始された。

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

ほ…本気だ…。

 

理奈ちは本気でデュエルをしている。

あたし達Divalでライブをやる時のような本気の演奏を…。

でもさすがに双葉ちゃんだ。FABULOUS PERFUMEでやってきただけある。

 

2人の演奏にあたしの目も耳も奪われていた。

 

「クッ…さすが理奈さん…付いていくのが…」

 

「さすがFABULOUS PERFUMEのナギね。よく付いて来ているわ」

 

2人の演奏は互角に見える…けど…、何だろう?理奈ちも本気だとわかる。でもあたしには理奈ちは何か考えがあるような…。何だかそんな気がする。

 

「だからこそがっかりね。正直残念だわ」

 

「…え?」

 

え?残念?何で…?

双葉ちゃんも理奈ちにしっかり付いて行っている。

 

あ、そっか…。双葉ちゃんは何とか理奈ちに付いて行っているだけ。確かにこのままだと理奈ちの勝ちだろう。

 

「本当にこれがあなたの本気の演奏なのかしら?志保のお父さん、雨宮 大志とデュエルした時のあなたの演奏なの?」

 

「私の…本気…?」

 

「だったらいいわ。このままこのデュエルを終わらせるだけよ」

 

…!?

理奈ちの演奏の雰囲気が変わった…!

いつもの理奈ちの繊細な演奏とは違って、荒々しい攻撃的なサウンド…。理奈ちってこんな演奏も出来るの!?

 

……

………いや、違う。やっぱり理奈ちはこんなスタイルの演奏は馴れてないんだ。

その証拠に理奈ちは演奏中にも関わらずピックを飛ばしてしまって、今は指弾きをしている。

 

その飛ばしてしまったピックがあたしの額に飛んで来て刺さってしまった。正直物凄く痛い。

 

「理奈さん…?」

 

「本来のあなたのスタイル。FABULOUS PERFUMEのナギではなく、茅野 双葉のスタイルはコッチなのでしょう?」

 

そういや志保が言ってたっけ?

 

『お父さんとデュエルした時は、いつものクールな印象と違ってて、すごくパワフルな演奏だったんだ』

 

双葉ちゃんとしての演奏はナギの時とは違うって…。

 

「あなたの今の演奏も素晴らしいわ。でもそれがあなたらしさの演奏なのかしら?」

 

「私らしさ…?もちろんです!私は私の精一杯を…!」

 

「FABULOUS PERFUMEのナギとじゃなく、私は茅野 双葉と本気のデュエルがしたいのよ」

 

「ナギじゃなくて…私の…」

 

あちゃ~…双葉ちゃんの音に歪みが出てきちゃった。

こうなっちゃったら、理奈ちの勝ちだね。

 

あたしがそう思った時、双葉ちゃんの雰囲気が変わった。

 

「私のやりたいように…私の持ち味を前に出すように…」

 

……!?

 

「か、茅野さん…!?」

 

双葉ちゃんはこれまで魅せなかったようなサウンド、ヘドバンもしながら…。

すごい…こんな弾き方も出来たんだ…。

 

「まだまだね…。私に合わせる必要なんてないわ。

貴女の音を…聴かせて頂戴!」

 

理奈ちの音も更に攻撃的に…。

この弾き方は理奈ちらしくない…。

 

理奈ち…もしかして双葉ちゃんの本気を見る為に…?

 

「……!!」

 

ヤバい…。あたしは今2人の演奏を観て鳥肌が立っている。額から流れてくる血も痛みも忘れるくらいに…。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

「ハァ…さ、さすが…理奈さん…ですね…」

 

理奈ちと双葉ちゃんのデュエルが終わった。

 

すごい…2人共…。

理奈ちはcharm symphonyの時とも、Divalとも違う。

今までの理奈ちとはかけ離れたような演奏だった。

そして双葉ちゃんもFABULOUS PERFUMEの時とは違う攻撃的なパワフルな演奏。

 

2人共今までの自分とは違うスタイルの演奏。

 

それなのにそれがまるで自分のスタイル、パフォーマンスのように演奏していた。

これが理奈ちと双葉ちゃんの音楽…。

 

「…ごめんなさい。いきなりこんなデュエルを挑んだりして」

 

「あ、いえ…楽しかったです…理奈さんとのデュエル」

 

「今から話させてもらうわ。何故、今日このメンバーで集まったのかを」

 

そして理奈ちは双葉ちゃんに、SCARLETでの企画バンドの話、タカ兄のバンドの話を双葉ちゃんにした。

 

 

 

 

「た、貴くんのプロデュースでバンドを…?」

 

「ええ。茅野さんにも話しておくけれど、私はBREEZEというバンドを尊敬している。そんなバンドのボーカルだった貴さんのプロデュース。そして渚や奈緒とミュージシャンとして競える。とても興味深い企画だと思っている。是非やりたいと思っているわ」

 

「私のベースで…?」

 

「ええ。だから悪いとは思ったのだけれど、あなたの実力を今のうちに観ておきたかったのよ。

同じベーシストとして悔しいけれど、あなたの演奏はとても素晴らしいものだったわ。付け焼き刃の私のあのスタイルでは到底敵わないわね」

 

付け焼き刃の演奏って…!?

理奈ちも全然凄かったんですけど!?

 

「あなたの演奏でバンドをやれば、私の演奏へのいい刺激にもなる。この企画バンドはDivalにとってもとても意味のあるものだわ。是非、茅野さんにもこの企画バンドに参加してもらいたのだけど」

 

「私も…今のデュエルで…そう思いました。FABULOUS PERFUMEとしても、もっといい演奏を出来るようになるんじゃ…って」

 

お?おお!?

もしかして双葉ちゃんもこの企画バンドに前向きな考えかな?さすが理奈ち、あたしが説明しただけじゃ双葉ちゃんにここまで前向きに考えさせるなんて出来なかったかもしれない。

 

「わかりました。私も是非やらせて頂きたいです。

貴くんのプロデュースバンドっていうのも面白そうですし」

 

おおー!いいねいいね!楽しくなってきた!

うん、理奈ちの歌に双葉ちゃんとあたしのリズム。

そしてあたしも影響されたBREEZEのタカ兄のプロデュース。

Divalのこれからって意味だけじゃなくて、Divalとは別の新しいあたし達の音楽ってのもすごく楽しそう。

 

「貴さんのプロデュースバンドっていうのも面白そう…?そういえば聞くのを失念していたわ。あなたと貴さんって…」

 

理奈ち!?それ聞いちゃうの!?

いやいやいや、それは今はやめとこう?

 

「あ、あはは~。双葉ちゃんも前向きにやる気になってくれて良かったよ!!ね!理奈ち!」

 

あたしはすかさず2人の間に入った。

 

「香菜…?ええ、そうね」

 

「香菜ちゃん…うん、改めてこれからもよろしくね」

 

ああ、良かった。何とかタカ兄の話を回避する事は出来たかな?でも念には念を入れて…と…

 

「そ、それにしてもタカ兄も有希さんも遅いよね。どうしちゃったんだろ~?」

 

「あ、そういえばそうだね。私達がこの部屋に通されてからかなり時間が経つし…」

 

「有希さんは何かあるのかも知れないからいいとしても、貴さんは遅すぎるわね。私達を待たせるとはいい度胸だわ」

 

 

-ガラッ

 

 

あたし達がそんな話をしていると、部屋の扉が開かれ有希さんが入って来た。

 

「遅れてしまってすまないね。実は2人がデュエルをしている時から部屋の前には来ていたのだが…」

 

「私達がデュエルをしている時から…?」

 

理奈ちが部屋に入ってきた有希さんに向かってそう言った。

 

「ああ。

実に楽しい演奏だったよ。思わず聞き入ってしまった」

 

「私と理奈さんがデュエルをしている時から聞いてたんでしたら…企画バンドの話も聞いてましたよね?」

 

「ああ。もちろんだ」

 

そう言った有希さんはあたし達の近くまで来て、手近なイスに座った。

 

「悪いが私は君たちと企画バンドとやらをやるつもりはない。ギターは他のメンバーを探してもらえるかな?」

 

……有希さんはこの企画バンドには入ってくれないんだ?何でだろ?タカ兄のmakarios biosだってんならタカ兄はお父さんみたいなもんじゃん。

そんなタカ兄のバンドが嫌だなんて…。

 

「そう。有希さんは企画バンドには入りたくないという訳ね?」

 

「ああ。すまないね」

 

「理由を聞かせてもらえるかしら?」

 

理奈ち…。

 

「そ、そうですよ。私も聞かせてもらいたいです!も、もしかしてさっきの私達の演奏を聞いて…?」

 

双葉ちゃん…。

 

うん、あたしもやりたくない理由ってのを聞きたい。

さっきの理奈ちと双葉ちゃんのデュエルは本当に凄かったもん!あの演奏を聞いてやりたくないって思ったんなら…。

 

「あたしも聞かせて欲しいです!さっきの理奈ち達のデュエルは凄かった!あたし…奮えましたもん!」

 

「香菜…」

 

「香菜ちゃん…」

 

あたしの言葉の後、少しの間を置いて有希さんは話してくれた。

 

「2人の演奏は凄いものだったよ。私も楽しそうと思える素晴らしい演奏だった」

 

有希さんも楽しそうって思ったんじゃん!

だったら…!だったら…!!

 

「だったら何でですか!?やってみてもいいじゃないですか!!」

 

「か、香菜…」

 

「香菜ちゃん、落ち着いて…」

 

あ、あたしとした事がつい大きな声で…。

でも、でも…なんか悔しいじゃん。

せっかく楽しそうって思ってもらえたのに、やってもみないでやらないだなんて…。

 

「私はタカのmakarios biosだ。

それは理奈も香菜も知っているね?」

 

「…!?そ、それは知っていますけど」

 

「ええ…もちろん知っているわ」

 

「ふぇ!?え?ゆ、有希さんが貴くんの…?それって美来ちゃんと同じ…?」

 

「そうか。双葉も美来がmakarios biosだという事を知っていたか。

私は音楽が楽しいものである事もわかっているし、君たちとバンドをやるのは楽しいだろうとは思った。

だが、makarios biosである私は今はクリムゾンと戦う為に音楽をやっている。私達のようなmakarios biosを増やさない為に。だから今は…クリムゾンとの事を優先させたいのだよ」

 

今は…、今は…か…。

そっか…美来さんも言ってた。

これ以上makarios biosを増やさない為にクリムゾンとして歌ってるって…。

有希さんも同じなんだ…。これ以上makarios biosを増やさない為にクリムゾンと戦っている。

 

そんなの…当事者じゃないあたし達には何も言えない…。

 

「私はいつかは楽しい音楽をやりたい。そう思っているよ。だがそれは今じゃない。

本当に申し訳ないが…わかってくれたまえ」

 

有希さんも楽しい音楽をやりたいと思ってるのに…。

 

 

-ガラッ

 

 

「悪い。待たせたな」

 

タカ兄…。こんなタイミングで来るなんて…。

あたしも理奈ちも双葉ちゃんも有希さんに何も言えなかった。ううん、有希さんの意思にあたし達が何か言える事なんかない…。

 

「ん?あれ?お前らどったの?」

 

タカ兄がこのタイミングで来てくれたのは良かったのかな…。

 

「何か変だなお前ら。まぁいいや。

取り敢えず今からめんどくせぇ事を言うけど聞いてくれ」

 

めんどくせぇ事って…。

 

「タカ。説明には及ばんさ。

みんなこの集まりの趣旨は把握している」

 

「あ?有希?」

 

「悪いが私は企画バンドとやらをやるつもりはない。

他のギタリストを探してくれ」

 

有希さん…。

 

「は?何でお前が企画バンドの話を知ってんだ?

まぁいいや。お前がやりたくねぇならやる必要ねぇしな」

 

ちょ、ちょっとタカ兄…!!

 

「貴さん…あの…その言い方は…」

 

「いや、有希がやりたくねぇならやる事ねぇだろ?

………それに」

 

それに…?

 

「俺は俺のプロデュースバンドで有希にギターやらせるってのは嫌だったしな」

 

え…?

 

「ちょっと!貴くん!!」

 

「有希さんにギターをやらせるのは嫌ってどういう事かしら?理由を言いなさい。どんな理由があったとしても地獄を見せてあげるわ」

 

「タカ兄!何でそんな事を言う訳!?あたしらを敵に回したいの!?」

 

「双葉、理奈、香菜。落ち着きたまえ。

タカが私にやらせたくないと思っていたのなら好都合じゃないか」

 

有希さん…!?何でそんな落ち着いてられるんですか!?

 

「理由を言えって言われてその理由を言ったら地獄を見る事になるの?それものすごく怖いんだけど…」

 

タカ兄もタカ兄だよ…!何でそんな事を有希さんの目の前で…!

 

「有希。お前は俺の遺伝子な訳だしな」

 

「…ん?確かにそうだな。面と向かって言われると気分も悪くなるがね。生理的に」

 

「生理的にって…。何でそんな俺嫌われてんの?パパ泣いちゃうぞ?」

 

「まさにそういう所な訳だが…」

 

「まぁいいや。お前は俺の遺伝子だ。

ギターなんて出来る訳がねぇ。俺のプロデュースバンドはBREEZEん時みてぇな曲…いや、それを超えるような曲でやりてぇんだよ。Blaze Futureは超える事は出来んだろうがな」

 

BREEZEを超えるような…バンド?

そ、それでもBlaze Futureは超えられないんだ?

 

「私は確かにお前の遺伝子から造られている。

だが、お前と一緒にしないでもらおうか」

 

「いや、だって俺の遺伝子だよ? BREEZEを超えたいと思ってんだよ?それってトシキよりギター上手くないと無理やん?」

 

「ちょっと待って頂戴。口を挟むのはどうかと思ったのだけれど、日奈子さんも手塚さんも有希さんはギターが出来ると言っていたじゃない」

 

「そ、そうだよタカ兄!タカ兄も聞いたでしょ!?

SCARLETのバンドは有希さんがギターボーカルって!!

手塚さんも昔の手塚さんに匹敵するレベルだって…」

 

「ちょっと待ってくれ香菜。私のギターのレベルが手塚に匹敵するレベル?冗談は止めてくれたまえ。

私のギターの腕はとうに手塚を超えているよ」

 

あ、あれ?有希さんが反論するんだ?

 

「いや、それでもだな。所詮手塚程度のレベルだろ?」

 

手塚程度って…。手塚さんのギターの腕前とか知らないけど、手塚さんってクリムゾンエンターテイメントの大幹部だったんでしょ?かなりの腕前じゃないの?

 

「タカ。だから言っているだろう?手塚ごときと一緒にしないでもらおうか。お前はまさか私がギターを弾けないと思って私にやらせたくないと思っていたのか?」

 

「あ?そうだけど?ギター本当に出来るのお前」

 

「当たり前だろう。お前は私に喧嘩を売っているのか?」

 

「いや、ないわ」

 

「何だと…?(ギリッ」

 

え?え?何?この展開…。

 

「貴くん…もしかして…」

 

「ん?あれ?お前ギターやれないからこの企画バンドやりたくねぇんじゃねぇの?」

 

「そんな訳ないだろう?私は私の考えが…」

 

「だったら証明してみせろよ。ギターがやれるって事。

手塚のアホよりギター弾けるって事をよ」

 

「証明…だと…?」

 

「おう。俺のプロデュースバンドはトシキレベルの腕前がねぇとやれねぇと思うしな。この企画バンドをやってみせて、俺にギターやれるって事を証明してみせろよ」

 

「お前…」

 

タカ兄…?もしかしてタカ兄もあたし達の話を聞いてたの…?だから有希さんに…?

 

「口車に乗ってみろよ。楽しそうって思ったならやってみろって。クリムゾンは今度こそ俺が潰してやっからよ」

 

「あの男は…本当にまだるっこしいわね…」

 

「あはは、貴くんらしいっちゃ貴くんらしい…かな」

 

タカ兄…。説得するならもっと上手くやればいいのに…。本当に…。

 

「な、有希。makarios biosは俺ももう絶対造らせねぇからよ…」

 

「パパ…」

 

ん?え?有希さんタカ兄の事パパって呼んだ?

 

「え?有希?お前今俺の事…」

 

「ああ、すまないね。バカって言ってしまった」

 

「え?バカ?パパじゃなかったの?」

 

「ふぅ…しょうがないな。お前の口車に乗ってやるか…。ギターが出来るという事を見せてやらねばな…」

 

「何とかなったか。さすが俺の遺伝子だな…後の問題は理奈か…(ボソッ」

 

ん?理奈ち?

タカ兄が何言ってんのか聞こえたけど…理奈ちは企画バンドをやる気満々だし問題とか無いと思うんだけど…。

 

「まぁ理奈も双葉も香菜も企画バンドの事わかってるって事だよな?」

 

「え?ええ、聞いているわ」

 

「うん、私も聞いてるよ」

 

「タカ兄のプロデュースでこの4人でやるんでしょ?

それよりタカ兄は何で遅れて来たの?」

 

「ん、ああ。これを人数分コピーしてたからな。ほれ」

 

そう言ってタカ兄はあたし達にスコアを渡して来た。

 

え?このスコアってもしかして…。

 

「『Reveria(レヴァリア)』…?まさかこれが私達のバンド名なのかしら?」

 

「大いに楽しむって意味のRevelと詠唱って意味のAriaを合体させた造語だけどな」

 

大いに楽しむ…か…。

うん、タカ兄のこのバンドに掛ける想い。わかるな。

 

「貴くん…もう企画バンドの曲作って来たの?それも3曲も…?」

 

「うわっ!このスコアめちゃくちゃむずいじゃん…!」

 

「おい、タカ…お前この曲は……いいのか?」

 

有希さん?ん?タカ兄のこの曲って変なとこある?

 

「え?有希…もしかして気付いたの?」

 

「タカ…そういえばお前は何故私の事を呼び捨てなのかね?」

 

「え?何故って…あの、俺は呼び捨てにしたらいけませんかね?」

 

「ハッキリ言わせてもらおうか。気持ち悪いな」

 

「まじでか。

……じゃ…じゃあ、有希ちゃん?」

 

「キモい。呼び捨てで構わんよ」

 

「何なのそれ!?ほんと何なのお前!!」

 

え?何このくだり…。

 

「お前な…。ああ、そういや美来も同じような事言ってたな。何なのお前ら…」

 

「この曲はお前達BREEZEのヴァンパイアに似ている…。いや、ヴァンパイアのアレンジと言ってもいい曲だ」

 

……BREEZEのヴァンパイア?

あ、確かに似てるかも?

うん、この曲ならあたしもやれそうな気がする。

歌詞のフレーズもヴァンパイアに似てるような…?

 

「この『月の痕(つきのきずあと)』という曲は…ヴァンパイアのアンサーソングだな?」

 

「ええ…まぁそうですね…」

 

アンサーソング?

それって曲の続編とか別視点とかそういうやつ?

 

「確かにこの曲はヴァンパイアの……女性視点といった感じの曲かしらね。私達がこの歌を…?」

 

タカ兄達の名曲に入るだろうヴァンパイア。

その曲のアンサーソングをあたし達が…。こんなのプレッシャーも半端ないじゃん…。

ArtemisもBREEZEも、あの頃のBREEZEの曲を知ってるメンバーがあたしらの周りには多いのに…。

 

理奈ち…大丈夫かな?

あたしは理奈ちの方に顔を向けた…。

 

 

やっぱりだ…。

 

 

理奈ち…平静を装ってるけど顔はにやけてるし耳まで真っ赤じゃん。もうやる気満々じゃん。

タカ兄が歌ってきた曲のアンサーソングがめちゃ嬉しいんだね…。

 

「この曲についてはわかったわ。残りの2曲。

強く抱きしめて(つよくだきしめて)』と『Dark Shout(ダーク シャウト)』。この2曲は…?」

 

「ああ…あの…そのな…」

 

「貴くん本当にこの曲を私達の為に作ってきたの?それにしては完成し過ぎてない?」

 

「いや…あの…」

 

どうしたんだろ?言いにくい事なのかな?

理奈ちにボーカルをやってもらいたくて作ったの?

 

「この『強く抱きしめて』に関しては私もわからないな。ただ、『Dark Shout』か…。この曲はお前が歌いたかった曲じゃないのか?」

 

タカ兄が歌いたかった曲?

 

「ああ…まぁ…あれだ。そんな事どうでもいいんじゃね?それよりお前らみんなやれそうなら良かったわ。んで次の話なんだけどな?」

 

「ジー…」

 

「あ、あの…理奈?何ですかね?」

 

「貴くん?本当にこの曲は作ってきたの?」

 

「え?いや、もちろん俺が作った曲なんですけど…」

 

「タカ兄もさ?隠さずにちゃんと言いなよ。そんな言いにくい事なの?」

 

「はぁ~…めんどくせぇな、お前ら。

『強く抱きしめて』って曲はArtemisに提供するつもりで作った曲だ。でもまぁ梓の声質には合わねぇなぁって思って封印してた曲。理奈ならこの曲に合った歌声で歌ってもらえると思ってな…」

 

 

-ボン!

 

 

え!?理奈ち爆発した!?

梓さんより理奈ちのが合ってるとか言われて嬉しかったの!?

 

「そんで『Dark Shout』は元々は俺がBREEZEの時に作ってた曲だ。発表出来なかった曲だからお前らに歌ってもらえたらなと…。歌詞を女性視点に修正しただけだ」

 

タカ兄のBREEZEの時の曲…。

 

ヴァンパイアのアンサーソング。

Artemisに提供しようと作ってた曲。

タカ兄がBREEZEの時に歌いたかった曲。

 

「まぁ、それはそれとして。

もいっこ大事な話があるんだけどな…」

 

「大事な話…?何かしら?」

 

 

 

 

そしてタカ兄が話したのは、企画バンドのあたし達でやる番組の話。

どうやら理奈ちを先生にして、あたし達と澄香さんの企画バンドのメンバーで生徒に扮し、SCARLETの企画バンドの話をするトーク番組らしい。

 

こういう事もやらなきゃいけないかな?とは思っていたけど、理奈ちはcharm symphonyの時の事があるから複雑だよね…。

 

「冗談じゃないわ!」

 

理奈ち…。やっぱり嫌なんだね…。

あたしとしては面白そうとは思ったけど…。

 

「何で年上の有希さんが生徒役で私が教師役なのかしら?」

 

うん?

 

うん?待って理奈ち。そこが問題なの?

 

「いや、だってお前、生徒って感じじゃねぇし」

 

「それはどういう意味かしら?私はもうそんなに若くないって言いたいのかしら?

いいわ。辞世の句でも遺言でも好きな方を言いなさい。地獄を見せてあげるわ」

 

理奈ち?そこなの?

 

「企画番組かぁ。FABULOUS PERFUMEとしての出演じゃなければ私はいいと思うけど…」

 

「私もこの企画番組の事ならやっても構わないと思うがね」

 

「え?有希さんは意外かもです…。断ると思ってました」

 

「香菜。この番組の事をよく考えてみたまえ」

 

「この番組の事を…ですか?」

 

何だろう?この番組には一体どんな意図が…。

 

「SCARLETの企画バンドと私達が目立てば目立つ程、ファントムのバンドがクリムゾングループの目から免れる」

 

「え?」

 

「双葉の言う通りだ。ま、タカやボスや手塚がそこまで考えているとは思わないけどもね」

 

あ、そっか。

クリムゾンエンターテイメントはあたし達の事を知ってるし敵視してたとしても、charm symphonyの理奈ちがDivalじゃなくて……Reveriaだっけ?

そっちのバンドを始めたって事になったら、他のクリムゾングループの目眩ましにはなるのか。

 

「だったら私も女生徒でもいいじゃない!」

 

「いや、MCとかやれそうなん理奈しかいねぇし」

 

うん。タカ兄も理奈ちもそんな事は微塵も思って無さそうだね。

 

「貴くんと理奈さん、まだやってるよ?このままじゃ企画バンドの番組も…」

 

「タカは面白ければいいって思ってそうだしね。問題は理奈か」

 

有希さん?あ、そういえばタカ兄も問題は理奈ちかとか言ってたような?

 

「やれやれ。

あの男に加勢するのは気が進まないが、企画バンドをやるならこの番組はやるべきだと思うしね」

 

そう言って有希さんはタカ兄と理奈ちの間に入って行った。

 

「タカ。お前はこの企画バンドの番組は…面白そうと思っているのか?」

 

「は?……ああ、やらなきゃってのはあるしな。

やらんで済むならやらんでもいいとは思ってるけど、それだと…」

 

「もういい。喋るな」

 

「え?何で?」

 

「理奈。キミはこの企画バンドに関しては賛成なのだね?」

 

「え?…ええ、私が憧れていたBREEZEのボーカルがプロデュースする音楽。

…この3曲も素晴らしい曲だわ。やらせて貰えるというのなら是非にでも…」

 

「わかった。少し黙っていてくれたまえ」

 

「え?何故かしら?」

 

有希さんがタカ兄と理奈ちの間に入って少しの時間が経った。

 

 

 

「タカ。悪いとは思うのだが、お前SCARLETの本社の周りを3周走って来い」

 

「は?お前何を言ってるの?アホなの?」

 

「いいから行って来るといい」

 

「いや、めんどいんだけど?」

 

「私はお前の口車に乗って企画バンドのギターをやってやるんだ。それくらいの頼みくらい聞いてもらってもいいと思うのだが?」

 

「何なのこいつ。マジめんどくせぇんだけ…」

 

「いいから行け」

 

 

 

そしてタカ兄はブツクサ言いながらも部屋を出て行った。

 

「さてと…理奈」

 

「有希さん?あの…な、何かしら?」

 

「キミはこの企画バンドの番組をやるのは本当に嫌なのかね?」

 

「いえ…そうね。嫌と言う訳ではないわ。

この企画バンドで番組をやるのだったら、クリムゾングループの目を欺くのにもいいし、澄香さんの企画バンドのメンバーで楽器講座をやるのならこれからバンドや音楽をやりたいと思う人達も出てくるかもしれない。

この企画はいい企画だと思ってるわ」

 

理奈ち…そこまでわかってるんだ…。

だったら何で…。

 

「でも…私だってまだJKとしても…」

 

そこ!?本当にそこだったの!?

 

「やれやれ。しょうがないか(ボソッ」

 

有希さん?

 

「そ、それに私がやりたいのは音楽であって番組のMCって訳では…」

 

「理奈。タカは実はな。

JKよりも女教師が好きなのだよ、あいつは女教師フェチなのだよ。多分」

 

「な…!?何ですって…!?」

 

え?タカ兄って女教師フェチなの?初耳だけど…?

 

「だからタカは…理奈に生徒役ではなく、女教師をやってもらいたいんだと思うのだよ。多分」

 

「そんな…いえ、そんなはずは無いわ。だってあの男はロリコンのはずだもの。それも極度の」

 

「信じる信じないは理奈の自由だ」

 

えっと…それって本当なのかな?

あ、それだと翔子さんが危なくない?色んな意味で。

 

「ゆ、有希さん、それって…?」

 

「ああ、私の口からのデマカセだ。だが、嘘とも言い切れないのは事実だがね。実際にあいつのまわりには昔から今もJKが多いのに誰にもそんな気を起こしていないしね」

 

それで!?それだけの理由で!?

 

それから少しした後、タカ兄が戻って来て、理奈ちは…

 

「しょ、しょうがないからその企画番組とやらも承諾してあげるわ」

 

「はぁ…はぁ…え?俺が走らされてる間に何があったの?はぁ…はぁ…」

 

「あ、あんまりハァハァ言わないで頂戴!何を興奮しているのかしら!?」

 

「え?いや、今思いっきり走ってこさせられたんですけどね…はぁ…はぁ…」

 

「やっぱりそういう事なのね…」

 

「え?やっぱりって何?はぁ…はぁ…」

 

そうしてあたし達は企画バンドと番組をやる事になった。

最後ら辺の話の顛末はどうでもいい感じだったけど、この企画バンドはあたし達Divalにとってもいい可能性を秘めているかも知れない。

 

あたしはそれがすごく楽しみだ。



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第17話 手塚の場合

「皆さん、お疲れ様です。今、小暮さんと木南さんが到着しましたので、これからお伝えする会議室へ行ってもらえますか?」

 

私達がSCARLETの社員食堂で少し早目の晩御飯を戴いていると、渚の妹である水瀬 来夢ちゃんが私達に声を掛けてきた。

 

「ほら、盛夏。呼ばれたし行くよ」

 

「ふぇぇぇぇ…。あたしまだ食べ足りないよ~…」

 

「あはは、ならお話終わったらどこかご飯食べに行こっか?」

 

「おぉ~!それはナイスなアイディアだ~。何食べに行こっか~?」

 

私の名前は佐倉 奈緒。

私達は今SCARLETの本社にいる。

これから私達は昨日聞いた企画バンドの話を聞く事になるのだろう。

 

はぁ~…。何でこんな事になっちゃいましたかね?

大好きで憧れていたBREEZEのボーカルTAKAさん。

彼にたまたま出会って、デ、デートの約束を取り付けて…。そしてカラオケに行って"今の"葉川 貴としての歌声を聴いて、一緒にやりたいと思って始めたバンド活動。

 

あれから半年ちょっとしか経ってないですよ!?

何ですか!?企画バンドで私がボーカルで歌詞も書く!?世の中こんなに面白い展開が起こるものですかね!?

 

「奈緒は何でそんな嫌そうな顔をしてるの?」

 

「綾乃先輩?いえ、まぁ…」

 

「わかる、わかるよ奈緒~。まだもうちょっとSCARLETの社員食堂のご飯を堪能したかったよね~。呼び出しの時間早すぎだよね~…」

 

「いや、盛夏は何を言ってるの?そんなんじゃないから」

 

さっきこの話の後にご飯行こうって話してましたよね?

盛夏はそんなにSCARLETのご飯が気に入ったの?

 

「じゃあ何をそんな嫌そうな顔を?」

 

「……あれですよ。私が歌詞を書かなくちゃって事が」

 

「奈緒は歌詞を書きたくないの?」

 

「あんまり…ですかね。ほら、企画バンドとはいえ、やるからにはしっかりやりたいですし。私なんかの歌詞でとか思いますと…プレッシャーって言うんですかね」

 

「何で?」

 

「え?ふぇ?何でって何ですか?歌詞を書くとかなりますと…」

 

「奈緒は貴兄の事大好きだよね?」

 

「ふぁ!?あ、綾乃先輩!?な、何言ってんですか!?

私が貴の事好きとかありえないじゃないですか…!」

 

ほ、本当に綾乃先輩は何を言ってるの!?

歌詞の話から何で貴が…。

 

「あ、うん、そんなのはもうお腹いっぱいだからどうでもいいんだけどね。聞き方が悪かったね。

奈緒はBREEZEのTAKAの事大好きだよね?」

 

え?ふぇ?BREEZEのTAKAさん?

いや、それは大好きですよ。めちゃ好きです。

あ、TAKAさんの事を言ってたのか…。いや、待ってTAKAさんと貴は同一人物。

 

「ま、まぁ…。バンドマンとしての貴の事は憧れてますし、尊敬もしてますよ。歌詞の話から何で貴の話になるんですか…」

 

「BREEZEの時は……あ、Blaze Futureの今もか。

歌詞も曲も貴兄が作ってるでしょ」

 

「そ、そうですね」

 

「奈緒は貴兄の今までの歌詞を聞いてさ。カッコつけてるとか、受けが良さそうな単語を考えて作ってるなとか思った?」

 

「貴の歌詞…ですか?」

 

「うん。カッコいいって思う?いや、カッコはいいのか。何て言えばいいだろ…う~ん…」

 

「うふふ~。あたしは綾乃さんの言いたい事わかるよ~」

 

ふぇ?盛夏…?

 

「貴ちゃんの書く歌詞ってさ?日常にありふれた景色な感じじゃん~?」

 

日常のありふれた景色…?

そうだ。貴の作る歌詞はいつもそうだ。

自分やまわりの人が見ているような景色を言葉にして…。だから私はBREEZEの歌が、Blaze Futureの歌が好きなんだ。

 

「だから奈緒もね…」

 

「ありがとうございます。綾乃先輩。

私、やれそうな気が…いえ、やれると思います。私が好きなのは貴の歌ですから」

 

そうだ。そうなんです。

私は子供の頃から貴の歌を聞いてきた。ずっと好きで…。

そんな貴の歌を聞いて来た私だから。貴の側にいる私だから…。きっと私も大好きって思える歌詞を作れる。

 

「奈緒~。あたしも貴ちゃんの歌が大好きだから。あたしもお手伝いするからね~」

 

「ふふ、ありがとう♪盛夏♪」

 

私は何を迷ってたんだろ…。

綾乃先輩と盛夏の言葉で安心したのか…。

私が歌詞を書くこの企画バンド。

今は…さっきとは違ってすごく楽しみになってます。

 

私達は来夢ちゃんに向かうように言われた会議室の前に立っていた。

 

うん、もう何も不安な事はないです。

私は貴と同じバンドの、Blaze Futureのギタリスト。

そして、手塚さんのプロデュースするバンドのギターボーカル。

どっちも私のバンドです。どっちも私が大好きな、楽しんでやれるバンドにします。いえ、楽しんでバンドをやっていきます。

 

私は会議室のドアを開けました。

 

 

「……あ」

 

え?誰ですか?

 

私が会議室のドアを開けたその先には、会った事もない可愛い女の子。私と同い年くらいですかね?

そんな女の子が椅子に座っていた。

 

昨日の手塚さん達の話を思い出してみる。

 

 

『有希はギターボーカルとキーボードの2人バンドだからな。キーボードのヤツの名前は桐谷 亜美(きりたに あみ)。俺のバンドにはこいつを入れようと思っている』

 

 

あ、この子が桐谷 亜美ちゃんって子ですかね?

手塚さんの娘さんで…SCARLETのバンドのキーボード担当の女の子。

 

「ちょっ…マジで?え?Blaze Futureの奈緒さんに盛夏さん…?」

 

「お~。あたし達の事を知っているのか~。何だか有名人になった気分~」

 

「いや、SCARLETの本社にいる訳だし、私達の事は普通に知ってるんじゃ…」

 

でもこの子本当に手塚さんの言ってた桐谷さんかな?

手塚さんに全然似てないしすごく可愛い…。いや、本当に可愛い。サイドアップにしている髪がすごく似合ってます。

いやいや、そんな事考えてる場合じゃなくてですね。

 

「あ、すみません。あたし桐谷 亜美っていいます。

一応…SCARLETでバイトしながら、有希ちゃんとバンドやってます。あ、あたしのパートはキーボードでして…」

 

やっぱりこの子が手塚さんが言ってた…。

 

「おおー、はじめましてー。蓮見 盛夏と申します~。以後お見知りおきを~」

 

「も、もちろん存じています!あ、あのお父さん…あ、父に聞いたのですが、本当に奈緒さんと盛夏さんとあたし…同じバンドやれるんですか…?」

 

あ、桐谷さんも手塚さんから企画バンドの事を聞いてるのかな?ま、まぁ私達は盗み聞きな感じもしますけど…。

 

「亜美さんは奈緒と盛夏ちゃんとバンドやりたいって思ってるの?」

 

私と桐谷さんが話していると、綾乃先輩が私達の間に入ってきた。

 

「あ、Noble Fateの綾乃さんですか!?まどかさんと幼馴染みでありライバルという…あの…」

 

「え?う、うん、そうだけど私の事も知ってる感じかな?さすがSCARLETの事務員さん」

 

「ち!違います!いえ、SCARLETの事務員であるにはあるんですけど…。綾乃さんの演奏も先日聴かせて頂きした!あの…すごくパワフルでかっこよくて…!」

 

「Glitter Melodyのライブの日かな?

あの日来てくれてたんだね。ありがとう」

 

桐谷さんも綾乃さんのドラムを聴いた事はあるんですね。私達も桐谷さんの演奏を聴いてみたいなぁ。

 

「ねぇねぇ、桐谷さ~ん」

 

「は、はい?何ですか盛夏さん?あ、あたしの事は亜美でいいですよ!?」

 

「ん~、ならあたしの事も盛夏って呼びタメしてくれたら嬉しいかと~」

 

「うぇ!?ま、マジっすか!?あ、あたしもそれなら…あ、あの…せ、盛夏っ!」

 

あ、桐谷さんも呼びタメ大歓迎な感じですかね?

私も一緒にバンドやる訳ですし、奈緒って呼び捨てにしてもらえる方が嬉しいですし…。

 

よ、よし…。頑張れ私…!

 

「あ、あ~…、亜美も手塚さんから企画バンドの事を聞いてる感じかな?」

 

「な!?奈緒さん!?」

 

「ありゃ?違いましたかね?もしそうなら私も奈緒って呼びタメしてもらいたいなぁって思ったんですけど…」

 

「き、聞いてます!あたしも…あの、その…奈緒さん達と…」

 

「奈緒さん?ですかぁ…」

 

「ち、違っ、あ、奈緒と、せ、盛夏と…あの…」

 

あ、あははは。ちょ、ちょっと意地悪過ぎましかね?

 

「ありがと、亜美。これから私達は同じバンドとしてやっていく仲ですから…。よろしくお願いしますね♪」

 

「こ、こちらこそ…!な、奈緒。……よろしく」

 

「もう。奈緒と盛夏とばっかり。私の事も綾乃でいいからね。よろしくね、亜美」

 

「は、はい!い、いや、うん!綾乃!これからよろしく!」

 

亜美。ほんと可愛い子ですね。

これから仲良くやっていけそうです。

 

「って訳でさ?奈緒も私の事は綾乃でいいんだよ?いつまでも綾乃先輩って呼び方はさ?」

 

「あ、いえ、それは無理です。綾乃先輩は綾乃先輩ですので。ほら、まどか先輩も同じBlaze Futureでも先輩呼びですし」

 

「ほうほう。やっぱり奈緒は美緒のお姉ちゃんだよね~」

 

え?盛夏?何が?何でいきなり美緒の話が出てきたの?

 

 

 

 

「おう。みんな揃ってるみたいだな。待たせた」

 

私達が話をしていると手塚さんが部屋に入ってきた。

これから私達の…企画バンドの話が始まるんですね。

 

私達は4人並んで近くの席へ座った。

 

「ふぇぇぇ~…お腹空いたぁ~…」

 

盛夏は平常運転ですね。

 

「さて、ここに集まってもらったのは他でも…」

 

「お父さん…、いえ、手塚。ここのみんなは大体話の内容はわかってる。余計な前置きはいいから要件だけ話して」

 

手塚さんが話を始めようとしたけれど、それを亜美が割って話した。

 

「チッ…まぁいいか。いや、良くねぇな。桐谷 亜美。いくら父娘と言ってもSCARLET(ここ)では俺は上役でありお前は従業員だ。パパとは呼ばずに手塚さんと呼べ」

 

「パパと呼んだ覚えはないんだけど…?」

 

「何で佐倉 奈緒達も話の内容を知っているのかわかんねぇが…。まぁそれなら説明は適当に省かせてもらう」

 

そして手塚さんは私達に企画バンドの話をしてくれました。

 

SCARLETのタレントとしてのバンドである事。

私達がメインとしてやるネット番組をやる事。

私と盛夏はBlaze Future、綾乃先輩はNoble Fate、亜美は有希ちゃんとのバンドが一番である事。

この企画バンドの作詞作曲は私がやる事。

 

 

……は?

 

 

ちょ、ちょっと待って下さい!?

この企画バンドの作詞作曲は私がやるって何ですか!?

私がやるのは作詞だけじゃなかったんですか!!?

 

「と、まぁ、俺からの説明はそんなもんだ。何か質問はあるか?」

 

「はい!」

 

綾乃先輩もこの話をおかしいと思ってくれたんでしょう。昨日の盗み聞きしたお話では、手塚さんが作曲って事でしたもんね。

 

私の作詞はあっても、作曲はさすがに無いです。

そもそもそれでは手塚さんプロデュースという話がおかしくなりますもんね。

 

「北条 綾乃か?何だ?」

 

「お給料はどうなりますか!?」

 

え?お給料?

 

「ああ、そこは番組次第だな。もちろん撮影が入ったり、企画バンドのイベントで出演とかなったら出演料は払わせてもらう」

 

「よし…!頑張ろうね!奈緒、盛夏、亜美!」

 

いや、いやいやいや、そ、そりゃ頑張りますけどもね!?そういう話じゃなくないですか!?

 

「奈緒、気持ちはわかるよ~」

 

「せ、盛夏…?」

 

「あたしに任せとけ~♪」

 

さすが盛夏です!さすが私の親友です!!

 

「手塚さ~ん」

 

「ん?蓮見 盛夏か?何だ?」

 

「撮影とかなると時間も長くなると思うんですけど~?お腹空いちゃわないですかね~?」

 

ん?え?盛夏?お腹…?

 

「そこは安心しろ。ちゃんとロケ弁的なやつも出してやる。人気が出てきたらスーパーでデラックスなロケ弁にしてやろう」

 

「よ~し!スーパーでデラックスなロケ弁!奈緒~、綾乃~、亜美~頑張ろうねっ!」

 

ロケ弁!?ちがっ…違うよ盛夏!?

私が心配してたのはそこじゃないよ!?

 

「綾乃も盛夏も…奈緒の気持ちもちゃんと考えなきゃだよね…」

 

え?亜美?

 

「お父さんが迷惑掛けちゃってごめんなさい。奈緒の気持ち、わかってるよ」

 

ふぁぁぁ~!ありがとう亜美!

 

「手塚さん、あたしからもいいですか?」

 

「あ?何だ?」

 

「いつもいつも勝手な事ばかり言ってさ…」

 

「…質問は何だ?」

 

「あたし達の企画バンドの事…。バンド名はちゃんと決まってるんでしょうね?カッコ悪いバンド名は嫌だよ?」

 

え?バンド名?いや、確かに気になりますけど…。

 

私が亜美の方に目をやると、亜美はパチンと私にウインクをしてくれました。

 

いや、私が気になってたのはそれじゃありませんから…。盛夏も綾乃先輩も亜美もどうなってるの?

私が作詞作曲って事よりそっちが気になりますか?

 

「フフフ、お前らにぴったりのバンド名を考えてある。

Starglanz(スターグランツ)!グランツってのはドイツ語で輝きって意味だ。

お前らは1人1人が俺にとっての星だ!それぞれ1人1人に輝いてもらいたい!そう思って付けた名だ」

 

Starglanz…スターグランツですか。

響き的にも悪くないですし、私達が手塚さんにとっての星であって、その私達に輝いてほしいって気持ちも嬉しいです。

 

いやいやいや!違います違います!

確かにバンド名も気になる所ではありますが、私が気になってるのはそこじゃないです!

 

「あ、あの…手塚さん、ちょっといいですかね?」

 

私は手塚さんにちゃんと聞かないといけません。

 

昨日のそよ風での話では、私が作るのは歌詞だけだったはずです。曲は手塚さんが作るってお話でしたし私も作曲はさすがに自信はありません。

 

「佐倉 奈緒。お前の言いたい事はわかっている」

 

あ、良かった。

どうやら手塚さんもちゃんと私の言いたい事もわかってくれてるみたいです。

 

そりゃそうですよね。作詞ってだけでもかなりの無茶振りですのに、作曲までってなりますと…。

 

「フフフ、何故glanzだけドイツ語なのか?って事だろう?」

 

ん?は?え?ドイツ語?

 

「俺は15年前の戦いで左腕をやらかしちまってな。

もう左腕を動かすのは不可能とまで言われていた。だが、ドイツに航り、数回の手術と何年ものリハビリのおかげでな。

……もうギターを弾く事は出来ねぇが日常生活に支障がない程度には動かせるようになった」

 

は?え?あ、あぁ…貴達から手塚さんの左手の事はお聞きしていますけど…。

 

「その時にドイツ語ってかっこいいなって思ったしよ。敬意を込めてバンド名にドイツ語を入れてぇって思ったんだよ」

 

「父さん…グスッ」

 

え!?亜美!?

今の話って泣いちゃうお話だったですか!?

 

「グスッ、手塚さんは…私達のバン…バンド…に…うぅ…」

 

いやいやいや、待って下さい綾乃先輩。

何で綾乃先輩も泣いちゃってるんですか?おかしくないですかね?

 

「お腹…空いたぁ~…」

 

あ、盛夏は正常運転だった。良かった。

ちょっと私がおかしいのかな?とか思っちゃったじゃないですか。

 

「あの~…バンド名はいいとしまして~。

私が聞きたいのは…」

 

「クッ…グスッ…何だ?佐倉 奈緒」

 

いや、何で手塚さんも泣いちゃってるんですか?

もうハッキリ言っちゃった方がいいですかね…。

 

「私達でバンドをやる。

それはわかりました。いえ、わかってます。貴や梓さん、手塚さんの気持ちも」

 

それは私もわかってるんです。

貴にバンドをやろうと言ったのは私。

貴もやってくれると言ってくれて始まった私達のBlaze Future。

 

だけど貴の作ってくれる音楽は、私達Blaze Futureの音楽で…。

 

貴自身がどう考えているのか、この前までは私にはわかりませんでした。

 

BREEZEとは違う音楽でやりたいのか。

BREEZEでやりたかった音楽をやれないのか。

貴のやりたい音楽が今のBlaze Futureなのか。

 

でも、今はわかる気がします。わかっているだけなのかも知れませんが…。

 

「私は、私達Starglanzで音楽をやるなら、私達がやってて楽しいと思える音楽をやりたいです。貴がそう思ってBlaze Futureをやってくれているように」

 

「奈緒…?」

 

盛夏が私の方を心配そうな顔で見て来た。

大丈夫だよ盛夏。

 

「佐倉 奈緒。お前は何が言いたい?ハッキリ言ってみろ」

 

手塚さんに声を掛けられた私は、手塚さんの目を見てハッキリと…

私のやりたい気持ちを素直に伝えた。

 

「手塚さんや貴、梓さんも…。私の歌を誉めて下さってありがたいと思ってます。ですが…。

私のやりたい音楽は私がやりたい音楽じゃなくて、私達でやりたい音楽なんです」

 

「そうか…。それで?」

 

「手塚さんが企画をして下さったこの試み。

すごく楽しそうだと思います。私達で思いっきり楽しんで…やっていきたいと思っています。

そんな機会を設けて頂いて、本当に感謝しています。ありがとうございます」

 

「そ、そんな改まって言われると照れちまうな」

 

「ですが…」

 

「ですが?…何だ?」

 

私はまずは感謝の気持ちを伝えました。その気持ちは本物だから。

……だけど、それはそれ。これはこれなんです。

 

「な、何で私の作詞作曲なんですかね?って思いまして…」

 

「あ?作詞作曲?」

 

「え、ええ。先程手塚さんはこのバンドの作詞作曲は私がやるみたいに言ってましたような…」

 

「ああ、その事か。

フッ、まずはこれを見てもらおうか」

 

そう言って手塚さんは私達の前に、丁寧にファイリングされた紙の束を見せてきた。

 

 

 

『バンドやりまっしょい!GIRLS SIDE(ガールズサイド)企画書』

 

 

 

………え?何ですかこれ?

 

「フフ、驚きのあまり声も出ないようだな」

 

いや、そりゃ驚きですよ。

何ですかこれ?私の作詞作曲って話の事を聞きたかっただけですのに、何でバンやりの企画書が?

 

「ば~んど~やりまっしょい~!が~るずさいど~?

バンやりの女性版?」

 

「バンドやりまっしょい!って奈緒や花音が好きなゲームの事?」

 

「お父さん?何これ?」

 

「あの…手塚さん?これって…?」

 

「夕べ、タカや梓と企画バンドの話をしていてな。

思いついてしまったんだ。俺のバンド、タカのバンド、梓のバンド、澄香のバンドはガールズバンドだってな」

 

ん?え?

 

手塚さんのバンドは私と盛夏と綾乃先輩と亜美。

タカのバンドは理奈と有希さんと双葉ちゃんと香菜。

梓さんのバンドは奈緒と睦月ちゃんと姫咲ちゃんと恵美ちゃん。

澄香さんのバンドは美緒と志保と栞ちゃんと明日香ちゃん。

 

確かにみんなガールズバンドですね。

でもそれが何故バンやりガールズサイドに?

いえ、そもそも私の作詞作曲に…?

 

「フフフ、このガールズバンドで、バンドやりまっしょい!のガールズサイドとして新規にゲームを作る。

その『バンやりGS(ばんやりじーえす)』ならお前らの曲を発表するいい場にもなるし、それ関係でイベントもやれる!声優としてお前らを起用すればコストも最小限に抑えられるしな!」

 

え?は?

 

「金の匂いがしてきやがったぜ…!」

 

ちょっと待って下さい。頭が追い付きません。

私が…声優…?

 

「お、お父さんは何をとちくるった事を言ってるの!?」

 

「あ?亜美…いや、桐谷。お前は反対か?」

 

「あ、当たり前じゃない!声優とかゲームとか何よ!

ちょっと盛夏も言ってあげて!」

 

「ふっふっふ~。いや~、盛夏ちゃんもとうとう声優さんとしてデビューする時が来ちゃいましたか~。

わかる、わかるよ~。あたしもそんな才能があると思ってたんだよね~」

 

「え?せ、盛夏?何を言ってるの?あ、綾乃も何か言ってやってよ!」

 

「これはもしかしたら声優としてもお給料を貰えるチャンス?このバンドでイベントとかもするなら出演料も…ブツブツ」

 

「あ、綾乃?あ、え…っと…。な、奈緒!奈緒ならきっと…」

 

亜美…。

うん、亜美の言いたい事はわかってますよ。

このゲームだけの話だとは思いますが、私達が声優をやるだなんて。

 

いきなり何なんですかね?

 

 

「手塚さん。このお話、是非お受けさせて頂きます!」

 

 

子供の頃からずっとアニメを観てきて、やってみたいと思い幼心に描いていた声優という夢。

まさかこんな所でその夢が叶う時が来ようとしているとは…。

 

私は手塚さんに力強く答えた。

 

「え?な、奈緒…?」

 

「本当か!?佐倉 奈緒!?」

 

「はい!もちろん本気です!!是非!!」

 

「いやー、良かったぜ。本当はこの企画バンドの作曲は俺がやろうと思ってたんだけどよ。

バンやりGSの企画を思い付いちまったからな。俺はこっちの作業や企画も忙しくなりそうだからよ」

 

あ、なるほど。それで私が作詞も作曲もやるという訳ですか。

 

「もちろんお前の曲の編曲や譜面に起こす作業とかな。ダメ出しやアドバイスはしっかりやるつもりだ」

 

「ありがとうございます。この企画。絶対成功させましょう!」

 

「ちょ……奈緒…?マジなの?お父さんの企画…マジでやるの…?」

 

亜美が何かを言っているようでしたが、私は手塚さんに力強くやると意思を伝えました。

 

これから私のバンド、Blaze Futureももちろんですが、Starglanzとしても…夢だった声優さんとしても頑張っていくつもりです!

 

 

 

その決意が後日私の作詞作曲作業に頭を悩ませる事になるのはまた別のお話…。



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第18話 二周年記念

「お?どうやら今回は俺の出番らしいな!

二周年記念日って大事な日に、俺のモノローグとか主人公はやっぱり俺って感じだよな!」

 

「渉は何を言ってるの?二周年って何の事?」

 

「拓実。これは渉のいつものメタ発言だ。あまり関わらない方がいい。そして渉、少し自重しろ」

 

「うん。亮くんの言う通りだよ。それに去年の一周年記念は渚さんだったし、まだボク達Ailes Flammeの台詞があるだけで、渉くんのモノローグは語られてないよね」

 

「え?あ、ほんとだ。シフォンの言う通りだ。

まだ俺も台詞言ってるだけで、モノローグに入ってねぇ」

 

などと、いきなりな感じで二周年記念が開始されるのであった。

 

 

良かったぁ。実は俺のモノローグじゃなかったりして?とか思ったけど、今回はしっかり俺のモノローグだったな。

 

俺の名前は江口 渉。

Ailes Flammeってバンドでボーカルをやっている。

 

本来なら今回も企画バンドの話になる予定だったんだけどな。せっかくの二周年記念日だから特別編をお送りする予定だ!

 

ってかあれだよな。

俺達Ailes Flamme、Blaze Future、Canoro Felice、Dival編からの特別編(南国DEギグ編)を経ての一周年だったのに、一周年から二周年までの一年って全然話が進んでないよな!

 

そもそも伏線回収やら矛盾点を払拭する為に企画バンド編とかやり出すもんだから、ネタに行き詰まってなかなか更新が……

 

「渉くん!ストップ!!」

 

「わ!?ビックリした!

どうしたんだシフォン?」

 

「さっき亮くんも言ってたけど、そういうメタ的な発言は止めといた方がいいよ?それよりほら!せっかくの二周年記念なんだから、なんかそれっぽいお話をしようよ!」

 

「お?おう!そうだな!せっかくの二周年記念だし、俺のモノローグ回だしな!」

 

「くっ…あんま渉の話に関わらない方がいいと思っていたが、このままこいつに任せてたんじゃカオスになっちまうか…」

 

「あ~…確かに亮の言う通りだね。このまま何もせず平和に終わってくれたら良かったんだけど…僕らでサポートするしかないか…」

 

へへへ、せっかくの二周年記念だもんなぁ~。

何の話にするかなぁ~。

 

「ってかそもそもさ?確かにこの物語が始まって二周年に突入した訳だけど、思いっきり中途半端な展開だよね。渉みたいなメタ的な発言はあんまりしたくないんだけど、今は企画バンドの話のめちゃ途中でしょ?」

 

「ああ、拓実の言う通りだな。オレも渉みたいなメタ発言はあんまりしたくないんだが、澄香さんの企画バンドの話、拓斗さん達の企画バンドの話、そして貴さんの企画バンドの話があって、その次が二周年だもんな」

 

「ボクも渉くんみたいなメタ的な発言はしたくないんだけど、次のお話も一応執筆中みたいだよ?そっちを先に仕上げちゃえば良かったのにね?」

 

「なぁ?さっきから亮も拓実もシフォンも何を言ってるんだ?企画バンドって何の事だ?とりあえず今は二周年記念の話をしようぜ!」

 

「こ…こいつ…今更…」

 

「亮、諦めよう?」

 

「そうだね。このまま大人しく二周年のお話しちゃおうよ。きっとそれが一番平和だよ」

 

「そ、そうだな。

おい渉。それでこの二周年記念ってのはどんな話をするつもりなんだ?」

 

「ああ!それな!」

 

「それなって…渉?ちゃんと考えてる?」

 

そっか。ただこのままダベって終わるとかないよな。

何か斬新かつこれぞバンドだぜ!って感じにしたいよな。

 

「じゃあこんなのどうだ!?

俺達ファントムのバンドメンバーのプロフィールを発表するとか!」

 

「おい、それは去年渚さんがやったやつじゃないか?」

 

「そうだよ。去年と被っちゃってるじゃん…」

 

「全然斬新じゃないよね」

 

くっ…確かに去年ねーちゃん達がそんなのやってたけど、1年前からはメンバーも増え…

 

「増えてないよ?」

 

ああ、そういや増えてないな。

それにしてもやっぱり俺のモノローグは筒抜けなんだな。

 

「なぁ、ならこんなのどうだ?シフォンの日常を赤裸々に発表しちゃうとか」

 

「ごめん亮。それが冗談じゃなかったら、僕はかなりドン引きしちゃうよ」

 

「ははは、なら俺の日常を赤裸々に発表しちゃうか!」

 

「それは需要ねぇんじゃねぇか?」

 

何だと!?シフォンなら良くて俺はダメだってのか!?

 

「う~ん…」

 

「どうしたシフォン?赤裸々に発表してくれる気になったか?」

 

「いや、そういえばみんながどのタイミングで、どうやってボクの正体が遊太だって気付いたのか!?とか、気になる事はあるんだけどね?evokeにゲスト出演させてもらうちょっと前とか聞いてないしさ」

 

「うん。シフォンが井上くんだって気付いたのはその時期くらいだよ」

 

「うん。でもまぁ、それはまた個人的に聞いたのでいいかな?って思うんだよね。こんな時にするような話でもなさそうだし?」

 

ん?そうなのか?

まぁ、俺もシフォンが井上だって気付いたのは、そんくらいの時だって事しか覚えてないんだけどな。

 

「それで?ならシフォンはどんな話がいいと思ってるんだ?あ、まさかオレとの将来的な話か?」

 

「将来?うん、まぁ将来的にもボクはAiles Flammeをやっていきたいと思ってるよ」

 

ああ、俺もこれからもずっとAiles Flammeをやっていきてぇ。

けど、亮の言う将来ってのはバンドの事じゃないんだろうな…。

 

「あ、それでね。ボク去年の一周年記念のやつを読み直してみたんだけどさ」

 

今回はみんなメタ発言してるよな。

 

「ボク達ファントムのバンドの情報はあんまり無かったなぁって思ったんだよね」

 

「「「バンドの情報?」」」

 

「うん。長いお話にはならないと思うけどさ?

Ailes Flammeは誰が作詞作曲してるかとか、Blaze Futureは誰が作詞作曲してるかとかね」

 

「ああ、そういう事か。

まぁ、大した話にはならないとは思うけど、企画バンドの話の合間の二周年記念って感じだしそんなもんでいいかもな」

 

「でしょ?あんまり凝った話をして二周年記念日に間に合わなかったら元も子もないしさ」

 

あ~…。

さっきまでは『今日が二周年記念日だよ!』って感じで話してたのに、とうとう間に合わなかったら大変みたいな事を言っちゃったか…。

 

「そうだね。シフォンの言う通り僕もそれでいいと思うよ。じゃあ早速だけどAiles Flammeからいこうか」

 

「ああ…そうだな…」

 

「おりょ?渉くんどうしたのかな?元気ない?」

 

「あれじゃねぇか?さっきまで二周年記念って気合い入れてたのに、そんな長い話になりそうにないから拗ねてんじゃねぇか?」

 

「各バンドの作詞作曲が誰かって話は割といいと思うけどね。この物語で出てくるのはタイトルだけだし、誰が作詞してるかとか、キャラの性格や雰囲気でどんな曲なのか想像もしやすくなるかも知れないし?」

 

え~…そんな事ってあるかなぁ?

まぁ、いいか…。俺も他にこんな話がいいとか思い付かねーしな。

 

「よし!シフォンの案でいこう。まずはAiles Flammeな!

Ailes Flamme。作曲は秦野 亮!作詞は今のところは俺、江口 渉とシフォンだけだけど、今後は秦野 亮、内山 拓実が作詞した曲も増えていく予定だ!」

 

こんな感じでいいかな?

ってか、Ailes Flammeの曲はまだ少ないから、この曲は誰の作詞で~とか全部言えるけど、evokeやFABULOUS PERFUMEは曲数が多いから無理だしな。

 

「うんうん!じゃんじゃんいっちゃお~!

次はたか兄達のBlaze Futureだね!」

 

「そうだな。

Blaze Future。作詞作曲はにーちゃんこと葉川 貴!

それとは別ににーちゃんがボーカルをやらない時用に、各メンバーのソロ曲があって、ソロ曲は各々のメンバーが作詞作曲をしている!」

 

「ソロ曲は各々のメンバーがって…なんか雑だな。

Ailes Flammeの時はフルネームだったのに…」

 

「別にいいだろ?これから言うCanoro Feliceは全部松岡パイセンの作詞作曲だろ?そしたら春さん達の名前は出ないし、Divalだって作詞作曲全部理奈ねーちゃんじゃねぇか」

 

「ああ…渉がCanoro FeliceとDivalの作詞者と作曲者を雑に…」

 

「渉くん!ちゃんと仕切り直して!」

 

え~…まぁ、確かにさっきのは雑過ぎだもんな…。

 

「よし、次はCanoro Feliceな!

Canoro Felice。作詞作曲は松岡パイセンこと松岡 冬馬。

あ、でもこれってこれくらいしか言う事無くねぇか?」

 

「もう!渉くんは!次はボクが発表するよ!

Dival。作詞作曲は氷川 理奈。

志保も作詞作曲は出来るみたいだけど、渚さんの声には理奈さんの曲の方が合うみたいだから、今のところは志保の曲はないみたい」

 

お?そうなのか?雨宮も作詞作曲やるって聞いてたけど、そういう理由があるから理奈ねーちゃんの曲ばっかりなのか。

 

「そしてevoke。作詞作曲は主に日高 響。

たまに作詞に豊永 奏、作曲に折原 結弦。

鳴海さんは基本ノータッチみたいだね」

 

へー、そうなのか。

まさか響さんが作詞作曲してたなんてなぁ。

てか、俺って今更知る事多すぎねぇ?

 

「Noble Fate。

作詞は大西 花音。作曲は木南 真希。

さ、次はFABULOUS PERFUMEだね。続きはそうだなぁ~…拓実くん!お願い!」

 

「え?ぼ、僕?僕より亮の方がいいんじゃ…」

 

「オレは楽出来そうだから拓実でいいと思うぞ?」

 

「え~…楽出来そうだからって…。

わかったよ。僕がやるよ。

FABULOUS PERFUME。

作詞は小暮 沙織と茅野 双葉。作曲は茅野 双葉。

FABULOUS PERFUMEは小暮さんと茅野先輩で詞を作って、それに茅野先輩が曲をあてるって感じみたいだね」

 

FABULOUS PERFUMEは作詞してから曲か。

俺達Ailes Flammeとは逆なんだな。

 

「Glitter Melody。

作詞作曲のほとんどは佐倉 美緒。

でも睦月ちゃんも作詞作曲する事もあるみたいだし、恵美ちゃんが作詞、藤川さんが作曲をやる事もあるみたいだよ」

 

Glitter Melodyはそんな感じなのか。

恵美が作詞をなぁ~。俺も負けてらんねぇな。

 

「そしてLazy Wind。

今は作詞作曲全部が宮野 拓斗。

でも拓斗さんが言ってたんだけど、これからは架純さんがボーカルをやる機会を増やしていきたいみたいで、その時は架純さんに作詞、観月さんに作曲をしてもらう機会も増やしたいみたいだよ」

 

「お?そうなのか?拓斗にーちゃんってボーカル辞めるのか?」

 

「ううん。ボーカルを辞めるって訳じゃないみたいだよ。架純さんにも歌ってもらうって感じみたい。それに架純さんが歌う曲の作詞作曲にしても、拓斗さんがメインでやっていくらしいし」

 

「ああ。なるほどな。

架純さんが歌う曲のうち何曲かは観月や架純さんにも、作詞と作曲をやってもらいたいって事か。てか、お前Lazy Windの情報に詳しいな」

 

「あ、あはは。たまに拓斗さんにベース教えてもらってるから」

 

「へぇ、お前拓斗さんとそんな仲良くなってたのか。

じゃ、最後はオレがいくか。えっと、SCARLETのバンドな」

 

ん?SCARLETのバンド…?

 

「………そういや渉、拓実、シフォン。

誰かSCARLETのバンドのバンド名知ってるか?」

 

………そういや聞いた事ねぇな。

 

「ふぇ?SCARLETのバンドってSCARLETってバンド名じゃないの?」

 

「え?そうなのかな?僕は知らないけど…」

 

「今度聞いておくか…。

とりあえずSCARLETのバンドな。あそこの作詞作曲は手塚 智史。

手塚さんって作詞は苦手みたいに言ってたけど、SCARLETのバンドの作詞はやってんだな」

 

おい!亮!それはメタ発言だぞ!

その話は俺達は知らないはずだからなっ!

 

「まぁこんなもんだな。あっさり終わってしまったな」

 

「そうだね。ここからどうやってオチをつけるのかわからないけど、やりきった感……もあんまりないね」

 

シフォン!これからオチをつけるみたいな感じになってハードル上がっちまったじゃねーか!

どうすんの!?ほんとこれからどうすんの!?

 

そうしてこの二周年記念の幕は閉じるのであった。

 

え!?閉じちゃうの!?



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第19話 梓の場合

久しぶりの更新です!
時間が開きすぎてしまって、本当に申し訳ございません…


私の名前は水瀬 渚。

今、SCARLETの本社にある社員食堂で、ファントムのバンドメンバーと一緒に居る。

 

そう。今日は昨日、居酒屋そよ風で盗み聞きした…あ、言葉のチョイスを間違えちゃったね。

居酒屋そよ風に行った時に小耳に挟んだお話。

 

SCARLETに所属するバンドメンバーをシャッフルした企画バンドの話があるはずなのだ。

 

なのに何で梓お姉ちゃんや先輩達は先に呼ばれたんだろ?昨日の話では決まらなかった事とかあるのかな?

 

「渚さん!」

 

「ん?睦月ちゃん…?」

 

私達はSCARLETの社員食堂で、私の妹でもある来夢からお呼びが掛かるまで待機なのだけど、ボケーっと考え事をしていたら、Glitter Melodyのギタリストである永田 睦月ちゃんが話し掛けてきた。

 

「美緒から軽く話は聞きました。あたしと恵美は渚さんと同じバンドでやっていくんだって事」

 

「あ、あはは。睦月ちゃん…バンドをやっていくって言っても、SCARLETの企画バンドとしてだから。渚さん、これから改めてよろしくお願いしますね」

 

睦月ちゃんと一緒にGlitter Melodyのドラムス、松原 恵美ちゃんも私の所に来てくれた。

睦月ちゃんは翔子お姉ちゃんのギタリストとしての後継者。

恵美ちゃんは日奈子お姉ちゃんに憧れてって言っていたけど、私はArtemisの演奏は見た事ないしなぁ。

恵美ちゃんの演奏は見た目とは違ってすごくパワフルだった。香菜とはまた違うサウンド…。

 

「うん、睦月ちゃんも恵美ちゃんもよろしくね!」

 

そして私は梓お姉ちゃんが選んでくれた、Artemisのボーカル木原 梓の後継者。

梓お姉ちゃんのランダムスターを託してくれた先輩の期待にも応える為にも、私はDivalとしてだけじゃなく梓お姉ちゃんの企画バンドも頑張らなくっちゃ。

 

「あ、姫咲さん!姫咲さんにも挨拶行かなきゃ!」

 

「え?あ、睦月ちゃん、ちょっと待ってー」

 

そう言って睦月ちゃんと恵美ちゃんは行ってしまった。

姫咲ちゃんは澄香お姉ちゃんの後継者。

 

私達の企画バンドはArtemisの後継的なバンドなんだ。

 

 

………待って。

本当にそれでいいのかな?

 

 

私はキュアトロのライブに行って元気を貰って、そしてバンドやライブって最高に楽しいものだと思った。

 

仕事で疲れた時はライブに行って、ライブに行けない時には音楽を聞いて…。

 

そして志保と出会ってバンドをやりたいと思ってバンドを始めて…。

 

 

 

Artemisの後継的なバンドだから頑張らなきゃいけない?

ファントムに所属してるバンドだから、タレントとしての活動も頑張らなきゃいけない?

梓お姉ちゃんに選んでもらえたから頑張りたい?

 

 

……違う。どれも違うよ。

 

 

私は頑張らなきゃって思うバンドをやりたい訳じゃ…。

 

 

 

 

「Canoro Felice以外で…バンド活動…ですか」

 

「うん。秋月さんもやろうよ。絶対楽しいから」

 

「む、睦月ちゃん、誘うなら美緒ちゃんが説明してくれたみたいにもう少し具体的に…ね?」

 

睦月ちゃんと恵美ちゃんはこの企画バンドをやりたい感じかな?

昨日梓お姉ちゃん達の話を聞いてた時は私もやりたいって思ってたけど…。

 

「梓さんが私の事を澄香さんの後継者として、選んで下さったのはありがたいと思います。ですが…」

 

ん?姫咲ちゃんはやりたい訳じゃないのかな?

 

「私はCanoro Feliceが大好きです。Canoro Feliceのベーシストとして演奏している事に誇りを持っています。

いえ、この言い方では少し語弊がありますわね。

Canoro Feliceを私の誇りあるバンドにしたいと思っています。ですから今は他のバンドで演奏…というのは考えていませんわ」

 

姫咲ちゃん…。

そっか。Canoro Feliceとしての誇り…か。

 

さっから胸の中にあった変なモヤモヤ。

あれはきっとそういう事なんだ…。

私のDivalとしての誇り。私のバンドは志保と理奈と香菜と一緒のDivalなんだもん。

 

「でもそれはそれですわね。SCARLETに所属すると決めた時からこういう企画もやる事になるとは思っていましたし、是非、梓さんの企画バンドもやらせて頂きますわ!」

 

え!?え!?姫咲ちゃん!?

誇りは!?さっきのCanoro Feliceの誇りの話はどうなったの!?

 

「良かった。秋月さんもやる気で」

 

「あはは、そうだね。私もこの企画バンドは面白そうって思ってます。秋月さん、これからもよろしくお願いしますね」

 

「はい♪」

 

え、えええええ…。

そ、そりゃ私も梓お姉ちゃんに選んでもらえたって、昨日までは浮かれてた訳だし、この企画バンドも面白そうとは思ってるけど…。

 

 

 

私が色々考え過ぎなのかな?

 

 

 

志保も澄香お姉ちゃんのバンドを楽しみにしてるみたいだったし、理奈も香菜も先輩の…。

 

 

「ガラガラガラ…ピシャッ」

 

 

私達の居る会議室の扉が開かれ、梓お姉ちゃんが扉の開閉音を口にしながら入って来た。

 

 

「ハロー!エブリワン!」

 

……ん?え?ハロー?

 

「ありゃ?なっちゃんも睦月ちゃんも姫咲ちゃんも恵美ちゃんも!ちゃんと挨拶には挨拶を返さないとダメだよ!」

 

挨拶?え?ああ確かに挨拶は大事だけど…。

 

「じゃあもう一回ね。

ハロー!エブリワン!」

 

「「「「ハ、ハロー…」」」」

 

「うんうん!まぁオッケーオッケー!みんな揃ってるね!」

 

え?何なの一体……梓お姉ちゃん…?

 

「早速だけどみんな集まってくれるかな?」

 

さっきの挨拶は何だったんだろう?

とりあえず私達は梓お姉ちゃんの前に集まった。

 

これから梓お姉ちゃんから企画バンドの話があるんだろうけど……私はどうするのが一番いいのかな…?

 

「なっちゃん」

 

ん?え?私?

 

「まずはなっちゃんからね。

なっちゃんはね。まだまだ歌下手くそだよね(笑)」

 

………え?梓お姉ちゃん???

 

歌下手くそ…?え?

(笑)?かっこわらいって何?

 

「次は睦月ちゃん」

 

「え?はい?あたし?」

 

梓お姉ちゃん…?な、何なの…?

 

「睦月ちゃんのギターは翔子の真似っこだよね?」

 

「翔子ちゃんの…真似っこ…?」

 

「うん。翔子の弾き方とすごく似てる!あたしもビックリしちゃった」

 

「え?あ、ありがとう?ございます?」

 

「でもただの真似っこ。翔子の方が全然すごい」

 

「…え?」

 

睦月ちゃんの演奏が翔子お姉ちゃんの真似っこ?

私の歌の事もだけど、梓お姉ちゃんいきなりどうしたの?

 

「次は姫咲ちゃん!

姫咲ちゃんは澄香にベースを教わってたの?」

 

「あ、わ、私ですか?」

 

「うん。澄香が姫咲ちゃんは後継者だって言ってたから」

 

「あ、は、はい。澄香さんにベースを教わってましたわ」

 

「その割には澄香っぽくないよね。澄香の弾き方には似てるけどあのパワフル感が無いよ」

 

「え?」

 

梓…お姉ちゃん…?

 

「ラストは恵美ちゃん!」

 

「は、はい…!」

 

「恵美ちゃんは別に日奈子の後継者って訳じゃないよね」

 

「は…はい…日奈子さんのパフォーマンスは…参考にさせて頂いてますが…」

 

「全然ダメダメだよ」

 

「ダメ…ですか?…す、すみません…」

 

「え!?

い、いや、謝らないで…!?

そ、その…あれだよ?あれがあれであれだから」

 

「はい?」

 

梓お姉ちゃん…?本当にどうして…?

 

私達の演奏の事を悪く言おうとしてる?

何でそんな事を…。

いや、でもそれはそれとして恵美ちゃんへのダメ出しは雑じゃない?ダメな所が思い付かなかったのかな?

 

「あの…あれだよあれ…」

 

「あ、梓さん…?」

 

「あ、あれ!あれだよ!

日奈子はそんな可愛い性格じゃないし!

もうあの子いつも勝手なパフォーマンスばかりだったしさ!恵美ちゃんは…その…真面目!」

 

無理矢理過ぎない?

 

「あ、梓さん…?そ、その…真面目って…」

 

「梓ちゃんってあれだね。あんまり悪く言いたくないけど語彙力全然無いし…あの…あれだね?」

 

「睦月さん…あんまりそういう事を本人の前で言うものじゃありませんわ。見ていて…可哀想にはなりますが…」

 

「え!?可哀想!?」

 

あ、うん。そうだよね。

ちょっとお芝居なのか何なのかは今の状況じゃわからないけど…。

 

「睦月ちゃんも秋月さんもハッキリそう言うのは梓さんに失礼だよ?これでもあたし達の事を考えてくれての言葉だと思うし…」

 

やっぱり…。みんなも気付いたんだね。

そりゃ気付くよね。

梓お姉ちゃんは何の考えがあるのかわからないけど、私達をわざと悪く言ってるようにしか思えないもん。

 

てかわざとらしさが前面に出過ぎちゃってるよ…。

 

「梓ちゃん。そんな話はどうでもいいよ。

それよりあたしは梓ちゃんの考えたっていう企画バンドの話を聞きたい」

 

「睦月ちゃん、ダメだよ。

これってきっと梓さんが色々あたし達の事を考えてきてくれた上でのお話だと思うし」

 

意外と恵美ちゃんも言うよね。

 

「え、えっと…もしかしてみんな企画バンドの話を知ってたりする…?」

 

あ、あ~…そこか。うん、そこね。

ごめんね梓お姉ちゃん。みんなその話は知ってるんだよ…。

 

「え?なっちゃんも睦月ちゃんも姫咲ちゃんも恵美ちゃんも無言なの?え?何で?」

 

な、何て言えばいいんだろう?

まさか昨日の話を盗み聞きしてましたとか言えないしなぁ…。

 

「あ、それね。そこからね。

昨日、梓ちゃん達がしてた話を美緒や渚さんが盗み聞きしてくれてて。それであたし達も教えてもらった感じかな」

 

え?睦月ちゃんそれ言っちゃうの!?

しかも私の名前も出しちゃうの!?

 

「あー、あー?

あ!そっかそっか!

そう言えば晴香ちゃんが店内用のトランシーバーで盗み聞きするって言ってたっけ」

 

そう言った梓お姉ちゃんは私達の方を見て…

 

「なっちゃんも睦月ちゃんも姫咲ちゃんも恵美ちゃんも

この企画バンドの話を知ってるならこんな話をしても意味ないか…」

 

そして梓お姉ちゃんは私達の顔を見回してこう言った。

 

「あたしはみんなの事をね。

あたし達のArtemisのそれぞれの後継者みたいな気持ちでいるんだよ」

 

梓お姉ちゃん…。

私達がArtemisの後継者…。

梓お姉ちゃんにそう言ってもらえるのは嬉しいよ。

 

でも私、梓お姉ちゃんのライブとか見た事ないんだけどね…。曲も美緒ちゃんに聞かせてもらっただけだし…。

 

「睦月ちゃんは翔子にギターを習って、翔子の影響を受けて…」

 

「あ、梓ちゃん?あ、うん。あたしもそう言ってもらえて嬉しいです」

 

睦月ちゃん…。

睦月ちゃんも翔子お姉ちゃんに子供の頃からギターを教わってたんだもんね。

 

「姫咲ちゃんはちょっと演奏見せてもらっただけだけど、澄香にすごく似てる。澄香の演奏を思い出したよ」

 

姫咲ちゃんはキュアトロのユキホちゃんに憧れてベースをやり始めたって聞いたけど、やっぱり澄香お姉ちゃんにベースを教わってただけあって、澄香お姉ちゃんに似てるのかな…?

 

「恵美ちゃんは……

なっちゃんもだけど私達の演奏に影響受けてとか、私達に教えてもらってたわけじゃないよね。どうしよっかな…?」

 

梓お姉ちゃん!?

どうしよっかなって何!?え!?私と恵美ちゃん雑過ぎない!?

 

「待って下さいっ!」

 

「あ、え、恵美ちゃん?どうしたの?」

 

恵美ちゃん…。

 

「あ、あたしも日奈子さんのパワフルな演奏に憧れてドラマーになった訳ですし、あたし達に演奏を教えてくれたのは神原先生ですし、あたしもArtemisの影響を…!」

 

え!?恵美ちゃん!?そこなの!?

いや、そこはどうでも…いや、よくないのかな?

 

「あ、そっか。恵美ちゃんも翔子の教え子だもんね。

あ!それならなっちゃんもあたしの教え子だよね!ヲタ的な事とか!」

 

そこはどうでもいいよ梓お姉ちゃん!

ほら、睦月ちゃんも姫咲ちゃんも恵美ちゃんも私達の方を見てるよ!?

 

「でもね。なっちゃん達はあたし達Artemisの後継者って訳じゃない。なっちゃん達にはなっちゃん達のバンドや音楽があるんだよ」

 

梓お姉ちゃん!?ちょっと待って!

何かいい事を言ってる風だけど、さっきのヲタ的な事とかそういう発言で全部台無しだよ!?

 

「なっちゃんはDivalのボーカリストとして。

姫咲ちゃんはCanoro Feliceのベーシストとして。

睦月ちゃんと恵美ちゃんはGlitter Melodyのバンドマンとして…」

 

梓お姉ちゃん!

だからみんなもう梓お姉ちゃんの話を真剣に聞く雰囲気じゃないよ!?

 

「みんなには後継者じゃなくて、あたし達を越えるバンドマンになってほしい」

 

梓お姉ちゃん…。

その…気持ちは嬉しいんだよ?でもね…。

 

「うん。梓ちゃんの言いたい事はわかってる。

結構いい事を言ってる風を装ってるけど、ここにいるみんなそれはわかってるんじゃないかな?」

 

「え?睦月ちゃん…?」

 

「私もわかってますわ。

澄香さんを越える。今まで考えた事が無かった訳ではありませんが…」

 

「うん。秋月さんの言う通りだよね。

あたしもArtemisを越えるって考えた事無いわけじゃないですけど、あたし達は越えなきゃいけない。あたし達の音楽を伝える為に!」

 

「き、姫咲ちゃん?恵美ちゃん…?」

 

「梓お姉ちゃん…ご、ごめんね。

色々考えてくれたんだとは思うけど…。あの、その…」

 

ああ…何て言えば梓お姉ちゃんを傷付けずにお話出来るかな?

 

「なっちゃん…も…?え?もしかして…みんな…」

 

「「「「梓お姉ちゃん(さん)(ちゃん)の言いたい事はわかってるよ。みんなで越えるよ、ArtemisもBREEZEもクリムゾンも!」」」」

 

「みんな……。

ねぇ?これってあたしってピエロだったの?みんなわかっててあたしの対応を楽しんでたとかなの…?」

 

 

 

 

私達の企画バンドの話は終わった。

 

私達のバンド名はTwinkle Party(トゥインクル パーティー)というらしい。

一生懸命考えてくれたバンド名なんだろうけど…。

 

 

『あ、あの…それでですね…。あたしの企画バンド…みんなのバンド名なんだけどね。Twinkle Partyって書いてトゥインクル パーティーとか考えて来ちゃってたりね…』

 

『Twinkle Partyですか。素晴らしい名前ですわ!

梓さんこのTwinkle Partyというバンド名にはどのような想いが?』

 

『え?姫咲さん?本当にそう思ってます?』

 

『いえ、安直なネーミングだとは思いますが、これ以上梓さんに恥をかかせるわけには…』

 

『うわぁぁぁぁぁん!』

 

そう言って梓お姉ちゃんは泣き出してしまった。

 

 

まぁしょうがないよね。

私達みんな企画バンドの話は知ってた訳だし…。

 

私はそんな事を考えながら、SCARLETの本社前で立っていた。

 

志保は澄香お姉ちゃんの企画バンドメンバーとこれからそよ風でご飯らしい。澄香お姉ちゃんは参加出来ないらしいけど…。

 

奈緒は盛夏とご飯に行っちゃって、理奈は香菜と有希さんと双葉ちゃんとでこれからスタジオミルフィーユで練習だそうだ。

 

来夢はまだ仕事があるみたいだし…。

私はこれって梓お姉ちゃんと2人きりになれるチャンスじゃない!?と思い、梓お姉ちゃんが出て来るのを待っていた。

 

それにしても梓お姉ちゃん出て来るの遅いね。

もし先輩とか英治さんとかとこれから飲みに行くとかだったら私もお邪魔させてもらおう。うん。

 

あ、一応言っておくけど奈緒と盛夏は私の事も誘ってくれたからね?梓お姉ちゃんと2人きりになれるチャンスだと思って断っただけだから。だから別にぼっちって訳じゃないんだよ?

 

 

「んしょ…んしょ…」

 

 

そんな事を考えていると、SCARLETの本社から梓お姉ちゃんが出て来た。

梓お姉ちゃんは1人みたいだ…。

 

って!

 

何で車イスの梓お姉ちゃんを1人にしてるの!?

おのれ先輩めっ…!!

 

あ、でも今日は梓お姉ちゃんは1人の方が良かったか…。命拾いしましたね先輩。

 

「あ、梓お姉ちゃん…」

 

私は梓お姉ちゃんに声をかけた。

ってか私は何でどもってんの!?そんなに緊張してるの!?

 

「ん?え?なっちゃん?」

 

そして私は梓お姉ちゃんの車イスに手をかけた。

 

「あわわわわ、な、何でなっちゃんがこんな所にいるの!?私よりだいぶ前に部屋を出たよね!?もしかしてずっと待ってたの!?」

 

「あ、あはは。梓お姉ちゃんを待ってたんだよ」

 

「あ、あたしを待ってたやて!?

もうこんな遅い時間なのに!?世の中には変態とか変態とかタカくんみたいなのとかいっぱい居るんだよ!?女の子がこんな所で一人とか危ないよ!?」

 

先輩って変態のカテゴリーなんだ…?

 

「いや、それを言ったら梓お姉ちゃんもやん?梓お姉ちゃんも一人で帰ろうとしてたやん?」

 

「あ、あたしはもうオバサンだし!

あっ!自分で言って泣きそうになってきた!泣いていい?」

 

梓お姉ちゃんって…ほんと先輩に似てるよね…。

 

「もう!私は大丈夫だよ!

梓お姉ちゃん、一緒に帰ろ」

 

「え?あ、あ、うん…」

 

 

 

私は梓お姉ちゃんの車イスを押しながら他愛のない話を楽しんでいた。

 

「え!?そうなん!?

やから来夢も梓お姉ちゃんが生きてるって事知ってたんや!?」

 

「そだよ~。

あたしもたまに実家にも帰ってたし…。その度に何故かなっちゃんだけ居なかったんだよね…。修学旅行とか部活の合宿とか…」

 

そうだったんだ…。

だからお父さんだけじゃなくて来夢も梓お姉ちゃんの事を知ってたんだね…。

てか、何で私は1度も梓お姉ちゃんに会えなかったの?15年間ずっとだよ?何かの呪い?

 

 

 

私達はそれからも色々な話をしながら歩いていた。

もうちょっとで私達のマンションに着いてしまう。

 

せっかく梓お姉ちゃんと2人になれたんだから聞きたい事を…聞こうと思ってた事を聞かなくちゃ…。

 

でもどう切り出せばいいんだろう?

こんな事を梓お姉ちゃんに聞いちゃうのは…。

 

「なっちゃん?」

 

「ん?あ、何?梓お姉ちゃん」

 

「なっちゃん。何かあたしに聞きたい事ある?」

 

え?梓お姉ちゃんに聞きたい事…?

 

「あれ?違ったかな?」

 

何で梓お姉ちゃんはそう思ったんだろ?

私、そんなに変だったのかな?

 

「なっちゃん?」

 

ううん。違う。

今はそんな事を考えてる時じゃないよ。

せっかく梓お姉ちゃんが聞いてくれてるんだもん。

私の聞きたい事…。ちゃんと聞かなきゃ。

 

「あ、あのね梓お姉ちゃん」

 

「うん、何かな?」

 

「こ、こんな事を聞いちゃうのは…梓お姉ちゃんに失礼なのかも知れないけど…」

 

「失礼な話?

え?梓お姉ちゃんはまだ結婚しないの?とかそんな話!?」

 

ん?え?結婚…?

 

「ち!違うんだよなっちゃん!確かにあたしはまだ結婚出来てないけど、あの…あれだよ?結婚したいって想える人がいないというか?そんな感じ?い、いやモテないとかそんなんじゃなくてね…!?」

 

梓お姉ちゃん…?

 

「いや、マジで!ほんまに!

あたしは結婚出来ないんじゃなくてね!あえてしないと言うか?」

 

どれだけ必死なの梓お姉ちゃん…。

 

「違うよ。結婚とかそんな話じゃないよ」

 

「え?ほ、ほんまに?」

 

いやいやさすがにそれは聞けないでしょ…。

 

「そ、それならいいんだけど…あははは。

ってかそれなら失礼な話って何?結婚の話じゃなくて失礼な事?」

 

「……もしかして梓お姉ちゃんは結婚したいの?」

 

「は!?いや!ちゃう!ちゃうから!したいかしたくないかだとしたいとは思うけどその…ね?相手がね?」

 

ん~、相手かぁ。

確かに結婚って相手もいるしね。

あ、それならこれも聞きたかった事だし聞いちゃってもいいかな?

 

「相手ってさ?先輩は?」

 

「ふぇ!?タカくん!?」

 

「先輩もいつも結婚したい結婚したい言ってるしね~…」

 

「タカくんが!?結婚…!?え!?マジで!?

タカくんがそう言ったの!?ソースはどこ!?」

 

ものすごく反応してくるね梓お姉ちゃん…。

 

「え?いや、先輩もいい歳だし結婚したいと思っても…」

 

「タカくんが…結婚したい…とか言ってるだと…?

あ、もしかしてあたしが日本に帰ってきたから?

……いや、違うな。それなら15年前に…。となると澄香も無いよね…。

ハッ!?なっちゃん…!!大人になったなっちゃんと…!?いや、待て。待つんだ梓。その場合はりっちゃんや奈緒ちゃんの可能性も出てくる…。いや、それだけじゃない。せっちゃんも志保ちゃんも居るしこの15年の間に現れたあたしの知らない女の子の可能性も……。

違う!あたしは最大の敵を忘れていた……美来ちゃん…!(ギリッ」

 

梓お姉ちゃんの葛藤ものすっごいね。

梓お姉ちゃんやっぱりまだ先輩の事好きなのかな?

まぁ、私も入ってるみたいだから良かったけど…。

 

いや、待って。良かったって何?

別に良くないから。先輩とかどうでもいいから。

 

「あ、梓お姉ちゃん。その…先輩の事とかどうでも良くて…。私が聞きたいのは結婚とかの話じゃないよ」

 

とりあえず今は話題を反らしておこう。

 

「え?ほんまに?

なっちゃんはタカくんの事どうでもいいの?

良かったぁ~。もしかしたらなっちゃんもかも?とか思ってたし…。それならいいよ。聞きたい事って何?」

 

あ、いや、すみません。どうでも良くないです。

ちゃんと後で先輩の事どうでも良いってのはそういう意味じゃないって訂正しておこう。

いや、どうでもいいんだけどね?あれがあれだし?

 

「なっちゃん?」

 

おっと私もそんな事を考えてる場合じゃないですね。

聞きたい事をちゃんと聞かなきゃ…。

 

「梓お姉ちゃんは何でバンドを…歌うのを辞めたの?」

 

 

聞いてしまった。

 

 

梓お姉ちゃん達Artemisは梓お姉ちゃんが事故にあったから解散したって聞いている。

 

だけど梓お姉ちゃんは…車イスだけど無事に生きているし。話す事も出来ている。

それに私達…私と睦月ちゃんと姫咲ちゃんと恵美ちゃんに音楽をプロデュースしたいって言ってるくらいだ。

 

きっと…ううん。

本当は梓お姉ちゃんも今も歌いたいんだと思う…。

 

 

 

「あたしが歌う事を辞めた理由…か…」

 

 

梓お姉ちゃんは少し考えたのか、間を置いて私に話してくれた。

 

 

「あたしがもう歌えないって思ったのは…Artemisを解散したのは事故が原因じゃないよ。あの事故はただのきっかけ…かな」

 

事故が原因じゃ…ない…?

 

じゃあ何で…?

 

「あたし達Artemisの夢はエクストリームジャパンフェスで優勝してメジャーデビューする事」

 

エクストリームジャパンフェス…。

昨日聞いたメジャーデビューのオーディションみたいなフェスの事か…。

 

「だったんだけどね」

 

え?だったんだけどね…?って…?

 

「あたし達は関西では負け無しやったし、クリムゾンにも負ける事は無かった。エクストリームジャパンフェスの予選も順調に勝ち続けてて…メジャーデビュー出来るって思ってた」

 

やっぱArtemisって凄かったんだね…。

 

「そしてね。

エクストリームジャパンフェスの本戦に出場って時に…タカくんは足立と戦って喉を壊してしまった。そしてBREEZEは解散になっちゃった…」

 

先輩が喉を壊して…?

先輩達BREEZEがドリーミンギグに参加出来なくなっただけじゃなくて梓お姉ちゃん達も…?

 

「日奈子はね。メジャーデビューしたらテレビ番組とかラジオ番組とか出れるようになって、ゲストにBREEZEを呼ぶ事を目標にしてたんだよ。そしたらずっとBREEZEと音楽やれるでしょって」

 

BREEZEをゲストに…?

あ、そっか。先輩はメジャーデビューするつもりは無かったって言ってたし、ゲストって形でBREEZEを出してずっと一緒に…。

 

「翔子はあたし達ArtemisはBREEZEにはデュエルで勝てた事無かったから、メジャーデビューして実力を付けて、BREEZEとデュエルをやっていきたかったみたい」

 

晴香さんが言ってたっけ…。

Artemisは負け無しのバンドだったのに、初めてBREEZEに負けたんだって…。まぁ理由が理由やけど…。

 

「そもそもBREEZEに勝てなかったのは翔子がいつもトシキくんに見惚れてミスが多かったのが原因やのに…」

 

え?あれ?私が晴香さんに聞いた理由と違うよ?

 

「澄香はね。あたし達Artemisを守る為にタカくん達が戦ってくれて…それでタカくんが歌えなくなった事がすごく辛かったみたい」

 

澄香お姉ちゃん…。

 

「そしてあたしは…歌う事を…バンドを始めた理由がタカくんへの憧れだったから…。タカくんが歌えなくなって憧れの対象が……あはは、あたしが一番しょーもない理由だよね」

 

梓お姉ちゃんが先輩に憧れて…?え?

 

「ちょっと待って梓お姉ちゃん…。梓お姉ちゃん達が先輩達と初めて会ったのって、BREEZEとArtemisとの対バンの時じゃ…」

 

「ふふ、それは今度澄香が話してくれるよ」

 

澄香お姉ちゃんが?

 

「それってどういう事?」

 

「あ、なっちゃんは聞いてないのかな?

トシキくんが志保ちゃんや松岡くんと約束したみたいなんだけど…」

 

梓お姉ちゃんが話してくれた内容は私にとっても衝撃的だった。

 

 

南国DEギグの前日。

志保や松岡くん達の西グループで約束した話らしい。

 

先輩達BREEZEの…15年前の話をトシキさんが聞かせてくれると…。

 

先輩と英治さんは、梓お姉ちゃんと日奈子お姉ちゃんとで『ボーカルとドラマーで飲み会しちゃおう会』という訳のわからない飲み会をするそうだ。

それは昔の話をされるのは先輩と英治さんが恥ずかしがりそうだからという理由らしい。

 

先輩と英治をその会に参加させて、トシキさんと拓斗さん、澄香お姉ちゃんと翔子お姉ちゃんと晴香さんとで、私達ファントムのメンバーに昔の話を。

BREEZEやArtemisの結成の話や、どんなライブをしてきたのか……そして、どんな風にクリムゾンと戦って来たのかを…。

 

 

「そうなんだ…。志保からは何も聞いてないけど…私もその話聞きたい…」

 

先輩達と梓お姉ちゃん達…15年前の話ならきっと志保のお父さんや理奈のお父さんの話も。

 

 

 

ハロウィンライブが終わって、ファントムギグの開催の前に、私達は15年前の話を聞かせてもらえるらしい。

うん。すごく楽しみだよ。

 

 

でもね。

 

 

でもね、梓お姉ちゃん。

 

 

『バンドを始めた理由がタカくんへの憧れだったから…』

 

 

それってどういう事?

梓お姉ちゃんはArtemisをやる前から先輩と出会ってたの?

 

 

『タカくんが歌えなくなって憧れの対象が…』

 

 

梓お姉ちゃんが歌う事を辞めたのは先輩が歌えなくなったから?

 

 

だったら…私はきっと先輩の事は……。



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第20話 英治とまどかの場合

ぼ…僕の名前は井上 遊太。

 

今日はSCARLET本社に来ている。

 

SCARLET本社に呼ばれたものだから、僕達のバンドAiles Flammeのこれからの話とか…クリムゾングループとのこれからの話をすると思ってた。

 

 

だけど…。

 

 

15年前に解散したBREEZEってバンドのドラマーであり、ライブハウスファントムのオーナーである中原 英治さん。通称おっちゃん。

 

BREEZEのボーカルだった葉川 貴とバンドを組んだ僕のドラムの先輩である柚木 まどか。通称まどか姉。

 

この2人に何故かシフォンの姿ではなく、遊太の姿で来いと言われた。

 

 

SCARLETの本社に行くのに遊太の姿なの?

 

 

さっきまで僕の中にあった疑問は、おっちゃんとまどか姉の話で納得…うん、納得かな?

納得は出来た。

 

 

 

 

「って訳で沙織、木南さん、日高くんと遊太には俺とまどかのプロデュースするバンドをやってもらいてぇ」

 

「あはは、みんな心配とか不安もあるだろうけどさ。

さっき英治の話した企画バンド。あたしもみんなでやりたいって思ってるんだよ」

 

 

おっちゃんとまどか姉が僕達に話した企画バンド。

 

FABULOUS PERFUMEのボーカルである小暮 沙織さん。

Noble Fateのギタリストである木南 真希さん。

evokeのベーシストである日高 響さん。

そしてAiles Flammeのドラマーである僕、井上 遊太。

 

その4人でやる企画バンド。

バンド名は融合する音という意味で『UNITE SOUND(ユナイト サウンド)』というらしい。

 

 

そこまでならまだ良かったんだ…。

 

沙織さんも…。

 

「ファントム所属メンバーでSCARLETの企画バンド…ですか?」

 

「ああ。お前にとってもクリムゾンの目眩まし…って言えばいいかな。姉にFABULOUS PERFUMEの事はバレてるとは言え、他のクリムゾングループの目眩ましにはなるだろ?」

 

「栞も栞として、双葉も双葉としてバンドをやる。

まぁ、弘美はプロデュース側なのかしら?

でもそれだとFABULOUS PERFUMEの正体が特定されやすくはなると思うのだけど…」

 

「え?まどか?そうなのか?」

 

「いや、英治。あんたアホなの?

ファントムのバンドでSCARLETの企画バンドってなったら、SCARLETの企画バンドに居るのにファントムのバンドでは見掛けない人。その人がFABULOUS PERFUMEの正体なんだろうって予想立てやすいじゃん」

 

「すまん。何を言ってるのかわかんない」

 

「英治…あんたねぇ…」

 

その後まどか姉がおっちゃんに何か説明しているようだった。

あっちの話は長くなりそうだし、僕もこの企画バンドの事で沙織さんに聞いておきたい事があるし…。

聞いても大丈夫かな…?

 

「あ、あの…さ、沙織さん…」

 

僕は思い切って沙織さんに話し掛けてみた。

あはは…やっぱり上手く話せないや…。

 

「井上くんから話し掛けてくるなんて…。珍しい事もあるものね」

 

沙織さんは一瞬びっくりした顔をした後、僕にそう話し掛けてくれた。

沙織さんとは栞ちゃんとの繋がりで何度か話した事もあるはずなんだけど…。

 

「あ、え?そ、そう…です…か?」

 

あ、やっぱり上手く話せないや…。

 

「フフ、いつもはシフォンちゃんだものね。

井上くんと話すというのは珍しいわよ」

 

そ、そういえばそうか。

いつもはシフォンの格好だから話せてるだよね…。

僕は今は井上 遊太だしね…。

 

「それで?井上くんからの話は何かしら?」

 

あ、そうだ。

 

「あ、あの…えと…沙織さんは…このバンドの事…反対だったりするのかな…?って…」

 

「それが聞きたい事なのかしら?」

 

え…?

うん、そりゃそうですよ。僕が聞きたいのはこの企画バンドの事。

ぼ、僕が言うのも何だけど、僕がシフォンじゃなくて遊太の時に聞ける事とかそれくらいしか…。

 

そう言った後、僕をジッと見てくる沙織さん。

うぅ…何て言えばいいんだろう…?

 

「意地悪が過ぎたが知れないわね。ごめんなさい」

 

え?意地悪…?

僕が話せないでいると沙織さんが何故か謝ってきた。

 

「この企画バンド。

シグレではない私として歌う。そして、双葉や栞と別のバンドとして競い合う事が出来る。とても興味深いし面白そうだと思うわ」

 

シグレとしてじゃなく沙織さんとして歌う…。か…。

そうだよね。僕もシフォンじゃなくて遊太としてドラムを叩く事になる。

 

正直シフォンの格好をするようになってから、人前で遊太としてドラムを叩く事に自信を失くしていたけど、夏休みに野生のデュエルギグ野盗とデュエルした時は、僕は遊太でドラムを叩けた。

あの時は必死だったからかも知れないけど…。

 

でもあの日から少し…ほんの少しだけ…。

シフォンじゃなくて遊太としてドラムを叩く機会がまたあったらな。と思っていた…。

 

「中原くんにはああは言ったけれど、私はこの企画バンドをやってみるのもいいと思っているわ。井上くんはどうかしら?」

 

沙織さんも…この企画バンドをやってみてもいいって思ってくれてるんだ…。だったら僕も。

 

「さ、沙織さんが…そう思ってくれて…て良かったで…す。僕も…やってみたいと思ってました…から。

ゆ、遊太としてドラムを叩くの…少し自信無いですけど…や、やってみたいと思って…です…から」

 

沙織さんにちゃんと自分の気持ちを言わなきゃ…。

う、上手く喋れないけど…。

 

「自信がない…か。双葉達にバンドに誘われた時の私もそうだったかしらね…」

 

え?沙織さんも…?

 

「ふふ、でも私だけじゃないと思うわ。

真希さんや日高くん、中原くんや柚木さんに聞いても多分同じ事を言うと思うわよ」

 

おっちゃんやまどか姉も…みんなも?

 

「今あなたはシフォンちゃんじゃない。

井上くんとしてみんなに聞いて来てもいいんじゃないかしら?」

 

みんなに…?

 

僕はソッとみんなを見てみた。

 

おっちゃんとまどか姉はまだ何か話してるみたいだし…日高さんは……あ、安定に寝ちゃってるね。

木南さんは…。

 

「真希さんも今は暇そうね。行ってらっしゃい」

 

え!?

た、確かに木南さんは暇そうに、おっちゃんとまどか姉の話が終わるのをボーっと待ってる感じだけど…。

 

「ほら。栞なら普通に話しかけると思うわよ」

 

む…、こ、ここで栞ちゃんの話なんか出さなくても…。

 

「井上くん。行きなさい」

 

う…。

で、でもまぁこれから一緒に企画バンドをやるんだし、木南さんとも話せるようにならないとね…。

 

沙織さんの目も怖いし僕は木南さんの前まで来た。

 

…来たのはいいけど何て声を掛けたらいいんだろう?

 

僕は恐る恐る沙織さんの方を見てみた。

うわぁ~…めっちゃこっち見てるよ…。これは逃げられないか…。

 

僕がそんな事を考えていると…

 

「井上くん?どうしたのかな?」

 

目の前に来た僕を見て、先に木南さんが声を掛けてくれた。

 

「いや、あ、あの…その…」

 

あああああ…!!!

だ、ダメだ!やっぱり話せない!

せっかく声を掛けてもらったっていうのに、何か話さなきゃって事で頭がいっぱいになっちゃって何を言ったらいいのかわからない!!

 

「ど、どうしたのかな?」

 

僕はまたソッと沙織さんを見てみた。

 

あ、もうこっち見ずにスマホ触ってる。

 

うぅ…助けてもらえないか…。

 

「井上くん?」

 

木南さんをこのままにしとく訳にもいかないよね…。

よ、よし、勇気を出して…。

 

「あ、あの!きにゃみしゃん!」

 

噛んだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

盛大に噛んじゃったよ僕!!!!

しかも叫んだもんだから日高さんは起きちゃうし、沙織さんもめっちゃこっち見てるよ!!

 

あ、でもおっちゃんはまだまどか姉に何か言われてるみたいだ。

 

「あ、あはは…い、井上くん?どうしたの?」

 

うぅ…よ、よし…。

思い切って聞くぞ!うん!頑張れ遊太!!

 

「あ、あの…。き、木南さん…は、この…このバンド…」

 

……頑張れなかった。

これが僕の精一杯だよ…。

 

「このバンド…?あ、この企画バンドの事を聞きたいって感じかな?」

 

あぅ…大まかにはそうだけど…。

聞きたいのは企画バンドの事じゃなくて、今までバンドでライブをしてきた時の緊張の事とか…。自信持ってやれてたのかとか…そんな事も聞かせて欲しいんだけど…。

 

「はい…まぁ…」

 

はいとか言っちゃったよ僕。

 

「…」

 

ん?あれ?

 

「…」

 

木南さん…?

 

「…」

 

僕じゃなくて沙織さんを見てる…?

 

「あの…木南さん?」

 

「あ、ごめんね井上くん」

 

「あ、あの…いえ…」

 

「私は…うん、まだちょっと悩んでてさ。井上くんはどうしたいと思ってる?参考までに考えを聞かせてくれない?」

 

「え!?」

 

ええええええ!?

き、木南さん悩んじゃってるの!?

どどどど…どうしよう…?

 

「ほら、井上くんの話を聞いたら私も考え方変わるかもじゃん?」

 

いやいやいや!そんな僕の意見で考えを変えられても!

 

「井上くん」

 

うっ…。

そ、そんな風に見られたら…。

 

僕は遊太としてこのバンドをやってみるのもいいと…ううん、やってみたいと思ってる。

 

だけど僕にはその自信が無い。

 

木南さんは僕の意見を参考にしたいと言っている。

 

自信が無いのにやってみたいと言ってもいいの?

自信が無いからやりたくないと言うべき?

 

 

怖い…怖いよ…。

 

 

「井上~」

 

ん?え?

 

僕がどう言おうかと悩んでいると日高さんが声を掛けて来た。

 

あ、もしかして僕らがうるさくて寝れないとか…?

 

「そんなんじゃないよ。ってかね」

 

そんなんじゃない?え?僕、心が読まれてるの?

僕がそんな事を考えていると日高さんは木南さんの前に来て…

 

「木南さんも小暮さんも井上を苛めすぎ…」

 

え?僕…?苛め…?

 

「ちょっ…!?響!人聞きの悪い事を言わないで!べ、別に苛めてる訳じゃ…!」

 

「ま、井上も井上だけどね。自分が聞きたいならちゃんと…聞か…聞かな…うぅ…眠い…」

 

あ、あれ?木南さんって日高さんの事を響って呼んでる?いや、それよりやっぱ眠いんだ?

 

「ん?井上?どしたの?あ、もしかしてあれ?

さっき木南さんが俺の事を名前呼びしたから?」

 

あ、バレちゃってる。

もしかして心を読まれている…?

 

「いや、そんな訳ないでしょ。

木南さんは俺のねーちゃんとバンドやってたからさ。その繋がりでね」

 

いやいやいや、これ絶対僕の心読まれてるよね?

木南さんと日高さんのお姉さんが同じバンド…?Noble Fateの前のバンドかな?

 

……待って。それより日高さん。

一人称が『僕』じゃなくて『俺』になってる?

 

日高さんが自分の事を『俺』って言ってるの初めて聞いたような…。

 

「あ、井上くん。あのね、私の前のバンドって言ってもNoble Fateの前のバンドじゃなくて、高校の頃にやってたバンドの話でさ」

 

「そそ。俺とねーちゃんは歳が離れててね。そんで俺はそんなねーちゃんに教わってベースやってんだよ」

 

「響…。あんたそれ、わざわざ歳が離れてるとか言う必要あった…?」

 

Noble Fateの前のバンドの前…?

 

「そうね。真希さんがギター、日高くんのお姉さんがベース。そして私の姉がボーカルをやっていたバンドよ」

 

僕達の会話に見ているだけだった沙織さんが話に入って来た。沙織さんのお姉さんがボーカルって…。

沙織さんのお姉さんは今はクリムゾンエンターテイメントの…。

 

「ま、それはそれとしてね。木南さんは今はNoble Fateのギタリストだし。そんなカビも生えたような昔の話はいいとして」

 

「カビも生えたような昔の話って…。なんなの?あんた私の心を折りに来てるの?」

 

「井上~。奏も結弦も鳴海もライブ前はめちゃ緊張してるよ。

もちろん俺もね。いつも失敗したらどうしようとか、上手く弾けるかな?って思ってるし、自信満々でステージに上がった事って無いんじゃないかなぁ?」

 

日高さん…?それって僕が聞きたかった話ではあるけど…。もしかして寝てると思ってたけど僕達の話が聞こえてたの?

 

「井上くん、私もそうだよ。いつもライブ前は不安になったりするよ。この中じゃ私が一番経験も長いだろうけどさ。ステージに上がる前はいつも震えてる。

花音や綾乃の前ではかっこつけて虚勢張ったりもしてるけどね」

 

木南さんも…?

そっか。木南さんくらい経験豊富でも本番前、ライブ前は不安になったりするんだ…。

 

「てかさ響。これから私らは企画バンドとは言え一緒にバンドやってくんだよ?井上くんから私達に言いたい事は言えるようにしないとさ!」

 

僕から言いたい事は言えるように…?

だから木南さんは僕が何かを言うのを待ってて、沙織さんは助けてくれなかったのか…。

 

「それもそうだと思いますけどね。でもいきなり過ぎでしょ」

 

「私はAiles Flammeの演奏聞いてシフォンちゃんのドラムはすごいと思ってる。だから、そんなシフォンちゃんと…井上くんとバンドやるのも面白そうって思った。

だから、井上くんにもこのバンド面白いって思ってもらいたい」

 

「ま、その意見には俺も同意しますけど」

 

「同じバンドメンバーなんだしさ?言いたい事は言い合えるように、聞きたい事は聞けるようにならなきゃ…その…日常会話くらいは?」

 

「日常会話くらいは?って聞かれましてもね。

ま、そん時が来たら大丈夫ですって。シフォンは井上だし、井上は男だし。やる時はやりますよ。な?井上」

 

え?え?もしかして僕のせいで言い争いになっちゃってる?

 

「あ、あの…日高さんも…木南さんももしかして…ぼ、僕のせい…で…」

 

「「いや、井上(くん)は関係ないよ。いや、あったりするのかな?」」

 

わ、なんか綺麗にハモってる…!

 

「そうね。真希さんも日高くんも自分達が言いたい事をお互いに言い合ってるだけよ。まぁ、論争の元は井上くんの事だから関係ないとは言い切れないけれど…」

 

沙織さんはそう言って僕の肩に手を置いてきた。

 

「井上くん。私もシグレとしてステージに立っている時はいつも緊張しているよ」

 

「さ、沙織さんも…?」

 

「ええ。歌詞を間違えたらどうしようとか色々不安になる時もあるわ」

 

「あたしもそうだよ。奈緒と盛夏の手前もあるし失敗したらどうしようとかさ。あんた達の目もあるしね」

 

え?まどか姉?

 

「はははは、トシキも拓斗もいつもライブ前は緊張してやがったぞ」

 

おっちゃんも…?

 

「佐藤くんと宮野さんもって…。中原くんと葉川くんは緊張してなかったと言う事かしら?」

 

「ん?おお。俺もタカも緊張とは無縁だったぞ?失敗したらこれは今日だけの特別演出ですとか言って誤魔化してたしな」

 

誤魔化してって…。

 

 

『いや、そんな事無いから。めちゃ緊張してたから。お前と一緒にすんじゃねーよ』

 

 

え?たか兄!?

 

「あ?何でタカの声が聞こえてきたんだ?」

 

「まぁバカは置いておいてさ。

あたし達もみんな緊張したり不安もあったりしてる。遊太も不安もあると思うけどさ…」

 

まどか姉…。

うん、そうだね。僕…言うよ。

 

 

「ぼ、僕…やるよ。この企画バンド…」

 

 

自信は無いけど…。

 

不安なのは…みんな一緒なんだ。

 

沙織さんも、木南さんも、日高さんも…。

 

遊太としてドラムを叩きたいって思った気持ちは本当だから。

きっと大丈夫だよね。ね、シフォン。



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第21話 日奈子と弘美の場合

「ごめんだけどさ。みんなちょっとここで待ってって」

 

 

あたしの名前は大西 花音。

Noble Fateというバンドでボーカルをやらせてもらってます。

 

今、あたしが居るのはSCARLETの社長室前。

 

さっきFABULOUS PERFUMEのギタリストのチヒロさん。

ここでは明智 弘美。明智さんと呼ばせてもらいましょうか。

 

彼女があたし達にここで待ってるよう言ってから15分程が過ぎている。

 

 

「ね、ねぇ?私達は何でここに呼ばれたんだろ?架純は何か知ってる?」

 

「さぁ?麻衣ちゃんと沙智ちゃんが楽しみにしてろって言ってるけど…ケホッ…正直わかんないかな…ケホッ」

 

「わわわ!?架純…大丈夫…?」

 

「あはは、大丈夫だよ。ありがとね、結衣」

 

 

…御堂さん、ちょっと咳きが出てるみたいだけど大丈夫かな?

 

今、この社長室の前ではあたし大西 花音と、

Canoro Feliceのギタリスト夏野 結衣さん、

Lazy Windのギタリスト御堂 架純さん、

Lazy Windのドラムス三浦 聡美さん、

Glitter Melodyのキーボード藤川 麻衣さん、

Ailes Flammeのチューナー河野 沙智さんの6人がいる。

 

本来ならさっき社長室に入っていった明智さんを含めた7人で日奈子さんプロデュースのアイドルグループをやるという事になっている。その話のはずなんだけど…。

 

「う~…ん、ここに姫咲さんがいないという事は何かトラブルがあった…?」

 

「ん?さっちちゃんやっけ?あんたはここに私らが呼ばれた理由知っとるん?」

 

沙智ちゃんの呟きに三浦さんがつっこんでいた。

 

そっか。沙智ちゃんと明智さんと社長でアイドルグループを作ろうって話をしてたんでしたっけ?

そりゃ沙智ちゃんは知ってるよね。

 

ハァ~、この話ってどうなんだろ?

あたし達はいつになったら社長室に入ったらいいんだろ?

 

 

「あれ?皆さんこんな所でどうされたんです?」

 

 

あたし達に声を掛けて来た人物に目をやる。

 

社長室の前に居るあたし達に声を掛けてきたのは、水瀬 来夢ちゃん。

Divalのボーカル水瀬 渚の妹であり、Divalのチューナーでもあり、ここSCARLETの事務員をしている女の子だ。

 

「んと、私達はここで待ってろって言われてさ?

ライライはどうしたの?」

 

ライライ…?

結衣さんが来夢ちゃんに応えた。……けど、ライライかぁ。あたしはかのかのだったし結衣さんのネーミングのチョイスって。

 

「私は達也さんのご案内も終わりまして。

そろそろ帰ってもいいかな?って社長に報告を…」

 

え?達也さんもう帰ってきたの?

関西まで修学旅行の下見に行ってたはずなのに…。

 

達也さん…大変なんですね…。

 

「……???

まぁ、とりあえず皆さんがここで何をされてるのかわかりませんが…社長に報告したいので部屋に入らせてもらいますね」

 

そう言って来夢ちゃんは社長室にノックをした。

 

え?これって大丈夫なのかな?

 

「あれ?返事がない?」

 

来夢ちゃんが社長室にノックをしたけど、何も反応が無かった。

 

おかしいな…。あたし達は社長室に明智さんが入って行くのを見た訳だし、明智さんが社長室に入る前にノックした時は社長の応答があったんだけど…。

 

「え?何で?早く帰りたいのに…」

 

来夢ちゃんは再度、社長室にノックをした。

 

「社長!水瀬ですけど!早く帰りたいんで報告だけさせて下さい!」

 

来夢ちゃんがノックを続けながら社長室に向かって声を掛けた。

 

そして少ししてから…

 

『うるさいっ!聞こえている!!

豚は尻尾を巻いてさっさと帰れ!!狼のみ入室を許可する!我こそは狼だと自負する者だけ入って来い!!』

 

社長室から怒号が聞こえた…。

何これ?怖いんですけど…。

 

「は…?豚…?狼…?この声日奈子ねーちゃんの声とちゃうけど…」

 

来夢ちゃんと社長室のドアの前で固まっちゃってる。

 

「ねぇ?入っていいみたいだし入ってみる?」

 

夏野さん!?

 

「そうだね。ケホッ、いつまでもここに居てもしょうがないし」

 

御堂さん!?

 

そして夏野さんと御堂さんは社長室のドアを開けて入って行った。

何なの?この2人は勇者かなんかなの?

 

夏野さん達が社長室に入って行ってしまったので、ドアの前で固まっていた来夢ちゃんと藤川さんと沙智ちゃん、 三浦さんも連られて入って行った。

 

正直嫌な予感しかしない。

でもこのままここに居る訳にもいかないし、もっと良くない事が起きそうな気がする。

 

…ここであたしだけ入らずに待っているのもなんだし。しょうがない、あたしも入りますか。

 

 

 

そしてあたしは社長室に入り、そこに広がる光景を見てあたし達はまた固まってしまった。

 

 

社長室の中には確かに明智さんと社長が居た。

 

だけど明智さんは何故か軍服のような衣装を着て鞭を持っている。そして社長は何故かロープで縛られ天井から逆さに吊り下げられている。

 

ほんっっっと何なのこれ?

嫌だなぁ…帰りたいなぁ…。

 

「よくぞ入って来た勇敢なる戦士達よ!!

私はキサマ達を歓迎する!だが!ここに入って来た以上キサマらは戦士だ!その口からイエス以外の臭い息は漏らすな!そしてイエスの前と後にはサーを付けろ!」

 

何を言っているんだろうこの人は…。

 

「「サー!イエスッサー!!」」

 

え?何で御堂さんと夏野さんは当たり前のように返事してるの?

 

「よし!まずは藤川 麻衣!キサマに質問をする!」

 

「え?え?私…ですか…?」

 

nuts(ナッツ)!!」

 

-バシッ!

 

「痛いっ!」

 

いきなりな質問を振られて戸惑う藤川さんを明智さんが殴り付けた…。え?何で?

 

てか、今明智さんはnuts(ナッツ)って言いながら殴った?

nuts(ナッツ)ってバカ者とか愚か者とかのスラング用語だっけ…?

 

「キサマ!その口からイエス以外の臭い息は漏らすなと言ったはずだ!」

 

いやいやいや、藤川さんに質問したの明智さんですから…。

 

「サ、サー!イエス、サー!」

 

藤川さん…もう殴られたくないんだね…。

 

「まぁいいだろう!藤川 麻衣!

この世には3種類の人間しかいない!それが何かわかるか!?」

 

「え?さ、3種類…ですか…?

えっと…男と…女…?あ、それだと2種類か…」

 

nuts(ナッツ)!!」

 

-バシッ!

 

「また痛いっ!」

 

あ、あははは…藤川さんには悪いけど、目を付けられたのがあたしじゃなくて良かった…。

 

「この愚か者めっ!

いいか!?この世に居る3種類の人間とはそんな小さな括りではないっ!」

 

いやいや、本当に明智さんどうしたの?

 

「この世に居る3種類の人間!

それはな!豚と狼と……

………アイドルだ!」

 

ほんっっっと何言ってんの!?

 

「いいか!私は豚は育てない!!

そして狼も育てる事はない!私が育てるのはアイドルだけだ!キサマらは捕食者(アイドル)になれっ!」

 

ほんっっっと何言ってんの!?

あたし、何言ってんの!?しか言ってなくない!?

しかも今、捕食者にアイドルってルビ打ってなかった!?

 

「「「サー!イエスッサー!!」」」

 

藤川さんはもう殴られたくないからしょうがないとして、御堂さんと夏野さんさんは何で順応してんの?

三浦さんと沙智ちゃんと来夢ちゃんは戸惑ってるだけみたいだから、あたしが変って訳じゃないだろうし。

 

「と、とりあえずさ?社長は何で吊るされとるん?

このままやと話とか出来へんのとちゃうの?」

 

「そ、そうですよね…私も早く帰りたいですし…」

 

そう言って三浦さんと来夢ちゃんは社長に近付いて行った。ああ…嫌な予感がする。

 

nuts(ナッツ)!!」

 

-ピシッ!

 

「「痛いっ!」」

 

ほらね…やっぱり…。

 

明智さんは持っていた鞭で三浦さんと来夢ちゃんを叩いた。

 

「な!何すんねんな!?痛いやんか!」

 

「ちょっと…マジで痛いんやけど?訴えますよ?」

 

鞭で叩かれた三浦さんと来夢ちゃんは明智さんに向かって行った。そりゃそうだよね。訳がわかんないもん。

 

「聡美。上官に逆らうなんてもってのほかだよ?」

 

「いや、架純。あんた何を言っとるん?上官って何?

てか、あんたはクリムゾンの上司に文句言おうとして復讐を誓ったんちゃうかったっけ?」

 

「ほら、ライライ。今の内にひろみんに謝った方がいいよ?」

 

「夏野さん?何言っとるんですか?」

 

御堂さんと夏野さんはもうダメなのかな?

ってかダメな人なのかな?

 

「三浦 聡美!水瀬 来夢!

キサマらは何故、月野 日奈子が吊るされているかわからないと言うのか!!」

 

「ほら、聡美。ちゃんと謝りなさい」

 

「もううちは架純がわからへんねやけど?

いや、明智さんはもっとわからへんねやけどね?」

 

「ライライも早く謝った方がいいよ?このままじゃ懲罰房…ううん、ヘタしたら独房行きになっちゃうよ?」

 

「は?独房?」

 

これってバンドの話ですよね~?

あんまり目立つのも嫌だし空気と化してるのはいいけど、さっさと企画バンドの話して帰りたいなぁ…。

 

「上官殿!発言よろしいでしょうか!?」

 

は?

さっきまで静かだった沙智ちゃんはいきなり何を言うの?この事態を収拾してくれる発言なら大歓迎なんですけどね。

 

「む!?河野 沙智か!いいだろう!発言を許可する!」

 

「ハッ!ありがとうございます!」

 

そう言って沙智ちゃんはあたし達の方を見て話し始めた。

 

 

沙智ちゃんがあたし達にした話は企画バンドの事。

そして本来ならここに居ない秋月 姫咲さんを含めた7人でアイドルをやるはずだった事。

 

「フフ、やっぱりだね。結衣」

 

「うん!この感じ懐かしいよね。BlueTearの時を思い出すもんね」

 

……Blue Tearの時こんな感じだったんですか?

アイドルとは?

 

「じょ、上官殿~!先程は申し訳ありませんでした!

うち…そうとは知らず…上官に対して失礼な事を…!」

 

ん?え?は?三浦さん?

 

「三浦 聡美。わかってくれたか…。

私の方こそすまなかった。しかし!これもキサマらを真のアイドルとする為…許せとは言わん。むしろ私を憎め!その憎しみを糧にアイドルの道を歩むのだ!」

 

「上官殿…!!」

 

んー?あれー?

三浦さんってまともな人だと思ってたんだけど、あたしの勘違いだったのかなぁ~?

 

てか明智さんも憎しみを糧にとかじゃないですよ?

Lazy Windのメンバーは今まで憎しみで音楽やってて、今からやっと憎しみを捨てて楽しい音楽をやっていこうって所だったんですからね?

 

「あの、すみません。いいですか?」

 

お、今度は来夢ちゃんが発言するのかな?

来夢ちゃんはまともだといいな~…。

 

「先程の河野さんのお話ですと、社長と明智さんとでファントム所属のバンドのメンバーで企画バンドという名目でアイドルをプロデュースする。

そしてここに居るメンバーがアイドルに選ばれて、これからその企画バンドの話をする。

と、いう事で間違いありませんよね?」

 

「うむ!その通りだ!」

 

「で、本来はここに秋月さんも含めた7人でアイドルをやるはずだったけど、秋月さんはあず姉ちゃんの企画バンドに取られちゃったから6人しかメンバーは居ない。

社長は7人目のメンバーとして明智さんを入れるつもりだったけど、明智さんとしてはアイドルよりプロデュース業がしたいから社長の案は却下。

だから秋月さんを獲得出来なかった社長は今この部屋で吊るされている。

と、いう事で間違いありませんよね?」

 

「その通りだ!秋月を木原 梓に取られたというだけでも懲罰物だが、この私をプロデューサーではなくメンバーにするというのは言語道断!!

その責を償わせているところである!!」

 

「そうなんだよ~。あたしも頑張ったのに弘美ちゃんったらさ~…」

 

あ、社長。喋れたんだ?

 

「あ、日奈子ねーちゃ………社長。喋れたんですね。ずっと黙ってるもんだからどうしたものかと考えてたんですけど」

 

「喋れるよ!喋れる!もうずっと逆さにされてるからさ?頭に血がのぼっちゃってパーンってなりそうなのパーンって。だから出来るだけ大人しくしてたんだよ」

 

「あ、明智さん、それでお話の続きなんですが」

 

「来夢ちゃん!?助けてくれるんじゃないの!?」

 

「ファントムのバンドメンバーではなく、私はSCARLETの事務員ですので、今回の企画バンドのお話には関係がありません。仕事も終わったので帰っていいですか?」

 

え?何?来夢ちゃん帰っちゃうの?

言ってる事は普通の事だから安心したけど社長は助けてあげないの?

 

「なるほどな。確かにキサマの言う通りだな。

いいだろう。水瀬 来夢!キサマの帰宅を許可する!」

 

あ、明智さんが許可するんだ?

 

「ありがとうございます。

では社長。お疲れ様でした。また明日です。

社長に明日があればですが」

 

そう言って退室しようとする来夢ちゃん。

いいなぁ~あたしも帰りたい…。

 

「待って!来夢ちゃん!帰っちゃダメだよ!これ社長命令だからっ!」

 

「……は?」

 

「ねぇねぇ、弘美ちゃん」

 

「何だ?キサマに発言権は無い」

 

「『Vivid Fairy(ビビッド フェアリー)』の7人目!

来夢ちゃんにしようよ!来夢ちゃんは高校生の時ダンス部だったから、ダンスは得意なハズだよ!」

 

「何だと!?水瀬 来夢はダンス経験者だというのか!?」

 

へ~。歌は得意じゃないって言ってたけどダンスは出来るのか…。てか、あたし達のユニット名ってVivid Fairyっていうんだ…?

 

「日奈子ねーちゃんは何を言っとるん?そんなん嫌に決まってるやん」

 

「弘美ちゃん、もしあたしが来夢ちゃんを説得出来てメンバーに入ってもらえたら、あたしの事許してくれる?」

 

「ふむ…ダンスが得意なら願ってもないな。

いいだろう!これまでの事は不問にしてやる!」

 

「わぁ♪やったー!

って訳で来夢ちゃんよろしくね。もうあたしもそろそろ限界なの。頭痛いの」

 

「いや、さっき嫌だと言いましたが?

お断りします。お疲れ様でした」

 

「待って来夢ちゃん!

お給料!お給料上げてあげるからっ!」

 

うっわ~…いきなり金で釣りましたよ…。

 

「いえ、結構です。今のお給料で満足してますので」

 

そして交渉不成立…。

 

「ええええ……。じゃあ、じゃあね!うんと…え~っと…」

 

「キサマ!説得出来とらんじゃないかっ!」

 

「ちょ、ちょっと待って!えっと~えっと~…」

 

「ふぅ…私はアイドルなんかやりません。

もういいですか?本当に帰らせて下さい」

 

「あ!あれだっ!

来夢ちゃん!前の職場に居た時に番組のコーナー企画やりたいって言ってたんでしょ!?」

 

「え?まぁ…そうですね」

 

「来夢ちゃん旅行とか好きじゃん?

だから旅番組の企画とかやりたいって言ってたんでしょ?」

 

「そ、そうやけど…何でそんな事知っとるん?

結局、前の事務所では予算の都合と出演してくれるミュージシャンが居なくて、企画会議にすら出してもらえんかったんやけど…」

 

「あたし達プロデュースアイドルは番組の企画コーナーで旅行物にするつもりなんだよ!

出演者はこのVivid Fairyだから問題無し!

予算もうちの経費を使い放題!

来夢ちゃんがアイドルやってくれるなら、その企画コーナーの全権を来夢ちゃんに任せるよ!

あ、もちろん企画会議とかはちゃんとしてもらうけど」

 

「な…なんやて!?」

 

「どうかな?やりたくないかな?旅行番組!」

 

…何となくでやり取りを聞いてたけど。

企画コーナー?番組?何それ?

 

もしかしてあたしらで番組作ったりしちゃうの?

無理無理無理無理無理!!

 

「わかりました。アイドルのお話お受けします。

……日奈子ねーちゃん、さっきの話、約束やで?」

 

「やった!やったよ!

うんうん!約束する!って訳で弘美ちゃん!」

 

「よし!でかしたぞ!今ロープをほどいてやろう」

 

 

そうして社長は解放され、来夢ちゃんもアイドルをやる事になった。主にダンサーとして。

 

その後、社長と明智さんから詳しく企画バンドの話があった。

 

ユニット名はVivid Fairy。

もちろんみんな歌ってダンスもする訳だけど、

御堂さんをセンターに、夏野さんとあたしはメインで歌を。

藤川さんと三浦さんと沙智ちゃんと来夢ちゃんはダンスメインで。

 

曲に寄ってはパートも変わったりもするだろうとの事だったけど、基本はこんな感じらしい。

 

そして企画番組のコーナーでは、これももちろん全員がローテーションで出演する事にはなるのだが、メインパーソナリティーは御堂さん、夏野さん、藤川さんでやる事に決まった。

 

そんな風に色々と決まって、やっと帰れると思ったのだけど、最後に明智さんから各々にアイドルとしてのコンセプトを決められた。

 

 

 

「御堂 架純!キサマのイメージカラーは赤!リーダーの赤だ!そしてキサマは清純派アイドルだ!」

 

「せ、清純派…ですか…?え?もしかして恋愛禁止とか…?ケホッ清純派って何…?」

 

あ~…アイドルだから恋愛禁止的な?

 

 

「夏野 結衣!キサマのイメージカラーはゆるふわピンクだ!そして天然ポケポケアイドルを極めろ!」

 

「天然ポケポケ?天然ボケって事かな?

うん!難しそうだけど頑張ってみるよ!」

 

「いや、頑張る必要は無い。素のままでいい」

 

「え?」

 

あら?夏野さんは天然ボケ?

言っちゃ悪いけど確かに適役かも…。

 

 

「河野 沙智!キサマのイメージカラーはブルーだ!

キサマはヲタクアイドルとして漫画やアニメが好きなアイドルとして腐れ!」

 

「サー、イエッサー!」

 

待って?明智さん今腐れって言わなかった?腐っちゃうの?

 

 

「三浦 聡美!キサマのイメージカラーはイエローだ!

だからと言ってカレーを持つ必要は無い!キサマは関西弁アイドルだ!とりあえず関西弁を喋れ!」

 

「は?カレー?ってか関西弁アイドルって何!?いや、そりゃいきなり標準語とか言われた方が難しそうやけど…」

 

ああ、三浦さんはイエローがカレーってイメージがない世代かぁ。いやいや、あたしも世代で言ったら違いますけどね。てか、関西弁アイドルって…あたしは何を言われるんだろう…?

 

 

「藤川 麻衣!キサマのイメージカラーはライムグリーンだ!SNS担当を任命する!映えの写真をキャピキャピUPしまくるビッ◯になれ!」

 

「あ、あの…SNS担当ってのは嬉しいんですけど…ビ◯チって…?」

 

いや明智さん…アイドルですよね?しかも未成年に何を言ってんですか…?

 

 

「大西 花音!キサマのイメージカラーは…」

 

あ、あたしの番か。

あたしは何色なんだろう?まともなアイドルだといいなぁ…。

 

「ラベンダーだ!キサマはツッコミだ!

最後は水瀬 来夢だな。どうしたものか…」

 

ん?え?ツッコミ?

 

「あ、あの…」

 

「む!?大西 花音!キサマの発言とは珍しいなっ!何事か!?」

 

ん?あれ?あ、もしかしてこの話始まってからあたしの台詞ってこれが初めて?

……モノローグで語ってたからあんまり初発言って実感無いですけど。

 

「い、いえ、ツッコミって何ですか?と思いまして…」

 

「ツッコミを知らんというのか!?いいだろう!

ツッコミとは漫才などでボケに対して指摘や合いの手を挟む事を言う! またはその役割やその行為の内容に対しての事だ!

どうしよう?これコピペだけど偉い人に怒られたりしないよね?あたし大丈夫だよね?」

 

いやいやいや、ほんとそのコピペ大丈夫ですかね?

てか、あたしが聞きたいのはそういう事ではなくてですね…。

 

「いえ、あたしツッコミとかした事無いんですけど?

基本空気のぼっち民ですんで、そういうのは正直難易度高いです」

 

「ん…?ああ、それ大丈夫だから。

次で最後だな!水瀬 来夢!本来なら秋月にブラックカラーの毒舌アイドルを担って欲しかったのだがっ!」

 

いやいやいや、ほんとに待って下さい。

それ大丈夫って何ですか?

あたしにツッコミなんか出来る訳ないじゃないですか…。

 

「キサマはあれな?学生の時にダンスやってたなら運動神経はいいだろ?とりあえず体育会系アイドルって事で」

 

めちゃくちゃ適当!?

 

「は?まぁ…運動は得意な方ですけど…適当過ぎません?」

 

この後もみんなでギャーギャー騒いだり何だり、藤川さんは何故か明智さんに殴られたりもしてたんだけど、その時間も少ししてから終わりを告げた。

 

他の企画バンドの話も終わったからか、タカさんや英治さん、トシキさんと拓斗さんのBREEZEのメンバーと、木原さんや神原さん、瀨羽さんといったArtemisのメンバーが社長室に入って来たからだ。

 

「あ、あれ?弘美ちゃんは何でそんな格好を?」

 

「「ぶはっ!ぶはははは!弘美お前何て格好してんだ!ぶはははは!!」」

 

「ど……どちくしょーー!!!!」

 

明智さんは叫びながら社長室から逃げて、あたし達は解放された。

 

Vivid Fairy。

あたし達のアイドルユニットはこれからどんな感じに歌っていくのかな?

 

…ははは、あたしがツッコミかぁ。

 

そんな事を思いながらあたしの話は幕を閉じるのである。



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第22話 トシキと翔子の場合

俺の名前は江口 渉!

Ailes Flammeのイケメンボーカルだ!

 

俺は今、BREEZEのギタリストだったトシキにーちゃん。

Artemisのギタリストだった翔子ねーちゃんに呼ばれ、SCARLET本社の一室に居る。

 

この場に呼ばれたのは俺以外のメンバーは、

Ailes Flammeのベーシストの拓実、Canoro Feliceのドラムスの松岡パイセン、evokeのギタリストの結弦さんだ。

 

俺達はトシキにーちゃんと翔子ねーちゃんから、企画バンドをやる事になる。との説明を受けた。

Ailes Flammeとしてまだバンド活動をしっかり出来てるとは言えない俺達には、15年前にクリムゾングループと戦いながらバンドをやっていたトシキにーちゃん達にプロデュースしてもらえるのは、きっとこれからの俺達の力にもなる。そう思っていた。

 

そしてこんな大事な話の時に俺のモノローグ。

やっぱりこの物語の主人公は俺だな!そう思っていた。

 

まぁでも何だな。

この物語全然バンド活動もライブもやってないよな!

俺なんかこないだ歌ったのいつだっけ?

 

そんな事を考えながら、今まさに翔子ねーちゃんと結弦さんがデュエルをしようと構えているのを眺めていた。

俺はいつになったら歌ったり出来るんだろうなぁ?

 

 

「ガキ。あたしが勝ったらトシキさんに頭を下げろ。むしろ土下座な」

 

「うっせぇ。土下座だろうが何だろうがしてやんよ。ただし俺が勝ったらこの話は無かった事にしてもらうぜ」

 

「俺は頭なんて下げていらないから翔子ちゃんも少し落ち着いて…。そもそも俺がどうとかって話じゃないし」

 

「トシキさんは優しすぎですよ!そんな所もステキなんですけど///」

 

「折原くんもこの企画バンド自体はいいって思ってるんでしょ?翔子ちゃんとデュエルしてみたいって気持ちはわからなくはないけど…」

 

「トシキさん、俺はevokeとして雨宮 大志に勝ちてぇ。だから、あんたの企画バンドで腕を磨くのは悪くねぇとは思った。だが、ギターを教えてくれるってのがあんたじゃなくて、この女ってのが気にいらねぇ」

 

「もう…翔子ちゃんも折原くんも…。何でこんな事に…」

 

 

そう。トシキにーちゃんの言うこんな事。

こんな事になったのは少し前の時間に遡る。

 

 

 

 

「そんな訳でさ。俺もちょっとバンドやってた時の事を思い出したんだ。はーちゃんに俺の音楽を観て貰いたいって目標を持ってた事…」

 

「トシキにーちゃんの音楽をにーちゃんに…か。

わかるぜトシキにーちゃん!俺もにーちゃんに俺の音楽を観てもらいたいしな!」

 

トシキにーちゃん達BREEZEの時は作詞も作曲も全部にーちゃん事葉川 貴がしていた。

 

トシキにーちゃんも拓斗にーちゃんも英治にーちゃんも、にーちゃんの音楽が好きだったから、ずっとにーちゃんに任せてばっかりだったみたいだけど、トシキにーちゃんもにーちゃんの音楽の力に。にーちゃんに自分の音楽を観て貰いたいって思ってたみたいだった。

にーちゃんが喉を壊した時から、ずっと自分が力になれてたらって思っていたらしい…。

 

「僕も少しトシキさんの気持ちわかります。

僕達Ailes Flammeは作曲は亮ですし、作詞も今は渉とシフォンに任せてばっかりですけど…。僕も…拓斗さんや東山先生、渉や亮やシフォンにも僕の音楽を観て貰いたいって思ってますし!」

 

拓実…。

そっか拓実もそんな風に考えてくれてたんだな。

俺も拓実の音楽、観てみたいって思う。

俺達は4人でAiles Flammeだもんな。

 

「トシキさん…。あの頃そんな事を想ってらしたんですね…。タカなんかトシキさんに比べたらミジンコのクソ程度でしかないのに…」

 

ん?え?翔子ねーちゃん?

にーちゃんの事ミジンコのクソとか思ってんの…?

 

「佐藤さんの気持ち…わかりました。

南国での雨宮 大志さんとのデュエルの時、俺の演奏は全然歯が立たなかった。でも、佐藤さんがギターで加勢してくれたから…。

佐藤さんがプロデュースするバンド。是非参加させて貰いたいって思います」

 

南国での雨宮の親父さんとのデュエルか。

あのデュエルの事は俺も聞いている。

聞いた後に特別編の第6話も読んでみたしな!

おっと、こういう事は自重しないとな。

 

あの時は雨宮と拓実と松岡パイセンで雨宮の親父さんとデュエルをしたらしい。

全然歯が立たなくて…圧倒的な実力差で拓実達は負ける所だった。

 

だけど茅野先輩とトシキにーちゃんが加勢して何とか引き分けに終わった。

 

茅野先輩のベースもすげぇとは思うけど、トシキにーちゃんのギターが無かったら…。

 

いや、デュエルに『もし』とか『だったら』なんて言葉は存在しねぇ。

……ってにーちゃんが言ってた。

 

『もし』『だったら』ってみんな誰しもが思う。みんな不満や、あの時こうしてれば、あの時こうだったらと後悔するものだ。と…。

 

でも『今』ってのはその時に選んだ事、選ばざるを得なかった事。そうなるしかなかった事ってのが複雑に絡み合って『今』がある。

 

自分が良かれと思って至った今も。

自分が選びたく無かったのに至った今も。

今が俺の『今』なんだと…。

 

そう。俺がもしあの時、東雲 大和に野球で負…

 

「俺はこの企画バンドってのをやるつもりはねぇ。時間の無駄だ」

 

けてなかったら、きっとバンドは…。

 

って!!!

 

俺、みんな企画バンドは賛成派だと思って自分の世界に入っちゃってたけど、結弦さんは企画バンド反対派なの!?

 

「折原くんはやりたくないかな?この企画バンド。

良かったら理由を聞かせてくれる?」

 

「あ?ああ、理由か。

南国での雨宮 大志とのデュエル。俺は完全に負けた。

だが、負けて初めて見えるモノが出来た。

俺がギタリストとして更に高見へ行けるって道がな」

 

トシキにーちゃんの問いに結弦さんが答えた。

今みんな結弦さんの話の続きを待っている。

そして、結弦さんは一呼吸置いた後にこう続けた。

 

「雨宮 大志のギターはまるで魔術みてぇだった。

俺の音をあいつの音でかき消されて…。雨宮娘達とのデュエルの時もそうだ。あいつのリズムが雨宮娘達のリズムを崩しに来てやがった。あんなギターテクは俺は見た事も聞いた事もねぇ」

 

結弦さんはジッとトシキにーちゃんを見詰めて

 

「そんなあいつのギターテクにも対抗しうるパワフルなサウンド。技術も何もかもを突き破るような荒々しさがありながら静かなサウンド。それを佐藤さん、あんたがやってのけた」

 

「俺?いや、あの時は必死だったのもあったからね」

 

「もうあんたはギターはやらねぇって話だ。

だがかつてのギタリストとして、あんたの事もすげぇギタリストだと俺は尊敬してる」

 

「え?あはは、ありがとう。そんな風に言われると照れちゃうな」

 

「尊敬に値するギタリストがプロデュースするバンドなら、これからの俺のレベルアップにいい経験値になるだろうぜ。雨宮 大志にも色んなヤツラとセッションして周りを見ろとも言われたしな。あいつに従うみたいでムカつきもするが…」

 

トシキにーちゃんのプロデュースするバンドをやる事が結弦さんの経験値にもなるなら…。

 

「そうですよ!渉の言う通りですよ!

結弦さんにもevokeにもいい経験になるの思いますよ!なのに何で…」

 

ん?拓実待って。

渉の言う通りですよって何?俺は何も言ってないよ?

やっぱり今日も俺の心はみんなに筒抜けなの?

 

「折原さん、俺もそう思いますよ。

15年前にクリムゾンと前線で戦っていたBREEZEのギタリストがプロデュース。俺達のレベルアップにはありがたい話だと思うんですけど…」

 

松岡パイセン。

俺もそう思いますよって拓実に同意したんだよな?

松岡パイセンにも俺の心が読まれてる訳じゃないよな?

 

「ああ、テメェらの言う通りだな。

だからこそだ。今は俺はこの企画バンドをやるつもりはねぇ。

佐藤さん、俺とデュエルしろ。本当に俺が尊敬しうるギタリストかどうか試させてもらいてぇ」

 

トシキにーちゃんとデュエル…?

 

「お、俺とデュエル…?う~ん、どうしよっかな…」

 

「どうした?あんたが勝てば俺は素直にあんたがプロデュースするバンドのギタリストを引き受ける。

いや、むしろあんたにギターを教わりてぇ。こっちから頭下げてでも参加させて貰いたいってくらいだ」

 

「俺の実力を見たい訳か…。なら、しょうがないかな…」

 

「上等だ。やるぜ!デュエル!」

 

そう言って結弦さんはギターを取り出して構えた。

 

「待てクソガキ」

 

トシキにーちゃんがギターを取り出そうとした時、今まで黙って話を聞いていた翔子ねーちゃんが、結弦さんの前に立った。

 

「あ?何だ女。あんたに用はねぇ」

 

「しょ、翔子ちゃん?」

 

「トシキさん…すみません。少しあたしに任せて下さいませんか?お願いします…!」

 

「翔子ちゃん…。うん、わかったよ」

 

う~ん、翔子ねーちゃんって、やっぱり俺達と話す時とトシキにーちゃんに話す時と口調も声の高さも違うよなぁ…。何でだろ?

 

「え?いや、渉は本当にそう思ってるの?何でかわからないの?」

 

「拓実?何だ?何の事だ?」

 

「まぁ…渉だもんね…」

 

ちょっと待ってくれ拓実。

本当に何の事なの!?

 

「ガキ。あたしもやりたくもない音楽ってのはやらせたくねぇ。そんなんじゃクリムゾンと一緒だからな」

 

「あ?」

 

「だからやりたくねぇってんなら、やる必要はねぇよ」

 

「しょ、翔子ちゃん!?確かに俺もそう思うけど、このバンドは…」

 

「だがガキ、お前はやりたくねぇって訳じゃなくて、ただトシキさんの力を見たいだけ。そして自分のレベルに見合わなければバンドをやるつもりは無いって事だろ?」

 

「…ああ、そうだな。佐藤さんには悪いが、俺はもっともっと上に行かなくちゃいけねぇ。どうせやるなら俺は自分のレベルアップに繋がる人に教わりてぇ。

だがこう思うのはしょうがねぇ事だろ?」

 

「ガキ、お前の気持ちもわかる。だけどあたしはお前を許せねぇ」

 

「翔子ちゃん?な、何をそんなに怒ってるの?」

 

そうだよな。

結弦さんはギターの腕を上げたい。

だからトシキにーちゃんとデュエルして、トシキにーちゃんの実力を知りたい。

デュエルで負けたらこの企画バンドをやる。

デュエルで勝てばこの企画バンドはやりたくない。

 

う~ん、確かに結弦さんの勝手だとは思うけど、翔子ねーちゃんも気持ちはわかるって言ってたし、そんなに怒る事じゃないと思うんだけどなぁ…。

 

「女。つまりテメェは何が言いてぇ?」

 

「ガキがトシキさんに上等キってんじゃねぇよ。あたしがデュエルしてやる。あたしに負けたらトシキさんに土下座な」

 

「あ?何だと…?テメェとデュエルだ?」

 

ん?うん?え?

 

「翔子ちゃん?何を言ってるの?」

 

「だってぇ~、トシキさんの事バカにし過ぎですよ、このクソガキ。大志如きに負けたくせに…!」

 

「あ?大志…如き…だと…?」

 

「あ、あのさ、翔子ちゃん?」

 

「トシキさん!あたしがあのガキをちゃんとわからせてやりますから!」

 

「いや、俺も翔子ちゃんが何を言ってるのかわからないよ?」

 

「まぁまぁ!あたしに任せて下さい!」

 

そう言って翔子ねーちゃんはトシキにーちゃんを俺達の方に押しやってきた。

 

「おい女。大志如きってどういう事だ?

確認するまでもねぇが、大志ってのは雨宮 大志の事だよな?」

 

「あ?ああ、そうだ。

あたしは大志とのデュエルは勝ち越し。まぁ、負けた事もあるっちゃあるけどな」

 

「雨宮 大志とのデュエルで…勝ち越しだ…と…!?」

 

「神原先生ってそんなに凄いんですか!?」

 

松岡パイセンと拓実が驚いている。

だけど、俺達はこの後の翔子ねーちゃんの言葉で更に驚く事になった。

 

 

「だけど、あたしはトシキさんにはデュエルで1度も勝てた事がない。1度もな…」

 

 

俺達は耳を疑った。

あの雨宮 大志とデュエルで勝ち越してる翔子ねーちゃんが、トシキにーちゃんには1度もデュエルで勝てた事がないなんて…。

 

俺はトシキにーちゃんの方に目を向けた。

 

 

……ん?

 

 

トシキにーちゃんはまるで、にーちゃんみたいに死んだ魚のような目をしていた。

 

 

「ト、トシキさん!本当なんですか!?」

 

「あの雨宮 大志に勝ち越してる神原さんにデュエルで負け無し…」

 

拓実と松岡パイセンがトシキにーちゃんに詰め入るように質問していた。

 

「う~ん…確かに翔子ちゃんと『デュエル』なら俺は負けた事は無いかな…」

 

「や、やっぱりBREEZEはすごいや…」

 

「澄香さんからArtemisはエクストリームジャパンフェスの本選に出場する事になっていたと聞きました。佐藤さんはそんなバンドのギタリストよりも…」

 

エクストリームジャパンフェス…?

そういやそんなフェス大会があるって聞いた事がある。

 

各地のバンドとデュエルをして、戦って、戦い抜いて、最後まで勝ち残ったバンドだけが与えられる本選リーグへの出場権。

 

Artemisはそんなフェスの本選に行けるくらいの…。

そしてトシキにーちゃんはそんなバンドのギタリストに勝てるくらいの…。

 

「いやいやいや!待ってみんな!」

 

トシキにーちゃんは羨望の眼差しを向ける俺達を制止した。

 

「た、確かにね!俺は翔子ちゃんとデュエルした時は負けた事が無い!

だけど、ギターの演奏に関しては翔子ちゃんの方が全然凄いし、技術に関しても俺は足下にも及ばないくらいだよ?」

 

ん?どういう事だ?

それなのに翔子ねーちゃんにはデュエル負け無しなのか?

 

「な、何かね、翔子ちゃんは俺とデュエルする時はいつも体調が悪かったみたいでさ…」

 

体調が悪かった…?

トシキにーちゃんとデュエルする時にたまたま?

 

「あ、あのトシキさん、神原先生の体調が悪かったっていうのは具体的には…?」

 

「あ、ああ、うん。

翔子ちゃんは俺とデュエルしてる最中に急に演奏を止めてボーっとしたり、ギターを落っことしちゃったり…。顔を真っ赤にして倒れた事もあったかな」

 

急に演奏を止めてボーっとしたり?倒れたり?

翔子ねーちゃんはそんな状態でもデュエルを…。

さすがArtemisのギタリストだぜ!

 

「な、なぁ、内山。

それって神原さんの体調が悪かったんじゃなくて…」

 

「ですよね…僕もそう思います…。

神原先生は多分トシキさんに見惚れて…」

 

「だよな?」

 

松岡パイセンも拓実もコソコソと何を話してんだろ?

 

「翔子ちゃんは別に身体が弱いって訳でもないのに、何故か俺とのデュエルの時だけね…あはは…」

 

「なぁ、内山。

佐藤さんは全く理由がわかってないみたいだな」

 

「うん。さすがBREEZEのギタリストですよね。

タカさんといい勝負ですね。こういうとこ。

はぁ~…。渉もどんどんこんな感じになってきてるしなぁ~」

 

ん?拓実のやつ俺の名前出したか?

何だろう?すげぇ気になる。

 

 

 

 

と、そんな事があって、今から翔子ねーちゃんと結弦さんのデュエルが開始されようとしていた。

 

「翔子ちゃん…さすがだね…」

 

「佐藤さん、この神原さんの演奏。

まるでこないだの雨宮さんみたいな…」

 

「うん、折原さんの音の刹那に神原先生が音を被せてきてる…。これが15年前のギタリストの演奏…」

 

開始されようとしている所じゃなかった。

どうやら俺の回想中にデュエルは始まってしまったらしい。

俺の回想シーンが長すぎたようだ。

 

 

「どうだガキ。これがお前とあたしの差だ。

トシキさんに聞いたけど、あんた大志にこの技法で負けたんだってね?」

 

「(う、嘘だろ…!?南国から帰ってきてから俺はあの時の雨宮 大志に打ち勝てるように練習してきたんだぞ…!?それを…!!)」

 

「喋る余裕もないか…」

 

「(これが15年前のギタリストの…。俺はまだまだだ…。だが、それは俺がもっとすげぇギタリストになれる可能性があるって事だ…!こいつらに…神原さんと佐藤さんに勝つ時には俺は…きっと…!!)」

 

 

 

 

「確かに根性だけはあるみたいだね。最後までやりきるとは正直思ってなかった」

 

「ハァ…ハァ…。息も切れてねぇのかよ…ハァ…ハァ…」

 

結弦さんと翔子ねーちゃんのデュエルが終わった。

 

結弦さんのギターも俺は凄いと思っている。だけど、翔子ねーちゃんの演奏には足下にも及ばなかった。

 

「翔子ちゃんも折原くんもお疲れ様…。

翔子ちゃん…ちょっとやりすぎじゃない?」

 

「そ、そんな…!?だ、だって…だって…うぇぇぇん…」

 

「わ!?わわわ!?翔子ちゃん、怒ってる訳じゃないから泣かないで…!」

 

「ねぇ、松岡さん…神原先生のあれって…」

 

「ああ。十中八九ウソ泣きだろうな…」

 

え?あれウソ泣きなの?

拓実と松岡パイセンは何であれがウソ泣きだってわかるの?

 

「佐藤さん!」

 

「ん?折原くん?」

 

「ん?あれ?トシキさん?

もうちょい。もうちょいでその手があたしの頭に届きますよ。ほら、あたしを泣き止ます為に早く撫で撫でして下さい」

 

トシキにーちゃんが泣いている翔子ねーちゃんの頭に手を置こうとした瞬間。

結弦さんがトシキにーちゃんに声を掛けた。

 

トシキにーちゃんは翔子ねーちゃんの頭の手前で手を止めて結弦さんの方に目をやった。

 

……翔子ねーちゃんお疲れ様。

 

「折原くん、どうしたの?」

 

「…どう言えばいいか。

さっきの…あんたを試すような言葉。悪かった。

いや……すみませんでした」

 

「気にする事ないよ。俺は折原くんの気持ちもわかるからね。それに…デュエルの相手が翔子ちゃんじゃなくて俺だったら、折原くんは負けてないかもしれない」

 

「トシキさん!ほら!頭!頭!」

 

翔子ねーちゃんはトシキにーちゃんの方に頭を向けているけど、トシキにーちゃんはそんな事も気にせずに結弦さんとの話を続けた。

翔子ねーちゃんドンマイ!

 

「どうする?俺ともデュエルやってみる?」

 

「いや、遠慮しておく。

今の俺じゃ…多分あんたには勝てねぇ」

 

「あ、あはは。そんな事は無いと思うけど…」

 

「テクとかの話じゃねぇ。ハートの問題だ。

15年のブランクのあるあんたにはギターテクでは勝てるかも知れねぇ。だが、ハートは今の俺じゃどう足掻いて勝てそうにねぇ。今は素直にそう思える」

 

「……うん、そっか」

 

「だから…頼む!

あんたの企画バンドに…俺を…俺をギタリストとして入れてくれ!

そしてあんたと…佐藤さんと神原さんにギタリストとして足りない事を教えてもらいてぇ!

あんたらの言う事なら何でも聞く…!だから!!」

 

「ありがとう折原くん。

俺の企画バンド…WORLD CRISIS(ワールド クライシス)のギタリストを引き受けてくれて」

 

「WORLD……CRISIS…?」

 

WORLD CRISIS?

それが俺達企画バンドのバンド名か…。

 

「うん。意味は…。

やっぱり言うの止めとこうかな」

 

あれ?バンド名の意味とか由来とか教えてもらえないの?

 

「このバンド名の意味は…これからみんなで感じとって欲しい。渉くん、拓実くん、松岡くん、折原くんならきっと見つけてくれると思うから」

 

「僕達が…見つける…?」

 

「なるほどな。この企画バンド…。やっていけば…いや、やっていく中で俺達自身で意味を見つけろって訳か」

 

俺達が…自分でこのバンドの意味を…?

 

 

 

 

それからトシキにーちゃんと翔子ねーちゃんから、このWORLD CRISISをやっていく上での話を少ししてもらった。

 

俺と拓実はトシキにーちゃんにBREEZEのにーちゃんと拓斗にーちゃんの技術を。

結弦さんと松岡パイセンは翔子ねーちゃんに部活のメンバーに教えているセッションの技術を教えてもらえるらしい。

 

ただ、それは俺達にとっての正解かどうかは俺達が見つけるという事になっている。

俺達の音楽は俺達で見つけるのが正解だからと…。

 

 

「しかしとんでもない事になったよね~。

企画バンドかぁ~、おっちゃん達も色々考えてるんだね」

 

「うん…。でもAiles Flammeとは違うバンドで練習するのも、いい経験にはなりそうだと思ってるよ。僕はまだまだベースの技術はダメダメだしさ」

 

「お前らはまだバンドだからいいじゃねぇか。

オレなんかアイドルグループだぞ?ダンスとか正直自信ねぇよ」

 

今、俺はAiles Flammeのメンバー。

シフォン、拓実、亮と帰路についている。

 

特に待ち合わせしてた訳じゃないけど、たまたま帰りが一緒になった。

 

「俺はトシキにーちゃん達の企画バンド楽しそうって思ってるぞ!

でもな。やっぱり俺の一番はAiles Flammeだ!」

 

「渉くんは改まって何を言ってるの?

ボクだってもちろん一番はAiles Flammeだよ」

 

「僕もそうだよ!トシキさん達の企画バンドもしっかり頑張るけど、僕はAiles Flammeのベーシストなんだから!」

 

「オレもそうだ。なるだもんな、オレ達Ailes Flammeが天下一のバンドに」

 

うんうん!やっぱりAiles Flammeが最高のバンドだな!

企画バンドは企画バンド。

俺もしっかり頑張って勉強もさせてもらうつもりだ。

 

だけど天下一のバンドは。

東雲 大和の言ってる天下一のバンドは、俺達が…Ailes Flammeがなってみせる!

 

「……っと。

話もまだまだ、し足りねぇ気もするけどここまでだな。

拓実とシフォンはあっちだろ?渉はうちで飯食って行くか?」

 

「あ、ほんとだね。

じゃあシフォン、途中までだけど一緒に帰ろうか」

 

「うん、そうだね!渉くん、亮くんまた明日ね!」

 

「シフォン…気を付けて帰るんだぞ。

クッ…心配になってきた。シフォン、やはりオレもお前らと一緒に帰ろうか?何なら家まで送るぞ?ご両親にも挨拶しておきたいしな」

 

「え?あ、ああ、うん、ありがとう亮くん、でも大丈夫だよ」

 

「さ、シフォン。僕と帰ろうか。亮が変な事やらかす前に…」

 

「変な事…?う、うん、そうだね!」

 

「じゃあな!拓実、シフォン!

亮、俺達も帰ろうぜ!親父さんのカツ丼も食いたいしな!」

 

そう言って俺達は別れ、俺は亮と一緒に亮の親父さん達がやっている定食屋で晩飯を食う事にした。

SCARLETの食堂じゃあんまり食べる時間無かったしな。

 

 

 

 

 

 

そして…亮の親父さんのやっている定食屋に入った時、俺達は見たんだ。いや、見てしまった?どんな言葉もしっくりと来ない。

 

そいつは味方の雰囲気でも敵の雰囲気でもなく、生きているようにも死んでいるようにも見え、存在すらあるようでなかった。暑くて寒い、冷たくて火傷しちまいそうな…。

 

ただ…俺達はとうとうあいつと会ってしまったんだ。



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第23話 敵

オレは今、会議室の前まで来ていた。

 

これから大事な会議が開かれるという事で緊張もしている。

だけどオレはオレ達のバンドのリーダーッス!

他のバンドに遅れを取ったり、舐められないようにしないと…。

 

 

 

「失礼しまッス!」

 

 

 

軽くノックをした後、元気に声を出して会議室に入る。

 

 

 

-ゴンッ!

 

 

 

後ろからいきなり頭を殴られた。

マジで痛いッス。

 

 

「い、痛ってぇ!いきなり誰ッスか!?」

 

オレが殴って来た奴に文句を言ってやろうと振り返ると…。

 

 

「ワイや」

 

 

そこに立っていたのはinterludeのボーカルである白石 虎次郎…さんだった。

 

「さっさと会議室に入れや。何を入り口でボーッとつっ立っとるねん」

 

「こ、虎次郎さん…」

 

「虎次郎。余計な事はするなと言っただろう?」

 

「は?余計な事ちゃうわい。こいつが邪魔やっただけや」

 

虎次郎さんの横に目をやると、そこにはinterludeのベーシストである朱坂 雲雀さんがいた。

 

 

 

 

あ、自己紹介が遅れちゃいましたね!

オレの名前は不破 太一!

スッゲー久々の登場ッス!

 

オレが登場したのはAiles Flamme編の第8章以来ッスかね?みんなにはすっかり忘れられてると思うッス!

忘れてるみんなは、またAiles Flamme編の第8章を読み直してくれたらいいッスよ!

 

「太一、お前邪魔や言うてるやろ。早よ中に入れや」

 

「あ、す、すみません…」

 

ハァ~…。他のバンドのメンバーに舐められないようにしないと…と、意気込んでいたのに何でいきなり虎次郎さんと出くわすんスかね…。

 

「すまないね不破くん。

今日は虎次郎は連れて来ないつもりだったのだが…」

 

「は?何を言うとんねん。今日は幹部会やろが。

そんだらワイも参加すんのが当然やろ」

 

「っても、interludeのリーダーは雲雀さんじゃないスか。何で虎次郎さんまで来てるんスか」

 

「ワイは幹部やからな」

 

「虎次郎は幹部というより患部だろう?やれやれ…」

 

「雲雀さん大変ッスね…」

 

 

そしてオレ達は会議室に入り、列べられていた椅子に座った。

 

「何でワイの椅子が無いねん」

 

「勝手に付いて来たのは虎次郎だろう?

今日はクリムゾンエンターテイメントの小暮さんの傘下にあるバンドのリーダーが集まる会議なんだからね」

 

そう今日はクリムゾンエンターテイメントのバンド。

その中でも大幹部である小暮 麗香さんの率いる麗香七舞階(れいかしちぶかい)の集まるミーティングっス。

小暮さんも麗香七舞階とか…。完全ネタじゃないっスか。

 

オレはソッとここに集まっているメンバーを見てみた。

 

 

 

………何でここのほとんどのメンバーは、漫画とかアニメでよくあるような影で顔が見えない感じになってんスか?

これは小説ですよね?そんな演出無意味じゃないスかね?

 

オレがそんな事を考えていると

 

「どいつもこいつもヤバい顔付きやで…。こいつらがクリムゾンの…幹部か…」

 

虎次郎さんにはみんなの顔見えてんスか?

 

 

 

オレ達が席に着いてしばらくすると、小暮さんが室内に入って来た。

 

「やぁやぁ!みんなおつかれ~!

うんうん!みんな集まってるね!時間ピッタリ!

さっすが私の率いる麗香七舞階のメンバーだよ♪」

 

そう、ここに居るのはクリムゾングループから選ばれた凄腕のバンドマンから構成されたバンドのメンバー。

 

実はオレもクリムゾンエンターテイメントのバンドマンだったんス。

 

でもでも!

夏休みにAiles Flammeの江口さんや内山さん、Canoro Feliceの夏野さん、Divalの雪村さんと出会ったのは本当に偶然でしたし、オレは本当にAiles Flammeの事を尊敬してるし大好きなんスよ!

 

たまたま…本当にたまたま…オレが所属しているのがクリムゾンエンターテイメントだっただけで…。たまたまAiles Flammeの演奏を聴いて…好きになっただけなんス。

 

オレは…江口さん達の敵なんスよね…。

 

 

オレはクリムゾンエンターテイメントのバンド。

そのメンバーのボーカルっス。

いつか…いつかは江口さんや内山さん達のAiles Flammeとも、夏野さんのCanoro Feliceとも、雪村さんのDivalとも戦わないといけないんスよね…。

 

 

 

-ゾクッ

 

 

 

オレがそんな事を考えていた時、小暮さんの後ろから入って来た人を見て寒気のようなものを感じた。

 

……昔の映像で見た事があるッス。

あれは…あの人は…雨宮 大志。

 

「あいつは…JOKER×JOKERの雨宮 大志…」

 

虎次郎さんの言葉にハッとした。

 

JOKER×JOKERの雨宮 大志…?

 

JOKER×JOKERといえばオレ達クリムゾンエンターテイメントの最強であり最高のバンド。

だけどJOKER×JOKERはメンバーが不明の謎のバンドってコンセプトのはず。

 

いや、待って下さいッス!

雨宮 大志といえばDivalの雨宮 志保さんのお父さん。

そして15年前のアルテミスの矢のギタリストだったはずッスよ!?

何でそんな人が…クリムゾンに…?

 

「あん?太一、お前どないしたんや?さっきから黙りこくってガマガエルみたいに脂汗を流しよって…気持ち悪っ!」

 

虎次郎さん?その気持ち悪っ!てくだりは必要でしたかね?

 

「いえ、JOKER×JOKERの雨宮 大志って、もしかして昔、クリムゾンエンターテイメントの敵だったアルテミスの矢のバンドだった雨宮 大志の事ッスか?」

 

オレはそのまま疑問に思った事を口にした。

 

「は?何言うとんねん。他に雨宮 大志っておるんか?」

 

「で、でも!JOKER×JOKERって正体不明のバンドでしょ!?オレもクリムゾンエンターテイメントに入ってかなり経ちますけど、JOKER×JOKERのギタリストが雨宮さんだなんて知らなかったッスよ!?」

 

「不破くん、一般的にはJOKER×JOKERは確かに正体不明のバンドだよ。トップアーティストだというのに露出もないしね」

 

そう雲雀さんがオレに声を掛けた後、虎次郎さんが続けてこう言った。

 

「雨宮 大志はどういう訳か自分達が倒したバンドマンには、自分の正体を明かしとる。せやから、一般的には知られてなくても、一部の人間には知られとるっちゅー訳や」

 

自分達が倒したバンドマンに正体を明かしている?

だから一部の人間には正体を知られている?どういう事なんだ…?

でも、だから虎次郎さん達も雨宮さんがJOKER×JOKERのギタリストだと知ってたって事ッスか?

 

「雨宮さんには雨宮さんの考えがあっての事なんだろうけど…。でもそのせいでしーちゃんは…」

 

しーちゃん?

雲雀さんがボソッと聞こえるか聞こえないかの声でそう呟いた。

しーちゃんって誰なんだろう?雲雀さんの知り合いッスかね?

 

 

「もーう!みんな時間厳守は良い事だけど、何で電気も付けずに会議室にいるわけ!?私、暗いの嫌いなんだよね~」

 

-パチッ

 

小暮さんの言葉が会議室中に響き渡り、その後、会議室の電気が付けられた。

 

ああ、電気が付いてなかったんスね。

だから、オレには会議室に居る人達の顔がちゃんと見えてなかったんスね。

 

電気が付けられた事で会議室内は明るくなり、そしてオレはその場に居たメンバーの顔を見て驚いた。

 

小暮さんと雨宮さんと一緒に会議室に入って来た人物。

その人は間違いない。HONEY TUMBLEのメンバーの人ッス。

 

HONEY TUMBLEも15年前はクリムゾンエンターテイメントと敵対していたバンドのハズッス。

そして、先日の南国DEギグで復活ライブをしたけど、その時にオレ達クリムゾンエンターテイメントのせいで…。

 

いや、オレが驚いたのはHONEY TUMBLEのメンバーを見たからだけじゃないッス。

この会議室には他にも有名なバンドマンが。

 

kiss symphonyのReonaさん。

あの人は、Divalの氷川 理奈さんが抜けたcharm symphonyの後がまとして、ベースボーカルになったクリムゾングループのミュージシャン。

Reonaさんはクリムゾンエンターテイメントとは関係ないクリムゾングループのミュージシャンだったハズなのに、何でこんな所に…。

 

そして、その他の人を見てからもオレは驚きを隠せなかったッス。

 

 

何故かド派手なドレスを着てワイングラスを片手に座っている女の人。

テーブルにブドウジュース果汁100%って書いてある瓶が置いてあるから、ワイングラスに入っているのはきっとただのジュースッスね。

 

 

その隣には『小学生低学年算数のドリル』と書かれた本を読みながら難しい顔をし、時折頭をガシガシとかきむしっている人がいた。

この人はちょっと前にテレビで観たことがあるッス。

元Blue Tearの小鳥遊 花梨さん…。

 

 

そして更にその隣には、何故か左手だけで一生懸命に右手に包帯を巻こうとしている人が…。

特に怪我をしているようにも見えないのに、何故この人は包帯を…?

 

 

ハッ!?

オレはその隣に座っている人を見て更なる驚きを覚えた。

その人は…。

 

「ん~、なんかこの色はイマイチかな」

 

こ、この人はさっきまで暗かったこの部屋でネイルをやっていたというんスか…!?

何て女子力なんスか…。ん?女子力?女子力ってなんスか?

 

 

この人達は何者なんだろう?

でもどこかで…どこかで見た事があるような…?

 

 

「花鳥風月」

 

 

…花鳥風月?

オレがこの人達は誰なのか?と、考えていた事をわかったかのように、雲雀さんが呟いた。

 

 

花鳥風月。

もちろんオレは知っている。いや、知っていると言っても話に聞いた事があるだけなんスけど。

 

オレ達クリムゾンエンターテイメントのメンバーは、クリムゾンエンターテイメントに所属する前に100人デュエルという訳のわからない儀式をさせられるっス。

 

訳のわからない儀式とは言え、その100人デュエルの過半数。51人以上に勝たなければならないルール。

クリムゾンエンターテイメントの精鋭を倒して、やっとクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンになれる。

そしてそのデュエルで敗れたミュージシャンはクリムゾンエンターテイメントから脱退させられ、2度と音楽をやれなくされるか、デュエルギグ戦闘員にさせられるか…。

 

オレも虎次郎さんももちろん、51人以上のミュージシャンを倒したから、クリムゾンエンターテイメントのミュージシャンになれている訳ですが、この花鳥風月の4人は100人デュエルで100人全てのミュージシャンに勝ったと聞いているッス。

 

……クリムゾンエンターテイメントって何人居るんスか?

 

 

「雲雀、お前今こいつらの事を花鳥風月って言うたか?こいつらがあの花鳥風月なんか?」

 

やっぱり虎次郎さんもクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンっスね。

大してまわりに興味も無いくせに花鳥風月の存在だけは知ってるみたいっスね。

 

 

-ゴン

 

 

「イッテェ!虎次郎さん!何でオレを殴るんスか!?」

 

「いや、すまん。何かお前が失礼な事を考えとる気がしての」

 

何でわかったんスか?エスパーか何かスか?

 

「ああ、彼女達は間違いない。

花鳥風月と呼ばれている4人のミュージシャンさ」

 

天性の歌声を持つボーカルの天花寺 紫苑。

ダンスを取り入れたパフォーマンスギタリスト、元Blue Tearの小鳥遊 花梨。

人を惹き付けて、心を縛りつけるような音を奏でるベーシスト、風祭 百合子。

圧倒的なサウンドで周りのサウンドを萎縮させる程の卓越したドラマー、若月 菫。

 

この4人があの花鳥風月…。

 

 

「はいはい!静かに!

みんなで仲良く自己紹介!…っていきたい所なんだけど、私も色々と予定が詰まっちゃってるし、サッサと要点だけ話して会議を終わらせちゃうね!」

 

予定が詰まっている?

ならどうしてわざわざみんなを集めて会議を?

メールとかの連絡でも良かったんじゃないスかね?

……いや、もしかしたら予定が詰まってるのに、わざわざみんなを集めなきゃいけない事態が?

 

まさか…ファントムのバンドを?

 

「今、ここには私が集めた精鋭のバンド、麗香七舞階と、JOKER×JOKERとHONEY TUMBLEで9つのバンドがいるわ」

 

9つのバンド…。

確かファントムのバンドも9つのバンド。

Ailes Flamme

Blaze Future

Canoro Felice

Dival

evoke

Noble Fate

FABULOUS PERFUME

Glitter Melody

Lazy Wind

 

やっぱりファントムのバンドとの戦いの為に、ここに集められたんスね。

 

「まぁ、察しの良い子達は気付いてるかも知れないけど、私達は9バンド、ファントムも9バンド。

だから、各々1バンドがファントムのバンドを…」

 

やっぱり…そうなんスね。

江口さん…内山さん…夏野さん…雪村さん…。

 

「ってやれたら面白かったんだけどぉ~。

私達、クリムゾンエンターテイメントはファントムにはノータッチ。いえ、私達からファントムのバンドに手を出す事は禁止よ」

 

…え?

クリムゾンエンターテイメントはファントムのバンドにはノータッチ?オレはファントムのバンドと戦わなくていいって事っスか?

 

「ま、それで今日みんなに集まってもらったのはぁ~……」

 

「ちょ!ちょー待てや!!ファントムのバンドに手を出すなってどういう事やねん!!」

 

小暮さんの話の途中だというのに、虎次郎さんが声をあげた。

色んな所で噂程度には聞いてましたが、やっぱり虎次郎さんはAiles Flammeを…江口さんの事を…。

 

「も~。やっぱり白石くんは文句言うよね~。だからわざわざ全員を召集せずに幹部会にしたってのにさ~」

 

「わ、私もその話にはものを申したいです。そこの人の言う通りです…。わ、私は兄の仇である雪村 香菜のDivalを討つ。その目的の為に私はクリムゾンに…」

 

虎次郎さんに続いて、包帯を巻いている女の子が声をあげた。

 

「あ、そういやそうだっけ?風祭さんもファントムのバンドを潰したくてクリムゾンに入ったんだもんね?そりゃ文句も言いたくなるか~」

 

「あ、い、いえ、私は雪村 香菜さえ潰せれば…ファントムとか…あの…その…」

 

雪村さんを潰す…。

この人は雪村さんに何か個人的な思いがあるんスね…。

 

「待ちなさいよ!そ、それだったら私も架純も結衣も…」「あ、そんならあたしもBlaze Futureを…」「私も秋月さんやチヒロを…」

 

他の花鳥風月のメンバーも口々にファントムの事を話し出した。

 

「あー!もー!ほら!

白石くんのせいで纏まる話も纏まらなくなっちゃったじゃ~ん」

 

「何がワイのせいじゃ!

おかしいんはそっちやろ!!何がファントムのバンドには手を出すなじゃ!ワイらinterludeが麗香七舞階に入る条件は、Ailes Flammeとの一騎討ちを邪魔しない事やったやろが!!」

 

Ailes Flammeとの一騎討ち…?

interludeが二胴さんのチームから、小暮さんのチームに移る条件に提示したのは、Ailes Flammeとの一騎討ち…。

 

そう。

オレ達もそうっスけど、二胴さんのチームから小暮さんのチームに移る時に、各々のバンドは絶対の条件を提示していたんス。

もちろんオレ達のバンドも、提示した条件を飲んでくれるからと、小暮さんのチームに入った訳っス。

 

ま、オレ達は二胴さんのやり方や考え方も嫌いだったっスから、喜んで小暮さんのチームに移籍したんスけどね。

 

「小暮!何を黙っとんねん!提示した条件は絶対なんやろ!せやからワイらはAiles Flammeと一騎討ち出来るハズや!違うんかい!?」

 

「違うわよ?」

 

そっか。違うんスね。

……ん?違うんスか!?

 

まさか…そんな約束なんて無かったって事?

そしたらオレ達の提示した条件も…?

 

「ちょ、ちょー待てや…、違うってどういう事や?」

 

「だから言葉の通りよ」

 

「どういう事や…!まさかお前は最初からワイらを…」

 

虎次郎さんの言う通りだ…。

interludeがAiles Flammeとデュエルする事が無くなったってのは嬉しいスけど、それだとオレ達は…。

 

「いやいやいや、勘違いしないでちょうだい?

そもそも白石くん達interludeの移籍条件はAiles Flammeとの一騎討ちじゃないもの」

 

「は?」

 

え?虎次郎さんの勘違い?

だったらinterludeの条件って…?

 

「ど、どういう事や?ワイは確かにAiles Flammeとの一騎討ちを条件にしたハズやで!な?雲雀?」

 

「いや、違うけど?」

 

「は?」

 

「ああ、これまでのやり取りは白石くんの勘違いだから。だから他のみんなは心配しないでね?

ちゃ~んとみんなから提示された条件の約束は守るから♪」

 

は…ははは、良かった…。うん、安心しました。

だったらオレ達は大丈夫っスね。

 

「じゃ、じゃあワイらの…interludeの条件は何やねん…?」

 

あ、そうだ。

それだったらinterludeの条件ってのは?

 

「ん…っと、interludeの条件は『クリムゾンエンターテイメントは部活動グループgamutには今後一切手を出さない事』。これが条件になってるわね」

 

「部活動グループ…?何やねんそれ?」

 

gamut…?

gamutって、確かファントムのバンドGlitter Melodyの子達の学校の軽音楽部の名称じゃなかったっスか?

 

「いやいやいや、それは何かの間違いやろ?そんなんワイらには関係あらへんし」

 

いや、ほんとそうっスよね?

gamutに手を出さない事でinterludeに何の得が?

 

「間違いないよ。僕は確かにgamutに手を出さない事を条件にしたからね」

 

「な!?雲雀、どういう事や?」

 

「そのままの意味。gamutには昔の友達が居たからね。僕に敵う腕前でもないし。だから潰されちゃうのは可哀想って思っただけさ」

 

「昔の友達て…」

 

「虎次郎もその気持ちはわかるんじゃないかな?」

 

「な、何の事や…。そんなん…わからへんわ」

 

昔の友達?

そういえば雲雀さんもオレの1つ上の高2ですもんね。

そっか、友達がクリムゾンから狙われないように…。

 

「でも、せっかくの条件だったのに、残念だったわね。

雲雀ちゃんのお友達ちゃん、睦月ちゃんはもうgamutの睦月ちゃんじゃないものね」

 

「さすがですね。まさかむっちゃんの事を知っているとは。そうですよ。むっちゃんは今はGlitter Melodyの睦月。gamutのメンバーじゃない。せっかく僕が助けてあげようと思ったのに…」

 

雲雀さんの友達がGlitter Melodyのメンバー?

そ、そうか。Glitter Melodyはファントムのバンドであってgamutじゃない。

だから雲雀さんの出した条件には当てはまらないのか。

いや、でもクリムゾンはファントムのバンドに手を出さないなら結果的には同じなんじゃ?

 

「そうね。睦月ちゃんを守りたかったなら、gamutじゃなくてGlitter Melodyに手を出さない事にしておくべきだったわねぇ~」

 

ん?あ、そういえばそうっスよね?

 

「むっちゃんがgamutじゃなくて、Glitter Melodyになった事はその時は知らなかったからしょうがないよ。でも、ファントムのバンドに手を出さないのなら結果的には同じだから」

 

「ふふふ、じゃあそういう事にしておきましょうか」

 

「…?どういう意味?」

 

「Glitter Melodyじゃなくて、gamutに手を出さないって理由。その方が色々都合がいいものね?

私達クリムゾンエンターテイメントは、gamutに手を出せないから、神原 翔子にも手を出す訳にはいかなくなったものね」

 

「…!?」

 

神原 翔子?誰っスか?どっかで聞いた事あるような?

 

「何を言っているのかわからないな」

 

「ふふふ、そういう事にしておきましょう♪

さて、話を戻すわね。

これからの事なんだけど、みんなモンブラン栗田の名前は知っているかしら?」

 

神原 翔子って人が誰なのか思い出せないスけど、今は小暮さんの話をしっかり聞いておかなきゃっスね。

 

モンブラン栗田。もちろん知ってます。

最高の楽器職人。

本名や何処に住んでいるのかとか謎だらけの人ですけど、その人物は確かに居る。

そして何よりinterludeの雲雀さんのベースは、モンブラン栗田の最高傑作であるirisベースの内の1本だと言われてますし。

 

「モンブラン栗田の名前を知らない人なんてクリムゾンには居ないんじゃないかな?

interludeの朱坂さんのベースは、そのモンブラン栗田の最高傑作である雷獣だと言う話も聞くしね」

 

天花寺さんがそう言った後、その場に居たみんなが雲雀さんの方を見た。

 

「ああ、確かにそうだ。僕のベースはモンブラン栗田の最高傑作のひとつ、雷獣と名付けられたベースさ」

 

やっぱり本物なんスね。

ちょ、ちょっと見せてもらうこととか出来ないもんスかね?

 

「まぁ、さすがにモンブラン栗田の名前は知っているわ

ね」

 

雲雀さんにみんなの注目が集まったというのに、小暮さんはそのまま話を続けた。

つまり、この会議はモンブラン栗田のirisシリーズの話題ではないという事スね。

なら、何故モンブラン栗田の名前を…?

 

「モンブラン栗田の楽器だけじゃなく、追憶のレスポールってギターもあれば、伝説のスネアドラムなんかもあったりするんだけど…」

 

追憶のレスポール…。

この名前も聞いた事があるッス。

アーヴァルのユーゼスさんが使っていた伝説のギター。

今はどこにあるのか、誰が持っているのか…。

バンドやろうぜ!をプレイした事のある人は知ってるでしょうけどね。

 

「ま、それはそれとしてね。

ボーカルの四響ディズィが現れるよりも、15年前のクリムゾンミュージックとアーヴァルとの戦いよりも、ずっと昔に我こそは最高最強のバンドマンだという者達による音楽の戦争があったの」

 

15年前の戦いより前に…?

小暮さんはそのまま話を続けた。

 

「古くは戦国時代での合戦や、幕末での戦いでもデュエルギグは行われていたと言われているわ」

 

なんか一気に眉唾物っぽくなりましたね?

 

「そしてある時にそんな戦争を終わらせようとするバンドマン達が現れた。

音楽の世界を支配しようとするバンド、音楽が好きな者同士手を取り合おうとするバンド、音楽そのものを破壊して終わらせようとするバンド、音楽は自由なものと広めようとするバンド。他にも各々に思惑や目標めいたものがあったみたいだけどね」

 

音楽の世界を支配ってまるで今のクリムゾンみたいじゃないッスか…。

 

「その中でも頂点に近いと言われた12人のボーカル達。

彼らは 音の宝珠(レガリア)と言われるモノを持っていた」

 

ん?気のせい…ッスかね?

今、雨宮さんとHONEY TUMBLEの人が何か反応したような…?

 

「そしてそのレガリアを持つ者達による最低最悪の音楽の戦争が勃発して、戦争が終結した時にはレガリアは各地に散らばったり、次世代へと受け継がれたり…レガリアは存在自体が忘れさられてしまった。

ま、そんな事があって我が国日本は自由な音楽を手にする事が出来たんだけど、その数年後にクリムゾンミュージックが日本に現れ、今に至るって感じかしらね~」

 

まさか…小暮さんはそのレガリアってのをオレ達に探させるつもりなんじゃ…。そんなあるかないかもわからないような物を…。

 

「15年前の戦いではクリムゾンミュージックも、私達クリムゾンエンターテイメントもレガリアなんか見向きもしてなかったんだけどさ~。私としては…」

 

-ガタン

 

「あら?雨宮さん?どしたの?」

 

小暮さんが話を終える前に、雨宮さんが席を立った。

 

「くだらんな。時間の無駄だ。

レガリアの話は俺も聞いた事はある。だが、そんな物は誰も知らないし、本当に存在するかすらもわからない物だ」

 

「ふぅ~ん…それで?」

 

「小暮、お前はそのレガリアを俺達に探せというのだろう?あるかないかもわからない物を探す程俺達は暇ではない」

 

「あるかないかもわからない……かぁ?そんなハズないでしょ?」

 

「何…?」

 

「確かに何処にあるのかはわからない。だけどレガリアは存在する。あなたはそれを知っているハズよ。HONEY TUMBLEの 大崎(おおさき)さんも知っているハズよね?」

 

あ、HONEY TUMBLEのあの人、大崎って名前なんスね。

それにしても雨宮さんもあの大崎さんって人も、レガリアの存在を知っているハズとは…?

 

「雨宮さんも大崎さんも知っているハズよね?

だって15年前のアルテミスの矢とクリムゾンエンターテイメントの戦いにも、レガリアはあったハズだもの」

 

 

-ピクッ

 

 

雨宮さんと大崎さんが身体を震わせた。

今度は違和感とか気のせいとかじゃないッス。

あの2人は確かに小暮さんの言葉に反応している。

 

レガリアはあった。

きっと小暮さんも確信があるんスね。

 

「レガリアなんて物は存在しない。ただのバンドマンに受け継がれるおとぎ話だ」

 

「スコーピオンの足立、サジタリウスの大神、ピスケスの木原。

そしてソレをONLY BLOODから受け継いだサジタリウスのTAKAと、母親から受け継いだピスケスの梓」

 

スコーピオンの足立…?

足立ってもしかして…。いや、TAKAとか梓って、もしかしてBREEZEのTAKAさんとArtemisの梓さん…?

 

オレもクリムゾンエンターテイメントのミュージシャン。もちろん15年前の戦いの事も、BREEZEやArtemisの事も知ってるし、TAKAさんは今はBlaze Futureのボーカルって事も知ってます。

 

「……それでも知らないのかしら?」

 

「反論しても無駄なのだろう?

何処でその話を聞いたのかは知らんが…」

 

「そうね。下調べはバッチリだもの。

今、現存している……いえ、現存はしてないかも知れないわね。所在のわかっているレガリアは3つ。

Blaze Futureの葉川 貴が持つサジタリウス。きっとArtemisの関係者が持っているピスケス。そして、15年前にBREEZEのTAKAに破壊されたクリムゾンエンターテイメントの足立が持っていたスコーピオン」

 

…!?

スコーピオンのレガリアは破壊された?

BREEZEのTAKAさんに?

 

「タカが足立のレガリアを破壊した事まで知っているとはな。

だが、タカも梓もレガリアを使う事は1度も無かった。15年前の足立やクリムゾンとの戦いでもな」

 

「そうね。それも知っているわ。

葉川 貴が意地を張らずにレガリアを使っていれば、喉を壊す事も無かったかも知れないのにね。あ、使わなかったんじゃなくて使えなかったって可能性もあるけど♪」

 

レガリアを使っていれば…?

さっきから小暮さんも雨宮さんも何を言ってるんスか?

レガリアって12人のボーカルが持っていた象徴みたいなモノじゃないって事ッスか?

使う…?レガリアって一体……。

 

「ま、話を戻すわね♪

所在のわかっている3つのレガリア以外。

残り9つのレガリア。それをみんなに見つけ出して欲しいの。各バンドで1つずつ…ね」

 

残り9つのレガリアを?

だからオレ達、麗香七舞階と雨宮さん達JOKER×JOKERと、大崎さん達HONEY TUMBLEを…。

 

「冗談やあらへんわ」

 

誰の返事よりも早く虎次郎さんが声をあげた。

 

「冗談じゃないわ。本気よ?」

 

「だったら尚更や。

ワイらはそんなもん探しとる程暇やあらへん。ワイにはクリムゾンエンターテイメントでトップになる事と、Ailes Flammeの江口を倒すって目標があるんや」

 

「もう~。ほんと白石くんめんどくさいよね~」

 

「何がめんどくさいじゃ!!

ええか!?ワイは自分の力でクリムゾンエンターテイメントのトップになって江口を倒す!そんなレガリアなんか必要あらへんねん!男に必要なんはレガリアやない!ワイの声と歌があれば十分なんじゃ!

そうやんのう?雲雀!」

 

「虎次郎。めんどくさいよ、そういうの。それに僕は男じゃないし」

 

「これがinterludeじゃ!」

 

いやいやいや、これがinterludeじゃ!って何なんスか。

雲雀さんめちゃくちゃ否定的じゃないッスか。

 

「あー、もうほんと白石くんめんどくさい。

まぁ、いいわ。だったら良い事を教えてあげる」

 

「ええ事やと?」

 

「Blaze Futureの葉川 貴がサジタリウスのレガリアを持っている。それはさっきの話でわかっているわね?」

 

「ああ、そうらしいのう。だから何やって話やけどな」

 

「葉川 貴は15年前のクリムゾンエンターテイメントとの戦いで喉を壊している。つまり、今はもうレガリアの力を使えないはずだわ。ま、元々使ってなかったみたいだけど」

 

「だから何やね。まだるっこしいのぅ」

 

「葉川 貴は今はファントムのバンド。

レガリアの次世代後継者をファントムのバンドから選ぶかも知れないわね」

 

「な、なんやと…?」

 

「Ailes Flammeの江口くんは、かつてのBREEZEのTAKAに雰囲気が似ていると言われているわ。

葉川 貴がレガリアの後継者に江口くんを選んだらどうなるかしら?イメージしてみて?」

 

「イメージや…と…?」

 

 

 

----------------------------------------

 

 

『江口 渉!ここで会ったが100年目や!受けてもらうで!デュエル!!』

 

『ん?俺とデュエルすんのか?』

 

『今日こそ決着付けたるわ!』

 

『いや、でも虎次郎はレガリア持ってねぇだろ?俺はにーちゃんに選んでもらった後継者だしな!』

 

『ハンッ!レガリアなんか必要あらへん』

 

『いや、でも虎次郎じゃもう俺の相手にならねーぞ?

やっぱり俺のライバルはBLASTだけだな』

 

『やってみなわからへんやろが!デュエルじゃ江口!』

 

『あはははは、やらなくてもわかるぜ。どんまい!』

 

 

----------------------------------------

 

 

 

「おのれ江口渉ぅぅぅぅ!!!!」

 

うわっ!?びっくりした!

いきなり虎次郎さんが叫び出すからオレだけじゃなくみんなびっくりしてるじゃないッスか。

 

一体どんなイメージをしたんスか…?

 

「こ、こうしちゃおられへんぞ…。雲雀!行くで!

今からレガリア探しや!最強のレガリアをワイらが手に入れるんや!」

 

「いや、ほんと虎次郎は何を言っているの?」

 

「待っとれよ江口 渉!ワイらがナンバーワンじゃ!」

 

-ダダダダダ…ガラッ

-ダダダダダダダダ……

 

そう言って虎次郎さんは会議室から走って出て行った。

ほんとどんなイメージをしたんスかね?

そもそも何処にあるのかもわからないってのに、ヒントも何も無しで出て行って見つかる訳ないじゃないッスか。

 

「ふぅ、これで静かになったわね。さ、これからが本題なんだけど~」

 

え?本題?

さっきのレガリア探しってのが本題じゃなかったんスか?

 

「レガリアなんて本当に見つかるかどうかわからない。そもそも何処にあるのかもわからないし、残り9つのレガリアは現存していないかもだしね」

 

それはそうッスよね。

Blaze Futureのタカさんや、Artemisの梓さんの関係者から奪って来いって命令ならともかく、他のレガリアを探し出すだなんて…。

 

あ、そうか。それは出来ないんスね。

オレ達はファントムのバンドに手を出すのは禁止だから…。

 

「でもみんなにはレガリアを探してもらいます。これは海原さんにも許可を得てる事なので♪」

 

海原さん…。オレ達クリムゾンエンターテイメントの創始者…。

 

「私達クリムゾンエンターテイメントはファントムのバンドに手を出す事を禁止する。そう私達に伝えた後、海原さんはこうも仰ったわ」

 

 

『ああ、そうそう。ファントムには手を出すなとは言ったが、もし彼らが我々の邪魔をして来た場合はその限りではないし、彼らが参加するようなギグイベントに我々のバンドの出演が『たまたま』重なった場合もその限りではない。全力で相手にしてやるといいよ』

 

 

「ってね♪」

 

ん?え?待って下さい。それってどういう…?

 

「なるほどね。その為のレガリア探しか」

 

雲雀さん?

雲雀さんは何かわかったんスか?

 

「フフフ、フフフフフフ。わかりました。それなら私もDivalの雪村 香菜とも戦えますね」

 

え?あの人…風祭さんでしたっけ?

あの人もわかったって事ッスか?

雪村さんと戦える?

 

「それは素晴らしい手だね。つまり、私達はレガリアを探し出す為にイベントに参加した。だが、そのイベントにはファントムのバンドも参加していた。だから、デュエルをして勝たねばならない。レガリアの為に」

 

ハッ!?

そ、そういう事ッスか!?

レガリア探しは海原さんの許可を得ている。

ファントムのバンドがレガリア探しの邪魔になったから、オレ達はファントムのバンドとデュエルをしてもしょうがない…。そんなシナリオにするつもりなんスね…。

 

「そういう事♪

だから各バンドでレガリアを1つだけ見つけて来て欲しいのよ。どのバンドがどのレガリアを見つけて来てくれてもいいんだけど、私達はクリムゾンエンターテイメントの仲間。ちゃんとルールは作っておきましょうね。これが今日の会議の本題」

 

ルール?一体どんなルールを…。

 

「interludeはAiles Flammeと戦いたい。と、いうように各バンドに戦いたいファントムのバンドがいるわ」

 

いや、オレ達には戦いたいバンドなんかいないスけど?

出来ればファントムのバンドとデュエルなんかしたくないッスけど?

 

「ま、だからみんなの意見を参考に私が独断で、各々のデュエルするバンドを割り振ったわ。

簡単な例を出すと、アリエスのレガリアを手に入れる為にAiles Flammeが邪魔になったらinterlude以外は手を出すのは禁止。その状況になったら速やかにinterludeに連絡をしてAiles Flammeとデュエルさせる事」

 

そうか…。小暮さんも本当はレガリアなんか二の次なんスね。

本当の狙いはファントムのバンドとイベントが重なってデュエルをする事…。

 

「じゃあ割り振ってくわね♪

さっきも言ったようにinterludeはAiles Flamme。

Ailes Flamme以外のバンドに手を出すのは禁止よ?わかった?」

 

「Ailes Flammeが相手なら僕にも問題は無いし、虎次郎もうるさくはしないだろう。いいよ、わかった。

Ailes Flammeは僕達interludeが倒す」

 

雲雀さん達のinterludeの相手はやっぱり江口さん達のAiles Flammeッスか。

 

「そして~、雨宮さん達はevokeをお願いね♪」

 

え?雨宮さん達の相手はDivalじゃなくて…evoke?

 

「いいだろう。evokeは俺達で心を折ってやる」

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!!」

 

 

「ん?何かしら?」

 

今、小暮さんと雨宮さんとの会話に割って入ったのはKiss symphonyのReonaさん。

何でReonaさんが割って入るんスか?

 

「何で…雨宮 大志の相手がevokeな訳?

雨宮 大志はDivalの雨宮 志保の父親でしょ?

他のバンドよりJOKER×JOKERはDivalとデュエルするべきだと思うんだけど?」

 

オレもReonaさんと同じ意見ッスね。

雨宮さんならきっとDivalを本気で潰すような事は…。

 

「父親として、クリムゾンエンターテイメントの反逆者である娘の居るバンドを責任持って…」

 

「責任持って何?

物は言いようよね。Divalの相手をして、Divalが他のバンドに本気で潰されないように、父親として守ってやれ。って事かしら?」

 

「…!?な、何を言ってるの!?私は…」

 

「夏の関西でのイベントで水瀬さんや氷川さんに負い目を感じちゃった?出来レースであなた達が勝っちゃったものだから」

 

「それは…関係無いわよ」

 

「それとも仲良しこよし、お互い高め合う為に氷川さんの居るDivalは潰されないでほしいとか?」

 

「わ、私は雨宮 大志に父親として責任持ってDivalを潰すべきだと言っているの!」

 

「残念だけど今はそんな甘いこと言ってられないのよ。私達はクリムゾン、あの子達はファントムなんだから」

 

「だ、だから私は…」

 

「優しいわね、Reonaちゃんは。私も考え直したくなっちゃうよ。

でもね、それは無理。

そもそもDivalの相手は風祭さんのバンドの予定だし。それに雨宮さんのたっての願いで、JOKER×JOKERの相手はevokeになったんだから」

 

「え…?」

 

雨宮さんのお願いでJOKER×JOKERの相手がevoke?

何で?雨宮さんには雨宮さんの考えがあるんスかね?

 

「evokeのギタリスト折原 結弦。俺はあいつに興味があるだけだ」

 

「そういう事。それにJOKER×JOKERの相手がevokeじゃなくてDivalだったとしても、あなたの思っているようにはならないわよ」

 

「そうだな。俺はクリムゾンエンターテイメントの雨宮 大志であり、志保はファントムの雨宮 志保。例え娘であっても俺は本気で潰す」

 

「そんな…あ、あなたは娘が可愛くないの!?」

 

「そんなことはない。志保は可愛い。めちゃくちゃ可愛い。果てしなく可愛い。まわりの男共を俺の手で一掃してやりたいくらいだ。志保はヤバいくらいに可愛い」

 

雨宮さんは何を言ってるんスか?

 

「こうやって目を閉じて志保を思い出すだけで俺はもうヤバい。志保の可愛さは世界だとか宇宙だとかそんな小さな世界の言葉では言い表す事は出来まい。わかるな?」

 

本当に何を言ってるんスか?

何がわかるな?なんですか?

 

「そんなの…わかんないわよ。きっと雨宮 志保も…」

 

「先日、志保とデュエルした時も本当にヤバかった。ギターを奏でる志保にキュンキュンしていた。もうマジ胸キュン。平静を装ってはいたがキュン死にするかと思った程だ」

 

「え?え?雨宮さん、Divalの志保ちゃんとデュエルしたの?聞いてないんだけど?」

 

「…………という妄想をしてしまうくらい志保は可愛いという事だ。だが、デュエルとなれば別だ。完全に心を折る。完膚なきまでにな」

 

妄想って…。

雨宮さんってこんな人だったんスね…。

 

「ま、いいでしょ。さっきのデュエルってのは聞かなかった事にしてあげる。

そういう訳よ。そしてあなた達Kiss symphonyの相手はGlitter Melodyよ」

 

「Glitter Melody?何で…?」

 

「それはいずれわかるわ。それに氷川さんのライバルになりたいなら、Reonaちゃんには美緒ちゃんは良い相手じゃない?デュエルでどっちが本当の氷川さんのライバルなのか決着を着けたら?」

 

「い、今はそんなの関係…ない…!」

 

Reonaさん達の相手はGlitter Melodyッスか。

でもさっきからの会話…。

まるでオレ達もファントムの皆さんも小暮さんの手の中のような…。全てとは言わないッスけど、色んな事を見透かされている気がするッス。

 

「そして天花寺さん達はCanoro Felice。小鳥遊さん達はLazy Wind。若月さん達はBlaze Futureの相手をしてもらうわ」

 

!?

天花寺さん達はCanoro Feliceってのはいいとして、小鳥遊さん達がLazy Windで、若月さん達がBlaze Future!?

Lazy Windはオレ達クリムゾンのバンドを何組も潰していった百戦錬磨のバンド。

それに15年前にクリムゾンエンターテイメントの敵であったBREEZEの宮野さんもいる。

そしてBlaze Futureには喉を壊したとはいえ、15年前最強最悪だったクリムゾンエンターテイメント四天王の足立を倒したBREEZEのタカさんがいるっていうのに…。

 

小鳥遊さんと若月さんの実力はそれ程に…?

 

「ふふふ、クリムゾンエンターテイメントに入って良かったわ。早速、架純を倒す舞台が用意されるなんて…。本当は結衣も私が倒しておきたかったけど…」

 

「悪いね花梨。秋月さんは私が倒しておきたいのだよ」

 

「佐倉さんへの復讐の機会がこれで手に入ったわね。待っててね秦野くん♪」

 

この人達は…。

いや、それにしてももしかして若月さんの言ってる秦野くんってAiles Flammeの秦野さんの事ッスか?

 

「後は大崎さんのバンドと不破くんのバンドね」

 

あ、オレのバンド…。

そうッスよね。オレもファントムのバンドと…。

 

残りはFABULOUS PERFUMEとNoble Fateか…。

 

「すんごく悩んだんだけど~…。HONEY TUMBLEはやっぱり実戦経験が多いだろうしね。FABULOUS PERFUMEの相手をしてもらうわ」

 

という事はオレ達がNoble Fateと…。

 

「ま、話はそれだけよ。

……ってもうこんな時間になっちゃってるじゃん!

それもこれも白石くんのせいだわ!あの子は本当にもう!本当に…!!」

 

オレと大崎さんが何か発言する間もなく、小暮さんはそう言って会議を打ち切った。

 

Noble Fateの皆さんには悪いッスけど、正直、Ailes Flammeや夏野さんや雪村さんのバンドとデュエルする事にならなくて良かった…。

 

「あ、不破く~ん」

 

小暮さん…?

 

オレが会議室を出た所で、何故か小暮さんに声を掛けられた。

何か急いでるから会議も打ち切ったんじゃなかったんスか?

 

「ほら。こっちこっち~」

 

何なんスかね一体。

オレはしぶしぶ小暮さんに近付いた。

 

「不破くん達のバンドの要望。

レガリアを手に入れてくるか、Noble Fateを倒す事が出来たらちゃんと叶えてあげるから安心してちょうだい」

 

!?

 

何で…わざわざオレ達にだけそんな事を…?

いや、多分あんな要望を出したのは…オレ達だけだから…。

 

「でもNoble Fateは正直手強いわよ?

ドラマーの北条 綾乃ちゃんはBREEZEの中原 英治の愛弟子だし、ベーシストの東山 達也さんもBREEZEの宮野 拓斗にベースを教わってたと聞いてるし」

 

Noble Fateは危険。

そう言いたいんスよね?だからオレ達の相手にNoble Fateを選んだんスよね。

 

「二胴さんから聞いてますよ。ボーカルの大西 花音さんはBREEZEのタカさんと同じチカラを持っているかも知れない。そして…木南 真希さんは…」

 

「あら…?もしかして知ってた?」

 

ええ、知ってます。

そしてオレはその後の貴女の言葉も聞き逃さなかったッスよ。耳だけはいいんで。

 

「BREEZEのトシキさんに憧れてバンドを始めた。

BREEZEのタカさんに憧れた小暮さんと一緒に」

 

一瞬、小暮さんの顔が怒ったような、寂しいような、それでいて辛いように見えてしまった。

 

「そうよ~。Noble Fateは当時のBREEZEとは全然違う。だけど、当時のBREEZEのチカラを受け継いでいるかのようなバンド。早い内に叩いてほしいのよね」

 

小暮さんが一瞬そんな顔を見せたかと思ったッスけど、次の瞬間にはいつものおどけた感じで話を続けた。

 

「だからクリムゾン以外のバンドに負けたクリムゾンのバンドを潰していっていたあなた達に」

 

そうオレ達はクリムゾンのバンドが、他のバンドに負けた時、それでもまだバンドを…音楽を続けていこうと頑張っていたバンドを…2度と音楽がやれないようにと潰していっていた。

ほんと…オレ達ってどうしようもないクズ野郎ッスよね。

 

小暮さんももうオレ達の気持ちもわかってるんでしょうね。

まぁ、あんな要望を出したくらいですし。

 

だからオレもハッキリと小暮さんの前で言っておこう。

 

「大丈夫ッスよ。Noble Fateは正直潰すつもりはないッスけどね。オレはファントムの皆さんが大好きッスから」

 

「へぇ~…それを私の前で言うんだ?わかってる?私はクリムゾンエンターテイメントの大幹部様だよ?」

 

「わかってますよ。でも安心して下さい。

必ずレガリアは見つけ出します。オレ達が…クリムゾンエンターテイメントを抜ける為に」

 

オレ達の要望はクリムゾンエンターテイメントからの脱退。そしてその後のバンド活動を邪魔しない事。

 

「期待してるわね」

 

そう言って小暮さんはオレの前から去って行った。

 

小暮さんは一体何を考えてるんスか?

 

さっき…

 

『チッ、クリムゾンエンターテイメントはやっぱり手強いわね。他の手も考えないと…』

 

何でそんな事を言ったんスか?



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第24話 3周年記念とかおこがましいね

「それでは今日の授業はこれで終わりです。次の授業までに復習を忘れないように。あ、言っておくけれども、復習を忘れないように。よ?復讐したいって気持ちは早く忘れるように」

 

Divalのベーシストである氷川 理奈はそう言って……

 

「ガラガラガラ、ピシャッ」

 

扉の開閉音を口にしながら教室を出ていった。

 

今日の授業はこれで全部終わり。

さて、これから何をしようかな?

 

……ホントに何しよう?

 

「ヤッ、ヤッター。キョウノジュギョウゼンブオワッター」

 

めちゃくちゃ硬い言葉でクラスメートであるLazy Windのキーボード担当、観月 明日香が立ち上がった。

 

「サ、サア!ワタシハキョウハ、ハヤクオウチニカエロー」

 

明日香はそう言って教室から出て行こうとしている。

 

「逃がさないよ。明日香」

 

「ちょっ!は、離しなさいよ美緒!私はこんな茶番に付き合ってらんないの!」

 

明日香が教室から出ようと扉に手をかけたけど、それをGlitter Melodyのベースボーカルである佐倉 美緒が手を掴んで止めた。

 

「明日香ももう諦めようよ。ボクももう諦めたよ?」

 

そう言って明日香に近付いたのはFABULOUS PERFUMEのドラマーであるイオリこと小松 栞。

 

「そうだよ。ただトークしてたらいいだけみたいだし」

 

「そうそう、せっかくなんだからこの状況も楽しまなきゃ~」

 

そこに声をかけたのは、FABULOUS PERFUMEのベーシスト、ナギである茅野 双葉先輩と、Divalのドラマーである雪村 香菜だった。

 

「な、何でみんな文句無いわけ!?訳のわからない事にこんな所に呼ばれて…志保もさっきからモノローグばっかり語ってないで何か言いなさいよ!」

 

「あれ?今日ってあたしのモノローグも筒抜けなんだ?」

 

あたしはDivalのギタリストである雨宮 志保。

実は今日は貴の企画バンドと澄香さんの企画バンドであるあたし達とで、ネット番組の撮影中なのである。

 

ちなみに3周年記念の特別編なのである。

時系列的に言うとEpisode of Phantom編が終わった後の適当な頃合いな時期らしい。

 

適当な頃合いって何よ…意味わかんないし。

 

今はEpisode of Phantom編のめちゃ途中でしょ?

Blaze Future編の第3章だかで、貴が時系列って大事だぞとか言って無かった?

 

「やれやれ、本当に…君たちといると賑やかだね」

 

そう言って明日香達に近付いたのは、SCARLETの唯一のバンド。……バンド名何なんだろ?

とりあえずそのバンドでギターボーカルをしている風見 有希さん。

 

貴の遺伝子で造られたmakarios bios。

……でも本当に有希さんって貴に似てないよね。

有希さんすっごく美形だし、クールなお姉様って感じなのに。

貴ってどっちかというと不細工ではないけど普通?

クールっていうかただの人見知りってだけだし、歳上って感じもあんましないし。

 

ああ…何か有希さん見てると貴が可哀想になってきた。

そりゃ結婚とか出来ないのも頷けるよね。

あたしが成人してもまだ誰とも結婚出来てないようなら、あたしがお嫁に行ってあげようかな?

 

 

 

……違うし!あたし何を考えてんの!?

貴と結婚とか無いし無理だしあり得ないし!

 

あ、そっか。貴って意外とモテてんだよね。

渚や理奈や奈緒とか。

盛夏や美緒も何となく貴の事が好きなのかな?って思う事もあるし、考えてみたら梓さんとか澄香さんも貴の事好きなんじゃなかったっけ?

 

それなのにまだ結婚出来てないようだから、可哀想とか惨めだなぁ。みたいな気持ちになって、だったらあたしが…って思っただけだしね。うん、あたしは別に貴の事好きって訳じゃないよ。うん。

 

「では、私は帰らせてもらうよ」

 

 

……ハッ!?

 

 

あたしも自分の世界に入ってモノローグ語ってる場合じゃないよ。

有希さんも何で帰ろうとしてんのよ!

私達はSCARLETのバンドでもあるんだから、企画番組の撮影もちゃんとしないとさ…。

 

「有希さんも何を帰ろうとしてんですか?今は撮影中ですよ?

……ってこんな事言っていいのかな?」

 

例え有希さんといえど逃がす訳にはいかない。

あたしは有希さんに向けてそう言った。

 

「志保……?

なるほどな。ようやくだが何となく状況はわかった。理奈は上手くやったものだね」

 

ん?状況はわかった?

今まであたし達が何をやってるか有希さんはわかってなかったの?

それより理奈は上手くやったって何よ。

 

「そうだな。…よし、みんなには悪いとは思うが、各々自席に戻ってくれるかね?その後説明させてもらおう」

 

説明?

 

「ちょっと…私も早く帰りたいんですよ。何で自席に…」

 

「明日香。本当に申し訳ないとは思っているよ。

だから、自席に戻ってくれたまえ」

 

「…ちゃんと説明してくれます?」

 

「ああ、約束だ」

 

明日香はしぶしぶといった形で自席に戻っていった。

それを見た美緒と栞も自席に座り、あたし達は有希さんからの説明とやらを待っていた。

 

「みんな自席に戻ってくれて助かったよ。

では説明させてもらおう。みんな今回の番組の台本、それは手元にあるかね?」

 

番組の台本?

ま、まぁ、あたしも素人だしね。

自席の机の中に台本は忍ばせてある。

 

ちょっと分厚い台本だからさわりだけ読んで力尽きてしまった。

わからなくなったら台本を開いたら何とかなるかな?とか思ってたし。

 

ソッとまわりを見てみると、あたしだけじゃなくみんな机の引出しの中に台本を忍ばせていた。

 

「やはりみんな台本をこっそり持って来ていたんだね。まぁ、あの台本を覚えるなんて理奈以外には無理だろうね」

 

理奈は一応元芸能人ではあるわけだし、台本とか覚えたりする現場とかもあったと思うけど、あたし達はみんな素人だもん。そりゃ台本をこっそりと…

 

「ではみんな、台本を見てもらえるかな?」

 

あたしが色々と頭の中で考えながらモノローグを語っていると、有希さんに台本を見るように言われた。

あたしも一応台本を読むには読んだんだよ?ただ覚えきれなかっただけで…やっぱり理奈は凄いなぁ…。

 

ん?あれ?理奈は凄い?

台本を澄香さんに貰って一通り読んだ時には理奈のシーンってもう少しあったと思うんだけど…?

 

でも理奈はこの教室という名のセットから出て行ってしまった。後から戻ってくるとかな台本だったっけ?

 

「だ、台本開いてみましたけど…やっぱり台詞も多いし展開っていうのかな?これは素人の私達に覚えろってのはいきなりは無理ですよ」

 

「あたしもそう思うよ~。この台本めちゃ分厚いし…あたしも20ページ目くらいまでは覚えたけど、途中から覚えるの無理だと思ったし」

 

「明日香も香菜もちゃんと台本を読んでいないようだね」

 

え?ちゃんと台本を読んでいない?どういう事?

 

「では…そうだな。台本の後ろから50ページ目あたりを開いてもらえるかな?」

 

台本の後ろから50ページ目?何でいきなりそんなページを…?

