艦これ、始まるよ。 (マサンナナイ)
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第一章
第一話


とある無意味に熱血な漫画家が主人公のマンガがあるんです。

その主人公が「自分の好きなマンガを読むためには自分で描くしかない」って言ってたんですよ。




 しかめっ面でいつも上から押さえつける偉そうな態度をした司令官から命令を受けてどれほど時間が経ったのだろう。

 

『輸送船団から敵集団を引き離す為に囮として指定海域で戦闘を開始せよ』

 

 夜明け前の空は曇天、分厚い雲に覆われ今にも落ちてきそうな薄暗い空の下。

 気を抜けば身体がそのまま吹き飛ばされそうな暴風が服の袖や襟を乱暴にはためかせて波しぶきで濡れた布地を突っ張らせる。

 火薬が破裂したような爆音が連続して遠くから響き渡り波しぶきで不自由な視界を庇う様に手を翳して音の発生源へと視線を向ければ遠く波間の向こうに見える黒い巨体が見えた。

 風切り音が耳に届いたと同時に周囲の仲間達へ警告の声を上げようとしたと同時に一際高い波に足を取られて海面に転ぶ。

 海水を嫌というほど頭から浴びてその塩辛さに私が呻きを上げたと同時に巨大な水柱がわずか数m前方で立ち上って海を掻き混ぜる。

 

 さっきの転倒から立ち上がる事も出来ず、飛んできた質量が海面を掻き混ぜて海流を暴れさせて身体が高波にのまれて洗濯機に放り込まれたハンカチのように振り回される。

 鼻や口に流れ込んでくる海水の辛さに悲鳴を上げそうになりながらも必死に水を掻き海面を探してもがき。

 何とか水面を見つけて顔を突き出し噎せるように空気を肺に取り込んで顔に纏わりつく前髪や海水を手で乱暴に拭う。

 

「皆はっ!?」

 

 そして、巨大な黒い影が波を割りながらこちらへと突き進んできている様子に目を見開き。

 両手で海面を掴むようにして私は身体を海から引き抜き両足で波を踏みつけて立ち上がった。

 

「返事をっ、ぁ・・・」

 

 チリチリと消えかけの灯のような光の粒を撒く何かがすぐ近くに浮かぶ。

 人間の手、見覚えのある靴を履いた足が途切れた根元からほどけるように光を散らして水の中へと沈んでいく。

 それが仲間のモノであると直感しながらそれを認めることが出来ずに口をマヌケに開けたまま呆然と荒波の中で立ち尽す。

 後数分もすればまた敵が放つだろう暴力の塊をわざわざ待つ案山子のような様を私は晒した。

 

「誰かぁっ、痛いよぉっ・・・」

「大丈夫!? 今行くからっ」

 

 暴風の中で微かに聞こえた仲間の声に振り向く。

 茶色い髪と赤い髪留めに長袖のセーラー服が暴れる波に弄ばれている姿を見つけた事でその名前を呼ぶよりも先に波を蹴って駆け寄る。

 片腕が不自然にねじくれて何かの破片で引き裂かれた服の下に見える肌には痛々しい痣が刻まれた小学生にも見える小柄な少女。

 私が駆け寄った事に気付いた彼女は痛みに呻きながらこちらへと視線を向けて助けを求めるように無事な方の手を伸ばしてきた。

 

「しっかりしてっ・・・立てるっ!?」

「・・・痛いのですっ、何で、何でこんなことにっ・・・ぅぅっ」

 

 完全に心が折れている仲間に手を差し伸べて肩を貸して立ち上がらせる。

 だが、お互いにもうまともな戦闘行動は既に取る事は出来無い事は分かっていた。

 いや、そもそも、戦意を持って立てたとしても光る球を手足からポンポンと気の抜けるような音を出して飛ばす程度ものを戦闘能力などと言って良いのかは考えるだけ無駄な事なのだろう。

 

「他に誰かっ! 叢雲ちゃんっ! 漣ちゃん、五月雨ちゃんっ!! いないのっ!?」

 

 さっきの砲撃で隊列が乱されただけ、ただ少し離れた場所にいるだけだと必死に自分に言い聞かせ。

 叫び声をあげるがそれに応えてくれる声は無く、メソメソと気の滅入るような泣き声を漏らす同型姉妹の末っ子を支えながら迫りくる黒い影から逃げるように脚を動かす。

 溺れかけて海中から脱出した直後に見た惨状、頭が理解する事を拒んだ事実は無情にも仲間の名前を呼ぶ事自体が無駄だと告げている。

 だけど、それでも喉が枯れても良いからと私は風の中で誰何の叫びを上げる。

 そして、背後からまた空気を揺らし身体ごと鼓膜を壊さんばかりの爆音が鳴り響く。

 恐怖に突き動かされて呆気ないほど簡単に仲間が沈んだ場所から少しでも離れる為に生き残りである少女を引っ張って走る。

 

 いつ飛んでくるか分からない砲弾への恐怖に歯の根が合わないほどガチガチと震えていた身体を必死に動かした。

 

「今度、生まれてくる時は、平和な世界だと良いなっ・・・」

 

 その時、ドンっと肩と背中を突かれて身体が浮いて肩にかかっていたはずの重みが離れて行く。

 

「ぇっ!? 電ちゃっ・・・!?」

 

 突き飛ばされた身体が海面に叩き付けられて驚きに表情が固まった私は自分を突き飛ばした相手へと振り向く。

 海面に膝を着いてねじれた片腕をぶら下げた少女が泣き笑いをこちらに向け。

 無様に海面に転んでもがき、手を伸ばすその視界の先で濡れた茶色い髪と胸元に錨のマークが描かれたセーラー服の上へと赤く灼熱した質量が狙いすまして落ちてきた。

 

 何でこんなことになったのだろう、どうして私達がこんな無様な真似をさせられるのだろう。

 かつて鋼の船体を持っていた頃の戦争が栄光に満ちたモノだと言い切れるほど私は厚顔ではない。

 

(けれど、コレはあんまりに、あんまりじゃないですかっ)

 

 元は国民を守る為に造り出され多くの兵士達を乗せて奮戦し護国を志した記憶のせいか民間の船団を守り海の藻屑になる事には苦痛ではあるけれど納得はできる。

 けれど、その手段が当たれば敵を少し損傷させられる程度の光弾と海の上を少し早く走り回れるだけの貧弱で小さな身体では実力不足にも程がある。

 

 精々が照明弾代わりに光弾を打ち出して囮となって無様に逃げ回る程度しか出来ないのだから少し考えれば誰にだって分かるはずなのに。

 私達の存在が強大過ぎる敵勢力に対しての戦力として何の足しにもならない事など正しく目に見えている。

 なのに、今の世界の海を跳梁跋扈する怪物である深海棲艦に対する決戦兵器として生み出されたなどと誰が嘯いたのか。

 

(ぁあ、でも、誰か・・・嘘でも良いから、私達が無力な存在じゃないと言って・・・くださいっ)

 

 どうせ何度でも生き返るから使い捨ての囮にしても問題ないなんて言われたくない。

 嘘でも良い、気休めでも良い、誰かに必要とされているからこそ戦えるのだと胸を張って言いたい。

 

 例え身体を壊されても魂が鎮守府に戻ってまた新しい自分が生まれ直す。

 それまで人の身体を得てから覚え感じた記憶が消えても同じ姿と同じ声で再生する。

 自我を持った兵器として戻ることが出来る事なんてなんの慰めにもならない。

 

・・・

 

 彷徨うには広過ぎる海の上、一人の艦娘の乾いた心が自分達が無駄な存在ではないのだと言ってくれる相手を求めて悲鳴をあげていた。

 

「嫌っ・・・! いやだよぉ・・・・・・」

 

 海面を叩き割るような砲撃の衝撃で上がる水柱に飲み込まれ、姉妹艦に庇われた命は圧倒的な暴力の前に翻弄される。

 けれど、敵艦を商船団とそれを護衛する最新鋭の戦闘艦から引き離して彼らが逃げ切るまでの幾ばくかの時間を稼ぐ事に成功した。

 

・・・

 

「信じられるか? 冗談みたいな話だが・・・、艦娘が滅茶苦茶弱い」

「事実だとしても本人たちの前で言うなよ? 振りじゃないからな?」

 

 白い士官服を着込んだ二人の青年がため息とともに吐き出した言葉は港を見下ろす軍事施設に吹く海風に溶けるように消え。

 遠くに見える湾の出口に建つ巨大な壁のの内側で見せかけだけは長閑な風景が広がっている。

 

「俺たち以外にこの艦これの世界に転生したヤツが居るとしたらあまりのギャップに憤死するだろうな」

 

 艦これ、艦隊これくしょんとはソーシャルゲームが元となり史実を意識しながらも肝心なことは明かさないフワッとした設定で漫画だのアニメだのだけでなくファンによる二次創作で無数の派生を造り出した一大ジャンルである。

 その艦これの中に登場する艦娘とは第二次世界大戦時に活躍した日本海軍属の船舶が擬人化した存在であり、正体不明の上に現代兵器が通用しない人類に敵対する怪物、深海棲艦と戦いこれを打ち倒す力を唯一持つとされている。

 

「なら深海棲艦に砲撃やミサイルが効かないわけではないってのもそのギャップの一つってヤツかな?」

「現代兵器が通用する? 平均速度が100ノットオーバー、砲撃を跳ね返す謎バリア、少々の損傷なら勝手に再生する船体に効果があるとは言えんだろっ、中国が戦術核落とした南シナ海は敵が全滅するどころか今じゃ深海棲艦の巣だぞ」

 

 それぞれの理由から艦隊これくしょんに登場する艦娘や深海棲艦が実在する世界に転生することになった二人の青年。

 彼らは幼少期にたまたま出会い相手が自分と同じ境遇であると知ってから衝突と共闘など紆余曲折あって友人となった。

 そして、艦これのプレイヤーであった事や転生で持ち越した前世の記憶や知識で周りから神童や天才ともてはやされ。

 人生を楽観視していた為に深海棲艦の出現によって混乱する世界に英雄として一石を投じてやろうなどと調子に乗った二人は今こうして自衛隊の士官として日本の防衛拠点に立っている。

 

「対する艦娘は艤装も無く、駆逐艦でもせいぜい20ノットにグレネード弾ぐらいの威力の弾を手足から打ち出す程度って、なんだそれ!?」

「敵の駆逐艦とのサイズ差からして1対100だからな、戦車に豆鉄砲撃つようなもんだね。普通の人間と比べたらはるかに強いけど怪物と戦うには荷が勝ちすぎている」

 

 ゲームの知識を利用して成り上がり、美人揃いの艦娘とキャッキャウフフの愉快な生活をおめでたい頭で考えていた。

 彼らの誤算はその前提である頼りの艦娘が想定をはるかに超えるほど弱いと言う事実であった。

 

 深海棲艦が現れる事を1999年時点で警鐘を鳴らすように様々な学会や講演会で叫び優秀な頭脳を持ちながら狂人扱いを受けた艦娘の設計と理論の提唱者。

 その人物の事故死によって宙ぶらりんになった設計図は危機が目の前に現れるまで全く相手にしていなかった自衛隊。

 彼らは深海棲艦の出現でただでさえ制限された所有する少なくない戦力を無駄に消耗させる事になり、藁にも縋る思いで新設された艦娘の製造と教育を行う施設。

 

 鎮守府が東京湾の某所に設置される事となった。

 

 この青年たちがこの世界に転生してから21年、深海棲艦が太平洋に出現して敵対行為を始めてから五年と数か月。

 艦娘が作り出されて戦場に立つ事になって記録の上では約三年が経っている。

 2013年も冬が近づいた季節となり数日後には艦娘の指揮官として任官することになっている彼ら。

 転生者の二人に今までが順風満帆であったが為に自らの将来を楽観視し過ぎたツケを支払う時が刻一刻と近づいていた。

 

「拳銃とか持たせたらそれが大砲並の力を発揮するとか無いか?」

「光弾が纏わりつくだけで威力に変化は無かったらしいぞ、ちなみに肉体面は平均的な自衛隊員より少し高い程度で装備できる重量も同程度になるとの事だ」

「やっぱりもう粗方試したってか、他に何かないのか? あの刀堂博士の残した資料にまだ表に出てないのとかよ?」

 

 刀堂吉行と言う十年以上も前から深海棲艦の出現を予見していた人物の存在をきっかけに前世の記憶を利用していた二人は狭き門である自衛隊士官候補としての進路を選び。

 手に入れた艦娘に関わる計画への参加権に飛びついて彼女達の指揮官に収まるための行動に腐心していた。

 自分たちの思考に決定的な穴がある事に気付いたのは艦娘の指揮官として配属されることが決まり。

 バカみたいに二人して肩を組み歓喜しながら前世で知る美人揃いの艦娘達とどうイチャイチャするかという低俗な相談をしながら上官となる相手から渡された極秘資料を開いたのは数日前の事。

 実際に運用されていた彼女達の情報に目を通し、後に調べれば調べるほどに出てくる冗談みたいなお粗末極まる戦闘記録に彼らは港の見える自衛隊基地が併設された鎮守府の一画でうなだれる事になった。

 

「艦娘の運用についてか・・・艦娘は指揮官と共にある事でその能力を十全に発揮する、だったか?」

「あとは、あくまで彼女達は過去の日本に対する義理で協力してくれている英霊の具現であるとか、抽象的過ぎて注意喚起ぐらいにしか使えなさそうな文章だったね」

 

 刀堂博士が提唱した科学と言うよりはオカルトに属するような複雑怪奇な理論によって作り出された人造人間、それがこの世界における艦娘と言う存在の定義である。

 人間にとっては心臓の位置に存在する霊核と言う結晶体が破壊されない限り何度でも鎮守府に存在するクレイドルと言う名の再生治療施設で蘇生する事が可能である。

 その霊核には艦娘の肉体が生命活動を停止した時点で粒子状に変換され鎮守府の中枢へと自動的に転送されるファンタジーな仕掛けが存在している。

 理論上は不死と言える艦娘は鎮守府そのものを機能停止させられない限り何度でも蘇るらしい。

 

 どうしてそんな出鱈目な能力を持った存在を造り上げられたのかと言えば艦娘に関する刀堂博士が生前に残していた資料が小さな図書館を建てられる程の量で残されていた事と彼の教え子である優秀な研究員達の存在。

 戦後最悪の戦死者数を叩きだす事になった深海棲艦との初めての海戦によって発生した大損害の影響で大混乱に陥った世界情勢。

 さらに日本の政界がある政党の台頭によってバランスを大きく変えた事。

 刀堂博士のシンパであった一部とその尻馬に乗った大人数の政治家達が深海棲艦によってもたらされる危機的状況への打開と政権奪取後に意気揚々と掲げた法案によって艦娘の研究開発が決定されたからである。

 

「それよりなにより、こんだけ苦労して艦娘の司令官に着任したと思ったら運用可能な艦娘がたった一人だけって、なんの冗談だよっ!」

「一応は治療中や霊核だけ保管されている状態では数十人いるらしいけど、大部分が船団護衛の囮に使い潰されてMIAになってるのを鑑みるに俺たちは鎮守府が機能不全に陥った責任を押し付ける為の身代わりに使われたようなもんだな」

 

 一カ月前に日本とロシアを結ぶシーライン上で発生した重巡洋艦クラスの深海棲艦との戦闘によって護衛を行っていた鎮守府最後の戦力であった駆逐艦に属する五人の艦娘が囮となって商船団と海上自衛隊の護衛艦を逃がす事に成功させた。

 だがその艦娘達の中で生還できたのはたった一人の駆逐艦だけであり、他の四人は物言わぬ霊核となって鎮守府へと転移することになり後に肉体を再生するための水槽の中で保管されている。

 

「いくらオカルトとファンタジーを混ぜた様な内容でも現内閣が政権奪取後に高々と掲げた法案だから、少なくない税金を投じて何の成果も得られなかったなんて地位も名誉も守りたい人間にとっては口が裂けても言えないだろう」

「そんな時に都合よく、丁度良い人材が自分から落とし穴に飛び込みたいと志願してきた、か・・・ちょっと考えれば任官と同時に二人して三佐とかどう考えてもおかしいって分かるべきだったなぁ」

 

 おそらくは自分達の頭の上にいる上層部の大半は拝金主義の政治家と狂人科学者が残した設計図に押し付けられたオカルト染みた不思議兵器に対する期待などもう抱いておらず、後始末の為に艦娘の指揮官を志願してきたそこそこに成績の良い二人の新人へと責任云々を全て被せる為に一足飛びの任官を許したのだろう。

 

「うぇ・・・前途多難だぁ、前世みたいに気楽なアルバイターに戻りたくなってきたぜ・・・」

「俺を巻き込んでそんなセリフを言わないでくれよ。本当にこんなはずじゃなかった、・・・筈なんだがなぁ」

 

 理想としていた美女に囲まれちょっと優秀なところを見せてゲームの中でしか存在しないようなキャッキャウフフと充実した生き方。

 そんな荒唐無稽なものを楽しめると思い込んでいた二人の愚か者は真昼間の太陽の下で揃って項垂れていた。

 




だから・・・、誰も書いてくれないんだから自分で書くしかないじゃない!


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第二話

司令官自身が艦娘に乗り込んで戦う=カッコいい



 最後の出撃から二ヵ月ほど経っただろうか。

 

 前の上官はまるで沈む船から逃げるネズミの様に目の前からいなくなり。

 ほとんどの仲間達が鎮守府の水槽の中で物言わぬ姿で浮かぶ中に私はたった一人だけ艦娘の為に用意された施設に取り残された。

 

 そして、数週間ほど経った日に新しい上官として二人の士官がやってきたのだがその二人は今まで会ったどの軍人よりも緩くおめでたい考えの持ち主だった。

 その様子たるや過去に自分が船であった頃にそんな物言いをすれば上官から物理的に根性の一つも叩き込まれるだろうと逆にこちらが心配になるほどだった。

 それでもその二人は今まで会ってきた現代の司令官たちの中で一番たくさん話しかけてくれて、造られた存在である私と一緒に少し冷めたご飯を食べてくれた。

 

 役立たずな艦娘である私を蔑む他の軍人や嘲笑する上階級の人達の言葉や視線から私を守るように慇懃無礼な物言いで相手を言い負かす口の上手さや相手にとって都合の悪い情報を盾に事を治める。

 そんな様子からは本当に二人が私達の味方なんじゃないかと思えた。

 

 だからこそ深海棲艦との戦いで囮にしかなれない私に彼らが何故ここまで優しくしてくれるのかが分からず、その理由を私は知りたかった。

 

「実はな・・・ココだけの話だが俺とこいつは前世の記憶ってモノがあってなっ」

「いや、何言ってんだお前!? いきなりそんな事言われて信じるヤツなんかいないだろっ!」

 

 前世の世界の記憶から艦娘と言う存在が深海棲艦を打ち倒す力を持ったまさしく対深海棲艦兵器である事実を知っているのだと、まだ二十代に入ったばかりの若い士官が語った。

 事務的な会話しかしない私に対して妙に友好的な態度。

 それはまるで艦娘に対して強い信頼を持っているかと思えるほどで数日の性能調査と言う名の訓練の際につい口を突いて出た疑問に片方の指揮官は神妙な顔で手品のタネを明かすようにそんなセリフを吐く。

 

 艦娘が欠陥兵器であると言う事など本人である私ですら分かっていると言うのにそんな現実を見ていないおめでたい妄想を聞かされて呆てしまった。

 けれど同時に次々に減っていった仲間達を見続けて凝り固まっていた私の表情が少し和らいだ気がした。

 

「君たちは役立たずなんかじゃない、なんだ、あれだ、多分なにか勘違いか手違いがあって本当の実力が出せてないだけだ、多分・・・めいびー」

「なんですか、それっ・・・多分って、めいびーって、ふふっ」

「おっ、やっと笑ったぞ! おい、吹雪が笑ったぞ!」

 

 理由は前世の記憶なんて根拠にもならない妄想であったけれど私はこの身体になってから始めて求めていた言葉をかけて貰えた事がどうしようもなく嬉しかった。

 だから、ただ微笑んだだけで自分の事のように喜んでくれる軍人らしくない軍人の二人の姿に私は、駆逐艦娘『吹雪』はもう少しだけ優しい言葉に騙されていようと、頑張ってみようと思った。

 

「改めて・・・、吹雪です、よろしくお願いします。中村少佐、田中少佐」

「少佐じゃなくて三佐だ、自衛隊は表向きは軍じゃないって事になってるからね」

「細かい事は良いんだよっ! 後二週間も経てば何人かの艦娘が起きるらしいから、そこから俺達の戦いは始まるんだ!」

 

 気休めでも良い、嘘でも構わない、私達が無意味な存在ではないと言ってくれる人達がいるならどんなに辛い戦いで砕け散るまで戦っても後悔はしない。

 

 それに・・・。

 

 どうせ死んで鎮守府に戻れば、この二人の司令官との嬉しい思い出も積み重ねられた後悔と無力感も溶けて消え、また船だった頃の(真っ新な)駆逐艦吹雪として生まれ直す事になるのだから。

 

「司令官の前世の世界で私たちはどんな活躍をしてたんですか?」

「そうだな、まず・・・」

 

 だから、今だけは耳に聞こえの良い夢物語を騙る司令官の言葉を信じたいとそう思った。

 

・・・

 

「はじめまして、吹雪です、よろしくお願いします・・・」

 

 中村義男、二十一歳、落ち着きのない性格ながら少年時代から運動と学業の成績に優れ、高校卒業後には自衛隊の士官候補生として防衛大学に進学した。

 入学直後から母校を同じくする田中良介と共に現内閣が主導して自衛隊によって実行された艦娘の研究開発と運用に強い意欲をもって計画への参加を要望していた。

 

「ヤバい、初めて会った艦娘の目が完全に死んでる、ヤバい」

「見りゃわかるさ、囮役として仲間が沈んでも感謝や慰めの一つも無く前任が逃げたから、ってのは理由の一つでしかないか・・・人間不信に足突っ込んでるみたいだし、どうする?」

 

 全く努力しなかったわけではないが前世の記憶を頼りにしてきた中村にとって実際に出会った艦娘は色々な意味で予想外な存在であり、表情が死んだ状態で目の前に立つセーラー服を身に着けた少女に新しい上官として挨拶した後に新米自衛官の二人は顔を突き合わせて相談する。

 

「まずは仲良くなる事からだろ、良い上司の基本は部下と円滑かつ有効的な関係を作る事が基本って聞いた事がある」

「ぇぇ・・・なんだその聞きかじりを取り敢えず試してみようって考えは、まずは無暗に刺激しないように距離を置いて情報を集めて整理してからじゃないか?」

「何言ってんだお前、戦闘だの能力だのよりもまずは笑顔の一つでも見たいだろ・・・夢にまで見た本物の艦娘が目の前にいるんだぜ?」

 

 黒髪を小さなお下げにして肩を落とした仄暗い瞳で見つめてくる艦娘の姿に二人は戸惑いながらも、彼女とのコミュニケーションを優先して行う事を目下の目的として相談を終わらせた。

 

「確かに、話もできない状態は何とかしないとな・・・」

「へへっ、だろ?」

 

・・・

 

 それから二週間、改めて艦娘の能力を知るために鎮守府正面にある港湾で行った運用では手に入れていた資料で知ってはいたが二人の希望的観測を下回る吹雪の戦闘能力に愕然とした。

 それを隠しながらも笑顔で無表情な彼女と接し、中村と田中は上層部に見限られて自分達ごと艦娘と言う存在に破滅が訪れると言う未来を阻止するための打開策を探し続ける。

 暇さえあれば防衛大学での同期や先輩に有用な情報が無いかと聞いて回り、鎮守府の管理を行っている技術者や研究員に更なる情報を求め。

 鎮守府の資料室で埃を被っている刀堂博士が残した資料を引っ張り出して額を突き合わせながら議論する日々はかけた時間に対して無情なまでに何の成果も無く過ぎていった。

 

「どうしてお二人は私に、艦娘にそんな優しくて・・・、期待をかけてくれるんですか?」

 

 艦娘として生まれ変わってからから少なくない時間を虐げられて生きてきた吹雪にとって軍人らしくない妙な性格をした二人が自分達の置かれている状況を改善する為に走り回っている姿は不思議なモノだったのだろう。

 前世で愛着があったゲームのキャラクターと同じ姿を持つ少女の不遇な状況への同情と言うのは無くは無いが、大部分が自分達の身の破滅を回避する為の利己的な思惑と行動は吹雪の心を軟化させるという思わぬ成果を上げた。

 

「あ~、いやそれは・・・何と言うかね、なぁ?」

 

 着任から短くて長い十日が過ぎた日の夕食時に同じ席についた吹雪から問いかけられ、さすがに自分たちの内情を全て話すわけにもいかず田中が助けを求めるように中村へと視線を向ける。

 すると相方である男はワザとらしく腕を組んで鷹揚に頷きながら勿体ぶった様子で口を開いた。

 

「実はな・・・ココだけの話だが俺とこいつは前世の記憶ってモノがあってなっ」

「いや、何言ってんだお前!? いきなりそんな事言われて信じるヤツなんかいないだろっ!」

「前世の記憶・・・ですか?」

 

 実のところ何一つ改善案が無い状態であったし、過去の戦闘記録や研究員から手に入れた資料から見る艦娘のデータも自分たちの期待を裏切るものばかり。

 自分で飛び込んでしまった落とし穴から這い出る選択が取れなくなっただけの二人は答えに窮したが中村は性懲りも無く今まで頼ってきた前世の記憶にまた頼る事にした。

 

「んで、大砲片手に敵の駆逐艦を打ち抜き、雷撃カットインで戦艦すらも沈めるのが駆逐艦娘だ! さらにインファイトなら他の艦種を圧倒する格闘戦能力を持っててだな」

「雷撃カットイン? そんな装備があるんですか? それにあんなに大きな敵艦に格闘戦なんて・・・」

「いや吹雪、コイツは、あーえっと、色々ごちゃごちゃに混ぜてるから話半分にしといた方が良いぞ?」

 

 今まで友人であり同じ境遇であった田中としか交わせなかった前世の記憶を興味津々と言った様子で聞いてくれる真面目な女の子の態度。

 これに気を良くした中村は艦隊これくしょんだけでなく色々と他の作品のネタを混ぜた話を面白おかしく語って見せる。

 適当にしゃべっているように聞こえるが話の繋ぎ方や混ぜ方が昔から上手い中村の二次創作じみた艦隊これくしょんの話は実情を知っている田中まで騙されかけるほど整合性の高いモノであった事。

 さらに娯楽に乏しい環境にいた吹雪を虜にしてしまうにはそう時間はいらなかった。

 

「私も・・・司令官たちのいた世界の艦娘みたいになれるでしょうか・・・?」

「ぇっ、あ、ああ・・・前世の俺はただのミリオタのフリーターで、艦娘の正しい運用法ってのは軍事機密で詳しくは分からなかったが、えっと、あれだっ! 良介なら大丈夫だ、コイツは前世じゃ一流大学で学者やってた奴だから! そこら辺の技術的な事はちゃんと調べ出してくれるぞ!」

「お、おい、いきなりこっちに話を振るなよっ!?」

 

 出会ってから短い期間ではあるが大分と暗さが抜けた瞳で見上げてくる吹雪についさっきまで得意げに前世の知識を披露していた中村は今度はしどろもどろに田中に話題を押し付る。

 

「俺は学者だったって言っても文系だったから、前世の記憶で兵器の運用に使える知識なんか無いぞ!?」

「そこを何とか! やればできる、やらなきゃ出来ん! 吹雪からも言ってやれ!」

 

 そんな軍事施設の食堂で口喧嘩を始めた二人の上官を前に駆逐艦娘はオロオロと右往左往することになった。

 

「えっ!? えぇ? ど、どうしろって言うんですかっ!? その、よろしくお願いしますっ田中少佐!」

「いや、だから吹雪、自衛隊の階級は昔の軍とは違って・・・」

 

 明らかに冷遇されている部隊と言う事も手伝ってあからさまな嫌がらせによる冷めた味噌汁とご飯に漬物だけという侘しい食事ではあったがその日のその場にいる指揮官と艦娘の三人は妙に楽しそうで賑やかだった。

 

・・・

 

 空元気と調子の良い発言と前世の記憶と言う根拠の無い自信で誤魔化された和やかな時間はゆっくりとだが確実に過ぎていく。

 深海棲艦に関する被害の情報は政府によって民間人には遮断されているが存在そのものを誤魔化すことは出来ず。

 さらに多くの漁船や民間船が護衛艦を必要とする状況は確実に日本全体へ危機感を強めていった。

 深海棲艦の侵略的攻撃によるものか政治家や自衛隊上層部の決断によるものかは分からない。

 だが確実に近づいて来る破滅の時に戦々恐々としながらも今のところ唯一の部下と言える吹雪に不安を与えないように配慮していた中村と田中。

 

 そんな二人の努力を嘲笑う様にその時はやってきた。

 

「くそっ! 尻尾巻いて逃げるネズミじゃあるまいし、研究員や整備士置いて自衛官が率先して逃げ出すなよ!!」

 

 ジリジリと五月蠅く非常ベルをまき散らす警報に負けるかとばかりに叫びながら田中は白い士官服に包んだ身体を動かす。

 鎮守府の中枢に存在する艦娘の霊核を回収して治療と蘇生を行う巨大な金属の樹木を思わせる無数の水槽の連なり。

 その下で鎮守府所属の研究員と共に装置を保護するための機構を起動させる作業を続ける。

 深海棲艦の侵入を防ぐ為に張り巡らされた東京湾の防御壁の一部が突然に破壊され数隻の怪物が侵入を始めている事実。

 その直近の軍事施設である鎮守府が存在する基地は敵の襲来が知らされたと同時に防衛行動どころかほとんどの職員が蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出す準備を始めた。

 

「と言っても、ここにはマトモな防衛機構なんて無いですからね、護衛艦どころか戦闘用のボートすらない。自動小銃であんな化け物に突っ込めって言う方が酷でしょう」

「だけど、軍人モドキなんて言われる職だから仕方ないなんて言いたくはないですよ、俺はっ!」

 

 鎮守府に勤める主任研究員だが自衛官では無く民間人である男性が田中の吐いた愚痴にヤケクソ気味な笑みを返してコンソールパネルを操作する。

 霊核だけや不完全に体が欠損した状態で浮く艦娘達が入った円柱形の水槽に金属製の防御装甲が被されていく。

 事故死した刀堂博士の残した資料から艦娘に関する技術を現実のモノへと変えてきた優秀過ぎる頭脳の持ち主。

 鎮守府の研究員たちが義理だけで自分の危険も顧みず鎮守府の機能を少しでも保護する為に行動する姿に田中は本職であるはず自衛官が基地を率先して放棄する命令を出した事が申し訳なく。

 敵の出現にもっともらしい言葉で飾った理由を掲げて逃げ出そうとしている同僚である連中を恨みがましく思う。

 

「これで最後、えぇっ!? 冗談じゃっ・・・!?」

「どうしたんですか!? 田中三佐っ、って」

 

 防壁を下ろそうとした水槽が警告音を立てて突然に内部の溶液を排水し、飛沫を散らしながらガラスの筒がせり上がる様に開く。

 背中まで届く長く艶やかな烏羽髪を肌に張り付けた少女が倒れ込むように現れ、田中はとっさに彼女の身体を抱き止めた。

 

「この子は、もしかして時雨か?」

「・・・田中三佐、今からじゃクレイドルに戻す事もできません我々と一緒に避難させるしかないですよ!」

「主任! 田中さん! 鎮守府の防火壁を締め始めますからそこから早く出てください!!」

 

 一糸纏わぬ裸体の美少女を受け止めると言う普通の男なら諸手を上げて悦んでいただろうラッキースケベも今の状況では喜んでいられるわけも無く。

 薄っすらと目を開けて蚊の鳴くようなか細い声で呻いている少女に上着を掛けて背負った田中は誘導してくれる研究員たちの後に続き。

 中枢機能を収めた棟を閉じる為の最終処置を開始する為に鎮守府の外へと走る。

 

・・・

 

 深海棲艦に撃たれ砕けた身体は記憶を消されて鎮守府の中枢へと戻され再生治療装置であるクレイドルの水槽が霊核を中心に再び身体を造り上げて艦娘として蘇生させる。

 知識として直接頭の中にあるそれは実際に体験すれば自分が船であった頃に仲間達を失い続けながら最期には砕けて沈んだと言う酷い無力感と後悔だけが身体を満たしていた。

 そんな言葉に出来ない心細さに僕は自分を背負ってくれている誰かの背中に子供の様にしがみ付く。

 

「冗談だろっ・・・!?」

 

 目覚めたと言うにはあまりに頼りない意識は僕を背負ってくれている男の人の言葉と耳に届いた金属の力強い唸りで急激に覚醒していく。

 ぼんやりと霞む目を何度か瞬かせて僕は短く刈り込まれた黒髪と白い軍帽ごしに顔を音のした方向へと視線を向けた。

 

「田中三佐っ! あ、あれはなんですかっ!?」

 

 近くにいた白衣を羽織った中年男性が僕を背負ってくれている人、タナカサンサに問いかける声が聞こえたけれど数秒後に起こった光景に僕も彼も。

 そして、近くにいる全員が目の前で起こっている状況に唖然として言葉を忘れたように口を半開きにした。

 

 ゴォンゴォンと鐘を打つように響き渡る金属音、見上げた視界を埋め尽くすほど巨大な金色に輝く草と錨で彩られた紋章のような輪が空中に浮かぶ。

 その中央で鈍く輝く銀色の文字列が中空に記されていく。

 

「駆逐艦・・・吹雪だと・・・?」

 

 視線を離すことが出来ない僕と同じ方向を見つめるタナカサンサが巨大な茅の輪に見えるソレの中央に浮かぶ文字を呟くように読み上げた。

 

 そして、一際強い鐘の音、それはまるで自らの存在を誇る鼓動の様に高らかに目覚めたばかりの僕の世界を揺らして鳴り響く。

 

 その出撃を知らせる音と共に金の輪の中央に浮かんだ『吹雪型駆逐艦一番艦 吹雪』と書かれた文字が中央から波打ち泡立って字の形を崩していった。

 

 まるで雛鳥が卵の殻を割る様に、海面を穿って飛び出すように水しぶきのような大量の光の粒をまき散らし、輝く粒子を纏いながら巨大な人の手が突き出される。

 

 それに続いて僕や周りの人達とは比べ物にならないほど巨大な女の子の顔が輪っかの向こう側から突き出て空気を求めて喘ぐように大きく口を開け。

 

 空気を胸いっぱいに取り込んでいる彼女の肩口で揺れる黒い髪が輝く輪から出た直後に短いお下げへと勝手に結われた。

 

 鈍い金属音と共に突き出されたもう一方の手には僕自身が船であった頃に身体の一部であったことを覚えている12cm口径の連装砲が拳銃の様に握られ。

 

 首元から纏わりつくように編まれていく紺色の広い襟と半袖の白い生地のセーラー服が彼女の身体を覆っていく。

 

 それに続いて現れた襟袖と同じ紺色のプリーツスカートが二機の三連装魚雷管を装備して踏み出された脚と共に現れて風にはためいた。

 

「か、艦娘だ・・・まさか義男か? アイツが吹雪に何かを・・・」

「艦娘・・・吹雪・・・? あれが艦娘なのかい?」

「ああ、艦娘だ、俺が知っている艦娘の姿だっ・・・んっ?」

 

 僕を背負ってくれている彼が呆然とした表情で呻くように呟いた艦娘と言う言葉に現実感を失った感覚が急激に収まり目の前の状況が心の中にストンと理解となって落ちてくる。

 

「あぁ・・・、そうか、あれが僕らの新しい姿なんだね・・・」

「っ! 時雨、意識が戻ったのか?」

 

 あの吹雪と呼ばれた彼女が僕と同じ艦娘であると、自分もそう言う存在なのだと、あの姿なら僕はもう仲間を見捨てずに戦えるんだと強い確信が胸に宿った。

 波打ち輝く茅の輪から巨大な金属部品が付けられた革靴で一歩を踏み出した吹雪に続いて金の輪から出てきた鉄の塊がベルトと金属の固定具で彼女の背中へと接続される。

 そして、周りの建物を見下ろすほどの巨体の足が港湾施設のコンクリートに蜘蛛の巣のようなヒビを刻む。

 

≪今度こそっ・・・私が皆を守るんだからっ!!≫

 

 基地だけでなく海の向こうにまで届きそうなほど高らかに鳴り響く汽笛の音、心に直接届くような決意に満ちた吹雪の叫び声に無性に心が羨ましいと泡立つ。

 近づいて来る敵を討つために海へと歩を進める彼女の勇ましい姿を見上げる事しかできないと言うもどかしさに気付けば僕は自分を背負ってくれている男の人の服を握り込んでいた。

 

 船の船尾と艦上構造物を模した背部装備の煙突から輝く粒子が大量に吹き出す。

 僕達が見上げる彼女の船底から突き出した一対のスクリューが凄まじい回転と共に空気を掻き混ぜ歪ませる。

 離れた場所にいる僕たちの髪を掻き混ぜるほどの暴風が吹雪の巨体を前方へと突き動かし、彼女は港湾に幾つかの足跡を刻み付けながら海原へと飛び出していった。

 

・・・

 

 前世での中村義男と言う男は雑学やサブカルチャーに広く通じている自信はあれど高校卒業後は碌な就職先を見つける事も無く親の脛を齧らない程度に稼げる短期アルバイトを繰り返しながら惰性で生きていた。

 そんな彼の前世は中年の終わりに差し掛かった頃に罹ったインフルエンザを拗らせて呆気無く病死する。

 そして、何が原因かは分からないが彼は再び同じ両親の下に同じ名前で転生する事となり、混乱によって躁鬱を繰り返した幼少期を経て再び巡ってきた人生をやり直せるチャンスに胸を躍らせた。

 さらには偶然にも小学校の入学の後に出会った自分と同じ境遇でこの世界へと転生してきた田中良介と言う友人にも恵まれる。

 

 そして、1999年のメディアを騒がせた前世にはいなかった高名な学者が言い放った深海棲艦や艦娘と言う言葉に新しい世界がかつて生きた世界とは別の歴史を進んでいく事を確信した。

 その確信が彼に今生はかつてのような惰性に任せた生き方ではなく二次創作の主人公達のような華々しい生き方へと挑戦する事を心に決めさせる。

 

(そりゃ、口だけは良く回るデブおやじのアルバイターからエリート自衛官に華麗な転身ってのに憧れてはいたけどよぉ)

 

 やけに硬い感触が背中と尻に伝わって来る革張りと思えるリクライニングシート。

 手元には前世で入り浸ったゲームセンターの筐体を纏めて混ぜたようなコンソールパネル。

 目の前に広がるのは360度を見渡せる巨大なモニター画面があり、その下には座席を囲う様にキャットウォークを思わせる手すりと金属床で出来た円形の足場が存在していた。

 

『司令官っ、何処に行ったんですかっ!? コレは一体!? 私の身体がっ!!』

「お、落ち着け吹雪!」

『し、司令官っ! なんで頭の中に声が!? どうしてっ!?』

 

 中村から見えるモニターには眼下に広がる自衛隊の基地、そして、地上の建物や車両との対比で人間の手と言うにはあまりに大きな吹雪の掌が映り込み彼がいる場所に戸惑いに満ちた少女の声が響く。

 車のエンジンが可愛く思えるような鋼の唸りをまき散らし背後に見える豪奢な金輪から突き出て吹雪の背中に接続された巨大な機械。

 その接続と同時に手元のコンソールパネルに艤装を身に着けた吹雪の立体映像が浮かび上がり上から下まで現在の状態を示す文字列と数字がズラズラと並んでいく。

 

「あぁ、なんだそりゃ・・・ははっ、こんなの基地司令殿も俺も、艦娘本人ですら気付けないだろよ・・・」

『あの・・・司令官?』

「大丈夫だ、問題無い・・・、むしろこれが当たり前なんだよ。この姿こそ俺が知っている駆逐艦娘、吹雪だっ!」

 

 吹雪本人や彼女の艤装が得た視界が集約された展望画面の中に見える手持ち式の巨大な連装砲に背負われ燐光を吹きだす煙突や艦尾を模した背面装備の形状。

 それらは中村が前世で見たゲームの中の吹雪が身に着けていた武装と見える角度は違えど全く同じものだと彼に確信させる。

 

「しかも、ご丁寧に操作盤はゲームセンターのシミュレーターと同じなんて気が利いてるっ!」

『わ、私、本当に戦えるんですか?』

 

 予想の大きく斜め上を行く今の状況に中村は内心混乱の極致と言える状態だったがその感情を敢えて押し殺し引き攣った顔が吹雪に見られていない事を良い事に不敵なセリフを厚顔にも言い放つ。

 

「ああ、任せろ、前世じゃ一般人で実戦経験はまるで無いがゲームの中だけなら大将まで昇進した事がある!」

『ぇぇ・・・げ、ゲームで、ですか?』

 

 実のところ中村には目の前にあるコンソールパネルの配置を持った筐体で遊んだ経験など無く、明らかに周りの建物を見下ろすような巨体に乗り込むなんて想像もしていなかった。

 

「吹雪っ、胸を張れ! ・・・俺達で鎮守府を日本を守るぞっ!」

『・・・っ、はいっ! 司令官っ!!』

 

 だがもう後戻りは出来ないと自らを鼓舞するように叫んで中村は操作盤に設置されているレバーへと手を伸ばして表示されている停止の文字を原速へと変更する。

 吹雪の背面で巨大なタービンを回すような鋼の唸りと煙突部から燐光が煙のように噴き出して彼女の背中を押し始めた。

 

≪今度こそっ・・・私が皆を守るんだからっ!!≫

 

 モニターの外から響くその巨体に見合った叫び声。

 それ合図に重く鈍い足音を響かせ海へと続く港湾施設の地面に無数のヒビを刻みながら吹雪が加速しながら走り。

 足が最後の地面を蹴って海へと飛び出して着水と同時に手に持った連装砲を前方に構え海面を割る様に加速していく。

 

(見た感じはロボゲーの筐体と船のCICを混ぜた様な造り、これを設計した刀堂博士って薄々感じてたけど・・・俺や良介と同じ転生者だったんじゃねえか?)

 

 元々はゲームとしての艦これの知識を利用して書類仕事だけをこなせば後は艦娘達が手柄を立ててくれるのだと思い込んでいた中村。

 彼にとって利己的極まる目的の為に耐えてきた試練ともいうべき士官候補生として理不尽な規則と過剰労働にも等しい実習の経験が今に生きる事になるとは想像もしていなかった。

 速度計に目を落とせば98ノットと言う実習で乗り込んだことがあるどの護衛艦よりも早く吹雪は海面を走り、東京湾の入り口にある防壁に乗り上げて侵入を始めている漆黒の巨体へと接近する。

 

「撃てぇっ! 吹雪ッ!!」

≪はいっ! 司令官っ!≫

 

 その日、天を突くような動力機と主砲の轟音を高らかに鳴り響かせ。

 

 自らを転生者などと嘯く士官と共に長い雌伏の時を経た一人の艦娘が狂人扱いを受けたままこの世を去った博士の予言した通りの能力を発揮した。

 

 




イメージ的にはガン〇ムとアー〇ードコアを足して叩き割った感じ

6/10中村と田中が出会った時期を中学生→小学生に変更


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第三話

 
誤解を残すな、言葉を尽くせ。




雄弁は銀色に輝くのだから。
 


 2014年の早春、五年前に現れた人類全体に敵対的な存在への危機感はあれど奇跡的に深海棲艦の直接的な脅威とは縁が薄い世間では新年度に備えている時期。

 主要な港湾に建設された防壁や太平洋側にある海水浴場の閉鎖などを過剰な対応と一部の市民や政党が与党を叩く理由に使ってテレビや新聞をにぎやかしている平和ボケしたある日。

 日本の排他的経済水域に広がる哨戒網を我が物顔で突き進み、及び腰で追いかける護衛艦を歯牙にもかけずに日本本土へと複数の黒い異形。

 東京湾に建設された防壁へと食らいつくように巨体を叩き付けた深海棲艦は鋭い牙が並ぶ巨大な口内から歪な大砲を突き出す。

 咆哮するように爆炎を上げた砲塔の先で強化コンクリートが豆腐の様に砕け散った。

 

・・・

 

 東京湾の湾岸に存在する自衛隊施設の一つ、現在、世界で唯一艦娘の研究開発を行うことが出来る鎮守府と命名された研究機関が存在する基地。

 そこは深海棲艦の本土襲撃の報が届いた時点で蜂の巣を突いたような大騒ぎとなり、基地司令官の命令によって総員退避が通達されることになった。

 

「上官纏めてへたれしかいないのか!? 俺だって人の事は言えねえけど戦う前からヤル気の欠片も無く逃げの一手かよ!」

 

 中村が艦娘の司令官の一人として着任してから顔を合わせる度にグチグチと嫌味を垂れ流す。

 女の子の姿をした兵器のご機嫌を取る気楽なお遊びなんて彼と相棒を揶揄していた御立派な勲章付きの将校達が顔を青くして我先に書類をかき集めて逃げようとする。

 そんな彼らの姿を横目にして中村は苦虫を噛み潰した顔で基地内の道を走っていた。

 

 向かっている先には自分にとって唯一と言える部下の少女、かつて日本が軍を持っていた頃に造り出された駆逐艦の一隻である吹雪の記憶と力を与えられて生まれてきた艦娘がいる宿舎だった。

 

「・・・良介はクレイドルの閉鎖を手伝いに行くって言ってたがただのコンクリートで出来た研究所が深海棲艦相手に耐えられるもんなのかっ!?」

 

 前世の肥満体型と違い現在の自衛官として鍛えられた身体は十数分の道のりを全力で駆けても少し息を弾ませるだけで疲れは無い。

 だが頭の中で渦巻く不安感は中村に気味の悪い焦燥で背中を騒めかせて止め処なく脂汗が身体中に浮かぶ。

 焦りで嫌な方向へと思考が向かいそうになった中村の視界に軍事施設に似つかわしくないセーラー服の後ろ姿が過る。

 

「っ!? 吹雪っ! なんでここにっ、何してるんだ、お前っ!」

「中村少佐・・・敵が、深海棲艦が来るんですよね、なら・・・、私が囮に出れば少しは時間稼ぎができます」

 

 吹雪が待機しているはずの艦娘の宿舎ではなく港湾へと続く道の途中で見知った後ろ姿を見つけた中村は滑りそうになりながらも足を止めて彼女の名前を呼び振り向かせる。

 出会った時のような暗さは無くなったが今の吹雪の顔には何の感情も見えない無表情で愛嬌のある良い意味で田舎娘っぽい顔立ちには何処か人形じみた不気味さが宿っている。

 

「そんな命令は出してない、行くぞ、ここから少しでも内陸部に向かって・・・」

「・・・逃げてどうなるって言うんです? 少佐は私に今度こそ本当の役立たずになれって、そう言いたいんですか?」

 

 無表情の裏側から少しの憤りを垣間見せた吹雪の迫力に彼女へと手を差し伸べようとした中村は息を詰まらせて自分が何を言うべきかすら頭に浮かばず無意味に口を開閉する。

 

「役立たずって、欠陥兵器なんて言われながらそれでも皆、頑張って、頑張って来て・・・沈んでいって!」

 

 無表情の裏側から火が付いたように噴出した吹雪の叫びはその場しのぎの嘘ばかり上手くなった男にはあまりに苛烈な衝撃となって突き刺さる。

 

「ここで私が命を惜しんでたら本当に私達が産まれた意味なんて無いって証明するようなもんじゃないですかっ!!」

 

 そんな驚愕でマヌケ面となった顔を晒している指揮官へと向けた怒りを覆い隠す様に苦笑を浮かべて吹雪は姿勢を正す。

 そして、丁寧に腰を折り中村へと短い謝罪をしてから再び彼を正面から見つめて口を開く。

 

「艦娘の吹雪が何回沈んだのかは蘇生前の記憶を引き継げない私には分かりません、でも私が艦娘になって一年ちょっとしか経ってませんけどいつも上官からは役立たずだって、囮にしか使えない穀潰しなんて言われ続けました」

 

 身を切る様な辛さを吐露するように自分の身体を両手で抱き締める吹雪の表情が歪な笑顔へと変わり始める。

 そんな初めて見る彼女の昏い瞳に中村は気圧されて息を呑んだ。

 

「主任さんや研究員の皆さんからは弱く造ってしまったなんて謝られてばかりで、初めの艦娘達も今とほとんど変わらない扱いだった事は分かります。そう考えるだけで悔しくて申し訳なくて情けない気持ちでいっぱいになって・・・」

 

 歪んだ笑顔のまま吹雪が話す言葉は今にも溶けて消えてしまいそうなほど小さいのに周りで鳴り響く非常ベルの音よりも強く中村の耳に届いた。

 触れれば消える雪の結晶のような儚さを纏う吹雪の姿から目を離せなくなった中村の前で存在そのものを虐げられてきた一人の少女はこれが最期であると悟った様に自分の思いを独白する。

 

「だから、中村少佐と田中少佐が私達が本当は凄い力を持っているって言ってくれて嬉しかったんです。司令官が教えてくれた別の世界の私達の事を聞いて自分でも諦めてた自分にもうちょっとだけ期待しても良いんじゃないかって思えるようになって・・・だから」

 

 最期ぐらいは自分を必要だと、役立たずなんかじゃないと言ってくれた人達の為にこの力と命を使いたいんです。

 

 そう言って吹雪は中村へと微笑みを向けて右手を上げ指先を額に当てる。

 

「短い間でしたけれど・・・お世話になりました」

 

 背筋を真っ直ぐに伸ばし女子中学生にしか見えない姿で軍人にとって見本のような敬礼をした吹雪は中村に背を向け、港へと続く道を再び歩き始めた。

 

 背中を向けて歩き出した吹雪から告げられた呆気無いほど簡潔な別れの言葉に彼の息も汗も止まる。

 基地の書類を持ち出す為に自衛隊所属の車両がエンジンを吹かす音や基地からの退去を促す非常ベルの音。

 耳に聞こえるがそれら全てが気にならないほど中村は歯を食いしばり自分の不甲斐なさとゆっくりと遠ざかっていく吹雪の背中を見つめる。

 

(なんだそれは、何言ってるんだお前はっ!! こんな小さな女の子に何を言ってきたんだ俺はっ!?)

 

 可愛い女の子達にちやほやと持て囃されたい。

 誰にもできない事をやってのけて尊敬を集めたい。

 楽しく楽な仕事で大金を稼ぎたい。

 

 自分には他の人間には無い前世の記憶があり一歩も二歩も先を進めるアドバンテージを生まれながらに持っていたと言う事実が将来に対する欲と楽観主義を中村と言う俗物に与えた。

 しかし、かつての彼は確固たる意志も無く二流の高校を卒業してから勉強どころか学習意欲すら遠ざけていた人間が、死ぬまでアルバイトで日銭を稼ぐ生活をしていた遊び人が、幼児からやり直したところで怠惰に任せて同じ轍を踏む事になっただろう。

 

 だが中村は幸か不幸か自分と同じ転生者である田中と友人となり、付き合いを続けていく内に安っぽいプライドから友人と対等な立場を維持する努力を不本意ながらもする事になった。

 

 自分よりも高学歴で学者肌の努力家と対等に立っていたいと言う安っぽいライバル心と深海棲艦の出現と艦娘の存在への確信。

 それらが意欲の引き金となり彼は前世では考えられないほど努力して遂には日本で指折りに狭き門である防衛大学に入学し自衛隊士官の地位を得るに至った。

 

「・・・だからっ! 俺はまだお前に出撃を命令していないって、言ってるだろうが吹雪ぃっ!!」

 

 友人からは口が良く回るお調子者と評され今も昔も自分に必要以上の努力や挑戦を課す事を嫌う性質があるのは見た目以上に人生経験を積んだ今の中村には理解できている。

 それを生まれ変わった今の今まで矯正する必要性を感じてこなかった男は前世の記憶を基にして都合の良い作り話を無責任にベラベラと垂れ流した。

 それが原因で目の前にいる吹雪に死に逝く覚悟を決めさせたと言う事実を突き付けられ、数日前までの呑気に笑っていた自分を殴り殺したいと思うほどの後悔と怒りを心中で疼かせる。

 

「私が少しでも時間を稼げば、基地の被害を少しでも減らせばまだ眠っている仲間が生き残る可能性が高くなります、そしたら、司令官は生きてその子達と今度こそ深海棲艦をやっつける為に私にしてくれたように・・・」

「俺はっ! んな事を言ってんじゃない! 出撃するなら司令官である俺の命令に従えって言ってるんだ!!」

 

 頭から自分が死ぬことを前提にしてモノを言う少女の後ろ姿に八つ当たりじみた叫びを吐き出して肩を怒らせた中村は大股で吹雪に歩み寄る。

 その女子中学生にしか見えない兵器の肩を掴んで強引に自分の方へと振り向かせた。

 彼の方へと振り返った少女は何を言われたか分からないと言う呆けた顔で渋面を見せる中村を見上げて立ち尽くす。

 

「艦娘は指揮官と共にある事でその能力を十全に発揮する! これはお前ら艦娘を設計した科学者が残した艦娘運用の原則の一つで、つまり吹雪が出撃するってんなら指揮官である俺も一緒にいなきゃいけないって事でもあるんだよ!」

 

 マトモな思考を放棄した脳みそが垂れ流したセリフを言ってしまってから自分は何をバカな事を言ってるんだと恥じて中村は顔を紅潮させる。

 だがそんな羞恥心も自分を見上げてくる吹雪の呆気にとられた顔に妙な可笑しさへと変わり小さく笑ってしまう。

 

「だから、お前が戦いに行くなら司令官である俺だって・・・一緒に行くよ」

「司令官が私と一緒に戦ってくれるんですか・・・? でも、敵は海の上で、司令官は人間で・・・」

「そんな細けぇ事はどうでも良いっ! 俺はお前と一緒に行く! だから、吹雪、付いて来い!」

 

 その言葉は数秒前に吐いた臭いセリフを勢いで誤魔化す為にいつもの口先三寸から出た時間稼ぎでしかなかった。

 碌に解決策など無い状態だが自分よりも確実に頭が良い田中と相談する為の暇さえ作れれば良いなんて他力本願極まる心算から出た言葉。

 

「っくぅ、・・・はいっ、特型駆逐艦、吹雪型一番艦、吹雪行きます! 司令官!」

 

 まさかそれこそがこの世界の艦娘に本来の能力を発揮させる言わば安全装置の解除を意味するものだった。

 

 などとは、顔を真っ赤にして叫んだ中村も涙を零しながら返事をした吹雪ですら想像だにしていなかった。

 

 その条件とは一定以上の資質を持つ指揮官と艦娘の接触、そして、指揮官による出撃指示とその命令を艦娘が承諾する事。

 

 かくして中村はまるで意図していなかったが艦娘の能力を目覚めさせる条件は満たされ、駆逐艦娘である吹雪が自分を含めた全ての艦娘に組み込まれていた能力を発動させ。

 

 目の前を白く染め上げるほどの発光と共に二人の姿は強い輝きの中へと消えた。

 

「よし、行くぞ! まずは良介にぇっ?」

 

 付いて来いとは言ったが今すぐ海に出るとは言っていない、なんて考えが光に飲まれた時点での中村の内心であったがそれは声にならず。

 

 当たり前ながら吹雪を含めた誰の耳にも彼の言い訳は届くことはなかった。

 

・・・

 

 突然の発光、燐光をまき散らして巨大化した吹雪の中であろう操縦席で飛ぶように通り過ぎていく風景に目を走らせる。

 中村は恐怖と混乱で叫び出しそうになる感情を必死に歯を食いしばって押し留める為に精神力を振り絞っていた。

 海上を二本の脚で駆ける吹雪の中から見える東京湾の長大な防壁とそれを突き破って巨体を乗り上げている巨体がぐんぐんと近づいて来る。

 

「撃てぇっ! 吹雪ッ!!」

 

 中村の前世で見たゲームの中で駆逐イ級と呼ばれ雑魚敵扱いされていたそれと似通った姿。

 しかし、その全長100mに総重量は数百トンでは収まりきらないだろう黒い船体を持ち。

 芋虫のように這いずり砕けた防壁の間から湾内へと侵入を始めていた。

 そこへ目掛け吹雪が背面艤装の煙突とスクリューから燐光をまき散らして100ノットに迫る勢いで矢のように基地から飛び出して海上を駆ける。

 

≪はいっ! 司令官っ!≫

 

 そして、中村の指示に従い初めて触る筈の連装砲を吹雪はまるで自分の身体の一部であるかのような自然さで真っ直ぐに敵艦へと向ける。

 目視した深海棲艦との距離から逆算して主砲の仰角を素早く調整し引き金を引いた。

 人間大だった頃とは明らかに異なる大質量の発砲音と共に光の塊が左右の砲から連続して放たれる。

 燐光を散らしながら砲弾が遠く離れ場所にいる金属を削りだして作った肉食魚の頭を思わせる深海棲艦の艦首へと風切り音をたてながら突き刺さり額の骨格を叩き割る。

 

「当たった! 上手いぞ吹雪っ!」

『でも一発外れましたっ・・・すみません司令官、止まってる相手なのにっ、発砲音!?』

「面舵! 回避しろっ!?」

 

 不甲斐なさや使命感だの若気の至りだのなんだのをひっくるめた言葉に出来ない感情に突き動かされて巨大化した吹雪と共に海に飛び出した。

 そこまでは良いが作戦と言える作戦など中村には無く。

 事前に得ていた情報は太平洋の南東から東京湾へと複数の深海棲艦が哨戒網を突破して近海へと侵入してきたと言う話だけ。

 さらにゲームの設定には詳しいが実際の深海棲艦がどんな存在であるかなど伝聞と資料頼りで実物を見るのは今日が初めてである。

 

「うぉっ! 壁の向こうにもいるのか!? いやまずは目の前の駆逐イ級を叩く!」

『い、イ級? はい! あの壁に乗り上げてる深海棲艦ですねっ!?』

 

 壁の外から打ち込まれてきたらしい砲撃は運が良い事に吹雪のいる場所とは見当違いな場所に着弾して水柱を上げる。

 だがその迫力は中村の心肝を寒からしむるには十分すぎる威力を持っていた。

 鏡を見れば確実に情けなく鼻水を垂らしているだろう自分の顔を頭の片隅に追いやって声だけは勇ましくなるよう訓練学校仕込みの大声を発する。

 中村は忙しなく視線を動かしてコンソールパネルに並ぶ機能の把握に全力を続けていた。

 

『し、司令官っ!?』

「どうした、何か問題か!? 落ち着けヤツの目は緑だからノーマルだ、強さは大したことない!」

『主砲が撃てません!!』

「・・・はっ? た、たった二発しか撃って無いのにか!?」

 

 回避の為に進行方向を変えていた吹雪が再び防壁に引っかかっているイ級へと砲を向けたと同時に悲鳴じみた声を上げて中村は言われた言葉に動転する。

 ふと視線が引っ張られるような感覚に従って吹雪の現在の状況を知らせる立体映像へと彼は視線を走らせ。

 いつの間にか現れていた主砲部分を指して表示されている再装填まで4分12秒と言う数字に顔を引きつらせた。

 

「これは主砲に・・・、再装填まで四分だと!? 何か他に武装は無いのかっ!?」

『よ、四分も掛かるんですかっ・・・どうしましょう、司令官!?』

 

 予期せぬ事態の連続でもう混乱の極致となりながらもその場しのぎを続ける中村の思考がついに止まる。

 

(どうしましょうって、俺にどうしろって、言うんだよっ!?)

 

 誰か助けてくれと叫びそうになった彼の視線がまた、まるで何者かに教えられたかのように吹雪が装備している武装の制御装置へと向かう。

 初めて見る兵器の使用方法など訓練はおろか説明書も読まずに使える人間などいるはずはない。

 いるはずは無いのに中村はそれが吹雪の魚雷管を起動させ標的を照準誘導する為に存在していると気付かされる。

 

「吹雪、魚雷管を起動させる、奴を正面に捉えろ!」

『はいっ! 進路を駆逐イ級へ向けます!』

 

 反射的にコンソールパネルを操作して魚雷管を起動させるとガシャンガシャンと重苦しい金属音が吹雪の太腿に装備された二機の三連装魚雷管から響く。

 操作盤の右側にある立体映像の中にある吹雪の両脚に装備されている上を向ていた三連装魚雷の先端が水平へと切り替わり前方の360度モニターに魚雷の予想軌跡が自動で表示される。

 装備の名前や形状は原型の駆逐艦に準ずるモノであるのにその性能は現代兵器と比べても遜色ないモノだと感じさせられた。

 中村は魚雷の軌跡が壁から這い出ようとしているイ級と重なったと同時に発射ボタンを全て押し込んだ。

 ボポンっと気の抜けるような音をたてて魚雷管から飛び出した白い泡の線を引きながら六発の魚雷が水面下を走り抜ける。

 数十秒という短い間に2キロほど離れた場所にいたイ級と防壁の下まで駆け抜け立て続けに破壊と水柱をまき散らした。

 

「うっぉ、これ、壁の修理代とか請求されたりしないよな・・・?」

『ぇっ!? そっ、そんな事、私に言われてもっ・・・、っ、また発砲音っ多いです!』

「加速して回避する取り舵をっ! うぁっ、マジかっ、魚雷再装填は二十分だとっ!?」

 

 赤く赤熱した巨大な雹にも見える砲弾が吹雪と中村が居る地点を目がけて飛び込んでくる様子に顔を青くしながら素人指揮官は推進器の出力を上げるレバーを押し上げる。

 コンソールパネルに第二戦速と表示された同時に指揮席で張り付けになった。

 轟音をまき散らして背部艤装のスクリューが空気を掻き混ぜて吹雪の背中を押し飛ばし、セーラー服を纏った14mの少女が砲弾の雨が降り注ぐ海面を駆け抜ける。

 

「ぐっぉ、2っ、200ノットって、冗談だろ・・・なんて加速力してやがるぅ、ぐぅぅっ」

 

 レバーを握った彼の視線がデジタル表示で光るスピードメーターとエンジンの出力計へと向けられ、その視線の先でその数字の桁が凄まじい早さで上がっていく。

 

『大丈夫です司令官、これくらいなら回避できますっ!』

 

 急激な加速による慣性によってシートの背凭れに押さえつけられて呻き声を上げる中村。

 彼とは対照的に吹雪は生まれて初めて体験する高速航行の中で怯む事は無く敵の砲撃で立ち上る水柱の間を縫って駆け抜ける。

 まるで初めから当たり前に出来る事だと理解しているかのような迷いの無い回避運動。

 その彼女の内部で重圧に翻弄される指揮官は目を白黒させながら舌を巻く事になった。

 

『司令官、主砲も魚雷もまだ再装填できないんですか!?』

 

 降ってきた敵の砲撃を全て回避した直後に中村は握ったままの出力レバーの表示を原速まで戻した。

 下がっていくスピード計の数字と緩む慣性に彼は一息吐いて撃破したイ級が居た場所へと視線を向ける。

 

「まだだっ! くそ、魚雷撃つの二発ぐらいにしとけば良かった! 爆発で穴広げちまって、あれは軽巡のホ級かっ?・・・まずいな湾内に侵入される」

『深海棲艦の軽巡・・・ホ級』

 

 その広がった壁の割れ目の向こう側から姿を見せたのは頭の無い人間の上半身と巻貝を混ぜた様な気味の悪い奇妙な怪物の姿だった。

 それを見た中村は忌々しそう呻き、その言葉を繰り返すように呟いた吹雪はかつての囮作戦に駆り出された時にも自分や仲間達を追い詰めた怪物を正面から見据える。

 

『・・・司令官、駆逐艦娘は格闘戦に高い適正があるんでしたよね?』

 

 当たり前の話だが中村は前世で艦娘などを実際に見た事は無くその悉くが創作の中にあるキャラクターである。

 この世界で吹雪に出会ってから今の今まで彼女に語った艦娘達の姿はいかにも実際にいるかのように彼によって脚色された物語の登場人物でしかない。

 

「いや、それは・・・そのなんだ、吹雪はそう言った接近戦の訓練を受けてない以上無理は、おっおいっ!?」

 

 故に前世の世界で海の平和を守る正義の味方の活躍などは存在しない。

 彼がその存在を保証する事もできるわけも無いが中村は往生際の悪い思わせぶりな誤魔化しの言葉を吐く。

 

『大丈夫です、司令官の話、私は信じます!』

 

 物語を創作するように前世で過剰にかき集めたサブカルチャーの知識から『自分が考えた最強の艦娘』の設定を練り上げて面白おかしく得意げに話した虚構。

 

「そんな、吹雪っ、嘘だと言ってくれぇっ!?」

 

 現実化したそれに首を絞められる形となった中村は中二病から我に返ったような羞恥心と自分から先ほどのイ級よりも巨大な敵へと突撃を始めた部下の無謀極まる行動に悲鳴を上げた。

 

『私がやっつけちゃうんだから!』

 

 原速ですら90ノットを超える快速で海上を突き進む吹雪は自分に砲口を向ける軽巡ホ級へと迫り、彼女の中にある指揮席で怖気づいた中村の気も知らずに突撃を敢行する。

 焦りと恐怖に頭がおかしくなりそうな状態となった中村が顔中を脂汗で湿らせながら打開策を求めてコンソールパネルへと視線を向け、そこに艦娘の戦闘形態を切り替えるレバーを見つけた。

 

(待て・・・なんで、さっきから俺はこれの使い方が分かるんだ!? そもそも戦闘形態の変更って、ゲーセンのロボゲーじゃあるまいしっ)

 

 その触った事すらないレバーの下には『砲雷撃戦』と表示されている。

 左右に操作できるソレに触れた中村はまるで疑問に思った事への答えが頭に直接を刻まれたかのような感覚でその機能を理解させられた。

 そして、中村は気付けば右手を推進出力レバーに掛け、左手で艦娘の形態変更を行う取っ手を強く握っていた。

 

「吹雪、最大戦速で、接近戦形態に移行する! 転ばないように備えろぉ!」

『了解しました!』

 

 まるでこの空間に入ってから付き纏う何者かの思惑に乗せられて動いているかのような感覚に戸惑いながら中村は推進機の出力レバーを全速まで押し上げ吹雪を急加速させる。

 一気に赤いラインが引かれた場所まで針を上げた出力計、速度計は一足飛びに桁を三桁に跳ね上げる。

 先ほどとは比べ物にならない慣性の圧力に反比例するかのような速度で前方から飛来する敵の砲弾を吹雪は背後へと全て置き去りにした。

 

「さ、320ノットぉ・・・まだ上がるって、うぞだろぉ・・・?」

 

 そして、吹雪と敵艦との距離が急激に接近する中で呻く中村は全力で掴んでいた形態変更レバーを操作する。

 

 レバーの表示が砲雷撃戦から格闘戦へと切り替わり魚雷管を起動した時よりも力強く響き渡る鋼の音。

 

 背部艤装の一部が変形して艤装の後部に鎖で繋がっていた錨が吹雪の肩越しに前方へと突き出された。

 

 突き出された錨の柄を吹雪が握り引き抜いたと同時にその手にあった連装砲が背面艤装から突き出てきた懸架装置に回収されて駆逐艦娘の背中へ移動する。

 

 その艤装の動きを初めから知っていたように戸惑うことなく駆逐艦娘は400ノットと言う出鱈目な速度に達した状態で切り裂くような鋭い航跡を海面に刻みながら錨の柄を正面に構えた。

 

 軽く見積もっても1tはある鉄の塊が吹雪の手の中で軸に対して半月形を描く錨の爪が傾き、半月は軸に対して垂直になりその表面が割れるように開く。

 

 背面艤装と繋がった鎖をジャラジャラと騒めかせる錨は元の形から数倍の体積を得て、複雑な部品が覗く内部機構を露出させた黒鉄の斧へと変形した。

 

「やれっ! 吹雪ぃいっ!!」

『お願い! 当たってくださいぃ!』

 

 バリンかガシャンか、とにかく薄いガラスが割れるような呆気無い音が東京湾の海面を震わせ。

 キロではなくトン単位の質量を得た上に400ノットの砲弾と化した吹雪が振るった錨斧が敵軽巡の胴体へと吸い込まれるように衝突する。

 深海棲艦が纏う速射砲やトマホークミサイルすらはじき返す不可視の障壁ごと水死体のような気味の悪い体色をした巨体が熱された飴細工のように千切れ飛びながら砕けた。

 

「うぉおああっ!?」

 

≪わぁあきゃぁああっ!? んぼヴぁぁっ!!≫

 

 斧を手に軽巡ホ級を跳ね飛ばすように引き千切り防壁の外へと飛び出した吹雪の身体は墜落した飛行機のように顔面から海面に叩き付けられて滑る。

 吹雪の口から飛び出た乙女が出してはいけない類の叫びと共に海水で巨大な壁のような水柱が生まれ。

 そして、時速700kmオーバーの滑走は中村が出力レバーを引き下げた事で背面のスクリューが停止して減速していき、距離にして約5.4kmほど走ってからやっと止まることが出来た吹雪は太平洋の入り口にフラフラとした様子で立ち上がった。

 

「はぁ、ひぃっ・・・ひぃ、大丈夫か、吹雪?」

『うぶっ、はぃ、だいじょう、ぶです・・・っ、まだ敵艦が! けぶっ! げぅヴぇぁぁっ・・・』

 

 衝撃的かつ世にも珍しい艦娘の胴体着陸を彼女の内部で体験した中村は顔を真っ青にして喘ぎ。

 その手元にあるコンソールパネルの上で立体映像の吹雪が口から大量の海水やら魚やらをマーライオンのような姿で噴き出している。

 中村は精神的な余裕も無かったのでとりあえず手元の通信機らしい部分から聞こえてくる吹雪の吐瀉音をあえて聞かなかった事にした。

 

「いや、あれは撤退しているみたいだ。砲の装填は終わったが・・・」

 

 急激な緩急に振り回された戦闘を経て疲労に息を切らした二人は遠い海原にこちらへと尻尾を向けて離れて行く黒い巨体を見つめる。

 

「今の状態で追いかけても骨折り損のくたびれ儲けになるだけだ。吹雪、鎮守府に帰投するぞ」

 

 戦闘の終わりに深く息を吐いた中村はコンクリートの防壁を背に立ち尽くす吹雪へと帰還を促し。

 

『追撃すれば、勝てるんじゃないでしょうか・・・?』

「はぁ・・・吹雪、初めての勝利で興奮するのは分かるが引き際を間違えるんじゃない、命令に従ってくれ」

 

 水平線へと消えていく敵艦の背を見つめながらボソリと呟いた吹雪の言葉に肉体的にも精神的にも疲れ切った中村は珍しく真面目そうな喋り方をする。

 その裏にはもうただひたすら陸に帰りたいと言う私情極まる思いが籠っていた。

 

『はい、司令官・・・吹雪、帰投します』

 

 艦娘として目覚めてから初めての勝利、散々に自分達を苦しめていた相手と対等以上に戦えると言う事実。

 それらに後ろ髪引かれているような態度を隠すことなく何度か振り返ってはいたが吹雪は中村の命令に従って大穴が開いた対深海棲艦用の防壁へと足を向けて海面を滑っていった。

 




 
でも、いくら言葉を尽くしたって相手に伝わるのは精々1/3だよね。






2019/1/4 一部表現の変更。内容に変更はありません。


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第四話

前話の文字数が多すぎたために切れた部分なのでちょっと短め。
誤解が誤解を呼ぶスパイラル。
良いと思います。


 史上初の深海棲艦による日本の本土襲撃と艦娘による深海棲艦の撃破から丁度一週間。

 

「で、あれだけ派手に暴れまわったってのに深海棲艦の死体や上官殿の情けない命令と行動の証拠を隠滅で事件そのものが無かったことにされたと、アホか・・・」

「だが、アレのおかげで千切れる予定だった俺たちの首の皮が繋がったとも言えるな。何せ海将を含めた上級将校数人分の弱みって言うのは中々に使えるネタだ」

 

 東京湾に面する艦娘の研究と開発を行う鎮守府の一画に設置されたベンチに強い湿布の臭いを漂わせる中村と少し間を開けて隣に座る田中の姿があった。

 二人は不満そうな顔と愉快そうに笑う顔と言う対照的な表情を浮かべる。

 

 東京湾の入り口に作られた長大な防壁は海水の浸食劣化と一部の設計ミスによる破損。

 政府の主導する避難誘導によって海岸に近い危険区への民間人の出入りは禁止されている為に人の目はほぼ無いため、当事者たちが口を噤めば情報規制は問題無く。

 吹雪が撃破した深海棲艦の遺骸は政府直轄の研究機関へと一部が回収されて他は焼却や破砕処分の後に外洋へと投棄された。

 

「・・・しかし、まさか、お前が吹いた大法螺が本当になるとは思ってもみなかったぞ?」

 

 まさか、今まで政治的に利用できると言うだけで政治家も自衛隊も役立たずだと思っていた可愛い女の子にしか見えない欠陥兵器と揶揄される艦娘。

 そんな彼女が物理学と常識に正面からケンカを売る様なとんでもない能力を発揮するとは誰一人として想像もしていなかった。

 そう、前世の記憶を頼りに努力と口八丁手八丁で艦娘の司令官に収まった青年達ですらこんな形で艦娘が力を発揮するとは考えていなかったのだ。

 

「俺だって予想外だっての、司令官が巨大化した艦娘に乗り込んで戦うってどこの機動戦記だよ・・・」

「主任に頼んで額にくっ付けるV字角でも作って貰えばらしくなるな」

「吹雪が持ってるのは斧だからむしろ一本角じゃね?」

 

 そもそも兵器に乗り込んで直接戦うのは指揮官では無くパイロットと言うべきだとウンザリしたような顔で指摘する中村に田中はクックッと小さく笑いを漏らす。

 鎮守府の閉鎖が全くの無駄足になった青年は初戦闘で時速720kmの世界を体験して急激な慣性運動に振り回されて痣だらけになり未だに大量の湿布で治療を続けている友人の姿を愉快そうな顔で見る。

 

「他人事みたいに笑ってるがな、あの子達はお前も司令官の一人として当然戦場について来てくれるモンだと思い込んでるぞ?」

「・・・いや、俺は事務とか交渉なんかの担当であってだな、俺が作戦を立ててお前が実行ってのが昔からのっ、!?」

 

 恨みがましい目つきで見上げてくる中村の言葉に笑顔を引きつらせた田中はあらぬ方向へと視線を向けて言い訳を垂れ流していた。

 そんなベンチに座っている彼の背後から伸びてきた細い手が彼の首に巻き付くように抱き付いてそれ以上の言葉をせき止める。

 片手に黒い手袋を付けた腕と共に長い三つ編みと烏羽色の黒髪が垂れた前髪がずいっと肩越しに突き出され、真横から青い瞳の美少女が田中の顔を覗き込んできた。

 

「楽しそうだね、提督、僕も話に混ぜてもらいたいな?」

「し、時雨、いや大した話じゃないんだ、まぁ、昔こいつとバカやってた頃の話を少しばかりな、それと俺は階級的に言って提督じゃないぞっ」

「バカって言うなよ、ちょっと前世の学歴が良いからって調子に乗って高校の数学で俺に負けたくせによぉ」

「あれはただ計算ミスが重なっただけだ! そも何年前の話を引っ張てくるんだ、いい加減に一回勝っただけで調子に乗った言い方は止めろ!」

 

 白露型と呼ばれる駆逐艦の二番艦、どこか中性的な雰囲気を纏っている時雨は田中に懐いた様子を隠すことなく彼の背中へともたれ掛かる。

 黒地に赤いリボンタイが鮮やかな白い襟と袖のセーラー服と顔の真横で揺れる黒い三つ編みが石鹸の爽やかな香りを彼の鼻へと届けた。

 

「昔って提督たちの前世の世界の話かな、僕もその話ならすごく興味があるよ」

「・・・あんまり他の連中には言わんでくれよ。俺らはともかくお前達まで変人扱いされるぞ?」

 

 特に口止めをしていなかった事と実際に中村が吹いた法螺が現実のモノとなってしまった事で彼から前世の世界で活躍したと言う艦娘達の話を聞いていた吹雪はその全てを信じ切ってしまい。

 それが原因となってあの事件の後にクレイドルから目覚めた艦娘達にも吹雪はその話を誇らしげに言って聞かせてしまっている。

 

「俺らってなんだよ、言い出したのお前だけじゃないか」

「僕らが普通じゃないのは今さらだと思うけど、二人にとって都合が悪いならそれに従うよ」

 

 その話を知らない他の自衛隊員にとって中村と田中は頭の出来と優秀さはともかく性格と行動が残念な男達である事は変わらない。

 だが、艦娘達にとっては異なる世界からやってきて自分達と共に日本を守るために立ち上がった勇気ある指揮官へとなってしまっている。

 

「提督たちの話を聞いた主任さん達は僕らの研究がまた一歩進んだって嬉しそうにしてたんだけどね」

 

 さらに艦娘達から鎮守府の研究員にまで伝わったその話にほとんどの人員は半信半疑ではあったが実際に巨大化した吹雪や彼女が戦う姿をその場に居合わせて目撃した主任はかなり彼らの話への興味を強めていた。

 

「あくまで俺達が知っているのは前世の世界の話であって、ココとは事情が違うかもしれない、だから俺達の話が正しいか間違ってるかは関係なく確定していない情報はばら撒くべきじゃないんだ」

「そうそう、あれだ。何か致命的なズレとかあったら困るだろ? 良介が言うようにそういう事なんだよ」

 

 そんなわけで図らずも肥大化した艦娘達からの重すぎる信頼感に新人自衛官の二人は虚勢と話術で何とか司令官としての威厳を取り繕っていた。

 

「なら、それ以外の提督の話を教えて欲しいなっ♪」

「そ、そんなにくっ付くんじゃない、女の子がはしたないぞっ!」

 

 息がかかるほど間近で甘える様に囁く時雨の頬がムニッと柔らかく瑞々しい感触と共に田中の頬に押し付けられた。

 瞬間、声を上ずらせた田中は跳ね上がるように彼女の手から逃れてベンチから立ち上がり背後にいた駆逐艦娘へと向き直って意味も無く白い士官服の襟元を整え帽子を弄る。

 

「なにキョドってんだよ、前世合わせたら米寿になる奴が中学生ぐらいの相手に情けない。これだからロリコンは」

 

 そんな相棒の情けない姿に呆れ顔を向けて中村は顔の半分を片手で覆い大げさに頭を振って呟き、その言葉に田中は不機嫌そうにへの字に口を歪ませた。

 

「ロリコンじゃない! なら吹雪に同じことされてもそのセリフがお前に言えるのか?」

「いや、吹雪は明らかに田舎育ちの親戚の子供とかそんな感じだろ、興奮する方がおかしい相手じゃないか?」

「・・・中村三佐、今のは聞かなかった事にしてあげるけど吹雪の前でそんな事言っちゃダメだよ?」

 

 反撃のように放たれた田中のセリフに中村はまるで意味が分からないと言った顔を見せ、その様子に今度は時雨が呆れ顔を浮かべて頭を振り子供の間違いを正して言って聞かせるように忠告する。

 

「ところで時雨は何でここに? 確か今の俺たちは開店休業だから艦娘も訓練か待機中だろ」

「散々こき使ってきた癖に都合の悪い大戦果は無かったことにする。その為の時間稼ぎ、全て基地司令部の都合だけどね」

「それに一枚噛んで基地の権限に食い込んで見せた奴が何言ってんだよ」

 

 太平洋上で散発する深海棲艦の襲撃は日本にとって東側のシーレーンを脅かすモノではあるがユーラシアや中東アジアを迂回するルートは今のところ問題無く使える。

 漁業および海運系業界に痛烈な打撃を与えはしたが日本全体の物価はやや上昇した程度に収まっている。

 近い将来にはシーレーンが崩壊すると言う事実を知る者にとっては薄氷の上にある平和を享受している今日の日本はなんておめでたい国なのだろうと愚痴の一つや二つも吐くだろう。

 

 その裏では鎮守府が運用開始されてから既に三年、その間に四百人以上の艦娘が現代へと目覚め。

 その悉くが頭の中身と道徳観の軽い指揮官の命令で民間船から敵を引き離す囮として使われ実力の一割も発揮できずに海の藻屑となった。

 

「将来的には本土が戦場になりかねないって状態なのに悠長な話だね、深海棲艦にはこの前の奴らよりもっと強力な個体が山ほどいるんだよね? 相談とか助言を貰いたいって皆で二人を探してたんだ、暇なら付き合ってくれないかな?」

 

 そして、ある者は霊核となって、またある者は蘇生不全を起こして再び鎮守府の中で長い眠りに就いている。

 この計画に賛同した政治家ですらそのほとんどが艦娘と言う存在に見切りをつけて責任を全て引っ被らせる態の良いスケープゴートを求めているような状態だった。

 

「・・・さっきも言ったけどあくまで俺達のいた世界の話であって全部コッチの世界と同じとは限らんからな? 吹雪みたいに鵜呑みにはしないでくれよ?」

「提督も中村三佐も前の世界では民間人だったなら軍事機密とか知らない事が多くても仕方ない思うけどね、それでも僕らよりも僕らの事を知ってくれてる人が居るのはとっても心強いよ」

 

 言い訳がましい物言いで責任問題をはぐらかそうとする中村だったが友好的で朗らかな笑顔を見せる時雨の姿に何も言えず閉口して湿布塗れの臭い身体をベンチから立ち上がらせる。

 前世の記憶に頼り切り自分から飛び込んだ落とし穴の底で責任を逃れたい上層部や政治家の思惑通りにスケープゴートにされた二人の新米司令官は当初の思惑とは少し違いはあれど艦娘との友好的な関係を作ることに成功していた。

 

「ところで義男、お前結局どの艦娘が好みなんだ?」

 

 艦娘への好み云々の話で散々にいじられた田中は友人が特に好んでいる相手を知らない事に気付き。

 自分達の前を歩く時雨に聞かれない程度まで絞った囁き声で真横を行く中村に問いかけた。

 

「ロリコンのお前には分らんだろうが素直で可愛くてオッパイがでっかい娘だな」

「だからっ俺はロリコンじゃないよ」

 

 艦娘達が待っていると言う場所へと先導する時雨の後を並んで歩きながら両手を意味深にワキワキ動かし軽口を叩いた中村が白目を剥いて路上に引っくり返る。

 

「高雄とか榛名とか特に、良いぃったぁ!?」

「え? ・・・義男?」

 

 そんな友の姿に驚き硬直した田中は突然にゴツンと硬い何かに脛を叩かれ中村と同じく、無様に路上に崩れ落ちてむさ苦しい悶え声を上げた。

 

「うわぅっぐぉっ!? 時雨、何で、俺まで・・・」

「君達には失望したよ・・・少しそこで反省してくれないかな?」

 

 さっきまで朗らかな笑みを浮かべていた中性的な雰囲気の美少女は履いている革靴の爪先で地面をトントンと軽く突き。

 氷の様に冷たい視線で路上でのたうつ男どもを見下ろしながらそんなセリフを吐き捨てた。

 

 




吹雪がザ〇なら時雨はガ〇キャノン。
異論は認める。


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第五話

別に転生者が中村と田中がだけって言った覚えないし。

時化に巻き込まれても仕事を続ける漁師の人達はいつも頑張ってて凄いと思う(小並感)


 2008年に突如として太平洋上に現れた正体不明の怪物、その数年前にとある科学者が出現を預言していた存在と多くの共通点を持つ事から彼が残した論文に書かれていた深海棲艦と言う呼称が日本で使われる事となった。

 とは言え、発生当初は数隻が観測できる程度であり非武装のタンカーを突け狙う無国籍の海賊船扱いで国連を中心とした安全保障に参加している国家により排除が行われる事となった。

 100mから150m前後の個体差とグロテスクな造形に不気味さを感じながらも太平洋の平和を守っていると自負する国連の連合艦隊は深海棲艦の数倍の数を揃えて殲滅戦を開始する。

 

 結果として最も多くの戦力を出撃させたアメリカの空母を中心とする艦隊とその護衛艦はその戦力の七割を失い、殲滅戦に参加していた各国の軍人は過半数が帰らぬ人となり母国から遠く離れた海の底へと沈む結果となった。

 そして、対外的な報道では撃破に成功した事になっている6隻の深海棲艦は大量の将兵の血肉と最新鋭兵器の残骸を代償に海の底へと姿を消した。

 

 それから五年、人類戦力の大敗北から年々増え続ける深海棲艦の被害の煽りもあってか日本政府には前政権の失態を盾に政権奪取を成功させた新内閣が誕生する事となり。

 与党の座を手に入れた新興政党が中心となって深海棲艦の出現を預言していた科学者、刀堂吉行が残した資料を基に深海棲艦への対抗兵器として艦娘と命名された人造人間とそれを運用する為の施設の建造を開始する。

 

・・・

 

「非常事態宣言中の特例、艦娘及び鎮守府に対する国防における重大な特別任務の執行優先権の付加・・・意味が分からん言葉を並べてこれだから前も今も政治家って連中はややこしい事を言う」

「おぉいっ! 坊主、もうすぐ網引き始めるぞ、サボってないで手伝いに上がれや!」

 

 早朝に持ち込んだ新聞を備え付けの戸棚に放り込んでから俺は慣れ親しんだ祖父が所有する古臭い漁船の船室から這い出して来年には九十歳になると言うのにまだ現役の漁師を続けている元気なジジイへと顔を見せた。

 戦前どころか江戸時代まで遡れるほど長く続いている漁師家業の跡取りとして海に出るのも中学卒業から続けば慣れたもので波に揺れる船上もヒョイヒョイと軽い足取りで歩き回れる。

 

「じいちゃんサボってたわけじゃねぇよ、まだ休憩時間の内だっただろ」

「海の上でガキが生意気言ってんじゃねぇ、ほれ、綱引けや」

 

 そんなお決まりな会話をする自分と祖父に父親が操船を担当しながら苦笑しているのを横目に身体が覚えている作業を手早く済ませて行けば熟練の老漁師が満足そうに笑顔を見せた。

 年齢一桁の頃から漁業と海に関わり家業を手伝うようになってからは筋が良いとべた褒めされてきた俺に祖父は口では小馬鹿にするような偉ぶった物言いをするがそれ以上の期待と優しさを見せてくれる。

 実は祖父や家族が褒めてくれる俺の手際の良さの理由は今の親父ぐらいの年まで漁師を続け、その最中に海難事故で死んで気付けば過去の自分へと転生した為だった。

 生まれた時から漁師としてのいろはをはじめから知っていた事は周りに話す事も無く、特に不満も無く前と同じ人生をなぞる様に俺は生きている。

 

「そういやさ、爺ちゃんは艦娘って見た事あるか?」

「かんむすぅ? あぁ、帝国軍の船御霊が人間になったってとかってあれかぁ、んなもん眉唾だ眉唾。遠洋に出た連中でそれらしいのを見たって話しは聞いた事があるってだけだな・・・」

 

 戦時中に祖父が海軍で軍人をやっていたと言う話を昔聞いたが詳しい話を聞いても辛い事ばかりで碌なもんじゃなかったとはぐらかされ戦時中よりも漁師としての生活だの心得だのばかりを教え込まれた。

 二度目でも同じ会話をしたけれど二度目だからと言って人生が薄まるわけでもなく新しい発見と共に今の俺の中で懐かしい記憶となっている。

 今では行政からの有難迷惑なお達しで沿岸部からの退避が推奨されており、地方の人口減がそのまま漁業人口に大打撃を与えているが先祖代々続けてきた生業から離れると言う選択は我が家には無かった。

 深海棲艦の出現以降に多くの遠洋を行く漁船や貨物船が沈められる言う事件が繰り返し起き内陸部では海魚の値段が高騰している為にある意味では前世よりも我が家の羽振りは良くなっている。

 

(深海棲艦に艦娘って言ったら艦隊これくしょんかよ。まぁ、今も昔も近海で漁師やってる俺とは関係無い話だろうけどな)

 

 とは言え誰もいない海原で化け物の餌になるのは誰だって勘弁してほしい事であるし、俺が乗る漁船も同じ福島の港に属している複数の船と船団を組んで漁をすることが多くなっていた。

 まるで大型魚から身を守るために集団をつくるイワシのようだと他人事のように考え、前世の世界で何と無しに触れていた艦これと略されて親しまれていたゲームの内容を思い出してから失笑した。

 

「そう言えば爺ちゃんってなんて名前の軍艦に乗ってたんだっけ?」

「無駄口叩いてないで手を動かせや、坊主っ!」

「口も手も動かしてるっての・・・何年やってると思ってんだよ」

 

 昔、爺ちゃんが戸棚の奥に大事にしまっていた写真を取り出して懐かしそうに眺めていたのを思い出す。

 あの時、たくさんの水兵が並ぶ後ろ、白黒写真ですら迫力を損なわない巨大な大砲を備えた軍艦は何という名前だったのかは二度目の人生でも教えてもらえていない。

 

・・・

 

 同業者が減ったためかそれともただタイミングが良かったのか大きな魚群を捕えて最近でも稀に見るほどの大漁に恵まれ漁船団の全員が色めき立っていたのは数十分ほど前だっただろうか、だがそんなお目出たい雰囲気は突如空に鳴り響いた爆音と降ってきた砲弾が上げた水柱で文字通り消し飛んだ。

 幸いな事にどの船にも命中せず転覆したモノも無かったが、遠く数キロ先から俺達が漁にいそしんでいる海域へと突き進んでくる巨大な黒い影の群れを双眼鏡で捕えた複数の漁師がこの世の終わりを見た様な悲鳴を上げた。

 

「久助ぇっ! もっと速力だせや!」

「もう目一杯だ、親父っ!」

 

 引き上げていた幾つ目かの網を放棄して我先に母港へと逃げ帰ろうとする漁船の群れをあざ笑うかのように迫って来る深海棲艦は俺たちの船よりも何倍も大きな船体と最新の高速船を越える速度で迫り遊ぶように時折砲撃で船団を挟むように水柱を作る。

 前世の世界でも今回の世界でも体験した事の無い恐怖にガチガチと無様に震えながら船にしがみ付いている俺と違い父親と祖父は気丈にも砲撃で高波を起こした海面を巧みに乗り越えていく。

 

「畜生ッ! 船ぇ止めろ、源とこの倅が船ひっくり返しやがった! 景助ぇ! 浮き持てぇ!」

「じょ、冗談だろっ、爺ちゃん!? 化け物が追っかけて来てんだよ!?」

「バカか坊主! 海の男が海に落ちた仲間ぁ見捨てて逃げらんねぇだろが!! シャンとしろぃ!!」

 

 とうとう運の悪い船が十数mの水柱の煽りを受けて転覆し、それを見た祖父は父親の背中を叩くように叫んでから操船室から飛び出して俺に叫ぶように命令する。

 自らも救命胴衣を身に着けて転覆して海面に船底を見せている知り合いの船へと近づくように操船室へと叫んだ。

 散々に降り注いだ水柱で海水塗れになった上に怪獣映画の中から出てきたような怪物が迫ってくる場所で人命救助なんて冗談ではなかった。

 だが、この船の主導権は祖父にあり、船の長には何があっても従わなければならないと言う刷り込まれた古臭い漁師の掟と力強く背中を叩く祖父の手の力強さにヤケクソになって指示に従う。

 

「早く登ってくれっ! 後少しだっ!」

 

 転覆した船へと近づき脱出していたその船の船員へと浮きとロープを投げて引っ張り祖父と共に綱を引いて一人、二人と引き上げて行くが三人目に手を差し伸べたと同時に顔を上げた俺はもう数百mまで近づいて来ていたグロテスクな怪物と目が合ったような錯覚を覚えて明確な死への恐怖に息が詰まらせる。

 妖しい緑色の光を放つ巨大な一つ目と妙に白く見える牙がずらりと並んだドクロ、それは艦隊これくしょんの中では雑魚扱いされていた駆逐ハ級と呼ばれていた。

 それが下手なビルよりも大きな船体を海原で停止している俺の乗った船へとまっしぐらに突き進んできている。

 

(なんだよ、それ・・・俺が何をしたって言うんだっ! ふざけんなよ、神様っ!!)

 

 蛇に睨みつけられた蛙の気分を存分に思い知った俺は引き上げた自分と同じ漁師の男と恐怖を顔に張り付けたままこちらへと大きく口を開き柱のように太い大砲を向けてくる怪物から目を反らすことが出来ず、背後で船を走らせろと叫ぶ祖父の叫び声を妙に遠く感じながら自分の最期を悟った。

 

 そして、耳を打つゴォンと重く響く鋼の音と頭上を照らす輝きについに砲弾が降ってきたか、と身体を強張らせた俺は自分の命を弄んでくれやがった神様に恨み言の一つでも言ってやろうと最期の負けん気を発揮して顔を上げる。

 その見上げた先にはとんでもないモノが光り輝き青い空に浮かび上がっていた。

 

「何で、艦これの・・・、ロゴに似てる? なんだあれっ!?」

「な、なんだぁ、ありゃぁ・・・」

 

 海原に響き渡ったのは深海棲艦の砲撃音ではない、陸上自衛隊と機体に記された大型のヘリコプターが飛び去る空の下に巨大な錨に金色の葉が作る輪が浮かぶ。

 その中央には鈍い銀色で『吹雪型駆逐艦 一番艦 吹雪』と書かれた文字が輝き、その存在を見上げる俺達へと知らせるように再び重く響く金属のぶつかり合う音が俺の耳朶を打つ。

 俺達の目の前で文字が無数の波紋によって海面に消える泡のように消え。

 その中央が一際強く波打ち泡立ち内側から巨大な何かが生れ落ちるように輝く輪を突き破って視界を埋め尽くすような大量の光の粒が噴き出す。

 そして、舞い散る光の雨の向こうに人のような形が見えた直後に数十mの高さから降ってきた大質量が俺達の乗る漁船とハ級の間に落ちて巨大な波と水飛沫を高らかに舞い上げた。

 

≪ 駆逐艦吹雪、出撃します!! ≫

 

 晴天の空の下、土砂降りの雨のように降る海水から顔を背けて両手で頭を抱えて縮こまる俺の頭上から勇ましく宣言するように拡声器で拡大されたような女の子の声。

 高らかに鳴り響く汽笛の音にカッコ悪く尻もちをついたままの身体が痺れ、さっきの深海棲艦に睨まれた時とは全く違う力強い衝撃に圧倒される。

 

 後ろ頭の短いお下げに肩まで届く横髪に昔の軍艦を模したような背負い物。

 紺色の襟と袖に白地のセーラー服と膝上で揺れる襟と同色のプリーツスカート。

 俺達を庇う様に立つ彼女の後ろから見上げるその姿は四階建てのビルに相当するほどの巨体。

 

 太腿に装備された魚雷管や電信柱よりも太い腕の先に握られている二連の大砲を構える姿は俺が前世で軽く触れて遊んでいた艦隊これくしょんと言うゲームのキャラクターの一人、艦娘の吹雪と瓜二つだった。

 

「か、艦娘なのか?」

「あ、あれが・・・艦娘って言う」

 

 止まっていた呼吸を取り戻すように喘ぎ呻くように呟けば俺よりも一回り年上の先輩漁師が同じような顔で目の前の現実感を奪うような光景に硬直していた。

 

≪艦娘艦隊による特務執行権の行使が認められました。これよりこの海域では深海棲艦との交戦が開始されます! 民間船の方々は速やかに避難行動を行ってください!!≫

 

 身動き一つできず唖然として救助した同業者と共に船上で尻もちを着いた俺や操船室の父と祖父に向かって巨大な肩越しに振り返った吹雪と名乗った艦娘の力強い口調に押されるように漁船はエンジンを吹かして走り出す。

 それと同時に巨大な発砲音がハ級の砲口から聞こえ、続く金属同士がぶつかり合う爆発でも起きたかと思うほどの轟音に漁船の急発進でバランスを崩した身体を必死に動かして船体の縁に掴まる。

 俺が見た先では吹雪が何処から取り出したのか分からないが錨が変形したようなデザインの巨大な斧を片手で振るいハ級が打ち出した砲弾を遠く彼方へと弾き飛ばしていた。

 

≪吹雪、吶喊します!!≫

 

 吹雪の背負い物に付いているスクリューが渦のような輝きを纏い、まるでロケットエンジンでも背負っているのかと思えるほどの轟音を放つ。

 スクリューに押されるように巨大な少女の身体が停止状態から急加速し、一足飛びに深海棲艦との距離を詰めて両手に掲げるように握った錨斧を悪趣味なドクロの脳天に叩き付けた。

 

 一隻目の深海棲艦を一撃で屠り俺達に背を向けた吹雪が次の標的を狙って海原を駆けていく姿を最大速度で逃げる漁船の上で見送ってから三時間は経っただろうか。

 まるで突然の大嵐に放り込まれた後に生還したような気の抜けた気分で俺は実家がある港町を水浸しの船上でへたり込みながらぼんやりと眺める。

 船の縁に背中を預けている俺の耳に届く父親や祖父の会話から船団はあの激戦の中で助け出した知り合いの船が一つ海の底に沈んだのを除けば軽傷者が何人か出た程度で死人は一人も出さずに済んだらしい。

 

「・・・艦娘って、あんなにデカい女の子だったのかよ、本当に艦の娘だったな」

 

 漁師にとって船を失う事は大損害ではあるが命に変わるほどの価値は無い、絶体絶命の危機に空から降ってきて俺達を助けてくれた可愛らしく少し垢抜けない顔立ちの防人の姿を頭に浮かべる。

 人間を窮地に放り込むだけで後は何の役に立たない神様なんかよりもよっぽど有難い存在に俺は心の底から感謝した。

 




でも、まさか深海棲艦に追い回され、艦娘が空から降って来るとは思うまい。

10/30修正※爺ちゃんの年齢をちょっとだけ増やしました。八十代半ば→九十代手前


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第六話

この物語はフィクションです。
実際の海上自衛隊はこんなにブラックな環境ではありません。

そもそも現実に深海棲艦なんかおらんし。


 始めて吹雪と共に深海棲艦を撃破した後に事件そのもの無かった事にされた日から三か月、中村と田中はクリスマスも正月も返上して鎮守府の環境と艦娘の立場の改善に奮戦していた。

 

「人手が足んねぇ・・・休みが足んねぇ・・・ココはブラック企業かよぉ」

「お互い今月に入ってもう六回目の出撃だからな、流石にコレは身体が幾つあっても足りないな・・・」

 

 2014年の年始めからめんどくさい手続きを必要とする無数の書類や頭の固い基地司令部との口喧嘩じみた舌戦や説得に時間を潰されながら徐々に再始動した鎮守府で深海棲艦退治に挑む生活に二人は疲れ切っていた。

 

「初出撃から数えれば叩きのめした深海棲艦の数がもうすぐ五十になるぜ・・・へへっ、嬉しくもなんともないけどなぁ」

 

 鎮守府の一画に作られた執務室でソファーに疲れ切った様子で座り込んだ二人の青年は呻くように弱音を吐き出す。

 中村は目の前のテーブルに置かれた冷めたインスタントコーヒーが入ったコップへと手を伸ばし、その途中で気が抜けた腕が垂れ下がってテーブルにべたりと落ちる。

 

「ぁ~、ホントなんで俺たち以外の司令官が増えねぇわけ?」

「艦娘側が相手を指揮官として認めて出撃を承諾さえすれば問題無いはずなんだが・・・まぁ、中には能力の発動と同時に外へはじき出されるなんて事もあるらしいが」

「それでも、なんとか説得して司令官候補と顔合わせした子達が全員出戻りしてくるって異常だろ。どんだけ俺が渋る艦娘達の説得に苦労したと思ってんだよアイツら・・・」

 

 その艦娘達が中村と田中以外の司令官を拒んでいると言うのが現在の彼らが置かれている苦境の原因とも言えるのだがそもそもは現状の自衛隊は艦娘の能力に対してに懐疑的である為だ。

 実際に過去の艦娘達が惨敗する戦闘の様子を知る士官からすれば今回のような大逆転劇を聞いただけの情報では信じられるものではない。

 さらに映像記録として提出された本来の力を発揮した艦娘達の姿ですら良く出来た特撮映画だ、などと揶揄され組織に見限られない為に若輩者と鎮守府に所属する研究者が組んで創作した狂言だと嘲笑する者までいる始末だった。

 

「これが艦娘否定派の仕組んだ妨害なら驚くほど俺達に効いているよ」

「三年で出来た意識の溝ってヤツか・・・手強すぎる」

 

 霊核から再生され目覚めたばかりの艦娘達が持っているのは大半が過去の大戦の記憶と国を守ると言う志半ばで倒れ、海に沈んだ悔恨の念である。

 そして、再び現世で汚名を返上できると意気込んで目覚めたにも拘わらず自分達を迎えたのが同じ国を守らんとする者達からの嘲笑であれば機嫌を損ねるのも無理のない話とも言える。

 

「それも政治家の鎮守府計画に反対する派閥のせいだったってんだろ? マジふざけんなよっ、なぁ?」

「彼女達の能力を疑問視する態度を隠さない自衛官は減らない、現在の自衛隊の意識と方針がひっくり返らない限りは疑心暗鬼になった艦娘の拒絶反応は消せそうにない・・・むしろ間を取り持った俺達にまで飛び火しかねない問題か」

 

 お世辞にも一枚岩と言えない政治の場では国を守ると言う目的は同じだがその方法と方針を一つに絞る事など出来るわけも無く、当然の顔をして自分の派閥と違う相手の脚を引っ張るためだけに情報戦だけでなく直接的な手段を取る事さえあった。

 

 その一つが吹雪も被害にあった艦隊護衛中に深海棲艦に襲われた際に積極的に艦娘を使い捨てにする囮作戦である。

 

 記録が正しければ中村と田中が着任する直前まで繰り返されており、過去にいた彼女達の指揮官として任命された士官達は刀堂博士が残した資料に目を通す事すらせず。

 伝言ゲームのように何処からともなくやってきた命令に従って、どこの誰が造ったかもわからないマニュアル通りに行動する事となった。

 さらにこの基地に所属する海上自衛隊の隊員たちが全体的に国防へと情熱を注ぐタイプではなく、仕事だけはしっかりやってますと言う態度を見繕うのが上手い人間ばかりが集められているのも問題と言える。

 

「刀堂博士が残した研究資料を常識を考えずに頭を空っぽにして読めば、俺達以外でももっと早く彼女達の正しい運用方法に辿り着けたはずだったんだがな」

 

 この二人も本当の所は日本国への忠誠心なんてものは人並み程度しかないし、国防よりも自分の命を優先したいと考える性格の持ち主達である。

 だが、なんだかんだ言って二人とも困っている相手を見ると放っておけないと言うお人好しな部分が妙に似通っていた。

 さらにその相手が可愛い女の子だと張り切ってしまうのも理由はあえて言わないが無理は無い事だった。

 

「『艦娘は指揮官と共にある事でその能力を十全に発揮する』なんて言われて艦娘に司令官が乗り込んで一緒に戦う事が正解なんです。って想像できる奴なんかいるわけないだろ、いい加減な事言うなよインテリロリコン・・・」

「だまれ、無計画オッパイ星人・・・はぁ・・・不毛だ」

 

 

 罵倒で返事をした相棒と睨み合うように顔を見合わせた中村は無駄に疲労感を増やしてから二人揃って深くため息を吐き出して項垂れる。

 

「ここまで来たら仕方ない・・・余計な先入観の無い、そもそも艦娘を知らないって連中を巻き込むしかないな」

「背に腹は代えられないか、手続きは俺から司令部にねじ込むから人員を選ぶのは頼むよ」

「人員って言ったって鎮守府に隔離されてる状態なんだから防衛大の先輩か後輩ぐらいしかいないだろ?」

 

 項垂れた顔に疲労を滲ませた中村がコーヒーの入ったカップを握り中身を一気に呷って苦味ばかり強い眠気覚ましを飲み下し、少し前から相棒である田中と検討していた腹案の実行を決意した。

 そんな男共による陰鬱な雰囲気の生産が続けられている執務室のドアがノックされ、田中の入室を許可する声で扉が開かれてセーラー服を纏ったぱっと見では田舎の中学生といった容姿の女の子が姿を見せる。

 

「司令官、失礼します! 本日午前の湾内演習の報告書を纏め終わりましたのでお持ちしました!」

「ああ、吹雪ありがとう、そこに置いてといてくれよ」

 

 四日前には陸自に無理を言って飛ばしてもらった輸送ヘリから東北の沖合に飛び降りて開始した戦闘で敵艦を三隻殴り殺した駆逐艦娘は元気と意欲に満ちた笑顔と返事の後に携えてきた。

 そんな吹雪は報告書を中村が使っている机の上に置いたが、その上に積まれている書類の乱雑さに顔を引き攣らせて彼らのいる方を伺う様に見る。

 

「あの、司令官・・・私、机の片付けをお手伝いしましょうか?」

「コイツの机が汚いのは昔からだから気しなくても良いよ、仕事自体もちゃんとこなしているから問題ない」

「そ、そうですか、あっ、お疲れでしたらマッサージでもいかがでしょうかっ? 私けっこう得意なんですよ」

 

 いかにも良いアイデアを思い付いたと笑顔を輝かせて前のめりで中村に詰め寄る吹雪。

 彼女の積極性に彼は眩しそうに目を細め仰け反るがすぐにふっと表情を緩め、すぐ近くにある少女の頭に手を乗せて軽く艶やかな髪を少し乱暴に混ぜるように撫でる。

 

「ははっ、心配かけたみたいだな、ありがとう大丈夫だ・・・さて、仕事を再開するか! 給料分は働かないと吹雪達にも恰好が付かないな」

「司令官、えへへっ・・・」

 

 ソファーに沈んでいた身体に気合を入れて立ち上がった中村は先ほど吹雪が書類を置いた執務机へと向かい、前髪が崩れるぐらいに撫でられたのに満更でも無い笑みを浮かべる駆逐艦娘の姿。

 そんな二人の様子に口の中に大量の砂糖を押し込まれたようなウンザリ顔を見せた田中は気を紛らわせる為に冷めたコーヒーの入ったコップに口を付けた。

 少しだけ部屋の重苦しい空気が紛れ中村がゴチャゴチャと散らかった執務机に着いてペンを片手にしたと同時に甲高いサイレンの音が鳴り。

 そして、『何処其処の海上哨戒網に深海棲艦が何隻侵入したので艦娘艦隊の出動が要請されました』と言う事務的な知らせが部屋に備え付けられたスピーカーから届いた。

 

「・・・田中三佐、自分は緊急を要する事務処理の最中でありますので」

「さっきまでダレにダレてた奴が言って良いセリフじゃないぞ!? いや、俺も昨日出撃してたからな!?」

「失礼します、提督」

 

 仕事の押し付け合いを始めた指揮官達の姿に困り顔を浮かべた吹雪の背後でドアが勢い良く開く音と共にハキハキとした通りの良い声が執務室に飛び込んでくる。

 豊かで艶やかな黒髪を長いポニーテールにしたキリリと鋭く整った顔立ちの18歳前後に見える美女が入室と同時にビシリと音したかと思うほど形の良い敬礼を二人の指揮官へと向けた。

 

「出動する部隊編成と指揮をお願いします!!」

 

 ノースリーブのセーラー服の丈は彼女の豊かな身体つきに合っていないようで裾からは滑らか曲線を描く括れた腰と臍がちらちらと見える。

 少し屈めば中身が見えそうな臙脂色のミニスカート、左足だけ履いているニーソックスが几帳面で真面目な雰囲気と表情のアンバランスさが良い意味でギャップとなってその存在感を強めていた。

 

「いや、矢矧、我が部隊は先日の出撃で消耗しているだろう、ならここは中村三佐に、だな・・・」

「さて、今日はどんな戦略を立てるの? 提督、今回も頑張っていきましょう! 皆も準備を始めてるわ!」

「お願いだから少しは話を聞いてくれぇっ! 義男、お前からも何かっぐぉっ!?」

 

 街を歩けば確実にすれ違った男は十人が十人振り返るだろう美人が満面の笑顔と共に田中の悲痛な叫びを意図的に無視して彼の腕に腕を絡めて関節を極めソファーから立ち上がらせる。

 

「悪いが俺は勝手に陸自の助け借りたからって基地司令部から出動禁止くらってんの知ってんだろ・・・クッソ面倒な関係資料と報告書を纏め終わるまで基地の外にも出れないんだってよ」

 

 飲みかけのコーヒーがこぼれそうになったカップを慌ててテーブルに戻した田中は組まれた腕を引き離そうと抵抗するが特に筋肉質と言う見た目では無いはずの矢矧の腕はまるで鋼の万力のような力で挟み込んで彼の脱出を許さない。

 そして、日本軍に置いて軽巡洋艦の最終型と言える阿賀野型軽巡姉妹の三番艦を原型に持つ美女は有無も言わせぬ勢いで田中を引きずるように執務室から出ていった。

 

「提督にはもっと私達の運用に慣れて頂きたいんです! 実戦こそ最良の教師とも言いますよ!」

「矢矧離せ、痛いから一旦離して!? 分かったらからっ、引っ張られなくても自分で歩けるからぁ・・・」

 

 ドアが開いたままになった廊下から張り切った矢矧の声と腕を極められたまま引っ張られる痛みを訴える田中の悲鳴が遠ざかり徐々に聞こえなくなっていった。

 

「あのぉ・・・司令官、私達はどうしましょうか?」

「軽巡と駆逐しかいないったってよっぽどのヘマしない限りは問題無く片付けるだろ、さっきの放送聞く限りは近場で数も少ないみたいだからなぁ」

「今の鎮守府、戦艦も重巡洋艦もいませんからね、長門さんや金剛さんが起きてくれればありがたいんですけど・・・」

 

 艦娘の心臓部である霊核は肉体が生命活動を停止した時点で粒子状に変換されてSF染みた転送技術で鎮守府にある艦娘の再生と蘇生を行うクレイドルの真下に存在する中枢機関と呼ばれる巨大な円柱へと回収される。

 そして、回収された霊核は安定状態に戻った時点でクレイドルの治療槽へと移し替えられオカルトに足を突っ込んだような特殊な性質を持つ不思議物質を用いて新しい身体を得て蘇生させられる。

 

(研究主任曰くアミノ酸とタンパク質を科学的に合成した真っ当な物質らしいが、艦娘の手足どころか内臓まで作り直す代物がマトモとは到底俺には信じられんな)

 

 だが身体が再生されればすぐに目覚めると言うワケでもないらしく現在鎮守府に存在している艦娘は54人であるが、過半数である31人は霊核のみもしくは再生が終わってもクレイドルの中にいる者達である。

 ゲームだった艦これと違い鎮守府の設立と始動時点では400人を越える霊核と艦娘が存在していた事から考えれば十分の一以下まで減ってしまっている。

 その中で戦艦に属している艦娘は長門型戦艦の一番艦長門と金剛型戦艦の一番艦金剛だけな上に両名とも肉体の再生は終わっているが二年近くクレイドルで眠りに就いているという有り様だった。

 

「それは無いモノ強請りだなぁ・・・吹雪、コーヒーでも飲むか?」

「あ、それなら私が入れますから司令官は座っていてください」

 

 大多数の同胞が帰らぬ人となった状況を思い出し言葉に出来ないやるせなさい悲しみに顔を曇らせた吹雪の様子に、居心地悪そうに自分の顎を撫でて思案した中村は強引に話題を変える。

 そして、彼の思惑通りに取り敢えず精神的な落ち込みから脱した吹雪は部屋の隅の棚に置かれているコーヒーメーカーへと歩いて行った。

 しばしの無言となった二人のいる執務室に書類にペンが走る音と湯気を燻らせるコーヒーメーカーの音だけがゆっくりと時間を進めていき、突然に窓の外から鈍く響く出航を知らせる鋼の音が二人の耳へと届く。

 

「・・・あれは、時雨か、駆逐艦で出撃とか良介のヤツ大丈夫かよ」

「時雨ちゃんは射撃も格闘もとても上手ですよ? 艦娘同士の戦闘訓練でも勝てる子の方が少ないぐらいです」

「そうじゃ無くてな、アイツは頭も運動神経も良いし剣道なんかは有段者だけど、子供が乗る様なジェットコースターでグロッキーになるぐらい乗り物に弱いんだよ・・・」

「・・・ええぇ、でも田中三佐、ちゃんと今までも出撃出来てましたよ?」

 

 頼りになる仲間を我が事のように誇る吹雪に中村は自分の懸念を言葉すればコーヒーメーカーからガラスのポットを取り出した状態で少女は困惑で気の抜けた様な声を漏らした。

 

「指揮官が気絶さえしなければ艦娘の戦闘形態は解除されないからな、良介んとこの艦娘達はアイツの限界点を見極めた上で叩いて鍛える方針を取ってるらしい」

「・・・ええぇ」

 

 時雨のスクリューが轟音をまき散らして猛スピードで港から出撃していく。

 

「ちゃんとアイツが早い乗り物に弱いって伝えた上でもうちょっと容赦してやってくれって言った事があるんだが、全員がそんな事を口を揃えて言ってたよ。良介のヤツ期待されてんのな・・・全然羨ましくないけど」

「うへぇ・・・あつっ」

 

 遠ざかっていく時雨の背中を執務室の窓から見送る中村と吹雪は戦友達の健闘と成長を祈りながら淹れたてのコーヒーが湯気を燻らせるカップに口を着けた。

 

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ~! 今日のお仕事は何ですかぁ? そろそろロケにもいきたいなぁ、キャハッ☆」

「俺らは待機だ、待機っ! この前の出撃の後に言っておいただろ」

「あ、那珂ちゃんさんもコーヒー飲みますか?」

 

 何処かのんびりとした空気が漂い始めた執務室の緩さを無理やりミキサーで引っ掻き混ぜるように開いたままだったドアの向こうから無意味に明るくあざとい声が聞こえ。

 オレンジ色を基調としたセーラー服に黒いスカーフタイで襟を整えた軽巡洋艦娘がお団子頭を揺らしてスキップしながら入ってきた。

 

「今日はオフなんですかぁ・・・那珂ちゃんレッスンばっかりはヤダなぁ。吹雪ちゃんっ、アタシのにはミルク入れてねぇっ♪ 霞ちゃんはお砂糖もだよねー☆」

 

 不意に那珂がドアの方へと振り返って声を掛けると彼女の後に続いて灰色の髪をサイドポニーに結った小学生にしか見えない容姿の少女が部屋の中にいる中村の様子を見てから柳眉を立て気の強そうな琥珀色のツリ目で睨み付ける。

 

「別にお茶しに来たわけじゃないったら。 でっ何? このクズ司令官はまだ四日前の仕事終わらせてもいないのにサボってるのよ? ふざけてるの?」

「霞、お前な入ってきて早々に毒吐くなよ。目の前でちゃんとペン動かしてるだろが、クズ言うな」

 

 見た目は可憐な乙女達である艦娘だが実際に相対し少なくない時間を共に過ごせば彼女達がその見た目に似合わないほど好戦的で正義感に満ち溢れた仕事中毒者の集団であると知る事になるだろう。

 現に中村と田中は身をもって思い知る事になり、今では出動となれば自分達から喜び勇んで執務室に押しかけてくることに最近の彼女等に悩まされている。

 

「ふんっ、サボるのだけは上手いんだから信用できるわけないでしょ、また机の上散らかして、だらしないったら!」

 

 グイグイと迫る様に詰め寄ってきた霞は止める隙無く中村の座っているデスクの上に素早く手を伸ばして乱雑に置かれている書類を集めて揃え、重ねられているファイルを流れる様な手さばきで纏めていく。

 

「あ、霞ちゃん、私も手伝うね。このファイルはあっちの戸棚だよね」

「日付順に揃てね。もぉ、クズ司令官だからってゴミぐらい机に置きっぱなしにしないでちゃんと捨てなさいよ」

 

 そんな彼女達の言動を無暗に抑え付ける事が出来ないのは艦娘と鎮守府の基礎理論を造り上げた刀堂博士が残した艦娘の運用原則に含まれていた『あくまで彼女達は過去の日本に対する義理で協力してくれている英霊の具現である』と言う注意書きのせいであり。

 ある意味では艦娘達に依存する形で現在の地位を得ている自衛官一年生共にとって安定したとは言い難い自分達の立場を下手な真似をして崩壊させないよう彼女達の機嫌を損ねるような言動に少々過敏になっているからだった。

 

 そのせいかは不明だが彼らの指揮下にある艦娘は三佐、少佐、プロデューサー、司令官、提督、クズ司令官、しれぇ、などと上官に対する呼称すら一定しないと言う政府に公認された軍事組織に有るまじき状態となっている。

 

「・・・だから、クズ言うな。俺はちゃんと給料分は働いてる」

「だったら、ペンを動かしなさいったら! 私も手伝ってあげるからいい加減にしっかりなさいよ」

 

 三人の艦娘に囲まれた中村はどんどん整理されていく机の上の様子に観念して書類仕事を終わらせなければならないらしいと悟る。

 そして、コーヒーの入ったコップを机に置いて書きかけの書類へとペンを向け、吹雪が差し出してくれた資料に目を通し、なぜか真横からあれこれと指図してくる霞に面倒臭い性格しているなと呟く。

 

「ワンツー、ターン♪ 那珂ちゃん今日も可愛いっ☆」

 

 執務室の窓際でリズミカルなステップを踏み始めた那珂の目の前で霞のアンテナ型の髪飾りが中村の顎や頬をグリグリと突き上げるように攻撃した。

 

(本当にここは軍事施設なのだろうか・・・なぁ、良介)

 

 時雨に乗せられて近海に侵入してきた深海棲艦を追い払うための現場への400ノットに達する超高速移動と言う耐G訓練並の重圧に耐えている友人を想い、中村は吐きそうになった溜息を飲み込んだ。




実際のところ、ミサイルを防ぐ謎バリアとか使う侵略者が来たらどうするんやろ。
法律とか憲法が原因でバ〇ージ君みたいな「撃てませぇんっ!!」状態は勘弁してほしい。
可能性には殺されたくないのです。


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第七話

ふわっとした設定をとある大学生の視点から見てみよう。

ちなみにどうでも良い事かもしれないけど、この世界の百円ショップは絶滅しました。
ガソリンスタンドとコンビニもそろそろアブナイ。



 2008年に人類史上初めて確認された深海棲艦の出現。

 その後に国連の平和維持活動と言う名目で行われた正体不明の存在を排除するための軍事作戦によって敵艦の全てを撃破したと世界へと報じられた。

 

 しかし、第二次世界大戦後において稀に見る人命の最大消費と言われる事になった名も無い海戦の内容は各国の最新兵器の実験と対外圧力の為に多大な労力と大量の弾薬を浪費したにも拘らず。

 全体戦力の三分の一である大小12隻の軍艦をスクラップに変え、ほぼすべての艦艇を損傷させ、千人を超える殉職者を生み出した。

 

 だが、その一カ月後に起こったイギリスの海運会社が所有する大型タンカーの沈没とわずかに生き残った乗員の証言から先の海戦で連合艦隊が捕捉し撃破を報じたモノと同型の正体不明船舶、深海棲艦が存在している事が発覚する。

 

 おびただしい損失を産んだ先の作戦は何の成果もあげていなかったのだ。

 

 それを機に世界はどの国にも属していない正体不明の巨大な怪物たちへの恐怖。

 損失した将兵と兵器類からくる軍事バランスの崩れによる国家間の不毛な駆け引き。

 それによりかつての冷戦期もかくやと言わんばかりのにらみ合いを開始する事となった。

 

 以来、深海棲艦は太平洋上の遠洋にて突発的に発生する災害として海を行く全ての人類にとって脅威となり徐々にその数を増やしていく被害に国際協調の和はお飾りの言葉と化していく。

 

 そして、口さがないコメンテーターなどがが第三次世界大戦も近いなどと触れ回る。

 

 そんな世界情勢の中、深海棲艦を端に発した影響による変化は日本も例外ではなく。

 否、日本だからこそ最もその影響を受ける事となった。

 

 刀堂吉行、物理学研究者としても第一線で名を馳せ、海外にも通用する数多くの特許を得ていた科学者。

 彼は1999年の国際的なとある科学フォーラムの場で講演を行った際にその時点では影も形も無かった深海棲艦と言う人類社会に対する脅威となりうる存在の出現を預言していた。

 

 彼が最後に公式の場に姿を見せたのは深海棲艦が出現する一年前。

 その時点で八十代に入り杖を突いて歩く痩せぎすの身体となった老人。

 刀堂博士の公式に残る最後の音声は結党から一年も経たない新政党の特別顧問として当たり障りない応援演説を述べると言う地味なモノだった。

 

 かのフォーラム以降、頭は良くとも考え方は狂っていると多くの研究者に嘲笑されるようになった老人は老年を思わせぬかくしゃくとした振る舞いで自らが支持する政党の応援を終えた後に人々の前で最後に深く頭を下げて壇上から去る。

 

 そして、その講演からわずか半年の後に路上での転倒による脳挫傷と言う余りに呆気ない事故で帰らぬ人となった。

 

 彼が応援した政党はどのような手段を取ったかは定かではないが新人や古参問わず多くの議員を次々と吸収するように搔き集め、気付けば最大与党を上回る大人数を誇る巨大な組織となった。

 

 その勢いのまま戦後の日本で一強と言われていた政党や長年政権交代を狙っていた野党を差し置いて日本の政権を得る。

 

 日本国民協和党と名付けられた新政党は国民の期待を受け大規模な政権交代を実現したのだ。

 

 そして、与党としての経験を持たないのだから失策を連発するだろうと言う識者の下馬評を裏切り、日本国民協和党は国内の細々とした諸問題から緊迫する国際情勢や深海棲艦問題まで国民を守るための政策を驚くほどスマートに実行していく。

 

 まるで未来を知っているかのように押し寄せる国内外の問題を快刀乱麻に断つ。

 それを采配する日本党の政策は政府批判を趣味にしている一部の人間を除く多くの国民に受け入れられていった。

 

 そして、2010年の晩春に衆参両議院で可決され対深海棲艦用兵器である『艦娘』の製造とその管理を行う『鎮守府』と言う研究機関の設立。

 そんな全国民が耳を疑うようなファンタジーかSFの類に属する内容の法案と計画を実行した事以外は失敗らしい失敗無く現在も最大与党として国会に立っている。

 

・・・

 

 艦娘に鎮守府、その単語は私の記憶が確かなら艦隊これくしょんと言う名前で2013年4月23日にサービスが開始するはずだったソーシャルゲームに登場するモノだったはずだった。

 主に第二次世界大戦時に運用されていた艦艇を擬人化させた美少女や美女を艦娘と呼び。

 彼女達が人類の敵である深海棲艦と戦う為に集う基地を鎮守府と呼ぶ。

 プレイヤーは艦娘達の指揮官として鎮守府に着任して数々の任務や定期的に発生するイベントを乗り越えていくと言う内容のゲームだった。

 

 かく言う私自身も妻も趣味も無く仕事以外はサービス開始時点からゲームを始めていた古参プレイヤーであり、ガチ勢と言われるほど艦これにハマり込み思い入れの強い艦娘を嫁などと呼んで悦に入っていた。

 

 そんな普通に会社に行って普通に家に帰る普通のサラリーマンをやっていた私はある雨の日に足を滑らせて歩道橋の階段を転げ落ち、一瞬視界が暗転した直後には過去の実家でオギャーと泣きながら若々しい母親にあやされていた。

 

 そして、自分に起こった不可思議な現象に困惑を抱きながら前の人生より少し賢く人生を歩いた。

 

 だが、深海棲艦の出現からどんどん自分が知る未来から世界が変わり始める。

 それによって単純に過去に戻ったと思っていた私はこの世界が艦これの世界だったらしい事を知るに至った。

 

 年々、深海棲艦の被害は増して今では太平洋の全域でグロテスクな怪物たちは我が物顔で各国の海運を妨害している。

 ついこの前まで安いだけが取り柄の中国からの輸入品がその値段を二倍三倍へと変えた。

 石油製品やそれに類する物品の物価も右肩上がりを止める事は無く、一般家庭の財布を容赦なく締め付けている。

 インターネットで調べれば連日のように深海棲艦によって破壊された貨物船や砲撃を受けた外国の町などの惨状が溢れる。

 高校を卒業して大学に入ったばかりの一般人でしかない私にも世界の終わりが近づいている事が感じられた。

 

 深海棲艦が現れ、すぐさまに日本は艦娘と鎮守府を造り出す計画を実行した。

 

 私が前の世界でプレイしたゲームでの知識が合っているなら人類の味方である艦娘が深海棲艦に挑み、海を取り戻す為に奮戦しているのだろう。

 だが、その深海棲艦への対抗計画が実行されてから既に四年は経っていると言うのに世間話にもメディアやインターネットにすら彼女達の姿は全く存在しない。

 深海棲艦の被害だけが増えていく様子にまるで大層な名前だけが書かれた空っぽの箱を見せられたような気さえしてくる。

 

 そんな息苦しさだけが増していく先行きの見えないある日、深海棲艦の勢力が台湾の南西にある南シナ海にまで出現したと言うニュースが報じられた。

 とは言え、人類が海を失うと言う事態が迫っておりもう何処に深海棲艦が現れても不思議ではない事を知っている私にとって大した事がないと他人事でしかなかった。

 その数週間後に中国軍が周辺諸国へ一方的な通知と共に戦術核を使うなどと言う暴挙に出て同海域に出現した深海棲艦の艦隊を壊滅させたと発表するなんて事件が起きなければ。

 

 声の大きな彼らはアメリカを中心とした国連の艦隊を壊滅させた深海棲艦と同じ存在を自国の力のみで討って周辺国を守ったのだと鬼の首を取ったかのように傲慢な態度で国内外に核兵器の使用を正当なモノだと喧伝していた。

 その後に中国共産党の幹部たちは南シナ海の深海棲艦が減るどころか増えたと言う事実をお得意の情報統制で封じ込めたがそれを素直に信じたのは自国民の一部でしかないだろう。

 

 深海棲艦には現代兵器は無力であり核ですら耐え切ると設定されている。

 ゲームではプレイヤー達の間であーだこーだと議論が繰り広げられていたが、奇しくもそれが私の生きるこの世界では実証されてしまった。

 

 艦隊これくしょんの曖昧な設定の中に人類は追い詰められシーレーンを失い日本は目と鼻の先まで深海棲艦の侵略を受けているというモノがあった。

 実際にそんな状態となれば確実に今の食うに困らず学生だけをやっていられる私の生活は失われる。

 それどころか砲撃や爆撃が降り注ぐ地獄絵図が自分の周りですら現実のモノになるだろう。

 

 深海棲艦と言う存在を他の人間よりも知っているからこそ強まる現状への絶望。

 希望であるはずの艦娘が全く姿を見せない為にそれの歯止めが無く。

 ジワジワと心を蝕む憂鬱さに自殺してしまえば楽になれるのにと思う事も一度や二度ではなかった。

 

 しかし、実際に自殺する勇気も持てない私はせめて親の金を無駄遣いで終わらせないように二度目の大学生活を惰性で送っている。

 

・・・

 

 2014年の2月、雪が疎らに降っていたある日、前回も同じ大学で知り合った友人と学食で未来への不安で鬱屈した感情を紛らわせる為にうどんを啜りながら私は彼と他愛ない会話をしていた。

 

 そんな時、学食のテレビに映るニュースキャスターが国会で日本党が新しい法案を可決させた事を知らせる。

 

 何気なしに聞いて見れば『国防を目的とした重大な危機に対する特別任務の執行』を目的として艦娘と鎮守府に『特別任務の優先執行権』を与えると言う長ったらしく一度聞いただけでは意味が分からない法律が施行されたらしい。

 

「つまりどういう事だってばよ?」

「・・・国防に重大な危機が発生した場合には艦娘が自衛隊よりも優先的にそれを排除するって内容じゃないかな」

 

 潰れたプリンみたいな色の髪でバカっぽい顔をした友人がどこかの漫画の主人公を真似て首を傾げるのを横目に私はうどんを啜っていた。

 もしそれが本当なら大いにやって欲しいものだ、と他人事のように割り切ってテレビに向かっていた視線を反らす。

 退屈ながらも平和だった前の世界を思い出させる艦娘と言う単語にすら忌避感を持つようになった私は極力そう言った話題から耳と目を遠ざける事にしていた。

 

「艦娘かぁ、娘って付くんだから女の子だよな? 可愛い子ちゃんなのかなっ、なぁ!?」

「さぁね、知らないよ・・・もしかしたらそんなモノ初めからいないかもしれないんだから」

「えっ? いや、でもニュースでいるって言ってるじゃん?」

 

 もうこの時点の私はそもそも艦娘なんてモノが存在しないと言う悲観的な予測に支配されていた。

 きっと日本党の中に私と同じような転生者が紛れ込んで未来予知じみた前の世界の知識を使って見せかけの希望として在りもしないモノをあるように見せているのだと考えていた。

 昼間のニュースから国家を巻き込んだ壮大な詐欺と陰謀の存在を勝手に確信した私はせめて自分が死ぬ瞬間まで普通の日本人であろうと心がけることを誓う。

 

「テレビなんて偏った情報しか出さないんだから鵜呑みにしてたら情弱なんて言われるよ」

「マジで!? 俺っち、情弱だったのっ!?」

 

 もし前大戦のような徴兵制度なんてモノが始まったらどこかに逃げてしまおう。

 国民の安全の為に政府が行っている疎開政策なんて揶揄される避難指示のおかげで人間が居ない場所は結構多い。

 怪物と戦って死ねなんて言われるぐらいだったらどこかの廃屋で飢えて野垂れ死ぬ方がよほど私の性に合っている。

 

 兼ねてより思い込みが激しいなんて言われるその時の私はより人間らしい生き方をする事だけに腐心していた。

 

・・・

 

 2014年の夏、去年と同じようにセミが五月蠅く喚く音に満ちた私の世界がひっくり返ったような錯覚、いや、実際に私はその映像を見て無様に椅子から転げ落ちて強かに尻を打って呻いた。

 

 海上保安庁の巡視船によって撮影された映像の外部流出、守秘義務が存在する筈の公務員がインターネット上の動画配信サイトへと無断でアップロードした十六分ほどの映像。

 

 その映像の中で深海棲艦の出現によって緊急時の為に全ての巡視船の船首に装備されたと言う機関銃が絶え間なく鉛玉と発砲音を吐き出す。

 必死に恐怖を紛らわせる為か勇ましく叫び声を上げ船上に固定された機関銃にしがみ付いて引き金を引く海上保安庁の隊員達。

 その銃が向く先にいる下手な船よりも巨大な怪物、ぞろりと鮫のような牙が並んだ黒い装甲に爛々と緑色に光る不気味な眼を持った深海棲艦がいる。

 

 駆逐イ級とゲームでは呼ばれていた深海棲艦は人類の必死の抵抗を物ともせず巡視船へと巨体を叩き付け、甲板にいた隊員たちが船を激しく揺らす振動に足を取られて床に叩き付けられた。

 

 船の縁が砕け腰を抜かした隊員たちがお互いに手を貸し合って船内へと逃げようとするが、その姿をあざ笑うかのように駆逐イ級はその硬質な身体を再び体当たりをするために数十mほどの距離を取る。

 

 こんな貧弱な武装しかない船など砲を使うまでも無いというように。

 

 グロテスクな全形を魚のようにうねらせて巡視船へと迫り、船員たちの悲鳴や怒号が艦橋の上に設置されたカメラのマイクにも届く。

 

≪させないわっ!≫

 

 そして、離れた駆逐イ級が再び哨戒船へとその巨体を叩き付けようとした瞬間、その黒い装甲とへしゃげた船の縁の間に巨大な腕が割り込み深海棲艦の突撃を阻止した。

 

≪私の前でこれ以上の無法は許しません! 恥を知りなさい!!≫

 

 音割れするほどの大音声でスピーカーから響く女の子の声。

 少し低く聞き取り辛いが間違いなく私の古い記憶を呼び起こす聞き覚えのある凛とした少女の叫びと共に画面の中に黒く長いストレートヘアが海風にはためく。

 白いシャツにサスペンダーで吊られた淡い鼠色のスカート。

 両手に装備された物々しい金属の塊は大砲と魚雷管を模した形をしている。

 

「あ、朝潮・・・なのか?」

 

 椅子に座り直すのも忘れて机に這い上がるようにして海上保安庁から流出した映像を再生し続ける画面へと顔を近づけた。

 その私の目の前で朝潮型駆逐艦の長女、前世の世界では見た目の可愛らしさだけでなく生真面目な性格も特に気に入って艦隊に編成していた艦娘がいる。

 

≪この船から離れなさい、深海棲艦っ!!≫

 

 その朝潮がゲームの中から現実に出てきたら丁度そんな恰好になるな、と納得できるほど彼女に似通った姿と声を持つ少女の右手に装備されている連装砲が不意に変形を開始する。

 

 砲塔が回転した事によって砲身が手先とは逆向きになり、重く金属が駆動する音と共に鋼色の装甲を展開する。

 展開した装甲や内部機構がガチャガチャと忙しなく金属音を立て連装砲はものの数秒で全く別物へと作り変えられた。

 

 一見すると小学生に見える10mを超える巨体を持った少女の右手を包み込む巨大な鋼鉄の手甲。

 

 駆逐イ級を巡視船から遠ざけるために背負った艤装のスクリューが吐き出す轟音と共に体当たりして自分よりも巨大な怪物を押し返す。

 ゲームには存在しなかった正体不明の武装を構えるその朝潮の姿に私は目を見開き口を開けたマヌケ面でパソコンのモニターを見つめる事しかできない。

 そして、握り込まれた拳の形をした鋼の塊が撃鉄を起こす様な音と共にその内部機構の一部を露出させてキラキラと輝く粒子がそのすき間から溢れ出す。

 その燐光はゲームで艦娘達が有利に戦えるように纏わせる事を心がけていたキラキラ状態と呼ばれる最高のコンディションを示すそれと驚くほど似ていた。

 

《この海域から出ていけぇぇっ!!》

 

 身体でイ級を押し出すように巡視船から離れ距離を取った朝潮がゲームの中でも言っていたセリフを叫び、黒髪を潮風にうねらせて上半身を捩じるように手甲を振り抜く。

 次の瞬間には機関銃では傷一つ出来なかった黒い装甲に突き刺さった朝潮の拳を中心に蜘蛛の巣のようにヒビが広がり、素人目にも数百トンはあろう深海棲艦の巨体がくの字に折れながら海上へとその船底を晒した。

 

 それだけでも現実離れしているのに、さらに追い打ちをかけるように彼女の手甲の変形した後も残っていた連装砲の砲身が激しい摩擦音を上げながら杭打機のように凄まじい勢いで手甲内へと引き込まれ耳をつんざく打突音を上げる。

 

 瞬間、画面越しでも目が眩むほどの強烈な閃光がモニターを染め、スピーカーが爆音としか表現しようがない音をガリガリと耳障りな音割れと共に吐き出した。

 その大音量のノイズに顔を顰めた私の目の前にある映像の中で朝潮の拳が駆逐イ級の横っ腹を打ち砕き、巡視船から更に遠くへと殴り飛ばす。

 そして、朝潮が振るった拳の破壊力によって空中分解して文字通り粉々になった深海棲艦だったモノは海面に着弾し波紋と言うには大きすぎる大波を発生させた。

 

「は、はは・・・ご、合成じゃない、よね・・・?」

 

 もしそうだと言うなら海上保安庁は海の警備よりも映画の制作と撮影に全力を尽くすべきだと、混乱した私の頭は益体も無い戯言を囀る。

 映画のクライマックスにしか見えない映像の中、イ級の残骸によって発生した津波はその様子を近くで撮影を続けていた巡視船にも襲い掛かり甲板がトランポリンのように揺らされる。

 画面端にはオレンジ色の救命胴衣を身に着けた船員が船にしがみ付いている様子が見えた。

 

 そして、その揺れは荒れた海面を物ともせず滑るように近づいてきた朝潮の両手が船を捕えた事で瞬く間に抑え込んだ。

 

≪落水者はおられませんか? 救助が必要であれば助力いたします≫

 

 巡視船を見下ろす程の身体の大きさはともかく見た目だけなら小学校の低学年にしか見えない女の子が停船した巡視船へと中腰になって船上にいる隊員たちへと視線を合わせ親身に手助けを申し出る。

 甲板に出てきた船員たちが手を振りながら頭を下げたり敬礼をしたりしている姿を最後にその映像は再生時間を終えて唐突にブラックアウトした。

 

「うひゃっぁ!?」

 

 暗い画面に映り込んだ自分のマヌケ顔に驚いて私はまた床にひっくり返った。

 

・・・

 

 巡視船記録映像の流出事件を機にテレビも新聞も報道に携わる者達はたった十数分の映像に首ったけになった。

 

 悪質な合成映像と笑い飛ばすコメンテーター。

 実際に艦娘に助られたと証言する漁師。

 軍事機密であると詳細な内容をはぐらかす自衛隊広報官。

 

 海上保安庁は情報を流出させた職員に懲戒免職を叩き付け、その職員の味方に付いた弁護士が裁判所で弁舌を振るう。

 

 まるで蜂の巣を突いたように大騒ぎとなったマスメディアは我先にと艦娘に関する新しいネタを探し始めた。

 そして、避難指示によって立ち入りを禁止されている日本各地の海岸に向かったプロアマ問わずカメラマン達が構えた望遠レンズの向こうに捉えられた海上に立つ幾人かの巨大な少女達の姿は急激にインターネット上へと拡散を始める。

 

・・・

 

 2014年の夏も終わりに近づき私は大学へのレポートを溜め込んだ友人に付き合って節電の為にエアコンが止められている自習室にいた。

 エアコンが使えない代わりに全ての窓を全開にしてあるが蒸し暑さはちっとも軽減されずに身体中から汗が噴き出る。

 

「ならよ、あんなに艦娘が強いなら何でさっさと深海棲艦をやっつけに行かないんだ?」

「人に聞く前に国防特務優先執行法の内容ぐらい読んでおきなよ、最近はどのチャンネルのニュースでも毎日やっているだろ?」

 

 あの映像流出から一部のメディアや評論家は日本帝国軍が行った航空機による最悪の攻撃作戦の名前に絡めて特行法(トッコウホウ)などと呼び大々的なネガティブキャンペーンを開始した。

 

 冗談みたいに強過ぎると言われている一強政党である日本国民協和党への降って湧いた攻撃材料に飛びついた者達。

 彼らは口々に審議が足りなかっただの、民意を無視した憲法違反だのと宣い。

 普段は仲が悪い野党同士までも手を組んで意識の高い市民を扇動してシュプレヒコールを路上やテレビで派手に展開している。

 施行から既に半年も経ってから強行採決反対なんて国会の前で喚く者達。

 その中にはその法案が採決された際に賛成票を入れていた国会議員まで混じっているあたりこの国の政治はちゃんと機能しているのか心配になる。

 

 さすがは優秀な人材は全て日本党に持っていかれた何て言われる昨今の野党は自分達がどれだけ低レベルな物言いをしているか自覚せずにお祭り騒ぎを起こしていた。

 

 事の発端である映像の中にいた朝潮は人殺しの怪物に襲われていた船のもとに駆け付け、深海棲艦を打ち倒して人命救助に尽力した。

 その彼女を指して憲法を破壊し国を脅かす存在とは何を言ってるのか。

 

 サイズはともかく見た目は可愛らしい女の子を褒め称える人間の方が大多数を占めていると全てのメディアが行ったアンケートの結果が示している。

 一部で自分達が行ったアンケート結果に納得がいかず社説に艦娘と与党と総理を貶めるだけの文章を載せた新聞があるにはあったが依然変わる事無く少数派の意見でしかない。

 

「あの特務執行法ってのははっきり言って悪法としか言いようがないね」

「お、何々、お前あのDe'fenceと言う連中と同じこと考えちゃってんの?」

「あの国会前でバカ騒ぎがしたいだけのなんちゃって民主主義者と一緒にしないでくれないか、つまり・・・」

 

 国防特務優先執行法、国防及び大多数の国民に重大な危機が発生する可能性が認められた場合に鎮守府は独自判断で艦娘の出動を行える。

 さらに出動を許可された艦娘部隊は自衛隊のどの指令系統よりも優先して重大な危機に対処する権限、つまりは深海棲艦の排除する為なら自衛隊と言う組織から逸脱した権限を得ると言うのが大まかな件の法律の内容だった。

 

 ただし、これはあくまでも国防と言う目的の為に許された最小限の範囲内において保証される権限であり、それ以上の拡大解釈を許すモノでは無いと言う条項も存在している。

 

「要するに艦娘は日本の公海上での武力行使を禁止されているどころか、EEZ(排他的経済水域)から出る事すら出来ないって事なんだよ・・・」

 

 この法案が国会で審議される前、深海棲艦から民間の輸送船団を守るために同行していた海上自衛隊の護衛艦に年端も行かない少女や自衛官とは毛色が違う装束を身に纏った美女の姿があったと今さらな情報が掘り起こされてきている。

 私に貿易船の運航に興味が無かったとは言え、思い返せば日本籍の船舶が深海棲艦による被害で沈んだと言うニュースは特務法が設立するまで聞いた事が無かった。

 

 深海棲艦が現れてから外国の船が沈んだと言う話は山ほど聞いた事を考えれば私が気付かなかっただけでこれこそが異常な話(・・・・)だったのだ。

 

「だから、日本の船が海上で深海棲艦に襲われていたとしてもそこが行動可能な海域内でなければ彼女達はこの法律のせいで指をくわえて見ているしかないって事になる」

 

 施行から一カ月ほど経った頃にロシアと日本を繋ぐ日本の貿易会社が所有する貨物船が海に沈んだと言うニュースが飛び込んできたのは私の記憶に新しい。

 法案の内容を把握していないのに口だけは大きい連中が公の場に姿を現さない艦娘達へ心無い暴言をばら撒く姿は本当に公共放送として公平性を保っているのか。

 いや、今のマスメディアに良識がちゃんと備わっていたら国会の前でバカ騒ぎをしながら『現総理の顔写真』や『艦娘NO!』なんてプラカードを持ちながら中指を突き立てる連中を若者が政治に関心を持った好例などと紹介はしないだろう。

 

 確実に深海棲艦による脅威は世界を脅かし、そんな状況でもお互いに足を引っ張り合う呆れるほど汚い思惑が交錯する息苦しい日本。

 だけど、それでも艦娘は名前だけの存在ではなかったのだ。

 

 前世の知識で全ての事に知ったかぶりを続けて自分が情報弱者であった事に気付かなかった一般市民。

 そんな大勢の中の一人でしかなかった私が知る事も出来ない場所で彼女達は確かに存在し、艦娘は人々を守るために深海棲艦との闘いを続けていた。

 

「つまり、この法律のせいで艦娘が護衛に就く事が出来ない海外への船団に関する被害は確実に増える事になるね」

「ほぉん、なら特行法は無かった方が良かったって事か?」

「・・・変な略し方しないでくれるかい、とは言え今までは多分誰にもバレなければ問題無いって感じで艦娘の情報を隠して護衛させてたんだろうけど」

 

 つまり、それは政府と自衛隊のどちらかもしくは両方に艦娘の情報を秘匿しておくことが出来なくなった何らかの事情が発生したと言う事でもある。

 

「流石にあんな力を持った存在が何の制限も無く外国の領海や領土に踏み入れさせたらそれこそ問題になる・・・状況としてはあっちが立てばこっちが立たないって感じかな」

 

 それは自衛隊の組織にとって都合の悪い事実を隠蔽や揉み消しの為に行われたのかもしれない。

 逆に艦娘に対して保証を与える為に彼女達の存在を公に認める必要性が出てきたからかもしれない。

 

「あの流出動画を考察した話しであの艦娘の子のパンチが一発でアメリカ軍で使われてるミサイル六発分の威力とか言ってたけど、確かにそんな子達が外国に行ったら戦争でもしに来たのかって言われそうだよなぁ」

「・・・要するに特務執行法では艦娘は日本国土の安全は守るけど他の国には関わらないよって法律だね」

 

 人間しか敵がいなかった前の世界ならともかくこの世界は話の通じない深海棲艦がうじゃうじゃと湧いて出て来ているのだ。

 そんな世界の中で憲法9条がぁ~!と喚く人間達は自分達の生活が誰の手によって守られているかなど想像もしていないし、例え知っていたとしても都合の悪い事と見ない振りをするのが関の山だろう。

 自分達にとって都合の良い情報を流し、都合が悪ければ歪めて洗脳するように視聴者へと間違った認識を植え付けようと考える人間がテレビでも新聞でもインターネットや噂話の中にすら存在している。

 

「そう言えば、お前、ちょっと前まで法律家目指すとか言ってたのにこの前、報道系の仕事を先輩に紹介して欲しいとか頼んでただろ、急にどうしたんだ?」

「ちょっと、思うところがあってね・・・」

 

 友人の言う通り私はついこの間まで働き蜂のように忙しなく家と会社を行き来していた前の人生よりも安定した高収入の職に就いて悠々自適な生活を望んでいた。

 法律に詳しい方が人生でより上手く立ち回れると考えていた。

 だが、ある思いを抱いた今の私にとって法律の勉強は続けるけれどそれはただの手段となっている。

 

「何が間違いで、どれが正しい情報なのかを自分の目で見極めたくなったからかな」

「ホントは取材とかで艦娘に会うチャンスが欲しいから行きたいんじゃないのかぁ~?」

 

 人が真面目な事を考えている時に限ってこの友人は茶化すようなセリフを吐いて私を逆撫でするのは前の世界から変わらないらしい。

 それに独身生活で余らせた金を万単位でかけるぐらいにハマったゲームのキャラクターに現実で会えるかもしれいないとちょっとしたミーハー気分を心の端っこに抱えるぐらいは個人の自由だと言わせてもらいたい。

 

 まぁ、揶揄いの材料を目の前のアホ面に与えるだけだからそんな思いを言葉にするつもりは無いけれど。

 

「まっ、面白そうだから俺も付き合っちゃおっかな?」

「君はさっさとレポートを仕上げるべきだね、夏休みも終盤に入ってるんだからさ」

 

 ちょっと前まで悲観に暮れてた癖に手の平を返すような真似をしている自覚はあるが笑わば笑え、都合の良い話に飛びつく現金さは人間なら誰でも持っている気質なのだから。

 

 そして、人間らしい一般人を自負している私もまたその一人である。




でも不思議と電気料金は値上がりしないんだよね。
政府も電気自動車とか推進してるんだって。

なんでだろうね?


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第八話

十把一絡げの萌えキャラ集団?

俺はそうは思わん、戦いこそが艦娘の可能性なのかもしれん。

証明して見せよう。貴様達になら、それが出来る筈だ。


 ゴシャッ、それともグシャッだろうか、鈍くそれでいて重苦しい金属がへしゃげて砕ける音が大音量で周囲に響き渡る。

 こちらへと黒鉄の砲塔が生えた左腕を突き付けていた人に近い上半身を持った怪物の甲殻に包まれた腕が破裂するように砕けてその破片を周囲にまき散らした。

 上半身は人間の女性に見えなくも無いがその腰部から下はグロテスクな深海ザメの生首を思わせる奇形へと無数の管や繊維で繋がり、海藻のような髪を振り乱し白い骨のような歪な仮面が直接肌から生えた顔に見える隻眼は鬼火のような妖しい光を宿している。

 便宜上だが自衛隊で雷巡チ級と呼称されるようになった深海棲艦の一種は赤黒い法螺穴のような口を全開にして甲高い遠吠えのような叫びを上げ、潰れていないもう一方の深海の白泥を固めて作ったような大腕を振り上げる。

 

「いくら格上の艦種とは言え、障壁と主武装を破壊された状態じゃ」

 

『ただの的ですね・・・当たってください!』

 

 コンソールパネルでの戦闘補助を終えた俺は座り慣れてしまった指令席に背を預けて眼前の360度モニターに映る光景に呟きを漏らす。

 その呟きに答える姿の見えない少女の声が球形の艦橋に響き、こちらへ突きを放つチ級の腕に太く巨大な手斧が下から襲い掛かった。

 血色の良い少女の手に握られた斧が太く重い鎖をジャラジャラと掻き鳴らし、白い大木のような二の腕を引き千切るように切り飛ばす。

 そして、鈍く黒鉄色に光る返す斧刃が攻撃手段を失って無防備になった深海棲艦の首筋に叩き付けられた。

 

「えっとぉ、突撃と同時に放った雷撃で障壁を破壊して、格闘戦で敵艦の武装を破壊して・・・」

「撃破だな、随分と手慣れちまったなぁ・・・吹雪、やるじゃないか」

 

 指令席を囲むように作られている円形のキャットウォークの立ち腰ほどの高さがある手すりを両手で掴んでいる濃い紺色の生地に白い襟と半袖のセーラー服を纏った少女が驚きに深い琥珀色の目を見開き。

 全周モニターの正面に大写しになった錨斧によって肩から胸までを袈裟斬りにされ絶命するチ級の様子を見つめる。

 

『司令官のおかげです! 皆さんも雷撃誘導の補助ありがとうございました』

 

 自分よりも大きく見上げるほどの巨体を持つ深海棲艦を相手にした後とは思えないほど元気でハキハキとした吹雪の声が俺と五人の艦娘が居る半径5mほどの空間、駆逐艦娘である吹雪の中に存在している艦橋に届いた。

 

「うわぁ・・・、これが現代の駆逐艦の戦い方なんだ。あたし一番になれるのかな、いや、絶対にならなきゃねっ!」

「いえ、何と言うか吹雪ちゃんの戦い方は私達の中でもかなり特殊ですから真似しちゃダメですよ?」

 

手すりから手を離して両手を胸の前で握りながら気合を入れて目の前で起こった戦闘を頭の中で反芻しているらしい白露型駆逐艦娘の白露に短いお下げを二つ後ろ頭に結った大人しそうな顔立ちの少女、吹雪の姉妹艦である白雪が片手を上げて左右に振りながら白露型の長女が抱えそうになっている誤解を訂正した。

 

「えっ!? そっそうよね、私は知ってたわ。うん、レディだもの、知ってたわ!」

 

 その言葉に白露の横で手すりにぶら下がるようにしがみ付いたまま呆然としていた約一名がバレバレな知ったかぶりをしているが、それはあえて無視する事にする。

 

「駆逐艦の子が巡洋艦以上の障壁を破るのはかなり手こずっちゃうからねぇっ♪ ホントなら那珂ちゃんが先に防御を削ってトドメに皆で中距離から魚雷撃つのがセオリーかなっ☆」

 

 ウザ可愛い系アイドルのような喋り方で頭の左右でお団子を作った軽巡洋艦娘の那珂がその若干イラッとする口調を裏切る真面目な内容のアドバイスをその場にいる駆逐艦娘たちへと行う。

 

「へぇ~、でも近接戦なら主砲や魚雷の弾数気にしなくて良いから継戦力の低い私達はそっちの方が良いんじゃない?」

「だよね砲撃と雷撃って再装填に時間かかるんでしょ? だったらその間に殴りかかるのが一番良いよ!」

「そう言えば那珂ちゃんさんは小刀で敵の障壁ずばーって切ってたでしょ? あれは私達に出来ないの?」

 

 那珂と吹雪に白雪の姉妹以外はつい二週間ほど前にクレイドルから目覚めたばかりの新人艦娘であり、全員が人の姿を手に入れてから初めて出る海に興奮し、倒すべき敵である深海棲艦の悍ましい姿に驚きはしても臆する様子は無い。

 積極的に新しい戦い方を覚えようと議論を交わす少女達を指令席に座った俺は彼女達の自主性に任せて眺めていたが、ふと彼女達に伝えるべき事が頭に浮かんだので口を開く。

 

「よっぽど慣れてる艦娘じゃない限り格闘戦をすれば艦橋の中が酷い事になる。一司令官としては艦らしく真っ当な砲雷撃戦を主軸に戦闘してくれ、お前らも戦う前から艦橋でたんこぶだの痣だの作りたくないだろ?」

 

 そんな俺の言葉を聞いた新人艦娘達は揃って首を傾げ、反対にそう言った苦い思い出と経験がある那珂と白雪は苦笑を浮かべた。

 艦娘としての戦闘経験そのものが無い白露達にとってついさっき体験した敵の駆逐艦三隻と雷巡を苦も無く仕留めて見せた先輩艦娘である那珂や吹雪の戦いが正真正銘の初体験だったのだから俺の言った言葉に実感がわかないのも無理はない。

 

『あはは・・・、あ、朝潮ちゃんですよ。木村一尉の方も戦闘が終わったみたいですね』

 

 目覚めたばかりだった頃の那珂や白雪の初出撃で彼女等の頭にたんこぶを生産した前科を持つ吹雪がワザとらしい話題変更を行いモニターに前方を指さす彼女の手が映る。

 その先の水平線に言われれば分かる程度に小さく見える人影が見え、俺が指示するよりも先に那珂が片手を伸ばしてその人影が写るモニターへと触れた。

 彼女が触れた部分が細い円に囲まれてモニターの映像が急激に拡大し、水平線からこちらに向かってスケートのように滑ってくる長い黒髪にきりっとした真面目な表情の小学生にしか見えない少女の姿がくっきりと映る。

 

 艦橋内のオーバーテクノロジーとしか言いよう無い機能は指令席に座っている俺にすら把握できておらず、未だに「そんな便利なモノが!?」とか「何のために付いてるんだ?」と言う機能や能力が度々発見される。

 

「よし、吹雪、旗艦を白雪に変更、白雪は周辺警戒を続けながら木村艦隊と合流後に鎮守府へ帰投せよ」

『はい! 司令官。 白雪ちゃん後はお願いするね』

「了解しました。では、皆さん? 帰投も油断せずにがんばりましょう」

 

 指令席の肘掛から前方へ半円形に広がるコンソールパネルの右側に表示されている吹雪の立体映像へと軽く触れるとその上に五枚の板状の映像が浮かび上がる。

 艦橋に立っている艦娘達の艦種と名前が書かれたそのカードの中から吹雪型駆逐艦白雪の札を選んで吹雪の立体映像へと重ねる。

 すると指令席の前に立っている白雪が柔らかい光に包まれてSF映画のワープ演出のような調子で姿を消し始め。

 モニターには金色の枝葉に錨をあしらった巨大な輪が広がり、その中心に薄っすらと銀色の文字が浮かび上がった同時に白雪の姿は光の中へと消え、彼女と入れ替わるように吹雪が白雪の立っていた場所へと姿を現した。

 

「駆逐艦吹雪、艦橋にて待機します!」

「おう、ご苦労さん」

 

 艦橋内に複数の艦娘が居るのも、旗艦変更と俺達が呼んでいるこの機能も試行錯誤の最中に偶然見つけたモノだった。

 何度目かの出撃である艦娘が自分も出撃したいとゴネにゴネて離れなかった事で俺と一緒に艦橋へと移動し、それが切っ掛けとなり複数人の艦娘を指揮下に置いた状態で出航できる事や戦闘を行う艦娘が変更できる事が発見されることになった。

 

『駆逐艦白雪、旗艦変更を完了しいたしました。これより木村艦隊へと合流、鎮守府へ帰投します』

 

 その旗艦変更によって艦橋に姿を消した白雪の声がコンソールパネルの通信機に届き、少しの揺れと共に指令席の向きが艦娘の主要拠点である鎮守府へと針路を取ったのが肘掛の左に浮遊するように付いている妙に古めかしい俺にとって非常に見覚えのある羅針盤の針先で確認した。

 この羅針盤も指で突くと勝手にカラカラと回転すると言う謎機能が付いているがちゃんと針の向きは正しい方角へと戻るので海を征く指針としては非常に重宝している。

 

「ねぇっ、司令官、もう鎮守府に帰るだけなら暁が旗艦に変わっても良いでしょ?」

 

 日本帝国海軍において吹雪から始まった特型駆逐艦と呼ばれる括りの艦型の一つである暁型駆逐艦の長女。

 暁が指令席のコンソールパネルの端に手を掛けてキャットウォークの上で両脚をピョンピョンと跳ねさせ期待に満ちた笑顔で俺を見上げてきた。

 

「お前がぁ? 出来んのぉ?」

「何その言い方っ!? と、当然よ! 暁はレディーなんだから!」

「そう言うセリフはな、鎮守府内のプール同然の湾内で転んで顔面滑りをしなくなったら言ってくれ」

 

 コミカルに両手を振り上げて不満を身体全体で表現するお子様にそう言い含めてから俺は吹雪へと視線を送る。

 俺の意図を察した現状で最も長い艦娘としての経験を持った少女は直系の妹艦である女児の白い錨が描かれた灰色の帽子を被った頭を軽く撫でる。

 

「艤装を装備した状態だと普通に立ってる時よりもバランスの取り方が難しくなるから、今回は見学だけで我慢してね? 鎮守府に帰ったら私も暁ちゃんの訓練手伝うから、そしたら電ちゃんが起きた時に教えて上げれるでしょ?」

「むぅうっ、しょ、しょうがないわねっ、今回は我慢してあげるわ! レディーはガツガツ欲張らないものなんだから」

 

 やたら淑女ぶっているちびっ子の微笑ましい虚勢を張る姿に周りの艦娘達も先ほどの戦闘からの緊張感を少し緩め、俺は指令席の通信機が応答要請の着信を知らせている事に気付きそちらへ手を伸ばす。

 

『こちら、深海棲艦即応第三部隊指揮官、木村隆特務一尉です。 中村三佐応答を願います』

「こちら深海棲艦即応第一部隊指揮官、中村だ。木村一尉、問題が無いようなら当方と合流して帰投してもらいたい」

 

 俺こと、中村義男と少年時代からの相棒である田中良介が前世の記憶と言うアドバンテージで調子に乗りまくって自衛官となり、艦娘達と共に深海棲艦との戦いへと身を投じてから気付けば八カ月を越えた。

 そんな俺達は着任から一カ月ほどは閑古鳥が鳴くほど暇だった艦娘部隊は今年の二月に施行された国防特務優先執行法によって増えた出撃で過労死しかねない状態となった。

 そんな状況に危機感を強めた俺と田中は自分達の持ちうる伝手と権限を使い新しい艦娘の指揮官となる人材を探す。

 そして、三十人以上もの指揮官候補と艦娘達を会わせる事となったがその中でちゃんと艦娘に認められて司令官となったのはたったの四人だった。

 

 その中でも四角四面な真面目振りが目立つ木村隆は俺の防衛大での一年下の後輩だった青年であり、寮生活が主となる自衛隊士官候補生だった頃に同じ部屋で生活した事もある。

 融通の利かない頭の固さを考えなければ信用に足る人格の持ち主だと知っていたからこそ俺達は土下座と権限を駆使し、ほとんど引き抜きに近い形で彼に鎮守府へと着任してもらった。

 

『ちょっといいかしら? 中村少佐』

「ん? その声は陽炎か? あと、俺は三佐だ」

『こっちで遭遇した深海棲艦なんだけど重巡洋艦を一隻逃がしちゃったのよ。この石頭が追撃を許可しなかったから!』

 

 白雪の後ろに並ぶように同行している朝潮の艦橋から飛んできた通信の相手が切り替わり、木村の艦隊に所属している陽炎型駆逐艦の一番艦の不機嫌そうな声が聞こえる。

 彼女の不機嫌さが漂う物言いにまた整った顔立ちを常に引き締め規律を重んじる指揮官と可愛い見た目にそぐわない好戦的な考え方をする駆逐艦との間に何らかの行き違いが発生した事を察した。

 

「木村、確かお前が向かった先はEEZの境界線から十分距離があったはずだが?」

『敵主砲の直撃を受けた駆逐艦娘に追撃を許可するわけにはいきませんよ、中村先輩』

「・・・ダメージレベルは?」

『文句を吐ける程度にはマシな大破ですね、朝潮だけでは戦力的に不足していると判断しました』

 

 良く見れば後方から付いて来ている朝潮も少し煤けた様子の服や肌のあちこちにかすり傷が見える。

 おそらくその重巡からの至近弾を浴びたのだろう、敵艦を追い払う事は出来たらしいが重巡洋艦相手に駆逐艦が二人だけの艦隊では荷が重いと言える。

 

「良い判断だ。戦果よりも人材の方が貴重なのは何時の時代も変わらんからな」

『って言うか、司令があの時にちゃんと推進力を上げてればあんな砲撃避けれたのよ! そしたら接近戦でアイツも沈められてたっ!』

『重巡洋艦級の深海棲艦を侮るな。軽巡艦娘のような障壁破壊能力が無いお前が突撃したところで奴の障壁は破れん、魚雷を使い切った時点で撃破できなかったのだから結果は同じだ』

 

 キィキィと甲高い声で喚く陽炎と淡々とした口調で言い含める木村の会話が通信機ごしに俺達が居る艦橋へと届き、艦橋のモニターに映る朝潮が申し訳なさそうな顔で明後日の方向に視線を泳がせている。

 

「指揮官として練度が上がれば指揮下における艦娘の数も戦術の幅も広がる。だが指揮官に早く一人前になって欲しいと思うのは良いが功を焦っても得るモノは無いぞ、陽炎」

『むぅ・・・』

「残念ながら俺達にテレビゲームの主人公みたいな分かり易い数字で見えるレベルアップなんて都合の良いモノは無いみたいだからな、お互い地道に訓練と実戦を繰り返すしかないな」

『・・・すみません、中村先輩お手を煩わせました』

 

 どうやら俺の愚痴が混じった毒にも薬にもならない話は二人の行き違いで発生した熱を冷ます程度には役に立ったらしく少し声の調子を柔らかくした木村が謝意を伝えてきた。

 

「まぁ、木村もさっさと艦娘の編成可能数を増やしてくれ、司令官が居ない順番待ちの艦娘達はまだまだいるからな」

『軽く言いますけどさっさと上がるものなんですか? 三か月出撃を繰り返してやっと二人に増えただけなんですが・・・』

「少なくとも俺は八カ月で六人になった、お前が着任するまでは田中三佐とほぼ毎日海の上を駆けずり回ってたからかもしれんがな」

 

 四人の新しい司令官の着任のおかげで最近特に増えてきた深海棲艦の日本近海からの撃退は目に見えて楽になった。

 特に出撃理由の大半を占める本土への攻撃を目的にしていないが近海の漁船は狙うと言う連中を追い払うための出撃負担は単純に考えて半分近くまで減った。

 

 具体的には睡眠時間がちゃんと七時間取れて三食ちゃんとした飯にありつける生活を得た。

 

 自分たちの仕事がちゃんと身を結んだ事に年甲斐も無く喜び俺は良介の奴と一緒に万歳三唱までした。

 

 一頻りはしゃいだ後に風呂に入る時間も惜しんで泥のように布団に倒れ、出動のサイレンにお湯を入れて三分も経っていないカップ麺を掻っ込んで艦娘を連れて港に走るなんて環境そのものがオカシイと気付いて項垂れたが。

 

「他のプロデューサーさん達が着任するまで那珂ちゃん達お仕事目白押しですっごく忙しかったよねぇ☆ 那珂、アイドルなのにお肌気にしてる余裕もなかったもん・・・あはっ・・・」

「カロリーメイドって便利な食べ物ですよね。おにぎりよりも保存が利きますし、手軽に持ち運び出来ますし、甘くて美味しいですから・・・」

 

 公に2013年の年末に起こった深海棲艦の東京湾への侵入、そして、史上初となる艦娘によって行われた深海棲艦の撃破は民間の目が無い状況も手伝いあらゆる方法で揉み消された。

 その事件で見るも無残な醜態をさらした基地司令部に俺と良介が脅しかけて明らかに艦娘側が踏みつけにされている状況を打開したが、その報復か司令部は過剰な出撃要請を押し付けてくる。

 

 その日を境に始まった二人だけしかいない指揮官によるクレイドルから目覚めた艦娘達の訓練や教育と近海へと侵入頻度を増やし始めた深海棲艦を排除する為に昼夜を問わず出動する激動の日々。

 マシになった今ですら思い出すだけで俺の身体から生気が抜けるような気がしてくる。

 

「あたし達が起きる前に何があったの・・・?」

「さ、さぁ?」

 

 役に立つと分かった途端に手の平返しで過剰労働を要求してきた自衛隊上層部に砲撃の一つでもお見舞いしてやろうかと妄想しながら俺は出撃の合間に人材を求めて奔走する。

 そして、良介は着任後に起こった深海棲艦の東京湾侵入で得た交渉材料を使い自衛隊だけでなく外部の政治家にまで顔を繋ぐ事に成功した。

 それによって鎮守府と艦娘の指揮系統を自衛隊から限定的に独立させる法案が田中が見つけて協力者になってくれたと言う政治家によって衆参両議院を通過して施行される運びとなった。

 

(今さらだけど、良介が交渉した政治家って何者なんだ? 下手したら幹事長クラスの大物じゃないとあんな無理やりな法案のネジ込み方なんか出来ないだろうに・・・)

 

 問い詰めたわけではないがぽろっと田中の野郎が漏らした情報では日本党の結成前から刀堂博士のシンパであり艦娘を造り出す事になった鎮守府計画にも深くかかわっている人物。

 そして、俺やアイツと同じ世界からこの世界へと転生してきた一人でもあるらしい。

 

(さて、その大物からどんな話が飛び出すか・・・良介、俺に新人のお守りを丸投げしてきたんだから良い話を持ってきてくれよ)

 

「提督、ちょっとあそこに魚雷撃ってい~い? お魚獲って帰ったら鎮守府の皆喜ぶよぉ」

 

 睦月型駆逐艦の文月がモニターから見える左舷を指さして能天気な事を言い出したので顔をそちらに向ければ海鳥が群れを成して海面に集っている。

 漁業には詳しくないが昔見たテレビ番組ではああいった海鳥が海面に群れている下には魚群があるらしいと言っていた。

 

「文月、お前は何を言ってるんだ・・・」

「魚雷ゆーどーの練習にもなるよ~?」

「いや、意味が分からん」

 

 旗艦となっている艦娘の艤装を制御する補佐が艦橋に乗り込んだ艦娘の必須ともいえる役割となっているが、かと言って好き勝手にバカスカと大砲や魚雷を撃っていいと言う事ではない。

 

 艦娘が十分な食事と睡眠を得て健康に気を付けておけば勝手に補充される不思議エネルギー。

 それを使って造られる実質無限の弾薬と言えど使った分はちゃんと後で書類にしなければネチネチと基地の階級だけは上の管理職から嫌味を受ける事になる。

 

「船だった時のアタシの船員さんも爆雷で浮いたお魚獲ってたよぉ?」

「基地に帰った後で教えてやるが、現代の漁業法では発破漁は禁止されてんだよ。じっとしてなさい」

「え~、暇になっちゃったよぉ」

 

 取り敢えず母港に戻ったら艦娘への教育内容に現代の法律も組み込む必要性が出てきたと報告書に記さなければならないらしい。

 




妖精さん?

あぁ、妖精さんの事か。

奴さん死んだよ。

作者(オレ)が殺した。ご臨終だ。


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第九話

戦車「艦娘と同じ技術で戦車作れば最強じゃね?」

戦闘機「人型の兵器とかナンセンスすぎる」(笑)


 カコンと竹が岩に落ちる音が静けさに満ちた料亭の庭で断続的に繰り返し、その庭が見える部屋の中で中年の終わりに差し掛かった男性とまだ年若い青年が神妙な顔で向かい合っていた。

 

「まさか、貴方が私と同じ転生者だったとは思ってもいませんでした。・・・岳田次郎総理」

「そうかね? 君は初めからそうと分かって私に脅しをかけてきたように見えたよ、田中良介特務三佐?」

 

 現在の日本の政治を牛耳っているなどと言われる日本国民協和党の総裁にして第二次岳田内閣の長である総理大臣は目尻や口元に皺が見える実年齢よりも幾らか老けた顔に人の良さそうな笑みを浮かべ。

 緊張で顔を強張らせている田中を観察するように眺めている。

 

「日本党の中のどこか、それなりに高い場所にいるとは思っていましたがまさか一番上にいるとは思っていませんでした」

「はははっ、正直で良いね。付け加えるなら日本党にいる転生者は私だけではないと言っておこうかな?」

「それは、まぁ、そうなるでしょうね」

 

 総理大臣でありながら自らが転生者であるなどと精神状態を疑われかねないセリフを気負った様子も無く言った岳田。

 彼を正面から見据えて背筋を伸ばしている田中は表情を崩すことなく軽くうなずいた。

 

「おいおい、これは結構な暴露ネタだったのにもうちょっとは動じてくれないと言った甲斐がないじゃないか」

「むしろ結党時からの日本国民協和党が行ってきた事を見れば明らかでしょう。あなた一人だけが未来を知っている政治家だったなら災害で発生する死者を1/10に出来はしない」

「まぁ、未来を知っていたから本当は十万人死ぬ筈だったが一万人に減らした、なんて主張したら私は稀代の狂人扱いになるだろうね・・・協力者が現れてくれなければ私もかつての刀堂先生のようになっていたか」

 

 妙に友好的な態度に両手を広げて苦笑を浮かべた岳田はふと視線を田中から小さな池や苔むした岩がわびさびを感じさせる庭へと変える。

 

「いや、逆立ちしても私があの人のようになれはしないか、昔から誰かの影でこそこそ動き回っている方がよっぽど性に合っていたからね」

「やはり、刀堂博士も我々と同じ転生者だったと?」

「そうだ、と言質を取った事は無いがね。そうとしか考えられん事を見せつけられ、それ以上のモノを身をもって体験しているよ」

 

 実年齢よりも老いを感じさえる顔に穏やかな微笑みを浮かべて岳田は古い友人を懐かしむように語る。

 

「前の人生で私が集り屋同然の弁護士だったと言ったら君は驚くかね? それが刀堂先生の口車に乗って今じゃ日本の政治家で一番偉いと言われてる」

「俺自身も他人に誇れるような事をせずに部屋に籠って本の虫をやっていたので驚きもしませんし、行動力だけが取り柄な友人に唆されてこんな立場にいる以上は貴方を揶揄えませんよ」

「君も前の人生よりも面白い出会いをしたわけかね・・・良かったじゃないか」

 

 他人が聞けば呆れを通り越して病院を勧められるだろう荒唐無稽な身の上話を交わし、青年自衛官の調子が少し軟化した事を感じた総理大臣は軽く肩を竦めてから二人の間にある広い机の上に置かれ湯気を燻らせている湯呑を手に取る。

 

「それで岳田総理、今回、私をこんなところに呼びつけた理由をそろそろ伺っても宜しいですか?」

「くくっ、防衛省からは慇懃無礼で揚げ足取りが上手いと聞いていたが太々しいと言うのも君の評価に加えなければならないようだね。まぁ、お互いに忙しい身の上だ、本題に入ろうか・・・」

 

・・・

 

 断続的にカコンと鹿威しの音が聞こえる和室で総理大臣と向かい合った自衛官は目の前にいる相手が何を言ったのか、その信じがたい内容に引き締めていた顔を困惑に歪めた。

 

「は、はぁ? そんなバカな話が・・・」

「そんなバカな話なんだよ。田中君、深海棲艦とは世間が憶測で言っている未知の侵略者やカルト集団の生物兵器でも何でもない、あれは我々が知る現代の常識から大きく外れているが列記とした地球で生まれた一種の野生動物だそうだ」

「そんな、突拍子も無い・・・」

「そして、艦娘もまた深海棲艦と同じルーツを持つ、いや、正確に言えば過去に存在していたそれらの遺物を刀堂先生と協力者が発掘して研究し、現代の技術によって再現して生み出された者達なのだよ」

 

 呆気に取られた田中は無意識に目の前に置かれた湯呑へと手を伸ばして冷めた緑茶で喉の渇きを感じた口を潤す。

 

「かつて地上に存在した神様だの妖怪や悪魔なんて言われていた今では幻想の中の住人達、それが現代において深海棲艦と呼ばれる怪物の正体、そんな非科学的な・・・」

「一度死んで二度目の人生を生きている我々も十分に非科学的だと思うがね。刀堂先生に我々の転生や深海棲艦の発生に関する科学的な解釈とやら説明をして貰った事もあった」

 

 まるで過去の失敗談を笑うような軽い調子で荒唐無稽な内容を話す岳田の態度に田中は頭を抱えたくなるほどの混乱に陥りながらも総理が言った情報を整理していく。

 

「難解すぎて正しいのか間違っているのかすら判断が出来ない講釈だったが私自身が身をもって今を体験している以上は信じるしかないと諦める事になったよ」

「地球環境の変化によって絶滅したはずの神魔や妖怪が再び生存可能な環境が整い。そして、深海棲艦として現れ・・・」

 

 耳から入っただけの情報を言葉にして内容を理解する努力をするが転生者である自分の事を棚に上げてそれらが荒唐無稽過ぎるとその話を田中は信じることが出来なかった。

 いっそ目の前の総理大臣が自分を揶揄うためだけにこんな場所を用意しただけで、全てが質の悪い悪戯と言ってくれた方がよっぽど精神的にありがたいとすら思った。

 

「過去に存在していた魔法使いや聖人、魔女や聖女と呼ばれた異能者の遺物と現代人の遺伝子を掛け合わせた肉体。海の底から前大戦の艦船に宿っていた霊的エネルギーを引き上げ結晶化させた霊核。・・・その二つを組み合わせた存在が艦娘、ですか・・・?」

「はははっ、どこの三文小説の設定なんだろうね。まぁ、世界中を駆けまわって調べた情報に推測と仮説を重ねた推論だと先生にしては珍しく自信なさげに言っていたから、何処までが正しいのかは門外漢の私には推し量る事も出来んよ」

 

 四苦八苦している田中の表情が可笑しいかったのか小さく笑い岳田は会話を一段落させて机の上に置かれた茶菓子の袋を破いて入っていた最中と餡子を合わせて齧った。

 

「とまぁ、地球環境の変化だの過去に妖怪だのなんだのが実在していた、と御大層な話をしておいてなんだが私達にとってそれは大した意味がある事じゃないんだよ」

 

 いつの間にか胡坐をかいて緑茶を片手に最中をモソモソと頬張っている姿は総理大臣と言う肩書が無ければどこにでもいる話好きのオッサンと言う雰囲気で始終飄々と話していた口調がさらに軽くなった。

 もし言われた事が事実なら全人類に深刻な問題となるはずの内容をまるで丸めた紙屑のようにポイッと投げ捨て簡単に話題変更を行う岳田の言葉に田中は自分の悩みが酷く無駄だったような錯覚を起こす。

 

「さっき艦娘は人の遺伝子がベースになっていると私は言ったね?」

「はい、正直信じられない話ですが魔女や聖女と呼ばれた人間に化石として発見された複数の幻獣の遺伝子までが掛け合わされていると・・・正直私にはそんなモノが実在していたとは思えないですが」

 

「ふむ、そこはどうでも良い。問題は霊核が人間一人には大きすぎるエネルギーの結晶である事であり、常人とは比べ物にならないほどの霊的許容量があるとは言え人間と根本的には同種である以上、彼女達の身体にとっても時間が経てば異物として拒絶される事になると言う事だよ」

 

 艦娘が自分たちの力の源である霊核に拒絶反応を起こす。

 

 また飛び出したトンデモ設定に顔を引き攣らせて頭痛までし始めて働くことを拒否する脳みその機嫌を取りながら田中は半ばやけになって机にある煎餅の袋を取って破き、茶色い円盤を砕くように齧った。

 

「艦娘の肉体に霊核が定着していられる期間は個人差はあれど10年前後でその間は彼女達は成長も老化もしない、しかし、これは推測に過ぎず実際にはどの程度になるかは実地で調査しなければならないそうだ」

「で、霊核に拒絶反応を起こしたらどうなるって言うんですか・・・それによって彼女達が死んでしまうなんて言い出したら私は貴方方に対して紳士的で要られなくなりますよ」

 

 まるで他人事のように誰かから教えられた情報をそのまま口に出しているような岳田の様子に田中は完全に表情や態度を取り繕う事を放棄して苛立たし気に目の前の飄々とした男を睨む。

 

「普通の女の子になってしまうらしいね。そして、身体から離れた霊核は鎮守府の中枢に回収されてクレイドルで再び新しい艦娘になる」

「・・・はぁっ!?」

「ははっ、中々に良い顔をするじゃないかっ♪ んん、いや艦娘だった頃の力の名残が少し残るから完全に普通の人間と言う事にはならないのか・・・? 良く考えれば法整備や調整にまた一悶着ありそうだな・・・」

 

 上機嫌に笑った後に少しばかり思案するように明後日の方向へと視線を向けて顎に片手を添えて擦る岳田の言葉に目を剥いて今日一番の驚きに硬直した田中の手にある煎餅の欠片にひびが入り粉屑がパラパラと正座している彼の太腿に落ちる。

 

「そもそも日本、と言うかこの計画を立案して実行した我々が艦娘に求めている役割は深海棲艦との戦闘ではないんだよ」

「いや、さっきから何言ってるんですか・・・」

 

 深海棲艦が生存可能なほどに高濃度となった大気中の霊的エネルギーの増大に関して人間の手が介入する余地はもはや何一つも無い。

 刀堂博士とその支援者が調べあげた結果から、これらの環境変化は春から夏に変わる季節のようなモノであり数百年と言う周期で発生する自然現象でしかない。

 

「そして、霊的エネルギー・・・面倒臭いな、テレビゲーム的にマナとでも呼ぼうか。このマナの増大による影響を受けるのは深海棲艦だけではなく既存の生物にも少なからず影響を与えていく事になる。アメコミは知っているかね? あの中に登場するような超人やモンスターがうじゃうじゃと現実に現れる事になると言えば分かり易いかな」

 

 季節の移ろいが人の手で止められないようにそのどうしようもない変化が偶然、我々の世代で起こってしまっただけだと岳田は語る。

 

「ははっ、随分と愉快な世界になりますね・・・漫画だったら楽しめそうな設定です」

「愉快なものか、現在の常識から外れた異能力を得た人間の出現に対応した法律など世界中のどこを探しても存在しない。そして、勝手に増える異能力者の増加に現代人は対応手段を持っていない。人間は知らないモノに対して自分達が思っている以上に強い忌避感を持って拒絶する生き物だから人種差別はより深刻になるだろう」

 

 さしずめ魔女狩りの再来だ、と軽いのか重いのか非常に判断に困る発言を垂れ流す日本国の首相の姿に呆気に取られて田中はただその言葉の続きに耳を傾ける。

 

「だが既にマナを能力ではなく技術として使用している超人が存在していたら? そんな超人達が普通の人間の味方だと公的機関に保証されていたら? 例えばそうだね、普通の人間との間に子供が作れるという事実だけでも両者にとって懸け橋になりうるとは思わないか? そして、その子供たちが特殊な能力を持っていても不思議に思う者は少ないだろう?」

 

 急に重みを増した政治家の頂点にいる男の言葉に頭を殴られたかと思うほどの衝撃を受けて田中は仰け反り手の中にあった煎餅を握りつぶした。

 そして、たっぷりと数分の思考の後に岳田が言った言葉の意味を理解した彼は目を強く瞑って力を入れ過ぎて砕けた煎餅の粉に塗れた醤油の匂いがする指で目頭を揉み解す。

 

「・・・彼女達は新人類と人類の世代間を取り持つ為に造られた、と?」

「刀堂先生の言葉を借りれば『新人類ではなくかつてマナが当たり前にあった世界の人間の再来』らしいがね。我々が極秘裏に計測を続けている地球上のマナ濃度は深海棲艦の出現から年々右肩上がりだ。艦娘と人間の混血でなくとも遅かれ早かれマナに適応した者は自然に現れるだろう・・・」

 

 深海棲艦との闘いの為に作られたはずなのに戦力から除外されるぞんざいな扱い、にも拘らず湯水のように資金を注がれた鎮守府は優秀過ぎる研究スタッフを揃えた最新設備の塊。

 艦娘の情報が過剰なまでに秘匿されていた三年間、艦娘を囮にして護衛対象と自らを守る事に執心した前任の司令官達ですら目麗しい彼女達への明確な暴行は行われていない。

 正確には破ろうとした一人目の司令官である一等海佐の名前と姿がその数日後に自衛隊から消された事に危機感を煽られたのが原因なのだろう。

 現場とのかなりの行き違いがあったとは言え環境そのものからは日本政府が彼女達をまるで豪華な家に閉じ込めた箱入り娘のように扱っていた事がうかがえる。

 

「いや、それなら俺達が着任するまでに400人以上いた艦娘が五十数人まで減るなんて状況は・・・」

「恥ずかしながら鎮守府の機能を過信していた、というのは言い訳にしかならないか。我々が鎮守府の実態をハッキリと把握したのは東京湾に深海棲艦が侵入したあの日が切っ掛けでね・・・」

 

 艦娘と言う存在は鎮守府の中枢機能が正常に作動していれば全滅する事だけは無い、その過信が岳田を含む日本党内の協力者に楽観と慢心を与えた。

 日本党唯一の失策などと言われる艦娘と鎮守府に関わる計画の実行に閣僚がべったりと張り付けば、政敵からの過剰な追及によって黒に近いグレーな実態と目的を暴かれる可能性が高まる。

 それを警戒した彼らは最低限の連絡構造を残してあえて鎮守府と距離を開けてしまった。

 艦娘と言う存在が正常に維持されているなら個体の死亡は必要な犠牲とでも言う政治側の態度に田中は両手を握り込み歯ぎしりする。

 

「とは言え、犠牲が増えれば良いなんて事は我々も望んでいなかった。艦娘は鎮守府近海で試験運用を続け、深海棲艦への反撃が出来ると確証が得られるまで実働はされないはずだったんだよ」

「それすらも建前で霊核を失い人になった元艦娘に子供を作るための機械扱いしようとしていたんでしょうに、前世で同じような事を言っていた政治家を思い出しましたよ」

「・・・その発言をするはずだった彼は転生者では無いが上手く軌道修正出来たおかげで今も政治家をやっているがね」

 

 彼らとしては歯に衣着せぬ言い方をすれば次世代の母体となる女性達を国防の要と言う大義名分を与えて実働させる事なく保護し、政府の思惑を達する状態となるまで防御壁で閉じた東京湾の鎮守府に閉じ込めていれば良かった。

 退役後にそれなりに安定し地位を与えて社会の一部へと混ざり込ませてマナに適正を持った子供を増やせば、日本に限って言うなら民間で突発的に発生する異能力者よりも早く対応できる。

 緩やかに国民の意識と新しく生まれてくる異能力者に関係する法整備を行う時間が得られると言う思惑だったのだろう。

 

「まさか我々の脚を引っ張るためだけに自衛隊内部にまで接触して潜り込み、鎮守府計画の要である艦娘達を物理的に抹殺しようなんて連中が現れるなんて私達には予想外だった。今さらこんな事を言っても犠牲になった彼女達にとってはなんの慰めにもならないか・・・」

 

 懺悔をするように自嘲して苦々しく表情を歪ませた岳田は深くため息を吐く。

 それを聞いた田中は守るために閉じ込める事にも相手を貶める為だけに利用する事にも賛同は出来ず、二つの派閥は等しく唾棄すべきものだと感じた。

 

「刀堂博士も貴方と同じ考えだったと?」

「・・・わからない、正直に言って先生が何を目的に艦娘を造ろうとしていたのかは本人が亡くなった今では誰にもわからないんだよ。ただ艦娘と深海棲艦の出現から私の元に運ばれてきた情報から考えて彼女達に対抗兵器たる実力は無いと高を括っていた事は否定しないよ」

「だが、博士が予言していた通りに艦娘は深海棲艦を打ち倒して見せたっ!」

 

 託された言葉、残された資料から読み取れる情報からは刀堂博士がマナの増大によって起こる地球の環境変化を知っており、それに対して艦娘を造り出す為の基礎理論を残したと言う事は理解できる。

 だが、単純に新しい世代への移行を補助する為なら兵器としての性質を与える必要はなく少し不思議な力を持った人間として機械的に製造された事実すら秘匿して民間へと紛れ込ませればいい。

 逆に深海棲艦の脅威への備えとして武力を必要としていたなら単純にマナを利用した常人に使用できる兵器を作れば良いだけの話とも言える。

 

 つまり、効率だけで考えるなら女性でありながら深海棲艦に対抗可能な戦闘能力を持った存在である必要は無い。

 

「偶然に艦娘と言う形となったのか、前世のゲームに影響されて嗜好で作り上げたのか、それとも我々が想像もできないような理由からか・・・あの人が生きていた頃にはいくら聞いてもはぐらかされて教えてくれなかったのでね」

「では今に至って何故、艦娘を戦力として運用する事を容認する法案の立法を? 私達にとっては都合が良くても、貴方達にとってこれ以上の艦娘が減る可能性は認めるわけにはいかないはず」

 

 田中の問いかけに岳田は情報を出し渋る逡巡と言うよりは言うべき言葉の表現に迷うと言った様子で視線をさ迷わせて冷めた緑茶を飲み干してから再び庭園へと顔を向けた。

 

「ふむ、艦娘が減る、減ってしまったと君は言ったね?」

「ええ、現に鎮守府に存在している艦娘は54人、その内の21人がクレイドルの中で眠っている状態、最近目覚めてくれた子もいますが実働できる艦娘の数はたったの33人しかいません」

 

 田中は冷静を装って相手に苛立ちをぶつける八つ当たり丸出しで目の前の男に言葉をぶつける。

 

「鎮守府が設立された時点で刀堂博士が世界各地から回収した霊核が400人分を超えていた事を考えると恐ろしいほどの損失ですよっ!」

「・・・それがおかしいんだよ。鎮守府が正常に機能しているならば艦娘、霊核は必ず中枢へと回収される。これは絶対の法則とも言って良いことだ」

 

 岳田は特に表情を変えず顔の前で指を立てて息巻いていた田中を押し留める。

 そして、投げた物が重力で落ちるとか、地球が太陽の周りを回っていると言う今の人間なら常識レベルで知っている理と同列であるかのように確信をもってそう断言した。

 

「そして、行方不明となった艦娘の霊核が鎮守府へと戻ってこないとすればその可能性はただ一つ、その艦娘が何処かで生存していると言う事だ」

「な、何故そんなふうに断言できるんですか・・・?」

 

 自分の口撃が一切意味を成さなかった事よりもまるで全てを知ったうえでこちらを翻弄しているような岳田の態度に田中は畏怖に近い感情を心中で揺らす。

 

「深海棲艦があの姿を取っているからだ。・・・本来ならマナの増大によって無秩序に陸海問わず世界中に発生する筈の怪異に一定の条件を与えて出現と能力を誘導する事もまた鎮守府の中枢が持つ機能なんだよ」

 

 人の常識が通用しない力を持った化け物の出現は止められない、その膨れ上がる力も進化も止める事は出来ない。

 だが、地上よりもはるかに広い海洋と言う場所に深海棲艦の発生要因を誘導することは出来た。

 進化する方向と形が分かっていれば形の無い災害を相手にするよりも遥かに対応する人類側の手札は多くなる。

 

 深海棲艦は鎮守府が作り上げていると暗に告げた岳田は悪びれる様子も無く口元を皮肉気に歪め、呆気に取られて硬直している田中へと向かい合った。

 

「鎮守府の地下からこの地球の内殻にすら食い込む、それの影響は地球上に霊核が存在する限り艦娘が死亡した場合には絶対にそれを捕えて回収する」

 

 世間が囁く日本党が企んでいる陰謀なんてものが可愛らしく思えるほどの暴露話に田中は喉をからからにして呻く。

 

「そして、君達の手によって艦娘が深海棲艦への対抗兵器である事が実証された今、下手に彼女達の行動を制限する事は互いに必要ない軋轢を生むだけでなく国益をも脅かす事になるだろう」

「・・・結局は政治の都合と言うわけですか」

「その通りだよ。・・・だが、君達が行動を広げれば行方不明となっている艦娘を見つける事に繋がるはず、そして、その救出には必ず自衛隊の指揮系統に影響を受けない権限が必要になるだろう」

 

 岳田自身も確証があって言ってはいないはずの言葉なのに背筋を伸ばし毅然とした態度と表情で言い切る堂々とした姿はその身体以上の存在感と迫力を宿して田中の意志とは別に居住まいを正させた。

 

「見つけるって・・・MIAとなった艦娘を?」

「もしかしたら今の国に愛想を尽かせてどこかに隠れている艦娘もいるかもしれない。この場合には発見しても下手に刺激する事無く観察に留めるように捜査員には厳命している。だが問題は海上に孤立したまま帰還不能になっている場合だ・・・」

 

 その場合、深海棲艦の持つ何らかの力によってMIAとなっている艦娘が拘束されている事は想像に難くない。

 同じ鎮守府の中枢機構に影響を受ける存在であり、性質の差はあれど霊的エネルギーを能力の基礎としている事から何かしらの共鳴や共感反応を起こしても不思議ではない。

 

「罪滅ぼしとは言わない、だが私の権限が許す限りの協力を約束する。 ・・・我々の身勝手な都合と期待で産み出され、さらには慢心と手落ちによって窮地に落ちた彼女達をどうか救い出してほしいっ!」

 

 そして、一国の代表であるはずの男が後悔の滲む苦渋に顔を歪めて机の天板に額を当てて田中に向かって願いを掛ける。

 それは何から何までが岳田側の事情であり、だからこそ国民どころか同じ政党の大半すら欺いている男の背中に見える重圧と苦痛に絞り出すような声は強い説得力となって田中の心に伝わってきた。

 

「・・・可能な限り力を尽くします。としか今の俺には言いようがありません。そもそも今日の話がどこまで真実であるのかすら判断できないんですから・・・」

「今はそれで十分過ぎるぐらいさ。上等な椅子に座って言葉遊びで相手を煙に巻くのだけの男にとっては何よりも誠意のある返事だよ」

 

 総理大臣が護衛も付き人も無く末端の自衛官でしかない男と一対一で行った非常識であり非公式な会談は一時間ほどで終わり、会話を終えた岳田は小さく田中へと会釈してから和室の襖をあけて板張りの廊下の先へと去っていった。

 

 新事実のバーゲンセールを受けて混乱に混乱を重ねられた田中の頭はズシリと重く項垂れ、彼は机の上に残っていた茶菓子へと手を伸ばし袋を破いて中に入っていた最中へ乱暴に噛みついた。

 

「土産代わりに全部パクっていってやるっ、くそっ! 総理大臣だからって無茶苦茶言うにも程があるだろ!!」

 

 そして、テーブルのお盆に盛られている質の良いお茶の当てに八つ当たりをしていた田中は自棄になった勢いで机の上にあったお盆に盛られたお菓子でズボンと上着のポケットを膨らませて苛立たし気な態度のまま部屋を立つ。

 その数分後、玄関口で待っていたこの場を提供してくれた料亭の女将らしい女性から紙袋に詰められた菓子折りを渡されてポケットを茶菓子でいっぱいにした田中は非常に気まずい思いをした。

 




岳田「悪いけどコレ生存競争であって戦争じゃないからキミらはお呼びじゃないんだよね」

戦車「えっ?」
戦闘機「えっ?」



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第十話

仕方ないんやっ、鬱展開は好きちゃうけどこの後のストーリーに必要やから書かなあかんねん。

阿賀野が嫌いなワケちゃうねん、むしろ凄く好きな艦娘なんや。




でもやっぱり那珂ちゃんがNo.1


 ねぇ神様、私達はこんなにひどい目に合わなければならないほど悪い事をしてしまったのでしょうか?

 

「阿賀野さん、交代の時間です」

「ぇ?・・・うん、ありがとう」

 

 海底を見上げる様な暗く重い空、私が此処へ沈んでから一度たりとも明けない夜は一歩先どころか手を伸ばした先すら見えない。

 眼下に広がるコールタールのように黒く澱んだ海をぼーっと眺めていた私の顔を柔らかく小さな光が照らし、その光を手の平に宿した仲間の一人が私の名前を呼んだ。

 

「漂流物も敵艦も見えず。異常無しです、神通さん」

「了解しました。軽巡洋艦神通、これより哨戒任務を引き継ぎします」

 

 背筋を伸ばして敬礼を向ければ神通さんも私に向かって返礼を返した。

 

「今日は少し前に流れ着いた桃の缶詰を開けると駆逐の子達が言ってましたよ」

「あはっ、それじゃあ急いで帰らないとね・・・」

 

 鉛のように重く感じる足を動かして神通さんの横を通り過ぎながら外にいた頃のように努めて明るくしているつもりなのに私の声は力なく地面に落ち、彼女がそんな私の言葉に少し眉を落として悲しそうな苦笑を浮かべた。

 

「下ばかり見て歩いていたら危ないですよ、阿賀野さん・・・」

「っ・・・、ねぇ、神通さん、阿賀野達・・・ホントに日本に、本土に帰れるのかな?」

 

 日本海軍の軍艦として大勢の船員さん達と一緒に沈み、気付けば艦娘として新しい命を与えられた私達は深海棲艦と言う化け物を倒す為に海へ出た。

 今度こそ日本を守るんだって張り切って出た海は昔の戦争とは全く違うモノで、薄汚れた手袋をぼんやりと光らせる力は目一杯に力を込めて撃ち出しても深海棲艦にかすり傷を付ける程度にしか役に立たなかった。

 次々に沈んでいく仲間達、人と同じ身体を手に入れてから言葉を交わした姉妹艦も敵艦の砲撃や雷撃を受けて私の前からいなくなった。

 

「ごめんねっ、なんか変な事聞いちゃった・・・忘れてよ」

「・・・最近、夢を見るんです」

「夢?」

 

 暗闇の中で私と神通さんの手に纏わりつく頼りない灯り以外は真っ暗闇で彼女は少しだけ逡巡した後に自分でも確信が持てないような喋り方で私へと最近見る夢の内容を零した。

 

 司令官を乗せて共に海を走り国を守る為に強大な深海棲艦を打ち倒す夢。

 その夢を見始めた時は自分自身ですら妄想の類だと、過去の悔恨と自らの弱い心根が見せるのだと神通さんは思おうとしたと言う。

 

「でも、おかしいんです・・・」

「おかしくないよ、阿賀野だって同じような事思ってるから・・・深海棲艦をバッタバッタとやっつけてたくさんの人達からイッパイ感謝されたいとかねっ! 夢の中だけでも楽しいって事を・・・」

「いえ、そう言う話ではありません。その夢の中で私は司令官のことを・・・プロデューサーさんと呼んでいるんです」

 

 私もたまに見る不思議な夢を神通さんも見ていたのだと知った私は暗く沈んでいた気持ちが少し上向いたような気がしてちょっと大げさに声を張った。

 けれどその言葉をスパッと切るように言い切った神通さんはその夢が憧れからくる幻ではないと首を振って否定する。

 

「間違いなく言えることです。私は司令官の事をプロデューサーさんなんて変な呼び方はしません、知る限りですがそれをしていた艦娘は、私の妹・・・川内型軽巡洋艦三番艦の那珂だけだったそうです」

「じゃ、じゃぁ、ここに来る前にその妹ちゃんと話してたからそれで・・・思い出して・・・」

「その・・・艦娘となってからの私は那珂に会った事が無いんです。その話も妹に会った事があると言っていた川内姉さんから任務の合間に少しだけ聞いた程度で、なのに声も顔も知らないはずの妹が深海棲艦と戦う姿を夢に見てしまう」

 

 司令官を乗せて戦う、船だった頃なら当たり前の事。

 

「まるでその存在を私に知らせているように・・・」

 

 深海棲艦を打ち倒す、艦娘となった私達に求められた役割。

 

「知らないはずの妹の姿が鮮明になっていくほど、遠くから聞こえていた声が近付いて来る。そんな予感が・・・」

 

 私が見る夢の中で私はここに落ちる直前に受けた護衛任務の最中、目の前で水柱の中に砕けて消えたはずの妹の一人になる。

 少し速力を上げただけでヒーヒー喚くちょっと情けないけどそこがちょっと可愛い司令官や会った事も無いのに名前が分かる僚艦娘と一緒に白黒斑の歪な巨体を持つ深海棲艦と戦っていた。

 腰から左右に広がる大砲を積んだ機械が咆哮すれば深海棲艦の障壁がいとも簡単に輝く砲弾によって砕かれ、振り被られた敵艦の歪な腕を私が着けている手袋と同じ手が受け反らす。

 背負った機械の中から取り出されたスカートと同じ色合いを持った朱塗りの巨大な鞘。

 そこから抜き放たれた光り輝く太刀が戦艦のように大きな怪物を切り裂いて大海へと鎮める。

 

「夢だよ神通さん。阿賀野達はこんな小さい身体で、こんなちょっとピカピカ光るだけの力しかないんだよ? 深海棲艦と同じ大きさにもなれないし、あんな立派な大砲も持ってない・・・」

「えっ・・・? 阿賀野さん?」

「変な事言ってゴメンねっ! それじゃ、阿賀野補給行ってきまーす!」

 

 これ以上は泣き言が出てしまう、お互いに耳に聞こえの良い甘い夢を共有してしまえば待っているのは相手に寄りかかり足を引っ張り合うだけの存在となってしまう。

 一歩先も見えないような暗闇の孤島で外から流れ着く物や死体を探して漁る情けなく浅ましい姿を見ぬ振りが出来ても。

 敵が来れば蹂躙される事しかできない非力さから目を反らして形だけの見張りを続ける延々とした時間に耐えられても。

 深海棲艦に負けて飲み込まれた地獄の底で流れ着いた敗残兵同士で肩を寄せ合っていつか帰れると言う偽物の希望に縋っていたとしても。

 

 どんなに追い詰められても仲間と塞がらない傷の舐め合いだけはしたくない、そんな事をしてしまえばもう私はそれに頼り切って寄りかかって離れられなくなってしまう。

 挫けてしまえば、一時の快楽に溺れてヒトでも無くフネでも無い存在となってしまったら阿賀野は二度と海に立てなくなる。

 

「やっぱり考える事は誰でも一緒なのかな。夢に甘える事も許してくれないなんて神様ってホントに意地悪なんだね・・・」

 

 軽巡洋艦として指揮下の駆逐艦や仲間達を鼓舞するためのやっているお調子者の演技にヒビが入れば後は砕けるまであっと言う間だろう。

 この地獄の底で絶望に耐えられなかった子、酷い怪我を負って仲間の負担になる事を憂い自らに手を下した子。

 心が折れてしまえば漂流物の中に紛れていたナイフや杭を手に自分の胸に突き刺し霊核となって地面に転がった何人もの仲間達と同じ運命を辿ってしまう。

 それだけは妹たちの代わりに生き残ってしまった阿賀野型軽巡洋艦の一番艦である矜持が許さないと私の心を縛り、空元気でも賑やかしの道化でも守るべき者達を一人でも多く守るために使えと命じている。

 

「あっ、阿賀野さんお帰りなさい・・・? どうしたんですか、桃缶ありますから一緒に食べましょうよ!」

「阿賀野さん、白いのと黄色いのがあるっぽい♪」

 

 ぼんやりと歩き続けていたらいつの間にか孤島の中ほどにあるコンテナや船の廃材で出来たスクラップ置き場のような私達の拠点に戻ってきていた。

 薄っすらと青白い光が漏れているコンテナの一つから桃色の髪の上に可愛らしいベレー帽を乗せた子と元気の良いその子の姉が出て来て私に手を振ってくれる。

 

「ぁっ、えっとぉ、実は阿賀野あんまりお腹空いてなくてぇ・・・見張りのお仕事の後で眠いから、また今度ねっ♪」

「・・・阿賀野さん?」

「阿賀野さん、お眠っぽい?」

 

 自分の手に浮かべていた光を消してワザと闇の中に表情を隠した私は足早に迎えに出てくれた子の横を通り過ぎて自分が寝床に使っているコンテナの中へと逃げ込む様に入った。

 入り口に掛けてある仕切り代わりのビニールシートをくぐると青白い不思議な温かさを感じる光とカチャカチャと機械部品を弄る音に迎えられる。

 そして、ぼんやりと光る様々な形の瓶が並ぶコンテナの奥で腰まで届く長い髪を麻袋を切って作ったヒモで結っている私と同期の艦娘が大きな木箱に向かって忙しなく動かしてた手を止めて肩越しに振り返った。

 

「お帰りなさい、阿賀野・・・ひっどい顔してるわよ」

「夕張も人の事言える顔じゃないでしょ・・・目の下のクマまた濃くなってる。いい加減に寝ないとダメだよ」

「ん~、分かってるんだけどねぇ・・・ちゃんと動いてるはずなんだけどなぁ、現代の通信機ってすっごく複雑で難しいったらないわ」

 

 同じコンテナに住んでいる軽巡の仲間が私の方へと顔を向け、疲れがにじむ笑顔でお帰りと言ってくれる。

 そんな夕張は油とと煤汚れで元の色が見る影も無くなった伸ばしっぱなしのボサボサ頭を掻き混ぜて無造作にコンテナの壁に背を預けて手元で弄っていた機械を作業机に使っている木箱の上へと置く。

 

「さっき駆逐の子が桃缶持ってきてくれたんだけど、一緒に食べる?」

「食べない、寝る・・・夕張が全部食べて」

「そっか、じゃあ、阿賀野が起きたら一緒に食べよっか、さてっ、もうひと踏ん張り! 電力は霊核の子達から借りて何とか出来てるんだし後は電波を強くする方法だけっ!」

 

 寝床として使っている床に敷いた薄汚れた毛布の上に寝そべり私は枕元に置いている二つのガラス瓶へと手を伸ばして引き寄せ、その存在を確かめるように胸に抱きしめた。

 青白い光を宿して水の中にぷかぷかと浮かぶ拳ほどの大きさをした二つの水晶、名前も書かれていない、人の形をしていた時の面影もない、声だって聞こえないけれど私にはこの二つが、二人が大切な私の妹たちだと知っていた。

 コンテナの中は他にもいろいろな瓶の中に入った同じ様な形の霊核がたくさん並んでいて、その子達が灯した柔らかい光で満ちてこのまま一緒になんにも考えずに眠り続けていられればどんなに楽だろうとそんな妄想が頭の片隅に浮かぶ。

 

「能代、酒匂・・・」

「そのまま寝たらいくら艦娘でも身体冷えちゃう・・・って、もぉ仕方ないわね」

 

 目を閉じれば外の澱んだ暗闇とは別の柔らかい暗さに張り詰めていた心が解け、近くで少し呆れたような声を出した夕張が私と妹たちの上に毛布を掛けてくれたのが分かったところで意識がどんどん何処かへ引っ張られていく。

 能代と酒匂も一緒に矢矧の夢が見れれば良いね、と願って私は毛布の中で子供のように身体を丸めて眠った。

 

「一応、これで大丈夫なんだけどなぁ・・・ちょっと試してみても良いかしら?」

 

 夕張、通信機、早く直ると良いね・・・。

 みんなも一緒に外の夢が見られると良いね・・・。

 何時か矢矧も一緒に四人でまたお話しが出来ると良いな・・・。

 

 『・・・阿賀野姉?』

 

 瞼を閉じた向こう、どこかの青空の下で、いつか見た母港で、私と同じ色をした黒髪が振り返るように揺れた気がした。

 

・・・

 

 ザーザーだかゴーゴーだか耳障りなノイズ音が艦橋に配置されている通信機から聞こえてくる。

 

「・・・な、なんなのよ・・・アレ?」

「し、司令官、あれも深海棲艦なんですか?」

 

 360度を見渡せる全周モニターには深い紺碧に染まったの海流とクラゲの形をした巨大な影、赤黒く脈動するように蠢きながら太平洋の海流に流されてゆっくりと日本へと近づいているそれは遠目に見ても巨大過ぎた。

 なにせその近くにいる100m級の深海棲艦が小魚にしか見えない程で、あれは生き物と言うよりは島と言った方がしっくりくるぐらいだ。

 

『ザージッ、ジビッ・・・こちら、軽巡夕ば・・・ザーザッ・・・救援を・・・ジジッ・・・ッ・・・・』

『・・・司令官、捉えた救難信号が止まったのね』

「あぁ確認した。イク、ご苦労さん」

 

 日本に接近する超巨大物体の調査としてEEZから大きくはみ出た目標地点の海底の岩場に文字通り、張り付いて身を潜めている潜水艦娘の伊19の艦橋で俺はノイズを止めた通信機から意識を目の前に広がる海中へと戻した。

 

「よりにもよって限定海域かよ・・・」

「限定海域? えっと、確か周期的に発生する深海棲艦の巣の事でしたっけ? あれがそうなんですか?」

「二、三回言っただけなのに良く覚えてたな。まぁ、根拠は前の世界のネットで見た画像と似た形をしてるだけだから別物である可能性もあるけどな・・・」

 

 調査に同行している駆逐艦の吹雪が俺の言葉を補足するように呟いて遠くに見えるデカブツに恐れを含んだ視線を向ければ、その言葉を聞いた周りの艦娘達が目を丸くして俺とクラゲの怪物の間で視線を行き来させた。

 

「それにしても、良介がお偉いさんとやらから聞いてきたあの話は本当だったみたいだな・・・」

「行方不明になった艦娘の霊核が鎮守府に戻らないのはどこかで生きているからって話ね、よくもまあそんな重要な話を黙っててくれたもんだわっ!」

「なら早く助けに行かないと! ねぇっ、しれぇー? はやくはやくぅ!」

 

 胸の前で腕を組んだ朝潮型駆逐艦娘の霞が足場の手すりに背中を預けながら不機嫌さを隠すことなく恨み節を吐き捨て、味方の窮地に錨に巻き付いたオレンジ色のスカーフタイと小柄な体を跳ねさせて陽炎型の時津風が緩い喋り方に反比例した戦意を漲らせる。

 その二人の言葉を合図にしたように俺が座る指令席を囲むキャットウォークから五対の視線が俺に集中した。

 

『提督どうするのー? イク行っちゃう? もっと近づいちゃう?』

「・・・イク、もう一度、エコー取れるか?」

 

 今すぐ突撃など現在の戦力を鑑みても無謀であるし、仮に十分な戦力があっても法律的にEEZから出てはいけないはずの艦娘が司令部からの要請でとは言えこんな場所で隠密行動している時点で違法であるのに、この上に戦闘まで起こすなど以ての外である。

 諸々の事情から不可能である事は分かっているのだからここは撤退するしかない、そう結論付けた俺は瞑目して前方に浮かぶ巨大物体の外見から分かる情報を整理する。

 周囲を回遊する目を赤く光らせる深海棲艦の群れが小魚に見えるほどの巨大な物体、人間ですらここまで巨大な建造物は未だかつて造り出した事は無いだろう深海棲艦の中でも一際異様な化け物への恐怖が俺の眉間へ勝手に皺を寄せた。

 根元から毛先へと青紫から赤紫へとグラデーションする不思議な色彩を持った長いツインテールを大きな花びらのような髪留めで飾っているスクール水着を着た少女、俺の手元にあるコンソールパネルの右側に浮かぶ伊19の立体映像がうつ伏せに寝そべっている状態から上半身を軽く上げて顔を前方に向ける。

 

『オッケーなの、そぉーれっ!! ・・・ッ!!』

 

 掛け声の直後にコォーンッとまるで甲高い鐘を打ったような音が艦橋に響き、イクの口から放たれた不可視の波が秒速300mに達する速さで円錐形に放たれる様子が前方のモニターに開いた小さなウィンドウに表示されていく。

 小窓の中で大小無数の赤い点が円錐の中に表示され、約1.3km地点を境に巨大な赤い壁が円錐の底にぶつかる。

 

「ぱっと見だけでも120はいるか・・・どいつもこいつもエリート、一部にはフラッグも混じってんな」

「確か赤い目がエリートで黄色いのがフラッグシップですよね、ノーマルだけなら蹴散らせなくも無い数ですけど・・・あっ、でも海中じゃ私達戦えませんね・・・」

「どっちが強いんだっけぇ? この前やっつけた黄色いのは弱かったから赤い方かなぁ?」

「アンタが前にやったのは駆逐艦級だから差を感じなかっただけでしょ、艦種が上がれば黄色い方が圧倒的に厄介に決まってるじゃない」

 

 真面目に考え事をしている時に時津風のゆる~い口調を聞くと非常に緊張感が削がれるが、目の前に突き出されている危機的状況に何とか気を張ってイクが放った広範囲ソナーの結果を見つめる。

 

「やっぱりおかしいよな・・・これ」

「提督、先ほどのソナーの時にも首を傾げておられましたけれど何か不審な点があるのでしょうか?」

 

 茜色の小袖に深い紺色の袴を纏った純和風な装いに艶やかな黒髪を緑のリボンでポニーテールにした貞淑さと言う言葉を形にしたような雰囲気を纏う美女、航空母艦に分類される艦娘である鳳翔が小首を傾げて問いかけてきた。

 

「何度調べてもアイツの大きさが見た目と計測で食い違うんですよ・・・近くにいる深海棲艦のサイズから考えればおおよそ横600mに縦が300mぐらいの楕円形、なのにエコーの結果も、アレの中から放たれていた通信電波から逆探した距離も桁違いの数字を出しているんです」

 

 さっき取ったデータをまとめたノートを開いて新しい計測データを書き込んで比べてみてもやはりその数字は目に見えるそれとは明らかにかけ離れている。

 もしこのデータが正しいのであれば前方で海流に乗ってゆっくりと移動している赤黒い巨大クラゲは東京ドーム四個分ほどの大きさにしか見えないのに実際には四国を千数百mほど岩盤ごと抉って浮かせているような文字通りに動く島と言う事になってしまう。

 

「あの、提督?」

「あ、すいません勝手に喋って急に黙り込んじゃって、何ですか鳳翔さん? んっぉ!?」

 

 考え事に集中し過ぎて黙り込んでしまった俺は自らの失礼に気付いて頭を下げようとしたところでコンソールパネルを乗り越えて伸びてきた革製の弓掛に包まれた手にトンッと額を押されて背もたれに仰け反った。

 

「もぅ、私は提督の指揮下にある艦娘なんですから変に敬語で話すのは止めにしてください、と何回頼めばいいのです?」

「あ、いや、すみませ・・・気を遣わせてしまったな鳳翔、すまない」

 

 品の良い和風美人であるが高嶺の華では無く全体的に柔らかな母性を感じさせる鳳翔の子供を注意する母親のような優しい苦笑に俺は小さく咳払いしてから彼女の意向に沿えるよう出来るだけ胸を張って鷹揚な態度を見せる。

 正直に言うならゲームで見た時も気に入っていたが現実に会った鳳翔の容姿や性格は俺、中村義男の好みの女性象に完璧なまでに当てはまる魅力的な女性だった。

 前世では青臭い青春を中二病で台無しにしてからは職の定まらない独身で死ぬまで過ごした為か色恋沙汰とは縁が無く好きな女の子の前で照れて舞い上がるなんて経験も終ぞしたことが無かった。

 今回は今回で自衛隊に幹部候補として入るため勉強と運動とコネ作りに時間を費やして彼女いない歴は前世と合わせてまさかの60年超え。

 

「困った提督ですね・・・ふふふっ」

「あ、ははっ、面目無い、頑張っているつもりなんだがどうにも、な?」

 

 言い訳がましい言い方になるが、経験がない故に免疫が無い事はまさしく仕方がないとしか言いようがないのは火を見るよりも明らかなのだ。

 

「司令官っ! それでどうするんですかっ!! 撤退ですか!? 進撃ですか!?」

「ぅえっ!? いきなり耳元で叫ぶなっ! ・・・俺達はそもそも正体不明の巨大物体の調査だけしに来てるんだから帰るに決まってるだろ。それにしても吹雪なんでこんな狭い場所で叫ぶ必要があるんだっ」

 

 クスクスと上品に笑う鳳翔に見惚れそうになって俺は意味も無く頭の上の帽子に手を伸ばした。

 手が帽子のツバに触れたか触れないかの所でコンソールパネルの向こう側から身を乗り出してこちらに近づいてきた眉を怒らせた吹雪が顔全体を口にしたかの様な大声を上げて俺の鼓膜を突き刺す。

 

『はぁー、ビックリしちゃったの・・・イクの中でそんなに大きいの出さないでほしいの、心臓ドキドキしちゃうぅ』

「デレデレしてなっさけないったらないわ。ホントなんで私こんなクソ司令官の艦隊に配属されてんのかしら」

「ぶふっ、くくっ♪ しれぇーすんごい変な顔したぁっ♪ あははっ、ひひっ♪」

 

 痛いほどキンキンと響く吹雪の問いかけに叫び返してから軽く耳に手を当てて呻く。

 他の司令官に就くはずがその新人が不甲斐なかったと言う理由で尻を蹴っ飛ばして出戻ってきた自分の事を棚に上げている朝潮型の末子は姉艦が言うはずのセリフを勝手に使い。

 清楚さの欠片も無い陽炎型の十番目の妹は何がそんなに可笑しいのか目尻に涙まで浮かべて腹を抱え小学生低学年レベルの感性でゲラゲラ笑っている。

 肩を怒らせた吹雪は俺から不機嫌そうに口を尖らせた顔を背け、その様子を鳳翔が自分の頬に片手を添えてあらあらと見守っていた。

 無自覚か自覚しているのかは未だに分からないが変にツッコミを入れるとさらに妖しいセリフを連発するのでイクの発言はあえて無視する。

 

「てーとく、皆もあんまり潜航中に五月蠅くするのダメだよ。ソナーもレーダーもたくさん使ったんだからいつ怖いのに見つかっちゃうか分からないんだから」

「あ、ああ、そうだな・・・イク、取り敢えずはあのデカブツから見えない程度までは浮上せずに離れてくれ」

「まったくぅ、水上艦は潜水行動中のいろはがわかってないでち。酸欠の怖さをちょっとは想像するべきじゃないかなっ」

 

 丸く弧を描くピンク色の前髪を揺らして傍観に徹していた少女が呆れ顔で俺に声を掛けてきた。

 声の主へと顔を向ければセーラー服の下にスクール水着を纏う趣味性が高いと言うべきか業が深いと言うべきか迷う恰好をした伊号潜水艦の伊58が手すりに腰掛けて素足をプラプラと揺らしている。

 伊19が行動不能に陥った際に交代要員として連れてきた伊58はゲームでも同じデザインの服装で行動していると設定されていたが、艦娘が現実になったこの世界でも同じだとは思ってもみなかった。

 

『イク頑張ったから、帰ったら提督のご褒美、期待しちゃうなのね♪』

「期待するだけならタダだからな、茶菓子ぐらいしか出ないぞ」

『田中少佐が銀蝿してきたお菓子はもう皆で食べちゃったから丁度良いのね~』

 

 海流に流されないように岩場を掴んでいたイクの手が離され、動き出したエレベーターのようなフワッと身体が浮くような感覚の中で艦娘の進行方向が深海棲艦の巣窟から反転する。

 本来なら陽の光など届かない水深1300mの海底を暗視能力を持った潜水艦娘が疎らに見える岩を掴んでスムーズに進む様子は匍匐前進と言うよりは滑る様な動きで速度は岩を掴んでは離す度に加速度的に速くなっていく。

 

(やっぱり、アレ見た目通りの大きさじゃないな、どう言う原理かは分からんが内部はとんでもない大きさになってるぞ・・・)

 

「何ぶつぶつ言ってんのよ気持ち悪い、分かった事があるんならはっきり言葉にしなさったらっ!」

「確証が無い事言って場を混乱させるわけにはいかんだろ・・・」

 

 両手を腰に当てた霞はふんっと鼻息を強くしてから俺から顔を背けて周囲に流れていく薄暗い海中へと気の強い琥珀色の視線を向けた。

 

「えっと、限定海域は内部でいくつかの領域に分かれていてE1から数字の大きな順番に突破しないと海域を造り出しているボスに辿り着けない特殊な空間になってる・・・でしたよね?」

「ホントに吹雪はよく覚えてるなぁ、おい、何度も言ってるけどな。あれは飯の時にうろ覚えの知識で言った事だから鵜呑みにするなよ?」

「はい、司令官。私、司令官の事信じてますから♪」

 

 実はゲーム知識に捏造と脚色を加えた話だとは今さら言うに言えず、それをしっかりと覚えていた顔に褒めてと書いてある地味系美少女の頭を撫でるとさっきまでの不機嫌さがあっと言う間に消えて嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「吹雪、汽笛の時とか鳳翔さんの時とか、このクズの前世の知識は微妙にズレてるってこと忘れるんじゃないわよ」

「でも全部大まかには合ってたでしょ? だから大丈夫だよ霞ちゃんっ」

 

 純粋に俺の事を信じてくれている吹雪の信頼感がかなり重い。

 一時期は仲間を次々に失ったショックから人間不信を拗らせ病的なまでに落ち込んでいた彼女を元気付ける為に騙った希望に満ちた別の世界の艦娘の設定のせいであるから周り回って自業自得なのだが。

 気休めと時間稼ぎになれば十分だと思って吐いた嘘は俺の予想を裏切り、何故かこの世界の艦娘達が持つ能力と異様なほど符合していく。

 理想と現実、普通なら時間が経てば経つほど離れて行くはずのそれは吹雪を含む艦娘達には当てはまらないどころか嘘であると知っている俺の目の前で自分が語った『僕が考えた最強の艦娘』の設定と同じ荒唐無稽な能力が次々に現実となって発揮されている。

 

「だけどなぁ、限定海域は無いわ。モノによっては轟沈者や発狂者が続出したって言われた地獄じみた代物まであったって話だし・・・」

「最大規模で七つの階層に分かれたモノまで確認されて、そこは熟練の艦娘と提督でも突破出来たのはごく一部だったんですよね・・・?」

「行く前から不安になってんじゃないわよ! 二人ともしゃんとしなさいってば!!」

 

 椅子に座ってなかったら確実に俺の尻は口をへの字に曲げたサイドポニーが振り抜いたミドルキックの餌食になっていただろう。

 クズ呼ばわりは大法螺吹きである自覚から言われても仕方がないと思えるがいい加減に姿勢が悪いとか机が汚いとかってだけでローキックやミドルキックを放つのは止めて欲しい。

 

「・・・何考えてんのよ? 言いたいことがあるならちゃんと目を見て言いなさいな!」

「考えるだけなら個人の自由だろよ・・・」

 

 その日、小学生サイズの足によるストンピングを下っ腹に受けた俺は艦娘が指揮席と円形通路の隔たりを結構簡単に乗り越えられるものだと知る事になった。

 

 




中村達が目撃した限定海域の全景はとある過去イベで使われた赤いステージ背景をグチャグチャに混ぜつつそれっぽくクラゲの傘形にまとめた感じを想定しています。

クラゲと言っても軽空母ヌ級とは似て非なるモノなので細かい事は気にせずこれはこう言うモノと感じていただければ幸いであります。


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第十一話

君達の作戦の失敗は深海棲艦による本土攻撃の開始を意味する。

必ず深海棲艦に囚われている艦娘を助け出し生還してもらいたい。




2014年8月某日。

 日本から見て西南にある海原で複数の護衛艦が巨大なクレーンを搭載した特殊な海洋調査船を守るために輪形陣を形作っている。

 

「海原を巨大な戦闘艦が征く、壮観だな・・・初めて自分がちゃんと自衛官をやってるんだと実感できたよ」

「戦いを挑む相手の規模を考えると蚤と象並の格差がある事を除けば素直に感動できるんだけどなぁ」

 

 今回の作戦の為だけに母港である舞鶴港からはるばる太平洋まで出てきたとある財団が所有する海洋調査船【綿津見(ワタツミ)】の甲板から中村と田中は見える灰色の最新鋭装備を搭載した護衛艦を眺める。

 

「薄い装甲に貧弱な小口径の単装砲、極めつけに主武装であるミサイルとか言う墳進弾は数十発撃てば国家予算をひっ迫するとか完全に欠陥軍艦じゃない。少しは私達を見習いなさいよ」

「陽炎、言葉を飾れとは言わんが選ぶぐらいはしろっ! と言うか艦娘と比べたら大抵の兵器が金食い虫になるだろ」

 

 甲板の通気口らしい場所に腰掛けて猫背で膝に肘を突いた少女が呆れの混じった言葉を漏らし、潮風に揺れるくすんだオレンジ色のツインテールに向かって振り返った中村は周りをキョロキョロと見回してから陽炎型駆逐艦の長女に注意する。

 白い半袖シャツの上にノースリーブの灰色ベスト、白い手袋と襟元の新緑のリボンタイに髪を飾る黄色いリボンが色彩豊かで髪色とも相まって彼女自身の活動的な性格を如実に表していた。

 

「十分な衣食住とちょっとした娯楽を保証すれば戦闘艦並の戦力になる存在って言うのも大概反則臭いけどな」

「と言うかお前は木村と一緒に待機中だろ」

「あのさー、やっぱり突入艦隊、私と時津風と交代しちゃダメかな?」

 

 苦笑して甲板の手すりにもたれ掛かり田中が振り返ると少し媚びるような色をした上目遣いで陽炎が鎮守府から出発する前にさんざん二人の自衛官を悩ませた問題を蒸し返そうとする。

 

「君がそれを言い出したら他の子達がまた騒ぐことになるよ。作戦実行直前でまた編成会議と言う名前の殴り合いを始めるなんて無駄は出来ないな」

「でも、あれは個人の能力を計るための演習であって勝敗は編成に直接影響しないって言ってたじゃない。だったら私が突入艦隊に入っても問題無いって事でしょ?」

「勝敗は関係無いとは言ったが目安には使うとも言ったぞ。と言うかまさかお前また木村とケンカしてんのか?」

 

 中村の指摘に陽炎は顔を背けて拗ねるように唇を尖らせ、口の中でもごもごと小さく呟く。

 

「そう言うわけじゃないけどぉ・・・妹が決戦艦隊で私が艦隊護衛って言うのは陽炎型のネームシップとして、むぅぅ」

 

 太平洋で存在を確認された今までになく巨大な深海棲艦の出現、それによって鎮守府に所属している人員は全て臨戦態勢を整え、事実上の艦娘達の最高司令官である田中と中村は集めた情報の前で額を突き合わせて彼らが考えうる限り最善の作戦を練り上げた。

 だが、その作戦を艦娘達に発表した直後に彼らの予想外の反応を彼女達が起こした。

 

 なんでこの私が留守番艦隊なの?

 私の方がその子達より早いから私を突入部隊に入れるべき!

 むしろ皆一緒に行けばいいんじゃない?

 とにかくアタシがいっちば~んなんだから!

 

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので戦闘艦を基に産まれた為か全員が全員、可憐な見た目を裏切る好戦的な性格を持つ艦娘達は自分こそが今回の作戦の主役である巨大深海棲艦への突入艦隊に入るべきだと騒ぎ始めた。

 人数が多い事に越したことはないのは作戦立案者である田中も中村も同意見であるが、いかんせん艦娘に本来の実力を発揮させる指揮官は未だに彼ら二人を含めて六人しかいない。

 さらにいくら前代未聞の超巨大深海棲艦が相手であるとは言え本土の防衛の為に最低でも三人とその指揮下の艦娘がいつでも出動できるように鎮守府で待機しなければならない事になった。

 

 中村と田中、そして、二人の後輩である木村隆一尉の三人だけがこの作戦に参加できる艦娘司令官だった。

 

「むしろ俺が木村と代わって欲しいぐらいだ・・・何が悲しくて深海棲艦の巣に一艦隊で突入しなきゃならないんだよ」

「お前が一番多くの艦娘を指揮下におけるからだって言ったろ。俺が五人、木村君が三人、で義男が六人、限られた人数しか参加できない作戦である以上は最大戦力を運用できる指揮官の方が突入艦隊の生存率は格段に高くなる」

「・・・お前、実は指揮下における人数減らして報告してるって事ないよな?」

 

 陽炎との会話で頭の端っこに棚上げしていた嫌な情報を思い出した中村は肺の中身を全て吐き出すように深くため息を吐いて恨みがましい視線を手すりに持たれている田中へと向けた。

 

「増やせるなら今すぐにでも増やしたいぐらいだよ。お前が限定海域内にいる艦娘を保護するまで俺たちは敵がうじゃうじゃ湧いて来る海域でこの艦隊を守りながら持久戦をしないといけないんだからな・・・」

「はぁ・・・なら、あのアストラルテザーとか言うのちゃんと使えるんだろうな? あれが俺達突入艦隊にとって文字通り命綱になるんだぞ」

 

 綿津見の後部甲板にクレーンで固定された巨大な重機、忙しなく作業員が最終調整を続けているそれこそが今回の作戦において最も重要な役割を果たすことになる。

 

「理論的にも技術的にも問題無いと聞いている・・・と言うか、主任達が改めて設計を見直した時に言っていたがあれはもともと艦娘に装備させるために造られたような構造をしていたらしい」

「・・・は? なんだそれ?」

「内部の霊的エネルギーを制御するための回路や構造が艦娘の艤装に使われているモノとほとんど同じ仕組みをしていたんだよ。おかげで接続部や外装をちょっと手直ししただけで問題無く運用できるそうだ」

 

 艦娘が造られるよりも前に艦娘が問題無く使える装備が既に造られていたと言う情報に中村は困惑に顔を歪ませて田中を見るが彼は軽く肩を竦めただけでこれ以上は特に何も言う事は無いと態度で示す。

 これの応用次第では前世で見たゲームの中の艦娘のように武装の増強も可能になるだろうと予想する事は技術的には門外漢である中村にでも察することが出来た。

 

「なんか最近の俺達、味方のはずの連中に後出しジャンケンを仕掛けられてるような気がするんだが・・・」

「あれって私達の霊核を海の底から引き上げる時に使ったって言う回収装置だっけ、それを艦娘用に改造するだけじゃなく目覚めたばかりの長門さんに使わせようなんて司令達も無茶な事考えるわね」

 

 スペックの上では戦艦大和と武蔵を二隻同時に引き上げられると言う冗談みたいな強度を持った特殊ワイヤーにマナの伝達を補助する機構が元から組み込まれていたことで綿津見と共に舞鶴の端っこで潮風に晒されていたサルベージユニットは艦娘の艤装に接続して増設する形で運用が可能となっていた。

 

「ほぉ、どうやらこの長門の実力を疑われているようだ。まぁ、今の今まで揺り籠で眠りこけていたのだから無理も無い話だがな」

 

 問題だったのは使用する霊的エネルギーの供給元だったが、それすらも作戦会議が始まる直前に目覚めた数少ない戦艦型艦娘によって解決する。

 170cm半ばある中村達よりも長身で八頭身のモデル体型、そして、ステージを行くモデルのように背筋を伸ばした悠々とした歩き方なのに何故かノシノシと擬音が聞こえてくる迫力を持って今作戦の要が中村達の前に姿を現した。

 

「ひゃっ!? いや、そんな、長門さんの力を疑ってるわけじゃないですよ! その何て言うかですね・・・えっと」

 

 威風堂々と言う言葉を体現した態度と女性としてはかなり筋肉質である事を除けば、ファッションモデルのような長い脚と長身に腰まで届く漆黒の艶髪、凹凸のメリハリがある豊かな胸と括れた腰は非常に魅力的である。

 なのにあまりにも気迫に満ちた男勝りな態度が長門型戦艦を基に産まれた彼女の女性的魅力を皆殺しにして戦士としての威厳が凛とした顔立ちを際立たせていた。

 その為か臍だしタンクトップに股下10cmのミニスカートという妙に露出度が高い服装をしている長門を正面から見ている中村と田中は全くと言って良いほどエロスを感じなかった。

 

「敵地に囚われ顔も分からぬ姉妹の声に呼ばれ、立たねばならぬと調子付いた身ではあるが現代戦では素人であると私自身も理解しているつもりだ。陽炎、作戦行動中の艦隊護衛はお前の力を頼りにさせてもらうぞ!」

「は、はいっ! 長門さんっ! 任せてください!」

 

 田中と中村の説得では艦隊編成に納得しなかった駆逐艦娘はかつてビッグ7と呼ばれた戦艦からの激励に跳ねるように立ち上がりびしっと背筋を伸ばして下手な自衛官よりも形の良い敬礼をする。

 陽炎に答礼をしている戦艦娘の様子にもう自分達より目の前の長門が指揮官をやった方が簡単に話が進むんじゃないかと思いそうになった中村は意味も無く空を仰ぎ見た。

 

「中村少佐、綿津見の船長から後一時間ほどで作戦海域に入るらしいと聞いた。貴方の艦隊も戦闘待機するから集合すると言っていたぞ」

「はぁぁ・・・観念するしかないか。・・・あとな、しつこいようだけど俺は三佐だ」

「うむ、艦隊の命を預かる指揮官として責任を感じるのは無理のない話だが、部下の前では立場相応の態度を心がけて欲しいものだな」

 

 被っていた帽子を取って軽く苛立たし気に自分の髪を掻き混ぜた中村の態度に長門は小さく眉を顰め、そんな彼女の諫言に敵本拠地への突入部隊の指揮官となってしまった男は気の抜けた敬礼だけを返してその横を通り過ぎる。

 

「義男、無理に敵を倒す必要はない。俺たちの主目的は囚われている艦娘の救出だからな?」

「まかせろ、戦わずに逃げ回るのは得意だ」

 

 背中にかけられた田中の声に振り返らずに返事をした中村は水密ドアを開けて刀堂博士が設計開発に携わった海洋調査船の中へと入っていった。

 

「ふむっ、現代の日本国軍人とはあのような昼行燈ばかりなのか?」

「やる時はやるけど追い詰められないと実力を出し渋るって意味ではそうかもしれないですね。すみません長門さん」

 

 そして、耳に痛い話を始めた艦娘の間に取り残されてしまった田中は変に恰好を付け無いで自分も何か理由を用意して相棒と一緒に船内に逃げればよかったと後悔した。

 

「はははっ、構わん。それと陽炎、私達には艦種の違いだけで階級に差があるわけでもないいつも通りに喋ると良い。さて田中少佐、今回の作戦ではこの長門、貴官の指揮に従う事になるわけだが・・・」

「あっ、ちょっと、中村三佐も言ってましたけどね。我々は旧軍風の呼び方されるとちょっと立場的に不味いんですよ」

「ふむ? 呼び方一つ程度でか、面倒な時代になったものだな」

 

 




なお、編成は軽巡と駆逐と潜水艦のみから六隻で行ってもらう。


中村「ふざけんな! 運営絶対に許さねぇっ!!」









2019・2・21
半年近く気付かなかった致命的なミスを修正、修正箇所は諸事情により伏せます。
本当になんでこんな誤字が残っていたのか自分でも信じられんorz。


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第十二話

どんなに絶望的だろうと諦めなければきっと希望はやって来るだって?


良い言葉だ。


感動的だな。



 真っ暗闇の中で島が沈み始めている事に阿賀野達が気付いたのは彼女が普段見張りに訪れる岬から見える浜辺が無くなっていた事からだった。

 そして、何が原因かは彼女達には分からなかったが、コールタールのように黒く澱んだ海面はジワジワとだが目に見える速さで足下へと迫ってきている事に嫌でも気付かされる。

 

「外からの通信が来たの! だから、私達は今から救助との合流地点まで移動しないといけないわ!」

 

 外から流れ着いた機械類を集め夕張が通信機の修理をしていると言う話はスクラップ置き場のような島の拠点にいる艦娘全員が知っていた。

 その彼女が言い放った言葉に身を寄せ合い不安に押しつぶされそうになっていた駆逐艦娘達が歓声を上げて仲間同士で喜びを分け合う様にはしゃいだ。

 拠点すら失いいつ暗闇に引きずり込まれるかもわからない暗黒の海に放り出される恐怖が溢れそうになるよりも早く告げられた希望が多くの艦娘の心を支える。

 

「では、霊核を一つのコンテナに集めて海に出る準備をしましょう。不要なものは出来るだけ減らして運ぶ糧食も最低限にしてください。・・・名取さんその子達の指示をお願いできますか?」

 

 夕張の言葉を引き継ぐように神通が手早く指示を飛ばし、助けが来る知らせを喜ぶ数人の駆逐艦娘に抱き付かれてオロオロしていた目元を包帯で巻いた軽巡洋艦娘へと声を掛ける。

 

「えっ、わ、私ですか・・・でも、私・・・目が」

「名取さん私達もお手伝いしますから一緒にがんばりましょう」

 

 大人しく内向的な性格をしている長良型軽巡の三女は神通からの指示に身を縮めて顔の上半分を隠している包帯を掻くように触れたがその手は横から伸びてきた若草色の長い三つ編みを揺らす駆逐艦娘の手に取られた。

 そして、生存している十数人の艦娘のほぼ全員が身体に何かしらの負傷や障害を持っているが彼女達は気丈に進むべき場所への準備を始める。

 

「夕張・・・ホントはさ、通信なんか来てないんでしょ?」

 

 その場から少し離れた場所で見ていた阿賀野は自分が使っているコンテナに向かう為に近付いてきたらしい夕張に声を潜めて問いかける。

 

「・・・そうでも言わないと、私達、もうどうにもならなくなっちゃうじゃないっ」

「そう、だね・・・ホントにどうしようもないね」

 

 一番丈夫そうで気密がしっかりしているコンテナに少女たちは大げさに声を上げ引き攣った笑顔を無理やり浮かべて仲間の霊核が入った瓶や非常食を運び始めている。

 わざわざ聞かなくともここにいるほぼ全ての仲間たちは夕張のどうしようもない嘘に気付き、それでも彼女の言葉に縋って沈み始めた島からの脱出を決心している事は明白だった。

 

「私も霊核と通信機運ぶから・・・阿賀野も妹ちゃん達連れて来なさいよ」

「・・・恨まれ役は辛いだけだよ、夕張」

 

 自分達が使っているコンテナへと歩いて行く夕張の背中に向かって阿賀野は掠れた呟きを漏らした。

 

「それでも誰かがやらねばならない事です。元より夕張さんだけに任せるつもりはありませんよ」

 

 少し騒がしくなり艦娘達が運ぶ霊核の灯りで少し明るくなった拠点を背に神通が阿賀野に歩み寄ってくる。

 

「阿賀野さんお願いがあります・・・あそこまでの先導を、私は他の子が逸れないように周囲の警戒につきます」

 

 深海棲艦が作ったらしい渦に飲まれて気付いた時には太陽の光すら届かない奇妙な海へと堕ちた阿賀野は自分よりも先に此処へ来ていた仲間達と合流してからこの海域からの脱出方法を調べる為に何度か有志を募って遠出をした事があった。

 

「うん、壁まで最短で行ける方向はちゃんと覚えてる。阿賀野があの子たちをあそこまで案内するよ」

 

 その結果は散々な結果で、敵に追い回されて逃げ出すだけを繰り返すならまだしも必死に仲間と肩を貸し合って辿り着いた黒い海の端にあったのは歪な岩壁が果てしなく広がる光景だけだった。

 その探索の中心となっていた重巡洋艦娘は満身創痍で拠点の島へと帰還した後、意気消沈する探索隊の全員が彼女から少し目を離していた間に姿を消した。

 

 阿賀野が気付いた時には姉妹艦の霊核が眠るコンテナの壁に石で引っ掻いたような字で謝罪の言葉が繰り返しが並び、その傍の地面にはさびたナイフと脱ぎ散らかされた紫色の衣類、そして、重巡洋艦であった妙高の霊核がぼんやりと青白く光りながら転がっていた。

 その残酷な結果を知る艦娘も探索で負った怪我の悪化や自害によって今では阿賀野と神通しか残っていないありさまとなっている。

 

「やだなぁ・・・あの子たちに恨まれちゃうの」

「私だって嫌ですよ、こんな役回りで果てるなんて・・・」

 

 責任を押し付けるように楽になった仲間達へと二人が呻くように愚痴を吐いたからと言って迫りくる水位の上昇は止まってくれるわけではないらしい。

 黒い海が小さな島を蝕むように迫る中で阿賀野は自分の妹たちや夕張が運ぶ通信機や機械類を運ぶ手伝いを始める。

 名取を中心に動いている駆逐艦娘達のいるコンテナは流れ着いた廃材で補強と浮きを付けられて浸水はしない程度のお粗末な船となり、足や聴覚視覚を失い自力で航行できない艦娘と物言わぬ山ほどの霊核がそれに乗り込んだ。

 全ての準備が終わった頃には陸地は見えなくなり拠点の周りは黒い海面が揺れる浅瀬となっており艦娘達はロープやコンテナそのものを掴んで真っ暗闇の海へと漕ぎ出す。

 

・・・

 

 この世界に神様がいるのなら酷く性格が悪い存在なのだと私は改めて理解する事になった。

 ただ真っ暗闇の眠りの中で朽ち果てるように死ぬのではなく、もっと苦しんで死ねと言っているのだから酷い以外の言葉が出てこない。

 浮きになるものを所狭しと取り付けた二つのコンテナを引っ張って沈んでいく島から離れた私達を待っていたのは普段は島の近くに現れない妖しい光を目に宿した複数の巨体だった。

 

「皆、光を漏らしちゃダメだよ・・・なるべくゆっくり静かにね・・・」

 

 羅針盤も無いのに艦娘となった私には普通の人間とは違い目印が無い状態でも方向を見失わない。

 そんな能力が備わっていたおかげで前に妙高さんと一緒に行った黒い海の端っこまでは迷わずに向かえそうだけど。

 阿賀野達がこんな場所に来ることになった原因である深海棲艦、夢の中で矢矧達が駆逐イ級や軽巡へ級と呼んでいたモノや他にも歪な形をした艦影が遠く近くまるで逃げた囚人を探し回る看守のようにノロノロと動き回っている為にその歩みは遅々として進すまない。

 

「大丈夫だから・・・」

 

 ふと耳を澄ませば雷のような音や大きな獣が唸るような音がはるか遠くから聞こえてくるようで、普段は騒がしく元気を分けてくれる駆逐艦の子達は運んでいるコンテナに抱き付くように身を縮めて風の唸りに表情を強張らせている。

 頼りになるのは先導する私の指先に灯した小さな光とこの暗闇に落ちる前に深海棲艦の攻撃で失明してしまったと言う名取ちゃんや怪我を負っている子達が乗っているコンテナから洩れる霊核の灯だけが私達の影を黒い海に揺らめかせていた。

 

「あと少しだから・・・」

 

 敵艦をやり過ごし、何度も針路を変え、狭いコンテナに乗せれる程度まで減った残り少ない保存食を分け合いながら目指す方向へと私は皆を連れて行く。

 

 何時間、何十時間経ったのだろう。

 

 凄く疲れたりお腹がすぐに空く事もあれば逆に何時まで経っても眠くならない事もある時間の流れがおかしくなっているこの奇妙な空間には気力と正気を削られる事が当たり前だったけれど今は不思議とあまり眠くならないしお腹も減らない。

 

「・・・行き止まりっぽい?」

 

 嗚呼・・・そして、私は仲間達をここまで連れて来てしまった。

 

 果てなく何処までも上と横に広がる巨大な黒くごつごつした岩肌の壁を見上げて金髪碧眼の駆逐艦娘、夕立ちゃんが顔を青くして微かに波打っている黒い海の上で立ち尽くした。

 ほとんどの艦娘が似たり寄ったりな表情を浮かべ、遠く近く聞こえてくる鈍い音に震えあがって姉妹で抱き合いながら岩場にへたり込んだ。

 その中には既に事情を察してコンテナに寄りかかり諦めに脱力した笑みを薄っすらと見せる子もいる。

 ドォンドォンと何かの鼓動のように遠く近く響く音、泣きわめくような事をする子はいなかったけれどもう不安と恐怖に心が折れてしまった私達は海の上に浮かぶだけの弱い生き物になり下がっていた。

 

「・・・応答を願います。お願いです。私たちは此処にいますっ・・・」

 

 コンテナの中で夕張が結局直せなかった通信機のマイクへとうわ言を繰り返すように名取が呟いている音だけが妙に大きく耳に届いたけれどもう私の心はその女々しさに苛立ちすら感じる事を放棄してしまったらしい。

 不意に発砲音と黒い波が私達のいる壁際に押し寄せ、悲鳴を上げた仲間達がコンテナや岩場にしがみ付いて海に流されないように飲まれないように耐える。

 

「・・・あぁ、見つかっちゃったんだ」

 

 いや、違うかな。わざと見つけていないフリをしてネズミの様に逃げ惑う私達を揶揄って遊んでいたのだろう。

 

 遠く見える場所から小さな影にしか見えない深海棲艦の赤や緑に光る眼だけは暗闇だからかギョロギョロ動かしている様子がよくわかり、その口や身体から生えた大砲が私達のいる場所を狙っている事は簡単に想像できた。

 もはや此処まで、むしろ私は此処までよくぞ耐えたと自らの精神力を大袈裟に褒め称えながら最後の気力を振り絞り海面に立ち上がる。

 

「何処に行くんですっ! 阿賀野さん!?」

「・・・私がここから離れて精一杯光れば、ちょっとだけでも皆の時間が稼げるでしょ・・・?」

 

 コンテナや仲間達から離れるように脚を動かし始めた私の動きに気付いた神通さんが血相を変えて声を上げるけれど、私は振り返らずに迫りくる敵へと向かう。

 

 囮役は艦娘として目覚めてから嫌と言う程やったおかげで慣れっこだから。

 

 連続する発砲音の後に振ってきた砲弾は私達とは随分と離れた場所に落ちて水柱を高く上げ、弄ぶ意志が透けて見える砲弾が落ちる度にうねる大波が足を引っかけるように絡んで私は何度も無様に転げては立ち上る。

 

 もう最後だからという諦めの感情と最期まで戦えと言う艦娘としての本能に身体を突き動かされ、ワザと照準をずらして慌てふためく私達を弄んでいる事が分かる性格の悪い連中への怒りを漲らせて身体全体へと光を広げていく。

 

「死んだって負けてやるもんかっ! 阿賀野型は最新鋭でっ! 次世代水雷戦隊の旗艦でっ!! 私はお姉ちゃんなんだからぁっ!!」

 

 もう恥も外聞も関係なく感情のままに喚き散らして体そのものを探照灯に変えるぐらいの意気で光と力を漲らせる。

 

「そうですね、私も華の二水戦を預かっていた旗艦として、川内型として恥ずかしい真似は出来ません」

「素敵なパーティ始めるっぽい? 夕立も、やるよっ」

 

 泣き喚いていた私の背中にトンッと優しく手が添えられ振り向いたそこには私と同じように身体を輝かせた神通さんや夕立ちゃん達が立って苦しそうに恐怖を押し殺して微笑んでくれていた。

 ドォンドォンと遠く近く砲撃の音が近づく、足下の波が衝撃で揺れビシッピシッと背後の壁が異音と共に欠片を振り撒き無数の波紋が黒い海面にできては消える。

 

「此処にいますっ! 私たちはここにいます!! 助けてくださいっ!!」

 

 目が見えなくても動けなくても、少しでも助けになろうとしているのだろうか、必死にコンテナの中で叫ぶ名取ちゃんの声が此処まで聞こえてくる。

 

 気付けば戦えない仲間が乗っているコンテナを半円形に囲むようにぽつぽつと光を身体に宿して立ち上がる仲間達の姿が見えた。

 

 皆も私と同じように深海棲艦なんかに負けたくないと必死に戦っている事が何故か嬉しくて此処に落ちてから不安や恐怖と仲間を失っていく悲しみでもう枯れてしまったと思っていた涙が止め処なく頬を濡らしていく。

 どんどん近くへと降ってくる敵の砲弾の水柱や波に翻弄されながら私は神通さんと夕立ちゃんに身体を支えられ、支えながら最後の時まで身体の中の力を全てを使い尽くすように光る。

 

                         “神通、来るよ・・・”

            “夕立・・・諦めないで”

“大丈夫だよ・・・お姉ちゃん”

                            “しっかり・・・阿賀野姉っ”

 

 上も下も分からなくなるぐらいの大波に翻弄されてついには居なくなったはずの懐かしい声の幻聴まで聞こえ始めた私はふと遠く近く響いていた音が真後ろからも聞こえてくる事に気が付いた。

 でもそんなはずはない、だってここから先はもう行き止まりで、いくら頑張っても乗り越えられない黒い壁がそそり立っているんだから。

 

「そうですっ! ここに、私達は生きてますっ! だからっ助けてくださいぃっ!!」

 

 どれほど力を振り絞っていたのだろう?

 

 目と鼻の先に着弾した砲弾の水柱に飲まれ、波に押し戻されて抱き合っていた仲間と引き離され岩場に打ち付けられ、私はもう指先を光らせる程度の力しか残っていない身体を海面から突き出た岩に横たえた。

 

 少し遠くに見えるコンテナから聞こえてくる名取ちゃんの叫びが妙に耳にこびりつく。

 

 誰と話しているのだろう?

 

 あの通信機は結局は動かなかったと、直らなかったと夕張本人から聞いていた。

 

「な、とりちゃん・・・? みんな・・・」

 

 怠くて仕方ない身体を動かして見ればコンテナに張り付きながら手足を仄かに光らせている手先が器用な軽巡の友人が霊核が積まれた内部を覗き込みながら驚愕に顔を歪めている。

 

 何をそんなに驚いているのだろう?

 

 だけど光る力も使い果たした私は彼女達に何が起こっているのかと問いかける声を出す気力すら無かった。

 ガツンッガツンッと背後の堅牢な壁が震え細かい欠片がその下に倒れている私達の上に降り注ぎ、硬い岩の上で身体を丸めてぼんやりと岩場にコツンッコツンッと落ちてくるそれを見ていた私は不意に思う。

 

「・・・なんで、敵の砲撃は壁に当たって、無いのに・・・壁が揺れて、るの?」

 

『ガガッ、ビッジッ・・・ジジッれぇっ! 艦隊のアイドルッ!!』

 

 身体を起き上がらせることも忘れて呆然としていた私の耳にコンテナの方で上がった激昂したように叫ぶ男の人の声が飛び込む。

 

 あり得ない。

 ここにいるのは艦娘である私達と迫りくる深海棲艦だけのはずなのに。

 

 その直後、一際強くビリビリと肌を震わせる振動が駆け抜け、砕け散った壁の残骸が空中で散る雪のように細かく飛び、その発生源である10mほどだろうか、高い場所にある壁から私達が身体に宿していた光と同種だと分かる輝きが辺りに振り撒かれた。

 

『要救助者を確保し脱出までの時間を稼ぐっ! もうまともに戦闘できるのはお前しかいないっ、凌いでくれ、那珂っ!』

 

《こう言うのは那珂ちゃんのキャラじゃないんっ、だけどねぇっ!》

 

 バキバキと外側から伸びてきた巨大な手が私達を閉じ込めていた壁を引き裂くように砕き、黒鉄の脚甲に包まれた革靴が穴を広げるように黒い壁を蹴散らし黒い岩肌を踏み割る。

 

《皆、遅くなってごめん・・・でも、助けに来たよぉ!!

 

 見上げるほどの巨体を持った女の子、オレンジ色のセーラー服に焦げ茶色のスカート、片方だけ解けてしまっているお団子頭の下に覗く顔立ち。

 所々破れた服装も煤に汚れた顔も大げさに張り上げた声も神通さんと似通っている女の子は傷だらけの姿で私達の前に現れた。

 

「ぁ、あぁ・・・ぅっううっ!」

 

 もう、赤ん坊のような鳴き声で呻く事しかできない。

 前が見えないぐらい涙で水浸しになった視界の先にあるモノが現実なのか私にはもう分からない。

 

 助けに来てくれたと言うビルディングみたいに大きな身体の女の子はちょっと見ただけでも分かるぐらいに傷つき、両手の腕部に並ぶ単装砲は大部分がひしゃげて中には原型が無くなるほど壊れている。

 

 ただそんな状態になってまで助けが来てくれた事が、私達が外の世界に見捨てられたわけじゃなかった事が分かった事がひたすら嬉しかった。

 

「あ、阿賀野さんっ! 神通さんっ! ホントに、ホントに助けが来てくれたっぽいぃ!!」

 

 すぐ近くの岩の上でへたり込んでいた夕立ちゃんが顔いっぱいに笑顔を浮かべて叫ぶように歓声を上げ、それを聞いた全員が壁の向こうからこちら側の海へと着水した那珂ちゃんへと視線を集中させる。

 

『聞こえるか! もうすぐ迎えが来る、それまで俺達が君達を守るために敵の攻撃を防ぐ。その間に一か所に全員で集まってくれ! お互いここで逸れたら後がないぞ!』

 

「は、はいっ! 皆さんっこっちに! 集まってください、動けない子に手を貸してあげてぇっ!」

 

 通信機の向こう側から聞こえる男の人の叫び声に従って名取ちゃんが周りのみんなへと届ける為に今までにない大きな声を上げた。

 さっきまで全力で光を放っていた仲間達が疲労の滲む足を動かして必死に手をつなぎ合い肩を貸し合って通信機が積まれたコンテナの周りへと集まっていく。

 私も何とか手を岩に突いて起き上がろうとしたけれど完全に力を使い果たした腕は力なく震えるだけでまともに動いてくれそうも無かった。

 

「阿賀野さんっしっかりっ! 手をこっちにっ!」

「神通さんは夕立が連れてくっぽい! 春雨も急いで!」

 

 慌ただしく駆け寄ってきた白露型の姉妹が私や近くで倒れていた神通さんの身体を支えて暴れるように波打つ海面を頼りない足取りで進み皆が集まっているコンテナまで運んでくれる。

 疲労感による怠さと眠気に襲われ始めた私が何とか首を動かして私達を助けに来てくれた神通さんの妹へと視線を向けると、その先で深海棲艦が撃った禍々しく燃える砲弾がいつの間にか那珂ちゃんの片手に握られていた巨大でキラキラと輝く短刀で切り払われて砕けて消えた。

 

「・・・あぁ、なんだ・・・私達が見ていた夢は、夢じゃなかったんだね・・・」

 

 コンテナまで辿り着いた春雨ちゃんの手から私の身体が夕張の手で霊核の光で満ちた内部へと引っ張り込まれて寝かせて貰ったところで瞼が勝手に閉じ意識が夢の中へと引っ張られていった。

 

 願わくば、これが今際の際に見た幻想でありませんように・・・。

 




 
そう、諦めなければ希望はやって来る。

心の底からその通りだと言わせてもらおう。

反撃の狼煙はとっくの昔に上がっているのだからっ!
 


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第十三話

途中の海域攻略の様子が無いだって?

自分で艦これにログインしてイベント海域に乗り込めば好きなだけ体験できるよ?

皆も甲作戦に挑戦しよう。

私は丙と丁に逃げるけどな!


今回予告

    上から来るぞ! 気を付けろぉ!


 この救出作戦そのものは簡単に言ってしまえば三つの段階に分かれている。

 限定海域の奥に囚われているであろう艦娘達の居場所を突入部隊が特定し合流する第一段階。

 霊力を利用した識別信号を海上の艦隊に護衛されている霊的力場に対する高精度探知を可能とする綿津見にまで届ける第二段階。

 そして、最終段階として綿津見から受け取った位置データーを元に海上から長門がアストラルテザーを限定海域へと打ち込み突入艦隊と要救助者を回収すると言うものだった。

 

 戦艦級の霊核が作り出す出力で強化されたサルベージアンカーは強固な限定海域の外壁を打ち抜き、主任達の改良によって特定された艦娘の霊核の反応を追い磁石の様に吸い付けられ俺達のいるここまで辿り着く。

 

 もっともこれは主任を筆頭とした鎮守府の研究員の言っていた計算結果を全て信じるならばと言う前提条件が付いているが。

 

「識別信号は最大で発信している。後は上の連中が俺達を引っ張り上げてくれるまで持つかどうかかっ!?」

「そこは持たせるって言って見せないさいよ、情けないったらっ・・・ないわねっ・・・」

 

 血臭で満ちた艦橋でガンガンと頭の中を直接殴られているかのような頭痛に意識が持っていかれそうになるのを俺は下唇を噛み切りながら耐える。

 顔の半分を赤く腫れあがらせボロ布になった服を傷だらけの未熟な体に纏わりつかせた霞が血まみれの手で足場の手すりにしがみ付きながら呻いた。

 

「むりなさくせんはぁ、いやだぁ・・・すごくいやっ・・・」

「すみません司令官っ、つぅっぐっ・・・」

 

 死屍累々とはこの事か、限定海域への突入艦隊として参加した全員が今では満身創痍で半裸を晒しているが、その全員が血まみれでその肌の所狭しと青あざ蚯蚓腫れが刻まれている為に劣情なんて感じる余裕も無い。

 今、旗艦として戦っている那珂だけが唯一膝を折る事無く立ってくれているが、両腕の主砲は全て破壊され、腰に装備された魚雷管は左側が内部から破裂したように鉄くずになっている。

 右側の魚雷は壁の向こうへと突入する際に全弾を撃ち切ったために再装填まで十数時間かかると無情な数字がコンソールパネルに浮かぶ。

 那珂が装備している現在唯一の攻撃手段である接近戦用の短刀はここに来る前に遭遇した戦艦級の首を掻き切った時にケミカルライトのように輝く刀身に大きなヒビが出来てしまい使用限界が近い事を知らせている。

 

「てーとく、ゴーヤの魚雷さん、後一発ぐらいなら撃てるでちぃ」

「そう言う、セリフは服着てから言えっぁぁ、くそっ、あったまいてぇ・・・」

 

 飛んでくる深海棲艦の砲弾を那珂が前傾姿勢で迎え撃ってヒビだらけの短刀で切り払う爆音が何度も艦橋を揺らし、眼下では幸運にも調査の際に受けた通信電波から計測した予定地点よりも近い位置で発見できた艦娘達が自分達で運んできたらしい錆びたコンテナに集まっている。

 元々が水着だけという格好だったためか道中の過酷な爆雷攻撃で素っ裸になった桃色髪の潜水艦娘が血まみれの身体を円形通路に倒れ伏しながらも継戦の意志を告げてくるが俺達の状況は魚雷一発で変わる状況でもない。

 

「何・・・? あいつら急に陣形を変えはじめ・・・っ!?」

 

 迎えが来るまで耐えるしかないと歯を食いしばって目の前で赤く染まり始めた全周モニターを睨むと深海棲艦の群れが砲身をこちらに向けている闇が満ちた黒い海のさらに向こう側から妙に白い何かが頭を出してきた。

 

「おいおい・・・ここに来て、姫級かよ。ははっ、なんだよ想像してたのより随分とグロテスクな面をしてるじゃないか」

「しれぇ、わらえないよぉ、これはわらえない・・・なにあれぇ・・・」

「姫級って、最強クラスの深海棲艦に付けられるっていう・・・あんなに大きいの・・・?」

 

 水平線と言うべきか、闇と闇の間から這い出てくると言うべきか、全体的に病的な死蝋を思わせる白い身体にずんぐりむっくりな等身は遠目には幼児にも見えるそれが黒い海の底から姿を現す。

 頭から生えた黒い角やドロリと粘性を感じさせる濁った目が宿す赤い光、白い水掻きで歪な指を繋げた手がひっかく様に黒い海面を自分の同類ごと抉りながら四つん這いで近づいて来るそれは、誰の目にも人外として映るだろう。

 身体を包むような白い長い髪、子供のような等身、ギョロリと開いた赤い目に尖がった黒い一対の角、艦これでプレイヤーの人気を集めた敵である北方棲姫と呼ばれた深海棲艦のエリアボスと似通った特徴を持っている。

 とは言え、特徴が同じであってもその全体像が蛙のような両生類に近い造詣をしている為に可愛げなど欠片も無くひたすらグロテスクな怪物と化しているが。

 

『さすがに・・・那珂ちゃんピーンチ? あははぁ・・・』

「・・・頼むっ、後少しのはずなんだっ、耐えてくれぇっ」

 

 クジラのような低く遠くまで響く咆哮が水平線で四つん這いになった怪物の口から放たれ、艦橋に那珂の乾いた笑いが伝わり、その場にいる全員が顔を真っ青にして震えあがる。

 

「ぇぁっ?・・・冗談だろ?」

 

 咆哮を合図に白い怪物の背中から巨大な歯が並ぶ口だけが付いた球体が幾つか飛び出し、姫級深海棲艦の背中と赤黒い触手で繋がった球体の一つが凄まじい速度で俺達にいる場所へと撃ち出された。

 

「那珂ッ、受け止めろぉっ!! 避けたら下の子達が巻き込まれるっ!!」

 

≪プロデューサーさんっ、無茶言わないでよ!! ・・・もぉおおっ!!≫

 

 巨大な口を開き赤黒い触手を蠢かせる巨大球が十数キロ離れた場所からものの数分で俺達の目前まで迫り、端末でしかないくせに下手な深海棲艦よりも巨大なそれを前に那珂と俺は絶叫する。

 衝突の瞬間、理不尽に対する怒りに満ちた那珂の叫び声とベキンッボキンッと硬いモノが砕ける音、横揺れの振動が艦橋を襲い指令席や手すりにしがみ付いている俺たちは振り回され、全周モニターの右半分がブラックアウトした。

 

「那珂ッ、無事かっ!?」

 

≪無事じゃないけどぉ、ここまで来て今さら路線変更なんて出来ないでしょ。アイドルはぁ、ファンの子達の期待を裏切れないんだからぁっ・・・!≫

 

 コンソールパネルに映る立体映像の中で那珂の顔の右側と右腕が肩先から抉れるように喪失し、狭くなったモニターの中で今使える最後の武装だった短刀が砕けてキラキラとその破片を黒い海面へと散らせていく。

 飛んできて那珂が右半身を犠牲にして受け反らした口だけの怪球体が壁にめり込んだ状態から逆回し映像の様に姫級と繋がった触手に引っ張られて海面を割る様に戻っていく。

 

「・・・と言うか、アレ、あんななりして砲弾か何かだったのかよっ!? くそったれ!!」

 

 苛立ち紛れに叫ぶ俺の目に姫級へと戻る途中でその触手と球体の質量に巻き込まれた数体の深海棲艦が粉々に砕けたが今の状況では何の慰めにもならない。

 

「なんだよ、虫の羽を捥ぐ子供かなんかか・・・嗤ってやがる」

「本当にムカつくわね・・・上部兵装が残ってたら砲弾の一発でもお見舞いしてやるのにっ・・・」

 

 突入艦隊の一人として参加していた長良型軽巡である五十鈴が痛みに震える身体に鞭を打って手すりにしがみ付き、血まみれ顔でモニターの遠く向こうに見える白い怪物へと怨嗟の声を向ける。

 主砲も魚雷も無く砲撃を切り払い耐えてくれていた武器ですらたった一回の衝突で砕け散った。

 そんな這うような動きなのに明らかに周りの深海棲艦よりも早く俺達の方へと近づいて来る白い怪物が目を爛々とぎらつかせ高く伸びる襟元に隠れていた口が耳まで裂けて闇色の半月が白い貌に浮かぶ。

 

 刀折れ矢尽きたとはまさにこの事なのだろう、諦観に脱力して指揮席へと身を沈めた俺は真っ暗闇の天井を仰ぎ見た。

 

「・・・ぁぁ、まったく・・・遅すぎるだろ・・・」

 

 自分の眷属すら路傍の石ころの様に跳ね飛ばしながら近づいて来る姫級の姿に艦橋の外、コンテナの周りに集まっている艦娘達の悲鳴が聞こえてくる。

 這い進みながらさっきと同じように背中から伸びた触手に繋がった白い球体をこちらへと放とうとしている蛙面の姫級へと突入艦隊のメンバー達は悔しさに満ちた表情で歯を食いしばり視線を向けていた。

 

「くっそ出来過ぎなタイミングに・・・現実はっ、アニメじゃねぇんだぞぉ!!」

 

 その場にいる俺以外の全員が今までにない強力な深海棲艦へと畏怖の視線を向ける中。

 

 俺は天井から落ちてくるそれへと叫び声をあげる。

 姫級の背中から放たれた白い大質量の突進が100mほどまで迫った瞬間。

 

 白く輝く巨大な錨が暗黒の海を割る様に俺達の目前に落ちて目が眩むほどの閃光を放った。

 

 錨とワイヤーを伝って放たれた光と巨大な質量を持つ怪球体との間で言葉にしようがないほど壮絶な衝突音が周囲にまき散らされる。

 だが、不思議と艦橋にも足下の艦娘達にも何に一つの影響も与えなかった。

 

『随分と待たせてしまったようだ。なればこそ、この戦艦長門の力っ! 刮目して見ているが良い!!』

 

 艦橋やコンテナの通信機に勇ましい気迫に満ちた声が届き、海上からアストラルテザーで繋がっている長門の宣言にその場にいた艦娘達が一瞬の忘我の後に歓声を上げる。

 真昼の太陽のような輝きを放ち暗闇を照らす錨を中心に直径数十mの円が生まれ、那珂の巨体やコンテナごと艦娘達を包み込み円は輝く膜を広げて球体へと変わっていく。

 明らかに状況が変わった事を察したのか攻撃の頻度を上げて襲い掛かって来る姫級や深海棲艦の砲撃はアストラルテザーが発生させた力場に阻まれてはじき返される。

 

「ひゃ、なんでっ!? きゃぁっ、司令官見ないでくださいっ!?」

「安心しろ吹雪、もう、俺、そういうの楽しむ余裕も無いから・・・な」

「どう言う言い方ですか、それっ!?」

 

 完全な球体となった光りの結界の中で重力から切り離されたようにふわりと周囲の艦娘やコンテナが満身創痍の那珂の周りに浮かび上がり、全員がキャアキャアと戸惑う声を上げてコンテナから零れ落ちたらしい青白く光る瓶や仲間を抱えている。

 艦橋の中でも俺や艦隊のメンバーが流し散らした血が紅い水玉となって無数に宙を漂い、床に倒れていた吹雪達が衣類の破れ飛んでいるあられもない姿で指令席の周りに浮かび上がった。

 いろいろと女の子として隠さなきゃいけない部分が丸見えになっているのだろうが貧血と頭痛で歪む俺の視界には艦橋内に浮かび上がる吹雪達の身体は布切れと赤と肌色が多いぐらいの判断が出来ず、ただ指揮席の上で浮遊感に身を任せた。

 

『ビッグ7と呼ばれた長門型の出力、侮ってくれるなよ!』

 

 ガクンと輝く錨が震えて上昇を始め、黒い海から真っ直ぐ上へと引っ張り上げられていく。

 

「遅れてきたくせに、引っ掻き回してくれるなっ・・・吹雪こっちだ、掴まれ」

「ひゃぁっ、司令官っ!? ぁ、す、すみません・・・」

「やだっ、痛いじゃないっ! もぉっ、全員、何でも良いから掴んで身体を固定させてっ!」

 

 突然に発生した疑似的な無重力と変化した慣性の影響か目の前で浮いてた吹雪の身体が俺の上へと流れてぶつかり、仕方ないので少女の脚を捕まえて引き寄せれば血まみれになった俺の士官服を握り込んでその身体が膝の上に収まった。

 コンソールパネルにぶつかって呻きを上げた五十鈴がパネルに丸見えな胸を押し付けるように抱き付きながら周りの仲間達へと警告の声を上げる。

 

「ゴーヤの水着がぁ、ホントに裸になっちゃうよぉっ!?」

 

 首と足に纏わりついただけの布切れは水着なのかは議論の余地があるが猫の様に手すりの上部に抱き付いている伊58に関しては戦力にはならないが精神的に余裕がありそうだった。

 

「うぇぇ・・・もぉだめぇ、頭ふらふらでなんか身体までふわふわしてる気がするぅ~・・・」

「時津風っ、だらしないったら! こっちに手を伸ばして掴まりなさいよっ!」

 

 モニターの上部まで流され目を回しながら無気力にべったりとくっ付いている時津風、それを霞が引っ張り下ろそうと手すりに足を掛けて手を伸ばしている。

 ドンッと鈍い衝撃と共に階層同士の隔たりがアストラルテザーの衝突で突き破られ周囲の闇が薄まり、俺達が最終海域へと下りる前に散々苦労して通った場所へと簡単に飛び出し、たまたま近くにいたらしい重巡リ級が光に跳ね飛ばされて砕け散った。

 

『プロデューサーさんっ、ちょっとヤバいみたいだよ・・・あれ・・・』

「・・・なんだよ、玩具を取られたような顔しやがって、しつこいヤツだな・・・」

 

 戦艦長門の力技でぶち破った階層の壁の穴へと噛みついた白い球体に引っ張られるように姫級の蛙面が上階層へと顔を出し、呻き声を上げる俺達へと溢れんばかりの負の感情を宿した恨めしそうな赤い目が睨み上げる。

 俺達を運ぶ結界では無くそれを引っ張る超強度のワイヤーへと怪球が飛びかかりぞろりと並んだ牙が噛みつき、姫級の背中の触手と長門の綱引き状態となってしまった。

 

『むっぉ、なんだ・・・急に抵抗がっ! 何が起きている!?』

 

 長門が供給するエネルギーによってワイヤー部分の強度も強化されていると言う話だったがさすがに巨大な口と牙を備えた怪物の攻撃は想定されていないらしく、怪球体の牙の間から金属が削れるようなガリガリと言う音が俺達のいる場所まで伝わってきた。

 

『ええい、動けっ!! 何故動かんっ!?』

 

 さっきまでの堂々とした長門の声が困惑に揺れて息む様子が通信機から聞こえた。

 

「・・・ここまでかっ・・・? く、ははっ、マジかよ・・・」

 

     “ ・・ ”                       “・・・っ”

“ ・・・ ”       “・・・夕雲姉さん達をお願いします”

 

「ちょっと、気でも触れたわけ!? 笑ってないで何とかする手段をっ!」

 

“慌てないで”

            “大丈夫だよ”

「・・・えっ? なに、声が・・・」

 

   “空に”            “・・・僕らも”

         “ 光りが・・・ ”            “・・・”

 

 そして、敵のあまりの執念深さにはもう称賛の言葉すら出てきそうになった俺の目が不意に那珂の現在の状態を浮かび上がらせている立体映像へと吸い寄せられる。

 

              “私の力も使ってっ”        “負けるなっ”

     “・・・っち、私達も”       “はいっ、・・・さん”

 

 彼女の最後の武装である右舷魚雷管、那珂の霊力不足で再装填まで絶望的な時間を要求していたカウントタイマーがまるで早回しのようにその数字を減らしていく。

 

        “帰るんだ、鎮守府に”

 “皆で”                        “やっつけちゃえ”

 

 半分がブラックアウトしたモニターは青白い光に満ち、その発生源である様々な形の瓶に入った水晶体を抱えた艦娘達が驚愕に目を見開き、その手の中の瓶から溢れる光が収束するように那珂の魚雷管へと注がれていく。

 

「何が、どうなってるのよ・・・?」

            “・・・任せといて! 五十鈴” 

「長良っ? あれっ私、今、何て・・・」

 

 何時か聞いたようなシャッシャッと何かが高速回転する様な摩擦音が艦橋で繰り返し、たくさんの声が自分たちの力を使えと一斉に叫ぶ。

 那珂の腰に残った最後の魚雷管から伝わって来る唸るような音と渦巻くように纏わりつく光の粒子が魚雷の装填完了を知らせた。

 

「はははっ! ここで雷撃カットインかよっ! 出来過ぎにもほどがあるなぁっ、おいっ!」

「これが、司令官の言ってた。 雷撃、カットイン・・・?」

 

 二つ目の触手と球体がワイヤーへと噛みついた事でアストラルテザーの上昇が止まり、俺達は姫級深海棲艦が身体を這い出させようとしている大穴が開いた黒い海を中空から見下ろす。

 

「あんなにデカい目をして見てるんだっ! 見せつけてやれよ、艦隊のアイドルっ!」

 

 その青白い光と願いを叫ぶ声が渦巻く結界の中、中心にある錨に手を掛けて身体の向きを調整した那珂の腰で高圧縮された艦娘の力を溜め込んだ魚雷がその穂先を姫級へと向け、俺は魚雷管の発射ボタンへと手を掛ける。

 

≪那珂ちゃんセンターッ、一番の見せ場です!!≫

 

 結界の中で浮いた多くの艦娘達に囲まれた那珂の腰から放たれた輝く魚雷、四連装魚雷管からまるでミサイルのような初速で飛び出したそれは結界の光を何の抵抗も無く通り抜けて落下エネルギーをもその身に蓄える。

 そして、砲撃を上回る速度で暗闇を切り裂いて四本の光が俺達を見上げる姫級の目や額へと突き刺さり、直後にその顔を強烈な閃光で塗りつぶして消し飛ばした。

 

「ざまぁみろ・・・ははっ・・・」

 

 白い怪物が砕けながら奈落に落ちたと同時にブチンと姫級の背中に繋がっていた触手が千切れ、大きく口を開けた怪球体が砕けながら糸の切れた凧のように頭だけでなく上半身まで破壊された砕けていく主を追って黒い海へと落ちていく。

 そして、抵抗が無くなり魚雷の爆風が手伝ったのか、それとも長門が溜め込んでいた力を解放されたのか急激な加速で上昇が再開し、膝の上に血まみれの吹雪を乗せたまま俺は指令席に押さえつけられる。

 

(もう二度と、こんなバカみたいな作戦なんかしてやるかよっ・・・)

 

 こちらに抱き付いてきた吹雪の身体を抱きしめ返しながら霞んでいく視界、俺が見上げた先にアストラルテザーが海上からの突入の際に開けたらしい穴を中心に壁の崩壊が始まり滝の様な海水が限定海域を埋め尽くすように流れ込んでいる。

 その海水の滝中へと引っ張り込まれた俺達を包む結界が容赦なく外と内を隔てる最後の壁に叩き付けられ、その激しい振動と鈍い衝撃に俺は目を閉じた。

 

・・・

 

 私を眠りから引き戻したのは瞼の外から差し込んでくる温かい光、耳に届くザザァザザァとさざめく潮騒の音、身体中を満たす倦怠感を振り払うように海水を手で掻いた。

 久し振りに感じる眩しい光に眉を顰めて薄っすらと開いた目には青く澄み切った空が広がり、私は穏やかに波打つ海原に仰向けで浮いているようだった。

 

「阿賀野、おはよう・・・気分はどうかしら?」

「ゆう、ばり・・・阿賀野たち、・・・ここは?」

 

 頭の後ろから伝わって来る柔らかさと顔にかかった人影に私は目を瞬かせる。

 どうやら、私の身体が沈まないように膝枕してくれていたらしい夕張が疲れを滲ませた、でもどこか晴れやかな笑顔で覗き込んでいた。

 そして、どんどん鮮明になっていく視界の中で彼女の、私達の周りを取り巻くように青白い光が渦を巻いている事に気付く。

 

「あの子たちが、皆が力を貸してくれたみたい、ちゃんと後でお礼を言わないとね・・・」

 

 ずっと暗闇の中で私達の心を支えてくれていた霊核の光、青く高い空へと昇っていくように一点に向かって帯を作るそれを追う様に私は身体を起こして目を見開く。

 空へと流れていく艦娘の魂の光の中に、見覚えのある姿が見え私は宙を掻くように手を伸ばした。

 

「ぁ、ぁあ、能代・・・酒匂、妙高さんっ・・・みんなっ!」

「大丈夫よ。あの子達もちゃんと鎮守府に戻れるから、だから私達も帰りましょ?」

 

 夕張に手を借りて立ち上がり周りを見回すと一緒にあの暗闇で支え合った仲間達がそれぞれの手に持った瓶の蓋を開けて空に向かって掲げていた。

 あの島に流れ着いた物資の中の貴重な飲み水を使って満たした瓶から光の粒となって霊核が仲間達の手から離れて帰る場所へと向かって空を流れていく。

 

「ほら、私達にも迎えが来てくれたわよ」

 

 肩を貸してくれている夕張が指さした先、霊核の光が進んでいく方向に見える幾つかの船影から海面を滑って数人の艦娘が近づいて来る。

 

「・・・っ、あ、ああぁっ・・・ぅっうう・・・」

 

 その中の一人の姿が大きくなっていくほどに私はどうしようもなく感情が昂っていくのを止めることが出来ず、必死に歯を食いしばっても情けない嗚咽が口から漏れ出す。

 

「田中特務三佐旗下、阿賀野型軽巡洋艦三番艦矢矧です、ただ今救援に参りましたっ!」

「軽巡洋艦夕張です、貴女達の救援に感謝します。 ふふっ・・・ほら、阿賀野っ」

 

 戦闘の後の足でそのまま来たのか、少し煤けているけれど私と同じデザインだと分かる服装に身を包み、凛とした真面目な態度は記憶の中の姿と少しも変わらない。

 あの真っ暗闇から逃げ込んだ夢の中で何度も見た、会いたくて仕方がなかった私の妹の一人がしゃんと背筋を伸ばした敬礼をしていた。

 

 返礼を返しながら優しく背中を支えてくれる夕張の声に私は耐え切れず涙を零し、泣き声を押し殺す為に両手で口を塞ぐ。

 

「お帰りなさい、阿賀野姉ぇ。・・・ずっと探していたのよ?」

 

 だけど、私の姉としての最期の抵抗は目の前から伸ばされてきた白い手袋に包まれ呆気ないほど簡単に口から引き離され、私の情けない泣き顔を覗き込んだ矢矧は小首を傾げてから優しく微笑んでくれた。

 

「ぅぐっぅ、や、矢矧ぃっ・・・やはぎぃぃいっ、うあぁああんっ! わあぁあんっ!!」

 

 やっぱり、神様は意地悪だ。

 

 散々ひどい目に合わされたのに、こんな風にされたら誰だって耐えられない。

 

 軽巡洋艦としての誇りや姉としての矜持とかもう投げ捨て、相手が汚れてしまう事も考えられずに赤ん坊のように泣き喚いて私は迎えに来てくれた矢矧に抱き付いた。

 周りを気にする余裕なんてもうなくて、誰に笑われても構わないと吹っ切れた思いがため込んでいた感情を全て吐き出すように泣き声となって澄み切った空と海の間に広がっていく。

 

 私は、軽巡洋艦阿賀野はやっと自分のいるべき場所へと帰ることが出来た。

 




中村がやった海域攻略。

①海底にアンブッシュしたゴーヤで外壁に魚雷打ち込んで突入

②入り組んだ海域をひたすら駆逐艦の速度で突破

③途中の海域を隔てる壁は五十鈴と那珂で穴を開け

④戦闘形態を解除して人間サイズでその穴を通り抜ける

⑤ ②③④を繰り返す

⑥とにかく敵を無視して名取が発信した救難信号があった場所へと直進

つまりゲームのルールを無視したゴリ押し作戦

ゲージ削り? なにそれ美味しいの?

11/18 一部の訂正、半年経ってから気付いた。
那珂ちゃんの魚雷管は四連装だと言うのに三連と書いていた。
信じられん、私は何で三連装って書いたんだorz
メチャクチャ恥ずかしい。


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第十四話

Q「妖精さんっ! 死んだはずじゃ!?」

 「トリックか!?」


 何の前触れも無く暗闇の中から中村義男の意識が浮上する。

 

“やぁ、随分と大変だったみたいだね”

 

 幾つものボタンやレバーが詰め込まれたコンソールパネルと硬めのシートが身体を固定する指揮席、その周りを囲む金属製の円形通路と手すり、さらにその周りを覆う大きく広い360度モニター。

 そこは彼が艦娘と共に戦う際に乗り込む艦橋と呼ぶ領域、その中心にある指揮席に座った状態で意識を取り戻した中村は頭の中に直接話しかけられた感覚に特に疑問を感じず、その声の主へと視線を向ける。

 

「・・・なんで、猫吊るし?」

                    "ファンシーさなど欠片も無いはずだが"

“ふむ、キミにはワタシがそう見えていると言う事だね”

“興味深い”       "ワタシには"      

              “お互いの認識にズレがあるからか?”

 

 淡いベージュのセーラー服とスカートに同色の水兵帽を頭に乗せた三等身の小人が中村の目の前にあるコンソールパネルに胡坐をかいて座っている。

 艦隊これくしょんと言うゲームの中でプレイヤーに対するチュートリアルの際に登場するマスコットキャラクターであり、それはゲームに不具合が起こった際には猫を両手に吊るして立っているイラストが表示される事から妖怪猫吊るしなんて愛称で呼ばれていた。

 

「俺は、えっと・・・救出は、作戦は・・・確か船に引き上げられて運ばれて・・・?」

 

“深海棲艦が作り出していた領域に囚われていた艦娘の救出は成功したよ”  

               “キミもその一人だろう?”

“まぁ、死人こそ出なかったけれど怪我人は山ほどになっているみたいだね”

 

 どこか他人事のようなニュアンスを持った言い方で目の前のデフォルメされた人形のようなソレは不敵な笑みを浮かべて戸惑っている中村を見上げる。

 

「お前・・・何なんだよ? ここは夢か?」

 

            "だが"

“夢と言えなくも無い”    “今はワタシとキミの対話の場と言った方が正しい”

 

 徐々に思い出してきた記憶の中で中村は自分が巨大な深海棲艦が作り出した限定海域を突破してその最奥で囚われていた艦娘達と共にアストラルテザーと言う霊的エネルギーを利用したサルベージユニットで海上へと脱出した。

 

“そして、ワタシはキミと話がしたいと思っていた”  “名乗るべき名は既に無い”

  “死人だ”       “恰好付けた言い方をするなら”           

 

 そして、気力の限界で共に戦っていた艦娘の戦闘形態が解除された為に海に放り出された彼は太平洋側の日本領海で溺れかけ、駆けつけてくれた救助部隊によって九死に一生を得た。

 

「病院のベッドって感じじゃないな、と言うか死人って・・・、なんだよ俺また死んだわけか?」

 

“いや、キミはちゃんと生きてるよ”

        “身体はちゃんとベッドの上にある”

                 “こちら側に近付き過ぎたからかな”       

 "先ほど言っただろう?"

“意識の混線とと言う奴だね”          “まさか”

     “ワタシも死んだ身でまた他人と言葉を交わせるとは想像もしてなかった”

 

「あんた、かなり気持ち悪い喋り方するんだな・・・頭がこんがらがりそうだ」

 

 喋っているのは一人なのにその言葉は輪唱するように重なり聞こえ、なのに重なったセリフがそれぞれ独立して聞き分けることが出来ると言う状態に中村は戸惑うが何故か彼の意識は混乱する事無く状況を受け入れている。

 むしろこの奇妙な感覚に覚えがあった中村は自分の経験を探り、そして、周りの艦橋の様子を見まわしたところでその正体を掴む。

 

「まさか、アンタ、俺にココの使い方を教えてたナニかか?」

 

“それは間違いではない”             “ワタシは形を整えただけだ”

              “正解ではない”     “欠片同士を繋げた”

“キミの法螺話は中々に興味をそそられるモノだったよ”

          “結果的にそうなった”

  “おかげで”         “あの子達も自分達の方向を決定した”

 

 正体不明の小人がふっと目の前から消えたと思えば円形通路の手すりの上に現れ、真っ黒なモニターへと伸ばした短い手が波紋を作る様に中村の前に光りが広がる。

 鎮守府の中にある艦娘達の生命線であるクレイドルを見上げる様な映像、武装も無く海を走る吹雪や仲間達が砲弾の雨に晒されて悲鳴を上げる凄惨な光景。

 疲れ果てて倒れた艦娘達に手を差し伸べるどころか蔑むような視線を向ける軍帽を深くかぶった自衛官の姿。

 

“造り出した責任がある”         “必要なモノは全て揃えたはずだった” 

          “あの子達を未完成で送り出した”

                     “ワタシの計画は完全ではなかった”

                  

 

 苛立たし気に、嘲笑するように、役立たずの兵器モドキとこちらを指さす自衛官達。

 気まずそうな顔でこちらから目を反らす見覚えのある鎮守府の研究員達の姿。

 

           “だがキミ達が来てくれた”

 

 鎮守府の食堂で冷めた味噌汁とご飯を手に与太話を得意げに披露する中村とその隣で呆れ顔を見せている田中の様子。

 そして、サイレンの鳴り響く鎮守府で汗を顔に浮かべ必死の形相で叫びながら手を伸ばしている中村と彼を見つめる視界の主。

 

 大半が中村が直接目撃した事ではないが今まで鎮守府で調べた記録を思い起こせばこれが過去に起こった情景を艦娘の視点から見せられている事を理解する。

 そして、中村は目の前で意味深な言い回しを続ける小人が何者であるかを察した。

 

「・・・アンタ、死んだんじゃないのか? どっかの道路ですっ転んでくたばったって聞いてるぞ?」

 

   “表向きはそうなってるね”    “厄介事に協力してくれた友人達には感謝しかない”  

           “死因に関しては何でも良かった”

“鎮守府を始動させる”      “どうせ世界が変わってしまう日まで”

         “お誂え向きな死に様だと自負しているよ”

    “年老いたワタシは生きていなかっただろう”

 

「アンタ、本当に何者なんだよ。刀堂吉行博士、俺の頭はアンタみたいに上等な出来してないんだ。一気に捲し立てるみたいに言われてもわけが分からん」

 

 死者との交信などオカルトの極致を体験させられている事に不思議と戸惑うことなく、中村はそれはそう言うものだと考えながら目の前にいる艦娘と鎮守府が産まれる原因となった元人間へと問いかける。

 思えば魚雷の発射方法や推進機関の操作、それ以外の時にも艦橋ではそれはそう言うモノだと言葉ではなく感覚で理解させられる感覚は頻繁にあったと彼は思い返す。

 

“自分で言うのもなんだがチート転生者とでも言うべきか?”  

 “神様なんぞに会った記憶は無いがね”

              “与えられた智恵と力に増長してそれを過信した”

 “そして、個人がどれだけ高い素養を持とうと太刀打ちできない存在を思い知った”

“残りの命を使い切ってでも私の生きた世界を次に繋げたい”

              “馬鹿なワタシに友愛を持って接してくれた”

“愛すべき人々の生存の為に力を使うと決めた”

 

 饒舌に語ると言うにはあまりに奇妙な形をした独白を中村は取り敢えず頭の中に渦巻く疑問は脇に置いて指揮席に背中を預けて腕を組んで小人の語る話に耳を傾ける。

 

“太平洋戦争の阻止”      “子供じみた英雄願望”

      “死ぬはずだった人々を救う”  “もっとうまく立ち回れれば”

        “結果は違ったかもしれない”

 

「人間一人がどうこうしたってあの戦争は変わるもんじゃないだろ」

 

 “それが分からなかったのだよ”    “灯台の下は暗いと言うだろう?”

                 “昔から”

 

 生前の刀堂博士の年齢から考えるなら第二次世界大戦を体験したと言っても当時はまだ十代の若造だったはず。

 さらに言うならいくら、他人よりも物心がつくのが速かろうと自惚れるほどの優れた能力を持っていようと個人の力が国家規模の殺し合いの発生を止める事が出来る筈はない。

 

「と言うかそんなアンタの終わった事に対する懺悔を聞かせる為にわざわざ俺を呼んだのか?」

 

“もう少し老人に優しくするべきだね”       “幸運を無駄してはならない”

         “キミには助言が必要だ”    “伝えねばならない”

 “この対話を”

              “確かに時間が無限にあるわけではない”

 

 手すりの上に立っていた小人が再び姿を消してにじみ出る様にコンソールパネルへと移動し、同時に周囲のモニターが一斉に青白い光を渦巻かせる。

 拡大映像が徐々に離れて行くように青い渦が球体へと変わり、その青い光りが渦巻く球と隣り合う様に同じ大きさの薄っすらと青く光る地球儀が映し出された。

 

       “左側は過去の地球”     “悪魔”       “幻想が現実だった時代”

“右は現在の世界”      “出来得る限りに遡った”    “神々”  “回帰へと向かう時代”

 

 左右の球体を指さしながら小人が指揮席の中村を見上げるが何が言いたいのかさっぱりわからない彼は口をへの字にして取り敢えずはモニターへと目を向ける。

 

「生憎と光りが強いか弱いかしか分からない、それに俺は歴史と地理の授業は苦手だったんでもうちょい簡潔かつ丁寧に教えてもらますかね、刀堂博士?」

 

    “ぞんざいな口の利き方じゃないか”     

“ワタシはキミに嫌われる事をした覚えはないのだが?”

“岳田くんから聞いてるはずだ”        “過去にあった世界の再来を”

      “世界の霊的エネルギー分布の激変”

            “艦娘に求められている役割”

 

「岳田? 岳田ってどの? ぁぁ・・・、クッソ、良介の野郎、本当にとんでもない大物と会ってやがったのか!?」

 

 艦娘達を取り巻く環境を改善する為に田中が協力を取り付けることが出来たと言っていた人物がまさか日本の総理大臣だったなどと想像もしていなかった中村は小人が刀堂博士だった事よりも強い衝撃に額を握り拳を当てる。

 

 “情報の行き違いかね?”             “今は重要ではない”

           “報連相は社会人に必須の心得だよ”        “話を続けよう”

 

 モニターに映る小人が現在の地球と呼んだ方の球体が拡大され、中心を日本の列島に据えてさらに拡大する。

 東京湾の一部分へと集中した拡大画像は地理に弱いと自白した中村でもよく知っている鎮守府が存在する地点であり、その一部の地下に青い光の渦が集中しまるで大木の根ように枝分かれして強い光を放っている。

 

“この環境変化に現代科学は無力だ”  “だから”        “彼女達はそこで創られた”

   “個人の手では対応できない”    “過去に存在した環境の再現”

               “探し出した遺物から情報を繋ぎ合わせた”

           “因子の再構成”             “艦娘はその中で産まれた”

 

「まさか鎮守府の中枢機構の事か・・・クレイドルの真下にバカでかい円柱が埋まってるってのは知ってるけど内部構造を見るのは初めてだ。まるで聖書に出てくる生命の樹みたいな形してるんだな・・・」

 

        “生命の樹の再現”      “人間一人分の魂で起動した割には”

    “まさしくモデルがそれだ”             “大仰な出来になってしまったよ”

 

「人間の魂・・・? ん、死因は何でも良かったってさっき・・・、ぅぁ、マジかっ、アンタはコレの材料に自分の魂を使ったのか!?」

 

“中枢の起動には種火が必要だった”   “自慢みたいな言い方になるが”  “寿命を待つよりも”

         “ワタシの霊力は老いぼれであっても”

       “キミ達より強いと自負している”

     “枯れ果てるだけを待つぐらいなら”        “未来にくべる燃料には丁度良い”

 

 自嘲気味に笑う小人がもう一度手を振るとモニターの中の青い光で出来た樹、その枝の一本へと拡大されていった映像が映し出したのは現在では中村と縁深い関係を作っている艦娘の吹雪だった。

 だがその艦娘は姿は一糸纏わぬ姿で胸元から伸びた光の細い紐で大樹の枝と繋がっている。

 突然モニターに現れた幻想的な素っ裸で眠っている吹雪に中村は目を見開き息も忘れて固まってから、数秒後に思い出したように慌てて視線を反らせるようにコンソールパネルの上に立っている小人へと顔を向けた。

 

「いきなり何見せてんだ!? 死んだ人間からはデリカシーとかプライバシーってもんが無くなるのかよっ!」

 

“経験が無いわけでもあるまいに”        “こんな少女の身体に”     

   “前世は今よりも年齢を重ねていたはずだ”    “騒ぐほどの事かね?”       

                          “・・・ぁっ、・・・すまない”

 

「本当にっ! アンタなんなんだよ!? 悪いか!? 年食ってんのに女の子とそう言う経験無いって悪い事かぁ!?」

 

         “落ち着いてもらいたい”        “話を続けようじゃないか”

“興奮するべきではない”               “冷静に”

 

 激昂する中村を宥める様に小人が小さな両手を彼の方へと突き出して振り、それと同時にモニターに映し出されていた吹雪の姿が肌色から普段から彼がよく目にする紺襟のセーラー服姿に変わった。

 そして、その身体から溢れるように青白い文字列が広がり、先ほど見た地球儀や中枢機関と同じように吹雪の身体の周りで光の粒子が渦を作り始める。

 

“これが彼女達の力”       “肉体を構築し命令を与える公式”

    “これだけでは完成しなかった”

     “霊力に形を与える情報の集合”             “だが”

 

「霊力だの神だの悪魔だの・・・マジでオカルトだったのかよ」

 

“中枢機構は巨大な図書館とも言える”         “造られた身体に詰め込んだは良いが”

       “基となった艦の性質に近い欠片”     “霊核そのものに明確な人格は無い”

    “理解していなかった”         “使えれば便利な能力を渡しても”

          “読み方が分からない本はただの紙の束”

    “目に見えもしない道具は使い様が無い”

 

 能力だけが備わっていてもその内容と発動方法を知っていなければ、使い方が分からなければ、自分がそんな力を持っているなどと想像する事すら出来ない。

 

「ならアンタ自身が君達にはこれこれこう言う能力を持っているんだよ、って感じで資料を残せば良かったんじゃないか? 俺や良介が資料室を調べ回った限りじゃそんなもん一つも無かったぞ」

 

 “ハッキリ言って”   “限定的な仮想領域だが”      “過去の地球一つ分を再現した”

    “切りが無い”     “世界の成り立ちを空気の組成から説明するようなものだ”

“さらに”      “その中から霊核が勝手に選び”  “それは気が遠くなるほど膨大な量だ”

       “多少の誘導は出来たが”          “艦娘が自らに取り込む”

  “今では幻想と呼ばれた”            “異能力者が振るった霊的技術” 

 

 確かに中村が知る限りクレイドルから目覚めたばかりの艦娘達は自分達がどんな力を持っているかを正確には理解できていない。

 一応は原型となった船としての自覚から水上を歩行したり、巨大化した時の砲撃とは比べ物にならないが光弾を手足から打ち出す事は出来ると言う程度。

 そして、ちょっと見た目と釣り合わないぐらいの丈夫な体を持った女の子達でしかない。

 

 今でこそ司令官が艦橋に乗り込むことで巨大化し、何処からかやって来る艤装を纏い深海棲艦を打ち倒せるほどの破壊力を発揮できているがマトモな人間ならそんな力が彼女達に備わってるなど想像もしないだろう。

 そもそも艦娘達が何故そんな能力や現象を発生させられるのか使っている本人達にも理解する事は出来ていないのだ。

 鎮守府の研究室に所属する頭の出来は非常に優秀だが日常生活能力に難を抱える研究者達ですら仮説や推論止まりとなっている。

 

             “霊力そのものが”     “燃料が無ければ”

“こればかりは”          “500年近く消失していた”

      “研究そのものが行えない”

      “遺失した技術の再現は困難だ”      “地球上から姿を消していた”

“ワタシのようなイレギュラーが存在していなければだが”   “エンジンが動かない様なモノだ”

 

「で、大昔の超能力者の力をランダムに艦娘と霊核に詰め込んだのは分かったけど、結局何が言いたいんだよ・・・俺に主任並の理解力を期待されてもムリってもんだ」

 

 興味深い話であるから聞き続けているが前世から集中力というモノに自信が無い中村は難易度が上がっていく小人の言葉を三割理解できていれば良い方と言った調子で耳を傾けながら光に包まれてモニターの中で浮かんでいる吹雪を眺める。

 

“ワタシがキミに伝えるべき事は”  “ほぼ全て明かした”   “ちょっとした雑談と言える”

               “後は”       “個人的な事情”

 

「はぁ、ならさっさと済ませてくださいよ。縁側で茶飲み話してるわけじゃないんだ」

 

 “キミと君の友人”  “ワタシは艦娘の力の方向を誘導した”

                “キミが彼女に騙った物語”

“ワタシと精神の混線が起きていた”    “そう言ったはず”

        “創作の中の英雄へと近づけた”

   “外部からの刺激”    “欠片の活性化による式の連鎖”

 

“欠片同士の接続が安定した”   “さらに”  “必要な霊力係数の軽減”

  “指揮官が”    “艦娘に”     “直接乗り込むことで”

 

 その言葉の内容に中村の体感時間が急停止してベージュのセーラー服を纏った小人の前で世にもマヌケな顔を晒した。

 

“ワタシも前世ではサブカルチャーに傾倒していた”

        “キミの創作はそれらに劣らぬものだったよ”

   “機動戦記は1stが好きだ”      “文才に自信があるなら”  “自画自賛になるが”

“小説の一つでも嗜んでみると良い”    “艦娘に乗り込む”   “丁度良い欠片も式もあった”

           “目からウロコだったよ” “有名なのは北欧神話の巨人族か?”

 “ワタシのアイディアも悪くなかっただろう?”  “彼らは自らの身体の大きさを操れた”

 

「う、うぁあわわあああっ!? マジか!? アンタっ、ホントに何やってんだよ!!」

 

“言っておくが何でもは無理”    “奇跡と言われてた時代もあるが”    “法則は存在する”

   “技術的に再現不可能はある”        “全てが全て完全に形を成したわけではない”

“原則から外れる事は出来ない”     “敢えて言うなら空母は空を飛ぶ”

   “あの欠片の接続には苦労させられた”

        “飛行と表現するには不完全だが”     “どうだったね?”

 

 まるで隠していた中二病の設定を書き綴ったノートを御大層な言葉で評論されているような感覚に顔を真っ赤にして叫び声を上げた中村は頭を抱えて睨むような視線を小人にぶつける。

 言うなれば、「君の考えた二次創作はとっても面白かったよ。だから良かれと思って私がアレンジを加えてアニメ化しておいたよ。あ、もう放送も終わってるからね?」と言われているようなものである。

 

「人の頭の中覗き見して好き放題かよ・・・太々しいにも程があるだろこの妖精モドキ・・・」

 

  “元々そう言う計画だった”       “欠片の力を繋ぎ合わせる要因”

   “外側からの霊的刺激で発動する”

   “ワタシの予想よりも下回った”        “精神感応能力が現代人は低すぎた”

“キミとキミの友人”      “死と世界を超えた稀人”  “転生を経験したキミ達のそれは”

    “この世界には少なくない人数の転生者がいる”

           “あの子達を目覚めさせるに足る霊力”

 

 

 そこで小人は大袈裟に落胆したような顔を浮かべてコンソールパネルの上で胡坐をかいて座り腕を組み、ぬいぐるみのような等身の頭を左右に揺らす。

 

 “艦娘という”  “分かり易い目印があれば”      “転生者が接触してくる”

 “政府公認の鎮守府計画”      “そう踏んでいた”       “だが三年も掛かった”

   “キミ達が現れるまで”         “そのために”

        “あの子達を長く苦しめた”

 

「それが艦娘が生まれた理由かよ・・・スーパーカーのエンジンを掛けさせるために使えるヤツをおびき寄せる為の分かり易い目印を付けた餌ってか? ふざけてんな・・・おい」

 

“それだけが理由ではない”     “全てが必要な要素”     “どれか一つだけでは足りない”

“そうでなくとも”    “期待していたが”    “政治家とは存外自由がきかない立場らしい”

   “岳田くん達が接触”   “この計画を知る”

      “協力者は少なくなかったはずなのだが”

  “表だって転生者に”      “集合してくださいと呼びかけるわけにもいかない”

   “どこかには居るはずだが”

 

 愚痴っぽいセリフを垂れ流す小人の様子に呆れるしかする事が無くなった中村は知らないうちに強張っていたらしい身体を意識的に脱力して指揮席にもたれ掛かり、深くため息を吐いてから特に意図せず正面のモニターへと目を向ける。

 先ほどと変わらずセーラー服姿の吹雪が浮かんでいるが、その身体の発光は淡いモノへと変わっており、薄っすらと開いている瞳が彼へと視線を注いでいた。

 

『・・・司令官・・・? あはぁ、司令官だぁ・・・♪』

「・・・え?」

 

“ふむ” “長話が過ぎた”     “キミが引き寄せた”

  “アストラルテザーの中に飛び込む無謀”

   “混線が彼女にまで及んだか”   “高濃度の霊的力場”

  “晒されたからこそ叶った奇跡”

        “ここまでのようだ”     “久し振りの会話は楽しかった”

  “ありがとう” “今度やったら命の保証は出来ないがね”

 

 会話を閉めに入っている小人の言葉に反応する余裕も無く、突然に聞こえた吹雪の声に中村はモニターの向こう側からこちらへと手を伸ばしてくる彼女の姿から目を離す事が出来なくなった。

 まるで水の膜を通り抜ける様にモニターを通過した吹雪の手が、身体が円形通路の手すりを乗り越え、足がコンソールパネルに着いて、覆いかぶさるように少女の身体が中村へと抱き付いた。

 

“良い子じゃないか” “経験は無くとも”  “目覚めから10年も経てば” 

                “良い関係を作るべきだね”

   “好意を察せぬと言うワケでもないだろう”   “パートナーになるには十分な資質がある”

“彼女達の成長は止められない”               “人と同様に老化は始まる”

 

 

「いや、人間に成るったって10年後だと俺は三十路男で相手の見た目が中学生は世間体的に不味いでしょうがっ!?」

「むぅう、なんですかぁ・・・夢の中なんだから優しくしてくださいよぉ、しれーかん♪」

「こいつっ、か、完全に寝ぼけてやがる・・・って、よ、よせっ」

 

 吹雪に抱き付かれたのがきっかけだったのか、彼女が通過してきたモニターがゼリーのように揺れ、艦橋の内部が溶けるようにその色をモノクロへと変えていく。

 

「んん~っ、手が邪魔ですよ、司令官ぅ・・・♪」

「や、止めろっ! 吹雪、それはダメだ、なんか後戻りできない方向に目覚める気がするからダメだっ!」

 

“さて”        “死人はここで失礼する事にしよう”

    “ああ”

     “健闘を祈る”       “最期に助言”

          “言い忘れていた”

 

 吹雪の肩に手を突いて引き離そうとしているがその感覚や視界すらも輪郭を失い始め、急激に吹雪と中村の顔が距離を狭め、夢であるはずなのに少し薄い唇が彼へと近づき爽やかな甘みを感じる匂いが彼の鼻を擽った。

 

    “彼女らは”   “一種の生存戦略だね”

       “見た目の美醜は基準にならない”

    “霊力係数が高い男性”        “性格の不一致を除けば”

        “本能的に魅力を感じる”   “気質がある”

   “ロマンと現実は分けて考える事を勧めるよ”

“仲間意識が強い”       “また”

       “一人の男を複数で囲む関係に抵抗感が薄いが”

        “誠実に一人を”    “無節操な関係を結ぶも”

    “個人の自由ではあるが”

   “明確な消耗が無い女性と違い”   “優先順位は気にするようだ”

  “男性には限界があるからね”

 

 刀堂の他人事のような助言が終わり、吹雪と唇が重なる寸前に中村の視界が完全にブラックアウトして身体の感覚を失った彼の意識は奈落に落ちたかのように何処かへと引っ張られていった。

 

  “ワタシは今後も”     “調整を続けよう”

    “とは言え、既に全体の構築が終わっている”

“キミ達の一助となる事を望んでいる”  “磨くように細かいモノになるだろう”

    “また縁があれば会おう”

 

 




A「ああ、しっかり死んでいるよ。そう言ってたじゃないか」



刀堂博士の喋り方、自分で書いておいてなんだけど滅茶苦茶に面倒臭い。
コイツは二度と出さない、絶対にだ。


猫吊るし「君達の法螺話のおかげで艦娘の能力を使い易くしてくれてありがとう!」

中村「使いやすくしたぁ!?」(CV子安〇人)

猫吊るし「これで転生者じゃなくてもでも司令官になれるよ! やっちゃったぜ! てへへっ」



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第十五話

中村は全治三カ月の重傷で都内の病院に入院しています。

田中や他の司令官は海上護衛とかに駆り出されて働いています。

高速修復剤? 課金アイテムじゃないっすかね? 知らんけど。

皆、頑張れ、超頑張れ(他人事)

諸事情により今回ちょっと短い


「むふぅ・・・♪ しれぇかんぅ・・・♪」

「吹雪ちゃん、やめ、止めて・・・寝ぼけてないで起きてぇ・・・ひゃあっ! そこはだめですよっ・・・」

 

 突然、彼女が寝ている木製の二段ベッドの下からドタンッバタンッと何かが落ちる音と姉妹の悲鳴が聞こえ、眠気を訴える瞼を薄く開けた駆逐艦娘の初雪はのそのそと上布団の中から顔を出してベッドの下を覗き込む。

 

「吹雪も白雪も、何やってんの二人とも・・・初雪はまだ眠いんだから騒がないでよ」

 

 艦娘として目覚めた後に支給された吹雪型の制服に身を包んだ姉の白雪と白い綿地の寝間着を着たまま寝ぼけている吹雪が絡み合う床に倒れ、気持ち悪い笑顔を浮かべてまだ夢の中にいるらしい長女が唇を次女のほっぺたに擦り付けている。

 ひどい光景としか言いようがないのに、何故か白雪の方が本気で拒絶していないので二人が床で転げまわるのはまだもう少しかかりそうだった。

 

「んぅむぅ・・・眠い・・・布団にひきこもる・・・」

「アンタはさっさと起きないさいよ! 白雪もさっさと引っぱたいてでも吹雪を起こしなさいなっ!」

 

 亀のように頭を布団に引っ込めようとした初雪の前髪が何者かの手によって握られ、毛根が訴える痛みに顔を顰めた吹雪型の三女は胡乱な視線を犯人である白銀色の妹へと向けた。

 

「でも吹雪ちゃん、昨日やっと治療が終わって治療槽から出てきたばかりなのですよ?」

「治療の一カ月の間まるまる眠りこけてたら睡眠時間なんて十分足りてるでしょ、ほらさっさとする」

 

 隙を見て初雪は自分と同じ吹雪型姉妹である叢雲の手から逃れようとするが気の強い妹は握力も強いらしく下手に抵抗すれば額の広さが数cm広がると言う悲劇が早朝から自分を襲ってしまう事実に彼女は口の中で唸る。

 

「今日は私・・・特に朝の予定入ってない、だから、・・・座学の時間まで寝ててもだいじょぶ・・・」

「んなわけないでしょ、着替えてさっさと朝食、その後は軽巡の人達と湾内演習に決まってんでしょ」

「ぇぇ・・・やだ、今日の担当艦って・・・神通さん、でしょ・・・初雪は天龍さんの時に演習する、から」

 

 面倒事をボイコットする事に関しては積極的になる姉の姿に叢雲は大きくため息を吐いて初雪の前髪を離し、次の瞬間には彼女の身体を覆っている上布団を剥ぎ取った。

 そして、早朝の寒さに凍える雪の名を持つ駆逐艦の悲鳴が部屋に響き、寝ぼけながら妹達に朝の挨拶をしてその場で寝間着を脱ぎ始める長女を次女が甲斐甲斐しく世話する。

 

「だらしないわねぇ初雪や私も大半の艦娘が目覚めたばかりなんだから、厳しい訓練は寧ろ自分から挑んでいくべきよ!」

 

 初雪とは違う理由でクレイドルへと霊核となって戻ったが、奇しくも彼女とほぼ同時に目覚める事になった叢雲は自分と同じ境遇の姉妹へのお節介を焼くのが日課となり始めている。

 こうなったら叢雲はテコでも意見を変えてくれないとまだ短い共同生活の中で学んだ初雪はウンザリとした顔でベッドの上から降り、自分の衣類棚へと向かった。

 

「・・・まぁ、神通さんの陸上訓練や海上演習は接近戦に偏ってますからね」

「天龍さんはちゃんと砲雷撃するし・・・、当たらないけど。神通さんだと組み手ばかりになる・・・痛いのやだ」

 

 吹雪が使い終わった部屋共有のヘアブラシを初雪に渡しながら白雪が苦笑する。

 

「天龍さんは砲雷撃を牽制って割り切ってる感じがあるから、足場を引っ掻き回して接近戦に持ち込むのが一番効率が良いって前に言ってたし」

「軽巡の人が使う刃物は敵の障壁を無視して攻撃できますから皆さん、実戦に慣れてくると大抵はそんな戦い方になってしまうみたいですね」

 

 いつものセーラー服に着替え赤いヘアゴムで後ろ髪を結い身だしなみを整えた吹雪が脱いだ寝間着を畳んでからベッドの寝具を畳んでいた白雪と共に初雪の方へと振り返る。

 

「まぁ、神通さんに関しては助けに来た時の那珂ちゃんさんの姿が衝撃的過ぎたから、らしいですけど・・・」

「確かにあの時の那珂ちゃんさんは凄かったよ。壊れかけの短刀一本で敵の砲撃を十発以上も交わしきったんだから、私には無理だよ」

 

 初雪は霊核となってしまっていた為に覚えていないが自分が深海棲艦に多くの仲間達と囚われていた限定海域なる特殊な空間へと目の前の吹雪は仲間達と共に突入し、見事に全長500mに達する姫級なる深海棲艦を撃破したと言う武勲を打ち立てたらしい。

 だが、初雪にとって目覚めてから顔を合わせたのが昨日の昼と言う事やまだ深海棲艦との戦闘で負った重症からの病み上がりでフラフラした様子をみせる吹雪型姉妹の長女に頼りない印象を受けている。

 

「あれ? そう言えば深雪ちゃんは?」

「深雪ならさっさと着替えて陸軍の連中と朝練してくるって走っていったわよ、ホント落ち着きが無いのっ」

「叢雲ちゃん、今の呼び方は陸上自衛隊の隊員さんですよ。間違って言うと鎮守府の外では色々面倒になるので気を付けてくださいね」

 

 戦争の最中に海の藻屑となり、何者かの呼び声で目覚めて人の身体を得てからは船だった時代とは大きく違う日本の姿に戸惑いを感じつつも艦娘達は少しでも早く順応する為に努力を続けている。

 四人が廊下へと出ると彼女達と同じように起きてきた艦娘達が朝の挨拶を交わしながらそれぞれの歩調で歩いていく。

 

「なんだか鎮守府もにぎやかになってきたね」

「うん、この前の救出作戦でたくさんの子達が戻って来ましたから」

「深雪ちゃんも頑張ってるみたいだし、私達ももっと頑張らないとっ!」

 

 とは言え初雪としては朝っぱらから青あざを作って教室の勉強机に突っ伏す羽目になるのは真っ平であり、交流を深めた他の艦娘から教えてもらった演習を回避できる素晴らしいアイディアを実行する為に朝食が終わるまでにお節介焼きな妹から逃れる好機を探る事にした。

 

「まずは夢に見るぐらい大好きな司令官が帰って来るまでに吹雪ちゃんも調子を取り戻さないといけないですよ?」

「もぉ、白雪ちゃんったらっ! そう言う揶揄うのはもう良いから、行くよっ、朝ごはんが待ってるんだからっ!」

 

 昨日、治療槽から出てきたばかりの時に自分の指揮官が重傷で入院をしていると聞いてから顔を青くしたり赤くしたり目まぐるしい百面相をしながら慌て泣き喚いていた吹雪よりはマシではある。

 さらに昨日からこの調子の二人に長女と次女との仲が良いのは十分に分かった、分かったからもういい加減にして欲しい。

 ついこの間、クレイドルの中から現代に目覚めた初雪はそんな事を目の前で延々とやられると鬱陶しくて仕方ないと吹雪への不満にウンザリとした顔になる。

 ふとすぐ横へと視線を向けた彼女は、よく見ると澄まし顔にちょっと呆れが混じっている叢雲の表情に気付き、性格が真逆とも言える妹とちょっとだけ自分と同じ部分がある事を知った初雪はちょっとだけ嬉しいと思った。

 

「なに人の顔を見て笑ってんのよ、気持ち悪い」

 

 絶対コイツの思惑通りに動いてやるもんか、と初雪はいつか自分が姉である事を小生意気な妹へと思い知らせると言う思いを改めて決意した。

 

・・・

 

「へへっ・・・疑似的に戦闘形態を体験できる装置、シミュレーターゲームとか言うのやってるなら訓練してるって言い訳になるし、ちゃんとコインもたくさん持ってきたから、お昼まで遊べる・・・ふへへっ」

 

 それの始まりは中村義男と言う指揮官が昔ゲーム機の修理や製造に関するアルバイトをしていた経験から彼の実費で揃えた部品で原型が造られ、艦娘の為に用意された酒保の片隅に設置され指揮官としての視点を学ぶためと言う名目で艦娘に公開されている。

 プレイヤー達の意見や自分の経験を元に中村がちょくちょく弄っていたそのゲームは機械弄りが好きな軽巡洋艦や鎮守府の研究者までもが協力者に加わったため今では下手なゲームセンターの大型筐体よりも高い完成度を誇るモノとなった。

 そして、ゲームのランキング表示の最上段に中村の名前がある事から明らかにこのシミュレーターを彼が自分自身の為に用意したのは艦娘達にとっても公然の秘密である。

 

「この事、教えてくれた望月には感謝しないと・・・んっ?」

 

 テンションの低い口調を裏切る軽快な足取りで初雪が訪れたのは鎮守府内の大きな倉庫が並ぶ一画、入り口に艦娘酒保と言う看板が掛けられたそこへと吹雪型の三女は手に数枚の硬貨を握って滑り込むように入る。

 広い倉庫の中に様々な商品を機内に並べている自動販売機が幾つも設置されて小さく駆動音を立てているが今の初雪の興味はそこには無く、さらに倉庫の奥から聞こえてくる爆発音のような音へと向かって行った。

 かくしてウキウキとゲーム機へと辿り着いた彼女の目には巨大な半円形の大型スクリーンと円形の通路に囲まれた肘掛け椅子、そして、その椅子に座った睦月型駆逐艦の長月とシミュレーターの前に列を作っている睦月型駆逐艦達が飛び込んできた。

 

「ぇっ・・・? 何それ・・・」

「ぁ~、初雪、ん~、悪いんだけどコレ今はあたし達が使ってんだよねぇ」

 

 艦娘が戦闘形態となった時に司令官や指揮下の艦娘が乗り込むことになる艦橋を模したと言う大型筐体の中、椅子に座って四苦八苦と言う顔をしながら初雪よりも一回り小さい体格の長月がレバーやペダルへと懸命に手足を伸ばしてモニターの中の深海棲艦と戦っている。

 その長月が座る指令席のすぐ隣には天龍型軽巡洋艦の二番艦である龍田が柔和な笑みを浮かべながら駆逐艦へと操作手順を教えていた。

 

「・・・何で?」

「龍田さんに頼んだら助言してくれるって言ってくれたにゃし♪ 睦月達もこれでハイスコアを取れるようになるのね!」

「睦月ちゃんったら、張り切っちゃって可愛い♪」

 

 肩を落とし唖然とした顔で立ち尽くす初雪と対照的に睦月型の長女が嬉しそうにその場でピョンピョン跳ね、次女がその微笑ましい姿に我が事の様にうふふっと喜ぶ。

 そんな二人の姿に艦娘の長女と次女は仲が良くないといけない暗黙の了解でもあるのかと初雪は現実逃避気味に頭の端で益体も無い事を考える。

 

「う、裏切ったの・・・!? 望月は初雪をっ・・・」

「あたしらもさぁ、何て言うかさ、朝っぱらから神通さんと訓練はちょっと、いや悪い人じゃないんだけどさぁ~?」

 

 そして、初雪は同じ怠惰を信条とする志を持った友だと思っていた相手からの意外過ぎる裏切りを見抜く。

 

「いやいや、ホントに今回はたまたまタイミングが悪かっただけだって、てぁっ、長月ぃ、あっちゃぁ・・・」

 

 ちなみにシミュレーターでは龍田の声も聞こえない様子で長月がワーッワーッと叫びながら半狂乱になってコンソールパネルをレバガチャしており、駆逐イ級らしいCGで出来た敵がつるべ打ちに砲撃を放ってモニターを赤く点滅させていた。

 

「うぅっむぅ、どうしよっ・・・暇に、なった・・・」

 

 太々しい態度で言い訳がましい事を言うだけ言って姉妹へと歩み寄っていく望月の背中を睨みつつ、自分の番が来るまで待っていたら昼食も逃してしまうのではと思えるほどの行列に初雪は並ぶべきか並ばざるべきかを悩む。

 そして、不意に背後からポンッと自分の肩を軽く叩かれて初雪は反射的にそちらへと振り返ってしまった。

 

「おはようございます。初雪さん、お暇でしたら御一緒に湾内演習でもいかがでしょうか?」

「げ、げぇっ!? なんで神通さんっ・・・!?」

「げぇ、なんてはしたない事を言ってはいけませんよ? 私達は任務に精励する為にいついかなる時も平常心を持っていなければなりません」

 

 背後から奇襲をかけてきた川内型軽巡洋艦に初雪は睦月型の行列以上の精神的衝撃に白目を剥き、そのオレンジ色の制服の向こうにある自動販売機の影から覗く邪悪な笑みを浮かべた銀髪の姿を見た。

 

 初雪は激怒した。

 

 必ずやかの邪知暴虐の徒であるお節介妹と圧政じみた訓練を課す気弱なフリをした鬼教官を除かねばならぬと決心した。

 

 初雪には過剰な訓練の必要性が分からぬ。

 

 常日頃からお布団とおやつがあれば生きていけると自負していた。

 

 しかし、自分から温かいお布団を奪い、折角食べた朝食を魚の餌にする邪悪には人一倍敏感であった。

 

「ぅぅっ・・・はいぃ・・・」

 

 でも、今日の所は格上の軽巡洋艦には勝てそうにないので初雪は反撃の頃合いを待つ事にしました。

 

・・・

 

 その日の湾内演習で初雪が頭の天辺から下着の内側まで海水にまみれた頃、治療が終わり艦隊に復帰したばかりの吹雪が復帰の挨拶回りで近くに通りかかり、神通に手合わせを願われた。

 それを聞いた野次馬の艦娘達がわらわらと訓練に使っている海上へと集まってくる。

 そして、鎮守府の研究員たちが丹精込めて作った色と形だけは正確に再現された人間サイズの艤装を身に着けた吹雪と神通の周囲が騒然となった。

 

 開始から三分少々、観衆の目の前で吹雪と神通の間で光を纏ったペイント弾が飛び交い、初雪はその二人の姿を水柱を上げて飛び散る海水の向こうに見失う。

 

 だがその直後、水柱の向こう側から駆逐艦の一本背負いで投げ飛ばされた軽巡洋艦が水きりの石の様に海面を滑り飛んでいった事で勝負は吹雪の勝利で決した。

 

「何やってんのよっ! 神通ぅっ!?」

 

 野次馬の囲いの中から飛び出した川内型の長女が驚愕に目を見開いて叫びながら飛んでいった神通を追いかけ、酒保でシミュレーターをやっていたはずの睦月型がいつの間にか野次馬に混じってワイワイ騒いでいた。

 

「やっぱりすごいです! 吹雪さん!」

「私達も見習わないと、ですねっ!」

 

 漏れ聞こえてきた睦月型の誰かの言葉を耳にして初雪は決意した。

 

 耳にタコが出来るほど事ある事に自分の指揮官を自慢する面倒臭い一番艦ではあるが彼女に逆らう事は絶対にしないと。

 




神通「まだまだ私も鍛錬が足りないようですね・・・」

吹雪「いえ、単純にお互いの適正距離の問題ですよ?」

神通「ぇっ? それはいったい・・・」

吹雪「長距離走者が短距離走者と50m走するようなもんです」
  「他の艦種が駆逐艦に格闘戦を挑む事ほど無謀な事は無いって司令官が言ってました」

書き溜めが切れた。

でも書きたい事は大体書けたからこれからはゆっくりする。

色々書きたいシーンはまだあるから続けるとは思う。


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幕間
第十六話


「前回書きたいことは大体書けたと言ったな?」

「そ、そうだ作者、(投稿を)や、止めっ―――」


ちんじゅふぐらし、始まるよ

ゾンビ? 出るわけないじゃん。



 阿賀野型軽巡洋艦一番艦、阿賀野の朝は早い。

 

 まだ朝日が水平線から少し見える程度の薄暗い鎮守府の艦娘寮の一室、四人部屋のベッドの中で目覚めた阿賀野はまず顔を洗い制服へと着替えを済ませ、その後に部屋に備え付けられた共用の化粧台で艶が自慢の黒髪を丁寧に梳き、朝の静かな時間に思いを馳せる。

「あっかーーん! こらほんまっ、あかんーーぅっ!?」

 ふと朝の日差しが差し込み始めた窓へと耳を澄ませると遠くから切羽詰まった甲高い悲鳴が聞こえた。

 ・・・気がしたけれど窓から見える東京湾は穏やかに波打つ綺麗な青い海が広がっている。

 

 もう一度耳を澄ませても何も聞こえなかった阿賀野は小さく首を傾げてから身だしなみを整え終わり、彼女が朝食を取るために部屋から出る頃には何人かの仲間達も艦娘寮の廊下に顔を出していたので明るい挨拶の言葉を交わし合う。

 そんな朝の廊下に若干名、眠そうに目を擦りしばたたかせながら自室へと入っていく子達の姿も見え、阿賀野は彼女達が夜間演習か出撃の帰りなのだろうと当たりを付け、労いの言葉と笑顔で小さく敬礼をした。

 

 艦娘寮の一階の大部分を占める大きな食堂、廊下で挨拶をしてから何故か後ろに並んで付いて来ている駆逐艦の子達と阿賀野はAとBに分かれた二種類の献立が書かれた小さな黒板の前でどちらにするべきかを相談していた。

 二つとも基本はご飯と味噌汁やお漬物、けれど焼き魚と野菜炒めのどちらが主菜になるかで中々に悩ましいと阿賀野は顎に手を当てて焼き魚派と野菜炒め派で議論を始めた背後の駆逐艦達の言葉に耳を傾ける。

 

 阿賀野が言うのも何であるが艦娘には不思議な習性の様なモノが存在しており、その一つに駆逐艦は軽巡が前を歩いているとその後ろに一列に続いて歩くというモノがあった。

 さらにもう一つの習性、近くに自分達よりも大型の艦種がいた場合にはその相手に意見を求めたり任せたりする。

 

 というわけで一通り、自分たちの意見を言い終わった駆逐艦達が黒板の前で瞑目していた阿賀野へと視線を集中させた。

 

「先に湾内演習がある子は焼き魚にして、座学の子は野菜炒めで良いんじゃない?」

 

 座学なら量も多く腹持ちの良さそうな野菜炒めの方が良い、逆に運動の前に量を食べるとお腹が痛くなりそうと言う単純な理由から阿賀野がそう発言すると彼女の言葉を聞いた駆逐艦たちがなるほどと言う顔で頷く。

 と言うわけで相談を終えた阿賀野が厨房と食堂を隔てるカウンターへと注文に向かうとさっきよりも人数を増やした駆逐艦たちがぞろぞろと彼女の後を付いて並んだ。

 

 艦娘である阿賀野が言うのもなんだけれど妙な習性を持っている艦娘は本当に多い。

 

・・・

 

 焼き鯖の骨をガリガリと噛み砕きながら食器の返却所に皿とお盆を返し、朝の食事を終えた阿賀野は座学が始まる時間まで一時間ほどの暇をつぶす為に鎮守府をうろうろする。

 

 とある理由から阿賀野は二年以上も鎮守府から離れており、やっと戻って来れたのが三か月ほど前で、さらに酷使された身体を癒すための治療で半月ほど寝たきりで過ごしていた間に自分達を取り巻く環境は大きく変化していた。

 

 彼女が艦娘として目覚めた時には卑下た視線を向ける形だけ誂えたような軍人ばかりだった鎮守府が設置されている基地は彼女が帰って来た時期に大幅な人員の入れ替えが起こったらしく随分と様変わりした。

 こちらを見下すような視線が無くなっただけでも精神的に楽になったのは良いのだけれど、逆にほとんどの自衛官が誠実ではあるが自分達に対して妙にかしこまった様な態度で一歩離れた場所から接してくる事に阿賀野は首を傾げる。

 

 階級が高くてマニュアル通りに仕事をするのだけは上手い連中では無く、本当に海に出て国防の最前線に立った経験がある海上自衛隊員たちは最近とみに増えた船団護衛に参加して深海棲艦の脅威を肌で知っている者も少なくない。

 今まで基地に勤めていた人員の半数近くと入れ替わる様に異動してきた彼らにとって艦娘は自分たち以上に国の防人としての力を振い、多くの人命を守っている事への尊敬や実際に自分自身を守ってもらった経験から感謝の念を持つ者も多くいる。

 

 艦娘達はあくまで過去に自分達を建造した日本国に対する義理で協力してくれている英霊の具現である、という刀堂博士が残した注意書きのような原則文が徹底周知された事もそんな彼らの畏敬の念を高めるのを手伝い。

 

 そして、そんな艦娘達をよりにもよって自分達の同僚が政治的な介入があったとは言え意図的に虐げていたと言う事実に愕然とした自衛官達にとって藪をつついて蛇を出すような事が無い距離を開けてしまうのは当然とも言える。

 

 後、単純に女性とのお付き合いの経験が無い青年達が多い為に美人、美少女揃いの艦娘達の姿に及び腰になっているという理由も無きにしも非ずであった。

 

 立ち止まってわざわざ敬礼してくれる自衛官の人達に敬礼を返しながら阿賀野は朝の散歩を終えて、そろそろ座学に向かおうと鎮守府の教室棟へと歩き始める。

 そんな彼女の視界の端にタンクトップに枯草色のズボンを穿いた体格の良い陸上自衛隊の一団が朝の調練の為に走っている様子が映り、阿賀野よりも背の高いその男性の群れの中に頭二つ分ほど小さなセーラー服姿の女の子が混じっていた。

 

「深雪ちゃ~ん! そろそろ座学はじまるよ~!」

「あと二周だけだからっ、大丈夫だぜー!」

 

 ただそんな近づくだけで恐縮する自衛官たちに積極的に関わって行こうとする艦娘も一部にはいる。

 人としての身体と心を手に入れた以上は主義主張は個人の自由と言えるけれど阿賀野としては特に差別意識は無いが陸軍の人と海軍生まれの艦娘がベタベタするのは如何なものかとも思う。

 

 たまに食堂の厨房で鍋を掻き混ぜている子や鎮守府の並木を整えにやって来る園丁の人達に話を聞いたりする子など積極的なのは良いけれど軍務に支障が出ない程度に収めて欲しいところである。

 

・・・

 

「なので、軽巡洋艦娘が持つ近接兵装はそのほとんどが刀剣の形を取り、総じて障壁を含む大半の霊的力場を切断するものと思われていますが、実際には刃に沿って発生する霊力粒子の振動が周囲の力場を撹拌する事で対象の切断に至っている事が・・・」

 

 平均的な日本の学校のそれをモデルにしたと言う教室の勉強机にノートを広げて阿賀野は正面の黒板に書かれた自分達が無自覚に使っている能力を理論的に講釈するよれたシワだらけのシャツとズボンの上に白衣を羽織った研究員の言葉に耳を傾ける。

 正直に言うと自分達が発生させている不可視の障壁や霊的なエネルギーを砲弾や魚雷に作り変えて撃ち出す事は全て感覚でやっているため学術的な解釈なんか考えなくても良いんじゃないかと慢心気味な考えも過るが阿賀野は軽く頭を振ってそれを頭から追い出す。

 

「はいっ、先生! 雷撃カットインってどうやったら使えるんですか?」

 

 ここまでで分からない事は無いですか、と質問を求めた研究員に手を高々と上げた艦娘が講義の内容から外れた質問をした。

 授業進行をぶった切るその言葉に眼鏡の中年は苦笑を浮かべる。

 

「雷撃カットイン? ぁあ、多層力場高圧縮推進弾の事ですね。あれに関してはまだ仮説の域を出ないのですが・・・」

 

 まだ完全に性質や詳細の解析は済んでいないと前置いてから水雷艦である駆逐艦や軽巡洋艦にとって最大の破壊力を発揮させると言う能力についてのあれこれを黒板に書き加える。

 

 クレイドルから目覚めたばかりの艦娘の興味はそのほとんどが自分の能力を戦闘で十全に生かす事にのみ集中している、と阿賀野がたまたま立ち寄った談話室で指揮官達が複雑そうな顔をして相談しているのを見た事がある。

 艦娘として目覚めてから大半を深海棲艦が作り出した歪んだ空間の中とは言え二年ほど生きている阿賀野であるが鎮守府での生活や外の人達との関わり合いの経験はほとんどなく指揮官達が言う艦娘の興味の偏りという意見を聞いた当初は困惑し首を傾げた。

 

 そんな彼女も余計な理論とか構造とか細かい事はどうでも良いから今すぐ使える技術や能力を教えて、という態度を隠さない目覚めたばかりの艦娘達の少し焦りにも似た感情を見え隠れさせる様子に司令官達の言葉に納得する事になった。

 

 その感情自体は阿賀野にも分からなくはない、彼女自身も過去の醜態を返上せんと国民の盾となる為、護国の志を持って新しい身体を得た艦娘の一人である。

 

 けれど、彼女は碌な教育も現代の情報も得ぬままに戦場に駆り出されて数度の出撃の後に深海棲艦が支配する悪夢のような領域に囚われた。

 そこでの経験は過去の船だった頃の記憶はほとんど役に立たず、流れ着いて来る外からの情報や物資だけが唯一とも言える命綱であり、その学ぶことを選り好みしていられない環境が文字通り彼女や仲間達の生死を分けた。

 

 そう言う視点から多くの艦娘が正常な環境で過ごしている今の鎮守府の様子を見てみると指揮官達が言っていた思考と嗜好の偏りというモノもあながち間違いではないと感じる。

 

 あの時、貪欲に現代技術を学んだ夕張が直した通信機が無ければ、誇りだの恥だのに拘って廃材や物資を漁る様に集める事を怠っていたなら、今の阿賀野達は再び太陽の下に戻る事は出来なかった。

 

 自分達を支えていたのは確かに船であった頃の過去の想いではあるけれどそれに執心するあまり周囲への考慮を怠れば待っているのは深い奈落の穴であると思い知らされた。

 

「ですので、理論上は一人の艦娘だけでは発動は不可能ではありますが力場を安定させる装置を複数あれば、そうですね。現在開発中の増設艤装にそう言った機能を持った装備が予定され・・・」

「えっ!? それってどんな装備なのかしらっ? 阿賀野達はいつ使えるの!?」

 

 自分をあの闇から救い出した軽巡洋艦が姫級と呼称される最大級の深海棲艦を討ち取ったという一撃、それを目撃した仲間達の言葉から強い憧れを感じていた阿賀野は心に沸き上がった強い興味につい声を上げてしまった。

 

 全体的に艦娘の興味や思考は戦闘方面へと偏っている。

 

 これもまた彼女達が生まれ持った習性の一つである。

 

・・・

 

 艦娘の能力に関する講義だけでなく現代の社会や数学、国語など彼女らが船として活動していた昭和初期とはかけ離れた世情を学ぶ座学で数時間が過ぎ去り、気付けば昼食の時間となり阿賀野はまた艦娘寮の食堂で焼き魚と白ご飯を頬張っていた。

 午前を湾内演習で過ごした艦娘達も同じように食事をとりながら雑談を交わすざわざわとする明るい雰囲気はただそこにいるだけで阿賀野は温かな感覚に包まれる。

 

「早く私達にも司令官が着任しないかなぁ」

「木村大尉の艦隊に一人分の枠が出来たらしいよ」

「でもあの人、ちょっと顔が固いよねぇ、あと考え方も」

 

 艦娘の設計者である科学者が残した原則の一つ、艦娘は指揮官と共にある事でその能力を十全に発揮する、という言葉の通り、阿賀野を含めた艦娘全員は指揮官としての素養を持った人間が居なければちょっと丈夫な身体と不思議な力を持った女の子でしかない。

 そのため艦娘達は自分の実力を引き出してくれる指揮官を常に求めているが、肝心の指揮官となってくれる人材と言うのが思いの他集まらないのが現状だった。

 

 阿賀野も自分の装備や能力を測定する一環として指揮官の候補者として鎮守府にやって来た人達を乗せた事はあるが、一人目は彼女が戦闘形態となり一歩歩いた直後に白目を剥いて気絶して海面に浮かび、二人目は主砲の試し打ちを行った直後に顔を青くして試験を中断した。

 その日、意気軒昂と言った様子で彼女の前に立った六人の指揮官候補がたった数十分後には重病人のような様相で鎮守府の港に並べられ、その姿を阿賀野は呆れ顔で眺め。

 すぐ近くで阿賀野と同じように候補者の相手をしていた艦娘の中にはちゃんと航行から砲撃雷撃をこなして胸を張りながら入港した子もいたので彼らに失礼だとは分かっていても自分はハズレを引いたのだな、と彼女は口の中で独り言ちた。

 

 ちなみにその日の候補者としてやってきた二十人の内でまともに艦娘を運用できた自衛官はたった3人であり、そのほとんどが真っ青な顔をして港に看護されながら寝かされ並ぶ様子は夜戦病院と言うよりは漁港の競り市場を思わせる光景となった。

 

 その時の阿賀野の頭にあった疑問は参加した士官の中に高所恐怖症の人が一人だけ混じっていた事であり、何故に巨大化する艦娘の指揮官候補として彼を連れてきたのだろう、と言う客観的に見てどうでも良い考えだった。

 

「この前の着任した人達はまだ一人づつしか編成できないみたいだよね」

「巻雲も早く司令官様の選定に参加を申し込んでみたいです」

「あらあら、巻雲さんったら私達はまだ座学も訓練も、単位が足りてないでしょう?」

 

 艦娘として目覚めたばかりの子は表面上は問題無く見えても中身は少しどころでは無いほど現代の常識がない事や人間としての身体に慣れていない事もあって、座学と湾内演習で規定の単位を履修するまでは実戦はおろか指揮官を選ぶ場にすら立つことが許されないと決められている。

 そして、よっぽど性格が合わない時を除いて指揮官は初めに乗った艦娘を初期艦として指揮下に置くことが暗黙の了解となっているらしく、指揮官の選定でアタリを引いた子は晴れて実戦要員として着任できるため多くの艦娘から羨望の眼差しを受けている。

 

 阿賀野に関しては極限の環境でサバイバルを強いられた経験から身体と霊力の使い方を覚える事を前提にした湾内演習はほぼ必要ない状態で座学にも意欲的に取り組んだおかげで三週間前には司令部から実戦に出ても大丈夫だと許可が下りていた。

 そんな指揮官が居ない宙ぶらりんになっている艦娘は彼女以外にも複数いて、中には自分にふさわしい相手が現れるまで待つと言う考えの娘や今いる指揮官の編成枠が増えるのを待って申請を行おうとしている娘など個人によって様々であった。

 

「そう言えば阿賀野さんはどうするんですか?」

「ん~・・・私は待つ方かなぁ、中村少佐なら阿賀野の提督さんになってくれると思うんだよね」

 

 正直に言って適性があり司令官となった新人の人達を見るに例え自分がアタリを引いても任される任務は碌に実力を発揮出来ない、精々が単艦ではぐれの深海棲艦の討伐や漁船団の護衛に駆り出される小間使いだろう。

 

 阿賀野に限らず軽巡洋艦娘は水雷戦隊の旗艦や大型艦の護衛として艦隊行動をとる事が前提として建造されたと言う自負から単艦で運用される事を嫌がる傾向が強い。

 

「でも中村少佐の艦隊は競争率高いらしいですよぉ?」

「軽巡ももう、那珂ちゃんさんや五十鈴さんがいますです」

「でも、指揮下にたくさん軽巡艦娘がいた方が提督さんも嬉しいと思うっ、うん、そうに違いないよ」

 

 一緒に昼食をとっている駆逐艦の子達が阿賀野でも薄っすらと分かっている正論を突き付けてくるが、あえてそれを自分理論で交わした軽巡艦娘は両手を胸の前で握り気合を入れる。

 

 この世界と似通った別の世界から転生してきたと言う中村義男と田中良介、二人の指揮官は窮地にあった鎮守府と艦娘の状況を見事に解決し、さらに彼らの指揮下にある艦娘達は他の者達とは一線を画す実力者として多くの深海棲艦を打ち倒してきた。

 現金な言い方になるが彼らなら自分達も見事に乗りこなしてくれるだろうと言う期待、それが良い乗り手を求める船としての本能とも言える感情によって多くの艦娘の配属申請書に彼らの名前を書き込ませる一因となっていた。

 

「それに提督さんったらこの前挨拶した時、阿賀野に見惚れてたもん♪ きっと阿賀野型の性能に首ったけになっちゃったのよ。絶対に次の申請は通るんだからっ、くふふっ♪」

「いや、まだ阿賀野の提督にはなってないし、申請だって私達の希望通りになるわけじゃないし、基地司令部の采配も考慮されるんだから貴女みたいに主砲の連射力がやたら高い子は安全確保の為にまだ指揮の拙い新人の司令官に配属されるんじゃない?」

 

 背後から野菜炒め定食のお盆を持って近づいてきた軽巡艦娘が上機嫌に笑っていた阿賀野に水を差しながら近くの椅子に腰かける。

 

「なによぉ、夕張だって申請出した田中少佐の所にちゃんと配属されたじゃない」

「私の場合は自分の申請が通ったって言うより、増設できる装備が多いから実戦で新兵装の試験をして欲しい研究室から推薦もらえたからなんだけどね」

 

 自分と同じように限定海域と呼ばれる深海棲艦が作り出した奈落から救い出された友人へ阿賀野はへの字に口を向けるが苦笑でそれを受け流した夕張はお箸を手に合掌する。

 今、鎮守府の艦娘が注目している艤装の増設装備を一足先に扱っている軽巡洋艦に阿賀野と一緒に食事をしていた艦娘達がここぞとばかりに質問をするが、機密関係は話せないと言う前置きをした夕張から聞けたのは彼女達が午前の座学で教員代わりをやってくれている研究員から聞けた話とほとんど同じだった。

 

・・・

 

 昼食の後、秋の終わりが近づく肌寒い海原で阿賀野は首から下げた警笛を片手で握りながら口に咥え、もう一方の手を腰に当てて目の前で行われている湾内演習の風景に目を光らせる。

 

 阿賀野達が鎮守府に戻るまで動ける艦娘は30人前後しかいなかったが、限定海域から助け出された彼女を含めた18人の艦娘と百数十個の霊核によって劇的に鎮守府の艦娘人口は増える事になった。

 この三か月でクレイドルと呼ばれる治療槽から新しい身体を得て目覚めた艦娘は既に60人に達することになったのは良いが、それに伴って現れた問題も多々あった。

 

「はいっ! 菊月ちゃん大破判定! 後方に下がりなさ~い!!」

「ぐっ、阿賀野さん、この菊月はこの程度で沈むほど柔ではないぞっ」

「はいはい、文句言わない、身体の光が消えちゃっているからさっさとこっちに来ないと危ないよっ!」

 

 口に咥えたホイッスルの音を上げてから阿賀野は大きな声で白髪と黒いセーラ服を赤いペイント弾で汚した睦月型駆逐艦を呼び、幼い顔立ちに似合わない口調で文句を言う少女に小さくため息を吐いてから軽巡艦娘は海面を滑り菊月の腰に輝く三日月の付いたベルトを掴んで引きずる様に彼女を避難させる。

 

「ペイント弾でも霊力がくっ付いてるとかなり危ないんだから、障壁が作れなくなったら

ちゃんと避難しなさい、メッ!」

「うぅ、こんな前半戦で直撃を受けるとは・・・睦月型の名折れだ・・・」

 

 ベルトを引っ張られて肩を落とす菊月の額に人差し指を当てて注意を行った阿賀野はもう一度ホイッスルを吹く、すると演習用に用意された港湾に光を纏ったペイント弾がポンッポンッと少し間の抜けた音を上げながら飛び交い始める。

 数人の艦娘が二つのチームに分かれて手に持った単装砲や連装砲の様なモノを向け合う演習風景を大破判定で撤退させられた菊月と並んで阿賀野は今日の午後の湾内演習の担当艦として監督を続行する。

 

 目覚めたばかりの艦娘達は本能的に海上歩行と手足から光弾を放つ能力は使えるがそれ以外ははっきり言って戦闘の素人としか言いようがない有り様だった。

 さらに戦闘艦だった頃の記憶から自分の力を過信したりするくせに人間としての身体に慣れず頻繁に何もない所で転ぶなんて事もしばしばであり、昭和初期からタイムワープしてきたような時代錯誤な感性と現代の常識との齟齬に混乱する事も多々ある。

 そんな世間知らずの艦娘一年生が一気に元から鎮守府に居た艦娘を上回った事で船では無く艦娘としての戦闘方法を教える人員が圧倒的に不足する事になった。

 

 艦娘の人数が少なかった数か月前までは鎮守府の研究室で作られた人間サイズに縮尺を合わせ重量配分も本物に近づけた張りぼて艤装を背負って高波などに転ばないように走れるようになったら司令官と共に実戦に出て先輩艦娘の艦橋から戦闘方法を学ぶ方法が取られていた。

 だが、艦娘の人数が司令官の人数を圧倒的に上回ってしまった為にこのままではただでさえ少ない司令官達が胃を大破させるか過労死するかと言う危険が出てきたため、急遽、湾内演習の方式が改善されることになった。

 

 そして、その改善策が現在ではスタンダードとして鎮守府の艦娘達に定着する事になる。

 

 まず演習の監督を担当する艦娘が立候補や推薦で決定して艦娘寮の入り口にある掲示板に日付ごとに朝、昼、夜に分かれた担当時間と共に張り出される。

 そして、演習を希望する艦娘がその当日の朝までに担当艦に参加を申し込んで、人数の集まり具合や参加する艦娘の艦種や練度などから担当艦が演習の内容を決定するという方式が採用される事となった。

 

 今、阿賀野が担当している艤装モドキを装備して行う湾内演習の他にも身一つで海上に浮かんだ的をより早く、より多く、より高い命中力で打ち抜く無装備演習や陸上もしくは海上で艤装が使用不能となった場合を想定した格闘戦や撤退戦を学ぶための演習などが現在の鎮守府で行われている艦娘の訓練の主だったものである。

 そして、全ての演習で共通するルールが演習中には障壁を常に展開し続けなければならないというモノであり、霊力の消費によって発光する事が出来なくなった艦娘はその時点で担当艦から演習の終了を告げられそれに従わなければならない。

 

「うわあぁん! 魚雷の群れに突っ込んじゃうなんて! 巻雲のばかぁ!」

「はいっ! 巻雲ちゃんっ大破っ! 早く避難して~!」

 

 玩具のモーターが使われている魚雷モドキが発生源とは思えないほどの水柱に跳ね飛ばされて悲鳴を上げる駆逐艦に向かってまた阿賀野はホイッスルを吹き鳴らし戦闘を中断させ、濡れ鼠になった夕雲型の二番艦がとぼとぼと阿賀野の方へと避難してきた。

 

 ちなみに担当艦はある程度の実戦経験や海上活動の実績から選ばれる事が多く、立候補する艦娘もその手の事に自信がある者なので大抵は座学と演習の単位を修めたが特定の司令官の指揮下にいない阿賀野のような宙ぶらりんな艦娘が担当艦をやる事が多い。

 

・・・

 

 座学や演習などを真面目に受けたり実戦で戦果を挙げると教員や指揮官から貰える銀色のコイン、枚数に応じて艦娘酒保で色々な物品と交換出来る硬貨を数枚ほどポケットの中でちゃりちゃり言わせながら阿賀野は夕ご飯までの間に出来た暇をどう過ごそうかと思案する。

 

 そんな事を考えながら夕暮れが近づいてきた鎮守府の港区画に何気なく立ち寄った阿賀野の耳にコーンッと小気味の良い音が聞こえ、小さく首を傾げた彼女はそう言えばたまに夕方になるとこんな快音が港から聞こえてくる事があったなと思い出す。

 

 暇もあった事も手伝い、その正体に興味をひかれた阿賀野は音がした海を臨む港湾の広場になっている場所へと歩いて行った。

 

 そこにはコンクリートの地面に引かれた白い菱形、木製のバットを持った駆逐艦と白いボールを手の上で遊ばせている軽巡洋艦が数mほどの間を開けて相対している。

 菱形の白線の上には数人の艦娘が片手にグローブを付けた状態で中腰になりいつでもボールが飛んできても良いように構えているようだった。

 

「・・・野球なの? でも何で打者が真ん中に立ってるんだろっ?」

「あれはね~♪ 野球じゃなくて敵の砲弾を受け反らす為の訓練だよ☆ あがのちゃん、ばんわぁ♪」

「あっ、那珂ちゃん、ばんわぁ♪」

 

 そこで行われていた奇妙な球技に没頭している仲間達の姿にますます首を傾げた阿賀野の横から妙にテンションの高い挨拶してくる自称艦隊のアイドルに彼女は同じようなテンションで返事を返す。

 自分達を助けに来てくれた突入艦隊の一員でなおかつ阿賀野が限定海域で見た希望の象徴であった彼女とは始めは畏まってしまっていたけれど話している内に自分と同じ妙に明るい性格からか馬が合い気付けば友人となっていた。

 

 ちなみに那珂は駆逐艦が近くにいない時には割と普通の喋り方になるので実は自分と同じように艦隊の賑やかし要員を敢えて演じているのでは、と阿賀野は考えている。

 

 本当のところは艦娘である那珂が特に理由が無く持っている習性の一つなのだが、もちろんそんな事は阿賀野の知るところではない。

 

 そんな二人が挨拶を交わしたと同時に本来ならバッターが立つ場所で白球を握り込んでいた川内型軽巡洋艦の一番艦、川内が革靴を大きく振り上げるように脚を天へと向けて腕を地面すれすれまで撓らせる。

 その手の中でボッと白球に光が灯り、コゲ茶色のスカートを跳ね上げながら大股で踏み込まれた足の先へと突き出された手先から光弾と化した野球のボールが猛スピードでマウンドのはずの場所に立っている駆逐艦娘、白露型の四女へ目掛けて明らかにデッドボールになる角度で突き進む。

 

「でやぁああっ!」

「ッ! ・・・ぽっおぉいっ!!」

 

 そして、顔面に目がけて直線で突っ込んできたボールを夕立が霊力の光を纏った身体を大きく捩じり、下から掬い上げるようにバットを振り抜く。

 そして、快音を広場に響かせながら川内の頭上を大きく飛び越えて金色に輝くボールが夕暮れの海へと飛び出し、海原でミットを付けて待っていた駆逐艦娘が上から降ってきたそれを慣れた様子でパスッと受け止めた。

 

「だからぁっ、芯で打っちゃダメって言ってんでしょ! 打つ時にはバットの上か下に掠らせて反らすの! そうじゃないと駆逐の近接武器だと壊れちゃうんだってば」

「川内さん、ごめんなさいっ・・・でも、わざとファールするのって、とっても難しいっぽい」

 

 聞いていると敵艦の砲撃を手持ちの武器で受け反らしてダメージを軽減する方法の練習として野球のボールとバットを使っているらしく、ルールも球を単純に遠くに飛ばすのではなく目的の方向へと反らせる事を目的にしているらしい。

 

 手持ち武器による砲撃の【受け反らし】とは中村が前世の世界で艦娘が行っていた戦術の一つとして騙ったモノの一つであり、元々は頻繁に前世の記憶を材料にして法螺を吹く彼の創作に近い所謂、虚偽の技であった。

 なのに彼の指揮下にいた吹雪を始めとして複数の艦娘が本当に使えるようになってしまった為、今では必修では無いが使えたら便利という技術として多くの艦娘が習得に精を出している。

 

「元々はぁプロデューサーさんが持ってきたピッチングマシンを使ってんたんだけどぉ、ちょっと前に天龍ちゃんがピッチャー返しで壊しちゃって☆ 今は皆で代わりばんこにピッチャーとバッターしてるんだよっ♪」

「へぇ~、そぉなんだぁ」

 

 肩を落として守備に就いていた艦娘とバッターを交代する夕立の姿を那珂と並んで見ていた阿賀野にとって艦娘になってから少なくない時間を共にした下がり眉が少し気弱そうに見えるもう一人の川内型艦娘である神通が歩み寄り話しかけてくる。

 

「では、阿賀野さんも一度体験してみてはいかがですか?」

「あ、いや、阿賀野はぁ、そう言うのに向いてないって言うかぁ・・・」

「そんなっ! 貴女も、そして、妹の矢矧さんも、かつて勇名を馳せた赤揃えの武将方を思わせる立派な朱塗りの太刀を持っているのです。技を磨かねば折角の武具を錆びさせる事になってしまいますっ!」

 

 そして、こう言う状況の神通が厄介な性質を発揮する事を知っている阿賀野は苦笑いを浮かべて遠慮しようとしたが川内型の次女はいきなり気勢を上げて詰め寄り彼女の手を握りながら熱心に砲弾の受け反らしの有用性を語り始めた。

 案の定、訓練の事となると鬼気迫る勢いとなる神通に慄き、阿賀野は助けを求めるように那珂へと視線を向けると自称アイドルは小さく肩を竦めてから取り敢えず話だけは聞いてあげてとアイコンタクトで返事をする。

 その後は神通に捕まり結局、マウンドでバットを構える事になった阿賀野は太陽が沈む直前までに受け反らしを十回中六回は成功するようになり、命中弾を受けてヒリヒリするお尻を押さえ汗を滴らせながらも周りの艦娘から初めてなのにスゴイスゴイと持て囃される事に少し上機嫌になった。

 

「阿賀野姉、私達の太刀は幅広でおまけに長いから重心の関係で取り回しが悪いの。だから砲弾の受け反らしにはハッキリ言って向いてないわよ?」

 

 いつの間にか広場の端から練習の見学をしていた妹の矢矧が澄まし顔でそんな事を言い、神通を筆頭に周囲からの気まずそうな視線を集めた阿賀野はバットを手にマウンドでへなへなと頽れた。

 

・・・

 

 夕食を出撃任務から帰投した妹と一緒に食べた阿賀野は一日の最後に必ず行う日課の為に鎮守府の中心にある一際大きな建物へと矢矧と一緒に足を踏み入れ、当直であるらしい研究員に挨拶をしてから目的地を前にする。

 

 青白く光るガラス管を実らせた巨大な金属の樹木、そう表現すると妙にぴったりとする鎮守府における重要施設、クレイドルと呼ばれる艦娘の治療と蘇生を一手に担う巨大な機械へと阿賀野は近付き、そのクレイドルを囲むように設置された円形多層型の足場の階段を上りいつも訪れている場所へと足早に向かった。

 

「こんばんわ、能代、酒匂、今日も会いに来たよっ♪」

 

 青白い光が満ちた2mほどのガラスの円柱、阿賀野の目の前にある二つにはそれぞれ彼女の妹達が新しい身体を得るまでの眠りを過ごしている。

 片方のガラスの揺り籠には栗毛色の長い髪を揺らす阿賀野型軽巡の二番艦である能代がほぼ完全に再生された身体を弛緩させて水の中に漂わせ、もう一方の末妹である酒匂のクレイドルの中は薄っすらと透けて見える人型の輪郭とその胸の辺りにきらめく水晶体が鼓動するように青白い光を明滅させている。

 

「能代姉の方はもういつ起きても大丈夫みたいよ・・・まぁ、身体が再生し終わっても目覚めない子は結構いるみたいだけど」

 

 下の方で研究員から現在の姉妹の治癒具合を聞いてきた矢矧に笑顔で頷いてから阿賀野は深い眠りについている二人へと向かって今日あった色々な出来事を取り留めない調子で話していく。

 阿賀野が限定海域と言う奈落の底から帰ってきて治療を終えた日から続く日課、自分達を日の元に帰すまでの間ずっと心を支えてくれた妹達が少しでも早く目覚めますようにと言う願いを込めて阿賀野型の長女は大げさな身振り手振りを加えて今の鎮守府の様子を夢の中にいるであろう彼女達に教える。

 

 一通りの話のネタが尽きてそろそろ寮へと帰ろうと阿賀野と矢矧がクレイドルから降りようと踵を返したそんな時、彼女達の背中に艦娘の目覚めを知らせる警告音とガラス管の中から排水される水音が届いた。

 まさかと言う期待に高まる気持ちに顔を明るくした二人が勢いよく振り返った先で一本のガラス管がせり上がり揺り籠の蓋が開く。

 

「ぁあ、・・・ほんま、エライ目に合ったで、うち、空母やで? 何で艦載機やなくて自分自身が飛行訓練なんかせなならんねんな、おかしいやろ絶対・・・」

 

 開いたガラス管の中から明るい栗色の髪を首筋や肩に張り付かせた小柄な少女がぶちぶちと妙なイントネーションの関西弁で文句を言いつつぺたぺたと裸足で阿賀野達が立つ足場へと出てきた。

 

「んぅ? あれ、なんや阿賀野と矢矧やん、どうしたんこんな所で?」

「・・・龍驤、貴女なんでクレイドルから出て来てるの?」

「確か昨日も普通に食堂で会ったよね? まだ演習の単位が残ってるから出撃もしてないんでしょ? 何で怪我してるのよ」

 

 恥ずかしげも無く素っ裸で立つ軽空母の姿に二人そろって困惑する阿賀野型に龍驤は苦笑いを浮かべながら水滴を滴らせる前髪を掻き上げる。

 

「んーぁ、何て言うかさ、ちょっと朝早くに鳳翔に呼び出されて空母に必須の訓練っちゅうのさせられたんやけどなぁ」

 

 紆余曲折あって訓練場所の近くにあったレンガ倉庫に激突して肋骨などの幾つかの骨が折れたりヒビが入る怪我を負い、つい今しがたまでクレイドルで治療を行っていたのだと関西生まれでも無いのに関西弁を扱う空母は自身の内情を明かす。

 何をどう間違ったら艦娘が倉庫に激突して治療槽を使うような怪我をするのか想像もできない阿賀野が困惑した顔を隣に立つ矢矧に向けると、妹は何やら訳知り顔で小さくうなずいていた。

 

「矢矧、何か知ってるの?」

「あのね、阿賀野姉・・・多分聞いただけでは信じられない話だとは思うんだけど、空母艦娘はね・・・」

 

 自分でもその言葉を言うのを躊躇っているような調子で矢矧は言葉を切り、その勿体ぶったような様子にさらに困惑を深めた阿賀野は続きを促すように小さくうなずいて見せた。

 

「空母艦娘は、空を飛ぶのよ・・・」

「・・・何言ってるの、矢矧、大丈夫?」

 

 絞り出すように告げられたその言葉に阿賀野は真面目過ぎる妹が働き過て少し神経衰弱でも起こしているのではないかと疑ってしまった。

 

「本人が言うのもなんやけどありえへんやろ、なんで空母が飛ばなあかんねん。うち等艦娘作ったって言う博士な、絶対頭おかしいわ」

「え、二人して冗談よね? そうよね?」

「阿賀野姉も司令官の元に付いて出撃するならその内、嫌でも見る事になるわ」

 

 そう問いかける阿賀野に矢矧も龍驤も沈痛な面持ちで頭を左右に振り、突然意味の分からない情報を聞かされた阿賀野は今日一番の困惑に顔を歪める事になった。

 そして、龍驤が素っ裸のままくしゅんっと小さくくしゃみをしたのを合図に取り敢えずは彼女の身体を拭いて服を着せるべきだと判断した二人は当直の研究員の元までタオルを貰いに行くことにした。

 

「阿賀野姉、空母艦娘の艦橋に乗る時には絶対に自分を固定するベルトか紐を持ち込んでね」

 

 そんな苦いモノを噛んだような妹の忠告に瞠目し、少しの間離れていた内に鎮守府は自分達の想像をはるかに超えた場所へと変化していたらしいよ、と阿賀野は妹達が眠る二つのクレイドルへと向かって呟いて二人と連れ立って足場を降りる。

 

 そして、揺り籠が開く警告音を聞いて巨大な治療装置の根元に駆け寄って来きた大判タオルを抱えた女性研究員と合流した。

 

 




「プロットの1/5も書けてねぇじゃねぇか!?」

「うわぁーーーっ!!」

まぁ、海にはゾンビより質の悪いヤツが無限湧きしてるわけですけど?

酒匂? そんな子いないヨ。
だから、俺達はそのしわ寄せで6-2大破祭りを……強いられているんだ!


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第十七話

昔話をしてあげる。

鎮守府にまだ艦娘酒保が無かった頃の話よ・・・。




(翻訳・ご都合主義全開な辻褄合わせ回ですって!)


 今まで深海棲艦への対抗兵器として造り出されながらその本来の能力を発揮できぬまま使い潰される形で運用されてきた艦娘は東京湾に突如侵入してきた駆逐艦級と軽巡洋艦級の怪物の襲来に鎮守府計画ごと破滅しかねない危機に陥れられた。

 太平洋上を回遊しながらその勢力を広げている深海棲艦による史上初の日本本土への直接的な攻撃、何が切っ掛けで日本攻撃を実行したのかは今となっては知る由も無いが幸か不幸か数隻の怪物はそれらを統率していたらしい軽巡ホ級が吹雪と中村によって撃破された事で残存は撤退し、鎮守府が設置されている基地、ひいては日本本土への深海棲艦による史上初の攻撃は水際で阻止された。

 

 とは言え、東京湾内どころか日本近海へ深海棲艦に侵入されている時点で自衛隊の対応はお粗末極まりないモノである。

 

 確かに深海棲艦は砲撃やミサイルなど通常兵器の破壊力を不可視の障壁で緩和してしまう力を持った怪物であり、その速力も現代の艦船を大きく上回っていた。

 ただでさえ法的な制約から兵器の使用もままならない自衛隊の海上部隊が近海へと侵入してきた深海棲艦を追跡する事しかできなかったと言うのは無駄死にを避ける為にも仕方ない事と言えなくは無い。

 だが、侵入された東京湾の直近にあった鎮守府が設置されていた自衛隊駐屯地では海上自衛隊側の基地司令による全施設の放棄と言う前代未聞な命令が下され、もし深海棲艦の本土攻撃が行われこれらの情報が外部に漏れていたらその場にいた全員が未曽有の責任問題に巻き込まれていただろう。

 

 2014年の一月半ば、ほぼ二か月前の東京湾に深海棲艦が侵入した事件から俺は友人であり同階級の相棒である中村義男と共に艦娘と鎮守府の運営に非協力的な態度を崩さない基地司令部との交渉と事件を切っ掛けとしたかのように次々とクレイドルから目覚めてくる艦娘達の対応に追われていた。

 

 あからさまではなくなったがこちらに圧力をかけ続ける基地司令と慇懃に包んだ嫌味と嫌味のぶつけ合いをするような全く実の無い業務内容を辟易しながらこなす日々。

 

 だが、ある冬の日の午後、そんな事が些細なモノと感じるほどの問題が唐突に発覚する。

 

「司令官、その箱は何ですか?」

 

 外壁には雪が薄っすらと積もった艦娘達が生活する寮の一階部分、すき間風は無いが冷蔵庫の中にいる様な寒さに満ちた広いコンクリート打ち放しの地下駐車場を思わせる場所。

 そこに用意された会議室に良くある横長の折り畳み机と、その上に置かれた段ボール箱、義男が持ってきたそれの中身がその問題を発覚させる事になった。

 

「ん、色々とな、最近マトモなもん食ってないからちょいと外の伝手を頼って持って来てもらった」

「かろりーめいど? パック麺? ・・・保存食ですか?」

 

 深海棲艦の襲撃を経て義男に特に懐いている艦娘である吹雪が彼の持ってきた一抱えもある紙箱を興味深そうにのぞき込み、その中に詰められていた物のを手に取って見慣れない物を見るように首を傾げる。

 

「って、いや、義男、これがまともな物って、レトルト食品はまともとは言わんよ?」

「それでも冷めた米と味噌汁よりはマシだ、だいぶ、だいぶマシだっ・・・パッサパサな飯よりホッカホカのパック麺の方が百倍は美味いねっ、間違いない!」

「それにしても基地から出られない缶詰状態なのに良く外との繋ぎを取れたな・・・」

「抜け道ってのは何処にでもあるもんなんだぜ? 無かったとしても作っちまえば良いだけだしなっ」

 

 所謂、手間いらずの即席食品が詰められた箱の前でそんな主張をする他力本願が座右の銘であると言って憚らない悪友の姿に呆れ半分感心半分で俺は箱の中を興味深そうに覗き込んでいる艦娘達へと視線を向け、そして、彼女達の態度に妙な違和感を感じた。

 

「一レカンド? この袋の中身も保存食なのね、入ってるのは水物かしら・・・? いちレカンドって何なの?」

「陽炎、横に書かれている文字は左から読むみたいだよ。へぇ、これってお湯に入れたら三分で志那ソバが出来るんだ、便利な時代になったんだね」

 

 深海棲艦の東京湾侵入の当日にクレイドルから目覚めた時雨が自分の後に目覚めた駆逐艦娘の陽炎へと助言しながらその手に持った個包装された即席ラーメンの裏面に書かれた説明文へと目を向けている。

 この二ヵ月でクレイドルから目覚めてきた六人の艦娘達が揃って不思議そうに現代の食文化の一角を成すレトルト食品を眺めたり会話する姿に俺はふと首を傾げながら義男へと視線を向ければ彼も何か違和感を感じて片眉をピクリと動かしていた。

 

「なぁ、吹雪、こんな物良くあるだろ、そんなに珍しいのか?」

「えっ、あ、すみません司令官、勝手に手に取ってしまって・・・その、私、今の時代の物とかあまり触れた事が無くて・・・」

 

 物珍しさに好奇心を押さえられなかったと頭を下げる吹雪の姿に義男はますます困惑して同じような表情をしているであろう俺へと顔を向ける。

 

「はは、今の時代って・・・まるでタイムトラベラーみたいな言い方だ」

「時間移動って事なら、うん、僕らは丁度そんな状態だね・・・今の時代は何から何まで珍しい物ばかりだよ」

 

 魚雷の爆発で船体を真っ二つにされて海に沈んだと思っていたら未来の日本で人間の身体を与えられ水槽の中に浮いていた、そう言った時雨は少し気恥ずかしそうに頬を赤らめながら烏羽色の前髪を指先でいじくる。

 その時雨の言葉を聞いた俺と義男は自分たちの認識と彼女達の意識の差に今さらながら気づく、いや、思い返せば初めて会った時の吹雪の言動にも不自然な部分は見えていたのだから今に至るまでに気付かなかった事の方がおかしい話だった。

 どう言うルートかは分からないが外との物流が極端に制限された鎮守府内へとこの箱を持ち込んだ義男の様な行動はしないまでも俺自身も今の生活には不満は挙げれば両手の指でも足りない程があった。

 

「なぁ、お前らさ、今の飯に不満とか無かったわけか?」

「えっ? それは基地の食堂で貰える食事の事ですか? 確かに量は少ないですけど」

「昔と違う化け物相手とは言っても戦時中なんだから、毎日三食に白飯が出てくるだけでも御の字でしょ?」

 

 聞かれた問の意味が解らないと言う顔をする吹雪とさも当然の事と言う顔で陽炎が言ったセリフに愕然とした表情を浮かべた義男が机の前で項垂れ、俺は額に手を当てて冷蔵庫のような冷気を放つコンクリートの天井を振り仰いだ。

 

 つまり、自分達が冷遇されていると言う事は周囲の自衛官達の態度からある程度は理解していた彼女達であるが、現代に生まれ育った俺達にとってはあからさまな嫌がらせである質素な日々の食事は、戦前の記憶を持った艦娘達にとって侘しいとは思っていても邪魔立ての類だとは認識していなかったのだ。

 料理に関しての逸話が多くある日本海軍には良い料理人が居たのだから彼らを乗せていた船の記憶は美味しい食事を知らないと言うワケではないだろう、だが、同時に戦争時代を知るが故の質素倹約が当然と言う意識が混ざっている。

 さらに俺や義男が教えた別の世界の艦娘達の戦いを聞いた艦娘達はそれが今よりももっと深刻に日本が深海棲艦に追い詰められていくと言う予言として受け取ってしまい、防人である自分達が私利私欲に興じていてはならないと考えてしまったと俺達は後から彼女らに聞いた話から知る事になった。

 

「取り敢えず食ってみろっ、こんなのは街のスーパーで簡単に手に入る安物ばっかりだからな、遠慮するな、な?」

 

 今までその事に気付かなかった後ろめたさからか、義男は少し涙目になりながら時代からズレた考えを持っている艦娘達に自分が用意したレトルト食品を手渡し、食堂から借りてきた(パクってきた)と言う炊飯器とIHヒーターの電源をコンクリート壁のコンセントへと繋いだ。

 

「えぇっ!? この白くて丸い機械って電気釜だったんですか!?」

「ちょっと、何で黒い板の上に乗せただけでお湯が沸くの!?」

 

 初めて手に取る現代の保存食に興味津々だった艦娘達の口から驚愕の声が飛び出して艦娘寮の一階に響き渡り、その姿に俺と義男は艦娘達は目覚める前に現代の情報を得てから目覚めるモノだと自分達が勝手に思い込んでいた考えを改めさせられた。

 

「この袋の中身はライスカレーだったんですね、良い匂いです♪」

「白雪ちゃん、黄色い軽石みたいだったのが、お湯を掛けただけでかきたま汁になっちゃったよ!」

 

 美味しそうにレトルトカレーや即席麺を頬張る艦娘達が和気あいあいとしている様子に大きく頷いていた義男がこちらに苦笑を向け、俺も微笑みで返してから段ボール箱から適当に手に取った袋を破いて中から取り出した棒状のクッキーを齧る。

 

「たまにはこう言うジャンクフードも悪くないな」

「司令官、ありがとうございます! 私、もっと頑張りますね♪」

「ははっ、大げさだな。さっきも言ったけど百円とか二百円程度の安物ばっかりだから気にするなよ。もっと食っても良いぞ?」

 

 そして、満面の笑みを浮かべて口々に礼を言う艦娘達へと大した事じゃないと顔の前で手を振りながら義男が何気なく言った言葉、それが引き金となって和やかに過ぎていた温かな食事会は急転直下の阿鼻叫喚へと放り込まれた。

 

「ひゃっ、ひゃくえんっ!?」

「な、なに言ってんのよっ! 保存食がひゃ、百圓、二百圓って!?」

「あわわっ! 私、なんて事をっ!? ・・・ぁぁ・・・ふぅ・・・」

「お、おいっ!? なんだ、なんだって言うんだっ、お前ら!?」

 

 マグカップの中のスープに口を付けていた吹雪がその場で垂直に飛び上がり、即席ラーメンをすすっていた陽炎がゴフッと噎せてちょっと人に見せられない顔をし、白雪が白目を剥いてカレー皿を手にしたまま卒倒しかけて義男に抱き止められる。

 俺から受け取った現代のバランス栄養食の代名詞とも言えるブロック状のクッキーを齧った状態で時雨は硬直し、筒状の容器からポテトスナックを取り出して食べていた軽巡洋艦と軽空母が笑顔を引き攣らせていた。

 

「那珂ちゃんはアイドルだから、その・・・お金で身体売ったりするのはちょっと路線が違うかなって・・・」

「いや、ホントに何言ってんの!? 良介どういうことっ!?」

 

 今まで少々の違和感はあれど会話に不自由しなかった事や自分を艦隊のアイドルと自称する那珂がいた事から認識が遅れ、俺達が指揮官として着任してから数か月も放置されていた由々しき問題が冬の艦娘寮に響き渡った悲鳴によって正体を明かした。

 

「・・・ぁ、あっ! 義男、過去と現代の貨幣価値の差だっ!」

 

 そして、艦娘のご機嫌取りなんて揶揄される階級だけは立派な士官でしかなかった俺、田中良介の任務内容に新しく艦娘達へ現代文化を教えると言うモノが追加された瞬間でもある。

 

「おや、随分賑やかじゃないか・・・おぉ、それって義男君がこの前言ってた話の成果かな? ぜひともご相伴にあずかりたいね」

「あ、主任、いや、まぁそれは構わないんっすけど・・・今ちょっと立て込んでて」

 

 軽く白髪が混じったゴマ塩斑の髪を後ろに撫で付けたオールバックの白衣姿が入り口から現れてこちらへと軽く会釈してから艦娘達を落ち着かせようとしている義男ににこやかに話しかける。

 

「そんなっ! ダメですぅっ!?」

「ええっ!? 吹雪くん、な、仲間外れは良くないなぁ・・・僕も仲間に入れておくれよぉ?」

 

 義男の了解を取って段ボール箱へと手を伸ばした主任の身体に体当たりするように抱き付いた吹雪が段ボールへの進路を妨害し、困惑した主任が俺や義男に助けを求めるように眉を下げた視線を向けるが静かに引き付けを起こした時雨や精神的な動揺で気絶してしまった白雪を抱えた俺たちは二進も三進も行かず只々状況を収める為に全力を尽くしていた。

 

・・・

 

「艦娘に給料を支払う? 何を馬鹿な事を言ってるんだ君達は」

 

 その現代と艦娘達の認識のズレと言う問題の発覚後に何事も元手が必要と判断した田中と中村は基地司令であり上官でもある海将補へと交渉に挑んだが、帰ってきた言葉は木で鼻を括る態度から飛び出した嘲笑だった。

 外部に漏れれば基地司令部の首が全て挿げ替わるどころか基地そのものが閉鎖されるだろう失態を演じ、自分の地位を守るために少々の便宜と引き換えにして田中達へと事件の隠蔽を願った男は胸元に幾つかの勲章を揺らしながら豪勢な執務室の椅子にふんぞり返る。

 

 中村が吹雪の能力を覚醒させ、さらに田中に懲戒免職程度では済まない弱みを握られた事であからさまな妨害は無くなったが、それでも将来的に天下り先を用意している政治家への配慮からかそれとも引くに引けなくなっただけか、いささか太り気味が目立つ海自将校は艦娘の指揮官である二人を邪険にする態度を隠そうともしない。

 

「私はね、君らと違って暇じゃないんだ。無駄な話をするだけなら相手には困っとらんだろう?」

 

 小さく鼻を鳴らした基地司令は二人を暇人扱いして卑下た笑みを浮かべた。

 

「羨ましいモノだよ、見た目だけは美人揃いだからな艦娘と言う連中はぁ・・・」

 

 自分が不利になる情報を外へと持ち出されない為に基地内に艦娘だけでなく基地内の部下で囲んで田中達まで閉じ込め、さらに予算がなんだ言動がなんだ、と重箱の隅を突くような嫌味を垂れ流す為に彼らを頻繁に呼びつける癖に彼らの要望は無駄無用と跳ねのける。

 何でこんなのが自衛官をやっているのか、と疑問を感じずにはいられない田中ではあったが今はそれ以上に自分の隣に座り気持ち悪いぐらい愛想の良い笑顔でソファーに腰掛けている中村の態度の方が気になって仕方なかった。

 

「人間のような見た目であってもアレは兵器でしかない。管理される器物に金銭を与えるなどと何を言ってるのか理解に苦しむよ」

「確かに基地司令官殿のおっしゃる通りっ、使い道のない金ほど無意味なものは無いですからね。そんな簡単な事に気付かず本当に申し訳ない限りですよ」

 

 小学生の頃に偶然から自分と同じ転生者であると気付き、紆余曲折を経て友人となった中村義男と言う男は十年来の付き合いとなった田中にとっても未だに読み切れない気質の持ち主で、その突拍子もない行動は二周目の人生に戸惑っていた彼を振り回して前世とは全く違う道へと引きずりこんだ元凶だった。

 他人を騙して利用する事に何の躊躇いも無く薄っぺらい言葉をベラベラと吐くクセに自分から言い出した約束の類は裏切らない義理堅さ、簡単に他人に頼り、責任ある立場を嫌がり逃げ回るのにいざ断れない状況になると渋っていた姿が嘘だったかのように張り切って積極的に事に当たる。

 お調子者であるが愚か者と言うワケでは無く、前世では高等な学歴を誇っていた田中ですら舌を巻く知識や技術を披露して見せる中村の行動力に彼は迷惑を掛けられた回数よりも助けられた事の方が多い。

 

「ですが艦娘のご機嫌取りと言うのも、これが中々大変でして、皆さんよりも楽な仕事をさせてもらってるのに不甲斐なくて申し訳ない気持ちでイッパイです」

「分かり易いおべっかだが、まぁ、身の程を知っている分、君は田中特務三佐よりも見どころがありそうだね」

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 本当に分かり易いゴマすりを自分達を苦しめている元凶の一人へと何の躊躇いも無く行う中村の態度に田中は引き締めた表情の裏で言葉に出来ない気味悪さに背筋を騒めかせる。

 中村は何の躊躇いも無く嘘を吐く、そして、田中の経験から言えば彼が薄っぺらい虚言をばら撒いた場合に相手に訪れる結果は大きく二つに分かれていた。

 

「私から田中にもちゃんと海将殿に失礼な態度は止めろと何度も言ってるんですが、これがまた昔から真面目なのは良いんですがそのせいで頭でっかちでしてね?」

「おいおい、私はまだ海将補だよ、中村くん」

「おっと、まだでしたね。失礼しました。何せまだ若輩者ですからいろいろと慣れておりませんので」

 

 小学校時代にいじめっ子を懲らしめたとか、転校する女の子へ告白出来ないでいる友人を焚き付けたりするぐらいなら軽いものだ。

 だが、中村が起こしたトラブルの中には公園でたまたま会っただけの借金に苦しむ中年を助ける為に田中を巻き込んで所謂、悪徳金融と呼ばれる連中に別件で呼び出した警察をけしかけて犯罪の証拠を上げさせるなんて馬鹿げたことを幾つかやらかした事もある。

 何故そんな事をしたのか、どうやればこんな事になるのか、と本人に理由を聞けば曰く前世で世話になった人達で彼らから事の顛末を聞いていたからこそ問題への先回りが出来たと軽い態度で答えた。

 それ以外は語ろうとしなかったが彼の基準において恩や義理と言う部分は大きい行動の指針となっているのは彼の周りに集まって来る幅広い人脈から間違いないと田中には感じられた。

 

 つまり、相手を言いくるめて騙す事自体は同じなのに中村の行動の結果は両極端となり、田中の経験上で今の様に情けないほどゴマすりを続ける友人の姿はかつて敵対した何人かの相手を社会的に抹殺する為に準備を進めていた時とダブって見えていた。

 

 そして、その日の交渉は大した成果も出せず、ただひたすら中村が基地司令を煽てるようによいしょするだけで時間が過ぎて二人は追い出されるように海将補の執務室から退出する事になった。

 

「・・・義男、お前、今度は何考えてるんだよ?」

「そんなもん決まってるだろ吹雪達の事だよ・・・俺はお前みたいに幾つもの事を複雑に考えられるタイプじゃないんだ」

 

 並んで鎮守府施設へと向かう道を歩きながら田中が問いかければ澄まし顔で中村は小さく肩を竦めておどけた言葉を返し、彼にとっては基地司令へのおべっかだけをばら撒いただけにしか見えない友人は大した気負いも無いいつも通りの様子で歩いていた。

 

「それに自分が一番偉いって考えてる人間ほど足下の落とし穴に気付かないんもんだ」

「・・・つまり、落とし穴を見つけたのか?」

「無駄話の最中にちょっと思い出した事があってな、いや、埃臭い部屋で資料をひっくり返してたのが役に立つとは思わなかったぞ?」

 

 こうして友人の薄ら寒くなるような笑みを横目に田中は艦娘への報酬と言う形で資金を与えて現代に慣れる為の物品を得る一つ目の手段を用意することに失敗した。

 

「何かするなら俺らに種明かししてからにしてくれよ」

「何言ってるんだお前は、いつだってまず騙すのは味方からって決まってんだろ」

 

・・・

 

 基地司令との交渉と呼ぶには拙い雑談から二週間ほど経った雪がちらほらと空に舞う薄暗い昼過ぎ。

 

「これは、どういうつもりだっ!」

「どう、と言われましても、見たままとしか言いようがありませんねぇ」

 

 基地内の鎮守府が置かれている区画に数人の同伴者を連れて青筋を額に浮かべた基地司令が怒鳴り散らし、その前に立って士官服のポケットに両手を突っ込んだ中村がしれっとした顔で返事を返す。

 彼らの前では鎮守府の資材倉庫として用意されたレンガ造りの建物が並ぶ中の一つであり、そこにカーキー色を身に着けた陸上自衛隊に所属する自衛隊員たちが自動販売機らしい機械類を倉庫内へと運び込んでおり小さな体育館ほどの大きさを持った倉庫内へと機械類を並べていた。

 

「私の基地内でこんな勝手な行動は許可していない!」

「いえ、許可ならありますよ。鎮守府の管理を行っている研究室の方からしっかりと、ね? まぁ、施設内への肝心の荷運びは海自側の正門で止められてしまったせいで陸自の方に協力してもらう事になりましたけど?」

 

 その中村の言葉に基地司令と彼に付いてきた士官たちは何を言われたのかさっぱりと言う顔で自分達を無視して機材を搬入する広義では自分と同じ自衛官である者達と目の前でわざとらしくにこやかな笑顔を浮かべている名目上は部下である男の間で視線を往復させる。

 

「ここは自衛隊の駐屯地だぞ! 民間から出向してきた研究員の許可に意味などっ!」

「いやいや、その認識が間違ってるんですよ。海将補殿は今の基地に着任されてから自分の権限が行使できる範囲を示した権利関係の書類に目を通されませんでしたか?」

「それが何だと言う!?」

 

 激昂して冷静さの欠片も無く唾を飛ばす海上自衛隊側の基地司令官の姿を少しも気にした様子も無く中村はへらへらと笑いながら言葉を続ける。

 

「我々も資料室をひっくり返して調べて見た時に気付いて驚いたんですがね。ここ、厳密に言うと自衛隊の駐屯地じゃないんですよ」

「・・・はっ? 何を、バカなことを・・・」

「鎮守府と言う場所は登録上ですが公立の教育機関として書類に記載されてるんです。所謂、政府が設立に関わっている艦娘の為の学校と言う扱いで」

 

 そして、学校長や教員として登録されているのは民間から出向してきた主任であり研究員たちである、と笑顔で伝えた中村の前で告げられた言葉の意味が解らず、混乱に陥ってからたっぷり一分ほどの絶句の後に基地司令官は部下へと視線を走らせて事実かを確認するようにと命令を叫ぶ。

 鎮守府が存在する港湾を囲むように扇状に建てられた自衛隊の基地施設だが敷地の大小の差はあるがフェンスで仕切られ隣り合った別の駐屯地と言う形式で造られている。

 海上自衛隊と陸上自衛隊では指揮系統が違う為に倉庫で作業をしているカーキー色の自衛官達に制止を命じる事も出来ず海上自衛隊の将校は顔を真っ赤にして中村を睨みつけていた。

 

「今時は大体の中学や高校に購買部の一つや二つはあるでしょう? 権利者からの許可がちゃんとあれば何の問題も無い事ですよ」

「だが、・・・そうだ、艦娘への金銭の授受は認められない、お前たちがこんな事をしても無意味だっ!」

「まぁ、そりゃ艦娘はその人間的な性質はともかく、法的には兵器として扱われている以上は仕方ないですね」

 

 二週間前に頭を下げて若い士官が艦娘の為に給金の支給を願ってきた事を思い出し、小太りの上官は指を突き付け指摘した反撃の一手に自信があったらしいが、その言葉は至極どうでも良いと言う風に中村に軽く交わされて海将補はまた困惑に顔を固めて静止する。

 

「いちいち説明するのも面倒なんですが・・・」

 

 物品を交換する手段は別に日本円に限られているわけではない。

 今でも物々交換や証文なんて紙切れで多くの物流は動かされているし、日本全国のあちこちにある遊技場では違法性を疑われる事もあるが問題無くパチンコ玉やメダルと交換で様々な物品を得る事が出来る。

 鎮守府という限られた範囲内ではあるが管理者である人物が許可を出して金銭に変わる物を艦娘に与えて、彼女達が物品と交換すると言うだけなら違法性は無い。

 

「まぁ、我々と協力者の懐から捻出した資金を元に運営される事になるでしょうから大した物は置けないでしょうが、それは大した問題でもありませんし?」

 

 あくまでも艦娘と鎮守府の外の文化を触れさせるための切っ掛けの一つでしかないと割り切った考えで話を締めくくった中村はわざとらしく口元を引き上げた笑みを基地司令官へと向けた。

 

「こんなことをしてタダで済むと思うなよ、若造・・・」

「はははっ、何がもらえるんですかね? 楽しみにしておきますよ。海将殿、いや、まだ()()()でしたっけ?」

 

 艦娘を外と隔離しながら真綿で首を締めるように鎮守府を破綻させる事を目的に行動していた海将補はへらへらと笑う若者へとドスの利いた声を浴びせてから戻ってきた部下から聞いた報告にますます不機嫌さを際立たせて肩を怒らせながら自分の基地へと戻っていく。

 その姿を見送った中村は嘆息してから肩の力を抜き、艦娘用の酒保を設営してくれている陸上自衛隊の方へと向き直り、倉庫の壁際からこちらを鋭い目つきで見つめている分厚い枯葉色の迷彩服の上からでも体格の良さが分かる大男へと視線を向ける。

 

「・・・随分と大きく出たようだが大丈夫なのかね?」

 

 その視線にもたれ掛かっていた壁から離れて近づいてきた壮年の男性に軽薄な笑いを引っ込めた中村は素早く敬礼をして、それを受けた厳つい顔に大柄な身体を持ち黒縁の眼鏡を掛けているぱっと見は知的な熊にも見える男性は返礼を返して唸る様に呟く。

 

「ご心配をおかけしてしまいましたか? 鍋嶋一佐殿」

「君の心配と言うよりもここまで我々を巻き込んでおいて自滅でもされたらたまったモノでは無いのだよ」

 

 鎮守府を半円形に囲む陸海の自衛隊が隣り合うと言う特殊な立地を持つ施設の片割れ、海自側と比べると敷地も人員も三分の一ではあるが陸上自衛隊側を取りまとめている総指揮官、鍋嶋純一は不審そうに疑う態度を隠さず太い腕を組んで中村を見下ろし威嚇するような表情を浮かべる。

 

「司令官、大丈夫ですかっ! この人に何かされましたか!?」

 

 特に言葉を交わすことなく睨み合うような状態になった二人の間に陸自隊員が出入りしている倉庫の中から駆け足で出てきた吹雪が割り込んできた。

 気温は1度以下の寒風の中でもいつもの半袖セーラー服を身に着けた駆逐艦娘は大判の封筒を抱くように抱えて薄っすらと身体を光らせながら中村の前に盾になる様に立ち上目遣いに鍋嶋を睨む。

 中学生にしか見えない吹雪の登場に少々面食らった鍋嶋が一歩後ろへと退いて少々やり辛そうに眉間と口元にしわを寄せて石の様にごつごつした太い指で頬を掻く。

 

「吹雪、今回の事を厚意で手伝ってくれてる相手に失礼をするんじゃない」

「でも・・・陸軍の人ですし、気を付けないと何をされるかわかりません!」

「陸上自衛隊だ。いい加減に慣れろよ・・・部下が無礼をしました、申し訳ありません。」

 

 吹雪の髪を乱暴に掻き回してから頭を下げさせてから中村も鍋嶋に頭を丁寧に下げる。

 その姿にさっきまで自分の上官である海将補へと慇懃無礼な態度をとっていた彼を見ていた鍋嶋は渋い顔に今度は困惑を浮かべる。

 

「いや良い・・・だが、私が言うのもなんだが連中は何かしらの方法で妨害に来るぞ、我々は権限が無く外側から見ている事しかできなかったが奴らがその子達にやっていた事はある程度は把握しているつもりだ」

「今回みたいに海自からの協力要請、そして、暴行や明確な犯罪があればこちら側にも介入できると伺っていますが? 前任の指揮官が艦娘への暴行を働いた時のように、貴方達は我々に対する抑止力として配備されてるはず」

「あれが特にマヌケだっただけで海上自衛隊と言う連中は基本的に抜け穴を探す事だけは上手いからな、例えばあの男や・・・君の様にな」

 

 そんな鍋嶋の物言いに眉を顰めた吹雪はますます不機嫌そうに頬を膨らませ、言われた本人である中村は彼へと苦笑を返す。

 

「その抜け穴の一つから手に入れたものをそちらに提供する約束でこんな大事を連中に分かる形でやったと説明はしました。それにあの手の人間は目の前の問題を片付けるまで他が見え辛くなるもんです」

「言い方は悪いが籠の鳥の囀りに聞こえるな。借りのある同期の頼みが無ければ君の話など耳を貸さなかった」

「学生時代にも世話になりっぱなしでしたが、これでもう佐伯教官殿には足を向けて寝れなくなってしまいましたよ」

 

 そう言いながら苦笑する中村は吹雪が持っていた封筒を彼女の手から抜き取って鍋嶋へと差し出し、それを受け取った叩き上げの陸自隊員は中に入っていた書類に素早く目を通して一瞬の瞠目の後に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて封筒を閉じる。

 

「使い方はどうとでもしてください。情報漏洩、背任容疑、公金横領にパワーハラスメント、政治家先生との夜遊びの写真はまぁ、オマケみたいなもんですが軽く突いただけでここまで埃が立つなんて珍しい相手でしたよ。知り合いの探偵に頼むまでもありませんでした」

「・・・基地に閉じ込められている状態でどうやって調べたか、と言うのは聞かないでおこう」

「今回に関しては海将補殿と違って後ろめたい事を俺は何一つやっちゃいませんよ。敢えて明かすなら艦娘の能力と言うのがアイツらや我々の予想以上に便利だっただけです」

 

 意味有り気なそのセリフに鍋嶋は何を言われたかいまいちわからない様子で中村とまだ不満そうな顔をしている吹雪を見るが、それに答える様子も無く若い海自の指揮官は軽く指を上に向けて見せただけであり強面の彼はとりあえずそれが指す方に従って曇天を見上げた。

 白い雪がちらついているだけで特におかしいモノが無い曇り空、近くで彼らの会話を聞いていたらしい作業中の隊員たちも立ち止まり何気なく空を見上げるが不自然なものは見えなかった様子で仲間達と顔を見合わせる。

 眉を顰め揶揄われたのかと視線を空から正面へと戻そうとした鍋嶋の眼鏡に小さく細い光が滑る様に流れ、反射的に彼が視線で追ったそれは倉庫の上を旋回するように徐々にその高度を下ろしてくる。

 

「・・・あれは、ラジコンか? ・・・いや、矢だとっ!? なんだあの軌道はっ・・・?」

 

 物理的にあり得ない光る矢が曇天の下で円を描きながら旋回するという現象に目を見開いた鍋嶋やその彼の様子に部下である隊員たちも気付いて騒ぎ出し、陸自の指揮官は何故か誇らしそうに胸を張る吹雪と訳知り顔で自分の正面に立つ中村へと視線を戻す。

 そして、鍋嶋は彼等の背後、少し離れた倉庫前の道路にいつの間にか現れていた茜色の着物と深い藍色の袴を身に着けた矢筒と和弓を持つ嫋やかな黒髪の美女に気付いた。

 

「俺達は基地の外には出ちゃいけないって命令されてますが、陸自の電話を借りて民間人の知り合いに写真を撮ってきてくれと頼んじゃいけないと命令されてもいませんし、領収書の類が入ったごみ袋を拾っちゃいけないとか・・・訓練中の矢を基地の外に飛ばしちゃいけないって規則もありませんからね」

「・・・っ! 彼女は航空母艦かっ?」

 

 極秘扱いである艦娘は別部隊である陸自には詳細な情報は渡ってきていなかったがそんな鍋嶋でも彼女達が過去の戦闘艦の能力を宿して生まれてくると言う事ぐらいは知っており、その情報から目の前で起こっている不可解な現象の正体に思い至る。

 宙を滑空して空母艦娘である鳳翔の足下へと下りた一本の矢が纏っていた光を散らして薄く雪が覆うアスファルトの道路の上に転がり、空から降りてきたその矢を弓掛を付けた右手が花を摘むように優しい手つきで拾い上げた。

 

「今までの艦娘の指揮官は何故か彼女達の能力には興味が薄かったようでして、この事を知っていた研究員の人達も聞かれなかったから答えなかったらしいです。休日でも無いのに繁華街で遊んでいた上官殿も頭の上から見られているなんて思いもしてなかったでしょうよ」

「・・・何とも便利な能力だ。彼女にこちらへ出向してもらうと言うのは無理な話か?」

「生憎ながらそれを認める権限は俺にはありません。それにそんな事になったら小心者な俺は怖くて外も歩けなくなります」

「・・・よくもそんな台詞が吐けるモノだ。 仕事が増えた。失礼させてもらう」

 

 協力者達へ頭を深く下げ礼をする鳳翔の姿に暫し見惚れていた鍋嶋の意識を引き戻すように中村が種明かしをして肩を竦めて見せ、陸自の指揮官は熊の様な厳つい顔に苦笑を浮かべてから帽子のツバを引いて目元を隠すようにかぶり直し、小さく敬礼をしてから肩で風を切る様にきびきびとした動きでその場を去っていった。

 

 その後、目覚めた艦娘の数はさらに増え、田中が東京湾への襲撃事件を機に接触を持った政治家への働きかけに成功する。

 

 その同時期に起こった基地司令官である海将補の懲戒免職と部下の降格処分による混乱でそれまでの停滞が嘘だったかのように彼らの忙しさを加速度的に増していった。

 

 そして、2014年の2月、衆参両議院の可決によって国防特務優先執行法が施行される事になる。

 

・・・

 

 怒涛の勢いで数えきれないほどの問題が押し寄せてきた2014年があと数日で終わる。

 

 そんな新しい年を目前にして真冬の到来を告げるようにチラホラと粉雪が舞う鎮守府を数日間の出撃任務から帰還した田中は歩く。

 

 思えばこの一年は休む暇なく陸や海を走り回り敵味方問わず彼の常識と言う概念を破壊するかのように押し寄せてくる凄まじい攻勢をよくぞ自分は乗り越えたなと苦笑しながら田中は白い息を吐いた。

 

 去年の着任から深海棲艦の襲撃と吹雪の初出撃に始まり、中村が意地の悪い笑みを浮かべ陸自に繋ぎを取って海将補をその椅子から引きずり下ろし、彼等の存在に危機感を募らせた基地司令部は元上司の二の舞を避ける為に可決された特務法の実行に躍起となった。

 

 艦娘の正しい運用法が分かった事もあり、下手に足を引っ張るよりも危険人物である田中と中村を特務法と言う大義名分で激務を押し付けて物理的に忙殺した後に自分達の言う事を聞く新任司令官を据えるつもりだったのだろう。

 

 だが、仕事に殺されてたまるかとあらゆる手段を講じて対抗した二人は防衛大の先輩後輩を巻き込み、さらに初めから隠れていた総理大臣からの全面的な協力と言うジョーカーによって九死に一生を得る。

 夏には海上保安庁の情報漏洩によって世間一般へと艦娘が認知され国会の外と中を大いに騒がせ、その裏で巨大な異空間を抱え込んだ限定海域とその主であった姫級深海棲艦から捉えられた艦娘達を救出すると言う前代未聞の作戦に従事して自分達が振るえる限りの権限と武力を使い文字通りに身を削りながらも作戦を成功させた。

 

「やぁ、提督、良い天気だね」

「んっ・・・時雨、雪が降ってるのに良い天気なのか?」

「うん、だって僕が提督とこうして手を繋いでもおかしく無いじゃないか」

 

 ふと後ろから声を掛けられて肩越しに振り返った田中の目に長い黒髪の三つ編みが揺れ、黒地に白い襟袖のセーラー服を着た駆逐艦娘の時雨がぼんやりとした光を纏いながら彼に近づいて自然な動きで手を握る。

 黒い手袋に包まれた柔らかい女の子らしい手に触れられて緊張する様子を見せる田中の身体へと微笑みを浮かべた時雨の手から伝わって光が広がり彼の肌を刺すようだった冬の冷気が明らかに和らいでいく。

 

「どこに行くのかな、邪魔じゃないなら僕も一緒に行くよ」

「ああ、ちょっと酒保まで、留守にしてる間に俺の戸棚に入れておいたパック麺を誰かが食べてしまっていたようでね」

「提督、レトルトは身体に悪いんだよ? 今はちゃんと食堂で美味しいご飯が食べられるんだからさ」

 

 中村もだが田中が食堂に入るとその場にいる艦娘達が一斉に畏まった様子になり、その後に少なくない子達が是非とも自分を旗下に加えて欲しいと強請りに来る為に食事どころでは無くなるため彼らの足はついつい食堂から遠ざかってしまっている。

 夏の激戦を経て五人から六人へと艦娘を指揮下における許容量を増やした田中だったが、編成枠が一つ増えた事で交代要員を含めた二人分の募集に二十人以上の艦娘から編成申し込みが殺到し、下手をすればたった二つの編成枠の取り合いと言う艦娘同士の血で血を洗う大演習が勃発しかねない状態となったのは彼の記憶に新しい。

 

 なお、田中と中村の後輩である木村隆一尉や他の司令官達にも編成枠が幾つか増えたのだがそれぞれ艦娘からの申し込みは三人程であり、その内の何人かは座学の単位が足りていなかった為に申請を却下され、順当に立候補した艦娘が納まったため特に問題無く彼等の艦隊の編成は閉め切られることになった。

 

「提督と中村三佐は人気者だからね」

「時雨たちが間に入って止めてくれなかったら夏の救出作戦での編成会議並に酷い事になってただろう、俺としては嬉しさよりも困惑の方が強いよ」

 

 中村曰く一生分働いたと言わしめた一年、秋に入ってからは内閣の要請で自衛隊上層部が行った監査によって艦娘否定派の息がかかった基地職員が大幅に異動命令を受けてここではない任地に向かう事になり、入れ替わる様に国防の職務に熱心な隊員が多く配置されることになったので大分と精神的な負担は減った。

 

 それでさらに艦娘の指揮官が増えれば田中としては万々歳だったのだが、指揮官の適性を試験する為に艦娘に実際に乗せて見たところその一カ月ごとに一二回の頻度で行った実地検査は平均して十人に一人と言う割合でしかまともに彼女達を運用できる者がいなかった。

 主任曰く適正と許容量は霊的力場との接触によって増大していき理論上はどんな人間でも最低六人分の艦娘の編成枠を得ることが出来るらしいが試験後に担架に乗せられて運ばれていく青い顔をした候補者の姿と噂が広がった為に今では基地内で我こそはと指揮官に立候補する士官はもういない。

 それでも6人しかいない状態から21人へと指揮官が増えた事で過労死の秒読みが始まっていた田中や中村だけでなく彼等の後に着任した四人も輪になって喜びを分かち合う事となり、指揮下の艦娘達に生温かい視線を向けられることになった。

 

「指揮官は増えたけど、まだ新任の人達は一人ずつしか編成できないから僕にはあんまり戦力が増えた気がしないな」

「主任たちには俺や義男の許容量の増え方が異常だって言われたよ、義男が見た夢の話が事実であるなら・・・」

「提督・・・どうしたの?」

 

 刀堂博士が猫吊るしの姿で夢に現れて言いたい放題言って勝手に消えたと言う中村の話は正直なところ田中には信じられるモノではなかったが妙に現在の状況とかみ合っている内容もあった。

 かと言ってそれを周りに言えば確実に狂人扱いとなる事は目に見えていたので二人は艦娘にも詳しい事は言わず、その情報を自分たちの胸に仕舞って置くことにした。

 

「いや、なんでもない・・・ん? あれ・・・、前に赤城が突っ込んだ倉庫の壁は直したはずじゃないか?」

「ああ、あそこの事かな? あっちは大鳳さんが昨日の朝に激突して穴を開けたらしいよ」

 

 四日ほど近海の船団護衛に出ていた田中は目的地である艦娘酒保の近くにあった倉庫に人間が大の字になったような穴とそこに掛けられ冬の潮風に揺れるビニールシートを目にし、その原因を作った装甲空母艦娘がクレイドルに運ばれていったと彼の初期艦である時雨は情報を補足する。

 

「・・・先週に加賀が墜落して穴をあけた屋根も直っていないのに、空母艦娘は倉庫に激突しなければならない決まりでもあるのか?」

「う~ん、でも鳳翔さんが慣れてなかった時にはほとんどが艦娘寮の屋上だったし、千歳さんは教室棟の窓や壁だったから別に倉庫を狙ってるわけじゃないと思うな」

「使うのは税金なんだぞ、修繕費だって湯水にように湧いてくるわけじゃないのに・・・はぁ」

 

 これも中村が吹いた大法螺によって刀堂博士が彼女達の能力を組み上げ直した結果なら全ての責任は彼にあるのかと思った田中だが、もしも眉唾な夢の話が本当だったなら中枢機構と精神の混線を起こしているのは転生者である自分も当てはまる事を考えると自分の思考が何かしらの影響を艦娘の能力に影響を与えている可能性は否定できない。

 これ以上の考えは自分にとって藪蛇になると直感した田中は思考を打ち切って艦娘酒保と言う看板が掛けられた倉庫の扉を開いた。

 

「明石の酒保にようこそ♪ 田中少佐、お疲れ様です!」

 

 扉を開けた田中の左側から掛けられた明るい歓迎の言葉に彼はしばし佇み、入り口から入ってきた指揮官と障壁を解除した時雨へと温かな室内の空気と共に満面の笑顔を浮かべて迎え入れる鮮やかな桃色の髪の持ち主と見つめ合った。

 

「あんまりジッと見られると恥ずかしいですよ、何かご入用ですか?」

「いや、明石くん、君何やってるんだい・・・?」

 

 今年の8月に太平洋上で確認され田中達が限定海域と呼ぶ異空間を抱え込んだ巨大深海棲艦の中に囚われていた霊核から再生した艦娘の一人であり、工作艦に分類される明石は戦闘能力が極端に低いが学習能力と技術者として高い能力を発揮した為に研究室所属の艦娘として増設装備の研究開発に協力し、時には指揮官適正を持っていた研究員を乗せて艦娘への装備の着脱も港湾で行っている。

 

「何って酒保の店員ですよ? それが何か問題ですか?」

 

 小さな体育館ほどあった倉庫の三分の一ほどに様々な商品が陳列された棚が並び、コンビニの注文カウンターのような長机の向こう側から田中の問いかけに何を今さらな事を言っているのか、とでも言う様に不思議そうな顔をした現在鎮守府で唯一の工作艦娘が彼らに首を傾げて見せる。

 困惑した田中はとりあえず状況を把握する為に周囲を見回し、酒保に置かれた雑貨やお菓子などを販売している十数台の自動販売機の前やカフェのようなカウンターやテーブルが並んだ場所にチラホラと居る艦娘や基地職員の姿を確認した。

 

「待てっ、なんで艦娘酒保にカフェがあるんだ!?」

「提督は知らなかったのかな? 一カ月前にね戦闘に出撃が出来ない輸送艦や補給艦の娘達が司令部と研究室に許可を取って始めたんだよ」

「私もその時に何かお手伝い出来ないかと具申しまして、今は手が空いてる時にはここで店員をしてるんです♪」

 

 いつそんな事が決定されて実行されたのか、気付かなかった自分が迂闊なのか、それとも知らせてくれなかった同僚に文句を言うべきなのか、そんな悩みに手を額に当てて遠い目をした彼はレンガ壁だったはずの酒保の壁がキレイに塗装されて自衛隊広報の印がされた何枚ものポスターが貼られている事に気付きますます大きなため息を吐いた。

 

 今話題の化粧品の写真やお節料理が大写しになった数枚の商品宣伝ポスターは大手デパートの名前で飾られ、他には千葉県で行われるらしい冬の花火祭りの案内ポスターの隣には着物を着たキャラクターの横に吹き出しで「そうだ、初詣に行こう」と書かれているJRマークのポスターなどが並び、さらにその下に置かれた長机に日本の観光地の案内するチラシの束が並べられている。

 

 田中が目を凝らしてさらに酒保の奥を見れば一台だけだったはずの艦娘の艦橋を模したシミュレーターゲームの筐体が三台並んでおり、そこにも艦娘や自衛官などの人だかりができていた。

 

「・・・さっさとパック麺買って帰るか、時雨、何か欲しいものがあれば言ってくれ」

「じゃぁ、ちょっとそこでお茶していこうよ。おはぎとかお団子、あとお汁粉がとっても美味しいんだ」

「洋風のカフェなのに売ってるのは和製なのか」

 

 一カ月と少し前に時雨とその姉妹たちとお菓子を買いに来た時にはおでん缶やストラップや髪飾りが売っていると言う謎な品ぞろえの自動販売機と艦娘達が列を作っているシミュレーターゲームだけが置かれ、暖房も中村がリサイクルショップをやっている兄から貰ったと言う薪ストーブだけと言う殺風景な場所だったはず。

 そんな艦娘の社会勉強用の施設は田中が知らないうちにコンビニとカフェとゲームセンターと観光案内所をごちゃ混ぜにしたような場所となっていた。

 その光景にもうツッコミを入れる気力も無くなった田中は入り口の横に置かれた日本円を酒保で使えるコインに交換するための交換機、この酒保を利用したいと願い出てきた基地職員があまりにも多かった為に設置された機械へと千円札を二枚ほど突っ込んでジャラジャラと交換機から吐き出された銀色のコインの数枚を時雨に渡してカフェに向かわせる。

 

「時雨、これで適当に注文しておいてくれ」

「うんっ! 駆逐艦時雨、出撃するね♪」

 

 手にコインを握ってカフェへと向かう嬉しそうな笑顔を浮かべた時雨の背中を見送って残りの硬貨を回収してポケットに突っ込んだ田中は胡乱気な視線を媚びを売る様な笑顔で自己主張する工作艦娘へと向ける。

 

「さあさあ、田中少佐、どの商品を購入しますか?」

 

 にっこにこの笑顔を浮かべた明石が受付カウンターから身を乗り出す勢いで揉み手をしている様子に田中はまたしても大きくため息を吐いてから些かにぎやかになり過ぎた感がある酒保の中を歩く。

 

「あぁっ! なんで自販機の方に行くんですかっ!? パック麺ならこっちでも売ってますよ! 田中少佐ぁっ!」

 




明石「ここたま!!」

夕張「油売ってないで装備の換装手伝ってよ!」



最初と最後の部分が書きたかった。(切実)


書いてる途中で自分でも混乱してきたから明らかにおかしい場所があるかもしれないけれど笑顔で見逃してください。


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第二章
第十八話


 
「いくら二次創作だからって貴方は艦これの設定に反逆し過ぎています。でも少しでも人間らしさを残しているならば今すぐこんな捏造は止めなさい!」

「空母の艦娘を飛ばせと言われればこうもなろう!」

「二次創作者が喋る事かぁっ!?」
 


 基地の滑走路から飛び立って二時間は経っただろうか。

 

 日本海上の分厚い雲を突き抜け、ビリビリと風を裂きながら突き進む機体の中で必死に指が食い込む程の力で両脚の間にある操縦桿を握り、歯を食いしばりながら後方確認用のミラーへと視線をチラチラと向ければ忌々しい黒い流線型の円盤モドキが亜音速の戦闘機を追走してくる。

 悪夢としか言いようがない、まるで空に数珠繋ぎとなったように自分の乗るF-15Jを追いかけてくる空を飛ぶ怪物の姿に止め処なく汗が額を伝い否応なく上昇していく心拍数は今にも心臓を破裂させかねない程に胸の内側を叩き続けている。

 

「くそったれっ・・・」

『佐々木っ! 俺が引き受けるこっちに誘導しろっ!』

 

 同じ航空自衛隊に所属する友人でありライバルが切羽詰まった声が彼の乗るコックピットの通信機に入るが、その言葉に答える余裕も従って相手まで危険にさらす事も、ましてやこの化け物共を日本本土の上空へと誘導するなんて馬鹿な真似は出来ないと空自のエースを自認する佐々木はスロットルを吹かして操縦桿を引き上げる。

 急激なGが彼の意識を奪わんと正面から押し寄せるが歯を食いしばって佐々木は愛機を蒼天に躍らせて宙返りさせる。

 

(くたばれっ!!)

 

 深海棲艦と言う化け物が海に現れて数年、ある日突然に防衛省からの通達でF-15Jの翼に装備された鎮守府と言う深海棲艦を倒すための兵器を開発していると言う研究機関から提供された技術を防衛装備庁の研究チームが現代兵器に応用した虎の子のミサイル。

 敵の出鱈目なバリアを貫通する能力を与えられたと言う新型弾頭の発射手順を手早く済ませながら捻り込むように敵の後ろへと回り込んだ佐々木は始末書の数百枚どころか二度と飛行機に乗れなくなっても構わないと覚悟して機械の火矢を撃ち出す。

 自衛隊は敵に撃たれても撃ち返してはならないなんてふざけた事を言っていた防衛省のお偉いさんに心の中で唾吐き、愛機から放たれたミサイルが空を突き進み、背中を見せている二機の怪物に喰らい付いて水面に出来た波のようにうねり広がる閃光に飲み込まれた深海棲艦の艦載機が黒い残骸を宙空へとばら撒く。

 

『佐々木ぃっ!!』

「はっはぁっ! 見たか松本ぉっ、すげえな新型ってのは、これで俺らでもアイツらにぃっ!」

『旋回しろぉ!!』

 

 今まで目に見えない障壁のせいで手足も出なかった相手、それが小型であったとしても一矢報いた事に声を弾ませた佐々木は通信機から耳を打つ相棒の悲鳴で反射的に操縦桿を捻り、戦闘機のフラップを操作し、そして、その機体の真横をさっきと同じ怪物の子機が編隊を組んで通り過ぎた。

 たった二匹を必死に撃退して見せたところで何の意味も無いと言われているかのように雲の下から次々と弾丸のように空へと舞いあがってくる深海棲艦の艦載機に佐々木はヘルメットのバイザーの下で目を剥く。

 

「くそったれぇ・・・」

『佐々木早く戻れっ! そこを離れろっ!』

「馬鹿かっ! 奴らが爆弾積んでんのが見えねえわけないだろ!? あんな化け物に日本を爆撃させるつもりかっ!」

 

 子供の頃にただカッコ良さそうだったからと言う憧れだけで飛行機乗りを目指し、今では日本の空を守ると言う誇り高い仕事を任されていると言う男の矜持が自分と同じ立場であるはずの友人が臆病風に吹かれた様な言葉を吐くことに佐々木を苛立ちに叫ばせる。

 

『違うっ! 俺達が邪魔になるから避けるんだよ!!』

「はぁっ? 何をっ・・・っ!?」

『来るぞっ! お前も味方に巻き込まれて死ぬなんて嫌だろがっ!!』

 

 言われた事が一瞬理解できずに困惑に顔を歪ませた佐々木の耳に接近レーダーが上げる悲鳴が響いた。

 IFF(敵味方識別装置)に目を走らせれば相棒である松本の信号以外の何かが直近に迫っている事に気付く。

 彼はその光点を避けるように握り込んだレバーに全体重をかけるように曲げる。

 瞬間、深緑に塗装された機体に紅い丸が描かれたレシプロ機が数機、先ほど通り過ぎた怪物の群れを追う様に雲から飛び出して機首の機関砲から曳光弾のように輝く弾丸を吐き出し逃げ惑う黒い円盤を次々に穴だらけにしていく。

 

『・・・ザッザ・・・艦娘艦隊の特務執行・・・行使が認め・・・した・・・』

 

 それに続いて佐々木の通信機から聞こえてくる空の戦場では場違いに感じる少女の声。

 

「・・・まさかっ! 艦娘がっ・・・」

『来るぞっ!!』

 

 今では航空博物館にだって並んでいない時代遅れの機体が蒼い空を舞い、その中の一機へと鏑矢の様な先端を持った光り輝くワイヤーが突き刺さるように接続されて僚機がそれを守るように円を描くように旋回する。

 真下から飛んできたワイヤーに繋がれた零式艦上戦闘機がプロペラだけの球体へと変形すると言う非現実に佐々木はつい最近のブリーフィングで見せられた特撮めいた資料映像の記憶を脳裏に走らせた。

 

 F-15Jの機体を斜めに傾けて旋回する佐々木の眼下の白雲に巨大な影が見え、淡い光を纏ったワイヤーに繋がるその影が分厚い雲を突き破って長い長い黒髪が絵画の中の龍の様にうねりながらヘリの様にプロペラを上に向けた光球へと真っ直ぐ昇る。

 小さく見積もっても16mはあるだろう身体に短いスカートと白地の弓道着を纏う美女が二股に分かれた黒髪の尾を引いて左手を覆う航空甲板の様な模様が描かれた盾から伸びるワイヤーに引っ張られて佐々木の前へと躍り出てきた。

 

「ははっ・・・なんだよこれ」

 

 レーダーのIFFに表示された名前はCVL-SHOHO、艦娘が第二次世界大戦時に存在していた艦艇を原型に持っていると言うなら祥鳳型空母の一番艦である祥鳳が人の形を得たのが彼女であろうかと当たりを付けた佐々木はその巨大な美女が光球に繋がったワイヤーを伝って天へと駆け登る幻想的な姿に見惚れる。

 そして、滞空するプロペラが祥鳳が構えた盾にぶつかって弾けるように消えたと同時に飛行甲板のような装甲部分が彼女の身体に対して水平になり翼が広がる様に盾の突端から光の線が伸びて滑走路の様な模様を青い空に広げた。

 

『・・・誘導開始っ、戦闘機隊を収容せよ!』

『二番機八番機は損欠っ! 一番から十二番、十機を・・・に飛行甲板の誘導・・・向かわせます!』

 

 若い男とまだ少女と言った声がノイズ混じりで佐々木の耳に届き、空母艦娘がハンググライダーのようにぶら下がる様に頭上に掲げた細長い光の尾を引く飛行甲板へと彼女の周囲を旋回していた旧世代の航空機が順番に向かって行く。

 

『こち・・・鎮守府所属木村特務一尉、ここは艦娘部隊・・・戦闘領域と・・・ます。航空自衛隊の哨戒機は早急・・・基地へと帰還していただきたい』

 

 不愛想に感じる若い士官の声がノイズと愛機が吐き出すエンジン音で歯抜けに聞こえるがそれが佐々木達に対する退避要請である事は明白であり、艦娘部隊が深海棲艦を相手にする場合には自衛隊のどの命令系統よりも優先されると言うのはもう組織内でも周知の事だった。

 

『佐々木、退避するぞっ、化け物の相手は彼女達に任せるべきだ』

 

 少し沈んだ声を伝えてくる相棒の様子に彼も自分と同じように釈然としないモノを抱えていると感じた佐々木はハッと顔を上げて操縦桿を握る手を反射的に捻りスロットルを上げる。

 背筋をビリッと走った電流のような直感に従って機体を宙で蛇行させた佐々木機の真横を風切り音を立てながら黒い不格好な円盤が通り過ぎて、その鮫の牙の様な鋭い嘴を光る甲板にレシプロ機を着地させている空母艦娘へと向けて深海棲艦の艦載機が高速で突き進む。

 

『敵機接近っ! ああもぉっ! 追い払ったのになんで戻ってくんのっ、ちょこまかと素早いのよっ!』

『くっ、収容中の機を直掩に回せっ!』

『ダメですっ、もうどの機も霊力を使い切る寸前でっ! 障壁も張れないんじゃ盾にすらなりません!』

 

 男が一人に若い女の声が複数、発信源はプロペラ機を収容しながら目の前で風に乗る様に滞空している艦娘である事は間違いなく、明らかにひっ迫したその声達に佐々木は愛機のスロットルを押し上げて生意気にも自分の真横を抜いて行った深海棲艦の子機へとアフターバーナーでエンジンを唸らせながら肉薄する。

 三つの黒い機影は風よりも早く艦娘へと突き進んでいたが曲芸飛行にも精通した佐々木にとってただ真っ直ぐ飛ぶだけの素人共を抜き返す事は簡単な事で黒い嘴の前へと躍り出たエースパイロットはコックピットのボタンの一つを素早く押し込み機体後方から激しい閃光を放つ信号弾を深海棲艦の艦載機の鼻先へとばら撒いた。

 

『そんな無茶ですよっ!?』

『的になるだけじゃない! 退避しなさいって!』

 

 通信機から飛び込んでくる自分の事を心配してくれる女の子達の悲鳴に苦笑した佐々木の思惑通りに鼻っ面を叩かれた性能だけは一人前の素人は矛先を祥鳳からF-15Jへと変えてイラついたように機体の表面にある丸い発光部分を点滅させて追いかけてきた。

 彼の予測が正しければあの空母艦娘が使う艦載機は深海棲艦にダメージを与える力はあれど飛行能力は年代相応でしかなく、亜音速に付いて来れる忌々しい敵機とドックファイトをするには荷が勝ちすぎているのだろう。

 

「飛行機乗りがぁっ、空で天使に会ったんだっ、見栄ぐらい張らなきゃエースは名乗れんだろうがっ!」

 

 ヘルメットに付随した酸素マスクの中で叫びながら佐々木はさらに愛機を加速させ飛行機雲を引きながら黒い怪物を祥鳳から引き離し、太陽が輝く青く澄んだ空へと急上昇した。

 機体の表面にバチバチと爆ぜる様な音と赤い火の玉の様な弾丸が掠る音、一発でも直撃を受ければ間違いなくこのまま天国まで吹き飛ばされる威力を持った弾丸を背後の三機が吐き出し、佐々木は急激なGと死の恐怖による息苦しさに追い詰められて顔中を汗まみれにする。

 

「なぁ、違うかよ、相棒ぉっ・・・?」

『今から上官にする言い訳を考えておけっ! この馬鹿野郎!!』

 

 来ることを確信していたライバルからの通信と空気を引き裂きながら突き進む白く塗装された二機のミサイルが目の前の佐々木へと夢中になっている深海棲艦の艦載機に着弾した。

 そして、新型の墳進弾は爆炎では無く波打つような閃光を放ち、黒い装甲を割れたガラスのようにきらめかせながら高度四千mにばら撒いた。

 

「は、ははっ! やったぜ、ざまぁっ・・・っ!?」

 

 管制官や整備士から使うなと念を押されていた正体不明の技術で造られたミサイルを僚機まで巻き込んで全て使い切った事もどうでもいいとでもばかりに笑い飛ばした佐々木はキャノピーの向こう側に黒い死神が丸い洞のような穴に緑の光を宿して見つめていた事に気付く。

 

『全機収容完了っ! 一機だけなら上げれるわっ! 急いでっ!!』

『祥鳳、飛べっ!!』

 

 新型弾の被害から一機だけ逃れた黒い怪物、わずか数m先にある明確な死の予感に佐々木の声も息も止まり、ただ彼自身の心音だけが耳の奥で大きく鳴り響く。

 

≪私だって航空母艦ですっ! やって見せます!≫

 

 ふっと佐々木のいるコックピットを覆う影、機体の外から聞こえてきた凛とした清楚な声に静止していた彼の意識が息を吹き返して遮光バイザーの下でパイロットは目を見開いた。

 音速突破寸前の世界の中で深海棲艦の機体を引き寄せて急上昇したはずの佐々木のF-15Jの更に上、身体の周りに燐光を舞い散らせた祥鳳が流星の化身と化したように彼等の頭上へと舞い上がり、黒く長い艶髪が高く蒼く澄み切った空に広がる。

 

≪天使と言うのは私には大袈裟ですけれど・・・、でも、褒めて頂いてありがとうございます≫

 

 幼い頃に抱え込んだ空への強い憧れに突き動かされて遂には戦闘機パイロットにまでなった男は燐光を纏い黒い翼を広げる大鳥(死を告げる天使)の姿に。

 今まで自分が空に辿り着くために行ってきた全ての努力が些細な事であったかと思ってしまうほどの美しさに、魂を奪われたかの様な錯覚を覚えた。

 

(黒い鳥・・・、こりゃ天使は天使でも、ははっ、深海棲艦共も大変な相手とケンカしてんなぁ)

 

 そして、佐々木と深海棲艦の子機を見下ろす高度まで上昇した祥鳳が宙を舞い身体を捩じるように回転させ、淡いオレンジ色のオーバーニーソックスに包まれた長くしなやかに伸びる脚を鞭のように撓らせる。

 濃い墨色のスカートがはためき、その艶やかな身体に巻き付くようにうねる二股の髪先でピンク色の蝶が踊り、佐々木の機体と並走していた深海棲艦の艦載機の生き残りは霊力の輝きを放つ脚を叩き付けられ、粉々に蹴り砕かれ先に散った仲間と同じ運命を辿った。

 

『寿命が縮まる思いをさせられた。ですが、貴官らの援護には感謝させてもらいます』

 

「はっ、船乗りのくせに随分と四角張った言い方をする」

 

 おそらくは彼女達の指揮官だろう木村と名乗っていた指揮官の簡潔な感謝へと軽口を叩くように呟き、今度こそ帰投するぞ、と催促してくる相棒へと返事を返しながら佐々木はチューブトップブラに包まれた膨らみと谷間が見えるほど開けた上着をはためかせながら落下を始めている祥鳳へと視線を向ける。

 

 あんなヒラヒラした服で空なんかを飛ぶから見えてしまったじゃないか、とエースパイロットは偶然の役得に口元を綻ばせた。

 

≪次の攻撃隊、編成できてる?≫

『今・・・、上昇に使った中継機と欠損機の番号には予備機を振り分けたわ。発艦どうぞ!』

≪じゃあ、随時発進させます!≫

 

 いつの間にか盾から自らの身長とほぼ同じ長さの長弓へと持ち替えていたらしい祥鳳が背中の矢筒の内側から生えるように出てくる矢を引き抜いて張り詰めた弦へと番えて引き絞る。

 佐々木達にとって救いの女神とも言える女性は妙にゆっくりと落下しながらその祥鳳の手が次々と矢を放ち、青い空に飛び出した矢が光を放ちながら緑色のレシプロ機へと姿を変え編隊を組んでいく。

 そして、その戦闘機を放った祥鳳の手の長弓が掴んでいる中心から二つに折れ、航空甲板のような模様の板面がかみ合い、再び盾形へと変形する。

 

 その盾の先から鉤爪が撃ち出され、光を纏ったワイヤーが今さっき放った飛行編隊へと銀色の線を引いた。

 

『資料やビデオでは見た時には半信半疑だったが・・・あの話、本当だったのかよ』

「おいおい、見たモノはちゃんと認めろよ」

『・・・はぁ? お前こそ、あの時は合成映像だって・・・そうだ、お前、賭けは覚えてるんだろうな!』

「んっ、ああ、・・・確か俺は信じる方に賭けたんだったかなぁ?」

『馬鹿言うな! それは俺が賭けた方だ! お前は信じてなかっただろ!?』

 

 自分達の基地がある能登半島の方向へと機首を向けた戦闘機の中でブリーフィングの際に見た資料にあった空母艦娘が空を飛ぶ、と言う情報の真偽についての賭けについて佐々木は通信機の向こうで激昂する相棒へとわざとらしくすっ呆ける。

 そんな彼等から離れて行く祥鳳は自分が放った艦載機の一機へとワイヤーを繋げて光球に変形させ、落下による遠心力とオーバーニーソックスに包まれた脚の裏から淡い燐光を放出して加速しながら日本海を望む雲の下へとその身を投じた。

 

・・・

 

 白い雲を突き抜けて蒼い空から青い海へと降下する様子が映る全周モニターに囲まれた艦橋でオレンジ色のツインテールをシナシナと萎れた駆逐艦娘が胴に付けた命綱と足場の手すりにしがみ付きながら潰れた蛙の様な呻きを上げる。

 

「うぇぇっ、まだ頭がぐらぐらして気持ち悪いぃ・・・」

「船が船に乗って酔うな、恥ずかしいだけだぞ?」

「何で司令は平気なのよ、おかしいじゃない・・・うっぷ」

 

 陽炎型一番艦が喉元まで登ってきた昼食を必死で胃まで押し戻す様子をさして気にせず指揮官である木村は涼しげな顔で海を見下ろす全周モニターへと目を向けている。

 

『陽炎ごめんね、まだ私、戦闘形態での飛行に慣れてなくって・・・』

「ぁー、イヤ、大丈夫、ちょっとさっきの急上昇と回し蹴りがきつかっただけ、むしろ祥鳳さんの飛び方はかなり楽な方だから気にしないで」

「・・・確かにな」

 

 艦橋に響く祥鳳の申し訳なさそうな声に乾いた笑いで返事をする陽炎の背後で木村が小さく呟きを漏らし、その声に怪訝な顔で振り返った陽炎から鉄面皮の指揮官は顔を反らして周辺警戒を続けているフリをする。

 

「うぅっ、陽炎も司令も・・・、その言い方だと他の空母の人が楽じゃない飛び方するみたい・・・」

「古鷹さんもまぁ平気そうね、大丈夫だった?」

「う、うん・・・出来るだけモニターを見ないで手すりに掴まってたから・・・」

 

 ボーイッシュなショートヘアに活発そうな女の子らしい顔立ちに異彩を与える金色の光彩を持つ左目、空色の襟に真紅のリボンタイを飾る半袖のセーラー服は丈が合っていないのか臍が見え、スカートも太腿を半ばまでしか隠していないが彼女自身が全体的に健康的な雰囲気を纏っている為か色香よりも爽やかさが際立つ高校生ほどの背格好をした少女。

 

「さっきは航空管制を全部任せちゃってごめんね。でも、これで楽な方って・・・本当なの?」

 

 重巡洋艦に分類される艦娘、古鷹型重巡洋艦一番艦の古鷹は青い顔に苦笑を浮かべて目の前のモニターに映る祥鳳の艦載機から送られてくる複数の映像から少し目を離してすぐ隣でダレている同僚艦娘へと言葉を投げる。

 

「そうよ、楽よ・・・鳳翔さんとそれに影響された空母以外は全員、楽だわ・・・」

「ぇぇ・・・でも鳳翔さんって中村三佐の指揮下にいるベテランの空母でしょ? あの優しそうな」

「まぁ、本人はとっても優しい人なのは確かなんだけど・・・あの人、空中戦になると途端に頭のおかしい機動するのよ」

 

 その言葉にいまいち理解が追いついていないらしい古鷹に向かって顔は笑っているのに目は笑っていない陽炎が鬱憤を吐くように空母艦娘鳳翔がやった事の一部を羅列していく。

 

 曰く、上昇用のワイヤーの巻取り速度を限界以上まで加速させ中継機として空中でプロペラ付の光球となっていた艦載機を置き去りにしてたった一回の跳躍で8000m上空のジェット気流に飛び込んだ。

 曰く、音速で飛ぶ深海棲艦の艦載機へと鉤爪を打ち込み空中で砲丸投げでもするように高速回転して繋がったワイヤーで周りの敵機を巻き込んで撃破し制空権を得る。

 曰く、霊力の充填中で艦載機の再出撃が出来ない状態での降下中に海面にいた深海棲艦を見つけてクッション代わりにするために飛び蹴りを叩き込んで撃破する。

 

「放った矢が艦載機になった瞬間に機動ワイヤーを打ち込んで真横に飛ぶってのを連続で、とか普通にやるのよあの人」

「ぇっ、いや・・・、それ冗談だよね? ですよね?」

 

 自分よりも先に目覚めて実戦部隊にいた陽炎が新人である自分を揶揄っているのだと思った古鷹はここは笑うべきだと判断して口元を緩めたが、妙に重い雰囲気を漂わせている陽炎の姿に息を詰めて助けを求めるように指令席で黙り込んでいる木村へと視線を向ける。

 

「私はね、その鳳翔さんの艦橋にも乗ってた事があるのよ・・・一回だけだけどそこにいる木村司令もね」

「ぇっ・・・?」

 

 若干顔を引き攣らせて古鷹の視線からも顔を反らした指揮官の態度と目元が少しすさんでいる駆逐艦の言葉にまだ実戦経験が少ない新人の重巡艦娘は背筋を氷でなぞられたように慄かせた。

 

「そう言えば空母艦娘は初の飛行訓練では鳳翔さんの真横跳びを真似して鎮守府の壁に突っ込むって言う通過儀礼みたいなのがあるんだっけ、ねぇ、祥鳳さん?」

『あ、あの・・・あの、あはは・・・』

 

 陽炎の言葉に誤魔化すように笑う祥鳳の脳裏にある日の思い出、艦娘としての艦載機の扱い方を丁寧に教えてくれていた先輩空母達が何故かまだ薄暗い早朝の艦娘寮の屋上に自分を呼び出した日の出来事が過る。

 実際に見た事は無くとも空母艦娘が空を飛ぶと言う話はその時の祥鳳も海上演習や陸上訓練の最中に仲間達との会話で耳に挟んでいたし、ある程度の練度に成ったら飛行訓練をすると言う話は先輩空母から聞いていたので早朝の屋上でその話を聞かされた祥鳳は新しい技術の習得に意気込み彼女らが言う基本の飛び方を頭に刻んだ。

 

 着地時の安全の為に障壁は最大で展開し続けないといけない事、途中で失速すると危ないから飛び立つ時には全力で加速する事、その他諸々のアドバイスをしっかりと胸に刻んで祥鳳は夜明けの空に矢を放ち、さらにその輝く矢へと教えてもらった通りに指から細長い光の線を繋いで持てる力の限り高速で巻き取り機を回すイメージで光糸を引いた。

 

 そして、障壁を展開する力を強めれば強めるほど重力の影響が軽減されると言う空母艦娘特有の謎現象と自重の数倍を支えてもお釣りがくるほどの強度を持った霊力の線、その糸から供給される霊力に応じて浮揚力を高める中継機と化した矢と言う全ての要素が最大まで発揮された結果。

 祥鳳は限界まで引き絞られてから離されたスリングショットの弾のように夜明けの空に向かって撃ち出される。

 自分の予想を遥かに超える加速と衝撃に目を剥いた祥鳳は助けを求める為に肩越しに振り返り、その先に見えたのは艦娘寮の屋上で空へと飛んでいく彼女に向かってどこか晴れやかな笑顔をしながら最敬礼をしている空母艦娘達の列であった。

 

 その後、早朝の空に甲高い悲鳴を響かせる祥鳳の初フライトは人間砲弾と化した彼女が成す術なく港湾施設の海が見える広場となっているコンクリートの地面へと突き刺さる様に激突して人型のクレーターを作った事で終わる。

 

「たしか、あれって鳳翔さんに役に立つから絶対に覚えておいた方が良いって勧められた千歳さんが寮の屋上から教室棟の三階に突っ込んで教室を一つ潰してから始まったらしいわよ」

 

 先輩達の言葉を鵜呑みにしてそれを実践した結果として鎮守府の港区域にある広場の真ん中にクレーターを作った祥鳳は自分を追いかけて空から降りてきた空母達に抱えられ、何が何だか分からないまま負った重傷を癒す為にクレイドルへと詰め込まれる。

 治療が終わってから彼女は千歳達からの謝罪と一連の出来事の種明かしされる事となり、祥鳳は後日ちゃんとした飛び方を先輩達から教えてもらう事となった。

 

「でもまぁ、本気で覚えようとしてる人たちもいるのよね。例えば一航戦の二人とか、あの二人の艦橋に乗る時は要注意よ」

「あぁ、赤城さん達がたまに鎮守府の地面とか壁に刺さってるのってそう言う・・・ぇぇ~・・・」

『赤城さんも加賀さんも鳳翔さんの事を特に尊敬されているみたいですから、あはは・・・ははっ・・・』

 

 込める力の量に応じて身体が受ける重力の影響を減らし風を受ける盾形になった長弓の取っ手にぶら下がり、高度五千m付近を見た目の大きさを裏切る風に乗るほど軽減された重量によって滞空している祥鳳の艦橋で陽炎が語る裏事情に古鷹は恐れで顔を引き攣らせた。

 

「・・・任務中だ、そろそろ私語は慎め」

『ごめんなさい、私ったら・・・周辺警戒を続けますね』

「と言っても、もう私達の出番はなさそうだけどねぇ」

 

 眼下に広がる広い海、日本から見て西側に存在する日本海上に浮遊する祥鳳が眼下で行われている戦闘へと視線を集中させれば彼女の艦橋を覆うモニターに白い航跡を鋭く刻みながら走る駆逐艦娘の姿が拡大される。

 

「護衛していた艦の半分は私達で片付けたし、本土に向かっていた敵艦載機も空自の人達が時間を稼いでくれたから追いついて全機墜とせたし、音速の艦載機を使える正規空母級ったって・・・ああなったらもう手も足も出ないわよ」

 

 触手のような足が生えた平べったい黒い円盤を頭に乗せ人形のじみた作り物めいた無表情の空母ヲ級が自分を追撃してくる駆逐艦娘から少しでも離れようと海原を駆けるが、絶対的な相対速度の差は無慈悲にその距離を縮めていく。

 最後の反撃とばかりにヲ級が被っている円盤の左右に付いた黒い小口径砲が火を噴くが追撃している駆逐艦娘、暁型駆逐艦一番艦の暁はその小柄な体躯を更に加速させてZ字の水柱を海原に刻み付けて回避し、装備している連装砲を連発して深海棲艦の空母に打ち込み、その不可視の障壁へとヒビを入れる。

 

「スライドブーストでZ回避してからの砲雷撃で障壁削って、ほら、トドメの一撃ってね」

「たまに駆逐の子がシミュレーターの前で言ってる呪文みたいなのって、ああ言う事だったの・・・?」

「ゲームでやるほど簡単じゃないけど、加速しながらの真横滑り(スライドブースト)だけでも出来るようにならないと今の湾内演習で駆逐艦は単位貰えないわね」

 

 暁が攻撃と防御の手段を失ったヲ級へと飛びかかって蹴りを叩き込んで海面に叩き付け、倒れた空母の腹を踏みつけながら背中の艤装から両刃斧に変形した錨を引き抜き振り上げる。

 遠目に見れば小学生が異形の女へと斧を振り下ろすと言う猟奇的極まる光景の決定的な瞬間だけは暁が斧をヲ級の頭を黒い円盤ごと叩き割った衝撃で高く上がった白く巨大な水柱の向こうへ隠された。

 

「・・・それより何よりも司令、あっちはどうすんのよ?」

「我々に作戦領域外へ出る事は許可されていない、としか言いようがないな・・・どちらにしろ、我々と下にいる工藤一尉の二個艦隊でアレの相手は出来ん」

 

 眼下で駆逐艦娘の暁が発生させた水柱がおさまっていく様子から陽炎が指す場所へと目を向けた木村は意識的に引き締めていた顔に恐れと不満を混ぜた感情を浮かべ、上空5000mに滞空する祥鳳の艦橋のモニターに拡大映像で映る頭から一本の太い角を生やした長い黒髪とドレスに病的な白い肌を持った人型の山とも言える巨大な女とそれを取り巻くように航行する深海棲艦の群れを見つめる。

 

「直立した全長が210m・・・あれが、姫級深海棲艦・・・?」

「ん~、いや、・・・多分鬼級だと思うわ、見た感じは戦艦水鬼ってヤツかしら?」

「おにきゅう?」

 

 自然にあざとく聞き返してくる古鷹に向かって陽炎は両手の人差し指を額の上に突き上げて「鬼」とワザとらしい顰めっ面を作って言う。

 

「強さ自体にはほとんど差が無いらしいんだけど姫級は限定海域って異空間に居座っていて、鬼級は連合艦隊級の勢力を率いて海をうろうろしてるのよ」

「今回が初めて確認される対象を勝手に命名するな、例え予め同じ特徴を持つ相手の情報があったとしてもだ」

「んっ? あれ、司令も知ってるの? 鬼級」

「・・・中村先輩から聞いた話で何度か、な」

 

 無表情だった指揮官の顔が少し複雑そうな心境を表すように曇ったのを見た古鷹は彼の口から出た鎮守府に所属する艦娘の指揮官である男性の話を思い出す。

 本人とは軽く挨拶をした程度で直接話した事は無くとも中村とその相棒とも言える田中の話は艦娘達の話題に上る事も多く、彼等の行動で自分達の環境が改善した事を特に感謝している仲間達は彼等の言葉に強い興味を持っていた。

 基地職員の前であからさまに言う事は無いが艦娘達の間では中村と田中は此処とは違う世界の記憶を持っている所謂、転生者と言う存在で彼らはその世界にいた艦娘達と深海棲艦との闘いを知っているために大きなアドバンテージを持ってこの世界での戦いを有利に進めていると言う話はかなり有名であり古鷹も何度か耳にしている。

 

「他の指揮官はそれを言っても笑い話扱いで信じない人ばっかり、なんて吹雪が愚痴ってたけど? 一応は三佐達から口止めされてるはずなのにね」

「・・・まだ防衛大にいた時に今後現れる可能性がある深海棲艦を先輩が絵に描いてそれを見せられた事がある」

 

 随分とデフォルメされてマスコットキャラクターのような描き方ではあったが本来なら一士官候補生でしかない人間が知るはずの無い深海棲艦の詳細をまるで実際に見てきたように語る中村の言葉に同じ部屋だった者達は木村を含めてまたお調子者の先輩がリアルな作り話をしているのだと判断した。

 だが、中村に請われて鎮守府に所属し、こうして艦娘と共に海に出て深海棲艦と戦う様になってから過去に話し上手な先輩が語っていた事がほぼ全て正しかった事を木村は知る事になった。

 

「ふ~ん、じゃぁ、中村少佐が他の世界の記憶を持ってるっていうのも信じるわけ?」

「流石に全てを信じるのは無理だ。あの人は常に嘘と本当を混ぜて喋るから全部を鵜呑みにすると痛い目を見る事になる」

 

 先輩風を吹かせて後輩を可愛がる(いびる)事を楽しんでいたとある上級生を詐欺師一歩手前の口八丁で煽て丸め込んで上級生本人も気付かない内にイジメそのものを止めさせた中村がその後に言った「今回の事に関しては嘘を言っていないぞ?」と言うセリフは助けられた木村を含めた同期生達に畏敬の念を抱かせた。

 

「だが、あの人が言う言葉の中で、常識的にどう考えても嘘としか思えないモノに限っては全て本当だった。・・・今回もそうだっただけだ」

「司令ってば相変わらず面倒臭い性格な上にかったい頭してるわねぇ・・・」

「ちょっ、陽炎あんまり失礼な事言っちゃダメだよ!」

 

 仏頂面で指令席に座る青年へ向かって陽炎は大げさな呆れを浮かべた顔を向け、その二人の様子に金色の目を不安そうに右往左往させて古鷹が慌てた声を上げるが、良く見れば二人とも肩から力を抜いている事に重巡艦娘はその近くも無く遠くも無いと言う絶妙な距離感に気付いて不思議そうに目を瞬かせた。

 

『・・・答、ます・・・応答ねがいます。 こちら工藤特務一尉旗下、駆逐艦響だよ』

 

 幾ばくかの沈黙が流れEEZの外側を悠々と進んでいく深海棲艦の百鬼夜行を観測していた祥鳳へと海上から少しノイズが混じった通信が届き、どこか幼い声に不釣り合いな物静かな雰囲気を感じる喋り方で暁型駆逐艦の二番艦の声が通信機から聞こえてくる。

 

「こちら木村隆特務一尉、・・・通信は工藤一尉ではないのか?」

『うん、私達の司令官は今、ちょっと通信できない状態なんだ』

「・・・何か異常でも、戦闘による負傷か?」

『ちょっと違うね、暁が少し無茶な機動したせいで酔っちゃっただけだよ・・・我が姉ながら敵艦三隻だけじゃなくて正規空母まで立て続けにやっつけるなんて凄いとしか言いようがない』

 

 本人は意識していないが相手を威圧するような硬い声色の木村の問いかけに通信機の向こうにいる響は特に委縮する事無く否定の言葉を返す。

 

『そっちから貰った観測情報ではもう敵艦隊はEEZの外にしかいないみたいだし、司令官が持つ間に帰投したいんだ』

 

 上空で制空権を維持していた祥鳳から受け取った情報を元に日本海へと現れた深海棲艦の空母機動部隊を全滅させた工藤艦娘艦隊に所属している駆逐艦のどこか掴みどころの無い飄々とした態度が木村達にも通信機ごしでも分かる。

 

「了解した。これから海上に降下する我々と合流して舞鶴港へ帰投してもらう」

『ありがとう、ビニール袋も無いから途方にくれていたんだ。酸っぱい匂いのする艦橋はちょっと嫌だからね』

 

 暗に自分の指揮官が【自主規制】直前の状態である事を伝えてくる響の言葉に木村は同期である野球が趣味の丸刈り頭の士官へと同情した。

 

「祥鳳、海上への降下を、その後に旗艦を陽炎に変更し舞鶴まで帰投する・・・速度は抑え目で」

『了解しました。祥鳳、降下を開始します』

 

 木村の命令を受けた祥鳳の纏っていた身体の光が徐々に弱まり、それに伴って風の中に揺れていた巨体の重量が揚力を上回って航空甲板にぶら下がった空母艦娘が眼下の海面へと向かって降下を始める。

 

「祥鳳さんの残りの艦載機も霊力も三割以下まで減っていましたし、丁度良かったのかもしれませんね」

「制空を敵に取られたら私達駆逐艦や軽巡の人は逃げるしかなくなるからいてくれないと困るけど、空母の人達って飛んでる間はずっと力を使うから燃費が悪いわよねぇ~」

 

 目の前には深海棲艦の大群と言うはっきりと見える形の脅威があるとは言え矛先がまだ日本に向かっていない為に後は港に戻るだけとなった艦橋の空気が少しだけ緩む。

 

『上手く風に乗れれば霊力を節約できるそうですけど、私はまだそこまで練度が高く無くて』

「それは今後の課題だ。・・・だが、祥鳳なら問題無い大丈夫だ」

 

 陽炎の余計な一言で少し申し訳なさそうな表情を祥鳳が浮かべた様子を手元のコンソールパネルに浮かぶ立体映像で見た木村は小さく鼻を鳴らし、部下のフォローとして口だけは上手いサボりの常習犯である先輩から教えられたセリフをかける。

 

『は、はいっ! 私っ! これからも頑張りますねっ♪』

 

 少し大げさにも聞こえる喜びの声を上げる祥鳳に少しの気恥ずかしさを感じ、慣れないセリフを吐いたと口の中で呟きを転がす木村は自分に向かっているどこか嬉しそうな金と琥珀のオッドアイと胡乱気な駆逐艦の視線に気づき、ジト目でこちらを見ている陽炎へと何か文句でもあるのかと目だけで問いかける。

 

「司令はさぁ、もうちょっとそう言う気遣いを周りに向かって積極的に言葉にするべきよ。ホントは優しいんだから」

 

 元は中村義男の艦娘艦隊に所属していた経験と木村の旗下で最も多くの旗艦経験がある事で最も練度が高いがそれを台無しにするほどおしゃべりが過ぎるツインテールはついさっき彼がしたのと同じように小さく鼻を鳴らしてこれ見よがしな苦笑を指揮官へと向けた。

 

「私は背中で語る男性って良いと思いますよ? これから私も木村提督の良い所をもっと知っていきたいです♪」

 

 善意と好意が溢れる様な金色の片目を輝かせて木村へとエールを送って来る古鷹に部下を鼓舞する為に他人の言葉を借りた事への後ろめたさから若き士官は帽子のツバを引いて目深に被り直した。

 

「・・・善処する」

 

 木村にとって初期艦である陽炎には色々と助けられてきたので悪感情自体は無いものの彼女の常日頃からこちらを見透かして揶揄うような態度をみせる性格だけは真面目過ぎると周囲から評判の彼にとってはあまり好きになれない要素となっている。

 




赤城「(加速は)上々ね!」(壁に突き刺さり)

加賀「(着地に使う)ここは譲れません」(屋根にめり込み)




全部マイッツァーおじい様が…、ゼ〇ダの伝説が悪い

Q「パイロットが独断でミサイル撃っていいの?」
A「その件に私は関知していない」
Q「F-15Jってフレアなんて積んでるの?」
A「私は関知していないと言っている!」


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第十九話

中村「あ、北上がウチの艦隊に編成の申請出してきてる。やったぜ早速魚雷載せなきゃ!」

主任「魚雷さぁ・・・たった二つで良いのかなぁ?」

【重雷装兵装案】

中村「え、でも、それかなりお値段が・・・」

明石「こっれ見てくださいよ♪ ほら、北上さんに載せたくなってきませんかぁ?」

【北上の雷撃適正結果】

中村「う、ぐうっ・・・」


 

 2015年3月中旬、今まで一度も出現が確認されていなかった日本海に深海棲艦の大群が突如現れた事で中村は東京湾の鎮守府からはるばる本州を跨いで京都は舞鶴まで出張することになった。

 そして、小春日和の空の下、艦娘の司令官の一人である男は舞鶴港の端っこに停泊している海洋調査船【綿津見】の甲板から舞鶴基地の港湾区で行われている作業を呑気な顔で見下ろしている。

 

「あれが研究室が用意したとか言う新型装備か・・・」

「随分とゴテゴテと飾り付けられているな、中村、本当に使えるのかアレは?」

 

 黒地に黄色い線が並ぶ一等海尉の階級章を肩に付けた男が中村と並んで立ち、彼と同じ方向へと視線を向けて重苦しい金属音をたてている一角へと顎をしゃくる。

 

 海水が満ちたドックに片膝立ちしている緑色を基調としたセーラー服を身に着けた全長十数mの少女の腕へと大型クレーンで吊り下げられた巨大な魚雷管がゆっくりと近づけられていく。

 その少女のすぐ横にいる腰に深いスリットが入った短い袴が特徴的なセーラ服を着て横髪をリボンで太い刷毛の様に纏めたピンク色の長い髪を持った女性が自分の背面艤装から伸びるクレーンから五連装魚雷管を掴んで手を前方に真っ直ぐ伸ばしている少女の腕へと接続する。

 球磨型軽巡洋艦を原型に持つ艦娘である北上は自分の左腕に接続された魚雷管を確認するように軽く腕を上下させ、長方形のミサイルポッドにも見えるソレが金属質な機動音を立てて左右に一回ずつ回転した。

 

「魚雷管の増強艤装は菱田先輩も使った事はあるでしょ・・・それの霊力の圧縮効率をさらに高めたスゴイ版ですよ」

「ふんっ、あそこまで載せてまともに海を進めると言うなら文句は言わんが、後輩が頭のネジが飛んでる研究室の連中に実験動物扱いされるのは気に入らん」

 

 中村にとって防衛大での学生時代には角突き合わせた事もある高圧的な体育会系の先輩だった菱田健次、彼とは何度かの対立を繰り返しつつも徐々に和解して今では面倒見の良い年上として頼りにしている相手である。

 去年の鎮守府に着任してからの騒動でも既に航空自衛隊でパイロット候補としてエリート街道を進んでいた菱田は中村が土下座覚悟で協力を求めると二つ返事で部隊の異動を受けてくれると言う男気を見せてくれた。

 

≪両脚部、両腕部の取り付けは終了しました。北上さんどうですか?≫

≪ん~、大丈夫大丈夫、いいねぇ♪ まだあるんでしょ、どんどん載せちゃってよぉ≫

 

 巨人となった艦娘同士の会話が少しばかり離れた中村達の場所まで届き、両脚の上腿と下腿に腕に装備されたモノと同じ五連装魚雷を装備され、左腕に標準装備されている二連装魚雷を含めれば両弦合わせて三十二門の魚雷管を装備する事になった北上は満更でも無い様子で自分に艤装を施している工作艦の明石へと返事を返す。

 

「それにしても魚雷ばかりなんであんなに積む、あれだけ増設できるなら主砲を増やすべきだ」

「艦娘の装備枠にも適正なんてものがあるらしくて軽巡北上の増設装備に霊力を流す接続端子はほぼ全てが魚雷のみに特化してるらしいんですよ」

 

 そして、北上に火砲を乗せるとしたら精々が中口径を一基か単装砲や機銃となるらしく、だからこそ下手に大砲を乗せるよりは得意分野を伸ばす形で強化を行っていると至極当然と言う顔で中村は答え、それを聞いた菱田はしかめっ面で未だ納得せずと言う雰囲気を纏う。

 

 霊力を放出すると艦娘の身体の各部に浮かび上がる幾何学的な紋様、霊力回路を持った機器を接続できる端子としての役割を果たすそれは数も種類も個人差があり、今のところ最も多い接続端子を持つ艦娘は軽巡洋艦である夕張の26ヶ所。

 比較的接続端子が少ない駆逐艦でも平均で8ヶ所あるのだが出力や性質の関係で装備できるモノは艦種によってまちまちとなっている。

 そして、接続された装備は艦娘の身体の一部として扱われるようなるようで装備後に待機状態となっても身に着けた兵器に潰される事も無く、兵器としての機能は停止するもののミニチュアになった増設装備を身に着けた状態で行動することが出来るだけでなく、損傷した場合には時間と共に修復していくと言う謎現象まで起こる。

 

「基本装備に八つの五連装魚雷管と対空機銃二基が加わり、さしずめ重雷装巡洋艦北上と言ったところですか」

「ロマン装備では勝てる戦いも勝てんぞ、過去と同じ轍を踏むのも気に入らん」

「今回はちゃんと出番があるから使わずに捨てるなんて事にはならんでしょ」

 

 着任してから艦娘の戦闘はより大型の艦による砲撃で決定すべきだと言う固定概念を持ち始めている先輩へと苦笑を浮かべて中村は綿津見の手すりに体重を預けて、前世のゲームで見たモノとは少し違うデザインだが間違いなくラストダンサーの異名を姉妹艦と共に誇っていた姿に近づいていく北上を眺める。

 

「これで先輩の所の大井にもあの装備を用意できてればハイパーズの結成も実現したんですがね、いかんせん1セットのお値段が他の装備と桁が違うもんで諦めざるを得ない状態になっちゃったわけで・・・」

「また意味の分からんことを、中村、いい加減に出所の怪しい情報に踊らされるのを止めんと今に足下を掬われるぞ」

「ははっ、もう数えきれないぐらいひっくり返されてますから起き上がるのも慣れたもんです」

 

 菱田にとって出会った当初から中村は実際の年齢以上に世渡りに慣れた生意気な男であったが鎮守府に着任してから指揮下の艦娘達がしている噂の中に彼が此処とは別の世界の記憶を持った人間でその為に他人よりも多い人生経験によって状況を有利に進めているなどと言う話を聞く事になった。

 今までの中村の経験に裏打ちされた思考と話術に引っかかって騙された苦い過去を持ち、その年下なのに年上にも感じると言う不思議な彼の言動に菱田は納得しそうになったものの便利であってもそんな不確かなモノに頼る後輩を心配して忠告を繰り返している。

 

「まぁ、これまで実績を積み重ねてきた鎮守府研究室からの太鼓判と強い要望ってもの無くは無いですけど・・・俺にとってはあの装備にそれなりに強い思い入れがあったから採用したわけで、ははっ・・・」

「思い入れか、お前は魚雷で組んだ神輿でも作るつもりか・・・?」

「北上さんを神輿扱いですか、そんなふざけた事を言う口には魚雷で栓をしないといけなくなりますよ?」

 

 不意に温和そうな口調に剣呑な鋭さを隠した言葉が甲板の端にいる二人へと届き、その声へと振り向いた中村と菱田に北上と同じデザインで緑色を基調としたセーラー服とリボンタイを海風に揺らしながら軽巡洋艦大井を原型に持つ少女が微笑みながら立っていた。

 

「いやいや、お神輿なんてとんでもない。北上は今回の作戦で間違いなく主役を張る事になるよ」

「大井、お前たちは待機中のはずだ。何かあったのか?」

 

 菱田の指揮下に就いている大井は自分の牽制の言葉が特に効果を見せなかったことに少し口元に不満を見せたが、すぐに張り付けた様な微笑みを戻して持ってきたらしい一冊のファイルを菱田へと手渡す。

 

「先行して防衛任務を果たした艦隊の艦娘から聞き取りした敵勢力の情報を纏めました。さっさと確認してください」

「・・・生意気な物言いをするが仕事に熱心なのは評価してやる」

「お気になされず、偉ぶるだけの成果は出してほしいだけですからぁ♪ 間違っても乗った艦が悪いなんて言わせないわよ?」

 

 薄ら寒い笑顔と高圧的な仏頂面のにらみ合いと言う何とも居心地の悪い空間に立たされることになった中村は小さく肩を竦めてから再び港湾で装備作業を続けている北上と明石へと視線を向けた。

 

「中村三佐、そう言えばさっき聞こえたハイパーズと言うのはどういう意味ですか? 私と北上さんの話みたいでしたけど」

「ん? ああ、聞こえていたのか・・・まぁ、正直に言うと前世の世界での記憶を元にした期待と信頼を込めた験担ぎのようなもんなんだけどな・・・」

 

 木村達が航空自衛隊と協力して深海棲艦の攻撃を凌いだ際に得た情報を自分の指揮官へと手渡した大井が幾分か声からトゲなどの含みを抜いて純粋な疑問と言う感じで問いかけてきたので中村は少しばかり隣で資料に目を通している菱田の顔を窺ってから前世の記憶を掻い摘んで彼女へと提供する。

 

「ラストダンサーですか・・・?」

「そう、かなり有名な話だった。姫級だろうが鬼級だろうが最後には必ず止めを刺ってな、中には北上さま、仏さま、大井さまなんて拝む連中もいたぐらいだし、ネットでもテレビでも主役級に取り上げられてた」

「まぁっ、私と北上さんが? うふふふっ♪ そう言われると悪い気はしませんね」

 

 別の世界で活躍していたと言う自分と北上の話に機嫌を良くした大井の御淑やかな笑みなのにどこか獰猛さを隠している表情に中村はさっきの状況よりはマシになったかと苦笑する。

 

「メディアが一般人にも分かり易い英雄を作るのは昔から変わらん、大方偶然に挙げた戦果を大げさに誇張されて広報部に利用されただけだろう。そもそも、俺達の世界にはそんな事実はない。中村も無暗にひよっこを煽てるな」

 

 資料に目を落としながら愛想の欠片も無いセリフを菱田が吐いた瞬間に大井の微笑みが凍り付き、中村は何とか柔らかくなった空気が再び刺々しモノへと変わった事で手を額に当て。

 余計な言葉を吐く現実主義者のフォローを諦めて遠くで金属音を立てながら明石の手で肩に魚雷管を接続されている北上へと視線を逃がした。

 

「ま、まぁ、北上と大井が雷撃カットインを発生させやすい性質を持っているって言うのは研究室からのお墨付きを貰ったことですし・・・多重力場の圧縮も増設魚雷を複数連結させる技術の確立で比較的簡単になりました」

「いくら強力でも一度の戦闘で一撃しか放てない代物は使い所が限られ過ぎて役には立たん」

「ええ、ええ、その有難いお言葉のせいで私は重苦しい副砲と機銃を背負わされてるんですよねぇ?」

「装備は状況によって常に最善のモノを選ぶものだ。俺は火砲も魚雷も使える状況なら何でも使う」

 

 朗らかな笑顔から飛び出すトゲで出来た様な大井の嫌味にさしたる興味も無いと言う顔で資料に目を通した菱田はそのファイルを二人からどうやって離れるべきかと思案し始めていた中村へと刺すように突き出して渡す。

 

「もっとも必要性が無いモノを装備させるつもりは無い」

「・・・チッ、ほんと嫌味な男」

 

 視線に攻撃力があれば確実に菱田の顔に風穴を開けているだろうと思えるほど鋭い視線を剣呑に顰めた目から放つ大井、どうして相性が悪い菱田の艦隊に彼女が編成の申請を出したのかは中村を含めた鎮守府に所属しているほとんどの者達にとっての謎である。

 

「中村、お前の預言も当てにならんな」

「・・・戦艦水鬼、似てますが見た目が食い違うのは今さらと割り切るしかないんですかね?」

「全く同じモノと言い切れなければ余計な先入観は邪魔になるだけだ」

 

 ファイルの中にある写真、おそらく上空から撮影されたらしいそれには頭から一本の黒い角を生やし夜闇を固めて造ったような漆黒の長い髪と刺々しい歪さに満ちたドレス、血の気の無い白い肌の顔には表情らしい表情は見えずただ赤い鬼火のような眼だけが前方を睨み据えるように開いている。

 中村が知る鬼級の戦艦ならその背後に巨大な剛腕と巨砲を備えた従者のような怪物が居たはずだが今、手に持っている資料にはその存在は確認されていなかった。

 

「ありがとう、後で同じものをウチの艦隊にもコピーしてくれると助かる」

「はい、では後程お届けします」

 

 一通りの情報に目を通して今回も何が起こるか分からないと言う悪い予感に深いため息を吐いた中村はあっと言う間に苛立ちを笑顔の下に引っ込めた大井に向かって小さく礼を言いながら資料を返してから、ふと空から聞こえてきたヘリのエンジン音に顔を上げる。

 

「菱田先輩、この辺でヘリの飛行は予定されてなかった筈ですよね?」

「ああ、警備計画にもそんなものは無かったが・・・アレは、チッ、マスコミは何処からでも情報に食いついて来るな」

 

 綿津見の甲板から三人が見上げた空に白い機体に大手のテレビ局が使っているロゴが描かれたヘリコプターが飛び、それは舞鶴基地の外縁をギリギリまでなぞる様に飛行しており、側面に空いたドアから突き出されている大型のビデオカメラが明らかにこちらを覗いている事が分かる。

 

「まぁ、増設装備を着けたまま待機形態になると大きさはともかく艦娘に色々と負担が大きくなるから魚雷管だけ別口で輸送したので遅かれ早かれバレるのは分かってましたが・・・、ここまであからさまな方法で確認を取って来たかぁ」

 

 増設装備が施された状態で艦娘が待機形態になるとまるで板に釘を打った様に着ている服が肌と装備に挟み込まれて脱げなくなってしまう事や体の一部として扱われるようになっても重量や重心が変化する為に身体のバランス感覚に不調を訴える艦娘も出てくる。

 

「隠し撮りでも無ければ滅多に見れない艦娘が港に戦闘形態をとって堂々としているだけでも奴らにはご馳走に見えるんだろう」

「どこのパパラッチですか・・・俺の知り合いの新聞記者でももうちょっと慎みがありますよ」

 

 仮にも軍事施設である場所への偵察行為と言うアグレッシブなマスコミの行動に呆れ返った中村と帽子を深く被り直しながら吐き捨てる菱田のすぐ近くでぶわりっと光粒が広がり、目を見開いた二人の前で大井が歯ぎしりをしながら手の平に霊力の光を溜め始めていた。

 

「北上さんを見世物にするなんてっ! アイツらは撃ち落されたいのかしら!?」

 

「よっ止せ! それはイケナイ! 大井、流石にそれはダメだっ!」

「この馬鹿が、何をやっている!?」

 

 今にも民間機へと光弾を放とうとしていた軽巡洋艦娘へと即座に中村と菱田が飛びかかり、見た目は女子高校生程度である筈なのに下手な重量挙げの選手よりも腕力のある大井は現役自衛官の二人掛かりで何とか抑え込むことが出来た。

 

「離しなさいっ! 北上さんは私が守るのよ!!」

 

 さすがに待機形態の艦娘の光弾では上空のヘリまで届く事は無いだろうが自衛隊に所属している艦娘が不機嫌になったと言う程度の理由で民間人に向かって威嚇射撃を行ったなんて事になればマスコミ業界はここぞとばかりに大騒ぎを始めるだろう。

 

 その後、ヒステリックに喚く大井を説得して綿津見の船内へ入っていった中村達の上空に舞鶴基地に所属している戦闘ヘリが舞い上がって白昼堂々と基地の中を空中でレポートしている連中へと警告を開始し、それから十数分ほど民間機は未練がましくうろうろした後に基地から離れて行った。

 

・・・

 

 日本海側に突如として現れた深海棲艦に対する対策の為に先行した艦娘と指揮官達は予想を上回る敵勢力を発見した事によって、現在の自軍戦力では対応が不可能であると判断し増援として鎮守府に待機していた複数の艦娘達は呼び寄せられることになった。

 

 その増員メンバーの中の一人である吹雪はぼんやりと停止している車の窓から見える空を見上げていた。

 

< 俺があの子に教えた吹雪と言う艦娘は初めから存在しない空想の中の存在なんだ >

 

 ある日突然に出撃部隊から外されて予備部隊に入れられた理由を問う為に向かった執務室のドア越しに聞いたその言葉が真実であるなどと認めたくないと自分の内側で昏い思いが呻きを繰り返す。

 

< ただの真似だけなら良かった >

 

 正しく命の恩人である尊敬する司令官が執務室で吹雪を編成から外した理由を同僚の艦娘に問い詰められて彼が零した言葉が何度も頭の中を渦巻く。

 

< だが吹雪は自分でも無自覚に俺が言った空想の中の吹雪になりすまそうとしている >

 

(テレビの中で役者が演じていた物語の主人公・・・それが司令が私に教えていた艦娘の吹雪・・・)

 

 希望と道しるべを与えてくれたその言葉を言ってくれた本人がそれを否定すると言う認めがたいその事実に吹雪は船であった時には無かった言葉に出来ない感情に振り回される。

 

< だけど、吹雪がそうなってしまったのは俺の責任だ >

 

 中村から離れて吹雪が自分自身の事を見つめ直す時間が必要であると彼が判断したからこその艦隊編成の変更。

 

 そして、その理由を新人の実地訓練と言う言い訳に隠して中村義男は吹雪を艦隊編成から外して代わりに交代要員として控えていた艦娘が彼の指揮下に入り、さらに間の悪い事に突然日本海に出現した深海棲艦への対策に駆り出された中村は鎮守府から離れる事になった。

 

(司令官が私の事を考えてくれているのは分かってるのに・・・)

 

 なのに自分は中村が司令官の一人として参加している日本海の防衛作戦へ増員が決定した時点で自分でも驚くほど強引な方法で増員メンバーに入り司令の意志を無視してまた彼の指揮下へと戻ろうとしている、と自分でも呆れるくらいに女々しい事この上無い考えに吹雪は昏い呻きと自己嫌悪を混ぜて表情を曇らせる。

 

「ねぇ? ちょっと聞いてんのっ?」

「えっぁっ!? な、なにかな、叢雲ちゃん?」

「はぁぁ、さっきから何ボケッとしてんのよ・・・他の子押し退けてここにいるんだからもうちょっと気合を入れなさい」

 

 ジト目で見つめてくる妹艦娘の言葉にこれではどっちが姉なのか分からないな、と苦笑を浮かべて頭を掻きながら吹雪は改めて周囲を見回し、レンタカーのナンバープレートを付けた車の中で自分が他事を考え始める前と状況が余り変わっていない事に小さくため息を吐いた。

 

「何だかさっきよりも人集りが大勢になってるね・・・私達入れるのかな?」

「軍事作戦中の基地の前で集会なんて開いたら銃殺されても文句言えないでしょうに、ホントに今の日本人って平和ボケしてるわね」

 

 舞鶴基地の入り口周辺はカメラやマイクなんかを持ったマスコミやいまいち意味の分からない妙な文面が書かれたプラカードを持った集団でごった返しになり、艦娘酒保の観光案内で見たチラシのお祭りの様子よりも大勢の人が居そうだと吹雪は呟く。

 輝く白銀の長い髪を手櫛で梳いている姉妹艦である叢雲は不機嫌さを隠すことなく吐き捨て苛立っている様子は放っておけば彼女自身がその言葉を実行に移しそうな気配すらある。

 吹雪を含め同じ車内にいる艦娘は言葉にしないまでも自分たちの行動が無意味に阻害されて狭い場所に押し込められている事への不満を徐々に募らせているようで、その艦娘達の気配に気圧されながら状況を打開する為に車を運転をしてくれている女性の自衛官が電話で基地内へと連絡を取っていた。

 

『見えますでしょうか、基地の港湾に二人の艦娘が居ます! 片方、黒髪を三つ編みにした艦娘へと装備されているのはミサイルの様にも見えます!』

 

「あっ、北上さんと明石さんが居ますよ! 大きな魚雷が沢山で大潮、気分がアゲアゲになってきました!」

「大潮、車内で騒ぐのは止めなさい・・・それにしても、こんなに大量の魚雷を装備して全部制御しきれるのかしら?」

 

 若干一名ストレスとは縁が遠そうな常に何かの理由で騒がしい駆逐艦娘の頭を同型の姉である朝潮が嘆息しながら抑え、少しでも場の空気を和らげるためにかそれとも自分自身の気分転換のためか、大潮が手に持っている小型テレビへと目を向けてコメントして自分達が向かう予定の場所である舞鶴基地を勝手に撮影しているヘリからのライブ映像に眉を寄せる。

 

「・・・司令から聞いた話だと今のところは再装填以外は艦橋の艦娘や司令官に制御を依存する事になるらしいよ」

「増設魚雷って発射後の誘導も出来ないし霊力の圧縮効率が悪いから威力出ないでしょ、数揃えれば良いってもんじゃないわよ」

「でも、二連装までなら本艤装の魚雷と同じ威力が出るって座学の先生が言ってましたよ! 大潮は知ってます、雷撃カットインには二つ以上の魚雷管が無いと使えないんですよ!」

 

 艦娘酒保のお取り寄せ商品カタログの中にあったポケットサイズの小型テレビ、朝潮型姉妹が貯めたコインを出し合って買ったそれはあまり良い性能では無く表示されるチャンネルは限られていたが鎮守府の外を知る機会が少ない少女達にとってはノイズ混じりでも娯楽としてはそれなりのモノとなっている。

 そんな艦娘寮の談話室に置かれたテレビの前で度々行われるチャンネル争いと無縁となる事も出来ない貧弱な性能しかない小さな液晶画面は今だけはその力を使って車内のストレスを減らす事に成功した。

 

「皆さん、正門は流石に人が多すぎる様なのでこのまま基地に入るのは無理なので車を正門横の通用口に着けます。そこから皆さんが舞鶴基地内へと向かってください」

 

 携帯電話を懐に入れたスーツ姿の自衛官が後ろで増設装備についての議論でにわかに騒いでいる艦娘達へと呼びかけ、その声に素早く了解の声を揃えて全員が澄まし顔に戻って頷く。

 

『自衛隊の発表では日本海側に確認された深海棲艦への対策であるとの事ですが、あれほどの重武装が必要であるのかは私には疑問です! そもそも・・・』

 

 彼女達が静まった為に小型テレビからレポーターをしている女性の個人的な感想が大きく車内に流れ始め、その言葉に苦笑した自衛官から恥ずかしそうに頬を染めて顔を反らした朝潮は顔だけは真面目っぽく見える大潮が手に持っているテレビの電源ボタンをOFFにした。

 

「報道陣に関しては私や基地の職員が対応しますので皆さんは速やかに基地内へ移動してくださいね」

 

 初めて鎮守府から日本国内へと足を踏み出した吹雪達にとって東京駅から京都駅までの半日以上かかった新幹線と言う高速列車での旅までは良かったのだが、その後に案内をしてくれた女性自衛官の後について矢鱈と複雑な電車の乗り継ぎを経て、舞鶴市まで辿り着いたと思ったら基地の手前まで来た車の中で一時間以上も待たされると言うハプニングに見舞われる。

 その案内をしてくれていた自衛官の言葉でやっとそれから解放されると分かった全員が身体を解すように腕や足を軽く動かし解していつでも立てるように座っているリクライニングシートの上で背筋を伸ばした。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 自衛官がキーを捻ってエンジンをかけ再び移動を始めた車の中でまた停滞しそうになっていた思考を散らすように軽く頭を振った吹雪は何か別の事を考えようと意識し、ふと舞鶴と言えば自分の原型である駆逐艦吹雪の生まれ故郷とも言えるのではないかと思い至る。

 だが、改めて車の窓の外に見える街並みは船だった記憶の中にある舞鶴の港町とは全く違う形であり、七十年もの時間が過ぎたのだから自分の思い出の面影を残すものなど一つも残っていないだろうと結論して何を馬鹿なことを考えているのか、と苦笑した。

 

「吹雪さん、何か面白いモノでもみえましたか!? 大潮にも教えてくださいっ!」

「えっ、いや、そんなんじゃないよ・・・ただここが私の生まれ故郷なんだなぁって、そう思っただけで」

「・・・生まれ故郷? 舞鶴、そうでしたっ!凄いですっ吹雪さん!」

「な、なにそんな大袈裟に、凄い事じゃないでしょ?」

「大潮も舞鶴生まれです! 吹雪さんと同じですね♪」

 

 何かにつけて五月蠅い駆逐艦がますます嬉しそうに気勢を上げてその場にいた全員がさっきまでの苛立ちを完全に忘れて柔らかく笑い、大潮の言葉に目を見開いた吹雪は彼女も同郷の艦娘だったのかと今さらな話題をわけも無く嬉しく思う。

 

「あはは、でも、海から見た昔の景色と全然違うから帰ってきたって気はしないけどね」

「船だった頃から何年経ってると思ってんのよ・・・でも、探せばどこかに面影でもあるんじゃないの、史跡とか大事にする人間は今も昔も少なくないでしょ」

 

 調べたいなら手が空いてる時にでも手伝ってあげる、と小さく呟いた妹艦娘と自分達も手を貸すと胸を張る朝潮型姉妹に吹雪は少しくすぐったく思いながら頷いた。

 そして、車は人込みから少し離れた場所にある小人数が所用で出入りする為にある通用口へと車が止まり、レンタカーの扉を柄でも無い事を言ったと照れて顔を赤くした叢雲が開けて車外へと出てその後に吹雪も続いて出る。

 

「なんだ? なんで中学生が基地に入ってくんだ?」

「おいっ、社会見学は良くて俺たちは入れないってのはどういう了見だ!」

 

 叢雲に続いて外に出た途端に聞こえてくる大半が野次で出来た騒がしい外の音に目を向ければ先ほど車を運転してくれていた女性と基地職員らしい数人の男性が車と通用口の道を守る様に吹雪達と報道陣の間に立ちはだかってくれていた。

 船と人と言う差はあれど今も昔も軍事組織の一員として世間一般とは離れてしまっている吹雪であるが基地に入っていく彼女達を目ざとく見つけて詰め寄ってこようとする報道を職業とする人達の勢いと迫力には気圧されそうになる。

 

「んんっ!? おい、カメラっ! こっちだ、早く回せっ! とんでもないのが居るぞっ!!」

「ぁああっ! あの子、海保の映像流出のっ!!」

「もしかして、ちっさいけどあの子達は艦娘かっ!?」

 

 努めて平静を装いながら吹雪が通用口を通って基地に入ったと同時に一際大きい声が報道陣から巻き起こり、あまりの五月蠅さに驚き身体を震わせて彼女が後ろを振り向くと車と門の間で唖然とした表情を強張らせて立ち尽くしている朝潮の姿があった。

 瞬間、激しいフラッシュが朝潮型駆逐艦の長女を襲い、あまりの眩しさに手を翳して顔を背けた朝潮は身体を硬直させカメラの前で身動きの出来ない状態となってしまう。

 とっさに朝潮を助ける為に吹雪が道を戻ろうとした所をすぐ近くにいた叢雲が手を掴んで引いた事で留められ、その妹の行動に驚いた姉はすぐに手を離すようにと言うため口を開く。

 

「叢雲ちゃんっ、離して!?」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ、ほら」

 

 報道陣の騒がしさに動じる様子も無く澄ました顔の叢雲が顎で指す先には大量のカメラのフラッシュで硬直してしまった朝潮と車の中から勢い良く飛び出した水色の髪を短いツインテールにした姉と同じサスペンダーで吊ったスカートと白い半袖シャツ姿の大潮が見え。

 

「朝潮お姉さんっ! アゲアゲで行っきますよぉおおっ!!」

 

 その車から走り出してきた大潮はラグビーのタックルを思わせるような前傾姿勢で素早い組み付きからそのまま姉艦娘を肩に乗せて通用口へと飛び込んできた。

 

「あわっ、わぁっ!? 大潮ちょっと、止めっ!? 下ろしなさいぃっ!!」

 

 そして、さっきの報道陣の勢い以上のモノを見せられてさらに硬直した吹雪の真横を風の様に朝潮を担いだ大潮が走り抜け、仲間に置いてけぼりにされた二人に艦娘は目の前で起こった衝撃展開に驚愕を顔に張り付けたまま視線を合わせる。

 一瞬だがあれだけ騒がしかった報道陣すら黙らせるトンデモ行動を起こした駆逐艦娘は吹雪達を置き去りにして風の様に基地内へと消えていった。

 

「叢雲ちゃん・・・、あれ、本当に大丈夫だったのかな?」

「いや、流石に予想外よ・・・ただ手を引く程度だと思ってたわ」

 

 そして、普段から元気すぎると定評のある大潮の行動に唖然としている吹雪型姉妹の前で数人の基地職員が服と息を乱れさせながら押し寄せる報道陣を押し退けてガシャリと通用口を閉め切り、それと同時に逃げるようにレンタカーに飛び乗った案内役の女性が吹雪達に小さく手を振ってから車を発進させていった。

 見れば正門側の格子の間から吹雪達へとカメラは向けられており、目に痛いフラッシュと共にカシャカシャと騒がしくシャッター音が連続している。

 

「あははっ・・・じゃあ、私達も行こっか?」

「そうね、あの連中を相手に無駄な時間を使うのも癪だもの」

 

 差し当たって向かうのは自分達の指揮官達が今回の作戦本部として使っている舞鶴基地の港に停泊している海洋調査船【綿津見】へ。

 

 では無く、全く見当違いな方向へと爆走していった大潮と巻き込まれた朝潮を回収せねばと吹雪型駆逐艦の長女と四女は人の身体を持って初めて踏み入れる舞鶴の地を歩き始め。

 

「テレビを車に忘れちゃいましたぁ! 大潮、取り戻しに行ってきます!!」

「まって、うぅっ、まず、下ろしてぇ・・・」

 

 その一分後に姉を担いだまま逆走してきた大潮の姿を見た吹雪と叢雲はアイコンタクトの後に頷き合い、すぐ近くを通り過ぎようとした大潮から呻き声を漏らす朝潮を取り上げて暴走娘の襟首を艦娘二人分の腕力で引っ張り黙らせることに成功した。

 

 




中村「うわぁああっ!!」承認印PON♪

明石&主任「「ご利用ありがとうございます!!」」

霞「な、何やってんのよこのクズ共はぁっ!?」


そして、鎮守府の資材と予算が残念な事になった。

結論、田中が所用で出掛けてたのが全て悪い。


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第二十話

猫吊るし「一体いつから―――君の条文が元の世界のままだと錯覚していた?」

憲法九条「・・・・・・・なん・・・だと・・・・」


【まさかの】艦娘に関する情報交換所 120隻目【合憲判決】

 

 1:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

 

   ここは未だに多くの謎に包まれた艦娘に関する情報を広く集め交換し合うためのスレです。

   噂までなら大丈夫ですが、明らかな虚偽は憲兵に通報されるので控えましょう。

 

   ~~~~~

  (注意文省略)

   ~~~~~

 

   今のところ分かっている艦娘の事。

 

   ①第二次世界大戦の時に建造された戦闘艦をなんやかんやして擬人化した。

   ②深海棲艦が日本近海に現れると特務法の発動と同時に出動する。

   ③教えてくれ伍飛、自衛隊はなにも教えてくれない

   ④でっかい(推定10mから18mぐらいの身長)

   ⑤かわいい(アイドルが裸足で逃げ出すレベル)

   ⑥東京湾のどっかにある鎮守府って所に住んでるらしい(ググっても見つからない)

   ⑦かわいい(結婚したい)

   ⑧望遠で撮られた写真がネトオクでウン万円

   ⑨陸自のヘリから落ちてきた(テレビでインタビューされてた漁師談)

   ⑩深海棲艦を撲殺する←意☆味☆不☆明!!