 

あたしは不思議に思いながらも台本の後ろからパラパラとページを捲っていった。

 

………え?あれ?これって。

 

「あ!ボクの台本おかしいよ!後ろから50ページ目とか真っ白だもん!」

 

「栞の台本もそうなの?実は私の台本も途中から真っ白なんだよね」

 

「栞も美緒ちゃんもそうなんだ?私の台本も途中から真っ白だよ」

 

あ、やっぱり台本の途中から真っ白なんだ?

あたしの台本だけ誤植っていうか間違いがあったんだと思っちゃった。

 

栞達の言う通りあたしの台本も最後のページあたりから真っ白になっていた。

 

「ふむ、確認は出来たようだね。それでは最後のページ、奥付のあたりを読んでもらおうか。では、私は失礼するよ」

 

そう言って有希さんは教室から出ていった。

 

台本の最後のページ?

一体何が書かれてるんだろう?

今の有希さんの話し方からすると、台本の途中ページは真っ白で問題無さげな感じだったけど。

 

あたしは有希さんの言った台本の最後のページ。

奥付の部分を読んでみた。

 

 

『ってまぁ、台本には色々書いたけど全部撮影するとか無理やしね!とりあえずみんな適当なトークで盛り上げてくれたらええから。あ、それとカメラのフレームって意外と小さいしさ?撮影に必要なのはこの中から5人くらい。後からゲストも来てくれるからゲスト含めて6人!後の3人はカメラに写りたくないなら帰ってくれてもいいからね。適当に上手くハケちゃって』

 

 

……

………

…………は?

 

 

えっと、つまりこの企画番組の撮影にはあたしらの中から5人でいいって事?

カメラに写りたくないなら帰ってくれてもいい?

 

あ、なるほど。

だから理奈は台本にはないけど、授業は終わらせた体で教室から出て帰ったって事か。

有希さんも話の流れ的に上手く帰宅するって事で教室から出て行ったんだね。

 

そっかそっか。

ハァー…理奈も本当に流石だなぁ。

全然違和感無かったし。

有希さんも自然と帰って行ったもんね。

2人ともちゃんと台本読んでたんだねー。

 

 

……

………

 

 

って感心してる場合じゃないよ!あたし!

 

これって撮影から逃げれるチャンスじゃん!

帰っていいのは3人だけって話だから、この撮影から逃げれるのは理奈と有希さんと残りのあたし達から1人だけ!

あたしも出来ればこんな番組とか出たくないし、逃げちゃうなら今のうちじゃん!

 

あたしはそう思い教室から急い出て行こうと席を立った。

 

 

-ビターンッ

 

 

「痛っ!めちゃ顔面から転んじゃった!美緒!何で私の足を引っ掛けたの!?」

 

「ごめんね、つい…。台本によるとここから逃げれるのは残り1人だけらしいし、明日香を逃がす訳にはいかないと思って…」

 

「あ、あはは、栞?何で私に抱き付いてるの?」

 

「双葉も今教室から出ようとしてたよね!?ボクも帰りたいし双葉を帰す訳にはいかないよ!」

 

 

クッ、みんな台本を読んじゃったんだね!

 

だが、それがいい!

 

みんな我先に帰ろうと自席付近で争っている。

美緒と明日香、栞と茅野先輩。

みんな早く帰りたいんだね。

そしてあたしは今はフリーの状態。香菜は今の状況を楽しもうとか言ってたし、この教室から逃げ出そう争いには参加はしてこないはず。

 

これはあたしが逃げるチャンスだ!

 

そういやさっき栞も諦めたとか言ってなかった?

 

 

 

おっと、いけないいけない。

今はこんなしょーもないモノローグを語ってる場合じゃないよ。うん。

 

あたしもこんな番組出たい訳じゃないし、さりげなくこの教室から出て行かないと…。

 

 

ただどうやってこの教室から逃げる?

 

 

あたしは逃げのチャンスを見計らっていた。

 

 

香菜はおそらくこの番組に出る事は悪くは思っていないだろう。

美緒と明日香は今も言い争いをしている。栞と茅野先輩もだ。

言い争いをしている美緒達の横を通ってどうやって教室から出ればいいか。

 

有希さんのようにみんなに話し掛けながら自然と出て行く?

それとも…。

 

「み、美緒は可愛いから番組出ても大丈夫!だから…ね?私を教室から出して?

 

「残念ながら私は自分の分際というものを弁えているので。可愛いからって理由だったら明日香はモーマンタイだよ。自信を持って。って訳で自分に自信の無い私が帰ります」

 

「栞、大丈夫だから。大丈夫だからその手を離して?」

 

「やだよ!何が大丈夫なの!?手を離したら絶対双葉は教室から出て行くもん!ボクが手を離しても教室から出ないって約束してくれる!?」

 

「………」

 

「ほら!返事しないじゃん!双葉も教室から出る気満々じゃん!!」

 

この4人はこのまま言い争いを続けてくれていれば…。

あたしはソッと香菜の方に目をやった。

 

…何か台本を読んでるみたい。

やっぱり香菜はこの撮影もやる気みたいだ。

今がこの撮影から逃げる最大のチャンス。

有希さんのように、さりげな~く自然に帰ろう。

 

あたしは席から立ち上がり、教室の出口へと近付いた。

 

「ちょっ!志保!何帰ろうとしてんの!?」

 

チッ、見つかったか。

栞が教室から出ようとするあたしを見て声をあげた。

 

だけど残念だったね。

この位置関係、あたしが1番教室の出口に近い。

あと数歩、ほんの数歩だけでも時間を稼げば…。

 

「いや、みんな色々話しもあるみたいだしさ?」

 

そう話しながら1歩また1歩と教室の出口へと近付く。

 

「あたしはこの後バイトもあるし~…」

 

よし…この距離なら…。

 

「さ、させない!逃がさないよ、志保!」

 

美緒が明日香との言い争いを止めてあたしの方へと向かって来た。

 

だけど…遅い!!

 

あたしは教室の出口へと向かってダッシュした。

 

 

-バリーン

 

 

バリーン?何の音?

何かが割れたような…。

でも、まぁいい。あたしはそんな音に気を取られている場合じゃない!

 

出口の扉に手をかけたあたしは勝利を確信した。

 

「勝った!」

 

あたしは思いっきり教室の扉を開け……

開け……あれ?

 

「開かない…?」

 

どうなってんの!?

何で扉が…。

 

「志保?どうしたの?」

 

「いや、扉が開かないんだよ…」

 

「え?」

 

あたしに追い付いて来た美緒も、扉に手をかけて開けようとしてみたけど…。

 

「開かない…何で…?」

 

『ピンポンパンポ~ン。教室からの脱出成功者が3名となりましたので扉を施錠させて頂きました。って訳で残り時間の撮影よろしく~♪』

 

……は?

澄香さんの声がスピーカーから流れてきた。

いや、脱出とか言っちゃってるしね。

 

!?

てか、脱出成功者3名って!?

 

あたしは振り返って教室内を見てみた。

 

あたしの隣には美緒。

そして、明日香、茅野先輩、栞。

……香菜は?

 

「香菜が居ない!?」

 

「香菜姉なら…」

 

栞が教室の出口と逆の方へ指をさした。

 

栞の指をさした先に目をやると、そこには窓がある。

そして、窓の1枚が割れていた。

 

「志保がダッシュしたのと同時くらいに立ち上がって、窓を突き破って…」

 

窓を突き破って!?

 

あたしは窓の方へと近付き、窓の外を見た。

 

割れた窓の一直線上に香菜は倒れていた。ピクリとも動かない。

 

何でなの香菜!?

さっきは「この状況も楽しまなきゃ~」とか言ってたじゃん!!

内心は窓を突き破ってでも逃げたいくらいだったの!?

 

クッ、香菜…後で覚えときなさいよ…。

 

「香菜ちゃんも逃げちゃったししょうがないよ。

今は一時休戦。さっさとトークして撮影終わらせちゃわない?」

 

茅野先輩がそうあたし達に向けて話した。

確かにこの状況じゃ何をしてもあたし達は逃げられないだろうし、さっさとトークを終わらせて帰るのが最善かな。

 

「わかったわよ。敗者は勝者に従うしかないもんね」

 

どうやら明日香も観念したようだ。

勝者に従うっていうか澄香さんはただのプロデューサーだけどね。

 

「トークか…でもどんなトークをしようか?」

 

美緒も諦めたのか茅野先輩達の近くの席に座った。

 

「ボク達の共通点って音楽しかなくない?」

 

「そうだね。みんなで音楽の話で盛り上がろっか」

 

音楽の話か。

そうだね。みんなどんなジャンルの音楽をやるのかバンドを通して知ってるけど、普段どんな音楽を聴いたりしてるのかとか知らないもんね。

音楽の話なら盛り上がりそうだし、番組の企画としても……

 

『ピンポンパンポ~ン。今は授業の終わった放課後という設定です。音楽の話は企画コーナーで存分にやる事になるので今は音楽の話題は禁止で~す♪』

 

また澄香さんの声がスピーカーから流れてきた。

 

「お、音楽の話題は禁止って…」

 

「えっと…じゃあ何の話をしようか?」

 

「好きな食べ物の話でもする?私はラーメン1択だけど…」

 

「あ、あれとかは?栞達ってもうすぐ修学旅行でしょ?私達の時は…」

 

 

『ピンポンパンポ~ン。ちゃうねん!私達が聞きたい話はそんなんとちゃうねん!あるでしょJK!

ス、ス、ス、スクールラ……ブツッ』

 

 

また澄香さんの声がスピーカーから…。

途中で音声切れちゃったけど…。

てか何を聞こうとしたの?スクールラブ?

澄香さんもそんな話が聞きたいの?

 

「まぁ、澄香さんの戯言は放置として。今、澄香さん変な事言ってなかった?私『達』とか」

 

あ、そういえば…。

私達って何?もしかして茅野先輩達のバンドのプロデューサーである貴も聞いている?

 

それは無いね。

貴がスクールラブの話を聞きたいとか絶対無いもん。

聞きたいとか心の中で思ってても、あのチキン野郎が表だって華のJKのそんな話に聞き耳立てる勇気とか持ってるわけないし。

 

いや、だからこそ澄香さんの発言途中にスピーカーを切った?う~ん…。

 

 

 

「ガラガラガラ!ゲスト様参上!!」

 

 

 

あたしが考え事をしていると、施錠されたハズの扉からゲストが入ってきた。

 

えっ…ゲストって…。

 

そして話は後編へと続くのである。

 

 

 

って続くのこの話!?

一応3周年記念でしょ!?

もっと頑張んなさいよ作者!!



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第25話 Episode of Phantomも途中なのに

…あたし達は今、教室という名のセット内でボケーっとしている。

 

あたし達というのは、Divalのギタリストで雨宮 志保であるあたし。

そして、Glitter Melodyのベースボーカルの佐倉 美緒。

FABULOUS PERFUMEのベーシスト、ナギこと茅野 双葉先輩。

FABULOUS PERFUMEのドラムス、イオリこと小松 栞。

Lazy Windのキーボード担当観月 明日香。

この5人である。

 

「やはり音楽以外のトークと言えば、ラーメンの事しかないでしょう。だけど、栞はあんまりラーメン食べないってこないだ言ってたしね。好きな麺類の話にしようか?」

 

「ボクは確かにあんまりラーメン食べないけど、何で麺類の話?でも麺類ならボクはパスタかな?カルボナーラが好きだよ」

 

「音楽以外の話ってなるとあたしは話題が見つからないや。でも、何で麺類なの?美緒ってそんな麺類好きなの?あたしはうどん派かなぁ?」

 

「栞も志保も美緒の麺類談義にしっかり乗っかってるじゃない。私は早く帰れるなら何のトークでもいいけど…。ちなみに私はマカロニとか好きかな?麺類って感じじゃないとは思うけど…」

 

「わ、みんなバラバラだね。私はお蕎麦かな?こないだ遊園地で食べたお蕎麦がすっごく美味しくて」

 

茅野先輩は遊園地でお蕎麦食べたの?

あ、もしかして秦野のやつが言ってた蕎麦の会かな?

 

あたし達は今は企画バンドの番組撮影をしているのだ。

 

 

 

「しかし、さっきの澄香さんの放送は何だったんだろ?スクールラブって言いたかったのかな?」

 

美緒!?麺類の話をしようって言い出したの美緒でしょ!?何でさっきの澄香さんの放送を話題にするの?

 

「美緒?何でいきなり…。このまま麺類の話でいいんじゃない?スクールラブとか、クリムゾンと戦ってきた私には縁のない話題だし」

 

「そうだよ。明日香の言う通り。ボクもスクールラブとか無縁だよ?」

 

「いや、みんな好きな麺類がバラバラだったし。

ウドゥン?とか?オソヴァ?とか?ペァスタァ?……私にはわからないもので…」

 

「「「「え?」」」」

 

うどんとお蕎麦とパスタがわからない!?

 

「あ、あはは、美緒ちゃん、冗談…だよね?」

 

「ええ、さすがに冗談です」

 

「び、びっくりしたじゃんか!美緒はラーメンしか本当に食べないのかな?とか思っちゃったよ!」

 

あたしもびっくりしたわ。

 

「まぁ、さすがに冗談だよ。ただ、明日香の好きな人ってのがちょっと…気になってるっちゃ気になってるから…」

 

「は?私の好きな人?

さっきも言ったけど私はスクールラブとか縁がないって…」

 

「特別編の第40話で架純さんに『私の好きな人はー』とか言って話を締めてたでしょ?結局、明日香の好きな人って誰なのかな?ってずっと気になってて」

 

「え?特別編の…?」

 

ちょ、ちょっと待って美緒!

何なの!?それってめちゃくちゃメタ発言じゃん!

あの場には明日香と架純さんしかいなかったから、明日香も正直に話して……って感じで締め括られた話でしょ?

 

「あ、あはは~…美緒ちゃんは何を言ってるのかな?特別編?第40話?えっと…あんまりそういう話はするものじゃないよ?」

 

「双葉さん?特別編の第40話って覚えてませんか?

あの時です。双葉さんと松岡さんが弘美さんのメイドカフェでデートしてて、一瀬さんと夏野さんが邪魔しに来た回の事ですよ?」

 

「は、春太と結衣に邪魔されたって…。ち、違うし!あの日は別に冬馬とデ、デートしてた訳じゃなくて、ちょっと…っていうか…

だ、だからそんな話をするものじゃないってば…!」

 

ぷふふ、茅野先輩もテンパってるなぁ~。

しかし、まさか美緒がメタ発言しちゃうなんてね。さすが3周年記念回。いや、もうとっくに3周年過ぎちゃってるし、さっさと本編を更新しろって話だけどさ。

 

「あ~、ボクと遊ちゃんでラーメン屋探してて、美緒と美来と一緒に食べた日だよね?ボクもあの日から明日香の好きな人って誰なのか気になってたんだよね~」

 

「栞!?あんたまで何言ってんの!?わ、私には何の事だかさっぱりなんだけど!?」

 

栞も参戦か…。メタ発言のオンパレードだね。

ま、あたしも明日香の好きな人って誰なのか気になってたっちゃ気になってたし、楽しいからいいけどさ。

 

 

あたしも参戦して明日香の好きな人を聞き出そうかな?

 

 

そんな事を考えていた時だった。

 

 

 

 

「ガラガラガラ!ゲスト様参上!!」

 

 

 

施錠されたはずの扉が開き、そこからゲストが入って来た。

 

「さっち?な、何でここに…?」

 

「紗智!?あ、あんた日奈子さんの企画バンドでしょ!?」

 

ゲストとして登場したのはevokeのドラマー河野 鳴海の妹であり、Ailes Flammeのチューナーであり、日奈子さんのアイドルグループの河野 紗智だった。

 

「私は今日は志保ちゃん達のバンド番組のゲストだよ。

ねぇねぇ、それよりこの制服可愛いね?誰のデザイン?澄香さん?貴さん?」

 

教室に入ってきたさっちは、あたし達の前でクルクルと回転しながら言った。

 

「あ、私も座らせてもらうね。よいしょっと」

 

さっちはそのまま回転しながらあたし達に近付いて来たかと思うと、あたしの隣の席に座った。

華麗に回転しながら近付いて来たなぁ~。

 

「さて、明日香ちゃん」

 

「な、何よ…?」

 

さっちは明日香の方を見て…

 

「私も明日香ちゃんの好きな人って誰なのか気になってたんだよね~。せっかくのこんな場なんだしさ?スパッと私達にも教えちゃってよ」

 

「は!?はぁ!?紗智!あんたバカだバカだと思ってたけどやっぱりバカだよね!?そんなのこんな所で言える訳ないでしょ!?そ、それに私には好きな人なんかいないし!何の事だかさっぱりだしっ!」

 

「えぇ~!?何でよ~?いいじゃ~ん、教えてよ明日香ちゃ~ん」

 

「だ、だからそんな人いないって…」

 

「本当に?信じていい?私はあの日…私の好きな人…みんなにバレちゃったからさ…もし…明日香ちゃんの好きな人…が…」

 

さっち…。

さっちはそう言ってうつむき、スカートの裾をギュッと握りしめた。

あたしもさっちの好きな人って、ずっと秦野だと思ってたからびっくりしたけど…。

 

って、ちょっと待ってよ、さっち!

みんなにバレちゃったって、さっちは誰にも好きな人の名前出してないじゃん!モノローグの中でしか言ってないでしょ!?

いや、まぁ、みんなメタな事言ってるし、あたしも知っちゃってるからあんま強く言えないけどっ!

 

「紗智…。だ、だけど…。だからこそ言えないんじゃない(ボソッ」

 

ヤバい。ヤバいよ明日香。その反応はものすごくヤバい。

この話の中では特別編第40話のモノローグも会話もバレちゃってんだよ?メタ発言もバレバレなんだよ?

そんなボソッと言ったような台詞でもみんなに聞こえちゃってるよ?あたしにもバッチリ聞こえてたし。

 

「フッ、フッフッフ」

 

「さ、紗智…?」

 

「やっぱりだー!明日香ちゃんの好きな人ってやっぱり江口くんなんだね!」

 

え!?さっち!?言っちゃうの!?

 

「なぁ!?な、何言ってくれちゃってんのよ!

渉の事なんか好きな訳ないでしょ!?」

 

「え?だって私の好きな人も江口くんだよ?『だからこそ言えない』って事は、明日香ちゃんの好きな人も江口くんだから私の前では言えないって事だったんでしょ?」

 

さ、さっち…?普通に自分の好きな人も暴露しちゃうの?

 

「あ、あの…河野さん?それ暴露しちゃって大丈夫なのですか?明日香の好きな人の話題を出した私が言うのもなんですけど」

 

「美緒ちゃん?大丈夫だよ大丈夫。それより麺類の話から上手く恋話に誘導してくれたね!グッジョブだよ!」

 

「グッジョブ?いや、麺類の話題を出したのも私だけど…」

 

「ちょ、ちょっと!紗智!話はまだ終わってな…」

 

「あ!やっぱり大丈夫じゃないかも!私の好きな人が江口くんだってお兄ちゃんにもバレちゃったら、江口くん(の命)が大変な事になっちゃう!」

 

江口(の命)が大変な事にって…。

その( )の中身も筒抜けだよ、さっち。

まぁ、あたしは江口がどうなろうと知ったこっちゃないけど。

 

「まぁ、それはそれとして!

明日香ちゃんの好きな人もわかった事だし、次は小松さんかな?茅野先輩の好きな人は松岡さんだってわかってるし」

 

「こ、河野さん!?わ、私の好きな人が冬馬って…!ちがっ、違うから!違うからね!」

 

いや、茅野先輩。バレバレですから。

まぁ、バレバレって言ったら栞もなんだけど…。

てか、さっち。あんた江口の事好きなんだよね?

お兄さんに知られちゃったら江口が危ないんでしょ?それはそれとしてって軽いノリでいいの?

 

「ボクの好きな人?ボクは双葉が大好きだよ!

沙織も弘美も、おっちゃんもたか兄もトシ兄も、まどか姉も…みんな大好きだよ!」

 

ま、眩しい!栞の無邪気な『私はみんなが大好きだよ』攻撃が眩しい!

普段、恋愛絡みとか渚とか理奈とか奈緒を見てきてるからなぁ。黒い陰謀めいた事とか目の当たりにしてるし、無邪気な栞が眩し過ぎるよ。

 

『ピンポンパンポ~ン。志保、後で話があるわ。収録が終わったらゆっくり話しましょう』

 

怖っ!?

理奈まだ帰ってなかったの!?

てか、あたしらの話をちゃっかり聞いてるの!?

あたしらの話っていうかあたしのはモノローグだけど!

 

ああ…、さっきまで早く収録を終わらせて帰りたいと思ってたけど、今はこの収録が永遠に続けばいいと思えるようになったよ。

 

「志保いいなぁ。収録終わったら理奈さんとゆっくりお話出来るなんて」

 

「美緒、代われるものなら代わってほしいくらいだよ」

 

…ん?美緒?

美緒はあたしをずっと見ている。

 

どうしたんだろ?

さっきのは美緒もさすがに理奈の『あなたをしばくわ』宣言だってわかってるよね?

……もしかしてわかってない?本当に代わってほしいの?

 

「志保は意外と能天気なのかもね」

 

は!?

美緒!?今何て言った!?あたしの事を能天気と言ったの!?

あ、更には美緒は自分の頭を指でコツコツ叩き出した。

あたし知ってるよ。それ『あなた頭は大丈夫?』ってサインでしょ!?

 

てか、いつまでもいつまでもそんなサインをあたしに…。

……サイン?

 

…あたしは美緒をジッと見ている。

それでも美緒は頭をコツコツするのを止めていない。

頭に何かあるの?

考えてみたら美緒とはそんな長い付き合いをした仲じゃないけど、美緒は人を小馬鹿にしたようなそんな事をするような子じゃない。

 

もしかして…何かあたしに伝えたい事がある?

のかな?

 

「志保は本当にダメダメだよね。理奈さんと2人きりになれると言うのに何をそんなに嫌そうな顔を…」

 

次に美緒は頭にやっていた指を離し、両手の指で✕印を作った。

✕…?バツ…?ダメって事?

 

美緒はそんな不思議に思っているあたしを見ながら、チラチラとさっちを見てい……

 

そうか。そういう事なんだね。

だったらあたしはどうしたらいいか…。

 

「美緒。それってあたしに対して超失礼だからね」

 

この回答はどう?

 

………わかったよ。美緒。

 

 

あたしは…

 

 

あたしは……

 

 

やっぱり理奈は貴の事がめっちゃ好きだと思う!

もう本当は結婚したいとか思ってんじゃないかな!?

お父さんもきっと許してくれるだろうしね。ぷくく。

 

 

『ピンポンパンポ~ン。志保、後でのお話の事だけど、とてもとても長くなりそうだわ。覚悟していなさい』

 

 

怖っ!?

長くなりそうだわ。って、長くなるだけだよね?

あたしの命は保証されてるよね!?

 

だったら次は…

 

「長くなる話ってなんだろ?

(でもあたしも理奈には負けてないからね。あたしは貴の事を超愛してるし!大好きだし!もう抱かれたいまである!)」

 

 

あたしの台詞から少しの間。

理奈からも誰からも放送は無い。

なるほどね。

 

 

「(さっきのは嘘だから。ただのテストだからね!貴を愛してるとか無いよ!)ニコッ」

 

「え?どうしたの志保。何で急に笑ったの?」

 

「(美緒の指は○の形をしている。つまりあたしのこの考えは正解という事なんだろう)ニコッ」

 

「え?いや、マジで怖いんだけど…」

 

「(怖いとか言わないでよ!あたしも必死なんだから!

…さっき、美緒がさっちをチラチラ見ていた時、さっちも栞と話しながらもあたしの方を見て頭をコツコツ叩いていた。頭に何かあるのかと思ったけど、あたしはひとつの仮説に辿り着いた。今、この場ではあたしの、あたし達の考えているモノローグと会話はプロデューサーに筒抜けであるという事。理奈も含む)ニコッ」

 

「え?また笑うだけ?」

 

「(色々考えながら何か言うのって難しいんだよ!

あたし達のモノローグは全て筒抜け。発言する言葉も。

だからあたしはモノローグで語るのを止めて、台詞内で考えている風を装った。正直意味がわかんないんだけど)

笑いたい時もあるよ。あはは」

 

「志保は…笑顔下手くそ」

 

人の笑顔を下手くそとか言わないでくれる!?

 

「(…おっと、またモノローグで語っちゃった。あたし達の語りは周りに筒抜け。だから、あたしは考えているという形式ならどうだろうか?と、貴の事を大好きだという嘘っぱちを考えてみた。本当に嘘っぱちだからね?)

笑顔下手くそとか言われたの初めてだよ」

 

「私も言うの初めてだよ。もう今後言う事無いだろうけど」

 

「(美緒はまた指で○の形を作った。台詞の中での思考は周りに読まれない。それはさっきの嘘に理奈や澄香さんが反応しない事で確証を得た。これから大事な話はモノローグじゃなくて、こっちの形式でやっていけばいいんだね)ニコッ」

 

「いや、だから下手くそ…」

 

 

 

 

それから少しの時間。

この部屋では栞の好きな人は本当は誰なんだろう?

とかな話でキャッキャウフフしていた。

 

「(と、言うのが表向きな状況。栞の好きな人なんて遊太だってわかりきってるでしょうに…。おっと、あたしは今はこんな事を考えている場合じゃない。この不可思議な撮影をサッサと終わらせて帰れるようにしなきゃ)ニコニコ」

 

「志保ちゃんはさっきからずっと笑ってばっかりだよね」

 

「まぁ、志保ですし」

 

「紗智も美緒ももう志保に期待するだけ無駄だよ」

 

「ちょっと明日香!期待するだけ無駄って何よ!?

(さっきからあたしはみんなの会話、挙動をしっかり見ながら考えていた。今、この不可思議な撮影に対して何か抵抗しようとしているのは、さっちと美緒と恐らく茅野先輩の3人。明日香は少し微妙な感じかな?わかって言ってるのか、わからずに素でいるのか…。栞は完全に素だね)」

 

「ボ、ボクの事より志保と美緒はどうなのさ!?誰か好きな人いるんじゃないの!?」

 

「は?栞、私の好きな人は理奈さんですよ?まだわかって頂けてはいませんか?」

 

「今は志保ちゃんとか佐倉さんより小松さんの恋話かな!」

 

「あたしも好きな人とか考えた事無いなぁ~

(やっぱり栞はわかってないみたいだね。理奈や澄香さん、他のもう1人謎のメンバーが聞いてるかも知れない中で、美緒とあたしの好きな人を暴くとかありえないからね)」

 

……

………ありえないって何よ!?

べ、別にあたしの好きな人も美緒の好きな人も貴ってバレた訳じゃないし!ってか、バレたとか語弊あるね!うん!

あたし達別に貴の事好きって訳じゃないし!ここで話題が出てもおかしくは無いし!!

 

「し、志保…?」

 

ん?どうしたの美緒?

 

「志保ちゃん…あのね…」

 

さっち?さっちもどうしたの?あたし何かおかしかった?

 

『ピンポンパンポ~ン、志保。あなたは…本当に…ブツッ』

 

え?理奈まで?

 

「へ、へぇ~…やっぱり志保ちゃんも美緒ちゃんもタカくんの事…」

 

へ?茅野先輩?何を言ってるの?

 

………

…………

 

「な、何の事でしゅかね?

(噛んだー!あたし噛んじゃったよ!てか、噛んだとかそんなの以前にあたし何をモノローグで語っちゃったの!?そうだよ、モノローグは筒抜けなんだよ!うっかりだよ!これ意外と難しいよ!)」

 

「あは、あはは、あはははははは」

 

「さ?さっち?

(さっちが急に笑い出した。もしかしてとうとう壊れちゃった?)」

 

「よ、よーし!ここにペンと紙が都合良く置いてあったよ!」

 

「(さっち?本当にどうしちゃったの?)

さっちはペンと紙を取り出して何かを書き始めた」

 

「志保?あんた何言ってんの?」

 

「(あ、ヤバ、思考と台詞が逆になってた。

だから難しいんだってこれ!明日香のツッコミが無かったらこのまま思考と台詞が逆になったまま語っちゃてたかもだよ…)

いや、何となく?」

 

その後、さっちが何かを書いた紙で紙飛行機を折って、窓へと近付いて行った。

 

そして…

 

「私の想い!紙飛行機に乗って飛んでけ~!」

 

そう言って紙飛行機を窓から飛ばした。

 

「(と、ここまではモノローグで言えって事だよね?あたしは美緒とさっちに目をやった。

美緒は指を○の形にしている。そしてさっちは何故が机にバンバンと頭を打ち付けていた)

私の想い、紙飛行機に乗って飛んでけ。か…」

 

「言わないで、志保ちゃん」

 

「(机に頭を打ち付けていたさっちは頭から血を垂れ流していた。え?本当に大丈夫?)ニコッ」

 

「頭から血を垂れ流してる河野さんを見て微笑むなんて…志保は猟奇的だね…」

 

「(違うよ!)ニコニコ」

 

「あっれぇ~?みんなまだ帰ってなかったんだ?もしかして恋話?あたしも混ぜてよ~」

 

え?香菜?

 

頭から血を垂れ流しながら、香菜が窓から教室に戻ってきた。

何なのこの教室。流血してるJKが2人もいるんだけど?

 

「か、香菜姉、大丈夫なの?」

 

「心配してくれてありがとね栞。でも大丈夫だよ。流血沙汰には馴れてるから♪」

 

流血沙汰には馴れてるバンドストーリーって…。

 

「さて、さっちちゃん紙飛行機でのお手紙ありがとね。おかげで何となく今の状況が把握出来たよ」

 

「ゆ、雪村さん!?」

 

「香菜さん!?」

 

「(え?香菜は何を言ってるの?それモノローグでもなく普通の台詞じゃん!)きゃな!!?」

 

あ、噛んじゃった。

 

「大丈夫大丈夫~。みんな心配し過ぎだって~。それにほら、さっさとこの茶番劇も終わらせて本編に戻った方がいいじゃん?ただでさえあたしらバンド活動少ないんだし」

 

い、いや、確かにあたしら全然バンドやってる感無いし、早く本編に戻りたいけどさ?

 

「さて、じゃあここからは解決編!大船に乗った気持ちであたしに任せちゃいな~」

 

香菜はそう言ってあたし達にピースサインをしてきた。

これまでのあたしらの事を思うと、香菜の船とかすぐ沈んじゃいそうなんだけど…。

 

「志保、わかってると思うんだけどさ~?今回のモノローグって全部筒抜けだからね~?」

 

あ、ヤバ、そうだった…。

 

「ま、いっか。とりあえず解決しちゃおうかな」

 

え?とりあえず解決?

そんな軽いノリで解決出来るお話だったの?

 

「今回のこのお話には梓さんは絡んでないね!梓さんだったらこんな回りくどい事せずに直接聞いてくると思うし!」

 

香菜はいきなりそんな事を叫んだ。

あ、確かにそっか。晴香さん達から聞いてる話だと梓さんってめちゃくちゃ強いんだよね?喧嘩が。

 

もしあたしらの中に貴の事を好きな人が居たとしても梓さんならこんな回りくどい事しなくても、邪魔者を排除するのはわけないよね。

 

あたしがそんな事をモノローグで思った時…

 

『あ、ほんまや!そういやそうやん!ちょっ、日奈子!あんた!』

 

お決まりの『ピンポンパンポ~ン』の音も無く、スピーカー内から澄香さんの声が聞こえた。何てご都合主義なの!?

 

『ま、待って澄香ちゃん!ち、違うの!これは全部梓ちゃんの為に仕組んだ事であって…あ、違う。仕組んだとかないからいやまじで。あ、待って澄香ちゃん!痛い…それ痛いやつ…ちょっ、待っ……ブツッ』

 

梓さんの為に日奈子さんが仕組んだ…?

えっと、どういう事なんだろ?

 

「なるほど。つまり私達からファントムのメンバーの中で、お兄さんの事を好きな人が居るかどうかを日奈子さんは聞き出そうとした訳ですね」

 

「そうなんだよ~。私もアイドルやる為に日奈子さんにはちょっとした恩があったから断り辛くて~」

 

あ、さっちはやっぱり日奈子さんの仕込みだったんだ?

 

「でも河野さんは何とかしようとしたのでしょう?麻衣を通して私に別の台本を渡して来たくらいだし。私も麻衣から貰った台本読んでびっくりしたけど」

 

「さすが佐倉さんだよね!でもね、美緒さん、私も志保ちゃん達みたいに名前で呼び捨ててよ~。もう同じファントムの仲間なんだし~」

 

「え?えぇ~……わ、わかったよ。紗智」

 

「やったー!私も美緒ちゃんって呼ばせてもらうねー!」

 

そう言ってさっちは美緒に抱きついた。

 

いや、まぁ、うん。

何となく何でこんな不可思議な番組の撮影なんかやらされたのかと思ったし、無駄に長かったけど、解決はしたの…かな?

ぶっちゃけ被害はものすごい事になっちゃったと思うけど。

 

「志保の言う通りよ…紗智!」

 

あたしの言う通り?

明日香は何を言ってるの?あ、そっか。まだあたしのモノローグはみんなに筒抜けなのか。

 

「あんた!これが日奈子さんの訳のわからない策略で、そう言った意図があったんなら私にも学校で話せたでしょ!」

 

「え?だって明日香ちゃんお芝居下手そうだし。ほら、前回も冒頭は棒読みだったじゃない?」

 

「そ、それでもよ!おかげで私の好きな人が…その…渉…だって…(ボソッ」

 

「あははは、明日香ちゃん大火傷だよね」

 

「誰のせいで大火傷したと思ってんのよ!!」

 

あ~…明日香の好きな人がまさか江口だってのにはびっくりしたけど、大火傷したって言えばさっちもだし、茅野先輩も…。

 

「あ、そうだよね。双葉も好きな人は松岡 冬馬だってさりげに暴露されてたもんね。ボクは何か怪しいと思ってたし遊ちゃんの名前は出さなかったけどね」

 

「うん、まぁ、私の好きな人の事気付いてないのは冬馬本人だけだと思うしもういっかな?って。みんなにはさすがにバレバレでしょ?でも栞も良かったの?さっきまでは頑なに『みんなが好き』とか言ってたのに、とうとう遊太くんの名前出しちゃったよ?」

 

あー、栞はやっぱり遊太の事が好きなんだ?

何となくそうかなー?とは思ってたけど…。

 

「し、しまった…こんな全世界放送のネット番組の撮影で…。ち、違うし!遊ちゃんなんかどうでもいいしっ!」

 

そうだよ!忘れてた訳じゃないけど、これって全世界放送のネット番組の撮影じゃん!?

いいの?こんなグダっちゃって…。

 

「栞~。安心していいよ。これは撮影されたりなんかしてないから。でもやっぱり栞は遊太の事が好きだったんだね~。いや~、お姉さん何かドキドキしちゃうわ~」

 

「か、香菜姉は何を言ってるの!?

ってか、それより!撮影されてないってどういう事?」

 

撮影されてない?

いや、あたしらの教室のまわりにはスタッフさんも居るし、なんかカメラみたいなのもあるよ?

 

『ピンポンパンポ~ン。香菜の言う通りよ。心配しなくていいわ』

 

え?理奈?

 

「ね?ほら、理奈ちもそう言ってる」

 

「で、でもまわりにはスタッフさんもカメラも…」

 

『私達に撮影をしていると見せ掛ける為のダミーよ』

 

え!?ダミーなの!?

何でわざわざそんな事を!?

それが本当ならスタッフさんも本当に大変ですねっ!

 

「志保もそこまではわからなかったのかな?あたしも途中まではわからなかったけどさ?これは全部日奈子さんの仕込み。理奈ちも誰の仕込みか探る為にこの話に乗っかってって感じなんだよ」

 

誰の仕込みか探る為に?

 

『そうよ。黒幕が表に出て来るまでのお芝居。志保のモノローグを読んで、貴さんの事を好きな"フリ"をしていれば、黒幕も面白がって出て来ると思っていたのだけど…』

 

「きっと日奈子さんは理奈を警戒してたんだね。なかなか尻尾を出さなかったし、あたしが突き止めるまではね!」

 

香菜は自分がこの茶番の黒幕を突き止めたのがそんなに嬉しかったのかな?

 

ん?待ってよ。

って事は理奈が貴の事をあたかも好きですよみたいな放送をしてたのはダミーって事?

なら、あたしもこの後、理奈にしばかれるかもって危惧してたけどその心配も無いって事だよね?

 

『いえ、それは違うわ。後でちゃんとお話しましょうね(ニコッ』

 

あかん。ダメだ、終わった。

何が終わったってあたしの人生が…。

だって理奈の放送から「ニコッ」とか聞こえたもん。

わざわざ笑ってる演出を台詞でやってるもん。

もう泣きそうになってきた。

 

「ふぅん。なるほどね。だったらこのお話は前回も含めて全部日奈子さんのやらせだったんだ?」

 

「うん、全部そうだったみたいだよ。まったく…貴重な本編の更新を止めてまでこの作者は何をやってたんだか…」

 

栞と美緒がそう言った時だった。

 

-ビターン!

 

さっちがいきなり台本を床に叩きつけた。

意外と大きな音だったからちょっとびっくりした。

 

「そ、そそそそ、そそ!そう!そうなんだよ!

これはぜ~んぶ日奈子さんの台本なの!ね、明日香ちゃん!」

 

「は?紗智?あんた急にどうしたの?」

 

さっち?本当にどうしちゃったの?

 

「だ!だから!これは全部日奈子さんの台本なの!やらせの台本なの!だからごめんね江口くん!私が江口くんの事を好きって事はないの!もし、江口くんがこのお話を見て勘違いしちゃってたら本当にごめんね!」

 

え?さっち…?

いや、さっちは江口の事好きなんでしょ?

 

「そう!そうだよね、紗智!

渉!あんたこれ見てる?もしこのお話を読んで私と紗智があんたの事を好きなんだとか勘違いしてたらクラス中で笑い者にしてやるからっ!」

 

は?明日香も何を言ってるの?

明日香も江口が好きなんでしょ?

 

「だよね~、明日香ちゃん!私達が江口くんの事を好きな訳なんかないよね~」

 

「ほんとほんと、マジで無いから!日奈子さんの台本にそう書いてたから、嫌々そう言ってただけだし!」

 

「「ねー♪」」

 

あ~…そう言うこと?

確かにこれって江口も読みそうだよね。

なるほどね。全部日奈子さんの台本って事にして全てを終わらせるつもりか。

 

「な、何を言ってるの志保ちゃん!志保ちゃんは私の好きな人知ってるでしょ!?」

 

ああ。うん、江口って知ってる。

秦野はダミーだったって知ってる。

知ったの今日だけど。

 

「志保は知ってるでしょ。私はクリムゾンを倒すの!恋とかそんなのいらないの!」

 

うっわ~。クリムゾンを倒したいって事は知ってるけど、江口を好きな事バレたくないからってそれ出す?

 

「「な、何を言ってるの志保(ちゃん)!違うって言ってるでしょ!だ、大体志保(ちゃん)だって本当に貴さんの事が好……」」

 

 

 

 

 

 

ブツッ

 

 

 

 

 

ん?あれ?

 

ここは…?

どこ?

 

「志保?どうしたの?さっきから何も喋らないけど?」

 

「あ、もしかして~?渚は梓さんの事を待つみたいだし、帰っても1人だから怖いとか?」

 

理奈と…香菜…?

え?あたし…。

 

「本当にどうしたのかしら?」

 

「いや、冗談だったんだけど…、本当に怖いとか?」

 

え?ここは…

渚のマンションの近くの道?

 

あたしは今、理奈と香菜と3人で歩いてる?

待って、さっきまで企画バンドの撮影って騙されて、SCARLETのスタジオに居たはずなのに。

 

頭が少しボ~っとしてる感覚はあるけど間違いない。

あたしは偽番組の撮影をしていたはず。

ちゃんと覚えてる。

 

だけど、あたしは今、澄香さんから企画バンドの話を聞いて、SCARLETを出て理奈と香菜と帰宅中である。

って事も理解している。

 

今さっきあった事は夢?

いや、夢にしてはハッキリ覚え過ぎてるんだけど…。

 

「企画バンドの事を聞いて現実が受け止められないのかしら?」

 

「いや、でもあたしらはそよ風で企画バンドの話も聞いてたし、そんな今更受け入れられないとかなくない?」

 

企画バンド…。

あたしって本当に歩きながら寝ちゃった?さっきまでのは夢…なのかな?

 

「あ、あたしこっちだから。でも本当に大丈夫?」

 

渚の家であるマンションと、理奈と香菜の家の方向である分かれ道。

うん、間違いない。こっちが現実。

 

「あ、あはは。ちょっと疲れただけかも。あたしは大丈夫だよ。それじゃまたね」

 

「う、うん、大丈夫ならいいけど…。じゃ、またね」

 

「気をつけて帰るのよ?」

 

そう言ってあたし達は別れた。

 

あたしは夜道を1人歩く。

ここら辺はこんな時間になっても、全然明るいから1人でも割と平気だ。

 

本当にさっきまでのは何だったんだろう?

ただの3周年記念にあたしがばかされただけ?

 

「志保?本当にどうしたのかしら?大丈夫なの?」

 

え?理奈?

 

「り、理奈こそどうしたの?理奈の家って香菜と同じ方向じゃん」

 

「何を言っているの?さっき後で話があると言ったじゃない」

 

さっき…?

 

「もしかしてなのだけれど、ずっと上の空で話をちゃんと聞いてなかったのかしら?」

 

「あ、あはは…ごめん、ちょっとボ~っとしてるみたいで…」

 

上の空って言うか、さっきまで夢の中なのか別の世界線なのか。

3周年記念で番組収録してたと思ってたのに、いつの間にか理奈と香菜と帰宅中って感じだし、本格的にあたしどうしちゃったんだろ。

 

「そうなのね。疲れてるのかしら?」

 

「あー、そうかも…あ、でももう大丈夫だよ。いつも通り元気だから」

 

「そう。なら安心したわ」

 

やっぱり疲れてるからかな?

あんま疲れてるって意識無いけど。

あ、さっきの収録はめちゃ疲れたけどさ。

 

「ゆっくり話したかったのだけど、疲れてるみたいだし今度の方がいいかしら?」

 

「ううん、大丈夫だよ。それって長くなりそうな話なの?」

 

「そうね。志保次第だとは思うのだけれど、とてもとても長くなる気がするわ」

 

あたし次第?何だろ?

新曲の話とかかな?

 

あたしはそこまで考えてハッとした。

 

 

『ピンポンパンポ~ン。志保、後で話があるわ。収録が終わったらゆっくり話しましょう』

 

 

『ピンポンパンポ~ン。志保、後でのお話の事だけど、とてもとても長くなりそうだわ。覚悟していなさい』

 

 

アノ時、アノ収録の時。

理奈は確かにそう言っていた。

そして今も、とてもとても長くなりそうって…。

 

すごく嫌な予感がする…。

 

「志保?」

 

ゴクリ

 

「理奈、その話ってさ…」

 

理奈にどう切り出せば…。

あんまり下手な事を言う訳には…。

あたしは次の言葉をどう繋ぐべきか考えていた。

 

「志保?本当に大丈夫なの?あなた…少しおかしいわよ?」

 

そう。そうだ。

おかしいのはあたしなんだ。

理奈は新曲の話をしたいのかも知れない。

 

さっきの収録を現実だと思っているあたしがおかしいんだ。

 

だってアレはあたしが見た…

 

 

 

 

 

 

「夢じゃないわよ?」



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第26話 音の宝玉

「いやー!しっかし企画バンドの話も纏まって良かったよな!」

 

「英治。テメェが何をもって良かったと言っているのかわからねぇ。俺は暴君晴香と一緒にやらされるんだぞ?」

 

「まさか理奈も有希も承諾してくれるとはな。何にしても良かったわ。…ん?良かった?いや、あんま良くねぇか。俺にはBlaze Futureもあるわけだし…」

 

「あはは、でもあの頃のはーちゃんの曲がまた聴けるってのは俺は嬉しいよ」

 

俺の名前は佐藤 トシキ。

15年前までBREEZEっていうバンドでギタリストをしていた。

そのBREEZEのボーカリストだった葉川 貴。

ベーシストの宮野 拓斗。

ドラマーの中原 英治。

その4人でSCARLETの企画バンドの会議を終えて帰っているところだ。

 

15年前、俺達は別にメジャーデビューを目指していた訳じゃない。

みんなの前で俺達の好きな音楽を演奏出来るって事が、楽しくて嬉しくて、誇りみたいなものを持ってバンドをやっていた。

もちろん大変な事も辛いと思った事もあったけど、昔のどんな想い出よりもかけがえがないくらいの大切な俺の軌跡。

 

クリムゾンミュージックという大きな音楽会社が、パーフェクトスコアという音楽を携えて、自由な音楽をやるバンドマンに……

 

「って訳でよ!今日は初音を俺の親父の家にお泊まりに行かせててよ!久しぶりに俺達4人揃ってるし今から飲みに行かねぇか?」

 

ちょ、えーちゃん…。

今は俺のモノローグ中だからさ?

 

「タカもトシキも三咲と飲むとか久しぶりだろ?拓斗はまぁアレだったけどよ?」

 

「あ?英治。俺がアレだったって何だ?

今日は日曜だぞ?タカもトシキも明日は仕事もあんし、俺も夕方からだが仕事だ。テメェみたいに気分で休みをコロコロ変えられる身分じゃねぇんだよ」

 

三咲ちゃん。

三咲ちゃんっていうのは、えーちゃんの奥さんの事だけど。

俺もここ数年は三咲ちゃんと飲みに行くとかなかったし、久しぶりに飲みにでも行ってゆっくり話したい気持ちはあるけど、明日は仕事もあるしね。

 

「トシキと拓斗の言う通りだな。久しぶりに三咲と飲みたいとは思うが明日は仕事だからな。僕帰ってお風呂入って寝るの。あ、寝る前に歯磨きしなきゃ」

 

待ってはーちゃん。

俺と宮ちゃんの言う通りって何?

俺何も言ってないよ?

 

「そう言うなよ。仕事なんていつでも出来るじゃねーか!でも三咲と飲みに行けるとか今日くらいしか無いかもだぜ?」

 

「英治、テメェ一般常識ってのが欠落してんのか?仕事なんていつでも出来るって何だ?お前はアホなのか?」

 

「待て拓斗。英治の言いたい事はわかった。

こいつ雇われ業の俺達をバカにしてんだわ。よし、英治今から殴るから歯を食いしばって祈れ」

 

「タカも拓斗もよく聞け。さっき俺は初音を親父の家にお泊まりに行かせていると言っただろ?つまり本当なら今日は俺は三咲と2人きりでデートを出来てた訳だ。初音がずっと欲しがっていた弟か妹を…ゴニョゴニョ出来る予定だった訳だ。わかるな?」

 

えーちゃん…俺達のこの歳になってゴニョゴニョって…。

 

「は?英治。テメェは何が言いてぇんだ?」

 

「落ち着け拓斗。英治の言いたい事はわかった。

こいつまだ未婚の俺達をバカにしてんだわ。よし、英治今から本気で殴るから遺言でも辞世の句で好きな方を言え」

 

「俺を殴るなら殴ればいい。だがな、今日BREEZEで飲みに行こうと企画したのは三咲だ。この誘いは三咲の誘いだ。さぁタカ、俺は言いたい事は言った。好きなだけ殴れ」

 

「………久しぶりにみんなで飲むのも楽しそうだよな。トシキ、拓斗、俺は英治と飲みに行く事にする」

 

「三咲ちゃんの誘いなら…行かない訳にはいかないでしょ」

 

「俺も帰ってきた事だしな。お前らと飲みてぇと思ってたところだ。もちろん俺も参加させてもらうぜ」

 

俺達ってどんだけ三咲ちゃんの事怖いの?

まぁ、俺も飲みに行くけどさ。怖いし。

 

「いやー!良かったぜ!早速三咲に連絡するな!お前らに断られたら俺の誘い方が悪かったとかでしばかれるところだったわ!…………よし、全員参加って連絡したからな。もうお前ら逃げられねぇからな?」

 

そうして俺達はそよ風に向かう事になった。

今日は晴香ちゃんも宮ちゃんも休みだけど、他の従業員さんのおかげで店は開けてるみたいだし。

 

「おら、タカ!そんな嫌そうな顔すんなよ!」

 

「は?嫌そうな顔とかしてませんけど?久しぶりに三咲と飲めるとか楽しみしかありませんけど?てか、逃げたりしないんで肩を組んでくるのとか止めてくれません?」

 

そう言ってえーちゃんは、はーちゃんを連れて歩いて行った。

 

「ハァ…しゃあねぇ…俺達も行くか。ま、トシキにも聞いておきたい事があったしよ。ちょうどいいか」

 

「え?宮ちゃんが俺に聞きたい事?何それ?正直嫌なんだけど」

 

「何でだよ…!」

 

宮ちゃんが俺に聞きたい事?

う~ん…宮ちゃんが俺に頼るとか、はーちゃんが怒りそうな事絡みか、梓ちゃん絡みの事ばっかりだったしなぁ…。

 

「あ、そういや今もちょうどいいな。タカも英治も離れてんし。今ならあいつらにも聞こえねぇだろ」

 

「え?だから俺、さっき嫌だって言ったじゃん?てか、はーちゃんに聞かれたくないって事はやっぱりはーちゃん絡み?知ってると思うけどはーちゃん地獄耳だよ?」

 

「あ?ああ、今回はタカの悪口とかあいつが怒り……まぁ怒るかも知んねぇが、俺ってよりはお前が関係してる話だからな。大丈夫だろ」

 

はーちゃんが怒りそうだけど俺が関係してる話?

一体何の事だろう?そもそも俺ははーちゃんが怒るような事はしないけど?

 

「拓実達から聞いたんだが、お前、ファントムの奴らにBREEZEん時の話をしてやるんだってな?」

 

拓実くん達から聞いた?BREEZEの時の話をみんなに?

それって南国DEギグの時に言ってた話かな?

 

「うん、まぁみんなに話してもいいかな?って思ってね。あ、だからはーちゃんに聞かれたくなかったの?はーちゃんは恥ずかしがりそうだもんね」

 

「チ、やっぱりマジだったのか。いくらお前でもその…大丈夫なのか?」

 

ん?大丈夫なのか?ってどういう事?

 

「BREEZEの結成から解散までの赤裸々で詳細な話や、クリムゾンとの戦い、アルテミスの矢の事やArtemisとの事、更には俺達がどんなライブをやってきたのかとか、日常的な話まで『全米が泣いた』ってキャッチが付きそうなくらいの壮大な話をやるつもりらしいじゃねぇか」

 

え?待って何それ?

BREEZEはどんな風に結成したのか、どんなライブをやってきたのかって話だけじゃないの?

 

「更にはタカの恋話や英治のアレな話。氷川さんとの事やONLY BLOODの事、雨宮さんや浅井さんの事やetc.etc.…」

 

ちょ、ちょっとマジで待って!

はーちゃんの恋話って何!?それはいくら何でもしばかれるだけじゃすまないでしょ!?

 

「宮ちゃんちょっと待ってよ。恋話とかもだけどさ?氷川さん達の事までとは俺は言ってないよ?BREEZEがどうやって結成されたか、俺達がBREEZEとしてどんな音楽をやってきたのか。そんな話だけのはずだよ?」

 

「あ?そうなのか?拓実がそんな話をAiles Flammeの連中と俺に言ってきて、たまたま近くにいた冬馬達のCanoro Feliceも話に加わってきて……」

 

それから聞かされた宮ちゃんの話はこんな感じだった。

 

 

『それは本当ですの!?まさか澄香さんの昔のお話が聞ける機会がこんなに早くやってこようとは!』

 

『へぇ~。たぁくん達の昔のお話かぁ~。それは面白そうかも!架純も同じLazy Windだしたっくんの聞きたいよね?』

 

『結衣?同じLazy Wind…って事はたっくんってのは拓斗さんの事かな?拓斗さんの事なんか興味無いよ?あ、でもタカさんの昔のお話なら…』

 

『あははは、タカさんの昔のお話とか、もしかしたら元カノさんとか恋話とかも聞けるかもなぁ?架純もタカさんの好みのタイプとか気になるやろし聞きたいやろ?』

 

『ちょ…ケホッケホッ、聡美は何を言ってるの?ケホッ、タカさんの好みのタイプとか…その…ケホッ』

 

『あら?何を話しているのかしら?タカさんの元カノの話?タカさんに元カノなんている訳がないじゃない』

 

『理奈もそう思うよね?タカに元カノとか…マジうける』

 

『ちょっと、理奈ち?志保?Ailes FlammeとCanoro FeliceとLazy Windの話が気になったからって、いきなり話に加わるのはやめよ?まずはちゃんと挨拶からしよ?』

 

『いやいやいや!香菜さん甘いです!タカさんの元カノの話ですよ?あたし達Glitter Melodyもそれは気になりますよ!ね?美緒?……ありゃ?美緒どこ行ったの?』

 

『麻衣ちゃん、美緒ちゃんならバイトに戻ったよ?タカさんの元カノのお話とか…美緒ちゃんには辛いんじゃないかな?』

 

『え?何でタカさんの元カノの話が美緒には辛いの?あ、奈緒さんの事があるから?』

 

『あはは~、睦月ちゃん?私の事があるから貴の元カノのお話が辛いとか何ですかね?貴に元カノとかいた所で私には何とも想う所もないんですけど?』

 

『奈緒、無理すんなって…。タカに元カノなんていないから。梓さんは違ってたんだしさ』

 

『まどか。まどかも無理してるんじゃない?貴兄の情事とか…聞きたくないよね?ほら、花音も言ってあげて』

 

『綾乃さんの言う通りだよ。奈緒、そりゃ想いの人の元カノとか、元カノとの情事とか聞きたくないだろけどさ?…って待って綾乃さん、もしかしてまどかさんも貴さんの事を?』

 

『葉川の元カノの話かぁ~、私は聞いた事ないかも?フラれた話とかは職場の飲み会で聞いた事はあるけど……達也は何か知ってる?』

 

『いえ、僕もタカさんの元カノとかの話は聞いた事ないですよ。でもBREEZEの話ってのは、僕の知らない事もあるでしょうし気になりますね。それより真希さんもタカさんがフラれた話とか気軽に言わない方がいいですよ?この場は危険ですから…』

 

『俺は雨宮 大志の話が気になるぜ。昔の音楽はどんな音を奏でてたのかって事とかな』

 

『結弦は雨宮 大志の事ばかりだな。だが、BREEZEの話となると雨宮 大志の話もあるだろうな』

 

『俺もその話は気になるかも~。寝ずに聞いてみたい話ではあるかな?』

 

『俺も気になるぜ。宮野さんには晴香さんって妹が居るしな。英治さんにも妹が居ると聞いている。同じ妹を持つ兄としてバンドマンとしての心構えを聞いてみたいぜ』

 

『あたしは九頭龍から色々話は聞かされてるしBREEZEの事には興味無いかな。でも、有希は興味あるんじゃない?タカくんの元カノとか元カノとか元カノとか』

 

『美来、お前はクリムゾンに長く居すぎたせいでアホになったのかね?私もボスに昔の話は聞いているしな。特に興味は無いよ。ただ、タカの元カノか…私のママになったかも知れない人…(ボソッ』

 

『ね、ねぇ、みんな何の話してるの…?タカ兄に元カノ?天変地異が起きるの?ボクまだ生きたいよ』

 

『栞、安心しなさい。葉川くんに元カノなんて居る訳無いわ。あの人はチキンなのよ?』

 

『葉川さんに元カノかぁ?元カレとか言われた方がピンとくるよな?な、双葉?』

 

『いくらタカくんでもそれは無いんじゃない?でもタカくんに元カレかぁ~…創作意欲がわいてくるよ!』

 

『なんか今日のファントムは大盛況だね!これは大儲け出来るかも!』

 

『初音はブレないね~。あたしはおかーさんにも色々聞いてるしな~。でもBREEZEの昔のお話か~。あ、お腹空いたかも~?そろそろまかないの時間かなぁ~?』

 

『盛夏さんもブレないじゃないですか。お義兄さんの元カノってのもお姉ちゃんの為に気になるのは気になりますが、昔のお話なら理奈さんのお父さ…お義父さんのお話もあるでしょうし、同じベーシストとして気になりますね。

拓斗さん、そのお話はお義父さんのお話もありますか?』

 

『美緒、まずタカはお前のお義兄さんじゃねぇ。それに氷川さんの話も俺達には欠かせない話だし、あるとは思うがお前、お父さんをお義父さんって呼び直さなかったか?』

 

 

「ってな事があってな。その後もみんな聞きたい事とか色々リクエストとかもしてきてよ?」

 

ちょっと待って!その話ファントムのバンドほとんどのメンバーが出てきてない!?

てか、リクエストとかもしてきたって宮ちゃんはそのリクエストに応えるって言ったの?それ俺は関係無いじゃん!宮ちゃんのせいじゃん!

って何で美来ちゃんもそこに居るの!?有希ちゃんと一緒にファントムに来るくらい仲良くなってるの!?

 

はーちゃんと渚ちゃんは、会社の部署飲みとかでたまたまファントムには居なかったらしいけど…。

 

「トシキ…相変わらずテメェは怖い事がな…い…あいつら何やってんだ?」

 

宮ちゃんが俺に謂れのない事を言って来ている途中、宮ちゃんははーちゃんとえーちゃんの方を見て話を打ち切り立ち止まった。

 

俺もはーちゃんとえーちゃんの方へと目を向けると、2人は立ち止まったまま動いていなかった。

どうしたんだろう?

 

「はーちゃんとえーちゃん、どうかしたのかな?」

 

「どうせどっちかが犬のう○こでも踏んで動けねぇとかじゃねぇか?とりあえず俺達も行くか」

 

俺と宮ちゃんが、はーちゃんとえーちゃんの近くまで行った時、俺は何があったのか全てわかった。

 

はーちゃんとえーちゃんの前には彼が居た。

15年前、俺達BREEZEとライバルのように戦ってきた…

 

「ま、まずいぞタカ。こ、こ、こ、この人はほんまもんのマジもんだ。お、俺…もう全部ちびってしまった」

 

「落ち着け英治。目を合わせるな。なにも無かったかのように過ごせ。あ、やばい。俺も足が震えて1歩も歩けないんですけど」

 

…また俺のモノローグはえーちゃん達に邪魔されちゃった。

ってか、はーちゃんもえーちゃんも何をビビってるの?

 

「ま、まずいぞトシキ。こいつらを見捨てて逃げるべきだった。タカも英治も何でこんな怖い人に絡まれてんの?俺もうお家帰りたい」

 

え?宮ちゃんもビビってるの?

 

「フン、佐藤と宮野も一緒に居たか。オメェらも久しぶりだな」

 

うん、本当に久しぶりだ。

 

「ヤバいよ英治。このお方はトシキと拓斗の事も知ってる感じだよ。どうにか逃げる方法無いかな?」

 

「お、お、お、落ち着けタカ。こういう時は石だ。石になりきるんだ。俺は無機物…俺は無機物…」

 

「何で俺の事までバレてんだ?俺はクリムゾンと戦っては来たが借金もしてないし真っ当生きて来たハズだぞ?何で?何でこんな怖い人が俺の名前を知ってんの?」

 

はーちゃんもえーちゃんも宮ちゃんも…。

本気っぽいな。本気でコイツが誰だかわかってない感じだね。

俺達BREEZEのチキンっぷりをこんな所で発揮させなくてもいいのに…。

 

「フッ、オメェらみんなだんまりか。わざわざ俺様がオメェらと話をする為に出てきてやったのによ」

 

俺達と話をする為に…?

 

「英治…これ絶対ヤバいって。俺達に話があるとか言ってるもん。もう逃げ場は無いんじゃないか?渉、亮、拓実くん、シフォン、ごめんな。もっとお前らに音楽を教えてやれば良かったな。奈緒、盛夏、まどか…すまん、後は頼んだ」

 

「三咲…初音…お前らにもっと家族サービスってヤツをやってやってれば良かった…。俺の事は少しだけでもいいから覚えててくれな。そして、幸せになってくれ…」

 

「晴香…明日のバイトには行けそうもねぇ。何年も音信不通になってて本当にすまなかった。フッ、兄としてもバイトとしても俺はダメだったな。明日香、聡美、架純、強く生きろよ…」

 

はーちゃんもえーちゃんも宮ちゃんも何の覚悟をしてるの?

ああ、このままじゃ話が進みそうにないね。

みんなわかってるのかな?この後、三咲ちゃんと待ち合わせしてるんだよ?遅れたりしたらそれこそ本当に怖い事になるよ?

 

「あ?オメェら何を言ってやがんだ?」

 

「はーちゃんとえーちゃんと宮ちゃんの事は放っておいていいよ。俺達も今はあんまり時間無いしね。話って何かな?波瀬 源二郎」

 

「「「何!?波瀬!?波瀬 源二郎だと!?」」」

 

俺ははーちゃんとえーちゃんと宮ちゃんにもわかるように、目の前にいる男の名前をフルネームで呼んだ。

 

波瀬 源二郎(はぜ げんじろう)

俺達と戦ってきたONLY BLOODの3代目のボーカル。

今は4代目ONLY BLOODのプロデューサーをやっているんだったかな。

 

ふぅ、やっとさっきのモノローグの続きを言えた。

 

「オメェら程じゃないかも知れねぇが俺も時間があるって訳じゃねぇしな。じゃあ、早速話を…」

 

「テメェ、波瀬か?何でこんな所で俺らを待ち伏せしてやがんだ?何でこんな夜に黒スーツにサングラスなんかつけてんだ?俺らをビビらせた罪は重い。歯を食いしばって祈れ」

 

「波瀬。お前の話ってのが何なのか知らねぇがお前の話なんか聞いてやる義理はねぇ。どうしても話がしたいなら取り敢えずコンビニでパンツ買ってこい。Lサイズな」

 

えーちゃん…コンビニでパンツを買ってこいって…。

さっきの全部ちびってしまったっていうのはマジなの…?

 

「パンツ?何でそんなもん俺が買って来なきゃなんねーんだ?

まぁいい。早速話させてもらうぜ」

 

「あ?だから話を聞いてやるからパンツを…」

 

「うるせぇよ中原。俺を誰だと思ってんだ?

俺はONLY BLOODの波瀬だぜ?」

 

懐かしいなぁ。波瀬のこの台詞…。

 

「葉川。おめぇBlaze Futureってバンドでまた歌い始めたらしいな。喉を壊しやがったくせにBREEZEでもないバンドでよ?」

 

あ、やっぱり波瀬もはーちゃんがまた歌い始めた事を知ってたんだ?

それで俺達に会いに来たのかな?

 

「は?俺がどこで何を歌おうが俺の自由ですけど?何か文句あんの?」

 

「おめぇ、まさかBlue Tearの事務所の敵討ちのつもりじゃねぇだろうな?」

 

「は?Blue Tear?何で?」

 

Blue Tearの事務所の…敵討ち…?

何ではーちゃんが?

結衣ちゃんや架純ちゃんの事…じゃないだろうな。

結衣ちゃんにしても架純ちゃんにしても、はーちゃんが出会ったのはBlaze Futureで歌い始めた後だ。

 

そういやえーちゃんがBlue Tearにハマってた時に、はーちゃんの推しは誰だか聞いたような気もするけど、それも関係無いだろうしな。

そもそもはーちゃんがまた歌い始めたのは、奈緒ちゃんに誘われたからだし。

 

「あん?ちげぇのか?」

 

「何でここでBlue Tearが出てく…」

 

「あっったり前だろうが!タカが敵討ちだの恨みだので歌う訳ねぇーだろうが!」

 

「ああ、何で波瀬がBlue Tearの敵討ちって思ったの知らねぇが。タカは同じバンドの女の子に惚れて一緒にバンドやろうって思っただけだ」

 

「バッ!た、拓斗!お前何を言ってんだ!?アホなのか!?俺が奈緒に惚れてバンドとか無いわ!アホか!」

 

「あ?俺は同じバンドの女の子って言っただけで奈緒とは言ってねぇぞ?」

 

「いや!バンドに誘われたのが奈緒だから奈緒だって思っただけだっつーの!まどかは俺が誘った訳だし、盛夏はバンドやろうぜ!ってなった後に知り合ったんだからね!」

 

はーちゃん必死だなぁ。

もしかして本当に奈緒ちゃんの事を好きになって?

そういや俺がバンドに誘われた時も恋の為とか言ってたっけ?

 

「だからっ!それはキュアトロのマイリーの事だって言ってんだろうがっ!」

 

え?俺口に出してないよ?

 

「ぷっ、ククク…ふはっ、ハーハッハッハッハ!」

 

「あ?何笑ってやがんだテメェ!違うって言ってんだろ!しばくぞ!」

 

波瀬は耐えられなくなったように笑い出した。

 

「ふふ、はっはっは、いやー、おめぇら変わらねぇな。心底安心したぜ」

 

「あ?安心しただぁ?」

 

「テメェ、どういう事だよ?」

 

「いや!だから英治も拓斗も聞けよ!違うから!マジ違うから!」

 

「はーちゃんも落ち着いて…」

 

「おめぇらが相変わらずバカで良かったって事だ。なら、要件だけ伝えてサッサと帰るかな」

 

「あ?誰がバカだとこの野郎」

 

「こいつらはともかく俺もバカ呼ばわりとはなめてんのか?」

 

「いや!だから!本当聞いて!お願い!」

 

えーちゃんも宮ちゃんもはーちゃんも…。

この調子じゃ波瀬の要件聞くまでに時間掛かっちゃいそうだな…。

ごめんね、三咲ちゃん。しばらく待たせちゃうかも…。

 

 

『大丈夫だよ、トシキくん!いつまでも待ってるよ!』

 

 

ハッ!?

三咲ちゃん!?何で三咲ちゃんの声が!?

 

そういや雨宮さんとデュエルした時も、はーちゃんの声が聞こえたっけ。

どうなっちゃったんだろう俺の頭…。

 

俺の妄想とかそんなのかも知れないけど、三咲ちゃんも待ってるって言ってくれてるし、しばらくはみんなの様子を見ていよ……う…かな?

 

って思ったけど、ちょっと待って。

 

俺はいつから三咲ちゃんが大人しく待っててくれる女の子と錯覚していた?

 

確かにえーちゃんと結婚して初音ちゃんが生まれてからの三咲ちゃんは、人格を整形する魔法でもかけられたの?って思うくらい大人の女性になった。

 

これまでこの話の中で出てくる三咲ちゃんのシーンは、すごく大人の女性ってイメージの描写をされている。

 

だけど、それは初音ちゃんやファントムのバンドのみんなが居る前だけでの話だっ!

 

今、はーちゃんはいつものBlaze Futureの葉川 貴ではなく、俺達BREEZEと波瀬しか周りに居ないからか、15年前の葉川 貴の性格に戻りつつある。

いつものはーちゃんなら『しばくぞ』とか絶対言えないだろうしね。

 

まずいな…。三咲ちゃんもBREEZEのメンバーしか居ないからってあの頃の性格に戻っちゃったりしたら…。

 

 

えーちゃんはしょうがないとしても、このままじゃ俺とはーちゃんと宮ちゃんの命までも危うい…!

 

 

「はーちゃんもえーちゃんも宮ちゃんも今は黙ってて。波瀬、その要件って何かな?」

 

俺も自分の身がかわいいからね。

早く要件だけ聞いて三咲ちゃんの所に急がなきゃ。

 

「「「おい!トシキ!俺らに黙ってろってどういう…」」」

 

「だから、黙っててって言ってるでしょ?(ニコッ」

 

俺も悪いなぁとは思うよ?でもこの場を長引かせるのは俺達にとってはマイナスでしかないから…。

 

俺は今出来る限りの笑顔でみんなに声をかけた。

 

「おい、トシキのヤツまじで怒ってねぇ?」

 

「タカ、英治、俺達はとりあえず黙ってようぜ」

 

「ああ、こんなトシキ見るの15年振りだよな。あれかな?この場にはBREEZEしか居ないから昔に戻っちゃった的な?」

 

はーちゃん?宮ちゃん?えーちゃん?

 

「要件…か。そうだな。

葉川。悪りぃとは思ってる。けどよ、お前の射手座の宝玉(レガリア)俺に譲っちゃくんねぇか?」

 

「あ?レガリア?」

 

レガリア…?

波瀬は…まだはーちゃんのレガリアを…?

 

「ふっ、安心しろ。昔は確かにONLY BLOODの2代目である大神さんから、3代目の俺じゃなく、お前にレガリアが託された事は我慢ならなくて、おめぇらにデュエルをふっかけてはいたけどよ」

 

射手座の宝玉。

あれは俺達がBREEZEを結成するよりもずっと前に、2代目のONLY BLOODのボーカル大神 大悟(おおがみ だいご)が継承していたレガリア。

 

レガリア戦争というデュエルギグによる戦いの渦中に居て、大神さんは身体を壊して歌えなくなった。

それから数年後に、ONLY BLOOD2代目の氷川さん…。

 

氷川さんというのは氷川 理奈ちゃんのお父さんの事なんだけど。

氷川さんと俺達はBREEZE結成した頃に出会い、バンドやライブ、音楽の事を教わって、俺達に…いや、はーちゃんに大神さんのレガリアは託された。

 

ま、この辺はまた今度、ファントムのみんなに話す外伝的な時に語られるかな。この小説そのものが『バンドやろうぜ!』の外伝的な話なのに…。

 

「お前…レガリアってな…」

 

「安心しろ。葉川。

今の俺なら何で大神さんや氷川さんが、おめぇにレガリアを託したのかよくわかる。いや、今になってやっとわかったって言うべきかもな」

 

「波瀬?お前…」

 

「だからこそだ。大神さんの意思と、昔のおめぇの意思を、引き継ぐボーカリストを…ONLY BLOODの俺が見つけてぇ。おめぇの事だからAiles FlammeやCanoro Felice、Divalといったファントムのバンドに託すなんて事はしねぇだろ。使う資格が奴らにあったとしてもな」

 

ああ、なるほどね。波瀬の気持ちもわかる。

 

大神さんから託されたレガリアは本当に大切なモノだ。

だからこそ、これからの世代にも音楽ってモノが何なのか。バンドというものが何なのか。

そんな想いを紡いでいく為にも、レガリアは次世代に託していかなきゃいけない。

 

それは、はーちゃんもよくわかってると思う。

だけど、俺達はその重さもよくわかってるし、レガリア戦争とか、昔のクリムゾンとの戦いの時のような、そんな音楽までもは継いでいきたくない。

 

だから、はーちゃんはレガリアを今まで誰にも託さず、使う事もせず、いつか全てが終わる時まで…

 

「いや、レガリアが欲しいならあげるけど?お前が使うんじゃないなら4代目の子が使うの?大丈夫?ん?待てよ…確かレガリアは…」

 

え?あげるの?

はーちゃん?レガリアって大切な…。

 

「ああ、おめぇもこないだの4代目のライブに来てたらしいな。だが、心配する事はねぇ。あいつらにも大神さんの戦いも、15年前の事も話してある。

さっきも言ったように、レガリアが俺じゃなくお前に託された事は今ではよくわかる。

だから、レガリアを受け継ぐ者はONLY BLOODで見つけてぇ。俺と4代目の奴らでな。

ONLY BLOODのバンドを引き継いだのは俺らだからよ」

 

「ん…そっか。別にお前らの4代目の奴らが使っても俺は別に…でも、実はレガリアはだな…」

 

「まぁ、俺は俺のガキに託せたらいいとは思っちゃいるが、あいつはまだ小学生だしな」

 

「!?…待て、波瀬。お前今何って言った?」

 

「あ?だからレガリアを受け継ぐ者は俺らONLY BLOODで…」

 

「ちっげぇよ!その後だ後!俺のガキにとか言わなかったかお前!」

 

ん?はーちゃん?どうしたの?

 

「あ?そっちかよ。まぁ俺のガキは野球だサッカーだとスポーツばっかで音楽には興味無さそうだけどよ。親としちゃやっぱいつかは…」

 

「こ!このドグサレ外道がぁぁぁぁ!!!!」

 

-ドカッ!!

 

「ブフォォォ!」

 

「「「タカ(はーちゃん)!?」」」

 

はーちゃんは何故かはわからないけど、いきなり波瀬を思いっきり殴り飛ばした。何で?

 

「テメェの事はバカだバカだとは思っちゃいたけど、まさかそこまでクソ野郎だったとはよ!」

 

そう言ってはーちゃんは倒れる波瀬の胸ぐらを掴んで無理矢理立たせていた。いや、本当に何で?

 

「は、葉川!おめぇいきなり何しやがる!」

 

「何しやがるだ?このクソ野郎。テメェ、今の話だとテメェには子供が居るって事だよな!?」

 

「は?は?当たり前だろうが!俺はおめぇと違って妄想癖はねぇんだよ!」

 

「こ、このクソ野郎が…開き直りやがって…!」

 

はーちゃんは本当にどうしたんだろう?ってか、何がしたいんだろう?

 

「テメェ!女の子を襲って無理矢理子供を産ませるようなクソ野郎だとは思ってもいなかったぜ!立てこの野郎!この場で俺が○してやる!!」

 

はーちゃん…。○してやるって何で伏せてんの?

ってか、もしかしてはーちゃん…。

 

「おい、トシキ、英治。まさかとは思うがタカは波瀬が結婚した事を知らねぇんじゃねぇか?」

 

宮ちゃんが俺達に声を掛けてきた。

うん、やっぱりはーちゃんは、波瀬が結婚したって事を知らないんだろうなぁ…。

 

「あ、そっか。三咲と晴香は薫ちゃんに結婚式にお呼ばれしたから俺らは知ってるもんな」

 

薫ちゃん。旧姓松田 薫(まつだ かおる)ちゃん。

波瀬と同じ高校に通っていた波瀬の追っかけをやっていた女の子。その関係で俺達BREEZEや三咲ちゃん、晴香ちゃんとも仲が良かった。

 

波瀬が足立にデュエルで負けて少ししてから、正式に付き合い出して、そして結婚した。

 

って…、はーちゃんも知ってるものだと思ってたけど…。

 

「誰が無理矢理襲っただこの野郎!俺はおめぇと違ってモテんだよ!!」

 

あ、波瀬がはーちゃんを殴り返した。

 

「お、俺と違って…モテ…モテる…だと…!?ガハッ」

 

あ、はーちゃんが吐血した。

 

「あ!波瀬の野郎!タカが吐血する程殴りやがって!」

 

「安心していいよ、宮ちゃん」

 

「ああ、あれは殴られたダメージで吐血したんじゃなくて、モテるモテないって事で精神的にダメージ受けただけだろ」

 

「あ?精神的ダメージだ?

タカはモテモテじゃねぇか。梓や澄香も、今は渚や理奈や奈緒に盛夏や志保とか美緒とか架純とか…」

 

「いや~、それはーちゃんはどれも気付いてないし、ミュージシャンとして好かれてるって自覚はあるだろうけど…」

 

「そうだな。恋とは微塵も思ってないだろうな。そんな勘違いして自爆した過去も多いしな。てか、拓斗。今、お前架純ちゃんの名前出さなかったか?架純ちゃんもなのか?」

 

「だからなっ!俺はちゃんと結婚して!そんでガキが産まれたんだよっ!」

 

「バ、バかな…ガハッ…、お、お前が…結婚なんて出来る訳か…グフッ」

 

「タカ、現実を見ろ。波瀬が結婚したってのはマジだ」

 

「た、拓斗…?」

 

「そうだぜタカ。奇跡ってのは起きるもんなんだよ。てか、このままじゃ話が進まないだろ?三咲も待ってる事だしよ」

 

「え、英治まで何を…言って…」

 

「そうだよ、はーちゃん。波瀬の結婚相手は松田 薫ちゃん。はーちゃんも知ってるでしょ」

 

「松田さん!?こいつマジで松田さんと結婚したの!?」

 

「あ、改まっておめぇらに言われっとこっぱずかしいな…」

 

「マジなのか…。波瀬が結婚をなぁ…。松田さんとかぁ…高校の頃から波瀬のファンだとか好きだとか言ってて変な子だとは思ってたが…それなら納得か…」

 

まぁ、薫ちゃんはあの頃からずっと波瀬の追っかけやってたもんね。

 

「しかし…そのまま結婚までいけるとは…英治も結局三咲と結婚出来たもんな…何なのこいつら失恋って知らないの?」

 

そう言ってはーちゃんは宮ちゃんを見た。

 

「タカ、テメェ何俺を見てんだ?」

 

ま、宮ちゃんはね…。

 

「オ、俺の結婚の事なんかどうでもいいんだよ!

葉川!そんな事よりも射手座の宝玉を…」

 

「あ、ああ、そーだったそーだった。レガリアな。

別にお前がそういうつもりで欲しいってんなら、譲ってやってもいいんだけどよ。実は…」

 

「ちょっと待てタカてめぇ!!!!」

 

「うわっ、びっくりした。どした英治?」

 

はーちゃんが波瀬にレガリアを譲る。

もう一度そう言おうとした時、えーちゃんが大声をあげて、はーちゃんの話を遮った。

 

「タカ!レガリアを譲っていいってどういうつもりだ!?」

 

えーちゃん?

えーちゃんは本気で怒っているようだった。

 

だけど何をあんなに怒っているんだろう?

 

南国DEギグの時に宮ちゃん達のバンドとデュエルをした時のような…何かしょーもない感じを覚えながら、えーちゃんはを見ているしか出来なかった…。



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第27話 レガリアの在りか

「あ?お前何を怒って…」

 

今、タカは英治に胸ぐらを掴まれている。

英治は今にでもタカを殴ってしまいそうな…、そんな雰囲気をまわりは感じていた。

 

俺の名前は宮野 拓斗。

前回の話のトシキからバトンタッチされて、今回は俺がモノローグを担当している。

 

俺達は企画バンドの話を終え、BREEZEのメンバー、ボーカルだったタカ、ギタリストだったトシキ、ベーシストだった俺、ドラマーだった英治、そしてチューナーだった英治の嫁の三咲。

この5人で久しぶりに飲みに行くはずだった。

 

だが、三咲との待ち合わせ場所へ向かう途中、かつて俺達のライバルバンドのボーカルだった波瀬 源二郎と鉢合わせた。

波瀬はONLY BLOOD2代目のボーカル大神 大吾からタカに継承された射手座の宝玉を渡せと言ってきた。

 

射手座の宝玉、レガリアはタカにはもちろんだが、俺達BREEZEにとっても大切なものだ。

だが、今はもうアノ時じゃない。

タカはレガリアを使えないだろうしな。

 

大神さん達の戦いや音楽への想い、俺達の戦いや音楽への想いは、後世のニュージェネレーション達に語り継ぎ、託していかなくてはならない。

それはタカだってきっとわかっちゃいるんだろうが、ファントムのメンバーに託すのは嫌だろう。あんなクソみたいな戦いにはファントムの奴らを巻き込みたくねぇと思ってんだろう。

俺だってそうだ。あいつらにはこれからは楽しい音楽をやっていってもらいたいと思っている。

まぁ、クリムゾンとの戦いには巻き込まれちまったが…。

 

トシキや英治も俺と同じ気持ちだろう。

そう思っていたんだが、英治は波瀬にレガリアを譲ろうとした時、英治が怒りタカの胸ぐらを掴んだ。

 

英治?何を怒ってやがんだ…?

 

「タカ!レガリアはっ!射手座の宝玉は、大神さん達からお前に託された大事なもんだろうがっ!BREEZEのTAKAに託された大事なもんだろう!?」

 

「お、おい中原オメェ…」

 

「うるせぇ波瀬!黙ってろ!俺は今、BREEZEのEIJIとしてTAKAと話してんだ!!」

 

波瀬もヤバイと思ったのか止めに入ろうとしたが、英治に怒鳴られてしまった。

 

「タカ、お前が普段からやる気がねぇのもふざけてんのも構わねぇ。お前はそうやっててもやる時ゃやる男だからよ」

 

「英治のやつどうしちまったんだ?タカの胸ぐらを掴むとかあいつ正気か?」

 

「えーちゃんは何をあんなに怒って…」

 

「いいか、タカ。大神さんからレガリアを託されたのはお前だ!でもな!レガリアは俺達BREEZEのメンバーにとっても大事なもんなんだよ!」

 

「い、いや、そ、それは俺もわかってるけど…」

 

「わかってねぇよ!わかってんなら波瀬に渡すなんて半端な真似するわけねぇ!

俺だってファントムのみんな…渉くんや一瀬くん達にあんな重みは持たせたくねぇとは思ってる!けどな、大神さんの想いやお前の想いは、俺達が託していかなきゃなんねぇもんなんだよっ!!」

 

英治…。

そうか、お前は…お前にとってもレガリアは…。

そうだな。確かにそうだ。

そんな大事な役目は波瀬なんかにゃ任せてらんねぇよな。

 

「確かに俺はもうバンドもやってねぇ…。BREEZEも15年前に解散したバンドだ。だけどな、俺は今でもBREEZEのドラマーだと思ってんだよ。俺の大将はお前なんだよタカ」

 

英治わかる。わかるぜ。

すまねぇ英治。俺も波瀬に渡してしまってもいいと思っちまってた。だけど今はお前の意見に肩を入れるぜ。

 

「う~~ん…」

 

「どうしたトシキ?」

 

「宮ちゃん?あのさ、何か変じゃない?」

 

「変?どういう事だ?」

 

「いや、いつものえーちゃんならさ」

 

『おい!良かったなタカ!レガリアの継承者は波瀬が見つけてくれるってよ!ファントムの誰かに託すのは何かな~って思ってたし、ちょうど良かったよな!』

 

「とか言いながら笑ってそうじゃない?」

 

「あ?確かに…そう言われたらその方が英治っぽいよな」

 

そういやそうだ。

英治が珍しくまともな事を言うもんだから騙されかけたぜ。

 

「あ、あのな?英治、とりあえず落ち着けな?そもそもレガリアは…」

 

「頼むぜ大将…俺を…俺達をガッカリさせないでくれ」

 

そう言って英治はタカの胸ぐらから手を離し、俺とトシキを連れてタカと波瀬から離れた。

英治、お前本当にどうしちまったんだ?

何で俺達を…?

 

そう思っていると、英治は再びタカと波瀬の方へと顔を向けて…

 

「タカ!俺とトシキと拓斗はここからお前のやり取りを見させてもらう!レガリアの後継者を見つけるのは俺達BREEZEだ!テメェはそこで波瀬にその事を説明して納得させろ!」

 

「え?は?何で?」

 

「お、おい、葉川。中原のやつどうしちまったんだ?

レガリアを譲ってくれってのは俺達の勝手な言い分だしよ。お前らが気に入らねぇってんなら俺は無理矢理譲ってもらおうとは思ってないぜ?」

 

「何してんだタカ!さっさと波瀬と話し合えって言ってんだよ!」

 

「な、何を言ってんだあいつ?まぁ、いいか。

波瀬、そんな訳だからレガリアは…」

 

「いや、さっきも言ったが今は無理矢理とは…」

 

英治の迫力に押されたのか、タカと波瀬は俺達から離れた所で話し合いを始めた。

 

さて、英治のやつ。

一体どういうつもりなんだ?

俺は英治の方へと顔を向け、どういうつもりか問いただそうとしたんだが…

 

「よ、良かった…上手くいった…。生きた心地しなかったぜ…タカの胸ぐらを掴むとかどうしようとか思ったが、勢いで何とか押しきる事が出来た。本気で怖かった…もう全部ちびった後で良かったぜ…」

 

英治?どういう事だ?

さっきのやり取りの事も気になるには気になるが、全部ちびった後ってどういう事だ?お前まさか…

 

「えーちゃん、さっきのはすごく不自然過ぎるよ?はーちゃんも変に思ってるんじゃない?一体どうしたの?」

 

「頼むトシキ、拓斗。

俺はBREEZEを結成した時からお前らの事は親友以上の大切な戦友だと思って愛している。だから今から話す事はタカに内緒にして俺の味方になってくれ」

 

「え?はーちゃんに内緒に…?」

 

「英治テメェ、南国DEギグで久しぶりの再会をした時、俺を金属バットで殴り飛ばそうとしてただろ?なのにそんな事を言うのか?」

 

ってかタカにさっき『お前は俺の大将だ』的な事を言ってやがったくせに、その大将には内緒の話なのか?

嫌な予感しかしねぇんだけどな。

 

「レガリアは15年前、タカが足立との戦いを終えた時だ。足立を倒す事は出来たが、タカは歌えなくなり俺達は解散した」

 

ああ、そうだな。

あの時にタカを一人で行かせなければ…。

いや、タカの喉のダメージもそうだが、俺達も日々のクリムゾンとの戦いでダメージをおっていた。

あの時の俺達にもっと力が…。いや、ダメだ。

必要だったのは力じゃねぇ。俺達はあの時はそうだったから、ダメだったんだ。今なら俺もわかるぜ。

 

「そしてBREEZEを解散後、タカは俺達の後継者が現れるまで、託すバンドが現れるまで、レガリアは俺に預かっててくれとレガリアを渡してきた」

 

「それは俺達も知ってるよ。俺も宮ちゃんもその場に居たんだし」

 

「ああ、その時の事はもちろん覚えてるぜ」

 

「少しだけ俺の昔話に付き合ってくれ。そう、忘れもしねぇ…あれは2年前…の事だったかな?」

 

忘れてんじゃねぇか?

 

 

 

 

2年くらい前だったと思うんだが、その頃の大晦日も間近に迫った年末くらいの事だ。

 

俺は初音に怒られながら、嫌々しぶしぶと俺の部屋の大掃除をしていた。

 

「んッだよ、も~!特に掃除する所なんかねぇよ~」

 

「お父さん!毎年毎年大掃除から逃げて!今年こそはちゃんと掃除してよね!押し入れも何年も掃除してないでしょ!」

 

押し入れの中かぁ…。確かに何年も掃除してないな。

何を入れてんのかも覚えてねぇしな…。

 

「いい?今年こそちゃんと掃除しないと、私ぐれちゃうからね?反抗期になってお父さんのパンツ全部捨てちゃうからね!」

 

「ああ、わかったわかった。ちゃんと掃除するよ。面倒くせぇけど。ぐれちゃうのはいいけどパンツ捨てられると困るしな」

 

「約束だからね!私は他の部屋掃除してくるからサボっちゃダメだからね!サボったりしたら、夜中寝たふりしてお父さんとお母さんの寝室覗いちゃうからね!」

 

何て恐ろしい事を言う娘だろう。

早くタカの所に嫁に行ってもらいたい。初音が16歳になって結婚出来るようになったら、タカを酔わせて騙して婚姻届に判を押させよう。

そう思いながら俺は長年開ける事なく封印していた押し入れの扉を開けた。

 

「おお!?こ、これは!?」

 

俺は押し入れの中にあったダンボールの中から、昔、俺が若かりし頃にコレクションしていたえっちぃ本や、えっちぃDVDが大量に出てきた。

 

「な、何という事だ…こんな、こんな所…に…う、うぅ…」

 

俺は泣いた。

三咲と結婚した時に全て処分されたと思っていたが、俺は厳選したコレクションを大切に保管していたのか…と。

 

俺は大掃除の事なんか忘れて、そのコレクションを見返しながら整理を始めた。

 

そしてそのダンボールの中から、小さな箱が出てきた。

見覚えのない箱だったが、こんなコレクションを入れていたダンボールの中にあったのなら、きっとえっちぃ物に違いない。

 

俺はそう思い、ワクワクしながらその箱を開けた。

 

「あ?ネックレス…?何だこれ?」

 

箱の中から出てきたのは、ヘッドの部分に綺麗な宝石の付いたシルバーチェーンのネックレスだった。

 

「ホント何だこれ?こんなダンボールの中に入れてたって事は三咲へのプレゼントって訳でもねぇだろうしな。って事は他の…おっとあの頃の事は黒歴史だ。今は俺も真面目だしな。うん」

 

俺はこのネックレスはマズイ物だと判断した。

これが初音や三咲に見つかってしまっては、一方的に俺が暴力をふるわれるだけの夫婦喧嘩の火種になりかねない。

 

これは再び箱の中に入れて封印しておこう。

そう思った時だった。

 

「お父さ~ん!ちゃんと掃除してる~?」

 

マズイ!初音がこの部屋に近付いて来ている!

初音にはまだこのコレクション達を見せるには早すぎる!!

 

俺はとっさにそう判断し、コレクション達を丁寧に梱包して再び押し入れの中へと戻した。

 

「お父さん!……ってあれ?ちゃんと掃除したんだ?」

 

「当たり前だろ。お前はお父さんを何だと思ってんだ?不燃物もちゃんと分別してるしぬかりはないぜ?」

 

しかしその時俺は焦っていた。

コレクションをしまう事には成功したが、俺の手にはまだネックレスが残っていたからだ。

 

「なら良かった。ちょっと私の部屋のベッドとか動かしたいんだけど思ってた以上に重くて。お父さん手伝ってよ」

 

これはマズイと思った。

このネックレスを何とかしてからじゃないと手伝いに行くわけには…。

 

「あ?力なら圧倒的に俺より三咲の方が強いじゃねぇか。三咲に手伝ってもらえ三咲に」

 

俺は何とか初音から逃れようと考えたが

 

「いや、お母さんは台所の掃除に忙しいし。お父さんも部屋の掃除終わったんだし少しくらいいいじゃん」

 

「いや、でもな…」

 

「あー、グレて夜行性になっちゃおうかなー」

 

「あー!もうわかったわかった!手伝ってやるよ」

 

「さっすがお父さん!頼れる~♪」

 

こうなってしまっては、もう初音から逃げる事は出来ないだろう。だが、このままネックレスを持って手伝いに行くのは自殺行為だ。

 

初音が自分の部屋へ戻ろうと後ろを向いた瞬間、俺は急いでネックレスを窓の外に投げ出した。

 

「ふぅ、これで今夜も安心して熟睡出来るな」

 

「ん?お父さん何か言った?」

 

「いや、何も言ってねぇぞ。それよりベッドだなベッド。大掃除なんて早く終わらせちまおうぜ」

 

そして初音の大掃除を手伝い、その後も色々な部屋の掃除に付き合わされたが無事に大掃除は完了した。

 

その日はそれから家族で夕飯を食べ、風呂に入り、初音の勉強に少し付き合ったりしてから、俺は部屋で布団に入った。

 

「あ~…今日は疲れたな。ま、明日もファントムは休みだしゆっくり寝るか」

 

俺はまさに眠りに入ろうとしていた。

 

「ふぁ~…あ…。しっかし、あのネックレスは何だったんだろ…うな…全然覚えが…ね…や……Zzz」

 

ガバッ!

 

「お!思い出した!あれってレガリアやんけ!!」

 

まさに夢の中へ入ろうとした時、俺はあのネックレスが大事な射手座の宝玉だと思い出す事が出来た。

 

若かりし頃の俺が何を思ってえっちぃ本と同じダンボールに封印していたのか、今となっては謎ではあるがアレを投げ捨ててしまったのは果てしなくマズイ。

大神さん達や俺達の音楽の想いの詰まった大切な物ではあるが、アレを捨てたなんてタカにバレてしまっては、俺の命が死んでしまう。

 

俺は懐中電灯を手にし、急いで家の外に出てレガリアを探した。

だが、もう真夜中であり辺りは真っ暗だ。

15分程探してはみたが、懐中電灯の明かりだけではレガリアを見つける事は出来ず、俺は明日の朝一から探そうと部屋に戻り眠りについた。

 

翌日、昼前に起きた俺は昼食を食べる事もせず、必死にレガリアを探した。

20分程探してみたが、結局レガリアを見つける事は出来なかった…。

 

 

 

 

「ってな事があってよ」

 

「ってな事があってよ。じゃないよね?」

 

「つまりテメェはレガリアを…」

 

「ああ…失くした」

 

「「失くしたぁぁぁぁぁぁ!!?」」

 

「バカッ!トシキも拓斗も声がでけぇ!……タカと波瀬には聞こえてねぇだろうな…?」

 

こ、こいつ…黙って話を聞いてやってたらレガリアを失くしただと!?

 

「ちょっと!えーちゃん!それホントなの!?マジでレガリアを失くしちゃったの!?」

 

「まぁ…結局見つける事は出来なかったからそうなるな」

 

「英治、テメェはバカだバカだと思っていたが、まさかここまでバカだったとはよ」

 

「バカバカ言うなよ。俺だってホントに反省してるし、申し訳なく思ってる」

 

「いやいや、ホントに反省してる?失くしたって気付いた夜も15分しか探してないし、朝一に探すとか言いながら昼前まで寝てるし、翌日も20分しか探してないんだよね?」

 

「英治、今回ばかりは俺もお前の味方はしてやれねぇ。覚悟を決めてタカに○されろ。三咲と初音にはよろしく伝えててやる」

 

「タカに○されろ。って何だよ!だからお前らに相談してんだろうがっ!」

 

「さすがにレガリアを失くしたのは俺も許せないよ。はーちゃんの手を煩わせるまでもないね。俺が送ってあげるよ」

 

さすがにトシキもキレちゃったか。

まぁしゃーねぇな。俺もこればかりはな。

レガリアは大神さんからタカに引き継がれ、そして、タカも本来なら誰かに引き継いで…そしてその後継者もまたその後継者に…。

 

レガリアなんて誰でも扱えるようなもんじゃねぇが、その素質やその者の音楽への想いを見て、レガリア戦争なんてつまらない争いのせいで倒れていったバンドマン達の想いも語り継いでいかなきゃいけねぇもんだ。

 

昔も今も俺達がやってるのは音楽なのにな。ホント何を言ってんだ?とか思ったりもしたが…まぁ、そんな事言ったらこのお話は破綻しちゃうしな。

 

「えーちゃん?覚悟を決めてね?」

 

トシキのマジ殴りを受けたら英治もさすがにミンチになっちまうだろうな。

 

さらばだ、親友よ。

 

「待て待て待て待て待て!トシキ!本当に落ち着け!まず聞いてくれ!俺の話を!」

 

「何かな?あ、三咲ちゃんと初音ちゃんへの最期の言葉?わかった、伝えとくよ」

 

「ちげぇよ!よく聞けトシキ!

俺達が本当に受け継がせていかなきゃならねぇのは、レガリアじゃねぇだろ!大神さん達や俺達の音楽への想い、言葉、歌、そんな軌跡だろう?俺はレガリアを受け継いだ訳じゃねぇが、そういった形にならねぇ想いはしっかり受け継いだし、まだこの手の中に残ってるぜ」

 

英治…確かにいい事を言ってるんだろうが、あの話の後だとただの言い訳に聞こえてしまうぜ…。

 

「えーちゃん…確かにそうだけど…あの話の後に言う言葉じゃないよね?」

 

「レガリアなんてもんがあったから、レガリア戦争なんて起こってしまい、大神さんは音楽をやれなくなっちまった。だから、俺はレガリアなんかじゃなく、想いを受け継がせていきてぇんだ。俺のこの手とハートに詰まった俺の想いも一緒によ」

 

まぁ確かにな。

レガリアも大事なもんではあるが、俺達が本当に引き継いだのは音楽への想いだもんな。

 

「そうだね。えーちゃんの言う通りだ。

レガリアは…確かに俺も渉くん達にも、理奈ちゃんや志保ちゃんにも受け継がせたくない。…うん、俺達が伝えていかなきゃいけないのは音楽への想いだもんね。レガリアは…必要ないか」

 

「わかってくれたかトシキ」

 

え、英治のやつ…キレたトシキを納得させただと!?

さすがタカと長年付き合ってるだけあるな…。上手いこと言いやがる…。

 

「ま、それはそれとして。

俺も音楽への想いを渉くん達に語り継いでいきたいとは思ってるし、レガリアは引き継がせるのはとは思うけど、レガリアを失くした罪は消えないよね」

 

「ま、待て!待ってくれトシキ!」

 

そう言ってトシキは英治を殴ろうとした。

まぁそりゃそうだな。レガリアは渉達に渡さなきゃいいだけだし。アレを失くしたってんだからしばかれても文句はねぇよな。

ん?待てよ?渉達に語り継ぐ?それって。

 

「えーちゃん、バイバイ」

 

「南無三!」

 

……

………

 

「ん?あれ?俺トシキに殴られてない…?」

 

「宮ちゃん?何で止めるの?」

 

俺は英治を殴ろうとするトシキの腕を掴んでいた。

 

「拓斗!助けてくれるのか!ありがとう、ありがとう!」

 

「トシキ、悪いが拳を収めてくれ。レガリアを失くした事は許せねぇが、レガリアは失くなって良かったのかも知れねぇ」

 

「宮ちゃん!?な、何を言って…」

 

「今、俺達はクリムゾンとの戦いの真っ最中みてぇなもんだ。渉や春太や渚達、ファントムの連中も巻き込んでな」

 

「あ…うん、それは…そう…だね」

 

「俺達にレガリアがあって、渉達に渡さずに波瀬に渡してたとしてもだ。あいつらがレガリアを持ち、後継者を探してたりなんかしたら、他のレガリアの持ち主と鉢合わせてデュエル。そしてあのレガリア戦争がまた勃発するかも知れねぇ。他のレガリアの持ち主には会わなくても、レガリアの存在を知って、レガリアを欲しがってるバンドマンもそれなりには居るだろうしな」

 

「…!?そうだね。確かにそうだ。クリムゾンエンターテイメントはレガリアを狙ってはいなかったけど、レガリアの存在を知って欲しがってるバンドは居たもんね」

 

そう、そんな連中が増えてしまったらレガリア欲しさにまた戦いが始まるかも知れねぇ。

だったら俺達のまわりには無かった方が良かったような気もする。渉達にはそれこそ巻き込めねぇしな。

 

「…波瀬に渡しててももしレガリア戦争なんかが起こってしまったら、それこそはーちゃんは動くだろう、もしそんな事になったら俺達も…。そうなったら渉くん達も巻き込んでしまうか」

 

「ああ、梓のレガリアも失くなってしまってるしな。タカのレガリアもそれで良かったんだと…俺は思うぜ」

 

「ありがとう拓斗!本当にありがとう!持つべき者やっぱ友達だな!今度Artemisと海に行った時に撮った水着梓の写真をあげるからな!」

 

何!?海に行った時の水着梓の写真だと!?

ほ、欲しい…!めちゃくちゃ欲しい!!

しかしこの野郎、あの時写真なんか撮ってやがったのか…。

 

「ま、まぁ、その写真も貰うには貰うが、英治俺もテメェには怒ってんだ。それだけは忘れんなよ」

 

「あ、ああ。本当に悪かった。マジ反省してる」

 

さて、ここからがネゴシエーションの時間だ。

俺もタカとは付き合い長いしな。あいつを見習って…と

 

「さて、俺は今トシキからお前の命を守ってやった訳だ。俺はお前の命の恩人だ。わかるな?」

 

「あ、ああ、わかってるけどよ。何だよ急に」

 

「今から俺がお前に頼む事。これは他言無用だ。特にタカに知られないようにしろ。そしてテメェは黙認しろ」

 

「あ?タカに?俺は黙認?」

 

「ああ、英治、お前もさっき言ってたよな?大神さん達や俺達の音楽への想いは語り継いでいきたいってよ」

 

「あ?ああ、まぁな」

 

「俺とトシキ、そしてArtemisのやつらでファントムの連中に昔の俺達の戦いや、どんな音楽をやってきたかを話す」

 

「ちょ、宮ちゃん!?それはえーちゃんには!」

 

大丈夫だトシキ。俺に任せろ。

 

「あ?ファントムのみんなに?」

 

「ああ、テメェの黒歴史やタカの恥ずかしい過去なんかも場合に寄っては話す事になるだろうな」

 

「!?バ、バカかお前!ファントムのって事はまどかや綾乃もいるんだろうが!あいつらに俺の黒歴史なんか知られる訳にはいかねぇんだよ!」

 

「テメェは黙認しろって言っただろ。何だ?嫌なのか?」

 

「嫌に決まってんだろ!アホかお前は!!」

 

「交渉決裂か。チッ、しょうがねぇ。

トシキ、さっきは止めて悪かったな。英治はお前の好きにしてくれ」

 

「え?宮ちゃん?いいの?」

 

「ちょっと待てよ拓斗!わかった!黙認する!どうせあいつらも多少は俺の過去を知ってやがるだろうしな!黙認するよ黙認!だからトシキを止めてくれ!」

 

「よし。黙認するんだな?トシキ、そんな訳だ。ファントムのやつらにあの時の話をする為にも今英治を屠るのは止めてやってくれ」

 

「ああ…もう香菜にすら先生と呼ばれなくなったらどうしよう…うぅ…」

 

よし、ここまでは予想通りだ。

次の手は…。

 

「交渉は終わりだ。さて、タカに英治のやつがレガリアを失くしたって伝えてくるか」

 

「!?ま、待てよ拓斗!さっき約束したじゃん!俺は黙認するって!なのに何でタカにチクるの!?お前俺の事嫌いだったっけ!?」

 

ここまで英治が予想通りに動いてくれると、人生ってやる気になりゃ何でも思い通りになるんだろうなとか錯覚しちまうな。

 

「あ?何を言ってやがる。トシキから命を助けてやったから、テメェは昔の話を黙認するって約束だろうがよ。タカに話さないとは言ってねぇ」

 

「宮ちゃん…それはあまりにもさ…」

 

「そうだそうだ!トシキの言う通りだ!何の為にあんなひと芝居うってタカから離れてお前らだけに自白したと思ってんだ!」

 

「あ?知った事かよ。トシキなら一撃でお前を仕止めてくれただろうが、覚悟しとけよタカはネチネチ攻撃してくるぞ?」

 

「待てよ!お願い!本当に待って!何でもするからっ!」

 

何でもする…か。

ここまで思い通りになるとは…。

 

「英治、何でもするんだな?テメェに二言はねぇな?」

 

「もちろんだ!あ、でも梓と結婚させろとか不可能な事は出来ねぇからな?俺に出来る範囲でだから!」

 

梓と結婚するってのは不可能な事なのか…。

ヤバい、泣きそうになってきたぜ。お家帰りたい。

…いや、だが今は泣いてる場合じゃねぇな。

 

「梓と結婚って別に不可能じゃね…」

 

「いや、無理だって。無理無理。不可能だから早く諦めろ」

 

ヤバい。本当に帰りたい。帰って枕を濡らしたい。

 

「宮ちゃんには悪いけど俺も無理だと思うなぁ」

 

トシキまで!?

 

「お前らうるせぇよ。今はそんな話をしてる場合じゃねぇ。英治、今から俺の言う事をやんならタカにレガリアを失くした事を黙っててやる。いや、それよりレガリアは俺が失くした事にしてやるよ。どうだ?」

 

「な!?レガリアを失くしたのを拓斗のせいにするだと!?」

 

「ああ。そんかわりファントムの連中に俺達の過去を話す時、テメェも参加しろ。俺やトシキが知らねぇ話もあるだろうしな」

 

そう。いくら俺達がいつも一緒だったと言っても、毎度毎度一緒だったって訳じゃねぇ。

俺が知っててもトシキや英治の知らない話や、トシキが知ってて俺や英治が知らない話、英治が知ってて俺やトシキが知らない話、俺達みんなが知っているが、感じ方や想いが違った話なんかもあるだろう。

 

ファントムの連中に俺達の事を話すなら、きっと今回以上に深く話す時は稀にしかないはずだ。全員が揃う事もな。

 

「いや、いくら何でも…お前らが話すって事を黙認するのはいいとして、俺まで話をさせられ…」

 

「ん?どした?レガリアを失くした事をここでタカにバレて○されるか、多少恥をかくかの2択だろ?○されるよりは…」

 

「…いや、ちげぇよ。そうじゃねぇ。

わかった、その話乗ったぜ。俺もまどか達にいつか話してやりてぇと思ってたしな。いい機会っちゃいい機会か」

 

「えーちゃん…」

 

フッ、いつもふざけてるバカだと思っていたが、やっぱこいつも想いの根っこは一緒だな。

 

「よしわかった。英治、約束だぜ?そんかわりレガリアの罪は俺が背負ってやるよ」

 

「ああ、いや、それもな…。やっぱレガリア失くしたのは俺だしよ。お前に罪を被ってもらうのはな…。

失くしたってのだけ内緒にしておけばいいじゃねぇか」

 

「あ?今は良くても今後タカがレガリアを出せって言ってきたら困るだろ?」

 

「でも…本当にいいの?はーちゃんが怒った時の怖さは宮ちゃんもわかってるでしょ?」

 

「そうだぜ、拓斗。レガリアを失くした俺が言うのも何だが、あいつ怒らせたらヤバいぞ?俺も逃げたいと思ったくらいだしな」

 

「ああ、わかってんよ。ちゃんと考えはある。

考え無しにあのタカに挑もうとする程バカじゃねぇ」

 

多分…大丈夫だと…思う。うん。

 

「だって、宮ちゃんは南国DEギグの時も思いっきり殴られてたじゃん」

 

「そうだぜ、拓斗。タカから逃げたいと思った俺が言うのも何だが、あいつは俺達相手なら容赦なく手をあげるぞ?」

 

「んな事は昔っからわかってんよ。怒らせたら俺達の言い分なんか聞かねぇだろし…」

 

だから何とかさっきの英治みたいに押し通さねぇとな。

 

「本当に大丈夫?それに今は大人しいけど、昔のはーちゃんはスーパー我が儘大王だよ?」

 

「そうだぜ、拓斗。お前が罪を被ってくれると聞いて安心してる俺が言うのも何だが、あいつは自分の思い通りにならなかったら平気で殴ってくるぞ?」

 

「それでいて変な事はずっとネチネチと覚えてやがるしな」

 

「うん、そして何かすごい事があったらやたら自慢してくるしね」

 

「なぁ、今のあいつは波瀬と会って昔に戻りつつあるしよ。やっぱ逃げようぜ」

 

確かに昔のあいつなら俺がしばかれる未来しか見えねぇが。今のタカなら大丈夫だろう。

…大丈夫だといいなぁ~。やっぱ2、3発は殴られる覚悟してた方がいいかなぁ~?

 

「ほら、高校ん時のあの事とか…」

 

「あ、そういえばあんな事もあったよね」

 

「何であの時の俺達はあいつに着いて行ってたんだろうな?」

 

昔を思い出せば思い出す程、俺の心は折れそうになっていた。

だが、渉達ファントムの連中に俺達の事を話す為、梓の水着写真の為にもやり遂げなければ…。

 

あの頃の話を聞いて明日香や架純や聡美の音楽への想いがもっと復讐なんてつまらないものと思ってもらえる機会でもあるしな。

 

俺達がそんな話をコソコソとしている時だった。

 

「なぁ?何かお前ら俺の悪口言ってねぇか?なんとなくそんな気がするんだけど?」

 

タカ!?

 

「やだなぁ、はーちゃんは。

俺達がそんな話をするわけないじゃない」

 

トシキがすかさずタカに否定してくれた。

 

「ほら拓斗。ヤバいって。こんだけ離れてコソコソ話してんのにあいつに聞こえてるかもじゃん」

 

「ホントだよ。ヤバいよ宮ちゃん」

 

何でこの距離でこの話の声量でタカに聞こえてんだ。

マジあいつ地獄耳かよ。

 

「んー?やっぱお前ら俺の悪口言ってんじゃねぇの?」

 

そう言いながらタカは俺達の方へと歩いて来た。

 

や、ヤバい!?

波瀬との話はどうなったんだ!?

そんなに俺達の会話が気になんの!?

 

「チ、トシキ、英治。時間がねぇ。後は俺に任せろ。そして英治は約束忘れんなよ!」

 

「宮ちゃん、ホントにいいの?」

 

「だから、その事ならファントムのみんなにあの時の事を話すいい機会だって俺も言っただろうが!だけどタカには絶対言うなよ!」

 

…よし、これからの…ファントムの為だ。

俺は覚悟を決めた。

多少殴られて泣く程度で済むだろ。

明日香達に楽しい音楽ってやつを教える為、いわば俺の贖罪みたいなもんだ。

 

見てろ、トシキ、英治。俺の生き様を。

 

「タカ、別にお前の悪口を話してた訳じゃねぇ。

トシキと英治には先に謝ってたんだ」

 

「あ?お前がトシキと英治に?」

 

「まず怒らずに最後まで話を聞いてくれ。波瀬もな」

 

タカは騙せるかわからねぇが、波瀬を騙す事は出来るだろう。そして、波瀬を騙す事が出来れば、取り敢えずこの場はタカは納得せざるを得ないはず。

そしたらその後は三咲を待たせてるからとか何だでうやむやに…。

 

「拓斗、話って何だよ?」

 

おっと、考え込んでる場合じゃねぇな。

 

「タカが英治に預けたレガリア。アレは俺が英治から奪い取った。そして、レガリアはもう俺の手にはねぇ。何処にあるかもわからねぇ」

 

「あ?拓斗、お前何言ってんだ?」

 

「宮野!それはどういう事だ!?俺の聞き間違いか!?オメェ、今レガリアは何処にあるかわからねぇって言ったか!?」

 

波瀬、上手く食いついてくれたな。助かるぜ。

 

「宮ちゃん、大丈夫なの?」

 

「拓斗、お前…俺の為に…グスッ」

 

トシキ、心配すんな。大丈夫だ。

そして英治、別にお前の為じゃねぇ。

 

「話を最後まで聞けって言っただろ。

俺は、レガリアを後継者に託す為に英治からレガリアを奪ったんだ。そして俺はレガリアをある男に託したんだ」

 

「あ?拓斗?お前何言ってんの?」

 

「何だと!?宮野!?そ、それはどういう事だ!?」

 

タカの反応は予想外だが、波瀬の反応は予想通りだな。

…タカにいきなり殴られなくて良かった。

 

「波瀬も噂程度には知ってるだろうが、俺はBREEZE解散後も1人でクリムゾンと戦いながら日本中を旅していた」

 

「ああ、それは俺も知ってるぜ。オメェ、木原のmakarios biosを探して…」

 

ああ、こいつもさすがあの時代のバンドマンだな。

makarios biosの事も知ってやがるか。

 

「ああ、その旅の途中で、俺はあの頃のタカを、そして、大神さんを思い出させる男に出会ったんだ。

俺はそいつに惚れこんで、大神さんや俺達の戦い、音楽への想いを話した」

 

「ほう…それで?」

 

何かタカの反応冷たくないか?

 

「オメェらと大神さん達の話を聞かせて…そいつはどうなったんだ!!」

 

波瀬は予想通りだな。

 

「宮ちゃん…それ…本当なの…?」

 

トシキ、すまん。ただのでまかせだ。

 

「拓斗、お前…まさかその男にレガリアを…!?」

 

いやいや、ないだろ。英治、お前本当にアホなの?

レガリアはお前が失くしたんじゃん。

俺が仮にそんな奴と出会ってても渡せるわけねぇだろ。

 

「俺はその男にレガリアを託し、そいつは大神さんや俺達の想いも背負って歌ってくれると言っていた」

 

「ほう…それで?」

 

「大神さん達やオメェらの想いを背負って…か」

 

「…あの頃の想いを背負って歌ってくれるのは少し複雑だけど、少し嬉しい気もするね」

 

「あ。それならそいつからまたレガリア返してもらったらよくね?」

 

英治、お前は本当にアホだな。本当にアホだ。

 

「だが、俺がそいつにレガリアを託したのもずっと昔の話だ。そいつはまたそいつが見つけたヤツに大神さんや俺達の想いと、そいつの想いをレガリアと共に託したらしい。そうやってレガリアは想いと共に次世代次世代へと受け継がれ、今では俺もどこにあるのかわからねぇって話だ」

 

「はぁ~ん…なるほどな」

 

タ、タカ…?

 

「グスッ…なるほどな。オメェもBREEZEのメンバーだっただけあるな。さすが宮野だぜ…グスッ、そして俺は、ONLY BLOODの波瀬 源二郎だぜ!」

 

こいつ何泣いてやがんだ。

さすがに泣かれると心が痛むんだが…。

 

「宮ちゃん…思い付きにしてはいいお話だと思うよ」

 

トシキ!黙って!

 

「なるほどな。それならレガリアは諦めるしかねぇな。チッ、拓斗め。それならそうともっと早く言えよ」

 

英治。

俺が約束したのはトシキから命を守ってやる事とタカにチクらねぇって事だけだからな。俺が殴らねぇって約束はしてねぇからな?

 

「なるほどな。よくわかったぜ。

レガリアは今もきっと大神さん達の遺志を継いだヤツラがその想いと共に守っている。そう思っておくぜ」

 

いや、遺志ってな。

大神さん達はバンドは辞めたが別に亡くなった訳じゃねぇから。

 

「フッ、だったらもうオメェらにも用はねぇ。

邪魔したな。俺はもう行くぜ」

 

そう言って波瀬は道脇に停めてあったスモークバリバリの真っ黒な大きな車の後部座席に乗り込み

 

「俺はONLY BLOODの波瀬 源二郎だぜ!」

 

わざわざ窓を開けてそう言って、この場を去っていった。

 

何なのあのいかつい車!

あいつやっぱそっちの人じゃないの!?

 

まぁ何にせよ。波瀬は納得したみたいだし、俺の土壇場の言い訳も何とか良かったって事かな。

 

「いや~参ったよなタカ。

波瀬も今更レガリアを寄越せとか言ってきたのもビックリしたがよ。まさかレガリアは拓斗が後継者に渡してたなんてな。いや~、俺達の肩の荷もおりたってもんだぜ」

 

英治…やっぱお前は後で思いっきりぶん殴る。覚悟してやがれ。

 

「さ、三咲も待ってるだろうしな。さっさと俺達も行こうぜ」

 

あ、やべぇ。そういやそうだったな。

かなり時間をくっちまった。三咲のヤツ怒ってなきゃいいけどよ。

 

「英治…」

 

「あ?どうしたタカ?早く行こうぜ?」

 

「テメェ…」

 

あ?タカのヤツどうしたんだ?

急がねぇと三咲が怒った時の怖さはタカも知ってるだろう?

 

「テメェ、レガリア失くしたな?」

 

そう言ったタカは鬼の形相をしていた。

な、何で!?何でバレた!?



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第28話 射手座を受け継いだのは…

「テメェ、レガリア失くしたな?」

 

「マズイ!バレた!?」

 

「さすがはーちゃんだ!」

 

「拓斗!お前バレたとか言ってんじゃねぇよ!トシキもさすがはーちゃんだ!じゃねぇ!!」

 

またモノローグは俺に戻ってきちゃった。

あ、俺は佐藤 トシキ。

 

えーちゃんが失くしたレガリアは、宮ちゃんが放浪中にある人物に託したと口から出任せを言って、この場は何とかしのいだと思ってたんだけど、どうもはーちゃんにはそれが宮ちゃんの嘘だとバレてしまっていたらしい。

 

だってはーちゃんの顔がそれを物語ってるもん。

めちゃくちゃ怒ってるもん。

 

「英治、お前レガリア…失くしたんだろ?な?正直に言え?」

 

ダメだ。

はーちゃんがこの状態に入ってしまったら、何を言っても否定しかしてこなくなる。

面倒くさい事この上ない。

えーちゃん…どう答える…?

 

「な、何言ってんだタカ。レガリアは俺にとっても大事な宝物だぜ?そ、それを失くしたりする訳ねーじゃねぇか!」

 

「あ?ならテメェはレガリアを失くしてねぇんだな?そうなんだな?」

 

「あ、いや、それは…そんな風に聞かれちゃうと…」

 

「そうだぜ、タカ。さっき俺が言ったろ?レガリアは俺が継承するにふさわしい男に…」

 

「拓斗。嘘だとわかったらどうなるかわかってるよな?」

 

「渡せてたらいいなぁ。と思っていた」

 

「拓斗!お前!裏切ったな!俺の心を裏切ったんだっ!」

 

「黙れ英治。俺はまだ死ぬ訳にはいかねぇんだ」

 

「それは俺もだよ!三咲と初音を残して死ぬ訳にはいかねぇんだよ!」

 

ああ…もうダメだな。

これ絶対にはーちゃんにバレちゃってるよ…。

 

でも何でだろ?

 

宮ちゃんのあの話は、今頃はーちゃんに伝えるのは不自然な気もするけど、波瀬も納得したように変な所はなかったはず。

はーちゃんに崇拝していた宮ちゃんが勝手にそんな行動に出ても納得出来る話ではあったはずだ。

それを何で疑う事もなく嘘だとバレたんだろう?

 

「ハァ…まぁいいや。英治、レガリアを失くしたってのを内緒にしときたいんならしょうがねぇ。レガリアの事は置いといてだ」

 

レガリアの事は置いといて…?

 

ちょっと待ってはーちゃん。

今の言葉は聞き捨てられないよ。

レガリアははーちゃんにとってもさ…。

 

「拓斗、お前英治に何を握られてる?いや、逆か?レガリア失くしたって事をだしにして何か約束でもさせたか?」

 

何でこんなに鋭いの?

 

「ハハハ、タカ、俺は英治に何かを握られたりしてねぇし、ここぞとばかりに英治に何か要求したりもしてねぇよ。俺は真実しか言わねぇ。ほら、どっかの頭脳が大人の子供も言ってんだろ?真実はいつもひとつって」

 

「何なのその乾いた笑い。てか、お前俺の目を見て話せよ。何で思いっきり顔を背けてんの?」

 

「そうですよタカさん!僕はレガリアを失くしたりなんかしていませんのだ!」

 

「英治、お前は何で急に敬語なの?てか、その敬語おかしいからね?」

 

宮ちゃんもえーちゃんもダメか。

俺も今の状況を上手く切り抜ける策なんか無いけど…。

 

「あのなぁお前ら。俺は別にレガリアの事はどうでもいいんだよ。それより拓斗が何でそんな嘘ついてまで英治を庇ったのかが…」

 

はーちゃん?

レガリアの事はどうでもいい…?

何で…?何でだよ!!

 

「はーちゃん!!」

 

「うわっ!…ビックリした。トシキいきなり大声出すなよ」

 

大声出すな?いや、無理でしょ。

 

「はーちゃん、さすがに今のはないよ」

 

「は?今の?」

 

「レガリアの事…どうでもいいってさ…」

 

「あ、いや、言葉が悪かったな。すまん。別にレガリアがどうでもいいって訳じゃなくてだな」

 

「それじゃどういうつもりで…!」

 

俺はそこまで言ってから恐怖した。

 

バ、バカな…何でこんな所に…。

はーちゃんにレガリアの事をどう思っているのか、ちゃんと聞きたいと思ってたけど、今はもう無理だ。

 

どうする…俺達は…ここで…?

 

「あ?どうしたトシキ」

 

はーちゃんは気付いていないの!?

俺は宮ちゃんとえーちゃんに目をやった。

 

…やっぱりだ。

宮ちゃんとえーちゃんも気付いている。

2人共恐怖に怯え身体を震わせている。

今のはーちゃん以上の恐怖を目の当たりにして…。

 

「英治と拓斗も?どうしたの?顔色がめちゃ青いし汗も尋常じゃなくね?どうしたのマジで」

 

ハァ…ハァ…。息が…詰まる…。

 

「タ、タカ…」

 

宮ちゃんはやっとの思いで声を出せたかのように、震えながら声を出した。

 

「え?何?どったの?」

 

「…しろ」

 

「しろ?」

 

「後ろを…見ろ」

 

「あ?後ろ?」

 

そしてはーちゃんは後ろを振り返った。

 

「頭を垂れてつくばえ、平伏せよ」

 

はーちゃんの後ろにいた人物がそう言った次の瞬間、俺達は土下座するように平伏していた。まるでここではそうしなくてはいけないような…そんな感覚に陥り、何も不思議にも思う事はなかった。

 

「み、三咲!何でここに!?わからなかった、こんな三咲久しぶり過ぎて振り返るまで気付けなかった。こ、これが三咲だ。結婚して初音ちゃんが生まれてから大人しかったから油断してたけど、考えてみたらあれ猫被ってたんだよな?凄まじい精度の擬態」

 

はーちゃん、ごめん。

早口過ぎて何を言ってるのかわかんない。

 

俺達の前に居たのは三咲ちゃん。

顔は笑顔だけど、後ろのオーラが本当にヤバい。

怒ってる?怒ってるよね?

 

「も、申し訳ございません。後ろを見てたもので!」

 

「タカくん?誰が喋っていいって言ったの?

そんなくだらない事はいいから、私の聞きたい事だけ答えて?」

 

無惨様…無惨様だ。間違いない。

三咲ちゃんはヲタって訳じゃないけど、昔から誰かに薦められて漫画やアニメを観た時、推しになったキャラになりきったり真似をしたりする。はーちゃんと梓ちゃんもそんな感じだけど。

 

ってか、何で無惨様なの!?

今のこの状況で何で無惨様!?

 

「私は駅前で待っていた。30分以上だ」

 

そうか。三咲ちゃんはえーちゃんからの連絡で家を出たんじゃなくて、最初から俺達と飲みに行くつもりだったんだ。俺達と飲みに行くのが無理だったとしても、えーちゃんとご飯に行こうとかなってたのかも知れない。

 

俺達は波瀬に会ったり、さっきの問答で時間をくってしまったから…。

 

「私が問いたいのはひとつのみ。何故BREEZEのみんなはそんなに時間に無頓着なの?飲みに行こうって約束したんだからそこで終わりじゃない。そこから始まりだ。待ち合わせの時間に間に合うように、待ち合わせ場所に着き、飲みに行く為の始まり。

ここ15年飲みに行く顔ぶれは変わらない。飲みに行けるのはBREEZEのみんなとだけだ。しかし、いつも何で待ち合わせの時間に遅れる?」

 

お、俺とはーちゃんはいつも待ち合わせ時間より早くに着いてるじゃん!三咲ちゃんより早く着く事もあるし。

遅れて来るのはいつもえーちゃんでしょ?

てか、三咲ちゃんはえーちゃんと一緒に住んでるのに何でいつも一緒に来ないの?

 

「お、俺は放浪して飲みに行けなかったんだし、そんな事俺に言われても…(ボソッ」

 

「拓斗くん?俺に言われても?何?言ってみて」

 

「こ、こんな小声でも聞こえんのかよ…マズイ…(ボソッ」

 

「何がマズイ?言ってみて」

 

「あ、いや、悪かった。俺はお前らと離れてた訳だし…って待って!三咲!何でお前手をバキバキ言わせながら俺に近づいてくんの!?あ、待ってホントごめん!ど、どうか慈悲を…申し訳ありません!申し訳…」

 

-グシャッ

 

待って待って待って待って待って!

グシャッって何の音!?

宮ちゃんどうなっちゃったの!?

土下座してるから宮ちゃんがどうなっちゃったのかわかんないんだけど。

 

「何でこんな事に…殺されるのか?

せっかくまた歌い始めたのに…何故だ…俺はこれからもっと…もっと…」

 

「タカくん?私の事怖い?」

 

「いいえ!」

 

「タカくんはいつもヤバいなぁって事があると逃げようと思ってるよね?」

 

「いいえ!思っていません!俺はいつも何とかしようと試行錯誤しています!みんなが幸せになれるように…」

 

「タカくんは私の言う事を否定するのか」

 

「何なのこの理不尽!」

 

-グシャッ

 

「ダメだ、おしまいだ。

謝っても殴られて、肯定しても否定しても殴られる。

戦って勝てるはずもない。なら、逃げるしか!」

 

-ダッ

 

えーちゃん!?えーちゃん逃げたの!?

ってか、それは悪手でしょ!?

今、逃げても一緒に住んでるんだし、絶対捕まるじゃん!

何を思って逃げようと思ったの!?

 

-グシャッ

 

あ、何か遠くでグシャって音が…。

 

「トシキくん、最期に言い残す事は?」

 

最期!?

 

「ハ、ハハハ、と、取り敢えずもう遅くなっちゃったしそろそろそよ風向かわない?俺、お腹空いちゃったなぁ~。今日は久しぶりだから三咲ちゃんの分は俺が出しちゃおうかな?」

 

「具体的にどれくらいの予算を?どれくらい食べていい?トシキくんの予算でどれくらい食べられる?」

 

「腹が!腹が裂けるまで!取り敢えずそよ風に行きさえすれば必ず満足するくらい食べさせてあげるよ!」

 

「何で私がトシキくんの奢りで食べなきゃいけないの?甚だ図々しい女だと思ってる?身の程をわきまえて」

 

「ち、違う!違うよ!」

 

「黙って。何も違わない。私は何も間違えない。たまに英治くんと結婚したのは間違いだったかな?って思う時もあるけど、全ての決定権は私にあって私の言う事は絶対なの」

 

ああ…もうダメかな…。

これも鬼がやられちゃう時の台詞だし。

 

「トシキくんに奢る権利は無い!私が正しいと思った事が正しいのだ。トシキくんは私に奢ろうとした。取り敢えず殴っとく」

 

何て理不尽な…。

何で奢ってあげようとして殴られなきゃいけないの?

 

いや、待てよ。

そういえばあの時、無惨様のパワハラ会議の時、助かった鬼も居た。

三咲ちゃんに殴られる前に、あの台詞を言えたら無惨様になりきってる三咲ちゃんなら…。

 

「お、俺は夢見心地だよ三咲ちゃん!」

 

-ピタッ

 

あ、危なかった…。

三咲ちゃんの拳は俺の目の前で止まってくれた。

 

「み、三咲ちゃんと一緒に飲みに行ける事を!ホントに幸せだなって!思って!」

 

「もう~…トシキくんったらぁ~」

 

大丈夫なのか?大丈夫なのか!?

 

「そんなに飲みに行くのを楽しみにしてくれてたなんて照れちゃうよ~」

 

三咲ちゃんの闘気が小さくなっていく。

良かった…助かった…。

 

はーちゃん、宮ちゃん、えーちゃん。

被害は大きかったけど…。

 

「でも、そんなに楽しみにしてたのに何で待ち合わせ時間に来なかったの?」

 

あ、下手な事を言ってもどうしようもないし。

レガリアの事は省いてホントの事を話すか。

 

 

「へー、波瀬くんかー。懐かしいー。

薫ちゃんとは年に何回か会うけど、波瀬くんとは結婚式以来だなぁ。久し振りだった訳だし話も弾んじゃうか」

 

何とか怒らせずに済んだかな。

 

「じゃ、そろそろそよ風に行こっか。

私、あっちに逃げた英治くん起こしてくるから、トシキくんはタカくんと拓斗くんを起こしてて」

 

完全に気を失ってるみたいだけど起きてくれるかなぁ?

 

でも、起こさないと後が怖いか。

 

「ほら、はーちゃん起きて。宮ちゃんも」

 

「あ?ここは…?さっきまで綺麗な川の前で立ってたはずなんだが…」

 

宮ちゃん…?

 

「あれ?蛇の道は?界王様の所に行く為に蛇の道を走れって言われたんだけど…」

 

はーちゃん…?

 

「ほら、2人共起きたならそよ風行くよ。三咲ちゃんの機嫌を損なう訳にはいかないし」

 

「三咲!?そうだ!そうだよ!確か俺三咲に…」

 

「誰だよ三咲に鬼滅薦めたの。あ、俺だったわ。初音ちゃんが学校で鬼滅流行ってるって言ってたから、全巻貸してあげたんだったわ」

 

三咲ちゃんがああなった元凶ははーちゃんか…。

 

あ、それよりはーちゃんにレガリアの事を…。

 

「まぁいいや。おい、タカ」

 

「あ?何?」

 

「お前さっきのレガリアの話、どこで嘘ってわかった?俺の話には穴なんかなかったはずだ」

 

「あ?レガリアの話?穴ぼこだらけだったじゃねぇか」

 

俺もはーちゃんにレガリアの事を聞きたいと思っていたけど、宮ちゃんが先に聞いてくれた。

 

「あー、まぁなんつーかな。トシキにも誤解させちまったみたいだし先に言っておこうか。英治がレガリアを捨てちまったのは俺知ってんだよ」

 

「「知ってた!?」」

 

「あ、やっぱ英治が捨てたの隠しとくつもりで作った話だった訳だな?」

 

はーちゃんはえーちゃんがレガリアを失くしてた事を知っていた?何で?

俺達もさっきえーちゃんに聞いたところなのに。

 

「んー、だからレガリアは大事なもんだし、あれは出来れば色んな事が片付くまでは俺が…って思ってたし、いずれクリムゾンもレガリア戦争の不安とかも無くなったら誰かに託したい。とは思ってたけどよ」

 

良かった。

はーちゃんもレガリアは大事な物だと思ってくれてたんだ。そして、全部、心配事が無くなったら誰かに託したいとは思ってたんだね。

 

「お前、レガリアを英治が失くしたのを知ってたんだろ?何を怒ってたんだ?」

 

「あ?英治が結局レガリアを失くしたってのを自白しなかったのと…お前らも英治の味方してその事を隠そうとしてたからかな。レガリアは…そんな事で片付けていいもんって訳じゃないし」

 

はーちゃん…。

 

「英治からの自白じゃない?じゃあお前は何でレガリアを英治が失くした事を知ってたんだ?もしかしてレガリアはお前が持ってんのか?」

 

「いや、レガリアの事は三咲にな。実は俺もレガリアが今どこにあんのかは知らねぇんだわ」

 

三咲ちゃんから?

そしてはーちゃんもレガリアは今どこにあるのか知らない?

 

「まぁ、お前らにも話しておくか」

 

今から話してもらえる?

 

「あれは2年前。一昨年の年明けの時に三咲に聞いたんだが…」

 

 

 

 

俺がレガリアの話を聞いたのは、一昨年の英治ん家でやった毎年恒例の新年会の時だった。

 

年明け前に大掃除をやってたらしい。

 

-コツン

 

「痛っ。あれ?今何か頭に当たった?もしかして何処からか狙撃された?」

 

三咲は台所やらリビングやらの掃除を終えてゴミ捨てに出た時、頭に何か当たったから狙撃されたと思い、周囲を見渡してみたそうだ。アホだな。

 

「う~ん…さっきの頭の位置から弾道を計算すると、狙撃手が居るなら…英治くんの部屋?」

 

そこで三咲は狙撃されたのではなく、英治の部屋から何かが飛んできたのだとわかったそうだ。アホだな。

 

「む~!英治くんめ!ゴミ捨てが面倒だからって窓から放り投げたんだな!後で初音が見てない所でぶん殴ってやる!」

 

そして三咲は英治が投げ捨てたゴミはちゃんと棄てなくちゃいけないと周りを見渡したそうだ。

そこで…

 

「あれ?ネックレス…?さっき飛んできたのはこれかな?……ってこれ!」

 

三咲はその落ちていたネックレスを見てすぐに射手座の宝玉と気付いたそうだ。

そして…

 

「これ!レガリアやん!射手座の宝玉やで!?こんなヤバいもん英治くんは投げ捨てよったんか!?これはヤバいで!どんくらいヤバいかと言うとめっちゃヤバい!」

 

生まれも育ちも関東なのに関西弁になる衝撃だったそうだ。

 

「ほんま英治くんは何しとるんや…。

こんなんタカくんにバレてみぃ。うち未亡人なってまうわ」

 

まだ関西弁が止まない程に焦っていたそうだ。

 

「ん?あれ?レガリア…今光った…?」

 

レガリアの光。

レガリアは誰にでも使える物じゃないし、使える者にも簡単に使えるもんじゃねぇ。

三咲は…トーンも見えちゃうヤツだしな。

何かその時に光ったレガリアは、たまたま光ったとかじゃなくて、レガリアの光だと思ったらしい。

あいつアホだからな。

 

「タカくんの時と同じ光。誰?どこ?

もう1度光って…!レガリア!」

 

三咲は大掃除の事なんか忘れてレガリアを見てたそうだが

 

「光らない。さっきのは私の気のせい?」

 

三咲はしばらくレガリアを見ていたが、やはり光る事はなく、ポケットにしまって家に入ろうとした。

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

「歌…?歌が聞こえる。

何だろうこの感じ。すごく懐かしい感じ、そしてすごく心地好い…」

 

その時どこからともなく歌が聞こえてきたそうだ。

何かその歌が気になったみたいでな。歌ってるのは誰なのか、どんな人が歌っているのか見てみたくなったらしい。

 

「すごく心地好い音色(トーン)。女の子かな?

どんな子が歌っているんだろう?」

 

三咲は歌声のする方へと歩いた。

英治の家の川の近く。河川敷で1人で歌っている女の子を見つけたそうだ。

 

その後、その女の子の歌の邪魔にならないように、近くでずっと見ていたらしい。

 

「♪~………ふぅ…」

 

-パチパチパチ

 

「え?だ、誰ですか?」

 

三咲はその女の子が歌い終わったのを見届けて、少し話をしてみたくなって拍手しながら近づいたそうだ。

 

「すごくいい歌だったよ。お嬢ちゃん歌すっごく上手いね!最高だよ!ブラボーだよ!トレビアンだよ!」

 

「え?歌…?あ、あの…ご、ごめんなさい!!」

 

女の子はそう言って逃げたらしい。

 

「え?あれ?逃げた…?

………逃がさないよ!」

 

三咲は逃げた女の子を追ったそうだ。

逃げる女の子を見た時、逃げる者は追わなくてはならないという狩人の血が騒いでしまったらしい。ほんま怖いよなあいつ。

 

「待って!少しお話を!」

 

「な、何で追ってくるんですか!?」

 

「お話!少しお話したいだけだから!先っぽだけだから!大丈夫だからっ!」

 

「さ、先っぽって何ですか!?何の事ですか!?」

 

そんな事を言いながら女の子を追う三咲に恐怖を隠しきれないが、普通の女の子が三咲のスピードから逃げられる訳もなく、河川敷からあがる階段の所で女の子を追い抜かしてしまったらしい。

 

「え?あれ?追い抜いちゃった」

 

「お、追い抜かれた?ぜ、全力で走ったのに…」

 

女の子を追い抜いた三咲は、その女の子をもう逃がさないと階段を1歩1歩と歩きながら降りたらしい。

聖帝十字陵からケンシロウに向かって階段を降りてた時のサウザーはこんな気持ちだったのかな?とか、訳のわからない事も言っていた。

 

そして、その女の子の眼前まで降りた時だった。

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

三咲は躓いて転び階段から落ちて行った。

 

「あ、あの!」

 

その女の子は階段から落ちた三咲を心配して、駆け寄って来てくれたそうだ。

 

「な、何故私はサンダルで出て来たのか…靴を履いていれば転ぶことはなかったろうに…」

 

「お、お姉さん、大丈夫…ですか?」

 

「お姉さん!?(クワッ」

 

「ヒッ!?」

 

三咲は女の子にお姉さん呼びされた事を嬉しく思い、階段から落ちた時のケガの痛みなんぞ微塵も感じなくなったそうだ。

 

でもあいつそん時、左腕骨折してたんだよな。

トシキも覚えてんだろ?新年会の時に三咲が左腕に包帯巻いてた事。あの頃の話だわ。

 

「あはは、私こそごめんね。急に追っかけられて怖かったよね。お嬢ちゃんの歌がすごく素敵だと思ってさ。声をかけずにはいられなかったんだよ」

 

「わ、私は…その…歌なんて…」

 

三咲はその女の子と少しだけ話がしたいとお願いし、家に招いたそうだ。が、

その女の子は三咲のケガの度合いがヤバかったから心配になり、家まで送ってくれたらしい。

 

「おとーさん!それ、そこじゃない!」

 

「あ?別にこっちでもいいじゃねぇか!」

 

「ごめんね。今大掃除しててね。ちょっと…いや、すごくうるさいんだけど…。あ、コーヒーと紅茶どっちがいい?」

 

「あ、あの、いえ、お構い無く…お姉さん、左腕が変な方向に曲がってますし…」

 

「はうう…お姉さん…///

もっと…もっと呼んで!」

 

「え…あ、あの…」

 

女の子も果てしなく困惑していただろうな。

 

「あ、それよりコーヒー?紅茶?ジュースもあるにはあるけど…果汁100%のはきらしてて…」

 

「あ、私…もうそろそろ…」

 

「コーヒー?紅茶?」

 

「あ、あの…」

 

「それともジュース?」

 

「あ…いえ、そ、それじゃ紅茶を…」

 

「紅茶ね!了解♪いい葉っぱがあるんだよ~」

 

「そ、そんな高級なのは…その…」

 

女の子もめっちゃ帰りたかっただろうな。

 

「はい、紅茶」

 

「そ、その…すみません。いただきます」

 

「さっきの歌。すごく上手だったね」

 

「ブホッ、ケホッ…ケホッ」

 

「わ、大丈夫!?」

 

「ケホッ、大丈夫…です。さ、さっきの歌は…その…」

 

「お、落ち着いて。私何か変な事聞いちゃったかな?」

 

「あの…そ、そういう訳じゃなくて…その…私…歌うのあまり上手くないから…」

 

「え!?何で!?すごく上手だったよ!私感動したもん!」

 

「…ありがとうございます。でも、私…歌は…音楽は…」

 

女の子が三咲に話した話はこうだった。

 

女の子は今、母親と再婚した新しい父親と3人で暮らしているそうだが、母親が再婚する前の父親。

本当の父親は音楽に対して狂気的で、歌はもちろん楽器の事とか音楽の事となると、ものすげぇ厳しい教育をされていたらしい。

 

音程を少しはずしたり、楽器でミスをしたりすると、物を投げられたり、手をあげられたりしたらしい。

母親はそれが嫌でその女の子を連れて離婚し、新しい人と再婚したそうだ。

 

女の子は幼かったからその時の事は覚えてないし、本当の父親の事もあんまり覚えていないらしい。だけど、その幼い頃のトラウマからか、女の子は人前で歌ったり楽器をやったりするのが苦手になったらしいんだが…。

 

「そっか。そんな事が…。それで歌うのが苦手になっちゃったの?」

 

「えっと…お母さんには…父との事はそう聞いていますし、私自身…人前で歌ったりするのは苦手なんですけど、何か…その…おぼろげですけど、小さい頃に音楽の事で怒られたりしてたのは覚えてるんですけど、ち、違うんです」

 

「違う?」

 

「何て言ったらいいのか…わからないんですけど、怒られてた事は覚えてますけど…父は時折私の歌を聞いて嬉しそうにしたり、寂しそうにしたり、悲しそうにしたり…暖かかったり…だから、私は人前で歌うのは苦手ですけど、歌う事自体は好きで…だからさっきも誰もいないと思って…」

 

女の子は歌う事は好きだと言った。

そしてそれを聞いた三咲は、歌を好きという気持ちがあるなら、何とかしてあげたい。そう思ったらしい。

ほんま俺の時といい…あいつは…。

 

「それであそこで歌ってたんだね」

 

「はい…。それに今度…」

 

「今度…?」

 

「今度と言っても来年の話なんですけど、3月には3年の先輩達が卒業しちゃうので…その時に送り出す歌を私達2年が歌うんですけど…何故か私がソロパートを歌う事になってしまって…」

 

「そっか。うちの中学は今も卒業式には2年で送り出す歌を歌うんだね」

 

「うちの中学…?」

 

「うん、天音ちゃんのその制服。私の母校の制服だから」

 

その女の子は天音(あまね)ちゃんといって、俺達の後輩ちゃんにあたるらしい。

そういや卒業式ってそんなのだったよなー。って懐かしかったわ。

 

「でもソロパートは私達の時にもあったけど、あれは希望者とか推薦とかだったでしょ?人前で歌うのが苦手なら何で?」

 

「あ、わ、私が一人で歌ってたのを、友達に聞かれちゃっててそれで推薦されて…断る勇気がなくて流されてそのまま…」

 

「なるほどね。断りきれなかったかぁ」

 

「そ、それに断ったら推薦してくれた友達に悪いと思ったのと…歌うのは好きですから、その時はこれがきっかけで私も変われるんじゃないかな?って思ってしまって。でも、やっぱり時間が経つと人前で歌うのは怖くて…」

 

「そっか。何となく似てる。だから久し振りに音色が見えたのかな」

 

「似てる?」

 

「ちょっと長くなるんだけど、心して聞いてね」

 

「心して!!?」

 

そして三咲は大神さん達2代目ONLY BLOODの事、俺達BREEZEやArtemisの事、俺達に関わったみんなやクリムゾンとの事、そしてレガリア戦争の事もその女の子に話したそうだ。

 

「そんな事があったんだよ。ふふ、心して聞いてとは言ったけど、本当にしっかり聞いてくれたんだね。瞬きもしないから少し心配しちゃったよ」

 

「すごい…すごいです。ONLY BLOODの大神さんも、BREEZEのタカさんも、Artemisの梓さんも。

ううん、お話に出て来た人達みんな凄かった。すごくかっこいいです」

 

そして女の子は手を高くあげて手のひらをひらいて空を見上げたそうだ。

室内なのに空を見上げたって何なの?って聞きたかったけど怖くて聞けなかったのは言うまでもない。

 

「変われるかな?私も。そんなかっこいい人達みたいに。ソロパートを歌えば…ううん、例えそれが失敗しても、その次とかその次とか未来は続いていくから。いつかは…」

 

女の子がそう言った時、三咲はさっきのレガリアの光はこの女の子に反応したんだと確信したそうだ。

 

「うん。きっと変われるよ。明日はいっぱいあるんだから。そ~だ!このネックレスあげる。天音ちゃんがもっともっと音楽が好きになって、歌う事が大好きになるお守り」

 

そう言って三咲はレガリアを女の子に渡した。

 

「綺麗なネックレス…。でもさすがにそんな高価そうなもの受け取れませんよ」

 

「う~ん…高価ではないと思うんだけど…チェーンの部分はタカくんが980円くらいで買った安物だし」

 

「980円?」

 

「とりあえず受け取って」

 

そう言った三咲はその女の子が目に追えないスピードで動き、無理矢理ネックレスを着けさせたらしい。

 

「うん!似合う似合う!」

 

「って、え!?いつの間に!?片手で!?」

 

「ムフー!」

 

「でも、本当にこんな素敵なネックレス…いいんですか?」

 

「うん、天音ちゃんに受け取って欲しかったんだ。私もチューナーとは言えBREEZEのメンバーな訳だし」

 

「BREEZEの…?ま、まさかこれって!」

 

「そ。射手座の宝玉」

 

「レガリア!?そ、そんなの!私なんかが受け取っていいものじゃありませんよ!!レガリアはもっとすごい人に渡さないと!」

 

「さっき大神さんやタカくんの話をしたでしょ?

私が大神さんの話を聞いて、タカくんを見てきて、そして、天音ちゃんにレガリアを受け継いでもらいたいって思ったんだよ」

 

「大神さんの話や…タカさんを見てきて…私に…?」

 

「嫌かな?ダメかな?」

 

「嫌では…ないです。私の歌や話を聞いて下さって、大神さんやタカさんの想いを…。でもダメだとは思います。私なんかが…と」

 

三咲は何も言い返さず女の子を見ていた。

 

「……正直、重いです。あの2人の想いを背負うのが重いんじゃなくて、いや、それも重いとは思っているんですけど…その想いは背負って、いつか私も語り継いでこのレガリアを受け継がせていこうと思います」

 

「天音ちゃん、それじゃ」

 

「はい。せっかく三咲さんが託してくれたレガリア。しっかり受け継がせて頂きます。私なんかじゃ…使えないとは思いますけど、大神さんやタカさんの想いや戦いには感動しましたから、私もそのお話を受け継いでいきたいと思いましたから」

 

「ふふ、私達がやってたのバンドで音楽なのに戦いって何なのって感じだけどね」

 

「そ、そういえばそうですよね…戦いって…。

でもいつか会ってみたいな。大神さんとタカさんに」

 

「……ガッカリするかもよ?」

 

「え?」

 

「いや、いやいや!何でもないよ!

レガリアを受け継いでくれてありがとうね、天音ちゃん」

 

 

 

 

「そうして射手座の宝玉はその女の子に受け継がれたらしい。三咲に16発殴られた後でそう聞いた」

 

16発殴られたの?何で?

 

「三咲のやつめ…最初は何も説明もなくレガリアを人にあげちゃったとか言うから、さすがに三咲相手でも怒ったんだが、そしたら逆ギレして殴りかかってきやがってよ」

 

ああ…なるほどね。

 

「その話を聞いた後は…」

 

『天音ちゃんはね、大神さんやタカくんと同じだよ。

まだ聞いた事のない歌や音楽、まだ見た事のない明日。そういったものを信じてるんだよ。レガリアはそういった人にこそふさわしいよ』

 

「って言ってたな。俺の未来は真っ暗なんですけどね」

 

「なるほどな。三咲がそういった女の子にレガリアを…俺はいいと思ったぜ」

 

「俺もそう思ったよ。そういった気持ちの人なら、きっといいレガリアの使い手になってくれると思う」

 

「ま、今もその女の子…天音ちゃんか?その子がレガリアを持ってるかわからんけどな。もう誰かに受け継いでんかも知れんしな」

 

そうだったんだね。

三咲ちゃんはそれからその女の子と会った事はないんだろうか?

2年前に中2って事は今は高1?渉くん達の1こ下かな?

 

レガリアの今の行方はわからない。

でもレガリアはきっと、まだその女の子が持ってると俺には予感があった。



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第29話 15年前の亡霊

「渉くん!亮くん!またね!」

 

「また学校でね」

 

「おう!拓実もシフォンもまたな!」

 

「気をつけて帰れよ」

 

そう言って拓実とシフォンと別れ、今オレは渉とうちの親父が経営している定食屋へ向かっている。

 

オレの名前は秦野 亮。

Ailes Flammeのギタリストだ。

これからはアイドル活動ってやつもやる事になるんだろうが…。

 

「でも本当にいいのか?亮ん家の店ってこの時間には閉まってんじゃねぇのか?」

 

「ん?大丈夫だろ。親父にもオレと渉で飯食いに行くって連絡したしな」

 

「何か申し訳ない気もするけど、今から親父さんのカツ丼食えるかと思うと年甲斐もなくワクワクしてくるな!」

 

カツ丼食うのに年甲斐って何だ…?

 

「親父もそう思ってもらえてんの知ったら嬉しいんじゃねぇか?」

 

渉はうちに来るといつもカツ丼だしな。

 

「でも企画バンドってびっくりだよな。もちろんAiles Flammeが一番だけど、トシキにーちゃんにプロデュースしてもらえるとか年甲斐もなくワクワクしてるぜ!」

 

年甲斐もなくって言葉が渉の中で流行ってんのか?

 

「オレは拓斗さんと晴香さんのプロデュースでアイドルだしな。ギター無しでどこまで音楽をやれんのか不安もあるな」

 

そう。オレは音楽は好きだけど、今まではギターばっかりだった。

学校の授業とかなるとそれはまた別だが、本気で打ち込むってなると歌やダンスなんか今までやって来なかったしな。不安もあるってもんだ。

 

「シフォンじゃない井上のドラムも楽しみだよな」

 

「ああ、オレも気になってる。いつもの可愛らしいシフォンのドラムとは違う井上の音。楽しみだよな」

 

「え?あ、ああ、シフォンのドラムって可愛らしいかな?どっちかっつーと力強い感じだと思うんだけど…」

 

オレ達は企画バンドの話や、これからのAiles Flammeの事を話しながら歩いていた。

企画バンドも大事だと思うが、やっぱりオレ達はAiles Flammeなんだしな。

 

「そういや亮は新曲の歌詞とか出来そうか?俺はこないだ梓ねーちゃんにアドバイス貰ってよ。新しい曲がまた完成しそうだぜ」

 

梓さんにアドバイスを貰って?

渉のやついつの間に梓さんと…。

 

「インスピレーションってやつかな?こないだそれがブワーっておりてきてよ」

 

「お前、梓さんにアドバイスを貰ってって。いつの間にそんな話したんだよ?お前なりのアプローチとかもしたりしたのか?」

 

聞いても大丈夫…かな?

まぁ渉だしな。いきなり変な話にはなってねぇだろうが…。

 

渉は先日、梓さんの事が好きになったんだとオレに話してくれた。

年齢差とかもあるし、梓さんは貴さんの事を…ってのもみんな知ってる事だしな。

渉の片想いで終わる話だと思ってたんだが、こいつはこいつで自分なりに自分の恋を頑張ってたんだな。

 

「おお!それな!こないだ梓ねーちゃんに告った時によ」

 

「へぇー、お前もう梓さんに告白したのか。すげぇな」

 

「ああ。告白は見事に玉砕だったけどな!」

 

さすが渉だな。もう梓さんに告白していたとは。

 

……

………

 

は!?告白!?

渉が!?梓さんに!?告白したの!?

 

「お前…梓さんに告ったってマジか?いや、いつもの冗談だよな?」

 

「は?いつもの冗談って何だよ。告白って大事な事だろ?冗談なんかじゃやんねーよ?」

 

「いや、オレが言ってる冗談ってのはそう意味じゃなくてな…」

 

渉…マジか。マジなのか。

何か唐突過ぎねぇか?お前が梓さんの事を好きって自覚したのは最近だろ?

しかもそれからずっとそんな話題もなく、企画バンドの話ばっかりだったじゃねぇか。

いつの間に告白なんかしたんだ?

 

「亮?どうした?」

 

「あ、いや、お前梓さんに告白って…玉砕って事はフラれたんだろ?その割には元気だよなって思ってよ」

 

「それなんだよ!」

 

うおっ!?びっくりした。

いきなり叫ぶからビビっちまったじゃねぇか。

それってどれだよ。

 

「俺も梓ねーちゃんに告った時に思ったんだけどさ…モヤモヤモヤ」

 

モヤモヤモヤって何だ?

あ、あれか?漫画とかでたまに見る頭の上に出てくるモヤモヤみたいなやつか?って事は今から回想シーンが始まるのか?

 

「梓ねーちゃん!ずっと好きだった!俺と結婚してくれ!」

 

「あ、あの…うん、ありがと。渉くんの気持ちすごく嬉しいよ。本当におおきに」

 

回想シーンじゃねぇのかよ!ずっと好きだったって何だよ!?好きって自覚したの最近だろ!?しかも付き合うのすっ飛ばしていきなり結婚!?

ってか、渉が梓さん役までやんのかよ!ってか喋り方似てねぇよ!

無理矢理関西弁持ってくんなよ!いくら梓さんが関西の人だからってそこで『おおきに』は無いだろ!?

 

……無いよな?

 

「本当か梓ねーちゃん!じゃ、じゃあ早速市役所に婚姻届を…」

 

「でも、ごめんね。あたし…好きな人いるから」

 

「にーちゃんの事か?」

 

「に、にーちゃんって…タ、タカくんの事…やんね?」

 

まだこの小芝居は続くのか。

別にそこまで詳細な事まではどうでもいいんだけどな…。

 

「おう!にーちゃんってにーちゃんの事だぞ!梓ねーちゃんがにーちゃんの事を好きってのは聞いてるけどな。でも、俺も梓ねーちゃんの事が好きになっちまったんだ。だから…ラブミードゥ!」

 

渉。お前、本当にそんな告白の仕方をしたのか…?

 

 

そして、その後も10分程渉の小芝居は続いた。

 

「んで、梓ねーちゃんに本当は梓ねーちゃんへの気持ちは憧れであって、恋じゃないと思うって言われてよ。梓ねーちゃんに俺が本当に恋をしている人は、何も無い時も何かあった時もいつも一緒に居たい人なんだよって言われて考えてみたんだ。あ、それと◯◯◯したいとか×××とかしたいと思う人ってのも言われた」

 

長かったな。渉の小芝居。

しかし途中から小芝居止めて普通に話してるし。

飽きたんだろうな…。

 

てか、梓さんは未成年の渉に何言ってんの?

 

「あー、それで?考えてみてどう思ったんだ?やっぱり梓さんには恋をしてる訳じゃないって気付いたのか?」

 

「ん…まぁな。梓ねーちゃんへの気持ちって憧れで、にーちゃんに感じてるような気持ちって気付かされたんだ。俺も男だし○○○とか×××もしてみたいし、脱チェリーしたいって気持ちもあるけどよ?」

 

「そっか」

 

なるほどな。だからそんなショック受けたような感じなは見えなかった訳か。

貴さんへの憧れみたいな気持ちを梓さんにも投影して、それで好きになったんだと思っただけか。

 

ってか脱チェリーって…。

 

「そんで?お前自身本当に好きな人ってのも気付けたのか?」

 

「いや、さすがにそこまでは無かったけどな。でも、何かあった時も無かった時も一緒に居たい人って言われた時は…ちょっとあいつを…」

 

ん?は?え?

居るのそういう相手?

あいつを…って事は年上勢は無いか?いやでも渉だしな?

となると、まさかシフォンか…?ありえるな。

シフォンは可愛すぎるからな。常に一緒に居たいと思ったとしてもやむを得ない相手だ。

とうとうオレは渉と…

 

「シフォンの事じゃないから安心しろな?」

 

シフォンの事じゃなかったか。

命拾いしたな、渉。

 

って事は誰だ?

雨宮か河野か明日香?小松って事は無いよな…?

ガキん頃から一緒だし恵美って事も考えられるか?

あ、意外と仲の良い美緒って可能性もあるか?

うぅ~ん…雨宮か美緒だったら…結局…うん、考えないでおこう。

 

「どうしたんだ亮?別にそいつの事を好きって訳じゃないと思うぞ?梓ねーちゃんに言われて何となくって感じだしな」

 

「そ、そうか」

 

前回の3周年記念の事もあるし、あんまこういう話は掘り下げない方がいいか…。

 

「それより早く亮の家行こうぜ!年甲斐もなく腹減っちまったしな!」

 

やっぱり年甲斐もなくって渉の中で流行ってんのか…?

 

 

 

 

オレ達は親父のやっている定食屋の近くまで来た。

親父の店は居酒屋って訳でもなく、そんな流行っている店じゃないから夜は割と早目に閉店する。

 

ここは商店街からも近いし人通りもそれなりにあるから、周りの店はまだ開いているし道も明るい。

そんな中で1軒だけ閉めて電気も消している店だから、遠目からも目立っている。

 

奥の厨房ではまだ親父達も仕事をしているのだろう。

店自体の電気は消えているが、近くまで来ると奥からの明かりがぼんやりと見えている。

 

「お、亮の言う通りだな。まだ親父さん達は居るみたいだ」

 

「だから言ったろ?さっき親父に連絡したって。オレの蕎麦と渉のカツ丼も注文してるから心配すんな」

 

オレは渉にそう言って、店の扉を開けて中に入った。

 

 

………!?

な、なん…だ?これ…?

 

 

オレは店に足を踏み入れた瞬間。

一気にまわりの空気が重くなった事を感じた。

 

喉が渇く。

 

店に入った瞬間、まるで今まで居た世界と違う世界に来てしまったような感覚。

 

身体が重い…。上手く身体を動かす事も出来ない。

 

オレは一体どうしちまったんだ…?

 

 

 

頭の中で色んな事を考えた。

主にシフォンの事だったが…。

 

店の奥に目をやった時、真っ暗な店の中で1人テーブル席に座る1人の客の姿が目に入った。

 

……てかマジか!?お客様!?

このお客様こんな真っ暗な店の中でずっと1人で座ってたの!?

親父もお袋も気付かなかったの!?

お客様もお客様だよ!?店の電気も消されてんだぜ?

帰るか親父達を呼ぶか何かしようよ!

 

真っ暗な店の中のテーブル席に座る客。

もちろん料理も無いし食べた後って訳でもなさそうだ。水を出された形跡もない。

つまりこのお客様が席に着いてから親父もお袋も接客もクソもしてないって事だ。

 

さすがに今から親父達に頼んで、何か飯を提供してもらう事も出来ないだろう。

この店の一人息子として、丁寧にお詫びして帰ってもらうしかないな…。

 

「あの…お客様すみま…」

 

……!?

 

オレがそのお客様に声をかけようとした時、今まで感じてた重み以上の圧がオレにかかってきた。

 

何だこれ…?上手く息も出来ねぇ。変な汗まで身体中から吹き出してくる。

こ、これが以前にタカさんが言っていた『地球の重力に魂が引かれている』って現象か!?

 

 

『いいか。渉、亮、拓実、シフォン。本当に悪いのは地球の重力に魂を引かれた人達だ』

 

 

とか、言っていた。

あの時は正直、何言ってんだこの人?とか思ってたが、これがこういう事か?オレの魂が地球の重力に引かれているからこんな圧を…?

 

なんてバカな事考えてる場合じゃねぇよな。

くそ、本当にどうしちまったんだオレは。

何とかお客様に声をかけなきゃよ…。

 

オレは上手く息を吸う事も出来ず、身体が思うようにも動かないが、もう一度お客様に声をかけようと…

 

 

-ゾクッ

 

 

さっきの圧に加えて恐ろしい程の寒気がオレを襲った。

オレがお客様を見た時、そのお客様とオレの目が合った。

お客様の目はオレを見ていた。

睨む訳でも真っ直ぐオレを見ている様でもなく、怒り、哀しみ、憐れみ、愚別、尊敬、恋慕、友好、思案、魅惑、魅了、軽蔑、慈愛……どんな感情とも取れない目で、全ての感情が入り交じったような目で、ただオレを見ていた。

 

まるで金縛りにあったみたいだ。

蛇に睨まれた蛙って言葉があるが、まさに今のオレがそんな言葉を体感している時間だった。

 

…この感じ。あの時も似たような事を感じた事がある。

 

夏休みの終わり頃、ファントムに居たオレ達の目の前に現れたクリムゾンエンターテイメントの創始者、海原 神人。

 

あの日、SCARLETに所属する事を決めた日、オレ達はたまたま海原と出逢う事になった。

Ailes Flammeをはじめ学校の連中と一緒にファントムでダベッていた時だ。

 

ただのファントムの客だと思っていたおっさん。

タカさんと英治さんが対峙した瞬間、急にファントムの中の空気が変わり、それまで居たお客様も急いでいるかのよう帰って行った。

オレ達ファントムのバンドマンを除いては…。

 

今、目の前に居るお客様からあの時の海原のようなプレッシャーを感じる。いや、海原以上か…。

 

渉の方を振り向く事すら出来ないが、渉も微動だにしていない。渉もきっと動く事も喋る事も出来ないでいるんだ。

 

……って事は、目の前にいるこいつはクリムゾンエンターテイメントの…。

二胴か九頭龍ってヤツか…。

 

 

-ポン

 

 

オレは誰かに肩を叩かれた。

叩かれた?叩かれた気がしただけか?

 

「亮。何やってんだ。蕎麦があがったぞ。渉ちゃんと一緒に食ってろ」

 

「おや…じ…?」

 

オレは声を発する事が出来た。

そして肩に手を置かれている感覚。

誰かに肩を叩かれたと思ったのは…親父か?

 

オレはそのまま親父に肩を引かれ、カウンター席に座らされた。

そしてそこにはオレの好きなざる蕎麦が…。

隣には渉が座っていた。

 

「渉ちゃんも亮も大丈夫?」

 

お袋…?

 

カウンターの向こうからお袋の声が聞こえた。

妙に安心する。さっきまで感じていた重い空気も無くなったかのような感覚。

 

オレはお袋の方に顔を向けた。

 

「だ、誰ぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

オレが顔を向けた方向にはお袋が居るハズだった。

オレはやっとの思いで声を出せたが、驚きとかその他もろもろでいっぱいいっぱいだ。

 

だってさっきの声は昔から聞き慣れたお袋の声だったもん。

なのにオレの目の前にはやたら綺麗なギャルが居るんだもん。本当に誰なの?

 

「おう!俺は大丈夫だぞ!ありがとうなお袋さん!」

 

お袋さん?

渉がお袋さんと呼ぶのはオレのお袋くらいだ。

大体の人には名前の後にねーちゃんって付けて、◯◯ねーちゃんって呼ぶしな。

ってか、渉はこのギャルをお袋って呼んだの?それはさすがに失礼だぞ?

 

「良かった。亮は?あんたは大丈夫?」

 

!?

 

このギャルの発した声はお袋そっくりだった。

そうか。そういう事か。

渉は顔や見た目じゃなくて声で人を判断してんだな?

 

「亮?」

 

う…!

 

そのギャルは心配そうな顔をしてオレの顔を覗き込んできた。

シフォン程じゃないが、こんな綺麗な女性の顔が近くに来るとさすがに照れてしまうぜ。

 

「あ、あの、はい。大丈夫ッス。ありがとうございます」

 

「は?何で敬語?本当に大丈夫…?」

 

いや、さすがに初対面だし敬語にはなるだろ。

オレも常識くらいは…うん、少しはな。

 

「はは、亮もおかしなヤツだな。自分のかーちゃんにいきなり敬語とか!いつもみたいに話せばいいのによ!」

 

は?渉は本当に何を言ってんだ?アホになったか?

そういやそういう症状はよく出てたもんな。

安心しろ渉。オレはお前を見捨てたりしないぜ。

 

だがそれよりもだ。

 

「渉。いくらなんでもこんな綺麗な女性にお袋って呼ぶのは失礼だろ?」

 

「な!?綺麗な女性って…///」

 

「は?亮?お前どうしちまったんだ?お袋さんもびっくりしてんじゃねーか」

 

いや、渉。お前が本当にどうしちまったんだよ。

 

「自分の母親に綺麗な女性とか…。一瞬ときめいちゃったわ。ま、気が動転してんのかな?あいつを目の前にしたんだから仕方がないかもだけど…」

 

このギャルも何言ってんだ?自分の母親?

 

「あ、あの…お姉さんこそ何を言ってんスか?母親?」

 

そう声を掛けたオレをそのギャルは不思議そうな顔で見ていた。

 

「りょ、亮?お前、自分のかーちゃんの顔も忘れちまったのか…?」

 

「あ!あーあーあー…そっかそっか。

あたしがこの姿で亮の前に出るのって幼稚園以来か。

風呂か夜の営みの時か、渉ちゃんと澄香とタカとトシキの前でしかこの姿に戻ってなかったしね」

 

「へー!そうなのか!にーちゃんとトシキにーちゃんと澄香ねーちゃんは知ってんだな!ん?なんで英治にーちゃんは入ってねぇんだ?」

 

いやいやいやいやいやいや!!

待てよ!本当に待てよ!

何!?この姿に戻ってなかったって何なの!?

いつものちょっぴりふくよかなオバサンみたいな姿は偽りの姿だったの!?

 

渉やタカさん達の前では元の姿に戻ってたのに実の息子の前ではずっと偽ってたの!?何で!?

ってか聞き逃したかったのに聞こえちゃったけど、夜の営みって何だよ!自分の親のそんな話聞きたくなかったわ!!

 

と、そこまで考えてふと思った。

 

オレの親父とお袋は15年前にアルテミスの矢としてクリムゾングループと戦い、タカさん達BREEZEや梓さん達Artemisの解散後も、クリムゾンエンターテイメントと戦いながら音楽をやっていたと聞いている。

 

そしてその戦いが長きに渡り、親父達は結局クリムゾンエンターテイメントに敗れ、浅井という親父の姓を捨てお袋の旧姓である秦野と名乗る事にした。

クリムゾンエンターテイメントの目から逃れる為に。

 

お袋が今のギャルみたいな姿を捨てて平時は変装をしていたというなら、それはクリムゾンエンターテイメントから逃れる為だったんだろう。……という事は親父の今の姿も…!

 

オレは親父の方へと顔を向けた。

 

親父はいつの間にか奥のテーブル席に座る客の前に立っていた。

 

 

「久しぶりだな。浅井」

 

 

親父に向けて客が声を掛けた。

そしてその客は親父の事を秦野ではなく浅井と呼んだ。

 

つまりこの客はやはりクリムゾンの…

 

「亮。やっぱりだな。亮の親父さんの事を浅井って言った。この客…クリムゾンの…」

 

渉も同じ考えに至ったんだろう。

 

「ああ…間違いないな。こいつが多分タカさん達の言っていたクリムゾンエンターテイメントの…」

 

「ああ、残りの四天王…二胴ってヤツか…」

 

「九頭龍ってヤツのどっちかだろうな…」

 

こんな破滅的なプレッシャーをかけてくるヤツなんかそうそういないだろう。

ってなると、今もクリムゾングループで幹部として君臨しているという15年前の四天王の…

 

「あいつは二胴でも九頭龍でもないよ。あいつはそんな雑魚じゃない…」

 

は?雑魚…?

今このギャルは…いや、もうお袋でいいか。

お袋は二胴や九頭龍の事を雑魚と言った?

クリムゾングループの四天王だったヤツラを…?

 

「さすがですね。こんな変装をしていてもオレだとわかりましたか」

 

そう言って親父はハゲのヅラを取り長くサラサラとした髪が出てきた。そして低かった身長も180cmあるオレよりも高くなった。

 

………落ち着けオレ。

 

ハゲのヅラを被ってたってのはまだいいとしよう。うん。お袋もこんな綺麗なギャルになっちまったぐらいだしな。

 

だけど身長が高くなったって何なの!?

何で身長が延びるの!?それもう変装の域を越えてねぇか!?

 

「お久しぶりです。足立さん」

 

……

………は?

 

親父…今、その客の事を何て呼んだ…?

足立…?

 

「お、おい、今、亮の親父さん…あいつの事足立って…」

 

俺の聞き間違いじゃない。渉にも聞こえていた。

こいつが…タカさんと15年前に最期のデュエルをした、クリムゾンエンターテイメントの足立。

 

「足立さん、何故またこの街に戻ってきたんです?」

 

「戻ってきた?ククク、戻ってきた…か」

 

「足立さん!」

 

……あの客が15年前にBREEZEと、いや、タカさんとか。

壮絶なデュエルをして、タカさんが喉を壊す事になった相手。

と、いうのはわかった。

 

オレもタカさんや英治さんや親父達に少なからずは聞かせてもらえていたから。

 

だがオレにひとつの違和感。

何で親父は足立の事を『足立さん』と呼んでいるんだ?

歳上だから?……いや、オレの親父はそんなタマじゃねぇよな。

 

「BREEZEの葉川がBlaze Futureとしてまた歌い始め、中原のライブハウスファントムはSCARLETと提携を組んだ。そして宮野のLazy Windもこの街に帰ってきて、佐藤のヤツは先日の雨宮とのデュエルでも変わらずパワフルなギターを演奏した…か」

 

…!?

こいつ、タカさんや英治さんの事、拓斗さんのLazy Windの事はともかく…何でトシキさんが雨宮の親父さんとデュエルした事まで…!?

 

あの話はオレ達…ファントムの仲間内しか…。

 

「まぁ、トシキにーちゃんと雨宮の親父さんがデュエルしたのって2年半くらい前に公開した話だしな。知っててもしょうがないよな。てか、足立もこの小説読んでんだな」

 

頼む渉。

今はそういう事を話す時じゃない。頼むから黙っててくれ。

 

「フン、俺もかつてはクリムゾンエンターテイメントの四天王と呼ばれた男だ。そんな呼び名なんて必要なかったがな。安心しろ浅井の息子よ」

 

!?

浅井の息子…?オレの事か…?

 

「俺はそんなツテのおかげでな。大して知りたい訳でもねぇのに色んな情報が勝手に入ってくるだけだ。お前らファントムの中に裏切り者や俺のスパイが居る訳じゃねぇ。情報ってのはよ?いくらでも入ってくるもんなんだぜ?」

 

こいつ…オレの事を見てた訳でもないのに…。

オレの考えてる事を読んだってのか…?

 

「フッ、つまりだ」

 

そう言ってその客は足を組み、まるでこの場に居るオレ達を見下しているような態度でこう言った。

 

「15年前、クリムゾンエンターテイメントの足立はBREEZEの葉川に負けた。だが、お前らの言う『楽しい音楽の世界』を紡ごうとしたサジタリウスの葉川、『音で世界を破壊』しようとしたスコーピオンの足立との戦いはまだ終わってないんだ。あのレガリア戦争はよ」

 

音で世界を破壊?何を言ってるんだこいつ…?

レガリア戦争…?

 

「足立さん…!あんたはまだそんな事を…!」

 

親父…?親父は何か知ってんのか?

 

「ククク、だが、俺のレガリアは葉川に破壊され、俺の顔には一生治る事のない傷がついた。そして、葉川もレガリアこそは使いはしなかったが、一生治る事のない傷を負い喉を壊した」

 

あの客の…足立の口元にある傷痕はタカさんが…?

 

「ま、まさかにーちゃんは…キラークイーンでレガリアってやつを…」

 

ハッ!?

そ、そうか。キラークイーン。

タカさんにはスタンド(それ)があった。

タカさんはスタンド能力のキラークイーンで、足立のレガリアってやつを爆破したのか!?

 

「今となってはそんな事はどうでもいい話だ。

ああ、そんな事もありましたね?って感じの昔のおとぎ話程度のもんだな。まぁ、俺が見込んで音の世界の全てを叩き込んだ部下夫婦が、葉川達の音楽に共感を得てアルテミスの矢に入ったと聞いた時は涙を流したもんだがな」

 

そう言った足立はオレのことを見た。

 

 

足立が見込んだ部下夫婦?

オレはお袋に目をやった。オレの視線に気付いたお袋は…

 

「いつかは…ちゃんと話そうとは思ってたんだけどね」

 

そういう事か?

そういう事なのか?

 

親父とお袋は…足立の部下…つまりクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンだったって事か?

 

クリムゾンエンターテイメントのミュージシャンだった親父とお袋は、タカさん達との戦いの中でクリムゾンエンターテイメントを裏切り、そしてクリムゾンエンターテイメントに裏切り者として潰された…のか?

 

「ククク、心配すんじゃねーよ」

 

足立の声を聞いてオレはハッとした。

親父とお袋の事、親父達とクリムゾンの事。

気になる事は山程あるが、今は足立の話を聞いておくべきだよな。

親父達の事は過去の事、もう既に『あった事』だ。

 

それより『今』、足立がここに現れた事。

それがオレ達Ailes Flammeやファントムのバンドに関係がある事なら、ここでしっかり聞いておかねぇと…。

 

オレは再び足立に目を向けた。

 

「だが今更、喉を壊して昔のように歌えなくなった葉川との決着なんかに興味はねぇ。宮野や中原にしても一緒だな。BREEZEなんかには微塵も興味はねぇよ」

 

BREEZEには微塵も興味がないだと…?

 

「何言ってやがんだあの野郎!にーちゃんは今でもスゲェし、トシキにーちゃんも英治にーちゃんも拓斗にーちゃんもスゲェミュージシャンだぞ!」

 

渉、オレもそう思ってはいるが、今は黙っててくれ。

 

「さっきも言ったが、あえてもう1度言わせてもらうぜ。クリムゾンエンターテイメント四天王の足立はBREEZEの葉川にレガリアを破壊されて負けた。だがあの時の事はそれだけだ。葉川との決着なんざ今の俺には…いや、違うな。喉を壊したあの野郎との決着なんざ俺にはもう無意味なモノでしかねぇ」

 

タカさんとの決着…?

 

「フン、そこに居る江口 渉も浅井の息子も気になっているようだし、少しだけ昔話をしてやるか。お前ら浅井夫婦にはもう知ってますって話だろうけどよ」

 

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 

-15年前、廃れたライブハウス

 

 

 

『ククク、どうやらここまでのようだな。夜の太陽』

 

『は…?夜の…太陽…だ?お前なん…かに、そう呼ばれたく…なんか…』

 

『いいぜ?使えよレガリアを。歌えよFutureを。

じゃなきゃテメェはこの場でみっともなく潰れていくしかないんだぜ?わかってんだろ?お前自身が俺には勝てねぇって事がよ』

 

『ぅ…るせぇ…、…ね、ボケ』

 

『聞こえねぇな。お前の言葉も歌も。俺には何も届かねぇ』

 

 

 

 

 

 

俺は葉川と1対1のデュエルをしていた。

葉川はArtemisやアルテミスの矢を守る為に俺にたった1人で挑んで…。

 

いや、ここもお前らには話してやろうか。

 

俺が葉川とデュエルをやる少し前。

そう、ほんの少し、30分程度前の事だ。

 

俺はアルテミスの矢もクリムゾンエンターテイメントだけじゃなく、クリムゾンミュージックも、アーヴァルもその一派も含めた全てのバンドを、音楽をやるモノを潰す為の準備をしていた。

 

そこに当時クリムゾンエンターテイメントだった手塚が、俺を潰す為に俺の根城に乗り込んできた。

 

だが俺はクリムゾンエンターテイメントで手に入れた力。俺を崇拝するミュージシャン達で手塚を迎え撃った。

 

ククク、さすが手塚だと言わざるを得なかったぜ。

ヤツは俺の部下共をデュエルで倒し、とうとう俺の眼前に現れた。

 

『足立…ハァ…ハァ…手間掛けさせやがって…』

 

『手塚。どういうつもりだ?まさか同じクリムゾンの仲間に牙を剥かれるとかよ。想像もしてなかったぜ』

 

『想像も…してなかっただぁ?ハァ…ハァ。

鏡を持ってるか?今のテメェのツラを見てみろよ。想像もしてなかったヤツの…ハァハァ…ツラじゃねぇぜ」

 

『フン、やっとの思いで俺の前まで来れたってのに既に虫の息だな』

 

『ハァ…ハァ…俺は十分やったぜ?後悔もねぇよ…ただ、お前とデュエル出来なかったって未練があるっちゃあるがな』

 

俺が手塚の手に目をやると、ヤツの左手からはおびただしい流血。手のひらから甲まで何かが貫いたような傷を負っていた。

 

自慢のギターのネックも折れ、左手は動かない。

もはや俺がわざわざトドメを刺す必要もなかった。

 

『フゥ…ハァ…フゥ…あ…だち。

俺はな、いや、お前も、二胴も…九頭龍も間違えてたんだ!確かに俺達は音楽に…音楽をやってた奴らに裏切られた!音楽は憎むべきものだと思ってた、俺達は…』

 

『そんな死に体でわざわざここまで来てそんな事を言いに来たのか?』

 

『だ…がな、俺もお前らも結局、音楽から目を背ける事は出来なかった。今、俺達は…どんな形であれ結局、音楽をやってんだよ。ハァ…ハァ…音楽をやってんだよ俺達は』

 

『いいだろう。左手を壊しながら俺の部下を倒し、やっとの思いで俺の前に着たんだ。 ミュージシャンとしてのお前はもう終わりだ。最後の情けに聞いてやる』

 

『音楽をクソだと思ってた俺達が…ハァ…あいつらが…これから音楽をやろうってバカ達が、笑って楽しい音楽をやれる毎日を作ってやるべきだったんだ!俺達が腐るんじゃなくて、俺達で作ってやるべきだったんだ!』

 

『夢を思い出したか手塚。

お前は葉川達BREEZEや木原達のArtemis、そしてその周りの連中を見て夢を思い出したんだな』

 

『ハァ…ハァ…思い出したんじゃねぇ…託したかったんだ…お前には…わかんね…だろ…け』

 

そこで力尽きたのか手塚は倒れた。

そしてそれ以上、手塚が何かを言う事はなかった。

 

『言いたい事はそれだけか?無駄な事だったな。

お前はここで忘れさられ消えていく。手塚というミュージシャンが居た事なんか誰の中にも残らねぇ』

 

俺はそれだけ呟いてから考えた。

クリムゾンもろとも音楽の世界を潰す。

 

これまでのアルテミスの矢とのデュエルで、俺の兵隊は減っていた。

そしてこの日、手塚によって残った兵隊もやられてしまった。

 

俺は1人になった。

 

おっと、勘違いしてもらったら困るぜ?

計画には俺1人でも十分だ。

時間を掛ければ俺1人でも計画には支障は無い。

兵隊なんざただの駒。時間を短縮させる為の駒でしかなかったんだからな。

 

俺はまずArtemisを潰すかBREEZEを潰すか、クリムゾンエンターテイメントを潰すかクリムゾンミュージックを潰すか、アーヴァルを潰すかアルテミスの矢を潰すか。

最初の一手を考えているにすぎなかった。

 

 

だがその時だ。

 

 

「アホが。俺達の道を造るって言ってよ…なんでこんな所で寝てんだよ」

 

さすがの俺も驚きが隠せなかったぜ。

倒れた手塚の横には、葉川のヤツがたった1人で立ってやがったんだからな。

 

「こいつは驚いた。葉川、何でテメェが…」

 

「さぁな。手塚のアホが着いてこいって言ったからな。俺らの道を造るからってよ」

 

そこで俺は気付いた。

Artemisにとってはクリムゾンエンターテイメントが障害ではあったが、Artemisを護るアルテミスの矢にとっては、アルテミスの矢である葉川にとってはクリムゾンエンターテイメントの前に俺が障害だった。

 

だから手塚は自分が壊れてでも、俺を倒せると見込んだ葉川を俺の前に導いたのだろう…俺の元まで来る道を上手く造った訳だとな。

 

「フン、残念だったな。テメェらの道はここで終わり。俺が終着点だ。だが、まぁここまで来れた事だけは褒めてやるぜ」

 

「あ?ここが終着点だ?お前何様なの?

俺らの道はこんな所で終わんねぇよ。せっかくアホの手塚が造った道だ。その道にお前みたいなでかいう○こがあったら、踏み潰して進むだけだ」

 

葉川のヤツも手塚が俺までの道を造ったのだと理解しているようだった。

つまりこいつは俺を倒しに来たのだろう。

BREEZEとしてではなく、葉川 貴として。

 

「あ、やっぱう○こ踏むの嫌だわ。出来れば避けて通りたい」

 

そして俺と葉川のデュエルが始まった。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

俺はギター、ベース、ドラム、キーボードを曲に合わせて使い選びながら歌い、葉川は打ち込みを録音したミュージックプレーヤーに合わせて歌った。

 

もう何曲歌ったか。俺にもわからなくなる程の時間が流れた。

その時だ。

 

「カハッ…!ケホ、ケホ…」

 

葉川は喀血した。

噂で葉川は喉を痛めているだの、喉に腫瘍が出来て思い切り歌えなくなったなどと聞いてはいたが、まさか喀血する程のダメージを抱えているとは思っちゃいなかった。

ククク、何せそれまでは俺の歌に食らいついて来てやがったんだからな。

 

「ククク、どうやらここまでのようだな。夜の太陽」

 

「は…?夜の…太陽…だ?お前なん…かに、そう呼ばれたく…なんか…」

 

「いいぜ?使えよレガリアを。歌えよFutureを。

じゃなきゃテメェはこの場でみっともなく潰れていくしかないんだぜ?わかってんだろ?お前自身が俺には勝てねぇって事がよ」

 

「ぅ…るせぇ…、…ね、ボケ」

 

「聞こえねぇな。お前の言葉も歌も。俺には何も届かねぇ」

 

葉川は頑なにレガリアを使わなかった。

ヤツは喀血し、この長いデュエルでの疲弊もある。もう歌う事は不可能だろう。そう思っていた。

 

だが、葉川は立ち上がりマイクを構えた。

 

「ほう。まだやるか?哀れなものだな、引き際を知らねぇバカってのはよ」

 

「次で…れが…勝…」

 

葉川は立ち上がったが、もう終わる。

このデュエルだけじゃねぇ。葉川 貴というミュージシャンはもう終わる。俺はそう確信したんだがな…。

 

まさか…あんな結末を迎えるとはよ。

 

「もう限界だろう?今楽にしてやる。終わるんだよ、お前は」

 

「勝手に…俺の…げ…『いいや!限界だ押すね!』」

 

 

〈〈〈バンッ!!!!〉〉〉

 



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第30話 こどく

『…何が起こった?何故俺は倒れている?』

 

 

「次に俺が目を覚ました時、俺は床に倒れ、立っているのは葉川だった。正直何がどうなったのか理解するのに時間が掛かったぜ。

本来なら倒れているハズなのは葉川で、そこに立っているのは俺だったハズなんだからな」

 

今回もオレ、秦野 亮がモノローグをつとめる。

今、オレの目の前には、かつてクリムゾンエンターテイメントの四天王だった足立がいる。

 

オレの両親は昔バンドを組んでいて、クリムゾンエンターテイメントと戦っていた。と、聞いていた。

だから足立はそんな両親に復讐に来たのだと思っていたんだがそうじゃないようだ。

 

親父達はクリムゾンエンターテイメントと戦っていたとは思うんだが、足立の部下でもあったらしい…。

その事でオレ達の前に現れたんだろうか?

 

そういった謎はあるんだが…。

 

「なぁ、亮。さっきの足立の話って…」

 

オレと同じバンドAiles Flammeのボーカリストである江口 渉。

渉も今、オレと一緒に居るんだが、きっと渉もオレと同じ事を考えているに違いない。

 

「に、にーちゃんってさ…」

 

やはりだ!

渉の言うにーちゃんとは、15年前にBREEZEというバンドで、今はBlaze Futureというバンドでボーカルをやっている葉川 貴さんの事だ。

 

「渉、やっぱりお前も気付いたか」

 

「ああ、にーちゃんと足立のデュエルの最中…」

 

「「何でかタカさん(にーちゃん)の声で『いいや!限界だ押すね!』って聞こえたよな!?」」

 

渉もやはりそこが気になっていたか…。

 

「なぁ、さっきまでは足立が回想で話してたって設定のはずだよな?」

 

「ああ、あまりメタな発言はしたくはないが、あの時確実にタカさんの声が聞こえた。足立の回想の台詞を掻き消すかのようにな…」

 

オレはソッとお袋と親父と足立の様子を伺ってみたが、何もおかしいところはないかのように話が進んでいる。

足立の話を聞いておきたい気持ちもあるんだが、さっきのタカさんの声が気になってしょうがない。

 

だって、バンッ!って爆発音したんだぞ!?

タカさんは自称キラークイーンのスタンド使いだぞ!?

いいや!限界だ押すね!ってキラークイーンの使い手である吉良吉影の台詞じゃん!!

 

「なぁ、亮。やっぱあの時の話ってマジだったんじゃねぇか?さすがにーちゃんだぜ」

 

あの時の話?

 

「さすがタカさんだとは、この事に限らず思うが、あの時の話って何だ?」

 

「ほら!にーちゃん達にファントムで四天王の話を聞いた時だよ!」

 

タカさん達に四天王の話を…?

 

あ、あの時か!!

 

 

 

 

『僕達は手塚さんしか会った事ないですけど、やっぱり四天王って凄かったんですか?』

 

ファントムにBREEZEが揃ってるからって、拓実が珍しくそんな事を聞いたんだよな。

 

『あ?四天王?拓実。テメェはあんな奴らに興味を持つ必要はねぇ。あいつらは凄いアホだった。手塚さんも含めてな。話はこれで終わりだ』

 

『宮ちゃん…拓実くんも別に興味本位で聞いてる訳じゃないだろうし…』

 

『そうだよ拓斗さん。ボクは興味本位で聞きたいと思ってるけど、拓実くんは違うんじゃないかな?』

 

『シフォン…興味本位で聞きたいとハッキリ言うお前はやっぱり可愛いな。今度一緒に何処か遊びに行かないか?』

 

『亮?にーちゃんが今、席を離れてるからっていきなりシフォンを口説くのはどうかと思うぞ?』

 

『それで?拓実くんは四天王の奴らのどんな事聞きたいんだ?』

 

『まぁ、僕も興味本位ではあるんですけど、手塚さんって凄いギタリストだったって話ですし、拓斗さんや英治さんも手塚さんには敬語で接してますし、今は腕の怪我でギターは弾けなくても、バンやりの作曲されてたりとかしてますんで、手塚さんもミュージシャンとして凄かったのかな?って思いまして』

 

『ああ、なるほどね。手塚さんとは直接デュエルはした事ないけど、凄いギタリストではあったよ。あの性格からは考えられないような静かで繊細な音色だった。雨宮さんや、ユイユイちゃん、弘美ちゃんの演奏スタイルに近いかな』

 

『九頭龍の野郎は荒々しいが正確な演奏だった。俺や拓実…後は日高や達也と同じタイプだったな』

 

『二胴のヤツは雑さの中に力強さのある演奏だったなぁ。まどかや松岡くん、栞に近いタイプだな』

 

『足立ってヤツはどうだったんだ?』

 

『足立…か。足立と直接デュエルをしたのは、はーちゃんだけだけど…』

 

『ああ、あの野郎は天才的なボーカルだった。いや、歌だけじゃねぇ。あの野郎はギターもベースもキーボードもドラムも…音楽の全てに順応した天才だった』

 

『手塚さんや二胴や九頭龍も天才的な腕前だったが、足立は別格だったな。あいつらも性格と根性が腐ってなかったら今頃は名前の残るミュージシャンだったかもな』

 

『へー、四天王ってやっぱり凄かったんだ?そんな足立をやっつけたたか兄もやっぱり凄かったんだなぁ~。昔は』

 

『ただいま。何の話しとるん?』

 

『にーちゃんお帰り!う○ちいっぱい出たか!?』

 

『おう。モリモリ出たぞ。渉にも見せてやりたかったくらいだ』

 

『あはははは、別に見たくねぇー』

 

『今、拓実くんに聞かれてね。四天王の事をちょっと』

 

『四天王?何の?デビルガンダム?銀魂?』

 

『何のって…クリムゾンエンターテイメントの四天王の事スよ。すげぇヤツラだったってトシキさん達に聞いてた所です』

 

『あー、あいつらか。知ってる知ってる。四天王な。あのクリムゾンエンターテイメントのな。はいはいはい』

 

『テメェ、まさか俺ん時みてぇに忘れたとかネタを言うつもりじゃねぇだろうな?そんなネタは聞きあきてんぜ?』

 

『アホか。お前の事は忘れても四天王を忘れる訳ねぇだろ。ただ思い出したくもねぇだけだ。手塚も含めてな』

 

『俺の事は忘れても…って。テメェ、俺を泣かせるつもりか?』

 

『タカさん、足立って人もやっぱり凄かったんですか?』

 

『拓実くんも思い出したくもねぇって言ってんのにぶっ込んでくるのな。足立なんか一番思い出したくないし。…まぁ、四天王のヤツラも足立もミュージシャンとしては凄かったよ。クソ野郎ばっかだけどな』

 

『そんな足立をやっつけたなんてたか兄も凄いよね。昔は』

 

『シフォン、何で昔はとか言うの?まぁ、あの頃の俺はスーパー凄かったからな。足立相手ですら余裕だったね』

 

『さすがにーちゃんだな!』

 

『当たり前だろ?あんなヤツ俺のキラークイーンで一瞬でボンッだぜ』

 

『え?キラークイーン…?』

 

『はーちゃん…話してあげるならちゃんと話してあげればいいのに…』

 

 

 

 

 

 

そういやあの時そんな話をしていたな。

タカさんの冗談だと思ってたのに…。

いや、さすがに無いよな…。

 

「あの時はにーちゃんの冗談だと思ってたのに…」

 

いや、渉。オレもタカさんのあの時の話は冗談だと思っている。思っていたい!

そもそもこの話って音楽の話だぜ?それが戦いとかそんな話になって少年漫画なら胸熱展開だとは思うがオレ的にはいっぱいいっぱいだからな?

そこにスタンドとか出て来たらもう…。

いや、今はもう考えるな。今度タカさんに聞こう。

今は足立の話に集中した方が精神的に良い気がする。

 

「俺は俺のレガリアがデュエルに耐えきれず爆発したのだと理解した。ククク、葉川とのデュエルでは負けたとは思っちゃいねぇが、俺はレガリアを破壊されてしまい、葉川はとうとうレガリアを使う事もなく、Futureを歌う事もなく、その場に立っていた」

 

デュエルに耐えきれずレガリアが爆発…?

良かった。やっぱりタカさんがキラークイーンを使った訳じゃなかったんだな…安心したぜ。

 

「葉川との闘いには負けた。と思ったよ。

後にも先にも俺が負けたと思ったのは初めてだったぜ。葉川の野郎は俺に勝ったと思っているかは疑問だがな」

 

 

『まぁでも…俺は足立を倒すには倒したんだけどな。勝ったとは思ってねぇよ』

 

 

そういやあの時…タカさんはそんな事を言っていた…。

足立を倒したとか聞いていたから、あんまり深くは考えなかったが、タカさんも『勝ったとは思っていない』と言っていた…。

 

「レガリアを破壊され顔面に深傷を負った俺、喉が壊れこれ以上満足に歌う事も出来ない葉川…。これ以上続けてもお互いに相手の心を折る事は出来ねぇ。だからクリムゾンエンターテイメントの四天王として俺は負けを認めた」

 

 

 

 

『は…川…お前の…勝ちだな。ククク、ま…か…、レガリアを破壊され…とは…』

 

『ハァ…ハァ…あ…だ』

 

『……ふぅ。お前の勝ちだ葉川。クリムゾンエンターテイメントの四天王として俺の負けだ。負けは負け。お前の望み通り俺はこの舞台から降りてやる。Artemisにも手を出さねぇ。ククク、これからが面白くなってくるぜ』

 

『あ?てめ…何言って…ざけんな。俺はまだ歌え…ゲホッ』

 

『はーちゃん!((タカ!))』

 

 

 

「俺が負けを認めた時、やっと佐藤や宮野、中原が来やがった。もう少し早く来ていれば、本当に俺もヤバかったかも知れねぇがな。全ては終わった後だ」

 

 

 

『テメェ!足立…!』

 

『拓斗!足立よりまずタカだ。あいつ血ぃ吐いて…ん?え?何で足立も顔面が血塗れなんだ?何なのこれ。俺達がやってんのは音楽じゃないの?』

 

『はーちゃん、大丈夫?』

 

『ハァ…ハァ…お前ら…何で…?』

 

『梓に聞いた。タカ、俺の肩に掴まれ』

 

『BREEZEが揃ったか。だが少し遅かったな』

 

『遅かっただぁ?お前も血塗れじゃねぇか。今なら俺らでデュエルすりゃよ』

 

『行け。少し遅かったと言っただろう。この闘いは葉川の勝ちだ。さっき葉川にも言ったが、俺はこの舞台から降りてやる。クリムゾンエンターテイメントを抜けてやるよ』

 

『何だって?クリムゾンエンターテイメントを抜ける?はーちゃんの勝ち…?』

 

『俺のレガリアは破壊されちまったしな。

ククク、しかし楽しかったぜ。

レガリア戦争でONLY BLOOD2代目の大神を倒し、大神のONLY BLOODを受け継いだ3代目の波瀬を倒した。そして大神からレガリアと想いを受け継いだ葉川は今、潰した。もう葉川は以前のように歌う事は出来ねぇだろう』

 

『足立!!テメェ!!』

 

『落ち着け拓斗。あんま熱くなんな』

 

『そうだよ。行っていいって言ってくれてるんだし、早くはーちゃんを病院に…』

 

『次世代だ』

 

『何?次世代?』

 

『…射手座のレガリアを葉川が次世代に受け継がす時、次に俺が現れるのはその時だ』

 

『足立…それって…』

 

『このまま帰ってもクリムゾンエンターテイメントからArtemisを守れるか?アルテミスの矢ももう有象無象がクリムゾンエンターテイメントとの戦いを広げるやつらばかり。葉川が潰れた今、お前らはもう終わりだ』

 

『ざけんな!俺達はまだ終わってねぇ!Artemisもまもりきってみせる!あいつらがメジャーデビューするまでな!』

 

『ククク、メジャーデビューか。宮野、お前は何もわかっちゃいねぇ』

 

『何だと!?』

 

『足立。宮ちゃんもちゃんとわかってる。何もわかってないのはお前の方だよ』

 

『そうだな。タカには俺もトシキも拓斗も居る。Artemisもな。

だがな足立。お前はずっと一人で孤独だ。だから拓斗の事もわかんねぇんだよ』

 

『ククク、孤独か。それがどうした?俺の蠍座のレガリアの力は"蠱毒"。俺にはぴったりな言葉だぜ。それにこの場に葉川を一人で来させたお前達がそれを言うのか?』

 

『そうだね。後ではーちゃんは叱っておかなくちゃ』

 

『所詮人は最終的には一人だ。信じられるのは自分だけだ。誰も例外はねぇ』

 

『大神さんやタカ、波瀬もそうだったか?』

 

『お前のレガリアの蠱毒はそうやって人の心を蝕んで行くんだな。テメェ自身の心もよ。テメェも昔は一人じゃなかったくせに』

 

『浅井に俺の過去を聞いたか?いや、氷川か?だが、今となってはどうでもいい事だ』

 

『行こう。宮ちゃん、えーちゃん。

はーちゃんを早く連れて帰らなきゃ』

 

『あ、ああ。そうだな。拓斗、タカのヤツさっきから全然喋らねぇけど大丈夫か?』

 

『……大丈夫じゃねえな。気を失ってやがる。急ぐぜ』

 

『足立。はーちゃんは確かにもう今までみたいに歌う事は出来ないかも知れない。だけどはーちゃんには俺達がついてる。そしてはーちゃんは守るよ。Artemisも次世代のレガリア後継者も。その時もお前ははーちゃんには勝てないよ』

 

 

 

 

 

「そう言って佐藤達は葉川を連れて帰って行った。

フッ、昔話が少し長くなってしまったな」

 

「足立さん。だから戻ってきたという事ですか?タカがレガリアを誰かに託すと…?」

 

「にーちゃんのレガリアを!?お、俺かな?なぁ?この物語の主人公って俺だもんな?」

 

「渉、黙って話を聞いておこうぜ。そして主人公はお前じゃない。シフォンだ」

 

「ククク、残念だったな江口 渉。

主人公がどうとか知ったこっちゃねぇが、葉川はレガリアをお前に託す事はねぇよ。ファントムの誰にもな」

 

ファントムの誰にも…?

待てよ。だったら何で足立はここに?

タカさんがレガリアってのを誰かに託すと思って、オレ達の目の前に現れたんじゃないのか?

 

「そうですね。タカがファントムのバンドの誰かにレガリアを託すとは考えられないです」

 

「うわぁぁぁぁん!お袋さぁぁぁん!にーちゃんの…にーちゃんの後継者になりたかったぁぁぁ!」

 

「よしよし。渉ちゃん、今はいっぱい泣きな」

 

渉。人のお袋の胸に顔を埋めて泣くのは…その…な?

 

「ククク、俺はこの街に戻って来たんじゃねぇ。呼ばれたんだ」

 

「呼ばれた…?海原に…ですか?いや、二胴…?」

 

「わからねぇか?俺を呼んだのは他の誰でもねぇ。Ailes Flammeだぜ?Ailes Flammeが俺をこの街に呼び戻したんだ」

 

Ailes Flamme!?オレ達が?足立を?

 

「亮達のAiles Flammeが?どういう事です?」

 

「江口 渉。お前の歌う元々の根元はBLASTの東雲 大和に勝つ為。つまり東雲 大和に野球で負けた事による復讐心や嫉妬。今でも思っているんだろう?野球で負けたから、歌で勝ちたいと」

 

こいつ!?BLASTの東雲 大和との事はともかく野球の事まで!?

 

「俺が…?嫉妬や復讐心で東雲 大和に…?」

 

「そして浅井 亮。いや、今は秦野 亮か。

お前は両親を潰したクリムゾンに復讐したい。クリムゾンを倒したいという憎しみでギターをやっているな」

 

…!?

確かに…そういった気持ちも多少はある。

だけど今はAiles Flammeで天下一のバンドになりたいから、その為に俺はバンドをやっているんだ。

 

「次にベースの内山 拓実。あいつはお前らと離れたくないという寂しさから。孤独を恐れ不安に思いながらベースをやっているだけ。

ドラムのシフォン。井上 遊太は自分の自信の無さから自分を認めてもらいたいという承認欲求と幼馴染であり同じドラム仲間だった小松 栞のFABULOUS PERFUMEとしてデビューした事による嫉妬。そういった気持ちがお前らAiles Flammeの根元だ。ククク、とことんお前らは昔の葉川達BREEZEに似ているぜ」

 

シフォン…。いや、そうなのか?

確かに最近は井上としても可愛いが…じゃない。井上としてもオレ達と話したり遊んだりしているが、他のクラスメイトと話したりしてる所は今もあまり見ない。

自分に自信が無いから…?

 

「そんなお前らは俺に近い。お前らも結局は歌や演奏で自己の欲求を補ったり、誰かに対して復讐しようとしているだけに過ぎねぇ」

 

「そんな事はねぇ!足立さん!渉ちゃんも亮も!拓実ちゃんもシフォンちゃんも音楽を楽しんでやっているんだ。あんたとは違う!!」

 

親父…。

 

「本当にそうか?お前も元はこっち側の人間だったからわかっているはずだ。葉川もそうだった」

 

タカさんもだと?

バカな。あの人は音楽を楽しくやってる権化みたいな人じゃねぇか。オレ達はタカさんからも音楽は楽しいものだと色々教わったんだぞ。

 

「あいつの歌は破壊的だった。世の中への不満、理不尽に対する叛逆。そういった破滅的な歌い手だった。

ククク、だから俺も最初はあいつを俺の後継者にしようとしていた」

 

タカさんを足立の後継者に?

 

「あいつはバカだったから俺を拒み、そして終わってしまった。江口 渉。お前はそんなバカじゃないだろう?」

 

そう言って足立はどこからか気味の悪い形をしたマイクを取り出しテーブルの上に置いた。

 

「足立さん!?まさかそれは…!?」

 

「そう。蠍座の宝玉。レガリアを組み込んだマイクだ。葉川に破壊されてから時間は掛かったが、今は完璧に修復している。受け取れ江口 渉。そして音楽の世界ってヤツを壊し、BLASTの東雲 大和に勝ってみせろ!

お前なら蠍座の宝玉を使いこなす素質がある!!」

 

蠍座の宝玉…レガリアを渉にだと?

そ、そんなもの渉が受け取る訳がねぇ!!

タカさんからレガリアを託されるならともかく、そんな音楽の世界を破壊する為の力なんて…!

 

「江口 渉。こいつがお前の歌の人生の中でのラッキーチャンスだ。2度はねぇ。こいつを受け取れ。享受しろ。そうしたら俺の全てをお前らに叩き込んでやる」

 

「俺に…レガリアを?」

 

渉!受け取るんじゃねぇぞ!?

 

「迷う必要はねぇ。お前は元々こっち側の人間だ。

それにクリムゾンエンターテイメントも今はレガリアを探しているらしいぜ?interludeの白石もレガリアを手に入れるかも知れねぇ。そうなったらBLASTどころかinterludeにも勝てなくなるぞ?」

 

クリムゾンエンターテイメントがレガリアを探している?

何でクリムゾンエンターテイメントが?タカさんや英治さんに伝えた方が良さそうだな…。

 

「そっかそっか。虎次郎のヤツもレガリアをな。

だったらレガリアを手に入れた虎次郎を倒したら俺の天下一への道も希望が見えてくるかもな!」

 

「なんだと?」

 

渉?

 

「今の俺じゃどう足掻いてもBLASTどころかinterludeにも勝てねぇ。でもそのレガリアを受け取ってまで勝ちたいと思わないし、その力で勝ててもなぁ?」

 

「お前もバカなのか?レガリアを受け取ればヤツラに勝つ近道にはなるぜ?」

 

「ハハハ、確かにそうかも知れねぇな。

でもよ。それの何が悪いんだ?

さっきお前に言われて俺も思ったぜ。確かに俺はBLASTをぶっ倒したいって気持ちもあるし、東雲 大和に音楽では勝ちたいと思ってる」

 

渉、お前…。

 

「亮にしたってよ?親父さんやお袋さんのバンドの仇を打ちたいと思って何が悪いんだ?クリムゾンにやられちゃった訳だし、俺達の音楽でクリムゾンをやっつけたいって思うのは普通の事だろ?拓実やシフォンの事にしたってよ。何もおかしくねぇし、だから俺達はAiles Flammeなんだ」

 

「渉。そう…だな。だからオレ達はAiles Flammeなんだよな」

 

「足立さん。そういう事らしいです」

 

「渉ちゃん、よく言ったよ」

 

「クク、クククク、やっぱりお前は葉川と似ているな。あの時の野郎も似たような事を言っていたぜ」

 

「ハハハ、俺にもにーちゃんにもフラれて残念だったな!」

 

「Ailes Flamme。俺が情けをかけてやるのはこれが最期だ。次はねぇ。

BREEZEもArtemisも何も残せなかった。何も残せず泡のように消えていった。お前らが生き残り、俺の前に立ち塞がる日が来るのを楽しみにしててやるぜ」

 

そう言って足立は立ち上がり、天井を見上げたと思ったら次は手を上げて天井を指で指した。

 

オレ達はその足立の手の動きにつられるように天井を見上げた次の瞬間。

 

-ガタン

 

何かが倒れるような音。

オレ達が再び足立の方へと目をやると、足立が座っていただろう椅子が倒れているだけだった。

そこに足立は居なかった。最初から誰も居なかったかのように。

 

 

『楽しみにしているぜ。だが、これだけは覚えておくといい。何もお前らの敵は過去だけじゃないぜ?そして黒だけでもないって事だ。現代からも未来からもお前らは見られているんだぜ』

 

 

どこからか…。

風に乗って足立の声が聞こえてきた。

 

さっきまで足立がここに居たのは、さっきまでの足立の話は、現実にあった事なんだろうか?

オレは夢を見ていたかのような錯覚を感じていた。

 

「Ailes Flammeも厄介なヤツに目をつけられたわね」

 

お袋?

 

「そうだな。タカや英治と話をしたいな。俺もやっと動く時が来たみたいだ」

 

親父?動く…?

動くってどういう事だ?今更…?

 

待てよ。

オレは今日の事、今までの事を思い返しているとある違和感を覚えた。

 

親父とお袋のバンドは、『クリムゾンのバンドに倒されて解散し、浅井の名から秦野に変えた』そう聞いていたし、それは不思議な事でもなかった。

 

だけど親父達は姿を変えた。名前も。

クリムゾンから逃げる為なら何故その必要がある?

クリムゾンに潰されたのなら、バンドを辞めて今のように定食屋をやっているだけで良かったはずだ。

 

本当は姿も名前を変えてまでやるべき事があったんじゃないか?

 

それがわかったのは、それから数ヶ月も先になるとはその時は思っていなかった。



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第31話 バンド名?

「くそがぁぁぁぁ!マジで誰だ。誰が犯人だ!思いっきりぶん殴らねぇと気が済まねぇ…!激おこぷんぷん丸だぜ!!」

 

激おこぷんぷん丸。

まさか今でもリアルで言っている人が居るなんて…。

 

あたしの名前は桐谷 亜美。

かつてクリムゾンエンターテイメントで、四天王と呼ばれていたギタリスト、手塚 智史の一人娘。

あたしの名字が手塚じゃないのは、ずっと昔に父と母は離婚して、あたしは母方についたからだ。

離婚といっても近所に住んでいるし、あたしと母が手塚 智史の関係者ではないと、世間にアピールする為の偽装のようなものだったのだけど…。

 

あたしは今はまだ大学4年だけど、SCARLETに就職も決まり安心している。

 

あたしは高校を卒業する間近、高3の頃からバンドをやっている。

SCARLETでクリムゾンのバンドを倒す為に。

 

あたしには子供の頃から姉のように慕っていた人がいる。あたしのバンドのボーカルである風間 有希。

 

有希ちゃんは父と母がまだ離婚する前に、父とその友人であるArtemisというバンドのドラマーである月野 日奈子さんが連れて来た女の子。

 

聞く所によるとその女の子は、BREEZEというバンドでボーカルだった葉川 貴さんの遺伝子から造られた生命体。

makarios bios(マカリオス ビオス)という生命体だそうだ。

 

造られた生命体。

当時のあたしは何の事だかわからなったけど、その女の子と初めて会った時はとても可愛い女の子と思った。

 

 

 

『亜美。今日からこいつはお前のお姉ちゃんだ。これから仲良くしてやってくれ』

 

『亜美、これからお姉ちゃんと仲良くしてあげてね』

 

父と母はあたしにそう言った。

 

『お姉…ちゃん?あたし…の?』

 

まだ人見知りのあったあたしは恐る恐るその女の子に近付いた。

 

『あ?誰がお前のお姉ちゃんなの?いや、マジでないんだけど?え?何で私ここに連れて来られたの?いや、マジで何で?』

 

初対面は最悪だった。

 

それからあたしと有希ちゃんは本当の姉妹のように育てられた。

 

『うぅ…どうしよう…うぅ…グスッ』

 

『亜美?何で泣いてんの?マジで止めて、泣かないで。

うっわ、これヤバイってマジでやばい。端から見たら妹を泣かせてる姉やん?何したら泣き止んでくれますかね?土下座?』

 

『うぇぇぇぇん…!』

 

『ちょ!本当に!マジで止めて!ほら!これでどうか!』

 

その時の有希ちゃんの綺麗な土下座は今でも鮮明に思い出せる。

 

『有希ちゃん…?何でそんな所でうずくまってるの?ふぇぇぇ…ん』

 

『いや、うずくまってるっていうか…あ、土下座知らない系?何したら許してくれる?』

 

『許すって何…?聞いてくれる?こないだテストがあって…』

 

『あ?テスト?テストの点数が悪かったから泣いてんの?私が何かしちゃったのかと思ったやん』

 

『有希ちゃんは何もしてないよ?お勉強も教えてくれなかったし。テストの点数悪かったからお父さんとお母さんに怒られちゃう…』

 

『わざわざ私が勉強を教えなかった事を言う必要がありましたかね?まるで私のせいみたいやん?

ってか、手塚がテストの点数ごときでグダグダ言ってきたらしばいてやればいいしな。凉子さんに怒られたら…まぁ何だ。私も一緒に謝ってやるよ』

 

凉子さんというのは私のお母さんの事だ。

有希ちゃんは本当に私のお姉ちゃんのようだった。

今思うと少しアレだけど…。

 

『んで?テストの点数どうやったん?見せてみ』

 

『ん、これ…』

 

『うっわ~…この点数はマジで引くわ。え?リアルにこんな点数取れる人いるんだ?』

 

『あたしは…間違えてないもん』

 

『あのなぁ。算数なんて公式さえ覚えてたら何とでもなるもんなの。人生と一緒なの。

何々?お母さんから100円を貰ってお姉ちゃんとお豆腐を買いに行きました。お豆腐は30円です。お豆腐はいくつ買えてお金はいくら余るでしょうか?』

 

『グスッ』

 

『いや、簡単過ぎるでしょ?いや、簡単だと思うのは私が高学年だからか?亜美の年頃には出来なかった可能性もありよりのあり?』

 

『あたしはちゃんとお豆腐は10個って書いたもん!』

 

『亜美は本当に何を言ってるの?アホなの?