   ⑪つよい(小並感)

 

   東京最高裁判所で市民団体が訴えを起こした→艦娘合憲判決 new!

 

   もうpart120まで来てんのに碌な情報がねえな・・・orz

 

 

 2:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   建て乙

   ホントに碌な情報が出て来ねえな。

 

 

30:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   最高裁判所が艦娘が憲法違反じゃないって判決だしたけど。

   結局何で艦娘が合憲判決になったのかが分からん。

   教えてエロい人

 

31:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ググレカス

 

32:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   まあ、普通に考えたら憲法9条があるから合憲になるはずないのにね。

 

33:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   日本党の陰謀だ! 間違いない、俺は詳しいんだ!

 

34:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   お前ら、ネタじゃないなら悪い事は言わんからまず小学校の社会科の教科書

   引っ張り出して来い

 

35:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   いや、九条の全文が乗ってるのは高校の教科書からだから知らんヤツがいても

   仕方ない。

   ・・・のか?

 

36:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   なんで艦娘の話から学校の教科書の話になるの?

 

37:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   まさか、日本が海外に誇る対宇宙人用憲法を知らない人間がいるとは・・・(-"-)

 

38:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   いや、憲法九条の第三項は条文的に宇宙人じゃなくて自然災害と生物災害に

   対するものだから

 

39:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   憲法九条って日本は戦争しません、武力も放棄しますって内容じゃないの?

 

40:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   しかたねぇな、貼ってやるよ!

 

   第一項、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の

   発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段

   としては、永久にこれを放棄する。

   第二項、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。

       国の交戦権は、これを認めない。

 

   そんで

 

   第三項、前項に定義した自国及び国際平和を脅かす可能性に対する防衛力は

   国家の主権の内であると認め、対話不能であると認められる生物学的な

   緊急事態及び超自然災害に類する案件に備え、日本政府は研究と準備を

   拡充するものとする。

 

41:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   出たぜ! 対宇宙人憲法!

   と言うか自衛隊も名目上は軍隊じゃなくて自然災害を防ぐ為に設立された

   国営の研究と準備を行う救助隊が始まりだからな。

 

42:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   この条文のせいで我が国の護衛艦はミサイルで隕石を打ち落とす為だけに

   魔改造を繰り返されているのだよ。

   あくまでも超自然災害に対する防衛力であって戦力ではないからな?

 

43:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   これマジ?

 

44:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   マジなんだよ。

   だから、細かい話を省くと対話不能な存在である深海棲艦と戦う為に造られた

   艦娘は合憲って事になる。

   あと、よく対宇宙人憲法って言われているけどこの条文、話が通じる相手なら

   宇宙人でも話し合いしなければならないって事でもある。

 

45:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   誰だこんなアホな内容の憲法を捻じ込んだヤツは(笑)

 

46:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   なるほど、なら深海棲艦と会話が成立すれば艦娘も違憲ってこと?

 

47:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   http://xsxnxkx1.com/img/jpg

   

   彼等と話がしたいんだって? 逝ってらっしゃい( ^^)ノシ

 

48:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ↑何処で撮って来たし、俺はコレと話が出来るとは思えん・・・

 

   >>46 達者でな

   

49:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ちょっ、行くとは言ってないよ!?

 

50:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   それが彼の最期の言葉でした・・・。

 

51:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   マジレスすると九条の第三項には大塔財団(現・Tower's International Association)

   が一枚噛んでるらしい

   奴らは影から日本を支配しているんだよっ!!

 

52:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   おいばかやめろ

   こんなとこでTIAの話したらマジお前消されるぞ

 

53:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   でも艦娘と鎮守府計画の最大出資者って財団だよね?

   絶対なんか関わってるよ。

   財団の人見てたら何でも良いから艦娘の情報くださいプリーズ

 

54:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ググレカス!

 

55:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ググノーレ先生も艦娘の事を教えてくれないんですが、これは不具合でしょうか( ;∀;)?

 

 

200:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    お前らテレビつけろ! FGテレビでとんでもないの映してる!!

 

201:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    艦娘キタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!

 

202:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    え、舞鶴って俺の地元やん! って言うか、ここから3㌔も離れてないよ!?

 

203:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    >>202 今すぐ家を出て実況に走れ!

    早くしろっ!!!間に合わなってもしらんぞ―――!!

 

204:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ところであの子を見てくれ・・・どう思う?

 

205:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    すごく(身体が)大きいです・・・

 

206:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    めっちゃ、ミサイル積んでる(笑)

    どこと戦争するつもりやねん(爆笑)

 

207:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    戦争はしない、何故なら艦娘は戦力では無く防衛力、勘違いはいけないなぁ?

 

208:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    防衛力(トマホークミサイル6発分パンチ)

 

209:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    と言うか俺はデカいクレーン背負ったピンク色の髪の子の方が気になる。

    もしかして、あのスカートの肌色の部分てスリットになってる?

 

210:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    穿いてない! 穿いてない!? 絶対穿いてない!!

 

211:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ピンクは淫乱、また一つ世界の真理が証明されてしまったな

 

212:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんか二人で喋ってるけど聞こえね! もっと近づけよ!

 

213:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    せやかて自衛隊基地やぞ、流石に撃ち落されるやろ

 

214:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    って言うか、誰もレスしないけど何で財団の海洋調査船が基地の港にあんの?

    自衛隊に接収されたん?

 

215:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    綿津見には深海棲艦とかを調査したり分析出来る特殊な機材が積まれてるから

    協力してるんや。

   

    って、爺ちゃんが言ってた。

 

216:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あの調査船の名前なんて初めて知ったわ、何でそんな詳しいんだよ。

    もしかしてお前財団の関係者か?

 

217:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんだと囲め! 拷問してでも艦ぬすの情報を墓せロ!

 

218:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ↑落ち着けこの致命的馬鹿者がっ!

 

219:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    いや、爺ちゃんがそうだっただけで俺はただのヒキニートだし?

    引きこもりのニートだよ? ホントだよ? 財団とは何の関係も無いよ?

 

220:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    何で二回も言った氏?

 

221:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    基地からヘリ飛んできた

    UH-1Bかな? でも見た事ないゴツイ機関砲付いてるし小さいけどミサイルっぽい

    のも装備されてる。

    新型か?

 

222:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    レポーターめっちゃビビってる。

    ヘリの方にも「私には過剰な武装に見えます」って言ってやれよ(笑)

 

223:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    まぁ、仕方なくね? 作戦行動中の軍事基地を空撮とか明らかに違法だろ

 

 

311:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ライブ映像に戻ったけど基地の前だけか

 

312:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    マスコミ

    動物園の猿かよ

 

313:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    最近あれと似たのゲーセンで見た。

    Fleeterって大型筐体のゲーム、めっちゃ列が長くてオマケに

    連コインした奴のせいで大ブーイングからのケンカ発生

    ↓

    ゲームは係員の判断でその日一日サービス停止\(^o^)/

 

    置いてあるゲーセン探して自転車で一時間もかかったのに結局プレイできんかったorz。

 

314:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    SEIGAはいつも未来に生きてるよな。

    ていうか艦娘に乗り込んで深海棲艦をやっつけるって発想がぶっ飛んでる

    よく自衛隊も許可出したな

 

315:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    周回必須なのに1プレイ500円は高い

    てかネットワークランキングの最上段にいるnakamuraって誰やねん

    どんな操作したら一万ポイント超えとか基地外じみた戦果出せるんや

 

316:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    まず駆逐艦か軽巡を選ぶ、ひたすら格闘形態でhit&awayで駆逐級と軽巡級を狩り続ける

    コレで普通に八千は行ける、一万はかなりシビアだけどムリではない

    残念ながら重巡は外れ枠、戦艦と空母の実装はよ

 

317:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あqwせdrftgy

 

318:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんや!?

 

319:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    てれび、駆逐ちゃんがいる!!

 

320:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    マジだっ!! 駆逐ちゃんがいる!!

 

321:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    まておちつkほんとにいる!1

 

322:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ↑お前が落ち着け、でも何で小さいの?

 

323:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    何言ってんだ、駆逐ちゃんは小さいに決まってるだろ!

 

324:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    小さい(推定12m)

 

325:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    マスゴミ何やってんだ! 駆逐ちゃんが怯えてるじゃねっ

 

326:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ゾンビゲームかよ、壁になってる自衛隊の人達めっちゃ大変そう

 

327:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ふぁっ!?

 

328:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    え、なにさっきの、ちっちゃい子がめっちゃ叫びながら駆逐ちゃんに体当たりして

    担いで走ってった

 

329:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ところで駆逐ちゃんって誰? さっきの黒髪の長い子?

 

330:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    お前マジか

 

    http://www.metube.com/watch/xxxxxxxxx

 

    これ見て勉強して来い

 

331:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あの子、海保の情報流出で滅茶苦茶テレビに出てただろ

    なんか、さっきはめっちゃちっちゃくなってたけど

 

332:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    って言うか、さっき船の煙突みたいな帽子被ったちっちゃい子がさ

    朝潮姉さんって言ってなかった? んで、駆逐ちゃんが大潮やめてって叫んでた

 

333:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    【朗報】駆逐ちゃんの名前【判明】

 

     朝潮って朝潮型駆逐艦か、あの子ホントに駆逐艦の艦娘だったんな

 

334:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんか先に基地に入ってたっぽい地味な子と白髪の子がめっちゃ呆然としてる

 

335:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あんなの見たら誰だってそうなる、俺だってそうなる。

    もう画面から見えなくなったけど自分と同じ体格の子を担いでどんな足の速さしてんお

 

336:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    戻ってきたっ!?

 

337:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    下ろしたたげて! 駆逐ちゃん下ろしたげて、めっちゃ顔青くなってるから!!

 

338:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    そして奇跡的なツープラトン(藁)

    白い子と地味な子、息会い過ぎ

 

339:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    大潮ちゃん、テレビぐらい俺がいくらでも買ったげるから家においでよ

 

340:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    >>339 通報しますた     

 

341:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    駆逐ちゃんも可愛いけど大潮ちゃんも元気可愛い

 

342:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    もしかして地味な子の方

 

    http://xfxbxk01.com/img/jpg

    http://xfxbxk02.com/img/jpg

    http://xfxbxk03.com/img/jpg

 

    この子か?

 

343:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ナニコレ、めっちゃかっけー!

 

344:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    斧で深海棲艦ぶった切っとる!?

    どこにあった、こんな画像

 

345:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    知り合いの漁師に頼み込んで船に乗せてもらって限界まで望遠して撮影した私物

    普段はサラリーマン、趣味でカメラマンをしてる。

    進入禁止区域の近くで職質受けて留置されそうになった事もあるぜ!

 

346:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    もしかして、艦娘って身体の大きさがおっきくなったりちっさくなったり出来るの?

 

347:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    それに気づくとは天才か(見りゃわかんだろ)

 

348:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    まぁ、そうでもない限りあのサイズで衛星写真に写らないってありえないだろ

 

349:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    大きいままだと東京湾が艦娘でイッパイになってないといけなくなるもんな

    鎮守府どんだけデカいねんってな

 

350:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    (今さら気付きませんでしたって言えねぇ・・・(;^ω^))

 

351:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    (ワイもやで・・・)

 

 

590:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ところで >>316 で言われてたけど重巡洋艦娘って不遇なん?

    「攻撃開始ねっ♪」から「主砲、撃てぇ~い♪」凄く好き

    あと 

       ( ゚∀゚) おっぱい!

      

 

591:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    加速の時の「ヨ~ソロ~♪」と戦果画面の「ぱんぱかぱーん♪」も捨てがたい

    俺はあの黒タイツに惹かれる

 

592:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    そう言うのはスレが違う、Fleeterの攻略スレに行け

    でもあえて言うなら重巡は足が遅いからだな。

    駆逐が400ノットで軽巡でも320ノット

    だけど重巡はどんだけ加速しても200ノット止まり

 

593:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あと格闘戦形態が無いのが致命的

    バリア弾ぶっぱは当たれば強いけど所詮は散弾だからな

 

594:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    冷静に考えると200ノットでも単純計算で360km/hなんだぜ?

    SEIGAの艦娘の設定おかしいだろ

 

595:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    実はFleeterは自衛隊から提供されたデーターで造ってるらしい

    ゲームのデモムービー映る金色の葉っぱと錨で描かれたどこの会社か分からないロゴ

    艦娘のいる鎮守府のマークらしい

 

566:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    >>592 >>593 いやそれは狙撃形態を使いこなせてない奴の言い訳

    近距離はバリアぶっぱ、超遠距離から戦艦級の頭ぶち抜き高得点狙いで普通に戦果

    7000超える

    扱い方が近距離型の駆逐、軽巡と違い過ぎるから使い難く感じるだけ

 

567:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    って言うかミーツベに重巡の滅茶苦茶上手いプレイ動画上がってる

 

568:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    http://www.metube.com/watch/xxxxxxxxx

 

    これな、しかも顔は見えないけど声から女性プレイヤーって分かる

 

569:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんかこのプレイヤーの女の子、重巡艦娘の声優さんとスゲー声が似てんだけど

    喜んでる声とか一瞬、ゲームの音声かとおもった

 

570:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    そういや、Fleeterのキャラってモデルになった艦娘がいるのか?

    灰色ブレザーにオレンジツインテの駆逐の子はなんか似た様な服着た艦娘の写真が

    出回ってるよな

 

571:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ネットに出てるのはピンク髪のめっちゃ目つきが悪い子やね

    確かに服装は似てる

 

572:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あの子は戦艦って事で決着しただろ

    あんな殺し屋みたいな目つきで駆逐ちゃんと同じ艦種は絶対に無い

 

573:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ピンクは淫乱、そう思っていた時期が私にもありました

 

 

 998:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

     1000なら鎮守府にご招待

 

 999:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

     1000なら朝潮ちゃんが嫁に来る

 

1000:綾波型の九人目             2015/3/xx ID:sxzxnxmxx

 

 (゚ω゚)【 謹んでお断りいたします 】

  

 

 

 

 

・・・

 




 
誰だ今の?


2020/7/13 一部修正 


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第二十一話

思い込みの激しい大学生とおバカな友人のアルバイト生活


艦娘が出て来ない艦これ小説とか誰得やねん?


 2015年の春と言うには少し早い時期、前世では世界的に普及したスマホの台頭でさながらガラパゴス諸島の絶滅危惧種のように日本特有の携帯電話などと言われていた折り畳み式の画面にウェブページを表示させながら私はそこに書かれている文面へと目を通す。

 

 艦娘が合憲であると最高裁判所が出した判決に関する記事、賛否両論が飛び交う中で私は法律家を目指すなんて宣っていながら今の今まで気付かなかった盲点と言える前の世界と決定的に異なる事象に気付かされた。

 憲法九条、前も今も世界に対して平和の為の武力放棄を宣言した史上稀に見る憲法であると言う事は同じなのだが、今世においてはその条文の中に前の世界に無かった条項が付け加えられていたのだ。

 

 第三項、前項に定義した自国及び国際平和を脅かす可能性に対する防衛力は国家の主権の内であると認め、対話不能であると認められる生物学的な緊急事態及び超自然災害に類する案件に備え、日本政府は研究と準備を拡充するものとする。

 

 それは、まるで将来的に話が通じない超常現象を起こす生物災害が発生する事を予知していたかのような文面。

 

(いや、解っていたからこそ無理やりにでも組み込んだんだろう、刀堂吉行博士とその協力者が)

 

 その協力者の最たる者こそ大塔財団の設立者である大塔弦蔵であり、彼は一般にはTIAもしくは財団などと略される日本有数の巨大総合企業の会長である。

 

 刀堂博士との関わりは大塔の幼少期まで遡る事になり、大戦直後の日本で戦災孤児だった少年は研究者としてはまだ無名だった刀堂と出会い、彼に師事してわずか十数年後には若年ながら経済界へと頭角を現した。

 しかし、私の前世においては影も形も存在してなかった刀堂吉行と大塔財団、世間では憲法の制定時にも何かしらの介入を行っていたと言う都市伝説もチラホラと見えるがその当時の大塔弦蔵はまだ10歳前後であり、社会的な立場など存在しないストリートチルドレンの一人でしかなかった。

 存在しない大塔財団による戦後混乱期の政界への介入と言う矛盾は大塔が自らの半生を綴った自伝の中に登場する刀堂博士の行動を追ったことで解き明かすことが出来た。

 

 大前提として刀堂博士が私と同じ転生者であり日本が辿る未来を詳細に知ることが出来たと言う条件を付けた時に前世の世界の歴史を知る私だからこそ彼が行っていた事象への先回りに気付く。

 他の人間に言えば頭のおかしい男だと笑われるだろうが私は刀堂博士が将来有力者となる相手に手を貸し、本来なら人生の道半ばに世を去るはずだった人間の運命を捻じ曲げていた事に気付き戦慄した。

 そして、戦前から一人の男によって繋げられて来た人間の網が現在の大塔財団の基礎となり、その名前の無かった頃の協力者達のネットワークこそが日本を実質統治していた連合国軍を出し抜き本来なら書き込まれるはずがなかった一文を憲法と言う日本の司法の基礎へと組み込んだのだ。

 

 そして、その秘密裏に巨大化した連絡網の代表を刀堂博士から任されたのがまともな学歴も無く政財界へと殴り込みを仕掛けた大塔弦蔵と言う二十歳の青年である。

 当時、大半の識者の予想は生き馬の目を抜く世界で大塔はすぐに頭を潰されて消えるであろうというモノだった。

 だが、その突き出た釘に過ぎなかった若者は協力者達の支援によってその数年後には現在の財団の前身組織を造り上げる事に成功する。

 

 そう言う意味で言うならば財団が憲法への介入を行ったと言う都市伝説は事実とも言えるが、同時にその当時には刀堂博士を中心にした個人同士の繋がりで組織としての体裁も整っていなかったことを考えるとまさしく憲法への介入は反則以外の何物でも無い無謀な綱渡りだった。

 だが、そうして生まれた財団は大塔を中心に刀堂博士を陰日向に支援しながら戦後の高度経済成長期の後押しを受けてその規模を爆発的に巨大化させていく。

 

(そして、艦娘と鎮守府の支援にも湯水のように資金を投入した)

 

 この艦娘に関する一連の計画への参加は財団内でも賛否が分かれたのだが財団の頂点に現在も立っている大塔会長の強硬とも言える命令によって反対派は黙らされる。

 だが、鎮守府から上がってきた報告は艦娘が刀堂博士の計算結果とは比べ物にならないほど弱いと言うモノであり、その失敗をあげて大塔会長の支持基盤が揺らがせる工作が行われていた。

 

 しかし、去年から日本中で騒がれている国防特務優先執行法の施行から艦娘の姿と計画の成果が一般にも見え始めた事で老いたる昭和の風雲児の采配は未だ健在であると内外へと知らしめる事となった。

 それよりなにより、私を驚愕させたのは現場の指揮官がわざと彼女達の運用法を間違うと言う計画への妨害工作であり、その内情を記したテレビ局の資料室の端っこに隠されるように置かれていた取材資料の存在だった。

 さらにあくまでも噂と言う事になっているが、大塔会長が強行した計画を敢えて妨害する事で利を得ようとした財団内の派閥が自衛隊や政治家へと働きかけて鎮守府へと妨害と圧力をかけていたと言う証拠があったのにメディアはそれを表沙汰にする事無く消極的ながら艦娘否定派へと加担していたと言う話まである。

 

(それを解決したのはおそらく自衛隊内部にいる艦娘の“正しい運用法”を知っていた転生者だろう)

 

 そして、艦娘が本来の能力を発揮する準備が整い、特務法が衆参両院へと審議入りした前後から財団内では嵐のような粛清が大塔会長とその側近の手によって行われたらしい。

 

 少なくとも一つの部門を任されていた重役とダース単位で役員や社員の首が周囲への理由の説明も無く挿げ替わった事は事実であり、部下による鎮守府への妨害工作を知った大塔会長がまるで火山と化したかのように怒り狂ったと言う噂はその時に老人が発した『何という事をしてくれた!? これでは先生に申し訳が立たんではないか!!』と言う怒声と共にマスコミの耳に届いていた。

 だが、その噂話が事実であるかを確認する度胸を持ったジャーナリストは一人たりともおらず、全ての報道に携わる人間は箝口令をしかれたように口と耳を閉ざして嵐が過ぎ去るのを願う小動物と化した。

 

 自伝を読めばわかる事だが大塔弦蔵があえて虚偽を記していない限り彼本人は前世の記憶など持たない普通の人間であり、たまたま戦後の闇市で刀堂博士の財布を盗み取るのを失敗したケチな盗人だった。

 そして、貧困に痩せ細った妹を守り養う為に科学者を自称する胡散臭い男の世話になったのが少年時代の大塔会長にとって本来あり得ない人生を歩く切っ掛けとなった運命の分かれ目だったのだろう。

 

 そんな学の無かった浮浪児はその当時の日本人の思考とはかけ離れた先進的な経済知識を刀堂博士から与えられ、それまでの不遇と不幸が嘘か幻だったかのように時代の寵児として経済界の頂点へと駆け登っていく。

 自伝の中ですら命を捧げても返せないほど山ほどの恩を彼から受けたのだと記し、刀堂博士の一人娘と結婚する事となった後も義父と呼ぶ事なく師弟である事に拘り、本人の許しを受けても恐れ多いと頭を下げ博士へ深い敬愛を捧げた。

 

(それがまさか内部の足の引っ張り合いで四年近く無駄足を踏んでいたなんてこんな情報は財団も自衛隊も外に出せるわけが無い)

 

 そんな大塔にとって自分を育ててくれた恩師であり義父でもある科学者が残した遺言と言える計画の実現はあらゆる困難と問題を排してでも実行せねばならないものだったのだろう。

 

(いや、むしろ本来の能力を封じられた状態で護衛していた船を艦娘が守り切っていた事こそ奇跡なのか?)

 

 現在、艦娘の情報を統制しているのは自衛隊そのものでは無く財団からの圧力であると言うのが一般人の耳に入るよりは多いと言える情報へと触れる機会を持つ事になった私の結論である。

 また、その理由が身内から出た裏切者への凄惨とも言える制裁によって組織内に広がった大塔会長への畏怖によって彼の機嫌を損ねない為に財団が取った予防処置であると言うのが見ざる言わざるを決め込んだ報道陣の共通認識だった。

 

・・・

 

「真面目な顔して何見てんだ? エロか? エロサイトなのか?」

「・・・たまにね、自分はなんで君なんかと友人なのか、と心の底から疑問に思う事があるよ」

「じょ、冗談だって怒んなよ、暇なんだよぉ~」

 

 肺の中身を全て吐き出すように深い深いため息を吐きだして私は折り畳み式の携帯電話の画面を閉じてから、鬱陶しい調子で子供のような理由を喚く友人へと顔を向ける。

 三月となってもまだ冬の寒さが吹き抜ける長野県の某所にある温泉旅館、観光地としては定番と言われている場所であるらしいが深海棲艦の出現によって海外からの観光客が激減した事でかつての賑わいは久しくなり疎らな客足がたまに目につく程度しか見えない。

 

「雑用ばっかでつまんねぇのなんのって、テレビ局の仕事ってもっとこう、なんかもうちょっと、なぁ?」

「何が言いたいのかよくわからないけど君が暇だって事はよくわかった」

 

 実際に暇だからこそ携帯片手にウェブサイトを巡回していたのだから私も彼に同意する立場であるのだが、それを口にすると絶対に目の前の馬鹿は我が意を得たりと調子に乗るのでとりあえず訳知り顔で頷くに止めておいた。

 これで携帯電話の電波すら届かない秘湯や秘境での仕事だったら万が一の確率で私も彼と共に馬鹿なセリフの一つも吐いていたかもしれない。

 

 大学の先輩や求人雑誌などで業界でもそれなりに規模の大きいテレビ局でのアルバイトを見つけて入り込むことに成功したのは良いのだが私に割り振られたのはアシスタント以下の荷物運びなどの雑用係だった。

 一応は関係者証を使う事で資料室に入る事が出来たので一般に出回っていなかった艦娘に関するドロドロした裏事情に触れる事になったがそれが彼女らへの失望へと繋がったかと言うと否である。

 むしろ率先して捨て艦戦法をとった過去の鎮守府に勤めていた指揮官や司令部、それに繋がっていた政治家と財団の艦娘否定派こそが唾棄すべき者達である。

 だが、私がその情報へと辿り着いた時点で彼等はそれまでの自分達の行いの責任を取らされており、鎮守府は刀堂博士が想定した通りの活動を開始していた。

 

「折角温泉に来てんのに俺たちはロケバスの横で待たされるだけって何なんだよっ!」

「あと二時間も経てば撤収の機材の移動とかで呼ばれるさ、むしろほとんど立ってるだけで日給一万円は中々美味しい仕事とも言えるね」

 

 これで温かい室内でコーヒーの一杯でもあれば言う事は無いのだけれど、残念なことにAD以下の私達はそこそこテレビで顔の売れている芸人達が大げさなリアクションで温泉や料理を褒め称える宣伝番組の画面端にも映らずに労働に勤しまなければならない。

 

「京都の舞鶴港だっけか、本物の艦娘が来てるって話だろ、俺っち、そっちの方に行きたかったなぁ」

「大学を休学するわけにもいかないんだから私はともかく君は落としそうな単位へもうちょっと気を配るべきだよ」

「ふぇ~、俺っちよりお前の方が気にしてると思ってたんだけど違うのか?」

 

 たまにどうしようもなくバカな発言をするくせに他人の機微を察する能力だけは無駄に高い友人がこちらを見るがそれに対する返事を私は持っていなかった。

 思っていた以上に鎮守府や艦娘の情報を得る事が出来た半面、彼女達に関わっていた大半の人間が言い方は悪いがクズばかりだった為に今の艦娘の大多数の人間に対する感情は間違いなくマイナス方向へと傾いている。

 そう思うと私が友好的な態度で近づいたとしても艦娘達から向けられるのは敵を見る様な視線であり、かつては画面の向こう側で親しんだ相手からの敵意はとてもではないが耐えられそうにない。

 

(鎮守府にいる転生者が上手くやってくれていたらそれも解決しているのかもしれないけれど)

 

 前世で嫁艦と呼んでいた艦娘が他人と仲睦まじくしている姿を目にするかもしれない可能性の方がもしかしたら敵意の視線よりも私の心を砕くかもしれないが、今は彼女達の状況が少しでも良くなりますようにと祈りながら他力本願を決め込むしかなかった。

 

「おーい、バイト、こっち来い!」

「はいっ! なんすか~?」

 

 撮影の予定を挟んだファイルを手にした番組のディレクターが無精ひげに覆われた顎をぼりぼり掻きながら私達を呼び、友人が呑気な返事をしながら小走りで彼の元へと向かい、私もそろそろこの苦行から解放されるのかと期待してディレクターの方へと向かった。

 

「旅館側のご厚意でちょっと遅いがスタッフ全員に昼食を出してもらえる事になった」

 

 感謝しろよとまるで自分へとそれを催促する様にニヤニヤするディレクターへと友人は無邪気に喜び、その様子に苦笑しながら私は昼食代が浮いた事に貧乏くさい喜びを感じた。

 

「はいはい、こちらにどうぞ入ってくださいな、若いっても外は寒かんでしょ」

 

 五十代前後だろうか、ミカン色の着物を身に着けてどこか標準語と方言が混じったような不思議なイントネーションで喋る旅館の女将だと言う女性が私と友人を愛想よく迎えて他のスタッフがいると言う食堂へと案内してくれる。

 

「料理って何が出るんすか? 俺美味いモンなら何でも好きっすよ♪」

「美味い料理ならうんとありますからね、お腹いっぱいにして行ってくださいよ」

 

 たまにこの友人の積極性が人間離れしている気がするのは私だけではないだろう、ただ接客のプロである女将にとっては大した事は無いようで朗らかな笑顔で彼の人懐っこい無駄話を見事に対応しきっている。

 

「あら、・・・ちょっとごめんなさいね」

 

 食堂へと向かう途中の廊下で女将が何かに気付いたように立ち止まり、内容の全く無い話と言うある意味では奇跡的な言葉を吐いていた友人へと小さく頭を下げて音も無く滑る様な足取りで廊下を進む。

 その先には料理の入っている黒い重箱を縦に連ねて運んでいるらしい黒く長い艶髪を項で結って控えめな薄紫色の着物の背で揺らしている女性がいた。

 

「ようちゃんっ、芙蓉ちゃんったら! ダメじゃないそんなに積んじゃ、危ないわよ」

「あの、その・・・すみません、女将さん、でもお客様を待たせるのも・・・」

 

 ドラマなどで旅館の仲居さんがドタバタと塔の様に高くお膳を重ねて走り回ると言う演出は見た事があるが、走ってはいないものの実際にそれをやる人間が居るとは思ってもいなかった。

 女性にしては上背のある頭の上まで突き出すような高さに重ねられた弁当箱、それの半分を奪う様に取って下ろさせた女将が少しはにかんだ微笑みでこちらへと振り返ったすぐ後に彼女が怪訝そうな顔をする。

 

「あら、お客様、どうかされましたか?」

「・・・おい、お前その顔なんなん? すんげぇ美人だけどその驚き方は失礼じゃね?」

 

 隣から話しかけてくる能天気な友人の言葉に返事も出来ず、私はお膳の塔を抱えていた黒髪の和服美女、どこか儚げな雰囲気を纏った芙蓉と呼ばれていた女性へと視線を引き付けられて離せなくなった。

 原型の経歴からかゲームの中で薄幸美人としてイラストレーター達に描かれ、高火力艦の代名詞とも言える戦艦から改造を経て艦載機運用を可能とする航空戦艦と言うもしかしたらあり得たかもしれない艦種へと転身できる事も手伝い運用面でもビジュアル面でも人気が高かった。

 その艦娘が、まるでモニターの向こう側から抜け出してきたと言っても過言ではないほどに似通った容姿をしている女性が顔を驚きに強張らせている私へと怪訝そうな表情を見せる。

 

「・・・戦艦、扶桑?」

 

 余りにも似通ったその姿に私が呻くようにその名前を呟いた直後、旅館の床板にガシャッガチャッと五月蠅く食器と料理が散らばる音が廊下に響き、私が見つめる先にいる女性が顔を真っ青にして後退りして背中を壁にぶつけた。

 まるで警察に罪の証拠を突き付けられた犯人のように声も無く狼狽え、男である私よりも背が高い女性従業員は両手を胸の前で重ねて身を縮めて怯えたような視線を私へと向けてくる。

 

「申し訳ありませんね! すぐにお片づけを致しますのでお二人は食堂の方にいらしてくださいね! ほら芙蓉ちゃん掃除道具取って来て!」

「ぁ、女将さん、ご、ごめんなさい、私っ・・・」

「ほら、ここは任せて早く早く!」

 

 私が前世の世界で触れていた艦隊これくしょんと言うゲームで扶桑型戦艦の一番艦であった扶桑と服装は違うが身体つきや顔立ち、そして、身に纏う控えめで儚げな雰囲気が瓜二つの女性。

 その盾となるように女将が素早く私の視線を塞ぐように立ち丁寧ながら抵抗を許さないと言う気迫を感じる誘導と共に背後の芙蓉と呼ばれている彼女を逃がすように急かす。

 

「あ、あの・・・彼女は」

「ここは汚れてしましますので、お二人は食堂へどうぞ」

 

 逃げるように食堂とは別の方向へ続く廊下へと足早に去っていく女性の背中に反射的に手を伸ばそうとした私の前にススッと滑る様な足さばきで詰め寄ってきた女将はさっきまでの我々を歓迎する様な朗らかな笑顔が打って変わって能面を張り付けたような営業スマイルと有無を言わせぬ迫力でこちらの言葉を封殺する。

 

「ぉっ? おっ? あ、じゃあ、俺がそっちの無事な方運びますよ」

「あら、悪いですね、ではお願いしますね?」

 

 いきなりの事態に戸惑っていた友人が数秒の思考停止からすぐさま女将の抱えている重箱へと手を伸ばし、本来なら客にやらせる事ではないのに女将は能面の笑顔のまま弁当箱の連なりを彼へと受け渡して私達を追い払う様に軽く手を振って見せた。

 

「おわっ、思ったより重ぇわっ、ははっ、半分持ってチョーダイよ♪」

「え、ぁ、だけど」

「・・・お前が何言ったか良く聞こえなかったからなんでああなったかわかんねぇけどよ」

 

 おそらくは私や彼を含めた番組スタッフに用意された料理が詰められていた弁当箱が散乱している廊下に立ち尽くしている私に少し声を抑えた友人が耳打ちして強引に二つに弁当箱を押し付けてくる。

 

「あれってあんまりチョッカイかけてイイことじゃねぇっぽいだろ、行くぞ」

 

 私から見れば異常とも感じられるコミュニケーション能力を遺憾なく発揮した友人は散らばった料理のすぐ近くから営業スマイルを張り付けた顔でこちらを見ている女将へと軽薄そうな笑顔で頭を下げながら肩で私の背中を押してこの場から引き離していった。

 

「あ、えっと・・・お仕事の邪魔をしてすみませんでした」

「いえいえ、こちらこそ御見苦しいものを・・・」

 

 二度目の人生を生きている私でも早々体験した事の無い混乱の極致、前世の世界でモニターの中にしかいなかった艦娘という二次元の存在と現実での遭遇は彼女らが居ると言う事実を知っていても私に強烈な衝撃をもたらした。

 汚れた廊下から友人に背を押されて引き離された私は不意に表面上は笑顔である女将がまるで子供を守る為に威嚇する母鳥のような態度をとっていた事に遅まきながら気付く。

 

(なんで・・・こんな長野の温泉旅館に、艦娘の扶桑がいるんだ!?)

 

 食堂へと入り、手に持っていた弁当箱を半ば奪われる形で他のスタッフに持っていかれた私は呆然とした顔のまま椅子に座り、一発ギャグで一世を風靡しているレポーターの芸人に愛想よく挨拶してから流れる様に交友を深めに行っている友人を横目に衝撃が抜けきらない脳みそを働かせていた。

 

・・・

 

「はぁ? 帰らないってお前なぁ、明日は大学で受講する講座があるって言ってただろよぉ」

「財布には少しは余裕があるから一泊するだけなら足りる」

「こーつー費はどうすんよ、ロケバスに乗せてもらわないとタダになんないだろ」

 

 高速道路を使い県を跨いで長野までやってきている以上はそれも考えねばならなかったか、と普段は因数分解の公式すら言えない友人の指摘で気付かせられた。

 しかし、こうなったら野宿やコンビニの前で夜更かししてでも何とかして見せると自分でも信じられないほどの気合が私の身体に満ちていた。

 

「とにかく確かめなきゃならない事が出来たんだ」

「ほ~ん、さっきの芙蓉ちゃんって美人がそんなに気になんのか?」

 

 あれほど分かり易いほどの動揺を見せてしまったのだからその場の空気を察する事だけは野生動物並みに鋭い彼なら私の考えを読み取るのは簡単だったのだろう。

 

「しゃーねぇの、単位落としそうになったらまた手伝ってくれよなぁ」

「え、いや、それは良いけど? いきなりなんでそんな事を」

「ちょい待ってろよっ」

 

 苦笑を浮かべて潰れたプリンのような斑模様の髪を掻いて友人は少し離れた場所にあるロケバスへと走り、撤収の指示をしていたディレクターへと話しかける。

 数分ほど何度も頭を下げ媚びを売るような揉み手と笑顔でディレクターと会話していた友人は無精ひげの中年の手にあったファイルで頭を小突かれてから数枚の紙幣を渡されてからこちらへと戻ってきた。

 

「ほれ、軍資金、バイト代前借させてもらったからよ」

「あ、ありがとう・・・」

 

 たまにだけコミュニケーション能力に人生を全振りしたような頭の軽い友人と交友を深めている自分は幸運な人間なのだろうと思う時がある。

 

「んじゃ、行くぞ、ソバと行動は早いうちに打てって言うだろよ」

「いや、君は何を言ってるんだい・・・」

 

 ごく自然に同行しようとしている友人の姿とその意味不明な言動に私は眉を顰めながらも人懐っこい笑みを浮かべるコイツは本当に人生を楽しんでいるなと、前世では大学を中退した後にアフリカや中南米などで旅をするついでに商品を仕入れる輸入雑貨商となった自由過ぎる男の若い頃の姿に呆れと尊敬を向けた。

 

 早速、テレビ局のスタッフが乗り込んでいっているロケバスから離れて夕暮れの旅館への道を戻り、受付で素泊まりは可能かと問えば従業員らしい女性が私達の顔を見てから不審そうに片眉を上げてから何かに気付いたように顔を顰めて今の時間は予約の無い方はお断りしていると言う返事を返してきた。

 あまりに不自然で素気無い態度に私と友人は何とか食い下がろうとするが不意に玄関の広間に現れた女将が音も無く滑る様にこちらへと近づき他のお客様の迷惑になるから今日の所はお引き取りくださいと丁寧な態度で頭を下げる。

 

 愛想よく丁寧な対応ではあるがその裏側には確実に私達を追い出そうとする意志を感じ、これ以上は事を荒立てるだけにしかならないと判断した私は友人と連れ立って旅館から離れる事にした。

 

「取り付く島もないとはこの事だね・・・」

「ふっへぇ、おっかねぇのっ、あれはどうしようもねぇよ、うん」

 

 旅館を追い出された後、一時間以上かけてやっと見つけた夜闇に輝くコンビニに照らされた寒い駐車場で肉まんを片手にホットコーヒーを飲み、手詰まりになった私達は上着の前をしっかりと閉じて息が白くなる気温の中、コンビニで買ったマフラーと手袋と言う少し心もとない装備で暖を取る。

 

「どうする、あの感じだともっかい行っても同じじゃね?」

「アルバイト代の前借と家族にお土産買う為のお金は多目に持ってきたから他のホテルに泊まるだけなら大丈夫だけど・・・」

 

 県が少し離れているだけと思い込んでいた私は春先でマイナスに足を突っ込む気温を体験する事になるとは思っておらず、このままでは友人と一緒に長野の路上で凍死体となって新聞を騒がせるかもしれない。

 しかし、ここで他のホテルに泊まって次の日にあの旅館へと向かうのでは時間的にも資金的にも心もとなく、そんな行動の理由が私のわがままであるわけでそんな事に付き合いの良い友人を巻き込んでいる事にも申し訳ない気持ちが湧く。

 

「ああ~、それにしても長野さみぃなあっ! 冬のオリンピックやってたぐらいだもんなぁ!」

「叫ばないでくれよ、近所迷惑になるだろ」

「でもよ! 止まってたら死んじゃうってほら息まで白くなってるじゃん!」

 

 どこかの怪獣を真似して腕を突き出し白い息を勢いよく吹く無駄に騒がしくて元気な友人の姿に苦笑し、私はもう一度だけあの艦娘の扶桑と瓜二つの女性と話だけでも出来ないかと頼みに行くことにしてそれでダメならすっぱりと諦めて始発電車で自宅へと帰って温かい風呂にでも入ろうと心に決める。

 

「・・・あの、こんな所でどうかされましたか?」

 

 真夜中のコンビニ前で二人して騒いでいる大学生と言う普通なら近寄りがたい存在へと話しかけてきたのは丸眼鏡と柔和な表情が相まって人の良さそうな雰囲気が見える三十代前後の男性。

 最近めっきり数を減らした24h営業のコンビニ前に駐車された車から降りてきたらしい彼はこちらを純粋に心配してくれているようで私は気恥ずかしさに小さく頭を下げ、友人は何を考えたのか自分達が泊まる当てが無くて野宿でもしなければならなそうだと馬鹿正直に男性へと答えた。

 

「ええっ? この時期に外で夜を過ごすなんて危ないですよ」

「あ、いえ、コイツは大袈裟に言っただけでちょっと用事を済ませたらちゃんと近くのビジネスホテルに向かうつもりですから」

「しかし、ここから一番近いホテルなんて3キロは歩くことに・・・少し待ってください」

 

 見ず知らずの相手を本気で心配してくれているらしい人の良い男性に恐縮しっぱなしで私は極力心配を掛けないようにと顔の前で軽く手を振って見せると、彼は少し考えてから少し型が古い携帯電話を取り出してどこかと連絡を取り始めた。

 

「僕はこの近くで旅館をやっているんですよ、今確認したら部屋も空いているようなので良ければどうですか?」

「ぇ、いやいや、それはちょっと悪いですよ、こんな遅い時間で・・・」

「マジっすか! やったぜ、あはは、俺ら本気で凍っちまうかと思ってたんすよ!」

 

 私の慎ましい遠慮の言葉は隣で動物園の猿を思わせる跳躍を見せたバカの歓声でかき消され、暗闇でも羞恥で赤くなっている私の顔はおそらく目の前の男性にも気づかれているだろう。

 料金はちゃんと払いますと蚊の鳴くような力ない言葉を男性に向け、柔和な笑みを浮かべた男性はちょっとコンビニで用事を済ませてから車で一緒に宿へ行こうと優しい言葉をかけてくれた。

 

「お兄さんの旅館って温泉あるんすか? 長野って言ったら温泉ですよね!」

「ははっ、もうお兄さんって年じゃないさ、今はもう遅いから大浴場は閉まってるけれど良ければ従業員用の内湯でも使うかい?」

「うっす、お世話になりますっ!」

 

 車を運転する善意の人に向かって冗談みたいな積極性を見せる友人の言動にお前は長野の何を知ってるんだとツッコミを入れそうになるが人見知りと言うほどでは無くてもどんな事にも物怖じしない性格と言うワケではないごく普通な人間である私は借りてきた猫の様に黙り込み後部座席で肩身の狭い思いをした。

 

「ただいま、ちょっと寄り道をしてしまって遅くなっちゃったよ」

「裕介さん、おかえりなさい・・・お客様が二名おられると聞いて・・・ぇ?」

 

 十分も経たないうちに私達は目的の旅館へと到着して従業員用の駐車場に駐車された乗用車から本日三度目の旅館の前に立つ事になり、玄関で到着を待っていた女性が嬉しそうに微笑みながら穏やかな声を私達よりも先に車から降りた男性を迎え、偶然と言う言葉の恐ろしさを思い知りながら私は非常にバツの悪い思いと共に彼女の前に姿を見せる事になった。

 

「ぁっ・・・ぁぁ・・・」

「芙蓉、どうしたんだい?」

 

 どうやら想像の中の敵意を宿した瞳よりも現実として出会ってしまった恐れに染まった視線の方が何倍も私の心にダメージを与えるらしい。

 

「いやあの、これは本当に偶然で決して私は怪しい者じゃなくてですね」

「何言ってんだお前、どう見ても俺ら怪しいだろ・・・、なんかわかんないけど取り敢えず謝っとけって」

 

 こうして、私は今世で初めて出会う本物の艦娘、自衛隊から脱走した艦娘の一人である戦艦扶桑と邂逅した。

 

 

 




【 財団の恥ずかしい話 】

会長「深海棲艦が現れたやって?やっぱり刀堂先生の言ってた通りや、早く艦娘を用意せな!男、大塔弦蔵、人生最後の大仕事、先生見たっててください!」
     ↓
部下A「創始者の一人とは言え狂人が残したオカルト理論に頼るなんて会長はもうダメだな、財団全体の為にも引退してもらわないといけないね」
部下B「それじゃ、俺の知り合いに頼んで計画の邪魔してもらうわw」
     ↓
政治家「良かれと思って!国会で!」
司令官「気合入れて!現場で!」
基地司令「鎮守府で妨害工作しました!」
     ↓
部下A「カクカクしかじか、計画そのものが間違ってましたねぇ、会長?」
会長「そんなっ、艦娘が弱いなんて先生の遺言は間違っとったんか・・・?」
部下B「後は俺達若いのに任せて楽隠居でもどうっすか?」
     ↓
田中「艦娘と一緒に海に出て戦うなんて馬鹿な考えは止すんだ!」
中村「できらぁ!!」
     ↓
吹雪「私がやっつけちゃうんだから!」巨大化
     ↓
艦娘否定派「はぁっ!? 嘘だろお前らっ!?」
     ↓
会長「制裁っ・・・!」
部下AB「・・・ぇっ?」
会長「先生の名前に泥塗りおってからにっ、アホ共が纏めて地獄に送ったらぁ!!」
     ↓
   ポポポポーン(何かが飛ぶ音)
     ↓
マスコミ「ヤバい、このネタは絶対にヤバい、隠しとかなあかん」
     ↓
大学生「(;゚Д゚) エエ…ナニソレ?」
おバカ様「日本語でおk」


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第二十二話

あんまり問題を深刻にし過ぎると今後のストーリーが危なくなるからバランスが難しい。

追伸
キャラ崩壊注意


 2015年3月、海上自衛隊舞鶴基地の港に停泊した巨大な海洋調査船の一室、会議室として使われている椅子と机が並んだ部屋の正面に四人の艦娘が並ぶ。

 

「・・・以上、増員四名はこれより作戦へ参加いたします!」

 

 会議室に駆逐艦娘である朝潮のハキハキとした声が室内に響き、それに合わせて並んでいた全員が背筋を伸ばして敬礼する。

 日本海側に初めて確認された深海棲艦の規模が司令部の予想を大きく超える可能性が高まった為に鎮守府で待機していた艦娘が増員としてはるばる舞鶴まで送り込まれる事となり、そのメンバーの一人である吹雪は表情を押し隠したまま会議室の椅子に座っているある男を見つめていた。

 だらしなく椅子の背もたれに背中を預け胸の前で腕を組み目元を深く被った軍帽で隠している白い士官服の男、吹雪にとって指揮官であり、命の恩人であり、彼女にとって大きな希望となった物語を教え、そして、その物語が虚構であったと明かした中村義男はどこか気怠そうな雰囲気を纏いまるで会議の内容を聞き流しているような態度でそこにいる。

 

 そして、特に問題らしい問題無く増員艦娘達の受け入れは終わり、日本海上の深海棲艦の状況が変化して防衛作戦が開始するまでの短くない待機時間をそれぞれが用事を済ませる為に席を立っていく。

 

「・・・司令官っ、あの私っ」

「ああ、吹雪か・・・長旅だったろご苦労さん」

 

 中村もまた他の者達と同じように席を立って会議室を出ようとするが吹雪に呼び止められて小さく口元をへの字に歪めながら東京湾から舞鶴湾へとやってきた駆逐艦娘へと妙に軽く感じる労いの言葉をかけた。

 

「・・・基地を出ないなら行動は特に制限が無いらしい、少しは羽を伸ばしてこい」

 

 少しの間、司令官と見つめ合った吹雪は彼に自分が何を言うべきなのかと言う考えを纏めることが出来ず、彼女から目を反らした中村が不愛想にそう呟いてから彼女の頭に手をのばそうとした。

 だが、その手は少女の黒髪へと触れる直前で止まって引き戻されてポケットの中にしまわれる。

 

「ま、待ってください、司令官っ」

 

 気まずげに顔を背けて踵を返した中村は引き留めようとする吹雪の声を無視して会議室から出てどこかへと歩き去り、今にも泣きだしそうな顔をした年相応の感情に振り回される少女と部屋を出遅れて二人の様子を見ることになった気まずそうな顔の自衛官と艦娘達が室内に取り残された。

 

・・・

 

「ぁぁあ・・・うぅぅ・・・はぁぁぁ・・・」

 

 海洋調査船である綿津見の談話スペースに置かれた椅子に座り真っ白いテーブルに突っ伏した吹雪型姉妹の長女はままならない自分の感情を処理できずに今にも死にそうな呻きを延々と吐き続けていた。

 そのあまりの陰鬱さに初めは心配していた仲間達までもがその場を避けて通る様になり、図らずも貸し切り状態となった空間は深く降り積もり雪のように鬱屈した空気の密度を高めている。

 

「吹雪、こんな所で何やってんのよ?」

「・・・陽炎、私、どうすればいいのかな・・・? 司令官に会えれば何とかなるって思ってたのに・・・何を言ったら、聞いたら良いのか全然分からなかった・・・」

 

 自己嫌悪に苛まれ信じるべきモノを見失った艦娘が机にほっぺたを押し付けたまま半開きになった口から昏く湿った嘆きを吐き、周囲の止める声を無視して果敢にもその場に踏み込んできた彼女と同じ艦種の娘はオレンジ色のツインテールをサラサラと揺らしてから小さくため息を吐いて無遠慮にテーブルを挟んで吹雪の正面へと座る。

 手に持っていたビニール袋の中へと手を突っ込んで紙袋に入った菓子パンを取り出した陽炎は目の前でテーブルに張り付いている吹雪を気にも留めない様子で緑色のパンを頬張り噛み千切って頬を膨らませた。

 

「・・・」

「・・・あ、うまっ、これ中にカスタードが入ってるのね、たしかに人気って書いてあるだけはあるわ」

 

 陽炎がメロンパンを咀嚼しながらビニール袋の中から今度はパック牛乳を取り出してストローをパックへと突き刺してパンで乾いた口の中を湿らせるように牛乳を吸う。

 鎮守府に所属している艦娘の中でも吹雪にとって特に付き合いが長い陽炎型駆逐艦の長女はその場の雰囲気を全く気にせずにカスタードクリーム入りのメロンパンをしっかりと味わってからストローを咥え、肺活量だけで牛乳パックをぺしゃんこに潰しズコズコとあまり気分の良くない音を無遠慮にたてる。

 

「っ、陽炎ってばっ!」

「なぁに? 言っとくけどあげないわよ?」

「そんな事言ってるんじゃないの! 私悩んでるんだから邪魔するなら退いてよ!!」

 

 ビニール袋から今度はピーナッツをチョコで包んだ菓子を取り出して袋を開けようとしている陽炎の姿に苛立ちをぶつける様に吹雪が叫びを上げてテーブルを叩き、霊力の粒が散らばる白い天板がベキッと悲鳴を上げて白い表面にヒビが刻まれる。

 だが、それに対して特に気にした様子も無く陽炎は開いたパッケージからチョコナッツを取り出して自分の口へと放り込みポリポリと噛み砕く。

 

「そう言われてもねぇ、私は何で吹雪がそんなに悩んでるのか、理由を知らないし?」

 

 現状で吹雪と肩を並べる最高練度の駆逐艦娘は物怖じとは無縁の無遠慮さでテーブルに張り付いたまま睨み上げてくる友人へと言葉を投げる。

 

「何があったのかぐらいは言いなさいよ、じゃないと何を言うべきかも分からないわ」

「んぐっ・・・」

 

 そして、苦笑を浮かべた陽炎は大手菓子メーカーのチョコ菓子を半開きになっている吹雪の口の中に押し込んでから肘をテーブルについて手を組んで顎をその上に乗せた。

 

・・・

 

 2015年2月、鎮守府の環境の安定と設備の充実に加えて人間の身体を得たばかりの未熟な艦娘の急増によって基地司令部が敵に回っていた時とは別の意味で忙しくなった中で吹雪は突然に中村の出撃艦隊から控えである予備艦隊へと編成を変えられてしまった。

 指揮官としても新人の艦娘に実地で戦い方を教える必要があり、緊急を要する敵勢力の存在もない為に他の艦娘よりも高い経験と練度を持った吹雪は一時的に出撃から外れて未熟な艦娘への教導を担当して欲しいと言うのが命令を中村から受けた時点での説明だった。

 

「で、本当の所はなんで吹雪を艦隊から外したのよ? あの言い訳以上に納得できる理由があるんでしょうね」

 

 二週間ほどたった頃、早く一人前になれる様に多種多様な艦娘達が毎日繰り返している訓練の監督艦を終えて、報告書を抱えた吹雪は夕暮れに沈み始めた鎮守府の一角にある中村と他数名の司令官が使っている執務室のドアの前でその向こうから聞こえてきた仲間の声にノックしようとした手を止めた。

 

「言い訳って、俺は別に嘘を吐いたわけじゃないぞ」

「ええそうね、代わりに本当の事も言ってないわ・・・それがどれだけ相手に失礼な事か分かってるクセにねっ!」

 

 廊下にいる吹雪からは見えないが聞いているだけで身が縮みそうになる鋭い声の主である朝潮型駆逐艦の霞がおそらくは事務机を挟んで対面しているであろう自分の司令官でもある中村へとその言葉を吐き捨てているのだろう。

 

「理由、理由なぁ・・・」

「少なくとも吹雪に新人の教導を行わせたいってだけならわざわざ予備艦隊へと回さなくても問題無いわね」

 

 命令を受けた吹雪の頭の片隅にあった疑問を代弁する様に、霊力の消耗はあるが演習で出撃不能に陥るような怪我を負う事はまずありえないと断言して霞は何かを言い淀んでいる中村へと高圧的な態度で圧迫する。

 

「その理由を言えば無駄に吹雪を傷つけるだけだ・・・」

「ふぅん、で?」

 

 扉ごしでも霞が不機嫌そうに司令官を睨みつけているのが分かるほど慣れ親しんだ言い合いであるのにそこに含まれている自分の話に吹雪は金縛りにあったようにその場で立ち尽くした。

 

「これに関しては俺がどうこう言って事を荒立てるよりも時間で解決する方が穏便で・・・」

「私の言った言葉を理解してるならそんな事聞いてるんじゃないって分かるでしょ」

 

 その静かで強く耳に届く霞の言葉は怒っていると言うよりも間違いを正す為に相手を律しようとしている。

 

「いくらクズって言っても私達の司令官よ、あなたはそれが分からないほど馬鹿じゃないわ」

 

 責めていると言うよりも改善を促している霞の相手を想う感情が透けて見える言葉に言われた本人ではないはずの吹雪まで息を止め、ただ耳を澄ませて報告書を胸に抱きながら執務室の中を窺う。

 

「今まで・・・吹雪を見て来てお前達は何か気付く事は無かったか?」

「・・・何よそれ、そんなのいつもと変わんないわよ」

「そうだ、変わっていない・・・変わっていないんだよ」

 

 司令官の言葉に何か自分はまずい事でもしてしまったのかと思い悩んだ吹雪の思考に被せるように続く中村の言葉が扉の向こうから聞こえてきた。

 

「初めて会った時の吹雪はまるで死人が突っ立ってるだけって言っても良いような酷い状態だった」

 

 平坦な口調で何の脈絡も無く吹雪と出会った時に自分が感じた印象を中村は霞へと語り始める。

 

「実際には俺の前に着任してたアホ共のせいで感情が抑圧されていただけで、爆発寸前で吹雪の中に隠れていたそれに気付かずに俺はただアイツが立ち直るまでの時間稼ぎにでもなればと自分の前世の話をした」

 

 そして、言われた事には従うがそれ以外では何の反応も見せなかった吹雪は徐々に態度を軟化させ中村の語る艦娘達の話に強い興味を持って聞き入り、会話に不自由しない程度まで彼女の症状が改善したと見えた時に東京湾へと深海棲艦が侵入してきた。

 そこで中村は初めて吹雪が抱え込んでいた負の感情の片鱗を見る事になり、自らの身勝手な言動から繋がった失態を思い知らされる。

 だがそれ自体は必要なことであり人としての身体と心を持っている存在ならば当然の反応として中村は吹雪に対してこれからこれまで以上に慎重に気遣う事を決めた。

 

「だけどな、あの事件直後からアイツは今みたいに絵に描いたような努力家で明るい性格になった・・・俺が教えた吹雪の姿をなぞる様にな」

「は? いきなり何言ってんのよ、意味わかんないってば」

「普通はたった一日で人間の性格が全くの別物に変わるなんて事があり得るわけないだろ、そこは艦娘だって変わらないはずだ」

 

 虐待を受けていた子供が救い出された直後に抱え込んでいた負の感情を解消できるなら児童虐待の連鎖など起こる筈は無く、同じように国の為に戦うと言う思いを胸に目覚めて一年近くその思いと人格を無視された過酷な環境に置かれていた吹雪も中村が手を差し伸べたからと言ってその身に溜めこんだストレスが全て消え去ると言う事にはならない。

 

「それはあれでしょ、いつも吹雪が言ってるじゃない、あなた達の前世の世界にいた吹雪を目標にしているからで」

「そうだ、アイツは俺が言った言葉を全て真に受けて・・・俺が騙った存在しない吹雪になりきろうとしている」

「・・・待ちなさいったら、今、何て言ったの?」

 

 足下に報告書が散らばるのも気にする事も出来ず吹雪は司令官が何を言ったのか必死に理解しようと頭を働かせるが上手く行かず、不規則に動悸し始めた胸を抑え込んで扉の前でうずくまった。

 

「俺があの子に教えた吹雪と言う艦娘は初めから存在しない空想の中の存在なんだ」

「要するにまた嘘ってわけね、それにしては随分と上手い嘘を吐いたのね」

「正確に言うと俺が全部考えたわけじゃなくて、テレビの中で役者が演じてた物語と設定をそのまま使ったわけだが・・・」

 

 その言葉を認められずに吹雪は耳を塞ごうと手を動かそうとするが廊下に縮こまり金縛りになった身体はうんともすんとも言わず、少女は妙に遠く感じる目の前の扉を見つめながら凍えるように震える。

 

「ふぅん・・・だから元民間人だって言ってるクセに私達に詳しかったわけね、で、その話を真に受けた吹雪が自分と同じ名前の役者の真似してるからって何が悪いのよ」

「・・・ただの真似だけなら良かった、知っているか? ・・・吹雪はな、茹でたジャガイモが苦手なんだよ」

 

 夕暮れから夜へと変わり暗闇に沈んでいく廊下に漏れ聞こえる司令官の声に吹雪は目を見開き顔を上げる。

 

「だけど、俺が教えた吹雪の設定に従ってまるで好物のように笑顔で食ってる・・・、涙目になりながらな」

「いや、あなたは何が言いたいのよ・・・」

「それだけじゃない、俺が吹雪に教えた吹雪と言う艦娘の差を些細なモノまで埋めようとしている」

 

 本来の自分が持っている個性や感性を無視してテレビの中にしかいない英雄を模倣していく吹雪の姿に言い様の無い危機感に気付いた中村は何度か注意を促すように言葉をかけたが見掛けは話を聞いているのに肝心のその言葉は彼女には届かなかったと懺悔するように彼は呻く。

 

「理想と現実は別物で目標は所詮目標でしかない、だけど吹雪は自分でも無自覚に俺が言った空想の中の吹雪になりすまそうとしているんだ」

「何よ・・・それ、そんな事・・・」

「しかも、アイツは自分の理想とする艦娘の在り方を周りにも広げようとする、質の悪い事に悪意なんて一欠片も無く良かれと思ってな・・・」

 

 初めに擦り込まれた情報に盲目的に従い自分と理想の差と言う埋められない溝を抱えながら日々生きる事で増えていく記憶ですら中村に教えられた【主人公の吹雪(存在しない吹雪)】と言う理想像に矛盾しない形へと整えてしまう。

 その話を聞かされた霞が呻く声は何か心当たりがあるようにも感じられ、暗闇の廊下に座り込んだ吹雪は司令官の言葉を理解しようとする自分とそれを拒絶するもう一方の自分の存在にその時初めて気付いた。

 

「お前だって吹雪の口癖を知ってるだろ『司令官が言ってました』だ・・・だけど、吹雪がそうなってしまったのは俺の責任だ・・・」

「だったら、尚更あの子と向かい合ってはっきりと話をするべきじゃない!」

「その言葉でアイツがどうにかなってしまったらって考えると・・・一度、それで俺は吹雪を死なせかけた・・・怖いんだよ・・・」

 

 吹雪の心理状態の危うさに気付いた中村だが東京湾襲撃の際に犯してしまった過ちに怯え、結局は指を咥えて耳に聞こえの良い言い訳を繰り返して時間経過に任せると言う責任放棄を行い。

 だからこそ艦隊に余裕が出来た今の時期に中村は吹雪が無自覚に優先してしまう余計な【理想の吹雪】の情報を与えず周りの艦娘との交流を優先させるための対症療法を行おうとしていた。

 

「だけど現実の艦娘の姿は俺の話に当てはまる方が少ない、そんな仲間達を見る事でここが物語通りの世界じゃないと吹雪が理解できれば・・・」

「・・・それが、そんなのが理由だったなんて! アンタ、本っ当に最低のクズじゃないのっ!?

 

 部屋の中で怒りが爆発させたような霞の怒声でドアがビリビリと震え、廊下にいる吹雪はその迫力に尻もちをついて我に返り廊下に散らばっていた演習の報告書をかき集める。

 

「自分を慕ってくれてる部下とちゃんと向き合わないままで司令官だなんて名乗るんじゃないわよ!」

「吹雪が俺の教えた物語の設定とは別に俺の事を慕ってくれてるのは分かってる、だからこそ何を言えば良いのか分からないんだろ!? 俺の言葉はアイツにとって重すぎる!」

 

 二人の感情をぶつけ合うような怒鳴り合いに恐れをなした吹雪はこれ以上ここで話を聞いていれば自分が自分でなくなってしまうような恐怖感に突き動かされて搔き集めてぐしゃぐしゃになった書類を抱えながら廊下を走って逃げだした。

 

 そして、自分に割り当てられた部屋へと飛び込み、驚きに目を見開いている姉妹たちの問いかけにも答えず、ベッドへと潜り込んで布団を頭から被って耳を塞ぎ。

 司令官から教えてもらった吹雪の物語を何度も何度も自分に言い聞かせる様に頭の中で繰り返し、次の日もちゃんと自分でいられます様にと願いながら吹雪は目を閉じた。

 

・・・

 

「ふ~ん」

「・・・陽炎、真面目に聞いてるの?」

「いや、うん・・・中村三佐もちゃんと分かってたのに吹雪の事、放置してたんだなぁって、確かに霞の言う通りクズ司令官だわ」

 

 いつの間にか棒状のチョコ菓子を口にくわえてポリポリと齧っていた陽炎が気の抜けた様な声で恨みがましい視線を向けてくる吹雪へと返事を返し、その軽い口調と内容に吹雪型の長女は唖然とした表情を浮かべて呑気に菓子を齧っている仲間を見上げる。

 

「って言うか吹雪の方も自覚が無かったわけねぇ、それなら仕方ないのかな。それじゃ、中村三佐の言葉に付け加えてあげるけど吹雪は魚よりもお肉の方が好きでコーヒーよりもお番茶の方を美味しそうに飲むわね」

「ぇ・・・いきなり何言ってるの?」

「それに朝起きても軽く十分は寝ぼけてフラフラするし、姉妹の前ではお姉ちゃんぶってるけど本当は誰かに甘えたくて仕方ないって思ってる態度が見え見え、とてもじゃないけど皆を堂々とした態度で引っ張っていくリーダー格なんてガラじゃないわ」

 

 いきなり陽炎が言い始めた彼女から見た吹雪の姿を聞かされた本人は驚きに目を見開き、彼女の指摘にそんな事は無いと否定の言葉を出そうと口を開くが脳裏に走り抜けた自分の認識と記憶が食い違いにそれは声にならずにかすれた吐息になる。

 

「それにしても三佐のあの話がテレビのドラマが元ネタだったなんてねぇ、確かに聞いてるだけなら面白いけれど必ず艦娘側が勝つなんて都合の良い展開なんて現実では出来過ぎよねぇ」

「陽炎は気にならないの? ・・・司令官が私達に嘘を吐いてたこと」

「え? 中村三佐って頻繁にくだらない嘘吐くじゃない、鎮守府には瑞雲を祀る神社が隠されているとか、サンマを釣るためだけに連合艦隊を出撃させる指揮官がいたとか普通に考えて嘘に決まってんでしょ、仕事サボってゲームする為に尤もらしい用事を捏造する人よ?」

 

 自分が考えているよりも信用度が低かった司令官の評価に硬直した吹雪に向かって陽炎がポキッと折れるのが取り柄の細いチョコ菓子を半開きになった吹雪の口へと差し込んだ。

 

「だから、その物語(ドラマ)の話も怪しいわねぇ」

「え、それも全部、司令官の嘘だって・・・こと?」

 

 差し出されたチョコ菓子を咥えながら悲観的に引っ張られた吹雪の思考はもしかしたら司令官の前世に存在していたと言う艦娘の存在すら否定されるかもしれないと胸を締め付けられる思いに表情を苦しそうに歪める。

 

「あ~、あの人の吐く嘘の質が悪い所は本当の事と混ぜながら出てくるってとこらしいし? 流石に全部って事は無いだろうけど、・・・そうね、もしかしたらそのドラマの主役は吹雪じゃなくて別の艦娘だったとか?」

「はっ、ぁっ? ど、どう言う事!?」

「だって、聞けば聞くほど貴女とその物語の吹雪の好みとか性格とかもう別人ってレベルで違うわよ? 健気で勇ましく頑張り屋、さらに必ず努力が実り強敵を打ち倒し、どんなに困難な任務や仲間達の危機にも挫けず悲しみも糧にして乗り越えていく誇り高き駆逐艦ってあり得ないでしょ、何よその完璧艦娘」

 

 最悪の予想とは全く違う妙な方向へと話が転がり始めた事にますます困惑する吹雪に明後日の方向へと視線を向けて少し考えを纏めた陽炎は手に持っていた菓子のパッケージから最後の一本を取り出してポキリと噛み砕く。

 

「だからその主役の艦娘が向こうの世界の陽炎だったかもしれないわよ? ほら私って元気で明るくて努力家だし、面倒臭い司令官にも素直に従ってどんな強敵にも立ち向かっていく良い駆逐艦の見本みたいな存在だし♪」

「ぇえ~、陽炎、何言ってるの・・・自分を美化しすぎだよ、それに貴女の近接武装は軽手甲型で司令官の話の吹雪は私と同じ錨を武器にして戦うって」

「そこもよ、中村三佐はその艦娘が錨を武器にしていたとは言ってたけど斧型になっていたとは一言も言ってなかったわよ?」

 

 ある意味では中村が騙った物語の中に登場する艦娘が吹雪であると言う断言は今のこの世界では言った本人を含めて誰一人として証明できない、何故なら彼を含めた転生者達には元の世界へ戻る方法も交信する方法も無いのだから言葉以外の証拠を提示する事など出来ない、まさしく悪魔の証明と言える状態である。

 この場に中村が居たなら本当に自分の前世に艦娘は実在しない架空の存在だったと懺悔と共に頭を床に擦り付ける無様を晒していただろうが幸か不幸かその前提条件を知らない陽炎は別の世界の自分達の存在を疑ってすらいなかった。

 

「私じゃないにしてもほら吹雪型姉妹と言うか特型駆逐艦の子達ってほぼ全員が錨を変形させて近接武器にするじゃない、形も吹雪みたいな斧だけじゃないくてブーメランとか大鎌に変形させる色物な子もいるわ」

 

 もしかしたら吹雪の物語では無く妹である白雪や深雪、非常に確率は低いがレディを自称する暁の物語であるかもしれないのだと妙に自信満々で自論を披露する陽炎の言葉に吹雪は自分とは全く違う思考の形に唖然とする。

 

「だから、私から言える事は・・・貴女はこの世界の吹雪であって中村三佐が言っていた別の世界の吹雪には絶対になれないってことよ」

 

 その断言に吹雪の胸の奥でみしりと心がきしむ音がした。

 

「でも、私、司令官のために・・・もっと・・・」

「踏ん切りなんてものは結局、自分の心が決める事だから最後は吹雪が自分で何とかしなさいよ」

 

 どんな決断をしたとしても仲間なのだから手助けはすると言い切る陽炎の花の様に咲いた笑顔から涙で曇りだした目を隠すように顔をテーブルに伏せた吹雪は小さく鼻をすする。

 

「俺は俺の言葉で吹雪の、アイツだけが持っている可能性が潰れるのを見たくない、ってあのクズが女々しく言ってたわ」

「霞・・・ちゃん・・・?」

「あ、霞、まだお菓子あるけど食べる?」

 

 今にも目から零れそうなほど瞳を潤ませてた吹雪がすぐ近くから掛けられた声に顔を上げて振り返り、現れた仲間の姿に陽炎がビニール袋を掲げるがそれを無視して霞は吹雪の隣へと座った。

 

「はぁ、あの時の話を聞いてたのは貴女だったのね・・・吹雪、私はあのクズに言われるまで貴女が自分を削って形を整えようとしていたのに気付かなかったわ、それがあなたが辛い思い出から自分の心を守るために必要だったって事にも・・・」

 

 普段の誰にでもツンツンした威嚇するような態度を引っ込めて語り掛けてくる霞の優し気な微笑みに吹雪は目を見開き、あまりにも意外なその姿に陽炎が明日はヤリが振るんじゃないでしょうねと呟いた。

 

「でもね、そんな考えは・・・戦場に身を置く者として甘いとしか言い様が無いのよ!!」

「ひゃぁっ!? はわっ!?」

「理想の艦娘になりきろうとしてるクセに私情を軍務に持ち込んで作戦に増員される候補を力づくで黙らせて自分を艦隊に割り込ませるなんてどんだけ我儘なのよ! おまけに自分からここにやってきたのにこんな所でくだを巻いて!!」

 

 真横から耳を貫く強烈なお説教に目を白黒させて耳を塞ごうとした吹雪の耳たぶを霞の指が掴み上げ、退路を塞がれた少女は助けを求める視線を目の前でクッキーの箱を開けようとしている陽炎へと向けるが返って来たのはやっぱり明日は晴れるわね、と言う能天気な言葉だけだった。

 

「ちょ、痛いっ、痛いよ! 霞ちゃんっ!?」

「お行儀の良いドラマの役者がしたいんだったら、周りをそれに合わせさせようって考えてるなら、鎮守府で先輩風を吹かせて周りの尊敬集めてればよかったじゃないの! 今回みたいに自分で考えて行動できるんだったら、初めっから他人の言葉に自分を任せるんじゃないわよ・・・」

 

 耳の鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの怒声の後に続いたのは母親が子供を諌め宥めるような厳しくも優しい声色と吹雪の体を包む彼女よりも小さな体格なのに大きく感じる霞の腕だった。

 

「ごめんなさい・・・でも、私、どうしたらいいかわからなくて、司令官に会いたくて・・・置いてかれたくなくって・・・」

「だったら顔も知らない誰かのマネに頼るんじゃなくて自分の言葉で司令官に言ってやりなさいな、あのグズは頼まれたらなんだかんだで断らない奴なんだから」

 

 目の前にいる二人の姿にこれは年齢も見た目も随分と凸凹な子供と母親だなぁ、と陽炎は苦笑を浮かべてぼりぼりとクッキーを齧る。

 

「ていうか、陽炎っ! アンタも気付いてたんなら言ってやりなさいよ!」

「ぇえ、ここで私にくんの? やーよ、そもそも自分の艦隊の事は三佐か自分達で何とかするべきでしょ? 私はあんた達二人が中村艦隊の枠を絶対に譲らないって言うから木村司令に就くことになったんだし」

 

 霞から鋭い視線を刺すように向けられても動じる様子も無くバニラクッキーを齧りながら白い手袋に包まれた手を顔の前で振り、心の底から面倒臭いと言う感情を見せる陽炎の姿に霞と吹雪は揃って目を点にする。

 

「え、え? もしかして陽炎も司令官の所に残りたかったの? そんな事言ってなかったのに・・・」

「そりゃ、私にとっても初めての司令官なわけだし自分から離れたいって思うワケないでしょ、たまにくだらない嘘を吐くけど不誠実って程じゃないから性格的には結構好きな方ね、それに比べて木村司令ってばこれ以上ないってくらい面倒な性格してんのよ、あ~やだやだ」

 

 言葉尻に吹雪と違って私は配属の命令には逆らうつもりは無いけれど、とちょっとした嫌味を付け加えてクッキーを咀嚼する陽炎に申し訳なさそうな表情を浮かべる吹雪と苛立たしさが沸き起こりながらも原因の一つが自分にあると指摘された霞は鼻息荒くそっぽを向いた。

 

「試しに吹雪も中村三佐以外の司令官に就いて見たら? いろいろと視野が広がるわよ、代わりは私がしてあげるから♪」

「・・・それは、なんか嫌・・・すごくやだ・・・」

「新しい発見、吹雪は地味な見た目に似合わない我儘艦娘ってね♪ 自分の事だからちゃんと覚えておきなさい」

 

 そう冗談めかして言いながらクッキーを差し出してきた陽炎の手からそれを受け取った吹雪は「地味は余計だよ」と呟き、泣き笑いを浮かべながら少し塩っぱい焼き菓子を齧った。

 

「そう言えばさっきあのクズが話の元にしたってドラマの話をしてたけど、あの嘘吐きの言う事だからそもそもアイツのいた世界に艦娘が居なかったって事は考えなかったの?」

「いやそれは無いでしょ、確実に私達はいたわね・・・少なくとも吹雪は絶対にいるわ」

 

 つい先ほど吹雪が危惧した可能性を霞がテーブルの上に置かれたクッキーの箱から勝手にバニラ味を一枚失敬しながら問いかけるが陽炎はごく当たり前と言う顔でその指摘を否定する。

 

「わ、私が?」

「そうよ、だって吹雪と初めて司令官達があった時にあの人達はアナタを他の姉妹と間違えなかったんでしょ?」

「いやそれは鎮守府に残っていたのが私一人だけだったからで・・・司令官達は資料も持ってたし・・・」

 

 突然に意味の分からない事を言い出した陽炎の言葉に吹雪は首を傾げ、霞は眉を顰めて何かに気付いたように唸る。

 

「なら、吹雪が仮に白雪のフリをしてたら? 逆に白雪が貴方と入れ替わっていたとしたら? 中村三佐と会った時の吹雪が資料と全然違う艦娘だったなら、ただの名前と写真だけの資料との食い違いに絶対勘違いをするわよ」

 

 その陽炎の言い分に吹雪は自分の記憶を掘り起こし、軍人らしくない二人の司令官が初めて会った時にまともに話もしない自分の事を一目で吹雪であると判断していたことを思い出す。

 

「他の姉妹にしても特型駆逐艦って私達陽炎型から見たらかなり似てる顔の子ばっかりで髪型変えたら多分簡単に入れ替われるわよ? でもね中村三佐達は間違える事無く貴女が吹雪だと判断できた」

「な、何でそんな事が分かるの? 偶然かも、しれないのに・・・」

「ん~、そう! 顔を知っているから、声を知っているから、吹雪と言う艦娘を知っていたから! そうよ、役者が演じていたテレビドラマだったて言うならきっと艦娘が女優をやっていたんだわ!」

 

 自分で言った言葉に自分で納得して指を鳴らしながら頷くツインテールの言ったセリフに彼女が何を言っているのか意味が解らないと言う顔で吹雪は戸惑いに小さく呻く。

 

「・・・退役艦娘って事ね、それなら元が一般人だったとしても私達の姿や性格を知っていたのも分からなくは無いわね」

「そう、目覚めてから十年経てば私達は力を失って人間になっちゃう、でもそこで死んじゃうわけじゃなくてその後も人生は続いていくんだし自衛隊を引退した艦娘が女優をやってるかもしれないって言うのは十分あり得るわ」

 

 霞の言葉に同意する陽炎、その二人の様子に吹雪は不安に軋んでいた心の音が気にならなくなるぐらいのとんでもない衝撃を受けて目を見開き呆然とした顔で口を開く。

 

「じょ、女優!? 艦娘なのに!?」

「確か田中三佐が政治家に働きかけて艦娘の退役後の身の振り方にかなりの自由度を与える方法を模索してるって聞いてるし、私達も遅かれ早かれ次の自分達に代を譲る事になるわよ」

「でも、少なくとも吹雪には女優は無理ね、今だってろくに嘘も吐けないんだから人前で演技なんて出来そうもないわ」

 

 ただひたすら艦娘としての理想の吹雪を追い求めていた少女は自分の人生にその先が存在すると言う事を忘れており、無意識に除外していた可能性を自分と同じ艦娘である二人が当然の顔をしてそれを指摘する様子に吹雪は頭を殴られたような衝撃で意識を揺らす。

 

「なら霞は退役したらどうすんの?」

「まだ8年以上もあるのに気が早いってば、でもまぁ、今のところは自衛隊に隊員として入り直すぐらいしか考え付かないわね」

 

 自分よりも後の目覚めたのに自分よりも先の事を見据えている二人の姿を吹雪はわけも無く羨ましく感じ、自分ならどうするのだろうと考えてふと自分の司令官の顔が脳裏に浮かぶ。

 まだ、心に蟠る全ての感情を受け入れて納得できたわけではないけれどちゃんと彼と話して自分の考えを聞いてもらいたいと思えた吹雪はわけも無く笑顔になった。

 

「じゃぁ・・・、陽炎はどうするの、かな?」

 

 相手との距離を探る様に恐る恐ると言った様子で吹雪はパッケージに入っていた最後のクッキーを手に取った陽炎へと問いかける。

 

「私? 私はテレビでタレントってのやってみたいわね、戦果を挙げ続ければ元艦娘としても箔が付くだろうし外に公開された中村三佐達が作ったシミュレーターで私をモデルにしたキャラクターが使われてるから一般への認知度なら間違いなく艦娘で一番よ♪」

 

 初めは幾つかの中古モニターの画面を繋げたハーフドームに自作パソコンを繋いで艤装を着けた棒人間のようなCGキャラクターを操作する不出来なプログラムを動かすだけの代物だった艦娘酒保のシミュレーター。

 それは無駄に高い技術を持った研究室に所属する者達のお手伝いで改装を重ねられ、そこに夕張と明石まで加わり鎮守府の外のゲーム会社に知り合いがいた中村の伝手で遂にはアミューズメント施設の一角に【ocean in Fleeter】と言う名前で一般公開された。

 なお、それに伴ってプレイヤーが操作できるキャラクターに明確なヴィジュアルが与えられる事となり、それに立候補した自己主張の激しい艦娘達によるアピール合戦で一時期の艦娘酒保はお祭り騒ぎを起こした。

 

「あはは、陽炎らしいね・・・でも、あれって選択画面でも艦種だけしか表示されないから、陽炎の名前を知ってる人はいないんじゃないかな?」

 

「あっ・・・あっ!?」

 

 自分の運命と可能性の限界に向かい合う数日前、仲間達と過ごす穏やかな時間の中で吹雪は目尻に浮かんだ涙を自分の指で拭い。

 仲間のおかげで少しだけ心が軽くなった少女はまだ言葉に出来ない司令官への感情と自分のこれからの事をもうちょっとだけ広く考えようと決めた。

 

 




中村「テレビの中で役者が演じていた架空の物語なんだよ」(アニメ)

陽炎「テレビの中で役者が演じていた架空の物語なのね」(実写ドラマ)

正直に言ったつもりでも紛らわしい言い回しをすると誤解は加速するモノだから皆も気を付けてね(´・ω・`)

ちなみに酒保でのお祭り騒ぎである軽巡姉妹の長女と次女が妙な語尾を付けて喋る様になったがウザかわ系自称アイドルのキャラの濃さには敵わなかったらしい。


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第二十三話

「・・・約束するよ」

 雲一つ無い青い青い空の下で人の形を持った戦船が身体を失い始めた仲間を背負って歩き続ける。

「僕は必ずここに(海に )戻って来る・・・次の僕が必ず皆を助けるから・・・」

 まるで空へと溶けていくように青白い光が煙の様に空へと舞いあがる。

「だから、扶桑・・・」

 背負っていた命の重さが消え、最後に残った言葉はその口からは紡がれず。

“泣かないで”

 彼女が人の身体を得てから只々擦り減り続けた心に最後の仲間の遺言は染み込むように消えていった。

 青空の下で雨が降る。

 波に揺れる足元へと幾つもの滴が落ちては波紋すら無く泡と消えていく。


 四年前に艦娘として新しい命を与えられて目覚めた扶桑型戦艦娘である扶桑はその二年後の作戦中に自分以外の全ての仲間を失い、自分達が身を挺して逃がした船団へと戻る気力も無く海をさ迷い、気付けばとある海岸で身を苛む空腹すらも気ならずぼんやりと青い空と海を眺めていた。

 

 怪物の餌にされるように海に放り出され使い捨てにされた事実よりも船であった頃から生死を共にした仲間の喪失、そして、自らの存在意義への疑問に現代に目覚めてからまだ二年しか経っていない扶桑の精神は摩耗し、その傷ついた身体は彼女に消極的な自殺を選択させているかのように無人の夏の砂浜で重石のように身動き一つせずに横たわる。

 

 そんな時、避難指示区域では無いが深海棲艦の出現から人気が無くなっているその海岸へとサーフボードを担いで一人の男が現れる。

 青い空を見上げたまま生きる事を放棄しようとしていた扶桑へと彼は駆け寄り、強い良心と少しの下心が混じった行動力によって救護された彼女は九死に一生を得る事になった。

 

 その後、男が乗ってきた車でスポーツドリンクを手渡された扶桑はぽつりぽつりと自分の事情を大木裕介と名乗った男性サーファーへと伝え、実家の仕事よりも趣味のサーフィンを優先していた大木は彼女が語る重すぎる事情に強く心を打たれ、行く当てが無いならと無気力に沈みかけていた戦艦娘を実家である長野の旅館へと匿う事にした。

 

 もうすぐ三十路だと言ういい年であるのに夏になれば実家の仕事よりも海に繰り出してこんがりと日焼けして帰って来る息子が今回に限ってレジャーからたった一日でとんぼ返りしてきたことに驚いた彼の母親である女将は彼が連れてきた薄幸美人の姿にさらに驚く事になった。

 その上、下手の横好きである趣味のサーフィンと人が良いぐらいしか取り柄が無く親と家への義理と惰性で仕事をしていただけだった息子が自分から実家の仕事をちゃんと覚えたいと父親であるオーナーに頭を下げる姿を見せる。

 

 それには彼の両親である女将と旅館オーナーだけでなく昔から旅館に勤めてくれている従業員達も天地がひっくり返ったかのように騒ぎとなり、今までと打って変わって精力的に働くようになった彼の心変わりを促した女性である扶桑は彼女自身が戸惑うほどの歓迎と共に大木屋旅館へと受け入れられた。

 

 そして、戦いから逃げ仲間達を見捨てたと言う後ろめたさを心中に抱えながらも大木の実家である旅館に住み込みで働くことになった扶桑は自らの出生と名前を阪芙蓉と言う偽名で隠す。

 

 苗字は自分の原型であった戦艦の最期の艦長から拝借し、名前は自分を拾ってくれた大木旅館の八代目と出会った海岸の近くに咲いていた白い花の名から取って付けた。

 

 そんな大木屋旅館の優しく温かい人々と扶桑の出会いから二年の時が過ぎていく中で父親から一人前と認められた事を機に顔を茹蛸にしたような裕介の必死なプロポーズを彼女は受ける事になる。

 自分へ何かと世話を焼いてくれる彼の少し心配になるぐらいお人好しな人柄に惹かれていた扶桑はそれを受け入れ、今では彼の母親である女将から若女将としての心構えなどを学ぶ忙しくも穏やかな日々を送っていた。

 

 夢の中で繰り返し自分の名を呼ぶ妹の悲痛な叫びから耳を背けながら・・・。

 

・・・

 

 2015年の三月、暦では冬が終わると言うのにまだ気温が二桁に届かない長野の旅館の前で扶桑は命の恩人であり恋人である男の背中に隠れるようにしながら目を見開いて目の前で行われている奇行に戸惑っていた。

 

「すみませんでしたぁあっ!!」

「ホントッ! さーせんしたっ!!」

 

 大学生の姿をした米つきバッタが夜の旅館の前で謝罪を叫ぶと言う意味の分からない状況についさっきまで追い詰められたような恐怖に慄いていた扶桑は自分よりも少し背の低い大木屋の八代目と顔を見合わせてからもう一度、土下座マシンと化した二人組の大学生へと視線を戻した。

 

「あ、あの、本当にどうしたんですか? 君達と彼女に何かあったのかな?」

「いや、俺っちはよくわかんないっす! 何か昼にその美人さんと会った時にコイツが何か失礼な事言ったポイんで連帯保証人っす! すんません!!」

「それを言うなら連帯責任じゃないかな・・・?」

 

 驚きに声も出ない状態となってしまっている扶桑に変わって大木が問いかければ染髪に失敗したような茶と黒が混じったざんばら髪で頭の中身がちょっと残念な青年がいまいち内容がつかめないセリフを吐く。

 

「・・・芙蓉、彼等とはどうしたんだい?」

「その・・・今日のテレビの取材で来ていた方で、お昼の支度の時に少し・・・」

 

 眼鏡を掛けて前髪を自然に七三分けにしている真面目そうな方の大学生が戸惑っている大木屋の跡継ぎと若女将を喉に何か詰まったような苦しげな顔で見上げてもう一度頭を下げて謝罪の言葉を吐く。

 

「アレは、決して貴女の事を害する目的で言った言葉でなく、あまりに驚いてしまって口からついて出てしまっただけで・・・その怯えさせるつもりは全く無くて、本当にすみませんでした!」

「と、とりあえず顔を上げて立ちなよ、何だかわからないけどこんな所でそんな事するもんじゃないからさ」

 

 その声を聞いてバカっぽい顔をした方はバネ人形のように素早くアザッスと気勢を上げて立ち上がり背筋を伸ばし、それを隣で跪いて見上げていた七三分けの青年が感心と呆れと少しの尊敬が混じった顔をした。

 

「表が騒がしいと思ったら昼間の連中じゃないの、こんなとこで何やってんだね」

「女将さん、あの、コレは、その・・・」

「ようちゃんは下がってなさいな、で、あんた達はうちの子を付け回して何がしたいのさ?」

 

 昼間の朗らかな笑顔を浮かべていた女性とは思えないほど険悪に皺を浮かべる女将の登場に扶桑が喋ろうとするが彼女よりも二周りは背が低いはずの大木屋の女将は堂々とした口調でそれを遮り睨みつけるように二人の大学生へと顔を向ける。

 

「いえ、その何というかですね・・・」

 

 自分の前世や艦娘の情報を一般人に言うべきではないと逡巡して真面目そうな大学生は歯にモノが詰まったような物言いで鋭い視線で睨んでくる女将へと何とか言葉を紡ごうとした。

 

「すんませんしたぁああっ!!」

「・・・本当に君は尊敬するほどバカだなぁ」

 

 だが、そんな彼の葛藤も女将の問いかけも無視して潰れたプリン色の頭が繰り出した見事な直角九十度な礼と中身が無いクセに勢いだけは猛獣の咆哮を思わせる謝罪の言葉がしかめっ面をしていた和服の老女の頬を引き攣らせて数歩後ずさらせた。

 

「こ、ここじゃなんだし君達もとりあえずは中に入りなよ、母さんもそんなに警戒しなくても彼らは悪い人たちじゃないよ、僕が保証するからさ」

「・・・コイツの方は間違いなく頭が悪いんですけどね」

 

 大木が母親を宥めて取り成したその直後、ボソリと眼鏡の大学生が呟いた言葉にその場にいた大木屋旅館の住人である三人はそれはそうであろう、とつい頷いてしまった。

 

・・・

 

 夜も遅くにやってきた迷惑な二人の客は従業員用の室内浴室を借りて身体を温め、通された和室の広い机の前で並んで正座し、背筋を伸ばして厳しい表情を崩さない女将の左右に柔和な顔に困惑を浮かべる大木屋の跡継ぎと若女将が並び青年たちへと複雑な感情を乗せた視線を向ける。

 

「今さらこんな真夜中に外に放り出すつもりは無いけどね、アンタらが一体どう言う目的で息子の嫁にチョッカイかけてきたのかぐらいは言ってもらうよ」

 

 息子の嫁の部分に驚いた真面目そうな方の大学生は目を丸くして扶桑と裕介を交互に見て、その視線に少し気恥ずかしそうに身を縮める美女と照れくさそうに笑う丸眼鏡の男性は特に女将の言葉を否定しなかった。

 

「あの、失礼ですが・・・本当に失礼な質問なのですけど、そちらの芙蓉さん、ですが彼女がその・・・艦む」

「艦娘って言う自衛隊が造ったとか言う兵器だとかって話ならアタシらには関係ないさね、今のこの子は大木屋旅館の若女将で三十にもなって遊び惚けてたドラ息子がやっと連れてきた嫁さんだよ」

「・・・そうですか」

 

 隣に座る扶桑の肩に手を回して抱き寄せた女将は強い意思を浮かべた顔で大学生を威圧し、ドラ息子の部分に苦笑を浮かべた息子が居心地悪そうに頭を掻き、その答えを聞いた青年は目をつぶり大きく息を吐き出して緊張に強張ていた肩を緩めた。

 

「・・・良かった。あなた達はその人が艦娘であると分かった上で受け入れてくれているんですね」

「・・・え?」

 

 少し苦味の混じった笑みを浮かべて大学生が呟いた言葉に大木屋の三人は呆気にとられた顔で彼へと視線を集中させ、まるで心配事が杞憂であった事を喜んでいるような青年の態度に困惑する。

 

「これから話す事はマスコミが意図して差し止めている一般には出回っていない艦娘に関する情報です」

 

 そう前置きをしてから大学生は自分が得てきた財団内のごたごたと恐らくはそれが原因で起こった艦娘の積極的消耗戦闘、扶桑本人も経験がある捨て艦戦法が行われた背景を説明していく。

 その話が財団と自衛隊の艦娘否定派の大規模粛清によって終結したと言うところまで話した彼は目の前で鬼のような顔になっている女将と気分を悪くしたように呻く男女を見つめる。

 

「で、それが何だい、その鎮守府って場所が正常になったからこの子を元の場所に戻せとでも言いたいのかい?」

「いえ、今の彼女が恵まれた環境にいるのは私の目にも明らかな事です、そして、私はその人に幸せであって欲しい」

 

 羨むような喜ぶようなひどく複雑そうな感情を抱えた笑みを浮かべて青年は丁寧な口調で受け答えし、脅すつもりで啖呵を切った女将は肩透かしを食らってついに強張らせていた表情を崩し呆気にとられた顔をする。

 

「えっと、君は結局何が言いたいんだい?」

「あはは、いやなんて言うか自分でも分からないと言うか、そうですね、多分ミーハー根性を拗らせた艦娘のファンとでも言えば良いんでしょうか・・・?」

 

 頭の中を疑問符だらけにしている三人を代表して裕介が小さく片手を挙げながら問いかければ大学生は七三分けの髪を弄る様に掻いてから恥ずかしそうに笑って見せた。

 

「その人を見た時は呆然とするしかなかったですけど、今はただの一般人でしかない私でも何か艦娘の事で手伝えることがあればと意気込んでいたんですが、大きなお世話だったようで恥ずかしい限りです」

 

 あまり経験の無い自分の心の内を告白すると言う素面でするには少々ハードルが高い試練を艦娘に対するミーハー根性で乗り越えた青年は恐縮しながらも背筋を伸ばして膝に両手を置き、重ね重ねご迷惑をおかけしましたと深く頭を下げた。

 

「でも、もしも私が本物の艦娘に会えたら言おうと決めていた事があって・・・」

「私に・・・ですか?」

「いきなりこんな事を言われても意味が解らないでしょうし、コレは私の自己満足のようなものですけれど・・・」

 

 この際、言うべきことは全て言ってしまおうと決心した大学生は深呼吸をしてから目の前にいる本物の艦娘へと向けて言葉を紡いでいく。

 

「この日本に、いえ・・・、この世界に生まれて来てくれてありがとう、と貴女達のおかげで助かった命の代わりって言うのはおこがましいかもしれない、でもこれだけは貴女達に直接言いたかったんです」

「そんなっ、私は・・・戦いから逃げ出してしまった恥知らずな・・・」

 

 艦娘に護衛されていた船が沈んだ記録が無かったと言う彼の言葉、自分達の戦いが無駄ではなかったと知れた事を少しだけ嬉しく思うところはあるモノの結局は自分が逃げ出した艦娘である事には変わりないと扶桑は恥じ入る。

 

「それでも貴女達の存在が勝手に世界に絶望していた私の光になってくれた、自分と同じ世界にいてくれたことが何よりうれしかったんです」

 

 自分はそんなに立派な存在ではないと恐縮しようとした扶桑の言葉を遮るように大学生は前世から抱えてきた思いの一つを聞いている相手が戸惑うほど大袈裟な言い方で吐き出して、勝手に満足してどこか憑き物が落ちた様な笑みを浮かべた。

 

「あー、つまりアンタはこの子を如何こうするつもりは全くないって事で良いんだね?」

「はい、もし何か私に出来る事があるなら出来得る限りで協力する事も考えています」

 

 目を覗き込むようにして探りを入れてくる女将の態度に真正面から受けて立った大学生の姿に、子供を守る母親はついに肩の力を抜いて昼間に青年たちを迎えた時の朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「まぁ、まったく必要なさそうですけど、ははっ・・・」

「なんだい、つまりこっちが勝手に片意地張ってただけって事じゃないの」

 

 そして、クスクス笑い出した女将の姿に大学生も気の抜けた笑いを漏らし、大木と扶桑も打って変わって穏やかになった部屋の空気にそっと胸をなでおろした。

 気が緩み少し余裕が出来た無駄なお節介焼きに来た大学生はふとお喋りな友人が全く何も言わない事に気付き横目に彼の様子を見るとプリン頭は何処からか持って来たパック麺のパッケージへと部屋に置かれていた湯沸かしポットのお湯を流し込んでいた。

 人が真面目に話してる最中にやる事じゃないだろ、とぶん殴りかけた暴力衝動を青年は全身全霊の自制心でこらえる。

 

「それにしても芙蓉と二人で夜逃げして警察や自衛隊に追い回されるなんて事にならないって事が分かってよかったよ」

 

 少なくともテレビ局でアルバイトをしている大学生が知る限りと言う枕詞が付くが自衛隊も政治家達も今は財団や自分達の周りの大騒ぎにかかり切りでどこにいるかもわからない脱走艦娘に拘わずらっている暇が無いらしい。

 

「裕介さん、私の事よりも旅館や女将さんの方を・・・」

「僕にとっては君がいてくれるからこそ頑張っていけるんだ、だからどんなことがあってもずっと芙蓉と一緒にいたいんだよ」

 

 自分なんかよりも母親や家を優先して欲しいと言おうとした扶桑の手を女将の背後を回り込むように通って近寄った裕介が包むように握り、見ているだけで背中が痒くなってくるような惚気たセリフを吐いた。

 

「・・・はぁ、まぁ、これで孫の顔が見れたら最高なのにねぇ?」

 

 見つめ合い瞳を潤ませながらキラキラして見える、いや実際に頬を朱に染めてはにかんだ微笑みを浮かべている扶桑の方は身体を仄かに光らせている。

 そんな二人だけの世界を作り出している恋人達の様子を肩越しに見た女将が苦笑交じりで水を差すように揶揄う。

 

「え”っ・・・ちょ、母さんっ!?」

「やっぱり子供が、出来ないと裕介さんの妻として相応しくないですよね・・・女将さん、ごめんなさい・・・」

「謝らないで、こっちこそごめんなさい、ようちゃんにそんな当てこするつもりで言ったわけじゃないのよ? つい、ちょっと口が滑ったと言うのかしら、あははぁ・・・」

 

 硬直した恋人たちとそれに慌てて言い訳のような言葉を女将がかけると言う大袈裟にも見える光景に大学生は妙な違和感を覚える。

 だが彼が何か言うよりも先に今の今まで黙っていた馬鹿、何処から手に入れてきたのか不明なパック麺をズルズルと啜っていたプリン頭がカップをおもむろに机に置いてからズイッと右手を正面へと突き出した。

 

「子供なんて男と女がヤってれば勝手に出来るもんじゃね?」

「本当に君はバカだなぁあっ!!」

 

 握り込んだ右手の親指を人差し指と中指の間から突き出す繊細な問題に対する思いやりの欠片も無いジェスチャーをした青年の頭に真面目な方の大学生が自分の下にあった座布団を掴んで振り上げ勢い良く叩き付けた。

 

「あの、・・・私が艦娘だからでしょうか・・・今まで一度も月の物が来たことが無くて・・・」

「だ、大丈夫だよ、子供が出来なくたって僕らは家族になれたんだからっ」

 

 物凄く言い辛そうに生々しい事情を告白をしてくる扶桑の姿にいたたまれない空気が室内に充満し、必死な顔で恋人のフォローをする丸眼鏡の姿に失言に身を縮めた女将が気まずそうな表情が見える愛想笑いを大学生達へと向ける。

 

「えっと、その艦娘の技術的な話はマスコミも詳しくは分かっていないんですが・・・噂では、鎮守府には艦娘を普通の女の子する事が出来る技術があるとかって、あくまで噂ですけど・・・」

 

 あっと言う間に身体の光が消えて急激に負の螺旋へと落ち始めている扶桑とそれを何とか元気づけようと踏ん張っている男性の姿に、大学生の彼には珍しく自分の前世に由来する元はゲームの情報、艦娘は解体されると人間の女の子になると言うモノをひどく曖昧に濁して口に出す。

 

「私、鎮守府を脱走した艦娘なんです・・・」

「あ”ぁ”・・・なんか、本当に役に立たなくてすみません」

 

 少しは希望になるかと大学生が思った情報にますます表情を暗くして呻く扶桑の姿にもはや処置無しと言った具合となる。

 

「はぁぁ・・・ごめんなさいね? こっちの事情に気を遣わせちゃって」

「あ、いえ、こちらこそ夜分遅く失礼しました」

「ほら、お話は終わりよ、明日も早いんだから二人とも立ちなさいなっ」

 

 十分近く空回りしていると女将が場の空気を散らすように大きく柏手を打ってから戸惑う恋人の二人を立ち上がらせて彼等の背中を軽く突いて大学生達に用意した部屋から廊下へと押し出していった。

 

「あの、大丈夫でしょうかあの二人は・・・?」

「ようちゃんはちょっとした事でナイーブになる子だけど大丈夫、息子と同じ部屋に押し込んどけば明日にはいつも通りに戻るでしょうよ」

 

 男と女ってそう言う単純な部分があるのよ、と人生経験豊富な女将は子供を慈しむ母親の顔で薄暗い廊下で息子に肩を抱かれて自分達の寝室へと向かって行く若女将の背中を見送った。

 

「それじゃ、今日のお詫びと言っては何ですけど、明日の朝ごはんは期待しておいてくださいね♪ パック麺の何倍も美味いもんたんと用意しますから」

「アザッス!」

「君の脊髄反射にはいつも驚かされるよ」

 

 愛想よく去っていく女将の背中を見送りながら、かつて前世でハマり込んだゲームの中で結婚指輪を送った艦娘が大木屋旅館の善良な若旦那と今晩ちょっと口で言うには憚られる生々しい行為を致す。

 

「それにしても、嫁かぁ・・・はぁ・・・薄々察しはしてたけどさぁ・・・」

 

 そんな話を遠回しに告げられて何だか言葉にし辛い妙な興奮を覚えてしまった想像力が豊かな青年は自己嫌悪に呻く。

 

「あれあれ? もしかして残念賞~?」

「もう、ホントに黙っててくれないかな! もぉおっ!!」

「サーセンしたぁっ!」

 

 真夜中の旅館の片隅で激昂した大学生の叫びと共に繰り出された座布団が能天気な笑顔を和室の中へと吹っ飛ばし、その怒声に何事かと踵を返して廊下を戻ってきた女将に二人の馬鹿共はひどく注意をされるのだった。

 

 そして、翌日、女将の約束通り用意された美味しい山の幸尽くしの料理に舌鼓を打った大学生達は良く晴れた早朝の日差しの中を歩き去る。

 

「私、艦娘であった事を褒められて、お礼まで言われる日がくるなんて想像もしていませんでした」

「良い人達だったね、また来てくれた時にはちゃんと歓迎しないとなぁ」

「ホントに、それにしてもここから駅まで軽く三時間はかかるのに歩いていくなんてあの子達、ますます見上げたもんじゃないの」

 

 お騒がせな青年たちが旅館を出た数分後、二人を見送っていた女将の言葉に腕を組んで寄り添う扶桑と大木は同時に驚きの声を上げる。

 そして、数分前に別れの挨拶を交わしたばかりの大学生達を慌てた調子で大木が追いかけ、正午までバスが来ないと言う事実にバス停で唖然としていた彼等を見つけ旅館の自家用車で駅まで送っていく事になった。

 




君達の読んだ物語がこうなってしまったのは私の責任だ。

だが、私は謝らない!

例え扶桑嫁提督であっても、この試練を乗り越えてくれると期待しているからだ!

乗り越えられるはずだ、といいなぁ。

書いててなんかすごくモヤモヤして心が落ち着かなかった。
多分、おバカ様が居なかったら私は悶死してた。


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第二十四話

 
イベント海域が一海域で終わるわけないでしょ?

戦艦水鬼「アレ私って2015年冬イベのラスボスジャナカッタ?」

???「私、姫級ジャナクテ鬼級ナンダケド?」
 

全部、ゲームの通りに行くと思うなよ?



 繰り返す、繰り返す・・・。

 何度目だろう、少なくとも百は超えているだろう。

 もしかしたら千に届いているかもしれない。

 

「左舷雷撃来ますっ! 直撃弾だけを処理します!」

「分かったわ! 西からくるパターンね、全員単縦陣で針路そのまま!」

 

 戦闘を走る青い襟のワンピースセーラー服を来た陽炎型の八番艦が叫ぶ声に即応して私が叫ぶ指揮に従って全員が黒い海を必死に駆ける。

 前衛をしてくれている駆逐艦と軽巡の脚から光の弾がポンッポンッと撃ち出されて輝きながら黒い海面の下を走り、目の前に迫ってきている敵の魚雷を起爆させるために体当たりして水柱を上げた。

 

「山雲、付いて来てるわよね!?」

「ええ、ちゃんといるわ~朝雲姉~」

 

 白々しい光を放つ太陽モドキの下で真っ黒な波しぶきをあげる重油のような海に十数人分の航跡を描きながら私達は深海棲艦が放った残りの雷撃の間を身体の小ささを利用して通り抜けてとにかく前進を続ける。

 水柱を目くらましに使ってより早く敵艦を撒き、ここを走り抜けなければ七日目の夜が来て背後から迫る岩壁に押しつぶされる未来が確定してしまう。

 

 そして、予想通りの航路を通って来る重巡洋艦級、顔や体から突き出した無数の黒いサンゴに覆われ二股に分かれた火砲を備えた尾を持つ200mの巨体。

 誰が言い出したのか、いつの間にかネ級という呼び名が定着した歪な人の形をした深海棲艦の索敵を猫の足下を走り回るネズミの様に素早く走り抜け、予定通りの地点にあった輸送船のスクラップに潜り込んでやり過ごす。

 

 ここまでの全力疾走で全員が肩で息をしており、元々船足が早くない私も朝潮型駆逐艦である朝雲と山雲の姉妹に紐で引っ張ってもらって何とか艦隊から逸れることなくここまで辿り着くことが出来た。

 

「はぁ、ふぅ・・・予定通りにこれから一時間の小休止をとり次の行動に備えます、皆、良いわね?」

 

 全員の返事を受け取り、鋼の船であった頃には感じなかったべたつく汗の気持ち悪さと早鐘を打つ心臓が要求する酸素の供給に痛む肺を少しでも癒す為に私は英語が書かれた貨物が並ぶ廃船の壁に寄りかかる。

 

「山城さん、どうぞ」

「ええ、ありがとう・・・満潮もちゃんと身体を休めなさい、さっきまで殿をやってたんだから」

「こんなの疲れたって言うには早すぎるわ」

 

 朝潮型駆逐艦娘の制服を着た少女が船のコンテナを勝手知ったる様子でこじ開けて取り出した飲み水の入った瓶をこちらへ差し出し、礼を言いながら私は受け取ったそれの封を切った。

 予定通り、予定通り、これまで数えきれないくらい繰り返してきた行動の中から最善を選び続けて今回はまだ誰も海に沈む事無く立ってくれている。

 特に誰とも会話せず、ただひたすら身体を休める事だけに集中し後数十分もすれば白々しい太陽からおどろおどろしい月へと切り替わる時間を待つ。

 

 繰り返す七日間、この不気味で私達の正気を削る為だけに作られたような世界で同じ敵と同じ航路に何度も挑み続ける気が狂いそうなほど苦しい戦い。

 敵の出現する時間、敵の艦種、足に纏わりつく黒い海の潮流を調べ、外から流れ着いた船の残骸に残る物資を漁って糊口をしのぎ、私達はここから元の世界へと戻るためのもがきを続けていた。

 

 今度こそと闘志を燃やして七日目の夜へと挑む。

 

 最後の休憩地点から不気味に澱む月明りの下へと走り出して私たちはこの世界を造り出している怪物のいる場所へと、多くの仲間達が膝を屈した悪意の塊へと百から先は数えていない無謀な挑戦を敢行する。

 無数の試行と思考を重ねて敵が現れない時間を選び、敵の目が反れている場所を縫うように進み、彼方に見え始めた巨大な要塞を思わせる玉座に座す白く巨大な怪物を睨みつけた。

 勝てるとは思っていない、だが、あの熊手のように広く巨大な爪と繋がった手を玉座の肘掛に乗せてぼんやりと虚空を眺めている黒い一本角の深海棲艦、姫級に囚われた仲間を一人でも取り戻して次の反撃へと備えなければならない。

 

 だけど、嗚呼。

 

 そんな私達の熱意をあざ笑うかのように七日目の夜は終わる。

 

 自分自身が認められないだけで頭の端の冷静な部分は初めから結果など分かり切っていたと囁き、今までの足掻きが無駄だったと、多くの犠牲が無駄だったと認めろと言う言葉が私の心をじわじわと蝕む。

 

「朝雲姉~・・・わたしね~、もう疲れちゃったんだ~・・・」

「まだ、まだいけるわよ山雲!? だからこっちに、手を伸ばしてぇ!!」

 

 淡い水色の波打つ癖毛を若草色のヘアバンドで留めているどこか緩い口調の駆逐艦娘、山雲が傷だらけの身体で黒い海に座り込み、頭に巨大な大砲を乗せた蛇の頭が近づいて来るのをぼんやりと見上げている。

 ああ、彼女もまた他の多くの仲間達と同じように心が負けてしまったのだろう、どれだけ光弾を放っても歯牙にもかけず、たとえわずかでも損傷を与えられてもその傷は時間が巻き戻る様に直る。

 

 その傲慢な女王は玉座に肘を突いて頬に当てて私達の姿をまるで喜劇を見る様な笑みで見下ろしていた。

 

 光る力を失い航行する事も出来ずに黒い海に溺れ始めた朝雲が腕を振り回して姫級深海棲艦に膝を屈してしまった妹へとがむしゃらに泳いででも向かうがその濡れた手が妹艦娘に触れる寸前、頭上から降りてきた蛇の顎が山雲の身体を咥えて上空へと持ち上げる。

 

「止めてっ!! 返して、山雲を返してよっ!」

 

 胸から下を既に黒い水に沈めながらも必死に離れて行く妹へと手を伸ばす朝雲の姿を私はただただ見ている事しかできない。

 たった二回、姫級が腕を薙いだだけで私の右足が千切れ飛び、身体の左側からは感覚が失われた。

 

 前衛に立ってくれていた艦娘は降り注いだ砲撃の雨に半分以上の駆逐艦たちは血煙になって砕け、生き残った幸運とはいいがたい幸運を得た子も捩じれた雑巾の様に歪な血まみれの身体を晒している。

 他の軽巡洋艦や重巡ですら四肢を欠損させその痛みで意識を保つことが出来ている事が限界という状態で、艦隊唯一の戦艦であるはずの私はただ覆いかぶさるように残った腕で捕まえた満潮を抑え込んで黒い海に浮かんでいる事しかできないでいた。

 

「山城さん放して、お願いだからっ・・・手を離しっ・・・なさいよぉっ!」

 

 朝雲にとって妹であるなら同型姉妹である満潮にとっても妹であり、まだ少しだけ身体に光を残している彼女を今放してしまったら無謀な特攻でその小さな身体を砕かれてしまう。

 それは駆逐艦の中でも一際気丈な性格を持つ彼女であってもその心を折るには十分すぎる暴力となるだろう。

 

「お願いだから、満潮っ、ジッとしていて・・・」

「見てるだけなんて、そんなのって、ふざけないでっ」

 

 ハリネズミのように無数の砲身を突き出した玉座から生えた大蛇に咥えられた山雲が姫級の顔の前まで運ばれ、まるで見せびらかすようにその小さな身体を揺らして一本角の女が嗜虐的な笑みを浮かべ紅い赤い口を大きく開く。

 

「いやぁああっ!!!」

 

 臓腑を全て吐き出すような悲痛な叫びを朝雲が上げ、私の身体の下で満潮が怒りと悲しみに満ちた表情で姫級を睨み上げ昏い海面に爪を立てて引っ掻く。

 私達の見上げる先で怪物が耳まで裂ける口を開き、その上で蛇が咥えていた山雲が宙に放された。

 

 倒れ伏している私達に見せつけるようにゴクリと音をたてて一人の駆逐艦娘が怪物の口の中に呑み込まれ、姫級は甘い果実を味わっている様に莞爾として笑う。

 そして、自らの喉を爪でなぞり、不気味なほど白く肥大化した胸を撫で、玉座の上に座る下半身へとその指を下ろして自らの下腹部を撫でる。

 まるで臨月を迎えた妊婦のように丸く膨らんだ下腹部は青白い命の光を淡く宿し、ぼんやりと光る白い胎の内部に押し込められた人の形をした影が、奴に食われた仲間達の姿が見えた。

 

 山雲が姫級に呑まれ、それを合図にしたのか映画の場面が切り替わる様に不気味な月が白々しい太陽に場所を奪われ七日目が終わり、目を焼くような光が私達の視界を白く塗りつぶし身体の感覚さえも奪っていく。

 

「・・・また、戻ってきたのね」

 

 体感ではたった数秒の後に呻くように呟き、いつの間にか海の上から船の墓場のような瓦礫の上にいた私が周囲を見回せばもう何百回と繰り返してみてきた一日目の光景が広がっている。

 姫級に打ちのめされ失ったはずの手足は何事も無かったようにそこにあり、身に着けた服もボロ布では無くちゃんと服としての体裁を保ち、砲撃の雨で消し飛んだ仲間達が五体満足で立ち尽くす様子が私に一日目へと時間が巻き戻ったことを知らせていた。

 

「山雲っ! 何処! 何処にいるの!? 隠れてないで出て来てよ!! 戻っているんでしょっ!?」

 

 少し離れた場所から朝雲が妹の名を叫ぶ声が聞こえ、それがついさっき見た光景が幻ではなく現実にあった事で、もう朝雲の少し呑気な性格をした妹は戻ってこないのだと私に知らせている。

 遊ばれているのだろう、あの支配者が下僕を使ってキツネ狩りのように私達を追い立て絶望に屈した艦娘を戦利品として呑み込む。

 

 それがこの世界のルールであり、抵抗し続ける限り私達はあの怪物のオモチャでしかない。

 

「姉様は、姉様は今何処にいるのですか・・・? 山城はいつになったら姉様に会えますか・・・?」

 

 この世界に閉じ込められる前は嫌らしい視線を向けてくる指揮官や邪険にされ続けた自分達のままならない状況へと繰り返し言い続けていた口癖すらもう出てくる事は無く、ただひたすらに敬愛する姉に会いたいと言う想いと願いだけが口から洩れた。

 

 山城()が呻くように漏らした弱音を境に視界が急激に暗く染まり、心の繋がりがプツリと切れて曖昧だった自分の身体の感覚が重苦しくのしかかる。

 

・・・

 

「っ・・・!? ぁ、っぐっ・・・!!」

 

 上布団を跳ね上げて汗まみれになった寝間着が着崩れるのも考えられず、頬に張り付く長い自分の髪を煩わし気に掻き上げる。

 その直後に襲い掛かってきた胃から食道を登って来る酸味に二つの枕が並んだ布団の中から慌てて這い出して寝室の隣にある洗面所へと駆け込み大きな鏡が掛けられた洗面台の前で嘔吐く。

 夕食の量を減らしているはずなのに喉から逆流する胃液は思い通りに止まってくれず、口の周りを散々に汚して見上げた鏡にはまるで幽鬼のような酷い顔色の女が恨めしそうな上目遣いを返してきた。

 

「芙蓉、大丈夫かい・・・ほら、口元を拭いて・・・」

 

 ゼイゼイと気味の悪い呼吸を繰り返してた私の頭上でパッと洗面所の灯りが点き。

 人の気配に振り返った先には私の行動でこんな真夜中に起こしてしまった愛しい人が心の底から心配しながらこちらへと歩み寄ってくる。

 そして、持ってきたタオルで彼は汗と吐瀉物で汚れた私の顔を拭いてくれた。

 

「裕介、さんっ・・・ごめんなさい、ごめんなさい」

「良いんだ、僕は大丈夫だから・・・芙蓉が落ち着くまでこうしておくからさ」

 

 そして、まるで幼い子供にでもなったように言葉に出来ない感情を泣き声にして吐き出し、伸ばした腕でしがみ付くように内縁の夫の身体へと抱き付く。

 抱き返してくれた相手の温かさと心音を確かめるように耳を彼の胸板に押し付け誰に対してかも分からない謝罪を繰り返した。

 

 ただ近くに生きている相手がいるという事実を確かめて自分勝手な満足を得る為に。

 

・・・

 

 この旅館に転がり込んでから約二年、彼女がたまに見る奇妙な夢は日を追うごとに頻度と鮮明さを増しているようでここ一カ月ほどは妹達の窮地を追体験するまでになっていた。

 

 自衛隊にいた頃でも見た事が無い深海棲艦の姿とその性質や能力、時間経過によってトゲのような岩を突き出して迫って来る壁から逃れながら敵を避けて人の形を持った巨大な要塞へと無謀な戦いを挑み続ける夢。

 仲間を見捨てて逃げ出した後ろめたさが見せる幻と言うにはあまりにも強い現実感を伴ったその夢を見る度に真夜中に飛び起きて洗面所に駆け込む扶桑は元から儚い雰囲気がさらに際立ち周囲から心配の声を掛けられることが多くなっていた。

 

 病院でカウンセリングを受けることが出来れば何かしらの改善法を見つけられるのかもしれないが扶桑は船団護衛中に仲間を失い自衛隊を脱走した艦娘である為に戸籍すらなく社会的には存在しない偽名を名乗って生活しているのでそれも叶わない。

 

 自らの行動の後ろめたさに憂鬱に表情を曇らせどこかにいる妹を思い溜息を繰り返す、そんな息子の嫁の姿に呆れた大木屋の女将が客に若女将の不景気な顔を見せないために庭の掃き掃除を命じる回数も増えている。

 そんな優しくも厳しい人々に受け入れられ若旦那の愛情に縋りつくように大木屋での生活を続けていた扶桑は数日前にテレビ局のスタッフに混じって現れたお騒がせな大学生の話を聞いてから幾分か被害妄想に囚われる時間が減ったが、それでも度々見せられる悪夢は彼女の精神を苛んでいた。

 

 その日も料理の仕込みや客室の支度をこなしていた扶桑は女将から少し外に出ている様にと言われ、自分では上手く隠しているつもりでも不調を見破られたのかと肩を落として竹ぼうきを手に庭へと出た。

 

 そして、曇り空を見上げる日本庭園の入り口に立った扶桑はその庭の中に立っている一人の少女の後ろ姿に息を詰め目を見開いて立ち尽くす。

 その彼女の気配に艶やかな烏羽色の三つ編みを揺らしながら振り返ったその少女の顔は扶桑にとって忘れる事の出来ない仲間のものと同じだった。

 

「・・・時雨?」

「なんだか不思議だね・・・、僕は貴女と会った事が無いはずなのに昔から貴女の事を知っている気がするよ」

 

 忘れたくても忘れられない自分とある約束を交わした艦娘、白露型駆逐艦時雨を原型に持つその少女は中性的な雰囲気を持った言葉遣いと微笑みで扶桑と向かい合う。

 

「・・・ここにいたんだね、扶桑」

「っ!? ・・・追いかけてきたの? 私を連れ戻す為にっ?」

「違うよ、扶桑に会いたいって提督にお願いして連れて来てもらったけど僕は付き添いみたいなものだから」

 

 恐慌状態に落ちかけ後退りをする扶桑に時雨は苦笑を浮かべて首を横に振り、大木屋旅館の建物やよく手入れのされた庭をぐるりと身体ごと回すように見る。

 

「良い場所だね、提督が名乗った途端に貴女を守るために隠そうとするんだから、鎮守府の外にも艦娘を受け入れてくれる優しい人が居るのはとっても嬉しいんだ」

「時雨、あなたはここに何をしに来たの? 私はどうなっても良いけれど、旅館の皆さんにはっ!」

 

 今すぐに自分を如何こうするつもりは無いと言う時雨の態度に恐れを胸に押し込めて扶桑が問いかければ庭の真ん中に立っている少女は特に気負った様子も無くまた首を横に振って見せた。

 

「僕らは君を連れ戻す為に来たわけじゃないよ。むしろその逆なんだ」

「逆? どういう事なの?」

「詳しくは提督と会ってくれないかな、今、女将さんに事情を話しているんだけどなかなか耳を貸してくれないみたいでね」

 

 時間がかかるみたいだから自分は散歩がてら見事な庭を見に来ていただけで、貴女と会ったのは本当に偶然なのだと言った時雨が軽い足取りで扶桑に歩み寄り、自分よりも小柄な女の子の接近に追い詰められたかのように若女将は後退りして躓き後ろへと倒れかける。

 

「危ないよっ、大丈夫?」

「えっ!? ええ、ありがとう・・・」

 

 黒いスカートを翻して4mほどの距離をトンッと一足飛びに縮め、倒れかけた扶桑へと近づいた時雨は彼女の手を取り自分よりも背の高い女性の重みを軽く支えて相手の無事を確認する。

 その時雨の態度に今すぐ自分を如何こうするつもりは無いらしいと扶桑にも理解でき、自然と手を引いて旅館の中へと向かう駆逐艦娘に導かれた戦艦娘は旅館の受付で顔を顰めている女将と体格の良いスーツ姿の男性が向かい合っている場面に遭遇する事になった。

 

・・・

 

 受付で行われていた一方的に相手を睨みつける女将とそれを甘んじて受ける黒いスーツの男性の膠着状態は時雨と扶桑を交えた説得で何とか女将をテーブルに着かせることが出来た。

 応接間に通された時雨とスーツ姿の男性、そして、女将と扶桑に大木屋の若旦那が机を挟んで向かい合う。

 

 そして、田中良介と名乗ったスーツ姿の自衛官の男性は丁寧な挨拶の後に手に持っていたカバンから取り出した書類を応接間のテーブルへと並べる。

 自分が艦娘を管理運用する鎮守府に所属している自衛官であり、隣に座る時雨が自分の指揮下にある艦娘だと言う事など説明してから彼は今回の訪問に関しての本題へと移った。

 

「じゅ、十年で私が、人間に?」

「鎮守府の記録によれば戦艦娘扶桑が目覚めてからほぼ五年、そして残りの時間が経過する事で貴女は霊核を失う事になります」

 

 そして、彼の口から語られたのは艦娘が人の身体を得て目覚めてから十年前後で力の源を失うと言う説明であり、その中でも扶桑を驚かせたのは艦娘だった頃の力の名残はあれど肉体的には普通の人間になると言う内容だった。

 その直前に告げられた先日の大学生達とは関係無く半年前に自分が政府の調査員に発見されていた事や自分以外にも日本各地に少なくない人数の脱走艦娘が隠れ住んでいると言う情報すら霞む精神的衝撃に扶桑だけでなく同席している者達も唖然とする。

 

「よ、良かったじゃないの! ようちゃんっ!! 裕介も何ぼけっとしてるのよぉ」

「お、女将さん!?」

「いった、痛いって母さん!?」

 

 そして、我に返って今にも万歳でも始めそうなほどに表情を明るくした女将が我が事の様に歓声を上げて扶桑の身体に抱き付き、バシバシと乱暴に自分の息子の背を叩く。

 

「ここにサインをしていただければ正式に貴女は阪芙蓉としての、人間としての戸籍だけでなく医療行政など公的機関を利用する権利も得る事になります」

 

 一通りの説明を終えた田中は突然の情報に呆然としている扶桑へと一枚の書類を差し出す。

 それに視線を落とした彼女は自分の使っている偽名の下には身に覚えのない出身地や存在しないはずの経歴が書き込まれた書類の内容に目を見開く。

 彼曰く、既に確認されている脱走艦娘にも同じ書類が渡され明確な人数は言われなかったが人としての戸籍を得る選択をした者もいると言う話だった。

 

「なぜ脱走者である私にここまでの事をしていただけるのですか?」

 

 あまりにも自分達が望む展開を実現してくれる至れり尽くせりな彼等の対応に現実感を喪失しかけている扶桑はまさかこれが周りの人達を巻き込む謀略の一種ではないかと疑心暗鬼に囚われかけてその言葉を口にする。

 

「そうですね、正直に言いますと私個人としては戦艦である貴女に自衛隊へと戻っていただきたい」

 

 田中の言葉に色めき立っていた女将と若旦那が表情を強張らせるが、それに向かって自衛官は手を突きだして制してあくまでも個人的な見解であると言い切り言葉を続ける。

 

「艦娘とは過去の日本に対する義理で協力してくれている英霊の具現である、これは彼女達と相対する際に考慮しなければならない大原則として艦娘の設計者である刀堂博士が残した言葉です」

 

 そして、誠意の無い人間によって艦娘にとっての戦いに赴くための義理が無くなれば見放されるのは当然の事であり、そうなってしまったのであれば責任は我々の側にあるのだ、と田中は自分の見解を話す。

 責められるべきなのは扶桑に脱走を決断させた司令官側にあり、既に彼等は法的に物理的に、あらゆる方法で責任を取らされ組織としての処理は全て終わっている。

 だが、だからと言って被害を被った当事者である艦娘達から自衛隊や政府と言う組織に対する疑念と恨みが消えるわけではない。

 

「去る者追わずと言えば都合が良く聞こえるかもしれませんが、組織としては完全な和解もせずに脱走の経験がある者を引きずり戻して不満を増大させるよりはと言う思惑が無いとは言えません」

 

 そこまで聞いて扶桑は目の前のこれが今までの艦娘としての自分への手切れ金のようなモノである事に気付く。

 これは数年後に自分から離れた霊核が鎮守府に戻り新しい扶桑となった時に過去の自分に対する仕打ちに彼女が機嫌を損ねないようにする為の保険なのだ。

 

 そして、言うべき事は全て言ったと態度で示した田中は彼女達の前で背筋を正してテーブルの上の書類を受け取るように扶桑へと促した。

 

 これを受け取る(これを受け取れば)と言う(二度と)事は今の幸せを享受し(海に戻ることが)続けることが出来る。(出来なくなる。)

 

 しかし、選ぶまでも無く幸せな日々の為に目の前の書類に筆を乗せるべきだと囁く声が頭の中で聞こえるのに扶桑の指はピクリとも動かず膝の上にあった。

 

・・・

 

 扶桑の今後に大きく影響を与える話し合いが終わり、彼女が人間としての権利を得るための書類を一方的に受け渡した田中と時雨は並んでこちらへと頭を下げて別れの挨拶もそこそこに応接室から出ていく。

 信じられないほどの幸運に喜びあっている女将と恋人の姿に扶桑の心は何故かグラグラと不安定に揺れる。

 気付けば飛び出すように応接室から走り出て扶桑は玄関で靴を履いている自衛官と駆逐艦娘の前に呼吸も荒く立っていた。

 

「その子と、時雨とお話しさせてくださいっ! 少しで良いんです、お願いします!」

 

 何故そんな願いを言い出したのか扶桑本人にも分からず、それでもここで完全に自分にとっての過去の清算が終わってしまったら何か大事なモノを失ってしまうと言う強迫観念に近い予感に大きな声を上げた。

 

 そして、田中から許可を得て先ほど時雨と再会した庭まで移動した扶桑はかつての仲間と同じ姿と声を持つ別人(時雨)と向かい合う。

 

 だが勢い込んで話の場を作ったはずの扶桑は時雨と向かい合った途端に何を言えばいいのか分からなくなって無為に口をパクパクと開閉してしまう。

 

「落ち着いて、大丈夫だから、僕はここにいるよ」

 

 言うべき言葉が見つけられず泣きそうな顔になった扶桑と向かい合った時雨が人懐っこい笑みを浮かべて自分よりも背の高い若女将の顔を見上げ。

 その優しい声色に乱れていた心が徐々に静まり扶桑は胸に手を当てながら時雨と視線を交わらせる。

 

「貴女はどうして戦えるの? 貴女の前の時雨も他の子達も顔も知らない人達の都合で沈んでいったのよ?」

「どうして戦えるのか、そうだね・・・、実は僕自身もちょっと分からない部分があって、これはどう言えばいいんだろう」

 

 組織が改善されたとしても自衛隊に所属している艦娘に待っているのは深海棲艦との終わらない戦いの日々であり、扶桑の目から見て今の日本は十年後に人となった艦娘を受け入れられると言う保証も感じられない。

 それ故に愛国心の一言で命を捧げる価値が今の国にあるとは扶桑には思えない、そして、同じ艦娘であり自分と同じように自らの現状を理解しているはずの相手が戦い続ける事が出来ているのか無性に知りたかった。

 

「・・・あの田中と言う人の為?」

「うん、それも理由の一つかな、ははっ」

 

 田中を話題に出され少し照れた顔で前髪を弄る時雨は続く扶桑の幾つかの問いかけに首を横に振りと違うと答えていく。

 

 現在の国の為。

 仲間がいるから。

 指揮官への信頼。

 

 そのどれもが彼女にとって必要な理由であるのに、その全てが彼女自身が戦うための一番大きい理由と言うワケではないらしく時雨も徐々に自分を動かす最も大きな理由が不明である事に気付き表情を曇らせて首を傾げた。

 

「そうだ、僕が・・・」

「時雨どうしたの?」

 

 そして、扶桑が思いつく限りの戦う理由を問いかけた後に時雨が不意に空を見上げ空色の瞳を瞬かせ、自分でも気付かなかった自分の中に隠れていた思いを見つけ出して浮かされるように言葉にしていく。

 

「今の僕が目覚めた時に言われたんだ・・・もう仲間を見捨てたりしないでって、皆を助けてって・・・」

 

 その言葉に扶桑は強く動揺して胸を締め付けられるような息苦しさに呻き、目の前に立っている時雨の心につっかえていた何かが取れたと晴れやかな笑みを浮かべる姿に戦場から逃げ出した戦艦娘は目を見開いた。

 

「僕じゃない時雨が言っていた。そうしなければならない、忘れちゃいけない約束だからって」

 

 今にも雨が降り出しそうな曇り空を見上げて空色の瞳で灰色の空を見上げ、独白する駆逐艦娘の言葉に扶桑の身体は硬直する。

 そして、不意に扶桑の目に映る今の時雨の姿とかつて自分と同じ海に立っていた時雨の姿が重なった。

 

「時雨、あなたは覚えている・・・の?」

「扶桑?」

 

 呻くようにか細い声が静かな庭に落ち、空を見上げていた時雨が視線を下ろして目の前で狼狽えている扶桑の姿に首を傾げる。

 

「だって、霊核になった艦娘は、死んだ娘は記憶も何もかも忘れてしまうはずなのにっ!? 貴女は覚えている・・・の?」

「全部は覚えてないけど、幻みたいにあやふやな気持ちだけど、残って、ううん、これは覚えてるって言って良いのかな? 自分の事なのに分かんないや、はは・・・」

 

 扶桑からの問いかけで偶然に見つけ出した自分の中に存在していた正体が分からない記憶と感覚に時雨は戸惑い苦笑を浮かべる。

 

「あぁ、でも・・・だから、そうなんだ」

 

 姿形が同じ様に見えても過去にいなくなった時雨と目の前の時雨は別の存在であると思っていた扶桑の考えを図らずも否定する事になった駆逐艦娘は彼女の動揺に何かを感じ取ったのか小さな微笑みを漏らした。

 

「・・・僕が、前の僕がこの約束を交わしたのは貴女だったんだね?」

 

 既に知っている答えを確認するような時雨の声に扶桑は言葉を返す事も出来ずに反射的に目を反らして身を縮めて震え、過去に隠した罪が彼女の脳裏で輪郭を結び這い上がって来る。

 

 囮扱いで使われた船団護衛中に遭遇した深海棲艦、その後に突然現れた奈落の底に繋がるかの様な深く渦巻く黒い渦潮。

 自分を庇い直撃弾を受けて瀕死になった時雨を背負い足に纏わりつく潮の流れに逆らって走る。

 そして、後少しで渦から逃れられるところで力が尽きかけた扶桑は背後にいた妹の手から伝わってきた光に押された事で地獄の入り口から逃れ。

 

 振り返った先で今にも泣きそうな笑顔を浮かべて自分へと手を伸ばす山城の姿に目を見開き、扶桑が悲鳴を上げたと同時に戦っていたはずの深海棲艦も仲間達も全て呑み込んだ渦潮は消えてなくなり、不自然なほど青く澄み切った空と海の間で扶桑は瀕死の時雨を背負って立ち尽くした。

 

「“泣かないで”」

 

 その悍ましい思い出の最後から抜け出してきたような少女の穏やかな声が重なって聞こえ忘我から戻った扶桑の手を時雨の温かい両手が包むように握る。

 曇天の下、まばらに雨が降り始めた庭で濡れ烏羽髪の少女が励ますように微笑み唖然とした表情で固まった和服美人を見上げていた。

 

「扶桑はここで幸せになって良いんだ・・・だから、泣かないで」

 

 その優しさに満ちた言葉で扶桑は頬に当たる雨粒とは違う水滴がいつの間にか自分の目から零れていた事に気付き、時雨に掛けられた言葉をきっかけにして心が無性に粟立っていく。

 

(何故、私は泣いているの? 許された事への感謝? ここでの生活が続く事への安堵? 一人だけ安全な場所に隠れる申し訳なさ?)

 

 違う、コレは決してそんな軟弱な罪悪感から溢れたモノなんかではない。

 

 雨に濡れながら旅館の入り口へと時雨に手を引かれて戻った扶桑は自分の指揮官と共に別れの挨拶をしてから去っていくかつての仲間と瓜二つの姿を持った少女を見送る。

 

「芙蓉? そのままじゃ濡れてしまうよ、中に入ろう?」

 

 背中に恋人の優しい言葉をかけられても雨の中に立ち尽くしていた扶桑は目を閉じて自分の中で暴れ出そうとしている感情、今まで自分の中で見て見ぬふりを続けていたそれと二年ぶりに再会して向かい合う。

 

 何故、戦艦である扶桑()が駆逐艦にあそこまで心配されなければならないのだ、と。

 これではまるで蝶よ花よと愛でられる姫のような扱いではないか、と。

 

 そして、今まで苦境と失意を言い訳に蓋をしてきた感情が、逃げ回る事を良しとしてきた情けない自らへの憤りが胸の奥で点火の火花を散らし始めた。

 

 自分よりも小型の艦種に気遣われた悔しさ、妹の悲鳴を受け取っていながら耳を塞いだ愚かしさ、与えられる幸運に溺れて愛する人を理由にして今もなお逃げる事を弁護する自らの浅ましさに筆舌に尽くし難い怒りの火が燃え上がる。

 

 これでは自分の事を好きだと告白してくれた愛しい人にすら失礼極まりない事ではないか、と艦娘である扶桑が内側から彼女を叱咤する。

 

(皆は僕が助けるから扶桑はもう戦わなくて良い・・・?)

 

 田中と名乗った自衛官から限定海域と呼ばれる異空間から多くの艦娘が戻ってきたと言う前例を聞き、未だに鎮守府へ戻らない妹や仲間達の話を受けて彼女らも別の異空間に囚われている。

 それは(戦場)から離れていた扶桑にも分かる理屈だった。

 

(それで良いわけがないでしょう? いつまで私は不義理な愚か者を続ける気なの!)

 

 握り込んだ手の平に爪が食い込み、食いしばった歯がギリリと音をたて、雨の向こうへと並んで去っていく二人を睨みつけるように目を見開く。

 薄紫の着物の袖や襟からぶわりと揺らめく光が溢れその身体を立ち上った霊力の気炎が包み込む。

 

 その自分自身に対する怒りに顔を歪めた扶桑の姿に心配そうにこちらを見ていた大木屋旅館の面々が顔を強張らせた。

 

(そうよ、時雨、貴女も何を言っているの? あの子は私に、山城()は、扶桑()に助けを求めているのよ!?)

 

 二年以上も時間を使って出すには余りにも遅い決心だと自分でも呆れ果てるしかない。

 だが彼等から伝えられた情報と自分が見る悪夢が不思議と符合して火が入った心臓が扶桑の胸の内側を強く押した。

 

 今さら脱走艦娘が一人戻ったところでどこかに閉じ込められて拘束されるだけかもしれない、過去の管理者の失態を知る存在を目障りに感じた者達によって秘密裏にいなかった事にされるかもしれない。

 

 それを承知した上で扶桑は自らの怒りに従う事を決めた。

 

・・・

 

 一人の司令官と艦娘が扶桑の今後の生活を保障する書類を置いて去って行った後の旅館を雨足を強めた雨粒の音が覆い、旅館の跡継ぎと若女将がが寝室に使っている一室にもその音は止め処なく届く。

 

「裕介さん、折り入ってお願いがあります」

 

 その真夜中の部屋に敷かれた広い布団の上に正座した扶桑は大木に向かって両手を突いて深く頭を下げ、それを見た旅館の若旦那は彼女と正座で向き合ったまま苦笑いを浮かべて頭を掻く。

 目の前に置かれているのは扶桑が人間としての戸籍を得る為に用意された書類であり、まだ無記名のそれを預かっていて欲しいと願われた大木は彼女が何を言わんとしているのかを嫌でも察する事になった。

 

「芙蓉、行くのかい?」

「今まで裕介さんや女将さん、旅館の皆さんに数えきれないほどの、返しきれないほどの恩を受けてこんな事を言うのはあまりにも恩知らずだと、自分でも分かっています、けれど、それでもっ!」

 

 床にまでつけるほど下げた頭を上げずに恩人への申し訳なさに涙を滲ませる扶桑の肩に裕介の手がかかり、上半身を押し上げられた彼女は真剣な顔を浮かべる彼と向かい合う。

 

「僕は君の事が好きでずっと一緒に生きていきたいと思ってるし、芙蓉もそうだと言ってくれたらこれ以上の幸せは無いんだ」

「っ、はい・・・でも私は」

「好きだから、愛している人がそんな必死な顔で願っている事を止めるなんて僕には出来ないよ」

 

 裕介の言葉に呆気にとられた顔をした扶桑は優しく自分の身体を抱きしめられて伝わって来る命の温かさに、別れへの恐れに小刻みに震えているのにその言葉を言ってくれた彼の思いやりに目を閉じ、強い強い感謝の想いを返す為に抱き返した。

 

「私は、芙蓉は、・・・扶桑は妹達を、助けに行ってまいります、ですから・・・」

「僕はここで待ってるから君がやるべきことを終えた時には必ず、帰ってきて欲しい・・・何年だって待っているからさ」

 

 再会の約束を交わした二人の声は雨音の中へと溶けるように消えていった。

 

 




 
On Your Mark(もう一度あの海へ)
 



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第二十五話

沈黙は黄金の価値を持つと言うだろう?


まぁ、金塊なんぞを有り難がるのは人間ぐらいなもんだがね。



 2015年、三月は下旬に入り春の兆しが全国的に広がり始めた時期、日本海側に出現した深海棲艦の大群へと注意深い監視を続けていた舞鶴に詰めている指揮官と艦娘達は散発的に群れからはぐれて日本へと針路を向ける敵艦を追い払いながら敵勢力の分析を続けていた。

 そんなある意味では膠着状態と言えた戦況は日本に向かって進攻を開始した敵首魁である戦艦水鬼とそれを取り巻く大艦隊の知らせによって終わりを告げる。

 

≪三番端子、12cm単装砲接続しました、確認お願いします≫

 

「三番、12cm砲の接続を確認した。しかし、駆逐艦に主砲をガン積みは悪手だろうに・・・しかも単装砲をよ」

 

≪波状攻撃を仕掛けてくる大群相手に連射も誘導も出来ない魚雷で挑みたいなら雷装に積み直しても構いませんよ?≫

 

 戦闘形態となった艦娘の艦橋で中村が呟いた言葉にモニターに大写しになっている桃色の髪に彩られた才女、工作艦娘である明石の顔が苦笑を浮かべて律義に返事を返してくる。

 

『今さら積み直しなんて冗談じゃないったら、もう連中の侵攻は始まってるのよ!?』

「まぁ、確かに今さらか」

 

 そして、通信機から飛び出す不機嫌そうな声を合図にしたのか艦橋の外では作業を終えた明石が背中のクレーンを背面艤装へと畳むように収納して中村達に進路を譲るために離れて行く。

 

「増設装備の動作確認終わりました。司令官」

 

 コンソールパネルに浮かぶ立体映像の中で口調通りに不機嫌そうに顔を顰めている霞の剣幕に押された中村は指揮席で頬を掻き、不意に自分の周りにある円形通路からかけられた声に顔を向ける。

 

「ああ、そうか・・・ご苦労さん」

 

 モニターに触れて各種武装から送られてくる情報を確認していた少女、吹雪型駆逐艦の長女である吹雪が肩越しに振り返って中村を見つめており、一瞬だけ気まずそうな顔をした彼は表情を引き締め直してセーラー服の少女に小さく頷きを返した。

 

「んじゃ、提督そろそろ出撃すんの~?」

 

 そんな二人の様子に艦橋にいる艦娘達がひどく居心地の悪そうな表情を浮かべる中で肩や腕に足と至る所に魚雷管のミニチュアをくっ付けた軽巡洋艦の北上が通路の手すりに座りモニターに背中を預けて五連装魚雷を四基装備した足をぶらぶらさせて気の抜けた糸目と声を中村に向ける。

 

「随分と出遅れちゃったわね、まだ戦闘状態には入ってないみたいだけど」

「いえ、航空支援をしてくれている木村艦隊が敵の戦闘機隊と遭遇したようです」

 

 全周モニターに表示された友軍艦隊からの情報を整理している五十鈴と鳳翔が北上の緩い雰囲気に助けられて現在の戦況を司令官である中村に伝え、彼はそれに頷きを返してコンソールパネルへと手を伸ばした。

 

「こちら中村義男特務三佐、これより指揮下の艦娘部隊の出撃を開始します」

『作戦司令部より中村特務三佐へ、貴艦隊の出撃を許可します。今作戦での航路計画の提出は必要ありません。出撃どうぞ!』

 

 短い出撃の連絡を海洋調査船である綿津見の中に置かれている臨時司令部へと入れて中村はコンソールパネルの推進出力レバーを握り停止から原速へと表示を押し上げる。

 

≪霞、出るわ! さっさと出力上げなさいったら、ただでさえ遅れて出るんだから最高速で行くわよ!≫

 

「戦う前からバテてくれるなよ?」

 

 港の出口へと進み始めた様子が見える艦橋に届く霞の声に軽口を叩いた中村は表示する数字を増やしていく出力計と速度計を横目に握っている出力レバーを更に押し上げて第一戦速から第二第三と切り替え、艦橋に響く推進機関の唸り声と揺れが増していく。

 

「ちょ、急がば回れって言うもんでしょーよっ!?」

「北上、貴女がウチの艦隊に居続けたいなら嫌でも慣れるしかないわよ?」

 

 その超高速航行の前兆に手すりに腰掛けていた北上が後頭部にたんこぶを作った最近の記憶を脳裏にフラッシュバックさせ慌てて手すりから飛び降り、五十鈴から呆れ顔を向けられながらも手すりの支柱にしがみ付いた。

 手元の立体映像では艤装を纏い前傾姿勢になった霞がショットガンに似た形状の増設装備を両肩と左足に三基装備した状態で前方を見据え、その背中のスクリューが燐光をまき散らして回転をどんどん早めていく。

 

≪誰に言ってんの、そっちこそ目を回したら承知しないんだから!≫

 

 手を大きく振る明石に見送られスピードスケーターのように両足で海面を蹴り舞鶴の港湾を駆け出した霞の速度が見る間に200ノットを超え、通常の空間よりも慣性運動が軽減されていると研究室から発表を受けた艦橋内であっても圧力に息苦しさを感じ始めた中村は大きく息を吸ってから意を決して出力レバーを全速に切り替えた。

 次の瞬間、一際強い振動と共に彼は増大する加速の重圧で指揮席に押さえつけられ小さく呻き、ふと司令官の目に手すりを離してしまったらしい北上が悲鳴を上げて円形通路の後方へと転がっていく姿が通りすぎる。

 

「北上っ、怪我無いか?」

 

 出力計の針が目一杯まで吊り上がっているのを横目に転がっていった軽巡艦娘の姿を確認すると出撃時から指揮席の後ろで後方警戒と言う名目のサボりをしていた潜水艦娘と雷巡艦娘は抱き合う様にモニターと手すりに押し付けられて二人揃って呻いていた。

 

「うぐぐっ、これ、結構キツイかもぉ」

「早く退いてほしいよぉっ、重いでちぃ・・・」

 

 二人の安否を確認してからその姿にまだ大丈夫そうだと判断した中村はとうとう400ノットの速度域に達した艦橋で前方を見据え、進行方向を映し出すモニターの手すりに慣れた様子で掴まり前方に顔を向けている吹雪の姿を視界に収める。

 中村の予定では彼女の妹である白雪が立っている筈の場所いる吹雪に司令官はどうにも居心地の悪い思いを蟠らせていた。

 

(言いたいことが山ほどあっても呆気なく言う時間は無くなっちまう、か・・・)

 

 前世の世界において彼の高校卒業とほぼ同時期に発見された胃ガンで酒屋家業を畳んで挑んだ闘病生活の甲斐なく亡くなった父。

 その葬式に参列していた兄が呟いた言葉を中村は口の中だけで反芻した。

 今の世界ではあらかじめ知っていた胃ガンの発生時期に父へと病院に行くよう催促して半ば無理やり受診させた事で手術する必要もないほど早期に治療は成功して今も実家は家業を続けている。

 尤も長男はそこそこ大きいリサイクルショップの店長となり、次男である義男は何の因果か艦娘達と共に日本の平和を守るために化け物相手に切った張ったを繰り返している為、中村酒造は前の世界と同じように父の代で店を畳むことになるだろう。

 

 彼自身も二度目の人生という幸運に全ての事を上手くやってきたと自画自賛できるほど厚顔では無い、自分の力量を大きく上回る問題などは出来るだけと遠ざけておきたいと常日頃から思っている。

 周りからは凄く行動力があると言われているがそれらを実行したのは彼にとって行動が実を結ぶ根拠があったからこそであり、所謂カンニングに近い前世の記憶に頼ってきた彼は本当の意味で未知の存在には小動物よりも臆病だった。

 

「・・・吹雪」

 

 速度計が400と390の間を行き来するのを見た中村は霞の加速が限界まで達した事を確認する。

 そして、空気の抵抗を突き破りながら海上を突き進む艦娘の艦橋に小さく、出来る事なら気付いてくれるなと言う思いを込めた小さな声で目の前の通路に立つ自分の初期艦の名を呼んだ。

 気付かないならそれで良い、何時死んでしまうかもわからない戦場にいる中で後悔しない程度には自分で行動したのだと言う自己弁護は出来ると言う臆病な思惑から零れた卑怯の一言で表せる言葉だった。

 

「はい、司令官なんでしょうか?」

 

 しかし、速度は安定したとは言え艦橋内には推進機関が吐き出す轟音が響いているはずなのに。

 

「司令官、私の事呼びましたよね?」

「あぁ、何て言うかな・・・」

 

 それにもかかわらず怪訝な表情をした吹雪は短いお下げを揺らしながら真っ直ぐに指揮席に座る中村へと振り返って返事を返してきた。

 そんな耳が良いにも程がある彼女の反応に優柔不断な司令官は驚きに目を見開く。

 

「いや、こんな所で言う事じゃないのは分かってるんだけどな」

 

 数日前の出撃の際に敵機動艦隊の奇襲を受けて中村の艦隊に所属していたお気楽娘であるが戦闘では頼りになる時津風が負傷し、空いた出撃枠は本来なら彼の艦隊の交代要員として控えていた白雪が入るはずだった。

 しかし、吹雪型の次女はその編成命令を拒否し、それだけでなく途中から今作戦に参加した予備戦力であるはずの増員メンバーの吹雪を中村の艦隊への編入に推した。

 

「今さらなんだがお前にとっての司令官は俺なんかで良かったのか、とな・・・?」

 

 艦娘の編成に対する拒否というのは珍しい事ではあるが今までに無かったわけではない、そして、その時点では敵群のEEZへの侵入は確認されておらず、緊急事態と言うでもない状態で吹雪の能力に問題らしい問題も無く本人も司令部からの編成の要請を承諾する。

 

 そして、その数日後に突然侵攻を始めた敵を前に中村の気分の問題だけを理由に今更メンバーの変更をするわけにもいかず。

 

 何より結局のところは問題らしい問題など中村が抱えた吹雪への後ろめたさだけ、自分の吐いた嘘が彼女にばれてしまった事に対する罪悪感だけが彼にとって居心地の悪い感情を作っている。

 

「俺なんかよりも真面目でお前と上手くやっていける指揮官は他にも・・・ちょっと探せばいくらでも」

「私にとっての司令官は、中村司令だけです」

 

 増員として舞鶴に吹雪が来た時に確認した書類から目の前の少女がわざわざ鎮守府から自分を追いかけてきた事は中村にだって分かっている。

 そんな少女の淡々と簡潔に言い切る言葉、それが架空の物語の自分(吹雪)に必要な指揮官を求めてのモノなのか、それとも吹雪自身が中村を指揮官として本当の意味で認めているからなのか。

 少なくとも自分がロクデナシな嘘吐きであると自覚がある彼はむしろ今旗艦として海を走っている霞の様に罵倒の一つでも叩き付けてくれた方が気が楽だった。

 

「あのな、だからお前はもっと自分の・・・」

「少し前に、霞ちゃん達が教えてくれました」

「・・・は?」

 

 そのきっぱりとした返答が見た目は話を聞いているのにこちらの意図を無意識に選別して無視する今までの吹雪と同じであると感じた中村はなおも言い訳がましい言葉を重ねようとした。

 

「司令官が私の可能性を潰したくないと言ってたって、私だけの可能性・・・」

 

 その女々しい男の言葉を遮る様に吹雪がモニターから指揮席へと完全に身体を向けてコンソールパネル越しに何時になく真剣な表情を見せながら中村と向かい合う。

 

「正直に言うと、そんなモノが本当にあるなんて私自身には信じられません」

 

 彼女の可愛らしい笑顔や不満そうに頬を膨らませる態度、どこかわざとらしくぎこちなく自分ではない自分を演じる吹雪の顔は何度も見てきた。

 

「どんなに頑張っても届かないかもしれない、それでも強くて格好良い司令官の世界の吹雪に成れた方が今の私よりも、もっと皆の為に出来ることが増えるんだって今もそう思っています」

 

 今までのそれとは全く違う、東京湾襲撃の際にたった一度だけ自らの裏側を覗かせた時と似通った彼女の態度に、どうしようもないほどの不安に揺れる表情で自分を見つめる吹雪に彼は驚き絶句する。

 あの初出撃の日以来、明確な怒りや恨みと言った負の感情を全く見せなくなった少女が自分から自覚的に中村の目の前でその心の裏側にあったものを吐き出すように昏く表情を揺らしていた。

 

「だから、皆が言うみたいに司令が教えてくれた物語の吹雪に成れないって、進む先が見えないままの自分でいなければならないって、そう思うだけで不安でしかたなくなります」

 

 心臓を抑えるように手を当てて服を握り、周囲の仲間達の視線も気にせずに自分の気持ちをさらけ出していく吹雪の姿に中村は驚きに目を見開いて何も言えずに黙り込む。

 

「それでも、あの時、初めて司令が私と一緒に戦ってくれると言ってくれた日に叫んだ思いだけは自分のモノだって胸を張って言えるんです!」

 

 私が皆を守るんだから、と中村が知る吹雪(架空の英雄)が言ったセリフと同じであってもそこに込められた思いだけは自分のモノだと吹雪(一つの生命)としてここに立っている少女は言い切った。

 彼女が変わろうとしないと思い込んでいた男は自分が知るキャラクターと全く別の人格を目の前の吹雪がちゃんと表に出せるのだと言う事実に自分の杞憂が全く無駄だったのだと理解して小さく嘆息する。

 

 いや、本当の所は自分の責任と言っておきながら中村は自分以外のもっと良い人間が傷ついた彼女を心を癒して独り立ちさせてくれる事を願って逃げに徹した。

 言ってしまえばただ自分の責任を放棄したかっただけで糾弾を彼女から突き付けられる事が中村にとって何よりも怖かっただけの話なのだろう。

 

「司令官は面倒臭がりなサボり魔でくだらない嘘ばっかり吐く人だって皆言ってました、だけど、それでも・・・」

 

 不安そうな顔にふっと自然な笑顔を浮かべた少女の少し明るくなった口調と共に出てきた周囲からの評判、それが自己評価とさほど変わらない事に中村は不満に呻くわけもなくただ苦笑だけを浮かべる。

 

「それでもっ! たとえ司令のお話が、私を救ってくれた言葉が全部嘘だったとしても私の司令官はアナタで・・・、中村義男少佐であって欲しいです!」

「なんだそれ・・・ホントに、なんだよそれは・・・」

「私は司令の事を信じたいんです・・・だから、信じさせてください(・・・・・・・・・)

 

 なんて愚かで献身的な我儘だ、と片手で両目を覆って呻き吹雪の言葉から感じる重すぎる信頼の意思を自分が背負わないといけないのかと中村はウンザリする。

 しているはずなのに、吹雪に自分のフルネームを初めて呼ばれた事に対する妙な嬉しさへと傾いた心の中の天秤が彼の口の端を緩めた。

 

「吹雪、俺は少佐じゃなくて三佐だ・・・いい加減慣れろよっ」

 

 彼女との関係に逃げ腰になってから2ヶ月と少し、出来なくなっていた吹雪の髪を混ぜるように少し乱暴に撫でるスキンシップ。

 

「きゃっ、ぁっ・・・はいっ! 司令官!」

 

 それを自然に手を伸ばしてする事ができた中村へと擽ったそうに笑って吹雪が嬉しそうに声を上げた。

 初めに自分が吐いた出まかせが原因で一人の女の子を振り回して、その本人に恨まれるどころかここまで自分が必要なのだと頼られてたらもう逃げきれない事を悟り、それもまぁ仕方ないかと笑いながら中村は背中を指揮席に預ける。

 

(そこまで言われたらもう腹括って責任を取るしかなくなるなぁ・・・仕方ない、ああ、仕方ないなっ)

 

 脱力させた身体を指揮席に預けて真っ直ぐ見つめてくる少女から顔を天井に向けた中村は一人の女の子にやってしまった自分の罪から逃げるのを止める踏ん切りをつける為の声にならない呟きを口の中に転がす。

 その瞬間、コンソールパネル越しにこちらを向いている吹雪だけでなく前方のモニターに顔を向けながらもチラチラとこちらを伺っていた五十鈴と鳳翔までもが驚いたような表情をして指揮席に座る中村へと視線を集中させた。

 

「司令官、・・・今、責任を取るって・・・え、えぇっ!?」

「ちょっと、提督、作戦中に何言ってんのよっ!」

「・・・もしかして、吹雪ちゃんに先を越されちゃったかしら?」

 

「はっ? えっ、今の聞こえたのか? いや、あり得ないだろ! 声になんか出して・・・」

 

     “大事だと思うならしっかり言葉にしたまえ”

“失う事への恐怖を知っているなら”       “尚更だよ”

 

 言葉ではない何か、お節介極まりない小人の姿が肘掛の上に一瞬だけ見え、驚きを顔中に広げていた吹雪が何を思ったのか徐々に少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 その少女の姿に中村はついさっきの言い訳を用意する為だけの短い呼びかけが彼女の耳に届いたのも太々しい妖精モドキのせいだったのだと根拠の無い確信を得た。

 

「いや、さっきのは決して変な意味じゃないぞ!?」

 

 そう言えばあの夢の中では中枢機構と艦娘の霊核が枝と実の様に繋がりを持ち、中枢機構と精神を混線させている自分が居るならば他の指揮官と違い猫吊るしが現在進行形で艦橋内に何らかの調整を行っていたとしても何ら不思議なことではないと再び中村は誰かに教えられるように理解させられる。

 

「変な意味じゃないって、じゃあ、司令が責任を取るって言ったのは・・・?」

「まぁ、あれだ・・・あ~・・・俺の話でさんざん悩ませたわけだし、吹雪が良いなら退役した後にでも養子として面倒を見るってぐらいか・・・な?」

 

 ふざけた悪環境の鎮守府で出会い、そこから助けた事で得た恩と好意に付け込んでまだ人として心の未熟な女の子と親密になる後ろめたさ、そして、お節介な妖精モドキの思惑通りに進ませられる事に対する反感から往生際の悪い言い訳が性懲りもなく指揮官の口から垂れ流された。

 

「ようし? 養子って、は? 司令官っ!?」

 

 その言葉を聞いた次の瞬間に何かの期待を裏切られた吹雪が眉を顰めて不満そうな上目遣いを中村に向け、そんな二人の姿にあからさまにホッとしたような雰囲気を見せた鳳翔と五十鈴が顔を見合わせて苦笑していた。

 

(ああそうだ。今じゃないけどいつか責任は取る、嘘は言っちゃいないさ)

 

 余計な事をしてくれた小人がどこかで呆れ顔を浮かべている気配を察しながらも中村は今度こそ心の中だけで言い訳して問題を先送りにする。

 

「え、これ、どういう状態なわけ?」

「ただの痴話げんかでち、関わらない方が良いよ」

 

 そして、やっと慣性の重さから逃れて手すりを頼りに立ち上がった重雷装巡洋艦とサボり魔の潜水艦がそんな場の雰囲気に置き去りにされていた。

 

『まったくっ、馬鹿みたいな話はさっさと終わらせなさいったら! 前方六海里、電探に何か引っかかったわよ!』

 

 コンソールパネルの通信機から飛び出した霞の鋭い声にさっきとは別の意味で気まずい空気になっていた艦橋の人員は慌ただしくそれぞれの仕事へと向かう。

 

「北上は取り敢えず対空機銃に着け、ゴーヤは使い方教えてやれ! 鳳翔、航空観測してくれてる艦隊から位置情報を貰ってくれ!」

「一番と二番の単装砲、装填したわよ! 照準の同期も問題無し!」

「前方4.4kmに敵艦を確認、いるのは軽巡ホ級一隻、駆逐イ級三隻のようですが既に回頭してEEZ外への進路をとっているようですね」

 

 今回ばかりは忌々しい深海棲艦のタイミングの良い出現に感謝してしまった中村はワザとらしく顔を引き締めてコンソールパネルのレーダー表示へと目を向けながら部下へと指示を出す。

 

「他には別艦隊と交戦に入った戦艦級を旗艦とした数隻と・・・観測後に行方を晦ませた潜航中の敵艦が複数いるようです」

「いやなんでそんなに抜かれてんだよ、我が軍の防衛網はザルか?」

「敵が大小二百隻の大艦隊相手に、こっちは大半が二隻で艦隊を名乗ってる新人部隊ばかりよ。何期待してんの? バカなの?」

「一言で日本海って言っても広いんですから十人の指揮官だけで賄うのは難しいですよ」

 

 中村の口を衝いて出たマヌケな言葉に妙に辛辣な五十鈴と真面目な吹雪の尤もな指摘が重なって返ってきた。

 

『軽巡に駆逐ね、準備運動には丁度良いわ』

「霞、去る者追わずって言葉は知ってるか?」

『少なくとも他人の庭に土足で上がり込んだ連中に使う言葉じゃないわね!』

 

 好戦的なセリフを吐き、まるでストレスを解消するための的を見つけた様な獰猛な笑みを立体映像の中で浮かべた駆逐艦娘、霞が海上を400ノットで駆けて針路を最も近い位置にいる敵艦隊へと向けて一直線に突き進む。

 

「それにしても、こんな人材と戦力不足な状態なのになんで長門が舞鶴港で留守番なんだよ・・・」

「提督、本人には絶対に言わないでくださいね? 敵艦隊の位置を海図と重ねて表示します」

 

 苛立ち紛れに飛び出た中村の愚痴に困り顔の鳳翔がやんわりと注意をして現在の敵の位置を正面モニターに表示させる。

 敵本隊と比べれば大した戦力ではないが、それでも日本の海岸線に近づかれて一発でも深海棲艦の大砲が火を噴けば少なくない人命と財産が灰にされるだろう。

 そんな危険性が目の前にあると言うのに司令部の更に上からから降りてきた要請という名の命令は現在の艦娘の中で最大火力を誇る戦艦級艦娘に運用禁止と言う頭が狂っているのか、と呻きたくなるものだった。

 

「ねぇ、提督、アタシ担当するなら機銃より魚雷の方が良いんだけど」

「慣れてない艦娘が魚雷撃つと決まって一度に全弾撃ち尽くすからダメだ」

 

 とは言え、中村にとって未だ明確な答えが出ない吹雪との今後に頭を悩ませるよりは撃破すれば終わりという簡単な解決法が存在している深海棲艦の方が相手としては楽なのかもしれない。

 

「えぇ? 魚雷って数撃って範囲広げないと当たんないでしょ」

 

 差し当たって追尾誘導が出来る魚雷というモノをまだ理解していない新人雷巡に少し表情が和らいだ吹雪と一緒に簡単な講義してやる必要がありそうだと中村は苦笑を浮かべて軽くため息を吐いた。

 




研究室「申し上げます! 戦艦娘の全力砲撃はメガ粒子砲並みであると言う計算結果が現れましたぁ!」
岳田「すげぇじゃねえか! ワクワクしてきたぞ!」(大艦巨砲主義)
長門「(`・ω・´)=3 フンス」



外務省「ダニィ!? そんな危険物、日本海で絶対使わせるなよ! 海の向こうの国と戦争になるぞぉっ!?」
司令部「ゴメンね、長門さん・・・」(出撃禁止命令)
長門「(´・ω・`) ェッ?」



出撃艦隊「留守番お願いします」
長門「・・・どう言う・・・・・・事だ・・・?」


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第二十六話

注意・空母以外の艦娘はまだ自前の艦載機(水上偵察機など)は持ってません!

現在、鎮守府の研究室で空母艦娘の艦載機のメカニズムが解析されているので近いうちに増設装備として艦載機とそれを管制する外付けカタパルトが完成するかも?



当然、瑞雲も存在しません。

伊勢「(´・ω・`)」日向「(´・ω・`)」

そんな顔しても無いものは無いのです。




 輝く太陽の下、激しい爆発音を海原に響き渡らせて戦艦ル級と呼称されている巨体がその上半身を砲塔ごと破裂させて海に溶けるように残りの身体も砕けて昏い光の粒へと解けていく。

 

《やったぞ! 見たか、吾輩の砲撃が戦艦級を討ち取ったのじゃっ!》

 

 そして、その様子を指さすように身に纏った艤装を連結変形させた巨大な長距離砲を右手に掲げた重巡洋艦娘が手柄じゃ、手柄じゃ、とはしゃぐ。

 戦艦ル級から優に十海里は離れた海上にいる16,6mの巨大な身体を持った利根は頭の上のツインテールを上機嫌に跳ねさせていた。

 

《この主砲と航空機の着弾観測があれば深海棲艦など吾輩の敵では無い! 筑摩にまた土産話が出来たぞ♪》

 

 自分よりも数か月ほど遅くクレイドルから目覚め、今は鎮守府で訓練を積んでいる姉妹艦娘に自慢できる事がまた増えたと歓声を上げて長距離砲戦形態を維持したまま利根は自身の艦橋で苦笑をしている指揮官と同僚艦娘を気に留めずに海原を艦娘としてはいささか遅い速度で航行する。

 

 次の獲物は何処にいるのだ、と艦橋にいる指揮官に催促し利根はニンマリと笑みを浮かべたまま自慢の艤装へ霊力を充填をするために霊力の伝達率を強化する。

 海原を走る為の推進力や今は必要ない防御障壁に使う霊力を敢えて減らし、余剰分となったエネルギーを主砲や雷装へと分ける事で再装填の時間を減らす技能は鎮守府の演習や訓練で嫌と言うほど反復練習を繰り返した。

 演習では何のためにこんな面倒な単純作業を繰り返すのかと愚痴っていた利根はそれが自らの戦果に直結する事を今回の任務で知り自分の武器を磨くように霊力を込めていく。

 

《なんじゃ、もう敵は居らんのか? せっかく再装填したと言うに・・・》

 

 駆逐級や軽巡級だけでなく戦艦ル級まで撃破し、訓練通りどころかそれ以上の戦果に有頂天となった重巡艦娘は艦橋の指揮官からもう上空にいる空母艦娘から観測できる自分の周囲に敵がいない事を聞き少し不満そうに口を尖らせた。

 

(しかし、やれるぞ! 吾輩なら敵首魁である戦艦水鬼とやらも敵では無いかもしれん・・・ふふっん♪)

 

 今は司令部からの命令で日本海沿岸へと接近する敵を追い払うために遠距離から撃ち抜くだけの防衛任務に就いているが自分の目に捉えた敵であれば噂に聞く鬼級だろうと姫級だろうと見事に沈めて見せると利根型重巡洋艦の一番艦は慢心していた。

 

『障壁出力を上げろ! 足下、集中急げ!!』

 

《ひひゃっ!? なんじゃぁっ!》

 

 そんな利根の耳に鋭く突き刺さる様な男性の怒声が届き、鎮守府の訓練で先輩艦娘から警告された時と同じ厳しい雰囲気を持ったその声に彼女はツインテールを逆立てて反射的に両足へと霊力を流し込み放出する。

 その次の瞬間、艦橋にいる軽巡艦娘が直下からの雷撃を探知して悲鳴を上げ、まだ新人の指揮官が戸惑いに硬直し、ついさっきまで我に敵無しと胸を張っていた利根が真下で膨れ上がった爆発と水柱に足を掬われた。

 雷跡も無く出現した魚雷攻撃に目を白黒させた利根は艦橋で同僚艦娘が叫ぶ三割近い障壁が損耗したと言う報告に針を飲んだように痛みと恐怖に顔を歪める。

 

(三割じゃとっ? 何と言う威力っ、障壁を足に集中させておらねば吾輩の両足が無くなっておったではないか!?)

 

 戦闘形態での肉体の損傷は待機形態に戻った際にある程度は軽減され四肢の損失であろうと補填される。

 

 それこそ身体が真っ二つになったり、頭が吹き飛んだとしても死ぬほど痛いめに遭うが強制的に待機形態に戻されるだけで肉や骨が爆ぜたり泣き別れになる事だけは無い。

 だが、死ぬことだけは無いと分かっていても船であった頃の魚雷に対する恐怖と人の姿を得てから学んだ感覚は身体の痛みと損傷への忌避感を強く利根に与えた。

 

《ど、何処からの攻撃なのじゃ!? 名取っ、提督、早く下手人を見つけよ!》

 

 ブーツの金具や左脚を包むニーソックスに多少の損傷を受けたが一撃でアメリカのミサイル巡洋艦を撃沈する破壊力を持った魚雷の直撃を受けたと言うならその程度は破格の幸運と言える。

 その鈍い痛みを発する足に力を入れて海面に立ち上がった利根は恐怖に慌てふためき黒髪の毛先と右手の長距離砲を振り回すように周囲へと視線を走らせるが水平線の先まで敵影らしいものは見えなかった。

 

(足下? 真下からじゃと? 潜水艦であると言うのかっ!?)

 

 艦橋にいる長良型軽巡艦娘が電探に何の反応も無いと悲鳴を上げ、そして、指揮官である男性が自分達の盲点に気付いて海面下からの攻撃の可能性を叫ぶ。

 だが、彼の声に利根が反応するよりも先に彼女の足下を押し上げる高波と黒い影が海面を乱して不安定になった足場にバランスを取ろうとする重巡艦娘は自らの手にある巨大な砲によって重心を崩して転び、また波と飛沫を周囲に散らした。

 

(潜水艦、な、なっ!? 此奴(こやつ)、駆逐艦では無かったのか!?)

 

 昏い黄色にぎらつく目で無様に尻もちを着いた利根へと向ける駆逐イ級のフラッグシップが身体中から塩水を排水しながら鋭い牙が並んだ顎を驚愕に絶句している艦娘へと突き進ませる。

 その迫力に上げそうになった悲鳴を噛み殺し、重巡が駆逐艦に怖気づいて堪るかと負けん気を発揮した利根は海面に尻もちを着いたまま右手の砲口を自分を噛み砕こうと大口を開けて迫ってくる相手へと向けた。

 

《この痴れ者めが! 沈めぃっ!》

 

 そして、四基八門の連装砲が連結した長筒の引き金を引き絞った利根の視界に突然、赤く警告を知らせる文字列が閃き引き金が固まる。

 その視界に浮かぶ赤い文字を読んだ利根は長距離砲戦形態での近距離射撃は自分にも損害を与える可能性がある場合には安全装置が起動するのだとその時に初めて知ることになった。

 

(にゃにぃっ!? 我輩はその様な事聞いておらんぞ!?)

 

 とは言え、実戦での失態は知りませんでしたで許されるわけもなく、故に目の前で隙を見せた重巡艦娘に深海棲艦は砲塔を舌のように突き出して突進する。

 ついさっきまで一方的に敵を討っていた武器が使えないという事実に利根はついに恐慌状態となり涙目を大きく見開きながら悲鳴を上げる。

 

《指揮官は何やってるの! その状態じゃ重巡は戦えないでしょっ!》

 

『そんなノロノロ走りながらスナイパー気取って、敵さんに狙ってくださいって言ってるのかよ』

 

 利根の身体を食い千切ろうと大口を開けて飛びかかってきた駆逐イ級の胴体が輝く砲弾に撃ち抜かれ、驚きに目を見開いている重巡艦娘の前で粉々に砕けながら海面に無数の波を作る。

 耳に届く怒声とあきれ声に情けなく尻もちを着いた重巡洋艦娘はポカンとした顔を浮かべ、自分の中の艦橋で名取が上げる歓声に味方からの援護砲撃によって助かったのだとやっと気付く。

 そして、巫女服とセーラー服を混ぜた様な意匠の鮮やかな赤白の服装を身に纏った軽巡洋艦娘が大きく弧を描くように滑りながら白いリボンで飾られたツインテールをなびかせて接近してきていた。

 

『海面下の軽巡ヘ級を捕捉っ、艦影の強調補正します!』

 

 自分の窮地を助けた声の主から届いた通信に顔を真っ赤にして恥じ入る利根の腕で今さらながら主砲が装甲を展開させながら分離して二の腕や腰の定位置へと戻り、20cm口径の連装砲となって収まる。

 よろよろと立ち上がった利根の目が海面下にある巨大な影が映り、すわまた深海棲艦の奇襲かと砲を構えようとした彼女よりも早く波の下の艦影へと駆け寄った長良型軽巡艦娘が腰に接続されている艤装を展開させ。

 装甲の内側から姿を見せた白木の鞘に白い菱形を連ねた根付で柄を飾った居合刀が銀色の線を引くように腰だめの状態から鞘走り。

 明るい朱色の短袴と白いニーソックスに飾られた五十鈴の足下の海面へと滑り込むように霊力で輝く刀身が走り抜ける。

 

《五十鈴から逃げようなんて考えっ、甘いのよ!!》

 

 海面の下で響いた鈍い金属音が利根の足下まで届き、中腰で刀を海面に突き刺した五十鈴は加速を止める事なく走り抜けて波と共に海中に隠れていた軽巡ヘ級を障壁ごと真っ二つに切り裂いて撃破した。

 

『残り一隻、駆逐級が北西へ転進しました!』

『今さら尻尾巻いて逃げるんじゃないわよ! 誘導するからさっさと魚雷を撃ちなさいったら!』

 

 五十鈴の背面艤装から太腿に向かって装備されている魚雷管がその矛先を海面下で逃げようとしている駆逐ハ級に向け、勢いよく飛び出した二発の魚雷が雷跡を走らせて1kmほど先で立て続けに水柱を上げる。

 

(なんと、軽巡の艦娘がこれほど強いものとは・・・いや我輩が未熟なだけ、じゃな・・・)

 

 流れる様な手際で三隻の深海棲艦を撃破して見せた軽巡艦娘の姿に棒立ちになった重巡艦娘は艦橋に届いた相手からの通信とそれに答える自分の指揮官の会話から目の前の五十鈴の指揮官が鎮守府の艦娘達にとって知らぬ者は居ないと言われる指揮官の一人、中村義男特務三佐であると知る。

 利根自身も配属されるならば彼の艦隊にと鎮守府の訓練単位を一通り取り終えた日に申請書を出したが中村の艦隊に定員の空きは既に無く。

 口惜しさに文句を零しながらも妹に慰められた彼女はその時期にたまたま編成枠が増えた今の司令官の指揮下に就くことになった。

 

(それにしても、ぅぅ、何という生き恥じゃ・・・こんな無様をかの提督に見られてしまうとはっ)

 

 逃げも隠れもできない海原である為に穴があったら入りたいと羞恥心に震える内心を押し隠してせめて見た目だけは取り繕おうと利根は背筋を伸ばして近づいて来る五十鈴へと顔を引き締めて身体を向ける事にした。

 

・・・

 

『しかしっ、我々は沿岸部へと近づく敵艦の排除を命令されています』

「そう言うのは次から次に湧いてくる敵に対して無意味どころか悪手だって分かれよ」

 

 近海で漁をする漁船団の護衛を主に行っていた戦い慣れしていない指揮官と自分の能力を過信した重巡洋艦、そして、慎重というよりは臆病な気質を持った五十鈴の妹艦娘の三人、中村から見て能力と戦力バランスは悪くないが残念なことに彼らには経験だけが決定的に足りていない。

 そして、彼らは新しい海域で戦闘経験を積むために日本海へとやってきて運悪く司令部も予想外の大艦隊に挑む事になった。

 その新人に中村は呆れをワザと見せる態度で迂闊さを指摘しながら純朴そうな特務士官を丸め込むために言葉を重ねる。

 

「つまり、俺らが囮をやって敵を誘引して、それを狙い撃てば君等の任務もこなせて作戦全体の為にもなるわけだ」

『ですが、自分達は司令部からはこの周辺海域の防衛を命令されて、離れるのは・・・』

「だが、足下の敵に気付かずにひっくり返る新人を放っておいたら今度こそ敵に抜かれるからなぁ?」

 

 話してみたところ、とある頭の固い後輩よりはマシだが命令に忠実な新人を説得するのは中々に骨が折れると内心でため息を吐き、中村は少しばかり嫌味っぽく彼らの失敗を挙げて強引に話を纏めていく。

 その二人の通信を聞いている利根が顔を真っ赤にして恥ずかしそうに表情を曇らせ、艦娘にしては珍しく戦闘そのものに消極的な名取ですら自分達の拙さで本土を危機に陥れる可能性があった事を指摘されて呻いていた。

 

「敵の絶対数を減らす方法が分からんのではいつまで経っても終わらないだろ?」

 

 すでに数十隻の深海棲艦を撃破したという友軍から届く情報と戦闘開始前で観測された戦艦水鬼を含めた二百隻の大艦隊という報告と敵艦の数が明らかに釣り合わない状態になって来ている。

 上空で対空と観測を行っている空母艦娘から新しい報告としてやってきたのはこちらが敵を撃破する度に戦艦水鬼の周辺から新たな敵艦がまさに湧くように現れているらしいという情報だった。

 

「俺もお前も艦娘達だって延々と海の上ってわけにもいかん、飯を食って寝る時間だって必要なんだからな」

 

 現状の中村達は最も小さい駆逐級ですら100mの巨体を持つ深海棲艦がどこからともなく現れると言う質量保存の法則を完全に無視した敵勢力の規模が本当はどれほどなのかぐらいは確認できなければ今後の作戦すら立てられない状態だった。

 ある意味、艦娘も深海棲艦と同じように現代の常識に正面からケンカを売る存在なのだが今は棚上げして理不尽な敵への対策に思考を集中させなければならない。

 

『・・・了解しました、ですが』

「付いて来いったって後ろにピッタリとってわけじゃない、自分達の安全を第一に砲撃支援をやってくれれば十分だ・・・だが頼りにしてるぞ!」

 

 不承不承と言った様子で返事を返してくる利根の指揮官との通信を終えて中村は軽く首を回して肩を解し、原速まで落としていた五十鈴の推進機の出力を二段階ほど上げて偵察の為に敵艦隊へと進路を向けさせる。

 

「頼りにしているねぇ・・・、提督、ホントのところはどうなのさ?」

「本当も何も重巡洋艦の火力と長良型の脚の早さは俺達にとってこれ以上ないってくらいの味方になる」

「指揮官がヘボじゃなければねっ、敵の大艦隊を前に遠足の引率なんて冗談じゃないったら」

 

 指揮席の後ろから顔を覗かせた北上が疑わしそうな視線を中村に向け、正面モニターで五十鈴の艤装に伝達する霊力の調整補助をしている霞が振り返る事無く不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「まぁ、今まで単艦運用だけしてきて今回初めて二人の艦娘を指揮下におくことになったらしいから、多少は大目に見てやるしかない」

 

 航空支援からの情報だけを頼りにしてほとんど同じ場所から狙撃を繰り返すという初心者じみた戦い方、潜水艦でなくとも深海棲艦は浅い水深なら潜航することが出来ると言う情報を失念していた迂闊さ、さらに足も速くソナーを標準装備している軽巡洋艦娘に旗艦を変更する事であの状況でも挽回できるはずだったのに彼等はそれすら気付いていなかった。

 

「てーとく、戦場でそう言うのは死んじゃうんだよ?」

「・・・と言ってもほっとくわけにはいかんだろ」

 

 そもそも、艦娘は人と同じ食事や休息を必要とする性質を持つために他の兵器と比べると極端に継戦能力が低いと言う弱点を抱えている。

 それを理解していれば司令部の命令だけに従って防衛に徹していたら次から次へと湧いて来る深海棲艦に追い詰められてじり貧になるのは少し考えれば分かる筈なのだ。

 

「今後の為にもアイツらにはここで一皮剥けてもらう」

「実戦経験を積ませるために敵の本隊に引き摺って行くんだ? 中村提督って思ってたより酷い人なんだねぇ、あははっ」

 

 足手纏いは邪魔なだけだと言外に伝えてくる仲間達の態度に中村は軽く肩を竦めてから火力支援を得るメリットといろいろと拙い新人の面倒を見るデメリットの差をあえて無視する。

 何より、そこらのはぐれ深海棲艦なら簡単にやっつけてしまえる実力者揃いの部下達にも決定的に足りない物はあり、軽巡と駆逐艦を主にした編成であるが故に中村の艦隊は純粋な破壊力と射程距離に難を抱えていた。

 そして、偶然にもその力を備えた艦娘が無意味な点数稼ぎに躍起になって棒立ちしていたのだから、それを放っておくのは中村にとっては勿体ないの一言に尽きる。

 

「まぁ、高雄か愛宕が来てくれていたらこんな面倒な事を考える必要も無かったんだがなぁ・・・」

「確か高雄さん達の編成申請が却下されたのは一つの艦隊に戦力の集中が起きないようにするためでしたっけ?」

「表向きはな、実際の所はこの作戦が終わった後に日本海側の防衛拠点となる舞鶴に駐在する艦娘の戦力が多くなりすぎるのを司令部が嫌がったからだ」

 

 霞と並んで作業をしていた吹雪が振り返り残念そうな表情を見せるが、彼女へ手を横に振って見せてから鎮守府の事情で望みの艦娘の艦隊編成に待ったをかけられた司令官は口を尖らせる。

 

 何処がとは言わないが魅力的な高雄型姉妹に対して下心はあれど自分達の艦隊の問題点を解決してもらうと言う正当な理由の為に中村は現代の日本の変わりように戸惑う二人へと助言や手助けをした。

 そして、少々露骨なご機嫌取りやシミュレーターゲームなどで個人的にも交流を深めて無事に中村は彼女達に気に入られる事に成功したのだが、その重巡姉妹が出した彼の艦隊への編成申請は司令部に却下された。

 

 さらにこの作戦に参加してる艦娘は大半である駆逐艦と軽巡洋艦はそのまま舞鶴基地に居残る予定になっているのに戦艦である長門には作戦終了後に鎮守府に戻れと命令が出されている。

 

「それを考えると、戦艦や重巡なんかの大型艦娘は東京湾で首都防衛をして欲しいって上の連中の考えが透けて見える」

『・・・何それ、ふざけてるの? それとも私達を馬鹿にしてるわけ?』

「これに関しては俺のせいじゃない。だが、映画やドラマでよく戦場に政治が絡むと碌な事がないとか言ってたが実際に体験する事になるとは思ってなかった」

 

 通信機から聞こえてくる五十鈴の呆れ声に肩を竦めてから中村は正面モニターに表示された敵や味方の位置が表示された海図に目を向け、その中で最も大きい赤い光点を睨む。

 終わってもいない作戦の後の事を考えられるなんて頭の良い連中は器用なモノだ、と他人事の様に考える前線士官は目下の障害である戦艦水鬼と仮称された怪物が居る海域を見据える。

 

「それはともかく菱田先輩中心に上手く立ち回ってくれてるから取り巻きは分散してるか・・・いや、戦艦水鬼だけが孤立してるのか? 砲撃支援もあるから様子見程度なら仕掛けれるか・・・?」

「提督、作戦目的は近海への敵艦隊の侵入の阻止もしくはEEZ外への誘導のはずでは?」

 

 顎に手を添えてボソッと中村が呟いた言葉に鳳翔が小さく首を傾げて見せるが、その柔和な表情は彼のその言葉を当然のものとして受け入れるような笑みが薄っすらと浮かんでいる。

 大人しそうに見えるが実は中村の指揮下にいる艦娘の中で一二を争うほどに苛烈な戦い方を好む空母艦娘の獰猛さを隠した微笑みに少し判断に迷いを感じた指揮官は短く嘆息して雑念を払う。

 

「少なくとも敵が次々に湧いて来る手品のタネを暴かないとおちおち休憩も出来ないからな、いくぞ」

 

 中村の気の抜けた命令にその場にいた全員がどこか嬉しそうに笑い、戦意を高揚させた五十鈴が不敵な笑みを浮かべて背後に続く利根を引き離していく。

 

 そう、自分達の後に続いて付いて来ているはずの利根との距離がどんどん離れているのだ。

 

 当然であるが艦種故に航行速度に大きく差がある五十鈴と利根の距離はさらに広がり、必死にスクリューと脚で波を掻き分ける重巡艦娘の遠く小さくなっていく姿を振り返って見た軽巡艦娘とその艦橋の面々がその状況の不可解さに首を傾げた。

 

「・・・って、なんでアイツは重巡を旗艦にしたまま俺達について来ようとしてるんだっ!?」

「ホントに素人じゃないの・・・」

「あははぁ・・・ちょっと、あちらの艦隊に連絡を入れますね」

 

 それなりに距離のある敵艦隊に向かうと言うのに火力は高くても速力に難がある重巡洋艦である利根を旗艦にしたまま軽巡洋艦娘の中でも特に船足の早い五十鈴に同行しようとしている背後の新人の姿に目を剥いた中村は驚愕の声を上げてとっさに推進出力を下げた。

 そして、怒る気も失せた霞が苦み走った表情から呆れ声を吐き出し、苦笑いを浮かべた吹雪が利根の艦橋へと通信を繋いで注意や助言を送る。

 

 そして、吹雪からの連絡で複数の艦隊で行動する際の注意事項を聞かされて自分と指揮官の迂闊さに気付いた利根は行き足を止め、とうとう恥ずかしさのあまり涙を零し限界まで真っ赤な顔を両手で隠してしゃがみ込んでしまった。

 

《筑摩ぁ、我輩はだめな姉なのじゃぁ・・・うぅ、ちくまぁ・・・》

 

 そんな泣き声を漏らしながらもういっそ殺してくれと言いかねない雰囲気を纏った利根が艦橋にいる指揮官に謝罪され慰められながら光に包まれて海上から姿を消していく。

 

《名取っ!! アンタが居るのに何やってるのよ!?》

《ひひゃっぁ、五十鈴ねぇっ、ごめんなさいぃっ!!》

 

 利根が消えたと同時に作り出された金の輪から入れ替わって海上に現れた妹艦娘である名取へとツインテールを逆立てた五十鈴が肩を怒らせて詰め寄り、怒りに満ちた顔で迫る姉に涙目になった妹が些か情けない声を海原に上げる。

 

「実戦よりもまず艦娘と指揮官の訓練内容の大幅な見直しが必要みたいですね、提督?」

「・・・勘弁してくれ」

 

 艦橋の外の様子と苦笑いを浮かべる鳳翔の言葉に頭の上の軍帽を目深に被り直した中村はもしかして勧誘する相手を間違えたかもしれないと今更な後悔にため息を吐いた。

 




名取「ひぃっひぃっ、もう息が、ひぅぅ・・・」(350ノット)

利根「駆逐艦は足が早すぎて追いつけんのじゃ! 待ってくれぃ!」(210ノット)

霞「だらしないったら!!」(403ノット)

中村「あっ(察し)・・・ゲームで支援艦隊に駆逐艦が必須ってそう言う事なのな」



※()内はそれぞれにとっての最高速度であり周囲の環境や本人の体調によって変化するだけでなく同じ艦種でも個人差があります。


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第二十七話

羅針盤に惑わされず、ゲージを削る必要がなく、連続で出撃する事も無いだって?

なんて良心的な設計のイベントなんだっ!

高速修復剤もほっとけば湧いて来る資材もないけど問題無いね!


 敵の侵攻の知らせを受けて舞鶴港から出撃し、道中で遭遇した敵を辻斬りじみた早さで撃破しながら中村と指揮下の艦娘たちは進軍する。

 途中で出会った指揮官歴がまだ半年も経ってないという素人さが抜けない特務三尉とその指揮下にいる重巡洋艦娘利根と軽巡洋艦娘名取と合流した中村は彼らの援護を頼りに敵艦隊の戦力を把握するために威力偵察を考えた。

 考えはしたがあまりにも後輩指揮官の艦娘運用が拙かったせいでほとんどの時間が彼らの実地訓練と化して敵艦隊の中央に向かう事は叶わず、はぐれ艦を撃破しながら敵艦隊の外周を回ることしかできなかった。

 

「・・・まさか、新人の訓練で半日が過ぎるとは思ってなかった」

「でも、綿津見が予定よりも沖に出てきてくれていて良かったですね」

 

 一般に財団と呼ばれている彼の前世には存在していなかった巨大企業から海上自衛隊が借り受けている大型海洋調査船の後部デッキで中村と吹雪が軽食と仮眠を終えて立っている。

 敵の勢力がまだ遠い位置にあるとは言え日本海沿岸である舞鶴港よりも間違いなく危険な場所へと臨時司令部を乗せた非武装の船舶が無理を押してきてくれた事には感謝の言葉しかない。

 

「それは、まぁ、後ろから命令するだけの連中じゃなかったことは素直に感謝するべきか・・・」

 

 これでこちら側の戦力が昼戦で削られていなければ万々歳だったのだが、中村と彼に同行していた利根と名取の指揮官を除くほとんどの指揮官と艦娘は少なくない損害を受け、中には大破して実質戦闘不能となってしっまった艦娘も複数人いた。

 指揮官達に大破もしくは強制解除と言われる様になった大きな損傷を受けた艦娘は待機形態に戻ると生命活動に支障が出ないと言うだけで十分に酷い重傷が残り、傷が悪化する前に出来るだけ早い治療槽での修復が必要となる。

 東京湾の鎮守府にある百人以上を同時に治療できるクレイドルが利用できれば最善であるのだがここは鎮守府から遠く離れた日本海海上であり、今回の作戦の為に舞鶴港に設置された治療槽は性能は問題無くとも同時に四人の艦娘までしか治療できない。

 

「傷の浅い子達でも応急処置には限界があるし、本当にじり貧になるぞこれは・・・」

「それでも私達がやらないとたくさんの人が深海棲艦の犠牲になっちゃいます」

 

 真剣な顔で胸の前で握った自分の手を見つめる吹雪を横目に見た中村は微笑みながら少女の頭をポンポンと手のひらで軽く撫でて気負うなと短い言葉をかける。

 そして、彼から見て頭一つ半ほど背が低い少女は撫でられて目を閉じ、白い士官服の胸に耳を当てるように緊張に強張った身体を寄りかからせた。

 

「司令、少しだけ、こうしてて良いですか・・・?」

「まぁ、少しだけだぞ・・・準備が終わったら再出撃なんだからな」

 

 何かと暇さえあれば中村に対して吹雪は彼の前世の話を幼い子供の様にしつこくねだっていた。

 だが、今のどこか女性らしさを感じさせるしおらしい彼女の姿に少し前まで吹雪を見た目相応の子供だと思っていた中村はひどく驚かされドギマギする内心をごまかすために明後日の方向を向きながら頬を掻く。

 

 そんな夕暮れの海原に向かって顔を向けて照れ隠しをする中村と目を合わせる少女がいた。

 

 吹雪と同じ吹雪型駆逐艦のセーラー服に身を包んだ二つ結びの短いお下げ、長女と似通った顔立ちには清楚さが見える特型駆逐艦二番艦が14mの巨体に艤装を背負った状態で綿津見の甲板にいる中村と吹雪を見ている。

 

(白雪、なんだよその微笑ましいモノを見るような顔は・・・)

 

 吹雪と特に仲が良い姉妹艦であり、たまに整備場で機関銃や対空砲を磨く姿が見れるトリガーハッピーな駆逐艦娘はクスッと小さく笑ってから綿津見の護衛任務の為に周辺警戒へと戻っていった。

 そう言えば白雪には今回の吹雪と自分の事情に気を使わせてしまっていた事を思い出し、今度詫びの一つでもしないとな、と中村は心にそう留めて置くことにする。

 

・・・

 

 2015年、三月末日・・・

 

 水平線へと太陽が沈み、曇り空にまばらに見える星と月の明かりは頼りなく、それでも戦艦水鬼を中心としてゆっくりと日本に向かって進軍する深海棲艦の群はそれぞれが目に宿す鬼火で海上に黒い巨体を浮かび上がらせていた。

 艦娘達に昼戦で叩かれ学習でもしたのか隊列からはぐれて好き勝手に行動するモノはおらず、その気になれば100ノットを超える速度で走れる小型艦種ですら大樹に寄り添うように艦隊から離れずにいる。

 最新の情報では大半が駆逐艦と軽巡級であるが193隻に達する深海棲艦の大勢力はさながら一つの巨大な黒い生物のように海を進む。

 

『予想通りに一直線に進んできてくれたのは良いが思ったより待たされたな、準備は良いか?』

『いつでも良いよ、早く始めちゃいましょ~』

 

 時速25ノットと言う鈍足で自らの眷属に囲まれて進む巨大な鬼女と取り巻きの艦隊は何の邪魔も無ければ翌日の昼には石川県の沿岸へと到達してその身に宿した猛威を振るう事になるだろう。

 その艦隊の首魁である戦艦水鬼と呼称される事となった角の先から足下まで全高210mという巨大すぎる人型は周囲の異形とは一線を画す完成度を持った不気味な漆黒の美貌を闇夜に溶け込ませながらゆったりとした足取りで海原を歩いている。

 

『なら、行くか、総員っ! 戦闘開始だ!』

 

《そんじゃ、ギッタギッタにしてあげましょうかねっ!!》

 

 艦橋の指揮官からGOサインが出され、真夜中の海原で障壁と主機を止めていた北上が海面に匍匐していた身体を素早く起こし、片膝立ちとなり両腕を白黒の葬式行列の様な怪物の列へと突き出す。

 闇の中に目を開いた軽巡洋艦娘北上の身体から霊力の光が淡く立ち上り、防御障壁の展開と同時に彼女の肩や手足に装備されている魚雷管が霊力の供給を受けて駆動音を立て各部に光の筋を走らせる。

 

『一発一殺なんて欲張りは言わん、とにかく確実に戦艦水鬼への進路にいる連中だけ片付けろ!』

 

 鈍い音を上げながら増設された魚雷管が細かい角度調整を行い、艦橋にいる艦娘達によって照準されて北上の霊力を圧縮して作り上げられた魚雷が発射の合図を待って仄かに輝きを漏らす。

 

《アイアイサーッ! 両舷合わせて40門、特大の魚雷衾をくらっちゃいなよぉっ!!》

 

 指揮官の命令に嗜虐的な笑みを浮かべた北上の声を合図に手足や肩から魚雷の大群が放出されて着水音を連続させ、直進する敵の侵攻ルートに待ち伏せしていた重雷装巡洋艦の出現に未だ気付いた様子の見えない深海棲艦の群れに向かって太平洋戦争で猛威を振るった九十三式魚雷を模した破壊エネルギーの結晶体が水面下を駆け抜けて行く。

 そして、深海棲艦の艦隊の横っ腹に食いついた魚雷達が闇を切り裂くように霊力の輝きを波打たせて放出し、夜の海面にまるで花火のように光る水柱が次々に立ち上り夜闇を飾る。

 

『前方敵勢力、重巡三隻撃沈、軽巡と駆逐艦は全滅っ、空母二隻大破・・・先制雷撃で敵の三十隻以上が行動不能に、凄い戦果ですよ!』

『・・・は、はしゃいでんじゃないの! 魚雷管の接続と増幅を開始、本命を用意するわよ、北上!』

 

 電探で敵の状態を確認した吹雪が北上が放った先制雷撃の破壊力に歓声を上げ、予想を超える威力に驚きを隠せない五十鈴が自分と周りを叱咤するように叫びながら次の行動へと移るように催促する。

 

 馬鹿みたいに真っ直ぐに突き進んでくる敵軍が横切る海域に待ち伏せして大量の魚雷による先制攻撃を与えるという単純故に効果の高い作戦を成功させた北上はニヤニヤと緩みそうになる顔を軽く手で撫でて抑え、立ち上がって背中で霊力を渦巻かせて唸りを上げる推進機に押されて波を蹴った。

 

《後はあのデカ鬼に雷撃カットインをぶち込むだけってね~! 悪いけど一発で仕留めちゃうよ~》

 

『油断はするな、今ので俺らは完全に敵に見つかったと思って良い!』

『各方面の友軍が支援攻撃を開始するわよ! 流れ弾に当たらないで!』

 

 曇天の夜空の下を走る北上は自分の足に装備された五連装魚雷から聞こえた音に手を伸ばし、その装甲から突き出した数本のケーブルが束ねられた端子を握って引き出して腕に装備されている魚雷管に用意された接続口へと繋げる。

 充填された霊力を魚雷として放出した彼女の手足となっている兵器が今度は複数の連結を経て北上の本艤装とエネルギーの循環増幅を行うコンデンサーへと役目を変えた。

 

『魚雷管同士の連結を確認、増幅率安定しています』

『霊力と力場の圧縮が終わるまで障壁と武装に伝達される霊力が減るからな油断するなよ!』

『圧縮完了まで21分! ちゃんと敵の攻撃も避けなさいよ!』

 

 先輩風を吹かせる生意気な駆逐艦を少しだけ煩わしく思いながらも北上は自分が船であった頃ですら上げた事の無い更なる大戦果の予感に意気揚々と瞳に戦意を漲らせ、艦橋にいる司令官の操作によって背部艤装から脇腹に沿う様に突き出てきた螺鈿仕立ての鞘から刀を引き抜き右手に握る単装砲と共に構えた。

 その間も青白い光の筋が脈打つように艤装同士で行き来し、それに合わせて左腕にある二連装魚雷が唸りを上げる気配を感じながら北上は敵艦隊から放たれた砲撃を避け。

 薄く輝く刀で赤く灼熱する敵弾を切り払って自分達の奇襲に泡を喰って慌てふためいている敵の横っ面へと牽制の単装砲を打ち込んで敵艦の間を縫うように走り抜ける。

 

『北上さんの邪魔はさせないんだからっ!!』

『魚雷でも砲撃でも良いから、とにかく撃つクマァ!!』

 

 飛び交う通信に耳を澄ませれば自分とは別の方向から友軍による援護が出発前に綿津見で行われた臨時作戦会議の予定通りに始まったらしく敵は隊列を乱し、反撃や逃走をてんでバラバラに始めた深海棲艦の艦隊に入り込んだ北上はその目に巨大な鬼の姿を捉える。

 待機形態から比べると16m強となる自分も随分と大きい身体を持っていると思っていたが、その北上を見下ろす白い顔が周りの混乱など知った事ではないとばかりに悠々と歩を進めてくる威容に軽巡艦娘は一匙ほどの恐怖を飲み込むように喉を鳴らした。

 

『魚雷管力場、圧縮完了まで後三十秒!』

 

《っ・・・あいよ~! さっさとヤッちゃいましょ~・・・さっさとね!!》

 

 ただ正面から戦艦水鬼の姿を見ただけで威圧されかけた北上は艦橋から聞こえた声に強張りかけていた顔をわざとらしい笑みで無理やり上書きして奥の手を放つため、左手の刀を鞘に戻して後ろ手に背部艤装へと押し込み格納する。

 秒読みを始めた霞の声に耳を傾けながら周りを飛び交う敵味方の攻撃による水柱を避け、北上は何かが掠れる様な音と青白い光を渦巻かせる自前の魚雷管を黒く刺々しいドレスに身を包んだ怪物へと向けた。

 

 9、8、7、6、5、4、3、2、1。

 

 周囲の砲撃の余波で荒れる海を最大戦速で走る北上とそれを意に介せず堂々と歩む戦艦水鬼、その距離が1000mを切ったと同時に秒読みが終わる。

 そして、自分を見下ろす怪物への恐怖を押し殺して腕を振った北上の魚雷管から青白く輝く二発の魚雷が飛び出して白い航跡を真夜中の海面下へと描きながら凄まじい速度で敵旗艦へと突き進む。

 

 周りの砲雷撃の余波が花火だとするならそれは海に落ちた太陽とでも言うべきか、暗闇の曇天をも照らす霊力の爆発は撃ち出した本人である北上の視界と艦橋だけでなく遠くから援護射撃を行っている友軍の指揮官や艦娘ですら目を晦ませるほどの閃光を放った。

 

《やった、ははっ! やったよっ、あははっ♪ この北上さまを前にして、馬鹿みたいに突っ立ってるからそうなるんだ・・・よ・・・っ!?》

 

 閃光から顔を庇う様に腕を交差していた北上は爆発で巻き上がった海水の雨の中で大袈裟に笑い声を上げ、自分が討ち取った敵の末路を見てやろうと目を向け。

 

 その目に映った光景に絶句した。

 

・・・

 

 モニターに映る戦艦タ級の姿、大きさだけなら戦艦水鬼とほぼ同じ体格を持ち背中から砲身を備えた大蛇を幾匹も生やす強力な深海棲艦の一種、病的な白い肌に身に着けるのはセーラー服の上と白いマント、下半身は局部以外ほぼ剥き出しで両脚は歪な装甲に包まれている。

 そのタ級の頭が巨大な黒光りする掌に握られてぶら下がり、首から下がほぼ全て弾け飛んで死に体となった戦艦級深海棲艦から黒く粘度の高い液体がボタボタと海面へと落ちて沈んでいく。

 

「え? なにそれ・・・」

 

 艦橋の中にいる誰かの呻く、もしかしたら全員が同時に言ったかもしれないそれを合図にしたかのようにタ級の頭を掴んでいる巨大な掌が卵かなにかの様に他愛なく同胞の頭をグシャリと潰し、原形を完全に失った戦艦級深海棲艦の残骸が砕け散りながら昏い海へと沈んでいく。

 奇襲の成功に湧き立っていた俺の精神が急激に冷え凍え、モニターに映る月明りの下で黒光りする剛腕とそれを背中から生やしている戦艦水鬼の姿に沸き上がった恐ろしい予感に警鐘をガンガンと鳴らす。

 

「・・・アイツっ、タ級を盾にしやがった!?」

 

《なにあれ!? 提督、アレはっ、一体なんなのさぁっ!?》

 

 同胞をゴミの様に握り潰す巨大な腕を背中から生やした戦艦水鬼と言う異常を見せられた北上が恐慌を起こして悲鳴を上げ。

 その光景に俺は自分達が最悪の選択をしてしまったのでは無いかと直感する。

 

 前世で見たゲームの中の戦艦水鬼はその美貌の背後に厳つくおどろおどろしい巨漢の怪物を従えて高すぎる攻撃力と防御力で猛威を振るっていた。

 鎮守府の中枢機構は星の内側から溢れる霊的エネルギーに干渉して無秩序に進化するはずだった神話の中から復活した怪物たちに一定の制限と誘導を行い。

 そして、前世ではゲームの中だけに存在していた深海棲艦の姿を模倣させると言う話ではなかっただろうか。

 

『中村っ! 何が起こった! 攻撃は成功したのか!?』

(化け物艤装が無いからゲームの時より攻略は簡単だって? 冗談じゃない・・・何処に隠してんだよそんな化け物をっ!?)

『ビジッ・・・どうした! 状況を報告っ・・・ジジッ』

 

 周囲の霊的力場の増大によって発生するノイズで不明瞭になっていく通信機から聞こえる菱田先輩の通信に答える余裕もなく俺は恐怖に歪んだ顔で変化を始めた鬼級の深海棲艦を呆然と見つめる。

 戦艦水鬼の周りを走る北上の艦橋に映る威容はその質量を更に増やし、身に纏った闇色のドレスが内側から膨張して弾ける。

 千切れた黒い布地を舞い散らし鬼級深海棲艦の艶かしい白い背中から筋骨を隆々に盛り上げた黒鉄の腕が脱皮するように這い出て、それを追う様に牙が並ぶ口だけが開く双頭と巨大な大口径主砲が耳に痛い鋼の軋みをまき散らしながらその巨影を夜空の下に現した。

 

『て、提督っ・・・か、帰っていい?』

「・・・ダメだっ、ここから離れるな!」

『ちょ、無理無理! あれはダメでしょ! アタシみたいな軽巡がどうにかできるレベルじゃないって!!』

 

 その身体を縛る様に巻き付く刺々しい鎖とビルの様に太い砲身を備えた大口径連装砲、黒鉄の巨体から生える腕は胴体よりも長くそれだけで東京タワーを引っこ抜いて振り回せるだろう。

 初見時の210mと言う計測結果の時点でも十分に巨大だったのに二本の巨大な黒腕を海面に突いて立つ巨大艤装は1kmの距離があっても視界から月を隠す程の巨体を揺らす。

 その腕長で短足のアンバランスな筋肉ダルマに抱かれるように白い肌と胸を惜しげもなく晒した戦艦水鬼の上半身が鋭利な黒い角と前髪を揺らし俺達を見下すように赤い火が灯った目を向けてきた。

 

 背中から出現した巨大艤装と融合してその鈍く光る黒く広い胸板に両腕と下半身を深くめり込ませて帆船時代の船首像のようにぶら下がり白い肌を晒すその姿はゲームと大きく異なる。

 だが全体のシルエットは確かに俺の記憶の中の戦艦水鬼と多くの部分が符合する怪物が目の前に正体を現した。

 

「くっ、あれを相手にするのは無理よ、撤退する以外に無いって分かるでしょ?」

「でも、あんなのが本土を攻撃したら! 私達が何とか・・・」

「吹雪! 出来る事と出来ない事ぐらい分かりなさいったら!!」

 

 五十鈴と霞が気丈に顔を強張らせながらも撤退を進言し、吹雪は恐怖を押し殺しながらも自分にできる事を求めて俺へと助けを求めるように顔を向けた。

 

「さっきも言ったがこの距離から、奴から離れるな」

 

《冗談でしょ!? いくら何でもそれはおかしいって!!》

 

 深呼吸をしてから俺はモニターに映る正体を現した戦艦水鬼へから艦橋にいる仲間達へと視線を回して乾きを訴えてくる舌と喉を湿らせる為に唾を飲み込んだ。

 

「ここは奴の射程の空白だ。幸か不幸か少なくともここから近づくか離れるかしない限り、戦艦水鬼の攻撃範囲内に入る事は無い・・・はずだ」

「はずって・・・提督、何を根拠に・・・?」

「アイツは身体もそうだが武装もデカすぎる、だから攻撃手段があの巨大な腕でぶん殴るか、離れた場所にいる目標を主砲で薙ぎ払うかの二択しかないんだ」

 

 呻くように問い返してくる鳳翔の青い顔にそう答えながら何故そんな事が分かるのかと自問自答してみるが正直に言うと俺自身にも分からなかった。

 

 目の前のアレの構造は端的に言ってしまえば大量の霊的エネルギ―、高濃度のマナで元の質量を膨れ上がらせた風船のようなものであり、その内部のマナが表皮に鋼鉄を凌ぐ強度の障壁を生み出し、主砲へと莫大な火力を注ぎ込む。

 だが、暴力という一点にのみ集中してそれ以外の部分を切り捨てた方向を選び突き進んだソレはあまりにも鈍足で愚鈍な応用性が無い歪な存在として進化した。

 

 ただ、奴がそういう進化へと誘導されたのだという事を俺はまた根拠無く感覚で理解させられる。

 

(親切なのはありがたいですけどっ、刀堂博士っ! もっとマシな進化の誘導先は無かったんすか!?)

 

 ある意味ではこの状況の原因である科学者からイメージで教えられた情報を垂れ流した俺の言葉。

 それに耳を傾けていた全員が顔を恐怖に強張らせて真の姿を現した戦艦水鬼へと畏怖の目を向けた。

 

「あぁ、クソ、だけどなっ・・・中核になっている鬼級を破壊できれば艤装部分は連鎖して崩壊するったって、俺達にその決定打が無い!」

 

 突然に脳内へと供給された情報を自分で理解する為に吐き出し終わってから俺は戦艦娘がそれを可能にする戦闘能力を持ているらしいと言う猫吊るしからの後付け情報に、何でその肝心の長門が舞鶴港で留守番しているんだ、とこの防衛作戦が始まってから何十回めになるか分からない愚痴を怨嗟の思いと共に吐き出す。

 艦橋にいる仲間達の様子を見る余裕もなく被っていた帽子を投げ捨てるように取って髪の毛を掻き毟る俺は予想外の状況に思考停止しかけている脳みそに打開案を吐き出せと命令する。

 

 現状での最善手は逃げ以外にない、だが肝心の逃走方法をはじき出すまでもう少し時間をくれと宣う回転の鈍った自分の頭の悪さに嫌気がさす。

 

『ちょ、それってあの怪物を何とかしない限りアタシ達・・・逃げる事も出来ないっての?』

「朝になれば鳳翔に全力で飛んでもらえれば逃げ、いやその前に撃ち落されるか・・・? 戦艦水鬼って言ったら矢鱈と命中率が良くて更に一撃必殺ってのが印象に残ってるからな・・・」

 

 もしかしたらゲームをやっていた頃の自分の艦隊がへぼ過ぎて滅多打ちにされていただけかもしれないが、何度挑戦しても大破する艦娘が増えるだけで入渠の順番待ちと資材や緑のバケツが溶ける様に減っていく様子に呻いた平和な悩みを抱えていた前世の思い出に現実逃避をする。

 ゲームではボタン一つで撤退も進撃も思いのままであったし、敵地との行き来も数分あれば往復する事も出来たが残念な事に現実にはそんな便利で都合の良いモノは存在しない。

 

 そんな風にぶつぶつと頭の中から情報を引っ張り出して狼狽えていたのが悪かったのか、俺達の都合を無視して戦艦水鬼が山の頂上を思わせる双頭の更に上へと腕を振り上げて自分の周りを回っている北上へと拳を振り下ろす。

 いくら巨大化したとは言え1km離れた場所に届くほどの長さが無いはずの剛腕、それが振り上げられた頂点から海面へとまるでシーンのコマを飛ばしたような速度で海面を叩き、一本一本が小さな建物と言えるような指が海を抉って左右に開くように割り、その一撃が届かない位置にいたはずの北上ごと海原を掻き混ぜる。

 

《ちょっ!? 提督っ! あいつはアタシ達に攻撃できないんじゃなかったの!?》

 

「俺に言うな!? 掠めもしてないのに、こんなの反則だろぉ!?」

 

 ただ腕を上げて振り下ろしただけで周囲の空気が突風に変わり、抉れた海が昏く渦を巻いて津波へとなる。

 その自分の身長の数倍まで巻き上がった高波を見上げた北上が暴れる海面に足を取られながら悲鳴を上げた。

 

「くぉっ! 一番、七番端子の装備を破棄! 誰でもいい、撃て!!」

「はい! 司令官!!」

 

 迫りくる海水の壁となった津波に向かって仰け反り呆然とする北上の艦橋で俺は突然頭の中に走ったイメージに従って霊力を溜め込み増幅している増設装備を強制的に廃棄して津波に向かって飛ばす。

 接続基部から青白い光を噴き出す二つの五連装魚雷管が海面に叩き付けられる寸前、俺の命令に反応した吹雪がこちらの意図を正しく理解して北上の背部艤装の機銃を操作して光弾を魚雷管へと叩き付けた。

 ついさっきの雷撃カットイン程では無いが青白い閃光が周囲にまき散らされ、銃撃で砕け散る二基合わせれば一千万円に達する特別製の魚雷管から放出された霊力の衝撃波が頭上まで迫った津波から北上の身体を弾き飛ばして引き離し海面を滑らせる。

 

《うあぁ!? なにが! なんで爆発ぅ!?》

 

「旗艦変更! 伊58っ潜れぇっ!」

 

 突然に右の肩と腕から射出され爆発した自分の装備が放った圧力に押されて海面を転がり、暴力的な水圧で迫る津波を回避できた北上が手元のコンソールパネルの上で目を回している姿へと手を伸ばし、俺は指揮席の後ろにいる潜水艦娘へと叫びながら立体映像に指を走らせて旗艦をゴーヤへと変える。

 

「ヤツは戦艦、なら対潜能力は無いはずだ! ゴーヤ、頼む!!」

《うわぁん!!  こんなのってないよぉ!?》

 

 ゆっくりとこちらへと振り返る戦艦水鬼の目の前で北上が光に包まれ、その背後に作られた金の茅の輪からセーラー服の下にスクール水着を身に着けた潜水艦娘が身体を捩じり背面飛びで海上を舞い、ゴーヤはヤケクソ気味に叫びピンク色のくせ毛を揺らす頭から滑り込むように海中へと飛び込んだ。

 

『やっぱり海の中もぐちゃぐちゃでちぃ! てーとくぅ! ゴーヤ、潜れないよぉっ!』

「文句言わずにとにかく潜れっ!」

 

 もう、戦艦は潜水艦に攻撃できないと言う現実では何の根拠にもならないゲーム知識に頼ってゴーヤに旗艦を変更する。

 洗濯機の中に飛び込んだような海流に振り回されて悲鳴を上げた潜水艦娘の艦橋で祈る様に俺は叫ぶ。

 

「し、司令官っ! ソナーにっ!?」

「今度は何なんだよ、今はとにかく逃げるしかっ・・・ぁ・・・?」

 

 とっさに思いついた海底まで急速潜航して多少の被害は無視して戦艦水鬼の取り巻きの下を逃げると言う考えは、しかし、悲鳴を上げた吹雪の声と伊58の暗視能力でモニターに浮かび上がる黒い渦潮によって破綻する事になった。

 ソナーとレーダーに浮かび上がる赤い敵性反応、戦艦水鬼の丁度足下に存在する直径数百メートルの黒い渦の中から赤や黄色の鬼火が黒い船体と共に顔を出してくる。

 

「敵が減らない手品のタネが・・・よりにもよってっ・・・かよ・・・」

「この異常に巨大な空間の反応、限定海域っ・・・ですっ」

 

 鳳翔が顔を真っ青にして正面モニターから俺を振り返り、彼女の手元にあるソナー表示には見た目の大きさを裏切って示される小窓を真っ赤に染める超巨大な質量と空間が存在していると教えていた。

 これだけの代物が突然に現れる事はまずあり得ない、つまりは海上の戦艦水鬼の下に隠され引っ張られてここまで運ばれてきたのだろう。

 

 偶然にも深海棲艦の巣を海中に潜った為に発見する事になった俺達は絶望的な状況に呻き声を漏らす。

 

『これ以上潜るとあの渦に引き込まれるよっ! どーするのっ! てーとく!?』

 

 海上には歩く暴力災害と言っても過言ではない真の姿を現した戦艦水鬼、海中には俺達を引き込もうとしながら増援の深海棲艦を吐き出そうとしている黒く渦巻く異空間を内部に収める限定海域。

 ゴーヤの超音波による探査(エコーロケーション)が必要ないほどはっきりと目に見える脅威の存在に俺はただ頭を抱えた。

 




迷わずボスに挑める。
ゲージを削る必要はない。
そして、連続して出撃する必要もない(白目)

でもボスと艦娘の戦力差はマクロスクォーターvsガンダムRX-78状態。

クソゲーここに極まれり。



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第二十八話

ブラウザ版の艦これって何故か戦闘中は総攻撃じゃなくて一人ずつ交代で攻撃するよね。

今回のお話は自分なりに何でそうなるのかを考えた結果であると言えます。




陣形? 知らない子ですね。


 2015年、三月の三十一日から四月一日へと日を跨いで行われた戦艦水鬼を日本海から追い出すための防衛作戦に参加した中村は敵首魁が隠し持っていた強大過ぎる能力とその足下に隠されていた深海棲艦の巣の存在に打ちのめされ、荒ぶる海流に振り回される伊58の艦橋で呆然自失となった。

 前世で遊んだゲームと違い何度も同じ相手と戦う必要が無いと高を括って実行した敵のボスだけを狙って強襲する作戦はゲームとは桁が違う力を隠し持っていた怪物の前にここに破綻する。

 

 攻める事も逃げる事も出来ない八方ふさがりの中で顔を恐怖に強張らせて頭を抱えた中村はたった一撃腕を振り下ろしただけで大嵐を生み出した戦艦水鬼への恐怖に指揮席で項垂れる。

 戦艦水鬼が身動ぎするだけで洗濯機のようにかき混ぜられる海流と悲鳴を上げる伊58もろとも彼等を引きずり込もうとしている黒い円錐のような限定海域を内包する渦潮に挟まれ、完全に降参の音を上げた自分の思考の鉛のような重さが中村の身体全体に圧し掛かっていた。

 

「司令・・・中村司令!」

 

 手元のコンソールパネルへ阿呆のように虚ろな目を彷徨わせ口を半開きにしていた中村は耳元に届いた少女の声に顔を上げる。

 強大な敵の出現で恐怖に強ばってはいるが目の光を失うことなく自分を見つめる吹雪の視線を受けて指揮官は諦観に満ちた苦笑を返す。

 

「悪いな、吹雪・・・俺達の作戦ミスって奴だ・・・ははっ、はは・・・」

 

 肩を落とし猫背になった中村が力なく情けない笑いを漏らし、自分を見詰めているだろう吹雪と向かい合う勇気もなく手元のコンソールパネルの上で視線を無為に彷徨わせる。

 旗艦をしている伊58は必死に姿勢制御を行っているが海上で暴れる怪物の余波だけで掻き混ぜられた海流に振り回されて中村達が居る艦橋は激しい軋みと揺れを繰り返す。

 

「司令官、・・・大丈夫です」

「大丈夫って何言ってんだよ・・・もう逃げ道は無い、俺達は終わったも同然だ」

 

 必死に友軍への通信を開こうとしている鳳翔の声、ソナーに取り付いて海底から湧いて来る敵の位置を旗艦に知らせている五十鈴、魚雷の再装填の補助と敵へのロックオンに従事している霞と北上、全員の声が煩わしく、しかし、苛立つ事すら放棄した中村は自分と向かい合っている吹雪へ弱音を吐く。

 いつもの可愛らしい真面目な顔、自分と同じく敵への恐怖を感じているはずの少女はしっかりと意志の光を宿した瞳を向け手を伸ばす。

 

「まだ、私達はここにいます。・・・だから大丈夫です」

 

 伸びてきた吹雪の手が彼が肘掛の上で脱力させている手を強く、痛みを感じるほど強く握り、その痛みに顔を顰めた中村は部下の意図が解らずに目を瞬かせる。

 

「ふざけんなよっ、お前なっ、状況分かって言ってんのか!? 上には山みたいな怪物! 下には深海棲艦の巣! 通信も使えなくなって友軍に助けも求められない! これ以上無いぐらいの詰みだろが!!」

 

 自分達は処刑台に上がった死刑囚でどう足掻いても死の運命からは逃れられないのだと、八つ当たり気味に叫び中村は吹雪の手を振り払おうとしたが、駆逐艦娘の握力はそれを許さず離れる事を拒む手には薄っすらと霊力の光が湯気の様に立ち上る。

 

「まだ終わっていません、私達はまだ戦えます!」

「戦うって何とだよ、限定海域に飛び込めばワンチャンあるとか言い出すつもりか?」

 

 笑えない冗談だと引き攣った笑みを浮かべる中村の手を包み込むように吹雪の手から溢れた光が広がり、その腕から肩へと伝わってくる温かさに不思議な心地よさを感じた指揮官は大きく息を吸って深く吐き、そして、激昂した自らの精神を抑え込んで開いている手で額を覆う。

 

「いいえ、戦うのは海上の戦艦水鬼と・・・です」

 

 自分で言った言葉に恐れを揺らしながら、それでも吹雪は中村と真っ直ぐに視線を合わせながら言い切り、言われた彼はその荒唐無稽な言葉に失笑した。

 

「どう戦うってんだよ、アレは駆逐艦や軽巡がどうこうできるレベルの相手じゃない、吹雪、お前だってわかって・・・」

「戦艦水鬼は北上さんの雷撃カットインを味方を盾にして防ぎました」

「は、・・・ぁ?」

「もし防ぐ必要も無い攻撃であると戦艦水鬼が判断していたなら自分の障壁だけで対処していたはずです」

 

 先ほどの中村と同じように深呼吸をしてから指揮官の問いかけに吹雪は彼に奇襲作戦の失敗を思い出させ、周りの同僚艦娘達も彼女の言った言葉の意味が解らない様子で暫し手を止めた。

 深海棲艦はある意味では非常に効率的な行動を選ぶ生き物であり、必要であれば味方ごと敵を撃つ事はあれどわざわざ必要が無い時にまで味方に損耗を強いる事は無いと今までの経験と集められた知識から吹雪はそう断言する。

 

「司令官はさっき戦艦水鬼のあの巨体は風船のようなモノだと言ってましたよね?」

「・・・あ、ああ、出所はネット知識みたいなもんだが、折り畳まれてた体に形を持たない霊力が詰め込まれている・・・はずだ」

「そして、あの女性の部分があの巨体に霊力を供給する核となっていて、そこを破壊できれば全体が崩壊するんですね?」

 

 おそらく吹雪は彼が鎮守府の中枢機関と交信していたなど想像もしていない、その情報も彼が前世で得たあやふやなモノだと思っている。

 だが、それを全面的に信じた上で中村の初期艦は打開案と言うにはあまりに乱暴な策を口に出す。

 

「なら、霊力の塊だと言うなら五十鈴さんや北上さんの刀で切れます、戦艦級の味方を犠牲にしてまで雷撃カットインを防いでわざわざあんな巨体を引っ張り出したのは私達の攻撃が相手に有効だからだと思います」

 

 軽巡洋艦娘が標準装備している近接武装は総じて刀剣の形を取り、その刀身に霊力の振動と渦を作り出す事で敵の障壁や力場だけでなく鋼鉄の装甲すら切り裂く。

 だが、仮に戦艦水鬼に対してそれが有効だったとしても目測だけでも400mを超える頭を二つ持ったゴリラのような体型の怪物に十数mの艦娘の剣をどれだけ頑張って振るっても針を刺した程度の攻撃にしかならないだろう。

 

「つまりあれか? お前、あの近付くだけで死にかねない化け物にわざわざよじ登って中核をぶった切ればいいとか、思ってるのか?」

 

 よっぽど上手く敵の隙を突いて弱点を狙って、それこそ一撃で喉を掻っ切るような致命傷を与えない限りそんな事は実現しない。

 

「仮に撃破できなくても相手の身体に穴をあけて内部の霊力を放出させれば、敵の攻撃の遅延にもなります・・・その間に逃げる事も、多分・・・」

「いや風船っつたのは例えみたいなもんで、穴開けたら吹き出すってわけじゃない、と思うぞ?」

「でも、やってみないと分かりません!」

 

 言った本人すら自信も確信も無い作戦と呼ぶにはあまりにお粗末な案に中村はポカンと呆けた顔を向け、自分の言葉を恥じるように顔を赤くしながらも吹雪は彼を強い意志を宿した瞳で見つめ返す。

 

「でも、生きるか死ぬかって時に手段を選んでる暇なんて無いわよ?」

「さっさと決めなさいったら! このまま無様に水圧で潰されるのかあの怪物に挑んで勝ちに行くのかを!」

「何て言うかさぁ、さっきの魚雷管の爆発で身体中痛いんだけど・・・、残りの魚雷管アイツにぶつけたら割と簡単にやっつけらんないかな?」

 

 いつの間にか強敵への恐怖から抗戦へと意識を切り替えたらしい部下達の視線と言葉が呆けた顔をしたままの中村へと向けられ、その場にいる五人の艦娘達は指揮官の判断を待つ。

 

「提督、私達は貴方が信じてくれるならどんな強大な敵であっても立ち向かい、そして、打ち倒して見せます」

 

 御淑やかに微笑みながら物騒な宣言をする鳳翔の姿に毒気を抜かれ、手の平から伝わって来る吹雪の温かさを感じ、狼狽え弱音を吐き情けなさをばら撒いた自分をまだ指揮官として認めてくれている仲間達の声に中村は顔を荒れ狂う海流を映すモニターへと向ける。

 

「死にたくねぇな・・・前の時はよくある風邪にかかって、すげえ苦しくて、でも一人じゃどうにもならなくて死んじまって・・・」

 

 ぼんやりと遠くを見るように前世の終わりを回想する中村の言葉に誰も口を挟む事は無く、彼は苦笑を浮かべて自分の手を握っている吹雪の手を握り返す。

 

「ははっ、そうだな・・・あれと同じのは、死んじまうのは、死んでもイヤだっ!」

 

 上下左右どこを向いても危険ばかりで逃げ道はない。

 そこに存在するだけで破壊をまき散らす怪物にどれだけ抵抗できるか分からない。

 

 だが、素人以下の考えから出てきた作戦であっても生きるか死ぬかの二択しかないなら、一度の死の恐怖と苦しみを体験した彼にとって選択肢などあってないようなものだった。

 

「ああ、俺は死にたくない、・・・だからこそっ、吹雪、お前たちに俺の命ごと全部賭けてやる!」

「はいっ! 司令官!!」

 

『そろそろ障壁が持たなくなるし水着が破れちゃいそうなんだけどっ、てーとく、いつまでゴーヤ、逃げ回れば良いんでち?』

 

 中村の情けなくも聞こえる往生際の悪い言葉に強く頷きを返す吹雪、そんな二人の姿に苦笑する仲間達、そして、荒れ狂う海の中で振り回されている潜水艦娘が苦しそうに呻きながらも指揮官の命令を待っているのだと催促する声が艦橋に響いた。

 

「潜って逃げるのは止めだ! 急速浮上、あの怪物に一発キツイのをお見舞いしてやる!!」

『りょーかいでち! ゴーヤもてーとくと一緒に鎮守府に帰りたいからね!!』

 

 引き込む海流を作り出す黒い渦とそこから現れる深海棲艦から逃げ回っていた伊58がその命令に躊躇い一つ無くすぐさま身体を捩って海面へと桜の花びらを思わせるリボンで飾った髪飾りを向ける。

 グンッと身体全体のバネを使って伊58は海上へと上昇を始めてセーラー服の紺色の襟や袖が揉まれてはためきながらその身体を引っ張る渦の流れから脱出させた。

 

「出力全開で超音波放て! 海面に煙幕を張る!」

『いっくよぉおおっ!!』

 

 黒い怪物を見上げる海面下で伊58がイルカのように両足を揃えてくねらせて背中に背負った推進機関が海水を発泡させ急上昇を始める。

 海面に飛び出す直前、深く息を吸い込むように大きく口を開けて荒れ狂う頭上に向かって探査用《ソナー》と言うには些か出力の高い超短波の高振動を打ち上げるように放射した。

 

「残りの霊力全部使っても良いから魚雷を出せるだけ出して浮上後の攻撃に備えろ!」

 

・・・

 

 海の上に浮くはずの無い巨大な質量を持った怪物はその身体に対しても大きすぎる腕で海面を掻き、逃げた獲物を手探りで探すように海を何度も抉り、その度に生まれる津波は周囲にいるそれの眷属をも巻き込んで海上と海中をひっくり返す。

 その怪物の足下が不意に不自然な泡立ちを始め、それを戦艦水鬼の赤い目が見下ろしたと同時にまるで爆発したかのような勢いで広がった濃霧がその巨体の足下を覆い隠した。

 

《海の中からこんにちわぁっ!! 駆けつけ一発くらっとくでち!!》

 

 煙幕のように分厚い霧の中から上がった少女の叫び声、そして、直後に霧を引き裂いて飛んできた魚雷を戦艦水鬼は表情を変える事無く自らの剛腕に命じて防がせる。

 瞬間移動のような速度で彼女の前に振り抜かれた分厚い掌で霊力の閃光が衝撃を放つ、それと同時に足下でも数発の魚雷が水柱を上げて短足の指が一、二本弾けるがまるで内部から迫り出すように新しい指が生え直す。

 それ故に自らの損傷ともいえない損傷を完全に無視して額から角を生やした美女は霧の中にいる獲物を見つける為に目をぎらつかせた。

 

《足下の魚雷は無視しても、提督の仰っていた通り弱点である本体への攻撃は防ぐと言う事ですね?》

 

 もう一度、強めに拳を振るって小虫をあぶり出そうと鬼級が考えたと同時に彼女の額の角へと光の鋼線が繋がり、黒いポニーテールをなびかせて茜色の着物を身に着けた空母艦娘が飛行甲板を模した肩当から放った機動ワイヤーを伝って霧の幕を破り急上昇してくる。

 摩擦音と火花を散らして猛スピードでワイヤーを巻き上げる飛行甲板によって海上250m程まで一気に上昇した鳳翔は自分の身長とほぼ同じ大きさの戦艦水鬼の顔にめがけて加速力を上乗せした霊力を纏った脚を勢いよく振り抜く。

 だが船底を模した分厚い履き物は白い肌を覆う不可視の壁に鈍い音を立てて砕け散り障壁にヒビを刻むだけに止まった。

 

《一筋縄ではいきませんかっ! ならっ!!》

 

 わざわざ自分の元に飛んできた羽虫の姿に戦艦水鬼は口元に半月を浮かべてただ腕を振るう、それだけで足下の海面は半円の津波を引き起こし、空気の壁が渦を巻いて周囲の眷属を宙に巻き上げて弾き飛ばす。

 暴風によって跳ね飛ばされ真空の刃と化した風に障壁ごと着物を切り刻まれ乱されながらも巨大な黒腕が直撃する寸前に機動ワイヤーを引き戻した鳳翔の身体が光に包まれて消える。 

 

《こういうのはどうかなぁっ!!》

 

 深海棲艦の腕が通過した後には金色の茅の輪が浮かび球磨型軽巡の名前を記し輝かせ、そこから宙に投げ出されるようにして飛び出した北上の両手足から霊力を溜め込んだ魚雷管が次々とパージされ、彼女の手にある単装砲や背部艤装の機関銃が特別製の増設装備を怪物の胸板に向かって弾き飛ばす。

 波打って広がる霊力の爆発が空気を震わせ、はじけ飛んだ魚雷管の破片が戦艦水鬼へと降り注ぐがやはり瞬間的に防御へと戻ってきた黒腕が壁になって全てを防ぐ。

 

 否、魚雷管に充填圧縮された霊力が発する閃光が分厚い壁となっていた黒鉄の腕を二の腕ごと吹き飛ばし、さらに空母艦娘の一撃で割れた障壁を貫通して霊力を纏った小さな金属片の流星群がむき出しになった戦艦水鬼の白い肌に細かく筋のような傷を無数に走らせ黒い体液が溢れて美術品のような上半身を汚した。

 

《折角のチャンスだったのにちゃんと直撃させなさいったら! 北上!》

 

『うっざいなぁ! いい加減、アタシを呼ぶ時はさんを付けなよ、駆逐艦!!』

 

 自由落下に加えて魚雷管の爆発の衝撃で加速した北上が海面にぶつかる直前にその身体が光に包まれ、今度は金の輪から小柄な少女が苛立たし気な声を上げて飛び出す。

 戦艦水鬼を含む全ての深海棲艦は言語を持たず、基本的に意志疎通の手段を必要としない、そう言う様に進化を誘導されたからこそ眼下の小虫が何かをさえずっていても意に介することはない。

 ただ、周りを飛び交う鬱陶しい小虫が自分の肌に傷を刻んだと言う事実が彼女の澄まし顔に明確な怒りを宿させた。

 

《なによっ! デカいだけのウスノロじゃないの、当たんないわよ、そんな大振り!》

 

 戦艦水鬼が片腕を振るだけで台風の様な暴風が放たれ、大質量を支える脚が海面を踏みしだくだけで30mを超える津波が巻き起こる。

 しかし、駆逐艦娘である霞は実体を持った災害を前に不敵な笑みを浮かべて艤装のスクリューから燐光を撒き散らし、急加速する体を荒れ狂う海の上で踊らせた。

 

『一番、二番、三番、単装砲再装填しました!』

 

《こんなの嫌がらせ程度でしょうけどね! 食らいなさい!!》

 

 両肩と左足に装備された12cm単装砲へと霞の首筋や腰に繋がったケーブルから霊力が供給され、艦橋で照準された戦艦水鬼の本体へと輝く砲弾が連続で打ち出される。

 自分から離れようとしている忌々しいチビへと振り下ろそうとした腕が目の前に飛び込んできた光弾を防ぐために胸の前に戻り掌を広げ。

 cm単位で同じ場所へと着弾した砲弾が太い指を一本だけ抉り切るがその損傷はすぐさま再生を始め、黒い指の間から見える矮小な敵の姿に鬼女は赤い目に怒りを燃やす。

 

 次の瞬間、その小虫とは別の方向から風切り音を上げて亜音速に達した長距離砲弾が戦艦水鬼の頭上で炸裂し、鉄球のような双頭の右側が花火の様な輝きをまき散らしながら半分近くまで抉れた。

 

《援護砲撃!? 近くに誰か来てるの!?》

 

『ダメです! 利根さんっ! そこはっ!?』

 

 意識せずとも勝手に元に戻る髪や爪の様な末端でしかない艤装がどれほど削れようと痛みなど無く、ただ、巨大な力を持っている自分が、最も小さい眷属よりも更に小さいゴミ共を始末するのに無為に時間を使わされている事だけが鬼級の苛立ちに油を注ぐ。

 しばし足元でピカピカ光るすばしっこい虫から赤い視線を離して、既に再生を始めている双頭の片割れを削った敵へと赤い目を向けた戦艦水鬼は少しばかり遠くにいる濃緑色の服と貧相な砲を身に着けたソレを見つける。

 

 自分が身体に備えている主砲と比べるべきも無い貧弱な筒を手に怯えながらこちらを見ている敵の姿に戦艦水鬼は失笑した。

 

『三尉! そこは奴の射程範囲だっ! 逃げろぉ!!』

 

 砲撃とはこうするのだと、教えるように美しくも底冷えのする笑みを浮かべた戦艦水鬼が自らの艤装に命じて主砲を旋回させ、連続する津波で安定など何処にもない足場に戸惑いながら砲撃支援を行った重巡洋艦娘へと向けられたcmではなくmで計測した方が早い大口径砲がその顎に炎を孕む。

 瞬間、全ての音が消え、空気の爆発が海面を割り、赤く染まった柱が抱え込んだ熱量で海水を蒸発させながら突き進み数km先に立っていた利根へと振り下ろされた。

 

『ぐっぁ・・・、アイツら、三尉の艦隊はどうなった!?』

『利根さんが大破、旗艦の交代が間に合った事で外に放り出される事は無かったみたいですが、あの着弾の余波で名取さんも少なくない損傷を受けているようです!』

『霞、しっかりしなさい! 提督、旗艦を早く私にっ!!』

 

 爆風と水蒸気で立ち上る巨大な水柱、初めて振るう自分の力の強大さにうっとりと微笑んだ戦艦水鬼は改めて足下へと目を向ける。

 その視線の先ではここまで届いた爆風で海面に叩き付けられ装備していた艤装が欠けた小虫が力なく海面を引っ掻いていた。

 深海棲艦には言葉と言うモノが存在しない、眷属同士は生まれ持った力の量と質のみで上下関係を決定する。

 コミュニケーションと言う無駄を必要としない形に進化した(進化させられた)彼女にとって強者に反抗する弱者は存在してはいけないモノだった。

 そして、眼下で倒れ伏す虫と見下ろす自分、この状況こそがこれ以上無いほど正しい結果であり、自分はこの出来損ないのガラクタを処分する権利と義務があるとでも言う様に戦艦水鬼は腕を振り上げた。

 

《まだ、まだ終わってないのよ!!》

 

 腕を振り下ろした瞬間、また小虫が光って輪の中から微妙に違う形になって飛び出し、不敬にも上位者である自分の下す処刑から逃れて波間に転がる。

 

 光の輪から飛び出した五十鈴が津波に足を取られ崖のようなその側面を転がり落ちるように滑り、身体を捩じり自分の艤装から白木の居合刀を引き抜く。

 ただそこにいるだけで削られていく耐久力に歯を食いしばってツインテールごと身体を独楽の様に回転させ、手に持った刃を遠心力で投げ飛ばし、その刀の柄に向かって正確無比な対空射撃を叩き込む。

 

 砲撃によって紙垂飾りごと砕けた柄から飛び出しさらに加速し流星と化した白銀の刃が一直線に空を斬って敵の顔面へと飛翔する。

 

 飛んできた銀色の棒切れ、抵抗と言うにはあまりにも脆弱に見えたそれに対して戦艦水鬼は敵を蔑み、もはや戦う価値すらないと遠心力と射撃のよって加速した刃へと無造作に手を振るい。

 先ほど千切れた指とは別の指が銀の針に呆気無いほど簡単に貫かれて、その先にある鬼級の赤い瞳へと突き刺さった。

 

 悲鳴と言うにはあまりに獣じみて、末端を攻撃された時とは明らかに異なる痛みに悶える咆哮、ただ戦艦水鬼の双頭と本体の口が揃って吠えただけで周囲にいた彼女の眷属が破裂するように砕ける。

 その吠える鬼の足下から暴力と化した音によって跳ね飛ばされた五十鈴の障壁を維持する霊力が見る間に削り取られてセーラー服と緋色の短袴が爆ぜて肌色を露出させた。

 

《まだ、やれるわ・・・たかが服が破れただけ、よ・・・五十鈴は大丈夫、だから・・・》

 

 血を滴らせながらも気丈な言葉を言い切って震える脚の両膝に手を突いて荒れた海に立ち上がり、目の前に迫る津波とその向こうに見える戦艦水鬼へと顔を向ける五十鈴だがその目と身体は衝撃波によって酩酊したように震えており倒れる寸前だと言うのは誰の目にも明らかだった。

 

 一拍の後に軽巡艦娘の身体が数十mの津波に飲まれて海中へと沈んで消え。

 

 その十数秒後、五十鈴を飲み込んだ水の壁の様な津波の反対側に張り付くように浮かび上がった金色の茅の輪、その中心から二本の腕が突き出し、海面に手を突いて自らの身体を引っ張り出す。

 輪から現れた黒髪の少女の首元に纏わりついて編み上げられていくセーラー服の青い襟が暴風の中ではためく。

 

《司令官・・・吹雪、行きますっ!!》

 

 そして、決死の攻撃で破壊した腕や球体の頭部を容易く再生させていく絶対者と向かい合ってもなお戦意を失わない戦乙女は連装砲と魚雷管を携えて暴風と津波が渦巻く海原へと駆け出した。

 




伊58・・・損傷軽微・・・霊力欠乏

鳳翔・・・・小破・・・・・戦闘可能

北上・・・・中破・・・・・武装全損

五十鈴・・・大破・・・・・全武装艤装使用不能

霞・・・・・小破・・・・・増設艤装の一部破損


吹雪・・・・損傷無し・・・戦闘開始



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第二十九話

貴女は無謀と蛮勇の代償を支払わなければならない。

運命の前に服従と忠誠を誓う事が命の定めであるのだから。


 巨大な黒い影がゆっくりと波を割りながらこちらへと突き進んできている様子に目を見開いた。

 だけど怯む事無く私は両手で海面を掴むようにして身体を金の環から引き抜き、両足で波を踏みつけて立ち上がる。

 そして、荒れ狂う海原に飛び出し、崖のような津波の壁を滑り降りながら片目から赤黒い体液を溢れさせている戦艦水鬼の姿を睨みつけた。

 

 月明かりが薄まり入れ替わる様に東の空に藍色へと染まり、もうすぐ夜明けが訪れようとしている嵐の海の上で私達は絶望的な暴力の塊である戦艦水鬼をへと挑む。

 旗艦として海上に出ただけで障壁を削られ霊力を消耗する最悪な戦場で仲間達は目に見えて疲弊し、五十鈴さんに至っては酷い怪我を負い脳震盪を起こして艦橋に倒れ伏している。

 

(それでも・・・)

 

 絶対的な戦力差、見上げるだけで首が痛くなるほど巨大な怪物、戦艦水鬼に対する有効な攻撃手段はもう北上さんが装備している刀一本だけ。

 そして、明らかに格下である私達の反撃に対する怒りで夜叉と化した表情は火を噴いているような勢いでその赤い眼に宿った鬼火を溢れさせている。

 

 それでも五十鈴さんの切断力に優れた刃で切り裂いた鬼級の眼は出血を止めているが赤黒い溶岩のような瘡蓋で塞がり涙の跡のように垂れたそれは巨大な艤装部分ほど早く再生するわけではないらしく、北上さんが放った魚雷管の爆発によってトルソの様な白い肌に刻まれた傷跡も黒い線の様になって残っている。

 

《それでもっ!》

 

 仮に私が敵の体を駆け上って鳳翔さんや北上さんに交代できても、敵に与えられるダメージは蚊が刺した程度のものになるだろう。

 打ち砕いた戦艦水鬼の巨大なビルのような黒腕はもう手の平まで再生しているけれど、それでも、相手に私達の攻撃そのものが全く通っていないわけではない。

 

《それでも、私は諦めたくないっ!!》

 

 欠陥兵器と蔑まれていた私達の力を信じてくれた人。

 

 私達よりも巨大な力を持つ敵の蠢く戦場に一緒にいてくれる人。

 

 中村司令はたくさんの話を聞かせてくれて、たくさん撫でてくれて、私は彼からいくら頑張っても返せないと思うほどたくさんの恩をうけた。

 

 死にたくない、だからこそ私達に命を賭けると言ってくれた彼の信頼に応えるために私は、私達は生きて目の前の怪物に立ち向かわなければならない。

 

 国を守るために戦船として造られ、多くの兵士達と共に志半ばで砕けた過去の想いから国を守る為の戦いの中で果てる事は人の身となった今でも受け入れられる。

 だけど、それ以上に今の私を戦いへと突き動かすのは過去の思い出ではなく、胸の中で湧き立つ船だった頃には無かった自分でも把握できないほど強い感情だった。

 

 

 だから、私は海水でできた崖を滑り降りて推進機関を全力で回す。

 

 壁のように立ちふさがる津波に向かって両手を交差させ、前方に集中させた障壁で突き抜けるようにして自分の身体を一つの砲弾へと変える。

 

 艦橋から聞こえる鳳翔さんの経路誘導に従って障害物として海に散らばる深海棲艦の残骸を避け、ゴーヤちゃんや北上さんの叫ぶ警告で戦艦水鬼の振り回す腕が放つ突風を自慢の加速力で貫く。

 

 たとえ相手にかすり傷しか与えられない貧弱な砲と魚雷しか無い駆逐艦であっても、自分の事を信じてくれている仲間達と、そして、私を信じてくれた人(私が好きになった人)が一緒にいてくれるなら私はどんなに大きな力を持った敵にだって立ち向かっていける。

 

・・・

 

 千切れた腕の再生が終わり両腕を取り戻した戦艦水鬼が矮小な不敬者を処断する為に足下へと走り込んでくる少女へと大質量を振り上げ、空間を抉るように頂点から海面へと二秒足らずで打ち下ろされる鉄槌を振るう。

 

 海面を叩く黒腕の下を駆け抜け、海を割る様に立ち上る津波の上を乗り越えた吹雪の戦意を漲らせた黒い瞳と戦艦水鬼の不愉快に顰められた赤い隻眼が宙で交差しぶつかり合う。

 

 守るべきモノへの譲れない想い、仲間からの信頼へ応えるための意志、もっと一緒にいたいと願う相手への恋慕。

 

 凡そ人間的な感情を理解しない(理解出来ない)ように生まれて(誘導されて)きた深海棲艦にとって無駄の塊を心に抱え込んだ駆逐艦娘は巨大すぎる鬼級深海棲艦へと向かって跳ぶ。

 

 その姿は直向きに勇ましく。

 

 その心に秘めた想いは尊く。

 

《ぁっ、ぐぅっ!? なにがっ足に!?》

 

 その命の・・・なんと儚い事か。

 

 再び振り下ろされる腕を回避する為に身体を波間に横滑りさせた吹雪の脚が何かに取られてバランスを崩した。

 駆逐艦娘は自らの速度によって海面へと叩き付けられ、とっさに腕を突いて立ち上がろうとした彼女は自分の足が青白い巨大な頭から伸びた毛髪によって捕らえられている事に気付く。

 

 青白い腕と陰鬱な女性の顔を黒いマスクで覆い、上半身だけの芋虫のような身体を長く黒い海藻のような頭髪で包む、その背中からは潜望鏡と魚雷管を覗かせる深海棲艦の一種。

 全長110m前後の船体を持っていたはずの潜水カ級と呼ばれるソレは自分の上位種がまき散らした破壊によってもはや首と片腕だけになっていながら敵である吹雪へと滑る髪を絡みつけて自らの身体を足枷にする。

 

 悲鳴を上げる暇も無く夜明けの空を覆い隠す巨大な掌が吹雪の頭上を覆い、迫りくる暴力から回避する為に空気を歪ませるほど高速で回転するスクリューは持ち主の数倍の質量をぶら下げた状態ではその快速を失う。

 

 他者を巻き込んで自殺しようとしている潜水艦に足を引き留められ、黒い空が落ちてくるような錯覚を起こす程に巨大な掌の下で吹雪はそれでも戦意を失わない瞳を空へと向けた。

 

(嫌っ! いやだっ!! 死にたくないっ! 私はもっとっ!!)

 

 黒い腕が海面を割るように突き建ち、巻き起こる突風と津波の濁流が一人の艦娘の叫びを飲み込んで圧し潰していく。

 

《・・・私は司令官と一緒にっ!!》

 

・・・

 

 夜明けの空が広がる日本海の一角、吹雪型二番艦である白雪とその指揮官が護衛についている海洋調査船の綿津見とその周りにいる海上自衛隊の護衛艦の乗組員達は300km以上も離れた戦場が発生源である津波に翻弄されて転覆寸前の船体にしがみ付いている。

 

 50年前の建造当時は百年先の技術で作られたなどと騒がれた画期的な船、今では老朽船と呼ばれるようになったがそれでも最新鋭の護衛艦と共に第一線に立てる性能を見せている大型海洋調査船【綿津見】だが常軌を逸した災害の前では木の葉の船も同じだった。

 

 その綿津見の艦橋でこの船が建造された当時から乗員として関わりを持ち七十代手前となった現在、綿津見の船長として自衛隊の作戦に協力している男は半生を過ごした船とついに運命を共にする時が来たかと自嘲する。 

 

 彼は船乗りとして若造だった頃からこの綿津見に乗り、その当時は刀堂博士の指揮の下で言われるがままに動き何をやっているのかさっぱり分からなかったが、艦娘の霊核を回収するために世界中の海を探し回る仕事にも関わっていた。

 そして、世界中の海を股に掛けた大仕事を終えた綿津見は最後の船長と共に訓練用船舶としてたまの海洋散歩以外は舞鶴の港に碇を下ろし最期の日を待つだけとなったはずだった。

 

 それが何の因果か去年の夏に起こった巨大な深海棲艦の撃退の為に船のオーナーである財団からの命令で自衛隊と艦娘と関わる事になった。

 

 ニュースでしか知らなかった怪物の姿を自分の目で見る事になった真夏の海原。

 

 次から次に海の中から現れる深海棲艦の群れとそれを撃退する巨大な乙女達の姿に船長はここが地獄かと独り言ちたが、今自分達が陥っている災害はその時以上の地獄であり、彼にはもう洒落たセリフを言う気力も無くただ引き攣った笑いを浮かべる事しかできない。

 

 思えばあの夏の時に船を降りると言う選択をしておけば良かったのではと言う考えが過る。

 だが、子供は独り立ちし妻にも先立たれた海の男にとって半世紀も連れ添った船は最後に残った恋人のようなモノだった。

 今さら綿津見から離れるなど、自分が居ない、知らない場所でこの船が沈む事を年老いた船乗りのプライドは許容できないと断じる。

 

 心残りがあるとすれば自分が船長となってから教育した部下達まで海の藻屑となるかもしれない事であり、せめて彼等だけは生き残る事を諦めないでほしいと晴天の荒海の中で願っていた。

 

 そして、船窓に一際巨大な波が押し寄せる様子が見え、船長はとうとう船乗りとして最後の瞬間が来たようだと諦観に小さく肩を竦め。

 激しく揺れる船内で胸ポケットから取り出した煙草を口に咥えて火を求めてポケットを探り、慣れ親しんだ重みが無い事に気付く。

 

 戸惑いながら船長は自分のポケットを全て調べ、そう言えば今回の出航前に形見分けのつもりで息子に愛用のジッポライターを渡してしまった事を思い出す。

 

 最後の最後で人生とはままならないモノだと苦笑し、荒波に振り回されて鋼の船体から悲鳴を上げる綿津見の壁に背中を預けて火の点いていない煙草を咥えた船長は船を飲み込もうとしている津波をぼんやりと眺めた。

 

《障壁弾装填、防壁を最大範囲で展開いたしますわ!》

 

 不意に船外から丁寧な口調で叫ぶ少女の声が船長の耳に届き、暁の日差しと言うには煌びやか過ぎる流星群が綿津見の上を走り抜けて10mを超える巨大な津波へと次々と着弾していく。

 

 艦橋にいる船乗り達が目を見開いたその先で押し寄せていた水の壁が光弾の着弾点から広がる無数の障壁によって押しとどめられ、お互いを繋ぎあって巨大化していく輝く防壁がネズミ返しのように角度を変え、津波を海中へと均すように鎮めていく。

 

『こちら田中良介特務三佐、綿津見、応答を願います。作戦司令部に連絡をさせてもらいたい』

 

 ちょうど足下に倒れていた通信機材から聞こえてくるその声に綿津見の船長は夏の作戦で出会い、自分と部下とこの船を守ってくれた自衛隊士官の姿を脳裏によぎらせる。

 気付けば綿津見の揺れも随分と穏やかになっており、彼が操舵室を見回せば多少の怪我を負ってふらふらとしているが命に別状はなさそうな部下達が窓の外を呆然とした表情で外を見つめ。

 その先には小豆色のセーラー服を身にまとった十数mの巨体を持つ少女、船長にとっては孫より少し年上だろう程度の年頃に見える重巡洋艦娘がその手を綿津見の船体に着けて揺れを押さえ込んでくれていた。

 

 どうやら俺もお前もまだ引退する時ではないみたいだな、と笑いながら船長は咥えていた煙草を胸ポケットに戻して床に落ちている通信機材を部下とともに拾い上げる。

 

 そして、通信機の向こうにいる青年士官へと救援の感謝を伝える船長の耳に綿津見がカタカタと揺れる小さな音が聞こえ、まるでその声色は彼の言葉に苦笑しながらも同意しているようだった。

 

・・・

 

 内調や公安から受け取った情報で日本の各地に隠れている脱走艦娘達と面会し、内閣が用意した正式な偽造戸籍を彼女達へと説明と共に渡す任務を終えた丁度その日に俺、田中良介は緊急の招集命令を受ける事になった。

 

 海に出る前に受け取った情報では戦艦水鬼と呼称される事となった強力な深海棲艦を中心した大艦隊が日本海に現れ、十数日の膠着状態を経て遂に日本に向かって進軍を開始した事のみ。

 そして、司令部の予想を大きく上回る敵の勢力に臨時で増員された艦娘だけでは戦力が足りないと判断される事になり、俺は時雨と共に指揮下の艦娘と合流する為に長野県からヘリで最寄りの日本海側の港へと飛んだ。

 

 俺や時雨とは別の陸路で到着していた三人の艦娘と合流して連続する高波で半分近くが水没した港から海に出た。

 だが作戦海域に近づけば近づくほど荒れに荒れる酷い海上の様子に自分の予想よりも遥かに状況が悪い事を身をもって体験する事になり。

 

 そして、極めつけに海を舞台にしたパニック映画のようなビルより高い津波に呑まれようとしている護衛艦と綿津見の元へと全速力で辿り着いた俺はすぐさま指揮下の重巡洋艦娘である三隈に旗艦を変更して彼女の艦種能力である障壁投射弾を最大出力でばら撒いた。

 

 そして、綿津見の中に設置されている作戦司令部からやっと詳細情報を受け取る事になったのだが、聞いているだけで頭痛がしそうなほど出鱈目な状況が続発しているようだった。

 夜明け前に新型魚雷を装備した北上による先制雷撃から始まった敵艦隊との闘いはある時点まではこちら側の優勢で事を運んでいたのだが、その力関係は戦艦水鬼が隠し持っていた巨大な怪物艤装の出現で簡単に逆転する。

 

 振るだけで台風顔負けの突風と真空の刃をまき散らす剛腕は海自が所有するどの艦艇よりも巨大でその太い指が海を掻くだけで津波が遠く離れた綿津見まで届く。

 その目測で400mに達するゴリラの様な腕長短足の体格、その肩に複数搭載されている巨大すぎる連装砲はたった一発で複数の指揮官と艦娘達を戦闘不能に追い込んだ。

 戦々恐々とした様子でその時の状況を言葉にする司令部の士官達の顔はついさっきまでの大揺れもあって青あざと恐怖に満ちており、その一人が綿津見から肉眼で立ち上る水蒸気の柱を見たと言うほどであるのだからその規模は現代兵器の中でも大量破壊兵器並みと言っても過言ではないだろう。

 

「提督、綿津見が前線の艦娘から送られてきてる映像を繋いでくれるよ!」

「正面モニターに出来るだけ大きく、他にも些細な情報でも良いからとにかく掻き集めてくれ」

 

 情報を受け取る傍らで三隈に綿津見を支えさせながら連続して襲い掛かって来る水の壁を防ぐ為、護衛艦のいる範囲まで包むように障壁弾を張り直し続けていた俺は時雨が用意したメインモニターのウィンドウへと目を向けて絶句する。

 

 敵艦隊の中央部、そこに突入した義男とその指揮下の艦娘部隊が戦艦水鬼と戦闘状態に入っている事は先に通信で受け取っていたが実際に見る鬼級深海棲艦の姿、空を覆うような黒鉄の巨体が発する強力なマナによってノイズで歪む映像、俺はその光景に目を見開き自分の目が見ているモノが現実に起こっている事であるかを疑う。

 

 その巨体が振り撒いた暴力の結果として周囲の深海棲艦がほぼ全滅したと言う情報すら少しも喜ぶことが出来ない絶望的な破壊の権化の姿がそこにある。

 

 矢継ぎ早に旗艦を変更しながら絶望的な質量と戦力の差を持つ深海棲艦の首魁を翻弄していたと言う義男の部下である艦娘達は勇ましくあったのだろうが明らかに巨大な敵に対して荷が勝ちすぎていた。

 ただその戦艦水鬼の攻撃の余波を浴びただけで次々に戦闘不能になり、俺達の目の前で最後に旗艦となって飛び出した駆逐艦娘も暴力となって襲い掛かって来る風に髪留めを千切られ、鉄砲水のような水飛沫と深海棲艦の残骸が飛び散る中を駆ける紺襟のセーラー服が見る間に切り刻まれていく。

 

 そして、不意に加速している最中に何かに足を取られて海面に叩き付けられた義男の初期艦の頭上へと戦艦水鬼の巨大な腕が振り下ろされ海面が爆発したかの様に巨大すぎる水柱と津波を起こす。

 暴力と化した風圧が十数キロ離れた場所で映像を送ってきている軽巡艦娘の名取とその指揮官達を襲って跳ね飛ばし高い波に何度も叩き付けられ映像から彼らの悲鳴が聞こえた。

 

 何とか体勢を整えて主砲を手に立ち上がった名取から送られてくる映像の中で巨大な黒い胸板から生えた白いトルソーを思わせる戦艦水鬼の女体には義男達の努力により少なくない傷が刻まれ、左目は黒く固まった岩のようなモノで塞がっている。

 そんな攻撃範囲内にいる軽巡艦娘など意に介せずと言った様子で深海棲艦の顔は何処か満足げな笑みを浮かべ、海に突き立てていた腕を掲げるようにして持ち上げ広い胸板の中心にある自分の顔の前で念入りに揉み潰すように巨大な鉄拳を握り込む。

 

 ベキベキと軋み潰れていく金属質な破砕音、グチャグチャと肉が挽き潰されていくグロテスクな音、その二つが戦艦水鬼の黒い掌の中から画面越しにいる俺の耳まで届いた。

 

「何なんだ・・・何が起きてるんだ・・・義男、お前・・・」

『そ、そんな吹雪ちゃん達が・・・こんなの、う、嘘ですわ・・・』

 

 その壮絶な光景に俺はただ茫然と口を開けてうわ言のように友人の名前を漏らし、同じように画面に視線を釘付けにされた時雨や他の艦娘達が目を見開き、コンソールパネルの上に浮かぶ三隈の立体映像は口元を手で押さえ、気分の悪くなる音と映像に呻く声が通信機から聞こえてくる。

 

 戦艦水鬼が哂う。

 

 黒い角を持った美貌が嗤う。

 

 そして、たっぷりと時間をかけて掌の中の物を潰し、やっと忌々しい邪魔者を排除できたのだと確信した怪物が声無く笑って自らの掌を広げて獲物の末路を確認した。

 

 その黒い掌の上にあるのはひしゃげた金属片、白い腕だった肉片、黒い海藻のような頭蓋の残骸、戦艦水鬼の黒鉄の掌の上でコールタールのような粘性の高い深海棲艦の体液がシミを広げて太い指の間からマナへと分解しながら散っていく。

 

 自分の掌の上でシミになっている眷属の姿と望んでいた獲物の死体が無いと言う事実に戦艦水鬼は赤い隻眼を丸くして黒い角を生やした頭を傾げる。

 まるでタネの分からない手品を見せられた子供のような顔で自分の掌を上下に移動させ同胞の血で汚れた裏表を念入りに確認する姿は場違いな考えであると分かっているが俺にとって何処か滑稽ですらあった。

 

「・・・え?」

 

 仲間の危機に駆けつける事も叶わずただ彼女達の死を見ている事しかできない事を悔やんで顔を歪めていた時雨はその戦艦水鬼の姿と存在しない吹雪と言う事実に呆気にとられた表情を浮かべ、小さく疑問符を付けた声を漏らす。

 

 そう、その巨大な掌の上にはただ潜水艦級の深海棲艦の遺骸だけがへばり付き、深海棲艦と異なる輝きを宿した艦娘の霊力の残滓どころか残骸の欠片一つ存在していなかった。

 

 艦橋にいる全員、そして、その映像を見ている作戦司令部の人員や海で戦闘を続けているであろう指揮官達全員が今の時雨と同じように呆気に取られ、暴力がおさまった事で凪ぎ始めた海上で捕まえて握りつぶしたはずの駆逐艦娘を探す戦艦水鬼へと視線を集中させる。

 

 そんな周囲とは別に俺の目は名取から送られている映像のある一点、海の上を照らし始めた朝日と似通いながらも別物である力強い輝きへと誰かに教えられて引っ張られたように視線が吸い寄せられた。

 

 遠くに見える日本の島影から太陽が顔を出して日本海へと日差しを広げて戦艦水鬼の黒い巨体を照らし陰影が際立っていく。

 そして、光を浴び闇のような黒さを強調する怪物の影がかかった事で海に浮かぶ青白い輝きが一際強くその存在感を強めた。

 

「吹雪・・・? どうやって、あれを回避したの?」

 

 白く輝く花菱紋、俺が知るゲームの中の艦娘達がある一定の条件を満たした時に手に入れる力の証、それを刻んだ左目から炎のように揺れる輝きを溢れさせている少女が巨大な怪物と向かい合っていた。

 

(左目に宿る炎って、まるで改フラッグシップじゃないか・・・改? 改だって?)

 

 上層部から尻を蹴っ飛ばされるようにして少しでも友人の助けになればと血相を変えて駆け付けたと言うのにどうやら完全に余計なお世話だったらしいと俺は悟り、どっと身体に圧し掛かってきた気疲れに苦笑を浮かべて指揮席で脱力する。

 

「は、ははっ・・・つまり艦娘の限界突破って事か? 義男、お前いったい何をやったらそんな事になるんだよ」

「限界突破って・・・提督、何を言ってるんだい?」

 

 とりあえず距離的にも能力的にも今の俺は傍観者でいる事しかできないらしいと何者かに知らされて深く深く溜息を吐き出す。

 

「見てれば分かるだろうさ・・・」

 

 目の前のモニターに映る光景と俺の様子に戸惑っている時雨達にただそれだけ答えた。

 




代償など欲望の旗を掲げて蹴散らし踏み越えろ。

求め奪え、与え慈しめ。

可能性と言う暴力を振るうからこそ命は希望を叶えて歩み続けるのだ。


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第三十話

作者「猫吊るしぃ! お前は死んだんだぞ? ダメじゃないかぁっ! 死んだ奴が出てきちゃぁあっ!!」

猫吊るし「鎮守府、艦娘、そして、深海棲艦、全てはこの私が造り出した!」



※ネタバレ※
この作品において猫吊るし(刀堂博士)は全ての元凶でありラスボスとも言える存在です。
ある意味では作品中で明確な悪を成し、人間の業を体現しているとも言える人物として描いています。
気分を悪くされた方がいるとしたらもうごめんなさいとしか言いようがないね。



 光と闇が同居するモノクロな空間、その中心に立つ青白い光を宿した水晶で形作られた大樹の枝の上に影のようにぶれながら佇む人影がある。

 一見すれば白衣を羽織った痩せぎすの老人、しかし、その人影はボロの着物を身に着けた少年や書生風の服装を着た青年、それだけでなくハンマーを片手に持た青いツナギを着た小人やベージュ色のセーラー服に緑のリボンを付けた水兵帽をかぶった少女の姿が重なり合いながら蜃気楼の様に揺れていた。

 

 かつては科学者として名を馳せ、狂人と嗤われ、未来を知る傲慢さから救うべき助けられると思い込んでいた人々の命を取りこぼしてきた人生の敗北者は見上げる先に輝く光を言葉なく見上げる。

 

 自分の掌の上から離れる身勝手さに憤るように。

 

 ただ一人の相手を想う純粋さを羨むように。

 

 激しく燃え上がるような生命の謳歌を妬むように。

 

 予想よりも早い我が子の成長を喜ぶように。

 

 信じていた可能性の開花を祝うように。

 

 そして、全てが自分の次を担う子供たちが進む険しい道の先に幸運があるように願っていた。

 

 重なり合う幾つもの視線と感情を万華鏡のように変える老人(妖精)

 それは自らの魂を材料に造り上げた人造の世界樹の上で陰陽入り混じる感情を宿して佇む。

 

 ある意味では外で起こっている世界的な情勢の変化を引き起こした元人間はその渦中にある者達の姿を幾つもの目を借りて、自らの意識を混ぜるように重ね合いながら自分の犯した罪を観測し続ける。

 

 その人間はまだ日本が昭和と言う元号を使い始めたばかりの頃に今では都市開発の末に名残すら残っていない寒村で産声を上げ、自らに与えられた未来に続く記憶と知識に狂喜する。

 そして、他者を過去の人間と侮り、自己顕示欲を満たす為だけに披露した知識と技術で同郷の者達に持て囃され幼稚な考えを増長させた。

 

 与えられた知識さえあれば歴史すら変えられると妄想するまでに肥大化した自尊心は幼年を終えてもなお神童としての名前を欲しいままにして、調子に乗った身の程知らずの子供は歴史への介入の為に更なる躍進を都会へと求める。

 

 天狗になっていた社会的地位も無く田舎からやってきた小僧は近代化の一歩を踏み出したばかりで過去の因習に縛られた日本の環境の前に手も足も出ず、上に行こうとすれば理不尽に叩かれ蹴落とされる状況に頭を押さえつけられ愕然とした。

 

 自分は絶対的に正しいと思い込んでいた少年は大した成果も出せず気付けばグダグダと日銭を求める頭でっかちな書生にまで落ちぶれ。

 こんな筈ではなかったと愚痴を漏らす停滞の日々の中で無意識に自分の下であると思い込んでいた弟分の幼馴染の直向きに今を生きる姿と彼の力強い励ましの言葉に己の虚栄心に満ちた愚かさを思い知らされる。

 

 その日から彼の目的は英雄となる為の人類史上最悪の戦争の阻止では無く、四千万から八千万とも言われる膨大な犠牲者の中に友人達の名が含まれない様にする為に戦争の阻止を願うようになり。

 

 その青年は自分にとって過去ではなく現在となった世界を生き始めた。

 

 そして、田舎者の書生は故郷の人々の応援と上京してから得た知己と伝のおかげでとある大学に席を置き研究者の端くれとなる。

 全ては彼にとっての大切な人達がいなくなると言う最悪の未来を回避する為の努力を続けて手当たり次第に人脈と知識を溜め込んでいった。

 

 だが、たった一人の人間がどれだけ理路整然と未来予想を喚き立てようと国是と国民感情によって後押しされた戦争への道は曲がる事は無く、手当たり次第に繋いだ伝手と努力は何の意味も無く友人達は次々と戦地へ征く。

 

 終戦を迎えた日に友の全員が居なくなったワケでは無い。

 

 数人であるが傷病を抱えながらも戦場から帰ってきてくれた者達の姿はあった。

 それを彼は心の底から喜び、情けないと言われ笑われても頬を濡らす涙を止める事は出来なかった。

 

 たとえ自分を慕って彼に今の世界を生きる事を決心させてくれた年下の幼馴染であり、妻となってくれた女性の弟が遠く離れた南の海に命を散らしたのだとしても友人達が生きて帰ってきてくれたと言う事実に水を差すモノでは無い。

 

 無いのだ。

 

 それなりに使える研究者として国に認められ戦場への参加を免除された男は指先をすり抜けていった命達を見ない振りをして、自分の心に天命に定められた仕方のない事だったのだと言い聞かせる事しかできなかった。

 

 そんな後悔ばかりが胸に蟠りながらも迎えた戦後の日本で生まれる前から与えられていた知識を基に続けていた研究の一つによって、男はこの世界が前世と異なる歴史基盤の上に立つ事を知り、早ければ百年ほど経った未来に地球全体が急激な環境変化を起こす事を理解するに至った。

 

 しかし、彼はその奇怪極まる人外が現実に現れると言う可能性から目を反らして戦後の荒れた日本で無為に時間を使う。

 

 自分のひ孫やその孫の代に伝説上の化け物が跋扈する世の中となると言う推測と仮説によって形作られた研究結果。

 しかし、顔も見る事も無いだろう百年後の他人よりも自分と手の届く場所にいる家族や友人達だけがその一生を平和に全うできればそれで良いと彼は自己完結していた。

 

 そんな日々の中で家計のやりくりと育児に追われる妻に請われて味噌や米を得る為に向かった闇市で腰にぶら下げていたお守り袋を財布と勘違いしてひったくったマヌケなコソ泥少年と出会う。

 

 おまけにスリをしくじり逃げようとした御守り泥棒は腐った溝板を踏み抜き足をねん挫して土道の上で足をおさえて転げまわり。

 そのボロの学童服を着た少年の滑稽さに久し振りに笑い声をあげた研究の場から離れていた科学者は彼とその妹を自分の家に招き入れた。

 

 飯を食わせる代わりに生まれたばかりの一人娘の遊び相手にでもなってくれれば良いと思って引き取った兄妹に暇つぶしに施す教育は学者自身が思っていたよりも楽しく。

 気付けば読み書きを教える程度で止めるはずだった彼の下で多くの知識をみるみる吸収した子供達から彼は師と敬われていた。

 そして、成長していく愛娘の姿と少しマヌケな少年の姿にかつての何にでも一生懸命で純朴だった弟分の姿を重ねた科学者は自分が子供達の未来に幸がある事を願い始めている事に気付く。

 

 そして、一念発起した科学者は戦前に繋いでいた伝手を、隠していた資金をやり繰りして、未来の知識を失意に弛んでいた脳みそを叩き起こして引っ張り出す。

 無力感に錆び付いていた心身に意気を漲らせ、考えうる限りの置き土産を子供達の未来に用意する事が自分に与えられた運命なのだと理解した刀堂吉行は自分の命を使い切る事を決心した。

 

 戦後の不景気の中で愛娘だけでなく偶然に闇市の片隅で拾った兄妹まで合わせ、苦労ばかり掛けても嫌な顔一つしなかった年上の妻に感謝しきり。

 

 妻と共に育て、刀堂が手当たり次第にかき集めた玉石混交の人脈と資産を見事に使いこなし立派にスーツを身に纏うまでに成長した青年に最愛の一人娘を任せ。

 

 出会った頃にはガリガリに痩せていた義息子の妹も健康な年相応の乙女に成長し、刀堂の知り合いの商店の若旦那と気付けば逢引きする仲となり双方から頼られた義父は慣れないながらも仲人の真似事もした。

 

 世界的な霊的エネルギーの復活と言う制限時間に追われながらも人としてごく当たり前の幸せを感じながら八十年の人生の中で一人の転生者は次の世代に託すためにあらゆる手段を実行する。

 

 自分の命まで道具として使い切ったその行いは決して褒められるモノではない、仮にその真相を知る者が現れたなら間違いなく彼の行為を悪と言い切るだろう。

 

 地球環境内にマナと言う失われていた要素が復活し、絶滅した神魔や妖怪が再び地上に現れる事が定められていたとしても、彼がやった事は弁護し様が無いほど命を弄ぶ人道から外れたモノなのだから。

 

 これ以上ないほど分かり易い敵として深海棲艦と言う都合の良い存在を作り出して意識と能力に枷を嵌める。

 

 誰にでも分かるほど明確な味方として艦娘と言う便利な存在を用意して終わらない戦いの日々を強要する。

 

 同じ力を基に産まれながらも和解する事の出来ない敵と人工的に命を与えられた味方として分けられた二種の命達、双方は彼の調整と管理を受け続ける限り交わる事は無く争い続けるだろう。

 

 だからこそ、水晶の枝の上に佇む元人間は自分の罪の結果がいつか自分に罰を持ってやってくると言う運命を信じて疑わず。

 いつか自分が造り出した生命達が人と手を結ぼうと袂を別とうと、どんな形であったとしても中枢機構の管理する見えないレールを踏み越えてくれる事を願い続けていた。

 

 それこそが死してなおこの世にしがみ付き居残り続ける亡霊にとっての最後の役目であり、救いになると人から外れた存在(妖と化した人間)は確信している。

 

    “この愚行を”     “終わらせてくれ”

“老人の”     “思惑など”     “踏み越えてくれ”

 

 揺れる影がそれぞれに異なる単語を零し、輪唱するように虚空へと広がる声は誰の耳に届くことなく、闇と光に塗り分けられた空間に小人(死者)は手を伸ばして両手を広げ。

 

“いつか必要とされなくなる為に”   “私達は生きていたのだから”

“次へと命を受け渡す為に”     “我々は死んでいくのだ”

 

 その陽炎のように揺れる手から光の線が伸びて彼が見上げる水晶の枝へと向かい。

 だが、その糸が枝に繋がる寸前に妖精モドキは複雑な感情が入り混じった苦笑に口元を歪めて手を閉じて調整と制御の為に用意した接続の線をそこへ繋ぐ前に切る。

 

“そこから先は”         “余計な手出しは無粋か”

       “自分で選び取るべき”        “証明してくれ”

“その想いに”      “手を引かれるだけの子供ではない”

      “キミ達は”   “ワタシとは違うのだから”

 

 惜しむように、悼むように、笑うように、悔やむように、人間である事を止めた影は見つめる先に浮かぶ枝とその先に繋がる金の茅の輪の輝きに目を眇める。

 その輪の内側から伸びて枝だけでなく幹にまで青白い光線を繋げる一人の艦娘の命の輝きへとかつて刀堂吉行と呼ばれていた存在は言葉に出来ない自分勝手な願いを掛けた。

 

《諦めたくない!》 《それでも》   《戦う!》

     《敵がどんなに強くたって》

《まだ死にたくない!》 《だって》 《守りたい!》

 

 一つの世界を疑似的に再現した世界樹へと無意識に、されど、概念の壁を穿つほど強い意思で命の樹の再現の内側へと接続した少女は自らの想い(欲望)を実現するために必要な力を求めて引き出す。

 

《私はもっと司令官と一緒に生きていきたいから!》

 

 そして、その身に秘めた貪欲さと生存本能に突き動かされた心からの叫びに従って構築されていく力が白い花びらとなって結ばれて菱形へと並んでいく。

 

       “無慈悲に”  “キミ達に”

 “いつか過去になる”      “必ず未来はやって来る”

       “ワタシ達は”  “望まれて”

 

 猫吊るし(妖怪)嬉しそう(悲しそう)に見上げる先で世界樹の欠片を選び取り繋ぎ合わせた命の線が引き戻され。

 

  “いつの世も”          “度し難いな”

“全く”    “恋する乙女と言うのは”  “強いモノだ”

 

 金の枝葉と錨で飾られた輪の中心に白く輝く花菱紋が刻まれた。

 

・・・

 

 海上に立つ暴力の権化にして絶対者であるはずの戦艦水鬼は捕まえて殺したはずの獲物が消えた事に首を傾げ、眷属の血肉で汚れた黒腕の手先を見つめていた彼女の顔に朝日の光が当たる。

 一瞬感じた眩しさに目を眇めて眉を顰めた深海棲艦は暴力の嵐が止まった事で凪いだ海に立ち不機嫌そうにしながらも、邪魔者が消えたのだから、と自分に課せられた役目を全うする為に海面に腕を突いて短い脚を日本へ向けて踏み出そうとした。

 

 その時、ふと感じた視線、青く輝く炎のような揺らめきに戦艦水鬼は妙な違和感を感じる。

 

 自分や眷属達の瞳に宿る昏い灯火と似ていながら決定的に違うその気配に彼女は今まで感じた事が無い感覚をその巨体の内部で騒めかせ、緩慢な動きでその揺れる炎の気配へと顔を向けた。

 

 そこには自分の数十分の一にも満たない矮小な小虫が小波の上に立ち、傷だらけの身体のくせに堂々と戦艦水鬼に向け。

 左目に宿った青白い炎とその内側に刻まれた白い花弁で象られた菱形が射貫くように黒鉄の巨体の中心にある紅い隻眼を見上げる。

 

 その姿に見覚えがあった鬼級深海棲艦は逃げた獲物が処分される為にのこのこ戻ってきたとのだと嗜虐的に嗤おうとして、自分の顔が引きつって強張っている事に気付く。

 

 青白い瞳に見つめられているだけで感じる威圧感はまるで深海棲艦において上位種が下位に向けるモノと似ていて、その身に蓄えた力も身体の大きさも圧倒的に上回っている自分が虫一匹に威圧されたのだと戦艦水鬼は思い至った。

 そして、水鬼の顔が目障りな虫共の有り余る不敬に対して烈火の如く激しい怒りへと染まり黒い腕が彼女の感情に従って振り被られる。

 

 一拍の暇も置かずに巨大な槌と化した黒腕が寸分たがわず駆逐艦娘が立っていた海面を抉り、海が再び高々と水柱を上げて溝のような抉れと津波に姿を変えた。

 そして、そのうねる海面から小さな艦娘の姿が消えた事に、ヤツは最後に無駄な足掻きをしたのだと不自然に強張った表情を緩めようとした戦艦水鬼はさっきよりも近く、自分のすぐ近くから青白い視線を感じてその方向へと目を向ける。

 

 他の眷属の追随を許さないほど巨大で強力な大口径砲、その黒鉄の装甲の側面に片手と足を掛けてぶら下がっている駆逐艦娘の姿を見つけた深海棲艦は驚きに目を見開く。

 そして、自分に向けられる青白い視線にどうしようもなく自身の内部で膨れ上がっていく未知の感覚に振り回されて妖艶な貌を歪ませた鬼女はとっさに間近の敵に向かって拳を振るった。

 

 振るってしまった。

 

 冷静さを欠いて振るった腕によって肩口から弾けるようにもう一方の腕が粉々に千切れ飛ぶ。

 しかし、すぐに生え直す事が可能である為に痛覚を伴わない損失を戦艦水鬼は自分の目の前からあの不愉快な感覚を騒めかせる敵を排除する為なら問題無いと断じた。

 

 だが、腕と主砲の一部を犠牲にしても自分を刺し貫くような青白い視線は消えず、その小さな敵はいつの間にか鬼女の足下へと移動し先ほどと変わらぬ姿で彼女を見上げている。

 

 その自分にとっては矮小であるはずの艦娘の左目から溢れる炎の輝きに暴力の権化として生まれたはずの戦艦水鬼はやっと自分の内側に騒めく感情の正体を悟る。

 

 強すぎた深海棲艦はその生を受けてから今日まで縁の無かった恐怖と言う弱者の感情を知った。

 




だから、名も無い海戦で国連の戦力が壊滅したのも。
太平洋の海運が大打撃を受けているのも。
沿岸の国家が理不尽な砲火に晒されているのも。
PS3爆死してPS2が未だに現役なのも。
全て・・・全部っ!

猫吊るし(刀堂博士)って奴のせいなんだ!!


でも刀堂博士が何もしてなかったら・・・。

ドキドキ! ワクワク? 古龍だらけのモンハンワールド!
ハンターが生まれるのは数世代後!?(人類が絶滅してなかったら)

・・・が始まってたかもね?


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第三十一話

文字数を五千から六千の間に抑える事が投稿のコツだとでも言うつもりか。

なるほど試す価値はありそうだ。


(翻訳※長くなり過ぎたから前話と半分こにしただけじゃん)


「よりにもよって、時間停止能力か・・・」

 

 荒波の上で綿津見を支える三隈の艦橋に座る田中は目の前のモニターに映る常軌を逸した光景に呻き、その場に居る指揮下の艦娘達が映像の中で戦艦水鬼が自分の腕を自分で殴り飛ばして引き千切る姿に顔と頭の中を全て困惑で染め上げる。

 

「提督、一体何が起きているの? 吹雪達は無事って事で良いの・・・?」

「あれは、さっき提督が言ってた限界突破って言う力のせい、なのかな?」

 

 矢矧も時雨も目の前のモニターの中で自分の腕と主砲を自分で破壊する怪物の姿に困惑し、次の瞬間に何の前触れも無くその姿をぶれさせながら戦艦水鬼から少し離れた場所に着水した吹雪が左目の花菱紋を再び敵へと向ける姿に艦橋にいる艦娘達が理解不能な状況に呻く。

 

 突然、目の前から消えて別の場所に現れた敵の姿に引き攣った顔を向けた戦艦水鬼が無事な方の巨大な連装砲を向け、自分がその大威力の範囲内にいる事すら頭に無く砲塔に火を入れる。

 

 その錯乱した破壊の化身を見上げている吹雪はまるで歩くような足取りで洗濯機のようにかき混ぜられている海面を苦も無く滑り、戦艦水鬼の主砲が火を噴こうとした瞬間、一瞬だけその姿をぶれさせてその場に立ち止まった。

 

「不味いっ! 直撃されちゃうよ!」

「まだ中村艦隊との通信は繋がらないの!?」

 

 まるで手負いで腹を空かせた肉食獣の前に無警戒に立つような吹雪の姿に全員が慌てふためき、その中で田中だけが仲間達とは別の事に気を割いて声を上げる。

 

「三隈、また特大の津波が来るかもしれん! 障壁弾再装填! 綿津見にも警告を!」

 

《ぇっ! えぇ!? でも、それより中村三佐達がっ!》

 

 そして、モニターの中で凄まじい轟音と共に戦艦水鬼の主砲が文字通りに火を噴いて破壊をまき散らす。

 

 ただし、その黒鉄の巨体の上で、だ。

 

 炎を天に吹き上げながら巨砲が自爆し、鬼級深海棲艦の双頭と肩を焼き潰して残った剛腕と胸板がまとめて砕け散り海の藻屑と消えていく。

 

 背負った巨大な砲が内部から爆発して巨大な体格の三分の一を抉る様に吹き飛ばし、爆炎と霊力の波が周囲にまき散らされて海面や空気だけでなく通信によって届いている映像すら嵐のようなノイズで乱す。

 突然に自爆した超巨大な深海棲艦の姿に今度こそ呻く事も出来ずに絶句した艦橋に立つメンバーに向かって田中は落ち着いて冷静になれと言い、言われた彼女達は自分達の指揮官が何故ここまで落ち着いているのかが分からずにますます混乱する。

 

「・・・もしかして提督は何が起こっているのか分かるのかい?」

「今、吹雪が使っている能力には心当たりがある・・・おそらく俺の前世の世界にいたあるテロリストが使っていた力と同じモノだ」

「て、てろりすと・・・?」

 

 田中の口から飛び出したテロリストと言う言葉に呆気にとられた面々を放置して彼はコンソールパネルの操作に手を動かしながら砂嵐が消え始めて鮮明さを取り戻したモニターに映る両腕を失った戦艦水鬼を見つめた。

 

「テロリストと言っても政府が行おうとした人命を蔑ろにする愚行を止める為に敢えて反旗を翻した特殊部隊なんだが・・・この際、それはどうでもいいか」

 

 本当ならば前世における艦これとは全く関係ないゲームに登場するキャラクターの設定であるが、前世でそのシリーズにハマり指にマメが出来るほど遊んでいた田中はその荒唐無稽な能力を持ったボスの姿をソックリそのまま現実化したような挙動を見せる吹雪の姿を前世の記憶と重ね合わせる。

 

「吹雪が使っているアレは、その部隊の中でも最強と言われていたメンバーが持っていた力と同じ・・・一言で言うなら、自分以外の時間を止める能力だろう」

 

 この世界では幾つもの軽微なズレが重なり合い、技術や時期の差異も重なりゲーム業界そのものが2008年前後の深海棲艦出現の煽りで急激に衰退した事によりそのゲームを作っていた制作会社が他の会社に買収された事でシリーズは彼が語るキャラクターの物語に到達する前に事実上の打ち切りとなってその姿を消した。

 そんな、今では余程のコアなファンの間でも無い限り話題にすら上らないその物語、この世界では作られなかった作品の中に登場する強敵の姿、コントローラーを手に少なくとも百回以上は挑んだ異能者の動きと共通点が多すぎる吹雪の様子に田中は背筋を強張らせる。

 

(精神の混線、やはり、義男だけじゃなかったって事か・・・確かにコレは言われなきゃ分からない、刀堂博士、貴方は確かにアイツが言ってた通りに性質の悪い人だ)

 

 同じ前世の世界を知る友人は好みではないと言っていたジャンルであるが故に彼女がその能力を使う理由はまず間違いなくそのシリーズのファンだった自分の影響があるのだと田中は根拠なく確信する。

 そして、その何者かの意志を感じる確信に中村が言っていた眉唾な夢の内容が事実であり、言われなければ自覚できないその感覚に元凶である科学者の性質の悪さへと内心で文句を付けた。

 

「じ、時間を止めるってそんな事、あり得ないわ・・・」

「だが、そうでも無ければ今の吹雪の移動速度は説明がつかない、それに姿形は別人だけど前世の世界で見た記録映像の中の動きと全く同じなんだよ・・・俺自身も信じられない事に・・・な」

 

 戦闘開始直後にいきなり目の前に現れて大威力の斬撃で斬りかかってきたのをタイミング良く防御できても下手な反撃は掠りもせず、その姿を何度もぶれさせ離れた場所を転々と瞬間移動しながら弾丸の雨をばら撒きヒット&アウェイを繰り返す。

 一度でも防御を失敗すれば時間が停止した世界に放り込まれ死ぬまで連続攻撃を浴び、その上に攻撃のタイミングは初見殺しのオンパレードと言う反則としか言いようがない戦闘スタイルを持つボスキャラクター。

 

 多くのプレイヤー達に公式チートと言わしめた強敵が一方的に敵を撃破していくゲーム内のデモムービー、それがそのまま現実となったかのように戦艦水鬼を翻弄していた吹雪の姿が再びぶれて海上から消える。

 

 先ほどの鬼級の主砲が爆発したのも発射の直前に吹雪が時間を止めて砲塔内へと海上に浮いていた深海棲艦の残骸か何かを押し込んだのだろう。

 ゲーム内のストーリーでその時間停止能力を持っていたそのキャラクターが戦略級の威力を持つ巨大要塞砲を破壊した時と全く同じ手法であると傍観者となっているからこそ田中は察することが出来た。

 

「俺の予想が正しければもう吹雪と戦艦水鬼の絶対速度の差は覆らない」

 

 田中の見つめるモニターの向こう側で両腕を失った戦艦水鬼が艤装と融合した身体を捩り自分の胸元に走った衝撃を見下ろし、自分の胸の谷間に錨斧を突き立てている駆逐艦娘の姿に気付いて恐れ慄き悲鳴を上げようとする。

 

「そして、当たらなければどんな強力な攻撃も意味が無い」

 

 だが、それよりも早く吹雪の姿がぶれて白磁の首に一秒にも満たない間に連続で打ち込まれた砲撃と魚雷の爆発が穴を開ける。

 そして、戦艦水鬼の口と喉笛から赤黒い血流を吹き出し、直後に首の破壊に続いて鬼女の胸元へ無数の打撃痕が刻まれて白い肌が裂けるように割れていく。

 

 人であったら傾国と言われていたであろう美貌が痛みと恐怖に染まって歪む。

 

 グロテスクな噴水へと変わった戦艦水鬼の上半身から天高く噴き出した血流が海上に落ちて昏く光るマナへと分解されて消えていく。

 

「そして、強固な装甲があっても傷さえ付けれるなら時間を止めて殴り続ければいつか壊れる」

 

 正しい意味で反則だ、と指揮席に脱力して苦笑する田中の目の前のモニターには死の恐怖に声なき悲鳴を上げて巨大艤装ごと解け砕けていく戦艦水鬼、そして、前線から映像を送ってきている名取の近くに瞬間移動してきた満身創痍の吹雪の姿が映った。

 

 三隈の艦橋にいる田中の指揮下の艦娘達はモニターと自分達の指揮官の間を呆然とした表情で視線を行き来させ、彼の解説を聞いても理解を超える現象の前にただただ戸惑う。

 

「ずっ・・・るいぃいいっ!!」

 

 その部下の中でただ一人だけ艦橋のモニターを照らす朝日に輝く金髪の長い毛先を振り乱してウサギの耳を思わせるリボンを頭上に揺らしている駆逐艦娘が肩を怒らせて叫び声をあげた。

 その叫びに田中は脱力していた背筋を跳ねさせるように伸ばし、円形通路で呆然として黙り込んでいた仲間達が叫びを上げた駆逐艦娘、自らだけでなく他人の早さに対してまで凄まじい偏執を見せる島風が地団太を踏む姿に困惑する。

 

「時間を止めるなんてズルい! それって吹雪が島風より早いって事じゃないですかっ!? そんなのズルい! ズルいっ!!」

「うわっ、島風っ止せ!? 放せっ! く、くるしっぅ・・・」

「提督! 私ももっと早くなりたい!! あの子よりもっともっともっとっ!!」

 

 駄々っ子と化した島風が目を丸くしている指揮官に手を伸ばしてコンソールパネルの上にノースリーブのセーラー服に包まれた上半身を乗せて詰め寄り、彼の襟首を白い長手袋に包まれた両腕が掴んで彼の身体をガクガクと揺さぶった。

 ただでさえ短いスカートの青い裾が暴れるように振り回される足によってはためき尻を丸出しにしている駆逐艦の姿に仲間達がつい先ほどの衝撃的な光景から正気を取り戻して駄々を捏ねて指揮官に無茶な要求をしている島風の身体を後ろから捕まえて引き離す。

 

「提督、限界突破って言うのは僕らにもできる事なのかい?」

「痛ぅ、いや正直言って分からない。俺が知ってるのは鎮守府の工廠で改造と言う処置を受けた艦娘がそうなるって事ぐらいだな」

 

 司令部を経由して三隈の艦橋へと送られてくる戦場の中心では身体中に霊力の燐光を漏らす割れ目を刻み、軸がくの字に曲がり刃が真っ二つに割れた斧を手に海面に膝を着いた吹雪が虚ろな瞳を揺らし意識を朦朧とさせて名取の手に支えられながら旗艦変更の光の中へと消えていく。

 

「とは言え・・・今の世界でそんな技術があるなんて鎮守府の研究員だって聞いた事も無ければ見た事も無いだろう」

 

 たった一人の艦娘が戦艦水鬼と言う圧倒的な暴力の塊を一方的に屠ったと言う事実にその場にいた全ての艦娘は吹雪に対して恐れと同時に胸の中で強く羨望で騒めかせる。

 

「か、改造って身体を弄るって事よね・・・でも、あの力があれば・・・」

「この世界では間違いなくまだ技術的に確立されていないモノの一つだ、今すぐどうこう出来るもんじゃない」

『それは、わかりますけれど・・・三隈も・・・』

 

 うわ言のように呟く矢矧や三隈の声にさっきの知識の元がゲームの中の話であるとは言う気にもなれず、自分でも気付かないうちに興奮して余計な事をベラベラと喋ってしまった田中はモニターの向こうで戦艦水鬼を打ち倒した友人のように厚顔でいる事の難しさと自己嫌悪に小さく呻いた。

 

(義男の言う通り、慣れない事はするもんじゃないな・・・)

 

 




対空カットインが導入されてから何日か経ったある日、何で同じレベルで同じ装備をしているのに撃墜する数に大幅な差が開くのかとと首を傾げた事がありまして。

同じ武器なら同じ弾数と射撃速度になるから単純な命中率の差なのか?

なんで艦娘のよっては撃墜数が二倍近く広がる事があるんだ?

狙う際に他の艦娘よりも余裕を持って狙えるからじゃないかな?

なんで同じ環境でそんなに余裕ができるの?

ゆっくりとスムーズに狙う時間が他の艦娘よりもあるって事じゃないか?

つまり、特定の艦娘は時間を止める能力でしっかりと狙えるから撃墜数に差が出るんだな!?

何て言うかホント頭の悪い発想を作品にしてごめんなさい_(:3」∠)_


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第三十二話

自分の中の中二病に突き動かされて書いた文章を後から読むと恥ずかしくて仕方なくなる。

まぁ、全部まとめて自業自得なんですけどね。

やっちゃったモンは仕方ないね。

そう言えば艦娘って改造すると損傷が治るだけじゃなくて燃料弾薬も補充されるのはなんでだろ?



 光の中から艦橋の円形通路へと倒れ込むように姿を現した吹雪の姿に中村は指揮席を立ってコンソールパネルを飛び越えて床に倒れそうになっている少女の身体を受け止める。

 

「吹雪っ、大丈夫か!?」

「しれい、かん・・・私たち・・・生きて、ますよね?」

「は、ははっ、ああ、見れば分かるだろ・・・よく頑張った!」

 

 破れた服の下の内出血で痣だらけになった身体は痛々しく、目や鼻からだけでなく身体中から血の筋を滴らせて千切れたセーラー服の白い布地や肌に落ちて汚していく。

 その少女の身体を抱きしめた中村の服も血で汚れていくがそれを気に止める事無く指揮官は吹雪を褒めてその小さな背中を出来る限り優しく強く抱きしめる。

 

「司令、私、少し・・・疲れ・・・ました」

「後は帰るだけだ、お前は今回のMVPなんだから寝てても誰も文句なんか言わねぇよ」

 

 頭上から落ちてくる戦艦水鬼の拳を見上げて、生きていたい、と叫んだ吹雪に呼応するように艦橋に満ちた青白い光と制止した世界。

 

 目と鼻の先で氷の彫像のように固まった敵の姿に戸惑う駆逐艦娘にとっさに回避を命令してその場から離れ、コンソールパネルに浮かぶ吹雪の立体映像に重なる様に表示された花菱紋に中村はその現象が中枢機構から彼女が自分の意思で願いを叶える為に必要な力を引っ張り出したのだと教えられる。

 

 そして、どこからか送り込まれた霊力の補充を受けた上にまるで中二病臭い漫画のキャラクターが使うような自分以外の時間を止めると言う反則な能力に目覚めた吹雪は中村の声に従って思いつく限りの方法で戦艦水鬼へ攻撃を仕掛け。

 

 指揮席で時間停止能力の発動可能な時間を知らせて数字を減らしてくカウントタイマーを止めては動かし、最後の手段として中村と吹雪は叫ぶだけで音波攻撃となる水鬼の喉へ砲身が破裂するほどの砲撃と雷撃を撃ち込み、返す刃で心臓部であると思われる胸元を壊れるまで錨斧で殴ると言う乱暴な方法で破壊する。

 

 自らの加速度と蓄積する衝撃によって歩くだけで、腕を振るだけで砕けていく身体と武器、そして、幸運を全て使い切るように吹雪は全身全霊を賭け無理矢理に猛攻を戦艦水鬼へと叩きつけた。

 その止まった時間の中で補充され満タンになったはずの霊力も湯に放り込まれた氷のようにみるみる溶け消え、続いて吹雪の背面艤装がオーバーヒートを超えてスクリューや煙突が弾け飛び原形を失い、さらに肉体が内側から砕け始め戦闘形態が強制解除される寸前。

 まさにギリギリの所で戦艦水鬼と彼等の戦いは中村達の勝利で決した。

 

 少し考えるだけでも途方もないと分かる吹雪の力を制御する方法は案の定であるが中枢機構に住み着いている妖精モドキからのイメージで伝わってきた。

 

 だが、彼女が中枢機構から勝手に持ち出し、自分で無理やりに繋いだ力の欠片は今までの妖精に調整された安全なモノでは無く吹雪の心身にハイリスクを要求するものだった。

 

 何故そんな能力が彼女に目覚めたのか、何故今までの能力のように使いやすいように調整しなかったのか、と頭の中で呟く中村の脳裏に猫吊るしから戻ってきた曖昧な内容の返事にもならない言葉だけが揺れる。

 

(吹雪が俺と生きていたいと願ったから? それに子供の成長に手出しは無粋、ってなんだよ、根性とか友情とかそう言うもんを有難がる精神論者かよ?)

 

 科学者のくせに昭和の親父みたいな根拠の欠片も無い精神論を振り翳して言うな、と内心で愚痴り。

 疲れを身体全体から滲ませつつも抱きしめた吹雪が生きている事を触れ合った体から伝わってくる呼吸と心音でしっかりと確認した中村は深く息を吐いて安心に苦笑する。

 

「提督、海面下の限定海域が浮上を開始したようです」

「さしずめ門番が居なくなったから扉が開くって所か・・・良し逃げるぞ!」

 

 鳳翔が戦艦水鬼の一撃が掠って破れ開けた胸元を手で押さえながらモニターの向こうの海面を黒く染めていく大質量の接近を知らせ、文字通り目が回る戦闘で精神的にも肉体的にも限界が近づいていた中村は自分の胸に寄りかかり寝息を立て始めた吹雪を抱き上げて撤退を宣言する。

 

「いや、提督、帰るのはアタシもさんせーなんだけどさぁ、もうちょっと言い方ってありますよね~?」

「言うな、情けないのは自分でも分かってんだよ」

 

 そして、北上の呆れ声を背に指揮席へと戻るために中村がコンソールパネルを跨ごうとしたと同時に艦橋が不意に揺れ。

 吹雪を抱き上げている重さと片足を上げていた事で重心を崩した指揮官は円形通路に尻もちを着いて後頭部をモニターにぶつけて呻く。

 

「なんだっ!? やっぱり気絶から起きたばかりの霞に旗艦はまずかったかっ?」

 

 敵主砲の余波による気絶から復帰した霞は多少の損傷はあれど最低限の航行と戦闘は可能な状態だと判断して中村は自分が発動させた能力の負荷で戦闘形態を自壊させて戦闘不能になった吹雪を休ませる為に交代させた。

 その霞が突然にすぐ近くにいる名取に支えられながら海面に座り込んで虚ろな目を前方に浮かび上がってきている巨大な深海棲艦の巣へと向け。

 

「ぐっぅっ!? なに、これ・・・?」

「ちょ、いきなりどうしたのよ、五十鈴!?」

 

 中村がすっ転んだ艦橋の円形通路に大破状態で北上に支えられて横座りしていた五十鈴が手を額に当てて虚空に目をさ迷わせ、彼女を介抱していた北上が尋常ではなさそうなその様子に戸惑いの声を上げる。

 

「て、てーとく、モニターがっ!」

 

 戦闘の負傷による疲労が原因かと考えた中村の推理を中断させてゴーヤが朝日を遮るように薄暗く染まっていく全周モニターに気付き、彼等は潜水艦娘が指さす先に映る奇妙な映像に目を見開いた。

 

『止めてっ!! 返して、山雲を返してよっ!』

 

 身体に纏わりつく深海棲艦の体液を思わせる黒い海水の中でもがくように泳いで海面に座り込んでいる妹の元へと向かう情景。

 

『・・・手を離しっ・・・なさいよぉっ!』

 

 まるで母親が子供を守る様に覆いかぶさっている戦艦娘の下でコールタールの様な黒い海に這いつくばって海面を引っ掻く手が見える視界。

 

『ごめんね、みんな。 山雲が弱くて、勝手に諦めちゃって・・・ごめんなさい・・・ごめん・・・』

 

 奇妙な月が浮かぶ空の下、巨大で歪な鎌首をもたげる蛇に半身を咥えられ黒い海を見下ろして嘆く声に揺れる景色。

 

 まるで同じシーンを別の視点から同時に観測しているかのような映像がモニター全体を覆うように広がる。

 

 守る様に覆いかぶさっている仲間の手で押さえつけられて上げる怒声、黒い海に溺れながら上げる絹を裂くような耳に痛い叫び声、うわ言の様に繰り返される掠れた謝罪の言葉が中村達のいる艦橋に届いた。

 

(あれは確か鎮守府に戻ってきていない艦娘の・・・、それになんで港湾水鬼が・・・)

 

 突然の映像に目を見開いて唖然としている中村の前で蛇の口から落とされて木の葉のように宙に舞い落ち、巨大な要塞型深海棲艦の真っ赤に開いた口へと落ちていく小さな艦娘の姿がそれぞれの視点が同時にモニターに並び。

 

『朝雲ねぇ、満潮ねぇ・・・、二人はこっちに来ちゃ、ダメ・・だからね・・・』

 

 痛々しいほどの怒りと絶望と嘆きに満ちた映像の中で涙を零し散らしながら落ちていく朝潮型駆逐艦娘である山雲が耳まで裂けた巨大な口を開ける深海棲艦に呑み込まれる。

 そして、始まった時と同じように唐突にモニターに広がっていた奇妙な光景がブツリと切り替わって元の朝日を浴びる海上へと戻った。

 

「あ、あの黒い海、限定海域だよっ、間違いないよ!」

「でも、なんで、そんなのが艦橋に映るのさ・・・」

 

 前回の艦娘救出作戦に参加して限定海域に突入した経験を持つ伊58が叫び、その言葉に衝撃的な光景に目を見開いたまま硬直している北上が喘ぐように呻く。

 海原へとモニターの景色が戻っても思考停止していた中村達の身体と艦橋に激しい推進機関の唸りが響き、艦娘が高速機動を行う際に感じるものと同じ前兆の揺れが彼らの身に伝わってくる。

 

「い、今のは一体・・・?」

 

《ふざけぇっ、ふざけんじゃないったらぁああ!!》

 

 見る間に黒い渦を青い海上に広げていく限定海域へと霞が怒りに染まった猛獣を思わせる怒声を腹の底から迸らせ、その背中の艤装の汽笛が過剰な圧力で吹き鳴らされて遠く遠く早朝の海原へと響き渡る。

 

「ぉっぁっ!? 今度は何だっ! 何だって言うんだ!?」

 

 中村が座っていない指揮席のコンソールパネルの上で推進機関の制御レバーがガチャガチャと音を立てて勝手にその出力を上げて艦橋を揺らす。

 

「うっ、まさか!? 止めろ、今そこに飛び込むのは自殺行為だっ!」

「名取ぃっ!! 霞を捕まえなさいぃ!!」

 

 指揮官の手によらず勝手に艦娘が推進機の出力を引き上げると言う異常な光景に驚いた中村は霞が黒い渦へと突撃を行おうとしている様子に目を剥いて叫び。

 それと同時に虚空を見つめてへたり込んでいた五十鈴が身体の重傷を思わせないほど素早く立ち上がりモニターを叩くように通信回線を開いて、その向こうにいる妹艦娘に大声で命令する。

 スクリューを過剰回転させ加速準備段階だった霞の背中に体当たりするように抱き付いた名取が体格と重量で暴れる駆逐艦娘を抑え。

 

《離せっ! 離しなさいよ! あそこには私の、私達の姉妹艦がっ!!》

 

 衝撃で揺れる艦橋に振り回されながらも中村は指揮席に戻り、気を失っている吹雪を膝の上に乗せた状態で勝手に出力を上げようとしているレバーを渾身の力で引き下ろす。

 

《落ち着いてっ! 霞ちゃん落ち着いてくださいっ!》

《落ち着けるわけないでしょ! 食われたのよ! 山雲が深海棲艦にっ!!》

 

 身長と体格に差がある為に何とか霞の加速を押し留めている名取であるがその脇や頬に暴れる駆逐艦の腕や肘がぶつかり痛そうな呻きと鈍い音を立てる。

 

「霞、今あそこに行っても無駄な犠牲を増やすだけなのよ! そんな簡単な事ぐらい分かるでしょ!!」

 

 中村がレバーを抑え込んだ事で急回転しようとしていたスクリューが停止して名取に押さえつけられてうつ伏せに倒された霞が怨嗟の声を上げて海面を引っ掻き、その艦橋でフラフラと今にも倒れそうな状態の五十鈴が解けて顔にかかった髪を掻き上げて目元を濡らす血の筋を拭う。

 

《黙ってなさいっ、五十鈴には私の気持ちが分からないのよ! あんなのを見せられて平気でいられっ・・・》

 

「平気なわけないでしょ!! 私と、名取の姉妹艦も・・・いるのよ、あそこにっ・・・あの中に見えたのよ・・・」

 

 突然の出来事に呆気に取られた中村や他の面々を他所に五十鈴はモニターに背を預けて霞の言葉を遮り一喝し、そして、額に血まみれの手を当てて震える声で呻く。

 その姿と言葉についさっき様子がおかしかった軽巡洋艦娘もまた霞と同じように自分とは別の誰かの視点で先ほどの悍ましい光景を目撃したのだとその場にいた全員が気付いた。

 

《っぁ・・・う、ぅぅうっ・・・》

 

 頭に血を昇らせていた霞の激情が五十鈴の苦しげに呟いた言葉で行き場のない怒りと無力感に変わり、涙を滲ませ突然に知らされた姉妹艦の苦境を知り悲しみに震えている名取に抱きしめられたまま朝潮型の末妹は強く歯を食いしばる。

 

「そうか、さっきのは精神の混線か・・・夢の中だけで起こるってわけじゃなかったんだな」

「・・・それは、夏の作戦前の時にも何人かの子達が見たと言う悪夢の事ですね?」

「あぁ、多分な・・・」

 

 前回の限定海域が近海へと近づいてきた時に鎮守府で妙な夢を見た艦娘が姉妹艦の苦境を感じ取り精神を不安定にさせた事を思い出した中村は聞きいてきた鳳翔に向かって頷きを返し、アストラルテザーで脱出した後に体験した自分自身の経験から先ほどの現象の正体を掴む。

 中枢機構の中で世界樹の枝に繋がる無数の霊核、どれだけ物理的に離れていても水晶の幹を中心に繋がった霊核同士、それも姉妹艦であるが故に強い共感現象を起こしてしまう。

 

(たまに明後日の方向に独り言を言ってる子がいると思ったら、実は離れた場所にいる姉妹艦とテレパシーで会話してたって事もあるぐらいだからな)

 

 霞も五十鈴も一度は霊核となって鎮守府に戻った艦娘である為、あの限定海域内の艦娘とは面識は無い。

 普通な人間の感覚では会った事も無い生別れの兄弟姉妹に何を大袈裟なと思うだろう。

 だが艦娘にとっては文字通りに魂が繋がっている相手であり、それほどに密接な関係を持っている姉妹艦娘の苦境は我が事のように感じてしまうのかもしれない。

 

『中村三佐、司令部から帰還命令が来ています・・・早急に状況の報告しないと、それに早く利根を治療させてやりたいのです』

「ああ、わかってる・・・さっきは部下の暴走を止めてくれてありがとう、名取にも感謝を伝えて欲しい」

 

 戦艦水鬼から溢れ吹き荒れるマナの大気中、接触した事で鮮明な音声となった名取の艦橋からの通信に中村は同意と感謝を伝え。

 恐縮する後輩の前で恰好の悪い事をしてしまったと頭を掻きぼやく。

 

「霞、辛いなら旗艦を交代しても構わないぞ? 幸い、今なら敵も疎らだからな」

 

 友軍の奇襲攻撃や戦艦水鬼の大暴れによって敵艦隊はほぼ壊滅状態であるが、それでも浮上した深海棲艦の巣から湧き出る新手や手負いで海上を彷徨っているはぐれ敵艦は存在している。

 そんな海上を船足の遅い空母や防御力が極端に低い潜水艦で帰るのは少々不安であるし、武装を失い負傷した軽巡達にこれ以上の無理を言うわけにもいかない。

 

『自分がどれだけ馬鹿な事をやろうとしてたかぐらい分かったわよ・・・帰投するわ』

 

 一応は冷静さを取り戻したように見えるが指揮席に座り直した中村の目の前、コンソールパネルの上で霞の手や肩の破損した増設艤装が彼女の激しい怒りを代弁するかのようにバチバチと過剰な霊力の供給を電力に変換して火花を散らせている。

 

『名取、さん・・・さっきは暴れてごめんなさい・・・』

『ううん、霞ちゃんや五十鈴姉が居なかったら、私があそこに飛び込んでたかもしれないから・・・だから謝らないで・・・』

 

 名取の手を借りて立ち上がり言い辛そうにしながらもその言葉を吐き出した霞が未練を振り払うように顔を限定海域の渦から背けて進路を司令部のある綿津見へと向けた。

 

 




中枢機構から能力と補給をぶん盗った直後に霊力弾薬使い切り装備を一つ残らず大破させ赤疲労になる戦闘スタイル。特型駆逐艦ェ(呆れ)

戦艦水鬼の撃破を確認しました。
おめでとうございます。

日本海沖防衛作戦、作戦成功しました!




・・・そして、新しい海域が出現しました。

これより後段作戦が開始されます。


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第三十三話

予定より多い話数を使ってやっと決戦前、嫌になるね。

予定は未定って言葉を心の底から思い知ったよ。

何だか敗北感すら感じてしまうな。



 うるさいエンジン音を響かせる輸送ヘリの搭乗口まで向かうストレッチャーに寄り添い歩く体中を青あざだらけした中村は鼻にキツい湿布の臭いを周囲に振りまいていた。

 

「すみません司令官、私が不甲斐なくて・・・」

「気にするな、むしろお前が居なきゃ俺も他の連中もあの怪物にやられてたんだ。今はしっかり休んで怪我直してこい」

 

 日本海での艦隊戦から数日経ち綿津見を中心にした護衛艦隊とともに舞鶴港へと帰還した艦娘と指揮官達は簡易的な治療を受けた後に次の作戦へと向けて戦力の再編を行っている。

 だが、本人達はやる気があっても戦闘不能となった大破艦娘をこれ以上の戦闘に向かわせる訳にもいかず緊急に治療が必要な負傷を負った者達は中村の目の前のストレッチャーに乗せられた吹雪のように空輸で鎮守府へと帰還することになった。

 

「・・・良く頑張った。すげえよ、吹雪は俺に勿体ないぐらいの艦娘だ」

「えへ、へへ・・・私は司令の艦娘ですよ・・・ずっと」

 

 他の負傷した数人の艦娘がヘリに乗り込む横で中村は満身創痍の吹雪の頭を撫で、それに嬉しそうな笑顔を返す少女の左目には黒い瞳孔に重なるように薄く菱形の花びらが見える。

 

「正直言って信頼が重いなっ、ははっ」

「それでも責任は取ってもらいますから、司令官が・・・言ったんですよ?」

「だな、自分で言っちまった約束ぐらいは守るさ」

 

 先の作戦で散々に不甲斐なさを見せた指揮官は自分に対する執着心を隠さなくなった初期艦に苦笑いを返してヘリのパイロット達や救護員へと大切な部下を任せる為に頭を深く下げ、ヘリの中へと運び込まれていく吹雪を含めた数人の艦娘を見送る。

 そして、搭乗員達の手で大型ヘリの中へと運ばれて搭乗口の中から名残惜しそうに自分を見詰めている少女に中村は軽く手を振った。

 

 その目の前でドアが閉まったと同時に暖気していた大型輸送ヘリは双発ローターの回転速度を急速に早め、離陸を始めた輸送機から彼は後ずさって離れる。

 

「義男、今日の会議が始まるらしい、指揮官は全員集合だそうだ」

「あのな、俺こんなにボロボロなんだぜ? ちょっとくらい休ませてくれたって罰は当たらないだろ」

 

 吹雪達を乗せて空へと飛んでいくヘリをぼんやりと見送り眺めていた中村の背にいつの間にか近づいて来ていた田中の声がかかった。

 

「罰は当たらなくても深海棲艦の大群はやってくるだろうね」

 

 その声に振り返り不機嫌そうに口を尖らせて休息を要求する中村に田中のすぐ横に立っていた時雨が肩を小さく竦めてから避け難い現実を告げる。

 

「会議ったって上と下で押し問答してるだけじゃねぇか・・・作戦方針も決まんねぇのに最低限の戦力だけで敵の本拠地に挑めって言う上層部の連中を相手にして何の進展も無く、もうすぐ一週間だぞ?」

「敵艦隊が限定海域周辺から動かないのがせめてもの救いか」

「それは救いって言わないだろ」

 

 たった五日、その一週間にも満たない時間で日本海上に浮上した巨大な黒い渦は内部から赤黒く脈動する巨大な浮島を迫り出させ、その周囲には戦艦水鬼を取り巻いていた規模ほどではないがそれでも日本を脅かすには十分すぎる戦力を持った艦隊が姿を見せていた。

 

「それにしても海底に突っかかるほどデカい代物が何でここまで進んでこれたんだろうな、おい」

「霊的力場をある法則で編むように固めると外見の質量を無視して内部と外部で見せかけの空間に差が出来るらしい、艦娘達の増設装備の縮小化もこれの応用で・・・」

 

 石川県沿岸から見て西に300km、中村達が居る舞鶴からみれば北方に230km、そこに黒い渦を発生させた深海棲艦の巣は海面下で無数のねじれた螺旋を絡め合わせた根を海底に張り、そのクラゲの傘にも似た赤黒い半球体をまるで停泊させるように海上に浮かべている。

 そんな敵の巨大さに対する愚痴に専門知識が詰まった真面目な考察を述べ始めた友人の姿にげんなりとした中村はポケットに手を突っ込んで踵を返して舞鶴基地の司令部が置かれた建物へと歩き出した。

 

「・・・お願いだから、人間の言葉でしゃべってくれ」

「そうだな、主任が一番簡単な例えで言ってたのは・・・霊力の一定供給さえすれば入れたモノの分だけ容量を増やすけれど見た目の大きさと重さが変わらない箱だったか」

「何て言うか、そっちはそっちで分かりそうで分からない例えだ・・・青狸のポケットみたいなもんか?」

「いや、似てるけど原理的には全く違うらしい」

 

 並んで歩き始めた田中を横目に中村は大して役に立たなそうな知識だと結論して歩くだけで不調を訴える身体の痛みに顔を顰める。

 

「・・・ん? 時雨はどうしたんだ? あっちに立ったままだけど」

「ああ、あの子は俺とは別でここに用事があるんだ」

 

 ほぼ必ず田中を見たらその隣か5m範囲内にいる駆逐艦娘が珍しい事に離れて行く彼に付いてこない様子に気付いた中村が問いかければ、急遽増援として舞鶴にやってきた指揮官はただそう言って意味あり気に笑った。

 

「それにしてもな、助けに来てくれるのは良いんだが・・・何とか金剛を連れてこれなかったのか?」

「俺の指揮下で問題ないと判断された三隈、矢矧、島風、そして、俺に同行していた時雨だけが鎮守府から出せる増援と言う事になってるな・・・金剛は、まぁ、色々あってね」

 

 実際に戦う艦娘ほどではないが指揮官にも負傷者は続出し、名取と利根の指揮官をしていた新人も戦艦水鬼の砲撃を浴びた際に衝撃で打撲や骨折を負い今は最寄りの病院に担ぎ込まれて治療を受けている。

 応急処置で何とかなったのは艦娘は全体の七割ほどであり、鎮守府に戻るほどではないが重傷である艦娘達は四人ずつしか治療できない治療槽の順番を待っている有り様だった。

 

「だから、増援の艦娘がたった四人だけって上層部の連中は頭がおかしいだろっ」

「確かにな、俺がごねなかったら三隈すら連れてこれなかったぐらいだからな」

 

 津波のような荒波に揉まれて甲板や装甲を捩じられたように砕かれた二隻の護衛艦はドックで修繕が行われているが一日二日程度ではどうにもならず。

 何故か老朽船であるはずの海洋調査船【綿津見】は船上構造物の一部と内装が少し壊れた程度で済んでいるのだが、かと言って非武装の民間船に護衛無しで深海棲艦の巣まで付いて来てくださいというわけにもいかない。

 つまり海上での補給は望めないのに敵は限定海域を中心にぞろぞろと湧いて出て、先行偵察に向かった潜水艦娘や空母艦娘の観測情報からあと十日も指を咥えて見ていれば敵勢力は戦艦水鬼を取り巻いていた大軍を超えることになるだろうと予測されている状況なのだ。

 

「だけどな、こっち側にかまけて太平洋側の防衛を疎かにも出来ないだろ?」

「それはまぁ、わからない理屈じゃないけどよ・・・」

 

 それが理解できないわけではないが強力無比な敵の本隊を前にして予備戦力を逐次投入するという悪い戦略の見本をやってくれている自衛隊の上層部と政治家の介入に中村はげんなりとした顔でため息を吐く。

 

「で、増援の人数制限はまた政治家どもからの有難いお言葉のせいか? 中国のご機嫌を気にするのは構わんけど日本海が敵の住処になったら外交だの国交だのを考える事もできなくなるだろうに」

「ぁ~、まぁ、それが原因ではあるんだが・・・金剛だけじゃなく複数の艦娘が今、鎮守府で謹慎処分を受けていてだな」

「謹慎・・・複数? は?」

 

 自分達への増援に反対を叫んだであろう顔も名前も知らない政治家に対して一方的に不信感を募らせていた中村は隣から聞こえた歯切れの悪い田中の言葉で苦虫を噛んだような顔から呆気にとられた様なマヌケ顔に変わり隣を歩いている相方を見る。

 

「窮地にある仲間の元に駆け付けず何が軍艦か、と自分達も舞鶴に出るべきだと金剛を中心に少なくない人数が鎮守府の司令部に直談判しに行ったそうなんだが・・・いろいろと口論が白熱し過ぎて司令部の佐官を一人、ノックアウトしてしまったらしい」

 

 田中の言う言葉が中村の右耳から入って左側に抜け、その理解に苦しむ内容に怪訝な顔をした湿布と包帯まみれの特務三等海佐は口を半開きにして首を傾げた。

 

「手を出すのは確かにまずいけど、その士官も彼女達が自分の命令を聞くのは当然ってあからさまに高圧的な態度だったのもあってか自室待機以上の罰は無いらしい」

「・・・いや意味が解らん、それ日本語だよな?」

「英語で喋った覚えなんかないよ。とは言え彼女達がここに来たとしても長門のように出撃の許可は出なかっただろうし、鎮守府で大人しくしていた方が無難だな」

 

 苦い顔をしているのに何故かちょっとだけ安心している様な物言いをする田中の姿に違和感を感じた中村は首を傾げ、ふと彼とさっきの話に出た金剛型戦艦一番艦との関係を脳裏に浮かべた。

 

 艦娘達は霊力係数とやらが高い相手に対して好感や魅力を感じる性質を持って生まれてくると言うのは中村が猫吊るしと夢の中で交信した際に聞いた話である。

 そして、それを証明するかのように現在の鎮守府で二人しかいない戦艦の片方である金剛は目覚めてから初めて出会った指揮官であり、転生者故に高い霊的許容量を持っている田中に対して非常に積極的な方法でアプローチを繰り返していた。

 

「これに懲りて金剛も少しは大人しくなってくれれば嬉しいんだけどね」

「あんな美人に追いかけ回されてそれかよ、ぜーたくな奴」

「あのテンションで四六時中だぞ? ネットやゲームでネタにされていたほど飛び抜けているわけじゃないが、なぁ?」

 

 実のところ中村は自分の艦隊にと金剛に誘いをかけたことがあるのだが、既にターゲットを田中に定めていた金剛型の長女からは良い返事は返ってこなかった。

 

「何がなぁ? だよ」

「・・・そもそも彼女が何で俺みたいなのに付き纏ってくるのかが分からない」

 

 それより何より田中に対してエセ外国人のような陽気で積極的なラブアピールをする金剛が自分を含めた他の相手に対してはお淑やかな女性の見本のような態度と喋り方で対応している事に中村は飛び上がるほど驚かされて興味を擽られ。

 そして、田中が居ない時にはまるで前世の艦隊これくしょんの中にいた金剛型戦艦の三番艦に通じるものがある喋り方の金剛から喋る相手によって態度が急変する理由を中村は聞き出すことに成功した。

 

(その理由が無理矢理にでもテンション上げていないと恥ずかしくて喋れなくなるからなんて、どんだけ金剛にベタ惚れされてんだよ、コイツ)

 

 基本的に時雨に付き纏われながら執務をしているか矢矧に剣道などの戦闘訓練を強いられているか、島風の艦橋で振り回されて悲鳴を上げているだけの田中が何をやったらそこまで金剛に好かれているのか疑問が尽きない。

 だが同じ転生者であり士官としての条件も同じであるはずの中村に対して丁寧で友好的であるが自分の艦隊への申請を出してくれそうもない戦艦娘の態度を察するのは簡単であり。

 そして、とある経験から彼女を自分の艦隊へ加える事をすぐさま諦めた中村はその思考を切り替えた。

 

(・・・それにしても未だに素の金剛に気付かないってコイツの目と耳は節穴なのか? いや、良介が近くにいる気配を感じただけでエセ外国人化する金剛にも問題はあるけどなぁ)

 

 とある目的の為、中村は金剛に田中の食べ物や話題の好みなどをアドバイスして更に彼の艦隊のスケジュールを渡し、将を射んとするなら将を射よとばかりに焚き付けたのだ。

 

「一度だけで良いから落ち着いた場で金剛と一対一で話してみろよ、大分印象変わるぞ?」

 

 その甲斐もあって金剛型の長女が紅茶とお菓子を手に田中の執務室に通う事にも違和感が無くなり、これで田中が彼女に対して一歩引いた態度を改め、一言俺に付いて来いと金剛に言えばまず間違いなく恋する戦艦娘は尻尾を振ってこの舞鶴港まで来てくれていただろうと思うと中村は残念でしかたない。

 

 あくまでも戦力的な意味で残念なだけである。

 

 決して前世で好きだった艦娘が真横の文系インテリに首ったけになっているのが気に入らないからイタズラ程度の感覚で田中の艦隊を軽い修羅場に落としてやろうとして失敗した事が残念なわけではない。

 

 ただ、その目論見は外れ、猫吊るしが夢の中で言っていた通り艦娘は一人が抜け駆け同然の積極的な行動をしても嫉妬の対象にならないどころか、恋愛感情の有無はともかく指揮官(一人の男)を共有する事に抵抗感の一つも無く協力関係を作ってしまえる事には驚かされた。

 

(計画通りなら末永く爆発しろと言ってやるはずだったのに単純な人望の差なのか、それともそう言う気質の艦娘がコイツの周りに集まっているからなのか・・・わっかんねぇなこれ・・・)

 

 少なくとも中村の艦隊で同じことが起きれば間違いなく吹雪は露骨に不機嫌になって面倒なほど喚いて詰め寄って来るのを想像するのは簡単であり。

 また他のメンバーの場合なら五十鈴は鼻で笑ってからだらしないと彼の方を叱り飛ばし、霞は机の上が汚いとか姿勢が悪いと言う理由と同列扱いで彼の太腿にローキックを放つだろう。

 

 鳳翔や那珂、そして、伊58などの他の艦娘は苦笑か微笑みかの差はあれど傍観者に徹して指揮官を助ける事はしないだろう。

 

 と言うか、実際に中村が高雄と愛宕に粉をかけるような真似をした時に彼は自分達に何か落ち度があったのかとしつこく問いかけてくる吹雪に鼓膜を震わされながら霞が繰り出す怪我はしないがとても痛いと言う絶妙な威力の蹴りにさらされる事になった。

 さらにその後、通常の三倍の仕事を運んでくる軽巡のとっても良い笑顔と応援の言葉はかけてくれるが手助けはしてくれない軽空母の妙な迫力を宿した柔和な笑みに鉛のような唾を呑み。

 

 自分達の艦隊には砲火力が決定的に欠けているのだ、決して邪な考えで動いている訳ではない、と全身全霊を持って不満そうな顔している艦隊メンバーを説得しなかったら中村は今も胃薬を友にしていたかもしれない。

 

「難しい注文だな・・・俺はお前みたいに話題豊富な人間じゃないから彼女を退屈させてしまうだろうさ」

「いや、それは無いだろよ・・・ハァ」

 

 中村の個人的な事情はともかくとして現在の艦隊編成は艦娘の申請を司令部が許可すると言う形で行われるが、その申請を出された指揮官と出した艦娘が強く編成を望んだ場合には司令部の命令に優先する事がある。

 何故なら艦娘は過去の日本に対する義理で協力してくれている英霊であり、人としての生活基盤を提供しているとは言え国民としての戸籍すら無い善意の協力者でしかない彼女達に対して鎮守府や自衛隊は絶対的な命令権があるわけではないのだ。

 なので今、長門が出撃出来ないと言うのも上からの要請で公務員である指揮官達が彼女の編成申請を拒んでいると言う建前でしかなく、司令部が止める時間を与えずに免職覚悟で編成を彼女に要請すれば戦艦娘の出撃も不可能ではない。

 

「なんだって?」

「何でもねぇよ・・・まぁ、無いモノ強請りだな、ただでさえ要塞型の深海棲艦を相手にするには火力が決定的に足りないってのにホント嫌になる」

 

 首を傾げて聞き返してくる田中に小さく肩を竦めて見せて中村は未練がましく愚痴を零すが、深海棲艦を打倒する為とは言え散々に好き勝手をして司令部から危険人物扱いされている自分達がこれ以上下手な真似をしたら本当に自衛隊を追い出されるだろうと分かる程度には冷静さを保っていた。

 

「反則火力の塊をトンデモ能力で覆したヤツが言うかい」

「好きでやったわけじゃねぇよ、誰が予想できるかあんなの・・・それにあれは吹雪の頑張りであって俺は座ってただけみたいなもんだ」

 

 だが、出撃を禁じられて一人港に留守番をしている長門の苛立ちを知っている中村は彼女が自分からの出撃要請を二つ返事で了承するだろうと確信している。

 中村としては考えたくはないが、それでも、もしもの時の最後の手段としてクビを覚悟し、その方法を頭の端に置いておく事にした。

 

「・・・それはそうと、限定海域内の姉妹艦と精神の混線を起こした艦娘達から聞き取りした話は聞いたか?」

「ん、ぁぁ、あの中で起こっている異常現象の事だろ、ふざけるにも程があるよな」

 

 限定海域の外と中にいる姉妹艦同士の精神交感現象によって不確かながら深海棲艦の支配領域の情報を図らずも手に入れる事になった中村達だったが、その情報の荒唐無稽さに艦娘だけでなく指揮官全員が呆気にとられることになった。

 

「吹雪が時間を止めたと思ったら、今度は時間を巻き戻す深海棲艦・・・次から次に、マンガやアニメじゃねぇんだぞ」

「現実だからこそリスクの無い能力は存在しない。付け入る隙が無いわけじゃないさ・・・」

 

 吹雪の新しい能力の覚醒に関して少しばかり責任を感じていた田中は吐き捨てる様に溜め息を吐く友人に何とも言えない苦笑を向けた。

 

「はぁ? 隙っつってもなぁ、前回の救難信号みたいな目印もねぇし、だだっ広い限定海域に飛び込んでも捕まってる艦娘を見つけるどころか、出鱈目な能力を持ったボスのいる場所まで辿り着く事すら難しいだろ」

「いや、辿り着くだけなら問題ない、・・・彼女ならそれが出来る」

 

 目の前に立ちふさがる苦難に背を丸めて不景気な顔をしている中村に向けて田中は短く言い切ってから颯爽と作戦会議が行われる市役所のような鉄筋コンクリート造りの角ばった建物へと入っていった。

 

「は? 彼女って誰のことだよ、増援はお前の艦隊だけだろ? 待てっておいっ!」

 

・・・

 

 ヘリコプターが着陸して徐々に回転速度を落としていくプロペラの音が響く機体の窓から青く輝く海原と白い雲が浮かぶ空が見える。

 

(私は帰って来たのね・・・海に・・・)

 

 まるまる二年ぶりに手を通した白い袖、鮮やかな緋色の少しはしたなく感じる短いスカートの裾を払うように座席から立ち上がってここまで私を運んでくれたパイロットの人が開いた扉から潮風の中へと歩み出て小さく礼をする。

 目の前に広がる青い海と青い空、この向こうに妹達を捕え苦しめ続けている敵地が存在するとは思えないほど晴れやかな港のヘリポートに降り立った私は視線の先、少し離れたアスファルトの上に立つ自分を待っていた仲間の姿を見つけた。

 

「やっぱり、戻って来てしまったんだね・・・」

「いいえ、時雨、私は帰って来たのよ」

 

 かつての戦友との再会の喜びと守るべき相手が戦場に現れた事に対する悲しみ、海風に黒く艶のある三つ編みを揺らしている時雨が浮かべる複雑な思いを宿した表情へと私ははっきりと自分の意思を告げる。

 

「貴女に押し付けてしまった約束を終わらせる為、終わらない悪夢から山城達を助け出す為、・・・あの日から逃げ続けてきた自分の名前と向かい合う為にっ」

 

 そして、私を待っていてくれると言ってくれた人への想いだけは心に秘めて、私はお世話になった旅館の女将さんが出発前に結ってくれた髪の上で妹と揃いの髪飾りをシャラリと揺らす。

 

「私はここに、・・・自分の意思で帰ってきたのよ」

 

 自分は戦艦として駆逐艦に守られるだけの存在ではないのだ、と意思表示を終えてここまで私を運んできてくれたヘリを背に海を臨む舞鶴の基地へと足を向けて時雨の横を通り過ぎる。

 

「そっか・・・そうだね」

 

 その私の隣へと並んで歩き始めた時雨が微笑みを浮かべた。

 

「おかえり、扶桑」

「時雨・・・とても長い間、待たせてしまったわね」

「でも扶桑は帰ってきてくれた、だから大丈夫だよ」

 

 どこか嬉しそうに私の帰還を受け入れる時雨の声に、恥知らずにも戻ってきた脱走艦娘を受け入れてくれるその言葉に深く感謝しながら私は強く引き締めた顔を海の向こう、山城の鼓動を感じる遠く彼方へ視線を向ける。

 

「だから、一緒に皆を助けに行こう」

「ええ、必ず、必ずっ!」

 

 桜が咲き乱れる四月の空の下、艦娘としての(扶桑)ここ(戦場)に帰って来た。

 

(山城・・・今、行くわ)

 




後段作戦が開始されます。

本作戦での限定海域への突入艦隊には白露型駆逐艦と扶桑型戦艦からそれぞれ一人ずつが艦隊編成に必要になります。

現在、鎮守府に扶桑型戦艦娘は二名とも登録されていません。

必要な艦娘がMIAとなっている為、突入部隊の出撃は受理できません。

現在、限定海域攻略作戦の実行は許可されていません。


上記条件を満たす民間人の協力が得られました。


・・・貴艦隊の出撃を承認します。


貴女達の航路に幸運がありますように。



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第三十四話

 
最終海域攻略時間

2年10ヶ月6日14時間23分16秒】

多分これが一番早いです・・・




 遠近法がおかしくなりそうなほど巨大な渦とそのすり鉢状の中心に浮かぶ赤黒く歪な島を見下ろし、身の内から溢れてくる心を凍えさせるような恐怖に駆逐艦時雨は表情を強ばらせ無意識に手を強く握り込んだ。

 

『怖いの? 時雨』

 

 耳に届いた自分の名前を呼ぶ通信に振り返ると空色の視線の先、ここまで自分達を送り届けるために護衛してくれた友軍の少女が普段より幾分か緩さを感じさせない表情で時雨を見詰めている。

 本当なら彼女やその艦橋にいる子こそが自分の代わりに深海棲艦の巣から姉妹艦を助け出したいと願っている事を思い出し、少しの申し訳なさとそれでも譲れない思いを胸に時雨は自分の足を引っ張り込もうとしている黒い渦の淵に立つ。

 

『うん、怖いよ・・・でもだからこそ僕は、行かなくちゃ』

『そっか、じゃ~、わたし達はここまでだから後は頼んだよ』

 

 魂を締め付ける恐怖にも挫けない強い決心を宿した時雨の瞳を見て、ワンピースセーラーの駆逐艦娘は苦笑を浮かべて敵の砲弾を防ぐ為の盾にしていた自分の数倍はある巨大な重巡ネ級の尻尾を海に捨てる。

 重巡級の障壁を鋭い刺突による連打力のみで穿って撃破し、さらにその主砲を備えた尾を引き千切った両手の鉄爪。

 両手のそれを合体させ連装砲へと戻して肩掛け紐で腰にぶら下げた陽炎型艦娘は少し悔しそうに笑う。

 

『外は時津風達としれぇがなんとかするから皆のこと、雪風のこと・・・絶対に助けてきてねっ!』

 

 黒から灰色にグラデーションする毛先を跳ねさせ時津風は時雨に背を向けて自分達が敵を蹴散らしながら通り抜けて来た航路へと殺到してくる敵艦へと腰の後ろに装備した魚雷管を起動させる。

 

『ありがとう・・・提督、皆・・・時雨、行くよっ!!』

 

 砲撃の轟音が響く海原で背中合わせになった時雨と時津風は短く言葉を交わし、一拍、目を閉じて胸の前で手を握り込み雨の名を持つ少女は自分の中にいる指揮官と仲間達の声に強く頷く。

 

 そして、時津風の背中から誘導魚雷が飛び出す音を合図に自分の前の駆逐艦娘時雨が悔いながら死んでいった原因である因縁深い海域へと空色の瞳を見開いた時雨は飛び込んだ。

 

・・・

 

 闇よりも深い黒に覆われた世界、なのに私が感じるのは恐怖ではなく不思議な安心感。

 

 この感覚に私は自分が夢の中にいるのだと悟り、曖昧な意識がどこか遠くにいる扶桑姉様へと繋がっていく感覚に嬉しさがこみ上げる。

 地獄の底で目覚めた時にはほとんど覚えていないだろう一時の癒し、遠く離れた場所で優しい人達に囲まれて生きている姉様と重なって見る幸せな外の世界。

 

 重なっている時だけ感じる姉様の傷付きすり減った心が少しずつ癒えていく事が自分の事の様に嬉しく。

 でも、それを叶えているのが自分ではないどこか情けない顔立ちのメガネ男だと言う事に少しの嫉妬心が芽生え。

 

 でもそれ以上に、助けられなかった、と私達の事を思い出しては悲しみ憔悴に暮れる姉様の姿にもう自分の事など気にせずに貴女は幸せになって良いのだと伝えられない自身の無力さをもどかしく思う。

 

 そんな不思議な夢を見るはずなのに。

 

 今回はどんな景色が見えるのだろうと内心で期待していた私の前の闇は一向に暗いままで、でも確かに感じる姉様の存在は明らかに今までの夢よりも強くなっていく。

 

『ごめんなさい、山城・・・とても長い間、待たせてしまったわね』

 

(ぁ、あっ・・・姉様? 姉様なのっ!?)

 

 優しく耳に染み込んでくる懐かしい声、ふわりと身を包む記憶の奥を刺激する柔らかい花の香りに身体が強張る。

 そして、いつの間にか目の前の暗闇の中に私の身に着けた装束と揃いと分かる朧気な紅白の人影が揺れていた。

 

『あと少しだけ待っていて、すぐにそこに行くから・・・』

 

 懐かしく何度も求めていたその優しい微笑みに敬愛が心の奥から溢れ、私の声にならない声に答える夢の中の姉様と言う今までになかった状況にただひたすら嬉しさと戸惑いに心を騒めかせ。

 

(駄目です! 姉様! ここに来ては駄目です!!)

 

 だけど、姉様が言った言葉を理解したと同時に私はもどかしく動かない口を一生懸命に開こうとして心の中で悲鳴を上げる。

 姉様が言う言葉がそのままの意味であるなら、それは自分にとって掛け替えの無い大切な人がこの地獄へと足を踏み入れようとしていると言う事なのだから。

 

(山城の事はもう良いんです! 姉様は、姉様は外の世界で幸せにっ!)

 

『心配しないで、山城・・・貴女達を助けたいと思っているのは私だけじゃないの、だから大丈夫よ』

 

(待って、待ってください姉様っ、扶桑姉様ぁっ!!)

 

 目の前で揺れる姉様の影に動かない手を伸ばそうと金縛りになっている身体を捩り、頬に触れる手の平の温かさと繊細な指の感触に私は目を見開いた。

 

「ねぇ、さま・・・!?」

 

 急に金縛りが解けて自由になった手を伸ばして自分の頬に触れているその手を握り、白々しい太陽に照らされ影を作っている廃船の残骸の中で私は目を覚ます。

 

「山城さん、ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」

「雪風・・・? あれ、私・・・いったい・・・どうして?」

 

 目を開いた先には少し申し訳なさそうに肩を落としている愛らしい顔立ちの駆逐艦娘の姿であり、姉妹艦の形見だと言う白い服の切れ端を持っている彼女の手を握った私は寝起きでぼんやりする頭を振って周りを見回す。

 周辺を警戒する担当以外の仲間達が身を寄せ合って雑魚寝している天井が割れている元は食堂だっただろう場所で私の近くで寝ていたらしい雪風が毛布を肩にかけて膝立ちしている。

 

「ごめんなさい、山城さんが泣いていたので、雪風・・・」

 

 雪風が私の頬を撫でていた布切れを両手で握り俯き、そのいじらしい姿に訳もなく申し訳なさを感じた私は気にしなくても良いと言ってからヒビ割れ黒い海水を滴らせている元は輸送船だっただろう残骸の床に立ち上がった。

 

「だから大丈夫、丁度起きようとしていた所だったの、ありがとう」

 

 何か強く心を揺り動かす事があったはずなのに霞みがかった頭から寝ていた間の記憶は無情に解け消え、かろうじてどこかにいる姉様を夢見ていたのではないかとだけ分かる程度しか残っていない。

 

 何度も頭を下げてくる雪風の頭を撫でてからもう寝る気分でも無くなった私はすぐ隣で寝ている船だった頃から馴染み深い朝潮型姉妹の二人に気付き。

 私が立ったことでその小さな身体から落ちたらしい毛布をかけ直し、そして、寝ている子達を踏まないように気を付けて残骸の中で唯一まともな部屋として残っている船室へと向かい傾いたドアを開ける。

 

「あら、山城さん、まだ寝ていても大丈夫ですよ?」

「貴女の方こそ、大淀・・・阿武隈もそうだけど、まったく軽巡は頑張り過ぎるのが特徴なのかしら?」

「阿武隈さんほど空回りしているつもりはないんですけどね、ふふっ」

 

 船室に置かれた机に向かって作業をしていた大淀はちょっとだけ揶揄いを混ぜた私の言葉に苦笑を返して端が少し欠けた眼鏡を指で押し上げた。

 

「今回は前以上に順調だからって、少しは休まないと持たないわよ」

「順調すぎるのが怖いと思ってしまう性分なんです。全員の霊力の温存が出来ているとは言え敵の数が今までにないぐらいに少ないのも気になって・・・」

 

 まるで意図的に相手が手を抜いているのではと勘ぐってしまうほど少ない敵の数、今までも多少ではあるが敵が少なくなる周回は存在していたが今回はそれよりもさらに少ない。

 

「二日目に起こった限定海域を揺らした大きな振動、その前後から半分近くまで数を減らした敵艦・・・考えても考えても分からない事ばかり・・・」

 

 妙に敵艦の数が少ない事に気付いたのは前衛を勤めてくれている水雷戦隊のメンバー、そして、必ずと言って良いほど私達の前に立ちふさがっていた重巡ネ級が影も形も無く、戦闘した敵艦は両手で数えきれる程度しかいない。

 仲間達は落伍者どころか怪我人一人無い状態で拍子抜けするほど早く最後の休息地へと辿り着き、艦隊の指揮を執りながら半信半疑だった私も状況の変化を実感する。

 この先に待ち構えている姫級深海棲艦が自分の前に大戦力を並べている可能性を考慮して念のために足の速い数人に限定海域の中心へと偵察に出て貰ったのだが、帰ってきた偵察部隊は口を揃えて要塞に腰掛けている巨大な鬼女以外の敵艦が存在していないと言う。

 

「・・・そう言えば大淀、私達は何時からこの光を霊力って呼ぶようになったのかしら・・・?」

 

 基本的に無駄な行動はしないがそれ以外は謎だらけの深海棲艦の思惑を看破する事は出来ないと割り切った私はこの限定海域の海図と情報を机の上でつぎはぎの紙の上でまとめている大淀にふと湧いた疑問を投げかける。

 

「へ? 確か・・・二十いえ三十一? あの、何周前の時かは忘れちゃいましたけれど・・・、そう、阿武隈さんがこの力の特性を妙に詳しく説明し始めた時のはずです」

「あぁ・・・、えっと、それは阿武隈が夢の中でお姉ちゃんがそういう風に力を使っていましたって言いだした時だったかしら」

 

 大淀の言葉で根拠が夢と言う妄言としか言い様が無い話をし始めた仲間の姿にその場にいた全員が胡乱気な視線を集中させた時の事を思い出す。

 しかし、その長良型軽巡艦娘が語る情報の全てが正しく、今まで特に何も考えずに使っていた自分達の力の応用によって仲間達の生存率は劇的に変わる事になった。

 

「あの時の私はついに気狂いを起こした子が出てきたのねって思ってしまったわ」

「そう言えば、あれも何が切っ掛けだったのか未だに分からない事の一つですね」

 

 彼女の言葉からそれぞれの艦種によって放つ光弾の性質が異なる事が分かり。

 重巡艦娘が障壁を閃光弾の様に飛ばす事が出来る事や軽巡と駆逐の発射後も誘導できる魚雷の発見はこの貧弱な人間の身体ですら深海棲艦を出し抜ける様にしてくれた。

 

「お陰で私達は助かってるわけだけど・・・」

 

 そもそも何度も同じ時間を繰り返し、常に迫りくる壁と敵に追い詰められている状態だったそれまでの私達は指の間に小さく光を圧縮する事で火を熾せると言う生活の知恵の様な使い方さえ思いつく余裕も無かった。

 

 そして、最近ではほとんどの仲間達が休息地での眠りから目覚めると要領を得ない曖昧なモノであるけれど外の情報をここではない場所にいる姉妹艦娘の眼や耳を借りて手に入れてくる。

 

「それにしても夢の中で姉妹艦に会うってどう言う感覚なんでしょうか・・・」

「別に直接会って話をするって言うような夢じゃないわよ、もっと抽象的でほとんどが目覚めたら直ぐに解けて消える頼りないモノよ」

 

 彼女の原型である大淀型軽巡洋艦には姉妹艦が居ない、計画段階では仁淀と言う二番艦がいたらしいが起工直前に建造が中止され実際に誕生する事はなかった。

 そう言う意味では私や他の仲間達と違って大淀は外と完全に隔てられている為か彼女は最低限の仮眠以外は寝ずに働く事を選んでいる。

 随分と前に一度無理にでもと休むように説得した時に酷く憔悴した顔で悪夢しかみない眠りより頭を働かせている方がよっぽどマシだと理知的な表情をかなぐり捨てて叫ぶように言い切った彼女の姿は今でも忘れられない。

 その痛々しい嘆きを聞いてから私も仲間達も彼女の前では夢の中の話題を控えるようになっているのだが、内心では一時でもこの地獄を忘れることが出来る私達を大淀は羨ましいのか遠回しにその話を振ってくるようになった。

 

 だが彼女に頼まれて話すとしても起きた直後ならともかく時間が経った夢の記憶はひどく曖昧になる為に言った私達までもどかしい思いをすることになり、その後には自分のわがままで仲間を困らせた事に表情を曇らせる大淀とそれを励ます周囲と言う悪循環を私達は繰り返している。

 

「ちーっす、鈴谷艦隊、偵察から戻りましたぁ」

「もぉ、鈴谷さん、まだ寝てる子達が居るんだから騒がしくしちゃダメですっ!」

 

 仲間が寝ている食堂とは別のほとんどが海面に沈んだ甲板に繋がる壊れたドアを開けて重巡艦娘が緑色の長い髪を揺らして辛い環境でもへこたれない快活さで帰還の言葉を告げ、その後ろに続いて現れた長良型軽巡の阿武隈が口をへの字にして注意を促すが正直に言うと私には彼女の甲高い声の方が耳に響くと感じる。

 とは言え、彼女達の帰還によって少し大淀の気が紛れたのかクスッと微笑みを浮かべた彼女は鈴谷と阿武隈が警戒に出ていた駆逐艦と共に持ち帰った情報を整理して机の上の海図へと書き込む作業に戻った。

 

 念には念を入れて、それでどうにかなる相手であるなどともう期待はしていないと言うのに私達はまた巨大な姫級へと挑む七日目へと進んでいく。

 

(そう言えば、なんで私達はアイツを姫級って呼んで・・・確か初めに言い出したのは雪風だったかしら?)

 

 最大級の深海棲艦には鬼級と姫級と言う二つの階級が存在しており、外の海を無数の艦隊を率いて侵攻するのが鬼級でここの様な限定海域と言う閉鎖された異空間の主をしているのが姫級であると分類されている。

 ある日の仮眠から目覚めた小動物のような雰囲気の陽炎型駆逐艦娘が訳知り顔で言い出した事を思い出したけれど、何故、そんな情報が外にあるのだろう。

 

(立ち向かうどころか近づいただけで死んでしまうような相手の情報を外の艦娘はどうやって集めたと言うの?)

 

 まさかあの化け物と同類を打ち倒す方法が存在していて、それによって情報が集められたのではと妄想にも程がある考えが過り、私はその絵空事を散らすように頭を振って大淀が紙にまとめている情報を横から覗くように確認した。

 

・・・

 

 そして、始まる七日目。

 

 それが何回目の七日目なのかもう誰一人として数えておらず、最初の頃は辿り着くことすら出来なかった怪物が座する要塞へと少女達が乾坤一擲の意志の元に駆ける。

 

 何人もの仲間が屈してこの世界の主に飲み込まれ、その妊婦の様に膨らんだ腹の中に閉じ込められた。

 

 声も届かない距離と強固な障壁を纏った白い肌に阻まれ食われた仲間との意志の疎通は叶わず。

 それでも姉を妹を、仲間を必ず取り戻すのだと戦艦娘である山城を中心にした艦隊はそれぞれの手にここまでの道中で立ち寄った船の残骸などから前の周回で所在を調べ、掻き集めて手に入れた銃火器のグリップを手に握る。

 

 霊力を纏わせることで威力は代わらない通常兵器の鉛玉でも敵の障壁に若干のダメージを与えられると言う情報。

 通常の光弾を撃つよりも霊力を節約でき手数を増やせると言う利点を持ったその戦闘方法はこれまでの周回の中で駆逐イ級などを実験台にして試され。

 障壁に小さな穴を開けて駆逐艦達が夢に見たと言う頼りない情報を集め割り出された弱点部位へと複数の光弾を同時に打ち込む事で敵艦を撃破できる事が証明された。

 

 何度も失敗の記憶を持ち越しながら同じ時間を繰り返すと言う異常空間であるからこそ可能だった数え切れない試行。

 それによって山城達は待機形態の艦娘のみで深海棲艦を撃破すると言う外の世界ではあり得ない偉業を成し遂げる。

 

 霊力の使い方を仲間達に教えた阿武隈はその戦術が艦娘の戦い方としては外道であり、自分達の力を引き出してくれる指揮官が居ればもっと強い本来の力が使えるようになると言う。

 だが、人間など一人たりとも居ない限定海域である事や自分達が持つ本来の能力や戦い方を知らない為に彼女達は今の戦い方を一縷の望みとして怨敵の腹に風穴を開けて仲間の救出を実行に移すしかなかった。

 

「全艦戦闘用意っ! これより敵姫級への強襲攻撃を開始するわ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 姉と似通った儚げな美人顔に臨戦の意気を宿して山城が号令を出し、仲間達が了解を返してさらに船足を早める。

 そして、事前に打ち合わせした作戦に従ってたった十数人の艦娘は巨大な玉座に座する支配者へと無謀な戦いを挑む。

 

(姉様、どうか私達に力をっ・・・!)

 

 白々しい太陽が妖しい月に場所を奪われ、最後の夜が始まりを告げ、終わりへと秒針が加速する。

 




実は夕張が限定海域に閉じ込められていた時に睡眠時間を削ってまで通信機を直していたのは大淀と同じ理由で寝るのが怖かったから。

そんな夕張は鎮守府に戻った今はマシになったけれどそれでも不眠症の気がある。

なので寝れない日は増設艤装の設計に没頭してたり、艦娘寮の談話室で深夜アニメとか見ている。

そして、何故か五月雨と一緒に毛布に包まって談話室のソファーで寝落ちしている姿がたまに目撃されたりする。


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第三十五話

 
Q・何なのだコレは・・・。
  この話は本当に終わるのか?
  ちゃんとハッピーエンドで終わるんだろうな!?
 


 要塞の様に巨大な敵の行動パターンは決まってハリネズミの針のように突き出した無数の砲による制圧射撃から始まり、それを掻い潜ったとしても海面から鋭いトゲのような岩を突き出す暗礁が待ち構えている。

 何重にも重なる円形の岩礁に潜り込めれば深度の浅さのおかげで取り巻きの深海棲艦は私達とこの海の主との闘いを阻むことが出来なくなるが、代わりに私が船だった頃よりもさらに巨大なこの世界で最も強力な敵に貧弱な人間の身体で挑まなければならない。

 

(なのに、これはどう言う事なの・・・?)

 

 思えば今回の周回は一日目から妙な事が多く、敵艦の姿が少ない事を皮切りに二日目には目覚めと同時に地震のような鳴動する限定海域、数人の犠牲が必要な関門だった重巡級や戦艦級の敵艦までもが今までいた場所から姿を消していた。

 そして、敵の前方から攻め込み囮となる部隊とは別行動で暗礁を迂回して要塞型深海棲艦に気付かれないようにその巨体を登り、仲間達が閉じ込められている腹部に穴を開けて彼女らを救出すると言う作戦を実行している私はただひたすらに困惑を強めている。

 

「良いじゃん、良いじゃんっ・・・ここまで順調なんて鈴谷達ついてるよ」

「山城さん、これなら今度こそ成功しますよっ!」

 

 巨大すぎる故にこの姫級深海棲艦にとって私達は足下をうろつく蟻も同然なのは百も承知であるが、今までの経験上から全くバレずに背後に回り込めただけでなくその巨大な玉座を登る事に成功した事は何かしらの作為を感じる。

 だがそれはただの考え過ぎだと自分で自分を説得し、私は手に持ったサブマシンガンの弾倉に霊力の光を纏わりつかせて身体に巻いた命綱を仲間達と一緒に引っ張って張りを確かめた。

 

(いつもより砲撃のタイミングも遅かったから・・・下にいる子達は大淀や阿武隈だけじゃなく、全員無事で暗礁に隠れて囮を続けてくれている)

 

 夜闇に乗じて作戦開始して順調すぎるほど順調に状況は推移し、登った要塞の上に隠れている私達の眼下で岩礁や船の残骸に隠れながら囮部隊が散発的に光弾を巨大な深海棲艦の女王へと放ち、その全てが敵の障壁に阻まれて花火のように光を散らしている。

 後はロープを伝って敵の腹の上に落ちてこの場に居る全員の持つ銃火器で一点を集中攻撃し、弾薬を使い切るまでに障壁に穴を開けさえすれば深海棲艦の身体に高い破壊力を発揮する霊力を圧縮した光弾で仲間達を閉じ込めている白い肌を撃ち破れるはず。

 

「やましー、どうしたの? なんかあった?」

「・・・いいえ、何でも無いわ」

 

 こちらの気負いを軽くする為だと分かるワザとらしく緊張感を抜いた表情と口調で話しかけてくる鈴谷に小さく首を横に振ってもう一度目の前にいる深海棲艦を睨んだ。

 

「暗くても高い場所だとよく見えますねぇ・・・、山城さん、作戦通りに下の子達が時間を稼いでくれている内に、迅速にですよ」

 

 鈴谷の隣でしゃがみ込み下の様子を伺っていた重巡艦娘が努めて平静を装っている少し強ばった顔を私の方へと上げた。

 

 彼女の言う通り、全て私達の作戦通りに進んでいる。

 

(なのに・・・なんで・・・?)

 

 後は私が号令をかけて全員が命綱を手に飛び降りれば良いはずなのに、私はジワジワと背中を蝕むような嫌な予感に顔を強張らせ何か決定的なモノを見落としているのではないかと言う強迫観念を脳裏に燻らせる。

 不安に揺れる内心を引き締めた表情の裏に隠してその場にいる仲間達の顔を確認すると強い決意を感じさせる視線が返って来た。

 

「・・・さぁ、行きましょう」

 

 ここまで来てはもう思いと止まることは出来ず、思い過ごしなのだろうと結論した私は意を決してトゲの様な砲塔が無数に立つ鬼女の玉座の背もたれの中腹で自分の周りにいる全員へと目配せして彼女達と頷き合う。

 

(悪い予感がしているとしてもこんな好機は二度と無い。なら後は飛び込むまで!)

 

 肘掛に肘を突いて巨大過ぎる手の甲で頬を支え、傲慢な態度を隠すことなく眼下を睥睨する箱庭の主の腹の上に向かって私を含めた数人が飛び降りる。

 そして、ここに来るまでの廃船から手に入れたワイヤーやロープなどを編んだ命綱を頼りに振り子となった私達は乳房と呼ぶには巨大すぎる山脈の下に回り込んで壁のような白い肌を真横に蹴りながら姫級の腹へと駆け下りた。

 

・・・

 

 言葉では説明できない妙な胸騒ぎを抱えたまま大淀は指揮下の駆逐艦達に次の移動先を指示し、黒い海面に突きだした岩礁に隠れながら背負っている長筒へと手を回してその硬い感触を確かめる。

 ロケットランチャーと名付けられた現代兵器の一つ、船だった頃の主砲とは比べるべきも無いほど貧弱な破壊力しかなく深海棲艦の障壁を破るには些か頼りない装備であるが霊力を纏わせて敵の鼻っ面に叩き込めば他の銃器よりも強力で目くらましにも使える便利な道具と言えた。

 ただ限定海域中を今までの周回を探し回っても数発分の予備弾しかないそれは取り回しも悪く再装填の面倒さから連射も出来ない為にほとんどの艦娘に倦厭され、勿体ないと言う理由だけで大淀の背中にかけられている。

 

「大淀さん、何だかおかしくありませんか?」

「ええ、何故、ヤツは砲撃では無く蛇を振り回して私達を追い回しているんでしょう? 砲撃も見当違いの場所へ撃つだけ、何故なの?」

 

 他の仲間はともかく大淀は割と気に入っている大筒の肩から腰に掛けたベルトに括りつけた予備弾三発。

 残弾を確認していた彼女はすぐ近くに移動してきた阿武隈の言葉に同意して黒岩から顔を覗かせて山の様に巨大な深海棲艦を見上げる。

 その巨体が座する玉座の左右から生え、大砲を乗せた列車と言っても過言ではない大蛇がその黒いウロコをうねらせて二人の頭上を通り過ぎていく。

 

 前回までならあの巨大な女王は虫けらを弄ぶように砲火で岩礁ごと焼き、黒蛇の大砲と熊手のように広く巨大な手で黒い海を岩礁ごと抉って大淀達をあぶり出そうとするのに今はおもちゃ箱を掻き回してお気に入りに玩具を探す子供のような回りくどい真似をしていた。

 

「今日は、いつもみたいにあたし達をイジメたいわけじゃないのかなぁ・・・?」

「え? 今、何と?」

「えぇ? いや、別にアタシ的にはイジメられたいわけじゃないんですよっ!?」

 

 小さく阿武隈が呟いた言葉に大淀は眼鏡の下で目を見開き、その仲間の呟きが今の状況を説明するのに必要不可欠な欠片と言える表現だと軽巡艦娘は直感する。

 

「そうじゃありません。阿武隈さんは何故そう思ったのですかと聞いているんですっ!」

「えっと、その・・・いつもはアイツ、何人死んでも構わないって感じで、ただ痛めつける為にアタシ達をイジメて遊んでるのに・・・」

 

 眼鏡を押し上げながらズイッと顔を近づけてきた大淀の勢いに押されて仰け反った阿武隈は戸惑いながらも自分が感じていた事を言葉にした。

 

「今日は何だか私達を殺さずに捕まえたいと思っているみたいなって・・・」

「つまり私達を捕まえたい・・・殺すわけにはいかないから、だからワザと砲撃を外して手加減をしている?」

「いえ、アタシ的にそう思ったってだけでぇ、根拠があるわけじゃ」

 

 作戦通りに岩陰を走り回り手に持った銃や光弾で威嚇射撃を繰り返す仲間達の姿、それを追いかけて大砲が突き出した頭を海面に突き刺して岩を砕く蛇の様子に大淀の頭の中で違和感が一つの線を結ぶ。

 ただ自分達の動きを止めたいならその玉座や頭の上にある大砲で海面を覆い尽くす制圧射撃を行えば少なくない艦娘は行動不能になり、まさしく死に体となった彼女達を簡単に拾い集め捕まえる事が出来るだろう。

 ただその場合には半数以上のメンバーが死亡して霊核を粒子に変えて消え去り、次の周回まで触れる事も出来ない状態で虚空をさ迷うのは間違いない。

 

「拙い・・・」

「ぇっ、大淀さん、どうしたんですか?」

「これは拙いですよっ、山城さん!?」

 

 ここにはいない自分と共にこの作戦を練っていた戦艦娘の名を叫んだ大淀自身にもその考えに至った理由は分からない。

 

 だが今回の戦いが敵が今までのように自分達を弄び心の折れた艦娘を敗者となった者達へと見せびらかすように呑み込むお遊びでは無く、より多くの艦娘を問答無用で捕まえる為に自分達を安全な航路でここまでおびき寄せたのだと大淀には理解できてしまった。

 

 姫級と自分達の身体の大きさの差と今まで何百回も繰り返してきた戦闘経験から敵の動きを読んで逃げ回るだけなら仲間達はそれこそ暗闇の中で目をつぶっていてもこなせるだろう。

 

「な、何がそんなにマズいんですかぁ?」

「敵の目的が私達を殺す事じゃなくて捕まえる事だと分かったんですよっ、何とか山城さん達にこれを伝えないと大変なことに!?」

「ひゃっ、ぁぶっ!? こっちです大淀さんっ!!」

 

 顔を真っ青にして声を上げる大淀の姿に戸惑いながらも頭上に迫ってきた大蛇に気付いた阿武隈はとっさに仲間の腕を掴んで全速力で岩陰から飛び出して黒い岩礁をジグザグに走り逃げる。

 

「ちょっ、捕まえるって今までと同じじゃないんですかっ?」

「阿武隈さんが言った通りにアイツが私達でもう遊ぶつもりが無いなら・・・、このままだと海面じゃなくて敵の身体の上にいる山城さん達は見つかってしまえば逃げられないままヤツに呑み込まれるのよっ!」

 

 速力に難を抱える山城であっても救出部隊にいる駆逐艦の脚を借りれば黒い大蛇や大腕の爪を避けやり過ごす事は難しくない。

 ただそれは自分達がその小さな身体の小回りを発揮できる海上であればの話である。

 

「ぇっ、あっちの隊って大型艦の人達ばかり・・・それって、マズイじゃないですかぁっ!?」

「だから、そう言いました!」

 

 蛇の頭がトゲのような岩を砕き、水飛沫と破片をまき散らす中を阿武隈に手を引かれて走る大淀は必死に頭を働かせ、敵の腹中から仲間を救い出す為に姫級へと向かった山城達が行動を起こす前にこれを伝える方法を模索する。

 玉座に座る鬼女に摘ままれその口に呑み込まれたならば次の繰り返しが起きても一日目に戻ることは出来ない。

 

 今まで何度も地獄のような苦難を繰り返しても挫けなかった大淀達であっても問答無用で喰われれば本人の意思など関係なく否応無しに終わりが決定してしまう。

 

「でも、どうやって山城さん達と連絡を取ればっ!?」

 

 残念ながら通信機なんて上等な物は彼女の手には無い、通信機そのものは何度も目にする機会はあったが限定海域中を探し回っても耳に痛いノイズを吐き出すか電源すら入らない役立たずしか転がっていなかったからだ。

 そもそも壁と深海棲艦に追い立てられている彼女達が現代の複雑な機械を直す技術を習熟させる暇は無い、仮に直したとしても時間経過で全て水の泡になるこの箱庭の環境では機械類を修理すると言う発想が無意味である。

 

「大淀さんっ! あれ!!」

 

 阿武隈の手を借りて大砲蛇の襲撃から逃れた大淀は自分の手を引く長良型軽巡の声に顔を上げ、その視線の先に見える敵の腹部で点のような光がチカチカと輝いているのを見て目をこれ以上ないほど大きく見開く。

 

(拙い、このままだと山城さん達がっ、どうすれば! どうすれば・・・!?)

 

 救出作戦が既に始まってしまった事を理解した大淀の前で状況は最悪に向かって止まる事は無く、ついさっき彼女達を襲った蛇が鎌首をもたげて主の方へと頭を向けてその顎をガチンガチンと噛み鳴らして宙を滑る様に臍の見えないのっぺりとした女王の腹へと向かう。

 

「阿武隈さんっ! そのまま私を引っ張って走ってください!!」

「どうするんですか!? もう山城さん達の居場所がバレちゃったんですけど!?」

 

 自分の手を引いている阿武隈に針路を任せたまま大淀は肩に掛けた紐を引っ張り単発式のロケットランチャー(RPG7)を肩に担ぎ片手でグリップを握り込む。

 それと同時に端が欠けた眼鏡の下で視線を鋭くした軽巡の身体から煙のように光が溢れて墳進弾の先端へと霊力が注ぎ込まれていく。

 

「せめてこれで気付いてくださいっ!」

 

 大淀の叫びと同時に仲間へ危機を知らせる為に引き金が引かれ、普通なら両手で構えて扱うべき対戦車ロケットランチャーの反動を軽巡艦娘は片手と肩だけで抑え込む。

 

 白々しい月明りの下で光を纏った砲弾が火の尾を噴きながら主の元へと戻ろうとしている蛇の頭へ向かって直進した。

 

・・・

 

 ロープでぶら下がりながら不健康な白さで覆いつくされた深海棲艦の腹の上に立った山城達は一斉に同じ点を目がけてそれぞれの手に持った銃器の穂先を突き付けて引き金を引く。

 火薬が爆ぜる音と空になった薬莢が排出される音が鼓膜を震わせ、手に伝わって来る強い反動を艦娘としての筋力で抑え込み精密射撃を続ける山城の前で白い肌を覆う不可視の障壁が火花を無数の散らす。

 数分間の集中攻撃、その鉄板よりも丈夫な障壁との衝突でぺしゃんこになった鉛玉がバラバラと下方へと雨の様に落ちていく中で不意に集中攻撃を行っている箇所へピシリと小さなヒビが走った。

 

「っ! 打ち方止めっ!!」

 

 障壁の割れ目を確認した山城の号令と同時に全員が引き金を戻し、丁度弾切れになったらしい鈴谷が手早くマシンガンの弾倉を外して放り捨て、焦げ茶色のブレザーのポケットに突っ込んであった予備弾倉を手に取り銃へと叩き込むように再装填する。

 その重巡が行うリロードと同時に山城は自分の掌に霊力を圧縮して球体となったそれを更に加熱させながらヒビが入った障壁へと押し付けて破壊エネルギーを一方向へと放った。

 

「はっ、はあああっ!!」

 

 戦艦娘が放った裂帛の気合いとともにバキンだろうか、まるで分厚いガラスを割る様な硬質の音が周囲に響き、霊力を放出して光の粒を散らす手の熱を払うように軽く振る山城の前に1mにも満たない小さな障壁の穴が開いた。

 そのすぐ下に見える死蝋の肌の向こうに青白い光が鼓動するように点滅している。

 

「やった、はっはぁっ! んじゃ、みんな真打いっくよぉおっ!!」

 

 最大まで貯めたエネルギーを放った直後である為に再攻撃に時間がかかる山城は素早くロープを手繰って鈴谷達に場所を譲り、気勢を上げる仲間達の掌に光弾の光が輝き。

 彼女たちの手から次々に放たれたグレネード弾程度の威力が鬼女の白肌で破裂しながら光粒を撒いて直接焼いていく。

 

「見てくださいっ! ちゃんとダメージを与えられてますよ!!」

 

 先ほどのマシンガンによる連続攻撃より射撃速度は遅いがどの現代兵器よりも深海棲艦へ有効な威力を発揮する艦娘の光弾攻撃は薄くだが確実に削り。

 全高300mに達する要塞型深海棲艦にとっては1%にも満たない針が刺さった程度の傷の上でさらに連続して光弾が爆ぜて2mほどまで広がった傷口から赤黒い血が染み出してくる。

 

「これならっ!」

 

 巨大な相手を打ち倒すには不足も過ぎるがそれでも確実に敵の装甲を削る手応えに渇望していた目的が達成できるとその場にいた全員がそれぞれの期待に顔を輝かせた。

 

 そんな彼女達の背後で突然にズドンと空気を振るわせ爆音がそれぞれの服をはためかせる。

 

(なっ!? まさか、自分に向かって砲撃でもしたって言うの!?)

 

 攻撃そのものが貧弱であっても損傷を与えれば自分達の居場所がばれることは想定内だった。

 だが、その身体に張り付いている相手に砲撃を撃ち込んでくるとは思っていなかった山城が振り返った先には頭上に大砲を備えた黒蛇が迫ってきていた。

 だが、その単装砲には硝煙の煙は無くその下顎の一部が黒煙と霊力の粒子を散らしており、山城は先ほどの音が自分達への砲撃では無く下にいる仲間達の誰かが放った蛇への攻撃によって発生したのだと気付かされる。

 

「やましー! アタシが引き付けるからっ!!」

 

 爆発音のおかげで敵の奇襲に気付けたのは良いがロープで白い肌の上にぶら下がっている状態ではまともな回避運動など出来るわけはなく、一拍の間、身体と意識を硬直させてしまった山城の隣で鈴谷が白壁を蹴って振り子となって手に携えたサブマシンガンの引き金を引いて霊力を纏った小礫を黒蛇へと打ち込む。

 とっさに重巡艦娘が放った並みの生物なら蜂の巣に出来るだろう攻撃は、しかし、白い肌と同じ不可視の障壁によって守られ大砲蛇は散発的な弾丸を雨粒を払うように弾き飛ばして山城達へとその黒い胴体をうねらせた。

 

「こいつ、どうして!?」

 

 迎撃した鈴谷を無視して蛇の大きく開いた口が山城達の頭上を掠め、彼女達にとって命綱となっているロープを咥え、その下に繋がっている全員がストラップの人形の様に宙で振り回される。

 敵のなすがままに成って悲鳴を上げる仲間達へと手をのばそうとした山城は不意に頭上高く巨大な乳房の向こう側から覗く黒い角と険を含んだ表情を見せる赤い瞳が自分達を見下ろしている事に気付いた。

 

(まさか、・・・姫級は初めから私達を捕まえる事を目的にっ!?)

 

 今回ずっと山城に付き纏っている嫌な予感と今までの見慣れた傲然な表情とは違いまるで煩わしい問題をさっさと片付けようとしているような苛立ちを感じる敵の表情が結びついて自分達が誘き寄せられたのだと言う閃きが脳裏に過った。

 そして、その耳に自分達の身体と敵の玉座に突き出したトゲに括り付けたロープが容易く切れる音が届き、戦艦娘は再び霊力の光を宿した手の平を黒蛇では無くその鋭い牙に絡む数本のロープへと向ける。

 

「全員防御を用意して、落下に備えなさい!!」

 

 その言葉はつまり救出作戦の失敗を意味するモノであり、山城の叫び声と同時に放たれた光弾が彼女達の身体に結ばれたロープを引き千切る。

 敵の手から逃れたは良いが高層ビルの屋上から投げ出されたと同義である高度に投げ出された仲間達だが、その表情は落下への恐怖ではなく作戦をしくじった悔しさに歪みそれぞれの目尻から幾つかの涙粒が白々しい月明りに煌めき散った。

 

(失敗した、失敗した、失敗したっ! 敵の掌で踊らされた上に仲間を危険にさらすなんて私はなんて無様な作戦をっ・・・姉様、山城は情けない戦艦です(いいえ、貴女は私の誇りよ)

 

 加速していく自由落下の中で着水に備えて身体に霊力の障壁を張ろうとしていた山城の身体が強烈な左腕の痛みと共に止まり、眼下へと落ちていく仲間達が目を見開いて何かを叫んでいる姿が急激に遠のいていく。

 

「くうぁあっ!?」

 

 まるで腕をプレス機で潰された様な痛み、いや、まるででは無く山城の腕と白い袖は彼女の落下に追いついてきた黒蛇の歪な顎に挟まれ押しつぶされて鮮血を噴き出していた。

 

「何よっ、散々嬲ってきたくせにまだ飽きないって・・・、言うの!?」

 

 直接、脳みそに突き刺さる様な激痛の後には二の腕から先は燃えるように熱いと言う感覚以外が失せ、蛇に噛みつかれて上昇していく山城は身体中から噴き出す汗で顔を濡らし悔しさと苦痛で歪んだ表情で頭上を見上げる。

 

(たとえ、欠陥戦艦だなんて言われてきた私にだって、意地ぐらいあるのよ!!(諦めないで、あと少しだから!!)

 

 まるで些末事をさっさと片付けたいと思っているような顔で自分を見下ろす女王が近づいてくる様子に最後の反骨精神を発揮した山城はばらばらになりそうな神経を集中させて無事な方の手を潰された腕の肩へと当てた。

 

 下唇を噛み千切るほど強く歯を食いしばった山城を見下ろす鬼女、その赤く暗い光を宿した目に自分の腕へ自分の光弾を打ち込んで引き千切る戦艦娘の姿が映る。

 

(ふふっ、何故かしら・・・さっきから、なんだか・・・姉様がとても近くにいるみたい・・・)

 

 儚い笑みと共に鮮血をまき散らしながら真っ逆さまに海面へと落ちていく小さな身体は着水の直前に消えかけた蝋燭のような一際強い光を放って水飛沫をあげた。

 

 




 
A・雨は、いつか止むさ。
 


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第三十六話

 
時の進む行き先は未来だけ、と誰が決めたの?

世界は私の手の内に、ここでは全てが私の為だけに存在する。

そう、時間も、空間も、生命も。

総て(女王)の下に跪かなければならない。
 


 妙に長く感じる浮遊感の直後に身体がバラバラになるかと思うほどの衝撃で視界が白と黒に明滅し、口や鼻に流れ込んでくる汚らわしい黒水に溺れかけた私は伸びてきた手によって胸倉を掴まれて海面へと引っ張り戻された。

 

「山城さん! しっかりしてください! 総員退避、急いで!!」

「ごほっけほっ・・・おお、よど・・・?」

 

 普段の冷静さをかなぐり捨てて私の身体を引っ張り上げた軽巡艦娘が周囲の仲間達へと檄を飛ばすように指示を走らせ、それに従って私よりも先に海面に落ちた鈴谷や青葉達を助け起こした仲間達が慌ただしく岩礁へと向かって逃げていく。

 

「これはっ!? 止血します! 痛いかもしれませんが我慢してください!」

 

 体中の痛みでフラフラしていた私の意識が真横から掛けられた大淀の声と間髪入れずに続いた左脇から肩を締め付けるビリビリと痺れるような圧迫の痛みに無理やり覚醒させられた。

 

「ぐぅ、ぁあっ!? はっは、ぅくっ、・・・ここは・・・?」

 

 意識ははっきりしたけれど海水で濡れて顔に張り付く前髪のせいで視界は悪く、ただ自分の左腕が肩口から千切れてなくなっている事に私はついさっきの出来事を思い出す。

 

 気付かれないように敵首魁の巨体を登ってその腹に閉じ込められた仲間達を救出するための作戦、途中までは確かに成功への手応えを感じていたそれは自分達が深海棲艦側の目的をはき違えていた為に失敗した。

 大淀が自分の服を割いて作った布の紐で縛っただけの応急処置をされながら振り返った敵の姿は健在そのもので、その腹部に私達が必死になって与えた損傷などあって無いようだった。

 

「大淀・・・離して・・・」

 

 はるか遠くに見える巨体の白い肌にあるはずの小さな小さな黒い傷、おそらく少し前に私達が居た場所は海面に落ちて離れただけで呆気なく見えなくなった。

 その事実に乾いた笑いが漏れて黒く鋭い岩が突き出す岩礁に大淀達と逃げ込んだ私は肩を貸してくれていた軽巡を突き放すように離れて背中を海水に濡れた岩に預ける。

 

(今回も無駄だった。失敗した。何をやってもアイツに私達は勝てない・・・)

 

 わざわざ心中で反芻しなくともそんな事は私にだって初めから分かっていた。

 

「山城さんっ、何を!?」

 

 敵の障壁に穴を開ける為に使ったマシンガンは落下の際に取り落として無くしてしまっていたようだけれど、今の私が必要としている事は予備として懐に入れていた拳銃で十分に果たせる。

 

「何って・・・それくらい貴女にだって分かるでしょ?」

 

 攻撃に使える霊力はもう使い果たしたけれど、幸か不幸かこれから行う事に必要は無い。

 私は自分に残された右手で安全装置を外し、銃身に噛みつくように歯を立ててスライドを真横に引いて拳銃の撃鉄を起こす。

 そして、グリップを前後逆さに構えて私は自分の胸の谷間にうずめるように胸の真ん中へと銃口を突き付けた。

 

「山城さん、それは、それはダメですよ!!」

「今回は、失敗した。もう私達に出来る事が、繰り返しが起きるまで待つかアイツに喰われるか、なら・・・いっその事」

「何やってんのよ!? 山城さん!!」

 

 私を止める大淀の声を無視して引き金を引こうとしたと同時に私の手にある自動拳銃の撃鉄に横から伸びてきた小さな指が挟み込まれ、引き金にかけた指をトリガーガードの中から引き抜かれる。

 

「お願いだから邪魔、しないで・・・満潮・・・」

「何それ!? 貴女は指揮官でしょっ! なのに勝手に諦めるって言うの!?」

 

 気付けばいつの間にか自分の近くまで駆け寄ってきていた駆逐艦娘が私の手から拳銃を取り上げ、解けた淡い茶髪を振り乱して責め立てる声と表情で私を見上げていた。

 

「諦める? 違うわ、諦めたくないからこそよ・・・それを返しなさい」

「意味わかんない! 自決ってあんな奴に負けを認めるって事じゃない! 今までどれだけ追い詰められたって、一度だって私達はしなかった事でしょ!?」

 

 海面であっても普通の人間なら肉片になる高さからの落下でも死なずに済んでいるとは言え霊力を使い切った身体は鉛の塊になったかのように重く。

 満身創痍で抵抗すら出来ずに拳銃を奪われた手を力なく垂れ下げて岩に寄りかかった私は浅く早い呼吸を続け、痛みと疲労と絶望感に押し潰されかけている心にそれでも抗えと命じる。

 

 それがどれだけ負け犬じみた屈辱的な敗走を意味すると分かっていても、喰われて反攻の機会すら奪われる事の方が私にとっては認められない事なのだ。

 

「満潮、なにも私は恥や諦めで自害しようとしてるんじゃないわ・・・今回はダメだった、でも、次なら」

「今までがそうだったとしても、アイツが今回もまた時間を巻き戻すとは限らないじゃない!! そんなのを期待するなんて!!」

 

 何とか揺れる海面に立っていられた足から力が抜け始め、バシャリと岩礁に尻もちを着いた私に覆いかぶさるように満潮が両手を伸ばして襟首を掴み苛立ちと悔しさで涙を滲ませる幼い顔がいっぱいになったと思うほど大きく口を開いて叫ぶ。

 

「自分から死ぬことを認めたら、心が折れちゃったら、戻れたって意味ないでしょ・・・お願いだからそんな事しないで、ください・・・」

 

 だけど次の瞬間にその声は消え入りそうなほど弱弱しいものに変わり、苦しそうに嗚咽を漏らす満潮の姿に私は彼女がが失った姉妹艦が前回の山雲だけでは無くその前にも居る事を思い出した。

 

「山城さんは夏雲や山雲みたいに・・・、他の居なくなった子達みたいにならないでよっ・・・」

 

 その妹もまた山雲と同じように姉や仲間達がそれを制止する為に上げる必死な声と手から顔を背けて自分から楽になる為にこの世界の主の前に自害同然に倒れ込み、その身体を差し出して喰われた。

 彼女達の判断を責める事は出来ない、むしろあの胎の中がどうなっているのかは分からないが命を弄ばれる地獄を繰り返すよりは賢い考えだと感じる自分がいる事に呆れるぐらいだ。

 

「そうよ、でも、自分がそうならないと分かっているから、私は戻ろうとしてるの・・・私なら大丈夫、次ならきっと・・・」

「そうじゃないわよ! そうじゃないでしょっ! 山城さん!?」

 

 彼女達以降にも新しくこの箱庭へと落ちて来ては圧倒的強者の前に挫けて姿を消した仲間達はもう数えるのも億劫なほどの人数であり、だからこそ間違った方法であったとしても彼女達の犠牲の上に立っている私は諦めてはいけないのだ。

 感情に振り回されて駄々っ子になった仲間の苛立たし気に振り上げられた手、その握りこぶしが力なく私の胸を打つ。

 

 そんな正直すぎる感情を見せる事が出来るからこそ、その小さな身体を満たそうとしている敗北感と無力さを私よりも誇り高い矜持で押し留めているのだと分かってしまう。

 

 私にとって眩しいぐらいに正しく戦船である少女、琥珀色の瞳から零れた涙が雨になって私の肌に落ちる。

 

(嗚呼、・・・私は指揮官であるのに、戦艦であるのに・・・駆逐艦になんて無様な姿を見せているのかしら)

 

 自業自得過ぎて不幸のせいにもできやしない。

 

 自分の無様さを嗤う事も悲しむ事もできない程に擦り切れた気力は打撲だけでなく無数の骨折からくる痛みを訴える身体を諦観に沈めていく。

 

「二人共そこまでです、蛇に見つかりました! 立ってください、移動しますよ!」

「くっ、ええ! 山城さんはもう推力が保てないわ! 朝雲、手を貸して!!」

 

 鈍く銅鑼を鳴らす様な痛みと左腕の大量失血で霞始めた視界とグラグラと揺れる意識の向こう側、まるで夢を見ているかのような感覚に囚われ始めた私の左右を支えるように二人の駆逐艦が寄り添い強引に立たされた。

 

それでも次ならっ、(いいえ、山城、)・・・次こそは・・・絶対にっ(貴女達にもう次は無いの)

 

 ぐらぐらと揺れる戦艦と言うにもあまりに情けなく頼りない身体の中で意識が白と黒の間で明滅を繰り返し、満潮と朝雲にされるがまま引っ張られて進む月明りの下で私は少し前から自分の心中に付き纏う違和感に首を傾げる。

 

 何故、私は自分が呟いたうわ言に・・・何故、自分で否定するような考えを重ねてしまったのだろう。

 

「二人はそのまま山城さんと前進してE-3地点で阿武隈さん達と合流を急いでください!」

「大淀さんは!?」

「そうよ、私達と一緒に逃げないと!」

 

 自分ではない自分の声に混乱を始めた私は否応なく二人の駆逐艦に引っ張られて岩礁の間を進み、頭上で私達を追いかけてきている黒蛇が牙をぎらつかせる。

 

「今の貴女達の速度では追いつかれます。だからあれに陽動を仕掛けます! 早く行ってください!」

 

 途中の岩場にとどまった大淀がその背に背負っていたロケットランチャーを素早く担いで姿勢を低くして私達に目がけて降下してくる姫級の僕へと墳進弾を放った。

 狙い通りに爆発と霊力の光をまき散らして蛇の鎌首に命中したロケット弾は黒いウロコに少しの傷をつけた程度であったが、その標的を大淀に変えて列車のように太い胴体をうねらせる。

 射撃の直後に大淀は低くしていた姿勢から短距離走選手のように前方へと駆けだし、その背後で振り下ろされた槌のように蛇の頭が浅い海に突き刺さり砕けた岩が飛び散り水飛沫が私達の足下まで届く。

 

(ふふふっ・・・、もう次が無いなんて、それなら今までの私達は(そんな事は無いわ、貴女達が)山城達は無駄な時(耐え忍んできた戦いには)間を繰り返していただけなのね?(これ以上ないほど価値があるの)

 

 飛び散る岩に身を打たれながらなんとか蛇の体当たりを回避した大淀の姿がグラグラ揺れて覚束ない視界の端に見えたけれどその時間稼ぎにどれほどの意味があるのだろう。

 もうあぶり出されたネズミでしかない私達がいつ訪れるか分からない繰り返しを待っている事しかできない事を考えると無駄な努力でしかないはずなのに。

 

(負け続けてきた、弄ばれてきた私達の戦いに価値があった? そんなモノが?(ええ、) 本当に・・・?(本当よ・・・)

 

 それなのにさっきから私の心を励ます様に触れてくるこの温かい声は一体誰のものなのだろう。

 

『だからこそ、私達はここ(・・)に辿り着く事が出来たのよ・・・山城』

 

「ぇ・・・っ?」

 

 黒い海水をまき散らして鎌首をもたげ私達を見下ろす蛇から少しでも離れようとする満潮と朝雲の二人に引っ張られ、半ば諦めに染まった思考でその威容を見上げていた私は耳にはっきりと届いた姉様の声に息を詰まらせた。

 

『貴女達の悪夢は今日、私が終わらせるわ』

 

「扶桑、姉さま・・・?」

 

 次の瞬間、空気を揺らす強烈な爆音が響き渡り、夜明けを告げる眩い輝きを宿した巨大な光弾が私達を見下ろしていた蛇の頭を打ち砕き、その長い胴体をも巻き込んで黒い装甲を破裂させ昏い海面にばら撒いた。

 

「な、何が・・・?」

「み、満潮っ、あれ・・・なんなの・・・?」

 

 霊力の光が波打ってまき散らされ妖しい月の明かりを塗り潰して私達の視界を照らし出し、私を支えてくれている朝雲が呆然とした表情で遥か彼方、私達がここに辿り着くまでに通ってきた方角を震える指で指し示す。

 妖しい月の下に弧を描く枝葉と錨が形作る金色の輪が黒い海を照らし、ゴォンゴォンとまるで進撃を鼓舞する力強い陣太鼓のような大きな音が目を見開き唖然としている私達の耳にまで届く。

 

《戦艦扶桑、出撃いたします!!》

 

 懐かしい、懐かしくて何度も会いたいと夢想した人の大きな声が、扶桑型戦艦の名が刻まれた金色に輝く茅の輪から響き渡り、その輝く輪の中央から舞い散る光粒と共に滑らかな指先が突き出されて白い袖が夜闇の中で鮮やかにはためく。

 

 厳つい黒鉄の膝当てから伸びる白足袋に包まれた脚が朱の鼻緒に飾られた履物と共に光の中から踏み出され黒い海面に輝く粒子と水柱を上げ。

 

 光り輝く輪の後光を浴びて艶めく黒髪が波打ち、その左側頭部に無数の部品が噛み合い組み立てられていく艦橋を模した電探、その根元に私の頭にあるモノと同じ金の花飾りがシャラシャラと並んでいく。

 

「あれって、扶桑・・・さん・・・? なんで、どう言う事っ・・・!?」

 

 岩礁の中で立ちすくみ呆然とした顔で私の隣にいる満潮が目の前で起こっている信じがたい光景に呻き、少し遠く大淀に指示された合流地点にいる複数の艦娘の中に明るい金色のツインテールが扶桑姉様を指さして「アタシの言った通りなんですけど!」とかなんとか言いながら歓声を上げて飛び跳ねている。

 

 その信じられない光景に思考が停止してしまっている私の目に金の輪から出てきた巨大な機械が複雑な機構を動かして白い着物を纏った姉様の腰と腹部を覆って鈍い金属音を立てる様子が映り。

 ビリビリと空気を震わせる唸りと共に巨大な四基の大口径砲が光の中から姿を現して戦艦扶桑へと重苦しい金属がぶつかり合う音と共に接続されその砲塔がまるで身体の一部にのように自然な滑らかさで動き始める。

 

「姉様なの? 本当に・・・っ、私、また夢でも見てるんじゃ・・・」

 

《いいえ、山城・・・私はっ、扶桑はここにいるわ!!》

 

 記憶の中の優しく御淑やかで儚げな姿とは全く違う、強く自己を主張する巨大な身体を得た戦乙女としての姿、それでもそこに立つ人が扶桑姉様であると私は心で感じ取る。

 紅白の着物を重厚な黒鉄で鎧った戦艦娘の今まで聞いた事が無い大きな宣言に頭の中が真っ白になるほどの衝撃を受けた私は澱んだ黒い海面の上で立ち尽くした。

 

 命の輝きがその煌めきを姉様の背へと収束させ一歩、また一歩と私達へ黒い海を踏みしめる威風堂々とした人の形を持った戦艦がその黒い瞳に強い意思を宿して歪な人の形をした要塞へと相対する。

 

『もう大丈夫よ、山城・・・』

 

 身体は離れているのに確かに私の身体を包み込んでくれる優しい温かさ。

 

『謝っても仕方ないくらいに、許してもらえないぐらい遅くなってしまったけれど・・・』

 

 ただその感覚に包まれて現実感を失った私は膝を折りじくじくと痛む腕の無くなった自分の左側を抱きしめるように座り込んで、ただ顔だけを上げて止め処無く溢れてくる涙で頬を濡らした。

 

『それでも、貴女達を迎えに来たの・・・だから、そこで見ていて山城!』

 

「姉様、姉さまっ・・・ぁああっ・・・はぃっ、はいっ! 扶桑姉様ぁっ!!」

 

 私と同じように海に座り込み、寄り添ってくれている二人の駆逐艦に抱き付かれながら私は子供の様に喉が枯れても良いからと渾身の叫びを上げる。

 その親を求める子供の様に幼稚な呼び声に応えてくれる人が居ると言う事実が私にはどうしようもなく嬉しかった。

 

《・・・戦艦扶桑、戦闘を開始します!》

 

・・・

 

 日本海に現れた限定海域の内部構造を全て知っていると言う電話越しに聞いた彼女の言葉に始めこそ田中は半信半疑ではあった。

 だがその後に詳しく聞かされた詳細な情報、妹艦娘の目や耳、全ての感覚と重なり合うようにして得る事になった深海棲艦が支配する領域の内情の正確さは信じるに足るものだと判断した。

 

 二年を超える休む事無く続けられた情報と経験の蓄積、信じられない事に深海棲艦と比べれば貧弱極まりない待機形態でありながら軽巡級までなら撃破できると言う戦術を確立しただけに止まらず。

 

(作戦会議では虚勢を張って言わなかったけれど、この作戦には賭けの要素は大きかった)

 

 限定海域に閉じ込められた艦娘達はその箱庭の中の海を時間が繰り返すと言う特性を利用して隅から隅まで調べ尽くしたのだと言う。

 

(だが、扶桑の情報は正しかったっ! 俺たちは賭けに勝った!)

 

 彼女らが調べ尽くした危険が少なく敵も少ないルートをなぞり駆け抜け、田中の艦隊が辿り着いた多重の円を描く入り組んだ岩礁に囲まれた玉座。

 そこに座る前世において港湾水鬼と命名されていたゲームの中だけの存在が忌々し気に顔を歪めて腕を肘掛に付いている。

 

 その腕の先、黒く鋭い爪をぎらつかせる手の甲に頬を乗せて頭を支えるように姿勢を斜めに崩した女王が全体の半ほどまで弾け飛んだ黒蛇のような単装砲を一瞥して不満そうに赤い視線を田中達の旗艦となっている扶桑へと突き刺していた。

 

「総員、戦闘用意ぃ!!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 海上の全てを飲み込まんばかりに広がる黒い渦へと飛び込み時間が経っていくほどに範囲を狭めていく海域を覆う棘壁を撃ち破り踏み越えた先、田中達の侵入を察知し扶桑の記憶では別の場所に現れる戦艦級などと交戦する予定外は存在した。

 だが彼の艦隊は扶桑の的確な案内によって誰一人として大破する事無く最深部へと辿り着き、満を持して指揮官は深く被った白い軍帽の下、加速度や艦橋への衝撃で痣を作り鈍く痛む顔や体に鞭を打ってコンソールパネル上の形態変更レバーへと手を伸ばして握る。

 彼の声に反応して煤けた顔や所々破れた服が見える艦橋に立つ艦娘達が全周モニターへと手を伸ばして予め取り決めていたそれぞれが担当する機能を立ち上げていく。

 

「さぁ、戦艦娘による史上初の全力砲撃・・・公式記録には残らない戦いを始めようかっ!」

 

 戦艦娘である扶桑の艦橋で不敵な笑みを浮かべ田中は形態変更レバーを引き、少々似合わない気障なセリフと共にレバーの下の表示が砲撃戦形態から殲滅戦形態へと切り替わった。

 

 次の瞬間、扶桑の背中で四基の主砲が鋼の音を立てて装甲を展開し内部機構が迫り出し別形態へと変化を始める。

 そして、体積を増やし扶桑の身体を覆う様に展開した主砲基部から放熱板にも見える羽が生えて激しい振動音と共に無数の光子が鋼板の間を行き交わせ加速していく。

 

「蝶の・・・翅・・・?」

 

 艦橋のモニターに映る夥しい霊力を吸収し循環し増幅していく扶桑の艤装の様子に時雨が空色の瞳に映した光景に感嘆とも畏敬ともつかない呟きを漏らし、あまりにも幻想的なその光景にその場にいた全員が唖然とした表情で見惚れる。

 

《戦艦扶桑、戦闘を開始します!》

 

 戦闘の開始を告げる戦乙女の声に従って輝く翅が広がり限定海域を満たす妖しい月明りを青白く塗り潰す。

 

 それは身体を覆う四基の主砲から溢れ扶桑の背を中心に上下に溢れた幻想的な光の渦が羽化する蝶のように羽ばたき、そこから散った欠片が光の雨となって黒い海を照らした。

 




 
眠りを終えた繭玉は孵り、やがて青空(そら)を包むほど大きく翅模様を広げる。

その命を輝かせる為に。

閉じた時の停滞を終わらせる為に。

その怒りを叩き付ける為に!






2018/12/24 一部表現の追加と修正


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第三十七話

 
いやぁ、・・・港湾水鬼は強敵でしたね。
 


 その巨大な力を秘めた深海棲艦の女王は不機嫌だった。

 

 自分の世界の外から落ちてくる粉粒の様に小さい身体にしては質の良い力を持った玩具を弄り、時間が経つほどに増して漲る自分の力に平伏す眷属へと施しを行いながら上機嫌に従えていたある日。

 無性に自分の気を引く方向が存在する事に気付き彼女は眷属の中でも自分に次ぐ力と身体を持った従僕に自らの支配する領域と玉座を牽かせる事にした。

 

 その優雅な航路の途中、いつものようにピーピーと無意味な音を立てて喚く小さな小さな出来損ない共で遊んでいたら突然に外に出ていた自分と同じ黒い角を持つ眷属が下位個体を自分の領域から外へと呼び出し始める。

 

 ただそれだけなら問題無い、あれもまた自分に及ばないまでも見事な力と大きさを持つ者であり下位個体にとって支配者であるからには多少の我儘もむしろ可愛いモノだと女王は許容した。

 

 だが、その呼び出しが彼女の支配下にある深海棲艦の半分に達しようとした時、流石にこれ以上の勝手を許すわけにはいかないと思い立った限定海域の主は自分に次ぐ力を宿す眷属を領域へ呼び戻す事にする。

 

 しかし、その決心と同時に悲痛な悲鳴が霊力の波となり女王の支配領域を震わせ、自分に及ばないまでも強者であるはずの眷属が上げたと分かる断末魔の叫びに女王は赤い瞳を驚きに瞬かせた。

 

 身体に秘めた破壊力だけならば自分と変わらぬだろう眷属が死するほどの脅威が外に存在しているなど考えもしなかった彼女は急に自分の周りに侍る従僕の数、力と大きさの貧弱さに不安を掻き立てられ。

 万が一にも自分を殺しかねないような巨大さと力を持った敵が外に存在し、自分の領域に侵入してくる可能性に表情を顰める。

 

 そして、彼女は喰らっても溶ける事無く腹の中に閉じ込めている些か扱い辛い性質の力を持つ矮小な存在。

 弱く小さい下位個体の最たるものではあるが際限なく力を作り続ける少し便利な出来損ない共を玩具以外に利用する事を思い付く。

 自分の力に変えるには少々面倒はあるが新しい眷属を作るための力の足しにはなるだろうと考えた女王はまだ遊んでいる途中ではあるが領域内に放し飼いにしている玩具共を手元に集める事にした。

 

 加減を間違えて壊してしまってはまた集める為に領域の時間を戻さなければならなくなる為に箱庭に残っている従僕を外壁まで下がらせたのは良かったのだが。

 肝心の自分の足下に集まってきた虫共を捕まえる為の作業が思いの外に面倒であった事に女王は眉を顰める事になった。

 

 その間にも外壁に下がらせた眷属が一つ二つと砕ける音に姿の見えない脅威が自分へと近づいて来る気配を悟った女王は臨戦態勢を整えながら自分が座る玉座に命じて足下を逃げ回る玩具を捕まえさせる。

 

 しかし、いざそれを目にして時間と空間を支配する女王はこれ以上無いほど不機嫌になった。

 

 おそらくは自らの眷属を打ち倒して自分の目の前まで入り込んできた敵であろうそれは玩具共よりは大きく見栄えはあるが自分どころか最も小さい眷属よりも更に小さく。

 その白い腕ヒレをはためかせる身体の中に見える力は質は良くはあっても拍子抜けするほど弱く脅威と言うにはあまりにその弱い力と釣り合いが取れていない。

 

 この程度の相手に自分の眷属が打ち倒される事などあり得ない。

 とすれば下位個体である事を逆手に取り油断を突いたと言う事である。

 

 それは彼女ら(深海棲艦に)が信じる(組み込まれた)命の在り方に対する明確な反逆と唾棄すべき小細工を弄して自分が気に入っていた黒角の同胞を弑逆した事を意味する。

 

 すぐに戻せる部品に過ぎないとは言え玉座を飾る砲である蛇を壊された女王は眉間に深くしわを寄せ、卑怯な手段を使った眼下のそれによって自分の次席たる下僕が斃されたのだと理解し。

 それだけに止まらず自分との絶対の差を理解せず、こちらが発する意を解さず平伏する事も無く立っている様子にいよいよもってその不敬な下手人が許されざる断罪するべき欠陥品であると支配者は断じた。

 

 貧弱な細い砲を数本備えただけの黒い髪を揺らす白赤に向かって嘲笑と共に鼻息を強く吹き、傲慢な女王は巨大な手の平に生える漆黒の鉤爪を開いて爪先と全砲を不愉快な青白い光を放つ小虫へと突き付け。

 

 この世界において弱者による強者への反逆は全ての理に反する大罪であり、死をもって償う以外の道理は無い、と。

 

 心中の怒りを深め嗤いながら女王がその判決を下した瞬間、巨大すぎる轟音が辺り一面の音を掻き消し圧し潰し、妖しい月の下で黒い世界が血のような紅へと染まった。

 

・・・

 

「い、いやぁあああっ!! 姉様っ! 扶桑姉様ぁあっ!?」

「山城さんっ、岩陰から出ないで! 貴女まで焼かれちゃう!」

 

 光り輝くアゲハの翅を広げて勇ましく立っていた扶桑の姿が業炎に呑まれ、砲撃の予兆を察した満潮と朝雲の体当たりで近場で最も大きな岩陰に転がり込んだ山城は半狂乱になって叫び声を上げて灼熱する空気の中に飛び込もうとする。

 彼女達と同時に岩陰に駆け込んだ大淀が死地に飛び出そうとした戦艦娘に抱きつき、その軽巡の半分だけになっていた眼鏡のレンズが振りまわされた山城の手に弾かれて足下の海中へと没する事になったが近くの仲間の力も借りて抑え込む。

 

「そんな、こんなの・・・せっかくまた会えたのにっ・・・!」

 

 希望などまやかしだったのだと言う様に振るわれた絶望的な破壊力、何度も繰り返し反攻を続け、何度もその威力を身をもって受けたからこそ知る暴力が敬愛する姉に振るわれた事実は彼女を絶望に落としかねないモノだった。

 

「山城さん・・・」

 

『なるほどな・・・戦艦、・・・の艦種・・力とはこう言うモノかっ、とんでもない・・・言いようがないっ』

 

「・・・え?」

 

 濡れた手で胸を掻き毟り泣き喚く山城の姿に通夜の参列のように意気消沈していた艦娘達の耳を不明瞭な男の声が震わし、聞き覚えの無いその声に全員が顔を見合わせ目を丸くする。

 

『循環・・・最大・・・圧縮・・・が急激・上がってますわ!?』

『まさか相手の・・・霊力を分解して吸収・・・るの!?』

 

 さらに耳に届く若い女達の声に聞き覚えがあると口にする数人の仲間に山城は自分の耳を疑い、そして、頭上を照らす炎が急激にその範囲と熱を消していく様子気付く。

 骨が軋む痛みを伝えてくる右手で岩礁を掴んで大淀や満潮達の手から逃れて這うように戦艦娘は岩影から顔を出した。

 

「あ、あぁ・・・扶桑姉様ぁっ!」

 

 これ以上流せばもう涙が枯れ果ててしまうのではないだろうかと変な危機感を抱きながらも黒い海に這いつくばっていた山城は溢れ頬を伝い落ちる滴をそのままにして。

 

 確かな姉の鼓動を感じる炎が収束していくその一点へと潤んだ瞳を凝らす。

 

 渦巻くように紅く燃え上がる焔が青白い光に同化して吸い尽くされ、その消えていく炎の帳の向こう側に見える繭玉が力強い振動と輝きを周囲に放った。

 

『全主砲、霊力圧縮率が臨界点に到達っ! でも、これ以上は扶桑のチャンバーが持たないよ!』

『と言うか、こんな大きすぎる霊力に砲身が耐えられるの!?』

『あっつーぃい!? 早く撃って! じゃないと艦内温度が下げれない、早く早くっ!!』

 

 鼓膜を直接震わせるように聞こえる声が澄んでいき、はっきりと彼女達が叫ぶ通信の内容が分かるようになったと同時、跪いて祈る様に片腕を胸の前で握りしめる山城の前で光の繭が割れて炎に巻かれる前よりも大きさと厚みを増した揚羽模様を象った翅が羽ばたく。

 

 周囲の霊力を吸い込み敵の攻撃すら分解して自分の力へと変換していった光の膜がその内包した力を中心に立つ戦艦扶桑への受け渡しを再開し、彼女の周りで放熱板の様な形の増幅供給機構を広げた主砲へと陽が点る。

 

「あれなら、あれなら・・・やっつけられますよっ!」

 

 山城と同じように岩陰から顔を出した面々が歓喜に湧く。

 

「ぁ、ああっ、でも、ダメ、ダメよっ! アイツのお腹の中には山雲達がっ!」

 

 だが、扶桑の宿す今まで見た事も無いほど強力な力の存在を予見した朝雲が顔を真っ青にして悲鳴を上げ、その忘れていた可能性にその場にいた仲間達は息を詰まらせる。

 

 しかし、それと同時にその場にいた全員が今を逃せばあの忌々しい仇敵を討つ機会は永遠に失われるだろうと予感していた。

 

「でも、アイツさえやっつけれるなら・・・熊野だって、囚われたあの子達だって納得してくれるよ・・・」

「鈴谷さん・・・そ、そうですよね、衣笠だってちゃんと霊核さえ鎮守府に戻れれば・・・」

 

 岩礁に座り込んで折れた腕を庇うように抱く鈴谷が目の前で自分を庇って居なくなった姉妹艦を想い歯を食いしばり、それぞれが溢れそうになるこれまで重ねてきた限定海域での記憶に苦し気に呻く。

 仲間の命と悪夢の終わり、死んだとしても霊核が鎮守府に戻りさえすれば復活する艦娘の特性と天秤にかければむしろ地獄を這いずった記憶を持ったまま帰るよりも幸せと言えるのかも知れない。

 

『いや問題無い、君達は全員助け出す・・・もちろん、奴に囚われている艦娘も残らずにだ』

 

 何処か戦場に似合わない穏やかな口調で自分達に語りかけてくる声に項垂れていた山城を含めた全員がその信じ難い言葉に目を瞬かせる。

 

『ふふ、その通りよ。提督、固定錨の打ち込み完了したわ!』

『当然でしょ、あの愚か者に目にもの見せてやるわ!!』

 

 はっきりと言い切られたその言葉を切っ掛けに扶桑の腰や膝当てから勢い良く放たれた長い鎖に繋がれた錨が光羽に包まれたその身体を黒い海上に固定する。

 

『提督、扶桑・・・撃てるよ』

 

 そして、扶桑の艦橋に立つ駆逐艦娘が最後の準備段階が終了した事を告げた。

 

 自分よりも小さく弱いはずの相手が一瞬のうちに自分を凌ぐ破壊力を溜め込んだ羽をはためかせる姿へと変わった事に深海棲艦の女王は恐れ慄き表情を引き攣らせ。

 

 箱庭の主(井の中の蛙)は二次攻撃よりも保身を選び、玉座の上で自分を守る様に身を縮めて目にはっきりと見えるほど厚みを増した障壁を前面に張る。

 

『指揮官より扶桑へ砲撃を命じる! 攻撃目標はっ・・・』

 

・・・

 

 全部、アナタのせいなのよ?

 

 私が自分の名前から逃げ出して後悔し続けてきたのも。

 山城が悲鳴を押し殺しながら戦い続ける事になったのも。

 たくさんの仲間達が弄ばれ苦しんだ末に無念に膝を折り倒れたのも。

 あの子達に、姉や妹を奪われる悲しみを刻み付けたのも。

 

 全部、貴女がやってきた事なのよ?

 

 それなのに、なんでそんな怯えた顔で私を見るの?

 

 さあ、小さな小さな恨みに取り憑かれたこの私に向かって、さっきの様に傲慢に嗤いなさい。

 

《だって・・・貴女にそんな顔をする権利なんて無いのよ?》

 

 私の声とその意味は目の前の深海棲艦には届かない事は分かっている。

 

 深海棲艦には自分とは別の誰かと分かり合うために必要な手段である言葉など存在せず、動物のような本能と子供じみた無邪気さだけがその巨体を支配している事は百も承知。

 

 それでも言わずにはいられない。

 

 恨み言以上の意味など無い負の感情を煮詰めた様な言葉であっても、その無邪気が生み出した悪夢に振り回されて来た扶桑(山城)として言わずにはいられなかった。

 

『攻撃目標はっ・・・限定海域外壁部! 撃ち方始めぇっ!!』

 

 数日前に突然目の前に現れて過去の影に怯え隠れていた私に人として生きる道を用意して去っていた田中と言う名の士官。

 鎮守府に所属している艦娘の指揮官の一人であり、情報提供の代わりに自分の手で妹達を助けたいと言う私の無茶な懇願に応じて自分の首を掛けてまで今回の作戦へと挑んでくれた恩人。

 今は私にとっても指揮官である彼に命じられて自分の身体の一部である主砲へと命令を伝達する。

 

 そして、後戻りをする必要も無くこの場に辿り着き、相対した相手が道理を解しない幼い子供同然だとしても、いや、だからこそ私も子供じみた感情で力を振るう。

 

 ただ後悔を雪ぎたい、ただ妹達を本物の青空の下に連れ帰りたい、戦場から逃げた後も私を追いかけ苦しめてきた悪夢を終わらせたい。

 

 その自分勝手な想いを燃やし黒い海を踏みしめ、まともに受ければ蒸発するであろう敵の砲撃による破壊力を全て私の主砲から溢れた光の膜が分解し吸収を終えた。

 

 私の背中から溢れる霊力の奔流の強さに困惑し、恐れ戦き、数秒前まで笑みを浮かべていた顔を青ざめさせた鬼の姫がイジメられた子供のように両手両足を玉座の上で縮め込ませる。

 

《今さらそんな顔してもっ、これは全部っ、貴女自身のせいなのよぉっ!!》

 

 蝶を思わせる形をとった光の膜から砲塔内の薬室へと供給され圧縮される焔の行き先を指し示すように私は両手を突き出し広げ。

 

 私は怯えた顔を見せる深海棲艦の女王が座る玉座の真横へ向けて砲門を開いた。

 

・・・

 

 まるで扶桑の身体全体が大砲と化したようにリング状に繋がった主砲がうなりを上げ、太陽の光を凝縮したような閃光が限定海域の支配者の真横を通り過ぎてはるか遠くに見える黒い壁へと突き刺さる。

 

 自分が重ね張った障壁の中で自分を殺しうる攻撃をワザと敵が外したと言う状況に呆気にとられた顔をした港湾水鬼は両手で庇っている頭を傾げてその強烈な閃光の行き先を赤い目で見た。

 

「な、なんで外したの!?」

「攻撃目標が外壁ってどう言う・・・」

 

 太陽が間近に落ちてきたような光に目を晦ませながら岩礁に隠れていた艦娘達が唖然とした顔で扶桑の放つ光の柱が箱庭の壁に突き刺さる様を目撃する。

 

『限定海域と言う空間は外側からの攻撃に滅法強い、言うなれば玉ねぎを手で支えずに上から叩くようなモノだ』

 

 その場にいる全員がその攻撃の真意が分からず困惑する中、山城達の耳に扶桑の艦橋に座る田中の声が届く。

 

『外側からいくら強力な砲撃を打ち込んでも空間そのものが捻じ曲がり破壊力が分散する。 精々破壊できるのは皮が二、三枚剥ける程度、そして、また供給された霊力で再生する事になる・・・』

 

 見た目は球体であっても捻じ曲げられ折りたたまれ多重構造をとる空間を内部に収めている為に内側、それも中心から直線で切り裂かなければ限定海域と言う特殊な空間を根本的に破壊する事は出来ない。

 しかし、逆に言えば空間の中心点を押さえ、内壁を全て焼き切り外壁までを破壊する強力な直線を用意できるなら深海棲艦が造り出した巨大な圧縮領域を崩壊させることが出来ると言う事でもある。

 

 鎮守府の研究員が言っていた調査と仮説から導き出された敵拠点の攻略法を掻い摘んで言った田中は砲撃で白く染まる艦橋に表示される膨大な破壊力を示す無数の数字を流し読みして苦笑した。

 

『さて、ヤツが時間を戻すのが早いか、扶桑が閉じた世界を切り裂くのが早いか・・・いや、コレはもう賭けにすらならない』

 

 捻じ曲がった空間が中心から扶桑が放つ砲撃の光柱によって引き伸ばされ、深海棲艦の霊力によって編まれた檻の中で無理矢理に皺を寄せられていた距離や時間がアイロンに轢かれたように光の奔流で正しい長さと大きさへと戻され。

 

 さらに砲撃の反動を抑え込む為に海面下へと打ち込まれた扶桑の脚や腰に繋がる錨と鎖が耳に痛い音を立てて忙しなく軋み、巫女装束を思わせる紅白の衣を纏った戦艦が歯を食いしばって上半身を捩じる。

 

 彼女の身体の動きに追従して繋がり合い円環となった巨大な戦艦砲がその光線と攻撃範囲を横滑りさせて黒い外壁をバターの様に切り熔かし更に破壊を広げていく。

 

 黒い渦の中心に浮かぶ楕円形の巨大な浮島の外壁を光の柱が穿ち、空の雲にまで達しさらに切り裂くように破壊を続ける様子にやっと敵が何をしようとしているのかを理解した港湾水鬼が悲鳴を上げて自分の領域を直す為に霊力の供給量を増やす。

 

 だが、その努力は霊力で編まれた壁と言う枷から解き放たれ本来の大きさへ戻っていく空間の崩壊の前では焼け石に水と言う他になかった。

 

『悪いが時間は戻させない。そもそも我々にはお前の土俵で戦ってやる義理は無いんだからな』

 

 深海棲艦に向かって言い切る田中のその言葉と同時に扶桑の放っていた光線が途切れ、水蒸気を立ち上らせ干潟となった岩礁に立つ戦艦娘の背中で赤く砲身を灼熱させる主砲が排気口から大量の熱風を放出し。

 その砲塔基部で蝶の翅を作っていたラジエーターに見える鋼板が並ぶ部分は吸収し溜め込んでいた膨大な霊力を使い切り薄っすらと湯気のようにか細い霊力の光を揺らす。

 

 そして、砲撃の終わりに続いて空間そのものが軋む音が四方八方から聞こえ、天井から見下ろす模造の月が無数のひび割れを走らせ、山城達を二年以上も閉じ込めていた箱庭の壁がドミノ倒しのように次々と砕け消え始めた。

 

 扶桑が薙ぐように放った扇状の全力砲撃によって切り裂かれ開いた外側と内部の境目から優しい橙色の陽光が差し込み、その眩しさの前に閉じ込められていた艦娘達が手を取り合い肩を抱き合い、久しぶりに感じる本物の太陽の存在に声も出せずただ涙を溢れさせる。

 

 そんな感動に震える艦娘達とは裏腹に自分の支配する世界が壊れていく様子に玉座に張り巡らせた障壁の中で頭を抱え悲鳴を上げた女王は必死に千切れた空間を縫い合わそうと試み。

 しかし、穴の開いた風船どころか切り裂かれた気球とも言える限定海域の状態は霊力を注ぎ繋いだ端から解れ、継ぎ接ぎすら許さずに大きすぎる負担のしわ寄せが港湾水鬼へと押し寄せてきた。

 

・・・

 

 何をやっても敵わないと思っていた要塞と地獄の様な箱庭が崩壊を始め、扶桑の砲撃で引き伸ばされた空間に外から吹き込み、内側から吐き出される空気の流れが強風となって山城達の身体を打つ。

 穏やかな夕陽から一転して嵐となった岩礁にしがみ付き自分の領域が崩壊する重圧に圧し潰され始めた女王へと顔を向けた山城はその敵の足下へと風に翻弄されながら駆けていく駆逐艦の姿に目を見開いた。

 

「あ、朝雲! 何処に行くの!? 戻りなさい、危ないわ!!」

 

 最後の霊力を振り絞って障壁を張ったとは言え200m以上の高さからの落下で身体中の骨が軋み、左腕を失った戦艦娘は近くにいる仲間の手を借りて岩礁にしがみ付く事しかできず。

 その山城の声を無視して朝雲がよろめきながら、水色のリボンが解けた長い髪を強風に煽られ、高波に足を取られても目に映るその姿に向かって手や足を振り回しながら暴れる海面を必死に進む。

 

 自らと玉座を守る障壁すら維持できなくなった女王の膨らんだ下腹部、その一部だけ強度が低くなっていたそこは内側からの内圧で破れ、始めは1mほどだった穴が見る間に広がり赤黒い体液が噴き出し、その血の滝へと変わろうとしている血流に流されて青白い光を宿した何かがぽろぽろと玉座の下へと落ちていく。

 

「や、山雲っ、山雲ぉっ!!」

 

 台風の中を進むような苦しさの果てに朝雲は腹の裂け目を広げていく港湾水鬼の足下、海流と強風で流され近付いて来る黒い血と海水の混じった海面に浮かぶ船であった頃から多くの苦楽を共にした姉妹艦の姿に顔を笑顔で輝かせた。

 

「起きてっ! 分かるでしょっ、私よ! 起きて山雲っ!」

「・・・けほっ、ぁ・・・ぅ・・・あさぐも、ねぇ・・・? もぉ、朝なの・・・?」

「もぉっ、何言ってんのよっ・・・相変わらず、呑気なんだからっ・・・」

 

 黒い海から両手で確かめるように抱き上げた山雲の少し眠そうな声に嗚咽を堪えながら朝雲は強く妹の身体を抱きしめ、弱弱しくも抱き返してきた妹の手の温かさで胸をいっぱいにする。

 

「熊野っ! 鎮守府に帰るんだっててば、寝ぼけてないで起きなよぉ!」

「ロープを持ってる人は意識の無い子達を固定するのを手伝って! 外に出れても遭難してしまっては元も子もありません!」

「重いぃっ、榛名さんと霧島さんが沈んじゃうっ、手を貸して誰かぁ!」

 

 気付けば朝雲は山雲と共に割れ始めた岩礁と崩れ始めた玉座の間まで流され、周りに駆け寄ってきた仲間達が敵の腹から流れ出てきた艦娘達を抱き上げて風と海流に流されないように身体を支え合い始めていた。

 

「でも扶桑姉様の砲撃は当たっていないのに、何で・・・」

 

 仲間の手を借りて外から押し寄せる青い海に沈み始めた岩礁から離れた山城は風の中で身を屈めて敵の腹から解き放たれた仲間の姿を嬉しく思いながらも困惑の表情を浮かべる。

 

『同じマナの力を基にしているとは言え艦娘と深海棲艦はプラスとマイナスの関係にある。 そして、広大な限定海域の崩壊によって押し寄せる重圧に消耗したアイツはもうその子達の力を抑え込んでいられなくなったんだろう』

 

 要するに量を間違えた毒と薬の関係そのものだと言い切る頭の上から聞こえてきた男の声に顔を上げた山城の目に自分を優し気な微笑みで見下ろす姉の顔が映り、扶桑は仲間達の頭上に覆いかぶさるように膝をついた。

 その大きな両腕で円を作り外からの海水で黒色が駆逐されていく海面に身体を伏せ、白い袖や朱色のスカートが揺れる身体全体を使って吹きすさぶ強風や暴れ波を遮り少女達を守る。

 

《山城、ジッとしていて、もう、大丈夫だから・・・》

 

「っ、はいっ! 姉様っ!」

 

 砕けた天井の欠片が昏いマナに分解されながら扶桑の背中に降り注ぎ、その身体から残りの霊力を全て絞り出すように自分とその下にいる仲間達を覆って光る戦艦娘の障壁にぶつかった瓦礫が海面に無数の水柱を立て水飛沫が彼女達の視界を埋めていった。

 




 
勝った!! 第二章 完!!







・・・と、でも思ったかい?
 


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第三十八話

 
 慌てちゃダメさ。

 だって、まだエピローグが残ってるんだからね。



「去年の夏、義男の言っていた言葉の意味がやっと分かった・・・確かに一艦隊だけで限定海域に突入なんてバカな真似はやるもんじゃないな・・・」

「ははっ、提督それは今更じゃないかな、でもそのお陰で皆を助けられたんだ・・・僕は助けられんだっ・・・」

 

 夕日に照らされる扶桑の艦橋で指揮席にもたれ掛かり打撲や軽い火傷で肌をひりつかせている田中に苦笑を浮かべた時雨が解けた黒髪を揺らして艦橋のモニターに映る外の世界へと戻ってきた仲間達の姿に目を潤ませ自然と綻ぶ口元を隠すように手を当てる。

 船として艦娘としての時雨にとって魂の奥底に隠れていた悔いと願い、その成就に彼女が浮かべる泣き笑いは見た目の年齢とは不釣り合いなほどに大人びて美しく指揮官はその少女に見惚れそうになった視線を気恥ずかしそうに反らす。

 

「提督・・・さっきから通信を試してるんだけど全く応答が無いわ」

「故障じゃないさ、GPSすら機能していないんだ・・・おそらく、限定海域崩壊による霊力濃度の上昇のせいだろうな」

 

 そんな時、矢矧が訝しげに眉を顰めて振り返り田中は手元のコンソールパネルでノイズを吐き出す通信機と砂嵐になっているレーダー画面に苦笑してじきに落ち着くだろうと返事を返した。

 

「提督、飲料水と携帯食も皆さんに配り終わりました。こんな事なら医療品も持ってくれば良かったですわ」

「艦橋に持ち込める物にも限度があるから仕方ないわよ」

 

 通信手をやっている矢矧のすぐ横で薄っすらと光が散り艦橋へと重巡艦娘が姿を現し、一時下船していた三隈が幾つかの濡れた段ボール箱を畳みながら自分達が持ち込んだ非常食を救助した艦娘達に配り終わった事を報告する。

 

 艦橋に持ち込める物品は鉄球などの重量物で調べた結果、重量制限はあって無いようなモノであると分かっているが大きさの制限に関しては実に曖昧となっていた。

 前例で言うなら艦橋に乗り込んだ艦娘よりも大きなドラム缶を持ち込める場合もあればそれよりも小さいはずの陸自隊員の標準装備である背嚢が弾き出されるなんて事もあり、今のところは両手で抱えられる程度の量と言うのが適正量であると言うのが試行錯誤と調査の末の結論となっている。

 

「三隈、ありがとう。とは言えこれで一安心か、救助を待つまでのその場しのぎにはなるな」

 

 限定海域を破壊すると言う方法で港湾水鬼を撃破し、閉じ込められていた艦娘達と共に脱出できた幸運続きだった田中艦隊だが、想定を大きく上回る高濃度のマナが限定海域の崩壊と同時に大気中に放出された為に電探は機能不全を起こし目視以外の索敵は意味を成さない状態となっている。

 

「流石にEEZの外まで流されている事は無いはずだけど、ちゃんと見つけてもらえるのかな?」

「発信信号に関しては限定海域の外まで届くのは前回で実証されているんだ、俺達は外に出て来れているんだから遅いか早いかの差でしかないよ」

 

 要するに彼らは敵地からの脱出と同時に完全に自分達の現在地を見失っていた。

 

「敵拠点の崩壊が私達を押し出して、周りの敵は引き寄せて崩壊に巻き込むなんて・・・この作戦を聞いた時には半信半疑だったけれどホントになっちゃったわね」

「磁石の反発作用だと思えば良い、主任曰く全く違う原理らしいが、まぁ、マナエネルギーの専門家になりたいわけじゃないなら気にしなくても構わんさ」

 

 そんな激戦の後とは思えないほど和やかな会話をしている田中達を艦橋に乗せた扶桑が海原に横座りして再会を喜び合う艦娘達を見守り。

 

『姉様っ、扶桑姉様』

『山城・・・』

 

 その艦娘達の中からよろよろと覚束ない足取りで自分の下に近づいて来る妹の姿を見つけた姉は大の大人が寝そべっても余裕があるほど大きな手を差し伸べた。

 

『・・・貴女の声が聞こえていたのに気付かないふりをしていたこんな恥知らずな私に言われても嬉しくはないでしょうけれど・・・』

 

 後ろめたさとそれ以上に生きて再会できたことに喜び潤む瞳で妹を見つめる扶桑は彼女に言わねばならないと心に秘めていた言葉を霊力に乗せた相手の心に届く声で紡ぐ。

 

『山城、今まで長い間、とても良く頑張ったわね、・・・そして、本当にこんなにも待たせてしまってごめんなさい』

『姉様、謝らないで、山城は、山城は・・・扶桑姉様にお会いできて、また会う事ができて・・・本当にっ、それだけで胸がいっぱいになるぐらい嬉しいんですからっ』

 

 頭上から差し伸べられてきた扶桑の手に左腕が無くなっている山城は感極まった返事と共に抱きつき。

 万感の思いを込め瞳を潤ませている姉からの労いと謝罪の言葉に声を殺して涙を流して二年ぶり再会した扶桑へと山城はもどかしそうに息を詰まらせながらも笑顔を向けた。

 

(彼女達に関してもこれで一件落着か・・・まだ一日も経っていないのに、何日も戦っていたみたいだ・・・疲れた)

 

 そんな仲睦まじい姉妹のやりとりが聞こえる艦橋で田中はやっと任務の完了を確信してリクライニングシートへと背中を預け、ぼんやりとコンソールパネルの上でカラカラと回り続けている羅針盤を眺める。

 

(そう言えば、これにも助けられたな・・・)

 

 後は迎えが来るのを待つだけと言う戦勝に緩んでいた空気の中で気を抜いていた田中は指揮席に据え付けられている羅針盤の持っていた不思議機能を心中で反芻し、触れてもいないのにカラカラと音を立てながら回り続けるそれの様子に気付く。

 

(これの回転が敵の奇襲や落とし穴みたいな渦潮を警告してくれていると気付かなければ危なか・・・っ!?)

 

 どういう原理かは不明だが自分達に迫る一定以上の危険を察知して回転する能力を持った羅針盤に向かって目を見開いた指揮官は緩んでいた脳天に電流を浴びたような感覚で背もたれから跳ね起き勢い込んでコンソールパネルに手を突いた。

 

「全員、警戒態勢を取れ!! 索敵急げっ!」

「ぉぅっ!? どーしたの、提督!?」

「羅針盤が回っている! 敵が近くに居るぞ!?」

 

 手すりにぶら下がるようにしゃがんでいた島風が指揮官の叫びに跳ね上がり髪やリボンをざわめかせ、その警告の内容に艦橋にいる全員が一瞬だけ呆然と立ち尽くす。

 

《山城、皆と一緒に私の後ろに急いで!》

 

 友軍と連絡を取るために通信機能を広範囲に設定していた為か敵がいると言った彼の叫びが下にいる艦娘達にも伝わり、山城と再会を喜び合っていた扶桑が表情を引き締め直して海に立ち上がる。

 

『は、はい、姉様!』

『山城さん! こちらへ!』

 

 足下にいた艦娘が扶桑の後方に集まり負傷で動けなかったり意識が戻らない仲間を守るために素早く円陣を作り、彼女達はそれぞれの手に限定海域で手に入れたであろう拳銃や機関銃を構えて周囲へと鋭い目を向けた。

 全員が疲労と負傷している状態では戦力になるわけでも無いが、それでも休息から即座に戦闘へと体勢を切り替え一糸乱れず行動できるのは過剰に積み重ねてきた経験故なのだろう。

 

「水上、対空共に電探使用不能! 上空への望遠・・・敵機無しですわ!!」

「目視距離の海上にも艦影無いわ!」

 

 すぐさまモニターに向かった三隈と叢雲が指揮席の左右から声を上げ、だとすれば海中からかと当たりを付けた田中はコンソールパネル上に浮かぶ扶桑のステータスを表示させる立体映像へと手を伸ばす。

 

「なら下からか! 矢矧出れるか!?」

「中破してる叢雲や時雨よりはマシって所だけど、やるしかないわね!」

 

 限定海域の広大な内部を駆け抜ける際に戦艦ル級へ槍を手に突撃をした時に負傷した叢雲や最深部と他の階層を隔てる棘が蠢く黒壁を砲雷撃で打ち破り飛び込んだ時雨、二人とも行動不能と言うほどでは無くとも戦闘に駆り出すには心もとなく。

 三隈と島風、そして、扶桑は負傷こそ無いが霊力を全て使い切り砲弾一発すら作り出せない状態となっている。

 即座にそう判断した田中の手によってコンソールパネルの上で旗艦変更の作業が行われ、山城達の目の前で扶桑の身体が光に包まれ入れ替わる様に二つの砲塔が壊れた状態の艤装を装備した軽巡艦娘が海原に立ったと同時に足下へとソナーを打つ。

 

「ソナー・・・反応・・・、あり! 三時方向1800m!! って、なにっ、この大きさはっ!?」

 

 突然に扶桑が消えて別の艦娘が自分達の目の前に現れた事に感嘆や戸惑いの声を上げる足下の少女達に田中は構っている余裕は無く。

 使用可能な主砲への装填を三隈に命じてまだ砂嵐を騒めかせているレーダーを横目にした直後、叢雲が上げた悲鳴と海中に蠢く巨大な影を映し出すソナー画面に唾を飲み込んだ。

 

「周りの敵は限定海域に吸い込まれて押し潰されたんじゃありませんの!?」

 

 そんな田中や艦娘達の前で海面が盛り上がり黒く歪な岩がフジツボのように張り付いた巨大な手が海を割って天へと鋭い爪を突き上げる。

 

「冗談、だろ・・・? 関東平野二つ分の空間崩壊の中心に居たんだぞ、なんで生きてるんだ・・・」

 

 扶桑が霊力を振り絞り作った障壁で身を守りながら風と海流に乗って脱出した自分達と違って押し寄せる限定海域崩壊の重圧で中心に縫い付けられ広大な領域の重みに潰されたはずの港湾水鬼が海上に手を突きながら血の様に紅い瞳の周りを黒血で縁取り、溢れる様な怒りを炎のように身体から立ち上らせる。

 

 見た目と言う点では海面に現れた怪物は無数の大砲を備えた玉座は無く、その白い肌は所狭しと黒い血が固まったヒビの様な模様で埋め尽くされ、片胸が抉れた上半身と抉れてがらんどうになった腹から下はごっそりと無くなっていた。

 

 誰が見ても満身創痍を通り越して歪な死体にしか見えないと言うのに、それでも海上に現れた百数十mを超える威容はぎらぎらと命を燃やし。

 半死半生の港湾水鬼が大きく口を開けて放った野太く響く咆哮がその場にいた全員を金縛りにするほどの凄まじい威圧感となって襲い掛かる。

 

「て、提督っ!」

「深海棲艦は、あんなになっても生きてられるのか・・・これは、いくら何でも反則じゃないか」

 

 額から生えた黒角を軋ませ、長かった白い髪がざんばらに千切れ、固まった溶岩のような黒岩を大量に張り付けた顔は元の美貌からは信じられない程に醜く焼け爛れている。

 

 その元の姿から見る影も無くなったひび割れた肌が崩れて黒い体液と共に破片を海に落とす。

 

 青い海に穢れた破片をまき散らすその身体を引っ張る様に巨大な手が海面を引っ掻き、這う巨体が穏やかだった波を掻き立てる様子に田中はこのまま深海棲艦の接近を許し戦闘を始めれば折角助けた艦娘達を沈めてしまいかねないと焦りに汗をにじませた。

 

『よぉ、待ち合わ・・時間はとっ・くに過ぎ・・ぞ、場所も間違え・・・くせに女と遊ん・・・余裕があんのかよ?』

 

 足元の艦娘達にとにかく生き延びるために逃げろと指示しようとした田中が伸ばした手が通信機に触れる直前。

 

 そのスピーカーがノイズとともに彼にとって馴染み深い声を届け、その場違いなほど軽い口調に彼の身体中を走っていた危機感が不思議なほど簡単に収まっていく。

 

「は、ははっ・・・生憎と道が混んでたんだ。それとあれは勝手についてきただけだ、俺のせいじゃない」

 

 まだ遠く見える巨体がその手で高波を作り出し海原を這い、その割れ目だらけの大腕や身体から崩れて落ちた黒い塊が下手な砲弾よりも大きな水柱をその港湾水鬼の周りで上げている。

 その様子に顔を引き締めた矢矧は足下の仲間達を庇うために前に出て、その腰の艤装から太刀を引き抜き盾にする様に自分の身体の前で鈍く銀に輝く刃を横に構えた。

 

『そ・・・聞いて安心した。俺・・んなグロイ・・・をナンパするヤツを友達とか言いたくないからな』

 

 その臨戦に構える艦娘の艦橋に座る田中の手元で未だに砂嵐になっているレーダー、その外円に味方を示す信号が点滅しながら表示され、飛ぶような速さで一回の点滅ごとに田中達がいる場所への距離を縮め通信が明瞭になっていく。

 

・・・

 

 眷属と領地だけでなく自分の体まで破壊尽くされた怒りから復讐心に囚われた港湾水鬼がその原因である艦娘達へと向かって這い進む。

 相手の中に見える力は小さくなっただけで無く、忌々しい白ヒレから銀色の棒切れを手にした一回り小さい身体に変わっている。

 

 ヤツは消耗しているのだ、と手負いの深海棲艦は確信した。

 

 ならばヤツだけでなくその足下にいる小虫共ごと喰い殺し、その血で喉を潤し、肉で腹を満たし、また自分の世界を造る為の材料に使ってやる。

 そんな欲望と怒りで紅瞳を燃え上がらせ目の前の敵にしか見えなくなった獣は牙を剥き出しにしていた。

 

『そんな恰好の割には随分と元気だな、それともお城を壊されて怒ってるだけか、なぁ、お姫様?』

 

 それは音として獣の耳に届いたが彼女がその意味を理解する事は無くただ怨敵へと猛進を続ける深海棲艦を止める力は無かった。

 

 だが、その通信の直後に海原に這いつくばる白黒斑の鬼女は顔を引き攣らせ、その上半身は仰け反り両手で海面を押すように前進を止めて紅い目を見開く。

 

 その原因は小さな虫と忌々しい銀の棒を持つ敵のそのすぐ近くに走り込んできた別の敵の姿。

 

《折角、急いで雪風達を迎えに来たのにさぁ、邪魔だなぁ~、・・・邪魔だよ、お前》

 

 銀の棒を持っている敵よりもさらに一回り小さな身体をワンピースセーラーに包み黒から灰色へとグラデーションする髪を持つその姿が突然に光に包まれて消え、その場に金の輪を作り出して輝く。

 

 その光景に玉座だけでなくその身に備えた全ての武装を壊され霊力を失った肉体を残すだけとなった港湾水鬼の身中を嫌な予感が這い上がって来る。

 

 あの小さいくせに自分よりも強力な破壊の力を振るった白ヒレは何処から現れたのか。

 今、目の前にある金の輪と同じモノからでは無かったか。

 予感と言うよりはもう確信に近いそれは耐え難い恐怖を港湾水鬼の中に塗り広げていった。

 

 輪から出て来ようとしているのは白ヒレではない、だが黒鉄の装甲を纏い強い戦意を漲らせるその気配、その輪の中で造り上げられていく力の形には紛れも無く深海棲艦の女王だった彼女から全てを剥ぎ取り破壊尽くした理不尽な怪物と同じモノが宿っていた。

 

 あれはダメだ。 逃げなければ今度こそ殺されてしまう。

 小さいくせに、弱いくせに、自分を殺せる力を持った理不尽な怪物(イレギュラー)がやってくる。

 

 戦艦を原型に持つ艦娘によって植え付けられた恐怖は元支配者に逃走を命じたが、今まで自分の世界に閉じこもり、生まれてから一度も自分で海を進んだ経験が無い箱入り娘は腰から下を失った体には大きすぎる熊手で無様に水を掻く事しかできなかった。

 

《戦艦長門っ!! 出撃するぞっ!!》

 

 そして、その恐怖に支配された巨体が自分が起こした波に邪魔されてのたうつように這いずる背後で黒い籠手に包まれた手が金輪の縁を掴み。

 二本の角に見える電探が生えた艶やかな黒髪を夕陽の中へとたなびかせ戦艦の名を冠する艦娘が海原に立った。

 

・・・

 

 まともな索敵もできない大海原で上空から観測を行っている空母と光信号やハンドサインに目を凝らしながらやっと見つけた限定海域への突入艦隊は死にかけの敵首魁と鉢合わせしていた。

 それは今回の作戦においては想定外であり、まさか万が一の時の為に用意していたエースカードを切る事態が発生するとは彼女を連れて来ていた中村自身も思っていなかった。

 

「どうした、待ちに待った艦隊戦だぞ?」

「ここまで待たされては喜ぶ気にはなれん・・・だが、やらせてもらおう!」

 

 鎮守府から舞鶴までやってきて一カ月近く港で待ちぼうけをくらいストレスを爆発させる寸前の状態を戦艦としての矜持で耐えていた長門のご機嫌取りが半分、自分の艦隊の半数が戦闘不能になり治療中で少しでも自分の安全の為に戦力を求めていたのが半分。

 田中達を確実に助ける手段と言う理由は少しむず痒いので心中に留め置く。

 それはともかくとして、ここに長門が居ると言う状況は実のところ偶然だった。

 

「まぁ、そりゃそうだな」

 

 そう言って時津風と入れ替わりに旗艦変更の光の中に消えていく長門型戦艦一番艦を見送る中村は苦笑とともに田中の艦隊と繋げた通信機に耳を傾けた。

 

『どう言う事だ!? 何故長門がここに、出撃が許可されたのか!?』

 

 長門の出撃が司令部の上にいる連中によってタブー扱いにされていたのは周知の事実であり、だからこそ田中は書類の上では未だにMIAとなっている扶桑の協力を得て今回の作戦に挑んだ。

 表向きには戦艦娘は作戦に参加していないと言う理由をこじつけなければならなかったはずなのに頭の上の連中から許可が下りてきたのかと通信機の向こうで驚きの声を上げる。

 

「いや、長門は出撃していないぞ?」

『何を言っているんだ? 現に今目の前にっ・・・』

「あのな、今ここはレーダーどころか人工衛星の目すら塗り潰すほど強烈な霊力力場の真っ直中だぜ?」

 

 海上の国境線とも言える日本海沖での作戦に対して神経質になっている政治家にとって歩く大量破壊兵器である戦艦娘の運用は長門に限らず許可が出るはずがない。

 それが嫌と言うほど分かっているからこそ混乱する友人に向かって中村は苦笑を浮かべて少し得意げにタネを明かす。

 

「周囲百数十キロ、高度三千mまで届く見えないドームには船どころか航空機すら近づけやしない。艦娘しか入れない密室と化したここじゃ、誰が何をしてるかなんて分からないだろ?」

『お前、なんて事を前から相当なバカだと思っていたが、今日改めて確信した。お前、本当にバカだろ、もしくはアホだ!』

「おいおい、助けに来てやったんだ。もう少し有り難がれよ」

『辻褄合わせや後始末の事務処理はどうするつもりだ! 俺は頼まれたってやらないからな!』

 

 自衛隊に存在しない事になっている扶桑が参加している為に田中の艦隊は音声、映像ともに事前の不備によって記録し損なう事になっている。

 それと同じだと嘯き、喉の奥で小さく笑いながら両手を組んで指揮席にふんぞり返っていた中村は呆れを滲ませる友人からの罵倒に不敵な笑みを深くした。

 

「舞鶴の司令部は見なかった事にしてくれるらしいぞ? 後で駐在する艦娘の艦種と人数に口を出されるかもしれないけどな」

『はああっ!? もぉっ、お前はぁなぁ!!』

 

 そして、中村は目の前のモニターに映る上半身だけでのたうつ港湾水鬼へと幾つものターゲットマーカーが重なっていく様子を眺める。

 

「祥鳳と瑞鳳からの発光信号・・・作戦海域の霊力濃度が通常域に戻るまで推定、12分前後とのことです」

 

 指揮席へと振り返った鳳翔が自分と同じ鳳の名を持つ空母姉妹から受け取った情報を伝え。

 

「一番から四番主砲装填完了しましたよぉ! 大潮どんどん詰めますから長門さん! ガッツーンッ!ってやっちゃってください!」

「距離風速の計算、照準への同期も完了したから・・・これでアイツに引導を渡してやって!」

 

 長門が装備する全ての主砲に弾が込められ敵への照準が終了した事を朝潮型の次女と末妹が知らせる。

 その二人の表情には哀れなほど無様な姿を晒す元女王への同情は一欠片も無く、今まで自分の姉妹艦を弄んだ代償を支払わせる為に瞳にヤル気を漲らせていた。

 

「なら、手早く仕留めちまおう、と言うわけだ。長門、やるなら十二分以内で頼む」

 

 復讐だの、恨み返しなどと言う後ろ暗い考え方は褒められたモノでは無い、だが二人の駆逐艦が倒すべき明確な敵に向けている敵意は立場的には正しいとも言える。

 中村個人の心情は事ここに至ってはなんの意味もないのだ。

 

(本当は攻略作戦が失敗した時にアストラルテザーで良介達だけでも引っ張り戻す為に連れてきたんだが、まぁ、結果オーライか)

 

 今の大潮と霞に水を差す理由もないと割り切って小さく溜息を吐いてから中村は気の抜けた攻撃指示を旗艦へと命じた。

 

『一カ月待たされて・・・たった12分の出撃か。 だがな提督、私を侮るなよ?』

 

 露骨な不機嫌さと隠しきれない戦いへの高揚に意気込む声が勇ましく艦橋に届く。

 

《この長門、あの程度の敵に手間取るような戦艦ではない!!》

 

 堂々と張った胸の前で腕を組み海原に立つ戦艦娘の宣言の直後、その身体に装備した黒鉄の戦艦砲が一斉に大爆音を空に響かせて砲口が火と硝煙を放ち。

 大気を焼き貫きながら飛んだ炎塊が波の上に這いつくばった港湾水鬼の背中を穿ち、腕を砕き、そして次々と炸裂する霊力の爆発に目を見開いて悲鳴を上げる鬼女の顔が飲み込まれた。

 

 そして、背中にサルベージユニットを背負っている為に艤装が干渉し形態変更が出来ない長門が放ったその一斉射の後に残ったのは深海棲艦だったナニかの残骸がチリチリと昏いマナの光粒に変わって夕焼けの海原に溶けていく様子だけだった。

 




 
始まりがあれば終わりは必ずやって来る。
 
交わした約束が果たされたならそれは過去に埋もれていく記憶へと変わるものだ。

だが、終わりは常に次の始まりを告げる鐘の音であり。
 
いつの世も一つの約束が終わったらならば次の約束が交わされるものなのだから。

次回 艦これ、始まるよ。第二章 エピローグ


【六月の花嫁】







 作者(ワタシ)だけが死ぬはずがない、お前達(読者達)も道連れにしてやる!!


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第三十九話

 
俺が思う確かなことはッ!

読者がこれを読んだ次の瞬間、お気に入りを解除するだろうと言う事だけだぜッ!!


 医務室らしい内装の一室、白衣の男性と一組の男女が神妙な表情を突き合わせている。

 

「何故こんな事が起こったのかまだ調査中でこちらとしても解らない事だらけなんだけどね」

 

 そして、研究者である白衣の男が言う言葉に嫋やかな女性の隣に座っている男が驚きに目を見開いた。

 

「ただはっきりしているのは・・・検査によるともう三か月になるって事だよ」

 

 その研究者の言葉に丸眼鏡の男は狐につままれたような呆け顔で自分の隣に座る艶やかな黒髪の恋人と白衣のゴマ塩髪の男の間で視線を行き来させる。

 

「でだ、鎮守府側にとって彼女はつい一カ月前まで行方不明だったのでね・・・我々としては保護してくれていた君に何か心当たりが無いかと伺いたいわけなんだよ」

 

 目と口を大きく開いたまま硬直してしまった男性の姿に研究者は苦笑を漏らしてから神妙さを剥いだ軽い口調で問いかける。

 

「まぁ、つまり・・・、彼女のお相手とその赤ちゃんの父親に心当たりはないかな? 大木裕介さん」

 

 仲間を助け出す為にと自分の元を去った恋人に関する重要な事態が起こったと言われ長野から千葉県某所まで車で駆けてきた大木旅館の若旦那は消毒液の匂いが漂う医務室で口を無意味にパクパクさせて隣に座る恋人と見つめ合い。

 その視線に少し恥ずかしそうに頬を赤らめた艶髪の美女は内縁の夫に向かって小さく、しかし、しっかりと頷いて見せた。

 

「ぼ、僕です!! 僕がやりました!!」

「もぉ、裕介さんったら///」

 

 丸椅子から飛び上がる様に立ち上がった大木の歓喜に満ちた叫び声が鎮守府の一角で上がり、初めから知ってたと言う呆れが混じった苦笑を浮かべた鎮守府研究室の主任は大木の隣にいる女性へと軽くウィンクして見せる。

 

「まぁ、そうだろうねぇ・・・しかし、その言い方はどうなんだい、ねぇ?」

「ふふふっ、楽しい人なんですよ」

 

 子供の様に喜びはしゃいでいる恋人の姿に口元に手を添えて微笑んでいた元戦艦娘である扶桑は研究室主任に向かって深く頭を下げた。

 

「それじゃあ、他の手続きはこちらでしておこう、それと病院の方も信用できる所を紹介するよ」

「火野原主任・・・重ね重ね、本当にお世話になります」

「鎮守府にいなかったとは言え、こっちの勝手な都合で産み出した君に散々辛い思いをさせたのに僕達は今まで何もしてあげられなかったんだ、最後くらいは大盤振る舞いするさ」

 

 そして、鎮守府の研究員を取り纏めている主任である研究者は苦笑を浮かべ、目の前の二人がある手続きをする為に必要としている一枚の書類へ判子を押してからキィッと軋む椅子の背もたれに背を預けて肩を軽く竦めて見せた。

 

・・・

 

 2015年6月某日、大安吉日であり梅雨の時期には珍しく晴れたまばらな雲と青い空の下で静々と白無垢姿の花嫁と緊張に紋付き袴の肩を強ばらせた丸メガネの婿が並んで境内を歩き、前を行く神主に続いて本殿へと入っていく。

 スーツや着物を身に着けた新郎新婦の親類が厳かな雰囲気に緊張しながらその後に列を作り、その中にいる桜色に蹴鞠の柄を飾る着物を身に着けた女性が何度も鼻を啜り手に持ったハンカチで目元を拭いている。

 

「本当に、本当にお綺麗ですっ、ねえざまぁ・・・」

「もぉ、ましろちゃんったら、しゃんとしなさいなお姉さんの晴れ姿なんでしょ?」

 

 そんな少し突けばその場で泣きわめき始めるのではと思わせるほど感極まり目を潤ませた新婦に良く似た顔立ちの女性に新郎の母親が苦笑を浮かべてその背中をあやす様に撫でている。

 

「あの子、随分と涙脆いねぇ、芙蓉ちゃんと同じくらい美人なのに勿体ない」

「行方知れずだったお姉さんと久し振りに再会できたと言ってたんだから今日くらい仕方ないじゃないの」

 

 鎮守府の外である事もあり自分の名前から一文字抜いた偽名を名乗っている扶桑型戦艦の二番艦である艦娘は涙と鼻水で美しい顔を台無しにしながら大木家親族の生温かい視線を浴び、その列に続いて神社の本殿へと入っていった。

 

「こんな所にいなくても・・・時雨も式に参加して良かったんだぞ?」

「僕が入るにはちょっと場違いだよ・・・」

 

 その神前の結婚式が行われている神社の境内に立つ御神木の木陰にスーツ姿の男性と黒地のセーラー服を着た少女が並んで新しい門出を迎えている二人の男女を眩しそうに眺めている。

 

「船としての扶桑は知っているけれど、艦娘としての扶桑を知っていた前の時雨は・・・僕じゃないから」

 

 自分ではない時雨が扶桑と交わした約束、何が原因かは不明だが死んで記憶を失い再生した後も朧気に時雨の心の奥底で眠っていた願い。

 それは日本海上に出現した限定海域から囚われていた仲間を助け出し、その原因を作っていた巨大な深海棲艦が討ち滅ぼされた事で果たされた。

 

「それに、人になった扶桑はこれから僕らとは違う場所で幸せになるべきなんだと・・・思う」

 

 だからこそ扶桑に自分は必要以上に昔を引き摺らせるような事はさせたく無いと言い、少し悲しそうに微笑んだ時雨の前髪に小さな雨粒が掛った。

 

「天気予報は晴れだと言っていたんだけどな・・・まぁ、梅雨だからか」

「大丈夫だよ提督、すぐに止むよ、止まない雨はないんだから」

 

 空色の瞳の上へと雨が降る。

 

 神木の葉の下からまばらな通り雨の中に傘も持たずに軽い足取りで踏み出した時雨が濡れ始めた髪を艶めかせ自分の中の蟠りを洗い落とす禊のように両手を空に向かって伸ばす。

 

「提督もどうかな? なかなか気持ち良いよ」

「まったくそんなんじゃ風邪をひいてしまうだろ、社務所で雨宿りさせてもらおう」

「・・・うんっ」

 

 そんな時雨の言葉に呆れて肩を竦めた田中は木陰から歩き出し少女の背中を軽く押して雨粒を煌めかせる境内の社務所へと向かい、頷きを返してからさりげなく手を握ってきた駆逐艦娘の柔らかさと清潔感を感じる匂いに軽く頬を掻いた。

 

・・・

 

 2015年4月7日、日本海に出現した深海棲艦の巣である限定海域の崩壊とその中心にいた港湾水鬼の撃破が成功し、全艦娘部隊は一人も欠ける事無く拠点としている舞鶴の港へと帰り着いた。

 そして、帰って来た艦娘のほとんどは助け出された百人近い艦娘達であり、夕陽が沈み夜になろうとしている港は負傷者でごった返しになり救護に駆け付けた自衛官達が慌ただしく担架や簡易食を手に走り回る。

 

(あぁ、やっと・・・終わったのね)

 

 負傷はしていないが二年半以上も実戦から離れていた為に鈍っていた扶桑の身体は大量の霊力消費も重なり酷く疲れ果て、何とか気力だけで立ちながらすぐ近くで肩口から千切れた腕や身体中の折れた骨などの応急処置をされている山城の様子を見守っていた。

 

「姉様・・・? ふ、扶桑姉様!?」

 

 疲労によって一時ぼんやりとしていた扶桑は不意に自分の名を呼び驚きに目を見開いている妹の声で我に返り、何故、妹がそんな引き攣った顔を自分に向けるのか分からず小さく首を傾げた。

 そんな戦艦娘の胸を突然に鋭く刺す様な痛みが走り、彼女は突然の痛みに呼吸を詰まらせてその場にうずくまる。

 

(な、何が・・・これは・・・?)

 

 救護作業の慌ただしさとは別の理由で扶桑の周囲が騒然とし、自分の身体に起こった異変に膝と手を地面に突いて座り込んだ戦艦娘は鼓動するように痛みを走らせる胸へと手を当てようとして自分の指先から立ち上る霊力の揺らめきに目を見開いた。

 指先から湯気のように立ち上り空気の中へと解けるように上へ上へと向かって行く霊力の粒は次第にその量を増やしていき、それに合わせて扶桑の肌から光があふれて夜闇にまるで蛍の様な明かりを散らしていく。

 

「・・・これは・・・霊核が散る光?」

「ね、姉さまっ! 何で、何で!? やっと会えたのにっ何でっ!!」

 

 困惑する自衛隊とは違い周りの艦娘達は艦娘としての本能的に、或いは過去に死んだ艦娘の身体が解けて光に変わる様子を目撃した経験から扶桑の身体から散る光の正体が彼女の身体から霊核が離れようとしているのだと気付く。

 悲鳴を上げて救護してくれている自衛官の手を振りほどこうとしている山城の前で強く弱く鼓動する青白い光が扶桑の胸元から溢れて夜空に向かい光の帯を作って登る。

 

「山城・・・大丈夫よ、これはそう言うものじゃないの」

「でもっ! 扶桑姉様!?」

「私は大丈夫だから・・・」

 

 身体の内側から解けて溢れ出ていく光の袂に跪いて手を胸に当て、扶桑は自分の身体から空へと昇っていく霊核の光を見上げる。

 まるで別れを惜しんでくれている様に自分の身体の周りで円を作って回りながら螺旋となって夜へと挑むように空へと向かうその光に扶桑は艦娘として生まれてからずっと重なり合って一緒にいてくれた英霊達の声無き意志を初めて聴く。

 

 我ら離れるとも幾久しく壮健たれ、と。

 

「恥知らずにも逃げ隠れて、言い訳ばかり重ねて・・・それでも、こんな私を見捨てずに見守って一緒にいてくれて、最後に自分の意志で戦う機会を与えてくれた事をっ」

 

 祈る様に懺悔するように星が瞬く東の空へと向かって登っていく光の帯へと扶桑と名乗っていた美女は深く深く頭を下げた。

 

「妹を、仲間達を助ける為に力を貸してくれた事に感謝します・・・戦艦扶桑」

 

 その言葉に返事を返すように低く微かに聞こえる汽笛の音が星空を征く霊核の光から届き、その場にいた全員が目の前で起こった幻想的な情景に見惚れて立ち尽くす。

 身体を折る様に深く頭を下げて両手で抱く自分の身体は妙に熱く、その熱が霊核を宿していた胸にはぽっかりと空いた穴のような心細さが溢れ出て不安に泣き叫びそうになる心を温めてくれる。

 

(温かい、何かしら・・・霊核を、力を失ったはずなのに同じくらい温かい何かが私の中に、いてくれているの?)

 

 救護員の手を振りほどき自分の代わりに泣き喚いてくれている山城に抱き付かれ、明らかな自分の身体の変化に戸惑う扶桑だった女は霊核が宿っていた胸では無く、自分の臍の下から広がって支えようとしてくれている命の存在に気付く。

 

 そして、それを彼女が自覚したと同時に霊核が抜けて空いた穴を埋めるように心臓が強く脈打ち血の流れが命の熱を身体中に広げ、艦娘ではなくなった女は自分だけの命と胎に宿るもう一つの生命をしっかりと両手で抱いた。

 

・・・

 

 自分が艦娘ではなくなった日をふと思い返していた新婦はその身を覆うふわふわした気分はお腹の子に悪いからと酒類から遠ざけられていると言うのに周囲のおめでたい雰囲気に酔ってしまったのかと微笑む。

 

 艦娘として生まれた時点では自分がこんな事になるとは想像もしていなかったと白無垢から装いを披露宴の物へと変えた扶桑は四か月目を越えて少しふっくらとしてきた自分の下腹部を撫でる。

 

 厳かな結婚式が終わり、参加者全員がその足で大木屋旅館に向かい、始まった結婚披露宴では親戚に弄りまわされて酒を飲む為の理由として何度も宴会場の真ん中に立たされている自分の夫となった大木屋の若旦那が嬉恥ずかしと言う顔で丸眼鏡がずれるのも気にせず手に持ったビールの泡が揺れるグラスカップを掲げていた。

 

 戦う為に生まれた自分が鎮守府の外で子供を産み育て円満に家庭を築けるのか、と言う不安はまだその心中に付いて回っている。

 けれどそれを知っても自分を蔑む事無くむしろ溢れんばかりの祝福をくれた仲間達の声や握ってくれた手の温かさが確かな勇気を心に与えてくれた。

 

 その際、何故か船としても艦娘としても大して面識が無い金剛型一番艦に熱烈な祝福をされる事になり、別れ際には金剛が手から放った光弾がまるで花火の様に弾けて空を飾り。

 そんな長女に忠犬の如く追従する次女、その二人の姿に病み上がりの妹達が目を白黒させて慌てる騒がしい姿には驚かされたが、その戦艦姉妹に続いて見送りに来ていた艦娘達が打ち上げた多くの祝砲は鎮守府を去る扶桑にとって良い思い出にもなった。

 

(そう言えばライバルがどうとか・・・金剛さんの言っていたのは結局、何の事だったのかしら?)

 

 霊核を失い艦娘を辞め、人として生きていく為の手続きを終え、そして、今日から大木裕介の妻として正式に大木芙蓉と名乗る事になった元艦娘はこれから始まる人間としての生活に不安と期待を混ぜ合わせ。

 心折れそうになり死を選ぼうとしたかつての自分を救ってくれた愛する夫、そして、艦娘としての力を失い凍えそうになった身体を温めてくれた愛しい命と共にこれからも生きていくのだと改めて強く心に誓った。

 

(・・・時雨? あの子、どこに行ったのかしら?)

 

 ふと宴もたけなわとなった騒がしい会場を見回すとビール瓶をラッパ飲みしながら何やら喚いて田中の袖を掴んで絡んでいる山城の姿。

 は見なかった事にして、扶桑はこの場に招待されているもう一人の艦娘の姿を探して見るが宴会場に時雨はいなかった。

 それが妙に気になった扶桑は少し会場を出る事を自分の義母となった大木屋の女将へと伝えて宴会場から廊下へと向う。

 

 朝の結婚式の後すぐに昼から始まった宴会の外はまだ夕方に早く、結婚式の途中から曇り雨がまばらに降る空の様子を廊下の窓から見た扶桑はふと思い立って旅館の中庭へと足を向ける。

 

「やっぱり・・・時雨、ここにいたのね」

「ん、ああ、扶桑・・・じゃなくて芙蓉さんかな?」

「どちらでも構わないわ、貴女が呼びやすい方で呼んで」

 

 良く手入れされた初夏の中庭、緑が鮮やかに葉を茂らせる木々に小さな雨粒が当たって跳ねる様子を縁側に座って眺めていたらしい時雨が近づいてきた扶桑へと顔を上げた。

 

「宴会は退屈だったかしら?」

「そうじゃないんだけどね、こう言うのはなんて言えばいいんだろう」

 

 時雨と隣り合って座り暫し無言で庭を眺めていた扶桑が問いかければ駆逐艦娘は自分でもその戸惑いが分からないと言う様子で頭を掻き苦笑する。

 そう言えばと扶桑は三月に突然現れた時雨と再会した時も同じ様にこの庭の天気は曇り空で小雨が降っていたと思い出す。

 

「私が艦娘でなくなってしまった事が、それを恥じていない私が疎ましい?」

「そんなわけないさ、扶桑は幸せになって良いんだよ・・・前にもそう言ったじゃないか」

「戦いの場から離れているのが不安?」

「ううん、そうなのかな? でも多分それも違うと思う・・・」

 

 静かに雨音が満ちる庭を臨む廊下に座る二人の間に静かさが横たわる。

 まるであの日、時雨が戦う理由を知りたいと思って問いかけた時の様に、その問いかける幾つかの言葉に自分の思いを纏め切れていない駆逐艦娘は表情を少し曇らせて首を横に振る。

 

「ねえ、扶桑・・・僕は、前の僕が扶桑と交わした約束を果たせたのかな?」

「ええ、貴女のお陰よ・・・ここに時雨がやってきてくれなかったら私はきっと今も怯えたまま周りの人達と、裕介さんとも本当の意味で向かい合って生きていく事を決心できなかったから」

「そっか・・・」

 

 想いと感謝を重ねた自分の言葉に対するには呆気ないぐらい軽い時雨の声に顔を向けた扶桑は雨の名を持つ少女が少し寂しそうに空を見上げている事に気付いた。

 

「時雨、貴女は自分の中から戦いを続ける為の大きな理由が無くなってしまったと思ってる?」

「えっ!? ・・・ぁ・・・」

 

 ふとそれに思い当たった扶桑が掛けた問いかけに時雨は大袈裟に見えるほど背筋と三つ編みを跳ねさせ、空色の瞳をいっぱいに開いた視線を隣に座る和服美人へと向けた。

 

「そうかな・・・そうなのかも、でも、僕が艦娘として戦い続ける事は変わらないと思う」

「それならそれで構わないんじゃないかしら、時雨がそれを選ぶなら」

「・・・そうかな?」

「ええ、でもね・・・それは時雨が選べる生き方の中の一つでしかないって事も覚えておいて欲しいの」

 

 自覚の有る無しに関わらず幸せも不幸も、自分の身体も意志も、形の有無は関係なく与えられたモノ、手に入れたモノはそれらを得た本人の考えに影響を与えて気付かないうちに多くの選択肢を増やしていく。

 

「一番大事なのはその中から何を選ぶかだと思うわ、後悔したり苦しい思いをしても最後には幸せになれるように自分の一番大切な願いは自分で探すしかないのよ」

「幸せになる為に探していくしかない、難しいね・・・いまいちピンと来ないや」

「そうね、漠然としていて難しい事だわ。 ふふっ、自分の事で手一杯のくせに訳知り顔で偉そうな事言ってしまったわね・・・時雨、少しジッとしていて」

 

 そう言って扶桑は自分の髪から金の花飾りを外し、それを隣に座って自分を見上げている時雨の髪へと付け替え、戸惑っている少女の顔を笑顔でのぞき込む。

 

「扶桑、これは?」

「いつか時雨が自分にとって一番大切な何かを見つけられた時には私の所へ遊び来ること、これはその約束の証」

「約束?」

「そう前の貴女とじゃなくて、今の貴女との新しい約束、ダメかしら?」

 

 自分の黒髪の上でシャラリと揺れる髪飾りに恐る恐る触れながら時雨は扶桑を見つめ、数秒ほど逡巡してから意を決したように強く頷いた。

 

「うん、約束する・・・その時は絶対に僕はまたここに戻ってくるよ」

「ええ、その時は今日よりももっとたくさんお話しましょう」

 

 笑顔で頷き合った二人の前で降り続いていた雨足が途切れ、曇り空の合間から日の光が差して庭の緑がまるで宝石箱のように雨露が煌めく。

 

「あぁ、青い空が、世界がとっても綺麗」

「うん、綺麗だ、すごく・・・すごい」

 

 灰色の雲が風に流され青い空が顔を出して初夏の日差しに切り開かれた空色の下で水と風が輝き、目の前の世界が急激に広がっていくような光景に二人は揃って見惚れる。

 

「・・・ホントはずっと見ていたいけれど、そろそろ戻ろうか? 結婚式の主役を僕が独り占めしてたら後で女将さん達に怒られそうだ」

「そうね、この続きはまた会った時にでも取っておきましょう?」

「うんっ!」

 

 もう一度、笑顔で頷き合って手を繋いだ扶桑と時雨は立ち上がり、随分と軽くなった足取りでまだ騒がしさが下火にならない宴会場へと向かった。

 

「ぜったいにぃ、ふぉお姉様を泣かせたりするんじゃないわぉっ!!

 分かってんでしぉうねっ!! もしそうなったら、 

あたしがぁっその眼鏡ぇ、叩き割ってやるんだかぁあ!!」

 

「ははははっ! もっと言ってやれぇ、妹ちゃんっ!!」 

 

 廊下と宴会場を隔てる襖を開けた時雨と扶桑にカラオケ用のマイクを手に絶叫する山城の姿とそれを囃し立てる中年オヤジ共の酔っぱらった歓声が襲い掛かり、和やかに笑顔を浮かべていた二人は次の瞬間にはその口元を引き攣らせることになった。

 

「て、提督、これはどう言う・・・事なのかな?」

 

 たまたま入り口の近くに座っていた田中へと近寄った時雨にビールが並々と注がれたコップの処理に苦心している指揮官は頭痛を我慢しているような顰め面で酒臭いため息を吐いた。

 

「俺にも分からん・・・とりあえず、今後は山城に酒を飲ませるのだけは避けた方がよさそうだ」

「・・・うん、そうだね」

 

 酒と興奮で肌から薄っすらと霊力の粒を零し始めている山城がマイクを独占したまま歌詞も知らない曲を調子っ外れに歌い始め、その初めて見る妹の姿にあれもまた自分の意思で山城が選んだ結果なのね、と扶桑は微笑みを強張らせた諦観に満ちた表情を浮かべる。

 

「まなっつの浜べぇっ♪ 君の胸にあいおんちゅ~!!」

 

「いいぞっ、いいぞっ! 嬢ちゃん輝いてるぞ!」

「はははっ、スポットライトもあるのかぁ、大木屋さんは用意がいいねぇ」

 

 とりあえず狂乱する妹と口笛を吹き鳴らす酔っ払い共を視界から締め出した新妻は酒を飲まされ過ぎて半死半生になっている夫の元へと救援に向かう事にした。

 

「裕介さん、大丈夫かしら?」

「だ、だいじょばないかもしれない・・・み、みず・・・」

「アナタったらもぉ、飲み過ぎは身体に毒ですよ、少し待っていて」

 

 心配になるほどお人好しな夫の姿に自分が後ろ向きに悩んでいる暇は無さそうだ、と新しい名前を得た元艦娘は朗らかに微笑みながらグラスに水を注ぐことにした。




何でこうなったのかを詳しく説明しようとするとR18描写が必要になるから書けないんです!

それでもっ、出来る限り書いたんです!

必死に! その結果がこれなんですよ!?

これ以上どう表現しろって言うんですか!!