100円しか無いんだから30円のお豆腐は30円が3個で90円。だから10円が余るの。答えは3個と余りが10円だよ。何なの10個って?』

 

『だって!問題にはお姉ちゃんとお豆腐を買いに行きましたって書いてたもん!あたしのお姉ちゃんは有希ちゃんだもん!有希ちゃんはいつもお豆腐10個買うもん!50円のお豆腐を買いに行った時も100円で10個買ってたもん!』

 

『は!?私のせい!?確かにお豆腐屋のおっちゃんとは色々ゲームとかで勝負して10円に値切ったりしてたけどあれはリアルの話であって、私が豆腐が好きだからの裏技であって……あ!もしかしてこの次の問題も?』

 

『うん…』

 

『お姉ちゃんとお豆腐1個を分けて食べる事になりました。1人何個食べられるでしょう?…亜美の書いた答えは、姉は豆腐が好きなので分けて食べる事は叶いませんでした。豆腐の前に行くといつも優しかった姉は獣へと豹変し、誰かに分ける事はありません。あたしはそんな姉に恐怖し1/2あった豆腐を渡すしかなかったのであたしが食べられるのは0です。…って何なのこの国語力。これ算数のテストだよね?』

 

『だって有希ちゃんはお豆腐好きだからお豆腐分けて食べられないもん。うぇぇぇぇん!』

 

『いやいやいや、確かに私はお豆腐好きだけどね?何なのこの豆腐推しの問題は。豆腐をリスペクトしてんの?って思ったけど思い出したわ。私が低学年の頃のこの問題はリンゴだったけど、私がリンゴは買いに行くよう頼まれても買いに行く事はありません。お豆腐なら買いに行くのもやぶさかではありません。とか言ったからだわ

。何なのうちの学校の先生って。生徒の気持ちを考えてくれてんの?良い先生ですね。ってもしそうなら私のせいじゃん』

 

『有希ちゃんは何を言ってるの?』

 

そのテストの話があった頃から、有希ちゃんはあまり変な事を言わなくなり、大人しい女の子になっていった。

 

そして、有希ちゃんが中学生になった頃。

 

『有希!テメェ!どういうつもりだ!毎晩毎晩どこ行ってやがる!』

 

『手塚。お前には関係無いよ。私は私の好きにさせてもらう』

 

『ざけんな!テメェは誰の金で生活出来てると思ってんだ!まさかテメェ彼氏とか出来ていつも男も一緒に居るんじゃねぇだろうなっ!!』

 

『誰の金で生活…か。私の生活費は日奈子が払っているはずだ。手塚お前には迷惑を掛けていないよ。

後、彼氏だとか男だとか興味がないな。可愛い女の子にしか興味は無いよ』

 

『だったらテメェいつも何処に行ってやがる!テメェが変な男に引っ掛かったりしたらお前の親父に合わせる顔がなくなんだよ!』

 

『私の親父?それはタカの事か?

タカは手塚には会いたくないだろうしな。それならパパの為に変な男に引っ掛かるのもアリなのも知れないが…』

 

『テメェ!』

 

『有希!本当に何処に行ってるの!私も心配してるんだから。ちゃんと話して』

 

『有希ちゃん…グスッ』

 

『凉子さん、本当にごめんなさい。

亜美も心配しなくていいよ。私は今はギターの練習に行ってるんだ。日奈子に見てもらいながらね』

 

『ギターの練習だと!?てか何で凉子と亜美には謝るの!?俺には!?』

 

『そうだったの。日奈子さんと一緒なら安心ね』

 

『有希!待てテメェ!ギターの練習なら俺が…』

 

『うるさいな手塚。私はギターの練習で疲れているんだ。もう寝たいのだよ』

 

『タカは俺のギターが好きだったぜ(嘘だけど)』

 

『…!?パパが!?』

 

『ああ、本当にギターをやっているなら、俺がお前にギターを教えてやる。いつかタカがお前のギターを聞く事があったら、タカはお前のファンになっちまうかもな(まぁないだろうけど)』

 

『パパが!?私のファンに!?』

 

『(そういやタカはFコードが上手く押さえれないとかでギター辞めたんだったな)有希、俺ならお前にFコードを弾けるようにしてやれるぜ』

 

『なん…だ…と…』

 

それから有希ちゃんはお父さんにギターを教わる事になった。

 

 

『だから!そこはそうじゃねぇって言ってんだろ!』

 

『うるさいな手塚。もう息をずっと止めているといい。2度と酸素を吸うな』

 

 

『ほう。なかなかやるじゃねぇか。まさかそこを弾ききるとはな』

 

『私はお前やタカと違って天才だからな』

 

 

有希ちゃんのギターは日に日に上手くなっていった。

でも、あたしには1つ疑問があった。

 

有希ちゃんがギターをやる理由。

お父さんは、有希ちゃんの遺伝子の元であるタカさんが音楽をやっていたから、その遺伝子を強く受け継いでいるからだろうと言っていた。

 

だけどそれなら有希ちゃんも歌だけでいいはず。

タカさんはボーカルだったんだから。

 

そして有希ちゃんは高校生、私は中学生になっていた。

そんなある日の夜。私はなかなか寝つけず水でも飲もうかとリビングの前に行った時。

 

『どうだ手塚。このフレーズを弾けるとは思っていなかっただろう?……手塚?』

 

『んごー、ぐごー』

 

『寝ているのか?私のギターも聞かずに』

 

お父さんは有希ちゃんにギターを教えている最中に寝てしまっていたようだった。

お父さんも疲れているんだろう。

休みもちゃんとあるにはあるけど、毎日遅くまでSCARLETで仕事をしている。そして、夜は有希ちゃんにギターを遅くまで教えているんだから。

 

『起きろ手塚。寝るなら自室に行け。風邪なんかひかれて、うつされたらたまったものではないのでね』

 

『ぐがー、すかー』

 

『手塚…チッ』

 

有希ちゃんはどこからか毛布を取り出し、それをお父さんに掛けた。

そしてお父さんの左手を握って…

 

『……手塚さん、いつもありがとう。仕事も大変なのにギターも教えてくれて…』

 

『ぐもー、ずごー』

 

『左手も…パパ達を守る為にありがとう。そして、ごめんなさい。左手さえ無事だったら今頃は…。

手塚さんの事も凉子さんも亜美も…私が絶対守るから。きっとパパも手塚さんに感謝してるよ。だから無理はしないでね』

 

あたしはその時、有希ちゃんのお父さんへの本当の心を見た気がした。

そういえばお父さんが仕事の帰りに酔っ払って帰って来た時も、いつも有希ちゃんがお水をお父さんに渡していた。

有希ちゃんもいつもお父さんの事を無視したりバカにしたような態度を取ってるけど、お父さんに感謝してたんだね。

 

『ま、でも、お前の事好きか嫌いかってなったらどっちかっつーと嫌いな方なんだけどな。感謝はしてるってだけで』

 

そして久しぶりにあんな有希ちゃんも見た気がした。

 

それから数年後、有希ちゃんはクリムゾングループのバンドとデュエルするようになり、傷付きながら帰ってくる事が多くなった。デュエルしてるだけなのに何で傷付いて帰ってくるんだろう?

 

『お母さん』

 

『亜美?どうしたの?』

 

『お母さんもクリムゾングループのミュージシャンだったんだよね?』

 

『うん…そうね』

 

『キーボードやってたんだよね?だからあたしにピアノを教えてくれた』

 

『それはちょっと違うわよ。亜美にはキーボードの素質があったから教えてただけ。音楽をやってほしいとか、私がキーボードをやっていたからって理由じゃないわよ』

 

『あたしに…キーボードの素質があるんなら、デュエルで勝てるような…ううん、有希ちゃんの力になれるようにキーボードを教えてほしい!』

 

『亜美?』

 

『あたしに有希ちゃんと一緒に戦える力を…頂戴』

 

あたしは趣味の範囲でピアノを触ってはいたけど、その日からお母さんにキーボードを教わることにした。

有希ちゃんが毎日傷付きながら帰ってくるのを見て、あたしも何か有希ちゃんの力になりたいと思ったからだ。

 

だけどあたしは有希ちゃんの隣に立つことはしばらく出来なかった。

理由は簡単な事。あたしはその時は有希ちゃんと一緒に戦いたいと思っていただけで、音楽を楽しんでなかったからだ。

 

『ごめん、有希ちゃん、あたしのせいで…』

 

この日もあたしのミスのせいで有希ちゃんは深傷を負っていた。

あの時はそれが普通だと思ってたけど、今思うとデュエルでどうやって深傷を負ったんだろう?

 

『亜美のせい?』

 

『あたしがあそこでミスしたりしなければ…有希ちゃんはケガしたりなんか…』

 

『ああ、このケガの事か。これは亜美のせいじゃない。私の実力がまだ足りなかっただけさ』

 

『でも…』

 

『でももクソもないのだが、やれやれ、こうなった亜美はなかなか引き下がらないからな。

亜美。亜美が私とバンドをやってクリムゾンと戦おうと思ったのは私がケガをして帰宅するのが多くなったからだな?』

 

『そうだけど…結局あたしのレベルじゃ有希ちゃんには…』

 

『やれやれ。私は一人で戦っていた頃よりはケガは減ったはずなのだがね』

 

確かに最近の有希ちゃんはケガをする事が少なくはなった。だけど…。

 

『亜美のせいでケガをしたんじゃない。亜美のおかげでこの程度のケガで済んだんだよ。それはわかってもらいたいものだな』

 

『有希ちゃん…』

 

『だが、私は正直、亜美が私の横でクリムゾンと戦っている事に関しては快く思っていない。その事もわかってもらいたいね』

 

私が横に居る事を快く思っていない…?

やっぱりあたしのレベルじゃ、有希ちゃんの助けにはなれていなかった。

ピアノをやっていたとはいえ、キーボードは少し違うし、あたしが練習してきた曲調はロックからはかけはなれている。

 

でも、有希ちゃんの助けに少しでもなりたかった。

 

『あ、あは、あはは。ご、ごめんね。

あたしなりに頑張ってはいたんだけど、やっぱり有希ちゃんのレベルには追いつけないし…』

 

『そういう所がいけないんだよ、亜美。

いい?私は亜美とならバンドをやっていけると思ったからだ。

クリムゾンとの戦いというつまらないバンドでも、亜美が私と共に戦う事に同意したんだ。

亜美とならやっていけると思ったのは、クリムゾンに勝つ為や、私が楽をしたり私を助けてもらいたいからではない』

 

そう言った有希ちゃんは久しぶりに笑顔で

 

『亜美とならこんなつまらない戦いでも、楽しんで音楽をやれると思ったからさ。なのに亜美は私を助ける為だとか何だと、楽しんでバンドをやっていないだろう?

私はそれが一番嫌だよ』

 

あたしにそう言った。

 

それからもしばらくは、なかなか楽しんで音楽をやれなかったけど、徐々にではあるけど、楽しみながら音楽をやるようになった。

今では有希ちゃんを助ける為だけじゃなく、有希ちゃんと一緒に演奏出来る事が嬉しくて楽しい。そう思いながらバンドをやれるようになった。

 

そしてそんなある日。お父さんがいきなりあたしの部屋に来てこう言った。

 

『おい亜美。俺のプロデュースでバンド作る事になったからよ。お前そのバンドでキーボードしろ』

 

『は?お父さんは何を言ってるのアホなの?だからいつまで経っても有希ちゃんにも日奈子さんにもバカにされるんだよ』

 

あたしは有希ちゃんとのバンドが楽しいし、有希ちゃんの歌とギターがあってのあたしの音楽なんだし。

 

『まぁ聞け。そのバンドのメンバーはギターボーカルに佐倉 奈緒。ベースに蓮見 盛夏。ドラムが柚木 まどかの幼なじみでありライバルでもある北条 綾乃だ』

 

『……うん、あたしそのバンドやる』

 

あたしは即答してしまった。

だってBlaze Futureの奈緒と盛夏とバンドやれるんだよ!?しかもドラムはあの力強いサウンドの綾乃!

断る理由がないでしょ!

 

有希ちゃんに連れられてコッソリ行ったBlaze Futureのライプ。

有希ちゃんの遺伝子の元であるタカさんもかっこいいにはかっこ良かったけど、あたしは奈緒と盛夏のサウンドに胸を撃たれた。あの2人の音に。

それがあたし。桐谷 亜美である。

 

 

 

「くそがぁぁ!絶対許さねぇ!犯人は見つけ出してほっぺが腫れ上がるくらい往復ビンタしてやる!」

 

あ、あたしの過去話のせいでお父さんの事すっかり忘れてた。

 

あたしは今、SCARLETでの企画バンドの会議を終え、お父さんと一緒に帰っている所だ。

 

「亜美!いいか!疑わしきは罰せよだ!怪しいヤツが居たらすぐに俺に報告しろ!ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわせてやる!!」

 

「お父さんがさっきから怒ってる事って、お父さんプロデュースのバンド名の話でしょ?もういいじゃん。日奈子さん達Artemisの皆さんも、タカさん達BREEZEの皆さんも絶賛してたんだし…」

 

そう。

お父さんが怒っている事と言ったら今は1つしか思い当たらない。

あたしが奈緒達とお父さんのプロデュースで始めるバンドの名前。

 

あたし達がお父さんからバンドの話を聞いた時は、Star glantzって名前のはずだったんだけど…。

 

 

 

 

『タカのバンドの名前はReveriaか。大いに楽しむと詠唱の造語かぁ。詠唱とか取り入れる所、中二っぽくてタカらしいね』

 

『あ?澄香、お前喧嘩売ってんのか?そうなんだな?』

 

『後は手塚さんの所のバンド名だけか。どんなバンド名にしたんです?ネタ系ですか?』

 

『英治!バカにすんじゃねぇ!

俺の考えたバンド名は最高にスーパーでミラクルなバンド名だ!フフフ、てめえらがバンド名を聞いて感動して泣いてるツラが目に浮かぶぜ』

 

ええぇぇぇ…我が父親ながら何を言ってるの?

あたしはみんなの企画バンド会議の後、社長室に呼ばれてみんなのバンド名や、参加を承諾してくれたメンバー、今後の話なんかを、お父さんが用意した資料で発表させられていた。

 

何故こんな事務仕事があたしがやらされているのかと言うと、本来事務の部長である水瀬 来夢さんがやるはずだったのだが、もう夜も遅いという事で、保護者であるお父さんと一緒に帰れるからあたしなら安心。

そんな理由であたしが駆り出されたのである。

 

『バンド名なんかで泣く訳ないだろ。手塚はやっぱりアホだな』

 

『翔子!てめえ!今の台詞忘れんなよ!絶対泣かしてやる!よし!亜美…じゃなくて桐谷!発表するんだ!!』

 

一応仕事だからあたしも名字読みか。やれやれ。

 

『わかりました。それでは手塚さんの、あたしも参加させて頂くバンド名を発表させてもらいます』

 

あたしがそう言ってお父さんの作成した資料に目をやったけど

 

"Starglantzは無しで。sから始まるかっこいいバンド名をここで発表しなさい。5秒で"

 

と、書かれていた。

 

 

…は!?あたし達のバンド名ってStarglantzじゃないの!?てか、かっこいいバンド名を発表しなさいって何!?しかも5秒で!?今いったい何秒経った!?

 

こんな無茶振りありえないでしょ!

と、思いながらお父さんを見てみると、あたしに向かってウインクしながら親指を立てていた。正直気持ち悪い。

 

いやいやいや、そんな事考えてる場合じゃない!

かっこいいバンド名なんて思い付かないよ!そんで今何秒経ちましたか!?

 

『えっ……と…』

 

『フハハハハ!てめえら!聞いて驚け!!』

 

驚いてんはあたしだよ!うぅ…どうしよう…。

確かお父さんドイツ語とか言ってたっけ?

うぅ…ヤバいよ、ドイツ語とかわかんないよ。あたし大学の専攻ドイツ語じゃないし…。

 

『そ…Soledea (ソルディア)

 

『『『『Soledea?』』』』

 

うわぁぁぁぁ!やっちまった!やっちまったよ!

お父さんの星の輝きとかで、星はダメだよねぇとか思ってたら太陽しか思い付かなくて、あたしの専攻はイタリア語だから太陽ってSoleだからいけんじゃね?

とか、思ってしまって、そういや有希ちゃんにタカさんって夜の太陽とか呼ばれてたって聞いたの思い出したりなんかして…なんか…なんか…。

 

あたしはチラッとみんなの様子を伺ってみた。

 

『……』

 

お父さんは目が点になって口を開けてポカーンとしている。こんなお父さんの顔初めて見たわ!

 

『うぅ…うぅ…グスッ、さすが手塚や。まさかSoledeaとか…そうきたか。グスッ、しかも私の祖国であるイタリア語のバンド名とか…』

 

澄香さんは何故か泣いている…。

いや、イタリア語ってわかってくれたのは嬉しいけど何で泣いているの?

 

『澄香、お前何泣いてんだ?しかもお前の祖国がイタリアってなんだよ。お前日本生まれの日本人じゃねぇか』

 

あ、拓斗さんの言う通りだわ。

澄香さん日本人じゃん。何なの祖国って?

 

『そるでぃあ?う~ん、何だろ?翔子ちゃんわかる?』

 

『あ?あたしにわかる訳ないだろ?あたしそんな教養無いし、イタリア語なんてわかんねぇよ』

 

『え?翔子?翔子、高校教師だよね?教養無いとかヤバくない?英治くんは手塚さんのバンド名の意味わかる?』

 

『あ?いや、俺は国立大卒だしこの中で一番お利口さんのはずだがわかんねぇな。てかこういうバンド名の由来とかそういうのは中二病のお前やタカの方が詳しいんじゃねぇか?』

 

『いや、まぁ…あれだな。澄香がイタリア語っつってたし、Sole(ソル)Dea(デア)を合体させたんじゃねぇの?呼びやすくしてソルディアか?イタリア語の文法だとちと違うが…』

 

わ、タカさんってあれでわかっちゃうんだ!?

さすが有希ちゃんの遺伝子の元!

いや、何か遺伝子の元って言い方もあれだけど。

 

『ははは、さすがはーちゃんだね。

SoleとDeaって事は、太陽と女神?はーちゃんが夜の太陽でArtemisが女神の名前だからってのかな?奈緒ちゃん達にそんな女神になって欲しいって気持ちも含まれてるのかもね』

 

待ってトシキさん!

確かに太陽と女神だけどそんな深い意味ありませんでしたから!!

ただあたしにとって奈緒と盛夏と綾乃は女神様ってだけで…!!

 

『トシキの…グスッ、言う通りだろうと思いましてございます…グスッ。

手塚の癖に…さすがとしか言いようがございせぬな…グスン』

 

『グスッ…澄香、テメェ喋り方がセバスとごっちゃになってんぞ。グスッ…しかし…チッ、今日の風はやたら目に滲みやがるぜ…グス』

 

『うぅ…グスッ…グスッ…て、手塚の癖に!手塚もうクビだよクビ!こんな…こんなバンド名…うぇぇぇ…ん』

 

『うぅ…グスッ、あたしを泣かせやがって…手塚め…。クソッ!止まれ涙!手塚なんかに泣かせ…泣かせ…られ…うぅ…』

 

『え?何で澄香も拓斗くんも日奈子も翔子も泣いてるの?あたし若干どころかドン引きなんだけど…。あ、手塚さんのバンド名にドン引きしてるんじゃなくて、澄香達にドン引きなんだけどね?』

 

梓さん、わかります。

あたしもかなり引いてます。え?何で皆さん泣いてるんですか?

 

『はぁ…手塚のくせにな。こっ恥ずかしいバンド名にしやがって。でもこれ手塚がマジで考えたのかな?』

 

『う~ん、俺もいいバンド名だとは思うけど、手塚さんらしくないよね?手塚さんなら自分を褒め称えるような?何か自分に関連させたバンド名にしそうなもんだけど…』

 

タカさんとトシキさん鋭いな…。

でもまぁ…。

 

『……』

 

呆けているお父さん以外は皆さん絶賛してくれてるしいいか。

 

 

なんて事があったんだけど…。

 

「ムカつくぜぇぇぇ!」

 

「もう!いつまでもしつこいっ!もういいじゃんか。バンド名…自分で言うのもなんだけど、Soledeaっていいと思うよ?」

 

「バカ野郎!亜美!お前は全然わかってねぇ!」

 

「バカ!?何ですってぇぇぇぇ!!」

 

いくら何でもバカ呼ばわりはないんじゃない!?

そりゃお父さんからしたらSoledeaって気に入らなかったのかも知れないけどさ。

 

「亜美。俺様がクソ怒っているのはバンド名の事じゃねぇ。

Soledea。タカ達にも絶賛されたしな。お前にしては良いバンド名だとは思っているんだぜ」

 

いいバンド名って思ってくれたのは嬉しいけど、バンド名の事じゃなかったら何を怒ってるの?

 

「いいか、亜美。

俺はタカ達にバンド名をサプライズ発表するつもりで、あいつらから事前にバンド名を聞き出し、お前に司会進行させるつもりで、資料を作ってお前に発表させた」

 

「え?ああ、まぁそうだね」

 

「つまりだ。あの資料は出来立てホヤホヤだった訳だし、俺以外にはお前しか触ってねぇはずだったんだ」

 

「まぁ、そうだよね。……あっ」

 

「気付いたか?」

 

そこまで言われてやっと気付けた。

ホントあたしバカだったわ。

 

「うん、お父さんとあたししか触っていないはずなのに、何故Starglantzの名前が消されて、他の名前にしろと記載があったのか…って事だね」

 

「ああ、その通りだ。あの資料を作ってから、お前に資料を取りに行かせたホンの僅かな時間。その間にやってのけた犯行って訳だ。あの時SCARLET本社に居た誰かがな」

 

あの時にSCARLET本社に居たのは…。

ファントムのバンドメンバーと…。

 

「あー!あー!くだらねぇ事に頭使うな。

お前の考えはファントムの奴らや企画バンドの俺達の中にまさか裏切り者が!?とか思ってんだろ?」

 

「いや、裏切り者とかは思ってないけど…」

 

裏切り者とはあたしも思ってないよ、さすがに。

お父さんのバンド名を書き換えた所で誰も何も損害なんかないし。

 

「さっき調べてみたら今日は休日とはいえ、月末にあるファントムのハロウィンライブのスタッフ達のミーティングや、うちのゲームの企画会議やら何やらってな。意外と出勤してる奴らが多かった訳だ」

 

あ~、そういえば今日は休日出勤してる人多かったよね。

ファントムとも契約結んだ所だし、今はどこの部署も忙しいみたいだし。

 

「………うぅむ」

 

「ん?どうしたのお父さん?」

 

「久し振りに頭を使ったもんだから糖分が欲しくなってきたぜ」

 

「糖分?」

 

「亜美。悪いがここからはお前1人で帰れ。俺はケーキを買いに行く」

 

ケーキ?普段はあんまり食べないくせに。

あ、頭を使ってないからか。糖分は普段はいらないんだね。

 

「亜美、お前失礼な事考えてねぇか?」

 

「いや別に」

 

「まぁいいや。俺はチョコケーキにしよう。母さんはチーズケーキで亜美がショートケーキ。今日は何か有希のやつも来そうだな。あいつの分も買ってくか…チッ」

 

有希ちゃんが?

今は有希ちゃんは日奈子さんとこの社員寮で一人暮らししてるけど、たまに唐突に来るもんね。主にお金を使いすぎた時とか。

 

「って訳で俺は行くぜ。もう遅いし道草くって帰るなよ?」

 

そう言ってお父さんは来た道を戻って行った。

確かにうちがいつもケーキを買っているケーキ屋さんはあっちの方角だけど…

 

「なんか怪しい…」

 

ケーキ買いに行くだけなら、あたしも一緒でいいはずだ。

もしかしてバンド名の犯人に思い当たって今からSCARLETに戻るつもり?

 

でもそれならまた仕事の日でも…。

 

あたしは家に帰らずこっそりと尾行する事にした。

 

 

 

 

ずいぶん歩くなぁ…。

 

ってかやっぱりケーキ屋に向かっている訳ではないようだ。

そして、SCARLET本社の方角でもない。

お父さんはさっきから同じ所をぐるぐると歩き回っている感じだ。

いったい何をしているんだろう?

 

本当に何をしているのかわからない。

さすがに夜は冷えるしそろそろ帰ろうかな?

 

そう思った時、お父さんはさっきまで歩いていた道から離れ、電灯もなく薄暗い公園に入って行った。

 

「公園?」

 

あたしはここで何もなかったら帰ろう。と、思いながらお父さんに見つからないように公園へと近付いた。

 

公園の中、ちょうど公園の中央に差し掛かった所で、お父さんは立ち止まり。

 

「バレバレだぜ。俺を尾行するなんざ3兆年早えぇ!

俺はここから1歩も動かねぇからよ。そろそろ出てきやがれ」

 

大きな声でそう言った。

って、あたしが尾行してたの気付いてたの!?

さすが15年もクリムゾンの追っ手から逃げてただけあるか。

 

お父さんの目的は結局わからなかったけど、あたしはお父さんの尾行を終え、お父さんの前に出て行こうとした。

 

 

だけどその時

 

 

『フフフ…』

 

『フフフフフ…』

 

<<ゾロゾロ…>>

 

あたしがお父さんの前に出て行こうとした時、公園の周りからお父さんを囲むように、たくさんの人影が現れた。

みんなフードを深く被っていて、どんな顔なのか男か女なのかもわからない風貌だった。

 

「よくもまぁゾロゾロと…。てめぇら一体何者だ!?」

 

あたしの事じゃなかった…?

それよりこんな大勢の人に尾行されてたの?

お父さんはそれに気付いてあたしに帰るように言って1人で…?

 

「手塚 智史さんですね。お初にお目にかかります。

挨拶はさせて頂きますよ。これでも礼儀は知ってます」

 

「礼儀を知ってるだぁ?揃いも揃ってフードを被ってツラも出さずによく言えるもんだぜ」

 

「これは大変失礼しました。オレ達みんな恥ずかしがり屋なもので。

オレはフードを取らせて頂きます。他のヤツラは勘弁してやって下さい」

 

そう言ってお父さんに話し掛けたフード男の1人が、フードを外し、お父さんの前に顔を見せた。

 

「……やっぱり知らねぇツラだな。何者だ?」

 

「先程言わせて頂いたじゃないですか。お初にお目にかかりますと。

あなたはオレなんか知らないでしょうが、オレはよく知っていますよ。元クリムゾンエンターテイメント四天王、そして今はクリムゾンエンターテイメントを辞め、かつて敵だったArtemisのドラマーである月野 日奈子の会社、SCARLETのプロデューサー手塚 智史さん」

 

お父さんの事を知っている…。何者なの?

クリムゾンの追っ手?

 

「フン、てめぇらが俺様を知ってようが知らなかろうがどうでもいいぜ。俺様はスーパー有名人だからな。

何度も同じ質問をさせるなよ?てめぇら何者だ?クリムゾンの手の者か?」

 

「フフフ、安心して下さい。

オレ達はクリムゾンの手の者ではありません。

そういった意味ではあなたの味方ですよ、手塚さん」

 

あたし達の味方?

 

「俺の味方…か。フン、それも答えとしては落第点だな。まだるっこしい事は嫌いだぜ!てめぇら何者だ!?」

 

「フッ、いや、失礼。

あなたはやはり思っていた通りの人だ。

いいでしょう。答えさせて頂きます。

オレ達は名もなき野党のグループです。先程までは」

 

「先程まで?」

 

「ええ。ですが先程やっとオレ達にも名前…というんですかね?組織名が決まったんですよ」

 

「…ほう、先程…ね…」

 

先程決まった?

今までは名前もなかったのに?

……まさか!?

 

「オレ達はあなたの意思を継ぐ者達の組織。

組織名は…Starglantzと名乗らせて頂く事になった者達です」



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第32話 星

「クッ、クックックック、Starglantz。

そうか、てめぇらの仕業か」

 

あたしの父である手塚 智史はフードを被ったまわりの人達に向かってそう言った。

 

あたしの名前は桐谷 亜美。

前回に続いて今回もあたしのモノローグのようだ。

 

「俺の意思を継ぐ者とか言ってたか?

わかんねぇな。俺はてめぇらの事なんか知らねぇし、俺には後世に継いでいかせるような意思もクソもねぇ。

てめぇら何者なんだ?そろそろ答えを聞かせろよ」

 

「そうですね。オレ達は15年待ちました。

言葉にすればたったの数文字。ですが、オレ達にとってはとてつもなく長い年月でしたよ」

 

「さっき言ったろ?まだるっこしい話は嫌いだとな」

 

「……オレ達はかつてのクリムゾンエンターテイメント四天王である手塚さん。

あなたに憧れ、尊敬する者達で集まった組織です。あなたにSCARLETを抜けてオレ達のトップになって頂きたい!

それがオレ達の理念であり目的です」

 

お父さんに憧れて…尊敬…?

お父さんに組織のトップになって欲しい…?

 

こいつらもしかしなくてもアホの集まりなの?

 

「俺をトップにした組織…か。

フン、いい心掛けだぜ。どっかのBREEZEのボーカルやArtemisのドラマーに見習わせたいくらいだな」

 

「オレ達はあなたをトップに輝かしい星になりたいと思っています。

いえ、あなたがオレ達の星なんです!」

 

「ますます殊勝な心掛けだぜ。

だが俺の問いの答えにはなってねぇな」

 

「フッ、フフ、フフフフ…答え…か、フフ」

 

「あ?てめぇ何笑ってやがる?この場でヤッちまうぞコラ」

 

「失礼…あまりにおかしかったもので。

いいでしょう。お互い変な探り合いは止めましょうか。

安心して下さい。あなたを監視していたのはSCARLETやファントムの者ではありません。

あなたの名付けたバンド名を他の連中に取られたくなかった。そういった者が勝手にやらかした事ですよ」

 

お父さんを監視?

SCARLETやファントムに裏切り者がいる訳じゃない?

…そっか。その監視してたって奴がStarglantzの名前を…。

 

「そうか。いや、そうとは思っていたがよ。

安心したぜ。ファントムのヤツラの中にそんなバカはいない。最低最悪の結果はなくなった訳だな。

ま、俺のバンド名を取った取られただで裏切り者って呼ぶつもりもなかったけどよ」

 

「ええ。元々はあなたをクリムゾンエンターテイメントから守る為にオレ達の下の者にSCARLETに潜入させていたんですが、どうもそいつらがあなたがBlaze Futureの佐倉 奈緒のプロデュースをする事ににヤキモチを妬いたようで」

 

じゃあ本当にファントムは関係ないんだ…。

良かった。いや、あたしもそう信じてたけどね?

 

「なるほどな。やっと合点がいったぜ。

ならどうでもいいな。Starglantzの名前もてめぇらにくれてやる。そんで俺様はてめぇらごときに守ってもらう程弱くもねぇ。てめぇらも俺を監視させてたって奴も俺の前から消えろ。俺は四天王の手塚でもミュージシャンの手塚でもねぇ。SCARLETで雇われてるしがないサラリーマンの手塚様だ」

 

お父さん…。

お父さんはSCARLETの手塚か。

なんかお父さんの口からこういう事聞くの初めてな気がする。

 

「それも安心して下さい。

オレ達があなたの前に現れた。その時点であなたの監視は終わらせています」

 

「あ?俺の前に現れただ?てめぇらがつけて来てんのを暴いたのは俺だろうがよ」

 

「本当にそう思っていますか?」

 

「チッ…てめぇらは俺にわざと見つかり、そして今になって現れた。この15年間隠れてやがったのにな。

どうでもいいんだけどよ。何故今なのかってのだけがわからねぇ。……どうせそれも今から話すつもりなんだろ?」

 

「手塚さん!オレ達の組織に来て下さい!

あなたをトップにオレ達の組織に迎えます!給料もSCARLETの倍は出しますよ!」

 

「ハッハッハ、一瞬悩んじまいそうになったぜ、給料も今の倍か。日奈子の野郎、俺には安賃金だからな」

 

お父さん…安賃金だったの…?

 

「だがさっきも言ったが俺はSCARLETの手塚だ。

他の組織に属する事はねぇ。てめぇも本音で話せよ。

てめぇは、てめぇらの組織の上の奴らのスピーカーか?てめぇの本音はそれだけじゃねぇだろう?」

 

「さすが手塚さんだ。何でもお見通しですね。

ですが、さっき言った事はオレの本音ですよ。隠してる事はありますがね」

 

隠してる事?

 

「フフン、正直な野郎だな。気に入ったぜ。

その隠してるって事は何だ?どうせそれも話すつもりなんだろ?」

 

「あなたはオレにとっても最高の星だ。

あなたにとってはオレなんかゴミ屑以下でしょうが、オレが輝く為にはあなたは絶対に必要な星だ。

あなたには是非オレ達のトップに立って欲しい!」

 

「それで?」

 

「…オレ達の組織は、あなたを切り捨てたクリムゾンエンターテイメント、あなたを潰した足立 秀貴に制裁を。

あなたの仇を討つ。その為に結成されました」

 

「復讐か。フン、くだらねぇな」

 

「だが、元々はそれだけじゃあない!

あなたが潰れる切っ掛けになったBREEZEとArtemis!

あいつらもオレは恨んでいるんですよ」

 

!?

タカさん達のBREEZEや日奈子さん達のArtemisも!?

 

「なるほどな。BREEZEやArtemisも恨んでるってか。

いいぜ、おもしれぇ。あいつらがてめぇらの敵だってんなら俺もてめぇらの敵だぜ!

今ここでてめぇら全員潰してやる!かかってこい!

俺がてめぇらの心をへし折ってやるぜ!!」

 

 

-ゾクッ

 

 

あたしの背中に冷たいものが走ったような気がした。

いつもはバカで弄られ役のお父さん。

そんなお父さんしか見たことなんかなかった。

 

敵意?殺意?

あんな怖い顔をしているところを初めて見た。

そういえばお母さんが昔に言っていた事がある。

クリムゾンエンターテイメントに居た頃のお父さんは、まわりの全てが気に入らないかのように怒ってばかりいたと。そんな人と何で結婚しちゃったんだろう?とも。

 

でもそんなお父さんがタカさんとBREEZEの皆さんと出逢って、ものすごく変わっていったと。

 

これがBREEZEに出逢う前のクリムゾンエンターテイメントのお父さんの顔?

 

「落ち着いて下さい手塚さん。

隠しているという事がその事です」

 

「あ?訳わかんねぇんだよ。本当にヤッちまうぞテメェ!」

 

「オレはBREEZEもArtemisも恨んでいます。

オレ以外にも隠れて恨んでいるヤツもいるでしょうが、オレ達はBREEZEにもArtemisにも、もちろんファントムのバンドには手を出したりしませんよ」

 

「手を出さないだぁ?」

 

「もちろんです。それはあなたに反目する事になりますしね」

 

BREEZEやArtemisを恨んでいるけど手を出さない?

手を出さないっていうのはありがたいけど、何故わざわざそんな事を言うの?

 

「フン、BREEZEやArtemisを恨んでいるが手を出さねぇ。俺を尊敬しているからStarglantzの名を語る。

好きにしやがれ。そしてクリムゾンエンターテイメントや足立を潰してくれるならありがてぇ事だぜ。勝手にやってろ。BREEZEにもArtemisの奴らにも手を出さねぇんならてめぇらの事なんざ知った事じゃねぇよ」

 

そう…だよね。

あたし達のバンド名はSoledeaに決まったんだし、Starglantzとか今となってはどうでもいいだろうし。

BREEZEにもArtemisにも手を出さないで、クリムゾンエンターテイメントや足立って人を倒してくれるなら、あたし達には願ったり叶ったりじゃん。

 

「ええ、勝手にやらせてもらいます。

その前にあなたに挨拶だけでもしておこうと思っただけですよ」

 

「てめぇさっき探りあいは止めようって言ってたよな?

Starglantzの名前、クリムゾンエンターテイメントと足立を潰す。今も足立がバカやってるのか何処にいるかは俺様も知らねぇんだが…。

わざわざそれだけを言うつもりだったのか?てめぇらの組織のトップは誰だ?俺を組織に勧誘しても俺がなびかねぇ事くらいは俺を知ってる奴ならわかってただろ?いい加減イライラも爆発しそうだぜ。てめぇらが俺の前に現れた本当の理由をそろそろ話せよ!」

 

「何を勘ぐってらっしゃるのかわかりませんね。

本当にただそれだけですよ。

オレ達は今後Starglantzと名乗らせて頂きます。

そして手塚さんにこの組織のトップに立って欲しい。

あなたに報いる為にBREEZEやArtemisには手を出しません。あなたが苦労されないようにクリムゾンエンターテイメントと足立はオレ達で潰します。

本当にただそれだけの事なんですよ」

 

「…」

 

「…」

 

あの男がそう言った後、お父さんは何も言う事もなくジッとStarglantzと名乗る面々を見ていた。

また、お父さんもStarglantzを名乗る面々に見られていた。

 

ほんの短い時間のようで、とてつもなく長い時間だと錯覚するような時間。

 

そして、お父さんのまわりを囲んでいたフードを被った一味のうち1人が、さっきまでお父さんと話していた男に駆け寄ってきた。

 

「手塚さん、少し失礼します。

おい、手塚さんの御前だぞ?どうした?」

 

そのフード男がお父さんとさっきまで喋っていた男に耳打ちして何か言っているようだ。

 

「……何だと!?…そうか、わかった。……よし、お前は下がれ。警戒を怠るな」

 

な、何か大変な事でも起きたんですかね?

 

「手塚さん、すみません。

オレ達には少々野暮用が出来てしまいました。

ここらで失礼させて頂きます」

 

「あ?野暮用だ?」

 

「心配しないで下さい。また近々会いに来ますよ」

 

男がそう言った後、お父さんを囲んでいた人達が、1人、また1人と音もなく消えていった。

まるで最初からその場に誰も居なかったのように。

 

「待ててめえ!まだ逃がさねぇぞ!

てめえらのトップってのは誰だ!?クリムゾンと足立を潰した後はどうするつもりだ!?

野暮用ってのは何だ!?俺に納得させてから消えやがれ!」

 

「質問が多いですね。

足立がこの街に現れてAiles Flammeと接触したようです。探しても影すらも見つけられなかった足立が、やっと姿を表したチャンスです。この機を逃す訳にはいきません」

 

足立?お父さんと同じクリムゾンエンターテイメントの四天王の?

Ailes Flammeと接触…?

 

「足立がAiles Flammeと接触だと!?」

 

「安心して下さい。Ailes Flammeは無事ですよ。

そして、オレ達のトップはかつて貴方の部下の幹部だった者です。オレなんかが名前を言う訳にはいきませんがね」

 

「俺の…?誰だ?全く見当がつかねぇ。あいつらは全員BREEZEにもArtemisにも共感していた…。あいつらの中からてめえらみたいな組織を作るようなヤツは…」

 

「フフフ、BREEZEとArtemisに共感をしていても、貴方という星が必要だったんじゃないですか?ここにいるオレ達のように」

 

「星…か。そういやてめぇら俺の事を星とか言ってたな?

てめぇら理科は知ってるか?星ってのはよ。単体じゃ光れねぇんだよ。星はな、太陽の光があって輝けるんだ。てめぇらの中にも俺のまわりにも太陽はねぇだろう。太陽はたったひとつだからな」

 

「…何が言いたいんですか?

太陽?まさか、葉川 貴が夜の太陽と呼ばれていたから…と言いたいのですか?」

 

太陽。夜の太陽か。タカさんが夜の太陽と呼ばれていたから…待って。タカさんって何で夜の太陽って呼ばれてたんだろう?有希ちゃんに聞いた話だと、タカさんが持っていたのは射手座の宝玉。

 

射手座の宝玉のチカラは"輝星"。

輝く星のように人を音で導くチカラだと。

だったらタカさんも星のタカとか何か…。

太陽も星といえば星だけど…。

 

「そうだ…。タカはよ。

心の迷子になったり悩んだりしてる奴らをな。導くなんてもんじゃねぇ。照らしてくれんだよ。

クリムゾンエンターテイメントって日陰で居た俺達なんかもな。底抜けに明るいバカさでな。ただ照らしてくれんだよ。それがタカって男だ」

 

「何が…言いたいんですか?」

 

「てめえらも復讐だなんだつまんねぇ日陰に居ないでよ!太陽が出てる日向に出て来てみろってんだ!!」

 

「日陰に居た貴方を葉川 貴が太陽のように照らしてくれたから、だから貴方は星のように輝けたと?」

 

タカさんは導いてくれるじゃなくて、照らしてくれてた?だから星じゃなくて太陽…?

 

「いや、そういう訳じゃねぇんだけどな。

俺が輝いてた全盛期はあいつらに会う前だし」

 

違うのかよ!だったら何なのよ!

 

「俺は俺の道を歩いただけだ。タカはそこを照らしてくれてただけ。ただのきっかけだ。

あいつはアホみたいに、ただ照らしてるだけ。本当に太陽みてねぇにな。

太陽っては熱いからな。遠くから見てたら綺麗だが、近付いたりしたら熱さで大火傷だ。そうして近付いちまったら、大火傷しちまってな。俺達は変われたんだ。

あいつはそんな事も知ったこっちゃなくただ高い空で自分勝手に自由に照らしてるだけなんだけどな。そんなもんだ。

チ、思い出したら腹が立ってきたぜ。俺があいつを見込んで近付いてやっても、俺に逆らうわケンカ吹っ掛けてきやがるわバカにしてきやがるわってな」

 

え?何なのそれ?タカさんの事褒めてんの?ディスってんの?

 

「道を見つけるのはよ。俺ら自身なんだ。

タカは俺らが道を見つけやすいように照らしてくれてだんだ。

だから…大神もタカにレガリアを託したんだろうぜ」

 

道を見つけるのはあたし達自身…か…。

そっか、そうだよね。だから有希ちゃんもバンドを組み立ての時は、助けて欲しくてあたしとバンドを組んだんじゃないって言ってくれてたんだね。

 

「その話…覚えておきますよ。

なんせあの手塚さんがオレらなんかにしてくれた話だ

ですが手塚さん!今のオレらには時間がねぇ!足立をここで逃がす訳にはいかないんでね」

 

「てめえ!やっぱり何もわかってねぇじゃねぇか!

俺が言いたい事はな…!」

 

「…そうですね。最後にこれを答えさせて頂きましょう。クリムゾンと足立を倒した後。

それからオレ達がどう動くのか、どうするのかは正直下っ端のオレにはわかりません。ですが…」

 

「ですが…なんだ?」

 

「あなたがオレ達の元に来てくれないのであれば、オレ達の敵はあなたという光をくすぶらせる大きな光…って事になるんでしょうね」

 

ちょっと待って、その大きな光ってのはもしかして…。

 

「…!!

待ててめえら!やっぱりここでぶっ倒してやる!」

 

「フフフ、あなたとお話が出来て光栄でしたよ。

もっとあなたとお話していたかったですが、時間がありません。ここいらで…」

 

-スゥ

 

「くそっ!消えやがった!

本当に人間かあの野郎!!?」

 

お父さんを囲んでいた人達は1人残らず音もなく消えた。

そして、お父さんはその場に立ちすくんだまま…

 

「って訳だ亜美。つまんねぇ事を聞いちまったもんだぜ。ま、この事は日奈子にも言う必要はねぇわ。俺は忘れるからお前も忘れろ。忘れらんねぇなら誰にも喋んな」

 

あたしの方を振り向く事もなくそう言った。

あたしが尾行してたのバレてたんだ…。

 

お父さんはあたしの方へと歩いて来て何も言わずに、あたしの横を通り過ぎて行った。

何で何も言ってくれないの?あたしが何も言わないから?

 

「お、お父さん!あのね!」

 

「帰るぞ。もうこんな時間じゃケーキ屋は開いてねぇだろうしな。コンビニスイーツにすっか」

 

お父さん…ケーキ食べたいってのは一応本気だったんだ?

 

 

 

 

コンビニに適当にスイーツやらお菓子を買った後、結局あたしは何をどう言ったらいいのかわからず、ただ黙ってお父さんの隣を歩いていた。

 

お父さんも何を思っているのかわからないけど、あたしに何も言う事はなく、黙って歩いているだけだった。

 

家に帰ったらお母さんもいるし、クリムゾンの話は出ないかも知れない。だから本当は今この時間しかお父さんにさっきの事を聞く時間はないんだけど…。

 

 

うぅ…何をどう言ったらいいのか…。

有希ちゃんならストレートに聞けるんだろうけど…。

 

「15年前…お前も知っているとは思うがクリムゾンエンターテイメントには四天王と呼ばれる男達がいた。

俺もその四天王の1人だった」

 

お父さん…?

急にお父さんがそんな事を言ってきたものだからビックリした。

お父さんがクリムゾンエンターテイメントの四天王って呼ばれていたのはもちろん知っているけど…。

 

「俺達クリムゾンエンターテイメントのミュージシャンも他のクリムゾングループの会社と同じように、自由な音楽をやるミュージシャン、クリムゾンミュージックの考えに否定的なミュージシャンを潰してまわっていた」

 

うん、その話も知っている。

そんな時にお父さんはBREEZEやArtemis、アルテミスの矢のバンドマンと出会って変わったんだって事も。

 

「クリムゾンエンターテイメントの最高のボーカリストだった足立、最強のギタリストだった俺、至高のベーシストだった九頭竜、稀代のドラマーだったニ胴。

俺達はクリムゾンエンターテイメントの四天王として、各々に部隊を指揮していた。自由なミュージシャンを潰すって事とは別の役割の為ってのもあったが…」

 

別の役割…?

クリムゾンエンターテイメントも、他のクリムゾングループと同じように自由な音楽を望むバンドを潰していってただけじゃなかったの?

 

「そ、その役割って何だったの?」

 

「まぁ大した事はねぇ。その事についてはその内話してやる」

 

大した事はないって…。

だったら言わないでよね。余計に気になっちゃうじゃん。

 

「俺はクリムゾングループのミュージシャンにやられちまった連中を集め、自由な音楽はやれなくても、音楽はやっていけるようにとクリムゾンエンターテイメントに取り入れ、そいつらを鍛えてやっていた」

 

うん、それは日奈子さんや有希ちゃん、お母さんから聞いていたから知っている。

お父さんはどんな形であれ、音楽をやれなくなったミュージシャンを救済していたって…。

 

「俺の部隊のヤツラはそんな奴ばっかりだったからな。元々クリムゾンエンターテイメントに忠誠心があった訳じゃねぇし、恨みや復讐したい気持ちも多少はあったのかも知れねぇ。だが、俺が足立にやられてクリムゾンエンターテイメントを抜けた時、ヤツラも全員クリムゾンエンターテイメントを抜けて各々の道に行ったからな」

 

そうだったんだ?

何かそれってお父さんはお父さんの部隊の人達に慕われてたって事だよね。何か少し嬉しいかな。

 

「そんなヤツラの中からStarglantzみたいな組織を作ろうなんて奴が現れる訳がねぇ。しかも俺の部隊の幹部だった奴だと?一体誰なんだマジで」

 

お父さんは怒り口調ではあったけど、どこか寂しそうな目をしていた。

 

そして帰宅するまでの間は、それ以上この事について話す事もなく、他愛のない話だけだった。

 

 

 

 

だけど翌日。

あたしがリビングで朝食を摂っていると、お父さんは泣きながらリビングに入ってきた。

 

「お父さん!?ど、どうしたの?」

 

「グスッ、夕べやっぱりStarglantzのトップって野郎が誰なのか気になって、当時の幹部連中に電話したんだが…」

 

夕べ電話を!?

そっか!お父さんの部隊の人達に連絡を取れば、誰がStarglantzのトップなのかわかるかも知れない。

何か情報を持っている人達だっていたかも…。

 

「なのに…グスッ、幹部連中のヤツラ全員電話番号使われてなくて誰とも連絡がつかなかった。

Starglantzのトップが誰なのかわからなかった事より、誰1人として電話番号変えてから俺に連絡先を教えてくれてないって現実がめちゃくちゃ辛い…うぅ…」

 

誰からも連絡先変えた事を教えてもらえてないなんて………あたしも泣いた。



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第33話 きっかけ

「なっちゃーん!ビールかチューハイか戦乙女しかないんやけどどれがいい?」

 

……全部アルコール飲料。

 

「あ、えっと…じゃあビールで…」

 

「はーい、ビールね。あたしもビールにしよかな」

 

そう言って梓お姉ちゃんは私に缶ビールを渡してくれた。

あれ?梓お姉ちゃんの分は?

 

「ちょっと待っててな。何か軽くつまめるもん作ってくるから」

 

そう言った梓お姉ちゃんはキッチンに立ち、手際よく料理を始めた。

いや、手際いいのかどうかはよくわかんないけど、まな板で何かを切るようなトントントンって心地好い音がするし、想像で手際いいのかな?って思ってるだけだけど。

 

-トントントン、トトトントトトン、トトトト…トーン

-ジュ、ジュジュジューン、ジュワジュワジュジューン

 

……料理の音だよね?

 

「お待たせー…って、なっちゃんまだビール開けてないの?」

 

「あ、何か梓お姉ちゃんだけ働かせて私だけ飲むのも…」

 

「あはは、そんなん気にせんでいいのに」

 

テーブルの上には軽くつまみやすいような料理が並んでいる。

 

「あ、そういえばなっちゃんとサシ飲みって初めてだよね?」

 

梓お姉ちゃん…(トゥンク

 

「ふふ、かんぱ~い」

 

「か、乾杯」

 

-カン

 

私の持つ缶ビールと、梓お姉ちゃんの持つ缶ビールで乾杯をし、私と梓お姉ちゃんの飲み会は開始された。

 

私の名前は水瀬 渚。

SCARLETでの企画バンドの話の後、私は梓お姉ちゃんと一緒に自宅、カッコ私と梓お姉ちゃんの住んでいるマンションカッコ閉じる、に、帰宅する為、梓お姉ちゃんの出待ち…じゃない。梓お姉ちゃんが帰宅するのを待っていた。

 

梓お姉ちゃんと一緒に帰宅する事に成功した私は、色々な事を話していたのだが、今はぶっちゃけ大して覚えていない。

 

それは決して梓お姉ちゃん編から現実時間が経ちすぎたから覚えていないのではなく、梓お姉ちゃんから『良かったらうちに寄っていく?』と誘われたからだ。

 

私は期待した。これから百合編に突入するのかと。

私は興奮した。これから大人の階段を昇るのかと。

 

『梓お姉ちゃん…私、ちょっと飲み過ぎたかな?今日はもう帰れないよ』

 

『なっちゃん、ふふ、なっちゃんは悪い子だね。帰るっていってもエレベーターに乗るだけなのに』

 

『いや!…言わないで…恥ずかしい…』

 

『ふふ、いいよ、なっちゃん。今夜は帰さないからね』

 

『あ…梓お姉ちゃん…優しくしてね?』

 

とかな展開になるに違いない。

あ、私今日どんな下着付けてたっけ?大丈夫かな?

 

「…ちゃん。なっちゃん?やっぱり上の空?」

 

あ、ヤバい。自分の世界にどっぷり入り込んでしまっていたか!?私とした事が!

 

「だ、大丈夫だよ、梓お姉ちゃん」

 

「ふふ、なら良かった。あたしも最初からそのつもりでなっちゃんを部屋に誘ったんだしね」

 

さ、最初からそのつもりだっただと!?

梓お姉ちゃんも私と同じ気持ちだったというのか!?

こんなに嬉しい事はない!わかってくれるよね、ララァにはいつでも会いにいけるから。

 

「じゃあ早速だけど…」

 

早速だけど!?

早速やっちゃいますか!?敢えて平仮名で言ってみたよ!

このお話はR15って事にしているし、あれがあれでもあれだからあれだよね!語彙力が無いわけじゃないよ?

 

しまった!初心者マーク!

今日は初心者マークを持って来ていない!

昔何かの本で読んだ時に、おでこに初心者マークを貼ってたら優しくしてもらえるとか書いてたから、いつかこんな日が来た時の為に、免許も持ってないのに初心者マークを買っていたのに!

 

クソォォォォォォ!今から取りに帰るとかダサい真似はしたくないし…!

 

「あたしもこの事を話すのは初めてだから、少し恥ずかしいやら緊張しているやらあるんやけど…」

 

ハッ!?

そういや梓お姉ちゃんも初めてだったー!

そりゃそうだよね!ずっと先輩なんかを好きだったから彼氏とかつくってなかったんだもんね!拓斗さん南無!

 

とかアホな事を考えていたけど、私はふと思った。

 

梓お姉ちゃんは

 

『あたしもこの事を話すのは初めてだから、少し恥ずかしいやら緊張しているやらあるんやけど…』

 

この事を話すのは…って言っていた。

 

もしかして…私が期待して妄想を膨らませちゃってる百合展開の到来じゃないのかな…?

 

「さっき話してた、あたしが歌わなくなった理由。タカくんへの憧れ的な事?」

 

憧れ的な事?って私に聞かれても…。

そっか、そりゃそうだよね。

さすがにいきなり百合展開は無いかぁ…。

 

って!

すっかり忘れちゃってたけど!

あ、忘れてたって現実時間が経ちすぎて忘れてた訳じゃないよ?

そういや先輩の話…。

 

「あたし達Artemisの話も今度澄香達がしてくれるだろうけど、澄香にしかちゃんとは話してないし、今からあたしが音楽をやろうとしたきっかけを話しておこうかな?って」

 

梓お姉ちゃんが音楽をやろうとしたきっかけ?

私は仕事で疲れきってた時にCure²Tronのライブに行って元気を貰って、そして志保と出逢ってバンドをやろうって思った。

それが私が音楽をやろうとしたきっかけ。

 

「き!聞きたい!梓お姉ちゃんが音楽を、バンドをやろうって思った時のお話!聞きたい!!」

 

「ふふ、だから最初から話すつもりだってば」

 

そう言って梓お姉ちゃんはビールを一気飲みし、もう1本ビールを開けてからこう言った。

あ、良い子は一気飲みなんかしたらダメだよ?

 

「あかん、今から話すって決めてたけど、ビール一気飲みしても酔われへん。素面であの事話すんかぁ…」

 

梓お姉ちゃん…、完全関西弁になってるよ?

酔われへんって事はないんじゃないかな?って思うよ?

 

「よし、あたしも腹括った。話すよなっちゃん。

あれはあたしが高校に入学したての4月の中頃の事…」

 

 

梓お姉ちゃんはゆっくりと昔の事を話してくれた。

 

 

 

 

『梓!お前!高校に入学した途端に金髪に染めるとかどういうつもりじゃ!!しかもせっかく進学校に入ったっちゅーのに喧嘩ばっかりしとるらしいのぅ!!』

 

『アァ?』

 

 

 

 

「あたしはあの頃ちょっとヤンチャでさ?

毎日毎日、おっちゃんに…。なっちゃんのお父さんに怒られてたんだよ」

 

 

 

『おっちゃんはいつもいつもうるさいねん。あたしが髪を染めようが何しようがおっちゃんには関係あらへんやろ?』

 

『関係あらへん事あるか!お前は

遙那(はるな)の娘や!遙那の娘って事は俺の娘みたいなもんなんじゃ!』

 

『は?昔からそれ言っとるけど、何でお母さんの娘やったらおっちゃんの娘みたいなもんやねん。おっちゃんはただのお母さんのバンドメンバーだっただけやんか。あ、そっか。おっちゃんバンドメンバー時代はお母さんに惚れてたんやっけ?』

 

『お前!俺が遙那に惚れてた訳ないやろ!ただ可愛いなとか付き合いたいなとか思ってただけや!ってか明子の前でそんな話してんじゃねぇ!』

 

『うるせー!付き合いたいと思ってたんなら惚れてたって事やろが!』

 

『お前!それ以上変な事言うんじゃねぇよ!マジで○すぞ!?』

 

『あ?上等やんけ。やれるもんならやってみぃや!』

 

 

 

「そんなやり取りを毎日飽きもせずにやっててね。あたしとなっちゃんのお父さんはまさに天敵って感じだったんだよ」

 

あ…梓お姉ちゃんって昔はそんな感じだったんだ?

私には優しいお姉ちゃんってイメージしかないんだけど…。

 

「そして殴り合いになったりもしたりね。その日もそんな感じだったかな」

 

 

 

『ブヘァ』

 

『おら、おっちゃん、どんなもんや…。いつまでもあたしに勝てる思うなよ?』

 

『…遙那の娘やから。昔はギターを教えてやってた可愛い弟子やから…。手心を加えてやってたのにな…』

 

『上等や次で終わらせたる!』

 

 

 

「あたしがそう言った直後…おっちゃんの姿はあたしの視界から消えた」

 

 

 

『な!?消えた…?』

 

 

 

「そしてあたしは地面に叩きつけられた」

 

 

 

『ガハッ』

 

『どないしたんや?次で終わらせるんちゃうんか?』

 

『う、うっせー!くそじじい!』

 

 

 

「あたしが体勢を整えて繰り出した攻撃もおっちゃんにはかわされてしまった…」

 

 

 

『遅いな』

 

『ガフッ』

 

『どないしたんや梓?

さっきから本気を出した俺には手も足も出とらんやんけ』

 

『う、うるさいわ。まだ…これからや…』

 

『お前、もしかしてまだ…自分がタヒなないと思ってるんじゃないかね?』

 

 

 

「タヒなないと思っている…あたしはおっちゃんにそう言われ初めて危機感を持った。だけどね…」

 

 

 

…うん?

待って梓お姉ちゃん。

それ戸愚呂弟の有名な台詞だよね?お父さんそんなに強かったの?

いや、それよりも私が聞きたいのはそんな話じゃなくて、梓お姉ちゃんがバンドを始めるようになったきっかけのお話だよ?

 

「だけど…あたしは…あたしはもっと強かった。強くなりすぎてたんだよ」

 

…え?これまだ続くんだ?

 

 

 

『なんや梓?泣いてるんか?』

 

『…もはや次の一撃があたし達の最期の別れとなるだろう。あたしも澄香も同じく目指した偉大なるバンドマン水瀬 龍馬…。この心にいまだ消えずに焼き付いている』

 

 

 

「あたしは次の一撃でこの戦いが…長い戦いが終わるのを悟っていた。

あたしもおっちゃんも拳にみきりをつけた者同士。お互いを見ては勝負はつかない。だから、その闘気を誘い、それを間合いとして、その乱れに夢想の一撃を放つ。

あたしはおっちゃんをこの手で…」

 

あー、これあれだね?ケンシロウとラオウの最後の戦いのとこだよね?

お父さん今も元気で生きてるしね。このお話本当にバンド始めたきっかけに繋がるの?

 

 

 

『天に滅っせい!梓!』

 

『オラァ!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!無駄ァ!!』

 

 

 

「あたしは夢想の一撃をおっちゃんに放ち、おっちゃんは吹っ飛んだ」

 

…一撃?めちゃオラオララッシュしてない?

最後は無駄ぁとか言っちゃってるし。

 

 

 

『痛いよー痛いよー。うわぁぁぁん』

 

『龍馬さん、よしよし。泣かないの』

 

『フン、明子おばちゃんに泣きつくとか弱い奴やで。やっぱ男はクソやな』

 

『うわぁぁぁん、俺の事梓がクソとか言っとるー』

 

『こら!梓ちゃんも!

龍馬さんもやり過ぎやったけど、梓ちゃんの事が嫌いで怒った訳じゃないんやし、あんまり苛めちゃあかんよ?

髪を染めたりは年頃やしあるんかも知れへんけど、喧嘩は私もあかんとは思ってるしね』

 

『うっ…ごめ、ごめんなさい…』

 

『やーいやーい!明子に怒られてやんのー』

 

『龍馬さんもうるさいです。そんな子供みたいな事言わないの』

 

『おっちゃんほんまムカつくわ…。お腹も空いたし帰る』

 

 

 

お父さん…。あ、泣きそうになってきた。

てかお父さんって私にも手をあげるし、なんかあれだね。

 

 

 

『あ、待て梓』

 

『何やねん、お腹空いたって言っとるやろ。お母さんも待ってるやろしもう帰りたいんやけど』

 

『帰るのはええよ。さっさと帰れ。

やけどな、その前に鍵だけは置いていけ』

 

『鍵…?あ?まさかあたしん家の鍵?

ハッ!?まさかあたしから家の鍵を奪って、あたしが居ない間に家に入って病気で動けないお母さんを無理矢理…!?』

 

『お前はアホか?いや、アホだったな、すまん。

俺の言っとる鍵はお前の家の鍵やなくて、俺のゼッツーの鍵や。お前勝手に持っていきよったやろ?』

 

 

 

「ゼッツーっていうのはね。バイクの車種の名前で、なっちゃんのお父さんが持ってたバイクなんだよ。あたしそのゼッツーってバイクが大好きでさ。あたしは誕生日が4月だからゼッツーに早く乗りたくて誕生日きてすぐに免許取ったの」

 

 

 

『いや、あれはあたしが貰ったもんやし』

 

『あげてねーし!あのゼッツーは俺の青春の宝物みたいなもんや!あのゼッツーだけは絶対やらへん!』

 

『は!?何でやねん!何が宝物やねん!

おっちゃんがあれに乗ってるとこ見た事ないし、いつもカバー被せてるだけやん!!勿体無いやろ!だからあたしが乗るねん!』

 

『うるせー!いつもいつもあのゼッツー寄越せってしつけーんだよ!こないだ勝手に乗って学校に行ったやろお前!』

 

『こないだだけちゃうわ!今日もや!』

 

『どやってんじゃねーよ!お前!!』

 

『…あ、もしかしておっちゃん、あたしがゼッツー貰ったから怒ってたんか?』

 

『だからあげてねぇって言っとるやろ!そうや!お前がパツキンにしようが喧嘩しようがどうでも…は、良くないけど、あのゼッツーだけはダメだ!』

 

『なんでやねん!』

 

『言ったやろ?あれは俺の青春の宝物や。

今でも目を閉じると思い出すぜ。あの排気音、直管の音、どれも俺の青春には欠かせない…』

 

-ドルン…ドルンドルン

 

『いや!だから勝手にエンジンかけてんじゃねーよ!そして人の話はちゃんと最後まで聞け!』

 

『うるせー!これはあたしんだ!誰もあたしは止めらんねー!』

 

『梓ー!』

 

 

 

「そうしてあたしはなっちゃんのお父さんのバイクに乗って帰宅した。

帰宅したって言ってもなっちゃんの家から100メートルも離れてないんやけどね」

 

バイク…?

あれ?おかしいな。

お父さん、車はいつも乗ってたけど、うちにバイクとかあったっけ?

…そういえば梓お姉ちゃんの家に大きなバイクがあったと思うけど、あのバイクも私が就職するちょっと前くらい失くなったような?

 

 

 

『ただいま~』

 

『あ、梓、お帰りなさい』

 

『お母さん!?な、何で寝てないの!?』

 

『え?まだ19時前やけど…?』

 

『そういう意味ちゃうわ!何で布団に入らず立ち歩いてるのって意味や!』

 

『あー、それね。今日は何か調子いいから久しぶりに料理したいなーって』

 

『調子いいからって調子乗ってたらまた身体に障るやろ!』

 

『調子いいから調子乗ってか…つまらんよ、それ』

 

『ダジャレちゃうわ!』

 

 

 

「あたしのお母さんはあたしを産むちょっと前から身体を壊しててね。いつもは布団の中で横になっててもらってたんだけど、時々は布団から出て勝手に散歩したり、勝手に料理したり掃除したり…いつもあたしに心配ばっかかけてるお母さんだった」

 

梓お姉ちゃんのお母さんか…。

私もおぼろげにだけど、少しだけ遊んでもらった事を覚えてる。

でも梓お姉ちゃんが確か高校の時に…亡くなったんだよね。

 

 

『ご飯ならあたしが作るからちゃんと寝ててや』

 

『えー、梓の料理飽きたしぃ~』

 

『なら何が食べたいん?お母さんのリクエストに応えるから…』

 

『んーっとね、ビーフストロガノフ』

 

『今からは無理』

 

 

 

「何とかお母さんを説得して、その日は豆腐ハンバーグと麻婆豆腐と冷奴と豆腐の味噌汁にしたんだけどさ」

 

…全部豆腐料理。

あ、今思ったけどさっき梓お姉ちゃんが作ってくれた料理も豆腐料理ばっかりじゃん。

豆腐チャンプルーに豆腐サラダに豆腐の照焼きに、いり豆腐…。

どんだけ豆腐が好きなの?

 

 

『また…豆腐…』

 

『豆腐は身体にもいいし、美味しいし最高やんか』

 

『美味しいし身体にいいのはわかるけど…。

あ、そういやあんたあのバイクどうしたん?あれ龍ちゃんのちゃうん?』

 

『ああ、あれね。貰った』

 

『いや、嘘でしょ?

龍ちゃんあのバイク、明子さんの次に大切にしてたし』

 

『おっちゃんも乗らずに埃被せとるから、あたしが有意義に…』

 

『梓!』

 

『な、なんやの、急に大きな声出して…』

 

『髪を染めるのもいいし、アニメ観たり漫画読んだりゲームばっかりしてるのもお母さんは何も言わへん。梓の好きにしたらええと思っとる』

 

『え?あ…うん』

 

『でもな、喧嘩して他人を傷付けたりとか、龍ちゃんに…』

 

『ごちそうさま!』

 

『梓?』

 

『もうええよ、そんな話は。

喧嘩っていってもあたしからは喧嘩売った事はないし、降りかかる火の粉を払ってるだけやしな』

 

『だから、そんな喧嘩とか暴力じゃなく…』

 

『ま、あたしに身の程もわきまえずに近寄ってくる男共も凪払っとるけど』

 

『身の程もわきまえずにって…』

 

『お母さんとあたしを捨てた親父と同じ男なんか…信用ならへん。おっちゃんもなっちゃんのお父さんやなかったら本気でぶっ飛ばしとるよ』

 

『梓…!』

 

『…寝る。説教はさっきおっちゃんにされてきたからもうええわ。お母さんも早く寝ぇや』

 

『待ちなさい!まだ話は終わって…』

 

 

 

「あたしはおっちゃんにもお母さんにも説教されて、イライラしてムカついて…誰とも話したくなくてその日はそのまま寝ちゃったんだよ。お父さんの事で当時は色々思う事もあったし…」

 

梓お姉ちゃん…。

そっか。梓お姉ちゃんのお父さんは…。

海原はクリムゾンエンターテイメントの…。

 

海原は梓お姉ちゃんと梓お姉ちゃんのお母さんを…。

 

「そして次の日。あたしはお母さんに挨拶もしないまま学校に行った。

学校に行くのも山の下だから、バイクで澄香の家まで行って、そこから澄香と一緒に通学してたんだよ」

 

 

 

『梓~、何か今日は機嫌悪そうやな?』

 

『わかる?昨日はおっちゃんに説教されて、その後はお母さんにまで説教されて…』

 

『ハァ…、あんたももう高校生なんやしさ?そんなおっちゃんやお母さんに怒られたからって…』

 

『うるさいなぁ…澄香も説教?』

 

『そんなつもりはないけどさ』

 

 

 

「その日はめちゃムシャクシャしててね。

澄香の言う事にもイライラしてた。そんな時に…」

 

 

 

『木原さん、今日こそ僕の愛の告白を…』

 

-グシャ

 

『ムカつく…』

 

『ちょ、梓。そんな話の途中なのにいきなり殴って潰すとか…』

 

『あ?またいつもの告白やろ?聞くだけ無駄や』

 

 

 

「じ、自慢に聞こえるかもやけど、あの頃はあたしめちゃくちゃモテててね。えへへ、毎日毎日学校の男子に…他校の男子からも告白されたりね。往年の天道 あかねみたいだったんだよ」

 

…みんならんま1/2わかるかなぁ?

 

「でもお父さんの事もあったから、あたしは男性不信でみんなの告白を肉体言語で断ってた」

 

肉体言語…?

 

「ほんと…あの時はモテてたのにな…。

何であたしはまだこの歳になっても結婚出来てないんだろう…うぅ…グスッ、彼ピとキャッキャウフフとかしてみたい…」

 

彼ピ…?キャッキャウフフ…?

 

「そして学校の校門まで行っていつものようにみんなぶっ飛ばしてね。それが毎朝のあたしの日課だった」

 

日課…?

 

「いつものように告白してくる男達を倒した後はね。昇降口の前に…毎朝あたしに挑んでくる女の子がいたの」

 

さっき肉体言語で断ってたって言ってたよね?

結局倒したって言っちゃってるよ?

 

「その女の子がね。翔子だったの」

 

え?関係無い話だと思ってたけどそこで翔子お姉ちゃんが出てくるの?

 

 

 

『木原!今日こそお前を倒してあたしの下についてもらうからな!』

 

『あ?神崎…。あんたも懲りへんな』

 

『お前にはあたしの下に…舞羅津出異天使達(ブラッディエンジェルス)に入ってもらう!今日こそな!』

 

『今日のあたしはイライラしてるからな。いつもみたいに手加減は出来へんからな?』

 

『…え?手加減?』

 

『ちょちょちょちょ!ちょっと待って!梓も神崎さんもちょっと待って!』

 

『あ?瀬羽さん?』

 

『あ?澄香?』

 

『梓!神崎さんは女の子なんやから殴るとかはね?』

 

『もはや神崎に言葉はいらぬ!この拳で語るまで!(クワッ』

 

『い、いや、あんた何言ってんの?

って!神崎さんも!今日の梓はちょっとアレやからさ?今日は止めといた方が…』

 

『ふふふ。神に感謝せねばなるまい。あたしの前にこれ程の女を送り出してくれた事を!(クワッ』

 

『い、いや、神崎さんも何言ってんの?

だから今日は…』

 

 

 

 

『ふん、雑魚が』

 

『か、神崎さん!?大丈夫!?殴った描写もなく一瞬で…』

 

『ほら、澄香。授業始まっちゃうで?神崎なんかほっといて行こ』

 

『ほ、ほっといてって…』

 

-キーン、コーンカーン…

 

『あ、チャイム…。ご、ごめんね、神崎さん!

梓!ちょっと待ってー!』

 

 

 

 

「その日もね。いつもと同じそんな朝から始まった」

 

いつもと同じ?

え?毎朝そんなバイオレンスだったの?

 

「けど…その日はイライラがおさまらなくてね。授業どころじゃなかった…」

 

 

 

『あかん…イライラする。授業も身に入らへん…』

 

『もう!いい加減に機嫌直しなって』

 

『帰る…』

 

『は?帰るって…午後からの授業どうすんの!』

 

『あー、あれだ。女の子の日でしんどいから生理休暇って事で』

 

『は!?学生にそんなんあるわけないやろ!』

 

『って訳でよろしくぅ~♪』

 

『ちょっ!梓!ほんまに帰るんか!?』

 

 

 

「あたしは午後からの授業をサボッてね。帰って寝る事にした。だけど家には…」

 

 

 

『あ?何でおっちゃんの靴が家に…?まさかお母さんとフでリンな事を!?』

 

『………だから梓には…』

 

『……それは……だよ』

 

『おっちゃんとお母さん…?ただ話してるだけ?

何を話してるんやろ?』

 

『俺は梓には音楽をやらせるべきだと思ってる。

あいつギターは物覚え悪かったけどな。お前を思い出させる歌声がある。お前もほんまは梓に歌ってほしいんやろ?』

 

『おっちゃん?あたしに歌を…?

クソ親父がやってた音楽なんてあたしは…!』

 

『龍ちゃんの気持ちもわかるよ。私も梓の歌声には私以上の可能性を感じてる…だけど…』

 

『お母さんも?あたしの歌声に…?

何で?お母さんにとっても音楽は親父の…』

 

『梓の…親父さんの事か?本当の事を話したらへんのか?』

 

『は?本当の事を…?どういう事?おっちゃんは何を…』

 

『海原が…私と梓を捨てたのは本当の事でしょ』

 

『かいばら?それがあたしの親父の名前?』

 

『俺は海原には会った事ないしな。どんな奴かは知らん。

けどあいつはレガリア戦争を知っていて、梓に歌の可能性を感じたから自分から…クリムゾングループからお前と梓を遠ざけたんやろ。お前らを守る為に…』

 

『…は?待って…?何?お母さんとあたしを守る為…?遠ざけた…?どういう事…?あたし達を捨てたんじゃ…』

 

『あの人はいつも苦しんでた。音楽家としての野望家としての自分と、音楽を愛する人としての自分の間で…レガリアの使い手である私と、ただ愛する私と娘の梓との事で…』

 

『お母さん…?お母さんも何言ってるの?レガリア…?』

 

 

 

「あたしはお父さん…海原がお母さんに近付いたのは、お母さんに歌の才能があったからで、身体を壊して歌えなくなったお母さんを捨てたって聞かされてたから、おっちゃんとお母さんのその時の話は衝撃的でね」

 

海原…が…?

先輩達の話じゃ海原って酷い人って聞いてるから、酷い人だって思ってたけど、梓お姉ちゃんのお母さんと梓お姉ちゃんを守る為に…?

 

「でも…結局はね。お父さんは…」

 

「海原は…?結局…どうだったの?」

 

「ん?ああ、お父さんは結局はクソ親父だったよ。あはは、お母さんが亡くなった時にね。あの人は…」

 

梓お姉ちゃん?

海原…か?いつか私もDivalとして対峙する事もあるかもだよね。

こないだファントムで見た時は怖い人って感じだったけど、実際はどんな人なんだろう?

美来お姉ちゃん達、makarios biosの事もあるし…。

 

「まぁ、その時はお父さんが実際はあたし達を守ろうとして遠ざけたの?それじゃ今まであたしが聞かされてた事は何だったの?とか、本当いっぱいいっぱいになってね」

 

梓お姉ちゃんにとっては海原はお父さんだもんね。

 

「訳わかんなくなっちゃって、制服から着替えてバイクで飛び出してたんだよ」

 

 

 

 

『(うぅ…ムカつく…イライラする…。おっちゃんもお母さんも何やねん…親父は…あたし達を…)』

 

…ブルン…ブルンブルン…

 

『え?何?』

 

…ブルン…ブブ…

 

『え?ちょ…何で…?』

 

 

 

「あたしはバイクで走り回っていてね。そこがどこかもわからないくらいだった。そんな時、急にバイクが止まっちゃって…」

 

 

 

『え?待って…最悪やねんけど…』

 

-キュルルルルルル…プスン

 

-キュルルルル…プスン

 

-ガコン…ガコン…ガコン…

 

『セルでもキックでもエンジンがかかれへん…。ちょっとこんな所でやめてよ…』

 

 

 

「バイクのエンジンをかけようとしても全然動いてくれなくてさ。あたしは途方にくれてた。そんな時に…」

 

 

 

『お?Z2(ゼッツー)か?すげぇ、本物初めて見た…』

 

 

 

「そんな時に声をかけてきたのがね。……タカくんだった」

 

「え!?先輩!?」



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第34話 梓の過去

『お?Z2(ゼッツー)か?すげぇ、本物初めて見た…』

 

 

 

「そこに立っていたのはタカくんだった」

 

「え…?先輩が…?」

 

ふふ。なっちゃんもびっくりしてるね。

その時はタカくんが関東の人って知らなかったから不思議に思わなかったけど、タカくんを知ってる人にとってはそんな昔にタカくんが関西に居た事はびっくりだよね。

 

あたしの名前は木原 梓。

あたしは今、Divalのボーカリストであるなっちゃん。

水瀬 渚にあたしがバンドを始めたきっかけの話をしている。

 

あー!なんかあれ!

まるで母親が娘に旦那との馴れ初めを話すみたいで超恥ずかしいんですけど!

娘は一応あたしの遺伝子で造られた美来ちゃんは居るけど、旦那は居た試しなんかないけどねっ!

 

「何で先輩が…?」

 

あ、自分の世界に入ってる場合じゃないね。

なっちゃんに続きを話してあげなきゃ。

 

「うん、それはこれからの話でわかると思うけど…」

 

 

『な、何やねん。てか、あんた誰やねん』

 

『あ?いや、Z2とか見るの初めてだなぁ~って思ってただけですけどね』

 

あたしはその時、タカくんを見てこう思っていた。

 

な、何やのこの人…。

いきなりあたしに声掛けてきたと思ったらゼッツー?

てか、この人やばくない?

目は死んだ魚のような目をしてるし、背中も猫背で、髪も立てるの失敗したのかなんか寝癖みたいになってるし、何よりもう帰りたいとかもう寝たいとかのオーラを醸し出してるんやけど…。

 

『んで?エンジンかかんねーの?』

 

『え?…あ、うん』

 

『はぁ~ん、そっか。そりゃ災難だったな』

 

タカくんはそう言った後、両手にぶら下げていた荷物を『ちょっと持ってて』とあたしに押し付けて、バイクを押し始めた。

 

『ちょ、あんた何しとるん!?』

 

『あ?ここじゃ暗くてよくわからんしな。明るい所まで運んで行こうと思って』

 

明るい所まで運んで行く?

あたしはこの人は何を言っているんだろう?と思ったけど、このままエンジンがかからないと帰る事も出来ないし、とりあえずこの人に着いて行こうと思った。

変な事してきたらぶっ飛ばしてやればいいしと…。

 

そしてタカくんは少し歩いた先の公園に入って行き、外灯の下にバイクを止めて、そのまま座り込んでしまった。

 

『ちょっとあんたこんな所までバイク持って来て…もしかして直せる?』

 

『いや、ちょっと見てみないとわかんねぇけどな。ツレの家がバイク関係の修理工場もやってるからな。たまに手伝いとかさせられるし…』

 

タカくんはそう言ってバイクを弄り始めた。

しばらくあたしはそれを見てたんだけど…。

 

『ダメだ…。さすがに今持ってる道具だけじゃここは開けらんねぇか…』

 

『ここ?ここのネジ外せばいいの?』

 

『ん?ああ、ここ開けりゃ何とかなりそうなんだけどな。無理に開けようとすっと壊れち…』

 

『よいしょ』

 

-ガチャ

 

『開いたよ?』

 

『え?いや、待って。

これ工具も無しに人間の力で開くようなもんじゃないんだけど?え?お前もしかしてゴリラかなんかなの?』

 

『な!?何やて!?』

 

『怖いわぁ~。いや、マジで怖いわ。

ま、開いたから別にいいけど…』

 

それからタカくんは何かゴチャゴチャやってて…

 

『うし、これで大丈夫なはずだ。あー…ここ閉める事出来る?』

 

『ん、やってみる』

 

-ギュッ…ギチッ

 

『これでええかな?』

 

『今人間の握力でネジ回して出る音じゃなかったよね…ほんま怖いわぁ…』

 

『な!?あんたさっきから何やねん!』

 

『とりあえずエンジンかけてみ』

 

 

-キュル……ドルン…ドルンドルンドルン…

 

 

『かかった!』

 

『はぁ~…良かった。これで今夜も熟睡出来るな』

 

タカくんは立ち上がって…

 

『あ、荷物ここまで運んでくれてサンキューな』

 

それだけを言って帰って行こうとした。

あたし、あの時本当に困ってたし、何のお礼もしないままこのまま帰らせる訳にはいかないと思って、タカくんを呼び止めた。

 

『ちょ!ちょっと待って!』

 

『んあ?何?』

 

あたしは何かお礼出来る物は無いかと思ったけど、何も持たず飛び出してきたものだから、ポケットの中に入ってた500円玉しかなかった。

 

『ん…あの…ごめん…。500円しかないけど…これ工賃』

 

あたしはタカくんに500円玉を渡そうとした。

だけど…

 

『いや、いらないけど?』

 

『いらないって…ハッ!?まさかお金より身体で払えって事!?』

 

『いや、いらないし。俺、ヤンキー女好きじゃないんで。むしろ怖いし』

 

『は?あたしヤンキーちゃうしな』

 

『そうなの?金髪だしZ2なんか乗ってるしヤンキーなのかと…』

 

『何やねんそれ!金髪でゼッツー乗ってたらヤンキーか!?

じゃあ金髪の外人さんや、オールドバイク好きのバイカーの人らはヤンキーか!?』

 

『あ?いや、そういう訳じゃないけど、なんつーかお前からはヤンキーオーラが出てるっていうか…』

 

『はぁ!?ヤンキーオーラって何やねん!

それよりあんたが持ってるその荷物!中身お酒ばっかりやん!!あんたまだハタチになってないやろ!?なのに酒飲むつもりか!!』

 

タカくんがその時持ってた荷物は買い物帰りのビニール袋いっぱいに入ったお酒とお菓子だったの。

 

『あ?俺が飲むんじゃねーよ。

これは俺がじゃんけんで負けたからパシらされただけで、先輩らが飲むもんなの』

 

『ほんまかぁ?そんな事言って…』

 

『いや、本当に俺のじゃないから。何なの本当にここら辺の人ら。俺ってそんな信用ない?』

 

『ここら辺の人らって…。あんたの見た目ってあんまり…その…さ?』

 

『バイク直してやって何なのこの仕打ち』

 

『あ、あー!ごめん!ほんまごめん!』

 

あたしはその時すごく不思議だった。

お父さんの事もあったし、男の人なんて大嫌いだったのに、この人はすごく話しやすいし妙に落ち着くし、もっとこの人と一緒に居たい。話したいって思ってた。

 

『やっぱヤンキー女怖いわ。晴香の容赦ない暴力を思い出すし。

って、この酒ももう温くなってんじゃねぇか?氷川さんや香保さんに怒られちまう…。って訳で俺は帰る。お前も気をつけて帰れ』

 

『てかさ、さっきからヤンキー女ヤンキー女って…。

ヤンキー女怖いんやろ?そんであたしの事ヤンキー女やと思ってんねやろ?なら何で声掛けてきたん?』

 

『あ?あ、あ~…それな』

 

『どれ?』

 

『いや、まぁ何でもいいんじゃない?』

 

『よくないよ!気になるやん!

ハッ!?やっぱり…あたしが可愛いからあたしと○○○とか✕✕✕とかしたいと思って…』

 

『いや、ないよ?』

 

『即答…』

 

『あー、まぁあれだ。

お前がZ2のエンジンかかんねぇみたいで困ってそうなの見かけてな。

本当は2、3回見なかった事にして帰ろうとしたんだけど…』

 

『え?帰ろうとしたん?2、3回も?』

 

『このまま見なかった事にすんのも気持ち悪いし…それに…』

 

『それに?』

 

『なんかお前…今にも泣き出しそうな顔してた…から』

 

あたしが困ってたから?

あたしが泣き出しそうだったから?

たったそれだけの理由で怖いって思いながらも声を掛けてくれたの?

 

あたしはそう思った時、さっきバイクのエンジンがかからなくて困ってた時よりも、ずっと泣き出してしまいそうになっていた。

 

きっとこの人にとってはすごく勇気のいる行動だったんだろうな。と、それをあたしなんかの為にしてくれたんだな。と…。

 

『だ、だからだな。お前が俺に感謝する事なんかねぇしな。俺が自分で気持ち悪いからやっただけで、これは俺の為と言っても過言ではあるまい』

 

『いや、そんな事…ないよ。ありがと…』

 

『だ!だからお前の為じゃねーし!俺の為なだけだし?ってか、も、もう俺も帰るしお前も帰れって!気をつけて!安全運転で!!』

 

『ま、待って!!』

 

この人ともうお別れしないといけないって思うと何か胸が苦しくて…。

だからあたしはとっさに呼び止めてしまった。

 

『あ?』

 

『わ、わかった。あたしも帰る。

…帰るけどその前に、あんたさっきバイク修理してくれたから手がめちゃ汚れてるやん。これ使って』

 

あたしはタカくんにハンカチを差し出した。

だけどあの男は…

 

『いや、いらない。俺この辺のもんじゃないし、洗って返すのも面倒だし』

 

『で、でも手が汚れ…』

 

『んーあー、何かあったかな?』

 

タカくんはそう言ってポケットをごそごそして1枚の紙を取り出した。

 

『あ、これ使っちゃって大丈夫かな?いいか?いいよな。うん、いいだろ』

 

タカくんは取り出した紙で手を拭きながら

 

『はい。これで大丈夫。じゃあな、気をつけて帰れよ』

 

そう言ってから手を拭いた紙をゴミ箱に捨ててタカくんは帰って行った。

 

あたしはその日、タカくんの名前を聞く事も、あたしの名前を伝える事も出来なかった。

 

あたしは胸にモヤモヤしたものを残しながら、ふと思った。あ、あの人の捨てた紙って何なんだろう?と…。

 

『確か丸めたりせずこのゴミ箱に捨ててたよね…』

 

あたしは『え?あの人あたしがこの後、紙をゴミ箱から拾うと思ってたの?』って錯覚する程の綺麗な紙を見つけた。所々はバイクの油のせいで汚れてたけど…。

 

『この紙…だよね?ライブ…のチラシ…?』

 

それはあるライブのフライヤーだった。

少し前にタカくんの言っていた名前。

『氷川さん』、『香保さん』の名前がフライヤーに載っていた。

 

『この氷川って人と…Kahoって人…バンド?ライブ?

そしたらこのBREEZEってバンドのTAKAかTOSHIKIかTAKUTOかEIJIって人が…さっきの人なのかも…』

 

あたしはそのフライヤーの日付を確認すると、ライブの日程はこの日の翌日の土曜日の夜だった。

 

『関東から関西に殴り込み…?この辺のもんじゃないって言ってたけど関東の人やったんや…』

 

あたしはその時はもう既に家に帰ってお風呂も済ませて布団の中だった。

あの後どうやって帰ってきたのかも、夕飯に何を食べたのかも思い出せないくらい、あの人の事で頭がいっぱいになっていた。

 

 

『ライブ…バンド…音楽…かぁ…。あの人も…音楽やってんだね…。でもあたしは…』

 

 

 

あたしはそんな事を考えながらいつの間にか眠ってしまっていた。

 

 

 

 

『いってきまーす!……って!?

梓!?今日は学校休みやのに家の前で何してんの!?』

 

『あ?澄香。やっと出てきた。おはよ~』

 

あたしは次の日、学校は休みだというのに澄香の家の前に居た。

あたし1人で考えても悩んでも、何かモヤモヤが消えなくて誰かに聞いて欲しいって思ったから…。

 

『やっと出てきたって…いつから待ってたん?

インターホンでも押してくれたら良かったのに。

…それより短めのスカートでバイクの上であぐらかくの止めな。何がとは言わないけど見えちゃうよ?』

 

『あ、それなら大丈夫。下に短パン穿いてるし。

それより澄香忙しい?よかったらファミレスでも行かへん?』

 

『ファミレス?』

 

何処かに出かけようとしてた澄香だけど、快くあたしの誘いに乗ってくれて、あたし達は近所のファミレスでお茶をする事にした。

 

『梓が休日にわざわざファミレスってどしたん?何か私に話あるとか?』

 

『………』

 

『え?ほんまにどしたん?』

 

『…澄香、なんか機嫌良い?』

 

『はい?何で私の話?』

 

あたしはその時超直感が働いた。

澄香は確かに(当時は)お洒落にも気を遣う女の子だったけど、この日はいつもより可愛らしい服を着て、薄い色のリップも塗っているようだった。

 

『澄香はいつも可愛い服着てるけど今日はいつもより気合い入ってるっていうか…リップも色付きやし?』

 

『は?い、いや、たまたまやで?今日はそんな気分やったってだけで…』

 

『…彼氏でも出来た?』

 

『は!?そ、そんなんちゃうし!か、彼氏とか…そんな…』

 

あたしはその時こう思った。

これは彼氏が出来たんだな。と…。

幼馴染みとしてこれは洗いざらい聞くしかないと…。

 

『へぇ~、とうとう澄香にも彼氏がぁ~(ニヤニヤ』

 

『ち、違うって言ってるやろ…!

私の事はええねん!梓悩んでるようやったし、私に話があるから家に来たんやろ?それで話って何なん?』

 

『えー?あたし澄香の彼氏さんの話聞きたーい。あたしの悩みの相談は澄香の話を聞いてからするわ』

 

『は!?何言ってんの!?だからそんなんちゃうって!その梓の悩みを先に解決しようや!ね?』

 

『あたし、昔から澄香の事を親友だと思ってるよ?だから相談しようって…澄香に聞いてもらおうって思ったの。なのに澄香は…話してくれないの?』

 

『う…』

 

『あたしの話は面白い話って訳じゃないからさ。先に澄香の話を…』

 

『あー!もう!

わかった!わかったから!話すよ話す!

…彼氏とかそんなんじゃなくて、何か面白い人だなって気になってるっていうか…もっかい会いたいなって思う人が出来たっていうか…』

 

『うん!それでそれで?』

 

『だ、だからほんま梓が期待してるような話ちゃうよ?

……夕べ私がバイトしてる時の話やねんけど』

 

澄香はこの時にはコンビニでバイトをしていた。

あたしはそのバイト中に何かあったんだろうなと、ワクワクテカテカしながら澄香の話を聞いていた。

 

『夕べ金曜だってのにうちのバイト先は暇でさ?

品出しとかも終わっちゃったし、暇だな~って思いながらレジに立ってると、1人のお客様が来たんだよ。

そのお客様はしばらく店内をウロウロしてからカゴにいっぱいの商品を入れてレジに来たんだけど…』

 

そう言って澄香の話は始まった。

 

 

 

『いらっしゃいませ』

 

『すみません、支払いはP○○○ayでお願いします』

 

『はい?ペ…?』

 

『あ、やば。この時代QRコード決済ないよな。うっかりだわ』

 

『きゅーあーる?』

 

『いえ、何でもありません。間違えました』

 

『は、はぁ…?』

 

澄香は変なお客様が来たなぁ。と思いながらもお客様の持ってきた商品をレジに通していっていたらしい。

 

『あ、お酒…?』

 

今はコンビニで年齢確認ボタンとかあるけど、当時はそんなのはなくて、見た目とかで20歳以上か確認しなくちゃいけなかったみたいで、澄香はそのお客様を見た時、眠そうな目をしたお客様だと思ったけど、成人はしてないだろうなと思ったらしい。

 

『あ、あのお客様。失礼ですがまだ成人されてませんよね?』

 

『え?ああ、まぁピチピチの高校生ですけど?』

 

『高校生…。す、すみません。当店では未成年の方にお酒を売る事は出来ませんので、こちらの商品はちょっと…』

 

『え?マジで?あ、でもそれ俺が飲むんじゃなくて先輩らに頼まれたっていうか…。あ、もちろんその先輩らは成人とっくにしてますよ?』

 

『はぁ…。でも申し訳ございません。当店ではちょっと…』

 

『あの…本当に先輩らに頼まれたもので…。早く買って帰らないとしばかれちゃうので…。俺Mじゃないからしばかれたくないので…』

 

『申し訳ございません。しばかれて下さい』

 

『え?いや、未成年には売れないってんならしゃーないとは思うけど、しばかれて下さいって何?嫌なんだけど?』

 

『申し訳ございません』

 

『はぁ…わかりました。お酒は諦めます…。くそ…どっかで酒買える所ないかな?

うわぁ…常日頃から若い頃に戻りたいって思ってたけどこれはこれで不便だわ…』

 

『あの…この大量のお菓子とジュースはどうなさいます?』

 

『あ、う~ん…。まぁお菓子とジュースだけお願いします』

 

『かしこまりました』

 

可哀想だなって思ったみたいだけど、ルールはルールだから澄香はそのお客様にお酒を売る事はなく、お菓子とジュースだけ売ったみたいなの。

 

そして会計も終わって、そのお客様が帰ろうとした時、1人の男の子が泣きながらお店に入ってきたんだって。

 

『…グスッ。ここにも…ママが居ない…

うわぁぁぁん、ママ~!どこ行ったの~?ママー!』

 

澄香はすぐにその男の子の所に行って声を掛けたらしいんだけど…。

 

『ぼく?どうしたのかな?迷子になっちゃったの?』

 

『うわぁぁぁんうわぁぁぁん!ママー!』

 

『あ~、えっと…どうしたらいいんだろう?

ぼく~?泣きやんでくれへんかな?ママとはぐれちゃったの?』

 

『うわぁぁぁんうわぁぁぁん!』

 

『あわわわわ…ど、どうしよう…今は私しかおらんし…』

 

その男の子は泣いていて話も聞く事が出来ない状態で、澄香もどうしたらいいか困ってたみたい。

そんな時にさっきのお客様が…。

 

『あの、すみません。これも買いたいんですけどレジお願い出来ませんか?』

 

『え?は?レジ?ちょ、ちょっと待って下さい。

ぼく?ちょっと待っててね。お姉ちゃんお仕事してくるね。またすぐに来るから』

 

『うわぁぁぁん!ママー!うわぁぁぁん!』

 

澄香はさっきのお客様に対して、今はこんな状況なのにレジに呼ぶなんてムカつくヤツ!って思ったみたいなんだけど、仕事は仕事だしお客様はお客様だから、怒りを堪えてレジの対応をしたらしいの。

 

『は?お面とアイス?』

 

『いくらですかね?』

 

『~~!!な、750円になります!』

 

『はい。ぴったり750円』

 

『くっ、あ、ありがとうございました~(怒』

 

レジの対応が終わり、澄香は急いで男の子の元へと向かった。

 

『ご、ごめんね?大丈夫?ママとはどこではぐれちゃったの?』

 

『うわぁぁぁん!うわぁぁぁん!』

 

『うぅ…泣き止んでくれない…どうしよう…』

 

一向に泣き止む事のない男の子。

澄香も困り果てて泣きそうになってたみたい。

だけどその時。

 

『おい。ボウズボウズ。こっち見てみこっち』

 

さっきのお客様が男の子に声を掛けたようで、澄香も何だろうと思ってお客様を見たんだって。そしたらね、何とそのお客様はさっき買ったお面を着けてたんだって。

 

『うぅ…グスッ』

 

『ちょっと…あんた何して…』

 

『ボウズ。このお面かっこいいだろ?』

 

『グスッ…うわぁぁぁん…』

 

お客様が話しかけた時、男の子は一瞬泣き止んだみたいだけど、また泣き出してしまった。

そしたらお客様は大きな声を出して…。

 

『ところがどっこい!』

 

その大きな声にビックリした男の子の澄香も、お客様の方を見てしまった。

そしたらお客様は着けてたお面を取った。

お面を取ったお客様は、めちゃくちゃ変顔をしていたらしいの。

 

『ぷっ…あはは、お兄ちゃん変なか…』

 

『あははははははははは!!』

 

『え?何で男の子じゃなくてお前が爆笑してんの?』

 

『お、お姉ちゃん?』

 

『あはははは!ヒィー、お腹痛い。あはははは』

 

澄香は大爆笑してしまった。

 

『……まぁいいや。

ボウズ、泣き止んだみたいだな』

 

『え?あ…うん…』

 

『あはははははは!おっかしい!変な顔ー!あはははははは!』

 

『あの…いつまで笑ってるんですかね?』

 

『いや、もうほんま…あはははは、お、男の子も泣き止んだんだし、あはは、もう、へ、変な顔止めてよ。あはははは』

 

『もうとっくに変顔止めとるわ!これ素の顔だしな!』

 

『あはははははは…!!』

 

 

 

 

『あんた…そのお面とアイス。その子の為に買ったげたん?』

 

『あ?ああ…まぁな。なかなか泣き止まないみたいだったし』

 

『グスッ…』

 

そのお客様はお面と変顔で男の子を泣き止ませて、アイスをあげて男の子を落ち着かせたみたい。

 

『あ~、ボウズ。話せるか?ママはどうしたんだ?』

 

『ママ…』

 

『もし迷子になっちゃったんならさ?この変なお兄ちゃんが交番に連れてってくれるから。ね?』

 

『え?俺が?』

 

『だ、だってしゃーないやろ…私まだバイト中やし…』

 

『ママは…』

 

『『ん?ママは?』』

 

『ぼくにお留守番してなさい。って言って…』

 

『『お留守番してなさい。って言って?』』

 

『知らない男の人と出て行ったの…』

 

『『(お、重っ!!)』』

 

『ぼく、お留守番してたんだけど、なかなかママ帰ってこないから、いつもママと行ってたお店に…でもママ…どこにも居なくて…うぅ…』

 

『お、思いの外重い話だな…』

 

『え、えっと…こ、こんな時どうしたら…?』

 

『マスクウェル!!』

 

『!?……ママ!』

 

『『ママ?…え?マスクウェル?』』

 

『ママー!』

 

『マスクウェル、心配したじゃない。お留守番してなさいって言ったのに…』

 

『『あ、あの…』』

 

『あ、も、申し訳ありません!私、この子の母親です!ご迷惑をお掛けしたみたいで…本当に申し訳ありません』

 

『あ、いえ…私は別に…(聞けない…知らない男の人と出て行ったんじゃないんですか?なんて…)』

 

『ボウズ、良かったな。ママが迎えに来てくれて(めっちゃ気になるだけど?知らない男の人と出て行ったんじゃないの?どうなってんの?ボウズの勘違い?)』

 

『マスクウェル』

 

『あ、パパ!』

 

『『(パパ!?)』』

 

『ママと家に帰ったらお留守番してないし、パパもママもビックリしたじゃないか』

 

『だって…ママ…知らない男の人と出て行ったし、いつまで経っても帰って来ないし…』

 

『『(知らない男の人と出て行った事言っちゃうの!?)』』

 

『ママが知らない男の人と…?』

 

『ああ、あの人は…』

 

男の子のご両親の話はこうだった。

 

元々男の子のお母さんは、お父さんと同じ会社で働いていて、育児休暇の一貫みたいな感じでテレワークみたいなお仕事をしていたみたいなの。

 

その日はお母さんの作成した資料が急に必要になったらしくて、会社の人が車で迎えに来てくれただけだったみたいでね。

澄香もすっごく安心したって言ってたよ。

 

『ああ、そうだったのか』

 

『本当に息子がご迷惑お掛けしました…』

 

『いえ、もう頭を上げて下さい』

 

『マスクウェル…。泣いてお兄ちゃん達を困らせたりしなかった?』

 

『え?あ…ぼく…』

 

『あ、えっと…』

 

『ま、泣きじゃくってたよな』

 

『ちょっと!あんた何言って…!』

 

『あ?本当の事だろ?』

 

『だ、だけどさ…!』

 

『マスクウェル!泣いてお兄ちゃん達を困らせてたの!?』

 

『あ…ぼく…』

 

『あ、泣いてたのは最初だけですよ。

俺…僕らと会った後はすぐに泣き止んで、ちゃんとママが居ないって話してくれたもんな』

 

そう言ってそのお客様は男の子の頭を撫でて

 

『俺が泣くなって言ったらすぐに泣き止んだもんな。強い子だ』

 

『(あんた…そんな事一言も…)』

 

『ま、こんな歳なんだし、ママが居なくて寂しくもなるだろ。それなのに1人でママを探しに出て…あ~、まぁそこは本来はちゃんとお留守番してなさいって褒めるべきではないのかもしんねぇけど…ちゃんと泣き止んだし偉かったよな。ボウズ』

 

『お兄ちゃん…うん…』

 

『(こいつ…口も態度も顔も悪いけど…。あ、顔は別にディスる必要なかったか)』

 

『お前何か失礼な事考えてない?』

 

『は?し、失礼な事って何やねん…(何なのこいつ…私の心を読んだの?怖いわぁ~…)』

 

『ママ!パパ!』

 

そしたら男の子は…

 

『ちゃんとお留守番してなくてごめんなさい!』

 

『『マスクウェル…』』

 

『お、ちゃんと謝って偉いな』

 

『うん!ぼく偉いもん』

 

『そうだな(ニコッ』

 

そう言ってお客様は男の子の頭をくしゃくしゃっと撫でて笑ったんだって。

そのお客様の笑顔は正直キモいなって思ったみたいなんだけど…

 

 

 

「あの…梓お姉ちゃん。ちょっといいかな?」

 

「その時澄香はそのお客様に対して…」

 

「あの!梓お姉ちゃん!」

 

「え?ど、どうしたの?」

 

あたしはなっちゃんに急に声を掛けられ、甘酸っぱい青春のヒストリー、アズサヒストリアを語るのを止めてしまった。

これからがいい所なのに…。

 

「いや、言いづらいんだけどね?」

 

「うん、どうしたの?」

 

「これ…梓お姉ちゃんのバンドやるきっかけのお話だよね?」

 

「もちろんそうだよ。ここからあたしは…」

 

「いや、長いよ?その澄香お姉ちゃんが会ったお客様もどうせ先輩でしょ?

梓お姉ちゃんはバイクの修理をしてもらって先輩を好きになって、澄香お姉ちゃんはその男の子との事で先輩を好きになった感じかな?」

 

どうせ先輩でしょ?だと!?

な、何故!?何故バレた!?

確かにあの日澄香が会ったのもタカくんだけど、なっちゃんは何でこんな話の途中にネタバレしてんの!?

ここから「え!?先輩の事だったの!?」って驚き展開になるはずだったのに!!

 

「梓お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんもチョロかったんだねぇ~…」

 

チョロかった!?

ち、ちが…

 

「違うし!!(バンッ」

 

「わっ、ビックリした…」

 

「違うよ、なっちゃん」

 

「え?先輩じゃないの?」

 

「あ…いや…タカくん…だったんだけど…」

 

「やっぱりそうなんじゃん」

 

「ち、違うから!あたしも澄香もこんな事くらいでタカくんの事好きになったりしないよ!」

 

「え?そうなの?他に先輩にいいところってあるっけ?」

 

くっ、なっちゃんめ…。

確かにタカくんは自己否定感強いし、自分の欲望に忠実だし、かなりビビりだし顔も体型もアレだけど…。

あれ?何であたしも澄香もタカくんの事好きなんだろ?

澄香、悪いことは言わない。あんな変な人をずっと想ってる必要ないよ?

だからあたしに譲って下さい。お願いします。

 

「梓お姉ちゃん?」

 

「い、いや、続き!続き話すね!」

 

自分の中で葛藤してる場合じゃないよ。

なっちゃんに続き話さなきゃ…。

てか、なっちゃんもタカくんの事好きなんじゃないの?違うの?

 

「まったく…梓お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんも本当に物好きだよね。先輩なんか私に任せてくれたらいいのに」

 

なっちゃん?

 

 

 

『おにーちゃーん!おねーちゃーん!ばいばーい!』

 

『ああ、はいはい』

 

『…』

 

『あ?お前何見てんの?』

 

『いや別に。ちゃんと手を振ってあげんねやなぁって思って』

 

『あ?もう腕も疲れてるしね。早く帰りたいけどね。

でも、あのボウズいつまでもこっち振り向いて手を振ってくるしよ』

 

『クスクス…』

 

『あ?お前何笑ってんの?

これあれだぞ?あのボウズがずっと手を振ってきてるからなだけでだな。これは先に手を振るのを止めた方が負けといっても過言ではあるまい。つまり俺は先に手を振るのを止めるわけにはいかねぇんだよ』

 

『あんたさ?女の子にモテへんやろ?』

 

『ふぁ!?な、なんで!?

そ、そんな事ねーし!モテ…てる訳じゃないけど、モテてない事もなきにしもあらずだし!』

 

『そういう所なんだよねぇ』

 

『そういう所ってどんな所!?それ何処!?』

 

『あ、あの子まだ手を振ってくれてるよ?』

 

『え?あ、ああ、まったく…とーちゃんとかーちゃんと早よ帰ればいいのによ…まだ手を振ってやがる…』

 

『口も態度も悪いけど…子供の見る目は確かだよね』

 

『あ?何?何か言った?』

 

『ううん、別に。あ、そだ』

 

『ん?』

 

『そこの大通りを真っ直ぐ行って1つ目の信号を向かって右に曲がった所』

 

『あ?急にどうしたの?』

 

『そこにスーパーがあるからさ。そこならお酒売ってもらえると思うよ。私も父さんのお使いでよくそこでお酒買ってるし』

 

『何!?マジでか!?』

 

『うちのコンビニじゃ未成年に売られへんからさ』

 

『うっわー!助かる!マジでありがとう!(ニコッ』

 

『う?(ドキッ』

 

そう言ってそのお客様…。もうタカくんでいっか。

タカくんは澄香に笑顔でお礼を言って、澄香の教えたスーパーへと向かって行った。

 

『……ってな事が昨日あって』

 

『澄香…澄香ってチョロかったんだね?』

 

『は!?チョロ!?いやいやいや!別に惚れたとか好きになったとかちゃうし!』

 

『とうとう澄香にも春が~』

 

『だ…だから違うって言ってるやろ!

何か面白い人やなって思っただけやし、また会えたらなぁ~って思ってるだけで…』

 

『また会いたいんや?(ニヤニヤ』

 

『…!?

わ、私の話はこれで終わり!もうそんだけやし!

それより梓の話。何があったんよ』

 

『あ、あたしの話か』

 

『そうそう。てか、今日はその話しにうちに来たんやろ?』

 

『ああ、うん…そうなんだけど…』

 

『ちょっと前の…中学に成り立ての頃の梓は…何て言うかな。感情をあんまり表に出せてなかったやん?

それが最近になって昔みたいに笑うようになってきてさ。少し安心してたんやけど、今日の梓はあの頃みたいな。

何となくちょっと違っても見えるけど、何か悩んでるみたいに見えるよ』

 

『澄香…』

 

『何があったん?』

 

『あ、あのね…あたしも昨日の事なんだけど…』

 

あたしは澄香にタカくんと会った時の事を話した。

男の人なんて嫌いだって思ってたのに、あの人にはそんな嫌悪感もなくて、もう1度会いたい話したいと思った事。

そしてあの人はあたしが嫌悪感を持っている音楽をやっているのかも知れないという事も…。

 

『梓もチョロいやん』

 

『チョロ!?ち、違う!別に惚れたとか好きになったとかちゃうし!

あたしが自然体でいられるなって…もっとお話したいなって…』

 

『ふふふ』

 

『な、何がおかしいの!?』

 

『いや、梓も私も昨日そんな人に会ったんだなって思って。さすが幼馴染みと言ってもこんな事ってあるんやなぁって思ってさ』

 

『あ、あはは、確かにそうだね』

 

『これがその人が出るかも知れないってフライヤー?』

 

『ふらいやぁ?あ、チラシの事?

うん、多分…BREEZEってバンドかand moreってバンドやと思うんやけど…』

 

『…and moreではないと思うよ。あ、でも違うともあながち言えないか?うーん…』

 

『え?and moreってもしかして有名なバンド?』

 

『and moreはバンド名ちゃうから…』

 

『そうなの?』

 

今思い出すとめちゃくちゃ恥ずかしいよね。

あたしはその時はand moreってバンド名やと思ってたし…。

 

『うーん、私このライブハウスの場所わかるよ』

 

『え?』

 

『今夜のライブか…。

チケット残ってるかどうかわからんけど…。行ってみる?』

 

『う!うん!行きたい!!』

 

あたしと澄香はその日…タカくんのライブを観に行く事にした。



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第35話 初めてのライブ

『チケット完売してたらどうしようって思ってたけど、全然余裕あるみたいだったね』

 

『このライブハウス150人キャパだよね?もう開場してるのにあたし達80番台とか…』

 

デビューもしていないアマチュアバンドを泣かせるような事を、あたしと澄香は話していた。

 

当時はSNSやネット動画なんかもそんな普及してなかったし、自分で作ったホームページやフライヤーを配るとかじゃないと、ファンでもライブがある事を知らないなんて事もざらだった。

 

『あんまり人気ないのかな?』

 

本当にアマチュアバンド泣かせだった。

 

 

あたしの名前は木原 梓。

この日、大阪で開催されるアマチュアバンドのライブにあたしと澄香は来ていた。

そう、タカくん達BREEZEの大阪凱旋ライブに。

 

とは、言ってもメインのバンドはりっちゃんのお父さんである氷川さんのバンドやったんやけどね。

 

『ふぅん、ライブハウスってこんな感じなんや』

 

『いや、そんなんピンキリちゃう?ここは割と小さめのライブハウスみたいやし』

 

あたしはお父さんの事もあって音楽の話題から遠ざかってたから、ライブハウスなんて来たの初めてだったから、色んなものが新鮮だった。

あはは、そこはあんま綺麗なライブハウスでもなかったし、そんな流行ってない感じだったけど…。

 

『あんまり人でいっぱいって訳じゃないけど、前の方はいっぱいだね』

 

『どうする?あたし達は端っこの方行っとく?』

 

『え?私は端っこでもいいけど梓は前の方行きたくないん?』

 

『う~ん…昨日の人を確認したいとは思ってるけど、前の方は人いっぱいやしゆっくり見たいなぁって気もするし?』

 

あたしと澄香がそんな事を話している時だった。

 

『ねぇねぇ、2人共可愛いね。今日のライブに好きなバンド出るとか?』

 

変な男に声を掛けられた。

 

『オレいつもここ来てるけど、君たち見ない顔だしさ?』

 

『あ、えっと…私達は別にファンとかじゃ…』

 

『え?そうなん?なら、ただライブに来ただけみたいな?

別に好きなバンド出てないなら、今からオレらとどっか行って遊ばね?』

 

『え?どっか行って遊ぶって…今日はライブを見にきたんじゃ?』

 

『いやいや、君たちみたいな可愛い女の子が居ないかな?って思っていつもここに来』

 

-ドゴッ……ドーン!

 

『邪魔』

 

『ちょ!梓!あんたいきなり殴って吹っ飛ばすとか!』

 

『え?だってここライブハウスだよ?

ライブ見に来た訳でもなく、女の子をナンパするとか邪魔やない?』

 

あたしはその男にイラッとしてつい殴って吹っ飛ばしてしまった。

その男はツレの男におんぶされて、ライブハウスから出て行ったんだけど…。

 

『あのね!ああいうのはイラッとするし私もぶっ飛ばしてやりたいって思ってたけど、いきなり暴力はあかんやろ!人間には言葉っていうものがあるの!』

 

澄香に怒られてしまった。

あたしも人間なんだけど…。

その時…

 

『うわー!ありがとう!』

 

『『え?』』

 

まわりの何人かの女の子があたし達に近付いて来てお礼を言ってきた。正直その時は何でお礼を言われてるのかわかんなかったよ。

 

『あいつら最近このライブハウスに来ては女の子に声掛けたりしててウザかったんだよね』

 

『そうそう!無視しててもずっと話し掛けてくるしさ~』

 

『お姉さんがぶっ飛ばしてくれてスッキリしたよ~』

 

あたしのまわりに集まって来た女の子達は、さっきのナンパ野郎の被害者達だった。

あたしは殴って良かった。そう思ったけど良い子は暴力とかダメだからね!

 

『あ、お姉ちゃん達ってもしかしてライブ初めて?』

 

『え?あ、はい。まぁ…』

 

『もし良かったらさ。さっきのお礼って事でそこの柵の譲ろっか?』

 

『柵…譲る?』

 

『あはは、柵って言ってもわかんないよね。この会場の色んな所に柵が立ってるでしょ?』

 

周りを見てみると会場内のあちこちに柵のようなものが立っていて、その柵にはモタれてる人や、タオルを掛けてる人達がいた。

 

柵ってその時は何であるのかな?って思ってたけど、今となっては柵取れたら嬉しいよね~。

実は女の子達が来てからあたしは人見知り全開で一言も発する事はなく。応対は澄香に任せっきりだったんだけどね。おっと今はそんな事を話してる場合じゃないや。

 

あたしと澄香は譲ってもらった柵にもたれながら開演時間を待っていた。

 

『18時開演って書いてんのにもう18時10分やで?』

 

『準備に時間かかってるんちゃう?梓ももう少し我慢ってもんを…』

 

『澄香!』

 

『わ!?び、びっくりした…。何?どしたん?』

 

『澄香…何飲んでるの…?み…水…?』

 

『え?ああ、うん。会場入る時にチケット代とは別にドリンク代払ったやろ?』

 

『え?あ~…確かに払ったかも…』

 

『そん時にドリンクチケット貰ったやろ?入り口でそのチケットで水と交換して…』

 

『こ、これってライブ前に交換出来るの!?』

 

『え?いや、ライブ前でもライブ中でもライブ後でも、ドリンク交換は出来るけど…』

 

『まじでか。

あ、あたしも水貰ってくる!ライブハウスって飲食禁止なんやと思ってたし!』

 

『ん?そりゃ飲食禁止の所もあるやろけどここは…』

 

『とりあえずあたし行ってくるね!喉渇いたし!』

 

あたしがそう言った直後…

 

『あ、暗くなった。ライブ始まるんかも』

 

『え!?なんでこのタイミングで!?』

 

あたしがドリンク交換しに行こうとした途端に会場は暗くなり、さっきまで流れていた軽快な音楽も止まってしまった。

 

『うう…み、水…』

 

『タイミング悪かったなぁ…。あたしの飲みかけやけど少し飲んでいいよ』

 

『澄香…(トゥンク』

 

『ごめん、ときめくのは止めて…』

 

-ドン!ドンドンドン…

 

あたしが水の交換に行くのを諦めて澄香に恵んで貰った水を一口飲んだ時、ドラムの重低音が会場中に響き渡った。

 

『は、始まる!?』

 

『うん、始まるみたいやね。私もライブの生って初めてやからドキドキするわぁ~』

 

ステージの上で動く人影。

あたしも澄香もドキドキしながらステージを見ていた。

 

-パッ

 

ドラムの音が止まり、ステージがライトアップされた。

 

『………GEKIJO(げきじょう)

 

-ドンドンドンシャン…ドゥルドゥル…

 

センターに立っていた女の人。

ふふ、その日のオープニングは香保さん。

志保ちゃんのお母さんのバンドだった。

 

激しい音楽、訴えかけるような歌詞、かっこいいパフォーマンス。

初めて見たバンドの音楽は、あたしの想像以上に凄いものだった。

 

 

 

 

『ありがと~!あたしCODE KNIGHT(コードナイト)の演奏は終わりだけど、次はみんなのお待ちかね!氷川さんのバンドだ!みんな盛り上がれよー!』

 

そう言って香保さん達のバンドは舞台袖に戻り、ステージのライトは消されてスタッフさんが機材の交換を始めた。

 

『今のバンドの音楽凄かった…。やっぱライブって凄いね。ね!梓!』

 

『……』

 

『梓…?』

 

『…凄い。これが音楽?あたしが今まで思ってたのと全然違う…』

 

『梓…』

 

 

 

あたしは香保さんのバンドCODE KNIGHTの演奏を聞いて…

 

「ちょっと待って梓お姉ちゃん!」

 

「え?どしたの?」

 

「あ、あの…う~ん…せっかく前回までとは違ったいいお話聞かせてもらってるし、あんまりメタな事は言いたくないんだけど…」

 

「うん?何か変なとこあった?」

 

「へ、変なとこって言うか…う~ん…」

 

なっちゃん?

どうしたんだろう?

 

「あのね…読者も誰も彼もが大して覚えてないと思うんだけどね?香保さん、志保のお母さんのバンドってCODE JOKER(コードジョーカー)ってバンド名じゃないの?メタ発言だとは思うけど、前に先輩がモノローグでそんな事を…」

 

あ、なるほどね。そっかそっか。

なっちゃんは香保さんのバンドの成り立ちを聞いてないんだね。

確かに香保さんと大志さんのバンドはCODE JOKERだけど…。

 

「なっちゃんの知ってる通り。

香保さんと大志さんのバンドはCODE JOKERってバンド名だよ」

 

「え?やっぱりそうなの?でも梓お姉ちゃんはさっき…」

 

「うん。香保さんのバンドはCODE KNIGHTって言ったね。これも今度みんなと話す時に出る話題だと思うけど、まだこの時は大志さんと香保さんは別々のバンドだったの」

 

「え?志保のお父さんとお母さんって別々のバンドだったの?」

 

「そだよ。まぁあたしらがArtemisを始めてしばらく経っても別々でね。クリムゾングループと本格的に戦い始めて…」

 

あれ?

そういや何でだっけ?

 

当時、香保さんはCODE KNIGHTってバンドやってて、大志さんはEND JOKER(エンド ジョーカー)ってバンドをやっていた。

 

大志さんは香保さんにベタ惚れで交際やら結婚を申し込むくらいに…ううん、『え?ストーカーなの?』って思うくらいにアタックしてたけど、香保さんは大志さんの事嫌ってたし、何で一緒にバンドやり始めたんだっけ?

まさか香保さんが大志さんと本当に結婚しちゃった時は、あたし達もびっくりしたくらいだったし…。

 

「梓お姉ちゃん?」

 

「あ、ごめんね。

当時は別々のバンドだったけど、一緒にバンドをやるようになってね。それからCODE JOKERってバンド名にしたんだよ」

 

「へぇ~、そうだったんだ?」

 

…あれ?本当に思い出せない。

何でだろ?タカくんかトシキくんに聞いたら思い出せるかな?

あ、今はなっちゃんに続きをお話しなきゃ!

 

「あ、それで話を戻すけど…」

 

「あっ!せっかく梓お姉ちゃんが話してくれてるのにごめんなさい」

 

いいんだよ、なっちゃん。

あたしも…この違和感って何なんだろ…?

 

 

 

 

『ジャズバンド…か。うん、今の演奏めちゃくちゃ好きやわ』

 

『あの氷川さんって人、澄香と同じベースやったもんね。あ、そいや澄香はまだベースやっとるん?』

 

『もちろんやっとるよ。小さい頃からやってたし、止めるきっかけってのも無かったし。まぁ、だからズルズルやってんのかもやけど…』

 

『ま、あたしはギター止めてもうたけどな…』

 

氷川さんのバンドの演奏は、香保さん達とは違って静かで心に直接響いてくるような演奏だった。

 

氷川さん達の演奏が終わって、次に出て来たのは…

 

『雨宮 大志だ』

 

\\キャー!ワー!!//

 

『え?凄い歓声…!』

 

『前の方の女の子達みんな騒いでるなぁ』

 

『今日はバンドとしての参加ではないが、次のBREEZEへの繋ぎの余興…。とでも受け取ってくれ』

 

-ギュンギュンギュン、デュンデュンデュ…

 

『す、すご…』

 

『わ、私でもこの曲知ってる!』

 

大志さんが演奏した曲はTVCMやドラマで聞いた事のある曲を完璧にコピーしていた。

バンドやライブを知らない人も、もちろん知っている人も、そんな曲を聞かされたら惹き込まれしまう。

あたしや澄香だけじゃなく、会場中の人達が大志さんの演奏に惹き込まれていた。

 

『みんな…盛り上がってくれたようだな。次はトリのBREEZEだ。演奏技術はまだまだだが、俺の演奏より盛り上げてくれるだろう』

 

\\ワー!キャー!//

 

BREEZE…。きっとそのバンドに昨日の人がいる。

大志さんの演奏も凄かった。

氷川さんの演奏も香保さんの演奏も。

でも、あたしは次はBREEZEという言葉を聞いたら、頭の中は昨日の人にまた会えるかも知れない。そんな事でいっぱいになっていた。

 

『次がトリやて。梓が昨日会ったって人が居たらいいね』

 

『う、うん…』

 

『そろそろ準備も終わったようだな。それでは俺は退散させてもらおう』

 

大志さんはそう言ってステージのライトは消えた。

 

『香保~!上手くやったよ~!そろそろ結婚してくれ~』

 

『うるせー!あたしに近寄んな!!』

 

何か聞こえた気がしたけど会場中誰も聞こえないふりをしていた。

 

それから少しした後、ステージの1ヵ所がライトアップされた。

 

-ドンドンドンドンドンドン

 

軽快なドラムの音が会場に響き渡った。

 

『お!さっすが大阪だな!可愛い女の子いっぱいいるじゃん!』

 

『梓…?あの人?』

 

『ううん、違う』

 

ライトアップされたのは英治くん。

そしてもう1ヵ所がライトアップされて…。

 

『うん!みんないい顔してるね!男の子も女の子も!

まだまだこれから盛り上がるからね!

大阪!暴れろよ!!』

 

トシキくんがそう叫んだ。

 

『あの人も違う』

 

『あの人でもない…か…』

 

そして次にライトアップされたのは

 

-ベンベンベンベン…ギュンギュン

 

『大阪…!まだまだこんなもんじゃねぇだろ!声出せ声!』

 

拓斗くんだった。

 

『あの人は違うよね』

 

『ん?うん、違うけど何でわかったの?』

 

『なんか…あいつムカつく…。顔かな?いや、違うな…。てかあいつが私と同じベースやってるのがめちゃくちゃ腹立つ』

 

『え!?何で!?』

 

澄香は何でか知らないけど初見で拓斗くんを嫌っていた…。

 

その後もギターのトシキくん、ベースの拓斗くん、ドラムの英治くんの3人で演奏が続いていた。

 

『あの3人でBREEZE…?』

 

『梓の想いの人は結局居なかったの?』

 

『そんな…。そか、しょうがないね。

でも音楽が楽しいものって少し…ほんの少しだけどわかった気がする。そう思ったら今日は来て良かったんだと思うよ』

 

『梓…』

 

昨日会った人は居なかった。

あたしは少しガッカリしたけど、音楽が楽しいものって知れた事は良かった事だと思ってもいた。

 

それからも続く単調な音楽。

あれ?どうしたんだろう?

盛り上がれーみたいに言ってたのに…。

 

〈〈〈ザワザワ…〉〉

 

会場中もざわつき始めた…。

 

『ど、どうしたんだろう?なんかずっと…』

 

『そやね。ボーカルさんも出て来てないし、さっきからずっと同じ音楽を単調に演奏してるだけやな』

 

あたしは澄香に言われてハッとした。

確かにボーカルの人が出て来ていないと…。

 

 

『お、おい…このままじゃマズイんじゃねぇか…?』

 

『あのバカ何で出て来ねぇんだよ…』

 

『ねぇ…はーちゃんが言ってた演出…、アレやらないと本当に出て来ないんじゃない?』

 

『は!?あいつ本当にバカか!?あんなの絶対ウケないだろ!?』

 

『でもこのままじゃ本当にはーちゃん出て来ないかも知れないよ?俺も会場も疲れてきてるし…』

 

ステージの上ではトシキくん達が何か揉めているようだった。

 

『トシキ、拓斗…覚悟決めろ。もう…やるしかねぇ…』

 

『チッ、やるしか…ねぇのか…』

 

『うん、もうやっちゃお。スベったらはーちゃんのせいって事で…』

 

そして3人は演奏を止め、

 

『『『関西!』』』

 

そう叫んだ。そしたらどこからともなく…

 

『で○きほ~○○きょ~○○♪』

 

〈〈ザワッ〉〉

 

そして…

 

『『『ハナテン!』』』

 

『ちゅ~○しゃ○○~○~♪』

 

その時BREEZEが言っていたのは関西ローカルのCMのフレーズって言うか歌って言うか…。

 

『『『ホテル!』』』

 

『にゅ~○~わ~○~♪』

 

そして静まりかえる会場。

ステージの上の3人は泣いているようだった。

 

少しの間の静寂…。

 

『駆け抜ける~瞬間(とき)を~♪』

 

-バン!

 

会場の入り口のドアが開かれ、男の人が入って来た。

 

『『は!?あいつマジか!?』』

 

『ちょっ…はーちゃん歌っちゃってるし!俺達も演奏しないと!!』

 

そしてBREEZEの演奏が始まり、入り口から入って来た人…、タカくんはあたし達フロアに居る客とハイタッチしたり何かしながら歌っていた。

残念ながらあたしと澄香の所には来てくれなかった。

 

タカくんは1曲歌い終わり、ステージの上にあがってあたし達客席の方を見た。

 

『あ!あの人昨日の!』

 

『え?あの人昨日のお客様!?』

 

タカくんを見た時、あたしと澄香は同時に声をあげた。

 

『す、澄香?昨日のお客様って…もしかして昨日澄香が会ったって人あの人なの?

 

『梓こそ…あの人が夕べ梓を助けてくれた人なの?』

 

あたしと澄香の会った人は、同じ人だった。

なっちゃんや読者の人達にはバレバレだっただろうけど、BREEZEのボーカルがあたしと澄香のもう1度逢いたいと思った人だった。

 

『澄香…』

 

『あ、梓…』

 

あたし達はお互いを見合い何も言えずにいた。

 

『来たぞ大阪ぁぁぁぁぁ!!!!』

 

『『ハッ!?』』

 

タカくんの叫びと同時にあたし達は我に返り、ステージへと目をやった。

 

『まずは1曲聞いてもらいました!最高だな大阪!!』

 

\\わ、わ~…イエ~ィ…//

 

『あ?なんだなんだ大阪!全然声出てねーじゃん!さっきの盛り上がりは何だったの?あ、もしかして接待?』

 

『ちげぇよバカ。みんなお前の登場の仕方に戸惑って声を出せねぇでいるだけだ』

 

『え?何で?』

 

『何でってお前…昨日この演出は止めようって言ったじゃねぇか。トシキにも拓斗にも俺にも説得されて止めてくれたんじゃなかったのかよ…』

 

『あ?何で俺がお前らの言う事を聞かねばならんの?』

 

『はーちゃん、現実を見て。これがはーちゃんが決行した結果の反応だよ?』

 

『…感動のあまり声が出ない?なるほどな』

 

『『『なるほどなじゃねーよ!』』』

 

『でもな!お前ら!せっかくのライブだぜ!?

俺らも来たくてもなかなか来れなかった大阪にやっとの想いで来たんだからよ!もっと声出して暴れよーぜ!!』

 

『『『え!?俺達のツッコミスルーなの!?』』』

 

『クスクス、あの人らの話おもしろ』『ね?さっきの曲かっこ良かったのに』『あのバンド好きかも』

 

さっきまでシーンと静まりかえってたのに、会場中BREEZEのMCに口々と反応していた。もちろんあたしと澄香も。

 

『何あのボーカル。メンバーのみんな困ってんじゃん』

 

『すごいね。バンドって歌って演奏するだけじゃないんだね。さっきのバンドやギターの人達もだけど、まるで会場に居る人達や自分達が昔からの友達みたいな…。

これがバンド…音楽なんだね…』

 

『梓…?』

 

 

 

『そろそろ次の曲いくぞ!大阪ぁぁ!声出してけよ!ウォイ!ウォイ!』

 

\\ウォイ!ウォイ!!//

 

会場のみんなを煽るタカくんに反応して、会場のみんなも盛り上がっていった。

あたしは今まで嫌って避けていた音楽が、こんなにも楽しくてこんなにも尊いものだったなんてと、すごく衝撃を受けていた。

 

『大阪ぁぁ!まだまだ声出せるだろ!!大阪!大阪!!』

 

\\ウォイ!!ウォイ!!!//

 

『いいねいいね大阪!そろそろ次の曲いっちゃうか!トシキ!』

 

タカくんの呼び掛けに反応してトシキくんの演奏が始まり、タカくんが曲名をコールした後、激しいヘドバンが始まった。それに呼応して会場中のみんなもヘドバン始めてね。

あたしも澄香もびっくりしたけど、今この時間に楽しんで暴れないのは勿体無い。あたしも楽しんで暴れたい。そんな気持ちになっていた。

 

BREEZEの演奏も本当に楽しくてかっこ良くて…。

何より昨日は死んだ魚みたいな目をして猫背だったタカくんは、背筋もピンとしていたし、目が輝いていた。

 

『『か、かっこいい…!』』

 

『ん?澄香?』

 

『ん?梓?』

 

『す、澄香、今あの人の事かっこいいって言わなかった?』

 

『え?いや、あの…かっこいいとは言ったけど、あの人の事ちゃうから曲がかっこいいと思っただけだから。それより梓こそ…』

 

『あ、あたしもそうだよ!曲がかっこいいって言ったの!』

 

『…』

 

『…』

 

『『だ、だよね~』』

 

『まだまだ行くぞ大阪ー!』

 

BREEZEの次の曲が始まろうとしていた。

 

『…』

 

『…』

 

『『い、今はライブに集中しよっか』』

 

その後もBREEZEのかっこいい演奏。

MCには当時のあたしと澄香もどん引きするような下ネタ。

でも楽しいライブだった。

 

『ありがとうございました!BREEZEでした!』

 

 

そうしてその日のライブは終わった。

 

 

かと思ったんだけど…。

 

『みんなありがとう!久しぶりの大阪ライブ!すごく熱かったし楽しかった!』

 

氷川さんが1人でステージに出て来た。

 

『本当に楽しかった。今日、大阪でこうやってライブ出来た事を嬉しく思います。ライブはさっきのBREEZEで終わりですが、皆さん楽しかったですか!?』

 

\\ワァー!楽しかったー!//

 

『ありがとう!俺たちも楽しかった!!

……では、名残惜しいですが、これでエンディングです』

 

氷川さんはベースソロで演奏を始めた。

氷川さんのバンドで演奏していたような静かで心地好い演奏ってより、激しく荒々しく、暴れたくなるような熱いサウンドだった。

 

そしてステージの上に香保さん達や大志さん、BREEZEのメンバーが登場して…

 

『みんなー!あたしも今日は楽しかった!!』

 

香保さんがそう言って会場に向かってピックを投げた。

そんな香保さんに続くように、ステージのみんな会場に向けてピックを投げてくれた。

 

『え!?ピック!?タ、タカの欲しい!』

 

『澄香!?』

 

澄香はもう自分の気持ちを押し殺す事も出来ない程に興奮していた。

やっぱり澄香はあのBREEZEのボーカルさんの事を好きなんだね。

 

あたしは澄香を見てそう思ったけど

 

『あ、あたしも欲しいし!絶対ゲットする!!』

 

あたしもやっぱりタカくんのピックが欲しかった。

 

『あ!タカくんがこっちに向かってピック投げそう!』

 

『負けへんで梓!』

 

『あ、投げた…。澄香!邪魔!』

 

『なっ!?私かて欲しいんやから!』

 

あたし達の方に飛んでくるタカくんのピック。

 

『『うがぁぁぁぁぁぁ!!!!』』

 

あたし達は今思うとどんだけ必死だったの?

って思う程に恥ずかしいくらい欲していた。

 

 

『フッ…取った』

 

 

あたしはタカくんの投げたピックに『TAKA』と名前が記載されていることを確認し、あたしはこの手に勝利を掴んだと確信した。

 

『くっそ~…梓に取られちゃったか。羨ましい…でも、おめでとう』

 

『えへへ…良かった…。うん、ありがとう澄香』

 

あたしと澄香は互いに全力を賭けてタカくんのピックをゲットしようとした。

今回は運良くあたしが手に入れる事は出来たけど、澄香が手に入れていたとしても、あたしも澄香におめでとうと声を掛けていただろう。

 

あたしは額から血を。

澄香は肩から血を流していた。

通常のライブではこんなに必死になっちゃダメだよ?

迷惑行為だからね?

 

『まだタカくんもこっちに投げてくれるかもよ?』

 

『あ、そやな。つ、次は私に譲ってや?』

 

『あ、ピック飛んできた』

 

『うがぁぁぁぁぁぁ!』

 

澄香は飛んできたピックをスライディングキャッチした。

読者のみんなはほんまにこんな事したらあかんからね?

これは創作だからやってるだけなので…。

 

『と、取れた』

 

『おめでとう澄香!』

 

『うん!ありがと……う?え?これ…』

 

澄香がキャッチしたピックは雨宮さんのピックだった。

 

『こ、このピック…雨宮 大志さんの…?』

 

『それじゃみんな!ありがとうございました!』

 

『『あっ…』』

 

ピックを全て投げ終わったのか、ライブの終了時間がきてしまったのか、氷川さんの演奏は終わり、ステージの上に居たみんなも退場してしまった。

 

『う~…ピック取れたのは嬉しいけど、やっぱりタカのが良かったかな…』

 

『……あげないよ?』

 

『いや!梓もタカの事が好きなんやろ!?さすがに頂戴とか言わんし!』

 

例え親友の澄香にもタカくんからのピックは渡す訳にはいかない。あたしはそう思っていた。

 

『あ、あの~…す、すみません…』

 

『あ、はい?何ですか?』

 

そんなあたし達に1人の女の子が声を掛けてきた。

 

『あ、あの…ぶしつけに申し訳ないんですけど…先ほど雨宮さんのピックを取られてましたよね…?私、雨宮さんの大ファンでして…』

 

その女の子は雨宮さんのファンだったようで、澄香が雨宮さんのピックをゲットしたのを見ていたのか、澄香に声を掛けてきたようだった。

 

『あ、そうなんですね。このピックが欲しいとかですか?私は別に雨宮さんのファンって訳ではないですし、良かったらどうぞ』

 

そう言って澄香はその女の子に雨宮さんのピックを差し出した。ほんま澄香いい子だよね~。

 

『あ、いえ、雨宮さんのピックを譲って頂きたいのはそうなんですけど、BREEZEのTAKAさんのファンのようでしたので、私がさっき取れたこのピックと交換をと…』

 

『え!?タカのピックと交換してくれんの!?』

 

『はい!もしよろしければ…』

 

そうして澄香もタカくんのピックが手に入って、あたし達は今日来て良かった。最高だったと感動していた。

 

だけどそれだけじゃなかった。

その日にはまだ…。

 

『さっきのバンドとか今日は手渡し物販やってるってー』『マジ?あのバンドかっこ良かったしCDとかあるかな?』『雨宮さんもやってるかな?』

 

『『手渡し物販!?』』

 

あたしは胸が高鳴った。いや、昂った。

も、もしかしたらタカくんとまたお話出来るかも…。

 

『梓!』

 

『うん!行こう!澄香!』

 

あたしと澄香は物販会場。

会場と言ってもエントランスだけど。

あたし達はそこへと向かった。



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第36話 きっかけなんて…

『は~い…BREEZEのグッズ売ってますよ~…売れ残ってますよ~。誰か買って下さい~う、うぅ…グスッ』

 

BREEZEの物販コーナーにはBREEZEのメンバーは居なかった。

その代わりに半泣きしている女の子が居た。

その女の子っていうのは三咲ちゃんだったんだけど…。

 

『BREEZEの物販…ここ…だよね?』

 

『何であの売り子の女の子半泣きしてるんだろ…?』

 

あたし達はBREEZEのメンバーが居ない事を不思議に思いはしたけど、せっかくの物販だからと三咲ちゃんに話し掛けた。

 

『あ、あの…BREEZEのグッズって…』

 

『何が売ってますか?』

 

『BREEZEのグッズ買ってくれますか!?(クワッ』

 

三咲ちゃんの鬼気迫る圧に一瞬たじろきはしたけど、少し話してみると話しやすい女の子だとわかった。

 

三咲ちゃんの話しによるとBREEZEのメンバーはじゃんけんに負けて英治くん以外のメンバーは会場の片付けに駆り出されたようだった。

だけどその英治くんは物販を手伝う事もなくどこかに消えてしまったらしい。

 

後で英治くんに『物販すごく忙しかったんだからっ!』と、文句を言おうと思っていたけど、CDが数枚売れただけでグッズは売れず、ものすごく暇をしているようだった。

 

『な、なるほど…それで半泣きしてたんですね…』

 

『そうなんだよ~、ヒマヒマで困ってて~…』

 

『あ、あの…英治くんってBREEZEのEIJIですか?』

 

『え?うん、そだよ。もしかしてお姉さんは英治くん推し?』

 

『いや、そういう訳じゃないんですけど…。

BREEZEのEIJIってもしかしてあそこで観客の女の子ナンパしてるあの人かな?って…』

 

あたしはその時は三咲ちゃんと英治くんが付き合ってる事なんか知らなかったから、普通にそんな事を聞いてしまった。

 

『あ、ほんとだ。英治くんだ。

……物販サボッてナンパとか…後でタカくんにチクッてやる。そしてその後で思いっきりぶん殴ってやる!』

 

三咲ちゃんから放たれるオーラは凄かった。

この子なら全力のあたしといい勝負が出来るかも知れない。あたしはそう思っていた。

 

『あ、あははは、そ、それよりBREEZEのグッズってどんなのが売ってるんですか?』

 

『あ、そうだね。ごめんね。接客はちゃんとしなきゃね。まずはね~…』

 

その日に売っていたBREEZEのグッズは、

新曲のシングルCD(500円)とアルバムCD(1500円)。

 

拓斗くんが考案したメンバーのブロマイド(100円)。

タカくんのブロマイドは使用用、観賞用、保存用の3枚は買おうと心に誓った。

 

そして英治くんの考案した応援うちわ(200円)。

表面は英治くんの写真が印刷されていて、裏面には小さくBREEZEと書かれていた。

正直これはいらないな。と思った。

 

次に紹介されたのはトシキくん考案のリストバンド(500円)。

当時はトシキくんは何を思ってこれを考案したんだろう?って思ったけど、今思うとやっぱりトシキくんもBREEZEのメンバーだね。って思うようなドン引きリストバンドだった。

 

最後に紹介されたのはタカくん考案のサイリウム(2,000円)。

タカくんカラーのレッド、トシキくんカラーのホワイト、拓斗くんカラーのイエロー、英治くんカラーのグリーン、BREEZEカラーのブルーの5色に光るサイリウムだった。

 

だけど注意事項に『このサイリウムはライブ中には使用しないで下さい。フェスとか野外ライブなら可』と記載されていた。

いやいやいやライブ中に使用するなって、そんならこれいつ使うの?って思った。

 

そりゃ誰もBREEZEのグッズ買わないよね…。

 

『それでお姉さん達は何を買ってくれるかな?』

 

ものすごい眼差しを送ってくる三咲ちゃん。

だけどごめんね。

うちわとリストバンドとサイリウムはいらないかな…。

 

 

『私はアルバムCDと新曲CDと…』

 

『あ、あたしもアルバムと新曲と…』

 

『『タカのブロマイドを3(4)枚で』』

 

あたしと被るようにタカくんのブロマイドを4枚と言った澄香。

使用用、保存用、観賞用以外にもう1枚だと!?

 

『あ、やっぱり梓もタカのブロマイド買うんや?』

 

『うん、えへへ、まぁね。使用用、保存用、観賞用にと思って…。でも澄香は何で4枚なの?』

 

『う。…えっ…と…、せ…』

 

『せ?』

 

『生徒手帳にも…挟んでおきたいかな?って…』

 

生徒手帳にもだと!?

バ、バカな…!?もし生徒手帳に挟んでいて、学校で落として誰かに拾われちゃったりしたら、タカくんの事が好きなのかな?とか思われちゃうよ?

 

いや、待て…。まさか…まさかそういう事か!?

『私はタカの事が好きなの』アピールか!?

このままじゃあたしの…敗けだ。

 

『あ、そっか。あはは。生徒手帳用か~。

あたしもうっかりしてたよ。じゃあやっぱりあたしはタカくんのブロマイド5枚で!』

 

『5枚!?何で!?』

 

『う~ん…予備?』

 

『予備って…』

 

新曲とアルバムとブロマイド5枚で2,500円。

大阪までの交通費やライブのチケット代の事もあり、あたしも出せるのはここまでが限界と思っていた。

 

『あ、あはは…予備…予備ねぇ。予備も必要だよね!

わ、私もタカのブロマイド5枚で…』

 

な、何ぃ!?

澄香も5枚だと!?

バ、バカな…。澄香もバイトを始めたばかりだから予算的にはギリギリのハズ…!それなのに追加しちゃうと言うのか!?

 

澄香もあたしに敗ける訳にはいかないと思ったんだろう。

 

『え?2人共タカくんのブロマイド5枚も買ってくれるの?私が言うのもなんだけど正気?』

 

あたしも澄香も退けない戦いだった。

 

『もしかしてなんだけど…2人共タカくんの事好きなの?ただファンってだけで5枚は…ね…?』

 

『『あはは、そんなアホな。好きとかないですよ全然。あの人下ネタばっかりやったし、さすがにね~?かっこいいとは思いましたけど』』

 

『ありゃ?そうなの?タカくんの彼女になりたいくらい好きってんならいい事教えてあげようと思ったんだけどな~』

 

『『でもあの人の彼女になれたら嬉しいなって思ってます。なんならそのまま結婚したい』』

 

あたしも澄香も本当に退けない戦いだった。

 

『うん、2人共正直だね!感心感心!

正直タカくんを好きとか引くけど正直でいいよ!』

 

え?引くの?

 

『じゃあ正直な2人には教えてあげるね。タカくんには彼女居ないし、絶賛彼女募集中だよ。』

 

『『か、彼女募集中!?』』

 

 

 

 

「あたしの胸は高鳴った。

これはもうタカくんと付き合って結婚するしかない。これは運命的な出逢いと言っても過言ではない。そう思ったんだよ」

 

あたしはなっちゃんに恥ずかしい告白をした。

まさかなっちゃんの前でこんな事を言う日が来るなんて…。

あたしはなっちゃんがどんな反応なのか気になってチラッと見てみた。

 

「もぐもぐ。あ、この料理美味しい。ビールにすごく合うや。もぐもぐ」

 

……え?聞いてないの?

 

「もぐもぐ。ん?どしたの梓お姉ちゃん?それで?もぐもぐ」

 

…聞き流すつもり?

 

 

 

 

そ、それでその後に三咲ちゃんは…

 

『そしてさらに朗報です!この看板見てみて』

 

あたしと澄香は三咲ちゃんに促されるように看板に目をやった。

 

『『な、なんやて!?』』

 

『ふっふっふ。そう。

今日はBREEZEメンバーのチェキ写真も持って来ています。3,000円以上のご購入で1枚プレゼント。

ねぇ?タカくんのチェキ写真欲しくない?』

 

3,000円分のグッズを購入したらチェキ写真をプレゼントしてもらえる。

あたしと澄香が買おうとしているのは合計で2,500円。

まだ500円も足りない。

当時のあたしはお小遣いも少なかったし、澄香はバイトをしているといっても初任給はまだだった。

 

500円はあたし達にとっては大金であり、手痛い出費であった。

 

『チェキ写真…か…』

 

『チェキって事はこの世に1枚しかないんだよね…?』

 

あたしと澄香は悩んでいた。どうすればいいのかと…。

 

『あ、チェキは全部で10枚しかなくてね?

各メンバーのチェキが2種類とメンバー全員で写ってる写真が2種類。

つまり4/10。2/5の確率でタカくんの写真がゲット出来るよ?』

 

2/5の確率!?

あたしと澄香は顔を見合わせて震えた。

この確率ならタカくんの写真を手に入れる事が出来るかもしれないと…。

 

『クッ…』

 

『で、でも2/5…。半分以上は他のメンバーが当たる訳で…』

 

『あ、それでね?各メンバーのも、全員で写ってるのも2枚のうち1枚は直筆サイン付きだよ?』

 

『『買います』』

 

あたしと澄香は即答した。

 

直筆サイン付きのタカくんの写真。

これは末代までの家宝になるに違いない。

あたしと澄香はそう思っていた。

 

 

 

「ふぅん。梓お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんも昔はアホだったの?」

 

なっちゃん?

今なっちゃんは何って言った?

あたし達の事をアホって言った?うん、今思い返すとあたし達はアホだったと思います。

 

「それで?結局梓お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんも、3,000円分のグッズ買ったの?」

 

「あ、うん…それなんだけどね…」

 

 

『まぁ女子高生にどうでもいいグッズに3,000円はお高いよね~。よし!ここは売り子の私の特権で!

なんと今買おうとしてくれてるグッズにプラスでサイリウムを買ってくれたら1,500円おまけしてチェキを2枚プレゼントしちゃうよ!』

 

『な、なんやて!?…よ…4,500円か…』

 

『買います』

 

澄香!?

 

『え?澄香?4,500円だよ…?』

 

『提案した私が言うのもなんだけど正気?』

 

『た、確かに…4,500円は痛いけど…やっぱ欲しいし…』

 

あたしは澄香の言葉に感動した。

これはあたしも4,500円を出すしかない。

考えてみたらこのサイリウムはタカくんの考案したグッズだ。

ライブ中に使用禁止とは書いてあるけど、持っている分には問題ないはず。

 

もし今後もBREEZEのライブに行ける機会があって、タカくんがあたしの持っているサイリウムに反応してくれたら…。あたしの心は一気に昂った。

 

……なっちゃんがあたしの事を物凄い哀れみの目で見てきている。気付かなかった事にしよう。

 

「そ、それでね!あたしと澄香はサイリウムを買うことにしてね!」

 

「……」

 

ヤバい。これは本気でヤバい。

ごめんね、澄香。あたしのせいで澄香までなっちゃんにアホな子と思われてしまって…!

 

 

『わぁ~…本当に2人共サイリウム買ってくれるんだ?ちょっと引いちゃうね』

 

『『え?』』

 

『あ、何でもないよ!ちょっと待ってね!』

 

三咲ちゃんは後ろを向いて何かごそごそとしていた。

今思うと本当にあの頃のあたしと澄香は何であんな必死だったの?

 

『よし!準備完了!はい!!』

 

そう言って三咲ちゃんはあたしの前に2枚の封筒を、澄香の前に2枚の封筒を差し出した。

 

『私の左手に持ってるのがタカくんがソロで写ってる写真です!もちろん1枚は直筆サイン付き!2枚しかないし!』

 

『『え?それって…』』

 

『そして右手に持ってるのがBREEZEの集合写真。ちょっとズルかもだけどどうせ売れないし、タカくんのファンが居てくれたのも嬉しいし。2枚ずつ選んじゃって』

 

三咲ちゃんはタカくんの写っているチェキを左手に2枚、そしてBREEZEみんなで写っているチェキを右手に2枚持っていた。

 

『あの…ほんまにいいんですか?』

 

『いいよいいよ~。サイリウム売れてくれるならこんなのゴミみたいなもんだし!』

 

ゴミ…?

 

あたしと澄香は申し訳ないって気持ちもあるにはあったんだけど、これでタカくんのチェキが手に入るんだと興奮していた。

 

『じゃ…ハァハァ…あたしから…ハァハァ…ゴクリ』

 

あたしは三咲ちゃんのご厚意に甘えてチェキを選ぼうとしたけど直前で思い止まった。

 

『…澄香から選んで』

 

『え?わ、私から?梓から選んでくれたんでええよ?』

 

あたしは思った。

澄香も絶対タカくんの事が好きだもん。

だからあたしから選ぶのはよくない。だって…。

 

タカくんと出会ったのは時系列的に考えると澄香の方が早いんだからと。

 

『あ、あたしさ?クジ運だけらいいやん?だから澄香に…先に選んで欲しいって…』

 

『は?クジ運いいとか初めて聞いたけど?商店街の福引でも梓はいつもポケットティッシュやったやん?あん時私は沖縄温泉旅行当てたし、私の方がクジ運よくない?』

 

『そ、それでも…さ?』

 

『梓…?』

 

『だから…澄香が先に選んで。残り物には福があるって言うやん?あたしは残り物に賭ける!』

 

『梓…もう、ほんまにアホやな…』

 

澄香はあたしの肩に手を回して来て…。

 

『私とTAKAが先に会ってたとか、そんな事で気を遣わないでよ。余計にさ。梓が本気でTAKAの事好きなんやなって思わされちゃったじゃん』

 

『澄香…』

 

『TAKAが梓と出会った時にお酒を持ってたんやったら、確かに私の方が早く会ってたのかもだけどさ』

 

澄香はあたしの方を真っ直ぐ見てこう言った。

 

『先に会ったとかどうとか関係ないよ。

私もTAKAに出会って恋をした。梓もTAKAに出会って恋をした。これから先はどうなるかもわかんない。だから、私も梓も今の気持ちを大事にしようよ』

 

『澄香…』

 

『もしかしたら私が他に好きな人が出来るかもしれへんし、TAKAとはもう会える事はないかもしれへん。それにずっと私達がTAKAを好きでもさ?TAKAは私達のどっちを選ぶのか、他の女の子を選ぶのかもわからへんやん。だから…私に遠慮なんかせんといて?』

 

『澄香…(うるっ』

 

『あ!あの!どっちからでもいいから早く選んで!2人の前にチェキとはいえ差し出してる訳だし!私もずっと手をあげっぱなしでしんどいし!』

 

そんな話をその時に澄香としたんだけど、結局、先にタカくんソロのチェキは澄香に選んでもらって、BREEZEのチェキはあたしが選ぶという事で話は纏まった。

 

 

 

「ふぅん…それで?

先輩のサイン付きソロ写真はどっちが手に入れたの?」

 

「あ、あはは、タカくんのソロチェキのサイン付きは澄香が引き当てたよ」

 

「あ、澄香お姉ちゃんが当てたんだ?」

 

「で、でも、BREEZEメンバーのサイン付きチェキはあたしが…」

 

「う~ん…澄香お姉ちゃんにはそのチェキ頂戴って言いにくいよね…」

 

なっちゃん?あたしが引き当ててたとしてもさすがにあげないよ?

 

「あ、でもそれで何でバンドやろうって事に?

今までの話だと梓お姉ちゃんと澄香お姉ちゃんが先輩を好きになったきっかけ話じゃない?」

 

う、た、確かにここまでの話はそんな感じだけど…。

 

「ぶっちゃけ梓お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんも、先輩の事が好きだったのはみんな知ってるしさ?そこら辺の話はもうお腹いっぱいなんだけど?……あんま昔の聞かされると諦めなきゃいけないかな?とかも思っちゃうし…」

 

なっちゃん…。やっぱりなっちゃんもなんだね…。

 

「そ、それはこれからだよこれから!」

 

なっちゃんもりっちゃんもも奈緒ちゃんも失敗してるからなぁ。昔のあたしと澄香みたいに…。

 

あ、それより続きを話して挽回しなきゃ。

 

あたし達はその後、三咲ちゃんと連絡先の交換をして、帰宅することにした。

家に帰るまでずっと澄香とライブの…音楽の話をしてた。

 

もちろんタカくん達BREEZEの話だけじゃなくて、氷川さんや香保さん、雨宮さんの話もね。

 

『あ、もう澄香の家に着いちゃった』

 

『ほんまや…話に夢中になりすぎてあっという間やったね』

 

本当に楽しくて、学校の授業とかあんなに長く感じるのに、今日のライブは一瞬の出来事だったかのような感覚だった。

 

『ん?梓…?帰らへんの?』

 

『え?いや、帰るよ?何を言ってるの澄香は』

 

『バイク…エンジンもかけずに押してるからさ?』

 

『あ、いや、考え事してたからさ?

考え事しながらバイク乗るとか危ないやん?』

 

『そりゃそうやろけど…』

 

あたしがその時ずっと考えていた事、それを澄香に言うべきかどうか。

"それ"を言ってしまったら後戻りは出来ないし、澄香に断られてしまったらどうする事も今のあたしには出来ない。

 

そして何より、今まで音楽に対して思ってきた事と、お父さんの事を考えていたら、あたし自身がどうしていきたいのかがわからないままでいた。

 

 

-ドルン、ドルンドルン…ドルルル……

 

 

『よし、帰るよ』

 

『え?あ、うん…』

 

あたしはバイクのエンジンをかけてヘルメットを被り、澄香に言えた事は…

 

『また明後日学校でな。今日はゆっくり休んでね』

 

それだけだった。

 

『あ…うん、梓もな。おやすみ』

 

『うん、おやすみ』

 

 

あたしはそのままバイクで…

 

 

家まで帰ってきたはずなんだけどね。

その日もいつの間にか布団の中に居たんだよね…。

 

あたしがその日想った事。

 

音楽をもっと知りたい。

お母さんやおっちゃんがやっていた音楽の話を聞きたい。

お父さんの事を聞きたい。

ギターをもう1度弾いてみたい。

澄香とまたセッションしたい。

澄香と一緒にバンドをやってみたい。

思いっきりステージに立って歌ってみたい。

……でもお母さんとあたしを捨てた音楽なんか大嫌い。

 

そんな事ばっかり頭の中でループして、モヤモヤとか…何て言えばいいんだろう。色々な事が苦しくて悲しくて、そして…ドキドキもしていた。

 

『考えてたって…考えてるだけなんて…答えなんか出る訳ないのに…』

 

そうして目を閉じても、あたしには答えなんか出なかった。でも、その時にふとタカくん達BREEZEの事を思い出した。

 

『……あたしがバンドを始めてBREEZEとデュエルする事とか出来たら…タカくんがあたしに惚れて結婚とかもワンチャンあるんじゃね?』

 

その考えに至ったあたしは……動いた。

 

 

「最後の先輩が梓お姉ちゃんに惚れて~…みたいな話がなかったら私も感動したかもね」

 

おおう、やっぱりなっちゃんの視線が痛いぜ。

 

「で、でもさ、きっかけなんてそんなもんじゃない?

悩んでうじうじしてたって答えなんか出ないしさ?それもあたしが決心するひとつのきっかけみたいな…」

 

「はぁ…もう先輩の話はいいよ梓お姉ちゃん。それより続き聞かせて?」

 

ああ…はい。そうですね…すみません。

続きを話させて頂きます…。

 

「先輩は私が可愛くなったら結婚してくれるって約束してくれてるんだし」

 

……なっちゃん?

 

 

 

 

『梓ぁぁぁぁぁ!!!!』

 

『うわ、びっくりした。龍ちゃんどうしたの?梓はまだ寝てるんちゃうかな?』

 

『なんやて!?

クッ…あのクソガキ、夕べ俺の部屋に矢文を飛ばしてきおってな…』

 

『矢文…?』

 

『って…遙那!?お前…起きてて大丈夫なんか?』

 

『いや、いつもいつも寝てられへんしね。今日は調子いいから』

 

『調子いいって言っても…』

 

『ほんま大丈夫やって!ほら!今からブレイクダンスするから見てみ!』

 

『いや!調子乗り過ぎやろ無理すんなって!』

 

『大丈夫大丈夫!ほらいくで!せ~の…ゲホッ、ゲホッゲホッ…グハァ!」

 

『お前喀血してんじゃねぇか!頼むから大人しく寝て!ほんま頼むから!』

 

『くそっ…ゲホッゲホッ…私がこんな身体じゃなかったらブレイクダンスのひとつやふたつ…』

 

『そんな身体やから寝てろ言うてんねやろが!』

 

お母さんが無理をして喀血をする事は当時は日常茶飯事だった。だから毎日あたしが家事をしてたんだけど…。

 

まぁそれはいいとして。

 

あたしはその前の日の夜中に、おっちゃんの部屋にめがけて矢文を放っていた。今日、あたしの家に来てほしいと…。

 

『梓が…?ゲホッ…ゲホッ、龍ちゃんを家に呼ぶのは珍しいね。ゲホッ…ゲホッ…カハァ!』

 

『そうやな…。あいつはどっちかと言うと渚に会いに俺の家に来る方が多いしな。ってお前また喀血したじゃん!ほんまお願いやから寝て!!』

 

『大丈夫やって。龍ちゃんも梓もいつも心配しす…ゴフッ…ゴフッ…ガハァ!』

 

『ぎゃあああああ!血が!血が飛んできた!!ほんま怖いんやけど!梓!梓早く来て!そして救急車も呼んで!!』

 

あたしはその時、お母さんの居る部屋の前に居た。

おっちゃんも来てくれている。

 

いつも通り楽しい時間を過ごしてるようだった。

 

あたしは今からおっちゃんとお母さんに聞きたい事、そして決意した事を聞いてもらいたいと思っていた。

 

ふふふ。初めてだったよ。あんなに緊張したのは。

 

だけどこのままじゃ何も変わらないから…。あたしは意を決して部屋の扉を開けた。

 

『お母さん…おはよ。おっちゃんも来てくれてありがとう』

 

『あ、あ…ずさ…龍ちゃ…んも呼んで一体な…に…を…

って!あんたその頭!?』

 

『梓!もうヤバい!マジで遙那の命がヤバい!早く救ちゃんを!救急車を呼んで!!

…って!お前その頭!?』

 

『ん、何か変…かな?』

 

あたしは長かった髪をバッサリと切り、髪の色も金髪から地毛の色に戻していた。

自分でやったもんだから、ちょっと変な感じになっちゃってたけど…。

 

『ぶは!ぶはははははは!!ワカメちゃんや!ワカメちゃんがおる!もしくはちびまる子ちゃん!ぶはははは!』

 

バッサリいきすぎていた。

 

『龍ちゃんうるさい。しばくよ?梓、あんたその髪どうしたの?』

 

『まぁ…思うとこあってさ…』

 

『ぶははははははは!おま、お前、俺を笑い殺すつもりで俺を呼んだんか!?ぶははははは!』

 

おっちゃんは笑い過ぎだった。

 

『龍ちゃんうるさい』

 

-ドゴッ

 

『グホッ…え…?俺…殴られた…?』

 

『梓、ほんまにどうしたの?』

 

『うん。まぁ自分で切ったからさ。変かも知れへんけど。それより、お母さんとおっちゃんに聞きたい事があります』

 

あたしはその場で正座して、お母さんとおっちゃんの方を真っ直ぐに見た。

 

『梓が私達に聞きたい事…?何?』

 

『お前のその頭の感想か?今はすまん、笑いしか出ない』

 

『龍ちゃんうるさいよ。ほんまにしばくよ?』

 

『お母さんとおっちゃんがやっていたバンドの事!

あたしのお父さんの事…そして、レガリアの事を教えて下さい!』

 

あたしはお母さんとおっちゃんに頭を下げてお願いした。

あたしは氷川さんや香保さん、雨宮さんやBREEZEのライブに行って音楽が好きになっていた。だけど、お母さんとあたしを捨てたお父さんが熱狂していた音楽なんてとも思っていた。

 

だから今、お母さんとおっちゃんから音楽の事を、お父さんの事を、先日話していたレガリアってやつの事を聞きたいと思っていた。

 

『私と龍ちゃんがやっていたバンドの事…か。それよりレガリア事まで知ってるなんて…』

 

『梓…どういう風の吹き回しや?お前は音楽を…父親の事を嫌ってたやろ?何で急に…』

 

『うん、あたし…実は昨日…ライブってのに行ってきた』

 

『ライブ…?』

 

『ライブって…お前…』

 

『音楽なんて嫌い。今もそう思ってる所はある。

だけど昨日聞いた音楽は…だからお母さんとおっちゃんの話を…お父さんの事を聞きたいって思ったんだ』

 

この話を聞いたらあたしの中で何かが変わるかも知れない。いいようにも悪いようにも。

 

でも、あたしは自分の中でずっとモヤモヤしているよりはそうしなきゃいけないって思ったんだよ。

 

『梓…』

 

『遙那。いい機会や。梓に聞かせたろう。俺達の話と海原と…あの忌々しいレガリア戦争の事を…』

 

 

 

そしてお母さんから聞かされたレガリア戦争は…。

あたしが想像してたよりもずっと凄惨で…でも、あたしが音楽をやろうと決意するには十分な話だった。



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第37話 レガリア戦争

あたしの名前は木原 梓。

今はまだなっちゃん事、Divalのボーカルである水瀬 渚にあたしの昔の話を聞かせている。

 

てか、あたしの昔話めちゃ長くない?

そろそろ本編に戻った方がいいとは思うんだけど…。

 

 

「梓お姉ちゃんのお母さんと、私のお父さんから…バンドをやっていた頃の話を聞けたの?」

 

「うん、お母さんもなっちゃんちのおっちゃんも話してくれた。レガリア戦争とか当時のあたしには衝撃的だったよ」

 

「私もまだ…お父さんに昔の事を聞いた事はないんだ…。バンドをやっていたって事は知ってるんだけど…」

 

そっか。おっちゃんはまだなっちゃんには話してないんだね。

 

あたしからなっちゃんに話していいものかな?

もしかしたらおっちゃんはあの頃の話なんて、なっちゃんには知られたくないのかも知れないし…。

 

「私も…ちょっと聞いてみたいかも」

 

「…うん、ちょっとだけ話すね」

 

「ちょっとだけ?」

 

「うん、そんな面白い話じゃないからね」

 

あたしはなっちゃんにそう言って、昔にお母さんとおっちゃんから聞いた話をした。

 

 

 

 

 

お母さんとなっちゃんのお父さんは同じ高校で、音楽を好きになってバンドを結成したらしい。

 

他のバンドメンバーの事はあんまり知らないんだけど、当時はお母さんもおっちゃんもメジャーデビューして、音楽の世界で食べていくのが夢だったみたい。

 

お母さんとおっちゃんのバンドは関西を拠点に色々活動も頑張っていてね。

当時はロックよりもポップスが流行っていたから色々苦労もしてたみたい。

 

そしてそんなある日、お母さんとおっちゃんは1人のある男の人に出会った。

 

 

『木原 遙那…。やっと見つけた』

 

『ん?あんた誰?』

 

『なんやこのおっさん?遙那の知り合いか?』

 

『この世界は腐っている』

 

その男の人はお母さんともおっちゃんとも面識はなかったみたいだけど話を続けたんだって。

 

『……だから私は宝玉を造ったのだ』

 

『え?な、何言ってんの?宝玉?』

 

『え?遙那…マジこのおっさん誰?マジで怖いんやけど…』

 

その男の人がお母さんに渡して来たのが魚座の宝玉。

その人は日本中を旅していたらしい。

 

歌い手の想いを歌に乗せる宝玉、レガリアの開発に成功したらしくてね。

その人が何を思ってレガリアを作ったのかわからないんだけど、自分が選んだチカラを持つボーカル、歌い手にレガリアを配っていたらしいの。

 

『…受け取るがいい。コレはお前のチカラを引き出してくれるだろう』

 

『は?へ、変質者?』

 

『私の作った宝玉。それは全部で12個ある。各々星座の名前に由来させて作った宝玉』

 

『ど、どういう事…?何やのレガリアって…』

 

『先程も言ったが近いうちに音楽の音楽による恐ろしい争いが始まる。その時の為に作った宝玉。私が選んだ12人の歌い手達、お前達がその闘いを終わらせる戦士になるのだ』

 

そう言って男の人は無理矢理お母さんにレガリアを渡して去っていった。

 

お母さんもおっちゃんもその時は気持ち悪いだの何だの思ったらしいんだけど、そのレガリアを返す事も棄てる事も出来ず、何もわからないままレガリアを大事に持っている事にしたらしい。

 

それから数年後、日本中でデュエルギグにより音楽の争いが起きた。

もちろんそんなのはニュースになったり、話題にあがったりする事も無く、人知れずバンドマン同士による争いだったらしい。

 

お母さんとおっちゃんの表現がびっくりだったよ。

音楽の闘いのはずなのにさ。何も音がしなかったんだって…。

 

ほとんどの人はそんな闘いがあった事も知らず、何も物音なんかもしなかったらしい。そして、たくさんの血が流れたと…。

 

お母さんとおっちゃんは、そんな闘いの日々に巻き込まれていった。

 

12人のレガリアを渡された者達。

 

本来ならそのレガリアを持つ者達がその闘いを終わらせるはずだったみたいだけど、世界はそうはならなかった。

 

お母さんも含めてだけどね。

レガリアを渡された人にも各々が音楽への想いもあったし、どうしても退けない事もあった。

そしてどこからレガリアの話を聞いたのか、レガリアを奪おうとする者達も現れた。

 

自分のバンドが一番だ。自分の歌が一番だ。

売れてお金持ちになりたい、異性にモテたい。みんなを見返してやりたい。思いっきり歌いたい。

 

たくさんのバンドマンが思い思いをぶつけ合って、デュエルギグによる戦争が起こり、その戦いは何年も何年も終わる事はなかった。

 

 

 

 

「昔…そんな戦いが…それがレガリア戦争…」

 

「違うよ」

 

「え?違う?」

 

なっちゃんはあたしの話を聞いて、音楽による長い戦いがレガリア戦争だと思ったんだろう。

まぁ、あたしもお母さんとおっちゃんにこの話を聞いた時はこれがレガリア戦争だと思っちゃってたし。

 

「うん。これはまだ音楽による争い。主張の押し付け合いみたいな所もあってね。この後に…」

 

 

 

この後に、1人のレガリアを持つ者が立ち上がった。

その人の名前は矢沢 芳樹(やざわ よしき)

ONLY BLOODの初代ボーカルで、射手座のレガリアを持つ人だった。

 

その人もバカみたいに音楽好きだったみたいでね。

日本だけじゃなく、世界に視野を向けて色んな音楽を好きになって自分の音楽を世に広めたいって思ってた人らしい。

 

その人がこの争いの中、12人のレガリアを持つ者達とコンタクトを取り、音楽の争いなんて終わらせようとした。

 

 

『おい!待てよ矢沢!俺たちは好き好んでデュエルをやってる訳じゃねぇ!退けない想いがあるから戦ってんだ!』

 

『そうだぜ!オレだって嫌々やってる事もあるんだ!メジャーデビューしたいって夢の為によ!』

 

『そ、そうだよ。あたしだってこんな音楽やりたい訳じゃ…』

 

 

 

矢沢さんに集めらた12人のレガリアを持つ者達は、やっぱり最初は矢沢さんの考えには批判的だったらしい。

 

だけど矢沢さんは…

 

 

 

『うっせーんだよテメェら!何か文句あんのかコノヤロー!!!お前ら全員やっちまうぞコラ!!!!』

 

矢沢さんは口々に文句や不満を言うレガリア使いのみんなに一喝した。

 

『……ふぅ…いいか、テメェら。俺らはよ、みんな音楽が好きだ。好きだから音楽やってんじゃねぇか。そりゃロックが好き、ポップスが好き、演歌が好き、アニソンが好き、クラシックが好き、ジャズが好き。

自分にゃ音楽以外は何もねぇ。音楽やってりゃ異性にモテる金が稼げる。

………とかよ。色々想いはあるだろうけどよ!俺らは音楽やってんだよ!音楽が好きじゃなけりゃこんな事やんねーよ!音楽好きな者同士でよ!争ってんのはバカみてぇじゃねぇか!!』

 

『こ、こわぁぁぁ…な、何やのあの人、いきなりレガリア使いの男の人達を殴り飛ばしたんやけど…』

 

『いや、ア、アタシもびっくりしたよ…。やっちまうぞコラって、やっちまってから言ってるし…』

 

『ごめんなさい、アタシも文句を言ってごめんなさい、もうしません。もうしませんから…』

 

文句や不満を言ったレガリア使いのみんなをぶっ飛ばした後での一喝だった。容赦ない暴力で。

さすがに女の子のレガリア使いには手をあげなかったみたいだけど、男の人達は潰れたトマトみたいになってたらしい。

 

『俺らはよ、バンドマンなんだ。音楽を好きな者同士、仲良く手を取り合ってよ。後世に胸を張って音楽やってたって…言いたいじゃねぇか』

 

『こ、この人、暴力で解決しよったんやけど…音楽好きな者同士なのに…』

 

『い、今はアタシら女は無事だけど、あんまり文句言ってるとアタシ達も…?』

 

『俺はよ…音楽が好きなだけ。たったそれだけなんだぜ』

 

『あ、あの矢沢って人自分の世界に入っちゃってるみたいだしさ。今の内に自己紹介しとこうよ。あたしは双子座のレガリアの使い手、吉田 ありさ(よしだ ありさ)。気軽にありさって呼んでよ』

 

『あ、私は関西を拠点に活動してる魚座のレガリア使い、木原 遙那。私も遙那でええよ。みんなよろしくね!』

 

『アタシは椎名 藍(しいな あい)。普段はメイクしてるからわかんないかもだけど、デスメタル系バンドでギタボやってる獅子座のレガリア使いです』

 

『わ、私は乙女座のレガリアを…』

 

お母さん達、女子陣はキャッキャウフフと自己紹介をしていたらしい。

………そんで色々あってね。結局みんな矢沢さんの意志に共感して、音楽を…好きな音楽をやりたい人がやれる世界にする為に戦う事にしたんだって。

 

 

 

 

「あ、あの…梓お姉ちゃん?」

 

「ん?どしたの?」

 

「そんで色々あってね。って…何があったの。」

 

「うん?それ?何か色々あったみたいだけど、お母さんとおっちゃんの話が長くて忘れちゃった。とにかく何か色々あったみたい。いや~、年寄りの話は長くて困っちゃうよね」

 

「え?私も梓お姉ちゃんの音楽をやるきっかけの話を聞きたいだけなのに色々聞かされてるんやけど…」

 

「……お母さん、おっちゃん、年寄りの話は長いとか思っちゃってごめんね」

 

「あ、そっちを謝っちゃうんだ?」

 

 

 

それからは12人のレガリア使いと、レガリアを狙うバンドマン、自分勝手なバンドマン、他のモブ達、ここら辺も正直あんまり覚えてないんだよね…。まぁ、そんなバンドマン達での戦いが始まった。

 

この戦いもすごく激しくて、残酷で、悲しくなるような戦いばっかりだったみたい。

その戦いの中でね。レガリアの使い手達はなんやかんだで歌えなくなったり、音楽に絶望して辞めてしまったり、新しい後継者にレガリアを託したりした人もいた。

 

お母さんも、肺を患ってしまって歌えなくなってしまっていた。

 

そんな時にお母さんはお父さん…海原と出会い…。

 

 

 

「あたしが出来ちゃった」

 

「ブフォ!…ゲホッゲホッ…あたしが出来ちゃったって…え?何でそんな展開に!?」

 

なっちゃんがびっくりしてビールを吹き出してしまった。ふふり。なっちゃんがビールを口に含むタイミングを見計らっての発言とはいえ、さすがあたしと言った所だ。あたしのMCもまだまだ捨てたもんじゃないね。

……MCとはちょっと違う気もするけど。

 

「その時はちゃんと正式に結婚はしてなかったみたいだけどね。後に結婚はしたけど。

海原には聖羅も居たし、聖羅のお母さんも亡くなってすぐの頃みたいだったから何やかんやってね」

 

「聖羅って…盛夏のお母さん…の事だよね?てか、何やかんやって何なの?」

 

「うん、お母さんと海原はその頃にね。お母さんは聖羅の事もあたしの事も守るつもりだったみたいだけど…」

 

「え?え?ちょっと…梓お姉ちゃん話してくれる割にははしょり過ぎじゃない?私正直混乱中なんだけど?」

 

「でも海原は…」

 

「え?私の質問は無視しちゃうの?これ何の為の話なの?」

 

 

 

海原は聖羅のお母さんを失ったショックと、音楽による戦い。そして、お母さんがレガリア使いだという事で…狂気に堕ちてしまった。

 

お母さんはあたしと聖羅を連れて逃げようとした。

 

 

 

 

『ふふふ。面白かったよ遥那。だが、ここまでのようだね』

 

『かい…ばら…』

 

『聖羅と梓を置いて行きたまえ。そうすれば君は自由だ』

 

『…それが貴方のシナリオ?』

 

『遥那。これが最期だ。聖羅と梓は…』

 

『わかったよ。でも…この子達は渡せない。置いて行けない。それが貴方の希望だったとしても!私は…』

 

『なるほど。面倒くさい女だ。おい、手榴弾を…。2、3個もあればいいだろう』

 

『……え?…は?手榴弾…?』

 

そう言って海原はその場に居た部下から手榴弾を受け取り、お母さんに向けて投げてきたらしい…。

 

 

 

 

『うわぁぁぁん、うわぁぁぁん…』

 

『聖羅…!良かった…無事で…』

 

お母さんは片手であたしを掴み…聖羅を抱き上げて…。

うぅ~ん……あたしも正直どんな状態だったのかわかんないんだけど、何かそんな状態だったらしい。

片手で崖の岩を掴み、あたしを片手で掴んで聖羅を脇で抱えてたみたい?お母さんにはそう聞いたけど今になって思うとそれどんな状態?お父さんも手榴弾とかさ…。

 

『さすがだね遥那。まさかあの爆発でもお前も娘達も無事とはね』

 

『お前…ほんまに…』

 

-グッ

 

『あっ…!聖羅…!!』

 

お父さんはお母さんが脇に抱えていた聖羅を取り上げたらしいの。……今は考えるの止めよう。お母さんから聞いた話だけをなっちゃんに伝えよう。

これ冷静に考えたらどんな状況なん?音楽の話だよね?

 

『いやぁぁぁ!おばちゃーん!おばちゃーん!』

 

『聖羅…!』

 

『聖羅は返してもらった。では、次は梓を返してもらおうか』

 

『海原…!』

 

『ふふふ。心配しなくて良い。聖羅も梓も私が立派に…』

 

『返して…あんたが私に聖羅を返して!聖羅も梓も!私の娘や!』

 

『…うるさい女だ。聖羅はお前の娘ではないだろう。私と私の妻の…』

 

お父さん…海原はそう言った後、崖の岩にしがみつくお母さんを蹴り上げた。

 

『あっ…』

 

 

 

 

『おぎゃあ!おぎゃあ!!』

 

『あず…さ…?』

 

 

お母さんが目を覚ました時。

お母さんはあたしを抱えて崖の下に居たらしい。

あの崖から落ちても、あたしもお母さんも無事だったのは奇跡が起こったんじゃないかと思った程だった。

 

 

『私も…梓も…無事…?ごめん…ごめんね、聖羅…』

 

お母さんもその時、大怪我をしていたらしい。

本当は聖羅も助け出したいって思ってたみたいだけど、あたしを守る為に何とか海原から逃げなきゃいけない。

 

そう思ってお母さんは…。

 

 

 

『龍…ちゃん…』

 

『遥那…?お前…その怪我…子供…?』

 

何とかこの町まで逃げてくる事が出来た。

 

それから数年。

お母さんは怪我を治し、あたしはすくすくと育った。

お母さんは音楽を棄て、肺の病と闘いながらそれなりに幸せな日々を過ごしていた。

 

それから…何年経ったんだろう?

矢沢さん達レガリア使いが日本の音楽の頂点に立った事で、音楽の戦いは終わった事をお母さん達は噂で聞いた。

 

海原もお母さんとあたしを追う事はなく、お母さんは音楽を棄てて今の生活を享受し、レガリアの事なんか忘れようとしていた。

 

 

あたしが小学生になってからの頃…。

 

 

『おかーさーん!豚!豚が落ちてたよ!

今日はトンカツだね!もしくは生姜焼き?どっちにしても明日はホームランさ!』

 

『ブヒーブヒー…』

 

『ちょ…梓!これ…豚じゃないよ!人間だよ!』

 

『え?人間?でも、ブヒーブヒー言ってるよ?』

 

『ブヒー…ブヒー…』

 

『ブヒーブヒー言ってるけど人間なの!』

 

『そ、そんなアホな…!?』

 

『だ、大丈夫ですか!?』

 

『ブヒー…ブヒー…み、水を…一杯…いや、いっぱい頂けませんか?ブヒー…で、出来ればメシも…ブヒー』

 

『水…?ちょ、ちょっと待ってて!』

 

あたしは家の前に倒れていた人を豚だと思って今夜の食費が浮いたぜイェイ!とか思ってたらしいんだけど、そこに倒れていた人は紛れもなく人間だった。

 

ちょうど昼時だったのもあって、お母さんは急いでご飯の用意をして、その人にバケツにいっぱいの水を渡していた。

 

 

 

『もぐもぐもぐもぐもぐもぐ!!』

 

『もぐもぐ…』

 

『あ、あんたほんまいっぱい食べるな』

 

『バクバクバクバク…もぐもぐもぐもぐ!』

 

『もぐもぐ…おかーさんおかわり』

 

『もぐもぐもぐもぐ…すんません、俺もおかわりッス』

 

『え?あ、ああ…はい』

 

 

 

『ふぅ…ごちそうさまでした』

 

『い…いえ…そ、それよりめちゃ食べたなあんた…。

今夜の分もと思って多目にご飯炊いてたのに無くなってしもたし…。また炊かなきゃ…』

 

『いえ!腹八分目って言いますからね!まだ六分目くらいですがさすがにもう結構です!炊かなくていいですよ』

 

『は?六分目…?5合炊いてたんやけど…?てか、あんたの為に炊こうと思ってる訳じゃないから』

 

『フッ、さすがに初対面で緊張してますからね。これ以上は喉を通りませんよ』

 

『いや、あんたほんま何言ってんの?てか初対面って…』

 

 

 

『あずさー!遊ぼー!ベース持って来たでー!』

 

『あ、すみかだ。…は~い!今行くー!

って訳でおかーさん、おっちゃんとこ行ってギター教えてもらってくる!』

 

『あ、ああ、うん、行ってらっしゃい』

 

『行ってきまんもすー!』

 

 

 

『娘さん…ギターをされてるんスね』

 

『え?うん、まだまだ全然下手くそみたいやけどね。

それよりあんたさっき初対面って…。それってやっぱり私に会う為にここに来たって事?』

 

そう言ってその男の人は正座してお母さんに頭を下げたらしい。

 

『挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。

自分、大神 大悟といいます。矢沢さんから…射手座の宝玉を受け継いだ…レガリア使いです』

 

『レガリア…?射手座の…?』

 

その日、あたしが拾った人はONLY BLOODの2代目ボーカル、射手座の宝玉を持つ大神 大悟さんだった。

大神さんは矢沢さんからONLY BLOODというバンドと、射手座の宝玉を受け継いだ人だった。

 

大神さんがその日お母さんに会いに来たのは…。

 

『レガリア戦争…?』

 

『ええ、俺らレガリアを持つ連中にはそう言われています。レガリア使いによるレガリア使い同士の戦い。

まだ3ヵ月程度しか経ってませんが、昔、矢沢さんや木原さんが戦ってた時よりも多くの血が流れ、バンドマン達が潰されていってるっス』

 

『何で…?音楽の争いは終わったんでしょ?何でまたレガリア使い同士でそんな事…』

 

『それを今から説明させて頂きます』

 

大神さんの話によると矢沢さん達レガリアを持つ者達が音楽の戦いを終らせ、ロック、ポップス、演歌、レゲエ、ヒップホップ、ジャズ、ラテン、クラシック…他にもたくさんの音楽ジャンルがあるけど、みんながみんな自分の好きな音楽を自由にやれる時代がやってきていた。

 

そうして矢沢さん達レガリア使いのみんなも各々の音楽を自由にやっていた。

 

だけど、その時代に叛逆するように現れたクリムゾンミュージック。そしてその一派。

その時はまだそんな力も無くて、大して気に止める事もなかったみたいだけど、徐々に力を付けていっていた。

 

矢沢さんは自由の音楽というものがどういうモノなのか。その問いをずっと自分の中で考えていて、クリムゾンミュージックのような連中が現れた事。かつての戦いで傷ついた心。

 

結局、自分の中の問いに答えを見出だせなくて、次世代に想いを受け継がせようと考えて音楽を辞めた。

 

大神さんはまだその時にはレガリアを受け継いでなかったらしいんだけど、矢沢さんが音楽の世界から退いた頃、たまたまの偶然なのか必然なのか、矢沢さんの親友でありレガリア使いを矢沢さんに代わってまとめていた蠍座の宝玉の使い手が倒され、蠍座のレガリアを奪われてしまった。

 

後のクリムゾンエンターテイメントの四天王、足立 秀貴に…。

 

 

 

「足立!?」

 

「あ、やっぱりなっちゃんも足立の名前くらいは聞いた事ある?」

 

「う、うん、ちょっと聞いた事あるだけだけど…。足立って確か先輩が…」

 

「うん、足立はタカくんにレガリアを破壊され敗れた。それまでずっとレガリア使いの頂点にいたの。

……タカくん自身も足立を倒した訳じゃないって色々後悔してたみたいだけどね」

 

「倒した訳じゃない…?後悔…?」

 

「うん、まぁ…そこはまた今度ね。そして大神さんの話は…」

 

 

 

『足立って野郎が蠍座のレガリアを奪い、レガリア使い同士の戦いを煽動したんっス』

 

『ま、待って…話が見えて来ない。その足立ってヤツがレガリアを奪ったとしても…他のみんなでその足立を倒せば…』

 

『最初はそうしてました。だけど足立は強すぎた。誰も足立には勝てずレガリアは他の者に受け継がれたり、散り散りになっちまいましたし…それに』

 

『それに?』

 

『矢沢さん達、あなた達初代の想いを受け継いだ奴らや、歪んで受け継いでしまった奴らとか、自分の音楽がやっぱり最高だと思う奴らとか…色々とありまして…』

 

『そんなの…私達がやってた事って…』

 

『今、木原さんを含めて残っているレガリアは9個。他の3個はどこにいったのか現存してるのかわからない状況です』

 

『それで…大神くんは何で私に?レガリアが目当てなの?』

 

『……正直なところ、俺が射手座の宝玉を受け継いだのは、足立やあなたも含めて他のレガリア使いを全員ぶっ潰す為だったんス。そして、俺のレガリアを含めて全部のレガリアを破壊するつもりだったんスよ。矢沢さんが残した問いには…レガリアなんて要らねぇって思ってましたから』

 

『私のレガリアを破壊する為にここまで?』

 

『はい、最初はそのつもりでした。

ですがこの3ヵ月、俺もレガリア使いとして戦って来て、あなたに…いえ、あの子に会って、矢沢さんの残した問いを…解けそうです』

 

『あの子…?それって梓の事?』

 

『はい、だから俺はこのまま帰ります。木原さんがこの町に居るって事は足立も他のレガリア使いも知らないハズです。俺の仲間が必死に調べてやっと見つけられたくらいですから』

 

『そう、そっか。それを聞いて少し安心した。私もレガリアは梓に受け継がせたいと思ってたから』

 

『そうスか。俺もそれを聞いて安心しました。それにしてもあの子…ギター下手くそっスね』

 

『そうなんだよね…。うちのギタリストに習ってるのに全然上達しなくて…』

 

『ハッハッハ、ここに来て良かったっス。話したい事話して安心したらまた腹が減ってきました』

 

『え?まだ食べるの…?』

 

 

大神さんはそう言って、お母さんに追加でお米を炊いてもらい、ドンブリに3杯食べておにぎり15個をお土産にして帰って行った。

 

お母さんはその時以来、大神さんに二度と会うことはなかったんだけど、それから1年程経った後、大神さんと同じバンドだったメンバーが訪ねてきて、レガリア戦争は足立が勝利した事で終わったこと、大神さんが持っていた射手座のレガリアは、矢沢さんと大神さんの想いを受け継げる者に渡そうと、同じバンドメンバーだった氷川さんが預かっているという事を聞いた。

 

 

「氷川さん?」

 

「うん、りっちゃんのお父さん」

 

「理奈のお父さんってのそんな凄い人だったの!?」

 

「そだよ~。りっちゃんのお父さんが居なかったらBREEZEもあたし達Artemisも居なかったかも知れないくらいだよ~」

 

「へ、へぇ~…理奈のお父さんが…。理奈も知ってるこかなぁ…?」

 

この反応…。なっちゃんはりっちゃんのお父さん、氷川さんの事あんまり知らないみたいだね。

りっちゃんもタカくん達もおっちゃんもなっちゃんにはまだ話してないのかな?

…りっちゃんも知らない可能性もあるのかも。

 

「そ、それで?理奈のお父さんは…?」

 

うぅ~ん、どうしよっかな?

 

「お母さんはその時に氷川さん達からレガリア戦争の事を聞いてね。氷川さんとはあたしがタカくんに会う何日か前に関西でライブする事は聞いてたみたいだけど、お母さんは体調が思わしくないからさ。行けなかったみたいで…」

 

「理奈のお父さんからは関西でライブする事を聞いてたんだ?」

 

「うん、お母さんとおっちゃんから…あたしはそう聞いた」

 

…その時、お母さん達はタカくんが大神さんの射手座のレガリアを受け継げいた事も聞いたみたいだけどね。

 

矢沢さんが解けなかった音楽への問い掛け。

その問い掛けに誰も答えを見つけられなかった。

 

だけど大神さんはその問い掛けに対する式を見つけた。

自分のやっている音楽とレガリア戦争を通して…。

 

そしてタカくんが大神さんの残した式を解いて矢沢さんの解けなかった問いの答えを見つけて、あたし達やアルテミスの矢のみんなを…ううん、手塚さん達すらも導いてくれた。

 

それなのに…タカくんがせっかく導いてくれたのに。答えに辿り着いたあたし達は…結局…誰も…。

 

 

 

…うん、おっちゃんやタカくん達もまだなっちゃんに話してないなら、あたしから言う必要はないかな。ごめんね、なっちゃん。

 

「それでね…」

 

 

 

『それがレガリア戦争と海原…梓のお父さんの話だよ』

 

『……どや梓。やっぱり音楽って嫌いか?』

 

『わかんない…。音楽って…あたしが思ってたのと全然違ってた。お母さん達のバンドも大神さん達の事も。

でも…わかんないや。やっぱり海原?だっけ?親父の事はムカつくし』

 

『『梓…』』

 

『でもさ。かっこいいとか楽しそうって思ったのも本当。お母さん達の話を聞いてた時…あたし怖かったけどドキドキもワクワクもしてた』

 

だからあたしは…

 

『だから…あたしバンドを…音楽をやりたい。

そして、あたしが自分で決める。音楽が本当はどういうモノなのかって』

 

『梓…』

 

『よう言うた梓!俺はお前を応援する!』

 

『ほんまに!?』

 

『おう!』

 

『ちょっと…龍ちゃん…』

 

『大丈夫や遙那。梓は…大丈夫』

 

『龍ちゃん…』

 

『おっちゃん!ほんまに!?あたし音楽やっていい!?バンドやるの応援してくれる!?』

 

『おう!男に二言はあらへん。俺の…俺達の音楽をお前に叩き込んだる!ええな?遙那』

 

『…わかったよ。龍ちゃん、梓をお願いね』

 

『お母さん!おっちゃん!ありがとう!!

あたし、音楽を頑張る!って訳でおっちゃん、この書類にサインして』

 

『は?サイン?』

 

『うん!あたしも途中でお母さんやおっちゃんの気持ちを裏切らんように!誓約書や!』

 

『誓約書…梓、お前そんなモノまで…』

 

その誓約書にはあたしが音楽を真面目にやる事、正当な理由も無しに途中で投げ出したりしない事などを書いていた。

 

『梓、お前…これ、音楽の練習に関してはおっちゃんの言うことをちゃんと聞く事とかも書かれとるけど…ええんか?』

 

『うん、ちゃんとおっちゃん達が音楽を教えてくれるならその事に関してはね。でもちゃんと読んでや?音楽の練習に関してやから。不当な事は別やで?』

 

『わかっとるわ!…でもほんまやな?俺の音楽は厳しいで?』

 

『あたしはギター下手くそやったしな。今からやるんやもん。厳しいのは望む所や!』

 

『よう言うた!俺は感動したで!サインしたるわ!」

 

『あ、血判もよろしくね』

 

『おう、血判でも何でもしたるわ!』

 

そう言ったおっちゃんは親指を噛み、あたしの書いた誓約書にサインと血判をしてくれた。

 

『おっちゃん…ありがとう』

 

『おう、厳しくいくからな。覚悟しとけよ』

 

おっちゃんのサインと血判を手に入れたあたしは勝ちを確信した。

 

『フヒッ、フ…フッフッフ…フフフフ…』

 

『あ、梓?何や?何を笑っとるんや?』

 

『裏面も…フフ…ちゃんと読んで』

 

『あ?裏面……?

……ワタクシ、水瀬 龍馬は木原 梓に大切なバイクであるRSZ2…ゼッツーを譲ります。……は?』

 

『サインと血判貰ったからね!男に二言ないもんね!これでゼッツーはあたしのだ!やったー!』

 

『あ、梓!ちょっ…待っ…!』

 

そうしてあたしはなっちゃんのお父さんから大切なバイクを譲り受け、音楽をやる事にした。

 

 

 

 

『ちょっと…!ほんま!ゼッツーだけは!』



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第38話 Forth Anniversary!!

俺の名前は宮野 拓斗。

かつてBREEZEというバンドのベーシストをしていた。

今はLazy Windというバンドでベースボーカルをしている。だが、俺はLazy Windをやりだしてからは楽しい音楽ってヤツを忘れていた。

 

BREEZEのバンドメンバー。

ボーカルのタカ、ギターのトシキ、ドラムの英治。

あの頃の俺達は悩んだり苦しんだり、喧嘩したりする事もあったが、楽しんで音楽をやっていた。

 

それを忘れていた俺は本当にダメな野郎だ。

音楽を…バンドを…破壊の為にやっていた。

だから、今は…いや、これからのLazy Windは楽しい音楽をやるバンドに変えていきてぇ。

 

南国DEギグのあったあの日、タカとトシキと英治と、俺のLazy Windでデュエルギグをしたあの日から…。

 

俺はベースボーカルからベーシストに戻り、架純…Lazy Windでギタリストだったあいつをギターボーカルにして、俺達は変わるんだ。

 

……まぁ、クリムゾンの奴らとクソつまらねぇデュエルギグをやる時は俺が歌うけどな。あいつらは俺が徹底的に破壊する。

 

 

 

 

 

チッ、モノローグが長くなっちまったぜ。

俺は今、カッコつけてないとヤバいくらいにヤバい。

あ、語彙力がもうヤバい。

 

俺はソッとスマホに届いたLINEを開いた。

 

 

梓『拓斗くん。大事なお話があるの。家に来てくれるかな?

あ、バイトとか忙しいなら全然いいんだけどね!

でも…待ってる。……あはは、何か恥ずかしいね。あ!拓斗くんって何が好きだっけ?作って待ってるよ(はぁと』

 

 

俺は今は妹である晴香の経営する居酒屋でバイトをさせてもらっている。

俺はバイトという身であり、シフトについても文句を言える立場じゃねぇ。

 

だが、梓からこんなLINEが来たらもう行かない訳にはいかない。だって俺の人生こんな事言われるなんて絶対今後ないもん。うん、今までなかったから断言出来る。

 

今日は俺は仕事の日だったが晴香に…

 

「それにしても梓が兄貴を呼び出すなんて珍しいよね。兄貴から梓を呼び出す事はあってもさ?」

 

…晴香に休みを貰えたんだが、何でこいつ付いてきてんの?

 

「おい、晴香。お前も今日は出勤の日だっただろう?何でお前はここに居るんだ?」

 

「そんな事よりさ?」

 

そんな事?お前、仕事の出勤日をそんな事で片付けるつもりなの?

 

「兄貴は梓に呼び出されて、ウキウキ気分で待ち合わせ場所に向かってんだよね?仕事を休んでまで」

 

いや、待って?

確かにウキウキ気分だよ?梓に呼び出されたのなんか今まで1回か2回あったかな?って感じだもん。

そりゃウキウキ気分にもなるよ?

 

でもお前、我が妹のくせに言い方がアレじゃない?仕事を休んでまでって何?お前も仕事休んでるよね?

 

「兄貴さ?このLINE、本当に梓が送ってきたと思ってる?」

 

何だと!?

 

俺は急いでLINEを確認してみた。

送り主の名前は確実に『木原 梓(天使)』になっている。

間違いなくコレは梓が送ってきたメッセージだ。

俺は恥ずかしげもなく『あ、梓が作ってくれんなら何でもいいぜ』とか送ってしまっている。

今更アレが梓じゃなかったとかだったらめちゃくちゃ恥ずかしい。てか、何で俺はLINEでどもってんの?

 

「晴香、お前が何を言いたいのかサッパリわからねぇ。これは梓のアカウントだ。そして、その梓のアカウントから俺のアカウントに連絡が来ている。梓以外誰が俺にこのメッセージを送れるっていうんだ」

 

俺は晴香にスマホを見せつけてやった。

 

「兄貴さ?この15年の間にやっぱ日和っちゃった?

昔も梓の携帯から日奈子がメールしてくるとかよくあったじゃん?この絵文字の使い方とか言い回しとか…日奈子くさくない?」

 

フッ、晴香のやつめ。

何を言いたいのかわからないとか思っていたが、やはり何を言いたいのかサッパリわからないな。

 

このメッセージを送ってきたのは梓じゃなく日奈子だと言いたいんだろう?

 

だが甘かったな。

 

確かに昔、梓の携帯を使って日奈子が梓の振りをしながらメールを送ってきた事は何度もある。そう、何度もだ。

その度に俺は梓からの連絡だと思ってウキウキしながら待ち合わせの場所に向かい、そしてそこに居たのは梓じゃなく日奈子だった。

 

何度もそんな恥ずかしい黒歴史を持つ俺が、何の確認もせずに仕事を休むと思っているのか?

 

この梓からのLINEがきた後、俺はすぐに手塚さんに連絡し日奈子の予定を聞いている。

そして手塚さんから日奈子は今日、俺の職場である居酒屋そよ風に飲み会に行くと情報をもらった。

だから今日この日この時間に、日奈子が俺を呼び出す事は出来ないという訳だ。

 

…だがあの日奈子の事だ。

手塚さんに金を積んで俺を騙すよう手を組まされた可能性も俺は考えた。

 

だから俺は直接、梓に会って今日の事を確認したのだ。

 

 

『お、おう梓』

 

『あれ?拓斗くん?』

 

『そうか、梓もこのスーパーで買い物してんのか。奇遇だな』

 

『わぁ~、拓斗くんもこのスーパーでお買い物してたんだね。あたしはここのスーパーは志保ちゃんに安いって聞いてさ?それからここの常連さんになったんだよ』

 

『そうだったのか。俺は昔からこのスーパーを使ってたからよ。ハハハ、まさか梓もここを使ってるとはな』

 

『ここって拓斗くんの今のお家から遠いのに。やっぱここスーパーは有名なんだね。さすが志保ちゃん!』

 

 

本当は梓がこのスーパーを使っているというのは、俺のバンドメンバーである観月 明日香からの情報だった。

あいつは志保の同級生だから色々と…その…な?

 

あ、ヤバい。もしかして俺ストーカーくさくない?

 

いや!違う!断じて否!

そう!これはあのLINEがもしかしたら梓からのメッセージじゃなく、日奈子の罠かもと思って梓と会う必要があったからだ。だからしょうがなくなんだ。

 

…っと、そうだ。

あのLINEを梓からの連絡かどうか確認しないとな。

その為にここ数日このスーパーでウロウロしてたんだし。

 

………ちょっと待って。

梓からLINE来たの今日だよね?そんで今日仕事を休ませてほしいと晴香に伝えた。

 

ここ数日このスーパーをウロウロしていたって何!?

 

 

『そういや梓、お前…結構食材買ってんだな?豆腐の比率がやたら多いが…』

 

『え?…だって、作って待っとくって言ったじゃない?結局何が食べたいか返事来なかったし…』

 

俺はその梓の言葉を聞いて確信した。

あのメッセージは梓からのものだったと。

 

『あ、梓…』

 

『ん?何?』

 

『うわぁぁぁぁぁ!疑ってすまなかったぁぁぁぁ!!』

 

『拓斗くん!?』

 

『クッ…神よ!こんな俺を裁いてくれ!!』

 

俺は溢れ出る涙を拭いながらスーパーをあとにした。

 

『た、拓斗くん?な、何だったの…?』

 

 

フッ、そんな事があったからな。

あのメッセージは梓からのものだったと俺は確信しているのだ。

だから晴香、お前は邪魔だ。早く帰れ。

家にはお前の愛する夫も子供もいるだろう?だから早く帰るんだ。邪魔だから。

 

いや、やっぱ仕事行け。今日はお前も出勤日だったろ?

今から仕事に行くんだ。邪魔だから。

 

「え?あれ?マジで梓が居る…」

 

何だと!?

 

「ホントに梓が兄貴を…?」

 

だからさっきからそう言ってるじゃねーか!

いや、言ってないわ。モノローグで語ってただけだわ。

 

って、こんな事考えてる場合じゃねぇ!

梓が待っててくれてんだ。急いで梓の元に向かわねぇと!

 

「おーい!梓ー!」

 

晴香は声を高らかにあげて梓の元へと向かった。

 

いや、待てよ!お前ホントに何なの!?

これって日奈子の悪戯と思ってたんだよね!?

違ったんじゃん!梓がちゃんと待ち合わせ場所に居るじゃん!

 

何でお前は梓の元に向かってんの!?

俺だって「梓ー!」とか言いながら梓の元に駆け寄って行きたいし!俺のキャラじゃないからやんないけど!

いや、お前ホントに帰れよ!

 

俺がそんな事を考えてる間に晴香は梓と合流していた。

 

ハァ…せっかくの4周年記念なのにな。何なんだこの話は…。

このまま俺がモノローグを語っていても話が進まねぇ。俺も梓の元へと急いだ。

 

 

「は?今からそよ風に行く?」

 

「うん、あたしは日奈子にここで拓斗くんを待ってろって言われて」

 

…うん?待って?

確かに数行前に俺は話が進まねぇって言ったよ?

何なのさっきの点点点ってやつ。急に話進み過ぎてない?結局、梓は日奈子に言われてここに来たの?さっきまでのモノローグ何だったの?

読者も俺も置いてけぼりじゃね!?

 

「はぁ~…結局そよ風に来るならあたしはここで待ってたら良かった。さっきまでの話は何だったの?」

 

「ん~…何の事かあたしもわかんないんだけど、日奈子が言うには文字数の関係らしいよ。BREEZEのみんなもArtemisのみんなももう個室であたし達を待ってるはずだって」

 

BREEZEもArtemisもみんな居るの?やっぱりあのメッセージは日奈子の仕組んだ巧妙な罠?

何だよ文字数って…。

 

「拓斗くん?さっきから全然喋らないね?」

 

「兄貴にも色々あんだよ。な?兄貴」

 

…うるせぇよ。

 

そうして俺と梓と晴香はそよ風に入り、バイトの相原さんに接客対応され、日奈子達の待つ個室へと通された。

 

その時相原さんに

『あれ?店長も拓斗さんも今日はお休みにするんじゃなかったでしたっけ?店長は有給ですよね?』

とか言われてしまった。晴香のやつ有給取ったの?

 

まぁいいや。もう。

とりあえずタカ達と合流してさっさと帰って寝よう。

梓と飲めるいい機会ではあるんだが、日奈子の呼び出しとなると何かあったら大変だからな。主に俺の命に。

 

タカ達も日奈子に呼び出されてんなら、何とか早く帰る算段を立ててるだろ。あいつに乗っかっとけば俺も早めに帰れるハズだ。

 

そう思って俺は個室のドアを開いた。

 

「やっと来たね!拓斗ちゃん、梓ちゃん!天晴れである!!……ってありゃ?晴香ちゃんも居るの?」

 

個室のドアを開けた途端に日奈子から訳のわからねぇ歓迎のお言葉を頂戴した訳だが…。

 

BREEZEのタカとトシキと英治、Artemisの日奈子に澄香に翔子。

そして、英治の嫁である三咲と娘の初音。

ここまでのメンツなら不思議に思わねぇんだが…。

 

Divalの渚の妹の水瀬 来夢…。何で来夢も居るんだ?

 

いや、それよりも…だ…。

 

「あ、拓斗ちゃんはそこの席に座ってね。タカちゃんの隣~。あ、梓ちゃんはそっちの席ね。晴香ちゃんは何処でもいいや」

 

タカの隣か…こいつに聞きたい事あったし好都合だな。

俺は日奈子に言われたようにタカの隣に座った。

 

「おう、タカ」

 

「おう!拓斗!(ニコッ」

 

……。

 

おっと、一瞬トリップしちまったぜ。

何だ今のニコッて。マジ怖いんだけど。

 

こいつの事だから死んだ顔をしながらブツクサ言ってると思ってたんだが何で笑顔なんだ?

まぁ、俺もこの個室に入った時、もう帰りたいオーラを出してるトシキと英治の横でニコニコしてるタカに違和感を覚えて話を聞きたいと思ったんだが…。

 

「タカ、お前も日奈子に呼ばれたのか?」

 

「うん!(ニコッ」

 

……。

 

おっと、一瞬気絶しかけちまったぜ。

何だ今のうん!ニコッて。お前そんなキャラじゃねぇだろ。

 

「よし!拓斗ちゃんも梓ちゃんも来た事だし早速始めちゃおうか!」

 

ん?日奈子のヤツ、早速何か始めるのか?

いや、このまま何かが始まっちまったら、タカが何でこんなに機嫌が良いのかわからねぇじゃねぇか。

機嫌が良いってかもう気持ち悪いレベルだけどな。

 

「日奈子、その前にちょっといいか?」

 

「ん?拓斗ちゃん?どしたの?」

 

「何か始める前に何故みんなが集められたのか…それが聞きてぇんだけど」

 

「む!拓斗ちゃんはホントに面倒くさいなぁ!いいじゃんみんな集まったんだから。これから今からやる事説明するしおいおいわかるよ。文字数ももう大丈夫だし」

 

だから文字数って何だよ…!!

いや、今はそれはいいか。

 

「おい、タカ。お前は何て日奈子に言われてここに来たんだ?」

 

「拓斗ちゃん!?」

 

「俺か?俺は日奈子からバンやりのマイミーちゃんの1/16フィギュアを造る事にしたからポーズを考えようって呼ばれてよ?ウフフ、めちゃ楽しみなんですけど」

 

…バンやりの?フィギュア?

 

「トシキ、お前は?」

 

「え?俺?俺はクリムゾンエンターテイメントの次の動きがわかったから、みんなで対策を考えようって…。

はーちゃんがマイミーちゃんのポーズを考案した資料を見せてくれた時に日奈子ちゃんに嵌められたって気付いたんだけどね…」

 

そうか、クリムゾンエンターテイメントのな…。

そんな事言われたら来るしかないよな。

てか、タカが考案したポーズの資料って何?こいつそんなの作って来たの?日奈子に誘われたの今日だよね?

 

「…英治、お前は?」

 

「あ?ああ…三咲も初音も居るのにこんな事を言うのもどうかと思うが…。日奈子に『あの日のあの夜のアレな証拠の写真が出て来たんだけど?これって三咲ちゃんに送っていいかな?あ、英治ちゃん今日暇?』って連絡が来てな…」

 

そうか、お前は過去はめちゃくちゃブラックだもんな。

三咲も初音も居るのにこんな事言うのもどうかと思うとか言ってたが、ここでそれ言っちゃうのは本当にどうかと思うぞ?お前それ言っちゃうなら何で来たの?

 

「三咲、お前は何て言われた?」

 

「あ、私?私は日奈子ちゃんに久しぶりに飲み会しようって誘われたの。みんなで集まるのも久しぶりだから。フフ、初音も一緒でいいって言ってくれたしね(ニコッ」

 

そうか、三咲は飲み会しようって誘われた訳か。

しかし、こいつのニコッも何?怖いんだけど。

あ、そうか、今日は初音が居るから猫被ってんだな。

安心したぜ、今日は三咲にはしばかれる心配は無いわけだな。

 

「初音は三咲に着いてきたって感じか?」

 

「いえ、私は今後のファントムでのライブについて話したいって…」

 

そうか、日奈子はこんな幼い初音にまでそんな事を…。

ってかファントムのライブについてって何?何で初音がそんな話を?そういうのって普通英治か三咲とじゃないの?

 

「…澄香は?」

 

「私?た、拓斗に言う義理なんかないし…な、何でもええやん」

 

そうか、ここにはタカも梓も居るもんな。

言える訳ねぇよな。どうせ『澄香ちゃん!タカちゃんとデートのセッティングしてあげるよ!』とか言われたんだろ。お前、昔からこれで日奈子に嵌められるの何回目?

 

「翔子は…どうせトシキと一緒に飲めるよ~とか日奈子に言われたんだろ?」

 

「な…何でわかったの…?」

 

そうか、お前もアホだったな。

お前もこれで日奈子に嵌められるの何回目なの?

いや、すまん、翔子。俺も日奈子に嵌められるの何回目?って感じだったわ。思いっきりブーメランだったわ。

 

「もう!拓斗ちゃんは!もういい?今度こそ本当に…」

 

「待て。まだだ、来夢、お前はなん…」

 

「仕事です」

 

そうか、仕事か。

え?仕事って言われてここに来たの?

 

「拓斗ちゃん、もういい?」

 

「あ?ああ、良くはねぇけどしょうがねぇ。俺達をここに呼んだ用件は何だ?さっさと終わらせて解散しようぜ」

 

「だから、俺達が集まったのはマイミーちゃんのフィギュアのポーズを…」

 

タカ、頼むから黙っててくれ。

 

「もう!拓斗ちゃんは!ま、文字数は稼げたけど今度は時間が無いしさっさと終わらせちゃおうか。

みんな…晴香ちゃんと来夢ちゃん以外のみんなの前にプリントが置いてあるでしょ?それを見てみて」

 

あ?プリント?

俺は目の前にあったプリントを裏返して内容を読んでみた。

 

…ファントムに所属するバンドで一番上手いと思うボーカルは誰ですか?

 

何じゃこれ?

 

「ふっふっふ、みんなこれでわかったようだね。これが今回のForth Anniversary!!の企画!

『関係者100人に聞きました!ファントムで一番上手いバンドマンは誰だ!?』大会です!」

 

…やべぇ、このちびっこが何を言っているのか理解出来ねぇ。

 

「ちょっと待て日奈子」

 

「英治ちゃん?何?」

 

「関係者100人って何だよ?ここにはBREEZEとArtemis、三咲と初音の10人しか居ねぇじゃねぇか。

晴香と来夢ちゃんにはこのプリントは配られてないしよ?あ、お前もプリントは持ってねぇか」

 

「ああ、うん。晴香ちゃんと来夢ちゃんには予め回答貰ってるしね。あたしももちろん回答済みだよ」

 

「日奈子、それでも12人しか…」

 

「ふっふっふ、甘いね翔子ちゃん。いや、翔子ちゃんにもちゃんと内緒にしてくれたGlitter Melodyを褒めるべきかな?ファントムのバンドメンバーにはもう回答貰ってるんだよ」

 

何だと?って事は明日香達も回答済みというわけか。

あいつらも俺に内緒にしてたわけだな…。

 

「んー?それでも38人とか中途半端じゃない?」

 

「あ、梓ちゃんが…こんなに早く計算を出来た…だと…?」

 

「え?日奈子ってあたしの事バカだと思ってる?」

 

やべぇな。無言でタカと英治と澄香と来夢も手を挙げてやがる…。梓の事バカだと思ってんの?バレたらしばかれるぞ?

 

ってか何で梓は38人って思ったの?

ファントムのバンドは9バンドで4人ずつだから36人。

そして三咲と初音と晴香と来夢で40人だぞ?

 

「まぁそれは置いておいてね梓ちゃん。

他にも手塚や有希ちゃん、亜美ちゃんや美来ちゃん。

そしてランダムでうちの社員、姫咲ちゃんとこのメイドさん、晴香ちゃんとこの店員さん、英治ちゃんとこのお客様にアンケート取ってね。ここにいるメンバーと合わせて100人になるように調整したんだよ」

 

こいつ…こういう事にだけは用意周到だな。

ってか美来にも聞いたの?一応あいつクリムゾン側のミュージシャンだよ?

 

「って訳でみんな回答よろしくね。

来夢ちゃんも早く集計取って発表して帰りたいだろうし」

 

「ホントに…みなさんお願いします。早く帰りたいので…」

 

なるほど…仕事…ね。

チ、まぁいい。どうせこれは梓とのデートではなかった事にかわりはねぇ。

ならさっさと終わらせて帰るのがベストだな。

 

「ちょっと待て」

 

ん?タカ?

 

「日奈子?さっきからお前の話を大人しく聞いてた訳だが…まさか、マイミーちゃんのフィギュアポーズを考える会というのは嘘か?」

 

今更そこ!?

 

「さすがタカちゃんだね。その通りだよ。

いくら何でもそんなの素人にやらせる訳ないでしょ」

 

「チ、巧妙な手口だぜ。俺も危なく騙されかけたぜ」

 

いや、もうお前めちゃくちゃ騙されてたじゃねーか。

ニコニコしてたじゃん。もうそういうのいいからさっさと終わらせて帰ろうよ。

 

「…って言いたい所だったけどね、時間もないし。

ポーズ考えようって呼んだのは嘘。だけど、マイミーちゃんのフィギュアを造るのは本当。

もしこのForth Anniversary!!の企画が滞りなく終われば、サンプルはあげれないけど、企画の際に使ったマイミーちゃんの複製原画なら協力金の代わりにタカちゃんにあげるよ?」

 

「畏まりました、日奈子様。この企画、必ずや滞りなく終わらせてみせます」

 

安いなぁ…こいつ…。

 

「ねぇ、マイミーちゃんの原画って梓が描いてんだよね?」

 

「うん、そだよ」

 

「こんな企画しなくても梓に頼めば描いてもらえるだろうに…タカは本当にバカだな」

 

澄香、梓、翔子。俺は早く帰りたいんだ。

あんまり余計な事言うな…。

 

 

そうして俺達は日奈子が用意していたプリントをやる事になった。長かったなぁ、ここまで…。

 

 

 

 

 

「はいはいはい!来夢ちゃんが集計結果出してくれたよ!時間も無いしさっさと発表しちゃうよ!」

 

俺達はプリントに書かれた質問に回答し、来夢に提出した後は日奈子の計らいで飲み会を楽しんでいた。

…少しは梓と飲めた訳だし一応感謝はしててやるか。

 

 

「じゃあ、早速発表しちゃうね!