あ、第二十四話で姉様が悪夢で起きた後にケロケロしてたり体調不良が続いていたのは悪阻のせいです。
だから病院で診てもらってたらすぐに原因は分かってた。
まぁ、保険証どころか戸籍すら無かったから仕方ない話だけどね。


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幕間
第四十話


 
今回はある日の鎮守府のお話。

 あさっ♪

駆逐艦a「朝だぁ! 皆、朝から全開でいくわよ!」

駆逐艦a’「はい、お任せください! 艦隊全体に、総員起こしをかけてきます!」

重巡k「お願いだから・・・もうちょい寝かせてぇ・・・ホント、まじで・・・」



 走る、走る。

 

 強く手を握った腕を振り足を大きくスライドさせて朝日が差し込み始めた廊下を駆ける。

 

 淡い墨色の髪を振り乱して翔鶴型航空母艦二番艦を原型に持つ艦娘、瑞鶴はバタバタと上履きスリッパを突っかけた足で激しく足音を響かせ。

 

 髪を整えていないどころか支給品である綿の寝間着姿のまま必死の形相で艦娘寮を駆け抜ける彼女の姿に廊下ですれ違った艦娘達が困惑に硬直して風のように走り去る空母艦娘を成す術無く見送る。

 

「間に合って、翔鶴ねぇっ! 今行くからっ!!」

 

 丁度、通り過ぎた部屋の住人が廊下で上がった叫びに起こされて迷惑そうに眉を顰めながら枕元の時計を確認して総員起こしがまだだと確認してから二度寝を決め込む。

 

 傍迷惑な空母艦娘の疾走は廊下から上り階段へと向かい、手すりを乱暴に叩きながら十二の段差を二回の跳躍で踊り場に着地し、更に片足を軸に身体を反転させて次の階段へと床を蹴りそのまま勢いを乗せて身体を上の階へと跳び上がらせる。

 

 軍艦から艦娘として生まれ変わってから触れ合い言葉を交わした姉は一度瑞鶴の目の前で命を散らし消え、その姉の姿に絶望しながら彼女は突如現れた黒い渦へと飲み込まれて限定海域へと閉じ込められた。

 地獄のような環境の中で姉を守れなかった事を悔い、せめて自分と同じ境遇の仲間達の助けにならなければと巨大な敵に挑むもその意気虚しく箱庭の主に呑まれて意識を失ってしまう。

 

 そして、瑞鶴が次に目覚めたのは鎮守府のベッドの上であり、それから自分とは別の限定海域から助け出された翔鶴と再会する事になった。

 その翔鶴は瑞鶴とは違い海で散った際に霊核に戻ってしまっていた為に再生する前の記憶を失っていたが、しかし、今度こそは守り切るのだと翔鶴と同じく五航戦を自負する瑞鶴は新たに決意する。

 

「そう決めたはずなのに! 生活がちょっと前よりも良くなった程度で油断するなんて、私の馬鹿ッ!!」

 

 つい数分前まで眠りの中にいた瑞鶴は夢の中で自分の姉艦娘である翔鶴が非道なる(非常識な)者達の手によって危機に瀕している情景を察知し、自室のベッドから転げ落ちるように飛び出して確認した姉のいるはずの寝台がもぬけの殻となっていた事に愕然とした。

 自分が見た夢が姉との精神的な共感によってもたらされたモノだと直感した瑞鶴は慌てる自分の騒がしさに同室の艦娘が起きて眠そうに目を擦る姿すら目に入らず着の身着のままで廊下へと飛び出して今に至る。

 

「翔鶴姉ぇっ!!」

 

 艦娘寮の自室がある西棟から東棟の屋上まで数百mをオリンピック選手も脱帽するような速度で走り抜けた空母艦娘は頭上に見えた屋上の扉へと体当たりするように押し開いて光と風の中へと身体を投げ出す。

 

「あれ? 瑞鶴どうしたのそんな恰好で?」

「寝間着姿でそんな真似をするなんて、恥を知りなさい五航戦・・・」

 

 とある理由から500キロ爆弾によって爆撃されても大丈夫と言う過剰に優れた耐久性を誇る特殊なカーボン樹脂によるコーティングが施された屋上へとヘッドスライディングで滑り込んだ瑞鶴は頭上から聞こえる驚きの声と呆れを滲ませる声に顔を上げる。

 

「しょ、翔鶴姉は!? 翔鶴姉は無事なのっ!?」

「は? 瑞鶴、貴女は何言ってるの? ・・・翔鶴、これってどう言う事?」

 

 前髪を横一文字に揃えた艶黒のロングヘアを二つの白く細いリボンで飾る軽空母、紅白に金糸が煌びやかな衣装を身に着けた飛鷹が首元で紅い勾玉を揺らし、屋上に滑り込んできた瑞鶴の姿に首を傾げながら少し離れた場所で航空甲板を模した板を肩に付けようとしている白髪の美少女へと声を掛けた。

 

「あら? どうしたの瑞鶴? そんなに慌てて」

「翔鶴姉っ、その格好・・・まさか・・・」

 

 瑞鶴と顔立ちは多少似通っているが気の強い瑞鶴と対照的におっとりとした雰囲気を感じる穏やかな少女であり、さらに透き通るような白い髪と肌のせいで薄幸さが際立ち常日頃からちゃんとご飯は食べてるのかと心配され周囲から気を掛けられている。

 実際にはその細身を裏切る健啖家で日頃からしっかりと健康を維持している翔鶴型一番艦を原型に持つ艦娘は右肩に模造の飛行甲板を取り付けて紅白の弓道着の上にシの一文字が書かれた胸当ての調子を確かめ。

 そうして鎮守府で製造された訓練用装備を整えていた翔鶴は艶めく白髪に映える額に巻いた紅い鉢巻の下で少し目尻に下がった目を瞬かせ屋上に這いつくばって震えている瑞鶴へと向ける。

 

「まさか翔鶴姉っ、本当に飛ぶ気なの!? ここから!?」

「え、ええ、そうよ? ・・・ああ、もしかして今日の事を秘密にしてたのを怒ってるのかしら、瑞鶴?」

「なんや翔鶴、瑞鶴に言うてへんかったん?」

 

 屋上の柱に付けられた風向きを知らせる吹き流しの下で金属製のサンバイザーを頭に乗せたツインテールの軽空母、龍驤が頭の後ろで腕を組んだまま片眉を上げる。

 

「すみません、この子ったらただでさえ心配性なのに、私が飛行訓練するって言ったらきっと大騒ぎしてしまうと思ったんです・・・」

「現にそうなっているわね、中途半端な気遣いは邪魔になるだけよ」

「お騒がせして本当にすみません、皆さんにもご迷惑をおかけしてしまいました」

 

 その場にいる空母艦娘達へと頭を下げる姉の姿にまるで自分が悪い事をした様な申し訳なさを感じながらも瑞鶴は立ち上がり口元をへの字にしてすぐ近くで冷たい雰囲気を放つ黒髪をサイドポニーに結った正規空母を睨み上げた。

 

「加賀さんっ! なんで皆揃って翔鶴姉にこんな危険な事をさせようとしてるのよ!!」

「彼女は貴女と違って規定以上の座学と演習の単位を修めたわ、次の訓練課程に移る事に何の問題があるのかしら?」

 

 無感情な瞳を向けてくる加賀から未熟者と蔑むように見える視線を感じて反骨精神に唸った瑞鶴だが言われた事自体は正論であった為に肩をわなわなと震わせながらも何とか言葉を探す。

 

「こ、こんな所から飛んで怪我したらどうするのよ! 危ないじゃない! 他の空母の人だって同じ事して怪我したって聞いたわ!!」

 

 ズイッと指を突き付けるように加賀へと向けて叫んだ瑞鶴の言葉に栄えある一航戦(屋根に落ちる方)は出来の悪い生徒を相手する教師の様に頭痛が痛いとでも言う様に額に手を当てて目をつぶり深く深く溜め息を吐き出した。

 

「そりゃぁ、ちょっと前までは度胸試しみたいな感じでちょっち怪我ぐらいしたけどなぁ、今は司令部とか司令官達と一緒に考えた方法でやってるから危な無いで?」

 

 その加賀の態度にそんな簡単な事も分からないのか、と言外に言われた気がして瑞鶴はますます肩を怒らせ柳眉を逆立て苛立ち、その二人の様子に苦笑を浮かべた龍驤が口を開く。

 

 戦闘を目的に生み出された為か艦娘達は総じて痛みに対する耐性が強く、骨にヒビが入るような打撲ですらこの程度は大した事ではないと言い切る者達が大半を占め、一部には怪我の痛みを好むと言う意味不明な性質(性癖)を持つ艦娘までおり。

 そして、単純骨折ぐらいなら半日ほど治療装置に入れば治ってしまう事がそれに拍車を掛けて、彼女達にとってのちょっとの怪我のレベルがどこまでのモノなのかさっぱり分からないと言う疑問を多くの指揮官達が抱えている。

 

 とは言え、管理者側としては無意味に負傷したり基地内施設を壊されるなどもっての外であり、度重なる墜落による鎮守府の修繕費増大などの関係から厳重注意を受けた空母達は新人空母の通過儀礼的な教育と言う悪い慣習となりかけていた紐無しバンジーじみた飛行訓練を是正される事となった。

 

 だが、空母達曰く早いうちに自分の最大出力や上昇速度を把握しておかないと後で痛い目を見る事になると言う意見だけは頑として譲らず、その頑なさに司令部が折れる形で障害物が無い海への直線方向かつ飛行する本人にも十分な安全に配慮する事と言う条件の元に艦娘寮の屋上からの初フライトと言う常人にはちょっと理解し難い空母艦娘達の伝統(三年目)は守られる。

 

 しかし、取り決めが成されてからそれなりに時間が経った現在でも月に一、二回は一航戦の赤青、もしくはとある装甲空母が鎮守府の屋根や壁、地面に穴ぼこを作っている事を考えるとその取り決めがしっかりと守られているかどうかは少々怪しい。

 

「っちゅうワケで、安全には気を付けとるからよっぽど運が悪くない限りは大丈夫や、心配せんでええよ」

「それの何処が心配ないのよ! おかしいでしょっ! 飛ぶだけなら海の上で良いじゃない!!」

「ああ、それかぁ・・・慣れてへん内はそっちの方が危ないんやけどなぁ・・・

 

 姉の無鉄砲を止める為に詰め寄ろうとしているパジャマ娘の前に立ちふさがった襟に勾玉をあしらった水干風上着の朱袖を振る小柄な空母が一通りの訓練内容を説明しながら何かを誤魔化す様な苦笑いを浮かべる。

 

「ふぅ・・・みっともないわね、素人みたいなことを・・・ぁぁ、ごめんなさいね、貴女がまだ素人だった事を忘れてたわ」

 

 澄まし顔で見下すような視線を向けてくる加賀に対しての反抗心と我慢が限界に達して激高した瑞鶴は相手に詰め寄る。

 

「な、何ですってぇ!? 私が素人なんていくら何でもふざけんじゃっ!」

 

 だが、加賀の弓掛を着けた二指が素早く墨髪が揺れる額に突きつけられ、それと同時に原型であった船の経歴から栄光ある五航戦を自負する瑞鶴は金縛りにあったようにその場に硬直してしまった。

 

「艦娘としての年ならっ、んぁっ!? え、えっ? あれ・・・?」

「とりあえず大人しく見ていなさい、これはまだ未熟な貴女にとっても新しい知識を学ぶには良い機会だわ」

「今度は未熟ってぇ、んぎっ、な、何これ・・・か、体がっ、な、何で・・・?」

 

 まるで見えない糸で雁字搦めにされた様に体の自由を奪われた瑞鶴は加賀にポンッと軽く頭を撫でられたのを合図に、体の向きが自分の意志とは関係無しに姉が立つ方向へと向き直った事に驚愕して呻く。

 

「翔鶴、準備は出来た?」

「はい、大丈夫なはずです・・・変なところありませんよね?」

「ええ、大丈夫よ、気合入れていきなさい」

 

 気を付けの姿勢で動けなくなった瑞鶴の前で翔鶴が自分の身に着けている装備の緩みが無いかを飛鷹に確認してもらい、そして、屋上の縁に設置されたプールの飛び込み台に似た板の上に立ち海からの向かい風で銀糸の様な白髪をふわりと舞い踊らせる。

 背筋を真っ直ぐに伸ばし肩幅に足を開いた姿勢で背中の矢筒から一矢を抜き取って弓に番える翔鶴の表情は少し緊張しているようだが動作そのものは何度も練習を繰り返してきた事がうかがえる滑らかな動きだった。

 

「翔鶴姉・・・きれい・・・」

「そうやって大人しく見ていなさい、・・・大丈夫よ」

 

 朝日に髪を輝かせながら風の中で弓を引く凛とした美しさを纏う姉の立ち姿に見惚れて黙り込んだ瑞鶴の肩を加賀が軽く叩く。

 するとその弓掛を付けた指先で注意して見ないと分からない程に細い光糸がプツンと切れて瑞鶴の身体を解放した。

 

「さっき言うた通りに飛ばした矢に糸繋いだら障壁最大で目一杯に引っ張りや! 半端にしたら飛ぶどころか地面とキスする事になるで!」

「はいっ! 何から何までお世話になりました。 五航戦、翔鶴行きます!!」

 

 弓の弦を引いていた翔鶴の指が離されバシュッと風を切る音と共に勢い良く早朝の空へと光を纏った矢が飛び出し、その機動が直線から旋回して艦娘寮の屋上を一周する。

 そして、その霊力の光を散らして飛ぶ矢が目の前を通過したと同時に弓を矢筒と揃えて背中に背負った翔鶴は利き手を突き出して指先から霊力で編んだ糸を打ち出し10mほど離れた空中を飛ぶ矢に命中させ絡め取った。

 

「や、やった、翔鶴姉!」

 

 空母艦娘としての能力故にある程度は放った矢を操作できるとは言え、それを行いながら霊力で作り出した糸を飛ばして細長い的に命中させる事は容易ではない。

 少なくともその時点の瑞鶴はそう思っていたし、それを成功させた翔鶴自身も糸の先に繋がった矢が龍驤達の言っていた通りに跳躍の為の中継機として空中に固定された手応えに満足げな笑みを浮かべた。

 

「あっちゃ、やりおった」

「ふぅ・・・やっぱりそうなったわね」

 

 そして、背後から聞こえた龍驤と加賀のどこか呆れの混じった呟きが翔鶴と瑞鶴の耳に届き、姉艦娘が先輩から言われた通りの手順を行ったはずなのに自分が何か拙い事でもやったのかと疑問符を頭に浮かべた瞬間、自らの原型だった翔鶴型空母の船首船尾をイメージさせる重厚な黒鉄のブーツの踵がガリガリと床を削る。

 急に矢に霊力の糸を繋いでいる腕が凄まじい力で引っ張られ始めた事に驚いた翔鶴はとっさに腰を落として屋上に踏みとどまってしまう。

 

「うぁ、しかもそうするわけ?」

 

 続いて飛鷹の呻きが聞こえた翔鶴だったが自分の行動の何が問題なのかを聞く暇もなく、光糸から伝わって来る激しい振動で上半身を振り回されそうな感覚と共に自分の弓掛から伸びる糸に引っ張られ、耳に痛い音を立てて靴がジャンプ台に二本の線を掻いて刻む。

 

「まぁ、何事も経験やねぇ・・・光糸を矢の真ん中に当てるとなぁ、ああなってまうねん」

「鏃に当てるのは問題外にしても、慣れれば回転軸を後から操作できるようにもなるんだけど、・・・まぁ、初めてじゃ仕方ないわねぇ」

 

 呑気な調子で会話する軽空母の二人を背に翔鶴は驚愕に見開いた視線の先で光る矢が暴れゴマの様に乱回転する様子にやっと気付いた。

 まるで初めからそうなる事が分かっていた様なセリフを吐く龍驤にそうなったら自分はどうなってしまうんですか、と声を上げたいが必死に踏ん張っている今の翔鶴にはその余裕が無い。

 そして、恐慌状態一歩手前の翔鶴は自分を引っ張る力に耐えようと糸と繋がった手にもう一方の手を添えて腰を落として両足に力を入れる。

 

「しょ、翔鶴姉は大丈夫なの!?」

 

 だが、そこまでやっても無情にスクリューを模した部品が張り出しているブーツの踵は床を削りながら屋上の縁へと滑り引っ張られ、今にも屋上から引き落とされそうなその姿に瑞鶴が姉の気持ちを代弁して周りに助けを求めるように叫ぶ。

 

「ダメね」

 

 正体不明の現象に悪戦苦闘する姉の姿に焦り助けを求めて声を上げた瑞鶴へと常日頃から澄まし顔を張り付けている正規空母は無情な一言を端的に告げ。

 

「「ダメって、何が!?」」

 

 早朝の屋上で翔鶴型姉妹の叫びがハモり、白髪を振り乱して後ろを振り向いた為に体勢が崩れ姉艦娘の脚が滑り、シの字が書かれた漆塗りの胸当てが硬い音を立ててジャンプ台の床にぶつかる。

 

「えっ、ぁ、ひっ・・・きゃあぁああっ!?」

「翔鶴ねぇえっ!?」

 

 妹艦娘が目を見開いた先で床にうつ伏せた翔鶴の身体が勢い良く滑り出し、まるで発射台から飛び出すロケットを思わせる高速で艦娘寮の屋上から中空へと飛び出していく。

 

「ふぅ・・・瑞鶴、覚えておきなさい。機動ワイヤーは矢羽に繋がないと矢が無駄な回転を起こすのよ、あんな風に」

「オマケに途中で糸切るどころかわざわざ力んで中継と光糸に霊力溜めまくったからなぁ、あの子、相当回されるで」

「集中も出来て無いわ、中途半端に張った障壁のせいで重量が読めないわね。あの子、何処に飛んでくかしら?」

 

 光り輝き乱回転する矢を中心に白い残像を幾つも作りながら耐G訓練じみた球体加速器と化した翔鶴が遠く近く聞こえる悲鳴を上げて縦横無尽に振り回される。

 それを見ながらも何処か遠い目をしている三人の先輩空母の姿と現在進行形で発生している姉の危機の間で瑞鶴はただ忙しなく首を左右に振りながら指を咥えてオロオロとしている事しかできなかった。

 

ひあぁあぁっ  いゃーああぁっああぁぁーっ!!」

 

 そして、一流の体操選手も真っ青な空中大回転を散々に体験した翔鶴の指から霊力の糸が途切れた事で遠心力を溜め込んだその身体が大きく弧を描きながら瑞鶴達の頭上を飛び越え、ドップラー効果を残しながら海の方向ではなく鎮守府の港湾施設へと銀の流星と化して飛んでいく。

 

「瑞鶴ーぅぅっ!!」

 

「うぁあああっ!? 翔鶴姉ぇぇえええっ!!」

 

 早朝の屋上で翔鶴型航空母艦を原型に持つ姉妹の傍迷惑な悲鳴が鎮守府の空へと響き渡った。

 

・・・

 

 阿賀野型軽巡洋艦姉妹の朝は早い。

 

 まだ朝日が海から顔を出したばかりの時間に長女である阿賀野は寝床で伸びをして身体を軽く解し、艦娘酒保のお取り寄せカタログで注文し手に入れた淡いピンク色のネグリジェから阿賀野型に支給されている制服へと着替え。

 そして、洗面所で顔を洗ってから部屋共用の化粧台で艶が自慢の髪をブラシで梳き、肌を磨くようにリキッドタイプの化粧水を顔や手に塗り広げてから暫し阿賀野は静かな朝の雰囲気に取り留めなく思いを馳せる。

 

「翔鶴姉ぇええっ! 無事でいてーっ!!」

 

 突然に廊下から聞こえた激しい足音と絶叫に化粧台の前で物思いに耽り穏やかに目を閉じていた阿賀野は椅子の上でビクリと跳ねて後ろにひっくり返りそうになったが、すぐ近くで着替えを終えていた能代が素早くその背中を支えて姉を救う。

 

「阿賀野姉、大丈夫?」

「う、うん、能代ありがと・・・今の何だったんだろ、出撃時間を寝過ごしたのかな?」

 

 能代に礼をしてから鏡台の前を譲った阿賀野はさっきの自分と同じように身支度を始めた赤毛の妹の髪を梳かしながらその長い髪を三つ編みに結っていく。

 

「でも、こんな時間に出撃があるなんて話聞いてないわよ? 緊急かしら?」

「緊急だったら全体放送があるでしょ?」

 

 彼女達に身体には少し丈が短いように感じるセーラー服に袖を通して姉妹でお揃いの白手袋を口に咥えた矢矧が長めの横髪を揺らし、阿賀野と同じ艶のある黒髪を無造作に束ねて頭頂部でポニーテールに結ぶ。

 

「ああっ、もぉ、矢矧ったらちゃんと梳かしてからじゃないと絡まって髪が痛んじゃうでしょ」

「阿賀野姉はちょっと見た目に気を使い過ぎなのよ、それに私だってこれでもちゃんとトリートメントは欠かしてないわ」

「お風呂だけじゃダメだよ~、私達は女の子なんだから身嗜みには特に気を使わないといけないの! 矢矧だって可愛くないな~、って言われたくないでしょ?」

 

 自論が女の子の常識であると力説する長女の言葉に憮然とした顔をした三女だったが何か思うところがあったらしく。

 

「可愛いとか可愛くないとか・・・私は気にしないわよ、それにそんな事を言う人じゃないわ」

「んふふ、私ぃ~、誰にとは言ってないよ?」

「・・・そういうの止めて、私の事はいいでしょっ、もうっ」

 

 と、そんな事を言うが姉から顔を背けた後に矢矧はさりげなく自分用の事務机から化粧道具が入ったポーチを取り出してそそくさと小さな櫛で髪先を、コンパクトで目元を整え始める。

 その様子に満足げに頷いた阿賀野は次女の三つ編みを更に弄ってアップスタイルへと纏めようとしていたが、それに気付いた能代本人にその手を止められた。

 

「ちょっ、阿賀野姉、アタシの髪で遊ばないでってばっ!」

「遊んでないよぉ、・・・ねぇ、能代たまには新しい髪型も試してみない?」

「髪型弄りたいなら自分の髪ですればいいでしょ?」

「能代と違って私のは結んでもすぐに解けちゃうんだもん、阿賀野も三つ編みとかシニョンとかしてみたいなぁ~」

 

 艶が自慢ではあるが艶がありすぎる為か不思議と髪飾りやリボンなどが滑り落ちる自分の髪の毛先を指でいじりながら口を尖らせる阿賀野の姿に能代と矢矧が顔を見合わせて苦笑した。

 実は矢矧の髪も同じような性質を持っており、彼女と同じ様にポニーテールにするだけなら阿賀野にもできるが妹とファッションが被るのは姉の矜持が許さないらしい。

 

 そして、一通りの身支度を終えて後は総員起こしのラッパを待つだけとなった阿賀野は同じ部屋に住んでいる末っ子のベッドを覗き込み、可愛らしく緩んだ寝顔を浮かべてピュゥピュゥと妙な寝息を繰り返している阿賀野型四番艦の身体を揺する。

 

「酒匂ぁ、朝だよ~、起きる時間だよぉ~」

「ぴゃぁぅ・・・もうちょっとぉ・・・ぴぅ」

 

 そんな風に後五分などと子供っぽくぐずる酒匂の様子を阿賀野がクスクスと微笑ましく眺めていたら横から伸びてきた白手袋がだらしなく緩んだ末っ子の頬を抓んでグニニと引っ張った。

 

「酒匂、しゃんとしなさい! 起きる時間よ!!」

「ぴふぃゃあっ!? いひゃ、ふぇっぇ!」

 

 二人のやり取りを見つめながら頬に手を当て、阿賀野は今度から容赦の無い矢矧の目覚ましを自分も見習うべきだろうかと思案する。

 そして、四姉妹の長女は近くで持ち物の確認をしている次女へと振り返って末っ子の教育方針の変更案を姉妹艦テレパシーに乗せて打診してみた。

 

 その長女の視線の先にいる次女は姉妹共通の制服であるノースリーブで丈の短い臍がちらりと見える白地に紺のラインが入ったセーラー服、それに包まれた軽巡と侮れない豊かな胸の下で腕を組んでから少しだけ黙考した後に無言で首を横に振る。

 

「何? そんな顔して二人ともどうしたのよ?」

 

『別に何でも無いよ』

『ええ、何でもないわね』

 

 寝起きの酒匂が身支度を始めた様子を確認してから振り返った矢矧は直接に頭の中に聞こえてくるような音にならない二人の姉の返事に眉を顰め。

 

「瑞鶴ーぅぅっ!!」

 

「二人ともこの距離で通信使う意味ってあるの?」

 

「うぁあああっ!? 翔鶴姉ぇぇえええっ!!」

 

「ん・・・? また何か言った?」

 

 ドアに隔たれた廊下よりももっと遠くから微かに届いた悲痛な叫びに目を瞬かせて矢矧が首を傾げる。

 が、今度は心当たりが無かった阿賀野は首を横に振り、そのすぐ近くでは能代に錨マークの入ったネクタイを上に乗せた阿賀野型の制服を差し出されて受け取る酒匂が少し眠そうに目を擦っていた。

 

「よ~し、ご飯食べたらすぐに提督さんの所に所属申請を出しに行っちゃうんだからぁ」

 

 そんなこんなで朝の支度を終え、今日も良い日にするために一日お仕事をかんばろう、と阿賀野は期待とやる気に胸を膨らませ自室のドアを開ける。

 

「阿賀野姉、中村提督の事まだ諦めてなかったの・・・?」

「これで何回目だっけ? すぐに出戻るだけならまだしも司令部からの要請蹴ってまでやる事じゃないわよ」

「ぴぅ? 中村提督さん?」

 

 背後で聞こえる妹達の溜め息や呆れ声を敢えて無視して阿賀野は颯爽と朝の廊下を歩き始めた。




 
何がとは言わないけれど反省してます。

いや、まぁ、自業自得なんですけどね。

(2021/11/14)
 


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第四十一話

ここは平和な艦娘達の鎮守府!
今日は艦娘達の生活の一部をご覧頂こう!!

駆逐艦a「朝潮が呼んでいるわ! 出番って事ね! 第九駆逐隊、出るわよ!」
駆逐艦y「あら~ おはよ~、朝雲姉? 一緒に行くの~?」
駆逐艦a「ええっ、山雲ついて来て! みんな行くわよ!!」

朝っぱらから実に騒がしい!!


 

 総員起こしの放送が遠くから聞こえてくる艦娘酒保へと向かう道路を白い割烹着を身に着けた女性が臙脂色のリボンを頭の後ろで揺らしながら数人の少女達を引き連れて歩く。

 

「あ、明石さーん、おはようございます」

 

 その給糧艦間宮を原型に持つ艦娘である間宮が目的地である酒保の扉の前に知り合いが立っている事に気付き手を振った。

 

「おはようございます。間宮さん達、相変わらず早いですねぇ」

「明石さん程じゃないですよ・・・んん? あ、もしかしてまた酒保に泊ったんですか? 少し寝不足みたいですよ」

「あははぁ、分かっちゃいます? 昨日工廠から出たら寮の消灯時間過ぎてたんで」

 

 他人の疲労を目敏く見透かす給糧艦娘に少し目の下にクマが見えると指摘された工作艦娘である明石は頭を掻きながらばつの悪そうな苦笑いを浮かべた。

 

「もぅ、お仕事だからって不健康な生活を続けていい理由にはならないんですよ!」

 

 不養生な工作艦に向かって間宮は10キロはある食材が入ったクーラーボックスを片手に一つずつ持ったまま両手を腰に当てて身体を前に傾け注意の言葉を投げかけ。

 

いつ見ても大きいわぁ

ホント、スゴイですよね

 

 その間宮の胸が身体の動きにあわせて上下にゆさっゆさっとダイナミックに揺れ、明石や周りの輸送艦達は感嘆の呟きと共にその揺れ動く球体を目で追ってしまう。

 

「あら、皆どうしたの?」

「こほっ・・・いえ、伊良湖ちゃん達もおはよう、やっぱり酒保に来れる人数が減っちゃいましたね」

 

 少し童顔だが清楚な雰囲気を纏う和風美人の胸に過剰装備された質量兵器に圧倒されかけた工作艦は少し気恥ずかしそうに咳払いをして誤魔化すように話題を別の方向へと向ける。

 

「あっ、はい、でも戦闘が出来ない私達でも御国の為にできる事があるって分かったんだから良い事ですよ」

 

 艦娘酒保の一角に作られた飲食スペースは艦娘として生まれたが他の戦闘艦と比べて極端に戦闘能力が低い輸送艦娘や補給艦娘によって経営されている。

 物資運搬を任務としてきた船が原型とは言え艦娘であるのだから水上に立って移動する事は問題無い、だが戦闘形態へとなった場合の彼女達は一切の武装を装備せずにただの大きな女の子と化してしまう。

 一応は増設艤装によって小口径砲や小型機関銃を装備することが出来るのだが、それでも最も弱い深海棲艦にすら勝てないほど弱い為に戦力外と見なされていた。

 

 霊力を外部に供給する端子に取り付けた何の変哲もない輸送用コンテナが内容物と共に増設装備として待機形態で縮小されると言う謎現象が発見されるまでは、であるが。

 

「輸送艦娘は端子の少ない子ですら30個以上はありますからねぇ」

 

 そんな時、日本海で深海棲艦の大艦隊との戦闘と限定海域の出現と崩壊、それらの余波によって発生した津波や暴風によって日本海沿岸部に多大な被害がまき散らされる。

 

 深海棲艦出現時の太平洋側でのノウハウによって政府主導の避難指示は的確に行われ、結果として軽傷者はあれど死者は奇跡的にいなかった。

 とは言え人的被害が最小限であったものの漁港や港町の損害は知らせを聞いた全員が目を覆うほど膨大であり。

 猫の手も借りたいほど忙しい復興事業にマンパワーと物資輸送はどこもかしこも喉から手が出るほど欲しいと言う状態となった。

 

 そうした経緯からそれまでは酒保カフェや艦娘寮の食堂で料理人やウェイトレスなど雑務に従事していた輸送艦少女達の能力が注目される。

 

 搭載する貨物を含め最大で24tにもなる20フィートコンテナを2.4キロまで軽量化したミニチュアに変え、それを人間サイズの体に三十個以上を装備できる能力は既存の交通機関やヘリなどの空輸を利用する事で驚異的な輸送効率を実現させ。

 さらに被災地では巨大化して倒壊した建物の撤去や道路の簡易舗装までやってのける輸送艦娘達は今までの悪く言えばみそっかす扱いから舞台の主役とも言える存在へと変わった。

 

 そんなわけで五十人を超える輸送艦達が被災地への物資運搬と復興支援の為に鎮守府から旅立ち、その活躍する姿がメディアに報道されたり、被災地の住人から多くの感謝と高い評価を受けている。

 

 ただ、物資集積所でしゃがみ込んで身体から輸送してきたコンテナを外している巨大化した輸送艦娘を指してごく一部では物資の占有を自衛隊が行っていると指摘してそれを軍靴の足音であると揶揄するネガティブな意見を発する集団もあった。

 だが夜を徹して体と細長いケーブルでつながったコンテナのミニチュアを一輪車などに乗せて運んだり、廃材を撤去する為にせっせと働く彼女達の姿は被災地のだけでなく日本の大多数からはとても好意的に受け入れられている。

 

「今が頑張り時ですからね、被災地に向かえない私もあの子達に負けないようにしないといけません」

 

 他の艦娘を圧倒する合計六十ヶ八所の増設端子をその身体に備える間宮や半数ほどの輸送艦達は艦娘酒保のカフェの維持や責任関係で災害復興任務を受けることが出来ず鎮守府に残る事になった。

 と言うのは表向きな理由であり、災害復興支援の第一案として司令部が出そうとした計画で鎮守府に所属する全ての輸送艦娘が護衛も付けずに鎮守府から出ると言う任務内容に戦闘艦娘達が猛反発したのが直接的な原因である。

 

 何故そんな事が起こったかと言うと司令部側からは長らく無用の長物や置物扱いされていた非戦闘艦達であるが。

 その彼女達に対して戦闘艦娘達は非常に友好的と言うべきか、むしろ過保護な程に自分達が輸送艦達を守らなければならないと言う使命感を持って接している節がある。

 そんな守るべき相手が自分達の護衛無しに遠征任務に就くなど言語道断であると言い切った文字通り全ての戦闘艦娘達の猛反発によって輸送艦全員を動員しようとしていた海上自衛隊は出動人数を半分まで減らされただけでなく、護衛の戦闘艦娘までを含めた部隊編成を要求される事になった。

 

 ただでさえ舞鶴に出向する艦娘とその指揮官の人数が諸事情で割り増しを余儀なくされた事が響き、自衛隊上層部は現在進行形で深海棲艦に対する防衛計画の大幅な見直しに頭を悩ませている。

 

「さてと、私は工廠に行ってきます、今日もがんばって皆の為に働かないとっ!」

「待ってください、明石さん、朝ごはんはまだじゃないんですか?」

「さっき酒保で軽く食べましたから大丈夫です」

 

 その明石の言葉にムッと眉を顰めた間宮がクーラーボックスを地面において酒保から歩いて十分ほどかかる鎮守府研究室に併設された工廠へと逃げるように向かおうとしている工作艦の前に立ちはだかる。

 

「ダメですよ! 寝不足なだけでなくそんな状態でお仕事なんて、少し待っててください。酒保で軽いモノを何か作りますから!」

「いやぁ、それはちょっと悪いですよ、カフェの準備の邪魔にもなりますし・・・きゃっ!?」

「明石さん、遠慮しないでください。 本日一人目のお客様って事ですっ♪」

 

 遠慮気味に後退った明石の背後にいつの間にか回り込んでいた補給艦の少女が抱き付くように羽交い絞めにして退路を塞ぎ、これ以上の抵抗は無意味だと悟った工作艦は同じ艦娘酒保の住人に自分の無精で手間をかけてしまった事を素直に反省する事にした。

 

「きゃぁぁああぁぁああぁぁああ!!

 

 その穏やかで平和な時間を引き裂くように甲高い悲鳴が頭の上から聞こえ、酒保の扉を開けようとしていた間宮や明石達は揃って声が聞こえてくる方向へと顔を向け。

 その視線の先に見えた白い髪の美少女が手足をじたばたと振り回し、大声を上げ涙まみれの整った顔を真っ青にしてひきつらせ美貌を台無しにしながら猛スピードで艦娘酒保へと飛んでくる。

 その空から艦娘が降ってくる様子にその場にいた非戦闘艦娘達は驚きに目を剥いた。

 

「あ、明石さん! 空から女の人が!?」

「ちょ、ちょっ!? このままだと私の酒保にぶつかっちゃう!!」

「酒保は明石さんのじゃないですよ!? みんなの酒保です!!」

「それよりなんで!? 空母の人は飛行ルートが変わったはずなのに!!」

 

 障壁の光を纏い人間砲弾と化した空母が一直線に自分達の職場へと降って来ると言う悪夢に全員が悲鳴を上げ、食材の入った箱を持って右往左往する事しかできない彼女達はまさしく迷える羊と化す。

 

 これが他の戦闘艦娘であったなら施設を守るために対空迎撃を即座に決意して実行するのだろうが明石にしても間宮にしても自分が他者に向かって光弾を放つと言う考えが無いと言うべきか、そもそも、艦娘になってから戦場に立った事が無い為に自分達が光弾を放てると言う事実が頭の中からすっぽ抜けていた。

 

「いぃあぁああっ! 瑞ぃい鶴ぅううっ!?」

 

 まるで空中でクロールするように手足をジタバタする空母艦娘がここにはいない妹に助けを求める絶叫を上げ、あわや白髪を風に靡かせる彼女が艦娘酒保の壁へと突き刺さる直前。

 翔鶴の更に上空から赤い風のような影が宙を切って白髪の乙女へと肉薄して捕え、袖と赤袴からスラリと伸びた手足を振りバレリーナの舞を思わせる巧みな重心移動によってその身体を回転させて目前に迫っていたレンガ壁を回避する。

 

 回避の直後にピシリッと光の糸が酒保の屋根のひさしへと張り付き、その糸に繋がった赤い影と白い空母艦娘が振り子となった身体にかかる加速と回転を殺しながら舞う様に地面へと着いた両脚が落下エネルギーの行き先を横方向へと変え。

 ガリガリと耳に痛い金属音を立てながら翔鶴を横抱きにした栄えある一航戦(壁に刺さる方)である赤城が船底を模した履物でコンクリートの地面へと二本の白線を刻みながら見事に着陸して見せた。

 

「はっひっあ・・・、赤城さん? あ、ありがとうございます、わ、私・・・」

「翔鶴さん、貴女が行った中継機の回転軸の見極め、跳躍の姿勢、飛行時の姿勢制御・・・どれも拙いと言う他ありませんでした」

「っ! は、はい・・・申し訳ありませんでした・・・」

 

 赤城に抱き抱えられながら身を縮ませていた翔鶴は能面を思わせる無表情を浮かべる先輩空母から指摘された問題点に表情を曇らせて消え入りそうな声で謝罪した。

 そして、赤城の手を借りながら頼りなく震えてはいるが自分の足で地面に降り立った翔鶴は意気消沈とし、その肩と首を項垂れる。

 

「ですが、上昇加速と飛距離はなかなかのモノです。それに初飛行でも障壁を途切れさせなかったのですから空母艦娘に必須の資質はあると見ました」

「ぁ、・・・はいっ!」

 

 不意に赤城は手厳しい教官然としていた真面目な顔を緩めて適度に力を抜いた自然体となり翔鶴へと少し悪戯っぽい笑みを向けた。

 

「これまで以上に心技体を弛まず磨き精進しなさい、空母翔鶴」

「はいっ! 赤城さん、ご指導ありがとうございます!!」

 

 打って変わって優し気に自分を褒め励ます赤城に背筋を伸ばして敬礼した翔鶴は薄っすらと頬を上気させる。

 

 そのスポ根臭漂う展開を見せられている酒保前の明石達はクーラーボックスを手に顔を見合わせ、とりあえず自分達の危機が未然に防がれた事に安心のため息を大きく吐いた。

 

「はぁ、良かったぁ。また酒保の壁を修理する羽目になるかと・・・」

「今の鎮守府で手の空いている輸送艦は私達だけしかいませんからね、カフェだけでなく食堂の当番も休まないといけない所でした」

 

 空母の飛行訓練内容が是正されるまで頻繁に施設を破壊する彼女達のフォローの為に壊れた壁や地面を外の工務店の人達から学んで修繕していた明石や間宮を含む非戦闘艦娘の技能は非常に高度な練度となっており。

 元は鎮守府の役に立てない自分達も何かできる事が無いかと考えとある指揮官の思い付きと法螺話からヒントを得た現在、任務で被災地に出ている輸送艦娘達は陸自隊員だけでなく現地の大工業者すら驚くほどの作業効率で復興の手助けを行っている。

 

 とは言え別に輸送艦娘達は汗水たらして丸太を切ったり、石材やレンガだのを延々と運んだり、コンクリートを練るなどの土木作業が大好きと言うわけではない。

 あくまでも頻繁に壁や道路に穴を開ける連中の尻ぬぐいの為にそれが出来るようになってしまっただけなのだ。

 

 ちなみに輸送艦達の今回の任務の楽しみはコンテナの輸送中に乗る電車やヘリから見える現代日本の風景であり、現地での炊き出し当番が彼女たちの仕事の中で一番の人気となっている。

 

「それでは行きましょうか、一緒に先ほどの飛行の問題点をしっかりと分析しましょう」

「はいっ! 赤城先輩!!」

 

 余談であるがこの日から翔鶴は赤城の後を付き人のように付いて回るようになり、頻繁に一航戦の先輩達の様に立派な空母になるのだと息巻くようになった。

 そして、翔鶴型航空母艦の一番艦たる翔鶴は栄えある一航戦たち(破壊魔ども)の薫風を受けて飛行訓練を繰り返し、鎮守府の施設を頻繁に破壊する艦娘を記したブラックリストに彼女の名前は記される事になる。

 

「間宮さん達も朝からお騒がせしました、近く暇が出来ましたらお詫びにカフェに寄らせてもらいます」

「あ、いえ、お構いなく」

 

 艦娘として目覚め鳳翔の指導の下で飛行訓練を開始してから通算151回の墜落の内、大小被害の差はあれど半分以上を酒保の壁や入り口の道路に与えている空母が丁寧に頭を下げてくるが間宮はひきつった笑顔で当たり障り無い返事を返すことしかできない。

 

 まだ間宮達が酒保でカフェを始めて間もないある日、レンガ壁を突き破って酒保内に転がり込んだ赤城が笑顔を頭から滴る血で真っ赤に染めて折れた腕をプラプラさせながら新商品のいちご大福を注文してきた時の事がトラウマになっている給糧艦娘は言葉に出さないものの一航戦の赤い方が苦手である。

 

「あの、赤城さん・・・酒保に入る時にはちゃんと入り口から入ってきてください・・・ね?」

「はい? そのつもりですけど?」

 

 この人は何でそんな当たり前の事を言ってくるんだ?

 

 とでも言うようなきょとんとした表情を赤城から向けられた間宮は非常識な入店方法を繰り返す彼女達(一部の空母)に対して心の底から遺憾の意を表したかった。

 

・・・

 

 同じ朝の当番に選ばれた仲間との死闘とも言える三回じゃんけんに勝利して総員起こしのラッパを吹く権利を勝ち取り、早朝の仕事をしっかりと果たした朝潮は満足げな笑みを浮かべて胸を張りながら艦娘寮の放送室から出て廊下を歩く。

 そして、それぞれに支給された制服で身嗜みを整え寮の廊下へと出て来ている仲間達と挨拶を交わしながら姉妹たちと待ち合わせしている一階の食堂へと向かう。

 そんな艦娘達のいつもよりも寝起きが良い様子に自分の仕事の成果を感じた朝潮は少し以上に自分の事が誇らしくなった。

 

「阿賀野さん、皆さん! おはようございます!」

「朝潮ちゃん、おはよっ、今日も元気良いね♪」

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 背筋を伸ばして急がず慌てず歩く駆逐艦少女は部屋から出て来て四人そろって歩く阿賀野達へと元気良く挨拶と共に敬礼を行い。

 ふと自分と同じように食堂へと向かっているらしい四姉妹の背中を見た朝潮の脳裏に小さな豆電球が灯る。

 

(・・・これは複縦陣! 朝潮、艦隊に続きます!)

 

 二人ずつ並んで歩く軽巡姉妹の後ろへと息巻きながら移動した朝潮に気付いた酒匂が振り返り小さく首を傾げるが、後ろから付いて来るフンスッと満足げな顔をしている駆逐艦の微笑ましい様子にまぁ良いかと小さく呟くだけにした。

 廊下には他にも部屋から出てきた艦娘達が同じように一階の食堂へと思い思いの歩調で向かっているが、全員が軍艦を原型に持つ為かそれぞれの歩く姿には余裕を感じつつもどこかキビキビとした整然さがある。

 

「でな、海上やとどうしても見上げながら糸を投げる事になるねん、だから確実に矢羽を狙えるようになるまでは高低差がある場所で練習した方がええんや」

「それはまぁ、分かったけど、翔鶴姉は本当に無事なの? どこか怪我したりは・・・」

「赤城さんが補助に付いていたのだから貴女のそれは無駄な心配よ」

「ちゃんと翔鶴からも通信で連絡あったんでしょ? なら大丈夫よ」

 

 屋上に向かう階段から降りてきた四人の空母と先頭の阿賀野が挨拶を交わして食堂に向かう一行に合流する様子に向かって朝潮も元気よく朝の挨拶と敬礼をする。

 

(くっ、空母機動艦隊の方々が艦列に加わるなんて駆逐艦は私一人、このままでは艦隊護衛に不備が出るかもしれませんっ!?)

 

 しかし、朝っぱらから真面目な顔を浮かべる朝潮の裏側ではその場にそぐわない緊迫が走り、周りを見れば他の駆逐艦は別の軽巡や重巡の後ろに続いて単縦陣で行動している為か行動が早く。

 

 気付けば自分達の艦隊が食堂へ向かう道の最後尾にいた事に朝潮型のネームシップは愕然とする。

 

 深刻そうに朝潮が心中でそんな事を宣っているがここは千葉県某所に存在する海上自衛隊の軍事拠点であり、国防と言う観点から見れば最重要施設なわけで、そう複雑に考えなくとも寮の一階にある食堂への道中で彼女達を脅かす敵と遭遇する事はあり得ない。

 

『大丈夫よ、朝潮っ! 私達が居るわっ!』

 

 救援は望めないのであれば我が身を賭してでも任務をやり遂げると無駄に覚悟を決めていた朝潮の心を強い意気を感じる妹の声が揺らす。

 そして、声が聞こえた方向へと顔を向ければ花の咲いた様な笑みを浮かべて阿賀野達へと敬礼をしている朝雲とその横で小さく欠伸をしながら同じ様に敬礼をしている山雲、さらに同じ朝潮型駆逐艦娘である夏雲や峯雲の姿までその後ろに続いて現れた。

 

『朝雲っ! それに山雲達も、心強い増援に感謝します!』

『ええ、私達、第九駆逐隊に任せておいて!』

 

 そして、連合艦隊編成の最後尾で復縦陣を組んだ駆逐艦達が空母や軽巡の後に並んでトテトテタッタと小気味良い足音と共に行進する。

 ある意味では艦娘寮の朝に良く見られる不思議現象、軽巡などの自分よりも大きな艦種に続いて隊列を組む駆逐艦の群れの中で朝潮は負ける気がしないとばかりに鼻息を強めた。

 

(この艦隊ならばどんな敵にも遅れは取りません!!)

 

 言うまでも無い事だが艦娘寮が存在する鎮守府は日本における艦娘達の最大拠点であり、常に週替わりで近海を警備する担当の艦娘達が防衛網を敷いている。

 しつこい様だが鎮守府内には間違っても彼女達の敵である深海棲艦の影など一切存在しない。

 

「ね、ねぇ・・・阿賀野、何であの子達、私達の後ろに付いて来てるの? 隊列まで組んでるし・・・」

「ん~・・・、あの子達のあれは深く考えても仕方ないから気にしない方が良いよ~、それに可愛いから良いじゃない♪」

「そ、そう言うものなの・・・?」

 

 まだ鎮守府に戻ってから新しい環境に慣れていない瑞鶴は朝っぱらから戦意を漲らせて自分達の後ろを付いて来る駆逐艦達の姿に戸惑うがこの生活に慣れ切った軽巡は動じることなく朗らかに笑う。

 

「ぴゃっぴゃ、一、二ッ♪ 目標、食堂を見つけたよっ、今日の献立は何かなぁ~、偵察開始ぃ♪ なんちゃって♪」

「今日の献立ですね? はい! 今すぐにこの朝潮が情報をお持ちします!」

 

 船としても艦娘としても艦隊行動の経験が無い酒匂が自分の後ろに続いて行進する駆逐艦達の姿に少しばかりはしゃいだ声を上げ、それに反応した朝潮が即座に敬礼してから見苦しくない程度にスタタッと駆け足で食堂へと向かい、人集りが出来ている献立表が書かれている黒板へと向かう。

 

「え、えぇっ?」

 

 あまりにも素早い朝潮の行動に目を丸くした酒匂や瑞鶴、苦笑を浮かべる他の面々、流石は我らがネームシップと誇らしげな笑みを浮かべる朝潮型駆逐艦が食堂の入り口に残される。

 

「酒匂ぁ、駆逐艦の子達の中にはね、私達の冗談にも真面目に反応しちゃう子がいるから気を付けないとダメだよ?」

「ぴゅぅ・・・、うん、気を付ける・・・」

 

 阿賀野型長女の少し遅い忠告に末っ子はただただ恐縮するしかなかった。

 




あぁ~、もぉ、こうして何も考えずにだらだら中身の無い話ばっかり書いていたいなぁ。

ただでさえ二章でストーリー変更してフラグ管理ミスってさ。
居るはずの艦娘が居なくて、いないはずの娘が普通に鎮守府に戻ったりしたから登場を確保する為に三話だけの予定だった幕間の量がかなり増えた。
辻褄合わせが滅茶苦茶メンドクサイ・・・。
 
でも三章まで続き書かないと海外艦勢の出現フラグが立たないからなぁ。

小説ってのは行き当たりばったりで書いたらいかんね。ホント。
 


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第四十二話

 
おひるの時間です。


給油艦h「今日の御献立は親子丼定食と鯖味噌定食ですよ~」
駆逐艦y「ごはんっ♪ ごはん~♪」

空母a「この献立、非常に迷いますね・・・」
空母k「ええ、どちらも捨てがたいです・・・」

駆逐艦y「ぽぃ~・・・」
軽空母r「そこの赤青コンビ! さっさと選びいや! 後ろ待っとる子おるやろ!」



「さて、今日お前達に集まって貰ったのは他でもない。我々、戦艦娘の運用をどう改善していくかを議論する為だ」

 

 昼食のピークとなり賑わう大食堂のテーブルの前で腕を組み、長門型戦艦の一番艦が厳しい表情でそんな話題を切り出す。

 

「集まった・・・? 何言ってるのよ、たまたま同じ時間に食事をとってるだけじゃない」

 

 その長門のすぐ横で空っぽになった丼の乗ったお盆へと箸をそろえて置き口元をナプキンで拭いている長門型戦艦二番艦である陸奥の指摘に小さく口を尖らせて無視した同型の姉は同じテーブルに掛けている戦艦に分類される艦娘達を見回した。

 

「それに改善って別にあたし達、前ほど出撃は制限されてないじゃない」

「ええ、日本海側はともかく、少なくとも太平洋側でなら他の艦種と編成条件はほとんど変わらないはずだわ、それとも長門は殲滅戦形態が必要になる様な戦場を求めているの?」

 

 短いポニーテールを揺らして親子丼を頬張っている伊勢型戦艦一番艦を原型に持つ伊勢の言葉に食後のお茶を嗜んでいる一見して巫女服にしか見えない制服を纏った戦艦が頷き同意する。

 

「そう言う事ではない、我々の運用にとって必要不可欠な要素が司令部の提示する編成方針には欠けていると言いたいのだ」

「必要不可欠な要素?」

「ふっ、なるほどな、流石は長門型、慧眼を持っていると言う事か」

 

 編成の運用だの方針だのと小難しい事を言い出した長門にその場にいた戦艦達は首を傾げ、長門以外では一人だけ伊勢の妹である日向だけが首をひねる事無く訳知り顔で腕を組み頷いていた。

 

「おお、日向、分かるか!」

 

 あまりにも賛同が無い事に自分の考えが独りよがりであったかもしないと少し不安になりそうになった長門は表情を明るくして妙な自信を醸し出している日向へと身を乗り出す。

 

「我々、戦艦に必要な要素、則ち・・・瑞雲だな?」

「・・・お前は何を言っているんだ?」

「索敵、先制爆撃、着弾観測を可能とする水上戦闘機こそ遠距離を主戦場とする我々に必要不可欠な要素だ」

 

 鯖みそ定食を食べている伊勢型の次女が食堂と言う場所には相応しくない鉄の塊を付けた左腕で天井を指し妙な事を言い出し、その様子に喜びに肩透かしを食らわされた長門がげんなりとした顔を浮かべる。

 

「そして、この新型カタパルトによって運用できる瑞雲こそが我々戦艦娘の未来を確約すると言っても過言ではない。・・・長門はそう言いたいのではないのか?」

「・・・って、日向、それ模型じゃなくて本物じゃないっ! あんた、運用試験中の装備をなんで勝手に持ち出してるのよ!?」

「むっ、何を言っている伊勢、私はこれを常日頃から身に着け身体に馴染ませることで航空戦艦としての練度を上げなければならないんだ」

 

 その二人のせいで妙な方向へと転がり始めた会話の内容に頭痛がしてきたような感覚に長門は額に手を当てて口論を始めた伊勢型姉妹から他の戦艦へと視線を向ける。

 

「ふぅ・・・長門、貴女が言いたいのは現在の編成時に大型艦と小型艦を別部隊で運用する方針を司令部が広めている問題を指しているのでしょう?」

「お、おおっ! その通りだ、速力が決定的に遅い我々とその欠点を補う駆逐艦を別艦隊として運用する事はあまりにも非効率である事は明白! 直ちに司令部へと反対を提言せねばならないのだ!」

 

 ティーカップを上品にソーサーへと戻して巫女服の戦艦娘が呆れを滲ませた調子で長門が言わんとしていた内容をぴたりと言い当て、自分以外にもそれに思い至っていた仲間がいる事に彼女は安堵と喜びに顔を輝かせる。

 

「お姉様、おかわりはいかがですか?」

「ええ、比叡ありがとう、お願いするわ」

 

 しかし、長門の興奮をまるで無視して妹が持つポットから注がれる温かい紅茶の香に微笑む金剛型の長女、その優雅な淑女を思わせる姿にその場にいた半数以上が妙にむず痒いモノを感じているような顔をする。

 

「霧島、・・・金剛御姉様はどうされたのでしょう、もしかしてお加減が悪いのでしょうか?」

「私の分析によると、朝の挨拶に向かった執務室に田中提督がおられなかった事が原因かと・・・」

 

 金剛の妹艦娘である榛名と霧島がこそこそと耳打ちをし合い、あらあらと首を傾げながら陸奥が癖毛の明るい茶髪を揺らす。

 

「ふむ? 金剛、無理は良くないな」

「はい? 無理とは何のことかしら?」

「いや、うん、何か悩みがあるなら相談に乗るわよ?」

 

 装備を返しに行け、絶対に嫌だ、と押し問答をしていた伊勢と日向までもが妙な雰囲気を察して静まり、図らずもその静まりの中心になっている金剛へと声を掛ける。

 

「お前達、金剛がどうかしたのか? いや、それよりも今は艦隊編成についてだな」

「・・・長門、今の金剛が変だと思わないの?」

「は? 変とは何のことだ、いつも通りの金剛ではないか」

 

 陸奥の問いかけに長門は問いの意味が分からないと言う言葉と表情を返し、妹戦艦は人差し指を自分の口元に添えて少し考えを巡らせながら周囲の視線に対して我関せずと言う態度で紅茶を嗜んでいる金剛とそのすぐ横で満面の笑みを浮かべて付き従っている比叡を見つめる。

 

「いつものって長門・・・金剛って何て言うか、もっと愉快な感じでしょ?」

「・・・愉快? 金剛が? ・・・ああ! なんだあれの事か」

 

 妹からの言葉に首を傾げ、大人しく食後の紅茶を嗜んでいる金剛に注目している周囲を見回した長門はたっぷり数秒の思考の後に拳で手の平を打つ。

 

「お二人共、愉快とかあれとか、その言い方はお姉様に対して失礼ではありませんかっ!」

「比叡、止しなさい、はしたないわよ」

「ですがっ、金剛お姉様、む、むぅ・・・」

 

 微妙に含むものがある言い回しで陸奥に愉快な感じと評された金剛本人は片眉を小さくぴくりと動かすだけに止め、敬愛する姉が暗に貶されていると感じた比叡が顔を顰めて長門型姉妹に噛み付くような勢いで口を開くが直後に姉に手で制されてすぐさま口を噤んだ。

 

「ふむ、あれは単に金剛が素面では惚れた男の前で喋れなくなってしまうから照れ隠しで道化になり切っているだけだ」

「んぐっ、ごほっ!? ちょっと、長門! なんて事を言うの!?」

「いや、あれをそれ以外にどう言えと言うんだ?」

「言い方もそうですが、アナタは他人のprivacy(プライバシー)にはもっと気を配るべきデース!!」

 

 本当にどうでも良い話題で時間を盗られたと言う顔で溜息を吐いた長門に対して先ほどの落ち着いた態度が一変した金剛がテーブルを叩いて立ち上がり、隣に座っていた比叡がそれの動きに合わせてすぐさま姉の座っていた椅子を邪魔にならないように引く。

 

「だから、こんなどうでも良いことよりもまずは艦隊編成に関する議論をだな・・・」

「どうでも良くないヨ! よりにもよってワタシをピエロ扱いするなんてすっごく失礼ネ!」

「・・・そうか、すまん・・・だが、ん?」

 

 紅茶の湯気が揺れるティーカップが置かれた席を立ち眉を吊り上げた金剛が長門に詰め寄り、その剣幕に圧倒されかけた自称ビッグセブンは妙な違和感に小さく首を傾げた。

 

「そもそも、駆逐艦の子なら今いる指揮官全員の指揮下にいるヨ! よっぽどCommander(指揮官)Stupid(マヌケ)じゃないならそんなProblem(問題)なんて悩む必要はnothig(要らない)デース!!」

「お、おい金剛? ・・・あぁ、なるほど」

 

 先ほどまでの落ち着きが幻だったのか気炎を上げて鋭く人差し指を突き刺すように胸に突きつけてくる金剛に圧倒されて椅子の上に尻餅をついて仰け反った長門は妙に発音の良い英単語を混ぜエセ外国人じみた滑稽にも感じるイントネーションへと言葉遣いが変わった金剛型の長女の姿に何かを察する。

 そして、金剛の正しく豹変と言ってもいい変化にその場にいる戦艦たちは目を瞬かせ、長門の次に何かに思い至った比叡がムッと眉を顰めて椅子から立ち上がり周囲を見回した。

 

「君達、賑やかなところ悪いんだけど、少し割り込ませてもらって構わないかな?」

「What!? ァ・・・Wow! テイトクゥ♪」

 

 テーブル越しに長門へ人差し指を突き付けていた金剛が背後から掛けられた男性の声にピクリと小さく肩を震わせて腕を引っ込め、あっと言う間に居住まいと呼吸を整えて声が聞こえた背後へと振り向く。

 

「もしかしてワタシに会いに来てくれたノー? とっても嬉しいネ!」

「あ、いや、そう言うわけじゃないんだが、金剛は食事中じゃないのかな?」

「oh、もう食べ終わっちゃったヨ、もしかしてテイトクは今からlunch(ランチ)ですカー?」

 

 さっきまで激した剣幕が消え入れ替わるように満面の笑みを浮かべた金剛は振り返った先にいた白い士官服の青年へと素早く近寄り、彼の腕へと両手で抱き付き頬を朱に染めた積極的な態度で身体を摺り寄せる。

 

「そ、そう言うわけじゃないんだ、・・・とりあえず、腕を放してくれると助かるんだけど」

「ぇ~、減るものじゃないデショ~? 何がダメなノ~? ネー♪」

「頼むよ・・・その、あれがだな・・・当たっててだな・・・」

 

 誰もが一目見れば分かるほど金剛の熱を上げて媚びを売る態度に少し表情を引き攣らせた海自の特務士官、田中良介はどこは言わないが女性特有の魅力を押し付けてくる戦艦娘へぎこちなく上擦った声でやんわりと腕を解いて欲しいと頼む。

 

「あぁ、えっとだ・・・それに用があるのはそっちの伊勢と日向になんだよ、艦隊運営に関することなんだ」

「エ~、ワタシとお話するよりも大事な用なノ?」

「本当に頼むよ、金剛、離してくれ」

「ウゥ~、仕方ないネ・・・」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべ顔の前で手の平を立てて頭を下げる田中の姿に少し不満そうにしながら金剛はしぶしぶ抱きしめていた腕を解き、自分の席へと座り直し彼が用があると言っていた戦艦姉妹へと不満そうな顔を向ける。

 

「ああ、君か、私達に何か用なのか?」

「もうっ! 日向、もうちょっと丁寧に喋りなさいよ・・・ゴメンね? 提督」

 

 いつも何を考えているか分からない無表情をしている日向が薄く微笑み鷹揚な態度で迎え、その無礼にも見える態度を軽く注意しながら妹とは対照的に伊勢は愛想の良い笑みを浮かべる。

 

「構わないよ、それで用と言うのは、だ・・・君等が勝手に持ち出した装備を返却して貰いたいんだよ」

 

 田中がそう言った瞬間、伊勢は笑顔を強張らせて明後日の方向へと視線を反らし、日向は椅子に座ったまま器用に身体の向きをスススッと動かし始める。

 が、彼女が向いた方向には三つ編みにした烏羽髪を揺らす駆逐艦娘が笑顔で立ち塞がっていた。

 

「提督のこと、困らせないでくれるかな?」

「ふっ・・・まぁ、こうなるか」

 

 にっこりと中性的な笑みを浮かべ黒髪の上で金細工の髪飾りをシャラリと揺らす時雨の姿に日向はふっと力を抜いた笑みを返して身体の向きを田中の方へと戻していく。

 

「What!? 日向だけじゃなくて伊勢も装備を持ち出してましたカ?」

「そう言えばそうだ、さっきは私ばかりを責めていたのにどう言う事なんだ、伊勢」

「いや~、これは何て言うか・・・」

 

 汗を顔に浮かべ気まずそう頬を掻く伊勢型戦艦一番艦を良く見れば椅子に座っているその腰にはシンプルなデザインの軍刀に見える長物があった。

 その鞘から伸びる増設装備の特徴とも言える細いケーブルが伊勢の服の中へと入り込んでいる。

 

「で、出来心だったのよ! だってあたしは戦艦なのよっ!? それなのに丸腰なんて箔が付かないじゃない~!!」

「うむ・・・、確かにそれも一理あるか」

 

 いや、何を言ってるんだこの姉妹は、とそのテーブルにいる戦艦娘達だけでなく周りで昼食を摂っていた他艦娘までもが目を丸くして伊勢型戦艦の二人へと視線を向けて心を一つにする。

 

「いや、君らね・・・圧縮状態の装備は完全に機能停止してるんだからただの重りにしかならないし、そもそもそれは私物じゃなくて鎮守府の備品なんだ」

「え~、倉庫に山ほどあるんだから一本ぐらいいいじゃない~」

「俺には規則を破ってまで抜けない剣や鉄の重りを身に付けるメリットの方が分からないよ」

 

 ある艦娘が自分の身体に備えた増設端子の全てに軽巡に標準装備されている刀剣型の近接武装を解析して作った武器を装備すると言う血迷った試みを思いつき。

 それに何故か共感した鎮守府の研究員達によって刃渡り10m前後、総数26本分の巨大な刀のみを開発する為に資材と資金が浪費されると言う事件が起きる。

 

 件の艦娘はそれらを全て装備する事は出来たが、装備した武装の重量で航行はおろか歩くのも一苦労な上に装備した刀に基本の艤装が干渉して主砲や雷装が使用不能となる不具合が発覚。

 そして、やる前から分かり切っていた結果ではあるが超接近戦巡洋艦と言う常人には理解し難い夕張の夢は泡と消える事になった。

 

 基本装備の刀剣よりも劣る予備を装備するぐらいなら魚雷や連装砲を求める軽巡。

 敵の障壁を切断出来るとは言え重りになる代物よりも加速を増強する予備推進機を欲しがる駆逐艦。

 そもそも遠距離戦闘を前提とした艦種能力に特化している為に格闘戦の必要が無い重巡、戦艦。

 空母と潜水艦に至っては活動領域の特殊性と自分達の元から持っている装備と能力で遠近両用の戦闘をこなしてしまう為に増設装備そのものをあまり必要としない。

 

 そんな事情もあり研究室の独断で製造された26本の巨大な刃物は他の艦娘が求めるニーズに合わず鎮守府の倉庫で不良在庫となっている。

 しかし、誰も使わないと言っても勝手に持ち出していいと言う事にはならないのは常識なのは言うまでもない。

 

「何を言う、これはすでに私の身体の一部と言っても過言ではないぞ?」

 

 日向の腕のカタパルトに関しても空母艦娘の装備の劣化コピーでしかなく。

 さらに複数の不具合が確認され設計の修正がされるまで鎮守府の工廠に保管されることになっているはずの代物であり、一艦娘が独断で持ち出せる装備ではないはずだった。

 

「はぁぁ・・・たまに装備を外したくないとか言い出す艦娘はいるけど、ホントに無許可で持ち出したのは君等が初めてだよ」

「許可って言うなら主任に試してみたいって言ったら着けてくれたから良いと思ったの、でも、日向と違って私は銀蝿するつもりは無いし、後で返そうと思ってたわよ?」

「私とは違うとはなんだ? 私だってそのつもりだった。まるで人の事を盗人と言うようじゃないか、そんな物言いをして戦艦として恥ずかしくないのか?」

 

 また五十歩百歩な会話を始めようとする二人の戦艦娘に向かって田中は大袈裟な溜め息を吐く。

 

「いい加減にしないか、君達・・・はぁ、と言うかまた主任達の甘やかしのせいなのか」

 

 すると自分の罪の所在を誤魔化す為に口論を再開しようとしていた伊勢と日向が不思議なほど簡単に黙って少し気まずそうに上目遣いで田中の顔色を窺う。

 

「二人とも装備を取り外すから今から港湾まで来てもらう、良いね?」

「は~い・・・ごめんなさい、提督」

「まぁ、君がそこまで言うなら仕方ないな・・・」

 

 その穏やかながらも拒否を許さないと断言する田中の命令に伊勢と日向が観念したように揃って項垂れてそれぞれの口から了解の返事がこぼれる。

 だが、項垂れる伊勢型戦艦の表情が正面に座る金剛の目に止まった、その一瞬、伊勢の顔にどこか得意気と言うべきか、隠していた目的を達成したと勝ち誇る様な色が見えた。

 

 金剛の脳裏に電流が走る。

 

 悪意は無くわざとでもない、ただ研究室の主任の許可があったと勘違いしていただけ、隣の妹の方は確信犯であるが自分は違う、などと規則を蔑ろにする様な事を伊勢は悪びれなく喚いた。

 なのにその直後には手の平を反すように田中からの命令へ従順な態度で従い自分は貴方の忠実な部下です、とでも言う露骨な態度を見せる。

 

(まさかっ!? 伊勢もテイトクのBestlover(秘書艦)を狙ってるデスカ!? そうだとしたら、彼女が自らの共犯に仕立て上げる為に元からカタパルトを欲しがっていた日向を唆した可能性もありえる!)

 

 田中に対して並外れた強い恋慕を抱えているからこそ、その一瞬で金剛は目の前の姉妹が先ほどやってきた寸劇の様な口論が周囲に自分達の居場所を知らしめ意中の相手を引き寄せる為に伊勢が画策した作戦であったのだと気付く。

 

(持ち出した物も不良在庫だから過去の負い目で艦娘に甘い研究室からは口頭注意のみで放免されるのが目に見えている、あまつさえ『装備を外すなら貴方が乗ってくれなきゃ、や~だ』と提督の艦隊へ加入登録をおねだりする事まで可能!! なんて知謀なの!?)

 

 わざとらしさを感じるほど従順な態度で田中に付いていく伊勢が不意に彼の袖を軽く摘まむように握った。

 

「何てうらやま・・・破廉恥な!!」

 

 そのいじらしい姿を目撃した金剛が目を見開きテーブルに手を叩き付けて足まで乗せ。

 

「金剛お姉様!? いきなりどうしたんですか!?」

「こんな所でお茶を飲んでいる場合じゃないわ! 私も工廠に向かわなければなりません!!」

 

 そのまま食堂の出口を睨み据えながら机を踏み台にして跳ぼうとしている姿に驚いた比叡が慌てながらも素早く姉の腰へと抱き付く。

 

「きゃっ! この、放しなさい比叡、私は今から明石を、工廠に向かわねばならないのです!」

「だからどうしたって言うんですか!? 落ち着いてくださいよぉっ!」

「・・・なるほど、私の計測が正しいなら金剛お姉様は半径20mに田中司令が近づく事でご乱心されると言う事ですね、興味深い」

「霧島、妙な事を分析していないでお姉様を落ち着かせるのを手伝って! 榛名が今お助けします、比叡姉様はそのまま腰を!」

 

 食堂から去っていった田中と伊勢達を見送った戦艦娘が固まって座っている一画で騒ぎ出す金剛型姉妹、そして、その慌ただしさに議論どころではなくなったと呟いた長門が眉を顰めつつ食べ終わった食器の乗ったお盆を手に立ち上がって食器返却所へと向かう。

 そんなしかめっ面の姉に苦笑しながら陸奥もテーブルを立ち、田中の気を惹きたいが為に規則違反を犯しかねない状態となっている金剛を取り押さえた妹達がわっせわっせと姉を食堂の外へと運び出して行き。

 

 そうして一時的に沸騰した賑やかさもお昼のピークを過ぎた事もあって艦娘寮の一階にある広いスペースは次第に静かになっていった。

 

「はぁ・・・不幸だわ・・・」

 

 客足が減り静けさが広がり始めた食堂のテーブルの上、さっきまで戦艦娘が集まっていた食卓に一人の戦艦が陰鬱な感情を吐き出しながら味噌で程よく煮込まれた鯖を食べるわけでもなく無為に箸先でつつく。

 

(私が目覚めてからずっと辛そうに、山城・・・一体どうしたと言うの・・・? 私は貴女に何をしてあげられるの・・・?)

 

 その様子にため息を吐いている艦娘と同じ巫女衣装に見える制服を纏っている美女が憂いに沈む妹の様子に心を痛めているが、しかし、どうすれば相手を慰められるのか分からずもどかし気に鯖味噌の味がするお箸を噛む。

 さっきまでは長門の妙な騒がしさや伊勢型姉妹の犯行に驚かされたりしていたお陰で気が紛れていたが、それが落ち着いたせいでまた妹が何かを気に病んでいる事を感じた扶桑は表情を曇らせる。

 

「扶桑、隣に座っても良いかい?」

「え? ええ、どうぞ、時雨は今から食べるのかしら?」

 

 つい一カ月ほど前に艦娘として目覚めてから度々、慣れない現代の生活に対する助言や手助けをしてくれる駆逐艦娘に扶桑は頷きを返し、隣の席に座る時雨の姿に少しだけ表情を明るくした。

 

「うん、朝から提督と一緒に装備泥棒を探してたからね、鎮守府を隈なく探したつもりだったけどまさか犯人が堂々と食堂でご飯を食べてるとは思わなかったよ」

 

 先ほど日向の前に立っていた時には無かった親子丼と味噌汁のセットが乗ったお盆をいつの間にか用意してきた時雨は朗らかな笑みを浮かべてテーブルの上にある箸立てから割り箸を手に取る。

 

「それは大変だったのね」

「そうでも無いよ、でも、最近はさっきみたいな羽目を外して妙な事件を起こしちゃう子が多い気がするな」

「そうなの?」

「うん、少し前まではこう言う事件は中村三佐、じゃなくて中村二佐が原因だったんだけどね、鎮守府に妙な噂を流したり酒保に変な商品を仕入れたりさ」

 

 扶桑は朗らかに笑っている時雨の言った中村二佐と言う名前に心当たりが無く首を傾げた。

 この鎮守府で二佐と言えば扶桑の記憶するところでは先ほど伊勢達を連れて行った田中だけのはずである。

 

「ちょっと事情があって今は少し遠い所で任務に就いている人なんだ・・・今年の春頃に昇進の辞令と同時に鎮守府から離れちゃったから扶桑が知らないのも無理は無いよ」

「・・・もしかして、日本海に現れたと言う深海棲艦の討伐作戦の関係かしら?」

「うん、いろいろあってね、僕としては二佐の判断と行動は間違ってなかったと思うんだけど上層部とはちょっとごたごたがあったみたい」

 

 その言葉を濁す時雨の言い方に先代の自分が戦いの末に果てたと言う大規模作戦で何かしら自衛隊の上層部とその指揮官の間で軋轢が起こったのではと予想した扶桑は部外者である自分がそれ以上の事を聞くのは止そうと口を噤む。

 

「ところで山城、ご飯が冷めちゃってるよ、どうしたんだい?」

「・・・あぁ、時雨、何でもないのよ、ええ、何でもないの・・・ただ私が勝手に自分の無力さを思い知っているだけよ」

 

 話しかけてきた時雨へとぎこちない笑みを浮かべて返事を返した山城の姿に目を見開いた扶桑はのっぴきならない事情を抱えているらしい妹へと迂闊に踏み込んで行く駆逐艦の姿にハラハラと気をもむ。

 自分よりも先に鎮守府に戻っていた二人の艦娘の間にどれだけの交友関係があるのかはまだ艦娘としての経験が少ない扶桑には想像できないが、時雨の髪を飾る自分や山城と同じデザインの髪飾りから過去の自分とも強い絆を結んでいたのは間違いないだろうと彼女は予想していた。

 

「ああ、もしかして・・・扶桑の事かい? そう言えばもうそろそろだね」

「し、時雨っ!? な、なんて事をっ!」

 

 親子丼の丼を片手に軽い口調で時雨が呟いた言葉に扶桑は背筋を慄かせる。

 おそらく、否、確実に隣の駆逐艦が言った扶桑の名は自分ではなく先代の事を指しているのだと今の扶桑でも気付けた。

 同時にそれは姉を失って間もないはずの山城へとかけていい言葉ではないと扶桑は目を白黒させて慌て。

 

「ええ・・・もうそろそろなのよ・・・なのに私は姉様を励ます事も、見守る事も出来ない・・・あぁ、不幸だわ・・・」

「大丈夫だよ、この前の電話では赤ちゃんも順調に育ってるって言ってたじゃないか、良い先生にもついて貰ってるらしいから僕らは心配しなくて良いんだよ」

「それは分かってるのよ・・・分かってるんだけどぉ、心配なのよぉ・・・」

 

 箸をテーブルに置いて両手で顔を覆い何やら深刻そうに昏い声を漏らしている山城とその様子を苦笑して眺める時雨の姿に扶桑は自分の感覚と二人の間に何かしらのズレがある様に感じた。

 

「ね、ねえ・・・二人とも、ちょっと良いかしら?」

「はい、姉様、なんでしょうか?」

「扶桑、どうかしたの?」

 

 恐る恐る自分が感じた違和感への答えを求めて扶桑は意を決し、山城と時雨へと疑問を投げかける。

 

「・・・その、さっきの言い方だと・・・なんだか先代の扶桑が今も生きているように聞こえたのだけど・・・?」

「はい? ええ、先代の扶桑姉様なら生きておられます。 今は大木芙蓉と言う名前で一般人として生活されてますが」

「あれ? 扶桑は司令部の方から聞いてなかったの? あ、でも・・・そうか、あの作戦自体が機密事項だったせいかな」

 

 まるで知っていて当然の情報とでも言う様に告げられた自分にとって先代である扶桑が存命していると言う話に白目を剥きそうになった戦艦娘は額を押さえて何とか精神的衝撃に耐えた。

 

「時雨、私の聞き間違いじゃなければ扶桑の名前と一緒に・・・さっき赤ちゃんがどうとか、言わなかった?」

「あっ、あ~そうか、うん・・・えっとどう言えばいいんだろう? 扶桑、落ち着いて聞いてよ?」

 

 勿体ぶったと言うよりは自分を心配する様に気遣う思いを感じる時雨の態度と言葉に首が座らずにグラグラ揺れる頭を扶桑は何とか縦に頷かせる。

 そして、事の顛末を知る駆逐艦が先代の扶桑の身に何があったのかを掻い摘んで説明し始めた。

 

「それで、その・・・前の扶桑は退役後に大木裕介さんって言う人と結婚してさ、二人にはもうすぐ赤ちゃんも生まれるらしいんだ」

 

 その言葉が告げられたと同時に扶桑の視界が暗転してその額に硬いモノがぶつかり、ビシリッと言う音と同時に戦艦娘の頭突きによって罪の無い食堂のテーブルに丸い陥没が刻まれ。

 長く艶やかな黒髪が広がる食卓にパラパラと霊力の光粒が散らばりチリチリと空気に溶けていく。

 

「ふ、扶桑姉様! どうされたんですか!?」

「ふふふっ、ふふ・・・私にも分からないわ、コレはどう言う事なの・・・?」

 

 自分の先代が春先に起こった大規模作戦後に鎮守府を去ったのだと聞かされ、自分の先代はその任務で殉職したのだと思い込んでいた扶桑は山城と時雨から告げられた言葉の衝撃に抗えず、ただ脱力して割れたテーブルに向かって乾いた笑いを漏らす事しかできなかった。

 

 てっきり時雨の付けている髪飾りは先代の扶桑から死に際に渡された形見か何かで、出会ってから敬愛を捧げてくれるものの時折酷く陰鬱に表情を暗くする妹はまだ前の姉の死から立ち直れないでいる。

 

 そう思い込んで相手との距離感を掴めずにいた扶桑はそれが全て自分の勘違いだと気付かされ、さらに前の扶桑が生きているだけでなくどこかの大木何某とやらと結婚して子供までこさえていると言う追加情報に目眩までしてきた。

 

「扶桑しっかり、うわっ、霊力が漏れすぎてるよっ!」

「ぅふふふっ、まるで道化になった気分だわぁ・・・前の扶桑が居るの? なら私は本当に扶桑なのかしらぁ・・・?」

「姉様っ、気を確かに落ち着いてください! 山城にとって前も今もお二人とも大切な姉様なのです、どちらかを蔑ろにするつもりはありません!!」

 

 今まで無駄な杞憂に踊らされたのだと気付かされた扶桑は溜め込んだストレスを吐き出すように霊力を肌から溢れさせ、山城と時雨が慌てた声を上げてとっさに扶桑へと抱き付いてその体から溢れて空気を揺らめかせる霊力を抑え込む。

 その二人の様子が少しだけ滑稽で、必死に慰めてくれる妹と友人の姿に申し訳ないとは思いつつもこの際、目覚めてからまるまる一カ月も悩まされ続けたのだからと扶桑は溜った鬱憤を自分の中から全て吐き出してしまう事にした。

 

 そして、もう少しだけ勇気を出して二人や先代の事を教えて貰おうと艦娘一年生の扶桑は決心する。

 




 
ここは日替り二種類の献立が並ぶ基本無料の艦娘寮の食堂です。

酒保コインを支払う事で定食のご飯が大盛に出来たり、お味噌汁を豚汁にパワーアップさせる事ができます。

でも・・・それだって限度ってものが有るんですよ?

いえ、だからコインをたくさん積めば良いわけじゃありません。

限度があるんです!

これで足りないなら酒保に行って下さい!

レトルトに飽きたとか、甘味しかないとか言われても品揃えは私がどうこう出来る事じゃありませんよ!?
 
9/26 少し表現を付け出しました


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第四十三話

「はぁ・・・、綺麗な夕陽ねぇ・・・」

夕暮れの鎮守府、迎えてくれるのは海鳥だけなのか?

「夕雲姉さんお待たせしましたぁ、お風呂行きましょうっ!」
「ふふっ、私も今来たところだからそんなに慌てなくても大丈夫よ」
「えへへ、巻雲、夕雲姉さんとまた洗いッコしたいですっ♪」
「あらあら、巻雲さんったら甘えん坊さんね~」

今日もお疲れ様でした。おかえりなさい。


大人には尺稼ぎと揶揄されようとも伏線を作って置かなければならない時があるのだよ。

嘘です。
偉そうなこと言ってすみません。
ただ陽炎達を脱がせたかっただけなんです。
出来心だったんです。
本当にごめんなさい。orz


 カコンッと手桶がタイル床に当たる音と広い浴槽から僅かにこぼれた湯が流れる音が霧の様な湯気が揺らめく浴場に響く。

 

「はぁ~、生き返るわぁ~♪」

 

 銭湯と言うほど広くは無いがそれでも十人ほどが一度に入れるぐらいには余裕がある広い浴槽に肩まで浸かり陽炎型駆逐艦娘が感嘆の声を震わせる。

 

「いくらなんでもだらけ過ぎよ、陽炎」

「もぉ、不知火ったら、やっと警備任務が終わって、久しぶりにちゃんとしたお風呂に入れたのよぉ、硬い事言わないで」

 

 不知火と呼ばれた少女が自分の頭の上でシャンプーを泡立てながら眉を少し顰めて陽炎へと顔を向け、短い忠告に上気した肌に水滴を纏わりつかせた少女は気の抜けきった声で返事をしながら湯船の中で体を揺らめかせる。

 女性的な艶めかしさは無いが健康的な少女としての瑞々しい魅力に溢れる二人の間には姉妹故かそれとも戦友だからかお互いへの気安さがその会話から感じ取れた。

 

「明日はまるまる一日お休みなんだし私も不知火も今回の任務でそこそこ戦果稼げたしさ、久し振りに二人で酒保へ遊びに行かない?」

「休日だからと言って怠惰を晒して良いと言う理由にはならないでしょ、私は次の任務に備えて湾内演習に参加するわ」

 

 鎮守府に所属する特務士官とその指揮下の艦娘部隊が近海を警備する護衛艦に乗艦し、海域に進入してきた深海棲艦を撃退もしくは撃破を行う任務は一週間ほど護衛艦内で鎮守府と比べると少々不自由な生活をする事になるが艦娘達にとって酒保で使えるコインを稼ぐには割の良い手頃な仕事となっている。

 その任務を終えて一週間ぶりに海水ではなく真水で沸かした風呂を堪能している陽炎は自分と同じであるはずの頭の固い妹の平常運転な姿に苦笑した。

 

「ふぅん、不知火がそう言うんだったら仕方ないわね~、そう言えば酒保カフェの期間限定プリンは明日までだったかしらぁ?

任務続きで食べに行けなかったけど今回も凄く美味しいって話だし、お昼には売り切れちゃうんじゃないかな~」

 

 そして、両手を風呂の縁にかけて顎をその上に乗せた陽炎は少しだけ悪戯っぽさを混ぜた笑みを浮かべてまるで今、偶然に思い出したかの様にあらかじめ仕入れておいた情報を真面目さを体現する澄まし顔の不知火へと明かす。

 

「まっ、朝っぱらから演習に行っちゃうアンタには関係ないかもしれないけどぉ?」

「・・・演習の申し込みは午後からにするわ」

 

 短くそう言ってから不知火は陽炎から顔を背けてシャワーを手にお湯で泡だらけの髪を洗い流し始め、お湯の雨の中に少し恥ずかしそうにしている表情を隠した。

 その返事に頭にドが付くほどストイックな性格ではある妹が実は甘い物をそれなり以上に好んでいる事を知る姉は思惑通りに話が着いた事に満足する。

 

「んじゃ、決定ねっ、ついでに服なんかも見に行きましょ♪ 不知火も休日まで制服着てるんじゃ肩が凝って仕方ないでしょ」

「前から言っているけれど私にはそんな物が必要とは思えない、服なんて支給品で十分よ」

 

 身体と髪を洗い終わりシャワーを止め、ひたひたと濡れたタイル床を歩いてきた不知火が陽炎がオレンジ色の髪を浸している横へとその細身を滑り込ませて風呂の縁へと背中を預けた。

 

「・・・ふ~ん、ならスペシャル伊良湖クリームプリンアラモードは自分で注文しなさいよ?」

「くっ、そんな奇妙な名前を人前で言えなどと・・・卑怯な真似を・・・」

 

 人生の全てを戦闘方面に全振りしようとする不知火、その目覚めてからもう二年になるのに未だに支給品の制服と寝間着や地味な下着類しか入っていないと言う妹艦娘の衣類棚を明日こそは改善する。

 そう決意した陽炎は爽やかな笑みを浮かべて再び身体を湯の中で反転させて鎮守府で一番付き合いの長い妹と並んで湯の温かさに身を任せた。

 

「ありゃっ、谷風達が一番風呂だと思ってたんだけどねぇ~」

 

 そんな陽炎型の長女と次女が明日の予定を組んだ直後、脱衣所と浴室を区切る入り口がカラカラと軽い音を立てながら開き数人の人影が室内へと入ってくる。

 

「いらっしゃい~、あら、なになに十七駆が勢揃いじゃないの」

 

 ドングリ眼を瞬かせた少女が栗毛のショートヘアを揺らし、その後ろから陽炎にとって同型の姉妹艦である三人が顔を覗かせた。

 

「二人ともお帰りなさい、警備任務お疲れさまでした」

「帰って来た言うてたんに食堂で見んかったけぇ、先に風呂入っとたんじゃねぇ」

 

 鮮やか青色と片目を隠す金属質な光沢の銀色と言う人間の毛髪としてはまず自然には発色しないであろう色彩が並び、浦風と浜風が一足先に湯浴みをしている二人の姉達に挨拶する。

 

「ふふっ、見たところ怪我も無く無事に任務を終えたようだ、まぁ、近海のはぐれ艦を狩るだけならば私とてそつなく熟すだろうがな」

 

 そして、最後に入ってきた不敵な笑みを浮かべ腰まで届く黒髪を揺らす凛とした顔立ちの乙女が閉まるドアを背に陽炎と不知火に向けて堂々と胸を張った。

 

「磯風ぇ、そう言うセリフは単位を全部取り終えてから言いなって、アタシ達の中で出撃許可が出てないのもう磯風だけだよ?」

「この前のテストにも右書きで答えを書いて赤点を取るなんて恥ずかしい事をしたんですから、貴女はもう少しその尊大な態度を自重するべきです」

 

 直後に谷風と浜風から苦言を呈された陽炎型十二番艦は優美な眉をハの字に下げて少し情けない顔を見せたが、自分を見ている陽炎と不知火の視線に小さく咳払いしてから再び根拠の無い自信に溢れた表情を取り戻す。

 

「あれ、あんた達もう出撃許可出たの? 浜風は聞いてたけど、谷風と浦風はまだ帰ってきて半年も経ってないのに早いわねぇ」

 

 先に鎮守府へと戻っていた浜風は一年ほどの時間をかけて単位を履修していた事を陽炎は知っているが、春先に日本海で確認された限定海域から救出された谷風と浦風の二人に関しては治療やリハビリの期間を含めても必要な学習と単位を得ることが出来るとは思えない。

 

「にひひっ、まぁ、谷風さんにかかれば演習も座学もちょちょいのちょいさ♪」

「いえ、今は舞鶴基地への派遣や復興支援任務で鎮守府の艦娘が極端に減ってしまっているので実働できる頭数を増やしたい司令部による暫定的な処置だそうです」

 

 快活に子供っぽい笑顔を浮かべて誇らしげに鼻の下を擦っていた気風の良い少女の指が真横から告げられた冷静で詳細な補足によってくにゃりと曲がり、谷風と同じく司令部から出撃許可(カッコカリ)を受けた浦風がおどけた笑みを浮かべタオルと洗面器を手に鏡と蛇口が並ぶ壁へと向い風呂イスに座る。

 

「ウチらから配属先の申請も出せんから、司令部の要請があるまでは今まで通り授業と演習じゃね」

「ふっふっふ、ハッキリしているのはどのような指揮官の下でもこの磯風が武勲艦となるのは間違いない事だ!」

「だから、そう言うセリフは出撃許可もらってから言いなよ・・・ホント何だってんだいその偉そうな態度はぁ」

 

 和気あいあいと洗い場に並ぶ十七駆逐隊の姿に楽しそうで何よりだと微笑んだ陽炎型の長女はふと四人の中で唯一正式な出撃許可を得ているはずの妹へと顔を向けた。

 

「そう言えば浜風はもうどっかの指揮官に指名を貰ってるって言ってなかった? 結局どこの艦隊に申請出すのよ?」

 

 陽炎の言葉に蛇口を捻り入浴の準備をしていた少女達のホンワカしていた空気が固まり、銀髪の少女がビクリと身体を硬直させ目の前の鏡に口を一文字に結び嫌な事を思い出したのか苦虫を噛み潰したような表情を映す。

 その硬直した浜風へと皿の様に目を丸くした三人分の視線が刺さり、風呂場に備え付けられているボディソープやシャンプーの瓶を手にしたまま今初めて聞いた情報に驚きを隠せていないと顔に書いてある妹達が静止する姿。

 その様子に何かまずい事を言ってしまったかと陽炎は困惑に頬を強張らせ、その隣で姉の軽挙に呆れて眉を顰めた不知火が少し姿勢を落として湯船の中に顔の下半分を沈めてぷくぷくと泡を吹く。

 

「浜風・・・それは本当なのか? おい、何故黙っている」

「出撃許可貰ったって日にも言ってなかったってのに、そりゃどう言うこったい?」

「二人ともやめーや、これはウチらがどうこう言う事違うじゃろ・・・けど、何で言うてくれんかったんじゃ?」

 

 汗か湯気かどちらかは分からないが水滴を肌から滴らせ浜風が恐る恐る後ろを振り向けば自分を囲う裸の姉妹が興味津々で見つめており、あまりその事を言いたくない様子の陽炎型十三番艦は口元を引きつらせる。

 

「いや、その・・・少し前まではそうだったと言うか・・・申請を出す直前に指名が取り消しになってしまって言えなくなったと言うか・・・」

「取り消し・・・指揮官からの指名が?」

 

 非常に言い辛そうに告げ風呂イスの上で身を縮めて人差し指同士を突き合わせる浜風の少し哀愁を漂わせる姿にその場にいた全員が同時に首を傾げる。

 

「結局、誰に指名を貰ったのよ? 浜風の方も絶対に申請出す約束したってはしゃいでたじゃない、それを取り消しって穏やかじゃないわね」

「ええ、艦娘と指揮官、お互いの同意があるなら司令部もそれなりの理由がない限りはおいそれと申請を却下する事は出来ない取り決めになっているはずよ」

 

 もし司令部が妹の意志を意味無く蔑ろにするような判断を下した可能性があるなら明日にでも話をしに行かねばならないと陽炎と不知火は顔を合わせて頷きその瞳に力を入れた。

 

「ぅ・・・その・・・指名をもらったのは、中村提督にですっ」

 

 自分を艦隊員に指名したと言う指揮官の名前を言葉にするだけで精一杯と言った具合に浜風は恥ずかしそうに朱に染めた顔を伏せて両手で恥じらう表情を隠して更に身を縮める。

 

「あ、あぁ・・・、取り消しってそう言う・・・」

「確かに今の中村司令の状態ならそれも無理はない話ね・・・」

 

 今は違う艦隊であるが自分達にとって初めての指揮官であった男の顔と今の彼を取り巻く事情を脳裏に思い浮かべた陽炎と不知火は張っていた気を吐き出して湯の中で脱力する。

 

「な、なっ! 中村だと! 限定海域の攻略や鬼級深海棲艦の討伐を成功させたあの中村司令の事か!?」

「かぁーっ、浜風、なんて大物に声かけられてんだい!」

「んっ・・・? でも、中村さんちーたら左遷されて・・・ぁっ」

 

 自分の姉妹艦が艦娘内で有名な司令官から指名を受けていたと言う情報に興奮していた磯風と谷風が直後に浦風の小さく呻くような呟きで我に返り、目の前で小さくなっている浜風の事情を察して気まずそうに顔を反らす。

 

 件の中村と言う男が先の大規模作戦で自衛隊の上層部から降りてきた命令に反抗したと言う話は鎮守府でもそれなりに広まっている。

 その命令違反のお陰で多くの艦娘が本土に戻り、限定海域の主であった怪物を討つ事に繋がったのだが話がそこで終わる筈もなく。

 作戦自体はこれ以上ないほど最良の結果で終わったとしても一部隊の指揮官に面目を潰された上層部は彼へと今までの功績による昇進と同時に新たな任務として本州から遠く遠く南の海に浮かぶ強制的な避難指示によって無人と化した小笠原諸島周辺の敵勢力調査を叩き付けた。

 

 その任務に赴く際に彼へと同行が許可された艦娘は僅か四人、それ以外で彼の指揮下にいた艦娘達は不本意を露わにしながらも司令部からの異動命令にしぶしぶ従う事となり、その時点では彼の艦隊に配属申請をしていなかった浜風は特定の指揮官の下についていない宙ぶらりんな艦娘へと仲間入りを果たした。

 

「いや、しかし、なぜ浜風だけなのだ! 浜風が呼ばれるなら私にも、かの中村司令から声がかかっても良いはず!」

 

 浜風と同時期に限定海域から救出されたが霊核から再生するのが二ヶ月ほど遅れた磯風は動揺を隠すようにわざとらしく顔を顰めて憤慨しながら肩まで怒らせて身体全体で不満を評する。

 元から凛とした勇ましさを感じさせる整った顔立ちである為に身なりを整えた恰好であるならその磯風の態度も様にもなったのだろうが、ここは浴場であり全裸に肩からボディタオルを掛けただけの状態ではいくら胸を張ろうとどこかマヌケさが漂う。

 

「かぁあーっ! だからそう言うセリフはちゃんと出撃許可を貰ってから言いなよっ!」

「何を言う! 私は既に湾内演習と実地訓練の全て修めている! そう、この磯風は今すぐにであろうと実戦に出られるのだ!」

「ホントに訓練と演習だけは大口の通りに負け無しじゃけぇ、これでもうちびっと遠慮っちゅうもんを知っとったらなぁ~」

 

 周りでコントの様に騒ぐ仲間達の声と姿の面白さのおかげか、身を縮めていた浜風は顔を上げてふっと柔らかく微笑む事ができた。

 

 そんな時、脱衣場の方から数人の艦娘達の話し声が聞こえ磨硝子の引き戸に人影が映る。

 それに気付き後から来る艦娘達に洗い場を譲る為にも四人娘達は話に区切りをつけ、それぞれが手の上で泡を立てて身体を洗いだした。

 

・・・

 

 風呂から立ち上った湯気が天井で滴になりポタポタと湯船に落ち、そこかしこから身体を洗う水音や手桶の音が聞こえる艦娘寮の浴場で湯に浸かった陽炎型駆逐艦の姉妹が円陣を作っている。

 

「でだ、結局のところ何で私ではなく浜風に中村司令は声を掛けたのか、だっ!」

「いい加減しつこいよ、そんなの磯風が単位取れてなかっただけだって」

 

 湯船の中に肩まで浸かり座っている磯風がそんな疑問提起を起こしたが直後に谷風からツッコミをくらい口を不機嫌そうに尖らせた。

 

「だが先ほどの話が確かならその時はまだ浜風も単位取得は不十分だったはずだ、違うか?」

「ええ、確かにその時の私はまだ出撃許可の基準には達していませんでした・・・ありがたい事ではあったのですが、なぜ提督から声を掛けて戴けたのかは分からないんです」

 

 自分もそれを疑問に思っていたのだと頷きを返した浜風に我が意を得たりと大仰に頷く磯風の姿に姉妹達はまたこの無意味に偉そうな艦娘が禄でもない早合点でもしたかと警戒する。

 

「だが、その時点で浜風は中村司令の眼鏡にかなう何かがあったと言う事だ」

「はぁ? なんじゃ、磯風はそれが何か分かっちょるんか?」

「無論だ。私が浜風と比べて劣る部分などほぼ無いと断言できる。だが一部分だけは素直に敗北を認めなければならない、そして、それこそが不本意にも私が選ばれず浜風が選ばれた最大の理由なのだ」

 

 その大言通りに戦闘に関係する授業や実技に関しては目覚ましい成績を修めている磯風は艦娘として戦場で求められる役割を十分に果たせるであろう事は彼女の教師をやっている研究室の面々や鎮守府の司令部も認めるところである。

 

 もっともそれは磯風が現代国語と一部の社会科、そして、家庭科全般で失態と赤点を量産する事に見ない振りを出来るのならば、だが。

 

 その戦闘方向へと思考回路が吹っ切れている駆逐艦娘はよっぽど自論に自信があるらしく不敵な笑みを浮かべ浜風へとにじり寄り、困惑する銀髪の姉妹の身体へと手を伸ばす。

 

「つまり私よりも浜風が司令に選ばれる要素とはっ! この重巡洋艦もかくやと言わんばかりの胸部装甲に他ならない!」

 

 浜風の胸元で湯船の波に揺れる双球を両手で掴んだ磯風の指が柔らかい白い肌へむにりと食い込み、姉妹とは言え他人に乙女の証を鷲掴みにされた少女は数秒の思考停止から急激に下から上へと血を登らせて顔を真っ赤に染める。

 

「なっ、な、何を馬鹿な事を言うんですかっ!! 磯風、貴女は提督を侮辱しているの!?」

「侮辱などではない、古来より英傑色を好むと言うではないか、かの指揮官が噂通りの男ならばそれも無理はない話ではないだろう」

「それが失礼と言うんですよ!!」

 

 顔を真っ赤にして姉の手を払いのけ立ち上がり叫ぶ浜風の姿に壁に並ぶ蛇口の前で身体を洗っている艦娘達が目を丸くして浴槽に立ち上がり豊かな胸を揺らす駆逐艦へと顔を向ける。

 胸を揉まれたと言う羞恥以上に自分の指揮官(未定)への侮辱と感じた言葉に激昂する妹の様子。

 それを見た浴槽の縁に座って身体の熱を冷ましている陽炎は浜風がその提督に対してそれなり、いや、かなり高い好感を抱いている事を察する。

 だが、陽炎型の長女は他人の恋心を突っついて遊ぶ趣味は無いのであえてそれを指摘するような野暮はしない事にした。

 

「いえ、それは無いわね」

「むっ、私が間違っているとでも言うのか? それ以外に私よりも浜風が・・・ぅ・・・」

 

 それまで黙っていた不知火が呆れを滲ませる口調で断言し、指摘を受けた磯風がムッと顔を顰め口を開こうとするが軽く十数分は湯に浸かっているのに顔色一つ変えていない姉の無表情と鋭い視線の威圧感に口を閉じる。

 

「あの人は淑やかな立ち振舞いで慎ましやかな身体付き、そして、桃色の髪が似合う同年代の和やかな顔立ちの美人を好まれています」

 

 クレイドルから目覚めたばかりの頃は軍人に華美な装飾は不要と言っていた不知火がある日、中村にその桃髪を褒められて以来、たまに酒保で良質なシャンプーや小奇麗な髪飾りを買ったりしている。

 他人の恋心を突いて遊ぶ趣味は無い陽炎であるが小さな髪止めを変えた事を相手の前で少ししつこいくらいな無言のアピールをするなら可愛い服などのもっと分かり易いオシャレに気を使えと言いたい。

 中村の急な異動のせいはあるが艦隊から外されている(不知火本人は認めていないが)今のうちにイメージチェンジしておけばその指揮官が帰ってきた時に印象付けられるだろうに、とお節介な長女は不器用な次女を想う。

 

「少なくとも浜風は容姿性格に関しては中村司令の好みには当てはまらないわ」

 

 断定する様な言い方だがあくまでその評価は不知火の主観であり、実は一部に彼女の願望も混じっている為に信憑性は有って無いものだがそれを知らない浜風は面白い様に狼狽えた。

 

「えっ、ぇっ!? ・・・いや、そ、そんな事は、今の時代は胸が大きい女の人が好きな男性は多いと聞きますし、若い方が、そのいろいろ・・・それに銀色の髪も悪くないのでは、と・・・

「だからこそ、司令が浜風を指名したと言う理由は別に存在しているわ」

 

 周りの視線から逃れるように湯船に戻って座り込みさっきとは違う意味で顔を赤くしている浜風がモジモジしながら姉の指摘に言い訳じみた反論を蚊の鳴く様な声でするが不知火はそれを無視して話を続ける。

 

「別の理由があるって、不知火は何か気付いたの?」

「陽炎も気付いていると思ってたけれど私の気のせいかしら?」

「ん~、確証があるわけじゃないけど・・・たぶん、私達の第二段階の事よね、今は限界突破って言った方が分かり易いかしら」

 

 口元に人差し指を当てて自分の予想を口にする陽炎へと不知火は頷きを返し、突然に出てきた聞きなれない単語にその場にいた艦娘達は小首を傾げた。

 

「それでね、あくまで中村二佐の前世の世界の話なんだけどさ、アタシ達、陽炎型艦娘は改造を受けて第二段階ってのに進むと異能力を発現させるらしいのよ」

「統計的にであって必ずというわけではないらしいけれど、恐らく何らかの有用な能力を駆逐艦浜風が発現させた前例を知る機会があったのかもしれないわね」

 

 いきなり陽炎型の長女と次女が言い始めた話の内容にますます困惑する艦娘達に構わず二人は話をさらに続け。

 中村の艦隊にいた時に彼と交わした雑談の中で異能力持ちの艦娘は戦局を単独でひっくり返す事も出来るなどと眉唾な内容を聞かされた、と驚きで顔をいっぱいにして目の前で横一列になり三角座りをしている妹達へと聞かせる。

 

「その時にはまだ鎮守府に艦娘の改造なんて技術は無かったけど、とりあえず有望そうな陽炎型艦娘を鍛えてあわよくば能力が発現すれば儲けモノって二佐は考えていたんじゃないかしら?」

 

 何故か、その浜風達の後ろにさっきまで身体を洗っていた艦娘がいつの間にか横に並んで彼女らの話に感心したような顔をして頷いていた。

 何となく教壇に立つ教師の気分になりながら陽炎は自称転生者を名乗る士官から聞いた知識を幾つか披露する。

 

「要するにあの人が浜風を指名したのは容姿云々ではなく将来的な能力を期待しての青田刈りと言う事よ」

「・・・将来的な、私の能力が目的・・・」

 

 話を締めくくる抑揚の無い声と同時に湯船に沈みそうなほど顔を伏せた浜風が身体を震わせ小さな声を漏らす。

 言うなれば彼女に知らされた話とは容姿と能力の差はあれど懸想していた相手が自分の身体目当てで近付いてきていたのだ、と教えられた様なものでありまともな人間ならバカにするのも大概にしろと怒り出しても仕方がない状況である。

 しかし、表情が見えない為に彼女が何を思っているのか分からない周囲の心配を察したのか谷風と浦風が顔を少しお湯に付けて左右から銀髪の簾の向こうを覗く。

 

「あぁ・・・提督、アナタは何と言う慧眼を・・・浜風は絶対にその期待に応えて見せます」

 

 自分の胸を両腕で抱きしめて静かに悶える浜風の歓喜に満ちた顔を見た二人はすぐに顔を上げ、何とも言葉にし難い思いを乗せた表情で顔を見合わせ同時にため息を吐いた。

 

 元が船であるためか艦娘の中には人としての容姿を褒められるよりも戦闘技術や艤装を褒められた方が喜ぶ者も少なくない。

 極少数ではあるがむしろ自分達の整った容姿に無頓着であったり、自らの女性的な部分への指摘を嫌う場合もある。

 そして、顔が美しいと褒められても無反応な艦娘でも装備や能力を褒められると目に見えて機嫌が良くなる。

 

 その艦娘として習性故かはたまた別の理由かは定かではないが浜風は慕っている指揮官に自らのまだ発現していない能力が認められていたと言う一点のみを喜び。

 一人の乙女の中で提督(破談済)に対する評価が天井知らずのうなぎ上りとなっている事を浦風と谷風は悟ったのだ。

 

「ふむ、だが、それなら尚のこと私でも問題ないではないか? 中村司令の言が正しいなら浜風だけではなく陽炎型全員が他の艦娘よりも早く限界突破に辿り着くと言うのだろう?」

 

 湯船の中で腕を組み脚を崩して胡坐をかいた磯風が心底その道理が分からないと言う顔で首を傾げ。

 

「この磯風ならば限界突破能力、かの吹雪とか言う特型駆逐艦よりも上手く使いなして見せると断言しよう! やはり、私が選ばれない理由にはならんではないかっ」

「って言ってもねぇ・・・、一言で限界突破って言ってもさ、吹雪みたいな時間操作系の能力が発現するとは限らないわけだし?」

 

 自信満々に胸を張りふんぞり返った磯風の長い髪が湯の中でワカメのように揺れ動き、本人は心の底から真面目に言っているのだろうが不思議な可笑しさを誘うその姿に浴室にいる全員が小さく笑いを零す。

 

「多分、駆逐艦浜風にだけ発現しやすい異能力があって、それを欲しかったんじゃない?」

「そうね、司令の仰っていた話が私達の世界にも当てはまるなら改造を受け第二段階となった艦娘の八割は単純な肉体と武装の強化となるらしいから・・・余程、利用価値の高い力なのだと思うわ」

 

 大袈裟な物言いをする磯風に苦笑する陽炎がそんな風に述べた考察と結論に不知火が同意する。

 

「でもまぁ、潜水艦を近付いただけで必ず殺す艦娘とか轟沈するほどの致命傷を無かった事にする回復能力とかは流石に嘘だと思うどね~」

「そうかしら、時間に干渉する艦娘が実際に現れたのよ? 私はあの人の話がいくら荒唐無稽なモノでも、もう、あり得ないとは言い切れないわ」

 

 そして、その話の内容に今度はその場にいる艦娘全員が一斉に揃って首を傾げて湯船を揺らした。

 

「なんだと!? 限界突破とは時間を止める力の事ではないのか!?」

 

「うわわっ!?」

 

 驚愕に目を見開き水飛沫を激しく立ち上らせながら大きな叫びを広い浴室に響き渡らせる磯風、その彼女ほどでは無いがその話に耳を傾けていた艦娘達も驚きにポカンと口を開いている。

 

「・・・ええ、そうよ? なんで皆そんなに驚い・・・あっ」

 

 真正面から叫び声とお湯の飛沫を浴びて風呂の縁から尻をズリ落としそうになった陽炎が小さく悲鳴を上げて手を振り回し、何とか湯船の方へと重心を傾けてお湯に落ちる事で背後のタイル床への転倒を回避した。

 

「・・・そうかこの話ってこの世界ではまだ真偽が分からないからって中村二佐もかなり強く口止めしてたわね」

「少し前に研究室があの子の身体を検査して限界突破のメカニズムへの糸口を見つけたと聞いているけれど、そう言えばあの時点では概念すら無かったもの・・・」

「吹雪なら周りに言いふらしてそうだと思ったけど違ったのかぁ・・・」

 

 そんな大袈裟にも思えるほど驚く仲間達の姿に陽炎は思い出した元司令官からの口止め命令にポンッと手を打つ。

 

「そう言えば思い出せる限りで第二段階に関する話を他の艦娘から聞いた覚えが無いわね・・・」

 

 そう呟いた不知火も少し意外そうに目を瞬かせ、自分達の話に興味津々と言った様子で湯船から身を乗り出している仲間達の姿に陽炎型の長女は苦笑した。

 

「取り敢えず、この話の続きはお風呂上がってからにしない? そろそろ私のぼせそうだわ」

 




 
注意・この作品での艦娘には霊力の係数が高い相手に対して好感度が上がり易い傾向があります。

その性質を利用して艦娘を指揮下に揃えようとするクズ転生者の見本と、そして、まんまと惑わされた無垢な浜風。
不知火や時津風に関しては気付いたら懐かれていた。

やっぱり大人って汚い。

なお、それをやった馬鹿は指揮下の艦娘をほぼ全員取り上げられて無人島で調査任務と言う名の半サバイバル生活中。

・追伸~

後日、ぬいぬいの衣類棚にちょっとオシャレなパーカーやカバンが加わりました。


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第四十四話

夜更かしはお肌の大敵なの。
血行が悪くなってターンオーバーが乱れたり滞っちゃうんだって。
知ってた?

軽巡s「夜かな?」
軽巡t(姉)「ああ、夜だぜ!」

「「なら、夜戦の時間だぁっ!!」」

軽巡t(妹)「真夜中に五月蠅くしようとする悪い子はどこかしらぁ~?」

軽巡s「た、多分、あ、あっちに行ったんじゃないかな・・・」(震え声)
軽巡t(姉)「ああ、少なくとも俺達じゃねえなぁ、ははっ」(白目)

坊や良い子だ、ねんねしな。
 


 舞鶴港の一角、艦娘部隊の運用の為に用意された施設の休憩と待機用の部屋。

 幾つかの段ボール箱と電源の点いていないテレビ、そして、パイプ椅子と長いテーブルだけが置かれた殺風景な室内に二人の艦娘がいる。

 

「ウチな、そん日は非番で司令はんのおごりで酒保にお茶しに行っとったんよ」

「うん・・・」

「そしたら、深海棲艦には勝ったけど舞鶴の艦隊が半壊したっちゅう知らせが来たんや」

「・・・知ってる」

 

 机の上のあるお盆の上に置かれた煎餅を取り湯呑を手に薄暗い海が見える窓を眺め陽炎型駆逐艦の三女が関西訛の口調で話を続ける。

 

「作戦終わったら終わったで陽炎と不知火も大怪我して帰ってきて、大変やったんやなぁ、って思っとったら・・・週明けから舞鶴勤務って言われたわ」

 

 煎餅をポリポリ齧り、温いお茶を啜り、ボソボソと喋る黒潮と特に意味の無い手遊びをしながら物憂げな表情で月明かりが波間に揺れる海をぼんやりと眺める山風。

 

「でもまぁ、ウチも日本海守備の要を任された艦娘の一人になったからにはって、気合入れてはるばる舞鶴までやってきたわけや」

「そう・・・私と同じだね」

「やろ? なら、なんで・・・ウチらこんな場所で一日何もせんで暇人やっとるんかな?」

 

 敵が海にいないというわけではないが彼女達の出動条件を満たすEEZ内に侵入してくる深海棲艦が居ない為、かれこれ一週間ほど出撃も無く舞鶴の港で待機を続けている黒潮が切実な疑問を呟く。

 それに対して彼女と同じ立場にいる駆逐艦娘山風は、私が知るわけないでしょ、と言えるほど非情な艦娘ではなかった。

 

「お仕事、増えると良い・・・ね」

 

 持て余す暇のせいで戦闘艦を原型に持つが戦闘に対して消極的な性質を持つ少数グループに含まれている山風ですらそろそろ船団護衛ぐらいはしたいな、と思っているぐらいだ。

 そんな気弱な少女の思いやりが混じる小さな声に眉を顰めていた黒潮はふっと表情から力を抜いて笑みを浮かべる。

 

「せやなぁ、でもまぁ、ウチらの仕事が増えたら増えたで日本が危ないっちゅう事やし、今は我慢しとこか」

「うん・・・そう、だね」

 

 政府からの安全確保要請によって民間船舶の往来が今までになく制限されている事や日本の領海外へ出る事が禁止されている艦娘としての立場はただ暇を持て余すだけの時間を過ごす事を強制する。

 出撃命令が出れば話は違うのだが太平洋側と違ってこちら側は深海棲艦の数そのものが少なくさらに行動を許される範囲も狭いために彼女達が出撃する平均回数は月に三回あれば多い方だった。

 

(お姉ちゃん達どうしてるかな・・・)

 

 一緒に鎮守府からやってきた30人の艦娘の中に自分と同じ白露型の姉妹が一人でもいてくれればこの時間を持て余す暇に対しても心強いのに、と山風は思う。

 そんないつ発生するか分からない急な出撃に備えて待機している二人の艦娘の頭上で飾り気のない丸時計がカチカチと事務的に歯車と針を動かし続けていた。

 

「こんばんわ~、暇してる~?」

「暇に決まっとるやろ、見て分からんの?」

 

 どこかの中学校が女子制服に使っていそうな紺の襟袖に白地のセーラー服を身に着けた少女が陽気な調子を振り撒きながら黒潮たちが暇を持て余している待機所の空気を唐突に掻き混ぜ。

 

「で、あんたら揃って何しに来たん?」

 

 特型駆逐艦と言う大別に含まれる綾波型駆逐艦としては九番目の駆逐艦娘、漣がプリーツスカートのポケットから小さな白うさぎのぬいぐるみの頭を覗かせながら元気に裾を揺らして室内に入ってくる。

 

「いやぁ~なんと申しますか~、ウチのぼのたんが暇だ暇だとわがままを言われましてね~?」

「はぁ? 何言ってんのさっきまで暇って駄々こねてたのはアンタの方じゃない!」

「二人ともあんまり騒がしくしたら迷惑だよ、ごめんねお邪魔しちゃって」

 

 いつもおどけた調子で喋る漣をその姉妹艦であり真面目ながら意地っ張りが過ぎる曙が諌めるように睨みつけ、その後ろで気恥ずかしそうにもじもじしながら二人に注意するのは綾波型の一人であり、どこがとは言わないが駆逐艦の中で特に大きいと話題に上がる潮が続いて入ってきた。

 

「んで~、第七駆が何しに来たん? 先に言うとくけどここお茶と煎餅しかないよ、暇つぶし探してるんやったら他あたりぃ」

「え? でもテレビあるでしょ、なんで点けてないの?」

「何や、テレビ見たいんやったら基地の談話室にあるやん」

 

 少し騒がしくなった待機所の戸を後ろ手に閉めて最後に入ってきた漣達三人と一緒に第七駆逐隊(鎮守府非公認)を名乗っている朧は電源の点いていないブラウン管テレビを指さす。

 

「それがさ~、談話室は敷島さん達がゾンビみたいな顔で居着いちゃってて、今はちょっと近寄りたくないんですわ~」

「ゾンビってもうちょっと言い方ってもんがあるでしょ! 失礼じゃない!」

「え~、それ以外にどう言うの? ぼのたんだってあの四人見た時、ドン引きしてたっしょ」

 

 ずかずかと遠慮の欠片も無く部屋の端に畳んであるパイプ椅子を人数分持ち上げる桃髪娘の指摘にツリ目の少女がサイドテールに結った鈴をチリンと揺らして顔を背け、図星を突かれたのか返答に窮した事を誤魔化すようにテレビのリモコンを手に取る。

 

 前回の大規模作戦である指揮官の勝手な行動により舞鶴基地に弱みを握られてしまった鎮守府の司令部は長時間の議論と交渉の末に人数の大幅な増員は防ぐ事ができたものの、舞鶴側が熱烈に要求した艦娘の中で最大火力を誇る艦種である戦艦に属する艦娘を四人も出向させる事になった。

 

 まだ鎮守府では出撃許可を得ていない訓練過程の途中であった戦艦達ではあるが舞鶴基地としては日本海側から本土攻撃を受けた際の保険でありエースカードとなり得る存在を四人も確保できて万々歳。

 さらにやってきたのが日本海軍の黎明期を支えた敷島型戦艦姉妹であった事もあり着任から現在まで敷島、初瀬、春日、三笠の四人は下にも置けない厚待遇を受けている。

 

「あぁ・・・敷島はんら、最近ずっとそんな感じやもんね、でも舞鶴に来て一度も出撃できてへんしあれはしゃーないわ」

「私たちで何か助けられる事があれば良いんですけど、なかなか思いつかなくて」

「でも今日は特にひどかったよ、漣が言うほどじゃないけど談話室のソファーに並んで暗い顔して項垂れててさ・・・」

 

 原型は旧式艦である為か基本装備が戦艦と言うより重巡に近い敷島達ではあるが艦娘としての種別としてはちゃんと戦艦であるので艦種能力である殲滅戦形態への変形は問題無く行えた。

 しかし、その大量破壊能力を使えてしまうが故に政治的な理由から敷島型戦艦達は派遣されてから一度たりとも海に立てず、日がな一日、陸上訓練か自習、もしくは割り当てられた寮の保守点検ぐらいしか仕事が無く舞鶴基地の厚遇と自分達の存在意義の間に挟まれて答えの出ない問題に頭を悩ませる日々を続けている。

 

「あ・・・テレビ点けるの?」

「何よ、なんか文句あんの?」

「ぅ・・・別に、無いけど・・・」

 

 リモコンを手にしてテレビに向ける曙から少し不機嫌そうな視線を向けられた山風は小動物を思わせる仕草で肩を竦めてパイプ椅子の上で身を縮め。

 わざとでは無いが気弱な少女を睨みつける様な真似をしてしまった綾波型八番艦へと姉妹艦達が非難するように眉を顰めた。

 

「ちょっと、曙・・・」

「べ、別に怒ったわけじゃないし! さっきのは何で暇そうにしてるのにテレビ点けてないのかって聞いたのよ!」

「いや、その言い訳は流石に苦し過ぎますぞ、ぼのたんェ・・・」

「山風ちゃんをイジメちゃダメだよ、曙ちゃん」

 

 その場の空気に居心地悪そうな顔で口を尖らせながら小さく曙は山風に短く謝罪し、それに対して目を反らしながらも舞鶴基地に一人だけしかいない白露型艦娘は気にしていないと小さな返事を返す。

 

「でも、ホントに何でテレビ点けてないの? 黒潮も暇だって言ってたよね?」

「ぁ~、うん、なんちゅうか今日な、碌な番組がやっとらんねん・・・ほとんどが国連がどうたらこうたらっちゅう特番になっとるみたいでなぁ」

 

 丁度、曙がテレビリモコンの電源ボタンを押したのと黒潮が少し拗ねた様に顔を顰めて朧に何故テレビを点けていなかったのかを明かしたのは同時だった。

 

「どっかの政治家はんとかエライ大学の先生(センセ)とか言うのんがウチらの事ボロカスに言うとってね、気分悪いから電源切っとったんよ」

 

 ぶぅんと小さく唸りブラウン管テレビの画面に光が走り、丁度どこかのテレビ局が放送している番組のロゴが大きくガラスの内側に映し出される。

 

 国連による日本制裁決議直前! 徹底討論、日本党と艦娘の実態!

 

 画面一杯に書かれた原色の太文字を読み上げる張りのある司会の声が彼女達のいる待機所に響いた。

 

「は? なにそれ・・・?」

 

 黒潮と山風は揃ってうんざりした顔になり、今日は一度も外のニュースに触れていなかったらしい第七駆逐隊の面々が目を瞬かせ疑問符を頭の上に浮かべた。

 

・・・

 

「岳田総理は確かにリーダーとしては優秀ですが、だからこそ党内でも独裁者のように振る舞う事が当然と言う風潮が許されています」

 

 テレビカメラが並ぶスタジオのゲスト席で微笑を浮かべながら日本党に所属する議員が主観に基づいた(脚色された)内部事情を口にする。

 

「そのワンマンシップが今回のような国連による日本への経済制裁を踏み切らせる原因になったのは明らかでしょうね」

 

 灰色のスーツに華美なネクタイを締めた中年、数年前にとある野党の党首をしていながら選挙の直前で日本党にすり寄りどうやったのか推薦を得て、議席の端に滑り込んだ男は自らの所属する組織の代表をここぞとばかりにこき下ろす。

 まるでその決議案を国連が主導しているかのように、まるでもう制裁が決定したかのように、笑顔を浮かべてその原因が日本の首相であるかの様に騙ってみせる。

 

「国民の税金が注がれていると言うのに艦娘の運用管理も不透明である事もまた、過剰な戦争技術の秘匿によって近隣諸国を徒に刺激しているのは日を見るよりも明らかです!」

 

 自分の所属する政党や自衛隊がわざわざ防衛力とオブラートに包んだ言い回しをしている事を完全に無視して艦娘が憲法に反する過剰な戦力であると言う。

 放言と言うよりはもはや失言として取られかねないセリフを厚顔に言い切るが彼にとってそれは些末な事でしかなかった。

 

「平和国家である日本にとって過剰戦力である艦娘は世界平和の為に国連軍の管理下に置かれるべきです」

 

 海路を荒らし回る深海棲艦のせいで経済活動を滞らせる国がちらほらと現れる世界情勢、半ば形骸化した国際連合の議会では今のところは国勢を維持できている大国の大使が無為に牽制し合うだけの場となっており。

 軍事と言う一点において他国からお飾りと言われてきた自衛隊だけが持つ唯一と言って良い深海棲艦への対抗手段を薄っぺらな世界平和の題目に捧げると言うのはあまりにも理想主義が過ぎる。

 

「戦争をしないと宣言した国が矛盾する存在である艦娘を独占したことで多くの犠牲を世界に強いることになりました!」

 

 被害だけを増やした名も無い海戦以降は意見の一致すら難しくなった国際組織によって現在に至っても結成された事実が無い国連軍が今後、仮に結成されたとしてそこへと艦娘を差し出したところで日本を優先的に守ると言う確証は無い。

 その男は自国防衛に興味を持つ者や軍事をかじった者が聞けば噴飯するだろう支離滅裂な内容の理想論を主張する。

 

 だが、そのセリフの大半はテレビ局側が日本国民協和党に所属する彼に言って欲しいと札束と共に差し出してきた台本をいかにも自分の言葉であるかのように語ってみせているだけでしかない。

 

 そう言う意味ではこの番組の趣旨は出演者による討論では無く、彼の演説が主題でもない。

 言うなれば台本に定められた役柄を演じ、テレビ局側が望むセリフを吐く出演者によるドラマ番組だった。

 

「そのために今回の日本に対する経済制裁案が国連へと提出されたことはある意味では当然の結果かもしれません」

 

 現段階でその制裁案に賛成を表明している国が片手で数えられる程度と言う情報は伏せ、まるで世界全体の意志によって日本が孤立して市民の権利と安全が岳田内閣によって脅かされるのだ、と。

 そんな陰謀論を織り交ぜた話にタイミング良く合いの手を入れる司会や無意味にはやし立てるタレントのざわめきを受けながら男の演技は台本通りに終わる。

 

 岳田首相が諸悪の権化で独裁者であるとか、艦娘を内輪揉めに忙しい国連に差し出してしまえとか、遠回しな言い方であるがベラベラと彼が垂れ流した演説は日本党の保守派が一番悪いと言う印象操作の為の材料であり。

 だからこそ、その主張をひっくり返しかねない五ヶ国の常任理事国の中でとある一国以外はその制裁に関する議題に否定的な立場を表明していると言う情報はおくびにも出さない。

 

(ははっ、たった小一時間の演説でこの稼ぎ、笑いが止まらねぇなぁっ、日本党様々だ)

 

 現政権がいくら滞りなく政策を進めていると主張してもそれに対して疑いを持つ人間は必ず存在し、そう言った人間にとって首相や内閣が不正を隠していると言うのは決定事項であり、男にとって今日の放送は日本党内のリベラル派から支持を集める為のデモンストレーションとしては効果的と言える。

 

 そして、メディアにとっても自衛隊がしっかりと仕事をしてくれているので今日も大きな問題無く日本は平和です、などと放送した所で視聴率は稼げないと思い込んでいる為に報道関係者は多かれ少なかれ何かしら政府内部の不正(火種)を見つけたいと考えており、今回の中国中心になって国連に提出した制裁決議は渡りに船だった。

 

 その政治家にとっては艦娘の待遇がどうなろうと構わない、艦娘の試験運用中だった数年前に鎮守府への妨害工作を行った日本党内外の議員の複数人が事件発覚後に行方不明(消された)になった事すらどうでも良い。

 

 自分は考え無しに与党がする事だから反対反対と叫ぶ事しかできない様なバカ共と同じミスを犯す事は無いと確信している。

 

 オカルト技術で生まれた人造人間共が化け物と殺し合いがしたいと言うなら好きなだけやっていればいい。

 要は自分の地位と金を更に高めてより豊かな暮らしをする為に使えるモノは全て使うだけの話なのだ。

 

 野党よりも与党、衆議院よりも参議院、日本と言う一国よりも国連と言う巨大な組織、より大きな権力を笠に着て自由と平和など耳に聞こえの良い主張を振り翳せば支持者と後援会(金づる達)は財布の紐を緩める。

 全体的には保守系政党である為に左派市民の票を集め辛い日本国民協和党にとって党内リベラル派の代表とも言える席にある自分を一方的に切り捨てると言うリスクはまず犯さないだろうと彼は高を括っていた。

 

 選択権は自分の手にある。

 

 より良い豊かさを手に入れる為なら強そうな組織を目敏く選び潜り込む事に、政治家としての主義主張をすり替える事に躊躇いを持たない獅子身中の虫には国や政党に対する忠誠心など欠片も無く。

 自分以外の存在を使えるか使えないかで選んできた拝金主義者は今までもこれからも手に入れたモノをいつ使えば一番良いか、いつ売り飛ばせば高い値が付くかだけで判断するだろう。

 

 仮に日本党と言う組織が自分を排除しようとしたり、党や国が危なくなれば次の自分の地位を保証してくれる国や組織へ他人を売り飛ばしてでも居場所を確保すればいいだけの話なのだ。

 

 ペコペコ頭を下げるテレビ局のディレクターに見送られ政治屋(蝙蝠)は鷹揚な態度で秘書が運転してきたらしい車に乗り込み後部座席でふんぞり返る。

 

(アメリカか中国、いや、どの国だろうとあのオカルト兵器の資料は高く売れる、さて、どこに幾らで売るか・・・う~ん♪)

 

 党内の状況を報告し合う会議や資料室などで先日、運が良い事に偶然(漁って)見つけた(盗み出した)艦娘の研究資料やその流用技術で造られたミサイルや弾丸の設計資料のコピー類をいつ国外に持ち出して売り捌くかを皮算用し始めた。

 

 艦娘とか言う得体のしれない人間の形をした怪物を有難がっている党内部のおめでたい連中と違い自分は海に囲まれたこの国の寿命は長くない事を理解しているからこそ、どこに付くかの選択を間違えたりはしない。

 

 深海棲艦に空路や海路が塞がれる前に取引材料に使えるモノを集めるだけ集め、資産も外国口座へと移せば予め伝手を用意しておいた大国の交渉相手と桁違いの金が動く商談を始める事が出来る。

 今日のテレビ出演はその前の小遣い稼ぎのようなモノであると同時に自分が日本党の内部で世界平和と国際協調を掲げる善意の代表であると周囲に思わせておく為に用意した時間稼ぎの芝居だった。

 

 怪物がばら撒く被害を受ける沿岸部からの人離れが加速する事を見込み出来るだけ早く日本を離れて、大陸の内陸で優良な不動産を手にすれば将来の需要増加によってさらに莫大な富を自分に運んでくるだろう。

 小国の政治家から土地転がしの富豪に転職するのも悪くないと顔をニヤつかせていた男は自分が乗っている車がいつの間にか止まっている事に気付く。

 

 まだ一時間も経っていないはずなのにもう自分の事務所に到着したのかと窓の外を見た男は首を傾げる。

 

「おい、どう言う事だっ、ここは何処なんだ!?」

 

 スモークガラスの向こう側に見えるのは薄暗い地下駐車場らしく、まばらに車が停まっている地下空間に何故自分が連れて来られたのか分からず男は秘書が座っている運転席を後ろから何度も蹴り乱暴に問う。

 

「返事もしないで、おい、聞いているのか!」

 

 しかし、秘書は椅子を揺らす振動を無視しているようで微動だにせず、その態度に苛立ちを感じた政治家は前方の座席へと身を乗り出して相手の顔を睨みつけた。

 

「よっぽど首にされたいらしいっ・・・、・・・お、お前は誰だ?」

 

 男の記憶が確かなら今日の運転手をしている秘書は額が広くいつもおどおどしているヒョロ長の中年であるはずなのに、目の前の運転席にいるのは折り目正しいスーツ姿を姿勢良く着こなした見覚えの無いオールバックで髪型を整えた細目の優男だった。

 

「失礼しました。随分と楽しそうに考え事をされていた様なので、声を掛けるタイミングを測りかねていたんですよ」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべ背中を座席ごと蹴られた事をまるで気にしていない様子でその男は慇懃な口調で金満政治家へとおどけて見せる。

 

「だ、誰だと聞いてるんだ!! お前は!?」

「いやいや、我々は名乗るほどの者じゃないですよ、それに・・・貴方に覚えておいてもらいたいとも思いませんからねぇ」

 

 不気味なほどに朗らかな調子で受け答えする運転席の男の調子に嫌な予感を感じた政治家は後退り後部ドアへと手を掛け、ノブを握り押し開けようとした。

 その直後に中年太りをスーツで隠した身体が外からの力で開かれたドアに引っ張られて何処とも分からない地下駐車場の床へと転げ落ちて彼は呻く。

 

「どうも、失礼は重々承知していますが、我々は貴方が持ち出した部外秘の資料に関して少しばかりお話がありまして」

 

 いつの間にか車を囲むように体格の良いスーツ姿の男達が並び立ち、運転席のドアを開けて車内から出てきたオールバックが苦笑しながらコンクリート床にへたり込んで困惑している参議院議員を見下ろす。

 

「あれは、いつかは世界に公開される予定ではあるのですが、今はまだ他の国に持っていかれると困るんですよ」

「な、何のことを言っている!? 私は知らないぞ、そんなモノ!」

 

 相手が言う資料が何を指しているのかは分からない。

 おそらくは艦娘に関する資料の事だろうと予想は出来るものの自分が何かしらの機密に触れる時には潔癖なほど証拠を残さず処理してある筈だと確信している男はどもりながらも白を切る。

 

「お前達は自分が何をしているのか分かっているのか!? 私は参議院議員で、こんなっ誘拐するようなまねをして! これは犯罪だぞ!!」

「ええ、失礼は承知しております、と先ほど言ったはずですよ? 岳田総理からも了解はとってありますので」

 

 得体の知れない男達に囲まれて縮み上がりながら虚勢を張る政治家へと朗らかな微笑を浮かべたままリーダーであるらしいオールバックの男が軽く手を挙げる。

 

「・・・は? 何を言って・・・おいッ!?」

 

 それを合図にビジネススーツの上からでも筋肉の盛り上がりが分かる男達が中年男を取り押さえ、その顔に最低限の空気穴がある皮袋を被せて無理矢理に黙らせた。

 

「貴方以外にも資料に引っかかったネズミは他にも何人かいるんですけどね、どいつもこいつも簡単に尻尾を出してくれたので張り合いがなかったんですよ」

「ッ! ッ!?」

 

 その点では貴方は優秀だったですね、と笑う男の声に皮袋の中で自分が何者かの罠にかけられた事を悟ったネズミが袋の中に閉じ込められたまま籠もった叫びを上げる。

 

「そろそろ前回の掃除を忘れてしまった記憶力の悪い連中が動き始めたので余計な事をされる前に先手を打つ必要がありまして、そう暴れなくとも我々は手荒なことはしませんよ・・・それも、まぁ、貴方の態度次第ですが?」

 

 袋一枚隔てた真横から耳元に囁いてくる男の声に暗闇の中に閉じこめられた獲物は締め上げられた鶏の様なうめきを漏らす。

 

「まぁ、落ち着いた場所で酒でも嗜みながら我々と今後の日本の事を語り合ってみませんか?」

 

 きっと有意義な時間が過ごせますよ、と嗤う声を漏らすオールバックの内襟で大の字を塔の形に見立てたような意匠のバッチが鈍く光った。

 

「多大な資金と労力を掛けた数えきれない様々な活動によって他国から信用と信頼を勝ち取る難しさ、そして、それを土足で踏みにじって自分の利を貪る寄生虫がどうなるかの話など、きっと貴方も興味を持っていただけるでしょうからねぇ・・・」

 

・・・

 

「・・・んぁ!?」

 

 深海棲艦が原因の地価変動により最後のオーナーが手放してから放置されていた舞鶴港の一角にあった中古マンションを国が買い取り、改装した艦娘寮の一室でベッドにウサギ柄のパジャマを着込み寝転がって足をパタパタと意味なく動かしていた少女が不意に手の中の携帯電話を覗き込み目を瞬かせる。

 

「漣? どうしたの、変な声出して?」

 

 無地のスポーツブラにショートパンツと言う寝間着と言うには薄着過ぎる下着姿で床に座り込み手足のストレッチをしている明るい茶髪の少女が妙な声を出した姉妹へと顔を向ける。

 

「んふぃ~、なんでもないですぞ、おぼろん」

「そう? なら、良いけど」

 

 露骨に何かを誤魔化す様な怪しい喋り方だが、良く考えれば漣はいつも無意味に意味深な物言いをしたり妙な語尾を付けて喋ってるか、と納得した朧は風呂上がりのストレッチを再開した。

 

「ぁっ、ちょっとそれ、クソ提督の携帯電話じゃないの? まさか、あんた、また勝手に持ち出したんじゃないでしょうね!」

「いやいや、流石に漣でももうそんな事しないって・・・コレはご主人様が漣達の為に用意してくれた第七駆逐隊専用の携帯ですぞ~」

 

 大規模作戦が舞鶴で行われていた時期に東京湾の鎮守府で起こったとある現代の文化に興味を抑えきれなかった駆逐艦によるインターネット掲示板への書き込み事件。

 書き込みが匿名であった事や内情に関係なく他愛無い内容であった為に大事にならず、犯人である勝手に指揮官の携帯電話を持ち出して遊んでいた漣への罰は驚くほど軽く厳重注意と謹慎で済んだ。

 だが、彼女にネットスラングを教えた原因である指揮官はたっぷりと鎮守府の司令部から所持品の管理の拙さや部下の教育がなっていないなどとネチネチと責められた後に舞鶴勤務を言い渡されて第七駆逐隊と共に任地に就く事になった。

 

「私達の携帯? いつの間にそんなの貰ったの?」

「お風呂入るちょっと前ですな、まぁ、防諜の為とかでいろいろ制限があるから電話としては使えないしNi‐チャンネルにカキコも出来ないんだよぉ、萎え~」

「でも、いんたーねっとって言うのは出来るんでしょ? 図書室に行かなくても本とか新聞が読めるんだよね?」

 

 運動神経は抜群だが現代の科学技術にはまだ対応しきっていない姉妹艦の少しずれた言葉に苦笑しながらも漣はその通りだと返事を返す。

 

「漣っ、そう言う大事な事はちゃんと先に言いなさいよ!」

「聞かれなかったもんで、えへへっ♪ でも司令部に怒られて貯めてたコイン全部没収されちゃったってご主人様に愚痴ってたら持って来てくれたし、これ、ほとんど私が貰ったもんじゃね?」

 

 ベッドの横に設置された勉強机から睨むような吊り目を向けて強い口調をぶつけてくる曙へベッドの上でごろごろしている漣はのらりくらりとした態度で返事を返す。

 

「んなわけあるか! ああ・・・もぉ、夜中に変な事で叫ばせるんじゃないわよ・・・」

 

 綾波型の八番艦はあまり反省の見えない九番艦の態度に深い溜め息を吐いて勉強を続ける気力を失い机の上に開いていたノートを閉じた。

 

「それで何か気になるサイトがあったの?」

 

 姉妹の中でもっとも髪の量が多いためにドライヤーの使用時間も比例して長い潮がドレープでボディラインが目立たないゆったりとしたパジャマを揺らしながら二段ベッドの一段目にいる漣の手元をのぞき込む。

 

「・・・んっふっふ、気になるぅ?」

 

 反射的に携帯の画面を胸に押しつけるように伏せた漣は一瞬の逡巡の後、にぱっと顔に明るい笑みを浮かべて勿体ぶる。

 

「そう言うのもう良いから、勿体ぶってないでさっさと言いなさいよ」

 

 姉妹でもっとも早く風呂を上がり自習をしていた薄紫の花が散らばる柄の寝間着を着た曙が呆れを滲ませる半眼を二人の方へと向けながら、机の上の筆記道具や参考書、ノートを机の引き出しへと片付けて手元を照らしていたスタンドライトの電源を落とす。

 

「それはですねぇ・・・来週の腕白RUSHは釣り吉ラッシュのスペシャルやるみたいだよ~♪ ぼのたん一押しコーナーktkr(キタコレ)♪」

 

 大袈裟にまるで何かの記念日を祝うような言い方で漣は少し前にインターネットで調べた来週のテレビ番組の予定を発表した。

 

「わぁ、良かったねっ、曙ちゃん!」

「べ、別に楽しみにしてるわけじゃないし、・・・見ないわけじゃないけど」

 

 それを自分の事の様に喜ぶ潮と少し頬を朱に染めながら満更でも無さそうに横目でカレンダーを確認している曙の姿に漣は微笑み。

 ふと自分の方をじっと見ている朧が自分の他愛の無い嘘に気付いていると察した漣は小さく肩を竦めて見せてあまり追及しないで欲しいと他の二人に聞こえない様に彼女の心へと通信を送る。

 

『じゃあ今度、私にもいんたーねっとの使い方教えて』

『おk♪』

 

 その漣の手の中に隠された携帯電話の画面、胸元の布地に押さえつけられて隠された液晶にはとある政治家が自宅で死亡していたと言う速報記事が開いていた。

 

 その記事にはつい数日前に待機所のテレビを借りて見ようとした曙が(本人は)毎週楽(頑なに)しみにしてい(認めていない)るDIY精神の塊で出来たようなアイドル兼何でも屋達が主役の番組。

 それを潰して放送されていた特別番組のゲスト席で調子良く頭の中身が心配になる様なおめでたい演説をしていた政治家の名前が記されている。

 

 本人の自宅で発見された死後二日ほど経ったその遺体に外傷は無く、検視結果から死因は急性アルコール中毒であると断定された事や空になった酒瓶がいくつも遺体があった部屋に散乱していたと言う記事の内容を流し読みして。

 

(言っても皆の気分悪くさせるだけだし、大した事でも無いし、まぁ、いっか)

 

 漣にとっては平和ボケした政治家が飲酒の加減を間違えて勝手に死んだだけの話でしかない。

 曙達も気分を悪くするだけだった内容のテレビ番組に出演していた政治家が死んだ、などといきなり言われてもそれがどうした、と言う他に無いだろうと戦いを日常としている少女は結論する。

 

 そして、ブックマークボタンからお気に入りの雑談掲示板を開き、明日の朝には忘れているだろう彼女にとってどうでもいいニュースのページは上書きされた。

 




次回からついに第三章が始まるよ。

始まっちゃうよ・・・。
ちゃんと書ききれるか不安で仕方ない。

プロット通りに書くとグロい描写や鬱シーン、政治シーンだらけの誰得展開が待ってる。

さてはコイツ、艦これ始める気ねぇな?
ストーリー改変しなきゃ(使命感)
 


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第三章
第四十五話


この馬鹿(作者)、性懲りもなくまた艦娘が一人も出て来ない話書きやがった!

艦これの小説なんだぞっ!?
三章開始の四十五話目だぞ!?

誰も気が付いてないだろう伏線を回収してる暇があったら艦娘の出番と肌色の面積を増やせよ・・・。




「ご苦労だったね、田所君」

「いえ、大した事ではありませんでした」

 

 黒塗りの公用車の中で田所浩輔はその整った顔立ちに冷たさを感じる微笑を浮かべながら自分が秘書として仕えている相手である品の良いスーツを纏った男性、日本国民協和党の代表であり、日本行政の頂にいる総理大臣、岳田次郎からの労いに軽く頭を下げる。

 個人の利益の為に組織全体の仕事を滞らせる害獣共の餌を撒き監視して然るべき時に知らせるだけの簡単な仕事、それは自分は手を汚す事なく総理からの信頼を得ただけでなく大塔財団の裏の顔への伝手と言うオマケまで付いてきた。

 今回の人生は前よりも格段に自分は上手く生きていると言う確信をその美形の裏に隠し、前の世界ではある大企業で管理職に就いていた田所は自らの仕事の成果にほくそ笑む。

 

「約束通りあの計画へ官僚として参加するための席を用意するのは良いが、君なら国会議員としても上手くやって行けるだろうに」

「いえ、身の丈に合わない高望みは身を亡ぼすだけと言う実例を見ましたので」

 

 他人の上に立って演説し先導(サーカスのピエロ)していくなどと言う高尚な立場(怠惰な愚者)に自らが成るなど反吐が出る。

 そんな主張を胸の内に隠して田所は正当な労働に十分な報酬を得る社会の一部として働く事こそが最良の生き方を信じていた。

 

「ふむ、確かにその通りだな・・・さて、そろそろ着くか」

 

 田所の何気ない一言に妙に深く同意する様に頷き苦笑した岳田は走る車の窓から見える巨大な施設、表向きは原子力発電所として膨大な電力を数百万人へ供給している敷地を見つめる。

 今回の害獣駆除の対価として田所が岳田に望んだのは艦娘の拠点である鎮守府への介入権を有する官僚としての席。

 

 彼は教育に熱心な母親と講師であった厳格な父の影響から今世も前世においてもテレビゲームの類とは縁が無く。

 その計画の原型となったと言う前世に存在してたソーシャルネットゲームの情報などテレビCMか広告を流し読みする程度の情報しか知らない。

 鎮守府や艦娘と言う単語すら計画の是非が国家の審議に掛けられるまで忘却の彼方であったのだから。

 

(組織内の転生者(無能)がゲームの設定にでも従っているのか、それとも過去の失態を誤魔化す為か、どちらにしても今の鎮守府は運営や研究だけに留まらず、何から何まで無駄が多すぎる)

 

 発電所の敷地内で車は停まり、車内から出た田所は自分の前を歩く岳田の背中を見つめながら心中で艦娘や鎮守府を甘やかしている現在の管理体制とその原因である総理大臣の迂闊さを是正すると言う使命感を心中で強める。

 

(だが、私ならより洗練した無駄の無い組織へと生まれ変わらせる事が出来るだろう)

 

 彼にとって艦娘の原型がゲームであろうと今は紛れも無く国防の要となっている存在、それが実質、好き勝手な好みや理由で上司を選び仕事を選ぶ事を許している現在の有り余る無駄を抱える鎮守府の管理体制には憤りしか感じない。

 他人の足を引っ張る事しかしない無能は不要、全体の和を乱す個人主義もまた無用、全体の為の個人として一定の労働力を安定供給させる事がより良い社会を形作るものなのだ。

 

「さて、それでは先に言っていた通り、この施設の事を知ってもらう事が最後の条件だ。その上で君が望むなら私からの最大の援助も約束しよう」

「ありがとうございます」

 

 護衛と共に施設を歩きながら後ろ手を組んだ岳田は感慨深そうに白い建物を見上げ、自分が望んだ報酬を得る為の最後の条件として連れて来られた発電所へ特に興味も無く田所は上司に小さく頭を下げる。

 

(知ってもらう事が条件か、ここが原子力発電所では無い事など私は既に知っていると言うのに、まったく社会見学など中学生以来だな・・・)

 

 岳田の後に続いて施設へと入っていく田所は皮肉った思考で既に知っている情報を頭の中に引き出す。

 

(大気中の霊的エネルギーを利用した燃料を必要とせず、廃棄物も出ない強力な発電システム、前の世界では考えられない凄まじい技術だが・・・だからどうしたと言うんだ)

 

 この世界の日本に原子力発電所などが存在しない理由の詳細も事前の調査で既に承知している、だが、自分は電力会社の経営者になりたいわけではないのだと田所は僅かに眉を顰める。

 

「ここが発電所として完成してからもう30年になるか、所で君はここが一体どんな施設であるかは知っているかね?」

「はい、刀堂博士が提唱した霊的エネルギー力学理論の応用によって作り出された発電技術を利用した史上初の霊力発電所です」

 

 戦後の米国などから提供された原子力発電用の核燃料は一部が大学などの実験に使われている以外は手を付けられる事無く政府が所有する倉庫施設で厳重に保管されており、今、田所達が居る発電所と言う名前を被った実験施設を含めた日本に点在する全ての原子力発電所にも核物質など一gも存在していない。

 そして、一行はそれぞれ厳重な持物と身体の検査をされ、施設の案内らしい職員に先導され発電所の中央にある巨大なドーム状の建屋に足を踏み入れた。

 分厚いドアを通り発電所内に入った田所は巨大な機械が立ち並ぶ複雑な内装の中心に液体で満たされた高さ10mはあるだろう巨大な円柱を見上げる。

 

「良く知っているねぇ、まぁ、最近では公然の秘密となってきているから仕方ない話かなぁ・・・」

 

 その円柱の中で渦巻く青白い光が数えきれないほどのフィンを回して装置の基部にあるタービンに鈍い音を立てさせ、作業員らしい男達が操作盤などの周りを歩き回っていた。

 

「総理が言っていた条件はコレを知っているかどうかと言う事だったのですか?」

 

 部外者が知るにはハードルが高いモノの日本党である程度の権限があれば党本部の資料室で手に入れられる情報、知った当初は驚きもしたが今の田所にとっては既に知っている情報を復習させられた様なものであり自分が老人の我儘に無駄な時間を使わされたのだと合点する。

 

「ああ、それも一つではあるな・・・ところで君はこの発電機がどの程度の世帯の電力を賄えるかは知っているかね?」

「・・・通常運転時では512万kw、約170万世帯分であったかと」

 

 稚拙な質問に教科書通りの返答、まさに子供の社会見学だ。

 微笑みながらこちらへと下らない問いを掛けてくる岳田への呆れを澄ました表情の裏に隠して田所は予め不備の無い様に調べておいたこの施設の情報を口に出す。

 

「違うよ、田所君・・・あれが作る電力は精々、あ~えっと、君、20万kwぐらいだったかね?」

「は・・・? そんな馬鹿な」

 

 田所が公式の資料と民間の調査報告などから調べた情報をあっけらかんとした微笑みを浮かべたまま否定した岳田は施設案内の為に近くにいた職員の男性へと気安い調子で話しかけ、声を掛けられた男は目に見えて狼狽しながら総理へと顔を向けた。

 

「いえ、あの・・・総理・・・それは」

「大丈夫だよ、ここでそれを知らないのはそこにいる彼だけだ、そして、今日はそれを彼に教える為に我々はここに来た」

「・・・は、はい、確かに現在の発電量は20万kwほどが限界ですが、しかし、今後予定されている新たな装置の設置と機能の効率化によって数十倍の出力を出せる目処がついています!」

 

 その会話の違和感に田所は妙に背筋がざわつく、周りを見回すと護衛の黒服は表情を僅かに強張らせ、発電機を管理している作業員はこちらをチラチラと視線を向けてくる。

 そして、問いかけられた男が自分達の管理している装置を侮られた事に少し憤ったような顔でだが田所たちへと頷き総理の言っている通りだと同意した。

 

「うむ、そこらへんは予算会議の時にでも詳しく聞かせてもらおう、今後もその調子で頑張ってくれ・・それじゃぁ、行こうか、田所君」

「いえ、待ってください。先程の20万kwとは一体? ここが都市部へ電力を供給しているのは確かなはずです」

「そうとも、ここが数百万の人間の生活を支えている事は覆し様が無い事実だよ。だからこそ、その種明かしをしようじゃないか」

 

 嫌な予感が背中でざわつき歩き始めた岳田の背について行く事を拒む様に足が重くなるが、いつの間にか背後に立っていた護衛がまるで退路を塞ぐように田所を見つめ、自分が取り返しのつかない状況へ引き込まれていると自覚しながらも彼は歩を進めるしかなかった。

 岳田について発電所の建屋を素通りして裏口から出ると目の前には綺麗に石畳で舗装されたハイキングコースのような海を臨む山道が伸び、その道を何の気負いも無く軽い足取りで歩く日本国首相の後を歩く田所は徐々に口の中が渇く不快感に眉を顰め。

 

「ここだ、ここに君が望んだポストを得る為に知らなければならない物が保管されている」

 

 施設の外側からは見えないように抉られた山肌に埋め込まれた完全に開けばトレーラーすら入れそうなほど巨大な扉、その前に立って肩越しに振り向いた岳田の顔はまるで悪戯を実行する前の子供の様に笑っており、その顔に言い知れない警告を放つ胃痛を抑え込み田所は何とか引きつった笑みで応える。

 巨大な扉の脇に造られた人間サイズのドアを案内の職員が開き、それに続いて入った面々の前には何かの機械が壁際に幾つか並ぶ倉庫の様な広い空間が少し頼りない蛍光灯の光で照らされていた。

 

「総理、防護服を・・・」

「いや、私には必要ない、そっちの田所君もだ・・・彼も私と同じだろうからね」

 

 倉庫内の警備室だろう場所から出てきた数人の警備員が田所達へと物々しい防護服を差し出してくるが岳田はその数をわざわざ二つ減らさせ、周囲の対応から明らかに人体への危険があるだろう場所へ向かう事に気付いた青年は澄まし顔を崩し今度こそ完全に引きつらせた。

 

「そ、総理、危険な場所に向かうなら私達もそれを着た方が・・・」

「言っただろう、私と君は同じだから問題無いと」

 

 転生を経験した人間にはあそこの害など有って無いようなモノだ、田所の肩に手を置き朗らかな笑顔で告げられた岳田の言葉、防護服を着込んでいる背後の者達に聞こえないほど小さな声が告げた内容は彼が今まで周囲に気付かれないように隠していた情報が含まれていた。

 目の前にいる老年の男が自分と同じように転生を経験した人間ではないかと言う疑いは日本党に入るよりも前から抱えていた疑惑だったが、親にも知られていない自分の秘密まで看破され、それをまるで他愛の無い事だとでも言う様に告げる岳田の姿に田所は目を剥き絶句する。

 しばし、呆然としていた田所は耳に大きな金属と機械の音が届いた事で我に返り、倉庫の床の一部が一段低くなり音の発生源がそこにある事に気付く。

 

「では行こう」

 

 地下へと向かう昇降機となった床へと乗り手招きする岳田に続き、まるで古い映画に登場する宇宙服の様なずんぐりむっくりとした防護服を纏った護衛達がエレベーターに立ち、その前で立ち尽くしていた田所の背が後ろに立っていた宇宙服の太い手に押されてたたらを踏みながら青年は地下の入り口へと乗ってしまう。

 

 そして、大型の資材搬入用らしいエレベーターが物々しい音を立てて動き出した。

 

「そろそろ、君にここが一体何の為に造られた施設であるかを教えておかなければならないね」

 

 少し耳障りな音と共に地下へと向かう警告灯らしい赤い光がエレベーターの縁で点滅する薄暗い空間、その中心で後ろ手を組んだまま立つ岳田は後ろに立つ田所に振り返る事無く独白する様に言葉を続ける。

 

 自分が刀堂博士と出会い才能があるなどと煽てられ口車に乗せられて政治家を目指した事。

 その一番目の仕事としてこの施設がある都市の議員となり表向きは原子力発電所と言うカバーストーリーを用意した事。

 その後、三十年以上の時間をかけ、協力者を増やし、大塔財団の多大な援助によってここ以外にも同じ施設を複数用意した事。

 全ての用意が整い自分と同じ様な理由から政治家となった協力者と現在では最大与党となっている政党を結成した事。

 

 先ほどとは違い護衛などの耳がある為か転生者である事だけを伏せて淡々と自分の半生を語る男の声を聞きながら田所は暗闇に視界が揺れ始めているような錯覚を感じる。

 

「苦労して世間に知られないように集め、この地下へと秘密裏に収容されたそれらは私達に半永久的に電力を生産供給し続けてくれる便利な存在となるだけのはずだった・・・」

 

 刀堂の言葉と理論に協力したのはオカルト技術の完成によって得られる利益が少し考えただけでも莫大なモノだったからであり、純粋にあの狂人の言葉を信じて計画に参加していたのは大塔財団の会長ぐらいなものだ、と岳田は暗闇の中で低く喉を震わせて笑う。

 

「刀堂先生の志しと生き方は憧れたし尊敬も出来た、突拍子の無い事を言い出すけれど面倒見の良い性格には何度も助けられて感謝以外の言葉が無い」

 

 しかし、その笑いは自分達の功績を誇ると言う笑いでは無い、むしろ自分の失敗への自嘲を宿して田所の耳を揺らす。

 

「私達は彼の頭脳から溢れる知性には白旗を上げる事しか出来なかった、だが、それでも、その口が語る言葉は信用するべきでは無かった、私達は刀堂吉行と言う人間を信頼してはいけなかったんだ」

 

 政財界だけでなくあらゆる分野に混じる様に存在している刀堂吉行のシンパ、その独白は田所が知る限りで政治家と言う類の中では筆頭であるはずの男が言うにはあまりに不釣り合いに感じる。

 

 世界的なマナエネルギーの復活と地球環境のどうしようもない変化。

 東京湾に用意した鎮守府の地下でマナを集め続けている霊力の結晶で造られた中枢機関の存在。

 その人工の世界樹が持つ人間の味方である艦娘と都合の良い敵である深海棲艦を意図的に作り出す機能。

 そして、刀堂博士が自らの生命エネルギーを利用して鎮守府の全機能を起動させ計画が開始した事。

 

 薄暗い空間で知らされる知りたくも無かった深海棲艦の正体。

 それは海だけで無く場所を選ばず無差別に現れるはずだった人外や霊的災害よりはマシではあっても、わざわざ人類の敵を生み出すと言う暴挙は他国にそれが知られればそれだけで日本は終焉を迎えるだろう爆弾発言である。

 

「欲に目を眩ませた人間がどんな選択をしようと、どんな行動を取ろうと最終的に次の世代が生き残れる事、ただその一点のみを刀堂先生が追求していたと私も他の仲間も気付くべきだった」

 

 その刀堂と言う狂科学者に唆された岳田達がやってしまった暴挙の暴露によってもたらされた深い奈落へと引きずり降ろされていくような錯覚。

 その暗闇の中で田所は自分の視界が徐々に明るくなってきている事に気付く。

 

「日本だけが霊的生物災害へ対抗出来る兵器を得るアドバンテージ、さらに無限に人々を照らし温めるエネルギー源の主導権、その大き過ぎる利益に目が眩んだ私達は鎮守府計画の初期段階、その時点で既に組み込まれていた狂人の罠に気付けなかった」

 

 足下から青白い光が差し込み暗い斜めの傾斜を下り続けていたエレベーターが広い地下空間へと出て、下から押し寄せる光に全員が目を晦ませ、それどころか防護服を着ている護衛の中には目眩を起こしたように倒れかける者までいた。

 眩しいとは感じるが手で目を守り光を遮る事で青白い光に満ちた地下空間への降下を耐えた田所は地下に到着し、鈍い音を立てながら停止したエレベーターの上から周囲の様子をおっかなびっくりと言う様子で伺う。

 

「さあ、ここが終点で、ある意味では始まりの場所だ」

 

 無数のケーブルが繋がっている地上で見た円柱に形は似ているが3m前後の装置、それが地下と言う事を忘れてしまうほど広い空間の床に所狭しに等間隔で並べられ青白い光を放ちながら無機質なタービンを回す音を立てている。

 

「おいおい、そんな所にいないで降りてきたまえ」

 

 いつの間にかその中のエレベーターに一番近い一つへと近付いていたらしい岳田が軽く手を振って田所達を呼ぶ。

 

「これは・・・一体・・・」

「そろそろ目は慣れたかい?」

 

 恐る恐るエレベーターから岳田が立っている装置の前へと近づいた田所は装置に背を向けた総理がおどけた調子で軽く手の甲で小突く金属のプレートを見て、青年はそこに刻まれている文字を読む。

 

「収容日時、1966/3/21・・・USS Saratoga?  レキシントン級航空母艦、二番艦!?」

 

 随分と古びているが金属の板に書かれた文字列を口から漏らした田所はハッと顔を上げて目の前にある装置のガラスで造られた円柱を見つめる。

 その青白い光の発生源、液体で満たされたガラス管の中で握り込んだ拳ほどの大きさを持つ水晶体がふわふわと揺れながら光粒を渦巻かせて水底のタービンを一定の速度で回し続けていた。

 その正体に気付いた田所は一歩二歩と後退り、背中を別の装置へと当ててしまい、そして、振り返った場所に着けられていたプレートの文字にも目を走らせる。

 

「収容日時、1961/6/14・・・ノースカロライナ級戦艦、ワシントン・・・、まさか、ここにある全ての装置に・・・?」

 

 その結晶体が回収された年月日、場所の名や座標、艦種、艦型などが事細かに刻まれたプレートが取り付けられた円柱の発電装置。

 地下に整然と並ぶ船の魂が収められたガラス容器、それが青白く輝く光景を見回して田所は感嘆に震えて目を見開く。

 

「ここだけでも520個、いや、520人分かな・・・刀堂博士達が世界中を駆けずり回り見つけ出したのは日本帝国海軍の船だけではない、連合国側の戦没艦だけでなく解体される直前だった艦艇からまで回収した霊核の保管所・・・未だ目覚めぬ軍艦達の揺り籠とでも言うべきかね、これこそがこの施設が持つ本来の役割なんだよ」

 

 自国の軍艦だけでなく他国の軍艦からまで霊核を取り出して盗み隠す暴挙、艦娘の能力が世界的に広まり始めた現在において他国が奪い取りに、否、取り返す為の戦争を仕掛けられても文句が言えない悪手の成果。

 

 それが田所の目の前にあった。

 




 
【悲報】岳田総理【蝙蝠野郎】

1:作者に代わりまして名無しの読者がお送りします 2018/10/14(日) 00:00:00 ID:masannanai

 みんな騙されるな! こいつは味方じゃない!
 きっと世間だけじゃなく艦娘達も騙してるぞ!

 それだけは皆に伝えたかった。以上。

 じゃっ、僕は選挙行って日本党に投票してくる。ノシ
 


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第四十六話

 
私達は未来への先導者(僕らは過去を終わらせる審判者)

ようこそ、新世界への門出に(よく来たね、終末の入り口へ)

さあ、(もう、)皆さん素晴らしい世界の(誰一人だってこの古い世界の)始まりを一緒に祝福しましょう(終わりからは逃げられないよ)

私の手を取ってください
テシ悟覚ラナブ選ヲ僕

私達は貴方達と世界を守る為に産まれました
タレラ造ニ為ルセラワ終ヲ界世ノ達君ハラ僕




 刀堂博士とその協力者によって行われた過去の戦船に宿っていた霊核の回収を目的とした計画。

 それは日本帝国海軍に籍を置いていた船に留まらず、戦後の海から、解体中の船渠からあらゆる抜け道を使って連合国側でまで彼等は回収を行った。

 

 深海棲艦を作り出すシステムを根幹に抱える鎮守府の中枢機構。

 オカルト技術故に認知されていなかったとは言え他国の軍事兵器を盗み出す愚行。

 

 それらはどちらか一つでも外部に漏れればそれだけで世界を巻き込んだ戦争の始まりを告げかねない巨大な地雷だった。

 

 それを理解した精神的な衝撃でその場に座り込みそうになった田所は何とか脱力を耐えて震える身体を岳田へと向ける。

 

「・・・なるほど、確かに今日お伺いした話が全て国家を揺るがしかねない機密事項であると了解しました」

 

 気力を振り絞り多少歪であるが澄まし顔を浮かべた青年は襟元を正し、努めて平静を装いながらも頭の中で目の前の状況を分析し、そして、自分にとって懸案事項ではあるが目的としている鎮守府と言う組織の是正には関わりが無いと割り切った。

 

 そんな真面目顔を見せた田所に対して岳田は顔を歪ませ肩を震わせ、次の瞬間、青白い光で満ちた地下世界に日本首相の大袈裟にも感じるほどの大笑いが響く。

 

「くはっ、そうか、あ~そうだな、国家を揺るがしかねないな確かに、くくくっ、その程度の問題で済むならわざわざ私が案内をしてまで、こんな面倒な社会見学をする必要など無いだろうがねぇ」

 

 たっぷり数十秒の大笑いは止まったが目尻に涙を浮かべて腹を抱えながらまだ小さい笑いの波が治まらない岳田の姿に田所は戸惑い、ふと困惑にさ迷わせた視界の中に護衛や案内の職員である宇宙服達がエレベーターの上から降りて来ていない様子が見える。

 彼は岳田を害するつもりは一切無いがそれでも護衛対象であるはずの総理大臣を置いたままにして護衛の人間がまるでこの空間に怯えるように固まって立ち尽くしている事に田所は不審を感じた。

 彼等もここにいる以上は予めこの施設の正体を知っていたと言う事であり、それが原因であの様な態度を取っているなら何か自分が見落としているモノが存在していると言う事だろうかと田所はさらに思考する。

 

「・・・まだ何か聞いていない秘密が?」

「いいや、私はこの計画について君に全て伝えたよ、そして、それこそが君が不満に思って無駄を整理し排除しようとしている鎮守府や艦娘達の行動を我々が許容して無暗に甘やかしている原因と言っても過言ではない」

 

 つい言葉にしてしまった呟きに芝居がかった言い方で周囲を指し示す様な手ぶりをする岳田の言葉、誰にも言った事が無い自分の目的を言い当てられて唖然とした田所に向かって老獪な政治家は自分の頭を突いて見せた。

 

「考えたまえ、一つの事が原因でそれは起こるわけじゃない、全てが繋がっていたからこそ我々は計画が完全に始動するまでそれに気付けなかった・・・だからこそ」

 

 私達は政治家としての言い訳を使って自分達から艦娘を遠ざけて鎮守府を箱庭にして、その中に彼女達を閉じ込めた。

 深海棲艦が現れた事よりも艦娘達が計画通りの能力を発揮出来ない不良を抱えていた事に胸を撫で下ろした。

 計画の本筋を理解していない政敵による妨害の為の妨害と言う稚拙な工作も必要経費として割り切れていた。

 

 あの日、自分達の同類である二人の青年が欠陥品であると高を括っていた彼女達の能力を覚醒させてしまうまでは。

 

「そうだなヒントを出そう・・・パンドラの箱は知っているかな? 神様から渡された災厄が詰まった箱を好奇心で開けてしまう女性の話だ。 だが彼女が仮に中に何が入っているのか知っていたとしてその好奇心は抑えられたのだろうか? むしろ中に入っているモノを利用するなんて身の丈に合わない野望を抱えるかもしれないぞ?」

 

 それがどうしたと怒鳴ってやれればどれだけ気がすっきりするだろうか、と頭の中で愚痴り自分を揶揄っている岳田の言葉に耳を傾けながら何が問題なのかを思案する。

 冷ややかな顔立ちの美青年はどうやらそれが分からない限り、目の前の政治家は自分に実権と席を渡す気が無いらしい、と声に出さず独り言ちた。

 

「いや、君がそれに気付かなくとも約束通りに私は田所君への援助を惜しまないさ」

 

 次の瞬間に告げられた言葉に表情を読まれたのか、と内心ビクつきながら青年は全身全霊を掛けてポーカーフェイスを作り上げ、目の前の妖怪狸の様な男へと少し険しくなった視線を向ける。

 

(御大層な神話を例え話に使って何が言いたいのか・・・鎮守府が深海棲艦を造り上げている? 他国の船から霊核を盗み出して隠した? それがどうした、そんなモノはこれまでと変わらず機密事項としてしておけば・・・)

 

 そこまで考えて頬に触れる光粒の温かさに近くにある円柱の水槽へと目を向けた田所は霊力の結晶である霊核の輝きに目を瞬かせる。

 

「艦娘が深海棲艦を撃破できるのは基にしている力が同じ・・・霊力の結晶・・・利用・・・?」

 

 ざわりと背筋を嫌な予感が這い上がってきた。

 

 気付かなくとも約束通りの権利は得られると他の証人が居る状態で岳田総理がそう言い切ったのだからこれ以上の追及は無意味だと脳裏で警告する様な考えが過る。

 

鎮守府の中枢(人工的な霊力の結晶体が)は・・・無秩序に発生するはずだった怪異を制御して・・・いる?)

 

 だが、田所の止まらない思考がついにそこに至ってしまい、そして、岳田が恐れている艦娘達の持つ本当の危険性を証明する仮説が組み上がっていく。

 

「た、岳田総理・・・艦娘の力は鎮守府を、その中枢機構を破壊する事が出来ますか・・・?」

 

 恐る恐る、当たっていて欲しくない予測を口にした田所に対して岳田は光の中で上半分が白く染まった顔で口角を吊り上げ、まるで半月の様な笑みを浮かべた。

 

「ああ、壊せるとも、むしろ彼女達による攻撃に対して中枢機構は構造的に極端に弱く作られているらしい・・・刀堂吉行は、あのマッドサイエンティストはその様に設計していたっ!」

 

 戦闘形態なら最も弱い艦娘ですら地球の内部まで根を張る鎮守府の中枢へと致命的な破壊を与えることが出来るのだと、保証されたくない情報が鎮守府を造り上げた者達の一人である岳田の口から告げられた。

 

「ふはっ、笑える話だろう? スペック上はアメリカのVIPに用意されている核シェルターよりも強固なはずの外部装甲が彼女らの霊力を素通りさせて中枢機構内部へと破壊エネルギーを打ち込めるようになっているんだ」

 

 中枢機構の破壊、それはつまり深海棲艦と呼ばれているマナエネルギーを基にする怪物達の進化を抑え込んでいる首輪を砕く事、そして、まだ科学技術が全盛を維持している現代に神話の中にしかいなかったはずの存在が完全に復活する事を意味する。

 

 現代兵器で深海棲艦を撃破する事自体は可能であるがその為にはハイコストを要求する消耗品を使い続けなければならない。

 そして、地球の内部から溢れる無尽蔵のエネルギーの恩恵を受ける怪物の枷が外されればどちらの勢力が先に滅ぶかは考えるまでも無いだろう。

 

「だが、中枢機構の破壊がもたらす影響は日本に限って言うなら深海棲艦から枷を外すだけには止まらないんだ」

 

 それ以上、何も言わないでくれと叫ぼうとした田所の口は唇が張り付いたように強張り、引き攣る喉から絞り出せたのは渇きを訴える呻きだけだった。

 

「あの内部では延々とマナエネルギーが圧縮され続け地球の内殻まで届くほど巨大な結晶体を形作っている。そして、たった五年で現在の世界に溢れるマナを上回るエネルギーが圧縮された中枢機構の崩壊が何を齎すか分かるかね?」

「・・・人間の死滅、日本の消滅ですか・・・?」

「死滅? 違うよ、局地的な現代から次の時代へと塗り替える更新が起きるのさ!」

「こ、更新・・・?」

 

 それはつまり、日本だけが他の国よりも一足先に次の時代へと駒を進め、国内では無秩序に神や悪魔を体現する人外が現れるだけでなく、中には人から次の時代に適応した者も生まれ出てくるのだと岳田は語る。

 

「鎮守府の中枢機構と艦娘達を中心にここを含めた日本国内に存在する13か所の霊核保管施設の霊核も巻き込む増幅と共振によって地殻からマナの大量放出が起こり、その影響は我々を含めた全国民、全生物に降りかかる!」

 

 岳田達が一人の科学者に唆されて手を貸した最高機密の事業、世界各地からせっせと集めた数千の霊核の影響によって現在まで日本人が磨き上げてきた文化や技術はガラス細工よりも簡単に砕け散る事になる。

 そして、優しい倫理(甘く温い理想)守られている(現実逃避している)日本はより強い力を得た怪物同士が生存をかけて戦う文字通りの弱肉強食の世界に塗り替えられ、適応できなかった弱者を蹂躙する事になるだろう。

 

「強制的な進化によって生物としての人間は生き残る・・・だが、文明を失い原始的な本能に突き動かされるそれはもう人間と言って良いものかね? どうだい、これこそが刀堂博士が残してくれた有難迷惑な置き土産の正体というわけだっ!」

 

 白々しい笑顔を張り付けたまま大仰な手ぶりと共にひょうきんなピエロの様に小首を傾げて見せる岳田の姿に言い知れない恐怖を感じ、後退る田所は背中をまた霊核の保管装置へとぶつけ、ゼイゼイと嫌な音を立てる呼吸音を抑え込もうと胸に手を当て。

 

「我々が艦娘と共存しようが、見放されようが、国家が滅びたとしても人間と言う種族は生き残れるように計画は立てられていた! 最高のブラックジョークだとは思わんかね!?」

 

 その手に透明な何かが重なっている事に気付き、その人の手の形をした輪郭が繋がる何かへと顔を向ける。

 

 彼の視線の先に人の形をした靄、目も口も曖昧であるのに女性の姿をしていると分かる形が光の粒を纏った指先で田所の頬や手を撫でるようになぞっていた。

 

「うあぁああっ!? な、なっ・・・!?」

「・・・さて、話しは変わるが、刀堂博士の理論と設計では艦娘の人格や記憶はクレイドルで製造される肉体に依存して霊核そのものには明確な意思はなく、その身体が死亡した場合には艦娘としての経験や記憶は次の艦娘には引き継がれないと言われていた・・・」

 

 心霊現象にしか見えない透明な女性との接触と言う現象を前にして今度こそ腰を抜かして床に尻もちを着いて怖気づいた田所の姿を眺め、先ほどの興奮から打って変わって岳田は淡々とした様子で話を続ける。

 

「だが、最近になって前の身体の記憶を完全ではないが、その一部を維持したまま再生される艦娘が居る事が分かったんだよ」

 

 へたり込んだ田所の周りに幾つかの未成熟な少女や艶めかしい体つきをした女性の形をした靄が水の中を泳ぐように宙を舞い。

 それぞれが霧散してはまた集まると言う幻想的な光景を作り出す。

 

「どうして記憶を持ったまま戻ってこれる艦娘が現れたのか理由は分からない、だが・・・その報告を聞いた私達が何を思ったか分かるかね?」

「た、岳田総理・・・? 何を・・・言って」

「その彼女達の中にはね、過去に計画の否定派が行った妨害工作によって受けた苦痛を覚えているだけでなく、その記憶から自衛隊と言う組織や我々にまで不信感を抱いている者もいるんだそうだ」

 

 捲し立てられるように告げられた言葉の意味に呆然としながら田所の頭の中で一つの可能性が浮かび上がって来る。

 

「我々が鎮守府と艦娘を特別扱いして規律よりも彼女らのご機嫌を取る為だけに自衛隊の組織としての体裁までもを歪めている、もっともな評論だ。そして、それは間違いのない事実でもある」

 

 何故なら、過去の管理者の横暴を覚えている艦娘がその記憶を隠したまま中枢機構の正体を知ってしまった場合に起こる最悪の事態よりも待遇の改善と過剰な貢ぎ物で目を反らし懐柔してしまう方が無暗に縛り付けるよりも簡単でかつ安全な方法であり。

 仮にこちらの真意がばれたとしても艦娘が中枢機構を破壊して新世界の開始を告げるよりも今の時代の方が過ごし易いと思ってくれていれば岳田達旧世界の人間にとっては願ったり叶ったりと言える。

 

「有難い事に彼女らはほぼ全員が軍人の見本と言えるほど節制を苦にせず理性的であり、過去の義理だけで日本国民を守る為にその身を戦いに捧げる事を厭わない精神性を生まれながらに持っている」

 

 中枢機構の崩壊は艦娘にとって戦いの傷を癒す揺り籠を、死してもまた新しい身体を造り出せると言う恩恵を失わせる事を意味する。

 しかし、彼女らは元々そのマナが当たり前に存在した世界の住人の再現体であり、それに対して何%がマナに適応できるかも分からない霊的素養が低い現代人と違い彼女達は確実に新世界の住人として強者の側に立つ事が出来る。

 

「だが、それに我々が甘えきった時、当たり前に守ってくれる相手だからと蔑ろにした時、果たして彼女達は理性的に対応してくれるだろうかねぇ?」

 

 マグマが煮え滾る地獄の釜の上で自分達が薄氷に守られながら生活している事を知らない、それは無数の警備と欺瞞情報の下に隠されているのだから仕方ない。

 

「気付かずに触れてしまうのは仕方ない、事情を知らずに驕るのも無理はない、だが、遠回しにとは言え散々に注意したのに世界を滅ぼせる地雷の上で踊る阿呆には居なくなってもらう方が皆の為だろう?」

 

 仮の話だが、虐待者に対する復讐心を抱えたままの艦娘(強者)に対しておんぶに抱っこされている人間(弱者)が一方的に過去を水に流して自分達を守る為に死ぬまで働き続けろと命じてきたとして、その目障りな大多数との力関係を逆転させ得る方法を艦娘が知ってしまったとしたらどうなるか。

 

 ある日、出撃を控えていた艦娘が突然に港から鎮守府を砲撃し始め、乗っていた指揮官がそれを止めようとしたら艦橋にいる他の艦娘に羽交締めにされた。

 

「もしくは、その指揮官が現代の終わりを望む艦娘に絆されて彼女達と新しい世界を願ってしまったら?」

 

 たったそれだけの事で現在は過去の世界になり、新世界が始まりを告げる。

 

 艦娘が兵器として造られた存在であるにも拘らず、多種多様な自我と意志を独自に持っている理由、それは彼女達一人一人が人類の行く末を判断する天秤の守り手としての役目を与えられているからだと岳田は断言する。

 

「まぁ、それはともかく、人間に都合の良い存在として効率を重視して艦娘を管理する。国家の利益の追求は総理大臣としても歓迎できる事だ。大いにやり給え、君が非常に優秀な人材であり社会の歯車となって働く事に喜びを覚えるタイプの人間である事も良く知っているからね、君には約束通りの席を用意しよう!」

 

 君は利益を出せない出来損ないを切り捨てる事を躊躇い無く実行できる優秀な管理者だ、と岳田から太鼓判を押され。

 事実それが前世から続く自分の人間性を正しく評価している言葉だと理解できると同時に田所は自分が最もその場所に就いてはいけない人間であると今さらながら気付かされた。

 

「ははっ、おめでとう! 田所君、キミは人類が築き上げてきた地球上にある全ての現代文明を破壊できる方法を知り、それを実行できる地位を得た!」

 

 岳田の白々しい笑顔と芝居がかった言い回しの褒め言葉と共に場違いな拍手が地下空間に響く。

 

「さて、この事実を知ってしまったからには君はもうコチラ側の人間だ、もう、知らぬ存ぜぬとはいかないわけだね?」

 

 青白い光を背にして逆光に染まった岳田の顔、その口元だけが半月型につり上がっている様子だけが見える不気味な顔が無様に尻餅をついている田所を見下ろす。

 

「とは言え選択権は君の意志と手にある・・・がだ、これを知っている人間の内、何人が君のやり方を許容できるだろうかねぇ?」

 

 自分達が無自覚に持っている世界を塗り替えてしまう権利を艦娘に気付かせない為に過剰な支援と彼女らが望む環境を用意する事こそが今の危ういバランスの上に立っている世界を維持している。

 

「私としてはそこらの年頃の少女達と同程度でしかない艦娘達のワガママを叶えて事なきを得ている方が楽だとは思うのだよ」

 

 そう締めくくった内閣総理大臣は表情を軽い苦笑へと変えて後ろ手を組んだ。

 

「こんな事、許されるわけが無い、一体、い、いつまでそれは続くんですか? この異常な状態は・・・」

「ほぉ、良い質問だ・・・ふむ、確か中枢機構が崩壊しても地上への霊的災害などの被害が出ない程度まで大気中のマナが安定するのは・・・今から百二十年後だったかね?」

 

 田所の絞り出すような問いかけに後ろ手を組んだばかりの手を解き顎を指で擦る岳田は軽い調子でエレベーターの上に棒立ちになっている者達へと話しかけ、その中にいる案内役の施設職員が同意の言葉を返す。

 

「ですが、現在の計算方法では十年前後の誤差が出ると思われます」

「ふむ、そう言えば濃度計測を続けてくれている研究者が安定期に入ってから更に約1万飛んで20年ほどマナが当たり前になる新時代は続くなんて予測を言っていたねぇ・・・」

 

 この時代に産まれてしまった以上は宇宙にスペースコロニーでも作って逃げない限りはこの新しい世界から逃れることは出来ないだろう。

 

「これは大変だ、田所君、我々が寿命一杯まで生きたとしてもこの異常な世界は終わってくれないらしいぞ、ハハッ♪」

 

 そう言って笑う岳田の姿にやっと田所は目の前の男が全人類の運命を左右できると言う重すぎる重圧を理解し、それから逃げられない事を思い知らされて投げやりな態度になっているだけなのだと理解する。

 そして、総理大臣と同じ思いを共有する事になった青年は一歩間違えば自分が今まで切り捨ててきた人間と自分が同じ、いや、もっと悪い運命を辿る事になるのだと知ってしまった。

 

「さぁて、差し当たっては各地の保管施設に収容されている彼女らに母国へと帰国してもらう計画の取り纏めを君に任せたい、艦娘の管理者の一人として初仕事というわけだ」

 

 万が一、中枢機構が破壊されたとしても国内で共振を起こす霊核が少なければ気休め程度には日本を襲うマナの大放出を薄めることが出来るのだと岳田は言う。

 だが、その内容が世界全体に現代のカンブリア大爆発とでも言うべき大異変を巻き起こす可能性を広げる片棒を担げと言っている様なものであると聡明な青年の頭脳が答えを弾き出す。

 

「田所君、私は君の働きに期待しているよ?」

 

 仲間意識が人間よりもはるかに強い艦娘達の逆鱗に触れかねない合理的だが危険な思想を持つ人物。

 優秀であるからこそ驕って危なっかしい事を勝手にされるより先に手元で手綱を握っていた方が安全であり。

 もしかしたら今後の政府が何か失態を晒した時に艦娘のご機嫌を取るための怒りの矛先である責任者(人身御供)としての役割も求められるかもしれない。

 

「ぐっぅぅ・・・了解、しました・・・」

 

 やっとここに自分が連れて来られた本当の理由を教えられた田所は座り込だまま項垂れて小さく首を縦に振る。

 そんなストレス性の胃痛に呻き意気消沈している青年の頭の上をふわふわと舞う様に少女達の幻影が宙を泳いでいった。

 

 




 
岳田「君は艦娘達を便利な道具として管理したいと思っているぅ。
   そんな馬鹿な事を考えた罰だ。
   その望みを断つぅ・・・。
   田所浩輔ェ!!
   何故、我々が短絡的な方法で邪魔者を排除しているのか?
   何故、艦娘達に必要以上の娯楽を与えて甘やかすのか!?
   何故、彼女達や指揮官達の勝手な行動への罰則を緩くしているのか!!
   その理由はただ一つぅ
   ・・・はっはぁっ♪
   田所クゥンン!
   それは我々が艦娘のぉっ!
   人類の文明を終わらせる事が出来る力を恐れているからだあああっ!!」

田所「う、嘘だっ、総理は僕を騙そうとしているっ・・・こんな事赦される筈が・・・うあぁ・・・」


 身の丈に合わない高望みは身を亡ぼすだけと言う実例。

 ふと想う、ギリシャ神話の神様が現実にいたら人間にとっては質が悪いとか言うレベルじゃ無いよね? ねぇ?


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第四十七話

 
南の島で悠々自適なリゾートライフしたい?

周りの海には怪物がうろうろしているし娯楽は週刊誌とかトランプぐらいしか無いよ。

お色気水着で海水浴?

深海棲艦の餌になりたいならどうぞ、ご自由にお楽しみください。
 


 

 ランニングシャツにシワだらけの白いズボンを穿いた男が薄くコーヒーの匂いが漂うテーブルの上に脚を乗せると言う行儀の悪い姿勢で椅子に座っている。

 日本ではもうすぐ冬が来ると言う時期なのに暖かく窓から入ってくる風が空気を揺らめかせる室内で男の顔を隠すように乗せた海上自衛隊所属を記すマークが付けられた軍帽がキイとイスが軋む音と合わせて僅かに揺れていた。

 

「司令官、寝てるんですか?」

「・・・んが、んぁ・・・? ぁあ、いや、起きてるぞ・・・何だ?」

 

 人が住居として生活するには些か狭い長方形のプレハブのドアを開けて肩口で黒髪を揺らす純白のキャミソール姿の少女があどけない顔を覗かせ、雪の結晶を模した刺繍が入った裾をひらひらと揺らしながら室内で惰眠を貪っていた男へと声をかける。

 

「もぉ、こんな所で寝直すならベッドから出なければ良いじゃないですかぁ」

 

 少し呆れを混ぜた表情と声を自らの指揮官である中村へと向ける駆逐艦娘吹雪は素足のまま部屋へと入り開け放たれた窓から吹き込む少し乾いた空気の中を歩く。

 そして、吹雪へと返事をしたのに変わらず頭に帽子を乗せたままだらしない格好をしている青年へと近づき駆逐艦娘は白い指揮官の証を取る。

 

「くぁ、ふぁぁ・・・あのなぁ、この熱い中で布団なんか被ってたらミイラになっちまうだろ・・・お前が名前通りに冷たいなら別だけどな?」

「あ、そう言う事言っちゃうんですか? 昨日は・・・義男さんから・・・・・たのに?

 

 日除けを取られて欠伸する中村の暑さへの不満を示す手で顔を扇ぐ仕草に一瞬だけムッと口元を山にした少女は男の耳元に口を近づけて吐息を吹きかけるように囁く。

 とある事情からプライベートでは司令官呼びでは無く中村の名を呼ぶようになった吹雪からの迂闊さを指摘する言葉にばつの悪そうな顔になった青年は軽く自らの髪を混ぜるように掻いて足をテーブルから下ろし小さく溜息を吐く。

 

「分かった、分かった、降参だ、勝手に抜け出して悪かったよ、なんだ朝っぱらから俺をからかって楽しいか?」

「ふふっ、私、司令とお話するの好きですから、起きるなら一緒に起きます、気を使ってくれなくていいですよ」

 

 椅子の上で猫背になった中村は胡乱気な視線を返し、自分の肩に手をかけて少しもたれてくる薄布一枚だけ隔てられた少女の身体の温度に慣れ無い様子で身じろぐ。

 そんな指揮官の姿に小さく微笑む吹雪の左目、反射の具合で普通の人間には有り得ない黒い瞳孔に重なる花びらを象る菱形が薄く朝の光の中できらめく。

 

「あれ? 司令官、コーヒーの在庫ってまだあったんですか?」

「ん、飲むか?」

 

 さっきまで中村の足が乗っていたテーブルの上で温くなった焦げ茶色の液体が入ったコップ、それを手に取った彼は小首を傾げる吹雪へと差し出した。

 

「ぅえ・・・、なんですかこれ? 味がすごく薄いですよ~」

「やっぱりかぁ、わかっちゃいるけどインスタントの三度出しは無理だよなぁ・・・まっずい湯にしかならねぇな」

 

 差し出されたコップを受け取り一口含んだ吹雪が驚きに目を見開き、コミカルな表情と反応を見せる少女の姿に中村は乾いた笑いを浮かべながら室内に置かれている簡易流し台の上、三度の湯煎を経て無味な出涸らしと化したインスタントコーヒーのパックへと視線を向ける。

 

「・・・今日の補給でコーヒー来るといいですね、司令官」

「どうせインスタントだろうがな、いい加減に酒と煙草以外の嗜好品を安定供給してもらいたいもんだ、菓子やコーヒーとかの方が安上がりだろうに」

 

 ことり、と中村から渡されたコップをテーブルに置き、吹雪は自然な動きで指揮官の膝の上に横座りして彼と向かい合う。

 

「ふふっ、司令はタバコを吸わないですし、お酒も飲めませんからね」

「煙草はともかく酒は飲めないわけじゃない、弱いだけだ」

「同じじゃないんですか、それって? ・・・っと」

 

 肩から胸に移動した少女の温度と膝の上に乗った重さに押されて士官の帽子を奪われた青年は無精ひげがまばらに見える顎を引いて背もたれを軋ませる。

 

「おっと、なんだ吹雪?」

「司令官・・・んぅっ♪」

 

 カーテンすら無いガラス窓の外で団扇の様に大きなシダ植物の葉が風に揺れ、日陰になっている室内へと僅かな硫黄の臭いと爽やかな緑の香りを届けた。

 

「は・・・ぁ、んっ、口直し、どうでした?」

「ん、・・・うっすいインスタントとは比べモノにならない事は確かだな」

「だったら比べないでくださいよぉ」

 

 数秒後、少し熱っぽい吐息を吐いて吹雪が上目遣いに中村の顔を見上げ、微笑む素朴な顔立ちの中に見える女性らしさに指揮官は苦笑を返し、ころころ鈴の様な笑いを漏らす少女の手から帽子を取り返した。

 

「さて、吹雪のおかげで目も冴えたし、今日も仕事だ、仕事っ!」

 

 吹雪の肩を軽く叩いて膝の上から立たせ、中村は気怠さを振り払って彼女の横へと立ち上がる。

 

「はい、司令官っ♪ おはようございます!」

「おう、吹雪、おはよう」

 

 そして、中村は少女の頭に手を伸ばし無遠慮な動作でその黒髪を混ぜる様に撫で、吹雪が身に着けているキャミソールの裾の下で肌色の曲線が陰影を揺らめかせた。

 

・・・

 

 西暦は2015年の11月20日、本日晴天なれど南西よりの風強く海波高し。

 

 小笠原諸島の南端に位置する硫黄島でかつて海上自衛隊が管理していた航空基地の一角から俺こと、中村義男はガムテープで補修された窓から見える青く波打つ海を眺めノートパソコンを無為に突き小さく硬い音を立てる。

 

「天高く澄み渡り、草原は風に揺れ、世は須らく事も無し・・・てか?」

 

 日本海に出現した深海棲艦の大勢力と限定海域に対する三月から始まり四月の半ばに終わりを迎えた大規模作戦に艦娘の指揮官の一人として参加した時、その事後処理の結果として今の俺はこんな僻地での任務を強いられている。

 

 大規模作戦中に鎮守府の研究員の肝煎りで用意された新型重雷装装備(装備一式数千万円)を咄嗟の判断とは言え敵に向かって叩き付けて全て自爆させた事に始まり。

 俺が主導して立てたと言う事になっている防衛作戦での被害など、他の指揮官や艦娘の負傷、護衛艦二隻の損傷や乗組員の負傷に関する問題が作戦終了後にあふれ出した。

 そこに来て司令部が絶対に動かすなと口煩く喚いていた戦艦娘長門を俺が秘密裏に勝手に出撃させた事で自衛隊の上層部と外務省の官僚を怒らせ。

 そして、その作戦中に起きた大まかな物から細かい物まで数えきれない賞罰が俺にまとめて押しつけられた。

 

 文句が無いと言えば嘘になるし、全部が全部俺のせいでは無いと言う事は現場の人間はもちろん司令部だって承知のはずだが、それでもサラリーマン数十人分の生涯年収を軽く越えた被害総額に責任者不在とは行かないのが社会の仕組みである。

 申し訳程度に階級と給料が上がったが、指揮下にいた十数人の艦娘による艦隊は解散させられた上にたった数年で深海棲艦の遊び場と化していた南の島に戦闘部隊司令官と基地司令兼任と言う名前だけ立派な役職を一方的に渡されここへと送り込まれる事になった。

 

 昇進してからここへと送り込まれて半年、銀行口座から一銭たりとも引き出せていないのだから軽く二百万円は振り込まれているだろうがネットショッピングどころか私用の通信すら制限されている今の環境では触れない札束より絵に描いた餅の方がマシだと思えてくる。

 

「何いきなり変な事言いだして、ふざけてるの?」

 

 隣の机で椅子に座って書類の処理をしている五十鈴が藪睨みする様な視線をこちらに向け、揺れる長い黒髪からほのかに漂ってくる爽やかな石鹸の香りが鼻をくすぐる。

 

「いや、平和なのは良い事だなと、な?」

 

 日本の南方にある諸島での調査任務と言う名の懲罰人事的な任務ももう半年、始めこそは島影や海中に住み着いていた深海棲艦との血で血を洗う激戦をたった一隻の護衛艦に寝泊まりしながら行うと言う拷問の日々だった。

 おまけにその護衛艦の乗員はかつて艦娘否定派だった海自基地の最高司令官の指示によって鎮守府で行われた妨害工作を馬鹿正直に実行した者達であり、しかも、その護衛艦の艦長は否定派の主犯であった海将補の取り巻きをやっていた上級士官。

 

 とは言え、怪物が蠢く海で俺とその指揮下にいる四人の艦娘だけが自分達の命綱である事を僅か数日で嫌と言うほど思い知った彼等がこちらにあからさまな敵意を向ける事は無く、どちらかと言うと協力的な態度で媚びを売ったりしてくる者が大半を占め、それ以外は恐れからくる消極的な接触ぐらいなものだった。

 

「呑気なもんね・・・そんなんだから重役出勤も平気でやるのかしら?」

「ちょっと遅れただけだろ、それにここらにいた深海棲艦は全部追い払うか撃沈したんだ、もう急な出撃に備えて無駄に睡眠時間削る必要は無いんだ」

 

 南方諸島の島々の周りから敵艦を追い払い打ち倒し、転々と島を渡り歩き二ヶ月続いた戦いの日々は今俺達が拠点としている硫黄島を根城にしていた戦艦級の深海棲艦であるタ級フラッグシップを討ち取った事で一応の終結に至る。

 現在でも南方海域全体を見れば駆逐艦級や軽巡級が遠巻きにちらほらと浮いたり沈んだりしながらうろついているが、自分達を上回る艦級を倒せるほど強力な存在がこの島に居ると学習したのか無暗に近づいて来る深海棲艦の数は俺達が此処に上陸した時期と比べると雲泥の差ほどに減っていた。

 

「それに五十鈴も設置を頑張ってくれた諸島全域の対深海棲艦用のセンサーのお陰で敵が来たら観測所から連絡が来る様になった、だから今が戦闘待機中ったって、そんなにピリピリする必要ないだろ?」

 

 それはともかく今朝、顔を見てから露骨に機嫌が悪い五十鈴へと苦笑を向けた俺は肩を竦めておどけてみたが、返事代わりに三白眼になった視線に横目で睨まれ自然と頬が引き攣ってしまう。

 

 朝の二度寝が原因だったのか別の場所で作業がある吹雪と分かれ十分少々遅れて俺は今日の仕事をこなす為に事務机の前に着く事になった。

 いつ敵が襲撃してきても良いように自分の傍に出撃待機担当の艦娘を置かねばならない重要性はこの半年で嫌と言うほど思い知ったが、しかし、状況が変わればそれに合わせて柔軟に対応を変えていく必要があるのはあらゆる仕事に共通している事だろう。

 それでも俺よりも先に事務所兼待機所として使っている長方形のプレハブで待っていた軽巡の機嫌は朝から悪く、いつもよりも妙に近い距離でこれ見よがしに書類を翻してペンを走らせている。

 しかも、資料作りなら俺と同じように彼女にも専用のパソコンが用意されているのだが今日の五十鈴はインクと紙を使う事に拘りを持っているのか一向にキーボードに触ろうとしない。

 

(威圧感が半端ねぇ、それにしても何でだ? いつもならここら辺で五十鈴が呆れて空気が変わるはずだろ・・・? 今日はやけにしつこいな・・・)

 

 別に五十鈴がパソコンを使えないわけでは無い、むしろ普段は日報や戦闘記録のまとめなど雑多な情報集積などの時には積極的に利用している。

 

 この任務に就く際に渡されたパソコンを前に複雑そうな表情で口元を~にしていた五十鈴にそれが使えないなら手取り足取り教えてやろうかなどと俺は揶揄った事がある。

 その安い挑発の直後に眉を顰めた五十鈴はブラインドタッチで文書作成を行い、更に企業のプレゼンにも使える様なスライドショーを作り、おまけとばかりにC言語で簡易プログラムまで書いて見せると言う才女ぶりを俺に見せつけた。

 しかも、その技術を得た方法がパソコンを操作している俺の様子を後ろから見ていたとか、図書室に置いてある簡単なガイドブックやPC本体の説明書を読んだだけと言うのだから脱帽する他無い。

 

 それはともかく、そこまで巧みにパソコンを操作出来る五十鈴が紙の資料を作る事を止めない場合とは経験測だが、俺のせいで機嫌が悪いのだと彼女が態度で示している時に良くある行動なのだった。

 しかし、さし当たって俺にはその原因に心当たりが無い。

 

「で、アナタはいつまでサボってるつもりかしら? さっきから指の音がコツコツ五月蠅くて気が散るんだけど」

「書き終わったから今は誤字が無いか確認してるんだよ、サボってるわけじゃない」

 

 そんな不機嫌な五十鈴の手で紙の上を踊っているのは一年前に彼女の原型であった軽巡洋艦の進水日を軽く祝うつもりで贈った万年筆、本当の所は事ある事にプロアスリート並のトレーニング(陸上訓練)に俺を巻き込もうとする旧海軍精神を受け継ぐ艦娘陸上部の一員である五十鈴に恩を売って訓練を回避したいと言う思いを込めたプレゼント(賄賂)だった。

 銀メッキの鈴なり葡萄の彫刻が施された万年筆を手渡した際には五十鈴の機嫌が目に見えて良くなり、その笑顔に自分の思惑が上手く行ったかと期待したのだが。

 

 まだまだ山本提督達の足下にも及ばないひよっこ指揮官だけれど貴方が一人前になれるように私が専属で鍛えてあげる、この五十鈴に任せなさい。

 

 その新品の万年筆を手に胸を張った長良型次女の勝気に輝く笑顔と言葉に俺は愕然とする事になった。

 

 その日以来、出会った当初は不愛想に俺が指揮官として相応しいか訝しんでいた五十鈴が笑顔を見せる事も多くなったがそれに比例して俺の精神と肉体を過剰訓練で(イジメ抜いて)改造しようとする様になってしまい。

 さらにそのプレゼント作戦を見ていた指揮下の艦娘達が自分の進水日が近づくと俺の方へとチラチラと露骨なアピールでおねだりを始め、それがいつの間にか鎮守府の艦娘全体に広がり俺以外の指揮官まで彼女達の進水日のプレゼント選びに悩む原因となってしまった。

 

 それはともかく、万年筆と言っても五十鈴に贈ったのは何万もする高価な物では無くデパートに行けば六千円ぐらいで買えるインクの入ったプラスチックカートリッジを交換する簡易型だが渡した側としても大事に使ってくれている事には悪い気はしない。

 悪い気はしないがそれを手に現在進行形で形の良い眉を顰めツリ目気味の目を更に尖らせ、いかにも自分は不機嫌ですと紹介している様な顰めっ面で真横に座られていると俺の胃の辺りがグリグリと抓られる様な痛みを訴えてくるのだ。

 

「それに、もう後は定期便が来る知らせを待つぐらいだからな、出撃も無い日の報告書なんて代わり映えしないモンになるだろうし・・・」

「ふ~ん・・・ねぇ、今日の天気は曇りで朝から今までの風向きは北北西よ、・・・それにここからここまで一昨日の日誌と同じ内容をそのまま使ってるじゃない、やっぱりアナタふざけてるわね?」

 

 急に隣の席から身を乗り出してきた五十鈴が俺の肩に腕を掛け、俺の使っているノートパソコンの画面を覗き込んで細く滑らかな指でモニターに開いている文章をなぞり、適当な内容ではあるがそれなりに文章量がある筈の中から目敏く俺が書いた報告書の不備を指摘する。

 

「ぁ~、そうだったか? 一昨日も出撃が無かったから似たようになっただけだろ? ・・・ぅっぉ!? くぇっ?」

 

 顔と視線を明後日の方向へと逃がそうとした俺の首が五十鈴の二の腕で締められて固定され、柔らかいが強く圧迫してくる細腕の力に息が止まりかけた。

 

「まだ昼前なのに夜の内容まで書いておいてその太々しさ、本当にだらけ切ってるわ・・・、これは五十鈴が叩き直してあげないといけないでしょ? そうじゃないかしら、提督?」

 

 体格差や10cmほど差がある身長により椅子に座っているとは言え普通の男女としての力関係なら俺の方に軍配が上がるはずなのだが、その常識は相手が艦娘であった場合には当てはまらず真横へと引き寄せられた身体は成す術なく五十鈴と密着する。

 首に絡まる五十鈴の腕の力は加減されている為か苦しいが息は出来る、だが暴れても逃れる事は出来きない程度にはこちらの首を捕えて離さない絶妙な拘束を行い至近距離から上目遣いに鋭い視線を突き刺してくる彼女に向かって俺は少し引きつった笑顔を返した。

 

「い、いや、細かい天気とか風向きとか飾り文みたいなもんで、・・・って言うか、こんな日報なんて提出したって誰も読まずに資料室の棚に行くだけだぞ、い、今の時代はそうなんだぜ?」

 

 布越しに腕に当たる柔らかい感触にドギマギしながら宣った俺の言い訳に耳を傾けた五十鈴は少しの間だけ目を閉じ、その内容を吟味したのか眉間の皺を解き鋭さを抜いた碧い目を開いてにっこりと魅力的に笑う。

 

「ふふふっ、アナタの言い訳はそれだけで良いのかしら?」

「え、いや、これは・・・だな」

 

 とっても良い笑顔でそれだけ言った五十鈴の声を合図に俺の首にかかっている腕の力が強まり、椅子から立ち上がった彼女の動きにあわせて引っ張られた俺の身体も椅子から立たされ。

 イスから引っ立てられつんのめりそうになったと同時に首が解放され滑る様な足さばきで俺の真横に付いた五十鈴の腕が絡みつくようにこちらの腕を取り抵抗しなけ(抵抗したら)れば痛みは(すごく痛い)無いと言う巧みな拘束を披露してくれやがる。

 

「性根だけでじゃなく身体も鈍ってるようね、五十鈴がみっちりと相手をしてあげるわ、ありがたく思いながら付き合いなさい!」

「え、いや・・・それは・・・」

「あら、他に何か言い残した事でもあるのかしら?」

 

 にっこりと微笑んでいるのに底冷えする様な恐怖を突き付けてくる碧い瞳に見つめられ俺は、一に根性、二に根性、三四が体力、五に根性と言う昭和初期の精神論と超回復と筋肉の効率的な破壊を推奨する近代スポーツ科学が奇跡(悪夢)の融合を果たした長良型軽巡式陸上訓練(拷問法)から逃れる事が出来ないと悟った。

 

「・・・お、お手柔らかに頼む、お願いだから・・・」

「それはアナタ次第よ・・・提督♪」

 

 まるで這う蛇の様に滑らかな動きで首から腕に移動した五十鈴の腕が俺の身体ごと引きずるように事務所として使っているプレハブから引っ張り出して、緑の匂いに満ちた外へと連行されていく。

 

「だって、・・・私の番を抜かしてあの子(吹雪)を可愛がるぐらいには体力を持て余してるんでしょ?」

「番? 順番ってなんの・・・? ぁっ・・・」

 

 雲の合間から差し込む日の光の下、底冷えのする微笑みでこちらを見つめてくる軽巡が不意に耳元に口を近づけて吹き込んできた意味深な言葉でやっと俺は五十鈴の機嫌が朝っぱらから悪かった理由に気付いた。

 と言うか、あれに順番の取り決めがあったのかと驚くしかない、そんな俺の心情にお構いなしに狩人に捕まった獲物となってしまったこの身は五十鈴の手で引き摺られていく。

 

 運の良い事(幸か不幸か)に冬が間近であるのに薄着でも過ごし易い南国の気温と適度に曇っている空のおかげで熱中症になる事だけは無さそうだった。

 

・・・

 

「待機所にいないと思ったら五十鈴さんと提督は陸上訓練をしていたんですね」

「ええ、余りにもこの人がだらしないから活を入れる為に仕方なくね」

 

 硫黄島飛行場跡地に建つ屋根に無数の穴が開いた空っぽの格納庫の前、そこへと近寄ってきた空母艦娘の鳳翔へと格納庫の扉に背を預けて立っている五十鈴がタオルで額の汗を拭きながら返事を返して地面に座り込んで肩で息をしている乱れたランニングシャツに作業着らしい長ズボンを穿いた無精ひげの男を見下ろす。

 

「あらあら、大丈夫ですか、提督? もうすぐ定期便の輸送艦が到着するようですよ」

「あ、ああ・・・ちょっと待ってくれ、と言うか、補給、物資の受取は鳳翔に任せる、・・・今、動けん、どうせ港の連中とは、別に分けられてるだろうから、頼む・・・はぁ、ふぅ」

 

 中村とて過剰とも言える自衛隊士官としての訓練を耐えてきた人間の一人として体力的ではそこらの一般人には負けないと言う自負はある。

 だが、一流アスリートの身体能力を良い所取りして平均化したような肉体を生まれ持つ艦娘と比べると勝てる部分はあれど負ける部分の方が圧倒的に多いのは仕方がない話だった。

 

 そんな艦娘の中でも常日頃から鍛錬を欠かさない五十鈴に一対一で訓練と言う名のシゴキを受けた中村は基地が放棄されてから数年の整備不足、そして、深海棲艦の戦艦級と彼の指揮下の艦娘が放った流れ弾で穴が開きひび割れた元は滑走路だった場所に今にも背中から倒れ込みそうな状態で喘ぎ息を整えようとしている。

 

「いえ、どうやら本土側から提督へ直接に連絡する事があるそうです、でもまだ時間はありますから急がなくても大丈夫ですよ?」

「直接連絡・・・? 俺達を半年も放置したクセにいきなり何だってんだ・・・?」

 

 たっぷり数分間、汗が噴き出す肌を何度も拭い上がっていた息を整えた中村を見下ろして微笑む鳳翔が中腰になり彼へと手を差し出し、それの助けを受けて彼はぶつくさと呟きながら立ち上がる。

 

「五十鈴さんは・・・汗を流してきた方が良いみたいですね」

「この程度なら着替える前に拭けば大丈夫よ、気にしなくても良いわ」

「いえ、・・・の・・・が付いてますよ、鼻の良い人なら気付けると言う程度ですが」

 

 立ち上がり少しフラフラとしている中村の様子に微笑みながら鳳翔は五十鈴に近づき囁き声で耳打ちし、それを言われた軽巡は目を丸くして素早く自分の襟に指を掛けて引っ張り、その中の匂いを嗅いでから顔を朱色に染め、それを教えてくれた空母へと小さく頭を下げる。

 

「提督・・・ちょっとシャワーしてくるわ」

「おう、こっちは気にするな、鳳翔について貰う」

「鳳翔さんすみません、提督の護衛の引継ぎをお願いします」

「はい、了解しました、五十鈴ちゃん後は任せてくださいね」

 

 そして、少し気恥ずかしそうな顔を中村に向けた五十鈴に彼は苦笑を返して軽く手を振り、その仕草に頷いた軽巡艦娘は二人に見送られて廃墟となった航空基地の彼等が拠点としている長方形のプレハブが集まる場所へと足早に走っていった。

 

「・・・お二人とも随分張り切っていたみたいですね、私も提督に訓練をお願いしようかしら?」

「・・・お願いだから今は勘弁してくれ、鳳翔」

「ええ、今日の所は我慢しておきますね。 今日は、ふふふっ♪」

 

 まるで言質を取ったとでも言う様に莞爾と微笑む鳳翔の言葉に口元にだけ何とか力の無い笑みを浮かべた中村は数秒も持たずに深くため息を吐いて肩を落とす。

 そんなふら付く足腰に鞭打つ中村は五十鈴が向かった方向とは別の港の方向へと足を向け、歩き出した彼の三歩後ろを軽空母が妙に上機嫌でニコニコと微笑みながら付いて行く。

 




 
取り敢えず、これだけは言わせてもらいたい!

リア充どもは爆発しろぉ!!

 


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第四十八話

 
防衛省「やったで! 艦娘達が日本海の限定海域を撃破してくれた! 良うやったわ、お手柄や!!」

外務省「お前らさぁ、外交舐めてる? あれだけ派手な事やらかして、責任は誰が取るつもりだぁ!?」
漁業関係者「(港の)被害がなぁ、出てんだよなぁ! 組合を舐めんじゃねぇぞ?」

防衛省「うわ、メンドクサイ奴らやなぁ・・・せや、あの中村っちゅう司令官、昇進させてちょっとお使いに行ってもらお、鎮守府で否定派の妨害工作に協力した奴らの面倒もこの際まとめて・・・」

中村「ぇ・・・硫黄島の基地を奪還しろって、冗談でしょ?」
防衛省「本気やで、ガンバッてな!」

防衛省(まぁ、危なくなったら人死に出る前に帰って来るやろ、んで表向き作戦中止の責任で中村くんの階級元に戻して妨害工作やった連中も危険な任務で責任とったって建前作れるから動員に戻せる、一石二鳥やん!)

はつゆき「やだ! この任務、わたしに沈めって言ってる様なもんじゃない!? 助けてお母さん!」

初雪「ハッ・・・!? 誰かが私を呼んでる・・・? 気のせい?」

 流石に、護衛艦一隻とたった四人の艦娘で硫黄島奪還できるわけないよねぇ(慢心)
 


 シワだらけのズボンとランニングシャツの上から海自士官用の白上着を羽織り、生暖かい風で揺れる緑が鬱蒼と茂る道を顰めっ面の中村義男は自分が駐在している硫黄島で唯一の港へと向かう。

 

(それにしても今までいくら報告と要望上げても補給以外はまともに連絡をして来なかった連中が今日いきなり俺に直接伝える事なんて、なんだって言うんだ?)

 

 その背後で彼の歩調に合わせながらも斜め後ろに付き従っている空母艦娘、鳳翔から彼に本土側から重要な連絡があるらしいとだけ聞いただらしない格好の指揮官は無精ひげがまばらに生える口元をへの字にする。

 

(だいたい、艦の連中もそう言う事は鳳翔に伝言頼むんじゃなくて伝令の一人でも寄越せよなっ)

 

 小笠原諸島の敵勢力調査と放棄された硫黄島の航空基地の確保、可能なら基地機能を復旧せよと言う無茶振りをされた士官の一人である中村は同じ任務を受けているはずなのに港の護衛艦とその周辺施設にばかり人手を割いている元艦娘否定派だった連中の様子を思い浮かべて軽く鼻を鳴らす。

 

 自分達の命が係っている状況だった小笠原諸島までの海路で深海棲艦との戦闘を行っていた前半の二カ月は彼等も必死だったが、中村と四人の艦娘によって大まかな敵勢力の危険が取り除かれ、そして、この島へと上陸して拠点を確立し、定期的な物資の輸送路が確保されてからは自分以上に気が抜けてしまっている。

 などと中村は部下と親密な仲になると言う公務員にあるまじき失態を犯している自分の事を棚に上げて、自分や艦娘達を腫れもの扱いする連中に対する不満は優先的に物資や住居を整えて貰った程度では消えるわけではないと愚痴った。

 

 そう言う意味では自分達が電気とお湯のシャワーを自由に使える事を妬まれる謂れは無いはずだと中村は内心で頷く。

 

(場所がかさばるからって本土から送られてくるマンガや週刊誌だのを港で独占して、酒なんかを楽しめるって連中の方がよっぽど恵まれてるだろうに・・・)

 

 戦況が好転して辺境生活に安定が出来始めた一時期はわざと中村の近くでヒモ男だとか陰口を言い、これ見よがしに中指を立てて挑発してくる様な者までちらほら見えた事がある。

 しかし、その後日に態度の悪かった連中が揃って腕立てやランニングを命じられて目を白黒差せて汗を垂れ流し。

 その様子に中村はちゃんと港で上官が部下を監督をしている事が分かり多少の安心を覚えた。

 

(でも、あの日ぐらいから五十鈴や鳳翔にちょっかいを掛けるヤツまで居なくなったんだよな・・・)

 

 十数分前に指揮下の軽巡艦娘のストレス解消に付き合わされ、運動後のダルさで少し猫背になって歩く中村は肩越しの横目で後ろからついて来る鳳翔を見ながらそんな事を思い出す。

 

 この任務に送り込まれた175人の海自隊員のほぼ全てが男性であり、女性と言えば艦娘である吹雪、五十鈴、鳳翔、伊58の四人だけと言う恐ろしい程の男女比の差が生まれている閉鎖的な環境。

 唯一の艦娘指揮官である以上は仕方ないとは言え彼女らを独占している状態の中村は多くの男達から嫉妬を受ける。

 

 そんな中、過去に自分達が艦娘を虐げてその結果としてこんな僻地に左遷された事を忘れたかの様に彼女達に馴れ馴れしい態度で声を掛け秋波を送ってくる者も多数現れた。

 

 しかし、対応時の態度に強弱の差はあれど全てを拒絶によって隊員達へと返した吹雪達に対する不満は自分達を敵から守る戦力である彼女達へと向けれないジレンマから標的をある意味では(霊力に適正さえ有れば)替えがきく中村へと定めた様な鬱屈とした気配が部隊内に充満した事に彼は内心冷や汗を滴らせる。

 

 だが、その不満が実際に艦娘の指揮官を襲う直前、彼女達の姿を見るだけで顔を青くしたり脂汗を浮かべながらそれを誤魔化す様に真面目に働く様になった人数が劇的に増え、気付けば中村に対する他の男共の抱えた負の感情の矛先が不思議と消え去っていた。

 

 何故か一部には上官としてではなく男として畏敬や尊敬の眼差しで中村に向かって敬礼する者達も混じるようになったがそれに関しては直接に害が有るわけではないので敢えて彼は見ない振りをしている。

 

 ある日、吹雪と連れだって歩いていた時に、あの人はよくもまぁ平気であんなヤバい女達と一緒にいられるな、などと言う呆れが混じった呟きをとある隊員が中村に向かって不意に漏した事があった。

 そして、その一時間後に所用で通りかかった護衛艦が接舷されている桟橋近くの広場で顔を青ざめさせた件の隊員が筋トレをしている(させられている)光景を目撃する事になったのだが、中村の中では彼は自分の知らない別の事情で罰を受けていると言う事になっている。

 

「提督、どうかされましたか?」

「いや、何でもない、・・・鳳翔、そんなに離れて歩かなくても良いんじゃないか?」

「ふふ、いえ、私はまだ遠慮しておきます、順番は弁えていますので」

 

 また順番かと呟き、いまいち意味の分からない理由で立ち位置を変えるつもりは無いと言う鳳翔の様子に艦娘の指揮官になって三年目となった中村は未だに謎に満ちた彼女達の行動理念に対して困惑を深める。

 

(絶え間ない深海棲艦との戦闘があったからこそ張っていた緊張、それが緩んだら箍の外れるヤツが出るかもしれないと思って釘を刺すつもりで艦長の所に行ったのが全くの無駄足になったのは良いんだが・・・)

 

 硫黄島の港に停泊している護衛艦の艦長であり自分と同じ二等海佐である士官と今後の予定を理由に話し合いをした日、態度があからさまに悪い隊員の存在を中村に指摘され、怯えた顔を隠さず彼へ失礼な真似をした部下に代わって謝罪する艦長のテーブルに額を擦り付ける姿は大袈裟で見ている方が哀れに感じるほどだった。

 その後、涙まで目に浮かべ始めた40代のオッサンを宥めている内に中村は何故か本土からの補給物資に含まれていたアルコール類を艦長と酌み交わす事となり。

 小笠原諸島での辛い任務に対する泣き言や艦娘否定派だった元上官を持ったばかりにこんな目に合っているとか、左遷が決まり妻が実家に帰ってしまって子供の顔も見に行けない状況への絶望感などと延々と垂れ流される愚痴に長々と付き合わされた。

 

 こちらのご機嫌を取る為なのかやたら酒を勧めてくる艦長の攻勢をいなして何とか酒量を缶ビール三本に抑えたもののアルコールに弱い中村は空き缶を握ったままソファーに丸まった苦労人艦長に毛布を掛けて千鳥足で自分の拠点へと帰る。

 他の隊員が過ごす港の護衛艦や兵舎から歩いて十数分、急な出撃の際に巨大化した艦娘が施設を破壊しないように港から離れた場所にある中村と吹雪達の居住区。

 その暗闇に沈んだ自分や艦娘達に一棟ずつ用意されているユニットハウスの集まっている場所にアルコールで鈍った足を止めた中村は自分以外の気配が全くない事に気付く。

 

 そして、不躾ながらユニットハウスのドアをノックしたりカーテンの閉じた窓を覗いて声をかけたりもしたが、月明りの下には彼女達の影すら無く。

 疑問には思いつつも体内のアルコールが視界を振り回すまでになった為にそれ以上探索する気力が持たなかった彼はゾンビの様に呻きながら自分のベッドに辿り着いた所で気を失う様に倒れた。

 

 気付けば朝、そして、いつの間にか自分と同じベッドに潜り込んでいたスク水少女を押し退けて二日酔いの鋭く刺す頭痛でグラグラ揺れる世界に苦しむ彼を心配そうな顔で、情けないと眉を顰め、しょうがない人だと微笑む、三人者三様の表情を浮かべる艦娘達がいつの間にかそこに居た。

 

 その謎の正体には中村自身、薄々気付いていたがその時にはまだ周辺海域は深海棲艦が虎視眈々と島を狙っている状態であり、昼夜を問わずほぼ毎日繰り返される出撃による疲労とストレスで些細な事を気にしていられない状態も手伝い彼は事実を鳳翔達に問う暇は無かった。

 だが、大まかな危機を取り除き補給線も安定したここ一カ月半ほど、適度な暇が出来た現在でも中村はその問いかけを艦娘達にする事が出来ずにいる。

 

(この島の部隊だけ、日本帝国軍に先祖返りとかホント、洒落にならんぞ・・・)

 

 何故なら自分達の指揮官を馬鹿にしたからと言う理由で仮にも身内である海自隊員を旧軍式で(鼻っ柱を)教育してあげました(へし折ってやった)なんて答えが彼女達の口から返って来るかもしれないからだ。

 鳳翔達が前を通っただけで直立不動の敬礼と応援団もかくやと言わんばかりの声量で挨拶をする隊員達の姿と彼等に対して上官が如く当然と言う顔で対応する彼女達の姿が上層部に知られたら、下手をすれば責任問題で指揮官である自分は懲戒免職の上に吹雪達の立場も危うくなるかもしれない。

 隊内のイジメ問題を解決したとか銀蝿をしていた隊員をとっちめたとか中村も一枚噛んだ事はあるがそれでも彼女達は自衛隊の隊員では無く、艦娘の運用方法などを定めた法によってあくまでも兵器であるとされており階級自体を持っていない。

 持っていないのに他の隊員達が行っている調練の監督を五十鈴や吹雪がやっている姿(幻影)が見えたりするのは非常にまずい、具体的に問題点を上げていくと数えきれないほどにマズイ状況なのだ。

 

「・・・まぁ、なんにしても今は補給の事が第一だな」

 

 そして、また中村は現実逃避を選択して思考を別の方向へと向ける。

 彼自身の嫌な問題を後回しにする悪い癖によって答えの出ない堂々巡りに今後も中村は自業自得で苦しむ事になるだろう。

 

「修復材も後二つになってしまっていましたから、補給は助かりますね、提督」

「正直に言うと深海棲艦の能力をコピーした代物の世話にはなりたくないんだけどな・・・この前の新型センサーにしても信用できるのは分かったけど最前線でデータを取りたいからこっちに回されてきた様なもんだし、どれもこれも俺達を使った生体実験じゃねえか」

 

 朗らかに微笑む鳳翔の言葉に少し顔を顰めて中村は脳裏にこの任務に就く直前、掛け値無しに怪しい新技術の塊を手渡してきた工作艦娘と研究室の主任の顔が過る。

 

 刀堂博士が基礎理論を組み上げた鎮守府の研究室を支える頭からネジが二三本飛んでいる研究者によって日進月歩で磨かれている霊力を利用する技術はついに深海棲艦の残骸から取り出した要因にまで手を出した。

 緑色のバケツに見える円錐台形の物体、その中に詰め込まれた精密機械と得体の知れない液体によって再現されたある深海棲艦が持っていた【時間を戻す力】の劣化コピーは艦娘の負傷だけでなく着ている服すらも立ちどころに直して、否、元に戻してしまう事が出来る。

 

 高速修復材と名付けられたそれの原理はさっぱり分からないが効果そのものは非常に便利である。

 が、鎮守府の一番広い研究室で様々な機械に繋がれた巨大な脊椎の一部や黒く鋭い爪が生えた指、マナとして分解せずに残った深海棲艦の遺骸から破片を取り出して様々な実験を行っている連中(MAD共)の姿を見さえしなければここまで不信感を募らせる事は無かっただろうと中村は内心で呻く。

 

「高速修復材は提督の前世にもあったのではありませんか? 吹雪ちゃんからも司令官が言ってましたと聞いた事があります」

「・・・まさか深海棲艦の能力が元になってるなんて想像出来るわけないだろ」

 

 この任務の為なら一個単価百数万円の貴重な最新技術を無料で優先的に安定供給しますと言われ、実際にこの南の海で何度もそれに窮地を救われる事になった日本防衛の最前線に立つ士官はそれでも研究室から恩を着せられている様な感覚に釈然としない蟠りを抱えたまま口を一文字に引き結んで両手をズボンのポケットに意味なく突っ込む。

 

「それは・・・確かに表沙汰に出来る内容ではありませんけれど」

 

 戦艦級の砲撃で上半身を消し飛ばされて大破(強制解除)し治療槽を使っても数十日は寝たきりになる程の重傷を負った事がある鳳翔はそれをたった数十秒で無かった事にした高速修復材の効果とその技術の由来を比べ。

 

「現状で私達はあれに頼らないわけにいきません」

 

 眉を下げつつもこれからもそれを使い続けるのは仕方ないと口にする。

 

「そりゃ、分かってんだけどなぁ・・・鳳翔達の身体になんか有ってからじゃ遅いだろ?」

「・・・ふふっ、心配していただいてありがとうございます、提督」

 

 気付けば一歩斜め後ろにいた鳳翔が手を伸ばしてポケットに入れていた中村の手を引き出し、自分の手に指を絡めるように握ってきた軽空母の優し気な微笑みに中村は肩を竦めて、そのしなやかでありながら弓だこを感じる戦う女性の手を握り返した。

 

「まぁ・・・なるようになるか、少なくとも今より悪くなる事は無いだろうしなぁ」

 

 前世のゲームでイベントに備えて溜め込んでいたアイテムの再現までもがこの世界に現れたのは良い。

 だが、まさかそれが深海棲艦由来の技術で造られる事になるとは中村は想像もしていなかった。

 

「ええ、それにどんな困難な事があっても私は提督にお供いたします」

「っ!? 鳳翔、けっこ、・・・うな事だな、それは、うん・・・」

「ええ、そうですね、ふふふっ♪」

 

 さらりと彼と共にある事が当然と言い切る鳳翔の微笑みに見惚れた中村は思わず告白し掛けた言葉を無理矢理切って誤魔化す為に咳払いし、彼の様子にクスクスと笑う空母艦娘から顔を正面へと戻す。

 そして、二人は硫黄島の端に位置する港湾施設、丁度、入港してくる船への対応で慌ただしさが見える港へと足を踏み入れた。

 

 数か月前までは南方海域の諸島を根城にしていた深海棲艦達のボス、戦艦タ級フラッグシップが自らの200mを超える巨体に合わせて島の大地を削りとって下僕を侍らせる為の寝床に使っていたこの場所は皮肉な事に彼女が討ち取られた後は海上自衛隊所属の汎用護衛艦【はつゆき】が停泊する港へと生まれ変わった。

 

 機密事項である為、知る者は少ないが深海棲艦は地球の環境変化によって自然発生したある意味では野生動物と呼べる存在で、それが人間にとって危険であると言うこちら側の勝手な理由で深海棲艦を駆除すると言う行為は中村にとって思う所が無いと言えば嘘になる。

 

 だが、その後ろめたさもこの深海棲艦が掘った湾の水底や岬に食い散らかされて転がっていた民間の輸送船や軍艦の成れの果てとその中に散らばっていた腐臭を放つ人間だった物体の末路を見て胃の中身と一緒に吐き出し海に流す事になった。

 

 猫吊るしから送られてきた豆知識では深海棲艦の生命活動はほぼ全て海底から湧き出るマナによって成り立っており、食事による栄養補給はエネルギーの変換効率から言って補助にもならない微々たるものであるらしい。

 だが、自分達が生まれ持った(組み込まれた)本能(命令)に従って深海棲艦は好き好んで船を襲い、海岸沿いの町を砲火で焼き払い、その中から少なくない人間の命をその口へと放り込んでいる。

 

(アイツ等も中枢機構に戦い続ける事を強制されていると言うのは同情の余地があるのかもしれないが・・・)

 

 海を逃げ惑う船を遊び半分の感覚で追いつめて捕まえ、中身をほじくって悲鳴を上げる人間の姿と味を楽しむ、それは深海棲艦にとって娯楽の一種であるそうだ。

 戦闘後に砕けた敵の腹からこぼれ出てきたモノを見た時に妖精(妖怪)から送られてきた胸くそ悪くなる分析情報を思い出した中村は眉間にしわを寄せた。

 

 転生者としての特権とも言うべき艦娘の艦橋にいる時限定ではあるが疑問に思ったり初めて見る敵の能力などをすぐさま分析してイメージで教えてくれる中枢機構(刀堂博士)からのサポート。

 それ無ければ任務に就いてから数週間も経たずに彼等は恥も外聞も無く尻尾を撒いて本土へ逃げ帰る事になっていただろう。

 しかし、海の怪物達(深海棲艦)を人食いたらしめている原因である存在の協力と言うのはいくら便利であっても釈然としない感情が中村の胸に蟠る。

 

「考えても仕方ない事で悩むのは止めた方が良いですよ、提督・・・深海棲艦は倒すべき敵です、それで良いじゃありませんか」

「・・・顔に出ていたか?」

 

 深海棲艦の巣作りによって全長130mの護衛艦が余裕で入港できるぐらいに深さを増した硫黄島の周辺海域、多くの自衛隊員の努力と巨大化した艦娘の馬力によって整備されたコンクリートの地面に幾つかの倉庫やプレハブが規律正しく建てられた街に見えなくも無い場所で中村は立ち止まった。

 彼と繋いでいた手を離して身体の前で重ねて揃えた鳳翔が眉を少し下げて微笑み小さく首を横に振る。

 

「・・・いえ、墓所に目を向けておられましたので」

「そうか、まぁ、・・・考えても仕方ない事の一つだな」

 

 その少し遠くに海中から引き上げられた深海棲艦の犠牲となった船達が野ざらしになり、その乗員だった無数の遺体は引き取り手も無く今は出来うる限り身元が分かる様にして簡易的な埋葬をされている。

 そして、見ているだけで憂鬱になりそうな錆色の景色から顔を背けて補給物資を運んでくる輸送船が来るだろう場所へと中村は鳳翔を連れて向かう。

 

「てーとく、遅いよぉ、もう船の接舷始まってるでち」

「ん、ゴーヤ、お前、吹雪と海上のセンサーの点検してるはずだろ? 吹雪もいるのか?」

「そんなのもう終わっちゃったよ、吹雪ははつゆきの厨房でお昼の用意手伝ってるでち」

 

 精悍だったり脂汗を浮かべたり様々な表情でこちらへと敬礼をする港湾施設の隊員達に気の抜けた敬礼を返しながら中村は先に桟橋で待っていたらしい伊号潜水艦を原型に持つ艦娘に気付き、岸壁に腰掛けて足をぶらぶら揺らしている伊58へと声をかける。

 

「・・・なんだ? やけに船の数が多い・・・おいおいおい、なんであんな数が来てるんだ!?」

 

 その伊58の近くへと向かい波止場に立った中村は湾の入り口に見えるいくつかの船が港へと入港してくる様子に目を丸くした。

 

「なんかね、年内に島の基地を元通りに復旧させるらしいよ? 他の島に住民の人達が戻ってくる事が決まったからみんな急がないといけなんだって~」

「・・・は? なんだそれ!? 上層部の連中は正気か!?」

「ん~、小笠原村復興なんとか、えぬじーおーとか言う人達の活動で署名がすごい数になったとか聞いた?」

「俺はそんな事聞いてないぞ!? って言うか何考えてんだ本土の連中はっ! 敵の攻勢は無くなったけど、たった四人の艦娘でカバーできる範囲なんてたかが知れてんだろ!? 民間人守りながら深海棲艦と戦えるわけないだろが!」

 

 重機が甲板に見える輸送船が島の港へと入って来る様子に目を剥いて伊58ののんきな様子と反比例した態度で中村は守らなければならない人数が数倍になり、自分達に降りかかる手間と労力は軽く百倍になるだろうと予測して驚愕に叫ぶ。

 

「ふんっ! 久しぶりに顔見たと思ったら、随分となっさけないセリフを吐いてるわね!」

 

 基地の復旧に使う資材を積んでいるらしい輸送船団に向かって一頻り叫んだ後に呆然としていた中村のすぐ近くから気の強い少女の大声が上がる。

 

「は? なんで・・・霞の声が? ・・・どこからだ?」

 

 聞き覚えのあるその声の主に心当たりがあった中村は辺りを見回してその姿を探すが、声はするのにその姿は見えず髭面を傾げる。

 

「どこ見てんのよ、ホント鈍いったら無いわね!」

「うぉわっ!? なんでそんな所から!?」

 

 首を傾げている中村の足下、小さな少女の手が下から波止場の縁を掴み、小柄な体が跳ねる様に彼の前へと躍り出て灰色のサイドテールの毛先を跳ねさせた。

 

「あ~、霞でち、霞もあの船できたの?」

「ええ、でも接舷作業にもたもたしてるから先に降りて来たわ」

「あらあら、久し振りね、相変わらず霞ちゃんは元気なのね」

 

 軽く手に付いた土を払った朝潮型の駆逐艦娘がのほほんとした調子で声を掛けてくる潜水艦や空母と短く再会の挨拶を交わしてから中村へと歩み寄り、一歩ほど間を開けた場所から小学生にしか見えない少女は睨むような気の強い視線を彼へと向ける。

 

「霞、お前、何で・・・? もしかしてお前の指揮官と増援に来てくれたのか?」

「はぁ? なに馬鹿な事言ってんの、って言うか馬鹿じゃないの? ホント、なんでこんなのが私の司令官なのかしらっ」

 

 彼女の突然の出現に呆然として見下ろす中村と腰に両手を当てて肩を怒らせ顎を上げて彼を見上げる霞。

 その言葉と態度に困惑しながら中村は見つめ合っていた霞の澄んだ瞳にふと違和感を感じて覗き込むように身体を傾げる。

 

「司令官ってお前は俺の艦隊から外れて・・・はぁっ!? 霞、お前、その目どうしたんだ!?」

 

 両手で霞の頭を挟みその左目の瞳孔に重なるように刻まれている菱形に並ぶ四枚の花弁に気付き驚きの声を上げ、その彼の反応に朝潮型駆逐艦はどこか満足げに口元をつり上げた。

 

「てーとく、どうしたの?」

 

 幼い見た目に不釣り合いなほど気位の高い少女がされるがままに頬を中村の手で挟まれたまま、その腕を振り払う事無くむしろ誇らしそうな態度で不敵な笑みを浮かべて彼と見つめ合う。

 

「ぁっ、すごいでち!? 霞の目が吹雪と同じになってる~!」

 

 驚きに硬直した中村と存分に驚くが良いとばかりに胸を張る霞の様子が気になった伊58が横合いから駆逐艦娘へと目を向け驚きの声を上げる。

 

「研究室が新しく艦娘の改造技術を開発したから被検体をやっただけよ、まっ、こんなの強化の内にも入らないわね」

「被検体ってお前、何でそんな危なっかしい事を・・・うぉっ!?」

 

 アンテナ型の髪飾りを付けたサイドポニーを揺らし自分の顔を挟んでいる中村の手を振り払った霞はさらに一歩踏み出して彼に近付き、頭がぶつかりそうになったところを咄嗟に仰け反った男の胸元へと素早く手を伸ばす。

 

「っと、なら何でこんな所にっ、ぐぅぇっ!?」

 

 開けっ放しの胸元を少女の手が握り、白い布生地が強引に引き伸ばされ中村の胸元にも届かない背丈の身体に見合わない腕力によって額同士がくっ付くほどの至近距離まで二人の顔は近付き。

 花菱の模様が刻まれた大きな琥珀色の瞳が一気に剣呑さを宿し、目の前で急激に膨らんだ威圧感に仮にも自衛隊士官であるはずの青年は蛇に睨まれた蛙の様にその場で硬直する。

 

「それにしてもなんて格好してんのよ!? 制服の開襟どころかまともに服も着てないし、その汚らしい髭面、・・・鳳翔さん、こいつの事を甘やかし過ぎだったら!!」

「あら、霞ちゃん、お髭の提督も素敵なのよ? 野性味があって、ふふっ♪」

「は、離せ、離してくれ!? ちょっ、よ、止せ! 霞っ!?」

 

 すさまじい剣幕で柳眉をつり上げ今にも噛みついてきそうな程に八重歯をむき出しにした霞が指揮官の襟首を片手の握力だけで締め上げ、のらりくらりとした調子で微笑む鳳翔の前で中村の顎に生えた中途半端な髭が少女の爪で数本が一気引き抜かれた。

 

「ひぎゃぁっ!!」

 

 次の瞬間、無造作に無精ひげを引き千切られた些か情けない男の悲鳴が港に響き渡り、慌ただしく仕事に従事している海自隊員達が何事かと中村達がいる一角へと視線を向ける。

 だが彼等が視線の先に鳳翔と伊58の姿を確認した直後、労働の熱にバテかけていた隊員達は表情を真顔に戻して自分達は何も見なかったと自己暗示して勤労精神を満たす為に仕事へと戻っていく。

 

「ふんっ! アタシが艦隊に戻ったからにはもうこんなだらし無い真似はさせないわよ!!」

 

 霞は不機嫌そうに鼻を鳴らしてから千切った毛を指先から払い落して中村の襟首を引っ掴んでいた手を開く。

 

「覚悟しなさい、このクズ!!」

 

 そして、中村の異動後に所属していた艦隊の司令官から「(ママ)、行かないで!」と言う懇願を文字通りに蹴り飛ばして(私はアンタの母親じゃないったら!して)、研究室や司令部と交渉の末に自らを新技術の被検体にする事で中村の艦隊へと戻る権利をもぎ取った駆逐艦の怒声が南の島の穏やかな空気を震わせた。

 

「さぁ、さっさと準備しなさい、帰るわよ!」

「痛っぅ・・・準備ってなんのだよ、帰るって何の話だ? いきなりすぎて意味が分からないぞ」

 

 やっと襟首を解放された中村は突然に髭を引き抜かれてヒリヒリする顎を横から手を伸ばしてきた鳳翔に撫でられながら目の前でふんぞり返る霞へと問いかけ。

 

「そんなの鎮守府に決まってるったら! みんな待ってるんだからこれ以上待たせたら承知しないわよ!」

 

 硫黄と緑の匂いが風に揺れる冬と言うには温かい南の島の港、顎を引き鼻息強く腰に手を当てて堂々と朝潮型駆逐艦娘の霞は呆けた顔をしている中村義男特務二等海佐へと宣言した。

 

「は~い、みんなこっちよぉ、足下に気をつけてねぇ~」

「「「はーい!」」」

 

 胸を張り堂々と中村の艦隊に復帰した事を宣言する霞の背後、反対側の岸壁への接舷が終わった輸送船から遠征とかかれた旗が先端で揺れる薙刀を手に持つ軽巡洋艦娘、龍田と彼女に引率されているらしい輸送艦娘が小さなコンテナが幾つも乗った背負子と共に硫黄島へとぞろぞろと上陸し。

 

「護衛艦隊も行くぞ! 遅れんな、ちゃっちゃとしろよ!」

「うん、がんばる・・・」

「は、初雪が自分から隊列に!?」

「むぅ、司令官・・・私だってやる時はちゃんと、やる・・・よ」

 

 その後ろから模造刀を腰に佩いた天龍が指揮官と共に妹の引率する列に続いて数人の艦娘達を引き連れていく。

 




そして、ここがモンダイノカイイキッ!