各項目で3位の人まで発表しちゃうよ。まずはファントムのバンドで一番上手いと思うボーカルからね!」

 

「おい、タカ。お前何で照れてんだ?」

 

「バッ!英治!べ、別に照れてないし!で、でもファントムのバンドで一番上手いボーカルって言ったら…15年前の事もあるし…その…(照れ照れ」

 

タカのやつ。

自分が一番上手いボーカルだと思ってんのか?

 

まぁ、タカは喉を壊したと言ってもそれなりに歌は上手い。パフォーマンスも最高だしな。

ちなみに俺もタカに投票したくらいだ。

…タカも自分に投票してたりしてな。

 

「ボーカル1位はFABULOUS PERFUMEのシグレちゃん!」

 

「ファビュ…」

 

やべぇ、時間止まっちまったぜ。

タカなんか思わずファビュとか言っちゃってるし。

なるほど、シグレか。確かにあいつの歌唱力はスゲェからな。

 

「じゃあ次は2位の発表ね~」

 

「ま、まぁ、シグレもな。大人気のバンドボーカルだしな。歌唱力スゲェし?パフォーマンスもかっこいいし?」

 

「大丈夫、きっと2位ははーちゃんだよ」

 

トシキ!止めてあげて!

 

「2位はLazy Windの架純ちゃん」

 

「あは、あはは…架純ちゃん、架純ちゃんな。うん、架純ちゃんも元プロだもんな。うん、うん」

 

タカの語彙力が死んでいる…。

てか架純が2位なの?Lazy Windのボーカルは俺より架純の方がいいって事?

 

「3位はBlaze Futureのタカちゃん」

 

「ヨッシャ!キタァァァァ!!」

 

タカ、スゲェ喜びようだな。

まぁ3位か。さすがっちゃさすがだな。

 

「じゃあ次はギタリストねー」

 

時間無いから展開早いな。

前半の俺の話が長過ぎんだよ。

 

「1位はevokeの結弦ちゃん」

 

なるほど、結弦か。

さすが雨宮さんとデュエルをして心が折れなかっただけあるな。

確かにあいつのギターテクは大したもんだ。

トシキと翔子からあいつに周りと合わせる姿勢を学べば、さらにレベルも上がるだろうぜ。

 

「2位はAiles Flammeの亮ちゃん」

 

「お?亮か?」

 

亮か。Ailes Flammeから上位メンバーが出ると嬉しくなるな。

浅井さんにギターテクを教わったと聞いているが、浅井さんとはまた違う音を奏で…

 

「3位はGlitter Melodyの睦月ちゃん」

 

まだモノローグ途中だったのに3位の発表だと…?

 

「くぅ~…睦月は3位か…」

 

あ?ああ、そうか。睦月はガキの頃から翔子が教えてんだっけか。

 

「じゃあ次ベーシス…」

 

次はベーシストか。

嫌だなぁ。聞きたくないなぁ。俺入ってるかなぁ…。

 

「……モノローグが落ち込んでも困るから次はドラマーにしま~す」

 

ちょっと待って!モノローグが落ち込んでも困るって何!?

モノローグって今回俺だよね!?俺が落ち込むの!?

俺、3位までに入ってないの!?

 

「ドラマーの1位はDivalの香菜ちゃん!」

 

あ、本当にドラマーからやるんだ?

 

「2位はCanoro Feliceの冬馬ちゃん、3位がNoble Fateの綾乃ちゃんだよ」

 

一気にいったな。そんなに時間ないの?

 

「お、おい、待ってくれよ」

 

「どしたの?英治ちゃん」

 

「いや、こんなの事聞くのは…ちょっとアレだと思うが、まどかは何位だったんだ?あいつは俺の後継者として…その俺の弟子の…」

 

「うん、何位かは教えない。

でもね、あたし達バンドマンの投票ではまどかちゃんの票は多かったよ。でも一般票がね~」

 

「一般票…?あ、そうか、あいつのドラムは」

 

「そ、自由な感じが持ち味だからね。ドラムの腕は良いと思うけどライブ中はアレンジ入れたり色々とー」

 

なるほどな。

それがあいつの持ち味だし、それが奈緒や盛夏やタカにはマッチしてるんだが、一般の奴らが聴くドラムとしては…って事は正確にパワフルなリズムを刻む香菜や冬馬、綾乃がトップ3ってのも頷ける話だな。

 

「そっか、悪かったな。日奈子」

 

「ううん、別に?みんな色々気になってはいると思うし。梓ちゃんからもなっちゃんは何位だったの?ってLINEめちゃくちゃ来てるし」

 

次はベーシストか…。

 

「ベーシストの1位は~…」

 

え?日奈子の奴何で俺をジッと見てるの?

まさか…期待していいのか!?

 

「Blaze Futureの盛夏ちゃん、せっちゃんだね」

 

「「ま、当然だな」」

 

「タカも梓も何であんたらがドヤ顔してんの?」

 

クッ…盛夏か…。まぁあいつは天才肌だしな。

 

「2位はDivalの理奈ちゃん、りっちゃんだね」

 

理奈か…。まぁ、あいつは氷川さんの娘だしな…。

あ、絶対3位俺じゃないわ。日奈子が笑いを堪えた顔でこっち見てるもん。

 

「3位はGlitter Melodyの美緒ちゃんでしたー!」

 

「あーはっはっはっは!残念だったな!拓斗!やっぱうちの佐倉の方が上だったな!」

 

クッ…翔子め…。

 

「いいのか?トシキが見てんぞ?」

 

「ハッ!?ト、トシキさん、ちが、ちがくて…」

 

「ホントに宮ちゃん残念だったよね、盛夏ちゃんに入れた俺が言うのもなんだけど」

 

え?トシキ?お前盛夏に入れたの?

 

「タカは3位に入って安心したけど、お前は残念だったよな。ま、俺もお前には入れなかったんだけどな」

 

英治…お前も俺に入れなかったの?

 

「トシキちゃんも英治ちゃんも!誰が誰に入れたのかは内緒なの!もう!だったらあたしも言っちゃうからね!」

 

あ?日奈子お前も俺に入れなかったの?いや、お前の場合は俺に入れてくれなかった方が、後が怖くないから安心だわ。

 

「中原 英治ちゃんがドラマーに入れた1票はBREEZEの英治ちゃんでしたー!投票数1票!」

 

「テメェェェ!日奈子!バラしてんじゃねぇよ!」

 

「え?英治くん、自分に入れたの?ファントムのバンドマンじゃないくせに?さっきのまどかちゃんの話は何だったの?妻としてめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」

 

「私も娘としてめちゃくちゃ恥ずかしいよ。お父さんは何を思って自分に入れたの?」

 

「いや!そこはノリとかよ!タカもトシキも拓斗も自分に入れたよな?な?」

 

「あ?俺は渉に入れたけど?可愛いし」

 

「俺はギタリストは今現時点の上手さは睦月ちゃんに入れたかな」

 

「俺はベーシストは盛夏に入れた。タイマンのデュエルならもしかしたら負けてたかも知れねぇしな」

 

「お、お前ら裏切り者ぉぉぉぉ!」

 

などとバカな話で4周年記念は終わった。

今までで一番内容の薄かった周年記念じゃねぇか?

 

そうして俺達はそよ風を後にするのだった。

 

今は梓の過去話の途中だし、いつんなったら本編が再開するんだろうな…。

 

 

 

 

「って待ってよ拓斗くん!勝手に終わらせないで!」

 

ん?梓?

 

俺達がそよ風から出て、今まさに解散しようとしている時、梓が俺に語りかけてきた。

 

「あー、このまま終わっちゃったらどうしようかと思ったよ」

 

「どうした梓?タカならもう帰ってしまうぞ?俺に二次会にでも誘えって事か?」

 

「二次会?いや、違うよ。あたしも帰ってから仕事あるし。だから今日はノンアルコールにしたしね」

 

ああ、そういや珍しく飲んでなかったな。

 

「はい、これ」

 

「ん?何だこれ?」

 

「え?ええ!?拓斗くん…今日あたしに弁当作って行くって日奈子に言われたんじゃないの?」

 

弁当?何の事だ?

 

『拓斗くんって何が好きだっけ?作って待ってるよ』

 

あ、あれ…の事か?

じゃあ今日スーパーで会ったのは…。

 

「日奈子がそう言って拓斗くんを呼んだって言ってたからさ。拓斗くんはいつも日奈子に騙されてばっかだし。いつもお世話になってるから…」

 

俺は梓から包みを受け取った。

この包みを開けたら…梓の弁当が?

 

「晴香ちゃんのご飯食べ馴れてるだろうし、お口には会わないかもだけど。あ、あたしはそれを言われてここに来たんだからね!」

 

そう言って、言うだけ言って梓は帰って行った。

 

内容的にはアレだったが、最高の周年記念になったぜ。

ありがとう日奈子。

 

 

 

 

 

 

「まさかあんたがヒトカラしてるなんてね」

 

「あ、あはは、私も…びっくりしたよ」

 

「まだ…人前で歌うのは苦手なの?」

 

「え…?あ…うん」

 

「…あたしのせいみたいなもんか」

 

「ち!違うよ!それは違う!私は昔から…」

 

「……」

 

「ホントに違う…から」

 

「……」

 

「…?どうしたの?ホントに違うよ?」

 

「あ、いや、待って。ちょっ…え?アレ…BREEZEとArtemisのメンバーじゃ…」

 

「え?BREEZEとArtemis?」

 

「間違いない、え?何でこんな所に?

いや、やっぱり偽者かな?15年前と同じ顔だし。さすがにあの頃から変わってないとかありえないもんね…」

 

「多分、本物だよ。だって…三咲さんも居るもん」

 

「三咲さん?あのBREEZEのチューナーだった三咲さん?」

 

「うん、間違いないよ。三咲さんだ。私に…」

 

「あの人が…天音に…」

 

「うん、私に射手座のレガリアを託してくれた三咲さんだよ」



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第39話 バンドやりたい!

「そうしてあたしは、音楽を…バンドをやる事にした」

 

……またあたしのモノローグだよ!?

もう何回目!?あたしメインとかじゃなくちょい役だよね!?あ、タカくんが主人公だとしたらメインヒロインなのかもしれないけど!

 

だけど落ち着いて考えたらタカくんが主人公って事はない気がする。そもそもそれなら15年前に何とかなってるだろうし…。

 

もうわかってるかもしれないけど、あたしの名前は木原 梓。

今回もまだなっちゃんに過去話をしている。

 

「もぐもぐもぐ」

 

なっちゃんもあたしの話に飽きてきてるのか食事に夢中になってる気がする。

 

とりあえずちゃちゃっと続きを話していこうか…。

 

 

 

バンドをやると決めたあたしはおっちゃんにギターを教わり、お母さんから歌を教わる事にした。

 

小さい頃に1度ギターを習っていたといってもあたしにはブランクがある。歌も特別上手い訳でもなかったから、おっちゃんとお母さんの修行は大変なものだった。

 

 

まぁ、それはそれとして。

 

 

あたしはバンドをやる事を決めた。

あたしはギターをおっちゃんに教わる事に決めたけど、お母さんやタカくんと同じボーカルをやりたいと思っていた。

 

そしてあたしがバンドをやるなら、ベースは澄香にやってほしいと思っていた。

 

 

 

「行ってきまーす!……って梓!?また家の前で何やってんの!?バイクの上でそんな短いスカート穿いてあぐらかくなって言ったやん!?」

 

「あ、澄香やっと出てきた~。だから大丈夫やて。下に短パン穿いてるから」

 

あたしはまた澄香の家の前に来ていた。

あたしと一緒にバンドを。あたしのバンドのベースをやって欲しいと伝える為に。

 

「んで?どしたん?梓が休みの日に朝から…昨日今日とマジでびっくりなんやけど。学校の日もこれくらい早く来てくれたら…」

 

「そんな事よりさ。澄香お願いがあるの」

 

「そんな事って事じゃないんだけどね。お願いって何?嫌な予感しかしないんやけど」

 

「あたし、バンドやりたい。音楽はまだ嫌いって気持ちはあるけどさ。

あたし!バンドやりたい!」

 

あたしは澄香にバンドをやりたい想いを伝えた。

 

「え?ああ、そうなん?頑張って」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…え?話ってそんだけ?」

 

どうやら澄香にはあたしの想いは上手く伝わらなかったみたいだ。あたしはそう思っていた。

だから、ちょっと恥ずかしいと思ったけどもう少し踏み込んで話してみた。

 

「あたし!バンドやりたい!」

 

「え?いや、さっき聞いたよそれ。だから頑張ってって」

 

「違うの!」

 

「は?何が?」

 

「あたしはバンドをやる!だから!澄香があたしのバンドのベースをやって!澄香…あたしと…バンドやろうぜ!」

 

「え?ごめん、無理」

 

「…え?」

 

「え?」

 

「いや、だからあたしバンドやりたいって」

 

「うん、知ってる。そんで私に梓のバンドのベーシストになってって事やろ?」

 

「なんだよぅ~。びっくりさせんなよ~。わかってんじゃ~ん」

 

「いや、わかってるよ。わかってて断ったんやけど…」

 

「は?断った…?」

 

その時のあたしは澄香が何を言っているのかわからなかった。

 

「いや、だからね?澄香、バンドやろうぜ!」

 

「だから無理やて。私は大学も行きたいって思ってるし、バイトと学校の勉強と…頑張りたい事いっぱいあるんだよ。

梓はBREEZEと…タカとデュエルしたいって…本気でバンドやろうとしてんねやろ?本気のバンドは私はやれない。だから無理」

 

澄香は大学に行きたいって今はバイトを頑張りたいって言った。

バンドをやりたいっていうのは、あたしのワガママ。

澄香には澄香のやりたい事がある。

 

だから、あたしはバンドを頑張って、澄香は澄香の好きな事を頑張って欲しい。

 

今のあたしならそう思うんだろうけどね~。

 

「え?嫌だよ?」

 

「は?嫌って何?」

 

「あたしは!澄香と!バンドをやりたいの!

澄香が一緒じゃなきゃ嫌!澄香とバンドやりたい!!」

 

あたしは思わず叫んでしまった。

 

「ちょっ!梓!声でかいって!やめてほんま!

と、父さんと母さんには聞こえてへんやろな…」

 

お父さんとお母さん?

 

「梓、お願い。私は梓の事大事な友達やと思ってる。だから、梓がバンドやるなら応援したいとも思ってるよ」

 

「澄香…」

 

「でも私は大学に行きたいって思ってるし、父さんと母さんの事もあるから…バンドはやれない」

 

「澄香?澄香のお父さんとお母さんの事って…?もしかしてそれで…?」

 

「ごめん…もうここでこの話はしないで…。私、今からバイトやからさ…本当にごめん…」

 

そう言って澄香は自転車に乗ってバイトへ向かった。

バイトを頑張りたいとか大学行きたいとかなら、両立出来るように頑張ろうよ。って言いたかったけど、お父さんとお母さんの事を出されたらあたしは何も言えない。

 

澄香のお父さんにもお母さんにも何度も会った事はあるし色々とお世話になってるけど、あたしにも海原…お父さんの事や、魚座のレガリア使いだったお母さんの事もある。

澄香にもお父さんとお母さんの事で何か事情があるんなら…。

 

あたしは澄香にこれ以上は言えない…。

 

「澄香」

 

「…ん?」

 

「ごめんね…」

 

「…!?

あ、謝れると何か違うって言うか…!梓、ちゃんと…」

 

「うぇぇぇぇ~ん、ごめ、ごめんね澄香ぁぁぁ~。あたし澄香の事情も知らずにー!うわぁぁぁん」

 

「泣き出した!?ち、違っ…梓聞いて!」

 

「あ、バイト頑張ってね」

 

「え?あ、ああ…うん」

 

「うわぁぁぁぁぁぁん!」

 

「梓待って!」

 

あたしはこれ以上澄香にワガママ言っちゃいけない。

そう思ってバイクで走った。しゃにむに走った。

 

 

 

 

そうしてあたしが辿り着いたのは神社だった。

あたし達の地元で夏祭りやってる神社あるでしょ?あそこだよ。

 

本当は澄香にバンドの事をOK貰って2人で来たかったんだけどね。

この神社には音楽に纏わる御守りがあるって、おっちゃんとお母さんに聞いてたから。

 

「よし、婆ちゃんおるかな?あたしはギターもやるけどボーカルやりたいし、声が良くなるとか歌が上手くなるご利益の御守りとかあればいいけど」

 

あたしは誰に言う訳でもなく、説明口調でそんな事を1人言いながら授与所へと向かった。

 

授与所に行くと引戸が閉まっていたので、力付くで開いて声を掛けた。

 

「婆ちゃ~ん?おる?木原んとこの梓やけど~」

 

あれ?返事がない?

 

「婆ちゃ~ん!御守り欲しいねんけど~?」

 

また返事がない?もしかしてお留守かな?

 

「婆ちゃ~ん!おらんの~?」

 

…やっぱり居ないのかな?

 

あたしがそう思って帰ろうとした時だった。

 

「ま!待って!いるよ!いるいる!」

 

授与所の奥から声が聞こえた。

でもこの声はあたしの知っている婆ちゃんの声じゃない。え?誰?

 

「おまっ!おまっ!おまっ……たせ!」

 

そう言って出てきたのはまだ小学生くらいの幼女だった。

 

「お待たせしちゃってごめんね!」

 

この子は婆ちゃんのお孫さんかな?

ふふ、可愛いなぁ。しっかり巫女服まで着ちゃって。

なっちゃんもいつかこんな感じに成長するんだろうなぁ~。

 

…あかん、これ絶対可愛いやつや。何とかなっちゃんをうちの子にする方法はないだろうか?

 

とかそんな事を考えていると…

 

「あの?木原ちゃん?」

 

「え?あ?ご、ごめんね。じゅるり」

 

あたしは溢れ出る涎を拭い、そのお嬢ちゃんに婆ちゃんが居るかと尋ねた。

 

「それよりね。お婆ちゃん居るかな?御守り買いたいんだけど…」

 

「ああ、お婆ちゃんはぎっくり腰になっちゃってね!それで今日はあたしがバイトしてるんだよ。御守りって?どんな御守りが欲しいの?」

 

え?婆ちゃんがぎっくり腰?大丈夫なんかな?

ってか、それよりこんな幼女にバイトなんかさせてるの?それこそ大丈夫?

 

「あ~…えっと、婆ちゃんがぎっくり腰なんなら別に今度でも…」

 

「え?何で?あたしが売ったげるよ?

木原ちゃんの事だから…無病息災って事はないだろうし…学業成就もないよね?だったら恋愛…?いやいやそれこそないかー」

 

え?無病息災も学業成就も恋愛成就もないって失礼じゃない?あ、学業成就はあたしがお利口さんなら必要ないし、恋愛ならあたしは可愛いから大丈夫だと…ふむふむなるほど。そういう事だね。わかります。

 

「学業成就とか今更だろうし、恋愛成就も逆に言い寄る男達をぶっ飛ばしてるもんね。アハハ」

 

ほんっっと失礼な子やな。

 

って思ったけどちょっと待って。

この子あたしの事知ってる?多分はじめましてやと思うんやけど…。

 

「あのさ?お嬢ちゃんもしかしてあたしの事知ってる?のかな?」

 

「あ?お嬢ちゃん?(怒」

 

ヒィ!?

な、なんやのこの子。危なくごめんなさいって謝りかけちゃったよ。

だからどうかそのお怒りをお収め下さい、ごめんなさい。

 

「ハァ~…木原ちゃんはあたしの事知らないのかぁ~…。ま、木原ちゃんだもんね」

 

え?どういう事?

 

「あたしの名前は月野 日奈子だよ?名前くらいは聞いた事あるでしょ?」

 

つきの…ひな…こ…?はて?

 

「…え?本当に知らない?」

 

「えっと…?」

 

あたしには聞き覚えのない名前だった。

ま、後にArtemisのドラマーになる日奈子なんだけどね。

 

「え!?本当に知らないの!?木原ちゃんの隣のクラスだよ!1年にして生徒会長になった伝説の才女!」

 

この子…自分で才女と言っただと…!?

 

って待って!!

 

「あたしの隣のクラス!?生徒会長!?」

 

「そだよ。木原ちゃんと同い年だよ」

 

この見た目で1年とはいえJKだと…?

どうなってんのこの世の中…。

 

「ま、そんな事より」

 

そんな事なの?あたしの中ではビッグな問題だよ?

この子は至ってスモールだけど。

 

「木原ちゃん、何か失礼な事考えてる?」

 

「え?いやそんな事ないよ?」

 

怖いわぁ~、この子。

もしかしてあたしの心読めるの?

 

「んで?御守りだよね?何の御守りが欲しいの?」

 

あ、そうだ。御守り。とりあえず御守り買わなきゃ。

 

「えっと…ここには無いのかな?バンド…音楽が上手くなるようにって…何かそんな御守りがあるって聞いたんやけど…」

 

「バンド!!?」

 

わ、びっくりした。

え?何か変かな?

あ、こんなちびっ子だけど、うちの学校の生徒会長様なんだっけ?もしかしてうちの学校バンド禁止とか?

 

「木原ちゃん…バンドやるんだ?」

 

「え?うん…あの…何か変かな?うちの学校バンド禁止とか?」

 

「え…?ううん…そんな事ないと…思うよ。バンド…か…」

 

あ、別に禁止されてる訳じゃないんだね。良かった。

でもそれなら何でバンドに驚いたんだろう?

 

「えっと…ちょっと待ってね。音楽関係の御守りは確かこっちに…」

 

その時は何で日奈子が驚いたのか気にはなってたけど、音楽関係の御守りがどんなのか気になって、あたしの中でその疑問は忘れ去られてしまった。

 

「これが確かボーカル用でこれがギター用…こっちのは何だっけ?カスタネット用…?」

 

ふぅん…楽器のパート毎にわかれてるんだ?

ならあたしはボーカル用の御守りがいいのかな?

それともギター下手くそだしギターを選ぶべき?

 

あたしがボーカル用の御守りにするかギター用の御守りにするか悩んでいた時、視界の隅に入った金色に輝く一回り大きい御守りに目を奪われた…。

 

「あの…月野さんだっけ?この金色の御守りは…?」

 

「ん?これ?これは音楽関係ないよ?想いの人の写真を入れて肌身離さず持っていたら、その想いの人と×××とか○○○とか…【ピー(自主規制音)】とかが出来ますようにって願掛けのスーパーミラクルワンダフル恋愛成就の御守りなんだよ」

 

「あたし…それにする」

 

「え?正気?これ音楽関係ないよ?」

 

想いの人と色々アレな事が出来るようになる御守り…。

 

「いや待って?あたし色々アレな事が出来るようになる御守りとか言ってないよ?ただの願掛けだよ?木原ちゃんは何を都合良くモノローグで語ってるの?」

 

これをあたしは手に入れなくていけない。

バンドも大事だけどタカくんとアレな事をする…いや、タカくんにアレな事をされる為に。

 

「される為にって何?タカくんって誰?木原ちゃんほんま怖いんやけど?」

 

「えっと、やっぱりこの金色に輝く恋愛が成就する御守りをもらえるかな?」

 

「恋愛成就の願掛けだからね!?成就する御守りじゃないから!」

 

あたしは日奈子の声も聞こえず恋愛が成就される御守りを買うことにした。

 

「ハァ~…、本当にこの御守りにしちゃうのか…。あたしもここのドラムの御守り持ってたんだけどね。バンドやるならご利益ありそうなのに。はい。スーパーミラクルワンダフル恋愛御守り。9,800円ね」

 

あたしは日奈子の言葉を聞いて驚愕した。

 

「…月野さん、今…何って…?本当なの?」

 

「まぁ…中学の時の話だけどね。あたしもバンドやってたからさ」

 

「え?バンド?月野さんバンドやってたの?」

 

「え?そだよ?ありゃ?ドラムの御守り持ってた~って事を驚いてたんじゃないの?」

 

あたしは日奈子が何を言っているのかわからなかった。

 

「ドラムの御守り?何それ?」

 

「え?違うの?それじゃ何に驚いてたの?」

 

「その恋愛成就の御守り…9,800円って…」

 

おっちゃんにギターを買って来いとお小遣いを貰っていたとはいえ、先日のBREEZEのライブでお金を使いすぎたあたしにとっては9,800円は恐ろしい程の大金だった。

 

ギターを買うよう貰ったお小遣いからなら出せる金額ではあるけど、本当にこんな御守りにお金を使っちゃっていいのだろうか?あたしは葛藤していた。

 

「あ、ああ…そうなんだ。そっちに驚いてたんだね。

そだよ、この御守りは9,800円。やっぱ止めとく?バンド用の御守りにしとく?それとも音楽の御守りにする?そっちなら700円だよ?」

 

音楽の御守りは700円…。でもあの恋愛成就の御守りは9,800円。

ははは…さすがに悩むまでもないよね。

 

あたしは日奈子に1万円札を渡し200円のお釣りを貰った。

 

「いや~…さすが木原ちゃんだね。本当に買うとは思わなかったよ。そもそもこの御守りにご利益あったらもっと話題になったり売れたりしてるハズなのにね」

 

「ん?月野さん?何か言った?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

あたしは早速家に帰って先日手に入れたタカくんのチェキをこの御守りに入れようと思っていた。

 

だけどその前に…。

 

「月野さんってバンドやってたの?」

 

「え?今更そこ?」

 

あたしはさっきからずっと気になっていた事を日奈子に尋ねた。

 

「いや、さっきからずっと気になっていたって何?さっきまでずっと御守りの事しか考えてなかったじゃん?」

 

「月野さんはバンドで…何の楽器をやっていたの?もしかしてボーカル?」

 

「いや、絶対気になっていたっての嘘でしょ?あたしの話全然聞いてないじゃん」

 

日奈子は中学の時にバンドをやっていたと言った。

もしボーカルじゃないのなら、今はバンドをやっていないのなら、あたしのバンドに入ってもらえるかもしれない。

 

「いや、あたしのバンドに入ってもらえるかもしれない。って何なの?あたしはもうバンドやるつもりはないし」

 

「月野さん…やっぱりボーカルだったの?」

 

「やっぱりって何?てかさっきからあたしの台詞無視なの?あれ?もしかしてあたしの声届いてない?」

 

あたしはその時は日奈子がドラマーだって知らなかったから…

 

「知らなかったからじゃないよ!あたしはドラムやってたの!ってかさっき言ったじゃん!ドラムの御守り持ってたって!ドラマーじゃないのにドラムの御守り持つ訳ないでしょ!」

 

日奈子はドラムをやっていた…。

 

ドクン

 

「ドラム…?冗談だよね?」

 

ドクン

 

「冗談なんか言う訳ないでしょ。

あたしのこの身長だと…まぁ信じない人の方が多いだろうしさ?」

 

ドクン

 

「本当に…ドラマーなんだ…」

 

ドクン

 

あたしは胸の高鳴りを覚えた。

 

まさか…こんな小さな女の子が…ドラムをやっていたなんて…。

 

 

 

って当時は思ってたんだよね~。

 

あの子のドラムテクは凄いって今だから思えるっていうか…。

当時はまさかこんなちびっ子がドラムやるなんて信じられなかったよ。

 

 

「む~!木原ちゃん信じてないでしょ?」

 

「ううん、信じるよ。その見た目でドラムやってたなんて…普通の人はそんなすぐバレする事なんか言わないだろうし」

 

「なんか嫌な言い方だなぁ…すぐバレて…」

 

「ねぇ、月野さん」

 

「ん?何かな?」

 

「あたしと…バンドやろうぜ!」

 

「ごめん、無理」

 

無理?…え?待って。今の流れで断られるの?

 

「あたしがバンドを辞めたのは嫌な事があったから。

だからもうあんな嫌な想いはしたくない。そう思ってるからね」

 

「嫌な事って何?あたしは絶対月野さんに嫌な想いはさせないよ!約束する!

だから…バンドやろうぜ!」

 

「うん、木原ちゃんならあたしにあんな嫌な想いはさせないだろうなぁ~とは思う」

 

「な、ならさ!」

 

「だけど、この世に絶対なんてないと思う。それにもしまたあんな事があったら…あたしはきっと音楽を好きでいられないと思う」

 

音楽を好きでいられないと思う。

日奈子のその言葉はあたしには重かった。

 

BREEZEや氷川さん達の音楽を聞いて、音楽ってすごい。音楽って楽しいって思ったけど、それまではお父さんの事で音楽なんて嫌いだったんだから。

そしてその時にも胸を張って音楽が好きって言えない自分の葛藤もあったから。

 

「うぇぇぇぇ~ん、ごめ、ごめんね月野さぁぁぁ~ん。あたし月野さんの事情も知らずにー!うわぁぁぁん」

 

「泣き出した!?ち、違っ…木原ちゃん聞いて!」

 

「あ、月野さん、また明日学校でね」

 

「え?あ、うん」

 

「うわぁぁぁぁぁぁん!」

 

「木原ちゃん!?」

 

そうしてあたしは帰宅し色々と考えた。

もちろん晩御飯もしっかり食べてお風呂に入った後に。

 

あたしは音楽をやりたい。バンドをやりたい。

いや、本当はやってみたいっていうのが本音なんだろう。

 

バンドをやってみて、音楽が好きなのか嫌いなのか。

あたしは自分の中でその答えが知りたいだけなのかも知れない。

 

澄香は音楽が好きでベースをやっている。

月野さんも音楽が好きだからドラムをやっていたんだろう。

 

でもふたり共にバンドをやるのは断られた。

それぞれ事情もあるのだろうけど。

 

こんな気持ちでバンドをやりたいって思ってるあたしは中途半端なのかな?

 

 

 

 

「いや、やっぱりそんな事ないと思う!」

 

「え?梓…おはよう?いきなり人の家の前で何いってるの?」

 

「おはよう、澄香!」

 

次の日、あたしはいつも通り澄香の家に行き、いつも通り澄香と通学していた。

 

「…梓?さっきから全然喋らへんけどどうしたん?」

 

いつもの通学路。

あたしは澄香にどう声を掛けようか悩んでいた。

 

でももう1度、もう1度だけ澄香に…

 

「あ、あのね、澄香…」

 

「おはよう。木原さん!今日も素敵なモーニングだね!」

 

澄香にもう1度バンドをやろうと声を掛けたかったのに、いつものアホに声を掛けられた。

 

でも、あたしはもう暴力は奮わない。そう誓っていた。

うん?何かこの言い回しもおかしいね。あたし暴力なんか奮った事ないし。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

さっきも言ったけど…あたしはもう暴力は奮わないと誓った。

だから暴力奮ってないですよ?この男の人は何で悲鳴をあげたの?

 

「き!きはっ、木原さん!」

 

「え?は、はい」

 

何なのマジで。

 

「そ、その髪型は一体…?髪色も金髪じゃなくなってるし、スカートの丈も引き摺るくらい長かったのに…」

 

…あたしそんなスカート丈長かったっけ?一応バイク乗ってるし…いや、澄香にも短い丈であぐらかくなって注意されてましたけど?

 

「ハッ!?まさか…とうとう僕の想いが届いて、僕と付き合う決意を…その姿は僕と付き合う為の決意表明という訳だね?」

 

何なのこの人。マジで面倒くさ…。

 

「フフ、なるほど。つまり僕は今日からキミのラバーだという訳だね?」

 

ラバー?ゴム?この人ゴムなの?何言ってるのこの人。

 

「では、木原さん、いや、もう木原さんと呼ぶのは失礼だね。梓さん」

 

暴力を奮わないと誓った自分を少し呪った瞬間だった。

 

「梓さん、今から役所に行こう。そして婚姻届を提出しよう」

 

ほんま何なんだこの人。

 

「えっと…ごめんなさい、名も知らない毎朝会う人」

 

そういやあたしこの人の名前知らないや。

 

「フフ、僕の名前は…」

 

「いや、名前とかどうでもいいです。ごめんなさい。

あたしは好きな人がいるのであなたと役所には行けません」

 

「ん?何を言ってるのかな?キミの好きな人は目の前にいるこの…」

 

「すみません。あたしの好きな人はあなたではありません。あたしは好きな人の為に髪色も戻して…好きな人を追っかけようと思っています。だから…名も知らない人、ごめんなさい」

 

あたしはあたし流の誠意あるであろう謝罪をした。

 

「バ、バカな…つまりそれは…僕が木原さんにフラれた確率12%…?」

 

「…すみません。12%じゃないです。100%です」

 

「こ、この人、毎朝梓に告白する度にぶん殴られてたのに、フラれてた事に気付いてなかったん…?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!そんな!そんなバカなぁぁぁ!!」

 

そう言って名も知ない人は、泣きながら走って去って行った。

 

「えっと…あたしが悪いのかな?」

 

「いや、梓は悪くないと思うよ?」

 

その名も知らない人が去った後、あたしと澄香はいつも通り学校へ向かった。

だけど、その学校はいつも通りではなかった。

 

「う、うぅ…まさか、まさか木原さんに好きな人が出来たなんて」「俺達は諦めよう」「うわぁぁぁぁぁぁん」「フッ、グッバイマイラブ」

 

毎朝ぶっ飛ばしていた人達、みんなあたしに好きな人が出来たようだと、あたしの事を諦めてくれていた。

てか、何で学校の人達があたしに好きな人が出来た事を知ってるの?あの名も知らない人が言いふらしたの?

 

でもこれで毎朝暴力を振るわなくて済む。これからは静かな朝を過ごせそうだ。そう思っていた。

 

だけど

 

「木原、待ってたで」

 

「神崎…。うわぁ、一番面倒なヤツ忘れてたぁ…」

 

「あ?面倒なヤツだと?」

 

「あー、あのね、あたしもう喧嘩…じゃない。人を殴ったりする事はやめたの。だから神崎ももうあたしに関わるの止めてくんないかな?」

 

「ああ、わかった」

 

あたしはビックリした。

翔子がこんなにあっさり引き下がってくれるなんてと。

てか、こんなにあっさり引き下がってくれるなら、今まで何でしつこく喧嘩売ってきてたの?

って思ったけど言わない事にした。だって面倒な事になりそうだから。

 

「わかってくれたなら良かったよ」

 

あたしは翔子の横を通って昇降口に向かおうと…

 

「フン!」

 

-ブン

 

「わひゃあ!」

 

-ヒョイ

 

いきなり翔子が殴りかかってきた。

あたしはギリギリのところで避ける事は出来たけど。

 

「か、神崎!何すんねん!あたしはもう喧嘩はせえへんって…」

 

「あ?木原、お前がどうしようがあたしには関係ないやろ?あたしはあたしでお前をぶっ倒す!それだけや」

 

こいつ何言ってんの?

って、ちょっとイラッとしたけど今のあたしは今までのあたしじゃない。

ミュージシャン木原 梓なんだ。

って気持ちでイライラする気持ちを落ち着けていた。

 

「落ち着けぇぇ!落ち着けあたしぃぃぃ!」

 

「うわっ!?ビックリした。木原、お前頭大丈夫か?」

 

「ふぅ、大丈夫だよ。神崎。あたしはもう喧嘩はしないんだから…」

 

「だから、お前の都合は関係ないって。あたしはお前を今日こそ倒す」

 

か、神崎ぃぃぃ!



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第40話 やりたいのはバンドなんだよ

あたしの名前は木原 梓。

今はなっちゃんこと、Divalのボーカル水瀬 渚にあたしの昔話をしている。

 

もうこの話長くなり過ぎて、あたしの今を話してるって感じの構成になっちゃってるね。

おっと、メタな事は自重しよう。

 

あたしは金髪に染めたり気に入らない男はぶん殴ったりとか、ちょこっとヤンチャな時期があったけど、バンドをやりたい。音楽をやってみたい。そう思って長かった髪を切り、髪の色も地毛に戻した。

 

バンドをやってみたいと思ったのは好きな人…っていうか憧れた人が現れたからだ。

 

あたしの今までの高校生活で交際を申し込んで来た人達は肉体言語で断ってきた。

そして今日、あたしに好きな人が出来たという噂が流れたせいで交際を申し込んで来た男の人達は、あたしの事を諦めてくれた。今思うとちょこっと後悔している。

 

だけど1人だけ、1人だけは違った。

クラスは違うけどあたしと同じ高校に通う女の子、神崎 翔子。

もちろんあの子はあたしに交際を申し込んできてる訳じゃないけど、毎朝あたしに喧嘩を売ってきていた。

 

あたしがもう喧嘩をしないという事は伝えたから、わかってくれたと思ったんだけど…

 

 

 

 

「フン!」 -ブン

 

 

「わひゃあ!」 -ヒョイ

 

いきなり翔子が殴りかかってきた。

あたしはギリギリのところで避ける事は出来たけど。

 

「か、神崎!何すんねん!あたしはもう喧嘩はせえへんって…」

 

「あ?木原、お前がどうしようがあたしには関係ないやろ?あたしはあたしでお前をぶっ倒す!それだけや」

 

 

 

 

あの子はそんなあたしに殴りかかってきた。

その後も殴りかかってくる翔子の攻撃をかわし、あたしは反撃する事もなく我慢していた。

 

少しした後、学校の始業ベルが鳴りあたし達の…あたし達のっていうか神崎の一方的な暴力だけど。

その時間は終わりを告げた。

 

「神崎のヤツ…なんやったんやろ。何か必死やったみたいやけど…」

 

『木原!今日で最後や!だからっ!今日こそお前を…!』

 

その日の翔子はいつもと違っていた。

だけどあたしはふとバンドの事を思い出して…。

 

「ま、神崎の事なんか考えてもしゃーないか。それよりバンド…澄香と月野さんが一緒にやってくれたらなぁ…」

 

あたしはもう翔子の事を気に掛けるのを止めていた。

 

 

 

-放課後

 

 

「って訳でさー?澄香も月野さんもあたしとバンドやろうよ~」

 

「梓はまだ言ってんの?私はバンドはやらないって。

それより月野さんも梓にバンドに誘われてんの?何で?」

 

「今日は生徒会の集まりもバイトも無いし早く帰ってゆっくりしようと思ってたのに、まさか木原ちゃんにつかまっちゃうとは…。

木原ちゃんがあたしをバンドに誘ってくるのは、あたしが可愛すぎるからじゃないかな?ステージで華になるし」

 

あたしと澄香がいつも通り一緒に下校していると、たまたま日奈子も一緒になった。

 

あたしはチャンスと思い、2人をバンドに誘ったんだけど普通に断られていた。

 

そんな時に…。

 

「き、木原さん!」

 

「木原の姉さん!」

 

校門の所にいた中学生くらいの女の子達に、あたしは呼び止められた。

 

「え?あたし?誰だっけ?」

 

この子達はどこかで見た事はあったと思うんだけど、この時は誰だか思い出せないでいた。

 

「ん?あんた達、確か神崎さんの…」

 

神崎?

澄香が神崎の名前を出して、あたしはハッと気付いた。

この子達はあたしと神崎が喧嘩している時に、時々見かけていた神崎が中学の頃の後輩達だった。

 

「あたしも思い出した。あんたら神崎の後輩ちゃんらやんね?」

 

「はい!そうです!」

 

「木原さん!お願いします!神崎先輩を助けて下さい!」

 

「神崎を?助ける?」

 

「え?何々?この子達は木原ちゃん達の知り合い?神崎ちゃんを助けてって?」

 

 

 

「…って訳だったんです。今まですみませんッした!」

 

「私らはどんな制裁でも受けます!だから!だから、神崎先輩を…」

 

「バカ…バ神崎!」

 

あたしは走った。

 

「「梓(木原ちゃん)!?」」

 

神崎の…翔子の後輩ちゃん達の話はこうだった。

 

翔子があたしに執拗に喧嘩を吹っ掛けてきていた理由。

 

翔子のチーム、舞羅津出異天使達(ブラッディエンジェルス)は、あたしが思っていたヤンキーチームじゃなくて、翔子の中学のボランティア部活の名前だったらしい。なんじゃそりゃ。

 

まぁ、確かに中学の頃の翔子はヤンキーで…高校生になったこの頃もヤンキー色の濃かった女の子だったけど、中学の頃にヤンチャをしまくってた翔子は、学校の先生に改心する為にと、ボランティア部に入れられたらしい。

 

最初はしぶしぶボランティアをしていた翔子だったけど、町を綺麗にしたり、町の人達に感謝される事に喜びを見つけて、中学を卒業する頃には地元でも割と有名なボランティアをする少女へと変わり、それなりに進学校であるうちの高校に入学出来るようにまでなったそうだった。

 

そして高校に入学をした頃、町にゴミをポイ捨てしている女の子達に注意した。

その注意した女の子達は翔子に逆ギレし、翔子に襲いかかったそうだ。だけど、翔子はあっさりとその子達を返り討ちした。

 

話はそこで終わっていたら良かったんだけど、

実は翔子が注意した女の子達には裏の顔があった。

 

隣町のボランティアチーム堕悪粗流邪亜(ダークソルジャー)

そいつらは内申点を上げる為にボランティアをしていた。

火種チームという子達が町にゴミを捨て、火消しチームという子達がその火種チームが捨てたゴミを拾いボランティアをうたう。ほんまこいつら何やってんの?

って感じだけど、内申点を上げる為だけにそんな無駄な事をしていたらしい。

 

そしてそいつらは翔子の中学の地域にも魔の手をのばしてきた。

 

それを知った翔子は、高校に入学した事でボランティア部活も卒業したけど、最後のボランティアという事でそのダークソルジャーを掃除しようとした。

 

だけど相手はボランティアで内申点を上げようとしている連中。相手も札付きの悪者で、喧嘩も強いヤンチャ者の集まりだった。

 

翔子と翔子の後輩ちゃん達は戦っていた。

翔子も毎日あたしとタイマン張ってるだけあって、あたし以外には喧嘩負け無しってくらいには強かったけど、相手の数はそれを凌駕していた。

その戦いは…拮抗していて時間だけが消費されていた。

 

そこでダークソルジャーの頭から、トップ同士のタイマンの話が出た。

 

お互いの頭同士でタイマンを張り、翔子が勝てばダークソルジャーは解散する。

その代わり翔子が負けたら、翔子の後輩ちゃん達は全員、ダークソルジャーの火種チームに入るという条件だった。

 

翔子はこのままじゃじり貧だからとその条件を承諾した。

だけど汚ない相手の事だから、タイマンに邪魔する者が出てくるかもしれない。

 

だからあたしに翔子のチームに入ってもらい、そのタイマンが邪魔されそうになった時にヘルプに入って欲しかったとの事だった。

あれ?これバンドのお話だよね?

 

そして翔子はあたしにチームに入れと、執拗に喧嘩を吹っ掛けてきていたのだった。

 

だけど、そのダークソルジャーの頭とのタイマンは明日。

翔子にとって今日があたしをチームに入れる最後のチャンスだった。

 

それなのに…。

 

「神崎ぃぃぃ!あたし以外にやられてんなよ!(ギリッ」

 

ダークソルジャーは今日。

明日のタイマンを待たずに、大勢で翔子を闇討ちしようとした。

 

それを見ていた後輩ちゃん達はあたしに助けを求めに来たのだ。

 

 

 

 

「な、何がタイマンやねん…。こんな人数で闇討ちして来やがって…」

 

「安心せいや神崎。明日のタイマンはうちがちゃんと相手したる。約束もちゃんと守るわ。

せやけど、明日のタイマンにお前が来られへんかったら、うちらの不戦勝やんな」

 

「どこまでも汚ない連中やな。お前らは…」

 

「うちらが汚ないってか?悔しかったらうちらの事も綺麗に掃除してみぃや」

 

「言われんでも…この町はあたしが綺麗にしたるわ!」

 

「こんだけ人数連れて来たのにまだ倒れてへんのは誉めたるけどな。神崎、もう終わりや。お前ら一斉にかかれ!」

 

「くそ…ここまでやなぁ…」

 

「ドッカーーーン!!」

 

\\ギャアァァァァァ//

 

今まさに翔子がやられそうになっていた時。

何とかあたしは間にあい、翔子に一斉にかかってきた連中を肉体言語でブッ飛ばした。

 

「ハァ…ハァ…か、神崎、ぶ、無事やな。良かった…ハァ…ハァ…」

 

「木原?お前、何でここに…」

 

「は、走ってきたし…数分迷子になって余計に走り回ったから…も、もう疲れた…ハァ…ハァ」

 

「何やねんお前は!?誰じゃ!?」

 

お前は何者だ?

ダークソルジャーのボスのような女の子があたしにそう問いかけてきた。

あたしは長年、何者か問われた時に使いたいと思っていたセリフを使う機会がやっと来たのだと感動を覚えていた。

 

「ポルナレフ、名のらせていただこう。J・P(ジャン・ピエール)…木原 梓!(バン」

 

あたしの長年の夢が叶った瞬間だった。

 

「ジャンピ…?何て?」

 

だけど彼女にはあたしの想いは届かなかった。

 

「あ、あたしは神崎の助っ人や。お前ら全員覚悟せいよ!」

 

「バカ!木原っ!お前喧嘩はもうしないって言ってたやろ!しかも助っ人って何やねん!」

 

「あ?うるさいよ神崎、後輩ちゃん達からあんたらの喧嘩の事聞いた」

 

「後輩達…?あ、あいつら…」

 

「あの子ら必死やってんから怒ったらんときや?それに友達が闇討ちなんかでやられてるのとか普通にムカつくし」

 

「え?と、友達…?」

 

「そんで…これは喧嘩ちゃうやろ。ボランティア活動…ゴミ掃除や」

 

「木原…お前…」

 

とりあえずこのダークソルジャーのボスみたいな女の子を掃除しよう。これはボランティア活動だ。と、あたしは自分に言い聞かせた。

 

「助っ人?お前みたいな可愛い女の子がか?」

 

「そういうあんたも可愛いやん」

 

「か、かわ!?う、うっさいわ!ちょ、お前らみんな出てこい!」

 

「「え?」」

 

ダークソルジャーのボスみたいな女の子がみんな出てこいと叫ぶと50人くらいの人達が出てきた。この人達今までどこに居たの?

 

「ま、まだこんなに居たのかよ…。木原、お前でも無理やろ。早く逃げな」

 

「確かに…まともに戦ったら無理やろな…」

 

これだけの人数を相手にまともに戦って勝てる訳がない。これは漫画やアニメじゃないんだから。

 

だけど…あの技なら。

 

 

超級覇王電影弾。

 

 

あの技ならこの人数相手でも…。

ドモン=カッシュも東方不敗マスターアジアも、アニメの終盤では単独で一人で撃つ事が出来ていた。

 

だけど基本は……

 

「木原!来るぞ!」

 

…え?あ、ヤバ。

考え事してる場合じゃなかった。

 

ダークソルジャーの連中は大人数であたしと翔子に一斉に襲いかかって来た。

 

考え事なんてしている場合じゃない。

撃つんだ。あたしも一人で!超級覇王電影弾を!

 

そう思って荒ぶる鷹のポーズみたいなポーズをとった時……。

 

「「梓!(木原ちゃん!)」」

 

あたしが今まさに超級覇王電影弾を撃とうとした時、澄香と日奈子もこの場所に現れたのだった。

 

「あいつら…瀬羽さんと…生徒会長?」

 

「澄香も月野さんも…何で?」

 

 

 

「うっ…、何かヤバそうやと思って梓の事追っかけて来たけど…ほんまヤバそうな展開になっちゃってるし…」

 

「うわ~…たった2人相手にあの人数とか…どうしよっかな。ポリスメンに電話して助けてもらう?」

 

 

 

澄香は喧嘩とかした事もないし、日奈子に至ってはあんなちびっ子だし。

あたしも翔子もこの場に来た澄香と日奈子に驚いていた。

 

だけどこの後、あたし達は悪夢を見る事になる。

 

「あは、あははははは!神崎ぃ!他にも助っ人が居るのかもと警戒してたけど、たった2人の助っ人とはな!

しかも、その内の1人はちびっ子やんけ!小学生か?あははははは!」

 

「クッ…瀬羽さんも生徒会長も!木原を連れて逃げな!あたしが何とか時間を…」

 

「澄香!月野さんと一緒に逃げて!あたしが本気で……れば余裕だから!」

 

「え?梓は何言ってんの?『本気で…れば』って何?」

 

「ちびっ子?小学生?それは…あたしの事か…?(怒」

 

あたしと翔子は澄香と日奈子に逃げるように伝えた。

だけど…。

 

「フン、お前らみんなダークソルジャーに歯向かう気やったんやろ?誰も逃がせへんで。まずは…そっちのちびっ子から泣かせたろか!」

 

そう言ったダークソルジャーのボスみたいな女の子は、ダークソルジャーの部下達に日奈子を襲うように命令した。

だけどそれがダークソルジャーの連中の悪手だった。

ダークソルジャーの連中と日奈子との距離がもう少し近かったら、距離が離れていなかったらあんな惨事は起きなかったのかもしれない。

 

「ちびっ子を泣かせると言って、あたしに襲いかかって来てるつまり…ちびっ子ってのはあたしの事だな?」

 

「つ、月野さん!ヤバいって!こ、ここから逃げないと…わ、私が何とか時間を稼ぐから!」

 

澄香も日奈子を逃がそうとしたけど、日奈子は逃げる事なんかせず…

 

「ちびっ子って!あたしの事だなー!?(怒」

 

日奈子はそう叫んだ。

そして、日奈子が叫んだ後、日奈子の背負うランドセルが光り輝き、そこから何か円筒状の機械のような物が複数個飛び出したのだった。何だあれ?

 

「あたしは…!ちびっ子じゃ…ない!!

……いけ!ファンネルたち!!」

 

-ヒュン…ヒュン、ヒュン

 

円筒状の機械のような物が、ダークソルジャーの面々に飛び掛かっていった。

 

そして円筒状の機械のような物から放たれるビーム攻撃。

そのビーム攻撃はダークソルジャーの面々だけでなく、辺り一帯を、あたしと翔子を巻き込みながら攻撃を続けていた。

 

あたしは生まれて初めて…ほんまに死ぬかと思った…。

 

 

 

 

「こいつじゃない…。こいつでもない…」

 

どれだけの時間が経ったかわからないけど、日奈子の円筒状の機械のような物、ファンネルの攻撃がやっと終わってくれた。

 

一面焼け野原になったけど、あたしも翔子も何とか生き延びる事が出来た。いや、もちろん1人も死者は出てないけど。

 

日奈子は日奈子の事をちびっ子と言ったダークソルジャーのボスを探していた。

探しだしてどうするつもりなんだろうと恐怖を隠しきれないけど、ボロボロになったあたしは翔子と並んで座りながら少し話をしていた。

 

「悪かったな木原。お前を巻き込んで」

 

「いや、別にそんなんええし。

てか、神崎があたしに毎日喧嘩吹っ掛けて来てたんが、そんな理由やって知っておもろかったけどな(笑」

 

「…それだけじゃねぇよ」

 

「それだけじゃない?」

 

今回のこの喧嘩。

ううん、日奈子の圧倒的戦力による容赦ない攻撃のせいで、今でも地元ではソロモンの悪夢と呼ばれる程の大惨事になった訳だけど、元々は翔子とダークソルジャーのボスとのタイマンに…、あたしに助っ人として来て欲しかったから、あたしを部下にしようと喧嘩売って来てた。って聞いたんだけど、他に何かあるの?

 

「……お前には迷惑かけちまったしな。ちゃんと話すよ」

 

「長くなるようなら聞きたくないけど?」

 

「いや、聞けよ、そこは!

……あたしはずっと喧嘩負け知らずだった。

だけど中学ん時にな、お前と初めてタイマンして、手も足も出ずに負けちまった」

 

中学生の時?

あれ?あたしと翔子って中学の時に会った事あったっけ?

と、今でもあたしは思い出せないでいるんだけど…。

 

「中学の時にって…それほんまにあたし?

あたしと神崎って高校で初対面じゃないの?」

 

「……覚えてねぇのかよ。まぁ、いいや。今でも勝てた事ないし。

…だからな、あたしなんか喧嘩が強いって事しか取り柄がなかったのに…その喧嘩で負けちゃったからさ…」

 

「神崎…」

 

あたしは翔子の話を聞いて…

 

-バチーン

 

「痛ったぁぁぁぁぁぁぁぁいいいいいい!!!!

お、おまっ!木原っ!お前何で私のおっ…おっぱ…む、胸を!?」

 

思いっきり翔子のおっぱいを叩いた。

そして、翔子の顔面を掴み、アイアンクローをした。

 

「い、いだだだだだ…!ちょ、木原!痛い!マジで痛い!顔が潰れる!何で私、アイアンクローされてんの!?」

 

「神崎…お前、喧嘩しか取り柄がないやと?お前…それ本気で言ってんのか?あ?」

 

「いや、マジだけど?…って!いだだだだだ…!

お前…!アイアンクローの力が!強くなってる!」

 

あたしは翔子の顔面を掴む力を強くして…、

 

「お前な!女子最強の武器であるでかいおっぱいしときながら、取り柄がないとはどういう事じゃぁぁぁぁ!」

 

そう言った後、再びおっぱいを叩いた。思いっきり。

 

「痛っっったい!!木原!お前!また胸を!」

 

「それだけちゃうわぁぁぁぁぁ!!!」

 

「いたぁぁぁぁぁい!!つ、次は脇腹!?」

 

そして次はすかさず脇腹を掴んだ。思いっきり。

 

「この!このくびれ!!神崎、お前ちゃんと飯食ってんのか!!なんやねん、この脇腹!ほっそ!!」

 

「だから痛いって!」

 

「ハァ…」

 

「何でタメ息!?やっと解放されて安堵感からタメ息つきたいのはあたしの方なんやけど!?」

 

「いいか、神崎。取り敢えず聞け。

女の子の最強武器であるでかぱいを装備しながら、その細いウエスト、顔も大人っぽくて綺麗やし、あんたの後輩ちゃんに聞いたけど、部活でクッキーやらお菓子やら作って行ってたんやろ?」

 

「ま、まぁ、お菓子は…作るの好きやし、でも胸は気にしてるし、ウエストも爆食いしても肉が付かないし、顔も自信無いし…」

 

「神崎、あたしからしたら、神崎の方が、めちゃくちゃ羨ましいよ。喧嘩とか強くても何もいい事なかったし…」

 

 

 

そしてあたしは翔子に音楽の事を、バンドをやりたい事を話していた。

 

「お前。それで髪も切って、喧嘩もしないって…?」

 

「うん、だからあたしはもう喧嘩もしないし、これから音楽を頑張っていく。

神崎ももうボランティア部の事は解決したやろ。月野さんのおかげて…」

 

辺り一面焼け野原になっちゃったけど。

 

「もう喧嘩も辞めてさ。神崎も好きな事、感張りたい事見つけなよ」

 

「木原…」

 

あたしはそう言って立ち上がり、澄香の待つ方へと歩いて行った。

 

「やっと見つけたぁぁぁ!お前だな!あたしの事をちびっ子って言った女は!」

 

日奈子はダークソルジャーのボスを見つけ…、その後はあたしは何も見ていない事にして帰る事にした。

 

それがあたし達の地元で今なお語り継がれるソロモンの悪夢の顛末である。

 

 

 

 

そして、その日の翌日。

 

その日も澄香と日奈子にバンドに入る事を断られたあたしはげんなりしていた。

 

だけど、いつか澄香も日奈子もバンドに入ると言ってくれるかも知れない。

あたしはそう希望を持って、ギターの腕を磨くべくおっちゃん…なっちゃんのお父さんにギターを教わりに行った。

 

♪~

♪♪~

 

なっちゃんの家から軽快なギターの音が聞こえていた。

 

「んん?ギター?おっちゃんの音とは違うような?」

 

あたしは不思議に思いながらも、なっちゃんの家、おっちゃんにギターを教わっている部屋へと入った。

 

「よう、木原」

 

え?何で?

 

そこにはギターを弾く翔子が居た。

 

ほんま何で?

 

あたしが不思議に思っていると、おっちゃんが後ろから部屋に入って来た。

 

「さすがやな。もうそのフレーズをマスターしているとは」

 

おっちゃんが何を言っているのかわからなかった。

 

「ありがとうございます。先生、次のフレーズもお願いします」

 

先生?翔子が何を言っているのかわからなかった。

 

「ちょっと…神崎もおっちゃんも何を言っているの?

てか、何で神崎がここでギター弾いてるの?」

 

あたしは疑問をそのまま2人に投げかけた。

 

「ああ、昨日な。楽器店に行ったら翔子がおってな」

 

「昨日、木原がやりたいって言った音楽ってどんなもんか興味持って楽器店行ったら」

 

「翔子が音楽に興味があるって言うから、ギターを教えながら試し弾きさせてみたら…」

 

「ギターを試しに弾いてみろって言われて、そしてギターを弾いてみたら胸にズドンとくるものを感じて…」

 

「翔子にはギターの才能がある!俺の音楽の全てを翔子に教えたいと思って、弟子に勧誘した」

 

「もっとギターを弾きたい、もっとギターを上手くなりたいと思って、弟子にしてもらった」

 

何を言っているのこの2人は。

 

「あたしもやりたい事、頑張りたい事を見つけたんだ。それがギターだった。

木原、これからは音楽で勝負だ!あたしはお前を越えるギタリストになる!」

 

「あはは、翔子、お前はもう梓を越えとるよ」

 

「あはは、本当ですか?だったら嬉しいです」

 

ほんま何を言っているのこの2人は。

 

その日から、あたしは翔子と一緒にギターの練習をする事になった。



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第41話 日奈子の理由

「ハァ…ハァ…やっと…やっと終わった…翔子…生きてる?」

 

「梓…ハァハァ…な、何とかな…お前も…無事か?ハァハァ…」

 

「梓も翔子もよくやった!」

 

あたしと翔子は毎朝、おっちゃん…なっちゃんのお父さんからギターの特訓を受けていた。

 

あたしはこの特訓の日々から、『神崎』呼びだったのが『翔子』呼びになり、翔子もまた、あたしの事を『木原』呼びから『梓』呼びになっていた。

 

…あたしの名前は木原 梓。

いつまであたしの昔話続くのん?

 

「梓も翔子もさすが俺の弟子やな。

よし、明日からは40kgの亀の甲羅を背負いながらギターの特訓をしよう!」

 

おっちゃんはめちゃくちゃ笑顔だった。

40kgの亀の甲羅って何ですか?

 

 

 

 

「なぁ、梓」

 

「ん?翔子?どしたん?」

 

「あたしらがやってるのはギターの特訓だよな?

こないだから今日まで、ずっと牛乳配達させられたり、工事の手伝いさせられたり…筋力アップの特訓しかしてなくね?」

 

そう。あたしと翔子はおっちゃんからの指示の元、ギターの特訓という事で牛乳配達したり工事の手伝いや、畑仕事の手伝いばかりしていた。

 

あたしは気付いていた。

これがドラゴンボールの初期くらいに、悟空とクリリンが亀仙人からこんな修行をさせられていた事を。

 

あたしは知っていた。

おっちゃんが最近になって、あたしの家からドラゴンボール全巻を借りて行った事を。

 

「あ、あはは…ま、まぁ、おっちゃんにはおっちゃんの考えがあるんやろ…」

 

あたしは言えなかった。

あたし1人ならおっちゃんに文句も言ってただろうけど、翔子はおっちゃんを信じきって真面目にこんな特訓を受けてるんだもん。

 

翔子がやっとやりたい事、頑張りたい事を見つけたばっかりなのに言える訳がない。

だからあたしも同じ特訓を翔子と一緒に受けていた。

 

「でもよ。あたしも梓もギターだしさ?まぁ、梓はギターボーカルだけどよ?他のメンバーはどうすんだよ。ベースとかドラムとか?キーボードとかもか?」

 

朝の特訓を終えたあたしと翔子は、いつものようにあたしのバイクで澄香の家に向かっていた。

まぁ、澄香の家にって言っても、あたし達の学校はバイク通学は禁止だったし、澄香の家にバイクを置かせてもらう為だったんだけどね。

 

今は翔子もいるから学校行くまでに迷子になる事はないし。

 

でも、その日、あたしは翔子の家からも離れた場所でバイクを停めて、バイクを押しながら翔子と歩いて澄香の家に向かった。

 

あ、そうそう。

その前にこれも話しておかないとね。

 

翔子がおっちゃんにギターを習いに来るようになってから、あたしと翔子は喧嘩ばっかりしながらギターの腕を磨いていた。

 

『へっへっへ、どうだよ、木原。あたしはもうここのフレーズ弾けるようになったぜ?』

 

『う!うっさいわ!あたしかてすぐに…』

 

翔子は本当にギターの才能があったんだろう。

それに加えて、あたしよりギターが上手くなりたいっと気持ちからか、練習もサボらずに必死だったし、今のあたしももちろんだけど、あの頃のあたしからしても翔子はすごく努力をしていた。

 

あたしはどんどんギターが上手くなる翔子を凄いと思いながらも、なかなか素直に褒めたり出来なくてね。

憎まれ口ばっかり叩いてた。

 

でも、そんなある日…。

 

『そういやあたしはギターだけど、木原ってギターボーカルやりたいんじゃなかったか?』

 

『…う、ま、まぁ…。お母さんは楽器やってなかったけど、あたしはギターも好きやし…』

 

『あたしも1人でギター練習してても、何かアレだしさ?ちょっとセッションしてみないか?』

 

『セッション?』

 

翔子の提案に一瞬びっくりしたけど、実の所はあたしはドキドキしていた。

翔子のギターであたしが歌ったらどうなるんだろう?って。

 

『ま、まぁ…神崎が…やりたいなら…やってあげても…』

 

『お、マジか?じゃあさ、師匠らの曲のここのフレーズ。木原もここはギター、マスターしてたやろ?あたしもここから弾くからさ、木原は歌いながらギター弾いてみてくれよ』

 

『え?あたしもギター弾くの?』

 

あたしは翔子のギターに合わせて歌うだけだと思ってまから、翔子の提案には梓ちゃんダブルビックリだったよ。

 

『じゃあ、やるぜ?1…2…1…2…3』

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

……歌い終わったあたしは気が抜けたような。

歌っていた時はまるで夢の中にいるような、すごく楽しくて幸せな感覚になっていたのに、一気に現実に戻ったような…。

 

『木原!スゲェ!!スゲェよ!!』

 

翔子があたしに詰めよってくるくらい、さっきのセッションは良かった。

だけど、本当に凄かったのは…。

 

『うん、あたしもさっきの神崎とのセッションは最高だったと思う。

だけど、神崎、あんた譜面と違う音を…あたしのギターと合わせるように何かアレンジしてたやろ?』

 

『え?あ、ああ、まぁ…。木原もギターやるし同じように弾いてもパッとしないかな?って思って…』

 

『さっきの…おっちゃんに教えてもらったの?神崎が自分で考えてアレンジしたの?』

 

『…あ、やっぱ変だったか?怒ってる?

師匠に教えてもらったんじゃなくて、あたしがこうしたら合わせられて良い音になるかな~?って…』

 

あたしはゾクゾクした。

同じ譜面で同じように、おっちゃんからギターを教えてもらっている翔子が、おっちゃんの譜面に合うように、あたしの歌声と演奏に合うように、アレンジして新しい音を紡いだんだから…。

 

『あ、木原…な、何かごめんな、勝手に。

お前の歌声を聴いてたら何か咄嗟にさ…』

 

『謝る事じゃないよ、神崎。

むしろ逆。あたし、神崎のアレンジした音を聴いてゾクゾクした。おかげであたしも思いっきり歌う事も出来た。最高だったよ』

 

あたしはその時、あたしがギターボーカルで、翔子がリードギターで、同じバンドで演奏をしたらものすごい事になるじゃないだろうかと思っていた。

 

翔子とバンドをやるのも良いのかもしれない。

…そう思ったけど、翔子がギターを始めた理由の一つはあたしに音楽で勝つという事も入っていた。

 

あたしがバンドに誘ったりしたら、翔子は自分のバンドをやれなくなるかもしれない。

そう思って、バンドに誘う言葉を出せないでいた。

 

だけど…

 

『な、なぁ、木原。お前がそう言ってくれるってんなら、ちょっと相談があんだけどさ?』

 

『相談?』

 

『お前がギターボーカル!そしてあたしがリードギター!

あたしをお前のバンドに入れてくれないか!?』

 

『え?』

 

あたしと翔子の気持ちはその時一緒だった。

でも、あたしは翔子も同じ気持ちだった事にびっくりして、胸がいっぱいいっぱいで、すぐに返事を伝える事が出来ないでいた。

 

『え?え?神崎?』

 

『やっぱダメ…かな?こないだ木原、お袋さんと歌の練習してたろ?そん時にお前の歌声聴いてさ。セッションとかやってみたいって思って…そんでセッションしたら…やっぱお前の歌声は最高だった』

 

『あ、あの…』

 

『あ、あはは、悪い。困らせちまったな。忘れてくれ』

 

違う…違う!

やりたい!あたしは翔子とバンドをやりたい!!

 

『しょ…翔子!』

 

『え?木原…お前、あたしの事、今翔子って…』

 

『翔子も!これからあたしの事は梓でいい!

同じ…バンドメンバーなんだから!

だから翔子、あたしとバンドやろうぜ!』

 

『いいのか?あたしなんかが…お前のバンドに入って…』

 

『あたしもさっきのセッションで、翔子とバンドやりたいって思ったから…だから、翔子、バンドやろうぜ!』

 

『うん…!うん!やる!

あたしが梓のバンドのリードギターだ!

絶対お前を、BREEZEってバンドとデュエルギグやれるような…スゲェバンドのボーカルに…』

 

翔子にもタカくん達BREEZEの事や、お母さんやおっちゃん達の事、お父さんの事やレガリア戦争の事も、これまでの練習の合間に話していた。

だから、翔子もあたしがバンドをやりたい理由を知ってくれていた。

 

だけど、翔子にバンドを一緒にやろうと言われた時、これじゃダメだとあたしは思った。

 

あたしがやりたい事の為に、翔子や澄香や日奈子を誘っていたんじゃないだろうか?と…。

 

あたしはバンドでやりたい事がある。

だけど、それは翔子や澄香や日奈子のやりたいバンドじゃない。

 

『翔子、もちろんいつかはBREEZEとデュエルギグはしたいよ。でもそれは通過点、あたしの目標であって、あたし達の目標じゃない』

 

『梓?』

 

『翔子は?翔子はバンドをやってどうなりたい?やりたい事ってない?』

 

『あたしのやりたい事?』

 

『うん、バンドで、音楽でやりたい事』

 

『ぜ…全国制覇…』

 

『全国制覇?』

 

『あ、ああ。師匠に聞いたんだけどさ。

エクストリームジャパンフェスって、でかいフェスイベントがあるらしくて…』

 

『エクストリームジャパンフェス?エクストリームジャパンフェスって、デュエルギグで勝ち抜いたバンドがメジャーデビュー出来るってやつ?』

 

『ああ、エクストリームジャパンフェスはデュエルギグでガチ勝負して、地区大会やら県大会やらを勝ち抜いたバンドしか出場出来ねぇ。そんで各都道府県から勝ち抜いたバンド同士で勝ち抜きデュエルをやって、優勝したバンドだけがメジャーデビュー出来る。

つまり、エクストリームジャパンフェスで優勝したら、全国制覇も叶ったって事になるだろ?』

 

『確か予選に参加するにもデュエルギグで勝ち抜いた実績とかもいるんだっけ?』

 

『そう!あたしはエクストリームジャパンフェスで優勝して全国制覇して…師匠達が叶える事の出来なかったメジャーデビューをしたい!』

 

メジャーデビュー。

翔子がその言葉を発した時まで、あたしはアマチュアだとかインディーズだとかメジャーだとか、あんまりそんな事を考えた事はなかったけど、おっちゃんやお母さんが叶える事の出来なかったメジャーデビューという夢を受け継いで、あたし達がメジャーデビューするのもいいかも知れないと思った。

 

結局あたし達はメジャーデビュー出来なかったんだけどね。

 

『全国制覇、メジャーデビューか。

いいね、翔子、あたし達はエクストリームジャパンフェスで優勝するのを目標にしよう!』

 

エクストリームジャパンフェスで優勝するって事は、いつかBREEZEとデュエルする事にもなるだろうしね。

 

『いいのか梓?』

 

『もちろん!バンドやろうぜ!』

 

翔子とはそんな話があって一緒にバンドをやる事になったんだよ。

 

あ、話を戻すね。

 

あたしはバイクを押しながら、翔子と澄香の家に向かっていた。

 

「翔子、その事なんだけどね、ベースは澄香、ドラムは月野さんにやってもらいたいって思ってるの」

 

「澄香って瀬羽さんだよな?月野さんってまさか生徒会長か?」

 

「うん」

 

「瀬羽さんは梓の幼馴染みだって話だし、音楽やってても…って思うけど、何で生徒会長?あのちびっこがドラムなんかやれるのか?」

 

「本人はドラムをやってたって言ってたけど…」

 

「あ?生徒会長のドラムを聴いた訳じゃねーのか。てか、それで何で生徒会長にドラムやってほしいんだ?他に上手いドラマーもいるかも知れねぇじゃねーか」

 

「う~ん、何でだろ?直感かな?

月野さんのドラムって、きっとすごくあたしに合ったリズムな気がするんだよ。何となくなんだけど…」

 

「そうなのか…。まぁ、その何となくってのも大事だしな」

 

「まぁ、2人共に断られてるんだけどね」

 

「ダメじゃん。ってか何で?」

 

「澄香はバイトとか勉強とかやりたい事あるとかで、月野さんは…知らない」

 

「ふぅん…そうなのか…」

 

その後は翔子とはバンドの話をする事もなく、澄香の家まで行って登校し、お昼休みもあたしと澄香と翔子の3人でお弁当を食べたけど、お昼休みもバンドの話をする事はなかった。

 

この頃は毎日毎日、澄香と日奈子にバンドに入るのを断られ続けてへこんでたから、翔子にも澄香と日奈子をバンドメンバーにしたい事を話したし、翔子からも澄香と日奈子をバンドに誘ってくれないかな?って期待してたんだけどね。

 

そして放課後になった。

 

今日も翔子とギターの練習かな?と思ってたんだけど…。

 

「おっし!梓!行こうぜ楽器屋!」

 

「え?楽器屋?」

 

この日の放課後、何故か翔子に楽器屋に誘われた。

 

「え?翔子?楽器屋って…何で?」

 

「ま、来たらわかるって。生徒会長も誘って行こうぜ」

 

「月野さんも?」

 

 

 

 

-ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン…

 

 

あたしは翔子と日奈子と3人で、何故か電車に乗って楽器屋へと向かっていた。

てか電車ってガタン、ゴトンって描写なんだ?語彙力よ…。

 

「てか何で!?何であたしは木原ちゃんと神崎ちゃんと電車に乗って楽器屋に向かってるの!?」

 

「何でって…あたしが誘ったからだろ?」

 

「ごめんね月野さん」

 

「いやいやいや!確かに神崎ちゃんに誘われたけど、あたしはちゃんと断ったよね!?

それに木原ちゃんも全然ごめんねって顔してないしっ!」

 

そうなのだ。

この頃の日奈子はあたしのバンドの誘いを断る程、音楽とは関わらないようにしていた。

 

そんな日奈子は当然、翔子の楽器屋への誘いは断った。

だけど翔子は日奈子の断りを無視し、水月(すいげつ)(人体の急所)にいい一撃を入れて気絶させたのだ。

 

そして気絶した日奈子を翔子は抱えて、電車へと乗り込んだ。

良い子も悪い子も本当にマジでガチで人体の急所に一撃なんて入れちゃダメだよ?ほんま危ないから。

 

「まぁ、また殴られちゃうのも嫌だし、ここまで来たらしょうがなく着いて行ってあげるけど、何で電車に乗ってるの?地元の楽器屋じゃダメなの?てか、いつもこんな所まで来てるの?」

 

「質問が多いな、生徒会長は…」

 

「あたしも楽器屋行くのに遠出とかしないけど、今日は翔子に誘われてって感じかな?」

 

「むぅ~…今日は来週末にあるテストの勉強しようと思ってたのに…」

 

「ら、来週末の…テスト…べ…ん強だ…と…!?まさか…生徒会長になるとそんな事もしなきゃいけなくなるのか…?大変だな、生徒会長は…」

 

「来週末のテスト勉強か~。そういえば澄香もそんな事するって言ってたかも?それって今のJKで流行ってるの?」

 

「え?二人共何を言ってるの?大丈夫?」

 

 

 

 

「よし!着いた!」

 

「ここ?ここって…アメ村?楽器屋じゃなくてお洋服買いに来たの?」

 

翔子に連れて来られたのは大阪のアメリカ村だった。

今は音楽関係のお店やライブハウスも多いけど、昔はもう少し少なくて、ファッションやストリート系、食べ歩きとかするような街ってイメージだったからね。

今もそういうお店も多いけど。

 

「こっちこっち。こっからちょっと歩くんだけどな。バンド練習出来るスタジオが完備された楽器屋があるんだよ」

 

あたしと日奈子は言われるまま翔子の後を追った。

アメ村から少し離れた所。

割と大きめの楽器屋があたし達の目に入った。

 

「え?もしかしてバンド練習もするつもり?あたしはやんないよ?」

 

「ああ、心配すんな。スタジオは予約制だし、今日は別の用だから」

 

翔子は日奈子にそう言って、楽器屋へと入って行った。

 

「ほんとに楽器見に来ただけ?」

 

楽器屋に入って行った翔子を尻目に、あたしに問い掛けて来た。

あたし自身も翔子には楽器屋に行くぞって誘われただけだし、何でこんな所まで来たのかわからなかった。

 

「あたしも翔子に誘われただけだし。

あたしも翔子もギターの練習はしてるけど、おっちゃんに借りてるギターやし、まだ自分のギター持ってないから見に来たのかな?」

 

実はその時、あたしもまだ自分のギターを買っていなかった。

 

「ふぅん…、ほんとはその辺のカフェで勉強しときたいけど、この時代タブレットもフリーWi-Fiもないしね。…しょうがない、あたし達も入ろっか」

 

「たぶれ?わいふぁい?」

 

「ううん、何でもないよ。行こ」

 

日奈子は当時では訳のわからない事を言っていた。

何であの頃に日奈子はそんな単語を知っていたんだろ?そういやタカくんも当時そんな感じだったような…。

 

そしてあたしと日奈子が楽器屋に入った時、翔子は色々ギターを見ながら持ち上げてみたり値段を見てビックリしたり。

ほんとにただギターを選んでいるだけのようだった。

 

「ありゃ?神崎ちゃん普通にギター選んでる?」

 

「あ?そりゃそうだろ。いつまでも師匠にギター借りとく訳にもいかねぇし、まぁ今日は買えない…けど…。あたしもバイトしなきゃなぁ…」

 

「ふぅん…だったら何であたしも呼ばれたんだろ?

ギター選びならあたしいらないし」

 

「さぁ?あたしにもさっぱりやけど…」

 

「てっきりあたしをバンドメンバーに入れたい木原ちゃんが、神崎ちゃんと組んであの手この手でバンドに入らせようとするのかと思ってたよ」

 

はい。あたしもそう思ってました。

でも違うのかな?

それからも翔子はギター選びに夢中になっていた。

 

「あ、月野さん、ほらドラムあるよドラム」

 

「見たらわかるよ」

 

「ここにドラムがあるのも何かの縁だよね!ねぇ月野さん、あたしと一緒にバンドや…」

 

「やらない」

 

「ろう…ぜ…」

 

「木原ちゃんもいい加減諦めたら?あたしはもう…バンドも…ドラムもやりたくない…」

 

「月野さん…何でそんなに…」

 

「「「日奈子!?」」」

 

あたしと日奈子が楽器店にあったドラムの前で話をしていると、後ろの方から日奈子を呼ぶ女の子達の声が聞こえた。

 

「え?…葉月ちゃん、結月ちゃん、日登美ちゃん…?」

 

「日奈子久しぶりやん!中学卒業以来やんな?」

 

「え…う、うん」

 

日奈子に中学卒業以来と言ったその子達は、ギターケースやベースケースを持っていた。

 

きっとこの子達は日奈子とバンドをやっていた子達なんだろうとあたしは思った。

こんな偶然があるなんて…。あたしはそう思ってたんだけど…。

 

その子達のうち1人があたしに話し掛けてきた。

 

「私、日奈子と同中で一緒にバンドやってた朝日奈 葉月っていいます。あなたが今の日奈子のバンドメンバーさんですか?」

 

「え?あたしの…?」

 

その子はあたしを見て日奈子のバンドメンバーなのかと聞いてきた。

こういう場合、あたしはどう答えるべきなんだろう?

この時はまだ日奈子はあたしのバンドメンバーじゃない。だけど何だか訳ありっぽいし、そうだと言った方がいいんだろうか?

 

あたしがどう答えるべきか悩んでいると…

 

「違う!あたしはバンドなんかもうやらない!」

 

「え?日奈子…何で?」

 

「何で?何でって?あたしをバンドから追い出しておいて…」

 

「追い出す…?それが月野さんがもうバンドをやりたくない理由…?」

 

その時、あたしは日奈子がこの子達にバンドを追い出されて、日奈子がバンドをやりたくないって思うようになったんだと理解した。

 

でもそれよりも、日奈子を追い出しておいて、あたしとバンドをやっているのか聞いてくるなんて、何てひどい子なんだろうと、思いっきりひっぱたいてやるつもりだったんだけど、その子はすごい勢いであたしを押し退け、日奈子の肩を掴んでいた。

 

「日奈子!待って!違う!…そんな風に受け取ってたんやったらごめん!でも違うの!私達は…」

 

「黙れ、何も違わない、私は何も間違えない」

 

日奈子はそう言って、その子の手を払い走って楽器店から出て行った。

 

「日奈子!そんな無惨様みたいな台詞を…って言うか待って!」

 

こないだ三咲ちゃんも似たような台詞言ってなかったっけ?と、メタな事を思ったけど、あたしも日奈子を追わなくちゃいけないと思い、店の外に出ようとしたけど…。

 

「梓!生徒会長は追わなくていい!」

 

翔子にそう言われて日奈子を追うのを止めた。

 

「って何で!?月野さん泣きそうやった!追わなきゃ!」

 

あたしが翔子の方に目をやってそう言った。

 

「ごめん!通して!」

 

「何やっとんの葉月!日奈子を追わなきゃ!」

 

「え、あ、うん、そう…だね。追わなきゃ!日奈子がバンドやってないなんて…そんなの…」

 

あたしが翔子の方を見ている隙に、日奈子の元バンドメンバーだろうと思われる3人も走って店を出て行った。

 

「翔子!何で止めたの!あたし達も…!」

 

「あーあー、あたしらは今は追わなくていい。ほんとはあの3人から詳しく話を聞きたかったけど、見た感じ色々誤解っぽいしな。あの4人で話した方がいいかも知んねぇし」

 

「話を聞きたかった?誤解?何の事?」

 

「ま、あんたもそう思ったから追わなかったんだろ?」

 

すると翔子はすぐ近くにいた女の子に声を掛けた。

 

「ん、まぁ、うちも追っても良かったんやけどね。

月野さんには1度会ってみたいなぁって思ってたし」

 

その女の子はドラムスティックを軽快に回していた。

ドラムスティックを持っているという事は、きっとこの子がさっきの女の子達のバンドのドラマーなんだろう。

日奈子の代わりに……。

 

「けど、月野さんがどこに行ったかうちにはわからんし、葉月達に任せとけばええかな?って。

うちはそれよりあんたらに、月野さんが抜けた時の事。昔の話を聞かせたげた方がええやろし」

 

日奈子が抜けた時の事?

追い出したんじゃなくて?

 

「うち、月野さんの代わりにあの子らのバンドでドラムをやる事になった如月 陽子(きさらぎ ようこ)っていいます。よろしく~♪」

 

陽子ちゃん、その子はこの後、日奈子のバンドをやっていた時の事を話してくれた。



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第42話 バンドやろうぜ! to 日奈子

ま…まだあたしこと木原 梓の過去話やで…(白目

 

翔子と日奈子と一緒に来た楽器店。

そこで、日奈子の元バンドメンバーと出会った。

 

日奈子は『自分はバンドから追い出された』という過去から、バンドをやりたくないと思っていた。

だけど元バンドメンバーが言うには、その事は『誤解』だった。

 

日奈子はその場から逃げるように楽器店から飛び出し、元バンドメンバーの女の子達は日奈子を追った。

 

あたしも日奈子を追おうと思ったけど、翔子に制止され、その場に残っていた日奈子の代わりに、日奈子の元バンドでドラムをやっている女の子。如月 陽子ちゃん。

 

あたしと翔子は楽器店の近くの公園のベンチに腰を掛けて、陽子ちゃんから日奈子の過去を聞いていた。

 

ただの余談だけど、この時、陽子ちゃんがせっかく日奈子の事を教えてくれるからと、あたしが自販機でコーヒーを買って陽子ちゃんにあげたんだけど、何であの時、あたしは翔子のジュース代も出させられたんだろう…?

 

「なるほどな。それで生徒会長は…その葉月だっけ?あいつらにバンドを追い出されたと思った訳か」

 

「うちも葉月らから聞いただけやけどね。それがうちらの真実や。でも、当の月野さんからしたら、バンドを追い出されたと思ってしもても、しょうがないんちゃうかな?」

 

おっと、あたしが翔子のジュース代まで出させられた事を思い出している間に日奈子の話は終わっちゃってたようだ。

 

陽子ちゃんからの話だとこうだった。

 

ボーカルの朝日奈 葉月(あさひな はづき)ちゃん。

ギターの陽本 結月(ひもと ゆづき)ちゃん。

ベースの上月 日登美(こうづき ひとみ)ちゃん。

そしてドラムの月野 日奈子。

 

みんながみんな苗字か名前に太陽を連想させる言葉と、月が入っているという事で、MOONとSUNから取ってM&S(エムアンドエス)というバンドをやっていたらしい。

M&Sって日奈子のゲーム会社の名前に今も使われてるよね。

 

そして4人は中学時代、ライブをやる事はなかったし、カバー曲ばかりだったけど、スタジオで練習したり楽しくバンド活動をしていたらしい。

 

だけど、この時は日奈子と葉月ちゃん達のレベルが違い過ぎていた。

 

日奈子は当時グングンとドラムの腕が上がっていて、葉月ちゃん達は自分達には才能が無いと思い知らされていたそうだ。

でも、だからって日奈子を疎ましく思う事もなく、みんな日奈子のドラムの音が大好きで、日奈子に憧れる程になっていたらしい。

今でもよく陽子ちゃんに日奈子とバンドをやっていた事を自慢したりするそうだ。

 

日奈子は当時、メジャーデビューとまではいかなくても、自分達で歌詞も曲も作ってライブをやりたいと日頃から言っていたらしい。

葉月ちゃん達は自分達のレベルがわかっていたから、そんな日奈子の邪魔になってるんじゃないかと悩んだりする日もあったみたい。

 

そして中学卒業間近になった頃、日奈子だけが別の高校へと進学が決まった。

 

学校が変われば一緒に居れる時間も減るから、一緒に練習出来る日も少なくなるかも知れない。

学校が変われば日奈子のドラムに合うようなバンドメンバーと出逢えるかも知れない。

 

そういった想いから、葉月ちゃん達は日奈子に『他の人とバンドを組んで本格的に音楽をやってほしい』と伝えた。

でも、日奈子はそれを『バンドから追い出された』と受け取ってしまった。

 

ほんの些細なすれ違い。

もっとじっくり話し合えていたら、もっと変わっていたかも知れない。

 

葉月ちゃん達も日奈子が好きだから、日奈子のドラムが好きだったから、悩んで悩んでやっと伝えた言葉だ。

でも、それは…

 

「それは月野さんが可哀想だよ!」

 

あたしは叫んでいた。

 

だって、きっと日奈子はその4人でバンドをやりたいと思ってたんだと思うから。

 

「あたし!月野さんを探してくる!」

 

「うぅ~ん…、そう…だな。あの3人が生徒会長を見つけたとしても、生徒会長は聞く耳持たずで逃げちまうかもだし…」

 

「ほなうちも月野さん探しにいこかな。コーヒーごちそうさま。あ、そや、誰かが月野さん見つけたら連絡取り合って集まった方がええんちゃう?メアド交換しとこうや」

 

当時はLINEとかなかったから…メールアドレスの交換をして、それぞれが日奈子を探しに出た。

メアドを交換した陽子ちゃんの話だと、まだ葉月ちゃん達も日奈子を見つけられてないようだった。

 

 

 

 

「なんてご都合主義…。まさかあたしが1番に月野さんを見つけちゃうとか…」

 

当時、方向音痴っぽい所があったあたしは、駅の方へと探しに行こうと思っていたのだけど、何処をどう通ったのかわからないまま、河川敷に立っていた。

そこにたまたま日奈子が居たもんだから大爆笑だよね。

 

「月野さん」

 

「…木原ちゃんは知ってたの?」

 

「何を?」

 

「あの楽器屋に葉月達…あたしの元バンドメンバーが来たりしてる事」

 

「ん、さっきまでは知らなかった」

 

「…って事は神崎ちゃんか」

 

そう、翔子はあの楽器屋のスタジオで葉月ちゃん達が練習しているのを知っていた。

 

この日の朝、あたしが翔子に日奈子をバンドに誘っているけど断られている事、そしてその理由はわからない事を言った時、翔子は過去に何かあったんだと思い、中学のボランティア部の後輩ちゃん達に、日奈子の過去を調べさせたそうだ。

 

そして、後輩ちゃん達は日奈子の過去を調べあげ、元バンドメンバーがあそこの楽器屋でスタジオ練習しているという情報も得たのだった。

……翔子の後輩ちゃん達っての何者なの?

ただの中学生でボランティア部の子達だよね?

 

「月野さんがバンドをやりたくない理由もわかったよ」

 

「そっか。それは良かった。だったらもうあたしにバンドやろうとか言わないで」

 

「月野さん」

 

「何?」

 

「バンドやろうぜ!」

 

「……話聞いてた?」

 

「聞いてたよ。だから、バンドやろうぜ!」

 

「何でそうなるの!?あたしはもうバンドはやらな…」

 

「あたしは日奈子を手放したりしない!」

 

「木原ちゃん…ひ、日奈子って…手放すって…」

 

「聞いて日奈子。ほんとはあたしが言う事じゃないと思うし、日奈子のバンドメンバーだった子達から話すべきなんだと思うけど…」

 

あたしは日奈子に陽子ちゃんから聞いた話を話した。

葉月ちゃん達が日奈子とバンドをやっていてどう思っていたのか。

葉月ちゃん達が日奈子のドラムをどれだけ好きだったのか。

葉月ちゃん達が日奈子の為にどう決断したのかを…。

 

 

 

 

「そっか…あたしが可愛すぎるから…」

 

「いやいやいや、可愛すぎるとか言ってないよ?可愛い可愛くないの話とちゃうし」

 

「あたしも…ほんとはそうじゃないかな?って思う事もあったよ」

 

「え!?自分が可愛すぎるって!?」

 

「でも、そんなのは自分の都合いいように解釈して、葉月達の事や音楽を嫌いにならないようにしたいだけなんじゃないかって思って…」

 

「あ、良かった。ちゃんとあたしの話聞いてくれてたんやね」

 

「うん、でもね、木原ちゃん…あたしは…」

 

「怖い?またバンドをやって、今度はあたしと翔子にほんとに追い出されたらどうしよう?とか?」

 

「ううん、木原ちゃんと神崎ちゃんはそんな事しないと思う。木原ちゃんはこないだ神崎ちゃんの事も助けに走ったし、神崎ちゃんだって、あたしの為を思ってあたしの事を調べてたんだろうし…」

 

「そう!そうだよ日奈子!

あたしは喧嘩相手だった翔子の事も助けたし、翔子もほとんど話した事もない日奈子の為に…」

 

「あはは、どっちかというと下手っぴな木原ちゃん達に愛想尽かして、あたしが抜けちゃう可能性の方が高いしね」

 

「なっ!?」

 

誰が下手っぴやねん!

ってツッコもうかと思ったけど、確かにこの時は歌もギターも下手くそだったし、何か反論するのも止めといた。

おっちゃんからのギター練習も、ほとんど筋トレみたいな事ばっかりで、あたしも翔子もほぼ自己流だったしね。

 

「木原ちゃん、木原ちゃん達は何でバンドやってるの?メジャーデビューしたいの?」

 

「メジャーデビューかぁ。うん、メジャーデビューを目指してる事になるかも」

 

「そっか。メジャーデビューしたくて…」

 

「それは違うよ」

 

「え?どゆこと?メジャーデビュー目指してんでしょ?」

 

「きっとメジャーデビューする事になると思うってだけだよ。あたし達の目標は全国制覇。

エクストリームジャパンフェスで優勝する事があたし達の目標だから。まぁ、それより音楽が楽しいからやってんやけどね♪」

 

「全国制覇!?って、エクストリームジャパンフェスで優勝!?そんなの無理だよ絶対無理!」

 

「え?何で?」

 

「だってエクストリームジャパンフェスだよ!?

全国の猛者中の猛者のバンド!そんなバンドばっかりが集まるすっごいフェスなんだよ!?」

 

「海賊王になるよりかは簡単そうだけど…」

 

「いや、そりゃ海賊王になるよりは…とは思うけど、エクストリームジャパンフェスでの優勝は、ううん、本戦に出場する事だってすごい事なんだから!そもそもメジャーデビューする事よりエクストリームジャパンフェスの本戦に出場する方が難しいって言われてるくらいなんだからねっ!」

 

「いいねぇ~。ワクワクしてくる。あたしはあたし達のバンドなら…、日奈子と一緒なら優勝も夢じゃないと思ってるよ」

 

「あたしと一緒ならって…あたしのドラムも聴いた事ないくせに…」

 

「なれるよ。あたし達ならそんなすごいバンドに」

 

「なれるよって…」

 

「ねぇ、日奈子。ワクワクしない?あたし達がそんなバンドになるって、そんなバンドを目指して音楽を楽しんでやってくの!」

 

「あたし達で…音楽を楽しんで…エクストリームジャパンフェスに…ぶふっ、ふふ…ふふふふ」

 

「日奈子?」

 

「ふふ…ごめんね。木原ちゃん…あたしは…」

 

「「「日奈子!!!」」」

 

日奈子はあたしに何かを言おうとしていたけど、その時ちょうど葉月ちゃん達が来たから、日奈子の言葉を最後まで聞けなかった。

 

葉月ちゃん達がここに来れたのは、あたしが日奈子に声を掛ける前に、翔子と陽子ちゃんに日奈子を見つけた事を連絡したから、きっと陽子ちゃんから葉月ちゃん達に連絡してくれたんだろう。

 

「日奈子…ごめん、ごめんなさい。日奈子がそんな風に思ってたなんて…」

 

「私もごめん…もっとちゃんと話してたら…」

 

「日奈子…ごめん…ごめんね。ほんとに追い出したとかじゃ…うぅ…グスッ」

 

「葉月ちゃん、結月ちゃん、日登美ちゃん…」

 

ちょっとの間、あたしは離れてた方がいいかな?

そう思って少し離れた所に居た翔子と陽子ちゃんの方へと向かった。

 

「梓、お前よく生徒会長を見つけられたよな。てか、駅の方探すとか言ってなかったか?ここ駅から全然離れてるけど…」

 

「え?えっと…何となく日奈子がこっちに居る気がして…」

 

「ん?お前いつの間に生徒会長の事を日奈子って…」

 

「木原さんグッジョブやね!」

 

その後も遠くで話している日奈子達をぼんやり眺めながら、あたしは翔子と陽子ちゃんと他愛のない話をしていた。

 

しばらくすると、日奈子は葉月ちゃん達と笑い合いながらあたし達の方へと歩いて来た。

 

「木原さんも神崎さんもありがとうございました。

おかげで日奈子と話せて…」

 

「いや、あたしらは何もしてないよ。な、梓」

 

「うん、ほんとに何もしてないよ。てか何したあたしら?」

 

「もう!木原ちゃんも神崎ちゃんも!そこはどういたしましてでいいじゃん!」

 

う…こういう時この後どうしたらいいんだろう?

あんまりこういう場面に遭遇した事ないし…何か言えばいいの?

『よし、帰ろっか』

とか、言おうものなら『え?こいつもう帰るの?空気読めない系?』とか思われる気がする。

ぐぅぅ…いったいどうすれば…。

え?もしかしてあたしコミュ障なの?

 

とか、考えながらあたしは混乱していた。

 

「…生徒会長は、元バンドメンバーと話してどう思った?バンド、まだやりたくないか?」

 

翔子がそんな事を言うものだからあたしは更に混乱した。

 

え?それ言っちゃうの?てか、今それ言っちゃっていい系なの?と…。

 

「神崎ちゃん…あたしは…」

 

そう言った日奈子は、あたし達の顔を見て…。

 

「うん、やっぱりバンドはやらない」

 

「「「「日奈子(生徒会長)!?」」」」

 

あたしも正直驚いたよ~。

まさかこの流れでバンドやらないって言われるなんて思ってなかったし。

 

「あの~…もしかしてそれうちのせい?

うちがM&Sのドラマーになったから?月野さんはバンドやるなら、やっぱM&Sがいいみたいな?」

 

陽子ちゃんにそう言われてあたしはハッとした。

 

そもそも追い出されたって日奈子の誤解だった訳だし、真相がわかっちゃったら、やっぱり昔から一緒だった葉月ちゃん達とバンドやりたいのかも知れない。

 

「ううん、それは関係無いよ。

葉月ちゃん達はあたしを追い出した訳じゃないというよはよくわかったよ。だけど、葉月ちゃん達は悩んで悩んで、あたしがM&Sにいらないと思ったのは事実な訳だし」

 

「うっ…そ、そんな風に言われると…」

 

「そして、自分達の作った曲と歌詞で、いっぱいライブをやりたい。って、あたしの気持ちを想っての事だったっていうのもわかってるつもり」

 

「生徒会長…そんなら何で?結局、M&Sじゃなくなったからもうバンドはやりたくないって事か?」

 

「あたしはね。身体は小さいけど器量は大きいつもりなの。でも、今回の事だけは怒ってるの。もうぷんすこだよぷんすこ」

 

自分で身体は小さいって認めてるんだ?

って言おうかと思ったけど、空気を読んで止めておいた。

 

「だから葉月ちゃん達がひとつお願い事を聞いてくれるなら、バンドをもう1度やるって事を考えてみようと思う」

 

「私らにお願い事?」

 

「聞くよ!日奈子のお願い事なら!そんなどぎつい事じゃなければだけど…」

 

「わ、私も、それでもっかい日奈子がバンドやってくれるんなら…」

 

日奈子のお願い事って何だろう?

でも、もう1度M&Sでバンドをやりたいからっていう理由じゃなくて良かった。

 

「さっき日登美ちゃん言ってたよね?あたしがM&Sの時はポップス系のロックだったけど、陽子ちゃん?だったかな?

新しいドラマーの子が入ってから、ジャズ系のバンドになったって」

 

「う、うん。難しいってのはロックもジャズも一緒やけど、私達の音楽にはジャズの方が合ってたから…。葉月はまだロックやりたいって言ってるけど…」

 

「うん、それでジャズ系の音楽やり出してからは、曲作りもしたりしてんだよね?」

 

「いや、曲作りって言ってもお遊びみたいなもんやけど…」

 

「うんうん。ジャズもいいけど、やっぱりロックが好きだし、あたしはバンドやるならロックでやりたい」

 

日奈子がやりたいのはロックか~。

あたしもどっちかというと歌いやすいのはポップスよりロックかな?BREEZEもロックやしあたし達もジャンルはロックの方がええね。とか、日奈子の話を聞きながら、あたしも真面目に音楽の事考えたりしてたんだよ?という余談。

 

「あたしはあたしでバンドを頑張る。

だから、いつかあたしのバンドとM&Sでデュエルギグをやりたい」

 

「「「デュエルギグ!?日奈子のバンドと!?」」」

 

「あたしがM&Sじゃなくなって良かったって。

葉月ちゃん達とバンドやらなくて良かったって。

葉月ちゃん達は葉月ちゃん達のバンドで。

あたしはあたしのバンドで。

お互いがお互いの好きな音楽を頑張って良かったって思えるようにしてほしい。そしたら、あたしもバンドまた楽しんでやれると思うから。それがあたしのお願いだよ」

 

「日奈子…」

 

「うん…わかった。約束する」

 

「うん!日奈子、デュエルギグ絶対やろう!」

 

「あはは、そやな。うちらの…今のM&Sでちゃんと曲作って、そんでいつかデュエルやろね」

 

「うん、ありがとう。だったら約束だもんね。あたしもデュエルギグ出来るように、もっかいドラムを…バンドをやる!!」

 

日奈子…。

良かった。日奈子はまだあたしとバンドをやるって言ってくれた訳じゃないけど、葉月ちゃん達との誤解も解けて仲直りして…本当に良かった。

 

「良かったね、翔子」

 

「ぶん…ぼぉんどによがっだ…ながなおでぃ…でぎで…グスッ」

 

え?確かに感動的に纏まったぁ。って思ったけど、翔子は何でこんなガチ泣きしてんの…?

 

 

 

 

そしてあたし達は、葉月ちゃん達と別れて地元に帰って来た。

 

地元までの道中はバンドの話は誰もする事がなく、ただ無言だった。

あたしは日奈子にもう1度『バンドやろうぜ!』って言いたかったけど、バンドをやると決めた日奈子にそれを言うのは何か空気読めてないかな?と、さらにコミュ障を拗らせたような事を考えていた。

 

「木原ちゃん、神崎ちゃん。

今日はありがとう。何かモヤモヤ~ってしてたものが晴れた気がするよ」

 

「そっか。日奈子がそう思ってくれてるなら良かった」

 

「ま、余計なお世話にならなくてあたしも良かったよ。それよりさ、生徒会長。

お前バンドやるんだろ?生徒会長のドラム聴いた事ないけどさ、梓は一緒に…」

 

「待って神崎ちゃん」

 

「生徒会長?」

 

「木原ちゃんから聞いたんだけど、木原ちゃんと神崎ちゃんのバンドは、エクストリームジャパンフェスで優勝する事を目標にバンドをやってるの?それ本気なの?」

 

「ん?梓がもう話したのか?

あたしももちろん本気だぜ?エクストリームジャパンフェスで優勝して、メジャーデビューをする。

梓は今ん所はメジャーデビューは、エクストリームジャパンフェスの副産物って感じで考えてるみたいだけどな」

 

「そっか、神崎ちゃんも本気なんだね」

 

「ああ。あ、もちろんエクストリームジャパンフェスは目標だけど、メジャーデビューは生徒会長や瀬羽さんが嫌とか…他にも目標あんならそっちも追加しても…」

 

「瀬羽ちゃん?ありゃ?木原ちゃん、瀬羽ちゃんにもバンド断られてなかったっけ?」

 

「今のところはね」

 

「…まぁいいや。バンドってね。歌ったり楽器出来たらいい訳じゃないからね?

歌詞や曲を作ったり、スタジオの練習やライブの予約とかしたり、ライブハウスの人とコミュニケーションとか取ったり、ライブ決まったら広報として宣伝したりしなきゃいけないし、企画や演出も考えなきゃいけない。

そしてスタジオの練習代やライブでの収支とか計算したり、対バンするならスケジュール調整も必要になるよ?」

 

「…すまん、生徒会長」

 

「ごめんね、日奈子」

 

「「悪いんだけど日本語でもう1回よろしく」」

 

「ほぼ日本語だったよ!?」

 

そういやそうだよね。

あたしも翔子もまだおっちゃんの家で練習してただけだったから失念してたけど、本格的にバンドやっていくなら曲作りもライブの日の調整も、お金の管理や宣伝も大切だもんね。

 

「ふぅ、ならあたしが決めちゃうね」

 

「「決めちゃう?」」

 

「木原ちゃんがバンマスでボーカルでしょ?だから、木原ちゃんが作詞と作曲を担当して?」

 

「あたしが作詞と作曲!?

ま、まぁ…お母さんも作詞してたし、あたしも自分で作詞して歌いたいとは思ってたけど…作曲もか…」

 

「そんで神崎ちゃんが、スタジオの予約やライブハウスの人とのコミュニケーションとか。葉月ちゃん達ともすぐに仲良くなってたし、コミュ力も高そうだし」

 

「いや、コミュ力は梓より高いとは思うけど…。まぁ、確かにそういうのも大切な仕事だし、あたしも自分で適所だとは思うけど…」

 

「そしてあたしはホームページとかも作れるし、広報とかやるよ。ついでに企画とかもホームページに載せたいからそっちもあたしがやっちゃうね(ニヤリ」

 

「せ、生徒会長…お前、それって…」

 

「日奈子が広報的な事…やってくれるの?」

 

何かすっごい悪魔的な笑顔をしてたけど…。

 

「あとは瀬羽ちゃんが、収支計算とかスケジュール調整とかしてくれたら完璧かな?」

 

「「日奈子(生徒会長)」」

 

「あたしはM&Sとデュエルやりたい。ライブをいっぱいやりたいって思ってる。

木原ちゃんもBREEZEだっけ?と、デュエルしたいんでしょ?それにライブは2人共いっぱいやりたいんだと思ってるし。

あ、あたしもせっかくもう1度バンドやるなら、楽しんで面白くしていきたいし、それならエクストリームジャパンフェスで優勝を目指してみるのも楽しそうだと思うし」

 

そして日奈子はジッとあたしと翔子を見つめて…

 

「だ、だからね、木は…。

梓ちゃん、翔子ちゃん。バンド…バンドやろうぜ!」

 

「日奈子…!うん!やろう!」

 

「生徒会長…いや、日奈子。これからよろしくな」

 

そうしてその日、あたしと翔子のバンドに、日奈子がドラマーとして参加する事になった。



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第43話 バンドやろうぜ! to 澄香

「翔子ちゃん!何度教えたらわかるの!

そこはそうじゃないからっ!」

 

「え?そうなのか?」

 

「あはは、翔子はおバカだなぁ」

 

「笑ってる場合じゃないでしょ!梓ちゃんもここもここも間違えてるっ!」

 

「え?マジ?」

 

あたしの名前は木原 梓。

 

無事にあたし達のバンドに、日奈子がドラマーとして参加してくれる事になり、学校が終わった後の放課後、日奈子に生徒会の仕事やバイトがない時は、あたしと翔子は日奈子に勉強を教わっていた。

 

「うぅん…さっぱりわからねぇ…。何であたし勉強なんかしてんだろ…ギター弾きたい…」

 

「あたしも…勉強なんて受験の時にやりきったって感じだし…。作曲もしなきゃいけないのに…」

 

「これも瀬羽ちゃんにバンドに入ってもらう為でしょ?ってか、梓ちゃんも翔子ちゃんもよくこの学力でうちの学校合格出来たよね」

 

「あたしはボランティア部の活動どうこうで推薦枠だったしなぁ」

 

「澄香がうちの高校受けるって言うから、あたしもここにするって言ったら『梓には無理だよ』とか言われたから本気出した」

 

「なら梓ちゃんは今も本気出してよ…」

 

あたし達が何故、楽器の練習もせず勉強なんかをやっているのかというと、こういう理由があったのだ。

 

 

 

『なるほどね。瀬羽ちゃんは大学行きたいから勉強したくてって感じなのね?』

 

『梓から聞いた感じだとそんな感じだな』

 

『澄香から聞いた感じだとそんな感じだけど、あとバイトも頑張りたいって言ってた』

 

『こないだの学力テスト…確か澄香ちゃんは12位くらいだったかな?』

 

『え?瀬羽さんそんな頭良かったのか?』

 

『あたしも12位くらいだったよ。ドベからだけど』

 

『よし、ならこういう作戦でいこう!』

 

『さっすが日奈子!早速、瀬羽さんをバンドに入れる作戦を思い付いたか!』

 

『あたしも日奈子の作戦に賛成~♪』

 

『…2人ともちゃんと考えてる?

まぁ、いいや。あたしは学年1位の学力あるからね。このバンドに入ってくれたら、勉強も教えてあげるって特典を付けよう!』

 

『さっすが日奈子!もうこれは瀬羽さんもバンドに入るしかないな!』

 

『あたしも日奈子の作戦に賛成~♪』

 

『だから、瀬羽ちゃんにあたしが勉強を教えてあげるって特典が素敵な特典だと思ってもらえるように、今週末のテストで梓ちゃんも翔子ちゃんも、せめて学年100位以内になろうね?』

 

『『は?』』

 

『だってあたしが勉強教えても学力上がらなかったら意味ないでしょ?梓ちゃんと翔子ちゃんの成績を上げて、あたしの勉強法はすごいってアピールしなきゃ』

 

『日奈子、残念だ。他の作戦を考えよう』

 

『あたしもその作戦は諦めた方がいいと思うよ?確か翔子もあたしと変わらないくらいの順位だったはずだし』

 

『なんでよ!だから2人共あたしが勉強教えるから!

もし梓ちゃんか翔子ちゃんのどっちかが100位以内に入れなかったらあたしもバンド辞めちゃうからね!ぷんぷん!』

 

『えぇぇぇ~…何でだよ…』

 

『ドベから100位以内じゃダメ…だよね?』

 

 

 

というやり取りがあったからだ。

さすがに日奈子がバンドを辞めるというのは、葉月ちゃん達との約束もあるし冗談だとは思うけど、澄香にバンドに入ってもらう為に、今回だけテストを頑張る事にしたのだ。

 

「あんまり初日から詰め込み過ぎてもモチベーション上がんないだろうし、今日はここまでにしとこっか」

 

「やっと終わった…もうギター弾いていいよな?」

 

「うん、いいよ」

 

「こんな勉強したの受験以来やわ…ってまだ3ヶ月も経ってないけど…。あたしもギター弾いて…」

 

「梓ちゃんはダメだよ?」

 

「え!?何で!?イジメ!?」

 

「梓ちゃん、昨日作曲やってた時さ?『あかん!考えてみたら曲に合わせて歌詞書ける気がせえへん!まずは歌詞!歌詞に合わせて曲を作った方がいい気がする!』とか言ってたじゃん?」

 

「え?ああ、うん。いいなぁって思うフレーズにフンフンフ~ン♪って曲をちょっとずつメモしたりしながら、繋げていった方が何か作れそうな気がして…」

 

最初の頃は作詞も作曲もさっぱりで、とりあえず浮かんだフレーズに曲付けて繋げるってやり方で曲を作ってたんだよ。

馴れてきたら曲からでも歌詞からでも作れるようにはなったんだけどね。

 

「でしょ?だったら今はギター触るより歌詞書かなきゃダメでしょ」

 

「いや、でもちょっと。ちょっとくらい…」

 

「ダメでしょ」

 

「先っぽ。先っぽだけだから。マジだから」

 

「ダメでしょ」

 

「気分転か…」

 

「ダメでしょ」

 

「……」

 

「ダメでしょ」

 

あたしは日奈子の圧に負けて、この日は歌詞を書く事にした。

確かに早くライブをやりたいとは3人で言っていたから、曲作りも早目にやらなきゃいけなかったしね。

 

「わかったよ…今日は歌詞を書きます。

うぅ…さっきまで勉強してたのに、現国の続きをやってるみたいや…」

 

「英語でもいいよ?」

 

「英語で歌詞とか作れる気がしないわ…」

 

「じゃ、翔子ちゃんはあたしのドラムと合わせる練習しよっか」

 

「おっ、いいな!やろうぜ」

 

「うぅ…羨ましい…」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

その日から週末までの間、あたしと翔子は勉強8に対してバンド練習2くらいの比率で勉強していた。

おかげであたしと翔子は見るからにやつれ、クラスメート達からは心配を通り越して怯えられてるくらいだった。

 

そして、テストの結果発表の日。

 

「梓ちゃん!翔子ちゃん!どうだった!?」

 

「ふっふっふ、あたしは98位…。どんなもんよ」

 

「あたしは梓にも勝ったぜ…87位だ」

 

あたしと翔子は何とか100位以内に入る事が出来た。

その日のテスト以降はダメダメだったんだけどね。

 

そう。その日のテスト以外はダメダメだったんだよ。

何故ダメになったのかというと、この後の澄香との話のせいなのだ。

ここからは澄香と日奈子のやり取りをご静聴下さい。

 

「瀬羽ちゃん!いや、今日からは澄香ちゃんって呼ばせてもらうよ!」

 

「え?月野さん?いや、全然澄香でもええけど、急にどうしたん?」

 

「見て!梓ちゃんと翔子ちゃんを!」

 

「梓と神崎さん?……梓は何か笑いながら虚空の何かを見つめて追っかけてるし、神崎さんは廊下なのに布団敷いて寝てるけど…」

 

「あ、あの2人じゃなくて、あの2人のテストの成績見ちゃってよ」

 

「ん?…うわっ、すご!神崎さんは普段の成績知らないけど、梓はめちゃくちゃ成績上がってるやん!」

 

「ふっふっふ、すごいでしょ~」

 

「あ~…あれはその代償か…」

 

「んでね、澄香ちゃん!」

 

「ん?何?」

 

「梓ちゃん達が成績上がったのはね!バンドやってるからなの!」

 

「は?」

 

「バンドやってるから成績上がったの!」

 

「いや、意味がわからへんねやけど…」

 

「だからね!梓ちゃん達とあたしは一緒にバンドをやる事になってね。学年トップのあたしが、梓ちゃん達にバンド練習の合間に勉強教えてあげてるから成績がものすごい上がったんだよ!」

 

「あ、そうなんや?月野さんは結局梓とバンドする事にしたんや?」

 

「え?そこ?いや、そうだけど梓ちゃんから聞いてないの?」

 

「ん~…登校もお昼も一緒やけど聞いてないなぁ。なら、月野さんも明日から一緒にお昼しようよ。神崎さんも一緒やし」

 

「あ、みんなお昼休み一緒なんだ?あたしお昼は学校に内緒で作った地下室でちょっと危ない研究してるから知らなかったよ」

 

「え?地下室?研究?」

 

「う~ん…研究も一段落してるし仲間外れみたいで嫌だから、あたしも明日からお昼は一緒しようかな?」

 

「うん、そうしなよ。大歓迎だよ」

 

「うん、じゃあ、そうする。

って、それは置いといて、このまま勉強頑張っていけば梓ちゃんも翔子ちゃんも大学進学も夢じゃないと思うの!」

 

「うーん…確かに梓もこの高校には受かった訳やし、このまま勉強頑張っていけば…でも、今は勉強頑張り過ぎたのかあんな感じなってるしなぁ…」

 

「でね!澄香ちゃんもバンドやれば一緒に…」

 

「ふふ、でも梓も大学行けたらいいよね。月野さんも大変だろうけど、また梓の勉強見てあげてよ」

 

「え?それはまぁ…でも、そうじゃなくてね」

 

-キ~ンコ~ンカ~ンコ~…ン

 

「あ、チャイムだ。教室戻らなきゃ。じゃあ、月野さんまたね。明日から一緒にお弁当食べようね」

 

「あ、澄香ちゃん待って…!」

 

澄香と日奈子の話はそこで終わってしまったらしい。

放課後に意識が戻ったあたしと翔子は、日奈子から『失敗しちゃった。テヘッ』と報告を受けた。

 

その日の放課後は澄香はバイトだったから先に帰り、あたしと翔子と日奈子はバンドの練習をしながら、どうやって澄香をバンドに加入させるかを話し合っていた。

 

「って事は瀬羽さんがバンドやらない理由って、大学行きたいからじゃないんじゃないか?いや、そりゃ大学に行きたいとは思ってるかもしんないけど…」

 

「でも考えてみたらうちの高校って割りと進学校だし、澄香ちゃんの成績なら大学も大丈夫そうなんだよね。よっぽど上を狙ってるなら頑張らなきゃだろうけど」

 

「まさか…ほんまはあたしとバンドやりたくないだけなんじゃ…」

 

「梓もネガティブになんなよ。…でもガキの頃から梓の隣でベースやってたんだよな?それで梓とじゃダメだわ。って思われてても不思議ではないか」

 

「翔子ちゃんも梓ちゃんが落ち込みそうな事言わないでよ。まぁ、BREEZEのタカちゃんの事があるから、梓ちゃんとは敵みたいなもんだし、梓ちゃんとはやりたくないって思ってるのかもしんないけど」

 

「うぅ…やっぱりあたしのせいなのかも…。ってか、あたしの事はともかく日奈子は何で澄香もタカくんを想ってる事を知ってるの?あたしはそれが怖い」

 

あたし達はああでもないこうでもない。ああなのかもこうなのかも。とか話をしていたけど、やっぱり澄香本人の気持ちはわからないままだった。

 

だけどこの時、あたしは初めて澄香をバンドに誘った日の事を思い出した。

 

「あ、そういや澄香ってバンドの話とかをご両親に聞かれるのを嫌がってたかも。本気のバンドはやれないとか言ってたし」

 

「あ?もしかしてそれってバンドやるのご両親に反対されてるとかそんなんじゃないか?」

 

「梓ちゃんは何でそんな大事な話を忘れてたの!?きっとそれじゃん!澄香ちゃんのお父さんとお母さんを説得出来たらいいんだよ!」

 

そう。澄香は第39話で『父さんと母さんの事もあるから…バンドはやれない』と言っていた。

 

確かに澄香のご両親を説得出来たら、澄香もバンドをやってくれるかもしれない。

 

あたし達はそう思い、早速その日の夜、澄香の家へと3人で向かった。

 

 

「ん?梓?神崎さんも月野さんも?」

 

澄香の家の前に着いた時、ちょうど澄香もバイトが終わって帰宅してきた所だった。

 

「澄香!」

 

「瀬羽さん!」

 

「澄香ちゃん!」

 

「え?何?」

 

「「「バンドやろうぜ!」」」

 

「なっ!?」

 

「「「バンドやろ…」」」

 

「待って待って待って!!声が大きい!ちょっとこっち来て!」

 

あたしと翔子と日奈子は、澄香の家の前で大きな声でバンドやろうぜ!と叫んだ。

そしてそれを制止してきた澄香。

 

やっぱり澄香は家の人にバンドの話を聞かれたくないようだった。

 

「ちょっと…3人共こっち来て」

 

「澄香、あたしは澄香とバンドやりたい。澄香にベースをやってほしい。だからお願い!」

 

「ちょっと梓、前にも言ったやろ…家の前でバンドの話は…」

 

「瀬羽さん、あたしからもお願いだ。瀬羽さんにあたしらのベースになってほしい。瀬羽さんとは最近よく話すしさ。あたしも瀬羽さんとバンドやりたいって思ってる。それとも瀬羽さんはベース嫌いなのか?」

 

「神崎さん…ベースは好きだよ。好きだから今も弾いてるし…」

 

「澄香ちゃん!あたし達のバンドでベースやってくれたら、あたしは梓ちゃんじゃなくて澄香ちゃんを応援するよ!タカちゃんとの恋愛!この条件でどう!?」

 

「なっ!?何で月野さんがタカの事を知ってんの!?てか、3人の中で1番姑息なお願いの仕方やけど!?ちょっと悩んじゃったけど!」

 

「え?澄香それで悩んじゃったの?てか、日奈子?澄香を応援するって何?」

 

あたしはうっかり日奈子の頭を掴んで持ち上げていた。

 

「痛い痛い痛い!梓ちゃん!ちょっとマジで痛い!応援だけだから!いや、ほんと…ちょっ、頭を掴む力が強くなってる!ごめんなさい、ほんとごめんなさい。もうしませんから!別の方法考えますから!痛いので離して下さい!」

 

あたしはそれを聞いて安心し、日奈子の頭から手を離した。

 

「…タカとの事を応援するって聞いてバンドやろっかな?とか思っちゃったけど、ただの気の迷いだから。私はバンドはやれないの。梓も神崎さんも月野さんもわかって。お願いやから。

今の私にはタカとの事を応援してくれる以上の魅力的な条件もないだろうし…(ボソッ」

 

「澄香?聞こえてるよ?」

 

澄香を説得する事に失敗したあたし達は、やっぱり澄香のご両親を説得するしかないのかな?と思っていた。

 

「澄香、ご両親の事があるから…バンド出来ないと思ってるの?」

 

「梓…。

…うん。正直そうだよ。それが理由。

私はベースが好きだし、ほんとはバンドやってみたいと思ってる。ずっとそう思ってベースやってきてたし。

それも梓と一緒のバンドなら…こんな嬉しい事ないよね」

 

「澄香…」

 

「でも私は大学に行きたいと思ってるし、さっきはタカと大学を天秤にかけてタカの方がいいかも?とか思っちゃったけどさ。やっぱり大学に行きたい気持ちも本気だから。みんな、ごめん!」

 

澄香の気持ちを聞いて嬉しかった。

澄香はベースも音楽も好きで、バンドをやってみたかったって、本当はバンドをやりたいんだって。

タカくんの所はスルーした。

 

そうスルーしたのだ。

この時に本当は気付くべきだったのだ。

 

あたしは澄香にご両親の事があるからバンドをやれないのかと聞いた。

そして澄香はそれを肯定した。

 

だけど澄香はその後、大学に行きたいと言ってきた。

ご両親の事を聞いているのに大学に行きたい?

 

ご両親の事が理由で、大学に行きたいからバンドをやれない。

 

今思うと何だか話がちぐはぐだ。

 

「わかったよ!梓ちゃん!翔子ちゃん!プランBでいくよ!」

 

「う、うん!」

 

「了解だ!瀬羽さん、ごめん」

 

「プランB?…って、神崎さん!?」

 

翔子は澄香を羽交い締めにして、あたしと日奈子は澄香の家に「お邪魔します」と言ってから靴を玄関にちゃんと並べてから突入した。

 

「なっ!?何で梓と月野さんが私の家に!?ちょ、神崎さん離して!」

 

「悪い。瀬羽さんも本当はバンドやりたいって気持ちはわかったからさ。今から梓と日奈子が瀬羽さんの親父さんとお袋さんを説得しに…」

 

「父さんと母さんを説得!?待ってよ!バンドやらせてやれって説得するつもり!?私の話ちゃんと聞いてた!?」

 

「聞いてたよ!聞いてたから親父さんとお袋さんに説得…」

 

「だから!何って説得すんの!?」

 

「は?だからバンドやらせてやれって…ん?そういや瀬羽さんって…バンドやりたいけど大学に行きたいって…あれ?親父さん達から大学行く為にバンドするなって言われてる訳じゃない…?あれ?何で親父さん達がバンドやれない理由なんだ?」

 

翔子もそのちぐはぐな話に気付いたようだった。

そして、ちょうど澄香のご両親を説得したあたしと日奈子は、澄香のご両親と一緒に家から出て来た。

 

「澄香…バンドを…バンドをやりたいと思っていたとは…お父さん感動のあまり涙が止まらないぞ」

 

「お母さんも嬉しいわ。澄香、バンドはやらないとあれだけ言ってたのに。私も泣いてる場合じゃないわね。今からお赤飯を炊くわ」

 

「あかん…終わった…」

 

そう言って項垂れる澄香。

そう、澄香のお父さんとお母さんの台詞からもわかるように、澄香はバンドを反対されていた訳じゃなかったのだ。

 

「ん?あれ?えっと…瀬羽さん?どういう事なんだ?」

 

「聞いての通り…。私が父さんと母さんに反対されてたのは大学への進学。バンドをやってメジャーデビューしてくれって…」

 

「は!?何か変だと思ってたら、そういう事だったのかよ!」

 

澄香がご両親から反対されていたのはバンドではなく、大学への進学だった。

 

バンドをやっていた訳じゃないけど、音楽やバンド、ライブが大好きだった澄香のお父さんとお母さん。

2人共あたしのお母さん達のバンドの大ファンだったらしい。

 

ある日、なっちゃんの家のおっちゃんにベースを教えてもらえる事になった澄香。

澄香には楽器の声を聴くチカラもあったし、ベースの才能があった。

 

だから澄香のご両親は澄香に、あたしのお母さん達が果たせなかったメジャーデビューという夢を勝手に託し、大学には行かず本格的にバンドをやるように言っていたようだった。

 

澄香自身もベースも音楽も好きだし、いつかバンドをやりたい。ライブとかもやってみたい。と思っていたそうだけど、簡単にメジャーデビュー出来る程世の中甘くないとも思っていた澄香は、大学には行っておいた方がいいだろうと思っていたらしい。就職もしといた方がいいし。と幼い頃から思っていたらしい。

 

だから大学進学に反対されているから、高校になったらバイトを頑張って学費を貯めて、大学に進学してからバンドをやろうと思っていたそうだ。

 

澄香も本当はあたしとバンドをやりたいとずっと思っていたから、あたしが高校になった途端にバンドをやるとなった時は本当はもう少し待って欲しいと思っていたそうだ。

だけど、それはせっかく音楽が嫌いだったあたしが、また音楽に興味を持った事に対して水を差す事になるかもしれない。タカくんへの恋を邪魔する事になるかもしれない。思って自分の気持ちを押し殺していたらしい。

 

これ聞いたのはもうArtemisを解散してからだったけど、聞いた時は嬉しかったなぁ。

 

「せっかく…父さんも母さんもメジャーデビュー諦めてくれて…大学行く為にバイトも勉強も頑張ってたのに…」

 

「あ~…そうだったのか。瀬羽さん、なんかごめん」

 

「澄香。大学の事は大丈夫だよ」

 

「え?大丈夫?」

 

「あたしがバッチリ説得したから」

 

「月野さんが?」

 

そうだったのだ。

日奈子は澄香の家に来てからのやり取りで、澄香が反対されているのは大学への進学であって、バンド活動じゃないと見抜いていたのだ。

 

あたしと日奈子が澄香の家に入って、澄香のお父さんとお母さんの前に行った時の事。

 

 

『おじさん!おばさん!』

 

『やぁ、梓ちゃん。…と、えっと』

 

『ほら、お父さん、あの子神社のとこの』

 

『ああ!あの神社のな。確か日奈子ちゃんやっけ?』

 

『こんばんは!』

 

『おじさん!そんな事より澄香の事なんやけど!』

 

『澄香?今はまだバイトから帰ってきとらんよ?もう少しで帰ってくるんちゃうかな?』

 

『おじさん!おばさん!お願いします!澄香の…澄香のバンド活動を許して下さい!澄香はバンドがやりたいんです!』

 

『澄香が…!?バンドをやて!?』

 

『そんな!?あの子がバンドを!?』

 

『そうなんです!だから、あたしに澄香とバンドをやらせて下さい!!』

 

『澄香が…!?遙那さんの娘さんである梓ちゃんと!?』

 

『そんな!?あの子が梓ちゃんと一緒に!?』

 

『はい!だから…!』

 

『だから、澄香ちゃんに大学の進学を許してあげてくれませんか?』

 

『日奈子の言う通り!澄香を大学に……へ?大学?』

 

『あたし達のバンドはエクストリームジャパンフェスの優勝を目標にしてるんです!』

 

『エクストリームジャパンフェスで優勝!?』

 

『あの優勝したらメジャーデビュー出来るというあの!?』

 

『そんなんですよ。ね?梓ちゃん』

 

『え?うん、まぁエクストリームジャパンフェスでの優勝があたしらの目標やけど…』

 

『つまり!澄香ちゃんがあたし達とバンドをやれば、澄香ちゃんもエクストリームジャパンフェスで優勝しちゃう事になります!』

 

『澄香が…!?エクストリームジャパンフェスで!?』

 

『優勝してメジャーデビュー!?』

 

『え?え?おじさん?おばさん?日奈子?』

 

『最高じゃないか!これは大学なんか行かずに本格的にバンドを…』

 

『そうね!せっかくメジャーデビュー出来るんだもの』

 

『そこです!』

 

『『『そこ?』』』

 

『澄香ちゃんはー、大学に進学したいから、バイトも頑張らなきゃいけないんですよねー。ああ、可哀想な澄香ちゃん。大学の進学さおじさんとおばさんに許されてれば、バンドもやれるのになー』

 

『な、なんやて!?』

 

『澄香は大学に行きたいから…だから、あの子は…』

 

『おじさんとおばさんは澄香ちゃんにバンドやってほしくないですか?(ニコッ』

 

 

「澄香、お父さんが悪かった。大学の進学も許す。学費もちゃんとお父さんが出してやる。そんくらいしか出来んけど、バンドを頑張ってみてくれんか?」

 

「え?大学行ってええの?」

 

「うむ、澄香がお父さん達の夢を頑張ってくれんねんから、お父さん達も澄香の夢を応援せなな」

 

「大学…行ってもいいなら、やりたい。私バンド、梓達とやりたい!」

 

「やったね!梓ちゃん、翔子ちゃん!」

 

「でも日奈子すごいね。澄香のお父さんとお母さんを説得しちゃうなんて」

 

「まさか大学の進学反対されてたとはな。うちは親父にもお袋にもせっかくこの高校に入れたんだから、大学も頑張って行けって言われてるしなぁ」

 

「え!?翔子それマジ?」

 

「翔子ちゃんの今の学力じゃ無理じゃない?」

 

あたし達が澄香ファミリーを見守りながら話していると…

 

「梓!翔子!日奈子!」

 

「澄香?」

 

「瀬羽さん?翔子って…あ、あたしも澄香って呼んでいいかな?」

 

「うん!澄香ちゃん!」

 

「い、今更やけどさ…私、みんなとバンドやりたい。梓と翔子と日奈子のバンドに私を入れてほしい」

 

そう言って澄香は頭を下げた。

 

「澄香、頭をあげて」

 

「そうだぜ澄香。今更とかないしな」

 

「そうだよ。澄香ちゃん、こういう時は頭を下げるんじゃなくてさ」

 

「うん、そうやね。

梓、翔子、日奈子…バンドやろうぜ!」

 

「「「うん!バンドやろうぜ!」」」



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第44話 結成!Artemis!!

「お、澄香ちゃん!

澄香ちゃんがベースケース持ってるの見るの久しぶりに見るね」

 

「あ、おじさんこんにちはー。えへへ、私も梓とバンドする事にしまして」

 

「へぇ~。梓ちゃんがバンドやるって聞いた時は、やっと梓ちゃんもかー。って思ったけど、澄香ちゃんも一緒にやるんか。昔は梓ちゃんと澄香ちゃんでよくバンドの練習してたもんなぁ」

 

「む、昔の話は…///」

 

「この村じゃ遙那ちゃんや龍馬さんと同じくらい、梓ちゃんと澄香ちゃんも有名やったからな。あはは」

 

「も、もう!///

わ、私もう行きますね。梓達も待ってるやろし」

 

「ああ、ごめんな。バンド頑張ってな」

 

「おじさんありがとう!おじさんも農作業頑張ってね!」

 

 

「こんにちは~」

 

「お!澄香、来たね!」

 

「澄香、バイトはもう終わったのか?」

 

「澄香ちゃんこんにちは!」

 

「うん、今日はバイトも終わり。それに今日から新人の子が2人も入ったから、バイトのシフトも減らせる事になったし、バンドの練習時間増やせるようになったよ」

 

「おお!澄香のバイト先ナイス!」

 

「へぇ~。でも、それはそれで給料減るから困らないか?」

 

「大学の学費もおじさんとおばさんに出してもらえるようになったから、今はお金にも困ってないでしょ」

 

「うん、まぁ…学費も出してもらうってのは申し訳ないから、私も出せる分は出すつもりやけど、大学許してもらえたし家は出なくてよくなったから、その分は…」

 

「え!?澄香、大学行ったら家を出るつもりだったの!?」

 

あたしの名前は木原 梓。

安定に今回もあたしの話だ。

 

この話の冒頭に出てきた澄香と話をしていたおじさんは、このお話には全く関係のない近所の人である。

ちなみにこの日は澄香がバンドに入る事になった翌日の土曜日の話である。

 

「よし、澄香も来た事だし、もっかい合わせようよ」

 

「いや、もっかい合わせようよって、澄香はまだこの曲知らないだろ?」

 

「あ、澄香ちゃん、これ。あたし達の曲の譜面だよ」

 

「え?私達の曲のって…もしかしてもう作曲出来てんの?」

 

「ふっふっふ、曲だけじゃないよ、歌詞もバッチリ!」

 

「歌詞も?すごいなぁ。もう曲出来てたんや…。私も練習せな…。………うん、この曲なら私も少し練習したらやれそう」

 

「初ライブまでに3曲くらいは欲しいけど、まずはこれがあたし達のデビュー曲だな」

 

「ま、まだあたし達バンド名も決まってないけどね」

 

実はあたしはもう既に作詞も作曲も完成させていた。

もはや天才と呼んでも過言ではあるまい。

とか思ってたんだけど、この後澄香にめちゃめちゃダメ出しされたんだよね…。

 

「あ、じゃあさ、翔子と日奈子はいけるでしょ?もっかい頭からやって澄香にどんな曲か聞いてもらおうよ」

 

「そうだな。じゃあそうすっか」

 

「うん!梓ちゃんも歌って歌詞付きで聞いてもらおう!」

 

「わぁ、聞いてみたい。私らのデビュー曲ならバシッと決めたいし」

 

そしてあたしは翔子と日奈子の顔を見て、コクリと頷いてから演奏を開始した、

 

-ドンドンドンドン!

-ギュイーン…ギュギュ…

 

「わ、かっこいい!これを梓が…。すごい、期待以上だよ」

 

-ドン、ドンドンシャン

 

『Ah~♪タカ~ラブ~♪』

 

「ブホッ!」

 

『あの日出会った夜~♪運命だと思った♪タカ~ラブユ~♪』

 

「待って待って待って!」

 

『あなたにハート(心臓)を鷲掴みにされて♪』

 

\\ラビュラビュずっきゅんラビュ♪(笑)//

 

『暗かった景色が彩って…』

 

「だから待ってって!ストップストップ!!」

 

「もう!どうしたの澄香!気持ち良く歌ってたのに!」

 

「あ?何かあたし達失敗してたか?」

 

「ぷっ…くくく…あ、あたし達何か変だった?フフフフ…」

 

あたし達が気持ち良く歌いながら演奏をしていると澄香に止められてしまったのだ。

 

「いや、日奈子めちゃ笑ってしまってるやん!てか、何なのあの歌詞!?曲がめちゃかっこよかっただけに残念が過ぎるんだけど!」

 

「え?何か変?」

 

「あ、もしかしてあたしらの演奏の音がデカすぎて、歌詞をちゃんと聞き取れなかったとか?」

 

「ぷふ…きっとちが…フフ、違うよ。あたしが緊張しちゃって、コーラスのところで笑ってしまったからだよ。ププププ…」

 

「いや、そういう問題じゃないでしょ!翔子も日奈子…いや、日奈子は変って思ってるから笑ってるのか。翔子は変と思わなかったの!?」

 

「いや、あたしは梓に付いていくだけだし」

 

「ププ…澄香ちゃん、もっかいやるから今度はちゃんと聴いてね?フヒヒ…梓ちゃん、翔子ちゃんもっかいやろ」

 

「オッケー!翔子、日奈子。じゃあAメロから…」

 

「いや、だから待ってって!私の話聞いて?お願いだから!」

 

「もう!何なの澄香!」

 

「梓?この歌詞で本当に歌うの?正気なの?

そもそもタカの事好きですって暴露しまくってる歌詞になってるやん?」

 

「フッ、さすがあたしだ。初見の澄香にまでこの歌詞がタカくんを想って書いた歌詞だと見抜かれているとは」

 

あたしは自分に作詞の才能があると奮い立っていた。

 

「見抜くも何もめちゃタカって言っちゃってるやん?

それに何でハートにルビで心臓って読ませてんの?

普通は逆でしょ?心臓を鷲掴みって猟奇的な何かなの?」

 

「えー?あ、そこはハートって歌うと曲のリズムに合わないから、心臓って歌おうかと。気持ち的にはハートだよ?」

 

「気持ち的にはって…。と、とにかくこの歌詞はダメだって。曲は良いんだからさ?もう少し歌詞を何とかしようよ」

 

「え~…あたし曲に歌詞合わせるの苦手なんだけど」

 

「澄香は何で梓のこの歌詞にダメ出ししてんだ?」

 

「プクク…あれじゃない?タカちゃんの事は澄香ちゃんも好きだから、なんかそんな感じのあれがあれなんじゃない?あー、おもしろ」

 

「まったく…んな訳ないやろ。てか、日奈子は面白がってるだけだよね?何で翔子はダメ出ししないの?梓はもっかい聞くけど正気?」

 

「お母さんとおっちゃんにも、あたしの想いを歌詞にしろって言われたし…」

 

「んー、まぁあたしも変な歌詞だとは思ってるけど、あたしはリーダーである梓が作った曲を必死で演奏するだけだしな」

 

「あたしは澄香ちゃんの言う通り面白がってるだけだよ」

 

「え!?翔子も変だと思ってたの!?そんで日奈子は面白がってるだけ!?」

 

あたしはショックだった。

翔子も日奈子も変だと思っていたのに、指摘もせずにあたしに歌わせていたのかと。

あたしはまさにピエロだったのかと…。

 

確かに今思えばあの歌詞はないわーとか、もし本当にあの歌詞でデビューしてたら黒歴史以外の何物でもないわ。とか思うけど…。

 

「いい?梓、よく聞いて」

 

「澄香はあたしの歌を聴いて?」

 

「梓、こんな歌を歌ってタカが好きってバレちゃっていいの?ライブでも歌うつもりなんだよね?」

 

「むしろそれ望むところだよね?てか、もちろんライブでも歌うよ」

 

「梓はアニメとか漫画が好きだよね?恋愛物の漫画とかってさ?男の方から女の子に告白するのが王道だよね?」

 

「いや、そんな事はないよ?最近のは女の子の方から告白する漫画も多くてね~」

 

「オッケー、わかった。ちょっと話を変えるね。

梓は昔さ?お母さんの魚座のレガリア受け継ぎたいって言ってたよね?」

 

「レガリア?……うん、ずっと忘れてたけど、お母さんとおっちゃんにレガリア戦争の話を聞いて、お母さんのレガリアはあたしが受け継ぎたいって余計に思ったよ。

…せっかく音楽が楽しいってまた思えてきたんだから、もうあんな話で聞いたような音楽の争いなんか起こさせたくない」

 

「うん、私もそう思うよ。私は当事者じゃないけど、父さんと母さんからレガリア戦争の事は聞かされた事があるから」

 

澄香のご両親はお母さん達のバンドのファンだったから、レガリア戦争の事やお母さんが歌えなくなった経緯も知っていたようで、だからあたしと澄香は幼い頃から一緒だったんだろうけど。

それで澄香はご両親からレガリアの事や、レガリア戦争の事を何度も聞かされてたみたい。

 

「レガリア?レガリア戦争?音楽の争い?何だそれ?」

 

「うーん、あたしも詳しくは知らないけど、お婆ちゃんから何となく聞かされた事あるかな?

あたしが知ってる程度なら翔子ちゃんにも教えたげるよ」

 

「おお、日奈子は知ってんのか。悪いけど聞かせてくれよ」

 

あ、これもちなみに余談なんだけどね。

日奈子のお婆ちゃん。

神社のお婆ちゃんなんだけど、ドラムを叩けるみたいでね。日奈子にドラムを教えたのは日奈子のお婆ちゃんで、元々、お母さんとおっちゃんが若い頃に音楽を教えてくれたのも日奈子のお婆ちゃんなんだってさ。

 

「そう。だからね澄香。あたしはラブアンドピースを歌おうとあの歌詞を…」

 

「あっちゃあ~…そうきたか。ラブアンドピースね…。

梓、聞いて。レガリアを受け継ぎたいんならさ。

タカへの想いじゃなくて、音楽への想いを歌った方がいいちゃう?」

 

「ハッ!?た、確かに…あたしの音楽への想いか…」

 

「そう!そうだよ梓!音楽への想いが大事だよ!」

 

「うん…そうだね。あたし…歌詞書き直す!」

 

そしてあたしはその日も机に向かう事になった。

まさか前回に続いて今回も机とにらめっこするはめになるとは…。

 

「う~ん…やけにあっさり説得出来たけど、こないだ勉強しすぎた後遺症かな?梓ってあんなにチョロかったっけ…?

って、それより翔子!日奈子!」

 

「へぇー、そんな事があったんだな。レガリアかぁ…。って澄香?どした?」

 

「でもまさか梓ちゃんのお母さんがレガリア使いだったとはね~。お婆ちゃんは知ってるのかな?どしたの澄香ちゃん」

 

「ふたりともあの歌詞はないなぁって思ってたんでしょ?何で梓にちゃんと言わへんの?」

 

「まぁ、変だとは思ってたけどな。指摘して逆ギレされて殴られたらたまったもんじゃないだろ?」

 

「あたしは面白いと思ったけどなぁ。歌詞は圧倒的に変だったけど」

 

「翔子も変だと思ったらちゃんと言わなきゃ。

エクストリームジャパンフェスで優勝したいんでしょ?」

 

「うっ…。確かに…そうだよな。あんな歌詞じゃダメだよな…。予選すら出れなそうだし…」

 

「日奈子も面白いじゃないでしょ。前のバンドのメンバーと対バンするやろ?あんな歌詞の曲を前のバンドメンバーの前で演奏するつもりだったの?」

 

「ハッ…!?そ、そうだった…。面白いだけじゃダメだよね。危なく恥をかくところだったよ…」

 

あたしの歌詞ものすごい言われようじゃない?

 

「ま、でも歌詞はともかく曲は良かったし。私もこの曲練習したいしさ。少しずつ合わせようよ」

 

「ああ、そうだな。それにしても昨日までバンドは出来ないって言ってたのに今はやけにやる気だな」

 

「うっ、うるさいなぁ…私だって音楽もベースも好きやし、バンドはずっとやりたいと思ってたって言ったやろ?///」

 

「じゃあ頭から通してみようか。澄香ちゃんが詰まっちゃったらもっかい頭からって感じで」

 

「うん、そやね。そうしよう」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「で…出来た…!完璧や!完璧過ぎる歌詞やで!まさにパーフェクトと言っても過言ではない!」

 

あたしはやっと歌詞を完成させた。

 

「ねぇ!澄香、翔子、日奈子見てよ!この歌詞!絶対文句ないはずやから!」

 

この時、まるで音楽の神様があたしに乗り移ったかのように自画自賛する程の歌詞を完成させていたのだった。

 

それなのに澄香も翔子も日奈子も聞いていないようだった。

 

「…って聞いてる?あたし歌詞完成させたんやけど?」

 

「ん?ああ、悪いな。やっと歌詞出来たのか」

 

「ごめんごめん、聞いてるよ。どんな歌詞?」

 

「ありゃ?歌詞が2つある?もしかして2曲も作ったの?」

 

「フッ、まぁね」

 

あたしはその時、歌詞を2曲分作っていたのだ。

曲も何となくでだけどリズムだけは作ってある。

まさに天才の領域のお仕事だった。

 

だけどそれよりも…。

 

「てかさ?澄香も翔子も日奈子も楽器やってなかったやん?あたしに歌詞書かせといて練習サボってたの?」

 

「ん?いや、澄香もベースやってただけあって、それなりに形になってきたからな。少し休憩がてらに…」

 

「サボってた訳ちゃうよ。私らは私らでバンド名どうしよっか?って話してたんだよ。あ、今回の歌詞はいいじゃん。なかなかかっこいい」

 

「澄香ちゃんもベース出来てたからそろそろライブもやりたいねーって。バンド名ないと色々不便でしょ?」

 

「あ、そうなんだ?バンド名か…。

ねぇ、バンド名決まったらライブやれるの?」

 

「あ?いや、そういう訳じゃないけど、段取り決めるのもバンド名決めてからのがいいだろ?ってか、こんな歌詞書けるなら最初から書いとけよ。あたしもこの歌詞いいと思うぜ」

 

「あたし達はエクストリームジャパンフェスの為にもライブ実績必要だし、BREEZEともM&Sとも対バンもしたいじゃん?ちょっと早い気もするけど、早いにこしたことないもんね」

 

「そっか。じゃあバンド名はArtemis(アルテミス)で。日にちは早い方がいいかな。それまでにもう少し曲作ってみるね。あ、せっかくだからデビューライブは関東に乗り込んでBREEZEとの対バンにしちゃう?それとも葉月ちゃん達もライブはまだやった事ないみたいだし、一緒にデビューライブしちゃう?」

 

「「「…」」」

 

「え?どしたの?あたし何か変な事言った?」

 

「梓、お前もうバンド名決めてたのかよ…。Artemisか。何かかっこいいな」

 

「へぇ、梓にしてはまともだ…。Artemis…確か神話の女神様の名前やっけ?」

 

「うん。ギリシャ神話の月の女神様の名前だね。梓ちゃんのチョイスとは思えないレベルだね」

 

「…女神?何の事?」

 

Artemisというバンド名をあたしは既に考えていた。

だけど、澄香も日奈子も神話の女神様の名前とか言っていて、何言ってんのこの人達。ってあたしは当時思っていた。

 

澄香と日奈子に女神の名前と聞かされて、ちゃんと調べたから、今はもちろんアルテミスという女神様の事は知っている。だから今となってはあたし達Artemisの名前の由来は女神様の名前から取ったという事にしている。

でも、あたしがArtemisにしようと思ったのは、女神様の名前が由来ではなかった。

 

「へぇー、女神様の名前なのか。あはは、あたしなんかがってちょっと恥ずかしいな」

 

「あはは、私も女神様ってガラちゃうけどね」

 

「あたしは女神様すら裸足で逃げ出すくらい可愛いけどね」

 

「ちょ、ちょっと待ってって。女神様って何の事?何の話?」

 

「え?違うのか?」

 

「Artemisやろ?ギリシャ神話から取ったんちゃうの?」

 

「もしかして…ねぇ、梓ちゃん、梓ちゃんは何でバンド名をArtemisにしようと思ったの?」

 

「え?Artemisってのは…」

 

あたしは翔子と澄香と日奈子にArtemisの由来を説明した。

そう、当時あたしが大好きだった漫画のヒロインから名前を取った事を…。

 

ふふ、当時は翔子には『何じゃそりゃ?』って顔をされて、澄香には『ああ、やっぱり梓は梓だな』って顔をされて、日奈子には養豚場のブタでも見るかのように冷たい目で『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』って感じの顔をされた。

 

ふふふ。それが今となっては、目の前のなっちゃんにめちゃくちゃ複雑そうな顔をされている。

ふふ、泣きそうになってきた。

 

 

「まぁ、私もこの歌詞はいいと思うし、関東殴り込みってのは行き過ぎだけど、BREEZEかM&Sと対バンでデビューライブってのはいいかもね」

 

「そうだな。あたしらもバンドっても右も左もわからないんだし、ワンマンよりはそっちの方がいいか」

 

「じゃあ、葉月ちゃん達にはあたしから声掛けてみるよ。BREEZEの方は誰かにお願いしていい?確かBREEZEってホームページ作ってたよね?」

 

そうなのだ。

今はさすがに閉鎖しちゃってるけど、当時タカくんはBREEZEのホームページを作っていた。

コンテンツも少ないし、アクセス数も少なかったみたいだけど。

さすが今はweb関係のお仕事をしているだけある。

 

「じゃあ、父さんのパソコン借りて、私からBREEZEにはアポ取ってみようか?

あ、でもライブ関係のアポとかは翔子が本来やるんやっけ?」

 

「あたしがやるのはライブハウスの調整とかそんな感じの体外的な事だし、他のバンドとのアポはやりやすいヤツがやったらいいんじゃないか?あたしパソコン持ってないし」

 

「うぅ~!早速ライブやれそうやね!ワクワクしてきた!」

 

 

それから数日後の学校からの帰り道。

あたしと澄香と翔子と日奈子の4人で帰路を辿っていた。

 

「はぁ…BREEZEまたダメやって…」

 

「えぇ~…また?」

 

澄香はあの日から早速、BREEZEとアポを取ってくれていたけど、BREEZEには断られていた。

 

まず1通目。

 

『私達、関西でバンドデビューしようと思ってるArtemisといいます。

先日の大阪でのBREEZEのライブを見てかっこいいと思いました。もしよろしければ私達のデビューライブに対バンしていただけませんか?』

 

『すみません、関西とか遠いのでそんなしょっちゅう行けません。申し訳ないですが関西で対バンは出来ません』

 

という断られ方をした。

これは確か拓斗くんからの返信だったかな?

 

そして2通目。

 

『私達、BREEZEに憧れてバンドやりたいって思ったんです。もし関西に来れないようでしたら私達が関東の方へ行かせていただきます!』

 

『いや、俺達そんな来ていただくような凄いバンドではありませんので。いやマジで申し訳ないし』

 

これはタカくんからの返信だったよ。

本当はもっと卑屈な事が書かれてたみたいだけど、はしょるね。

 

3通目。

 

『お願いします!デビューライブはBREEZEさんと一緒にしたいんです!』

 

『デビューライブを俺達とって気持ちは嬉しいですけど、う~ん…やっぱり関西に行くとか、関東に来てもらうとか…。みんなとまた話し合ってみますけど期待はしないで下さいね』

 

これはトシキくん。

 

そして今日届いたという4通目。

 

『私達ガールズバンドですけど気持ちは熱いのを持ってるつもりです!お願いします!』

 

『お、君たちガールズバンドだったのか?だったら取り敢えずメンバーの顔写真を添付し…ちょ、ま、タカ何で殴っ…あ、三咲!違うこれは違っ…』

 

英治くんからの返信だった。

何であんな内容のメールが送られてきたのか不思議だったけど、もうこの事については触れないでおこうと思った。

 

「う~ん…ダメかぁ。葉月ちゃん達もダメだったんだよね?」

 

「葉月ちゃん達M&Sはダメっていうか、曲がまだ2曲しかないから出来ないって。3曲目もあるにはあるけど、まだ練習中だからってさ」

 

「あたしらも2曲しかないしな。まだ時期尚早だったかなぁ」

 

BREEZEには断られて、M&Sはあたし達同様に曲数がない。

もう少し時間を掛けて曲を作ってからの方がいいのかな?

 

あたし達がそんな風に考えてた時…。

 

「げ、か、神崎…!」

 

「「あっ!お前は!!」」

 

あたし達の帰り道。

そこにたまたま現れたのは、翔子と敵対していたボランティアグループ堕悪粗流邪亜(ダークソルジャー)の頭だった女の子だ。

 

「お前…まだあたしの事狙ってんのか」

 

「前回は日奈子にいいとこ持ってかれちゃったけど、まだ翔子の事狙ってんなら今度はあたしがやっちゃうよ!」

 

「違っ!違うわ!たまたまじゃ!」

 

「梓…ライブが決まらんからってイライラしすぎ。やっちゃうよじゃないよ」

 

「そうだよ、翔子ちゃん、梓ちゃん。中学生相手に大人気ないよ?」

 

「「え?中学生?」」

 

ダークソルジャーの女の子はまだ中学生だった。

確かにこの日、その子は隣町の中学校の制服を着ていた。

 

考えてみたら翔子の中学の後輩ちゃん達のボランティア部の争い事だったんだから、その相手も中学生だよね…。

 

「そうや!大人気ないで!そ、それにもう日奈子さんを怒らせるような事せぇへんわ!」

 

「日奈子さん?日奈子、この子にあの後何したの?」

 

「ニコッ」

 

日奈子の笑顔が怖かった。

 

ダークソルジャーの女の子と会ったのは、たまたまだったのかと安心したあたし達は、このまま家に帰ろうと思ったけど…。

 

「ちょ!ちょいまち!」

 

ダークソルジャーの女の子に呼び止められた。

 

「あ?何やねん。やっぱりあたしに何かあんのか?」

 

「さっきそっちの子がライブ決まらんとか言ってたけど、神崎、お前らバンドやってんのか?」

 

「あ?そんなんお前に関係あらへんやろ」

 

「私の先輩がライブやりたがってて…、だから今、私はライブやりたいってバンドを探してる。

もし…お前らライブやりたいって思ってんねやったら、先輩を紹介したるけど…」

 

「あ?誰がお前の先ぱ…」

 

「「「やる!ライブやる!紹介して!」」」

 

そうしてあたし達はダークソルジャーの女の子に、ライブをやりたがっているという先輩を紹介してもらう事になった。

 

「あたしは気乗りしねぇなぁ…」

 

「もう!翔子もいい加減大人になりいや。BREEZEもM&Sもダメだったんだし、私達がライブやる為にも紹介はしてもろた方がいいでしょ」

 

「澄香の言う通りだよ。もし、あたし達と合わないようなら断ればええんやし。あたしは早くライブやりたいし」

 

「ねぇ、その先輩さんってバンドやってるの?ライブやりたがってるってどんな状況?」

 

「行けばわかる事ですが、先輩はバンドは今は無くてソロなんです。ギタボなんですけど、他は打ち込みで…」

 

「打ち込みで?てか、ギタボなら梓ちゃんと一緒か」

 

「バンドはクリムゾングループの奴らに…」

 

クリムゾン…?

今、ダークソルジャーの子はクリムゾングループと言った?

クリムゾングループって…お父さんのいる…あの?

 

あたしはダークソルジャーの女の子がクリムゾングループの名前を出してびっくりした。

 

いくらあたしが音楽から離れてたと言っても、当時はまだクリムゾンミュージックは日本に進行してきてなかったし、お父さんのいるクリムゾンエンターテイメントも他のクリムゾン関係の会社も、まだそんなに力を持っていなかったんだから、クリムゾングループの名前を聞く事なんか当時はほとんどなかった。

 

「で、でも先輩は凄いですよ!みんな知らないでしょうけど、音楽界では伝説のように語り継がれてるレガリアってのがあって、先輩はそのレガリアの使い手なんですからっ!」

 

「「「「レガリア!?」」」」

 

「え?あれ?みんなレガリア知ってる感じ?」

 

あたしはまたびっくりした。

まさかレガリアを知っている人が、あたし達以外にも居るなんてと…。そして、今からそのレガリアの使い手に会えるんだと…。

 

 

「先輩!ライブやりたいってバンド見つけてきました!」

 

「へ?麻友(まゆ)…。あんたまたそんな勝手な事を…」

 

ダークソルジャーの女の子が先輩と呼ぶ女の子。

あたし達と同い年くらいに見えた。

そしてダークソルジャーの女の子は麻友って名前なのか。と、その時初めて知った。

 

「あー、えっと、ごめんなさい。ライブやりたいってずっと言ってたのは本当なんですけど、私今バンドないから…って、」

 

その先輩は言葉を途中で止めて、澄香の方へと歩いて来た。あれ?この子どこかで会った事があるような?

 

「あ、もしかして、こないだのライブの時、タカのピックを交換してくれた…」

 

あたしは澄香の言葉にハッとした。

そうだ。確かあの時、澄香と雨宮さんとタカくんのピックを交換してくれた女の子だ。

 

「やっぱり!あの時はありがとうございました!

雨宮さんのピック、すごく大事にしてます!」

 

「いえ、私こそ。私もタカのピック、すごく大事にしてます!」

 

「あ?この子澄香の知り合いなのか?」

 

その先輩さんの名前は、桑原 加奈子(くわばら かなこ)ちゃん。

あたし達より1つ歳上の高校2年生。

 

加奈子ちゃんは天秤座のレガリア使いで、レガリアはかつて矢沢さんやお母さんと共に戦い、大神さんとレガリア戦争で戦ったお父さんから受け継いだらしい。

 

そして、中学生になった頃に友達と姫帝(キテイ)というバンドを組んで、先日、クリムゾングループの会社のひとつであるクリムゾンマーケットという会社と戦い、勝利する事は出来たけど、他のバンドメンバーは倒れ、加奈子ちゃんは1人になってしまったらしい。

 

クリムゾンマーケットって聞いたことすらないとはいえ、そんな会社に打ち勝つとはさすがレガリア使いだと思ったけど、これって音楽の話だよね?倒れてしまったって何?

 

「そっか。澄香ちゃん達はあの日BREEZEを聴いて、バンドやろうと思ったんだ?そして目標はエクストリームジャパンフェスか。すごいね」

 

「そ、そんな事ないですよ…!それよりクリムゾンの事とか…それでもソロで音楽頑張ってるって…さすがレガリア使いっていうか何というか…」

 

「そんな大した事ないよ。それに…私が音楽辞めちゃったら、それこそクリムゾンとの戦いで倒れたメンバー達に悪いしね。それに私も音楽好きだし、今もまだ雨宮さんといつか対バンしてみたいなって思ってるし」

 

加奈子ちゃんはいつか雨宮さんと対バンするのが夢だったみたいでね。

加奈子ちゃんはこれからだいぶ後の事だけど、その夢は叶える事が出来たんだよ。

 

「Artemisってさ、曲ってどれくらいあるの?」

 

「あ、あたし達はまだ2曲しかなくて…」

 

「2曲かぁ…。私もライブしたいし、Artemisのみんなもライブしたいって思ってるなら、ちょうどいいと思ったけど、さすがに曲が少ないかなぁ…」

 

「あ?加奈子さん、あんたも曲数あんまりないんすか?」

 

「ううん、さすがに私はあるけど、お客様に来てもらうんだから10曲くらいはやりたいじゃない?Artemisが2曲で私が8曲とかになったら、せっかくのデビューライブなのにArtemisはゲストみたいになっちゃうやん?」

 

「あ、そっか…」

 

「んん!ねぇねぇ、だったらM&Sに声掛けようよ。葉月ちゃん達は練習中らしいけど3曲あるから、梓ちゃんがライブまでにもう1曲作っちゃえば、3曲ずつで9曲になるじゃん」

 

「お、Artemisは他にも声掛けれるバンドさんがいるんだね。9曲ならまだいいかな。梓ちゃん出来そう?」

 

日奈子と加奈子ちゃんからとんでもない無茶振りが来たけど、あたしはライブをやれるという気持ちで、気が大きくなっていた。

 

「うん、全然出来るよ。でも9曲じゃお客さん達も満足しないかもしれない。あたし、ライブまでに2曲作る!葉月ちゃん達にも4曲作ってもらったら、ほら!3バンドで12曲!!」

 

「梓本気…?」

 

「え?梓ちゃん本当に出来るの?まぁ、ライブの日程を延ばせば出来そうだけど…」

 

「あ、そだ。忘れてた」

 

あたしはひとつ大事な事を忘れていた。

バンドを始めた時、デビューライブは…

 

「あの、加奈子ちゃん。デビューライブはこないだのBREEZEのライブ観たあのライブハウスでやりたいんやけど…ええかな?」

 

デビューライブは氷川さん達がライブをしたあのライブハウスでしたいと思っていた。

あ、別にBREEZEと出会った場所だからとかそんなんじゃないよ。

 

あのライブハウスは、あたしがまた音楽を好きになった場所だから、バンドをやりたいと思った場所だから、そこからスタートしたいって思っていたの。

 

「あそこか…。あそこは前に私もやったことあるし、いいと思うよ」

 

「良かったぁ~♪」

 

「じゃあ私からライブハウスに連絡して、みんなに連絡するの」

 

「あ、加奈子さん、待ってくれ」

 

「どうしたの?翔子ちゃん」

 

「Artemisのライブハウスとの調整とかさ。あたしがやる事になってんすけど、今は右も左もわかんなくて…。良かったらあたしに色々教えてもらえないですか?」

 

「あ、そうなんだ?じゃあ一緒にやろっか。ライブハウスに寄って違うシステムのところもあるけど、大体基本的なところは一緒だし、色々教えてあげるよ」

 

「おぉ~!ありがとうございます!」

 

「梓ちゃん、加奈子ちゃん!M&Sもオッケーだって!」

 

日奈子はあたし達が話している間にM&Sと連絡を取っていた。

葉月ちゃん達、旧M&Sに言っても4曲は無理とか言いそうだったからと、陽子ちゃんに連絡したらしい。日奈子グッジョブ。

 

 

それから2日後。

 

「梓、澄香、日奈子!」

 

「ん?どしたん?」

 

「ライブの日程決まったぜ!2週間後の土曜日!その日なら大丈夫そうなんだよ」

 

「2週間後!?な、何か長いような短いような…。梓、曲の方は大丈夫?」

 

「ふっふっふ、余裕。既に3曲目が完成間近なところまで出来ている。後ちょっと調整したら、おっちゃんに譜面におこしてもらって、みんなに渡すよ」

 

当時はまだみんな分の譜面を作るスキルはなかった。

 

「葉月ちゃん達にも伝えたよ!」

 

日奈子は仕事が早かった。

 

ともあれ、2週間後の土曜日には、とうとうあたし達のデビューライブ。

あたしは楽しみとワクワクでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

あたしは早く曲を完成させようと颯爽と帰宅した。

この日は澄香はバイトで、日奈子は生徒会のお仕事。

翔子は加奈子ちゃんとライブハウスに行っていた。

 

-シ~ン

 

「あれ?お母さん?ただいま~って~」

 

-シ~ン

 

「寝てるのかな?珍しい。

いつもこの時間なら時代劇の再放送とか観とるはずやのに」

 

あたしのただいまという言葉に、お母さんからのおかえりという返事はなかった。

 

お母さんは昔に病気になってからどんどん悪化し、今では1日のほとんどを布団の中で過ごすようになっていた。

…たまに起き上がってダンスしたり、吐血したり、出来もしない料理をしたりしていたけど…。

 

あたしはお母さんがちゃんと寝ているか確認する為にお母さんの部屋の襖を開けた。

 

「あれ?居ない?……あ、もしかして今日って病院の日やったかな?」

 

お母さんは定期的に病院に通い、薬を貰っている。

病院には1人では行けないから、いつもなっちゃんちのおっちゃんに連れて行ってもらっていた。

だから定期的とは言っても、おっちゃんの時間のある日に限定されていた。

 

「あー、最近はバンドの練習とか曲作りばっかりで、お母さんの病院の日把握してなかったなぁ」

 

部屋にお母さんが居なかったから、あたしはお母さんは病院に行ったものだと思い込んでいた。

 

「あ、それより曲作らなきゃ!」

 

あたしは曲作りをしようと、あたしの部屋に入った。

 

「お母さん!!?」

 

病院に行っていると思っていたお母さんは、あたしの部屋で血を吐いて倒れいた。

 

「お母さん!お母さん!!」

 

お母さんから返事はなかった。

だけど、かすかに呼吸音はしていた。

 

「お母さん…いや、救急車…救急車呼ばな…」

 

あたしは携帯を取り出し、急いで救急車を呼んだ。

 

「お母さん…嫌やで…あたしをひとりにせんとってや?」

 

あたしは泣きそうになるのを必死に堪えていた。

今泣いてしまったら…何か全部終わってしまいそうな気がしたから。

そして、なっちゃんに『涙はここぞという時の女の武器』だと教えた手前、あたしは涙を流す訳にはいかなかった。

 

「お母さん…そういや何であたしの部屋に…?」

 

あたしは不思議に思い、あたしの部屋を落ち着いて見渡してみた。

 

「なっ!?何で!?」

 

あたしは驚いた。

むしろ驚愕した。

 

だって、あたしの部屋のテレビで、あたしがいつもこっそりやっている乙女ゲーがプレイ中になっていたからだ。

 

そして、主人公の名前。

あたしは改名出来るゲームは『あずさ』という名前でプレイしている。

だけど、プレイ中のゲームの主人公の名前は『はるな』になっていた。

 

お母さんが…まさか…。

このゲームはレトロでセーブデータは1つまでしか保存出来ない!

あたしの…あたしのゲームデータはどうなった!?と思ったけど、冷静に考えたら救急車が到着して、救急隊員の人がこの部屋に入ってきたら大変な事になる。今はセーブデータの事を考えている場合じゃない…。

 

あたしは急いでゲームの電源を切り、別の意味で流れそうになる涙を堪えていた。



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第45話 雨の中のライブ

「だから大丈夫やって~。ただの過労やってさw」

 

「いやいやいや、wじゃないでしょ。wじゃ。血を吐いて倒れて意識失くしとったやん…」

 

「遙那が血を吐くのは日常茶飯事やったとしても、意識失うのは初めてやろ。そりゃ梓も心配するやろ」

 

「いやー。梓がバンドで忙しいからさ。お母さんも梓の力になろうと思って、梓が攻略してないゲームをお母さんがクリアしといたろと思ったんやけど、うっかりハマって長時間プレイし過ぎたし、攻略対象キャラがあまりにも尊くて意識飛んじゃったよ」

 

「いやいやいや、あたしのゲームはあたしがクリアするし。めちゃくちゃ余計な事やん!?」

 

あたしは木原 梓。

血を吐いて倒れているお母さんを見つけ、急いで救急車を呼んで病院に運んでもらった。

 

お母さんが医者に診てもらっている間、パニックになっていたあたしは、なっちゃんちのおっちゃんを呼び出していた。

お母さんの治療は終わったけど、お母さんはこのまま入院する事になった。

今はあたしとお母さんとおっちゃんの3人で、お母さんが入院する病室に居た。

 

「ま、ただの過労で良かったわな。俺も一安心や」

 

「おっちゃん…お母さん…本当に過労なの?」

 

「あ?入院の手続きをお前に代わってやってやった時に先生がそう言ったからそうとちゃうんか?」

 

「そっか…良かった…」

 

「だから大丈夫言うてるやん。またゲーム途中やし、早く続きやりたいからすぐ退院するよ」

 

「だから、ゲームはしなくていいから…」

 

「ほんま退院しても大人しくしとけよ、お前は…」

 

そんな話をしていると、おっちゃんにおっちゃんの嫁である明子さんからメールが届いた。

どうやらあたしを車で迎えに来てくれたらしい。

 

「って訳で病院の玄関で明子と渚が待っててくれとるからお前は帰れ」

 

「なんやて!?なっちゃんがあたしをお迎えに!?なんて…なんて可愛いんやろか…って、明子さん来てくれたのにおっちゃんは一緒に帰らへんの?」

 

「帰りたくても帰られへんねん。まだ手続きがいくつか残っとるからな。だから梓だけ先に帰らせたろと思って、明子を迎えに呼んだんや」

 

「あ、そうだったんだ…」

 

「梓、入院中悪いけど家の事お願いね。あと、バンドもちゃんと頑張るんやで」

 

「わかってるって…。んじゃ、明子さんとなっちゃんをお待たせしすぎても悪いし、あたしは帰るな。また明日も来るから」

 

あたしは急いで病室を出ようとして、ふと思い出した事があったので、またお母さん達に声を掛けた。

 

「そやそや。あたしらのデビューライブ。2週間後の土曜日に決まったからさ。お母さんとおっちゃんにも観てもらいたいし、それまでに退院してな。おやすみ!」

 

あたしはそれだけを言って、明子さんとなっちゃんの待つ病院の玄関へと向かった。

 

 

------------------------------------------

 

「ごめんね、龍ちゃん」

 

「…何がや?」

 

「梓に嘘つかせて…」

 

「…それぐらい何でもないわ。それよりほんまに梓に言わんで良かったんか?」

 

「うん…今あの娘はやっと音楽を好きになれて、バンドを頑張ろうとしてる。どうにもならない事やし余計な事は考えさせたくない」

 

「そう…か…」

 

「でも2週間後にデビューライブか。…多分行かれへんやろなぁ」

 

「……」

 

「まだいっぱいやりたい事とか見たい事あったんやけどね。梓のウェディングドレス姿も見たかったし、孫も見たかったし…。それから他にもさ…。あ、氷川くんが大神くんのレガリアを託したタカくんって子にも会ってみたかったな」

 

「……グスッ」

 

「あと数ヶ月じゃ…無理やろうね…」

 

------------------------------------------

 

 

その次の日からあたしは毎日お母さんのお見舞いに行った。

お母さんは大丈夫だと言っていたけど、あたし自身がお母さんに会いに行きたかったから。

 

その時にはお医者様には、お母さんはもう長くないと言われていたらしい。

お母さんはまだ元気そうだったし、あたしはそんなの全然知らなかったけど、なんとなくお見舞いに行かない日を作りたくなかった。

 

もちろん、ライブに向けて練習も必死に頑張っていたし、あたし達の曲、4曲目も完成させていた。

 

そしてデビューライブまで残り6日となった日曜日のこと。

あたしは澄香と翔子と日奈子を連れて、お母さんのお見舞いに来ていた。

 

「みんなありがとうね。バンドの練習もあるやろうに、わざわざお見舞いに来てもらって」

 

「うぅ~…お母さんの退院…デビューライブまでに間に合わなかったか…」

 

「私もおばさんには小さい頃からベース見てもらってたし、デビューライブには来て欲しかったですけど、残念です。でもこれからもライブはやっていくんで、退院したら是非!」

 

「澄香ちゃんもありがとう。退院したら行かせてもらうね」

 

「お、なんや。梓だけやなくて澄香も翔子も日奈子も来とるんか」

 

「お、師匠。お疲れ様です。今日はお仕事サボりですか?」

 

「いや、今日は日曜日やしな。普通に休みやし」

 

あたし達がお見舞いに来ている時に、たまたまおっちゃんもお見舞いに来た。

 

「おっちゃんが来たならちょうどいいね。おっちゃん、あたし達を車で楽器屋まで送ってよ」

 

「あん?楽器屋」

 

「うん、お母さんのお見舞い終わったらみんなで行こうと思ってたんだけど、あたしも翔子もそろそろ自分のギター買おうと思って」

 

「は!?ライブは次の土曜日やろ!?お前らまだギター買ってなかったんか!?」

 

「そうなんだよね。ぷんぷん。

あたしなんてArtemisの為にドラムも新調したのにさ。FXで儲かったし」

 

「私も自分のベースあったんだけど、父さんと母さんがバンドやるなら新調しろってうるさくてさ。まぁ、お金はありがたい事に父さんが出してくれたんだけど…」

 

「澄香も日奈子も新調したのに、あたしと梓だけ師匠の借り物ギターってのも…。大したギター買えないでしょうけど…」

 

「あたしはお金はないけど、カードがあるから大丈夫!」

 

「え?待って梓。それお母さんのカード…」

 

「なるほどな。そういう事なら連れてったるけど、梓もカードの力でいいギター買えそうやのに、翔子だけしょぼいギターってのは可哀想やな」

 

「うぅ、言わないで下さいよ、師匠…」

 

「待って龍ちゃん。梓はいいギター買えそうって何?あれ私のカードなんやけど」

 

「よし!翔子は俺の唯一のギターの弟子やしな。翔子のギターは師匠から弟子へのプレゼントって事で俺が買ってやる!」

 

「え!?いいんすか!?いや、でもさすがに申し訳ないですよ!」

 

「翔子だけズルい!ってか、唯一のギターの弟子って、あたしもおっちゃんのギターの弟子やん!」

 

「待って龍ちゃん。龍ちゃんが翔子ちゃんにギター買ってあげるとか、梓に私のカード使うなってめちゃくちゃ言いづらくなるやん」

 

「そうと決まれば行くでお前ら!俺に着いて来い!」

 

「「「「おー!」」」」

 

そうしてあたし達は楽器屋へと向かった。

 

「私の…カード…」

 

 

「翔子はリードギターやし高音域に強くてソロもしやすいストラトがええやろ。これとかどうや?」

 

「これすか?う~ん、あたしにはちょっと軽いような…」

 

-ギュインギュインキィン

 

「音は確かにいいすね。でもなぁ…あたしに使いこなせるかな?」

 

「軽くて持ちやすいからネックの根元部分も弾きやすいやろ?」

 

「あ、ほんまや。あんま引っ掛からんとスムーズで弾きやすい」

 

「軽さには馴れてけばええし、ギターソロもやるならパフォーマンスも大事やしな。カラーは適当でええから、その辺のストラトから選び」

 

「はい!そうします!あ、師匠、これとかどうすか?」

 

「おっちゃんおっちゃん、あたしはどんなんがええかな?」

 

「あん?好きなんでええんちゃう?あ、翔子、それはな…」

 

おっちゃんは翔子に付きっきりであたしにはアドバイスすらしてくれず、あたしは路頭に迷っていた。

 

「うぅ、おっちゃんのアホめ…」

 

「まぁ、ギターは翔子ちゃんがメインだしね。梓ちゃんは適当にデザインとか好きなので選んだらいいんじゃない?」

 

あたしがギター売り場をうろうろしていると、いつの間にか変形ギターのコーナーに辿り着いていた。

 

「へ、変形ギターか…。かっこいいのも多いけど、後で後悔しそうやしなぁ…」

 

そんな事を思いながらも一応一通り見ていると…。

 

「これ…星の形…?」

 

あたしはヘッドがレスポールタイプで、星の形をしたランダムスターを手に取ってみた。

なっちゃんが今使ってくれてるギターだね。

 

そういえば美来ちゃんもランダムスターのギターで演奏してるらしいけど、ヘッドの部分はあたしのと違ってナイフヘッドにしてるって言ってたっけ?

あたしは尖ってるんだぜってアピールかな?

 

「ん?梓はそれにすんの?確かランダムスターやっけ?」

 

「ランダムスター?澄香はこのギター知ってんの?」

 

「ほう、ランダムスターか」

 

「おっちゃん?」

 

「梓にしてはええギター選んだやんけ。翔子の選んだギターと違って低音域に強いし、派手なピッキングもしやすいボディーになっとるしな」

 

「へぇ…そんなにいいギターなんだ?」

 

「デザインもいいんじゃない?変形ギターだから他と被りにくいし、梓ちゃんにはスターになって欲しいしね」

 

「あたしが…スターに…。うん、これにする。あたしのギターはこのランダムスターにする!」

 

そうしてあたしと翔子は自分のギターを手に入れ、とうとうデビューライブの日がやってきた。

 

 

「うぅ、緊張する…私もっかいトイレ行ってくる」

 

「日登美ちゃんまたおトイレ?」

 

「じゃあ私が場を盛り上げて、次にM&S、そしてトリがArtemisで。予定通りこの順番でいい?」

 

「うん、大丈夫。みんなも大丈夫だよね?」

 

「姫帝の次とかめちゃプレッシャーやし、Artemisの前に失敗しちゃったらどうしよう…」

 

「葉月は心配性やなぁ。失敗もまたええ思い出になるって」

 

「さすがにお客さんはまちまちだね。いつかこのライブハウスもいっぱいにしたいよね」

 

もう少しで開演時間。

あたし達は緊張しながら思い思いに喋っていた。

 

「よし、時間かな。じゃあ1番手行ってくるね」

 

加奈子ちゃんはそう言ってギターを肩から掛けて、左手に綺麗な宝石の付いたバングルを着けた。

 

「加奈子ちゃん?そのバングルは?何か綺麗な宝石だね」

 

普段は他人のアクセサリーなんか気にしないんだけど、そのバングルだけは妙に気になったので、加奈子ちゃんに聞いてみた。

 

「あ、これ?これはレガリア。天秤座の宝玉だよ」

 

「レガリア!?」

 

そう言って加奈子ちゃんはステージへと向かった。

 

「あれがレガリア…」

 

「初めて見たよ…」

 

M&Sのみんなにはちんぷんかんぷんだったみたいだけど、あたし達Artemisにとっては初めて見るレガリアに感動していた。

 

そして加奈子ちゃんの…初めてのソロになってからのライブが始まった。

 

いつもの印象と違って力強い存在感のある歌声だった。

まるで1人で歌っているんじゃないみたいなサウンドに、会場もあたし達ものみこまれていた。

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

「ありがとうございましたー!次は今日デビューライブのM&Sです!みんなこの後も盛り上がって下さーい」

 

ステージ上でそう言った加奈子ちゃんは、ステージ袖へと戻ってきた。

 

「うーん…!疲れたけど楽しかったぁ~」

 

「つ、次は私達だ…」

 

「葉月も落ち付きいゃ。なるようにしかならへんねんから今の精一杯をやろうや」

 

「日登美、ごめん、私お腹痛くなってきた…トイレ行っていい?」

 

「え!?今から!?ちょ、もうスタッフさんが私らの機材出してくれてのに…!」

 

加奈子ちゃんのライブが終わり、M&Sのみんなはワチャワチャとしていた。

 

M&Sの演奏をリハで観た時、、あたし達とは違ったジャズではあったけど、すごく繊細なリズムですごい演奏だと思った。

日奈子もこう言っていた。

 

『なるほどね~。あたしがいない方が葉月ちゃん達には良かったかも』

 

『ちょ、日奈子。そんなネガティブな発言は…』

 

『違うよ、梓ちゃん。ネガティブな気持ちで言ってない。

あたしはM&Sの時も楽しかったけど、今のArtemisはすっっっごく楽しいし、あたしがわざと無茶なリズムを刻んでも翔子ちゃんも澄香ちゃんもしっかり着いてきてくれるしさ』

 

『あ?いつも無茶しやがってって思ってたけど、お前アレわざとだったのかよ!』

 

『私も翔子も必死だったっての…。でも結果いい曲調にはなってるからええけど…』

 

『あたしもM&Sの時は葉月ちゃん達に合わせなきゃってのもあったし、葉月ちゃん達もあたしに合わせるのに必死だったんだと思う。でも、今の葉月ちゃん達はのびのびと演奏してる。なんかね、それって寂しい事なのかも知れないけどさ。今、あたしは嬉しいんだよ』

 

『『『日奈子…』』』

 

あたし達はM&Sのリハを観てそんな話をしていたんだけど…。

 

「う…うぅ…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

M&Sのライブが終了して、舞台袖に戻って来た日登美ちゃんは泣き出してしまった。

 

3曲目の途中でベースの日登美ちゃんは失敗してしまい、その失敗がこたえたのか3曲目はそのままボロボロの演奏になってしまった。

 

なんとか4曲目には持ち直して、失敗する事なく終わる事は出来たけど、日登美ちゃんの失敗で3曲目がダメになってしまった事を悔やんでいた。

 

葉月ちゃん達は何とか慰めようとしていたけど、スタッフさんが機材の入れ替えを完了させてくれたら、次はあたし達の番だ。

あたし達も緊張していたのもあったし、当事者じゃないあたし達は日登美ちゃんに何も声を掛ける事が出来なかった。

 

「私、情けないよ…みんなでいっぱい練習したのに…日奈子と約束もしたのに…私…バンド辞めた方が…」

 

「「「日登美!?」」」

 

日登美ちゃんは自分の情けなさにバンドを辞めようとしていた。だけど、そんな時に…。

 

「「本当に情けないね」」

 

日奈子と加奈子ちゃんが同時に日登美ちゃんに声を掛けた。

 

「ちょっと!日奈子!そんな言い方…!」

 

「加奈子さんも情けないってのは言い過ぎじゃないですか?」

 

葉月ちゃん達はそんな日奈子と加奈子ちゃんの言葉に対して非難を送った。

だけど、2人ともそんなのはお構い無いにこう言った。

 

「だって!今泣くほど悔しいのに!ステージの上では泣かなかったじゃん!最後の曲も笑顔でやりきったじゃん!それってすごい事じゃん!」

 

「最後までしっかりやりきったやん!音楽が好きだから今、悔しいって泣いてんでしょ!?そんな好きな音楽なのに!今、辞めちゃったら全体後悔するやん!」

 

「グスッ…日奈子…加奈子さん…」

 

「あたしはそんな日登美ちゃんはすごいと思う。全然情けなくなんかない!そんなすごい事をやり遂げたのに、今辞めちゃう方が情けないじゃん!」

 

「私も失敗した事いっぱいあるよ。歌詞を間違える事もあれば、ふっつーにコード押さえきれなくて音がちゃんと出せなかったりとかさ。失敗はみんないつかは経験するよ。日登美ちゃんは今日がたまたまそうだっただけ。次のライブでまたリベンジしたらいいやん。音楽が好きならさ」

 

日奈子と加奈子ちゃんがそう言って、日登美ちゃんは『うん…本当はまたリベンジしたい。葉月達がいいなら…私もまだバンド続けたい。次は失敗しないように…』そう言ってバンドを辞める事を撤回してくれた。

 

その時の日奈子と加奈子ちゃんの言葉は、あたしにも重く乗っかってきた。

 

あたしも失敗するかも知れない。

でも、ステージでは最後まで笑顔でいよう。

あたしも…今は音楽が好きだから。

 

あたしは改めてそう思い、ステージに立った。

 

まだステージは暗かったけど会場は明るいから、お客様達の顔がよくわかる。

そして、会場に居た時には気付かなかったけど、ステージから見る会場はすごく広く感じた。

 

ここがBREEZEのTAKAが…。

ううん、多くのバンドマン達が見た景色なんだ…。

 

あたしは柄にもなく緊張してきた。

軽く深呼吸して呼吸を整え、澄香達も緊張しているだろうと心配して、澄香と翔子と日奈子に目をやった。

 

…3人共全然緊張してる気配がない。何で?

緊張どころかめちゃ落ち着いてて、いつでも演奏出来ますよ。って顔をしている。

日奈子に至ってはくるくると軽快にドラムスティックを回していた。

 

あたしだけ緊張してるのも何か恥ずかしくなって、逆に緊張もほどけた程だった。

 

-パッ

 

あたしがそんな事を考えていると、ステージにライトが当てられて一気にステージが明るくなった。

 

ここからがあたし達のハジマリだ。

 

「いっくよぉ~!Artemisぅぅぅ!!」

 

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

 

「そうしてあたし達のデビューライブは終わった」

 

「え?」

 

「そしてそれからの日々も…」

 

「梓お姉ちゃん!待って!ちょっと待って!」

 

「ん?どしたの、なっちゃん?」

 

読者のみんなも既に忘れているかも知れないが、これはあたしがなっちゃんに昔の事をお話してあげているお話なのである。

 

あたしがデビューライブを終えたところまで話終えると、ずっとビールを飲みながらあたしの話を聞いていたなっちゃんがあたしにストップをかけてきた。

 

「何か変なところあった?」

 

「いや、変なところあった?っていうか、変なところだらけだったんだけど、やっとまともにライブのお話だって思ってたのに、デビューライブのお話はもう終わっちゃうの?」

 

「……えっと、普通に大成功して普通に終わったし?特にお話して聞かせるような面白い事は…」

 

「正直さ?どうでもいいような所とかいっぱいあったし、めちゃ長かったけど、やっとデビューライブだよ?もっと色々あるでしょ!?」

 

どうでもいいような所?

はて?今までの話に、はしょってもいいような所あったかな?

デビューライブは滞りなく終わっちゃったから何も話すような面白い事もなかったし…。

 

「あっ!そういえば!」

 

「何か思い出した!?」

 

「ライブ終わった後、みんなでステージで挨拶した時、あたしだけピック投げしたら、みんなに『え?お前マジ?デビューライブで何やってんの?』って顔されちゃって恥ずかしかったなぁ~」

 

「そういうのがどうでもいい所だよ!?」

 

「う~ん…まぁ続き話しちゃうね」

 

「え?あ…あぁ、うん、はい」

 

「それからあたし達はエクストリームジャパンフェスの為にも、いつかBREEZEと対バンする為にも、曲もちょっとずつ増やしてライブもたくさんしてね。M&Sや

加奈子ちゃん以外のバンドとも仲良くなったりしてね」

 

「そうそう!そういうお話だよ梓お姉ちゃん!」

 

「まぁ、たまに失敗したりもしたけど、滞りなくなくバンドライフは順調だったよ。夏休みには1週間毎日ライブってのもやったりしてね」

 

「1週間毎日ライブ!?すご…!それでそれで?」

 

「まぁそれも滞りなく終わっちゃって」

 

「おうふ…」

 

「それでもBREEZEには対バンを断られ続けてて、夏休みももう終わっちゃうって時だった」

 

 

 

 

お母さんの体調が悪化し、呼吸器を付けて、起き上がる事も出来なくなっていた。

 

「お母さん…」

 

呼び掛けてもお母さんは何も応える事はなく、静かに眠るだけ。たまに目を覚ます時もあるけど、少し話をしたらまた眠る。それだけしか出来なくなっていた。

 

「梓…」

 

「あ、澄香。どうだった?」

 

「え?どうだったって?何が?」

 

「もう。BREEZEからの対バンの返事だよ」

 

「BREEZEとの対バンって…。ごめん、ここ何日かは連絡してない」

 

「そっか。次のライブはいつだっけ?」

 

「次のライブって…」

 

「いつ?」

 

「まだ決まってない。夏休みずっとライブばっかりやったやん。少し…休憩しよ」

 

「そっか。確かに毎日バンドやライブばっかりやったもんね。たまには休憩も必要だよね」

 

「…しばらくおばさんと一緒におり。私は明日も来るから」

 

「うん、そうする。ありがとね、澄香」

 

お母さんの病状が悪化してから、これまでの事が嘘だったかのように、あたし達はバンドの練習もライブもやる事はなかった。

 

澄香も翔子も日奈子も、きっと気遣ってくれていたんだろうね。

 

「あ…ずさ?」

 

「お母さん!?」

 

「今日…は…ライブは?」

 

「うん、今日はライブは無いんよ。夏休みずっとライブやってたしな。みんな宿題もあるし、今は音楽より学生の本分やw」

 

「だ…ぶりゅ…って…あず…さは…宿題…」

 

「何言ってんのお母さん、あたしが宿題なんかやるわけないやんか(ニコッ」

 

「何…いいえが…おで…」

 

「お母さん?」

 

「…」

 

「お母さん…」

 

「…」

 

「何で…いつもみたいに怒ってよ…。ちゃんと宿題しろって…」

 

お母さんとゆっくり会話をする事も出来ず、お母さんが寝た事を確認したあたしは家に戻り、1人でギターを弾いていた。

 

-ポロン

 

「お母さん…ライブ来てくれるって、楽しみにしてるって言ってくれてたのに」

 

-ポロン

 

「バンドばっかり…音楽やってたから、お母さんとゆっくり話す時間もなくなって…」

 

-ポロン

 

「ううん、違う。音楽のせいじゃない。あたしがあたしだったからだ。音楽やってなくてもゆっくり話なんて…」

 

-ポロン

 

「それも違うか…。音楽をやったからだ。音楽を始めたから、バンドを始めたから、中学ん頃よりずっとお母さんとお話する事が出来た。音楽のおかげで、またいっぱいお母さんと話せたんだ…」

 

-ポロン

 

「お母さんに…あたしの、あたし達Artemisの歌…聴いて欲しいよ」

 

グスッ…

 

「決めた。お母さんにあたし達の歌を届ける!」

 

次の日、あたしは病院に行く前に澄香と翔子と日奈子をあたしの家に呼んだ。

 

「は?ライブやる?」

 

「何言ってんの梓。今は…おばさんと一緒に居た方が…」

 

「あたしもそう思うよ。今はちょっとバンドはお休みしようよ」

 

「違うの…!みんな聞いて!」

 

 

 

 

「梓…お前、本気か?」

 

「怒られるだけじゃすまないよ、それ」

 

「梓ちゃんはもっと利口だと思ってたんだけどな」

 

「あかん…かな?そうだよね。さすがに無茶だよね…」

 

「でも面白そうだよな。あたしは賛成だ!」

 

「私もおばさんにはArtemisの曲聴いてもらいたいし賛成。怒られたらみんなで謝ろ」

 

「ふひひ、やっぱ梓ちゃんは…Artemisは楽しいよね。あたしは大賛成!さっそく今日やっちゃおー!」

 

「日奈子…今日って…。

今日は雨やし準備もいるし、また後日の方が…」

 

「何言ってんだよ、梓。こういう事は早い方がいいって」

 

「私もそう思うよ。今から行こ、梓」

 

「雨の中でライブとか超かっこいいじゃん」

 

「みんな…ありがとう…!」

 

あたしはどうしてもArtemisの曲を、あたし達の音楽をお母さんに聴いてもらいたかった。

だから、澄香達にお母さんの病室に向けてライブがしたいと伝えたのだ。

 

そしてあたし達は病院へと向かった。

 

病院の前で…お母さんの病室が見える所で演奏を…。

Artemisのライブをやる為に。

 

 

 

 

あたし達は病院に到着し、お母さんの病室が見える裏庭でライブの準備を始めた。

 

「ぶわっ…雨風が強くなってきたな…」

 

「梓、いい?本気で歌わないとおばさんに届かないよ?」

 

「あはははは、嵐だ嵐だ。みんなは絶対真似しちゃダメだよ?」

 

「うん、わかってる。もう2度とやるチャンスもないだろうし、あたしは思いっきり歌う!みんな準備もセトリもオッケー?」

 

「ああ、あたしは準備オッケーだ」

 

「私も大丈夫。警備員さんとか来たら演奏止められるかもやし、最初っから飛ばしていくよ!」

 

「あたしも準備オッケー!いつでもいけるよ梓ちゃん!」

 

みんな準備が整いあたし達は今やれる最高のライブをここでやる。

でも、今思い返してみると、あの時日奈子はどうやってドラムを準備したんだろう?

 

「いくよ、お母さん」

 

あたしは思いっきり息を吸って出せるだけの声で…。

 

「いっくよぉ~!!!Artemisぅぅぅ!!!!」

 

いつもの掛け声を叫んで演奏を始めた。

 

 

 

----------------------------------------------

 

「あず…さ…?」

 

「遙那?起きたんか?」

 

「梓の…声が…聴こえる…」

 

「あ?夢でも見たんか?梓は今日はまだ来とらへんぞ」

 

「歌…りゅ…ちゃん…窓開けて…」

 

「やめとけやめとけ。今日は雨風強いしな。窓は開けん方がええよ」

 

「りゅ…ちゃ…おね…がい…」

 

「ハァ…しゃーないな。ちょっとだけやで?」

 

-ガチャ

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

「なっ!?あいつら…この雨の中何やっとんねん…」

 

「聴こ…える…これが梓の…Artemisの…」

 

「あいつら…遙那に聴かせる為に…って…」

 

「ごめん…龍ちゃん…」

 

「おまっ!お前何を起き上がっとるねん…!寝とかんとあかんやろが!!」

 

「こんな凄…い音楽…聴いて…寝…られへん…よ」

 

「遙那…。見えるか?あれが梓のバンドや」

 

「ええ曲…やね。梓の…歌も…翔子ちゃ…ギターも、澄香ちゃんのベー…日奈…ちゃ…ドラム…も」

 

「そうやな。ええ音楽や。

まだまだ荒々しい所もあるけどな」

 

「ふふ…きびし…なぁ…龍ちゃ…んは…。

りゅ…ちゃん…お願いが…あ…るの…」

 

「あん?お願い?」

 

----------------------------------------------

 

「ハァ…ハァ…、翔子、澄香、日奈子!もう1曲いける!?ハァ…ハァ…」

 

「誰に言ってんだ!全然余裕だよ!」

 

「雨が更に強くなってきた…。梓!次はもっと全力でやるよ!私の音も雨の音に負けんようにせんと…」

 

あたし達は警備員さん達にバレる事なく、4曲の演奏を終えた。

この時はお母さんにあたし達の歌が届いているのかわからなかったけど、あたし達は限界までやりきるつもりでいた。

 

「よし!梓ちゃん、翔子ちゃん、澄香ちゃん!次は新曲いっちゃおう新曲!」

 

「は!?日奈子何を言ってんの新曲って…」

 

「オッケー、あたしは大丈夫だ!」

 

「私も大丈夫!梓!

梓がノートに走り書きしてた『Mother(マザー)』って曲!あれやるよ!」

 

「えぇぇぇぇ!?アレ見たの!?ってか、アレはArtemisの曲ってつもりで書いた曲ちゃうし!」

 

「そうじゃなくてもやるよ梓!私達、曲はちゃんとやれるようになってるから」

 

「いつの間に!?」

 

お母さんが悪化して、もう永くないかも知れないと思った時、お母さんを想って書いた曲。

あれはArtemisの曲としてじゃなく、いつかお母さんが元気になったら聴いてもらおうと思っていた曲だった。

 

それなのに澄香達はその曲を演奏出来るレベルまで完成させていた。譜面も自分用にしか書いてなかったのに…。

 

「梓!お前、歌詞は覚えてるか!?」

 

「も、もちろん覚えてるけど…」

 

「ならやっちゃおうよ、梓」

 

「あの曲いい曲だよ。おばちゃんに届けようよ」

 

そしてあたし達はその日しか歌う事がなかった曲を演奏した。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「あっ!コラー!お前らこんな雨の中、こんな所で何をライブやっとるんやー!」

 

「げ!?ヤバッ、警備員に見つかってしもた…。

梓!澄香!日奈子!逃げるぞ…ってあれ?」

 

あたしと澄香と日奈子は警備員に見つかってしまったのでこれはヤバいと思ってそそくさと逃げ出していた。

 

「いや!待てよ!逃げるならあたしにも声掛けろよ!

何でもうあんな所まで逃げてんだよ!日奈子はドラムセットどうしたんだよ!」

 

「ゴルァ!待たんかい!」

 

「あ、ヤバ。あたしも逃げな…」

 

あたしも澄香も日奈子も翔子も警備員さんに捕まる事はなく、そのままどこをどう通ったのかわからないまま、あたしの家にみんな逃げてきた。

 

「ハァ…ハァ…お前らな!仲間だろ!逃げるならあたしにも声掛けろよ!」

 

「えー?翔子ちゃん、あたしに構わず逃げろ!って言ってなかった?あたしには聞こえたんだけど?」

 

「言ってねぇよ!日奈子の耳どうなってんだよ!」

 

「あはは、最後は締まらなかったけど、Motherも演奏出来たし大成功だよね」

 

「うん…でも、成功したのかな?お母さんに…Artemis(あたし達)の曲、ちゃんと届いたかな?」

 

「それは大丈夫だよ梓ちゃん」

 

「日奈子?」

 

「ふふ、梓。私も言ったやろ。大成功だよねって」

 

「澄香?」

 

「あたしチラッと見えたんだけど、病室の窓からおっちゃんとおばちゃんが顔出してこっち見てたよ」

 

「え?本当に…?」

 

「うん。私も見えたよ。2曲目やってた時かな。

おばさんに届いてるか心配になって病室の方見たらさ。おっちゃんとおばさんが顔を覗かせてた。だから絶対届いてるよ」

 

「良かった…良かったよぅ…。お母さんにちゃんと届いてたんだ…」

 

「はは、明日にでも師匠とお袋さんにあたしらの曲の感想でもみんなで聞きに行くか」

 

「「「うん!」」」

 

あたし達のお母さんに届ける為の雨の中のライブは大成功だった。

次の日、みんなでお母さんのお見舞いに行って、少しだけだったけど、お母さんからあたし達の曲の、音楽の感想を聞く事が出来た。

 

おっちゃんにはめちゃくちゃ怒られたけど…。

 

 

 

そしてそれから数日後、お母さんは亡くなった。



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第46話 父と姉と

ワイワイガヤガヤ…

 

雨の日にお母さんの入院していた病院の裏庭で演奏をしてから数日経った頃、お母さんは亡くなった。

 

あたし達の村のちょっと広めの公民館で、今はお通夜が執り行われている。

 

なっちゃんに過去のお話をしてあげてるのに、今はって表現はおかしい気もするけど…。

 

お母さんのお通夜にはたくさんの人が来てくれていた。

山の近所の人達も、町の人達もたくさん来てくれていた。

あたしも会った事がない人がたくさん居て…。

 

あたしは落ち込んだり泣いたりする暇もないくらい、忙しく料理やお酒を運んだりしていた。

お通夜やお葬式の手配は、ほとんどおっちゃんがやってくれたんだけどね。

 

「梓、ずっと動きっぱなしで疲れたやろ?ちょっと休んで何かお腹に入れた方がいいよ?」

 

「あ、うん。澄香もずっと動いてくれてるやん。澄香も休んだ方がいいよ」

 

「あたしも疲れたぁ…。でも、翔子ちゃんの方が別の意味で大変かも…」

 

澄香と翔子と日奈子もあたしを手伝ってくれていた。

澄香と日奈子はあたしと一緒に料理やお酒を運んだり、何か足りなくなりそうなら日奈子が何かのツテで連絡して届けてもらったり。

 

さっきも言ったように、お母さんのお通夜にはたくさんの人が来てくれていた。

そして世間話を雨あられの如く振ってくる人達。

 

人見知りのあたしはATフィールドを展開していたのだけど、さすがにそれはダメだろうと翔子がみんなの世間話の相手をしてくれたのだ。

 

その為、翔子はたくさんの人達の会話相手になっていたのだ。

 

「てか、梓も澄香も日奈子も少し奥の部屋で休んでこい。ああ、翔子も連れてな」

 

「おっちゃん…でも…」

 

「明日もあるんやし、後は俺ら大人に任せてゆっくりしとけ」

 

「梓ちゃん、おっちゃんの言葉に甘えよ?あたしお腹空いたし」

 

「うちの父さんと母さんも仕事終わったみたいで、もう少ししたら手伝いに来てくれるしさ。私らは今日は休ませてもらおうか」

 

「澄香…うん、そうだね」

 

あたし達は少し休憩させてもらう事にして、澄香と日奈子には奥の部屋に先に行ってもらい、あたしは翔子に声を掛けた時だった。

 

「え!?梓!?翔子も!?」

 

「「え?」」

 

あたし達に声を掛けてきたのは…。

 

「加奈子ちゃん?」

 

「加奈子?何でここに…?」

 

そこに居たのは加奈子ちゃんだった。

加奈子ちゃんには、お母さんの具合が悪いとは伝えていたけど、亡くなったことは伝えていなかった。

 

だから加奈子ちゃんがお母さんのお通夜に来たのはびっくりしたよ。

 

「何でここにってのは私の台詞……あ、木原さん…そっか、梓のお母さんなんだ…」

 

「え?うん、お母さん…ずっと体調悪いって言ってたでしょ?つい先日ね。それより加奈子ちゃんは何でここに?お母さんが亡くなった事は言ってないのに…」

 

「うん…お父さんに連れられてね。私も天秤座のレガリアを受け継いだから…」

 

「あ、そうか。加奈子の親父さんってレガリア使いだったんだっけ」

 

お母さんが亡くなった時、おっちゃんはレガリア使いに連絡をしてくれたらしい。

 

連絡が取れなくなっていたレガリア使いも居たみたいだけど…。

連絡が取れた加奈子ちゃんのお父さんは、お母さんのお通夜に駆けつけてくれた。

 

「はじめまして。遙那さんとは同じレガリア使いとして、一緒に音楽をやっていた桑原といいます。…まさか、遙那の娘さんが加奈子の友達だったとは…」

 

「あ、あの…はじめまして。えと…木原 遙那の娘の梓といいます」

 

そして加奈子ちゃんと加奈子ちゃんのお父さんは、お母さんの納棺されている棺の前で軽く挨拶をして、加奈子ちゃんのお父さんはおっちゃんと、加奈子ちゃんはあたし達と一緒に話していた。

 

「まさか梓のお母さんがレガリア使いだったなんてね」

 

「うん、別に内緒にしてた訳じゃないんだけどね。あたしはレガリアをお母さんから受け継いだ訳じゃないし」

 

あたし達がレガリアの事やお母さんの事を話していると…。

 

「はるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

一際騒がしい人が公民館に入ってきた。

 

その人はお母さんの棺を見た途端、棺に向かって走って来て、棺に抱きつきながら泣いていた。

 

「何で先に逝っちゃうんだよぉぉぉ。ずっと…ずっと一緒って言ってたじゃんかー!うわぁぁぁぁん!!」

 

香織(かおり)。気持ちはわかるけど、まわりに迷惑だよ。もう少しトーン落としなよ」

 

(あい)ぃぃ…だってよ…遙那なんだぜ?」

 

後から入って来た藍と呼ばれる人は、足が悪いようで杖をつきながら歩いていた。

香織と呼ばれる人も藍って人もあたしの知らない人だった。

 

「遙那、久しぶりだっていうのに…。私と香織だけでごめんね。ありさはどこに居るのか連絡取れなくてさ…」

 

「お前らだけでも来てくれたのは良かった」

 

「あ?龍馬…久しぶり」

 

どうやら2人ともおっちゃんの知り合いらしかった。

そして2人は加奈子ちゃんのお父さんとも挨拶をしていた。

 

その後紹介されたんだけど、香織さんというのは牡羊座のレガリア使いで、藍さんというのは獅子座のレガリア使いの人だった。

 

香織さんはずっと昔にレガリアは後継者に託していて、藍さんは今も現役でレガリア使いとして、音楽に携わっているらしかった。

 

「すげぇな。今、ここにレガリア使いだった人らが4人も居るのか…」

 

「まぁ、お母さんは死んじゃってるけど…」

 

「現役のレガリア使いが加奈子と藍さんの2人も居るんだもんね」

 

「わ、私はお父さんに比べたらまだまだだし、娘だからレガリアも継承させてもらったって感じだし…」

 

「レガリアなんてお婆ちゃんのお伽噺だと思ってたのに、まさか本当に実在するなんて、あたしは加奈子ちゃんの持ってた本物のレガリア見た時びっくりしたけどね」

 

あたし達はレガリア使いの人達と挨拶をした後、奥の部屋でArtemisのみんなと加奈子ちゃんと5人で会話を再開した。

 

「でも…嬉しいな」

 

「あん?嬉しい?」

 

「どしたの梓?」

 

「お母さんが死んじゃったのは悲しいけどさ。

今日はお母さんの訃報を受けてたくさんの人が来てくれた。村の人も町の人もレガリア使いの人達も。あたしが知らない人達もたくさん」

 

「そうだね、梓のお母さんには私はお会いした事ないけど…」

 

「うん、おばちゃんはこんなにたくさんの人達から慕われてたんだね」

 

「うん。お母さんの事はすごく誇りに思うよ」

 

-ガラッ

 

「あー、梓。ちょっとええか」

 

「おっちゃん?」

 

あたし達が会話をしていると、おっちゃんがあたし達の居る奥の部屋へと入ってきた。

 

「Artemisも全員揃っとるしちょうどええな」

 

「あ、私は席を外した方がいいですか?」

 

「いや、加奈子ちゃんもここにおってええよ。

加奈子ちゃんのお父さんも、まだあっちでみんなと話しとるしな」

 

そしておっちゃんは小さな箱を取り出して、あたしの前に置いた。

 

「…これはお前らが遙那の病院でライブやった時にな。遙那から梓に渡してくれって頼まれたもんや」

 

「お母さんから?」

 

「ああ。早速開けて「うわぁ!すごく綺麗なピアス!」みろって言いたかったけど、言いきる前に開けよったか」

 

「あー…でもあたしピアスあけてないしなぁ。てか、うちの学校ピアスして良かったっけ?」

 

「確かうちの学校はピアス禁止だったと思うよ?」

 

「んだよ。せっかく梓のお袋さんからのピアスなのにうちの学校は禁止なのかよ」

 

「大丈夫だよ。あたしが理事に話してピアス許可にしとくよ」

 

「日奈子って何者なん?」

 

あたしはお母さんからの形見だと思ってピアスをずっと眺めていた。

綺麗な石の付いたピアス。

 

だけどお母さんってピアスしてたっけ?何でピアスが形見なんだろう?と不思議に思っていた。

 

「梓。それは魚座のレガリアや。

遙那がお前の歌を、Artemisの音楽を聴いて、お前に受け継いで欲しいから渡してくれって頼まれたもんや」

 

「「「「レガリア!?」」」」

 

「元気になってから…遙那から梓に渡せって言ってたんやけどな。結局、俺から渡す事になってしもた」

 

「お母さんがあたしに、魚座のレガリアを…?」

 

「ああ、心配すんな。

遙那は自分はもう長くないからと思ってお前に託したんやない。元々…お前がArtemisを始めた時は、遙那はお前に魚座のレガリアは継承させないつもりやったからな」

 

「え?どういうこと?」

 

「話せば長くなるんやけどな…」

 

おっちゃんの話によると、お母さんは歌えなくなってからずっと自分のレガリアを継承させたいと思う人を探していたらしい。

 

その時におっちゃん達から離れ、1人で日本中を周っていたらしいんだけど、その際に体調は悪化し、レガリアを狙うバンドマンに襲われ、お父さんと出逢った。

 

お父さんと出逢ってからは、しばらく平穏に過ごしていた。

そしてあたしが産まれ、お母さんはあたしに魚座のレガリアを継承してもらおうと、その時は思っていたらしい。

 

お父さんと敵対し、お父さんと別れてこの村に戻った後、成長したあたしの歌を聴いて、澄香とのセッションを見て、大神さんと話をして、レガリアをあたしに継承してもらいたいって気持ちはどんどん強くなっていったみたい。

 

だけどあたしは成長するにつれ、音楽を嫌いになり、音楽から離れていった。

それからレガリアはあたしには相応しくないと思ったんだって。

 

その時からは、自分がレガリアの継承者を見つけだせなかった場合は、おっちゃんに継承者を見つけてもらうようお願いしていた。

 

それから数年間、おっちゃんも認めるような人は現れなくて、あたしに音楽をまたやらせてみないかって話をした時に、あたしがたまたまその話を聞いて、BREEZEと出会い、音楽をまた好きになって、あたしはArtemisを始めた。

 

でも、お母さんはそれでもあたしにレガリアは相応しくないって、レガリアは託せないって思っていたみたい。

おっちゃんも何度かあたしに託すよう言ってたらしいんだけど、頑なに断っていたんだって。

 

そして、お母さんが病院であたしの歌を、Artemisの音楽を聴いた時に、お母さんはあたしの音楽への想いが、歌詞や音楽に乗って、お母さんに届いた事を実感し、

あたしの歌と音楽はレガリアを継承するに相応しいと思ってくれた。

 

えへへ、それをおっちゃんから聞いた時はすごく嬉しかったよ。

 

「遙那はな。お前の歌には魚座のレガリアに適したチカラがあるって確信したそうや」

 

「レガリアに適したチカラ…?」

 

「ん?ああ、チカラの事は説明はせぇへんけどな。チカラに囚われても…な」

 

「いやいやいや。おっちゃんちょっと待ってよ。

チカラの事は説明しないって、めちゃくちゃ気になるし、チカラに囚われてもとか、あたしの中二心が疼きまくるワードやんか。詳しく教えてよ」

 

「そうだぜ、師匠!梓の歌にそんなチカラがあるってんなら…」

 

「わ、私も知りたいです!私は父さんから天秤座のレガリアを受け継いだだけで、そんなチカラの話とか…」

 

「そういや射手座は『輝星』で蠍座は『蠱毒』だっけ?あ、しまった。この頃のあたしはチカラとか知らないはずだった…!」

 

「日奈子は何を言ってるの?」

 

「まぁ待て、ちゃんと1人ずつ答えたるから」

 

おっちゃんはそう言ってからタバコに火を着けた。

そして少しの間。

おっちゃんは何を話そうか考えているのかしばらく黙った後、タバコの火を消してあたし達に話してくれた。

 

「まずは梓やな。確かにチカラとかお前の好きそうな中二な話や。でもな、そのチカラを誰にも教わらずに自覚して使えるようになる方が…かっこよくないか?」

 

「ハッ!?た、確かに!」

 

「翔子。お前はレガリアを継承した梓のバンドのギタリストや。梓にどんなチカラがあるのか、魚座のレガリアにどんなチカラがあるのかは、お前が梓と共に見出だすべきちゃうやろか?」

 

「…くぅ、さすが師匠!かっこいいです!」

 

「そんで加奈子ちゃんは、お父さんがまだ伝えてない事を俺から言う訳にはいかん。お父さんは加奈子ちゃんが自分で見つける事を期待しとるんちゃうかな?」

 

「私が自分で…?そっか、そういや父さんも言ってた…。レガリアを使いこなすのか、継承者を見つけるかは私次第って…」

 

「あー…そんで日奈子な。

何でお前が『輝星』やら『蠱毒』やらを知ってんか不思議やけど…。そもそも射手座の『輝星』は大神っちゅーヤツの周りにみんなが集まるからそういうチカラや言われただけ。蠍座の『蠱毒』もそうや。足立ってヤツがそういう風にチカラを使ったからや。射手座のチカラも蠍座のチカラも根本的には別物や」

 

「え?そうなの…?あんまりメタな事は言いたくないけど、レガリアのチカラとは違うんだ?」

 

「違う…とは言い切れないんやけどな。まぁ、それもお前らが見て感じるもんやと俺は思う…。そんで澄香…」

 

「あ、私?な、何かな?」

 

「お前がこん中じゃ一番まともやから言っておく。

レガリアのチカラは誰にでも使えるもんやない」

 

「あ、ああ、まぁ、継承者ーとか受け継ぐーとか言ってるし、そんやもんやと私は思ってるけど…」

 

「けど逆にや」

 

「逆?」

 

「さっき日奈子も言ってたように射手座には『輝星』、蠍座には『蠱毒』ってチカラがあると今は言われとる」

 

「ああ、日奈子の言う事やし何となく聞き流してたんやけど…」

 

「レガリアのチカラを使える者は、そのチカラを別物に変えて使う事も出来る」

 

「は?それってどういう…」

 

「お前は賢いから科学もわかるよな?単純に考えたらええわ。

仮にレガリアに火を着けるチカラがあったとした、そのチカラを使えば、暗がりに明かりを灯す事も、炎にする事も、爆発させる事も、大気中の酸素を失くすまで燃え続ける事も出来るっちゅー事や。チカラってのはほんの少しの作用で色々変わる」

 

「おっちゃん…それって…」

 

「だから…チカラの説明は出来へん。それをどういう使い方をするのかは、チカラを使える使い手次第やからな」

 

その後もあたし達はレガリアだとか、次のライブはどうしようとか、お母さんに魚座のレガリアを受け継いだ感謝の気持ちを伝えるべきかとか…。

 

そんな話をしながらあたし達は次の日に備えて寝る事にした。

 

 

 

 

そして次の日。

予定通りお母さんの葬儀は執り行われて、みんな最期の挨拶を…と、お母さんの棺に花を手向けていた時だった。

 

公民館の前にすごく大きな車が停まり、その後部座席から男の人と女の人が降りてきた。

 

その2人は公民館の前で挨拶をしているあたし達Artemisの前まで来て…。

 

「ずいぶんと大きくなったものだな。私は海原 神人。梓、君の父親だ」

 

「ごめんね、おじさん。あたしは日奈子。梓ちゃんはこっちだよ」

 

お父さんは初見であたしと日奈子を間違えていた。

そして『大きくなった』と言われたちびっこ日奈子はご満悦の表情だった。

 

「なるほど。こっちの娘だったか。確かに遙那の面影があるな。私は海原 神人。梓、君の父親だ」

 

「お父…さん…?」

 

「この人が…梓の…?」

 

「そうだ、梓。せっかくこうやって会えたんだ。ちょっと聞きたいのだが、お前は音楽はやっていないのかね?」

 

「え?音楽…?」

 

あたしはお父さんに…。

海原に音楽をやっているのかと問われ、どう応えるべきかを迷っていた。

 

お母さんの話では、海原はクリムゾンミュージックの傘下であるクリムゾンエンターテイメントという会社で、自由のない完璧な音楽を推奨している派閥だ。

 

歌えなくなったお母さんは海原に救われはしたけど、結局レガリアを誰にも託さなかったお母さんは海原に切り捨てられた。

 

あたしは『お父さんに音楽をやっている』事を伝えるか、『海原には音楽をやっていない』と伝えるのかを迷って応えられないでいた。

 

そんな時に海原の後ろにいた女の人があたしと海原の間に入ってきた。

 

「父さん。梓は音楽なんてやっていないですよ。

私はクリムゾンエンターテイメントの関西進行の責任者。

だから言えます。梓は音楽はやっていません」

 

その女の人っていうのはあたしの姉であり、Blaze Futureのベーシストであるせっちゃんのお母さんの聖羅だったんだけど…。

 

「梓、君は覚えていないかも知れないが、彼女は君の腹違いの姉、聖羅だ」

 

「そんな女に私の紹介は結構です。

それに…ふふふ。仮に梓が音楽をやっていたとしたら、この私の耳にも入らないようなミュージシャン。私達クリムゾンエンターテイメントの下っ端にもならないようなゴミですわ」

 

聖羅の第一印象は最悪だった。

あたしはそんな聖羅の言葉にカチンときてArtemisの事を言ってやろうと思ったんだけど…。

 

「父さん、私はこの機会を活かして関西のミュージシャンを、クリムゾングループの傘下に入れてまわろうと思っています。色々と忙しいのでこれで失礼します。

父さんも早く関東に戻らなくてはならないでしょう?」

 

「おいおい、聖羅。我が娘とはいえその言葉はいただけないな。遙那も少しの間ではあるがお前の母親だった女性だ。お礼の1つでもしてやるべきだろう」

 

お礼の1つでも…?

 

「私の母さんは亡くなった私の実の母親だけです。こんな女、私の知ったところではありません。

…むしろ不愉快です。私はもういいでしょう。私は先程も言ったように1分1秒も惜しい。父さんも早く関東に戻られるよう…」

 

そう言って聖羅はお母さんの顔を見る事もなく帰って行った。

待たせていた車には乗らず、公民館の脇に停まっていたタクシーで。

 

「やれやれ、せっかちな娘だ。誰に似たのやら。

聖羅は行ってしまったが私は献花はさせてもらおう」

 

あたしは悔しさと寂しさと、何とも言えないような感情が渦巻いて何も言えないでいた。

こんな人達があたしと血の繋がっている父親と姉なのかと…。

 

海原がお母さんの棺の前に行き、お花を棺に入れようとした時、

 

「愚かな女だ。私の元に居ればこんなに早く逝く事もなかったろうにな」

 

あたしはその言葉にブチ切れて、後ろから思いっきり蹴り飛ばしてやろうと、助走をつけて海原に向かって行った。

 

-つぅ…

 

「え?涙…?」

 

海原の頬につたる1滴の涙。

その時は何の涙だったのか、もしかしたら涙じゃなかったんじゃないかと思ったけど、あたしは海原を蹴り飛ばす事は出来なくなっていた。

 

「さて、挨拶は終わった。私は帰らせてもらうよ。

梓、君が音楽をやっていなくてとても残念だ。

だが、もし音楽をやろうと思ったらここに来なさい。待っている」

 

海原はそう言ってあたしに名刺を渡し、車に乗って帰って行った。

 

そういえば余談だけど、お母さんの葬儀には大神さんと氷川さんも来てくれた。

 

大神さんはあたし達に少し挨拶をした後、カップラーメンの大盛をお母さんの棺の前に供え『あん時のおにぎり!めちゃくちゃ美味かったです!』と言って拝んだ後、『すみません、お湯貰っていいですか?』と言って、カップラーメンにお湯を注いで3分待った後に自分で食べた。

 

『やっぱここは山の上だから移動が大変っすよね。町でトンカツ定食大盛食べて来ましたけど、ここまで歩くと腹が減って腹が減って…』と言い訳をしていた。

氷川さんは泣きながらあたし達に謝っていた。

 

 

 

お母さんの火葬も終わり、公民館からお母さんはやっとあたし達の家に帰ってきた。

 

澄香達も自宅に戻ったから、この広い家にあたしは1人。

 

一気にお母さんを亡くした寂しさと、父親と姉があんな人だったという事があたしにのしかかってきて、あたしは1人で泣いていた。

 

おっちゃんにはこれからは水瀬家で一緒に暮らそうと提案されていたけど、お母さんと過ごした家を今は離れたくなかったし、これから成長していくなっちゃんの貞操を奪ってしまう訳にはいかないという想いから、あたしはこれからも自宅で暮らしていくと決めた。

 

「お母さん…寂しいよ。

お父さんもお姉さんも…やっぱり音楽なんか…。

…あれは…涙?だったのかな?それともあたしの気のせい?」

 

 

-グゥ~

 

 

「クッ…悲しくても寂しくてもお腹は空くなぁ。これが生きるって事か…」

 

お腹が空いたあたしは何か軽く作って食べようと思って立ち上がった。

 

-ザー…

 

「ん?雨?

いつの間にか雨降ってたんや…。

雨か、お母さんに…あたし達の歌を聴いてもらった日も雨降ってたよね…」

 

あたしは雨が降って来たことに気付いてなくて、裏の雨戸を閉めとこうとした時、庭に誰かが居る事気付いた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!!?だ、誰か、誰かおる!?誰!?ま、まさかお化け!?」

 

その人をよく見ると何かうずくまっているようだった。

お化けじゃなさそうだ。

 

あたしはお化けじゃないならぶん殴ればいいと思い、部屋の電気を点けて庭に居る人をよく見てみた。

 

「…あの人…お姉さん?」

 

庭に居る人は聖羅だった。

雨の中、あたしの家に向かって土下座していた。

 

「め、めちゃくちゃ雨降ってんのに!」

 

あたしは急いで聖羅に駆け寄った。

 

「ちょっと!あんた何しとるん!?」

 

「梓…さん…?ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

聖羅は涙をボロボロと溢しながら、あたしに謝ってきた。

 



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第47話 和解

バンドやろうぜ!ライブイベント「Christmas Duel Carnival」Blu-ray&DVD発売決定!!
発売日は2022年12月21日!!!!
本当におめでたいヽ(´∀`≡´∀`)ノ

と、いうわけで2日連続投稿させていただきました!


お母さんの葬儀が終わった夜。

あたしは大きな家に1人。

あたしは寂しさを実感していた。

 

ううん、寂しさだけじゃない。

葬儀の時に会ったお父さんと、姉の聖羅に寂しさや悲しさとか、色んな気持ちが渦巻いていて、余計に心にモヤモヤしたもの感じていた。

 

そして、雨が降っている事に気付き、庭に繋がる裏戸を閉めようとした時。

庭にうずくまっている人に気付いた。

 

「…あの人…お姉さん?」

 

庭に居る人は姉である聖羅だった。

雨の中、あたしの家に向かって土下座していた。

 

「め、めちゃくちゃ雨降ってんのに!」

 

あたしは急いで聖羅に駆け寄った。

 

「ちょっと!あんた何しとるん!?」

 

「梓…さん…?ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

聖羅は涙をボロボロと溢しながら、あたしに謝ってきた。

 

 

 

 

「ごめんなさい。ご迷惑をお掛けしました。お風呂まで借りてしまって…服も…」

 

「…いや、あんなずぶ濡れで家の前におられても怖いだけやし、風邪引かれてもあれやし?アレがアレなだけでアレだから」

 

「…ぷっ」

 

「え?あたし何で笑われたん?」

 

「いえ…ごめんなさい…。梓さんの言い回しが知人と似ていたもので…」

 

「それより…何で家の前で土下座してたん?膝も擦りむいてるし、ちょっとの時間じゃあんな風にはならへんやろ」

 

「…」

 

「…え?何でだんまり?」

 

「どこから話せばいいのか…。でもまずは…」

 

そう言って聖羅はあたしに土下座をした。

 

「ちょっと…あたし別に土下座してもらうような…」

 

「いえ、昼間の非礼な言葉の数々、誠に申し訳ございませんでした。私の頭を下げた所で溜飲が下がるとは思えませんが、深く謝罪します」

 

昼間の非礼な言葉の数々。

確かにあたしは聖羅とお父さんにはすごくムカついていたけど、聖羅の今の態度を見たら、何か事情があったんだろうと思った。

 

「まぁ…昼間はぶっ飛ばしたいなぁって思ってたけど、今の姉さん見てたらわかるよ。何か事情があったんやろ?だから、もう頭下げんでええよ」

 

聖羅は頭を上げて、『私達は…』と、あたしにクリムゾングループの事や、クリムゾンエンターテイメントの事を話してくれた。

 

聖羅はクリムゾングループやクリムゾンエンターテイメントのやり方に反発していた。

だけど、自分の力じゃどうにも出来ない事も理解していた。

 

そこでまだ大学生という身分ながら、お父さんの、クリムゾンエンターテイメントの仕事を手伝いながら、多くのバンドマンが極力クリムゾングループとぶつかったり、狙われたりしないように手を回していたらしい。

 

幸いこの頃にはクリムゾンエンターテイメントの四天王の1人である手塚さんも改心していて、陰ながら聖羅のサポートなんかをしてくれていたらしい。

 

「だから父が音楽の話題を出した時、Artemisの事を知られる訳にはいかないと思って、梓さんから興味が逸れるようにと、とっさに話題を変える為にあんな事を…」

 

「そっか…。それであんな事を…。

ってそれより!姉さんはあたしの事!Artemisの事知ってるの!?あたしはそっちの方がびっくりなんやけど!?」

 

「私も一応クリムゾンの人間。情報はいくらでも入ってくるもの。

でも、あなた達の情報は他に漏れないように、私の方で何とかしたからしばらくは安全だと思うわ。

まだデビューしたてだから、何とかなったけど、今後は私の力じゃどうにも出来なくなるかもしれないわ。

梓さん達にも迷惑を掛けてしまう事になるかも…」

 

「はぁ…まぁ、あたしらはエクストリームジャパンフェスを目標にしてるし、いつかはクリムゾングループにもあたしらの事は知られちゃうか…。あ、それとせっかく姉妹なんやしさ?あたしにさん付けはいらんよ。梓って呼び捨てにして」

 

「クスッ、わかったわ。私も聖羅って呼んでもらったのでいいわよ。

梓達がエクストリームジャパンフェスを目指すのなら遠くない未来に父にも知られる事になるかもしれない」

 

「めんどいなぁ…あたしらは好きな音楽を好きなように歌ってたいだけなんやけど…」

 

「そうね。ほとんどのバンドマンがそうだと思うわ。

………やっぱりタカ達に相談して梓達を守ってもらおうかしら(ボソッ」

 

「ん?何か言った?」

 

「いいえ、何も。あ、そうだ。私、Artemisのライブ、1度だけだけど見に行かせてもらった事もあるのよ」

 

「え!?マジで!?」

 

「ええ、その時は、まだ『艶かしい母君遙那マム』もご存命だったから、本当は挨拶に伺わせてもらいたかったのだけど…」

 

「……なんて?」

 

「でも、私のその軽率な行動で魚座のレガリアの所在がバレても困るでしょう?だから寂しかったけど、グッと我慢して…」

 

「いやいやいや、あたしが『なんて?』って聞きたかったのは、そのお母さんに会いに行かなかった理由じゃなくて、お母さんの事変な呼び方してなかった?」

 

「ええ、私には実の母がいたわけだけど、幼い頃の事だから実の母の事はあまり覚えなくて、だから実の母の事は『ママ』。お母さん、遙那さんの事は『お母さん』って呼ぼうとしたんだけど…」

 

 

『いい?聖羅。お母さんの事はこれから艶かしい母君遙那マムって呼ぶのよ?』

 

『え?何で?お母さんじゃダメなの?私のお母さんになるのは嫌?』

 

『ううん、聖羅は私の大切な娘だよ。

でもね、お父さんの前じゃ絶対ダメ。お父さんの前では私に懐いてない振りをしておばちゃんって呼ぶの。いい?』

 

『うん。うん?お父さんの前じゃおばちゃんって呼べってのはわかったけど、何で艶かしい母君遙那マムなの?私はそこがわからないよ…?』

 

 

「そう言われてね。父の前ではおばちゃん、父のいない所では艶かしい母君遙那マムと呼ぶよう言われたのよ」

 

「うちのお母さんってアホだったの…?」

 

と、当時はめちゃくちゃお母さんにドン引きしちゃったんだけど、思い返してみるとあたしもせっちゃんに『美しい堕天使シャイニング梓お姉様』と呼ぶように言ってた訳だし、これ完全に血だね。

 

「まぁええわ。あのお母さんだもんね。普通じゃない1面もそりゃあるよね。でも幼女にそんな呼び方強制するとか娘ながらちょっと引くわぁ…」

 

あの時はドン引きしちゃってごめんね、お母さん。

 

「そ、そんであたしらの演奏どうやった?」

 

「そうね、あなた達の演奏は…」

 

「わぁ!止め!ストップ!ちょっと待って!」

 

「どうしたの?」

 

「一応クリムゾングループの…とはいえ、色んなバンド見たり聴いたりしてきた音楽評論家みたいな聖羅の感想やろ?」

 

「音楽評論家みたいなって…。私はそんな大した事ないわよ。楽器も出来ないしただ音楽が好きってだけで」

 

「…せっかくそんな感想聞かせてもらえるんやからさ。あたしのバンドメンバーも今から呼んでいい?」

 

「え!?本当にそんな大した感想言えないわよ!?」

 

そうしてあたしは澄香と翔子と日奈子に連絡して、あたしの家に来てもらう事にした。

 

まだそんなに遅い時間じゃないとはいえ、晩御飯も食べ終わっただろう時間に急に呼び出して集まれるとは…。

本当に集まりのいいバンドですね。

 

 

 

 

「なるほどな…そういう理由があって、梓にあんな態度を取ってたのか」

 

「ええ、梓の友達であるあなた達にも不快な想いをさせてしまったわね。本当にごめんなさい」

 

「いや、そんなのいいですよ。聖羅さんが梓の事を守ろうとしての行動だったんですし」

 

「澄香ちゃん…だっけ?私の事は聖羅でいいわよ」

 

「じゃああたしも聖羅って呼ぼーっと。聖羅もあたしは日奈子でいいよ」

 

「わかったわ、日奈子」

 

「って訳でさ?聖羅があたし達のライブに来た時の感想を聞かせてもらおうと思ってね。みんなを呼んだ訳だよ」

 

「クリムゾングループの…とはいえ音楽評論家の感想か…」

 

「さ、さすがに緊張するよね、どんな評価をされるんだろう?」

 

「さすがのあたしもちょっとビビってるよ。でも悪くても次のライブには良くなるようにしたいよね!」

 

「ねぇ梓。翔子と澄香と日奈子に私の事どんな紹介の仕方したの?」

 

そして、聖羅のArtemisを聴いた感想をあたし達みんなで聞いた。

 

「まず一般的な感想を言わせてもらうわね。

すごく楽しかったし、演奏に迫力もあって、オーディエンスの私も暴れたくなるような…そんなライブだったわ」

 

「やった!ベタ褒めだ!」

 

「そっかそっか。あたしらのライブ楽しかったんだ。良かったぁ」

 

「うん、オーディエンスも一緒に暴れたくなるようなライブ。私達そんなライブをやれてたんだね。

…って日奈子?どしたの難しい顔をして」

 

「梓ちゃんも翔子ちゃんも澄香ちゃんも甘いよ。

ティラミスにハチミツをかけて、その上から生クリームと練乳をかけたくらい甘い」

 

「うぇ、想像しただけで胸焼けがする…」

 

「そうか?梓は甘いの苦手だっけか?あたしは美味そうだと思ったけど」

 

「日奈子、何で私達がそんな甘いの?まだ慢心するなって事?」

 

「違うよ。聖羅は一般的な感想って言っただけでしょ?」

 

「「「あ…」」」

 

あたしは日奈子に言われてから気付いた。

そうだ、確かに聖羅は一般的な感想と念を押してから言っていたと…。

 

「日奈子の言う通りね。

あなた達のライブを観た率直な感想はそれよ。でも、これからクリムゾングループの猛者達とデュエルをする事になるかもしれない。そして、エクストリームジャパンフェスを目標にしているなら、もっともっと上を目指さないといけないわね」

 

そして、聖羅からあたし達がそれぞれに足りないところや、全体的にこうした方がいいと思うところなど、色んな指摘を受けた。

 

聖羅って凄いなって思ったのはまずはその時だった。

聖羅の指摘してきた点はすごく正確で、あたし達自身も足りないと思っていたところだったから。

 

「…結構きつめに言ったつもりだったけど、みんな落ち込んだりしなかったみたいね。目がギラギラしてるわ」

 

「いやー、落ち込んだのは落ち込んだよ?でも、それ以上に聖羅はあたしの直したらいい点言ってくれたしさ」

 

「あたしもだな。あたしはまだ初心者だし澄香や日奈子には着いていけてない部分的もあるしさ。でも、指摘された点。そこを改善したらって思ったらさ」

 

「私もそうだね。ずっとベースはやってきたけど、セッションとか全然やれてなかったし。あたしの音にはまだまだ上に行ける可能性がある。そう思ったら嬉しくて」

 

「あたしもそうだよ。悪い点、良い点それぞれ言ってもらえたから、あたしの延ばすべきところと、良くしなきゃいけないところが見えたから良かったかな」

 

「そう。それを聞いて安心したわ。

……BREEZEのヤツらはせっかく指摘してあげたのに泣きながら逆ギレしてきたしね。梓達は素直で良かったわ(ボソッ」

 

「ん?何か言った?」

 

「いいえ、何も。あ、それよりエクストリームジャパンフェスに参加するつもりなら、色んな地域のバンドと対バンした方がいいわね。Artemisも色々と対バンやデュエルをして負けなしみたいだけど、だからこそ今のうちに色んな地域のバンドと対バンしてみた方がいいわ」

 

あたし達は対バンは割と関西でやっていたつもりだけど、デュエルだけは負けなしだったけど、地元から離れた所のバンドとはまだ未経験だった。

 

「まぁ、まだ高校生なんだし金銭的な問題もあるとは思うけど、そこは私もある程度ならサポートするわよ」

 

「いや、あたしは金銭面は大丈夫なんやけど…。お父さんがお母さんに振り込んでたあたしの養育費の通帳も、貰ったことやし…」

 

「ああ、梓のお袋さんが亡くなる前に、梓に渡してた通帳か?確か梓が一生働いても手に入らないような金額なんだっけ…」

 

「さすがに金銭面のサポートを受ける訳には…」

 

「梓ちゃん以外は金欠だけどね。それより梓ちゃんと澄香ちゃんは地元以外の初めてのデュエルは関東のBREEZEとやりたいって言ってるから、なかなか重い腰が上がらないんだよ」

 

「BREEZE!?関東の!?」

 

この時、初めて聖羅の前でBREEZEの話題が出て、BREEZEの名前を聞いた聖羅はびっくりしていた。

 

「あ?やっぱりBREEZEの事知ってる感じ?」

 

「梓と澄香はずっとBREEZEとデュエルしたいって言ってるもんな」

 

「ま…まぁ、梓のバンド始めた動機はBREEZEとのデュエルやしね。私も…BREEZEとはデュエルしてみたいし」

 

「私も驚いたわ。BREEZEも確かにいいバンドだけど、有名って訳でもないのに、まさかあなた達が知っているなんて…。それより梓がバンド始めた動機って…」

 

「ああ、んとね、梓ちゃんと澄香ちゃんはBREEZEのボーカルのTAKAちゃんって人に恋しちゃってるみたいでね」

 

「「日奈子!!?」」

 

「梓と…澄香が…BREEZEのTAKAに…恋?(白目」

 

「そんでね……」

 

それからあたした澄香が悶え苦しむような話を、日奈子は聖羅に包み隠さず、小さな事をちょっぴり大きく盛りながら話した。

 

「って訳でね。あたし達はBREEZEと対バンしたいんだけど断られててね~」

 

「私の可愛い妹が…可愛い妹の親友が…(白目」

 

「日奈子!は…恥ずかしいでしょ!聖羅…な、なんか変な事聞かせてごめんね」

 

「い~え~。全然変じゃないわよ~(え?何で!?何でよりによってタカなの!?まぁ、確かに歌ってる時はかっこいいけど、顔がもうアレじゃない!あ、そうか。梓と澄香は男は顔じゃなくて性格派なのね!?…いや!タカは性格も変じゃない!!むしろまだ顔の方がマシじゃない!何で何でなの!?)」

 

「聖羅?どうしたの?あたしも澄香も…まぁ、確かに日奈子の言う通りなんやけど…」

 

「恥ずかしい…た、確かに私もそうやけどさ…そんなハッキリと…」

 

あたしと澄香は恥ずかしさで照れてヤバかったけど、聖羅は白目を向いてボーっとしていた。

この後何でだかはわかったんだけどね。

 

「ご、ごめんなさい。…BREEZEのタカに…こ、恋する妹と妹の親友。どっちの恋を応援するべきか悩んじゃって…」

 

「そこは!あたしの応援をしてよお姉様!」

 

「あ、梓ずるっ!身内やからって贔屓なしやで!」

 

「も、もちろん、身内だからって梓だけを応援したりしないわ(いや、本当に応援したくないんだけど?梓とタカがくっついたら、タカは私の義弟になっちゃう?…う~ん、義弟ならまだありか?いや、でも梓があんな男とくっついて不幸になったら大変だし…。だからと言って澄香を応援して澄香とくっついても澄香もいい子だから不幸になってほしくないしなぁ…)」

 

「「聖羅!」」

 

「ど、どっちかを応援とかしないから安心して頂戴。音楽の事ならともかく、恋は自分で頑張りなさい(よし、これだ。これが1番だわ。どっちかがくっついたとしても自己責任。もう梓も澄香も大人なんだもの)」

 

「ちぇ~」

 

「良かったぁ」

 

聖羅は厳しかった。

実の妹のあたしをちょっとは応援してくれたらいいのにさ。

でも、澄香も聖羅にとっては妹の親友。大切な存在だからあたしも澄香も応援しないって優しい答えを言ってくれたんだと思った。

 

……でもこないだ聖羅とお茶した時、タカくんはせっちゃんと結婚させたいとか言ってたような?

きっと聞き間違いだよね?

 

「それにしても…BREEZEのみんなは何でArtemisとの対バンを断ってるのかしら?」

 

「えっと…私が何度かメールでお願いしてるんやけど、交通費がどうとか…」

 

「ああ…あいつららしいわね…」

 

「ねぇ?もしかして聖羅ってBREEZEの事よく知ってる感じなの?」

 

「え?ええ、私はBREEZEがデビューしたての頃から追っかけをしてて…その内に親しくなったって感じかしらね。……主に英治のおかげで(ボソッ」

 

「ん?何か言ったっての」

 

「いいえ、何も。それよりBREEZEとの対バンがしたいなら、私なら何とかしてあげれるわよ」

 

「「え!?マジで!?」」

 

あたしと澄香は大きな声をあげて驚いた。

まさかと思って…。

もしかしたらBREEZEと対バン出来るかもしれない。

当時のあたし達からしたら、聖羅のその言葉は願ったり叶ったりだった。

 

「大丈夫。あいつらには貸しもあるから、あたしから言えばすぐにでも対バン出来ると思うわ」

 

「貸し…?」

 

「でもこれでBREEZEと対バン出来るなら…。

最初の目標に一歩前進って感じだな」

 

「…美容院予約しなきゃ」

 

「関東かぁ…。ついでに東京に行って秋葉原のジャンク屋とかまわりたいなぁ…。あのパーツさえ手に入れば…」

 

そしてその日は聖羅はうちに泊まり、翌日の朝早くに関東へ帰って行った。

 

それから1ヶ月。

聖羅からは何の連絡もなく、時間だけが過ぎていっていた。

 

「聖羅から連絡ないね…」

 

「うん、あたしもBREEZEの演奏観てみたいし、早くデュエルしたいって気持ちもあるけどね。あ、翔子ちゃん、そこ違うよ」

 

「あ?ちょっとアレンジ入れてみたんだけどダメだったか?てか、澄香のやつ今日は遅いな。バイトだっけ?」

 

「うん。澄香は今日はバイトだって~」

 

「いや、そのアレンジ全然変ではないけどね。そこにその音被せられたら、あたしが目立たないなぁと思って」

 

「そっか。澄香はバイトか。

って日奈子!目立つ目立たないとかいいだろうが!あたしらの曲をどう良くするかが大事だろ!」

 

「翔子ちゃんは相変わらず面白いなぁ。あたしが目立たないのはそもそもがダメでしょ」

 

「あたしはお前の自分が目立たないとダメって考え方が恐ろしいわ」

 

翔子と日奈子が不毛な争いをしていたら、バイトだった澄香も練習に合流した。

 

「ちょっ、ちょっ、ちょっと!みんな!大変!

聖羅からBREEZEとの対バンの連絡来たよ!みんなどの日なら都合いい!?」

 

澄香はあたし達と合流するや否や、聖羅からBREEZEとの対バンの日程の連絡が来た事を伝えてくれた。

 

何であたしじゃなくて澄香に連絡したんだろう?

と、あたしは今でも不思議に思っている。

 

聖羅からBREEZEが対バン出来ると提案された日程は、どの日もあたしは大丈夫だった。

 

だけど、バイトをやっている翔子と澄香と日奈子はどの日でも…という訳にはいかなかった。

 

更に澄香と日奈子には学校のテストがあるから、この日は避けたいよね。っていう日もあった。

あたしと翔子にとってはその日でも良かったんだけど…。

 

そしてあたし達の対バンの日が決まった。

 

10月23日!!

 

その日があたし達Artemisと、タカくん達BREEZEの初めての対バンの日。

 

そう本当ならその日は対バンのはずだった。

 

「じゃあ10月23日で聖羅に連絡するね。とうとうBREEZEと対バンか…。ドキドキするね」

 

澄香が聖羅に日程の連絡をしようとした時…。

 

「澄香、待って」

 

「ん?どしたの?」

 

「その日さ。BREEZEと対バンじゃなくて、BREEZEとデュエルしたい!」

 

「デュエル!?あ、梓、本気!?聖羅の話じゃ有名じゃないとはいっても、私と梓が心を動かされるようなライブやるバンドだよ!?」

 

「やる!本気のBREEZEとライブしたいもん!デュエルだって言ったら、本気のBREEZEとライブやれるでしょ!」

 

「そ、そりゃデュエルってなるとBREEZEも負けたくないやろし、本気のライブになると思うけど…」

 

「いいじゃねーか澄香。せっかくなんだ。デュエルにしようぜ!」

 

「翔子まで…」

 

「あたしもいいと思うよ。あたし達も負けなしだし、エクストリームジャパンフェス狙ってんだし。デュエルは積極的にやっていきたいじゃん」

 

「日奈子まで…。これでデュエルは止めとこうとか言ったら、私がヘタレみたいやん。

…わかった。聖羅にはデュエルにしたいって連絡しとく。でも、やるからには絶対勝つからね!」

 

「「「もちろん!」」」

 

そして、澄香は聖羅に対バンではなくデュエルがしたいという旨と、10月23日にという連絡をしてもらった。

 

デュエルにしたいという連絡は意外とあっさりOKが出て、10月22日に前日入りし、10月23日にBREEZEとデュエルギグ。そして10月24日に関西に戻るという、プチ旅行のような日程が組まれた。

 

しかも、あたし達は遠慮したんだけど、往復費とホテル代は聖羅が出してくれた。

これはあくまでもあたし達、Artemisに対する先行投資らしい。

 

聖羅の夢はクリムゾンのない世界で、自由な音楽をやる音楽事務所のプロデューサーだったから、その時にあたし達Artemisがメジャーになってたら、イベントに参加してほしいという投資って事だった。

 

…そして別に3連休じゃないのにあたし達が10月22日から24日の3日間、関東に行けるのは日奈子のチカラだった。学校から休んで良い。と連絡があったのだ。

今となっても日奈子があの時、何をしたのかはあたしも翔子も澄香も知らない…。

 

 

 

そして10月22日。

あたし達は新幹線に乗って関東へと向かった。



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第48話 ドラマーvsドラマー

「って訳で!あたしは秋葉原に行きたいの!何か問題ある!?」

 

「いや、問題大有りでしょ」

 

あたし達Artemisは、10月23日にBREEZEとデュエルギグをする為に、新幹線に乗って関東へと向かっていた。

 

「てかさ、日奈子。私達はエクストリームジャパンフェスを目指すバンドマンだよ?やっぱりバンドマンの聖地!武道館を見に行きたいでしょ!」

 

「別に」

 

「え?あれ?武道館…生で見たくない?」

 

「別に?あたし達はいつか武道館でもライブすると思ってるし。別に今見に行かなくてもいいと思ってるよ」

 

「日奈子は自信満々だねぇ。でも、梓と翔子は武道館見に行きたいでしょ?」

 

「あ?別に?あたしは原宿行って色んな服見てまわりたいなぁっての思ってるけど。な?梓も別に武道館とかどうでもいいよな?」

 

「うん、あたしにとって聖地は大阪城ホールやし。てか、原宿も秋葉原もどうでもいいよ?あたしは池袋に行きたい。乙女ロードに足を踏み入れる日をどれだけ待ち望んだ事か…」

 

「せっかく前日入りするんだから秋葉原行くべきでしょ!」

 

「日奈子も翔子も梓も何言ってんの!絶対武道館!」

 

「あたしは原宿がいいって…。明日のライブ衣装もせっかくだからって原宿の店で仕立ててもらったじゃん。受け取りも行かなきゃだしさ?」

 

「池袋!乙女ロードって言ってるでしょ!これもうアレだから。Artemisのリーダーとしての命令だから!」

 

あたし達はせっかく前日入りしたんだからと、10月22日は東京観光をすることにしていた。

 

だけど、あたし達4人の行きたい所は一致することはなく、どこに観光に行くか揉めるに揉めていた。

 

「わかったよ。梓ちゃん…」

 

「日奈子!わかってくれた!?」

 

「梓ちゃんは池袋。あたしは秋葉原にしよう。

そして翔子ちゃんが原宿に行って…」

 

「あ?日奈子、お前まさか今日はみんな別行動にするつもりか?」

 

「…ハァ、バンドを志す者として梓達も武道館に…」

 

「澄香ちゃんは梓ちゃんと一緒に池袋ね」

 

「は!?何で!?」

 

「梓ちゃんが1人で池袋に行ってホテルに戻れるとおもう?明日にはライブがあるんだよ?」

 

「え?あたし1人でも大丈夫だよ?」

 

「確かに…梓1人じゃ改札から出ることも出来ないと思う…けど…」

 

「え?澄香は武道館行ったらいいやん。あたしは池袋行くし」

 

「澄香、諦めろ…。ボーカル無しじゃライブも出来ないしな」

 

「え?だからあたしは大丈夫だって」

 

「で、でもさ!それなら翔子か日奈子が一緒でもいいやんか!私が諦める必要は…」

 

「澄香ちゃんは梓ちゃんの親友でしょ!」

 

「何その理屈!た、確かに梓の事は親友やって思ってるけど…」

 

「澄香…(トゥンク」

 

「ごめん、梓。ときめくのは止めて。

てか、それで言ったら翔子も日奈子も梓の親友ちゃうん!?」

 

「梓ちゃんの事は親友だし大事なバンドメンバーだと思ってるよ?でもね、あたしが秋葉原に行きたいのは梓ちゃんが将来必要になるだろうパーツを買いに行く為なの。それに翔子ちゃんはあたし達の衣装を引き取りに行くのを兼ねての原宿でしょ?」

 

「う…そ、そう言われると…。で、でもそれなら梓が池袋我慢して私と武道館行くとか…」

 

「絶対嫌ですね。あたしは池袋に行きます」

 

「ほらね」

 

「ハァ…わかったよ。私の負け。

梓と一緒に池袋行けばいいんやろ?てか、日奈子の梓が将来必要になるだろう物ってなんなん?」

 

「サイコフレームとNジャマーキャンセラーだよ」

 

「……何?日奈子は梓と将来宇宙戦争でもやるつもりなの?」

 

そうしてあたしと澄香は池袋に向かう事になり、日奈子は秋葉原、翔子は原宿へと向かう事になった。

 

ここからは別行動しちゃったから、あたしも聞いた話になるんだけど、みんな各々BREEZEのメンバーとエンカウントしちゃってね。

 

まずは日奈子と三咲ちゃんから聞いた話からしようかな。

 

 

 

 

日奈子は秋葉原に到着し、事前に調べていたパーツ屋を回る事にワクテカしていたという。

 

「ここが…聖地秋葉原。ここならあたしの求めるひとつなぎの大秘宝(ワンピース)が見つかるかもしれない…」

 

そうして1軒1軒パーツ屋を回り、関西では手に入らないパーツはないかとか色々な物を探していたみたい。

 

一方その頃同じ時間に、BREEZEの英治くんと、英治くんの彼女である三咲ちゃんも秋葉原に来ていた。

 

「んっだよもー!何で俺がタカのパソコンを買ってやらなきゃなんねーんだよ!」

 

「いやいやいや、英治くんがタカくんのパソコンで勝手にえっちぃサイトを見ようとして、ウイルスに引っ掛かってクラッシュさせちゃったからでしょ?買ってやるって言うかただの弁償だよね」

 

英治くんと三咲ちゃんは、英治くんが壊してしまったタカくんのパソコンを弁償する為に、秋葉原に新しいパソコンを探しに来たようだった。

 

「それにしても秋葉原っていいな。盲点だったぜ。可愛いメイドさんがいっぱい居るじゃねぇか」

 

「うん、そしてそのお店に入って店員のメイドさんをナンパしたりしないように私が今回着いて来たんだけどね」

 

「…ん?あの子」

 

「って英治くん!言った側から!

またナンパする気!?彼女の私がこんな近くにいるのに!!可愛い女の子に罪はないから英治くんが血を見る事になるんだからね!」

 

「あ?ちげぇよ。三咲、お前も見てみろって」

 

「私には何も見えない!そして次に英治くんが見るのは病室の天井だよ!また入院だね!おめでとう!!」

 

「だから違うって!マジで!ってかその拳を収めて下さい。あそこに秋葉原に似つかわしくない幼女が1人で居るんだって!迷子かもしれないだろ!!」

 

「え?迷子?」

 

-バキッ

 

「痛い!!」

 

「あ、ごめん。迷子って聞いて手を緩めたつもりなんだけど…。ちゃんと寸止めにしたし」

 

「え?今の衝撃波なの?衝撃波であの威力なの?」

 

英治くんがその時見つけた迷子の幼女ってのは日奈子の事だったんだけど…。

 

「まぁ、いいや。今は顔面の痛みより迷子の幼女の方が大事だぜ」

 

「え?迷子の幼女って…あの子?あの子は違うよ。明日デュエルやるArtemisの…」

 

三咲ちゃんはあたしとも澄香ともメールのやり取りをしていたし、日奈子の事は話していたしあたし達の写真も送った事がある。

だから日奈子の事は知っていたんだけど、当時の英治くんは知らなかったみたい。

 

ちなみに三咲ちゃんからもBREEZEとあたし達の対バンの件を話してくれていた。

だけど、タカくんには『負け無しのバンドと対バンとか怖いから嫌だ』、トシキくんには『大阪に行くのも来てもらうのも…』、拓斗くんには『めんどくせぇ』、英治くんには『へぇ、女の子のバンドか?ちなみにそのバンドに可愛い子。俺好みの子はいるのか?』とか言われて説得出来なかったらしい。

 

「おーい!そこの幼女ちゃん!」

 

「だから!英治くん!あの子は違うって!」

 

「三咲、バカ野郎!幼女が1人で親と離れてこんな所に居るんだぞ!俺たち大人がしっかり保護してやらねぇとダメだろうがっ!」

 

三咲ちゃんはそんな真面目な英治くんを見て、幼女を助けたいという英治くんの優しさを受けて、メロメロになっちゃって思考が停止したらしい。

 

「英治くん…!(ああ、なんてかっこ良くて優しいの…!もう好き!大好き!!)」

 

「って訳で、そこの10年後が楽しみな幼女ちゃ~ん!」

 

「だから、英治くん…!」

 

英治くんは三咲ちゃんの話も聞かず日奈子に突撃して行った。

 

「おい、そこの幼女ちゃん」

 

「ん~…これは…仮面?うーん…血を垂らしたら何か突起物出てきた…?うん、この仮面を被りながら血を着けたら…ああ、やっぱ何か脳に影響ありそうだし使えないか。…これは…」

 

「おい!幼女ちゃん!聞いてくれ!」

 

「これは…核パルスエンジン…だよね?うーん、これがあれば、モビルスーツの量産化…いや、それ以上の…」

 

「幼女ちゃん!」

 

「うわっ!びっくりした…!幼女…?幼女って…」

 

「大丈夫かい?」

 

「(キョロキョロ)幼女ってもしかしてあたしの事?」

 

「もちろんさ幼女ちゃん」

 

「あ"?」

 

英治くんは日奈子の事を幼女が迷子になってると思って声を掛けたんだけど…

 

「誰が幼女やねん…。ん?もしかして…ああ、あたし見た目こうだもんね。いい?あたしな幼女じゃないの。れっきとした女子高生なの。ぴちぴちなの」

 

「幼女ちゃん、気持ちはわかるぞ。子供扱いされたくないんだろう?でも、10年後にまた再会しよう」

 

「あ"?」

 

英治くんは日奈子の事を幼女として疑っていなかった。

 

「英治くん!その子は違うって!その子はArtemisの!」

 

「あん?あるてみす?…Artemisって明日デュエルやる…」

 

「え?あたしの事知ってる…?あ、あ!BREEZEのEIJIちゃんだ!」

 

三咲ちゃんのおかげで日奈子はArtemisのメンバーである事を認識してくれた。

そしてそれと同時に、日奈子はあたしと澄香にBREEZEの事を色々と教えられていたから、そのついでにアー写などを見ながら悶えるあたしと澄香を見ていたから、日奈子は声を掛けてきてきた人が英治くんだとわかったらしい。

 

「こ、この幼女が…Artemisのメンバー…だと…」

 

「幼女幼女うるさいなぁ…」

 

「そうだよ!月野 日奈子ちゃん!英治くんと同じドラマーの女の子だよ!」

 

「う、うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

英治くんは突然泣き出したらしい。

 

「そんな…バカな…!グスッ…なんで!なんでなんだ!グスン、せっかく!せっかくガールズバンドとデュエルだと…グスッ…ガールズバンドとデュエルと思っていたのに!それが…こんな幼女とだと!?グスン」

 

「あ"?」

 

「へぇ、英治くんはガールズバンドとデュエル出来るって喜んでたんだ?」

 

「あったり前だろうがっ!グスッ…もし可愛い女の子が居たらどうしようとか!タカにバレないようにどう声掛けようとかよっ!」

 

「ねぇ、お姉さんこいつの彼女なんだよね?こいつ何言ってんの?」

 

「そうだね。うふふ。

こいつ彼女である私の前で何言ってんだろうね?あ、日奈子ちゃんは何でこんな所に?明日デュエルあるから前乗りかな?あ、色々聞きたい事あるんだけどちょっと待っててくれる?」

 

「え?」

 

「ほら、英治くん、ここじゃちょっとアレだからあっちいこ」

 

「離せよ三咲!俺は、俺は今、明日の楽しみを奪われて…」

 

「いいから。いいから、ちょっとこっち来いってんだよ」

 

「え?三咲?三咲さん?何か怒ってる?え?三咲様?引っ張る力強くないですか?服が破れちゃいそ…待って!謝るから!謝るから待って!痛い!めちゃくちゃ痛いんだけど!」

 

英治くんはそのまま三咲ちゃんに引き摺られて、裏路地に入っていったらしい。

そして、裏路地から戻ってきた英治くんの顔はボコボコに腫れ上がっていたらしい…。

 

「ごめんね、日奈子ちゃん。お待たせしちゃったね」

 

「いや、それはいいんだけど…」

 

その後、日奈子と英治くんと三咲ちゃんは、日奈子のアドバイスの元、タカくんのパソコンを買い、そして、一緒にお昼ご飯を兼ねたお茶をしていたらしい。

メイド喫茶で…。羨ましい…。

 

「そっか、それで三咲ちゃんはあたしの事知ってたんだね」

 

「うん、明日は久しぶりに梓ちゃんと澄香ちゃんに会えるし、私も楽しみにしてたんだよ~」

 

「まぁ、梓ちゃんと澄香ちゃんは池袋行っちゃったんだけどね」

 

「池袋かぁ。タカくんも今日は池袋行くって言ってたし、梓ちゃん達とエンカウントしてたりしてね!」

 

「え?ネタバレ?」

 

「ネタバレ?とは?」

 

「いや、いやいや、何でもないよ。それよりいいの?三咲ちゃんの彼氏さん、めちゃメイドさんをナンパしてるよ?」

 

「うん、あんまよくないけどね。あの腫れ上がった顔じゃナンパも成功しないでしょ。いつもの事だしね~」

 

「いつもの事って…よくそれで結婚したよね」

 

「へ?結婚?」

 

「いや、いやいや、何でもないよ。それよりそろそろ出よっか。あたしも買いたいのあるし」

 

メイド喫茶での話はそんな感じだったらしい。

これって日奈子から聞いたんだっけ?三咲ちゃんから聞いたんだっけ?

 

ま、それは今はいいか。

 

そして、3人がメイド喫茶を出た時の事。

 

 

-ドンドンドンドン!

 

 

やたらと煩いトラックが大通りを占拠していたみたいなの。

 

 

「ふはははは!俺様の名前は"ゴガツバエ"!クリムゾンミュージカルの唯一のドラマー様だ!」

 

そのトラックにはクリムゾンミュージカルのドラマーが居たらしい。

クリムゾンミュージカル。とても聞き間違いしそうな名前。

 

そう、皇紅蓮の率いるクリムゾンミュージックと。

 

「「クリムゾンミュージック!?」」

 

日奈子と三咲ちゃんも聞き間違えちゃったらしい。

 

「何だ?そこの女と幼女は俺様のクリムゾンミュージカルを知っているのか?」

 

「クリムゾンミュージック…。梓ちゃんのお父さんの居るクリムゾンエンターテイメントの親会社…」

 

「クリムゾンミュージック…。あの皇紅蓮の…。私達は外伝的なあれだし、絡む事はないと思っていたのに…」

 

まだクリムゾンミュージックとクリムゾンミュージカルを聞き間違えているようだった。

 

「ふははは!俺様は今、その辺にいる一般人とドラムデュエルをして5連勝中だぜ!俺様に勝てるドラマーなんてこの世に数人しかいないだろうなっ!」

 

「あいつ…あたしと同じドラマー?」

 

「その辺にいる一般人とドラムデュエル?それってどうなんだろう?」

 

「ふはははは!俺様の上にはたくさんの凄いドラマーがいるだろう!だがな!俺様の右に並ぶドラマーは絶対居ないぜ!」

 

「そんなすごいドラマーなの!?さすが…クリムゾンミュージックだよ!(ギリッ」

 

「右に並ぶドラマーな居ないって…!うちの英治くんもすごいドラマーなんだからっ!」

 

2人の勘違いはとどまる所を知らなかった。

 

上にはたくさんの凄いドラマーが居るけど、右に並ぶドラマーは居ないって、自分が一番下手だって言ってるようなもんなのにね。

 

だけど、当時の日奈子と三咲ちゃんは"クリムゾンミュージック"の名前に恐怖を感じていた。

 

「さぁどうする?俺様はまだまだドラムをやれるぜ!他に居ねぇのか!ドラムをやってみたいって程度の一般人はよ!?」

 

「あたし…ドラムをあんな事に使ってるあいつキライ。あたしがデュエルしてくる!」

 

「ダメだよ、日奈子ちゃん!明日はBREEZEとのデュエルだよ!?もし、ここで負けちゃったりしたら!」

 

クリムゾングループのバンドマンと、クリムゾングループ以外のバンドマン。

そんなふたつのバンドがデュエルをしたら血の雨が降る事になる。

だって、バンドやろうぜ!のデュエルゲームで負けたら服とかボロボロになってたし。

 

それにデュエルで負けたバンドはもうバンドをやれなくなる。そんな設定があった。

 

「三咲ちゃん…。もしあたしが負けちゃったらさ。明日Artemisのみんなに…」

 

「嫌だよ!私そんなの嫌だよ日奈子ちゃん!」

 

日奈子も負けたとしてもホテル戻ってきた時にあたし達に話してくれたら良かっただけなのにね。

 

「ぼばえらは、ぞどいぼぞどっでババなのヴァ?」

 

日奈子と三咲ちゃんが茶番を繰り広げていると、久しぶりに英治くんが会話に入ってきた。

 

「ヴァいづのバナじ…」

 

「こいつ何言ってるの?顔が腫れ上がってて何言ってるのかわからないんだけど?」

 

「うぅん、そうだね。私が何とか解読してみるよ!愛の力で!」

 

その時、日奈子は愛の力って大した事ないんだな。

と思ったらしい。だからいい歳して日奈子も見た目あれだけどまだ結婚出来てないんだよ。

あ、これブーメランだわ。

 

「………」

 

「うん、うん。なるほどなるほど。わかったよ」

 

「え?わかったの?」

 

「あのなぁ?お前らバカだろ?あいつが言ってんのはクリムゾンミュージカル。クリムゾンミュージックじゃねぇよ。だって」

 

「………」

 

「うん、うんうん。え?」

 

「クリムゾンミュージカル?…クリムゾンミュージックじゃないのか。それで?英治ちゃんは何て?」

 

「文字数の無駄だしこんな雑魚はサッサとやっちまって帰るぞ。顔を冷やしたいしな。だって」

 

「やっつける!?」

 

「……」

 

「ほむほむ、なるほど。

ちびっ子お前もドラムやってんだろ?ここはひとつどうだ?あいつのトラックにはあいつのドラムを含めて3セット。俺とお前とあいつの3人でデュエルしようぜ。だって」

 

「え?今のセリフそんな長かった?」

 

「何だ?お前ら俺様とドラムデュエルやるつもりなのか!?面白い!」

 

「……」

 

「あいつがバカで助かったな。よし、Artemisの日奈子っていったっけか?お前、俺とドラムデュエルする気はあるかよ?だって」

 

「それ本当に英治ちゃんが言ってる?長くない?でもまぁ、ドラムデュエル…やる気はあるよ」

 

「…」

 

「よぉし、言ったな?……ここだけの話、三咲には内緒だけどな。お前、あれだ。俺とこのデュエルで負けたらよ。お前の学校の女の子4人程紹介しろよ。ご、合コンってやつだ!な!?いるだろ!?可愛い女の子!俺らはBREEZEのメンバー4人で参加するからよ!だって。え?これを私に通訳させるって英治くん正気?」

 

「は?合コン…?

………うん、いいよ。あたしの学校の女の子4人だよね?紹介してあげる。ただし、あたしに勝てたらだよ?」

 

「…」

 

「うひょぉぉぉぉぉ!マジでか!よっしゃ!やる気めちゃくちゃ出て来たぜ!だって。え?私、一応英治くんの彼女だよ?2人共わかってる?」

 

そんな三咲ちゃんの訴えは虚しく、2人には聞き流されていた。

 

今から英治くんと日奈子、そしてクリムゾンミュージカルのドラマーの3人でのデュエルが始まろうとしていた。

 

英治くんが勝ったら日奈子は学校の女の子をBREEZEの4人に紹介する。

そして日奈子は『そのかわりあたしが勝ったらBREEZEはあたしの企画ライブには絶対に参加する事。この条件でいい?』と、とんでもない条件を提示していた。

 

「ふははは!お前ら2人で俺様に挑んでくるとはな!よほど俺様が…」

 

「うるっさい!お前なんか眼中にないの!」

 

「うるっせぇんだよ!外野は黙ってろ!」

 

「え?外野…?」

 

いつの間にか普通に喋れるようになってた英治くん。

 

そして、2人プラス外野の3人のドラムデュエルが始まった。

 

ちなみに三咲ちゃんは相手は腐ってもクリムゾングループのミュージシャンだから、タカくんの承諾なしに勝手にデュエルなんかしていいのかと心配していたらしいけど、『合コンの為だ』と一蹴されたらしい。

 

後日、英治くんはタカくんと三咲ちゃんにしばかれる事になる。

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

「な、何なんだよ…お前ら…し、素人じゃねぇだろ!?」

 

「うっさい!集中してんだから話かけないで!!(このクリムゾンのヤツは下手っぴとしても…英治ちゃんのドラム…本気でやらなきゃ負けちゃいそう…)」

 

「外野は黙ってろ!つったろが!しばくぞ!(マジでか!?このちびっ子、こんなスゲェ音出せんのかよ!さっきから着いて行くのに必死だぜ!)」

 

日奈子は"学校の女の子を4人"という話だったから、あたし達Artemisのメンバーを改めて紹介したらいいや。

BREEZEとの合コンだったら、タカちゃんも来るだろうし梓ちゃんと澄香ちゃんには感謝されるかも~。

 

って事で、翌日のデュエルの為に手の内は隠そうとしていた。

だけど、いつの間にか英治くんのドラムの音に引っ張られて、本気でドラムを叩いていたらしい。

 

そして…

 

「ハァ…ハァ…クソっ!負けちまった…!」

 

「ふっふっふぅ~。あたしの大勝利!」

 

デュエルは日奈子の勝ちで幕を閉じた。

 

クリムゾンミュージカルのドラマーは、デュエルが終わった後、恥ずかしそうにこっそりと帰って行ったらしい。

 

「あ、あはは、2人共お疲れ様…。あの人帰ってしまったけど…」

 

「クソ!負けは負けだ!日奈子…だっけか?

お前が企画したライブには俺らBREEZEは絶対参加してやるよ!」

 

英治くんはその時は、企画ライブって言ってもただの楽しいライブだろ。と、日和った事を考えていた。

この時の約束のせいで、何度も死にかける事になるんだけど…。

 

「ま、英治ちゃんもなかなか良かったよ。あたしの企画ライブには絶対参加してもらうからね」

 

「あ?ああ…約束は約束だからな」

 

「よし!潔い英治ちゃんには特別だよ!

さっきのあたしの学校の女の子4人を紹介してあげるってやつ。あたしの勝ちだけど紹介してあげる」

 

「ほ、本当か!?」

 

「うん!本当だよ(ニタァ」

 

その時日奈子は、英治くんには飴も与えておけば、企画ライブが危険性があっても参加せざるを得ないだろう。

と考え、あたしと澄香にタカくんと合コンさせてあげるという貸しを作れると考えたらしい。

 

実際、あたしも澄香も英治くんも、この日から日奈子の手のひらの上で踊る事になる。

 

 

 

 

「なんて事があってね。その日、日奈子は英治くんとデュエルしたんだよ」

 

「あっはっはっは、梓お姉ちゃん作り話上手すぎ!」

 

「え?作り話じゃないよ?な、何でそう思ったの…?」

 

なっちゃんに作り話と言われてしまった。

日奈子と三咲ちゃんから聞いた話をそのまま伝えたのに。

 

「だって、あるわけないじゃん!」

 

え?何が?何か変な所あったかな?

 

「英治さんや日奈子お姉ちゃんの話が本当だとしても、三咲さんの性格がおかしすぎるよ。あんな上品で清楚なお姉さんなのに!」

 

え?三咲ちゃん…?

あ、そういえば晴香ちゃんとこないだお茶した時に、三咲ちゃんに子供が…初音ちゃんが産まれてから、人格を整形されたかの如く性格が変わったって言ってたっけ?

 

三咲ちゃんと2人でお茶した時は昔のまんまだったけど。

 

「ダメだよ、梓お姉ちゃん。

三咲さんは私達も会った事あるし、そんな変な人じゃないの知ってるんだから」

 

……三咲ちゃん、みんなの前ではどんだけ猫をかぶってるの?

 

「それで?日奈子お姉ちゃんが英治さんに会ったって事は、梓お姉ちゃんと澄香お姉ちゃんか、翔子お姉ちゃんが、先輩かトシキさんか拓斗さんと会ったって事だよね?」

 

「う、うん、まぁ…」

 

「それで次は誰のお話?」

 

「そう…だね…」

 

うん、このままあたしが混乱してたんじゃ話が進まない…。三咲ちゃんの事は今は考えないでおこう。

 

「そだね、次は翔子が原宿行った時の…翔子と拓斗くんから聞いたお話をしようか」

 

「へぇ、翔子お姉ちゃんは拓斗さんと会ったんだ?」

 

そうしてあたしの昔語りは続く。

 



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第49話 翔子の恋

「え?ま、マジっすか?」

 

「誠に申し訳ございません!何か入れ違いがあったみたいで…衣装の納品は夕方頃になります…!」

 

「夕方…、明日には間に合えばいいですけど……あの!本当に夕方には大丈夫っすか!?」

 

「はい!それは必ずお約束させていただきます!」

 

「だったらあたしら的にも大丈夫ですよ。また夕方頃に伺わせてもらいます」

 

「本当に!申し訳ございませんでした!」

 

今回は翔子のお話。

 

原宿に向かった翔子はあたし達Artemisの衣装を受け取りに行ってくれていた。

 

翌日のBREEZEとのデュエルの為に、あたし達Artemisの衣装も新調しようと…

 

 

---------------------------------------------------

 

 

「ちょっと待って、梓お姉ちゃん!」

 

「ん?どうしたのなっちゃん、またあたしの過去話にダメ出しかな?」

 

「いや、ダメ出しとかじゃないけど…。

梓お姉ちゃん達Artemisもライブ衣装とか作ってたの?前回のお話でも翔子お姉ちゃんはそんな事言ってたし…」

 

「え?うん、あたし達もライブ衣装作ってたよ?

日奈子がライブ衣装とかも作りたいって言い出して、翔子も服飾好きだから乗り気になっちゃって…。あたしと澄香は恥ずかしいって言ってたんだけど…」

 

「あ、そうなんだ?私達Divalもライブ衣装作ったから…」

 

「でも澄香がライブ衣装とかみんなで揃えるって、なんだか戦隊ものみたいだね?とか言うから戦隊もの好きなあたしは乗り気になっちゃって…」

 

「…戦隊もの」

 

「あ、それで?なっちゃん何か言いかけてなかった?」

 

「いや、何でもないよ。考えてみたら私達の衣装を作る動機よりマシか…」

 

「なっちゃん?」

 

「いや!本当に何でもないよ!それで?翔子お姉ちゃんはどうしたの?」

 

「あ、それで翔子はね…」

 

 

---------------------------------------------------

 

 

「これから夕方まで原宿をぶらぶらしなきゃなんねぇのかぁ…」

 

翔子は衣装が納品される時間が夕方頃になるとの事で、1人原宿をぶらぶらする事になった。

 

「まぁ、どっちにしろ今日は原宿で遊び倒す予定だったし、荷物が増えなかった分ありっちゃありか」

 

衣装の納品が間に合っていようがいまいが、翔子はずっと原宿で遊ぶつもりだったから、特に時間潰しに問題はないと思ったんだって。

 

原宿で遊ぶつもりだったからかえって良かったのかもね。

 

それから翔子は原宿の洋服屋さんとかトレンドの飲食物とかを食べ歩きしながら原宿を楽しんでいたらしい。

 

「さっきのは美味かったな。関西人のあたしの口にも合う味付けだったし、麻友と加奈子にも土産に買って行ってやろうかな?」

 

あたし達Artemisへのお土産は一切考えてなかったらしい。

 

そんな感じで翔子が1人ぶらぶらしていると…。

 

「よ、お姉ちゃん可愛いね、今暇?」

 

「俺らも暇なんだけどさ?一緒にカラオケでも行かない?」

 

2人組の男の人が翔子をナンパしてきたらしい。

いつもの翔子ならそんな男の人達なんて肉体言語で断ってるんだけど…。

 

「ごめんなさい、あたし今ちょっと忙しくて…(チ、明日は梓らにとって大切なデュエルだしな。うっかり手首でも痛めちまったら梓達に悪いし)」

 

翔子は翌日のBREEZEとのデュエルを考え、万が一殴った拍子に手首でも痛めたら大変な事になると思い、殴るのを我慢していたらしい。

 

あ、殴るとか言っちゃったよ。

 

「いいじゃんいいじゃん。絶対楽しいからさ!」

 

「ほんとほんと、1時間だけでいいからカラオケ行こうよ」

 

「あはは、本当に…あの、ごめんなさい…(何なのこいつらめんどくせぇなぁ。本当にやっちまうか?)」

 

翔子もまだ行ってみたいお店があったりと、まだまだ原宿を堪能したいと思っていたから、そのナンパ野郎達がめちゃくちゃ邪魔だったらしい。

 

それでもしつこく声を掛けてくるもんだから、もうなるようになればいいしぶっ飛ばしてしまおうかな?と、思っていた時、翔子を助けてくれる人達が現れた。

 

「あの~、その子迷惑してるみたいですし、そろそろ止めた方がいいんじゃないですか?」

 

「あ?誰だお前」

 

「俺らの邪魔すんなよ」

 

「な?トシキ、だから言っただろ。助けるなら知り合いの振りして無理矢理助けちまえば良かったんだよ」

 

「いや、でもさ、考えてみてよ宮ちゃん。

俺達が知り合いの振りして助けても、この子が『誰ですか?』とか言っちゃったら余計面倒くさくなるじゃん?」

 

そこに現れたのは、BREEZEのギタリスト佐藤 トシキくんと、BREEZEのベーシストの宮野 拓斗くんだった。

 

「何なんだよテメェらは!」

 

「邪魔すんなって言ってんだろうが!」

 

「わ、わわわ、ぼ、暴力は止めましょうよ。暴力反対」

 

翔子は助けに入ってくれた拓斗くんを見て、弱腰でカッコ悪いと思ったらしい。

 

でも、トシキくんに関しては『あたしを助けに来てくれた。まるで白馬に乗った王子様みたいだった。見えてた。あたしには白馬に乗ったトシキさんが見える』

とか言っていた。暴力反対とか言ってたのトシキくんなんだけどね。

 

この辺、翔子から聞いた話と、拓斗くんから聞いた話がチグハグなんだよね。

 

「(何だこいつら…女の子を助けに入っておいて弱腰かよ。ダセェ…。ってか、こいつらどっかで見たことあるような…)」

 

拓斗くんから聞いた話では、助けに入ったのにこいつらダセェとか思われてるみたいだったって言っていた。

 

「俺らの邪魔してんじゃねぇよ!」

 

-ドカッ!

 

トシキくんはとうとう翔子をナンパしていた男の子に殴られてしまった。

 

でも、殴られたトシキくんは何の抵抗もしないまま、『あはは、痛いじゃないですか。止めて下さいよ』と、言っているだけで、そのまま殴られ続け、とうとう拓斗まで殴られてしまった。

 

「痛えなコラ!テメェらいい加減に…!」

 

「ダメだよ!宮ちゃん!!」

 

「ウッ…」

 

殴られてしまった拓斗くんはやり返そうとしたらしいんだけど、トシキくんに止められてしまった。

 

翔子の言い分だとその時、トシキさんは抵抗もせずに殴られても、自分はバンドマンだから暴力は奮わないという想いからトシキくんは殴り返さなかった。

殴り返そうとした拓斗くんと違ってなんて素敵な人なんだろうと思って、翔子も殴られているトシキくんの間に入るのは我慢していたらしい。

 

…あくまでも翔子の言い分ね。

 

「オラァ!」

 

-バキッ

 

「痛ッッッ…。トシキ!このまま殴られてんのは我慢ならねぇ!やらせろよ!テメェが止めても俺はやるからな!」

 

殴られ続けて我慢の限界がきた拓斗くん。

だけど、このままやられっ放しでいる訳にはいかないと、とうとう殴り返そうとした。

でも…。

 

「ダメだよ!宮ちゃん!」

 

「言ったろ!テメェが止めても俺は…!」

 

「はーちゃんに言っちゃうからね!」

 

「……」

 

拓斗くんは殴り返そうとしたけど、何故か殴り返すのを止めたらしい。それどころか…。

 

「ト、トシキ…そ、それはいくら何でも…」

 

「はーちゃんにケンカなんかしたってのがバレたらその後どうなるか…。俺も暴力とかケンカは嫌だからさ。宮ちゃんがやるんなら、俺はそのままはーちゃんに報告させてもらう」

 

「グスッ…そ、それならここで殴られ続けた方がまだマシか。う、うぅ…」

 

「良かった、宮ちゃんもわかってくれて」

 

拓斗くんは何故か泣き出してしまったらしい。

 

「テメェら何をごちゃごちゃ言ってんだ!」

 

翔子をナンパしてきた男の人の1人が拓斗くんの胸ぐらを掴んだ。

また拓斗くんは殴られるかも知れない。

 

そんな時にトシキくんが…。

 

「あ!おまわりさーん!助けて下さーい!僕達暴力を奮われてて!」

 

と、叫んだ。

 

う~…ん、ここからは拓斗くんに聞いた話と翔子に聞いた話を織り交ぜて話すね。

 

まずは翔子から聞いた話なんだけど…。

 

 

「なっ!?ポリ公だと!?」

 

「テメェ!マッポを呼ぶとか卑怯すぎだろ!」

 

翔子をナンパしてきた男の人達はそう言って去って行った。

 

「マッポって…あ!てかポリスメンはヤベェ!トシキ!俺らも逃げんぞ!」

 

「あはは、大丈夫だよ宮ちゃん。

おまわりさんはこの辺には居ないよ。そう言ったらあいつらも逃げ出すと思って」

 

「え?…は!?お前…あれって嘘だったのかよ」

 

「うん、まぁね。さすがにこれ以上殴られたくはないでしょ。まぁ、あいつらも信じて逃げてくれて良かったよ」

 

トシキくんが『おまわりさーん!』って叫んだのは、警察が来たらこの男の人達は困って逃げるだろうと思っての嘘だったらしい。

 

でもその嘘のおかげで翔子は助かったし、トシキくんも拓斗くんもこれ以上に殴られる事はなかった。

 

「(この人…、あいつらを追い返す為に警察を呼んだ振りをするなんて…なんて機転の効く素晴らしい人なの!?)だ、大丈夫ですか!?」

 

そう言って翔子はトシキくんに駆け寄った。

 

「大丈夫じゃねぇよ、めちゃくちゃ痛えよ」

 

「うっせぇんだよ!テメェには聞いてねぇ!」

 

拓斗くんの返答に翔子はそう応えたらしい。

 

「あはは、大丈夫だよ」

 

「殴られても1発もやり返さないなんて…」

 

「俺は大丈夫、それより君の可愛い顔が殴られたりしなくて良かった」

 

あたし的にはトシキくんらしくない台詞だ。

 

「あたしなんて…それよりあなたが…」

 

-ピピピピ…ピピピピ…

 

翔子がトシキくんと話しをしていると、注文していた衣装が届く時間を知らせるアラームが鳴ったらしい。

 

「(ああ…なんて、なんて運命は残酷なの!?こんな素敵な人に出逢えたのに、もう衣装を取りに行かないといけないだなんて!きっとシンデレラもこんな気持ちだったんだろうな…)ご、ごめんなさい。もっとあなたとお話しをしていたいんですけど…あたしはもう…行かなくちゃ…」

 

「そっか、俺ももっとキミと一緒に居たかったけど、大事な用なんでしょ?」

 

「…はい」

 

「なら行って。きっと、俺たちはまた逢えるよ。だって…赤い運命の糸で俺たちは繋がってると思うから」

 

-ズキュン!

 

翔子はその時、トシキくんが運命の相手だと確信したらしい。

トシキくんは絶対そんな台詞言わないと思うんだけどね。

 

そして翔子は後ろ髪を引かれながらも、衣装を受け取る為にトシキくんと別れたらしい。

 

……っていうのが翔子から聞いた話。

ここからは拓斗くんに聞いた話を話すね。

 

 

「なっ!?ポリ公だと!?」

 

「テメェ!マッポを呼ぶとか卑怯すぎだろ!」

 

翔子をナンパしてきた男の人達はそう言って去って行った。

 

「マッポって…あ!てかポリスメンはヤベェ!トシキ!俺らも逃げんぞ!」

 

「あはは、大丈夫だよ宮ちゃん。

おまわりさんはこの辺には居ないよ。そう言ったらあいつらも逃げ出すと思って」

 

「え?…は!?お前…あれって嘘だったのかよ」

 

「うん、まぁね。さすがにこれ以上殴られたくはないでしょ。まぁ、あいつらも信じて逃げてくれて良かったよ」

 

トシキくんが『おまわりさーん!』って叫んだのは、警察が来たらこの男の人達は困って逃げるだろうと思っての嘘だったらしい。

 

でもその嘘のおかげで翔子は助かったし、トシキくんも拓斗くんもこれ以上に殴られる事はなかった。

 

「(こいつら…あんだけ好き勝手に殴られて1発もやり返さずに…!)だ、だせぇ!!」

 

そう言って翔子はトシキくんに詰め寄った。

 

「あ?せっかく助けてやったのに何だその言いぐさはよ」

 

「うっせぇんだよ!テメェには話してねぇ!」

 

拓斗くんの返答に翔子はそう応えたらしい。

 

「あはは、でもみんな無事だったしさ」

 

「殴られても1発もやり返さないなんて…テメェらそれでも男かよ!」

 

「あはは、気持ちはわかるけどさ。やっぱり暴力はよくないよ」

 

「あんだけ好き勝手殴られててよ!悔しくねぇのかよ!」

 

翔子はずっと殴られててもやり返さないトシキくんと拓斗くんの事を情けないと思って怒っているようだった。

せっかく助けてやったのにこの仕打ちだぜ。って笑ってたけど…。

 

「まぁ、ちょっとはそんな気持ちもあるけどさ。もしやり返してて俺たちが勝ったとしても…」

 

「ああ、そうだな。やり返した所で勝ったとしてもタカのヤツは『あ?お前らバンドやってんくせに何ケンカなんかやってんの?』ってグチグチグチグチうるせぇだろしな」

 

「だよね…。でも負けたら負けたで、また情けないだのダサいだのグチグチグチグチうるさいだろしね…」

 

「それがまたしつこいんだよなぁ…あの野郎は。

想像しただけで泣きそうになるぜ」

 

「バンドやってんのに…?テメェら…もしかしてバンドやってんのか…?」

 

翔子はトシキくんの言った『バンドやってんくせに』って台詞が気になったらしい。

 

-ピピピピ…ピピピピ…

 

翔子がトシキくん達と話しをしていると、注文していた衣装が届く時間を知らせるアラームが鳴ったらしい。

 

「(チ、もう衣装が届く時間か…こいつらを問い詰めて説教してやりてぇけど…まぁ、もう会う事もねぇだろうし…)テメェらの気合いを入れ直してやりてぇけど、残念ながらあたしには時間がねぇ…。いいか!テメェら!

あたしはもう行くけど二度とあたしの前に現れんじゃねぇぞ!」

 

「あ、あははは…まぁ、また近い内に会うことになるんだろうけど…」

 

「…あ?」

 

「近い内に会うことになる?トシキ、そりゃどういう意味だ?」

 

「まぁ…その内わかるよ」

 

その時、トシキくんはあたし達Artemisのライブ映像を聖羅から観させられていて、あたし達の事を知っていたらしい。

タカくん達は面倒くさいとかの理由で観てなかったみたいだけど。

 

そして翔子はトシキくんの『近い内に会う』という言葉を特に言及もせずにその場から去って行ったらしい。

 

 

 

ここからはまた翔子に聞いた話に戻るね。

 

トシキくん達と別れてから衣装を受け取り、しばらくの時間原宿を満喫していたらしい。

 

「さすが原宿楽しかったな。でも、まぁあたしには関西のが肌に合うな。ここら辺入り組んでるし…」

 

翔子は原宿を堪能し終わって、そろそろホテルに帰ろうたしてたんだけど、ちょうどその時に…。

 

「お、さっきのお姉ちゃんじゃん」

 

「さっきは邪魔な奴らが来て遊びに行けなかったしさ。これから遊びに行こうよ」

 

またさっきのナンパ野郎達に出会ってしまったらしい。

 

「あはは、ごめんなさい。あたしもう帰ろうと思ってまして…」

 

「いいじゃんいいじゃん、遊び行こうよ」

 

「ほらほら、行こうよ。ちょっとだけだし」

 

翔子が断ってもしつこく声を掛けてくる男達。

翔子はホントは殴って蹴散らしてやろうと思ったんだけど、衣装を持っていたから、衣装を傷付けたりしたらヤバいと思って手を出せなかったみたい。

 

「いや、あの…ホントにそろそろ帰らないといけないので…」

 

-バチン

 

翔子はいきなり頬を叩かれた。

 

「…え?」

 

「おたおた言ってんじゃねぇよ。俺らが遊びに行こうってんだろうがよ」

 

「黙って着いて来いよ」

 

頬を叩かれた翔子は『あ、ヤバい。こいつらしばいちゃいそう』と思った。

でも、衣装が万が一傷付いてしまっては、あたし達にしばかれるだけでは済まなくなる。

そんな思いからまだ手を出せないでいた。

 

「おら!来いよ!」

 

ナンパしてきた男の内の1人が翔子の腕を掴んで思いっきり引っ張らない。

普通の女の子ならここで怖いと思うんだろうけど、

 

「や、止めて!離して下さい!(こいつら…後10秒以内に手を離さなかったらぶっ飛ばす。右ストレートでぶっ飛ばす)」

 

「これ以上殴られたくなったらついて来いよ!」

 

よし、殴ろう。もし衣装に傷が付いたらこいつらを梓達の前に連行しよう。

そう思って思いっきり右ストレートを叩き込もうとした。

 

「近い内に会うことになるとは言ったけど、こんなに近い内に会うのは想定外だったなぁ…」

 

「マ、マジでまた会うことになるとはよ…。トシキ、テメェいつの間にエスパーになった…?」

 

翔子がまさに殴ろうとした時、トシキくん達がまた翔子達の前に現れたのだった。

 

「あん?お前らはさっきの…」

 

「ちょうどいいぜ。こいつらにもさっきの礼をしたいと思ってたしよ」

 

「テメェら…何で…?(こいつら…ヘタレのくせに何でまた…)」

 

「俺らの邪魔すんじゃねぇってんだよ!」

 

翔子の腕を掴んでいた男は翔子から手を離し、トシキくんに向かって殴り掛かろうとした。

 

「ヤ、ヤベェ!テメェら!あたしの事はいいから逃げろ!」

 

「もう遅ぇよ!俺らはこいつらにもムカついてんだからよ!」

 

トシキくんは今にもまた殴られそうだった。

だけどその時…。

 

首肉(コリエ)!」

 

-ドカン!

 

トシキくんは殴り掛かってきた男を蹴り飛ばした。

 

「グハッ…お、お前…!」

 

「お、おい。いいのかよ、トシキ。

もしケンカしたなんて事がタカにバレたら…」

 

「大丈夫だよ。

はーちゃんの事だから女の子が殴られたのに助けなかったとしたら、その事で余計に怒ると思うよ。暴力付きで」

 

「ああ…確かにあいつなら怒るだろうな。容赦ない暴力付きで」

 

「あはは、容赦ない暴力を受けるのは主に宮ちゃんと英ちゃんだけどね」

 

「お、お前…い、いきなり蹴りくれやがって…」

 

「このガキ!調子乗りやがって!」

 

今度はトシキくんに向かって、2人がかりで襲い掛かってきた。

 

「トシキ、手伝うか?」

 

「いいよ、俺1人で。宮ちゃんはあの娘の事お願い」

 

「お前!余所見してんじゃねぇぞ!」

 

「ぶっ飛ばしてやんよ!」

 

肩肉(エポール)!」

 

-ガコン!

 

「グハッ…」

 

「こ、このガキ!」

 

背肉(コートレット)鞍下肉(セル)!」

 

「ま、確かにこいつら程度ならトシキ1人で大丈夫か」

 

そして拓斗くんは翔子に近付いてきて…

 

「よぉ、お前大丈夫か?」

 

「あ?あたしは無事だけど…あいつ…」

 

「あ?トシキの事か?」

 

胸肉(ポワトリーヌ)!」

 

「め…めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか…」

 

もも肉(ジゴー)!」

 

「あ?あいつ一応あれでも手加減してやがんぜ?」

 

「手加減…あれで?」

 

翔子にナンパをしてきた男達は、トシキくんに一切手を出せずやられるがままにやられていた。

 

羊肉(ムートン)ショット!」

 

 

 

 

トシキくんは翔子をナンパしてきた人達をあっという間にやっつけた。

そして、また変な奴らに翔子が絡まれては大変だと、駅まで見送りしてくれる事になった。

 

「お前…何であんな強いのに昼はやられっ放しだったんだよ」

 

「え?うーん…やっぱり暴力はいけない事だと思うし…俺もケンカとかは嫌だしね」

 

「で、でも、さっきは殴られてもねぇのに…」

 

「殴られてたでしょ。神崎さんが」

 

「あ、あたしは…。ってちょっと待て!何でテメェがあたしの名前を…」

 

「明日のBREEZE(おれたち)のデュエルの相手。

Artemisのギタリストの神崎さんでしょ?さすがにデュエルの対戦相手のライブ映像は観させてもらうよ」

 

「ま、マジかトシキ。こいつが明日の相手の…」

 

翔子もBREEZEのライブ映像は観たことあるはずなんだけど、この時にやっと助けに入ってくれたのはBREEZEのギタリストであるトシキくんと、ベーシストである拓斗くんだと気付いたらしい。

 

そしてここからはまた翔子と拓斗くんとで話がちょっと違っている。

 

まずは翔子から聞いた話を…。

 

「そんな…あなた達があたし達の…明日の対戦相手…?」

 

「トシキ、お前何でわかったんだ?」

 

「宮ちゃん達はせっかく聖羅さんがライブDVD持って来てくれたのに観なかったもんね…。あんな可愛いギタリスト。1度観たら忘れないよ」

 

「そんな…可愛いだなんて///

あ、あなたの方がかっこよくて素敵です///」

 

「なるほどな。そういや聖羅の奴がそんなの持って来てたな。タカに今夜のオカズにしてもいいわよとか言ってたがありゃどういう意味だったんだ…?」

 

「そ、それより!お怪我はありませんか?」

 

「トシキの圧勝だったろうが。怪我なんかある訳ねぇだろ」

 

「(無視)」

 

「あはは、俺は大丈夫だよ。それより翔子の可愛い顔がこれ以上殴られたりしたら…俺はたまったもんじゃないから…。ごめんね、助けに来るのが遅くなって」

 

「あたしは大丈夫です。それより…何で昼はやられっ放しだったのにさっきは…。それに蹴り技ばかりで…」

 

 

 

そんで拓斗くんから聞いた話ではこんな感じ。

 

「え?あなたと…あの野郎があたし達の対戦相手?」

 

「トシキ、お前何でわかったんだ?てか、あの野郎ってのは俺の事か?」

 

「宮ちゃん達はせっかく聖羅さんがライブDVD持って来てくれたのに観なかったもんね…。かっこいいバンドだったから覚えてるよ」

 

「あたしらのライブDVD…。そっか聖羅から…」

 

「なるほどな。そういや聖羅の奴がそんなの持って来てたな。タカに今夜のオカズにしてもいいわよとか言ってたがありゃどういう意味だったんだ…?」

 

「そ、それより…あんた怪我してねぇかよ?」

 

「トシキの圧勝だったろうが。怪我なんかある訳ねぇだろ」

 

「テメェには聞いてねーよ。あんただあんた」

 

「あはは、俺は大丈夫だよ。それより…神崎さん…でしたっけ?殴られてたみたいだけど大丈夫?ごめんね、助けに来るのが遅くなって」

 

「あたしは大丈夫だよ、あんくらい。それよりあんた、昼はやられ放しだったのに何でさっきは…。それに蹴り技ばかりで…」

 

 

 

そしてここからは翔子と拓斗くんの話は一致してくる。

 

 

「ケンカは嫌いだけどね。でも…どうしようもない時は…闘わなきゃいけない時もある。今がその時だっただけだよ。

だけど俺はギタリストだから。ケンカで手を痛める訳にはいかないからね」

 

-ズキューーン

 

「な!?何だ!?銃声!?」

 

「ち…違う…。あたしの…あたしの胸を撃ち抜かれた音だ…」

 

「あ?お前、何言ってんだ?」

 

翔子はトシキくんから話を聞いて、胸を撃ち抜かれた感覚に陥ったらしい。

 

その後の翔子は気持ちここにあらずみたいな感じで、トシキくんと拓斗くんに駅まで送ってもらい、衣装も無事にホテルまで戻ってきた。

 

その日の夜にホテルで翔子から話を聞いた時、あたしと澄香は『あははは!翔子って意外とチョロかったんだね!』と笑ったんだけど、その後すぐに日奈子が『え?梓ちゃんと澄香ちゃんがこれ笑うの?あたしからしたら2人も一緒だよ?』と言われ、あたしと澄香は翔子に土下座した。

 

そして次のお話は、予想してると思うけど池袋に行ったあたしと澄香のお話。

 

その話ももちろんホテルでしたんだけど…。

 

日奈子はこう言った。

 

「あ、みんな骨抜き状態じゃん。これ明日はあたしら負けちゃうね」



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第50話 再会

「…え?何この路線図…池袋ってどうやって行けばええの?え?あれ?」

 

「澄香ぁー、まだぁ?あたしはいくら(何円)の切符買えばええの?」

 

「ちょ…ちょっと待って…私今迷路頑張ってるから…」

 

「迷路…?」

 

あたしと澄香は池袋に向かおうと券売機の前で路線図とにらめっこをしていた。

していたと言ってもあたしが高校生の頃の話なんだけど…。

 

あたしの名前は木原 梓。

BREEZEというバンドとデュエルギグをする為に関西から関東までやってきた。

 

あたしと同じArtemisのバンドメンバーであるドラマーの日奈子は秋葉原でBREEZEのドラマーである英治くんと出会い、Artemisのギタリスト翔子は原宿でBREEZEのギタリスト、トシキくんとベーシストの拓斗くんと出会った。

 

そしてArtemisのボーカリストであるあたしとベーシストである澄香が、BREEZEのボーカリストであるタカくんと再会する。

 

「えっ…と…、私らが今居る駅がここで…池袋には…」

 

「澄香も全然路線図わからへんねやん。もうあれやね。あたしの事を方向音痴とか笑えないね」

 

「いや、梓の方向音痴のレベルは全然笑えないし心配しかないんやけど…。てか、私は方向音痴ちゃうしな!この路線図が悪いだけで…!」

 

あたしと澄香は池袋に向かおうとしていたけど、路線図が迷路のようになっていてどこからどう向かえばいいのかを迷っていた。

 

池袋に行くだけ。なら、山手線をぐるぐる回ってたら着くんだろうけど、澄香とあたしは安く最速で行く方法を考えていたのだ。

 

「澄香ぁまだぁ?」

 

「だ、だからちょっと待ってって…えっと今がここで…目的地があそこで…」

 

あたし達がそんなやり取りをしていると…。

 

「あの…切符買いたいんですけど…」

 

後ろに並んでいる人に話し掛けられた。

 

「え?わ、す、すみません…」

 

「もう!澄香がもたもたしてるからっ!」

 

あたし達が振り向いた先に居たのは…

 

 

 

 

「わぁぁぁぁぁぁぁ!お腹いっぱい!!」

 

振り向いた先に誰が居たのか話そうとした所で、目の前にいるDivalのボーカリストこと水瀬さんちのなっちゃんが叫んだ。

 

「ど、どうしたのなっちゃん…急に叫んで…」

 

「いや、トシキさんと翔子お姉ちゃんのお話はある意味衝撃的だったし別にいいんだけど、どうせ振り向いた先に居たのは先輩でしょ?」

 

「え?ま、まぁタカくんやったんやけど…」

 

「私が梓お姉ちゃんから聞きたいお話は、梓お姉ちゃん達Artemisがどんなバンドやって、どんな音楽をやってきたかってお話だよ?」

 

「わ、わかってるよ。あ、あたしも恥ずかしいけど、こうやって話を…」

 

「だから、私が聞きたいのは梓お姉ちゃんや澄香お姉ちゃんが先輩に恋してラブなコメ的展開になったお話じゃなくてね?」

 

まぁ、なんて低い声を出すのかしらなっちゃんは。

 

でもここは大切なお話だ。この日の事は…。

だからあたしはなっちゃんの目をしっかりと見てこう言った。

 

「本当にわかってるよ、なっちゃん。

そしてあたしが何故歌うのを辞めてしまったか…でしょ?この日のあたし達とタカくんとの再会は、本当に大切な事だったの」

 

「梓お姉ちゃん…?」

 

そう。あたしの事を語るのならこの日の事も欠かせない。

 

「…続き、話すね」

 

「え…あ、う、うん。ごめんなさい。話を遮っちゃって…」

 

素直に謝るなっちゃんって何て可愛いの?

同性じゃなかったら襲ってしまってるまである。

ペロペロしたい。………おっと、こんな事を考えてる場合じゃないね。

 

「早く…本編にも戻らないとだし、ちゃんと聞いてね」

 

「う、うん!」

 

 

 

 

振り向いた先に居たのはなっちゃんの想像通りタカくんだった。

前回とかでArtemisのメンバーは各々、BREEZEのメンバーと会ったとか話してたけどそこは気にしない。

 

「何でここに…タカが…(ボソッ」

 

「これはきっと運命…ううん、デスティニー!(ボソッ」

 

「ちょっと梓、!マーク付けてるのにボソッってどういう事よ?(ボソッ」

 

「ニュアンスだよニュアンス。ってか澄香もタカくんだって気付いたんだね?(ボソッ」

 

「こんなこの世の全てに絶望して死んだ魚のような目をしてる上に、めちゃくちゃ曲がった猫背やし…すぐわかるよ(ボソッ」

 

澄香もすぐにタカくんだとわかったようだけど、ものすごい言い様だった。

だけど、さすが澄香だ。的を得ているとも思った。

 

「あ?あの?切符買いたいんですけど、さっきから何をボソボソと言ってるんですかね?」

 

「も、もしかしてあたしも澄香も気付かれてない?(ボソッ」

 

「あ、梓は金髪ロングから髪型めちゃ変わってるし…とか?あれ?私は?(ボソッ」

 

「あの~…?」

 

「あ、ああ、すみませんすみません。ちょっと私らここら辺初めてで路線図に迷ってて…」

 

「あ、そうなんですね。どこまで行きたいんですか?」

 

「あ、えっと…」

 

「池袋!あたし達池袋に行きたいんです!」

 

「ああ、池袋なら…」

 

この時のあたしと澄香は、池袋への行き方を淡々と話してくれるタカくんに対して、『ああ、あたしらの事に気付いてなくても困ってる人を見掛けたら声を掛けてくるれる人なんだ』って想いと、『こいつ…あたしらの事覚えてねぇのかよ』って想いとでごちゃごちゃしていた。

 

「で?わかりました?」

 

「あ、はい。よくわかりました。ありがとうございます」

 

澄香はタカくんにそう答えたけど、あたしはよくわかっていなかった。

 

「わかったなら良かった。んじゃ、そういう事で」

 

タカくんはあたし達に池袋の行き方だけを教えて去って行った。

 

「「って!ちょっと待って!」」

 

「は?何?」

 

「「去って行ったじゃないよ!何で去っちゃうの!」」

 

「え?綺麗にハモって何なの?」

 

「いや、だってあんた、切符買いたいって言ってたのに切符買ってないやん!」

 

「うっ…」

 

「そうだよ!あたし達に池袋の行き方…教えてくれたのはありがとうって思うけど、切符買いたいからって話し掛けて来たやんか!…ハッ、まさかあたし達の身体を狙って!?」

 

「え?ヤダ。どうしよう。梓、ここは私に任せて逃げて!私だけなら…うぅ…お母さん…(グスン」

 

「は?何言ってんだこいつら」

 

「「だ!だから!あんた切符買いたいってあたし(私)らに声掛けてきたやん!なのに何で切符買わずに去っちゃうの!?え?これ新手のナンパ!?」」

 

「お前らどんだけ仲良いの?何でそんな綺麗にハモれんの?」

 

「「だ!だから!」」

 

「あー、もー…めんどくせぇ。何だよ今朝のニュースの占い。何が射手座は1位だよ。全然いい事ないじゃん。もう朝の占いコーナーなんか信じねぇ…。いや、待てよ?ラッキーアイテム何だっけ?そのせい?」

 

タカくんは何か早口で独り言を言っていた。

 

「まぁあれだ。お前らめちゃ関西弁だしな。何か困ってんのかな?って思っただけだし。ほんとは2、3回見なかった事にして行こうと思ってたんだけど、このままどっか行くのも気持ち悪いしな……ん?あれ?こないだもこんな話したような記憶が…デジャブ?」

 

タカくんはあたしと初めて会った時のような事を言っていた。

この人はいつもこうなんだろうな。って思った。

 

「ま、そういう訳なんで。それじゃ」

 

「で、でも…」

 

「電車乗りたいから駅に居るんじゃないの?」

 

「ICカードにチャージしてるから切符買わなくていいしな」

 

「「あ!ICカード!そうやん!チャージしたら良かったんやん!!」」

 

「お前らほんと仲いいな。じゃ、そんな訳で」

 

タカくんはそう言った後、あたし達に背を向けて歩いて行った。

 

「梓、どうする?」

 

「ど、どうするって…」

 

あたしはこのままタカくんを追いかけたいと思ったけど、明日のライブで会った方がいいのかな?

今は会わない方がいいのかも。

あたしはそう思っていた。

 

いや、マジでそう思ってたんだよ!?

でも、あたしはタカくんを追っかけて…

 

「あの…ありがとうございました(上目遣い」

 

とか、言ってしまった。

 

「う…か…かわ…可愛い…」

 

タカくんにお礼を言ってしまった。

お母さんの遺品整理をしている時に見つけた『木原流男を落とす為の極意』という手記に書いてあった『男は上目遣いに弱い』の技を用いて。

 

タカくんに可愛いと言われたあたしは『ありがとう、お母さん』と、レガリアを受け継がせてもらえた事以上に感謝していた。

 

「ちょ、ちょっと!梓!今の何!?」

 

「フッ、これはお母さんから受け継がれた『木原流男を落とす為の極意』に書かれてた技だよ。フフフッ、タカくんは今頃あたしの事を思い出しながら股間を抑えているに違いない」

 

「こ、股間って…?……ん?あ、そ、そういう事!?」

 

うぶな澄香には酷な話だったんだろう。

…ん?これ一応15R付けてるからこれくらいならセーフだよね?

 

とか思っていたんだけど…。

 

「タカ…行っちゃったけど…」

 

タカくんはあたしの思い切った行動で可愛いと言ってくれたのにも関わらずそのまま去っていった。

 

「え?あれ?何で?お母さんの極意書ではこの後ホテルに連れ込まれて…」

 

「…梓のお母さんってアホやったっけ?」

 

「おかしいなぁ…。お母さんの極意書ではこの技で当時の射手座のレガリアの人にモーション掛けてたみたいだったのに…」

 

「当時の射手座のレガリアの人って…。梓のお父さんって…あんま言うのもあれやけど、クリムゾンの海原でしょ?海原の前にその射手座の人と付き合ってたん?」

 

「ん?いや?射手座の人には片想いで終わって手を握る事すら叶わなかったみたいやけど?」

 

「え?それ何の為の極意書なん?」

 

「あ、そっか…。極意書って言葉に騙されてた…。考えてみたらお母さんも片想いで終わってるやん」

 

その時、あたしはやっぱりお母さんの娘だな。と改めて実感していた。

お母さんが亡くなってから、あたしはそう思う事が多くなっていた。主に変な方面ばかり。

 

「ハァ…、ま、タカも行っちゃったし…私らは池袋向かおっか?」

 

「うん、そやね。タカくんには明日も会えるし」

 

あたしと澄香はとりあえず池袋に向かおう。

そう思って改札の方へ向かって歩き始めた。

 

そしてその場所から少し歩いた時…。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待てお前ら!」

 

「「ふぇ?」」

 

タカくんが再び話し掛けてきた。

 

「なっ!?なんやのあんた!?ハッ!?やっぱり私達の身体を…」

 

「グッジョブお母さん、さすが『木原流男を落とす為の極意』やで」

 

「あ?お前らほんと何言ってんだ?…ってちげぇよ!そっちの改札は池袋行きじゃねぇ!いや、ぐるっと回ったら行けなくはないけど、池袋行きはこっちだ!」

 

「え?」

 

「池袋行きはそっち?」

 

どうやらあたしと澄香は別の方向へ向かって歩いていたらしい。タカくんはそれを見かねて声を掛けてきたそうだ。

 

「てか、あんた、私らに背を向けて歩いてったのに何で私達が違う方向に歩いて行ったってわかったん?」

 

「うっ…そ、それは…だな…」

 

「もしかしてあたしらの事心配してずっと見てたとか?嫌らしい目でなめ回すように」

 

「ち、ちげぇわ。お、俺も池袋行くつもりだったし?池袋向かって歩いてんのにお前ら全然こっち来ねえから…まぁ、そのなんだ…」

 

「池袋?」

 

「あんたも池袋に?」

 

「そ、そうだよ。何か文句ある?」

 

「「そんなあたし(私)らの事心配やったらさ。連れてってよ。池袋」」

 

「だから何でそんな綺麗にハモれんだよ…」

 

「「ね?連れてって?」」

 

「め、めんどくさ…」

 

その後、連れて行かない連れて行ってと、数分に渡って無駄な時間の問答が繰り広げられた。

 

結果。

あたしと澄香は色んな脅し文句……じゃない。

誠意をもって懇願し、何とか池袋駅まで同行してくれる事を承諾させたのだ。

 

 

-ガタンゴトンガタンゴトン

 

「ねぇ、何とかタカに連れてってもらえる事になったけど…(ボソッ」

 

「うん、電車こんなに空いてるのに座りもせずにドアの所に立ってるとか…乗ってくる人や降車する人にさりげなく迷惑だよね(ボソッ」

 

タカくんはせっかくあたしと澄香が1人分の隙間を空けて座ってあげたのに、あたし達の隣に座る事なくずっとドアの側に立っていた。

 

あたし達も間を空けて座っていると言っても、乗車客も少なかったからってだけで、人が増えてきたらちゃんと詰めるつもりだったからね?

 

「お客さんも少ないしさ。ちょっとタカくんをびっくりさせてやろうよ(ボソッ」

 

「は?びっくりさせるって…梓あんた何するつもりなの?(ボソッ」

 

「わぁ♪ねぇねぇ、澄香見て!さっすが東京だね!ほら…窓の外見てよ!」

 

「え?窓の外って…?」

 

「ほら!バス!」

 

「は?バスくらい大阪にも…ああ、そういう事か。

わぁ!ほんとだ!バスだ!初めて見た!さっすが東京!」

 

大阪の人ごめんなさい。

 

「ほら!梓!あっち見て!すごいよ!」

 

「え?何?」

 

「犬」

 

「…わぁ♪ほんとだ!すっご~い!」

 

「じゃあ今度はね…」

 

「あのな、お前らうるせぇよ。いつも人でいっぱいなのに何でかこの車両に俺らしか居ないもんだから、あれ?俺異次元に迷い込んじゃった?とか考えてたけど、お前らほんとうるさい。大阪にもバスもありゃ犬も居るだろうが」

 

「ブー!」

 

「いや、だってあんた全然私らに話し掛けてくれへんし」

 

「何でわざわざ無い話題を探してまで会話をするとか難易度の高いミッションを自らに課さないといけないんですかね?お前らを池袋まで連れてってやればそれでミッションクリアでしょ」

 

「無い話題って…ほんならあんたの事教えてよ」

 

「え?めんどい」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「お、そろそろ池袋着くな」

 

「「ほんまに何も話さへんの!?」」

 

本当に大した会話が繰り広げられる事もなく、あたし達は池袋駅へと到着し、改札を出て外に出た。

 

ここからは少し澄香から聞いたお話を織り混ぜながら語ろうと思います。

 

「やっと池袋着いたな。長かった。いつもより長く感じたわ」

 

「ほんまに全然会話もせえへんとは…」

 

「ま、そんな訳で池袋までは案内したわけだし、俺は俺の用事があるからここで解散な」

 

「う…そ、そやね。ここまで案内してくれてありがとう」

 

「…」

 

「ん?どしたん?行かへんの?」

 

「いや…それよりも…」

 

「あ、もしかして、私達ともうちょっと一緒に居たいとか?」

 

「いや、ないわ」

 

「即答…」

 

「それよりもお前の相方…どこ行ったの?」

 

「相方?梓のこと?梓ならずっと一緒に…って!?あれ!?梓が居ない!?」

 

「さっきから静かだなぁと思ってたら…」

 

「ど、ど、ど、どうしよう!?まさか池袋に着いた途端、欲望の赴くままにヲタショップに1人で突撃したんじゃ…」

 

あたしは池袋に着いた事に浮かれ、当然澄香もタカくんもあたしに着いて来てくれていると思い込み、1人で暴走してしまっていた。

 

「あ、ヲタショップ?なるほどな、そんで池袋に来たがってたのか」

 

「ほんまどうしよう…。ねぇ!悪いんだけど…」

 

「だが、断る!」

 

「ま、まだ何も言ってないやん!」

 

「どうせ一緒に探してくれとかそんなんだろ?だいたいもうそんな迷子でどうこうなる歳でもねぇだろ。ヲタショップに向かったってんなら、その辺ブラついてたら…」

 

「あの娘の方向音痴っぷりを舐めないで!!」

 

「方向音痴ぷりって…」

 

「あの娘、あの歳になっても未だに1人じゃ学校にも辿り着く事も出来ないんやから!」

 

「え?学校にも…?」

 

まさかタカくんにあたしの方向音痴っぷりを暴露されているとは思いもしなかったのに…とんだ赤っ恥だよね。

 

「それに…小学校の頃の修学旅行の時なんかは…。どうしよう…埼玉とか千葉まで行かれてたら…もう2度と会えないかも…グスッ」

 

「いやいやいや!埼玉とか千葉とかさすがに徒歩じゃ無理だろ。ってか泣かないで。お願い。これ俺が泣かせてるみたいじゃん」

 

「だから…あの娘の方向音痴っぷりを…うぅ…ぐすん」

 

「わかった!わかったから!俺も一緒に探してやるから!だから本当にお願い!泣かないで!」

 

「ほんまに…?探すの手伝ってくれる?グスッ」

 

「ああ、探してやるから泣くなって…」

 

「な、泣いてなんかないしな!」

 

そうして澄香はタカくんにあたし探しを承諾させる事に成功した。

涙はここぞと言う時の女の武器とはよく言ったものだ。

 

「はぁ…めんどくさ…。もうあの朝のニュースの占いは信じねぇ…。明日から絶対観ねえ…いや、あのニュースのお天気お姉さん可愛いんだった。やはり観ざるを得ないのか…」

 

「ん?何か言った?」

 

「いや、何でもねぇよ。それよりほれ」

 

「ん?……何?」

 

「連絡先の交換だよ!どっちかがあの娘見つけても連絡先知らなかったら連絡出来ねぇだろ!」

 

「え?あ?連絡先の交換?わ、私と連絡先の交換…してくれるの?」

 

「しなきゃどうにもなんねぇだろ。ああ…自分から女の子に連絡先の交換を申し込むとか…」

 

「へ?自分から女の子に連絡先とか聞いた事ないん?」

 

「無かったら何だっての?犯罪でもないしいいんじゃないですかね?何か文句ある?」

 

「私も…男の人と連絡先の交換は…あ、父さんとおっちゃんがおるわ…チッ…。

…ほ、保護者以外の男の人と連絡先の交換とか…は、初めてだから…」

 

「え?何?めちゃくちゃ勇気出したつもりなんだけど…あ、だったら辞めとく?ここに1時間後に集合とかにする?」

 

「え?ち、違…、違う…。わ、私の初めて…あ、あげる…から…しよ?」

 

「…あ、あの、そ、その言い方…あの…あれがあれであれなんで…あの…な?」

 

「わ、私が初めてじゃ…嫌…?」

 

「いやいやいやいやいや!嫌とかじゃないよ!?嫌とかじゃないけど!いや、むしろお願いします!?てか、何テンパッんだ俺!?連絡先の交換だよな!?お互い異性と連絡先の交換が初めてだからって話なだけだよな!!?何を考えてんの俺!!」

 

「ちょ、ちょっと…あんまり大きな声出さないで…みんなに聞こえちゃう…」

 

「そうだよなー!そうですよねー!ごめんね!ごめんな!俺声が大きくてー!!連絡先の交換ですよ!連絡先の交換だけなんです!!」

 

「あんた何言ってんの?はい、私の携帯」

 

「ああ…は、はいはい。連絡先の交換ね、連絡先。

ほい、登録した。とりまどっちかがあの娘見つけたら連絡するとかって事で…」

 

「あの…私の…初めてあげたんだから…ちゃんと責任…取ってね?」

 

「初めてって異性との連絡先の交換の初めてなー!だから全然変な事の初めてとかじゃないからなー!責任って何の責任かなぁー!?ああ、ちゃんと連絡はマメにしろ的なー!?いや、この連絡はマメにしろって言い回しも何かなー??」

 

「ちょっと、あんたさっきからうるさいんやけど?」

 

「誰の言い回しのせいだと思ってんだ?」

 

そうして澄香はタカくんの連絡先を手に入れる事が出来た。

 

タカくんもさすがに三咲ちゃんや香保さんとの連絡先交換はしていたが、どの女の子との連絡先の交換は自分からじゃなく女の子から言ってもらわないと出来ないチキン野郎だったらしい。

 

「くっそ、とんでもなく疲れたわ。明日ライブなのに…」

 

「ん?何か言った?

それじゃどっちかが梓を見つけたら連絡するって事で。どっちも見つけられなくても1時間後にはここに集合するって事でいい?」

 

「ああ、それでいいよ」

 

「じゃあ私はあっち。あんたはあっちからね」

 

「ああ、はいはい。

てか、あのヤンキー女、バイク乗ってんくせに方向音痴なのかよ」

 

「え?今、あんた…」

 

「じゃ、俺あっちから探して来るわ。うぅ…早く用事終わらせてお家帰りたい…」

 

そう言ってタカくんはあたしを探す為にその場から離れたらしい。

 

「ヤンキー女…バイクに乗ってる…?私らそんな話全然してなかったのに…。タカ…梓の事…覚えてたの…?」

 

 

 

 

 

「いっやぁー!さっすが東京!いや、池袋?

大阪では高額で買えないようなグッズがわんさかあるよ!フッ、関西に帰ったらしばらくはお米とカップラーメンだな…。いや、おっちゃんの家に食べに行けば…」

 

あたしは欲望のままにショッピングを楽しんでいた。

当時のあたしにとって池袋は魔境の地だった…。

 

「だが用意していた弾丸はこれだけじゃない。ね、澄香。次はどこのお店行こっか?

………あれ?澄香?居ない?迷子?」

 

あたしは買い物に夢中で澄香とはぐれてしまった事をその時初めて気付いたのだ。

 

「まったく澄香は…。いくら初めての東京だからって浮かれすぎだよ。まさかあの澄香が迷子になっちゃうなんて」

 

「迷子はあの娘じゃねぇよ、お前だお前」

 

「え?」

 

そこには何故かタカくんが居た。

 

「あれ?何でここに居るの?」

 

「お前の相方が泣きながらお前が迷子って言うからな。一緒に探してやってたんだよ」

 

「澄香…!高校生にもなって迷子になったくらいで泣いちゃうなんて…」

 

「どんな都合のいい耳してるんだ?迷子はお前の方だっつーの」

 

そうしてタカくんは携帯電話を取り出し、どこかに電話し始めた。

 

「ってどしたの?誰かに電話?」

 

「あ?お前を見つけたってあのコンビニ女に連絡すんだよ」

 

「え…?澄香に?」

 

「あ、言っておくけどもあれだからな!ナンパじゃないから!どっちかがお前見っけたら……お、あ、もしもし、俺だけど。俺だよ俺」

 

「澄香の事、コンビニ女って…。何で…?」

 

そうしてタカくんは澄香を呼び出してくれて、あたしと澄香は無事に合流する事が出来た。

 

澄香はタカくんがあたしの事を『ヤンキー女』と覚えていた事を気にしながら、あたしはタカくんが澄香の事を『コンビニ女』と覚えていた事を気にしながら…。

 

「「また迷子になったら困るやん」」

 

という事でその日の夕暮れまでタカくんを引っ張り回した。

 

 

 

 

「ってな事があってね。それがあたしと澄香がタカくんに再会したお話だよ」

 

「……へ?」

 

「へ?って…どしたの?なっちゃん」

 

「いやいやいや、どしたの?って聞きたいのは私の方だよ?『この日のあたし達とタカくんとの再会は、本当に大切な事だったの((キリッ』とか言ってたじゃん?」

 

「いや、(キリッっとは言ってないけど…」

 

「全然大切じゃないじゃん!めっちゃどうでもいい事やん!真面目に聞いてた私がバカみたいじゃない?」

 

バカみたいじゃない?って…。

 

「えっ…と、だからタカくんは再会した時もあたしと澄香の事を覚えててくれた大切な話って言うか…」

 

「は?(怒」

 

なっちゃんったら!

しばらく会わない間になんて怖くなっちゃったのかしら。

 

「だ、だからね!その日の夜は澄香もあたしもお互いにタカくんがあたし達の事を覚えててくれた事は言い出せなくて…。そ、それでね?あたしと澄香はどちらからでもなく、『タカくんに告白するのはメジャーデビューを果たしてから!もしくはタカくんから告白されたらお互い恨みっこ無しで』みたいな不可侵条約を交わしてね?」

 

「<○><○>」

 

何なのなっちゃん!!

それは何て発音をしているの!?目を見開いて睨んでいるって表現じゃないよね!?

こ、こうなったら…。

 

「だ、だからぁ…、タカくんからの告白を待つ感じであたしと澄香はタカくんから付かず離れずをしてたんだけど…」

 

「<○>言<○>」

 

ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?

 

「も、もしね!今!現代で!なうでタカくんの事を好きな娘が居るとしたら、あのチキン野郎から告白を待つなんて高難度の無理ゲーだから、あたしと澄香はそれで失敗したんだよ?もうちょい上手くやった方がいいよ?ってアドバイス!そう!アドバイスなんだよ!ね?もしタカくんの事好きな娘が居るとしたら割と大切な話でしょ!?」

 

「<○><○>」

 

「<・><・>」

 

「^^…あ、そっか。私は違うけど先輩の事を好きそうな子もいるもんなぁ。確かに梓お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんも失敗してるし、そういう事なら割と大切な話ではあるのかな?」

 

…笑顔?その台詞の前の『^^』ってのは笑顔なの?

どうやって発音してるの?

でもやっぱこれで正解だったかな?危なかったぁ。怖かったぁ。

 

「ま、私は違うけどね。先輩の事好きなのかなぁ?って子にさりげなくアドバイスしとこうかな?」

 

どう見てもなっちゃんもタカくんの事好きじゃん!

バレバレじゃん!

ってか、他のタカくんの事好きそうな子って誰ですか?教えて下さい。澄香と共有しないといけないので。

 

「でも梓お姉ちゃん!」

 

「な、何かな!?」

 

「私が聞きたいのはそういうお話じゃないからね!

そろそろ先輩達BREEZEと梓お姉ちゃん達Artemisのライブのお話を聞かせてよ」

 

「え?う、うん。わかってるよ!次はライブのお話。

あたし達Artemisと、タカくん達BREEZEの…初めてのデュエルギグ」

 

「やっぱ先輩からの告白ってのは期待しない方がいいよね(ボソッ」

 

なっちゃん?

 

「と、とにかく話すね。

その日の翌日、あたし達はライブハウスに到着し、聖羅に連れられて、リハーサルの前にタカくん達の楽屋へと挨拶に向かった」

 



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第51話 Artemis VS BREEZE

「「「す~……はぁ~…よし!」」」

 

「「「……」」」

 

「「「す~……はぁ~…」」」

 

「もう!さっきから梓ちゃんも澄香ちゃんも翔子ちゃんも何回深呼吸してるの!もうあたしが開けちゃうよ!?」

 

 

「「「ちょ、ちょっと待って!もう少し!」」」

 

 

「あたしは深呼吸よりため息しか出ないよ」

 

あたし達Artemisとタカくん達BREEZEの初めてのデュエルの日。

あたし達は挑戦者なんだから、あたし達からちゃんと楽屋まで挨拶に行こうという事になっていた。

この時にはリハも終わってたんだけど、リハの時にはBREEZEと会う事はなかったから…。

 

「梓と澄香はともかくとして…何で翔子まで緊張してるの?」

 

「あー、聖羅ちゃんには昨日の話まだしてないもんね。

実は昨日あたし達観光しててね。そこでうんぬんかんぬんがあって…」

 

「何ですって!?うんぬんかんぬんな事が!?

まさか翔子までBREEZEの毒牙にかかるなんて…」

 

聖羅は昨日の経緯をうんぬんかんぬんだけで理解してくれていた。

 

「BREEZEの連中にArtemis(あなたたち)を紹介した手前、私も挨拶はしておきたいし。早く会場に戻りたいしさっさと挨拶終わらせるわよ」

 

「ああ、聖羅ちゃんの彼氏さんも今日は会場に来てるんだっけ?」

 

「彼氏…と言ってもいいのかどうか…」

 

「ありゃ?そうなの?」

 

「ええ、もうお腹にあの人の子供も居るし、彼氏ってより旦那って感じだし?」

 

「へぇ~聖羅のお腹に子供居るんだ?おめでとう」

 

「待って?聖羅のお腹に子供が居るって事はあたしもう叔母さんになっちゃうの?」

 

「あはは、梓ちゃんもう叔母さんなんだね。あたしも梓叔母ちゃんって呼ぼうかなぁ?」

 

「え?待ってみんな。何でそんな反応が普通なの?聖羅まだ結婚してないよ?あれ?澄香から聖羅に彼氏出来たって聞いたのこないだだよな?あたしの倫理観がおかしいの?」

 

その時、聖羅はもう妊娠していたのだった。

そのお腹に居る子がBREEZEのベーシストである蓮見 盛夏。せっちゃんなんだけどね。

 

「って訳で私も早く旦那と合流したいから開けるわよ」

 

-ガチャ

 

そう言って聖羅はBREEZEの楽屋の扉を開けた。

 

「ん?誰だ?」

 

「あら?拓斗?」

 

「あ?聖羅か。何の用だ?お前が俺達の楽屋に…」

 

「ほら、今日のあんた達のデュエルの相手のバンド。私の紹介だしね。挨拶でもさせてもらおうと思って」

 

「ああ、そういや英治のヤツがお前に頼まれたからって勝手に受けて来やがったんだったな。チ、クリムゾンのヤツらのせいで今ややこしくなってるってのによ」

 

「あんたよく私の前でそれ言えるわよね」

 

「クリムゾンエンターテイメントの海原 聖羅の事は信用してねぇが、俺らのファンである聖羅は…クリムゾンとか関係ねぇだろ」

 

「へぇ~、もしかして私の事口説いてる?」

 

「アホか、英治と一緒にすんな。俺には今んとこ恋愛とか必要ねぇ。タカの歌と俺達の演奏。それがあれば他に何もいらねぇよ」

 

「ほんと音楽バカよね、あんたは」

 

「あ、あの~…」

 

聖羅が楽屋の扉を開けて出てきたのはBREEZEのベーシストである宮野 拓斗。拓斗くんだった。

 

聖羅と話をしているのを後ろで聞いていたんだけど、拓斗くんはクリムゾンエンターテイメントをはじめとしたクリムゾングループとの戦いの事で、あたし達とのデュエルは乗り気じゃなさそうだった。

 

だからArtemisのリーダーであるあたしからちゃんと挨拶したいから方が良いだろうと思い、拓斗くんと聖羅の間に割って入る事にした。

 

「あ、あの。あたし、Artemisのギターボーカルの木原 梓と申します。本日は無理言ってデュエルを受けて頂いて誠にありがとうございます!」

 

そう言ってあたしは深々と頭を下げたんだけど…。

 

「…」

 

「(やっぱり怒ってるのかな?)」

 

「……」

 

「(クリムゾンエンターテイメント…。お父さんの会社か…。聖羅にも少し聞いてるけどやっぱり沢山のバンドに迷惑掛けてるんだね)」

 

「………」

 

「(だんまりかぁ…。やっぱりあたし達とのデュエル嫌だったのかな?)チラッ」

 

「バ、バカな…、何故こんな所に天使…いや、女神か…?ま、まさか俺死んだのか…?」

 

「へ?天使?」

 

「……ハッ!?

い、いや!な、何でもない!あ、頭を上げてくれ!

君が今日のデュエル相手のボーカルさんなのか。関西からこんな遠くまで大変だったろう?

あ、いつまでもこんな所に立たせておく訳にはいかん!

さ!大したもてなしは出来ないが入ってくれ!お茶でも用意しよう」

 

「へ?あ、あの…」

 

「おい!タカ!トシキ!英治!三咲!

今日の対戦相手のArtemisさんがわざわざ挨拶に来てくれたぞ!おもてなし!おもてなししないと!」

 

拓斗くんはそう言ってあたし達を楽屋に入れてくれた。

最初はあたし達の事嫌なのかな?って思って気まずかったけど、すごくいい人で安心した。

 

「拓斗…あんたまさか…。

まぁいいわ。面白い事になりそうだし。梓も澄香も翔子も日奈子もお邪魔させてもらいなさいな。私は会場に戻るわ」

 

「え?聖羅、一緒に居てくれへんの?」

 

「多分もう大丈夫よ。拓斗、この子達の事よろしくね」

 

「ああ、安心してくれ。さ、ほんと汚ない所だけどどうぞ。あ、粗茶しかない!ちょっと高級茶買いに行ってくる!」

 

聖羅は会場に戻り、あたし達はBREEZEの楽屋に入れてもらえる事になった。

 

「じゃ、じゃあ…あの、お邪魔します…」

 

「あ?お前ら…やっぱお前らがArtemisだったのか」

 

楽屋にはタカくんが居て、さすがに昨日の今日だったからか、タカくんはあたし達の事を覚えていた。

 

「ん?てかやっぱりって?」

 

「あ?お前のバッグのステッカー。Artemisって書いてるし」

 

「あ、あたしのバッグ…」

 

当時あたしはグッズって訳ではないんだけど、Artemisのステッカーを作っていて、それをバッグに貼っていた。

タカくんはそれを見て、あたしと澄香が関西弁だった事から、Artemisの関係者だとは目星を付けていたらしい。

 

「それより何でちびっこがこんな所に居るんだ?お前らの妹か何か?」

 

そう言ってタカくんは日奈子に近付いて行った。

 

「あ?誰がちびっこだっ……」

 

日奈子が怒っている。この場は血の海になるに違いない。

そう思って日奈子を止めようとしたんだけど…。

 

「……。そうなのー!今日はおねーちゃん達のおーえんに来たのー!」

 

「そうなのか。こんな遠くまで大変だったな」

 

そう言ってタカくんは日奈子の頭を撫でた。

何と羨ましい事だろうか。

 

「おにーちゃんがおねーちゃん達の対戦相手のボーカルのTAKA?」

 

「そうだよー。ちゃんとタカをTAKA表記に出来るとかお嬢ちゃん頭いいね」

 

タカくんは当時から幼女に甘かった…。

 

「(ニヤリ」

 

日奈子があたしと澄香に向かって黒い笑みを見せた気がした。

 

「おにーちゃん!抱っこ!抱っこして!」

 

「抱っこ?しょうがねぇな」

 

「「ああ!?」」

 

「フッ(ニヤ」

 

タカくんは日奈子を抱き上げ、羨ましい事に高い高いをしたのだ。

 

「わ~い♪高~い♪」

 

「ハハハ、そんな嬉しいか?じゃあもっと高い高いしてやるな」

 

タカくんはほんっっっっとに幼女に甘かった。

 

「お、おい、タカあのな」

 

「タカくん、それは…まずいと思うよ?」

 

「あ?英治に三咲?何が?何がまずいの?」

 

「タカ。落ち着いて聞いてくれ。お前が今抱っこしてるその子がArtemisのドラマーだ」

 

「うん、その子もう高校生だよ?英治くんより力強いドラムやるスーパーJKだよ?」

 

「……は?女子…高生…?」

 

そしてタカくんはあたし達の方を見て来た。だからあたしと澄香は思いっきり頷いた。

 

「えっと…まじ…?」

 

「や~ん♪BREEZEのTAKAに激しく抱かれちゃった~。これもうセクハラだよね?あ、この人痴漢ですってポリスメンに電話しちゃおうかな?抱っこのどさくさに胸触られてるし」

 

その後、タカくんは「美麗」という言葉がしっくりくるような綺麗な土下座を披露し、日奈子は新しい下僕が出来たと喜んでいた。

 

それからあたし達は軽く挨拶を交わし、三咲ちゃんとも久しぶりに会話出来たあたし達は自分達の楽屋へと戻った。

30分以上はお邪魔させてもらってたんだけど、お茶を買って来ると出て行った拓斗くんは戻って来なかった。

 

 

 

 

 

「BREEZEのみんな話しやすくて良かったよね。

うふふ、昨日と今日で新しい下僕も出来たし、あたし的に今回の遠征は万々歳だよ」

 

「日奈子はほんまに…タカに抱っこしてもらうとか何なんよ…」

 

「澄香ちゃん?羨ましかった?」

 

「……そんな訳ないやん」

 

BREEZEの楽屋にお邪魔させてもらった後は、あたし達は自分達の楽屋に戻り、その日の前日に翔子が引き取りに行ってくれた衣装に着替え、本番までの時間をいまかいまかと待っていた。

 

「…よし!」

 

「ん?梓?どした?」

 

「まだ本番までは時間あるけど、そろそろステージに向かおうと思って」

 

「ん?ああ、そうだな。まだ開演時間には早いけど、もう開場もしてるしな。澄香も日奈子も準備出来てるならステージに向かおうか」

 

「私も準備はOKだよ。ここに居ても緊張しちゃうだけやしね。ステージに向かおうか」

 

「あたしも大丈夫!

じゃあ、いつもみたいに円陣組んじゃう?」

 

翔子も澄香も日奈子も準備は万端。

あたし達は少し早いけどステージに向かう事にした。

 

あたし達はステージに向かう前には、いつも円陣を組んで気合いを入れていたんだけど、この日はあたしにとって大切なBREEZEとのデュエルの日だから。

 

いつもの円陣とは違って、あたしは拳をみんなの前に出していた。

 

「梓?円陣は?しないの?」

 

「うん、今日は何となく…。みんな、あたしに拳を合わせて欲しい」

 

翔子も澄香も日奈子も最初は怪訝そうな顔をしていたけど、あたしに合わせるように拳を出して合わせてくれた。

 

「…みんな、今日までありがとう。

あたしはお父さんの事もあって音楽が大嫌いになってたけど、音楽の素晴らしさ、楽しさを知ってから…あたしはやっと今日を迎える事が出来た。それもこれも翔子と澄香と日奈子のおかげだよ。本当に…本当にありがとう」

 

「ちょっ…!待てよ梓!何だよそれ!まるで今日が最期みたいな…」

 

「梓!梓らしくないよ!そんなのって…」

 

「梓ちゃん…?何でそんな事を今言うの?違うよね?あたし達Artemisは…」

 

「もう!みんな早とちりし過ぎ!引退と音楽辞めるとかないから!ちゃんと聞いて!」

 

「「「ああ、良かった…」」」

 

「今日、あたしが音楽をやり初めた目標であるBREEZEとのデュエルが叶おうとしてる」

 

「「「…」」」

 

「あたし、木原 梓の目標は達成出来た。

だから、これからあたしはArtemisの目標に向かって突っ走るよ。あたし達Artemisはエクストリームジャパンフェスで優勝してメジャーデビューを果たす」

 

「おう!当たり前だ!」

 

「びっくりしたじゃんか…。私も今日やっとBREEZEとデュエルするって目標が叶うんだもんね」

 

「梓ちゃんは言い回し下手だよね。心臓に悪いよ」

 

そしてあたしは深呼吸を1回挟み、あたしを含めみんなに向けて大きな声で叫んだ。

 

「あたし達はこれからも誰にも負けない!今日BREEZEに負けたらエクストリームジャパンフェスでの優勝なんて夢のまた夢だ!今日も勝ちに行くよArtemis!!」

 

「「「おう!(うん!)」」」

 

「ま、俺らも誰にも負けるつもりありませんけどね」

 

「「「「TAKA(タカちゃん)!!?」」」」

 

そこには居るはずがないタカくんがあたし達の間に入ってきた。

 

「な、何でテメェがここに居るんだよ!」

 

「え?そろそろお前らの出演時間だからと思って声掛けに来ただけど」

 

「こ、声掛けに来ただけならノックするとかあるやん!」

 

「いや、ノックしましたけど?返事無いのになんか盛り上がってるからさ?」

 

「タカちゃんは!あたし達がもし着替えとかしてたらどうするつもりだったの!」

 

「あ?この時間になっても着替えてるとかならこいつら時間調整出来ないの?って思うだけですけど?仮に着替え中だったとしたら心の中ではありがとうって感謝はしてるだろうけどね」

 

「BREEZEのTAKAさん。今日はよろしくお願いします。さっきはちゃんと挨拶出来なかったけど、今日はあたし達が勝つから」

 

「「「梓!?何でそんな真面目!?」」」

 

翔子と澄香と日奈子はあたしの事を普段はどう思ってたんだろう?

思い返すと何か腹立ってくるなぁ。

 

「おう。梓…ちゃんだっけ?」

 

「そう…ですけど…あたしの方が年下ですし呼び捨てのタメ語でいいですよ?将来的な事もありますし」

 

「「「梓(ちゃん)?」」」

 

「将来的な事?何かよく分からんが…。

お前、木原 遙那さんの娘さんなんだってな」

 

「え?お母さんの事…知ってるの?」

 

「まさかお前がな…ってのはあるけど。

氷川さんから色々聞いてんよ。お前らのArtemisの音楽…楽しみにしてるわ」

 

「氷川さん…から?」

 

「そろそろステージ向かえよ。オーディエンスが待ってんぞ」

 

そう言ってタカくんはあたし達の楽屋から出て行った。

 

タカくんがあたしの事を。

あたしのお母さんの事を知っている。

 

氷川さんはお母さんのお葬式にも来てくれた。

そして射手座のレガリアの使い手と同じバンドを組んでいて、あたしがBREEZEと出逢うライブの主催者だったベーシストの氷川さん…。

 

あたしはそしてこう思った。

タカくんかっこよすぎてドキドキする。こりゃあたしら初めてデュエルで負けるかも知れないわ。

 

まぁ、あたしの予想通りこのデュエルは負けちゃう訳だけどね。翔子のせいで。

 

 

そしてあたし達はステージに立った。

 

この日のライブ構成は、あたし達Artemisが3曲歌い、その後BREEZEが3曲歌ってからデュエルギグ。

その後にデュエルギグで勝った方が2曲歌い、あたし達とBREEZEで最後にデュエットして解散という構成になっていた。

 

「(う~…ドキドキしてきた。あたしらの曲は関東の人達にも響いてくれるかな…?)」

 

「(はぁ…トシキさん…今日も超かっこ良かった…)」

 

「(タカかっこ良かったなぁ。私達の曲でドキドキしてくれるかな?)」

 

「(今日の晩ごはん何だろ?)」

 

あたし達はステージに立った後、無言でライブの開始を待っていた。

 

ちなみにさっきのみんなの心の声は、みんな無言だったから、翔子と澄香と日奈子はこんな事考えながら待ってたんじゃないかな?っていうあたしの勝手な妄想である。

 

 

-パッ

 

 

突然ライトに照らされたあたし達。

 

ステージの上からオーディエンスの顔がよく見える。

…ステージの上からみんな1人1人の顔を確認出来るくらいオーディエンスの数は少なかった。

 

まぁ、関東では名前も知られていないあたし達と、ライブも何回もやっているとはいえ、大して有名でもないBREEZEの対バンやもんね。

 

「い、いっくよぉ~!Artemisぅぅ!!!」

 

そうしてあたし達Artemisの…関東での初ライブが始まった。

 

 

 

 

「マジか…これがArtemis…?最近音楽やり始めたって奴らの音楽かよ。英治、どう思う?」

 

「ほぉ~…さすが大口叩くだけあるな。あいつらの音楽すげぇじゃん。ま、そりゃ昨日は負けちまうか…」

 

「すごいねー。梓ちゃんと澄香ちゃんからデュエル負け無しって聞いてたけど…」

 

「あ?三咲、こいつらの事知ってんのか?

しかし…これは俺達BREEZEでやっても負けちまうんじゃねぇか?」

 

「えーちゃんもそう思った?正直すごいよね。……あはは、今日のデュエル、俺達負けちゃうかもね…」

 

「すげぇな…天使か女神と思ってたら、こんな素敵な歌声をしているとは…やはり、あの娘は…」

 

「もう俺は拓斗が何言ってんのかわかんなくて怖いんだけど?……うぅむ、しかしこれは俺らも飛ばしていかないとマジでヤバいな…」

 

「ねぇ?タカくんはあの中で誰かと付き合うってなったらどの娘とがいい?」

 

「三咲が何言ってんのかもさっぱりわからねぇ…」

 

 

 

 

タカくん達が舞台袖でそんな話をしていたらしいけど、あたし達の関東で初めての曲は終了した。

 

「あ、Artemisでしたぁ~…はぁ、はぁ…」

 

「あ、あはは、私達の曲、どうでしたか?」

 

「あたしらの曲!関東でも盛り上がりましたか!?」

 

「ハァ…ハァ…関東で初めての曲だからね!あたしもめちゃ張り切って叩いたよ!…ハァ、ハァ」

 

しばらくの静寂。

あたし達は最高に飛ばして演奏したし、すごく上手くいったと思ってたんだけど、オーディエンスの反応は静かで…。

関東ではあたし達の音楽は受け付けてもらえなかったのかな?と少し落胆していた。

 

だけど、あたし達は次のBREEZEに繋ぐ為にも、まだ曲をやらないといけない。

 

「あはは…つ、次の曲は…」

 

あたしは次の曲に入ろうとタイトルコールをしようとした。

だけどその時…。

 

-パチパチパチ…

 

-パチパチパチパチパチパチ

 

拍手の音が聞こえ、そしてそれから…。

 

 

 

\\うぉーーー!!!//

 

 

 

「え?え?」

 

「さいこー!」「かっこいい!」「もっと歌ってー!」「やべぇ!鳥肌立った!」「俺も!凄すぎて声出なかったし!」

 

オーディエンスから聞こえてくる声。

 

あたしはすごく嬉しくて、落胆してた気持ちが一気に高ぶってきて、あたし達の曲は、あたしの歌は関東でも関西でも関係ない。

音楽はやっぱり最高だ。あたし達は最高だ。

そう思った。

 

「ま、まだまだ行くよぉ~!Artemisぅぅぅ!」

 

「みんな!次の曲行くよ!みんな、着いてきて!」

 

「盛り上がってきたなぁ!あたしもまだまだ行くぜ!」

 

「ふひひ、やっぱライブは最高だね!!」

 

あたし達は次の曲を演奏し、その曲も大成功。

その日その時、あたし達はノリに乗っていた。

 

 

 

 

あたし達の3曲が終わりBREEZEが交代した。

そしてBREEZEも3曲の演奏が終わり、あたし達Artemisとタカくん達BREEZEのデュエルギグが始まった。

 

 

「ここは俺達のホームだ!Artemis、負けないぜ!」

 

「じょ、上等!あたし達だって負けないから!」

 

「あはは、今夜は最高だね、負けないよArtemis!」

 

「はぅ…トシキさん…何てかっこいいの…(あたしらも負けねぇ!かかってきな!)」

 

「天使…女神…?い、いや、お、俺らは負ける訳には…」

 

「何言ってんだこいつ…。みんな!私達Artemisは負けないから!応援よろしく!」

 

「日奈子!俺達が勝ったらわかってるよな!」

 

「このおっさん何であたしを呼び捨て?」

 

「「「「ヴァンパイア!」」」」

 

「「「「CHERRY CHERRY!(チェリーチェリー!)」」」」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「(すごい…。やっぱりBREEZEはすごい!改めて近くで見てるとよくわかる…!タカくんのかっこよさが!……じゃない!集中!集中しなきゃ!いくらタカくんがかっこいいからって負ける訳には…)」

 

「(すげぇ…、トシキさんのギターテク…なんて力強いんだ…!近くで見てるとよくわかる…!トシキさんのかっこよさが!………じゃねぇ!集中しねぇと…、梓のやつ走り過ぎだろ…!ああ、でもトシキさんかっこよすぎ!)」

 

「(梓も翔子も何やってんの…!梓は走り過ぎだし、翔子はそれに着いていこうとしてミスが目立つし…!でも、それを差し引いてもやっぱりBREEZEはデュエル馴れしてるだけあるね。あ、タカがチラッとこっち見た。か、かっこいい~!!)」

 

「(梓ちゃんも翔子ちゃんも澄香ちゃんも何やってんの?バカなの?やる気あんの?あ、澄香ちゃんもミスした)」

 

…そしてデュエルはBREEZEの圧勝で終わった。

 

「「「「………」」」」

 

「ハァ…ハァ…負けちゃった…(うぅ~…オーディエンスの視線もBREEZEの視線も痛い…やっちゃったなぁ…。そして日奈子の顔がめちゃくちゃ怖い…)」

 

「くそ…負けた…。あたしがミスらなけりゃ…(やべぇ…トシキさんかっこ良すぎだろ…いや、そもそも集中しきれなかったあたしが未熟なだけか…。それより日奈子の顔がめちゃくちゃ怖い…)」

 

「さすが…BREEZE…。(違う…。演奏なら本来こんな惨敗する程の差はなかった。リズム隊の私が梓と翔子をちゃんと引っ張れる実力がなかったから…。てか、日奈子の顔がめちゃくちゃ怖い…)」

 

「ま、負け…あたし達…が…。(こいつらマジで何やってんの?勝てない相手じゃないじゃん!)」

 

「あ、あはは、やっぱり関西から関東への遠征だからね。疲れも限界なのかもね」

 

「ああ、そうだな。それにArtemisにとっては今夜が関東での初ライブ。緊張してたってのもあるんだろ」

 

トシキくんと拓斗くんがオーディエンスに向かって、あたし達をフォローしてくれた。

 

「そうだな。それにさっきデュエルの前のライブは最高だったしな。あれが本来のArtemisの演奏だったんだと思うぜ?」

 

「ああ、さっきのライブはめちゃくちゃ盛り上がったもんな。もうなんだかんだ4曲目だしな」

 

そして英治くんとタカくんもフォローしてくれて、その後タカくんは…。

 

「でもな!これで終わったらオーディエンスのお前らもArtemisも不完全燃焼だろ!Artemis!もっかい演奏やれんならやろうぜ!デュエルギグ!」

 

「え?もう一回…いいの?」

 

「おう!次も本気でいくからな!お前らも本気でこいよ!もちろんオーディエンスも本気で暴れろよな!!」

 

「翔子!澄香!日奈子!」

 

「ああ!あたしもやりたい!」

 

「せっかくタカがくれたチャンスやもん!私もやりたい!」

 

「…何となく展開読めちゃうんだけど」

 

日奈子だけはなにか思う所もあったみたいだけど、あたし達はタカくんの申し出を受け取り、もう一度デュエルギグをする事にした。

 

「次は負けないから!いっくよぉ~!Artemisぅ!」

 

「トシキ!拓斗!英治!次も負ける訳にはいかねぇぞ!飛ばすぜ!!」

 

そしてBREEZEとArtemisの2曲目のデュエルギグが始まった。

 

「「「「Artemis!食らい付いてこいよ!Silent Hope(サイレント ホープ)」」」」

 

「「「「あたし達の全力で応える!Mysterious Kiss(ミステリアス キッス)」」」」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「♪~♪~!(いける!このままなら!)」

 

「(そうだ!これがあたしらの音楽だ!トシキさんを見ないように意識すれば…)」

 

「(梓も翔子すごく調子いい。私もこのままやりきれば!失敗すんなよ私!集中…集中して!)」

 

「(梓ちゃんも翔子ちゃんも澄香ちゃんもノリにノッてる!このままいけば……いいんだけど無理だろうなぁ…。はぁ…また負けちゃうのか…)」

 

あたしはたまに歌詞を間違えたり、翔子も澄香もコードを間違えたりしてたけど、日奈子はノーミスだった。

あたし達はノリにノッていた。このままいけばBREEZEに勝てる!

 

1曲目もこんな感じだったし、日奈子はノーミスだったんだけどね。えへ。

 

 

「(ヤバ、BREEZEもノリノリやん…。そうだよね、BREEZEにとっても大事なデュエル。あたしももっと気合い入れなきゃ…)」

 

と、あたしが思った時だった。

 

デュエルギグ2曲目。

BREEZEはステージをいっぱいいっぱいに使い、タカくんもトシキくんも拓斗くんも動き回っていた。

英治くんはドラムだから動けてなかったけど。

 

そしてあろうことうか、タカくんはあたしの目の前に立ってすごく至近距離で歌っていた。

あたしの目の前だからオーディエンスには背を向けている感じで。

 

そして今更思う事じゃないんだけど、今更になって不思議な事を思った。

 

デュエルギグって何なの?

 

そう。音楽と音楽のぶつかり合いというのはわかっている。バンやろのデュエルの時も音ゲーパートだったし。

 

だけど対バンとは違って交互に歌うのではなく、あたし達Artemisとタカくん達BREEZEは一緒に各々のバンドの曲を歌っている。

これオーディエンスを盛り上げるもクソも、オーディエンスってあたしらのとタカくんらのと曲を聞き分けられるのかな?

 

とか、一瞬思ったが忘れよう。この話が破綻してしまう。

 

それより今はあたしの目の前で歌っているタカくんをどうにしかしないと…。今はとか言ってるけどこれ過去話だから過去の事だけどね。

 

あ、あの時のタカくん思い出したら胸が痛い。キュンキュンする。

 

「…(あわわわわ…タ、タカくんがあたしの目の前に…)」

 

その時のあたしは目の前で歌うタカくんのかっこよさにノックアウトされ、歌詞が頭から抜け出てしまっていた。

 

「(あかん!これ敗けのやつや!梓、急に歌うの止めちゃったし!何とかギターは弾いてるけど…。し、翔子と日奈子は!?)」

 

「(あ、梓ちゃん、とうとう歌うの止めちゃった。まぁ、しょうがないか。あんな至近距離だしね。梓ちゃん、顔真っ赤になって頭から湯気出ちゃってるし。澄香ちゃんは大丈夫みたいだけど…)」

 

あたしは至近距離に居るタカくんに身も心も奪われ、歌う事は出来なくなっていた。

 

何とかギターは弾けているけど…。

 

あたしが歌う事が出来なくなってしまったせいで、このステージ上には、タカくんの歌、トシキくんのギター、拓斗くんのベース、英治くんのドラム。

そしてあたしのギター、澄香のベース、日奈子のドラムの音だけしか鳴り響いていなかった。

 

「(…ん?あれ?翔子のギターの音がしない?)」

 

「(翔子!?何で!?何で微動もせずに石みたいに固まっちゃってんの!?)」

 

「(あ、そういやみんなの後ろにいるドラムのあたしにはわかったけど、翔子ちゃんさっきのAメロ入る前にトシキちゃんにハイタッチみたいなのされてから固まっちゃってるね。梓ちゃんの歌と翔子のギター無しか。うん。負けだわ)」

 

翔子はこのデュエルの最中に、トシキくんからハイタッチみたいなのをされて、手と手を触れ合ったらしい。

そして翔子はそのハイタッチのポーズのまま、固まってしまい動かなくなっていた。

 

あたし達が「「「翔子(ちゃん)!!)」」」と、思った矢先。

 

-バターン!!

 

翔子は鼻血を出して倒れてしまった。

 

 

 

……そしてデュエルギグはあたし達Artemisの負けで終わり、幕は閉じられた…。



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第52話 ラーメン

あたし達ArtemisとBREEZEのデュエルギグは、あたし達Artemisの惨敗で終わってしまった。

 

今はデュエルの勝者であるBREEZEがステージで歌っている。

本来ならデュエルに勝利し、今ステージで歌っているのはあたし達のはずだったのに。

 

なのにあたし達は、いや、あたしと翔子と澄香は、あたし達の楽屋で日奈子から大目玉をくらっていた。

 

 

「だいたい!何で翔子ちゃんは演奏中に鼻血出して倒れちゃうの!!」

 

「いや、トシキさんがかっこ良すぎて…」

 

「なんて!!?」

 

「す、すみません…。あたしも何でかわかりません。もうしません」

 

「「……」」

 

ちびっこのくせに仁王立ちしている日奈子を眼前に、あたしと翔子と澄香は正座しながら日奈子の怒りが収まるのを待っていた。

 

「梓ちゃんも!何で歌うの止めちゃうかな!?ギター下手くそなのに歌うの止めちゃったらダメでしょ!」

 

「いや、タカくんがめちゃくちゃ近くに来たから緊張しちゃってね…」

 

「ダメでしょ?」

 

「いや、だから…」

 

「ダメでしょ?」

 

「はい…ダメです。あたしはギター下手くそなんだから歌うの止めちゃダメですよね。すみません、反省してます」

 

「澄香ちゃんも澄香ちゃんだよね!梓ちゃんと翔子ちゃんに引っ張られてミスし過ぎ!澄香ちゃんもタカちゃんかっこいいとか思って演奏が疎かになってたの!?」

 

「いや、私はタカの事かっこいいとか思って集中途切れたりしてないよ!?私は梓と翔子が走り過ぎてるし何とかしなきゃって焦り過ぎちゃって…」

 

「え?じゃあタカちゃんの事かっこいいって思わなかったの?」

 

「…そりゃ、かっこいいって思いましたし、梓ちょっとタカに近くない?とか思ってヤキモキしましたけど…。ホントすみません」

 

「ほら!ほらほらほら!みんな何やってんのー!おかげで負け無しのArtemisだったのに黒星付いちゃったじゃん!!」

 

それから日奈子の説教は数十分と続き、あたし達の様子を見に来てくれた聖羅はあたし達の楽屋のドアを開け「ぷふっ、ま、まさかタカ達に見惚れてデュエル負けちゃうとは…あは、あはははは、あんまり笑わさないでよ!あははははは」とだけ言われた。

そしてドアを閉めて「あー、お腹痛い。あはははは!」と言いながら帰っていった。

 

「ホントにさー!梓ちゃんも澄香ちゃんも翔子ちゃんも(クドクドクドクド」

 

日奈子の説教はとどまる事を知らなかった。

 

 

-コンコン

 

 

あたし達が日奈子に説教されていると、ドアをノックする音が聞こえ、その後すぐにドアを開けられた。

 

「お、お前らまだ居てくれたか。良かった」

 

あたし達の楽屋に入って来たのはタカくんだった。

 

「って、まだ着替え終わってねぇのかよ…。まぁ、いいや。着替え終わったら俺らの楽屋来いよ。一緒に飯でも食いに行こうぜ。打ち上げだ打ち上げ」

 

「打ち上げ…?」

 

「一緒にご飯…?ト、トシキさんも一緒に!?」

 

「あ、えっと…私らも一緒でいいなら是非…」

 

「ご飯…。今日はあたしはもちろんタダ飯だろうね」

 

日奈子の分はあたし達で出す事になるんだろう。そう確信していた。

 

「お、来てくれるなら良かった。予約してっからよ。早めに着替えて来てくれよ。……ってお前!俺がまだ居るのに何脱いでんの!?」

 

「え?」

 

「あ、梓!何やってんの!」

 

あたしはタカくんとご飯に行けるという想いが暴走し、タカくんがまだ居るのに上着を脱ぎにかかっていた。

 

「あ、急いだ方がええかな?って思って…」

 

「と、とにかく!俺らは楽屋で待ってるから!…クッ、何で俺は着替えを止めてしまったんだ…」

 

そう言ってタカくんはドアを閉めて楽屋へと戻って行った。

 

見たかったのかな?あたしの着替え。

彼氏になってくれたらいくらでも見せてあげるのに…。

……いや、やっぱり無理。恥ずかしいわ。

 

とか、思いながらあたしは着替えを急いだ。

 

 

 

 

 

「って、打ち上げってどこ行くの?あたし達まだ未成年だし飲み屋とかじゃないよね?」

 

「ああ、俺達はいつもライブ終わりはファミレスなんだけどな」

 

「ドリンクバーあるもんね。それにしてもはーちゃんがデュエルの相手にしろ対バンの相手にしろ打ち上げに誘うのって初めてじゃない?」

 

「へぇー、そうなんだ?あたし達は打ち上げってあんまりした事ないよね?反省会ってのはあたしの家でやるけど」

 

日奈子と拓斗くんとトシキくんはあたしと話しながら、

 

「おー、マジか。兄貴達が大阪行った時に…」

 

「そうなんだよ。その時に物販してた私は梓ちゃんと澄香ちゃんと仲良くなって~」

 

「あたしもそのライブ行きたかったよ。まぁ、その頃はまだ音楽やってなかったからなぁ」

 

「私もその時はまさかバンドやれるだなんて夢にも思ってなかったよ」

 

BREEZEのライブを観に来ていた拓斗くんの妹である晴香ちゃんと三咲ちゃんと翔子と澄香で話しをして、

 

「おいタカ、打ち上げってどこでやるんだ?いつものファミレスじゃダメだったのかよ」

 

「ま、着いたらわかるわ」

 

英治くんとタカくんで話しながら打ち上げのお店へと向かっていた。

 

 

 

電車に乗り、少し歩き、あたし達がライブをした会場から少し…っていうか、かなり離れたお店にあたし達は辿り着いた。

 

「お、おい、タカ…ここって…」

 

「いいの?はーちゃん…」

 

「あ?何か文句ある?とりあえず入ろうぜ、腹減ったし」

 

「おいぃぃぃぃ!タカぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「おわっ!?な、何だよ拓斗…」

 

「てめぇ!せっかく梓さんが…いや、Artemisの皆さんがわざわざ関西からここまで来てくれたんだぞ!それなのに何で打ち上げ会場がここなんだよ!もっとあるだろうが!夜景の綺麗な店とか、関東ならではの味を出す店とかよ!」

 

「……ほら、ここの店の前も道挟んでるけど海だし。オーシャンビューじゃん。それにチェーン店でもないからこの店ならではの味だし?」

 

「いや、オーシャンビューって、真っ暗で海見えないし!確かにチェーン店じゃないけどよ!何でラーメンなんだよ!」

 

あたし達がタカくんに連れられて来たのはラーメン屋だった。

 

「拓斗…。梓達はよ。ここに連れて来たいって思ったんだよ」

 

「……!?お前が…ただラーメン食いたかった訳じゃねぇって事か。そうだな…。お前がここに人を連れて来るってよっぽどだよな。悪い…」

 

「いや、ラーメン食べたかったんだけどね?」

 

タカくん達の不思議なやり取りを目の前で見させられなが、あたし達は正直「ラーメンかぁ…」って思っていた。

 

「ラ、ラーメンか…最近おっちゃんに脇腹の肉が付いてきたって言われてるのに…」

 

「ラーメン…わざわざ関東まで来て…」

 

「ラーメンがっつく姿をトシキさんに見られる訳には…」

 

「『ラーメンFAN to 夢(ふぁん とぅー ゆめ)』?変な名前」

 

「いや、ここは『ふぁんとむ』って店だ。音楽のファンと一瞬に夢を見ようって想いでこんな店名にしたらしい。変な店だろ?」

 

あたし達の会話が聞こえたのか、タカくんがあたし達に店名の説明をしてくれた。

 

あたし達がタカくん達に連れて来られたラーメン屋の店名は『ふぁんとむ』。

英治くんのライブハウス…今はなっちゃん達の音楽事務所かな。

その『ファントム』は、ここのラーメン屋さんの名前を使わせてもらったんだよ。英治くんもライブハウスに来てくれる『ファン』とバンドマン達の『夢』を繋ぐ為にって。

 

「ここはな。ONLY BLOODの2代目の大神さんと一緒にレガリア戦争を闘ったドラマーの松本 誠(まつもと まこと )。まこっさんがやってるラーメン屋だ」

 

「「「「ONLY BLOOD!?」」」」

 

あたし達はONLY BLOODというバンドも大神さんも知っている。

そして、ONLY BLOODのベーシストだった氷川さんの事も。

 

まさかタカくんにそのONLY BLOODのドラマーだった人のお店に連れて来てもらえるとは…。

 

「とりあえず入るぞ」

 

そう言ってタカくんはお店のドアを開けた。

 

「へいらっしゃい!!!!……お、タカか。やっと来たか」

 

お店に入った途端、大きな声で迎えてくれた人は、金髪のモヒカンヘアでサングラス。

南の島とかで昔の人が着ているようなリゾートコーデの…何というか…ラーメン屋さんって感じの人ではなかった。

 

「って事はその後ろの女の子達がArtemisの子達か?話は氷川さんからも聞いてるぜ!世呂死苦!」

 

なんか『よろしく』って言葉が何故か漢字のような気がしたけど、あたし達は「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 

「HAHAHA!なかなか可愛い子達じゃねーか。注文はどうする?…あ、そうだ、おいタカ。さっき氷川さんにも連絡したんだけどよ?何か怒ってたぜ?すぐに来てくれるってよ」

 

「え?氷川さんに連絡したんスか?まぁ、俺も連絡するつもりでしたけど…。え?てか何で怒ってんの?俺なんかしました?てか、何なんスかまこっさんのそのキャラ。何かの罰ゲーム?」

 

そしてあたし達は4人掛けのテーブル席にArtemisメンバーと座り、隣のテーブル席には拓斗くんと英治くんと三咲ちゃんと晴香ちゃんが座り、あたし達を挟んだもう1つのテーブル席にタカくんとトシキくんが座った。

 

チ、何故あたしはArtemisが同じテーブル席に…。

と、あたしも澄香もタカくんと一緒が良かったとか、翔子はトシキくんと一緒が良かったとか、日奈子は何食べようかな?とかボソボソと他のテーブル席には聞こえない音量で話していた。

 

「おい、お前ら注文決まったら遠慮なく言えよ?今日はArtemisの分は奢ってやるからよ。腹が裂けるくらい食っちゃいなYO!」

 

何となくノリが本当にONLY BLOODのメンバーだったんですか?って聞きたくなるような感じだったけど、奢ってくれるという事はにあたし達は感動していた。

 

何食べようかな?あんまりがっつくとタカくんに品のない女とか思われちゃうかな?とか思ったけど、あたしはこの場は食欲という悪魔に忠実な下僕になろうとメニューをガン見していた。

 

だけど…

 

「あ、まこっさん。注文は全員『大神スペシャル』で」

 

タカくんが勝手にみんなの分の注文をしてしまった。

『大神スペシャル』?メニューにはそんなの載ってないのに。

 

「大神スペシャルか。時間掛かるからちょっと待ってろな」

 

そう言ってまこっさんは調理に入った。

 

あたし達はアレが食べたかったのにとか、コレが食べたかったのにとか文句はあったけど、奢ってもらえる訳だし…と、ボソボソと他のテーブル席には聞こえない音量で文句を言っていた。

 

「ねぇ、はーちゃん。Artemisのみんなを『ふぁんとむ』に連れて来た事もだけど…『大神スペシャル』って、どうしてなの?」

 

「ん?ああ、そういや拓斗もだし英治も、何でArtemisをここに連れて来たのか不思議がってたっけ?

おい、三咲。お前、トシキ達にはあの事言ってねぇの?」

 

「あの事?なんの事?」

 

「あー、梓が魚座のレガリア持ってて、氷川さんから聞いてた木原 遙那さんの後継者って事」

 

「え?レガリアの事?タカくんにしか言ってないよ?」

 

「そうか。梓さんは魚座のレガリアの…天使か女神と思っていたが…まさかレガリアの………」

 

「はあー!すげぇ歌が上手いとは思っていたがまさかレガリアの後継者だったとはな………」

 

「なるほどね。だからはーちゃんはここに連れて来たんだね。そっか、それで『大神スペシャル』を………」

 

 

「「「……って!レガリア!!?」」」

 

 

トシキくんと拓斗くんと英治くんは大声を出してびっくりしていた。

 

三咲ちゃんにはあたしがお母さんからレガリアを受け継いだ事を話していた。

そして、またあたし達も三咲ちゃんからタカくんが大神さんから射手座のレガリアを受け継いだ事を聞いていた。

 

「マ、マジかよ…梓さんがレガリアを…?」

 

「おい!三咲!そんな大事な事、何でタカにだけ言って俺に言ってなかったんだよ!」

 

「え?何で私がわざわざ英治くんに言わなきゃいけないの?」

 

「そっか。梓ちゃんの歌声も凄かったもんね。まさかレガリア使いだったなんて…。はーちゃんも話してくれたら良かったのに」

 

「あ?俺が聞いたのも最近だぞ?デュエルするって話が決まった時は俺も知らなかったしな」

 

「何だよ、お前らArtemisがレガリアの後継者だって知らずにデュエル受けたのか?はい、大神スペシャルお待ちっ!」

 

そっか。あたしがお母さんからレガリアを受け継いだのをタカくん達は知らずにデュエルを受けてくれたんだ?

もし、あたし達が『あたし達は魚座のレガリアを受け継ぎました』って言ってたらもっと早くデュエルを受けてくれたかな?それともレガリア戦争の事を危惧してデュエルは受けてくれなかったかな?

 

とか思ったけど、考えてみたらレガリアを受け継いだのもつい最近だったわ。

 

それより…あたしは別の事に気を取られていたんだ。

 

「こ、これが大神スペシャル…?ど、どんぶりじゃないやん…これすり鉢やろ…?」

 

あたし達の目の前にまこっさんが大神スペシャルを運んでくれたけど、明らかにこれはあたしが食べれる量を凌駕していた。

 

「これ…ラーメンか?鍋じゃねぇのか?1人前でこれじゃないよな…?」

 

「これ麺何玉分…?チャーシューもどんだけ入ってんの…?」

 

「おいしそ~♪」

 

大神スペシャルを目の前にしたあたし達は驚き、これを今から1人ひとつ食べるの?と、恐怖していた。

 

「タカからは大神スペシャルって言われたけどな。さすがに女の子にこれは無理だろ。ほら」

 

そう言ってまこっさんはあたし達の前に大神スペシャルを1つと、取り分け用の器を4つ持って来てくれた。

 

てか、まこっさんって普通に喋れるんだ?

 

「え?俺、大神スペシャル全員分頼んだと思うんですけど?」

 

「大神さんとお前以外、誰がアレを食いきれんだよ。トシキは醤油ラーメンとチャーハン大盛セット。拓斗は塩ラーメンと唐揚げセット、英治は豚骨ラーメンと餃子セットな。三咲と晴香はラーメンとご飯のセットでいいよな?三咲は味噌で晴香は担々麺な」

 

そう言ってみんなの前に料理を運ぶまこっさん。

さすがに大神スペシャルってラーメンはみんな食べれないよね。

 

「いやいやいや、盛夏と美緒ちゃんならこんくらい余裕だと思うんすけど」

 

「セイカ?ミオちゃん?誰だそれ」

 

「あ、そうか。そりゃそうだ。この時代まだ2人共産まれてもないよな…」

 

タカくんが女の子の名前を出すもんだからちょっと気になったけど…。

気に…なったんだけど、盛夏ってせっちゃん?美緒ちゃんって美緒ちゃん…だよね?

 

あの頃は何となく気になっただけで聞き流してたけど、何であの頃のタカくんからせっちゃんと美緒ちゃんの名前が?

 

「お前は初代の矢沢さんに似て変な事ばっか言うよな。ほら、大神スペシャル。お前にはちゃんと大神スペシャル作ってやったからよ」

 

「ああ、どうも。

やべぇなぁ。ちょっとメタ発言は自重しないとな。まぁいいや。いただきます」

 

そう言ってタカくんは大神スペシャルを食べ始めた。

あれを1人で食べるのかな?と若干恐怖を覚えた。

 

「…オレが奢るのはArtemisの分だけで、お前らは自腹だからな」

 

「…。大神スペシャルっていくらでしたっけ?」

 

「2400円」

 

「……やっぱりまこっさんのラーメンは世界一だな」

 

「お世辞言っても無駄だからな?払えよ?」

 

タカくんは泣きながらラーメンをむさぼり食べていた。

 

 

 

それから少しした後、

 

 

-ガラッ

 

 

「へいらっしゃい!って……氷川さん、お疲れ様です」

 

「おうマコト、お疲れ。Artemisもわざわざ関東までお疲れ様だったな」

 

氷川さん。

りっちゃんのお父さんが『ふぁんとむ』に入ってきた。

 

「氷川さん、お疲れ様です。俺とはーちゃんの席空いてますよ」

 

「氷川さん!すんません、お先にいただいてます!」

 

「氷川さんは何注文されますか?タカとトシキのとこのテーブル席空いてますんでどうぞ!」

 

「ラーメン美味しい。あれ?いつもよりちょっとしょっぱい?あ、そうか。自腹だと思って涙が…。これ涙の味だわ」

 

「おう、トシキも拓斗も英治もお疲れ様だったな。で、タカ」

 

-ゴンッ!

 

「痛っってぇ、お、俺何で殴られたんすか!?」

 

「お前な!Artemisとライブする事あったら俺を呼べって言ってたよな!!?」

 

「え?そんな事言われてましたっけ?俺は過去を振り返らないので忘れました。いや、待てよ?今日ライブするって事は言ってたような?」

 

「ああ!そうだよ!お前からはライブするって連絡だけでな!デュエルするっても、Artemisが来るってのも聞いてねぇよ!」

 

「そうでしたっけ?てか、それより氷川さん」

 

「あ?何だ?」

 

「今日のBREEZE(おれたち)の分奢ってくれません?予約した時、まこっさんが『今日は俺が奢ってやるよ』って言うもんだから大神スペシャル注文したのにArtemisの分しか出さないとか言ってくるんですけど?俺の財布には2000円も入ってないんですけど」

 

「お前何でこの状況で俺に奢ってくれとか言えるの?」

 

 

 

 

その後は色々とタカくんと氷川さんの問答があり、『ああ、わかったよ。BREEZEの分は三咲と晴香ちゃんの分も含めて俺が奢ってやるよ。お前…ほんっっとそういう所、大神に似てきたよな。何なのチキンのくせにその図太い神経』と、BREEZEの分は氷川さんの奢りになった。

 

そしてそれを聞いたトシキくんはチャーハン大盛を追加注文し、拓斗くんはご飯大盛を追加注文して、英治くんは餃子3人前を追加注文した。

まぁ、三咲ちゃんと晴香ちゃんとあたし達も追加注文したんだけど…。日奈子に至っては何故か大神スペシャルを追加注文したしね…。

 

「ふぅ、腹一杯だな。やはり氷川さんの奢りで食べるラーメンは最高だぜ」

 

「はーちゃんは何を言ってるの。ちゃんと氷川さんに感謝しなきゃ。俺は氷川さんに遠慮しちゃって思いっきりは食べれなかったよ」

 

「トシキ、チャーハン大盛を追加したお前がそれを言うのか?てか、いつも俺らまこっさんにはツケで色々食わせてもらってんだろ。いつもの事じゃねぇか」

 

「え?拓斗。それまじか?今までのってツケだったの?氷川さんかまこっさんの奢りじゃなかったのか?」

 

BREEZEはやっぱり変なのはタカくんだけじゃないんだな。と、改めて思った。

 

「はぁ、こいつら何て食欲してんだよ…また嫁に怒られる…」

 

そしてあたし達はまこっさんにお礼言い、その後は、タカくん達とはそのまま解散する事になって、あたし達Artemisは氷川さんの車でホテルまで送ってもらう事になった。

 

今なっちゃんにこの時の事を話してて思い出したけど、BREEZEのみんなと解散して、あたし達が車に乗る直前に、

 

「あ、おい、タカ。今日も奢ってやったんだから約束守れよ?うちのゴリラ…じゃない、ゴリナ…じゃない、理奈が結婚出来る歳になったら嫁に貰えよ?」

 

「ああ、はい、俺がそん時まで結婚してなくて理奈ちゃんが可愛くなってましたらね…」

 

とか、言っていた。

りっちゃん、おっぱいは小さいけど今はめちゃくちゃ可愛くなってるし、とっくに成人してるし…。

……やっぱり警戒しておいた方がいいかな。

 

あ、それでね。

その後、あたし達は氷川さんに車で送ってもらいながら…。

 

「俺よ、遙那さんや龍馬さんがレガリアの後継者として選んだみんなとゆっくり話してみたかったんだよ」

 

車を運転してくれている氷川さんがそんな事を言ってきた。

 

「え?あたし達と?」

 

「ああ、遙那さん達にも話せてない事もあるしな。大神の事…レガリア戦争の事をお前らにも色々と知っててほしいと思ってよ」

 

「大神って…あのカップ麺食べてたおっさんだよな?」

 

「レガリア戦争?それって梓ちゃんのおばちゃんやおっちゃんに聞いた話?」

 

「ちゃんとって事はおばさんやおっちゃんから聞いた話以上の事が聞かせてもらえるのかも?」

 

「ああ、ちょっと話長くなりそうだから遠回りするぞ。ゆっくり聞いてくれ。何で俺達が…タカに射手座のレガリアを託したのかって事もな」

 

「タカくんに…レガリアを託した事…あたし!それ聞きたいです!」

 

そしてあたし達はレガリア戦争がどんな闘い(デュエルギグ)だったのか、どんな想いで氷川さんがタカくんに大神さんの意思と射手座のレガリアを託したのかを聞いた。

そしてタカくんが何であたし達を『ふぁんとむ』に連れて来てくれたのか、何であたし達に『大神スペシャル』を食べてもらおうとしたのかも…。

 

まぁ、射手座のレガリアがタカくんに託された時には、レガリア戦争は足立の勝利で終わっていて、大神さん達もONLY BLOODを引退してしばらく経ってからなんだけどね。

 

そんなお話を氷川さんはあたし達にしてくれて、お話が終わった時はもう日を跨いでて…、気づいた時には朝日があたし達の顔を照らしていた。

 

レガリア戦争はお母さんやおっちゃんから聞いてた話よりも凄惨で辛くて、あたし達はみんな疲れてるはずなのに、誰も寝ちゃったりする事もなくしっかりと聞かせてもらっていた。

 

 

 

「すごかったね。氷川さんのお話」

 

「うん、すごかった。氷川さんが…何でタカにレガリアを託したのかってお話も」

 

「あたしらはさ。エクストリームジャパンフェスで優勝したいって目標もあるからさ。やっぱり勝ったとか負けたとか、気にしちゃうもんな」

 

「うん、そだね。…でも聞いた?BREEZEって結構デュエルで負けてるんだってね。あたし達には勝ったのにさ」

 

氷川さんから聞いたお話は、今ははしょるね。

これもきっとトシキくん達が話してくれるだろうし、トシキくん達BREEZEがどう感じてたのかってのを先入観持たずに聞いてもらいたいし。

 

ホテルに戻ったあたし達は荷物をまとめて関西に戻った。

その時に拓斗くんと三咲ちゃんと晴香ちゃんが見送りに来てくれて、これからも対バンやデュエルをやろうって拓斗くんは言ってくれた。

 

 

 

-----------------------------------------

 

 

 

「その日からね。あたし達はBREEZEに今度こそはデュエルで勝つぞって遠征も増やして、デュエルや対バンじゃなくてもBREEZEのファンとして、ライブを観に行ったりしたの」

 

「そうなんだね。晴香さんから、梓お姉ちゃんが先輩に惚れてArtemisは負けたって聞いてたけど、思っていた以上にしょーもない負け方しててびっくりしちゃった」

 

しょーもない負け方って何!?

てか、晴香ちゃんは何をなっちゃん達に言ってるの!?

 

「それで梓お姉ちゃん達は結局、BREEZEやArtemisが解散になっちゃうまでBREEZEにはデュエルで勝つ事は出来なかったんだよね?」

 

「ウッ…そ、そうなんだけど…」

 

でも勝てなかったのはあたしだけのせいじゃないし。

主に翔子のせいだってあたしは思ってるし。

 

「結局梓お姉ちゃん達は何回BREEZEとデュエルしたの?」

 

「あたし達とBREEZEのデュエルギグはね。公式には7回…かな」

 

「7回も……。ん?あれ?てか、公式って?」

 

「うん、まぁ、翔子もアレだしね。トシキくんとは何回か1対1でギターデュエルもしたみたいだし、デュエルじゃなくて対バンならもっと何回もやってるからね」

 

「そうなんだ?そういや翔子お姉ちゃんもトシキさんには勝てた事ないって言ってたよね。負け方はいつもこんな感じだったのかな?」

 

はい。翔子の負け方はいつもそんな感じでした。

 

「だけどね」

 

「だけど?」

 

「あたし達ArtemisとBREEZEにとっては7回じゃなくて…まぁ、翔子とトシキくん的にはもっとなんだろうけど」

 

そう。公式に…オーディエンスがいたデュエルギグ。

ArtemisとBREEZEとしてデュエルギグ。

その回数は7回だけ。

 

「だけど、タカくんが足立と闘って喉を壊して…BREEZEを解散した後、あたしが事故に合う前。

そんな時にね、あたしはタカくんと、翔子はトシキくんと、澄香は拓斗くんと、日奈子は英治くんと。

各々が最後のデュエルギグをしたの」

 

「最後のデュエルギグ?」

 

「うん、だからあたし達Artemisにとっては、タカくん達とのデュエルギグは8回。公式ではないけど最高で最大のデュエルギグだったんだよ」

 

あたし達がBREEZEと初めてデュエルをして数年。

 

それまでにたくさんの出会いやデュエルがあって。

 

あたし達はエクストリームジャパンフェスの決勝リーグに出場出来る事になった。

 

でも決勝リーグに出場する少し前に、あたし達はBREEZEとの最後のデュエルギグをした。



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第53話 決戦前夜

そしてもうそろそろ本気で本編に戻らないとヤバいと思っているあたしがいる。

もう過去編入ってから1年以上経ってるよ!?

 

よし、ここからは駆け足で…。

 

って訳でね。

クリムゾンエンターテイメントとの闘いや、生死を賭けた日奈子の企画ライブ、アルテミスの矢を通じて出会った仲間達、異世界への召還、他のクリムゾングループのミュージシャンやレガリアを狙うミュージシャンとの戦い、数千年前の封印から解かれた妖魔達との戦い、BREEZEのライブにこっそり行った時に迷子になってBlaze Futureの奈緒ちゃんのお母さんに助けてもらったり、謎のデュエルギグ原住民の住む無人島に流れついたり、エクストリームジャパンフェスの決勝リーグへの出場を賭けたデュエルギグ、未来から来た機械兵器(アンドロイド)との戦い、モンブラン栗田さんのirisベースの事、宇宙人(スペースノイド)との邂逅、仲間と思っていたミュージシャン達との別離。

 

その他にもたくさんの事があったけど、その闘いのひとつひとつが、あたしにとっては掛け替えのない想い出。

 

「いやいやいや、待って梓お姉ちゃん」

 

「どうしたのなっちゃん。あ、もしかしてまたはしょり過ぎとか言う感じ?でも前回も言ったけど、あたし達がBREEZEと出会ってからの話はきっとトシキくん達から詳しく…」

 

「いや、それはわかってるよ?聞きたい気もするけど早く本編に戻らなきゃだし我慢する。文化祭編とか修学旅行編とかも控えてるし。ん?あれ?文化祭に修学旅行…?これ社会人の私関係なくない?」

 

なっちゃんも時々変な事言う子になっちゃったなぁ。

タカくんの影響かな?

 

「ってそりよりさっき梓お姉ちゃんの言った想い出話!」

 

「ん?何かあった?」

 

「何かあった?…って言うか、異世界とか機械兵器とかデュエルギグ原住民とか宇宙人とか…」

 

「ああ、その辺もトシキくん達が詳しく話してくれるんじゃないかな?」

 

「あの…ちょっと言い方に悩んだんだけど…えっと、梓お姉ちゃんの変な妄想とか、中二病の行くつく先に見えるもの…とかじゃなくて?」

 

「え?何を言ってるのなっちゃんは?」

 

「…あ、う~ん…まぁ、いいか。今は忘れておこう」

 

「もう続き話して大丈夫?」

 

「う、うん…」

 

エクストリームジャパンフェスの決勝リーグに出場するっていうのは本当に大変な事でね。

まぁ、お父さん達クリムゾンエンターテイメントの妨害とかも色々あったんだけど…。

 

だけどあたし達は長い闘いの中で、やっとArtemisがエクストリームジャパンフェスの決勝リーグに参加出来るまで間近という所まで辿り着いた。

…もうあたし達Artemisもみんな大学生になってたんだけどね。本当に長かったよ。

 

「(梓お姉ちゃん大学行けたんだ!?)」

 

「どうしたのなっちゃん?」

 

「な、何でもないよ。エクストリームジャパンフェスって大変だったんだなぁって思って…」

 

「そうなんだよ~。それでね…」

 

その時もまだクリムゾンエンターテイメントとの闘いは苛烈で、アルテミスの矢とクリムゾンエンターテイメントは激しい闘いの最中だった。

 

この闘いはいつ終わるのか。本当に終わるのか。

そんな闘いの中で希望が生まれた。

 

 

アーヴァルによるドリーミン・ギグの開催。

 

 

何がどうなってこうなったのかはわからないけど、タカくん達BREEZEにもアーヴァルから声が掛かり、ドリーミン・ギグに参加出来る事になった。

BREEZEのみんなもあたし達もアルテミスの矢のみんなもすごく喜んだ。

 

だけど、タカくんの喉はもうクリムゾンエンターテイメントとの闘いの中で、壊れかけていた。

 

このままクリムゾンエンターテイメントと闘い続けたらタカくんの喉は完全に壊れるかもしない。

だから拓斗くんはドリーミン・ギグを最期にBREEZEを解散しようと持ちかけ、タカくんだけは意地を張って反対していたけど、拓斗くん達やあたし達、アルテミスの矢のみんなで説得して、BREEZEはドリーミン・ギグをもって解散する事になった。

 

そうなるはずだったのに、クリムゾンエンターテイメントの四天王の1人である足立が、ONLY BLOODの3代目である波瀬くんを倒し、アルテミスの矢のバンドも倒され、足立の軍勢の猛攻により、トシキくんと拓斗くんと英治くんも入院する程のダメージを受けた。

……あたし達がやってるの音楽だよね?

 

幸いトシキくん達の怪我は大事には至らず、ドリーミン・ギグまでには退院出来そうだった。

だけどタカくんはバカだから…。

 

タカくんは手塚さんの手引きもあって、足立の所在を知り、1人で闘いを挑む事にした。

 

 

「よし!明日のデュエルも勝つぞ!!あと3勝でエクストリームジャパンフェスの決勝リーグだ!」

 

「うふふ、翔子ちゃん燃えてるね~。ま、やっとあたし達もエクストリームジャパンフェスの決勝リーグに出場出来そうだもんね!」

 

「でも私達の目標はエクストリームジャパンフェスでの優勝!まだ決勝リーグもあるんやし気合い入れないと!ね、梓」

 

「うん、そだね。BREEZEやアルテミスの矢のみんなの頑張りに報いる為にもあたしらは優勝しなきゃ!」

 

この時、あたし達は翌日に行われるデュエルギグに勝とうと意気込んでたけど、本当はみんなBREEZEやアルテミスの矢の事を心配して空元気を出しているだけだった。

 

「あんたら威勢だけはいいけど顔が暗すぎ。もっと楽しまなきゃだよ」

 

「そうだよ!晴香ちゃんの言う通り!せっかくなんだから楽しまなきゃ!って訳でじゃ~ん!お酒をいっぱい買って来ました~。今夜は私と晴香ちゃんの奢りだよ!いっぱい飲もー!」

 

そんなあたし達を心配してくれたのか三咲ちゃんと晴香ちゃんが大量のお酒を持って応援に来てくれていた。

あ、ちなみにこの時は関東ね。

 

「いいか。澄香!今日こそお前を飲み潰してやるからな!」

 

「晴香…飲み潰してやるって、私ら明日デュエルなんやけど…」

 

「あはは、いいじゃんいいじゃん!今夜はじゃんじゃん飲もう!」

 

「日奈子の言う通りだな。ありがとな、晴香、三咲」

 

「ううん、私もみんなで飲みたいだけだし。あ、梓ちゃんは何にする?」

 

「そうやなぁやっぱり1杯目はビールかな?」

 

正直、翌日のデュエルギグへの緊張と、みんなの事の心配で心が弱っていたあたし達には、三咲ちゃんと晴香ちゃんの明るさがすごく助けになっていた。

 

そして、みんなで乾杯しようとした時、

 

「ん?おい、梓、お前のケータイに電話だぞ」

 

「ん?誰だろこんな時間にタカくんからのラブコールかな?」

 

「いや、ないだろ」

 

「即答しないでよ翔子…。ん?あれ?公衆電話?」

 

その電話は公衆電話からだった。

何か怖い気もしたけど、あたしは出る事にした。

 

\\かんぱ~い!//

 

みんなはそんなあたしを放置して飲み会を始めた。

 

「も、もしもし?」

 

『Artemisの木原 梓だな』

 

「そ、そうやけど…」

 

『俺が誰かなんてのはどうでもいい。時間もねぇから手っ取り早く用件だけ伝えさせてもらうぜ』

 

「いや、声でわかりますけど?手塚さんやんね?何で公衆電話から?」

 

『ギクッ!?』

 

「ほら、ギクッって言ったし」

 

『そ、そんな事はねぇ!とりあえず用件を伝えるぞ!

いいか、よく聞け。今からタカの奴は足立とケリを着けに行く』

 

「…え?」

 

『…クリムゾンエンターテイメントのスーパー四天王、手塚様と一緒に足立のヤサに殴り込みだ』

 

「手塚さんと…?ってお前のせいか!!」

 

『勘違いするな!俺はあんなに崇高でかっこいい天才的ギタリストじゃねぇ!ただの通りすがりのギタリストだ』

 

「声でわかるって言ったやろ!てか、タカくんを止めてよ!」

 

『そうだな。それが用件だ。タカの奴が足立とデュエルギグをして勝てる見込みは五分五分。いや、今のあいつの喉を考えると勝てる可能性は20%くらいかも知れねぇ』

 

「だ、だったら尚更!」

 

『だが、今、足立に勝てる可能性があるのはタカだけだ』

 

「そんな…そんなのって…」

 

『あいつはトシキ達がやられた恨み辛みもあるだろうが、お前らを守る為に足立に挑むつもりだ。足立さえやっちまえばクリムゾンエンターテイメントも止まらざるを得ないしな』

 

「それでも…」

 

『いいか、梓。俺がお前にこの事を伝えたのは、俺も迷ってはいるからだ。タカなら勝てるかも知れねぇが、確実にタカは終わる。ドリーミン・ギグにも参加は出来なくなるだろう』

 

「どこ?タカくんはどこに…ううん、足立はどこ!?あたしがタカくんの前に足立を…」

 

『落ち着け、お前じゃどう転んでも足立には勝てねぇ。お前の歌じゃ足立は折れる事はねぇ』

 

「確かにあたしの歌じゃ…。でも…それでも…」

 

『俺も色々覚悟してるからよ』

 

「覚悟?」

 

『いいか、俺は今からお前にある場所を伝える。そこにはタカが居るはずだ。

タカを止めるのか、そのまま送り出すのか、お前がタカに会って決めろ』

 

「あたしが…?止めて…いいの?」

 

『言っただろ、俺も迷ってると。

だからお前に託す。ずっとタカを見て音楽をやってきたお前が決めろ』

 

「うん、ありがとう、手塚さん」

 

『俺は手塚様じゃねぇって言ってんだろ!まぁいいや。いいか、場所はな…………』

 

そして手塚さんはタカくんの居場所だけを伝えて電話を切った。

電話の時に手塚さんが言っていた『覚悟』ってその時はわからなかったけど、あたしは絶対にタカくんを止めなきゃいけないと思った。

 

「晴香ちゃん今日バイクだよね!?キーある?」

 

「バイクの鍵?あるけど梓どっか行くのか?」

 

晴香ちゃんは特に渋る事もなくあたしにバイクの鍵を貸してくれた。

みんなは飲み会始めちゃってたけど、あたしはまだ飲んでなかったしね。

 

「ありがとう!」

 

「ちょっと、梓!何処に行くの!?」

 

「だいじょ~ぶ!すぐに戻るから!」

 

そう。すぐに戻る。

明日は大切なデュエルギグだし、タカくんが足立の所に行くのを止めるだけだから。

タカくんがグダグダ言って、足立の所に行くのを止めなかったら容赦ない暴力で心を折ればいいしと思っていた。

 

だけど問題は…。

 

「あたしが迷子にならずにタカくんの居る場所に行けるかどうかだよね…」

 

手塚さんに聞いたタカくんの居場所はわかっている。

だけど行き方がわからない。いや、わかっていたとしてもあたしには辿り着ける自信がなかった。

 

「考えててもしゃーない。…梓!ガンダム、行きまーす!」

 

「よっ…と、お前、酔ってもないのにバイクに乗って『ガンダム行きまーす』とか恥ずかしくないのか?」

 

「うぇ!?ふぇ!?翔子!?」

 

あたしがバイクを発進させようとした時、後ろに翔子が座ってきた。

ちゃんとヘルメットを着けて。

 

てかね。あたしは1人だと思ってたんだよ?

だからガンダム行きまーすとか言ったんだよ?まわりに誰か居たらさすがに言わないからね?

 

「翔子!?な、何で!?」

 

「さっきの電話。BREEZE…ってか、タカ絡みだろ?

澄香は晴香と飲み比べしてたし、日奈子は三咲と何か難しい話をしてたから気付いてないみたいだったけど」

 

翔子はあたしと手塚さんの話を…って言うかあたしの発言を聞いていたみたいで、タカくんの名前が出たものだからと心配して着いて来てくれたらしい。

 

「お前1人じゃ迷子になって明日のデュエルに間に合わなくなってもヤバいしな。あたしも連れてけよ」

 

「翔子…」

 

そしてあたしは翔子に手塚さんとの電話の内容を伝えた。もちろんタカくんの居場所も。翔子ならわかるかもだし。

 

「は!?足立と決着!?あの馬鹿、喉が壊れけてんのにあんなヤベェ奴とデュエルしようってのかよ!?」

 

「うん、だからあたしはタカくんを止めたい」

 

「そ、それはそうだろ。あたしだって止めるわ!

さっき梓の言った場所ならあたしはわかるからよ。行くぞ梓。止まらねぇようならぶん殴る」

 

「うん!ありがとう翔子!」

 

翔子が着いて来てくれるなら、こんなに心強い事はない。

あたしは翔子を後ろに乗せて、タカくんの元へと向かった。

 

「そこの道を左!」「次の信号を右だ」「左に曲がったら2つ目の信号を右!」「次の交差点で右、そして右に曲がって、右行って右行って左!」

 

翔子に案内してもらいながらあたしは運転してたけど…。

 

「何でこんな入り組んでんの!?本当に道合ってる!?さっきからぐるぐるぐるぐる回ってない!?」

 

「あ?うるせぇよ梓!急いでんだろ!道は合ってるから言う通り飛ばせ!次のガソリンスタンドを左!」

 

「さっきからもう!右とか左とか上上下下左右左右BAとか訳わかんないよ!え?左?左ってどっち?こ、こっち?」

 

あたしは焦る気持ちと入り組んだ道を右へ左へと進んで居て、頭の中は混乱していた。

 

「よし!ここまで来たらもう少しだ!次のコンビニの所を左!そしたらタカが居る所まで真っ直ぐだ!」

 

「ふ、ふぇぇぇぇぇぇ…。もう訳わかんない!!左?左ってどっち!?お箸持つ方!?お茶碗持つ方!?」

 

「あぁ!?えっと…お箸を持つ方だ!!」

 

「オッケー!こっちね!」

 

「わっ!?バカ!!こっちじゃねぇ!お箸持つ方って言っただろ!!」

 

「え!?何で!!?お箸持つ方こっちじゃん!翔子もこっちの手でお箸持つじゃん!」

 

「あ、そうだ。いやん///

トシキさんってご飯食べてる時は左手じゃん?トシキさんの事考えてたらつい///

ごめんな梓(キリッ」

 

「お!お前はアホか!!ごめんで済むか!!」

 

あたしは長年の運転で培ってきたバイクテクを駆使し、スピードも安全性も損なわないまま高速ターンを披露した。前輪を動かさないまま後輪だけでターンするあのマックスターンを!

 

 

「…え?うわ、ちょ、梓!」

 

-ゴロゴロゴロ

 

「ふぇ?翔子?何か言った?」

 

翔子が何か言った気がしたけど返事はない。

時間もないから翔子の返事を待たず、あたしはアクセル全開にして走った。後は真っ直ぐって翔子が言ってたしね。

 

「あ、あぶねぇとこだった…。って!梓!

待て!待てって!あたしを落としてる!さっきのマックスターンであたしを落としちゃってる!ちょっと!本当に待って!!」

 

もう真っ直ぐ進めばタカくんが居る。

あたしはタカくんにもうすぐ会えるという思いからか、バイクが軽くなったような錯覚に陥っていた。

 

まぁ、実際は翔子を落っことしちゃってたから、錯覚じゃなくてバイクは軽くなってたんだけどね。

 

そして、あたしは歩いているタカくんを見つけた。

 

「見つけたぁぁぁぁ!!タカくんんんんん!!!」

 

タカくんを少し追い抜かし、タカくんの前に出て道を塞ぐようにバイクを止めた。

 

「やっと見つけた!……って、あたしやから。梓やから怖い人ちゃうから。そんな壁のとこにうずくまって無機物の振りせんでいいから」

 

「あ?梓?何でお前がこんな所に…?」

 

びびりのタカくんはバイクの爆音が近付いて来るものだから、ヤンキーか何かに絡まれたら怖いと思って無機物の振りをしていた。

 

「てか、何俺をビビらせてくれてんだテメェ。あ、待てよ。考えてみたら梓も十分怖い人じゃん。すみません、さっきの暴言は忘れて下さい」

 

「こんな可愛い子つかまえて何が怖い人やねん。本当の恐怖を教えてやろうか?」

 

「ほらめちゃくちゃ怖いじゃん」

 

「それより!」

 

あたしはタカくんを足立の所に行くのを止めないといけない。だけど、タカくんは真面目に話しても聞いてくれないんだろうなと思っていた。

 

「それより…、タカくんこそ何でこんな所にいるの?ここってタカくんの地元から離れてるし…。BREEZEの活動圏内じゃないやん…」

 

どうせタカくんは本当の事は話してくれないだろうから、あたしは上手く誘導尋問して足立とのデュエルを止めようと思った。

 

「…あ?あぁ…。波瀬の奴もだけど、トシキ達までやられちまってよ?さすがにムカついたからな。足立の野郎をグシャグシャに潰してやろうと思ってよ?」

 

「もう!いつもそんな変な事言って誤魔化して!大体タカくんは………って?え?足立?足立を潰しに?」

 

「ん?おお、まぁな」

 

あたしはびっくりした。

いつものタカくんなら、しょーもない事とか訳のわからい事を言って話をはぐらかしてくると思っていたから…。

 

「まぁ、大神さんの事とかレガリアの事もあるけどな。あの野郎はマジでやっちまわねぇとって思って…」

 

「…それならさ?あたしが何でここに居るのか…わかるよね?」

 

タカくんは変に誤魔化したり、変な事を言ったりせず、あたしに足立を潰しに行くと言った。

 

だからあたしもタカくんを変に探ったりせず、あたしがなぜここに来たのかを話そうと思った。

 

「足立とのデュエルを止めに来たんだろ?アホの手塚に聞いたのか、手塚のアホに聞いたのかは知らんが、俺がここに居るのは手塚しか知らねぇ事だしな」

 

「…わかってるなら話は早いね。足立のは所に行くのは止めて。タカくんじゃ足立に勝てないよ」

 

「あ?俺が足立ごときにヤられると思ってんのか?梓、知っていたがお前はやはりアホだな」

 

「アホでも何でもいいよ。ここで止まってくれないなら、あたしはタカくんに容赦ない暴力を奮って入院させる事になっても止める。翔子が止めてもあたしはタカくんが泣くまで殴るのを止めない」

 

「何そのジョナサンみたいな台詞。てか、何でここに翔子が出てくんだ?」

 

「翔子もあたしと一緒にタカくんを止める為に来てくれたの!」

 

「来てくれた…?いや、翔子どこに居るの?」

 

「だからあたしと一緒に!」

 

あたしは後ろに居る翔子を見た。

つもりだったんだけど、そこに翔子は居なかった。

その時は気付いてなかったけど、ここに来る途中に翔子落っことしちゃったもんね。

 

「…翔子が居なくてもタカくんをしばき倒すくらいわけないしな」

 

「そうだな。お前がちょっと本気出しただけで俺は骨すら残らないだろうな」

 

いや、そこまではしないよ?

 

「梓」

 

「な、何?」

 

「やめろ、僕を行かせてくれ!」

 

タカくんは念願だった『人生の間で言ってみたい台詞ベスト10』に入る台詞を言えて満足気な顔をしていた。

 

「やめろって何をやめるん?それガンダム種でキラがフリーダムに乗って地球行く時の台詞やろ?でもここで『やめろ』ってのは無理あるんちゃうかなぁ?」

 

「お前な!俺がキラ好きなの知ってんじゃん!?せっかくキラの名言をリアルで使うチャンスきたー!って思ってたのに、ダメ出ししてんじゃねぇよ!」

 

タカくんにキラの台詞をドヤ顔で言わせる訳にはいかない。あたしはそう思っていた。

何故ならあたしは『アスキラ派』なのにタカくんは『キラアス派』だからだ。

 

「あのね、タカくん。あたしは真面目な話をしてるの。足立とのデュエルなんか行かせない」

 

「梓、お前の気持ちはわかるよ。俺も同じ立場なら止めてるだろうしな。アホの波瀬は止まらなかったけど」

 

「だったら止めて。足立もお父さんもあたしが倒すから。二胴も九頭竜もあたしが倒す。クリムゾンエンターテイメントはあたしが…」

 

「それでも、守りたい世界があるんだ!」

 

こ、ここに来てまたキラの台詞だと!?

あたしはタカくんには勝てない。

そう思った。

 

……何であの時のあたしはそう思ったんだろう?やっぱりアホだったのかな?

 

「守りたい世界って何?あたし達Artemis?それともアルテミスの矢のみんな?トシキくんや拓斗くんや英治くん?三咲ちゃんや晴香ちゃん?その世界にタカくんは居るの?」

 

「おおぅ、キラの名言にそんなぶっ込んでくるとはな。……あぁ、まぁなんだ。俺はお前らが笑って楽しくライブやったりよ。ライブじゃなくてもいいわ。好きな事を好きにやってんのが好きだからな。そういうの見てるとよ。俺も頑張ろうって、すっげぇやる気とか生きる活力?そういうの感じれんだよ。似たような事昔言ったことあるだろけど…」

 

いつもふざけた事ばっかり言うタカくん。

この時の台詞もすごくふざけてると思う。

 

「だからな。俺は俺の為にやってるだけに過ぎねぇよ。足立を潰しに行く事だって、トシキ達がやられてムカついたってだけだしな」

 

「いつまでも夜の太陽で居なくてもいいんだよ?」

 

「あ?何言ってんだお前。お前も俺の事、夜の太陽とか…」

 

「うぇぇぇん…。だから…止めてよぉ…うぇぇぇ…あたしヤだよ。タカくんと…BREEZEとずっと…ずっと…うぇぇぇぇぇん」

 

あたしは泣き出してしまった。

タカくんが頑張ろうとするのは、確かに自分の為なのかも知れない。だけど、そこの根本にあるのは"あたし達"だから。

 

「ふぁ!?何で!?何で泣いてんの!?これ俺が泣かせた事になんの!?」

 

「あたし、まだタカくんにデュエルで勝ってないもん!グスッ…あたしが…あたし達がエクストリームジャパンフェスで、ゆ…グスッ…しょうして…、も、タカくんに勝たなきゃ…だもん!だから…」

 

「ハァ…、梓」

 

「な"に"?」

 

 

-ギュッ

 

 

あたしはタカくんに抱き締められた。

これはもう妊娠した。結婚だ。そう思った。

 

「ふぁ!?ふぃ!?ふぅ!?ふぇ!?ふぉ!?」

 

「大丈夫だから」

 

「ふぁふぁふぁふぁふぁ…にゃにゃにゃにゃにゃにゃ…にゃにが!?」

 

「俺は帰ってくるよ。足立に必ず勝つ。まだ俺にはやらなきゃいけねぇ事もあんしな」

 

「やらなきゃ…いけない事…?」

 

「ああ。俺は足立をぶっ倒して、ドリーミン・ギグも無事に成功させてな。そんで…海原もクリムゾンも俺が倒してやる」

 

足立もお父さんもクリムゾンも?

 

「だから…お前は明日のデュエル…頑張れ」

 

「本当に?本当に帰って来てくれる?お父さんもクリムゾンも…倒すまで歌ってくれるの?」

 

「ああ」

 

そしてタカくんはあたしから離れて…

 

「約束だ」

 

笑ってそう言ってくれた。

 

 

 

 

タカくんは足立を倒して帰って来た。

だけど、もう満足に歌う事も、もう思いっきり歌う事も、今までのように歌う事は出来なくなっていた。

 

 

 

 

あたし達はそんな事も知らないまま、翌日にデュエルをして、みんなタカくんと足立との闘いの事を心配していた。

 

その時はね、三咲ちゃんと晴香ちゃんからタカくんは足立を倒したよ。と、いう事しか聞かされてなかった。

あたし達に心配させない為なんだろうけど。

 

だけどあたし達は足立とデュエルをして、無事にいられる訳がないと確信していた。

だから余計に三咲ちゃんも晴香ちゃんもタカくんの現状を何も言ってくれないから、余計に色々と考えさせられていた。

 

実際、タカくんは足立とデュエルして喀血したり、気を失ったりしたみたいなんだけどね。

入院するくらいにダメージあったみたいなんだけど、勝手に病院を脱走してラーメンを食べに行ってたんだって。あたし達心配損だよ。

 

「何とか勝てたね…」

 

「ああ、辛勝だったな。今回の相手は…」

 

「私達が…勝てない相手じゃなかったよね。そんな相手に辛勝か…」

 

「澄香ちゃんもそう思ったんだ?そうだよね。あたし達の敵じゃなかった…」

 

この日あたし達の対戦相手だったバンドは、ろくにライブもやった事のないバンドだった。…らしい。

何かね、対戦相手のバンドがみんなクリムゾンに潰されて運良くここまで来たみたいな…。

 

まぁ、あたし達もだけど対戦相手のバンドさんもびっくりしてたよ。

 

数日後、あたし達は晴れない気持ちのままデュエルをした。

その日のデュエルも何とか勝つ事が出来た。

だけど、本当に勝てたのが奇跡とでも思うような失敗の多いデュエルだった。

 

「数日後にはまたデュエルだな。勝てたら決勝リーグ。負けたらまた一から再出発だな」

 

翔子があたし達の前で、ソッと一言だけそう言った。

タカくんと足立がデュエルをした日から、あたし達は誰もBREEZEの関係者には会っていない。

 

そしてドリーミン・ギグはアーヴァルの主催の元、開催され、当然参加バンドの中にBREEZEの名前は無かった。

 

「あたしらさ。これまでずっとエクストリームジャパンフェスで優勝する事を目標にしてたけどよ。いつの間にか…バンドやってる目標変わってたんだと思う。あたしも梓も、澄香も日奈子も」

 

翔子の言っている事は、あたし達Artemisのみんなが思っていた事だったんだけど、誰も口に出せていなかった言葉だった。

 

タカくんの喉がヤバいって話を聞いた時から、あたし達の音楽もパフォーマンスも、誰が見ても明らかに落ちていたから。

 

もちろんあたし達はそれでも楽しいって気持ちで音楽やってたよ?

だけど、あたし達を守る為に散ったアルテミスの矢のバンド達や、あたし達を守る達に壊れたBREEZE。

どれもあたし達には重かったんだと思う。あたし達はそんなみんなと楽しんでやるライブやバンド活動が好きだったんだから。

 

それが散っていったみんなの為にエクストリームジャパンフェスで優勝しなくちゃいけない。という気持ちに変わってたんだよ。そんな想いで音楽やってもみんなの心に響かないってわかってた事なのにね。

 

「あたしは正直このままじゃ、エクストリームジャパンフェスで優勝なんて出来ないと思う。いや、その前に次のデュエルも勝てないかもしれねぇ」

 

「翔子ちゃんは何言ってるの…。そんなの…」

 

日奈子も同じ気持ちだったんだろう。

それ以上の事は何も言えなかった。だけど、翔子は…

 

「だからあたしは一旦Artemisを抜ける」

 

「「「は!?何で!?何でそうなるの!?」」」

 

「ちょっと翔子!それはいくらな…」

 

「澄香。いや、梓も日奈子も最後まで聞いてくれ。数日後のデュエルまでにはもちろん戻ってくる。あたしはこのままじゃ、楽しんで音楽がやっていけねぇ。だから、あたしがこれからの音楽をやる為に、ただのギタリストの神原 翔子としてやっておきたい事があるんだ」

 

「これからの為に?」

 

「ギタリストの神原 翔子として?」

 

「ああ、手前勝手なのは承知してる。だけど、頼む…」

 

その時は翔子には翔子なりの何か考えがあるんだろうと思い、あたし達は翔子の提案を受け入れる事にした。

あたしもあたしが楽しんで音楽をやる為にやっておきたい事があったから。

 

「わかった。あたしはオッケーだよ」

 

「ふぅ…翔子は本当に言葉足らずやんね?私もオッケー。そんかわり、ちゃんと次のデュエルまでには戻って来なよ?」

 

「梓ちゃんと澄香ちゃんがオッケーなら、あたしもオッケーって言うしかないじゃん」

 

「おお!ありがとうな、みんな」

 

そう言った翔子はギターを担いで『んじゃ、早速行って来る』とあたし達の前から去って行った。

 

だから、あたしもあたしの思う『これから』の為にタカくんに会いに行こうと決意した。

 

 

 

 

次の日、あたしは早速タカくんに会う為に新幹線へと乗り込んだ。

 

だけど事件はそこで起こった。

 

 

 

「え!?梓!?な、何でここに!?」

 

「しょ、翔子こそ!何で新幹線に乗ってるの!?昨日カッコ良く去って行ったやん!?」

 

「あ、あの後は…ふ、普通に家に帰って今日の準備を…」

 

「……」

 

その後、あたしと翔子は気まずい想いをしながら関東へと向かった。

 



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第54話 最期のデュエルギグ その1

もう少しであたし達のお話も終わり。

 

今回のお話はあたしが澄香と翔子と日奈子に聞いたお話を織り交ぜながら話そうと思う。

 

あたしと翔子は無事に関東に辿り着き、まぁ新幹線だから無事に着くのは着くんだけど。

東京駅であたし達は別れ、各々の道へと歩んだ。

かっこいい言い回しを考えたつもりだったけど、あたしも翔子も、東京駅で降りるより品川駅で降りた方が目的地には近かった。

 

今回も…。

そうだなぁ。あたしか翔子の話から始めた方がいいとは思うけど、日奈子の話からにしよっか。

時系列的には日奈子の話が最初だろうし。

 

ここからは日奈子の視点でお話するね。

 

 

 

 

「んしょ、んしょ…。ふぅ!朝のお仕事終わり!ちょっと休憩しよっかな」

 

あたし、月野 日奈子はいつものようにお婆ちゃんのやっている神社のバイトをしていた。

 

あたしがバイトをしている神社は夏祭りや年末年始は、町の人や村の人が来てくれるから忙しいけど、普段は暇な日の方が多かった。

 

だけど、

 

「わぁ、英治くん!恋愛成就のゴールドお守りだって!9,800円!これ買って私にプレゼントして!」

 

「三咲、お前の彼氏は俺だろ?もう恋愛は成就してるじゃないか。お前にこれは必要ないだろ?」

 

「え?いや、今の彼氏が浮気とかナンパしてばっかりで、私はまだこれからなのかも?って思ってるしさ。恋愛成就のお守り持って素敵な人と出会いたいなぁって思って」

 

「三咲…。冗談…だよな?」

 

「それより日奈子ちゃんどこだろ?今日はバイトって聞いてたのに」

 

「三咲…あの、三咲さん?さっきの冗談ですよね?」

 

そこには何故か英治ちゃんと三咲ちゃんが居た。

 

「何で英治ちゃんと三咲ちゃんが関西(こんなところ)に居るの?」

 

「あ、日奈子ちゃん見っけ~」

 

「三咲!お願い!!俺の問いに答えて!」

 

「いやいや、英治ちゃんこそあたしの問いに答えてよ。あたしこれでもビックリしてるし」

 

「黙れ日奈子!今、俺はいっぱいいっぱいなんだよ!」

 

「英治くん、今いっぱいいっぱいらしいし、日奈子ちゃんのその問いには私が答えるよ。昨日のArtemisのデュエルギグをね、私と英治くんとで見に来たの」

 

「あ、そうだったんだ?そっか、昨日の…」

 

「そうそう。せっかく関西まで見に来たってのに何だよ昨日のライブ」

 

「英治ちゃん…」

 

「ま、いつものArtemisらしくなかったよね。BREEZEが、タカくんがあんな事になっちゃって心配とかもあったんだろうけど」

 

「三咲ちゃん…。タカちゃんって…大丈夫なの?」

 

「うん、全然大丈夫だよ。まぁ、声は出しにくいみたいだけど、今はまだ手術する程じゃないしね」

 

タカちゃんの喉はクリムゾンとの長い闘い、無茶な歌い方やライブとかし過ぎちゃったせいで喉にダメージを受けていた。

 

だけど、本人が言うには『酒焼けとタバコのせいじゃね?』とか言っていた。

だったらお酒もタバコも辞めたらいいのに…。って、Artemis(あたしたち)は言っていたけど、お酒もタバコも辞めなかったのは、きっとそういう事だったんだろう。

 

「ま、それでよ。俺達BREEZEは解散する事にした。ドリーミン・ギグの後に…って話だったけど、参加は出来なかったがドリーミン・ギグも終わったしな」

 

BREEZEの解散…。きっと解散しちゃうんだと思ってたけど。

 

「…解散ライブとかは?」

 

「する予定はねぇな」

 

「…やだよ。あんなのがBREEZEの最期のライブだなんて…つまんないよ」

 

「おう。俺もそう思ってる」

 

「!?…だ、だったら!」

 

「でも、もう終わりだ。だからよ、BREEZEのEIJIとして最期のデュエルをよ、お前に申し込みに今日は来たんだ」

 

「最期の…?」

 

「BREEZEとしてはお前に勝った事はあるが、ドラマーとしては勝った事ねぇしよ」

 

「ドラマーとしては…って、あたしと英治ちゃんでまともにデュエルしたのって…」

 

「そうだな。デュエルしようぜって、デュエルすんのは初めて会った時以来かもな。何度かデュエルっぽい事はしてたけどよ」

 

「日奈子ちゃん、お願い、英治くんとデュエルしてあげて」

 

「わかった。やるよ英治ちゃん、結局…英治ちゃんの最期のデュエルは負けで終わるんだろうけど…」

 

あたしは英治ちゃんからのデュエルの申し出を受ける事にした。だって、もしここで断っちゃったら、もう英治ちゃんとドラムを一緒に叩けなくなるかもしれないから…。

 

「いくよ!英治ちゃん!」

 

「おう!いくぜ日奈子!!」

 

そうして、あたし達は最期のデュエルを開始した。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「ハァ…ハァ、ハァ…ど、どうだ三咲!さっきのデュエルは俺の勝ちだろ!?」

 

「いや…どう贔屓目に見ても日奈子ちゃんの勝ちでしょ?何で英治くんは勝てたと思ったの…?」

 

「んっっっだよ!もぉぉぉぉ!!俺と日奈子のラストデュエルギグじゃん!ちょっと贔屓目に見て俺の勝ちでもいいじゃん!最期くらい…」

 

「そうだよ、三咲ちゃん」

 

「「ん?日奈子(ちゃん?)」」

 

これが英治ちゃんの最期のドラム。

あたしは英治ちゃんに花を持たせても良かった。いや、今まで英治ちゃんにはお世話になってたもん。

 

最期のデュエルギグくらい英治ちゃんの勝ちで終わらせてあげたら良かったんだよ。

 

「今のデュエルは…英治ちゃんの…グスッ…英治ちゃんの勝ち…だ…よ…う、うぅぅ…」

 

「日奈子ちゃん!?どうしたの!?ちょっと落ち着いて!ほら、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

 

「ひ、日奈子どうした!?てか、三咲!それは落ち着かせる時の呼吸法じゃねぇ!」

 

あたしには英治ちゃんに花を持たせるなんて事、出来なかった。

英治ちゃんと最期のデュエルだもん。英治ちゃんと一緒にドラムやれるのは今日が最期なんだもん。

あたしはあたしの全力で英治ちゃんとデュエルしたかったから…。

 

「ぴぁぁぁぁぁ…うわぁぁぁぁん…」

 

「日奈子ちゃんが泣き出した!?」

 

「血も涙も通うはずがない日奈子から涙だと!?バカな!?」

 

「すぅぅぅぅぅ…」

 

「「あ、落ち着いた?深呼吸?」」

 

「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「「泣き出す為の息継ぎ!?」」

 

「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!英治ちゃんがドラム辞めちゃうのイヤだ!BREEZEが解散するのもイヤだ!あたしも辞める!ドラム辞める!!BREEZEが解散辞めてくれないとあたしもバンド辞めるもん!うわぁぁぁぁん!」

 

「日奈子!お前…!」

 

「英治くん、ダメ」

 

「三咲?」

 

「ダメだよ、英治くん」

 

「うわぁぁぁぁん!(ジタバタジタバタ」

 

あたしは癇癪を起こした子供のように泣きじゃくった。

バイト衣装の巫女服なのに、汚れる事も気にせずに神社の境内に寝そべってゴロゴロ転がりながら駄々をこねた。

 

こんな事言うの恥ずかしいんだけどね。

でも、その時のあたしは、こんなどうしようもない駄々をこねてでも、英治ちゃんにドラムを辞めてほしくなかったし、BREEZEも解散しないでほしかった。

 

「日奈子ちゃん、聞いて」

 

「三咲ちゃん?(ピタッ」

 

駄々をこねるあたしの側に三咲ちゃんが寄って来て、優しく声を掛けてくれた。

 

「BREEZEは解散する。

英治くんも…多分、デュエルギグをするのは最期かな」

 

「う、うぅ…イヤだ…イヤだイヤだイヤだイ…」

 

「日奈子ちゃん。聞いて」

 

「う?(ピタッ」

 

「BREEZEはね。役目を終えたんだよ」

 

「役目?」

 

「うん、役目。

トシキくんも、拓斗くんも、タカくんも、そこのアホも役目を終えたんだよ」

 

「え!?三咲!?何で俺だけそこのアホ呼ばわり!?」

 

「射手座のレガリア、矢沢さんが辿り着きたかった『音楽の先の世界』、そして大神さんがその辿り着く為の『式』を描いて、やっとタカくんが式を解いて『その道まで導いて』くれた」

 

「その話は…何となくわかってるけど…」

 

「タカくんのBREEZEの役目はね、そこまでで終わり。

その為にね、邪魔な足立を倒してくれたんだよ」

 

「音楽の先の世界…」

 

「うん、だから日奈子ちゃん達Artemisは、タカくんが 導いてくれた道を歩んでほしいよ」

 

矢沢さんや大神さんが辿り着きたかった『音楽の先の世界』。

矢沢さんも大神さんもそこには辿り着けなかった。でも、タカちゃんはその『音楽の先の世界』に、あたし達もBREEZEのみんなも、アルテミスの矢のみんなも導いてくれた。そこに辿り着く為の可能性をみんなに伝えて…。

 

「タカ…ちゃ…グスッ、でも、それで…タカちゃんが…」

 

「だがしかし!!」

 

「ふぇ?」

 

あたしがまた泣き出しそうになった時、三咲ちゃんは言った。

 

「英治くんは音楽は辞めないよ、もちろんドラムも」

 

「え?そ、それってどういう事?」

 

「英治くんの家にドラムを叩きに来てる子達いるでしょ?」

 

「う、うん。まどかちゃんと綾乃ちゃんだっけ?」

 

「そうそう。まどかちゃんと綾乃ちゃん!

2人共すっごく可愛いんだよね~。

でね、英治くんはこれからまどかちゃん達に本格的にドラムを教えてあげるんだって」

 

「ドラムを…?」

 

それから三咲ちゃんは、これからの英治ちゃんの夢、目標を話してくれた。そのお話はあたしにとっても、夢みたいな目標だった。

 

「まぁ、そういうこった。俺は学生の間の思い出ってつもりでバンドやってたしよ。だけど、ドラムはこれからもやってくつもりだぜ。まどかや綾乃の先生としてな」

 

「英治ちゃん…」

 

「俺の生徒達がよ、いつか俺を越えて日奈子をデュエルで倒してくれる。だから、お前はそん時まで誰にも負けんなよ」

 

英治ちゃんとあたしのデュエルは、ここで一旦幕を閉じた。

英治ちゃんとデュエルギグをするのは、この日が本当に終わりかもしれない。だけど、あたしがずっとドラムを続けている限り、英治ちゃんの意志を受け継いだドラマーとデュエルギグが出来るんだ。

 

あたしはその日を目標に改めてドラムを頑張ろうと決心した。

 

 

 

 

それが英治くんと日奈子の最期のデュエル。

次は…時系列的にはあたしかな。

あたしは関東に辿り着き、拓斗くんにタカくんの居場所を聞いて、迷子になる訳にはいかないからタクシーでタカくんの元へと向かった。

 

 

 

 

「タカくん、こんな所に居たんだ?」

 

「あ?梓?何でお前がここに居んの?昨日デュエルだったんじゃ…」

 

そこはまこっさんのやっていたラーメン屋『ふぁんとむ』の前の海岸。

まこっさんのラーメン屋も、ONLY BLOOD2代目の宿敵である足立をタカくんが倒した後、店を畳んだのだった。まぁ、クリムゾンエンターテイメントとの闘いの影響もあったんだけどね。

 

「『ふぁんとむ』、もう建物も取り壊されちゃったんだね」

 

「ああ、何か寂しい気持ちんなるよな。まだツケも全部払いきってなかったのに…」

 

タカくんは普通に喋る事が出来ていた。

まぁ、かなりのダメージはあっても、いきなり声が出なくなるなんて事はないとは思っていたけど…。

 

Artemis(あたしたち)ね、エクストリームジャパンフェスの…決勝リーグに参加する為の決勝戦。そこまで辿り着く事が出来たよ」

 

「そか。良かったな。てか、決勝リーグに参加する為の決勝戦って何かアレだな?」

 

「でもね、あたしダメだ。音楽は楽しいって思ってる。歌うのも楽しい。だけど、それだけになっちゃった」

 

「あ?お前、何言ってんだ?」

 

「あたしが…目標としたのはエクストリームジャパンフェスの優勝なんかじゃなかった。あたしは、ずっとタカくんの背中を追っかけてた。それがね、見えなくなっちゃって……ダメになっちゃった」

 

「…」

 

あたしはタカくんに『今』のあたしの気持ちを打ち明けた。

あたしがバンドを始めたきっかけはタカくん達のBREEZEを観たからだし、あたしの歌が上手くなったのはBREEZEにいつか勝ちたいと思ったからだから。

 

「梓、ちょっと歩くか」

 

「え?…う、うん」

 

あたしはそれ以上に何も言えないままタカくんの後ろを歩いていた。

 

「タカくん?どこまで歩くの?」

 

「ん?ああ、何て言うべきかなぁとか考えてたけど、あんま上手く伝える言葉が浮かばねぇわ」

 

そしてタカくんはあたしの方を向いて、ポケットから音楽プレイヤーを取り出した。

 

「タカくん?」

 

「ん?ああ、この音楽プレイヤーにはBREEZEの曲を録音しててよ」

 

「BREEZEの曲?」

 

「おお。梓もランダムスター持って来てんだろ?やろうぜ、デュエル」

 

「デュエル…?な、何言ってんの?今のタカくんとデュエルなんか出来る訳ないじゃん…」

 

「梓、真面目な話だ」

 

「いやいやいや、待って、あたしもさっきから真面目だよ!?こんな大事な場面であたしはふざけないよ!?」

 

「いつもふざけてんのは俺だ。だけど今日はマジだ」

 

「あ、いつもふざけてるって自覚あったんだ…」

 

けど、それって今から本気でデュエルするって事?

もう満足に歌う事も出来ないんだろうに…。

 

あたしは躊躇した。

今、あたしとデュエルしたって…。今のタカくんとデュエルして勝ったからって…。

 

「いくぜ、梓。『ヴァンパイア』!」

 

「え!?ちょっ…タカくん!?」

 

タカくんは音楽プレイヤーから『ヴァンパイア』をかけて歌い始めた。

あたしもそんなタカくんに連れて、ギターを取り出して歌ったんだけど…。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「うっ…グスッ…うぅ…ひっく…」

 

「~♪………ってお前、何泣いてんの?」

 

「だって…だって、全然…違うじゃん…ひっく…タカくん…全然…声出せて…ないじゃん…うぇぇぇぇ…ん」

 

タカくんの歌はこれまでと全然違っていた。

『ヴァンパイア』は確かにBREEZEの曲の中では、高低差が高くて歌いにくい曲だったけど、その時のタカくんは高音も低音も出せなくなっていた。

 

「まぁ、まだちくっと喉に違和感あるしな。俺も自分で歌ってて、ここまで声が出なくなってるとは思ってなかったけどな」

 

「うぇぇぇん…こんなの…こんなのって…ないよぉ…うぇぇぇん…」

 

「でも、まぁ、お前が歌うの止めちまったし、このデュエルは俺の勝ちだな」

 

「……は?タカくんは何を言ってるの?」

 

「いや、だって、歌い続けてたらお前の勝ちだったかもだけど、歌ったの止めちまったらお前の負けだろ?」

 

確かに…デュエルとしては、歌うのを途中で止めてしまったあたしの負けという事になる。

声が上手く出せなくなったとはいえ、タカくんは楽しそうにいつものように歌っていたんだから。

 

「そ、それでもさ!あたしは…」

 

「せっかく俺に勝てるチャンスだったのにな?喉を痛めてるというのに、一応有名であるArtemisのボーカル梓に勝ってしまうとは…。怖い、俺は自分の音楽の才が怖い…」

 

「だ、だから、あたしは…」

 

「あ?負けが納得いかねぇのか?だったら次でキメてやるよ。俺もレガリア使うからよ、お前もレガリア使って本気で来いよ?」

 

「え?レガリア…?」

 

「『Future』」

 

タカくんはそう言って『Future』を歌い出した。

それもレガリアを使って…。

 

あ~もう言っちゃってもいいかな。

あたしもタカくんも、クリムソンとのデュエルではレガリアを使う事はなかった。

どれだけ不利なデュエルでも…。

 

でもね、クリムソンとのデュエルじゃない…あたし達の中で大切に想っているデュエル。

不利とか勝ちたいとかじゃなくて、大切なデュエルと思っていた時にはあたしもタカくんもレガリアを使った事はあるんだよ。

 

あたしもタカくんも、レガリアのチカラは惹き出せていたから。

 

「レガリアって…タカくん!」

 

あたしはまたタカくんに連られて歌った。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「ハァ…ハァ…な?やっぱ俺の…コホッ…勝ちだったろ?…ハァハァ…」

 

「ハァ…ハァ…な、何で…ハァ…ハァ…」

 

「梓、あのな…コホッ、ゲホッケホッ…」

 

「た、タカくん!?」

 

まだ喉に違和感があるというのにレガリアを使って本日で歌ったタカくんは咳き込み、まともに声を出せなくなっていた。

 

「だ、だい…じょ…ケホッケホッ…だ」

 

「もう…喋らなくていいから…」

 

「ああ…梓、あのな…コホッ、俺から…おまぇ…に、渡すもんがある…ケホッ…ケホッ」

 

「渡すもの?」

 

「おぅ…トシキも…拓斗も英…治もな。ケホッ、笑ってくれてたよ。バンド…やってん間ずっ…とな、ケホッ」

 

あたしはタカくんの言葉を黙って聞いていた。

本当はもうしんどそうだったし、喋らせたくなかったけど、この話は聞かなきゃいけないと思っていた。

 

ここからは聞き辛いだろうしタカくんの咳き込んでた所は端折るね。

 

「あはは、拓斗はあんま笑ってくれてなかったか。ドリーミン・ギグで引退とか言ってたのに、俺の喉のせいで叶わなくなっちまって…」

 

「それは…違うでしょ。拓斗くんはそんなのじゃ笑うのやめないよ。拓斗くんはタカくんが…」

 

「ああ、そうだな、悪い。真面目な話だって言ったのにな。…拓斗は俺にメジャーデビューして欲しいって言ってたのによ。俺が喉やらかしちまって、あいつの期待には応えてやれなかった。けどよ、最後はあいつも笑ってくれたよ」

 

そう言ってタカくんはあたしを真っ直ぐ見て…

 

「俺はあいつらに…Artemis(おまえら)にもアルテミスの矢(みんな)にも…」

 

「あたし達にも?」

 

「色々貰ってた。だから俺は太陽でいられた。俺が夜の太陽って(あんなふうに)呼んでもらえてたのは、みんなのおかげだよ」

 

夜の太陽。

射手座のレガリアのチカラは輝星(きせい)

先代の大神さんという星の元にみんなが集まるからという意味と、初代の矢沢さんの歌声はみんなの心に入り込むような、寄生するようなチカラがあったから名付けられたチカラ。

 

だけどタカくんはみんなを集めるのでも、心に入り込むのではなく…。真っ暗な未来への道を太陽のように照らして…。

 

「俺の持ってるもんでお前に足りないもの、それをお前に全部やるよ」

 

「…?何言ってんのタカくん?

レガリアはともかくレガリアを使うチカラは…その人それぞれが…」

 

「だから、お前にやるチカラはレガリアのチカラじゃなくてな。矢沢さんや大神さんが本当に探してたもんは…『音楽の先の世界』は…」

 

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?梓お姉ちゃん。それで先輩は?」

 

音楽の先の世界は…。

 

「それがさ?タカくんはその後、吐血しちゃってね?」

 

「吐血!?」

 

「結局、15年経った今も答を聞けてないんだよね~」

 

「先輩はっ!本当に先輩はっ!何でいつもそんな大事な所でっ!」

 

うぅ…ごめんね、なっちゃん。

ここまで話しておいてちょっと酷いよね。

てか、本当に謝らなきゃはタカくんにかな?