吹雪「そんなっ! ダメですぅ!(大破)」
五十鈴「まだ大丈夫っ(ry
鳳翔「このまま(ry
伊58「治しt(ry
吹雪「(ry
・・・ループ&ループ

主任「高速修復材送るよ~♪」
明石「どんどん送りますよ~♪」
猫吊るし「78歳(故)、学者です」つライブラ

タ級F「私ヲ倒シテモ第二、第三ノ(ry」チュドーン!

中村(赤疲労)「二ヵ月かかりましたけど何とか硫黄島確保しました、自分、帰って良いっすか?」

防衛省「ファッ!? なんやて!?」
   (どないしょ、基地確保まで考えとらんかった、しゃーない、また深海棲艦に奪われるかもしれんけどここは戦略的撤退やな、優秀な人間に死なれたら元も子も無いわ)

国交省「おい、何で折角確保した土地を勝手に捨てようとしている、許さんぞ」
農水省「新鮮なご飯(水産資源)の匂いがしたので国の方から来ましたぁ! 国民皆さんの為にも食料自給率をも~と上げたいです!」
小笠原島民「我々は賢いので署名をたくさん集めました、さぁ、私達に島を返すのです」

防衛省「面倒事が増えたぁ!? なんでアイツ(中村)無茶振りのはずの作戦、成功させとんねーん! 空気読め、アホぉおっ!!」

その為の放置プレイ。
 


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第四十九話

 
とある大学生の人付き合いと過去のしがらみと・・・。




お前を見ているぞ(プリンの画像)




・・・あれ? そう言えば君達の名前ってなんだっけ?

大学生「七海公太郎です、設定はあるけど名前は意地でも出さないらしいです・・・クソがっ」
馬鹿「賢木賢人ッス、馬鹿じゃないッス、今年二十歳になったッス!」



 

「うぇ~い、飲んでるか~いっ♪」

 

 四方八方のコップへと泡と液体の割合が3:1のビールをヘタクソに注ぎ回り騒いでいる潰れたプリンの様な髪色の馬鹿が騒がしい。

 そんな会場の様子を私は酎ハイの揺れるグラスを手にぼんやりと眺める。

 今、私は大学の名前だけ貸しているサークルの先輩が企画した親睦会と言う名の馬鹿騒ぎに数合わせの為だけに参加させられていた。

 駅前の創作料理バルと言えば聞こえは良いが要するに少し広い大衆酒場を貸し切り、女子は千円、男子は一万円の参加費を払わされて行われている奇抜が取り柄の多国籍料理と安い酒が飲み放題という程度の割に合わない催しである。

 

(もうすぐクリスマスだから出会いの場を用意してやるなんて言われても、あれを見ると何一つ有り難みを感じないなぁ・・・)

 

 私自身は女体の神秘に興味が無いと言うわけではないが、しかし、飢えていると言えるほど男女の密接な関係を作る必要性を感じていない。

 そんな益体の無い事を考え、ホストクラブにでも居そうな今時の流行に身を包んだ特に親しいわけではない二年上の先輩がその場の女子の半数以上に囲まれながら意中の女子大生へと頻繁にアプローチを掛けている様子に失笑する。

 

 ふと、そちらの方へと視線を向けていた私は声高に自らの自慢話をばらまく彼の隣で愛想笑いを浮かべている女子大生と視線が交わった様な気がした。

 

(あ・・・えっと、彼女はなんて名前だったか・・・?)

 

 宴会の前に友人が知り合いの様でシマちゃんとか親しげに呼んでいたはずだが私とは特に面識が無い一年下の後輩だっただろうか。

 法律を専攻している私とは違い彼女は教育学科に通っているらしく、その点でも接点は無いはずだ。

 

 確か今回の宴会の発起人であるサークルの部長が今年入学してきた一番可愛い女の子がウチに入ってくれたと浮かれていたり。

 前方で複雑怪奇な流行りの話題を垂れ流しているチャラ男などは彼女を絶対にモノにしてやるとか、緩そうなお嬢様系だから俺が口説けば一発だ、なんて調子の良い言葉を喚いていた様な覚えがある。

 

 ぱっと見ではあるが豊富な話題でその場を盛り上げ周りの女子からキャーキャーと注目を浴びているイケメンに対して肝心のシマちゃんとやらは明らかに距離を置きたいと考えているらしく隙あらば肩に触れようと伸ばされてくる男の手をさりげない動きだが全て避けていた。

 

(まぁ、私には関係の無い話か・・・)

 

 誰に言っても信じてもらえないだろう話だが四十代前半まで生きて死に、そして、生まれ変わった経験を持っている為か私は肉体的には二十歳だが自分が酒に弱いわけではない事を知っている。

 弱いわけでは無いがアルコールの味そのものは前も今も慣れないらしく果汁で味を誤魔化してちびちびと飲むのが私の性に合っているのでビールの泡しか入ってないコップを煽って口周りに白いひげを作っている友人の様にはしゃぐ気にはなれない。

 

(だが、なんだろう、彼女と何処かで私は会った事があったのだろうか?)

 

 既視感にも似た感覚が妙に気になりはするが、あんな美人と話す機会すら無さそうであるなら考えるだけ無駄だろう。

 そう結論し、私は各種メディアを騒がせている大きな話題、国連で日本への経済的な制裁を課すと言う議題、では無くそれを一国を除いた常任理事国が揃って拒否したと言う前代未聞な出来事を頭の中で徒然と考察する。

 詳しい理由は分からない、だが2008年に行われた名も無い海戦以降の無為な国同士の睨み合いが始まってから意見の合致など望めない状況の中で久しぶりに大半の国が意見を揃えて同じ票を投じたのはちょっとした事件とも言えた。

 岳田マジックとまで言われるこの事件の裏側では日本が国連の主要国に対して何らかの支援を約束したからこそ経済制裁の阻止が成功したのではないかと囁かれている。

 

 とは言え、全てが全て日本に都合良く展開したわけでも無く、その議題を上げた中国や制裁への賛成票を入れた一部の国々は独自に日本との輸出入に対する税率の一方的な変更、一部企業に対してその国の口座を凍結するなど圧力をかける方針を既に実行しており。

 最近ではスーパーに並ぶ食品棚の一部が歯抜けになっている所も見え、右肩上がりの物価もまた一割ぐらい値段を上げて現在最大手のコンビニチェーンがまた事業を縮小して店舗数を減らすんじゃないかと言われている。

 

(何らかの支援・・・十中八九、艦娘に関わる何かだろう、彼女達の能力を解析し利用した兵器なんてのも研究されている噂も聞こえてくるぐらいだが、流石に400人ほどしかいないと言う艦娘を各国に配るなんて馬鹿な真似はしないと思いたいな)

 

 そうなれば日本は経済を気にしている暇無く、話の通じない怪物達の砲撃と爆撃によって一週間で穴あきチーズにされてしまうだろう。

 流石にそこまで馬鹿な内容の交渉を結ぶ岳田内閣では無いと信じたいが、かつての艦娘否定派の暴挙を考えると万が一と言う可能性も否定できない。

 そうならない為に私が出来る事は艦娘の味方となってくれる民意を集める為に出来るだけ正確な情報を大学生の身で許される限りだがより多く発信していく事だと考える。

 

 発信と言ってもネット掲示板に投稿された名前が分からないと言う艦娘の写真を前世の記憶を頼りにして名前を特定したり、自分のブログにアルバイト先のテレビ局で手に入る真偽を出来るだけ精査した鎮守府の噂話を書くか、動画投稿サイトでお面を被った状態で今時のニュースや政治に関する豆知識を披露する程度の小規模な活動だが。

 

(まぁ、ちょっと法律を齧った大学生が出来る事なんてたかが知れているんだろう・・・)

 

 後は偶然に知り合いになった大木旅館の若女将をしている戦艦娘扶桑だった女性、今は大木旅館の若旦那と共に若女将として母親として働いている大木芙蓉さん達と連絡を取り合うぐらいだろうか。

 それですら電話で大木夫妻と近況を連絡し合うぐらいなもので私が子育てに四苦八苦している新婚夫婦の助けになっているかと言うと全く役に立っていない。

 脱走艦娘であった芙蓉さんが隠れ住んでいた旅館へ不躾にも押し掛けた私と友人。

 そんなふうに知り合った後、いつの間にか彼女が自衛隊と和解し鎮守府へと一時的に戻り、そして、人間の女性となって正式に大木家へと嫁入りしたと言う話を聞いた時に何故か二人からお礼を言われる事があった。

 だが本当に何もしていない立場としてはその言葉には嬉しさよりも申し訳なさの方が強く感じたものだ。

 

「お隣、かまいませんか?」

「・・・え?」

 

 レモン味の1/3になった中身が揺れるグラスの様子をぼんやりと見つめながら取り留めのない事を考えていた私の顔に影が差し、不意に思考の海から引き上げられた私はその声に主を見上げて目を瞬かせた。

 

 ふわりと柔らかくウェーブする黒髪は肩にかかる程度の長さで揃えられ、今の時期に着るには薄く感じる暖色のブラウスは襟元を黄色い花の刺繍が飾り、整った小顔の中にくっきりとまつ毛で縁どられた瞳は見る者の視線をくぎ付けにするような魅力を持っている。

 つい先ほど見た時には自己主張の激しいイケメン先輩の隣に座らされていたはずの女子大生が呆けた私の顔を見下ろしてにっこりと微笑み、こちらの返事を待つ事無く紺色のスカートに包まれた腰をすぐ隣に下ろし、横座りした黒いストッキングのすぐ近くへと手に持っていた白いコートとショルダーバッグなどを置いた。

 

「えっと、君、あの先輩の所に居たんじゃないのか・・・?」

「はい? ・・・ああ、あの人はお手洗いに行ってるので、今のうちに離れてしまう事にしました」

 

 それで何故、私の隣に移動して来る事になるのかと困惑するこちらを他所に隣に座った美女はスッと手に持っていたグラスを私の手にあるグラスに軽く当てて微笑みながら乾杯と言う。

 

(またか、もしかして大学内で知らないうちにすれ違っていたのか?)

 

 既視感だろうか、違和感だろうか、それとも彼女の微笑みが醸し出す色香に酔いかけたのか、頭の奥底を刺激する不思議な感覚に私は一時呆然とする。

 

「・・・さんですよね、私の一年年上でしたっけ?」

「へっ、あっ? ああ、そうなるんだと思う、学科が違うから良く分からないけど」

「うふふっ♪ 私は教育学科の茅野志麻と言います、よろしくおねがいしますね、先輩さん♪」

 

 何がそんなに愉快なのか、付き合った女性の数が三十人以上と豪語するイケメンに詰め寄られていた時とは違う柔らかな笑顔を私に向けてくる茅野さんの態度には戸惑うしかない。

 はた目には美女の横でのぼせ上がった七三分けの眼鏡がキョドって居る滑稽な様子に見えるだろうが、その場にいる本人としては気が気ではない。

 

 自己弁護にもならないが今世では女性と親密な付き合いをした事は無いが前世では高校の同級生の女の子と少し不純なお付き合いしていた事がある。

 あるが、その相手の元カレとよりを戻すからと言う理由で一方的かつ呆気ない別れ文句によって私は振られ。

 人生初の恋愛に負け、数ヶ月の呆然自失の間に偶然出会った艦これと言う新作ブラウザゲームに逃げ、ハマり込んだ経験から私の中にはリアルな女性に対してかなり抵抗感が出来ていしまっているのだ。

 

「そうなんですか、じゃぁ、冬休みに長崎県まで行くんですか?」

「ああ、うん・・・まぁ、そのつもりかな、国際的にもかなり注目されてるからね」

 

 妙に馴れ馴れしい態度で寄って来る彼女へ私の面白みの無さが特徴と言われている取り留めのない話でも聞かせて早々に退散してもらおうと思っていたのだが、相手が聞き上手である為かはたまたちびちび飲んでいた酒の威力か思いのほか舌が回る。

 ぱっと見はどこかふわふわとした緩い雰囲気を纏っているお嬢さんであるのにまさか艦娘の法的根拠と言う面白みの無い話について来るタイプとは思っておらず。

 そんな私は現状の外交や国防特務優先執行法との関係までベラベラと訳知り顔で講釈し、極めつけには史上初の艦娘艦隊の公開演習が行われる佐世保まで行く予定まで口に出してしまっていた。

 

「先輩さんはジャーナリストを目指してるんですね~」

「いや、そんなに恰好の良いものじゃない、私のこれはただの追っかけみたいなものだよ」

「追っかけ? アイドルとかのファンみたいな感じです?」

「だね、私は・・・艦娘が好きなだけなんだ、これで彼女達の助けになれる事が一つでもあれば良いんだけどね」

 

 今は無い知恵を絞る事しか出来ていないよ、と苦笑した私は隣に座っている茅野さんを見る。

 さっきまで楽しそうな微笑みを浮かべていた彼女の顔が気付けばまるで茹蛸のように赤く染まり潤んだ瞳を右往左往していた。

 

「ど、どうしたんだい、大丈夫かい? 水でも持ってこようかい?」

「だ、大丈夫れすっ! それで、せ、先輩は艦娘の事が、す、好きなんですかっ!?」

「うぁっ、は、いきなり何を、ち、近いって!?」

 

 明らかに挙動不審になった茅野さんが私の両肩に両手を掛けて女性にしては妙に強く感じる力で振り向かせ、彼女と強制的に正面から向かい合った私は戸惑い距離を取ろうとするが薄着の女性の身体を押し退けるのに躊躇するぐらいの自制心は残っている為に意味なく両手をフラフラさせる。

 

「か、艦娘の中でどんな子が好きなんです? もしかして、駆逐艦の子達とかですか!?」

「は? いやいやいや!? まず落ち着いてくれ、私はそんなやましい目で彼女達を見て・・・いない」

「ぁ、今、少し間がありました! 目を反らさないでください、あやしいですっ!」

 

 前世では駆逐艦娘をメインの題材にした二次創作の同人誌(薄い本)のお世話になった事がある為、私はその言葉を強く否定は出来ない。

 しかし、彼女の言葉、いや、声に叱責されるだけで何故にここまで私は取り乱しているのだろうか、喉まで出かかっている答えを言葉に出来ないような感覚に眉を顰めた。

 

・・・

 

 初めてレベル上限を引き伸ばした(ケッコンカッコカリ)のも駆逐艦娘であったがそれはあくまで艦これがゲームや二次創作の中にある二次元の存在であったからであり艦娘が現実となっているこの世界に当てはまるかと言うと話は違う。

 もちろんそんな個人的な内情を初対面の女子大生に言うつもりは無いがあらぬ疑いだけは解いておかねばならない。

 

「だから、彼女達は国だけでなく私達国民を守る防人でぇ、そんな相手に劣情を向けるなんて言うのは失礼な事なんだ。私に出来る事じゃぁない」

「ホントですかぁ~? あやしいですね~・・・そこの写真も駆逐艦の子ばかり写ってるじゃないですかぁ~」

 

 ビール缶を手に半眼になった茅野さんがテーブルの反対側から身を乗り出して私の性癖を疑う様な物言いをするが、呂律が怪しくなっている明らかな酔っ払い相手に自らのプライベートを明かすつもりは無いので私は空回りする舌を動かして引き続き無罪を(ロリコンでは無いと)主張する。

 

(はて? おかしい、・・・なんで私はこんな所で彼女と二人で酒飲み話を続けているんだ?)

 

 目の前にあるのは創作料理が乱雑に置かれた居酒屋のモノでは無く非常に見覚えのある所帯じみたテーブルとスナック菓子、アルコールで頼りなくなった視界を揺らせば新聞の切り抜きや自分でまとめた艦娘に関する情報が書かれた紙、ネットなどで収集した彼女達の画像を印刷したモノが所狭しに貼られたコルクボードが見えた。

 

 記憶があやふやになってきているようで、軽く自分の頭を指で小突いて何故に自分が自宅に戻ってきているのか、更に茅野さんが妙に熱っぽい言葉遣いで絡んできているのか、その経緯を思い出そうとする。

 

(確か・・・彼女の様子がいきなりおかしくなって、その後に先輩が(ホストもどき)トイレから戻ってきて・・・いけない、本格的に記憶が飛んでるのか?)

 

 そんな面白くないヤツとよりまた俺とお話しシようぜ、と言って茅野さんの肩に手を掛け、彼のその手が自然さを装ってレモン色の布地を滑り彼女の胸をなぞり撫でた。

 悪い悪いわざとじゃないんだ、と志麻さんの胸を触ったまま爽やかな笑みを浮かべて謝るイケメンと彼女の視線が交わる。

 

 それは整った自らの容姿と酒の場である事、さらに茅野さんが明らかに酔っぱらっている事を見計らいそれを軽い冗談として流させて彼女を自分のペースに引き込もうとしている事は誰の目にも明らかだった。

 

 間違っても私がマネできる事じゃないほど見事な、所謂、※但しイケメンに限り許される、という行為である。

 

 だがその直後、周囲の予想を裏切り彼を一瞥した彼女の裏拳がチャラ男の鼻っ面に叩き込まれ、ギャグマンガの様に鼻血を噴きながら美形だった男がもんどりうって倒れた事でその場の空気が凍った。

 

 その原因を作った茅野さんは白目を剥いて倒れている男を完全に無視して私に絡み続け。

 こちらの様子に気付いた髪染めに何時も失敗する友人が後は俺っちが何とかしてやるから、と私と茅野さんを立たせて店の外へと手荷物ごと追い出される事になり。

 まだ酔いが浅かった事もあり私は最寄りの駅まで同行してそこで彼女と別れて家に帰ろうと考えていたのだが、彼女はそれに納得せずあろう事か自分の家がある最寄り駅で下りずに私が住んでいる賃貸マンションまで頬をリスの様に膨らませながら付いてきた。

 

(何だコレ!? まるで意味が分からない・・・何がどう間違ったらこうなるんだ?)

 

 彼女に自宅へ戻る様に説得している途中で明日の朝食が無い事に気付き適当に買っていくかと寄ったスーパーマーケット。

 そこでも一緒にくっ付いてきた彼女が勝手に買い物かごへとガラガラと無造作に入れた缶ビールの一本を手に頭痛までし始めた頭を働かせるがどうしてこうなったのかが全く分からない。

 

 理屈っぽい少し背の低い七三分けとして試験勉強の時ぐらいしか頼りならないと言われる私が美人女子大生を家に入れて更に酒を手に自分の主義主張を声高に垂れ流す状況に困惑しながら止めることが出来ずにいる。

 アルコールに弱いわけではないがそれでも量を飲めば酔うのは仕方がない事で目の前の彼女の身体が光って見える程になると流石に自分の限界を読み違えた事を認めないワケにはいかないらしい。

 

 極めつけに彼女の黒髪だったセミロングの一部が艶のある銀色に見えるともなれば自分の目すら信じられなくなってきた。

 

「先~輩ぃ、聞いてますかぁ~? ・しまの話聞いてくれないと、・・しちゃいますよぉ~?」

「聞いてるよ、聞いてれから、私が思うにだね、君はもう少し慎みをらなぁ・・・」

 

 丸く小さいテーブルを押し退けて抱き付いてきた茅野さんを押し退けようと彼女の肩に手を掛けるが触れた場所は妙に柔らかくぐにゃぐにゃと手の先が自分のモノでは無い様な手応えの無さでまともに押し返す事も出来ず、朱に染まったずっと昔に見た事がある見覚えのある美貌が私を床に押し倒した。

 

(・・・昔、見覚えがある? 何でだ、いや彼女とは知り合ったばかりでそんな前に見覚えなんて・・・)

 

 冷静な部分と茹った部分に分かれた脳が不意に記憶の奥底から二次元のキャラクターの絵を引っ張り出して、そして、柔らかい感触と同時に茅野さんとそのキャラクターの姿が頭の中で重なる。

 

「んふっ、どうですかぁ、先輩ぃ? 降参して正直になりなさ~い♪」

「・・・練習巡洋艦、か、鹿島?」

「ぁっ、うふふっ♪ なんで私の本当の名前を知ってるのかは、今は聞かないであげま~す♪ かわりにぃ・・・」

 

 そんな事を言いながら一年後輩の女子大生、茅野志麻、いや、艦娘として鎮守府にいるはずの鹿島が驚きに絶句した私の上に覆いかぶさってくる。

 

「あはぁっ、何ででしょうか、先輩さんに触ってるだけで、もう、私、我慢できなくなってきました・・・」

 

・・・

 

 十一月も終わろうとしている日の朝、幸いにして前日の深酒による二日酔いはそれほど酷くなく前世のサラリーマンだった頃に接待などで培ったアルコール対策が万全に機能している事に心の底から感謝した。

 そのおかげで朧気ながらも昨晩の記憶が飛ぶなんて事にはならなかったが、ならなかったおかげで眼前の問題と向かい合わなければならないと鈍く痛む目元を解すように指で揉む。

 

「先輩さん。朝食こちらに置きますね。スクランブルエッグに、ベーコン、トーストと熱い珈琲です。どうぞ!」

 

 そんな溌剌とした声に顔を上げると窓から差し込む朝日に煌めく銀色がかかった肩を揺らして志麻さんが小さなテーブルに二人分の朝食を並べ始めた。

 

「その、髪の色・・・」

「あ、これですか? ちょっとでも艦娘の力を使うと髪を染めている染料も体に悪いからって弾いて落としちゃうみたいなんです、先輩さんは染め直した方が良いと思いますか?」

「いや、そっちの方が自然な感じがする・・・よ」

 

 かつての艦娘否定派が行った愚行によって自衛隊を脱走した艦娘、詳しい内容では無かったが少し前にした芙蓉さんとの会話で日本の各地にそう言う脱走艦娘が隠れていると聞いた事があるが、まさかその艦娘が自分と同じ大学に通っているとは思いもしなかった。

 

「うふふっ♪ ありがとうございます、先輩さん♪」

 

 茅野志麻、その苗字は路頭に迷っていた彼女を匿ってくれた老夫婦から貰ったらしく、名前は義母となった老女が鹿島の事をシマちゃんと呼んでいたのでそれに漢字を当てた、との事だ。

 

 去年まではその義父母の下で隠れていたらしいが自衛隊からやってきた士官が持ってきたと言う戸籍を得る為の書類にサインをした彼女は艦娘としての能力を使わない事が条件であるが自衛隊から退役した一般人となり、そして、独学で大学を受験して今年の春に女子大生となったらしい。

 そんな身の上話を赤の他人である私に教えても良いのかと思うが、彼女曰く私は信用できる人間であるから問題無いと言われた。

 

「艦娘としての力を使ったって言うのは大丈夫なのかな、私のせいで君に問題が起こるのは、その困る・・・」

「ふふっ、大丈夫です。自衛隊との約束ではたくさんの人の前であからさまに使うような事をしなければ問題無いって聞いてますから、貴方が黙ってくれるなら問題ありません」

 

 なので、興奮して力の一部が漏れ出てしまっただけなら咎められる事は無い、と何故か嬉しそうに笑う志麻さんの姿に毒気を抜かれた様な気分になった私は肩から力を抜いて取り敢えず目の前の洋食に手をつける事にした。

 

「いただきます」

「はい、いただきます♪」

 

 妙なむず痒さを感じつつ平らげた人生初の家族以外の女性が作ってくれた手料理は簡単な物ではあったが今まで食べた事があるどんな料理よりも美味しく感じる。

 

「あ、そうだ、先輩さん」

「ん、何かな?」

「後でお風呂貸して貰いたいんです」

 

 食後のコーヒーの香りを楽しんでいた私は向かい合って私の顔をニコニコしながら眺めていた志麻さんの声に了解の返事を返す、そう言えば昨日は私も風呂に入らずに疲れ果てて泥の様にベッドに沈んでしまった事を思い出す。

 

「別にそれぐらいなら勝手に使ってくれても構わないよ、・・・私も後で入らないといけないな」

「それと・・・もう一つ、お願いが・・・」

 

 自分の身体の匂いを確認したら少し酸っぱい饐えた臭いが漂っている事に気付き、こんな状態で女性の前にいた事にばつの悪い思いをしたのだが、そんな私を気する様子も無くモジモジと胸の前で指を突き合わせて志麻さんがあざとい上目遣いを向けてきた。

 

「これ以外に着る物も貸してください・・・昨日の服はその・・・」

「・・・ぁ、うん、と言っても男物しかないんだけど」

 

 買い置きとしてまとめ買いし袋から出さずにタンスにしまっていた新品の男性用のシャツとボクサーパンツ、それを身に付けた志麻さんが頬を赤らめる姿に昨日の夜、私と彼女が何をしたかをはっきりと思い出しベッドの横に脱ぎ捨てられている二人分の衣類を横目に見てしまった私は情けなく狼狽えながら彼女へ頷いて見せた。

 

「先輩さんのなら大丈夫ですよ、あ、あと、もう一つお願いしたいんですけど・・・?」

 

 それは私の服が丁度良いサイズと言う事だろうか。

 目の前にある真新しいTシャツの生地を張っている胸や昨日の帰り道で彼女が私より背が高い事から分かってはいたが、女子より体格が劣っている事実の再確認は男としてのなけなしのコンプレックスが無意味に刺激されてしまう。

 

「・・・ああ、何でも言ってくれていい、私が出来る事なら何でもするよ」

 

 とは言え、これで素気無い態度を見せれば男の沽券にかかわる。

 と言うのは前時代的な感覚かもしれないが一度は社会人として生きた経験から不誠実がもたらす苦しみと責任感の大事さは身に染みている。

 それに私には前世の色眼鏡のせいか彼女が理不尽な要求をしてくる事は無いと妙な確信があった。

 

「そうですか♪ それじゃ、二人きりの時は私の事、鹿島って呼んでください♪」

「・・・は、はい」

 

 そして、頬を赤らめ言い辛そうにモジモジしていた彼女の態度が私の言葉を切っ掛けにパッと明るく輝く笑顔へと変わり、私は自分へと向けられたそのお願いの威力に不覚にも膝を折りそうになった。

 元から床に正座して座っているのでこれ以上に膝が折れる事など無いとは分かっているが、などとくだらない事を考えながら上機嫌さを表に出すかの様に鼻歌混じりでパタパタと食べ終わった食器を片付けて浴室へと向かった志麻さんの後ろ姿に私はただただ見惚れる。

 

『~♪ ~♪♪』

「うぁ、わっ!?」

 

 突然に振動と着信音を立てた自分の折り畳み式携帯電話に飛び上がるほど驚いて私は心臓を手で押さえるように胸に当てた。

 

「なんだ、メールか・・・?」

 

 手に取った携帯電話を開くとそのメールには送り主の欄には友人の名前が書かれ、件名には【ゆうべはお楽しみでしたね】と表示されているところまで確認し、私はイラッとした自分の心に従ってそのeメールをメニューから削除した。

 




(シャワーの水音)

はい、企業、国外ともにスパイの類とは関係が無いようです。

政治的感覚も中立であると感じました。

少々、艦娘に対して好意的な偏りがありますがそれは問題では無いでしょう。

はい、今後も危険性は低いかと・・・。

いえ、監視は続行するべきです。

外部に知られていない筈の情報を彼が持っている事は明らかですので。

それも含めて今後は私が担当します。

はい。

では、公安の方にも手を退いてもらってください。

ああ、それと佐世保の公開演習の一般見学席が二つ必要になりました。

何故?
私に利用価値があると思わせておけば監視対象の口も軽くなるでしょうからね。

そう言う事です。

あっ、彼の出す申し込みはそちらで取り消ししておいてください。

抽選式? それが何か問題ですか?
私のが当たって彼が外すだけの話じゃないですか。

はい、ではそのように。宜しくお願いします。

あ・・・、そう言えば香取姉は今の時代の長崎の観光名所とか詳しい?

え? いえ、大した意味は無いですよ?

知っていた方が現代人として自然でしょ?

そんな事無いです。今どきはそうなんですっ。
だから、香取姉もそう言う事に気を配っておくべきです。

・・・ええ、そうですよ~?

だから今度、香椎も呼んで一緒に勉強しましょう♪

はい、報告は以上です。 では、また。


・・・うふふっ♪


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第五十話

 
さぁ、ハロウィーンが終わればクリスマスだよ♪


・・・全く、日本人って奴らはお祭り事となると途端に節操がなくなるよな。

最近、季節のイベントが一カ月ぐらい早くやってきてる様な気がするよ。

そのうち十一月に初詣行こう、とか言い始めるんじゃないか?


 2015年12月、世間一般ではクリスマスと持て囃されている時期、そんな冬の日に九州の端にある佐世保の港は今までに無いほどの活気に満ちており、その一角にある自衛隊が所有する基地の廊下を歩いている不景気そうな顔をした男が眼下の騒ぎを見下ろしてウンザリとした表情を浮かべる。

 

「全くお祭り騒ぎにしやがって、一応は国際って頭に付いた式典だってんなら屋台なんか出すなよ・・・」

「でも、皆さん楽しそうでよかったです、舞鶴の時みたいに変な看板持って基地に入ってこようとする人も今回はいないみたいですし」

 

 文句を垂れる自衛官の青年、小笠原諸島から帰還し無精ひげをそり落として年相応の顔に戻った中村義男の隣で書類が入ったファイルを胸の前で抱く駆逐艦娘、吹雪が正しくお祭りとなっている港の様子を三階の窓から眺めて微笑む。

 

「いや、いまだにそう言う連中はそこらにいるぞ、今回は警備員が真面目に仕事をしてるだけだ」

「もぉ、司令官、そんな捻くれた事言ってると霞ちゃんにまた叱られちゃいますよ?」

 

 続けて海外との渡航が正常化したらまた騒ぎ出すだろうよ、と予想を口にした中村の言葉に吹雪は少し不満そうに口を尖らせ、そんな会話をしていた二人は廊下の先にあった多目的ホールの前で立ち止まる。

 

「今居ないのに聞こえるわけないだろ、ここか、あ・・・、しまったな」

「司令官どうしたんですか?」

「いや、何て言うか、名簿確認してない、忘れてた」

「もぉ、司令官ってば、えっと・・・これですね、はい、どうぞ」

 

 頭の上に乗っけていた軍帽を取ってばつの悪そうな顔をした指揮官の言葉に小さく笑いを吹き出した駆逐艦は胸に抱いていたファイルの中から数枚の資料を抜いて彼へと差し出す。

 

「それじゃあ行きましょうか、皆待ってますよ」

 

 そして、それを彼が受け取ったと同時に吹雪が両開きの扉を押し開き、廊下より少し暖かい室温が溢れる室内へと二人は歩を進めた。

 

「全員整列! 司令官に敬礼!」

 

 ハキハキとした口調で青いブレザーとタイトスカートに身を包んだ女性がその場にいた少女達へと命じ、それに反応した全員が素早く一列に並び部屋に入ってきた中村へと整然と揃った敬礼を向けた。

 吹雪から手渡された資料を手に気の抜けた返礼を返して休めと命じる中村の声でその部屋で待っていた十人の艦娘達が気を抜き過ぎない程度に姿勢を緩める。

 

「えっと、那珂と不知火はわざわざ所属していた艦隊から抜けて戻ってきてくれたのはありがたい、だがやっぱり他のメンバーはダメだったか」

「みんな新しいプロデューサーさんの所でがんばってるみたいだよ~♪ でもぉ、トッキーとイクちゃんは舞鶴のロケが終わったら帰って来るから編成枠開けといてってさ~ミ☆ だよね~? ぬいぬい♪」

「はい、ですが仮に他の子達が原隊に復帰しなかったとしてもこの不知火がその隙を埋めるので問題はありません、司令。 そして、那珂さん、私を変な徒名で呼ぶのはいい加減にやめてください」

「ぬいぬいが~☆ 私を那珂ちゃんって呼んでくれたら考えたげる~♪」

 

 無意味なうざ可愛アピールに余念がない自称艦隊のアイドルと誰に対しても刃物の様な鋭い視線を向けてくる陽炎型の次女の姿に妙な懐かしさを感じて頬を緩めた中村は改めて手に持っている資料と部屋の中にいる艦娘達を確認する。

 

「高雄と阿賀野は急な指名に迷惑は掛からなかったか?」

「いえ、中村二佐の様に素敵な提督からのお呼ばれに不満なんてありません、ぜひ私を艦隊に加えてください」

「ついに阿賀野が提督さんの艦隊で活躍する時が来たのね! 待ってたんだからぁ♪」

 

 先ほど室内の艦娘達に号令をかけた高雄型重巡洋艦を原型に持つ高雄とその隣で聞いてるだけで緊張感が緩みそうになる口調で喋る軽巡艦娘が臍がチラリと目見える袖無しセーラ服の腰に両手を当てて胸を張る。

 

 天真爛漫で協調性の高い軽巡艦娘、真面目で気配り上手な重巡艦娘、二人ともその整った容姿だけでなく性格のタイプは違えど精神的にも戦力的にも艦隊の中心となれる能力を持った非常に優秀な艦娘である。

 その為、鎮守府の指揮官達から引く手数多となっている高雄と阿賀野だが、手元の資料を見ると何故か長くとも一カ月、短い場合には一週間で所属していた艦隊を抜けて、その後にまた他の指揮官からの指名で別の艦隊に所属すると言うヘルプ巡洋艦やアルバイト艦娘などと揶揄されるほど安定しない環境に身を置いていた。

 

 二人ほど極端な例は少ないモノの自分にふさわしい指揮官を求めて短い期間で何度も艦隊を変える艦娘はいる事はいる。

 その中で複数の艦隊を掛け持ちする者もいるが、大抵の場合は5~6回目ぐらいには所属を固定するものだ。

 

 そして、今回、中村が鎮守府に戻った際に艦隊の再編成を許可されて特定の指揮官の下に就いていない艦娘を名簿から探したところ、その時たまたまフリーになっていた二人の名前を見つけて指名を掛けた。

 だが他の艦娘を大きく上回る回数、艦隊の所属変更(出戻りと引っ越し)を行ってきたのにまだこれと言う艦隊を決めていない二人の中の理想の指揮官像はさぞ高いモノだと思い込んでいた中村にとってその指名はダメで元々と断られても仕方ないと言う考えで出したものだった。

 

 この世界の艦娘というのは彼が前世の記憶を頼りに描いていた艦娘像(ゲームキャラ)とはかなり異なる。

 少し考えたら当たり前の事だがより人間的に複雑になった性格を持っており、名誉や恥など指揮官の外聞と評価に対して敏感で中村達にとっては些細と感じる落ち度、例えば倒せる敵を見逃して撤退した事があると言うだけでも相手が自分に相応しくないと判断したら彼女達は素っ気なく所属変更するだけでなく指名や要請を拒否する事が良くある。

 

 そして、小笠原に放り込まれる前ならともかく命令違反や責任問題で上層部の不興を買い不名誉な左遷をくらった指揮官である中村はその悪名のせいで自分からの指名を彼女達が受けてくれるとは思っていなかった。

 しかし、その予想は外れて高雄と阿賀野は揃って彼の艦隊への編入を了解してくれた。

 

 その二人に内心で頭を下げ感謝しながら一回の出撃で彼女らに見限られない程度には頑張ろうと低い志しを決め、中村は次の艦娘へと身体を向けて挨拶を行う。

 

「浜風も、まぁ、前の事はこちらの事情で迷惑をかけてしまったな。詫びにもならんと思うが不満があればいつでも言ってくれ、何でもは流石に無理だが一回ぐらいなら出来る限りの対応を約束する」

 

 中村がクレイドルから目覚めて半年も経っていない彼女に対して才能があるとか良い装備を持っているだとか他にもいろいろと艦娘が好む傾向の強い言葉で煽て。

 誑し込みも同然の方法で勧誘したクセに一方的に指名を反故にした後ろめたさから出た彼の言葉。

 しかし、彼と向かい合った駆逐艦の中でも抜群のプロポーションを持つ少女は真面目に引き締めていた顔に少し笑みを浮かべる。

 

「提督、勿体ないお言葉ありがとうございます・・・、駆逐艦浜風、これより貴艦隊所属となります!」

 

 彼が入室した時の挨拶と同じ様にびしりと背筋を伸ばし肘を張った理想的な敬礼で浜風は二度目の指名を受けて彼の艦隊に参加する旨を宣言し、その銀髪少女の予想外の好意的な態度とその瞳に宿る妙に強い熱意に溢れた視線に小さく首を傾げ。

 二つ三つの嫌味は覚悟していた中村は妙に友好的な浜風の姿に肩すかしをくらいつつ残りの艦娘達へ顔を向けた。

 

「今回の公開演習だけだが、陸奥もよろしく頼む」

 

 今回の命令の為に一時的に自分の艦隊へと所属する事になる長門型戦艦二番艦の艶やかな微笑みに指揮官は居住まいを正す。

 

「毎回、司令部は面倒な要請を出すわねぇ、私達戦艦だけが出撃の度に航海計画を書いて司令部に許可を貰わないといけないって決まりも横暴だわ、今回はあっちが頼んできたんだからそれの提出も免除するべきでしょ?」

「まぁ、それは俺だけじゃない指揮官全員が抱えてる不満でもあるな、しかし、男は大抵戦艦に憧れるもんだ。その決まりが無くなったら人数の少ない戦艦娘は出撃の忙しさで身体が幾つあっても足りなくなるぞ?」

 

 それはそれで嫌だわ、と笑う陸奥へと苦笑を返して中村は、実は部屋に入ってから視線を出来るだけ反らしていた相手へと言葉では表現し辛い複雑な表情で向かい合う。

 陸奥と同じ様に司令部からの推薦と言う形で自分の艦隊に参加するが、その戦艦娘と違ってこれから中村の艦隊へと正式に登録される空母艦娘、大鳳型装甲空母を原型に持つ大鳳が他のメンバーと同じ様に誇らしげに胸を張っていた。

 

「た、大鳳かぁ・・・」

「そう、私が大鳳。これからは貴方と機動部隊に勝利を約束するわ!」

「大の字で墜落する大鳳かぁ・・・」

「ちょ、提督っ!? その言い方は誤解があるわ! あれはただ私の装備が他の空母と違う重量バランスのせいで風の影響を受け易いからでっ! それにいつも落ちてるわけじゃないのよ!? それに・・・」

 

 中村のため息にも似た呟きで赤城と加賀と並んで鎮守府の施設を破壊する胴体着陸の常習犯(装甲空母)が自分はちゃんと空母として戦えるのだと自己弁護を始める。

 

 その悪名はともかく猛スピードで基地内の壁や屋根をぶち破ってもほぼ無傷で済む他の空母と一線を画す強力な障壁を持つ大鳳は数少ない実戦でもその装甲を遺憾なく発揮して身体に直撃した重巡級の砲撃を跳ね返すと言う荒業をやってのけた事もある。

 

 それは直後にバランスを崩して千数百メートル上空から墜落して真下にいた駆逐ハ級のキールを真っ二つにへし折りながら海に太平洋に衛星からも見えるほど巨大な水の柱を作った事を含めて鎮守府では有名な話となっている。

 

 そして、小破した大鳳の落下によって気絶した指揮官と待機状態で海原に放り出された艦娘達を救出する為に駆けつけ隕石が落下したかと思うほどの水柱を目撃した艦隊こそ中村とその指揮下の艦娘達である。

 

 大鳳自身が一航戦と同じ様に空母鳳翔が行う戦闘方法を新しい時代の空母の見本としている為にただでさえ少ない指揮官からの指名がその事件を境に彼女の優秀な能力に反比例して減り、資料を見る限り中村の前にいる空母艦娘はここ四か月は出撃も無くフリーの艦娘として鎮守府で座学と自主練の日々を続けていたらしい。

 

 つまり彼女がここにいる理由とは艦隊メンバーの補充員の推薦と言う名目で司令部が鎮守府の問題児の一人である大鳳を中村へ押し付けてきたと言う事でもある。

 

「そうか、いや俺が悪かった、大鳳、君は我が艦隊初の正規空母級だ、馴れない指揮をするかもしれんがよろしく頼む」

「ええ! こちらこそよろしくお願いします! 提督に大鳳型装甲空母の本当の戦い方を見せてあげるわ!」

 

 一通り彼女の主張に耳を傾けていた中村が苦笑を浮かべて謝り、握手を求めると機嫌を直した大鳳はそれに応じる。

 

「さて、これで全員のはずなんだが・・・えっと、なんで君達もいるんだ?」

 

 それはともかくとして、手元の資料と見比べながら新しく自分の部下となる艦娘達と挨拶を交わした中村は部屋に入ってからさも当然と言う顔で浜風の横にいる駆逐艦達、磯風、浦風、谷風の三人へと問いかける。

 

「ふふふっ、それはこの磯風自ら貴様が我々の司令にふさわしっ、むぐっ!?」

「うちらは式典に参加するついでに浜風の提督さんに挨拶しにきただけじゃ、気にせんでええよ」

 

 オレンジのスカーフタイが彩る薄紺色の襟のセーラー服を身に纏った浜風の姉妹艦、磯風が無意味に偉そうな物言いを中村に向けている途中でその背後に立った谷風の手で口を塞がれ、その様子に苦笑しながら浦風が取り成すように自分達の事情を口にする。

 

「本当なら谷風達も中村さん所のお世話になりたいんだけどねぇ、アタシ達からはまだ申請が出せないんで、ま、今回は顔見せみたいなもんだと思っといてよ」

 

 もごもごと何やら文句らしい言葉を呻いている姉妹艦の口をふさいだままその背後から顔を出した谷風の言葉に中村はつまり自分が何度か鎮守府の食堂で遭遇した艦娘からの逆勧誘と似た様なモノか、と思っていたより艦娘達から見た自分の人気が落ちていない様子に安堵して頷いた。

 

「それでは提督、今後のご予定はどうなさりますか? なんでも仰ってくださいね」

 

 新しい指揮官への期待に満ちた言葉をその場にいる全員を代表して言った高雄へと中村は次の瞬間に真面目さを取り繕っていた顔にへらりと軽薄な笑みを浮かべ。

 

「へぇ、何でもか・・・なら、そうだな、取り敢えず」

 

 いきなり変化した彼の表情と態度に目を丸くする艦娘達の前で司令官はおもむろに口を開いた。

 

「俺は飯食って寝る・・・君達は各自、式典の参加に備えて待機せよって所だ、以上」

「えっ? て、提督、それはどう言うことでしょうか?」

 

 今回の中村に出された命令書や資料を収めたファイルを抱いている吹雪だけが彼の隣で苦笑いをして、吹雪以外の全員が唖然とした表情で指揮官の青年へと視線を集中させる。

 

「んっ? ハメを外さない程度なら下の方に遊びに行ってもかまわないぞ?」

「そうではなく私達にお手伝い出来る仕事を・・・?」

 

 そして、彼の目に生気が無くまるで沼の様に澱んでいる事に高雄達は遅まきながら気付く。

 

「なに、いきなり辞令が来たと思ったら、夜逃げみたいに出発を急かされてな?」

 

 前触れも無く霞が持ってきた辞令によって本土に呼び戻される事になってから自分の交代の為にやってきた三人の指揮官と十数人の艦娘艦隊へと硫黄島警備の引継ぎを行い。

 

「小笠原から鎮守府に戻った直後に九州に行けって言われて、そこからまた電車とか乗り継いで・・・ここまでまともに寝てねぇんだ、俺ら・・・ははっ・・・」

 

 数日の停泊の後に日本へ帰る輸送船団に置いてけぼりにされない為に慌ただしく私物や提出する書類を纏めたり、鎮守府に戻ったら艦隊の再編成と研究室から硫黄島で運用された新技術のレポートまで要求され。

 とにかく彼とその指揮下の吹雪達はここ数日、深海棲艦との戦いとは違う方向性のハードスケジュールに追いかけられていた。

 

「悪いが午後から始まる式典で君達の晴れ姿を見る事は出来なさそうだ、本当にすまない・・・」

「い、いえ、提督は自分の身体を大事にしてくださいっ!」

「ええ、そうよ、私達の事は気にしないで提督さんっ!」

 

 そして、諸問題を片付けて目元に隈を浮かべてここにいる中村と彼と共に小笠原から帰ってきた五人の艦娘は式典に参加せず、次の予定が入っている明後日までやっとまともな休息を得る事になった。

 一応は船や新幹線での移動中に仮眠をとる事はしていたがそれでも強行軍とも言える数日間の忙しさに溜まった疲労に乾いた笑いを漏らす彼が挨拶もそこそこに吹雪に付き添われて部屋から出ていき。

 部下である自分達に頭を下げてから去っていく背中が煤けて見える指揮官の後ろ姿にその場の艦娘達は彼への心配で胸を揺らした。

 

「ふむ、私が見た所、聞いていた程の覇気がある男ではないようだな!」

「磯風! 提督に失礼な物言いは許さないと言ったはずです!」

「かぁあーっ! アタシ達の指揮官になってくれるかもしれないんだから、ちょっとはしおらしく猫被れってんだい!」

 

 尚、若干1名、揺らしていない者もいたがすぐさま妹の左右から二人分の平手で叩かれて頭を揺らし、小気味の良い音と短い悲鳴が部屋に響き。

 

 そして、彼女達がいる建物から見て遠く人込みのざわめきが聞こえてくる港湾施設の方向から何かの発進を知らせる様なサイレンがわずかに聞こえる。

 

・・・

 

 まるで鼓動する様に重く鈍く唸るタービンの音、擦れ合う鎖の音が天井へと収納され薄暗い船渠の扉が黄色い回転灯の光と共に左右にゆっくりと開き、甲高いサイレンの音が断続的に広いドックに木霊して出航を待ち望んでいた14mの人型が赤と白で縞模様に彩られた脚を光が差し込んできた方向へと踏み出す。

 

『こちらで確認している数値は安定しているが、そちらの調子はどうだ? ・・・島風』

 

《にひひっ♪ 最っ高ぉ、これでもう誰も私に追いつけ無いんだからっ!》

 

 頭の中に直接聞こえてくる指揮官の声へと返事をした煌めく金髪の少女は白いロンググローブに包まれた手で腰の左右に固定されている連装砲の様な形をした装備の頭を撫で、島風の履いているハイヒール型の脚部艤装がスクリューを回転させドッグ内の水面で燐光と水飛沫を立て始める。

 

『S4ユニット、全機の動力始動を確認、姿勢制御は島風ちゃんの重心移動に同期させます』

『しかし、公開演習の直前にこんな色物を捻じ込んでくるなんて、研究室は玩具で遊んでいるつもりなのか・・・』

『でも、この装備の着想と原案は提督と中村二佐の話からだと伺っていますよ?』

 

 大型船の修理だけでなく建造も可能な屋内船渠からゆっくりと滑る様に出てきた島風の艦橋で彼女の指揮官である田中良介特務二佐が呆れ声を零し、最速の駆逐艦娘の為に用意された新型装備の試験運用を補助する為に艦橋にいる軽巡艦娘の夕張が彼へと聞き返す。

 12cm口径連装砲の下に円柱の胴体と四枚のヒレを付けられた機械、島風の腰の左右と背面艤装の上に増設された懸架装置に固定されている三基の連装砲の正面にはコミカルな表情を象ったデカールが張られており兵器であるのに妙な愛嬌を醸し出している。

 

『・・・本当に作るとは思ってなかったんだよ』

『まぁ、主任はまだ今のS4の出来に満足していないみたいですけどね、提督達の前世の世界にいた島風ちゃんが装備していたのは無線式だったんですよね? 研究室の皆も絶対に再現してやるってやる気満々ですよ』

『あれはまぁ、無線式と言えなくも無いが、いやそれよりもそのデータを集める実験に付き合わされる身になって欲しいんだが』

 

 夕張と妙に浮かない調子で話している指揮官の様子が少し気になりつつも島風は【連装砲ちゃん】と呼ぶ事にした自分専用の新型装備。

 【Strike‐Sub‐Screw‐System】直訳すると打撃を与える補助推進機関と言う字面だけでは何が何だか分からない代物を彼女は自分でも意外だと思うほど気に入ってしまった。

 主砲や雷装などの装備は基本的に重りにしかならないと考え常日頃から自分の端子は推進機関を増設する為にあると言って憚らない島風は自分の早さを損なわずに火力も増やせると言うこの新型に殊の外期待しているのだ。

 

『こう言う事を平気でやるから研究室が変人集団と呼ばれるんだ・・・はぁ・・・』

『あはは、まぁ、悪名も名声の内と言いますから、島風ちゃん・・・S4の公試運転を始めるわ、準備は良い?』

『計測開始地点を表示する、そこで一時待機してくれ』

 

 自分が早くなる事に不満を見せる指揮官の言葉に小さく拗ねかけていた島風は夕張の言葉で表情を不敵な笑みへと変えて微速前進をから一時停止する。

 そして、体を大きく前傾させて指を広げた両手を佐世保の海へと付け、まっすぐ顔を前方に向けながら短距離走選手がするクラウチングスタートの姿勢で両足のハイヒール(ハンギング・ラダー)を海面に突き刺した。

 

《いつでもいーよ、ゆーばり、提督!》

 

 背中と腰の左右でタービン音の高まりを感じそれに合わせて自分の鼓動も高まっていく高揚感に頭の上のリボンもウサギの耳の様に高く天を指している様な気になってくる。

 煩わしい他の人とのやりとりは全て司令官と夕張に任せ、自分はただ走る事だけを考えることが出来る時間の到来に少女は意気をその痩身に漲らせていく。

 

『予定航路を表示する、S4に振り回されてナビゲーションから離れてくれるなよ、島風』

 

 少し心配してくれている田中の言葉に彼を自分のスピードを見せ(魅せ)つけて大丈夫だと示すため島風は前傾姿勢のまま軽く膝を屈伸させてからつんと尻を上に向ける。

 

《大丈夫だってば、連装砲ちゃんは良い子達だもん♪》

 

 その島風がいる船渠前の港湾施設のさらに遠く、一般人でも入れる港エリアには祭りの様な人だかりが出来ており、少なくない者達が手にカメラや携帯のレンズを海の上に現れた駆逐艦娘へと向けている。

 その全ての人間が現れた島風の特異な容姿に驚きの声を上げ、その人々の喧騒をバックコーラスにして島風は海に手を突いて踵のスクリューが作り出す推進力をバネのように脚に溜めていく。

 

『測定を行ってくれている船とのデータリンクも完了、・・・島風、出航せよ!』

 

 田中の手で推進機を制御するレバーが引き上げられた。

 

 胸の奥でガチリと歯車が噛み合う感覚に島風の口角が吊り上がり、新しい三つの心臓が増設端子に繋がるケーブルから彼女の神経へと力強い鼓動を伝える。

 白い長手袋が海面から離れ脚部艤装に溜め込まれていた推進力が水飛沫を放つ両足のスクリューから解き放たれた。

 

 0秒から1秒、1秒から10秒、たった一歩と二歩の間隔でその身体を時速100kmまで加速させた少女は更に三歩目でその数字を倍にし、四歩目と同時に獣の咆哮にも似た轟音を上げてその背中と腰に装備されたS4ユニットの後部スクリューが光の渦を放射する。

 

 背中がへし折られるかの様な重圧に押され、今まで感じた事の無い急激な加速度に一瞬だけ恐怖にも似た感覚を疼かせた島風だが、その表情は深く笑みを浮かべ反射的に彼女は身体を更に前傾させ、両手を広げ指先が海面を撫でる程の低姿勢で更に加速を得ていく。

 

 S4の推進力と自前の推進機の方向を巧みに操作し空気の壁へと挑む島風が佐世保の湾内から飛び出し大海原へとその細身を躍らせ、同じ駆逐艦達の最高速度である400ノットを踏み越え、指揮席に表示される速度計が420、440とその数字を増やし。

 前方の海面に一定間隔で点在するセンサーが詰め込まれた幾つものブイが島風に掠められただけで車にはね飛ばされたボールの様に空を舞う。

 

『ぅっぉ・・・ぐぅっぅ、これは、・・・凄まじい、なっ!?』

『んぐぐっぅ、現在速度、481ノッ、ト・・・耐えてください、まだ上がりますよぉっ・・・!』

 

 障害となる風を穿つ為に障壁を前面に最大展開しているのに窒息しそうな息苦しさを感じ始めた島風は艦橋にいる田中が呟いた言葉にこれ以上ないほど明るい笑みを浮かべる。

 

 自分の指揮官が凄まじいと、「スゴイ」と、この島風の速度を褒め称えたのだ。

 

 その言葉をそう受け取った彗星少女(スピードスター)は白い波しぶきを置き去りにしながら自分はまだ限界ではない事を証明する為に三機の連装砲ちゃん(増設された推進機関)へと霊力の供給を増やした。

 

《ぅっうっ! ま、まだまだぁっ!! もっと、島風は早く走れるんだからぁっ!!》

 

 増設装備を固定している基部がガチガチと不自然に振動し、更なる加速によって光の尾を引く流星と化した島風の目の前に広げた障壁が加速と空気抵抗で先端を鋭角に形を変え海を切り裂き。

 数キロ離れた場所で観測を行っている船の船員達は前方を光と風が通り抜けた直後に巻き起こる突風と水飛沫にあおられて口々に驚愕を叫ぶ。

 

 視界の中に浮かび景色と重なるガイドラインに表示されるメートル数の減少が島風に海上公試(S4の試験運用)の終点が近い事を知らせ。

 走る事に過剰な程のプライドを持つ少女は終わりに向かって、あと少しだけ速く、もう少しだけ早くと液体の様に押し寄せてくる空気の壁を削り手を伸ばして泳ぐ。

 

 そして、その艦橋に表示された速度計の数字が601を知らせたと同時に腰に固定されていたS4の左側の接続部が砕け、連装砲の一機が脱落して海に叩き付けられる。

 瞬間、海を引っ掻くその連装砲に繋がったケーブルが接続された島風の背筋に強い痛みが走り抜け、彼女は自分の背骨ごと引き抜かれるのかと錯覚した。

 

『緊急停止ぃっ! 夕張! エアブレーキだっ!!』

 

 その次の瞬間、自分を前へと突き動かしていた推進機関が指揮官の手によって全て停止し、少女の身体が慣性に従って宙へと投げ出され。

 

『くっぅ、了解、ドラッグシュート展開しますっ!!』

 

 超高速で島風の身体が海面へと叩き付けられる寸前、田中と夕張の叫びで背面艤装に装備されていた数個の空力ブレーキが花開く。

 推進力を失った駆逐艦の身体が風を受けてまるで走り幅跳びのような姿勢で急激に失速し、数分間の空中浮遊の後に尻から海原へと着水した。

 

 亜音速領域へと踏み込んだ直後に失速した島風は青空の下、蒼い海の上で肩を上下させ未だに落ち着かない心臓が作る熱に浮かされたまま空を見上げ、その形の良い鼻から血を滴らせながらこれ以上ないほど溌剌とした笑顔を浮かべる。

 

《提督っ! 私すごいでしょっ! すっごく速かった!!》

 

 今にも腹を抱えながら笑い出しそうなほど機嫌良く海に座り込んだまま島風は自分の中にいる指揮官へと自慢を隠す事無く喜色に染まった声を上げる。

 

『ああ、それ以外に言い様が無いよ・・・はぁ、痛っぅ・・・560ノットが加速限界と言っていた主任をとっちめたい気分だ』

 

《でしょっ、だって私、速いもん♪》

 

 気味の良い疲れに包まれながら少女が笑う、若干指揮官と言葉の行き違いが有るのだが、それに気付かずに島風は自分の速さはついに風すら陵駕したのだと言う実感に笑い声を空に向ける。

 

(連装砲ちゃんと提督にもらった力、この二つがあれば私はあのズルい子だって追い抜かせるんだから!)

 

 時間を止めると言う卑怯な方法で自分から最速の座を奪った特型駆逐艦娘への一方的なライバル心を燃やして島風は自分の腰から脱落したS4ユニットのケーブルをたぐり寄せて手元に戻して抱きしめた。

 

 




両目が陽の光を感じた時、私は目覚め、自分が生きていると実感する。

海原に立ち、速さの世界に挑む時、私の魂の全てが解き放たれる。

それは潮風の中に溶け込んで、私が確かに生きている事を教えてくれる。

そうだ、私は此処にいる!

私が最速(島風)である事を証明する為に生きている!
 


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第五十一話

指揮官T「・・・と言うわけで公園内の屋台では酒保コイン一枚を百円玉として扱う事ができるが釣り銭は出ない。注意と連絡事項は以上だ、それでは会場外に出ない事と集合時間を厳守せよ!」

イージャン♪ リョーカイ! ワーイ♪ ヤター♪

指揮官T「・・・君達は待て、待つんだ!」

ナンデチ? オサケノコトカナ? ノマセマセン!

指揮官T「その恰好のまま行くんじゃない、今すぐ用意された制服を着てくれ!」

ナンデー? ドボーンデキナクナッチャウ! セーフクナラチャントキテルヨ?

指揮官T「嫌だと言って君達が反抗するなら大鯨に来てもらう事になる! 朝から屋台の設営や準備で忙しい彼女に、だ!」

オウボウダー! デモ,テイトクガノゾムナラ・・・. キュウクツナフク,ヤダー!

センスイカンガナンカ,サワイデル. アノコタチイツモ,ミズギダヨネー.

指揮官T「君もだ、外に行くなら直ちにまともな服を着たまえ」

空母U「(´・ω・`)ェー」

指揮官T「えー、じゃない!」


(あれって確か、艦娘の島風だったよな?)

 

 ある意味では艦娘が公式の場で初めてその姿を現す事になる式典。

 長崎は佐世保の港で開催されているそのイベント会場の真横、式典への参加チケットを持たなくとも入場料を払えば入れる海を臨む公園は日本中から集まった野次馬や海外からの旅行客などで騒がしい。

 だが、そのお祭りは目の前に広がる佐世保の海に自衛隊からのアナウンスと共に大型ドックから歩み出てきた巨大な少女、その特徴的な見た目から前世で触れていた艦隊これくしょんと言うゲームで看板キャラクターも勤めていた駆逐艦娘の出現で感嘆のざわめきに変わる。

 

「いくら何でも、速すぎだろ・・・」

 

 抽選に当たった式典の参加チケットを手にはるばる福島の港からやってきた俺と爺ちゃんを迎えたのはサプライズイベントなのかそれとも予定外なのか、突然に始まった黒いウサ耳リボンを揺らす駆逐艦娘による新装備の試運転だった。

 

 ただ、俺が分かったのはその島風が短距離選手の様に海に両手を突いて発進に備え構えた姿と警告音の様なブザーが臨海公園まで届くほど大きく鳴り響いたと同時に爆発したような轟音を立て、文字通り目にも止まらぬ速さで海原へ向かって小さくなっていく光の線だけ。

 

「あー、くっそ、何でぇあのヘンな面した大砲はっ、邪魔で尻が見えんかった!」

 

 俺のすぐ近くで手をひさしに目を丸くしていた御年90歳の爺が悔しそうに俗っぽいグチを吐き捨て、いきなり現れて風の様に去っていった駆逐艦娘の迫力に静まり返っていた場所では妙に大きく聞こえる。

 その様子に誰かが吹き出した笑いが聞こえた事を切っ掛けにお祭りの騒がしさが戻ってきた。

 

「爺ちゃん止めてくれよ、恥ずかしいじゃん!」

「アホか、坊主、目の前に見えそうな尻があったら見るのが男ってもんだろがっ!」

 

 そのセリフを堂々と言いわれてもただ恥ずかしいだけで両手が近くの屋台で買ったカレーの皿で塞がっていなかったら目の前の禿頭をひっぱたいてやっているところだった。

 こういうお祭りのでは珍しく汁みたいなルーでではなく300円と言う値段に対してボリュームがあり味もレストランに出せるぐらい美味いこのカレーは艦娘が手作りしていると言う宣伝文句が屋台の看板に付いていた。

 

(可愛い子達だったし、服装は奇抜でそれっぽかったけど、艦これの艦娘の中であんな恰好した子達なんて見た事ないしな)

 

 警備らしい自衛隊に見守られながら呼び込みと注文を受けていたおっとりとした雰囲気の女の子もその後ろで鍋を掻き混ぜていたおでこの広い頭の左右に青い大きな二つのリボンを付けた女の子もまるで大正時代からタイムスリップしてきた女学生の様な着物と丈長の袴を身に着けていた。

 

 だが、艦これがゲームとして存在していた前世の世界の記憶からそれなりに彼女達に詳しい俺にはそんな姿の艦娘に見覚えは無かったので、もしかしたら近所の中学生か高校生がこのイベントに協力していてそれっぽいコスプレをしているだけなのかもしれないと考える。

 

「まっ、こんな人の多い場所にいるわけないし、当然ちゃ当然か・・・」

「もし、そこの貴方、少しよろしいかしら?」

「・・・へっ、あ、何ですかっ!? すみませんウチの爺が下品な事言ってて」

 

 今も未練がましく島風が走っていった海へと顔を向けているエロ爺に呆れていた俺は後ろから掛けられた清楚な雰囲気の声に頭を掻きながら愛想笑いを返しつつ振り返る。

 

「なんの事かしら? それよりもお聞きしたいのだけれど、この地図のここへ向かうにはどの道を行けばよろしいかご存じかしら?」

「・・・ぇっ?」

 

 オレンジ色のスカーフが襟元を飾る焦げ茶色のブレザーに少し薄い同系色のスカート、ベージュに近い茶髪を妙な形をした金属の髪留めでポニーテールにしている女の子。

 見た目の年齢で言うなら十代後半だろうか、明るい灰色の瞳が映える整った顔立ちと清楚な育ちの良さを感じさせる雰囲気も相まって見た目だけならお嬢様学校に通う女子高生に見える。

 

「ちょっと! (わたくし)の話をちゃんと聞いていらっしゃるのかしら?」

「あ、ああ、えっと・・・式典の会場っすか、それならここからあの高い建物の方に海沿いの道を行けば着くと思う、俺、初めてここに来たから自信はないけど」

 

 前世では艦これの画面の向こうにしかいなかったはずの重巡洋艦娘、熊野と瓜二つの特徴を持った姿をした女の子が差し出してくる地図の地点を手振りで教え俺はふわりと彼女の方から漂ってくる品の良い香水だろうか、その花の香りに自分の見ている相手が現実か幻かどうかすらを暫し迷う。

 

(って、コスプレって言うにはレベルが高過ぎだろ! 前世で艦娘のコスプレしてたレイヤーさん達が裸足で逃げ出すぞ!?)

 

 所謂、サブカルチャーと呼ばれる類のイベントに現れる創作のキャラクターになり切る趣味人のソレとは一線を画す、細部は絵だった時と違う部分があるもののむしろそれが変な言い方になるが目の前の女の子がここに存在していると言う自然な説得力となっている。

 その見た目の年齢以上に堂々としている存在感にしどろもどろになった俺の案内を聞いてから自分の持つ地図が印刷されたパンフレットへと目を向けて彼女は口元を~線にした。

 

「いえ、方向は分かるのですけれど・・・先ほどから同じ場所に戻ってきてしまいますの」

「よ、良ければ一緒に行っても構わないけど? 俺と爺ちゃんも式典に参加するチケット持ってるからさ」

 

 困り顔を浮かべて物憂げな溜め息を吐く姿すら絵になるお嬢様から目を離せず、俺はポケットの中に突っ込んでいた若干シワが寄っている紙切れを取り出して見せる。

 

 直後にそれはありがたい申し出だけれどそちらの迷惑になるから、と御淑やかな言い方ながらお嬢様に断られて肩を落とした俺を島風が走り去った海を見ていた爺ちゃんがこちらを横目で睨みヘタレめと吐き捨てる。

 そして、このまま迷子の嬢ちゃんを放っておいた方が気分が悪い事になると強引な言い方で取り成してくれた。

 

「では、その・・・お言葉に甘える事に致します」

「よろしく、俺は松木景助、福島の方で漁師やっててチケットが当たったから爺ちゃんと一緒に来たんだ、そんでこっちが俺の爺ちゃんな・・・それで、君は?」

「・・・そうですね、では私の事は人見とだけ名乗らせていただきます、案内よろしくお願いいたしますわ」

 

 垢抜けたと言う言葉がそのまま美少女になった様な女の子は丁寧に俺と爺ちゃんに頭を下げ、その姿に見とれてしまった俺の腰を真横の爺がにやにや笑いながら意味なく肘でつっついて来たのでカレーを食べ終わった紙皿の底で軽く払ってやった。

 と言うわけで俺は艦娘の熊野にそっくりな姿をした人見と名乗るお嬢さんを屋台の群から脱出させる手伝いをする事になったのだが。

 

「まぁ!? この細工物は神戸の職人が作りましたの?」

 

 と言ってアクセサリーが売っている売店を覗き込むだけに収まらず、俺の声を聞かずに自衛隊の装備を展示している建物の中にまで迷い込み呑気な顔で迷彩服を着せられたマネキンを趣きが無いとか何とかとずけずけ酷評する。

 そんな勝手に動き回るお嬢さんの背を押すように説得し、何とか屋台の通りまで戻って一息吐いた俺はなんの進展も無いどころか振り出しに戻った事実に気付き額に手を当てて呻いた。

 

「先ほど通りかかった時にも気になっていましたの、では、これと同じ物をそちらのお二人にも」

 

 と、こっちの苦労をまるごと無視して人見はおそらく百円玉がたくさん入っているのだろう妙に庶民的で大きい巾着から銀色の硬貨を取り出し巨大な串焼き肉の屋台でケバブを買う為に立ち止まる。

 

 そんなふうに寄り道を10m進む度に繰り返して目の前のお嬢さんがひたすら道草を食う。

 カレーの皿の代わりに串焼き肉を手に入れた俺は呆れが混じった表情で助けを求めて爺ちゃんの方を見るけど、女の買い物に付き合うのも男の甲斐性だ、と短く言ってジジイは歯が数本抜けた口を大きく開けて焼きたての肉を呑気に食べ始める。

 

 諦観に遠い目となった俺はあれこれと興味を引かれた方向へと目移りを繰り返す人見のどこにでも居る普通の女の子らしい姿に彼女が艦娘の熊野ではなく偶然に似た雰囲気の顔立ちで同じ様なデザインの制服の学校からこのイベントへ来たお嬢さんだったのだろうと苦笑しながら納得する事にした。

 

(つっても、もう会場も開いてるだろうし入場の列に早めに並ばないと・・・)

 

 そんなこんなで一時間は経っただろうに屋台エリアからすら脱出が出来ず。

 そろそろ、式典が始まる時間が近づいてきているのを腕時計で確認した俺はそれを伝える為に人見に話しかけようとした。

 のだが、それとほぼ同時に屋台で手に入れたスーパーボールの弾力に驚きコンクリートの上で跳ねさせる事に夢中になっていた人見がいきなり背後から声をかけられて驚いた様な顔をして式典会場がある方向へと顔を向ける。

 

「ぇっ? ・・・鈴谷? あら、まぁっ! もう集合する時間なの?」

 

 なんの前触れも無く隣に見えない相手が居るかの様に虚空へと話しかけると言う奇妙な行動を始めた人見の姿に面食らった俺と爺ちゃんは揃って目を丸くし。

 

「ええ、今すぐに、・・・もぅ、この私を誰だと心得ていますの? そんなに心配せずとも一人で会場に向かえますわ」

 

 背筋を伸ばして胸に手を当てながら自信満々に俺達を連れ回して迷走していたお嬢さんは誰もいない場所に向かってツンと高飛車に顎を反らした。

 

「ふぅ、・・・失礼は承知しておりますが少々急がないといけない事情ができましたの、それではお二人ともごきげんよう」

「は、はぁ、え、って!? そっちは出口の方だぞ! 式典会場はこっちの道だっ!」

 

 急ぎながらも優雅な一礼、そして、子供に混じってポイを片手にビニールプールの中から掬ったゴムボールを懐にしまったお嬢さんは目的とは微妙にずれた方向へと足早に向かおうとする。

 その姿に爺ちゃんが堪えきれなかったのかくくくっと笑い、俺が大声で呼び止めれば人見はその品の良い顔を真っ赤にしてすごすごとこちらへと戻ってきた。

 

 もうこの妙なお嬢さんが迷子にならないように手でも掴んで引っ張って行った方が良いんじゃないかなんて考えが俺の頭を過った時、式典会場へと向かう道の方から痴漢と叫ぶ女性の声と帽子を目深に被って簡易マスクをつけた男が人混みから転げる様に走ってきた。

 周りの人を威嚇する様に手を振り回す男が唐突に突っ込んでくる姿に驚きながら俺は反射的に人見を庇うように彼女の前に立って構え衝突に備えようとする。

 

「女の尻が触りてぇならセコい真似してねえで口説いてモノにしてから堂々とやりやがれ、阿呆が」

 

 だが、マスク男が俺にぶつかるよりも先に爺ちゃんの吐き捨てる様な呆れ声と同時に横合いから年を感じさせない素早さで突き出した足が男の足元を払い。

 俺の目の前で大きく転んだ男の上着から幾つかの財布が飛び出して路上に散らばる。

 

 複数の財布を一人で持っていると言う不自然さに加えて地面に落ちた財布はデコレーションされた見るからに女物、数万はしそうなブランド物の皮作りなどで目の前の革ジャンを土埃で汚している男には似合わないデザインをしていた。

 

「こいつ、痴漢じゃなくてスリかよ!?」

「っく!? このクソ爺!!」

 

 俺の驚きの声と明らかな犯罪の証拠にさすがの爺ちゃんも呆気に取られたらしく苛立たしげに立ち上がった男がその勢いのまま振り上げた拳の前で棒立ちになってしまう。

 いくら普段から殺しても死ななそうに見えても九十歳のジジイが若い男に殴られたら怪我だけでは済まない。

 

「ふざけんな、やめろっ!」

「いえ、心配ありませんわ、私が居ますもの」

 

 スリ男に飛びかかってでも俺はそれを阻止しようと動こうとしたのだが、それよりも早く俺の背後から滑らかな足取りで躍り出た人見が爺ちゃんと男の間に割り込み。

 スリの拳が爺ちゃんの顔にぶつかる寸前、その手首を人見が無造作に掴んで止める。

 

「なっ、ぎゃわぁああっ!?」

「まぁ、男子がこの程度で情けない声を上げるべきではありませんわ、そちらの方やお爺様を少しは見習いなさいな」

 

 俺には彼女がただ無造作に腕を掴んで軽くひねっただけにしか見えないその動作の直後にスリはまるで腕の骨が折れたかの様な悲痛な叫びを上げて地面に倒れ込みもがき、その見事な手際に周囲から感嘆の声が漏れ。

 自分よりも背が高い男を赤子の手を捻る様に無力化した人見は男の腕を捩じりながら俺や爺ちゃんへと澄まし顔で華麗に一礼して見せて野次馬が感心にどよめき小さく拍手が起きた。

 

 その少し後、周りで見ていた誰かが呼んだのか駆けつけてきた警備員へと人見はスリ男を指して不埒者であると言いながら引き渡す。

 

「あ~! やっと見つけた! 熊野、こんなとこで何やってんの!?」

 

 突然に始まってすぐに終わった捕り物に集まった野次馬が犯人が連行されていった事で次第に元の流れへと戻り始め、ホッとしたのもつかの間、今度は女の子の良く通る声が俺達のいる場所に飛んできた。

 

「あら、鈴谷、迎えは必要ないと返事しましたわよ?」

「はぁ!? ホント、どの口がそんな事言ってんの!?」

 

 移動している人の群から人見と同じデザインの制服を来た少女が薄緑色の長い髪を揺らしながら顰めっ面で現れて呑気な返事を返すお嬢様へと詰め寄り。

 その名前は重巡洋艦娘、確か最上型とか言う括りの艦娘を指すもので、その声を切っ掛けにして俺の頭の中に眠っている朧気な艦これの思い出から何枚かのイラストが引っ張り出され、向かい合って話をしている二人の女の子達の姿とそれが重なる。

 

 その鈴谷と呼ばれた少女が肩を怒らせて、何でちょっとアイスクリームを買う列に並んでいる間に居なくなったのか、などと人見、いや、重巡洋艦娘であろう熊野を責めるような言葉を発するがそれに対して自信満々な態度を崩す事なくお嬢様は些細な事であると鷹揚な態度を見せる。

 

「騒がしいぞ、鈴谷、人前でその様に取り乱すな」

 

 そんな姦しさと彼女達の整った顔立ちで周りにまた人垣が出来そうになったと同時に女性にしては落ち着いた低い声が聞こえ、その方向へと俺が目を向けると入り口で案内のパンフレットを渡してくれた女性自衛官が着てたモノと同じ制服を身に着けた美女が腰まで届く長い黒髪を揺らしながら堂々とした態度で現れた。

 

「え~っ! アタシが悪いワケじゃないしょっ、絶対、勝手に逸れて迷子になってた熊野のせいだってば!」

「それとこれとは話が別だ、艦隊の規範となるべき我々が周囲の目がある時にそのような態度をとるなと言っている。 熊野、お前もだ」

「・・・あら、私がどうかいたしましたの?」

「自らの不覚で規律を乱し仲間を不安にさせた自覚があるなら太々しく誤魔化すのではなく相応の態度を取れ」

 

 何故かファッション雑誌のモデルが束になっても敵わない様な美女であるのに鈴谷を言葉と視線で黙らせ、その男勝りの態度と低い声のせいで下手な男よりも迫力がある女性は鋭い視線を熊野へと向けて、姉妹からの苦情に表情一つ変えなかったお嬢様はばつの悪そうな顔で女性からの鋭い視線から逃れるように顔を反らして偶然に俺と向かいあった。

 

「ん? 彼らは・・・?」

「私が少々お世話になった方々ですわ、お二人とも先ほどは失礼しました・・・そして、この度は本当にお世話になりました」

 

 そして、両手を身体の前で揃え折り目正しく頭を下げてきた人見(熊野)は、ではまたいつか、と丁寧な礼と別れの挨拶を告げ。

 彼女を迎えに来た鈴谷に手を引かれ素っ気なさを感じるほど簡単に人込みへとその姿を消す。

 

 突然に現れて気付けばいなくなるなんてまるで夢か幻から目覚めた様な気分だ、と頭を掻いた俺はふと爺ちゃんが黒髪の女性自衛官、さっきの口ぶりからおそらくは艦娘の関係者である相手と向かい合っているのが見えた。

 何となく見覚えがある顔にも見えなくは無いが自衛隊の士官服を身に着けている艦娘なんて記憶の端っこにも引っかからないので多分、さっきの手がかかりそうな重巡姉妹の世話役をやっている人なのかもしれない。

 

「なんだい、こんなジジイが珍しいかい? 海自の姉ちゃん、連れが行っちまったみたいだぞ」

「ん、ああ、すまない・・・久しぶりに顔を見て懐かしくなってしまった、不躾な態度を取って申し訳ない」

「はぁ? そりゃ、ジジイの顔が見てぇなら好きなだけ見りゃ良いがよ、あのお嬢ちゃんと言いお前さんたちゃ、なんなんだ?」

 

 そして、生真面目に引き締まっていた彼女の顔が爺ちゃんの言葉と同時にふっとまるで古い友人を見つけた様な柔らかい笑みへと変わり。

 その右手が白い帽子の下で黒い前髪が揺れる額へと指を指して不思議そうな顔をしている爺ちゃんへと敬礼をした。

 

「相変わらずの威勢の良さ、息災な様で何よりだ。 松木上等水兵」

 

 周囲の雑踏のせいで俺には良く聞き取れなかったがまるで爺ちゃんの事を知っている様な顔で何かを言ったその長身の美人は踵を返して式典会場の方向へと颯爽と人込みの中へと姿を消した。

 

「爺ちゃん、さっきの人と知り合いだったのか?」

「いんや、知らんはずだ、だが、なんであの姉ちゃんは・・・」

 

 狐に摘ままれたと言う気分とはこう言うものなのだろうか、嵐だろうと大波だろうと小さな漁船の上で笑い飛ばす爺ちゃんがさっきの自衛官に何かを言われた直後から目を剥いて本気で驚いた顔をしている。

 俺がガキの頃から、それも前の人生を含めたってここまで驚いた顔をしている爺ちゃんの顔を見たのは今日が初めてだった。

 

・・・

 

 臨海公園から式典が行われる自衛隊の基地に続く列をチケットを手に並び、故郷の福島と比べれば随分と温かい冬の空気を亀の様にゆっくりと歩き。

 後少しで一時間と言う所でやっと俺と爺ちゃんの番となり係員の人の指示に従って手荷物の検査や金属探知機などを身体に押し当てられ。

 厳重なセキュリティのお陰で入るだけでくたくたになった俺と爺ちゃんは入り口で手渡された番号札に従って港の桟橋付近に設営されていた一般観覧席へと辿り着く。

 

 椅子に座れば取材に来ているマスコミが撮影を許可された場所で陣取り合戦をしている様子や来賓席には名前も知らない外国の大使と岳田総理とその付き人が話している姿が見えるだけでなく、初めて生で見る皇室の方々まで会場にいると知らせるアナウンス。

 もしかして俺もテレビに映ったりするのだろうかなどと小さく浮かれてしまう。

 

 だが、そこから学生時代の全体朝礼を思わせる様な長ったらしい何処の誰かも分からない偉い人達の挨拶が代わる代わる続き、艦娘を見に来たのかスーツ姿のおっさん達を見に来たのか分からなくなる。

 

 何十分経っただろうか、でかい欠伸で大口を開けている爺ちゃんの隣で頭と視界をぼんやりさせていた俺は故郷の海とは少し違う暖かな潮風に微睡み掛けたところで高らかに鳴り響いたラッパの音に叩き起こされた。

 

 そして、俺を含めた大勢の目の前で艦娘の存在を広く世界へと公表する為の式典が自衛隊の音楽隊が奏でる勇壮な音楽と共に始まり。

 

 入場を知らせるアナウンスと共に観覧席の前をついさっき公園の屋台前で爺ちゃんに敬礼をした女性に引き連れられ十人十色の服装と姿を持つ美少女達が国旗や木製のライフルを手に抱えて観客席へと敬礼しながら現れて行進する。

 

 その全員が統一感が無い服装や奇抜な髪の色であるのに規律正しく動く姿、見た目は可愛い女の子にしか見えないのにしっかりと彼女達が軍人であると言う説得力となって初めは茶化す様な声が聞こえていた周囲がいつの間にか静まり返り。

 

 音楽が鳴り響く中、少女達が海を前に整列し、堂々と立つ女性自衛官が俺達の方へと振り返って敬礼を向けたのを合図にその左右に立っていた日本の国旗を掲げた大正時代の女学生の様な着物姿の少女が波の揺れる海面へと編み上げブーツを踏み出して水面を踏みしめる。

 

 赤茶色のロングヘアを黄色いリボンで飾り臙脂色の着物とピンク色の袴を身に着けた少女とその横に立つ、色違いの同じ服装で頭の左右に蝶々の様に大きな青いリボンを付けている少女。

 よく見ればその勝気な顔をしている方の艦娘がカレーの屋台で鍋を掻き混ぜていた女の子である事に遅ればせながら気付く。

 

 それだけではなく海へと向かう少女達の中には俺が前世で触れたゲームから現実に抜け出てきたと思えるほど似通った姿をしている艦娘も混じっていた。

 

(あっちにいるのはもしかして睦月に如月か? なんだこれ、半分以上見た事ない艦娘ばっかりだ・・・でも、見た事ないけど海に立てる・・・全員、艦娘だ)

 

 その旗持ちの艦娘二人に続いて海の上へと何の戸惑いも無く歩を進めていく少女達。

 

 水際に立つ白い制服姿の女性以外の艦娘達が海上に立って等間隔に横一列に整列すると音楽隊が演奏を止め、その近くに控えていた男性の自衛官が水際に立つ女性へと歩み寄り彼女へと握手を求める様に手を伸ばした。

 

 一体何をやろうとしているのか、潮風と潮騒の音だけとなった港で手を繋いだ男女の姿に俺とその周囲にいた観客が不思議そうな視線を集中させ、その直後に突然に発生した光で全員が目を晦ませる。

 

 力強く大鐘を打つ金属音、俺にとっては一年前に深海棲艦から逃げる漁船の上で聞いたものとほぼ同じ。

 今回は距離が近い為かより鮮明に、より強烈な迫力を見せつけながら海の入り口に金色の枝葉と錨で飾られた巨大な輪が作り上げられた。

 

 巨大な円が宙に作り上げられる息も出来ないほど圧倒的な光景、光り輝く金の輪へと銀色の文字が記され。

 

 そこに書き込まれた長門型戦艦の文字が水に溶ける泡の様に消えた直ぐ後に巨大化した戦艦の化身が燐光を雨の様に降らせ、花吹雪を割って進むように仲間の待つ海へと足を踏み出し胸を張り地響きの様な鈍く大きな足音を立てる。

 

 そして、音楽隊が演奏を止めた理由が自衛官の制服を身に着けた長門に向かって金の輪から現れ、鈍く響く轟音と共に彼女の身体へと接続されてその形を組み上げていく角の様なアンテナや大砲、黒鉄の装甲が発する巨大な音が身体を叩き肌を震わせるからだと理解させられた。

 

「長、門・・・、ははっ、なんだよ、そうかよぉ」

 

 その壮絶な光景に息をするのも忘れるほど見とれていた俺の隣に座る爺ちゃんが笑う。

 まるで古い友人を見つけて喜ぶように笑っているその姿に。

 目の前の長門が装備した巨大な迫力を見せつける大砲に。

 俺は昔見せてもらった海軍に居た頃の爺ちゃんが他の水兵服と並んで一緒に写っていた白黒写真を思い出す。

 

「なんてっこった・・・、(おらぁ)が乗った船はあんな別嬪さんだったかよぉ・・・」

「泣いてんのか、爺ちゃん?」

 

 別に茶化したつもりは無いけれど返事代わりにバシンと手の平が俺の背中を叩き、紅葉が出来たんじゃないかと言う強さで俺を叩いた爺ちゃんは目尻に涙を浮かべながら声無く笑い続ける。

 

 海原に立つ少女達が巨大化した戦艦長門がゆっくりと進む姿に続いて規律正しく海原を行進し、音楽隊の演奏が再開したと同時に我に返ったらしい周囲や取材陣のいる方向から無数のシャッター音やレポーターの興奮した様な声が混ぜこぜになって背中の痛みに涙目になった俺を喧騒に包んでいく。

 

 音楽に合わせ海上を行進する艦娘達が手に持った銃を応援団やマスゲームを思わせる計算された動きで巧みに操り演舞を披露する。

 

 聞こえてくるアナウンスによる解説で儀仗隊と呼ばれる人達が行うと言うファンシードリルと呼ばれているそれを披露する可憐で華麗という他にない艦娘達が征く海をただ呆然と見つめ。

 ライフルを振り回す様に使うダンスの名が何故にファンシーなドリル(穴開け工具)と言うのかは分からないが、分からなくとも目の前で行われている事の凄さに見惚れていた俺は百数十mは離れているはずの水面で淡い茶髪を揺らす焦げ茶色の制服を身に着けた美少女(熊野)と一瞬だけ目が合った様な不思議な感覚を覚えた。

 

 とは言えそんなモノは俺が勝手に自意識過剰になっているだけでアイドルが自分にウィンクしてくれたと思い込むファンと同程度の感情なのだろう。

 

(それにしてもカレー屋をやってた艦娘とか長門の服装がぜんぜん違うとか、前世の記憶なんて頼りにならないもんだなぁ)

 

 だから、重巡艦娘の熊野が寄り道と道草のプロだったとかそんなレアな話を知れただけでも、その他大勢の一人でしかない俺にとっては十分過ぎる幸運なんだろう。

 

 そうして、アッと言う間に一日目が過ぎ、二日目は地方から集まった出展と自衛隊の任務や実績を宣伝するのが主で艦娘のかの字も出て来ない事態に彼女達は何処に行ったんだ、と客席からブーイングが巻き起こったりもした。

 

 実は会場内で普通の人間ではあり得ない鮮やかな青や赤の髪や前世の記憶を刺激するそれっぽい姿をした女の子達がうろうろしていた。

 だが、彼女達があまりにも自然に人混みに混じっていたからか気付けたのは多分、俺ぐらいだ。

 

 ・・・見栄を張った。

 

 騒がしいのはもう腹いっぱいだと言って市内観光に行くと言い出した爺ちゃんと旅館の入り口で別れて特に目的無く一日目と変わらず賑やかな臨海公園の広い敷地をぶらぶらしていた時。

 とある屋台の前で二つの綿あめを手に地団駄を踏んで淡い緑のロングへアを振り乱していた女子高生(仮)と出会い、また迷子になったらしいお嬢さんを探す手伝いをする事にならなければ会場に艦娘が紛れている事に気付かなかっただろう。

 

 そんなこんなで偶然当たった招待券を手に三日間に及ぶ盛大な式典と大賑わいの物産展と強烈な実弾演習が詰め込まれたイベントは嵐の様に過ぎ。

 その嵐の中から生還した俺は気付けばいつもと変わらない自宅(平和)に帰り着いていた。

 

 だけど、それで良いんだと思う。

 

 冬の漁の計画を組合で話し合う為に泣く泣く福島の港に残っていた親父や家族親戚、近所の子供やおばちゃん達が土産話をせがみに来るぐらいの出来事が俺の身の丈には丁度良いのだ。

 

・・・

 

 とまぁ、ここまでが去年の終わりに俺が体験した出来事だ。

 

 年明けから一カ月以上経った今も毎日の様にテレビに映る艦娘同士によるどこの特撮映画だ、とか言われている海上演習の様子と岳田総理のもはや絨毯爆撃とも言える爆弾発言連発の演説などがテレビ、新聞、ネットに世間話と現在進行形で日本中どころか世界中の人々を騒がせている。

 

 とはいえ、昔から変わらず漁師をしている俺にとっては大して関係があるニュースでは無く、そんな大それた世間の事より重大かつ悩ましい個人的な問題の前で俺はボールペンを持ったまま固まっていた。

 

 拝啓、松木景助様と達筆の書き出しから綴られた時節の挨拶と式典では姉妹共々お世話になりましたと言う内容を丁寧な文、香水でも吹きかけたのか花の匂いが微かにする便箋が一枚。

 差出人の名前は人見とだけ書かれ、文章の末尾には私書箱の宛先とお返事を待っていますと言う丁寧な一文で締めくくられていた。

 

「どうすんだ、俺、文通なんかしたこと無いぞ・・・それにコレ誰のメアドだよ・・・」

 

 付け加えるなら花の香がする便箋の裏に送り主に無断で書かれたらしい走り書き。

 丸っこい鈴のマークと誰かの携帯のメールアドレスもまた俺の悩みを加速させる原因となっている。

 

 名前だけしか教えていないはずなのに住所を知られている事、国家機密である艦娘と個人で連絡を取り合っても大丈夫なのか、そもそも何で彼女達が俺に手紙を送ってきたのか、など疑問と不安は溢れるばかりだ。

 

 それでも女の子と手紙で交流、しかも、相手は艦娘と言う人生最大の困難を前に俺が自分の乏しいボキャブラリーを総動員しなければならないらしいと言う事ははっきりしていた。

 




「あらあら、もう着替えちゃったの? 似合ってたのに勿体ないわねぇ」
「服など無様でさえなければ気にはならん、が、穴だらけの襤褸を纏って平気で居られるほど私は無頓着ではない」

「ふふっ、ケーブルで繋ぐ増設装備と違って本艤装は直接体にくっつくから戦闘用の服じゃないと破れちゃうって実行委員の人にもちゃんと説明しておいたのにねぇ?」

「全く、この私に向かって胡乱な目を向けて、我々が好き好んでこんな薄着をしていると思い込まれるのは遺憾だなっ!」
「ならいっその事、金剛型みたいに腰や腕に切れ込みの入った服を用意してもらっちゃう?」

「私に振り袖を着ろとでも? あんなひらひらした衣装では戦えたものではないだろう」
「まぁ、それもそうねぇ、金剛達ってなんであんな動き難そうな服で戦えるのかしら?」

「それは扶桑型もだな・・・謎だ」
「ええ、確かに謎だわ・・・」


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第五十二話

御祭? 式典? 演習?

言葉を飾るな。

これは只の私闘(ケンカ)だ。


 艦隊構成は駆逐艦、軽巡、重巡、空母、戦艦、そして、戦闘に参加しない補助を担当する艦娘の計六名とする事。

 駆逐艦を最初にする以外は旗艦の変更に関する順番は任意でかまわないが相手が旗艦を変更した場合にはその艦種に合わせなければならない。

 そして、一度変更した艦娘へと旗艦を戻す事は禁止される。

 

 そんな演習を行う際のルールを押しつけてきた細長い眼鏡を掛けたイケメン、今回の艦娘艦隊同士による公開演習(お祭り騒ぎ)を取りまとめている田所とか言う内閣からの有り難い(面倒臭い)御下知(注文)を伝えに来た官僚の顔を思い浮かべて中村は内心で唾を吐く。

 

 そもそも艦娘の能力はそれぞれの艦種が得意とする極端な状況で戦う事に特化しているのだ、と少なくない時間を彼女達と海の戦場を駆けてきた彼は口の中で言葉を転がした。

 

 駆逐艦なら急加速から繰り出す突撃で敵装甲を破壊し雷撃で止めを刺す近距離戦を主体にしたヒット&アウェイが定石だが、その低い火力と防御力を驚異的な加速力による突進と回避で補っている小型艦は敵の小口径砲の一撃ですら直撃すれば致命傷となる。

 

 軽巡洋艦は駆逐艦よりも射程が長く火力も高く、対空対潜を熟し敵の障壁を切り裂く近接武装を持ち、その手数の多さを武器に状況を見計らい攻防を素早く切り替えることが出来る。

 だが、その手に持つ刃は不可視の障壁を破壊する事に特化しているが単純に装甲が分厚い敵には効果が薄く、他の武装も全て駆逐艦を大きく上回っていると言うわけではない為に単艦で運用すると器用貧乏となってしまう。

 

 空母ならば複数の艦載機を放出して戦闘機で制空権を取り爆装させた機体で敵艦隊の頭数を減らすと言う様に面制圧力に優れ、更に自らの重量を操作する艦種特有の能力によって高高度へと飛翔し広範囲の索敵を観測機と共に行うことが出来る。

 その反面、移動速度は戦艦とほぼ同じであり駆逐艦と比べればウサギと亀とも言えるほどの差があり、艦載機を運用する航空甲板が破損すればそれだけで大半の戦闘能力を失い敵にとって恰好の的となってしまう。

 

 重巡と戦艦に関して中村は実際に運用した経験はほとんど無いがそれでも深海棲艦の同一艦種と比べると勝っている部分の方が少ない事は一目瞭然である。

 だが、その火力は彼女達が持つ大口径砲と艤装の有効射程(キルゾーン)を間違えさえしなければ正面から全長200mの化け物を一方的に撃破する事を可能としている。

 

 暗視能力や音波探査によって海中や夜間の闇を見通し情報収集を行える潜水艦は特にその極端さが突飛であり、奇襲を成功させれば戦艦級ですら一撃で屠ると言うのに初攻撃に失敗して敵に見つかれば他の艦種を大きく下回る障壁の薄さと武装の少なさによって尻尾を巻いて逃げる事しか出来なくなる。

 

 しかし、その各艦種が持つ戦場では致命的になるデメリットを指揮官が行う旗艦の変更によって取り除きメリットだけを戦場で得られるからこそ人類側を圧倒する破壊力と防御力を持った巨大な深海棲艦の撃破が可能なのだ。

 

 要するに旗艦の変更とは指揮官が艦橋で行う最も重要な仕事であり、彼らは逐一変わる戦闘状況や敵艦種に適した艦娘を選び続けなければならない事を意味している。

 その判断次第で生死を分ける旗艦変更を制限すると言うのは艦娘の実戦を公開すると言う謳い文句で企画された公開演習のコンセプトからも外れるのではないかと中村は独り言ちた。

 

「私達が本気で戦ったら佐世保まで戦場になるったら、あなた、そんな事も分からないの?」

「説明にあった障壁を発生させる装置が頼りになるなら問題無いだろうよ、スペック上は艦娘より強くて御立派な壁を作れるってんだからな・・・スペック通りならなっ」

 

 指揮席でシートに背中を預かながら頭の後ろで腕を組んでいた中村の独り言に呆れで眉を寄せて肩越しに振り返った駆逐艦娘に彼は本人ですら信用していない情報を盾に屁理屈を並べる。

 

『島風ちゃんの公試で使われた時はちゃんと波も衝撃も試験海域への封じ込めに成功したらしいですよ?』

「あのなぁ、吹雪ここからでも見えるだろ、あのレーダーマストが吹っ飛ばされた船がよ」

 

 艦橋の全周囲モニターから見える佐世保の港から出航し所定の位置へと向かっている数隻の特殊な装備を施された護衛艦、中村の指摘によってモニターに小さなウィンドウが幾つか開いてそれぞれの船体の一部が拡大される。

 

「商船じゃないって言うのに・・・、ホント現代()の軍艦は柔い連中しかいないわね、まったく艦政本部の後釜は何やってんのよっ」

『ちゃんと修理してあげる事は出来なかったんでしょうか・・・?』

 

 とある韋駄天少女が原因の突風によって破損した艦上構造物の一部をビニールシートやロープなどで簡易補修された護衛艦。

 まるで絆創膏を貼っただけの様に見える船の姿に霞が不満げなため息を吐き、吹雪がまるで人間相手を心配するかの様に声を揺らす。

 

(はつゆきの時もそうだったが吹雪達って護衛艦を見ると輸送艦娘を相手にする保護者って顔とは違う、なんて言うか、手の掛かる後輩を気にする先輩って表情するよな・・・)

 

 おそらくは自分達の原型である軍艦が沈んだ後に国の守りを任された船達、現代の護衛艦へ何かしら思う所があるのだろう。

 

「提督、本部から入電・・・出航して指定区域に移動後、演習の開始を待てとの事です」

「ああ、それじゃぁ、行くか・・・吹雪出航だ」

 

 中村は旗艦として佐世保の港に腰掛けていた吹雪へと船出を合図し、テレビカメラとレポーターが顔を突き出しているヘリが飛び交う空の下で立ち上がった駆逐艦娘が肩掛けベルトに吊られた連装砲のグリップを握り立ち上がる。

 流石に演習海域までついて来る許可は出ないが立ち上がった駆逐艦娘の頭に風を吹き付けるぐらいの低空飛行に艦橋に座る中村はスピーカーで怒鳴って追い払ってやろうかなどと考えながら鬱陶しい連中を見上げた。

 

《はいっ! 駆逐艦吹雪、出撃します!》

 

 吹雪の背中の艤装がスクリューを回転させ、うっすらと煙の様な光粒が背面装備の煙突部から立ち上り、甲高い汽笛の音とともに身長14mの少女が青い海へと漕ぎ出す。

 徐々に加速を始めた吹雪の姿を見送るように港に面した見学席や巨大なモニターが設置された広場で無数のフラッシュが瞬き、演習会場へと向かう艦娘の姿にその場にいたほとんどの人間が目を丸くしていた。

 

《吹雪、おっそーい!》

《きゃっ!? 島風ちゃん!?》

 

 湾の出口まで進み多くの人間が向けてくる視線に緊張して背筋を伸ばしていた吹雪の真横を煽るように金色の髪がひらめき。

 すり抜けざまに鼻で笑う様な声を掛けてきた島風型駆逐艦娘がその体をさらに加速させ過剰に短いスカートを風にはためかせながら両足で波を割り海原に白線を泡立てる。

 

「・・・島風、改か」

「あらあら、元気な子ね・・・たしか、どんな能力が発現したかはまだ調査中だったかしら?」

「資料ではそうみたいだが良介、いや、田中二佐に直接確認した訳じゃないが霞みたいな体と艤装の強化ではななさそうだな」

 

 中村の座る指揮席の背の後ろから手を掛けてもたれる戦艦娘が艦橋のモニターに映る島風の背中を感心した様な顔で眺め。

 

「なによっ、異能力に目覚めなかった私が出来損ないとでも言いたいわけ!?」

「貶してねぇよ、特殊な力を持った艦娘と単純に強い艦娘はどっちも同じぐらい頼りになる、どんな艦娘でも一長一短があるんだから要は相性の問題だ」

 

 口元をへの字にした霞が睨みつけるように指揮官へと振り返るが、それに対して中村は気負った様子無く手を横に振り彼女の言葉を否定する。

 

「まっ、確かな事は前も今も霞が頼りになるのは変わりないって事だな」

「ふ、ふんっ・・・どーだかね、口ではなんとでも言えるったら」

 

 おべっかと言うには素っ気ない彼に言葉に一瞬だけ目を見開いて、視線を居心地悪そうに反らした霞が表情を隠し、何かを誤魔化すように咳払いしてモニターへと体を戻す。

 そして、真横を通り抜けた際に見えた島風の横顔、鳶色の左目にきらめく花菱に秘められた力の正体を無言で探る中村は推進機の制御レバーに第一戦速を表示させて腕を頭の後ろで組み背もたれに背中を預けた。

 

 口では可愛いげの無いセリフを言っているが傍目には非常に分かり易い照れを見せる霞の態度に鳳翔と陸奥があらあら、と微笑み。

 

「それで提督はあの子の能力に何か心当たりがあるのかしら? お姉さん気になるなぁ~」

「改造じゃなくて戦闘中に発生したらしいからな・・・勘だ、ただアイツは得体の知れない物をそのままに使おうとする事だけは無い」

 

 指揮席の後ろから自分を見下ろしてくる長身美女の悪戯っぽい微笑みとセリフを軽く受け流して正面を見据える中村は吹雪との速度差で徐々に離れ小さくなっていく島風の背中、その中にいるだろう友人であり同僚の姿を脳裏に浮かべる。

 自分と同じ転生者であり日本海の戦闘後に中枢機構(猫吊るし)との交信を自覚したと言っていた田中の言葉から中村はライバルが島風が手に入れた力の詳細を妖精から通知されていると確信していた。

 

「アイツは嘘を吐くのは下手だけど隠し事をするのは上手いんだよ・・・昔からムカつくぐらいにな、研究室の連中をどうにかして口止めしてるんだろうさ」

「それは穿ち過ぎではありませんか、提督?」

「いんや、間違いないね、わざわざ島風にあんな代物を用意するぐらいだ・・・つまり俺らに勝ちたいのさ」

 

 佐世保や護衛艦との通信を担当してくれている鳳翔に苦笑を向けられながら中村は小学生の頃に偶然自分と同じ境遇であると知ってから無二の友人となった田中に対してのライバル心を疼かせ、おそらくは相手も少なからず自分に対しても同じ思いを向けていると彼は予感する。

 

(・・・んで、何で島風の情報をくれないんですかね、博士?)

 

 指揮下の五人と共に吹雪の艦橋に乗りながら意識を島風の能力への疑問に向けた中村の脳裏に中枢機構に住む妖精からイラスト一枚分のイメージが送られてきた。

 

 薄いベージュ色の水兵服を着た三等身の少女が少し嫌みっぽく口角をあげた笑みを浮かべ、やる気の無さそうな面をした猫を両手でぶら下げている映像。

 

 正々堂々と戦いなさいとでも言う様な上から目線の意図を感じる妖怪猫吊しの返事に中村は憮然とした顔を浮かべ、不意な彼の表情の変化に指揮官の顔をシートの後ろから覗き込んでいた陸奥が首を傾げる。

 

「提督、私達も速度を上げるべきでは? もう大分と田中艦隊との距離が離されているのですが・・・」

「いや、まだ演習は始まってない、全力を出すのは審判がピストル打ってからでいいんだよ」

 

 試合とは言え戦いの前であるのに指揮席に座る中村が見せる些か覇気の無い態度に旗艦の増速を提案した高雄は釈然としない表情で周りの仲間を見回すが指揮官を咎めようとする気配は微塵もない。

 

「そんなに焦らなくても那珂ちゃん達のステージはもうすぐだからぁ、タッカおんもリラックス♪ リラックス♪ きゃはっ☆ミ」

 

 モニターと円形通路を隔てる柵に腰掛けて右手の指で作ったV字を横向きに自分の顔に重ねた那珂が中村以上に戦いの空気と無縁な雰囲気を艦橋にばら撒く。

 艦娘として妹である愛宕と共に目覚めてから何度か交流した彼の気さくさに感じた好感、そして、多くの戦場で目覚ましい戦果を上げてきたと言う実績から意気揚々と中村の指揮下へと来たのだが、現状を見るにもしかして自分は所属する艦隊を間違えたのかも知れないのではと高雄は乾いた笑いを漏らした。

 

・・・

 

 数隻の護衛艦の動力を伝達された無数のブイが発生させた不可視の障壁が直径100kmの巨大な円筒を作り上げ、その中心で二人の駆逐艦娘が3kmの間隙を挟んで互いを緊迫感を秘めた瞳で見つめ合う。

 味方同士である事は百も承知だが今だけは競い合い打ち倒すべき敵として立っている相手へと吹雪はその手に握った連装砲を向け、無骨な拳銃に見える二丁の12cm口径単装砲を両手にぶら下げた島風が海風の中で黒いリボンと金糸の髪を揺らめかせ自らの障害と認めた少女へとライバル心が滾る瞳で見据える。

 

『演習海域の障壁展開率98パーセントとの事です、艦隊演習が実行委員会から承認されました・・・予定通り開始時間は1030です、残り120秒、秒読みを開始します』

 

 その二人の耳の中で戦闘開始に向かう秒読みが始まり、その数字が一つ、また一つ減っていくほどに二人の身体に備わった動力が鈍く唸り、吹雪の背中で、島風の足で一対のスクリューが燐光を渦巻かせ始める。

 

『あと10秒、吹雪ちゃん備えて!』

『島風、五秒や、さぁ始まるでっ!』

 

 それぞれの艦橋で通信手を担っている艦娘が声を上げ、相対する二人の駆逐艦娘がその姿勢を前傾させてその手の主砲の照準にお互いの姿を捉え。

 

《吹雪、行きます!》

《しまかぜ、出撃しまーすっ!》

 

 それぞれの指揮官の声が少女達の頭の中へと戦闘開始の命令を下し、暖気運転していた動力が風と水面を弾く様に光の渦を吐き出し、急激な加速と共に戦闘速度へと踏み込んだ駆逐艦がその顔を相手に向けながら半円を描くように穏やかな海を斬り走り波立たせる。

 睨み合いながら弧を描きまるでお互いの立ち位置を交換する様に演習の開始時に島風が立っていた場所を吹雪の足が踏んだと同時にその背の艤装が数段激しい振動と轟音を吐き出してセーラー服に包まれた身体を押し、片足を軸にして島風へと吹雪の体が半回転して矛先を正面に向けた。

 

 駆逐艦達の艦橋で推進機の制御装置が第三戦速を表示し、二つの巨体が更に加速して空気を引き裂き、白い壁のような水柱をその背後へと置き去りにして海原を駆ける。

 

 向かい風の様に押し寄せる空気の中を突き進む島風が腰だめに構えた二門の単装砲の撃鉄が引かれ、吹雪が体の正面に両手で支え構える12cm口径が内部に装填された砲弾を放つ時を待つ。

 

 船と言うより航空機に近い速度で海上を走る二人の艦橋で指揮官が砲撃を命じる声が奇しくも同時に行われ、猛スピードで迫る相手へと正面衝突する寸前、計四門の大砲が火を噴き咆哮を轟かせ海面をはじけさせる。

 

《私より早く撃つなんて許さないからっ!》

《それは命中させてから言って!》

 

 砲撃の反動で上体を反らし、その動きを滑らかに回避へと繋げた吹雪と島風の体がまるで磁石の同極を合わせた様に反発し正面衝突を回避する。

 たなびく金髪に掠りもせず二発の砲弾は海を穿ち、二連射は頬にかすり傷を付けはためくセーラ服の裾の真横を素通りして青い空へと飛び立つ。

 

 目と鼻の先を通り過ぎる十秒未満の反航戦の直後、吹雪の太腿に装備された二基の三連装魚雷の片割れがその頭を反転させて後方へと離れて行く島風へと61cmの弾頭が空気の抜ける音と共に海面へと飛び込み200ノットの駆逐艦を追尾する。

 

《連装砲ちゃんっ! やっちゃってっ!》

 

 自分を追いかけてくる三本の雷跡を肩越しに見た島風が声を上げたと同時にその背中と腰に増設された装備、【Strike‐Sub‐Screw‐System】の三機が艦橋にいる艦娘の操作によって後方へとコミカルな目と口か描かれた砲塔を回転させ、その内側から短機関銃が突き出し追尾してくる魚雷へと曳光弾の様に輝く弾丸をばら撒く。

 

『そんなもんまで仕込んであんのかよ!? くっそ便利そうじゃねえかっ! 羨ましいなぁ、おいっ!』

 

《私の装備だって島風ちゃんには負けてません、司令官!》

 

 魚雷が目標の手前で処理された様子に吹雪の艦橋で中村が新型装備への妬ましさに声を上げ、指揮官が自分ではない他の駆逐艦を褒める言葉に吹雪が口元をへの字にして身体を反転させ島風の背中を追う。

 

《へぇ、駆けっこするの? でも、吹雪じゃ私には追い付けないよ!》

 

 同航戦に持ち込む為に更に加速し、第四戦速まで出力を上げた吹雪の背中のタービンがジェットエンジン並みの騒音を吐き出すが島風の背中を追い越す程には届かず特型駆逐艦は次弾装填中の連装砲から手を離して肩に掛け、左の二の腕にケーブルで接続された7,7cm機銃を前方へと向ける。

 

《当たってください!!》

 

 タタタッと乾いた破裂音と共に炎の礫が吹雪の左腕に装備された機銃から放たれて青、白、金色をはためかせる島風の背中へと殺到する。

 

《おっそーい! お返しだよ!》

 

 だが、時速500kmの世界に踏み込んだ島風は後ろから迫る全ての弾丸を踊る様に身を翻し避け切り、後方へと突き出した左手の単装砲と三機のS4がその砲口を背後の吹雪へと向け一斉に砲撃を放つ。

 

 轟音を放つ七発の砲撃によって立ち上った水柱が吹雪の姿を覆い隠し、ドリフトするように波を蹴りながら速度を落とした島風が勝ち誇った様な顔で命中を確認する為に視線を白い帳へと向け。

 即座に上半身を仰け反らせ、まるで何もない場所でリンボーダンスを始めた様な姿を見せる島風の胸元を熱された霊力の砲弾が掠めて遠くへと飛んでいく。

 

《避けた!? 何で!?》

 

 水柱から数百m以上離れた場所で水滴一つ付いていない吹雪が前方へと構えた連装砲の照準の向こうで青白い炎を揺らめかせる左目を驚きに瞬かせた。

 

《あはっ♪ 吹雪、使ったね? それをっ!》

 

 仰け反った身体を上半身の力だけで戻した島風が渇望した瞬間の到来に笑みを深く深くその顔に刻み、金色に飾られた整った顔立ちが左目の輝きと相まって凄絶な迫力となって叩き付けられて吹雪がそれに対して怪訝そうに眉を顰める。

 

《その力をっ! 私はそれを追い抜く為にこの力を手に入れたんだからぁ!!》

 

 周囲の時間を停止させ絶対的な速度差で相手に一方的な攻撃を行う、吹雪の左目に宿る力への羨望と対抗意識を押し固めて燃料にして少女の左目が青白い光を宿した菱形の花弁を燃え上がらせる。

 左目に花菱を輝かせる島風の手が単装砲を海面へと落とし、落下しながらガチャガチャと金属音を立てながら変形していく二丁の巨大な拳銃が海面を泡立てている脚部艤装と接触し撃鉄を引く重苦しい音と共に組み合い別の形へと作り変えられた。

 

『さて、吹雪は島風に勝てるかな? 中村二佐、いつもみたいに賭けでもしてみるかい?』

『いや、そりゃ、賭けになんねぇな・・・田中二佐さんよ』

『まぁ・・・、確かにその通りだね、これは賭けをする意味が無い』

 

 異なる力を宿し青白く燃える左目と共に相手と向かい合う二人の駆逐艦の艦橋でそれぞれの指揮官が軽口を叩き合う。

 

『玩具と付け焼刃で、俺らにお前らが勝てるわきゃねぇだろ!』

『悪いが、もう君達の敗北は僕達の目に見えているんだよ!』

 

 対抗意識を剥き出しにして吐き捨てる様に告げられた指揮官二人の言葉と同時。

 吹雪が艤装から突き出してきた錨を引き抜き、海面に倒れ込む寸前まで前傾した島風の身体が近接武装へと変形した両足の爆発力で急加速し、鉄斧で迎撃する吹雪型駆逐艦一番艦へと人型ミサイルと化した島風型型一番艦が襲い掛かる。

 

《早い! でも、これなら!》

《遅い、それはもう見たっ(・・・・・・・)!!》

 

 吹雪の振るった斧が空を切り海面へと叩き付けられて夥しい水飛沫を上げ、紙一重でその一撃を避けた島風が身体を捩じり鞭の様に撓らせた右足を最上段へと向けて振り抜く。

 島風の手持ち主砲だった単装砲と合体して(くるぶし)から爪先まで割れ目が刻まれた重厚な安全靴の様な形へと変えた脚部艤装が先端と踵部分から衝撃波を放ち、斧を振った勢いに逆らわずに頭を下げた吹雪の頭上を旋風を巻き起こして通り過ぎる。

 

『左舷側頭部! 障壁集中っ、急げ!!』

 

 即座に返す刃で目の前の敵に反撃を試みようとした吹雪の指揮席に座る中村の叫びがその耳に響き。

 一拍の間、目を見開いた彼女の目に青いスカートをはためかせ、その背中のS4が放出するバーニアの様な推進力で身体を駒の様に空中回転させている島風の姿が映る。

 

《えっ?》

 

 一撃目から瞬きする時間も置かずに吹雪の頭へと黒鉄の軍靴が風を唸らせて迫り、直前にその頭を守る為に展開された小さな障壁と接触した質量兵器が内部から衝撃波を放出させて急造の壁を打ち砕いた。

 

 




ちょっとした解説

Q 限界突破って?
A ゲーム的に言うと一回目の改造を受けた艦娘の事です。

【例】
吹雪・対空カットイン(時間停止)、障壁の強化、身体能力に変化無し。

 霞・障壁の強化、基本艤装の性能上昇、装弾数の増加、+身体能力の強化(自衛官並みからキャプテン・ア級に(ぅゎ,ιょぅι゛ょっょぃ)

島風・???(命中、回避、索敵、上昇補正)、障壁の強化、身体能力に変化無し。


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第五十三話

 
お互い駆逐艦だよね。

だから、もう余計な言葉は要らないでしょ?
 


 島風の近接武装と化した脚部艤装による上段蹴りが直後に身体を捩じる回転を加えたあびせ蹴りへと変化して追尾する様に吹雪の頭を蹴り飛ばす。

 

《ぐぅっうぅっ!?》

 

 まるでボールの様に蹴り飛ばされ海原に水飛沫を撒き散らしながら数十mの距離を跳ね飛ばされた吹雪は何とか四つん這いで海面を引っ掻き身体を止める。

 

《だから、遅いって言ってるでしょ! さぁ、もっかい使ってよ、時間を止めるそれをさぁっ!》

 

 ギリギリで展開が間に合った障壁のお陰で直接に頭を蹴り砕かれる事は無かったが削られた霊力と衝撃にひりつく肌の痛み。

 少なくないダメージを受けながら蹴り飛ばされた吹雪は顔を顰めて海原に跪きながらも黒鉄の斧を手に毅然とした顔を島風へと向ける。

 

『司令官・・・』

 

 島風が余裕を持った態度でこちらを指差してお前の能力を使えと催促する直接的な声に罠の気配を感じ、吹雪は波立つ海の上に片手を突き姿勢を低くし、背面艤装へと錨斧を収納しながら声に出さずに自身の艦橋に居る指揮官へと指示を仰ぐ。

 

 島風の砲撃を避ける為に使った一度目の時間停止は距離があったからか反撃を避けられ、同じ駆逐艦である吹雪から見ても驚異的としか言い様が無い加速力で距離を詰められて手痛い攻撃を受ける事になった。

 

『あの態度、島風が何かを使って吹雪の攻撃にカウンターを仕掛けたのは間違いないな・・・そう言う方向に特化した能力って事か?』

 

 強大な敵との闘いの中で目覚め打倒した経験から自分の力に強い自負を持っていた吹雪の中で中村が呟き、こちら側の攻撃を封殺されただけでなく手痛い反撃を受けた事を特に気負った様子も無く受け入れる指揮官の言葉に特型駆逐艦は胸中で不安を揺らす。

 

『それは私が・・・島風ちゃんに負けるって事ですか?』

『んな事は言ってない、ただあの自信のタネが分からんと面倒臭いってだけだ』

 

 海面に膝を突き隙無く島風を見詰めながら斧と連装砲を交換した吹雪が蟠った不満を艦橋へと届け、返ってきた中村の言葉にその頬が少しだけ緩む。

 その中村の口調は普段と変わらず軽いいつも通りのもの、それはつまり指揮官が目の前の島風に対して吹雪が劣っているとは少しも考えてないと言う事である。

 

『だからこそ誘いに乗る、乗った上でアイツらの仕掛けを暴くぞ、吹雪っ!』

 

 そして、告げられた自分の事を当然に信じてくれている人の言葉で吹雪の中の不安は粉雪よりも簡単に溶けて消え。

 

《はいっ! 司令官!!》

 

 吹雪の左目に再び強い輝きが灯り、海上に立ち上がり連装砲を構えた駆逐艦娘が強い叫びを上げた直後、一瞬だけその身体の周りに残像を揺らして水面から姿を消した。

 

・・・

 

 緑色の半円に棒を突き刺さした見覚えのある図形が浮かび、カリカリと耳障りな音を立てて指揮席のコンソールパネルに表示される最大10分間を測るタイマー。

 それが数字を消費していく最中、俺は凍り付いたように止まった世界でゆっくりと足を踏み出す吹雪が前方に構えた連装砲の照準が全周モニターの向こうにいる島風を捉える様子を睨む。

 

「提督、主砲の照準完了しました」

「魚雷も残り三本撃つわよ! 良いわね!?」

 

 高雄と霞の声に頷きを返しながら俺はとにかく多くの情報を得る為に敵の姿を睨みつけ、確実に命中させられる距離まで吹雪が詰めた時点で攻撃を命じる用意をしていた。

 

(だけど、さっきのはどうやって避けたんだ? 吹雪が撃った砲弾は能力範囲外に出た時点で他の物体と同じ様に静止すると言っても・・・アイツらにとちゃ、いきなり目の前に現れる事には変わりないはずだ)

 

 漫画で良くある相手も同じ能力に覚醒したからこちらの攻撃が打ち消されたのだ、なんて展開は少なくとも今の吹雪と島風には当てはまらないだろうと予想できる。

 あちら側が時間を止められるならそもそもこちらに能力を使わせる前に時間を止め、吹雪の倍以上を備えた主砲の数で圧倒すれば良いだけの話でそれをしない以上は同系統の力を持っていると言うわけではないからだ。

 

 吹雪が作り出す時間が止まった世界はその場に立ち止まって砲撃と装填をするだけならほぼ問題が無く安全に使える事が実戦と言う名の調査の結果から分かった。

 だが一歩歩くだけ、腕を動かすだけで急激な過負荷がその身体に襲い掛かり、早い動作または長時間の使用は致命的なダメージを吹雪の体に発生させる。

 

 その負荷への対策とは言ってしまえば非常に単純な方法で、動かない事、の一言に尽きるのだが、今はそうも言ってられない。

 小笠原奪還を目的とした戦闘の経験からこのピーキーな能力のメリットとデメリットを理解した上で吹雪は一歩ずつ止まった世界の氷と化した海面を踏み進める。

 

 吹雪が放つ砲撃雷撃は停止世界では距離にして50mほど彼女から離れれば触っても叩いてもその場に静止し続ける事になるが、逆に言えば敵を50m範囲に収めれば停止時間が許す限りの攻撃を一方的に叩き込めるのだ。

 

(だが、この距離はちょっと中途半端だな・・・確実にやるなら一度解除しなきゃマズイか・・・ん?)

 

 このままだと範囲内に近付けても一回の砲雷撃しか余裕は無さそうな発動可能時間を表示させるタイマーと島風との距離を見比べて目測で測った時、まるで間違い探しの絵を見せられた様な違和感がモニターに向けた俺の視界に映る。

 

 さっき見た時と比べて何かが足りない。

 

 自信満々と言った顔でこちらを見ている島風の頭に立つ黒いウサギ耳の様な長いリボン、脇が丸出しの袖なしセーラー服に太いベルトと言った方がしっくりくる青いミニスカートに包まれたスレンダーなアスリート体形、そのくせに両手と両足は長い手袋とオーバーニーソックスに包まれているので全体としての布面積は意外と広い。

 ぱっと見ただけでも島風の外見には恥じらいとか女性的なあれこれと足りない部分は山ほど見つかるが、俺が感じた違和感の正体ではないはずだ。

 

「・・・アイツ、連装砲は何処いった?」

『司令官、どうしたんですか?』

 

 不意に漏らした俺の声に吹雪が慎重に歩を進めながら聞き返す、だが、それに返事を返している暇なく俺は指揮席から腰を上げてコンソールに手を突き、神経質な鶏の様に顔を振って全周モニター全体を見回す。

 そして、俺はコミカルな顔でこちらを見下ろす死神を見つけた。

 

「霞、雷撃中止だっ! 吹雪! 時間停止の解除前に当てなくても良いから砲撃、その後は左舷へスライドブースト(加速しながらの横滑り)っ!」

『は、はい! 司令官っ!』

「わ、分かったったら!」

 

 意味不明な命令をしている自覚はあるがもし俺の見たモノが予想通りならこのまま攻撃を行えば良介の仕掛けた罠に首を吊られる事になると判断して叫び、それに対して了解を返す霞と吹雪の返事を受けて時間停止を解除する為にコンソールパネルを操作する。

 

「提督、今は攻撃のチャンスなのでは!?」

「砲撃の雨に飛び込む気は無いっ、高雄、舌噛むぞ!」

 

 戸惑いに目を見開き俺の方を振り返る高雄に短く告げた言葉が艦橋に響いたと同時に吹雪の手が連装砲の引き金を引き、止まった世界から飛び出した砲弾が島風へと向かい。

 

《だからっ! 島風と連装砲ちゃんからは逃げられないって!》

 

 横っ飛びした吹雪の真上から二発の砲弾が降り注ぎ、左腕の袖口を掠めて肌を抉り水飛沫を上げる様子に初めからそれを知っていた島風が腰の右側に固定されていた連装砲の胴体を掴んで俺達の方向へと投げた。

 見上げた頭上には砲撃を行い砲口からチリチリと光の残滓を漏らす島風に増設されていた連装砲の緊張感を削る面がこちらを見下ろし、その腹に繋がったケーブルが島風の背中にあるウィンチに巻き取られて引き戻されていく。

 

「遠隔砲台としても使えんのかよ!? ふざけるのは顔だけにしとけよなぁっ!!」

 

 前世のゲーム内でも駆逐艦娘である島風のお供だったキャラクターにそっくりのS4とか言う新兵器、つい数日前までは艦娘にせがまれて俺や良介が吐いた前世の話の中にしかいなかったはずのソイツがまるで紐を付けられた猟犬の様に短いヒレで風を切って迫って来る。

 

「機銃で良い! 迎撃しろ!」

 

 真上からの奇襲を被害を受けながらも避けれたが立て続けに左右から迫る二機のS4に顔を引き攣らせて叫ぶ俺の指示で那珂が吹雪の背中に装備されている対空機銃に水平射撃させスクリューを唸らせながら飛んでくる連装砲へと命中させる。

 

「ぇえっ!? 何で増設装備がバリア張れるのぉっ!?」

「至れり尽くせりってか、不公平にもほどがあるだろっ!! 吹雪、とにかく島風から離れろっ!!」

 

 小口径の曳光弾が掠ったS4の表面は障壁が衝撃に反応する際に発生させる特有の光を散らすだけで焦げ目すら作れず、傷一つできていないその様子に那珂が驚く様子を横目に俺は海上を横滑りする吹雪へと逃げろと叫ぶ。

 

「提督、何が起こってるの! なんで時間停止を途中で解除したのよっ!?」

「あのまま近づいていたら今よりひどい目に合ってたよ! 島風は吹雪の出現位置を分かった上でアイツを投げやがった!」

「そんな事が出来るわけが・・・吹雪が現れる場所が分からないとっ!?」

 

 間近に飛び込んできた連装砲が放った砲撃が掠りかけた場所へと障壁を展開させて被害を防ぎながら陸奥と高雄が戸惑いの声を上げ、俺は時間停止に入るよりも前に吹雪の出現する位置を知ってその真上に連装砲を放っていた敵の不可解過ぎる行動に仮説を当てはめる。

 

「だから、分かってたからやれたんだろ!」

「提督!?」

 

 思えばこちらからの攻撃に対して島風は初めから来る方向や攻撃の種類を知っているかの様に全てを避けて見せ、吹雪には大小の差はあれど確実にダメージを与える攻撃を繰り出していた。

 

『なるほど、今度は吹雪が逃げる番って事かな?』

「良介っ、お前ら・・・何秒、いや、何分先が見えてやがる!?」

 

 吹雪の推進機を一気に最大戦速まで引き上げた俺は前方から襲い掛かってきた慣性の重みに呻きながら通信機を叩き、そこから聞こえた余裕そうなライバルの声に苛立ちを吐き捨てる。

 

・・・

 

「ん、なんの事かな・・・?」

『予知系か、予測系か、どっちかは分かんねぇが恍けんじゃねぇっ!』

 

 全速力で島風に背を向けて走る吹雪を追尾する艦橋のモニターを眺め、通信機から聞こえる義男の怒声に俺は苦笑を浮かべた。

 

「バレちゃったね、提督」

「・・・まぁ、島風のコレも吹雪の時間停止と同じぐらいの有名どころだから、義男なら遅かれ早かれ気付いてただろうな」

 

 島風が放った連装砲を回収する為にウィンチを巻き戻している時雨が肩を竦め、俺の手元のコンソールパネルに表示された一本線の上に〇と▽が組み合った白い図形。

 この世界には存在しないとあるゲームで熟練見張り員と言うアイテムを意味していたマークの下、倍率表示を操作すれば正面モニターに現在の吹雪の後ろ姿と数十秒後の彼女の後姿がズレて映し出される。

 

「未来位置の吹雪へと再攻撃を行う、照準せよ」

 

 島風の左目に宿る青い炎が覗き見せる未来へ向かって時雨、矢矧、三隈の三人が連装砲への再装填の補助と機体射出の角度や速度を計算し始め、吹雪の時間停止に対する天敵とも言うべき島風の未来予知によって弱い者イジメになってしまった状況に少しだけ友人へと申し訳なさ感じる。

 

「ヘーイ、テイトクゥ、指揮官は何時でもsmile、不敵に笑ってないとノーだヨー」

「ははっ、それは中々難しい注文だ」

 

 指揮席の左側の肘掛に腰掛けて背もたれに腕を掛けている金剛型戦艦の一番艦を原型に持つ美女が輝くような笑顔を俺に向け、香水ほど強くないが微かに鼻孔を擽る上品な紅茶に近い香りに自然と張っていた肩の力が抜ける。

 戦艦娘はその人数の少なさから特定の指揮官に就くと言うよりは出撃の度にその助けを必要としている指揮官に指名を受けてから彼女達が司令部へと一時的にその艦隊へ所属する申請を行うと言う面倒な手続きを必要としている。

 べったりと一つの艦隊に戦艦娘が所属する事は司令部に認められておらず、艦娘側からも指揮官側でも面倒な手続きを踏まないと出撃が承認されない事から他の艦種と比べて実戦に金剛達が投入される事は少ない。

 

「ところで金剛、危ないからそこから退いてくれる有難いんだが・・・」

「ぇ~、ダメなんデスカ~? 何でなノ~?」

「いや、急な反転とかで転げ落ちたら危ないだろう、もっと安定した場所にいてくれ」

 

 そんな戦艦の中で決まって出撃の際には俺の艦隊に所属する権利を伊勢と取り合う金剛からのストレートな好意に戸惑う。

 比較的大人しい伊勢型の姉と違い、いろいろな場面でガンガン攻めてくる金剛姉妹の長女に危うく押し倒されかけた回数はもう両手の指では数えきれない。

 いかに絶世の美女に好かれている事が男として満更でも無いとは言え、自衛官として指揮官として部下と世間に大手を振れない関係を作るわけにもいかず、悶々とさせられるだけの状態は健全な精神を維持する為にも非常に避けたいのが俺の本音だった。

 

「ならぁ~、テイトクの膝の上なら大丈夫でショ♪ シマカゼがどれだけ暴れても平気ネー」

「違う、そう言う事じゃないんだ・・・お願いだから時と場所を選んでくれ」

 

 背もたれの上から俺の肩に移動した金剛の腕が絹の袖越しに体温を押し付け、頬に当たる彼女の栗毛のくすぐったさに戦闘中だと言う事も忘れかけた心臓が跳ねる。

 

「はぁぁ・・・ええ加減にしいやっ、アホやっとらんでこっち戻り!」

「ホワッ!? ちょっとリュージョー、そんな所引っ張らないでヨー」

 

 通信と全体の警戒を行ってくれている龍驤が溜め息を吐きながら赤袖で金剛の腰帯を後ろから引っ張って戦艦娘を円形通路へと戻す。

 

「二人ともな、乳繰り合いたいんやったら演習が終わった後にしいや」

「別に俺にそんなつもりは・・・」

「金剛かてキミが強う言うたらちゃんと言う事聞くんやから、それしいひんっちゅう事はそう言う事やろ、ちゃうんか?」

 

 それは疑いが過ぎると龍驤へと弁解しようとしたが円形通路に戻った金剛が何かを期待する様な顔でこちらをジッと見ているので否定も同意もせずに俺は小さく咳ばらいをした。

 敵を追い立てる立場だからこその余裕、後はより確実に吹雪を仕留められるタイミングをモニターに描かれる未来の情景が作り出す時を待つだけ。

 

「アホみたいに慢心しとったら足下引っ繰り返されるで、昔のウチらみたいにな」

 

 だがそんな気の緩みは軽い口調でだが鉄の様な重みを持った龍驤の言葉に背筋が勝手に伸び、俺は引き締め直した顔を金剛に向けてコンソールを指で突き機銃関係の操作権限を彼女へと渡す。

 そして、強めに顰めた視線を投げれば戦艦娘は苦笑を返しながら小さく敬礼して大人しくモニターへと向かった。

 

 ただ張り直した気とは裏腹に島風曰く追いかけっこ、数分間の追走劇の結末は俺達の予想通りに連続する砲撃に締め括られ。

 

 モニターに映る吹雪が予知通りの回避を行い、直撃した砲弾は障壁を割り砕きその下の髪や服が爆ぜて海に散り光粒へと分解していく。

 いくら目で捉えられないほどの高速移動が可能でもその移動や行動に制限がある事は既に研究室によって調べあげられている。

 それでも普通なら何処に出現するか分からない吹雪とその攻撃を迎撃する事は出来ないだろう。

 

「・・・それでも、初戦は俺達の勝ちで決まりみたいだ」

 

 しかし、限界突破によって発現させた見える景色を最大で三分先まで早送りする島風にとっては吹雪の能力範囲外で待ち構えてさえいれば何処の穴から出てくるか解っているもぐらを叩く様なものだった。

 使用に必要なエネルギーも少なく砲撃や雷撃を行うとモニターの早送りがリセットされる事や望遠機能が使えなくなる以外のデメリットがほぼ無い島風の予知能力は吹雪にとって天敵としか言い様がない。

 

 そして、命中弾を受けてバランスを崩し自分の加速によって海面に叩き付けられた吹雪が砲身の折れた連装砲を手に痛みで震える身体に無理をかけながら立ち上がる。

 

 彼女は親友の初期艦であり俺にとっても初めて出会った艦娘だった。

 その真面目で一度こうと決めたら頑固さを発揮する融通がきかない性格の少女に対する友情に似た親愛はこれ以上の攻撃を躊躇わせる。

 しかし、今の時点で俺の感情と勝負の行き先は関係無く、義男が旗艦変更を行い駆逐艦同士の勝負に負けた事を認めない限りは彼女との戦闘は続行されるだろう。

 

 結果が分かっているのに続けなければならない後ろめたい行為と言うものはあまり体験したくないのが俺の本音だった。

 

 その時点で吹雪が島風を打ち倒せる方法が存在しているのは俺も頭では分かっていたのだが、自殺行為じみたそれ(・・)の実行など自己保身の塊で身内が傷付く事を過剰に嫌がる義男がする筈は無い。

 

 俺はそんな慢心した考えで心を満たしていた。

 

 その光景が俺達のいる艦橋のモニターを埋め尽くすまでは。

 

・・・

 

 吹雪がどの方向に逃げても私は追いつける。

 

 吹雪が時間を止めてどれだけ早く回避しても私の連装砲ちゃんは先回りしてくれる。

 

 目に映る未来と提督の指示に従って動けば飛んでくる砲弾も追いかけて来る魚雷も私の所まで届く事は無い。

 

(勝った♪ だってあの子より私の方が早いから!)

 

 あの日、巨大な敵に立ち向かい速さの極限を私に見せつけてきた駆逐艦は壊れた連装砲を艤装にしまって近接武装を取り出しているけれど吹雪の攻撃はもう私に届かない。

 後は私の艤装の再装填が終われば吹雪が鬼級深海棲艦と戦う映像を見る度に感じていたこの喉が渇くような感覚ともさよならできる。

 

《・・・無理を言ってごめんなさい、司令官・・・でも、ありがとうございます》

 

 不意に右手に持った錨を斧に変形させた吹雪が一瞬だけ目を瞑って深呼吸をしてからその目を見開いて私へと向ける。

 そこにあったのは、普段の明るい朗らかさが消えた吹雪の顔、それだけじゃなく寒さまで感じる不気味な声がその口から聞こえた。

 

 その昏い瞳に、青白く輝いているのに夜の闇を覗き込んでいる様な感じがする不気味な左目に見詰められるだけでザワザワと背中が泡立つ。

 

 私は気付けば一歩後ろへと後退っていた。

 

『島風っ! 全速後退だっ! 吹雪の能力範囲から離れろっ!!』

 

 だけど、軽く押せば倒れそうな程弱っている子なんかに負けるもんかと足を踏み出し直そうとした私の艦橋で提督が叫ぶ。

 

(提督、なんでそんな慌てた声を出しているの?)

 

 だってあの子はもう私には勝てない(追い付けない)のに、と続けようとしたところで私の視界にひどく恐ろしい未来が押し寄せてきた。

 

 それは私に向かって斧を振り上げる吹雪の姿。

 

 手足がひび割れ頭や体中が砕けて飛び散っていくのに構わず、割れた目元から赤い血が涙の様に溢れさせ光粒と共に紅を散らしながら昏い瞳が追いかけてくる光景。

 

《ぉうっ!? ぁわあぁあああっ!?》

 

 今まで見た事の無い恐いモノ(吹雪)に追い付かれる、その恐怖が私を叫ばせてすぐさまに身体を反転させてスクリューを回転させた。

 連装砲ちゃんへの再装填を中断させて霊力を全て推進力に向かわせ、能力発動の予備動作を始めた吹雪から全力で離れる。

 

(大丈夫でしょ!? だってあの子の力は早く動けても長くは走れないんだって!)

 

 そう提督が教えてくれた、そのはずなのに、何回瞬きしても私の視界から怖い吹雪の姿は消えてくれない。

 

(でも逃げきれれば私の勝ちなんだから! 私の方が早いんだから!!)

 

 そう自分に言い聞かせ一歩で風を感じ、二歩目で空気が重くなる、三歩目で連装砲ちゃんと一緒に風を巻き起こす。

 

『こんな事、義男、正気なのか! それは吹雪に死ねって言ってる様なモノじゃないかっ!? その能力のリスクはっ!』

 

 それでも左から、右から、後ろ、あらゆる方向から私に追いついて斧を振るおうとする恐い吹雪(可能性)の姿が、どのパターンを回避してもこびり付いたシミの様に私の視界へと入り込んでくる。

 

『はぁ? 誰が死なせるかよ、ただ・・・負けたくないってワガママを言われたからな、なら俺はコイツの指揮官としてそれに付き合うだけだ』

 

 俺の駆逐艦として譲れないプライドがあるんだそうだ、と意地悪で嘘つきであまり好きじゃない中村二佐が笑う声が遠く近く聞こえる錯覚から逃れようと私は手を櫂にして空気を必死に漕ぐ。

 

 だけど。

 

『こんなバカな事がっ、未来に追い付かれるだと!?』

 

 提督の叫び声とごきりと鈍い音が同時に鼓膜を揺らし、気付けばお腹に黒い鉄の塊が突き刺さり、鈍い痛みに目をいっぱいに見開いた私を正面から昏い瞳が見返していた。

 

 気が付いたら追い付かれていた、いつの間にか追い抜かされていた、目の前に回り込まれていた。

 

 公試の時ほど万全じゃなくても全力で身体を動かした数十秒、それでもあの子の限界距離を越えて離れたはずなのに。

 

 妙に遅く感じる世界で私の胴体を切り裂きながら砕けていく斧を持った吹雪の顔から目が離せなくなる。

 

 吹雪より私の方が早いはずなのに。何で。

 

『私にとって自分の早さなんて知った事じゃないんです』

 

 飛び散る金属片、内部から破裂した艤装を背負った吹雪が裂けた喉から光に解ける血を溢れさせてその顔に歪んだ笑みを浮かべる。

 

『だって、私は司令官の一番でいられるならそれ以外の事なんかどうでも良いから』

 

 私の視界に致命的な損傷によって戦闘形態が解除されると言う警告文が赤い文字で点滅する。

 

『島風ちゃんよりも私は遅くたって構わない』

 

 司令官にとって一番の艦娘、それなら私だってそうだ。

 

『でも司令官が信じてくれるならどんな相手だって斃す』

 

 だからこそ私は提督にとって一番早い駆逐艦じゃないといけなかったのに。

 

『私はただそれだけで良い』

 

 それを邪魔した吹雪は音にならない声で言うだけ言って私の身体を上下真っ二つに引き裂いた。

 

 そして、元の早さに戻った時間の中で私の真横を吹雪の身体が撃ち出された砲弾の様な速度で通り過ぎて背後の海で水切り石の様に何度も跳ねて転がっていく。

 

 くやしい。

 ただただ追い抜かれた事が悔しい。

 提督を勝たせてあげられなかった事がすごく嫌だ。

 負けたせいで提督に褒めてもらえないって事が悲しくて胸が張り裂けそうだった。

 

《提督、皆っ・・・こんなのやだっ、やだよぉっ!!》

 

 一方的に勝っていたはずなのに一瞬の油断で負けてしまった事を理解した時点で私は子供の様にただただ泣き叫んで、大破によって身体の内側から放出された光に呑み込まれた。

 

・・・

 

 時間停止中の過剰な加速によって装備の全てをオーバーヒートさせた吹雪が海原に倒れ、そのぐったりとした身体から強制解除の光があふれ輪郭を失っていく。

 

 その光とは離れた場所で別の輝きが海原に煌めき、枝葉と錨で形作られた金の輪が天を向いて開きその中央に浮かんだ銀の文字が消えるよりも先に火の玉が弾丸の様に打ち出されて白灰の機体を持った艦上戦闘機へと変形する。

 

《島風、悔しいやろな、そらそうや、・・・ウチやってそう思うっ!》

 

 上空へと真っ直ぐに突き進む戦闘機の尾翼に銀色の鋼線が繋がり、金の茅の輪から妙な関西訛りで喋る声が響き。

 金の輪を飛び出した龍の名を与えられた空母が赤い水干風の袖をはためかせ、光球と化した艦載機へと向かって伸びる銀線を伝って天へと駆け昇る。

 

《さぁっ(艦隊)の子泣かせたんや、落とし前はつけさせてもらうでぇ!!》

 

 




1st Battle


吹雪 VS 島風


Winner is 吹雪!


to the next Battle・・・






吹雪:大破(1/30)弾薬燃料枯渇、推進機関大破、重傷、気絶により行動不能。

島風:大破(5/36)弾薬枯渇、燃料少量、負傷による行動制限有り。

いや、これってもしかして数値上では島風のか・・・。
(いや、俺の勝手な推測で皆を混乱させたくない・・・言うのは止そう)

本当に読者を混乱させたみたいなので、客観的→数値上に変更。


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第五十四話


アンタ等には此処でケジメ付けてもらわなあかん。

理由は分かっとるやろ?

演習やと思って調子に乗り過ぎたんやなぁっ!!
 


 空に向かって波打つ境界線を打ち破り、構築を優先した巻物型の飛行甲板を手に軽空母艦娘が銀線を手繰って光の粒子を纏わり付かせた肌を宙に踊らせる。

 海面に置き去りにした輝く茅の輪から噴出する光の粒と金属部品が空へと昇る龍驤の体を追いかけて純白のシャツを膝丈のスカートを編み上げ、膝を脚を腰を鋼で武装させていく。

 

《さぁっ、艦載機の皆っお仕事や!!》

 

 鋼色のサンバイザーの下で戦意を漲らせた視線を鋭く眼下へ向け、高らかに声を上げ、青い空に紅色の袖をはためかせる戦装束を纏った軽空母龍驤がその手の巻物に繋がり揺れる飾り紐を掴んで引き延ばす。

 

『第一部隊の編成は全て爆撃機にしたわ! 12機行くわよ!』

 

 まるでゴムの様な伸縮性を見せて巨大な巻物の芯棒と龍驤の手の間で伸ばされた紐を伝って霊力の光が立ち上り、短弓の様に構えた巻物を手に強い視線で眼下の海原を見下ろす龍驤によって引き絞られた紐がその手から離され弾ける様に風を切る。

 

《しゃぁっ! 攻撃隊発進っ!》

 

 意気込みの声を上げる龍驤の指の間から紐に弾かれて勅令と記された火の玉がスリングショットの要領で飛び出し、流れる様な手際の良さで同じ動きを水干風の袖が繰り返す。

 青い空で燃え上がった複数の火の玉がその姿をレシプロ機へと作り替えて碧い海で輝く金の輪へと急降下していった。

 

《先手必勝やっ、いてこましたれ!》

 

 鳳の字が浮かび上がろうとしている輪へと機首を向けた灰色の艦上爆撃機が胴体に装備した爆弾を次々と切り離して海面の攻撃目標に目掛けて落とす。

 黒い涙型の爆弾が風切り音をたてて金の輪の周りで起爆し、龍驤が見下ろす海面が真っ白に染まるほど巨大な水柱が彼女の足下まで水飛沫を立ち上らせる。

 

《やったで! ちょい早いけどこれで決着やなっ!》

 

 自重を重力から切り離す性質を持った空母艦娘特有の障壁を展開した龍驤の手で飛行甲板の模様が光線で浮かび上がる巻物が広げられ風を受け縦長のハンググライダーの様に芯棒に繋がる紐にぶら下がった軽空母の体ごと海面の爆風で発生した上昇気流に乗せ舞い上がらせる。

 

『重量軽減1/10で安定、龍驤、提督、艦爆隊収容後に偵察機を出すよ』

 

 先ほど発進させた十一機(・・・)の爆撃機がU字を描いて反転し母艦(自分)へと帰投してくる様子に会心の笑みを浮かべた龍驤の焦げ茶色のツインテールが揺れるこめかみを突然に針で刺した様な短く鋭い傷みが走った。

 

《痛ぅっ! 今のなんや!?》

 

『脚部機銃、下舷五時方向、照準急げ! 龍驤、姿勢制御頼む!』

 

 艦橋で命令を出す指揮官の言葉に戸惑いに眉を寄せたものの龍驤はすぐさま膝に増設された機銃の角度を言われた方向へと合わせる為に体を捻り斜め下へと目を向け。

 

『時雨っ、偵察機への換装を中止!』

『わ、分かったよ!』

 

 その先にあった淡く輝く空を向いたプロペラが生えた光球、そして、海面へと収まり始めた水柱の中からそれに繋がる銀色のワイヤーに目を見開いた。

 

 彼女達、空母艦娘にとって馴染み深いそれを見た直後、何故そんな物が自分の真下に存在しているのか龍驤には分からず一拍の間驚き戸惑う。

 

 だが、頭の上に広がる平面へと着艦した十一機目の艦載機が最後尾だと知らせる声が艦橋の仲間から伝えられたと同時に先ほどの頭痛の原因へと辿り着いた軽空母は先ほどの浮かべたばかりの笑みをへの字に強ばらせて眉と目を怒りに顰めた。

 

《鳳翔ぉっ!! あんた、ウチの艦載機を盗りおったなぁっ!?》

 

 龍驤の膝に接続されたケーブルから霊力を供給された25mm機銃が火を噴き、他空母の手で中継機に変形させられてしまった九九艦爆を貫こうとするが、その弾丸が命中する直前に真下から急上昇してきた解れ一つ無い朱色の着物がプロペラへとぶつかり燐光を散らす。

 

《あら、盗んだなんて人聞きの悪い》

 

 銃弾の雨を難無くすり抜け上昇の勢いをそのままに深い紺色のスカートを翻し、長弓を手に飛行甲板を模した肩当てを左肩に付けた素朴ながら整った顔立ちの美女が太陽へと黒髪の尾をうねらせ龍驤を見下ろす。

 

《この子はちょっとだけ借りているだけですよ?》

 

 その右手を包む弓掛が握るのは勅令と記された火を宿した水晶の玉。

 表面上はお淑やかな微笑みを浮かべる鳳翔の名を与えられた空母艦娘の手の中で勅令の文字が消えて玉の主導権が完全に書き換えられて一本の矢へと姿を変えた。

 

《なので、お返ししますね?》

 

 目の前で他人の所有物の名義を書き換える所業をしておきながら悪びれる様子など一欠片も無く、鳳翔は龍驤から奪った艦載機を弓に番えて自分の身長と同じ長さを持った強弓を容易く引き絞る。

 

《こっ、のぉおおっ!!》

《あら、受け取ってくれないんですか》

 

 相手が何をやろうとしているのか、鎮守府の湾内演習で嫌と言うほど味わった経験を持つ龍驤は巻物型の飛行甲板を素早く巻き取り丸め、身体を覆う障壁の一部を弱めて自重を増やす。

 

《ならこの子はこのまま私が使わせてもらいますね?》

 

 指揮官の許可を取らずに咄嗟の判断で重量を変化させ揚力を失いながら振った手足の慣性移動、それによって空中回転した龍驤の額を覆う金属のサンバイザーがガリリと固い音を発し、艦載機を奪われた軽空母が音と衝撃の正体を確かめる流し目の先に燐光を纏った矢が光の中で翼を生やしていく様子が映った。

 

『龍驤、戦闘機隊いけるよ!』

『身体の向きっ、もうちょっとそのままにしててヨ! 弾丸のシャワーをお見舞いしてやるデース!』

 

 頭から海面へと落下する龍驤の腰と膝で対空機銃の矛先が落下していく彼女を見下ろす上空の鳳翔へと向かい光の礫を大量に撃ち出す。

 だが、その銃弾が鳳翔へと到達する寸前にその肩の飛行甲板が鋼線を撃ち出してウィンチが火花を散らし、和服が風の中で暴れるようにはためいたと同時に映像のコマが抜けたような急激な加速でその身体が真横へと跳んで対空砲火を全て回避する。

 

『くそっ、毎度ながら冗談みたいな動きをする! 義男の奴なんであれに耐えられるんだ!?』

 

 艦橋にいる指揮官の悲鳴じみた苦情に言葉無く同意しながら龍驤は袖の内側から出てきた火の入った水晶玉を一つ握り、愛用の巻物の紐をまた引き絞り上空に向けて頭数を用意する事だけを念頭に置いた出鱈目撃ちで戦闘機を連続発進させる。

 

 そして、素早く発艦作業を終えたが海面まで数十mと言う所まで落下していた龍驤の身体は再び淡い光に包まれその重量を減らす。

 海面近くで低空の風に煽られながら落下速度を軽減した龍驤は自分の胴体とほぼ同じ太さを持つ巻物型の飛行甲板から機動ワイヤーを打ち出して上空で待つ自分の子機へと接続させる。

 

『ど、どう言う事ですの!? 私達の戦闘機が!?』

 

 スカイダイビングから使い慣れた九六式艦上戦闘機へと繋いだワイヤーで逆バンジーじみた急上昇を行っている龍驤の中で三隈が悲鳴を上げた。

 

《ちぃっ、なんやこれ、次から次に落とされとる・・・あんの連中、どんな手品使っとんね、・・・はっ、ぁ?》

 

 急落下に対処する為に艦載機の制御を全て艦橋に居るメンバーに任せたとは言えついさっき打ち出したばかりの戦闘機が次々に撃墜されていく情報が飛び交う艦橋の様子に眉を顰め、バイザーの下から軽空母艦娘が見上げた空にあり得ないモノが舞う。

 

 ディープグリーンに塗装された太いボディに映える赤丸、ゼロ戦よりも大きく広い翼が風を切り、二丁の20mm弾を連発する機銃が上空を逃げ回る九六艦戦を追い回して撃ち抜き光粒へと砕いていく。

 軍艦だった頃の龍驤は知らない機体、艦娘になってから鎮守府の第二次大戦史を学ぶ座学で見た資料でその存在だけは知っていた幻の戦闘機が唖然と口を開けたまま中継機とぶつかり艦内へと回収する花火の様な光を散らした龍驤とその艦橋のメンバーの視界を高速で横切った。

 

『・・・烈風・・・だと・・・』

 

 数機の試作機のみ造られたが戦場での戦闘記録を持たない最高の戦闘機、戦争に間に合わなかったゴーストファイターが空を征く。

 

《んな、アホな・・・》

 

 同じ日の丸を翼に記した白灰色の旧式機が濃緑に追い立てられる様に逃げ回る戦闘空域を目撃した指揮官が目の前で起こっている状況の荒唐無稽さに掠れた呻きを漏らす。

 

《・・・そんな分かり易い油断を見せているのは、撃墜(おと)されたいと言う事ですね?》

 

 時間にして十数秒、龍驤達が陥った思考の停滞は後ろ頭に聞こえた鳳翔の穏やかな声で中断され、耳を掠る風切り音に反射的に身を捩る。

 だが避けきれず水干風の袖を中の腕ごとへし折る為に叩き付けられた厚底の船底によって割れた龍驤の障壁が爆ぜる光の粒を宙に撒く。

 

 咄嗟に艦橋の仲間が増やしてくれた霊力の供給によって厚みを増した障壁に覆われた事で骨だけは守れたものの赤い布地が引き裂かれて上空の風に散り。

 裂傷を負った左腕を庇いながら龍驤は踵落としの姿勢で足を振り下ろしていた鳳翔へと振り向く勢いのまま身体を横回転させて障壁の光を纏った足を猛スピードで振り抜いた。

 

《鳳翔ぉっ! なんであんなもんがあるんやっ!?》

《提督から頂きました。 私には少々大袈裟かもしれませんが良い子達ばかりで助かっています》

 

 しかし、その龍驤の反撃が当たる寸前に鳳翔の身体がまるで風に煽られた木の葉の様にふわりと揺れて風を鋭く切る足を最小限の動きで避け、微笑みを絶やす事なく朱色の袖を振った空母はまるで今日の献立を教える様な他愛の無さでそう告げる。

 

《も、貰ったって、なんやそれ!?》

 

『航空隊の残存三機だっ、龍驤、一度回避に専念して体勢を整えてくれ!』

 

《・・・こんのっぅ!》

 

 負傷した腕を庇いながら手近な艦載機の生き残りへ鋼糸を繋いで一目散に鳳翔から離れる龍驤は驚愕に目を剥き悔しげな呻きを漏らす。

 その姿を見送りながら鳳翔は左肩の航空甲板から光の線で形作る滑走路を広げ、その輝くガイドビーコンに従って翼を休める為に戻ってきた戦闘機達を迎え入れていく。

 

 同じ航空母艦の黎明期に造られた過去を持つ龍と鳳、銀線に引っ張られて天を駆ける驚愕に見開かれた瞳と慈母の微笑みを浮かべ片翼で風に乗る視線が交わる。

 

・・・

 

 吹雪と島風による海上で行われたドッグファイトの直後に展開した龍驤の爆撃、その見事な急降下爆撃を行う飛行編隊の先制攻撃は同じ空母艦娘として見習うべき部分が多くあると赤城型航空母艦を原型に持つ赤城は感じ取った。

 だが、それは自分が理解できる範疇においての見解であってその後に自分が師と仰ぐ鳳翔が放った艦載機の姿に彼女の果物を詰め込みリスの様に膨らんでモゴモゴしていた頬が静止して涎の様に果汁が口元から滴を落とす。

 

「赤城さん、口元が汚れているわ・・・」

「加賀ふぁんも・・・リンほ、落ひましたよ」

 

 佐世保で行われている式典と公開演習の様子が映る広いスクリーン。

 国土防衛任務の為に待機もしくは休息している鎮守府に残った艦娘達は自分達が参加出来なかったイベントを艦娘寮の一階食堂に持ち込まれた大型の映写機によって映し出されている中継映像を観戦気分で楽しんでいた。

 

 そんな風についさっきまでは駆逐艦同士の超高速戦闘と言う鎮守府での湾内演習とは比べ物にならない迫力に、ぽいぽい、わーわーと少し耳障りな程に騒いでいた駆逐艦達。

 士官達とスクリーンの向こうで行われている演習に関して自分達ならどう対処するかなどと戦術議論を交わしていた軽巡、重巡。

 その場の全員が高く空を舞い立体的に飛び交う航空機と龍驤と鳳翔の戦いに揃って目を丸くしている。

 

 だが、彼ら、彼女ら以上に空母艦娘達は映像の中の鳳翔が行っている戦闘の異常性に自分達の目を疑って絶句したまま目を擦ったり何度も瞬きを繰り返していた。

 

「あ、あれって烈風って奴でしょ!? 何であんなのが、私たちでも52型を再現するのがぎりぎりなのにっ!」

「本当に、鳳翔さんはいったいどうやって・・・」

 

 演習を見るついでの間食用に給糧艦娘の間宮が切って盛ってくれたリンゴの皿にフォークを持った手を伸ばした状態で硬直した瑞鶴が薄墨色のツインテールを揺らし、同じく唖然としている姉の翔鶴が妹の言葉に同意して小さく首を縦に振った。

 

 原理不明の方法で作り出される砲弾や魚雷へと霊力を圧縮注入し着弾時に熱エネルギーへと変換する事を基本にしている他艦種の艦娘の武装と比べると空母艦娘が行う攻撃方法は一際、その特異性が強い。

 

 そして、空母の代名詞とも言うべき艦載機の運用は彼女達の記憶や思考の影響を強く受ける性質があり、自分達の原型である軍艦が運用し慣れ親しんだ経験がある機体なら目を瞑っていても霊力を結晶化させ像を結んで形作り、それらを現代へと蘇らせる事が出来る。

 更にラジオコントロールの様に思考だけで過去の艦載機を再現した無人機を動かすだけに留まらず、その各機体から送られてくる複数の視界と情報を同時に認識して集約管理すると言う並みの人間には無理な芸当を彼女達は生まれながらに行う事が可能だった。

 

 だが、それは良く知っている機体の話であり、使った事が無かったり運んだだけの飛行機の場合はどれだけ頑張って想像しようとも機体構造や実際の飛行機動などの記憶や思い出の欠落によって形だけがマネされた中途半端なモノが飛び出し墜落すれば良い方と言う有り様となる。

 

 その問題を解決する為に埃を被っていた飛行機の写真や設計資料を頭に詰め込み、戦時中の貴重な記録映像を穴が開くほど見詰め、最新の航空力学を徹夜で学び、それらの理解をさらに深める為に議論と実践を仲間達と数えきれない回数繰り返して頭に叩き込んだ。

 そこまでやった結果はそれぞれの艦載機の運用の習熟には役立ったものの新機体の再現には至らず。

 

 その苦く辛い詰め込み学習の経験をその場の空母達全員が知っているからこそ、あり得ないと断言できる現象を日本で初めて建造された空母である鳳翔を原型に持つ空母艦娘が成した事実が現実であると信じられないでいる。

 

 同じ空母としても美しいとすら思える発着艦技術で存在しないはずの艦載機を操り、船だった頃には見た事も無く乗せた事の無いはずの烈風を自由自在に空に舞わせ。

 鳳翔はその逞しい緑の翼と並行して青い空に朱色の袖を羽ばたかせる。

 

『義男、お前今度は何をやったんだっ!? いくら何でもそれはあり得ないだろ、それは!?』

『おいおい、人間が想像できる事は現実になるって名言を知らねぇのかよ? 俺に言わせりゃ島風の特撮じみた遠隔砲台の方があり得ないぜ』

 

 一般のテレビ放送と違って研究室の要望で佐世保の海上で行われている演習の全ての映像音声と無数のセンサーが捉えた情報が鎮守府へと送られてくる関係からか、その回線を利用している艦娘寮の食堂での上映会はリアルタイムで交わされる指揮官同士やその指揮下にいる艦娘達の声を響かせる。

 

『だが、今までどうやっても出来なかったはずだ! どれだけ彼女達に機体構造を覚え込ませてもっ』

 

 艦載機を全て戦闘機に換えて防戦している龍驤とそれを余裕の表情で見下ろしながら烈風を体の周りで周回させる鳳翔の艦橋同士で言葉を交わす指揮官達の声を一言一句逃してはならないと赤城は自分の耳へと神経を集中させ。

 

『あぁ、言っとくが鳳翔は機体の細かい構造とか性能とか理解して烈風を使ってるわけじゃないぞ?』

 

 そして、中村が何気ない調子で言ったその言葉で瑞鶴の横に座っていた最近クレイドルから目覚めた雲龍型空母がごふっと咽せて緑の胸当てを口と鼻から零れたお茶で濡らした。

 彼女もまた先達の助言を借りながら航空知識が盛り込まれた百科辞典数札分に相当するテキストを相手に現在進行形で難関大学に挑む受験生じみた生活を送っている空母艦娘である。

 

『バカな、それこそあり得ない!?』

『はっはっ、現実を直視しろよ』

 

 まるでしてやったりとでも言う様に笑う中村の自慢げで能天気な声と映像の中で残像すら見えるほど早い手捌きで強弓に追加の烈風を番えて青空へと羽ばたかせ、自分に襲い掛かってきた九六式戦闘機の銃弾を躱し蹴り潰し、哀れな犠牲者を踏み台にする鳳翔の戦い方の間で強烈なギャップとなって食堂に居る空母艦娘達を更に混乱させる。

 

 あらゆる角度から死角が無い様に張り巡らされた障壁の維持とカメラやセンサーを詰め込まれた最新機材ですら追い付けない不規則かつ複雑な飛行を行う鳳翔の姿は艦娘の優れた動体視力ならギリギリ捉えられる程度。

 つまり、食堂に居る艦娘以外の士官や基地職員の目には朱色の残像と鳳翔が片翼(飛行甲板)を広げ着艦を行いながら弓を引いている様子が交互見えている状態となっていた。

 そして、戸惑い近くの艦娘に何が起こっているのかを問う自衛官達だが、聞かれた方も画面内の様子を追いかけるので手一杯となっており、艦娘達の口から出るのは要領を得ない説明未満の言葉か擬音語がふんだんに盛り込まれた特撮を見ている子供の様なセリフだった。

 

『まぁ、こんなもん試すどころか想像すら出来ないだろうよ、俺だって出撃続きでテンションが変になってなきゃ、やらなかったさ・・・くくっ』

 

 そんな彼等の混乱の原因の一つであろう中村の乾いた笑いが混じる声に耳を(そばだ)てていた赤城はいつの間にか自分がつい食堂のテーブルに身を乗り出してしまっている事に気付き。

 そのはしたなさに頬を赤らめるが周りを見ると同じ様に空母だけでなく多くの艦娘が目を皿の様にしてスクリーンへと熱心な視線を向け自分の行儀の悪さに気付いていない事に胸を撫で下ろした。

 そんな彼女の横からスッとハンカチが差し出され、先ほどの驚きでリンゴの汁を零して口元を汚していた赤城は相方である加賀の思いやりに溢れた無言の行動に感謝しながら頬を少し赤らめて自分の席に戻る。

 

『思わせぶりにっ! 何が言いたい!?』

『つまりあれだ、間宮がドラム缶をミニチュアに変えた時と同じ様な偶然の発見だよ』

 

 上下左右から襲い掛かてくるゴーストファイターへ応戦している龍驤の艦橋で制御盤に向かっている田中の横で時雨が残存の戦闘機が半分以下になったと悲鳴を上げ、霊力の消費によって障壁の維持が限界に近付いていると矢矧が叫ぶ。

 

『ははっ、お前知ってるか? 艦娘の増設端子には・・・USBケーブルも接続できるんだぜ?』

 

『・・・は? いきなり何を・・・おい、それ冗談だよな・・・な?』

 

 中村のその言葉で食堂が静まり返り、風を切って空を飛ぶ空母艦娘と艦載機のエンジン音や銃弾をばら撒く機関銃の音が妙に大きく響く。

 

「ゆーえすびー? ゆーえすびーとはいったい、新しい訓練法方なのでしょうか?」

 

 数十の艦載機を手足の様に操り、風を読み舞う様に空を飛ぶ事は出来るがコンピューターの扱いには疎い一航戦の赤い方の脳内でハテナマークが乱舞し。

 

「いえ、赤城さん、接続と言うのですから新型の装備でしょう、・・・もしかして、あの艦載機はケーブルで鳳翔さんと繋がっている、と言う事?」

 

 初めて聞く単語を何とか推理によって惜しい所まで理解して見せる一航戦の青い方が珍しく表情を変えて困惑の思いを込めて頓珍漢なセリフと同時に眉を寄せる。

 

「なるほど、目に見えない凧紐の様なモノなのね、と言う事はゆーえすびーと言う物を付ければ私達もあの艦載機が使えるようになるのでしょうか?」

「・・・それは、分からないわ。けれど、鳳翔さんほどの業が無くては優秀な機体であってもあそこまで性能は出せないのは間違い無いでしょうね、きっと五航戦だったなら発艦の時点で絡まってしまうわ」

 

 そして、そんな正体不明の新技術を自分の手足の様に使える尊敬する師匠の姿に一航戦コンビ(アナログ空母達)はその胸に宿す畏敬の念を更に高めた。

 

「瑞鶴先輩、確かUSBってパソコンに繋いで情報をやり取りする導線ですよね? 凧糸じゃない・・・ですよね?」

「・・・あの二人、艦載機の構築と制御に使う空力とか機動の計算、頭の中で全部やっちゃうから必要ないって言って情報処理(コンピューター)の授業受けてないのよ」

 

 一定以上の演習経験と高校程度の教育を受けテストで合格点を取りさえすれば出撃許可が出る現在の艦娘教育体制では一般常識以上の専門知識に関する授業は基本的に選択制であり、艦娘の中には最低限の授業が終わったら演習などの訓練と戦闘だけに注力する(脳筋化する)者も少なくない。

 そして、その選択制の弊害からか艦娘の中には現代人以上にコンピューター技術を巧みに操る者がいる半面ではそう言った技術を必要無しと見なしてしまった為にテレビとパソコンの違いが分からないと言うちょっと残念な艦娘も一定数存在している。

 

「天才と何とかは紙一重って言うでしょ、そう言う事よ」

「ゆ、優秀な方達なんですね・・・」

「それにしても鳳翔さんはそれをどう使って烈風の再現を可能にしたのかしら・・・」

 

 口元を引き攣らせる後輩に素っ気ない態度で返事を返した瑞鶴はフォークで突き刺したリンゴを口の中に放り込む。

 そして、そんな残念な二人の艦娘のどちらにも湾内演習で一度も勝利した事が無い翔鶴型の次女はスクリーンの向こうで理不尽な相手に奮戦する自分の艦載機運用の教導を担当してくれた龍驤を心の中で応援していた。

 




 
多分、一章と二章の数少ない出撃シーンで気付いている人はいると思う。

この作品の艦娘は戦闘形態になった直後は〇〇〇で現れます。(○にはひらがな三文字)

別に気付かなくても何の問題も無い情報だけどね。

龍驤の艦載機はヒトガタのはずだって?

そんなの紙っぺら飛ばすより勅令の火の玉を飛ばす方がカッコいいからに決まってんでしょ。
(原作へのリスペクトを失ったクズ作者談)


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第五十五話

 
これは訓練ではありません。

繰り返します。

これは訓練でも無ければ演習でもありません。


これは実戦よ(This is war)




 鳳翔の襟の下に隠れたほくろの様に見える二つの黒い点、それは圧縮されて肌に張り付き彼女の鎖骨の下にある増設端子にUSBケーブルで繋がった電子部品と集積回路の集合体。

 

 その発見は小笠原諸島の激戦の中、護衛艦【はつゆき】に帰投してベッドに倒れて視界が暗転したと思ったら次の敵が現れたと言われて叩き起こされ再出撃すると言う不毛な出撃サイクルに悲鳴を上げた俺の現実逃避が原因だった。

 

 左遷部隊のとある隊員が私物として艦内に持ち込んで船務科の通信士メンバーの間で秘密裏に共有されていたフライトシミュレーションゲーム。

 

 はつゆきの一画、防音完備の電算室の片隅で隠されていたそれ(ゲームで遊んでた連中)を偶然に見つけた俺は艦長達には黙っておいてやるからその代わりに自分にも遊ばせろ、とバカな注文を付けて認めさせた。

 

 当たり前の話だが、そんなモノで遊んでいる暇があったら一分でも長く休息を取るべきなのだが一カ月ぶっ通しの連戦でバトルハイとでも言うべきPTSD一歩手前の精神状態となっていた俺はまともに寝る事など出来ず。

 加えて久し振りに触れる平和の象徴とも言うべき戦争ゲームを楽しみたいと言う欲望に負けた俺はそのきっかり一時間後に五十鈴の前で正座する事になった。

 

 その際にテレビゲームなんてものは無駄の塊であり寝る時間を削ってまで興じる事ではない、バカが更に頭を悪くする所業をやるぐらいなら寝ていた方がマシ、などと言い切る軽巡の態度と言葉をぶつけられ。

 

 今にして思えば彼女なりに俺の健康状態を気にして吹雪達と共に休息をとる時間を艦長達と相談して作ってくれようとしていたのだろうが、その時点では妙な方向へと突き抜けた反抗心を刺激された俺は遊んでいたわけでは無いと言って謎の行動力と共に反逆を開始する。

 そして、仏頂面を向けてくる五十鈴に向かって、これは鳳翔の艦載機運用の練度を上げる為に行う訓練の一種なのだ、現代のアメリカではパイロットはPCゲームでイメージトレーニングをするのだ、と出鱈目を垂れ流した。

 

 その米国と言う言葉に何らかの刺激(アレルギー)を感じたらしく不機嫌さの気炎を上げた五十鈴と真っ向から馬鹿みたいな口喧嘩を始め、事なかれ主義の艦長やただただ困惑している船務長の取りなしはあまり意味を成さず。

 気付けば売り言葉に買い言葉の結果として鳳翔本人の監視の下で本当に訓練として効果が上がるのかを確かめさせなさい、と五十鈴が俺に向かって言い放つ。

 

 そして、淑やかに困り顔を見せる空母艦娘を隣に座らせて俺ははつゆきの艦内でPCゲームを起動させる事になった。

 

 その頃には日中では俺達に勝ち目がないと学習した南方諸島の深海棲艦は日中に護衛艦へと不用意に近づいて来る事は無く、夜を待つ戦法を取っていたので索敵の為に必死に艦内で働く他の隊員には悪いがある意味では手の空く時間が出来ていた。

 ゲームのオープニングを見ながら少し冷静になった俺は後で嘘を吐いてすみません、と五十鈴に土下座して許してもらおうと心に決めながらPC画面の向こうで空を飛ぶ戦闘機による無双プレイを始める。

 

 前世では勝手気ままにころころ職種を変えるアルバイターをやりながらアニメやゲームにどっぷりと漬かっていた経験からキーボードとマウスの上で指を躍らせゼロ戦で景気良くゲームの中の敵機を撃墜していると気付けば隣に座っていた鳳翔が俺の肩に触れるほど近くまで身を乗り出し、目を丸くしながらゲーム画面を食い入るように見つめていた。

 

 そのどこか子供っぽい姿にどうせ俺が五十鈴に怒られるのは決定事項なのだから鳳翔にも楽しんでもらった方が良いだろうと考え、彼女をパソコンの前に座らせたのだが歴戦の空母艦娘はチュートリアルで日の丸戦闘機をダース単位でスクラップに変えると言う偉業を達成して些か情けなさそうな表情で眉を下げる。

 

 実際の戦闘と違ってボタンがいっぱいで操作方法がいまいちわからないです、と言って戸惑う空母艦娘の初初しく可愛らしい姿にときめきつつも肩の力が抜けた俺はマウスの繋がっているUSBケーブルを鳳翔の増設端子に繋いで操作出来ればゲームも手足の様に使えるかもな、と無責任極まる発言を漏らす。

 普通なら考えるまでも無く冗談と気付き揶揄われたと怒るか拗ねるかするものなのだが、何故か俺の目の前でぽんっと両手を合わせるように打ち良い助言を貰ったとでも言う様に笑顔を浮かべた鳳翔は止める間もなく自分の袖を捲くり、本当に自分の腕にある増設端子へとUSBケーブルを突き刺した。

 

 その結果、電算室のコンピューターの中で架空の空を蹂躙し尽くした戦闘機(後期型ゼロ戦)が桁違いのスコアを叩き出し、三十分足らずで鳳翔の入力と反応の速度に追いつけなくなったCPUが熱暴走を起こして画面が目と精神に悪いブルーへと染まる。

 突然に強制終了したコンピューターを前にオロオロとしながら叩いたら直りますか、などとアナログ修理法を実践しようと聞いて来る鳳翔の姿に返事もできない程に強烈な驚きに俺は晒され呻く。

 

 だが、この発見を利用すれば五十鈴に怒られずに済むのでは、と思い至り。

 その後に待っている苦行を知らない俺はコンピューターの強制終了に目を白黒させ戸惑う鳳翔の手を握り彼女を救いの女神だと褒め称えた。

 

・・・

 

「鍋嶋一佐と兄貴に連絡を取って定期補給便に紛れ込ませてもらったPCジャンクとCPU! それを組み合わせた冷却放熱に特化した特別製の基盤! 艦載機の設計とそこからネジ一本に至るまで再現した3DCGデータを詰め込んだハードディスク! それらを簡便かつ柔軟に運用する為に構築したアビオニクスプログラム!!」

 

 南方海域では電波障害などによって使用が限られている通信で知り合いの陸自隊員の力を借り、神奈川でリサイクルショップをやっている俺の兄と連絡を取り。

 彼らに無理を言って送ってきてもらった材料を半田ごてを手に鳳翔の反応速度に対応できる基盤へと作り替え。

 ゲーム製作会社にバレたら訴訟待った無しの方法でフライトシミュレーション内からCGや機動などの各種データを抜き取り、自衛隊に保管されていた烈風の設計資料とミキシングを行う。

 

 それらハードとソフトを組み合わせ鳳翔の端子との接続を前提とした異形のコンピューターもどきによるトライ&エラーとプログラムの入力とデバックを繰り返した。

 

 0と1で構成された設計図が架空の部品を噛み合わせて虚構のエンジンをネジの一本まで再現し、26個の並列CPU(電子演算装置)が複雑な機動と動作の計算を鳳翔の代わりに請け負い。

 そして、用意された電子の骨格(人造の記憶)へと空母艦娘の霊力が実体(鉄と油)を与え、その空想の存在を現実のモノとして世界に肯定させる。

 

「南の海は辛かったぞ、良介ぇ!」

 

 職人気質で注文以上のモノ(基盤)を作ってくれたメカニック(電設士隊員)達と寝る間も惜しんで(ゲームを持ち込んだ罰で)協力してくれたデバッカー(通信士隊員)達の力を借りてその試みが始まってから数度目の出撃で南方諸島の海の上に烈風が時代を超えて蘇り、標的となった空母ヲ級を中心とした機動部隊との航空戦を制する事となった。

 

「お前に分かるかぁ!? 作ってる最中のプログラムを五十鈴が間違えて白紙で上書き保存した時の悲しみを!! せっかく完成したデータが入ったハードディスクを寝惚けた吹雪が踏み割った時の絶望を!!」

「て、提督、落ち着いてください!! お願いですから正気に戻ってください!?」

 

 身体に染みついた鳳翔の艦橋で艦内機能の制御を片手間に我知らず絶叫していた俺は高雄の叫び声で正気に戻り、周囲を見回せば慌ただしく方向と景色を変えるモニターの前で高雄と陸奥が手すりにしがみ付きながらドン引きした顔をこちらに向けており。

 

「あ、あらあらぁ・・・それでもちゃんと艦制御はやってるのよね、聞いていた以上だわ」

 

 そんな二人の目と表情が気まずくて視線を逃がした先にいたこちらを振り返っていた那珂と目が合う。

 

「きゃはっ☆」

 

 すると自称艦隊のアイドルは随分と前に俺が小ネタとして彼女に教えた技術(全く役に立たない嘘)を利用して作り出した霊力の粒で描く星を器用にウィンクと同時に散らして若干、いらっとさせてくれた。

 一昨日に再会してから休息を挟んで改めて近況を知る為に交流(雑談)した那珂との会話で他の艦娘(阿賀野を含む数人)に頼まれてその無駄技術をレクチャーしたと言う話をふと思い出す。

 中枢機構の正体を知らなかった時に吐いてしまった過去の嘘、今ではもう遅いと分かっているが自分の言葉があの余計なお世話を焼きたがる妖精によって現実化するのは何時になっても慣れそうにない。

 

「あんた達、硫黄島で何やってたのよ・・・」

「あ、はは・・・っ、痛った・・・」

 

 少しの間だけ現実逃避していた俺や応急処置で包帯だらけのミイラ状態となった吹雪に呆れで半眼になった胡乱気な視線と言葉を霞が投げ、円形通路に固定具で安置されている駆逐艦娘の痛みに呻く小さな苦笑を聞き。

 ふと俺はいつの間にか良介の叫びを伝えて来ていたはずの通信機が沈黙している事に気付く。

 

「あれ、良介のやつ聞いてんのか?」

「ばっかじゃないの!? とっくに通信は切ったったら!」

 

 言葉に衣を着せない駆逐艦が自分の指揮官の馬鹿っぷりを外に振り撒くつもりは無いと言ってから艦載機の着艦作業の補助へと顔を戻し、そのもっともな言葉に自分が思ったよりも頭を興奮で加熱させていた事に帽子を脱いで髪を混ぜて反省する。

 

 とりあえず、現状を確認する為に手元のコンソールパネルに浮かぶ立体映像、鳳翔がチョップで敵の戦闘機をへし折っている戦闘中ではわりと良く見る姿へと視線を向け、彼女を指して表示されている障壁へのダメージや艦載機の残存数などの情報を確認した。

 

「っても、圧倒的って程でも無いか、やっぱり龍驤は攻守のバランス感覚が良いな」

 

 奇襲同然の一撃目は有効打を叩き込めたが龍驤が完全に守りの体勢に入ってからはこちらが有利に敵艦載機を削っているとは言え相手の本体には攻撃が入らなくなっている。

 艦載機に障壁を纏わせて盾にしつつ、ダメージを受けた機をこまめに艦内へと戻して補修し、再び発艦させる作業の練度は鳳翔よりも半年ほど遅れて現代に目覚めたとは言えこちらと見劣りする部分はほぼ無い。

 寧ろ、弓では無くパチンコに近い形で素早く戦闘機を撃ち出せる龍驤の巻物型甲板は対空防衛が得意なのだ。

 

『ええ、彼女は油断ならない相手です』

「言葉の割りに嬉しそうだな、おい、あっちの手持ちはこっちのほぼ倍だったんだぞ?」

『ふふっ、ですが彼女が本土で精進を重ねていた事を知れるのは嬉しいものです』

 

 通信機から聞こえる鳳翔からの艦内通信、目覚めた直後の龍驤に迷惑がられながらも熱心に空母艦娘として自分が経験した戦い方を教えていた彼女は今戦っている相手に対して特に強い親愛を感じているらしい。

 それは船だった頃に相方だった過去の記憶からか、それとも人の身を得た艦娘として感じた好感からか、おそらくはその両方によって鳳翔と龍驤は姉妹艦と言うほど時間を共有しようとする事は無いがただの友人と言うには近いと言う親愛と絆を持っている。

 しかし、それは親友と言うには少し物騒で師弟と言うほど確たる上下関係があるわけでもない。

 

 他人である俺が言葉にすると途端に安っぽくなってしまうが二人の関係を表するなら【戦友】と言うのかもしれない。

 

「まったく司令部には同じ艦種同士が戦うと面白みの無い泥仕合になるって言っといたんだがな」

「面白みが無いなんて、提督・・・これだけの事をやっておいて、なんて人なの

 

 空母と戦うなら重巡か戦艦の対空砲撃で艦載機を墜としてそのまま砲火力で圧殺するか、夜間戦闘に持ち込んで駆逐もしくは軽巡の接近戦で片付けるのが賢いやり方なのだが、時間制限に加えてあくまで見栄が良い演習を上層部から求められた結果として俺達はジャンケンのグー同士で殴り合う不毛さを体感する事になっている。

 

「さて、そろそろあっちの残機は十以下になるだろ、やっと頭数で風上に立てたんじゃないか?」

『いえ、数えですが残りはまだ16か15はありますね・・・仕掛けますか?』

 

 鳳翔の艦載機で落とされたのは5機、それに対して龍驤は半分までその搭載数を減らしているだろう。

 それでも現在の鳳翔が使える機数とほぼ同じと言うのは初めから使える戦闘機の数の差のせいだった。

 

 19対38、これが二人の空母がベストな状態で使える手札の数でそこから戦闘機や爆撃機、そして、雷撃を行う艦上攻撃機と切り替えて戦わなければならない。

 両者とも空に居る時点で艦攻にリソースを振る事を考えなくても良いとは言え、島風と戦った吹雪の時と同じく俺達はまた初めから不利な状態で戦わされているわけだ。

 

 そして、それでもその龍驤を相手にして互角以上に戦局を立ち回っているのはこちらの切り札の一つである烈風と鳳翔の持つ南方諸島(激戦海域)での戦闘経験のお陰だろう。

 

「だな、ズルズル続けて両者墜落ってのはカッコ悪い、んじゃ・・・高雄、陸奥」

 

 小さく頷き決断は早い方が良いだろうと考えを纏めた俺は初めて乗る鳳翔の艦橋にやっと慣れ始めたらしい重巡と戦艦へと声を掛けた。

 

「今から鳳翔が全力で飛ぶ、艦載機は霞と那珂に任せて二人は怪我しない様に手すりに掴まっとけ」

 

 艦娘の艦橋は外とかなり違う物理法則が働いているらしく、研究室の主任達から聞かされた詳しい説明は半分も理解できなかったが加速で発生する重圧や急激な回転による慣性から内部にいる指揮官や艦娘を守る様に軽減する。

 

 とは言え、それはあくまでも目に見えない空気のプレス機でぺしゃんこにされない(殺されない)程度でしかないが。

 

「「ぇっ?」」

 

 言われた事の意味が解らないと言う顔で振り返り、短く聞き返す様な声を漏らした二人の顔色がコンソールパネルの上で推進機の出力レバーを握った俺の姿に真っ青に変わる。

 首を締め上げられた様な音にならない悲鳴を同時に上げた二人の大型艦娘が揃って両手と両足で足場の手すりにしがみ付き、自分の腰を留めている命綱を確認する様に手繰り寄せ。

 

「鳳翔、やっちまえ」

 

 俺は推進出力を最大戦速へと切り替えた。

 

・・・

 

《了解しました、提督》

 

 静かにそれでいてはっきりと返事を返す鳳翔の身体の中を巡る力の奔流がその勢いを更に高め、その動力機関の熱と艦橋に座る提督から告げられた命令に空母艦娘の胸中が熱く高鳴る。

 そして、その脚を包むニーソックスと履物から放出される推進力が滞空滑空を維持する程度の力からはっきりと上昇力を得るほどの勢いへと変わり、両手の朱袖が風に翻り横回転(バレルロール)しながら敵艦載機の攻撃を避けた身体が空中で急加速する。

 

『龍驤!!』

《分かっとる! さっきよりも出鱈目なんがくるんやろっ!!》

 

 自分と提督(中村)とは違う形ではあるが確かな信頼を指揮官(田中)と形作っていると感じる龍驤の姿を見て我が事の様に微笑み、緊迫に顔を引き締めてこちらを見るサンバイザーの少女へと向かい鳳翔は推進力の大量消費によって空を走る一本の矢と化した。

 

 母艦を守る為にヒステリーを起こした蜂の様に襲い掛かって来る九六式戦闘機の銃弾を避け、配下の艦載機(烈風)に命じて敵の防御を食い破らせていく。

 

《やからっ! 空母がそないアホみたいな戦い方すんなやぁっ!?》

《人に向かって阿呆だなんて、少し見ない間に口の利き方を忘れてしまいましたか?》

 

 機体内に詰め込んだ霊力を最大放出して健気に航空母艦の盾となった一機を左肩の航空甲板を横凪ぎに振るって砕き、爆散する敵機を一瞥もせず目と鼻の先へと迫った龍驤へと向けて鳳翔は深く優し気に微笑んだ。

 

 艦載機による防御網を鳳翔が最小限の被弾で突破した事で龍驤への誤射を恐れた直掩機(ちょくえんき)が正面衝突寸前の二人の周りを周回しながら外側から襲い掛かってくる烈風を追い払おうと機銃を吠えさせる。

 

《艦載機囮に使って自分で相手殴りに来る空母モドキをアホ言うて何が悪いんやっ!》

《そんな事を言っているから、ここまで近付かれて艦載機を使えなくなるんでしょう?》

 

 鳳翔の飛行甲板から放たれたワイヤーが避けようとした龍驤の腰を蛇の様にうねり追尾して突き刺さり食い込み。

 朱色の着物を覆っていた障壁の光がスッと消えて数百倍の重量へと変わった大鳥に鋼糸で繋がれた赤龍が抵抗しながらも引きずり落とされる。

 自分を守る子機の群れから引き離されていく状況に顔を顰めた龍驤は自分と鳳翔を繋ぐワイヤーを掴み、あえて風を切り撓む光糸を自分から引いて身体の落下速度を早めた。

 

《ふふっ、良い思い切りです!》

《ぬかせぇっ!》

 

 敵と繋がった機動ワイヤーを引いて身体を加速させた龍驤は真下へと障壁を纏う厚底の船底を向けて、手の力と落下の勢いを利用した飛び蹴りを鳳翔へと振り抜くがワイヤーが繋がる航空甲板のウィンチが巻き上げられた事でその爪先が微妙にズレて二人は絡み合う様に接触する。

 

《ちぃっ、でもコレでアンタも打つ手無しやっ!》

《あら、それは油断が過ぎると言うものよ?》

《なにがやねん! 二人して海に叩き付けられる前に、ぃっ!?》

 

 ワイヤーが絡まったまま外れた蹴りの勢いを利用して鳳翔の襟首を掴んだ龍驤が彼女の弓と航空甲板を封じる為に着物の布地を締め上げるが、それに対して微笑みを絶やさない海面に向かって黒い尾をひく空母が自らの胸元へと手を差し込む。

 その鳳翔の態度にぞわりと嫌な感覚を感じた龍驤は素早く相手の胸を突き放した。

 

《うぁっ!?》

 

 次の瞬間、閃いた銀色の線によって金切り音が空に響き栗色の短いツインテールの前髪から覆いが取り払われて風に晒される。

 

『ナイフだと!? 増設装備かっ!』

『人気が無い割には便利だぞ、倉庫で埃を被ってるのが勿体ないなぁっ!』

 

 懐に仕込まれていた鞘から引き抜かれ龍驤のサンバイザーを縦に割った和装の美女の手でぎらつく刃、片刃の峰にギザギザのヒレを付けたサバイバルナイフに近い形状を持った刃物を手に鳳翔が飛行甲板のウィンチを更に巻き上げさせて離れかけた相手との距離を強制的に引き戻す。

 

『烈風もそれも! 演習前の資料には書いてなかったはずだ!』

『外すの忘れて小笠原から装備しっぱなしなだけだよ!!』

『見え透いた嘘をっ!』

 

 容赦なく身体を引き寄せ首を狙ってくる軽巡艦娘の装備を模倣して製造された刃に脂汗を浮かべた龍驤は仰け反りながらギリギリでその手を掴み抑え、ナイフを喉元に突きつけられた状態で風に煽られ乱回転しながら鳳翔と共に海に向かって落ちていく。

 

 しかし、息吐く間もなく今度は赤い水干風の上着の腹部へと紺色のスカートから繰り出された膝が突き刺さり、凹凸の乏しい身体がくの字に折れて痛みに目を見開いた龍驤が嘔吐いて口から透明な飛沫を風の中に散らす。

 

《演習とは言え油断は禁物、私が教えた事を忘れたとは言わせませんよ?》

《ほう、しょぉっ・・・!》

 

 痛みに硬直した身体とナイフを押し留めていた手を離してしまった龍驤の襟首を掴んだ鳳翔が重心移動によってその上下関係を入れ替え、通常よりも落下速度が遅いとは言え墜落まで一分も残されていない状態で見つめ合った二人の間で刃が走る。

 

《あら?》

 

 硬い板を割る音と同時に戦闘中でも終始微笑んでいた鳳翔がそこで初めて眉を上げて目を瞬かせて小さく驚きに声を漏らした。

 

《アンタがやらせたんや! ウチにこんな胸糞悪い事っ!!》

 

 怒りに目をぎらつかせた龍驤が身体の前にナイフに貫かれた巻物型の航空甲板を突き出し、勅令の文字が刻まれた水晶玉を袖口で燃え上がらせて飾り紐を引き絞る。

 それがマトモな発艦を目的としない行動であると直感した鳳翔が肩の飛行甲板にワイヤーを引き戻させてナイフを引き抜いたと同時に炎がその胸元へと叩き付けられた。

 

 回避が間に合わなかった空母に命中した艦載機一機分の弾薬と燃料を自爆させた爆炎が上空200mで赤黒く広がり、その勢いで真下へと押し飛ばされた龍驤は両手と両足を出来るだけ広く広げて袖とスカートで風を受け減速する為に残り少ない霊力を障壁へと注ぎ込む。

 

 格上の力を持った相手を倒した手応えは、しかし、自分の艦載機を自爆させる為だけに使った空母として恥じるべき行為の前では何の慰めにもならず苦悶に歪む表情は黒煙が広がる上空を睨み上げる。

 

《ざまあ見ろやっ! 勝ったでっ!!》

 

 それでも空に舞う事なく散った自分の子機の無念を吐く様に赤袖や肌を焦げ付かせながらも勝鬨を上げた。

 

《言った傍からまた油断、やはり鎮守府に帰ったらもう一度訓練が必要ですね》

 

 勝利の叫びを上げた龍の喉が黒煙の中から聞こえた鳳の声と太陽方向から唸りを上げて急降下してくる艦載機のエンジン音に引きつる。

 煙幕の中から痛々しく引き裂かれた着物姿が現れ、その肩の飛行甲板は砕け千切れたワイヤーが垂れ下がり大きな焦げ目が刻まれていた。

 だが発着艦能力を失い淡い障壁の光を纏うだけとなっても頬笑む鳳翔の姿に。

 そして、いつの間にか自分の頭上を取っていた敵の爆撃機の姿に自由落下以外の選択を失っている龍驤は目を見開いた。

 

《貴女の言う通りただ突撃するだけならただの阿呆、だからこそ接近戦も航空戦も熟せる私達を空母艦娘(・・)と言うのです》

 

 破れて開けた胸元を焦げた片手で押さえながら降下していく鳳翔が烈風に混ぜて予め放っていた爆撃機、機首の真下に三日月型のラジエーターを備えた過去の日本軍で彗星と呼ばれていた緑と白で塗り分けられた機体がフラップで風を捕えてその腹に抱えた爆弾の矛先を龍驤へと向けて落とす。

 

『彗星っ! そんなものまでがっ!?』

『エースカードが烈風だけなんて言ってねぇんだよ!』

 

 艦橋で驚愕に叫ぶ田中への申し訳なさに歯を食いしばって龍驤はそれでも、と激しい戦意の火を宿した視線で自分を見下ろす鳳翔を睨み上げ。

 そんな教え子であり自分の隣に立つべき無二の戦友が見せる心根の強い姿に一番初めの空母は満足げな笑みを炎で煤けた顔に浮かべた。

 

・・・

 

 爆音が再び空に広がり炎が水干袖をさらに赤く染め上げ、火の玉になった空母の身体が光を散らして海面に叩き付けれる直前で金の輪へと変わり、その輪を下方向へと突き破って海面を踏みしめたしなやかな脚が水飛沫のカーテンを巨大な冠状に広げ。

 それを確認した指揮席に座る中村が警告マークが幾つも光るコンソールパネル上に浮かぶ着物が破れ半裸となっている立体映像の鳳翔へと手を伸ばして触れ、五枚のカードを表示させる。

 

「さて、艦隊のアイドル、ステージに向かう準備は出来てるか?」

 

 指揮席から指揮官が円形通路に立つオレンジ色のセーラー服へと声を掛ければ、焦げ茶色のスカートの上に垂れるオレンジの花びらをくるりと回した軽巡がピースサインを作って満面の笑顔を返しながら落下中の不安定な足場の上でしっかりとポーズを決め。

 

「はーいっ♪ お仕事ですねっミ☆ 那珂ちゃん、いつでも現場入れまーす!」

「よし、なら行ってこい!」

 

 その返事を受けて中村の指が立体映像のカードを選び取り現在の旗艦である鳳翔の表示へと重ねられ、コンソールパネルの上と目の前の足場で燐光が散り、眼下に青い海を見下ろす全周モニターが金の光へと包まれた。

 

「さぁ、やっと折り返しだ、まだまだ気を抜くなよ」

「はい! 提督、全力を尽くします!」

「誰に言ってんのよ、そんな事当たり前だったら!」

 

 やはりどこか軽い物言いで部下に声を掛ける中村に、出航時には少し不満と不安を表情に浮かべていた高雄が彼へと強い尊敬を宿した瞳を輝かせて良く通る声と共に頷き、当然の事だと鼻をフンと鳴らした駆逐艦娘霞が少しだけ口角を吊り上げる。

 そして、舞い散る光の中から艦橋へと戻ってきて損傷に足下をふら付き倒れかけた鳳翔を陸奥が支え、空母と戦艦もまた指揮官へと強く頷いて見せた。

 

《艦隊のアイドル、那っ珂ちゃんだよー♪ よっろしくぅっ☆》

 

 だがその直後、海面へと着水した軽巡の場違いかつ賑やか過ぎる声のせいで真面目に引き締まりかけた艦橋の空気がばらばらになって緩んだ。

 

「うん・・・気合入れて行こう、な?」

「あ、はい・・・」

 




I LOVE 那珂ちゃん!


GO! GO! 那珂ちゃん!


輝く海原に艦隊のアイドル推参!


那珂ちゃん ON STAGE!!


 


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第五十六話

 
貴女の生き方は艦娘の存在意義すら歪めていく。

そして、いつか貴女は本当に偶像(アイドル)に成ってしまう。

私にはまだ、それを認める事が出来ないから・・・

私の艦娘としての誇りを守る為に。
貴女を艦娘で在り続けさせる為に。

私は貴女を討つ。
 


 装甲が施されたブーツが海面でステップを踏み、星形の光を散らしながら黒色のグローブと小手に包まれていく腕が煌めく光の中で弧を描き。

 碧い海に一際目立つ明るいオレンジ色のセーラー服を纏った少女の茶髪が頭の左右でお団子に結ばれ二本の前髪がピンとおでこの上で揺れる。

 

《艦隊のアイドル、那っ珂ちゃんだよー♪ よっろしくぅっ☆》

 

 演習と言う疑似戦場には明らかにそぐわない、自分をアイドルか何かと勘違いしているような態度のまま軽巡洋艦那珂を原型に持つ艦娘がまるでステージの真ん中でファンに挨拶しているつもりなのか茶色のスカーフタイを海風に揺らし、両手を上げて四方八方へと手を振る。

 そんなどこかの誰か(ファン)に向かって挨拶している最中らしい那珂の遠く十数キロ離れた場所で砲声が連続し、空へと打ち上げられた熱エネルギーの集合体が空気を焼きながら放物線を描いてお団子頭に目掛けて飛来した。

 

《きゃはっ♪ もぉ~、せっかちさんは嫌われちゃうぞっ☆》

 

 几帳面なほど正確に自分を狙う砲弾へと顔を向けた那珂はあざといスマイルを保ったまま軽くしゃがみ。

 その両手を自分の装甲ブーツへと向け、直後に開いた黒鉄の装甲板から飛び出す様に突き出てきた仕込みナイフの柄を引き抜き滑らかに半回転させ。

 那珂の掌から供給される霊力でケミカルライトの様な光を灯した小刀を逆手に握った両手を川内型軽巡艦娘は体の前で交差させて構える。

 

 直後に連続する破砕音と無数の水柱。

 

 その渦中で中腰の姿勢から自分への命中弾をナイフの刃先で切り払い、立ち上がり次弾を刃の反りにあわせて背後へと受け反らし、回避出来る砲弾は最低限の足捌きで避け。

 砲撃の着弾で波打つ不安定な足場をものともせずに川内型姉妹の三女は演習相手が放った一斉射の中からアイドルスマイル(あざとい笑み)を絶やす事無く悠々と歩み出た。

 

『先制攻撃は取られたが、・・・那珂は相変わらず良い動きをしてくれる』

 

《アイドルなら当然ですよぉ、プロデューサーさんっ☆》

 

 光刃を手に那珂は脚を踏み出し波を蹴って走り出し、そのブーツの踵と左右に四連装魚雷管を接続している腰部艤装、計三機の推進機関が燐光を渦巻かせて唸りを上げる。

 駆逐艦ほどではなくとも現代船舶を大きく上回る航行速度で波を踏み割り、航跡を海原に刻む軽巡艦娘は左腕を前方へと突き出しその腕の上に並ぶ四基の単装砲を先ほどの砲撃から予測される敵位置へと向けた。

 

《それじゃぁ、今度は那珂ちゃんの番ですねっ♪ いっきまーす!》

 

・・・

 

 軽巡洋艦娘としての那珂、クレイドルによって作り出された人の体を得た直後から自分をアイドルと自称している艦娘であり、着任当初の中村と田中に艦娘はクレイドルの中から目覚める際に現代知識を得て出てくるのだ、と勘違いさせた元凶。

 

 その無闇矢鱈に明るく人懐っこい性格は多くの艦娘、特に一部の駆逐艦には本人の自称通りのアイドル的な立ち位置で好意的に受け入れられている。

 だが、同時にその軍人に見合わない奇っ怪なしゃべり方とおチャラけた性格が気に入らない艦娘達からは現代気触(かぶ)れの歌舞伎者(かぶきもの)として嫌われてもいた。

 

 そんなふうに人格に関しては両極端な評価を受ける軽巡艦娘であるが、大半の艦娘、彼女の本質を知る事になった者達は口を揃えて那珂と言う艦娘を指してこう評する。

 

『本当に質の悪い軽巡だわ・・・』

 

 旗艦として海に立った直後からすぐさま水平線へと目を走らせ艦橋の望遠機能を最大にして空から海上へと降下していく中村艦隊を見つけ。

 彼らが着水した地点を目視と計算を駆使してわずか一分程で割り出した矢矧は15cm連装砲三基、8cm連装高角砲、計八門を使った自分の一斉射が、しかし、何の戦果も出さなかった事に歯噛みする。

 

「取り回しが良い小刀型とは言え亜音速で飛んでくる八発の砲弾を全部切り払うかい・・・」

 

 仲間達が抱く那珂の評価を纏める要因とはつまり、彼女の装備の性能ではなく華やかなアイドルを自称する性格に見合わない単純で地味な反復訓練の成果である。

 

「敵に回すと途端に質の悪さが目立つよね、那珂ちゃんさんってさ」

 

 面白半分に別の世界の(架空の)那珂の姿を騙った中村にアイドルなら出来て当然と唆され、彼を一流のプロデューサーと思い込んで慕っている那珂は今では艦娘達が戦闘の基礎技術として使っている幾つかの技を初めて会得した艦娘でもある。

 そうして中村が吐いた突っ込み待ちだったはずの嘘を現実のモノにしてしまった軽巡はその後も自棄になった指揮官のプロデュース(口から出まかせ)を受け続け、自らが志す最高のアイドル(艦娘)へと昇り詰める為、彼女自身がレッスンと称する学習と訓練を地道かつ着実に積み上げてきた。

 

 彼女の姉妹艦、長女の川内なら夜間戦闘と言う奇襲を前提とする領域に高い適性を持ち、戦士としての気質と危険の臭いを嗅ぎ分ける感覚は次女である神通にこそ適性がある。

 むしろ戦闘と言う分野において他の艦娘には必ずと言って良いほど得意な状況や好みの戦術が存在しているのだが、川内型の三番艦は戦闘と言う分野においては得意と特長を持たないある意味では非常に珍しい艦娘だと言えた。

 

 しかし、彼女は対潜爆雷、対空砲撃、砲雷撃戦、接近戦、軽巡が持つ豊富な手札の全てを使いこなしどんな状況であっても、相手が何であれ出来て当然とでも言う様に対応する。

 その経験値の塊の様な那珂の戦い方を湾内演習で体験したり、実戦の中で目撃した艦娘達は彼女の無駄に騒がしい性格も合わせて鎮守府で最も質の悪い(・・・・・・)艦娘として好き嫌いの差はあれど忘れられなくなるほど強い印象をそれぞれの胸に刻んでいく。

 

 その那珂による船足を止める為の堅実に足下を狙ってくる砲撃によって矢矧の左足を守る障壁が削られて細かい傷を受けて肌を覆うストッキングが幾つかの伝線跡を開けていく。

 

「距離2300照じゅっ! もぉっ、フラフラと動いて踊りでも踊っているつもりですの!?」

「テイトクゥ、もう一度攻撃を、このままだと矢矧のバリアが削られる一方デース!」

 

 撃たれても対処できる適度な距離を維持して近接武装と蛇行運転で防御と回避を両立させながら相手の体力を削る。

 

「いや、今は防御に専念して全ての砲の再装填が終わるまで待て、下手に牽制を撃っても反らされて無駄弾になるだけだ」

 

 軽巡艦娘の戦闘方法に教本が存在していたなら写真付きで掲載される事になるだろう手本の様な地味だが有効な戦い方で攻撃してくる那珂を捉えるモニターの望遠画像に視線を鋭くしながら田中は反撃の一手を手繰り寄せる為に頭を働かせ。

 青年士官は指揮席でコンソールパネルに指を走らせながら特殊な力が無いとは言え普通に強い艦娘もまた十分以上に厄介な敵であると今更ながらに理解して唸る。

 

「矢矧、何とか丁字に持ち込めるか?」

『難しいわね、あの子が素直に鼻先を譲ってくれるとは思えないわ、ああ見えて計算高いもの』

「かと言って反転する為に速度を落としたら雷撃の的になるか・・・なら、このまま並行しながら距離を詰める他ないな」

 

 並走しながら牽制弾でダメージを稼ぎ矢矧を演習海域を覆う円形の壁に追い込む事、恐らくはそれが中村と那珂が取ろうとしている戦法だと理解した田中は並走または背中を追われる状態でその状況となった場合に確定してしまう自分達の不利を覆す為に旗艦へとその命令を出す。

 

「しかし、現代の戦場で白兵戦なんてナンセンスとしか言い様が無いんだけどな」

「何言ってるんだい、提督、戦闘の基本は格闘なんだよ?」

 

 約2km先でこちらの様子を伺いながら並走する那珂へ接近を試みる為に出力を上げ推進機関を高鳴らせて身体の重心を傾ける矢矧の艦橋で片目に手を当てて溜め息を吐く田中へと顔を向けた時雨が中性的な微笑みと共に一部の駆逐艦が信奉する格闘戦重視論を口にする。

 

「なぁ、あんま激しい動きされるとウチも島風も辛いんやけど・・・」

「我慢してください、さっきは二人してくまりんこ達を嫌と言うほど振り回してくれたんですもの」

「はぁ・・・、自業自得っちゅう事かいな、かなわんわぁ」

 

 モニターと手すりに背中を預けて足場に座り上着とシャツを取り払われた上半身を満遍なく消毒液臭いガーゼで覆った龍驤が三隈の素気無い言葉にがくっと首を垂れ。

 火傷の痛みに顔を顰めながら空母艦娘は自分の隣で身体を足場に固定されながら腰とお腹の激痛と敗北感で出来た傷心にいじけて丸まっている島風の頭を撫でた。

 

・・・

 

 矢矧が装備している三基六門の15cm連装砲と二基の8cm高角連装砲が再び同時に轟音を放ち、那珂の進行方向を狙った進路妨害によって相手を水柱の中に巻き込み、それを隙と見た阿賀野型三番艦は川内型三番艦へと加速をかけて接近していく。

 

『似合わない戦い方すんな、粗が出るぞ!』

『方法を選んでいられる立場じゃないんだよ!』

 

 しかし、次の瞬間には矢矧の一斉射による水飛沫を速度を全く落とさずに突き破りおでこで揺れ前髪をまっすぐに相手へと向けた那珂が満面の笑みとともに右手に掴んだ魚雷を宙に放っていた。

 直後、時速にして320kmで繰り出された装甲された革靴が海面へと落ちようとしていた魚雷の尻を思いっきり蹴り飛ばし、速度と数百トンの重量エネルギーを押しつけられて爆発物が海上の空気を突き抜く。

 

 そして、底部を蛇腹の様に蹴り潰された魚雷が直線で矢矧へと向かうが、それは彼女に着弾する事無く空中で自爆し海上で急激に熱エネルギーと霊力の粒子に変換されて波打つ光を広げた。

 

『スタン・・ネード、とでも、言う・・・っ!』

『馬鹿正直に・・面から・・・るわけ、ねえだろ!!』

 

 戦艦娘の砲弾一発分に相当する破壊力を溜め込んだ魚雷の空中爆発によって瞬間的に濃度を増した空気中のマナが通信機能や電探(レーダー)を撹乱し、炎と波打つ閃光が海面を掻き混ぜ、叩き付けられる暴風で高波が数mの障害物として矢矧に押し寄せる。

 

《でも、それぐらいは想定内なのよっ!》

 

 投げ(蹴り)魚雷、それは駆逐艦娘の第三戦速(320knot)とほぼ同等の速度と艦橋からの無線誘導が可能な高性能魚雷を無駄に使うだけの一見何の意味も無さそうな戦技であり、中村が冗談半分に言ったそれは実践した艦娘達が失敗して手や足を火傷するだけで終わるはずだった。

 しかし、戦艦級を含む敵水上打撃艦隊を相手にした実戦において初めてそれを成功させた那珂によって魚雷の空中爆発が発生させる熱と衝撃波による破壊は微々たるものだが、弾頭方向へと扇状に放出される高濃度マナが強力な情報妨害(ジャミング)攻撃となって深海棲艦の連携を撹乱する効果が存在する事が発覚する。

 六対十二と言う数的不利を敵の連携を分断させて壊走に追い込んだ撹乱効果の有用性には目を見張るモノがあり現在では駆逐艦と軽巡など水雷艦にとって原理を座学で、実技を演習で、と学ぶべき技術としてカリキュラムに組み込まれている。

 

《でもね、知ってるのと出来るって事は違うんだってさぁ♪》

 

 一時眩んだ視界を何度も瞬かせて矢矧は足下へと襲い掛かって来る魚雷へと艤装を向けて機銃による無駄の無い三点射で仕留め。

 立ち上った水柱でますます荒れる高波の上で足を乗り上げながら砂嵐になった電探を無視して阿賀野型軽巡は自分の目と耳を頼りに撹乱された海上から敵を見つけ出す。

 

《戦い方だけは堅実だからこそ、やり方が分かり易い!》

《ありゃりゃっ、那珂ちゃん、見つかっちゃったぁ!?》

 

 目測で6mはある波の壁へと矢矧が装填したばかりの連装砲を向けて砲弾を撃ち込めば、その裏で身をかがめながら自分の後ろへと回り込もうとしていたらしい那珂がどこか滑稽な恰好で飛び跳ねて攻撃を避ける。

 直後、海面に転げる那珂の右腕が矢矧へと向けられ、その黒いグローブと長い籠手の上で三基の14cm砲がその顎に火を灯す。

 笑顔を浮かべる狩人の目が自分を射抜こうとしている予感に艶黒のポニーテルが猫のしっぽの様に撓り矢矧の身体が横回転しながら波を滑り三回の発砲音が荒れた海の上を駆け抜けた。

 

《提督! 刀を!!》

 

 海水を飛び散らせながら素早く起き上がって叫ぶ矢矧の艤装の一部、かつての軽巡洋艦矢矧の艦橋を模した構造物が割れるように展開し赤い鞘に収められた大太刀が柄を彼女の手へ向け。

 それを掴み勢いのまま鞘走らせた鋭い視線の向こう、両足のブーツの中から輝くナイフを抜刀する油断ならない相手の姿へと足を踏み出して大上段から刃を振り下ろす。

 瞬間、ガラスを削る様な耳障りで神経を逆撫でする音が阿賀野型と川内型の二人の軽巡艦娘の手に握られた刃の接触によって発生し、お互いがお互いを削り切ってやると言う殺気を放って光を宿す刃が刀身の高速振動を拮抗させた。

 

《こんなに近くに来てくれたって事はもしかして、那珂ちゃんと一緒に踊りたいのかな~?》

《貴女の戯言に付き合う気は無いのよっ!》

 

 険悪に吐き捨てる言葉と共に腕の力だけで生真面目な軽巡は始終ふざけた調子を崩さない相手を突き放す。

 

《それは残念だねぇっ♪》

 

 その矢矧の態度を分厚い面の皮で弾いた自称アイドルの左腕で再装填を終えた四基の砲がてんでバラバラな方向を照準して発砲する。

 距離にして7m、巨大化した艦娘にとっては一歩で届く距離から放たれた両足を狙う砲弾を二歩引いて避け、横っ腹を狙う一発を翻した刀身で斬り付けて分解し、顔を穿とうと突き進んできた弾頭を首を大きく傾けて横髪を焦がしながらも回避する。

 直後、僅か一呼吸にも満たない攻防は攻守を入れ替え、刀を手に後ろへと跳ぶ矢矧の腰で艤装が機銃を乱射し背中の煙突部の底辺が開いて魚雷管が海面へと頭を向けた。

 

《この距離なら貴女でもっ!》

《避けれないねぇっ! だからこうするんだよっ!!》

 

 自分が放つ魚雷の範囲から離れる為に更に後退する矢矧を素早く追い駆け、機銃の飛礫にあえて飛び込み前傾姿勢で突撃を仕掛けた那珂の腕が光の線を描き。

 オレンジ色のセーラー服が銃弾で布地を散らす海風の中、矢矧の下腹部と頸部を同時に狙う刃がその肌を抉る為に振るわれる。

 首を狙う凶刃はぎりぎりで間に合った太刀の峰に阻まれるが身を捩ったものの括れた腰は避け切れず障壁を素通りして差し込まれるように短剣が刺さり、斬られた身体の内側を傷つける損傷に歯を食いしばって呻きながらも矢矧は目の前の憎たらしい顔を蹴り飛ばす勢いで高く足を振り上げ蹴りを叩き込む。

 

《ひゃあっ、顔は止めてぇっ!?》

 

 金属で覆われた堅牢な造りの靴が紅い船底を叩き付けようとした直前に大袈裟な悲鳴を上げて仰け反った那珂の胴体で障壁とぶつかり合う硬い音が響き、顔を守る為に身体を弾き飛ばされた軽巡がバシャバシャと水飛沫を上げながら面白い様に転がっていく。

 脚から伝わる衝撃から考えて障壁を破壊できたとは到底思えない軽さ、そして、不自然なほどの距離を転がる那珂の姿、それこそ自分で衝撃を相殺する為に転がりでもしなければあんなふうにはならないと矢矧はすぐさま理解する。

 

 鎮守府が艦娘の運用を妨害する勢力から田中や中村の活躍によって正常化を始めた時期、鉄の揺り籠から目覚めた自分が初めて会った同艦種の艦娘。

 矢矧にとって那珂は艦娘として目覚めてから最も長く何度も同じ戦場で背中を任せて来た仲間ではあるし、その実力は信頼できるモノである。

 だが、どうしてもその真面目さを感じない騒がしい性格は好きにはなれない。

 

 本当はまともな態度を取り繕い真面目な口調で喋る事が出来るクセによりにもよって今日この場、公衆の面前でその態度を改めない厚顔さは軍人として恥の一言で斬って捨てるべき醜聞としか言いようがない。

 そして、彼女のそれを止めるどころか助長する様な真似をしている中村に対してもまた同じく矢矧は心中で毒吐く。

 

〈 でもね、私がこうしてアイドルっぽい事する事が出来るって事がさ、私達の心は自由なんだって、戦うだけの存在じゃないんだって教えてくれてるんだと思う 〉

 

 まだ出会って間もなかった頃、姉妹艦がまだ鎮守府へと戻ってきていなかった頃。

 

〈 私は・・・そう信じたいな 〉 

 

 誰かが自分を呼ぶ声に胸で騒めかされていた時にも変わらずアイドルのフリを周囲の目も憚らずに続けていた相手へと焦燥感と共に苛立ちの言葉をぶつけた際に帰ってきた返答。

 その時、初めて見たアイドル(偶像)もどきではない軽巡艦娘としての那珂の顔に唖然として反論の言葉を次げなかった矢矧はその直後に抱擁され、落ち着いて、と、お姉ちゃん達は絶対に帰ってきてくれるから、と慰める様に自分の背中を撫でてくれた手の温かさに理由の分からない悔しさを感じた。

 

《その虚飾が無ければ!》

 

 何度も夢に現れる姿の見えない誰かの声に無性に焦り、争いを避けたがる穏やかな気質が情けなく見えた指揮官に苛立ち、自分自身が強くなる事だけが仲間を守るのだと思い込んでいた自分とは違う。

 自分と同じく行方の分からない姉妹艦を想う辛さを堪えながら、それでも、仲間の不安を拭いその心を鼓舞する為に道化になり切る事を厭わない自分の姉と同じ優しさを心に抱く川内型軽巡洋艦三番艦。

 

 彼女の強さを知っているからこそ自分の姉妹である阿賀野達が閉じ込められた深海棲艦の巣へと飛び込む那珂とその艦隊が仲間達の救出を叶えるのだと信じる事が出来た。

 その優しく仲間を勇気付けて心を助ける方法(やり方)を知る事が出来たから今も自分は姉妹と同じぐらいに大切だと感じる人となった相手(田中)を指揮官として共にここに立っていられる。

 

《私は貴女の在り方を認められるのに!!》

 

 切り裂かれた腹部から光に解ける血を迸らせて船の頃には無かった蟠る怒り(感情)を叫び、矢矧はどうしても好きになれない憎たらしい(尊敬している)相手へと魚雷を放つ。

 

《誰だって素直になるのは難しいもんだよ、矢矧ちゃん》

 

 蹴り飛ばされ転がっている状態から那珂の身体がいつの間にか横回転から後転へと変え、更に海面に手を突いてバク宙しながら空中へと跳んで体勢を整える那珂の腰部艤装から8cm高角砲が叫びを上げる矢矧へと照準される。

 

 こう見えても軍艦として戦いの中を生きた記憶があるのだから、戦友(矢矧)自分(那珂)に向かって言いたい事ぐらいとっくに分かっている。

 けれど、それで止められるほど自分の心を形作っているこの気質は簡単なモノじゃないんだもの、と那珂は苦笑して四発の火砲を撃ち、四発の魚雷が迫る海面へと着水した。

 

 暴力的な水柱が立ち上り装甲ごと足をへし折り、燃え盛る命中弾が服と肌を砕き爆ぜさせる。

 直後に二人の軽巡の身体が海面へと叩き付けられひび割れた肌や破れた服の合間から光の粒が溢れて海へと落ちていく。

 

《こんなになっても、那珂ちゃんは路線変更しないんだからっ!!》

《だからその言い方が癪に障るのよ! せめて阿賀野姉ぐらい大人しくなりなさい!!》

 

 阿賀野もまた大概、艦娘としては自由が過ぎるキャラ(性格)の持ち主であるが身内の色眼鏡のせいか矢矧にとっては那珂よりもマシな扱いとなっているらしい。

 

 それはともかく、海に這いつくばる様に向かい合った軽巡の砲門と魚雷管が小細工無しの直線距離で向かい合い。

 傷だらけでも笑顔を浮かべる那珂の艦橋で中村が苦笑と共に肩を竦め、激情に身を任せる矢矧の指揮席で田中はため息を吐いて軍帽のツバを指で弾いた。

 

 装填された砲弾と魚雷が同時に放たれ、自分達の持てる全ての力を使って攻撃と防御を行った軽巡達の手で刃が砕け、その身体に着弾した砲弾と魚雷が破壊力を遺憾なく発揮して服と艤装を爆ぜさせる。

 衝撃でお互いが相手とは反対側へと吹き飛ばされ、天高く水柱が二枚の壁を作り、重力に従って大量に巻き上げられた海水が乱れる水面を均すように大雨を降らせ。

 

 ゴォンと強く重い金属音が土砂降りの雨に負けない響きを天高く打ち鳴らした。

 

《高雄、出撃いたします! 提督、貴方の為に栄光を勝ち取りますっ!!》

 

 雨の帳を障壁の光で散らし金環が放つ後光を背に蒼を身に着けた美女がその身体を誇る様に胸を張り、無数の武装が組み込まれた機械の塊が深いスリットの入ったミニスカートを覆うように腰を鎧う。

 

《はい、提督。彼女達に三隈の砲雷撃戦を見せつけてあげますわ!》

 

 両手に重々しい20cm口径連装砲を二丁握り、出撃を知らせる響きを背に臙脂色のセーラー服の裾が揺れ、背中に届く黒髪が背部艤装の接続を避ける様に纏り、セーラー服と同色のリボンで二つのお下げとなって側頭部で揺れた。

 

 




軽巡能代「もぉ、矢矧もいい迷惑ね、那珂に振り回されて・・・」
駆逐夕d「・・・ぽい?」(・_・)
駆逐野w「能代さん、今、那珂ちゃんさんの事なんて言いました」(・_・)

軽巡能r「那珂ちゃんさんって、貴女達も那珂を呼ぶ時にそのふざけた呼び方するのはいい加減止めた方が良いわよ?」

駆逐舞k「・・・ちゃんを付けてよ」(・_・)
軽巡酒k「そうだよ能代お姉ちゃん」(・_・)

軽巡のs「は? どうしたのよ酒匂? そんな顔して・・・貴女達もなんでそんなに近づいて来るの?」

NTFメンバーズ「那珂ちゃんを呼ぶ時にはちゃん(・・・)を付けなさいよ!!」

軽じゅ(ry「ひぇっ!? 一体なんなのっ!? わっわっ、こ、こないでぇ!?」
 ッポイ!  ナノデス!  カモッ!  ピァァ!!

説明しよう!

NTFとは【那珂ちゃん鎮守府公認ファンクラブ】の略であるっ!
(実は鎮守府にも司令部にも自衛隊にすら公認されていない!!)

 艦娘寮の談話室に自称プロデューサー(現役自衛官)が悪ふざけで設置(無許可)したNTFボックスから無記名の会員証(裏面は那珂ちゃんブロマイド)を取り出して自分の名前を書く事でお手軽に入会出来るぞ!
 ちなみに季節ごとに那珂ちゃんの写真は変わるので複数の会員証を持っているコアなファンもいるのだ!
 なお、NTFボックス横の退会用紙に記名するだけでお手軽にファンを止めれます♪

【退会理由】
 ・出撃中に大破したから。
 ・今日のご飯にナスが出てきたから。
 ・那珂ちゃんに湾内演習で負けたから。
 ・退会しないと新しい会員証が貰えないから。
 ・その他、多種多様。
 この様に会員数は日によって些細な理由で減ったり増えたりするから正確な人数は分からない!!


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第五十七話

 
今までの自分が本当の実力を発揮出てきていない事を知ったとしたら。

それまで満足していたその力がほんの一欠片でしかなかったと教えられたら。

私はその時、何を思うのだろう。

本当の自分を解放してくれた事へ感謝するだろうか?

それとも・・・

実力を出せない環境へ戻る可能性に恐れ、震えるのだろうか?
 


 他の艦娘達より多く所属艦隊を変えていた事には大した意味など無かった。

 

 ただ指揮官の態度や命令、戦術や戦いに対する考え方が自分にはしっくり来なかったと言うだけの話だった。

 

 要するにその気になれば(少し我慢すれば)誰の下でも十分な実力を出せる自分にはもっと良い提督(王子様)が現れてくれるのかも、と言う小さな女の子が抱える夢見るお姫様の様な願望と似たり寄ったりな考えでしかない。

 そして、私よりも早くその願望と踏ん切りを付けられた愛宕は気に入ったらしい士官の指揮下で得られるそれなりの戦果に満足していると言っていた。

 

 座学と演習の基礎単位を修め、出撃許可を貰ってから多くの指揮官の艦隊を渡り歩き、鎮守府に登録されている半分以上の士官を観察した感想は可もなく不可も無し、しかし、経験と年齢に不安があるが全員がエリートを名乗るに相応しい優秀な人材である事には疑いは無かった。

 

 おそらくだけれど、私ならどこの艦隊でも上手くやっていけるなんて妄想の様な自負と矜持はその時点で出来上がっていたのだろう。

 

 そんなある日、特務士官の中でも特に大きな戦果を立てていると言う指揮官、中村義男特務二佐が鎮守府に戻って艦隊を再編成させると言う話を聞く事になった。

 

 彼から自分への指名が来た時には断るべきか否かの天秤はどちらにも傾いておらず、艦娘による観艦式とも言える式典に参加が決まりそれに合わせて何となく雑多な出撃を控えたかったから艦隊を抜けていた私は書類を前に逡巡する。

 だから、その指名を了解した理由は艦娘の代表の一人として世界に武威を示す誉れ高い公開演習に参加できる権利が得られ、さらに噂の指揮官のお手並みを拝見出来ると言う内容に心引かれただけと言う自分本位な傲慢な考えからだった。

 

 今では自分から申請を出さ無くても所属した事がある艦隊から再度の参戦を求める申し出が行列の様に並んでいた事もその助長に繋がり、一度だけ彼の艦隊に自分から出した申請が妹共々に司令部から申請を却下された為に所属する事は叶わなかったちょっと苦い経験がその提督からの指名と言う下手に出された誘いによって私の自尊心を刺激したのだろう。

 

 そんな風に今日までの私は司令部からのそろそろ腰を落ち着けて欲しいと言う要請や艦隊を決めたらしい三人の妹達の姿にそろそろ自分も丁度良さそうな艦隊を選んであげても良いか、と考えながらも日々の訓練と出撃の合間に興味深い現代社会(鎮守府の外側)を学びつつ艦隊を選り好みし続ける呑気な生活をしていた。

 

(嗚呼、なんて馬鹿な事を考えていたの、私は・・・)

 

 強い充実感、心臓がまるで火の玉になってしまったかの様な高鳴りは出撃前に感じた失望感を簡単に吹き飛ばし、軍人として本当の顔を見せてくれた彼の指揮下に就ける悦びで身体の内側から力が無限に溢れてくる様な錯覚にさえ陥る。

 

(あの時、逃した魚がこんなにも大きかった事に今さら気付くなんて!?)

 

 司令部の横槍が無ければ本当ならもっと早く彼の指揮下で共に戦場を駆ける事が出来ていたはずだったのに、と言う自分の傲慢さを棚に上げて過ぎた過去のもしもを妄想する女々しい考えが心に湧き立つ。

 

『正直に言って俺は重巡を運用した経験がほとんど無い! 高雄、そちらに管制を合わせる事になるからリードは任せるぞ!』

 

 自分の実績に見栄を張る事のない正直さ、着任したばかりの部下に戦闘の主導を任せる器の大きさ、それが私の中で彼の評価をまた一段高みに押し上げる。

 

《はいっ! 任されました提督っ!》

 

 今まで私に乗ってきた士官達と比べて段違いの指揮能力、他の指揮官と明らかな差の上に立ち艦娘の力を最大まで引き出す彼の戦い方を見せつけられ。

 彼の指揮下で数回出撃した経験があると言うだけで一種のステータスとでも言う様に誇る艦娘の姿に呆れて笑いを漏らした自らの過去へと失笑せざるを得ない。

 

 幼い胸を張って妹達に自らの武勇を自慢する暁型駆逐艦の長女と同じ感覚を身をもって実感してしまった私にはもう彼女を笑う資格が無くなっているのだから。

 

 繊細かつ大胆な出力機関の制御、基本から応用まで最大限に各艦の武装を使いこなせる知識と経験、絶え間なく艦橋のメンバーに仕事を振る巧みな采配、そして、自身の直感に従い窮地を踏み越える豪胆さ。

 

 自分の先に海原に立った三人の艦娘がその身を厭わず彼への強い忠義と共に彼の指揮下で疑い一つ無く命令と戦闘を実行して見せた姿に私もまた戦船としてそうありたいと憧れで胸が一杯になる。

 

(さぁ、提督、貴方は私をどう使ってくれると言うのっ!?)

 

 理想の指揮官に出会ってしまった私は羽の付いた紅いハイヒールで海原に立ち、動力を唸らせる腰を覆う巨大な鋼の半円を従え、ブラックシルクの手袋を着けた手を強く強く握りしめた。

 

・・・

 

「やっぱ、メンバー減らしながら戦うこの演習おかしいだろっ! 火が点いた車運転してるみたいな感覚に嫌気がさしてくる!!」

「文句言ってないで迎撃しなさいったら! 左舷弾幕薄いわよ!!」

「だから、人手が足んねぇの! 高雄、一番主砲は障壁弾だ、斜め前に壁作って進路を確保してくれ!」

 

 ボロボロになった制服姿で目を回して床に転がる那珂の介抱を破れた着物を強引に結んで何とか隠すべき場所だけは隠せている鳳翔に任せ。

 主砲に装填できる障壁を打ち出す弾頭と敵装甲を貫通させる徹甲弾の入れ替えの管理やこちらに目がけて飛んでくる正確な砲弾を対空砲で迎撃しながら加減速と共に高雄へと回避方向を指示する。

 

『お任せください!』

 

 これで高雄が障壁の展開距離を間違う戦闘経験の少ない重巡艦娘だったら三隈からの初弾幕(挨拶)を浴びてノックダウンされていたのだろうから、彼女の多数の艦隊を渡り歩いた末の戦闘経験はこの場で値千金と言える価値を発揮していた。

 

「だが、くっそ、防戦一方でこのままだと撃ち合いに負けるか・・・」

『すみません、私の拙い(つたない)戦い方で提督にご迷惑を』

「いや、これは単純に指揮官との連携と経験の差だ、良介の艦隊に三隈が入ったのは大分早い時期だったしな、俺が原因ってのは癪に障るが・・・」

 

 出撃前の人の良さそうな笑みに隠したこちらの実力を窺う様な視線を向けてくる慇懃な態度がいつの間にか消え、かと思えばまるで俺に遜って(へりくだって)いるかの様な従順さで命令を聞いてくれている高雄の心境の変化が少し気になりつつも火器と動力の管制に注力する。

 俺の目に映るのは嫌と言うほど正確にこちらを狙ってくる良介の指揮下の重巡が水平線の上で米粒の様に小さく見えるモニター、敵弾の飛来を警告する赤色のマークが消えたり点いたりする様子に眉をしかめた。

 

「高雄はこれ以上ないほど良くやってくれている、それだけは保証する」

 

《はいっ、ありがとうございます! 提督♪》

 

 俺のたった一言を大袈裟に喜び強い喜色で彩られた魅力的な笑みをコンソールパネルの上で浮かべる高雄の立体映像に見惚れかけたが、こちらを無言で振り返った霞が指揮官に向けるには少々鋭過ぎる視線を投げてきたおかげで風で捲くれそうになっている見えそうで見えない部分から目を引き剥がせた。

 

「しっかし、なんだ、お互い見える位置にいるったって重巡の砲撃はこんなに命中率が良いもんなのか?」

『船だった頃と比べれば大きく向上している事は間違いないですけれど・・・しかし、ここまでの彼女と練度の差があるなんて、同じ重巡として自分が情けなくなってしまします』

 

 第二次大戦前後の艦載砲、十発に一発当たれば神の御加護なんて言われていた時代と比べるのは基準がおかしいが、それでも現代兵器と比べても見劣りしない艦娘の武装とは言え敵に向かって撃てば当たるなんて出鱈目な事は出来ないはずだ。

 

(それにしたって高雄は深海棲艦ほどデカいわけじゃない、経験が多いってだけでそうそうポンポンとこっちの砲撃が防がれてあっちは当てまくるのは道理がおかしいだろ)

 

 障壁を投射できる特殊弾頭のお陰で直撃弾は無いが十発の内で九発が高雄の身体を脅かすルートで降って来る敵の砲撃精度に脱帽する他ないのかと唸り、二割ほど削られた障壁の耐久力をこれ以上減らされない為にも敵の攻撃に何かタネがあるじゃないかと頭の中で問う様に呟くが。

 

 座布団に座って縁側で湯呑を手に猫を撫でている猫吊るしの姿が過るだけで、特に良い考えが浮かぶ事は無かった。

 

(って、今のはアンタに聞いたわけじゃないんだから忙しい時に顔を出すな!)

 

 と、叫びそうになったのを何とか堪え俺は言葉にせず心の中だけで愚痴る。

 

「・・・あら? 三隈からの砲撃が止んだわ。再装填してる様ね、まぁ、こっちもそうなんだけど」

「接近戦が出来るわけじゃないし、この距離だと雷撃は簡単に処理されるから宝の持ち腐れになってるし・・・どうすっかなぁ」

 

 砲撃補助をやってくれていた陸奥が告げたちょっとだけ良いニュースに何とか敵の攻勢を一時凌ぎ切ったと知り、張り詰めた考えを解す為に俺は指揮席へと背中を預けて気の抜けた声を上げながら全周囲モニター越しに高雄の魅惑的な身体のラインを強調するタイトな制服と同じ青色をした空を見上げ。

 

「対空砲は障壁弾を再装填完了したったら、ほら、ボケッとして無いで主砲はそっちで管理してるんでしょっ!」

 

 空を見上げ空母艦娘なら頭の上からアイツらに爆弾でも叩き込んでやれるのにと益体も無い事を考え、直後にそんな休む暇すらくれない駆逐艦にせっつかれて俺は高雄が霊力を供給する艤装の様子へと目を向けた。

 だが、ふと、さっき考えた空から攻撃と言う現時点では何の意味も無いはずのアイディアに何か引っかかりを感じる。

 

 逆に自分達が頭の上から見られていたならさっきの意味不明なほど正確に砲弾の雨を浴びせられた状況にも説明がつくのでは、と。

 

「・・・高雄、俺が南の方に行ってた時に鎮守府で巡洋艦娘用に航空機カタパルトが作られてたって話は本当か?」

『はい、私は装備した経験はありませんが最上型を中心に実験運用が行われてる、とか・・・ぁ』

 

 それは俺の艦隊に戻ってきてくれた不知火が教えてくれた鎮守府の近況に混じっていた情報、そのふと漏らした問いかけの言葉に高雄は是と肯定し、二人して数秒の逡巡の間を置き。

 そのキーワードが現在の不可解な窮地の答えとなり俺は指揮席で高雄は立体映像の中で目を見開いた。

 

 航空機を運用できる巡洋艦娘の存在は記憶としては存在していたが、ゲームと違ってあれこれと面倒臭く不自由な現実ではそれの実現が難しいと考えていただけに俺は航空巡洋艦娘が目の前に現れるとは夢にも思っていなかった。

 

「・・・最上型って、三隈もそうじゃねぇか・・・?」

『・・・私とした事がなんて迂闊を、気付かなかった自分が恥ずかしい・・・です』

 

 前世のゲームの中でも観測機の有無で命中率に大きな差が生まれる事は周知の事実であったし、この世界でも空母が遠距離から狙い撃ちで水上の深海棲艦を仕留められるのもまた同じ理由からだ。

 

「でも砲撃に集中していたけれど電探の確認も目視警戒も疎かにしてたつもりは無いわ、航空機が飛んでれば流石に分かるわよ」

「演習前の資料でもそんな装備は書かれてなかったったら、田中二佐があなたと同じ方法で装備を持ち込んだって言うの?」

「それはまずないだろうな・・・だがそれを三隈が持っているかどうかを確かめる方法はある」

 

 こういう場合には経験に従うのが一番良いと言うのが俺の人生における自論、ゲームのキャラクターとして艦娘達が存在していた俺にとっては前の人生で彼女達の姿は未だに色あせる事無くしっかりと記憶の中にある。

 防衛大から世話になっている先輩に言わせれば出所の怪しい情報にまた頼ろうとしている俺は苦笑を浮かべてコンソールパネル上にある旗艦の戦闘形態を変更するレバーを握った。

 

「ちょっとばかり変則的な使い方だが、高雄、長距離戦形態に移行するぞ!」

『了解しました。 提督のお考え通りにっ!』

 

 高雄の返事に頷いた俺の手で押されたレバーがガチャリと音を立てながら反対側へと倒れ、その下に表示された砲雷撃戦形態が水平線の向こうまで射程に収める長距離砲を扱う形態へと変更され。

 コンソールパネルの上に浮かぶ高雄の艤装が複雑に装甲を展開させ、艦橋に響き渡る鋼の音と共に巨大な単装砲を形作り噛み合い一つへと変わっていく。

 

・・・

 

 その形状を表現するならば13mの銃身を持つ対物ライフルとでも言うべきか、腰を覆う艤装基部に銃床が繋がり固定され、腰の高さで高雄の両手で支えらえた200cm口径砲が重厚な重みを示す様な鋼色を日の下で誇る。

 それと同時に青いベレー帽で飾られた黒髪の下、鋭く敵がいる方角を睨み据える右側の目元にまるで照準器の様な十字のレティクル表示が印されたモノクルが浮かび、超大型のライフルへと姿を変えた艤装のスコープと同期したガラス板が数十倍の拡大を行い水平線に立つ臙脂色のセーラー服を捉えた。

 

『・・・おーい、田中さんよ、そんなもん持って来てるなんて資料には書いてなかったぞ?』

 

 巨大砲を構え少し速度を落として航行する高雄の目に演習相手の背部に装備された煙突型の艤装に増設されたアームと金属の長方形が映る。

 サイズとしては1m前後の小型無人機が並ぶカタパルトから雲に混じる白い塗装の羽が飛び立つ様子、三隈の足下に着水した白いトンボがぷかぷかと浮かび重巡艦娘がそれへと手を伸ばして拾っている姿が見えた。

 いくら優秀な索敵能力が高雄にあっても飛行機と言うよりは大きな鳥といた方がサイズ的にはぴったりくるそれを捕捉する事は難しい、だが、機械で作り上げられた海鳥(無人機)は機体に取り付けられた高精度カメラを使い母艦である三隈の艦橋へと偵察した情報を逐一報告していたのだ。

 

『たまたま三隈がこれの試験運用していた時に演習の話が来てね、一度装備すると専用の機材が無いと外せないからそのままになっている。いきなり何なんだ? 資料はちゃんと読んだか?』

『・・・は、・・・えっ? 』

 

 三隈の情報が記載されたページでは無いが別枠にちゃんと書いてあるはずだぞ、と秘密ですらないと言いきる田中の言葉に高雄の艦橋で中村が歯噛みして呻き。

 重巡艦娘の目を通して拡大された三隈の腰に展開されている分厚い鉄板で造られた航空管制装置を睨む。

 

『もしかして、な・・・それって電探に引っかからない塗料とか使ってる?』

『・・・知ってると思うが、増設装備の試験運用中に得た情報は守秘義務の対象になるんだぞ?』

 

 紙で出来ているかの様に軟な機体な上に攻撃能力が無い事、空母が扱う艦載機ほど航続距離が無い事、小さいくせに精密機器の塊であるので一機にかかる製造費用が高い事、動作不良を起こすとその場で修理する事が出来ない事。

 他にも山ほどの欠陥が見つかりほとんどお蔵入りになっていると軽く聞いていた程度だが、そのデメリットよりも今回の演習の様にデータ採集にうってつけの状況なら使わない方がおかしいとも言える。

 

 仮に田中や三隈が怪しい新兵器を嫌がったとしても研究室は司令部に協力を要請し鎮守府の管理者側の権限を利用して今回限りだからと調子の良い事を言って新技術の運用を要求するだろう。

 最近の主任達の新技術に対するアグレッシブさで食傷気味な中村は容易にその光景が想像が出来てしまった。

 

『くっそぉ、撃て、高雄・・・あの甲板ぶっ飛ばしてやれっ!』

『それは困る、これが幾らすると思ってるんだ・・・長距離砲が来るぞ防御用意っ!』

 

 わざわざ形態変更までして見つけ出した情報だと思ったら蓋を開ければ秘密でも何でもなかった。

 通信越しにしれっとした返事を返されてから直ぐにプツリと切れた通信装置を前でマヌケが一人、眉間にシワを寄せる。

 

 相手の状態をただ初めから見誤り勝手に恐慌状態になっていた事実に気付かされた中村は高雄の艦橋で自分のマヌケっぷりに赤面して八つ当たり気味に砲撃を命じた。

 指揮官が情報を見落とした事で危機的状況に陥る、ある意味では軍隊の実戦では度々起こる事故であるが、それは優秀な補佐があれば防げる事でもある。

 

《・・・了解しました》

 

 残念な事に今の恥ずかしそうにしている中村の下にはそれを補う人材が居なかったのだと察した高雄は、しかし、自分が艦隊で果たすべき役割が戦場以外にもあると言う新しい情報に巨大ライフルを構えながらほくそ笑む。

 それは彼の実力不足への失望から出た嘲笑ではない。

 むしろ相手が完全ではないからこそ彼を支える自分の実力の証明へと繋がり、そして、指揮官と共に成長していける事への期待感が高雄の口元を緩めたのだ。

 

(差し当たって駆逐艦の子には秘書艦を退いて貰いましょう・・・実働と内勤の機微は子供には分からないみたいだから)

 

 吹雪の戦いを彼女の艦橋で見て感じ同艦隊で肩を並べて共に戦いたいと思える優秀な戦士である事に疑いが無い事は分かっていた。

 だが少々感情的で少し見ているだけでも分かる程に中村にべったりと甘えている少女の軍人としての拙さは彼の指揮を鈍らせてしまうと高雄は結論する。

 

 それに加え多くの艦娘と艦隊を共にし彼女達を見てきた経験から総じて直情的な艦娘が多い駆逐艦級は指示された事務処理は出来てもそれを他の業務と連携させて考えると言う事が苦手であり、目の前の仕事にかかりっきりになって意外な所で手続きや確認を忘れる事があると知っているからこその分析結果。

 急な配置転換の移動や降って湧いた雑務が山程あったなど言い訳にもならない、それを熟し上官を助けてこそ秘書艦と名乗れる。

 そして、優れた戦闘要員はその力を充分に発揮する為に注力する事が提督の為にもなるのだと知るべきなのだから。

 

(その為にも今回の演習で提督の期待通りの、・・・いえ、それ以上の戦果を上げ、この艦隊に残らないといけないわね)

 

 しかし、正論を並べたとしても何の手柄も無い新参者がいきなり彼の隣に立つなどと言い出せば元からいるメンバーにも反感となってしまい、拒絶されれば艦隊の士気と和を優先して自分が艦隊枠から外される可能性がある。

 今は左遷の関係で少し彼の艦隊に申請を出すべきかを迷い様子見をしている艦娘が多いと言う話は特に情報を集めたわけでもない高雄の耳にすら届いているが今後もそうとは限らない。

 否、私の提督(・・・・)は必ず大成するのだ、と軍艦としての感覚で理解した重巡洋艦は自分が目覚める前に起こったと言う中村と田中の限られた編成枠の取り合いが艦娘同士の間でまた起こる事を直感した。

 

 今、この幸運を逃し編成から外されれば様子見を止めたライバル達の群がりによって彼の艦隊に戻るまでに考えるだけで恐ろしくなるほどの努力と時間を要求される。

 そんなのは胸に宿るこの充実感を知ってしまった自分には耐えられないと高雄は断定した。

 

 我知らず偶然とは言えこの手に舞い込んできた幸運を取り落として別の艦娘に攫われ、自分は彼と比べて数段下の指揮官に就かなければならないなんて事になるなんて冗談でも笑えない。

 

 だからこそ彼女の自己利的な意志(殺意)を漲らせた瞳は30km以上も離れた海上を航行する三隈を正確に捕捉し、一撃にて必中必殺する為に優秀な頭脳が適切な着弾予想地点を割り出す。

 

大人しくっ(私の為にっ)、沈みなさい!!》

 

 普段の穏やかさを裏切るやけに物騒なセリフと共に放たれた貫通力を高められた戦艦級深海棲艦の障壁と装甲を容易く穿つ威力を圧縮された砲弾が音速を越えて撃ち出され。

 遠く海の彼方まで甲高く響き渡る轟音、高雄の背中側に発生した半円の水柱。

 それらを置き去りにして主砲内部のライフリングによって螺旋を刻まれた直径2mの弾頭が凄まじい回転をそのままに空気を貫き目標(獲物)へと直進した。

 




演習もついに後半戦に入ったよ。

そして、高雄は決定的な勘違いに気付かず更に妄想を暴走させる。

そんな理不尽な殺意に晒された三隈の運命や如何に!?

次回【艦これ、始まるよ。】

第五十八話
『高雄、敗北ス!』

演習スタンバイ!!


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第五十八話

 
もがみんは鎮守府から私の活躍を見てくれてるかしら?

最近の彼女ったら日向さんとばかりお話ししているから、くまりんこちょっと不満です。

でもだからって、貴女に八つ当たりしようなんてはしたない事は考えていませんよ。
 
ええ、八つ当たりなんて理由(・・)は必要ありませんものね?
 


 海上に撃ち出された複数の砲弾が次々と何もない空中で着弾したかの様にその弾頭を円板形に潰し広げ、炸薬の代わりに爆発音を上げて内部から吹き出した輝く粒子の奔流が空中に半透明の膜を広げる。

 それは艦娘や深海棲艦が生まれながらに持っている能力によって作られる霊力を利用した不可視の障壁、霊力の元素と言うべきマナと呼ばれる微粒子を結合し1mmの十分の一以下の薄さで結晶化させた集合体が等間隔の距離を開けて八枚のスクリーン(平面)を中空に煌めく。

 

《大人しくっ、沈みなさいっ!!》

 

 しかし、最後の一枚が完成したと同時に遠くから聞こえた女性の叫びに押されて螺旋回転を行う巨大な砲弾がドリルの様に完成したばかりの一枚目を抉り貫き。

 若干の減速を伴い次の障壁を叩き割り、本来なら一枚に対して六発以上のミサイルによる集中攻撃を行わなければ破壊できない障害物が薄いガラスの様に連続で貫かれていく。

 そして、その障壁の密集陣を用意した重巡洋艦娘が苦虫を噛んだ様に顔を顰めて最終防御である自分自身の体に纏う障壁を前面に集中展開させ。

 正確無比に三隈の額へと命中しかけた200cm砲弾が最後の壁への衝突で力尽き砕け散り光粒の飛沫と化して空気に溶ける。

 

『障壁耐久12%down! でも艦体への直接被害はありませんヨー!』

『・・・八枚の投射障壁を全て貫いただけじゃなくここまでの威力を発揮するのか、長距離砲に狙われると言うのは想像以上に肝が冷えるな』

 

 念入りに三隈が装備している20cm口径連装砲の四基で防御を固めて良かったと胸を撫で下ろす指揮官の声を余所に砲弾の分解でばら撒かれた光粒の破片を払うように手で風になびく小豆色のセーラー服を軽く叩き最上型重巡洋艦の二番艦である少女は不機嫌さに口を開く。

 

《もぉっ、くまりんこに向かって沈みなさいだなんて失礼な方ね! 彼女はもう少し慎みのある重巡だと思っていましたのにっ!》

 

 残念ですわと不機嫌そうに締め括られ、数分後には削られた防御壁を張り直して何事も無かったかの様に航行する重巡艦娘。

 戦艦級の深海棲艦に右半身を吹き飛ばされた時にも自分の損傷よりも洋服の心配をしていた最上型重巡の二番艦にとって障壁が削られた程度なら本当に些事なのだろうか、と頼もしすぎる部下と若干狼狽えた自分の態度の差に田中は苦笑した。

 

『・・・しかし、これはチャンスだ、長距離砲は威力は高いが再装填までの時間が』

『提督! 高雄がもう砲撃しようとしてるっ!?』

『はっ? まだ砲撃から十分経ったかぐらいのはず!?』

 

 波の上を進む三隈の増設端子に繋がったカタパルトから送られてくる全長1,2mの翼を持つ無人偵察機(ドローン)が観測した敵の姿に時雨が悲鳴を上げ。

 その言葉の意味に戸惑った田中と海上に立つ三隈の目に敵艦が少し前に見せたモノと同じ閃光を放つ様子が映った。

 

『っ! 三隈、加速をっ!!』

『ダメっ! 回避間に合わないヨ!』

『今は防御でしょ!?』

 

 背中で急回転するスクリューと推進力が一気に引き上げられる感覚、しかし、三隈は音よりも早く自分に向かって突き進んでくる砲弾を避けれないと判断して体と自分に増設された航空甲板を守る為に強引に身を捩る。

 止血だけの応急処置を終えたばかりで艦橋に立ち上がった軽巡のお陰で着弾が予想される部分へと重巡の体を覆う不可視の装甲がその厚みを増やす。

 

《きゃああっ!?》

 

 しかし、掠めただけでも服の上から体を守る障壁は削り砕かれ、臙脂色の布地ごと脇腹が焦げ付き。

 

『あぉっ!? くっ、被害報告をっ!!』

 

 艦橋を襲った衝撃で慌て悲鳴を上げる田中や仲間達の声、激しい振動と鈍い金属の砕ける音によって黒猫の尻尾を思わせる細長いツインテールを振り乱した三隈が海面へと転倒した。

 

『背部艤装右舷スクリューがBreakdown(機能停止)しました! 推進機関もpower(出力)が低下してマース!?』

『魚雷管格納部分破損! 誘爆はしてないけど、起動不能って!?』

 

 艦橋で叫ぶ田中や仲間達の損害報告に掠めただけなのにぐらぐらと揺れる頭を連装砲を持つ手で押さえて何があったのかと三隈は自分の提督へと問いかける。

 

『提督・・・長距離砲の再装填には最速でも二十分以上は必要なはず、ですよ?』

『そのはずだ。いくら何でもあり得ない、何をやったら半分以下の時間に・・・』

 

 自分よりも穏やかで博識な指揮官である田中の慌て戸惑う声に三隈は慕う相手の心をここまで脅かす中村艦隊に対して僅かな苛立ちを表情に浮かべ。

 

『Everyone! look !? タカオが信じられない事やってマス!!』

 

 戦艦娘の驚きに震える声が指し示す艦橋のモニターに表示された上空から空撮を行っている偵察機の映像。

 それへと片目を瞑って意識を向けた三隈は小さな窓枠の中に見えるタイトスーツの襟元で白いスカーフを揺らす高雄のその姿に驚愕した。

 

《推進機関を止めるだけじゃなく、障壁まで消しているなんて!?》

 

 海を走る為の推進力も防御の要である障壁も元を辿れば艦娘の心臓部である霊核が作り出すエネルギーを変換したモノである。

 その振り分けをわざと偏らせて防御力や航続距離を増やしたり攻撃に利用する弾薬として振り分ける技術は艦娘にとって基本技能とも言える。

 だが、戦場でそのエネルギーリソースを全て火砲へと注ぎ込んで二連続の長距離砲撃を実行した高雄の姿は同じ艦娘にすら正気を疑われても仕方がない無謀だった。

 

『・・・いやっ、演習(・・)だから出来るのか!?』

 

 専用の改装を行われた護衛艦数隻によって作り出された巨大な障壁の内部と言う閉鎖空間であり、今日この日の為の警備体制によりいつ深海棲艦が海面下から奇襲をかけてくるか分からない外洋とは無縁の疑似戦場。

 そして、一対一で戦っている三隈の航空観測に対抗する為には高精度かつ高倍率の視界を確保できる長距離砲戦しか選択肢が無いという判断から高雄の艦橋に居る中村がその無謀な戦術の実行を決断したのだと田中は気付く。

 

『だが、義男! それはあまりにも乱暴すぎる手段だ!』

 

 それは自らの原動力を攻撃だけに割り振る無謀、そして、その裏返しは三隈の攻撃に対して防御も回避も捨てた標的になると言う事を意味する。

 そもそも重巡艦娘の艦種能力である長距離砲はその大口径に見合った消費を要求する諸刃の刃であり一度に連発出来るほど便利な武装では無いのだ。

 

『アイツらに反撃を受けて貰う、全砲門照準! 目標、重巡洋艦高雄!』

『了解! ぇ、って、ホワッ? ・・・ロックオンが解除されちゃうデース!?』

『・・・どうしたんだい、三隈、なんでそんな事をするのかな?』

 

 田中達が戸惑いの声を上げる艦橋の様子を余所に三隈は奇策によって自分に手傷を与えた同艦種への侮りを拭い落とす。

 新兵器と新能力を引き下げて強敵を圧倒しようとした島風、手堅い戦術を乱暴極まる突撃で台無しにされた龍驤。

 アイドルを名乗る相手に調子を崩されまいと毅然としていた矢矧ですら結果として相手との正面衝突による引き分けで勝負を決した。

 

《提督、彼女は私に沈めなどと不届きな台詞を吐いた上に、この三隈の艤装に傷を付けてくれたんですよ?》

 

 思えば自分達の艦隊は最初から相手よりも有利な条件を与えられてなお引き分けと敗北感を喫してきたではないかと三隈は再確認する。

 そして、航空甲板と観測機と言うアドバンテージを与えれていた自分もそうであった、とその一部を敵の砲弾で抉られた背部艤装を横目にした重巡は正面へと顔を戻し、黒くつぶらな瞳にありったけの険を込めてその視線を敵が居る方向へと向けた。

 

『・・・つまり三隈、キミは何を言いたいんだ?』

《彼女との決着は、装備に頼り切り勝ちを得たなどと誰一人にも笑われない為に三隈は、私達はあの人達に打ち勝たなければなりません!》

 

 そうして、衆人観衆の前で誰の目にも明らかに三隈が高雄よりも勝っている事を証明しなければならないと言い切った最上型二番艦は指揮官へとそれ(・・)を催促する。

 相手を侮って痛手を受け、そして、それに怖じ気付いて腰が引けた狙いで当たって下さいと相手に頼むような砲撃を行うなど自分の勝利の形に相応しくないのだ、と三隈は無言の主張を行う。

 

『やらんでもええのにわざわざあっちと同じ土俵に立つっちゅうんは、どうかと思うで?』

 

 巨体を馬鹿みたいに晒して獣の様に直進してくる深海棲艦と比べ大きさは1/10ほどなのに船足もそれ以上に早い、さらに回避も巧みな艦娘(自分)を相手に狙撃を成功させる事の難しさは高雄と同じ艦種である三隈だからこそ理解できる。

 そして、自分と違い立体的な観測を行えないはずの高雄は拡大された視力のみでこちらを狙い撃ち、その二発ともを三隈へと命中させその練度の高さを見せつけてきた。

 

《だからこそ、三度目はありません・・・、彼女の失礼千万に私が怒っているんだって教えてあげないとならないのよ》

 

 三隈自身も無茶を言っているのは承知しているし、司令官の言う通りに勝つだけながらこのまま砲を数撃てば良いだけの話だ、と姿は見ずとも艦橋に居る全員が眉を顰めたり苦笑している様子が脳裏に浮かぶ。

 だが三隈はそれを押し退けてでも長距離重火力を旨とする重巡洋艦娘として自分より優れていると感じてしまった高雄の精密射撃に対して刺激されたプライドを優先しなければならないと言い切った。

 

『キミぃ、こらあかんわ、もうこの子言うて聞く感じやないで?』

『これは決闘じゃなくて演習なんだが・・・』

『僕はどっちも同じ事だと思うけどね、それにさっき提督も言ったじゃないか演習(・・)だから出来るってさ』

 

 そして、三隈の意志を尊重してくれる仲間達の声に指揮席に小さな溜息が落ち。

 静かな怒りを瞳の中で揺らし眉を顰め立ち上がった三隈の左右の太股に装備されている二基の20cm口径連装砲が固定されているベルトの上でその装甲を展開させる。

 

《三隈のわがままを聞いていただいた事、提督に感謝いたします》

 

 自分の意を汲んでくれた指揮官に礼をしながら三隈は形態の変更を始めた両脚のそれと同じ口径の連装砲を握った右手を正面に突き出し左手を焦げた腰の添わせる。

 その両手が握る二基の連装砲までもが展開を始め両脚の主砲の中から飛び出した幾本ものケーブルが四基の主砲の間で繋がり引き合い太股のベルトがバチリと弾けるように外れた。

 

『一番砲塔から四番砲塔までの連結異常無し! そのまま合体デース!』

 

 そして、ケーブルに引き合わされ忙しなく絡まり合う金属音とともに幾何学パズルの様に開いた連装砲の装甲同士が繋がり合い、重巡の両手に巨大な一つの砲を形成していく。

 

『装填されていた砲弾を長距離砲用へ分解と変換を開始、80から秒読み開始するよ、・・・80、・・・79』

 

 自分の艤装を穿った砲弾を撃ち出したモノと同じ200cm口径、しかし、ロングライフルに形状が酷似していた高雄の長距離砲と比べれば太く短く角張った装甲に鎧われた三隈のそれは両手持ちのグレネードランチャーの様な形を作り上げた。

 その長距離砲を脇に挟む三隈の左手がグリップを握り込み人差し指が引き金に掛かり、右手が上部に突き出した取っ手を掴みその重厚な重みを支え海上に黒鉄の威容を吊り上げる。

 

 そして、200cm砲を構え高雄が居る方向を睨む三隈の鼻にブリッジを掛けた片眼鏡が右目を覆い、銀のつるが湾曲を耳へと掛け鏡面に遙か遠くの映像が引き寄せられた。

 

『さて三隈、やるからにはアイツらの無茶をやれば勝てるなんて考えを叩き壊してやれ!』

 

 自分と同じく躊躇いを吹っ切ったと分かる指揮官の声に口の両端を引き上げた重巡は艦橋に立つ白露型駆逐艦娘が告げる残り10秒の秒読みに耳を澄ませる。

 

《はい! 提督!》

 

・・・

 

 同方向への多重投射障壁と言う技術は知っていたがそれが砲弾に向かって正確に八枚も重ねられる驚くべき練度によって一撃目の長距離弾を三隈に無力化された高雄は悔し気に歯噛みする。

 

 そして、その悔しさが消える間も置かずに指揮官から、このまま戦い続けても俺達は三隈には勝てない、と言われた高雄型一番艦は自分の耳を疑った。

 

 中村の言葉に自分が彼の期待に応えられずしくじってしまったのだと感じた高雄は更に胸中で膨らんだ悔しさに叫びそうになる感情を押さえ込む。

 正直に言えば彼の言う通り観測機と言う自分の持たない装備によって安定して高い命中精度を得る事が出来る三隈を攻略する方法は高雄にも思い付かず、しかし、指揮官からこれ以上の失望を買ってしまう様な言葉を吐くわけにはいかないと思考を廻らせ。

 

 結局は解決策の無いまま一度目の長距離射撃は失敗したけれどまだ挽回の余地はあります、と虚勢を張った高雄は彼の口から続いて飛び出てきた話の内容に攻撃失敗の動揺すら忘れて絶句した。

 

 指揮官が言い出した奇策と無茶を履き違えた愚策、軍艦だった頃でも艦娘になってからでも両方の知識と経験はその無謀に強い拒絶感を発している

 

 この作戦が嫌だと言うならすぐに旗艦を陸奥に変更する。

 それで重巡同士の試合は終わって次の勝負が始まるだけだ。

 どうせ演習の勝ち負けが命に関わるわけじゃない。

 わざわざ高雄も難易度が高いだけの骨折り損に付き合って痛い目を見る必要は無いだろう。

 

 自身が言った作戦に向かって執拗なほど重ねられた消極的なセリフで終わった中村の話にこの方は正気なのだろうかと高雄は内心で呻く。

 

 男子たるもの勝利を望まないなどある筈が無い、しかし、戦う前から負けると平然と言い切る彼の軽薄さに不快感が湧き立ちかけ。

 眉を顰めた直後に高雄の脳裏に走った直感によって指揮官の言葉が彼女の身体と心を気遣うモノであり、愚策を提示された事を理由に試合から退く事を中村の責任としても構わないと勧めてくれているのだと重巡艦娘は気付く。

 

 それによって彼の言葉の裏を察する事が出来た高雄はその優しい言葉に縋って指揮官に恥を被せる真似をしてしまえば自分は中村にだけでなくその指揮下の艦娘にまで見限られ艦隊での居場所を失うと言う予想に辿り着いた。

 

 しかし、指揮官が言った作戦は目的と方法を理解できても難易度の高さだけでなく高雄にとって認める事の出来きない屈辱的な内容が含まれており。

 そして、中村の言う目隠しで綱渡りをする様なリスクしかない作戦を実行しても、戦艦娘へと旗艦を変更する事によって演習を途中で棄権しても、どちらを選んだとしても自分には敗北が待つと理解した高雄の心の中で天秤が僅かに揺れる。

 

『・・・では、その代わりに提督へお願いしたい事があります』

 

 だからこそ今回の演習によって優柔不断に迷っていた過去の自分が幸運を逃していた事に気付いた重巡は即決に近い早さで自分からその天秤を動かす為に片方の皿へと重り(条件)を一つ乗せた。

 

(嗚呼、だから、こうなる事は分かっていたと言うのにっ・・・)

 

 僅か数分で長距離砲を再装填できた反動で動力を失い停止したスクリュー、全てを吐き出し(から)になった薬室、中身が抜け落ちていく魚雷管は頼り無く感じるほど軽くなった。

 腰を覆う半円の艤装に直結した13m200cm口径と言う軍艦だった頃では考えられないほど逞しかった大砲が三隈から砲撃の直撃によってまるで粘土の様に引き延ばされ崩れて千切れ、自分を守る霊力の装甲の維持すら覚束ない体が破壊の権化によって無様に跳ね飛ばされ砕け散る金属片と共に海面で水飛沫を上げ。

 

 海原を縦に切り裂く200cm砲弾の着弾によって自分の主砲が粉々になっていく様子を見ている為か、今まで感じた事が無いほど強く身体を苛む痛みの為か、それとも分かり切っていた結果に対する諦観によってか、歪な笑みを浮かべた高雄の体がすさまじい衝撃で発生した激流に揉まれ海面に弄ばれる。

 

『・・・如何かしら、三隈の砲撃のお味は?』

 

 たっぷり暴力的な海流に揉まれ洗濯機の中から取り出された後の様に濡れ鼠となった高雄の耳に遠く離れた場所から自分へと砲撃を行った三隈の澄ました声が届く。

 濡れた制服がじっとりと重く肌に張り付く不快感、正確な砲撃による直撃で自分の主砲が消し飛んだ喪失感、その砲を支えていた右腕が激しい痛みを発し、肘の先からすっぱりと消えた蒼い袖の切れ目から光粒が止めどなく海面へと流れ落ちていく。

 今まで戦ってきたどの深海棲艦であってもこれほどの損傷を自分に与えた個体は存在せず、相対している存在が自分と同等かそれ以上の戦力を持った艦娘であると高雄は身を持って実感した。

 

『驚くほど正確で強力な破壊力、結構なお手前で・・・とでも言えば満足してくれるのかしら?』

『そうですわね、後ろの余計な台詞がなければ勘弁してあげていましたわ』

 

 その返事にむしろそれ(抵抗)こそが望みだと言わんばかりに慇懃の中に傲慢さが滲む三隈の声に耳を澄ませながら高雄は海に倒れ込んだ体を残った左手で支えて海面に伏せた。

 出来るだけ弱々しく見えるように、いや、腕を千切られた激痛だけでなく砲艦としての誇りである主砲を粉々に砕かれた衝撃は演技するまでもなく高雄の心と身体を痛めつけている。

 

『手は抜きません、容赦もしません、そうでなくとも私と提督の艦隊は貴女達の指揮官に騙され、からかわれ続けたのですから!』

 

 自分もまた中村に騙された立場であるが故、なるほどと妙な納得と同意を彼女の言葉にしてしまった高雄の伏せた顔の口元を緩め。

 実力の差をこれほど見えやすい形で観客に見せつける気分と言うのはどれだけ気味の良い事だろうか、もしかしたら自分がその立場にいたかもしれないと考えた所で高雄はその馬鹿馬鹿しさに小さく吹き出した。

 

『・・・何を笑っているのかしら』

『いえ、・・・少し自分の迂闊さが今更に可笑しくなっただけよ』

『それはそうでしょうね、私としても中村二佐に振り回された貴女の不幸には同情してしまいますもの』

 

 海面に顔を伏せているから相手の姿は見えない、いや、立っていたとしても長距離砲を失い通常の砲雷撃戦形態へと戻った今の高雄では遙か40km先にある水平線上に立つ三隈は豆粒程度の大きさでしか確認できないだろう。

 しかし、その臙脂色のセーラー服が自分を捕捉し戦艦級をも一撃で屠る大砲に火を込めている事は見なくとも分かってしまっていた。

 先ほどの自分がやった全霊力を火砲に注ぐなんて迂闊を彼女がするはずが無く万全な砲撃を行うだろう事も。

 

 自分の提督が言った通り(・・・・・・・・)に三隈はこちらの装備を狙い撃ちで破壊した事に気を良くして改めて堂々と自分の欲求(プライド)を満たす為にトドメを刺す気でいる。

 その避けられない敗北への道(前提条件)を確実に進んでいる高雄は小波を立てて揺れる海面に歪んで映ったこれ以上無い程に嗤っている自分の顔と見つめ合う。

 

『お喋りが過ぎましたわね、ではそろそろ楽にして差し上げます』

 

 後少し、あと数十秒足りない。

 

『三隈、重巡と言う艦種は気位が高い艦娘が多いって知っていましたか? 私はついさっき提督から聞かされて知りました』

 

 無駄な会話だと分かっているのに相手に敗北感を与える為に通信を送ってきた普段の奥ゆかしさをかなぐり捨てた三隈の言動、そして、自分や妹達にも多少の差はあるが確実に存在する他の艦種よりも強い堂々とした戦いを好む傲慢さ。

 それをついさっき中村に指摘されて初めて自覚した高雄は作戦の前提条件の一つである自分達の性根を肯定して自分と同じ性質を持つ三隈を刺激する為に言葉を弄し。

 そして、高雄は遠く青い空と蒼い海の間にいる小豆少女へと魅惑的な笑みを浮かべた美貌を海面から上げて見せた。

 

『特に最上型の貴女や四番艦の熊野はその典型らしいわよ?』

『なんですの? それは・・・本当に何が言いたいのかしら?』

 

 主砲への再装填が終わり引き金を引こうとした三隈の顔が不機嫌そうに歪んだのだろう、一拍、見ずとも苛立ちで動きが止まる様子が手に取るように分かる少女の声が高雄の耳に届く。

 

『だから、その誇り高い戦いを見せてくれた最上型へお礼を言わせて貰うわ・・・この戦いは貴女の勝ちよ、三隈』

 

 これで自分は時間は稼ぎ切った(条件は全て満たされた)

 もう、この屈辱的な演技(・・)をする必要はない。

 

『ふぅ、可哀想な人、中村二佐に振り回され過ぎて頭がおかしくなったのね・・・演習が終わったらクレイドルでの療養をお勧めしいたします』

 

 高雄の顔に浮かぶ今にも大きな声で笑い出しそうなほどの笑み、片眼鏡が拡大して映し出すその様子に三隈がその声を哀れみと同情に変え、その手の人差し指が引き金を動かして長距離砲の奥で砲弾を撃鉄が打つ。

 

『そして・・・ふふっ、馬鹿め(・・・)と言って差し上げますわ!』

『えっ?』

 

 その言葉が三隈に届いたのはその指が引き金を引き終わった後、高雄の顔に照準された砲弾が砲口から飛び出し海上を超音速で駆ける直前だった。

 なにを言われたのか理解できない重巡洋艦の足下、強力無比な砲撃の反動を押さえ込むスクリューの回転によって背後へと放たれた衝撃で激しく波打つ海面が輝きと共に真下から盛り上がるように膨れ上がる。

 

『ぎょっ、魚雷デース!?』

『冗談じゃっ!? 発射するタイミングなんて無かったはずだ!?』

 

 突然に現れた波打つ光を放って海面を爆発させる魚雷によって二人の重巡の会話に割り込む事無く聞きに徹していた田中達が慌てふためく声に高雄は自分達の作戦が成功した事を確信する。

 そして、自分の艦橋で海面に雷跡を見せない海中でV字を描く潜航と浮上によって敵の足下へと魚雷を届かせると言う離れ業をやってのけてくれた朝潮型駆逐艦の遠隔操作技術に高雄は胸中で喝采を上げた。

 

『下舷障壁貫通!? 左足の方は無事だけど右足を持ってかれたよ!』

『ああっ、くまりんこのお靴がっ! 酷い、酷いですわっ!?』

『艤装に損傷は無いけど! こら、あかんで!?』

 

 三隈が確実な勝利を得る為に観測機と通常砲撃で高雄にトドメを刺そうとしていたら。

 長距離砲の矛先が高雄の主砲では無く身体そのものを狙っていたとしたら。

 砲撃に跳ね飛ばされながら波飛沫の中に紛れ込ませた魚雷に気付かれていたら。

 海面に伏せていた自分が長距離砲戦形態を解除していた事がばれてしまったら。

 霞が魚雷を三隈の足下まで届ける前に敵の砲撃が行われてしまっていたら。

 

 どれか一つでも条件を満たせていなければ中村が言い出した高雄にワザと敵の攻撃を受けさせて雷撃の着弾までの時間稼ぐと言う作戦(嫌がらせ)は成功しなかった。

 

(重巡に慣れていない? ここまで(高雄)を使い尽くせる方が? なら、提督が私の事を使い熟せる様になったのなら、嗚呼、なんて素敵な・・・)

 

 そして、真昼の太陽が見下ろす青い空の下、未来への期待に胸を膨らませ会心の笑みを浮かべる高雄の目と鼻の先に大気との摩擦と霊力による加速によって紅く灼熱した超音速の砲弾が襲い掛かる直前、青いタイトスーツを纏った重巡艦娘の身体が金色の輝きを散らして光粒に変わって消え。

 

『重巡同士の試合はそっちの勝ちで良いぞ、ただし、三隈の足は取らせてもらったけどな!』

『くそっ、勝ち逃げのつもりか!?』

 

 光粒の揺らめきに高雄が姿を消した海上を三隈の200cm砲弾が素通りしてはるか遠くの海面に突き刺さって切り裂かれた海水が壁の様な水柱となって演習海域に立ち上り。

 その白い絶景をバックに輝く金の輪が長門型戦艦二番艦陸奥の名前を宙に刻む。

 

『おいおい、今回はむしろ俺達の負け逃げだろ?』

 

 旗艦が入れ替わる数十秒、光粒に変わる艦娘の身体は物体と気体の中間となってある程度の攻撃なら無効化してしまう現象、それは緊急回避手段として複数の艦娘を指揮下に置く指揮官にとっては必須技能となっている。

 

『それじゃ、こっちが旗艦を変更するんだからお前の方も合わせろよ、それがこの演習のルールだったよな?』

 

 さもなければ武装は無事でも足を負傷して航行に不自由となった重巡洋艦が戦艦の重火力に晒される事になるぞ、と悪辣な脅しで要求をしてくる中村に対する怒りで三隈の艦橋に座る田中はコンソールパネルに握り拳を叩きつけた。

 

『三隈を負傷させ艦橋の人員を減らす事が目的だったか!?』

『足が折れた状態で艦橋に立つのは艦娘でも難しいからなぁ、三隈には無理させず休ませてやれよ?』

 




In the 舞鶴基地ぃ♪

三番艦「姉貴になんて事させやがんだ!! あの野郎!?」

四番艦「摩耶、失礼な言い方しないで、それにあれは高雄姉さんも納得してやっていたみたいだし」

三番艦「はんっ、元は中村とか言う馬鹿野郎が情報の確認して無かったのが原因じゃねえか! クソだクソ!」

時津風(<●> <●>)ジー…

四番艦「(ち、近い近いぃ)だ、だから、摩耶お願い・・・あんまり汚い言い方は・・・」
三番艦「なんだよ、鳥海、お前もしかしてあんなのが良いのか? 趣味わり―なぁ」

伊19 ( ゚∀゚)イヒッ♪

四番艦「ひぃっ・・・(いつの間に後ろにぃっ!?)」


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第五十九話

 
あらあら、彼って本当に長門が言ってた通り「信用できない人間(ひと)」なのね。

だけど、彼女が感じた「不思議と信頼する事は出来る」って感覚も分かってしまう。

ただ、私は毎回彼と一緒に海に出るのは遠慮したいわねぇ。

だって、高雄と違って私は火遊びで自分を焼く趣味なんてないんだもの。

ふふっ♪
 


 仮にだが、演習が始まる前に資料を隅々まで読み込んで三隈が航空機を持っていると言う情報を得ていたとしたら現在とは別の選択肢があっただろうか、と首を傾げた中村は少しだけ悩んだ後に攻撃能力は無い観測機であってもそれを持った同艦種に持たない高雄が対抗出来たかと言われると否であると考える。

 

「どうせ同じ装備を寄越せって言っても無理って言われただろうし、高雄の方も初めて使う代物を土壇場で渡されても重りにしかならなかったか・・・?」

 

 ご高説と机上の戦術を纏めて本にする様な頭の良い人間ならいざ知らず、自分には無理だと直感した時点で中村の思考はどうすれば上手く重巡同士の戦闘から逃げられるか、と言う方向へと全力回転した。

 

「少なくともそれが出来てれば、私がこんなサーカスみたいな事やらされずには、済んだでしょうねっ・・・!」

「・・・結果としては同じになってただろうよ」

 

 200cmと言う冗談みたいな巨大砲弾の着弾と言う中村がかつて日本海で戦った戦艦水鬼の拳並の迫力と威力を持った衝撃の中、長距離砲戦形態から砲雷撃戦形態へと高雄を戻し。

 その直後に津波の様な水柱に隠して放たれた八本の魚雷は引っ掻き回された海流に翻弄され三本が折れて自壊し、それを乗り越え三隈に向かう行程の前半である潜航中に二本が水圧で圧壊する。

 駆逐艦や軽巡の艦娘なら当たり前の様に装備している対潜ソナーがあれば海中を進む魚雷の進路をより安全なものに出来たのだろうが、重巡洋艦娘である高雄の艦橋には残念ながらそんな便利なものは無く、さらにもう一本が海底の岩礁にでもぶつかったのか海底で自爆してしまった。

 

「だが、頼りになる駆逐艦がここに居てくれたからこそアイツらに一矢報いる事が出来た」

「下っ手くそな褒め方! 調子に乗んじゃないわよ! ・・・ふんっ!」

 

 しかし、その困難な道程に対して魚雷へ同期させた感覚だけを頼りに二発の魚雷を演習相手に命中させた頼りになる駆逐艦娘は額に玉の様な汗を浮かべ精神的な疲労で怠そうに顰めた顔を中村へと向ける。

 そんな霞は彼の軽い雰囲気の褒め言葉にどこか不機嫌そう(誇らしそう)に鼻を鳴した。

 

「そして、その成果は高雄、君が俺達にとって最良の負け方をしてくれたから成し得た、ありがとうと言わせてくれ」

「お褒めにあずかりまして、恐縮です。提督」

 

 勝てない勝負と割り切り次の戦艦同士の戦いの為に相手の艦橋で戦闘補助を行う艦娘を減らす、作戦と言うより嫌がらせに近い目的を実行する為に不本意なやられ役を最小限の損傷で演じきった重巡が光の中から艦橋へと歩み出て中村へと微笑み。

 右袖が半ばまで千切れひび割れの様な切り傷だらけの右腕、その肘から先は恐らくは骨折しているだろう右手を胸の前に添え。

 高雄は大の男でも泣き叫ぶだろう大怪我をしているとは思えないほど上品かつ丁寧な一礼をしてみせた。

 

『あらあら、右手一本と交換は相手の片足ねぇ・・・、それって本当に割のいい取引だったのかしら?』

「あくまで俺の経験則だが艦橋にいる艦娘にとって艤装の破損や上半身の怪我より足が動かない、もしくは立てないって方が戦闘補助に悪影響が出るんだ」

 

 艦橋の外、光の輪から歩み出て胸の前で腕を組む陸奥が背中に接続され組み立てられていく装備に身を任せながら遠く彼方で右足を失い海面に手を突き跪いている最上型重巡洋艦三隈へと視界を拡大させて少し同情的な視線を投げた。

 

「普通の戦闘ならそうなる前に旗艦を交代させて回避できる問題だからホントなら考える必要の無い事なんだけどなぁ・・・」

 

 艤装だけが破壊されて艦橋に戻った場合には艦娘本人にはほとんど損傷と言えるものは無い、しかし、身体などに直接受けた損傷は五体満足になるよう補填されるが所詮は形だけの修復でしかなく、受けた損害の程度によるが肌の表面、骨や筋肉、内臓などにダメージが残る場合がある。

 そして、武装が無事でも下半身をやられて艦橋に戻った吹雪達が床に座り込む事しか出来なくなった時の姿を思い出す中村は見ているだけで痛々しい彼女達の姿がその後の戦闘を決定的に不利にする要因となる事を南の海で散々に思い知らされていた。

 

「つまり、不用意に旗艦変更が出来ない演習であるからこその策と言う事、流石です、提督」

「あ、ああ、そう言う事だ・・・それじゃ、高雄、君は配置に着くよりも先に応急処置を」

「その前に提督、作戦実行前に私がお願いした事に関して話しをさせてください」

 

 実際には策と言うより防衛と砲戦に掛かりっきりでその存在を忘れていた出撃直後から装填状態のままだった魚雷を在庫処分のつもりで放つ程度の思い付き、普通に撃つのでは簡単に相手にばれるからそうならない為の欺瞞が必要だったと言うだけ。

 しかも、それすら優先度としては低く、下手に粘って指揮官としての力量の低さを高雄に嘲られるなら潔く退いてさっぱりと彼女に見限られた方が精神的な被害は抑えられるかもしれないと考えた中村はワザと高潔な気質を持つ者が多い重巡艦娘が嫌がる類の提案を行う事にしたのだ。

 だが、その思惑と予想を裏切って高雄はとある要求を指揮官に認めさせる事を条件にして安全な試合の棄権では無く自らの艤装を失うリスク(愚策)の実行を選び取った。

 

「確か浜風と同じ様に、俺へ出来る限りの対応を求める権利を自分にも、って話だったか・・・?」

 

 彼女の返事は中村の予想から少しズレたものの仮にこちらの思惑通りに三隈達が動かなかったとしても高雄に砲弾が命中して大破する前に条件反射レベルで身体に染みついた旗艦変更による回避をしてしまえば問題無いと彼は判断して嫌がらせの実行を重巡に命じ。

 そして、思わぬ方向に進んだ結果が偶然上手くいっただけとは口が裂けても言えなくなった状況に戸惑いながら少し気まずそうに頬を指で掻く中村が高雄を見れば莞爾と微笑む彼女は満足げにその通りだと同意の意味を込めて深く首を縦に振った。

 

「それは構わないが、欲しいモノがあるとか必要な手続きがあるとか、そう言うものは今すぐってわけにはだな」

「いえ、私がお願いしたい事は提督がここで頷いていただければそれだけで済む事ですので」

 

 その言葉に三桁万円の高級な酒を寄越せとか最新ファッション一式を用意しろなんて財布が大破しかねない要求ではないらしい事に一安心するが、直後に高雄の口からよくもこの私に屈辱的な真似をさせてくれたな、と恨み節と共に気が済むまで殴らせろなんて今すぐ可能な要求が飛び出す可能性に気付いた中村は顔を強張らせる。

 実際、気性の荒い艦娘なら艤装をワザと破壊するなんて作戦をやらされればその後に指揮官をぶちのめすだけで済めばマシと言う結果が起こっても不思議ではないぐらいに自分の分身である装備を誇りにしている事を中村は知っていた。

 

 わざとでなくとも過去に指揮下にいた天龍型軽巡の龍田が持つ薙刀が折れた際、その原因を作った深海棲艦を軽巡艦娘は過剰なほど痛めつけて凄惨な残骸へと変え。

 その暴走行為でさらに破損した装備に気付いた龍田は艦橋に戻った直後に中村に剣呑な笑みで詰め寄り、彼の戦術の粗をネチネチと過剰に口撃し。

 そして、その後日、自分の指揮官なら薙刀の扱いを知らなければならないと言う意味の分からない理由によって先端に布が巻かれた長めの棒を持たされ基本の型から訓練は始まり中村はその日一日ぶっ通しで龍田にしごかれた。

 

「提督、宜しいですか?」

「あ、ああ、言ってしまった以上はまぁ、仕方ない・・・何でも言ってくれ」

 

 他にも同じ様な理由で天龍に、特に理由無く五十鈴にも同じ様な目に遇わされた事がある自衛官は史上初の艦娘同士による公開演習の勝敗の原因が部下の反乱となり兼ねない事態に背筋を慄かせた。

 だが言葉だけとは言え一度はっきりと約束してしまった事を翻すのは情けないと感じる気質と安っぽいプライドのせいで彼は頷きと返事を高雄に返す。

 

「ありがとうございます、では・・・」

 

 吹雪に創作の中の物語を現実の様にして吐いていた事を謝った時にはその本人のビンタで顔面に大きな紅葉を一枚張り付けられて、その後に口に柔らかい追撃を喰らった鉄の味がする思い出を持つ指揮官は流石に駆逐艦よりも大人である(自制が利く)重巡なら本気でぶん殴ってくる事だけは無いだろうと希望的観測を抱く。

 

(人間でもクレイドルが使えれば良かったんだけどな・・・)

 

 だが、駆逐艦ですら本気で殴るとレンガやコンクリートブロック程度なら粉々に出来るぐらいのパンチ力を持っている事を考えると重巡の場合には手加減して貰ったとしても顎の骨がゴムより柔らかくされてしまうかもしれないと中村は似合わない神妙な面持ちで高雄の言葉(判決)を待った。

 

「私が欲しいモノは貴方の隣、秘書艦としての席です・・・」

「・・・は?」

 

 無茶な作戦の対価にどんな責任の取り方を要求されるか顔を強張らせ戦々恐々していた中村の脳が高雄の言った言葉を一度素通りさせてからもう一度反芻してやっぱりその内容の突拍子の無さで目を瞬かせる。

 

 唖然としたマヌケ面を見せる指揮官と向かい合う高雄がしてやったりと言う態度を隠さない満面の笑みを浮かべ、横目にその二人を睨んだ霞の左目が苛立ちを示す様にその中の花菱紋をジリジリと電流にも似た光りで瞬かせ。

 

 床に横座りして向かい合う二人の様子を見守っていた鳳翔が能面の様な笑みを顔に被せ、その近くで全身打撲と骨折で絶対安静になっている吹雪が昏い色を浮かべた両目を青い重巡洋艦に向けてその姿を鏡の様に映し込む。

 

 自分の内側(艦橋)の温度が数度低下した気配で僅かに身震いした陸奥は努めて平静を保ちながらあらあらと誤魔化す様に口癖を漏らし、プロデューサー(提督)が中村でさえあればマネージャー(秘書艦)が誰であろうと気にしない自称アイドルは我関せずと言う態度で破れた自分の衣装を簡易裁縫キットで繕う。

 

「ですが、それは自分で勝ち取りますので、今回はこの艦隊に私の為だけの編成枠を一つ戴こうと思います」

 

 敢えて自分から地雷を踏み抜きに行った重巡洋艦は胸を張り堂々とした笑みで艦橋に居るメンバーを見回して自己主張を確定させる。

 

「っえ、あ、・・・それはまあ、構わないが、そんな事で良いのか?」

「ありがとうごさいます、提督、これから末永くよろしくお願いしますね♪」

 

 元から高雄にフラれない限りは自分の艦隊に居てもらいたいと考えていた中村にとって彼女からの申し出は有難いと言えるが、同時に艤装を敵に差し出す無謀で無茶な作戦を実行する対価になる程の価値があるモノでは無いのでは、と指揮官は首を傾げる。

 

(末永くって大袈裟な・・・まぁ、多分、高雄から脱退を言い出すまではって事だろう?)

 

 そうして高雄の思惑を勘違いしたまま今まで全ての艦娘の中で吹雪以外に前例が無かった所属艦隊の完全固定が中村によって認められてしまった。

 一人の艦娘が指揮官に自分専用の編成枠を求めると言う事の真意が分からない中村の周囲で空気が重みをさらに増す。

 

「では、・・・皆さん、戦闘を再開いたしましょうか?」

 

 その周囲の空気の変化を私の知った事か、とでも言う様に完全に無視した高雄は魅力的な笑み崩す事無く正面モニターへと手を向け、その先に見える水平線上で小さく見える金色の輪を指さした。

 過剰反応にも感じる仲間達の様子に恐れおののき、脳内で乱舞する疑問符によって思考停止しかけていた中村の頭が高雄の言葉と対戦相手の旗艦変更の光のお陰で戦闘再開の為に動き出す。

 

「主砲を幾つか高雄と霞に回す! 鳳翔、那珂やれるか?」

「那珂ちゃんは今、お着替え中で~す☆ プロデューサーさんだからってジロジロ見ちゃダメだよ~♪」

「鳳翔、電探と観測に入ります・・・提督、後で少々お話しないといけない事が出来ました、よろしいですね?

 

 中村の命令ですぐさまモニターに向かった高雄と霞の背後、スッと立ち上がり龍驤との戦闘で破れて水着の様に露出度が高くなった着物を身に着けた空母艦娘が陸奥の索敵機能(モジュール)に着く前に中村へとコンソールパネル越しに顔を近づけてその耳に囁きを吹き込んでから離れ。

 鳳翔の言葉に頬を引き攣らせながらも声無く頷きを返した中村は不意に視線を感じた方向へと横目を向け、その先には普段通りの朗らかで素朴な笑みを浮かべている少女の顔、痛み止めを飲んでいるとは言え全身が引き裂かれる様な痛みに晒されているはずの吹雪が指揮官へと重く(私が貴方の)強い信頼(一番艦ですよね?)を視線に乗せた微笑みを向けていた。

 

(ふ、二人とも笑ってんのに笑ってねぇ・・・これは、演習後の方が俺にとって危険かもしれない・・・のか?)

 

 この日の夜、彼は小笠原に同行していた4人の艦娘に囲まれて正座させられる事になり。

 相手が軍人の手本の様な節度を持った重巡艦娘(大人)であっても不用意に何でもしますなんて約束をしてはいけないのだと中村が学習させられるのは別の話である。

 

・・・

 

 義男達を相手にする演習が始まってからとことん自分は予想外の事態にばかり巻き込まれると内心で呻く俺は気を抜けば吐きそうになる溜め息を気力を振り絞って耐える。

 

《当たってクダサーイ!! FIRE!!》

 

 そんな憂鬱さを掻き乱す様に艦橋まで響く巨大な爆音に鼓膜を震わされ、連続で金剛の艤装から放たれ放物線を描きながら水平線の向こう側に隠れている戦艦娘に向かう砲弾の流れ星を見送る。

 

「・・・砲撃着弾確認できず! また全弾外れたわ!」

 

《Shit! 狭叉にもならないなんて! この緒元情報は合ってるんですカー!?》

 

「水平線の向こう側に居る相手なんですよ!? あちらからの弾道と予測針路から逆算する事しか出来ないんです、むしろこれでも上出来な方ですわ!」

 

 砲撃の大音声に続いて今にも海面で地団駄を踏みかねない程苛立った金剛の大声が艦橋に響くが彼女の感じている不満は俺達にも当てはまる為にそんな事をこちらに言われてもどうしようもない。

 

「・・・まさか、ここまで命中率が低くなるとは」

「深海棲艦だったら間違いなく二回目の砲撃で撃沈できてただろうけどね・・・」

 

 最低でも100mを超える深海棲艦の巨体と比べると精々が十数mの艦娘では単純な重量と質量は言うに及ばず、表面積で言うなら艦種によっては数百倍まで差が広がる事になる。

 更に手元のコンソールパネルにあるレーダーの丸い画面は砂嵐に覆われ、その外縁に恐らく対戦相手である陸奥のモノであろう信号が頼りなさげな点滅しているが、それすらころころ距離を変える為に大体の方角を知るぐらいにしか役に立たない。

 

「提督、あっちからの砲撃くるよ!」

「速力針路そのまま! 数撃って当たるならとっくに俺達のも当たっている!」

 

 時雨の警告と同時に水平線の向こう側から先ほど撃ち出した砲弾が跳ね返ってきたかの様に金剛の頭上を飛び越え後方や前方など数百mは離れた場所に水柱を上げ、海面に落ちたと同時に炸裂した戦艦砲弾が大量のマナの光粒をばら撒き。

 砲弾の着弾で海面に放出された攻撃的な霊力が金剛の障壁に干渉してバチバチと火花を散らし、その上に艦橋内のモニターや電探に砂嵐を追加して狂わせる。

 

「障壁減衰0.3%、あっちも当てずっぽうって事ね」

「何か花火大会見てる気分になってきたわ・・・撃っても当たらんし、ウチ、もう島風と一緒に寝ててええかな?」

「足が痛くて立てないくまりんこも頑張ってるんですから貴女も頑張ってください!」

 

 重巡同士の戦いで骨折した右足を床に投げ出した女の子座りで手すりの下からモニターに無理矢理ぎみに手を伸ばしている三隈が自分の隣に立ち金剛の砲撃を補助しているガーゼを肌に張り付けた半裸の龍驤へと柳眉を吊り上げて強い声を上げる。

 船足は他艦種の艦娘よりも大きく劣るがそれを補って余りあるレーダーの探知範囲と大量の砲弾による火力によって敵を圧殺する筈の戦艦娘が数度の全門斉射を経ても敵を討ち取れないでいた。

 

「こんなのを見せられると観測機は重巡だけでなく全ての艦種に必須の装備になりそうだと分かるな・・・」

「数人分製造するだけで鎮守府の予算を空っぽにするっていう高級品よ? 贅沢な望みね」

「それが出来るのなら最上型で一つのカタパルトを使い回ししなくても良くなるのでしょうけど、到底無理な話ですわ」

 

 砲撃の残滓を砲口から立ち上らせている金剛の各砲塔へと再装填が行われる中、叶わぬ望みに愚痴を漏らす俺の声にその場にいた全員が苦笑して不毛な次の砲撃に備えて演習相手の位置情報を割り出す為に再計算を行う。

 白い雲が漂う青い空と高波をうねらせる青い海の向こう、地球が丸い為に物理的に目視出来なくなるほど離れた場所にいるはずの相手の顔を思い浮かべた()は自分が義男に勝ちたいと思っている事を改めて確認する。

 

 今では無い一回目の人生、普通に小中高と学生時代を終えてそのまま大学で文系の学科を進み30代になる頃には名ばかりの助教授として上司の教授代わりで教壇に立ち講義を行っていた人生と比べると些か刺激が強すぎる今世の自分へと不意に苦笑が漏れる。

 偏ったジャンルのTVゲームか読書ぐらいしか趣味と言えるものが無く、年老いた親に勧められるまま見合い相手と結婚したが仕事に感け過ぎて仮面夫婦みたいな出来となった家庭は自分にとって本当に必要だったのかと疑問に苛まれながら65歳の時に定年退職してから押し寄せた諸問題に精神を疲弊させ、その数年後に誰も居なくなった自宅で眠りについたと思ったらこの世界で再び赤ん坊からやり直す事になった。

 妻の浮気を巡る裁判とか自分の子供の素行不良による巻き込まれた犯罪事件とか、家庭を顧みなかった自分の身から出た錆で勝手に自滅した人生に向かう道は今では跡形も無く自衛官として艦娘達と共に苦楽を共にしている。

 

(思っていたよりも僕、いや、俺は軍人に向いていたって事なんだろうか・・・)

 

 自分と同じ様に別の人生を歩みこの世界に産まれ直した義男と出会い、前の人生では全く縁の無かった彼と親友となっていろいろな意味で引っ張り回されなければ、もしかしたらまた田中良介と言う人間は前と同じ人生をなぞっていたかもしれない。

 

(矢矧からは未だに情けないと言われる事もあるけれど・・・)

 

 未練が無いと言えば嘘になるが出会ってもいない女性にしてもいない結婚生活の不備を謝るだとか、生まれていない自分の子供が道を踏み外さない様に交流するなんて事はもう出来るはずも無い望み。

 だからこそ新しい人生で出来るだけ多くの変化を望んで義男に引っ張られて自分の一人称を僕から俺へと変えたり、その悪友が頻繁にやる馬鹿な行動とばら撒く嘘に巻き込まれながらも心を弾ませながら前世と全く違う自衛士官への狭き門に挑み、そして、此処にいる事に後悔はもう無かった。

 

「山ほど感謝はしてるさ、でも負けてやるつもりはないんだ・・・ん?」

 

 脳裏に微笑ましいモノを見る様な笑みを浮かべる三つ編みとアホ毛を揺らす青髪の小人(三等身)水上機(瑞雲)の上で手を振っている様子が見えた気がしたが、今は構ってあげている暇が無いので妖精(博士)にはお引き取りを願う。

 

「提督?」

「何でもない・・・時雨、皆、状況を動かすぞ!」

 

 演習で戦闘不能になった五人が強制解除で外に放り出されない為に艦橋に控えて艦隊の補助に徹している時雨に向かって表情を引き締めた俺はコンソールパネル上に集まる情報へと目を走らせる。

 

「金剛、進路を中村艦隊へ! こちらから仕掛ける!」

《イェスッ! その言葉を待っていたネー! テイトクゥッ♪》

 

 直径100kmの巨大な円に囲まれた海上の外縁を巡航していた金剛が俺の言葉でその針路を円の中心を挟んで水平線の向こう側にいるだろう陸奥へと向ける。

 

「でも霊力の濃度が高いせいで電探も信用できないわ、闇雲に接近しても狙い撃ちにされるわよ?」

 

 布地の大部分が破れたセーラー服の切れ端の下、身体中に刻まれた無数の裂傷にガーゼを張り付けサラシの様に上半身に巻いた包帯で胸を覆っている矢矧が俺の方を振り返って警告を口にするがそれは相手方も同じだと短く返す。

 

「金剛、形態変更用意! 周りにはたんまりとマナが散らばっているんだからそれを吸収すれば攻撃も出来るし、電探も使える様になるはずだ!」

 

 指揮官として作戦方針を決断する時には部下に躊躇いを見せてはいけない、義男だってやれている事なのだから俺にだって出来ない事じゃないと防衛大時代に部屋長や教官から教えられた訓示を実践する。

 

 そして、握った形態変更レバーを砲撃戦から殲滅戦へと切り替えた。

 

《OK! テイトクゥ、私から目を離しちゃっノーなんだからネー!》

 

 いや、戦闘中なんだから見るのは君じゃなくて相手じゃないといけないだろう、とツッコミを入れそうになった俺が座る艦橋のモニターに変形を始めた金剛の艤装が霊力の吸収と増幅を行う金属板を広げ、そこから溢れた青白い光が彼女の身体を覆う様に幻想的で巨大な光の翼を造っていく。

 

・・・

 

 陸奥が放った砲撃が海上にばら撒いた霊力の残滓が海に溶ける事無く金剛の艤装へと引き寄せられ、白い線を宙に引く様に無数の光粒が巫女服の背中で円環を作り内部機構を剥き出しにして体積を巨大化させた兵器へと吸収されていく。

 

『予備砲弾の分解完了、薬室内(チャンバー)圧力43%や、増幅率は毎秒2%で安定しとるで』

『霊力力場のよる探知妨害の軽減もしてます・・・やっと見つけましたわ! 中村艦隊捕捉です!』

 

 例えるなら輝く鉄の輪から生える白鳥の翼、二対四枚のそれは天使を思わせるほど穢れの無い純白を青い空と海の間で羽ばたかせて溢れる光が散る羽の様に海原を撫ぜる。

 17mの巨大な美女の背中から生えた翼の雄大さと美しさは一枚の絵画の様な趣深さとなって演習海域で外に被害が出ない様に障壁を展開している護衛艦などのカメラを通し、遠く離れた佐世保の港へと送られ観覧席の前に設置された壁の様に巨大なモニターに観客達の目をくぎ付けにした。

 

『距離30kmで出力10%で第一射、その後も続けて接近しろ!』

 

 金剛の翼が周囲の霊力を吸収して回収したお陰で砂嵐が無くなったレーダーが捕えた敵艦に向かって円環がその陽光を砲口へと詰め、指揮官の指示と仲間達の情報に従って戦艦娘は姿の見えない敵の想定位置をその脳裏に浮かび上がらせる。

 

『仰角補正、照準距離29900! 提督どうぞ!』

『金剛! 撃ち方始めぇっ!』

 

 艦橋で捕捉された陸奥の姿がはっきりと金剛の目の中に像を結び、鉄輪から十分の一の火力を受け渡された四基の主砲が火を噴く寸前の火山を思わせる熱で周囲の空気を陽炎へと変え。

 

《撃ちますッ! FIREァアッ!!》

 

 甲高い叫び声と共に海水を焦がす火線が標的を目がけて走り、空気を熱で歪ませながら突き進んだ砲撃が着弾点に吸い込まれるように消え、一拍の間をおいて巨大な水蒸気爆発が水平線上に水柱となって巨大な影を海上に作り出した。

 

『じゅ、10%でこれか・・・』

『扶桑の時は限定海域の壁のせいで良くわからなったけど・・・、外で使うとこんな事になるんだね』

『使用に関しては実行委員会に止められなかったけど、使って良かったんだろうか・・・?』

『なに言っとんねんっ!? 今さっき命令したんはキミやろが!』

 

 自分で命令しておいて目の前で起こった大爆発に恐れ戦いた田中が指揮席で怖気づいた声を漏らし、金剛は関西弁の鋭いツッコミが響く艦橋から意識を水平線上に立ち上る水蒸気の雲の向こう側へと集中させ、自分の背で羽ばたく翼と同じ色の光を宿した何かがきらめく様子に戦艦娘は不敵な笑みを浮かべた。

 

《オゥーケー! たった一撃でFinishなんて戦艦同士の戦いなんて言えないデース!》

 

 




高雄さんの勘違い

①中村の指揮は他の特務士官と比べて特に優れているワケではない。
指揮できる艦娘の人数が多いから戦術に広い幅が有るように見えるだけ。

コイツ(中村)は誇り高い日本男子ではないのでわりと簡単に逃げ腰になる。
例えば深海棲艦との戦闘でも追い返しさせすれば追撃せずに帰るとかすぐ言い出す。(帰れるとは言っていない)

③実はわざわざ欺瞞作戦で自滅しなくても観測機の必要無い距離まで近付ければ勝負を正々堂々と引き分けに持ち込めた。
まぁ、その場合は高雄も三隈も両方ともひどい事になるはず。

接近中にワンパン大破させられる危険性?
気にするな!

④吹雪は中村にとって初期艦であり最も親密な艦娘、そして、いつも付き人みたいな事をしてる。

 ・・・だが、吹雪は彼の秘書艦ではない。


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第六十話

 
Merry Christmas!

今日は偉大な聖人の生誕を祀る祝祭日。

でも、現代では祝福を恋人たちに届ける日になっちゃってマース。

なら、流行りに合わせて神様は奇跡の一つや二つは気前良くくれるべきデース。

だからこそ! Please!(寄越しなさい!) 提督に勝利をっ!!

まっ、私がテイトクのheartを掴むのは神様にだって変えられない運命デスけどネッ♪ 
 


 悪夢だ、と独り言を漏らした田所浩輔は我知らず整った顔立ちを掻く様に片手で自分の顔半分を覆いながら目の前、今回の艦娘の公開イベントに際して佐世保会場に特設された巨大なモニターと手元の液晶端末に送られてくる詳細情報の間を忙しなく行き来させていた。

 

(地球上のマナの増大によって将来的(・・・)に神話の中の存在が復活する・・・?)

 

 VIPやマスコミを含めた千人以上の観客が座る観覧席の前、19m×6mと言う巨大な壁にも見える二つのモニターの中で繰り広げられている艦娘同士の模擬戦闘(デモンストレーション)

 右側の画面が追う鉄の輪を背負った二対の白翼を羽ばたかせる天使の様な美女が四基の大砲から閃光を放てば海面が煮え立ち白煙を渦巻かせ灼熱地獄へと変わる。

 左側でその熱量の標的となった妖艶な美女が二本の鉄角が付いたサークレットの下で不敵に笑い、自分を穿つ為に海水を蒸発させながら突き進んできた光線をその背中から生えた翼で受けて光粒一つ残さず打ち消して見せた。

 

(なにが近い未来だっ、冗談じゃない! もうそれ(・・)は我々の目の前にいるじゃないかっ!?)

 

 発電所の下に隠された霊核保管施設で日本国総理大臣、岳田次郎が言っていた確実にやってくるこの世界の未来を聞いて頭では理解していたつもりになっていたエリート官僚は今回の演習で自身に叩きつけられている凶悪な実体験による胃を苛む吐き気に呻く。

 

 時間を止める、未来を予知するなどと言う信じ難い超能力を持った駆逐艦達が時速700kmで海上を走る事は資料では知っていた。

 空母を原型に持つ艦娘が空中サーカスの様な曲芸飛行を行うと言う事も事前に知っていた。

 その他の艦種にしても全てこの日の為に各種資料を読み込み万全を期していた筈だった。

 

(だが、こんな事・・・、誰が予想できる!?)

 

 吹雪と島風の正面衝突で金髪の少女の下半身と上半身が真っ二つになり、その直後に黒髪のセーラー服が海面を何度も跳ね宙にその手足が飛び散る光景にフランス駐日大使夫人を含めた十数人の観客が卒倒した。

 

 龍驤と鳳翔の空中戦は演習海域の外円からカメラ向けている数百個のセンサーユニットすら追いつけず、自衛隊内で厳選された広報担当官である筈の解説者(アナウンサー)が手元の資料とマイクの間で呻く様な意味を成さない戸惑いの声を漏らすだけの役立たずに変わる。

 

 アイドルの様に賑やかな美少女が画面に登場し一瞬だけ和んだ会場の空気が直後に降り注いだ砲弾を合図に凍り付き、砲口と刃物を突き付け合う軽巡二人の血飛沫にまみれた生々しい殺し合いにしか見えない試合によって多数の女性が上げる悲鳴で周囲が騒然となり。

 

 重巡に至ってはこちらの鼓膜とモニターのスピーカーを破壊する為に大量の砲撃を撃ち合い、トドメとばかりに200cmと言う常識はずれの巨大砲弾を連発させて兵器に詳しいと豪語していた各国の知識人に白目を剥かせる。

 

 さらに続く戦艦同士の戦いでは撃ち出した砲弾が轟音と共にばらまく暴力的なマナ濃度の上昇がモニターを砂嵐へと変え映像そのものが届かなくなる事態が発生。

 そして、遠く海の彼方から聞こえてくる巨人の足音にも感じる砲声に困惑する田所や観客達の目の前で唐突に大画面のノイズが消え。

 

 そこ(海上)には巫女服を纏い背に黒鉄の輪を背負う天使が光で作られた翼を広げ立っていた。

 

(艦娘と深海棲艦は対となる存在・・・過去の地球を支配していた神魔の再現体)

 

 光粒を振り撒き二対の天使の翼を閃かせる巫女装束と妖艶な美貌が羽ばたかせるドラゴンの翼を象った四枚の光膜が海面を打ち波打たせる。

 

(その通りだ、あれは人の形をした化け物で・・・)

 

 ビーム兵器、それはプラズマ化した粒子を指向方向へと加速させ投射する架空の兵器であり、現代の科学技術では理論的には可能だが技術的には不可能とされている存在。

 マナと仮称される得体の知れない粒子によって原理不明の製法で造られた存在しない筈の兵器が現実の中で光線を放ち、相対している同艦種を討ち取る為に海面を凪ぐように焼き払い、海を抉り取って蒸発させる。

 

 演習海域を覆い被害を内側に押し留める防護障壁に陸奥が避けた光線が直撃して中空がひび割れ、直後に不可視の防壁から光の破片が外側に散り障壁にエネルギーを供給している護衛艦の動力が障壁の維持と修復の重労働に悲鳴を上げた。

 

(そして、将来的に人間が辿り着いてしまう進化の終端の体現者達)

 

 第二次大戦時には力の象徴とされていた戦艦を原型に持つ美女達が宿すもう一つの姿。

 殲滅戦(Genocide)の名を与えられた形態が生み出す光景を映し出すモニターの向こう側、佐世保沖に現出した地獄絵図を前にした田所は自分の認識がどうしようもなく甘かった事を今更に後悔する。

 

 同じ艦種同士が戦うと艦娘が持つ特徴の潰し合いになって泥沼な戦いになってしまう、今回が彼女達が持つ本来の実力を見せる為の演習だと言うならこんな制限は無い方が良い。

 黙って自由に戦わせろ、そんな意図を言外に主張する太々しい態度を見せた中村義男と言う特務士官、田所と同じく別の現代日本で生きた記憶を持ち艦娘を率いる指揮官として国防の最前線にいる青年の一人。

 そして、鎮守府で妨害工作を行っていた者達によって欠陥品のレッテルを貼られていた艦娘の能力を覚醒させた(余計な事をしてくれた)人物の言葉を頭の中で反芻する。

 

(しかも、これすら全力ではない、だと・・・?)

 

 自衛隊から内閣総理大臣のお墨付きで根こそぎ持ってこさせた過去の資料や現在の運営状況などの記録や映像を残らず精査し、その中村と言う典型的な個人主義者(脳筋な野蛮人)が自分を大きく見せこちらから譲歩を引き出す為に艦娘の運用実態を過剰表現しているのだと鼻で笑った。

 そんな数時間前に頭にあった想定を中村だけでなくもう一方の指揮官である田中までもが当たり前の顔をして上回っている現状に若年の官僚は目眩を止める事が出来ない。

 

 建前も裏事情も纏めて提出させたはずの資料に書かれていた現代兵器より少し優れているなどという文面は何だったのだ、と憤る田所の手が握る端末に集まる情報は事前情報が大まかには(大部分が)合っている(想定外)と伝えてくる。

 海の向こうで今もビームを撃ち合っている戦艦娘の砲に注がれている出力が10%前後であると言う知らせに息を止めノンフレーム(インテリ眼鏡)の下を苦悶に歪めた。

 そして、田所は戦艦娘の艦種能力の制限の有無に言及してきた指揮官、田中良介の言葉を些細な問題として自己判断に任せるなどと言ってしまった自分の愚かさを呪う。

 

 そもそも常識外れな十数mの巨人となれるとは言え、せいぜい36cmの大砲(電柱程度の太さ)が最大出力で砲撃を放つと単純計算で東京から京都までを一撃で焼き払えるなどと言う荒唐無稽な計算結果を誰が信じると言うのだ。

 軍事技術に精通していなくとも常識を是とする真っ当な人間ならそんな事を宣う者を指して狂人と言うだろう。

 

(刀堂博士、貴方はなんてモノを造り出してしまったんだっ!)

 

 様々な(政治的な)事情から詳細な記録が欠落した(抹消された)日本海に出現した限定海域の中で戦艦娘が放った全力砲撃が海上から空を穿つ光の柱を立てたなんて情報は現場の人間の主観が誇大させたモノだと高を括っていた。

 そんな先入観を棚に上げて田所は各省庁のわがままを真に受けて馬鹿正直に重要極まる作戦と戦闘の記録を消した自衛隊の迂闊さ(無能さ)に殺意を胸に沸き立たせて握り込んだ掌に爪を食い込ませる。

 

(確かに、対外的な基準となる艦娘の能力を示し、かつ各国との交渉を有利にする為に多少派手な演習をと注文を付けた、・・・だが、誰がここまでやれと言った!? 出来ると思うわけがないじゃないか!!)

 

 中村と田中、二名とも転生者である事を差し引いても経歴も実績も十分に優秀な人材であると田所にも分かる。

 だが、同時にその素行と指揮下にいる艦娘の状況を見ると両名とも田所を含めた日本が抱える致命的な地雷の存在を知る者達にとっては危険極まりない存在と言える。

 

 目的の為なら手段を選ばず詐術を口に囀らせ規則のグレーゾーンに躊躇い無く踏み込む組織の運営を根本から破壊しかねない中村義男の気質。

 彼の部隊に所属している艦娘はその内の数人が自衛隊組織ではなく彼個人に対して忠誠を捧げる私兵と化していると言う誇張でなければ危険極まりない報告が上がってきていた。

 

 艦娘との連携と友好関係を気にし過ぎるあまりにミスに対してほとんど罰則を下さないばかりか戦功を徒に称え賞与にばかりへと手間を振り分ける田中良介の考え方。

 その指揮下の艦娘の手綱を引く事を実質放棄している彼の艦隊では信じがたい事に上司と部下の関係が一部だが逆転していると言う。

 

 そして、腹立たしい事にその両名こそが艦娘運用能力だけなら鎮守府に所属している特務士官の中で最も高く、さらに多数の艦娘と友好的な関係を結んでしまっている事が問題だった。

 

(あの二人のどちらかが艦娘から中枢機構の破壊を提案されたとしたら・・・どちらかが艦娘にそれを命じたら・・・)

 

 おそらく曲がりなりにも国防に殉じる者達の登竜門である防衛大でも好成績を修め自衛隊士官と成った人間なのだからそこまで彼らが愚か者では無いと信じたい。

 だが、その二人の自衛官の出生から現在までの経歴を掻き集め、鎮守府などでの言動を含めて分析した田所は霊核が眠る地下施設で岳田総理から聞かされた最悪のシナリオが現実となった時。

 

 現代の終わりを艦娘に懇願されたとしたら彼らは彼女達へ向けて首を縦に振る可能性が高く、そして、逆であってもまた同じだろうと田所は根拠なく確信する。

 

 なのに、不本意極まる事に人類の敵として造られた深海棲艦が存在する以上は現代兵器は過去の産物として歴史の底に埋まっていく事は止められず、人類が生き残る為には対抗兵器である艦娘を運用しないワケには行かない。

 

 しかも、頼るべき自衛官の筆頭は人類よりも艦娘を選びかねない危険人物達。

 

 目の前で行われている演習によって発生する国内外への影響とその後始末、今後も続く怪物達(艦娘達)に世界を滅ぼさないで下さいと願い祈りながら貢ぎ物でご機嫌を取ると言うやりたくもない管理者(お世話係)としての役割。

 

 そして、田所にとって一番問題なのは危険だからとその指揮官か艦娘、どちらかを排除しようとすれば彼ら彼女らの戦力をあてにして安全かつ(刺激を嫌)緩やかに(い弱腰で)世界と地球の環境変化に対応しようとしている日本政府(岳田達)の方針は田所の方こそを危険人物と見なしてその首を物理的に切り落すだろう。

 

 そうならない為に向かい合わなければならない目の前に山積みになっていく諸問題と今後への不安でマイナス方向へ田所の思考は過剰回転して彼の正気と共に気力まで削っていく。

 最早、感情を表に出す事すら出来なくなった真顔の美男子の前で巨大モニターが一際強い閃光によって白へと染まり。

 式典の生放送を望むマスコミをかなり強引な方法でだが抑え込みシャットアウトできた事だけは今回のイベントで唯一、自分にとってファインプレーだったと田所は自画自賛(現実逃避)する事にした。

 

(そうとでも考えないとやってられない・・・なんで、なんで、私がこんな目に遭わなければならないんだ・・・)

 

 そして、観覧席がある港からでも見えるほど長大な熱光線が昼下がりの空へと駆け上り雲を穿った。

 

・・・

 

 小うるさい駆逐艦娘との再会と同時に始まった小笠原から本州への帰還と九州は佐世保で行われる式典への参加の準備、ある意味では深海棲艦と戦っていた方がマシと思えるスケジュール(強行軍)に責め立てられ、やっとまともな寝床に休めたのは演習当日の朝だった。

 

 霊力の動きを捉えて高濃度のマナが歪ませる空間すら三次元的に観測する事が可能な新型のセンサーの運用成果。

 小笠原海域で発見された深海棲艦の艦種と性質の詳細。

 護衛艦はつゆきの乗員に関する細々とした報告の書類化。

 その他諸々、それだけでも膨大な処理が必要だと言うのによりにもよって私の提督は南方諸島で私達と一緒に開発した鳳翔さん用の電子機器装備に関する報告を意図的に怠るなんて馬鹿な真似をした。

 

 しかもその理由が親友との真剣勝負で勝ち目(奥の手)を増やしたいと言う子供じみた我が儘だと言うのだからその報告を演習当日に港に残り時間差で行わないといけなくなったこちらは堪ったモノではない。

 

「ふふっ♪ でも、その分はきっちりと五十鈴が取り立ててあげるんだから・・・」

 

 その身勝手な注文を聞く私も私だけれど、もちろんこっちもタダで請け負うつもりは無いから代わりに順番を繰り上げる事を提督と小笠原に同行していた三人の仲間に認めさせた。

 それを聞いた(次の番の筈だった)鳳翔さんがこちらに見せた微笑みの中に少し悲しみを混ぜた顔に少し気まずい思いをしたが元を正せば提督の小細工のせいであり、彼女の装備に関する問題が発端なのだから大目に見て欲しいとも思う。

 

(まぁ、報告書関係は佐世保までの移動中、サボり魔のゴーヤまで働かせたのに終わらなかったし・・・そもそも半年分の情報処理と部隊再編の手続きをまとめて二三日でやれって言う司令部と研究室の方がおかしいのよ)

 

 乾いた硫黄の臭いが吹き抜ける小春日和が平常だった小笠原と違い陽が落ちると九州でも肌寒さを感じる程度には気温が低くなっている様で掛布団の下から這い出た私は寝起きの軽いダルさを振り払う様に伸びをしながら霊力を肌の上に広げる。

 現在気温は9度前後だと感じる肌に広がる淡い光が肌を晒していても快適な程度まで私の身体を保護し、欠伸と同時に目じりから零れた滴を拭った指先が光粒を輝かせた。

 

 ふと時計を見ればもう公開演習も終わり式典も全体の撤収が始まっている頃合い。

 

「・・・ぁ、そう言えば・・・しまった、こんなミスをするなんて」

 

 気怠さを身体からふるい落として部屋の電気をつけた私は準備の為に着替え類が詰められたトランクへと向かい。

 それを開けたと同時に中に畳まれていた自分の制服の予備を一枚手に取って自らの失態に気付いて呻く。

 

 白と赤に色分けされた軽巡艦娘五十鈴の為に用意された戦闘服兼制服と地味で無地な下着しか入っていない衣装箱の中身、良く考えれば酒保で買った私服やアクセサリは半年前の小笠原への出発前に自室の戸棚に仕舞ってからそのままになっている。

 一週間前のやっと鎮守府に一時帰還した日も慌ただしい手続きの連続で自分用の衣類棚に触れるどころか姉妹共用の自室へと戻る暇すらも無かった。

 

(今から買いに行くって事も出来ないし・・・どうしようかしら)

 

 酒保で使えるコインは姉妹艦よりも一桁多く貯めているがここ佐世保には艦娘が自由に買い物できる場所など無く。

 もちろん現金収入の無い艦娘の手元に日本円は一円たりとも無いので仮に今から外の街に出れたとしても衣類を購入できる当ては無い。

 かと言って私物の購入に提督の財布を頼るのは気恥ずかしさが邪魔をする為に選択肢から外さざるを得ない。

 そうして開けたままのトランクの前で腕を組んだ私は意味も無く一人分のベッドと最低限の家具が置かれた寝室を見回す。

 

 カーテンが閉まった窓際にある机の上には小笠原から現在も世話になっている文明の利器であるノートパソコンがスリープサインをチカチカと点滅させ、愛用の万年筆と数枚のメモ用紙だけが乗っている程度。

 先ほど私が寝ていたベッドは這い出た時のまま、エアコンはあるが自分はそれ以上に便利な防寒力を持っているので世話になる事は無く。

 試しに開けてみた備え付けのクローゼットにはタオル地の白いバスローブとハンガーが二三本しか入っていなかった。

 

(こんな格好で彼の前に立たったらあからさまに誘ってると思われるわね、そもそも出歩くための服じゃないし・・・)

 

 手に取ったバスローブを身体に合わせてからクローゼットの扉に備え付けられた鏡に映して見るがそれは自分が求めている趣向から明らかに外れていると感じ、ため息を吐いてから元の場所に戻した。

 

「仕方ない、もういつも通りで良いわ」

 

 少し不満が籠もった声が出てしまったがどうにもならない事をうじうじと考えても仕方ないと割り切っていつも通りの制服へと腕を通し手早く身なりを整えていく。

 ままならない事ばかりなのは面倒な仕事を後回しにする悪癖を直そうとしない提督のせいだと決めつけ、クリスマスの夜(お忍びデート)の装いとしてデザインは少々ズレているが色合いだけならピッタリだと無理矢理気味な納得(自己弁護)をしながらトランクから取り出したシワ一つ無い制服を着て、寝癖を整え髪を結う。

 

(まっ、外に出る時には提督からコートでも借りて羽織って隠せばいいでしょ、・・・それはそれで悪くないわね)

 

 指揮官と部下の艦娘の間に立ち相互の連絡と価値観のすり合わせを行う補佐と言う名目で任命される秘書艦と言う立場は自衛隊に認められた正式な役職でもなければ特別な権限が与えらえていると言うわけではない。

 指揮官から直接任命されるせいで自分が上官のお気に入りだとか、仲が良く出来る役なんて勘違いをしている娘もいる。

 

(まっ、その中でも特に面倒なこの艦隊の秘書艦なんて五十鈴以外には務まらないでしょうけどねっ♪)

 

 言ってしまえば面倒事を上下どちらの側からも押し付けられ挟まれる損な役回り。

 貰えるコインの基本給が上がる以外の特典は無く、提督曰く学級委員とか言うモノと同じだとかなんとか。

 そして、その事情を知った艦娘の中には秘書よりも単純な戦闘要員としてMVPを狙う方が褒められるのも戦果を稼ぐのも楽で良い、と考える者も多い。

 

 基本的に提督に纏わりついて暇さえあれば彼の小間使いをしている吹雪なんかはその典型である。

 

 事務作業なんかは積極的に手伝ってくれるので助けられる事は多いが他のメンバーへの作戦などの説明や(増設装備の取り合いや)出撃の編成に関する(出撃したがり達を止める為)調整(の説得)とかは手伝う気配すら見せない。

 普段から愛想も良いし努力家である良い子なのだが、その裏側にある吹雪の優先順位は全て司令官に固定されている為に彼の一言で態度をコロリと変えてしまうなんて事も度々起こる。

 

 秘書艦と言う時には提督と角突き合わせる必要のある調整と調停を行う役には決定的に向いていないその性格は本人も自覚している為か司令官に優先的に可愛がられるお手伝いさん以上の業務に手を出す事はしないのが救いか。

 

 もし上官に就いた男が人でなしの類だったとしたら吹雪は完全に目を腐らせたお人形になっていたか、早々に海で砕け散り次の吹雪となっていたのだろう。

 

 私達の提督は素養は高く、やれば出来る優秀さを持っているクセに追い立ててやらないと行動に移さないダメ人間の一種である。

 

 であるが悪人ではない。

 

(・・・そのおかげで吹雪も外面だけはまともに見える様に取り繕えてるんでしょうけど)

 

 職務に対して不真面目さを隠さず目を離せば途端に遊び始めるクズ系人間だが部下に向かって理不尽を一方的に押し付ける真似をしない程度には道理が解っている。

 軍人としての心構えは及第点だが私達と共に深海棲艦に立ち向かう為に命をかける事が出来る勇気を持った人だ。

 

 そう言う意味では個人としての彼が好感に値する良い人なのは間違いない。

 

(でもね、吹雪、・・・俗物共がやらかした妨害工作のせいで精神を病んだからって、それは彼にとっての一番(・・)をずっと独占し続けて良い理由にはならないのよ?)

 

 そうでなければ自分の前にいた先代艦娘の五十鈴がどうして沈んだのかをうっすらとだけど覚えている私が現代の日本軍人に心を許す事なんてありえないのだから。

 

 頻繁に傍迷惑な嘘と余計な仕事を増やしていく提督。

 彼に依存して忠実過ぎるイエスガールと化した初期艦。

 ただそこに居るだけで五月蠅い自称アイドル。

 無自覚に問題な発言と行動をばら撒く潜水艦。

 犬が擬人化した懐きっぷりで指揮官に抱き付くお子様。

 お淑やかなのは見た目だけで中身は川内型二番艦と同類である空母。

 

 殺し屋みたいな性格をした桃髪やトリガーハッピーな吹雪の妹、したたかなサボり魔の潜水艦、その三人がマシな分類に入る様な艦隊。

 

 そんな状態に戻ってしまう前にここ数日の苦労の分だけでも見返りを求めるのは当然。

 そもそも苦労ばかりするだけの立場なんて役得の一つもなければ面倒見の良い私ですらやってられない。

 

(いえ、あの子が居たわね、彼に向かって悪態ばかり吐く癖に必ず艦隊に戻って来る子が・・・)

 

 この艦隊の中で私だけじゃなく吹雪とも指揮官に求める条件(感情)が重なってしまっている意地っ張りな駆逐艦娘。

 明確に私にとってライバルと言える艦娘ではあるが、かと言って霞の事が嫌いと言うわけでは無い。

 そもそも私の前に提督の秘書艦だった彼女の仕事ぶりには駆逐艦と侮れない手際の良さに感心させられた事もあるぐらいだ。

 

 だが、今更のこのこと艦隊に戻ってきた彼女にこの場所を譲って(返して)くれと言われて頷いてやるほど私は無責任(お人好し)では無いのだ。

 

「そう言えば、演習はどうなったのかしら?」

 

 思考を切り替え、私が苦労したのに肝心の提督が結果を出せませんでしたなんて事を言い出す様なら彼にはディナーの値段を含めて色々と覚悟をして貰う事になるだろう。

 

『確か佐世保に来てるのは・・・由良と阿武隈だったかしら?』

『はい、呼びましたか? 五十鈴姉さん、おはようございます?』

『もう夜だよ、由良ちゃん・・・って、そのお鍋を持ってくのはそっちじゃありませんっ!? 待って、待ってくださいー!』

 

 姉妹艦同士なら待機状態でも繋ぐ事が出来る通信網に脳内で打電すると数秒もせずに私と同じ様に九州にやってきている二人の妹艦娘から返事が返ってくる。

 

『・・ぃ鈴・・・・寝ぼ』

『姉さん・・・お疲れさ・・・した』

 

 そして、通信は鎮守府にいる長良や名取にも繋がっているのだろうけれど耳を澄まさなければ聞き取れない程度まで輪郭を失っている微かな声が聞こえる程度。

 そちらに集中すれば会話も出来るだろうが今は連絡を取る必要も無いので軽く挨拶を送ってから通信相手は由良に合わせる。

 

『ンンッ! 私もいますよ!』

『オガ…ワラ…パナイ』

『なによ、今の・・・? まぁいいわ、阿武隈は片付け手伝ってるんならそっちに集中しなさい、由良は時間は大丈夫かしら?』

『ええ、私の方は海上防衛の為に待機しているだけですから、今日は一度も出撃せずに終わりそうですけれど』

 

 指揮官や艦隊の仲間と共にいつ深海棲艦が九州の周辺に現れても対応できるように待機しているらしい由良へと連絡を取り。

 朗らかに笑う彼女の言葉に耳を傾けながらベッドに腰掛けた私は自分が寝ている間に行わていたイベントの内容に相槌を打つ。

 

『その砲撃の余波でカメラだけじゃなく計器類も壊れてしまって決着は分からず仕舞いで実質無効試合の様なものになりました』

 

 金剛と陸奥の砲撃によって発生した熱量と衝撃波に演習海域を覆っていた防壁はギリギリ耐えられたらしいがそれを維持する為に海に浮かんでいた護衛艦やブイに装備されていた記録機器は全滅、白く染まった式典会場の巨大モニターは直後にブラックアウトし、顔色の悪い責任者らしい官僚に命じられた解説兼司会が呻く様な声で演習終了の宣言をした事で史上初の艦娘同士の戦いは幕を閉じた。

 

『連絡が出来ずに戦闘を続行していた両艦隊も帰還し治療も少し前に終わったらしいです・・・噂には聞いてましたけど高速修復材って凄く便利ですね、ね?』

 

 私が苦労を掛けられた欺瞞工作に関しては一応の成果はあったみたいだけれどほとんど引き分けの様な結末に納得しろと言うのはあまりに虫が良すぎる。

 

『ふふっ♪ これはちょっとやそっとじゃ勘弁してあげられないわねぇ・・・』

『ェッ! もしかして、アタシ何かやっちゃったんですかっ!? 』

『阿武隈は撤収作業に集中してなさい・・・えっと、ところで由良?』

『はい?』

 

 気恥ずかしさを堪えて妹にオシャレな私服を持って来ていないかと聞くと、申し訳なさそうな声色でここには職務として来ているので私服や私物は最低限のモノだけしか持って来ていないです、と言う返事が返ってきた。

 それは普通に考えれば当たり前の事で任務中に呆けた算段をしていた自分の不徳を恥じ、私事の為に妹の服を借りるなんて恥をかかずに済んだ事を喜ぶべきか。

 

 そう言う事にでもしておかないと代り映えしないこの着なれた制服が気になり過ぎて、折角勝ち取ったクリスマスの夜を提督と一緒に楽しめなくなりそうだから。

 

・・・

 

 そうして姉妹艦との通信を終え、ベッドから立ち上がった五十鈴が自分に振り分けられた個室のドアを開けて戦闘を終えて疲労を癒しているだろう仲間達の下へと向かう。

 まさか、その先で演習中に提督が安請け合いで(自分達を差し置いて)重巡高雄へ編成枠を一つ贈った問題を鳳翔と共に彼を問いつめる事になり。

 予約していた筈のお楽しみ時間が丸ごと潰れる事になるとはその時点の彼女は夢にも思っていなかった。

 

 




下記の二名に二ヶ月の減俸と鎮守府及び基地内施設の清掃活動を命じる。

田中良介特務二等海佐
中村義男特務二等海佐

また、両名指揮下の艦娘には再編成の為に部隊を解散任意の艦隊への変更を推奨します。

戦艦金剛及び戦艦陸奥は予定通り(・・・・)艦隊編成から待機編成へ異動していただきます。

可及的速やかに・・・お願いします。

追記事項

田中海佐及び中村海佐の指揮下にある艦娘は司令部職員に対しての威圧的な態度を慎む事を要請します。

・・・

あきづき型護衛艦4姉妹「み、味方に沈められかけるとは思ってませんでした・・・」
_:(´ཀ`」 ∠):_うぅ・・・

中村「・・・いや、護衛艦のエンジンがオーバーヒートしたのは俺らのせいじゃねぇたろ?」メソラシ
田中「ああ、一隻だけなら偶然かもしれないしな」震え声

護衛艦艦長達「「「ほぅ・・・、我々からのクリスマスプレゼントは足りなかったと言う事かね?」」」(#^ω^)ビキビキ

この後、滅茶苦茶謝罪した。

1/19 ちょっとした表現の変更


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第六十一話

 
タケジロさん(岳田次郎総理)おかしいよ、おかしいですよ! 

そんな風に言って僕らを惑わすんですか!?

こんなの夢だよ・・・

その艦娘だって、可愛い女の子がコスプレしてるだけなんでしょ!?





【なにこれ】 艦娘に関する情報交換所 300隻目 【アニメ?特撮?】

 

1:≫1              2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

  ここは未だに多くの謎に包まれた艦娘に関する情報を広く集め交換し合うためのスレです。

 

  噂までなら大丈夫ですが、明らかな虚偽は憲兵に通報されるので控えましょう。

  今まで分かった艦娘の情報は↓のWikiにまとめてあります。随時更新に協力ください。

 

   ~~~~~

 

  (ウィキアドレスと注意文省略)

 

   ~~~~~

 

   祝福しろ! 三百回記念だ!!

 

   前スレまでの3つの出来事!!

 

   ①防衛省のホムペに公開演習に参加する予定の艦娘の名前と写真が掲載!

 

   ②↑サイトが何者かのハッキングのせいで接続規制される。

 

   ③↑調査の結果、ふざけんな! チームレッド共!!

 

   NEW!→艦娘の公開演習が全国放送されました!

 

 

      ( ゚д゚)  |テレビ|

 

      ( ゚д゚ )彡 |テレビ|

 

 

2:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   建て乙

   でもこっち見んな

 

 

3:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   気持ちはわかるけど

   こっち見てんじゃねえよ≫1

 

4:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   アニメじゃない♪ アニメじゃないんだ♪ ホントよ、信じて~♪

 

5:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

  式典の放送が終わった直後から軍事板と科学板の連中が発狂しててマジワロタw

  マジワロタ・・・、なにアレ、マジで合成じゃねえの?

 

6:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

  いいえ・・・現実です。

  これが現実ッ・・・!

 

  ホントなにあれ?

 

7:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

  しかし、政治板っ・・・。

  意外にも、これをスルー・・・!

 

  そして、OIF攻略スレは未曾有の祭り・・・!

  こだます大艦巨砲を求める叫びッ・・・!!

  阿鼻叫喚ッッ・・・!!

 

 

23:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   クリスマスまでのオレ「艦娘の設定盛り過ぎSEIGA自重しろし」( ゚∀゚)ハハッ

    ↓

   クリスマス後のオレ「SEIGA珍しく自重してた」(゚д゚)エエ…

 

24:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   ゲームの駆逐艦娘が400ノットw、アホかwwwって思ってたら本物はそれ以上だった罠

 

   防衛省のHPだと演習に参加していたロボット大砲背負ってた娘

   最大で500ノット行くらしいし

   もしかして艦娘ってあんなのばっかりなん?

 

25:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   いや、あの子だけじゃないかな、島風って確か二次戦時で最速の駆逐艦だし。

   多分あの子が艦娘の中で特別に早いんだと思う

 

26:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   え、俺式典会場で見たけど吹雪って子がその子に追いついてたぞ?

   離れた場所にまるでテレポートしたみたいに移動して

   気付いたら島風ちゃんの方が負けてた

   マジで一瞬過ぎて何が起こったか分からんかった

 

27:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   何それ聞いてない、え? あれって島風ちゃんが勝ったんじゃないの?

   かなり吹雪ちゃん、一方的に追い詰められててたよね?

 

28:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   テレビで放送されたのはかなり編集されてる

   ライブとは全く別物、あれヤバい、マジでレベルが違う

 

29:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   無修正で放送できるもんじゃねえってアレは

   美少女の胴体が真っ二つになるとかマジで下手なスプラッターよりひでぇぞ?

 

30:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

   か、会場で何が起こってたんだ?

 

 

110:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    つまり・・・

 

    一回戦、吹雪vs島風→音速ハリネズミ状態

    二回戦、鳳翔vs龍驤→ハイパーワイヤーアクション

    三回戦、那珂vs矢矧→ガン=カタ

    四回戦、高雄vs三隈→弾幕ごっこ

    五回戦、陸奥vs金剛→天使とダンスだ!

 

    で、FA?

 

111:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    大体あってる

 

112:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    全然ちげーよ!

    ニュースで出てるのよりはあってるけど

    やっぱマスコミって放送しない自由を平気で使うよな

 

113:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    あれを公共の放送に乗せろとかお前正気じゃないだろ

    リョナラーでもドン引きだぞ、俺が言うんだから間違いない

 

114:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    ↑へ、変態が居るぅ!?

 

115:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    でも矢矧さんの半裸は血まみれでも美しかったれす(゚∀゚)アヒャ

    砕けた装甲と大砲、手足がちぎれ飛んでも戦うとかまさに

    破壊の美学!

 

116:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    注目するべきなのは島風の丸出しパンツだろうが!!

    変態共しかいねえのかここは!?

 

117:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    ( ´∀`)< オマエモナー

 

 

203:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    それはともかく、オーシャンイフリータって艦娘のデザインはちゃんと

    本人達(本艦?)に忠実に作ってたんだな・・・

 

204:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    オーシャン イン フリーターだ、間違えんな

    でも確かに軽巡の艦娘、まんま本人だったな

 

205:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    ゲームがつまらなくても私の事は嫌いにならないでください!!

 

206:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    リザルトの点数に失望しました、軽巡ちゃんのファン止めます

 

207:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    とか言ってまたファンに戻るんだろ?

    ゲームでの軽巡ちゃん滅茶苦茶使いやすいからな

    あの砲弾切り払い、実装しないのかな?

 

208:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    俺は那珂ちゃんのファンじゃない

    全ステージ、那珂ちゃんだけで平均一万二千点稼げるように

    なったけどファンじゃない。

 

    式典の屋台に混じって那珂ちゃんファンクラブの申し込み受付があった。

    迷わず俺は並んだ。ブロマイド付き会員証カワイイ

 

209:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    完全にファンじゃねーか!?

 

210:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    ゲームの重巡艦娘が高雄型だと分かっただけで俺は幸せ

    候補としては愛宕、摩耶、鳥海か・・・

    まだ見ぬ二人も姉妹同様に素晴らしいお餅をお持ちに違いない

    妄想が止まらねぇぜ

 

211:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    【審議中】(´・ω・)(´・ω・`)(・ω・`) 【審議中】

 

212:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    重巡の話より戦艦の実装はよ!

    お前らもサポートに毎日で要望出すんだよぉ!

    ああ、金剛様まじ天使

 

    ≫207ただでさえ良性能なのにこれ以上の強化はゲームバランスが壊れる

    むしろ軽巡は弱体されるべき

 

213:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    ≫212には残念だか戦艦で実装されるとしたら間違いなく

    凛凛しい士官服でさらに日本の誇りビッグセブン長門からなんだよなぁ

    でもミニスカ陸奥お姉さんのドラゴンウィングにも抱かれたい

 

    あとお前は今日全ての那珂ちゃんファンを敵に回したからな?

 

214:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    いや、あの翼どう見てもビームシールドだぞ?

    もしかしてお前蒸発して死にたいのか?(呆れ)

    悪いこと言わないから落ち着いて俺と一緒にあの御足で

    踏んで貰う程度にしとけ、な?

 

215:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    翼で焼かれなくてもあのサイズに踏まれたら普通に死ぬだろjk

 

 

399:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    結局のところ今回の演習って何の意味があったんやろ?

 

400:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    日本の武力を海外に知らしめるためやろうなぁ

 

401:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    艦娘は防衛力であって武力ではない、それ一番言われてることだから

 

402:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    でも見せびらかす様な事してあの子達欲しいって言う国山ほど出てくるだろ

 

403:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    確か日本の艦娘は400人から500人ぐらい居るとか居ないとかだったけ?

 

404:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    それだって軍事機密とかで正確な情報かどうか怪しい

    でもたった四百数十人で世界を守るとか無理やろ

 

405:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    でも、アメリカとかオーストラリアとか艦娘用の施設の建設が始まったとか聞いたよ?

 

406:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    それ何処情報だよ、ソースはよ

 

407:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    英語読めるならこれ読め↓

 

    www.xxxxxxx.co.jp/info/media/online/

 

408:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    エクスキューズ先生、ちゃんと翻訳してください(´;ω;`)ブワッ

    何とかシドニー湾にオーストラリア版鎮守府を作るって計画があるって事は分かった。

 

409:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    岳田ぁっ!? 何やってんだ!!

    艦娘輸出とか洒落にならんぞ!?

 

410:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    戦争反対! 日本は武力を世界にばら撒こうとしている!

    やっぱり岳田内閣は軍国主義のレイシストだった!

 

411:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    ↑あほか!?

    日本守ってくれてる艦娘が減ったら今度は俺らがヤバいって事だ!

 

412:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    拡散希望↓

 

   :/xxxx.rapoo.co.jp/search/?/xxxxxxx

 

    ↑とある海外の環境保護団体の馬鹿共が深海棲艦に平和的な接触とか

    言って漁船で近づいた事件

 

413:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    悲しい事故ですたね・・・ミーツベでライブ配信されてたけど

    映像テロだろ、軽巡級?深海棲艦にラブ&ピースとか言ってた女の人が問答

    無用で喰われるところとか

    何が我々が平和の第一歩を踏み出して戦争がしたいだけの軍に間違いを

    認めさせるだよ

    アホかと馬鹿かと

 

414:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    なお、無事全員死亡したわけですが・・・ワロエナイ・・・

    次の日には本動画の方は削除されたけど。

    探せばかなり拡散しちゃってるから

    平和主義者の皆さんは早く≫412のサイトとかで勉強してください

    それが艦娘が居なくなった日本に起こりうるんだよ

 

415:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    グロすぎ、動画の半分も見れなかった、マジ笑えねぇ・・・

    え? 今、海ってあんなんがうじゃうじゃ居るん?

 

416:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    うじゃうじゃって言うほどじゃないけど、遠洋タンカーとかは気を付けない

    とマジで遭遇する

    ココだけの話、ちょっと前は外洋にも艦娘が付いて来てくれてたから沈む

    船は無かったけど

    今だとクソ特行法のせいで本当に命がけ、海運業とかやってられん、

    転職したい(泣

 

417:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    ≫416それ詳しくプリーズ

    特務法の前ってホントに護衛の艦娘が付いて来てくれてたん?

 

418:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    ≫417同じ船に乗ってきた事は無いけど、護衛艦の方の甲板には何人か可愛い

    女の子が居たのが見えた

    自衛官っぽくない服装だったから良く覚えてる、でもなんか全員元気

    なかった感じが気になったな

 

419:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    あんまその話しない方が良いぞ、法整備前は売国奴の政治家とかのせいで

    艦娘の待遇がかなり悪かったらしい

    それを知った鎮守府の最大スポンサーが滅茶苦茶怒って敵対派閥を物理的に

    コロコロしたって話。

    そのせいでメディアもネットも財団がかなり厳しく監視するようになった

 

420:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/27 ID:xxxxxxxxx

 

    その話ってホントだったんかなぁ

    やっぱ政治家ってクソだわ

 

 

630:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    明日、国連で岳田総理が演説するわけですが、何言うんやろ?

 

631:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    日本は艦娘を全て国連に供与いたすます!

 

632:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    そして、日本人には絶滅してもらう!ってか?

    岳田、マジそんな事言い出したら国会襲撃されるぞ

 

633:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    何って言うか、もしかして俺、歴史が変わる瞬間に立ち会ってる?

    そんな気がする。

 

634:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    少なくとも俺らの命に関わる事は間違いないな・・・

    鬼が出るか蛇が出るか・・・

 

 

700:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    え意味が解らに

 

701:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    w

 

702:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    総理ご乱心w

 

703:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    過去の地球には魔法が実在しましたw

    魔女や天使は本当に居たんですよ?

    何言ってんの、子供の妄想じゃあるまいしw

 

 

843:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    マジか、これホントにマジか・・・刀堂博士なにやってんのマジで

 

844:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    わけわからんけど、つまり艦娘は過去にいた天使の生まれ変わりってこと?

 

845:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    いや、科学的にその天使とかを調べて再現したって事じゃないか

 

846:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    オカルトなのか・・・科学なのか・・・

    まぁ、知ってたけど

    刀堂博士の論文読んでたらそう言う記述割と出てくるんだよなぁ

    ウチの大学にもいくつか物証が保管されてるし

 

847:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    ファッ!? なんやそれ!?

 

848:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    詳しい事は言えないけどウチの会社の資料室にも保管されてるわ

    ちゅうか刀堂博士と共同研究してた大学とか企業もそう言うの

    隠してるぞ?

    丸菱重工とかそれ系の素材利用して従来の16倍電力の

    自動車用バッテリーとか実用化したらしいな。

 

849:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    政府に近い企業だけじゃなくて町工場とかにもそれ系の技術混じってる

    群馬のとある会社とか普通に考えたらありえん技術利用してるぞ。

    しかも三十年以上前から

 

850:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    ちなみに群馬は刀堂博士の出身地

    だから群馬の工業系企業が強いのも博士のせい(偏見)

 

851:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    偏見じゃなくて事実なんだよなぁ・・・

    かなりデカい財団の支部、刀堂吉行記念館、大塔会長の別荘まである。

    伊勢崎とか世界的な技術都市だぞ、日本一よ(唐突なお国自慢)

 

852:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    (;´゚д゚`)エエー

 

 

911:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    岳田総理! もうやめて、とっくに私達のライフはゼロよ!?

 

912:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    刀堂吉行、あんたホントに何やってんだよ!?

 

913:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    ↑博士を付けろデコ助野郎!!

    でも、これで日本と世界が艦娘の争奪戦争を始めなくて済んだと

    考えれば・・・

 

914:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    いや、コレ、現在進行形で大惨事世界大戦待ったなしだろ

    他の国の軍艦から艦娘のコア盗むとか正気とは思えん

 

915:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    見つけたのは偶然って言ってるだろ(震え声)

 

    てか、駆逐艦夕立の話聞いてウルって来た・・・

    刀堂博士、義弟さんの魂だけでも日本に連れ帰りたかったんやなぁって

 

916:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    そう言う意味では、夕立のコアと一緒に回収されたアメ艦のコアって

    義弟さんの仇なのに

    俺だったら砕いて海に捨ててる

 

917:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    わからんでもないけど、それは人としてダメだろ

    殺し合いしてたとは言え相手も好きで戦争やってたわけじゃないんだから。

 

918:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    でも実際の所は深海棲艦が現れた時の為に戦力確保しておきたかったんだろ?

 

919:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    連合国側の艦娘が素直に日本の言う事聞くとは限らない

    艦娘は海歩けるんだし普通に脱走して自分の国に帰ろうと

    するんじゃね?

 

    刀堂博士も艦娘は過去の義理で戦ってくれてるだけって言ってたらしいし。

 

920:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    意味不明なほど頭良すぎ、刀堂博士って何者なんだ?

    予知能力者かなんかだったの?

 

921:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    むしろ過去の魔法使いの生き残りとか末裔だったんじゃね?

 

 

995:≫1              2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    今回勢い早すぎない!?

    次スレを立てました↓

 

   //xxxxxx.Nich.com/text/xxx.xxx/newsxxxxx/1398682xxxx/

 

996:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/29 ID:xxxxxxxxx

 

    了解!

    今回のスレは山場ばかりでしたね!

 

997:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/30 ID:xxxxxxxxx

 

    むしろ山しかなかったわい!?

 

    でもその内、魔法が使えるアイテムとか販売されるのかな

    ちょっと期待。

 

998:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/30 ID:xxxxxxxxx

 

    それはもう平地なのでは・・・?

    仮に販売が始まるとしても120年後だと

    余裕でお前氏んでるぞ(無慈悲

 

999:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/30 ID:xxxxxxxxx

 

    ≫998オマエモナ

    これからの時代の基準となると考えるとあながち間違いでも無いな

    現実がファンタジーワールド化するとか嫌すぎる・・・orz

 

1000:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/12/30 ID:xxxxxxxxx

 

    ≫1000ならフリータに長門実装

 

 




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【行く年】来年度もどうぞよろしくお願いします【来る年】
 //2018.nen.com/最後の/更新.です/news/マサンナナイ/

 12/30(運営から警告もらった。まさか適当に書いたアドレスが外に繋がるとか夢にも思わなかったです。)(´・ω・`)


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第六十二話

 
冗談じゃないよぉっ・・・。

今年初めての投稿なのに

こんな(艦娘が出て来ない)話なんて誰も読みたくないんだよぉ・・・。

 


 日本国首相、岳田次郎が広い壇上で終えた演説とも説明ともつかない情報公開によってその場にいる国家の代表達は複雑な表情を浮かべながらも静まり返る。

 

 霊的エネルギーをその存在と生命の根幹に据える生物達が過去に存在していた事実の立証。

 

 それらが神話の中の神や悪魔として語られている存在であると言う仮説。

 

 その現代では幻想となっている人外こそが深海棲艦として出現した未知の生物群であると言う推論。

 

 1980年代に初めて大気中で観測されたマナと日本が仮称する特殊な性質を持った粒子。

 

 その霊力の根源とも言える元素が世界規模で増加し、最早、人の手ではどうにもできないと言う観測結果。

 

 過去にも現代と同じくマナの存在があった事を証明する遺跡や資料の提示。

 

 さらに世界各地の地質と断層の調査によってマナの存在した時代とそうでない時代が地球上で交互に繰り返していた事の証明。

 

 それら研究と並行してある日本人の科学者は私財を投じ、戦後の日本政府に働きかけ、官民問わず多くの手を借り。

 その科学者が死してなお遺志を継いだ者達が近い未来(120年後)に訪れるであろう人の時代の終わりへと抵抗する為の手段として艦娘と言う霊的エネルギーをその能力の中核に持つ人造の生命を完成させた。

 

 そして、過去に存在した天使や悪魔、魔女に聖女、あらゆる霊的エネルギーをその生命の根幹に持つ幻想の獣達の遺物を解析して現代科学によって再現された技術の集大成こそが艦娘を形作る本質なのだ、と粛々と淀み無く岳田首相の口から世界へと明かされる。

 

 その今までの常識から大きく外れた研究成果を一国の首相が全面的に肯定する姿は、霊力と言う荒唐無稽な代物の研究の原点に居た刀堂吉行と言う天才的な科学者でありながら存在しない怪物や現象の出現を世界へと訴えかけ続けた狂人と同じ様に、岳田もまた同様に気狂いを疑われるはずだった。

 

 深海棲艦と言う人類の常識が通用しない怪物が現実に多くの人命を危機に晒す凶暴性を見せてさえいなければ。

 

 日本が数日前に公開した艦娘が演習戦闘を行う姿が電波に乗って世界中を駆け巡っていなければ。

 

 演習会場となった佐世保に招待された各国の駐日大使を含めた千人以上の目がそれを目撃していなければ、この岳田の妄言もまた全ての人間によって一笑に付されていただろう。

 

 だが、それらは過去に埋もれたおとぎ話だと笑い飛ばすには理論も証拠も、何より事実と激変した世界情勢をその場にいる者達は自らの国から優先的に情報を受け取る事が出来る立場であるが故に知る事が出来てしまっていた。

 

 日本からの情報提供だけに頼る事無く自国でプロアマ問わずその手の研究者を集めて専門チームの結成を行った国も多く、手元に上がってきた全ての資料が今は亡き刀堂博士が残した仮説と資料の正しさを肯定している。

 現代科学の最先端を自称する者達の中には頑なにオカルトだとレッテルを張ってかつて狂科学者(刀堂吉行)をこき下ろした事が正しかったのだと自己弁護して自らの矜持を守ろうとする者も少なくない。

 だが、今この場に居る人間はほぼ全員が政治家であり、科学を信仰する事よりも自国の利益と安全の為にあらゆる方策を取らなければならない義務を優先する立場に居るのだ。

 

 こうして本人の死から九年目にして刀堂吉行の予言は正しかったのだと今更で何の慰めにもならない評価が彼の名に付けられる事となり、存在そのものを疑われていた彼の遺産とも言える艦娘が幾重にも重ねられたベールを脱ぎ落してその姿を表し認められた。

 

 2015年のクリスマス、その当日である12月25日に行われた艦娘による筆舌に尽くし難い内容の公開演習を日本政府が主導して行った意味と意義の説明を終えた岳田総理は壇上で頭を下げ、自分を見つめる多くの視線の前で堂々と微笑みを湛える。

 

 会場は静まり返り、後は礼を終えた岳田総理が壇上から降りればこの国際会議の一幕は一応の終わりを見るはずだったのだがそれを遮る様に通訳の声を介して一人の男が、岳田首相に質問を要求する、と声を上げた。

 

 質疑があるならば前もって会談の場を用意するか閉会後にコンタクトを取るのが定石であるのだが、それを傲慢に無視したとある国家の外交分野の代表へと岳田総理は表情を変えずに応えを返す。

 

 その直後に、日本がこれから国際社会に向かって艦娘による武力侵略、または技術的優位による圧力を行う用意があるかどうか、そう問う声に会場がざわめく。

 

 本国から出る事を拒んだ国家主席の代役としてこの場に居るはずの男性が恰幅の腹を揺らしながら言う言葉に従って通訳はその内容を会場に響かせ、その場にいる各国の大使が目を剥いて赤い国旗を机の上に立てている太々しい笑みを浮かべるスーツの男性を見詰める。

 

「その様な用意も意図も我が国には存在いたしません」

 

 世界に名だたる大国であるという自信と深海棲艦の驚異から遠く居られると目されている国土の広さ、それらによって国連と言う場において近年では横暴と横柄が多く見られる様になった国家。

 その国に所属する外交を取り仕切る人物の発言としてはあまりに挑発的で軽率な攻撃とまで言えるその男の言葉に、しかし、動じる事無く否であると岳田は答えた。

 

「それは嘘である!」

 

 だが、その否定の返答に被せて常任理事国の一角にいる国家の外務大臣たる政治家は日本の虚偽を指摘する声を上げ。

 中国の外相でしかないはずの男は外交官としての経験から日本語を喋れるくせにわざわざ通訳を通し立場では上である日本の首相に対して母国語で(さえず)る。

 

 そこからまるで会場は議論を交わす舌戦の場の様な状態に変わり、先ほどの岳田の艦娘と深海棲艦に関わる重大な情報開示によって戸惑っていた各国の要人を置き去りにして日中二国を中心に言葉が飛び交う。

 

 そして、頑なに戦争の意図を否定する岳田に対して痺れを切らしたのか、日本による武力行使の証拠はここにあると、これこそが日本がドイツと結んだ艦娘の提供を約束する軍事協力を結んだ条約の証拠だ、と中国外相がとある資料の束を振りかざしまるで周囲に見せびらかすように声高に声を上げる。

 

 日本は各国に艦娘を供与する名目で自国の軍事拠点となる施設を造らせて、艦娘と日本軍を派遣してその地域の実効支配を目論むだけに留まらず深海棲艦への対抗可能な兵器の存在を統制する事で実質的な海外への軍拡を行うつもりであると言う声が波の様な騒がしさと共に会場に響いた。

 

「日本は自国の艦娘を使って他国に実質的な占領地を確保し、かつての大戦と同じ様に戦火を世界に広げようとしているのではないか!?」

 

 堂々と、まるで歌劇俳優の様に一方的な自論を捲し立てた中国人に視線が集中し、彼が言った言葉を自分の耳や通訳の翻訳によって理解した各国の首相や大使達は戸惑いつつも岳田がそれにどう答えるのか、とそれぞれの脳内で利害や損得を勘定する準備を始める。

 

「我が国家に所属する艦娘を海外に派遣する予定はありません。また同様に彼女達の身柄を贈与や提供する事もまた日本の法的立場から不可能であると回答させていただきます」

 

 日本は艦娘を他国に譲るつもりはない、そう言った岳田の言葉に目を剥いた幾つかの国家の代表はあらかじめ彼から打診されていた情報と約束が覆されたのだと表情を困惑から渋面に変え、即座にこの場が閉会した後に不義理な男への制裁の為に思考を切り替え始めた。

 

「約束が違うぞ、岳田首相っ!!」

 

 そんな水面下で始まろうとしていた政治家達の算段をまるで妨害する様にドイツの首相が顔を真っ赤にして叫び声を上げ、自分の国は艦娘を受け入れる為の施設と法案の用意を既に始めているのだと周囲の耳目を憚らずに暴露する。

 その約束があるからこそつい最近に中国が行おうとした日本への経済制裁決議に反対票を入れたのだと高い声を壇上の狸親父へと叩き付けた。

 

「はい、締結した条約の通りに貴国ドイツ、そして、我が国と同様の取り交わしを行った幾つかの国家へと艦娘に帰還(・・)してもらう政策は日本にとって最優先事項であります」

 

 多くの目がある場で言い放つには浅慮と言う他無い怒りを叩きつけたドイツ首相の声をまるでどこ吹く風と言う様子で受け流した岳田は艦娘を派遣しないと言った舌の根も乾かぬ内にドイツだけでなくアメリカの外交官やオーストラリアの首相など過去に根回しを行い約束を取り付けた人物の顔をゆっくりとした動きで見まわしてからその言葉を言い切った。

 

「日本は戦争と侵略と言う行為の完全な放棄を国際社会へと宣言した国家であります。

 

 そのため防衛を目的とした場合を除き自国の艦娘に限らず兵器の生産と輸出を公式には認める立場にありません。

 

 そして、私は基本的人権を尊重する国際国家の一員として一個の人格を持った生命である彼女達にも人権を持つ国民としての資格を保証しなければならないと考えています」

 

 兵器として自国(・・)の艦娘を防衛以外の目的によって国外に出す事も拒否し、人権を持つ国民となる日本国籍(・・・・)の艦娘を他国に譲る事は人身売買に該当しかねないので行わない。

 さらに未だ国内で法整備には至っていないが艦娘に他の国民と同じ人権を与える事は今後の日本と世界に必要不可欠な課題であると岳田が淀み無く語る。

 

「でありますからこそ、彼女達が母国への帰国(・・・・・・)を望む場合に最大限に援助しなければならないのです」

 

 その場にいる全ての人間、各国の要人だけでなく自分達へとカメラとマイクを持っている報道陣、日本側の強い要請で誤魔化しを許さない(編集も改竄も出来ない)生中継を行っているメディアに向けて岳田は条約を結んだ国へ艦娘を派遣しない。

 

 だが、帰還はさせると一見意味の通らない言葉を保証した。

 

 言われた意味が分からない者、その意図に気付いた者、知っていた者達はそれぞれの思考内容は別として全員が揃って目を点にする。

 

「そして、そちらの周外相からの指摘があった資料に関して・・・これ以上の誤解が皆様に広がる前にこちらから開示する許可をいただいても構いませんか?」

 

 岳田の周囲の目を理由にした要求にドイツの首相は渋々と言う顔で、なのに文句一つ付けずまるで予定通りの行動と言えるほどスムーズにその要求を受け入れると返事を返し、壇上に立つ日本国首相の背後に予め用意されていた映写機の光が照射され壁をスクリーンへと変える。

 

「これが、我が国からドイツへと返還される予定となっている艦娘、その中核(コア)である霊核のリストです、古いモノでは四十年以上前のモノでもある為、読み難くはあるでしょうが・・・」

 

 スクリーンには所々が黄ばんだ紙に古いインクで記された文字列が並び、かつて軍国としてヨーロッパにその勢力を広げようとしたドイツ海軍に所属していた艦艇の名が箇条書きで記され、それぞれの名の横には発見された日時と座標や海域の名称が書き込まれていた。

 

 そして、これと同様のリストが別の国の分も存在していると公言する岳田の声に彼が言った人権と言う盾を使って自国の艦娘を派遣する予定は無いと言う言葉の真意、この茶番の目的を察したアメリカの国連大使が苦虫を噛み潰して呻きを漏らす。

 

 ハメられた。

 

 どうやってかは分からないが中国とドイツにこの茶番の為に協力を取り付けていた目の前に立つ太々しい日本国首相は艦娘や深海棲艦の正体だけでなく。

 今、この場で日本から他国に帰還する予定の艦娘が存在している事までもを世界に公開しようとしているのだ、と。

 

 しかし、それを下手に止めれば最も多く艦娘を保有することになる自国(アメリカ)はその膨大になる戦力の存在を秘匿していた事を突かれて外交の場で日本以上の攻撃対象となりかねない。

 その反面、人権と言う過敏に反応する人間が多い問題を、その上に艦娘の意志を尊重すると言う理由を乗せて利用できると大義名分は言葉だけの絵空事であっても艦娘を持たない国への戦力を出し渋る言い訳として使える。

 

 刀堂博士が残した研究内容が正しいとすれば深海棲艦の勢力が更に増えるのだから結局は自国の艦娘を外国に派遣する(貸し出す)事になるだろう、だがその条件はアメリカが上位に立って交渉できる立場と理由は多いほど良い。

 

「それでは我が国が他国の艦艇の魂たる霊核を保管している事に関して説明させていただきます」

 

 この問題のリスクとリターンは一大使としての権限しかない自分が勝手な判断をするには荷が勝ちすぎていると判断し眉間にしわを寄せた壮年の米国人は海外渡航の危険を負ってでも今日この場には大統領閣下が居るべきだった、と今この場に小賢しい日本人の頭を抑え付ける権限を持つ母国の人間が居ない事を悔やむ。

 

 そんな悩みを抱えるアメリカ大使の姿を何処か愉快気な顔をして日本に対する侵略疑惑をこの場で告発したはずの中国外相がいつの間にか椅子に行儀良く座り、自分の役目は終わったとばかりに岳田の独壇場へと静かに耳を傾けていた。

 

・・・

 

 遡る事、50年前、まだ日本が昭和の年号を使っていた時期、来たる地球環境の大異変に備える為に協力者達と共に活動を行っていた刀堂吉行は大塔財団の造船部門によって建造された海洋調査船に乗り込み海原へと漕ぎ出した。

 

 その目的は新技術を搭載した船による貿易路の開拓と広範囲の海洋資源調査、そして、その裏側に隠した目的こそが世界各地の海に没した日本船舶に宿る英霊の魂を結晶化させて回収して日本へと持ち帰る事。

 

 そして、字面だけなら正気を疑われても仕方ない内容の計画において最初の回収目標とされたのがかつての第二次世界大戦期に繰り広げられた激戦によってアイアンボトムサウンド(鉄底海峡)と呼ばれる事となったソロモン諸島近海に沈む一隻の駆逐艦、日本帝国海軍に属し白露型駆逐艦四番艦として建造され夕立の名を与えられた戦船だった。

 

 当時、まだ大戦後に敗戦国となった日本に対する外的圧力は強く完成したばかりの最新鋭とは言え民間船が外洋に出ると言う事そのものが危険であり、あるかどうかも分からない存在を回収する眉唾な技術の試験運用が目的ならば初めての霊核回収(サルベージ)は母国の近海に沈む軍艦に行われるべきと言う周囲の声に刀堂は深く頭を下げ懇願する様にその駆逐艦の沈む南海へと向かう事を願った。

 

「あの船は深い深い海の底に沈んでいるから今の技術ではどう頑張っても遺品一つ回収できやしない、問題無く霊核を回収できたとしても言葉を交わす事が出来ないのは百も承知している」

 

 常人離れした理屈で知識と技術を編み上げる頭脳を持った刀堂は普段の自らをも俯瞰して見ている様な達観した雰囲気を剥ぎ捨て。

 

「・・・だが、私は一番初めに義弟を日本に連れ帰りたい、アイツが命を懸けて守った人々を、国をアイツに見せてやりたい」

 

 完全な私事の為に現在の価値で数百億円を超える資金を投入して新造されたばかりの海洋調査船【綿津見】に処女航海で遥か南の海を目指して欲しいと航海の目的を知る当時の船長を含めた協力者達へと頼み込む。

 

 その海への渡航許可を外交的に得ていたとしても日本船籍である事と所詮は武装を持たない海洋調査船である綿津見にとって冷戦期の外海は海賊だけでなく外国軍艦までもが敵になり兼ねない危険な領域。

 それでも博士の必死の懇願に根負けした船長の了承と設立したばかりの会社の資金を使い果たしかけてまで綿津見を造り上げた船主(オーナー)である大塔弦蔵の決定(二つ返事)によって始まる事となった。

 

 だが、苦難を覚悟していた大半の船員たちの予想を覆して綿津見の初航海は危険と言えるほどの危険など無くスムーズに進む。

 

 そして、日本から遙か5600kmの航路を彼らを乗せた海洋調査船は走り抜けてソロモン海へと入り込む事に成功した。

 

 それは快速と言われる軍艦ですら30ノットが全速力と言っていい時代において平均的な巡洋艦より一回り大きい巨体を持っているのに綿津見は快適な居住性を維持しながら全速航行で40ノットを維持できると言う百年先の技術で作られたと言う触れ込み通りの性能を発揮し、旧式の海賊船や哨戒船の類を悉く振り切る事が出来たからだった。

 

 綿津見に乗船していた元軍人であった者達は何故もっと早くこの船が生まれてくれなかったのか、と泣けば良いのか笑えば良いのか、と嘆きと歓声を上げて生まれたばかりの海洋調査船に日本再興の希望を重ね見る。

 

 この世界において現代船舶の母とまで言われる事になる新造船の活躍によって辿り着いたサボ島沖にて巨大な白銀の錨をサルベージユニットが海へと投げ。

 

 数えきれないほどの英霊が眠る海底から綿津見は鎖と錨を引き揚げ、計画通りに手の平に乗るサイズまで圧縮され結晶化した駆逐艦夕立の魂を、刀堂の妻である女性の弟とその仲間達の意志が眠る霊核を回収する事に成功した。

 

「こんなに小さくなっちまって・・・でもなぁ、やっと国さ、けえれるぞ、(ひで)坊」

 

 赤道に近い燃える様な夕陽の中で成功したサルベージによって回収された煌めく夕立の霊核を両手で包むように抱えて双眸を潤ませ感極まっていた刀堂。

 そんな彼を見守っていた綿津見の本来の目的を知る一部の船員達の前にそれは現れる。

 

「は、博士・・・霊核がもう一つ!?」

 

 それは夕陽にきらめく魂を宿した水晶、回収装置から存在しないはずの二つ目の霊核がコロリと転がり出てその場の全員の目を驚きに見開かせた。

 

「な、何故!? 回収装置の影響範囲に他の日本艦は沈んでいないはず・・・?」

 

 装置の設計者ですら予想外な事に引き上げられた輝く錨を伝って綿津見の甲板へと現れた水晶体は一つでは無く、転がり出てきたソレは綿津見船内で刀堂博士自らが行った精密検査の結果、日本の艦艇の霊核で無い事が発覚する。

 

シグナル(呼び声)フォーマット(言語)は日本語なのに、なんでこんな事が起きた・・・? だがこれは・・・」

 

・・・

 

『その日、偶然に回収してしまったアメリカ海軍属の重巡洋艦ノーザンプトンを始めとした他の日本艦の霊核を回収する際に収容する事になった多くの連合国軍艦船のコアは刀堂博士達によって秘密裏に保管されることなり、然るべき時に母国へと返還される事が取り決められました』

 

 両手を広げ、いかにも自分は正しい事をしているのだと堂々とした態度でその然るべき時の始まりが今日この場であると言外に示す岳田の姿に会場は静まり返り、自国艦の霊核を回収する際に偶然(・・)見つけた拾い物を本来の持ち主達へと返還する為の事業を遂行する事が自分が政治家として行わなければならない重要事項であると日本国総理大臣は語る。

 

『現在でもまだ艦娘を含めた多くの霊的技術は非常識の一種として扱われる事になる事は私自身もまた理解している事でありますが、それが事実であると知る各国の皆様には善意と節度を持った対応で彼女達を迎え入れていただきたく、お願いいたします』

 

 世界の海を着実に蝕んでいる深海棲艦の脅威が嘘か幻の様に栄える街が輝かせる光を見下ろすホテルの一室でソファーに肥えた身体を腰掛けさせ二日経っても静まる気配を見せない世界中を騒がせているニュース映像の様子に小さく喉を震わせて笑う。

 そんな彼の下に秘書らしいスーツ姿の女性が歩み寄り耳打ちをし、それに頷いた中国外相はソファーから立ち上がると襟を正してスイートルームの入り口へと身体を向けた。

 

「お待たせしてしまいました、周外相」

「おおっ、岳田さんっ、いえいえ、貴方こそ今は身を二つに割るほど忙しいでしょうに、時間を取っていただいただけでもありがたい事です」

 

 部屋のドアが開き、護衛を連れて入ってきた岳田次郎の姿に部屋で待っていた周博文はにこやかな微笑みを浮かべて歩み寄り握手を求めて相手の手を両手で包むように握り親愛が籠った歓迎の言葉で迎える。

 とてもでは無いが二日前に岳田へと険悪な挑発を行った人物と同一であるとは思えないほど友好的な姿を見せる中国外相の姿に日本国首相は笑みを返して護衛に部屋の入り口で待機する様に命じた。

 

「この度は貴方に敵役の様な真似をさせてしまって本当に申し訳ありませんでした、周外相」

 

 そして、岳田の口から告げられた謝罪を受け入れた上で周外相は気にしていないとにこやかに返答する。

 

「いえいえ、むしろ当局に親日家として煙たがられている身としては丁度良いご機嫌取り(デモンストレーション)になりましたよ」

「それは・・・問題無いのですか?」

「張りぼての共産主義に従うしか能の無いバカだらけですが中には保身に対する嗅覚だけは鋭いのも居ます、足の下を支えている者達を弾圧して利益だけを得られていた時代はもう終わりました」

 

 しかし、一部の馬鹿が暴発して自分達にテロを仕掛けて来ない程度には形を整えておかねばならない、と駐日大使として日本に滞在していた事が知られる親日家の外交官は面倒臭そうに言う。

 

 彼が若き日に巻き込まれた暴動の中でこじつけじみた理由で中国当局に拘束されかけた際、まるで彼らの危機を知っていたかの様に何の前触れもなく現れた刀堂博士の手助けで逃れた過去がある事は極一部の人間しか知らない。

 その彼が中心となってかつての刀堂吉行の様に造り上げた人の網は共産党の内外問わずに広がり、何処に混じっているか分からない彼等は中国当局の虱潰し(弾圧)にすら抵抗可能な力(政治と武力)を得ており、近年では深海棲艦の出現と合わさり中国の内憂外患問題に拍車をかけている。

 

「まぁ、シナ海の一件で世界からの信用を失い針の筵になったこの席を私に押し付け、日本を手懐けろと言ってヒステリックに喚き立てるクセにいざ手を結ぼうとすれば今度は売国奴と叫ぶ連中を相手にするのは実に疲れます」

「我々としては周外相にはもっと高い場所に立って貰いたいものですがね、仲違いして無駄な時間を使っていられる猶予はもう人類には無いのですから」

「それに本気で気付いていない(・・・・・・・)連中も少なからず居るのがまた頭痛の種、と」

 

 中国共産党の端っこにいた一家族の倅でしかなかった彼は刀堂の手に縋って家族や友人と共に命からがら中国当局の手から逃れるまでは自国を疑う事のない善良な一般市民だった。

 皮肉な事に共産党の一部が起こした内乱じみた暴動と弾圧に巻き込まれた事で周博文は自国の政治に疑問を抱き、留学生として滞在した日本の刀堂博士の下で多くを学び大きな歪みを抱えた母国を正道に戻す志を胸に燃やし同胞達と故郷の地へと戻った。

 

「そして、だからこそ、今回の話をお受けしたわけですな」

 

 それから二十数年、周博文は同士を増やし中国共産党の一角を成す(二割を占める)派閥の代表的な位置に立つ事となり、彼の派閥が中心的に活動する地域では汚職が極端に少なく経済活動が活性化が著しく。

 その成果を妬む者には資本の犬などと言われ蛇蝎の如く嫌われながら命の恩人であり刀堂の教えを守り、教えられた人心掌握の手管で玉石選ばずの人脈を無節操に網の様に繋いで今も着実に増やしている。 

 

「お願いした立場で言うのも何ですが、まさかこちらからの御礼の内容も聞かずに了解していただけるとは思っていませんでした」

「はっはっはっ、刀堂老師も言っておられたでしょう? 成功者の秘訣とは弱者を虐げる腕力でも強者を丸め込む弁舌でもなく、恩の売り時を間違えないセンスである、とね?」

「今回がそうだったと?」

 

 得意げに頷いている周博文が留学生として日本に居た時に刀堂の紹介で出会い、交友関係を今も続けている日本の政治家となった男はその言葉に肩を軽く揺らして笑いを漏らし、なかなか実践するのは難しい訓示ですな、と返事を返す。

 

「それではこれを」

「ほう・・・これは・・・、水晶ですかな?」

「材質そのものは通常のガラスと同じとの事です」

 

 周博文に今回の無理な願いを受け入れてもらう為に用意したお礼として岳田が持ち込んだアタッシュケースがテーブルの上に開かれ、蛍光灯の明かりの下でその内部が煌めく。

 

「正式には結晶基幹と名付けられた物ですが、鎮守府の研究室ではクリスタルコイル、もしくは単純にネジと呼んでいるようですね」

「確かに・・・水晶でできたネジに見えますなぁ、それでこれは一体どういうモノなのですか?」

 

 首を傾げる中国外相へとその水晶体が持つ力の説明が岳田の口から告げられ、その内容を徐々に理解していった周博文は驚きに目を見開き彼が持ってきた対深海棲艦用ミサイルや艦娘の増設装備にとっての重要部品を凝視する。

 

「つまりこれを組み込めば通常兵器でも深海棲艦にダメージを与えられると・・・?」

「携行出来る火器への応用は現代人の霊力係数の低さ故に今の所は不可能らしいですが、戦車や戦闘機などなら艦娘の武装並みの威力に近づけられると」

 

 その水晶(ネジ)の使用方法と製造方法、これがあの茶番の報酬であるのだと理解が追いついた事で周博文は笑い声を上げて脱力する様にソファーの背もたれに背を預けた。

 

「は、ははっ! まったく、日本人から貰うプレゼントには決まって痺れさせられてしまう、今回もそうだった!」

「とは言え、これの効果を最も効率良く発揮させたい場合には火薬などの爆発物は厳禁であるらしいので通常兵器としての威力はあってない様な物になるそうです」

「ならば、これを他国へ提供する事は日本が兵器を輸出した事にはなりませんな、大気中の霊力を集めるだけの不思議なガラスでしかないのですから」

「いやいや、本当に・・・、話の分かる相手が居てくれると言うのはありがたい」

 

 ありがたみを(人の話を聞かない連)噛みしめる(中の迷惑さを嫌と)様にそう呟いた(言うほど知っている)岳田の手から受け渡された人類を相手にした兵器としての威力は欠陥品となる技術、深海棲艦の脅威に立ち向かわなければならない今後の人類にとっては値千金となるそれを受け取った中国外相はにんまりと微笑みもう一度、笑顔で頷きを返す岳田の手を取って握手を交わす。

 

「朋友に良い土産が出来ました。沿岸部の防衛が確立すれば当局がそこに押し込めて切り捨てようとしている多くの同胞も守れますからな」

「それによって貴方の支持基盤が更に盤石となる、と羨ましい事です・・・ところでこれの量産がそちらで安定した暁にはペイバックをいただく事は?」

「おや、プレゼントに配当金など聞いた事がありませんなぁ・・・、まぁ、今後の交渉次第と言う事でしょう」

 

 秘書である女性に閉じたアタッシュケースを渡した周は親指と人差し指で円を作ると自分は恩情の安売りはしない主義だと笑い。

 

「ですが、条件次第で値引きぐらいは考えますよ」

 

 そんな周博文の姿に苦笑しながら岳田は軽く肩をすくめて商売は専門外なんですが、とおどけて見せた。

 

「随分と弱気な、まだドイツの首相との交渉が控えているでしょう?」

「ええ、安売りだけはしない様に気を付けるとします」

 




 
善意だけでは淘汰される。

悪意だけなら自滅する。

中庸など幻想にすぎない。

理想は陽も届かぬ海の底・・・。


鎮守府にネジが実装されていました!(唐突な事後報告)

そんなわけで蜂の巣よりも穴だらけのなんちゃって政治シーンから

2019年の【投稿、始まるよ。】


遅ればせながらご挨拶をば!
年があけました! 今年もよろしくお願いします!!


この話の構成は途中でまたマサンの脳ミソが混乱をし始めた結果こうなりました。
間違いなくお気に入りがダース単位で消える。(確信)


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第六十三話

 
“予測よりも早い”     “だが”
“都合が良いのか?”

“言うべき事ではない”       “これは”
“傍観者”  “どれだけ糸を繋げても”

“思い上がりだな”     “勝手に”

“どうせ操作せずとも”     “あみだくじ”
“線は増え続ける”

“過去を引きずるか”

“また”

“未来にばかり気を取られて”

“人でなくなったクセに何の進歩も無いな”

私は・・・。

 


『はぁあ~、・・・なんでよりにもよって年末年始に警備任務をやらないといけないんですかぁ、今日はお正月なんですよぉ?』

 

 寒風が吹く海上を照らしていた夕日が沈み、年明けでも変わらず働く太陽が2016年の初日の店仕舞と明日の用意を始めている時間に暗がりが広がり始めた海上に二本足で立つ16mの少女が半袖のセーラ服と水色のキュロットパンツをはためかせて海面を滑る様に航行していた。

 

「割り当てられた以上は年末だろうと元旦だろうと三が日だろうと我々のやる事は変わらん、任務中に気を抜くな」

『今頃、古鷹さん達も鎮守府でお餅食べてるんでしょうね・・・、青葉はこんな夜通しの任務じゃなくてお餅つき大会に参加したかったです』

 

 重巡洋艦青葉を原型に持つ艦娘の艦橋に座る青年は未練がましい言葉をスピーカーから垂れ流す重巡少女の言葉に小さく嘆息した。

 

「訓練では得られない経験を得る為にわざわざこの任務をやっている事を忘れるな、新人巡洋艦」

『むっ、そんな事言って司令官も鎮守府でやりたい事あったんじゃないですか?』

「何がだ、そろそろ口を閉じろ」

 

 司令部から出撃許可を受けて彼の艦隊に所属したばかりの青葉の為に用意された実践訓練の機会であると言う士官の言葉に重巡は口を尖らせ言われっぱなしでは堪らないと反論を通信機のスピーカーに伝える。

 

『だって小笠原への輸送作戦に参加している艦隊がめぼしい敵艦を掃除してるせいでこの任務に出てから青葉が見つけたのは初日のはぐれイ級だけ、本当にやる意味あるんですか? 司令だってこんな任務より霞ちゃんをお茶に誘う方が有意義ですよ~?』

 

 その駆逐艦の名前を出された特務三等海佐は不真面目極まる文句を垂れ流している青葉の言葉に憮然とした表情を浮かべたが同意も反論もせず指揮席で腕を組む。

 

「あらあら、提督はまだあの子の事気にしてるんですか? 過ぎた事を気にし過ぎるのは良くありませんよぉ」

「ああ、それに艦隊から離れた艦娘を気に掛けるぐらいなら今の部下に気を配るべきだ、そして、お前には僕らが居るぞ」

 

 そんな彼は左からお淑やかな声と共に指揮席左側の肘掛に横座りしている若草色の腰まで届く長い髪を一本の三つ編みにした夕雲型駆逐艦の長女が彼の肩を馴れ馴れしい手つきで撫で。

 艦橋の右側で周辺警戒を担当している秋月型駆逐艦の初月が黒いインナーで包まれた腰を足場の手すりに凭れかけさせ呆れた様な色が混じった少し低いソプラノと共に指揮席へと顔を向ける。

 

『へ~、両手に花じゃないですか、良かったですね司令』

 

 両親からそれぞれ鋭い目つきと厳つい輪郭を受け継いで生まれた為に初対面の女性や子供の顔をほぼ必ず引き攣らせて生きてきたその男は士官候補だった頃の同期であり鎮守府に着任する原因となった先任士官でもある中村義男の誘いを受けた事を若干後悔していた。

 

「・・・少しも考えていない事で揶揄うな、嬉しくもなんともない」

 

 不愛想な自分でも誰かの助けになれるならと世界に名高い国営の救助隊員である自衛官を目指していたのであって実戦をする軍人がやりたかったわけじゃなく、正直に言えば戦争どころか荒事とすら無縁でいたい。

 長身でがっしりとした体格は恵まれた生来のモノをさらに防衛大時代の訓練と校友会(クラブ活動)で鍛えられただけ、鋭い鷹の目と厳つい老け顔は親の遺伝、どんなに勝手な期待を向けられても彼は自分の身の内に血に飢えた猛獣を飼ってなど居ないと言い切れる。

 

「だから、夕雲も警戒に戻れ」

「きゃっ♪ は~い、ふふふっ」

 

 ぶっきらぼうな言い方で指揮席の肘掛に座っている夕雲の腰を軽く通路側に押せばまるでくすぐったそうな微笑みを浮かべ、夜闇にぼんやりと浮かぶ艦橋で深緑の三つ編みを揺らす少女は笑い声をあげる。

 半ばコンプレックスになっていたヤクザ顔の自分の姿を怖がるどころか明らかに好意的に見ている美少女達との出会いと言う今までの人生ではあり得なかった奇妙な現象は艦娘の指揮官となって一年以上過ぎても彼には受け入れる事が出来ていない。

 

 おまけに夕雲を筆頭にやたらと馴れ馴れしい態度を見せたり気安く触れてくる数人には彼が仏頂面を取り繕う裏で戸惑っており、見た目に似合わない気の小ささの持ち主であると見抜かれている様で少々強く注意した程度では堪えた様子一つ見せなくなった。

 

(これでこの子達が明らかな規則違反でもしていれば叱りつける理由にもなるんだが・・・)

 

 理由なく部下を叱る事は模範的な自衛官としてやってはいけない事であり、その理不尽を彼がしないと理解した部下である艦娘達(主に駆逐艦娘)はその境界線を見極めて他愛ない悪戯やじゃれついたりして来るのだ。

 

 ほぼ全員が僅か半年で現代日本の少年少女に課される義務教育と同等の学習を修めるほど頭の良さを持つと言うだけでは説明が付けられないほど強かに上官の機微を察して自分や仲間の利になる行動を率先する行動力は熟練の下士官を思わせ。

 見た目は少女の身体だがその中身が自分よりも古参の兵隊としての経験を持った軍人である事を見せつけられる度に自分が彼女達の上官としてここに居て良いのかと老け顔の青年士官は自問自答する。

 

『提督っ!』

「なんだ、言っておくが霞に関してはちゃんと話し合った上で了解した事で・・・」

 

 とある理由によって別艦隊からの異動してきて彼の部下となった駆逐艦娘、新しい指揮官の大人しい内面を揶揄う事なく上官に対する気の緩みがあったその部隊を実力行使で引き締め、見事に正した朝潮型少女の存在感は数か月所属していただけとは言えない程に青年の中で特に大きくなり。

 少々高圧的であるが真面目な態度で任務に就く霞に言葉少ないが心から感謝する指揮官の態度から悪戯や遊びなどで彼の気を引こうとしていた部下達は自分達の行動が彼の気質に有効ではないと学習してしまい。

 それは、しっかりと規律をもって仕事をこなしながらその合間に怒られないラインを見極めちょっかいをかけてくると言う賢しい手法を覚える原因になった。

 

 それはともかく、実家の母親に似た曲がった事を嫌うキツイ性格の駆逐艦は突然に元の艦隊に戻る為の交換条件として研究室の怪しい新技術の被検体をやると言い出し、それに対してつい情けない態度を見せてしまった為に彼は尻を蹴飛ばされ。

 その後、彼女を部隊に引き留めようとしていた筈なのに気付けば自分は艦娘の指揮官に向いていないのでは、などと小学生にしか見えない女の子を相手に身長190cmの大人が身を縮めながら人生相談をしている様な状態になり。

 相談している内に意気消沈してしまった強面の青年は勝気な顔を見せる駆逐艦娘に力強く背中を叩かれ、貴方はあのサボり魔のクズとは比べ物にならない程の良い指揮官をやれるわ、と太鼓判と励ましを受ける事になった。

 

『そうじゃありません! 左舷前方、電探に感あり! 反応、大きいです!!』

 

 さっきまでのやる気が無かった調子がまるでスイッチを切り替えたかの様にハキハキとしたモノに変わり、指揮席のコンソールパネルの上で重巡洋艦娘である青葉が瞳を鋭くして肩掛け式で小脇に抱える艤装のグリップを握り砲身を闇夜に向け支える。

 その緊迫感の強い青葉の声に少し前の思い出を回想し始めていた青年の思考が現実に引き戻され、咄嗟に手元のコンソールを操作して言われた方向へとモニターの倍率を上げた。

 

「電探でも距離3100で確認しました、でも何かしらこのブレ、見難いわね・・・」

「この艦影だと普通の船みたいな横長なのか、でもイ級にしては大きい、・・・見た事が無い変な形だ」

 

 初月だけでなくさっきまで自分に馴れ馴れしくじゃれついていた夕雲も素早く全周モニターに着いて各種センサーから送られてくる情報の分析を始め。

 肌に感じるほどの緊張を強めた状況に置いて行かれそうになった指揮官は大きく深呼吸してから改めてその雰囲気に挑む。

 

 部隊に編成できる人数は旗艦を含めて4人とまだ自分を鎮守府に招き入れた中村や田中には届かない。

 だが、その二人より情けない指揮官などと言われる様な事になれば自分を励ましてくれた霞に申し訳が立たないのだ、と冷静に状況を見極める為に青年は鷹の目をコンソールへと向けた。

 

『望遠では暗くて良く見ません・・・でも、見える感じでは私と同じぐらいの大きさじゃないですか?』

「艦娘と同じサイズ? さっきレーダーの反応は大きいと言っていただろう」

「電探に映るゴーストが酷いせいかしら・・・て、提督、前方の海域に戦闘時並のマナ濃度を確認しました!?」

 

 青葉が艤装を向ける方向を示す円形のレーダー画面の端へと目を向けた指揮官はまるで濃霧が立ち込めた様に不明瞭となったその画面の一部で150m前後の影がブレつつも存在している様子に訝し気に眉を顰めた。

 

『もしかして・・・、友軍が戦闘中なんじゃないですか? その最中で潜水艦に足を取られたのかもしれません!』

 

 星明りだけが頼りの海上で暗闇に向かって目一杯に望遠されたモニターには確かに小さな人影が揺れ動いており、そこに重なる様に巨大な影が電探へと反応を返している。

 人型を持つ深海棲艦のほぼ全てが艦娘と比べると十倍かそれ以上の身長を持つ事を考えれば目に見えるそれの大きさが艦娘に近い事は間違いなく。

 青葉が言った通りに浅い水深まで上がってきた潜水艦級の超音波や海藻の様な髪で絡め捕えられている可能性は無くは無い。

 

(だが、今、警備任務に出ている部隊でそんな凡ミスをする指揮官なんかいるか?)

 

 いくら新人艦娘の実地研修の意味合いが強いある程度の深海棲艦掃討が終わった南方航路に繋がる近海の警備であってもたった一人だけの艦娘を指揮下に置いて指揮官に出撃などさせるわけは無い。

 仮に足を深海棲艦に食いつかれたとしてもすぐに旗艦変更で回避か脱出を行えば今のモニターとレーダーに映っている様な敵艦との密着状態が長く続くなんて事にはならない、少なくとも今この任務に参加している彼の同僚は全員がそれが出来る。

 

「通信は・・・あそこから救難信号は出ているか?」

「ありません、でもそれが出来ない状況だとすれば・・・」

 

 まだ旗艦一人しか編成できない特務士官はほぼ全員が鎮守府では無く舞鶴基地で日本海防衛任務と言う名のクルージングで訓練を積んでいるはずだからよっぽどの事が無い限りは同じ任務に就いている指揮官が反撃も撤退もしていないと言うのは彼にとって不自然なものだった。

 仮に戦闘中でないならお互い艦橋で確認できる距離、もしくは電探の探知範囲に友軍が近づいて来たらすぐに挨拶混じりの業務連絡を取り合うのが指揮官達のエチケットでもある。

 

「いや、もしそうだとしても深海棲艦相手に足を止めて戦い続けるのはおかしい、おまけに砲声が聞こえない上に棒立ちだ」

 

 僅かでも友軍の危機の可能性があるならばと顔を強張らせて振り向いた夕雲の言葉、指揮官と同じ結論を出した初月が状況の不可解さで疑念に首を傾げる。

 艦橋に立ち自分を見つめる二人の言葉に耳を傾けていた指揮官は眉を少し顰めつつも通信機能へと手を伸ばす。

 

「こちらから通信を試みる、青葉は針路を前方の不明艦へ向けろ」

『了解しました、増速はしますか? 友軍が襲われているなら早く駆けつけるべきですよ』

「取り敢えず現状把握を優先だ、状況が分からないうちから不用意に近づくのは危険だからな。初月は念の為に母艦へ現在出撃している部隊の確認を頼む」

 

 警備任務の為に鎮守府から同行して海上拠点となっている自衛隊所属の護衛艦へ連絡を命じられた初月は短く了解を返し、友軍が襲われている可能性を心中で強めているらしい夕雲と青葉がそれぞれ艦橋とコンソールパネルの上で焦れた様な表情を浮かべた。

 

「こちら鎮守府所属艦娘部隊指揮官、赤井昴特務三佐、応答を願います・・・」

 

・・・

 

『聞こえないんですかっ? 通信が出来ないなら発光信号だけでもお願いします!』

 

 獲物を捕らえ咀嚼していたソレは耳に届いた音にならない音で顔を上げ、黒いタールの様な液体を口元から滴らせてその音が幾つか聞こえた方向へと黒いフードの下から青灰色の瞳を向ける。

 太陽が沈み夜が支配する海の上でぼんやりとした星明りとは違う煌めきがこちらへと近づいてきている様子に目を瞬かせたソレは食い千切っていた軽巡級の残骸を海に捨て口元にニンマリと笑みを浮かべ。

 

 同族よりも美味そうなご馳走が向こうからやってきたと喜んだ。

 

 しかし、笑みを浮かべたソレはすぐに表情を改め、あの連中が下位個体であるのにとても厄介な力を持った敵である事を思い出して自分の中に渦巻く食欲に従って襲い掛かったとしてその美味しい肉にありつけるかは難しいのではと思い直す。

 まだ自分がこの形を得る前に見た消えて見えるほど船足の早いチビや空を飛び上から降ってくる夕陽色はその体格差を物ともせず重巡や戦艦級の上位個体すら屠っていたのだ。

 

 ソレは近づいてくる相手への恐れに似た感覚を疼かせ逃げようと考えかけた。

 

 だが、唐突に同族である重巡の砲撃で千切れた赤白の腕肉を拾って喰った時の味を思い出した事で恐れが食欲で薄まる。

 

 ソレは口を湿らせていた下位個体の体液を押し流して勝手に溢れる涎を返り血で汚れた黒い手の甲で拭う。

 

 その赤い肉は同族の青い肉よりも早く溶けて消えてしまったが光に解ける残滓までもが啜るだけで身の内を焦がす様な美味となり、それまで感じた事のない快感を与えてくれた。

 

『こちら赤井三佐指揮下、重巡青葉です! 応答を願います!』

 

 また聞こえる音、同族と交わす思惟と違ってピーピー五月蠅いだけで意味は分からないが恐らくはあの下位個体達が使う鳴き声。

 ソレが知っているのはその音が聞こえるとあのチビ達が現れて同族に襲い掛かり狩りを始める事だけ。

 そこまで考えたところで自分が狩りの獲物として見つけられてしまったと気付き、ソレは自らの安全と目の前のご馳走にあり付きたい言う欲の間で決断を迷う。

 

 一匹だけなら襲って喰い殺せるのではないか?

 

 だが、アイツらは一匹に見えて実は何匹か集まっている場合がある。

 

 肉の量が多いだけの同族(薄味)とは違うピリピリと美味そうな香り(霊力)を感じて身の内がざわつく。

 

 しかし、下手をすれば自分が生まれた海域を支配していた戦艦級の様に奴らに頭と心臓を撃ち抜かれ死ぬのではないか?

 

 自分が死んでしまえばアイツらを喰う事が出来ない。

 

 それは嬉しくない。

 

 身体のほとんどが鉄でできたトロくさい下位個体を襲う時にとても頑張ったのにその中に詰まっている美味しい小虫をちっとも分けてくれなかったけち臭い戦艦タ級。

 気に入った眷属にばかり贔屓をする元旗艦の死骸を喰えたお陰で駆逐艦だった自分はそれなりに強くなったはずだがあの不思議な力を持った小さいくせに強い下位個体達を相手にするには足りるだろうか。

 

 食欲に(同族食)目覚めた(いを覚えた)深海棲艦(イレギュラー)は思案する。

 

 足元の海面下で先ほど実力の差を理解せず体の大きさだけで戦艦となった自分へ生意気にも反抗した軽巡(ト級)の死骸を尻尾にまる飲みさせつつ。

 駆逐艦から(定められたレー)戦艦へと進化(ルから外れかけて)した怪物(いる一個体)は改めて青い襟のセーラー服と短パンを障壁の光で輝かせる重巡艦娘へと視線を向け。

 その旨味が凝縮しているであろう手足、柔らかそうな身体をしっかりと青い目で捉えたと同時、獣は誰かに背中を押されて堪え切れず欲望にその身を任せた。

 

・・・

 

 星空が見下ろす海で赤黒く灼熱する砲弾が弾け、周囲を空気ごと焼く様に熱と衝撃が海面を穿ち、直撃は逃れたが障壁が削られる痛みに顔を顰めた青葉は二十キロ離れた先から砲撃を放った相手に向かって目を見開く。

 

《そんな砲撃ですよ!? て、敵艦だったんですか!!》

 

 即座に指揮官から回頭を命じられた重巡艦娘は砲塔を攻撃してきた黒い人影へと向け、その身体に装備された艤装の一つが光を空へと放ち、夜空に放たれた投射障壁が円形の膜を空に広げて照明となって雨合羽を着込んだような深海棲艦の姿を照らし出す。

 

『僕らと同じ大きさの深海棲艦っ?』

『それがどうしたのっ! 深海棲艦は大きさが取り柄の鈍足、駆逐艦以下ならやれるわ!』

 

 返答が来なかった為に望遠無しでも目視可能な距離まで接近してしまっていた青葉がすぐに構えた艤装が砲口を黒合羽へと向き。

 熱エネルギーを圧縮された砲弾が二基の20cm口径連装砲から連続で放たれ放物線を描いて海に立つ14mほどの人型(平均的な駆逐艦娘サイズ)へと殺到する。

 

 直後に水柱が照明弾の照らす海上でガラスの割れる様な音と同時に弾ける着弾の手応えに重巡洋艦娘は胸を撫で下ろす。

 味方と勘違いしたまま慌てて接近していた自分の行動には猛省しなければならない。

 だが、新しく発見された敵艦種と言うならしっかりと取材する必要があるのだからどっちにしろ近づかなければならなかったと誰にと言うわけでも無く言い訳を胸中で呟く。

 

『青葉っ! 防御しろっ!!』

 

《えっ・・・?》

 

 咄嗟に放ったとは言え自分の主砲弾を立て続けに正面から浴びたのだから撃沈できない深海棲艦はいないだろうと高を括っていた青葉は艦橋で叫ぶ指揮官の声に戸惑い、直後に針路上にタイミング良く落ちてきた巨大な砲弾に目を見開いて慌てる。

 自分の身体を守る為に落下してきた砲弾に向けて集中させた光の壁が爆炎と衝撃で砕け、障壁を形作る霊力の大部分が削られ数えきれないほどの小さな傷が肌を痛めつけるが幸運にも致命傷にはならなかった。

 

《ぅう、直撃したはずなのに何で反撃が・・・もしかして青葉の火力がちょっと足りなかったって、ことですかっ!?》

 

 ただし、彼女が肩に掛けているかつての重巡洋艦青葉が装備していた二基の主砲を模して繋げたデザインの装甲が砕け砲身を折られて、使用不能になった事が致命的と言わないのならばであるが。

 

 過去の戦船として海戦と人間サイズでの戦い方の経験に関しては群を抜いているが戦闘形態での戦いはつい最近に出撃許可を貰ったばかりの重巡艦娘は試し打ちで沈めた深海棲艦の弱さに拍子抜けし。

 敵から逃げ隠れするしかなかった待機状態と違い戦闘形態となった自分の装甲と火力が深海棲艦を上回る強力なモノだと思い込んでいた。

 

 実際に重巡洋艦という艦種故に彼女以上の障壁装甲と砲火力を持つのは格上の戦艦しかいないのだからその認識が全くの間違いであるというわけでは無いし、仮に戦艦であったとしても正面からその20cm口径弾を受ければ多大な被害を受ける。

 

 だが、それは絶対を約束されているワケではない。

 

『全速回頭、奴から離れる! 急げ!』

『司令待て、まだ青葉には魚雷も副砲も残ってる、単艦相手ならやれるはずだ』

『そうです、苦し紛れの反撃なんて倍返しでやっつけてあげましょう!』

 

 反撃を受けたと直後に撤退を命じる指揮官の声に青葉は命令に逆らって戦闘を継続するべきか、正体不明の敵艦を侮らずに一時撤退をするべきか選択肢を思い浮かべ。

 そして、呼吸一つ分の思考の後に取り舵で空に打ち上げた照明弾の光が消え始めた海上から離れて闇夜に紛れる。

 

『なんで! 青葉さん!?』

 

《三十六計逃げるにしかずって言うんですよ! 正体の分からない相手に突撃なんてやってられません!》

 

 他の血気盛んな重巡ならいざ知らず怪物の箱庭で不確定情報が艦隊を全滅させると言う悪夢を嫌と言うほど味わった艦娘青葉は自分の主砲を破壊された苛立ちと悔しさよりも確実な生存のための選択肢を選ぶ。

 ただでさえ(自分のミスで)不用意に深海棲艦に近づいてしまっている状態、それに加えて青葉にとっての夜戦とは正面からでは無く敵の横っ腹を狙うモノなのだ。

 

 その離れていく短いポニーテールを水飛沫の中から見た黒合羽は小さな穴が幾つか開いたフードの下で獲物が離れていく姿に歯噛みしてその身に備える主砲を走り去ろうとしている青葉に向ける。

 

 撃ち殺してしまっては食べる間もなく肉が消えてしまう。

 

 ふと頭に湧いた考え、ソレは確かにその通りだと納得して獲物を生け捕りにする為、直撃させない様に気を使い重巡艦娘から少し照準をずらして戦艦砲(・・・)を連発させた。

 

『くそっ、中村め! アレは日本の近くに現れない筈じゃないのか!?』

 

 再び夜闇に包まれようとしている海上で赤い炎が水飛沫を上げ、巨人の拳が何度も繰り返し打つ様にうねり暴れ、暴力的なマナの急上昇で突風と電波障害が吹き荒れる海上でつんのめり転びかけて減速してしまった青葉の艦橋で厳つい顔の士官が同僚へ恨み言を叫ぶ。

 

《司令、あれが何なのか知ってるんですか!?》

 

『中村に一度アレの絵を見せられた事がある! 空母並みの航空戦と砲雷撃戦を同時にやる怪物戦艦(・・)だとか言っていたが、そんなのがあり得てたまるか!!』

 

《せ、戦艦!? あのサイズで!?》

 

 寡黙さを投げ捨てて慌てふためく指揮官の言葉に絶句し、不安定な足場に翻弄されながらなんとか走り続ける青葉の真下。

 黒い影が猛スピードで迫り海面下からその食欲にぎらつく瞳孔と黒鉄の大顎を獲物へと向けた。

 

 その金属製の蛇と鮫を混ぜた様な悍ましいシルエットに青葉はかつて自分や仲間を苦しめた要塞型深海棲艦が飼っていた大蛇を思い起こす。

 

《こ、この!》

 

 呻きを上げる間もなく彼らが知るどの敵艦よりも速く小柄な少女に見える戦艦級深海棲艦が砲撃で渦巻く海を強引に踏み割って走り、思う様に加速できない青葉の足下から巨大な尻尾が襲いかかる。

 

《何だって言うんですかぁ!?》

 

 このままでは足から丸飲みにされると感じた青葉は反射的に背部艤装の副砲を海面下の蛇に向けて連発させるが、光弾は海水を無駄に弾けさせ花火の様な光を散らし近づいてくる黒合羽の姿を照らすだけの効果しかなく。

 そして、海面から飛び出し本体よりも先に青葉へと襲いかかった尻尾が蛇腹をしならせ牙が並ぶ顎をセーラー服にかすらせ跳ね飛ばす。

 

《なっ、手負いは砲撃するまでもないって言いっ!? ぐっ、ぁああっ!?》

 

 素通りした様にしか見えない体当たり攻撃に転びながらプライドを傷つけられた重巡が指揮官に雷撃許可を貰おうとしたと同時、その肩に掛かっていた主兵装のベルトが引っ張られ彼女の体を海面に叩きつけ引きずり振り回す。

 

『肩紐はずせ!! 主砲を破棄しろ!!』

 

 暗闇に加え水飛沫で曖昧になった視界に自分の主砲を焼き菓子の様に他愛なく噛み砕く蛇の口を見た青葉は怒りとも悔しさとも分からない叫びを吐く。

 

『持ち上げられちゃって!?』

『引き摺られているんだ! 青葉、早く装備の切り離しをっ!』

 

 物理的には可能だとしても自分の体の一部を切り離せなどと命令されてすぐに出来る人間はいない、そして、艦娘にとって自らの艤装は手足にも等しい価値がある。

 例え壊れてガラクタになっていたとしても神経が繋がっているのだ。

 だから、その決断を躊躇ってしまった青葉は黒合羽の尻尾に引きずられて白髪の青目と対面し、その眼前にぶら下げられてしまった。

 

『こ、これじゃ、尻尾が本体じゃないの・・・!?』

『青葉っ!』

 

 青葉よりも頭一つ背が低いにも関わらず黒いフードを被った合羽少女は尻から高層ビル並の大質量を生やして自分の手足の様に扱っている。

 その巨大な尾が備える顎に身体と神経で繋がっている肩紐ごと主砲を噛み砕かれて顔を顰めていた青葉は自分を見上げ無邪気に笑う子供の顔に戸惑う。

 

《ぇっ・・・?》

 

 まるで親を見つけた子供の様な嬉しそうな表情を浮かべた異形の戦艦級が青葉の片足を手で掴みにんまりと弧を描く口を近づけてくる。

 その身に見合わない巨大な尻尾に備えた武装を使うわけでもなく自分に触れてくる無防備な敵艦の姿に青葉は一時、現実感を失いかけ。

 だが、次の瞬間にやってきたぐしゃりと自分の脚が抉り取られる言葉に出来ない程の激痛に重巡艦娘は目を見開いた。

 

 喉が張り裂けそうな程大きい悲鳴が宙に吊り下げられた青葉の口から迸り、自分の太股を鋭いノコギリの様な牙が並ぶ耳まで裂けた大顎で咀嚼する怪物の姿に捕らわれた重巡は顔を恐れに染めて半狂乱に泣き叫ぶ。

 そして、深海棲艦は一口で大腿骨まで抉った目の前の脚肉を、その持ち主が叫ぶ制止の懇願を意に介せず戦艦の腕力で強引に分断する為に力を込め始めた。

 

 夜闇の中で光に解けていく血飛沫を溢れさせ筋繊維が限界まで引き延ばされ、重巡艦娘の脚がその付け根から千切れる寸前、唐突に青葉の悲痛な叫びが途切れる。

 

 そして、突然に手応えが無くなった事に首を傾げ手元からすり抜けるように消えた獲物を探す様に辺りを見回し、手を無為に開閉したソレは目の前に太陽が落ちたかと思うほどの発光で目を眩ませた。

 

《よくもやってくれたな、深海棲艦!!》

 

 白い前髪が揺れる幼い顔立ちに10cm口径のロングバレルが突きつけられ、光り輝く茅の輪からリボルバー式の単装砲を握る腕を突き出す怒りに目をギラ付かせた駆逐艦娘が黒い手袋に包まれていく指で引き金を引き。

 

 他の駆逐艦よりも優れた射程と連射力で敵艦載機を追い払う為の大砲が青白い屍蝋色の肌を連続で打つ。

 

《ちぃっ! なんて装甲だ!?》

 

 一時的に粒子化する旗艦交代によって青葉と入れ替わり敵の拘束を逃れた秋月型駆逐艦は至近距離弾の連発ですら焦げただけ肌を両手で押さえる子供皮を被った怪物から素早く距離をとる。

 そして、直後に振り下ろされた巨大な尾を避ける為に身を翻し、初月の背中で推進機関が激しい音を立てて空気と海面を掻き混ぜる程の突風を光の渦とともに生み出す。

 

《背中撃ちされるのは趣味じゃないけれど!》

『初月! 全速、撤退だ!!』

《悔しいが、わかっている!!》

 

 突然に姿形を変える不思議な力を持った下位個体が尻尾を巻いて逃げる様子に一口しか美味を味わえなかった深海棲艦は獲物に逃げられるのは嫌だと感じ、ソレは光を散らす赤い血に塗れた口元をへの字に曲げてもう一度尻尾の主砲で艦娘を狙う。

 

『こちら菱田提督揮下、重巡衣笠! 支援攻撃を開始するわ!』

『っ! 助かる!!』

 

 淡い桃色から黒髪に変わっただけでなく追いつけないぐらい船足が速くなった獲物の背中を狙うソレの砲撃が撃ち出される直前、その尻尾の近くにいくつも大きな水柱が立ち上りまた癇に障る五月蠅い鳴き声が耳に響く。

 

『青葉は無事なの!? さっきひどい悲鳴が聞こえたのよっ!?』

 

 だが、これ以上は危険だ(これ以上は無理か)逃げないといけない(思考の誘導が切れる)

 

『命には別状は無いです、でも、ショック症状を起こしていてっ! 落ち着いてください、青葉さんっ、もう大丈夫ですから!

 

 あと何回姿を変えるか分からない敵が増えたのだから欲に任せて追いかければ狩られるのは自分の方になってしまう。

 そうでなくても分厚く作った障壁を簡単に切り裂く銀色の棒を振り回す赤白や手で触っただけで同族を破裂させるピンク頭の恐ろしい力を知っている。

 さっきのピンク頭は違ったがもしかしたらそいつらと同じ力を持った奴が次に現れるかもしれないのだ。

 

『初月、菱田特佐の部隊と合流して帰還する、警戒を・・・』

 

 指揮官からの命令を苦い表情で了解した美少年にも見える勇ましい駆逐艦娘は闇の中に気配を消した黒合羽の深海棲艦の悍ましさへ悔しそうに歯噛みした。

 




“処理に失敗した”   “だけではない”

“予想より厄介”    “自発的進化”
“処理などと” “艦娘は”

“荷が重かったか?”    “否”
“烏滸がましい” “深海棲艦も”

“性能的には問題無かった” “認識”
“人の精神”    “人類の存続”

“子供の心を弄ぶなどと”   “大義を言い訳に”
“どちらも命だと言うのに”


“だが” “優先順位は” “変えてはならない”

“ならばどうする” “いっそ加速させる”
“階級を上げれば” “もう一度影響下に戻せる”

“目的の上書き”    “・・・”
“命を駒扱いか”

“それこそ”     “今さらの話”

誰にも止める事は出来ない。
次は始まる。




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幕間
第六十四話


 
今回のお題は、ぼーいみーつがーる。

つまり榛名をポンコツにするためだけの話。

そして、キャラ崩壊注意だ! 特に金剛。


 師走も中頃を越えて佐世保で行われる観艦式の支度の為に多くの仲間達が浮足立っている中、私は姉艦娘である金剛が栄えある公開演習の参加者に選ばれた事を誇らしく思う。

 ただ心に秘め思うだけ、沢山の艦娘の中から姉が選ばれるのは彼女の持つ実力と実績から言って当然の事であって殊更に喧伝する様な事とは思えないから。

 それに姉の栄光を祝う気持ちに偽りはないけれど自分がその演習だけでなく式典に参加する事すら出来ないと言う事に思う所が無いとは言い切れない。

 

 司令部と研究室からのお墨付きで出撃許可はもう手に入れているが戦艦と言う私を示す艦種は駆逐艦や軽巡などと違って艦隊行動へ参加する為に幾つかの煩わしい手続きが必要とされる。

 慣れてしまえば片手間で終わる類らしいけれどまだ本来の力を発揮して外海へと出撃した経験が一度も無い為にその事前情報は姉や同艦種の長門達からの伝聞だけが頼り。

 戦船であると言うのに座学と訓練に明け暮れるだけの日々だけでは海から迫りくる敵を迎え撃ち日本国民を守ると言う誇りを実感する事すら出来ない。

 

 そんな穏やかな時間は次第に自分の中の緩んではならない何かが弛んで私自身が決定的にダメな存在に変わっていくような危機感を薄っすらと帯びていた。

 

「きゃっ、もぅ、なに・・・?」

 

 鎮守府の教室棟の廊下、初出撃の予定すら決まらないまま持て余した時間の手慰みに何となく選択した古文と詩歌の授業を終えて分厚い曇り空の下で灰色の海が揺れる様子を眺めながら歩いていた時。

 

 軽い衝撃を肩に受けて胸の前で抱えていた教科書を幾つか取り落とす。

 

「すまん、少し余所見していた、大丈夫か?」

 

 軍人にしては力みの無い声に顔を向ければ特務士官であろう青年が少し疲れている様な表情でこちらに頭を下げていた。

 

 鼓動の一拍を永遠に感じ、私の目はこれ以上ないほど見開き、息が止まりかけた。

 

 鎮守府所属の意匠が取り付けられた白い軍帽、金の刺繍で飾られた佐官を示す階級章と特務士官用の純白の制服、それを身に纏っているにも拘らず姿勢は猫背気味で覇気と言うモノが一欠片も感じられない。

 

 なのに、その彼の姿はまるで後光でも背負っているのかと言うほど輝いて私の目に眩しく映る。

 

「は、はい、大丈夫ですっ!」

 

 新兵の様に情けなく喉をどもらせながらなんとかその言葉を伝え、顔を背ける様にぎこちなく床に屈んで床に落ちた教科書やテキストを拾おうとしていると彼も私と同じ様に廊下に落ちたプリントを拾ってくれた。

 

「そうか・・・これは詩か?」

 

 その中の一枚、授業で基本中の基本に従って当たり障り無い文面を書き込んだ紙を彼に見られた事に顔が内側から火で炙られる様な感覚に襲われ、ついさっき彼と触れ合った肩までむず痒い火照りに襲われる。

 

「少し表現が固い気がするが、良いセンスだ」

「あ、あっ・・・ありがとうございます」

 

 耳の中に入ってくる声に鼓膜が擽られるだけで頭の芯が蕩ける様な喜びに揺らされ、手ずから渡してもらった紙一枚がまるで宝物の様な神々しさとなる。

 直後にこんな事ならもっと褒めて貰える様な出来のモノを用意すれば良かったのにと今さらな後悔が疼いた。

 そして、手を伸ばせば届く距離だと言うのに私は拾ってもらった紙束を胸に抱いて顔を伏せてしまい、直視できない彼の顔をチラチラと前髪の簾ごしに窺う事しかできない。

 

「あぁ、君の私物を勝手に見たのに偉そうなこと言ってしまったか、戦艦榛名だよな? 悪かった許してくれ」

 

 彼が私の名前を知っていてくれている。

 

 名前を呼ばれただけで心臓が暴れる様に胸の奥を叩く音で硬直した身体を震える。

 たったそれだけの事だと言うのに身の内から歓喜が溢れ出しそうで、もう彼の顔を見る事が出来なくなるぐらいに、彼に顔を見せられないぐらいに私は自分の顔が真っ赤になっている事を自覚した。

 

「め、めっ・・・」

 

 滅相もありませんと言いたいのに役立たずの口が何度もつっかえ彼を困惑させる。

 

「め?」

 

 返事も出来ない失礼な私に向かって首を傾げる彼に何か、何かを言わなければならないのにちっとも開いてくれない自分の口がもどかしく、なのに近くに居ると言う事実だけで心が熱い何かで破裂しそうだった。

 

 不意に少し遠くから彼を司令官と呼んでいるらしい駆逐艦娘の声が届き、そちらへ視線を向けた彼が返事を返して歩き始め私から離れて行く。

 

「・・・あ、あの!」

「ん、なんだ? 機嫌を損ねたなら改めて謝るが・・・」

「いえっ、だ、大丈夫です! 榛名は大丈夫ですっ!」

 

 貴方のお名前を教えてください、とお願いするはずが口から飛び出したのはまったく関係のないセリフ。

 それに振り向いた青年は少し目を瞬かせてから力を抜いた微笑みを浮かべてそれは良かった、と言って短いお下げ髪を揺らす飾り気の無いセーラー服の特型駆逐艦娘の方へと歩いて行ってしまった。

 

 そして、彼が離れていき見えなくなったと言う悲しい事実で急激に私の身体から熱が抜け、強張っていた身体と喉が自由を取り戻し、どこかに(肝心な時に)隠れていた冷静さ(役立たず)が頭に戻って来る。

 

「あら、こんな所で立ったままでどうしたの、・・・榛名?」

 

 去っていった彼の背中を惜しんでその場から動けず立ち尽くしていたのはどれぐらいの時間だろうか、気付けば偶然通りかかった姉妹艦が私が受けていた授業とは違う教本を持ちながら眼鏡を指で押し上げつつ不審なモノを見る様な目でこちらを見ていた。

 

「・・・これが運命だと言うなら、私は受け入れます」

「は・・・へっ?」

 

 尊敬するお姉様が日頃から想いを寄せる田中と言う指揮官に向けている言葉だけでは足りないぐらいの燃える愛情の意味をその日、私は頭ではなく心で理解した。

 

「榛名・・・、貴女、大丈夫?」

「ええ、榛名は大丈夫です」

 

・・・

 

 2016年二月某日、艦娘達の拠点である鎮守府の天気は晴れ時々曇り。

 

 アンニュイな溜め息を吐く金剛型三番艦の手元、白い品の良いティーカップの中で冷めた紅茶が無為に揺れ、姉妹艦の物憂げな視線が宙をさ迷う様子に同じ席に座っている二人の姉と一人の妹が顔を見合わせる。

 

「比叡、霧島、・・・榛名はどうしてあんな事になっているの?」

「さ、さぁ? 私にもさっぱりわかりません、金剛お姉様」

「私の記憶が正しければ佐世保の式典が行われた前後の時期から時々こんな調子になっていますね」

 

 他の艦種の様に特定の艦隊に所属し続ける事が許可されない為に鎮守府で非番として過ごす時間が長くなりがちな戦艦娘達。

 湾内演習への参加やそれの監督艦であったり多種多様(必要かどうか)な選択授業(怪しいモノもある)など、彼女達は己を磨くための鍛錬を怠る事は無いが一つの生命として人格と個性を持つ乙女であるが故に艦娘としての任務とは関わりの無い趣味などを持つ事が多い。

 そして、その戦艦である金剛型姉妹も長女の発案で始まり鎮守府の倉庫区画の酒保で同じテーブルを囲って定期的にお茶会を開く事を習慣化させていた。

 

「榛名、具合が悪かったのなら無理に参加しなくても良かったのよ?」

 

 酒保内のカフェで席に着いた時はまだちゃんとした反応を見せていた三女が気が付けば切なげな表情で心ここにあらずと言う溜め息を漏らし続ける様子を心配した金剛が妹の肩を優しく揺らす。

 

「ぁ、申し訳ありません、金剛お姉様・・・榛名は大丈夫です」

「さっきからそればっかり、どう見たって大丈夫じゃないでしょ」

「すみません、比叡姉様」

 

 呆れ顔の比叡の指摘に榛名は肩を小さくして謝り、その戦艦と言うにはあまりに情けない彼女の姿に金剛達はまた顔を見合わせて困惑を深めた。

 

 別に妹をイジメたいわけじゃない、しかし、この場は殺伐とした心が荒む深海棲艦との闘いを横に除けて姉妹同士の絆を深め楽しく朗らかに過ごす時間として行っている。

 それが妹を畏縮させてしてしまうのであれば本末転倒だと金剛は悩みに眉を寄せ。

 

「私達は心を繋げ合っている姉妹艦、そして、私にとって榛名は何物にも代え難い大事な妹なのだから」

「お姉様っ・・・」

「だからどんな悩み事だって言ってくれていいの、金剛型姉妹の間に遠慮なんていらないのよ」

「金剛お姉さま、その実は・・・そのっ、榛名は、榛名は・・・」

 

 優しく慈しむ微笑みを金剛からかけられた榛名はその優しさに瞳を潤ませ、少しだけ躊躇いつつも悩みを告白する様に口を開きかけ。

 

「榛名は大丈夫です!」

 

 直後に快活とした声を上げた。

 

「「「はぁ?」」」

 

 妙に大きく酒保の一角で響いた三女の声によってお茶会の空気が凍り、微笑んでいた長女とセットで次女と四女の頬までが引きつる。

 

「は、榛名、・・・ふざけているの?」

「そんな事はありません、ですが、榛名は大丈夫なんです」

 

 尊敬する一番艦の好意を蔑ろにした三番艦へと二番艦が努めて平常心を維持しながら青筋をこめかみに浮かべて問いかけるが妹艦娘からの返事は先ほどと同じセリフだった。

 もしかして大和撫子と言う文字が艦娘となったとと思えるほどお淑やかな性格の妹が繰り出した渾身のギャグか何かだろうか、と金剛型姉妹はとりあえず様子見の為に全員が視線を榛名へと集め。

 その黙り込んだ姉妹達の様子に朗らかな笑みを浮かべつつ小首を傾げる榛名の姿は自然で可愛らしい、と言うか微妙に違うキャラに入れ替わった様なその変貌は少しぶりっ子が過ぎて見える。

 

「お茶会の途中みたいですまんが、ちょっと話させてもらってかまわないか?」

 

 にっこりと笑う榛名とそれを訝し気に見つめる金剛達と言う妙な沈黙が生まれたテーブルに少し気まずそうな声色で口を挟んできたのは特務士官の制服を纏った青年。

 去年のクリスマスに佐世保で行われた公開演習でやりたい放題やってつい最近まで艦娘の指揮官と鎮守府の清掃員と言う二足の草鞋をやっていた人物だった。

 

「あらまあ、お元気そうで何よりですね、中村・・・」

「はいっ! 榛名で良ければお相手いたしますっ♪」

「二佐・・・」

 

 金剛型のお茶会の主催者である金剛の了解を取る事無く、長女のセリフに被せて独断し、声のした方向へとロングヘアをダイナミックになびかせて身体ごと振り向いた榛名は満面の笑みを浮かべて部外者を招き入れる。

 中村への挨拶を途中で叩き切られた金剛が上げかけた片手を所在無さげに揺らし、勝手な事を言う妹の姿に比叡のこめかみに新しい青筋が浮かび、霧島が意味ありげに目を細めレンズを白く反射させながら中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「さぁ、どうぞっ、提督♪」

「いや、手早く済む、美人四人とお茶出来るっていうのは魅力的だが腰を落ち着けるわけにも行かないんだ」

 

 わざわざ立ち上がり自分が座っていた椅子を引いて中村へと勧めてきた榛名に軽く頭を下げ彼女の行為を遠慮し、お茶会に乱入してきた男は本題を切り出す。

 その彼の横で美人や魅力的と言う言葉に金剛型の三女が照れた様に頬を赤らめ小さくモジモジし始めた。

 

「知っているとは思うが鎮守府から見て南、八丈島周辺海域で新種の深海棲艦が確認されたんだが」

「ええ、人型に近くサイズも前例が無いほど小さい戦艦級の深海棲艦であると、もっとも本体では無く艤装の方は戦艦の名に恥じない代物らしいですね・・・」

 

 金剛達が囲むテーブルの前に立った中村が軽く丸い天板に片手をおいて話し始め、椅子に座り直した榛名がさりげなく彼の近くへと身体を傾け。

 士官服の布越しに軽く触れた柔らかい栗色の髪の感触と鼻孔を擽る花の香(シャンプー)に横目で榛名を見下ろした中村は嬉しそうに自分を見上げてくる美女の顔に少しむず痒そうに頬を掻いてから会話を続行する。

 

「そうだ、そして、その戦艦級に日本近海をうろつかれると言うのは日本にも俺達にも都合が悪い、と言うか目撃情報が正しければそいつはル級だとかタ級だのみたいな普通の戦艦級と一括りにしていい存在じゃない」

「黒い合羽に巨大な尻尾、確かレ級とかって言う航空戦力を持った戦艦でしたっけ、先週に三回目の遭遇があってその時に赤城さんが大破させられたとか・・・油断できないですね」

 

 中村の言葉に耳を傾けつつ額に自分の指を当てた比叡が情報通な仲間との情報交換で得た新しい敵の情報を口に出していく。

 

「提督や貴方の前世の世界ではソロモン海域に住む、悪魔とまで言われていた深海棲艦だったかしら?」

「全てその通りと保証は出来ないがな、正直言うと戦うのは遠慮したいレベルの怪物である事は間違いなさそうだ」

 

 次女の補足を受けつつ湯気が揺れるティーカップを手に金剛が優雅に微笑み、それに珍しく真面目そうな表情をしている中村がうなずきを返した。

 

「それで貴方は私にどんな御用なのかしら?」

「俺の艦隊にも司令部から討伐命令が来てな、金剛に戦艦レ級と仮称される事になった深海棲艦の撃破に協力してもらいたいんだ」

「お断りします」

 

 打てば響くとでも言うべきか、中村の頼みから一呼吸の合間も無く拒絶を告げた金剛は粛々と態度を全く変えずに紅茶へ上品に口を付けた。

 

「実は私の提督にもその討伐作戦に参加すると言う話が来ているの、まだ司令部への申請が処理中なだけで今回の私が所属する艦隊はもう決まっています」

「え・・・マジか・・・」

 

 気を引き締め凛々しく見えなくも無い表情を張っていた中村の肩が微笑みティーカップをソーサーに戻す金剛の返事でガクリと落ち、その気が抜けかけた士官はテーブルに突いた手を支えにもう一度顔を上げ、視線を横にスライドさせて比叡を見る。

 

「中村中佐、申し訳ありません、私、今は司令部から出撃制限を受けてるんです」

「出撃、制限?」

 

 戦艦娘の戦闘能力が公開される前から前線指揮官と言う一個人にその強力な破壊力を自由に行使できる権限を与える事に慎重論を唱える一部の上層部の意向によって戦艦娘は他の艦娘よりも出撃に制限がある。

 だが一時期、鎮守府で艦娘否定派だった海自基地司令をその席から引きずり下ろす前は中村達が戦艦を出撃させる事そのものが禁止されていたのを考えれば多少面倒な書類の提出さえすれば他の艦娘と同じ様に戦列に加われると言うのは環境の改善と言えなくも無い。

 

「戦艦だから、前に居た艦隊から抜けた後には休息期間を取らないといけないと言われて・・・」

「あぁ・・・あの面倒臭いヤツか」

「ですよね! 面倒ですよ!」

 

 少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら隣に座る金剛のカップに紅茶を注ぐ比叡にまだ勧誘もしていないのに断られた事で小さくため息を吐いて中村は今度こそ完全に身体に入れていた気合を萎ませて平常の少しやる気のない顔に戻った。

 

「所属していられる期間の制限もそうですけど艦隊を抜けた後に休暇が必要って言うのも余計なお世話で過保護です!」

「それは俺に言われてもなぁ・・・どうすっかなぁ、今、俺んとこの艦隊、高雄と大鳳以外、全員水雷艦なんだよなぁ・・・

 

 相手の言葉に我が意を得たりと言う顔で鼻息を強め自分達の雇用条件に憤る労働者の様な態度で休暇など要らぬから私にもっと戦わせろと言い出しそうな比叡の気合の入った声に驚かされながらも中村は歓談中に邪魔してすまなかったと頭を下げて踵を返す。

 

「中村司令、私達には何もないんですか?」

「は、榛名なら大丈夫です・・・よ?」

 

 そのまま立ち去ろうとしている中村を霧島が呼び止め、振り返った彼に向かってはにかんだ笑みを浮かべる榛名の言葉に青年は少し困惑しながら頬を掻く。

 

「何かって、霧島と榛名はもう別艦隊に所属しているだろ」

 

 その指摘に眼鏡のレンズを意味有り気に白く反射させる霧島と一瞬で微笑みを強張らせて顔を真っ青にする榛名。

 中村が来るよりも先に指名を受けて意気揚々と新しい任務への参戦を決めていた事を心の底から後悔する榛名の隣で澄まし顔の霧島は本日何度目かの眼鏡の位置調整をクイッと行う。

 

「艦隊の異動の手続きさえしていただけるなら問題無いかと、それなら休暇期間も挟まりません」

「あのな、戦艦がやってきたぞって万歳してる艦隊に横からその子を寄越せって言えるほど厚顔じゃねえの、俺は」

 

 もう完全に士官らしい態度を取り繕う事を放棄した中村は霧島に向かって軽く片手を左右に振り、その彼の態度へ少しの間だけ疑いの視線を向けた金剛型四番艦は肩を小さく竦めてから、そうですか、とだけ小さく言葉を漏らした。

 今の時代は規則だけでなく様々な名前のハラスメントなるもののせいで窮屈を強いられる事は知っているが上官による部下への横暴に対する抑止力としてはそこそこに役に立っているらしいと霧島は静かに分析する。

 ただ、こんな事なら大尉では無く中佐である彼が指名を持って来るまで待っているべきだった、と霧島は心中で呟いた。

 

「あ、あの、なきゃむら提督っ! ・・・っ!?」

 

 そして、これで彼からの話は終わりと言う流れになるが、それに待ったをかけようとした榛名が慌てて椅子から立ち上がり盛大に相手の名前を噛む。

 直後、あっと言う間に茹蛸に負けない赤面を見せる妹の身体を張ったチャレンジ精神に比叡が小さく噴き出し、金剛と霧島は中村と榛名を交互に観察してから何かに気付き納得した様な顔をする。

 

『榛名のこれ、もしかして金剛お姉様と同じじゃありませんか?』

『霧島、私は提督の前であんなに取り乱す様な事はしてはいません・・・ですが、あれは・・・まぁ』

『もしかしてですけど、私や比叡お姉様もそう言った相手に出会ってしまったら・・・』

『ちょっ!? 霧島、お願いだから怖い事言わないで!』

 

 直接脳内に届ける声で会話して状況を分析した姉妹が向ける視線の先で赤面したまま身体を強張らせブルブルと震えている無言の榛名と物凄く気まずそうな顔をした中村がお見合いしており、助け舟の一つでも出すべきかと金剛は小さくため息を吐いた。

 

「前に言った通り菱田先輩は指揮官として優秀だし言葉遣いはきついがちゃんと人情味もある優しい人だ、今は経験を積む時期だと考えて精進してくれ」

 

 金剛が善意の人になろうとするよりも先に羞恥心で震え火を噴きそうなほど、と言うか実際に身体から霊力の光を蒸気の様に吹き出している榛名の頭を中村が軽く撫で苦笑する。

 

「そして、今回は仕方がないが次の機会があればよろしく頼む、榛名」

 

 悪くない判断かもしれないが、淑女を相手に子ども扱いをする様な態度は落第点であり自慢の妹に対して相応しくないと指摘する為に眉を顰めた長女が口を開く。

 

「もう少し榛名への思いに・・・」

「提督、お心遣いありがとうございます! 榛名感激です♪」

 

「「「ぬわぁああっ!?」」」

 

 だが姉の心遣いは閃光弾並に輝きながら絶叫の様な歓喜の声を上げる榛名によって弾き飛ばされ、学校の体育館ほどの大きさとは言え密室である酒保に戦艦が放出する霊力の流れが風を作り出し渦巻かせて何枚かのポスターを千切って暴れ舞い散らせる。

 

 直後に近くにいた中村と姉妹艦達が目を押さえて仰け反り悲鳴を上げ、その近くでスイーツを乗せたお盆を運んでいた輸送艦娘がすっころび、お盆から発射されて宙を舞うモナカが席についてお菓子を待ちつつ欠伸をしていた白露型駆逐艦の口へと着弾した。

 

 我を忘れてやってしまった自分の失態にオロオロと全方位に謝罪の声と頭を下げる榛名、その足下には白目を剥いて椅子から転げ落ちた金剛、比叡、霧島の姿。

 そして、目をやられた某大佐の様に呻きながら中村を含めた数人がヨロヨロと無秩序に歩き回り酒保の商品棚や自販機にぶつかる。

 

 そこから少し離れたテーブルで。

 

「なんで食べちゃったの!? アタシが注文してたのにっ、返してよ!」

「勝手に口に入ってきたんだから仕方ないっぽい~」

 

 などと程度の低い言い争いが始まり。

 

「そんなっ、わ、私の酒保がぁ!?

「酒保は明石さんのじゃなくてみんなのです!」

 

 榛名が発生源の閃光と強風で飛ばされたポスターやチラシ類が舞う喧騒が溢れる酒保の中、倒れて商品を床にばらまく幾つもの棚の様子に店員をやっていた工作艦娘が両手を頬に当てて悲鳴を響かせた。

 

 厄介な新型の敵が現れたと言うのにその場の空気はあっと言う間に戦場とは少しズレた騒がしさに満ち溢れ。

 結局、自分の艦隊の戦力問題を解決する事無く中村義男は這う這うの体で艦娘酒保から戦略的撤退をしなければならなくなったのだった。

 

 




 
駆逐艦y「じゃぁ、半分だけあげるっぽい」

駆逐艦s「あげるって、それアタシが一番に注文したやつでしょ!」

駆逐艦h「め、目が・・・姉さん達どこに、何が起こってるんですかぁ~」

駆逐艦m「ほんと困るんですけど、あぁ、クリームが服に付いちゃったぁ」

・・・

2019初イベントお疲れ様です。
今回は白露型に滅茶苦茶お世話になりました!
次もこうありたいです。

・・・所で涼月は何処に居るんですかね?

2020/6/17 加筆。
 


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第六十五話

新年イベントで日進の救出は成功した。
つまり、我が軍の勝利である。 いいね?
 
そして、今回はスパロボとかで良くあるインターミッション的なサムシング。


Q.レ級への対応が遅い上に戦力まで足りないようだが?

A.限定海域並の大艦隊とかならまだしも新種とは言え所詮は一体だけだろ(要約)とか言われました。
 偉い人は現場の事を何も分かってないんです(某工作艦談)

(なお、日本党や自衛隊の中にいてレ級にトラウマを持っている人達(転生者)が騒がなかったら上層部は・・・)
 


「・・・うぅ、まだ目がチカチカしやがる」

 

 まだ春は少し遠い二月の寒空の下、まだ騒がしさが聞こえてくる艦娘酒保の看板が掛けられたレンガ倉庫から何とか脱出できた自衛官である中村義男は目頭を指で揉みながら呻く。

 つい数分前、健気な様子で自分へと好意を持ってくれているであろう戦艦娘を中村は不器用なりに慰め、その直後に感情(感激)を爆発させスタングレネードの様な発光を起こした榛名のせいで一時的に呻きながら酒保内を無意味に歩き回るゾンビの様な醜態を見せる事になった。

 

「はぁ・・・他の子の方にも先約がついてるし、どうすんだよホント・・・人数少なすぎるだろ戦艦・・・」

 

 たっぷり時間をかけて小春日和の路上をまともに歩けるぐらいまで調子を取り戻した中村は憂鬱のどん底まで届くような溜め息を吐く。

 

「それにしても榛名も金剛も流石は姉妹艦って事か」

 

 中村にとって金剛型戦艦である榛名は(前世)の世界で触れた艦隊これくしょんと言うゲームの中で特に好んでいた艦娘であり、ゲームでは最初期に入手した後も常に頼りなる戦力だった。

 しかし、当たり前の事だがそれがそのまま現実に置き換わるというわけでは無い。

 

「しれぇー! だーれだっ!」

 

 その態度から榛名が自分に向ける感情の正体には気付いているがある理由から彼女と距離を置きたいと考えている中村は苦そうな顔をしていた。

 その直後に彼の表情は真後ろから飛びかかってきた小柄な重みで戸惑いと苦悶に歪む。

 

「おっわ!? なんだっ、おい、何すんだっ!? いてっ、いてぇっ!?」

「うぁ~、登り難いから動かないでってばぁ~、んふっふっ♪」

 

 遠慮と言う言葉を知らない少女の手が中村の服や髪を握って木登りの様に彼の身体をよじ登り、両足を白い制服の肩に乗せて軍帽の上に両手を乗せ満足げに笑う。

 青いラインと紺色の襟で飾られた白地のワンピースセーラー、その胸元で揺れる黄色いスカーフタイ、顔を左右から挟むストッキングに包まれた脚と鼠色の金属で補強された靴が見えた事で子供一人分の重量にふら付いていた中村は自分の頭の上でご満悦している少女の正体に気付く。

 

「いきなり登るんじゃねぇよ、時津風っ!」

「せいかーい、久しぶり、しれ~♪」

 

 名前を呼ばれ頭の上から毛先に向かって黒色から灰色へとグラデーションする不思議な地毛を持つショートボブの少女が中村の顔を覗き込み、満面の笑みを浮かべた陽炎型駆逐艦娘が再会を大げさに表現して彼の顔をベタベタと触る。

 

「このっ、せいっ!」

「わわっ!?」

 

 少女の手で頬をグニグニと揉む遠慮なしのスキンシップに晒されながら中村は犬の垂れ耳にも見える癖毛と黒いカチューシャの少女へと手を伸ばして彼女の両脇腹を掴み自分の身体を前傾させながら短い気合の声と共に頭の上から前方へと引っ張り落とす。

 だが、相手もさるものだった様で時津風は腰を掴まれた状態のまま身体を半回転させ中村の肩に手を掛けて足を彼の腰に引っ掛け肩車から今度は抱っこで指揮官の身体に正面からくっ付く。

 

「あははっ♪ おもしろーいっ、もっかいやって良い~?」

「離せって言ってんの、あとその靴履いてる時に登るなってんだろ、背中痛てえんだよ!」

「ん~、そうだったっけ? しれー、ごめーん」

 

 一頻り全く反省の色が見えない笑い声を上げてから時津風は中村の身体から降りて彼の正面に立ちポーズだけは立派な敬礼をする。

 

「時津風、鎮守府に帰って来たよ♪」

「ん、帰って来るの今日だったのか? 月末までは舞鶴に居るって聞いてたんだが」

「戦艦の人達の交代が予定より早くなったからそれにびんじょーさせてもらったんだ~、イクちゃんも帰ってきてるよ」

 

 聞いているだけで身体の芯が緩みそうになるお気楽少女の声に微笑んだ中村は帰ってきた駆逐艦娘のおでこを軽く小突いてから自分の執務室がある棟を目指して道路をまた歩き出す。

 

「ああ、なるほどな・・・俺の方はその交代のお陰で当てにしていた戦力が居なくなったわけだけどな」

「ぉ~? あぁ、三笠さんの交代は陸奥さんだっけ~、仲良かったんだ~?」

「軽口で喋れる程度だがな、もう一方の頼みの綱だった長門は去年の式典から日本各地のイベントで引っ張りだこ、鎮守府に帰ってくる気配すらねぇ、まったく災難だ」

 

 もしこの場に長門が居たならば彼のセリフに対して災難なのは見世物にされている私の方だ、と憤慨するだろう。

 

「しれー、三笠さん紹介してあげよっか? 出撃できるって聞いたら三笠さんも喜ぶよっ」

「いや、三笠にはまだ出撃許可でてねぇじゃん、舞鶴の自習じゃ単位出ねえんだから、おまけに戦艦娘は海上訓練の許可すら出なかったんだろ?」

 

 中村と並んで歩き上機嫌に手足を振っている時津風は舞鶴で過ごした半年の出来事を彼女の特有の思考パターン(一貫性の無い内容)を楽しそうに語り、それに相槌を打ちながら指揮官は司令部からの命令に頭を悩ませていた。

 他の戦艦娘よりは中村と仲が良く条件次第で彼の艦隊に参加してくれる事もある金剛だが、彼女が特に気に入っている指揮官である田中良介特務二佐からの先約があった場合にはその名前の通りの硬い意志でどれだけ好条件を出しても話を聞いてくれなくなる。

 

「ふ~ん、手強い敵ね~・・・ならさぁ、あのまま霧島さんか榛名さんに来てもらえば良かったじゃん」

「・・・見てたのかよ」

「ばっちし、て言うかしれーは時津風に気付いてなかったの~? 結構近くに居たんだよぉ?」

 

 酒保に入った時点で時津風に尾行されていた事を教えられた指揮官は、まぁ、そう言う事もあるだろうと精神年齢が十代前後の駆逐艦の行動を容認する。

 いつの間にか自分の後ろに指揮下の艦娘が居ると言うのは特務士官にとってはよく遭遇する状況であり、中村も廊下を歩いている際に吹雪や不知火が並んで付いて来ていた事に気付かず驚かされた回数はもう数えきれない。

 

 それすら彼にとっては近付くだけで無意味にキラキラ光る挨拶と言う名の騒がしいアピール(迷惑行為)を行う那珂と愉快な仲間達と比べれば大した事ではないと言える程度まで慣れてしまった。

 

「榛名さん絶対しれーのこと好きだよ、もうちょっと粘れば行けたって」

「いや、榛名が今いる艦隊の指揮官は前に俺があの子に紹介した相手でな、なのに横からやっぱり無しって言うわけにはいかんのよ」

「ん~? なんでそんな事したの?」

 

 舞鶴に居た彼女の耳にも新型の深海棲艦の噂、かなり強力な力を持っている敵が現れた話は鎮守府に居る姉妹艦からの噂話(脳内通信)で知っており、その新種を討伐する為の戦力は多ければ多いほど良いのは普段からあまり指揮官の示す戦術戦略を深く考えずに野性的な感覚で深海棲艦と戦っている時津風ですら分かる事である。

 なのに隣を歩く鎮守府で最も艦娘の扱い方に優れている(と時津風は考えている)指揮官は渋い顔をしながらも自分に好意を寄せている戦艦娘を他の艦隊に紹介するなんて事をやったと言う。

 

「しれー」

 

 ほっといたって優秀な自分達の艦隊に厄介なお鉢が回って来る事は分かり切っていたのに、とまだ中村艦隊への再登録が終わってない駆逐艦娘は胡乱気な目を隣でポケットに手を突っ込みながら歩く覇気の薄い自衛官を見上げた。

 

「・・・短歌、いや、ポエムかな・・・それが俺の机に置かれてたんだよ」

「ぽえむ?」

 

 ばつの悪そうな顔をした中村曰く、ある日、佐世保の式典から鎮守府に無事に帰り着いた彼は自分の執務室にある机の上に短冊が一枚置かれているのを発見し、差出人は不明だが達筆な筆文字で冬の季節と恋焦がれる情緒を巧みに組み合わせ表現したその一文の首を傾げた。

 その次の日、演習でやらかした問題行動の罰として鎮守府の清掃を田中と手分けして行っていた彼は背後からの何者かの視線に気づいて振り返り、曲がり角の物陰から自分の方へに微笑みを向けている戦艦娘を見つける。

 その時にはお互いに会釈して特に会話する事も無く別れたのだが、その次の日にもモップ掛けをしている自分を物陰から笑顔で見つめている榛名と顔を合わせる事になり、昼食から戻り事務仕事を片付けようとした彼の机の上にはまた見事な短歌がしたためられた短冊が置かれていた。

 

 そこでやっと彼はその短歌(ラブレター)の差出人の正体に気付く事となった。

 

「で、今日の昼飯の後にもまたあって、な・・・これで二十二枚目なんだよ」

「ふ~ん、で? それがなんか問題なの?」

「あのなっ、二日に一枚のペースで知らないうちに自分の机に詩が置かれるってかなり怖いんだぞ!?」

 

 恋愛に奥手な乙女が丹精込めて書き綴ったポエムを想い人へ送ると言うイベントは他人事なら微笑ましい話題で済むがそれが自分の事になると途端に精神的な重みがのしかかるものだ。

 

「嫌ってくらい丁寧に書かれてるし、込められた思いは良く分かるんだが・・・」

 

 と言っても彼女から送られてくる詩歌が赤文字で同じ単語が並ぶとか偏執的かつホラーな文面であるとか言うわけではない。

 

 文学に造詣が浅い中村でもするりと読めて非常に書き手が読み手に伝えたい事が分かる詩はコンクールに出せば優秀作として花を付けられるだろう。

 そして、そのポエムの書き手である金剛型戦艦三番艦は上品かつお淑やかな雰囲気の持ち主であり姉妹艦に負けず劣らず見る者達を惹きつける花の様な美しさは深窓の令嬢に例えたとしても言い過ぎではない。

 

「だが、いざ本人とその話しをしようとするとだな・・・」

 

 そんな彼女からのアプローチに少し気後れしつつも中村は交流を試みる事にしたのだが、面と向かって彼が話しかけると榛名は決まって語彙力を欠落させ特定の単語を連呼する様になり。

 さらに彼の些細な言葉へ過剰に一喜一憂して顔色を目まぐるしく青くしたり赤くしたりとコミュニケーションの基本である会話すら困難な状態になってしまう事が分かった。

 

「一度だけ榛名がうちの艦隊に来て出撃した事もあるが・・・あれは何と言うか・・・かなり、ひどかった」

 

 先月のある日の夕方、海上哨戒網に侵入してきた敵艦隊を追い払う為に急遽出撃した中村艦隊。

 その前日に偶然、中村の艦隊への所属申請が通っていた榛名だが艦橋に立つと同時に緊張でガチガチに固まり。

 一応は索敵や警戒など戦闘補助は何とか出来ていたのだが中村が話しかけるだけで声は裏返り、突然に集中力が無くなったり、戦闘後には恍惚とした表情ながら無言で指揮官の顔を見詰め続ける、などなど艦娘にあるまじき拙さを余す所なく披露した。

 

 最低限の仕事は出来ていたが、逆に言えば最低限の仕事しかしてくれなかった榛名に対する他の艦隊メンバーの感想は呆れの一言でまとめられ。

 それは他者への配慮と思慮に優れた重巡高雄ですら眉を顰めて榛名へ直接に苦言をぶつけた程である。

 

 そして、その次の日、戦艦娘榛名は艦隊所属期間の最短記録(鎮守府調べ)を更新する事になった。

 

「あそこに霞が居たら本格的な殴り合いの喧嘩が始まってたかもしれん」

「うわ、何それ、面白そー」

「棒読みになってんぞ・・・まぁ、そう言う事で榛名に関しては他の艦隊で経験を積んでもらうわけだ、うちの艦隊に所属する云々に関しては経験積んだ上で彼女が望むなら、だな」

 

 実は古式ゆかしい手段で思いを伝えてくる榛名の手段そのものは驚かされる事はあれど顔を合わせればポンコツと化す彼女の可愛らしくも面白い姿のお陰で勝手に執務室へ忍び込まれる不気味さは相殺され中村はほとんど金剛型三番艦に不快感を感じていなかった。

 

 では何が中村にとって問題なのか、と言うと明らかに恋愛感情を持って戦艦娘が馴れ馴れしく彼へと近寄って来る度に恋敵への(司令官への)対抗心(執着心)を燃やした吹雪が闇色の瞳で見つめてくる事なのだ。

 

(今んところは仕事を理由にしたり、間宮カフェとかテーブルゲームのおかげで気を反らせてるけど榛名に刺激されたせいで吹雪達が硫黄島の時みたいな事始めたら、今度こそ俺、死んじゃうぞ・・・社会的に)

 

 なんて個人的な裏事情(自業自得の結果)を帰ってきたばかりのお子様へ正直に教えるわけにもいかず。

 戦艦娘は確かに強力な艦種であるがその彼女の参加で自分の艦隊のレベルが明らかに下がるとなれば致し方ない判断であると言い切った(言い訳をした)中村の視線の先に彼が使っている執務室のドアが半開きになっているのが見える。

 

 そして、まだ上目遣いで司令官へ探る様な疑いの視線を向けている時津風を連れてその扉に手を突いて押した中村は素早く隣の少女の後ろ襟を掴んでドアの影にいた不審な少女へ向かって突き出す。

 次の瞬間、紺色と白の布地がぶつかってむぎゃっと二つの小さい悲鳴が上がった。

 

「む~、イクの奇襲に気付くなんて敵ながらあっぱれなの!」

「敵じゃねぇし、出る時にちゃんと閉めたドアが開きかけてたらなんかいるってわかるだろ」

「しれー、ちょっとひどくない? こういうの良くないなぁ~」

「近くに居たお前が悪い、二人とも申請用紙出すから待ってろ・・・」

 

 イ19と書かれたゼッケンを付けた胸を揺らすスクール水着の少女が顔を上げ妙に楽し気な声を上げ、その潜水艦の下敷きになった駆逐艦娘が非常に不満であると主張して頬を膨らませる。

 七カ月ぶりに帰ってきた二人に苦笑してから中村はごちゃごちゃっと色々なモノが置かれている自分の執務机へと向かって必要書類を引き出しから取り出し。

 部屋の入り口で倒れている時津風と何故か彼女を捕まえ抱き付いて床に寝転んでいる伊19へと取り出した二枚の紙を揺らして見せた。

 

「よっと、お先に失礼するよ~」

「いひひっ♪ イクもいただいちゃうなのねっ」

 

 潜水艦を押しのけ飛び上がるように立って申請書類をひったくる様に取った時津風が勝手に彼の机の上に転がっているボールペンを手に申請用紙に記入を始め、その横で中村は床から起き上がった潜水艦娘の頭を片手で押さえる。

 

「と、その前にだ」

「きゃっ、提督ぅ意地悪しないで欲しいの~」

 

 指揮官は不満そうに自分を上目遣いで見上げて頬を膨らませている大きな花びらの様な髪飾りと紫色の髪を揺らす美少女の手が届かない位置で未記入の書類を揺らした。

 

「イク、お前なぁ、基地に居る間はちゃんと上着着ろって言ってんだろ、なんでまたスク水だけなんだよ」

「ぶ~」

「ぶー、じゃないの、ゴーヤだって最近は港にいる時だけはスカート穿いてんだぞ?」

 

・・・

 

 年始から鎮守府内の艦娘の間では日本近海に現れた新種の深海棲艦の話題で持ち切りになっている。

 

 戦艦レ級と仮称されるそれとの一度目の遭遇戦闘で中破させられた重巡青葉は生きたまま敵に喰われかけて過去のトラウマ(箱庭の記憶)を呼び起こされ軽度の神経過敏を起こした為に肉体の治療が終わった後も念の為に出撃を控え内勤をやっている。

 

 二度目にその新種が確認されたのはEEZの外縁部、複数の駆逐艦級を引き連れて航行する様子が自衛隊の哨戒網に捉えられ数時間の追跡の後にまたその怪物は海の夜闇に姿を消した。

 

 三度目、戦艦級の深海棲艦に備え準備を整えた複数の空母を主とした艦隊による広範囲索敵によって紀伊半島から南方の海上で発見されたレ級とその随伴艦へと攻撃が行われる。

 

 その戦闘での損害からやっとその深海棲艦の危険性を認めた司令部は鎮守府で遊ばせている最大の戦力を持った二つの部隊を戦艦レ級の撃破を目的とした作戦へ投入する事を決断した。

 

「結果は随伴を減らせたけれど肝心の目標には多少のダメージしか与えられなかった上に逃走を許したと・・・」

「そうは言っても高高度を最大戦速で飛行していた赤城さんを狙い撃ちで大破させる正確さと攻撃力は油断できないですよ」

「・・・ええ、障壁を貫通した250kg爆弾の直撃に耐える防御力、確かに戦艦ね」

 

 手元に集まってきている情報と自分の提督が言っていた情報を比べ、彼が言っていた荒唐無稽な怪物と実際に現れた新種の情報が同じモノであると確信した高雄は口元を手で隠しながら小さく微笑む。

 油断できない航空戦力と戦艦の名の通りの強力な大口径砲、そして、その大砲を備える尻尾には大量の魚雷を搭載している事も赤城と加賀を旗艦とする二個艦隊の戦闘記録によって確認された。

 間違いなく自分が知る深海棲艦の中でも指折りの強敵であり、巨大で強力で鈍重が主流と言える怪物達の中で明らかなイレギュラーである事も間違いない。

 

 しかし、自分ならこの強敵を討ち提督への手柄として捧げる事が出来る、と重巡洋艦娘は敵と味方の戦力と情報を総合してシミュレートした上でそれを確信した。

 

「深海棲艦を食う深海棲艦ね、アイツらホント碌なのがいないったら」

「同族を取り込むことで補給と自らの強化を行う個体と言ったところかしら?」

 

 悍ましいモノを見る様に顔を顰めた朝潮型駆逐艦娘の手には哨戒機が戦艦レ級を撮影する事に成功した写真があり、戦闘濃度のマナによって映像が歪んでいるが重巡級の深海棲艦に襲い掛かりその自分の数倍の体格を持った重巡を巨大な尻尾にある鋭い牙が並ぶ顎で噛み千切らせている様子がその写真には写っている。

 

「艦種は戦艦だけれど他の深海棲艦より体格が劣っているから自分よりも大きい相手を従わせる事が出来ないんじゃないか、って司令官は言っていましたね」

「だから随伴は軽巡と駆逐だけって事? そんなのアイツの勘みたいなもんで確かな話じゃないわよ」

 

 自分の指揮官である中村が言っていた言葉を反芻する特型駆逐艦娘の吹雪に霞は半信半疑の態度を隠す事無く目の前にある日本近海の海図が広げられた机に持っていた写真を投げ落とす。

 

「身体が大きくて霊力が強い事、それが深海棲艦にとって上下関係を決めるルール・・・提督の言われた事が正しいならこの戦艦レ級がこれ以上の成長をする前に撃破しなければならないわね」

 

 指揮官の言葉を絶対視する吹雪とその考えに注意を呼び掛ける霞、そして、他の資料に目を通している珍しく真面目に集中している阿賀野や部屋の端で鼻歌混じりにボックスステップを練習している那珂。

 その場にいる同じ艦隊に所属する仲間達の姿を改めて確認した高雄は口元の笑みを消し、余裕のある態度で口元から黒絹の手袋で包まれた手の平を離す。

 

 約一名の姿を見なかった事にして高雄は自分達にやってきた大きな戦果を得る好機の予感へ高揚しかけた心を自覚したと同時に意識して自分の手で敵を撃破したいと言う功名心は提督の指揮の邪魔にしかならないと自らに言い聞かせ戦果を求める心を自制させる。

 自分はただ最良のコンディションを整え彼の手足となって最大限の力を引き出し使ってもらう事だけに集中するべきなのだ、と高雄は自己分析と平行して必要な情報を頭の中で冷静に整理していく。

 

「今回の任務、鳳翔さんと五十鈴さんは出撃出来ないんですよね・・・」

「二人ともちゃんとパワーアップはできたみたいだけどぉ、研究室の検査とかいろいろ長引いてるらしいね~♪」

 

 式典から鎮守府に帰還した後すぐに同じ艦隊に所属していた空母鳳翔と軽巡五十鈴は更なる力を得る為に研究室の作り出した(得体の知れない)新技術である艦娘の改造を受ける事を決め。

 安全を保障する研究室主任と工作艦娘への不信感を持ちながらも中村は彼女達へ許可を出し、それによって二人は彼の艦隊に所属しているものの出撃可能な艦娘としては一時的に外れている。

 

 単純に身体を改造すると言えば聞こえは悪いが、その方法そのものは入渠ドックや治療槽(クレイドル)と呼ばれる艦娘一人が入れる大きさの治療カプセルを改造した物の中で一定時間眠るだけ。

 そのクレイドルは通常の物と違い鎮守府の地下に存在する中枢機構と呼ばれる艦娘達や鎮守府の運用に欠かす事の出来ないエネルギーを供給する巨大なマナの結晶と直接繋がっておりその改造専用カプセルの中に入った艦娘は中枢機構との共振によって霊力を通常の三倍近くまで増幅される。

 そして、かつて日本海で吹雪が起こした現象の再現を耐えきり基礎霊力の増幅が成功した場合には艦娘の左目には白い花弁で造られる菱形が刻まれるのだ。

 

 ちなみに改造に失敗した場合にはとある軽空母艦娘と妙高型次女が言うには二日酔いを六倍程にした体調不良によって数日はベッドの上に住人になるらしい。

 

「鳳翔さんは使える艦載機の数がイッパイ増えたのと身体の力が上がり過ぎてちょっと慣れるまでロケとライブは無理なんだって☆」

「五十鈴ちゃんの方はスッゴイ異能力が貰えたんだよね? い~なぁ~」

「ね~♪ ワン、ツー☆ た~ん♪ ミ☆」

 

 アイドルを自称する軽巡が踊りながら身体の周りに光の星を散らし、書類から顔を上げてその様子を眺める阿賀野が口元に人差し指を当てて自分も指揮官に許可をもらって改造に挑戦してみようかなどと呟く。

 

 呑気な軽巡の言動はともかくとして改造後に飛躍的に上昇した身体能力の力加減が出来ずに食堂で湯呑を豆腐の様に片手で握りつぶした鳳翔は力の強さを切り替える手加減の為の訓練(リハビリ)を行っており。

 視界内に入った物を一度でも照準に捉えるとターゲットが視界の外や海中に潜航していたとしても自動追尾する砲弾と魚雷を放つと言う追跡能力に目覚めた五十鈴の方はすぐにでも艦隊に復帰できるのだが研究室からのその能力の解析が終わるまで待って欲しい、と言う要求を司令部が認めてしまった為に出撃が出来なくなっている。

 

 その五十鈴は霞と高雄から研究室での検査に集中するべきと(その秘書艦の席を寄越せと)提案されたがその心配を笑顔で突っぱねて改造を受けた翌日から出撃は出来ないものの検査の時間以外は変わらず中村の秘書艦として働いている。

 軽巡二人の会話のせいでライバルの存在を思い出して少し眉を顰めた霞と高雄の様子を気に留めず、敵の情報分析(頭脳労働)を放棄した阿賀野が那珂と手を取り合い艦隊の為の待機所兼会議室の端っこでダンスレッスンを始めた。

 

「那珂、阿賀野・・・貴女達は今、そんな事をしている場合なのかしら?」

「たかおん、怖い顔になっちゃってるよ~☆ レッツ、スマイル♪」

「そーそ~、女の子は笑顔じゃないとねっ♪ きらりーん☆」

 

 重巡洋艦が発する低い声の威圧はダンスをしている軽巡には全く効果が無く、阿賀野と一緒に光の星型を散らしてアイドルスマイルを向けてくる那珂に対してあからさまに苛立っている高雄は無理矢理な笑顔を顔に張り付けながら自分の頭の上から蒼いベレー帽を剥ぎ取り絞る様に握る。

 

「一応、那珂ちゃんさんのあれ、遊んでるわけじゃないんですけどね」

「ホント、ふざけてる様にしか見えないけどあれも訓練の一種なのよ・・・でも、こんな場所でまでやる事じゃないったら、もぉ」

 

 阿賀野をリードしながらリズミカルにステップを踏む那珂を殴ってでも止めてやろうかなどと青筋を浮かべた笑顔の裏で考え肩を怒らせ一歩踏み出そうとしていた高雄へと苦笑の吹雪と呆れ顔の霞が信じがたい情報を知らせる。

 

「はっ・・・? なんですって?」

「別の世界の艦娘は回避の練度を上げる為にダンスを訓練内容に取り込んでいたそうです、そう司令官が言ってました」

 

 人間の身体に慣れていない時期なら二本の足の可動域を感覚で理解出来る。

 習熟すればどんなに荒れた海上でも素早く体幹を安定させる事が出来る様になる。

 熟練すればどんな不安定な体勢からでも正確無比な砲雷撃を実行できる。

 

 そう言う意味では艦娘がダンスを訓練内容に組み込むのは合理的な事であるのだ、などともっともらしい嘘を吐いたとあるバカはその言葉を信じて何度も転び擦り傷だらけになっても努力を続けた那珂の姿に物凄く気まずい思いをした。

 

「那珂ちゃんはねぇ♪ アイドルだからどんな時でも最高のライブを出来る様にしておかないといけないんだよ~☆」

「さっすが、那珂ちゃんっ♪ 阿賀野も負けないぞ~

 

 ただ、その上っ面だけはもっともらしい理論は艦娘の優れた身体能力と奇跡的な融合を果たし、バク宙しながら敵艦の砲撃を避け反撃の雷撃を打ち込んだり、海面と並行するほど仰け反りながら真後ろへと砲口を向け連続砲撃を行う川内型軽巡三番艦の姿が海上に現れる事になった。

 

「まっ、重巡戦艦なら下手に避けるより障壁を強化して防御した方が手っ取り早いでしょうけどね」

「そ、そうよね・・・」

 

 防御力が低い駆逐艦や軽巡にとってはそれなりに効果がある訓練だと意地っ張りだが嘘は吐かない駆逐艦の保証に高雄は困惑し、頭上にきらり~んと言う光文字を浮かべポーズを決める阿賀野をリフトアップして一緒にその場で回転する那珂を見た。

 なおこの防御や回避に関する考え方に関して、回避するなら指揮官に機関出力を上げてもらえば良い派(代表矢矧)、近接武器で弾き飛ばすのが手っ取り早いです派(神通談)、そして、那珂ちゃん&バックダンサーズ(少数派)と言う主義を主張する幾つかの派閥が日夜、議論と実践を交えて切磋琢磨している。

 

「でも私達も社交ダンスの基礎ぐらいは出来ておいた方が良いらしいです」

「え?」

「あっ、それってもしかして提督さん達と自衛隊のダンスパーティーに行くことになるかもしれない話よね♪」

「へっ?」

 

 現代の自衛隊では幹部自衛官たるもの真の紳士・淑女であれ、と言う理念によってそう言った技能が必要になる社交の場が多く催される事があるらしく。

 一般にも自衛隊の一員として認知されたので自分達もその場へと招待される事もあるかもしれないと言う希望的観測が阿賀野の口から飛び出し、新たな初耳情報に高雄はさらに戸惑う。

 もしかして存在だけは知っている選択授業の一つである日本舞踊もその為にあるのかも、などとこの場ではあまり関係ない情報が重巡の脳裏を通り過ぎ。

 

「そうじゃなくても艦娘を引退した後に自衛隊に入隊し直すなら覚えておいて損はないったら、まっ、どうしてもってあのクズが言うなら招待されてやっても良いけれどねっ」

「へぇ・・・なんで、司令官が霞ちゃんをパーティに招待する事になるんですか?」

「ふんっ、それなりに出来る艦娘じゃないとアイツに恥かかせるかもしれないでしょ? 当然だったら」

 

 那珂と阿賀野の自主トレーニング(?)によって賑やかになりかけていた会議室の空気が吹雪を中心にして急激に淀み、しかし、そのドロリとした色の黒瞳に見つめられた霞は動じる事無く前髪を指で弾いて勝気で挑戦的な視線で睨み返した。

 

「遅れて申し訳ありません、駆逐艦浜風、ただ今湾内演習から帰還、これより戦闘待機に・・・」

 

 指揮官にとって一番の艦娘とその座を狙う駆逐艦の二人が剣呑な睨み合いを開始し、高雄が自分の知らなかった現代の知識を得て驚きで思考の海に迷い、苦笑を浮かべて並んでステップを踏む軽巡艦娘達の足音が妙に大きく鳴る会議室。

 

「あ、あの皆・・・何やってるんです? 提督は居られないのですか?」

 

 その部屋のドアを開けて入ってきた銀髪の少女が室内の光景に唖然として入り口で立ち尽くした。

 




 言うなれば運命を共にする姉妹。
 互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う。
 姉が妹の為に、妹が姉の為に、だからこそ戦場で生きられる。
 姉妹艦は戦友、姉妹艦は家族。

 ・・・嘘を言うなっ!

 猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら嗤う。

 深夜アニメ実況による睡眠妨害!
 唐突な演歌の熱唱!?
 油断に突き刺さる一発ギャグ!!

 どれ一つとっても戦場(テスト)では命取りとなる。
 それら(姉達の通信)を無視してペンを握る。
 誰が仕組んだ試験(地獄)やら、同型姉妹が笑わせる。

 敷島も! 朝日も!! 初瀬も!!

 だから! もう、私の邪魔をするなぁ!!

次回 艦これ、始まるよ。 五十七話
 【戦艦娘 三笠の試練】

私は、何の為に鎮守府に帰ってきたのか(´;ω;`)
(不合格通知と拳型の穴が開いた勉強机)

なお次回の題名と内容は予告なく変更されます。(決定事項)


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第六十六話

 
Q.来月から私もダンスの授業も取っておくべきかしら。
 だって秘書艦になったら提督のお供をする事もあるかもしれないんだもの。
 でも今年は危険物取り扱いの学課も受けたいのよね。

 えーと・・・どうしようかしら?



A.そう言うのはその時になってから考えるべきなのです。
 いな・・・私ですか?
 私は那珂ちゃんさんのファンですから、それなりには、なのです。
 


 まだ春は遠い冬であったとしても太陽の届かない深海域では季節など関係なく、しかし、数百、数千年の時間をかけてゆっくりと変わっていく深層海流は魚類は言うに及ばず全ての生物の命を育み、同時に理不尽な影響力を振るって奪ってきた。

 

『・・・提督、見つけたわ』

 

 その海水の動脈が流れる暗闇の岩場に十数mと言う人間と言う枠からは大きく外れた人型が伏せ、眼下にあるさらに深い領域の入り口で闇に染まった世界で赤い髪を揺らめかせ1mm以下の生物発光すら捉える暗視能力を持った蒼い瞳が海溝の奥にソレを見つけ出す。

 

『ええ・・・でも今は寝てるみたい』

 

 無線封鎖されている為に自分の内側にしか伝わらない声で自分の指揮官と会話する潜水艦娘、伊168は水圧でジリジリと出力を落とした(発光を抑え込んだ)防御障壁を消耗し霊力が削られていく痛みを耐えて偵察任務を続行する。

 

『そう、周りの残骸は空母級だと思う、ヲ級の傘かヌ級の死骸か原型も分からない・・・酷い食い散らかし方・・・』

 

 深海棲艦の残骸が溶ける仄暗い光が揺れる海峡の底で岸壁に巨大な尾を巻き付けて胎児の様に身体を丸めて眠っている怪物を遠く離れた岩陰から覗き見る。

 悍ましい、不気味、伊168にとって見ているだけで正常な精神を蝕むような気持ちの悪い光景の中を眠る戦艦レ級の周り、巡回する様に泳ぐ赤い目の駆逐イ級が数隻、昏い光へ分解していく他の深海棲艦の残骸からマナを補給しているらしい軽巡や雷巡の姿が水底の闇で揺れ動く。

 

『この前、空母機動部隊と戦った時の損傷を直してるのかしら・・・』

 

 しかし、数日前に艦娘達との戦闘で半分以下まで減った戦力を群れの長である戦艦レ級は少しも気にした様子もなく食後の昼寝とでも言うつもりなのかその身に秘めた凶暴性を裏切る呑気で無防備な顔で海底(地球)から染み出してくるエネルギーの流れに身を委ねていた。

 

『提督がやれって言ってくれるならアイツら全部、海峡の底に沈めて見せるわ・・・ううん、言ってみただけ、冗談だって』

 

 周囲への注意を怠る事無く観察を続けつつ敵対者への攻撃を提案する伊168はすぐさま返ってきた指揮官の制止の言葉によって口を噤む。

 

『ねぇ・・・この発信器、本当に使えるの? マナ濃度が高くなったら電波なんて役立たずになるじゃない』

 

 続く指示を受けて腰に取り付けられていた黒塗りの金属筒(ドラム缶)を取り外して海峡の底に向かう海流へと乗せ、それがゆっくりとレ級の方向へと吸い寄せられる様に漂っていく様子を確認した伊168は推進機関を使わず海底を這う様に敵の住処から離脱を開始する。

 

『それに、本当にソナー使わなくても良かったの? 相手の戦力が分からないまま帰るんじゃ偵察の意味が無いでしょ?』

 

 海峡から離れ敵の索敵範囲から完全に離れた事を艦橋から知らせられた潜水艦娘の身体の表面に薄っすらと光る膜が広がり、その背中に装備した推進機関の始動と共に身体にかかっていた水圧から解放された伊168は伸びをする様に手足を伸ばし水を掻く。

 

『・・・そう? 提督が十分だって言うならそれでいいけど、ええ、伊168海面への浮上を開始するわ』

 

 暗視能力があるとは言え周りが徐々に明るくなり光の見える海面に近づいていく感覚、そして、何より暗くおどろおどろしい深海棲艦の縄張りから離れられた事で海水の中で赤色のポニーテールを泳がせる少女は両手両脚で海流を撫でながら表情を緩め口元から漏れた泡粒を追って海面を目指す。

 

『ええ、安全距離確保を確認、無線封鎖を解除・・・木村艦隊へ応答を願います。こちら田中提督旗下、伊168です。偵察任務を終了し帰投します』

『こちら潜水母艦大鯨、通信は問題無く・・・え、ぁっ! し、失礼しました。 こちら木村艦隊所属、空母龍鳳、私達も貴艦隊と合流後に拠点母艦へ帰還しますっ』

 

 帰ってきた二つ目の名前を手に入れた艦娘からの通信に口元を綻ばせた潜水艦娘の頭が海面を押し上げる様にして水飛沫を散らし、海水を押しのけて空気の中、太陽の下へと戻ってきた艦娘は小さく掛け声を呟きながら両手を海面に突いてずぶ濡れになったセーラー服が張り付いた身体を海中から完全に脱出させて両足で海原に立った。

 

『ふふっ、まだその名前に慣れてないの?』

『揶揄わないでイムヤちゃん、だって飛行甲板着けてる時しか使わない名前なんだもの、やっと今日で一カ月なのよ?』

 

 軽く手で赤髪を絞れば滝の様に海水が滴り落ち、伊168の目が通信が飛んでくる方向へ向けば緋色に桜の模様が袖を飾る和装の美少女が胸元で赤いスカーフタイを揺らしながら手を振っている。

 

『龍鳳さん、艦載機はちゃんと使えてる? 無理してない?』

『ええ、一度にたくさん発艦させると少し頭が痛くなる事もあるけれど提督たちのお陰で何とかなってるわ』

『あんまり無理しちゃダメよ、貴女は空母の適正があったけど本当は戦闘艦じゃないんだから』

 

 龍鳳と呼ばれた艦娘の近くまで近寄った潜水艦娘は相手の左肩に装備された飛行甲板を模した肩当を濡れた指で突っつき、相手を心配する心中を隠す事無く鎮守府で開発された後付けの航空甲板を装備して空母としての戦闘能力を得た潜水母艦娘を見上げる。

 

・・・

 

 分類上は補給艦に近い潜水母艦と言う艦娘全体から見ると数人しかいないレアな存在であるがイムヤを含めた戦闘艦娘達にとっては他の輸送艦娘などと同じく自分達が守らなければならない非戦闘員として認識されている。

 

「確かに戦力は多いにこしたことは無いんだが、まさか戦闘艦よりも先に彼女達用の増設カタパルトが作られる事になるなんてな・・・」

「それはあんまり嬉しくないよ、・・・ねぇ、提督、本当に彼女を戦いに連れてくる必要はあったのかい?」

 

 この試みそのものはあくまで実験的なモノであると研究室から説明されているし、その協力を求められた大鯨本人がかなり乗り気でそれを承諾した為に今回の偵察任務に彼女が同行する事になった。

 もっとも同行すると言っても龍鳳は完全に安全が確認できた状態で観測機を空に放ち周辺警戒をするだけ、もしその最中に敵艦が確認された場合には彼女の艦橋に控えている本職の戦闘艦娘が即座に旗艦を交代する手はずになっている。

 

「時雨、あっちには重武装の古鷹だけじゃなく頼りなる艦娘達がいる、それは心配しすぎだ」

「でもさ・・・」

 

 母港からの出航前に見た過剰武装と言えるほど大砲と機銃の増設でハリネズミになった重巡の姿を思い浮かべながら俺は苦笑するが、むしろそこまで彼女の安全確保を保証しておかないと時雨達が絶対に今回の事を承服しないと言い切った程なのだ。

 だからこそ此処に居る大鯨の任務はあくまでも自分に増設された新型装備(飛行甲板)がちゃんと海上行動中に動くかどうかを確かめる為だけのテストと言う事になっており、彼女に実際の戦闘をさせるわけにはいかないと言う強い意思はイムヤだけでなく俺がいる艦橋に立っている時雨達、そして、龍鳳の艦橋に居る艦娘達からまで伝わって来ている。

 

「この成功で他の輸送艦娘まで改装空母にして駆り出すなんて事にならないと良いのですけれど」

「非戦闘員を兵員扱いなんてあの時代の日本を思い出して・・・嫌ね」

 

 複雑そうな心境で揺れる顔の眉を僅かに顰めて三隈と矢矧がモニターに映る朗らかな笑みを浮かべた龍鳳の姿を眺めている。

 

《その航空甲板、他の空母の人のと違って空飛べないんだから本当に気を付けてよね》

《分かってますって、ふふっ、イムヤちゃん達って心配性なのね》

 

 造っちゃったんだから仕方ないなんて言いながら研究室が改良に躍起になっていた艦娘用のカタパルト(金食い虫)

 それは硫黄島から帰還した義男が鎮守府に持ち込んだ艦娘との接続を前提としたコンピューターと言うブレイクスルーによって精密機械の塊である無人機の製造と搭載が不要になった事に加え航続距離の増加だけでなく戦闘能力の付加まで可能となり、運用のコストとハードルが格段に低くなった。

 

 龍鳳が装備している飛行甲板の内部、機械の鳥を必要としなくなった格納庫部分には基盤と電子部品が無数のケーブルで繋がり、彼女のうなじにある増設端子からのエネルギー供給によって電子データとしての記録されている艦載機は彼女の手の上で矢となって現実となる。

 とは言えそれを装備すればどんな艦娘でも艦載機が使える様になるのかと言うとそうでは無く、性能的にも劣化コピーの域を出る事は出来ておらず装備する艦娘側にもある程度の適正が必要である。

 例えば戦闘機と爆撃機は極論すればプロペラと翼で飛ぶ機械と言う意味では同じモノであるはずなのに戦闘機だけなら使える、もしくは逆なら可能など研究室が艦種問わず手当たり次第に艦娘達へと行った適正調査の結果は運用可能数や種類など千差万別となった。

 

「むしろ大鯨の艦歴から考えると龍鳳として艦娘になっていない方が不自然なんだが、祥鳳や瑞鳳みたいにな」

「提督、それとこれとは話が違うよ、現に今の大鯨の艦種は補給艦なんだから」

 

 給油艦から空母へと改装された経歴を持つ原型から生み出された祥鳳達は何故か初めから空母艦娘として現代に目覚めたが似た経歴の艦娘である大鯨は何故か改装前の潜水母艦の艦娘として現れた。

 そして、艦娘としては補給艦である筈の大鯨は空母艦娘が扱う戦闘機、艦上攻撃機、艦上爆撃機、偵察機、全ての艦載機に対する装備適正を持っており、彼女専用に改造され接続された飛行甲板は光の滑走路を広げて空を舞う翼達を迎え入れる事が出来る。

 

 険しい視線を投げてくる時雨から顔を反らして前世で遊んでいたゲームでは自然な事かもしれないが艦娘と深海棲艦が現実となったこの世界では戦没した日、もしくは解体された時点での艦種や名前で艦娘となって生まれるべきなのでは無いだろうか、とそれに気付いてから何度目かになる疑問が俺の脳裏に浮かび上がる。

 

(駆逐艦の響もヴェールヌイじゃないしな・・・なんでなんだ?)