 

「だからさ。なっちゃんが…そのタカくんの言う『音楽の先の世界』はDivalで見つけてね」

 

「私が!?」

 

……こんな過去の話を聞いていないのに、『音楽の先の世界』を見つけた渉くん。

そう思うと渉くんって本当にタカくんに似てるよね。

 

ううん、渉くんだけじゃない。

春太くんも美緒ちゃんも豊永くん達ファントムのみんなも、美来ちゃんも…。

みんながたくさんの音楽と関わって、携わって。

そして見据えた世界ってのがあるのかも知れない。

 

それなのにあたしが今なっちゃんにその答を言っちゃうのはずるいよね。

 

「でも良かったぁ」

 

ん?なっちゃん、何が?

 

「いや~…先輩が持ってるもので、梓お姉ちゃんが持ってないもの?『葉川の姓を下さい!』とか言ってたらもうドン引きだったよね~って思って」

 

……。

ハッ!?なっちゃんは天才か!?

 

「え?梓お姉ちゃん?なにその『その手があったか』 みたいな顔」

 

「い、いや、そ、そんな事言う訳ないじゃん。な、なっちゃんは何を言ってるの?あは、あはははは」

 

「だよね~。ごめんね、梓お姉ちゃん、変な事言って」

 

「そ、そうだよ。あはは、変ななっちゃん」

 

「それで?吐血しちゃった先輩は?死んじゃったの?」

 

「いや、生きてるよ。知ってるでしょ」

 

 

本当はタカくんに『音楽の先の世界』。

そうだなぁ。タカくんも渉くんには『そこ』までは話してみたって言ってたっけ?

Ailes Flamme篇の第6章で。

 

「『音楽の先の世界』は探し続けるもの。それがヒントだよ。あたしはタカくんにそう聞いて…」

 

本当は答までしっかり聞いちゃいましたけど。

 

「タカくんには敵わないなぁと思って…。あたしなりに答を見つけようと思ったの」

 

「探し続けるもの?」

 

「うん」

 

まぁ、それがほぼ答なんだけどね…。

それはこれからのみんなで見つけてね。

 

「だからあたしはまずはエクストリームジャパンフェスで優勝しようって改めて思ったんだよ」

 

「うぅ~ん…難しいなぁ~…」

 

きっと、なっちゃんなら見つけるよ。

 

「でもさ?それっていい事じゃないの?それで先輩が憧れの対象だったってのはよくわかったけど」

 

ふふ、もうリアル時間では2年くらい前の話なのになっちゃんはよく覚えてるね。時系列的にはさっきの話してだけど。てか、このお話更新が遅すぎるよ!

もうあたしの企画バンドのお話やってから、リアルで2年くらい経っちゃってんの!?

 

「あ、それはまた後の話でわかるよ。

でもその前に、翔子と澄香のデュエルギグの話をしちゃおっか」

 

「え?あ、うん…」

 

という引きでこのお話はまだ続くのである。

もうちょいであたしの過去話も終わる。

後…何話だろう?5周年記念までには…。

本当は最期のデュエルギグはこの1話で終わるはずだったのに。

 

もう少しだけあたしのお話にお付き合い下さいませ。ぺこり



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第55話 最期のデュエルギグ その2

次は翔子の話かな。

この日、翔子はあたしと一緒に関東来たし、澄香はバイトが終わった後って話だったしね。

 

「トシキさん…こちらに居らしたんですね」

 

「ん?え?翔子ちゃん!?何でここに!?」

 

「トシキさんに会いに来たんです。けど、ご自宅に伺ってもいらっしゃらないようでしたので。えへ、探しちゃいました」

 

うぅん…。翔子から聞いた話をそのまま伝えてるけど、改めてトシキくんの前に居る時の翔子って喋り方とか仕草とかもうアレだよね。

 

おっと、翔子のお話なんだから翔子視点でお話しなきゃ。

 

 

 

 

あたしは梓と一緒に関東までやってきた。

あたしはArtemisのギタリスト翔子としてではなく、ただのギタリスト翔子として、トシキさんとデュエルギグをしたいと思ったから。

 

トシキさんはあたしにとって憧れのギタリストだ。

勝てるとは思っていないけど、Artemisという居心地の良い場所から離れて、ハングリー精神で挑んでみたかったから。

 

……てか、梓は何で関東に来たんだろ?タカと会う為だとは思うけど、あたしみたいにArtemisとしてでなく梓としてタカとデュエルしてみたくなったから?

 

いや、無いよな。三咲と晴香の話だとタカはもうまともに歌えなくなったって事だし…。

 

「翔子ちゃん、ご、ごめんね。もしかして今日俺と会う約束とかしてたっけ?」

 

おっと、梓の事はいいか。

あたしはトシキさんとの事が大事だし。

 

「いえ、すみません。急でしたから驚かせちゃいましたよね。どうしてもトシキさんにお願いしたい事があったから、いきなりですけど来ちゃいました」

 

「あ、そうだったんだ。良かったぁ~…約束してたのに忘れちゃってたのかと思ったよ。

それで俺にお願いしたい事って何かな?」

 

トシキさん…何て優しいの…?

いきなり来たあたしに何も文句とか言ったりせずに、お願い事を聞いて下さるなんて…好きっ!

 

「翔子ちゃん?」

 

「あ、いえ、す、すみません。

あ、あの、いきなりで申し訳ないんですけど…あたしとデュエルして下さいっ!」

 

「デュエル?うん、いいよ。やろっか」

 

「え?いいんですか?」

 

「うん?デュエルでしょ?全然いいよ。

俺は本当のところ、もうギター弾く事はないんだろうなって思ってたけど…。デュエルをする為にここまで来てくれたんでしょ?いきなり来てまでデュエルって事は、翔子ちゃんにとってすごく大切な事なんでしょ?

だったら、俺は受けるよ」

 

トシキさん…なんて聡明なの…?

いきなり来たあたしにデュエルしてくれと言われて、あたしにとって大切な事だと思ってデュエルを受けて下さるなんて…んんんー!好きっ!!

 

「はい。あたしにとって大切な事です。これからのArtemisの為に」

 

「うん、じゃあここは煩いし、ちょっと場所を変えようか」

 

「ここも…もう壊しちゃうんですね」

 

「うん…寂しくなるけどね。BREEZE(おれたち)の未来の為だから」

 

あたしがトシキさんと会っていた場所は、かつてBREEZEがスタジオ代わりにバンドの練習をしていた所。

 

元々、英治の家がやっていた工場の1つの跡地。

その廃工場でBREEZEは練習をしていたんだけど、BREEZEが解散する事、英治の夢であるカフェを建設する為に、建物を取り壊し更地にしようとしていた。

 

今は英治のライブハウス、ファントムになっている場所だった。

 

 

「ここでデュエルしよっか」

 

「え?ここで…?公園でですか?」

 

あたしがトシキさんに連れて来られたのは、トシキさんの家の近所の大きな公園だった。

何かの記念館も建っているような大きな公園。

 

都市部から離れているから、そんなに人は居なかったけど、ちらほらと散歩している人達が居た。

えっと…こんな人が居るような場所でデュエルするんですか?

 

「あはは…あんまり人は居ないと思ってたけど、それなりに居るね。俺はここでデュエルしたいんだけど、翔子ちゃんは大丈夫かな?」

 

「あ、え、えっと…」

 

あたしからトシキさんに挑んだデュエルギグ。

本来ならトシキさんに断られても文句を言えないようなイキナリのデュエルギグだ。

 

それをトシキさんは快く受け入れてくれた。

あたしに場所の文句を言う権利なんてない。

 

「こ、ここで大丈夫です!」

 

「そっか。良かったよ」

 

でも…何でこんな人の多い場所で?

トシキさんはどちらかと言えば、ステージ上以外ではそんなに目立つような事は避けたがる方だったはず。

これまでのトシキさんはそうだった。

 

「あの、でも何故この場所で?何か理由があるんですか?」

 

あたしは思った疑問をそのまま聞いてみた。

まぁ、大した理由がなくてもトシキさんがここがいいと言うならここで良かったんだけど…。

 

「うん、ここはね。始まりの場所って言ったら大袈裟だし、BREEZEの始まりの場所かって言われたら、ちょっと違う気もするんだけど…」

 

「始まりの場所…ですか?」

 

「うん、ここは俺が初めてギターを弾いた場所。

そして、はーちゃんに俺と三咲ちゃんが中学の頃にギターを教わってた場所なんだよ。たまにえーちゃんも習いに来てたけど」

 

こ、ここがトシキさんが初めてギターを弾いた場所!?

聖地!まさに聖地じゃないですか!!

 

おっと、騒いだりしたらトシキさんに変な女だと思われちゃう。平常心平常心…。

 

「そうなんですね。ここが…」

 

あたしはそこである不安を感じた。

 

ここはトシキさんがギターを始めた場所。

もしかしたら、そのギターを始めた場所でギターを弾く事を終わらせるつもりなのかも知れない。

 

だからトシキさんは、この場所を選んだ…?

 

「じゃあ、早速だけどデュエルギグをしようか」

 

「ま、待って下さい!」

 

「え?どうしたの?」

 

BREEZEはタカの喉の事もあるし、解散するってのはわかってるし、あたしも納得はしている。

あの状態のままタカに音楽を続けさせる訳にはいかないしな。

 

トシキさんも、BREEZEが解散する事になって、もうバンドやライブはしなくなるかも知れない。あたしはそこも納得はしていた。

 

だけど、ギターを辞めるってのは違う!

ライブしたり人前でギターを弾かなくなったとしても、趣味とか暇潰しとか、そんなのでもいいから…。

たまに聴かせてくれるだけでもいいから、トシキさんにギターを辞めるという事だけは…。

 

「翔子ちゃん?」

 

「…お願いついでですが、せっかく…最期のデュエルギグなら賭けをしませんか?」

 

「最期の…?賭け?」

 

「ダメ…ですか?」

 

もしこれでトシキさんが賭けはしないと言ってきたら…。

 

「賭け…かぁ。うん、いいよ。何を賭けよっか?」

 

トシキさん!

 

「あたしが勝ったら…ギター辞めないで下さい。ずっと…ずっと…弾き続けて下さい。たまにでもいいです。ギターを弾いて…あたしに…あたし達にトシキさんのギターを聴かせて下さい」

 

「ギターを?……なるほどね。だったら、俺が勝ったら今日この場でギターを辞めても文句は無いね?」

 

「はい。構いません」

 

「わかった。その賭けでいこうか。

俺が勝ったら俺はギターを辞めていい。翔子ちゃんが勝ったら俺はギターを続ける」

 

「はい!お願いします!」

 

「賭けにはならないと思うけど……いくよ!翔子ちゃん!」

 

「今日はいつものあたしじゃありませんよ!トシキさん!」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「クッ!(さすが翔子ちゃん!さすがArtemisのギタリストだ!すごい!これが体調が万全な翔子ちゃんのギターか!)」

 

「ま、まだっ!(か、かっこいい~!!クソッ!トシキさんかっこ良すぎだろ!!……あ、やべ、また気を失いかけた…。でも、今日は!今日だけは!!)」

 

 

…ツゥー

 

 

「ハッ!?(翔子ちゃん!?やっぱり…今日も万全じゃないんだね。昨日ライブで今日は関東まで来て…体力も限界なんだね)」

 

「うぅ…(うそーん!は、鼻血!?ちょっと待って!トシキさんかっこ良すぎてあたしのぼせちゃった!?デュエル中だし鼻血も拭えないし!トシキさんにこんな醜態を!?)」

 

「翔子ちゃん…!(そんな体調が悪いのに…鼻血を拭う事もせずにまだデュエルを続けるなんて…本気なんだね!)」

 

「くそっ!(鼻血!鼻血が気になる!ヤバいヤバいヤバい!!いや、でも今日は負ける訳には…)」

 

「だったら!(俺も俺の本気でいくよ!翔子ちゃん!!)」

 

「ハッ!(な、何てギラついたかっこいい眼を…。あかん、あかんて!そんなかっこいい眼差しであたしを見られたら…)」

 

 

…ドバドバドバドバ

 

 

「ぎゃぁぁぁぁ……!!!!」

 

-バタリ

 

「翔子ちゃん!?」

 

あたしは大量の鼻血を吹き出してしまい倒れてしまった。

演奏を途中で止めてしまったあたしの…敗けだ。

 

 

 

 

 

「ん…ここは…?」

 

「お、起きたか翔子」

 

「晴香?あれ?あたし…」

 

「トシキとデュエルして倒れちゃったんだって?」

 

「あ、そっか。あたし、最期の最期までやっちまったか…」

 

「トシキから翔子が倒れたって連絡来た時はびっくりしたよ。英治と三咲は昨日から関西だし、タカには無理させたくないし、兄貴もいきなり関西に行っちゃうし」

 

「英治と三咲と拓斗が関西?何で?」

 

「英治と三咲は昨日のArtemis(あんたら)のライブを観に。兄貴は何か朝に梓から連絡あって急に?」

 

拓斗が梓から連絡あって急に関西に?

いや、それこそ何で?梓は関東に来てんだし拓斗がわざわざ関西(あっち)に行く必要ないだろ。

 

「んで、あたしはトシキに呼び出されて翔子を家に運んで来て、トシキはあたしを呼び出した罰と、翔子を倒れさせた罰としてケーキを買いに行かせてる」

 

え?あたしを倒れさせた罰って…。

うぅ…トシキさん、本当にすみません…。

 

「それで翔子は何でわざわざ関東(こっち)まで来てトシキとデュエルを?」

 

あたしは晴香からトシキさんと何故デュエルをしに来たのかを問われ…

 

「う、うぅ…グスッ…そう、だよな。あたし、結局負けちゃったんだよな…うぇぇぇぇん」

 

泣き出してしまった。

 

「翔子!?どした!?何で泣いてんの!?」

 

そしてあたしは晴香に、何故関東まで来たのか、何故トシキさんとデュエルをしたのか。

トシキさんとどういう約束でデュエルをして負けてしまったのかを話した。

 

 

 

 

「そっか、お前それで…」

 

あたしの話を聞き終えた晴香はタバコに火を着けて、

 

「翔子も吸うか?」

 

「あ、うん、ありがと」

 

当時はあたしも成人していたし、BREEZEではトシキさん以外が、Artemisではあたしだけが喫煙者だった。

あれ?あたし何でタバコ吸い始めたんだっけ?

 

あ、今はそれはいいか。晴香はタバコに火を着けて、あたしにもタバコをくれて火を着けてくれた。

 

「ふぅ~…。翔子。あたしが言う事じゃないけどさ。あんたの心配はいらないと思うよ。…あ~、Artemisがスランプって意味では心配は心配か」

 

「あたしの心配はいらないって?何で…」

 

「そろそろトシキも帰ってくるだろうし、トシキから聞いた方が安心するだろ?」

 

「トシキさんから?あたしの心配事ってさ…」

 

「トシキも口下手だからな。BREEZEの奴らは何で揃いも揃って…【ピンポーン】…あ、トシキかな?」

 

あたしと晴香が話しているとインターホンが鳴り、晴香はトシキさんが帰って来たと思って玄関まで迎えに行った。

 

「ああ、よかっふぁ。しょうこふぁん、だいびょうぶ?」

 

あたしの部屋に入って来たトシキさんの頬は、何故か赤く腫れ上がり、まともに喋る事も出来ないでいた。え?何で?

 

「ト、トシキさん!?あ、あの、お顔が…!」

 

「ああ、さっひぃ、晴香ふぁんに思いっひぃりなふられてね。あはは」

 

「…さっき、晴香ちゃんに思いっきり殴られてね。ですか?」

 

「うん、まぁ…」

 

まさか…まさか晴香はあたしの事を思ってトシキさんの事を殴ったんじゃ…。

あたしを思っての事だったら晴香の気持ちは嬉しいけど、トシキさんに手を挙げたのは許せない。

あたしは晴香を殴ってしまうかもしれない。そう思っていた。

 

「ほい。トシキはコーヒーで翔子は紅茶で良かったよな?」

 

晴香がお盆にコーヒーや紅茶を乗せて、あたしの居る部屋に入って来た。

 

「晴香!お前!何でトシキさんの事を…!」

 

「ああ、こいつさ。あたしの分はチーズケーキって言ってあったのに、売り切れてたからって違うケーキ買ってきたんだよ」

 

え?ケーキ?あたしの為じゃなかったんだ?

 

 

それからあたし達は無言のままケーキを食べていた。

たまに晴香から『早くトシキに声を掛けろ』という謎のプレッシャーを投げかけられてはいたけど、あたしから何かを話すというのは、少し躊躇われていた。

 

「クッチャクッチャクッチャ…」

 

晴香はいい加減イライラしてきたのかクチャクチャと音を立てながらケーキを食べていた。正直怖かった。

 

「フン!!」

 

-ドゴッ

 

「痛っ!」

 

「トシキさん!?ちょ、ちょっと!晴香!!」

 

晴香はいきなりトシキさんにかかと落としをくらわせた。

 

「いってぇぇ…え?俺なんでかかと落としされたの?」

 

「お前らがあたしの部屋で暗い雰囲気出してるからだよ。トシキ、お前あたしに言った通りちゃんと翔子に説明しな。翔子もそのフォークをあたしに向けてくんな。黙ってトシキの話を聞け」

 

「うん…わかったよ…。翔子ちゃん、聞いてくれるかな?」

 

「トシキさん?」

 

あたしは晴香に向けていたフォークを下ろし、トシキさんの話を聞く事に集中した。

 

「まぁ、結論だけ言おうかな。

俺は確かにバンドは辞める。ライブをする事はもう無いかもしれない。だけど、音楽を辞めるつもりはないよ。もちろんギターも」

 

「え?トシキさん…音楽をギターを続けてくれるんですか?」

 

「あはは、う~ん…それは約束は出来ないんだけど…」

 

「え?そ、それじゃ…やっぱり…」

 

「トシキ?」

 

「わ、わかってるよ。ちゃんと話すってば」

 

そうしてトシキさんは話を続けてくれた。

 

「俺は正直バンドっていうのはBREEZEでしかやりたいと思ってない。でも、音楽は好きだからね。もちろんギターも。だから趣味としてこれからは音楽をやっていくつもりだよ」

 

「趣味として?ですか?」

 

「うん。BREEZEをやってた時はギターだったけど、もしかしたら、これからも音楽やっていく中で、他の楽器をやりたいって思うかも知れない。キーボードとかベースとか…リコーダーとかカスタネットかも知れないけど。だから、ギターを続けるってのは約束出来ないかな?って…。もちろんやっぱりギターがいい。ってギターを続けるかも知れないよ?」

 

トシキさんはこれからも音楽はやっていくと言ってくれた。もしかしたら、ギターはここで終わりなのかも知れない。

あたしはもうトシキさんとギターでデュエルギグをやる事はないのかもしれない。でも、それでもトシキさんが音楽は続けてくれるという事は嬉しかった。

 

「音楽ってさ。やっぱり最高だと思うし、これからも関わっていきたいと思ってる。俺がBREEZEをやってきて出会ったミュージシャンはみんな凄かった。だから俺もBREEZEの解散を機に、色々他の音楽もやっていきたいって思ったんだよ」

 

「わかり…わかりました…。あたしはトシキさんが、音楽を続けて下さるなら…」

 

あたしはトシキさんからその言葉を聞いて満足していたけど、

 

「トシキ、それだけじゃないだろ?」

 

「わ、わかってるって…。

そ、それでね、俺も初心に戻ってギターを始めた場所で翔子ちゃんとデュエルギグをしたくなったんだよ」

 

「あたしと…?初心に戻って…?」

 

「うん。翔子ちゃんも、はーちゃんの喉の事を心配して、ライバルだったBREEZE(おれたち)の事が気になって、スランプになってたんだと思う。

だけど、あの場所に連れて行って、俺がギターを始めた場所だということを伝えて、翔子ちゃんも俺達に出会う前の、ギターを始めた時の気持ちにリセット出来たらなぁって思ってたんだよ」

 

「トシキさん…!そんな、あたしの…あたし達の事まで考えて…」

 

「正直…翔子ちゃんは『あ、勘違いしてるな』ってのは気付いてたんだけどね。あはは。

でも、そのまま勘違いしてくれてた方が本気の翔子ちゃんの演奏をしてくれるかな?って思って…。ごめんね、昨日ライブで疲れてるだろうに今日も無理させちゃって…」

 

「そうだぞトシキ。翔子は梓や澄香やBREEZE(おまえら)と違って身体が弱いんだからさ」

 

「あはは、だよね。反省してるよ」

 

あたしは身体が弱い訳ではない。

ただトシキさんのかっこ良さに逆上せてしまって、倒れたり鼻血を出したりしているだけだ。

 

だけど、あたしがトシキさんの前に居る時だけこうなっちゃうっていう事を、トシキさんと晴香には知られていなかった。…現代(いま)は晴香にもバレちゃってるんだけどね。

 

「それでね翔子ちゃん。俺が音楽を続けていくのは、もうひとつ理由があって……」

 

 

 

 

 

 

「それが翔子のトシキくんとの最期のデュエルギグだよ」

 

そして舞台はまたあたし、木原 梓に戻ってきた。

また澄香の舞台にすぐ行くんだけどね。

 

「だから晴香ちゃんにあたしのせいでArtemisがBREEZEに負けてたって思われてたんじゃないかな?ほとんど翔子のせいだったのに」

 

「いや、翔子お姉ちゃんもアレだと思うけど梓お姉ちゃんも大概だよ?」

 

おおう…。

まぁ…あたしのせいだけ(・・)じゃないとわかってもらえただけでいいか…。

 

そして最期のデュエルギグ。

澄香と拓斗くんのお話。ここからはまた澄香目線で話すね。

 

 

 

 

「う~ん…今日もバイト疲れたぁ~」

 

大学もバンドもバイトも順調と言えば順調だ。

だけど、私の中のモヤモヤ。それがずっと心に重くのし掛かっていた。

 

「…私はどうしたいんだろ?大学行きたいってみんなに迷惑掛けて…。大学に行かせてもらえて好きなバンドもやれてんのに…」

 

すごく贅沢な悩みなんだと思う。

大学にも毎日楽しく通えて、好きな音楽でももう少しでエクストリームジャパンフェスに参加出来そうな所まで来れた。

 

ここまで来る為にたくさんの人に迷惑も掛けたし、たくさんのバンドを倒したりもしてきた。

私達の夢を守る為に潰れていったバンドも…。

 

「タカ…」

 

私はバイト先からの帰宅路でタカやBREEZEの事、Artemisの矢の事や、クリムゾンエンターテイメント、エクストリームジャパンフェスの事を考えていた。

 

……もう少しで家に着く。

 

せっかく大学にも行かせてもらえたんだから、父さんや母さんにはこんな暗い顔をしている私を見せる訳にはいかない。

 

そう思って気持ちを入れ替えようと考えていた時、不意に声を掛けられた。

 

「よう、澄香」

 

「え?拓斗?」

 

そこには何故か拓斗がいた。めっちゃ怖かった。

 

「あんた何でここに居んの?」

 

「ああ、お前を待ってたんだ」

 

本気で怖かった。

助けてと叫ぶべきか、ポリスメンにTELすべきか本気で迷っていた。

 

「安心しろ。俺は梓一筋だ。だからその携帯電話はしまってくれ」

 

私はポリスメンに助けを求めるべく、携帯電話を取り出していたけど、拓斗に静止されてしまった。

確かに拓斗が私に何かするとは考えられないけど…。

 

「…私に何か用?」

 

「ああ、やろうぜ。デュエルギグ」

 

「は?デュエル?」

 

拓斗は私にデュエルギグをしようと言ってきた。

これまで私には1度も勝った事もないくせに、わざわざ関西に来て私を待ち伏せしてまで。

 

…こいつドMだったっけ?あ、そういやBREEZEの連中どっちかというとドMだったわ。

 

「何で私が結果も見えてるデュエルをせなあかんねん。

てか、昨日はライブだったし今日はバイトだったしで疲れてんだよね」

 

私は拓斗のデュエルの申し出を断った。

ま、受ける義理も無いし。

 

「あ?逃げんのかよ、根性無し」

 

「こ、根性無しやて…?(ギリッ」

 

「おう!根性無し!根性無しだから俺とデュエルする気合いも残ってねぇんだろ!?」

 

拓斗のわかりやすいまでの挑発。

 

「うん、なら根性無しでいいわ。私はバイトで疲れてるから帰らせてもらうな」

 

「は!?ま、待てよ!せっかく晴香から法外な利息を条件に付けられてまで金借りて来たってのに…!」

 

晴香…実の兄にも法外な利息を条件にしちゃうんだ?

 

「そんなんあんたの勝手やろ…」

 

「ま、待てって…。だ、だったらお前が俺にデュエルで勝てたらタカとデートさせてやる!」

 

「あのなぁ。そんなんで釣られてデュエルなんかする訳ないやろ。てか、何回その条件でデュエル受けて騙されたと思ってんねん…」

 

「あ?だから毎回タカとデートさせてやったじゃねーか」

 

「アホか!アレはデートちゃうやろ!めちゃくちゃ至近距離に梓か聖羅か日奈子か英治か三咲が居たやん!尾行するにしても上手くやればいいのに毎回邪魔してきてたやん!」

 

私はもう騙されない。こんな約束をしてデュエルで勝っても、デートらしいデートなんて出来た事ないんだから。

そう!1度もだっ!

 

「チ、だったら…。お前が勝ったら…」

 

「私が勝ったら?」

 

「ど、どうしよう…?」

 

こいつは…。それくらいしか私がデュエルを受けないと思ってるの?

 

私は気が抜けたのもあって、そのまま家に帰ろうとした。

 

帰ろうとした…けど…。

 

BREEZEはもう解散しちゃう事になるんだろうな。と、考えてしまった。

私がデュエルを受けなかったら、もしかしたら拓斗にずっと悔いが残っちゃうのかな?

 

「ハァ…特別サービスや。せっかくここまで来たんやからな。デュエルしたるよ」

 

「まじでか!?」

 

「そんかわり私は全力でやるで?1曲で終わらせる」

 

「上等だぜ澄香。よし、Irisベースを出せ。本気のデュエルだからな。

俺も晴夜でやるからよ。お前も虚空で…」

 

Irisベースで?

 

「…うん、わかった。拓斗如きに虚空を使うまでもないやろけど…」

 

「何だとこの野郎」

 

「もし万が一、奇跡が起こって拓斗が私に勝ったら、私は何かした方がいい?梓と付き合わせろとかは無理やで?」

 

そういえば拓斗が私とデュエルしたいってんだから、拓斗が私に勝てた時は何を頼みたかったんだろうと思った。てか、何を頼みたかったの?

 

「アホか。俺がそんなの頼む訳ねぇだろ」

 

「いや、何度か頼まれた事あるけど?」

 

「それはそれ。これはこれだ。

もし、今からやるデュエルで俺が勝ったら」

 

「拓斗が勝ったら?」

 

「お前には俺の後継者の答え合わせをしてやってほしい」

 

「は?後継者?答え合わせ?」

 

私には何の事だかさっぱりだった。

拓斗に後継者がいるなんて話も聞いた事ないし、答え合わせってそもそも何の答え?

 

「いや、意味がわからんねんけど。そもそもあんたに後継者なんて…。あ、達也くんの事?」

 

「達也も悪くねぇな。ベースも一応教えてやってるし。

だけど、あいつは俺の後継者って訳じゃねぇよ。」

 

「じゃあ、誰の事を…」

 

「取り敢えず弾丸で関西に来たからな。時間がねぇ、いくぜ!澄香!!」

 

そう言って拓斗は晴夜を取り出してベースの演奏を始めた。

 

「ちょ、ちょっと待ちぃや!」

 

私もさすがに訳のわからないまま負ける訳にはいかないと思い、虚空を取り出してデュエルを開始した。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「チッキショオオオオオオオオオ!!」

 

「まぁ、結果は見えてたけどな」

 

私は拓斗とのデュエルギグに圧勝。

Irisベースの声を聞いた事のない拓斗と、聞いた事のある私とでは、同じIrisベースを使ったデュエルギグで私が負ける事はなかった。

 

「今日も私の勝ちやな」

 

「ああ、わかってんよ。もうお前帰れ。

俺ももう少しここで悶えたらホテルに戻るからよ」

 

「あ、あんた今日はこっち泊まんの?」

 

「ああ、終電までにお前と決着が着くかわかんなかったしな。今日は泊まりにした」

 

終電はまだまだ先だけど…。

そうか、拓斗は私といい勝負が出来ると思っていたのか。

あ、それとも私がデュエル受ける受けないで時間掛かると思ってたのかな?

 

「はぁ…。今日こそは勝てるって思ってたのによ」

 

「何で私に勝てると思ったん?」

 

「あ?まだお前居たのかよ。帰れよ」

 

「いや、私の自由やろ。てかさ、さっきのあんたの頼み事?あれ何?」

 

「あ、負けた俺にはもうそんな事お前に話す義理はねぇ。テメェはさっさ帰って飯食って寝ろ」

 

こいつは負けたくせに何でいつもこんな偉そうにしているんだろう?私はいつもそういう所にもイライラしていた。

 

だけどこの日だけは…。

 

「何となくやけどな。拓斗のさっきの頼み事。

私が勝ったんやから聞いてやる義理はないけど、ちゃんと話してくれるなら、あんたの後継者の答え合わせ?ってやつ。やってやってもいいよ」

 

「なっ!?ま、マジでか!?」

 

「何となく気になるし。拓斗らしくないって言うか…。ちゃんと理由話してくれたら、同じベーシストとして聞いたるわ」

 

「…チ、借りを作るのは癪だが、背に腹は変えられねぇか」

 

 

 

そして拓斗は何であんな条件を出したのか話してくれた。

BREEZEはもうまともに今までのようなライブは出来ないだろうということを。

 

そして、拓斗はIrisベースの黄の使い手。

元々はモンブラン栗田のおじいちゃんに、クリムゾンに奪われた青の雨月と、緑の雷獣を取り戻す為に託された物だ。

私も同時に橙の虚空を託されている。

 

結局、クリムゾンに奪われたIrisベースを取り戻す事は出来なかったから、拓斗はいつか自分が認めたベーシストに黄の晴夜を託したいと思っていた。

 

それが拓斗の後継者。

 

「そっか。Irisベースをね。

それで?その答え合わせって言うのは?」

 

「ああ…、それだけどな。お前、じいさんのIrisベース。全部の声が聞こえたんだよな?それで、晴夜が俺には合ってるって言って…」

 

「ん。まぁ…ね。今はもう虚空(このこ)の声も聞こえなくなっちゃったけど」

 

私には楽器の声を聞くチカラがあった。

Irisベースに限らず、みんなの楽器の声が。

 

だから、おじいちゃんからIrisベースを託された時、私達に合っている虚空を選び、BREEZEに合っているだろう晴夜を拓斗に選んであげた。

 

「俺は結局、晴夜の声を聞くことは出来なかった。だから何でお前が俺に晴夜を選んだのか。それをずっと聞きてぇと思っていた」

 

「は?そんな事?晴夜の声はね…」

 

「ウワァァァァァァ!!!!」

 

私が拓斗に晴夜の声を教えようとした時、いきなり拓斗かでっかい声を出すものだからびっくりした。

 

「な、何やねんいきなり!」

 

「晴夜の声はいい。

お前の虚空、そしてじいさんの所にある花嵐と狭霧と雲竜。そいつらの声を教えてくれ」

 

「は?晴夜以外の?」

 

もちろんおじいちゃんの所に残ってるベースの声も聞いたし覚えてる。

雨月と雷獣は奪われていたんだからもちろん聞いた事は無いけど。

 

「まぁ、私の虚空は『一緒に踊ろう』だよ」

 

「一緒に踊ろう?それが虚空の声か」

 

「うん。そして花嵐が『一緒に歌おう』。狭霧が『一緒に遊ぼう』、雲竜が『一緒に奏でよう』」

 

「そうだったのか。一緒に…ってのがIrisベースの声か」

 

「そんであんたの晴夜は『一緒に…』」

 

「だぁぁぁぁぁ!!だから!晴夜の声はいいってんだよ!!」

 

他のIrisベースの声は知りたかったのに、晴夜の声は知らなくていいと言う拓斗。

なるほどね。だから答え合わせか…。

 

「拓斗」

 

「あ?何だ?晴夜の声は俺に教えなくていいぞ?」

 

「わかってるよ。

あんたが晴夜を託した後継者。その子が晴夜の声が聞こえた時、私の聞いた声と合っているのかどうか。その答え合わせをしてくれってんだよね?」

 

「ああ、まぁ、そういう事だ。俺は晴夜をクリムゾンと戦う武器として使っていた。だから、晴夜の声は聞けなくて当然だと思ってる」

 

それは…私もだよ。

私もいつの間にか虚空をクリムゾンと戦う為の武器として演奏していた。

だからこの子の声が聞こえなくなったんだと思う。

 

「俺は…タカがやってきたような音楽、大神さんが求めた音楽。そしてお前らArtemisが夢見た音楽。そういうのを丸ごと持ってるヤツに晴夜を託してぇ」

 

私達が夢見た音楽…か。

 

「そういうヤツを見つけて俺が晴夜を託した時。

そいつがちゃんと晴夜の声が聞こえるかどうか、お前に答え合わせをしてほしいんだ」

 

「あ、あのなぁ!何で私があんたの後継者の事見たらなあかんねん!晴夜の声は教えたるから、その時に拓斗が答え合わせしたらええやん!」

 

「言っただろ。俺の選んだヤツって。

俺はそいつを溺愛して答えを教えてしまうかも知れねぇし。俺が間違えて選ぶかも知れねぇ。だからお前が最適だと思った。お前なら信じられっからよ」

 

こいつ…そんな恥ずかしくなるような事を堂々と…。

 

「て、てかさ?だったら何で晴夜以外の声は知りたいと思ったん?」

 

「ん?あ、ま、まぁ、もしかしたら?ワンチャン俺も晴夜の声聞こえてたりしたら?って思ってな。

一緒に……って声は聞いた事無かったけどな」

 

「…あんたが後継者を選らんだ時、私は音楽辞めてるかも知れへんよ?」

 

「あ?その心配はしてねぇよ。……何か奇跡が起こってタカと結婚出来て子ども出来てたとしても。バンドは辞めても音楽は辞めねぇだろ」

 

奇跡が起こらないとタカと結婚出来ないっていうの!?

 

「お前らArtemisはこれからまだまだだろ。最近はスランプらしいが、お前らなら…な」

 

 

 

 

「これがあたし達Artemisの最期のデュエルギグ。だったんだよ。ふふ、まさかみんな同じ日にデュエルしてるなんてね」

 

「凄かったんだね。翔子お姉ちゃんも、澄香お姉ちゃんも、日奈子お姉ちゃんも…」

 

え?あたしは?

 

「そして拓斗さんの晴夜は内山くんに託されて、澄香お姉ちゃんの虚空は姫咲ちゃんに託されたんだね…。

あ、それで?何でバンドを…辞めるって事に?

今までのお話だと、これから先輩達の分も頑張ろう!ってなりそうじゃない?」

 

「うん。実際、みんなスランプから抜け出せてね。決勝戦はあたし達Artemisが勝って…。

あたし達はエクストリームジャパンフェスの本戦に出場出来る事になったよ」

 

「そ、それだったら尚更…」

 

「そしてエクストリームジャパンフェス本戦の朝。

あたしは…美来ちゃんに出会った」

 

「え?美来お姉…ちゃん?」



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第56話 39番

「いくよ。せっちゃん」

 

「ほ~い」

 

「「はぁぁぁぁぁ…」」

 

「流派!東方不敗が!」

 

「さいしゅ~」

 

「奥義!」

 

「石!」

 

「破!」

 

「「天驚拳!!」」

 

--ドゴーン!!!!

 

「ふぅ…さすがだね。せっちゃん」

 

「いや~、なんのなんの~。まだまだ本家の石破天驚拳には敵いませんなぁ~」

 

あたしはエクストリームジャパンフェス本戦に参加の為に、Artemisのみんなより先に関東入りして、聖羅の家にお泊まりさせてもらっていた。

 

その間は聖羅の娘であるせっちゃん。

Blaze Futureのベーシスト、蓮見 盛夏の遊び相手になってあげていた。

 

「梓…?私が頼んだのは盛夏の遊び相手よ?変な技を教えてやってほしいとは頼んでないわよ?」

 

「ふぇぇ…まだまだおばちゃんの石破天驚拳の威力には及ばない~…」

 

「こら!せっちゃん!あたしの事は『妖艶なる姫君プリティー梓(ようえんなるひめぎみぷりてぃーあずさ)お姉様』と呼ぶように言ったでしょ!」

 

「ふぇぇ…」

 

当時、せっちゃんはもう5歳。

いや、まだ5歳だというのに石破天驚拳を撃てるようになっていた。

この時のせっちゃんなら界王拳も10倍までなら使えていただろう。あたしの英才教育の賜物だった。

 

そして美しい堕天使シャイニング梓お姉様と呼ばせるようになったのは、この時より数年後の事である。

 

「それより梓。あなたは今日からエクストリームジャパンフェスの本戦でしょ?盛夏に変な技教えてる暇あるの?」

 

「まぁ、あたしはまだ時間あるし。

それより聖羅はあのアホが海外に逃げたからって、クリムゾンエンターテイメントの本社に行かなあかんねやろ?時間大丈夫?」

 

タカくんが足立とデュエルギグをして足立を倒した後、アーヴァルの主催によるドリーミン・ギグは無事に開催され、アーヴァルのボーカルであるユーゼスがあんな事になってしまった。

 

ユーゼスがあんな事になってしまったって事が気になる人は本家の『バンドやろうぜ!』に沼って下さい。マジで面白いから。

 

そしてクリムゾングループの大元であるクリムゾンミュージックが日本から撤退し、足立と手塚さんを失ったクリムゾンエンターテイメントの創始者であるお父さん。

…海原 神人も日本から海外へと逃亡した。

 

それからのクリムゾンエンターテイメントは、いや、クリムゾングループの会社全体が色々と迷走する事になってしまった。

 

あたし達のように楽しい音楽をやるバンドマンにとっては、新しい時代が来たような気持ちを持てる事だった。

 

「そうね。私はそろそろ出掛けないといけないし、盛夏も今日は旦那のご両親に預けるつもりなんだけど…」

 

そっか。じゃあせっちゃんとも今日はそろそろお別れか。

 

「梓は大丈夫?その…迷子になったりとか?私と一緒に出掛けない?」

 

「フッフッフ。その心配は無用だよ聖羅」

 

そう。この日、あたしはBREEZEのメンバーとArtemisのメンバーに、あたしを迎えに来てもらうように連絡してある。

 

この聖羅の家から直線で辿り着ける最寄りの駅まで!

 

「あの…本当の本当に大丈夫?」

 

「大丈夫やって~。聖羅こそクリムゾンエンターテイメントの本社に行くんやし気を付けてや」

 

「わかってるわよ。梓も気を付けてね。ほら、盛夏、行くわよ」

 

「おばちゃ~ん、ばいば~い」

 

「だから!せっちゃん!」

 

そして聖羅とせっちゃんは行ってしまい、あたしは家主の居なくなった部屋でダラダラと過ごしながら、みんなとの待ち合わせの時間を待っていた。

 

 

 

 

「ほらな?直線したらいいだけの最寄り駅なら、あたしも迷わず辿り着けるって~」

 

みんなとの待ち合わせ時間は14時。

最寄りの駅までの所要時間は徒歩7分だったけど、あたしは念のために12時過ぎには家を出て、13時半前に最寄り駅に辿り着ける事が出来た。

 

「まだ30分以上あるかぁ。……どこかで時間潰そうかとも思ったけど、みんなが来た時にあたしの姿がなかったら迷子になったとか言われそうやし、ここでボーっと待っとくかな?」

 

あたしがそんな事を考えていると…。

 

「お母さん?」

 

見知らぬ女の子があたしに声を掛けてきた。

 

「やっぱり木原 梓…。お母…さん」

 

あたしの名前を呼び、あたしの事をお母さんと呼ぶ女の子。

あたしはその顔を見てびっくりした。

あたしの子供の頃にそっくりだったから。

 

「え?あなた…は?え?あたにそっくり…?何で?」

 

「ずっと…会いたかった。会ってみたかった。

これで思い残す事もない。迷惑を掛けた。バイバイ」

 

その女の子はそれだけを言って、私から踵を返し走って去って行ってしまった。

 

まぁ、その子があたしのmakarios biosである美来ちゃんだったんだけどね。

 

「ま、待って!」

 

あたしは美来ちゃんを追い、その手を掴んだ。

 

「あ、あたしの事、お母さんって何!?そんで何でそんなあたしにそっくりなん!?」

 

「お母さん?何の事?多分気のせい。それより手を離して」

 

「あなた…あたしのmakarios bios?」

 

「makarios biosの事を…知っているの?」

 

あたしはあたしに似すぎている女の子、美来ちゃんにmakarios biosなのかと尋ねた。

 

あたしはmakarios biosなんだと確信した。

 

美来ちゃんは『makarios bios?何の事?』と言わず『makarios biosの事を知っているのか』と、あたしに聞き返したんだから…。

 

「やっぱり…makarios biosなんだね。九頭竜の研究は成功してたんだ…」

 

「何でお母さ…木原 梓がmakarios biosの事を知っているの?アレは二胴にも手塚にも聖羅にも秘匿だったはず…」

 

「そう…だね。聖羅も手塚さんも知らなかった。

でもあたしは知っていた。……何であたしが知っていたのか知りたくない?」

 

「……わかった。少しだけなら」

 

 

 

 

あたしは近場にあったカフェに美来ちゃんと入り、少し話をする事にした。

 

「まず…あなたの事を知りたいけど、あたしから誘ったんだし、何故あたしがmakarios biosの事を知っていたのか話すね。そのかわり…」

 

「わかっている。あたしもあたしの事をちゃんと話す。スジは通すから安心して」

 

「お待たせしました~。チェコレートパフェとブラックコーヒーです♪」

 

店員さんがあたし達の注文した料理を運んで来てくれた。

今から大事な話をする所だったから丁度いいタイミングだった。

 

そしてあたしの前に置かれたブラックコーヒーと、美来ちゃんの前に置かれたチェコレートパフェを交換し、あたしはチョコレートパフェを一口、いや、五口ほど食べてから話した。

 

「昔にね。Artemisとアルテミスの矢で九頭竜の研究施設に乗り込む事があってね。そこであたしはmakarios biosの資料を見つけちゃったんだよ」

 

「アルテミスの矢が九頭竜の研究施設に?

…あ、聞いたことがある。『九頭竜施設大爆破 -大爆破されて大爆笑-』事件の事だね?」

 

何その変な事件の名前。大爆笑なの?

 

「これはあたし達makarios biosの36番が付けた名前。

てか、あたし達はどんな闘いがあったのかはある程度、九頭竜や海原から聞いている。

ちなみにArtemisやアルテミスの矢との闘いの名前は36番が命名している」

 

36番?makarios biosの36番目って事なの?

 

と、当時は思ってたけど、36番ってSCARLETの有希ちゃんの事だよね?今思うとさすがタカくんのmakarios biosだよね。って思う。

 

「あたしがmakarios biosの事を知ったのはその時だよ。聖羅も手塚さんも、アルテミスの矢の誰もが知らなかった事だし、あたしだってあんな研究なんて…」

 

「そう。あんな研究から生まれたのがあたし達。あたしはmakarios biosの39番目の実験体。もうわかってると思うけど、あたしは木原 梓の遺伝子から造られた」

 

「だからあたしの事をお母さんって…」

 

「ち、違っ!そ、それは聞き間違いだから!あたしにはお母さんなんて…」

 

「あたしまだバージンなのにお母さんになっちゃったか」

 

「バ……ちょ、ちょっと、こんな所で言うセリフじゃないでしょ…。……あの…なんかごめんなさい」

 

あたしはその後、美来ちゃんからmakarios biosの事を色々と聞いた。

もう何人ものmakarios biosが造られた事も、身体が耐えきれずに亡くなってしまったmakarios biosの事も。

 

そして、お父さんと九頭竜が何の為にmakarios biosを産んでいるのかという事も…。

 

「あたしもいつ崩れるかわからない。だからあたしは脱走した。ひと目だけでも…お母さ…木原 梓を見てみたかったから」

 

「39番目のmakarios biosか。名前は?名前はないの?」

 

「名前なんてものはあたし達にはない。あるのは番号だけ。あたしはあたしの知る限りの事は話した。もう帰る」

 

「帰る?どこに?」

 

「もちろんクリムゾンエンターテイメント」

 

せっかく脱走して来たのに…。

もしあたしが今手を取れば、あたしと一緒に居てくれるんだろうか?

 

「それじゃごちそうさま。バイバイ」

 

そう言って美来ちゃんは立ち上がり、店を出てしまった。

 

「ま、待って!まだ」

 

あたしも席を立ち、会計を素早く済ませて美来ちゃんを追った。

 

「何?まだあたしに用事?痛いんだけど?」

 

あたしは美来ちゃんに追い付いて、また手を思いっきり握っていた。

 

「まだあたしの話が終わってない!」

 

「話?何故、木原 梓があたし達makarios biosの事を知っていたのかは聞いた。もう話は無いはず」

 

「まだ…言ってない言葉があるの!」

 

あたしは美来ちゃんの身長に合わせてしゃがみ、真っ直ぐと目を見て…

 

「産まれてきてくれてありがとう」

 

「え?」

 

「あたしの娘として、産まれてきてくれてありがとう。あたしをお母さんにしてくれて、ありがとう」

 

あたしは素直にそう思った。

九頭竜の施設に乗り込んだときに見つけた資料。

それを見た時は何とも言えない嫌な気持ちになっていたけど、今、目の前の美来ちゃんを見て、美来ちゃんと話をして、美来ちゃんが産まれてきてくれた事が、凄く嬉しくて、美来ちゃんと触れ合える事がすごく幸せだと思っていた。

 

「な、何を言ってるの?木原 あず…」

 

「お母さんだよ。お母さんでいいんだよ。いや、ママと呼ばれたい気もするが…うぅむ…」

 

「え?え?」

 

そしてあたしは美来ちゃんを抱き締めて、

 

「そうだなぁ~…。うん、美来ちゃん。

あなたは今日から『美来』ちゃんだよ」

 

「みく…?」

 

「うん。美来があなたの名前。39だから39(みく)って思ったんだけど、『みく』を『美しい未来』って意味を込めてね」

 

「美しい未来で…美来?

嫌!そんな名前は絶対嫌!あたしには!あたしには美しい未来なんて…!」

 

あたしは美来ちゃんを抱き締める力を強めて…

 

「痛い!木原 梓!!痛い!離して!」

 

「あるよ。美来ちゃんには美しい未来が絶対待ってる。そして、あたしがそんな未来を作ってみせる。だから、離さない。あたしは美来ちゃんのお母さんなんだから」

 

…その時に思ったんだよ。

あたしはArtemisとしてエクストリームジャパンフェスで優勝するより、美来ちゃんの未来の為に歌いたいって。

澄香や翔子、日奈子には悪いなぁって、申し訳なく思ったんだけど、あたしはBREEZEやアルテミスの矢のみんながArtemis(あたしたち)を守ってくれたように、あたしは美来ちゃんを守りたいって思ったんだ。

 

「そんなの…お母さん…って、呼んで…いいの?…グスッ」

 

抱き締めた胸元で泣きそうになる美来ちゃん。

あたしはソッと美来ちゃんを離して、首から下げていたお守りを美来ちゃんに付けた。

 

「これは?お守り…?」

 

「うん。あたしの大切なお守りだよ」

 

あたしはこれはチャンスだと思った。

 

タカくんとあたしが死ぬ前に1度は言ってみたいねって言っていたセリフBEST3に入るあのセリフを…。

 

「このお守りをお前に預ける(イケボ」

 

「え?何?シャンクスの真似?」

 

さすがあたしの遺伝子だと思った。

 

「あたしの大切なお守りだ。いつかきっと返しにこい。…立派な海賊になってな(イケボ」

 

「え?は?シャンクスの真似ってバレたのに、まだそれ続けるの?立派な海賊って何?あたし別に海賊になるつもりないけど?」

 

「いいんだよぉぉぉ!そんな事は!ここまでがワンセットなの!ワンセット!美来ちゃんもわかるでしょ!?このセリフは1度言ってみたい気持ち!」

 

「た、確かにあのセリフは死ぬまでに1度は言ってみたいセリフBEST3には入るけど…」

 

やはりあたしの遺伝子。美来ちゃんはよくわかっている。

 

「あ、でもさ。これからはあたしは美来ちゃんとずっと一緒。

だから、いつか返しに…って言うか…。これからは美来ちゃんがお守り(それ)大事にしてね」

 

「嫌…こんなの受け取れない。それにずっと一緒なんかじゃない。あたしは…もうクリムゾンに…」

 

「戻らなくていい。一緒に居よ?美来ちゃんの事はしっかり養ってあげるから」

 

「嫌!嫌…嫌嫌!!そんなの無理!絶対無理だもん!それに、あたしは美来なんて名前…」

 

あたしと美来ちゃんがそんな話をしている時だった。

 

 

 

「見つけたぞ。39番」

 

そんな声が聞こえ、あたしが声のした方に目を向けると…

 

「デュエルギグ暗殺者(あさしん)…いや、ちゃうな。デュエルギグ将軍(じぇねらる)か」

 

そこには数人のデュエルギグ将軍が立っていた。

 

ただの人探しの為に、戦闘員や兵士じゃなく、暗殺者よりも上の騎士、さらにその上の将軍を動かすなんて。

 

makarios biosの脱走は九頭竜にとって、それ程の事なんだろうと思わされた。

 

「キサマ、Artemisの木原 梓だな?まさか39番がキサマと居るとは…」

 

「まさかワタシ達がデュエルギグ将軍だと見抜かれるなんてね」

 

「海原様にはArtemisに手を出すなとは言われているが、これは好機!

Artemisの木原 梓を倒したとなれば我らもまた日のあたる場所に…」

 

お父さんがArtemis(あたしたち)に手を出すなって?何で今さら?

 

「ああ、39番を連れ戻すついでだ。ここで木原 梓も…」

 

デュエルギグ将軍達は楽器を取り出し、デュエルギグの体制に入っていた。

 

こいつらこんな街中でもデュエルギグをする気だ。

でも、このまま逃げても美来ちゃんが、こいつらに連れ戻されるだけ。

あたしもランダムスターを取り出してデュエルギグに備えた。

 

「ま!待って!あたしはクリムゾンエンターテイメントに戻る!だから、お母さんには手を出さないで!」

 

美来ちゃんはあたしとデュエルギグ将軍の間に入ってきた。

 

「ふふふ。お前をクリムゾンに連れ戻す事は決定されている事だ」

 

「だからと言って木原 梓に手を出すなとは…。ワタシ達の悲願の為にもそれは無理な話だ」

 

「そんな…あたしが…脱走なんかしたから…」

 

それでもあたしとデュエルギグをしようとしてくるデュエルギグ将軍。

そして、それを心配する美来ちゃん。

 

確かにデュエルギグ将軍達の演奏力(せんとうりょく)は高い。

 

でも、あたしにとっては…

 

「大丈夫だよ、美来ちゃん。そこでお母さんのデュエルを見てて」

 

「お母さん…?」

 

そして、あたしとデュエルギグ将軍達とのデュエルが開始された。

 

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

 

「バ、バカな…グフッ」

 

「こ、これが…Artemis…」

 

「ハァ…ハァ…お母さんパワー舐めんな…」

 

あたしはデュエルギグ将軍達をすべて倒した。

 

「ハァ…ど、どう?美来ちゃん。お母さん凄いやろ?ハァ…ハァ…」

 

「す、すご…い、お母さんかっこい…。ハッ!?

そ、そんな事ない。ま、まぁ?さすが?Artemisのボーカルの木原 梓だな。とは思っ…」

 

せっかくなんだから最後までちゃんと褒めてくれたらいいのに!

 

って思ったけど、美来ちゃんはあたしの後ろを見て言葉を失っている。

 

どうしたんだろう?と思い、あたしも振り返ってみた。

 

 

 

-ゾクッ

 

 

な、何?こいつら…。

気配も何も無く、ただ立っているだけ。

ただ立っているだけなのに物凄い威圧感。

 

「木原 梓。キサマは海原様からの命令で手を出さないように言われている。39番を引き渡してここから去れ」

 

デュエルギグ将軍なんて全然雑魚だ。

 

そう思わされるようなチカラを、ただそこに立っている3人から感じていた。

もしかしたら、こいつらが聖羅と手塚さんから噂に聞かされている、九頭竜の最強の配下であるデュエルギグ(きんぐ)か、デュエルギグ女王(くいーん)

 

「デュ、デュエルギグ…干支(えと)…」

 

デュエルギグ干支!?

美来ちゃんはそいつらを見てそう言った。

 

デュエルギグ干支…。

なんて語呂が悪いんだろう…。

 

「そう。我々は海原様の直属の配下。デュエルギグ干支だ」

 

「木原 梓。キサマでは私達には敵わない。大人しく39番を置いて去れ」

 

海原…お父さんの直属の配下?

なら、デュエルギグ干支って名付けたのはお父さん?

ぷふっ、あいつ音痴なだけじゃなくて、ネーミングセンスも無かったのか。

 

と、思ったけど、あたしもお母さんも他人のネーミングセンスは笑えないな。とも同時に思っていた。

 

「ま、まさか、デュエルギグ干支まで出てくるなんて…。さすがに木原 梓でも無理。あたしはクリムゾンエンターテイメントに帰る」

 

美来ちゃん!?

 

「39番。賢明だな。

我々も海原様直属のデュエルギグ干支。お前が戻るならこのまま木原 梓には手を出さないと約束しよう」

 

「クリムゾンとの約束なんて信用出来ないけど。あなた達が本物のデュエルギグ干支なら信用するしかない」

 

そう言って美来ちゃんはデュエルギグ干支達の方へと歩いた。

 

「…どういうつもりだ?木原 梓」

 

あたしは美来ちゃんの前に出て、美来ちゃんを制止していた。

 

「木原…梓?」

 

「美来ちゃん。そこの後ろの路地。

そこを入って真っ直ぐ走って。そして、十字路に出たらそこを右。そしたら駅前に出るからそこで待ってて」

 

「木原 梓?何を言っているの?あたしはクリムゾンに…」

 

「そろそろ約束の時間になる。駅前にはタカくん達BREEZEが居るはずだから…いや、時間にルーズな英治くんは居ないかもしれないけど…」

 

「タカくん達BREEZEが?」

 

「こいつらはあたしが食い止める!だから行って!美来ちゃん!」

 

「あ、あたしは…お母さん達と一緒に居ていいの?」

 

「…!?39番!木原 梓の言葉に惑わされるな!」

 

「そうだ。39番。今ならお前が戻って来たら、木原 梓は見逃してやる。だが、お前が逃げるのであれば…わかるな?」

 

「あたし…あたしは…」

 

「いいから行け!美来!!これ以上あたしを困らせんなっ!!」

 

「はっ、はい!」

 

あたしは美来ちゃんを怒鳴りつけ、美来ちゃんは返事をして、後ろの路地へと走って入って行った。

美来ちゃんが駅前に辿り着けばタカくん達が居るはず。

 

もう本当はタカくん達BREEZEに迷惑を掛けたくなんかなかったけど…。

 

「クッ、39番をBREEZEと合流させる訳にはいかん!追うぞ!」

 

デュエルギグ干支達は美来ちゃんを追おうとした。

だけど、追わせる訳にはいかない。

 

こうやって対峙しているだけでも、あたしはこの3人に敵う訳がないというのは感じていた。

だけど、美来ちゃんがタカくん達と合流するまでの時間稼ぎくらいなら…。

 

「そこを退け、木原 梓」

 

「今ならキサマは見逃してやる。今日はエクストリームジャパンフェスの本戦の日だろう?ここでヤられる訳にはいかないんじゃないのか?」

 

「お前の仲間と散っていったアルテミスの矢の為にもな」

 

こいつらの言う通りだ。あたしはこんな所で負ける訳にはいかない。だけど。

 

「だけど、あの子はあたしの娘や。手ぇ出すな。お前らが消えろ」

 

あたしは美来ちゃんを守りたかった。

 

「木原 梓。お前もレガリアを受け継がれし者なら聞いた事があるだろう?レガリア戦争を。そして、それより昔に勃発していた音楽での争いを」

 

もちろんレガリア戦争の事も、その前のお母さん達、初代のレガリア使いが闘っていた音楽での争いも知っている。

だから何?そもそもあたし達がやってるのはバンドなんですけど?

 

「我々、デュエルギグ干支はレガリア使いに対抗する為に作られた部隊だ」

 

あたし達レガリア使いに対抗する為に?

何でお父さんが、海原がそんな部隊を…?

 

「かつての音楽での争い。あの争いではデュエルギグのハズなのに音も何もしなかった。と、お前も聞いた事があるんじゃないのか?」

 

確かにお母さんやおっちゃん達が闘っていたデュエルギグによる音楽の争い。あの時は物音すらしなかった闘いだと聞いている。音楽の闘いのはずなのに。

 

「我々はそんなデュエルギグが出来るミュージシャン。デュエルギグをしている当人達以外には何も悟らせない。何も聞かせない。何も気付く事もない。そんな音楽を我々は出来るのだ」

 

「な、なんやて…?」

 

そんな凄いチカラが…。

そんな音楽を。そんなデュエルギグをする奴らにあたしは勝てるだろうか?

 

何が魚座のレガリア使いや…。

お母さんもおっちゃんも、そんな闘いをやってきたバンドマンなんやな…。あたしなんかまだまだや。

 

あたしがそう思っていたその刹那。

 

 

-ドカッ

 

 

「え?うわ、何?」

 

「い、痛い!」

 

あたしの目の前に居るデュエルギグ干支の内、1人が自転車にハネられた。

 

「あ、あれ?何かにぶつかった気がしたけど…気のせいかな?」

 

そう言って自転車に乗っていた人はそのままこの場を去って行った。

 

「ふふふ。これがそのチカラの代償。と言えばいいかな。

このチカラを使っている時は、誰からも認識をされないから、普通に事故に合ったりする」

 

「わかるか?満員電車の中でこのチカラを使えば、誰かに足を踏まれても謝られたりする事はない」

 

「それ程までに我々のチカラは絶対なのだ」

 

…何か一気にしょうもないチカラな気がしてきた。

 

「39番を逃がす訳にはいかん!通してもらうぞ!木原 梓!」

 

「ここは通さへんって言ったやろ!」

 

あたしはランダムスターを構えてデュエルギグの体制に入った。

 

「待て!」

 

だけど、デュエルギグ干支のうちの1人に止められた。

正直勝てる気がしてなかったから、こうやって時間稼ぎ出来てるのは良かったけど…。

 

「私達は海原様の勅命で木原 梓、Artemisに手を出す訳にはいかないでしょ?」

 

「確かに…デュエルギグ将軍共は愚かにもその命令を破っていたがな。海原様の怒りを買うことになるだろうにな」

 

そういやさっきもそんな事言っていたけど何で?

 

「だが、このまま39番を逃がす訳にもな。それこそ海原様の望むところではあるまい」

 

何か揉めてるみたい?あたしとしてはラッキーだけど。

 

「やむを得んな。木原 梓の相手はワタシがしよう。『申』、『卯』お前達は39番を追え」

 

「しかし、『亥』!Artemisは…」

 

「黙れ『卯』。ワタシは1度Artemisとデュエルをしたいと思っていた。いい機会だ。海原様に叱られるならワタシだけで済むだろうしな」

 

「…いいだろう。行くぞ『卯』。我々は39番を追う」

 

「……しょうがないか」

 

そして、2人のデュエルギグ干支があたしの前から消えた。これがあいつらの言ってたチカラの真骨頂か!

 

あたしはまずいと思って、あたしも美来ちゃんを追おうとしたけど。

 

 

-ゾクッ

 

 

再びあたしを悪寒が襲った。

 

「先程とは立場が逆転したな。

キサマに39番は追わせない。ここで食い止めさせてもらおう」

 

「やるしか…あらへんか…」

 

「見せてもらおうか。西の最高バンドArtemisの音楽とやらを」

 

「あいつらを美来ちゃんに追いつかせる訳にはいかへん!全力でやらせてもらうで!!」

 

そうして、あたしとデュエルギグ干支『亥』とのデュエルギグは始まった。

 



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第57話 事故

「ハァ…ハァ…」

 

-ズキッ

 

「クッ…ハァ…ハァ…美来…ちゃん…」

 

あたしは激闘の末、何とかデュエルギグ干支『亥』を打ち倒す事が出来た。

 

デュエルギグ干支の音楽は凄まじかった。

 

だからと言ってあたしはこのまま立ち止まる訳にはいかない。

あたしは満身創痍な身体を押して、美来ちゃんに追いつこうと、デュエルギグ干支に追いつこうと駅前へと向かっていた。

 

あたしは肩から流れる血を見て思っていた。

てか、何であたしはデュエルギグしただけで、こんな満身創痍になってんの?と…。

 

あたしが何とか駅前が見える所まで辿り着いた時、待ち合わせ場所に居るタカくんとトシキくんが目に入った。

 

…何で美来ちゃんが一緒に居ないの?

 

「くぅ…」

 

あたしは痛む身体を押して、タカくん達の方へと向かった。

あの場にはタカくんとトシキくんしか居ない。

 

だけど、もしかしたら、拓斗くんか英治くんが美来ちゃんを保護してくれて、タカくんとトシキくんは美来ちゃんに聞いてあたしを探してるのかも…。

でも、最悪はデュエルギグ干支の奴らが先に美来ちゃんを…。

 

「まさか…『亥』を倒したというのか。さすがだな、木原 梓」

 

「!?」

 

あたしは声がした方へ目を向けた。

そこにはさっきのデュエルギグ干支のひとり、『卯』と呼ばれていた奴が居た。

 

「…木原 梓。39番を何処に隠した?」

 

美来ちゃんを何処に隠したかって?

って事はこいつらが美来ちゃんを連れて行った訳じゃないって事だ。良かった…。

 

「答えろ。お前は『亥』との闘いで…もう、まともにデュエルギグは出来ないだろう。…エクストリームジャパンフェスの本戦も…」

 

確かにあたしはもうまともにデュエルは出来ないと思う。

片腕は上がらないし、ギターを弾く事は出来ない。

 

「木原 梓。私達の目的は39番だけだ。

あの子はお前の娘じゃない。お前の遺伝子から造られたクローン。ただの実験体だ。お前はmakarios biosの事なぞ忘れ、自分のやるべき事を全うしろ」

 

こいつ、何を言って…。

 

「実験体?makarios biosの事なんか忘れろ?

出来る訳ないやろ。あの子はあたしの娘や。あたしの遺伝子から産まれてきてくれた大切な娘や!」

 

「…いつ壊れるかわからない心、いつ崩れるかわからない身体。それがmakarios bios」

 

「美来ちゃんも、そんな事を言ってたな…。だったら、その日まであたしは美来ちゃんと一緒に居る!あの娘の最期の時まで!」

 

「美来?それがお前が39番につけた名前か?

このまま39番…美来の事を忘れて去れ!海原も、私達クリムゾンエンターテイメントはお前らには手を出さない!!今の内に…タカと結ばれて本当の子を産めばいいだろう?」

 

ふぁ!?何で!?

何であたしがタカくんの事好きな事バレてる感じなの!?

 

聖羅はともかく……そういや、お父さんにもバレてる感じやったもんな。

ま、まさかクリムゾンエンターテイメントのみんな知ってる感じなの!?

 

って、今はそれより!

 

「だったら、あんたらクリムゾンエンターテイメントが、あの娘の事忘れてよ。あの娘とはあたしがずっと一緒に居る」

 

「梓…わかってよ!私は貴女を倒したくない…!」

 

…こいつ、何で?

 

そうしてあたしは少しだけ、小さな感覚を思い出した。

 

「なぁ…あんた、もしかして…あたしと会った事ある?」

 

あたしがその小さな感覚を思い出そうとしていると…。

 

「お母さん!」

 

「「!?」」

 

あたしとデュエルギグ干支の『卯』が立っている場所から、大通りを挟んだ所。

そこに美来ちゃんは居た。

 

何で美来ちゃんがあんな所に…。

そう思った瞬間にあたしは思い至った。

 

美来ちゃんはあたしの遺伝子から造られた。

つまり、美来ちゃんも極度の方向音痴に違いない…。

 

「39番!?何故あんな所に!?」

 

すみません。多分あたしの遺伝子のせいです。

 

…あたしが方向音痴だという事を知らない?

さっきの小さな感覚は気のせいなのかな?

 

「お母さん!何でそんな大怪我を!?」

 

すみません。あたしも何でデュエルギグでこんな大怪我をしているのかわかりません。

 

…そして、美来ちゃんはあたしを心配したのか、大通りの左右を確認せずに、走ってあたしの方へ向かって来た。

 

「だ、だめ!美来ちゃん!」

 

ここには、あたしの横にはデュエルギグ干支が居る。

あたしはこのデュエルギグ干支には勝てない。美来ちゃんを守れない。

 

いや、今はそれよりも…

 

「美来ちゃん!信号はまだ…!」

 

「39番!ちぃ…そこを動くな!」

 

「え?」

 

美来ちゃんはあたしとデュエルギグ干支に大声で静止され、道路の真ん中で立ち止まってしまった。

 

 

-パッパー!

 

 

さっきのパッパーって音は車のクラクションの音である。

 

「車が…!」

 

「39番!避けろ!!」

 

「え?え?」

 

「「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

 

-ドン!

 

 

あたしは何とか美来ちゃんを押し飛ばす事が出来た。

 

だけど、身体中が痛い。

身体が動かない。あれ?あたしどうなったの?

 

あたしが押し飛ばした美来ちゃんの方を見た時、美来ちゃんは、デュエルギグ干支の『申』と呼ばれる奴に捕まっていた。

 

何で…こんな事って…ないよ。

 

 

 

 

 

「梓!梓!!しっかりしろ!」

 

あれ?暖かい…。

 

「梓!」

 

あたしの目の前にはタカくんが居た。

 

「じょ、冗談だろお前!お前が!車に轢かれ…たくら…ケホッ、ゲホッゲホッ」

 

タカくん、ダメだよ。そんな大きな声出したら。

 

あ~…あれ?声を出したいのに声が出ない?

身体も動かない…何で…?

 

あたしはそう思いながら、今の自分の状況を考えてみた。

 

……声も出せない、身体も動かないあたしをタカくんが抱き抱えてくれているのが理解出来た。

 

そっか。あたし、車にハネられて…。

 

タカくんの横にはトシキくん。

あれ?澄香と翔子と日奈子も居る。

そっか。今日はエクストリームジャパンフェスの本戦だもんね。あたしもこんな所で倒れてる場合じゃないよね。

 

あれ?あたし何で車にハネられたんだっけ?

 

「梓…ゲホッ、ゲホッ」

 

タカくん、だから大きな声出しちゃダメだってば。

 

「梓ちゃん!しっかりして!」

 

トシキくん。あはは、トシキくんの泣いてる所初めて見たかも。日奈子にヤバい事やらされてもいつもトシキくんだけは苦笑いしてたのに…。

 

「梓!嫌や!嫌やで!ずっと、ずっと一緒やったやんか!」

 

澄香…、何で泣いてるの?もちろんだよ。澄香はあたしの幼馴染みやもん。ずっと一緒だよ。

 

「梓…嘘だろ?いつものお前は車なんか逆にハネ返してたじゃねぇか…。なぁ、起きろよ?」

 

翔子、待ってて今起きるから。

てか、逆にハネ返してたって何?あたしそんな事しませんけど?

 

「梓ちゃん…。もういいよ。あたし達へのドッキリ大成功だよ!ほら!そろそろネタバレタイムだよ!

……早く起きてよ、いい加減にしないとあたし怒るよ!」

 

日奈子…ごめんね。だから怒らないで…?

すぐに…起きるから…。あれ?起きたいのに…。

 

起きたいのに…何だか…もう、眠い…。

 

「「「「「梓(ちゃん)!!」」」」」

 

あたしは…車に轢かれて、もう…。

 

 

『お母さん!!』

 

 

ハッ!!?

 

 

美来ちゃん…。

そうだ。そうだよ。

あたしは美来ちゃんを守る為に…。美来ちゃんは?

美来ちゃんは無事!?

 

「タ、タ…カくん…」

 

「何だ!?どうした梓!」

 

「おん…なの子…あたしが…まも…、女の子は…無事?」

 

あたしはその時に出せる精一杯の声を出した。

 

「女の子?…ああ、お前が突き飛ばした女の子な。あの子は無事だぞ。そこに居る。見えるか?」

 

あたしはタカくんに顔を少し横に向けられた。

そこには美来ちゃんが確かに居た。

 

良かった。無事だったんだね。

さっきはデュエルギグ干支に捕まったように見えたのに。

 

「良かっ…無事…で」

 

「あたしの…あたしのせいで…あたしが脱走なんかしたから…」

 

「ち、ちが…」

 

違うよ!美来ちゃん!

 

「あたしが…あたしのせいだ…」

 

違う!違うから!

何で…何であたしの声は出てくれないの!

美来ちゃんのせいなんかじゃない!これは…ただの事故で…。

 

美来ちゃんが無事だったなら良かった…。

 

「あたしが!あたしが飛び出したりなん『違う!』かしたか…ら?」

 

タカ…くん?

 

「違うよ。キミは悪くない。だから、梓には…ケホッ、ありがとうって言ってやってくれ」

 

タカくん…。

 

「な、何で…あたしが飛び出したりしたから…」

 

「こいつは車に轢かれたくらいで、どうこうなる奴じゃねぇよ。むしろ運転手さんの方が可哀想なレベル」

 

え?タカくんは何を言ってるの?

 

「で、でも…」

 

「本当に…こいつは大丈夫だから」

 

タカくんは何て幼女に甘いの!?

いや、確かにあたしは大丈夫やけどね!?

 

そう言ったタカくんは、美来ちゃんの頭に手を置いた。

 

 

『39番、約束の3分が経ったぞ』

 

 

「え?あ…」

 

「だから、お前も心配すんな」

 

 

『その場に居るタカやトシキ、Artemisの連中も木原 梓と同じような目にあってもいいのか?』

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

美来ちゃんはタカくんの手を払って逃げ出してしまった。

 

「お、おい…!……あ、あれ?俺が頭撫でようとしたから?まさかセクハラと思われて逃げられた…?」

 

あたしは走って行く美来ちゃんを見ながら気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?ここは…?って!いだだだだだだ…!何!?身体中痛いんやけど!?ヘルプ!誰か!ヘルプミー!」

 

「梓…?良かった…良かった…」

 

「ふぇ?澄香?って、痛い痛い痛い!マジで身体中痛いんやけど!?」

 

あたしが目を覚ました時、そこは病院のベッドの上だった。

あの日あたしは車に轢かれてしまい、それから手術をして、目を覚ますかどうかはお医者様にとっても賭けだったらしい。

 

幸い頭部や内臓には損傷が見られず、血を失い過ぎてしまっていたのもあるみたいだけど、命には別状はないとの事だった。脊髄にちょっと傷があったから、歩くのに支障があって、これからは車イス生活になるって事だったけど。

 

あたしが目を覚ましてすぐに、BREEZEやArtemisのみんな、アルテミスの矢のみんなや、関西に居るはずのおっちゃん達も来てくれた。

 

それから数週間あたしはベッドから起き上がる事も出来ず、当然エクストリームジャパンフェスに参加も出来ず、美来ちゃんがどうなったのかもわからず、ただただ日が過ぎていった。

 

「運転手がわからない…?」

 

「ああ、ポリスメン達が必死に捜査もしてくれたみたいだけどな。お前を轢いた車には誰も乗ってなかったそうだ」

 

「それどころかあの事故はニュースにも新聞にも載らなかった。ポリスメン達も捜査は打ち切ってるみたいだ」

 

確かに交通事故なんて毎日たくさんあるだろうし、あたしの事故がニュースになったりなんかしないと思うけど…。

 

タカくんと拓斗くんがあたしにそんな事を話してくれたけど、あたしはそんな事より、あたしのせいでエクストリームジャパンフェスに参加出来なくなった事と、美来ちゃんの事が気掛かりだった。

 

それからまた数日が過ぎた。

 

「タカくん、毎日あたしのお見舞いに来てくれてありがとね」

 

「あ?いや、別に。暇だし。それに拓斗と三咲も毎日来てんだろ」

 

「拓斗くんも三咲ちゃんも来てくれてるけどさ。タカくんがいつもあたしに会いに…ハッ!?そういう事!?あたしに毎日毎日会いたいから…」

 

「いや、ないけど?」

 

即答だった。

 

「じゃあ…何で毎日…お見舞いに来てくれるの?」

 

「お前の担当の看護師さんが可愛いからだ」

 

 

 

 

「あれ?タカ?何でこんな所で寝てんの?」

 

「あ、澄香久しぶり~。大学の方は順調?」

 

「澄香だけじゃないぜ。あたしも来たぞ」

 

「ねぇ。これタカちゃん本当に寝てるだけ?生きてる?」

 

この日は久しぶりに澄香と翔子と日奈子もお見舞いに来てくれていた。

澄香も翔子も日奈子も、わざわざ関西からお見舞いに来てくれる事はあったけど、こうやって4人が揃うのは久しぶりだった。

 

ちょうど4人揃ってるから、今まで言えなかった事を伝えよう。

 

「みんな…ごめんね」

 

「何が?」

 

「あ?わざわざ見舞いに関西から来た事か?」

 

「もう!梓ちゃんは!こういう時はごめんじゃなくて、ありがとうだよ!」

 

お見舞いに来てくれたのはありがたいと思ってる。

だけど、それよりも

 

「あたしが…バンドやろうって言ったのに、あたしが誘ったのに…あたしがこんな事になってメジャーデビュー出来なくなっちゃって…」

 

「「「ああ、そんな事?」」」

 

「え?」

 

そ、そんな事って…。

翔子はメジャーデビューしたいってずっと言ってたし、澄香はお父さんとお母さんの為にもメジャーデビューしなきゃじゃん!日奈子もM&Sとの約束とか…。

 

「梓、あたしは確かにメジャーデビューしたかったけどよ。今は他にもやりたいって事もあるにはあるからさ。そっちもやってみるかって思ってんだよ」

 

他にもやりたい事?

 

「私はメジャーデビューしたいって訳じゃなかったからね。父さんと母さんの事はあるけど。私は梓と翔子と日奈子とバンドをやりたいってだけだったから」

 

澄香…。でも、結局それもあたしが事故にあっちゃったから…。

 

「あたしはこれまでArtemisをやってきてさ。常々プロデュースとかそっちの方が合ってるのかも?って思ってきてた所だったんだよね。だからこれからはプロデューサーの方向で…」

 

待って日奈子。それはマズイよ。

日奈子のプロデュースは命の危険があるじゃん。

あれはあたし達とかBREEZEだったから何とか助かってただけで…。

 

「…でも、やっぱりごめんね。ちゃんと謝らせて」

 

あたしが事故にあわなかったら、今もみんな…Artemisでバンドしてたんだと思うから。

 

とは、言わなかった。

きっと翔子も澄香も日奈子も、あたしに負い目を感じさせないようにと気を遣ってくれてるんだろうから。

 

「それよりさ、梓。ビッグニュースがあるんだよ」

 

「ビッグニュース?」

 

「ああ、師匠の親父さん。なっちゃんのお爺さんが世界中旅してんのは知ってるだろ?」

 

なっちゃんのお爺ちゃん?

確か日本はワシには狭すぎるとか言って、世界中を旅するようになっちゃったんだっけ?

 

「そのお爺ちゃんがね!すんごい名医と親しいらしくて、梓ちゃんがまた歩けるように手術してくれるんだって!」

 

え?あたしまた歩けるようになるの?

 

「まぁ、その医者は忙しいらしくて、実際手術出来るのはまだ先にやし、梓の状態見てみないとほんまに歩けるようになるかはわからんけどな」

 

「え?おっちゃん?おっちゃんも来てくれたんだ?」

 

「ああ、今のお前の担当医と話しがあってな。お前の転院の手続きをしてきた所や」

 

「転院?」

 

「ああ、そのお前を看てくれるって医師がおるんはアメリカやからな。親父…じいさんがこっち戻ってくるまでは関西の病院に転院。そんで、じいさんが日本に戻ってきたら次はアメリカに転院や」

 

アメリカ?

え?日本から離れる事になるの?

 

「手術もいつになるかわからへんし、ちゃんとまた歩けるようになるかはわからへんけどな。…しばらくは日本には帰って来られへんと思う」

 

澄香達ともタカくん達とも…なっちゃんともしばらく会えなくなっちゃうの?

 

「でもま、一生会えなくなる訳じゃないだろうし、手術さえ成功したらまたすぐ日本に戻って来れるだろ」

 

「あ、タカちゃん生きてたんだ?」

 

「タカちゃんの言うとおりや。すんごい医者らしいし、病院の設備も凄いらしいぞ。確か、ショッカーって名前の病院で、その名医はコンビを組んでてな。

男の医者の名前が籔石 弥太郎(やぶいし やたろう)ってのと、女医がサジナ=ゲールって名前や」

 

…ショッカー?あたし手術じゃなくて改造されちゃうって事にならない?

ってか、コンビを組んでる医者って何?ヤブ医者タロウと匙投げる?

 

あたしはとても不安になっていた。

 

「でも、また歩けるようになる可能性があるならな。と、思ってじいさんに頼んだんや」

 

確かにまた歩けるようになるなら、あたしも嬉しいよ?だけど名前が色々不穏じゃない?

 

「手術って怖いもんね。梓が不安になるのもわかるよ」

 

いや、まぁ?確かに?

手術が怖いってのもあるよ?でもあたしが不安なのはその色々な名前であってね?

 

「梓。よう聞け。

確かに色々不安もあると思う。でも、このままやともうずっと車イスの生活になる。もちろん医学は色々進歩しとるし、日本に居てもまた歩けるようになるかもしれん。でも、今、可能性があるのはショッカーに行って改造人げ…あ、いや、手術する方が可能性はあるんや」

 

今おっちゃん改造人間って言おうとしなかった?

 

でも、確かにこのままじゃ…。

あたしはみんなに会えなくなるのは辛かったけど、手術を受ける事にした。

…もし、本当に改造人間にされちゃうなら仮面ライダーになれる可能性もあるかもしれないし。

 

「うん。だったら、あたしアメリカに行く。

おっちゃん、おじいちゃんによろしく伝えてて」

 

「……そうか。わかった」

 

 

あたしは翌日には関西の病院に転院する事になった。

もう毎日のようにタカくんに会えなくなっちゃうな。

 

その後は拓斗くんやトシキくん、英治くんに三咲ちゃんもお見舞いに来てくれて、他愛のない話をして過ごした。

 

「そろそろ面会も終わりの時間だな」

 

翔子がそう言って、みんな帰ろうとした。

もうあたしは明日には関西、そして、その後はアメリカ。

もうみんなと顔を合わせてゆっくり話す時間はないかもしれない。

 

「ねぇ、最後に…みんなに聞いて欲しい事があるの」

 

面会時間が終わりに近づき、みんなが帰ろう部屋から出て行こうとした時、あたしは…この時初めて美来ちゃんの事を、makarios biosの事を話した。

 

 

 

 

「まかり…おす…びお……す?」

 

「うん」

 

「は?遺伝子から…造られたって、そんなの…」

 

「さすがの日奈子もびっくりだよね。漫画みたいでしょ?」

 

「……出来るかどうかは別にして。あのアホ共が考えそうな事だよな。チ、だからお前も今までかたくなにあの子の事話そうとしなかったのか」

 

「あはは、タカくんの言う通りだよね。あたしもそう思う。でもね、その女の子。39番ちゃんは…」

 

39番。

あたしは美来ちゃんとは伝えなかった。

美来ちゃんはそんな名前は嫌だ嫌だと言ってたし、タカくんに『美来』って伝えても、美来ちゃんがそう名乗ってなかったら混乱しちゃうだけだしね。

 

「居るんだよな…。

わかった。お前が関西に…アメリカに行ってる間は俺らがその子を…」

 

「うん、本当にごめんなさい。あたしが歩けるようになったら、あたしが探し出してあげたかったんだけど…」

 

「うん、任せて。だから安心してくれたらいいから」

 

「うん、ありがとう、澄香。でもね、みんなひとつだけ、約束してほしい。…絶対に無茶はしないで」

 

そしてみんながみんなタカくんの方を見た。

 

「え?何でみんな俺を見てんの?」

 

「なるほどね。わかったよ、梓ちゃん。はーちゃんはちゃんと俺達で見張っておく」

 

「え?トシキ?俺を見張っておくって何?」

 

「わかったよ、安心しろ梓。タカが無茶をしそうだったら、あたしが責任持って息の根を止めてやる」

 

「翔子!?息の根って何!?俺は無茶なんかしたことありませんし、これからの人生でもするつもりはありませんけど!?」

 

そしてその後、あたしはもうひとつ、聞いてもらいたい我が儘があったから、思い切って言ってみた。

 

「あ、後ね。ちょっと悪いんだけど…最後に、タカくんと2人きりでお話させてくれないかな?」

 

 

 

\\ふぁ!?//

 

 

みんな驚いて奇声をあげた。

 

「あ、あの…なんで俺…?」

 

「タカ、てめぇ…!いや、グスッ、梓の最期のたの…頼みだ。グス、話してやってくれ。グス」

 

「拓斗、あんた何を…何を泣いて…う…うぅ…グスッ」

 

「何で拓斗ちゃんも澄香も泣いとるんや?最期って別に梓は…」

 

「もう!おっちゃんうるさい!あたし達は行くよ!」

 

「梓ちゃん!頑張ってね!タカくん!ちゃんと梓ちゃんの事考えてお話するんだよ!」

 

何となくみんなに勘違いされている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「あ!あの!お話ってなんでしゅかにぇ!?」

 

「タカくんは何でそんな噛み噛みなの?」

 

「べ、別に!俺は普通ですんで!普通です!」

 

何で敬語?

 

「あ、もしかして…あたしがアメリカ行っちゃうからって、最後に告白するとか思ってた?鏡見る?貸そうか?」

 

「え?何?俺の心折る為に俺を残したの?」

 

「ごめんね、タカくん。あたし面食いで」

 

「いやいやいや!謝られる事なんかありませんけど!?何も期待もしてないし!マジで告白だったら拓斗に悪いなぁとかしか思ってませんでしたし!?」

 

「え?何で拓斗くん?」

 

「え?何で拓斗って…いや、やっぱりいいや。で?話って何?」

 

何で拓斗くんが出て来たのか…。

未だに謎なんだけどね。

 

「まぁ、いいや。面会の時間も終わっちゃうし。

タカくんに話したいのは…さっきのお話の事でね」

 

「あ?ああ、あの話関連の事か?」

 

「うん、約束してほしいの。絶対に無茶はしないって」

 

「は?約束するも何も俺は無茶なんかするつもりありませんけど?」

 

「いつもさ?そんな事言いながら無茶しちゃうやん?

足立とのデュエルの前にも言ったけどさ?いつまでも夜の太陽じゃなくていいんだよ?」

 

「は?だから俺は…」

 

「お願い。そのお願いを聞いてくれたら、胸くらいなら触らせてあげるから」

 

「……………いや、いらないけど」

 

「即答じゃないだ!?悩んだんや!?」

 

「ち!違うし!おっぱいとかどうでもいいし!いきなり変な事言うからびっくりしただけだし!」

 

「ちょっと、タカくん。声が大きいよ。みんなに聞こえちゃう」

 

「聞かれてもいいしな!触るつもりなんかありませんし!」

 

こうやってタカくんとバカみたいな話しも、もうしばらく出来なくなっちゃうんだろうなって、泣きそうなくらい寂しかった。

 

だけど

 

「これはタカくんだけに伝えとくね。海原は、お父さんは、あたし達レガリア使いを倒す為にデュエルギグ干支っていう部隊を作ったみたい」

 

「デュエルギグ…干支…だと…?なんて語呂が悪いんだ…」

 

うん、あたしもそう思います。

 

「お父さんはまたデュエルギグによる戦争を、レガリア戦争を引き起こすつもりなのかもしれない」

 

「…あのアホならやりかねねぇな。……そうか、お前が俺とのデュエルで見つけた答えがそれか」

 

「さすがタカくん♪さすが夜の太陽~♪」

 

「あ?そんな風に呼ばれても嬉しくも何ともないんですけど?」

 

「あ、それとは別の話でさ?

あたし、絶対また歩けるようになって帰ってくるから。だから、またあたしとデュエルギグしてね」

 

「あ?まだ俺に勝てると思ってんのか?

まぁ、約束してやるよ。また、デュエルしような」

 

そうしてタカくんと、またデュエルギグをしようと約束をしたんだけど、あたしの考えは浅はかだった。

 

……この部屋を出た所では、あたしがタカくんに告白するつもりなんじゃないかと、みんながみんな部屋の前で聞き耳を立てていたのだ。

 

 

 

 

 

「梓のヤツ…タカちゃんに告白するつもりなんかと思ったが違ったようやな。梓、そうはさせへんで、タカちゃんは渚の旦那になってくれるかもしれへん男性(ひと)や!お前なんかに渡せるものか!」

 

「おっちゃんは何を言ってるの…。なっちゃんはまだ幼女だよ?

デュエルギグ干支か…あたしもあたしのやるべき事を早くやらなきゃね」

 

「日奈子のやるべき事…か。何か怖い気もするけどよ。俺にもあるからな、やるべき事は。ま、とりあえずはまどかと綾乃にドラムを教えてやるのが俺のやるべき事だよな!」

 

「そうか。梓ちゃんとえーちゃんの言いたい事わかった気がするよ。はーちゃんもわかってるんだろうけど…」

 

「次世代…ですね。あたしも…トシキさんの言葉で、目指すべき場所は見えましたから」

 

 

 

 

あたしはまさかみんなに立ち聞きされてるとは思ってなかった。

こんなシチュエーションなら、あたしがタカくんの事を好きなのみんな知ってるんだからさ?

みんな話を聞かないようにあたしに気を遣うのが普通じゃない?ほんとみんないい性格してるよね。

 

でも、あたしにとって誤算だったのは、この話を聞いた拓斗くんと澄香の事だった。

 

 

 

「悪いけどよ。俺はちょっと家をあけるわ。

晴香には上手く言っててくんねぇか?」

 

「え?拓斗くん家をあけるって何?晴香ちゃん可哀想じゃん!ほら!澄香ちゃん!澄香ちゃんも拓斗くんに文句言ってやって!」

 

「え?…あ、うん、拓斗。あんたはアホやな。

……ごめん、三咲、ちょっと後で話したい事あるんやけどええかな?」

 

 

 

 

あたしが思ってもみなかった事。

 

拓斗くんも澄香も、Irisベースの事もあったのかも知れないけど、クリムゾンエンターテイメントとの闘いを、このまま終わらせるべきには…と、思っていたらしい。

 

2人がそんな事を悩んでいたのも知らないでさ。

あたしは美来ちゃんの事、makarios biosの事、デュエルギグ干支の事を喋ってしまったんだよね。

 

 

 

 

その翌日、あたしは関西の病院に転院して、それから半年くらい経ってから、あたしはアメリカの病院へと転院した。

 

その間にタカくんとトシキくんは、何故か漫画家になろうと決意表明をして、同人活動を始めた。

 

翔子は大学に真面目に行くようになって、教員免許を取得後し、そのまま地元ではなく関東で教職に就いた。

 

日奈子は大学を卒業後は、株とFXで儲けを出して、M&Sの葉月ちゃん達や、どんな繋がりか知らないけど複数の知人を下僕として、ゲーム会社を作り今に至る。

あたしもゲームの原画家として雇ってくれたから、日奈子に頭が上がらなくなった。

 

英治くんと三咲ちゃんは結婚する為にお互いに仕事を頑張っていた。

 

でも、澄香はたまにメールは来るけど、何をしているのか、何処に居るのかもわからなかった。

 

それは拓斗くんも一緒。

拓斗くんに至っては、連絡も何もなく、タカくん達BREEZEのメンバーや、翔子達Artemisのメンバー、氷川さん達アルテミスの矢のメンバー、それどころか晴香ちゃんに聞いても、何もわからなかった。

 

 

 

それから3年くらい経ってからかな。

あたしも何度目かの手術も終えた時、英治くんと三咲ちゃんの結婚式が催された。

 

その日は久しぶりにみんなと会う事が出来た。

BREEZEやArtemis、アルテミスの矢の主要メンバーと会った最期の日となった。

 

 

 

 

 

 

ま、今となってはみんなと会えてるんだけどね?

 

あ、そういやあたしが帰ってきてから氷川さんとはまだ会えてないかも…



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第58話 オシマイ

あたしは何度目かの手術を終え、日本に戻ってきていた。

 

「とうとう帰って来た。日本に…」

 

「おう、梓。久しぶりだな」

 

「あ、翔子~♪久しぶり~♪」

 

久しぶりに帰って来た日本。

そこには翔子しか居なかった。

澄香も日奈子もいない。

タカくんもトシキくんも拓斗くんも英治くんも、三咲ちゃんも氷川さんも…アルテミスの矢のメンバーも……。

聖羅すらも居なかった。

 

「あ、もしかしてさ?みんなはあたしが帰ってくるって知らなかった?」

 

「あ?みんな知ってるぞ?だから、あたしが迎えに来たんだしな」

 

みんなあたしが帰って来るのを知っていた?

なのに迎えに来てくれたのは翔子だけ?

あたしは泣きそうになっていた。

 

「あ、そだ。言うなって言われてたけどさ?」

 

「グスッ…何ですか?」

 

泣きそうになっているかというか泣いてしまっていた。

 

「タカはさ?迎えに行きたいってずっと言ってたぞ」

 

「……翔子。それもう一回言って」

 

「あ?だからタカは」

 

「あ、ちょっと待って…」

 

-ピッ

 

「OK、録音にした。もっかい言ってくれるかな?」

 

「録音…?まぁ、いいか、タカはお前が帰って来るんならって迎えに行きたいって言ってたんだけどな」

 

言ってたんだけどな。

 

だけど、行かないことにした。

なるほど。そういう事なんだね。

 

-ピッ

 

「あ?何だ今のピッて音?」

 

「ううん、何でもないよ?それでタカくんは?」

 

あたしは録音を止めた。

 

「ああ、何か英治と三咲に結婚式に歌を歌ってくれとか言われてな。

『あいつらの親族を前に恥をかくわけにはいかん。修行の旅に出る』とか言ってバイトも辞めちまうし連絡も取れなくなったんだよ」

 

あ、別に録音止めなくても良かった内容だった。

あたしの迎えより、大事な用事が出来たのかと思ったよ。

 

…あ、大事な用事が出来たってのは間違いないのか。

あたしのお迎えより謎の修行の旅を選んだんだし。

 

そして、英治くんと三咲ちゃんの結婚式場に着いた。

 

受付を終えたあたしは、三咲ちゃんに挨拶に行こうと思ってたんだけど、何だか忙しいみたいだから遠慮しちゃった。

それに一応あたしは『居てはいけない人』な訳だし、他の誰かと会っちゃう訳にもね。

 

 

そして結婚式。

 

 

いつもバカな事をやってる英治くんも、いつも変な事をやってる三咲ちゃんも、ガチガチに緊張してて笑ってしまうような結婚式だった。

 

「あははは、はー…。面白かった。

英治くんはともかく、あんな三咲ちゃん初めて見たなぁ。誓いのチューの時のあの2人の顔!もうあれだけでご飯3杯はいけるよね。ごちそうさまです!」

 

「あ?俺はリア充爆発したらええねん。

としか思わなかったけどな。神様、お願いします。リア充を爆発させるチカラを俺に下さい。キラークイーン、キラークイーンを何卒…!」

 

「あ、タカくん、久しぶり」

 

「…必死で考えたボケがアレだったんだけどな。それをスルーされて普通に挨拶された俺の立場よ」

 

「…今のボケだったんだ、本気なのかと思ってた」

 

久しぶりに会ったタカくんはやっぱり変な人で。

やっぱり変な顔だった。

 

「英治くんと三咲ちゃんの結婚式、素敵だったね!」

 

「ん?ああ、そうだな…。あの三咲と英治がな。あ~…俺も結婚してぇ…」

 

タカくんが結婚したい…だと!?

 

あたしが!あたしが結婚してあげますけども!!

むしろ結婚して!好きっ!!

 

って、言いたかったけどあたしの性格上言えなかった。

 

「まぁ、タカくんは顔がアレやし性格もアレやもんね」

 

「あ?顔も性格もアレって俺って何なの?」

 

「あ~…歌ももう喉がアレだもんね?何もいいところなくなっちゃったね?」

 

「お前アレだな?俺の心折る天才だよな?」

 

でも、安心してね、タカくん。

あたしは口ではそう言ってるけど、本当はタカくん程かっこ良くて素敵な人は居ないと思ってるからね。

だから結婚して下さい。お願いします。

 

あ、あたしの過去話は最後だからって、ぶっちゃけてるけど、これってなっちゃんにお話してあげてる設定だったよね。うん、今、目の前に居るなっちゃんがめちゃ哀れみを込めた目であたしを見てきてるよ。

 

そして、あたしとタカくんが愛を語らっていた時だった。

 

「あ?梓…?さすがにこんな日だもんな。お前も戻って来てたか。そしてタカ、久しぶりだな」

 

そこには拓斗くんが立っていた。

あの日からずっと連絡が取れなくなっていた拓斗くん。

 

「拓斗くん…?」

 

「あ?誰だお前」

 

タカくんはこの時くらいから、拓斗くんに「誰だお前」とか、「知らない人ですね。はじめまして」とか言うようになっていた。

 

「ああ、久しぶりだな。梓、連絡もしなくて悪かったな。ちょっと…色々やる事が増えちまってよ」

 

「やる事が増えた?え?何それ?」

 

「ああ、まぁ、色々な」

 

「色々…じゃ、わかんないよ」

 

「悪い、今はまだ言えねぇ」

 

拓斗くんに連絡が取れなくなっていたのは、その『やる事』のせいなんだろうか?

もしかして、あたしが美来ちゃんを、39番ちゃんを探してほしいってお願いしたからなのかな?と、あたしはあの日makarios biosのことを話した事を後悔していた。

 

「あー、ここには俺も居るんだけどな。あれ?俺の事は無視?俺ってここに存在してるよね?2人とも俺を見えてる?」

 

「あ、タカくん…ごめん」

 

「ちゃんと見えてんよ。さっきお前、俺の事を誰だとか言ってたろ?さすがに胸がチクチクしたからな。無視してた」

 

「あ?お前の事なんか俺は全然知らないんだけどね」

 

「タカ、テメェ…!いや、やっぱいいか…」

 

そう言って拓斗くんはあたし達の前から去ろうとした。

タカくんはそんな拓斗くんに向かって行って…。

 

-ドカッ

 

「イッテェ…、タカ!テメェ何しやがる!」

 

タカくんは拓斗くんの胸ぐらを掴み、壁に思いっきり押し付けた。

 

「…初対面なのにすみません。お前の事なんか俺は1ミリも知らねぇけどよ?

お前何やってやがんだ、あ?晴香もトシキも英治も三咲も心配してんだろうがよ。俺はお前の事なんか知らないし全然心配なんかしてませんけどね」

 

「クッ…それは…悪いとも思ってんけどよ…」

 

「悪いと思ってるだ?お前もガキじゃねぇし、何やってようがお前の勝手だがよ。晴香はお前の妹だろうが」

 

そういや晴香ちゃんはこの日、英治くん達の結婚式には来れなかったんだよ。

久しぶりに晴香ちゃんに会えると思ってたんだけど、あたしは事故にあった日から晴香ちゃんには会えないでいた。

 

てか、あたしって一応、クリムゾンエンターテイメントの目を紛らわす為に事故で死んじゃってた事になってんのに、何で普通に結婚式に来てんだろうね?

てか、アルテミスの矢の人達も居たけど、みんなあたしに気付かなかったの?

 

「晴香は…今日は来れなかったみたいだな」

 

「ああ、どっかのバカ兄貴が音信不通になって色々苦労してるみたいでな」

 

「いや、でもあいつガキが産まれたろ?そん時は俺も会いに行ったし、たまに連絡はしてるぞ?」

 

「え?そうなの?え?マジで?晴香のヤツ俺を謀ってたの?え?何の得があるのそれ」

 

待って。晴香ちゃんって子供産んだの?

あれ?あたしこそ、その事知らないんだけど?

 

「そ、そんな事はどうでもいいんだよ!てか、お前は今!何やってんだって事だよ!」

 

「ああ、悪い。タカ、今はまだテメェに言えねぇ」

 

「俺には言えねぇだぁ?お前しばらく会わないうちに俺の性格忘れちまったか?そうか、そうなんだな?わかった。とりあえず歯を食いしばって祈れ」

 

タカくんは拓斗くんの事なんか知らないとか言ってたのに…。

あ、そしてそう言った後、タカくんは拓斗くんを殴ろうとしたんだけど、

 

「…英治と三咲のせっかくの披露宴に、顔を腫らした野郎を出席させるつもりか?ご両親や親戚は顔を腫らした男が来たらどう思うだろうな?」

 

と、拓斗くんが言ったので、タカくんは殴ろうとした手を止めた。

 

「うっ…」

 

「ま、お前の事だからこう言われたら殴れねぇよな?」

 

「う、ぐ……ヴァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「「びっくりした!」」

 

「クッソ、拓斗のくせに俺の弱点を付いてきやがって…」

 

「何年テメェと一緒に居ると思ってんだ…。あ、梓」

 

「え?何?」

 

急にあたしの名前が呼ばれたもんだからびっくりしちゃった。タカくんと拓斗くんの小芝居を見てただけのつもりだったのに。

 

「あの…な、俺が連絡不通になってたのは、本当に色々あって忙しくてな。そんで、忙しいってのはmakarios biosの事じゃねぇから。まぁ、そのついでにmakarios biosも見つけてやれたらいいとは思ってるけどよ」

 

makarios biosの事じゃない?

あたしは拓斗くんからそう聞いて少し安心した。

でも、だったら余計に何故なのか気になった。

 

「そうなんだ…。じゃあ、何で?あたしはともかく、タカくんにも連絡してないなんて…」

 

「ああ、悪い。たとえお前にでも言えねぇ…」

 

「あたしはいいよ。それより晴香ちゃんとタカくんでしょ!でも晴香ちゃんにはたまに連絡してるのか…。

あ、ほら、タカくんあんなに悶え苦しんでるじゃん」

 

「クッソォぉおおあああ…グゥ…殴りたい!拓斗を殴りたい!神様お願い!あいつを殴らせて!いや、でも顔が腫れてしまうと…ぐぉぉぉ…」

 

「…あいつは今は俺が連絡もせずほっつき歩いてる事より、俺を殴る訳にはいかないから怒りの矛先を見失って苦しんでるだけだろ」

 

「もう!そんな事言って!

ちゃんと話してよ、拓斗くん。ちゃんと理由を話してくれたら、みんなも心配しないだろうし、タカくんも許してくれるんじゃない?」

 

「……(チラッ」

 

「ほら、タカくんも理由を聞きたいんだよ。さっきまで悶え苦しんでたのに、急に静かになってこっちをチラチラ見て来てるじゃん。気持ち悪い」

 

「え?その気持ち悪いってくだりいりましたか?」

 

「梓、そういう所だぞ。そういう事を言っちまうからタカ(あのばか)に…その…な?」

 

そういう所!?

 

「そ!それは今はいいよ!それより今は拓斗くんが…」

 

「だから言ってるだろ梓。それは…お前にも言えねぇ。何があってもな」

 

「もう…そんな事ばっかり。

いいよ!教えてくれないなら拓斗くんの事嫌いになっちゃうから!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!それだけは嫌だぁぁぁぁぁ!!!」

 

「「わっ!?びっくりした!」」

 

拓斗くんが急に泣きながら叫ぶものだから、あたしとタカくんはびっくりした。

 

「た、拓斗くん…?」

 

「お、おい、拓斗…」

 

「うぁぁぁぁぁ!なんて!なんて身を引き裂かれるような言葉なんだ!!俺は!俺はぁぁぁぁぁ!!」

 

そう言って拓斗くんは泣きながら走って去って行ってしまった。

 

「やっぱり…BREEZEって変な人ばっかりだね」

 

「いや、あれ知らない人ですんで。BREEZEってまとめるのやめてくれません?」

 

それから結婚式の披露宴が行われ、緊張しながら歌うタカくんを見ながらかっこいいと思い、祝電で何故か海原…お父さんからの祝辞があったりでみんなびっくりした。

 

そんなこんながありながら、あたしは結婚式の二次会に行く時間もなく、アメリカへと帰り、結局、晴香ちゃんとは会う事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「そしてまた何度か手術も繰り返してね。リハビリも頑張って…やっと、あたしは日本に帰ってこれたんだよ。

あ、でもまだまだリハビリは必要なんだけどね。多少は立ち歩く事も出来るようにはなったけど」

 

ここまでであたしの長かった話は終わり。

やっと本編に戻れると言ったところだ。いや~、ほんま長かった。

 

 

 

「ねぇ、梓お姉ちゃん…。めちゃくちゃ言いにくいんだけど…」

 

おっと、あたしの過去話を終えた所で、Divalのボーカリストである水瀬 渚。なっちゃんが口を開いた。

フフ、この話の途中も何度かなっちゃんにツッコミを受けていたのに、なっちゃんが口を開いたって表現どうよ?

 

「えっ…と、さっきの英治さんと三咲さんの結婚式の話って必要だった?美来お姉ちゃんとの所で終わってても良かったんじゃない?」

 

あ、またツッコミだったのか。感想じゃなかったんだ?

 

「ああ、それね。今はみんなファントムのバンドマンだからさ。でも、拓斗くんは話さないかもだし一応ね」

 

「拓斗さん?」

 

そう。さっきの結婚式の話の件は、正直あたしの昔話とは関係ない。

だけど、なっちゃんには関係があると思って話したのだ。

 

「拓斗くんが放浪していた理由。

昔は話してくれなかったけど、こないだ会った時はちゃんと話してくれたんだよ」

 

「え?何で?美来お姉ちゃんが見つかったから?

見つかったって言うか、美来お姉ちゃんはクリムゾンエンターテイメントのバンドマンで私達の敵だけど、私達と友達としては会えるようになったから的な?」

 

フフ、説明っぽい台詞ありがとうなっちゃん。

 

だけど、

 

「違うよ」

 

「え?違うの?」

 

「拓斗くんはね、最初は…あたしの為、美来ちゃんの為に、makarios biosを探す為に放浪していたの」

 

「あ、うん。まぁ、そうだろなぁって思ってたよ?

でも、英治さんの結婚式の時は違うって言ってたんだよね?」

 

「うん。闇雲に探してもmakarios biosを見つけられないと思った拓斗くんはね。昔のコネっていうか…昔の…」

 

「昔の?」

 

そういやコレってタカくんは知ってるのかな?

あたしは澄香と一緒の時に聞いて、あたしも澄香もびっくりしたんだけど…。

 

「うん、えっとね。明日香ちゃん。

拓斗くんと同じバンドのキーボード、観月 明日香ちゃんの事だったんだよ」

 

「あ~、明日香ちゃんの事なんだ?

クリムゾンエンターテイメント関係の事かとは思ってたけど、明日香ちゃんの事だったんだね。

クリムゾンエンターテイメントの闘いの中で明日香ちゃんのご両親が…クリムゾンエンターテイメントに…」

 

「うん、そだよ。拓斗くんはmakarios biosを探す為に、ONLY BLOOD二代目の大神さんを探そうとしてた。でも見つからなかったんだよ。あの人神出鬼没だからね」

 

「へ?ONLY BLOODの大神さん?先輩の前の射手座の人で梓お姉ちゃんが豚だと思ってた人だよね?」

 

なっちゃん?あたしが大神さんを豚だと思ってたのは幼女の頃だけだよ?

 

「ま、まぁ、その大神さんなんだけど、拓斗くんは大神さんを探してて…。

ボーカリストの大神さん、ベーシストの氷川さん、ドラマーのまこっさん。あたしの昔話にはギタリストが出て来なかったでしょ?」

 

「え?あ、そういやそうだね」

 

「ONLY BLOODのギタリストの名前は観月 志希(みづき しき)さん。あたしも会った事ないんだけどね」

 

「え?観月って…」

 

「うん…明日香ちゃんのお父さんのお兄さんだよ」

 

「いや、お父さんのお兄さんなの!?明日香ちゃんのお父さんなんだと思っちゃったよ!」

 

「あはは、結局、志希さんの事も拓斗くんも見つけられなくて、何とか明日香ちゃんのお父さんである志希さんの弟さんを見つけたの。志希さんもレガリア戦争が終わってから音信不通になったみたいでね」

 

そして明日香ちゃんのお父さんもお母さんも、音楽に関わる仕事をしていてね。

クリムゾングループと色々あったみたいで、拓斗くんはその色々ってのを解決させたみたいだけど、そのせいなのか何なのか、突然に明日香ちゃんのお父さんとお母さんは明日香ちゃんを置いて、拓斗くんに明日香ちゃんを託して行方がわからなくなった。

 

それから、拓斗くんは明日香ちゃんを面倒見ながら、明日香ちゃんのご両親を探す為に色々頑張ってたみたい。

 

「へぇ…そうだったんだ…」

 

「うん、拓斗くんもその後、15年近くもご両親を探したけど、何の手掛かりもなく今に至るんだって。

そして、聡美ちゃんや架純ちゃんと出会って、タカくん達と再会して、ファントムのバンドマンになって…。

明日香ちゃんにご両親を探す為、クリムゾンと闘う為じゃない音楽をやらせようって思ったんだって。明日香ちゃんのご両親もそれを本当は望んでたみたいだから」

 

「そうだったんだ…。明日香ちゃんのご両親も見つけてあげたいね」

 

「うん、拓斗くんは2人じゃ見つけられなかったけど、ファントムのみんなとならきっと見つけられるって思ったみたい。あたし達Artemisにも一緒に探してくれってお願いしてくれたんだよ」

 

あたしも明日香ちゃんのご両親を見つけてあげたい。

もしクリムゾングループが絡んでいるなら、お父さんも何か知っているかもしれないし。

 

だけど、拓斗くん。

他にも何か隠してる気がするんだよなぁ~。

 

「ありがとう、梓お姉ちゃん。色々とお話してくれて」

 

「ううん、いいよ、いいよ。ちょっと恥ずかしかったけどね」

 

「うん、お話の8割くらいはどうでもいい事だったけど、大事な事を聞かせてもらったと思う」

 

8割もどうでもよかっただと!?

 

「そ、それでね、梓お姉ちゃん…」

 

「ん?何?」

 

「わ、私なんかが…って思うけど、だ、大事に使わせてもらうね!」

 

そう言ってなっちゃんはあたしに手を差し出してきた。

……え?何?

 

「え?なっちゃん?何かな?その手は?」

 

「ふぇ!?い、いや、だからさ。梓お姉ちゃんが…その、大事な昔の話をしてくれたってのはそういう事でしょ?結局、梓お姉ちゃんが歌うのを辞めちゃったのは、最初は先輩のせいかと思って、明後日の仕事中にさりげなく蹴ってやろうかとか思ってたけど…翔子お姉ちゃん達みたいに…その、後世に託す為。なんでしょ?」

 

そっか。

なっちゃん、何だかんだってあたしの話をちゃんと聞いて、ちゃんと考えてくれたんだね。

 

良かった。今日なっちゃんに話をして。

 

そしてあたしはなっちゃんが差し出してきている手を…、

 

「梓お姉ちゃん?何で私と梓お姉ちゃんは握手してるの?」

 

「え?あれ?…違った?」

 

え!?待って!?握手じゃないの!?

なっちゃん達Divalはあたし達Artemisに雰囲気が似てるってのあるし、なっちゃんはあたしのランダムスターを使ってくれてるし!?

 

さっきのお話ありがとう!これからもよろしくね!

って握手じゃないの!?じゃあ、なっちゃんが差し出してきているこの手は何!?

 

「あ、あの、梓お姉ちゃん…こ、こんな事言うの…。私から言うのものすっごいアレなんだけど…。その…魚座のレガリアを私に託すつもり…、後世に託すつもりで話してくれたんじゃ…?」

 

「レガリア!?あたしがなっちゃんに!?」

 

「え!?ちゃうの!?めちゃくちゃ恥ずかしいんやけど!?」

 

はぁ~…。なるほど。そうきたか。そう捉えちゃったか。

確かに…今こんなタイミングであんなお話したら、そう思っちゃうか…。

 

なっちゃん達とあたし達は雰囲気は似てるけど、なっちゃんとあたしの歌の質はちょっと違うしなぁ…。

まぁ、なっちゃんも使いこなせる素質はあると思うけど。

 

あたしはレガリアを託すってなると、なっちゃんならって思いはするし、なっちゃんが魚座のレガリアを使いこなすくらいのボーカリストになったら最高オブ最高だと思う。

ま、レガリア戦争の事もあるから、タカくん達は反対しそうだけど。

 

でもそれ以前になぁ…。うぅん…。

 

「ご、ごめんね、なっちゃん」

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!?やっぱり違うんや!?赤っ恥!とんだ赤っ恥やで!!」

 

「いや、なっちゃんならあたしの魚座のレガリアを託してもいい。って思うよ。レガリア戦争の事もあるから心配はあるし、タカくん達は反対するだろうけど」

 

「え?ほ、ほんとに?」

 

そう言って目をキラキラさせるなっちゃん。

 

「でも、ごめんね」

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!やっぱりあかんねや!?恥ずかしい!穴があったら入りたい!」

 

ち、違うんだよ、なっちゃん!

ええい…しょうがない…。

 

「あたし実は今、魚座のレガリア持ってないの。色々あって失くしちゃったんだよね。ほら、あれ小さいし?」

 

「は?失くし…た…?」

 

おおう、なっちゃんからめちゃくちゃ『こいつ何失くしてんの?アホなの?』って目を向けられてる気がする!

 

「失くしたって告白した時は、タカくん達はもちろん、おっちゃんや翔子や澄香や日奈子からも、めちゃくちゃ怒られてさ?うっかり泣いちゃったよ。失くした当の本人はめちゃくちゃ反省も後悔もしてんのにさ?さらに怒られるとか…」

 

「いや、レガリアって大事なものなんだよね?それ以前に梓お姉ちゃんのお母さんの形見みたいなもんやん?」

 

「そうなんだよね。だから落ち込んでたってのに、みんな慰めてもくれなくてさ?」

 

「え?梓お姉ちゃん…マジでアホなの?」

 

おおう、なっちゃん!

お酒飲み過ぎて酔ってからって辛口だね!

え?酔ってるからだよね?

 

まぁ、でもしょうがないか。

失くしたって事にしとかないと、もっと色々怒られそうだし。

タカくん達にも失くしたって言ってあるしね。

 

 

…あ~、思い返してみると、やっぱりあたしはアホやな。

その場の空気に流されずに、あの時…。

 

 

 

 

『これ。お母さんから預かった御守り。返しておく』

 

『ずっと持っててくれたんだね。ありがとう』

 

『ちゃんと返せて良かった』

 

『美来ちゃん』

 

『ん?何?』

 

『これはあたしが美来ちゃんにあげた御守りだよ。だから、これはずっと美来ちゃんが持ってて』

 

 

 

あの一瞬返して貰った時に、お守りを開けてレガリアを取り出してたらなぁ…。

あの後も美来ちゃんとは、よく会ってるけど今さらちょっと貸してとかも言いにくいしなぁ…!

 

あの事故にあった日、お守りの中にレガリア入れてるのうっかり忘れてて美来ちゃんに渡しちゃうんだもんなぁ…。

まさかレガリアのうち1つが、クリムゾンエンターテイメントの手にあるとバレたりしたら…。

 

絶対怒られるだけじゃすまない。

美来ちゃんはお守りを開けたんだろうか?

中にレガリアが入ってるって知ってたりするのかな?

 

美来ちゃんには直接聞きにくいし。

 

『え?この中にレガリア入ってたの?いえ~い、ラッキー』

 

とか、言われても大変だし…。

 

うぅ…美来ちゃんには見つかってても、お父さんと九頭龍にさえ見つかってなければ…。

 

「梓お姉ちゃん?」

 

「あ、あはは、な、何でもないよ。何でも。

ほ、ほんまレガリアを失くしちゃうとかあたしはアホやなぁ」

 

15年間バレてないんだから、どうかこれから先もバレませんように…!

 

 

 

 

そうして、あたしの長い長い昔話は終わりを迎えたのである。

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 

 

 

「ん?美来?どしたん?こんな時間にゲームやってないとか珍しい」

 

「小夜…」

 

「ん?何かあった?あ、それ、美来のお母さんから貰ったお守りだっけ?」

 

「うん、何となく見ていた。

……ソシャゲのイベントがさっき終了時間を迎え、今は集計中。九頭龍のアホのせいで仕事が多かったから、思うようにイベントを走れなかった。もしかしたら1,000位以内に入れていないんじゃないかと、不安で眠れなかった」

 

「いや、九頭龍のアホって…。仕事は仕事じゃん?その…さ?しょうがなくない?」

 

「ふぅ…小夜は愚か。推しイベより大切なものはない。ましてや九頭龍のアホの為にとか…」

 

「いつも九頭龍さんに対してアレだけど、今日はいつにもましてアレだね。ま、心配して損したわ。明日もあるし私は寝るよ。美来も早く寝なよ?」

 

「心配してくれてありがとう。あたしは憂いている。だからもっと心配するといい。そして慰めるといい」

 

「全く…お守り見ながら憂いてるから、とうとうピアス開けようとしてんのかと思ったじゃん…。それじゃね、おやすみ~」

 

「え…?小夜…今なんて…?」

 

何も言わずに部屋に戻る小夜。

あたしはそれ以上に何も聞けなかった。

聞く訳にはいかないから。

 

ピアスを開けようとか言った事なんてないのに。

何で小夜はあたしがピアスを開けようとしていると思ったんだろう?

 

多分、知っているからだ。

このお守りの中に入っていて、あたしがずっと隠してきていたものを。

 

36番…有希が居なくなって、あたしが脱走して連れ戻されて来たあの日から、小夜はあたしを含めmakarios bios達の面倒をよく見てくれている。音楽の才能を受け継げなかったmakarios bios達の事も。

 

あたしも信頼しているし、同じバンドメンバーだし、数の少ないmakarios biosの仲間だし、小さい頃、それこそ産まれた時から一緒に居る仲だ。

 

だから考えたくないけど、もし…。

魚座のレガリアの事を知っていて、あたしやお母さん達に害を及ぼすなら…。

海原や九頭龍、クリムゾンエンターテイメントの味方なのなら…。

 

あたしは…どっちと闘わないといけないんだろうか?



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第59話 そしてイマ

「へぇ~、そんな話を聞かせて貰えたんだぁ」

 

「そうなんだよ~。梓お姉ちゃんが私に昔の話してくれた時『え?何で梓お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんもそんなに先輩が好きだったの?アホだったの?』って思っちゃったよ~」

 

「渚、その…気持ちはわかるし、私もそう思うのだけれど、それはちょっと私達には…アレだと思うわ」

 

 

アレって何だろう?

私の名前はBlaze Futureのギタリスト佐倉 奈緒。

今日は企画バンドの話があった翌週の日曜日。

私とDivalのボーカリストである水瀬 渚と、同じくベーシストである氷川 理奈と遊んでいた。

 

遊んでいたというのも、渚から…

 

 

「梓お姉ちゃんから昔の話を聞いたんだけど、理奈や奈緒にも話していいかな?って聞いたら、梓お姉ちゃんは、『うん是非話して。そしてあたしがタカくんの事もこんだけ好きって聞いたりっちゃんと奈緒ちゃんがどんな反応するのか見てきて。あ、出来ればせっちゃんと志保ちゃんと美緒ちゃんの反応も』とか言ってたからさ?日曜みんなで遊ばない?」

 

 

という、お誘いがあったからなんですけど、残念ながら盛夏と美緒はバイト、志保はお友達のさっちちゃんと約束があるので無理との事でした。

 

そもそも、梓さんが貴の事を好きだってのは知っていた事ですし、それでどうこうとか思わないんですけどね。梓さんは何でそんな事を言ってきたんでしょう?

渚と理奈はともかく、私は貴の事を"恋愛対象"として好きな訳じゃありませんし。

 

貴が私の事を好きだとか告白してきても気持ち悪いだけですし。……だからって付き合わない訳ではないですけど。可哀想ですし。ただし結婚前提でって条件は付けますけど。

 

「奈緒?どうしたの?聞いてる?」

 

「ふぇ!?き、聞いてます!聞いてるよ!やっぱりBREEZEは凄いなぁって思って!」

 

「確かにBREEZEは凄かったとは思うのだけど、さっきの話の中に凄いって思わせる要素はあったかしら?」

 

わ、ヤバい。色々妄想しながらモノローグを語ってたら、渚に話を聞いてないと思われちゃったかもです。

ちゃんと聞いてますからね。

 

貴が告白してきたらどうしよう?とか思ってたらちょっと妄想が暴走しちゃって、私と貴の子供に、お母さんの子供に産まれて来てくれてありがとう。って結婚式で挨拶してるところくらいまで妄想しちゃいましたけど。

 

私がそんな暴走を読者の皆さんに暴露している時、渚が歩くのを止めて、ちょっと遠くの通りを眺めていた。

 

「渚?どしたの?」

 

「さっきまでイキイキと、梓さんに聞かせていただいた話をしていたのに、どうしたのかしら?」

 

「え?…あ、理奈も奈緒もごめん。ほら、あそこの通りにいる男の人なんだけど…」

 

私と理奈は不思議に思いつつも、渚が指をさした通りに目をやった。

 

「あの男の人?あの人がどうかしたの?」

 

「渚の知り合いかしら?」

 

「ううん、知り合いとかじゃないんだけどさ。何か変な人だなぁって…」

 

変な人?

渚はその変な人を見る為に、ちょっと大事そうな話が出たり引っ込んだりする梓さんの話を止めたの?

 

「あ、ほら、また」

 

「「また?」」

 

そして私も理奈も、渚が指をさす人を見た。

 

その人は手を上げながら女の子に声をかけていた。

 

……その数秒後、その男の人は思いっきり女の子にビンタをくらって吹っ飛んでいた。

え?これ何ですかね?渚はこんなのを私達に見せたかったんですか?

 

その吹っ飛んだ男の人はヨロヨロと立ち上がると、また近くの女の子に声をかけていた。

は?何ですかこれ。

 

「渚は何故これを私達に見せたかったのかしら?」

 

「いやー、漫画やアニメでもないのに、あんな風にナンパする人っているんだなぁ~って思って」

 

確かに…。あんな風にナンパしてる人って見た事ないですけどね。

 

「私って今までナンパとかされた事ないから新鮮でさ~」

 

「「え?」」

 

「え?奈緒も理奈も『え?』って何?もしかして、2人共ナンパとかされた事ある感じ?」

 

え?は?まじですか?

渚って私からしたら、めちゃくちゃ可愛い方だと思うんですけど、ナンパされた事ないんですか?

 

…確かに私も今までのアレはナンパなのか?って言われたら自意識過剰なのかもしれないですけど。ただのキャッチかもしれませんし。

 

「私は…まだデビュー前に路上で演奏していた時に何度か…もちろんみんな無視していたけど」

 

「私も駅前で盛夏とか美緒を待ってる時とか~。う~ん、たまに?」

 

もちろん私もみんな無視してましたけどね。

イヤホンしながら、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムをくらったディアボロのように『オレの側に寄るなぁぁぁ』オーラを全開にしてましたし。

 

「へぇ~、奈緒も理奈もさすがだねぇ…。私は……あれ?」

 

「ん?どしたの渚?」

 

「いや、あの人とうっかり目が合っちゃってさ?そしたら手を振りながらこっちに…」

 

「「え?」」

 

私と理奈がさっきの男の人の方に目を向けると、めちゃくちゃを手を振りながら笑顔で私達に向かって走ってきていた。

え?まじですかガチですか?

 

「お~~~い!!」

 

うわっ、めちゃくちゃガチっぽいです。

あ、ヤバ、今からイヤホンを装備するとか、ちょっと難易度が高い。

 

どうしましょうかね?私達は3人で居ますし、何とか適当に流して逃げちゃいましょうかね。

 

「ハァ…面倒な事になりそうね…。今からダッシュして逃げようかしら?」

 

「こ、これは!人生で初のナンパ体験!?後で先輩に自慢しよっと!」

 

渚は何を言ってるの?

 

そうこうしている内に、その男の人は私達の目の前までやってきた。

 

「いやー!久しぶり!俺の事覚えてる?しばらく会わない内に可愛くなっちゃって~」

 

いやいや、めちゃくちゃ初対面ですし。

久しぶりとか何ですかね?ってか、そのナンパの仕方古くないですか?

 

「まさかこんな所で会えるなんて!運命の神様って信じちゃうよな!」

 

はぁ…どう言って蹴散らしま…じゃない。逃げますかね。渚と理奈はどう言うんだろう?

私がそう思った時…。

 

「ああ、でも、渚ちゃんとは初めましてだよね?夏祭りは俺は行けなかったし。奈緒ちゃんと理奈ちゃんがまさかこんな可愛くなるなんて…」

 

「「「ふぁ!!?」」」

 

私も渚も理奈も驚きのあまり変な声を出してしまった。

 

え?私、めちゃくちゃ初対面ですけど!?

何で私達の名前を知ってるですか!?

 

「……え?あれ?その反応…俺の事覚えてない感じ?」

 

 

 

 

「へー、そうなんですね!だから私の事は知ってても、私とは初めましてなんですね。…チッ、ナンパじゃなかったのか」

 

「ナンパ?いやいや、俺も久しぶりにファントムに行こうと思っててさ。

さっきまではちょっと…可愛いなって女の子が居たから、声を掛けてただけでナンパじゃないしね。それにしても理奈ちゃんも奈緒ちゃんも俺の事覚えてなかったかぁ。うん、まだ小さかったし仕方ないか」

 

この男の人の名前は羽山 秀(はやま ひで)というらしいです。

 

「あ、俺の名前?俺の名前は…秀。しゅうと書いて秀。

秀・羽山だ。あ、なんかこの自己紹介の仕方タカっぽいな。ちょっと変えた方が受けがいいか?」

 

とか、名前を聞いてもいないのに自己紹介されて…。

 

「俺が羽山でタカが葉川、そして俺らの共通の知り合い(・・・・)に、波瀬 源二郎ってヤツが居てさ?俺達はボーカリストとしてライバルみたいな仲だったんだけど、俺達は望んでもないのに3Hとか呼ばれるようになっちゃって…って、その辺もタカどころか英治達にも聞いてない感じ?」

 

タカからは聞いた事ないですけど、私達は波瀬 源二郎って人は、渉くん達から『にーちゃんの友達だったらしいっすよ!』って話だけは聞いた事ありますけど。

あ、でも盛夏はONLY BLOODの事も知ってましたっけね。

 

「俺達って苗字のイニシャルがHってだけで、3Hとか呼ばれちゃってさ。あはは、俺がぱやまで、タカがぱかわで、波瀬のアホがぱぜで、イニシャルがPだったら大変な事になってたよな!あはははは」

 

イニシャルがPだったら、さん……おっと危ない危ない。

 

私も渚も理奈も冷たい目を秀さんとやらに向けていた。

 

「う、うん、面白くないね。ごめんね、あはは…。

え?これで笑わないって、タカのヤツどうしたん?もしかして女の子多いからってチキン振りを発揮して下ネタを封印した…?」

 

一連の話を聞いた私と渚と理奈は、とりあえず間違いなくこの人は、BREEZE時代のタカとは面識があるんだろうと思いました。

 

それから少し話を聞くと、なんと秀さんは15年前にアルテミスの矢として、貴達BREEZEと一緒に梓さん達Artemisを守る為に、クリムゾンエンターテイメントと闘っていた友達との事でした。

 

アルテミスの矢のメンバーだったから、昔に理奈と会った事もあるし、渚のお父さんの龍馬さんから渚の事も聞いていたらしいです。

 

そして、私とは梓さんがお忍びで関東に来て私のお母さんと会っていた時に、何度か秀さんも一緒になることもあって、私とも面識があるみたいでした。

当の私は全然覚えてないんですけれど。

 

「で?秀さんはどうして今日はファントムに?」

 

「いや~、最近忙しくてさ。全然タカ達に会えてなかったんだけど、色々落ち着いてきたから久しぶりに会いたいと思ってね。タカがまた歌い始めたって聞いて、ずっと会いたいと思ってたんだよ。そして梓ちゃんも帰って来たなら…さ」

 

今日は美緒も盛夏もバイトなので、ファントムは昼営業をしているはずです。

だから、私達もランチはファントムでしようと思って、ファントムに向かっていたんですけど、秀さんもファントムに向かっているという事で、私達と一緒に向かう事にしたのです。

 

秀さんと渚が色々と話をしながら並んで歩き、その後ろを2人の話を聞きながら私と理奈は歩いていた。

 

「難しい顔をしてるね?理奈」

 

私は何か考え事しながら歩く理奈に声を掛けた。

 

「え?ええ、まぁ、ちょっと…ね」

 

多分理奈も私と同じ考えなんだろうと思う。

秀さんの事をあんまり信用していない。…う~ん、信用していないって言い方は、ちょっと語弊な気もしますが、警戒って言えばいいんですかね?

 

このタイミングで、"貴達"や"梓さん達"に会いたいと言って来た。

 

貴が歌い始めて…まぁちょっと時間は経っています。あれ?Blaze Futureのライブしてから今ってどれくらいの時間が流れているんだろう?

 

あ、まぁ、それはいいです。私も考えない事にします。

 

それにしても梓さんが日本に帰って来ている事は…。

 

晴香さんですら知らなかったように、梓さんは周りには亡くなっているという事になっていた。

クリムゾンエンターテイメントの目を眩ませる為に。

 

だけど、梓さんは実際には亡くなっていません。今もめちゃくちゃ元気です。

 

一応、皆さんに許可をいただいたので、お母さんに梓さんが生きている事を話した。お母さんと梓さんは仲良しさんだったみたいですし。

 

梓さんが生きている事を知ったお母さんは、泣きながら喜んで、また梓さんと会いたいと言っていた。

そしてその後、泣いているお母さんをお父さんは慰めて、2人でどこかに出掛けて行き、顔を真っ赤にしながら4時間程経って戻ってきた。

 

その間にお父さんとお母さんの間に何があったのか知りませんし。正直、知りたくもない。

また佐倉家の黒歴史は刻まれたのだと思いました。

 

あ、ほとんど愚痴であんまり話に関係なかったや。

 

そんな事もありましたけど、梓さんが亡くなっていた訳ではなく、クリムゾンエンターテイメントから目を逸らす為に亡くなった事にしていた。と、いう事を知っている人は他にもいるかもしれません。

 

15年前にタカ達と会った事があるからこそ、タカの下ネタMCの事を知っていたのかもしれません。

 

だから、秀さんは本当にタカ達の友達かもしれない。

だけど、秀さんは本当はタカ達の敵だったのかもしれない。

 

私達は相談する訳でもなく、ちょっと目を配らせただけで、秀さんはクリムゾンエンターテイメントの刺客の可能性がある。と思い合わせました。

 

「大丈夫だよ。理奈。今日は盛夏も美緒もバイトだから英治さんも居るし、日曜日だからファントムのみんなも居るかもだし」

 

「ええ、わかってはいるのだけど、嫌な予感がしてならないのよ。渚も察してくれたから率先して、秀さんと話をしてくれているのだと思うのだけど…」

 

「まぁ、どっちかっていうと、私も理奈も渚も陰キャで友達作り下手な方だしね。それでもまだ学生時代に友達がいた渚の方がコミュ力は高いだろうし」

 

「そうね。渚が居てくれて助かったわ。でもその渚も陰キャ側。なれない事をしているせいか汗が凄いんだけど…」

 

「ね?割りと涼しくなって秋服なのに、渚の汗が凄くてブラがちょっと透けちゃってるもんね」

 

「ファントムに着いたらビールくらい奢ってあげようかしらね」

 

もしかしたら秀さんはクリムゾンエンターテイメントの刺客なのかもしれない…。私達はそう思いながらもファントムへと向かっていた。

 

 

 

 

「え?俺ここで待つの!?」

 

「そりゃそうですよ。別に先輩達と約束してた訳じゃないんですよね?」

 

「まぁ、サプライズでいきなり会ってやろうって思ってただけだし、約束はしてないけど…」

 

「だから私が先にタカ達に声を掛けて、秀さんを呼びますよ。ってか、英治さんはいらっしゃるでしょうけど、タカは今日もいますかね?」

 

「奈緒ちゃんが…?ふぅん、なるほど…ね。

もしかして、渚ちゃんも理奈ちゃんも、俺がクリムゾンエンターテイメントの刺客なんじゃないかと疑ってる?」

 

ドキッとした。

まさか私達が秀さんの事を疑っていることを悟られているとは…。

 

「べ、別にそういう訳じゃないわ。あの、あれじゃない?貴さん達ってアレだから、その、男の人がサプライズした所で喜ばないと思うのよ」

 

「うーん、まぁ、確かにタカ達にサプライズで俺が会いに来たくらいで、喜んだりはしないよな。

『あ?お前来るなら来るって先に言っとけよ。アレじゃん。お前の奢りでお高いお店に飲みに行くチャンスなのに予約とか出来てないじゃん』とか言われそうだしな」

 

やっぱり友達なのでしょうか…?

あまりにも貴が言いそうな台詞ですし、貴の物真似そっくりですし…。

 

「オッケー、奈緒ちゃんに呼ばれてから俺は店に入るよ。その方が3人共安心だろ?」

 

安心…か。

何かもう秀さんに何もかもを見透かされてる気がしてきますね。

 

「り、理奈も言ったように別にそういうのじゃないですよ。と、とりあえず私が貴達に話を通してきますね」

 

うぅ…。時期が時期だけにってのもありますが、私も渚も理奈も警戒し過ぎですかね?

そうですよね。クリムゾンエンターテイメントっていっても忙しいでしょうし、他のクリムゾングループも、本家のクリムゾンミュージックも…。

 

秀さんが本当に貴達の友達だったら…私達って超失礼ですよね…。

 

そして、私だけファントムの店内に入り、周りを見渡してみた。

 

入り口から割と近いテーブル席、そこに貴も居るのが確認出来た。

 

貴の座るテーブル席、そこにはトシキさん、拓斗さん、英治さんも一緒に座っていた。

 

遠目に見ていてもわかります。

 

 

 

 

何でBREEZEの皆さんは、ファントムのカフェタイムにテーブルで麻雀をやっているんですか?

 

あ、ちょっと奥の席にはArtemisの皆さんが居ます。

ってか、あの人達は何でジェンガをしてるんですか?ここって一応カフェですよね?

 

そして、周りを見渡すと盛夏と美緒は…あんまり忙しそうではないですね。暇そうにカウンター内に居ます。

そのカウンターを挟んだ席には、江口くん達Ailes Flammeと美緒以外のGlitter Melody、さっちちゃんと、志保と明日香ちゃんと栞ちゃんが居ます。カウンター席に何でこの人数が…。

 

離れた席には、一瀬くんと松岡くんと、姫咲ちゃん、沙織さんと弘美さんと双葉ちゃんが座って居ます。ユイユイちゃんはどうしたんでしょう?

 

そこから離れた席にはevokeの皆さん、その近くの席にはまどか先輩と綾乃先輩と花音が居ます。

 

その隣のテーブルには香菜と東山さんに、真希さんと聡美さんが居ました。これどんな組み合わせ?

今日のお客さんは他には居ないようですね。

 

……って!?みんなファントムのメンバーじゃないですか!?大丈夫なんですかこのカフェ!

 

おっと、そんな事を心配している場合じゃないですね。

貴に秀さんの事を話さなきゃです。

 

そして、私は貴達、BREEZEの皆さんの居るテーブルに近づきながら挨拶をした。

 

「トシキさん、拓斗さん、英治さんこんにちはで~す。ついでに貴もこんにちはです」

 

「あ?奈緒?何で俺はついでなの?」

 

「奈緒ちゃん、こんにちは」

 

「おう、奈緒か。お前も来たのか。このカフェってファントムのメンバーしか客が来ねぇが大丈夫なのか?」

 

「あ?いつもは他のお客さんも来てるっつーの。今日はたまたまだ」

 

まぁ、いつも通りという挨拶。

 

「それより奈緒、お前が何を思って俺達に挨拶をしに来たのかは知らんが、俺達は見ての通りめちゃくちゃ忙しい。いい子だからどっか行きない。早く」

 

どっか行きなさいって…。

確かにいつもは挨拶だけして、この場を去ってたりする訳ですが…。尊敬するBREEZEの皆さんのお話の邪魔をしちゃうのも申し訳ないですしね。

 

「いえ、今日は貴にお話がありまして、お忙しいとは思うんですけど声を掛けさせてもらったんですよ」

 

「あ?俺に話がある?そうか、わかった。今は忙しいからまた今度な」

 

「あはは、ごめんね、奈緒ちゃん。麻雀してるだけだし忙しい訳じゃないけど…このままじゃ、はーちゃんのボロ負けだから…はーちゃんは聞く耳持たないと思うよ…」

 

「タカ、てめぇ、奈緒にそんな態度でいいのか?もし奈緒がてめぇに愛の告白をしに来たとしたらどうすんだ?追っ払っていいのか?」

 

「え!?奈緒ちゃんタカに告白しに来たのか!?何かの罰ゲーム!?」

 

いやいやいや、拓斗さんも英治さんも何を言ってるんですかね?アホになったんでしょうか?

いや、違いますね。昔、子供の頃はBREEZEの皆さんひとりひとりが最高にかっこいいと思ってましたけど、音楽やってない時は皆さん普通にアホでしたね。

この数ヶ月でよくわかりました。

 

「拓斗も英治もアホな事言ってんじゃねぇよ。ちょっと期待して、奈緒の顔見ちゃったけど、これまで見た事ないブス顔しながらめちゃくちゃ嫌そうにしてんじゃん。ちょっと胸にチクチクきたわ」

 

え?私から告白とか言われて期待しちゃったんですか?

 

え?待ってそれって私が告白したらワンチャンあるって事ですか?マジですかガチですか?

 

いや、でも私は告白はされたい側なので、ちょっと私からは無理です。無理無理無理。

だから、ほら貴、私に告白してきて下さい!ほら!カモン!どんと来い!!

 

「今は…その…嫌そうな顔…してるかな?」

 

「タカっていつもアレだよな。大事な時にちゃんと見てねぇよな?」

 

「どうでもいい事はしっかり見てやがるし、聞かれたくない話も何故か聞いてやがるのにな」

 

「あ?何なのお前ら?俺にケンカ売ってんの?」

 

ハッ!?

危ない危ない。

ちょっとうっかり変な空気に流されちゃう所でした。

私はBREEZEのTAKAさんに憧れを抱いているだけで、別に恋をしている訳じゃありませんのに。

 

…外には渚も理奈も居ますしね。

 

「もう!そんなしょうもない事より!

今日はタカにお会いしたいって方と一緒に来てるんですよ!」

 

「あ?俺に会いたいって?女の子?可愛い?」

 

「はーちゃんに会いたい?Blaze Futureのライブ観て、はーちゃんを好きになってくれた奈緒ちゃんのお友達さんとか?」

 

「タカに会いたいだと?まさか、クリムゾンの奴じゃねぇだろうな?」

 

「タカに会いたい…?なぁ、奈緒ちゃん、それって何かのドッキリ?あんまりタカを嵌めてやったら可哀想だぞ?」

 

な、何でみんな揃いも揃って違う反応して来ますかね?

ってか、貴の『女の子?可愛い?』って何ですか?可愛い女の子を紹介してほしいとかですかね?ふぅ~ん、へぇ~。

 

「何か奈緒に生ゴミでも見るかのような目で見られてんだけど?まさかファンだって子に手を出す訳ないのによ。英治じゃあるまいし」

 

「だよね。ファンの子だったとしたら、そんな子に手を出したら、えーちゃんみたいになっちゃうもんね。さすがにそれはないよね。そんな事したらさすがの俺でも引くよ」

 

「そうだな。そんな英治みたいな事をタカがする訳がねぇ。俺もドン引きだわ。もしタカがファンの女に手を出すような事があったら、俺はタカの事をこれから英治と呼ぶからな」

 

「お前ら俺の友達だよな?」

 

英治さんっていったい…。

 

「違いますよ。残念ながら!

女の子じゃないです。タカの昔のお友達さんらしいですよ?だからトシキさん達にとってもお友達さんじゃないですかね?」

 

「あ?俺の友達?てか、女の子じゃないの?だったら俺は今日は忙しいから帰ってもらいなさい。……よし、これ通ったらリーチ」

 

「え?せっかく来てくれたのに帰らせるの?……うぅん、友達かぁ…俺達の…友達?あ、俺もこれ通ったらリーチね」

 

「奈緒。そいつは本当にタカの友達って言ったのか?誰だ?てか、俺達に友達なんか居たか?…チ、通しだ」

 

「俺達友達いなかったもんな?そいつ何者だろ?ま、俺も女の子じゃないなら興味ねぇや…俺も通しだな」

 

いやいやいや、さすがにお友達さんは居たでしょう?

それなりにライブとかやってきた皆さんなんですし。

わ、私もアレな青春時代を送ってきたので、友達なんか居ませんし、偉そうな事は言えませんが…。

 

「もう…皆さん何を仰ってるんですか…。そのお友達さんのお名前は…」

 

私がBREEZEの皆さんに、秀さんの名前を伝えようとした時…。

 

 

 

-バンッ!

 

 

 

大きな音をたててファントムのドアが開かれた。

それとほぼ同時に…、

 

 

 

「「貴さん(先輩)!奈緒!!逃げて!!」」

 

開かれたドアから渚と理奈の声が聞こえて、そこから…。

 

「もらったぞ!タカ!!」

 

ファントムの店内に秀さんが飛び込んできた。

そして、秀さんの手には銃が握られていて、その銃口は貴の方へ向けられていた。

 

銃なんて映画やドラマなんかでしか見た事なんてなかったのに、『私達がファントムに連れて来た秀さんが、貴に銃口を向けている。』その現実が、私にはまるで夢の中で映画を観ているような。そんな錯覚を起こしていた。

 

「ヒデ!?何でここに!?…チ、奈緒!」

 

貴がそう言って立ち上がり、私を秀さんの銃口から離すように、私を押し退けた。

 

「痛っ」

 

私はボーっとしていたせいか、貴に押された後、踏ん張る事も出来ず、押されるがまま尻餅をついてしまった。

その直後、

 

 

-ガァァ…ン!

 

-ガシャーン!

 

 

秀さんの銃が火を吹き、貴達が麻雀をしていたテーブルがひっくり返った。

 

「チィ…!外したか!」

 

1発目を何とか凌いだ貴は、そのままカウンターの方まで走ったけど、秀さんはそのまま追撃するように貴に向けて、もう1度発砲した。

 

 

-ガァァン!

 

-ガシャーン!

 

 

『え?貴ってこんな運動神経良かったでしたっけ?』と思う程に俊敏に動き、カウンターを飛び越えて、カウンターの下へと身を隠した。

 

「タカ!今日こそ決着をつける!」

 

秀さんは逃げたタカを追うように、カウンターにめがけて走った。

 

だけど、私が驚いたのはここからだ。

 

「ヒデ!」

 

貴はそのままカウンターに身を伏せている訳ではなく、そこで立ち上がり秀さんの名前を呼んだ。

…貴の手にも銃が握られていた。

 

-ガァォォン!

 

貴の持っている銃が火を吹いた。

 

-ガシャァァン

 

貴の銃に気付いた秀さんは、近くにあったテーブルをひっくり返し、貴の銃から身を守る為のバリケードにし、ひっくり返したテーブルに隠れていた。

 

-ガァァン!

 

-ガァォォン!

 

秀さんはテーブルに隠れながら貴に向けて発砲し、貴もまた、カウンターに身を隠しながら応戦していた。

 

-ガシャァァン!バリィィン!

 

「キャァァァァ!」「何だよこれ!何なんだよ!」「助けて!」「あれ?ヒデくん?」「うわぁぁぁ!お、俺のファントムが!」「怖いよ!ゆーちゃん!」「ほぇ~?」

 

貴と秀さんの銃撃戦に、備品やグラスの割れる音、そしてファントムに居たみんなの恐怖の声。

 

私達がやってるのって音楽なのに、バンドなのに…。

何なのこれ…?

 

「「奈緒!大丈夫!?」」

 

ふぇ?私?大丈夫かって?

 

私の横にはいつの間にか渚と理奈が居た。

 

「奈緒!わ、ダメだ!呆けちゃってる!」

 

渚?

 

「奈緒!しっかりしなさい!」

 

理奈?

 

「理奈!どうしよ!ヤバいよ!めちゃヤバい!」

 

「わかっているわ。だけど、奈緒をこのままここに残す訳にはいかない」

 

「そ、そりゃそうだけど…!ってか、秀さんと先輩の撃ち合ってる間に居る、トシキさんは麻雀牌をツモッた状態で固まってるし、拓斗さんは頭押さえながら項垂れてるし、英治さんだけファントムがーとか叫んでるけど大丈夫かな?」

 

「トシキさん達の心配はいらないわ。彼らも15年前にクリムゾンとの戦いを生き抜いてきた猛者。今は彼らより奈緒よ」

 

「そ、そうだね!奈緒!しっかりして!」

 

渚?理奈?

さっきまでファントムの外に居たのに、何で中に入って来たの?逃げなきゃだよ?

 

「奈緒!ごめんなさい!」

 

-パチン!

 

「痛っ!」

 

「奈緒?気がついた?」

 

ハッ!私は理奈に頬を叩かれ、一気に現実に戻ってきた。

そうだ。これは現実だもん!しっかりしなきゃ!

ごめんなさい!渚、理奈!

 

「ご、ごめん。まるで現実味がなくて…私…」

 

「良かったよぉ~、奈緒ぉ~」

 

「ひっぱたいた事は後で謝るわ。それより今は…」

 

「いやいやいや!謝らなくていいよ、理奈!むしろありがとうだよ!

渚も理奈も私を助けに来てくれたんだね。ここは危険なのに…」

 

「大丈夫だよ。ね、理奈!」

 

「ええ。あなたは私達が守る。私もあなた達に守ってもらうもの」

 

「渚…理奈…」

 

「もちろん私も理奈と奈緒に守ってもらうからね!私も2人とも守るし!」

 

「もちろんよ、渚」

 

おっと危ない危ない。

こんな危険な所で百合をしている場合じゃないです。

 

私達はファントムの外に逃げようと動いた。

 

「あ、そだ。奈緒のスマホって電波きてる?」

 

「私のスマホ?」

 

「ええ。ファントムは今までスマホの圏外じゃなかったのに、スマホが通じなくなっているのよ」

 

「え?何でそんな…」

 

 

 

 

 

 

さっき奈緒がファントムの中に入ってすぐの事よ。

 

『お、良かった。今日はタカもちゃんと居るみたいだな。奥には梓ちゃん達も居るみたいだし』

 

『志保と香菜も居るみたいだね。エルフラとかグリメロのみんなも居るみたいだね』

 

『今日って何かの日かしら?他のお客さんが居ないのに何故ファントムのメンバーはこんなに…』

 

『う~ん、せっかく来たのに結衣と架純は居ないみたいだな。ま、三咲ちゃんが居ないから好都合だな』

 

『え?秀さんはユイユイちゃんと架純ちゃんのお知り合いって感じですか?』

 

『あの、何故、三咲さんが居ないと好都合なのかしら?』

 

私と渚が各々疑問に思い、秀さんの方へと顔向けた時、秀さんは手に銃を持ってファントムの中へと入った。

 

私達は急いで警察を呼ぼうと思ったのだけれど、何故か私と渚のスマホは電波がなく、警察に連絡する事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「そしてどうしようか考えている時に、銃声が聞こえて…」

 

「多分…秀さんの仕業じゃないかな?って…。

私達にたまたま会ったんじゃなくて、今日、先輩を…」

 

「そうだったんだ…」

 

背筋にゾクってするのを感じた。

だとしたら、秀さんは貴を倒す為に送り込まれたクリムゾンの刺客。だが、それはいい。

なんやかんやって、バンやろ本家もクリムゾンは銃を持ってたり、爆発させたり、マグマ噴出させたりしますし。

 

私が恐怖に思ったのは『え?何で貴も銃を持ってんの?』って事でした。

 

私がそう思って貴の方をチラっと見た時、貴もファントムの外に出ようとしている私達の方を見ているようだった。

 

だけど、それがまずかった。

貴はほんの一瞬。

ほんの一瞬だけ、私達の方へと目を向けてしまったのです。

 

「スキを見せたなタカ!もらった!落ちろ!!」

 

落ちろ?ガンダムですか?

とか、一瞬思ってしまいましたけど自重します。

 

秀さんはそのほんの一瞬のスキをついて、タカに銃口を向けて…、

 

-カチッ

 

「なっ!?しまった…!弾切れだと!?」

 

秀さんの銃が撃たれる事はなかった。

どうやら長い銃撃戦の為、弾切れになったらしいです。

 

そして、秀さんが急いでマガジンを交換しようとした時、その一瞬のスキを見逃す貴じゃなかった。

 

-がァァァァ…ン

 

-ガシャーン

 

マガジンを交換しようとした秀さんの銃は貴に撃たれ、秀さんの手から離れるように転がり滑っていった。

 

銃を失った秀さんにはもう勝機がない。貴の勝ちです。

 

私も渚も理奈もホッと息を吐いた。

これでもうこんな怖い事も終わる。

 

そう思っていたのに、貴は銃口を秀さんに向けたまま、秀さんに近づき歩いた。

 

「どうやら…俺の勝ちだな」

 

「タカ!…フッ、そうだな。俺の負けだ。ヤれよ」

 

「ああ、そうさせてもらう」

 

貴は銃口を秀さんに向けたまま、撃鉄を起こし、引き金に指をかけた。

 

……え?

嘘。嘘ですよね、貴。

そんなのって…ないですよね?

 

「せ、先輩…。冗談…だよ…ね?」

 

渚も震えからか声が声にならないような言葉を、そっと呟いた。理奈も目を見開いて驚いている。

 

「…ヒデ、言い残す事はあるか?」

 

「そうだな……いや、やっぱりいい」

 

「そうか」

 

ダメ!タカ!ダメです!ダメですダメです!

もし撃っちゃったら、貴は…。

 

「た…か。ダメ、ダメです…ダメェェェェ!!!!」

 

 

 

 

-カチッ

 

 

 

 

「「「え?」」」

 

引き金を引いた貴の銃からは発砲される事はなかった。

 

「フッ、俺も弾切れだ。また…ケリが着かなかったな」

 

「タカ…お前…」

 

貴の銃も弾切れ…?

良かった…良かった…。貴が秀さんを○すような事にならなくて…。

 

「先輩…良かった」

 

「ビックリしたわ。でも、本当に良かった…」

 

私達が安堵したのも束の間。

次の瞬間、英治さんが貴と秀さんの方へと走って行き、秀さんを殴り、貴にはお尻を蹴った。

痔の貴に何て恐ろしい事を…!

 

「「イッテェェェ!!!」」

 

「イッテェェェ!!!じゃねぇんだよ!お前ら!

何やってんの!本当に何やってんの!!!?お前らのモデルガンで、何でこんなファントムがめちゃくちゃになるの!?グラスとかテーブルも壊れちゃってるし!」

 

……モデルガン?

 

「い、今、英治さんって先輩達の銃の事、モデルガンって言わなかった?」

 

「どうやら…聞き間違いじゃなさそうね」

 

「ちょっと!英治さん!……いえ、貴!秀さん!モデルガンってどういう事ですか!?」

 

私は貴と秀さんに詰めよって聞いてみた。

 

「へぇ、やっぱり近くで奈緒ちゃんの顔見ると可愛いね。タカがまたバンドやろうって決めた気持ちわかるわぁ~」

 

「あ?バンドやろうって決めたのは別に奈緒は関係ないですけど?まぁ、奈緒は可愛い方ではあるな。中身アレだけど」

 

トゥンク!

貴…私の事可愛いって…。って違います違います!

 

「そんな事は~、ぶっちゃけどうでも良くてですね。モデルガンって所の説明が欲しいなぁ~。って私は思ってるんですけどっ!」

 

「あはは、笑顔が怖いな。お前、やっぱり梓ちゃんといい、澄香ちゃんといい…ドMだろ?」

 

「あ?俺はドSですけど?Mじゃねーし。ってか、何でここで梓と澄香が出てくんの?」

 

「おふたりとも、私の質問に応えてくれませんか?(ニコッ」

 

「「え?あ、うん!説明!説明ね!説明させてもらいます!」」

 

え?笑顔か怖いとか秀さんに言われたもんだから、今出来る精一杯の笑顔で話したのに、何でおふたりとも怯え震えてるんですか?

 

「えっと、俺のタカってめちゃくちゃ気が合ってさ?」

 

「そうそう。特に好きなマンガとかアニメとかギャルゲーとかな」

 

「で、俺達はこう…再会する度に、漫画やアニメのワンシーンを再現するようになって…」

 

「そうなんだよ。そんで今日はシティーハンターの冴羽獠とミックが再会したシーンを再現して…。最後の方は冴羽獠と海坊主の対決のシーンになぞったけど」

 

「いつも会いに行く方が、思い付きで再現シーンを出して、対応出来なかったら負けってルールがいつの間にか出来ちゃってさ?でも、さすがタカだよ。このシーンに見事に応えてくれるなんて…」

 

「フッ、冴羽獠は俺が尊敬する人物、5本の指に入る男だからな」

 

「なるほどなるほど。私もそのシーンは思い出せますよ。お母さんがシティーハンター好きなもので」

 

「「おお!さすが奈緒(ちゃん)のお母様だな!わかってるね!」」

 

「まぁ、それはそれとして。

それじゃ、おふたりは本当にお友達なんですか?」

 

「ああ、そうだよ。さっきも言ったけど、タカとはめちゃくちゃ気が合うしさ。友達ってより親友って感じ!」

 

「おお、そうだな。BREEZE以外の友達ってなると、やっぱりヒデだな。悟空とクリリンくらいの仲だな」

 

「へぇ~、悟空とクリリンですか?めちゃくちゃ仲良しさんじゃないですか!」

 

「「そうそう!俺らめちゃくちゃ仲良し!」」

 

「で?それがおふたりの遺言ですか?」

 

「「え?ゆ、遺言…?」」

 

 

 

 

 

 

私はとりあえず心配させられ過ぎて腹が立ったので、おふたりの顔を思いっきりひっぱたき、渚と理奈も貴と秀さんを殴った後、ファントム内のメンバーから石を投げられ、トシキさんと英治さんと拓斗さんにめちゃくちゃ怒られていた。

 

「まったく…本当に心配したよね~。ま、私は先輩を心配したんじゃなくて、奈緒を心配してたんだけど」

 

「本当にそうね。貴さんの事はどうでも良かったのだけれど、奈緒の事は心配したわ」

 

「ふぇ?2人ともファントムに入って来た時、貴の名前も呼んでなかった?」

 

「…空耳じゃないかな?」

 

「あまりの恐怖を前にして幻聴が聞こえていたのね。あの状況ならわからなくもないわ」

 

まったく…、私の事ももちろん心配してくれたんでしょうけど、渚も理奈もちゃんと貴の事も心配してたくせに。

どうして心配してない振りなんかするんでしょう?

 

ってな事を、私と渚と理奈で話していると…。

 

「てか、英治達はちゃんとモデルガンってわかってたみたいだし、盛夏も美緒ちゃんもビビったりしてなかったのに、何で奈緒達はあんなビビってたんだろう?普通ある訳ないじゃん、ファントムに銃とか」

 

「あはは、ソレ多分俺のせいだよ。どうも、奈緒ちゃんも渚ちゃんも理奈ちゃんもさ?俺の事、クリムゾンエンターテイメントの刺客だと思って警戒してたみたいだしな」

 

「あ?お前がクリムゾンエンターテイメントの刺客?ああ、そんでお前が銃とか持っててもおかしくないみたいな?」

 

「そうなんだよ。まさか俺もクリムゾンエンターテイメントの刺客だと思われてるとか、可笑しくてさ、気付いてない振りして黙ってたんだけどな」

 

「「ぷっ…あはははははははは!!」」

 

な、何2人して大爆笑してるんですかね?

も、もう一回ひっぱたきましょうか?

 

「へぇ、ヒデをクリムゾンエンターテイメントの刺客ってなぁ。いや、奈緒ちゃんも渚ちゃんも理奈も鋭いな」

 

え?鋭い?

私達が…?

 

「英治もそう思うか?タカって俺の事、奈緒ちゃん達に話した事あんの?俺ほんとは、クリムゾンバレしちゃったのかと思って、めちゃくちゃビビってたもん」

 

クリムゾンバレって…。

 

「いや、ヒデの事とか話す訳ねぇじゃん。お前がクリムゾンって、何で奈緒達はわかったんだろう?何かすげぇなあいつら」

 

「「「クリムゾン!?秀さんが!?」」」

 

「え?あれ?奈緒ちゃん達気付いてたんじゃないの?だから俺の事警戒してたんでしょ?」

 

そんな…やっぱり秀さんは…クリムゾンの…。

まぁ、でも今は貴も仲良しって言ってますし、手塚さんの事もありますもんね。

昔は敵だったけど、仲良しになったって感じでしょうか?

 

気になる事はいっぱいありますけど、次回は多分、周年記念のお話になるんだろうなぁ。



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第60話 5th Anniversary!!

これは奈緒さんと理奈さんと渚さんが、ファントムに秀さんって人を連れて来る前日のお話。

 

Canoro Feliceのリーダー兼ダンスボーカルである俺、一瀬 春太と、ギタリスト夏野 結衣、ドラマーの松岡 冬馬は、ベーシストである秋月 姫咲の豪邸へと呼び出されていた。

 

この日、俺はバイトがあったし、結衣はバイトの面接、冬馬は高校3年だから進路相談があったんだけど、姫咲の招集は絶対で。俺達には『用事があるから断る』という選択肢は無かった。

 

そして俺達Canoro Feliceのトラブルメーカー…違った。

ベーシストの姫咲はこう言った。

 

「皆さん!喜んで下さいませ!急な事ですけど、今回このお話が5周年記念という事で、私達Canoro Feliceのライブが本日開催されますの!」

 

「「「え!?ライブ!?しかも今日!?」」」

 

「ええ。皆さんお気付きだとは思いますが、私達Canoro Feliceはメインバンドの1角を担うというのに、これまで周年記念のお話には参加出来てませんでしたわ」

 

「周年記念?何の事だろ?春くんとまっちゃんはわかる?」

 

「あ、いや、わかるにはわかるけど、わからない方が幸せだと思うよ」

 

「春太の言う通りだ。しかし、俺達メインの話ってのは確かに少ないかも知れないが…各々キャラ付けが濃いから、色々目立ってはいるじゃねぇか。主に悪い方に」

 

「松岡くん、黙りなさい」

 

「姫咲、それで?何で急にライブを?

ライブをやれるってのは俺的には嬉しいし、せっかくのバイトを潰されてまでやるんだから、しっかりやりたいけど」

 

「私も晴香さん所にバイトの面接に行く予定だったけど、ライブだったらやる気出るよね!晴香さんには今度謝るとして今日はライブ頑張ろー!」

 

「あら?結衣は晴香さんの『そよ風』に面接予定でしたのね。今度、私も一緒に謝りに行きますわ。………松岡くん、黙りなさい」

 

「俺も進路相談って大事な…待て、秋月。俺はまだ何も言ってねぇ」

 

それにしても、周年記念って特別な回に俺達のライブか。

何かこれはバンドのお話だって改めて思わせてもらえたな。

バンドに関係ない話の方が圧倒的に多いのに…。

 

「それにしても秋月。黙ってろと言われたが、これだけは聞かせてくれ。どうやってこんな周年記念って特別な日に俺達Canoro Feliceのライブが出来るようになったんだ?」

 

確かに冬馬の言う通りだ。

これまで俺達Canoro Feliceは色物扱いだった。

特別編以降のほとんどが姫咲と澄香さんを引き立たせる為の小芝居に付き合わされてただけだ。

 

「それですか。

実は2周年記念の日から私達Canoro Feliceはこのままではいけないと思い、私の持てる知識と登場していない暇を持て余した時間をフルに使って、何とか私達Canoro Feliceで周年記念をしたいと思っていましたのよ」

 

2周年記念の時からそんな事思ってたの?

姫咲は生徒会にも入ってるし、冬馬の同級生だから受験生のはずだし、澄香さんから大事なIrisベースを託されたのに、そんな事ばかり考えていたのか。恐ろしい…。

 

「とまぁ、そういう訳で、ちょうど梓さんが渚さんに過去話している期間も長かった事ですし、機は今だと思いまして、単身SCARLETに乗り込ん…伺わせて頂いて日奈子さんに相談させて頂いてたんですのよ」

 

日奈子さんに相談…?

それって大丈夫なのかな?

タカさん達の話じゃ、日奈子さんの企画で何度も死にかけたって言ってたけど…。

 

「あずあずとなぎーの話って何だろ?まっちゃんはわかる?」

 

「いや、ユイユイはわからなくていいと思うぞ?ってか、日奈子さんのとこに乗り込んだって言いかけてなかったか?」

 

「冬馬、考えるだけ無駄だよ。これからライブだってのにツッコミ続けてたら体力がもたないよ?」

 

でもまぁ、日奈子さんもArtemisのドラマーだった訳だし、今は音楽事務所のSCARLETの社長でもある。

変なライブをさせられるかも知れないけど、ライブをやれるって事は間違いないだろう。

 

「姫咲!それで今日はどこでライブするの?ファントム?」

 

「あ、そこまでは聞いてませんわね。私も今日は学校でしたので、澄香さんが日奈子さんと色々と話を詰めてくれてたみたいですわ」

 

姫咲にそう言われ、俺はソッと澄香さんの方に目を向けた。

 

「ハッハッハ、大丈夫でございますよ。ご安心下され」

 

澄香さんはセバスさんになっていた。

どうしよう、もう不安しかない。

 

「さて!皆様!時間がありません!早速ではございますが、こちらに簡易的に更衣室を設置しましたので、今日のライブ衣装に着替えて下さいませ!着替えが完了次第、私がバスでライブ会場に送らせていただきます!」

 

え?ここで着替えるの?

 

「あの、えっと…澄香さん、ほんとにここで着替えるんですか?」

 

「一瀬様、私は澄香ではございません。セバスでございます。どうかお気軽にセバスちゃんとお呼び下さいませ」

 

ほんと何言ってんの?

 

「さぁ!時間がございません。早く着替えて下さいませ!もう!ライブはスタートしているのです!」

 

う~ん、何か変だけどここで着替えない訳にはいかないか。

ライブはスタートしているって意味がわかんないけど。

 

結衣と姫咲はノリノリで、俺と冬馬はしぶしぶと更衣室に入り、着替える事にした。

 

 

 

 

へぇ~、何か怪しいなと、疑いしかなかったけど、着替えて終わると何という事もない。

普通のステージ衣装だった。

いや、むしろ今までの衣装よりもアイドルっぽくて…。

うん、俺、このステージ衣装好きだな。

 

「あ、冬馬。冬馬のステージ衣装もいいね」

 

俺が更衣室から出ると、着替えを終えた冬馬が待っていた。

 

「あ、ああ…、何か変じゃねぇか?俺にはこんなキラキラした衣装ってよ…」

 

「いや、全然変じゃないよ!すごくかっこいい!」

 

「そ、そうか?」

 

冬馬もまんざらじゃない感じだ。

 

「馬子にも衣装とはよく言ったものですわね」

 

姫咲も着替えを終えて更衣室から出てきた。

俺達の衣装を女性向けに創ったような、キラキラしたお姫様系の衣装だ。

 

「に、似合ってるぞ、秋月…///」

 

「それはどうも。それよりちょっと…。スカートの丈が短すぎじゃないでしょうか?もちろんインナーパンツも穿いてますけど…」

 

確かに少しミニな気がするかな。

でも、長過ぎるよりは短い方が、演奏中のパフォーマンスはやりやすいだろうし、いいと思うけどね。

 

「えぇぇぇ!?何でみんなの衣装そんなに可愛いの!?」

 

どうやら結衣も更衣室から出てきたようだ。

………って!!

 

「な、何だよユイユイ!その格好?アハハ!」

 

「ちょ、結衣?何でそんな衣装に?ぷっ、あははは」

 

「結衣だけ何故そのような…プッ、フフ、す、すみません。さすがにその格好は…」

 

「だ、だって更衣室にはこの衣装しかなかったし!」

 

更衣室から出てきた結衣は、ピチピチの全身タイツ(肌色)を着て腹巻きをしていた。

全身タイツだから頭までスッポリと被っている。

そして瓶底メガネのような物をかけていた。

 

俺も冬馬も姫咲も、悪いと思ったけど笑ってしまった。てか、何で結衣だけこんな衣装を用意されてたの?

 

\\一瀬、秋月、松岡、アウトー//

 

「「「え?」」」

 

どこからともなく日奈子さんの声が聞こえてきた。

アウトって何?そんな事を思っていると、澄香さん、いや、今はセバスさんか。

セバスさんが、ソフト警棒のような物を持って…。

 

-パァン!

 

「痛ぇ!」

 

-パァン!

 

「痛っ!」

 

-パァン!

 

「…っんぐ!」

 

冬馬と俺と姫咲のお尻を思いっきり叩いた。

待って、これ昔年末にバラエティー番組で見た事あるやつ。

 

「うわぁ~、春くんも、まっちゃんも姫咲も痛そう…」

 

「もう、ライブはスタートしていると申したはずでございます。せっかくのライブ中に笑ってしまうとは、まさに片腹痛しでございますな」

 

待って。

楽しいライブをやりたいって集まりじゃない?俺達って。

笑顔いっぱいのライブにしたいくらいじゃない?

何で笑って叩かれるの?

 

さすがにこんな横暴を甘んじて受け入れる訳にはいかない。

こんなのが許されたら、俺や結衣や冬馬はともかく、姫咲はやりたい放題やって俺達を笑わせにくるだろう。

 

俺は危険な気がしたが、セバスさんに文句を言う事にした。

 

「ちょっと、セバスさん。俺達Canoro Feliceは楽しいライブを、みんなが笑顔になって幸せになれるようなライブがしたいんです!なのに、笑ったらアウトで叩かれるとか、ちょっと無茶苦茶じゃないですか!?」

 

「これは私の持論でございますが、躾に一番効くのは痛みだと思う」

 

あっっっぶな!

何でここでリヴァイ兵長のセリフぶっ込んできたの!?

そりゃ痛かったけどさ!躾って何!?

 

「わぁ!澄ちゃんの今のセリフってリヴァイ兵長みたい!」

 

結衣!わかってるから言わないで!

 

「何言ってんのかわかんねぇな。クソメガネ…」

 

「ブフッ、そもそもユイユイのメガネって衣装として用意されてたやつだし」

 

「ちょっ、プッフフ…結衣。そのメガネだけでも外して…フフ…」

 

\\秋月、松岡、アウトー//

 

-パァン!

 

「痛っ!」

 

「ちょ、澄香さん待っ…」

 

-パァン!

 

「いっっったい!!」

 

危なかった。

俺もちょっと笑ってしまいそうだった。

文句を言う為に気を張ってたから、今のは回避出来たけど…。

 

「うぅん、私も見にくいからこのメガネ外したいんだけど、衣装と一体化してるみたいで取れないんだよね」

 

「「「ブフッ」」」

 

\\一瀬、秋月、松岡、アウトー//

 

「ちょ!ユイユイお前…(パァン!)いっって!」

 

「結衣!?わざとじゃありませ…(パァン!)いっっ!」

 

「メガネ一体化してる衣装って…(パァン!)くぅ…いった…」

 

くそっ!気を張ってたのに笑ってしまった!

 

「結衣様、そのメガネは横のボタンを押すと外せる仕組みになっております」

 

「え?あ、ほんとだ!外せた!」

 

「そのメガネはライブには…今回のライブのギタリストには必要となる物。大事に持っていて下さいませ」

 

「え?そうなの?わかった。じゃあ、腹巻きの中に入れておくね」

 

……危なかった。耐えた。何とか耐えたぞ。

メガネが必要になるライブって何だよ!結衣はもっと人を疑おうよ!しかも何で腹巻きの中に入れるの!?わざと笑わせようとしてる!?

 

いやいやいや、待ってセバスさん。

 

俺も冬馬も姫咲も耐えたから。頑張って耐えたからさ。

こいつら笑わないかな?ってていで、俺達をジッと見てくるの止めてくれません?

 

「チッ」

 

待って。今、セバスさん舌打ちした?

 

「では、バスを用意しておりますので、皆様、バスに乗って下さい!時間もありませんし会場まで飛ばしますよ!」

 

ああ、あのバスの行き先は地獄のような気がする。

だけど乗らない事には始まらないし、むしろ乗らないと終わる事もないんだろう。

 

俺達はしぶしぶとバスに乗り込もうとした。

 

「結衣様、本日のライブ本当に楽しみでございますな」

 

「うん!えへへ、楽しみだね」

 

\\夏野、アウトー//

 

「あっ…(パァン!)痛い!めちゃくちゃ痛いよ、これ!」

 

結衣ってもしかしたら仕掛け側かと思ったけど、普通に叩かれてたし、ただの天然さんなだけか。

まぁ、今のはセバスさんにハメられた感じだけど。

 

 

 

 

それからしばらく、俺達はバスに揺られながら移動していた。何故か横並びで。

 

秋月家にはもっと他に色々バスもあるし、いつも姫咲を学校に送り迎えしているリムジンもあるのに。

何で今日に限って横並びシートのバスなの?

 

ああ、そうか。今日に限ってじゃなくて、今日こんな企画をやっているからか…。

 

変に思ったのは俺だけじゃないんだろう。

いつもは言葉数の多い結衣や姫咲すら、何も喋らずに黙っている。下手な事を言って笑ってしまっても大変だもんね。

 

だけど、逆に今こんな空気になっちゃってるから、少しした綻びで爆笑してしまいそうだ。俺自身も笑いの沸点が低くなっている気がする。

ああ…早くライブ終わらせてお家に帰りたい。

 

それから5分程経った頃。

 

「次は~そよ風停留所~そよ風停留所~。お降りの方はボタンを押して下さい~」

 

「「「「停留所!?」」」」

 

バカな!?停留所だって!?

本当にバカな!だってこのバスって秋月家のバスでしょ!?しかもライブ会場に向かってるんでしょ!?

 

-プシュー

 

「お、おい、本当にバス停まっちまったぞ?」

 

「え!?私こんな衣装なのに!?」

 

「プッ、ゆ、結衣…衣装の事は言わないで下さ…\秋月ー、アウトー/(パァン!)うぐっ…!」

 

「絶対罠だよこれ。本当にライブやれるの?」

 

そんな事を思っていると、バスのドアが開き、

 

「よっ、Canoro Felice!」

 

と、言いながら英治さんがバスに乗って来た。

 

「あら?英治さん?…まるっきり罠って訳じゃなかったのですわね」

 

あ、姫咲も罠だと思ってたんだ?

まぁ、そうだよね。さっき姫咲は思いっきり叩かれてたし。結衣のせいだけど。

 

「今日はお前らのライブだってな。楽しみにしてるぜ」

 

次に乗って来たのは拓斗さん。

 

「あ、たっくんだ!たっくんも私達のライブ観てくれるのかな?」

 

「もちろんだよ。せっかくの周年記念ライブだもんね。俺もCanoro Feliceのライブ楽しみだよ」

 

「トシキさん、こんちわっす」

 

なるほど。そよ風停留所か。

ここでBREEZEのメンバーと合流って事かな。

そしたら次はタカさんか。

 

「あー、ラーメン食いてぇ」

 

「「「「ブフッ」」」」

 

\\全員、アウトー//

 

「ちょ、なんでたぁくんじゃ…(パァン!)いったい!?」

 

「こ、これは予想外過ぎですわ…(パァン!)よぅっふ!?」

 

「これはズルいだ…(パァン!)ぐぅぬ!」

 

「何やらされてるんですか!?かな…(パァン!)でぃゃん!」

 

「あー、ラーメン食いてぇ」

 

ラーメン食いてぇってタカさんのようなセリフを言いながら、BREEZEのメンバーと一緒にバスに乗って来たのは、evokeのボーカリスト、豊永 奏さんだった。

 

 

-ブロロロ…

 

 

そのままバスは何もおかしな事は無かったかのように、普通に発車した。

BREEZEのメンバーと奏さんは、俺達の対面に座りながら…。

 

何で対面?このバス広いし席もいっぱい空いてるんですから、わざわざ俺達の対面に座る事ないじゃないですか…。

 

「いや、それにしてもCanoro Feliceがいきなりライブするって聞いた時は驚いたよな!」

 

英治さんすみません。それは俺達も驚きました。

今は何故かこんな茶番をやらされて、別の意味でも驚いてますけど。

 

「ああ、架純も今日は来たがってたんだけどな…」

 

「えぇ!?今日って架純来れないの!?」

 

「「「「……」」」」

 

「ん?あれ?どうしたの?」

 

「ヤバいよ、宮ちゃん。俺達の会話聞こえちゃってる感じだよ。もうちょっと小声で話さないと…」

 

「チ、公共の場だってのにでかい声で話しすぎたか」

 

いやいやいや、対面で普通のトーンで会話してるのが聞こえちゃってるだけですよ!?

 

「あー、ラーメン食いてぇ」

 

奏さんはそのセリフしかないの!?

 

それから5分程経った。

BREEZEのメンバーは小声で何かを話しているようで、俺達には聞こえて来なかった。

てか、笑わせにも来ないのかよ!って危なくつっこむ所だった。

 

「次は~女神停留所~女神停留所~。お降りの方はボタンを押して下さい~」

 

また停留所だって!?

 

-ピンポーン

 

「え?誰かボタン押したの?」

 

「ん?トシキが押したのか?」

 

「いや、俺は押してないよ?もしかして宮ちゃん?」

 

「あ?俺が押す訳ねぇだろ。まさかタカが押したのか?」

 

「あー、ラーメン食いてぇ」

 

奏さんまたそのセリフ!?

ていうか、拓斗さんは奏さんがタカさんに見えてるの!?

 

-プシュー

 

そしてバスが停まり、ドアが開いた途端、BREEZEのメンバーは無言のままバスを降りて行った。

 

「あー、ラーメン食いてぇ」

 

奏さんだけはあのセリフを言いながら、何故かポケットからバナナを取り出して食べだし、2房程座席にバナナを置いて、バスを降りて行った。

 

「いや!みんな降りちゃうのかよ!英治さんもトシキさんも拓斗さんも俺達のライブ楽しみって言ってたのに!?ってか、奏さんは何でバナナ食べながら、バナナ置いて行ったの!?」

 

「ちょっ!まっちゃん!つっこむの止めてよ!うっかり笑っちゃいそうになるじゃん!」

 

そうだよ冬馬。結衣の言う通りだ。

俺もライブ観てくれるんじゃないの?何で途中下車しちゃうの?って思ったけど、潰し合いになりそうだから、あえて黙ってたのに。

 

「結局…タカさんはずっとラーメン食べたいって仰ってましたし、皆さんでラーメンを食べる為に下車したのでは?」

 

「え?秋月、何言ってんだ?あれはタカさんじゃなくて奏さんだろ?え?秋月には奏さんがタカさんに見えてたのか?」

 

「「プッ…あ、しまった」」

 

\\一瀬、夏野、アウトー//

 

「いや、絶対姫咲はわざとで…(パァン!)しょい!」

 

「まっちゃんも何でつっこむか…(パァン!)にゃあ!?」

 

いや、考えてみたら冬馬もわざとでしょ。

いつも冬馬はタカさんの事は葉川さんって呼んでるんだし、俺達に分かりやすくする為にタカさん呼びにしたんじゃ…。

 

けど、それにしてもおかしいな。

BREEZEのみんなは降りたのに、何でバスは発車しないんだ?

 

「あー!良かった!バス間に合った!」

 

そう言いながらバスに乗り込んで来たのは、日奈子さんだった。え?何で?

 

「タカが梓の車イス押してくれて助かったよな」

 

そして次に乗って来たのは翔子さん。

なるほど、女神停留所か。

澄香さんはセバスさんとして、既にバスに乗ってる訳だし、後は梓さんかな。タカさんが車イスを押してくれているみたいだし、今度こそは本物のタカさんかな。

 

「いや、でもタカが最初からブツクサ言わずに、素直に車イス押してくれてたら、こんなギリギリにならんかったんやし」

 

そして澄香さんがバスに乗ってきた。

 

「「「「って何で澄香さんがここに!?」」」」

 

「はい?姫咲お嬢様もユイユイちゃんも、春太くんも冬馬くんもどしたん?」

 

俺達Canoro Feliceの驚きの言葉に、普通に応える澄香さん。え?じゃあ今日ずっと一緒だったセバスさんって誰なの?

 

その後、車イスを押しながらタカさんが『あー、ラーメン食いてぇ』って言いながら乗って来て、結衣が『あ、本物もそのセリフなんだ?』と言うものだから、俺と姫咲と冬馬の尻は犠牲になってしまった。

 

それからバスは発車して、5分程経った時だった。

 

「あ、あの…Artemisのみんなに聞きたい事があるんだけどいいかな?」

 

「「「結衣(ユイユイ)!?」」」

 

さっき、結衣の不意の言葉で被害を被った俺達は、結衣の提案に物を申したかったが、Artemisのメンバーはみんなノリノリだった。

きっと俺達の誰かが口を開くのを待っていたんだろう。

 

「ユイユイちゃん、何かな何かな?何でも答えちゃうよー!」

 

「バンドやライブの事から大人な恋愛相談まで、あたしらに答えられない事はないから、何でも聞いてきな」

 

「いや、大人な恋愛相談は翔子じゃ無理でしょ」

 

「ウホ、ウホ」

 

「あー、ラーメン食いてぇ」

 

ああ、このまま次の停留所、もしくはライブ会場に行きたかったのに…。

 

「あ、うん、えっとね…。まずひとつめは、さっきからヒナポンの声で○○アウトーって聞こえると、その○○さんがお尻を叩かれるんだけど…?」

 

「ん?日奈子の声で?日奈子、そうなのか?」

 

「これの事かな?えっと…夏野、アウトー。ってやつ?」

 

「そう!それそれ!って、ちょっと待って、今私笑ってないよ?セバスちゃん、私笑ってな…(パァン!)いっってヴァァァ!」

 

「あのね、ユイユイちゃん、これってあたしがアウトって言われた人がお尻を叩かれるシステムなんだよ。笑った人にアウトって言ってるから、笑ってはいけないと思われてるのかもだけど、あたしがアウトって言えば笑ってなくても理不尽に叩かれちゃうんだよ」

 

本当に何て理不尽なんだろう。

 

「そ、それを…先に言ってよ…。そ、それじゃふたつめね。私達さっきからずっとセバスちゃんと一緒に居るし、セバスちゃんにお尻叩かれてるでしょ?

でもここに澄ちゃん居るし…さっきから一緒に居るあのセバスちゃんって誰なの?」

 

「ん?そういやそうだな。澄香、セバスちゃんってお前が秋月家の執事になった姿だろ?あのセバスちゃんって誰なんだよ」

 

「え?さぁ?リヴァイ兵長じゃない?」

 

「「「プッ…」」」

 

「あ、一瀬、秋月、松岡、アウトー」

 

「リヴァイ兵長って…(パァン!)いっ!」

 

「バスに乗る前のやり取り見てまし…(パァン!)だっ!」

 

「頼む、ユイユイ、もう喋らな…(パァン)いっでっ!」

 

「ほぉん、なら澄香もあのセバスちゃんの正体知らねぇのか?」

 

「あ、たぁくん普通に喋れるんだ?」

 

「「ブフッ」」

 

「あー!秋月、松岡、アウトー」

 

「ほんと、結衣、やめてくだ…(パァン!)じゃい!」

 

「ヤベェ…もうケツの感覚が…(パァン!)ぐぅ…!」

 

「ユイユイちゃんが聞きたい事ってそれだけ?」

 

「あ、ううん、もういっこだけあって…」

 

やめろ、もうやめてくれ結衣。

タカさんの前じゃちょっと言いづらいけど、このままだとCanoro Feliceみんな痔になっちゃう。

 

でも、結衣が最後に聞きたい事ってあの事だろうな。

俺も気になってるし、姫咲と冬馬はそっちに絶対目を向けてないしね。

 

「あ、えとね、その…たぁくんが押してきた車イスに乗ってウホウホ言ってるのって…あずあずじゃなくてゴリラだよね?」

 

「ウホ?」

 

やっぱりそれだったかぁぁぁ。

いや、さすがにずっと気になってたよ?

 

バスに乗って来た途端、車イスから降りて暴れながらドラミングしだすし、タカさんは巻き添えくらって殴り飛ばされちゃうし。

奏さんが置いていったバナナを、澄香さんが『梓!ステイ!』って言いながら渡してた時は、さすがに笑いそうだったけど。

 

「ユイユイちゃん!梓ちゃんは確かにがさつで凶暴でゴリラみたいだし、ゴリラだけど…」

 

「ああ、梓はゴリラみたいだけど、…ゴリラでもArtemisのリーダーだからな」

 

「そうだよ、ユイユイちゃん。梓はゴリラでも私の大切な幼馴染みだから」

 

「ユイユイちゃんは何言ってんだ?このゴリラってどう見ても梓じゃん」

 

みんな言いたい放題だよね。後で梓さんに怒られない?大丈夫?

 

「いや、えっと…どう言えばいいかな?あずあずってたぁくんや澄ちゃんから色々聞いてる感じ、中身は確かにゴリラみたいだけど、見た目ってすごい可愛いじゃん?」

 

「え?梓が可愛い?どうしたのユイユイ、俺にはいつもマウンテンゴリラにしか見えないんだけど…」

 

「いや、梓は幼馴染みの私から見ても超可愛いよ。ほら、バナナ食べてる姿なんて奥ゆかしい感じするじゃん」

 

「プッ」

 

「いや、奥ゆかしいって言うか、ジャングルの奥地に生息してるって感じにしか見えねぇんだけど?その幼馴染みの目ってどうやったら手に入る?」

 

「プフ、ジャングルの奥地って…」

 

「おい、いいのか日奈子?秋月も一瀬も笑ってるぞ?」

 

「いやー、今アウトって言っちゃうとタカちゃんと澄香ちゃんのゴリラ談義終わっちゃうじゃん?面白いからもうちょっと聞いてから、まとめてアウトにしようと思って」

 

ヤバ…、つい笑ってしまったけど、アウトって日奈子さんが言わないから安心してたのに…。

 

それから数分程、タカさんと澄香さんのゴリラ談義は続き『いや、何だかんだ言ってるけど、お前も翔子も日奈子もゴリラだからな?同じ穴のムジナって言うか、同じ群れのゴリラって感じ』と発言後、澄香さんに思いっきり殴られてこの話は終わった。

 

その間、俺は3発、結衣は2発、姫咲は7発、冬馬は5発、尻を叩かれる事になってしまった。

 

「マジイテェ…口ん中切って血ぃ出てんじゃん俺。こういう事を普通にしてくっからゴリラってんだよ…ブツブツ」

 

「なに?まだ殴られ足りない訳?」

 

まだ続くんだろうか?

 

「次は~香水停留所~香水停留所~。お降りの方はボタンを押して下さい~」

 

香水停留所?

香水って事はFABULOUS PERFUMEかな?

 

「ん?え?違うの!?……失礼しましたー。次は~戦乙女停留所~戦乙女停留所~」

 

え?違うの?

 

「あら?今の声って…」

 

「秋月も気付いたか?聞いた事ある声だよな?」

 

「ええ…確かに。でもどなたの声だったか…」

 

「え?今のセバスちゃんの声って、姫咲とまっちゃんは聞いた事ある感じ?私は聞いた事ないと思うけど?春くんはどう?」

 

「俺も聞いた事ないと思うんだけど…」

 

姫咲と冬馬は聞いた事のある声?

俺は聞いた事ないと思うんだけど、何気無くにしか聞いてなかったからかな?

 

そう思い俺は澄香さん達の方をチラッと見てみた。

 

「え?次は香水停留所で合ってるはずだけど何でだろ?」

 

「何かFABULOUS PERFUMEにトラブルか?それでなっちゃん達Divalを先にするとか?」

 

「ねぇ、タカ。これってヤバくない?」

 

「だよな?FABULOUS PERFUMEと交代で俺ら降りるハズだったし、そんで次がDivalの予定だったろ?」

 

「だよね?Divalの時もなっちゃんが車イス押しながら、梓とバスに乗るって演出だったハズなのに…」

 

「だな。俺らが降りた後、急いでDivalん所に梓を連れて行って、渚に任せるって予定でいたしな」

 

「私らまだ降りてないし、梓もここにまだ居るのに…」

 

ん?今度は渚さんがあそこに居るゴリラを連れて来る役だったの?てか、仕掛人がこんな所で俺達に聞こえるトーンでそんな話して大丈夫なの?

 

「タカも澄香も何言ってんだ?なっちゃんが連れて来るのは本物の梓だぞ?」

 

ああ、そうなんだ?

なら問題はないんじゃないのかな?

 

「本物の梓って…。ちょっと翔子、あんた何言ってんの?だから梓はまだここに…」

 

「まるでここに居る梓は偽物みたいな言い振りだな」

 

「澄香、タカ。お前らが何言ってんだ?」

 

「ねぇ、澄香ちゃん?本当に梓ちゃんと幼馴染みであり親友なの?あ、見逃してないよ?秋月ー、松岡ー、アウトー」

 

ああ、姫咲と冬馬はまた笑っちゃったのか。

 

-プシュー

 

そして戦乙女停留所に着いたバスの扉が開かれた所で、またこんな本編に関係のない話は続くのだった。

 

俺達Canoro Feliceは本当にライブが出来るんだろうか…?



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第61話 笑ってはいけない?

「って訳で、みんなのアイドル!梓ちゃんがやって来ました!ついこないだまであたしの過去話だったのに、もうあたしの登場とか実質あたしがメインヒロイン!」

 

と、言いながら戦乙女停留所から、梓さんかバスに乗り込んで来ました。

今回のお話は私、秋月 姫咲のモノローグになります。

 

っていうかどういう事ですの!?

せっかく日奈子さんに交渉して、私達Canoro Feliceが周年記念にライブが出来るようになったと喜んでましたのに、まさか、周年記念のモノローグが私ではなくて春くんだなんて!

 

ええい、本当なら前回の周年記念も私がモノローグをやりたかったというのに…。

 

「バ…バカな…。あ、梓が2人居る…だと…」

 

「そんな…何で梓が…。まさかmakarios bios?美来ちゃん以外にも、梓のmakarios biosが居たというの…!?」

 

タカさんと澄香は本気なのでしょうか?

ただ私達を笑わせにきてるだけ?

 

「いやいやいや、待ってよ。タカくんも澄香も正気?あたしの事ちゃんと見えてる?

タカくんはあんなに一緒だったのに、そのゴリラがあたしに見えてんの?澄香の幼馴染みの親友って人間じゃなくてゴリラなの?さっきのやり取りもモニターで見てたけど何あれ?」

 

モニターで見ていた?

なるほど、最悪これはただの茶番だと思っていましたが、やはりただの茶番だったのですね…。

 

ライブをしたかったって気持ちもありますが、周年記念に私達Canoro Feliceが出演という事で手を打ちましょうか。

 

……って!手を打てる訳ないじゃないですか!

私こんな笑いの沸点低かったでしたっけ?って思うくらい叩かれてますのに!

こんなにしばかれたんですから、せめてライブはやり遂げたいですわ!

 

「わぁ!ほんとだ!ほんとに梓お姉ちゃんがもう一人居る!ねぇねぇ、見て梓お姉ちゃん!梓お姉ちゃんがもう一人居るよ!」

 

「ほんとだね、なっちゃん。あはは、あたしがもう一人居るね。あはははは。ねぇ?なっちゃん、ちょっと飲み過ぎてない?」

 

「全く、渚も失礼ね。梓さん、渚はちょっと飲み過ぎなみたいです。梓さんも貴さんや澄香さんの悪ふざけに目くじら立てないで、戦乙女でも呑んで落ち着いて下さい」

 

「あはは、そうだね、りっちゃん。タカくんも澄香も悪ふざけが過ぎるよね。あたしももういい大人だし落ち着かなきゃね。あはははは。でもね、りっちゃん。りっちゃんが紙コップ渡して戦乙女を注ごうとしてるのは、あたしじゃなくてゴリラの方だよ?」

 

「渚も理奈もすっかり出来上がっちゃってるね」

 

「何で志保はあの2人に呑ませたの?カオスになるってわかりきってるじゃん」

 

そう言って、Divalの渚さん、理奈さん、志保さん、香菜さんがバスに乗ってきました。

渚さんは片手に缶ビール、理奈さんは片手に日本酒『戦乙女』の瓶を持って…。

このお二人はこの茶番をモニターで観ながら、お酒を呑んでましたの?

 

いや、それよりも、あのゴリラは理奈さんにお酌してもらいながら普通に日本酒を呑んでいますが…。

私も本物の梓さんがゴリラに見えてる訳じゃありませんわよね?

 

あ、その間に結衣と松岡くんがお尻を叩かれてますわ。

この数分のやり取りで笑ってしまいましたのね。

 

その後、普通にバスは発車されたのですが、数分後にバスは停止し、動物園の飼育員さんのような方がバスに乗ってきて、無事にゴリラを連れて帰りました。

 

ですが、飼育員さんもバスに乗って来た当初は、ゴリラではなく梓さんを連れて帰ろうとし、そのやり取りを見ていた私と春くんと松岡くんのお尻が犠牲になりました。

 

 

 

 

「おい、澄香!お前、梓の幼馴染みで親友だったんだろうが!何で俺が連れて来たのは梓じゃなくてゴリラだって言ってくれなかったんだよ!(ボソッ」

 

「は!?しゃーないやんか!私かてアレは梓だって聞いてたし、確かにちょっとちゃうかも?

って思ったけど、10年以上会ってなかったんやし、雰囲気も変わる事もあるかな?って思うやんか!(ボソッ」

 

「あはは、タカくんも澄香もボソボソ内緒話してるみたいだけど丸聞こえだよ。後でゆっくりお話しようね」

 

まずいですわね。

この話が続いてしまうと、また私のお尻が犠牲になってしまいますわ。

何とか話題を変えませんと…。

 

「あ、そういや雨宮。今度の仕掛人ってのはお前らなんだってな?お前らはどんなネタで俺達を笑わせようとしてんだ?」

 

お、松岡くんにしては気が利きますわね。

私達は今、笑いの沸点というか、ゴリラ沸点が低くなっていますから、これ以上のゴリラ談義は危険ですわ。

 

私達を笑わせる為に送り込まれたであろうDivalの刺客も、渚さんと理奈さんはお酒を飲んで酔っ払い状態みたいですし、志保さんと香菜さんはどちらかと言うとボケよりツッコミタイプ。

 

さっさとDivalのネタをやって頂いて、こんな茶番は終わらせるに限りますわね。

 

「あ、あ~、あたしらのネタってか話題かぁ~…」

 

「あ、あはは。あたしらの話題って本来ならFABULOUS PERFUMEの後で、この場にはタカ兄や澄香さん達も居ない予定だったもんね…」

 

あら?タカさんや澄香さんが居るとやりにくい話題なのでしょうか?

 

「ねぇ、香菜ぽん。私達ね、もうお尻がヤバいの…。多分赤くなるの通り越して青くなってると思うの。まるで蒙古斑みたいになってると思うの。だから…ね?早く終わらせたいの」

 

結衣。気持ちはわかりますわ。

さりげなく蒙古斑ってワードを付け加えて、誰か笑わせてやろうって思いましたのね。

春くん、松岡くん。御愁傷様ですわ。

 

「いや、あたしらの話ってさ?せっかく梓さんも一緒だし?貴の昔馴染みだからって、貴の好みのタイプとか聞きながら『ああ、だから結婚出来ないんだね』みたいな笑いを取りながら」

 

「『うへへ、それってArtemisのみんなもだよね。あ、あたしもブーメランだったわ』って言いながら…」

 

「誰も笑わなかったら一瀬さんと松岡が理不尽にアウトくらって叩かれるネタだったんだよ」

 

誰も笑わなかったら春くんと松岡くんが理不尽に叩かれるだけのイベント。

…私としてはその方がありがたかったですわね。

 

「誰も笑わなかったら俺と冬馬が叩かれてって…何て理不尽なんだ…」

 

「ああ、FABULOUS PERFUMEとDivalの順番が入れ替わって助かったな…」

 

「ねぇねぇ、それじゃDivalは今からどんなネタやるの?行き当たりばったり?」

 

確かに。このままDivalの出演は終わりってのは、私達が許しても、正体不明のじいやと日奈子さんが許しそうにありませんものね。

 

「そうなんだよねー。タカ兄も澄香さんも梓さんに怯えきってるし。ねぇ、結衣は何か思い付かない?Canoro Feliceが大爆笑しそうなやつ」

 

「え?私!?」

 

香菜さんも無茶振りしますわね。

そもそも笑わせる対象に、笑わせる為のネタを聞くとかどういうつもりなのでしょうか?

 

いえ、そうですわね。

何か適当なネタをしていただいて、私達の誰も笑わず、当初の予定通り春くんと松岡くんが理不尽に叩かれて終わる方が良いかもしれませんね。

 

よし、では私が…。

 

「う~ん、そうだなぁ?あ、ねぇねぇたぁくん、たぁくん!」

 

結衣!?

 

「ん?ユイユイちゃん?どうかしたか?」

 

「あ!んとね!たぁくんって、ファントムのバンドメンバーの女性陣の中なら誰が好き?誰となら結婚したい?」

 

 

-シーン…

 

 

さっきまでボソボソと話をしていたみんなの会話が止まりました。

いえ、むしろもう時間が止まったのでは?と思うレベル。

 

ってか、そもそも結衣は何でそんなとんでもない事を聞いちゃいますの!?

タカさんに何の思い入れのない私にとっては、梓さんと澄香さんと渚さんと理奈さんと志保さんの反応でメシウマとは思いますが、そんなの理不尽な暴力を奮われるタカさんを見て大爆笑必至じゃないですか!?

 

「…え?ユイユイちゃん、どうしたの急に?」

 

「え?うん、んとね、春くんとまっちゃんはまだ若いけど、たぁくんはいい歳してるのにまだ未婚じゃん?

……ん?え?何で?何でセバスちゃん私を叩こうと…私笑ってな…(パァン!)いだぁぁぁぁ!!」

 

「歳にいいも悪いもないもん…」

 

日奈子さん…。

いい歳してるのにまだ未婚ってセリフで、結衣を理不尽にアウトにしましたのね…。

 

「う、うぅぅ…痛い…。で、でね?ファントムって可愛い女の子多いしさ?好き!とまではいかなくても、もし結婚するから誰がいいとかあるかなぁ?って思って…」

 

「は?好きじゃなくてもって事?え?それ聞いちゃうの色々ダメじゃない?何か…あれ的なあれでさ?」

 

「いやいや、そのえっちぃ話じゃなく?女の子として色々あるじゃん?あ、たぁくんがそういう人なら別にえっちぃ基準で決めてもいいけど、いいお母さんになりそうとか、家事とか仕事とか頑張ってくれそうとかあるじゃん?」

 

結衣、アイドルでしたのに、タカさんのあれ的なあれで、えっちぃ内容とわかるとは…。

 

「ん?ああ、あーあー、そういう事か。ファントムの中じゃ誰がいい嫁になりそうとか的な?」

 

「うん!そうそう!それ!」

 

「いや、だったら一瀬くんとか松岡くんに聞いてもいいんじゃねぇの?」

 

「いや、別に私的には春くんもまっちゃんも興味ないし?架純の為になるかなぁ?と思って」

 

「え?何でここで架純ちゃん?」

 

結衣…。何て恐ろしい子ですの。

この周年記念の話に絡んできてない架純さんを二次災害に巻き込むとは…。

 

「俺、ユイユイに興味持たれてないのか…」

 

「冬馬、安心して。俺もだよ」

 

そういや春くんと松岡くんもさりげなく被害を受けてますわね。

 

「う~ん…そういう基準ならそうだなぁ…」

 

「タァカくん♪まさかあたしを選んだりしないよね?まぁ?あたしを選んだりしたらドン引きして、ソッコーでお父さんに連絡しちゃいそうだけどさ?」

 

梓さんのお父様ってクリムゾンエンターテイメントの創始者の海原ですわよね?

 

「タカ!もし私を選んだりしたらわかってるよね?秋月家の全勢力を出すよ?」

 

澄香さん?秋月家の全勢力って何を勝手に…。

 

「せんばぁ~い!もし私を選んだら、月曜日出社早々に社長含めて全社員にメールしちゃいますので」

 

全社員にメールって…。どれだけ社員の方がいらっしゃるのか存じませんが、それを社内メールでやっちゃうと、他の社員の方にはただの迷惑メールですわよ?

 

「私を選んだりしたらわかっているわよね?父に頼んで昔のあなたの仲間、アルテミスの矢の皆さんやレガリア使いに関係のある方々に、色々と連絡してもらうわ」

 

アルテミスの矢やレガリア使いに関係のある方々って…。射手座の3代目レガリア使いが、2代目レガリア使いのベースメンバーの娘を…とかですかしら?ほぼタカさんには拷問じゃないですか?

 

「タカ!あんたわかってるよね!?あたし、料理も家事もしっかり出来るんだからっ!」

 

志保さん?

 

まぁ、志保さんは置いておくとしましても、梓さんのお父様に連絡は『お父さん!あたしタカくんと結婚する!』って報告や、澄香さんに至っては秋月家全勢力をもってお祝いする!って事かもしれませんし、渚さんも全社員に連絡して逃げれないようにする、理奈さんもかつての仲間の皆さんに連絡して頂いて逃げれないようにする。って解釈も出来ますわね。

 

皆さんこんな男のどこがいいんでしょう?

 

「は、ははは、何ですのこの茶番…」

 

「あ、秋月ー、アウトー!」

 

しまった!ですわ!!

 

-パァン!

 

クッ…油断しましたわ…。ただの乾いた笑いでも叩かれてしまうとは…。

 

「「「「「で!?誰を選ぶの!?」」」」」

 

皆さんの必死っぷりよ…。

 

「そうだなぁ…。まぁ、結婚して嫁になってもらえるなら…」

 

「「「「「嫁になってもらえるなら!?」」」」」

 

「皆様大変お疲れ様でございましたー。次はー、終点ファントムー、終点ファントムー」

 

「「「「「ふぁ!?」」」」」

 

「あ?終点か…。FABULOUS PERFUMEはどうしたんだ?」

 

終点?しかもファントム…ですの?

 

そして、バスはファントムの前に停車し、私達は降車した。何故ファントムに?

 

「んー、まぁ、途中ゴリラに殴られたり色々あったけど、これでメイド服マイミーちゃんのアクスタが貰えるなら安いもんだな」

 

「え?メイド服マイミーちゃんのアクスタ?タカ兄は何を言ってるの?」

 

「え?ちょっと日奈子!マイミーのアクスタって何!?どういう事!?」

 

「ああ、梓ちゃん、心配しなくていいよ。マイミーアクスタはタカちゃんへの給料代わりなだけで、梓ちゃんにはあの乙女ゲームのタカヤくんだっけ?あれの、クリアポスターをちゃんと用意してるから」

 

今回の給料がアクスタにクリアポスター?

皆さんそんなモノで今日の茶番を頑張ってらしたの?

 

「あいつら本当に安いよな?日奈子、あたしはちゃんと約束通り日給15,000円なんだよな?」

 

「…ああ、うん。物で釣れなかった翔子ちゃんや香菜ちゃんとか他のメンバーはちゃんと約束通り日給払うよ」

 

日給15,000円…。え?あれだけでですの?1時間もトークしてないのに?

 

「ハァ…。でもせっかくライブ出来ると思ってたのにね」

 

春くん…。

 

「まぁ、気にすんなよ、春太。俺達が茶番に付き合わされるのはいつもの事だ。ライブもいつかきっとやれるさ」

 

松岡くん…。

松岡くんはもう諦めてますのね。

確かにこれは茶番でライブなんてもう出来ないと思いますが…。

 

私はいつもは茶番に付き合わせる側でしたのに、茶番に付き合う事になるとは…。少しむなしさを感じますわね。

 

「え?ライブない感じ?あれ?私、こんな服にせっかく着替えたのに?着替え損?」

 

「「「プッ」」」

 

フフ、た、確かに結衣のあの衣装は無いですわね。

あの衣装って時点で茶番と気付くべきでしたのに、私もライブが出来ると浮かれて…。

 

「あ、一瀬ー、秋月ー、松岡ー、アウトー」

 

え?

 

-パァン!パァン!パァン!

 

「クッ…油断してた…」

 

「俺もファントムに着いたから終わりと思ってたぜ…」

 

「ま、まだ終わりませんの?これはいつになったら終わりますの…?」

 

てか、周年記念から何日経ったと思っているのですか?

本当に…ライブが出来ないのであれば、さっさと本編に戻って欲しいですわ。

 

「あ?お前らこんな所で尻を押さえながら何やってんの?」

 

タカさん?こいつ…、今までの八つ当たりをくらわせてやりましょうか…。

 

「好きでケツを押さえてる訳じゃないッスよ。ライブ出来ると思ってたのに、こんな茶番に付き合わせるとか…」

 

「そうですよ。冬馬も言ってくれましたけど、俺達はライブをやれると思って、こんな茶番に付き合ってたんです。それなのに…」

 

「あ?松岡くんも一瀬くんも何言ってんだ?」

 

「むぅぅぅ!たぁくん!私達はね…!」

 

「てか、ユイユイちゃんはいつまで、そんな格好してんだ?早く着替えないとライブにその変な格好で出演する事になっちまうぞ?」

 

「…え?私?着替え?」

 

ライブにその変な格好で出演する?

え?待って下さい、今までの事って私達を茶番に参加させる為に餌とかそういうのではなく…?

 

「とりま、一瀬くんと松岡くんと姫咲は控え室行ってろよ。…まぁ、そこでも笑わせられるかもしれんけどな」

 

「ま、待って下さい!タカさん!」

 

「あ?どした姫咲?まぁ、この後はお前らのライブ観させてもらうつもりだったし、いくらでも待ってやるけど?」

 

「あの…私達はライブをさせてもらえますの?」

 

「ああ?…ああ、そっか。日奈子の企画だからって、ライブ自体が嘘だと思ってたのか?」

 

「え?ええ…まぁ…」

 

「大丈夫、心配すんな。あいつはアホだし、人を人と思わない人でなしだが、音楽に関しては嘘はつかねぇ」

 

人でなし…?

 

「お前らがライブやりてぇなら、今からお前らはライブをやる。それはマジだ。心配すんな(ニコッ」

 

うっ…!?

 

「ほんとですか!?タカさん!俺達ライブさせてもらえるんですか!?」

 

「わ!わわわわ!わ、私!早く着替えなきゃ!」

 

「マジか…。俺達、ライブやれるのか…」

 

み、みんなライブをやれる嬉しさで興奮してますわね。

 

しかし、今のタカさんの笑顔…。

 

いつもはタカさんが笑顔になった所で、生理的に気持ち悪かったですし、タカさんに惚れている梓さんや澄香さん、そして、タカさんに惚れているだろうと思われる奈緒さん、盛夏さん、渚さん、理奈さん、志保さん、美緒さん、架純さんの事は…。

正直、アホなのか視力が悪いのかと思っていたのですが…。

音楽の事になるとこんな顔も出来ますのね…。

 

「姫咲?どした?」

 

「い、いえ!何でもありませんわ!///」

 

「そっか。一瀬くん、ユイユイ、姫咲、松岡くん。

お前らのライブ。楽しみにしてるから(ニコッ」

 

「「「「はい!(ニコッ」」」」

 

\\全員アウトー//

 

「「「「ふぁ!?」」」」

 

「ちょ…ただニコッてしただ(パァン!)いったい!」

 

「わ、私!着替えなきゃいけ…(パァン!)なぁぁぁぁぁ!」

 

「や、やっぱりArtemisの皆さんもディ(パァン!)ヴァァァァ!」

 

「……(パァン!)ヤベェ、あんまり痛くねぇ。もうケツの感覚が失くなっちまった…」

 

「Canoro Feliceのみんな叩かれたか。やはり『ニコッ』ってだけでもアウトなんだな。今の内に実験出来て良かったぜ」

 

そう言ってタカさんは去って行った。

実験!?何の実験ですの!?あの男!本当にあの男はっ!!

 

それから私達は用意された控え室に入った。

結衣は着替えの為に、別の控え室に通されましたが。

 

 

-コンコン

 

 

私達が控え室で、これ以上笑ってしまわない為に無言で大人しくしていると、控え室の扉をノックする音が聞こえた。

 

 

-コンコン

 

-コンコン

 

 

しつこいですわね。

 

「春太、秋月。どうする?」

 

「どうするって何がですの?私には何も聞こえません。このまま結衣の着替えを待って、ライブの時間まで無言で大人しくしておくだけですわ」

 

-ガタッ

 

私が松岡くんに返事した直後、春くんが席を立って控え室の扉の方へと近付いて行った。

 

「春くん?何をしていますの?」

 

「姫咲らしくないよ。この状況なら開けない訳にはいかないでしょ。そもそも…。このノックをしている人が、俺達を笑わせる為の刺客なら、このまま無視続けててもライブが始まる事はないでしょ…」

 

た、確かに。

このノックをしている人が、私達を笑わせる為の刺客なら、この方のコーナーが終わるまで私達は控え室を出る事は出来ないでしょう。

 

春くんは意を決したように、私達を見て一瞥した後、思いっきりドアを開けた。

 

「やっと私達が通されたか。フッ、目映い光に集う蝶の気持ちが正にわかった瞬間だったよ」

 

そう言って控え室に入って来たのは、FABULOUS PERFUMEのシグレ様。

目映い光に集うのは蝶ではなくて、餓ではないでしょうか…?

 

「シグレのノックが聞こえづらかったんじゃねぇか?俺ならノックでも……ビートを刻むぜ!」

 

そう言って次に入って来たのはチヒロ様。

いや、ちょっとキャラが違いませんか?

 

「あ、冬馬~♪」

 

そう言って入って来たのはナギ様ではなく、茅野 双葉。

何でですの!?何で双葉はナギ様に扮せずに、双葉のまま現れましたの!?

 

「みんな、もっとFABULOUS PERFUMEの誇りを持って出演して欲しかったね。ボクも……ん?あれ?何で姫咲と、一瀬 春太と松岡 冬馬しかいないの?ゆーちゃんは?ゆーちゃんはどこ?うわぁぁぁぁん!」

 

ああ!イオリ様…!

イオリ様?イオリ様ですわよね?

何でイオリ様のお姿のまま栞ちゃん風なセリフを言って泣いてますの!?

 

ってか、栞ちゃんでもシフォン(遊太)さんが居なかったからって泣く事なんて無いですわよね!?台本通り役作りしっかりやってきましたよアピールですか!?

 

「あ、それよりね、春太と冬馬にも聞いて欲しいんだけど!」

 

双葉?

いつもでしたら栞ちゃんには、過保護過ぎるくらい過保護ですのに、泣いている栞ちゃんを放っておいて聞いて欲しい事がありますの?

ああ、今の栞ちゃんはイオリ様ですから、過保護にならなくてもいいって感じですかね?

 

違いますわね。

栞ちゃんがイオリ様でも、双葉がナギ様でも、どちらにしろ栞ちゃんには双葉は過保護ですし。

 

「私達ってファントムの中では一番上手いバンドじゃん?」

 

そうですわね、双葉。

私も、いえ、私以外のファントムのメンバーも、きっとファントムで一番上手いバンドはFABULOUS PERFUMEだと思っていると思います。

 

ですが、双葉自身はそう思ってませんわよね?

めちゃくちゃ目が泳いでますし、室内で空調も程よいというのに汗がすごいですし。

言わされてる感が凄まじいですわ。

いつもの双葉なら『~じゃん?』とも言いませんしね。

 

「あー、うん」

 

「そ、そうだな?それで?」

 

春くんも松岡くんも…。

双葉が馴れないお芝居を頑張ってますのよ!?

何なのですか!そのやっつけ仕事な返事は!

 

ええい!

このままでは双葉はとんだピエロになってしまいますわ。こうなったら私が…。

 

「姫咲、止めた方がいいと思うよ。双葉ちゃんが頑張ってるのも俺はわかってるし…」

 

「そうだぜ秋月。茅野が日奈子さんのせいなのか、俺達の為なのか置いておいたとしても。あんな下手な芝居を頑張ってんだ。俺達は黙って見ていようぜ」

 

春くんも松岡くんも…。

何故、私が何かしようとしているのが、わかってしまったのかはわかりませんが、それをここで口に出してしまったら双葉の立場は…。

 

「まぁ、それでね!Canoro Feliceも、私達FABULOUS PERFUMEみたいに決めセリフ作っちゃおうよ!…グスッ」

 

双葉!?泣くほど嫌でしたのに、最期まで台詞は言いきりましたのね!?

 

「双…ナギ、大丈夫かよ?お前、泣いてないか?……うわぁぁぁぁん!ゆーちゃん!ゆーちゃん助けてー!」

 

イオリ様!?いえ、栞ちゃん!?

栞ちゃん風に双葉って言おうとした所で、イオリ様に戻って、さらにまた栞ちゃんに戻ってくるとか、いくら何でも器用過ぎませんか!?

そして、どれだけ遊太くんに助けを求めますの!?

 

「うわぁぁぁぁん!うわぁぁぁぁん!うわ~ん、うわ、あん?うわ……ジー」

 

ほら!泣くの止めて私達が笑わないかどうか、めちゃくちゃ見てきてますし!完全お芝居じゃないですか!

 

って、思ってたら、シグレ様もチヒロ様も双葉も、めちゃくちゃ私達を見てきてますけど、今のやり取りのどこに笑う要素がありますの!?

 

「……ねぇ、シグレ。そんな事よりさ」

 

双葉!?

今のやり取りで私達が笑わなかったからって、栞ちゃんの今の演技の流れをそんな事呼ばわりですか!?

 

「Canoro Feliceって私達と違って…」

 

「ああ、私もそう思っていたよ」

 

「え?シグレ?そう思ってたって何が?まだこれ双葉の台詞の途中じゃない?」

 

「ちょ、イオリ!シグレも早く帰りたいから、双葉の次の台詞を先読みして喋ってしまっただけだって!イオリも早くこんな茶番終わらせて帰りたいだろ!」

 

「え?ボクはこの後のCanoro Feliceのライブも観たいし、早く帰りたいとかないよ?」

 

「イオリ…、あ、この場合、栞って呼んだ方がいいかな?私もシグレの台詞にびっくりしたけど、シグレもチヒロも社会人だし早く帰りたいんだよ」

 

「え?明日は土曜日だからシグレは休みだし、チヒロは休み取ったって言ってなかった?……ジー」

 

今のもわざとのお芝居でしたの!?

無駄に長いですし、わかりづらいですし!そもそもどこに笑いの要素が!?

 

「……長居をしてもCanoro Feliceに悪いな。私達は帰るとしよう」

 

「だよね。Canoro Feliceって……って、え?シグレ?帰るの?」

 

「いや、私もこれは仕事と割り切ってるから、ちゃんと最期までやりとげたいのだけれど、そもそも梓さん達の我が儘で私達の順番変わってしまったし…Canoro Feliceみんな笑わないし、ちょっと…心が折れたというか…」

 

シグレ様…。

 

「あ、あ~…確かにやりにくいよね。帰ってもいいかな?」

 

双葉まで…。

 

「「「「……」」」」

 

いやいやいや、みんな黙り込んでしまいますの!?

何かありませんの!?

 

「おい、春太」

 

「うん、わかってるよ冬馬。これが笑ってはいけないで良かったよね。つっこんではいけないだったら、今頃俺と冬馬のお尻は大惨事だったよ」

 

春くんと松岡くんも心の中では、つっこんでばかりでしたのね。

いつも、春くんと松岡はつっこんでばかりで楽な仕事と思っていましたが、私もツッコミ側になってやっとわかりましたわ。

このツッコミだけの空間がどれだけ大変で辛いのかを。

 

まぁ、ですが、ツッコミも大変だとわかっただけで、いつもツッコミばかりのお二人に同情も何もないですけどね。

これからもツッコミを頑張って下さい。

 

「じゃあ、シグレの心も折れちまってるし、双葉もテンパってるし、イオリはライブの事で頭いっぱいみたいだから、俺達は帰るか」

 

「あ、そうだ一瀬」

 

「シ、シグレさん?どうしました?俺を名指しって珍しいですね」

 

春くん、ちょっと警戒し過ぎじゃありませんか?

 

「いや、ライブの事でちょっとな」

 

「ライブの事…ですか?」

 

「ああ、私もお前も同じボーカリストだし、ちょっとMCに関してアドバイスを…と、思ったのだが…」

 

MCに関してのアドバイス?

春くんもMCを頑張ってくれてはいますが、やはり今のファントムのバンドでは、Ailes Flammeの江口くんや、Blaze Futureのタカさん、そして、FABULOUS PERFUMEのシグレ様もオーディエンスの心を掴むMCに長けている印象があります。

 

そんなシグレ様からMCのアドバイスを聞かせて頂けるのはありがたいですわね。

 

「私達FABULOUS PERFUMEはオーディエンスを蝶、私達を花に喩え、『私達の香りに誘いざなわれた蝶達よ!!私達の香りに酔いしれろ』と、ライブを開始する合図のようなものがある。そして、タカさん達Blaze Futureは、オーディエンスと同じ景色を観るかのように、片腕を挙げて『楽しむぞ』と声を掛けるように心掛けているようにも見える」

 

「な、なるほど、確かにタカくんはそんな感じで演奏を開始しますね。同じ景色を観る為…か」

 

えぇ!?ちょっと…マジですの?

あの男、そんな事考えながらMCしてましたの?

いつも適当に行き当たりばったりで、下ネタを封印した為の自棄糞だと思ってましたわ…。

 

「まぁ、タカくんは場馴れもあるから他のMCも上手いし、江口くんもオーディエンスの心を掴むMCは上手いが、一瀬はさすがにそこまでは一朝一夕では無理だろう?」

 

「た、確かに…」

 

「ふふふ。先程までこんな茶番の中、私が名指しするものだからと警戒していたのに、今はやけに素直だね」

 

「うぇ!?いや、あの…すみません…」

 

「まぁ、わからなくもない。ハッキリ言って、これまでの事は茶番以外に考えようがないしね」

 

「茶番…。ええ、まぁ…そうですね」

 

やっぱりシグレ様も茶番と思ってましたのね。

 

「そこで私は、この茶番をいい機会だと思い、君たちCanoro Feliceの掛け声…というのかな?そういうモノを考えてきたんだ。それを使うかどうかは一瀬次第だけどね」

 

「俺達の為に…?」

 

「ああ。先程、双葉が言い掛けていただろう?Canoro Feliceも決め台詞みたいなのを作ろう。と、本来であれば、一瀬達の案をダメ出ししながら、笑いを取るつもりだったが…」

 

「ああ。シグレの心が折れちまったからな。さっさとシグレの案を伝えて帰ろうって訳だ」

 

なるほど。

私達が急に考えても、いきなり良い台詞が出てくるとは限りませんし、その為にシグレ様が私達への決め台詞を予め用意してくれてたという訳ですか。

 

「そうだぞ!一瀬 春太!シグレはこの茶番をやってくれって日奈子さんに頼まれた時から、仕事の事やボク達の事よりも、こんな茶番をやらされるCanoro Feliceの為にって一生懸命考えてくれたんだからなっ!」

 

「シグレさん…俺達の為にそんなに…」

 

「気にする事はない。私はCanoro Feliceを尊敬している。バンドとしてはまだまだ私達の方が上だと思っているが、それと同様に、Canoro Feliceは私達のライバルだとも思っている。ふふふ。次は対バンではなく、デュエルをしたいものだよ」

 

「シグレさん…」

 

シグレ様…。

シグレ様がそのように私達の事を想って下さってたなんて…。

 

「シグレ…さん。ありがとう…ありがとうございます!俺達なんかの為に…!」

 

「さっきも言ったが気にする事はない。では、一度しか言わないからよく聞きたまえ」

 

「はい!」

 

シグレ様…。ありがとうございます。

もし、春くんがシグレ様の考案下さったセリフを恥ずかしいとか照れたりするようでしたら、私がぶん殴ってさしあげますわ。

 

「いくぞ、一瀬。う、うぅん……『糞尿に集る(ふんにょうにたかる)ハエ共よ!お前らの血は何色だ!?』…どうだ一瀬?」

 

「……え?糞にょ…?」

 

ハ…ハエ…?……春くんも私も何か聞き間違いをしてしまいましたでしょうか?

 

「あ、あの、シグレさん、すまねぇ。今、あんた…」

 

「冬馬!シグレがせっかく考えてくれたセリフに文句あるの!?」

 

「茅野?いや、お前そんなキャラだっけ?って、今はそれはいいとして、今、シグレさんは糞にょ…」

 

「もう!シグレがせっかく!Canoro Feliceの為にって!」

 

「いや、だから茅野。お前、そんなキャラじゃ…」

 

「双葉。もういい。もう…いいんだ」

 

「シグレ!でも!」

 

「私はCanoro Feliceの為にと考えた。だが、Canoro Feliceには私のセリフは心に響かなかったんだろう」

 

「でも!でも、シグレが…グスッ、一生懸命…さ…グスッ」

 

シグレ様…双葉。本当にごめんなさい。

さすがにびっくりの方が大きすぎて笑えません。

いえ、それよりシグレ様がそんなセリフを言って私達が笑うと思ってましたの?

 

こんな茶番に付き合わさせられて、普段は絶対言わないようなセリフを言わされたシグレ様。

らしくないセリフを言いながら泣いている演技までする双葉。

本当に…笑えなくてすみません。

 

……ってか、シグレ様もチヒロ様も双葉もイオリ様も。

『こいつら笑わないかな?』って顔しながら、私達を見てくるの止めてくれません?

 

「さて、誰も笑ってくれないし、私達は帰るとするか」

 

「ああ、そうだな」

 

「せっかくシグレが考えてくれたのに!」

 

「いや~、ボクでもさすがにアレは笑わないよ?」

 

そう言ってFABULOUS PERFUMEの皆さんは帰っていきました。

さっきまでの重々しい雰囲気は?

双葉なんかいつの間にか泣き止んでますし…。

 

「…さっきのさ?俺、言わなくていいよね?」

 

「そりゃそうだろ。言ったら会場中みんなドン引きだろ…」

 

「私達を糞尿扱いして、オーディエンスの皆さんもハエ呼ばわりですもんね…」

 

それから数分、私達はただただ重苦しいだけの時間を過ごしました。

 

そして、着替えを終えた結衣がお尻を押さえながら戻って来て『いや~、糞尿に集るハエ共よ!って、さすがに笑っちゃうよね。まさか着替え中にもお尻叩かれるとか思ってなかったよ』と、言っていました。

それを聞いた私達のお尻もまた犠牲になってしまいましたが、何とかステージの上に立つ事が出来ました。

 

「えっと…初音ちゃんと三咲さんに案内されるまま、俺達ステージに立っちゃったけど…」

 

「だよね?オーディエンスのみんなって…」

 

「私の家のメイド達と、澄香さんの私設部隊の方達ばかりですわね」

 

「ああ、そうだな。みんな見知った顔だ。ファントムのバンドのみんなも居てくれてはいるみたいだが…」

 

そう。私達が立ったステージから見える景色。

そこに居るオーディエンスの方達は、私達の顔見知りばかり。

 

今日のライブはファントムの2階ステージ。

地下よりは規模は小さいですが、オーディエンスは満員でした。

 

だったら、顔見知りであろうと何だろうと、私達がやる事は1つですわ。

 

「みんな!思いっきりやろうね!」

 

結衣が私達に声をかける。

 

「当然だ!盛り上げるぞ!」

 

松岡くんのドラムが鳴り響く。

 

「私達の成長を観ていただきましょう!」

 

私も松岡くんのドラムに合わせてベースを奏でる。

 

「みんな!いくよ!『idol road』!!」

 

春くんのタイトルコールで、私達Canoro Feliceのライブは始まった。



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第62話 周年記念だよね?

\\ワー!キャー!!//

 

俺達、Canoro Feliceの1曲目、『idol road』が終わった。

 

会場の反応は上々だ。

ここに居るオーディエンスは秋月の家のメイドと、澄香さんの私設部隊のお姉さま達、そしてファントムのバンドのメンバーだけだ。

 

今日は見知った顔ぶればかりで、一般のお客様は入っていねぇ。

だからこそ、この程度の盛り上がりで満足はしていられねぇ。

 

……何となくモノローグを進めていたが。

まさかまた周年記念企画の続きとはな。

 

俺の名前は松岡 冬馬。

Canoro Feliceでドラムを担当している。

 

周年記念が春太、前回が秋月、そして今回は俺。

まさかとは思うが次回に続いて、次はユイユイがモノローグって事はないよな?

 

「そしてドラムの…」

 

おっと、いけねぇ。

 

今は春太がMCでメンバー紹介をしてくれてんだったな。自分の世界に入ってしまってたぜ。

 

そして俺はリズミカルに、ロックが好きじゃないオーディエンスにもノりやすいように優しくドラムを叩いた。

 

「松岡 冬馬です。よろしく」

 

ふぅ…、やっぱり見知った顔の前でも、ステージ上での自己紹介は照れちまうな。

 

「さて!メンバー紹介も終わった所で、俺達の次の曲に入らせてもらいます。皆さん、次の曲は俺の真似をしながら手拍子をお願いします!」

 

「みんなー!周りのお友達と一緒に手拍子してね!」

 

春太に続いてユイユイもオーディエンスに向けて叫んだ。

 

これが俺達の合図。

次の曲は『Clap』。

秋月は俺の方をチラリと見て頷いた。

そして、俺がドラムでリズムを…。

 

 

-パッ

 

 

「え?」

 

「あれ?照明が…」

 

「何故、このようなタイミングで…?」

 

俺が今まさにドラムを叩こうとした時、ステージの照明が何故か消えてしまった。

今日の照明担当は誰がやってくれてるのか知らねぇが、ファントムのスタッフにしろ、英治さん達BREEZEのメンバーにしろ珍しいミスだ。

 

…ってか、春太もユイユイも秋月も何で俺を見てんの?

俺のミスじゃねぇから。

 

 

\\ざわざわ…ざわざわ…//

 

 

チッ、まずいな。

オーディエンスもざわざわしだしてしまった。

いや、まずいとは思うが、オーディエンスが騒ぎだしたって事、これはアクシデントであって、俺達のケツを叩くためのネタではないって事だな。

そうだよね?ただのアクシデントだよね?

 

ああ…春太は俺を困った顔で見てるし、ユイユイは俺を見ながらほっぺたを膨らませて怒っている。

秋月にいたっては俺の事を汚物を見るかのような目で見ている。

だから俺のせいじゃないって…!

 

俺が春太達に文句を言おうとした時だった。

 

 

-ドン、ドン、ドンシャン、デュグデュグ…

 

 

な、なんだと!?こ、この曲は…。

この曲は忘れる訳ねぇ…。忘れたくても忘れられるもんかよ…!

 

「何で?何でファントムで…この曲が…」

 

ユイユイも驚きを隠せないみたいだ。

 

「間違いない…この曲は…南国DEギグの時の…」

 

春太にもわかっているようだな。

 

「interludeが登場した時の…」

 

秋月の言う通りだ。

この曲は、南国DEギグの時にinterludeがステージに登場して来た時の曲。

クリムゾンの曲だ。

 

何だってファントムでこの曲がかかるんだよ!

 

そして、クリムゾンの曲が止まったと同時に、ステージの照明が照らされた。

 

 

-パッ

 

 

「「「「………」」」」

 

よし、取り敢えず落ち着け俺。

 

ステージの照明が照らされた時、確かにCanoro Felice以外の4人の人物がステージ上に登場していた。

 

そのステージに立っているCanoro Felice以外の4人は、仮面舞踏会の時に着けるような…ヴェネチアンマスクだっけ?を、着けていた。

でも、こいつらどう見ても…。

 

「この4人…江口くん達、Ailes Flammeだよね?(ボソッ」

 

「ですわよね。何をやってますのこの方達は…?(ボソッ」

 

「むぅ!私達のライブに乱入してくるなんて!君たちは何者なのかな!?」

 

ああ、春太と秋月も気付いたか。

だよな?こいつらどう見ても、江口と秦野と内山とシフォン。Ailes Flammeじゃねぇか。

てか、何でユイユイはわかってないの?もしかして、やっぱりユイユイは仕掛人側なの?

 

「はははは、どうやら驚きのあまり声も出ないよーだな!そうや!ワイらがクリムゾンのバンドや!」

 

「え?いや、私は声出したよ?何者なのか聞いたけど?」

 

「はははは、どんまい!」

 

やっぱり江口じゃねーか。

 

「わ、わた…いや、何て呼べばいいんだっけ?えっと… interludeの白石みたいに関西弁使わなくてもいいんだよ?早くやる事やっちゃおうよ」

 

今、内山のやつ『渉』って呼びかけなかったか?

 

「フッ、そうだな。オレ達が何者だなんか関係ない。通りすがりの蕎麦屋と思っていればいいさ」

 

いや、何でだよ秦野。

さっき江口のヤツが下手な関西弁で、クリムゾンのバンドって言ったじゃねぇか。

何で通りすがりの蕎麦屋なんだよ。

設定グダグダかよ。

 

「通りすがりの蕎麦屋…?蕎麦屋が何でファントムに?」

 

ほんとだよ。ユイユイの言う通りだよ。

何で蕎麦屋がライブハウスのステージの上に立ってんだよ。

 

「そうだな!早く終わらせて、にーちゃんにまたそよ風に連れて行ってもらいたいし!さっさとデュエルやろうぜ!」

 

いや、にーちゃんとか葉川さんの事だろ?

晴香さんのそよ風の事まで言っちまってるし。

 

「それで?江口くん、秦野くん、内山くん、シフォンさん、私達は本当にデュエルをやりますの?」

 

秋月、わざわざみんなの名前を出さなくても。

 

「フフフ。姫咲さんが何を言ってるのか、さっぱりわからんちんだけど、ボクらは今からデュエルをやるよ!

わかってる?クリムゾンのミュージシャンにデュエルで負けたらどうなるか?」

 

あ?確か、クリムゾンとのデュエルギグは、負けたバンドはもうバンドをやれなくなるんだったよな?

……って、マジか!?お前らこんな周年記念の話で、そんなデュエルギグをやるつもりなのか!?

 

「ね、ねぇ、ちょっとシフォンも何を言ってるのか、俺にはわからないんだけど、そんなデュエルギグを今からやるの?俺達Canoro Feliceと、君たちAiles Flammeで」

 

春太の言う通りだ。

確かに俺達、ファントムのバンドは仲間でもあり、ライバルのような存在ではあるが、バンドを辞めるだのどうだのなんて、馬鹿みたいな事賭けてやる必要はねぇだろ。

 

「はははは、俺達はファントムのバンド、Ailes Flammeじゃねーしな!俺達は負けても痛くも痒くもねぇ!」

 

いや、なに理論だよそれ。

 

「って訳で!行くぜCanoro Felice!!」

 

江口のヤツ…!マジでこのままデュエルをするつもりか!?

 

 

「ちょ~~~っと!待ったぁぁぁぁ!!」

 

 

江口の掛け声と共に、今まさにAiles Flammeと俺達Canoro Feliceのデュエルギルドが開始されようとしていたが、謎の声によりそのデュエルは開始される事はなかった。

 

一体誰だ?今、俺達を止めたのは…。

 

俺がそんな事を思っていると、1人の女の子が、やっぱりベネチアンマスクを着けて、ステージへと上がってきた。

 

「ダメだよ。えっと……江ノ島くんと、蕎麦屋くんと、スイーツくんと、シフォンケーキちゃん」

 

「あ、俺、江ノ島って名前なのか?」

 

「蕎麦屋くんか…いい名前だな」

 

「僕はスイーツくんなの?」

 

「シフォンケーキちゃんって…」

 

そう言ってステージに上がって来たのは…。

evokeのドラマー、河野 鳴海さんの妹の河野 紗智だった。

 

「そして私の名前はさっちゃん。…ミス・さっちゃん!」

 

誰も聞いてねぇのに勝手に名乗ったよ。

そりゃミセスじゃなくてミスだろうが、紗智だからさっちゃん?安直過ぎない?

 

 

 

\うぉぉぉ!紗智ー!マスクをしてても可愛いぞー!/

 

 

 

客席から正体バラされてんぞ?

 

「フッ、Canoro Felice!私達クリムゾンフラムは、貴方達にデュエルギグを申し込むわ!」

 

クリムゾンフラム?

いや、そもそも江口達もデュエルしようって言って来てたじゃねぇか。河野がわざわざ改めて言う意味は?

 

「クリムゾン…フラム…?クリムゾンエンターテイメントとは別のクリムゾングループなんだね…!」

 

ユイユイ?本当に仕掛人側じゃないんだよな?

 

「本当にデュエルギグするかな…?どうしたらいいんだろう…」

 

「春くん。迷う必要はありませんわ。

Ailes Flamme…おっと、クリムゾンフラムでしたか?今、お互いのレベル差を知る良い機会ではありませんか。

デュエルをするならデュエルをするで、相手が誰であろうとギタギタに叩き潰すだけです。徹底的に。完膚なきまでに」

 

秋月が言うとほんと怖い。

 

でもまぁ、秋月の言う通りだな。

こいつらが何を思ってクリムゾンだとか、デュエルをすると言って来てんのかわかんねぇが。

 

こいつらも仕掛人でデュエルをするしかねぇ訳だろ。

だったら俺達も俺達で本気でデュエルをするだけだ!

 

「フフフ、さすがだね。秋月さん!

よし!デュエルギグをやるよ!準備はいい?」

 

「なぁ、何でさっきからさっちが仕切ってんだ?ここは俺の見せ場な予定じゃなかったか?」

 

「わた…じゃないな。江ノ島だっけか?気にすんな。ミス・さっちゃんに任せようぜ。早く帰りたいし」

 

「そんな…蕎麦屋くんが…私の事をさっちゃんって呼んでくれるなんて…///」

 

「まだ河野さ…ミス・さっちゃんは蕎麦屋が好きって設定を守ってるの?」

 

「ダメだよ、スイーツくん。表向きはそのままの設定でいようよ。江ノ島くんにたか兄の変な所ばっかり似られても困るのボクらだし」

 

こいつら何でこんな余裕なんだ?

まぁ、いい。その余裕をここで終わらせてやるぜ!

ついでにこんな茶番もな!

 

そうして俺達のデュエルギグは開始された。

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…、こんな…こんな事って…」

 

「嘘…嘘だよ。私も本気でやったし…。春くんも姫咲もまっちゃんも…私も調子良かったのに…」

 

「……」

 

「チッ…くそ…!」

 

春太やユイユイの言う通りだ。

俺もここまで差があるとは思っていなかった。

勝てなくても負ける事もねぇとも思っていた。

それなのに…。

 

秋月は…放心しちまって何も言えなくなってるな…。

 

さっきの俺達の台詞からもわかるように、俺達はクリムゾンフラムに…いや、Ailes Flammeにデュエルギグで負けた。

 

誰が聴いてもわかる圧倒的なレベルの差。

ユイユイも言っていたように、俺達は調子が良かった。

これまでに無いくらいの完璧な演奏だった。

 

それなのに…、俺達は手も足も出なかった。

 

「はははは、春さんどんまい!」

 

「松岡もなかなかやるじゃねぇか。中学ん時にデュエルしてた頃より、圧倒的にレベルアップしてやがる」

 

「あはは…。結衣さん達も調子良かったみたいですし、ちょっとヤバいかと思ったけど、予定通りの展開になってくれて良かったよ」

 

内山?今、何て言った?予定通り?

 

「姫咲さんもまだベースの声はまだ聴こえてない感じかな?でも、このデュエルギグはボク達……えっと、クリムゾンフラムだっけ?」

 

「ああ、俺達の…」

 

ああ、そうだな。

今回は俺達Canoro Feliceの負けだ。

 

「「「「クリムゾンフラムとCanoro Feliceの引き分けだな!」」」」

 

「え?引き分け…?」

 

「今のデュエル…私達の負けじゃないの…?」

 

「そ、そうですわ!引き分けってどういう事ですの!?納得がいきませんわ!」

 

「江口…じゃねぇ。江ノ島だったか?お前ら、引き分けってどういう事だ?同情のつもりか?」

 

誰がどう聴いても、俺達の負けだったろうがよ。

 

「フフフ、Canoro Felice!今のデュエルギグは、普通のデュエルギグじゃないの!エンカウンターデュエル!」

 

エンカウンターデュエルだと…?

それって確か…。

 

「紗智さん、先程のデュエルが、あのクリムゾンのミュージシャンとデュエルする時にやるという…。相手のライフを削って勝敗を決するという、あのエンカウンターデュエルだというのですか!?」

 

何で秋月は説明口調なんだ?

そんでライフを削るって何だ?

 

「フフフ、その通りだよ。秋月さん、説明ありがとう。そして、私は紗智ではないので。ミス・さっちゃんなので」

 

「そうだな!さっち……じゃなくて、ミス・さっちゃんは俺達の大事なチューナーだし!」

 

\江口ぃぃぃ!俺達のってどういう事だぁぁ!/

 

河野さん…。

 

「江口くん…私が大事な人って…///

じゃない!江ノ島くんもお兄…変なお兄さんも何を言ってるの!」

 

何なのこの話。早く本編に戻らないかな?

 

「そうだな。オレ達にはチューナーが居るが、お前らCanoro Feliceにはチューナーが居ない」

 

秦野?

 

「そうだね。ボクらにはチューナーがいた。だからエンカウンターデュエルで勝てた。だけど、Canoro Feliceも最後まで演奏をやりきった」

 

「うん。だから僕らとCanoro Feliceのデュエルは引き分け。Canoro Feliceにチューナーが居たらどうなってたかわからないもんね」

 

チューナー。

音色を可視化してリズムを伝えるという、エンカウンターデュエルには欠かせない存在の…。

 

「まぁ、私もチューナーの役割ってあんまりよくわかってないんだけど」

 

「ああ、俺とミス・さっちゃんで、にーちゃんと三咲ねーちゃんに、ちょっと教えてもらっただけだもんな?」

 

お前らホントぶれぶれだよな。

お前らが本当にクリムゾンのミュージシャンなら、なんで葉川さんと三咲さんがお前らにチューナーの事を教えてくれんだよ。

 

「つまりだ。一瀬さん、結衣さん、姫咲さん、松岡。

あんたらCanoro Feliceにはチューナーがいない。だから、オレ達には勝てないんスよ」

 

秦野…。

確かにさっきの俺達の演奏は、今の俺達に出来る最高の演奏だった。

演奏の質ってのか?演奏に関しては俺達に差はそんなに無かったような気もする。

 

つまり、さっきのエンカウンターデュエルは、チューナーが居るか居ないかの差って事か。

 

そして、さっきのデュエルが終わってから、俺達の衣装がボロボロになったのは何でだ?

俺達演奏してただけなんだが…。

 

「って訳で~。もっかいデュエルやるよ!Canoro Felice!」

 

シフォン!?

 

「うん。今度こそは僕達が勝つ。Canoro Felice、覚悟してよね」

 

内山まで!?

 

クソッ、俺達にはチューナーが居ない。

そのせいでさっきのデュエルが負けたってのは理解出来た。

Ailes Flammeの恩恵で引き分けにしてもらった訳だが…。

 

また、こいつらとデュエルするなら…今度こそ負ける…。

 

「ま、待ってよ!さっきのデュエルは俺達にチューナーが居なかったから、何とか引き分けって事だったよね?」

 

「ああ!そうだぞ!だから次は俺達も本気でやる!あははは、どんまい!」

 

いや、意味がわかんねーんだけど!?

 

「いくぜ、Canoro Felice!」

 

秦野のヤツも本気かよ…!

やるしか…ないのか…。

 

俺達が覚悟を決めた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「そこまででございます!」

 

 

 

 

 

 

 

その人は俺達とAiles Flammeの間に入ってきた。

あの人は…セバス?いや、澄香さんは客席に居るのがずっと見えている。何者なんだ?

 

「始めから見させて頂いておりましたが…Ailes Flamme…じゃなくて…クリムゾンフラムでしたかな?退いては下さりませぬか?」

 

「あ?じいさん何者だ?退けだと?」

 

いや、このくだり、特別編で葉川さん達と宮野さん達がデュエルした時のやつじゃね?

 

確かこの時って葉川さんだけセバスの正体が澄香さんって気付いてて、英治さんもトシキさんも、宮野さんも気付いてなくて…。

 

この茶番はあの時をなぞってやってんのかな?と、思った俺は、春太達へと目をやった。

 

春太も困った顔をしながら俺達を見ている。

ユイユイは知らないって感じで顔をフリフリと振っている。

秋月も誰か知ってます?って顔をしながら俺達を見ている。

 

もちろん俺も知らない。

誰なんだマジで。

 

「ふざけんな!俺達はCanoro Feliceを倒すんだ!今日ここで!」

 

「わ、渉!じゃない、江ノ島!その台詞、江ノ島の台詞じゃないよ!?僕の台詞だよ!」

 

「え?あ、そうだっけ?わりぃ…」

 

「周年記念は自分達がやりたかった。そう思って動揺されてますな。本当は自分達が周年記念の物語をやりたかったから」

 

「「「「!?」」」」

 

いや、本当なんだよ、この茶番。

俺がそう思っていると、セバスは俺達に近付いてきた。

 

「春太さんと結衣さんはともかく、姫咲と松岡もわからない感じ?」

 

俺を松岡って呼んで、秋月を姫咲呼びだと…?

まさか俺と秋月の知り合いなのか?

 

「結衣さん、今回のライブでギタリストには必要になる物…と、メガネを持っててもらいましたよね?今もちゃんと持ってますか?」

 

「え?メガネ?持ってるけど…」

 

そう言ってユイユイは胸の谷間からメガネを取り出してセバスにメガネを渡した。

ってかユイユイはどこにメガネしまってたんだよ!

 

「ありがとうございます」

 

ユイユイからメガネを受け取ったセバスは、カツラとマスクを取りタオルで顔を拭いて…ウィッグネットを外すと綺麗な長い黒髪が現れた。

そしてメガネをかけて…。

 

「あなたは…四季さん?」

 

「生徒会長…!?」

 

セバスの正体は、俺と秋月の通う学校の生徒会長。

綾小路 四季(あやのこうじ しき)だった。

何だって生徒会長がセバスに…。

 

「姫咲と松岡はわかってくれたみたいだけど…、春太さんと結衣さんは私の事はわからないですよね」

 

そりゃそうだろう。

生徒会長とは俺もクラスメートではあるし、ほぼ毎日顔を見合わせる仲ではあるが、春太とユイユイは接点なんてまるでないだろう。

 

俺がそう思った時、生徒会長は俺が見馴れた長い髪とメガネを外し…。

って!その髪ってヅラだったの!?

 

長い髪の下から現れた紺色の髪、そしてメガネを外したあの顔は…。

 

「あ!き、君って澄香さんの…!」

 

「あの『タイが曲がっていてよ』の人だ!」

 

俺も驚いた。

いや、生徒会長がこの場に居る事も、セバスに扮してした事も、あの長い黒髪がヅラだった事にも驚いてはいるが、今、俺達の目の前に居る生徒会長は、澄香さんの私設部隊の…、よく秋月の家で見る女の子だった。

 

 

-パッ

 

 

「え?なになに?」

 

「急にステージの照明が消えた?」

 

俺達の居るステージの照明が何故か消され、そして…。

 

 

-パッ!

 

 

「フフフ、姫咲お嬢様、驚かれておりますね。その通りでございます」

 

ステージの一部分にスポットライトが照らされ、そこには澄香さんが立っていた。

澄香さん、ついさっきまで客席に居たのに…。

それにこの絶妙な照明技術は誰の演出?

 

「澄香さん、いつの間にステージに…。いや、その前に姫咲はさっきから何も喋ってませんよ?その通りでございますって何ですか?」

 

「わわわ、とうとう春くんがツッコミしちゃった!?」

 

わかるぞ春太。

俺は驚きで何も口から出なかったが、ツッコミたい気持ちはいっぱいだった。

 

「そう。この子は姫咲お嬢様の想像通りでございます」

 

「澄香さん…、あの、すみません。私、驚きのあまりまだ頭が回ってなくて…想像通りって何の事かわからないのですが、もしや、四季さんが澄香さんの私設部隊の一員で、私の警護のために姿を変えて私の学校に入学式して生徒会長として私を守り、そして、その四季さんが、私達Canoro Feliceのチューナーになってくれるというのが訳ですか?」

 

何だと?生徒会長が俺達Canoro Feliceのチューナーに…?

いや、それより秋月は驚きのあまり頭が回ってないのに、そこまで想像したのか?それ澄香さんの手のひらの上じゃね?

 

「フフフ、姫咲お嬢様もまだまだでございますな。その程度までしか想像出来ないとは」

 

いやもう十分じゃないか?

 

「はははは!姫咲ねーちゃんもまだまだだな!」

 

「そうだな。

姫咲さん、綾小路さんは姫咲さんがまだ幼女の頃から、澄香さんの元で日々音楽の訓練を受けて…」

 

「姫咲さんの為に…ううん、Canoro Feliceの為にチューナーになる為に、ずっと姫咲さんの側に居てくれたんですよ」

 

「まぁ、Canoro Feliceが結成されてまだ半年も経ってないのに、昔からCanoro Feliceの為にって変な話だけどね」

 

…シフォン。わかるぞ。

前に澄香さんもそんな事言ってた時に俺もそれ思った。

 

「……うん、そうだったんだ。綾小路さん、ありがとうございます」

 

春太…。淡白だな。

 

「うぅ…グスッ、しっきーはそんな昔からCanoro Feliceの為に…グスッ」

 

ユイユイ、だからCanoro Feliceは結成してから半年経ってないから。泣く程の事じゃねぇから。

それにもうあだ名呼び?

 

「私…そんな事にも今まで気付かずに…四季さん…うぅ…グスッ」

 

いや、だからな、秋月…。

って、何で春太もユイユイも秋月も俺を見てくんの?

俺も何か言えって事?それよりユイユイも秋月も今のは嘘泣きなの?

 

「あ、あ~…生徒会長、ありがとうな」

 

ホント俺何やってんの?いや、何やらされてんの?

 

「あ、えっと、綾小路さんは俺達Canoro Feliceのチューナーになってくれるって事でいいのかな?ってもしかしてこの周年記念の茶番は俺達Canoro Feliceのチューナーが決まる話みたいな感じなのかな?」

 

あ~。なるほどな。

この周年記念って何の茶番かと思ってたが、そういう事だったのか。

 

「春太さん。その周年記念っていうのが何の事かはわかりませんが、私はもし皆さんがよろしければ、Canoro Feliceのチューナーをさせて欲しいと思っています」

 

俺達のチューナーか…。

 

「ちょっと待ってくれ生徒会長」

 

「松岡?」

 

澄香さんの紹介でもある訳だし、音楽に関して、いや、チューナーに関しても文句ない実力なんだとは思うが、本当にCanoro Feliceのチューナーとして、生徒会長は大丈夫なんだろうか?

そこを確認しない内に、よろしくとは言えねぇ。

 

「生徒会長は秋月がガキの頃から、Canoro Feliceの為に音楽の特訓をしていたってのはわかった。それに澄香さんのお墨付きだ。チューナーとしての実力は確かなんだろうとは思う」

 

「ぷぷ…、澄ちゃんのお墨付き…『夏野ー!アウトー!』…え?あっ」

 

-パァン

 

あの笑ってはいけないルールまだ生きてたのか。

わざとじゃないんだが…ユイユイすまん。

そして生徒会長も容赦なく叩くのな。

 

「冬馬くん、冬馬くんがそう疑問を抱くのも想定通り。ほら、前にうちに冬馬くん達が遊びに来た時。あの、ファントムに所属するかどうかを決めた日の事、覚えてる?」

 

「澄香さん…。あの、うちにって…まるで秋月家が澄香さんの家であるような言い方を…。ハッ!?ま、まさか、そういう事ですの!?」

 

うん、秋月が何に気付いたのかは今はいいとして、あの日の事はちゃんと覚えている。

色々衝撃的な事もあったしな。

それよりも俺は、澄香さんが俺がそう疑問を抱くのも想定通りだという発言に、やっぱり手のひらで転がされてるんだなと確信した。

 

「ええ、覚えてます。…それにまぁ、あの日、澄香さんの私設部隊の人らが、これ見よがしに音楽の特訓してたのは、今日の為の布石だった。って事も気付きましたよ」

 

「…これは驚きました。さすが冬馬くんですね」

 

「わ!?まっちゃん正解なんだ!?まさかのだね!」

 

ユイユイ?

 

「まさかこの松岡くんも日奈子さんの仕込みで偽者?」

 

いや、本物だから。

 

「冬馬が…鋭いだって…!?」

 

え?春太?春太も俺の事そんな風に思ってたの?味方じゃなかったの?

 

「まぁ、あん時に何でこんな所で特訓なんてしてんだろ?って不思議には思ってたしな。生徒会長に限らず、澄香さんの私設部隊の人らが、俺達のチューナー候補だったって事じゃないスか?」

 

「松岡、いや、それ違う」

 

生徒会長!?違うの!?

 

「良かったぁ、違うんだぁ。やっぱまっちゃんはまっちゃんだよね!」

 

ユイユイ?

 

「あんな自信満々に仰ってましたのに。……なんて恥ずかしい男なんでしょう」

 

いや、自信満々だったのはそうだけどさ?そこまで言わなくても…。

 

「……」

 

頼む。春太、無言は止めてくれ。

 

「冬馬くんもまだまだですね」

 

…ホントすみません。

 

「四季は音楽の才能があり、リズムを可視化するチカラもありました。しかし、本人は音楽が好きという事はあっても、本気でチューナーをやろうとか、クリムゾンを倒そうとか、そう言った想いはありませんでした」

 

リズムを可視化するチカラ。

確かチューナーにはそんなチカラが必要なんだったか。

 

「しかし、そう、あの日。あの嵐の日の夜の事でございます」

 

 

 

 

ん?今の・・・って何だ?あ、ここから澄香さんの回想が始まる感じか?

って俺、普通にモノローグ語ってしまってるけど…。

 

「あのCanoro Felice結成後、そして、南国で姫咲お嬢様に虚空を託してしばらく経った日の嵐の夜の事でございます。私は自室に四季を呼び出しました」

 

「お姉様。お話というのは?」

 

いや、2人で会話しながら進めるの?

てか、南国DEギグから帰って来てからどころか、Canoro Felice結成後に嵐の日なんて無かったと思うんだけど…。

 

「四季。私はセバスの衣を脱ぎ、澄香の姿のまま姫咲お嬢様をお守りする事を誓い、Irisベースを姫咲お嬢様に託しました」

 

「はい。私も学校外でも姫咲お嬢様を女の姿でお守りする。お姉様と同じように私もそう誓いました。

…いえ、私だけじゃありません。私の仲間達、お姉様の私設部隊のみんなそう決意しました」

 

「フフフ、強要などしていないというのに…。みんな物好きですね。でも、感謝しています」

 

「とんでもございません!みんな、姫咲お嬢様と澄香お姉様を想っての事でございます」

 

……いや、意味がわからねぇ。

何で秋月を守る為に男装なの?男装する必要があったとしたら、何でみんな揃って同じタイミングで辞めたの?

 

「四季。あなたを呼び出したのは他でもありません。

私が姫咲お嬢様に虚空を託したのは、今後クリムゾンとの闘いが激しくなると思っての事。

四季、あなたもこれからCanoro Feliceのチューナーとして、姫咲お嬢様と春太くんと、結衣ちゃんと冬馬くんの力になるのです」

 

「お断りします」

 

「ピカッ!ゴロゴロゴロ…」

 

え?何だ今の澄香さんの『ピカッ!ゴロゴロゴロ…』って?

あ、嵐の日の夜だから雷とか?

 

「四季、聞き間違いですか?今、あなた断ると言いましたか?」

 

「はい。申し訳ございません。お断りします。ピカッ!ゴロゴロゴロ…」

 

あ、生徒会長も雷の音を口で表現する感じか?

 

「ザーザー…。しばらくの無言」

 

…シチュエーションまで口頭で。

もう澄香さんも生徒会長も役者にでもなった方がいいんじゃねぇか?

 

「何故です四季!理由を…理由を言いなさい!」

 

「お姉様。私は幼少の頃から姫咲お嬢様の側で…。いえ、ここでは友人として姫咲と呼ばせてもらいますが、姫咲の側に居て、ベースの腕も音楽への情熱も、他人へのドSっぷりも相当なものだと思っています。音楽への情熱が欠けている私でもそう思う程に…」

 

「四季…では何故?」

 

聞き流そうと思ったが、生徒会長も秋月のドSっぷりは相当だと思ってんのか。

 

「春太さんは声も良いし、ダンスも上手い。歌唱力はまだまだだとは思いますが、これから先は伸びていくと思います。松岡もさすがライブ馴れしていると思います。以前の松岡ではここまでが限界でしたでしょうが、今の…変わってきた松岡がこれからCanoro Feliceの音楽を引っ張っていけば、Canoro Feliceはどんどん素敵なバンドになるでしょう」

 

変わってきた俺がこれからのCanoro Feliceの音楽を…。

確かに今の俺は以前のような、かっこよさやこだわりなんかじゃなく、今のCanoro Feliceで奏でる音楽が楽しいと、そんな音楽をやりたいと思っている。

そして、そんな音楽を追求したいとも。

 

「そして問題は結衣さんです」

 

「結衣ちゃんが?」

 

「え!?私!?私がダメなの!?」

 

ユイユイが?だと?

何を言っているんだ生徒会長!

ユイユイはCanoro Feliceには一番大切な存在だ!

春太の声に合う声でのコーラス。オーディエンスに楽しさを伝えるようなダンスを交えた演奏!

確かにギターの腕前は、ファントムのメンバーの中ではまだまだな所もあるが、他の誰にも出来ないCanoro Feliceらしさがユイユイにはあるんだよ!!

 

「私が…私のギターが下手っぴだから…」

 

ユイユイ…!

俺が澄香さんと生徒会長の茶番劇の間に入って、生徒会長にものを申そうとした時、春太と秋月も同じ気持ちだったようだ。

 

春太も秋月もその場から動き、澄香さんと生徒会長の間に割って入ろうとしていた。

 

しかし、澄香さんもそれに気付いていたんだろう。

そんな俺達を止めるように、澄香さんは手振りで俺達を制した。

 

「四季。聞き捨てなりませんね。

貴女の音楽の才能は相当なものです。なのに、結衣ちゃんのチカラを、Canoro Feliceに必要な存在をそのように言うとは…」

 

「え?Canoro Feliceに必要な存在?わぁぁ~、照れちゃうよぉ~」

 

良かった。澄香さんにはわかってもらえてたんだな。

だけど、ユイユイのチカラ?

どういう事だ?ユイユイには特別なチカラがあるって事か?葉川さんや梓さん、Irisベースを託された秋月達のような?

いや、それともただ単にCanoro Feliceにはユイユイの力が必要だって意味か?

 

くそ、こんな茶番劇の最中じゃ考えてもわからねぇな。

 

「違います。結衣さんは確かにギターの演奏という点ではまだまだな所もあるでしょう。しかし、結衣さんは元々はアイドル。ギターをやり始めたのもBlue Tearが解散する直前でしたし、ダンスや歌の方が…。だからこそ、結衣さんの春太さんに合うコーラスや、ダンスを交えたギターの演奏。そういったものに長けている。そして、それはCanoro Feliceにとって大切な存在だと思っています!」

 

「え?わ?私ベタ褒めだ?」

 

生徒会長もユイユイの事わかってんじゃねぇか。

ユイユイも安心したようだし、春太と秋月もその言葉を聞いて動くのを止めた。

 

でも、だったら何で?

俺のその疑問は、澄香さんがそのまま生徒会長へ聞いてくれた。

 

「では何故?何故結衣ちゃんが問題だと?そして、何故貴女はCanoro Feliceのチューナーを断ると?」

 

「…Canoro Feliceのチューナーでしたら喜んでやりたい所です。ですが、結衣さんは可愛いしスタイルも良いし、何よりおっぱいがでかい!!おっぱい好きの…巨乳好きのおっぱい星人である私が…。

Canoro Feliceのチューナーになって、結衣さんの側に居て!あのおっぱいを触るのを!我慢出来る訳ないじゃないですか…。ピカッ!ゴロゴロゴロ…」

 

……生徒会長はこんな大勢の人が目の前に居るステージの上で何を言ってんだ?

 

「え?私のおっぱい?」

 

元アイドルも何を言わされてんだか…。

 

「つまり、四季。貴女は結衣ちゃんの胸が気になるから、Canoro Feliceのチューナーはやれないと?」

 

「はい。その通りです。姫咲はちっぱいだから側に居ても何とも思いませんでしたが、結衣ちゃんは特別です。触りたい。揉みたい。あわよくばあの胸に顔を埋めたい」

 

「なるほど。よくわかりました」

 

いや、澄香さんよくわかったの?わかっちゃったの?

てか、秋月は二次被害受けて胸がないってみんなの前で言われちゃったけど…。

 

春太は相変わらず(・_・)って顔をしてるし、ユイユイは照れている。

秋月は…怖っ!あいつあんな怖い顔出来たの!?

 

 

 

 

「フフフ、回想シーンはここまででいいでしょう」

 

いや、回想シーンなんて無かったけどな。

 

「そして、お姉様は言いました。『四季、世の中にはラッキースケベというものがあるのです』と…」

 

「そして四季は、Canoro Feliceのチューナーをやる事を受け入れたのです。もちろん、春太くん、結衣ちゃん、姫咲お嬢様、冬馬くんの承諾を得られれば…ですが」

 

今の回想シーン必要だったか?

いや、でも今の回想シーンで生徒会長がCanoro Feliceのメンバーをどう見ていて、Canoro Feliceの音楽をどう見据えているかはわかったのか?

ユイユイへの見方はアレだったけど。

 

…待って。

何で澄香さんも生徒会長も、Ailes Flammeの連中も、オーディエンスも俺達をガン見してんの?

これの返事を今この場でしろって事か?

 

「お、俺は…綾小路さんがCanoro Feliceをどう見てくれてるのかはわかったし、まぁ…本当に俺達に合うならとは思うけど…」

 

春太…。無難な回答を選んだか。

 

「俺はいいと思うぜ。澄香さんの私設部隊にはたくさんの人が居る。その中でチューナーの実力も合って、Canoro Feliceに合うのは生徒会長だってんだろ?だったら他に適正なチューナーは見つけられねぇだろ」

 

俺も無難な回答だったな。

だが本心だ。

15年前にクリムゾンエンターテイメントとの闘いのど真ん中に居た澄香さんが選んだ人物だ。

生徒会長以上に俺達に合うチューナーは他にいないだろう。

 

「わ、私も!しっきーが私達に合うチューナーならお願いしたいよ!あ、あの、触るくらいなら…同じバンドの仲間なんだしいいかな?とも思うし?」

 

な、何だと!?触るくらいなら…同じバンドの仲間なら…?

 

-パァン!

 

-パァン!

 

そう思った直後、俺と春太は秋月にビンタされた。

いや、触るつもりとかないから。ちょっと考えちゃっただけで。

 

江口も河野にビンタされて、客席では葉川さんは奈緒さん達にビンタされ、英治さんは三咲さんにグーで殴られていた。

 

「まぁ、お馬鹿なお話は置いときまして。私の事を……まぁ、どう思っているのかも今は置いておきましょう。澄香さんのご推薦ですから、私も四季さんにとは思いますが、まぁ、ここでどうこう話していても時間の無駄でしょう」

 

まぁ確かにそうだな。

実際は生徒会長も一緒に演奏してみねぇとな。

 

「ですから、デュエルをやりましょう、クリムゾンフラム。その方が手っ取り早いですからね」

 

秋月。

ああ、そうだな。

さっきのAiles Flamme(こいつら)とのデュエルは、全然歯が立たなかったし、デュエルをもう1度やれば生徒会長の実力も見えてくるだろう。

 

「お、デュエルやるのか!いいな、やろうぜ!」

 

「ま、最初からそのつもりだったしな。やりましょう」

 

「Canoro Feliceのチューナーがどうなるかの大切なデュエルだもんね。実力はまだまだだけど、僕も今の精一杯を演奏するよ!」

 

「ここまで日奈子さんのシナリオ通りだと逆に怖くなるね。Canoro Feliceも仕掛人側じゃないの?って疑いたくなるレベルだよ」

 

は?俺達がこういう対応するだろう事まで日奈子さんは読んでたってのか?

 

「いくぜ!Canoro Felice!俺達の新曲!『BRAVE(ブレイブ)』!!」

 

なっ!?新曲だと!?

 

「春くん!結衣!松岡くん!…そして四季さん!私達もいきますわよ!新曲の『Shining Smile(シャイニング スマイル)』で!」

 

俺達も新曲で!?

よし、やってやろうじゃねぇか!!

 

 

そして、俺達Canoro Feliceにチューナーの生徒会長が加わったデュエルギグが開始された。



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第63話 周年記念から本編へ

「そっか。そんな事があったんだ?」

 

「うん。お尻をめちゃくちゃ叩かれたのは驚いたし痛かったけど、私達のチューナーが決まってくれて良かったよ」

 

「チューナーか…。拓斗さんもチューナーはいつかは必要になるって言ってたから、私達Lazy Windもチューナー探しはやってたみたいだけど、結局見つからなかったみたいだし…」

 

私の名前は夏野 結衣。

めっちゃくちゃ久しぶりのモノローグだよ!

 

昨日は何か笑ってはいけないみたいな企画物の周年記念をやらされたけど、その中でクリムゾンのバンドとデュエルギグをする事になって、危なく負けちゃう所だったけど、何とか私達のチューナーになってくれる人と出会える事が出来た。

 

チューナーが居なかった時のデュエルは負け負けだったと思うけど…。

 

私達Canoro Feliceのチューナーになってくれたのは、すみちゃんの私設部隊の一員であり、姫咲とまっちゃんと同じ学校に通うしっきー。

 

しっきーが私達に加わった事により、デュエルギグはほんとすごくいい闘いになって、勝てはしなかったけど負ける事もなかった。

 

その後、クリムゾンのバンド、クリムゾンフラムは『うわぁぁ~、やられてないけどやられたぁ~』と言いながらステージから去り、私達は少しだけ演奏をして1日を終えた。

 

うぅ~、あんまり悪そうな人には見えなかったけど、クリムゾンのバンドって言ってたし、逃がしちゃって良かったのかな?

追っかけようとしたら、春くんと姫咲とまっちゃんに止められちゃったし。

 

まぁ、それは終わった事だしいいとして!

今日は、架純と前々から約束してたショッピングという訳なの!

 

ショッピングと言っても、私はまだバイトも決まってないし、お金あんまりないんだけど…。

BlueTearの時の貯金もまだ少しはあるし、パパとママからのいい大人が恥ずかしくないようにって、ありがたい事にお小遣いは少し貰ってるけど…。

 

それにしても架純はさすがだね。

帽子を被ってサングラスまでして変装してるとに、何人かの人にはBlue Tearの架純って気付かれちゃったもん。

まるっきり変装もしてない私は、架純と一緒に居ても気付かれもしないのに…。

 

私達は何か買う訳でもなく、ぶらぶらと話しながら歩いていると、ふと架純が足を止めた。

 

「うん?あれ?架純?どうしたの?」

 

「……」

 

架純は私の言葉に無反応。

架純が目を向けている先を私も見てみた。

 

「わ!メグミちゃんだ!」

 

「あ、うん。『鉄のラフレシア(てつのらふれしあ)』だって。今回の新曲もメグミちゃんに合ってていい曲だね」

 

架純が観ていたのは街頭モニターに映されるメグミちゃんだった。

メグミちゃんというのは、私達Blue Tear時代の仲間で、目久美 飛鳥(めぐみ あすか)という。

 

メグミちゃんはBlue Tearの時は、引っ込み思案な性格が災いしたのか、あんまりパッと表に出たりはなかったけど、すごく努力家で、ダンスも歌も人一倍頑張っていた。

 

でも、Blue Tearが解散後は小さい事務所に行ったって話を聞いていたけど、それからグングンと知名度を上げて、今では知らない人はいないんじゃないの?って思うくらいの売れっ子になっている。

 

……今はあ~ちゃんってみんなに呼ばれてるからか、春くん達にはメグミちゃんって言ってもわかってもらえなかったけど。

 

「すごいよね、メグミちゃん。今じゃメグミちゃんが出した歌はいつも売れてるし、テレビでも歌番組からバラエティまで引っ張りだこだもんね!」

 

「うん、そうだね…」

 

ハッ…。

私はそこまで言ってしまってから気が付いた。

 

架純も…。

ううん、架純だけじゃない。

優香も瑞穂も、紹介された事務所がクリムゾンエンターテイメントじゃなかったら、今も3人共メグミちゃんみたいにテレビに出て、歌を歌っていれたかも知れない。

 

それなのに私は架純に…。

 

「結衣」

 

「え?な、何?」

 

「確かにこうやってメグミちゃんは歌を歌えているのは羨ましいって思うけど、私は…今は楽しんでバンドやってるから」

 

「架純…」

 

「いつかLazy Windでメグミちゃんを超えてみせる。ライバルっていうのかな?あはは、日奈子さんの企画アイドルのVivid Fairyででもいいけど。だから、結衣のCanoro Feliceにも負けないから」

 

「架純…うん!私も!私もLazy Windにも架純にも負けないから!」

 

「うん。楽しんで音楽やって、お互いを高めていこうね」

 

良かった。

クリムゾンエンターテイメントの事は、架純達の事以外にも色々あるからモヤモヤするし、やっつけなきゃって思うけど、架純が前向きになって音楽を楽しんでやってくれるようになって良かった。

 

「だからもう1度改めて謝らせて」

 

「謝る?」

 

「うん。南国で再会した時、あの頃の私はクリムゾンが憎くて、楽しんで音楽をやっている人達に嫉妬して、結衣に酷い事をした」

 

「酷い事?」

 

「胸ぐらを掴んで壁にドーンって」

 

あ、あの時か!

 

「あの時は本当にごめんなさい」

 

「いいよ、いいよ!頭を上げてよ!私、全然気にしてないし、大丈夫だし!」

 

「そう?ありがとう」

 

「私も、私ももしクリムゾンエンターテイメントを紹介されてて、架純達みたいな事になってたら、私もどうなってたかわかんないし…」

 

私は運良くエデンを紹介してもらって、そこで春くんと出会って、BLASTと出会って、姫咲やまっちゃん、すみちゃんと出会ってCanoro Feliceをやって、そしてファントムで演奏するようになって…。

 

私はすっごく恵まれてて、運が良かっただけだよ。

 

……あれ?

そういや何で架純達はクリムゾンエンターテイメントを紹介されたんだろう?

私達のBlue Tearの事務所はクリムゾンエンターテイメントに潰されたのに…。

 

「そろそろお腹空いてきたね。ファントムにでも行こっか」

 

「あ、うん。そうだね。今日のランチは何だろう~?」

 

私はマネージャーからエデンを紹介してもらった。

他のメンバーもマネージャーが事務所や会社を紹介するって言ってたような気がする。

マネージャーが架純達を?

 

「花梨も何とかしないとね」

 

「あ、花梨…花梨かぁ。何で架純と私を倒すなんて…」

 

花梨というのは、Blue Tearの時の仲間で小鳥遊 花梨(たかなし かりん)という。

あの子は小さいカフェに地下アイドルとして紹介されたけど、そこでクリムゾンエンターテイメントの人と出会ってスカウトさされた。

そして架純と私を倒す為にって…。

 

「あの子をこのまま放っておいたら、私達の次は元Blue Tearの人や楽しんで音楽をやっている人をターゲットにしかねない。私が何とかしないと…」

 

「確かに花梨の口振りだとそんな感じだったよね。でもさ、架純だけじゃないから!私もいるからね!」

 

「フフ、そうだね」

 

そして私達はファントムへと向かった。

 

 

 

 

「え?何でファントムこんなボロボロになってるの?」

 

私達がファントムに着いた時、まず目に入ったのが割れた窓と、開けっ放しにされたドア。

昨日、ファントムに来た時はこんな事なかったのに。

 

「な、何があったんだろう?」

 

「とりあえず入ってみる?看板は営業中になってるし…」

 

何でファントムがボロボロになってるのか気になったけど、私と架純はファントムに入ってみる事にした。

 

「「え?何これ…」」

 

私達がファントムに入ると、テーブルやイスがひっくり返っていて、所々に割れたグラスの破片なんかもあった。

 

カウンターにはミオミオやせいちゃんも居るし、他のファントムのメンバーや、春くんやまっちゃん、姫咲も居た。

 

でも私はたぁくんと一緒に居る人に目を奪われていた。

 

久しぶりで、ずっとお礼を言いたいと思っていた人で…。でも、今日改めて、何で架純達をクリムゾンエンターテイメントに紹介したのかと問いただしたいと思った人。

 

「何でマネージャーがファントムに…たぁくんと一緒に居るの?」

 

私はびっくりした気持ちを落ち付かせて、マネージャーの方へと走って行こうとした。

 

-グイッ

 

「わっ、ふぇ?か、架純?」

 

走って行こうとしたけど、架純に肩を掴まれて制止されてしまった。

 

「結衣、違うから。…大丈夫」

 

え?架純?大丈夫って…?

私がそう思って架純の方へ目をやった時、たぁくんとマネージャーの側に居た奈緒ちんが声をあげた。

 

「ちょ、ちょっと!秀さん!やっぱりクリムゾンのミュージシャンだったんですか!?マジですかガチですか!?」

 

え?ヒデポンが…マネージャーが…クリムゾンのミュージシャン?

ヒデポンは私達Blue Tearのマネージャーをしてくれていた人だった。

羽山 秀(はやま ひで)。私をエデンに紹介してくれた人だ。

 

ん?あれ?これって周年記念のお話だよね?

春くんから始まって、姫咲にバトンタッチされて、そして前回がまっちゃんで今回が私。

 

だから、これは周年記念の話で、誰かの仕込みなんだよね?

ヒデポンが、マネージャーがクリムゾンのミュージシャンだったなんて…嘘だよ…。

 

「結衣。本当に大丈夫だから。ヒデさんはクリムゾングループのミュージシャンだった。でもね、あの人は私達の味方だよ」

 

え?味方?

クリムゾングループのミュージシャンだったのに?

あ、そういえば秦野っちのパパとママもクリムゾンのミュージシャンなんだっけ?

 

「ちょっとヒデさんと話してくるね」

 

そう言って架純はマネージャーの方へと向かった。

 

……けど、すぐに戻ってきた。

 

「どどどどど、どうしよう!?タカさんも居るんだけど!?きょ、今日はお買い物って思ってたし、カジュアルに動きやすい服装で出て来たのに…!き、着替えに戻ってもいいかな!?ケホッ、ケホッケホッ」

 

架純!?たぁくんが居たくらいでそんな咳出ちゃうくらいに興奮したの!?

 

私と架純がそんなやり取りをしていると…。

 

「あ、架純、結衣。良かった、お前らもファントムに来てくれたんだな。お前達にも会いたいと思っていたんだよ」

 

私達にはそんなやり取りなんか無かったかのように、マネージャーが声を掛けてきた。

 



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第64話 羽山 秀

 

「あ、架純、結衣。良かった、お前らもファントムに来てくれたんだな。お前達にも会いたいと思っていたんだよ」

 

私は夏野 結衣。

Lazy Windの御堂 架純とショッピングを楽しんでいたけど、お腹が空いたのでファントムにやってきた。

今日はカフェタイムやってるみたいだったし。

 

けど、ファントムは何故かボロボロになっていて、そこで、私と架純が昔やっていたアイドルグループBlue Tear。

その当時のマネージャーが、何故かファントムに居て、私と架純に話し掛けてきた。

 

 

 

…え?何で今回も私、夏野 結衣のモノローグなんだろう?それなら前回の話をもう少し長くやったら良かったんじゃ?

 

と、思ったけど、今はそれどころじゃない。

 

マネージャーが何で架純達をクリムゾンエンターテイメントに紹介したのか問いたださなきゃ!

 

「待てヒデ!俺の説教はまだ終わってねぇんだよ!それに架純ちゃんに気安く声を掛けてんじゃねぇ!」

 

「そうですよ秀さん!私の質問もまだ終わってないんですけど!?」

 

「そうね、さっきのヒデさんがクリムゾンだという件、それを私も聞きたいわね」

 

私がマネージャーに問いただそうと思ってたんだけど、英ちゃんと奈緒ちんと理奈っちの圧が私を制止した。

さっき『ちょっとヒデさんと話してくるね』って言ってた架純は『こんなカジュアルな服装でタカさんの前に出れない…ケホッケホッ、可愛い系の服を着てくるべきだった』とか、言いながら私の後ろに隠れている。

 

「だぁぁぁ!わかったわかった!1人ずつ答えるから!まずは英治!何だ?」

 

「あのな!何でいつもいつもお前とタカのバトル系の再会シーンはファントムでやるんだよ!前に三咲に半殺しにされたの忘れたのか!とばっちりで俺もしばかれたし!」

 

「ああ、だから今日は三咲ちゃんが居ない事を確認してからやったんだよ。後でみんなで片付けたらバレないだろ」

 

「みんなでって何だよみんなでって!お前とタカだけでやれよ!」

 

「で?次は奈緒ちゃんかな」

 

「あ、わ、私は、秀さんがクリムゾンってどういう事なのかと思いまして!貴もそうですけど、英治さんとも仲は良さそうに見えますし、本当にクリムゾンなのかな?って思いまして…」

 

「私も概ね奈緒と同じ疑問ね。本当にクリムゾンのミュージシャンなのだとしたら、何故、今日ファントムに来たのかしら?」

 

英ちゃんと奈緒ちんと理奈っちの質問。

私も奈緒ちんと理奈っちと同じ事をマネージャーに聞きたかったんだよ。

 

もし、本当にクリムゾンのミュージシャンだったとしたら、私達Blue Tearがクリムゾンエンターテイメントに潰されたのは何故なのか、そして、何故架純と優香と瑞穂をクリムゾンエンターテイメントに紹介したのかを。

 

「あ、それな。こいつ元々はクリムゾンのミュージシャンで元々は俺らの敵でよ」

 

奈緒ちん達とマネージャーが話をしていると、たぁくんが話に入ってきた。

やっぱり、マネージャーはクリムゾンのミュージシャンだったんだ…。

 

「つっても、うぅ~ん…」

 

「ハハハ、タカもハッキリ言えばいいのによ。ここにはファントムの、ニュージェネレーションのみんなが居るから言いにくいってか?w」

 

「wじゃねぇよ。wじゃ…。まぁ、こいつらも南国DEギグとか修羅場も多少はくぐったし大丈夫かな?てか、お前の事を変に思ったりされてもなぁ」

 

変に思ったり?どういう事だろ?

 

「んんんんん~…まぁお前がいいってんならいいか」

 

そして、たぁくんはマネージャーの事を話してくれた。

 

「こいつは…、ヒデは俺らのファンだって、俺らに近付いて来てな。そんで、『僕もバンドやりたいんでしゅ~…。タカしゃんみたいな最高オブ最高のボーカリストになりたいんでしゅ~』とか言いながら、俺らに近付いて来てよ?」

 

「いや、そんな気持ち悪い近付き方してねぇわ」

 

「そんで俺が『俺のようになりたいとはな。可愛いヤツめ。よし、俺の近くに居る事を許そう』と快く迎え入れてやった訳だが」

 

「いや、当時、人見知り全開のお前は俺を放置したよな?ギャルゲーの限定版をプレゼントしたら、『同士よ!』って言って受け入れてくれただけで」

 

「それがこいつの策でな。なんやかんやあってクリムゾンのミュージシャンってわかったから、ぶっ倒してやったら俺の軍門に下った訳だ」

 

「いや、その策でお前に近付いたけど、なんやかんやあって親友になったし、クリムゾンのやり方に反感のあった俺は、お前らに共感してお前らの仲間になったんだけど」

 

「あ?お前、仲良くなった後に澄香を誘拐したじゃん」

 

え?すみちゃんを誘拐?

 

「そ、それはそうだけど!仲良くなったお前らと闘いたくなかったのに、闘わざるを得なくなったから!やむを得ず澄香ちゃんを人質にして、本気のタカとデュエルする為の苦肉の策だったんだって何度も言ってんだろ!」

 

「そうなんだよ。それだよ。俺が今もわかんねぇのは。

何で俺に本気を出させる為にって澄香を誘拐したの?そんなんじゃ俺は微塵も本気出せないんだけど?お前が澄香に惚れてたから?」

 

「お前…澄香ちゃんにはとっくに俺の気持ちはバレてるし、澄香ちゃんの前でソレ言われても、痛くも痒くもないけどさ?ここには結衣も架純も居るんだけど…」

 

「ん?おお、ユイユイおっす」

 

「うん!たぁくんおっす!」

 

え?たぁくんは私に気付いてなかったの?

 

「架純ちゃんもおっす。…って、何でユイユイの後ろで踞ってんの?」

 

「タ、タカさん…ケホッケホッ」

 

「お、今日の架純ちゃんの服装っていつもの感じと違うな。フレンチスリーブのロゴTにフレアデニムを合わせて、ジャケットを肩出しで羽織るとは…俺の大好きオブ大好きな服装だ」

 

「え?あ、あの…ケホッ、タカさんはいつもの私の服装より今日みたいな感じが好きな感じ?」

 

「ん?おお、そうだな。今日の架純ちゃんの服装ってタカの好みをついてる感じだな。ストリート系ってか、アメカジ系の服装ってタカの好みど真ん中だしな」

 

「ん?英治に言われるとかアレだけど、まぁ、確かに俺好みのファッションすね」

 

「結衣、私、明日からも笑って生きていけそう」

 

「ん?え?よ、良かったよね、うん」

 

あれ?これ本編だよね?

周年記念の茶番の続きじゃないよね?

 

「そ、それより貴!秀さんがクリムゾンのミュージシャンだった事、そしてBREEZEのTAKAさんに倒されて、アルテミスの矢の仲間になった事はわかりました!

澄香さんの誘拐とかそういうのはまた外伝で語られるでしょうし、今はいいですけど、本当に今は仲が良いんですか!?」

 

「ん?おお、まぁな。さっきも言ったけど、めちゃくちゃ好みとか趣味とか合うし。クリムゾンってもこいつの事務所は、元々はちゃんとした音楽事務所だったし」

 

「そうそう。お袋が作った音楽事務所だったんだけどね。お袋が病で倒れた時に、クリムゾンエンターテイメントの海原がやってきて、親父と兄貴を丸め込んでクリムゾンの下につかされた感じで…」

 

「マザコンだったこいつはお袋さんの意思を継いで、そのまま音楽事務所をやってたかったみたいだけどな。ま、そこで俺達で叩いて潰してやった訳だ」

 

「潰してって…。まぁ、お前らにやられたおかげで、親父と兄貴も追放出来たしな」

 

「おお!そうだよそうだよ!ヒデ、お前その後はお前も歌うの辞めたじゃん?そんで5、6年前にうちに来た時に、お袋さんの意思継いで音楽事務所作ったって言ってなかったか?」

 

「ああ、英治の言う通りだよ。俺も苦労してやっと事務所を取り返して、新たに音楽事務所を作った」

 

音楽事務所をマネージャーが?

その音楽事務所はどうなったんだろう?

マネージャーは私達、Blue Tearのマネージャーだったんだし。

 

「でもな。ちょうど2年くらい前に二胴のアホに見つかってしまってね」

 

二胴?

あ、聞いた事ある。

確か手塚さんと同じクリムゾンエンターテイメントの四天王とか言われてる人だっけ?

 

「あ?二胴のアホに?」

 

「ああ。それで、俺の音楽事務所を見逃すし、クリムゾングループには手を出させない。って条件を出してきてな。

英治のライブハウスファントムと、拓斗のバンドLazy Windを俺達で潰せって言われたんだ」

 

「あ?俺のファントムと拓斗のバンドを?」

 

2年くらい前に?あれ?2年前はもう私達はBlue Tearに…。

 

「ああ、そんでアホのお前は、ファントムや俺を潰すのを断って、二胴に敵対する事にしたんだよな?」

 

「拓斗、ああ、そうだよ。お前らを潰すのは簡単だけど、お前らと敵対するのは…」

 

「チ、それでお前らがクリムゾンエンターテイメントに潰されたんじゃ笑えねぇんだよ」

 

え?そうなんだ…。

マネージャーの事務所もクリムゾンエンターテイメントに…。

 

「あ?お前マジか?二胴のアホにお前の事務所…」

 

「それでしばらく連絡もなかった訳か。チ、連絡がねぇから事務所が上手くいってんだと思ってたんだが、タカに知られたら、また無茶しやがるだろうしな。連絡出来ねぇか」

 

「いや、俺は無茶なんかしませんけど?俺何かしなきゃいけなかった系?」

 

「なるほどね。合点がいったわ。つまり、ヒデさんのクリムゾンエンターテイメントに潰された音楽事務所。それが結衣さんと架純さんの居たBlue Tearの事務所という訳ね」

 

…え?理奈っち?

何を言ってるの?マネージャーの事務所?

マネージャーはマネージャーで、私達Blue Tearの事務所の社長さんはマネージャーじゃないよ?

 

「ああ。そうだよ。俺が…二胴とクリムゾンエンターテイメントと敵対すると決めたせいで、Blue Tearは…。架純と結衣がファントムのメンバーになったのは知ってたからな。今日はタカ達への挨拶をついでに、架純と結衣に謝りに来たんだ」

 

マネージャー?え?何?

訳わかんないよ?

 

「私も拓斗さんに聞いて、マネージャー、ヒデさんが本当はマネージャーじゃなくて、私達の社長だと薄々気付いてた。クリムゾンエンターテイメントから隠れるために、私達にも事務所の社長である事を隠して、マネージャーになってたんですよね?」

 

架純?え?マネージャーが本当は社長?

クリムゾンエンターテイメントから隠れる為に?

それならどうして架純達をクリムゾンエンターテイメントに紹介なんて…。

 

「俺も架純から聞くまでは知らなかったがな」

 

「ああ…だからアホの波瀬はBlue Tearの敵討ちとか俺に言ってきたのか」

 

「そうだったんですね。秀さんがBlue Tearの、結衣ちゃん達の居た事務所の社長さんだったんですね…」

 

待ってよ。みんな何を言ってるの?

ダメだ。私おバカだから考えがまとまらない…。

 

「マネージャー、いえ、ヒデさん。ヒデさんが謝る事ないですよ。そもそも私達は…」

 

「ちょ!ちょっと待ってよみんな!!」

 

架純がマネージャーに何か言おうとしていたけど、私は我慢が出来なくなって叫んでしまった。

わからない。わからないから、ちゃんと聞かないと。

 

「わかんない!全然わかんないよ!」

 

「ゆ、結衣?」

 

「マネージャーが!本当はマネージャーじゃなくて、私達Blue Tearの事務所の社長さんだってのはわかったよ!それで、それで、英ちゃんとかたっくんとか、昔のお友達をやっつけろって言われて、それを断ったのもわかった!」

 

「結衣、ああ、そうだよ。俺は本当はマネージャーじゃなくて、事務所の社長だったんだ」

 

「うん!それはいいよ!それで…二胴って人に断って、クリムゾンエンターテイメントと敵対する事になって、それで負けちゃって、クリムゾンエンターテイメントにBlue Tearの事務所が潰されてしまった!」

 

「ああ…。そうだ。そして今日はお前達にその事を謝りにな」

 

「謝らなくていいよ!それは…あんま良くないけど、別にいいよ。私だって、架純や春くんや姫咲、まっちゃん、ファントムのメンバーの誰かをやっつけろって言われたら嫌だし!断ると思うもん!」

 

「結衣…」

 

「でもね、私がわからないのは、マネージャーはクリムゾンエンターテイメントが嫌な人達ってわかってたんでしょ?それなのに…何で架純と優香と瑞穂をクリムゾンエンターテイメントに紹介したの?私は…それがわかん…」

 

「違うの結衣」

 

「…ない…え?違う?」

 

「私達は、ヒデさんにクリムゾンエンターテイメントを紹介されたんじゃないよ」

 

「え?ち、違うの!?」

 

「あはは、さすがにBlue Tearのメンバーをクリムゾンエンターテイメントに…いや、クリムゾングループの事務所には俺は紹介しないよ」

 

「え?な、何で?私達の紹介先ってマネージャーが決めたんじゃ…」

 

え?え?あれ?私の勘違い?

 

「俺達の事務所にはクリムゾンエンターテイメントのスパイが居てね。俺が紹介するより先に手を打たれて、架純達はクリムゾンエンターテイメントに引き抜かれたんだよ」

 

「うん、私達をクリムゾンエンターテイメントに紹介したのは、ヒデさん、マネージャーじゃなくて、広報で入社して来た人だよ」

 

「広報…?あ、も、もしかして栗無 存太郎(くりむ ぞんたろう)って人?」

 

「そう。栗無さん」

 

「あいつだけなら俺が何とか出来たかもしれないが、他にもサブマネージャーの巣派 伊堕蔵(すぱ いだぞう)がな。あの2人が共謀して…」

 

そんな…巣派さんもあんないい人だったのに…。

 

「え?お、おいタカ。くりむぞんたろうとか、すぱいだぞうとか、本名かな?めちゃくちゃ怪しくないか?(ボソッ」

 

「怪しいよな。何でそんな名前の人採用したんだろ?面接めちゃくちゃ良かったの?(ボソッ」

 

「結衣、実はね。栗無さんも巣派さんも、クリムゾンエンターテイメントの刺客で、2人共偽名だったの…」

 

「な、何だって!?」

 

「それを見抜けなかった…社長である俺のミスさ」

 

「ね、ねぇ理奈…(ボソッ」

 

「奈緒、気持ちはわかるわ。私達は黙って聞いていましょう(ボソッ」

 

そんな…あの2人がクリムゾンエンターテイメントな刺客だっただなんて…。

私も全然気付けなかった。マネージャーだけのせいじゃないよ…。

 

「あ、えっと、それじゃマネージャーは架純達を…」

 

「ああ、俺としては各々他の事務所に紹介するつもりだった。架純はSCARLETで、瑞穂はファントムのつもりだったけどな。優香は…」

 

そ、そうだったんだ。

良かった…マネージャーが、私達の面倒をいっぱい見てくれてたマネージャーが、架純達をクリムゾンエンターテイメントに紹介したんじゃなくて…。

 

「そっか。私はSCARLETに紹介される予定だったんだ。あの時、クリムゾンに『私達が欲しくて事務所を潰した』なんて口車に乗ってなければ…」

 

「違うだろ、架純。その後に『お前達がクリムゾンになれば他のメンバーの活動を邪魔しない』って言われたからだろ?調べはついてる」

 

架純達がクリムゾンになれば他のメンバーの活動を邪魔しない?え?それじゃ架純達は私達の為に?

 

「そんな綺麗事だけじゃないよ。クリムゾンに入ればまたすぐにでもステージに立てる。そんな打算的な事も考えてたから…」

 

「架純、そうだったんだ…。そ、それよりマネージャー!あ、本当は社長だっけ?社長!」

 

「あはは、呼び方は何でもいいよ。今はお前らの社長は日奈子ちゃんだろ?」

 

「あ、えっと、それならヒデポン!そのクリムゾンになればって話は誰に聞いたの?」

 

「ああ、その事か。優香と瑞穂からね。Blue Tearのメンバーでまだ謝罪してないのは、結衣と架純だけだ。花梨にもメグミちゃんにも会って来たしな」

 

優香と瑞穂から?

 

「ヒ、ヒデさん!ケホッ、ケホッ、ゆ、優香と瑞穂に会ったの!?会えたの!?今、優香と瑞穂は!?ケホッケホッ」

 

「わ、わわわ、架純、落ちついて!」

 

「うん。2人共元気だったよ。優香も少しだけだけど、喋れるようになったし…」

 

「優香…ケホッ、良かった。少しでも喋れるようになったんだ…本当に良かった…グスッ」

 

「そして赤ちゃんも元気に産まれてた」

 

「そう。赤ちゃんも元気に……え?赤ちゃん?ケホッ」

 

「ああ。優香と旦那さんに会ったのは8月くらいだったかな。産まれたばかりだったけど、抱っこもさせてもらってさw」

 

 

-バターン!

 

 

「「架純!?」」

 

架純はヒデポンからの報告を聞いて倒れてしまった。

 

「か、架純!ど、どうしたの!?」

 

「ゆ、結衣…。いい?あのね、赤ちゃんってね、すぐに出来てすぐに産まれる訳じゃないの…」

 

架純は倒れたまま私に話し掛けて来た。

 

「あ、うん。そうだよね。トツキトオカだっけ?10ヵ月くらい?かかるんだっけ?」

 

「結衣、ヒデさんは8月に優香に会って、赤ちゃんを抱かせてもらったって…」

 

「うん!いいよねいいよね!優香可愛いかったもん!赤ちゃんもきっと可愛いんだろうなぁ~。私も抱っこさせてほしいよぉ~」

 

「結衣?私達Blue Tearが解散コンサートしたの…いつだったか覚えてる?」

 

「え?私達の解散コン?忘れる訳ないよ!2月14日バレンタインデーだよね!」

 

「解散コンサートから出産まで6ヵ月だね…」

 

「……ん?あれ?ほ、ほんとだ。あれ?じゃあ優香ってBlue Tearの時には」

 

「そ、それどころか…クリムゾンエンターテイメントで過酷な特訓させられてた時も…。私達、クリムゾンエンターテイメントに壊されたの4月で、私が拓斗さんと会ったの5月なのに…。気付かなかった…全然気付かなかった…」

 

うわぁぁ。やるなぁ優香。

 

 

 

「そ、そんな…優香ちゃん人妻になってんのか…」

 

「そういや松岡くんの推しは優香ちゃんでしたっけ?御愁傷様ですわ」

 

「むぅ~…冬馬は優香ちゃんみたいな子がいいんだ?」

 

 

 

「ケホッ…ケホッ、ま、まぁ、実はBlue Tearの頃から妊娠していて、出産したって事にはびっくりしたけど、今が幸せそうなら良かったよ。そ、それで瑞穂は?」

 

「瑞穂はまだ通院は必要みたいだけど、無事に退院して日常生活を送っているよ」

 

「瑞穂…ケホッ、良かった。無事に退院して、また日常生活を送れるようになったんだ…本当に良かった…グスッ」

 

「来月には結婚するみたいだしな」

 

「そう。来月には結婚………結婚!?ケホッ」

 

「ああ、入院中、親身に看病してくれた看護士さんと燃え上がる恋をしてスピード結婚だ」

 

「クッ…危ない。また倒れるところだった。そ、そう。瑞穂も幸せなら…良かったよ」

 

 

 

「瑞穂ちゃん、結婚しちゃうのか…」

 

「ん?内山ってミズホ推しだったの?」

 

「そうだぞ雨宮!拓実は実はBlue Tearの瑞穂推しだ!」

 

「あ、そうなんだ?えっ…と、ちなみに江口くんは誰が推しだったの?」

 

「渉!あんたは誰推しだったの!?笑ってやるから言いなさい!」

 

「河野も観月も…渉も大変だな」

 

「だよね。こんな所はたか兄に似なくて良かったのに」

 

「ちなみにゆーちゃんは誰推しだっけ?」

 

 

 

「そ、それで、ヒデさんは元Blue Tearのみんなに謝って回ってたのって…。ケホッ、今更何故なの?」

 

「ん、いや、悪かったと思ってるからだけど」

 

「それは本当にそう思ってくれてるとは思うけど、さっき、タカさんに挨拶をついでにって言ってたよね?」

 

「ん?おお、そういやお前そんな事言ってたな。架純ちゃんなかなか鋭いな」

 

「どうしよう、タカさんに褒められた。優香、瑞穂、もうすぐ私も仲間に…」

 

「架純は何言ってんだ?おい、英治まさか架純もなのか?(ボソッ」

 

「そうなんだよヒデ。こいつ俺の推しの架純ちゃんを…(ボソッ」

 

「そんな事より。おい、ヒデ。テメェ、タカに挨拶ってどういうつもりだ?」

 

「ああ、それな。拓斗、それ答える前にちょっといいか?」

 

「あ?答える前にちょっとだ?」

 

そうしてヒデポンは私と架純を真っ直ぐに見て…。

 

「架純、結衣。Blue Tearの時はすまなかった。あの時はお前達にクリムゾンと闘わせる覚悟が、俺にはなかったんだ」

 

クリムゾンと闘わせる覚悟?

 

「ヒデさん…何?そんな改まって…」

 

「んん…。俺は新しい事務所を立ち上げた。そこでクリムゾンとも戦うつもりだ。日奈子ちゃんにはお互いサポートし合う事って話は通してある。

架純はLazy Windを辞めて、結衣はCanoro Feliceを辞めて、俺と一緒に、俺の事務所で新しいバンドをやってみないか?」

 

Canoro Feliceを辞めてヒデポンの新しい事務所で新しいバンド?そんなの…。

 

「「ごめん、無理」」

 

やっぱり私はCanoro Feliceが大事だもん。

架純も即答してくれて良かった。Lazy Windを今は大事に思ってくれてるんだね。

 

「即答かぁ~。だよなぁ。俺とバンドやるとか嫌だよなぁ」

 

「違…ケホッ、違うよ。ヒデさんの事務所のバンドをやるのは…嫌じゃないけど、私はLazy Windの架純だから」

 

「私もだよ!私はCanoro Feliceが大好きだから。Canoro Feliceを辞めてってなると…無理だよ」

 

「ははは、そっか。お前らに俺の事務所に来てもらえないのは残念だけど、お前らが今のバンドを大事にしてくれて、本音は嬉しいよ」

 

ヒデポン…。

 

「ヒデ、テメェ新しい事務所って…。

そういや思い出すな、テメェがクリムゾンってわかった時、テメェはタカの事もクリムゾンに勧誘したよな」

 

「ああ。あん時な。タカとヒデは仲良かったからな。

タカのヤツがクリムゾンに入るって言ったらどうしようと思ったぜ」

 

「あ?俺がクリムゾンなんか入る訳ねぇだろ。お前らアホなの?」

 

「ああ、懐かしいな。あの時は俺も本気でタカを勧誘したんだけどな」

 

 

 

 

 

 

『タカ、お前もクリムゾンに入らないか?』

 

『ならない』

 

『聴けばわかるお前の強さ、レガリアの使い手だな?

その歌唱力、練り上げられている。至高の領域に近い』

 

『俺はBREEZEのTAKAだ』

 

『俺はヒデ。タカ、何故お前が至高の領域に…』

 

 

「いやいや、待て待て待て」

 

「英治の言う通りだ。わざわざ・・・まで入れて回想シーンに持っていったつもりだろうが、これって煉獄さんと猗窩座の闘いん時のセリフじゃねぇか」

 

わっ!?ネタだったんだ?

煉獄さん?猗窩座?鬼滅の刃かな?ちゃんとは観てないからよくわからないけど…。

 

「え?おい、ヒデ、俺らいつもこんな感じじゃなかったっけ?」

 

「だよな?いつもそんな感じだったし。

そんでタカに断られ続けて、とうとう決着をつけなきゃな…って時は…」

 

「ああ。あの時な。あの時は俺も何とかヒデを説得したくて…」

 

 

 

 

『クリムゾンのバンドマン達は自分達の事しか考えていない。だから抹殺すると宣言した!』

 

『バンドマンがバンドマンに罰を与えるなど!』

 

『私BREEZEのTAKAが粛清しようというのだ、ヒデ』

 

『エゴだよそれは!』

 

『音楽業界がもたん時がきているのだ!』

 

『いやいや、待ってくれよ、にーちゃんもヒデにーちゃんも』

 

「うん。渉くんも落ち着こう?マジで。

その会話外にある『』って回想シーンのセリフって設定でしょ?渉くんも『』で発言しちゃったら、タカ兄とヒデさんの回想シーンに介入した事になっちゃうよ?」

 

「タカさんとヒデさんのその会話は『逆襲のシャア』の時のセリフでしょ。あ、ちなみにオレの『』は発言内の『』なんで、タイトルとか大事な事の分類すね」

 

「え?俺らってずっとこんな感じだったよな?」

 

「そのはずなんだけどな?そんでタカと最終的にはデュエルする事になって…タカはレガリア戦争の事も氷川さん達に聞かされてたしな」

 

「ああ。まるで昨日の事のように思い出せるぜ。レガリア戦争を繰り返す訳にはいかない。俺はそんな想いでいっぱいだった」

 

 

 

 

『俺はアルテミスの矢を認めない!音楽を楽しんで、自由に音楽をやれば、それが平和だと言う考えは間違っている!』

 

『だからクリムゾンの独裁を許すと言うのか?』

 

『それがバンドをやる者の魂の拠り所となる!』

 

『今はそれでいいかもしれない。だが、クリムゾンは歴史を繰り返すだけだ。悲しく惨めなレガリア戦争の歴史をな。ここで流れを食い止めなければ、また俺達と同じようなバンドマンが必要となってくる。

そうなれば、悲劇と言う名の歴史がいつまでも続く。ヒデ、教えてくれ。俺たちはあといくつのバンドを潰せばいい?

…俺は後何回、あの子とあの子犬のバンドを潰せばいいんだ?ゼロは俺に何も言ってはくれない。教えてくれヒデ!』

 

「いやいや、待って下さい。貴もヒデさんも」

 

「そうね、それってガンダムWのエンドレスワルツの時のヒイロと五飛の会話よね?あの子とあの子犬のバンドっていうのも意味不明だし」

 

「…ファントムのみんなすげぇな。俺とタカのネタにツッコミ入れれるなんて」

 

「逸材揃いだろ?」

 

ネ、ネタだったのか…。

も、もしかして今のネタ元わかって笑ってしまってたら、お尻叩かれたとか!?

 

「そんで冗談は置いといて、ヒデ、お前マジで新しい事務所でクリムゾンとやり合うつもりなのか?」

 

「……タカは反対か?」

 

「反対かどうかって聞かれたら反対ですけどね」

 

「だよな!お前なら反対すると思ったよ。あははは」

 

え?え?たぁくんは反対なの?

 

「そもそも…戦うつもりで音楽ってのがな。俺には合わないだけで。本来なら俺もだけど、ファントムのみんなもクリムゾンとか関わらせたくないし」

 

あ、そっか。

自由な音楽をやる為に、架純達みたいな人がもう出ないようにって、クリムゾンはやっつけなきゃって思ってたけど。

 

本来なら音楽は自由なもので、クリムゾンと戦う為にやるものじゃなくて。

音楽やってて楽しいから音楽やるんだもんね。

 

「ああ。だから俺はBlue Tearの時に失敗してしまった。架純達には悪かったと思ってる」

 

「うぐっ…今、それ言われると俺も反対だとは声を大きくして言えないけどよ…」

 

「ふふ、だから俺は次は間違えないよ。お前を見習ってな」

 

「あ?俺を見習って?」

 

「楽しいバンドを、楽しい音楽をやる。だけど、降りかかる火の粉はしっかり払う。そうわきまえて事務所をやるつもりだ」

 

「あ?だったらお前も俺達とファントムに…」

 

「お袋の事務所を守りたいってのもあるしな」

 

「……そっか」

 

ヒデポン。

ヒデポンも私達と一緒にファントムに入ってくれるなら嬉しかったけど、お母さんの事務所か…。

やっと取り返したみたいに言ってたもんね。

 

「だから結衣、架純。お前達も俺の事務所のライバルだな。お互いに楽しい音楽をやっていこうな」

 

ヒデポン…。

 

「うん!うん!もちろんだよ!」

 

「私も、ヒデさんに楽しい音楽で負けないから」

 

そうだよね。敵じゃない。

楽しい音楽をやっていく中のライバルだよ。

Ailes FlammeやBlaze Future、DivalもLazy Windもみんなファントムの仲間だけど、ライバルだもん。

 

私は楽しい音楽をやって、クリムゾンをやっつける為じゃないバンドをやっていくんだ。

 

私がそんな風な事を改めて心に誓った時、

 

 

 

 

「これは何事なの?」

 

 

 

 

あの人がやって来た。

 



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第65話 お片付け中に

「バ、バカな…なんでお前がここに…(ギリッ」

 

「クソッ、計算外だった…。今日なら大丈夫だと思って安心してファントムに来たっていうのに…(ゴクリ」

 

 

今日は盛夏も美緒も出勤だったし、お父さんも居るからと、お母さんに勉強を教わってたんだけど、何で私のファントムがこんなにボロボロになってるの…?

 

私の名前は中原 初音。

ライブハウスファントムのオーナーである父、中原 英治と、音楽事務所ファントムの責任者である母、中原 三咲の娘であり、実質ライブハウス兼音楽事務所兼カフェファントムの最高級責任者だ。

 

さっきも言ったように、今日はお父さんも居る。

だからファントムはカフェ営業をやっていた。

 

私は国公立大卒のお父さんではなく、高卒であるお母さんから勉強を教わっていた。何故かはわからない。

そこで勉強に疲れた私は、お母さんと一緒にファントムに来た訳だけど…。

 

 

 

 

「これは何事なの?」

 

 

 

笑顔のお母さんに私は恐怖を感じていた。

これまでに感じた事のない恐怖を…。

 

「み、三咲。お前、今日は初音の勉強を…」

 

「うん。……じゃないね。落ち着こう。

ええ。今日は私が初音の勉強を見ていたんだけど、英治くん、なんでファントムがこんなにボロボロなの?」

 

「ち、違う!違うんだ!見ろ!ヒデ!ヒデがいきなり現れてな!そんでいつものタカとの再会シーンを…」

 

「ヒデ…くん?」

 

「あ、あはは…三咲ちゃん、お久しぶり~。何で三咲ちゃんが今日ここに来てんだよ(ボソッ」

 

ん?あれ?この人誰だろう?ヒデ…さん?

お父さんとお母さんの知り合いかな?

 

私はこの日がヒデさんとの初対面だった。

と言っても、ヒデさんは私がまだ小さい頃には何度か会いに来てくれた事はあるみたいだけど。

 

「くそっ…三咲は今日は初音ちゃんの勉強を見ていると英治に聞いて油断していた。この甘さ…この俺の甘さや油断せいで…今までも惨劇が繰り返されてきた事を、俺は…わかっていたはずなのに…」

 

タカは何を言ってるの?

 

「そっか。ヒデくんが来てたんだね。それでタカくんもちょっとヤンチャしちゃったって事かな?」

 

お母さんは苦笑いをしながらタカとヒデさんを見ている。なのに何で私はお母さんからこれまでにない恐怖を感じているんだろう?

 

「もう。2人とも久しぶりで、ちょっとやり過ぎちゃったのかも知れないけど。これはやり過ぎだよ。ほら、トシキくんだけじゃない。片付けしてくれてるの」

 

あ、本当だ。さっすがトシキさん!

こういう時でもしっかり率先して片付けしてくれてる。

 

「な、何ぃ!?しまった…!ヒデが急にタカに会いに来やがったから、何事かと思ってこっちの会話に入ってしまっていたが、俺もトシキのように片付けに専念しておくべきだった!」

 

拓斗さん?

 

「く、くそ…。三咲に怒られる事に恐怖だけを感じて、肝心の片付けをするのを俺も忘れていた。前回の話で珍しくトシキが間に入って来ないと思っていたら、あいつ抜け駆けして片付けしてやがったのか…!」

 

お父さん?

 

「タカくんもヒデくんも、ヤンチャし過ぎちゃったなら、ちゃんと片付けもしないとダメじゃない。

英治くんも拓斗くんも、タカくんとヒデくんは昔からの友達じゃない?トシキくんだけに片付け押し付けないで、2人とも片付け手伝わないと。

……ふふ、私もタカくんとヒデくんの昔からの友達だもんね。私も片付け手伝うからね」

 

…良かった。何でかいつも優しいお母さんを怖いと思ってしまったけど、やっぱりお母さんは優しいお母さんだ。

 

「そ、そうだね。悪い、トシキ。俺も片付け手伝うよ!」

 

「ああ、悪い。トシキにばっか片付けさせてたよな。俺も今からスーパー丁寧に片付けするわ」

 

…ん?

ヒデさんは私的には今日が初対面だから、どんな人なのかわからないけど、タカって何か変?

いつもなら『え~…片付けとか面倒なんですけど~』とか言いながら逃げそうなのに。

 

「あ、ヒデくんとタカくんは、ちょっとみんなの居ない所で少しお話しよ?地下の控え室とかどうかしら?」

 

「い、いや。何を言ってるの三咲ちゃん。俺も片付けしなきゃ!ね?」

 

「嫌だ…俺はまだ死にたくない…。やりたい事がいっぱいあるんだ…」

 

タカは何を言ってるの?

 

「もう、ちょっと怒るだけよ。やっぱり私達もいい大人なんだもの。やっていい事と悪い事の分別はつけなきゃ」

 

「嫌だ!ならここで!ここで怒ればいいじゃん!土下座もするし、靴を舐めろと言われたら舐めるし!」

 

「そうだよ三咲ちゃん!殴られても文句言わないから!ここで!ここで説教してよ!」

 

タカもヒデさんって人も何でこんなに必死なの?

 

「もう…。靴を舐めろとか言わないし、殴ったりもする訳ないじゃない。ちょっと地下の控え室でお話するだけよ?…それとも、後日に私と1対1で話し合う?」

 

「…そういう訳だ。英治、拓斗。悪いが片付けは任せた。俺はちょっと三咲に叱られてくる」

 

「英治。壊れた備品は買い直して領収書を貰って来てくれ。後日にはなるが俺が全部払うから」

 

そう言ってお母さんとタカとヒデさんは地下の控え室へと向かった。

その直後、タカっぽい声とヒデさんっぽい声の悲鳴が聞こえ、お母さんが戻って来た。

 

お母さんが言うにはタカとヒデさんは地下の控え室に向かう途中の階段で足を踏み外して落ちていったらしい。

怪我をして可哀想だと思ったから、ちょっときつめの説教をするつもりだったけど、軽く注意して終わらせたそうだ。

 

それから数10分過ぎてから、階段を踏み外したにしては、どうしてそんな怪我をしているの?って感じのタカとヒデさんが戻って来た。

あんなに酷い怪我をしてるのに、説教するのは可哀想だもんね。やっぱりお母さんは優しいなぁ。

 

 

 

 

「ほら、きびきびと掃除しなさい」

 

「あ、先輩。ここまだ埃ありますよ。どこに目をつけて掃除してるんですか?」

 

「何なのお前ら。何で俺の掃除にケチつけながらジュース飲んでんの?」

 

「いえ、この後はみんなでそよ風で飲むみたいですし、私も渚も理奈も、今はお酒は我慢しようって思いまして」

 

「いや、飲み物がジュースだからって疑問をぶつけた訳じゃなくてな?…ああ、もういいや。さっさと片付けしちまおう…」

 

「葉川は会社でもファントムでも、こういう扱いなんだね~…」

 

「え?タカって会社でもこんな感じなんですか?木南さんそれもうちょい詳しく!」

 

「まどかさん、落ち着いて下さい。この男の仕事振りでしたら、秋月グループの力を使って聞き出してみせますわ」

 

 

 

「いやー、俺らの昔馴染みがアホなせいで、渉くん達にも悪いな」

 

「いや!全然気にしなくていいぞ!この後は三咲お姉様の企画でみんなでそよ風でご飯会だしな!」

 

「渉は何で三咲さんの事は、三咲ねーちゃんじゃなくて三咲お姉様なの?」

 

「本当に気にしなくていいスよ。俺ら男組は片付けの手伝いをしたら、ヒデさん?の奢りでご飯会タダみたいですし」

 

「うん。俺もファントムにはお世話になってますし、こうやって片付けのお手伝いも、やれて嬉しいって思ってるくらいですよ」

 

「春太の言う通りスよ。俺もCanoro Feliceやるより前から、ファントムにはお世話になってますし。

てか、シフォンは片付けせずにあっちでジュース飲んでるけど、あいつは男組に入ってないって事か…?」

 

「ほら!英治くんも無駄口叩かないの!私も手伝ってるんだから。

ごめんなさいね、Ailes Flammeのみんなも、一瀬くんも松岡くんも…」

 

 

 

「トシ兄も昔からタカ兄達の無秩序とか、理不尽に巻き込まれて大変だよね?」

 

「ゆーちゃんは今日はシフォンだから、ボク達と一緒にジュース飲んでるの?」

 

「ま、トシキさんって何となく巻き込まれ体質っぽいしね」

 

「止めてよ志保ちゃん、もうね、文句言っても何をしてもどうせこうなっちゃうからさ?諦めたっていうか…何かする労力の方が勿体ないっていうか…」

 

「私達もファントムにお世話になってますし、片付けのお手伝いしますよ?」

 

「止めなさい双葉。ここでBREEZEを…いいえ、男達を甘やかす必要はないわ」

 

「沙織は相変わらずだよな」

 

 

 

「達也さんは何かイキイキとしながら片付けしてますね?何でですか?」

 

「止めなさい花音!もし達也の性癖がドMだったらどうするの!!」

 

「いや、ドMじゃないですよ。そういう風に見られてもしょうがないですけど…」

 

「え?じゃあ、たっちゃんはドMじゃないなら、何でそんなイキイキして片付けしてるの?じゃあどんな性癖なの?」

 

「ケホッ、結衣。あんまり自分の性癖はおおやけにはしたくないもんでしょ?聞いたら可哀想だよ。ケホッ」

 

「ねぇ、聡美。何で夏野さんと架純は元アイドルのくせに性癖とかそんな単語を平気で口にしてるの?」

 

「色々あるんやろ。アイドルや言っても」

 

 

 

「澄香ちゃん、久しぶりだね。あの頃から全然変わらない。今日も…ううん、今日は1段と可愛いね」

 

「ハッハッハッハ、澄香?誰の事ですかな?私は秋月家専属の執事、セバスでございます。お気軽にセバスちゃんとお呼び下さい」

 

「いや、お前ジェンガしてる時に澄香の姿見られてるだろ?今更セバスちゃんになっても意味なくないか?」

 

「ヒデくん本当に久しぶりだよね~。あたしがアメリカ行ってる間、ほとんど連絡くれなかったし」

 

「ほら、ヒデちゃんは昔から澄香ちゃんにしか興味ないし。連絡なくてもしょうがないんじゃない?」

 

「ヒデくん…あたしも知らない人。きっとこの男もあたし達クリムゾンエンターテイメントの敵になる。今日はたまたまファントムに来て良かった」

 

「ヒデか…。クリムゾンエンターテイメントの敵だというのであれば私達には好都合だが、ヤツも元はクリムゾンのミュージシャン。…ヤツを見極める良い機会だな。今日は私もたまたまファントムに来た甲斐があったというものだな」

 

「いや、有希ちゃんも美来ちゃんも、何を今日たまたま来たみたいに言ってるの?昨日もついこないだもファントムに来てお茶してたじゃん」

 

 

 

「あははー…。笑っていいのかどうか…。evokeのみんなも今日は次のライブの打ち合わせに来てただけなのに、とんだ災難だよね~」

 

「雪村、そう思うなら俺達を手伝ってもいいんだぞ?」

 

「おい、止めろ結弦。香菜さんは俺達の先輩だぞ。せめて"さん"付けで呼ぶんだ」

 

「あ~、そういや雪村さんって俺らの高校の先輩なんだっけ~…眠い…」

 

「え!?お、お兄ちゃん!初耳なんだけど!本当に!?」

 

「あ?そうやって驚く紗智も可愛いな」

 

「え?そうなんだ?ねぇ、麻衣。うちの学校も実は誰かファントムメンバーの母校だったとかない?」

 

「え?いや、私は知らないけど…。てか、それは私よりも神原先生に色々聞いてる睦月の方が詳しいんじゃない?」

 

 

 

「ほんと、今日はファントムのメンバーしかカフェ客居なくて良かったですね。いつもはもうちょっと一般のお客様も居るのに…」

 

「あ、あはは。す、すみません。まさか姫咲にファントムのグループLINEに入れてもらって、『Canoro Feliceのチューナーになりました!よろしくお願いします!もし良かったら明日ファントムでご挨拶させて下さい』って送ったら、まさか皆さん来られるとは…」

 

「あはは。そ、それはあんまり一般のお客様が居ない理由にはならないような…?あ、それより私はGlitter Melodyのキーボード担当の松原 恵美です。綾小路さん、これからよろしくお願いしますね」

 

「恵美はほんといい子だな。マジで翔子の教え子か?三咲に隠れてチラホラ片付け手伝ってくれてるしよ。

てか、美緒も初音もここの従業員だから片付け手伝ってくれてるとしてもだ。何でここの従業員である盛夏はカレー食ってんだ?」

 

「拓斗さんはうるさい~。また宮野 拓斗呼びに戻しちゃうよ?そしてタカちゃんと叔母さんに、ある事ない事はアレだから、ある事を色々盛って言っちゃうかも~?ね?初音~?」

 

「盛夏は賄いの時間は厳守だからね…。でも美緒の言う通り他のお客様が居なくて良かったかも…」

 

と、まぁ、今日はこの場にファントムのメンバーみんな揃ってますよ。って描写があった訳だけど。

 

実際うちはライブハウスよりカフェタイムの方が時間も多いし、いつもはもうちょっとだけだけど、お客様も多いはずなのに…。

 

うぅ…、今日はトラブルがあったからお客様居なくて良かったけど、いつもこんな感じのお客様の入り数だったら、ファントム潰れちゃうよ…。

 

私が片付けを手伝いながらそんな事を思っていると…。

 

 

 

「え?あれ?もしかして今日は営業してない?」

 

「お店の看板は営業中になってましたけど…」

 

 

 

2人のお客様がファントムに入って来た。

いつもなら笑顔で『いらっしゃいませ!』

知り合いなら『いらっしゃーせー』

ってお迎えするんだけど、入店してきたお客様の顔を見た時、私は歓迎するのを一瞬躊躇ってしまった。

 

「あの人は…クリムゾンエンターテイメントの…」「ね、姉さん…」「ひーちゃん?」「ん?何でウグイスがこんな所に居るんだ?」「渉、ウグイスじゃないよ、雲雀だよ」「誰だよ営業中のままにしてたの。さすがに準備中にしとけよ」

 

みんな口々に入店して来たお客様を見て驚いていた。

てか、最後の誰が言ったのかちゃんと聞き取れなかったけど、ほんとその通りだよね。

店内こんなボロボロになってて、片付けしてるんだし営業中にせずに、準備中にしとくべきだったよね。

 

「あ、沙織も居る。やっほ~、お姉ちゃんだよ~。……って何で美来ちゃんも居るの?ここファントムだよ?」

 

「しーちゃんもむっちゃんも…。翔子さんまで…」

 

店内に入って来たのは、クリムゾンエンターテイメントの大幹部の小暮 麗香さんと、クリムゾンエンターテイメントのミュージシャン、interludeのベーシスト朱坂 雲雀さんだった。

 

「美来ちゃん?誰それ?あたしはそんな人知らない。私は通りすがりの仮面ライダーだ。それじゃバイバイ」

 

そう言って美来さんは紙袋を被って帰ろうとした。

 

「あ、そっか。さっすがクリムゾンエンターテイメントの最高バンドのメンバーだよね。私と雲雀ちゃんみたいにファントムに偵察に来てたとか?」

 

「そう。正にそれ。あたしはクリムゾンエンターテイメントの最高バンドMalignant Dollのギターボーカル。常にファントムを倒そうと考えているので偵察に来ていた」

 

そして帰らずにまた有希さんの居るテーブルへと戻って行った。

 

「ま、そういう事にしておきましょうかね。私にとっては大して問題でも何でもないし。それよりも、クリムゾンの裏切り者である羽山 秀さんが居る方がびっくりだわ」

 

「小暮さん、どうするの?出直す?」

 

「んー、せっかくここまで来たしね~。ね、初音ちゃ~ん、今日はもう営業やってなかったりする?それともコーヒーくらいなら飲めるかなぁ?」

 

「もちろん営業してますよ♪ご注文はコーヒーでよろしかったですか?まだまだファントムには美味しいメニューがいっぱいありますよ。どうせならゆっくりしていって下さいよ~」

 

本当は悩んでいた。ううん、今も悩んでいる。

本当にこの回答で良かったのかどうか。

 

私はチラッとお父さんとタカの方に目をやってみた。

 

…うわぁ、お父さんは明らかに怒ってるし、タカはマジでこの幼女何言ってんの?って顔をしている。

失敗だったかな…?

 

「俺もサポートしてやっから、あいつらの事は気にすんな(ボソッ」

 

私がそんな事を気にしていると、近くに居た拓斗さんが私にソッと声を掛けてきた。

 

「コーヒーだったよね。ホットとアイスどっちがいいかな?」

 

そしていつの間にかトシキさんはカウンターの中に居て、コーヒーを作る準備をしてくれていた。

 

「あ、私はホットで~。雲雀ちゃんはどうする?」

 

「…じゃあ僕もホットで」

 

「初音も休憩にしたらどうだ?トシキ、初音の分のコーヒーも頼む」

 

「了解。じゃあホットコーヒー3つね」

 

え?え?拓斗さん?トシキさん?

そう言って拓斗さんは片付けの続きに戻り、トシキさんはコーヒーを用意して、その近くテーブル席にコーヒーを並べた。

そこのテーブル席に座れって事かな?

 

私がトシキさんがコーヒーを置いたテーブル席に座ると、小暮さんと朱坂さんも、そのテーブル席に黙って座った。

 

うぅ…想定外だ。

小暮さんから何か話があるんだろうとは思っていたけど、まさか同じテーブル席に座らされるとは…。

私は聞く専門でいようと思ってたのに、これじゃ会話しなくちゃいけないじゃん…。

 

私まだ幼女だよ!?機転なんか利かないよ!?

この後どうしたらいいの!?

 

「どうぞ。こちらはファントムからのサービスらしいです」

 

私が頭を悩ませていると、美緒が山盛りのクッキーを私達の席に持って来た。

何これ!?クッキーなんてうちのメニューにあった!?

ってか、これはゆっくり話をしなさいって事!?

 

とか、考えていたら美緒が去り際に

 

「お兄さんから伝言です。『この状況はあいつらにとっても想定外のハズだ。考える時間を与えるな』だそうです(ボソッ」

 

お兄さん?美緒がお兄さんと呼ぶって事はタカ?

私はタカの方を見てみた。

…何かお父さんに胸ぐらを掴まれて頭をバシバシ叩かれていた。

 

私はコーヒーを一口飲む。

…なるほど。確かに小暮さんにとっても朱坂さんにとっても、こうやって私と面と向かって会話するという状況は想定外のハズだ。

 

多分、何かしら話はあったんだろうから、ファントムに来たんだろうけど、何故かファントムの店内はカフェと呼ぶにはボロボロ過ぎるし、まさかファントムのメンバーが全員揃っているなんて思ってもいなかっただろう。

 

タカの考える時間を与えるなというのは、きっと今なら何でも聞き出せる可能性があるから、『コーヒー飲むのをオッケーしちゃったなら、こっちからも色々聞いちゃえよ』って事なんだろう。

小暮さんに言い訳や誤魔化しを考える時間を作っちゃいけない。

 

「先日、来ていただいた時にカフェもやってるとお伝えしたので今日は来て下さったんですか?どうぞコーヒーは当店の自慢ですので、温かいうちに飲んでみて下さい」

 

「え?え、ええ、そうね。いただくわ」

 

よし、小暮さんが何を話そうとしていたのか…。

私に出来るかどうかわからないけど駆け引きの時間だね。本来話す予定だった事を深く聞き出さないと。

 

「それで?その時に言ってたように、また土産話でも持って来てくれたんですか?」

 

「…ええ、とっても面白い話を持って来たわよ。一刻も早く初音ちゃんに話してあげたくて~」

 

うぅん…どうなんだろうこれ。小暮さんは少しでも動揺してくれてるのかな?

 

「わぁ♪嬉しいです!是非聞かせて下さい!」

 

「そうね。あ、でもその前に~、せっかくここにファントムのメンバーが勢揃いしてるから私からも質問い~い?」

 

う!?こ、これはどうするべき?

 

「……あれぇ?もしかしてダメぇ?」

 

まずい。即答出来なかった。

もしかしてこれで主導権握られちゃった…?

 

「おい、初音はまだ幼女だぞ。それにこの小説はR指定だ。いくらなんでも18禁な事は初音は答えられねぇ。ここにはこいつの両親も居るし、家族の前でそんな話はよ…」

 

「誰もそんな事聞かないわよ!」

 

た、拓斗さん?

 

「あはは、良かった。初音ちゃんには、まだまだそういうのは早いって俺達から言い聞かせてるしね」

 

ト、トシキさんまで!?

 

「だから!わざわざファントムまで来てそんな話しないわよ!こっちは未成年の雲雀ちゃんも居るんだし!」

 

あ、そうか。これって拓斗さんとトシキさんの作ってくれたチャンスなのかも。

 

「よ、良かったぁ。エッチな事だったらどうしようかと…。そういうお話じゃないなら全然オッケーですよ!何でも聞いて下さい!」

 

「も~…初音ちゃんまで何言ってるのよ~。あれ?それって私は幼女にそんな質問するような人間に見られてるって事?あれ?何で?」

 

危なかった。

タカの考える時間を与えるなっての、私も考える時間無くなっちゃうって事じゃん!無茶振りがすぎる!

 

「そ、それより質問って何ですか?」

 

「え?ああ、そうね。ここには偶然BREEZEのタカも、何故か死んだはずのArtemisの梓も居るから、ちょうどいいと思って」

 

あ、梓さんの事、小暮さんにバレちゃったじゃん。

あれ?これヤバくない?

と、思って拓斗さん達の顔を見てみると、案の定、拓斗さんもトシキさんもタカもお父さんも、Artemisの皆さんも『あ、やべ。どうしよう!?』という顔をしていた。

 

「射手座のレガリア、魚座のレガリア。あなた達はまだ持っているのかしら?それが私の質問よ」

 

レガリア?

そういえばこないだちょろっとだけ聞かされたっけ?

眠かったし興味もなかったから、あんまり覚えてないけど。

 

「レガリア?何ですかそれ?」

 

よし、間髪入れずに私は答えた。

何となく大事な物ってのは覚えてるから、この回答で大丈夫でしょ。

 

「ん?初音ちゃんはレガリアを知らねぇのか?」

 

渉さん!?

 

「渉。あっちの会話には入らないでいようよ」

 

「拓実の言う通りだぞ。お前が入ると色々面倒だしな」

 

拓実さん、亮さんありがとうございます。

 

「江口くんが知ってるのに、初音ちゃんが知らない訳?なんで~?」

 

う、どうしよう?私、ほんとにあんまりレガリアとかわかってないんだけど…。

 

私がどう回答すべきか悩んでいると…。

 

「渉はこないだアホの足立に会ったらしくてな。そん時にレガリアの話を聞かされたそうだ。スコーピオンのレガリアの後継者にしようとしてたらしいぜ?な、渉」

 

タカが小暮さんに向かってそう言った。

 

「お、おお…。そうだけど、クリムゾンエンターテイメントに足立の事言っちまって良かったのか?」

 

「江口くんが足立に会った?足立が今この街に?……いえ、それよりもスコーピオンのレガリアは、タカさん。貴方が破壊したはずでは?」

 

「おお、そんな事まで知ってんのか。さすがクリムゾンエンターテイメントの大幹部様だな。ついでに言うとレガリアは修理したんだと。そんで俺のサジタリウスのレガリアはアホの英治が失くしたから、今はどこにあんのかわかんねぇ」

 

「足立がレガリアを…?何故今頃になって…。てか、あれって修理出来るようなものなの?

…でも、フフ、嘘が下手ね。レガリアは貴方達BREEZEにとってもとても大切な物。それをBREEZEのドラマーだった英治さんが失くす訳ないじゃない」

 

「……だってよ。英治」

 

「……だってさ。英治くん」

 

「……英治。敵からも今日からアホだと思われちまうんだな。哀れなヤツ」

 

「……えーちゃん、安心して。俺もその件に関してはアホだと思ってるけど、まだ友達だとも思ってるから」

 

「お前ら!お前ら本当にな!一番ヤバい事したと思ってるのは俺なんだからな!ちゃんと反省もしてるし!」

 

ん?あれ?

タカのレガリアって確かお父さんが失くしたと思ってたけど、お母さんがタカの意思を継いでくれそうな人に託したんじゃなかったっけ?

 

「その反応…まさか本当にレガリアなんて物を失くしたというの…?」

 

あ、そういう事か…な…?

タカ達はレガリアの事をはぐらかす為にあんな小芝居をしたのかな?

小暮さんも失くしたってのを信じてるみたいだし。

 

……でもBREEZEのみんなもお母さんも、平気な顔して何の相談もなくあんな小芝居出来ちゃうんだね。

私も気をつけなきゃ、

 

「はぁ~…BREEZEって話には聞いていたけど…。こんなのに憧れてバンド始めた昔の私が恥ずかしいわ」

 

え?小暮さん…BREEZEに憧れてバンドを…?

 

「ま、別に嘘でも本当でもいいけどね。それで?木原さんは?まさか貴女も魚座のレガリアを失くしたの?

……そう。もういいわ」

 

え?小暮さん…もういいわ。って何で…?

 

私がArtemisのみんなの方に目をやると、梓さんは泣いていて、澄香さん達に「な?バカにされるだろ?」「英治と同レベル…」「梓ちゃんのお母さんの形見なのにね」とか言われて責められていた。

 

「はぁ…もうあなた達のレガリアはいいわ。足立の事はレガリアとは別件で何とかしないといけないでしょうけど」

 

「で?仮に俺らがレガリアを失くしてなかったら、手元にまだレガリアがあったらどうするつもりだったんだ?」

 

タカ?もう小暮さんに聞きたい事があるなら、私と代わってくれないかな?私、正直いっぱいいっぱいだよ?

 

「そうね。その時は、まだあなた達がレガリアを使うのか、それとも、ファントムの誰かにレガリアを託すのか、それが聞きたかっただけよ」

 

「あ?仮にタカも梓もレガリアを失くしてなかったら、自分で使うに決まってんだろうが。ファントムの連中(こいつら)がレガリアに関わるような事なんかさせるかよ」

 

「あははは、クリムゾンのバンドを潰し回ってた拓斗さんがそれを言うんだ?おっかし~」

 

「チ、てめぇ…」

 

「確かに。BREEZEのTAKAなら、Blaze Futureのタカとしてレガリアを持ち続ける可能性もあったかも知れないわね。でも、Artemisの梓はもう昔のように歌えない。誰かに託すしかないでしょう?」

 

「おい、てめぇ、いい加減にしろよ。梓はな…」

 

「私の目的は残っているレガリアの回収。そして、そのレガリアを私の直属のバンドに使わせる事よ」

 

「なっ…!?」

 

え?え?え?

小暮さんの目的は…レガリア?

 

「てめぇ、まさかレガリア戦争をまたやろうってんじゃねぇだろうな?」

 

レガリア戦争?音楽による史上最悪の争い(お父さん調べ)って言ってたっけ?

うぅ、ごめんなさいお父さん。ちゃんと聞いておくべきだった…。

 

「そ♪拓斗さんの言う通り♪

私はあの史上最悪の戦争、レガリア戦争を今また始めようとしているの♪」

 

-ガタッ

 

私はゾッとした。

今まで感じた事のないような、ものすごい戦慄…っていうのかな?この場に居るのが怖くなるような緊張感がこの場を襲った。

 

「って言ったらどうする~?」

 

え?

 

「ふふふ。私も音楽を嗜む者ですし、音楽で稼いでご飯を食べてる身だよ?話にしか聞いた事ないけど、あんな恐ろしい歴史を繰り返す訳ないじゃない」

 

レガリア戦争を始めるというのは小暮さんの冗談?

何でそんな冗談をこの場で…。

私は周りを見回してから、小暮さんの意図に気付いた。

 

「ふぅん、なるほど。BREEZEとArtemis、そして東山さんと真希は反応するとは思ったけど、ここには他にも"レガリア戦争"というフレーズに反応する人はそれなりに居るようね」

 

そうか。小暮さんは『レガリア戦争』って言葉を出して、今ファントムに居る誰が反応するのか見極めようとしたんだね。

 

うぅ、私はこの後どうしたらいいんだろう?

ここにはタカ達も居てくれてるのに、何となく小暮さんには勝てない気がする…。



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第66話 レガリアは何処に?

クソッ、やられた。

この小暮って女。まだ若いと思って甘く見てたが、なかなかやり手のようだな。

 

俺の名前は宮野 拓斗。

ファントムでタカとトシキ、英治と今夜の飲み会は誰が払うのかを決め……じゃない。賭け事なんかしてないよ。

久しぶりに麻雀を楽しんでいたら、かつての敵であり仲間となった羽山 秀が俺達の前にあらわれた。

 

こいつとタカは昔からアレだからな。

なんやかんやあってヒデとタカのせいで、ファントムはボロボロになってしまった。

その片付けをしている最中に、クリムゾンエンターテイメントの幹部、小暮 麗香とinterludeのベーシスト、朱坂 雲雀がファントムにやってきた。

 

恐らく今のクリムゾンエンターテイメントとして、英治の娘でありファントム内の絶対権力者(自称)の初音に宣戦布告のようなものでもしに来たんだろうと思っていたが、意外な事に小暮の口からでた言葉は"レガリア"だった。

 

初音をサポートするつもりで、小暮にけしかけてしまったが、レガリアの言葉に俺自身が動揺してしまった。

いや、レガリアの言葉に動揺したのは俺だけじゃなかった。今ファントムに居るメンバーの中では…。

 

「う~ん!今日もファントムのカレーはデリシャス~」

 

クッ、盛夏のやつめ!俺のモノローグの邪魔をしただと!?

しかもこいつまだ賄いのカレーを食ってやがったのか!ってか横に置いてある空っぽのカレー皿は何?もしかしてカレー2杯目なの?

 

「盛夏さん、いつもはもっと食べますのに今日はまだカレー2杯目じゃないですか。今日は少食ですね」

 

「うぅ~ん…近くで拓斗さんのモノローグが長いしうるさいから食欲がなくて~…」

 

「なるほど」

 

何でだよ!何で俺のモノローグが長いとかうるさいとかわかるんだよ!モノローグだよ!?

しかもやっぱりカレー2杯目なの!?ファントムの賄いってどうなってんの!?

それに美緒も『なるほど』じゃねぇ!!

 

「ほらうるさい~」

 

「なるほど」

 

本当にどうなってんの!?

 

「さて。ま、それはそれでいいとして。早速私の本題に入らせてもらいましょうかね」

 

本題だと?

チ、どうも近くに盛夏が居ると色々とやり辛ぇ。

聖羅の娘であり、梓の姪というのはわかってはいたが、海原の孫という事もある。

以前の俺はクリムゾンとの長い戦いのせいで、不信感を募らせていた。

そのせいか南国で俺は、タカの仲間である盛夏に対して厳しくあたってしまった負い目があるからな。

まぁ、それは奈緒や香菜にも同じ気持ちだけどな。

 

「ほらうるさい~」

 

「なるほど」

 

いや、だからな…。ああ、俺が悪かったよ。俺が悪い。

もう小暮の話を聞くから勘弁してくれ。

 

そして俺は困惑している初音をチラッと見て、目で合図を送った。

 

「うぅぅん…その…レガリアってのは私にはわからないんですけど、小暮さんの本題って何ですか?」

 

よし、上手いぞ初音。

本当に英治と三咲の娘か?って疑うレベルの聡明さだぜ。

………何で三咲は俺を睨んでるの?

 

「そうね。あんまりゆっくりしている時間もないしね。さっき私はレガリアを集めるのが目的ってな感じの事を言ったわよね?」

 

ああ、そうだな。

それでレガリア戦争をまた起こすとか言い出すから俺達は…。

 

「本当にそれだけよ。私の目的はレガリアの回収。そして私のバンドマン達をレガリアを使える最強のバンドにしたいだけ。

私達がレガリアを持っていればレガリア戦争も起こる事はないじゃない?ほら。あなた達にとってもこれって最善じゃないかしら?」

 

レガリアの回収か。

それが出来てたらレガリア戦争なんか起こってないだろうし。大神さんも、タカもまだ歌えてたんだと思うぜ。

あ、タカは今でも歌ってたわ。

 

「それでこれは貴方達にも朗報よ。私達クリムゾンエンターテイメントは、貴方達ファントムのバンドには手を出さない。これは海原さんの命令だから絶対よ。安心していいと思うわ」

 

あ?クリムゾンエンターテイメントは俺達に手を出さないだと?それも海原の命令で?

何でだ?小暮にしても何故、俺達にそんな事を言いに来た?

いや、待て。そういやタカが足立とやり合った後にも梓が言ってたっけな。海原は何故かArtemisに手を出さないように命令を出してたと…。

 

クソッ、海原は危険なヤツだ。それは間違いねぇ。

だが何故そんな命令を出したんだ?あの時も今も。

 

…タカ!?

タカなら何かわかるかも知れねぇ。あいつは俺が最も尊敬するミュージシャンだ。

 

タカ。お前なら海原や小暮の意図が読めるか?

俺はタカの方に目をやった。

 

……あいつ鼻くそほじりながら掃除をしてやがる。

そうだな。お前は音楽以外はアレだしただのアホだったよな。俺は何を期待していたんだ…(ギリッ

 

「ほらうるさい~」

 

「なるほど」

 

うん、俺のモノローグ長かったね。

ごめんね、盛夏も美緒も。

 

「なるほど。私達ファントムにはクリムゾンエンターテイメントはノータッチって訳ですね。

わお!やった!私達ファントムは自由な音楽やりたい放題じゃないですか♪」

 

初音?

 

「でもそれを何で私達に伝えに来たんです?そういうのって内緒にしていた方が私達の牽制にもなりますし、クリムゾンエンターテイメントの方達にとっては、その方が都合か良いのでは?」

 

んん?初音?

お前、前回の話では小暮とのこの状況にビビってなかった?何でそんな的確な質問出来てんの?

 

「そうね。その方が私達にとっては良かったかも知れないわ。でも前に言ったでしょ?敵が居ないとつまらないって…」

 

「敵?ああ、そういえば真希さんとシグレさん、美緒にも言ってましたっけ?」

 

「ええ。もちろん初音ちゃんに対してもよ?」

 

「その時に私も言いましたけど…」

 

「そうね。私が貴女達を敵だと思うのは私の勝手。でもね?貴女達にも私の事を敵だと認識して欲しいのよね~」

 

ファントムのヤツらを…。もう明日香にもつまらない音楽なんかさせたくねぇ気持ちはあるが、今はまだそうは言ってられねぇ。クリムゾンは敵だと、俺達は覚悟してるってんだ。今さら何を…。

 

「でも海原さんにファントムに手を出さないように言われちゃったでしょ?それじゃつまらないから私一生懸命考えてみたんだよ」

 

「考えた?」

 

「そ。海原さんはファントムに手を出さないように言った時にこうも仰ったわ。『我々の邪魔をするのであればその限りではない』とね」

 

クリムゾンエンターテイメントの邪魔だと?

 

「私達が…クリムゾンエンターテイメントの邪魔…ですか?やだなぁ、小暮さんはー。私達がそんな事する訳ないじゃないですかぁ」

 

「そうよね~、私もそう思ったのよ~。だから考えて考えて考えて。レガリアを回収するって答えに辿り着いたの。レガリア戦争を起こさないにしても、私達クリムゾンエンターテイメントがレガリアを持っているのは不安じゃない?何か善くない事をしそうだし」

 

善くない事をしそうだしって…。

クソッ、確かにこいつらクリムゾンエンターテイメントがレガリアを手に入れたら、何をしでかすかわからねぇ。

15年前の闘いでは海原は、タカのレガリアも梓のレガリアを狙ってくる事はなかったが、元々梓のお袋さんに近付いたのはレガリアを狙ってだったって聞いているしな。

 

「私の話に興味ない振りをしていても、タカさんと梓さんには気になる内容じゃないかしら?」

 

小暮のその言葉を聞き、俺も初音もつられるようにタカと梓に目をやった。

 

タカは嫌そうな顔しながら三咲の横で掃除してるし、梓は……あいつ何やってんだ?

 

「フ、なかなか…興味ない振りが上手じゃない。さすがと言った所ね」

 

いや、レガリアの事だし興味ない事はないと思うが、本当に話を聞いてないんじゃないか?

 

「まぁいいわ。ここには拓斗さんもトシキさんも居るし。ねぇ、私達はファントムには手を出さない。だから、射手座のレガリアも魚座のレガリアも狙う事はないわ。蠍座のレガリアも足立が持っているとなると、色々と面倒だからパスかしらね~」

 

なるほどな。こいつがファントムに来た目的は…。

 

「他の9つのレガリア。今、レガリアが何処にあるのか知らないかしら?それを教えて欲しいのよ」

 

他のレガリアの在りかだと…。

 

「それ。もし俺達が知ってたとして、教えると思いますか?」

 

トシキ?

ああ、お前もタカに次いでレガリアには厳しい気持ちを持ってるよな。お前は反応しざるを得ないよな。

 

「そうね。他のレガリアの事とはいえ、クリムゾンエンターテイメント(わたしたち)に教える義理なんてないわよね。そっか~、知らないかぁ。ざんね~ん」

 

タカもトシキも英治も三咲も、梓達も無反応を貫いたか。小暮も俺達の動揺を誘いたかったのかも知れねぇが残念だったな。

 

 

 

 

それから小暮はレガリアについては語る事はなく、初音と世間話をしながら目の前のコーヒーを飲んでいた。たまにクッキーもつまみつつ。

 

「さて、そろそろ私達は帰りましょうかね。雲雀ちゃん、行きましょうか」

 

「いいんですか?」

 

「いいも悪いも。どうせ知っててもレガリアの在りかは教えてくれないでしょうし?

今日の目的は初音ちゃんとお喋りしながら、コーヒーを頂く事だったしね~」

 

「小暮さんがそれでいいなら僕もいいよ。帰ろうか」

 

そう言って小暮と朱坂は席を立ち、支払いを済ませて帰ろうとした。

 

「じゃね~、初音ちゃん。また面白い情報があったら教えてあげるね。次は初音ちゃんからも面白い情報とか聞きたい気もするけど」

 

「あはは、次はきっと私も面白い情報仕入れときますよ」

 

「期待してるわね」

 

小暮がまさにファントムを出ようとした時、

 

「そうだ。江口 渉」

 

これまで小暮としか話をしなかった朱坂が、渉に向かって話し掛けてきた。

 

「今、虎次郎はあるかどうかもわからないレガリアを探して旅をしているんだ」

 

「ん?虎次郎がレガリアを?」

 

「レガリアを手に入れて、君を完全に倒すつもりらしい。元々は君がタカさんから、レガリアを受け継ぐと懸念しての事だったけどね」

 

「いや、俺もにーちゃんの後継者になれるなら、なりたかったけど…。へぇ~、虎次郎がレガリアをなぁ」

 

「え?渉、俺の後継者になりたかったの?可愛いやつめ」

 

タカは何言ってんだ…。

 

「さっき小暮さんが言ったように、僕達はファントムに手を出す訳にはいかないんだ。だから悪いけど、レガリアを虎次郎が見つけてきても、デュエルを挑んできても、虎次郎とのデュエルは断ってくれるかな?」

 

「あん?何で俺が断らないといけないんだ?虎次郎がデュエル挑んでくるなら返り討ちにしてやるぜ!」

 

「今の虎次郎とやっても勝てる訳ないのに、レガリアを手に入れた虎次郎とは勝負にもならないでしょ?」

 

「なっ!?」

 

「僕の用事はそれだけさ」

 

そう言って今度こそ小暮と朱坂は帰っていった。

 

 

 

 

 

 

「くっそぉぉぉ!ヒバリの野郎ムカつくなぁ!!」

 

「まぁ、実際今のAiles Flamme(ぼくら)じゃinterludeには勝てないだろうし…」

 

「えぇぇぇぇ!?拓実くん本気!?ボクらじゃinterludeに勝てないと思ってるの!?」

 

「え?じゃあゆーちゃんは勝てると思ってるの?」

 

「自信満々のシフォン。推せるぜ」

 

 

「姉が…本当に迷惑をかけるわね」

 

「いや、レイの場合は迷惑っていうか、面倒事を作って楽しんでるっていうか…。でも、レイも何で今頃になってレガリアを…」

 

「あれ?もしかして真希さんもレガリアってのを知っている感じですか?」

 

 

「そういや美来ちゃんってレガリアの話が出てから汗がものすごいですね?大丈夫ですか?」

 

「ななな、何を言ってるの?私はレガリアなんて知らない。ほらアレがアレでアレだし。アミアミもおかしな事を言う。サム、妹の教育がなってないんじゃない?」

 

「私をサムと呼ぶなと言っているだろう。それに亜美の言う通り。もう10月だというのに美来の汗は尋常じゃなくないかね?」

 

 

「レガリア…。私も詳しくは知らないけれど、父も関係しているのよね」

 

「今日、渚に梓さんのレガリアの話を聞かせてもらった所だったのにね。何かタイムリーだね?」

 

「うぅ…梓お姉ちゃんのレガリアは私が受け継ぎたかった。何でそんな大事な物失くしちゃうんだろう…。梓お姉ちゃんも英治さんも…」

 

 

みんな想い想いの事を話してるみたいだな。

しかし、南国でも思ったが、さすがファントムのバンドマン達だ。

いきなりクリムゾンエンターテイメントの大幹部がやって来て、レガリアだとか訳のわかんねぇ事を言ってきたのにパニックにもならず、落ち着いてやがる。

 

フッ、昔の俺は情けねぇな。

こいつらくらいの頃はクリムゾンにビビっちまってたしな。

 

「「ジー」」

 

悪かったよ!モノローグ長くて悪かったよ!

だから盛夏も美緒も俺を見てくんの止めてくんない!?

 

よし、さっきの小暮とのやり取りで俺にも聞きたい事は出来たしな。

やる事をさっさとやっちまうか。

 

「初音。ちょっと来い」

 

「え?わ、拓斗さん?」

 

俺は初音の手を掴み、タカに聞きたい事を聞いておく為に、初音を連れてタカの元へと向かった。

 

……って説明してんじゃん!

初音の手を掴みはしたけど、タカの元へと連れて行く為じゃん!なのに何なのこいつら!

 

 

「美緒~。気を付けなよ~?拓斗さんはああやって幼女を狙っているのかも~?」

 

「ロリコンはお兄さんだけだと思っていたのに…。これからは拓斗さんにも気を付ける事にします」

 

 

「明日香!ほんまやな?ほんまに拓斗くんには何もされてないんやな!?」

 

「いや、拓斗にはって言うか誰にも何もされた事なんかないけど…。拓斗、私の罠を潜り抜けていたというのはそういう事だったのね…」

 

 

「あかん!やっぱり拓斗は危険なヤツや!」

 

「えぇ~…拓斗くんはいい人だと思うんやけど…」

 

「梓ちゃんは危機管理能力が足りないよ!あたしも昔、拓斗ちゃんの目って怖かったもん!(笑)」

 

 

よし、盛夏と美緒については諦めよう。

盛夏にはやらかしちまってるし、美緒に至っては姉の奈緒の事もあるもんな。

 

しかし、聡美はホント俺の事をどういう目で見てんの?

仲間だよね、俺達。

明日香、お前はわかってくれてると信じてたのにな。

いや、違うな。お前、彼女出来ない俺の事を、BLかロリコンかどっちかだと思ってたんだっけ?

 

そしてあの頃から15年経ってよくわかったよ、澄香。

やっぱりお前は俺の事が嫌いだったのな。そうだよな、俺はタカと梓をくっつけようとしてたし。

梓、お前が俺の事をいい人と思ってくれてただけで、今の俺は幸せいっぱいだ。これからも何とかタカと幸せになれるように頑張ってみるぜ。…本音はタカを忘れて俺を好きになってくれた方が嬉しいが…。

 

日奈子。お前が何を言ってるのかさっぱりわからねぇ。

お前は早くお家に帰って寝なさい。まだ幼女なんだし。

 

フッ、英治、三咲。心配するな。

俺はロリコンじゃないから。だから、そんな憎しみを込めた目で俺を睨むなよ。マジで怖いんだけど。

 

 

俺は周りの目を気にする事はなく、ホントは少し気にはしたけど、気に留めず、タカの元へ初音を連れてきて話した。

 

「タカ。てめぇはどうするつもりだ?」

 

「は?拓斗?どしたの?」

 

「小暮の話を聞いて、てめぇはどうすんのかと思ってな。

初音はあんまレガリアの事については知らねぇみたいだったし、話してやった方がいいんじゃねぇか?」

 

…うん、俺はタカに言いたい事言ったよ?

なのに何でまだみんなの目は冷たいの?泣きそうになってきた。

 

「た、拓斗さん、レガリアとか私は別に…」

 

「…タカ。お前が今の世代に昔の事で巻き込んだりしたくないってのは俺もわかるぜ。俺もBlue Tearの時はそうしてたしな。でも、今はクリムゾンエンターテイメントに目を付けられちまってんだ。お前らの話を聞いてどうするか決めさせてやるのが、今の俺達にやれる事じゃないか?」

 

……驚いたな。まさかヒデからこんな助け船が来るとはよ。

 

「めんどくせぇ…」

 

あ?

 

「いつかは…昔話みたいな感じで、今の世代のヤツらにも、レガリアや15年前の事とか話してやりたいとは思ってた。アレら"あった事"は俺達の背景の話だ。

けどな、今、奈緒や渉、渚に振りかかってきてやがる。あいつらが当事者になっちまうって所まで来てる。音楽ってのはそういうのじゃねぇよ」

 

タカ。

やっぱりお前は俺達の大将だな。

いつもアホな事ばっかり言ってるが、大事な事だけはしっかり考えてやがる。

 

「あいつらにはよ。バカみてぇに楽しんで音楽やって欲しかったんだけどな。こんな小さなライブハウスででもよ。そういう音楽だけをやってて欲しかった」

 

「タカ。さすがだな。お前もしっかり考えてんだな。でもな、こんな小さなライブハウスでもっては、もしかしてファントム(うち)の事を言ってんのか?そうなんだろ?そうだよな?」

 

英治。気持ちはわかるが落ち着け。

 

「それではーちゃんはどうするの?」

 

「ん~…マジでどうすっかなぁ…。射手座のレガリアと魚座のレガリアは狙わないとは言ってたし、俺らには直接は関係ないとは思うけど、結局レガリアってなるとBREEZEとArtemis的にはなぁ~…とは思うし。あのばぁさんならまだ持ってても不思議じゃねぇけど。うぅぅぅぅぅん…お家に帰りたい…」

 

まぁ確かにな。

ファントムの俺達からすりゃレガリアは関係ねぇ。

射手座のレガリアも狙われる訳じゃねぇなら、三咲がレガリアを託した天音って女の子か?

その子も探し出す必要もねぇしな。

 

しかしあのばぁさんか。

やっぱりタカもレガリアの所在となると、あのばぁさんを思い出すか。

……思い出したくねぇな。あのばぁさん怖いし。

 

おっと、自分の世界に入ってる場合じゃねぇ。

問題だってんなら、俺達は大神さんのレガリアを託されたBREEZEではあるし、梓達は梓のお袋さんからレガリアを託されたArtemisではある。

俺達にはレガリアを託された責任があるからな。

 

「ね、ねぇ、タカ…ちょっといい?その…レガリアの事なんだけど…」

 

ん?初音?

レガリアの事をタカがどうするつもりなのか、考えを聞いて初音にこれからの事を決めさせる為にタカの元へと連れて来たんだが。

フッ、さすがは英治と三咲の娘であり、今はタカのBlaze Futureのチューナーだな。

迷っているタカに意見を言うつもりか。

 

「ん?初音ちゃん?どした?」

 

「えっとね。小暮さんは射手座と魚座?

その2つのレガリアは狙わないって言って、他のレガリアの在りかを私達に聞き出そうとしていたんだと思うんだけど」

 

「ああ、そうだろうな。ったく、俺らは楽しんでバンドやりたいだけだってのに、クソめんどくせぇ話だよな」

 

「タカ達は他のレガリアが何処にあるのか知ってるの?だから守るべきかとかそういうので悩んでるのかな?って思って…」

 

「……」

 

……ん?あれ?え?

他のレガリアの在りか?

そういや今は何処にあるんだ?そもそもBREEZE解散してから15年も経ってるし、俺らがあん時に会った先輩方もレガリアを他のヤツに託したり失くしたりしてたよな?

 

「おい、英…」

 

「いや、知らんぞ?そもそも15年前もレガリアの全部は見てないだろ?」

 

「……トシ」

 

「ごめん、はーちゃん。俺も知らない」

 

「拓…」

 

「俺は日本中放浪はしてたがレガリアの話は耳にした事ねぇな」

 

まぁ、放浪中は梓のmakarios biosや明日香の両親、大神さんの事を探すのが目的だったしな。

 

タカはその後、Artemisのメンバーの方へと目をやったが、みんな首を振っていた。

 

「……初音ちゃん。そういう事だ」

 

「そういう事だ……って。

だ、だったら小暮さんのさっきの話も誤魔化す必要もなかったし、警戒するにしてもどうしようもなかったんじゃ…」

 

「あ、あは…あはははは!そ、そうだよな!俺らにはどうしようもないし、どうも出来ないじゃん!え?ちょっと待って!今めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!ファントムのメンバーみんな居る前で『レガリア戦争は繰り返す訳にはいかねぇ。俺はどうすればいいんだ』みたいなノリでかっこつけちゃってたけど、何も出来ないじゃん!恥ずかしい!数分前の俺を殴りたい…!」

 

あ、あはは…。ヤバい。俺もめちゃくちゃ恥ずかしい。

モノローグの中でめちゃくちゃ語ってのに、俺も何も出来ないじゃん。

え?これ俺の羞恥心を煽るお話なの?

このモノローグって盛夏と美緒には何故か読まれてそうだよね?

 

俺がそんな事を葛藤している時だった。

 

「やれやれ、どうせそんな事だろうと思ったわ」

 

理奈がタカの元へとやって来た。

こんなタイミングでどういうつもりだ?

 

「ちょっと…顔を貸してもらえるかしら?あ、言っておくけれど拒否権はないわよ?しばかれたくなかったら素直に着いて来なさい」

 

「え?あ、あの…俺、何かしばかれるような事しちゃいましたかね?ど、土下座しましょうか?それで何とか許していただけませんか?」

 

タカも同じ事を思っていたか。

タカのヤツ何か理奈にしばかれるような事したかな?

さっきのヒデとのやり取りは確かにやり過ぎだったとはいえ、呼び出してボコられるような案件じゃねぇとは思うんだが…。

 

「素直に着いて来たらしばかないわよ?」

 

「本当か?本当にか?嘘だったら泣くぞ?いや、しばかれても結局泣く事になるよな。あれ?俺どうしたらいいの?もう泣きそうなんだけど?」

 

「いいから来なさい」

 

そう言ってタカは理奈に引き摺られて行った。

その間タカは助けてとか死にたくないとか言っていたが、誰もタカを助ける事はなかった。

 

 

 

 

「うぅ~ん、ここじゃちょっと聞こえ辛いかも」

 

「でも理奈は黙って立ってるだけだし…」

 

「愛の告白…って訳じゃなさそうだね」

 

「みんな安心して。私ならここでも会話は聞こえるから」

 

「澄香が人間離れしててくれて助かるぅ~」

 

…俺も人の事を言えた訳じゃないが、理奈に引き摺られて行くタカを助けなかったのに、陰からみんなこっそりタカと理奈を覗いていた。

 

俺の居るこの場には、渚と奈緒、志保と澄香と梓が居る。そしてここから見える場所には架純と結衣と渉達Ailes Flamme、そして三咲と英治とトシキ。

ちょっと離れた所には美緒と初音と盛夏と香菜。何で盛夏はまだカレーを食ってんだ?

 

そしてファントムの割れた窓からは、Canoro FeliceとGlitter Melody、Noble Fateと双葉とまどかが覗いていた。みんなどんな野次馬根性なの?

 

「そろそろ…かしらね」

 

「そろそろ?そろそろって何ですか?そろそろ僕しばかれちゃうんですか?」

 

理奈とタカの会話が少し聞こえてきた。

そしてその直後、タカと理奈の元へと1人の男がやって来た。あの人は…。

 

「氷川…さん?え?何で?」

 

「久しぶりね、父さん」

 

タカと理奈の元へとやって来たのは氷川さん。

理奈の父親であり、先代の射手座のレガリア使い手である大神さんと同じバンドをやっていて、タカにレガリアを託した人だ。

 

タカと理奈、そして氷川さんはそこで少しの会話をしていた。所々しか聞こえて来なかったが、会話の全てが聞こえていた澄香から俺達は話を聞いた。

 

理奈はどういった経緯からかは知らないが、ここ数ヶ月父親である氷川さんと会えていなかったらしい。

そして今回、小暮から出たレガリアの話を聞き、かつてレガリアの使い手である大神さんと同じバンドメンバーだった氷川さんなら、今のレガリアの所在を知っているかもと思い、呼び出そうとしたそうだ。

 

だが何故か氷川さんは理奈からの呼び出しを全て無視していた。そういった事から『父さん、恥ずかしいのだけれどタカさんと私…。あ、タカさんが父さんにちゃんと挨拶したいと言っているのだけれど…今からファントムに来てくれないかしら?』などと思わせ振りなメールを母親に送り、それを氷川さんに転送してもらって呼び出しに成功したらしい。

 

氷川さんはよくも騙したな!などと怒っていたが、理奈に『黙りなさい。◯すわよ』と言われ、静かに小暮との経緯を聞いたそうだ。

 

氷川さんもかつてのレガリア使いや、レガリア使いと同じバンドのメンバーと連絡を取る事は出来るが、結果的には俺達と同じ。

現在のレガリアの所在はわからないし、連絡網が完全に断たれたレガリア使いも居るようだった。

 

 

 

 

「役に立たない父親で申し訳ないわね」

 

「いや、別にしょうがないんじゃない?氷川さんがバンドを辞めたのはBREEZE解散よりも前の話だし」

 

「それでもよ。一応父さんも当事者ではあったんだし」

 

「それに次は文化祭編の予定だしな。その後は修学旅行編も控えてるし、レガリア捜索編とかにならなくて良かったんじゃねぇの?」

 

「あなた…本当に訳のわからない事をよく言うわよね」

 

「これって完結するのかな?ハロウィンライブとかファントムギグっていつやれるんだろ?」

 

タカが何か訳のわからない事を言っているが、現状俺達にはレガリアの所在はわからないし、クリムゾンエンターテイメントの奴らがファントムに手を出さないってんなら、今はそれでもいいのかも知れねぇな。

今の所は…だけどな。

 

そういやタカには内緒だが今のファントムの連中に話してやるBREEZEの過去編もあるしな。

いつになったら完結するだろうか…。

 

 

 

その後はファントム内の片付けを何故か氷川さんも巻き込んで早急に終わらせ、ありがたい事にヒデの奢りでそよ風で親睦会という名の飲み会が開催された。

晴香は大儲け出来たと喜んでいた…。

 

 

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

 

「ね、ねぇ、美来ちゃん」

 

「お母さん?何?あ、この冷奴?

何故かあたしはお母さんの大好物のお豆腐よりタカくんの大好物であるラーメンが好きだし、お母さんにあげても構わない。

でも何でだろね?有希はタカくんの大好物であるラーメンをちょっと脂っぽいとか言って好きじゃないのに、何故かお母さんの好きなお豆腐マニアだし」

 

「あ、それね。それはあたしも不思議には思ってたんだけど…makarios biosって言っても趣味嗜好までは一緒じゃないのかな?有希ちゃんはアニメとかゲームも興味無さそうだし」

 

「お母さんの目はたまに節穴だよね?」

 

「え?何で?」

 

あたしの名前は木原 梓。

そよ風での飲み会のタイミングで、モノローグを拓斗くんから譲ってもらったのだ。

 

美来ちゃんに聞きたい事があったから。

 

「まぁ、冷奴はありがたく頂いちゃうけど、美来ちゃんはあたしのあげたお守り大事にしてくれてるよね」

 

「うん。お母さんから最初に貰ったモノだし。いつも肌身離さず持っている。あたしの大切な宝物」

 

「うん。ありがとう~♪」

 

「お、お礼を言われるような事じゃないし…」

 

さぁ、どう切りだそうか。

あたしが美来ちゃんにあげたお守り。

かつて日奈子の神社で買った割りと巨大な恋愛成就のお守り。

 

その中にあたしのレガリア。魚座のレガリアは入っている。……はず。

 

美来ちゃんはお守りの中を見たんだろうか?

美来ちゃんは魚座のレガリアの存在を知っているのだろうか?

また、魚座のレガリアと一緒に入れていたBREEZEのサイン入りチェキや、タカくんと初めて会った時に拾ったタカくんがバイクの油で汚れた手を拭いたフライヤーは見てしまったんだろうか?

 

いつも美来ちゃんに聞かなきゃいけないとは思いつつも、美来ちゃんの可愛さと楽しいヲタ話のせいで、うっかり聞き忘れていた。

 

だけど今日、こんないい機会を手に入れる事が出来た。

今日こそは美来ちゃんに聞かなきゃいけない。

 

 

 

 

って思ってたのに話を切り出せずにもう1時間以上経っちゃったよ。

うぅ、どうやって切り出せば…。

 

「お母さん今日はあんまり飲んでないね?なっちゃんとか他のメンバー居るから醜態を晒せないから、飲むの控えてるとか?」

 

「え?あたしいつも美来ちゃんの前で醜態晒してるの?具体的にどんな感じに?あ、待って。やっぱり聞きたくない」

 

美来ちゃんはあたしと同じチカラを持っているはず。

あたしのmakarios biosなんだし。

でも美来ちゃんはピアスを開けていない。

 

アレがレガリアとわかっていなくても、あたしの遺伝子なら『わぉ。お母さんから貰ったお守りの中にピアス入ってんじゃん。ラッキー。これを機にピアス開けちゃお!』と思っても不思議はない。

 

でも『わぉ。お母さんから貰ったお守りにピアス入ってんじゃん。うぅん。ピアス開けるの怖いしね。ポイしちゃお!』と思って捨てても不思議はない。

 

うぅぅん…、どっちなんだろう?

いや、どっちっていうかお守りの中を見てない可能性もあるし…。わかんないわかんない!お家帰りたい!

 

「お母さん?どうしたの?」

 

「あ、あはは。な、何でもないよ」

 

あたしは結局美来ちゃんにレガリアの事を聞く事は出来なかった。

 

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

 

ふぅ。今日は奢りとはいえ遅くなってしまった。

そよ風の飲み会の後に、まさかデザートにラーメンを食べに行く事になろうとは。

さすがタカくんだ。女子力が高い。

 

あたしはクリムゾンエンターテイメントに造られた生命体、makarios biosの39番。

今は…一応、美来という名前をいただいている。

 

あたしは今日たまたまファントムに出向いていた。

いや、本当にたまたまだから。うん。

 

そこであたしはレイレイに会ったりなんだかんだあって、ファントムの飲み会に潜入する事に成功した。

これはあくまでもスパイ活動である。ほぼ隔週でファントムかSCARLETの関係者との飲み会をしているが、あたしはファントムの動向を探る為に嫌々飲み会に参加しているのだ。

 

しかし今日も楽しかった。

門限過ぎちゃってるし、海原とか九頭竜とかに文句言われたらどうしよう。小夜もうるさいだろうなぁ。言い訳考えとかなきゃ。

 

けどお母さんの様子。

飲み会の前半は妙だったな。後半はいつものようにへべれけってたけど。

…きっとレガリアの事だよね。

 

あたしはお守りにしては、やたら大きいしやたらゴツゴツしているし。そういうのが気になって、ある日こっそりとお守りの中を見てみた。

 

お守りの中に入っていた綺麗なピアス。

それを見た時、『これはレガリアだ』と気付いた。

 

makarios biosはクローン体だ。

あたし達makarios biosはクローン元の記憶は共有出来ていないらしい。

だから、あたしはレガリアの事なんか知らないはず。

それなのにあたしはそれがレガリアという大切な物だと気付いたのだ。

 

でもまぁ、記憶の共有はないとはいえ、あたしとお母さんの推しは同じだし、服の好みとかも似ていると思う。

 

そして、お守りの中に入っていたBREEZE時代のタカくんのサイン入りチェキは、こっそりと額縁に入れてあたしの部屋に飾っている。

 

おっと、勘違いされても困るので先に言っておこう。

タカくんのサイン入りチェキを飾っているのは、当然あたしがタカくんの事を好きだからという理由ではない。

 

元BREEZEであり現Blaze Futureのタカくんは、あたし達クリムゾンエンターテイメントの敵だからだ。

あくまでも憎い敵を目の前にして、闘争本能を燃やす為に飾っているのだ。

ちなみにお母さんのお守りに入っていたチェキには、タカくん以外のBREEZEのメンバーも写ってはいるのだが、あたしにとっては眼中にない。だってあたしボーカルだし。

 

まぁ、そんな訳で。

中に入っていたピアスをレガリアと気付いたあたしは、まだお守りの中にレガリアを封印していた。

他にも小汚ないフライヤーも入っていたけど、それも一緒に。

 

…お母さんの今日の反応を見ると、レガリアはきっとあたしに託した訳じゃないんだろう。

お守りに入れてたのを忘れてただけかな?

ただ、レガリアはあたしが持っているという事実だけは把握しているんだろう。

 

レガリアがクリムゾンエンターテイメントであるあたしの手にあると、澄香達に知られるとバカにされるわ怒られるわで、どうしようもないから失くした事にしたんだろうな。

 

…あたしにレガリアの事を聞いて、あたしがレガリアを持っていると言ったらどうしただろう?

そのままあたしに託してくれる?

いや、あたしはクリムゾンエンターテイメント。それはないだろう。

 

お母さんに今、レガリアを返したら誰に託したんだろう?もしかしたら自分で使う道も選べてたのかな?

 

クリムゾンエンターテイメントの39番としては、レイレイか海原にレガリアを渡すのが正解だと思う。

でも、美来としてはお母さんにレガリアを返すのが正解だと思う。

 

でもね、あたしという"個人"が許されるなら、お母さんのレガリアはあたしが継承したい。

あたしはどうするのがいいんだろう?

 



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第67話 それぞれのチューナー

「ふぁ…ふぁぁぁぁ…。今日は暇だな…」

 

俺は大きな欠伸をして、今日は暇ですよアピールをしてみた。

うん、本当に今日は暇だ。

 

こんな日はジャズでも聴きながら、ゆっくりコーヒーを飲んでボーっと過ごすのも悪くない。

 

そう思った俺はコーヒーを淹れ、ちょっと古めのレコードプレイヤーで、ジャズをかけてみた。

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

うん、悪くない。

俺はコーヒーの薫りを嗅ぎながら、レコードから流れる古めかしい音に耳を傾け、ゆっくり目を閉じた。

 

「働かないなら帰れー!!!!」

 

「ちょっと初音。帰れは言い過ぎじゃ…」

 

「確かに今日は暇だよね~。こんな暇な日にあたしも美緒もシフト入ってて大丈夫なのかなぁ?」

 

ゆっくりボーっとした午後を過ごしたかったのに、我がファントムの従業員達のけたたましい声で、一気に現実に帰ってきてしまった。

 

俺の名前は中原 英治。

かつてBREEZEというバンドでドラマーとして活躍し、今はライブハウス兼カフェテリアファントムのオーナーである。

 

「大体お父さんは何でファントムに居るの!?

今日は美緒も盛夏もシフト入ってくれてるし、私も居るから従業員は足りてるのに!」

 

「ああ、今日、三咲はArtemisの奴らと女子会らしいし、タカもトシキもつかまんなくてよ?拓斗は仕事らしいしな。だからたまには働こうかと思ったんだが…」

 

「だったら働こうよ!カフェは私達で足りてるんだし、ライブハウスの方の掃除とか機材のチェックとか色々あるじゃん!」

 

「俺も最初はそう思ってたんだぞ?でもライブハウスの機材チェックとか掃除もろもろはSCARLETの人らがやってくれてんじゃん?」

 

「う…た、確かにそうだけど…」

 

そう。SCARLETと提携してからというもの、ステージや機材のチェックから、楽屋の掃除などもろもろまで、日奈子と手塚さんの指示の元、SCARLETの従業員の方々がやってくれているのだ。

 

カフェは初音と盛夏ちゃんと美緒ちゃんと時々三咲。

ライブハウスはSCARLETの従業員の方々。

 

俺はファントムを建てるまで、仕事を掛け持ちしながらめちゃくちゃ頑張っていた。

今はその時頑張ってたボーナスタイムなのだ。

 

そう思い日々だらだらと過ごしていた。

もちろんやる時にはやるべき事はやってるけどな。

 

「働いて欲しいなら仕事振ってくれよ。やるから」

 

「チッ」

 

今、俺の娘に舌打ちされた?

 

「ハァ…まぁいいか。お父さんだし。盛夏、美緒、このおっさんは居ないものとして今日も頑張ろうね」

 

「居ないものとしてって…」

 

「ん~、でも今日はヒマヒマだしなぁ~。いつもならファントムのバンドのみんなでいっぱいなのに~」

 

確かに盛夏ちゃんの言う通り今日は暇過ぎるな。

 

「あ、お父さん。そのコーヒー代はお小遣いから引いとくから」

 

な、なん…だと…。

 

 

 

 

あれからどれくらいの時間が経っただろう?

そろそろファントムのバンドメンバーの誰かが来てもいい時間だろうに、誰もやってくる気配がない。

それどころか一般のお客様も全然来ない。

うちの経営大丈夫かな?

 

俺は相変わらずボーっと過ごしていた。

美緒ちゃんと盛夏ちゃんはたまに初音に料理を教わりながら、店の掃除やらをしていたが、それでもかなり暇そうにしていた。

 

しょうがない。少し仕事を振ってやるか。

 

「あ、盛夏ちゃん。悪い、コーヒーのおかわり頼めるかな?」

 

「ふぇぇぇぇぇぇ……」

 

何で嫌そうなの?

 

それから少しして盛夏ちゃんが俺にコーヒーのおかわりを持って来てくれた。すごく嫌そうで面倒くさそうな顔をしながら。

 

「は~い。コーヒーのおかわりで~す。おかわりのついでにカレーはどうですか~?今なら大盛りもお安くなっております~」

 

そのカレーを頼んだとしたら、また小遣いから引かれるんだろうな。

 

「あ、そうだ盛夏ちゃん」

 

「ほえ~?」

 

「初音とは練習とかしてんのか?」

 

「初音と練習?お料理の練習ならたまに~?」

 

「いや、料理じゃなくて…」

 

「ならチューナーの事かなぁ?ん~…チューナーとしての練習はやってないかも~。スタジオ練の時は初音も一緒の事もあるけど、基本的には初音はあたし達の演奏を聴いてるだけだし~」

 

盛夏ちゃん達の演奏を聴いてるだけ?

なるほどな。そういや三咲も俺達の演奏を近くでよく聴いてたからBREEZEのチューナーとして開花した訳だしな。

まずはBlaze Futureの曲を初音に馴染ませようとしてんのかな。

 

「初音もチューナーの練習してるの?」

 

「美緒?うーん…私もBlaze Futureのチューナーとしてしっかりやりたいってのはあるんだけど、私自身チューナーの役割ってあんまりわかってなくて…タカにお母さんの方が良かったとか思われたくないんだけだね」

 

安心しろ初音。

タカなら絶対にそう思う事はないだろうから。

むしろ三咲じゃくて良かったとまで思うはずだ。

 

「Blaze Futureもそんな感じか。お姉ちゃんとはあんまりそういう話はしないし」

 

「Blaze Futureも?あれ?美緒達も…Glitter Melodyもチューナー決まったの?」

 

「ん?あれ?知らなかった?」

 

あ、そういや初音にはまだGlitter Melodyのチューナーが決まった話ってしてなかったな。

 

「ええええええ!?知らなかったよ!」

 

「ほえ~、Glitter Melodyもチューナー決まったんだ~?それはそれは~」

 

「え?盛夏さんも知らなかったんですか?お兄さんもうちのチューナーとは会った事ありますし、お姉ちゃんにもチューナーが決まったって事は話してのに…」

 

ああ、確かにタカも俺もGlitter Melodyのチューナーは紹介されたな。

 

「へぇー、どんな人?私も話しやすい人なら色々チューナーの話とかしたいんだけど」

 

「人…なのかな?」

 

「お~いおいおいおい(涙)。タカちゃんもGlitter Melodyのチューナーに会った事あるのに…。奈緒もあたしとよく遊ぶのに、ああ、それなのにそれなのに、Blaze FutureのあたしにはGlitter Melodyのチューナーの事を話してもらえてなかったのでした~(涙)」

 

「(涙)って…。初音もあんまりチューナーの練習してないみたいですし、盛夏さんってお兄さんとかお姉ちゃんとそういうお話ってしたりするのですか?」

 

「ううん。全然~。

タカちゃんとはご近所の大盛りとか爆盛りのご飯屋さんの話とかだし、奈緒とはソシャゲとかアニメの話ばっかりかな~?」

 

「お、お兄さんが…ラーメン屋以外のご飯屋さんの話を!?」

 

美緒ちゃんもどこに驚いてんだ?

まぁ、タカはファントム(うち)とそよ風以外ではラーメンしか食わないイメージだし、ラーメン屋以外の飯屋の話すんのは俺も少しびっくりだけど…。

 

「おい、初音」

 

「お父さん?何?今はお父さんなんかに構ってる場合じゃないんだけど。

で、それで美緒。Glitter Melodyのチューナーの人って…」

 

「俺もGlitter Melodyのチューナーには会ったぞ」

 

「ふぅん。

美緒!お願い!私もチューナーのやるべき事ってよくわかってなくて焦ってるんだよ…!紹介してくれないかな?」

 

初音!?

パパもGlitter Melodyのチューナーには会った事あるって言ってるんですけど!?

 

「いや、紹介くらいならしてもいいんだけど…、私達のチューナーって喋れないし…うぅ~ん」

 

「え?喋れない…?それって…」

 

「あ、えっと、ごめん。言い方が悪かったよね。

写真見てもらった方が早いかな。えっと……この人?」

 

この人?って…。

まぁ、人かどうかも怪しいしな。

 

「え?こ、この着ぐるみ?…が、Glitter Melodyのチューナーさんなの?」

 

「うん。一応。

Glitter Melodyはマスコットキャラでグリメロちゃんってのを作る事になって…。そのグリメロちゃんが私達のチューナーなんだよ。中の人?は日奈子さんのお墨付きですごいミュージシャンらしいんだけど、私達もグリメロちゃんにしか会った事なくて…」

 

「あ、そうなんだ…。それで喋れないってのと、この写真の端っこに写ってる血塗れのタカとお父さんが気になるんだけど?」

 

「ああ、グリメロちゃんは着ぐるみだから喋れなくて、会話はフリップでやってる感じかな?フリップに文字を書くのが早いから、私達的には不自由してないし、練習中も的確に色々助言してくれてるから助かってるくらいだし。あ、それでお兄さんと英治さんが血塗れなのは、何故か顔合わせの時に、グリメロちゃんが暴走モードになってお兄さんと英治さんに襲い掛かってね」

 

そうだよそうだよ。あん時はマジで死んだかと思ったわ。

いきなりグリメロちゃんの爪が伸びて牙が生えて…。

『グォォォォォォォォ!!』って叫びながら、俺とタカに襲い掛かってきたもんな。

爪で切り裂かれ鋭い牙で噛みつかれ、そして壁に叩きつけられたり、馬乗りになって殴られたりしたもんな。

何で俺とタカだけ…。

 

ああ、でもタカのやつが…。

 

『うぅん…あのグリメロちゃん。何となく知り合いな気がするんだよな…』

 

『は?まじでか?俺の知り合いに着ぐるみなんかいないぞ?』

 

『いや、中の人だよ中の人。ってかな、日奈子の知り合いって話しだし、美緒ちゃんの話では音楽にかなり精通してるみたいだし、俺とお前に初対面であんな容赦ない暴力奮うとか知り合いしかありえなくね?』

 

『はぁん、なるほどな。……俺らの知り合いってんなら中身は男か。誰だろ?』

 

『あ?男?何で?力が強かったから?力強い女の人も俺らの周りに多くない?梓を筆頭に渚とか理奈とか奈緒とか』

 

『いや、お前、澄香がセバスチャンの時に『1度会った女は忘れねぇ』って言ってたろ?お前がアレの中身がわかんないなら女じゃないって事じゃないのか?』

 

『あ?あれは澄香だからわかったってだけで…』

 

『え?お前、澄香だったからわかったの?』

 

『……グリメロちゃんか。一体何者なんだ』

 

『いや、話反らすなよ。本当はセバスチャンの正体が澄香だったから気付けたってだけで…』

 

そういやあの後に俺はタカに何故かボコられたんだよな。気付いたら家だったし。

何でタカは澄香だからってわかったんだろ?あいつが強くなかったら、この話題で弄れたんだけどなぁ。

痛いのは嫌だしこの事は忘れた方がいいな。

 

「それにグリメロちゃんもチューナーってなるとあんまりよくわかってはいないみたいで…。手塚さんに鍛えられてはいたみたいなんだけど…」

 

「そっかぁ…残念…」

 

「あ、でも一応紹介はしようか?次にグリメロちゃんに会った時に都合のいい日を聞いとくよ」

 

「わ!ありがとう美緒!」

 

「なるほどねぇ~。って事はぁ?

Ailes Flammeはさっちちゃん~。

Blaze Future(あたしたち)は初音で~。

Canoro Feliceが綾小路さんで、Divalは来夢ちゃん。

そんでGlitter Melodyはそのグリメロちゃん?

evokeとNoble FateとFABULOUS PERFUMEとLazy Windかがまだチューナー決まってないって感じかなぁ?」

 

ああ、確かにそうだな。

evokeもチューナーは探してるみたいだし、Lazy Windもヒデのヤツが架純ちゃんのメロディーに合いそうな人の心当たりがあるとか言ってたけどな。

 

FABULOUS PERFUMEはみんな面接で落としてるみたいだし(主に沙織が)、綾乃達Noble Fateはまだチューナーは早いとかで探してもないみたいだが…。

 

「でもこのグリメロちゃんって大丈夫なの?お父さんとタカをしばいちゃうようなマスコットなんだよね?」

 

「え?いや、大丈夫って言うか、まだチューナーとして…」

 

「あ、いや、チューナーとしてじゃなくて、Glitter Melodyのマスコットとしてね。凶暴だとまぁロックな感じがするかもだけどイメージは良くないんじゃないかな?って思って」

 

「ああ、そういう事なら大丈夫だよ。

えっとこっちの写真がいいかな。ほらこれ。グリメロちゃんの通常形態はこっちの姿だから」

 

「わぁ♪すごい可愛い~!!めちゃくちゃ可愛いマスコットじゃん!………どうやって着ぐるみが牙や爪を生やしたりするんだろう?」

 

「さぁ?何か日奈子さんの話じゃ、通常形態の他に暴走モード、フライトモード、マリンモード、ラブリーモードやセクシーモードなどなど、色んなモードがあるらしくて…何か日奈子さんの技術で搭乗者の意思による可変型の開発に成功したとかで…」

 

何で俺とタカが会いに行った時は暴走モードだったの?

セクシーモードでいいじゃん!!

搭乗者って何だよ搭乗者って!!

 

……しかしまぁ。

あのグリメロちゃんの中身が誰にしろ、Glitter Melodyのチューナーになってくれるってのはありがたいよな。

 

日奈子の話じゃ中の人の希望でGlitter Melodyのチューナーになったって話だし、何かどういう訳か美緒ちゃんに合わせる為に訓練もしてきたらしいから、美緒ちゃん達にとっては、グリメロちゃん以上のチューナーなんか居ないだろうな。

 

本当にタカの言うように俺らの知り合いなのかな?

俺らの知り合いでGlitter Melodyに共通した知り合いなんか居ないと思うんだが…。

 

「あ、そうだ。お父さん」

 

「ん?何だ?」

 

「BREEZEのチューナーはお母さんだったでしょ?Artemisのチューナーは誰だったの?」

 

「あん?Artemisのチューナー?」

 

「そういえば翔子先生に観せてもらうライブのDVDは対バンとか普通のライブばっかりで、エンカウンターデュエルの演奏とかは観せてもらった事ないかも」

 

「あー、あたしもそれ気になる~。美しい堕天使シャイニング梓お姉様には、あんまりそういうの聞いた事ないし~」

 

「は?盛夏ちゃんも聞いてないのか?」

 

「ほえ~?あたしの知ってる人なの?」

 

いや、知ってるも何も…。

 

「Artemisのチューナーは聖羅。盛夏ちゃんのお母さんだぞ」

 

「「「は?」」」

 

え?何この反応。

俺の予想だとこんな風に……。

 

初音『えぇ!?盛夏のお母さんがArtemisだっの!?すごい!今度、盛夏のお母さんともお話させてよ!』

 

美緒『そうだったんですね。さすが聖羅さん、伊達に梓さんのお姉さんも盛夏さんのお母さんもやってないという訳ですね』

 

盛夏『ほえ~?お母さんがぁ~?あたしは聞いた事ないなぁ~』

 

……なると思ってたのに。

あれ?俺、意外とみんなの特徴掴むの上手くね?

今度タカ達と晩飯を賭け…じゃない。晩飯を食いに行く時はファントムのメンバーの物真似勝負とかにしてみよう。これなら勝てるかもしれねぇ。

 

「「「……」」」

 

ん?てか何で初音も盛夏ちゃんも美緒ちゃんも黙って俺を見てるの?あ、俺がかっこいいから?

 

「あの…とてつもなく言いにくいんですけど」

 

そしてやっと美緒ちゃんが口を開いた。

 

「美緒ちゃん?どした?」

 

「わ、私も言いにくいんだけどね。盛夏のお母さんって…」

 

初音?聖羅がどうかしたのか?

 

「お母さんって当時はクリムゾンエンターテイメントの大幹部様だよね~?それなのにArtemisのチューナーをやってクリムゾンと戦ってたの?」

 

「え?そうだけど?」

 

「そ、そうだけどって…軽っ…」

 

「それでよく聖羅のお母さん無事だったよね。あれ?もしかして私達がクリムゾンとの戦いを重く考えすぎ?」

 

「世の中不思議な事もあるもんですな~」

 

まぁ、聖羅はArtemisのチューナーやってる時は、こないだの周年記念の時のAiles Flammeみたいに仮面付けて、クリムゾンの奴らには正体を隠しながらやってたからな。

 

…初音も美緒ちゃんも盛夏ちゃんも、クリムゾンとのこれからの事を重く考えてるみたいだし、少しは肩の力を抜けるようにこの事は黙っておくか。

 

そもそも俺達BREEZEも何であんな仮面付けてるだけで、クリムゾンの奴らを欺けてたのか本当にわからないし。

思い返してみると本当に不思議だわ。

 

 

 

 

 

「ったく、どいつもこいつも…」

 

「ん?どしたの手塚?何か悩み事?しょうがないなぁ。明日から会社来なくていいよ。お疲れ様でした」

 

「何でだよ!俺が悩んでんなら社長として、何か相談乗るとか飲みに行こうとかそういう気遣いねぇのかよ!何で会社来なくていいってなるんだよ!」

 

「…え?やだ…飲みに誘えとかそれってパワハラ?」

 

「あああ!もう!お前と話してても疲れるなぁ!」

 

「ボス。手塚は飲みに行って酔い潰れたボスをなんやかんやするつもりかも知れない。これはパワハラ案件ではなくセクハラ案件だな。よし、然るべき場所に訴えに行こう」

 

「えぇ!?お、お父さんサイテー!」

 

「てか何で有希も亜美も社長室で仕事してんだよ!お前らは自分の部署で仕事しろよ!そして亜美は俺の事はSCARLET(しょくば)ではパパと呼ぶなと言ってんだろうが!」

 

「え?手塚も自分の部署で仕事すればいいじゃん。何で社長室に要るの?」

 

「愚問だな手塚。もう秋だというのにまだ世の中は暑い。エアコンが快適に効いている社長室の方が色々と捗るというものさ」

 

「いや、あたしパパとか呼んだ事ないし。てか、有希ちゃんも仕事してる訳じゃないよ。さっきからスマホのゲームやってる」

 

何だと?有希のヤツ、仕事をやってる振りしてスマホのゲームやってやがるってのか。

さすがタカの遺伝子だけの事はあるぜ。

 

俺の名前は手塚 智史。

元天才的ギタリストでありクリムゾンエンターテイメントの四天王と呼ばれた男だ。

 

「それでお父さんは何をさっきから悩んでるの?」

 

亜美…。こいつ俺のモノローグの途中で…。

 

チ、まぁいい。このままじゃ話も終わらねぇしな。

 

「…お前らを含めてファントムのヤツらのチューナーの事だ。evokeとNoble Fate、FABULOUS PERFUME、そしてLazy Windはチューナーがまだ決まっていねぇ」

 

「何を言っているんだ手塚は。やはりお前はアホだな。今すぐ辞表を出して還るといい。土に」

 

「有希…お前は本当に…本当にな!」

 

「そもそもあたしと有希ちゃんにはチューナーはいらないよ。あたしら最強だし、今までも何とかって事はあったけどクリムゾンに負けた事もないし」

 

「亜美の言う通りだ。わかったなら早く還るんだな。土に」

 

「……今までは何とかなってたかも知れねぇ。いや、お前らなら何とか出来るだろうとは思って、俺もチューナーの育成には力を入れても、お前らに合う合わないでは育成してこなかった」

 

「え?ならお父さんは何の為にチューナーを育成してたの?」

 

「だが今は状況が大きく変わった。海原が日本に帰ってくるし、足立の野郎も何か企んでんのかも知れねぇ。今までアホの二胴とバカの九頭竜が指揮を取ってきたクリムゾンとは違う」

 

足立は出鱈目だからな。チューナーが居ようが居まいがこっちに合わせたデュエルで、完膚なきに心を折りにかかってきそうだが、海原は違う。

あいつは用意周到に必ず"負けない"ように刺客を送り込んでくるはずだ。必ず"勝つ"ように仕込んで来ないから余計に厄介なんだが…。

 

「手塚。それでも私達にはチューナーなんて…」

 

「有希ちゃん、亜美ちゃんも。一応15年前にArtemisとして海原達と戦ったあたしとしては、チューナーは必要だと思う。聖羅が居なかったら、普通のデュエルや対バンは大丈夫だったとしても、もしかしたらエンカウンターデュエルじゃ負けてた事もあったかも知れない」

 

「ボス…」

 

「まぁそれでも?一応あたし達はBREEZE以外には負けなしだったし、実際はわかんないけど。海原は…あいつは本当にヤバいよ」

 

「ボスがそう言うなら私は従うまでさ。亜美、私達もチューナーを本格的に探すとしよう」

 

「うん!そうだね有希ちゃん!」

 

こいつら!本当にこいつら!!

チ、まぁいい。どうであれ有希と亜美もチューナー探しを本格的にやるんなら、それはそれでいい事だからな。

 

しかし、一応俺が育てて来たチューナーも、evoke達にはもちろん有希達にも合わないかも知れねぇ。

そもそも俺の育てて来たチューナーのヤツらは、音色(トーン)を可視化出来る訳じゃねぇしな。

モンブラン栗田のじいさんの音色を擬似化するアイテムと相性が良いヤツらってだけだしな。

 

これからの戦いは15年前どころの騒ぎじゃ済まねぇかも知れねぇ。

それこそレガリア戦争みたいな戦いになるかも?

 

チ、俺ら先人はどうしてやれるんだろうな。

なぁ?大神、氷川、観月、松本…。

 

 

 

 

「お!今日は英治にーちゃんも居るんだな!」

 

「おっちゃん!ちょうど良かったよ!フルーツパフェ奢って!」

 

「初音ちゃんと盛夏さんと美緒は今日もバイトか」

 

「初音ちゃんも盛夏さんも美緒ちゃんもお疲れ様だね」

 

俺が相変わらずコーヒーを飲みながら、ファントムでボーッとしているとAiles Flammeの連中がやって来た。

 

そしてそれから続々とファントムにやって来るバンドマンの面々。

 

「ふふ、さっきまで暇だったのに…。皆さんがやって来てやっと日常が来たって感じがしますね」

 

「そうですなぁ~。これはあたしと初音の新メニューの実験にちょうどいいかもだ~」

 

「うん!やっと忙しくなるね!さ、みんなにお水出して注文聞かなくちゃ」

 

やっと日常が来たって感じか。

そうだな。タカがまたバンドを始めて、遊太もバンドをやるようになって。

ちょっと前まではこんな日常が当たり前に来るなんて思ってもなかったのにな。

 

「よし、注文は俺が取りに行くわ。たまには俺も働かないとな」

 

「はーい、お父さんよろしく~」

 

壊したり失くしたりしたくねぇな。この日常を。



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文化祭編
第1話 もうすぐ文化祭


わいわいがやがや…。

 

そういや春さんが言ってたっけ。

わいわいがやがやって描写古いなぁ。って。

だったら新しいわいわいがやがや感を思わせる言葉を考えてみよう。

 

……俺は文系だけど語彙力ないから思い付かないわ。

歌詞を書いてんのに語彙力ないとか致命的だけどな!

 

今は今月に開催される文化祭の準備に学校のクラスの連中と勤しんでいるところだ。

 

「でもまさかびっくりだよね。松岡さんの学校と美緒ちゃん達の学校、その他にもこの地域の学校いくつかと合同で文化祭やる事になるなんて」

 

そう。

何故か今年の文化祭はこの地域の…。

この地域のって言っても電車乗らないと移動に大変な学校もあるけど、いくつかの学校で合同で文化祭が開催される事になっていた。

 

本来なら…いや、例年までは俺達の学校は俺達の学校だけで文化祭は行われていたんだが、今年はCanoro Feliceの姫咲ねーちゃんの学校が、今年は合同で文化祭を大々的に開催して地域を盛り上げようって言い出したらしい。

 

「江口、それちょっと違うわよ」

 

「ん?雨宮?違うって何だ?」

 

俺はさっきから一言も喋っていないのに…。

やはり今回も俺のモノローグは筒抜けなのか…。

 

「雨宮さん。違うってどう言う事?僕も概ねさっきの渉の説明で合っていると思うんだけど…」

 

さっきの俺の説明?そうか。拓実も安定に俺のモノローグを読んでいる訳だな。

 

「ああ、概ねは合ってるんだけど、姫咲さんの学校がって所がね。元々は姫咲さんの独裁によって決まった事らしいよ?ほら、美緒の学校の軽音部のgamut。あそこって毎年ライブが開催されててさ…」

 

雨宮の説明によるとこういう事だった。

美緒の学校の文化祭では、毎年

gamutのメンバーによるライブを開催しているらしい。

美緒の学校は女子校だからガールズバンドによるライブ大会らしいんだけど、そのgamutの中でどのバンドが一番上手いか、かっこいいかなどを学内の生徒による投票で競っていたらしい。

 

その噂を聞いた姫咲ねーちゃんは、何とかそのライブを観たい聴きたい歌いたいと思い、文化祭を合同でやろうと暴挙に出たそうだ。

 

いくら秋月家の力を持ってしても不可能だと思われていたんだが、学校側やPTAを黙らせる事に成功し、近隣の学校を纏めての開催をテスト的にやってみようという事になったそうだ。

そういやこないだ校門前に黒塗りのすごい車が何台も止まってたっけ。

 

「だけど姫咲さんの誤算は文化祭を合同でやるって所でまとまっちゃって、例のライブ大会は各学校の生徒のみが参加可能って事になっちゃったから一瀬さんやユイユイは参加出来ないし、当の姫咲さんはライブ大会の審査員になっちゃったんだよね」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ雨宮さんもDivalでは参加出来ないんだね」

 

「そうなんだよね。だからPASTEL BEATで参加しようとも思ったんだけど、美緒はGlitter Melodyで参加だからさ」

 

「私はその方が良かったわよ。ま、ボーカルは志保か沙智がやればいいとしてもベースがいないしね」

 

「うぅ~、ごめんね明日香ちゃん…私もライブ大会は審査員側なんだよ~…」

 

さっちもライブ大会の審査員なの?何で?

本当にさっちって何者なの?

 

「ま、ボーカルはあたしがやるとしてもベースはなぁ…。まさか理奈にJKの振りさせる訳にもいかないし」

 

「そういう事。文化祭も皆勤する約束があるし、一応参加はするけどゆっくりぶらぶらさせてもらうわ」

 

「あれ?でもベースなら茅野先輩に頼めばいいんじゃない?茅野先輩もそういう大会なら出たいって言うんじゃないかな?」

 

「それだ!内山!あんた頭いい!ナイス!」

 

「ちょっと!拓実!あんたバカなの!?私はゆっくりしたいって言ってるじゃない!」

 

「いや、拓斗さんにも明日香ちゃんがちゃんと青春を謳歌するようにサポートしてやってくれって頼まれてるし。それにこれ青春×バンドのお話だしね。あんまりバンドやってないけど」

 

「な!?た、拓斗め…余計な事を…!」

 

「あはは、いいじゃねーか明日香!俺達もそれならAiles Flammeで出場してみっかな!」

 

「え?」

 

「え?江口くん…何を言ってるの?」

 

「お?雨宮もさっちもどうしたんだ?何か変か?」

 

「渉。あんた志保の話ちゃんと聞いてた?」

 

「あ、ああ。もちろん聞いてたけど…」

 

「渉。ライブ大会に参加出来るのはガールズバンドのみだよ。もし男子も参加出来るなら茅野先輩の前に僕もいるじゃん…。まぁ僕はまだまだ下手くそだけど…」

 

「な、なんだってぇぇぇぇ!!?」

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

「むぅぅぅ…」

 

「あ?どした水瀬。何か仕事でわかんねぇ所でもあったか?」

 

「いえ、仕事は滞りなく進んでるんですけど…」

 

「あ?なら良かったじゃん。今日も残業なしで帰れるな。てか、それなのに何でさっきから唸ってるの?」

 

「先輩はバカだバカだと思ってましたけど、本当にアホですよね!顔もアレだし!」

 

「何だとこの野郎。いきなり何で俺をディスってんの?」

 

「もう!今回から『文化祭編』が始まってるんですよ!?ここだけの登場しかなかったらどうするんですか!!」

 

「あ、そうなの?それでそれがどうかしたの?それよりメタな事は自重した方がいいぞ?」

 

「それがどうかしたの?って…。何でわかんないですかね?文化祭編って事は学生達がメインですよ!?私達社会人はお仕事だし出番が減るじゃないですか!」

 

「あっそ。良かったじゃん。さ、仕事の続きすっか。早く帰りたいし」

 

「何が良かったってんですか!!」

 

「いや、俺は出番より休みが欲しいし。出番減るならゆっくり出来るじゃん。ゲームしながら寝まくろうと思います」

 

「はぁ!?出番より休みが欲しいとか!先輩は!これだから先輩はっ!」

 

「あ、ちゃんとバンドのお話らしく出番ない間に作詞とか作曲しとくし。水瀬もギターの練習とかしてたらいいやん?」

 

「そりゃギターの練習もしますけど…うぅ、出番が欲しい…」

 

私の名前は水瀬 渚。

さっきから私に訳のわからない事を言って来ているのは、私の職場の先輩であり、Blaze Futureのボーカルである「いい歳してまだ未婚の葉川 貴だ」

 

「いい歳して未婚とかその情報いる?」

 

「ナチュラルに人のモノローグ読むの止めてくれません?セクハラで訴えますよ?」

 

「いや、『いい歳してまだ未婚の葉川 貴だ』って思いっきりセリフで言ってましたけど?」

 

相変わらず変な事ばかり言ってくる先輩と、仕事の息抜きがてらにちょっと会話している時だった。

 

-コンコン

 

「葉川、水瀬さん居る?」

 

私の働く会社の経理部の先輩であり、私達ファントムの仲間。Noble Fateのギタリスト木南 真希さんが私達の部署へとやって来た。

 

「あ?どした木南?俺も水瀬も居るぞ。むしろ居なかったら仕事中にどこ行ってんの?って感じだし」

 

「いや、あんたらの部署って休憩時間は適当に取るじゃん?」

 

「いや、もう16時過ぎてるしね。さすがにこの時間には…」

 

「まぁいいや。何かさ?私もだけど葉川と水瀬さんを社長が呼んでるんだよ」

 

「「社長が?」」

 

 

 

 

「えぇぇぇ…俺何やらかしたっけ?アレはバレてないはずだし…もしかしたらアレか?」

 

「ああ…先輩だ…絶対先輩のせいだ…。私のせいじゃないはず。こないだ社長室に行った時におまんじゅう食べちゃったけど」

 

「葉川も水瀬さんもそんなに社長にバレたらヤバい事やってんの?」

 

そして私達は社長室の前に到着し、木南さんが社長室のドアを開けた。

 

「違うんだ!社長!あのカップ麺はこの辺では売ってなくてつい貰っちゃっただけなんだっ!机に300円置いていただろう!?」

 

「社長!違うんです!あのおまんじゅうは社長が全社メールで食べてもいいよ。って書いてたから食べちゃっただけで!確かにあの日から日にちが経ってましたし最後の1個でしたけど!」

 

「社長、2人もこう言っています。反省しているようなので、先日私がうっかり発注し過ぎた備品のA4用紙の件も含めて許してあげて下さい!」

 

挨拶より前に私達はそれぞれ言い訳をしていた。

 

「いや、あ、あのカップ麺の犯人は葉川くんだったの?

まぁ、そのカップ麺の件はあれ198円だったから別にいいよ。

あの最後のおまんじゅう食べたのは水瀬くんだったのか。まぁ別にいいよ。それよりあれ賞味期限切れてたけど大丈夫だった?」

 

「「まじでか」」

 

「そして木南くんの備品の件は、A4用紙は消耗品だしよく使うものだしその件も別にいいよ」

 

「はぁ~良かったぁ…」

 

「それなら何で俺と水瀬は呼ばれたんです?解雇?」

 

「解雇!?え!?何で!?」

 

「まさか私も!?」

 

「いやいやいや、そんな事では呼ばないよ。そもそも解雇にするのも結構お金や労力掛かるし」

 

びっくりしたぁ。

まぁ、うちの部署って営業部と比べると売上がアレだから、解雇とか言われても不思議ではないし…。

 

「実は毎年年度末(3月)に行ってる社員旅行の件なんだけど」

 

「社員旅行?うちって社員旅行とかあるんですか?」

 

「水瀬さんは新卒だもんね。うちの会社は閑散期になる3月に社員旅行に行くんだよ」

 

「ま、自由参加だけどな。不参加組は社員旅行行かないかわりに中期の春休みが貰えるのだ。当然俺は不参加組だ。うちの部署去年まで俺1人だったし。ぼっちだし」

 

「私もだけど営業部の子らも葉川と飲み行ったり、社員旅行で和気あいあいとしたいって言ってんのに…」

 

「あ?水瀬らが入って来た時の新人歓迎会とか去年の忘年会の事忘れたの?俺みんなに彼女いないとか、結婚してないとかでバカにされてただけだけど?」

 

「えー、先輩ー!今年のは行きましょうよー。私もせっかくだし行きたいですし。ほら、同期が居るとはいえ私も隔離部署で仲のいい人居ないからぼっちになっちゃいそうですし」

 

「え?やだよ?」

 

「もう!葉川も水瀬さんがこんなに…」

 

「うぉっほん!うぉっほん!ワタシの話をしてもいいかね?」

 

「「「あ、すみません。はい。どうぞ」」」

 

社員旅行という響きでうっかり社長放置で話しちゃってたよ。

でもせっかくだから社員旅行も行きたいなぁ。

3月ならまだまだ先だけど社員旅行編とかあったら、私の出番も超増えそうだし。

ファントム関係者、私と先輩と木南さんだけだし。

 

「うむ。それで今年の社員旅行は取引先の融資で南国に行く事になってね」

 

「南国かぁ~」

 

「俺は行かない」

 

「葉川も来なって~」

 

「時期は3月ではなく、今月10月に行く事になった」

 

「は?え?今月さっそく?」

 

「ぬぅ…今月か。まだ今月は推しイベントは来ないだろうが、ゲーム三昧の充実した秋休みを過ごせそうだな」

 

「って、社長。それ私も初耳なんですけど?仕事の方は大丈夫なんですか?それよりもその話で何故私達3人が?」

 

あ、そうだそうだ。木南さんの言う通りだ。

その話で何で私達が呼ばれたんだろう?

 

「ああ、それでね。今月にはこの近辺の高校で合同の文化祭が行われるらしくてね。君たちにはその文化祭へ広報と調査を目的として参加してもらいたいんだよ」

 

「「は?」」

 

「え?社長…それって…」

 

「本来なら営業部の者をその文化祭に行かせるべきなんだが、取引先のお嬢様のご指名でね。それに葉川くんはどうせ社員旅行に行きたがらないだろうしいっか。って思って」

 

ちょ、ちょっと待って!

それって志保達の通う学校とか姫咲ちゃん達が通う学校とかが合同でやるっていう文化祭だよね!?

 

文化祭編でも私の出番あるかもって感じだけど、社員旅行はどうなるの!?

 

「そういう訳で葉川くんと水瀬くんと木南くんで、臨時の部署を立ててその仕事を任せたい。水瀬くんと木南くんには悪いけどね。ある程度の仕事は取引先がまとめてくれるみたいだから、文化祭を楽しんだらいいよ」

 

「ぐぉぉぉぉ!私はどうすれば…文化祭編でも活躍出来そうだけど社員旅行も行きたい…」

 

「取引先の融資で南国…俺達を指名…?社長。取引先って秋月グループですか?」

 

「お、さすが葉川くん。よくわかったね」

 

「あ、あの独裁お嬢様め…。何でおっさんの俺が学生さん達の文化祭に…。あー、そのお仕事はお断りします」

 

「君たち3人の中の誰か1人でも断った場合、融資を打ち切られるらしいんだよ。

社員旅行を楽しみにしているワタシも他の社員達も敵に回す事になるけどいいかね?」

 

「あ、あの野郎…な、なんて卑怯な手を…」

 

「そ、そうですよ。社長!私も社員旅行行くの楽しみにしてましたし、広報とかそういうのは葉川1人にやらせたらいいじゃないですか!せめて私と水瀬さんはっ!」

 

「え?木南?俺1人にやらせたらって何?」

 

「やれやれ。もちろん君たちにも悪い話じゃないよ。

社員旅行は一応自由参加だから公休扱いで給料は出ないが、君たちの場合は仕事という形で文化祭に行くのだから給料はちゃんと出る」

 

「え?文化祭楽しみながら給料貰えるって事ですか?」

 

「うぐっ、そ、それはうまみがあるが…いや、しかし…」

 

「そ、そうですよ。やっぱりいくら給料が発生するとは言っても社員旅行の方が…」

 

「社外での長期間の仕事だからね。ちゃんと出張手当も出すがどうだろうか?」

 

「「出張手当…?

……社長、どうぞご安心して社員旅行を楽しんで来て下さい。文化祭での広報や調査は我ら犬にお任せ下さい」」

 

そう言って先輩と木南さんが社長に頭を下げた。

私は出張とか行った事ないからわかんないけど、手当っていくら貰えるんだろう…。

先輩どころか木南さんまでもが自らを犬と呼ぶ程の金額なのかな…?

 

「いやぁ。助かったよ。じゃあ、先方にはOKと伝えとくから。ありがとう仕事に戻っていいよ」

 

「「ハッ!それでは失礼致します」」

 

社長室を出た所から木南さんと先輩はスキップをしながら職場へと戻った。

あの余計な仕事を嫌う先輩が、休みが潰れる仕事をやらされるのにスキップをするとは…。

 

そうして私達も文化祭に行ける事になり、文化祭編での登場も約束されたのだった。

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

「と、言うわけで、今頃あの男はスキップをしながら臨時収入を喜んでいると思いますわ。そして今回の文化祭には英治さんや 三咲さんにも来て頂きたいんですの」

 

「いやぁ。いくらタカでもせっかくの休みが潰れるのに、さすがにスキップはしないんじゃないか?」

 

俺の名前は中原英治。

今はカフェ営業をしているファントムで、コーヒーを飲みながら我が妻である三咲と、Canoro Feliceのベーシストである姫咲ちゃん。

そして元Artemisのベーシストとドラマーの澄香と日奈子とミーティングをしていた。

 

ちなみにカフェ営業は娘の初音とBlaze Futureのベーシスト盛夏ちゃんの2人に任せていた。

美緒ちゃんは今日はお休みである。

 

「でね?ちょうど文化祭の行われる週はファントムでライブ予定もないし、カフェもこないだのタカちゃんとヒデちゃんの悪ふざけでまだボロボロじゃん?いっそお休みにしてあたしのSCARLETの社長達で掃除と改装を一気にやっちゃういい機会だしさ」

 

「うぅぅん…確かにいい機会だとは思うし、ファントムの修繕費もSCARLETが金を出してくれるのはうまみがあるとは思うんだが…」

 

「え?あたしが出すのは人員だけで修繕とか改装にかかる費用はちゃんと請求するよ?」

 

「あなた。日奈子ちゃんが修繕費を全部出してくれると言っているんだし、文化祭のライブ大会っていうのも観ておきたいじゃない?」

 

「三咲ちゃんもここからは初音ちゃん達には見えていないとはいえ、姫咲ちゃんがいるからってので猫被ってそんな喋り方してるのかもしれないけど、あたしは修繕費出すとか一言も言ってないよ?図々しさが昔のままだよ?」

 

確かに三咲の言う通り。

Glitter Melodyは参加するみたいだし、ファントムのオーナーとしてだけでなく元バンドやってた者として、色んなライブを観てみたいとは思うんだけどな。

 

「あの、三咲さんも割と乗り気みたいですけど、英治さんは何か文化祭に行きたくない理由がおありなんですか?」

 

「あ?いや、JKもいっぱい居るだろうし文化祭に行くのは別にいいんだけどよ?」

 

「あなた?」

 

「このファントムの出張模擬店って何だろうって思ってな」

 

「ああ、それはファントムの知名度を上げる為に…」

 

 

 

 

姫咲ちゃんの話によると、今回の合同文化祭は各学校付近の商店や飲食店、他にも色んな施設や幼稚園や会社なんかとも協力し、地域活性化や支援などを目的とした地域祭のように大々的行われるらしい。

もちろんそういったお祭りやイベントは他にもあるが、学生達を主導に社会体験の一貫として行われるようだ。

 

そこで地域の商店などから模擬店を出して盛り上げてほしいという名目の元、俺達のファントムも参加して新規顧客の獲得を目論むとの事。

 

人材についてはSCARLETの方で何とかするから、俺と三咲と初音は模擬店に参加せず、合同文化祭で行われるライブ大会を観てほしいとの事だった。

 

「ん?待ってくれ姫咲ちゃん。もちろん俺もライブ大会は観たいと思うし、三咲も観たいという風に言ってはいるが、『ライブ大会を観てほしい』というのは何故なんだ?」

 

「ああ、その事ですか。言葉の通りですわ。

正直な所、私はBREEZEには興味もありませんし、Artemisこそが…いえ、そこは今はいいですわね。

BREEZEもArtemisもメジャーではありませんけど、バンドとしては私達Canoro Feliceも含めてファントムのバンドより音楽という分野で成通していると思っています」

 

あ~…なんか改めてそう言われるとこそばゆいな。

確かに経験やデュエルの場数といえば、ファントムのバンドはFABULOUS PERFUMEにしてもまだまだだと思う所もあるが、端的に言ってしまえばそれだけだ。

 

15年前に戦ってきた俺達にしても、Artemisや他のバンド。

それこそクリムソンの奴らやユーゼス達にしても、今の奴らには敵わない所もあるし、尊敬する目で観て色々と思う所もある。

 

「ん?まぁそうだろうな。俺達もバンドをやってきたって自負もあるしな」

 

ははは、そんな事しか言えないな。

俺達はファントムのバンド(こいつら)にとっては尊敬されるミュージシャンでいないとな。

タカも拓斗も梓も澄香も後世には凄いミュージシャンだったぞ感出してるし。

最近はボロ出てるけどな。

 

「タカさん達の職場や晴香さん、トシキさんの職場はもちろん、翔子さんの学校にも話は通しています。今年のライブ大会には学生のみ。それもガールズバンドのみという縛りはありますが…」

 

「わかったよ。姫咲ちゃん。

俺達に今の…俺達にとっては次世代か。そのバンドの音楽を観て聴いてほしいって事だな?」

 

「…はい。さすが英治さんですわね。話が早くて助かりますわ。どこぞの男とあの方とは違いますわね」

 

どこぞの男ってのはタカだろうな。あいつは結局やるくせにブーブー言いそうだし。

…あの方って誰?梓ではないだろうし、日奈子なら喜んでやりそうだし…。翔子はそもそも教師だから…ってなると澄香か?

あー、あいつは拓斗以外のミュージシャンは良い箇所しか見えないヤツだから、他のバンドを批評とかってなるとやりにくそうだわな。

 

「ああ。わかった。後世の奴らを酷評するつもりでライブ大会しっかり観させてもらうぜ」

 

「いえ、別に酷評前提という訳ではありませんが。

まぁ、お願いいたしますわ。あ、それで今年のライブ大会は参加希望が多くて予選から行われる事になってまして………」

 

タカやトシキ、拓斗はどうすんのかわかんねぇが、三咲はやる気満々だし、梓や日奈子にしてもやる気だろうな。

…この地域の学生によるライブ大会か。

 

もしかしたら、三咲が射手座のレガリアを託した天音ちゃんって子にも会えるかも知れねぇな。

 

 

 

 

-数日後

 

 

 

 

「はぁ…何で俺がそんな事を…」

 

「葉川も文句ばっか言ってないでさ。せっかくだから文化祭楽しもうよ」

 

「それで?実際俺達はどうしたらいいのかな?」

 

文化祭まで後数日という日になっていた。

ここにはBREEZEとArtemisのメンバーと三咲に含め、秋月グループの会社の代表として姫咲ちゃんと、タカと同じ職場であり仕事というていで文化祭に参加する渚ちゃんと木南さん。同じように職場に手を回された綾乃と奈緒ちゃん、沙織までが居た。

後数日って何でこんな曖昧なんだろう…。

 

「そうですわね。皆様には文化祭を楽しんで頂きたい。そして自分達の青春時代を思い出して死ぬ程悶え苦しんでほしいと思う気持ちもありますが」

 

何で俺達の青春は思い出したら悶え苦しむ前提なの?

 

「文化祭は来週の月曜日から土曜日まで計6日間開催されます。月曜日、火曜日に各ステージを用意された学校でランダムで予選が行われ、土曜日に決勝大会が開催されますわ」

 

6日間も文化祭があるのか…この時期に…。

大学進学希望の学生さん達には大変だな。

 

「皆様には各学校へ分かれて参加して頂き、私達世代のバンドを観て頂きたいんですの」

 

「私達世代って…あれ?もしかして私って今の世代にカウントされてなかったりします?」

 

「奈緒!言わないで!私もそれは思ったけど言わなかったのに!」

 

「おっちゃん達はアレだし、真希や沙織さんはバンド経験者はそれなりにあるだろうけど、私なんてバンド初心者なのに…」

 

「皆様の言い分はわかりますが、これでも一応皆様の会社には『お仕事』という形で文化祭への参加をお願いしておりますので、形だけでもライブ大会を観て頂きたいんですのよ」

 

「私の職場は楽器の卸し会社だし、ライブ大会を…っていうのはわかるけど、葉川くん達の職場や佐倉さんの職場は関係ないのでは…?」

 

何だかんだと話をしてはいるが、姫咲ちゃんの話によれば文化祭を合同でやるのは全部で8校。

その中で予選が行われるのは、姫咲ちゃんと美緒ちゃんの学校以外の6校で、そこで上位に選ばれた2バンドで最終日の土曜日に美緒ちゃんの学校で決勝大会となるらしい。

 

「あ、この学校ってタカとトシキと三咲の母校じゃねーか?」

 

「え?あ、ホントだ。懐かしい~。出来ればそこには行きたくないね」

 

「私やタカくんはともかく何でトシキくんも…」

 

決勝大会は姫咲ちゃんも審査側で参加する事は出来るが、まだ学生だから最終日以外は自分の学校で行事参加が必要らしい。

そこで俺達から2人ずつに予選を観に行ってほしいとの事だった。

まぁ、決勝大会も俺達は全員観には行くけどな。

 

ちなみに姫咲ちゃんの学校で予選が行われないのは、姫咲ちゃんの学校は近隣の小学校や幼稚園の生徒を招待して演劇大会が行われるかららしい。

 

「そういう訳で皆様『お仕事』としてよろしくお願いしますわね♪」

 

姫咲ちゃんの独断で、俺、タカ、トシキ、拓斗、梓、日奈子、三咲、奈緒ちゃん、渚ちゃん、綾乃、木南さん、沙織の12人は2人ずつのチーム分けをされ、来週から行われる文化祭に備えるのであった。



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第2話 運命の再会

「はぁ…とうとうこの日が来てしまったか」

 

「もう!タカくんは文句ばっかりだね!せっかくだから楽しもうよ~♪」

 

「喋り方が昔に戻ってんぞ」

 

「…せっかくなんだもの。昔を思い出して楽しみましょうよ」

 

私の名前は中原 三咲。

旧姓桜井 三咲。

 

私はタカくんと一緒にAiles Flammeの遊くんやDivalの志保ちゃん達の通う学校の文化祭に来ていた。

 

「何で俺が三咲と一緒なんだよ…」

 

「私とじゃ嫌だった?それとも一緒に来たい子が居たりした?奈緒ちゃんとか」

 

「何でそこで奈緒が出てくんの?」

 

「私とタカくんは幼馴染みだ。昔から割と一緒の事が多い。

だけどいつの頃からか私達は一緒に居ないという事が当たり前になっていた。そう。いつの頃からかは今でも思い出せる。私と英治くんが付き合い始めてからタカくんは私から離れていった。きっと…英治くんに私を取られたと思って…」

 

「妄想はそれくらいにしたらどうですかね?英治と付き合ってからも、結婚してからも初音ちゃんが生まれてからも割と一緒に居ましたけど?そもそも英治と付き合ってた頃からお前BREEZE(おれら)のチューナーだったし」

 

「わ、私の心を読むなんて…!」

 

「いや、普通に喋ってましたけどね。それより行くぞ。ライブ予選始まる前に渉達のクラスの催し物観ておきたいし」

 

「わ、待ってよタカくん」

 

そう言ってスタスタと歩いて行くタカくん。

…まぁ、タカくんも私も昔馴染み過ぎて、お互いに異性としては意識してないから、さっきの台詞みたいな事はないんだけど…。

やっぱり学校っていうシチュエーションと、最近まではタカくんもファントムに来るのは稀だった事もあるし、2人っきりになるのは久しぶりだからかな。ちょっと緊張しちゃうな。

 

……違いますね。

猫被ってるからだよ!ちょっとまわり(学生さん達)に大人の女に見られたいからタカくんへの接し方が難しいだけで!昔みたいにっていうか素を出せたら楽なのに!

初音達が近くに居ないとつい素が出ちゃいそうになる!

いつもの私ってどんな感じだったっけ?いやいやどんな感じかわかんないのは大人の女の在り方だよ!

 

「三咲。何やってんだ?早く来ないと俺1人で行っちゃうぞ」

 

私が1人妄想している間にタカくんとだいぶ離れていた。

 

「ちょ、ちょっと待って…」

 

私がタカくんの元へと走り出そうとした時、

 

 

-ドンッ

 

 

「きゃっ!」

 

「わっ!?」

 

相手も急いでいたのか走っている女の子とぶつかってしまった。

女の子は少し後ろによろけて尻餅をつき、私は微動だにしなかった。

しまったなぁ。ここは私もよろけて転ぶべきだったかなぁ。

 

と、そんな事考えてる場合じゃないや。

 

「あ、あの。ごめんなさい。ちょっと周り見てなくて…」

 

「いえ、私こそ…。ちょっと…急いでまし…え?三咲さん…?」

 

私は名前を呼ばれて驚いた。

そして、そのぶつかった女の子の顔を見てさらに驚いた。

 

「え?天音ちゃん…?」

 

私がぶつかった女の子は天音ちゃん。

私が2年前に『射手座のレガリア』を託した女の子だった。

 

「な、何で三咲さんが学校(ここ)に?あ、ここAiles Flammeの皆さんの学校だっけ…」

 

「天音ちゃんこそ何で…その制服この学校のじゃないよね?」

 

「いや、それを言ったら何で三咲さんは制服着てるんですか?…どこでその制服を手に入れたんですか?」

 

「そんな事は些細な事だよ!天音ちゃんがこの学校じゃない制服を着てるって事は…ライブ大会に出るの?」

 

「……!?ご、ごめんなさい!」

 

そう。言って天音ちゃんは走って去ってしまった。

 

「おい三咲!何やってんだよ。JKとぶつかるとかうらやまけしからん。何なの?その歳で運命の出会いとか狙ってんの?英治と初音ちゃんにチクっちゃうよ?」

 

「逃げた?…逃がさないよ!」

 

取り敢えずタカくんの頬をぶん殴り、逃げる者は追わなくてはならないという私の中の本能が…狩人の血が騒いだのだった。

 

「ふふふ。2年前はサンダルを履いていたせいで私は転んでしまった。だけど今日はローファーを履いている!転ぶ事はないよ!」

 

私は逃げた天音ちゃんとの距離をグングンと縮めていた。

もう少しで追い付く事が出来る。そう思った時、天音ちゃんは校舎の角を曲がったのだ。

もちろん天音ちゃんを追う私も校舎の角を曲がる。

 

「な、何ぃ…バ、バカな…!」

 

校舎の角を曲がったその先には天音ちゃんの姿はなかった。

 

「な、何で?確かにここを曲がったはずなのに…。ハッ!上か!?」

 

当然天音ちゃんは上には居ない。

 

何でだろう?いくら曲がり角で死角になっているとはいえ、私と天音ちゃんの差は姿を見失う程の差はなかった。

どこかに隠れた?

今日は文化祭。ここにはたくさんの学生さんが居る。

 

でも天音ちゃんは美緒ちゃんと同じ学校の制服だったし、この学校の生徒に紛れても余計目立つと思うんだけど…。

 

ダメだ。ここで考えていても時間を消費するだけ。言わばタイムロスだ。

 

「必ず…必ず捕まえるからね!天音ちゃん!!」

 

私はそう叫んで走ったのだった?

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

「良かった…。三咲さん行ってくれた」

 

私の名前は本城 天音(ほんじょう あまね)

人前で歌う事が嫌いだった私も、三咲さんから射手座のレガリアを託されて、歌う事を頑張ろうと思った。

 

だけど、中学2年の3学期。

私達の先輩。当時の中学3年生の卒業を送る歌唱曲の時、私は緊張から失敗してしまった。

 

歌う事を頑張ろうと思ってたのに、その失敗は私の中で大きな痕になって、それからも人前で歌う事はしなかった。

 

好きな歌を好きな時に好きに歌う。

これまでそうだったように、私はこれでいいと思ってしまった。

 

私はこれでいい。だけど、私が託された射手座のレガリアは誰かに託さないといけない。

それは誰でもいい訳ではなく、初代の矢沢さんや二代目の大神さん、そして三代目のタカさん。

彼らの想いや闘いや、レガリアを求めた人、レガリアを守って来た人、私にレガリアを託してくれ三咲さん。

 

もっともっとたくさんの人達の想いも一緒に受け継いでくれる人じゃないといけない。

そう思ってレガリアはずっと私が持ったままでいた。

 

本当はこの人ならレガリアを託してもいいかも。って思う人も1人だけ居たけど、何だかんだと渡す事が躊躇われて渡せずにいた。すごく身勝手だと思う。

 

高校生になってからもずっと思い悩んでいて、レガリアを託してもいいかもって思った人は別の学校に通う事になって、結局私は歌わないままで…。

 

だけど高校生になって少し経った頃、私はクラスメートからバンドに誘われた。

最初は断っていたけれど、色んな事があってBlaze FutureとDivalの対バンを観て、私はもう一度歌う事を、そしてバンドをやる事を決めた。

 

最初はバンドメンバーみんなバラバラだったけど、一緒に練習したり遊んだりする事で結束し、今日とうとう合同文化祭で私達のバンドはデビューする事になった。

 

だけど…当日になって私は上級生を送る日の失敗や、昔お父さんにスパルタされた事をフラッシュバックして、逃げてしまった。

 

これじゃダメなのに。

もしまた失敗してしまったらという考えが、どうしても拭いきれないでいた。

 

「でもどうしよう…。このまま逃げてる訳にもいかないし。みんなも私を探してるだろうし…。私が弱いせいで…みんなにも迷惑を…」

 

「ったく、三咲のヤツどこに行ったんだ?アホなのか?そういやアホだったな。うっかりしてたぜ」

 

「えっ?」

 

急に三咲さんの名前が聞こえたから、俯いていた顔を上げるとそこにはタカさんが居た。

私が最も尊敬するミュージシャンで、私の理想のボーカリスト。正直MCは何を言っているのか時々わかんない時があるけど…。

 

って、ええええええええ…!?

タカさんも何で学校(こんなところ)に居るの!?

今日は平日だよ!?お仕事は!?

 

「ハァ…めんどくせぇ…。俺だけで渉達のクラスに挨拶に行くか…。いや、待てよ。俺1人で校内をうろついてたらJKを狙う変質者とかで通報されかねないよな。冤罪なのに。いや、今日は文化祭だし父兄の方々もいるしワンチャン大丈夫か?いや、でもなぁ…」

 

ど、どうしよう?逃げる?え?

で、でも私が急に走って逃げたりしたら…。

 

『え?今のJK逃げた?俺から逃げたの?やべぇ。これは本格的にやべぇ。変質者と思われて逃げられたんじゃねぇか俺』

 

とか考えちゃいそうだし…。

うぅ…どうしよう…。

 

「ま、ここでうだうだ考えててもどうしようもないか。なるようになるだろ。もし捕まりそうになったら渉達に連絡しまくって冤罪を証明してみせよう」

 

私がどうしようか考えているとタカさんはその場から引き返して行った。

 

そっか。そうだよね。

私はタカさんの事を知っているけど、タカさんは私の事なんか知ってる訳がないし。

このままタカさんを見送る事にした。

 

私が追い付きたかった背中を見ながら…。

何かライブの時と違って猫背だけど…。

 

「あ、あの…す、すみません」

 

「え?はい?何ですか?」

 

って何やってんの私ぃぃぃぃぃぃ!!!

 

私はこの場から去ろうとするタカさんを呼び止めてしまったのだった。

え?え?ほ、本当にどうしよう?

 

「どうしました?僕に何か用ですか?」

 

いや、あの、本当にすみません。ごめんなさい。

もし会える事があったら色々お話を伺わせてほしいとか色々ありましたけど、今この場では何もありませんし、何も言葉が浮かびません。

 

うぅ、どうしよう…。何か、何か言わないと。

言い訳、言い訳考えなきゃ…。

 

「あれ?もしかして俺に話し掛けた訳じゃなかった?あ、あれかな?

あの、俺は変質者じゃありませんので。この学校には知り合いがいて、今日は仕事というか何というか…。あれ?これなんか言い訳くさくね?」

 

えっと…えっと…

 

「つ、通報だけは勘弁して下さい!本当にアレなので!本当に違うんで!いや、アレって何だよ…」

 

「あ、あの…」

 

「は、はい!?何ですか!?」

 

「歌っている時ってどんな気持ちですか?

ライブの時、失敗したらとか…そんな事考えてしまったりしないですか?」

 

「へ?歌?」

 

あっ…わ、私…何を聞いちゃってるんだろ…。

 

「あ、そか。この学校の制服じゃないし、今日はライブ大会でこの学校に来てる感じかな?そういやその制服、美緒ちゃん達と同じ学校か。見馴れてるから違和感無かったわ」

 

美緒ちゃん…?

あ、gamutの…。今はGlitter Melodyか。

佐倉先輩の事だよね。きっと。

そういや何でタカさんも制服を着てるの?

父兄の人って私服でもいいはずなのに…。

 

「んー。もしかして俺がバンドやってるって知ってる感じ?」

 

「は、はい。まぁ…」

 

も、もちろんBlaze FutureもBREEZEも知ってます!

 

「そっか。失敗したら…か」

 

「今日、私、デビューの予定だったんですけど、失敗したらって怖くなっちゃって…つい、みんなから逃げちゃって…」

 

「そっか。デビューライブか。なら最初はビビっちゃうよな。でもまぁ何だ。失敗はしたらしたでいいんじゃないの?」

 

「え?そ、それって…」

 

「まぁ、失敗の定義って人それぞれなんだけどね。上手く歌えた演奏出来たってなっても、周りの人やオーディエンスが盛り上がらなかったりつまらなそうにしてたら俺はそれはライブとして失敗だと思ってるし、歌詞を間違えたり楽器の演奏を間違えたとしても、自分達にとって思い出になったり、周りやオーディエンスが楽しんで盛り上がってくれたら、俺は大成功だって思うよ」

 

「自分達の思い出や、周りのみんなが楽しんで盛り上がってくれたら…」

 

「うん。だから、後悔しないように今やれる精一杯で、歌って盛り上げたらいいんじゃないかな?歌詞を間違えたりしても、今日だけのライブバージョンですとか言ったり?」

 

ははは、そっか。

後悔しないように。今やれる精一杯を…。

 

上級生を送る歌の時。

私は緊張して声が出なくなって、恥ずかしさと怖さで歌うのを止めてしまった。

あの時、声が出なくても、無理矢理に絞り出した変な声でも…歌うのを止めずに最後まで頑張っていたら、今みたいに後悔してなかったかもしれない。

 

「怖いとか不安とかあると思うけど、キミが楽しんで歌うのが一番の成功だと思うよ」

 

「あ、あり…」

 

「蟻?」

 

「ありがとう…ございます。私、精一杯楽しんで歌おうと思います。昔にそう決めてたのに。そうなろうと決めてたのに、結局逃げちゃってた」

 

三咲さんにタカさんや大神さんの話を聞かせてもらった時もそう思ってたのに。

 

「今日、私、精一杯歌いますから、よ、良かったら…その…私の…」

 

「うん。ライブ大会は観させてもらう予定だから、キミのバンドも楽しみにしてるよ」

 

 

 

 

それから少しだけお話をさせて頂いて私とタカさんは別れた。

もう迷わない。もう逃げない。

私は改めてそう決意した。

 

だけどしまったなぁ。

お話に夢中でタカさんに自己紹介するの失念してたよ…。

失礼なヤツって思われてたらどうしよう…。

 

「やっと見つけた!」

 

「天音!」

 

「すずちゃん…真凛ちゃん…」

 

私が逃げ出してからずっと私を探してくれていたんだろう。

私と同じバンドのキーボード鶴木 涼風(つるき すずか)、すずちゃんと、ギタリストの大沢 真凛(おおさわ まりん)、真凛ちゃんが、私の元へと駆け寄って来てくれた。

 

「ハァ…ハァ、やっと見つけましたわ」

 

「ごめんね、すずちゃん…」

 

「はぁー、良かったぁ。一時はどうなるかと思ったぁ。あまねる逃げ足は早いんだからなぁ~」

 

「ら、真凛ちゃんもごめんね。でもその…あまねるってあだ名は止めてって…ほら、色々あるしアレがアレだし…」

 

「いつも言うけど何で?可愛いじゃん」

 

「天音。歌いたいって、わたくしにバンドをやりたいって言ったのは貴女ですのよ!それを…」

 

そうだ。

元々すずちゃんもバンドに入るのは嫌がっていた。

それを私が無理にお願いして、すずちゃんにバンドに入ってもらったのに…。

本当に私は自分勝手だった。ごめんなさい…。

そんな私が言える言葉は…

 

「すずちゃん、本当にごめん。私はもう大丈夫」

 

これだけだ。

私はすずちゃんの眼を真っ直ぐ見て言った。

 

「天音…。いい眼をしてますわ。心配しましたがもう大丈夫そうですわね」

 

「良かったね、スズ。せっかく首輪持って来たのに無駄になっちゃったね」

 

「首輪!?その首輪をどうするつもりだったの!?」

 

「まぁ、いいですわ。それより輝美と蘭にも天音を見つけた事を連絡しませんと」

 

「そっだねー。 ランランはともかくてるみんは必死になって探してそだし」

 

そう言って真凛ちゃんは輝美ちゃんか蘭ちゃんに電話を掛けていた。

輝美ちゃんというのは椎名 輝美(しいな てるみ)。私達のバンドでドラムを担当している。

そして蘭ちゃんというのは燈田 蘭(とうだ らん)。私達のバンドのベーシストだ。

 

「天音!」

 

「え?ゆ、結月ちゃん?何で!?」

 

「良かった。真凛と涼風が見つけてくれたんだ?」

 

この子は寺川 結月(てらかわ ゆづき)

私達とは違うバンドでギターボーカルをやっている。

私が失敗した上級生を送る歌の時に私を助けてくれて、そして私がレガリアを託すなら…と思っていた女の子。

 

「天音が"また"逃げたって連絡もらったから…」

 

「ゆ、結月ちゃんも今日はライブ大会じゃ…それも結月ちゃん達の会場の学校はここから遠かったような…」

 

「うん。だからタクシー飛ばして来た。片道で2,000円くらいかかっちゃった…どうしよう…」

 

タクシーで2,000円!?

 

「ご、ごめんね。わ、私はもう大丈夫だから…あの、そのタクシー代も月賦で払うし…」

 

「…もう大丈夫ならタクシー代はいいよ。天音も見つかった事だしあたしはもう行くね。時間もないし…」

 

「あの…本当にごめんなさい…」

 

「別にいいって。

それより、ちゃんと今日と明日の予選を勝ち抜いて土曜の決勝大会まで生き残って」

 

「今日と明日の予選を勝ち抜いてって、あたしらがライブやるの今日だけだし」

 

「真凛はうるさいなぁ。ニュアンスだよニュアンス。

今日と明日の参加バンドの中で、投票数上位2位に入らなきゃいけないんだし」

 

そうだよね。上位2位までしか。

各学校の会場2バンドしか決勝大会に出れないんだし。

でも、それでも…。

 

「うん。約束する。私達は必ず土曜日の決勝大会に出場してみせる。そして、決勝大会では結月ちゃん達にも勝ってみせるよ」

 

「ふふ、天音がそんな事を言うなんてね。オッケ。あたし達も必ず決勝大会に出場する。そして天音達も倒して、射手座のレガリアはあたしが貰う」

 

結月ちゃん…。

ちょっと前までは結月ちゃんになら、レガリアを託してもいいと思ってたんだけど、やっぱりごめんね。

レガリアはもう誰にも渡さない。私が本当に歌を歌いきるまで。

 

「うん、レガリアは絶対に渡さない」

 

「うん、その意気だよ。天音」

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

「あ~あ、結局見つけられなかったなぁ」

 

「は?何が?俺はお前を見つけて安心したけど」

 

「あれ?私とはぐれて心配しちゃった?あ、そっか。1人で居る私が誰かにナンパされちゃったりしないか心配だったんだね?」

 

「は?何言ってんだこのおばさん」

 

 

 

 

 

 

「ずびまぜん…ずびまぜん…ごとばがずぎました。もう殴らないでくだざい…ごべんなばい…しくしくしく」

 

やっと私のモノローグに戻ってきましたよ。

私は三咲!

結局、あの後天音ちゃんを見つける事は出来なかったけど、無事にタカくんと合流する事が出来た。

 

この学校という特殊な環境と、タカくんと一緒に居る事、そして天音ちゃんと再会して眠りについていたの野生の血が、私が被っていた猫を追い剥ぎしていった。

おかげで暴言を吐くタカくんをスムーズに殴る事が出来たのであった。

 

「でも渉くん達居なくて残念だったよね。どこに行っちゃったんだろう?」

 

タカくんと合流した後、渉くん達のクラスや遊くんのクラスの催し物を見に行ったんだけど、残念ながら知り合いは誰も居なかった。

 

志保ちゃんや明日香ちゃん、栞ちゃんと双葉ちゃんはライブ大会に参加予定だから、今日と明日は居なくてもしょうがないと思うんだけど…。

そもそもライブ大会はガールズバンドしか参加出来ないハズだし…。もしかして大穴で姫咲ちゃんの学校で演劇参加してるとか?いや、さすがにないかな。

 

「まぁ、今日は何で居なかったのかわからないけど、そろそろ時間だし気を取り直してライブ大会観に行こっか」

 

「しくしく…そうですね。あ、口の中切れてる。しくしく」

 

そして私達はライブ大会の予選が行われる体育館に入り、運営のスタッフの人。

と、いうかこの学校の先生さんかな?その方から今日この学校で予選をするバンド名が書かれたリストを受け取った。

 

この学校の会場で予選に参加するのは今日と明日で18バンド。

曲はオリジナルでもコピーでもいいらしい。

 

このリストから自分がもう1度聞きたい。と思うバンドを3バンド選び、3点、2点、1点と点数を付けて投票する。今日参加のバンドだけで決めてもいいし、明日参加のバンドだけで決めてもいい。

私達は今日も明日も観る予定だけど、今日だけ観に来たとか、明日だけ観に来るってオーディエンスも多いだろうし、どっちが有利とかもないよね。

 

そして明後日から運営側で集計し、得点の高かった各学校から2バンドが決勝大会に参加出来る。

 

このリストにはGlitter Melodyのバンド名は無いから美緒ちゃん達は他の会場かな?

志保ちゃん達は何ていうバンド名で参加してるんだろ?

天音ちゃんのバンドはきっとこのリストの中にあるんだよね。

 

このリストにあるバンドのメンバーはみんなバンドをやりたいと思って、精一杯練習してきた子達がほとんどだろう。

私もチューナーとはいえ、15年前に闘っていた猛者だ。

志保ちゃん!天音ちゃん!身内贔屓はしないからね!

でも、頑張って!

 

「18バンドか。思ったより多いな。明日もあるし今日は9バンド出んのかな?」

 

「音楽の事だしタカくんは身内贔屓なんかしないと思うけど、メンバーの女の子が自分好みとか顔とかで選んで投票するのはやめなよ?」

 

「お前は俺を何だと思ってんだ?」

 

 

 

 

ライブ大会の予選は予定の時間通り開始された。

4バンドの演奏が終わり、次は5バンドめの演奏の準備をしている。

 

「すげぇな。みんなしっかり演奏出来てるし。BREEZE(おれら)も高校ん時からバンドやってたけど、ここまでちゃんと演奏やれてたっけ?」

 

「あはは、悶えちゃうよね。BREEZEってボーカルは歌詞間違えるし、ギターはたまに自信なさそうに演奏してたし、ベースはコード間違い多かったし、ドラムなんてオーディエンスの女の子ナンパしたりしてたもんね」

 

「そのBREEZEってバンドの女の子ナンパしてたドラマーがお前の今の旦那ですよ?わかってる?」

 

お、そろそろ次のバンドが出てくるかな?

 

「次のバンドは志保達か。どんな演奏すんのか楽しみだな」

 

「え?次って志保ちゃん達?タカくん志保ちゃん達のバンド名聞いてたの?」

 

「いや、バンド名が『PASTEL BEAT-Vo+Ba』って書いてあるし。企画バンドのPASTEL BEATから美緒ちゃんいないからマイナスボーカルで、双葉が入ったからプラスベースじゃえねぇの?捻りも何もなくそのまんまじゃん」

 

わっ!本当だ!

志保ちゃん達!さすがにこのバンド名はどうかと思うよ!?

 

そんな事を考えていると、タカくんの予想通り志保ちゃん達がステージに上がった。

 

『こんにちは!パスビマイボプラベです!』

 

あ、そんな略し方なんだ?

志保ちゃんの挨拶からステージは始まった。

 

『まずは1曲聞いて下さい!あたし達のオリジナル曲!『青春!(せいしゅん!)』』

 

「は!?あいつらオリジナル曲作ったの!?」

 

「わぁ。即興バンドなのに気合い入ってるねー」

 

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

 

『どうもありがとうございました!』

 

\\ワァー!//

 

『今日は2曲だけでしたが、私達まだまだ演奏し足りないので。土曜の決勝大会でも演奏したいです!また私達の曲を聞きたいと思って下さったら、是非私達に投票して下さい!』

 

\\ワァー!投票するよー!//

 

最後に双葉ちゃんが締めて、志保ちゃん達はステージを下りて行った。

さすが双葉ちゃんだね。ステージ馴れしてるだけあって最後の締めも完璧だ。

 

 

 

 

そして1日目のライブ大会予選は滞りなく進行し、今日の8バンド目が次の演奏だ。

今日は8バンドで明日が10バンドかな?

結局まだ天音ちゃんのバンドは出て来ていない。

 

「あの子のバンドまだ出てねぇな…。もしかして明日とか?いや、今日デビューって言ってたと思うんだが…」

 

あの子のバンド?

タカくんが知っている子のバンドが出るの?

いや、タカくんに限ってファントム以外の女子高生と知り合いなんて事無いと思うのに…。

どうしよう…ポリスメンに通報した方がいいかな?

 

「何お前のその顔。なんて眼で俺の事見てんの?」

 

少ししてから8バンド目の女の子達がステージへと上がって来た。

ステージに上がって来たのは…。

 

「お、あの子のバンドが今日のトリか」

 

「天音ちゃん!」

 

私とタカくんはほぼ同時に声を出した。

あの子ってもしかして天音ちゃんの事?

 

「お、おい三咲。今あの子の事、天音ちゃんって…」

 

「タカくんこそ…。天音ちゃんの事知ってるの?」

 

『こ、こ、こんにち…は。あ、あま…Amaterasu(アマテラス)です』

 

「天音ちゃんのバンド名…アマテラスっていうんだ?

太陽の女神様だっけ?タカくんの夜の太陽と梓ちゃん達のArtemisって女神様の名前を雰囲気合体させたような感じだね」

 

「あ?夜の太陽とか久しぶりに聞いたわ。ってか5人編成のバンドか…あ、聞き逃しそうだったけど雰囲気合体って何?新語?」

 

アマテラスか。

天音ちゃん達がどういう気持ちで、そのバンド名を付けたのかわからないけど、タカくんの太陽とArtemisを意識して名付けてくれてたんなら、何となく嬉しいな。

 

『えっ…と。ごめんなさい。私達、今日が初めてのライブで…。MCとか…その…。と、取り敢えず聞いて下さい!『巡り愛(めぐりあい)』』

 

『…?(え?え?巡り愛?あれ?あまねる『巡り愛』って決勝大会でやろうって言ってなかったっけ?えっと…コードどれだっけ?)』

 

『…!(へぇ、この土壇場でセトリ変更しちゃうんだ?いいよ。あまね。こういう展開面白い)』

 

『…!?(あ、やっぱり真凛さんは困っちゃってる!?蘭さんはやる気満々だけど…私はどうしよ…。あ、涼風さん!涼風さんは!?)』

 

『…(天音、もしかして緊張して間違えた?いえ、違いますわね。先ほど逃げていた時、何かありましたのね。だったら、わたくしがやる事は1つですわ!)』

 

♪~

♪♪~……

 

 

『(良かった。すずちゃんが上手く対応してくれた。ごめんね、みんな。今日も私は我が儘ばっかりで…)』

 

『(えっと…スズがもう演奏始めちゃってるし、あ、あたしの入りってもう過ぎちゃってね?ど、どうしよ…)』

 

『(おーおー、まりんは困ってるね。よし、すずかは大丈夫だろうし、あたしがこうしたらまりんは入りやすくなるかな?てるみもサポートよろしく~)』

 

『(わわわ…蘭さんちょっとアレンジ入れちゃってるし…あ、でもこれ…私が合わせたら真凛さんも入りやすくなるかも)』

 

『(真凛が下手こくから一時はどうなるかと思いましたが…。蘭も輝美もさすがですわね。さぁ、天音。準備は整いましてよ)』

 

『(みんなありがとう…よし!)出逢いは偶然も必然も~♪』

 

「!?…マジか。最初の入りはどうしたんだって思ったけど、この天音ちゃんだっけ?この子の歌って」

 

「うん!ゾクゾクするね!タカくんに似てるけど梓ちゃんにも似てる。奈緒ちゃんの歌もタカくんに似てたけど、また奈緒ちゃんとは別の凄さがあるね!」

 

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

 

『ハァ…ふぅ…あ、ありがとうございました』

 

\\ワァー!//

 

天音ちゃんの歌は凄かった。

本当にデビューなの?って思うくらいの完成度だ。

 

「どっかのBREEZEと全然違う…」

 

「それわざわざ口に出して言う必要ありました?」

 

『えっと…つ、次の曲で今日は最後になっちゃうんですけど…次はカバー曲を歌わせていただきます』

 

『(うぇ!?カバー!?ちょっ…聞いてないけど?)』

 

『(うわぁ、『春日ノ道(かすがのみち)』じゃないんだ?カバーって何やるんだろ。あまねの事だからBREEZE?か、Artemis?)』

 

『(天音さん今日は無茶振りが過ぎない!?でも、天音さんがやるって言うんだから、きっとやりきっちゃうよね。私も頑張らなきゃ!)』

 

『(カバーですって?天音…先程タカさんにお会いしたと言っておりましたが…BREEZEの曲をやる気ですのね。おのれ忌々しい…!)』

 

「カバーかぁ。何歌うんだろ?BREEZEのカバーだったらどうする?」

 

「あ?いやいやいや、いくら何でも有名でもないBREEZEのカバーした所で会場の人誰もわからんだろ。てか、オリジナルって思われなくもないし」

 

「ふぅん。で?射手座のレガリア三代目様は、四代目ちゃん達の演奏ってどう思った?」

 

「何その振り。

まぁ、天音ちゃんの歌は正直すげぇな。心に直接響くって言うか、頭にメロディーが残るっていうか。ギターの子は技術的にはまだまだだけど、パフォーマンスはしっかりして…」

 

「しっ!タカくん静かに!せっかく天音ちゃんがMC頑張ってるのに!」

 

「え!?話し掛けて来たのお前の方からですけど!?」

 

『…って訳で。あはは、な、長くなっちゃってごめんなさい。では聞いて下さい。BREEZEのカバーで『Future』』

 

『(おっしゃ!ナイスあまねる!Futureなら結月ちゃんにギター教えてもらいながら散々練習させられたし、あたしでもいける!)』

 

『(やっぱりBREEZE。Futureなら全然余裕。もっと難しい曲でも良かったのに)』

 

『(良かったぁ。Futureなら結月さんに真凛さんとのセッションに協力してって言われて一緒に練習したし)』

 

『(クッ…やはりBREEZEの曲…。まぁいいですわ。天音のやりたい事なら、わたくしは全力で応えるのみ!)』

 

「本当にBREEZE(おれたち)の曲かよ…」

 

「キーボードがいるってのもあるのかもしれないけど、BREEZEより完成度高いね」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

そしてライブの予選大会1日目は終わり、明日の10組の演奏を聞いて投票が行われる。

明日来れないって人は今日投票しちゃうのかもだけど。

 

その日、私とタカくんはもう1度天音ちゃんに会おうと思ったけど、志保ちゃん達の話じゃ私達と入れ違いで帰っちゃったらしい。

志保ちゃん達も天音ちゃんがBREEZEの曲をカバーしたという事で興味を持って、少しお話をしたようだった。

 

 

2日目の予選大会も滞りなく終わり、私達はもう1度聞きたいと思うバンドに投票した。

決勝大会に出場出来るバンドは金曜日の夕方に発表されるらしい。

 

志保ちゃん達のバンドと天音ちゃん達のバンドが決勝大会に出て欲しいと思ってはいるけど、決勝大会に出たら志保ちゃん達と天音ちゃん達は闘う事になるから少し複雑かな。

 

「天音ちゃん、レガリアのチカラは使ってなかったね。使えなかったってのが正しいのかもしれないけど」

 

「ああ、あれでレガリアまで使いこなしたらどうなるんだろうな」

 

「使い方。教えてあげたら?」

 

「アホか。アレは使い方教わって使えたからって、本当のチカラとは言えねぇだろ。自分らしさを見つけねぇと」

 

「そっか」

 

「それよりもあのキーボードの女の子だ」

 

「あの子がどうかしたの?あ、もしかして好みのタイプ?捕まらないでね?」

 

「アホだなお前は。いや、あのキーボードの子な。俺と美緒ちゃんがよく行くラーメン屋の店員さんだなと思ってな…。レガリアの使い方を教えてあげたらラーメン少しサービスしてくれないかな?」

 

「タカくんが相変わらずしょーもない人間で私は嬉しいよ」

 

そうして私とタカくんの視察は終わりを告げるのであった。



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第3話 面影

俺の名前は宮野 拓斗。

今日は合同文化祭とやらに駆り出されている。

 

ライブ大会の予選大会を観れるってのは楽しみではあるが、その為に文化祭をまわるってのはめんどくせぇなと思っていた。

そう。Canoro Feliceの姫咲が、文化祭をまわる組決めをするまでは…。

 

「拓斗くん、ごめんね。せっかくの文化祭なのに車イス押してもらっちゃって」

 

俺は梓と一緒にライブの予選を観る事になっていた。

ありがとう姫咲。本当にありがとう。

 

しかし、何で梓は制服を着てるんだ。

俺も高校ん時の制服を引っ張り出して来たら良かったぜ。

 

「気にすんな。それより梓は残念だったな。タカとまわれなくて」

 

「え?あ、う~ん…文化祭は今週いっぱいあるし別に…って感じかな?それより拓斗くんと2人ってのも久しぶりだよね。今日と明日はライブの予選大会しっかり楽しもうよ」

 

梓…何て素敵な言葉を掛けてくれるんだ。

ああ、結婚したい。いや、ダメだ。梓はタカに惚れてるんだ。決意しただろう。タカと結び付けて梓に幸せになってもらおうと。

だからタカ。早く梓の気持ちに気付いてやってくれ。

 

…気付かないなら早く恋人でも嫁でも貰ってくれ。それから改めて梓を狙うから。

 

「でも懐かしいね」

 

「え?あ?な、何だ?」

 

「ここってタカくんとトシキくんと三咲ちゃんの母校でしょ?2、3回しか来た事ないからちょっと記憶も曖昧だけど、あんまり変わらないなぁって思って」

 

「ん、ああ。そうだな。俺もよくこの学校には遊びに来てたしな」

 

「あはは。拓斗くんと英治くんは違う高校なのに、何でかいつもここに居たよね」

 

「ああ。ホントあの頃の俺らって自分の学校も行かずに何でこの学校に忍び込んでたんだか…」

 

懐かしいな。

俺も高校はちゃんと卒業出来てるし、出席日数は大丈夫だったが、いつもこの学校に居るって感じだったし、この学校の方が馴染み深いな。

…自分の学校には友達居なかったし。

 

-ブゥ

 

……何だ今の"ブゥ"って音は。

梓の方から聞こえたんだがまさか…いや、そんなはずはねぇ。梓は天使なんだ…英治じゃあるまいしこんな公共の場で…。

 

「あ、あははは。も、もしかして拓斗くん、聞こちゃった?」

 

マジで梓なの!?

え!?この場合は何って言うのが正解!?

タカ、トシキ、英治…いや、英治はいいか。

頼むタカ、トシキ!助けてくれ!俺はどうすればいい!?

 

『は?変態らしく"素敵なスメイルだ"とか言っとけばいいんじゃねぇの?』

 

『ダメだよはーちゃん。そんな事言ったら宮ちゃんは梓ちゃんに殴り○されちゃうよ。でも聞こえちゃったもんはしょうがないし、覚悟を決めるしかないかな』

 

『俺はいいってどういう事?一応俺はお前らの中で唯一妻帯者なんだけど?』

 

くそっ!こういう時に限ってあいつらを頼る俺も俺だが、本当にこういう時のBREEZE(あいつら)はクソの役にも立たねぇ!

 

-プゥ~

 

まただと!?もう1発いっちゃったというのか!?

 

「や、やっぱり…聞こえたよね?」

 

『もう言っとけって。"ああ。薔薇の香りだ"とか。あいつアホだから褒めときゃ悪いようにはならないって』

 

『いや~、こういうのは普段から梓ちゃんの前でかっこつけてる宮ちゃんにはハードル高いんじゃないかな?』

 

『あははは。俺をハブった罰だぜ!梓に殴られちまえ!』

 

くそっ!もういいから。頼った俺がバカだったから!

ちょっと黙ってろお前ら!

 

「せっかくの文化祭だから美味しい食べ物の出店とかあるかな?って期待して朝から何も食べずに来たからお腹が鳴っちゃったよ…恥ずかしい…」

 

そう言って赤面する梓。

 

-プゥ…プリッ

 

…確かにお腹から音が鳴ってやがる。

そうか。腹の音だったのか。そうだよな、梓が粗相する訳ないよな。

 

『おい、拓斗。"え?今のって屁じゃなかったの?"って言っとけ!』

 

『いや、はーちゃん。それはないでしょ。女の子相手なんだから、屁じゃなくておならって言った方がいいよ』

 

『ブハハハハハ!おい、拓斗!タカの言う通りに言ってみろって!そんでボコられちまえ!』

 

あいつら…。もういいから!俺の中から消えろ!!

 

「どしたの拓斗くん?」

 

「いやタカとトシキと英治が…」

 

「へ?タカくん達が?」

 

「あっ!いや、すまん。何でもねぇ!

昼にはちょっと早いが、ライブの予選大会もあるし先に何か食ってた方がいいかなって思ってな」

 

「うん!いいね!お腹空いちゃってるし、何か食べに行こう!」

 

危なかったぜ。すまん、梓。

もうあいつらの幻影に惑わされりしないから。

 

俺は俺の中にいるあいつらの妄想を払拭し、梓と文化祭を楽しみながら腹を満たす事にした。

 

 

 

 

「今の学生さん達の料理の腕ってすごいね!めちゃくちゃ美味しかったよ!」

 

「ああ。結構本格的な料理もあったしなかなか良かったな。さっきのクラスの催し物も面白かったしな」

 

俺と梓は適当にブラブラしながら文化祭を楽しんでいた。腹も満たされし、なかなか面白い催し物もあって結構満足している。

 

そんな時だった。

 

「宮野。お前、宮野 拓斗じゃないか?」

 

俺の名を呼ぶ初老の男がいた。

久しぶりに見た顔はあの頃の面影はあるが、やはり年月を感じさせていた。まだ定年してなかったとは。

 

「久しぶりだな鬼先(おにせん)

 

「お前は学校は違ったし、直接教鞭を取った訳じゃないが…懐かしいな」

 

「この学校の先生?」

 

「ああ。こいつは 鬼島(きじま)、通称 鬼先(おにせん)

タカ達の先公で生徒達に厳しかった男だ。タカもトシキも英治も俺も随分と絞られたもんだ」

 

「あ、鬼先って聞いた事あるかも。あ!ご、ごめんなさい!ご本人を前に!」

 

「ハッハッハ。構いませんよ」

 

「てか学校が違うのに拓斗くんと英治くんも絞られてたの?」

 

「こいつらはよくこの学校に忍び込んでましたからな。佐藤はまだ品行方正だったし、さほど絞ってはいませんが」

 

懐かしいって言うか、顔見ちまうと説教受けてた嫌な思い出が甦ってくるぜ。

でも、まぁ、生徒に厳しかった分、生徒をちゃんと見てくれてたってのもわかっていたし、俺達BREEZEにとっちゃ、ちょっとした恩人でもあるしな。

 

「今日は葉川や佐藤、中原…桜井は今はもう中原か。あいつらは来てないのか?木原さんと宮野だけか?」

 

「え?あたしの名前を知ってる?初対面…ですよね?」

 

「ええ。こうやって顔を合わせるのは初めてですな。何度か葉川達に会いに来ていた事は知っていますが」

 

「あ?それだけで梓ってわかったのか?」

 

「佐藤から話を聞いてましたし。実は私は今はこの学校の軽音部の顧問をしておりましてな。それでArtemisさんの事も」

 

鬼先が軽音部の顧問だと?

鬼先は確か剣道部の顧問じゃなかったか?いつも竹刀を振り回してたし。

 

あ、そういや軽音部…。

この学校って確か軽音部はなかったはずだ。

軽音部がなかったし、軽音とかロックとかやるヤツは不良だとかぬかしてやがったから、当時タカ達は苦労したんだしな。

 

「そういや失念してたぜ。この学校にゃ軽音部はなかったよな?軽音部のある学校で予選大会っていっても、今の時代じゃ違和感なく受け入れちまってたけどよ」

 

「はぁ…相変わらずお前も葉川も年配の…しかも恩師に向かってタメ口とはな。佐藤を見習ってほしいもんだ」

 

「あ?それってトシキとは最近でも会ったって事か?」

 

「ああ、佐藤とはたまにな。あいつは私の趣味の盆栽展覧会にも足しげく見に来てくれとるしな。葉川とは…軽音部をこの学校に作るちょっと前に…あの時に会った以来か…」

 

そして鬼先はどこか遠い目をしながら語り始めた。

 

「私ももう2年程で定年という歳なのだが、数年前にな…もう腰が痛いわ反応は遅れてしまうわでな。教職を取ってからずっと続けてきた剣道部の顧問としての限界を感じておった」

 

竹刀を振り回しては俺らを追っかけてしばき倒して来てたのにな。鬼先…。なんか感慨深くなっちまうぜ。

 

「定年より少し早いがもう教職を辞して、妻とのんびり過ごそうかと考えていたんだが…」

 

 

 

 

『おう、先生』

 

『ん?お前…葉川?葉川か』

 

『久し振りだな』

 

『おうおうおう!本当に久し振りだな!ちょっと太ったかお前』

 

『ほっとけ』

 

『本当に懐かしいな。何年振りだ?佐藤とはたまに会っておるが…』

 

『おう、そのトシキに聞いてよ。ちょっと顔見ようと思ってな』

 

『佐藤に?何だ』

 

『俺らを竹刀で散々しばき倒してた鬼島先生様がよ。どうも足腰弱らせて剣道部どころか先生も辞めちまうつもりらしいって聞いてな』

 

『そうか。佐藤からなぁ。あいつも余計な事を…』

 

『鬼先って呼ばれてたくせに、ちょっと足腰弱くなって剣道部の学生さん達についていけなくなったからって、定年前に辞めちまうつもりとはな。情けねぇ』

 

『ム…!何だキサマは。儂をバカにしにきたのか?』

 

『おーそうだよ。教師が生涯の仕事だとかのたまわってやがったくせにな!足腰弱くなってんなら丁度いいしついでにお礼参りでもしてやろうと思ってよ』

 

『お前に何がわかる…!儂はこれまでな…』

 

『これでもくらいやがれ!』

 

 

 

 

「葉川のヤツはあろうことか私に泥団子を投げつけてきましてな。そしてお尻ペンペンしながら逃げていきました」

 

「あ、あいつはアホか…」

 

「うわぁ…いい歳した大人が定年間近の人に泥団子投げてお礼参りとか…」

 

しかしタカらしくねぇ行動だな。

あいつもいつも鬼先にしばかれていたが、いつも感謝してやがったし、高3になる頃には鬼先とは呼ばず"先生"って呼んでやがったのにな。

 

「葉川の行動に憤慨した私は持ち歩いていた竹刀を取り出して…」

 

 

 

 

『は、葉川!キサマ!いい歳して何て事を!キサマは本当に昔から変わらんな!』

 

『いやー、過去の因縁に終止符を打てたようでスッキリしたわ……って!?鬼先、足腰弱ってんじゃねぇのかよ!何で走って追っかけて来てんの!?』

 

『キサマに遅れを取る程まだ弱ってはおらんわ!』

 

『痛っ!イテェ!マジで痛い!ちょっ、竹刀はタンマ!』

 

『うるさい!キサマは今日ここで再教育してやるわ!』

 

『んだよ!もう先生辞めんじゃねーのかよ!』

 

『キサマみたいなバカを世に送り出した責任を取るまで教師を辞められるか!』

 

-パシッ

 

『ム!葉川。お前竹刀を…』

 

『あー、マジで痛かったわ。でもま、こんだけ元気あんなら大丈夫だろ』

 

『お前、何を…』

 

『先生よ。辞めんなよ、今はゆとりだとか、なんだかんだとあるし、体罰はダメだとか熱血教育は流行らないとか今は色々あるだろうけどよ。先生みたいに真っ直ぐ生徒にぶつかってくる人も必要なんだとは思うぜ?まだこんな元気なんじゃんか。定年まで頑張ってみろって』

 

『お前まさかそんな事を言う為に…』

 

 

 

 

「それで教師を辞めるつもりだったのを、定年まで後少し頑張ろうと思いましてな。剣道部の方は体力的にもう無理なもので、他の道を見つけようと思い葉川達のやっていた音楽。バンドの事を思い出して必死に勉強して軽音部を作ったという訳だ」

 

タカの野郎。

やっぱりあいつは最高だな。

 

「で、でもやっぱり泥団子を投げつけるのはやり過ぎなような…」

 

「ハッハッハ。それもその日帰宅してから妻に聞いた事ですが、葉川と佐藤で妻にあの作戦の事を了解を得ていたみたいでですな。その日妻には古くなって傷んでいる服装を着て行くよう言われてたのですよ。元から汚れても良いようにしくまれてたのです」

 

「そ、そうだったんですか。さすがタカくんだなぁ。考える事が…もうアレだね」

 

ああ。確かに最高だとは思うが、そんな芝居じみた事せずに素直に説得すりゃ良かったものを…。

ってか、あいつの性格上素直にってのは無理か。

 

「私はやはり歳の取り過ぎで朦朧してました。葉川のそんな計らいに気付かず竹刀を振り回したんですから」

 

「まぁ、そこは気にしなくていいんじゃねぇか?あいつがバカってのは変わってねぇしな」

 

「うん。それに色々としばかれ馴れてるだろうし。多分痛いとか言ってたのもブラフだよ」

 

いや、それはさすがにないんじゃない?

しばかれ馴れてるって何?

 

「だからこの学校の軽音部で、いつかBREEZEを越えるようなバンドを生み出したいと思うようになりました。それが私の葉川に出来る最大の恩返しと思うてな」

 

「ほう。俺達を越えるバンドか。それはなかなか大変だな」

 

「ぶっちゃけちゃうとBREEZEを越える程度のバンドなら簡単な気もするけど、デュエルで1度も勝ててないあたしは大きな声じゃ言えないかな」

 

聞こえてる。

梓、その台詞俺にも鬼先にも聞こえちゃってるよ。

 

「そういう思いでこの数年、軽音部を頑張ってきた甲斐があってな。とうとう今年の入学…」

 

-ピンポンパンポーン

-鬼島先生、鬼島先生。いらっしゃいましたら今すぐ職員室に

 

「お、呼び出しですかな?すみません、私はこれで…。2人共、我が校の文化祭を是非楽しんで下され」

 

「おい、待て鬼先!さっき言い掛けてたのは何だ?とうとう今年って」

 

「ああ。とうとう今年の入学生にな。お前達BREEZEをいずれは越えていきそうな逸材を見つけたんだ。その子達もかつてのお前達をリスペクトしておっての」

 

「なんだと!?」

 

「そのバンドをBREEZEのベーシストだった宮野に見てもらえる。この合同文化祭には感謝しとるよ」

 

そう言って鬼先は職員室へと向かって行った。

俺達BREEZEを越えるバンドだと?それも今年入学して来たって事は1年生か?

"いずれは"とも言っていたが、そんなバンドが今日この文化祭で観れるとはな。

 

「楽しみだね、拓斗くん」

 

「ああ。本当に楽しみだ」

 

 

 

 

それから少しして、ライブの予選大会が行われる特設会場へと俺達は向かった。

どうやらこの学校では野外ステージで予選が行われるらしい。

仮設のステージだからか見た目は小さいが、今日と明日の予選では計15組のバンドが参加するらしい。

予選に出るバンド数は各学校で、行事や何だのの関係で数の上下はあるらしい。

 

その辺は数の少ない会場になったバンドの方が有利ではあるんだろうが、その辺は運も実力のうちという事だそうだ。

 

ま、対戦バンドの数がいくつだろうが、最終的に1番になるんなら対戦バンドの数とか関係ねぇからな。

ようは1番最高の音楽をやるだけなんだからな。

 

「今日は10バンドで明日は朝からで5バンドだけなんだね」

 

「ああ。この学校は仮設ステージでダンス大会もやるらしくてな。明日の昼からはダンス大会に使うそうだ」

 

「ふふふ。姫咲ちゃんの学校は演劇大会だし、美緒ちゃんの学校は木曜日までの期間は吹奏楽の大会みたいだしね。みんな青春してるねぇ」

 

「綾乃達の行く学校はファッションショーがあるとか言ってたっけな」

 

今は色々と文化部も豊富だな。

奈緒達の行く学校は大食い大会があるとか言ってたし、トシキ達の行く学校はDJ大会があるとか言ってたよな。何か『奈緒達のソロ曲の時は俺はDJやるからDJ大会見たいんですけど!』とかタカのヤツが言っていたが、あいつ本気か?

 

「あ、1組目のバンド出てきたよ」

 

「おお。楽しみだな」

 

俺がちょっと考え事をしている間に1組目のバンドの準備が終わり、メンバーがステージへと上がって来た。

 

観せてもらうとするか。

今の世代の音楽ってやつを。

 

 

 

『ありがとうございました!』

 

\\ワァー!パチパチパチ//

 

「みんな凄いねぇ。音楽の未来も明るそうだよ♪」

 

「フッ、まぁまぁだな」

 

「拓斗くんは厳しいなぁ。そりゃ拓斗くん達に比べたら…って、拓斗くんどしたの?すごい汗だよ?」

 

ま、マジか…。こいつらまだ高校生だろ!?

え、何?何でみんなこんなに上手いの!?

そりゃクリムゾンのヤツらや、今の俺からしたら敵じゃねぇとは思うが、まだ高校生だよ!?

ってそういやAiles FlammeもGlitter Melodyも姫咲も冬馬も明日香も考えてみたら高校生じゃん!

 

え?やば。どうしよ。俺らBREEZEって高校の時からこんな凄い演奏出来てたっけ?

 

ライブの予選大会は順調に進み、もう6組の演奏が終了していた。

 

 

-ピンポンパンポーン

『ライブ大会をお楽しみの所申し訳ありません。予定を変更しまして次の出場バンドはBREEZE ASPECT(ブリーズ アスペクト)。BREEZE ASPECTとなります』

 

 

BREEZE ASPECTだと!?

 

「ね、ねぇ。拓斗くん…」

 

「ああ…」

 

梓もこのバンド名を聞いてピンと思ったんだろう。

BREEZE ASPECT、直訳したら"そよ風の側面"?いや、"そよ風の様相"か?

どっちにしろBREEZE(おれたち)を意識して名付けたに違いない。

 

鬼先の言っていた俺達を越えそうなバンドか…。

正直、これまで出場したバンド各々が俺達を越えてもおかしくないとは思ってはいたが、鬼先お墨付きのバンド。

お前らの実力を見せてもらうぜ。

 

 

『いやー、すみません。本当は私達の出場は次の予定だったんですが…。諸事情で今からが私達の時間だ!

……お前ら!しっかり私達の演奏を楽しめよ!』

 

私達の演奏を楽しめ…か。

面白い。昔のタカを思い出させるようなMCじゃねぇか。

見せてみろ!BREEZE ASPECT(おまえら)の演奏を!

 

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

 

\\ワァー!//

 

『ありがとうございました!』

 

確かに今の奴らの演奏は凄かったが…。

 

「た、拓斗くん…今の子達って」

 

やはり梓も気付いたか。

 

「ああ。2曲ともカバーだったし。カバーもクリムゾンの曲だったよな」

 

「だ、だよね?確かinterludeの曲だよね。さっきの」

 

「鬼先の言ってた俺達を越えそうってバンドじゃなさそうだな」

 

「うん、確か歌も演奏も上手かったけどね。

それに鬼島先生の話じゃ今年の新入生って事だったけど、あの子達この学校の制服じゃないし」

 

ああ、そういやそうだな。

さすが学生の文化祭って事で、出場するバンドはみんな自分達の制服だもんな。

 

 

『続きましてのバンドも順番が入れ替わりまして、T・A・K・A(ティーエーケーエー)なります』

 

 

T・A・K・Aだと!?

そのまんまタカじゃん!

BREEZEをリスペクトって鬼先は言ってたけど、結局タカだけなのかよ!?

 

「……って思ったけど、あいつらも鬼先の言ってたバンドとは違うみたいだな」

 

「ん?拓斗くんは何を思ったの?

この学校の生徒さんじゃなさそうだし、みんな楽器も持ってないし…8人も出てきたけど」

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「まさかの全員ボーカルだったな」

 

「姫咲ちゃんが、ちゃんとバンドかどうかも審査してるって言ってたけど、この子達どうやって審査を通過したんだろうね?」

 

全員ボーカルではバンドとしてダメって事はないんだが、演奏もないしこれは本当にバンドとして良かったんだろうか?

 

 

 

『次が本日最後のバンドの演奏となります』

 

結局、あの後はこの学校の制服を着たバンドは登場しなかった。

って事は次のバンドが、鬼先の言っていたバンドか。

 

『次は『Break Bell(ブレイク ベル)』の予定なんですけど…えっと、大丈夫ですか?』

 

ん?大丈夫ですか?って何だ?

 

『は、はいはーい!大丈夫です、大丈夫です!』

 

そう言ってステージに上がって来た3人の女の子。

3人はこの学校の制服を着ていた。

って事は鬼先の言っていたバンドってのは、きっとこいつらの事なんだろうな。

 

3人は特に急ぐような様子もなく、ゆっくりと楽器のセッティングをしていた。

ギターとドラムとベースのバンドか?

と、思っていたが、ステージの中央にもう1本のギターがソッとセッティングされた。どういう事だ?

 

『あ、あはは。準備に時間が掛けちゃって、本当にごめんなさい』

 

ギターの女の子が前に出てみんなに謝っている。

 

『じ、実はうちらのボーカルの子が友達のピンチだからって飛び出して行っちゃって…』

 

『出場時間までには戻るって言ってたけど、それで自分らが今度はピンチになってたら世話ないってのに…』

 

ギターの女の子の言葉にベースの女の子が割って入った。

 

『で、でもさ?それがあの子のいい所じゃん』

 

『ま、そうだけど…さ』

 

『ってそんな訳で~。皆さんちょっとだけ時間稼ぎに付き合って下さい♪』

 

時間稼ぎって言ったぞあの子。

 

『あ、あはは…。あ、そうだ!私達のバンド名!Break Bellっていうんですけど、おかしくありません?直訳すると"鐘を壊す"って言うか…』

 

『それって結月がやる予定のMCじゃ?』

 

ドラムの女の子がギターの女の子に対して声を掛けた。

ボーカルの子の名前は結月っていうのか。

 

『ま、まぁそうだけどさ?あ、そ、それでですね。私達のボーカルってお寺の子なんですけど、昔から鐘の音が好きでして。

それで"あたし達のバンド名はBreak Bellにするよ。Breakって活発なって意味の英語みたい。活発な鐘の音って意味を込めてBreak Bell!"とか言い出して~』

 

『私はその時にも"Breakは壊すって意味よ。活発なって意味にしたいのならBreakではなくBrisk(ブリスク)ね"と、言ったのに…』

 

『そうそう。なのに結月はこないだのデビューライブの時もBriskじゃなくてBreakで登録しちゃうし、MCの時もBreak Bellって力強く言っちゃうし…あのバカの子は本当に…』

 

『で、でもさ?そこがあの子のいい所じゃん?』

 

『『いや、そこはダメな所でしょ』』

 

英単語のミスだと…。

そこはタカとは全然違うな。

 

「ふぅん、そういう所はタカくんとは似てないなぁ。タカくんなら、え?神経質過ぎない?ってくらい英語調べまくるし」

 

そうだな。むしろそういう所はタカより梓に…。

いや、ダメだ俺。これ以上考えるな。

 

…それからしばらくの間、ボーカルが現れる事はなくMCが続いた。

時折会場にも笑いが起こったり、盛り上がったりもするMCではあったが、そろそろ飽きてくる観客も出てきている。

 

「すごいねあのギターの子。MCを観客が飽きないように試行錯誤して、場を盛り上げて」

 

「ああ。タカに振り回されてた時が懐かしいぜ。俺かトシキか英治、俺らん中にあの子くらい機転の利いたMC出来るヤツがいたら良かったのにって思うぜ。あのベースの子とドラムの子のツッコミも絶妙だしな」

 

「うん。だけど…」

 

「ああ。ちっと長すぎるな。会場の中には飽きてきちまってる奴らもいる」

 

「MCだけで伸ばすのは、そろそろ限界だね」

 

そうだな。

確かにこれ以上MCを延長しても、観客の心を繋ぐ事は無理だろう。

MCは見事だが俺達ん時ならセッションやソロやったりと色々と手段もあったんだがな。

 

タカは遅刻ってのはなかったけど演出の為とか言って、わざと遅れて来てやがったからな。

そのおかげで変なスキルばっかり身に付いてしまったな。

 

『って訳でして~。あは、あはは…(うぅ…もう限界だよ…早く来て結月…)』

 

『ほら、もう観客も飽きちゃってるって(あのバカ…早く来なさいよ)』

 

『……(そろそろ限界ね)』

 

さぁ、てめぇらこっからどうする?

そう思っている時だった。

ドラムの女の子がステージの前に出てきて俺達観客に向けて頭を下げた。

 

『皆様、ここまでお待ちいただいて申し訳ございません。…諸事情でボーカルが遅刻してまして、このまま待っていても時間が経つばかりでライブをする事は叶わないかと思われます』

 

『ちょ、ちょっと…もうちょ…』

 

『確かに…もう引き際ね…』

 

なるほどな。確かに引き際か。

これ以上オーディエンスを待たせてライブをやっても盛り上がる保証もねぇ。

いや、下手な演奏になっちまったらブーイングの嵐だろう。

リタイヤするのが得策だろうな。

 

「拓斗くん…」

 

「ああ…残念だな」

 

『私達Break Bellは残念ですが、このライブ大会を棄権させて…』

 

「棄権はしないよ!!」

 

俺達の後方。

ステージ側から反対の校門側から大きな声が聞こえた。

 

「ハァ…ハァ…棄権はしない!!演奏始めて!!」

 

『『『結月!』』』

 

『ど、どうする?結月、演奏しろって』

 

『やるしかないわよ!やるわよ!』

 

『そうね。あとは結月に任せるわ』

 

-ドンドンドンシャン…ギューン…

 

ステージに居る3人が演奏を開始し、それを確認した結月と呼ばれる女の子が観客席の中をステージに向かって走り出した。

 

その結月と呼ばれる女の子が俺達の橫を通り過ぎる時、俺はその顔を見て驚いた。

 

「ま、真奈美!?」

 

「え?」

 

俺に真奈美と呼ばれた女の子は一瞬立ち止まり、俺の方へと顔を向けた。

 

『結月!』

 

『結月!早く来なさいよ!』

 

「う?え?…あ」

 

ステージの上から結月と呼ばれる女の子。

その子は目の合った俺に一瞬頭を下げて、再びステージへと走って向かった。

 

「拓斗くん…今の子の事…真奈美って」

 

「あ、ああ。真奈美に…似てたから…ついな」

 

と、梓にそこまで返事してハッとした。

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!

俺とした事が梓の前でうっかり真奈美の名前を…!

 

「ヘェ、アノ女ノ子。真奈美チャンッテ子二似テルンダ?」

 

三咲にも命が…いや、地球が滅んで欲しくないなら梓と澄香の前では真奈美の事はタブーだと言われていたのに…。

 

 

真奈美…。

タカ達と同中じゃなかった俺は親しい訳じゃないが、俺達BREEZEのライブにたまに来てくれていた。

本当にたまにしか来てやがったなかったけど。

 

タカとトシキ、三咲と小学校からの仲で、タカの初恋の女の子。

ってもタカはチキンだから告る事もなく、高校も別だった事もあるからか疎遠になって…。

BREEZEの初ライブに招待したら彼氏と来たという面白エピソードの立役者だな。

 

だが梓と澄香にとっては…って事だな。

 

「ふぅん、タカくんのタイプはあんな感じか。確かに可愛い。

いや、でもあたしも澄香もまだ負けては…いや、確かにあの子可愛いな」

 

あ?あれ?

もっと怒り狂ってこの学校くらいなら一瞬で焼け野原にしちまうと思ったんだが…。

 

「どしたの?拓斗くん」

 

「あ、いや…真奈美の事…梓も知ってんだなって思ってな」

 

「あ~…まぁね。タカくんにもトシキくんにも英治くんにも三咲ちゃんや晴香ちゃんからも聞いた事あるしね」

 

いや、それ俺以外の真奈美を知ってる人全員じゃねぇか。何やってんのあの人達。

それより俺に注意してきた三咲にも聞いた事あるの?

 

「まぁタカくんの初恋の人ってので、ちょっとジェラッちゃう事もあったけど別に付き合ってたとかじゃないし。あたし達と出会った頃にタカくんが好きだった人は香保さんだったし?」

 

ああ、確かにな。真奈美が彼氏を連れて来たライブの後、タカは泣きながら旅に出ちゃった逸話もあるにはあるが…。

その後もタカのファンとかカッコいいとか言ってきて、その気になりかけてたタカを見事にフッてタカを女性不信にした女の子達もたくさん居るしな。

 

てか、タカが実は香保さんに惚れてた時期がある事をこんな所でバラしちゃうの?

 

「でもあたしにとっても澄香にとっても本当の敵は、多分未だにタカくんの心に残ってるあの子だし」

 

タカの心に残ってるあの子?

ああ…あいつの事か?梓に言われるまですっかり忘れちまってたぜ。

確かに女性不信に陥ってたタカを惚れさせ…。

 

いや、待て…誰だその女?

確かに記憶にはある。

だが顔も声もエピソードも何も思い出せねぇ…。

 

「あはは。って言っても、あたしも澄香も会った事あるハズなのに、その子の名前どころか顔も声も…どんな子だったのかも全然思い出せないんだけど。やっぱり歳かなぁ?昔の事だから思い出せない事いっぱいあるよ」

 

梓もなのか?

確かにタカが惚れて…そいつを守る為になんなかんややったって記憶はある。そいつも確か音楽やってて…本人は否定してたが、俺達まわりから見たらあからさまにタカの事が大好きで…。なのに何故タカと結ばれなかった?何で思い出せねぇ…トシキや英治なら覚えてやがるかな?

 

「あ、そだ。こないだなっちゃんに昔の事話してる時も、どうしても思い出せない事があったんだよね。

拓斗くんは覚えてる?香保さんって雨宮さんの事嫌いだったじゃん?香保さんって何で雨宮さんと結婚したんだっけ?」

 

あ?香保さんが雨宮さんと結婚した理由?

確かあの2人は昔からのライバル同士でって感じだったが、香保さんも本当は嫌いって言って振り回して…振り回されてる雨宮さんの事を好きって言って…。

 

確かに何でだ?

そんな香保さんが何故、折れて雨宮さんと付き合う事にして結婚した?

俺もクリムゾンとの戦いが長いせいで色々忘れちまってる事が多いって事か?

 

「香保さんが雨宮さんの気持ちに応えたきっかけがあったハズなんだけど、どうしても思い出せないんだよね~」

 

『す、すみません!皆さん!お待たせしました!タクシー飛ばしたんですけど、途中でお金足りなくなりそうで走って来たから…』

 

「あ、始まるみたいだね」

 

いつの間にか結月と呼ばれる女の子はギターを提げてステージに立っていた。

 

『だけど待たせちゃった分、しっかりと盛り上げてみせるから、あたし達のステージ、楽しんで!』

 

そう言ってギターを弾く結月とやら。

その結月と呼ばれる女の子の音に合わせて、まわりの演奏も激しくなった。

 

『聴いて下さい!『 Ring a Bell(リング ア ベル)』!』

 

-ドン!ドン!ドンシャン!

 

タイトルコールの後、さらに演奏が激しくなり、ボーカルの子の歌が始まった。

 

 

-ビリビリビリッ

 

 

身体中に電気が走ったような感覚。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

演奏も高校生とは思えないくらいのレベルだが、この子の歌声はそれ以上に…。

鬼先の言っていた BREEZE(おれたち)を越えるってのも納得しちまいそうになるぜ。

 

「凄いねこの子の歌声。まるで…」

 

「ああ。タカや…大神さんを思い出させられるな」

 

「うん。周りの楽しい雰囲気ごとズドンと心に入り込んでくる感じ。あはは、拓斗くん変なの。泣いちゃってるし」

 

「あ?な、泣いてねぇし!そ、それにタカや大神さんの歌声思い出すってもまだまだだ。演奏も俺らの方がまだ上手かったしな!って…梓も涙出してんじゃねぇか」

 

「え?…あれ?本当だ。変なのあはは」

 

別に俺も梓もこのBreak Bellの演奏に感動した訳じゃねぇ。いや、少しは凄いと思ったし感動もしたにはしたが。

 

この子の歌声を聴いて、俺も梓もタカと大神さんを思い出して感極まっただけだ。

いや、待って。タカも大神さんも元気だから。

タカに至ってはまだアホみたいに元気に歌ってるし。

 

しかし、あの頃を思い出すような歌声に俺も梓も酔いしれていた。

 

 

♪~

♪♪~

♪♪♪~

 

 

「どのバンドの子達も凄かったね。これからの音楽の世界も楽しみだよ!うんうん!」

 

「ああ。そうだな」

 

「あの子達の未来の為にも、やれる事なんて些細な事だけど…お父さん達のクリムゾンエンターテイメントだけは何とかしなきゃ。今度こそ…」

 

「ああ…そう…だな」

 

お父さん達のクリムゾンエンターテイメント…か。

お前もタカ達も本当はクリムゾンエンターテイメントとは関わらせたくないんだけどな。

 

「拓斗くん。もしかしてさっきのBreak Bellの子達を探してる?」

 

「ん?あ、ああ。まぁな。鬼先の事もあるしちょっと声を掛けておきたかったんだが…」

 

ライブ大会の予選の後、しばらく帰らずにBreak Bellの子らを探してみたが、残念ながら見つけることは出来なかった。

 

「やっぱりね。でもまさか2曲目にBREEZEのヴァンパイアを歌うとはね」

 

「ああ。俺も驚いたよ」

 

さすがに俺も驚いた。

いや、あの子のバンドメンバーも驚いてたけどな。

 

 

 

 

『ありがとうございました!Break Bellで"Ring a Bell"でした!』

 

\\ワァー!//

 

『ほら、結月。チャチャっと次の曲いくわよ』

 

『待ってよ。せっかくMCも考えてきたんだし。えっと、あたし達のバンド名って実は…』

 

『ごめん、結月。それ私がやっちゃった』

 

『…え?何で?』

 

『何でって、結月が遅れて来るからでしょう』

 

『あ、そっか…ごめん。あ、それじゃ、あたしって実はお寺の子なんですけど、メンバーのみんなは昔からの檀家さんの子で…』

 

『結月。それもやった』

 

『私達が幼馴染みでーって所までやっちゃった』

 

『…え?何で?』

 

『あなたが遅れてくるからよ』

 

『ちなみに当初予定してたMC全部やったから』

 

『ご、ごめんね結月』

 

『遅れてくるからよ。次の曲に入りましょう』

 

『…だ、だったら、つ、次の曲いきます…』

 

\\ワァー!//

 

『ほら、結月。タイトルコール』

 

『わ、わかってるよ。次の曲はカバー曲です!』

 

『『へ?カバー曲?』』

 

『どういう事?』

 

『聴いて下さい!BREEZEでヴァンパイア!』

 

『『は!?ヴァンパイア!?』』

 

『?本当にどういう事?』

 

 

 

 

あんな感じだったのにまさか見事にやりきるとはな。

 

「あたしも会って話してみたかったけどね」

 

「ま、こんだけ待っても見つからないんじゃしょうがねぇ。あいつら学生だしライブの後は文化祭を楽しんでるかもしれねぇしな」

 

「そうだね。あの子達がバンドを続けてたら…ううん。きっと予選突破して決勝大会でまた会えるよ」

 

「俺もそう思う。明日も他のバンドの予選はあるが、あいつらならきっと予選突破するだろうな」

 

「うん!」

 

梓の言う通りまた近いうちに会う事になるだろう。

そうして俺と梓は明日に備えて帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

「って!結月それマジ!?」

 

「うん、間違いないよ。観客席に拓斗さんと梓さんが居た」

 

「そんな事より、貴女達も手を動かしなさい。遅れて来た責任で今日の片付けは私達がやる事になったんだから。早く帰りたいでしょう」

 

「そんな事よりって何よそんな事よりって!あたしの最推しの拓斗さんが居たのよ!?あああああ!まさかあたしのまだ下手くそなベースの演奏を拓斗さんに聞かれてしまうとは!!」

 

「きっとまた会えるよ、決勝大会で。ね、結月」

 

「うん。今日は遅れちゃったけど、最高の演奏がやれた。決勝大会にいけるよ、あたし達はきっと。

それより拓斗さん…あたしを見てお母さんの名前を呼んだよね?お母さんの事…覚えてるのかな?」



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第4話 ライブ大会の予選のお話

「とうとう文化祭の日がやって来たね!」

 

「仕事の一環ではあるけど、渚と一緒に文化祭まわれる事になって良かったよ」

 

「だよね!木南さんや先輩と一緒だとザ・仕事!って感じが抜けないだろうけど、奈緒と一緒なら楽しいだろうしね!」

 

私は佐倉 奈緒。

秋月グループの 権力(ちから)を存分に発揮した姫咲ちゃんのおかげで、私達は仕事という形で文化祭を楽しめる事になりました。

もちろん仕事ですのでちょっとした雑務はあるんですけど、基本的には文化祭を楽しめるスケジュールになっています。

 

雑務の中には音楽大会を観る事も含まれているんですが、妹の美緒も音楽大会には参加しますし、元々観たいと思っていたので、私的にはとてもラッキーです。

 

ただそれにしても…。

 

「お~。この学校の文化祭では一般参加もオッケーな大食い大会も開催されるのか~。あたしこれに参加したい~」

 

「うーん、あたしは大食いってのはさすがにパスだけど、時間的にも余裕あるし盛夏が出るなら応援しよっかな」

 

「盛夏も香菜もはしゃぎ過ぎよ。奈緒と渚は一応仕事という形で文化祭に来ているのよ。2人の邪魔をする訳にはいかないわ」

 

何で盛夏と香菜と理奈も居るんでしょう?

 

「てか、何で盛夏と香菜と理奈が居るの?」

 

あ、渚が聞いてくれました。

 

「奈緒がこの学校の文化祭担当だと聞いた訳だし、もしかしたら予選にGlitter Melodyが出るかもと思って来ただけよ」

 

「あたしは~、せっかくの文化祭だし奈緒と遊びたかったから~」

 

「あたしは理奈ちも盛夏もこの学校の文化祭に行くって言ってたから何となく」

 

盛夏ったら何て可愛い事を言ってくれるんでしょうか。

危なく抱きつく所でした。

 

「そっか。なるほどね。でも美緒ちゃん達のGlitter Melodyの予選会場ってこの学校なのかな?奈緒は聞いてる?」

 

「うーん、結局家を出る時も教えてくれなかったんだよ。一応どのバンドがどの学校で予選をするのかは、そのバンドのファンが殺到してもって事で内緒にしとくように言われてたみたいでね。でも『あ、でも理奈さんが聞いてくれたら理奈さんには教えちゃうかもはぁはぁ』とか言ってたよ?」

 

「そうなの?だったら美緒ちゃんに直接聞いたら良かったわね」

 

美緒も何で家族の私には頑なに教えてくれなかったのに、理奈には教えちゃうかもなんでしょうか。

愛の差かなぁ…。お姉ちゃんは寂しいです。

 

「ねぇねぇ~。それよりあたしはこの大食い大会に参加してよき~?」

 

あ、そうでした。

大食い大会は確かライブ大会が行なわれる時間までに終了予定だとかで、午前中に行なわれるんでしたね。

盛夏の希望なら私は聞いてあげたいんですけど…

 

「私的には雑務も問題ないし大丈夫だよ。渚の方はどう?」

 

「うちの雑務もライブ大会の後にやっちゃえばいい感じだし大食い大会に出たいなら別にいいよ」

 

「私も目的はライブ大会な訳だし、盛夏が出たいのなら問題ないわ」

 

「あたしもさっき言ったけど全然オッケーだよ」

 

「わぁいわぁい♪やったー!

絶対優勝するぞぉ~!あたしが優勝したら優勝賞品の温泉旅行はこの5人で行こうね~。ちょうど5人分のチケットらしいし~」

 

え?優勝賞品の温泉旅行?

わ、ホントです!優勝者には温泉旅行2泊3日を5名分プレゼントって書いてます!

盛夏にはめちゃくちゃ頑張ってもらいたいです!

 

「とうとう私の本気の応援を見せる時がきたね!」

 

「温泉か~。あたし行きたい所あるんだよね~」

 

「温泉…温泉と言えば日本酒…盛夏、応援しているわ」

 

私もですけどみんなどれだけ温泉に行きたいんでしょう。しかも参加せずに応援だけとは…!

まぁ、盛夏が出場するなら私達の優勝は無理でしょうしね。

 

「そもそも高校生の文化祭で大食い大会とか温泉旅行が賞品とか凄いよね。私の学校なんて大した事してなかったよ?関東と関西の差?」

 

「うちも似たようなもんだったよ。定番のお化け屋敷とかカフェとか、ちょっとしたゲームとか?」

 

「私の学校には文化祭なんてあったかしら?」

 

「そりゃいくら何でもあるんじゃないの?私はぼっちだったし、学生生活とは無縁だったから私のクラスが何をしたのかすら覚えてないけど」

 

「理奈も奈緒も特殊な学生生活だったもんね~」

 

特殊!?特殊って訳じゃないですよ!?

ただすべての事に無関心だっただけで!

 

それから大食い大会の参加申請をして、少しぶらぶらと学生さん達の催し物を見てまわりました。

こうやって色々見てまわってると、私も学生時代にちゃんと文化祭を楽しんでたら良かったなぁ。

って気持ちがなくはないのですが、学生時代を思い出すと微塵も感じなくなっちゃいました。

 

あ、でも今のファントムのみんなで何かするってのは楽しそうです。

企画バンドで…ってのなら、日奈子さんや手塚さんに頼めば何か面白い事やってくれそうですけど。

 

「お、そろそろあたしは大食い大会の時間だぁ~。あたしは1人寂しく戦場に向かいますぅ~。って訳で応援よろしくね~」

 

「あ、もうそんな時間なんだ?私達も応援しっかりするからね!」

 

「特等席で応援してるからサクッと優勝決めてきてよね」

 

「ほ~い。では行ってきますぅ」

 

私と香菜から労いの言葉を貰い、盛夏は戦場へと旅立つのでした。

 

「ねぇ理奈」

 

「渚?何かしら?」

 

「盛夏ってさ。さっきぶらぶらしてる間も焼きそばとかお好み焼きとかフランクフルト食べてたけど大丈夫なのかな?」

 

「その合間にクレープと唐揚げも食べてたわよ。私も香菜に大丈夫なのか聞いたのだけれど、『え?大丈夫じゃない?盛夏だし』と言っていたわ」

 

「飲み会の時もよく食べるなぁとは思ってたけど、あれだけ食べて何であのスタイルを保てるんだろ?」

 

「本当に理不尽よね」

 

 

 

 

私達は盛夏と別れた後、大食い大会の会場に向かいそれなりに良い席をゲットする事が出来ました。

 

それなのに私達の席の隣に座って来た人が…。

 

「いやー、まさかこんな所で奈緒ちゃんと理奈ちゃん、渚ちゃんに会えるとは!これって運命感じちゃうよね!香菜ちゃんとはちゃんと話するのは初めましてだね」

 

「な、なんでヒデさんがこんな所に居るんですかね?」

 

「私は先日の件をまだ許した訳ではないわよ?」

 

「今日は香菜が居てくれてるから、私はヒデさんの相手しなくて良さそうだよね」

 

「ファントムでも絡んでなかったし、飲み会の時も席は離れてましたもんね。でも、この3人に手を出したらタカ兄に◯されちゃいますよ?」

 

貴に◯されるのか何ですかね?

ってか、ヒデさんが私達に手を出したりする訳ないじゃないですか。

今でもずっと澄香さんを想ってるって話ですし。

 

「それで?ナンパと新しい事務所のバンドメンバーの勧誘に忙しいはずの秀さんが、何故高校の文化祭なんかに来ているのかしら?」

 

「あ、あはは。手厳しいなこりゃ。あ~、俺の事務所でバンドをやってくれるメンバーはまだまだ募集中ではあるんだけどね。うちの唯一のバンド。

そのバンドメンバーのボーカルが所属してるバンドが今回のこのライブを解散ライブにするみたいでね」

 

「解散ライブ?ですか?」

 

「うん。そのバンドの子達は高校3年なんだけどね。

ボーカルの子以外はこれから大学受験とかで、バンドをやっていくってつもりはないみたいで。本気で音楽だけやっていきたいってボーカルの子だけをうちにスカウトしたんだよ」

 

「それはボーカルの子には寂しい話ですね」

 

「あはは、まぁボーカルの子以外は正直、メジャー狙ったりもしてないし、今はまだデュエルギグで勝てる程のレベルでもないしね。みんな学生時代の楽しい軽音部ってつもりでやってたみたいなんだよ。あ、もちろんその子達も一応うちにスカウトはしたんだよ?設備もそれなりに整ってるし講師もちゃんと居るしね。それでもやっぱり…断られてね」

 

そうなんですね。

それでもこれからはバンドをやるつもりがないなら強制は出来ませんもんね。

バンドや音楽って楽しんでやるものですし。

 

でもヒデさんの事務所。

昔に貴達に潰されて、その後Blue Tearの事務所を作るもクリムゾンエンターテイメントに潰されて…。

それから1年も経ってないのに、それなりに整った設備と講師を用意出来るなんて結構凄いんですね。

 

「それでそれで?何で大食い大会の客席に居るんです?」

 

「ああ、それね。それは俺も香菜ちゃん達に聞きたいとこではあるけど、俺の場合はそのバンドのプロデューサーの子がどうしてもこの大会に出たいって言うからさ」

 

「へぇ。私達も大食い大会に盛夏が出たいって言うからそれで」

 

「え?盛夏ちゃんが出るの?マジで?大食いじゃ誰も盛夏ちゃんに敵わないんじゃないか…?」

 

あれ?確かにこないだの飲み会でも盛夏はめちゃ食べてましたけど、大食いじゃ誰も盛夏に敵わないって程食べてましたっけ?

 

『お待たせしました!それでは大会参加者の20名の方の登場です!

まずはエントリーナンバー1!"我が校相撲部のエース!大山田 小太郎選手!"』

 

私達がお話をしているとアナウンスの方が大会参加者を1人ずつ紹介してくれました。参加者って20人も居るんですね。

あの二つ名みたいなのは誰が考えているんでしょう?

ってか初出の人名なのにルビが振られてないって事は、ちょい役なんでしょうね。

 

それから数人の紹介が終わり、盛夏の番になりました。

 

『続きましてはエントリーナンバー13!"見よ!当方は淡く萌えている!蓮見 盛夏選手!"』

 

あ~、これ東方不敗の『見よ、東方は赤く燃えている』のパロですね。考えたの盛夏だろうなぁ。

 

『続きましてエントリーナンバー14!"滴る涙は露草か! 六堂 凛(ろくどう りん)!"』

 

「え?六堂 凛って…」

 

-ざわざわ…

 

「え?本物?」「りんりんが何でうちの学校に…」「うぉぉぉ、本物のりんりんだ…!」

 

まわりもざわめいてますね。

そりゃそうでしょうね。私でも知っています。

 

元Blue Tearの六堂 凛。通称りんりん。

歌では架純ちゃんや優香ちゃん、瑞穂ちゃんの方がセンターという事もあり、一際秀でていましたが、りんりんさんもしっかりとソロパートがありました。

でもそれ以上にりんりんさんが凄かったのがダンス。

 

りんりんさんのダンスはセンター3人組も敵わない程の圧倒的なパフォーマンス力がありました。

それでしっかりとファンを掴み、Blue Tearの中でも人気はトップの方でした。

そしてBlue Tearのキャプテンだった人です。

 

「結衣や架純さんをいつも間近で見てるし、元アイドルのオーラには馴れたつもりだったけど、やっぱりりんりんも凄いオーラだねぇ」

 

「六堂さんが大食い大会に参加している。つまり、秀さんの言っていたプロデューサーが彼女って訳ね」

 

「ああ。凛はBlue Tear解散後も紹介した事務所に行かず俺の手伝いをしてくれててね。本来なら凛も新しいバンドのボーカルになってほしかったんだけど、本人の希望でバンドのサポートとプロデューサーをしたいってね」

 

へぇ~、そうなんですね。

せっかく歌もダンスも凄いのに勿体ない気もします。

 

「ま、今となってはサポートとプロデューサーをしつつ、今のバンドのサブボーカルとしてステージに立ってもらいたいと思ってるけどね。そうすれば凛の希望も叶えてやれるし」

 

なるほど。メインボーカルとしてじゃなく、サブボーカルとしてって事ですか。

音楽の方向性にも寄るんでしょうけど、ツインボーカルもかっこいいですよね。

 

『さぁ!それでは早速大食い大会のスタートです!ルールはたった1つ!制限時間内に運営の用意した10品の料理を、一番最初に全て食べきった人が優勝です!制限時間を越えても10品全てを食べきれなくても優勝は出来ません!もちろん料理にも各々制限時間はございますのでご注意下さい!さぁ!これよりスタートです!!』

 

…って待って下さい!

それって時間内に全部食べきれなかったら優勝者は無しって事ですか!?

 

「なるほど。運営は最初から誰も優勝させるつもりはないという訳ね。豪華な優勝特典もこれで納得がいったわ」

 

「え?理奈ち。それってどういう事?」

 

「制限時間内に全ての料理を最初に食べきった人が優勝。つまり、盛夏ちゃんが参加者の中で一番多く食べても、運営の用意した料理を制限時間内に食べきれなかったらアウトって事だよ。それとは別に各々の料理に対しても制限時間はあるからそれもクリアしないとアウトって事かな」

 

「え!?それってずるくない!?」

 

香菜も渚もわかっていなかったのかヒデさんが説明してくれました。

確かにこんなのずるいと思います。

盛夏は大食いでも早食いではないですしね!

 

でも盛夏ならやれちゃうんだろうなぁ~。

 

『それでは!最初の料理の登場です!まずは当校の相撲部からご自慢のちゃんこ鍋の登場です!制限時間20分の間に5人前を食べていただきます!』

 

「ちゃんこ鍋5人前を20分!?」「無理だろ普通!」「元アイドルのりんりんに何て量を!」「ごっつぁんです!」

 

会場からはブーイングらしきものが飛んではいますが…。

 

「いやぁ、制限時間あるとはいえ、ちゃんこ鍋5人前程度なら盛夏なら余裕っしょ」

 

「凛も大食いだからなぁ。これくらいなら大丈夫かな」

 

「さすがに美味しそうなちゃんこ鍋が運ばれて来たわね。とても日本酒に合いそうだわ。ねぇ、渚」

 

「わかってるよ理奈。今度志保に頼んでうちで鍋パしよう」

 

「わ、いいなそれ。私もお呼ばれしたい」

 

私達は盛夏なら余裕だろうと思っていました。

 

しかし、私達のこの余裕という想いは過信だったのです。ちゃんこ鍋が運ばれて10分ちょっと経った頃、盛夏の箸は止まってしまいました。

 

「え!?盛夏!?お鍋5人前くらいで箸が止まるなんで!」

 

「まさか!?体調が悪いんじゃ!」

 

「え?5人前って結構な量だよね?」

 

「そうね。この学校の1人前がどの程度かはわからないけれど、高校の相撲部員の5人前だものね」

 

まさか本当に体調が悪いんじゃ…。

 

『あの~…すみませ~ん』

 

『お、蓮見選手?どうされました?さすがにギブアップですか?』

 

『いえいえ、お鍋のシメは何かなぁ?って思いまして~。ぞうすいにうどんにチャンポン。シメ次第でお出汁の量も調整したいので~』

 

え?シメ?

 

『シメ…ですか?すみません、シメは用意してませんでして…』

 

『ふぇぇぇぇぇ…』

 

『あ、思い付きました!もしご希望でしたら、ご飯はたくさんありますので、ぞうすいにしてもらってもいいですよ。そのかわり、ぞうすいを追加した場合も制限時間の延長や次の料理が少なくなるとかはございませんので』

 

『わぁ~い!やったぁ!それじゃぞうすいの追加をお願いします~』

 

思い付きましたって何ですかね!?

てか、盛夏はそのルールでぞうすいの追加をお願いしちゃうの!?いや、盛夏だから大丈夫そうですけど!

 

『なんやって!?しもうた!ぞうすかば追加出来るなら出汁ば残しとったら良かった…!もう全部飲んでしもうたばい…!あっ…』

 

周りが一瞬シーンとしました。

今のって博多弁?九州弁?ですかね?

盛夏の隣で大食いチャレンジをしているりんりんさんの発した言葉でした。

 

「そういやりんりんってBlue Tearのリーダーなのに、テレビでもライブでもあんまり喋らないって…」

 

「そうなんだよね。あれが凛のボーカルをやらない理由。台本通りなら大丈夫なんだけど、緊張したり興奮したり、突発的な発言では地元の言葉が出ちゃうみたいで…。普段は標準語で話すように気をつけてはいるみたいなんだけど…」

 

「えー?梓お姉ちゃんもライブの時は普通に関西弁だったし別にいいと思うんだけどなぁ。博多弁も可愛いし」

 

「渚も普段もMCも関西弁が出ないように気を付けてるじゃない」

 

「あ、渚ってわざわざ気をつけてたんだ?」

 

「Artemisの梓ってボーカルはずっと関西弁だったって事も伝えてはいたんだけどね。本人は恥ずかしいみたいで。おかげでMCはほぼ架純と優花に任せっきりだったしな」

 

まあ、私も方言とか気にせず気楽にやればって思いますけど、本人が嫌ってなるとどうしようもないですもんね。

 

それにコンプレックスって周りがどうってより、自分がどうって感じちゃうものですしね。

貴みたいに周りに言われ過ぎてコンプレックスの塊になっちゃうのもどうかと思いますけど…。

 

それから盛夏もしっかりとちゃんこ鍋を完食し、20人も居た参加者も8人が脱落し、その後の特大カツ丼や超大盛パスタ、スペシャルラーメンなどが続き、次が9品目となりました。

 

ここまでで残った大会参加者は盛夏とりんりんさんと、紹介すらなかった一般人の人。

ちなみに最初に紹介された大山田って人は、最初のちゃんこ鍋で脱落してました。

 

「次でやっと9品目の料理か…」

 

「盛夏はもちろんとして、しっかりりんりんも残ってるのが凄いよね~」

 

「それより私は思ったのだけれど…」

 

「ああ、さっきのスペシャルラーメンだよね?謎の小さいOLとその友達のベースケースを背負ったJKが、死んだ魚の目をしたおっさんが食べきれない程のラーメンを監修しましたって、美来お姉ちゃんと美緒ちゃんと先輩みたいだよね?」

 

「やっぱり理奈も渚もそう思いますよね…。美来さんはともかくうちの妹は何やってんでしょう…。貴も死んだ魚の目をしたおっさん呼ばわりとか…」

 

本当に何なんでしょうこのお話…。

 

『さぁ!続きましては9品目!近所の大学の学食からご協力いただきました"学生さんもギブアップ!超ウマカラカレーライス"です!しかも今日に限りの特別限定でいつもの量の1.5倍です!』

 

は!?この土壇場でいつもの量の1.5倍ですか!?

 

「あ、これうちの学食のカレーじゃん?」

 

「盛夏ならこれは余裕ね。いつも3杯は食べてるのだし。それも予算の都合で3杯で我慢してるって涙ながらに言ってるものね」

 

カレーは盛夏の得意分野ですし全然余裕でしょうね。

あ、ほら、思った通りです。

りんりんさんも一般人の方もちょっと辛そうな表情で食べてますが、盛夏はしっかりおかわりを所望しています。運営の方も涙目になってますね。

 

そして9品目も終了し、とうとう最後の10品目になりました。

 

『さぁ!盛り上がってました大食い大会も次でラストの品目です!正直ここまで食べきれる人は居ないと思っていました!我々運営側の誤算であります!名もなき一般人の方は脱落しましたので、残りは蓮見選手と六堂選手の一騎討ちです!どうしてこうなった!?』

 

やっぱり優勝する人(完食出来る人)は出て来ないと思ってたんだろうなぁ~。

 

『それでは最後の料理の登場です!最後の料理は優勝者を決めるのに相応しいバトルです!皆さんご存知の"カッペヌードル大盛り"!お湯を入れるところからスタートし、制限時間の1分以内に食べきれた人が優勝です!』

 

……は?

 

「ちょ、待ってよ。お湯を入れるところからスタートで1分って…」

 

「カッペヌードルはお湯を入れて3分…。やはり優勝者は出さないつもりなのね」

 

「ダメだな。凛はいつもカッペヌードルを前にすると『普段は固麺が好きばってん、カッペヌードルだけは違うっちゃんね。本来なら3分待つところば5分待って、麺ばデロデロにして食べるとが好きなんばい』って言って5分待ってから食べるからな…」

 

「それ普段から博多弁使ってません?本当に標準語を使うように気をつけてるんですか?」

 

「カッペヌードルを前にして3分待つところを5分も待てるとは…!先輩や美緒ちゃんや美来お姉ちゃんにはそんな忍耐力なさそ~」

 

『さぁ!これよりスタートです!何とかこれで脱落してくれそうで運営側としては安心しております!』

 

このアナウンサーの方って色々ぶっちゃけ過ぎてません?

そしてスタートのタイマーがカウントされてから、運営のお手伝いのような方が、盛夏達の前にあるカッペヌードルにお湯を注ぎ始めた。

 

蓋を閉じてこれから3分待つ事になります。

やっぱり優勝者を出すつもりはなかったんですね。

でも盛夏も思いっきり食べる事は出来た訳ですし、きっと満足してくれてますよね。

 

って思っていたんですが…。

 

 

『ごちそうさまでしたぁ~。ポリポリ』

 

 

『え?は?』

 

タイマーはまだ30秒にも達していません。

だけど、そんな時に盛夏から発せられた言葉は『ごちそうさま』でした。

 

『えっと…あの…蓮見選手?』

 

『ルールに3分待ちなさいってありませんでしたので~。もう食べちゃいました~』

 

『え!?あ!ホントだ!』

 

『そげんルールん穴ばついた事ば…。あ、もう優勝のうなったけん5分待ってから、うもういただきます』

 

本当に方言を使わないように気をつけてるんですかね?

 

『これってあたしの優勝ですか~?』

 

『うぅ…うぅ…はい…蓮見選手の優勝です…』

 

『やったぁー!大食い大会に優勝したぞーっ!ひゃっはーっ!!!!』

 

あ、どうやら運営さんの思惑通りにはいかずに盛夏の優勝に決まったようですね。

盛夏も飛び上がって、天下一武道会で優勝した悟空みたいに喜んでいます。

 

「やった!温泉だ温泉!」

 

「う~ん、どこの温泉がいいかな?あたしはここにずっと行きたいと思ってたんだけど、理奈ちは何処がいいと思う?」

 

「私は日本酒が美味しい所が…とは思うのだけれど、香菜はその温泉旅行の雑誌を何故今日この場に持って来ているの?」

 

 

 

 

「さっすが盛夏だよね!あたしは優勝出来ると思ってたよ~」

 

「まぁ、盛夏より食べる人って身近では見たことないですしね。でもラーメンだけってなると美緒と美来さんがいるかぁ~」

 

「私は正直驚いたわ。まさかここまでとは…」

 

「私も私も!私なら絶対最初のちゃんこ鍋でギブアップだよ」

 

「盛夏ちゃんが出るとは知らなかったから、もしかしたら凛なら優勝出来ると思ってたんだけど」

 

「私も食べる事には自信あったんですけどね。盛夏さんの食べっぷりはびっくりしました」

 

あ、りんりんさんが標準語喋っています。

本当に博多弁にならないよう気をつけてはいるのかな?

 

という訳で、私達は優勝した盛夏の授賞式が終わった後、同じ目的地だからとヒデさんとりんりんさんとも合流して一緒にライブ大会に行く事になりました。

 

それというのも、どうもヒデさんの事務所のバンドメンバーであるギタリストの男の子も、この高校の生徒らしく、ライブ大会を観るのに良い席を取ってくれるとの事でしたので、私達はお言葉に甘えさせてもらう事にしました。

 

「ふぇぇ…まだちょっと食べ足りない~…」

 

「盛夏はまだ食べ足りないの?何で?」

 

「そうなのですね。六堂さんも私達のライブを観てくれてたんですね。ありがとうございます」

 

「いえ、お礼を言いたいのは私もですよ。おかげ様でたくさんの刺激を頂きました。…Canoro FeliceとLazy Windのライブも素敵でした。結衣も架純もまだ演奏は荒いとはいえ、凄いミュージシャンになったと感じました」

 

「結衣って本当に楽しそうに踊るようにギター弾くもんね」

 

「…社長も凛さんも遅いッスよ。って、その方達がファントムのミュージシャンの方達ッスか?」

 

「ああ、(けい)。待たせて悪かったな。

この方達がファントムのミュージシャン。Blaze Futureの奈緒ちゃんと盛夏ちゃん、Divalの渚ちゃんと理奈ちゃんと香菜ちゃんだ」

 

「うす、はじめまして。オレは…」

 

ヒデさんが慶と呼ばれる 二階堂 慶(にかいどう けい)くんに私達を紹介し、また二階堂くんも私達に挨拶をして自己紹介をしてくれました。

 

その後もライブ大会の観賞の為に、私達を席まで案内してくれて、ライブ大会が始まるまで話題が途切れないように、私や盛夏、渚と理奈とか、私達ファントムのメンバー同士の会話も邪魔にならないようにと気遣いまで出来た男の子でした。

 

ですが、自己紹介の後の言葉…。

 

「すみません。オレはBlaze Futureの方達やDivalの方達、Canoro Feliceやevokeの皆さんも凄いミュージシャンだと思ってます。でもオレはやっぱり社長や凛さんの音楽が最強だと思ってますし、Ailes Flammeだけはオレは認められません…」

 

私達に好意は見せてくれましたし、挨拶や言葉遣いも丁寧に接してくれていますが、『Ailes Flammeだけは認められない』その言葉が私にはすごく引っ掛かりました。

 

江口くんも秦野くんも内山くんもシフォンちゃんも。

確かに凄いミュージシャンかと言われれば、駆け出しのミュージシャンという感じはします。

 

でもそれは私達も同じ。

いくら元BREEZEのtakaさんの居る私達Blaze Futureも渚達のDivalもCanoro Feliceも。

最近は登り調子のevokeや大人気のFABULOUS PERFUMEも、プロの方々の足元にも及ばない ミュージシャンと言えるレベルだと思う。

それこそAiles Flammeと遜色もないと言ってもいいくらいです。

 

なのに何故Ailes Flammeだけ…。

 

「おー!そろそろ1組目のバンドが出てくるみたいだね!どんなバンドか今からすっごく楽しみだよ!」

 

「う~ん…あたしはこの2組目のバンドが気になるかも~」

 

「盛夏が気になるバンド?それはどんなバンドなのかしら?」

 

「いや~、気になるっていうか~」

 

盛夏が気になるバンド…か。

どんなバンドなんだろ?でも今は二階堂くんの方が気になります。

聞いてみてもいいですかね?

 

「あ、あの…に、二階堂くん、ちょっといいですか?」

 

「あ、はい。奈緒さ…いや、佐倉さんでしたっけ?なんッスか?」

 

「あ、奈緒でも大丈夫ですよ。Blaze Futureでも奈緒表記ですし。って、それよりもですね。何でAiles Flammeだけ認められないのか私はそれが気になってまして…」

 

「Ailes Flammeの事…スか。まぁ、奈緒さんにとっては仲間ですもんね。実はオレはAiles Flammeのライブは観たことないんスけど…」

 

\\ワァー!//

 

「あ、1組目が出て来ましたね。すんません、続きは1組目が終わった後に…」

 

「あ、ごめんなさい。すみません、全然いいですよ。今は1組目のライブを楽しみましょう」

 

1組目のライブが終わったら教えてもらえるのかな?

二階堂くんの事が気になりますけど、今はライブに集中しましょう。

 

 

 

 

「今のバンドもなかなか良かったね!」

 

「渚ちゃんもそう思う?いや~、思い切ってうちの事務所にスカウトしちゃおうかなぁ~」

 

「社長は何を言ってるんですか。確かにいいバンドでしたけど、余計な予算はありませんよ。今は」

 

1組目のバンドの演奏が終わりました。

渚やヒデさん、りんりんさんが絶賛してるのも頷けるくらい明るくポップでいいバンドでした。

 

「あ、すんません奈緒さん。Ailes Flammeの事…ッスよね」

 

私が感慨に耽っていると二階堂くんから話し掛けてきてくれました。

 

「はい。聞かせて頂けますか?」

 

「はい…オレはAiles Flammeの演奏を観たことないんスけど、江口や秦野、内山やシフォンの演奏は突飛して上手い訳じゃないけど、希望を持つような、元気になるような音楽だって聞いてます」

 

そうなんですね。

でもそれなら何故…。

 

「江口や内山やシフォンには会った事ないんスけど、オレの実家は定食屋をやってまして、オレの両親と秦野の両親は定食屋仲間って事で、昔からいい仲間でありライバルであり、そんな関係だったんスよ。それでオレもガキの頃は秦野とも仲が良かったんスけど…」

 

秦野くんのご両親と二階堂くんのご両親が同じ定食屋仲間?昔から…。

そして秦野くんと二階堂くんも仲が良かったのなら、何故そんな風にAiles Flammeの事を…。

 

「あれは…オレと秦野が親父達の定食屋の師匠である人の所に行った時の事ッス」

 

 

-----------------------------------------------

 

『味皇帝さまー!』

 

『今日も亮と仲良く遊びに来ました!』

 

『ハッハッハ。亮くんも慶くんも元気だな。どれ、今日のお昼ご飯はワタシが直々に振る舞ってあげよう。何が食べたいかね?』

 

『お蕎麦ー!』

 

『おうどんー!』

 

『ハッハッハ。亮くんがお蕎麦で慶くんがおうどんか。残念だけど、どちらかに決めてくれるかな?』

 

『慶、お前うどんを諦めろよ。オレは蕎麦が食べたい』

 

『何言ってんだよ、亮は。蕎麦よりうどんの方が美味しいじゃん』

 

『あ?うどんなんてただ太いだけの小麦粉の塊じゃねーか』

 

『あ?亮、お前頭沸いてんのか?うどんバカにすんなよ。蕎麦こそ蕎麦の実の塊じゃねーか』

 

『『あ?やんのか?』』

 

『ハッハッハ!よろしい!

では亮くんが究極のお蕎麦を!慶くんが志向のおうどんを作って、このワタシ!味皇帝に振る舞ってみせよ!この味皇帝が蕎麦かうどん、どちらが優れているか見極めてしんぜよう!』

 

『『おもしれぇ!上等じゃねーか!』』

 

-----------------------------------------------

 

「そしてオレと秦野は料理対決をする事になり、味皇帝様に優劣を決めてもらおうと思ったんスけど、結果はガキのオレらに美味い飯が作れるはずもなく、『どっちも不味い』と言われて引き分け。それからオレと秦野は名字で呼び合うようになり、仲違いをしたんス」

 

しょ、しょーもなっ!

聞いて損しました!このお話もう1万字超えてて最近じゃ長い方のお話なのに、なんてしょーもない理由で文字数を…!

 

てか、その味皇帝様もいったい何なんですかね!?

子供達にお昼ご飯振る舞ってやるって言って、結局自分は作らず子供達に作らせて、しかもどっちも不味いの一言で片付けるとか大人としてどうなんですか!?

 

「あいつはまだうどんより蕎麦の方がいいと思っているんでしょう。だからオレは…秦野の事はライバルと思っていますし、秦野のいるAiles Flammeは認められません」

 

てか、二階堂くんも本当にそれどうなんですか!?

昔の事ですし、それ音楽関係ありませんし!

確かに秦野くんは今もお蕎麦がめちゃくちゃ好きですけど!

 

「お、準備も終わってそろそろ2組目が出てくるみたいだよ」

 

「盛夏が気になるって言ってたバンドだよね?どんな感じのバンドなの?」

 

「いや~…どんな感じなのかは知らないけど~。ただこのバンド名って~」

 

「盛夏の言いたい事はわかったわ。香菜や渚もさっき受付で貰ったリストを見てみなさい。盛夏の気になる理由がわかるわよ」

 

あ、盛夏が気になるって言ってたバンドさんの登場ですかね。

さ、しょうもなかった二階堂くんの因縁はサッサと忘れてライブを楽しみましょうかね。

 

そしてステージに上がってきたメンバーを見て、私は…私達は驚きました。

 

「え?あれ?シフォン?何でステージに?」

 

ステージに上がって来たのはシフォンちゃんでした。

そしてその後に可愛い男の娘になった内山くん、この世の者とは思えないほど綺麗な男の娘になった秦野くん、何故か全身モザイクだらけになった江口くんがステージに上がって来ました。

 

「「「「(な、何やってんのあのアホの子達!)」」」」

 

「やっぱり渉ちゃん達かぁ~。エルフラコってバンド名だから気になってたんだよね~」

 

「あは、あははははは!そっかそっか。このライブ大会って女子限定だから…あははは、タカ達に教えてやったら大爆笑しそうだな!」

 

いやいやいやいやいや、本当に何やってるんですかあの子達!

今は文化祭真っ最中のハズですよね!?

あ、そういや貴と三咲さんのお話の時に何故か渉くん達が居ないとか言ってましたっけ…。

 

-バターン!

 

とか、考えているといきなり二階堂くんが倒れてしまいました。

そりゃずっこけちゃいますよね。

ライバルだーとか認めないーとか言ってた相手との久し振りの再会が男の娘ですもんね。

 

「ちょっと慶、どうしたの?そんな所で急に寝たら周りに迷惑よ?」

 

いやー、寝た訳じゃないと思うんですけど。

 

「あ、あのギターの…女子。な、何て美しい女性なんだ。天使…いや、女神か?彼女を見ただけで胸に激痛が…。フッ…なるほどな。これが初恋ってやつか…」

 

何て?

 

「うわぁ…慶のやつこれが初恋とか…。しかしこの反応梓ちゃんを前にした拓斗を思い出すわぁ」

 

「慶は彼女が男の娘だと気付いているのかしら?でもこの反応、話に聞いてた澄香さんを前にした社長みたいな反応ね」

 

拓斗さんもヒデさんもこんなんだったんですか?

 

『ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!あなた達男性ですよね!?』

 

あ、司会の方が渉くん達を止めに入りました。

 

『違うよ。ボクは可愛い男の娘!シフォンちゃんだ!』

 

『ほら、だからやめようって言ったのに…』

 

『オレと拓実はいけてると思うぞ?』

 

『あっはっは!違うぞ!俺達はエルフラコだ!まずは1曲目聴いてくれ!』

 

『いやいやいや、勝手に歌い出そうとしないで下さい!大会規定によりあなた達エルフラコは失格です!』

 

『え!?何で!?』

 

『ほら、だから言ったじゃん…』

 

『渉がシフォンに教わったメイクを勝手にアレンジして全身モザイクになったからバレたんじゃねーか?』

 

『大丈夫だ!絶対盛り上げてみせるから!』

 

『いや、盛り上がるとか盛り下がるとかそういう問題じゃなくてですね…。あ、盛り上がるならアリって気もしますけど…』

 

司会の方も困ってますし、このままじゃライブ大会も進行しませんし、ほかのバンドの方の迷惑にもなっちゃいますよね。

二階堂くんもハァハァ言いながら胸を押さえてヤバそうですし。

 

私がステージの渉くん達を注意しようとした時でした。

 

「こぉら!渉くんもいい加減にしなさい!司会のお姉さんも困ってるじゃん!」

 

香菜がステージに向かって声を張って注意してくれました。

 

『えぇ!?香菜姉!?何でここに居るの!?』

 

『か、香菜さんだけじゃないよ!理奈さんや渚さん、奈緒さんも盛夏さんも居る!』

 

『あん?あそこで胸を押さえて倒れてるのって…慶…二階堂か?』

 

『チ、まさか奈緒ねーちゃん達がここに居るとはな。俺達エルフラコもここまでだな…!』

 

-ボン!

 

『ケホッケホッ…え?何?これ煙幕?』

 

渉くんが懐からボールを取り出して地面に叩き付けた瞬間、ステージ上は煙まみれになりました。

 

そして煙が晴れた時には、楽器なども片付けられていてステージに立っているのは司会のお姉さんだけでした。

 

「「「「(本当に何やってんのあの子達)」」」」

 

『ハッ!?エルフラコさん達も楽器もなくなってる!良かった。これで通常通りライブ大会を進行できます。…ん?何だろうこれ?』

 

お姉さんの足元に何か置いてあったようで、お姉さんはそれを拾って一緒に落ちていた紙のようなものを見ていました。

 

『え~…と、"司会のねーちゃん悪かったな!俺達はねーちゃんの予測通り実は男の娘だったんだ。まさかこの会場に奈緒ねーちゃんや渚ねーちゃん達が居るとは思わなかったぜ。俺達の計画にも穴があったって事だな。…でもこれだけは信じてくれ!俺達はライブ大会を邪魔しようとしたんじゃなくて、みんなに俺達の音楽を聴いてもらって楽しんで欲しかったんだ。その為に迷惑をかけちまったのは本当に反省はしてる。ごめんな。PS、手紙とか書いてるとついPSとか書きたくなっちゃうよな!この手紙と一緒に置いてあるのは喉にいいドリンクだ!俺が煙玉使ったせいで喉とか痛めちゃったら大変だしな。落ちついたらそのドリンクを飲んで喉を癒してくれ。本当にごめんな。エルフラコ、江口渉子"』

 

長っ!長い!

その文章を今の一瞬で書いたんですか!?

私と渚がこの会場に居た事まで書いてますし!

 

『えぐち…わたるこ…さん…グスッ(キュン』

 

そしてあの司会のお姉さんは何で渉くんのドリンクと手紙を抱き締めながらキュンときて涙ぐんでるんですか!?

そういう要素ありました!?迷惑しか掛けられてないですよね!?

 

『グスッ、さぁ!失礼しました!それではライブ大会を続行します!皆さん楽しんで下さいね!…エルフラコの渉子さん達のためにも!』

 

いやいやいや、本当に何でですか!?

 

その後、司会のお姉さんは顔を真っ赤にしながらドリンクと手紙を抱き締めたままステージから下りて、何事もなかったかのようにライブ大会は進行されていきました。

 

 

 

 

その後のバンドもたくさん素敵な演奏を聴かせてくれました。

ですが…。

 

「ヒデさんの事務所にスカウトされた女の子のバンド。今日の演奏…最高だったよね」

 

「ええ。あの子達のバンドの絆。そして、ボーカルの子の決意と、バンドメンバー達の愛はとても深いものだったと思わされる演奏だったわね」

 

「感動したよね~。あたし達Blaze Futureもあんなバンドになれたらいいなぁ~。

あのボーカルの子がこれからを頑張ろうって思えるようなお別れになってたらいいよね~」

 

あの子達。

ヒデさんの事務所に入る予定の女の子が居るバンドの演奏は、とても最高でした。

ボーカルの子にとっても。ボーカルの子と一緒にバンドをやっていた子達にとっても。オーディエンスの私達にとっても最高のライブだったと思います。

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

『今日で私達のラストライブになります。皆さん、一生懸命歌うので聴いて下さい!』

 

-ドン、ドン、ドンドン

 

『え?ちょっと…まだMCの途中…』

 

『早く歌いなよ。これが私らのラストライブ。言葉なんかいらないよ』

 

-ギュイーン!ギュイギュイ!

 

『魅せてやろうよ。私達の3年間の絆』

 

-ベィンベィンベィン…

 

『あんたの門出になる演奏。私らはこれ以上は出来ない。これ以上はこれからのあんたが私達に見せて』

 

『みんな……グス、わ、私達の最後の曲です!』

 

『『『『聴いて下さい!』』』』

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

そして、あの子達は最高の演奏を魅せてくれました。

ヒデさんやりんりんさんが、本当にギターの子、ベースの子、ドラムの子をスカウト出来なかったのを悔やむくらいに。

そしてファントムの私達も、あの子達の曲を今後はもう聴けなくなる事が悔しいと思うくらいの最高のライブでした。

 

本来ならライブ大会では1バンド2曲を演奏する予定だったのですが、彼女達は1曲目が終わると泣き出してしまいました。4人で抱き合いながら大声で…。

 

そしてそのままあの子達は

 

 

『私達は最高のライブをやれましたので、これで棄権します。本当にありがとうございました』

 

 

そう言って2曲目を歌う事なく棄権しました。

 

またあの子達の音楽を見たかったですけど、あの子達の音楽はここで終わり。

そして、ボーカルの子にこれからを託して幕を閉じたのです。

 

私達がBlaze Futureを解散するという時も、きっと来ると思います。いえ、近い未来なのか遠い未来なのかはわかりませんが、必ずやってきます。

私はその時どんな気持ちでその時を迎えるんでしょうか。

 

けど私はこう思うのです。

このお話ってバンドやライブのお話なのに、音楽やってる描写は少ないし、結局今回もほとんどが大食い大会のお話だったなぁ…と。

 

そして、ライブ大会の予選の終了後に、ライブ大会司会のお姉さんが香菜に『あの、渉子さんに注意してたお姉さんですよね?渉子さんとお知り合いなんですよね?』とか問い詰められ、綺麗な便箋を江口くんに渡すように頼まれていました。本当に不思議な話です。



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第5話 狙いは何?

「いやぁ、実に素晴らしかったね。特にGlitter Melodyの演奏は感動すら覚えたよ。私の元に置いておきたいくらいだ」

 

「海原…テメェ…」

 

「英ちゃんも落ちついて。Glitter Melodyもファントムのバンド。海原には手は出せないよ」

 

「だから早く帰れと言ったのに…」

 

俺の名前は佐藤 トシキ。

今日は英ちゃん。

俺と昔BREEZEというバンドを組んでいて、今はカフェ兼ライブハウス兼音楽事務所のオーナーである中原 英治と2人で高校生による文化祭のライブ大会を観に来ていた。

一応仕事の一貫ではあるんだけど…。

 

ライブ大会の予選が終わった後、今俺と英ちゃんの前にはクリムゾンエンターテイメントの総帥である海原と、クリムゾンエンターテイメントのバンド、interludeのベーシスト朱坂 雲雀ちゃんが居た。

 

何故、今、こんな状況になっているのか。

それは今から少し前の時間に遡る。

 

 

 

 

「ライブ大会の観戦か。俺的には仕事を休めた訳だし、今の高校生バンドのライブも楽しみだし、今日はこの学校の文化祭に来れて良かったって感じなんだけど。

……なんで英ちゃんは泣いてるの?」

 

「グスッ、バカ野郎トシキ!これが泣かずにいられるかっ!!本来なら俺と三咲のペアでライブ大会行くはずだったところを…」

 

「あ、あ~…、本当なら三咲ちゃんと一緒に文化祭を楽しめたはずなのに相手が俺になって嫌って事?」

 

う~ん、確かに初音ちゃんが産まれてからはデートらしいデートしてないって言ってたけど、初音ちゃん産まれる前もそんなデートらしいデートとかしてたっけ?

 

「バカ野郎!逆だ!!」

 

ん?逆?

 

「三咲と一緒だったら羽目を外せない…。だから!姫咲ちゃんに昔の澄香の写真10枚セットという賄賂を渡して!三咲のペアをタカにしてもらった…そして、俺の行動に文句が出ないようにトシキか拓斗とペアにしてくれと頼んだんだ」

 

……何て?

 

「そして更に澄香の水着写真5枚セットを賄賂として渡し!可愛い女子高生が居そうな学校の担当にしてくれと頼んだ!!」

 

ん?あ、あ~…。これ聞かなくていい話かな。

俺はそんな事の為に英ちゃんとペア組まされて、この女子校の担当にされちゃったんだ?

このライブ大会ってガールズバンドの大会だってことだし、俺が女子校担当になるのもって思ってたけど。

なんだ。こいつのせいか。

 

「まさか…まさか夢にまで見た女子校に足を踏み入れる事が出来る日が来るとは…。こんなに嬉しい事はないっ!トシキ!お前も男ならわかるだろ!?…ん?あれ?トシキ?どこ行った?」

 

「そんな所で泣いてたら変質者扱いされてライブ大会も観れなくなっちゃうよ?一応仕事なんだから早く行こうよ」

 

「ん?お、おお!そうだな!泣いている場合じゃねぇ!女子校の校舎に早く入りたいよな!」

 

ああ、取り敢えず英ちゃん殴って早く帰りたい。

でも一応仕事だし、やっぱりライブ大会が楽しみってのもあるし、英ちゃんの事は放っておいて文化祭を楽しむか。

 

 

 

それから適当に文化祭を回り、歳も考えずに女子高生に声を掛けまくる英ちゃんを割と強めに殴ったりし、ライブ大会の予選が始まる時間まで、変質者と通報される事なく過ごす事が出来た。

 

昔から顔だけは良く、初対面の女性に対しては紳士でモテモテだった英ちゃんは、この歳になってもモテモテで何人かの女の子と連絡先の交換をしていた。

父親としての尊厳を守る為に初音ちゃんには言わないでおこうと思うけど、はーちゃんと三咲ちゃんにはしっかりとチクっておこうと思った。

 

そんな時だった。

あの子に会ったのは。

 

「ん?」

 

「あ」

 

「中原 英治に佐藤 トシキ…。何故こんな所に…?

なるほど、あなた達もライブ大会の視察という訳か」

 

そこに居たのはinterludeのベーシスト、朱坂 雲雀ちゃんだった。この学校の生徒だったんだね。

彼女は『2-A お化け屋敷』と書かれたプレートを持っていた。

 

「おお!interludeの雲雀だっけか?お前、この学校の生徒だったんだな。それにしても…スカート穿いてるって事はやっぱり女の子だったんだなお前」

 

「…さすがBREEZEのEIJIだね。翔子さんの言っていた通りデリカシーのかけらもないね」

 

翔子ちゃんは英ちゃんの事どんな風に人に言ってるんだろう?

 

「翔子の野郎…まぁ、いいや。それでお前はなんでここでクラスの催し物の呼び込みなんてやってんだ?」

 

「別に呼び込みやっている訳じゃないよ。クラスの催し物なんかに参加するつもりはないからね。ただ、何もしない訳にはいかないからね。看板持ちをやってるだけさ」

 

「俺が聞きたいのはそういう事じゃねぇよ。もうすぐライブ大会だってのに、お前は参加しないのかって事だ」

 

「?何を言っているの?

虎次郎もリュートも武も高校生でもないし、しかも女性でもないんだけど。」

 

「んな事はわかってんだよ!学校の友達とバンド組んだりとか、学生生活の思い出とかよ」

 

「僕のレベルに見合うミュージシャンがこの学校に居る訳ないじゃないか。仮に居たとしても僕には思い出なんか必要ない」

 

それはそれで悲しいんじゃないかな。

 

「そんな事より、あなた達は早く帰った方がいい。

ライブ大会が観たいのなら端っこで大人しく観て、それから早々と帰ればいいよ」

 

「あん?早く帰れだ?」

 

「どうして俺達に早く帰ってほしいの?」

 

「…ふぅ、もういいよ。取り敢えず僕は早く帰るよう忠告はしたからね」

 

「せっかく念願の女子校に足を踏み入れる事が出来たのに早く帰るなんて勿体ない事出来る訳ねぇだろ!」

 

英ちゃん頼むから黙っててくれないかな?

 

「早く帰れって言われなくても、そんなに長居するつもりはないよ。でも、俺達にはライブ大会以外にも一応仕事があってね」

 

「仕事…?まぁいいや。僕はもう行くよ。僕らは今はファントムと事を構える気はないから、しばらくは会わないと思うけど、またねって言っておくよ。内山 拓実にもよろしく言っておいて」

 

またね…か。

今はファントムと争えないけどいつかは…って事だよね。

内山くんの事もきっとIrisベースを狙っての事なんだろうな。内山くんの話だとIrisベースの雷獣は雲雀ちゃんが持っているらしいし、俺としては取り返しておきたい気もするけど…。

俺が今からどうこうする訳にはいかないしね。

 

ただ、どうして雷獣を持っているのに内山くんのベースを狙っているんだろう?

理奈ちゃんも盛夏ちゃんも姫咲ちゃんも美緒ちゃんもIrisベースを持っているのに、何故内山くんだけを?

雷獣の声は聞こえないけど、内山くんの晴夜なら声が聞こえると思った?

 

「しっかし、この学校にまさかクリムゾンエンターテイメントの…interludeのミュージシャンが居るとはな。せっかく軽音部もあんのに勿体ねぇな」

 

勿体ない…か。確かに勿体ないよね。

"せっかく軽音部があるのにクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンの目がある"と捉えるか、"クリムゾンエンターテイメントと言えどせっかく軽音部があるんだから雲雀ちゃんも音楽を楽しめばいいのに"と、捉えるから勿体ないの意味も変わってくるけど。

 

元ミュージシャンとして俺は思う。

どっちの意味にしても雲雀ちゃんには悲しい話だなって…。

 

そんな雲雀ちゃんとの出会いを経て、俺達はライブ大会を観る為に観覧席へと向かった。

 

雲雀ちゃんも観覧には来てるかな?と思って見回してみたけど、この学校のオーディエンスが多くて雲雀ちゃんを見つける事は出来なかった。

 

この日のライブ大会ではGlitter Melodyが参加していた。

力強い最高の演奏だった。

他の参加バンドも高校生バンドと思えない程の凄い演奏だったけど、やっぱりGlitter Melodyは秀でていた。

おそらく決勝大会への出場も問題ないだろうと思う。

 

その後は英ちゃんのファントムの仕事をちょこっと片付けて、俺も自分の仕事をしっかりと片付けた。

英ちゃんはまだ帰りたくないとか駄々をこねていたけど、雲雀ちゃんとの事もあるし、ファントムに帰って姫咲ちゃんに報告もしないといけないし、俺達は早々に帰る事にした。

 

そんな時だった。

海原と会ってしまったのは…。

 

そして冒頭部分の時間に戻る。

 

 

 

 

「つーかテメェ!こないだまたアメリカに帰るとか言ってたじゃねえかよ!なんで日本に居るんだ、あん?」

 

「なに、私はこれでも忙しい身でね。

アメリカに戻っても少し仕事を片付けたらまた日本、日本の仕事を片付けたら次は他の国へと渡ったりと忙しいのだよ。だが、今回は日本に帰って来ていて良かったよ。色々と収穫があった」

 

色々と収穫?

 

「チ、何で学生達の文化祭、このライブ大会に来てんだ?って聞いてもまともに答えるつもりはねぇんだろうな」

 

「フッフッフ、どうしてもと言うなら教えてやらない事もないが…」

 

「俺もまだたまにドラム叩いてるしな。ちょうどここにはうるさいタカもいねぇ!ここでテメェをやっちまってもいいだぜ!海原!」

 

「ちょ、英ちゃん…!」

 

ちょっと英ちゃん好戦的過ぎない!?

確かにはーちゃんやArtemis、ファントムのバンドが絡まない所で海原は倒しておきたいって気持ちはあるけど…!

 

「いつになく好戦的だね英治。面白い!キミはファントムのオーナーではあるが、ファントムのミュージシャンではない。ここで叩いてタカにひと泡ふかせるのも一興だな」

 

「上等だ!タカにはもうテメェと関わらせねぇ!ここで仕止めてやるよ!これでファントムのやつらも楽しく音楽をやれるってもんだぜ!やるぞ!トシキ!」

 

「え!?俺も!?」

 

ちょっと待って!英ちゃんと海原の一騎討ちじゃなくて俺も参加するの!?

 

「さぁ!朱坂くん!キミのベースを私に見せてみたまえ!英治とトシキを完膚なきまでに叩き伏せてしまいたまえ!」

 

「え?僕がやるんですか?」

 

いや、海原もやる気ないの!?

雲雀ちゃんに丸投げ!?

そういや海原は音痴だもんね。

楽器の腕前もそこそこだし。

ただ、レガリアやIrisベースも必要としないチカラがあるだけで…。

 

「フフフ、ここで英治とトシキを倒してみせたら、きっと朱坂くんのお父上とお母上も喜ぶと思うよ」

 

「!?」

 

雲雀ちゃんの…お父さんとお母さん…?

 

「…わかり…ました。

覚悟はいい?中原 英治、佐藤 トシキ」

 

志保ちゃんも睦月ちゃんも、昔は雲雀ちゃんと楽しくセッションしてたって話だったけど、まさかお父さんとお母さんの為にクリムゾンエンターテイメントで音楽を?

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

英ちゃん?

 

「英治?どうかしたかね?」

 

「今さら怖じ気づいたの?」

 

「いや、スマホがブルブルなってるからよ。ちょいメール確認だ」

 

そう言って英ちゃんはパンツの尻ポケットからスマホを取り出して画面を見た。

 

「ゲ!……悪い海原、雲雀。ちょっとデュエルは今日は無しで。俺はとてつもなく急いで帰らなくてはならない」

 

「何?どういう事かね?」

 

「悪いけど、あなたの都合なんて知らないよ。僕にも僕の都合があるからね」

 

「英ちゃん、誰からの連絡だったの?」

 

「タカからだ…タカから早く帰ってこいってメールが…なんか怒ってんのかなあいつ。めちゃくちゃチビりそうなんだけど…」

 

はーちゃんから連絡?

こんなタイミングで?

 

「そんなの関係ないよ。あなた達は今日ここで…」

 

「待ちたまえ朱坂くん」

 

「海原さん?」

 

「タカからの呼び出しならしょうがない。英治ももうデュエルどころではないだろう」

 

「あ?ああ…まぁな。あいつの呼び出しに少し遅れただけで、しばかれた方がマシなくらいネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチ文句言われるからな」

 

はーちゃんのネチネチとした小言は本当に鬱陶しいけど、そんなネチをいっぱい言っちゃう程ネチネチしてるかな?

 

「そういう訳だ朱坂くん。今日は残念だがデュエルは無しだな」

 

「海原さんがそれでいいなら別に…」

 

海原がどうしてここに居たのか。

雲雀ちゃんがお父さんとお母さんの事を出されて何故デュエルをする気になったのか。

気になる所は色々あるけど、はーちゃんからの呼び出しならしょうがないか。

 

でも、はーちゃんも担当の学校の仕事とかライブ大会はもう終わったのかな?

まだ夕方だしそんな早く終わるとは思えないんだけど…。

 

「悪いな、海原、雲雀。俺達はこれで帰らせてもらうわ。もうちょっと女子校をエンジョイしたかった…」

 

「では私も帰るとするかな。明日の準備もあるしね。朱坂くん、キミはここまででいいよ。後は学生らしく文化祭を楽しみたまえ」

 

「……はい。そうさせていただきます」

 

雲雀ちゃん?さっきは思い出は必要ないとかクラスの催し物に参加するつもりはないとか言っていたのに?

やっぱり海原に何か握られてるのかな?

 

「あ、そうだ。海原。

さっきお前が文化祭に来ている事は、どうしてもって頼めば教えてくれるって言ってたよな?」

 

「…どうしてもと言うなら教えてやらなくもないと言っただけだがね」

 

「じゃあ、どうしてもって頼むぜ。お前、何でここに居る?何で高校生達の文化祭なんかにわざわざ足を運んでんだ?」

 

英ちゃん?

 

「私がまともに答えるとは思ってないんじゃなかったかね?」

 

「ああ、まぁな。だけど気になるからよ。どうしてもってお願いしてんだわ」

 

「そうだな。私としてもまともに答えないと思われているのは心外だよ。だから、英治。お前にまともに答えるつもりはないな。お前達のデュエルを観れなくなったのも私には面白くないしね」

 

「チ、ああそうかよ」

 

「だがチャンスだけはプレゼントしてやろう」

 

「あ?チャンスだ?」

 

「先程私は明日の準備と言ったが、明日もこのライブ大会の予選が行われる高校のどこかに姿を現すつもりだ」

 

何だって!?

海原は明日も…?

 

「そうだな…。明日の文化祭で私をタカと梓が見つける事が出来たら、今回の目的を話してやろう。梓はもう日本に帰って来ているのだろう?特別サービスだ」

 

はーちゃんと梓ちゃん?

 

「ちょ、待てよテメェ!梓は…」

 

「英ちゃんこそ待って。梓ちゃんが帰って来ているのはどうせ梓ちゃんのSNSで知ってるんでしょ?だったら誤魔化しても意味ないよ」

 

「フフフ、まぁね。今はDivalの水瀬 渚と同じマンションに住み、私達クリムゾンエンターテイメントのmakarios bios39番と仲良くしているのも知っているよ」

 

梓ちゃん、本当に何やってんの?

自分が昔狙われてたって自覚ある?

色々SNSに書きすぎじゃない?簡単に身バレしてるし。

 

…って思ったけどちょっと待てよ。

梓ちゃんがわざわざ美来ちゃんと遊んだ事を"39番"と書く訳がない。

美来ちゃんと名前を書いてたとしても、"美来"なんて名前は珍しくもないし、美来ちゃんもSNSやっているからハンドルネームがあるはずだ。ヲタ活用の。

梓ちゃんはアホだから本名でやっていたとしても、美来ちゃんの名前まで出すはずがない。

 

海原はどこまで知っているんだ…?

 

「安心したまえ。梓の事は二胴くんにも九頭竜くんにも話していないよ。その方が色々と面白くもなるしね」

 

面白くだって?

 

「チ、まぁいいぜ!それより本当にタカと梓がテメェに会いに行けば、その目的ってやつをあいつらに話すんだな?」

 

「ああ、もちろんだ。約束しよう。

ただし、私は明日、どこの学校に行くのかは明かさないよ。これはゲームだ。君たちが私を見つけて目的を聞き出すか、私を見つける事が出来ず今回の目的を明らかに出来ないか。フフフ、明日の楽しみがひとつ増えたものだね」

 

どこの学校に行くかは明らかにしない…か。

でも、まぁそこは何とかなりそうだね。

これからみんなにこの事を共有して、明日、海原を見つけた人がはーちゃんと梓ちゃんに連絡して急いで向かってもらえばいいし。

 

「ヒントもねぇのかよ。そんなの無理ゲーじゃねぇか」

 

英ちゃん?

 

「ヒントも何も…攻略法はあると言うのに。相変わらず愚かだね英治は」

 

「攻略法だと!?そんなのある訳ねぇじゃねぇか!この時期どんだけの学校が文化祭やってると思ってんだ!テメェを見つける事が出来なかった俺達を笑うつもりかよ!」

 

英ちゃん本当に気付いてないの?

まぁ、いいか。はーちゃんや宮ちゃんなら余裕で気付きそうだし。

 

「わかったよ海原。明日、はーちゃんと梓ちゃんがお前の目的を聞く。そして俺達はその目的を阻止してみせるよ」

 

「フフフ、楽しみにしているよトシキ。梓に会うのは本当に久し振りだからね」

 

そう言って海原は帰って行った。

その後ろ姿を見送った俺達も帰る事にした。

でも…。

 

「英ちゃん」

 

「ん?何だ?」

 

「はーちゃんから呼び出しって嘘でしょ。どうしてそんな嘘までついてデュエルするの止めたの?」

 

そう。はーちゃんからの呼び出しなんか嘘だ。

本当にはーちゃんからの呼び出しなら、話の途中だろうが何だろうが英ちゃんならダッシュで向かうだろうしね。

 

「ああ、嘘ってバレてたのか。まぁ、あのままデュエルやっても良かったんだけどよ。俺がぶっ倒してぇのは雲雀じゃなくて海原だしな。それに雲雀のやつ、親父さんとお袋さんの事言われて…」

 

そっか。

やっぱり英ちゃんも雲雀ちゃんの事が気になってたんだね。

 

「いくらクリムゾン相手ってもあんな顔したヤツとデュエルなんか出来ねぇしな。それこそタカにしばかれちまうよ」

 

そっか。英ちゃんも海原に会って頭に血がのぼったのかも知れないけど、割と冷静ではいてくれたんだね。

安心したよ。

 

「しかし海原の目的を聞けなかったのは痛かったな。攻略法って何なんだ?とにかくタカと梓に伝えて、何とか明日はあいつらに海原を見つけてもらわねぇとよ」

 

英ちゃん?

 

 

 

 

「え~…やだよ、めんどくせぇ」

 

「何でよタカくん!お父さんは今のうちにやっつけなきゃ!だから、しょうがないけど2人で…いや、2人きりで文化祭まわろうよ!!」

 

「梓は何で2人きりって言い直したの?」

 

その夜、俺達は各々今日の仕事の進捗やライブ大会での事を姫咲ちゃんに報告する為に、ファントムに集まっていた。

 

その時に俺と英ちゃんは海原の事を報告し、はーちゃんと梓ちゃんに海原の目的を探ってほしい事を伝えたんだ。

 

「そもそもあのアホが俺が出張った所で本当の事を話すと思うか?何回その手で騙されてんだよ。俺と梓を誘き出すのが目的じゃねぇの?」

 

だけど、はーちゃんはどうも乗り気じゃないらしい。

まぁ、何度も海原にはハメられてるし、今回の事も確かにはーちゃんと梓ちゃんを誘き出す事が目的なのかも知れない。かと言ってこのまま放置しとくのもなぁ…。

 

「罠だったら罠だったでいいやん!その時にあたしとタカくんでしばき倒したらいいんだよ!」

 

「お前は何でそんな必死なの?てか、それより海原をやっつけるって音楽じゃなくて物理的な事を言ってるの?それならお前1人いればその一帯焼け野原に出来るしいいじゃん。むしろ俺がついて行った方が足手まといだし、巻き添えで俺も危ないじゃん」

 

「だから!一般人を巻き込まない為に、あたしを止める人の役がいるんやんか!」

 

「お前俺が止めた所で止まらないじゃん。それこそ人選ミスだろ」

 

そんなこんなで話が纏まらなくなっている。

確かにはーちゃんの言い分もわかる。

それにはーちゃんとしても海原に梓ちゃんを会わせたくないってのもあるんだろうな。

 

「全く…タカのやつも腹を括って梓と海原を探しに行きゃいいのによ」

 

「あら?意外ですわね。拓斗さんの事ですから、明日も梓さんと文化祭をまわりたいものだと思ってましたわ」

 

「姫咲。お前は俺を何だと思ってるんだ?」

 

「澄香さんに聞いたそのままのお人だと思っています」

 

「そうか。澄香からか。それならそう思われていてもしょうがねぇ。反論の余地がねぇな」

 

「拓斗さんは何を諦めてるんだろ…。って、でもさ!私達も文化祭での仕事もライブ大会の観賞もしっかりと頑張ったのに、私達のお話がないとか雑過ぎない!?」

 

「真希も諦めたらいいのに。きっとアレだよ?新バンド増えたせいで、登場人物が増えすぎて収拾つかないって思ったからじゃない?」

 

「綾乃さん…私もそう思いますけど、そんなハッキリと言うのは…」

 

「沙織も何を言ってるの!あんたも仕事も頑張ったんでしょ!?それなのに私達の出番ってさ~」

 

「真希さんの言い分もわからなくもないですけど…私は私なりに仕事もしましたし、文化祭やライブ大会も楽しみましたので…。私はそれよりもそこの端っこの方で水瀬さんや氷川さん、佐倉さんに怒られてるAiles Flammeの方が気になるんですけど…」

 

あ、本当だ。

そういやはーちゃんと三咲ちゃんの話じゃAiles Flammeのみんなは文化祭に居なかったんだっけ?

何かあったのかな?

…まぁ理奈ちゃん達に怒られてる時点で、変なことをやらかしてたんだろうなって想像はつくけど。

 

「だぁー!もういいよ!うるせぇよお前ら!」

 

ん?はーちゃん?

いきなり叫んでどうしたの?

 

はーちゃんが『もういいよ』って叫んだ時は、ほぼはーちゃんの考えとかをみんなが無視して、作戦とか思惑と違う事に決まって、最後の最後には全部の責任をはーちゃんに押し付けるだろうって結果になると決まりきった時なんだろうけど。

 

「梓。俺はお前と一緒に海原に会いに行ってやる。だから、せめてマジでガチで海原が行きそうな学校を選べよ?…うぅ…明日こそ渉達のクラスに押し入ってあいつらの催し物を満喫したかった…」

 

「任せてタカくん!父娘の血の繋がりを元に!必ずお父さんが来そうな学校をチョイスしてみせるよ!ケッヒッヒ」

 

梓ちゃんは何であんな笑い方してるの?

 

「澄香ちゃんは明日も姫咲ちゃんと一緒だよね?いいの?梓ちゃんって多分海原の事そっちのけでタカちゃんとの文化祭デートを楽しむつもりだよ?」

 

「あ、やっぱ日奈子もそう思うよな?あたしも学校の事なかったら海原の事も探りたかったんだけどな」

 

「日奈子も翔子もそんなん気にせんでええよ。明日は私の私設部隊のメンバー総出で海原を警戒するように全員に通達したし。逐一連絡するようにって徹底してるしね。

私は明日も姫咲お嬢様の付き添いやから自由に動けないけどね」

 

「私設部隊のメンバー総出って、澄香ちゃんめちゃくちゃ梓ちゃんの邪魔する気満々じゃん」

 

そっか。

はーちゃんは梓ちゃんと海原に会いに行く決意をしたんだね。

英ちゃんも今日の雲雀ちゃんの事で色々考えてるみたいだし。

 

俺も俺がやれる事だけじゃなくて、渉くん達にしてあげれる事を見直す時期かも知れないな。



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第6話 海原の目的

「あー、せっかくの文化祭編でライブ大会もあるし、ガチで青春×バンドやれると思ってたのに、何で俺は梓と文化祭を回ってんだろ…」

 

「あたしも昔はバンドバンドで全然文化祭とか楽しめなかったしね。何かこういう雰囲気いいよね♪」

 

「お前は何を思って『こういう雰囲気いいよね♪』とか言ってんだ?今の状況わかってる?てか、俺の話聞いてた?」

 

あたしの名前は木原 梓。

今日は前回の話からの続きのような形で、お父さん…クリムゾンエンターテイメントの創始者である海原 神人に会って話を聞く為に、タカくんと一緒に文化祭をまわっている。

 

「てか、何でお前はこの学校を選んだんだ?娘の勘とか言ってたけど、ここって今日はライブ大会の予選もねぇだろ?昨日で出場参加バンドの予選は終わったみたいだし」

 

「うん、でも…お父さんはきっとここに現れるよ」

 

何てちっとも思っていません。

ごめんね、タカくん。

 

長年お父さんと戦ってきたあたしとしてはこう思うの。

お父さんの行動はいつも的確にクリムゾンエンターテイメントの利益を得るように考えられている。

もし仮にバンド大会に興味があるなら、予選ではなく決勝大会だけを観にくるはず。

 

どうして予選大会に来ていたのかって気になるには気になるんだけど、あたしとタカくんに会う事自体がお父さんの計画なんだろうと思う。

いや、元々は他の計画があったんだろうけど、トシキくんと英治くんと会った事で、この計画に変えたんだろうと思う。

 

だから今はあたしもタカくんもお父さんに会う訳にはいかない。それがきっとお父さんの利益になるから。

あたしとしてはお父さんは近いうちにあたしが倒せばいいと思っているし、今、Blaze Futureを頑張ってるタカくんにお父さんを会わせる訳にはいかない。

 

そこであたしはライブ大会が今日行われないこの学校を、お父さんが来る事はないだろうと思う学校を選んだ。

 

ふふふ。長々と語っていたけど、これでお父さんからタカくんを守れるし、タカくんとの文化祭デートを1日かけて楽しむ事が出来る。

グッジョブやであたし!

 

「さすがだな、梓」

 

「ふぇ?な、何が?」

 

車イスを押してくれていたタカくんが急に立ち止まり、あたしに声を掛けてきた。

って、何がさすがなの?タカくんもあたしと文化祭デート楽しみたいとかチラッと思ってくれてたとか?

 

それ以降何も言わないタカくんの目線の先を見てみる。

 

 

 

そんなアホな…。

 

 

 

「さすがだね、タカ、梓。

まさか私がこの学校を選ぶ事を見破るとは。キミ達の裏をかいたつもりだったが…。いや、本当に驚いたよ」

 

驚いたのはあたしの方だよー!!!

何で!?何でお父さんがこの学校に居るの!?

おかしいじゃん!あり得ないじゃん!

今日はこの学校ではライブ大会ないんだよ!?

何で居るの!?

 

「俺はお前なんかと会いたくなんかなかったんだけどな。まぁ、色々とめんどくせぇ事をしてくれるよなお前は」

 

「ふふふ。それは褒め言葉として受け取っておこうか。…しかし、今日この学校ではライブ大会が行われないと聞いてこの学校を選んだのだが、この学校に私が来ると見破ったのはタカかね?それとも梓かな?」

 

そうだよそうだよ!今日はこの学校でライブ大会がないってのお父さんも知ってるんじゃん!

なのにどうしてこの学校に来てんの!?アホなの?

一応音楽事務所の社長でしょ!?

ちゃんと仕事しようよ仕事!!

 

「梓だよ。なんか娘の勘らしいぜ?」

 

「ほう。さすが私の娘といったところだな」

 

違うよ違うよ!お父さんが行くだろうなぁ。って思ってた学校は本当は別の学校だよ!

ここには来る訳ないって思ってたんだよもん!

だよもんって何やねん!

 

「ってな訳でよ。俺と梓がせっかくお前を見つけてやったんだ。これはバンドや音楽の話でよ。お前なんかに構って文字数無駄にしてる場合じゃねぇんだわ。さっさと話せよ、お前の目的っやつを」

 

「いやいや、なかなかせっかちだね、タカ。

こうやって15年振りに父と娘が再会したんだ。もうちょっと情緒というものを汲んでくれてもいいんじゃないかな?」

 

「情緒だぁ…」

 

「ふふふ。実際梓にとっては感動の再会なんかではなく、ただ私を警戒して喋らないだけかも知れないけどね」

 

「梓…」

 

お父さんは!何で!ここに来たの!!

くっはー!タカくん達にあたしと聖羅のSNSアカウントがバレちゃってて、いつもあたしらの会話見られてるってのは聞いてたけどさ!

どんだけ暇やねんあのおっさん!アホなの?仕事しなよ!

てか、ほんまに何でこの学校選ぶねん!

 

「おい、梓!」

 

「ん?え?タカくん?」

 

いけないいけない。

自分の中で色々文句言ってる場合じゃないよ。

もう会ってしまったんだから、お父さんの目的ってやつを聞き出さなきゃだよね。

 

「お前な。一応ここに海原が来るって予想してたんだろ?それが正にビンゴだったんじゃねぇか。今更警戒なんかしてもよ」

 

あ、そうだそうだ。

一応タカくんには"この学校にお父さんが来る"ってあたしの予想話してたんだもんね。

黙り込んでる訳にはいかないわ。

 

「…久しぶりだね、お父さん」

 

「ああ、本当に久しぶりだ。しばらく見ない間にまた遙那に似てきたな」

 

お母さんに…か。

 

「お父さんがここに来るのは予想通りだよ。…お父さんの目的話してくれるよね?」

 

はい。あたし今嘘つきましたー。

 

「ふふふ、予想通りか。本当にそうなのかね?

本当は私に会いたくないと思い、いや、違うな。今私とタカを会わせる訳にはいかないと思い、『ライブ大会が行われないこの学校ならお父さんは現れないはず。だから、この学校を指定すればタカくんと文化祭デートが楽しめるじゃん。わぁ、お父さんとタカくんを会わせる事を回避出来るし、タカくんと1日中デートが楽しめる。グッジョブやであたし!』とか思ってこの学校を選らんだのではないかな?」

 

お父さんはエスパーなの?

 

「は?俺とデート?何言ってんだこのおっさん」

 

わぁ耳が痛いったらないよ。

 

「まぁ、それは今となってはどうでもいいかな」

 

どうでもいいなら言わないでよ!

 

「さて、私も忙しい身だ。この後すぐにまた日本を発たねばならんからね。約束通り私の目的を話してやろう」

 

「あん?やけに素直だなこの野郎」

 

あたしも拍子抜けだ。

あのお父さんがこんなに素直にあたし達に話すなんて。

その目的と何か関係してる?考え過ぎかな?

 

「私が高校生達によるライブ大会を観賞した理由は3つ。

まず1つ目は音楽に携わる者として、このクリムゾンミュージックが世に憚る世界でどんな音楽をやるのか。その興味があっただけだ」

 

「…」

 

ただ興味があっただけ?

なるほど、確かにお父さんらしい理由だ。

お父さんは余裕があるのかいつもそんな感じで高見から眺めている。次の策や動き方を見計るためなんだろうけど。あたし達の時もそうだった。

だからタカくんも黙って聞いているんだろう。

 

「そして2つ目これが私の最大の目的だった訳だが…」

 

最大の目的?

 

「今回のライブ大会にAmaterasuというバンドが出ると聞いてね。彼女達にとても興味があったのだよ」

 

「なん…だと…?」

 

Amaterasu?

それって昨日タカくんと三咲ちゃんが見たったいう…。

射手座のレガリア後継者の…。

 

「彼女達の噂は以前から聞いていてね。私の手駒に、我がクリムゾンエンターテイメントのミュージシャンとして是非欲しいと思っていたのだよ」

 

何で…。

Amaterasuって昨日がデビューライブだったって話なのに何でお父さんがあの子達の事を…。

ううん、それよりあの子達をクリムゾンエンターテイメントの、お父さんの手駒にするなんて…。

 

「残念ながら私が昨日出向いた学校とは違う所で演奏をやったようでね。是非観てみたかったのだが、私の当てがハズレたという訳だ。まぁ、それでもそこそこ面白いバンドは居たのだがね」

 

ど、どうしよう…。

お父さんに何か言った方がいいのかな?

お父さんは今日この後日本からまた出て行くとしても、まだクリムゾンエンターテイメントには二胴も九頭竜も居る。

あいつらにAmaterasuの子達が狙われちゃったりしたら…。

 

「…海原、お前何でアマテラスを?あの子らは昨日がデビューライブだったはずだぞ?」

 

「ほう。さすがだね、タカ。まさかAmaterasuを知っているとは」

 

「残念だったな。お前らファントムのバンドには手を出さないんだろ?アマテラスのボーカルの子には俺のレガリアを託しててよ」

 

「何?あの子にお前のレガリアを…?」

 

え!?タカくん、お父さんにレガリアの事話しちゃうの!?

 

「ああ、本当はお前らクリムゾンにはレガリアは失くしたって事にしときたかったんだけどな。あの子らが狙われんなら話は別だ。アマテラスは俺のレガリアの後継者。実質ファントムのバンドみてぇなもんだ。手を出されっと困るんだよ」

 

あ、そ、そうか。

お父さん達はファントムのバンドには手を出せない。

だからレガリアの在りかを話しちゃうリスクより、Amaterasuを守る為に話しておいた方が安全なんだね。

 

「それは本当なのかね?」

 

「あ?そんな嘘付く方がリスキーだろうが」

 

「ふふ…ふふふふ」

 

お父さん?

 

「ふふ、ふは、ふははははは!まさかタカのレガリアをあの子達に託しているとは!ふははははは、これは面白い!さすがタカだ。いやぁ、キミはいつも私を愉快な気持ちにさせてくれるね!」

 

「あ?愉快だ?」

 

「いやぁ、こんなに愉快な気分になったのはいつ以来だろう?ふふふふ、確かにあの子達が射手座のレガリアの後継者なら、ファントムの関係者みたいなものだ。我々クリムゾンエンターテイメントが手を出す訳にはいかないだろう」

 

何?お父さんはどういうつもり?

 

「あっそ。まぁ何が愉快なのかわかんねぇけど、それはどうでもいいわ。お前らがあの子らに手を出さないってんならよ」

 

「ふふふ。約束は必ず守るとも。もちろんキミ達が我々の邪魔をしないなら…という約束の前提はあるがね」

 

「誰が好きこのんでお前らに関わるかよ。めんどくせぇ」

 

「まぁそうだろうね。いやぁ、本当に愉快だ。安心したまえ。我々はAmaterasuには一切手を出さない。小暮くんは元々タカと梓のレガリアには手を出さないつもりでいたようだし、二胴くんと九頭竜くんにもくれぐれもAmaterasuには手を出さないよう伝えておこう。もちろん他の者にもね」

 

「あっそ。至れり尽くせりでうっかり感謝の言葉でも述べそうになったぜ」

 

さっぱりわからない。

お父さんは元々Amaterasuを自分の手駒にしたくて、この文化祭に視察に来てたんでしょ?

それが何でこんなにも簡単に…。

 

タカくんの後継者だからファントムのバンドともいえるけど、実際にあの子達がファントムに所属している訳でもない。それはお父さんもわかってるはずなのに。

まぁ、お父さんが何を言ってきても、タカくんの口八丁手八丁で納得せざるを得ない状況にはなってただろうけど。

 

「ふむ。久しぶりに愉快な気持ちになったよ。今日はキミ達に会えて良かった」

 

「俺は別に会いたくなかったけどな」

 

「では、私はこの愉快な気持ちのまま帰らせてもらうか。小暮くんと九頭竜くんは何とかなるとしても、二胴くんには特にキツく言っておかねばならないからね」

 

え?帰る?本当にそれだけで?

……って、ちょっと待ってよ!

 

「ちょっと待ってよ、お父さん!」

 

「うん?梓、どうかしたかね?」

 

「お父さんの目的…。まだ3つ目の目的を聞かせてもらってないよ」

 

もしかしたらその3つ目の目的が本命って可能性もあるんだし。

 

「3つ目の目的…か」

 

-ドキッ!

 

ヤバい…ドキッとしちゃった。

時折見せるお父さんの優しい目。

相手を愛おしく想うような、そして悲しい目。

 

あたしに対してだけじゃなく、聖羅や翔子や澄香や日奈子、タカくん達BREEZEのみんなにも、たまにお父さんはそんな目を向けていた。

 

「3つ目の目的は些細な事だ。昨日、英治とトシキに会った時にふと思った些細な目的。生きて元気にしている(おまえ)の顔を一目見たかっただけだ」

 

この目をしている時のお父さんの言葉は、本当に本心なんだろう。昔からそうだった。

 

お父さんは究極の二重人格だ。

楽しい音楽や自由な音楽を愛し、そういうミュージシャンを愛する人格と、自分の利にならない音楽は排除し、邪魔なミュージシャンは徹底的に潰す人格。

 

 

お母さんが亡くなる間際に、なっちゃんのお父さんにも話してない事と言って話してくれた。

 

 

 

---------------------------------------------

 

 

 

あれはお母さんの入院先の病院で、勝手にやった雨の日のライブから数日が経った頃。

病室であたしと2人の時に話してくれたお父さんの事。

 

あ、本当はこの時のお母さんは弱っていたし、喋りもゆっくりで聞きづらい声だったけど、ここでは普通に喋ってたように語るね。

 

「梓、聞いて欲しい事があるの」

 

「え?何?あんま喋らない方が…」

 

「もう、お母さん長くないと思うから。だから、今の内に話しておきたいの」

 

「あんま長くないって…止めてよそんなの。聞きたないよ…」

 

「ごめんね、梓。でも梓もわかってるやろ?だから、ちゃんと聞いて欲しいの」

 

「ちゃんとって…うぅ…わかった。…何?」

 

「梓のお父さんの事」

 

「クソ親父の事?いや、そんなつまらない事より他に話す事あるやろ」

 

「他の事は、龍ちゃんに頼んでるし。これは龍ちゃんにも言ってない事だから、梓にちゃんと知っててほしい」

 

「…わかった。おもんないと思ったら、あたし部屋出るから」

 

「いや、面白い話ではないんやけど…ギャグ要素もないし」

 

「そういう意味ちゃうから!ギャグ要素なんかいらんし!」

 

「前に梓にお父さんの事聞かれた時、私のレガリアを狙って近付いて来てたっていうのは話したよね」

 

「ああ。うん、まぁ、それでなんで結婚したのかとか色々疑問はあったけど…」

 

「タカちゃんに出会って恋を知った梓ならわかるでしょ?そういうのって理屈とかそんなんちゃうから」

 

「わかりまくります」

 

「私がね、梓と聖羅、あなたのお姉さんを連れて、お父さんの元から逃げたのはね。お父さんの計画なの」

 

「…は?ちょ、ちょっと待ってよ。お父さんの計画って何?お父さんって結局、そのお姉さんを連れて帰ったし、お母さんには手榴弾投げつけてくるくらいやったんやろ!?」

 

「そうね。お父さんにはね、2つの人格があるの。

私も最初に聞いた時は信じられなかったけど、あの人と過ごす内に信じられた」

 

「どういう事?」

 

「お父さんは元々貧乏な作曲家でね。聖羅のお母さん、つまり前妻の人と、貧乏でも音楽に囲まれながら幸せな日々を過ごしていた。

だけど、聖羅のお母さんが大病を患ってね。手術には大金が必要になった」

 

「お姉さんのお母さんが…」

 

「援助してくれる人も何も居ないまま時は流れ、その時からお父さんは人が変わったように、お金の為だけに音楽をやるようになった。自分の邪魔になる者は無慈悲に排除しながらね」

 

「自分の奥さんを助ける為に…か。その為に邪魔者はってのは気分悪いけど、気持ちはわからなくもないかな…」

 

「お父さんは音楽プロデューサーとしての才能があったから、瞬く間に自分の会社を大きくして、クリムゾンミュージックの傘下に入る事も出来た」

 

「クリムゾンミュージック…か。そんな時からあったんやなぁ?あれ?これ公式で否定されたらどうしよう」

 

「でも、聖羅のお母さんを助けるのは間に合わなかった。聖羅のお母さんは結局、その病気のせいで亡くなってしまった」

 

「…そうなんや」

 

「それからのお父さんは余計にお金に執着するようになり、利だけを求める人になった。そんな時に私とお父さんが出会ったの」

 

「お母さんのレガリアを狙って…か」

 

「でもお父さんの中で、音楽を愛する気持ちはまだ完全に消えてなかった。音楽を愛する気持ち、その気持ちでは大切な人を守れない。そういった葛藤で毎日を苦しんでいた」

 

「音楽を愛する気持ちと、気持ちだけじゃ守れないって事と…。まるでラクスがキラにフリーダム託した時の想いだけでも力だけでもって感じやな」

 

「それタカちゃんに言ったら喜びそうやね」

 

「うん。いつか言おうとチャンスは伺ってる」

 

「だけどタカちゃんはキララク派じゃなくて、キラアス派やしなぁ」

 

「そやねんなぁ。あたしはアスキラ派やし。って何でお母さんがそんな用語知ってんの?ちょっと怖いんやけど」

 

「話が脱線しちゃったけど、お父さんはその葛藤の中で人格が分かれてしまったの」

 

「あ、良かった。話戻った。けどあたしの疑問は無視なんや?」

 

「お父さんにそれを聞いた時にね。お父さんは本当は愛が深くてそして寂しい人なんだと思って…その…つい…ね?」

 

「つい…ね?とか娘に言われても…。それであたしが出来ちゃった訳ね」

 

「ちゃうよ」

 

「ちゃうの!?」

 

「そんな1回でとか…。何度も何度も…そして梓がやっと出来てくれたんやから」

 

「何度も何度も…って」

 

「そうよ。何度も何度も…なの。だから梓は私とお父さんがちゃんと愛し合って産まれて来てくれた子なの」

 

「お母さん…」

 

「お父さんはね。本当の音楽を愛していたお父さんは、梓も聖羅も聖羅のお母さんも私も、愛してくれていた人なの」

 

「そしてその人格の時のお父さんが、お母さんとあたし達をクリムゾンから逃がそうとして、利を求める人格の時のお父さんが、お母さんからあたしとお姉さんを奪い返そうと…」

 

「うん。きっとそうなの。だから梓、いつかお父さんと出会ったらお父さんを悪夢から救ってあげて。私には出来なかったから」

 

「…あたしには無理だよ。お父さんに思い入れもないし。まだまだお母さんにも敵えへんし。だから、お母さんが…ちゃんと元気になってお父さんを…」

 

「ふふ、そうやね。まだタカちゃんにも勝ててへんねやもんね。お母さん、せめて梓がタカちゃんに勝つまでもは梓を見ていたいなぁ」

 

「か、勝てないのは翔子がトシキくんの前で倒れるからやし!Artemisの実力ちゃうしな!」

 

「梓もタカちゃんに見惚れてるやん…」

 

 

 

 

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と、いう事をお母さんに聞かされていた。

お母さんの葬儀の時に来たお父さんは、すごく最低だと思ったし、Artemisとしてライブを繰り返す中で、あたし達の邪魔や、まわりのバンドへの仕打ちを見て、お母さんの言ってた事が信じられないと思ってたけど、何度もお父さんと対峙する内に見えてきたもう1つの人格のお父さん。

 

あの優しい目をしている時には、ほんの一瞬だけかも知れないけど、本当のお父さんが出て来ているんだと思っている。

 

………待って。

え?あれ?

何であたしとお母さんはタカくんや、BREEZEとの事を話してるの?

 

あたしは今、昔の事を思い出している。だから、さっきのお母さんとの会話は"あった事"のハズだ。

妄想とか記憶違いなんかじゃない。

さっきのはお母さんと最期にした会話だ。だからはっきりと今でも覚えている。

 

なのに何で?

何でお母さんからタカくんの話が出てきたの?

お母さんの病院でライブをした時はあたしはArtemisだ。だからあたしとタカくんは出会っている。

 

なっちゃんに話をしてあげた事も、ちゃんとあたしの思い出の話だし、変に盛ったり…した事も多少あるかも知れないけど、間違いなくあたしの記憶通りに話してあげている。

 

なっちゃんに話してあげた時、お母さんの病院でライブをやったのは、あたし達がまだBREEZEと対バンやデュエルギグをする前のハズだった。

 

お母さんがタカくんを知っているハズがないし、ましてや、Artemis(あたしたち)BREEZE(たかくんたち)に勝ててないなんて、お母さんがタカくんとの事を知っているなんてあり得ないハズなのに。

 

なっちゃんに話した事も、さっきのお母さんとの会話も、"あたしの記憶の中"にある。

何で?どういう事なの?

そういえば…他にも所々あたしの記憶の中や、みんなの話の中で矛盾している事があったりしてる。

何なのこの違和感は…。

 

「それでは私は行かせてもらうよ。しばらくはキミ達と会う事もないだろう」

 

ハッ、そうだ。

今は変な違和感より、お父さんと…。

あたしの違和感の事は澄香達やタカくん達に聞いたらいいし。

 

「俺もお前とはしばらく会いたくねぇわ」

 

「ではな、タカ。くれぐれもAmaterasuの事は頼むよ。フフフフ」

 

お父さんはそれだけを言って帰ろうとした。

あたしも何か言った方がいいんだろうか?

でも一体何を言えばいいだろう?

 

「おっと、そうだそうだ。

タカ、梓。今日の私は愉快な気持ちでいっぱいだから。特別サービスだ。1つ面白い事を教えておいてあげよう」

 

「あ?面白い事だ?」

 

「特別サービス…?」

 

「クリムゾンカンパニー。この名前は知っているね?彼らは私達クリムゾンエンターテイメントの傘下として復活する事になったのだが、キミ達BREEZEとArtemisに未だに恨みを持っているようでね。私の命令を無視してキミ達に復讐するつもりらしい。せいぜい気を付けたまえよ」

 

「何!?クリムゾンカンパニーだと!?」

 

「く、クリムゾンカンパニー…やて…!?あたし達に復讐!?」

 

「フフフ、2人のそんな驚きの顔を拝める事になるとはな。いやぁ、たまにはサービスをしてみるものだね。

タカ、梓。私達クリムゾンエンターテイメントがせっかくお前達を見逃してやるんだ。クリムゾンカンパニーにヤられるなんて詰まらない結果にはならないでくれよ」

 

お父さんはそう言って、あたし達の前から去って行った。

お父さんも居なくなってせっかく2人きりになれたから、お母さんとタカくんは会った事があるかとか、色々聞きたい事があったけど…。

それよりも…まさかクリムゾンカンパニーなんて…。

 

「ね、ねぇ、タカくん」

 

「クリムゾン…カンパニー…」

 

タカくんは物凄く思い詰めたような、怒りを押し殺しているような…とても真剣な顔で考え事をしているようだった。

 

そんなタカくんを見て、あ、やっぱ真面目な顔してる時はめちゃくちゃカッコいい!好き!とか思ったけど、この気持ちは取り敢えずあたしの中に閉まっておく事にした。

今何か言ったら空気読めない女とか思われそうやし。

そして無言のままあたしとタカくんもその場をあとにした。

 

それからタカくんとあたしは一切会話もしないまま、タカくんの会社の仕事をチャチャっと終わらせて、どっちが何かを言う事もなく、ファントムへと今日の報告に向かった。

 

今日の事をみんなに報告する前に、あたしはタカくんに聞いておきたい事がある。今のうちに…2人の内に聞いておかないと…。

 

あたしがそう思っていた時、タカくんはあたしの車イスを押してくれている足を止めた。

 

「…タカくん?」

 

「梓、海原の言っていたクリムゾンカンパニーの事だけどよ」

 

タカくん…、ずっと喋らないと思ってたけど、やっぱりクリムゾンカンパニーの事を考えていたんだね。

あたし達Artemisとタカくん達BREEZEに復讐って言ってたもんね。そうなったらファントムのみんなも…。

 

「すまん…。クリムゾンカンパニーって何?俺達の知り合い?」

 

驚いた。

本当にびっくりした。

 

え?さっきまで真剣な顔して考え事してた風なのは何だったの?

あ、もしかして『クリムゾンカンパニーって何?』とか思いながら一生懸命思い出そうとしてただけなの?

でも、少し安心したかも。

 

「タカくん…。もしかしてさ?クリムゾンカンパニーの事覚えてない感じ?」

 

「知らん」

 

「知らんって…マジでか…」

 

「何か海原の野郎が、俺達やお前らに恨みあるとか言ってたし、俺達と何かあったんだろうなぁ~とは、思うんだが、さっぱりこれっぽっちも思い出せない」

 

「お父さんに『何!?クリムゾンカンパニーだと!?』とか言ってたくせに」

 

「だってよ!海原に『クリムゾンカンパニー?何それ?』とか聞くの恥ずかしいじゃん!だからな!仕事しながらここまで歩きながら一生懸命思い出そうとしたんだよ?」

 

「で?結局思い出せないからあたしに聞こうと?」

 

「はい。そうです、すみません…。

でもよ!このままファントムに行ってみんなに今日の事を報告してよ?俺だけクリムゾンカンパニー思い出せないとかめちゃくちゃカッコ悪いじゃん!?」

 

「ハァ…」

 

「す、すみません。タメ息つきたい気持ちはとてもとてもわかります。ですが、このままファントムに行ってみんなにバカにされるのは嫌なんです。なんならここで土下座もしますから…何卒、何卒教えて下さいませ」

 

「タメ息ついたのはそういう意味ちゃうよ。それに土下座も必要ないよ」

 

「ありがとうございます!教えていただけますか!?」

 

「あたしも…正直思い出せないんだよね…。あたしもファントムに着く前にタカくんに聞こと思ってたんだよね…」

 

あたしがさっき、タカくんに2人の内に聞いておきたいと言っていたのはこの事である。

お母さんとの事を聞いておきたいってのももちろんあるけど、やっぱりあたしも澄香や日奈子にバカにされる訳にはいかないし、きれいさっぱり思い出せないクリムゾンカンパニーの事を聞いておきたいと思っていたのだ。

 

「は?お前もクリムゾンカンパニーの事思い出せないの?」

 

「しゃ、しゃーないやんか…。あの頃ってクリムゾンなんちゃらってのに狙われまくってたし、いちいちクリムゾン○○ですね~。クリムゾン△△ですね~。とか確認しながら闘ってなかったし…」

 

「ってもそうだよなぁ。あの頃はクリムゾンの名前を勝手に使ってた奴らもいたし…」

 

「うん、そ、そうだよね」

 

「だよな?だから」

 

「「俺(あたし)達悪くないよな」」

 

そうお互いに庇い合って、重い足を引きずりながら、あたしとタカくんは諦めてファントムへ向かう事にした。

重い足を引きずりながらと言っても、あたしはタカくんに車イス押してもらってるだけだけど。

 

 

 

 

「「「「「「「クリムゾンカンパニー!?」」」」」」」

 

ファントムに着いて一息ついた後、みんなが集まったのを見計らって、あたしとタカくんは今日お父さんと会った時の事を話した。

 

「クリムゾンカンパニー?私はさすがに知らないなぁ。奈緒も知らないだろうし…。理奈はクリムゾンカンパニーって知ってる?」

 

「いえ、正直聞いた事もないわね。でも、海原の話ではBREEZEとArtemisに恨みを持っている。過去の闘いでおそらくは…」

 

「クリムゾンカンパニー…。私も聞いた事ありませんわね。澄香さん、クリムゾンカンパニーとはいったいどのような…?」

 

フフフ、グッジョブやで姫咲ちゃん。

あたしとタカくんの計画通りだ。

 

みんなが集まった頃を見計らってこの話をすれば、あたし達から何か言わなくても、ファントムのメンバーの誰かが、クリムゾンカンパニーの事をあたし達に質問するだろう。

その時にうまい事あたしとタカくん以外に質問するような人物に『○○ちゃんはクリムゾンカンパニーって聞いた事ある?』など言って、他の仲の良いメンバーに質問させようと策を練ったのである。

 

今回は上手い事、あたし達が誘導する事なく姫咲が澄香に質問してくれて助かったよ。

 

「クリムゾンカンパニー…。いや、すみません、姫咲お嬢様。正直覚えてません。てか、聞いた覚えもないです」

 

澄香?え?澄香も覚えてないの?

 

「拓斗さん、その…クリムゾンカンパニーって、BREEZEやArtemisと何があったんですか?」

 

「拓実…。お前があの頃の事も気になるって気持ちはわかる。だが、今の俺はお前らをあの頃みたいなつまらねぇ音楽の争いをやらせなくねぇって思ってる。明日香達を巻き込みながら今更なに言ってんだ?って感じだけどな」

 

「拓斗…そんな、私達は巻き込まれたなんて…」

 

「拓斗さん、すみません。変な事聞いてしまって」

 

「いや、待て。別にそういうつもりじゃねぇ。それでも、お前が、お前らがあの頃の事が気になるなら、出来る限りの事は伝えて、教えてやりたいとも思ってんだ」

 

「拓斗さん、それじゃ…」

 

「ああ。クリムゾンカンパニーって奴らの事、お前も気になるってんなら教えてやりたいとは思う。だがな、問題は俺がクリムゾンカンパニーって奴らの事を何も覚えていないって事だ。だから教えてやれねぇ」

 

「拓斗さん…」

 

って拓斗くんも覚えてないの!?

てか長いよ?覚えてないって拓実くんに伝える為にどんだけ文字数使ってんの?

最初の方はさすが拓斗くん、カッコいい事言うな~。って思ってたのに!

 

「ねえ、お母さん」

 

「ごめんなさい、初音。

私も全然覚えていないわ。ねえ、あなた…」

 

「あん?俺も知らんぞ?」

 

三咲ちゃんと英治くんまで!?

 

「まさかとは思いますが…あの、翔子先生」

 

「佐倉?心配すんな。そのまさかだ」

 

「つまり…翔子先生も覚えていないと…」

 

翔子もか…。

 

「ねぇ、本当に海原はクリムゾンカンパニーって言ったの?タカちゃんと梓ちゃんの聞き間違いじゃない?」

 

日奈子ですら覚えてない…だと…?それどころかあたし達の聞き間違い説を出してきただと!?

ってなるとあたし達唯一の良心だったトシキくんだけか。

 

「う~ん、あの頃は結構クリムゾンなんたらってのと闘ってはいたけど、クリムゾンカンパニーは俺も聞いた事ないや。はーちゃんと梓ちゃんは知ってるの?そのクリムゾンカンパニーってやつ」

 

ああ、やっぱりトシキくんもBREEZEだもんね。

安心したよ。あたしは何を期待してたんだろう。

 

「大の大人がこんだけ居て誰も覚えていないとはな。やっぱ日奈子の言う通りかな?俺と梓の聞き間違いなのかな?」

 

タカくん!?

 

「まったく…BREEZEは昔からみんなバカだったけど、まさか可愛い妹もそのバンドメンバーもアホだったとはね」

 

「あ、おかーさんだぁ~」

 

聖羅!?

何で今日ここに聖羅が!?

でも、聖羅はクリムゾンの内情にはあたし達より詳しいはず!聖羅ならきっとクリムゾンカンパニーの事を…。

でも、何で可愛い妹のあたしもアホのカテゴリーに入れられたんだろう?

あたしはここに来てから一切、クリムゾンカンパニーを知らないなんて言っていないのに…。

 

「クリムゾンカンパニー。彼らは元は手塚の管轄の会社だったのだけど、BREEZEに倒され、手塚が改心した後もBREEZEと梓達Artemisに嫌がらせをしてきた嫌な奴らよ」

 

そうして聖羅の話が始まった。

文字数がアレだからね!また次回に続いちゃうよ!

文化祭編とは?



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第7話 クリムゾンカンパニー

 

「クリムゾンカンパニー。彼らは元は手塚の管轄の会社だったのだけど、BREEZEに倒され、手塚が改心した後もクリムゾンに残り、BREEZEやArtemisに嫌がらせを続けていた嫌な奴らよ」

 

そうして聖羅から語られる昔の話。

本当なら文化祭編の合間のお話的な感じだったのに、思いの外長くなってしまった。

 

今回もモノローグはあたしこと、木原さんちの梓ちゃんが担当しちゃうのです。

え?あたしのモノローグ多くない?

 

「待て聖羅。手塚のアホが改心って何だ?手塚は今もアホのままで改心なんかしていないハズだ!」

 

「はーちゃんもクリムゾンカンパニーの事を聞きたいなら話の腰を折らないでよ」

 

「元々は手塚からこの辺の地域のバンドをクリムゾングループに取り込むように命令されていたのだけど、当時はONLY BLOODの3代目やBREEZE、氷川さんに香保や雨宮さんも居たからなかなかね…」

 

「お母さんやお父さんも…?」

 

「そう…父も…。って、志保?あなた明日の文化祭の準備は?」

 

「何かこっちの話の方が面白そうだから、江口達に任せてきた」

 

…渉くん達もこっちの話の方が気になってる感じだけど。

 

「色々とあったけど、BREEZE(あなたたち)がクリムゾンカンパニーを倒してね。そして、手塚はクリムゾングループの音楽より、バカな夢を見ながら楽しめる音楽の方がいいと思って、私達の協力者になってくれたのよ。

それでもクリムゾンから給料を貰ってる雇われの身だった訳だし表立って味方にはなれなかったのだけどね」

 

「さすがにーちゃんだぜ!クリムゾングループの事務所をやっつけちまうなんてよ!」

 

「さすが拓斗さんだ。僕もクリムゾングループに負けないようにベースの腕を磨かなきゃ…!」

 

「おい、拓斗。お前、昔からクリムゾングループを潰してたの?野蛮だな。俺はお前が怖いわ」

 

「英治、悪いが全く記憶にねぇ。梓達が嫌がらせをされてからは、クリムゾンの奴らとは積極的にデュエルはしていたが、そん頃はタカの"指示通り"にデュエルやってたハズだ。だから当時にクリムゾンを潰してたならタカの意思のハズだぜ」

 

「え?拓斗のヤツ何を言ってんの?俺がそんな音楽やる訳ないじゃん。そもそも面倒くさいし怖いし」

 

「当時のはーちゃんもチキンだったけど、気に入らない相手には鬼より怖かったからねぇ…。今は気に入らない相手にもチキンだけど」

 

渉くんも拓実くんも凄かったんだね。って褒めてるのに、当のBREEZEのメンバーが誰も覚えてなくて、責任の押し付け合いまでしてるのって…。

 

「クリムゾンカンパニーはクリムゾンエンターテイメントに使われているのが嫌で、何とか伸し上がろうとしていたのよ。それで九頭竜の管轄に入って、次はArtemisの妨害を始めたわ」

 

「あたし達の妨害かぁ~。澄香ちゃんや翔子ちゃんは覚えてる?」

 

「あの頃って九頭竜もやけど、二胴にしても海原にしてもやたら私達の妨害してきてたやん」

 

「まぁ、全部蹴散らしてたけどな。……だから覚えてねぇんだろうな」

 

日奈子?あたしは覚えてない前提なの?

だから澄香と翔子にしか聞かないの?

 

「それでも結局、BREEZEも協力してArtemisはクリムゾンカンパニーを撃退したわ。2度と悪い事が出来ないように徹底的にね。少し同情もしたわよ」

 

「徹底的にって…タカ兄達は何をしたんだろう?怖~い」

 

「綾乃、あんた本当に怖いと思ってる?目がキラキラしてるんだけど」

 

「さすが澄香さんですわね。早織さんもそう思いませんか?」

 

「秋月、私達がやっているのは音楽だぞ?徹底的に撃退の何がさすがなんだ?私に同意を求めないでくれ」

 

あたし達が徹底的にかぁ…。

正直、そんな風に倒して来たクリムゾングループはいくつかあるし、クリムゾンカンパニーの事って言われてもどれの事なのか思い出せないけど…。

 

「って事は、俺らやArtemisがそいつらぶっ倒してたとしても15年以上前の事だろ?」

 

「だよな。英治の言う通りだぜ。15年以上前の恨みを未だにネチネチネチネチと…ダセェな」

 

「こないだまで恨みでクリムゾンと闘ってた宮ちゃんがそれ言うんだ?」

 

「そん時俺本当に居た?俺以外のメンバーでやった事じゃない?」

 

「そうね。私も気になるのはそこよ」

 

「あ、やっぱ俺居なかった感じ?んだよ、恨まれてんのはトシキと拓斗と英治だけかよ。そうじゃねぇかと思ったけどよ」

 

ぇ~…タカくん抜きでクリムゾンの事務所を潰した事なんてあったかなぁ?

 

「私が気になっているのはタカのセリフじゃないわよ。拓斗の言っていたセリフ。"15年以上前の恨み"って所ね」

 

「あ?どういう事だ?」

 

「クリムゾンカンパニーはあなたたちに倒されて、当時の責任者や幹部達は失脚した。事実上、本当にクリムゾンカンパニーは潰れる事になったわ。それが…15年以上も経って復活し、あなたたちへの恨みを晴らす為にクリムゾンエンターテイメントに協力するなんて事は、私はあり得ない事だと思っている」

 

まあ、そりゃそうだよね。

あの頃に失脚して無職になったんなら、他の仕事とかしないと生きていけないだろうし、あたし達に恨みを晴らす為に準備してたとしても、あたし達も15年前に解散したようなもんだし、あたし達とまた事を構えるなんて考えもしないだろうし。

 

「あ、わかった。アレじゃね?海原のヤツ、俺をビビらせようと思って適当な事言ったんじゃね?だって俺は恨みを買うような青春時代送ってないもん」

 

「さすがタカだな。お前の言う通りだと思うぜ。そもそも俺らは音楽を楽しんでやってただけだから、恨みを未だに持たれてるとかあり得ねぇもんな」

 

「…が、タカと英治の意見みたいだが、トシキはどう思う?」

 

「う~ん…15年以上前の恨みを未だに…って思わなくはないけど、はーちゃんと英ちゃんに恨みを持ってる人なら割りと居そうな気がするなぁ。あ、もちろん宮ちゃんにもね」

 

…トシキくんも敵には容赦無かったから恨まれてても、あたしは不思議に思わないよ?

 

「ってのがお父さん達の意見みたいだけど、お母さんはBREEZEの元チューナーとしてどう思う?」

 

「そうね。私もクリムゾンのグループとは闘っていた訳だけど、そんな昔の恨みを今でも…とは思うわ」

 

「そうなの?じゃあタカの言う通り、タカと梓さんを警戒させる為だけなのかなぁ?」

 

「うん、そう思うわ。タカくんは確かに気に入らない相手はクリムゾンだろうとなかろうと潰してたし、英治くんは女の子が絡むと徹底的に相手を追い込んでたし、拓斗くんはクリムゾンとわかれば無慈悲に相手を倒していたわ。トシキくんは友達や知り合いがやられると正直私もドン引きするくらい容赦が無かったけど…恨まれる事なんてないと思うわ」

 

「…え?う、うん。ああ、そう」

 

「ねぇ、奈緒。先輩達って三咲さんの話だと、めちゃくちゃヤバそうな人達なんだけど、本当に奈緒はそんなBREEZE(せんぱいたち)に憧れてたの?」

 

「え?渚は何を言ってるの?TAKAさんは許せない相手と闘う勇者。EIJIさんは女の子を守る騎士、TAKUTOさんはクリムゾンと闘う尖兵、トシキさんは仲間を守る戦士って事でしょ?素敵じゃない」

 

「お姉ちゃんはBREEZEが絡むと頭が悪くなる呪いにでもかかってるの?」

 

う~~ん、クリムゾンカンパニー…。

正直、あたし達Artemisも心当たりが多すぎて、どの会社の事だったか思い出せないなぁ…。

 

「思い出せないのも無理はないのかも知れないけどね。基本的にあなた達が闘っていたのはクリムゾンエンターテイメントで、クリムゾンミュージックには取り入れてもらえなかった小さな事務所や会社はあったけど、足立や二胴、九頭竜の部下という位置付けだったもの」

 

…聖羅は今、私はクリムゾンエンターテイメントには関係ないですよ。みたいな感じで喋ってるけど、あたし達昔は聖羅の部下とも手塚さんの部下ともデュエルした事あるからね?

聖羅は幹部より上の副社長みたいなポジションだったし。………でもそれは今もか。

 

「でもまぁ、15年以上前の恨みを持って今の俺達に何か仕掛けてくるとか根暗過ぎだろ」

 

「普通に考えるなら英治の言う通りよ。でもまぁありえなくもないわ。

それにタカもトシキも拓斗も、(あのおとこ)がそんなありえない事をわざわざ言うとは思わないでしょう?」

 

そうだね。

お父さんは利益のある事しかしない。

クリムゾンカンパニーって会社の事を言った所で、お父さんに利があるとは思えない。

 

「んで、結局、俺は今でもクリムゾンカンパニーって奴らの事は思い出せないんだけどよ。そいつらってどんなバンドだったんだ?」

 

「……これだけ話してもクリムゾンカンパニーの事を思い出せないのなら、話すだけ無駄ね。私は盛夏を連れて帰るわ」

 

「いや、待てよ。あ、お前って盛夏を迎えにここに来たの?まぁ、それは今はどうでもいいわ。俺の質問に答えてくれよ。そのクリムゾンカンパニーってどんな奴らが居たんだよ。それ教えてもらったら俺らも思い出せるかもじゃん?」

 

ああ、さすがタカくんだ。

確かにどんなバンドが居て、どんな音楽やってたのか教えてもらったら少しは思い出せるかも。

 

「盛夏、帰るわよ。今日はおじいちゃんとおばあちゃんが来るから、外食にしましょうって言ってたでしょ?」

 

「お~!お~お~お~!うっかり忘れてたぁ~。今日はお爺ちゃんとお婆ちゃんが来るから焼肉食べ放題の日だぁ~」

 

うっかり忘れてたの?

 

「そういう訳だから私達は帰るわ。おもてに主人とタクシーを待たせてるし」

 

「いや、待てよ聖羅。タカの言う通りだぜ。どんなバンドが居たのか話してくれたら、俺達もクリムゾンカンパニーを思い出せると思うぜ?」

 

そう言って英治くんは聖羅の肩を掴んだ。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

その瞬間、聖羅が急に叫ぶものだからファントム内に居るみんなが驚いた。

 

「ん?え?ど、どうした?俺、何か変な事言った?」

 

「へ、変な事を言ったかですって!?聞いて!三咲!

英治ったら今、私の肩に手を置いた刹那に私のブラを外したのよ!」

 

え?ブラ?

 

「は!?ちょっと待て聖羅!俺がそんな事する訳ないだろ!?とんでもない言い掛かりじゃねーか!」

 

「今は私もあなたも結婚をしている身!それどころか子供まで居るのよ!?なのに…こんな事してくるなんて!」

 

「ほんと何言ってんだお前!み、三咲!俺はそんな事してないからな!マジで冤罪だから!」

 

「こ、こんな所には1秒も居られないわ!行くわよ盛夏!」

 

そう言って聖羅は強引にせっちゃんの手を引いてファントムから出ようとした。

 

「いや!本当にそんな事してないから!三咲!信じて!」

 

「大丈夫よ。英治くんの事はよく知っているから。そんな事が、で、KILLとは思ってないわよ」

 

「出来るの言い方がおかしいよ三咲!」

 

昔の英治くんならやりかねない所が疑わしんだよねぇ~。まぁ、聖羅の嘘なんだろうけど。

 

「三咲が怖い!お、おい、タカ!トシキ!拓斗!何とかしてくれ!」

 

「いくらみんなの目があるからといっても、あの笑顔の三咲を止めるのは俺には無理だから諦めてよ」

 

「トシキの言う通りだ。悪いな英治。お前との思い出は絶対に忘れないぜ」

 

「トシキも拓斗も諦めるの早すぎだろ!お、おい、タカ!頼むよ、今度奢るから!」

 

「チ、しょうがねぇ。ああなった三咲を止めるのは無理だからな。代わりに聖羅を止めてやるよ。聞きたい事もあるし。

おい、聖羅待てよ」

 

「待ってタカ!行かないで!俺が今、止めてほしいのは聖羅じゃなくて三咲なの!」

 

相変わらずBREEZEは混沌としてるなぁ。

 

「あ、そうだ。タカ」

 

「ん?何だ?クリムゾンカンパニーのバンドの事を話してくれる気になった?」

 

「おもてには私の主人も居るのよ。盛夏をバンドに入れておきながらちゃんと挨拶してないでしょ?」

 

「ん?ああ、そういやそうだな。そういえばお前の旦那ってBREEZE(おれら)のファンだったんだっけ?そこら辺も含めてちゃんと挨拶しとくか。何だかんだと今まで会った事もなかったし」

 

「そんな!?せ、盛夏を嫁に下さいと挨拶するつもり!?」

 

聖羅?

 

「お前は本当に底抜けのアホだな。まぁ、いいや。ちゃんと挨拶だけは済ませておこう」

 

「あら?盛夏と結婚させて下さいって挨拶する訳じゃないの?」

 

「当たり前だろうが。お前はアホの世界チャンピオンか?」

 

「なら主人とは会わない方がいいわよ?」

 

「あ?何で?お前の旦那もアホの一派なの?」

 

「先日の盛夏と1夜を共にしたってやつ。うちの主人はめちゃくちゃ怒っててね?

相手がBREEZEのタカって事もあるし、ちゃんと結婚もして責任取るのなら…って怒りを押し殺してはいるけど、ただの挨拶だけなら○されても私は知らないわよ?」

 

「…は?だからそれあの夏休みの事だろ?誤解だってお前もわかってくれたじゃん。それに何年前の話だよそれ」

 

「主人には誤解だったって話してないもの。それに何年前って、今はまだ10月よ?2ヶ月くらい前の事じゃない」

 

「何で誤解だって話してねぇんだよ!」

 

「その方がおもし…なかなかその話をする機会がなくてね」

 

「今、絶対その方が面白いって言い掛けてたじゃん!」

 

「なら挨拶ついでにタカが誤解を解いてくれば?さ、盛夏行くわよ」

 

「ぐおおおおお…」

 

タカくんは結局その場に崩れ落ちて膝をつき、取り敢えず嘆いていた。

 

「おかーさぁ~ん、本当に英治ちゃんにブラ外されたのぉ~?」

 

「嘘に決まってるじゃない」

 

あ、やっぱ嘘だったんだ。

あたしまで聞こえちゃうような声の大きさだったけど、英治くんと三咲ちゃんには届いてないようだし、タカくんもずっと嘆いたままだし。

トシキくんと拓斗くんは、自分が止めに行ったらどんな弄られ方するんだろう?って不安と警戒がせめぎあっているような顔してるし…。

 

クリムゾンカンパニーか。

結局全然思い出せないし、もし本当にお父さんの言う通りあたし達を恨んでるにしても、どんなバンドが居たのか聞いたところで対処のしようもないんだろうけどね。

 

それより、今聖羅がここに居るなら…。

あたしは意を決して聖羅の元に近づいた。

 

「あの、聖羅…。ちょっと聞きたい事があるんやけど」

 

「何梓?貴女もクリムゾンカンパニーの事が聞きたいの?」

 

「…正直それも聞きたいとは思うけど、ああやってタカくんや英治くんを貶めるって事は、聖羅もクリムゾンカンパニーにどんなバンドが居たのかってのは、知らないか忘れてるんじゃないかな?って思ってる」

 

じゃない限りは聖羅は多分教えてくれるだろうし。

 

「そう…ね。詳しく知らないってのが正解ね。でも正直にそう話した所で、あの馬鹿達は『あ?やっぱお前も忘れてんじゃねーか』って私を馬鹿にしてくるだけでしょ」

 

うん。そうだろうね。あたしもそう思う。

 

「それがわかってて私に聞きたい事ったら何かしら?」

 

「あ、うん、それなんやけど」

 

聖羅ならちゃんと茶化したり変に誤魔化したりしないで答えてくれるはず。

いや、違うね。聖羅なら特に疑問を持たずに正確に答えてくれるだろう。

 

「ちょっと思う所があってさ?覚えてたらでいいんやけど、あたしと聖羅が初めて会った時の事って覚えてる?最初はあたしは良い印象じゃなかったんやけど」

 

ごめんね、聖羅。

あの時の、お母さんの葬儀の時に初めて会った時。

聖羅はお父さんから、あたし達Artemisの事を守る為に嫌な事をわざわざ言って、お父さんがあたし達に興味を持たないようにしてくれた。

 

聖羅はその時の事を誠意を持って謝ってくれたのに、そんな事を思い出させるなんて酷いよね。

でも、それを聞けたらあたしの記憶のおかしい部分も解決してくれるはず。

 

タカくん達BREEZEがあたし達Artemisとデュエルした事をお母さんが知っているのが正しいのかどうかが。

 

あたし達をBREEZEとデュエル出来るようにしてくれたのは聖羅だ。

そして、聖羅と初めて会ったのは、お母さんの葬儀の時のはず。

だから、聖羅の記憶でも、あたしと初めて会ったのがお母さんの葬儀の時だったなら、お母さんとタカくんは会える事はなかったはずだし、お母さんがあたし達の事を知る訳がない。

 

「私と梓が初めて会った時…ね。もちろん覚えているわよ。あの時は本当に貴女達には酷い事を言ったわ。印象が悪くてもしょうがないわね」

 

「あ、覚えてくれてたんやね。まぁ、その時の事は本当に気にしてへんよ。変な事言ってごめん。それよりさ?その時ってさ…いつ?」

 

聖羅はあたし達に酷い事を言ったと知っている。

いや、知っているって言い方も変だけど。

 

「何が聞きたいのかしら?変な事を言うわね。

あの日の事を忘れるわけないじゃない」

 

「うん。だよね。あたしも覚えてる。でも、それっていつなの?」

 

「梓?」

 

変な事聞いてるよね。

でも大事な事なの。

言って聖羅。お母さんの葬儀の時って…。

 

「ふふ、変な事聞くわね。ま、理由は聞かないけど、梓が聞きたいのなら答えるわ。

私と梓が初めて会ったのは…」

 

あたしと聖羅が初めて会ったのは?

 

「艶かしい母君遙那マム…。もう面倒くさいから母さんでいいわね。

母さんが入院をした翌日だったかしらね。あなた達Artemisがバンドを結成して少し経った頃の、夏休み前だったわね」

 

…は?え?

お母さんが入院をした翌日…?

 

「ちょ…っと待って。お母さんの葬儀の時…じゃなくて?」

 

「?何を言っているの梓は」

 

そんな…何で…?

 

「お母さんの葬儀の時に!お父さんと聖羅が一緒に来て!」

 

「本当に何を言っているの?母さんの入院を知った時に、確かに私と父で面会に行ったけど、父が母さんの事そっちのけであなた達に興味を示したから、私があなた達を侮辱するような事を言って…」

 

「た、確かにそんな感じだったけど、感じ…だったけど…」

 

「それから長い入院生活だったけど、私も母さんに会えて、もっと甘えたかったしもっと孝行もしたかったけど、ずっと伝えたかった言葉も全部は無理だったけど、たくさん伝える事が出来たわ」

 

何で…。あたしの記憶じゃ…聖羅は会いたかったのにお母さんには会えなかったって。

 

「無事に…とは言いたくないけど、母さんの葬儀にはちゃんと娘として参列も出来たし。…あの子には感謝しているわ」

 

あの子…?

 

「あの子が母さんを無理にでも入院させようとしていなかったら、私は母さんに会う事も出来なかったかも知れないし、母さんももっと早くに亡くなっていたかも知れないものね」

 

「聖羅…あの子って…誰?その子がお母さんに入院を?」

 

「?そうよ。梓達は仲良くしてたじゃない。私は頻繁に関西に行けた訳じゃないし、そんなに親しくなかったけど、母さんの病気が悪いのを見抜いて、早々に入院を勧めてくれた子よ」

 

誰それ…?あたしの記憶にはそんな子…。

 

「しばらくなっちゃん。水瀬さんの家に下宿してた可愛い女の子よ」

 

「本当に…誰やのその子…。おっちゃんの家に…なっちゃんの家に下宿…?」

 

「おかーさ~ん、何のお話?おとーさんがタクシーの中から身振り手振りで早くしろって言ってるよぉ~」

 

「あ、そうだわ。ごめんなさい、梓。

私達はもう行くわね。話の続きをしたいなら、また今度に…」

 

「あ、あはは、ご、ごめんね、聖羅。あたしこそごめん!ちょっと変な事気になってさ。お義兄さんにも待っててもらってごめんって言ってて」

 

「梓?本当に大丈夫?ちょっと変よ?」

 

「あはは、大丈夫大丈夫。また何か気になったら連絡するし。お義兄さん達と今日は楽しんで来て」

 

「そう?わかったわ。もし何かあるのならちゃんと連絡するのよ?」

 

「わかってるって。それじゃせっちゃんもしっかり食べて来てね」

 

「ほ~い。それじゃ美しい堕天使シャイニング梓お姉様バイバ~イ」

 

「うん。バイバイ」

 

「盛夏ってまだ梓をそんな風に呼んでるの?」

 

そして聖羅とせっちゃんら行ってしまった。

 

あたしと聖羅が初めて出会ったのはお母さんが入院をした時?

お母さんの病気が悪いのを見抜いて、お母さんに入院を勧めてくれた子?

しかもなっちゃん家の水瀬家に下宿?

 

わかんない。

わかんないよ。あたしの知らない事ばかりだ。

やっぱり何かおかしいよ。

 

でも、もし、あたしの知っている記憶とは違って、お母さんと聖羅は会う事が出来ていて、お母さんがArtemisとBREEZEの対バンやデュエルを観る事が出来ていたのなら、あたしの知っている記憶よりは、ずっと素敵だと思う。

 

どうしてあたしにその記憶がないんだろう。



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第8話 文化祭は続くよ

「俺達が全然目立ってねー!!!!」

 

「どうしたの渉?あ、もしかしていつもの発作かな?」

 

「渉くん、落ち着いて!ほらヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

 

「ラマーズ法で渉を落ち着かせようとしているシフォン。マジで推せるぜ」

 

俺の名前は江口 渉。

Ailes Flammeのボーカルをやっている。

実質この物語の主人公と言っても差し支えないレベルだ。

 

今は合同文化祭が開催されてから3日目の放課後。

昨日と一昨日の文化祭でライブ大会の予選が終了し、土曜日の決勝大会まで少しの間の小休止って感じだ。

まぁ、俺達学生は普通に文化祭もあるし、にーちゃん達も学校で仕事あるみたいだけど。

 

「まぁ、渉くんは置いておいて。ボクらもライブ大会の決勝に出たかったよね」

 

「ああ、そうだな。それにタカさん達の話じゃ、雨宮達もしっかりライブしてたみたいだし、AmaterasuとBreak Bellだっけか?何かスゲェ音楽やるらしいじゃねぇか。雨宮やそいつらともデュエルしてみたかったな」

 

「渉がメイクに変なアレンジを入れなければね…」

 

「俺のせいなの!?」

 

う~ん…、確かにメイクに気合いを入れすぎたせいで、何故か全身にモザイクがかかってしまったけど、俺のせいだけじゃないと思うんだけどなぁ。

 

「それで?さっき渉が言ってた『全然目立ってねー』ってどういうこと?」

 

「あ、ああ、それな。にーちゃんの後継者の証である射手座のレガリアが、どこの馬の骨ともわからないポッと出の女の子に受け継がれちまってよ。主人公の座が危ないなと思ってな」

 

「ああ、なるほどな。渉。お前が相変わらずのアホで安心したぜ」

 

「ま、確かに文化祭編なのにエルフラコも失敗したし、目立ってる目立ってないの前に、不完全燃焼ではあるかな。

あ、そうだ!ねぇねぇ、じゃあさ、ライブは無理だろうけど今からみんなでスタジオ練しちゃう?」

 

お、久しぶりのスタジオ練!

いいなそれも!

 

「そうだね。僕も晴夜は持って来てるし、今日はバイトもないし、いいと思うよ」

 

「そうだな。オレも大丈夫だ。渉ももちろん大丈夫だよな?」

 

「当たり前じゃねぇか!もちろんやるぜ!やろうぜ、スタジオ練!」

 

「オッケー。じゃあボクのスマホで早速スタジオ予約しちゃうね」

 

エルフラコの時に披露する予定だった新曲の練習をするか、それとも今までの曲をもっと極める為に煮詰めるか。どっちにしろ有意義な時間になりそうだぜ。

 

「ん?ありゃ?」

 

「どうしたシフォン。もしかしてスタジオは予約でいっぱいか?」

 

「いや、そうじゃなくて今、スマホひらいてみたんだけど、志保からボクらみんな宛に連絡が来てて…」

 

「え?雨宮さんから?何って?」

 

雨宮のヤツめ。

例えお前からの連絡であっても、俺達Ailes Flammeは止まらねぇぜ。残念だったな。

 

「今日は志保のバイト先のカラオケが半額デーだから、ボクらも来ないかって。さっちちゃんと明日香ちゃんと栞ちゃんも一緒みたい」

 

「フッ、カラオケの半額デーか」

 

「そういや、僕はまだあのカラオケの今月のスイーツを食べてない事を思い出したよ」

 

「ああ!亮、拓実、シフォン!俺達の向かう先はひとつだ!行くぞ!!」

 

俺達はカラオケへと向かうべく、雨宮の指定した待ち合わせ場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「いやー!しっかり歌ったな!」

 

俺達は雨宮達と合流した後カラオケに行って、かれこれもう3時間程歌ったのだ。

まぁ、拓実や明日香や小松は人前ではあんまり歌いたくないというバンドマンにあるまじき理由から、ほとんど歌ってたのは、俺と亮とシフォンと雨宮とさっちくらいだったけどな。

 

今は歌うのはちょっと休憩しようって事で、何故か亮が持っていた『蕎麦打ち名人100選 関西編』というDVDを観ながらみんなでスイーツを食べてダベっていた。

 

「ふぅん…。あんたらスタジオ練行くつもりだったんだ?あたしらDivalはライブあんまり出来てないけど、割りとスタジオ練はしてるよ」

 

「何!?Divalはたまにスタジオ練してんのかよ!ずりぃぞ雨宮!」

 

「ずるいって何よ…」

 

「そういや栞ちゃん達FABULOUS PERFUMEはハロウィン前にライブやるんだっけ?」

 

「遊ちゃんはもう普通にボクがFABULOUS PERFUMEである事話してるよね?一応、FABULOUS PERFUMEは正体不明のバンドなんだけど?」

 

「あのさ?秦野くん…その、物凄く言いにくいんだけど、このDVD…面白いかな?」

 

「え?私は面白いと思って観てたけど、紗智的には面白くない?さっきの職人の蕎麦の切り方。見事なものだったわ」

 

「おお!そこに気付くか観月!さすがだな!」

 

「あー、新作のスイーツ美味しい」

 

俺達は思い思いに語っていた。

まぁ、主に文化祭とか音楽の事だな。

 

「そ。今予選の集計中で、今日中には決勝大会に出れるバンドが決まるみたい。デュエルの対戦組み合わせもその時に発表されるんだってさ」

 

「なるほどな。それで待ってるだけじゃ、落ち着かねぇから、カラオケ半額デーって事でみんなで来たって感じか?」

 

「秦野亮は何を言ってるの!ボクらが決勝大会に行くのは確実だよ!だって即席のパスビにはボクも双葉もいるんだし」

 

「栞の言う通りね。私達が決勝大会に出れないなんてあり得ないわ」

 

「ありゃ?意外だね。明日香ちゃんの事だから『私はさっさと負けてゆっくり文化祭を楽しみたい』とか言うと思ったのに」

 

「やってしまったからには負けたくないの!正直面倒くさいって思ってたけど、やるからには優勝目指すわよ」

 

ライブ大会で優勝かぁ。

俺達もエルフラコで演奏出来てたら、順当に決勝大会も出てただろうし、優勝もしてただろうな。

あ、そういやライブ大会って言えば…

 

「そうだな明日香。せっかくならアマテラスに負けないようにお前らが優勝してくれよ」

 

「え?何で江口くんはAmaterasuを敵視してるの?

Amaterasuのボーカルの子ってタカさんのレガリアの後継者でしょ?仲間みたいなものじゃん」

 

「いや、別に敵視してる訳じゃねぇぞ?」

 

「河野。聞いてやるな。渉はアホなんだよ」

 

「そうそう。渉くんはAmaterasuに主役の座を奪われると思ってジェラシー妬いてるんだよ」

 

「主役の座?ジェラシー…?」

 

いやいや、確かに最近は出番が少ないから、少し妬きもちも入ってるけどそうじゃないからな?

 

「そういうのじゃなくてよ。ほら、にーちゃんからレガリアを託されたっていうポッと出の女の子。確かアマテラスのボーカルの…天音だっけか?」

 

「もしかして渉って、レガリアって対バンかデュエルで勝ったバンドの物になるとか思ってたりしてるとか…?

渉、レガリアってそういうシステムで手に入る物じゃないからね?」

 

「拓斗ならともかくタカさんはそういうのでは、レガリアの後継者とか決めたりしないでしょ」

 

「うん。明日香の言う通り。

タカがそんなので後継者決めるなんてありえないよ。むしろタカが相手ならあたしの胸かお尻でも触らせて『通報したり訴えられたり、理奈達にチクられたくなかったら、あたしを後継者にして』って言った方が可能性ありそうだし」

 

「雨宮の手でタカさんなら何とかしてしまいそうって思える所が恐ろしいな」

 

「そんなんじゃねーよ。雨宮と亮こそにーちゃんを何だと思ってんだ?てか、その前にお前らみんな俺の事を何だと思ってんの?」

 

いや、本当に何を言ってんだこいつら。

 

「確か天音…だっけか?ほら昨日のにーちゃん達の話じゃ海原に狙われてるみたいだったしよ。昔のArtemisの事もあるし、俺もこないだ足立に会った時によ」

 

あの時、足立に会った時俺は、正直息をするのもヤバいと思うくらい恐怖を感じた。

海原にファントムで会った時は、そん時みたいな恐怖は感じなかったけど、海原も足立と同様に恐ろしい相手だってのはにーちゃん達から聞かされている。

 

「足立…か。確かにあいつに会った時はヤバかったな。正直、親父達が来てくれるまでは生きた心地がしなかったぜ」

 

「足立…元クリムゾンエンターテイメントの四天王の1人…か。手塚さんを見る感じじゃ、恐怖とかそんなの感じないけど、そんなヤバいヤツだったんだ?」

 

雨宮の問いに俺は黙ってこくりと頷いた。

だけど、雨宮は俺の方を見ずに『蕎麦打ち名人100選 関西編』の画面を見ていた。

かっこよく頷いたつもりだったのに。

 

「でもそれでAmaterasuに負けないようにって、どう繋がるの?」

 

「ああ、それな。一応にーちゃんのレガリアの後継者って事で、海原はファントムに手を出さない約束だからってのでアマテラスを諦めるって話だったけどよ。にーちゃんや梓ねーちゃん達は警戒はしてたろ?」

 

「確かにそうだね。ボクらは正式にファントムのバンドだけど、Amaterasuは正式にファントムに所属してる訳じゃないもんね」

 

「拓斗も言っていたわね。二胴や九頭竜が本当にそれで手を引くか疑問だって」

 

天音って子がどんだけすげぇバンドで、どんだけすげぇ歌を歌えても、海原に狙われたら昔のにーちゃんや梓ねーちゃんみたいになっちまうかも知れない。

 

「俺もよBLASTに勝ちたいとか、音楽の先の世界を見たいとか、色々音楽で目標はあるけど、俺はにーちゃんの仲間として、にーちゃんの後継者を守りたいって思ったんだ。にーちゃん達がArtemisを守ったみたいにな」

 

「う、江口くんが(今日も)かっこいい…」

 

「わ、渉が(今日も)かっこいい…」

 

「お?さっちも明日香も俺の事かっこいいって思ってくれたのか?もしかして俺に惚れたり…」

 

「志保ちゃん助けて。江口くんが頭おかしい事言ってる…」

 

「秦野!あんたAiles Flammeのリーダーでしょ!?バンメンがおかしな事言ってるんだから注意しなさいよ!」

 

え?さっきのかっこいいって何だったの?

 

「でもよ渉。雨宮達がアマテラスを倒して優勝したからって、海原がアマテラスから興味なくなる訳でもないかもだし、雨宮達が海原に執拗に狙われるようになっても大変は大変だぞ?」

 

「ま、そこはほらよ!俺達も居るしにーちゃんやねーちゃん、春さんやevoke…仲間がいっぱい居るしな!」

 

「ああ、良かった。いつもの江口くんだ」

 

「まったく…渉はいちいち言う事が大げさなのよ」

 

え?俺ってそんな変な事言ってる?

 

「ん~、まぁいいや。取り敢えず明日香、雨宮、小松」

 

「な、何よ」

 

「ライブ大会!お前らがアマテラスを倒して優勝しろよ!」

 

俺は思いっきり叫んだ。

 

 

 

 

 

 

-渉達の居るカラオケの隣の部屋

 

 

「あ、あはは、渉くんってまた面白い事言ってるね…」

 

「ほんと渉はアホだね」

 

「なぁに~?そんな事言ってぇ。美緒も本当はタカさんの後継者になりたかったんじゃないの~?」

 

「は?麻衣は何を言ってるの?私はお兄さんの義妹になる予定だから後継者になんてならなくていいし」

 

「義妹って…」

 

「うん。渉は本当にアホだね。優勝するのはあたし達Glitter Melodyだし。さすがにしーちゃん達相手でも負けるつもりはないよ」

 

私の名前は佐倉 美緒。

正直、お兄さんの後継者より理奈さんの後継者になりたい普通のJKだ。

 

「隣に渉くん達が居るのもびっくりしたけど、Amaterasuって確かあたし達の学校の子達なんだよね?gamutじゃないバンドが居たのも私はびっくりしたよ」

 

「あ、そうだよね~。私もAmaterasuってよく知らないし」

 

Amaterasuか。

私もどんな音楽やっているのかは、よく知らないんですよね。

でもメンバーの子。天音ちゃんって子はあの子の事なんだろうって目星は付いている。

多分、今年度の始めくらいにgamutのまわりをウロウロしていた大人しそうな感じだったあの子だろう。

 

私と睦月でgamutに勧誘してたあの子。

まぁ、結局話途中でいつも逃げられてたし、gamutに入ることはなかったんだけど、最近、ギターケースやベースケースを持ってる子達と一緒に居るのを見てたから…。

 

でもまさかあの子がレガリアを継承してるとは夢にも思ってませんでしたけど。

……それもお兄さんのレガリアとは。

 

「どしたの美緒?何か怖い顔してない?」

 

「は?え?そんな顔してないけど?」

 

「あ、もしかしてラーメン分切れてきた?体調悪い?」

 

「あの…睦月ちゃん、ラーメン分って何かな?」

 

「あれ?恵美はラーメン分って知らない感じ?」

 

「あ、あはは、聞いた事もないんだけど…」

 

「え?恵美ってあたし達の中でも成績優秀って感じなのに、ラーメン分知らないんだ?」

 

あ、確かに睦月の言う通りかも。

文化祭始まった3日前からラーメン食べれてないし、ちょっとイライラしてるのかも。ラーメン分摂取しなきゃ。

このカラオケってラーメンありましたかね?

 

「あ、あはは…あ~…もしかして…、カルシウムとか糖分とか鉄分とか…そんな感じ?」

 

「うん、そう。美緒ってラーメン食べない日が何日か続くと何でもケンカ売っちゃうし。こないだ蟻にケンカ売ってたよね?」

 

「いや、さすがに模造しないでくれない?麻衣と恵美が信じたらどうすんの?確かにラーメン分が不足してくるとイライラしちゃうけど…」

 

「美緒も睦月もラーメン分って栄養素が本当にあるかのように話してるよね?」

 

「あ、だよね?麻衣ちゃんの言う通りそんな栄養素ないよね?」

 

「え?うそ、ないの?」

 

「麻衣も恵美も変な事言ってないで。睦月が信じたらどうすんの」

 

麻衣も恵美もラーメン分がないとか、さすがに睦月も信じないと思ってのジョークなんだろうけど。

ラーメン分不足したら人間生きていけないでしょ。

お兄さんも昔ラーメン分が不足して死にかけたって言ってましたし。

 

「いや、美緒も何を言ってるの?そんな栄養素ないよ?」

 

「いや、麻衣。さすがにそのジョークは笑えないよ?」

 

「美緒は本当に何を言ってるの…?」

 

「ねぇ恵美」

 

「睦月ちゃん?何かな?」

 

「さすがにラーメン分ってあたしも冗談だったんだけど、美緒ってどうも本気くさいね」

 

「あ、睦月ちゃんは冗談だったんだ?」

 

え?睦月も何を言ってるの?

あるでしょ。ラーメン分は…。

 

「そもそもね?美緒。美緒はこないだ文化祭前も景気付けってラーメン食べてたよね?」

 

「うん、まぁ…でも、その日以来ラーメン食べてな…」

 

「私達ラーメン食べてなかったでしょ?その時。

もちろんその時以降も私は食べてないし。私がこないだラーメン食べたのって夏休みの時くらいだよ?」

 

「え?冗談でしょ?麻衣はそれで何で生きてんの?」

 

「「「……」」」

 

え?嘘でしょ?何でみんな私を可哀想な人を見るかのように見てくんの?

 

 

 

 

-渉達の居るカラオケのGlitter Melodyと逆サイドの部屋

 

 

「カラオケだとベース弾けないし、さっきまで帰りたかったけど、面白い展開になってきたね」

 

「おのれ、忌々しい!Ailes Flammeの江口さんとおっしゃいましたか?まさかわたくし達Amaterasuを…いえ、天音を敵視するとは!」

 

「いや、別に私達や天音さんを敵視してる訳じゃないんじゃ…?まぁ、でもわざわざAmaterasuを倒して…って言ってるのか…」

 

「あははは!良かったじゃん、あまねる大人気じゃん!」

 

「うぇぇぇぇぇぇ…な、何が良かったって言うの?あ、どうしよ…お腹痛くなってきた…もう帰りたい…」

 

私の名前は本城 天音。

今日はライブ大会の結果発表だから、みんなで結果を聞こうとカラオケ半額に乗っかって、バンドメンバーとカラオケに来ていた。

 

さっきまで気持ちよく歌ってたんだけど、蘭ちゃんがベース弾けなくて暇ー!って言うものだから、真凛ちゃんが『じゃあちょっと休憩しておやつタイムにしよ!』と提案し、小休止を挟む事になった。

ちょうどその時に隣の部屋から話し声が聞こえてきて…。

 

「わ、私はファントムの方達と敵対するつもりなんてないのに…」

 

「あまね。でも、あたし達、優勝目指してるでしょ?」

 

「うぅ…そ、そりゃ、もちろん優勝を目指してはいるけど…。そ、そもそもみんなの演奏はすごいけど私の歌なんてまだまだだし」

 

「だったら問題なし。ファントムとかクリムゾンとか関係ないし。あたし達はあたし達の音楽やるだけ」

 

「そうそう!らんらんの言う通りだってー。あたしらならいけるいける!ヤバそうになったらあまねるのレガリアで蹴散らせばいいし」

 

「いや、レガリアってそういうモノじゃないから…」

 

「う~ん…、確かに私もドラム始めたばっかりだし、あんまり自信ないかも。優勝はもちろんしたいけど…」

 

「天音も輝美も自信無さすぎですわ。貴女方はもう少し自分の演奏を信じればいいのです。逆に真凛が何でそんなに自信満々なのか不思議でなりませんわ」

 

「え?あたし?」

 

いや、そうは言っても…。

もちろんライブ大会の日に改めて、バンドを、音楽を頑張ろうって決意したけど、みんなで気楽に楽しんでライブやりたいだけだし。

も、もちろん、三咲さんに大切な射手座のレガリアを託してもらったし、デュエルするなら負けないように…とは思ってるけど。

 

「天音はもっと自信を持つべきですのよ。貴女はあのレガリアの後継者として認められたシンガーなのですから。それも15年前にクリムゾンエンターテイメントと戦っていたBREEZEのチューナー、三咲さんから直接に」

 

「も、もちろん、わかってるよ。

こ、こないだは逃げちゃったりして、みんなにも迷惑掛けちゃったし、カッコ悪い所を三咲さんにもタカさんにも見せちゃったけど…。今はもう逃げたりはしない」

 

で、でも、それとこれとは違うと思うんだけど…。

どちらかと言えば、出来れば私はファントムの方々とは仲良くしたいと思ってるし。

それに…私達の敵はクリムゾンエンターテイメントの方だと思うし…。で、出来ればクリムゾンエンターテイメントとも戦いたくないけど。怖いし。

 

「そ、それに天音には最大の武器がありますのよ?何と言ってもその可愛さ、愛らしさは何物にも敵う事はありませんわ。もう可愛くて可愛くて本当に堪りませんわ。可愛いは正義なのです。じ、自信が無いのでしたら、こ、今夜はわたくしと一緒に…はぁはぁ」

 

「すずか残念ー。あまねはお腹が痛いのがピークになったのか聞いてないよ」

 

「う~…ん、う~…ん…」

 

「…聞かれてなくて良かったと思っておきますわ。断られでもしたらわたくしが自信喪失しそうですし」

 

「ねぇねぇ、てるみん。何でスズはあたしが自信満々なのが不思議なの?」

 

「え!?ちょっと言いにくいっていうか…。わ、私もわかんないなぁ~…」

 

-ピコン

 

「あ、あまねるのスマホにメールだ。もしかしてライブ大会の結果メールじゃね?」

 

「あ、そうかも。あまねーあまねー。メール見てみてー」

 

うぅ…色々考えてると余計お腹痛くなってきちゃった…。

 

「天音!死んでる場合じゃありませんわよ!メールを確認して下さいまし」

 

う?え、私?メール?

 

「天音さん!スマホにメールが」

 

「あ、ご、ごめん!」

 

私は急いでスマホの通知を確認した。

 

「えっと……わぁ!いける!私達、ライブ大会の決勝トーナメントに参加出来るよ!!」

 

「よっしゃ!やり~!ほらな、あまねる!あたしらなら大丈夫って言ったじゃん!」

 

「うん!うん!良かったよぉ~」

 

「みんなで頑張ったもんね。良かった。私も…つい涙が出そうになってきたよ」

 

「あまねもまりんもてるみも大袈裟過ぎ~。あたしらなら余裕だし」

 

「蘭の言う通りですわね。まぁ、わたくしも大丈夫と確信していましたが、一安心ですわ」

 

本当に良かった。

やっぱり嬉しいな。大好きな音楽を、大好きなみんなと目標に向かって頑張ってきたんだもん。

 

「それより天音。土曜日の1回戦。初戦の相手の連絡も来てますわよね?相手は何ていうバンドですの?」

 

あ、そっか。

このメールに1回戦の対戦バンドと、そのバンドが演奏してる動画のURLが貼られてるんだっけ。

もう少し下の方かな?

 

「えっと…待ってね。あ、ここかな。えっと…私達の1回戦の相手は……え?嘘…」

 

 

 

 

-渉達の居るカラオケの正面の部屋

 

 

 

「ただいま」

 

「やっっっぱり居たわよ!内山 拓実!!」

 

「内山さんは私達の1つ上よ?親しい訳でもないのに呼び捨ては止めなさい」

 

あたしの名前は寺川 結月。

今日はライブ大会の決勝トーナメントに行けるかどうかの結果メールが届く日。

 

あたし達もライブ経験はあるし、初めてという訳でもない。

それにライブ自体は、今のあたし達がやれる会心の出来だったと自負している。

 

なのに…。

 

『結月!あんたが遅刻して来たせいで、ライブの順番は変わるし、審査するみんなの印象も悪いし!決勝大会に行けなかったら結月のせいだからね!』

 

『いや…確かにそうだけど…。わ、悪かったとは思ってるし』

 

『そうね。それで審査に影響が出るかといえば、どうかとは思うけど、少なくとも主催者やスタッフの人達、オーディエンスや私達に迷惑は掛けたわね』

 

『だ、だから…悪かったって…』

 

『まぁまぁ。結月もちゃんと反省してるんだし、今回は許してあげようよ』

 

『夏希…何て優しいの…!まるで天使だよ…』

 

この子の名前は黒河 夏希(くろかわ なつき)

あたし達Break Bellのバンドでリードギターを担当している。

普段から先生やクラスメート達からも頼りにされていて、周りにも気を遣えるし学校行事やあたしの家のお寺の交流会なんかも率先して手伝ってくれている。

確か今回の文化祭も実行委員の1人として色々やってるんだっけ。

 

中学卒業間近の時に、あたしだけ諸事情でみんなと別の高校を受験すると言った時、高校は別になってもみんなで繋がりは持っていたいという事から、バンドを組もうと言い出したのは他でもない夏希だった。

 

『ま、迷惑料って事で私達にカラオケくらいなら奢ってくれるよね?』

 

前言撤回だよ。全然天使じゃなかったよ。

あたしこないだタクシー代で散財したばっかりなのに…。母さんからお小遣い前借り出来るかな…?

 

『夏希はいつもいつも結月に甘いのよ』

 

いや、甘くないでしょ?

今回は遅刻しちゃって確かに悪かったとは思ってるけど、基本的にあたし遅刻したりしないし。むしろ普段はいつも最初に待ち合わせ場所に着いてるし。

それなのに金欠時にカラオケ奢りって…。

 

『ま、あたしも鬼じゃないしね。カラオケプラス好きなスイーツ。それで許してあげるわ』

 

鬼が居たよ。

この子はうちのベーシスト、橘 あゆみ(たちばな あゆみ)

Break Bellのメンバーはみんなあたしと物心付いた頃からの付き合いで幼馴染みだ。

その中でもあゆみはいつも一緒に居た女の子で、昔から一緒によくBREEZEのDVDを観ていた。

 

その中でもベーシストである拓斗さんのかっこよさに惹かれ、小学校に入学する前にはベースを両親に買ってもらい、独学やらネットでベースを学んで、あたし達の中では一番音楽の経験が長いメンバーだ。

まぁ、拓斗さんの事が好き過ぎたあゆみは、こないだのAiles Flammeのライブで内山さんが、拓斗さんのベースを使っていた事に憤慨し、あの日以来、内山さんの事をやたらと敵視している。

 

『 みんなが行くのなら私も行かない訳にはいかないわね』

 

だよね。琴子も来るよね…。

あたし達の中でも一番大人びているこの子がドラマーの桂木 琴子(かつらぎ ことこ)

 

大人びているというのも、この子の母方のお婆様がすっごく古風な方で、昔ながらの大和撫子?みたいな感じで育つように琴子はお婆様に厳しく育てられた。

まぁ、琴子のご両親が共働きであんまり家に居られないからという事もあっての事だったんだけど。

あたし達でバンドやるってなった時も、反対派のお婆様とバンドやりたい琴子とで一悶着もあった。

 

『あ、あのさ?実はあたし今月はピンチで…。カラオケは来月とかにしない?』

 

『私、今日は超歌いたい気分なんだよね』

 

『今月のスイーツのコンセプトは何かしら?ふふ、今から楽しみだわ』

 

『今日は早目に帰宅したかったのだけど、決勝トーナメントに行けるかどうかの結果も気になるし、私も今日は行くわ。結月のせっかくの奢りだものね。特別よ』

 

本当に奢らされるんだ…あたし…。

 

 

 

 

そんなやり取りがあり、あたし達はカラオケに来たんだけど、あゆみがファントムの方達もカラオケに来ているのを発見し、自分達が歌いたい曲を歌った後、あたしの歌の番になってから、夏希とあゆみはファントムの方達の居る部屋へと挨拶に行ったのだ。

 

「それで?ファントムの方達にはちゃんと挨拶はしたの?あゆみ、間違えても内山さん達を呼び捨てにしたりしなかったでしょうね?」

 

あ、あたしもそれは心配かも。

あゆみって根はいい子なんだけど口が悪いしね。

あたしには意地も悪いけど。

 

「いや、それがさぁ~…」

 

「そうよ!聞きなさいよ!あいつらってあたし達Break Bellの話題を出さずに、天音達Amaterasuをぶっ倒してレガリアを奪う気でいるのよ!」

 

「は!?はぁ!?天音を倒して射手座のレガリアを!?」

 

嘘でしょ…?何でファントムの方達が天音を…。

 

「……夏希。あゆみの言っている事がよくわからないわ。本当にファントムの方達はそう言っていたの?」

 

「間違いないわよ!天音にジェラシーとか言ってたし!」

 

ん?ジェラシー?何で?

まぁ、確かにBREEZEに憧れてるあたしとしても、天音がBREEZEのチューナーである三咲さんから、レガリアを託されたってのは羨ましくもあるけど。

 

「あー…う~ん…。私もファントムの方達に挨拶しとこうと思って部屋に入ろうとしてノックしようとしたら、中からの会話が聞こえてきて…」

 

「Ailes Flammeの江口はAmaterasuを倒せって言ってたわ!」

 

「Amaterasuを倒すようにってAiles Flammeの江口さんが言ってたのは確かだけど、それは別に天音達を敵視してる訳じゃなくて、クリムゾンエンターテイメントの海原ってのに、レガリアが狙われてるから、Amaterasuを倒して目立たないようにさせようって感じに私は受け取ったんだけど…」

 

天音のレガリアをクリムゾンエンターテイメントの海原が?海原ってクリムゾンエンターテイメントの大ボスじゃん。

そっか。海原が天音のレガリアを…。

天音からしたら胃が痛くなって、それこそぶっ倒れちゃうような話だよね。

 

「なるほどね。だったら心配はないんじゃないかしら?江口さんは天音達を…天音のレガリアを守ろうとしての事でしょう?確かにAmaterasuがファントムの方にデュエルで敗れれば、クリムゾンエンターテイメントの興味はレガリアより、レガリアを持つ者を倒したバンドに向くでしょうね。理に適ってるわ」

 

「あたしも琴子の言う通りだと思うよ。特に江口さん達が天音を敵視する理由もないだろうし」

 

「琴子も結月も甘いのよ!天音のレガリアがAiles Flammeに奪われたらどーすんのよ!」

 

「あゆみこそAiles Flammeさんを敵視し過ぎでしょ。レガリア戦争の頃じゃあるまいし、レガリアってデュエルで倒した倒されたで奪い合うものじゃないじゃん」

 

「あれ?そーなん?結月って天音にいつかレガリアを奪ってみせるとか言ってなかった?天音がライブやれる状況になかったから話は流れてたけど」

 

ああ…それね。

 

「ん。まぁ、そだけどさ。デュエルで勝った負けたで天音からレガリアを貰うつもりはないよ」

 

「え?そうなの?何でそれで天音にいつもレガリア奪ってやるとか言ってるの?」

 

「あたしも結月の事だから最悪暴力を奮ってでも天音からレガリアを奪い取るつもりなんだろうなって思ってたんだけど…」

 

「結月は口より先に手が出るものね」

 

あたしの幼馴染み達はあたしをどんな目で見てるの?

 

射手座のレガリアは三咲さんが天音に託してくれた物。

だからあたしはいつか天音とデュエルをして、天音があたしにならレガリアを託してもいいと思ってもらえたら、天音からあたしにレガリアを託してもらう。

そして天音はレガリアは天音に託されて良かったとあたしが思えるように歌い続ける。

お互いがお互いを高め合えるようにと交わした約束。

 

「まぁ、それはあたしと天音の約束だから」

 

「カッコつけてる所悪いけどさ。さっき結月のスマホに着信あったみたいなんだけど?」

 

え?あ、ほんとだ。

 

「もしかしてバンド大会の結果メールかしら?」

 

「うん。そうみたい」

 

「そうみたいって!結果は!?あたし達は決勝トーナメントに出場出来るの!?」

 

「うん。もちろん。あたし達決勝トーナメント出れるよ」

 

「良かったぁ~。ドキドキしたよ」

 

「ま、まぁ?あたしが居るんだし余裕よね!」

 

「安心したわ。これでゆっくりスイーツが食べられるわね。どのスイーツを注文しようかしら」

 

え?待って。琴子ってさっきもスイーツ食べてなかった?もしかしてそれもあたしが奢るの?

 

あたしのお財布事情は大変な事になってしまったけど、無事に決勝トーナメントに行ける事になった。

メールに書いてあった1回戦の対戦相手は正直知らないバンドだけど、あたし達が勝ち続けて、天音達も勝ち続ければ、いつかはあたし達と天音達のデュエルギグがやれる。

あたしは本当にそれが楽しみだよ。

 

 

 

 

「へぇー、マジかよ。それは一回戦から面白いカードだな」

 

「あははは!ドンマイ!」

 

「う~ん、でもボクとしてはどっち応援しようか悩んじゃうなぁ」

 

「だよね。僕も雨宮さん達には悪いけど、どっちを応援しようか悩んじゃうよ」

 

そしてモノローグは俺、江口 渉に戻ってきた。

雨宮達パスビは決勝トーナメントに出場出来る事になった。

でもその結果メールに書いていた一回戦の相手が、なかなか面白いデュエルを見れそうでワクワクしてくる。

 

「ゆーちゃんは!ちゃんとボク達を応援してよね!」

 

「そうよ!あんた達一応同級生でしょう!私達を応援しなさいよ!」

 

「安心して志保ちゃん。私は本当はパスビを応援したいけど、審査員という立場上、贔屓したりせずにしっかりと審査するから」

 

「まさかあたし達のいきなりの相手がGlitter Melodyとはね。面白くなってきたじゃん」

 

雨宮達パスビの一回戦の相手は、美緒達のGlitter Melodyだった。



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