 

 刀堂博士にとって何らかの必要性が有るからこそゲームに合わせて調整しているのかそれとも彼の個人的な趣味の結果なのか、と心の中で呟けばどこかやる気の無さそうな顔をした猫を連れているベージュの水兵服を着た三等身の少女が心外そうな表情を浮かべて両手を突き出し頭を左右に振っている様子が一瞬だけ見えた。

 

「全く・・・一体全体、誰のせいなんだろうな」

「えっと、別に僕は提督を責めてるわけじゃないんだよ?」

「ん、ああ、それは分かってる、さっきのは独り言だから気にしないでくれ」

 

 何か事情があるのかそれ以上の情報を寄越さない妖精へ向けて何が原因かを説明してくれないのでは何の解決にもならないのだが、と内心で愚痴りながらこちらを振り返って首を傾げている時雨へと何でもないと返事をする。

 

 そんな会話をしている間に少し離れた海面から黒いリボンの白ベレー帽がぽこりと現れ、輝く金髪のスク水少女が現れたのを切っ掛けに彼女と同じスク水やセーラー服の上を羽織った水着少女達が次々と海面下から浮上して水飛沫を自分達の身体から払い落しながら海原に立ち上がりこちらに近づいて来た。

 合流してすぐに龍鳳の周りを囲んで挨拶と同時に心配の言葉を彼女へとかける伊号潜水艦達の艦橋へと矢矧に通信を繋いでもらう。

 

「・・・さぁ、帰ろう、旗艦は時雨に変更するぞ」

「「「了解!」」」

 

 敵勢力の調査任務に就いていたそれぞれの潜水艦娘の艦橋と一通りの諸連絡を交わしてから旗艦変更を行えば夜明けの日差しに似た輝きがモニターを染め、コンソールパネル上に浮かんでいた立体映像がイムヤから時雨へと入れ替わり。

 そして、同じ光を発した龍鳳や他の潜水艦娘達がモニターの向こうで金の輪へと変わり一番近くにある輪からハイソックスに包まれた後に革靴を履いた足を踏み出して陽炎型駆逐艦の長女がオレンジ色のツインテールをなびかせながら海に立つ。

 

『それじゃ、皆、警戒を厳として』

『ええ、さっさと帰投しましょっ♪』

 

 六人の駆逐艦の艤装の汽笛が晴天の下で鳴り響き、南の海に近いせいか本州よりも先に春の気配を感じる風を受けて時雨を先頭にして艦娘達は縦一列となって海上を走りだす。

 

(同族を捕食する事で成長する深海棲艦、単に共食いするだけなら放置していても良いんだろうけど・・・人間や艦娘が好物なんて言われればあれとの戦いは避けられない・・・)

 

 海底にひしめく深海棲艦の群れ、数日前の赤城と加賀を主戦力とした艦隊との闘いで確認されたのは駆逐級と軽巡級が十四隻、ついさっき遠目に見た海底で確認できたのはレ級を含めて五隻ほどまで減っていたので単純な戦力だけなら二百隻の大艦隊なんて冗談みたいな事をやってくれた日本海に現れた限定海域よりもマシと言える。

 岸壁に噛みついた尾を支えに身体を丸めて眠っている戦艦レ級を見たと同時に鎮守府の中枢機構から頭の中に直接送られてきた分析が事実なら義男が戦った鬼級戦艦や箱庭の女王並に厄介な相手。

 だが、俺自身が半信半疑な事を時雨達や事情を知らない他人に伝えても信用を得るのは難しいだろう。

 

(それにしても・・・捕食した相手の特性までもを取り込んで自らを強化する異常個体(イレギュラービルド)、まるでゲームの中にあった近代化改修そのものじゃないか・・・)

 

 しかし、確実にあの戦艦レ級は撃破しなければならない、それも残骸一つ残さず完全に。

 

 鎮守府の研究室の主任である男性は霊的技術に対する研究に関して他の追随を許さない程に研究熱心であるが倫理観は辛うじてまともな分類に入る人だ。

 しかし、他の艦娘を材料に戦力強化を行う技術が発見されたとしてそれを彼や他の研究者は絶対に試そうとしないのか、と問われれば間違いなく俺は首を横に振る。

 趣味(ロマン)実益(スペック)を両立させた得体の知れない技術で作られた武装を実用試験して欲しいと頼まれるのはもう慣れた。

 

 だがこれに関して、使用すれば間違いなく艦娘達のその後の人生を決定的に左右するだろう技術、単純に人間になるだけならまだしも、もしかしたら彼女達に命の犠牲を要求するかもしれない業の完成は龍鳳の肩に装備されたびっくりドッキリメカと一緒にして良い話ではない。

 

 今の俺が手段を選り好みと出し惜しみをした事で近い将来の人類は制海権を失うかもしれない。

 今、その存在を無かった事にしてもいつかは誰かが別の方法でそれに辿り着き完成させるかもしれない。

 

(それでも俺はこれを誰にも伝えず個人的な理由でその技術の進歩を堰き止める・・・勝手か、勝手だな、まるで義男みたいな考え方だ)

 

 戦艦レ級を倒さなければならない敵であると再確認して鎮守府に帰投する為の青い空と青い海の間を時雨達が走る航路、指揮席に背を預けて自分の身勝手な考えに呆れる。

 しかし、それでもそれを認めなければ俺は自分の命だけでなく鎮守府の同僚やお互いに命を預け合う仲間である時雨達を含めた全てを失う事になるのだ。

 

 どれだけ自己中心的な奴だと貶されても僕は仲間の犠牲を絶対に認めるわけにはいかない。

 

(そうだ、皆と生きている現在(いま)を壊してしまうかもしれない未来の事情なんて僕の知った事じゃないんだ)

 

・・・

 

 戦艦レ級を捜索する為の索敵を行っていた護衛艦が鎮守府の港湾区へと入港し、夕陽のオレンジ色に照らされた港に接舷したタラップの上で軍帽を被り直した田中良介は自分の部下である艦娘達へと休息の許可を出しながら数日ぶりの地面に立つ。

 

「ヘーイッ♪ Welcome back! テートクゥ! 会いたかったデース!」

 

 そんな時、荷物の積み下ろしを始めた作業機械の音や潮騒が聞こえる少し穏やかな港を全力疾走で走り、白い袖をひらめかせ近付いてくる戦艦娘の姿を見た田中は小さく肩を竦めてから腰を少し落として構えた。

 こちらへどんどん近づいて来る金剛に身体を向け少し蟹股になって身構えた田中の姿に彼の後から船を降りてきた特務士官の青年とその部下である陽炎型ネームシップが呆れ顔になり、またか、と二人揃って呟いた。

 

「テイトクゥッ♪」

「おふぅっ」

 

 両腕の白い袖を振り上げスキップしながら走って来た金剛が身構えていた田中に勢い良く抱き付き頬擦りをして満足げな声を上げ、彼女との衝突による衝撃と頬と胸元に当たる柔らかさで田中は息を詰まらせて小さく呻く。

 

(こ、これは何回やられても慣れないな・・・)

 

 美人だがエセ外国人そのモノな言動をする陽気な艦娘であるのだと前世の記憶、そして、今の世界で実際に出会った彼女の態度からそう思い込んでいた田中は金剛に対して少々気後れしていた。

 だが、半年ぶりに南の島から帰ってきた中村が何の進展も無い金剛と田中の様子にまだ気付いてないのか、と呆れ声を漏らし数日後に一つのビデオテープを差し出してきた。

 そのビデオテープに録画されていたのは彼が知らない普段の金剛型一番艦の様子、静かに授業を受ける姿や勇ましく仲間を指揮する演習の様子、そして、姉妹艦達とティータイムを楽しむ淑女然とした金剛などを少し遠くから撮影したその映像に田中は目を丸くし。

 そのすぐ横で神経を逆なでするタイプのドヤ顔を向けていた中村とまともな日本語をしゃべっている金剛が映るモニターの間で視線を行き来させる事になった。

 

「ああ、ただいま金剛、あと満足したなら放してくれ、周りの目があるだろう?」

「ohッ! ゴメンナサイ、ちょっとexciteしすぎてましたネ」

 

 すぐ近くから漂ってくる田中の好みに合わせた控えめながら清潔感のある香り、身体を押し付け女性特有の柔らかい感触を伝えてくる金剛を軽く撫でて正面から相手へ顔を寄せ囁くように声を掛ける。

 すると戦艦娘はハッと目を瞬かせて頬を赤らめて彼から離れ、少し気恥ずかしそうに全力疾走で乱れた前髪を指で梳き耳の上に戻す。

 

 噂では聞いた事があったが実際には見た事が無い普段の(レディな)金剛を見せられた後に中村から告げられたアドバイス。

 変に避けて離れようとすると余計に引っ付いて来るからある程度はスキンシップをこちらから行った方が艦娘と適度な距離を保てると言う言葉。

 

(なんでアイツそんな事知ってるんだよ・・・まさか・・・いや、しかし、艦娘相手でもセクハラは適用されるんだぞ?)

 

 そんな事があり金剛の過剰な馴れ馴れしさにいつも振り回されていた田中は友人のアドバイスに従ってあくまでも節度を守った方法でだが彼女とスキンシップをやってみた。

 すると今までは子供の様に一度彼に抱き付いたら離そうしなくなる美女がそわそわとした様子となりつつも田中のお願いを素直に聞き嬉しそうな笑顔をする様になった。

 

 田中とて自衛官として斯くあるべき理性的な振る舞いを心がけているとは言え健全な男である。

 

 なんとか平静な顔と態度を保てているがそれまでの過剰な賑やかさを裏切る可憐な金剛の姿に内心では何も思わないなんて事は無い、と言うかかなり深く彼の胸に刺さるものがあった。

 

(なんかもう、いろいろ柔らかくて、変な声出してしまった・・・今、顔弛んでないよな・・・?)

 

 彼は見合い結婚をした前世を含めれば女性に関して全くの無知というわけでは無い。

 だが、お付き合いの経験が見合いだけである為に自らチャレンジした恋愛の経験は無く自分にはそう言った感覚が無いのではとすら田中は思い込んでいた節があった。

 しかし、その油断を狙う様に少しずつだが田中の前で暴走する性質を抑えて淑女と言う程ではなくとも比較的大人しい態度で金剛は彼と会話する事ができる様になってきた。

 

 要するに、前世の失敗と相手の勢いによって引け腰だった田中は悪友に唆されて一歩踏み出し、奇しくもそれと同時に可憐さとハイテンションを足して二で割る事に成功した金剛のギャップ萌えが繰り出され、その相乗効果は鉄鋼弾並の強烈な威力を彼の心理へと発揮したのだ。

 

「提督っ! 帰ったら私と酒保で買い物する約束でしょっ! 早く行きましょ!」

 

 しかし、相手の好意があるとは言え調子に乗った真似をすれば、いつの間にか陸自側に出向していた元陸軍属の揚陸艦を原型に持つ艦娘が飛ばす光る竹とんぼによって捕捉され、通報を受けたカーキー色の隊員達によってセクハラの現行犯として左右を挟まれる事になる。

 

「え、あ、ちょっ、イムヤって、うぉ、時雨まで押さないでくれ!?」

「僕は何を頼もうかなっ♪ 金剛も一緒に行くかい?」

 

 そんな田中の危機を察したのかそれとも別の理由からか、嬉しそうに微笑む金剛とその姿に一時だけ見惚れていた(鼻の下を伸ばしかけていた)指揮官の腕を強引に引き潜水艦娘が自分の方が優先であると主張し、さらに戸惑う彼の背中を笑いながら白露型駆逐艦が押していく。

 

「off course! テイトクがsponsorになってくれるならシマカゼやリュージョー達も呼んだ方が良いヨ!」

「なるほど任務前の景気付けって事かしら、悪くないわね!」

 

 余談であるが、そんな指揮官(田中)戦艦娘(金剛)の急接近を面白く思えない一部の艦娘にとってその事態を招いた(余計な事をしやがった)中村の評価は著しく低くなる事となった。

 

「い、いや、まずは帰投後の手続きをだな、キミ達っ、だからそんなに強く引っ張らないでくれぇっ! それに俺は奢るなんて約束はしてなっ、うあぁっ・・・

 

 ちなみにとある伊勢型戦艦娘の名誉の為に記しておくが彼女が今回の任務において中村の指名を断ったのは先約があったからであって決して私怨からくるモノではない。

 

「・・・司令、私達にもご褒美くれても良いのよ?」

「バカを言うな、出撃の度にそんな事をするなんて冗談じゃない、後の手続きはやっておく・・・お前たちは装備を返却してからさっさと休め」

 

 賑やかな一団を見送っていた陽炎が隣に立っている特務三佐に物欲しげな視線を送るが軍帽を目深に被った青年はそれを一蹴してその場を後にした。

 

「ちぇー、もうちょっと優しくしてくれても良いじゃない、ね? 古鷹さん、龍鳳さん」

 

 大して気にしていない様子で自分の指揮官を見送ってから陽炎は背後を振り向き。

 

「もぉ、陽炎、田中二佐が甘いだけで提督もちゃんと優しい人でしょ、そんな言い方しちゃダメよ」

 

 肩や太腿に幾本ものケーブルが刺さり背中や腰、腕と身体の至る所に増設武装を身に着けた古鷹が護衛艦からタラップを重々しく軋ませながら下りて来て腰に手を当てながら同僚艦娘を嗜めた。

 陽炎と古鷹の様子にクスクスと小さく笑い、自分の提督が怖い人でなくて良かったです、と返事をした補給艦兼空母艦娘は桃色の袖を引っ張って先導してくれる潜水艦娘達に続いて装備を返却する為の港湾施設へと歩き出す。

 

「所で古鷹さんのそれ、重くないの? なんか歩き難そうよね」

「実はかなり・・・、全部合わせたら私の体重より重いかな、もしかしたらもっとかも・・」

「うへぇ、私、駆逐艦で良かったわ」

 




 
N督「これが小笠原で俺が鳳翔と作った最高の烈風だ! すげえだろぉ?」

空母組<おぉ! 流石、ホッショさんとN督!!

主任「これじゃ、ダメだな・・・この烈風は出来損ないだよ」
明石「え、主任さん今なんて・・・?」
主任「よく見るんだこのいい加減な基盤の配列を、CPUもジャンク品ばかりで処理速度がバラバラ、これじゃ艦娘に負担がかかり過ぎて使えたもんじゃないよ」
明石「ホントだわ!? それにこの艦載機のCGも史実と創作がごちゃ混ぜで塗装の配色バランスが悪いわ・・・」

空母達<え、これ使っちゃダメなの?

主任「二ヵ月待ってください、我々が最高の装備を用意しますよ」

N督<ぐぬぬ


二か月後・・・

|飛|
|行|⊂( ・`ω・´)bグッ!
|甲|
|板|

T督「で、大鯨が龍鳳になった、と?」
三隈「くまりんこのカタパルトが・・・」
 


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第六十七話

 
駆逐艦M「突進見て組み伏せ余裕でした」
駆逐艦I「はわわ~、みゆ、Mさんすごいのですっ! 助けてくれてありがとう、なのです!」
駆逐艦M「おまけになんか運命を一つ乗り越えた気がするぜ!」

特○型のMさん、おめでとうございます。

 
本日、舞鶴基地艦隊、異常無し!



「はい、これで出来上がりよ」

「うっはっ♪ 陸奥さん、あざーっす!」

 

 舞鶴基地に駐在している艦娘が溜まり場として使っている談話室で桃色の髪を跳ねさせながら歓声を上げた駆逐艦娘、漣が天井に向かって手を広げ蛍光灯の光で煌めく自分の爪に目を輝かせる。

 

「ぼのたん、ぼのたんっ、ほれほれこれ凄くね? 漣の手すっごく綺麗になっちゃったですよ! ktkr♪」

「うっさい、漣、はしゃぐな、うっさい」

「え~、その言い方酷くない? ぼのたんもやってもらいなよぉ~」

 

 果敢に漁船を操り瀬戸内海に漕ぎ出し一本釣りを敢行しているアイドルの様な何かが映るテレビに熱中している姉妹艦の目の前に突き出した手をパシッと払い除けられて不満そうな顔をした漣が曙にさらに寄りかかるが馴れ馴れしく近づけられたほっぺたを無言で突き出された拳がぐにりと歪ませながら押し退けた。

 

「漣ちゃん、あんまり悪戯しちゃダメだよ、曙ちゃんその番組、毎週楽しみにしてるんだから」

「べ、別に楽しみにしてたわけじゃないしっ! テレビ点けたらやってたからただ何となく見てるだけよ!」

 

 じゃれつく二人の姿に微笑みながら湯飲みにお茶を注ぐ少女、漣と同じデザインのセーラー服を着ている同型姉妹艦である潮の言葉に曙が素速く振り向いて大げさに否定の言葉を上げる。

 そんな分かり易いツンケンした照れにその場の全員が微笑ましそうに笑い素直になれない少女は少し顔を赤らめ誤魔化すように小さく鼻を鳴らしてからテレビの方へと顔を戻した。

 

「潮と朧もやってもらいなよ、ほら、キラキラ~♪」

 

 仲の良い姉妹の掛け合いを眺めてアラアラと笑っていた陸奥の隣に上機嫌な漣が座り近くにいる潮とその隣でハンドグリップを手に握力を鍛えている茶髪の少女へと声をかける。

 

「朧にはそう言うの似合わないと思う、それに爪は割れるからやって貰っても陸奥さんに申し訳ないし」

「うん、朧、まず爪割れる前提で話するの止めよ?」

「被弾したら嫌でもそうなるでしょ、クレイドルはネイルアートなんて直してくれないわよ」

 

 握力トレーニングを続ける朧とテレビに顔を向けたままの曙、素気無い二人の姉妹艦からの指摘に漣はげんなりとした表情で椅子に座り、もう一度手を目の前に突き出して自分の爪を飾るピンクのエナメルと白いウサギのマークを眺めて可愛いのにと小さく呟いた。

 

「あらあら、でも漣が喜んでくれたなら私もネイルアートの授業を受けておいた甲斐があったわね」

「私も鎮守府に帰ったらその授業やってみよっかなぁ、手に職って感じ♪」

「選択授業って沢山ありすぎて迷っちゃいますよね・・・それでえっと、あの、陸奥さん、私もお願いしますっ」

 

 潮のお願いにお茶で一息吐いていた陸奥が笑顔で頷き、二人目のお客さんとなった少し顔を赤らめ恥ずかしそうな顔をしている少女の手を取りテーブルの上の小瓶から刷毛付きの蓋を持って器用にぺたぺたと無色のマニュキュアを爪の表面に塗り広げていく。

 

「そう言えば、話に聞いていたけれど本当にこっちでは戦艦の出撃が禁止されてるだけじゃなく、待機状態ですら海にも立てはいけないなんてね」

「ですねぇ、敵はほとんどが駆逐級と潜水級ですけどこの前はついに重巡が出てきましたし・・・このままだと私ら小型艦じゃきつい感じですな~」

 

 漣の言葉に小さく口を尖らせた朧の顔には自分ならどんな敵が相手でも大丈夫なのに、と書いてあったが港に留め置かれている不自由な戦艦娘の手前でそれを言うほど軽率ではないらしい。

 

「あ、そう言えば戦艦言うたらさぁ、今日の朝から敷島さん達が寮の玄関でバケツ持って立たっとるんやけど、あれなんなんかな~?」

 

 漣たちがいるテーブルの隣で週刊誌を読んでいた黒潮が不意に顔を上げて誰にと言うわけでも無く疑問を口にする。

 

「あ~あれですかぁ、まぁ、何と言いますか~、ホントーに知りたい?」

「なんやのん、知っとるんやったら勿体ぶらんといてな」

「ん、姐さん方を差し置いて鎮守府に帰った三笠さんが昨日、出撃許可貰うためのテストやってたらしいっすね、まぁ、そう言う事」

 

 どう言う事やねん、とワザとらしい澄まし顔をした漣にツッコミを入れながらもここ数日の朝から夜まで妙に敷島型戦艦姉妹の三人が手を変え品を変えて騒がしくしていた事を思い出した黒潮は何となくその事情を察した。

 ちゃんと基礎の授業を受けていれば合格点を貰える鎮守府の試験だが脳内でドタバタ漫才を繰り広げられている様な集中力が無い状態では平均点を取るのも難しい事だろう、と考えてから黒潮は敷島型の末妹に幸あれと祈る。

 

「まあ、ええか、それにしても鎮守府かぁ・・・そう言えば、山風は元気にしとるかなぁ・・・」

「きっと大丈夫だよ、あの子はああ見えて強い子だもの~、私たちに出来る事は山風ェに笑われない様に頑張っていくだけさっ」

「せやなぁ」

 

 唐突に黄昏(たそがれ)る様な遠い目で明後日の方向を見る二人の駆逐艦、彼女らは自分達の視界の斜め上(白い天井)ににっこりと笑う黒いリボンの白露型駆逐艦娘の幻影を浮かび上がらせていた。

 

「え、山風ちゃんって今日の戦闘待機してる艦隊に居るよね? なんで鎮守府の話で出てくるの?」

 

 本当は自分も鎮守府に帰りたいけど他の子を優先して、と仲間への思いやりに溢れた言葉を言える少女は鎮守府に帰ったメンバーの代わりに姉妹である海風と江風が舞鶴基地へとやってきたので、はにかみながらも身体からキラキラと光を振りまして喜んでいた。

 それはともかくとして時津風が帰ってしまった為に舞鶴唯一の陽炎型となった黒潮と平常運転の漣のボケに戸惑う潮、目を瞬かせる少女は自分の手を持ってアートに集中している陸奥から動いちゃダメよと注意されて釈然としない様子のまま姿勢を正す。

 

「やってあの子、お姉ちゃんらが来た途端にウチから離れてあっちにべったりなんやで! 納得できんやろ! やっと妹みたいに思えてきたちゅうのにぃ~」

「わかるわ~、わかる、妹ってイイッよね!」

「あんたには潮がおるやろ」

 

 その黒潮の指摘に漣は顎に指を添えてから一つ下の妹の一部分を見つめ。

 

「いや、・・・それはどうだろう、むしろ潮はここにいる艦娘の中で陸奥さんに次ぐお姉さん艦娘なのではと(わたくし)めは思いますな」

「あぁ、確かにそれは、・・・分かりすぎて困るわぁ」

「え? えっ? 二人ともなんでこっち見るの?」

 

・・・

 

 長門型戦艦二番艦、陸奥は過去の世界においては一番艦と並び戦争抑止力とまで言われた武力の象徴であるビックセブンの一角であった。

 だが、与えられた武力とは裏腹に戦地へと向かっても出撃と戦闘の機会はあって無い様なもの。

 それどころか建造にかけられた金と労力、そして、彼女の乗艦していた多くの将兵は原因不明の爆発によって広島湾の水底に沈められてしまった。

 軍艦としての記憶(過去)を遡れば自分の原型が何故沈んでしまったのか、その力の象徴であった主砲の爆発が何者によって引き起こされたのか、文字通り自分の事であるのだから彼女は誰よりも正確にその日、戦艦陸奥の中で何があったのかを知る事が出来る。

 

「だからどうだって言うわけでもないけど・・・」

 

 自分にとって全ては今更の事でしかない、艦としての記憶を持っているとは言え今の陸奥は物言わぬ鉄の船体ではなく心を与えられ人の身体に転生した個人でしかない。

 デフォルメした動物柄の少し子供っぽいデザインで飾った指先を嬉しそうに目の前に翳している駆逐艦娘の姿に自然と陸奥の頬に笑みが浮かぶ。

 元々は姉艦娘である長門に付き合って受けた授業であるがそれが誰かの笑顔になると言うなら戦わずに港に留まり続ける現代もそう悪い物では無いような気がする。

 凛々しく厳格と言う典型的な軍人気質で子供の相手が不慣れなくせに小型艦娘達と交流への試行錯誤に余念がない姉と違って陸奥はただ近くで仲間が元気な姿を見守っていられるだけでも十分だと感じているからだ。

 

「ところで貴女達の事で少し気になってた事があるんだけど聞いても良いかしら?」

 

 この機会にこの娘達と仲良くなって長門に自慢でもしてやろうか、と悪戯心を働かせて丁度良い話題作りの為に少し前から気になっていた事を聞く事にした。

 

「ふむふむ、陸奥君、何でも聞いてくれて構いませんぞ、この漣博士に万事任せなさい♪」

 

 爪の手入れと装飾だけでなく小物雑貨の製作、料理、ダンス、歌唱、楽器の演奏。

 良くも悪くも子供っぽい娘が多い駆逐艦達の興味を惹く為や授業内で交流する為にどれもこれもプロとしてやっていける程に器用にこなせる様になったと言うのに全くその特技を使う機会無く艦娘と自衛隊の宣伝活動の為に全国行脚をしている姉艦。

 彼女に自分と仲間達の集合写真の一枚でもプレゼントしてやるのが姉妹孝行と言うモノだろう、と陸奥は微笑む。

 

「なにその態度、偉そうにすんなっ」

「ウェヒッ♪」

 

 横合いから猫手で繰り出された曙の拳でほっぺたを突かれておどけた声を出す漣の剽軽な姿に周りから小さく笑いが漏れる。

 

「それでなんだけれど、駆逐艦の子達ってなんで出撃する時に汽笛を鳴らすのかしら?」

「・・・へ?」

 

 テーブルに肘を突いて頬に添えるように支えながら微笑ましい様子を眺めていた陸奥が呟いた疑問に非公式ながら第七駆逐隊を自称している四人組が揃って意外な事を聞かされたように目を丸くしてお互い同士で顔を合わせた。

 

「出撃って、戦闘形態になってからあのおっきな輪っかを出る時の事ですよね?」

「ええ、でも迷惑っていう意味じゃないのよ、ちょっと気になっただけで・・・」

 

 戦艦の問いかけに四人の駆逐艦が揃って小首を傾げ、その全員が妙にそわそわしている様子にもしかして聞いたらまずい類の質問だったのかもと陸奥は戸惑う。

 

「あらあら、言い難い事だったなら無理には・・・」

「あっいや、そう言うわけじゃないんですが、なんと言いますかぁ・・・」

「あんまり意識してやってるつもりないんだけど、そう言えば私達出撃する時に汽笛鳴らしてるね」

 

 まるで今指摘されて初めてそれに気付いたかの様な態度で相談を始めた駆逐艦娘達の姿に陸奥は目を瞬かせた。

 そして、曙曰く気合いを入れる為で特に意味がない、朧が言うには強くなれる気がする、照れながら勇気が湧いてくといいなと潮が呟き、漣が聞いた噂では障壁がすごく強くなるらしい、などと言い出し。

 

「漣のはちょっとおしいけど全部ちゃうよ~」

 

 数分後にそれぞれのてんでバラバラな意見が出終わり四人が自分以外の異なる意見に驚き顔を見合わせる様子に隣のテーブルから陸奥の隣に移動してきた黒潮が煎餅を手に軽い調子で告げた。

 

「「「えっ?」」」

「ウチらの汽笛の事やろ? あれな、艤装ん中の霊力の循環を早くする為にやる空気抜きみたいなもんや」

 

 ポリポリと煎餅を齧りながら自分達の艦種である駆逐艦の性質を講釈し始める黒潮の姿にその場の全員の耳目が集まっていく。

 

「ウチら駆逐は敵に近付くにしても離れるにしても大型の人達と違ってすぐに障壁を展開して加速せなあかん、そやから艤装の展開と一緒に汽笛鳴らしてしまうねん」

 

 出撃直後の艤装は霊力が停滞している状態で形作られ自動装填される初弾の砲弾や魚雷以外、障壁や推進力へのエネルギーは逐次艤装内で増幅されて作り出される事になる。

 推進機のエネルギー循環が早くなる事で推進力が優先的に作られ急速発進を可能とし、さらに汽笛部分から外部に放出される霊力の粒子によって不可視の障壁も構築を早めることが出来るのだ、と黒潮は簡潔な解説を締めくくった。

 

「はわぁ、黒潮ちゃん詳しいんだね~」

「どこで知ったのよそんな事、初めて聞いたわ」

「ん~、選択科目の霊機学でや、なんや、みんなあの授業受けとらんの?」

 

 口々に感心した様子の声を出す漣達の姿、自分達の艤装に当然に備わっている汽笛に関するあれこれの情報を陸奥を含めた全員が知らなかった事を意外そうにしながら黒潮は電気ポットからお茶を湯呑みに注ぎつつ周りを見回す。

 

「れいきがく? それって基礎科目にあった霊力基礎力学のこと? マナが周りの環境や物質に与える影響とかの?」

「ちゃうちゃう、基礎科目やなくて選択科目の方、霊()学、ウチが言うとるんは霊力機械工学の事や」

 

 その正式名称でますます疑問を深めていく周囲の様子に向かって首を横に振った黒潮は彼女達の反応で漣達が本当にその授業と内容を知らないのだと把握した。

 

「簡単に言うとなぁ、・・・あれや、ウチらが使っとる艤装の中身がどんな構造しとるんかとか、どういう風に動いとるんかっちゅうのを勉強する学課やね」

 

 つまり、その授業とは車に例えるなら運転技術を学習する授業ではなく車の構造を調べ造り方を理解するための授業である。

 スイッチのオンオフを操作する方法さえ知っていれば使える複雑な機械の内部をわざわざ部品単位まで解析し設計や原理を学び覚える為のカリキュラムなのだ。

 

「黒潮、なんでアンタそんな授業受けてるのよ、研究室にでも入りたいわけ?」

「まぁ、ここやとテキスト送ってもろて自習するしか出来へんけどなぁ、いっちゃん最初は陽炎に勧められて始めたんや」

 

 漣が言っていた障壁を強くすると言う噂の大元であるとある士官の下で次女と共にこっぴどい目にあった陽炎型駆逐艦のネームシップは調子の良い嘘や確証の無い勘違いに踊らされない為の正しい知識を得る事の大切さを妹達へと実感を込めて語っており。

 その助言を受けて始めたその授業は殊の外、黒潮の気質に合っていた為か特に苦も無く続けられ艦娘として目覚めてからここ舞鶴基地へとやってくるまで彼女は鎮守府の研究室主任が教諭を担当する授業で日進月歩の研究成果を優先的に得る事が出来ていたのだ。

 

「でも陸奥さんは受けとると思ってたんやけどなぁ、ウチと一緒にやってた人らも妙高はんに日向はんとかー、大型艦の人がほとんどやったし?」

「いいえ、むしろそんな授業があった事すら初耳だわ、それって難しいのかしら?」

「そうでも無いで、妙高さんとかウチより後に始めたんにアッちゅう間に湾内演習で使う装備の整備とかまで出来る様になってなぁ、せや、あれ弄るのん結構おもろいねん、知っとる?」

 

 内部のエンジン部分の出力の調整、砲や魚雷に繋がる回路を複雑化させ弾薬の消費を下げたり、逆に威力を上げる為に最適化したり、と受講していた生徒同士で相談しながら一番良い装備を作る実習は中々に面白かった、と黒潮は朗らかに笑う。

 

「まっ、そん時の装備は出力が高過ぎたみたいで背負ってた子と一緒に火ぃ噴いてすっ飛んでってまったんやけどね~」

「それ、だ、大丈夫だったの?」

「ん~、改造した練習機の方はバラバラになったけどでも、いなず、こほんっ、飛んでった子は治療槽使わんでもええ程度の怪我ですんだで・・・その子が飛んでった先にいた子が受け止めてくれんかったらどうなってたか知らんけど

 

 最後の部分だけボソボソと妙な含みがある言い方をする黒潮の様子に少しの恐れを抱いた第七駆逐隊と長門型戦艦はその場の空気を散らす様に取り敢えずへーとかえーとか意味のない呟きを吐いた。

 

「あ、ごめんなぁ、話しが脱線してもうてたわ、で汽笛の事で注意せなあかんのはな~」

 

 障壁の展開が早くなるがその強度や防御性能が上がるわけではない、大量に汽笛から霊力を放出しても一定以上の量に達すると光粒は壁として結合する事無く空気中に溶けて無駄になってしまう。

 推進機関に関してもエネルギーの循環速度が一定以上になると何回汽笛を鳴らそうがそれ以上は無駄な楽器にしかならず素直に艦橋で機関出力を上げてもらうのが正道である。

 などなど、エトセトラ・・・。

 

「せやから汽笛鳴らし続けたらいくらでも(はよ)う走れて障壁が(つよ)うなるっちゅう事ちゃうよ? 無駄に霊力消費するだけやし、正面から直撃弾受けたら普通に大破するよってな・・・不知火なんか中村はんの言うた適当な話信じて酷い目にあっとったわぁ・・・」

 

 まさか駆逐艦に講師をしてもらう事になるとは思ってもみなかった陸奥は姉に付き合って娯楽性の強い授業ばかりを選択していた事を少しだけ後悔した。

 黒潮の話では受講生にどんな艦娘が居たかと言うのは軽く触れるだけだったが重巡だけでなく自分と姉以外のほとんどの戦艦娘がその授業を受けているらしい。

 今後の環境に置いて行かれない為と少し聞いただけでも感じるその学課への興味から陸奥は自習用の教材だけでも鎮守府から送ってもらうべきだと考える。

 

「あーーっ!?」

 

 陽炎型三番艦のお陰で素朴な疑問の解決が終わり頬杖を突いて今後の予定を考え始めていた陸奥の目の前で曙が慌ただしく立ち上がり目を驚きに見開いて談話室のテレビを指さし叫ぶ。

 

「ひゃああっ!? な、なんですかっ!?」

「まさか敵襲!? 敵が来たの!?」

「おぅふっ、ビックリした・・・おぼろんと潮も落ち着きなよ・・・で、どうしたん、ぼのたん?」

 

 驚愕の表情を浮かべたまま曙が無言で指さすテレビ画面、目的の獲物をドラマチックに捕獲する事に成功し港に戻り一本釣りに協力してくれた名人漁師と話をしているアイドル達の後ろ。

 談話室にいる綾波型駆逐艦娘とは色違いであるが似たデザインのセーラー服を着ている二人を含む数人の少女達がテレビの向こうの港にいる野次馬に混じって映っている。

 

「・・・うぉ、マジっすか」

「あっ、綾波ちゃんに敷波ちゃんっ!? 睦月ちゃんもいるよっ!?」

 

 さらには整った顔立ちであるがパーツの素朴さと垢抜けないモチッとしたほっぺが目を惹く特二型もしくは綾波型と呼ばれ分類される駆逐艦娘の一番艦と二番艦を原型に持つ艦娘だけでなく、三日月型のアクセサリを姉妹共通で身に着けている睦月型の艦娘までがバラエティー番組の隅っこに何食わぬ顔で野次馬をやっていた。

 

「いや、なんであの子達、愛媛にいるのよ・・・」

「確か今のムッキー組って小笠原輸送の護衛艦隊やってるはずだよねぇ・・・え~と、むむむ・・・」

「漣、いきなり唸りだしてどうしたの?」

「ちょっと、綾波ンか敷波ンにチャネッてみる・・・ぉ、ぉお、繋がった♪」

「ちゃね?」

「チャネリングって言いたいんでしょ、通信よ、通信」

 

 既にシーンが変わり艦娘が野次馬に混じっている事に気付かなかったらしいテレビクルーは港から漁師のキッチンへと移動しており、取れたての旬の魚を使ったお料理コーナーが談話室に賑やかな声を届ける。

 

「ぉっ、キタキタッ♪ 綾波ちゃんばんわ~♪」

 

 陸奥の前で両手の人差し指でこめかみを左右から押さえて目を閉じ姉妹艦との通信を試みている漣がほうほうとかふむふむとか相槌を打ち。

 

「・・・ふむふむ・・・あ、そこ、もうちょいkwskプリーズ」

 

 そして、何かを納得した様に頷いてから目を開いた。

 

「やっぱ輸送艦船団の護衛だってー、さっきテレビに映ってた港は小笠原からの帰りにたまたま寄ってたらしいよ」

「深海棲艦との戦闘で船団の航路がずれて四国に着いたって、でもみんな大丈夫だったみたいで良かったぁ」

「それより破損した船を野見で直すからって! 艦娘だけ陸路で帰らせるとか、司令部の奴ら何考えてんのよっ!?」

 

 特型駆逐艦同士の通信ネットワークによって得た情報を黒潮や陸奥に教える為か四人の綾波型が口々に姦しくおしゃべりを始め。

 それのお陰で断片的ではあるが大体の事情を察した陽炎型と長門型の艦娘は顔を見合わせてから苦笑と共に軽く肩を竦めた。

 

「ウチも後で陽炎と不知火に通信してみよかな~、最近、話しとらんしな~」

「それもそうね、私も今夜は長門の愚痴に付き合う事にするわ」

 

 同時刻、舞鶴から遠く離れた東京湾の鎮守府のとある廊下で男性アイドル(職業・農家)から名前入りのサインを貰ったと言いながら壁に向かって朗らかに笑う駆逐艦娘の姿があったとか、なかったとか。




 
艦隊にいない姉妹に話しかける艦娘?
別に普通でしょ。


次回【艦これ、始まるよ。】

第四章 暴食

戦わなければ生き残れない。


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第四章
第六十八話


 
 ステンバーイ...ステンバーイ...
 


 

 適当に見繕った寝床(岩場)から起きて欠伸を一つ。

 暗い海の底から太陽に下に顔を出して配下を引き連れ海原を歩く。

 そのついでに海面に出る前に捕まえた黒くて大きい魚(クジラ)を頭から丸かじり。

 味は悪くないが旨味(霊力)は薄い魚の残った尾をぽいっと海に投げ捨てた。

 

 さて、どうしよう。

 

 ふと、飛び切り美味いが厄介な力を持った強いチビ共を狩る方法を考える。

 それとも少し遠出して小虫が入っている鉄で出来た下位個体を探すべきか。

 なら、いっそ小虫の巣がある島に攻め込んで踊り食いをしてみるのも悪くない。

 

 だけど、不意にあの赤い血が滴る柔肉の味を思い出す。

 

 それだけで広い海を歩き回って小虫探しをするのは賢くない気がしてきた。

 

 そんなふうに魚や小虫も悪くないがあの不思議なチビ共の肉が食べたい、と。

 もっともっとたくさんの美味しいモノを食べる好機が欲しい、と。

 そんな欲に塗れた事を考え、呑気な顔をしている黒いフードの頭上。

 

 高く高く、遥か上空。

 

『目標の戦艦レ級を含む敵艦隊を捕捉しました、これより攻撃を開始します』

 

 天高く吹きすさぶ風に白雲が舞う領域。

 

 青海を見下ろす狩人(装甲空母)が連弩の引き金を引き絞った。

 

『ええ、提督、やってみせるわ! 第一攻撃隊、全機発艦!!』

 

・・・

 

 自らと言う個を自覚して目を開いた時には既にそう言う存在として彼女はそこに存在していた。

 

 彼女は下位個体から敬われるべき姫であり、従僕を率いる主人であり、配下へと恵みを与える上位者としてその深海棲艦は完成していた。

 

 日本の九州から沖縄に向かう航路上に存在する奄美大島から見て南東の深海域、全高180mの人間部分と透き通る様な白い髪で編まれた太い束に繋がる巨大な台座にも見える要塞型艤装を備えた深海棲艦の姫は暗闇の中に揺蕩い、自分へと集まって来るマナを集めて結晶化させ続ける。

 深海棲艦と言う種族において力の象徴たる鬼の上に座する姫は巨大な深海棲艦でありながらその誕生から七年以上も経っていると言うのに海上を進む人間の船舶に気付かれる事なく配下の眷属と資材を蓄えていた。

 

 何故、彼女の存在が人間側に気付かれていないのか。

 

 それは彼女が持つ大人しい気質、と言うよりは自分で行動を起こす事を嫌う怠惰さによるところが大きい。

 

 その姫級が生まれた場所自体が地球の動脈とも言うべき霊的エネルギーが流れる道の真上であり移動する必要すらなく食うに困らず惰眠を貪る事が出来きてしまった事も原因の一つ。

 

 深海棲艦において姫と言う絶対者としての地位、座っているだけで活力を身体に満たしてくれる住処。

 飢えに困らず身の安全が十分であるなら地上の野生動物ですら狩りや警戒心と縁を切ってしまうのだから元から怠惰である事をその根幹に据えられて生まれた(造られた)その巨大な深海棲艦が置物の姫となるのはある意味では必然であり。

 姫級によって集められる力が空間を歪ませて外からの見た目を裏切る広さを持った領域を造り出すのにそう時間はかからず、外敵の侵入を防ぐ壁や獲物を引きずり込む渦などの物理的な境界線は無いが確実に存在する一線の内側である水底は彼女にとって居心地の良い領域として完成していた。

 

 軽く力を振るえば天変地異を起こせる姫としての力と格を持つが故に持って生まれた本能(与えられた階級制度)に忠実な深海棲艦達には彼女()に逆らうなどと言う発想すら芽生えない。

 そうして眷属が持って来る貢ぎ物を受け取り、良い物を持ってきた(しもべ)にはマナの結晶を褒美として与える生活を続けていた姫級の周りにはいつの間にか無数の残骸や瓦礫が山の様に積み重なっていた。

 

 粒の様に小さい魚よりもキラキラ光る透明な砕片(ガラス)、水でふやけた小虫よりも赤錆で彩られた鉄の塊(船の残骸)、自分の立派な装甲や腕と同じ黒くすべすべした岩、肌と同じ白く綺麗な物を持って来た配下には怠惰な姫はご褒美を気前よく与える。

 

 マナに満たされた特別な寝床で好きな時に起きて好きな時に寝る日々、そんな彼女が生まれた時から今も付き従っている戦艦や雷巡などは主の嗜好を覚えて歓心を得る為にかつての大戦で海底に沈んだ船舶の骸を漁る。

 眠りを邪魔する戦闘の騒がしさを嫌う姫の為に領地で生まれたばかりの下位個体も組み込まれた本能に従って海上の船などを襲う遊び(狩り)は自然と玉座から離れた場所でする様になった。

 

 それによって別海域で活動が確認された深海棲艦の拠点が離れた場所にあり、主人である姫級への貢ぎ物として様々な物を手当たり次第に集め運んでいるとは考えもしていない人間側にとってはその遭遇は偶発的に発生する深海棲艦との戦闘の一つであると認識されている。

 

 偶然か必然か幾つもの要因、人を襲う事よりも惰眠を求めるその姫級の類まれな怠惰さ、その横着さを助長するマナが溢れる恵まれた住処の環境、忠実な下僕達の巨体に見合わぬ細やかな気遣い、人間側の認識と注意の不足などなど。

 それらの理由によってこの時世には珍しく太平洋側であるのに深海棲艦が現れない穏やかな海域が出来上がり。

 船舶が本州から沖縄を繋ぐ比較的に安全な海路、その水深1000m下が深海棲艦の巣となっていて巨大な要塞型の化け物が我が物顔で支配している事など人間側にとっては想像すら出来ていない状態が現在も続いている。

 

・・・

 

 此処ではない世界、艦隊これくしょんと言うゲームの中に描かれていた深海棲艦の一種、集積地棲姫を模して生まれた巨大な女性体は数日の惰眠から目覚め身体に溜まったマナを体外で結晶化させる日課を行いながらお気に入り(宝物)の一つを手の平の上で転がしていた。

 海底の砂礫や特に綺麗なガラスを溶かしマナの結晶と一緒に押し固めて造った球体、その中には深海棲艦が使う力と似ていながら決定的に違う煌めきを発する幾つかの霊核とその光に守られる様に眠り水球の中で長い黒髪を揺らめかせる一人の艦娘がいる。

 

 それは集積地棲姫がいつもの様に眠気に微睡んでいたある日、人間の時間感覚で言う所の五年ほど前。

 彼女の頭上から海流によって運ばれ落ちてきた沢山の煌めきと一人の艦娘を一目見て姫級は不思議と逆らい難い欲求を疼かせて普段の怠惰さを裏切る迅速な行動力によって特別な水槽を作り、海上から深海へと落ちてきた霊核と艦娘を引き寄せ閉じ込める。

 そして、即席で思いついたわりには良くできていると自画自賛できるガラス玉の中、微かなマナの光がたまに見える以外は暗く沈んだ世界でなお煌めきを失わないそれは集積地棲姫にとって特にお気に入りの宝物となった。

 

 何度見ても飽きないそれを手の平の上で転がし眺め、生まれた時から顔にくっ付いている艤装の一部(太縁の眼鏡)の下で笑顔を浮かべていた集積地棲姫は領地の入り口から伝わってきた初めて感じる眷属の思惟に顔を上げ、自分の縄張りに入ってきた新参者へとまずは自分の下に挨拶をしに来いと思惟を放ち命じる。

 

 鋼の残骸(戦船の骸)で作った玉座に一番の宝物を置きキラキラを眺める楽しみを邪魔された不満のせいで顔を顰め自らの艤装の上で面倒臭そうな態度を隠す事無く新参者を待ち構える集積地棲姫。

 そのすぐ傍へ来訪者の存在を察知したらしい彼女の側近である戦艦タ級が泳いできて黄色い目の光を揺らめかせながら主が座する玉座の下で首を垂れた。

 

 タ級に続いて集積地棲姫の領域に住む深海棲艦が次々と暗闇の中から瞳に宿る灯火を揺らし新入りを見る為に現れ、姫に失礼の無い距離に集まって一団を作る。

 そして、姫級深海棲艦が来訪者を感じてから少しの間をおいて外の方向から玉座へと近づいてきた艦隊の先頭に居たのは珍しい形の戦艦級だった。

 

 壊れかけた小さな眷属達を引き連れている事からその小さな戦艦が何かしらの理由から手負いとなった群れの旗艦である事を察した姫級は改めてその姿を観察する。

 

 身に纏う黒い合羽はみすぼらしいほど穴だらけ、艤装や手足がもげるほどの損傷は無いが手ひどく砲火に焼かれた肌は焦げと汚れにまみれ、その身を飾る壁(守る障壁)すら編めない程に力を消耗していた。

 戦艦であるのに自分の足下に侍るタ級の十分の一にも届かない小柄な体格、その尻から生えた艤装を含めたらそれなりの大きさだが戦艦級と言う艦種()を感じさせるには些か貧相なソレに対して集積地棲姫は呆れによって鼻で笑う。

 

 側近であるタ級がその貧相な同族が自らと同艦種であると認めるのが不愉快なのかあからさまに眉を顰めて威圧の意を新入り達へと叩きつけ浴びせ始めたが姫級は艤装の一端でタ級の背を軽く小突いて止めさせる。

 

 そして、領主であり上位者であるが故に自らの群れ以外の眷属にも温情を与えるのが姫である自分の義務であるのだとその場にいる全ての眷属へと思惟を発し、ざわつく従僕達を制した主人は作り置きしておいたマナの結晶を取り出して戦艦レ級を長とする艦隊の目前へと放り投げて与えた。

 

 水圧の中ゆっくりと音も無く深海の砂地へと落ちたそれを指し補給を行い身体(船体)を癒せ、と命じた姫級と目の前に落ちてきた結晶を交互に見たレ級は自分の艤装を含めた身体よりも大きな水晶体を両手で軽々と持ち上げて不思議そうにそれを眺めてから仄暗い光を宿す水晶に噛みつき砕く。

 ぼりぼりと硬質な音を立てて結晶体を咀嚼した戦艦レ級は一口、二口と水晶を噛み砕いた後に顔を顰めて噎せ、マナの粒子に解けた光粒を煙の様に咳き込む口から漏らして残りの水晶を投げる様に離し、尻尾で打ち払い背後へと飛ばした。

 

 鈍い音と共にひび割れる水晶を見て姫から恵んでもらった恩情をぞんざいに扱うレ級の姿に眼窩から黄色い灯火を溢れさせる鬼面となったタ級が背中に生えている幾本もの蛇型艤装を正面に向けて砲塔を突き出し。

 それに(なら)って周囲に控えていた駆逐級や巡洋艦達までが魚雷を身の内から迫り出させ、無数の思惟が無礼な不良品の処分許可を主へと求める。

 

 そうして周りが騒がしくなっていく間にレ級の尾で打たれ砕けた水晶がバラバラと煌めく雨の様に水中で踊り。

 レ級の後ろに付いて来ていた損傷した深海棲艦達が散らばった欠片へと群がって粒子へ分解していく水晶から溢れ出てくる昏い霊力をそれぞれの身体に沁み込ませるように取り込んでいく。

 

 なるほど、自分の補給を中断したのは下僕に温情をかける為か。

 

 ヤツ(レ級)が大量のエサを前にしてその戦艦としての枠にそぐわない態度、見るに堪えない卑しい姿を晒したなら配下の望む通りに雷撃処分にしてやろうと考えていた集積地棲姫は少しの驚きとそれ以上の愉快さに口元に弧を描く。

 

 そして、レ級の行動に一応の納得をした姫級は自分を見上げている奇妙な戦艦級へと今にも襲い掛かろうとしている側近の身体へと太く編まれた白髪を伸ばして巻き付け引っ張り、自分の膝の上にタ級を座らせて抱き締めて大人しくさせて愛でる。

 下位である自覚(身の程)と上位としての道理(責任)を知っているなら態度が多少悪い程度でその珍しい形をした同族を処分する理由としては不十分であると側近へと思惟を混ぜ伝え。

 敬愛する主との交感(密着)に恍惚とした表情を浮かべたタ級は不愉快な相手への興味を頭から完全に消して姫へと嬉しそうに何度も首を縦に振る(了解の思惟を発する)

 

 しかし、水晶を噛み砕いた直後にレ級から伝わってきた、硬くてビリビリ(辛い)、と言う思惟はどう言う意味であろうかと集積地棲姫は内心で小首を傾げた。

 

 彼女も下僕が貢ぎ物として運んできた物を食べる機会は数度あったので食事と言う行動そのものは知っている。

 だが、口の中がガリガリやブニブニする感触は好きになれ無かった為に豊かな領地に座していれば空腹と無縁でいられる彼女にとってそれは暇つぶしでもない限り行わない行為となっていた。

 だから、美味どころか味と言う概念自体がその姫級の中では未発達であり霊力の結晶を分解吸収では無く、わざわざ自分の口を使って補給した(食べた)レ級が漏らした思惟を正しく理解する能力が存在していない。

 

 彼女の基準において綺麗な物や珍しい物を集めるのが好きな姫級は配下に補給物資を譲ってからずっとこちらを見上げているらしい戦艦級の視線に気付きそれを見下ろす。

 

 砂地の海底から正しく山である岩と鉄で作られた玉座を見上げるレ級だが、その視線が向かう先は自らを十数倍しても足りない程に巨大な支配者では無く少しズレた場所。

 それは姫の手元にある台座の様な形をした瓦礫の塊であり、その上に乗せられている深海棲艦の扱う燈火(霊力)とは異なる光の色をした輝き(霊力)で煌めく玉に薄汚れた戦艦の視線は釘付けになっていた。

 

 訝し気な視線を返してくる姫級の様子に気付かず、ただただ戦艦レ級はその玉の中から溢れる見覚えのある光と(かぐわ)しい匂いに夢中になっておりゴクリと生唾を飲み込み、上位者の手元に飾られている美味しそうなご馳走に向かって目を輝かせる。

 

 なんて素晴らしいんだ(美味しそうなんだ)、と人間の言葉に直せばそう言う意味になる思惟が黒いフードの下から零れ落ち。

 それを聞いた宝物の持ち主は自分の持ち物を褒められたのだと思い違いし、新参者が自分のお気に入りの価値を分かる目の良さを持っているのだと思い込む。

 

 その小さなキラキラに向かってゴミでも見るような顔でそれを直ぐに潰してしまうべきだと論外な思念を発した不良品よりは見る目があるらしい、と集積地棲姫は小さな戦艦への認識を改める。

 だが、同時に物欲しげにジロジロと自分にとって一番の宝物(お気に入り)を凝視するレ級の不躾な態度に不愉快を感じ、即座に膝の上のタ級を少し強く抱きしめつつ不敬であると威圧を発して眼下の戦艦とその配下を平伏させた。

 

 そして、主の思惟を間近で受けて酩酊状態と言えるほどに恍惚となった表情を自分へと向けてくるタ級を続けて愛でながら思案を始めた集積地棲姫は心中で相手に対する不愉快さと物珍しさをせめぎ合わせ、一つの結論を出して妙な戦艦級とその配下達へと下知する。

 

 それらの傷が癒えるまでは滞在を許す、だが癒えたならば早々にこの領地から出ていけ、と。

 

 多少の不敬がある故に配下に加わる事は許さないが、さりとて処分するほどの不良品ではないと言うのは表向きの理由。

 領地の外での遊びに夢中な眷属達が誰一人として理解を示さなかった自分が素晴らしいと思う綺麗な宝物の価値、それが分かるらしい見どころのある戦艦級を壊してしまうのは惜しいと深海棲艦の姫は思ったのだ。

 

 そして、心中はその戦艦レ級への妙な不愉快さ(誰かからの警告)で刺激されていると言うのにその珍しい戦艦級に対して彼女はそんな判断を下してしまう。

 

 上位者として不良品を処分する権利と義務がある支配者は深海棲艦と言う軛から外れようとしている異常個体(イレギュラー)を見逃す事となった。

 

・・・

 

『魚雷命中、でも当たったのは駆逐ハ級よ! ・・・レ級の艦影は、だめっ、ソナー範囲外に逃げられちゃう!?』

 

 艦橋から聞こえる阿賀野の叫びに自分が放った魚雷が本命を外した事を知らされ浜風は強く歯噛みした。

 

《提督、追撃の許可を! まだやれます!》

 

『浜風っ、針路変更しろ! 三時方向に逃げた駆逐を追え!』

 

 仲間達の奮戦によって損傷した敵旗艦へのトドメと言う大役を提督から貰ったと言うのに折角のチャンスを逃してしまった浜風は直後に命じられた言葉に息を詰まらせる。

 

《何故ですかっ、それではレ級を!? 駆逐艦程度なら友軍に任せれば!》

 

 上官からの不可解な命令に戸惑いながらも潜航を始めているとは言え敵の旗艦をこのまま海上から追跡して魚雷の再装填が間に合えば汚名返上の機会が得られると浜風は考え声を上げた。

 

『奴の船足と進路を考えろ! 味方に期待するなっ、別の方向に逃げてる敵もいる!!』

 

 だが、直後に告げられたその指揮官の怒声に近い語調に頭を殴られた様な錯覚を受け、目を見開いて敵の姿を見た駆逐艦娘は即座に彼の指示通り両足で舵を切り海面を駆ける。

 

(いつの間にか島影が見える程の距離に!? 敵が・・・領海に侵入する!?)

 

 作戦海域と自分の位置から鑑みて種子島か屋久島か、どちらにせよ巨大化しているとは言え浜風自身の目で見える位置に離島とは言え日本国土に含まれる陸地が存在し、駆逐ロ級のサメの様な船体がその方向へと突き進む様子に戦乙女は歯を食いしばり顔を強張らせた。

 

(この私が戦いに夢中になって距離を見失うなんて迂闊を! 提督に呆れられてしまったと言う事!?)

 

 まだその島が駆逐ロ級の持つ武装の射程距離には入っていない事は分かるが一部とは言え守るべき日本国へと敵艦が砲を向けていると言う状況は浜風の胸中に怒りと悔しさ、そして、自らの不用心に対する憤りを渦巻かせる。

 浜風の背でその分身である艤装が指揮官の手と彼女の心に呼応して出力を最大まで引き上げ、黒いストッキングに包まれた脚が最大速度に達して波を切り裂き、その太腿に装備されている二基の魚雷管が突然に分解する様に装甲を展開させた。

 

『砲撃で削ってる暇は無いっ、追い抜きざまにバリアごと横っ腹を蹴り抜け!』

 

 深海棲艦の背でウロコがざわめき空に向かって爆ぜる様に飛び散りながら散弾となった黒い装甲片、敵の対空攻撃の一種がロ級を追いかける浜風に降り注ぐが前傾姿勢で弾丸の間を縫う様に走る陽炎型駆逐艦は紙一重で敵の悪あがきを回避する。

 

《了解!》

 

 艦橋に居る指揮官の手によって砲撃戦から近接戦へと自分の身体(船体)が切り替わっていく感覚、太腿から脹脛(ふくらはぎ)へと移動して魚雷管の面影を少しだけ残した鼠色の脚甲へと浜風の両手が振り下ろした連装砲が重厚な撃鉄を引く様な音を立てて合体し。

 

《駆逐艦浜風、突撃します!!》

 

 光の渦と暴風を吐き出し背中を猛烈に押す推進機関によって一陣の風となった駆逐艦娘が百数十ノットで航行する深海棲艦へと追いつき、その足下で二基の魚雷管と連装砲の合体を経て膝から爪先まで直線の鋼刃を形作る。

 

(提督に褒めていただけるチャンスをっ! お前のせいでぇっ!!)

 

 剣呑な輝きを宿す(私怨による殺意の籠った)瞳が全長120mに達する深海棲艦の船体を睨みつけ、直後、鋭さと重さを兼ね揃えた水面を斬る近接兵装(ハイヒールブーツ)が鼠色の布地に白い一本線が引かれたスカートをはためかせて振り抜かれた。

 




 第四章のコンセプトは【食いしん坊レ級ちゃんの摩訶不思議大冒険(アドベンチャー)】となっております。

えっ? ・・・ウソは言って無いヨー?

・・・

中村「一撃で仕留めたか、浜風、流石だな」
浜風「いえ、この程度の事で褒めていただく必要はありません、これより作戦海域へ戻ります」

中村(滅茶苦茶、不機嫌な顔が恐ぇんだけど!? も、もしかして俺の指示のせいか? てか接近して足止めか障壁割ってくれりゃって思ってたら一撃でロ級真っ二つかよ、この子やべぇ・・・)

浜風(こんな未熟な私に優しい言葉をかけてくれるなんて、提督の艦隊に相応しい駆逐艦となる為にも次の海戦ではさらに戦果をっ!)


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第六十九話

 
空母は索敵が得意。
でも、索敵値が足りなくてボス前でUターンとかされるとやるせなくなる。
だから彩雲と二式偵察は多めに作っておく。(教訓)

なけなしの彩雲を解体したのに結局攻略を失敗した甲作戦。
カロリン島と任務ギミック、お前達は絶対に許さないからな・・・。
 


 

『ソナー敵艦影・・・確認出来ず、提督、発信機の反応の方はどうですか?』

『こっちもロストした、まだマナの濃度が落ち着かないのせいで電探も砂嵐だし羅針盤も止まりやがらねぇ・・・良す、田中二佐そっちはどうなってる?』

 

 少しざらつくがノイズや音飛びも無く問題無く聞こえる音声が届く通信機のスピーカー。

 メインモニターに開いた拡大ウィンドウには陽光に輝く銀髪の少女が上がった息を整えるように肩で息をしながら連装砲を二丁拳銃の様に構え鋭い視線で注意深く周囲を見回している様子が映っている。

 敵艦隊からはぐれて逃走した駆逐ロ級を全速力で追撃した後にまた作戦海域へと駆け戻って来たその駆逐艦娘、浜風の顔は乱れ目元にかかる銀色の下で大袈裟な程に切羽詰まった様な表情を浮かべていた。

 

「こっちも同じだ、撃破した敵艦の中にもそれらしい個体はないな・・・」

『チッ、また逃げられたって事か・・・こんな調子で発信器の電池が切れる前に片づくのかよ』

「あれは勝手に深海棲艦に吸着するだけでなくマナを吸い込んで発電する仕掛けがあるらしい、だから霊力を放出しているレ級にくっついている間はバッテリーの心配無いはずだ」

 

 通信機ごしに苛立った義男の声が聞こえ、ままならない状況に対して漏れそうになった溜め息を飲み込んでから俺は返事を返す。

 

『はん、そりゃ便利なもんだ、さっきの戦闘で吹っ飛んでなきゃいいがなっ』

「それは・・・保証の限りじゃないが奴が逃走し始めた時に信号反応は確認てきたから大丈夫だろう、それにしてもさっきの戦闘は何だったんだ?」

『こっちが聞きたいね、俺達の先制攻撃にぶち切れた顔で反撃してきたと思ったら次の瞬間には尻尾巻いて逃げ出すってアイツ一体何なんだよ』

 

 同僚の赤井三佐と青葉達が遭遇した一回目の時に戦艦レ級は彼等に向かって積極的に攻撃を仕掛け捕食を試み。

 その次に行われた空母艦娘の赤城と加賀を主軸に据えた艦隊との戦闘でもあのイレギュラーは味方の損害など知った事かと言う態度で艦娘達に襲い掛かって来たと言う。

 

 そして、今回、義男の艦隊に所属している大鳳の先制爆撃から始まった戦闘は俺の指揮下にいる金剛や三隈の遠距離支援攻撃で順調にレ級に同行していた敵艦にダメージを与え。

 爆撃機を回収しながら敵の対空砲撃を何とか凌ぎ切って海面に降りた大鳳が次の艦娘にバトンタッチした所までは事前に立てた作戦通り順調に進んでいた。

 

『頭から丸かじりにしてやるって顔で牙剥き出しにしてた奴が、目の前でいきなり回れ右だぞ? わけが分からん』

「レ級が味方を盾にしてまで慌てて逃げる姿は俺達にも見えていたさ」

 

 大鳳から旗艦が阿賀野に切り替わったと同時に砲雷撃の一斉射、その直後にまた旗艦交代、青い重巡が輪の中から前のめりで海に踏み出し装備した直後の艤装が大爆音とともに白色に燃え盛る砲弾を放った。

 それは命中すれば並の深海棲艦なら間違いなく欠片も残らず吹き飛んでいるだろう主砲と魚雷の数に物を言わせた巡洋艦娘二人による連続集中攻撃(大盤振る舞い)

 

 複数の艦娘による連続一斉射は交代直後に艦橋のモニターやレーダー表示だけでなく砲塔の向きや角度などが旗艦に合わせてリセットされる為に命中率そのものは非常に低く、外せば再装填が終わるまで複数の艦娘が攻撃不能になるデメリットが大きい戦術である。

 しかし、今回の作戦を立てていた時にその戦術を組み込むと言い出し慣れているから簡単だと言った義男はその大口の通りに砲雷撃の一斉射を成功させ、雷跡を引く魚雷と大小の砲弾が戦艦レ級へと次々に命中し巨大な水柱と爆音が深海棲艦を中心にまき散らされた。

 

「それにしてもあれだけの攻撃を浴びて少破止まりか・・・」

『いや、たぶん中破まではもってけただろ、障壁はぶち抜けてたんだぞ? 見えなかった(・・・・・・)のか?』

 

 にも拘わらず、その多重攻撃をレ級は身に纏う強固な障壁と地肌の防御力によって凌ぎ切り、砕けたバリアの欠片(光粒)をまき散らしながら高雄へと巨大な黒鉄の顎と戦艦砲が生えた尻尾を向けて反撃を開始する。

 他の指揮官にはそうそう真似できない大打撃の成功と手応えに完爾と微笑んで義男を褒め讃えていた高雄が艦橋の指揮官からの緊迫した警告とまだ戦闘続行可能な戦艦レ級の姿を見たと同時、重巡艦娘は遠くから見ても分かる程の不愉快そうな舌打ちをしていた。

 

見えてた(・・・・)からだ、削れたのは1/3より少し多い程度だった」

『はぁ、くっそ、俺には半分は行ったように見えたんだけどな・・・』

 

 そして、転生者としての特典とも言うべき中枢機構からの敵艦分析によって見た相手の状態をある程度だが知る事が出来るからこそレ級とその配下の反撃が来る事を察知した義男の指示で高雄は敵の攻撃から逃れ、再装填待ちの弾切れ状態である為に次の艦娘へと交代する。

 

『観測機隊が戻って来たよ~、お疲れやね』

「全機収容後に拠点母艦で待機している部隊と交代で一時撤退する・・・仕切り直しだな」

 

 高雄から那珂に中村艦隊の旗艦が入れ替り、戦艦砲の着弾で暴れる海面で踊る軽巡に砲撃を避けられ続け痺れを切らしたレ級は威嚇する長毛の猫の様に(空気を吹き込んだ風船の様に)巨大な尻尾を更に大きく膨らませその内部から黒色の戦闘機を放つ。

 

 直後にまた義男が旗艦を切り替えて短く黒いお下げを揺らす駆逐艦娘が現れて背中の汽笛を吹き鳴らして急加速し敵艦隊目掛けて走り出した。

 上空から機銃で赤黒く光る弾をばら撒き襲い掛かってきたレ級の艦載機が瞬きも出来ない程の短時間で全て撃ち抜かれ。

 砕けながら海面に墜落していく敵機を気にも留めず吹雪は手に持った砲塔と背部艤装の機銃から硝煙の様な光を揺らめかせながらさらに加速する。

 

「戦艦と駆逐艦、いくら速度差があるとは言えあの距離なら攻撃してくるのが普通だろうに・・・」

「でも、吹雪ちゃんを見たレ級の顔、まるで恐いモノを見た子供みたいな反応でしたわ」

 

 吹雪から見ればレ級との距離はまだ主砲も魚雷も攻撃できない程離れていたし、レ級の砲火力と魚雷の射程なら一方的に吹雪を攻撃できた筈なのに戦艦級深海棲艦は直後に何を思ったのか残存の戦力を引き連れ逃げ出した。

 

 潜航を開始したレ級達に追いすがる吹雪が放った魚雷から逃れる為に近くにいた駆逐ハ級を尻尾で掴んで振り回し盾にして海の中に潜り。

 そのレ級を先頭にした艦列から逸れたらしい他の敵艦を無視するわけにもいかず海中へとを残りの魚雷を放ち吹雪とその次に旗艦となった浜風も果敢にレ級を追撃するが撃破ならず。

 日本領海へ向かって逃げたしたはぐれ艦を発見した義男と浜風はそれを討つ為に一時作戦海域から出る事になった。

 

『あれがそんな可愛い玉やったらどんなにええんやろうなぁ』

 

 そんな義男の艦隊を援護する為に砲撃支援を行っていた俺達の方でも敵艦隊からはぐれた敵艦を何隻か撃沈出来たものの肝心のレ級と複数の随伴艦は取り逃がす結果となり。

 念の為に敵艦隊が再浮上していないかを調べていた龍驤の艦載機はひたすら青い海だけをそのモニターに伝えてきた。

 

 不可解なレ級の行動を鎮守府の中枢機構に住む妖精へと問い合わせれば脳内に戻ってきたのは深海棲艦(戦艦レ級)艦娘(吹雪)を模した人形を手に人形劇をしている三等身の姿。

 目を閉じた瞼に映される吹雪人形が花菱紋を光らせ砲撃をする仕草にレ級人形が目を跳び出させて一目散に逃げるコミカルな寸劇を前にして俺は何でこんなもんを見せられてるんだ、と愚痴混じりに刀堂博士へとちゃんとした文章で教えてくださいと念じればまるで我儘な子供を見る様な呆れ顔を浮かべた猫吊るしが両手を上げて肩をすくめた。

 

「・・・イラつかせてくれる」

「提督、大丈夫ですか? 心配されなくても次は必ず三隈達がレ級を仕留めて見せますわ!」

「Yes! ミクマの言う通りネ、テイトク、だからそんな顔しないでくだサーイ・・・」

 

 自分でも気付かないうちに顰めていたらしい顔と猫吊るしに対する呟き、目を開けた先で俺の方を心配そうな顔で見つめている金剛と三隈の様子に少しばかりの申し訳なさが心で揺れる。

 

「すまん、愚痴が漏れた、龍驤は念のために直掩機を出して警戒をしてくれ」

『よっしゃ、ちゃんと帰るまでがお仕事やもんね、一応は戦闘機も混ぜて編成したってなっ』

 

 流石に得体の知れない妖精(妖怪)による中途半端なサポートに不満があったなんて言うわけにもいかず、ため息を吐きながら俺は義男達と合流する為に針路を変更した龍驤の艦橋で発艦待ちをしている戦闘機の編成を操作する。

 艦娘達に自分が転生者である事が知られている事はもう今更の話だが、その転生者であるが為に深海棲艦を造り出している元凶である中枢機構(刀堂博士)と癒着がある事を知られるのは非常にまずい。

 事情をちゃんと説明すれば地球規模のマッチポンプを受け入れられる艦娘も居るかもしれないが一部には中枢機構の破壊を考えて実行しかねない過激な性格の者もいるだろう。

 

「まぁ、限定海域よりはマシって考えるべきだな、義男達と組めば撃破も難しくない事が分かった」

「なんなら次は私達が前衛艦隊をするのも良いんじゃないかしら?」

 

 言うべきではない事は胸の中に仕舞いつつ、我ながら珍しく吐いた好戦的なセリフに矢矧達が意気込みを感じる笑みを返してきたが義男と違って俺には砲弾の雨の中で踊る趣味が無い。

 場を盛り上げたり引っ掻き回すのは悪友の特技であって俺は冒険などせずに安全な場所から着実かつ一番良い成果を出せればそれでいいのだ。

 

「司令官、護衛艦で待機している艦隊との連絡終わったわよ」

「ああ、叢雲、ありがとう」

 

 青みがかった長い白髪の特型駆逐艦娘、吹雪の妹艦娘である叢雲がレ級の艦隊との再戦に向けて士気を高めている他のメンバーに混ざらず簡潔な報告をする。

 去年の日本海での戦いの際に作戦途中の増員としてやってきて臨時で俺の艦隊に所属し、その作戦終了後に正式に艦隊の一員になった叢雲だが俺の目に映る彼女の態度には違和感ついて回っていた。

 

(イラストにはあった謎の浮遊機械が頭の上に無いのはまぁどうでも良いとして、所謂ツンデレ系で口うるさい女の子ってのが叢雲の性格だったはずなんだが・・・)

 

 何か俺や艦隊に対して不満があるのかと言えばそうでもなさそうで艦隊の変更を申請してくる事も無く、たまにイムヤと何か口論している事はあるが俺が近づけばすぐに止める程度であるのでケンカと言うほどではない。

 そして、何より非常に真面目で命令にも忠実、言葉遣いそのものは前世で見知ったモノと同じだったが目の前の叢雲がヒステリックに叫んだり怒ったりする場面に俺が遭遇した事は無い。

 

 他の士官や艦娘との会話で叢雲の事が話題に上がると全員が全員、かなり癇の強い(怒りん坊)なタイプであると口を揃えるが少なくとも俺の艦隊のメンバーと上手くやれている彼女の姿からはそう言った面は見えない。

 

(もしかして、金剛みたいに相手によって性格が変わるのか? いや、でも叢雲に関してそう言った話は聞かないしなぁ・・・)

 

 彼女をヒステリックと評していた艦娘も叢雲と同型姉妹の初雪や睦月型駆逐艦の望月、卯月などであり単純に初雪らの怠けたりふざけたりする態度が叢雲を逆撫でしただけの事なのだろう。

 艦隊これくしょんでのプレイヤーの分身である提督が艦娘へのセクハラ一歩手前の行動を行っていると言う示唆がセリフなどに度々みられていた事からもしかしたら真面目に指揮官をやっている俺が叢雲の逆鱗に触れていないだけの話なのかもしれない。

 

「ねぇ・・・提督、なんで叢雲ばっかりみているの?」

「イムッヤ!? 何を言ってるんだ、コホンッ、・・・後ろから驚かせないでくれ」

 

 円形通路に囲われた指揮席の後ろ側で警戒を行っている潜水艦娘の顔が背もたれの後ろから現れ、顔の真横に現れ耳元に囁く様なイムヤの問いかけに背筋を強張らせ声を裏返してしまった俺は態度を何とか取り繕いながら咳ばらいをする。

 

「少し考え事をしていただけで特に何かを見ていたわけでは無い、後方警戒はどうした」

「別に・・・、索敵してる艦載機のお陰でやる事ないんだもん、今回は私の出撃も無いみたいだし~」

 

 そう言って笑みを浮かべたイムヤが視線を正面モニターの方へと向け、特に意識したわけでは無いがその視線を追った俺はメインモニターの前に立ちながら肩越しにこちらを睨むように視線を鋭くしている叢雲に気付いた。

 それと同時に俺の背後から横へと移動してきた赤いポニーテールは指揮席と通路を遮る肘掛へと横座りして、俺の肩にセーラー服の下にスク水を着た少女の身体がこれ見よがしに馴れ馴れしくもたれ掛かる。

 

「oh! 実はワタシもbored(暇で退屈)だったのデース! テイトクゥッ♪」

 

 イムヤの行動に反応してすかさずその反対側に乗っかって来る金剛、美少女と美女に挟まれて感じる色香は男として悪い気分ではない、だが敵艦の掃討が終わったとは言え仮にも戦闘中であり、まだ見つかっていない敵艦がいつ現れるか分からない状態であるのだから、この状態はあまりよろしくない。

 

「二人とも止めないか、持ち場に戻ってくれ」

 

 すぐさま二人へと軽く注意して持ち場に両手で左右に押し返した俺は小さくため息を吐いて顔を前方へと向ける。

 

「提督ったら、ちょっとぐらい良いじゃない・・・んっ、なに見てるのよ」

 

 すると丁度、不満そうに口元をへの字にしたイムヤに向かって叢雲がまるで言わんこっちゃないとばかりに勝気な笑みを向けていた。

 

「べっつにぃ? ただ、あんまり彼の邪魔になる様な事しないで欲しいわねぇ?」

 

 そして、口喧嘩を始めるわけでは無いが目を反らしたら負けとでも言う様に睨み合う赤い潜水艦と白の駆逐艦。

 その横で俺が触れた(腰部)を撫でながら何故か嬉しそうな照れ顔で身体をクネクネさせる戦艦娘、それを見て呆れ顔をした軽巡は無言で首を横に振りモニターの方へ顔を戻し、くまりんこを自称する重巡が仲裁するわけでもなくクスクスと上品に笑いを漏らした。

 

(誰かに助けを・・・、いや、僕のこう言うのがダメなのか・・・)

 

 それに残念極まる事だがいつもならこういう状況を見事に取り成して収めてくれる俺の初期艦は海上拠点である護衛艦で他のメンバーと一緒に待機しているので援護は期待できない。

 

『キミらなぁ、遊んどらんで真面目に仕事してくれへん?』

 

 艦橋に響く呆れの混じった関西弁、その声に警戒と索敵を止めて龍驤に艦橋へ戻ってきてもらうべきだ、などと頭の端っこで戦況を理解していない悪魔が囁いた気がした。

 しかし、そんな時にふとある日の夜の事が脳裏に浮かび上がる。

 

〈 打ち上げにおらんようなっとる思っとったらこんなとこで呆けて・・・金剛達が探しとったよ~ 〉

 

 面倒見の良い上に我が艦隊の中でも特に常識人である軽空母には日頃から秘書艦として頑張ってもらっているだけでなく。

 

〈 なんやそれ、判定勝ちでも勝ちは勝ちや、そんな辛気くさい顔するもんやないやろ 〉

〈 ・・・しゃーないなぁ、キミちょっち顔かしぃ、場所替えてお話ししよか 〉

 

 義男との試合は戦闘記録の審査後に俺達が勝った事になった。

 だが僅差であったとは言え俺個人にとっては佐世保での公開演習は勝負と言う点では敗北感を拭えずにいた。

 そんな式典と演習の成功を祝い頑張った艦娘達を労う為の賑やかなクリスマスパーティーから抜け出てため息を吐いていた時。

 

〈 友達相手に意地張るぐらい男やったら当たり前や、ウチはもっと我が儘でもええと思うで、ちゅうかウチらから見てキミ周りのこと気に過ぎやな 〉

〈 でもわざと嫌われろ言うワケちゃうよ? 嫌われても良い俺のやり方はコレでええんやっ! て言えるようにならなあかんちゅうこっちゃっ 〉

〈 そしたら、金剛だけやなくて他の皆もキミの事、我が儘言って良い相手じゃなくて尊敬できる指揮官として見直すやろな 〉

〈 ぇ? ・・・うん、キミがそう言ってくれるんやったら、ウチも焚き付けた甲斐があるちゅうか、気が楽っちゅうか、なんちゅうか・・・嬉しいかな 〉

 

 隠し事ばかりが得意な俺の指揮下で全力を尽くしてくれた彼女達への後ろめたさも手伝ったのか自分でも驚くほど気落ちしていた俺は龍驤から耳に痛い諫言と確かな優しさを感じる激励を受ける事になった。

 

〈 ふぁぁ、眠・・・せや、いきなり引っ張ったってとか、振り回してー、とは言わんけどせめてウチらと並んで歩くぐらいにはなってな 〉

〈 なんや改まって、なら、そのなんや・・・ウチの方からもありがとうやね 〉

〈 ・・・あっ、そうそう昨日の事は秘密やで、他の子にバレたらウチもキミもエライ事なるから肝に命じといてよ? 〉

〈 それにしてもキミぃ、素の時は自分のこと僕って言ってまうねんなぁ~、なんや可愛いとこあるやん、あははっ♪  〉

 

 だからこそ、こんな些細な事で時雨や龍驤を頼る事を考えるのは指揮官として男として情けないのだ、と改めて自分を戒める。

 

(それに、本人からは気にしなくて良いと言われたけど甘えて世話になりっぱなしじゃ俺の格好がつかないからな)

 

 さて、甘っちょろい上官や艦娘の尻に敷かれた男とこれ以上言われない為にも今の俺は彼女らの指揮官に相応しい堂々とした態度を見せないといけない。

 




  
先制攻撃も空母艦娘にとっては十八番なのです。

だから何だって?
特に意味なんか無いよ、艦これでは常識ってだけっす。

‐追記‐
田中の勇気が『なくはない』から『頼りになる』に上がりました。(ランクUP)
 


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第七十話

 
平和な海?

足下に何があるとも知らずに。
まったくおめでたい連中だこと。
 


 2016年3月初旬、日本全体の情勢は官民ともに良くも無く悪くも無いと言う微妙な波線グラフの上で揺れるが如し。

 太平洋に面した沿岸を持つ国の中では深海棲艦の被害を受けていない稀な国であり、現在の世界で唯一、対深海棲艦を目的とした人型兵器、艦娘を運用している国でもあった。

 

「ちっ、戦闘中にちょっと島に近づいたからなんだってんだよっ!」

「大方、レ級の捜索で海域を実質封鎖していた事へのクレーム代わりだろうさ、表向きは調査哨戒任務として作戦を展開しているんだ」

「深海棲艦が今まで現れなかった海域だから大袈裟ってか? それがなんだってんだ、連れてきたのは俺らじゃねえんだぞ!」

「おいおい、義男、いい加減に落ち着けって・・・」

 

 そんな日本の排他的経済水域の海上に浮かぶ自衛隊に所属している護衛艦の上で苛立たし気に肩を怒らせる青年とそれを他人事の様な言い方で宥めている青年、艦娘を現場(戦場)で指揮する特務士官と言う自衛隊の組織の中でも特に特殊性が高い肩書を持つ中村義男と田中良介の二人は現在実行中の作戦内容の粗を二時間以上も突き回された後にやっと解放されたところだった。

 

「ともあれ・・・俺達や司令部が一度の戦闘で片が付くと考えていたのが裏目に出たわけか、あれから二週間探し回ってもレ級を発見できないとは」

「・・・逃げる深海棲艦、そう言えばゲーム版ではお目にかかった事なかったな」

「そんな敵が出てたらクソゲー確定になってただろうね、あっちでは戦闘続行の主導権はプレイヤー側にあったわけだし」

 

 気の抜けた顔でため息を吐く田中とやっと愚痴を吐くだけ吐いて落ち着いた中村、二人はかつて自分達が生きて死んだ別の現代日本を少し懐かしむ様に呟きを漏らし並んで気晴らしに出てきた海の見える通路に顔を出す。

 その視線の先には体長100mや200mが当たり前の化け物が蔓延っているとは思えない程に穏やかな波を揺らす青く広い空と海原が遠く水平線で色を合わせている。

 

「提督っ! 会議が終わったんですか?」

 

 そんな面倒な上司達の御小言から解放された二人の下に紺襟の白いワンピースセーラーと同系色の帽子を身に着けた少女、いや、少女というよりも童女や幼女と言うべき幼い存在がトテトテと短い手足を動かしながら田中達の前までやってきて一生懸命さが溢れる敬礼と共に笑顔を見せた。

 

「やぁ日振、ついさっき終わったよ、ところで君の方は今何をしているのかな?」

 

 その軍艦の上には場違い過ぎる女の子の登場に中村は面食らって目を見開き眉を上げ、その隣の田中は軽く中腰になって視線の高さを旧日本海軍で近海や沿岸部を守っていた艦船を原型に持つ艦娘へと合わせて返礼を返した。

 

「はいっ! 日振は皆さんの装備換装のお手伝いが終わって・・・あっ、提督、大東を見ませんでしたか? ここの近くにいるみたいなんですけど」

「いや、今の所は見ていないが、あの子がどうかしたのかい?」

 

 その問いかけに身振り手振りを加えてちょっと目を離した隙に妹がどこかで迷子になったらしいと田中に伝えてから身内の恥を晒した事に気付いて恥ずかしがるように両手を胸の前で握り、日振は顔を伏せて頬を赤らめる。

 

「それなら俺も手伝おうか?」

「い、いえっ! ちゃんと日振が見つけ出します! 提督の御手を煩わせることは致しません!」

 

 横で見ている中村は首が取れるのではないかと思うほど首を横に振る日振、そんな懸命さに満ちた童女の頭を白い帽子の上から田中は微笑ましそうな表情を浮かべ優しく撫でた。

 

「まぁ、流石の大東でも艦内でいたずらをする事は無いだろう?」

「いいえ、昨日、あの子は隠れて厨房の人にねだってつまみ食いをしてました! 油断してはいけません!」

 

 すると撫でられた日振の表情がパッと明るくなり満面の笑みを浮かべた海防艦娘は田中に向かって背筋を伸ばす。

 

「それではお二人とも、失礼しました!」

 

 そして、好奇心旺盛な上にヤンチャが過ぎる姉妹艦の捜索を再開する為に日振は小さな胸を張って苦笑する中村と微笑みを浮かべる田中にまた敬礼をしてから内へと入っていった。

 

「・・・え? 名簿で居るのは知ってたけどあの子、ホントにお前の艦隊メンバーなの?」

「何だその顔は、海防艦が俺の艦隊に居たら悪いのか?」

「いや、海防艦の子達って見た目がアウトって話で遠征どころか広報にも出せないって話だろ!?」

 

 ただでさえ女子学生にしか見えない駆逐艦娘達を指してメディアの一部は少年兵と同じモノなのではないかと人権団体などと一緒になって世間を騒がせており。

 小学生低学年どころか幼稚園児と間違われかねない幼い容姿を持つ艦娘が多い艦種、海防艦娘達は仮にも軍事組織である自衛隊に所属していると言う事を公表するには見た目に問題が多すぎる為、戦闘では艦橋での補助のみ、鎮守府では雑用などのお手伝いが主な仕事となっている。

 

「流石に戦闘部隊に連れて行くつもりは無いよ、ただあの子達は手先が器用で装備換装の手伝いが上手いのは義男も知ってるよな?」

「ああ・・・、なるほど、今回は明石が付いて来てないからか・・・輸送艦娘のコンテナで装備を縮めて運んで海防艦娘が現地で交換取り付けってか?」

「そう言う事、流石に海のど真ん中までカメラを持って来るアグレッシブなマスコミは日本にはいないからね」

 

 いつまでも上からの世間体を気にした注文に振り回されて人手不足に悩まされるのは誰だって勘弁願いたい事なのだ、と澄まし顔で田中が言えば少し驚いた顔で中村が友人の顔を見る。

 

「ほぉ~、それにしちゃ、随分懐かれてるみたいだ」

「意識して何かをやったつもりはないんだけどね」

 

 そんな気の無い返事を返す田中だが子育ての豆知識や子供とのコミュニケーションの取り方を纏めた幾つもの書籍が彼の実家の本棚に入っている事を中村は知っている。

 田中曰く大学の定年まで生きていた大人時代からいきなり赤ん坊まで戻された事で周りの幼い同年代の少年少女との円滑な関係を作る方法が分からなくなったので、その為の知識を得る目的で読んでいただけと本人は言っていた。

 だが小学校で出会った彼と数え切れない程のケンカと共闘を繰り返した中村は直接聞く事は無かったものの隣に居る青年が過去に失った何かを埋め合わせする為にそんな事をしているのだと察している。

 

「良介知ってるか? 艦娘相手でもセクハラは適用されるんだぜ?」

「知ってるに決まってるだろ、何をいきなり・・・ぁっ、言っておくけどな、俺はあの子達をやましい目で見てなどいないぞ!」

「ムキになるなよ、ロリコン疑惑が深まるだけだぞ~?」

 

 中村は前世と同じ親の下に産まれ、同じ生き方をしていたのは精々が中学生まででそこからは友となった田中に見下される様な情けない人間になるわけにはいかない、出来る事なら前より気分の良い生き方をしたい、可愛く優しい恋人も欲しいなどと次から次に湧き出る欲に突き動かされ。

 そんなふうにひたすら自分にとって都合の良い事を望んでいた筈の中村は気付けば遊び人のデブだった前世とは比べ物にならない程の努力と運を支払って(ここ)にいる。

 だから、その原因とも言える友人がもう戻れない前世での後悔に未だに悩んで湿っぽい顔をしていると隣に居る自分まで気分が悪くなるからこそ中村はワザと揶揄う言葉で田中を挑発して大袈裟かつ愉快そうに笑い飛ばしてきた。

 

「ふんっ、言われなくても、そうならない様に気を付けてるさ」

 

 普段からスカした態度なのに時々どこか自信が無さそうな友人に無駄なちょっかいをかけて彼にありがた迷惑なお節介を繰り返してきた中村は自分が言った揶揄いの言葉が軽く受け流された事に驚きに少し眉を持ち上げる。

 

「やっぱ・・・、お前ちょっと変わったな」

「ん? なにがだ?」

 

 中村が友人の変化に気付いたのは少し前の事、具体的には彼が小笠原に左遷される時に見送りに来ていた取り繕った様な(少し不安そうな)笑みを浮かべる田中と佐世保で行われた式典で再会してからの友人の姿に微妙な差を感じた時からだった。

 

「ちょっと前なら馬鹿みたいに慌てて墓穴掘るか、俺と吹雪がどうとかって屁理屈こねて誤魔化してただろ」

「・・・そうだったか? それにしてももう少し言い方があるだろ、お前なぁ・・・」

「んで、佐世保の式典でなんかあったのか? 演習のあと随分落ち込んでたからこれでも心配してたんだぞ」

 

 同じ艦娘の指揮官としてだけでなく同じ境遇(転生の経験)を持ち運命共同体(一蓮托生)とも言える関係となった友人である田中がたまにひどく辛気臭い顔をするのが気に入らないからこそちょっかいを掛けていたが、どうやらそれがもう必要ないらしいと分かった中村は苦笑して世間話の切っ掛けでも探す様にその言葉を投げる。

 

「それが次の日には何かすっきりしたって言うか吹っ切れた顔して、俺の心配を返せって感じだった」

「・・・お前には関係ない、余計なお世話だ」

「なんだつれねぇな、・・・別に良いけど、よっ!」

 

 ここは大人らしく友人の精神的な成長を祝ってやるか、と調子に乗った中村が田中の肩をバシンと音が鳴る程に強く無遠慮に叩き親友の顔をしかめっ面に変えた。

 

「いてっ、いきなり叩くなっ! ふざけるのも程々にしろ!」

「いぎっ!? 痛ってぇなっ!!」

 

 直後に反撃の張り手が全力で振り被られ中村の背中に命中し、田中からのお返しは軽いものだと予想して笑っていた青年が直後の倍返しによって短く悲鳴を上げる。

 

「いつもやられっぱなしと思うな! バカ! 考え無しめ!」

「くっそ、俺がバカならお前はアホだ! この前も他の連中に根回しして前衛を俺の艦隊に押しつけやがって!」

「戦略的に考えて正しい判断だ! 俺や木村君の艦隊はお前の部隊が勝手に走り回るのをフォローしてるんだぞ!?」

 

 客観的に見ればそんなふうに遊んでいる暇が無いと言うのに、海風が吹き込む護衛艦の外通路で艦娘の指揮官である二人の男達による小学生時代から全く進歩していない低レベルな喧嘩が勃発した。

 

・・・

 

 自衛隊に所属するはつゆき型護衛艦の一隻、深海棲艦が出現していなかったら既に退役艦として除籍されている予定だった船の少し広い船室で出撃待ちの艦娘達がそれぞれが戦いに向けてやるべき事に取り組んでいる。

 

「だからさ、寮の裏にあるお社ってしれーと時津風が一緒に作った偽物なんだよね~、中に入ってるのもご神体じゃないくて飛行機のプラモだし~」

「ええっ!? そ、そうだったんですか・・・」

 

 戦闘に備えるピリピリした空気の中、中村艦隊に所属している時津風と田中艦隊の雪風が緊張感とは無縁な内容の会話をしているのを耳にした陽炎は自分の妹である八番艦が度々、艦娘寮の裏にいつの間にか存在していた朱色の社のお賽銭箱にコインを入れている事を思い出す。

 仕掛け人である中村義男としては自分が艦娘達に流した噂(吐いた嘘)をあたかもホントであったかのように偽装し、その真偽を確かめに来た好奇心旺盛な艦娘が【瑞雲神社】と記された小さな祠の中にある明らかに霊験の欠片も無い飛行機の模型を見つけて騙されたと憤慨すればイタズラ成功とでも考えていたのだろう。

 その隠された社は中村が左遷される際に鎮守府に残る事になった軽巡那珂へと密かに掃除などの管理が任せられたのだが、その後に寮の裏、雑草だらけの広場は艦娘ダンス部の活動場として使われる事となり、彼女らの賑やかさ(喧しさ)のせいもあり広場と偽神社の存在はあっという間に艦娘達へと広まった。

 

(最近じゃ偽物って分かってるのにお参りしてる子もいるし、中に入っているのも瑞雲じゃなくて陸軍の隼だし、たまに日向さん達が祠の前で妙な集会開いたりしているし・・・)

 

 ふと陽炎は今年の元旦の朝に妹達に起こされて寮の裏にあるミニサッカーぐらいなら出来そうな雑草が刈られた広場の端っこ、いつの間にか朱色の鳥居が据えられ元は犬小屋サイズだった社が二倍ほど大きくなった瑞雲神社の前。

 垂れ下がった紅白の組み紐に繋がった鈴を揺らし、拍手を鳴らす初詣客(艦娘達)の列に並ばされて頬を引き攣らせた事を思い出す。

 艦娘に課せられた規則によって鎮守府の外に出れず、本当の神社に詣でる事が出来ないからと言って偽物で済ませるのは如何なものか。

 

 ただ、雪風に関しては彼女が深海棲艦の巣に閉じ込められる前に再会を約束したと言う仲間がまだ鎮守府に戻ってきていない事を思い無事に帰還して欲しいと悩んだ末の神頼みとして檜の箱(賽銭箱)に自分が演習や任務で得たコインを落としている事を知っている陽炎としてはいつかは知る事になるとしても、今言う事じゃないでしょう、と時津風に向かって呆れる。

 

「でも、あそこにお参りするととっても良い事あったりするよ~、時津風もお社作った日に提督と一緒に雪風に会えますようにってお願いしたらホントになったもん♪」

「わぁっ、ホントですかぁ! ありがとう、時津風ちゃん♪」

 

 それは果たしてフォローの内に入るのだろうか、ただ本人達はとても無邪気な笑顔で笑い合っている様子、わざわざ水を差す様な真似はやるべき事ではない事は確かだと陽炎型駆逐艦の長女は判断する。

 ちなみに神社に集められたコインは那珂とその仲間達が回収して艦娘酒保でお菓子の詰め合わせとなって談話室で会話や娯楽などを楽しむ多くの艦娘達の一時の憩いに一役買っているらしい。

 

「いえ、ですから次の出撃艦隊にもレ級との戦闘経験がある私がいるべきなんです」

「経験ったって一回だけじゃない、そんなの順番に割り込む理由にならないったら」

「それを判断するのは提督です、そちらこそ私の提言を止める理由が無いはずですよ」

 

 和気あいあいとした小動物系の妹達から視線を少し移動させると打って変わって朝潮型の中でも一二を争うキツイ性格の駆逐艦娘と陽炎にとっては13番目になる妹が少し険悪な空気を漂わせながらあーだこーだと舌戦を行っていた。

 今回の海戦で浜風が挙げた敵駆逐艦であるハ級とロ級の二隻を撃沈すると言う戦果は身内の贔屓目があるとは言え陽炎から見ても大型艦の足役、障壁削り、討ち漏らしの追撃などが主な仕事の駆逐艦としては十分すぎる成果と言える。

 ただ、今回の作戦において主要目標である戦艦レ級を自分のせいで取り逃したと思っているらしい浜風はなんとしてもその存在しない汚名を返上しようといきり立っているのか自分と交代で中村二佐の出撃艦隊に入った霞と飽きずに口論を続けていた。

 

(浜風ったら血の気が有り余ってる感じねぇ・・・まぁ、二佐達だって二週間も敵が見つからないなんて事になるとは思ってなかったっぽいし)

 

 戦闘後の艦娘は消耗した霊力を待機状態で回復させる事になるが、それはご飯を食べれば(補給が終われば)直ぐさま出撃可能と言うわけでは無く睡眠を含めた休息による時間経過で徐々に減った霊力は元に戻っていく。

 弾一つ無く撃ち尽くしスクリューを一回転させる事も出来ない程の完全なガス欠(霊力の欠乏)ともなれば駆逐艦でも軽く一週間程の疲労を回復させる時間を必要とする。

 それが重巡や戦艦、正規空母ともなれば霊力を使い切った時には一カ月以上も鎮守府で暇を持て余す事になるのだ。

 

 被弾による損傷があれば更に治療に時間が必要となるが陽炎が知る限り中村と言う司令官が艦娘を大破させると言う状況は滅多にない、過去に陽炎と不知火が巻き込まれた艦娘の能力に対する数々の勘違い(中村の調子の良い発言)はまだ艦娘の戦い方そのものが分かっていなかったからであってワザとではないが実際に大破によって痛い目にあった陽炎としては冗談ではない話である。

 それはともかくとして二週間前の戦闘でも彼の艦隊に所属する艦娘はかすり傷一つ無く戦果を挙げて拠点母艦であるこの船へと帰還した。

 

(・・・いや、確かにあの乱戦で一度も被弾せずってのは確かに凄いけどさぁ~、ホントあれってどうやってんのかしら)

 

 一昨年の八月、彼や吹雪達が史上初の限定海域攻略に成功したのを境にだろうか。

 まるで敵の弾が飛んでくる方向とタイミングが分かっているかの様な回避や敵の進路を一瞥しただけで先回りする方向を指示してみせるようになった中村の反応速度に陽炎は驚かされ、南の島から帰ってきてからの更に輪をかけて回避と攻撃の見極めが上手くなった彼に脱帽するほかなかった。

 

(もしかして私の所の司令も限定海域(修羅場)に放り込んだら強くなったりするのかな?)

 

 自分の指揮官である木村が熱心に読んでいたので陽炎も横から覗いて見る事にした中村艦隊の戦闘記録がまとめられた資料、そして、今回の作戦で直に自分の目で彼等の自殺行為じみた戦艦を含む敵艦隊への突撃から無傷の生還と言う異常を見せられた陽炎は彼の艦隊に所属しその指揮を直に受けた浜風がさらなる戦果を求めてやる気に満ちた声を上げるのも無理はないと考える。

 

(でも、もし田中二佐みたいな戦い方になったりしたら、ちょっと駆逐艦としては物足りないのよね~)

 

 中村義男の相方とも言える田中良介の方も限定海域の戦いを経験した後、ある意味おかしい事を平気でやる指揮官となってしまった。

 相手が持つ武装の威力と射程を知り尽くしているかの様に有利な位置取りを続け撃たせて取るとでも言うのか、敵の再装填や敗走など自分達の攻撃が最大の効果を発揮する有利なタイミングにはすぐさま反撃に転じ無駄弾なく仕留める効率重視な戦い方。

 戦いへのスタンスは真逆と言えるのに敵の攻撃には被弾せず最大の戦果を挙げると言う所は共通している件の二人を比べ。

 

 そして、陽炎は自分の指揮官は最高に面倒臭く真面目で堅物な青年なのだからそもそも考えるだけ無駄な事だと苦笑いして肩を竦めた。

 それに自分の指揮官にだってまだ伸びしろがあるのだから良い艦娘として陽炎自身が木村(上司)の面倒を見て強い司令官に育て盛り立てて行けば良いだけ、と結論して少し得意げに駆逐艦娘は微笑んだ。

 

『ぁ~、それにしても暇だわ~、不知火ぃ、あんた今何してんの~?』

 

 同じ艦隊の古鷹と祥鳳は司令部と意見交換する為の会議に出席している指揮官の付き人(出待ち)をしているし。

 朝潮は今回の任務から同僚となった軽巡艦娘の神通に誘われて何人かの仲間とともに船の近くの海上で軽いトレーニングをしていらしい。

 龍鳳はと言えば同艦隊の輸送艦娘達と一緒に海防艦娘である日振の手伝いとかなんとかで艦内を歩き回っている。

 

 なので木村艦隊の艦娘としては一人だけ待機室に居る陽炎は話し相手が居ない状態でぼんやりとするのもそろそろ飽きてきたのだが、かと言って雪風と時津風の間に割って入るのは気が引けるし、喧々諤々と出撃枠の取り合いをしている浜風と霞の会話に首を突っ込む気にもなれない。

 

『なんですかその気の抜けた声は、今が戦闘待機中だと言う事を忘れてるの?』

 

 そうして、軽く目を瞑った陽炎は頭の中で同じ船に居るはずだが姿が見えない妹への呼びかけを行い、すると数秒も経たずに若干辛辣な色を宿した(通信)が頭の斜め上の方向から返ってきた。

 

『だってしょうがないじゃない、出撃も無いし、もう二週間よ、二週間っ』

『・・・アナタが三日前の哨戒任務を嫌がってサボったと聞いているけれど?』

『作戦内容を誤魔化す為だけにやる形だけのパトロールなんて誰だってやりたくないでしょ、そもそも哨戒って言うならレ級が隠れた海域を重点に回るべきなのに上の連中がまた何か喚いて邪魔したらしいし・・・』

 

 悪びれない長女の言葉に深く深く肺の中身を全て吐き出したのではと思えるほど重いため息が離れた場所から陽炎の耳元へと伝わり、壁や天井を隔てた先に頭痛に耐えるしかめっ面を不知火がしているだろうと予想しながらもオレンジ色のツインテールが呑気に揺れる。

 

『でぇ、不知火は今何してんの~? 暇なら待機室まで戻ってきて私の話し相手やってよ~』

『・・・今の私は腕相撲の審判をしているからそちらに行くのは無理よ』

 

 妹に対する横暴な要求を行った姉は返ってきた意外な内容の返事に目を丸くして座っている椅子の背もたれから背中を剥がして少し前のめりに不知火が居る方向へと顔を向けて陽炎は首を傾げた。

 

「腕相撲? えっと・・・、そこって中部甲板よね? どう言う事?」

『ええ、正確にはヘリ格納庫の中だけれど、司令と田中中佐が次の戦闘で前衛艦隊をする権利を賭けて勝負をしているの』

 

 妹と繋がる通信の方向と距離から相手のいる大体の位置を確かめながらつい漏れてしまった声、集中しないと頭の中で考えた言葉が口から出てしまうのは姉妹間通信を行う艦娘にとっては良くある事で今の彼女は傍から見たら虚空へと話しかけている様にしか見えないが、それを気にせず陽炎は自分の耳に届いた不知火の言葉にますます困惑する。

 

「いや、腕相撲で決める事じゃないでしょ・・・何やってんのよ、その二人」

『軍士官が実力を競い合うのは昔から変わらないと言う事よ、こん棒や寸鉄が出て来ないのだから十分平和的だわ』

 

 そう言えば普段から規律を重んじ冷静沈着に見える態度を装っているその妹(不知火)が実は自分の姉妹の中でも一際荒事を好む気質の艦娘であると思い到り陽炎は小さく笑う。

 

『審判としては吹雪の様に彼へ肩入れするべきではないけれど・・・是非とも司令には一番槍の栄誉を勝ち取ってもらいたいものね、ふふふっ』

 

 大方、田中と中村はどちらが前衛として敵艦隊へとぶつかる為の主力(突撃兵)となるかの押し付け合いを行っているのだろうと陽炎には予想が出来たが、ヘリ格納庫で審判をしていると言う上機嫌な不知火には二人が戦働きの場を積極的に得る為に火花を散らしている様に見えてるらしい。

 

「ふ~ん、吹雪もそこに居んのね、・・・ところで不知火、その二人に一応確認してみて、その勝負って勝った方が前衛をやるの?ってさ」

『陽炎、何を言っているの、勝った方が誉れを得るのは当たり前の事でしょう? ・・・え? 司令、今何と?』

 

 どうやら向こうでも不知火の口から通信内容が飛び出たらしく彼女の指揮官となにかしらの会話の後に言葉にならない揺らぎ、私は今とっても困惑しています、としか表現出来そうに無い感情の波が離れた場所に居る妹艦娘から陽炎の脳内へと伝わってきた。

 

『なになに? しれー達が遊んでるの~? ズルいなぁ~』『萩,何か言ったか?』

『ぬいちゃんのしれぃが腕相撲をしてるんですか?』『へぇ,腕相撲ったぁ,粋だねぇ!』『嵐,襟,ごはん粒付いてるよ』

『場所は何処ですか!? 提督が奮戦されているなら私も応援に向かわねばなりません!!』

『んぁ,いまの大声,浜風?』『さっきのどこから?』『なんや声遠いなぁ』

 

 同じ通信を聞いたらしい陽炎型である時津風が雪風も不知火が居るであろう方向(天井)へと顔を向け二人揃って仲良くドングリ眼をパチクリと瞬かせ。

 

「一大事が起きました! この話はまた後にさせてもらいます!」

「はっ!? なに言って・・・」

「一大事と言いました! 失礼っ!」

 

 そして、不知火の困惑と浜風の大声を切っ掛けにして一気に陽炎型の通信網が幾つもの声で騒がしくなり。

 それと同時に陽炎が居る待機室で霞と議論を交わしていた浜風が唐突に立ち上がり会話を一方的に打ち切って颯爽と銀色を翻しながら待機室から駆け出していった。

 

「・・・あの子ったら! さっきから勝手な事ばっかり言って、その挙句になんなのよっ!? もぉっ!!」

 

 改めて周囲を見回せば慌ただしく走り去った浜風の姿に憤慨する霞だけでなく真横を駆け抜けた銀髪に高雄と時雨までもが暇つぶしでやっているらしい将棋の手を止めて驚いた顔を見合せている。

 静まり返った待機室とは対照的に脳内では自らの司令官の下に馳せ参じよう護衛艦の廊下を走る浜風の音にならない通信(叫び)やその声に反応した遠く離れた場所に居るであろう姉妹艦達の通信が延々と響き、辟易した陽炎は繋げていた通信を切って一息を吐く。

 

「やれやれ、とりあえず暇ではなくなったわね」

 

 さしあたって不肖の妹がやった不手際を顔なじみの駆逐艦へと謝らないといけないな、と陽炎は決心して椅子から立ち上がる事にした。

 




【甲板】
日振「さっきからぐるぐる船を回ってるみたい、もぉ、大東ったら本当にどこにいるの? この近くにいるはずだけど、こっちは海で、あれ・・・えぇっ!?」

【海上】
朝潮「船外周ランニング百回完了しました!」
神通「よろしい、各自クールダウンとストレッチをしっかり行い艦内へ帰投しなさい、・・・貴女もですよ、大東さん」
大東「あたい、まだみんなの半分も走れてない、っ、海防艦だからってなめんなってのっ・・・」ハァハァ
神通「・・・そうですか、なら私も」(*´ω`*)イイ,コンジョウ
那珂「ダメだよ、神通ちゃん☆ レッスンの後にちゃんと休むのも那珂ちゃん達のお仕事です♪」
神通「そうですか・・・」(´・ω・`)ザンネン
阿賀野「大東ちゃんも一度にできない事はしちゃ、メッだぞ☆ 訓練は日々の積み重ねなんだからっ♪」
大東「ぐぬぬ・・・しゃーねーな!」

【甲板】
日振「うぅっ、大東が訓練を頑張っていたなんてっ、それを知らずに私、姉妹艦を疑ってしまって・・・そんなっ」

その夜、大東は何故か日振から晩御飯のおかず(ミートボール)をいくつか貰いました。


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第七十一話

 
これより前段作戦が開始されます。

本作戦の目的は本日マルロクサンマル時に奄美大島南東海域で出現を確認された特異な戦艦級深海棲艦、及び多数の随伴艦の殲滅です。

また、敵の規模は増大していますがその脅威は現在の三個艦隊の戦力で対応可能と司令部は判断しました。
つまり、増援部隊の予定はないと言う事です。

・・・しかし、我々は貴方方の奮闘と作戦の成功を確信しています。

では、ご武運を。
 


 

 至近弾を知らせる警告音が艦橋(胸の奥)で鳴り響く。

 

《また砲撃! 加速はっ!?》

『もうやってる! 左舷来るぞ! 姿勢を低くしろ!!』

 

 胸の奥から届いた青年の声に両手持ちの主砲から離した片手を海面に突いて大きく身を屈め波しぶきを引っ掻きながら陽炎は足を止めることなく真横から飛んできた複数の砲弾の合間を駆け抜ける。

 上空を飛び回る敵の艦載機の反応に歯ぎしりしながら手を伸ばし、魚雷管から爆発物を一本を引き抜き、陽炎は推進機に背中を押されながら立ち上がる膝と胴体の捻りを加え左腕を振り上げ真上へと魚雷を勢い良く投げた。

 

《時間稼ぎだけどっ、起爆お願い!!》

『十秒後、備えろ!』

 

 次の瞬間、了解を叫んだ指揮官が陽炎の肩に増設された小口径砲が基部を回転させ、後方の空に舞う赤い先端と銀色の筒へと向けられた砲口から放たれた光弾が彼の宣言通りの時間に魚雷へと命中して爆炎を膨れ上がらせる。

 

『くっ、撹乱は出来たが・・・数は減ってない!』

《見れば分かるってば、そもそもなんでヲ級がいんの! おまけにこの前逃がした時より敵艦の数増えてるしっ!?》

『知らん! 今は目の前に集中しろ!!』

 

 投げ魚雷によるマナ濃度の急上昇によって海面を走る陽炎を上手く捉えられなくなったらしい敵艦載機、その鬱陶しく頭の上を風切り音を立てながら飛び交う黒く歪な円盤の相手を駆逐艦娘は艦橋で操作されている増設装備や両足の25mm連装機銃に任せながら全力で前方に居る目標に目掛けて背中のスクリューを回す。

 

《だからアンタはっ!! さっきからバカスカ撃って、鬱陶しいのよっ!!》

 

 正面から赤黒く灼熱する砲弾が高速で海を駆ける陽炎へと襲いかかるが次の瞬間、グレーのスカートが揺れる腰の左右に装備された補助推進機(スラスター)の左舷側がシャッターを開き、その下でスクリューが唸り光の渦を放出して彼女の身体を右へと弾き飛ばすように横滑りさせた。

 

《はっ♪ この角度調整は正解ね! それに小慣れて使い易くもなってるわ!》

『射程に入ったらすぐ魚雷を発射しろ! 続いて主砲、砲撃で障壁を削れ!!』

 

 陽炎の背面艤装の左側から生える鉄骨のアームでつながった四連装魚雷管が正面向き水平となったと同時に三発の魚雷が飛び出し海面へと落ちて駆逐艦娘を追い抜き、白い泡の雷跡を引きながら赤い火を瞳に宿す黒い巨体へと突き進む。

 

《アイサー! さぁ、デカブツを叩きに行くわよ!》

 

 頭からつま先までを見れば女性的な人型であるがその身体の大きさは全高60m、両腕に備える艤装は駆逐ロ級を縦割りにしてから直接肘から先に付けた様な歪さと大きさ。

 重巡リ級と自衛隊側に命名されている深海棲艦の一種は黒い海草の様なぬめりを見せる髪の下で赤い目を自分に接近してくる魚雷へと向けた。

 そして、深海棲艦の身体から波の様に広がる昏い光がその身に纏う障壁の範囲と厚みを膨れ上がらせ、そこへと接触した魚雷が次々に上げた水柱の向こうには傷一つ無い重巡級が見下す様に海を走る陽炎を見ていた。

 

『くっ、魚雷でもビクともしない、陽炎のままでは敵の障壁は破れません! 提督、私の武装なら!』

《今は無理でしょ!!》

『なにをっ!?』

 

 三発連続の魚雷にも揺るぎを見せない敵の防御力に驚きの声を上げた艦橋にいる軽巡が指揮官へと声を上げたと同時に陽炎が断定する様に叫びながら両手と艤装右舷の12cm口径連装砲の四門に火を噴かせ。

 目に見えるほど霊力の量を増した障壁を張る深海棲艦へと陽炎の放った砲弾が叩きつけられて鐘を叩くような音が激しい振動と共に海原に連続してリ級の足下に歪な波紋による高波を作り出す。

 

『陽炎、このままいけるのか!? しかし、無茶だ!』

《いけるかどうか以前に祥鳳さんが落とされて制空権が無くなった乱戦なのよ! 無茶でもやるしか無いでしょ!》

 

 一か所に集中して着弾した砲弾でヒビの入った障壁を内側から見て眉を顰めた重巡リ級は煩わしげに左腕を突き出して、その歪な艤装の先端に並ぶ牙の奥から主砲を迫り出させて海面ごと接近してきた艦娘を薙ぎ払う様に砲撃を打ち下ろす。

 

《それに障壁殺しの軽巡に交代出来てもそのせいで足が止まったら逆に危ないっ!! だから司令、近接戦をっ!》

 

 巨大な顎が連発した砲撃によって海面が爆発し抉れ、舞い上がった巨大な水柱を前にして腕を下げて他愛ない弱者が相手であっても勝利したと言う事実と自らの剛力に白い顔がニンマリと笑みを浮かべた。

 しかし、視界を真っ白に染める程に大量の水飛沫が降り注ぐ前方から強く撃鉄が引き起こされる音が二連続で鳴り響く。

 

『うぉあっ!? くっ、突撃をすれば勝てるとでも言うつもりか、陽炎!!』

《そんなこと言ってる暇があるなら!》

 

 水柱の中から飛び出して割れかけた障壁の手前で踏切を切って跳躍した陽炎がその右手を大きく振りかぶり、厳つい金属部品で形作られた籠手が敵の防御壁を叩き、魚雷と砲撃によって強度を削られていた半透明の壁の一部が駆逐艦娘の振るった一撃(鉄拳)によって限界を迎えて光の粒を散らして爆ぜた。

 

《目の前にデカい的があるんでしょっ!?》

『敵照準っ! 機銃撃ちます!!』

 

 紙一重で避けたが至近弾の余波で痛みを発する身体、それに加えて針の様に肌を刺す障壁の欠片を浴びながら抜けた陽炎、その足に装備された二基の25mm機関銃が古鷹の指示を受けて無数の弾丸をリ級の顔へと乱射し、深海棲艦に襲いかかった弾丸が白い肌の上で火花を散らし幾つかの焦げ目を作る。

 

《ナイスフォロー! そんじゃっ、ちょっと揺れるわよ!!》

『うおっあ! まさか、このままっ!?』

 

 彼女にとって損害そのものは有って無い様なモノではあったが輝き弾ける礫のまぶしさにリ級は目を瞑ってしまう。

 

『跳ぶ気か!?』

《今日は冴えてるじゃない! 正解よっ!》

 

 しかし、その悪あがきじみた攻撃の貧弱さに目の前に飛び込んできた小さな敵艦がその大きさに見合った弱者であると分かり重巡級の化け物の口元が嘲笑に歪んだ。

 障壁に小さな穴を開けられ踏み込まれた事は多少不愉快だがその程度の力しか持たない下位個体など自分がもう一度本気を出して力を振るえば立ちどころに粉々になるだろう。

 

《あらっ、そんなご機嫌な顔してさ、なんか良い事でもあったわけ?》

 

 生意気な敵の貧弱な攻撃が止まった気配にリ級は赤い灯火が揺れる目を開きかけ獲物を探そうとするまでのわずかの間、突然に重巡は自分の額に鈍い衝撃とピーピーと耳障りな音を受けて反射的に瞼を上げる。

 

《それは奇遇ね、私にも今から良い事があるの・・・だから》

 

 その見開いた目の前、つい数秒前には数十歩先の海面にいたはずのチビが文字通り目と鼻の先で口元に半月を浮かべて鈍色の籠手に覆われた左腕を振りかぶっている様子に深海棲艦は信じられないモノを見た驚きで目を限界まで見開いた。

 

《その(艦首)貰ってくわね!!》

 

 単純計算で5:1の体格差をものともせずに重巡リ級の身体を最大戦速で駆け上った駆逐艦娘の背中と腰で過剰運転(オーバーヒート)によって黒煙を上げる推進機関が推進力の残滓である光の粒子を疎らに散らす。

 

 海水を含んで滑るリ級の前髪を籠手に包まれた右手で引き千切らんほどの力を込めて乱雑に掴んだ状態で白蝋の顔の前にぶら下がる陽炎の左腕が深海棲艦の大きな瞳孔に肘まで突き刺さり。

 ぐちゃりと呆気なく貫かれ潰された深海棲艦の眼球の奥で躊躇いの一つも無く駆逐艦娘は拳を握り込み近接兵装の内部機構を駆動させ、陽炎の籠手が衝撃放射機構を咆哮させ黒い血肉の中で放出された衝撃破が直径8mはある巨人の頭蓋で容赦なく暴れ回り致命的な損傷を深海棲艦へと叩き込む。

 

 そして、陽炎の左手を発生源とする破壊力は赤い目を突き抜けた勢いをそのままに後頭部へと抜けてぬめるショートヘアごとリ級の頭部を破裂させた。

 

『いっちょっ上がりっ! どう私の戦い方は参考になったかしら?』

 

 ジュウジュウと音を立て焼け焦げる臭いと共にマナへと分解していくコールタールの様に黒く粘つく深海棲艦の体液にまみれた腕を軽く振りながら陽炎が敵の船体から海面へと飛び降りたのを合図に頭部を失った巨体が海面へと力なく倒れ込み、重巡級深海棲艦の大質量による水柱が空へと立ち上って海に立つ勝者の姿を白霧の中へと覆い隠す。

 

『窮地であっても鈍らぬ乾坤一擲の一撃、まさしく水雷魂を体現するに相応しいと言う他ありません、陽炎、見事です』

『ええっ! 駆逐艦たるもの朝潮もそうありたいものですっ! それと司令官、祥鳳さんの応急処置が完了しました!!』

 

 濃霧の様な水飛沫の中で致命傷によって生命活動を停止した重巡の身体が徐々に昏い光粒へと分解し始め、それによって更に上昇したマナ濃度と水柱による視界不良により遠くから空母級によって操作されている艦載機が完全に海上の敵を見失い右往左往する。

 高速で旋回しながらも狼狽える様な姿を晒していた深海棲艦の飛行端末が突然に海上の霧の中から飛び出して中空に広がった輝く幾つもの障壁に衝突して爆炎を上げて砕け散っていく。

 

《あはは・・・さっきのはちょっと、私には真似できそうにないかなぁ・・・》

『気にするな・・・古鷹、お前はお前らしい戦い方をすれば良い』

 

 空に敵艦載機が砕け爆ぜる炎と光り煌めく投射障壁の下で苦笑を浮かべた古鷹は金の輪から足を踏み出して二基の連装砲が据えられた重鎧の様な右腕を自らの正面へと突き出し、その重巡の顔が指揮官の少しぶっきらぼうな声で満面の笑みとなった。

 

《はい! 提督! 重巡古鷹戦闘を開始します!》

 

 古鷹の艤装に装備された二基の12cm広角砲によって上空にばら撒かれた障壁に衝突し爆散していく艦載機、光の傘を広げた事で一時的に対空を意識せずにすむ時間を得た艦娘の右腕の艤装が変形を始め。

 腕を覆うと言うよりも合体していると言うべき古鷹の主兵装が装甲を展開させ二基の連装砲が完全に一体化し、左肩から移動した第三砲塔の接続と変形によって素肌を晒した重巡艦娘の右手が肩に担いだ巨大なランチャーユニットの砲口を支える。

 右肩を覆う重巡洋艦古鷹の艦橋の窓枠とアンテナ部分がゴーグルとヘッドセットへと作り変えられて琥珀色の瞳を輝かせる童顔を覆う様に装備された。

 

『距離四十kmで捕捉、空母ヲ級への弾道計算を開始します』

 

 200cm口径の巨大な単装砲と化した主砲をロケットランチャーの様に肩に担いだ古鷹が顔の上半分を覆うゴーグルへと集められていく情報へと素早く視線を走らせ、両足で荒れている海面を踏みしめて踏ん張りながら遥か水平線上に居る敵艦へと長距離砲の矛先を向ける。

 

『ここまで離れると風向きや風速だけじゃなくて重力まで考えないといけないから大型艦って面倒よね~、長距離砲の可変機構正常、問題無しっ!』

『砲弾は榴弾を選択、貫通よりも破損させて発艦能力を奪う事を攻撃目的とする!』

『了解!』

 

 艦橋で仲間達によって行われている長距離曲射に備える補助演算が古鷹の視界へと集約されて行き、肩に担いだ砲身が艤装本体からエネルギーを注がれて光粒を蒸気の様に漏らす。

 

『砲身内霊力の循環加速も問題無ありません、砲弾の圧縮と装填まで一分です』

 

 神通の声からきっかり六十秒、その巨大砲の弾倉へと200cm榴弾砲弾が装填されて無数のボルトが次々に自動で回転しながら薬室を隔てる尾栓を固定した。

 

『榴弾の装填完了、敵予想針路を照準に投影しました!』

『・・・長距離砲、()っ!!

 

 そして、発射の準備(シークエンス)が全て完了した事を知らされた古鷹はその金色の左目に自らの放つ砲弾の予想弾道を描き、肉眼では米粒ほどに見える黒クラゲを被る空母級深海棲艦を己のキルゾーンへと捉えた。

 

《攻撃目標、敵空母ヲ級・・・狙い打ちます!!》

 

 周囲に湧き上がるマナの揺らぎの中で完全に立ち止まり大口径砲を担いだ古鷹が大きく前傾するように身体の重心を移動させ、その砲撃の反動を相殺する為に重巡艦娘の推進機関が内部でタービンを唸らせながら海面と空気をいつでもかき乱す推進力を解き放てる状態となる。

 古鷹の指先で引き金が固い音を立て、金属の弾かれた音が連鎖を繰り返し、直後に周囲の音を掻き消す程の衝撃波がランチャーユニットの背部からバックブラストとなって放出されバタバタと布地を暴れさせるセーラー服の背後に巨大な水の壁が半円を作った。

 

 薬室で膨れ上がった爆発力で弾底を押され、砲身内のライフリングが回転と共に砲弾をさらに加速させ、僅か0.0以下の時間で超音速に達した光弾が砲口から飛び出し余波で海面をハの字に割りながら目標目掛けて飛翔する。

 自分自身の放った砲撃の余波に身体をよろめかせてタタラを踏んだものの古鷹の視線はゴーグルの下で敵へと疾駆する光の残像を見詰め、砲撃から一秒にも満たない刹那の後に水平線上で赤い炎が敵の艦影を飲み込んだ。

 

《・・・命中したの!?》

 

 海上を走り抜けた光弾から大分と遅れてやってきた木霊の様な爆音に手ごたえを感じた古鷹は表情を明るくし、艦橋で着弾の確認をしている指揮官達の声に耳を澄ませた。

 

『最大望遠は爆炎と煙で・・・まだ油断はするな、念の為に再装填の準備だけはしておけ』

『周囲のマナ濃度が高くなりすぎて友軍からの情報提供も期待出来ません、・・・ごめんなさい、私が落されてなければ観測機を出せたのにっ・・・』

『あの敵機の群れとリ級達の弾幕にも怯まなかった祥鳳さんがそんな小さい事気にしちゃダメよ、それにほらあれ!』

 

 片目を閉じて艦橋のモニターに集められていく情報へと集中していた古鷹の瞼の裏に陽炎が開いたらしい拡大映像が映り、その小窓の中で黒い敵艦載機が力なく海面へと落下して幾つもの水飛沫が上がる様子が見える。

 

『ちゃんと古鷹さんの砲撃がヲ級に命中したみたい♪』

 

 母艦であるヲ級が撃沈出来たかはまだ分からないが少なくともその攻撃用の飛行端末の操作制御を維持出来ない程の損傷を与えられたらしいと言う陽炎からの情報に古鷹は気を張っていた胸を撫で下ろしてホッと一息つく。

 

『これで敵空母は全部黙らせる事が出来たって事だし楽になるわね、それじゃ・・・他の艦隊は今どんな戦況に・・・』

『確か落下前に確認した時は敵本隊の方向に見えた筈だが・・・』

 

 敵旗艦である戦艦レ級も航空戦力を持っている為に指揮官の言う通りまだ油断するべきでない。

 しかし、祥鳳が撃墜されながらも差し違える形で大破させた敵の軽空母二隻は護衛の軽巡級と共に朝潮によって撃破され、そして、先ほどの空母ヲ級が現在の作戦海域に存在している敵の主な航空戦力だったはずである。

 その証拠に今の古鷹の上空には目を凝らしても敵の黒い歪な円盤は一つも見える事無く少なくとも今だけは頭の上の警戒を緩めても問題は無さそうだった。

 

うそでしょっ!?

 

 そして、味方のいる筈の方向に向かって慎重な速度であるが進軍を開始した古鷹と同じ様に少しだけ気を緩めつつ警戒と索敵へと移行した彼女の艦橋だったが。

 

『まさか、中村二佐は海上であれをやるつもりなの!?』

 

 突然に陽炎の驚愕に満ちた叫びが響き、不意打ちの驚きに古鷹は肩を跳ねさせてしまいそこに担いでいたアンバランス過ぎる艤装の重みで重心を崩した。

 

《わ、わっわわっ!? 陽炎、一体なんなの!?》

 

 何とか不格好な体勢となってしまったが大股開きで海面に尻もちを着く事だけは回避できた古鷹は驚きつつ陽炎が声を上げた原因を確かめる為にもう一度片目を閉じて急に慌ただしくなった艦橋のモニターへと意識を集中させる。

 

《・・・へ、ぇっ?》

 

 しかし、その意識を集中させた先に写るソレがあまりに荒唐無稽であった為に古鷹は長距離砲のゴーグルの下で琥珀色のオッドアイを何度も瞬かせてから混乱の末に小さく呻く。

 

 望遠映像のな中で海面に四つん這いになり海にしがみ付く様な姿勢になっている戦艦レ級が赤い炎を溢れさせる両目を恐怖に歪め、その尻から生えているまるで海に突き立った高層ビルの様な巨大な尻尾が周りの随伴艦への被害を考えずに振り回されている。

 

 だが、古鷹が自分の目を疑った理由はそのどこか切羽詰まった顔をしているレ級の姿ではなく。

 

 ピンク色の髪とスクール水着の上からセーラー服の上を着ていると言う趣味性の高すぎる姿をした潜水艦娘、伊58が津波の様な余波を振り撒く敵の巨大な艤装にしがみ付いている姿だった。

 

《て、提督・・・な、何が間違ったらあんな事に・・・?》

『俺に聞かないでくれ、あんな事をする中村先輩の考えなんか知りたくも無い・・・』

 




 次回 七十二話

ゴーヤ「お前は電子レンジの中に入れられたダイナマイトでちぃっ!!」

レ級<ハナセ!? ヤメロォ!!

魚類(アイツら、マジでシャレにならん事ばっかりしやがる・・・)
 


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第七十二話

 
いや、その理屈はおかしいでしょ。
 


「なんなんだっ! 正気なのか!? 古鷹っ、援護射撃は!?」

『む、ムリですよ! あんなに密着している状態で撃てるわけありません!!』

 

 その光景に目を見開き唖然としていた木村隆は無意識に頭を振り乱して帽子を床に落とし自分の艦隊の旗艦をやっている重巡洋艦娘に叫ぶがコンソールパネルに戻ってきたのは悲鳴じみた叫びだった。

 

「木村艦隊の位置が分かったわっ、これは・・・レ級と随伴の分断を狙って中村二佐を援護してるっ!」

「そうかっ! 古鷹っ!」

 

 やっと手強い敵達を撃破して気を抜きかけた直後に敵旗艦であり今作戦で最も危険視されている深海棲艦(戦艦レ級)の艤装に抱き付く中村艦隊所属の潜水艦娘(伊58)の姿を見せられ混乱しかけた木村の思考が彼を振り返った陽炎の報告に見据えるべき焦点を見つけ出した。

 

『はいっ! 攻撃目標をっ!』

「ここからなら・・・提督っ! 三時方向に中破した軽巡ト級を捉えました!」

「針路は戦闘領域の外周にそって航行! ト級には徹甲弾を! 敵残存を狙って砲撃支援を開始するっ!」

 

 顔を凛々しく引き締めて肩の200cm長距離砲を構え直した古鷹の立体映像が浮かぶコンソールパネルに手を突きながら木村はモニターに向かって操作を行っている朝潮達の報告を即座に頭の中で情報を整理していく。

 そして、今自分達が出来る味方の助けになる手を打つために指示を飛ばし、了解を返す艦娘達の声に頷きながら自らも重巡艦娘の砲撃の準備作業を再び行う。

 

「長距離砲装填、照準ともに完了しました! 提督!」

「撃ち方始めぇっ!」

 

 律義にモニターから身体ごと振り返り敬礼と共に報告を上げる駆逐艦娘の声に返事する様に指揮官は命令を発しながら手を水平に振る。

 彼の声を合図にガツンと金属がぶつかり合い爆ぜる音と振動が艦橋に響き、正面モニターに見える巨大な古鷹の主砲の先端が閃光と共に超音速の砲弾を放ち、直後に空気を捻じ切り穿つ光弾の通過によって遥か彼方まで走る白線で正面に見える海面が引き裂かれていった。

 

「軽巡ト級に弾着、目視確認っ! やったわ♪ ・・・って!?」

 

 超音速の弾丸が着弾して激しく水柱が上がる遠く離れた場所を拡大する映像、横に並んだ三つの口を持つ黒鉄の深海棲艦が右舷から左舷に抜ける貫通弾で爆散する様子の拡大映像を確認してガッツポーズをとっていた陽炎が横目に見たそれのせいで絶句する。

 

 それはメインモニターに開いたままになっていた敵本隊を拡大した映像。

 

 戦艦レ級の尻尾に振り回されながらも抱き付いていた伊58の身体がまるで陽炎に包まれたように空気を淀ませたと同時に古鷹の艦橋のモニターやセンサー類が機能不良を訴える。

 

『くぅっ! 目が霞んで・・・、み、耳も痛っ! なに、これっ!?』

「司令っ! 伊58はもうアレをやるつもりよ!」

「全レーダーの回路を停止しろ! 通信の遮断もする! 古鷹は障壁への霊力供給を上げるんだ!」

 

 防衛大時代には数えきれないほど世話になり、そして、それと同じぐらいの厄介事に自分を巻き込んだ先輩(中村)指揮官がまたやらかした身勝手に木村は内心で悲鳴を上げながら古鷹に防御を固めさせた。

 

「ホントにっ、中村先輩はっ! こういう時、警告の一つを入れるべきじゃないかっ!!」

「あ、あれは一体・・・? 事前の作戦内容にあんな事・・・」

 

 そして、慌ただしい声が飛び交う古鷹の艦橋から見える戦艦レ級の艤装に抱き付いた伊58を中心に空気と言うよりも空間そのものを歪めた様な超常現象が発生する。

 

「湾内演習の特殊ルール、・・・潜水艦に抱き付かれたら大破判定ってやつは知ってる?」

 

 桃色の髪をセーラー服の紺襟の上で揺らめかせる潜水艦娘に抱き付かれたレ級の尻尾がネジくれて不可視の力によって無理やりに曲げられた砲身や装甲が追い打ちをかけてくる振動でひび割れ、白い表皮を割って噴き出す沸騰した深海棲艦の血が蒸気を立てて泡噴く海面を昏い光粒に解けながら黒く汚す。

 そんな今まで見た事も経験した事も無いその異様な光景に目を見開いて絶句している神通と祥鳳へと不意に陽炎が小さく肩を竦めながら鎮守府で行われている訓練の取り決めの一つを口にした。

 

「つまり、実戦で潜水艦娘に接近を許して、抱き付かれると・・・ああなるのよ」

 

 目を細めた陽炎の視線の先で歪んだレ級の尻尾がまるで無理矢理に空気を込められていく風船の様にブクブクと(いびつ)に熱膨張して黒い顎が火を噴き内部から牙の破片と黒い血をまき散らし末端が破片となってバラバラと砕け始める。

 

「特に先制攻撃取られて水中に引き込まれるとホントに洒落にならないわよ、抱き付かれた深海棲艦に同情しちゃいそうになるぐらいだもの・・・」

 

 身体そのものが強力な超振動を発生させる音叉と化した伊58、その身体の外側まで広がり増幅を繰り返す無数の波長は密着しているレ級だけでなく範囲内に存在する気体や液体などまで無差別に巻き込み強力な共振崩壊の影響を及ぼしていく。

 

「それは知っていますが・・・まさか余波で周りの海水まで沸騰するほどなんて・・・うっ」

 

 指揮下に潜水艦娘がいた事が無い木村自身もその艦種が持つ特有の現象(能力)に関する情報は知っていたが、本来なら電探(レーダー)探信儀(ソナー)に利用される索敵機能が攻撃に使われた途端にここまで凶悪な威力を発揮するとは思いもよらず。

 傷付いた肌を包帯と破れた服で隠した祥鳳が水上艦としての戦闘では決して見る事が出来ない光景を前に怖気に歪めている表情と同じように顔を青くした青年指揮官はファイルに収まった記録やノイズが走る不明瞭な資料映像とは段違いのモニターの向こうで繰り広げられている現実のそれが発する迫力に絶句してしまった。

 

『これだけ離れた場所で障壁も最大にしているのにまだ耳に痛い、・・・あんなの友軍がいる場所で使う武装じゃないですよぉっ』

 

 肩に担いでいた長距離砲を背中に移動させ背負った状態になった古鷹が耳を守る為にヘッドセットの上から両手で両耳を押さえ不快そうに顰めた涙目と共に苦しそうに呻き声を漏らす。

 

「話には聞いていたが、とんでもない能力だ・・・」

「でも、あれなら確実にレ級を仕留められますっ、提督!」

 

 数十キロ離れた艦橋のモニターの画素までざらつかせる超振動の威力を近距離から浴びせられてのたうち回り暴れるレ級の姿が潜水艦娘の身体から放射される余波で海面から立ち上り膨れ上がる高熱の蒸気に覆い隠されていく。

 濃密な湯気に呑まれていく戦艦レ級は声にならない悲鳴を上げ何度も敵がくっ付いている尻尾を海面へと叩き振り払おうとする。

 しかし、海面に叩き付けられる衝撃でセーラー服やスクール水着の布地が弾けても伊58は振り回されるレ級の尻尾に抱きついたまま体全体から強力な振動波を放出し続け。

 

 そして、レ級も伊58も視認できない程に濃くなった白雲に包まれた戦場に向けられた古鷹の目が水蒸気の中に巨大な火球を見つけ、白を打ち破り空に立ち昇る赤い炎の発生から数十秒ほど遅れて爆音が重巡艦娘の鼓膜を揺らした。

 

《や、やったの!?》

 

 潜水艦娘の固有能力によって白霧に覆われた海上に向かって目を見開いていた古鷹が味方の勝利に歓声を上げ、彼女の艦橋で呆気に取られていた指揮官はその声と同時に潜水艦娘が発生させていた強力な振動波による共振破壊攻撃が止まった事に気付いてコンソールの通信機能を復帰させる。

 

「こちら木村隆三佐、戦況に関する情報を求めています! 中村艦隊及び田中艦隊は応答を!」

 

 深海棲艦との戦闘で空気中にばら撒かれたマナの粒子はまだ沈静化しておらず通信機のスピーカーを揺らすのは耳に痛いノイズのみだが木村は根気強く通信を繰り返し行う。

 

「やっぱり通信も電探も使えない、これじゃ残党の掃討は孤立無援でしかも有視界戦闘をしなきゃならなそうね」

「しかし、それは我々水雷艦の活躍の場であると言う考え方もできます」

 

 敵の数どころか戦況すら分からない現状では航空機の観測情報に頼らずハルダウン戦法(水平線の向こうへ攻撃)が出来るが海面下からの攻撃に対応できない重巡から対空対潜を同時にこなせる上に中近距離戦闘を主体とする軽巡艦娘への変更は悪くない考えである。

 

「なるほど、水雷魂の見せどころというわけですね!」

「ええ、なので私達は何時でも戦えるように心構えをして提督の判断を待つ事にしましょう」

 

 しかし、木村は味方に合流するべきか遊軍として様子見をするべきかを迷い。

 祥鳳の発着艦能力が健在なら観測機を飛ばして通信範囲と正確な戦場の様子が分かるのだが、と無いモノ強請りを頭の中で巡らせて判断を決めかねて指揮官は眉間にしわを寄せて唸った。

 

『応答を・・・れ、こ・・・だ!』

「通信が繋がったかっ! こちら木村艦隊、そちらの艦隊はっ・・・」

「ちょ、ちょっと司令官! 後ろ、後ろ!」

 

 通信機に飛び込んできたノイズだらけの音声に表情を明るくした木村は田中か中村の返答を期待して声を上げるがそれを遮る様に彼の肩を強く揺らすように叩きながら陽炎が指揮席の後ろ側を指差し驚きに満ちた声で叫ぶ。

 

「陽炎、通信の邪魔をするな、そんな声を出して敵艦が・・・接近でも、・・・? なっ!?」

『アタシは海防艦大東、所属は田中艦隊だぜっ、まぁ所属してるって言っても予備員だけどな~』

 

 その幼い声に背後を振り返った古鷹が自分の顔を覆う望遠ゴーグルを手で押し上げてから軽く目を擦り、もう一度、訝し気に近付いてくる通信相手の姿を確認してから此処にいるはずの無い艦娘の姿に口を半開きにした。

 海上とコンソールパネル上でそんな姿を見せている古鷹の様子に気を配る事も出来ず木村は自分達へと近付いて来た白い水兵帽子とスモックの様なデザインのセーラー服、小口径単装砲と爆雷だけしか武装が無い小型艦種、海防艦娘である大東が重巡艦娘の腰へと手を伸ばして触れる様子を呆然と眺める。

 

『木村提督、ご無事ですか?』

「その声は龍鳳、まさか大東の艦橋に居るのか!?」

『提督達とさわゆきとの交信が切れる直前に祥鳳さんが撃墜されたと連絡を受けました、それで私・・・』

「冗談も程々にしなさいよ! 貴女はこんな所に来ちゃダメでしょ!? さわゆきに残ってる子達は何してんのよ!?」

 

 そして、接触回線によってノイズが完全に消えた通信が知らせたのは装備換装の補助として同行している海防艦、航空甲板を装備した事で空母に近い能力を使えるが補給艦でしかない艦娘、そして、艦娘の指揮官としての適性はあるが所詮は研究室に所属する一般人(研究員)である為に実際の戦闘に参加する資格を持っていない男性の存在だった。

 その三人とも事前の作戦会議で海上拠点である護衛艦(さわゆき)で待機する事が決められており、戦場の真っ只中に居てはいけない龍鳳達の出現に思考停止してしまった古鷹は呆然と立ち尽くし、その指揮官は続いて通信機に届いた大東の艦橋に居る研究員の言葉に自分の耳を疑う。

 

「祥鳳と交代で龍鳳を戦闘に参加させる、だと・・・? 彼女は非戦闘艦だぞっ! まさか研究室はそんなに新兵器の実験をやりたいと言うのか!?

 

 頭の上の軍帽を握りつぶし怒声を上げた木村の叫びに通信機から男性研究員の情けない悲鳴が聞こえたがそんな相手を心配する艦娘は堅物士官の指揮下におらず、モニターに向かって腕を組み不機嫌そうに鼻を鳴らす陽炎だけでなく青年の周りに居る艦娘全員が険悪な色を宿した瞳で海防艦娘の中にいるだろう相手を睨むように顔を顰めていた。

 

『提督違います! これは私が・・・龍鳳がさわゆきの皆さんにお願いした事なんです!』

 

 そんな刺々しい木村達の空気が伝わったのか海防艦娘の艦橋から改装空母が怯えに声を揺らしながらも、それでも懸命に自らの意志を古鷹の中へと伝えようと言葉を発する。

 

『提督が言う通り、新しい装備を手に入れたと言っても私の艦種は補給艦で本物の空母の人達と違って空は飛べません・・・本来なら戦いを避けなければならない船のままだと言う事は自分でも良く分かっています』

 

 艦娘達の前線拠点であるからこそ戦艦レ級を中心とした艦隊との戦闘の情報がその艦内へと集約されいく護衛艦さわゆきで待機していた彼女達は最前線に立つ戦闘中の艦隊の状況を詳しく知る事が出来る立場にあった。

 まだ知り合ったばかりと言っても良いほど短い間しか過ごしていない艦隊であるが木村達だけでなく他の艦隊の強さを自分の目で見て感覚で知った龍鳳(大鯨)にとって彼ら彼女らの中から負傷者が出たと言う報告は非戦闘艦である彼女を恐れさせるには十分すぎる情報である。

 

『でも、私は、私の力が少しでも皆さんを守る事に繋がるなら立ち向かわないといけないと思うんですっ』

 

 正直に言えば今の木村にとって負傷した祥鳳を大東に預けて避難させ戦闘能力は他の空母艦娘から幾分か劣るとは言え艦載機を使える龍鳳に交代してもらうと言う選択肢は間違いなく彼の艦隊にとって利となり得るモノだった。

 しかし、同時にその選択によって得られる有利が非戦闘艦を戦場に連れ出す事に強い忌避感を持っている陽炎達を納得させるには不十分なモノでしかないと古鷹の艦橋に座る特務三佐は判断する。

 

「守るか、だが我々は君の助けなど・・・」

『去年の春に私は初めて鎮守府の外を、今の日本を見る事が出来ました』

 

 いつ敵と出くわすかも分からない戦場で戦闘能力が低く航行速度も遅い海防艦と共に行動するのはあまりにも危険であり、お互いの為にも早々に彼女達を拠点へと引き返させようと考えた木村は敢えて相手を斬り付ける様な言葉を口にしようとしたのだが自分の言葉を押し退ける様に被さってきた龍鳳の声が持つ妙な強さに怪訝な顔で黙ってしまった。

 

『原因は日本海側に現れた深海棲艦のせいで、本当はそれを喜ぶべきじゃない事は分かっています』

 

 去年の早春に日本海に出現した深海棲艦の大艦隊の余波で被害を受けた街へと大鯨は他の輸送艦娘達と一緒に救援物資を運び込み、同行していた艦隊の指揮官を艦橋に乗せて瓦礫を撤去すると言う巨大化した身体でも大変だと感じる作業を繰り返し。

 そんな救援作業の途中で出会った慣れ親しんだ家を失い嘆く人々の姿に大鯨は自身の無力さを感じ、作業をしている自衛隊へと罵声を浴びせる一部の被災者が街の復旧を行っている艦娘にまで向ける白い目と悪口に補給艦娘は恐れ震えた。

 

『でも、お礼を言ってくれる人達がいました、ありがとうって、助けに来てくれて感謝していますって・・・』

 

 要領を得ない龍鳳の言葉に彼女が何を言いたいのか分からない木村は何気なく陽炎へと視線を向けたが、指揮官からの視線に駆逐艦娘も小首を傾げてから困惑に肩を竦めて見せる。

 

『この国に住む人達が全員が全員、良い人ばかりじゃない事も・・・悲しいけれど分かっています・・・でも、それでもあの人達を守りたいと思うこの心を止めたくないんです!』

 

 古鷹の艦橋で周囲への警戒を行いながらも横目に並行して航行している海防艦へと目を向けていた神通と朝潮が不意に目を見開き、彼女達へと手を差し出す様に突き出した大東の掌へと淡い光が集まり、弾ける様に散った光粒の中から鮮やかな朱色を桜の花びらが飾る着物をはためかせ胸元を黒い胸当てで覆った女性が海風の中に現れた。

 

『だから私はどんなに自分が弱い船であっても提督達と、そして、今の日本に住んでいる皆さん(・・・)を守る為に自分が出来る全力を尽くしたい・・・私が会ったあの人達の様な、家を故郷を壊されて悲しむ人をこれ以上出さない為にっ』

 

 その言葉で木村は彼女が言う皆さん(・・・)の意味が自分達だけでなくもっと大きな人間の一括りを指してそう言っているのだと気付かされ小さくぐうの音を漏らした。

 

『提督、こんな(大鯨)でも守りたいんです・・・』

 

 乱暴な風にかき乱される黒髪に映える赤丸の鉢巻、艶のある胸当ての前で握られた右手は力強く、荒事と無縁そうな柔和な顔立ちを強い意志で引き締めて改装空母艦娘は海防艦娘の手の平の上から自分を見下ろす重巡艦娘を曇りの無い瞳で見上げた。

 

『こんな(龍鳳)も、補給艦娘も、輸送艦娘だって! 日本を守る為に生まれた艦娘ですっ! 私達は守られるだけの存在のままでいたくないんです!!』

 

 戦闘艦娘達は大鯨達の様な非戦闘艦娘達を自分達の被保護者であると自負している傾向が強く。

 そんな戦闘艦達の過保護に対して大鯨達は感謝しつつ自分達ももっと仲間の役に立ちたいと思い出来る事を探し。

 多くを学び、考えて、戦闘能力の低い艦種ゆえの臆病さに負けずに出来る事を着実に増やしてきた。

 

 そして、その非戦闘艦に含まれながら改装空母となって深海棲艦と戦える力を手に入れた艦娘は左肩に装備された航空甲板を震える右手で握る。

 

『中村艦隊と田中艦隊も空母を旗艦として出せる余裕がないとさわゆきの艦長さん達から聞きました』

 

 戦場に立つ恐ろしさに震えながらも自らの恐怖心に負けないように深呼吸をした龍鳳は古鷹の胸元へと視線を向け、その艦橋に居る指揮官へと視線を合わせるようにして何故ここに自分が来たのかその理由をはっきり告げた。

 

『今、この戦場で航空支援を行える場所に居る艦隊は木村提督達だけです、そして、艦載機を使える艦娘は私しかいません』

 

 空母艦娘の仕事は敵艦載機にドッグファイトを挑んで制空権を確保するだけではない。

 また航空機による遠距離攻撃で敵艦へダメージを与えられればそれで良いというわけでもない。

 無人艦載機による広範囲の情報収集と同時に発艦させた艦載機を中継端末としてマナ濃度が通信妨害をするまでに上昇した戦闘海域で友軍との通信連絡を確保出来る能力によって有利な状態を維持する事こそが彼女達に求められる最も重要な役割となっていた。

 

『提督、皆さん・・・私の、龍鳳の戦闘参加を認めてください、お願いします』

 

 そう言って必死に懇願するように頭を下げる龍鳳の姿に木村は指揮席の上で顔を苦渋に歪ませ、現状は龍鳳の言う事が道理に適っていると判断する。

 だが、それを部下である陽炎たちが認めるかどうかと言う悩み自分と同じ様に正面モニターへと顔を向けている少女達の表情をチラリと窺う。

 

 何やら気まずそうに頭を掻いている陽炎、悩ましそうに眉を下げている神通と祥鳳、変わらず真面目そうだがよく見れば表情を強張らせている朝潮、コンソールパネルの上に表示された立体映像の古鷹は望遠ゴーグルで表情を隠していた。

 

 全員が今回の作戦で龍鳳が戦闘に参加する事どころか拠点である護衛艦から出る事すら拒否した艦娘達であり、それ故にモニターの向こうで海風に袖をはためかせている少女の言い分がどれだけ理に適っていても心情ではそれを認めたくないと顔に書いてあるように木村は感じる。

 

「提督・・・私と彼女、祥鳳と龍鳳の乗員交代の許可をお願いします・・・」

 

 僅か数秒がまるで十数分にも感じる程の躊躇いが漂う艦橋の空気を振り払うように破れた袖を揺らして傷だらけの手で手すりを握り身体を支えている祥鳳が木村へと振り向いて少しの自嘲が混じった苦笑と共にその考えを言葉にした。

 

「・・・良いのか?」

「だって仕方ないじゃありませんか、私達が勝手なプライドを優先させて、そのせいで日本を守れませんでしたなんて事になったらそれこそ情けない話です」

 

 命に別状は無いがそれでも空を舞うための翼が折れ痛々しい傷が見える空母艦娘は痛みと悔しさに表情を歪めながらもその場にいる仲間へと言い聞かせるように言い切ってから少し無理をしていると分かる笑みを浮かべる。

 それによって陽炎達は自分達の力不足を嘆く様なため息を漏らしながらも祥鳳の意思に了承する頷きを指揮官へと向けた。

 

「祥鳳は下船後に大東と同行し拠点艦へと帰還して治療を受けろ、そして、龍鳳の・・・我が隊への参加を認める」

「了解しました・・・ご武運を、提督」

 

・・・

 

 傷を負った空母艦娘が古鷹の掌から大東の手へと受け渡され、その手の上に座り込みながらも敬礼を重巡艦娘へと向けた祥鳳の身体が光の粒となって海防艦の艦橋へと吸い込まれる様に消えていく。

 

 緩やかに速度を合わせて航行していた二人の艦娘がその進路を分け、大東は怪我人を拠点としている護衛艦へと連れ帰る為に全速力で帰還の途を走り。

 それを見送る古鷹の身体が不意に速度を落として金色の光へと解けてその輪郭を消していった。

 

 そして、輝く輪が宙に金の葉を茂らせ煌めく錨が空間へと銀の文字を輝かせるその茅の輪を固定する。

 

 燐光の粒をまき散らし輪の中から突き出されたしなやかな指が白い破線に縁どられた紅襟のセーラー服に通され、揺らめく光粒に編み上げられていくスカートの下から伸びる黒いストッキングに包まれた足が船底を模した履物へと差し込まれて海を踏みしめた。

 

 そして、海に立ち両腕を左右に広げた大鯨(・・)の背後から朱色の着物が金の輪から羽ばたくように現れてまるで生きているかのように彼女の身体を包み込み。

 

《航空母艦・・・龍鳳、抜錨します!》

 

 その左肩へとミニサイズに圧縮されていた航空甲板が元の大きさへと再構築され、黒い胸当てと太帯が前襟を合わせた着物を包み込むように龍鳳(・・)の胸と腰を引き締める。

 

 緊張に顔を強張らせながらも気丈に顔を真っ直ぐと上げて空母となった艦娘は背後で消えていく金の輪から最後に引き抜いた長弓を手に構えて艦橋からの声に頷き背筋を伸ばし集中と共に目と腕に力を込めて指と矢を弓の弦へと掛けた。

 

《観測機発艦! はいっ、友軍艦隊の捜索と拠点との通信の確立を優先、・・・ですね!》

 




 
Q.交代の艦娘を連れて来るにしても龍鳳じゃなくて他の巡洋艦か駆逐艦にするべきだろ、常識的に考えて。

A.待機と言っても戦闘の余波で発生した津波とか戦闘海域から出てきたはぐれ深海棲艦への対処をしなければならないので完全に暇って艦娘は一人もいないのです。多分。
 おそらく戦闘でマナ濃度が上がったせいでレーダーや通信が不自由になっている海域で艦載機が使えない艦娘が目印も無い海の真ん中にいる木村君達を見つけるのは索敵値的に難しいからこその判断なのでは?
(※全文、言い訳)
 


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第七十三話

 
深海棲艦が水底から生まれ出たと同時に囁き続ける声。

その個体も生きる上で必要な事を教えてくれるそれに従う事への疑問を抱く事は無かった。

他の同胞達と同じ様に。

いや、そもそも自分の意識の一部であると思い込んでいたと言うべきか。
 


 その深海棲艦の身の内で一番初めに湧き起った明確な欲求は地上に生きる生物ならば当然に持つ、生き残りたい、と言う死への恐怖。

 とは言え、その個体も海の底から駆逐艦級として生まれ出でた時点では他の同胞と同じくその感覚を持っていなかった。

 

 それが芽生える原因となったのは突如としてその個体達が縄張りとしていた海に現れた外敵、深海棲艦と似通った力を利用しながら人間と共生する者達。

 船体の大きさも蓄えた力の量も、数ですら自分達の劣る筈の敵に撃破されていく同族の姿に驚愕させられながらその敵が海中へ落とした爆雷の威力で海底に叩き付けられた。

 だが幸か不幸かその深海棲艦は激しいダメージを受けながらも舞い上がった砂塵や岩石に埋もれた事で敵の索敵から逃れる。

 

 そして、損傷により身動きが出来なくなった小さな深海棲艦の中で理解不能な敵に対する未知の感覚が溢れ。

 死とそれを自分へ運んでくる敵への恐怖は、生存を求める強く直向きで純粋な欲求は遠く離れた地の底に根を張る水晶の樹にまで届き、その欠片を傷付いた深海棲艦の中へと引き寄せた。

 

 その個体に組み込まれた力は霊力を内包する素材を取り込み混ぜ合わせ、自らの身体を取り巻く環境に最適なかつ強力な形へと作り変える能力。

 

 それでもその欠片を得ただけなら能力の使い方に気付かず小さな深海棲艦は他の同胞より少し臆病な個体と言うだけで終わっていただろう。

 

 その時、傷付いた深海棲艦が身体を癒すための活力(マナ)に飢えていなければ。

 

 その日、深海棲艦との戦闘で軽巡艦娘から千切れた腕が目の前に落ちて来なければ。

 

 その際、艦娘達の指揮官が海底に転がる瀕死の駆逐ロ級を見つけ出し始末を着けていれば。

 

 あの()が海底で沈んだままその命を終えていれば、こんな事にはならなかったのだ。

 

・・・

 

 二隻の空を飛ぶ不思議なチビ共を自分の艤装に格納されている飛行端末で追い落とし、配下に張らせた弾幕に乗じてかぶり付いた光る板を身に着けた獲物達の味は直後に受けた反撃の痛みを忘れさせてくれる程の美味であり、その成果から戦艦級深海棲艦はその下位個体(艦娘)が十分に仕留められる相手であると学習する。

 瞬きする間に枠や格(艦種と階級)を全く別物に変えると言う道理の分からない不思議な力を使う連中だがその中で戦艦レ級が恐れる異様な力を持った個体は彼女が危惧していた程多くない様で少し安心した深海棲艦は次こそはあのご馳走達を捕まえてその美味を余す所無く骨の髄まで楽しんでやると息巻いていた。

 駆逐艦や巡洋艦の同族程度ではもう味気ないと感じるがそれらと同じ艦種でも奴らの肉は絶妙で鮮烈な味で楽しませ取り込むだけで強くなれる実感(安心)で身体を満たしてくれるのだとレ級はその美味を思い出して上機嫌に笑う。

 

 そして、なんの疑問も持たずに艦娘との再戦(狩り)を望んでいたレ級が思っていたよりも早く次の獲物が空から降ってきた。

 

 頭上から襲い掛かってきた緑色に赤い丸が付いた飛行端末に気付かず先制攻撃を受けた事は不愉快だったが腰に光る板をくっ付けた下位個体の形はこの前に腕を板ごと食い千切ってやった相手と似ており。

 深海棲艦と艦娘、空母の欠片を二つ食べた事で以前より格段に強くなった戦闘機によってそれが勝てる相手であると踏んだレ級は配下に総攻撃を命じて空を舞う細っこいが美味そうな香りがする獲物へと舌なめずりをした。

 

 だが、その頭上の敵は中々に艦載機の扱いが上手く、さらに前に戦った長い黒髪に赤いヒラヒラを腰に巻いた空母ほどではないがすばしっこく空を飛ぶ。

 思い通りにいかない狩りに苛立ったレ級へ今度は遥か遠くから音を置き去りにして光弾が襲い掛かり、その身体を守る障壁の大部分を破壊した爆炎に弾き飛ばされ戦艦級は尻尾と身体を海原に叩きつけられた。

 

 それから遠くから狙撃してくる敵へと反撃しようと勝手な行動を始めた配下の隙を突いて海へ降り立った敵が金色の輪を通って別の形へと変わり。

 遠くの敵が放った強力な榴弾で怯んでいたレ級へと近付いた敵艦がありったけの砲弾と魚雷を軽巡から重巡へと早着替えの様に艦種を切り替えながら叩き付ける。

 

 不意に戦艦である自分が格の劣る相手に一方的に責められる戦いをさせられているのだ、とそんな考えが頭に過りレ級の苛立ちが最大まで高まって目の前の敵へと自分の威力を見せつけてやると言う様に戦艦級は持てる限りの艦載機を放ち全ての砲門を開き忌々しい敵への突撃を行おうとした。

 自分は戦艦(お前は戦艦)なのだ、あの巡洋艦程度の敵艦(弱者)など本気を出せば一撃で屠れる、そうすれば今度こそご馳走を心行くまで楽しめるだろう。

 

 その煽てる様な考えがまさしく自分にふさわしいのだと、思いかけた戦艦レ級は敵の姿がオレンジ色から白と紺色の胴体と駆逐艦の格が見える艤装に代わった途端に尻尾型の艤装を海に突き立って急ブレーキをかけた。

 

 海風に揺れる黒い髪の下から自分を睨み上げる瞳の奥には青白く光る菱形が刻まれ、その身体がぶれた一瞬後にレ級が放った艦載機が残らず撃ち落され、端末との接続が切れた痛みが頭を走るが海原に立ち止まった深海棲艦はそんな痛みが些細な事に感じるほどの恐怖に顔を青ざめさせて踵を返す。

 

 そのレ級の頭の(記憶)から自分が戦艦となる前に居た南の海を支配していた戦艦やその配下の空母や重巡を狩り殺した敵の姿が引き出される。

 

 力自慢の重巡は足下から伸びてきた死神(潜水艦)の手に掴まれ聞くだけで命を削られる様な恐ろしい咆哮を浴びせられて破裂して粉々になった。

 空に黒い渦を作れるほど大量の飛行機を操り海上や島の上に火の海を作れる力を持っていた空母は空から風を裂いて襲い掛かってきた朱色ヒレ(空母)に頭を蹴り潰された。

 かつての自分と同じ駆逐艦やその一段上の巡洋艦は暗闇でも迷わず追いかけてくる赤白(軽巡)の手が振る銀色の棒でバラバラに解体されていった。

 

 そして、逆らうと言う発想どころか思惟を交える許しを貰える事すら出て来ない程の上位者だった白いマントを羽織った戦艦の身体を駆け上ってその胸に一瞬で大穴を開けた青白く光る左目。

 駆逐艦の格しか持っていないはずなのに、至近距離であったとは言えたった一度の砲撃で上位者を屠った敵対者(化け物)の姿が自分に迫って来る様子にレ級は目を見開き悲鳴を上げて海の中へと遁走する。

 

 追撃してくる魚雷を何とか防ぎやり過ごして逃げた先で偶然に迷い込んだ別の支配者が君臨する同族の領地で傷を癒し、配下の修理が終わった頃にレ級は自分の頭の中に妙な違和感を覚えた。

 

 何としても艦娘を撃ち殺してその肉を喰らってやると言う決意、下位であるクセに格上である自分へと逆らう不遜は決して許すべきではないのだ、と岩山に座する眠り姫の領地で身体を癒していた時に宿った赤い炎(エリートの力)がチラつく度に自分を追い詰めた憎い艦娘との再戦への欲求が高まっていく。

 

 だが、そもそも・・・艦娘とはなんだ?

 アレは出来損ないの下位個体ではないのか?

 もしかして、自分達と別種なのか?

 そもそも何故、わざわざ危険な力を持った相手へと戦いを挑まないといけない?

 狙うなら島の近くに居る下位個体や虫を襲った方が楽に旨味を楽しめるではないか?

 

 など、と頭の端っこに追いやられながらもしがみ付く戦艦の格にあるまじき弱い考えとも感じる疑問(不安)が徐々に強くなり彼女の頭の中で色分けをする様に違和感をあぶり出そうとする。

 しかし、その疑問に対する確たる答えは出せず彼女は領地の支配者から受けた傷が癒えるまでの滞在の許可が期限を迎えた事で同じく傷の癒えた配下を引き連れ。

 ついでに姫の領地で不満を燻らせていた底辺や暇を持て余していた連中にも思惟を掛け。

 瞳に宿った赤い灯のお陰か思ったよりも多くが呼びかけに応じ、それらを引き連れながら戦艦レ級は海上へと戻る事にした。

 

・・・

 

 お前は誰だ、そう頭の中で問いかけるレ級の思惟に答える何かは既にそこには居ない。

 

 少し寝ていただけなのに宿った新しい力に気を良くしながら海底の領地から海上へと顔を出した途端に待ち伏せしていた敵の攻撃にさらされたレ級は配下に命じて自分を守らせながら艦載機を空にばら撒く。

 空に飛ばした目で見つけた敵を砲撃しながら、魚雷管から放った沢山の魚雷で近付いて来る船足の速い灰色の服を纏った小柄な駆逐艦娘を狙うがその全てが敵の手にある小口径砲の迎撃によって処理されて水柱に変わる。

 

 遠距離から雨の様に降って来る砲撃は直撃こそ無いが視界を確保するのも難しい程に濃くなった自分達とは色違いの霊力を含んだ旋風が波を荒立て、命中弾を受けて砕ける眷属の悲鳴や破片と同時に降りかかり装甲を削る光の粒でチリチリとする肌の痒みにレ級は顔を顰めた。

 

 頭の中に何かが居る。

 否、さっきまでは居た。

 その存在は自分に気付かれたから何処かに逃げた。

 

 そして、今も自分以外の眷属の中に紛れ込んで無自覚にそれらを敵へ突撃させてその命を差し出させようとしている。

 その考えを証明する様にレ級の思惟を妙な形で曲解した配下の深海棲艦達はまるでわざとしているかの様に旗艦を守る筈の防御陣に穴を開ける様な戦い方と走り方をしていた。

 

 まるで見えない紐で縛られ自分の望まない方向へと引っ張られていく様な感覚に苛立ったレ級はもう自分以外の同族も巻き込んででも敵を始末してやろう、と決断し艤装の主砲を水平射させようとしてさっきまで自分に凄まじく早い船足で接近してきていた敵を探す。

 しかし、目を皿の様にして見回しても、空から端末が送って来る視界にも少し前まで目に見える範囲にいた筈の敵駆逐艦の姿は無く、困惑するレ級の周りに居るのは馬鹿みたいに右往左往して遠くから砲撃してくる相手へと当てずっぽうに反撃する随伴艦だけだった。

 

 次の瞬間、それは些細な事だから気にする事ではない、と頭に走った考え()にレ級の背筋で嫌な怖気が湧き上がる。

 

 まだそいつ(・・・)は自分の頭の中に隠れていた。

 

 そして、未だにその声に反応して従ってしまう自分の艤装が勝手に遠くに居る狙い易い敵へと砲を向ける。

 

 その気味の悪い怖気に全身を強張らせ歯を食いしばって砲弾を装填して弾底を叩こうとしていた艤装に無理矢理に砲撃の中止を命じたせいでレ級はその場で急減速してタタラを踏み。

 速度を落とした戦艦の周りで旗艦に速度を合わせようとした者とそれに気づかなかった者が追突し合い。

 その動きによって偶然(・・)にもレ級を囲む輪の様に狭まったその陣形は彼女を閉じ込め移動力を奪ってしまう。

 

 その味方艦の動きに赤い炎を宿した目を見開きつつ攻撃を思い止まった戦艦級の背後で荒立つ水面からするりと音も無く艦娘の素手が現れて海面に下ろされていた深海棲艦の尻尾へと触れて掴む。

 

 足を止めてしまったとは言え頭の中に囁く奇妙な声を今度こそ追い払ってやった、と確信したと同時に奇妙な重みが自分の尻尾にかかった事に気付いた戦艦レ級は背後を振り向き、そして、自分の艤装にくっ付いている潜水艦の姿に目を見開いて悲鳴を上げた。

 

 見覚えのあるピンク色の頭と白と紺の胴体、前触れなく現れたその恐るべき死神を何とか振り払う為に周りの随伴艦への被害も構わずに艤装を振り回したレ級だったがその努力も虚しく。

 甲高い身体の内側を直接に斬り付ける様な高音と波動が深海棲艦の尾に抱き付いている潜水艦娘から放射され。

 その凄まじい振動と音波によって身体中を走り回る痛みと熱に悲鳴を上げのたうち回るレ級は自分の周りを覆っていく白い煙の中で必死に自分が生き残るための手段を探し。

 この姿になってから沢山の同族、下位個体、小虫を喰らって力を溜め込んできた自慢の艤装の根元へと血走った眼を向けた深海棲艦は必至の形相で腕を振るい。

 敵の攻撃によって各部から火を噴き歪に膨れ上がり自爆寸前となった武装の根元へと爪を食い込ませて無理矢理に自分の尻から引き千切った。

 

 あと数秒その判断が遅れていればレ級は自分の艤装の爆発に巻き込まれて骨の一欠片も残さずに消し飛んでいただろう、しかし、その爆発は本体である少女部分を霧の中から海中へと叩き込むだけに留まり。

 艤装を千切った尻から大量の黒い血を吹き出しながら海中へと逃げ込んだ戦艦級は随伴艦の事など気にも留めずに酷い痛みを発している両手と両足で水を掻き海底を目指す。

 

『尻尾を切って身代わりにしたっ!? なら、追撃だろ!』

『てーとくっ、身体も水着もボロボロでゴーヤもう戦えないよぉっ!』

『後は心配すんなっ、ゴーヤ、今回のMVPは保証してやるからボーナス期待して休んでろ!』

 

 イカ墨の様に広がる自分の血の向こう側にある海面から聞こえたピーピーと五月蠅い鳴き声にレ級は恐怖で顔を引き攣らせ。

 血の煙幕を抜けてイルカの様に全身を波打たせながら自分の方向へと目掛けて急速潜航してくる桜色の髪を揺らめかせる潜水艦から逃れる為に身体に残った推進力を両足に込めて逃げる。

 

『その為に定員外を連れてきたんだぞ! 旗艦変更、イク出番だっ!』

 

 一目散に撤退するレ級の背後、黒い血の残滓を照らし打ち払う様に日の煌めきに似た光が金輪を造り出し、中央に刻まれた銀色の文字を打ち破って海中に薄紫の花びらを舞わせるように潜水艦娘が現れ。

 その滑らかな肌へと塗り広げられていく光粒が紺色の布地を織り上げ海水を含んで身体のラインに張り付いて女性らしい曲線を際立たせ。

 その背中に伊号乙型潜水艦共通の魚雷管と推進機関、右の太腿に単装砲が部品を組み合わせて形成していく。

 

『んふふっ! イクにお任せなのね~っ♪ あんなの直ぐにやっつけちゃうの!』

 

 近付いて来る敵の鳴き声と追撃に恐れ戦き、主兵装を失い身体が徐々に分解を始めている戦艦レ級が必死に目指すのは海底で霊力の結晶を大量に溜め込んだ瓦礫の山に座する姫級深海棲艦の領地だった。

 

『って、あんな無茶な潜り方したら深海棲艦でも潰れて死んじゃうのね・・・、イクのお仕事無さそうなの~』

『気を抜くんじゃないったら! 今回こそ逃がすわけにはいかないんだから!』

 

 身体を押し潰す水圧の事など考える事も出来ずにがむしゃらに深海へと向かう戦艦レ級に気付いたのか海底の姫が自分の領地へと傷付いた深海棲艦の侵入を拒絶する思惟を叩きつける様に放ってくる。

 

『ぇっ!? 司令官っ、海底方向に異常なソナー反応がっ!』

『おいおいおい・・・なんだ、そりゃ・・・なんであんなのがあるんだ・・・』

 

 その怒りすら感じる上位者の思惟にすぐさま跪き命令に従わなければならないと怯え悲鳴を上げる自らの本能にレ級は砕け始めた手足から黒い血を靄の様に溢れさせながら敢えて自分の意思で逆らう。

 

 その命令に従って立ち止まれば敵に追いつかれて殺されてしまう。 

 

 補給が必要、修理が必要、足りない物を欲しがるレ級の身体の奥で飢えと恐れが疼く。

 

 これより痛いのは嫌だ、これ以上の恐いは嫌だ・・・、死ぬのは嫌だ!!

 

 強い死への恐れを浮かべる顔で声無き叫びを上げるレ級の意志に応じて彼女が手に入れた(組み込まれた)能力が再び動き出し、その身体を現状で出来得る最善の形へと作り変え始める。

 そして、必要のない無駄な部分へのエネルギー供給が止まり、それによって出来た余剰霊力が生命維持に必要な機能へと集中し、潰れて使えなくなった部品同士を混ぜる様に継ぎ接ぎして現状で最も生存に適した構造へと組み変え。

 

 そうして自分の命令に従わないレ級の思惟を感じ、今度こそ間違いなくそれが不良品であると姫級深海棲艦は判断した。

 

 レ級に唆され連れ出されただけでなく領地の近くで遊び始めた下僕達の五月蠅さに機嫌を損ねた姫級深海棲艦に下位個体への懲罰の執行を命じられて海上へと向かい海底に重なる様に存在している巨大な空間から上ってきていた戦艦タ級は限定海域の入り口から顔を出したと同時に艤装に火を滾らせる。

 そして、主が玉座から放った追加命令を受け取り瞳に黄色い灯火と強い殺気をみなぎらせた戦艦タ級の背から戦艦砲を備えた蛇が顎を打ち鳴らして鎌首をもたげその白色の蛇腹が勢い良く伸び。

 不敬なる不良品には厳罰()を与えなければならぬ、と上位者の命令を無視して主の領地に踏み込もうとしている戦艦レ級へとタ級の武装が襲い掛かった。

 

『次から次になんだよ!? 今度は同士討ちなのか!?』

『と、共食いするのはレ級だけじゃなかった!?』

 

 海中で強く石を打つ様な音が水を揺らし、艤装を失い深海棲艦と言うよりも艦娘に近い大きさになった戦艦レ級がその身体とほぼ同じ大きさの連装砲を備えた蛇の顎に咥えられ捕まる。

 鋭い牙並ぶ顎の間で両手を付いて抵抗する満身創痍の黒合羽が次の瞬間には呆気無く噛み潰され黒い血が海中に飛び散り煙の様に蛇の顎の近くで揺らめいた。

 

『新しい敵艦なの!? でも海の中ならカモネギさんなのね!』

 

 死にかけの不良品を処分すると言う他愛ない主の命令を遂行した戦艦タ級フラッグシップはふと自分の艤装の長さが届かない程度に離れた頭上に見える敵の姿に思案する。

 質も力も自分よりも劣る上に先ほど処分した不良品とほぼ同じ小さな下位個体や下僕の為に自分が出向く必要があるのか、むしろ後から領地から上がって来るだろう他の下級共に処理を命じて今すぐに姫の下に戻り侍る方が有意義なのでは、と考えかけた戦艦級はふと敵が纏う光の色に気付く。

 

『魚雷六発装填、・・・イク、イっちゃうのね~!』

『待て、イク! 今は攻撃するな! 何かがおかしい!』

『ふぇ?』

 

 あの奇妙な色の光が自分の主がいつも手元に置いている瓦礫とガラスの玉に宿っている輝き(霊力)と同じであり。

 頭上のあれを捕まえて姫級に献上すればその褒美は力の結晶だけでなく思惟を交え抱いてもらう栄誉までもを得られるであろう。

 

 そう思い至った戦艦級の深海棲艦は下僕に大きな手柄をくれてやるのが惜しくなり。

 あまつさえ自分と同じ色の灯火を宿し艤装に蓄えた魚雷の数を自慢する鼻持ちならない巡洋艦(恋敵)の同族に取られる様な事になったなら悔やむに悔やみ切れないと結論を出す。

 

『嘘だろ・・・あんなの俺は知らないぞ!?』

 

 そして、海上でまだ遊んでいる愚か者達の粛清と言う簡単な仕事のついでに手土産を手に入れようと思い立ったタ級が獲物に向かって浮上しようとした時、その腰に繋がった大蛇の様な艤装が異常を知らせる痛みを本体へと伝え。

 突然の痛みに困惑した戦艦タ級が目を自分の艤装へと向ければついさっき不良品を噛み潰した主砲の一つがまるで無理矢理に水を注入されているかの様に歪に膨張しており。

 

 その牙が剥き出しになっている大蛇の歯茎の間からタールの様な黒い粘液が溢れて海水の中でイソギンチャクの触手の様に揺らめいていた。

 

 痛みと未知の現象に硬直したタ級の目の前でついに膨張の限界に達した大蛇が内側から破裂し、マナの粒子に解ける事なく存在を維持する深海棲艦の血液が意思を持って間近の戦艦へと絡み付き襲い掛かる。

 

 闇に覆われた深海の泥土を思わせる黒い粘液が足掻く戦艦タ級の上半身を瞬時に呑み込み、何とか戦艦タ級は残りの主砲をタールへと向けたが攻撃を行う暇無く残りの蛇の頭に飛びついてきた黒血はその口へと押し寄せタ級の体内になだれ込む。

 内側と外側から同時の侵食に襲われ抵抗も虚しく戦艦級深海棲艦の身体は原型を失い部品として取り込まれていく。

 

『提督・・・あれも深海棲艦・・・なの?』

『正直言って自分の目を信じたくないが・・・見た通りだろうな』

 

 絶命した深海棲艦の身体を溶かし自らの部品として取り込みパッチワークの様に組み換え作り変えていく黒い泥の塊が海底へと堕ちていく様子への畏怖を漏らす様に伊19と彼女の指揮官が呻いた。

 




 
その欠片(能力)はどれだけ強い意志を持って己を律しようと命を冒涜する形に至る。

本来ならば艦娘であっても、深海棲艦にすら与えられるべき力では無かった。

だから、誰一人としてその歪な生命の誕生を祝福する事は無い。

人間も、艦娘も、そして、同族ですらあの()の死を願うだろう。

・・・そうなる前にその器を討ち果たし、その魂を鎮めねばならない。
 


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第七十四話

 
 それは守るべき大切な人達がより良い未来を歩いて行ける様にと。

 熱に浮かされているだけだったとしても、見せかけの儚い夢と分かっていても。

 祖国が掲げた希望(大義)を信じて大火(戦争)へと生命を投じた者達の切なる願い。

 愚かな世界大戦へと突き進む、狂った時代を懸命に生き抜いた戦士達から託された祈りだった。
 


 

 夢を見ていました。

 

 懐かしく、誇らしく、どうしようもなく悲しい夢を見ていたんです。

 

 かつて存在した帝国としての日本で技術と資源の粋を結集し、人々の血と汗を絞り出すように結実させ造り出された史上最大にして最強の兵器として見た夢。

 

 航空技術の発達によって大艦巨砲主義が陳腐化しても戦略的価値の変移を認められなかった軍人の身勝手によって生まれた日本海軍における最後の戦艦の一隻に刻まれた記憶が何度も明滅を繰り返す。

 

 人類史に第二世界大戦の名で刻まれた戦争の末期、自分と同じ山をも貫く最強の鉾を与えられた妹艦が奮戦も虚しく悪き敵連合国軍の航空機によって打ちのめされ沈み。

 

 その戦訓から切り札にして虎の子である46cm口径の主砲を守る様に最後の作戦の為に施されたヤマアラシの針にも見える無数の対空機銃、機関砲を備え付けられた私の船体(身体)

 私が沈めば国が終わると言わんばかりに艦橋から見下ろす鋼の巨体には過剰な量の最新鋭艤装がずらりと並んでいたが肝心のそれらを動かす人員どころか全力を振り絞る為の油や弾までも満足に用意する事はできていなかった。

 

 そして、既に世界各地で繰り広げられた戦闘が軒並み劣勢であると言う知らせによって自分達と相手の物量の差は絶対的な隔たりがあると最期の作戦を命じられた者達は一人残らず知っていた。

 

 それでも彼等は数少ない弾に魂を込めるようにして銃に装填し、腰に佩いた刀に手を掛け意気乾坤の声を上げる。

 

 そうして、日本最強の戦艦が鬼畜な敵国軍に負ける事などあり得ないのだ、と実体の無い誇りに飾られた狂奔に突き動かされ気炎を上げていた。

 

 だけど、私は彼等を愚かなどとは言わない。

 

 私だけは彼らの心が狂おしいほど身を苛む死の恐怖に怯えていた事を、それを押し殺してでも自らが守るべきと定めた人々の為に必死に動いていたのだと知っているから。

 

 船室の片隅で手作りのお守りを手に握り震え、本当は戦争から逃げ出して故郷に帰りたいと願っていた青年がいた。

 海に向かい空の盃を手に掲げて、亡くなった戦友に語り掛けるように愛国の言葉を唱える士官が居た。

 負け戦を前であるのに数千の人員の命を背負う重圧に負けじと胸を張る艦隊司令が、艦長が、各部署に配された将兵の矜持が私の中で生きていた。

 

 敵軍に襲われ救援を求めている同胞がいる沖縄を奪還し防衛をなす決死の作戦。

 その作戦が成功しても戦略的な逆転は最早あり得ない。

 後の世に無謀極まる無駄な作戦とまで言われる事になるのだとその時を生きていた彼等ですら薄々気付いていた。

 

 それでも、その戦艦()の最期が無残な敗北によって全てが崩れ去り、未来へとなんの成果も残さなかったとしても。

 その船の中に居た彼等の誇りと願いは確かにその時代に現実として存在していた。

 

 彼等には命を懸けてでも守らなければならないと定めた想いや人達があって。

 その器として造られ血が通わず物も言えぬ鋼鉄の身にも燃える心の光は眩しくて。

 そして、その最期の作戦は私にとっての死出の旅であったけれど彼等と共に運命に立ち向かった事は後悔していない。

 

 空から襲い掛かる機械の鳥達が落す無数の爆弾に焼かれ、砕き割かれた船底からの浸水で重くなった船体が冷たく深い海へと飲み込まれるその一瞬まで。

 

 艦内から敢えて脱出せずに最後まで私と一緒に居てくれた人が今わの際に漏らした無念が泡沫に消えるその時まで。

 

 (戦艦)は彼等の思いと願いを自分の中へと刻み込み続けた。

 

 その声を、その姿を、彼らの想いを忘れてなるものか、と。

 

 彼らが守りたいと祈り願った故郷(日本)を象徴する名前を与えられた戦船の一隻(一人)として、私にとってそれは義務ですらあった。

 

 そして、もしも、奇跡が起きて護国の為に再起が許されるなら、その時は今度こそ彼らの願いに恥じない最強の戦艦として海原を征きたいと願い続け。

 

 日の光も届かない深く静かな水底へと下りてきた光と声に私は手を伸ばした。

 

・・・

 

 夢を見ています。

 

 誇らしさなど欠片も無く、自らの不甲斐なさと仲間達に降り注ぐ悪意で染め上げられた夢を見せられています。

 

 それは思い出したくもないのに何時まで経っても終わらず勝手に繰り返し瞼と脳裏を行き来する悪夢。

 

〈 これ、どうぞ食べてください―――さん 〉

 

 私の胸元ほどの背しかないセーラー服を着た女学生姿をした駆逐艦が苦境であっても消えない素朴な笑みを浮かべて乾パンを更に硬く固めた様な味気ない糧食を差し出してくる。

 その特型駆逐艦が差し出すそれが組織に冷遇されている彼女や私を含めた艦娘にとって限られた補給物資であると知っているからこそ遠慮しようとした私の手へと―――は押し付けるようにそれを握らせた。

 

〈 ―――さんがこの艦隊の要なんです、だからしっかり補給して万全の状態で戦ってください! 〉

 

 そうしてくれた方が私達も楽が出来ます、なんて空元気の笑顔と共に明るく茶化す言葉に胸を突く様な痛みを感じるのはその日の出撃で彼女が黒い怪物の餌食となって遺言一つ残せずに呆気なく砕け散る事を私が知っているからだろうか・・・。

 

 人の身体で相手をするにはあまりにも巨大な黒鉄の怪物。

 腕を精一杯突っ張って投げつけた私の光弾は他の仲間よりも威力はあったが精々が見えない壁を通り抜けた先にある敵の装甲を少し削る程度の威力しかなかった。

 

 その程度の成果でひもじさを我慢しながら食料を分けてくれた彼女の信頼に報いれたなどと言えるほど私は厚顔でも無恥でもない。

 過去の名前だけが独り歩きしている最強の戦艦と言う肩書に期待をかけてくれる仲間達に応えられたなど口が裂けても言える事ではない。

 

 けれど、私達を海に放り出して使い捨ての囮が如く扱うだけに飽き足らず、傷を負って痛みに呻く私達に向けて感謝や慰めの言葉では無く役立たずの欠陥品などと嘲笑を浴びせ、あまつさえ任務に殉じて砕け散った勇士である彼女らへ一言の弔いすらも無い。

 そんな卑下た顔を見せる軍人モドキの連中に「何が大戦艦だ」「名前負けも甚だしい」などと嗤われる事だけは到底許容できる事では無かった。

 

 敵艦にかすり傷を付ける程度の力しかなく無様に逃げ惑い必死に生き残るのが背一杯のひ弱な存在であっても戦いに向かう戦士への敬意はあって然るべきなのに。

 砲撃の雨に晒され砕け散っても機械の樹によって再生される人の形をした人に非ざる兵器の一種。

 そう扱うにしても理不尽が過ぎる杜撰な管理体制への反意や指摘には大袈裟なほどの叱責と体罰を行う。

 

 表向きは実験と言う名目ではあったけれど私達に支援物資や休息を用意してくれる研究室の面々、その軍人として守るべきである銃後の人々まで脅す様なまねをして偉そうな事を宣うのに外部からの監査が来れば上っ面だけは整え。

 現代の日本軍人達はさも自分達はしっかりと仕事をしていますと借りてきた猫の被り物で腐った腹の中身を隠す。

 

 彼等が守りたいと願った人々の子孫である現代の日本に生きる人々が全てがあんな腐った連中であるとは思いたくない。

 限られた権限で艦娘の待遇の改善に手を尽くしてくれる研究室の面々のような好意的な人達が居る事は分かっている。

 だけど、それよりも多い下種な人間の姿を見せられた私が仲間として信じられるのは背中を預けて共に戦う同じ艦娘達だけになっていた。

 

〈 ―――さん! 早く離脱してねっ♪ こっちは――ちゃん達が引き付けるんだから! 〉

〈 大丈夫、夜戦なら私達水雷艦に任せておいて、心配しなくても一矢報いて見せるってば! 〉

 

 黒い怪物達への恐怖に負けて逃げ出したのか、それとも身体を蘇らせる船魂が朽ち果てたのか、必ず鎮守府へ共に帰るのだと約束した多くの戦友達は徐々に姿を消していく。

 周りを励ます為に空元気を振り撒く仲間の姿に和まされる事はあったけれど、依然として私達を取り巻く環境は変わらず。

 海と無機質な待機室を行き来し続け、一人、また一人と仲間が波間に姿を消して鎮守府へと戻ってこなくなった。

 

〈 ――は今度こそ―――さんと艦隊をお守りします! だから必ず、また鎮守府でっ! 〉

 

 艦娘として生を受けてから短くも長い二年と少し、私はかつて戦船であった時にも轡を並べた仲間が次々にその身を犠牲にしていく事に。

 

 庇われて生き残り続ける日々に耐えられなくなった。

 

 だから、南方の離島から本土へと避難する人々が乗る船団から敵を引き離す囮作戦の終わり。

 傷を負い自力で航行出来なくなった妹に肩を貸し、私は生き残った十数人の艦娘を引き連れて味方艦隊との合流地点とは別の方向へと針路を向けた。

 

〈 ―――、いいのか? 〉

 

 破った布切れで傷口を縛っただけの応急処置では千切れた足から光へ解ける妹を生き長らえさせる根本的な治療にならないのは一目瞭然だった。

 私と同じく一番初めに目覚めた艦娘の一人として出会った当初から姉に対する態度とは思えない程に勇ましく不敵な性格の同型二番艦は二度目の(沈没)を目前にしていながら怯え一つ見せず。

 ただ私の事を案じるように優しい声色で短く問いかけてくる。

 

 咎める色は無く柔らかく背中を撫でてくれたその声に私は声を詰まらせ首を小さく縦に振った。

 

 その場の誰一人として指摘を口にはしなかったが私が彼女達を連れて行おうとしているのは弁明のしようがない敵前逃亡であり、栄えある日本帝国海軍の艦艇にとって自沈せよと命じられても仕方がない行為である。

 

〈 そうか、―――が決めたなら付き合うさ・・・ははっ、どうせなら船だった頃に行けなかった海でも繰り出すか? 〉

 

 二隻の大戦艦が率いる海賊艦隊と言うのも悪くなさそうだ、なんて冗談めかして笑う―――の言葉に私は応える事無くただただ申し訳なさに黙ったまま。

 零れ落ちそうな涙を必死に堪え歯を食いしばり、解けていく―――の身体を曳航して作戦中にはぐれた仲間達と再会の約束を交わした場所ではない、どこか遠くの海へと向けて進んで行った。

 

 少なくともその足が進む先には処刑の執行を待つ死刑囚の様な現在の自分達を受け入れ変えてくれる世界が在るかもしれない。

 かつて私達の原型である戦船に願いを掛けた彼らが命を擲ち(なげうち)繋げた先に生きる祖国が在る筈なのだから。

 

 そんな何の根拠も無い希望を無理矢理でも信じていないと、その時の私は多くの仲間を犠牲にして生き残った罪悪感に押し潰されて。

 文句一つ言わず私の後ろに続いて付いて来てくれている彼女達に向かって自分を殺してくれと懇願し泣きついていただろう。

 

 彼等の誇りと願いを守る為に再び立ったのではないのか?

 海から現れる怪物の脅威にさらされている祖国と臣民を見捨てるのか?

 

 自分達の帰りを鎮守府で待つ仲間達にまた同胞を失う苦しみを与えるのか・・・。

 

 胸の内側から聞こえてくる耳を塞いでも頭を振っても繰り返す悔やみと自問自答の声に足を鈍らせたのが悪かったのか、それとも逃亡を選んだ事がそもそも間違っていたのか。

 

 現代の技術と組織の後ろ盾の無い状態での目視程度の精度しかない索敵と警戒は全長百数十mの怪物達の出現と百ノットを超える速度の襲撃の前には無力であり。

 その異形を前にして抵抗する気力すら無くなっていた私達へと降り注ぐ砲撃と血に飢えた鮫の様に追尾くる魚雷によって仲間達が水柱の中へと飲み込まれていく。

 

〈 そんな顔をするな、この―――にとってお前の姉妹で在れた事は誇りなんだ 〉

 

 そして、背負っていた筈の妹が勝ち気な笑みを浮かべながら飛んでくる火球の前に私を押し退けて飛び出す。

 人の身でありながらも戦艦の名に恥じない堂々と勇ましく両手を広げた褐色の背中が私が見た―――の最後の姿になった。

 

・・・

 

 これは夢なのだろう。

 

 そうとでも考えなければやるせなさで私は諦観に沈んでしまう。

 

 不意に意識を誰かの声で意識を揺り動かされ指一本動かす気力も無い身体が妹と仲間達の魂を感じる光の渦に包まれ海水で満ちた歪な球の中で揺蕩う。

 朧気に見えるその魂の光が乱反射する水晶の檻の向こうでは私を此処に閉じ込め、巨大な手の平で転がしていた巨大な怪物の長が憎悪に歪んだ瞳を水の中ですら燃え盛る炎で彩っていた。

 

 その女性らしい身体に不釣り合いな太く黒い腕の指を弾くだけで泡立った海流が巨大な岩山に座る女の周りで伝説の中の龍の様にうねり、無数の船の残骸と瓦礫で造られた海底山脈が分解する様に砕けながら白い主の命令に従って暴れる海流に振り回され鉄屑で出来た(みずち)が縦横無尽に暴れまわる。

 

 山の様な大きさの深海棲艦と比べれば手の先にも満たない黒いシミの様に蠢く何かへと赤錆に塗れた龍が襲い掛かり、水に溶けた靄の様なそれへと瓦礫の雨が何度も突き抜け撹拌する様に追い散らしていく。

 

 それはまるで神話か夢物語の中の光景。

 

 不機嫌そうな顔をした深海棲艦が片手間で振るったらしい力が起こす現象を前にして一時でもこんな怪物に対抗できるなどと考えていた自分が馬鹿馬鹿しく。

 そして、それは過去の私達が挑んだかつての戦争の様に圧倒的な大きさを持つ敵の前に倒れると言う同じ結果が現代に目覚めた私にも待っていたのだと今更ながらに教えられている様にも感じた。

 

 そんな時、突然に現実なのか夢なのかすら判然としない微睡みに揺れる私の頭の中に音ではない、言葉ではない、獣の咆哮と言うにはあまりにも刃物の様に鋭い響きが襲い掛かり、鼓膜を刃物で滅多刺しにされた様な痛みで意識が壊されていくような感覚に抵抗も出来ずに水中で私は動かない身体を僅かに捩る。

 

 脳を焼けた火箸で掻き混ぜられている様な激痛、頭上に見える白髪の深海棲艦とそれへ近付いて来る何者かの絶叫で私の意識が殺されかけ、自分の身体が勝手に視界を明滅させ今すぐ意識を手放せ(まだ目覚めるべきではない)とでも言わんばかりにまた眠りの中へと私の心を引きずり込んでいく。

 

 そして、昏く染まっていく私の意識は白く太く長い三つ編みを振り乱して狂乱する巨大な深海棲艦が操る暴走海流によって外敵へと叩き付けられる無数の瓦礫の龍がまるで網にかかった様に歪な一纏まりに縛られ押し固められていく。

 

 圧倒的な暴力の前に儚く消えるはずの黒いシミから湧き出た触腕が大小構わず突撃してくる瓦礫を絡め取り、捕らえ引き寄せ自分の一部として取り込んでいく怪物が生まれる瞬間を頼り無い意識が呆然と見上げ。

 

 血のりの様に粘り付き蜘蛛の巣を思わせる網を作っては引き戻す無数の触手を蠢かせる繭の様な塊となったそれから鋭く放たれた黒い触手が海底の玉座に座る白い深海棲艦の胸元へと張り付き。

 無数の黒い手の形をしたソレの先端に開いた牙の並ぶ口が白い肌を噛み千切り、瞬く間に海底の支配者の体内へと食い込んだ黒い線が葉脈の様に内外へと広がり悲鳴を上げる眼鏡の内側を食い破った。

 

 絶命した深海棲艦の身体を包み込むように触腕を巻き付かせ触れた部分をまるで柔らかい果肉の様に食い千切り、鋼の腕部や装甲を他愛なく噛み砕き、海中に瓦礫の龍を生み出した巨大な深海棲艦は抵抗一つできずに解体されて黒い繭が貪欲に大質量を自らへと取り込んでいく。

 

 眠れ眠れ、と誰かが唱える声と白い砂嵐の様に形を失った意識の中、水を揺らめかせるバリンとガラスが割れる硬い音と共に鈍い痛みが胸の真ん中へと突き刺さり、私の意識は暗転する様に黒へと染まり。

 

 そして、自分ではない誰かの感情に繋がれたと同時に押し寄せてきた泣き喚く赤子の様に支離滅裂な、他者を食い殺してでも生き残る、と強く望む叫び声に私の意識は呑み込まれその一部へと混ぜられていった。

 

・・・

 

 与えられた場所と命に疑問ヲ持たず、生キル意味スラ誰かに用意されたモノなのに、それに気付カナカッタ愚姫。

 

 ソノ海底デ私腹を肥やす事シカ考えてイナイ愚か者カラ奪った絶大ナ霊力が身体(船体)に満チル。

 

 

 ソシテ、自分ノ(艦種)を踏み越エ新しい(領域)へト至る為の(素材)まで手に入った。

 

 これで私をシツコク追いかけて来るヤツラを叩きのめし撃ち滅ぼしてヤレル。

 

 コレならアタマのナカでワタシに死ネと囁ク、何カヲ追いダしてジユウにナレル。

 

 使い慣れない(欠片)はマダ少しピーピーとザワツイテいるケレドその内ニ馴染ムダロウ。

 

 ソウダ・・・コレデ、モウ・・・ナニモ、恐クナイ、コワイモノハナクナル。

 

 身体を造り変える部品を求める触手が欲求(飢え)を満たす為に同族の頂点にあった姫の遺骸を貪り血を啜り。

 その根元で取り込んだ全てを混ぜ合わせ膨れ上がっていく黒血で固まった肉塊が脈動を繰り返し、再び与えられた姿(設定された形)を脱ぎ捨て新しい身体へと生まれ変わろうとしている白い童女の顔が触手で突き刺した輝くガラスの果実を自らへと引き寄せ。

 

 光る珠の内側から伝わって来た幾つかの深海棲艦に無い新しい思惟と欠片の味に感動に極まった笑顔を浮かべながら戦艦レ級だった【継ぎ接ぎ】は耳まで裂けた大きな口を開いた。

 




 
 今、託された祈りは黒血に呑まれ、呪いに堕ちる。
 


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第七十五話

 
正直に言うと自分でも四章はやっちまった感が酷いと思・・・

(;´・ω・)つ「北方棲姫モドキ(作画崩壊)
(;^ω^)つ「吹雪の限界突破(中二病の現実化)
(*'ω'*)つ「扶桑の全力全開砲撃(バスターライフル)
('◇')つ「遠くでも繋がる姉妹艦通信(テレパシー能力)
(´・ω・)つ「三章の演習全般(お祭り騒ぎ)

・・・なんだ、前の章と比べたら大した事ないじゃん。(白目)
 


『ん~、なんだかドロドロ、なのにブニブニしてて気持ち悪いの~』

「イク、あんまり変に触るな、引き込まれでもしたらどうすんだよ・・・一方通行かもしんねぇんだぞ」

『そんなに心配しなくても大丈夫なのねっ、ほらっ、ちゃんと抜けるなの♪』

 

 戦艦タ級とレ級による深海棲艦同士の殺し合いとその決着に起こったホラー映画も裸足で逃げ出しそうなほどスプラッターな光景にまだ平常心へと戻れていない中村は無警戒とも言える程の積極性で水深1000mに達する海底に存在していた深海棲艦の巣の入り口へと手を伸ばして触れる呑気な潜水艦娘へと注意を呼び掛け。

 そして、彼は自分が座る指揮席を囲う全周モニターに触れながら目の前の限定海域を調べ上げる為に各種センサーから送られてくる情報を表示した小窓に目と耳を集中させている艦娘達の背中を改めて見回した。

 

(いつもながら参ったもんだ・・・この中であれに一番ビビってるのが俺なんだから立つ瀬が無いってもんじゃないぞ)

 

 タ級が味方である筈の相手に攻撃を行っただけでも驚きなのにその蛇腹を伸ばす戦艦砲に噛みつかれたレ級の身体が果実の様に潰される様子に絶句させられ。

 その直後にタ級が無数の口を生やし黒いアメーバと化した戦艦レ級に捕食されると言うグロテスク極まる光景をその場にいた全員が見る事になった。

 だが、その深海棲艦達の共食いに顔を引き攣らせ悲鳴を漏らした駆逐艦娘の吹雪ですら十分も経てばまるで何事も無かった様な顔をして自分の仕事に向かっている。

 

 そもそも見た目こそは少女の姿だが過去の戦闘艦を原型に持つ為か艦娘達は全体的に深海棲艦との戦闘で血飛沫だとか飛び散る肉片などが日常茶飯事となる通常の深海棲艦との戦いでも眉一つ動かさない場合が多い。

 中には今までの戦闘の経験で何とか慣れた中村達、艦娘の指揮官ですら正気を削られ恐慌状態になっても可笑しくない凄惨な光景を前にしても好戦的かつ泰然とした態度で笑う艦娘すらいる。

 

 とは言え中村が艦娘達から意気地無しや臆病者などと直接的な嘲りを浴びせられた事は無い。

 たまに呆れを多く含んだ口調で馬鹿扱いをされるが少なくとも彼女らにとって指揮に従う価値も無い情けない男として侮られていると言う事は無い筈である。

 そこまで考えてから恐らくは、と一言付け加えて誰にと言うわけでもなく心の中で弁解した中村は相対的に見ると年端もいかない少女達よりも臆病に見える自己評価に向けてままならないモノだと声無く呟いた。

 

「周囲に敵影無し、前方の限定海域から新たに出現する様子もありません・・・提督、これからどうなさいますか?」

「ホントにどうすっかなぁ・・・俺達は問題無くレ級の撃破に成功しました、他に怪しいモノもありませんでした、と言うわけにはいかないか?」

「いく訳がないでしょう、しっかりしてください提督」

 

 伊19が持っている暗視能力やソナーなどに精神を同調させ警戒を続けている艦娘を代表して中村へと振り返った重巡艦娘は背筋を伸ばして振り返ったすぐ後に自分の指揮官が吐いた情けない言葉に呆れて首を横に振り首元のスカーフを揺らす。

 そして、去年の年末に開催された艦娘達が主役の盛大な海上自衛隊主催の式典から中村の部下として彼の艦隊に配属された高雄型重巡洋艦一番艦を原型に持つ艦娘は蒼いブレザーに包まれた胸を強調する様に腕を組む。

 

 ついさっきまで支援艦隊の援護によって混乱していたとは言え高雄達は中村の指揮によって二十隻以上の敵艦隊を出し抜きその旗艦である戦艦レ級へと肉薄し撃破寸前まで追い詰めた。

 その緊迫した戦場の中であっても安心感を与え高揚感に彼女の胸を高鳴らせる程の自信に満ちた声と的確な指揮を揮っていた青年と同一人物とは思えない程に気が抜けやる気が無くなっている指揮官の様子に高雄は眉を顰める。

 まだ正式に彼の艦隊に着任してから三か月も経っていない高雄だが、その短い期間でも中村義男と言う自衛官の性質が一流の前線指揮官ではあれても司令部幕僚や上級将校にはなれない軍人として三流の人間であるのだ、と理解するには十分で彼を最高の指揮官であると思い込み舞い上がっていた重巡の頭は平常心へと戻っていた。

 

(あぁもぉ・・・予想外な事態とは言えこの程度の事で上の空になって、なんで私の提督はこうもちぐはぐな方なの)

 

 旧日本軍の士官達の姿を直接知っている高雄から見れば国防への意気や祖国への忠誠心と言った部分だけでなく人の上に立つ際の立ち振る舞いの心得や将校として恥じない気品や思慮深さと言ったモノが中村には決定的に足りない上にその性格の基本は人心を引っ掻き回すイタズラ小僧である。

 だが、優れたと言う言葉では到底足りない程に凄まじい直感と対応力、それを戦闘に応用し最大限まで生かす部下への指示と連携の練度、妙に豊富な特技と知識を利用して軍務に神経が偏りがちな艦娘の心を緩める心遣いなど、軍人としては残念極まる彼の持つデメリットを補って余りある多くに感じる好感は高雄にとって自分が中村の艦隊へ所属固定をした事が正解であったと確信させる程に大きな物だった。

 

 そんな考えを脱力感と共に反芻してから、むしろこれで彼が日本国を背負って立つ軍人の鑑の様な大人物であったならと言うのは贅沢が過ぎるのかしら、と心中で無いモノ強請りをした高雄は頬に手を当てながら小さく嘆息する。

 

(いえ、諦めてはダメよ高雄っ、今の軟弱な海軍を正す為にも、彼の様な決断力が高く深海棲艦との実戦を知る将校が今後の軍上層部には必要なのよ!)

 

 将来的に日本と言わず全世界が深海棲艦を代表とする霊的災害に等しく晒される未来が決定的となってしまった現状で戦場に立つ高雄から見て現在の日本を守る軍事組織の貧弱さと腑抜けっぷりは祖国の滅亡をありありと予見させる。

 それに賢いと言うよりは狡いと言うべきだが中村は決して頭の出来は悪くない、そもそも彼の真骨頂とも言うべきなのは戦場で発揮される尖った才覚であり、それは正しく激変を始め海に現れた怪物との戦争が常態化するだろう近い将来において千載一遇の代物である。

 それを貧弱な軍組織の一部隊の指揮官で終わらせるのは今後の日本にとってあまりにも大きな損失となると考えている重巡洋艦娘は何とか彼に今以上の手柄を立てさせ順調に出世してもらい行く行くは組織全体の改革にも口を出せる力を持った一軍を束ねる将となって貰いたいのだ。

 

(懸念があるとすれば・・・彼の価値を前線指揮者として優れた戦術家としか見ていないあの子達と、私の提督を過小評価をしている上層部の連中ね)

 

 ただ同じ艦隊の軽巡や駆逐達は彼がずっと最前線の現場に居てもらう事が自分達にとって正しい事と考えているらしく口では中村へ棘の混じったセリフを言う軽巡艦娘の秘書艦(五十鈴)ですら指揮官が面倒臭がって頼んできた仕事は諌めて突っ返さないどころか彼に頼られた事を喜ぶ気配を微かに見せながらなんだかんだと文句を言いつつも引き受けて甘やかす。

 時には同じことを繰り返させない様に時に断固たる態度をもって上司の行いを正す道を無意識的に避けている仲間達の態度は指揮官の遊び好きが過ぎる気分屋な気質を根本的に是正して一段上の軍人に成長させるつもりが無いのだと高雄の目に映っていた。

 

(ただ吹雪に関しては立ち位置が読めないのよね・・・霞の様に提督の右腕になりたいというわけでも、浜風の様に彼の歓心を得たいと言うわけでもなさそう)

 

 五十鈴に関しては無意識では無く中村が前線から退くほどの昇進をした場合に自分の直接の指揮官でなくなる可能性を考えてワザとそうしている節がある、と高雄は自分の分析に付け加える。

 

(かと言って提督への甘え方は時津風とも違い、不知火の様に忠誠を捧げる相手と考えているわけでもないのが分かる、なのに秘書艦と勘違いされるほどいつもこの子は彼の近くに居る、居ることを許されている)

 

 声に出さずにそう胸の内で呟きながら自分と同じ艦橋で中村の座る指揮席に寄り添う様に控えている特型駆逐艦娘の吹雪を横目で窺う高雄の脳裏に普段の彼女の姿が浮かんだ。

 

 五十鈴達と違って中村を甘やかす様な仕事を肩代わりなどはせず手伝いもあくまでも部下として適切かつ控えめなモノだけを請け負う。

 だがその彼との距離感は部下と上司と言う立場から考えると非常に近く暇さえあれば非番の日ですら中村のすぐ近くにおり、自分が彼の隣に居るのは当然であると言う妙に自信に満ちた顔をしている。

 高雄の妹である愛宕が特型駆逐艦達との世間話で中村と吹雪が非常に親密な関係になっているなどと言う妙な噂を聞いたと言うが、しかし、高雄が直に見た普段の二人の姿は手のかかる面倒臭がりの兄と年の離れた世話焼きの良い妹程度だった。

 

(まぁ、所詮は噂かしらね・・・吹雪に関してはたまに淀んだ目でこっちを見つめて来るのを止めて欲しいってぐらいだし・・・何考えてるのか分からなくて恐いのよね、あれ)

 

 最近、艦娘の間に流行っているちょっと下世話な噂(とある艦娘と上官の恋愛話)の真偽はともかくとして、少なくとも業務中の吹雪は中村と自分の間に上官と部下としての上下関係の線引きをしっかりと引いている為か噂の証拠や問題が表に出てくる事は今の所無い様である。

 

(それはともかく中村提督の意識改革と自衛隊の組織体系の是正は必須、日本の将来の為にも私は退くわけにはいかない! そう! 時間さえかければ私達の誠心誠意はきっと彼にも届くわ!)

 

 そんな希望的観測と漲る決心を新たにして高雄は自論に理解を示してくれた同艦隊の空母二人だけでなく別艦隊ではあるが頼もしい味方達の顔を思い浮かべながら中村を軍人の名に恥じない男にする為に地道な草の根の活動を続けて行こうと改めて強い決意を込め。

 将来、将兵を束ね立つ名実ともに理想の提督(王子様)となった中村の隣に腹心として居る自分の姿を夢想して蒼い胸元を意気に膨らませて高雄はブラックシルクに包まれた手を握りしめた。

 

「まっ、第一目標は見ての通りロストしちまったし、俺達全員も消耗している以上今はどうしようもない、目印を付けて一時撤退ってのが当然だな」

 

 目の前にいる高雄が協力者達と共謀して自分の性格矯正を企んでいるとは夢にも思っていない青年は指揮席に深く腰掛けてもう自分の仕事は終わったからこれ以上は何もやる気がありませんと言う態度を隠さず脱力と共に手を軽く振って見せていた。

 

「はいっ、司令官! それにソナーの反応を見るとあの中も海水でイッパイみたいですし水上艦の私達が突入するのは危険ですね」

「ぇえ、もしかしてまたゴーヤが限定海域に行かなきゃダメって事? 冗談はやめて欲しいでち・・・ぅ、いたた・・・」

 

 ソナー機能の表示がされているモニターに触れながら振り返った指揮官の言葉への疑いを少しも持っていない吹雪が真面目な顔で中村へと強い同意の頷きを見せれば、そのすぐ近くで床に座り込み破れた水着の穴から見える赤く腫れた肌へと炎症止めの軟膏を塗っている伊号潜水艦がいかにも嫌そうな声を上げげっそりとした表情を浮かべた。

 

「でも、目印って言ったってどうするのよ? 発信機なんて持って来てないったら、それとも近くの港にブイを貰いに行くとか馬鹿言い出すんじゃないでしょうね」

「あ~、まぁ・・・、あの潰れたゼリーみたいな限定海域はここから動きそうにないから座標を海上の艦隊に記録して貰ってだなぁ・・・」

「司令、我々は現在友軍との通信が全て不能となっています、そして、復旧の見通しも立っていません」

 

 朝潮型と陽炎型、種類は違うが鋭さは負けず劣らずな視線を持つ二人の駆逐艦からの指摘に中村は顔を顰めつつ頭の上に乗せていた帽子を手に取って顔に被せて隠し小さく唸る様に息を吐いた。

 凄まじい水圧にも負けず光を維持する障壁と優れた暗視能力を持つ潜水艦娘だからこそくっきりと視認してその艦橋のモニターでも確認できる。

 だが水深1000m付近と言えば夜闇に負けぬほど暗く前人未到と言っても過言ではない深海域なのだ。

 

 深海棲艦が住み着いているせいかはたまた海上の戦闘の余波か、めぼしい深海魚の姿は伊19の周りには見えず辛うじて小さな海洋生物の生物発光がぽつぽつと見える程度の光源しかない暗闇の海底。

 その岩場と砂地が入り混じる海の底に盛り上がった黒く半透明なドーム状のそれは直径500m前後と大きさは巨大であっても正確な座標を記録せずに浮上して場所を見失えば再度発見するにはそれ相応の時間と労力が必要となるだろう。

 

「ん・・・あれ? あの提督、少しいい?」

「ああ、なんだ大鳳、あの限定海域に何か変化でもあったか?」

「いえ、限定海域じゃなくて海上からなにか・・・これってトンツーじゃないかしら?」

 

 どんな些細なものでも異常のが見つかればそれを理由に逃げる算段を頭の中に浮かべ中村は海自のワッペンが着いた白い帽子を頭の上に戻して小さく手を挙げて自分を見ている大鳳の言葉に片眉を上げ。

 メインモニター上に表示された通信機能に指を滑らせ操作した彼女から彼の手元のコンソールに送られてきた音声が長く短く断続的な単音を繰り返した。

 

「・・・ぉ? おっ! これ海上で制空と通信を確保したって事か!? しかも俺達を探してくれている、良いぞこれはっ!」

 

 少しの間、沈黙が落ちた艦橋で繰り返し聞こえるトン、トン、ツー、ツーと鳴る音に黙り込んでいた中村はそれが海自でも使われている国際規格のモールス信号を海上の友軍艦娘が発する霊力の波に乗せて伝えてきている事に気付き両手をパンッと強く打って喜びに声を上げる。

 

「追撃は失敗したがこれで俺達が手に入れた深海棲艦の巣の情報を伝えられそうだ・・・って音声の方は無理なのかよ、ならこっちからもモールスで返信しなきゃなんねぇのか・・・」

「それにしても随分と低出力で中継しているのね・・・もう少し通信系に供給を増やしてくれていればモールスなんて使わなくても・・・」

「いや、何処に居るかも分からない俺達を探す為に艦載機の航続距離と防御を優先するのはむしろ賢いやり方か・・・、それにモールスは面倒臭いが単純なだけに伝達の信用度が高い、現にこうして海の底まで届いてるわけだしな」

 

 なによりこれで現在の自分達が置かれている状態を味方に知らせて目の前のイレギュラーな事態から撤退出来ると喜んだ中村はコンソールの通信機能へと触れて通信用のボリュームなどを操作するツマミやスイッチを操作し始める。

 

「・・・司令官、そこ符号間違ってますよ、ここも短音が繋がって長音になっちゃってます」

 

 それから数分間、状況報告を単音符号に変換する為に防衛大時代に覚え込まされたモールス信号の符号表に中村は頭を悩ませpiPiっと最新規格の通信系統に対応できるコンソールパネルに何故か備え付けられている妙にレトロなデザインの電鍵を操作する。

 そんな短長音を通信機へ入力していた中村の横から吹雪の指が伸びて来て音声の波長を波線で映すサブモニターの一部をなぞり間違いを指摘した。

 

「ぇ、マジ・・・? ぁ、いや、長文をモールスで打つのには慣れてなくてだな、はぁ、やり直しか・・・なんで自動電鍵じゃねぇんだよ、これ」

 

 中学生にしか見えないが元は船舶である為に自分よりモールス信号に詳しい相手から間違いを指摘された指揮官は少し気恥ずかしそうに頭を掻きあまり意味の無い言い訳をしながら送信前で一時保存されていた間違い信号を消去する。

 

「もおっ、もたもたして見てらんないったら! 要するに現在地点と一時撤退の報告だけでしょ、代わりなさい!」

 

 しかし、新しいモールス音声の作成を始める指揮官の頼りない様子に吹雪と同じ様に彼の手元を覗き込んでいた霞がまた十数分も待たされては堪らないと焦れた声を上げて中村から通信役を代ろうと手を伸ばしかける。

 

「いいえ、待ちなさい霞、これは私達が出しゃばって良い事ではないわ」

「えっ? 大鳳、な、なによ・・・いきなり」

 

 その指揮官を自発的に手助けしようとした駆逐艦の手を横合いから大鳳が遮り、少し驚いた顔をしている霞に向けられた生真面目な顔をした装甲空母の言葉にその横に立つ重巡艦娘が微笑みながら頷いた。

 

「ええ、予定外の敵増援と深海棲艦の本拠地の発見、これは間違いなく私達の艦隊だけでなく今回の作戦に関わっている全員にとっても重要な情報だわ」

 

 指揮官による本部への戦況報告と言う重要な行為を部下が手助けする事は悪く無いが、だからと言って全部丸投げして良いわけでは無い。

 少なくとも司令部へと伝える内容の原文と言える部分は艦隊の責任者である提督が作ってから指揮下の自分達はその後に誤字脱字などの間違いが無いかを調べる程度の補助に収めて置かねばならない。

 万が一に信頼して任せた結果として提督が把握できない通信内容を艦娘が意図せずとも勝手に報告してしまいその後に責任問題が発生すればそれは艦隊全体に降りかかる、と高雄はまだ少し不満そうな顔をしている霞へと優しく言い聞かせる様に話す。

 

「だからこれは提督の手で行われなければならない通信なのよ」

「・・・そこまで言われたらしょうがないって言う以外にないったら、アナタはコッチ見てないでさっさと終わらせなさい、グズって言われたいのっ!?」

 

 渋々と口を尖らせつつ自分よりも格上の艦種が言う事が正しいと認めた霞は指揮席から離れて全周モニターと足場を隔てる手すりに腰を凭れかけ。

 

「・・・いや、これ、そんなに重要な事じゃねえと思うんだけど、霞に任せれるなら任せても」

「頑張ってください、提督」

「大丈夫よ、私達も手直しはお手伝いします」

 

 困惑する中村の知らない場所で共通の目的の為に結託している重巡艦娘と装甲空母があえて有無を言わせぬ態度と笑顔で指揮官を鼓舞する。

 手持ち無沙汰となった意地が取り柄の駆逐艦娘は指揮官の横で素朴な顔立ちに微笑みを浮かべて中村の横に居る吹雪とメインモニターを背にして腕を組んだ直立不動で鉄面皮を顔に張り付けている不知火が無言で指揮官を睨んでいる(見惚れている)様子を確認してから小さく嘆息した。

 

「って・・・アンタは、暇だからって寝てんじゃないったら」

「ぁいたっ、もぉ、霞ったらてーとくに構ってもらえないからってゴーヤに八つ当たりはダメでち、いたっ」

 

 そうしてため息を吐いた後に霞は円形通路の後ろ側で中村が座る指揮席の後ろに凭れながら船を漕ぐように頭を揺らしてウトウトしている潜水艦娘の姿を見つけ眉を顰めながら近付き、その破れた水着を纏う身体を暇つぶしと八つ当たりを兼ねて人差し指で吹雪の様に自分の思いを素直に口に出来ない羨ましさをぶつける様に突っつく。

 

「そこ触らないでっ、痛いでち、ぁ、ぁっ、いい加減にして、今日一番頑張ったゴーヤを少しは労るでちっ、やめぅっ、何で強くするでちっ!?」

 

 そんな部下達に見守られ(監視され)ている中村の手でトンツートントンと鳴る通信機と打ち身で腫れた肌を駆逐艦娘に突っつかれて弱い痛みに喘ぎを漏らす潜水艦の声が聞こえる艦橋。

 それを胸の内に収めて深海で身体を淡く光らせながら浮かんでいる伊19は頭の左側にある髪飾り型のアンテナを海上へと向け指揮官が打電したモールスを発信しながら仲間達の様子を楽しむように嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「あっ、まずい・・・」

 

 そして、高雄達による添削を終えたモールス信号の発信が終わったと同時に中村が苦虫を噛んだように顔を歪め。

 その場に居る艦娘達が揃って首を傾げて自分達も確認したから通信内容には何の不備も無いはずだと口にする。

 

「イクは拠点艦の待機組になってんのに、通信使ったから戦闘部隊に居たって記録が残っちまう・・・やべえ」

 

 本来なら事前の作戦会議で拠点である護衛艦で深海棲艦との戦闘による周辺への被害を抑える為の人員として待機する事になっている艦娘が戦闘が行われている海域から通信を送る問題点に通信機能の録音の再生を行ったと同時に気付いた中村が額に手を当てて呻く。

 リズミカルに単音を繰り返すそれが友軍に不備無く受け取られて記録されてしまうと中村が敵である戦艦レ級がまた逃走した際に追撃要員として事前に決められた定員以上の部下(伊19)を戦闘に連れてきていると言う証拠が通信記録に残る事になるだろう。

 

 そして、後で始末書書かされる事になってしまう、などと目の前にある深海棲艦の巣と比べると些細と言える問題に頭を抱えて締まらないセリフを吐く指揮官の姿へ高雄を筆頭に艦娘達は多少の表情の差はあれど、それがどうした、と異口同音に声を揃えて返した。

 

・・・

 

『・・・提督、提督っ! 大変なの!』

『あ~? どうした、今、返信待ちだからって遊び相手はしてやれんぞ』

 

 せっかく装填した魚雷も使う事なく後は少し遠くで丸く盛り上がり表面を揺らめかせる巨大な黒いゼリーにも見える領域の情報を海上の友軍に伝えた事が確認出来たら後は浮上して拠点である護衛艦に帰るだけと考えていた伊19は自分の身体や髪を揺らめかせていた海の動きが不意に変化した事を文字通り肌で感じ取って声を艦橋に伝える。

 

『違うのっ、提督っ! なんか周りが変なのね! 海流がっ!?』

『おま、何言って! おわっわっ!?』

 

 身体を取り巻く水の流れの僅かな変化に危険を感じた潜水艦娘は完全に気が抜けている指揮官の了承を取らずに身体を翻して徐々に勢いを強めながら深海棲艦の巣へ向かい始めた海流に抵抗して身体を捩り。

 戸惑いの声が上がる艦橋の声を他所に手足で水を押し掻きすぐ近くにあった岩肌に手を伸ばして掴んだ伊19は小さく息を吐く様に泡を口から漏らしつつ肩越しに黒いゼリーの小山へと振り返る。

 その手が岩を掴み限定海域から見て少し高い位置に潜水艦娘が伏せた時にはその周囲の海水はまるで底が抜けたプールの様に深海棲艦の巣へと海底の砂礫を巻き上げ大蛇の様なうねりを作っていた。

 

『あの黒いブヨブヨ、いきなり水を吸い込み始めたのね!』

『ちっ! さっきまでの大人しさはどうしたんだよ!? 呑気に返事を待ってる暇は無いな、イク、離れるぞっ!』

『りょーかい、なの!』

 

 海上へと通信を送る為に手を伸ばせば敵の本拠地に触れられる程近い所から一段高い十数mほど上から見下ろせる岩場まで離れていた事が幸いして海底にしがみ付く事が出来た伊19の周りで海流がさらに激しくなり彼女の紫髪の房を身体ごと引っ張り、強くなる引き込む海流の圧力に呻きながら背中でスクリューを回し始めた推進機関の助けを借りたスク水少女は這う様に岩の上を進む。

 

(でもこれ、ちょっとピンチかもしれないの~・・・)

 

 普段から緊迫感と言うモノと縁が無い能天気な性格をしている潜水艦娘は笑みを若干引きつらせながら推進機関だけでなくバタ足をする両脚からも推進力を放出して限定海域から全力で離れ様とするがその動きはまるで陸地を這う亀の様に遅々として進まない。

 

『提督っ、出力をもっと上げて欲しいの、このままだと引っ張り込まれちゃう~!』

『上げ過ぎると海底に擦っちまうがっ、この際、深海棲艦のパーティに招待されるよりはマシってか!?』

 

 その伊19の悲鳴もどこか緩い雰囲気を漂わせていたが彼女が抱える危機感を察した中村が推進機関の出力を最大戦速へと切り替え、潜水艦娘の背部艤装が二軸のスクリューを最大加速させスクール水着の上で光の渦がバーナー炎の様な尾を作る。

 出力を増した艤装に押されて身体を引っ張る海流から逃れる推力を得た伊19だが背を押す力が強くなったせいで下方向へ働く力により岩場に突いた腕だけでなく豊かな胸やバタ足する脚が突き出した岩に擦り。

 伊19の水着と身体の表面を覆って広がっている防御障壁が海流に引き込まれて飛んでくる岩石や海底に擦り、ガリガリと耳障りなガラスの表面を削る様な硬い音を立て他の艦種よりも強度の低い削られた光の装甲片がスク水少女の背後へと飛び散り流され限定海域へと舞う氷の結晶にも見えるそれが暗闇へと吸い込まれていった。

 

『推進力、障壁ともに激しく消耗しています! このままだとっ・・・イクちゃん、早く離脱して!』

『必要経費だ! 離脱するまでの消費はいちいち気にするな! それより後ろはどうなってる!?』

『限定海域がさっきより膨らんでるでち! どんどん海水吸い込んでるみたいっ!』

 

 言われなくても全力で逃げてるの、と艦橋に向かって返事をしたくともそんな余裕は伊19には無く、今まで経験した事がない程に強烈な海底潮流の動きに振り回されかけている身体を必死で制御しながら渾身の力を振り絞りスクリューを回して次に岩場へと手を掛けた。

 

『・・・ぇっ? ぇえっ! えええっ!? なっ、なのぉ~!?』

 

 だが、その伊19が掴んだ岩が岩盤ごと剥がれる様に割れて飛び、海底から引き剥がされるように限定海域に向かって流れ落ちる様に向かう海流に支配された海中へ放り出された潜水艦娘が両手と両足をじたばたと振り回す。

 しかし、その必死の抵抗も虚しく巨大な龍にも思える程になった海流に呑まれ振り回されて悲鳴を上げる潜水艦娘は離れる為に使った時間の数倍の早さで領域へと引っ張られていく。

 

『ひぃーぁあ~っ!?』

 

 海底から引き剥がした岩石もろともに海を飲み干さんばかりの勢いで海水を取り込んでいく巨大な流れの中で揉まれる木の葉と化した艦娘が悲鳴を上げ。

 身体を打つ石礫が舞う中で成す術なく伊19が限定海域と通常の海を隔てる揺らぎへと引き込まれ海底の奈落に落ちていく。

 

『誰か、助けてなのぉ~!!』

 

 その寸前、暴れる海流に振り回され完全に恐慌状態となり涙目で来る当ての無い助けを求める伊19の頭上から急速に迫ってきた影が彼女に掴みかかり抱き付く様に覆いかぶさった。

 




 
(祝)高雄さん冷静になる@なお症状は悪化した。

 そろそろ自分にすら言い訳出来なくなってきたのでタグに【独自設定】を追加するべきかと検討します。(検討はするが付けるとは言っていない)
 


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第七十六話

 
何の準備も無くイベント海域に挑戦してはいけない(戒め)

そして、ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)は社会人の基本、なのです。
 


『きゃぁわあっ!! 誰なのっ! 深海棲艦なの!? イクをどうするつもりなのねっ!?』

 

 上下もわからなくなる程の乱海流の中で豪雨の様に身体を叩く砂塵で方向感覚と視界を奪われて恐慌状態になっているらしい伊19が背後から自分の胴体に抱き付いてきた感触に悲鳴を上げて水の抵抗によって緩慢な動きだが手足をでたらめに振り回す。

 

『痛っぅ!? イク! 暴れないでってば!!』

『ふぇっ・・・? あぁっ!』

 

 その振り回された腕が鉄の装甲が無いつるりとした滑らかな感触へとぶつかり、その予想外の柔らかさに驚いた薄紫色のトリプルテールがこちらを振り向いて紺色の水着の胸にイ19と書かれたゼッケンを付けている少女が目を大きく驚きに見開き。

 次の瞬間には明るい緋色の瞳が零れ落ちそうなほど大きく見開いて満面の笑顔を見せた。

 

『い、イムヤなの~! 助けにきてくれたのね~♪』

 

 接触回線のおかげで通信機のスピーカーがノイズ一つ無く伊19の喜びの声を伝えてくる。

 そんな彼女の無邪気な喜びとは対照的にに俺はがくがくと酷い地震の様に不規則に揺れる艦橋のコンソールにしがみ付き、ついさっきイムヤが行った急激な潜行によって発生した異常を報せる警報の処理へと全力を注ぐ。

 

「右脚部障壁破損! 背部艤装に異常圧力発生!」

「障壁修復は艤装部分を優先、多少割れていても水圧に耐えているなら推進機関以外は目を瞑れ!」

「こらあかんで! ここ、洗濯機やなくてミキサーの中やんか! うぇっ!? 左舷でっかい岩来る、回避! 回避や!!」

 

 こちらを振り向く余裕もなくイムヤの潜水補助を行っている矢矧と龍驤が悲鳴を上げ、突然に現れた海底の暴走海流に飛び込んでから何度も弄ばれる様に海中で宙返りさせられた潜水艦娘の艦橋にいる俺達は現在進行形であらゆる方向から襲いかかる振動に振り回されていた。

 

「イムヤ、メインタンクブローっ! 義男達を確保したなら長居は無用だ!」

『ええ、了解したわ! 司令官!』

 

 さらに海底の深海棲艦の巣が作り出す黒い渦は吸引力を強めており、イムヤとイク、潜水艦娘二人のスクリューが作り出す推進力を合わせても難しいのは目に見えている。

 そして、その暴れる海底からの脱出、それも自分と同じサイズの潜水艦娘を引っ張り上げるのは今のイムヤには文字通りに荷が重い。

 それが分かるからこそ俺は彼女が使える最大の浮力を発生させる浮上用装備の起動を命じた。

 

(それにしても冗談だろ!? 義男の見間違いであってくれればどれだけ良かったかっ・・・なんでこんなモノがこんな場所にあるんだ!)

 

 木村君の艦隊に所属する空母艦娘の艦載機による通信中継、一度通信が切れる前には損傷を受けたと言っていたがおそらくは応急処置か何かで戦線に復帰したであろう祥鳳の航空機のおかげで俺達は海上から姿を消し行方が分からなくなっていた中村艦隊を発見できた。

 だが同時に通信機に届いた伊19の識別信号で送られてきたSOSのモールスと木村君から義男が海底で限定海域を発見してその内部へとレ級の逃亡を許してしまったと言う連絡内容に俺は耳を疑う。

 だが、心情的にはそれを信じたくなくともコンソールの肘掛に設置されている羅針盤はまるで駒の様に早くカラカラと回転を始め、その回る円形の上に「急げ」と催促する様に憮然とした顔で立つ俺にしか見えない小人の姿によって知らされた情報が正しいのだと教えられた。

 

「義男! 聞こえているならイクにも浮き輪を展開させろ! このままだとあれから逃げ切るには浮力が足りない!」

『馬鹿言うな! こんな深度で浮き輪使ったら上昇中に膨張して爆発すんだろ! 海面まで持たねえよ!』

 

 俺が叫ぶ声にスピーカーから戻って来たのは同じぐらい声を張った義男の怒声だったがその言葉を無視して四の五の言わずにやれと命令口調を飛ばせば、先に俺が指示を行っていたイムヤの艤装の一部が展開する。

 その内部に畳まれていたオレンジと白のツートンカラーが円形に広がり命綱の様に潜水艦娘の艤装へと繋がった数本のチューブから勢い良く空気が吹き込まれて海底の水圧を物ともせず膨らんでいく。

 

『ぐっくぅっ、イク浮上するわよ! 姿勢をアタシに合わせてっ!』

『分かったなの!』

 

 コンソール上に表示されている立体映像で苦悶の表情を見せるイムヤの背中に繋がった淡い橙色と白の縞模様で色分けされた浮き輪が完全に膨らみ。

 それが発生させる海面へと向けて引っ張る強い浮力によって彼女の身体に発生した幾つもの異常(痛み)が艦橋で警告音に変えられて耳障りな響きがまた増える。

 

「急浮上はイムヤに負担がかかり過ぎる! さっきの潜航以上に障壁へ供給を増やすんだ!」

「でも提督これ以上に霊力を消耗するとイムヤの肺が空気を閉じこめていられなくなるよ!」

「くっ、なら・・・エアは浮き輪に集中させたら余剰は放出して良い!」

「それって、無茶だよ!」

 

 SOSのモールスと急変した海底の様子に義男達の艦隊を救助する為に行った急速潜航のツケで艦橋まで聞こえてくるミシミシと何かが軋む音、恐らくは深海の水圧からイムヤの身体(船体)を守ってくれているバリアが損耗する音は聞いているだけで肝が冷え。

 潜水艦娘が肺の内側に造り出す限定海域と同じ原理の圧縮空間を維持する霊力が無くなれば解放された大量の空気がその臓器を内部から破裂させイムヤを大破させてしまうだろう。

 その事実は俺だけでなく普段の戦闘で至近弾が頬を掠めても余裕のある穏やかさを纏っている駆逐艦娘の時雨が冷や汗を浮かべ焦りに叫ぶ程である。

 緊迫した俺と時雨の声にイムヤのダメージコントロールを行っている艦娘達が一歩間違えば自分達が目の前の深海に放り出されかねない現状の危険性を改めて確認したらしくそれぞれの表情が強ばり青くなる。

 

「あの海流から脱出できれば海面には浮きと残り全部の推進力を使うと言う事だ! イムヤと俺達が酸欠にならない酸素量が確保できれば構わない!」

「か、勘弁してください、提督、うぅ・・・鎮守府のもがみんっ、くまりんこを守ってぇ・・・」

「浮上する時の減圧の手間が省けるって考えるべきかしらね、提督の判断、信じるわよ」

 

 大半の艦娘がそれぞれの原型が持つ艦歴故に【海に潜る(沈む)】と言う行為にトラウマと恐怖感を抱えており、いくら潜水艦娘が現代科学で造船された潜水艦を大きく上回る常識破りの潜水能力を持っていると理解してある程度慣れたとしても暗闇が広がる海底をモニター越しに見せられ損傷を受けていると言う警告音に包まれれば怖気づくのは無理もない。

 

(いやむしろ三隈達だけじゃない、誰だってそうだ、俺だってこんな危ない所には居たくないんだからなっ!)

 

 膨大な量の海水を吸い込み周囲の海底ごと引き剥がす様に暴れる海流によってあらゆる方向から剛速球で飛んでくる石の礫がイムヤと彼女に牽引されいるイクの身体へぶつかる度に損害の情報が立体映像の水着少女の身体へ向いた矢印と共に表示される。

 砲撃程の威力は無いが一つ一つが人間一人分から軽自動車並みの大きさの瓦礫、十数mまで巨大化した艦娘であっても霊力で造られた障壁と言う不可視の装甲が無ければ良くて骨折、悪ければ手足の一二本が持っていかれるだろう。

 

「きゃぁっ!? み、三隈達、ちゃんと上に向かってるんですのよね!?」

「イムヤぁっ! は、早く海の上まで戻ってよぉっ! ひぃ、提督っ! また新しいヒビが出来たって赤い字が!?」

 

 外部からの慣性や衝撃を緩和する小難しい理論が実践されている艦橋の中であるからこそ海流に振り回され平衡感覚を失いかけている状態の俺達にとって海底の闇に渦巻く深海棲艦の巣の気配とその反対方向へとイムヤに繋がったチューブロープが引っ張る浮力だけが信じられる道しるべだった。

 

「提督っ! 上方向に敵艦よ!! こっちに降りてきてる!」

「はっ? 回避はっ!? スクリューの加速で姿勢制御を!」

「ダメや! 浮き輪に引っ張られとるんやで!? 今はまともに動けへんよ!」

 

 石の豪雨を潜り抜け黒渦の吸引からやっと離れられそうだがまだ日の光が確認できない水深に居る俺達の目が海上方向、モニターに表示される数字を信じるなら260m先に居るぼんやりと緑色の光を宿した目の巨大な人影、人と言うには歪に欠損した巨人の女が無表情で折れ欠けた杖を片手にこちらに向かって下りて来ようとしている。

 

「まさか、ヲ級!? 木村君が戦闘不能に追い込んだとか言う! ちぃっ、魚雷の装填を!?」

「テートクッ、Noデース! 今、魚雷にresource(供給)を分けたら今度こそ本当にイムヤのpower(推進力)がなくなっちゃうヨ!」

 

 海上へと俺達を導いてくれる浮き輪の強力な浮力のせいで回避の為の機動力を奪われており、下は黒い渦を作り始めた限定海域が、上には半壊しているとは言え自衛隊の戦闘艦と比べてもさらに大きい正規空母級の深海棲艦が存在している。

 このまま何もせず接近してしまいあの手にある杖か割れた黒クラゲ帽子の触手が掠っただけでも俺達の(イムヤの)命綱(浮き輪)は破裂し、今度こそ抱えている伊19(義男達)ごと深海棲艦の領域に引きずり込まれるだろう。

 義男の小賢しいやり方が正しいとは口が裂けても言えないが俺もイムヤだけでなくもう一人ぐらい潜水艦娘を艦隊に招いておくべきだったと今更な後悔が過る。

 

『背に腹はかえらんねぇって事かよ、やれ、イク!』

『その言葉を待ってたの、提督! イクの魚雷もウズウズしてたのね♪』

「はぅへっ?」

 

 浮き輪の空気を捨てて回避を行うべきかと考え掛けた俺は直後に艦橋を揺らしたドンっと柔らかいモノが下からぶつかる様な感覚と通信機から聞こえる憮然とした義男と場違いなほど明るい潜水艦娘の声に世にもマヌケな声を漏らしてしまった。

 その振動の正体を確かめる為に周囲を見回すが変わった事は特になく、いや、コンソール上の数字からわずかに海上へと向かう浮上速度が上がって居る事が分かり、そして、イムヤの現状を映す立体映像が背中に紐で繋がった浮き輪に吊るされている様な姿勢だったはずの彼女がまるで下にある何かにしがみ付いている様な変な格好を表示している。

 

『わっわっ!? ちょっとっ、い、イク!?』

『今度はイクさんがイムヤを運んであげる番なの~! しっかり乗ってて、なのねっ♪』

 

 艦橋の外で何が起こっているのか全く分からない俺は通信機に届くイムヤの戸惑う声と普段と変わらず天真爛漫なイクの会話にますます困惑し、そして、モニターの下方向から何の前触れも無く六本の魚雷が次々と青白い泡の尾を引きながら上方向から迫る巨大な深海棲艦へと打ち上げられていった。

 

「提督! イクが浮き輪を展開してる! 僕らはその上に乗ってるみたいだ!」

「それよりヲ級に魚雷が命中するで! みんなっ衝撃に備えやっ! 障壁もやろキミィ!」

 

 全周モニターに触れて現在のイムヤにとっては死角、メインモニターに表示されていない部分の映像を表示させた時雨がその小窓に見える赤白の縞で塗り分けられた巨大な浮き輪を指さし、それと同時に俺達へと振り返って龍驤が緊迫した声を上げた。

 

「分かっている! イムヤ衝撃波来るぞ!」

『そ、そろそろ私の、限界なんだけどっ、もぉっ、くぅうっ!?』

 

 数秒の間隙、頭上で空母ヲ級に命中した魚雷の爆発による海水を震わせる波が音速に近い速度で俺達へと襲い掛かり、ビシビシと先ほどの軋みよりも強い障壁が割れる音、そして、撃破され粉々になったヲ級から押し寄せる大量の泡と昏いマナの中を一直線に俺達を艦橋に乗せたイムヤとその下から押し上げるイクが海上を目指す。

 

「ふぅ・・・やっと使う気になったか、さっきは出し渋ってたクセに」

 

 幸いに限定海域を取り巻く引き込む海流から逃れ、残りの推進力を障壁の修復と空気の維持に回しても潜水艦娘二人が展開した浮上用エアタンクのお陰もあり浮上するのは問題無さそうだと確認しながら俺はコンソールでその調整を行う。

 警告音はまだ絶えず鳴り響いているが深海から浮上してきた潜水艦娘に驚いて逃げる様に泳ぐ魚の群れや海の中でも陽の光が見える深度まで戻ってこれた俺は指揮席に背中を預けて張っていた気を抜く様にため息を吐いて少々の恨めしさを通信機へと向けた。

 

『状況が変わったんだ! 多少無茶でも逃げなきゃヤバい!』

「は? 変わった? 逃げるだと?」

『下見ろ! 下!! 見りゃわかる!』

 

 これで深海魚の友人になる事も無く空気のある空の下に戻れると安堵しかけた俺や時雨達の顔が通信機から聞こえる義男の叫びに強張り。

 全員と視線を交差する様に顔を合わせた俺は妙に重い唾を飲み込んでから手元のコンソールパネルを操作して艦橋の全周モニターに義男が言った方向を確認するためのサブウィンドウを表示させる。

 そこに映ったのはイクを引っ張り上げる時に見えた半透明のコーヒーゼリーが表面を渦巻かせているモノではなく、それとは似ても似つかない赤黒い固体へと変わろうとしている巨大な球体であり、その球体の表面からはイソギンチャクを思わせる黒い触手が水中に漂い。

 あまつさえ、ついさっきイクの魚雷が撃破した空母ヲ級の残骸が海底に落ちていく途中でその悍ましい限定海域から伸びた触腕に絡め取られて取り込まれる様子が見えた。

 

「巨大化だけじゃなく、ふ、浮上もしている・・・のか!?」

『司令官、今イクからアレの観測データを貰ったわ、そっちに表示するわね!』

「・・・これっ、僕らよりも遅いけれど海上に向かってるのは間違いないよ!」

 

 接触回線で義男達の艦橋から直接送られてきた限定海域のデータ、丁寧な事に戦艦レ級が逃げ込んだ直後とあの形へと変質を始めた後の情報が文字列を作りコンソールやメインモニターにずらずらと並んでいく。

 太平洋側に現れた一昨年、日本海側に出現した昨年、それらに匹敵するかそれ以上の規模を内包した巨大異空間がゆっくりと、しかし、煙幕の様に立ち込める砂利と岩石が渦巻く海底から黒い渦と共に浮上してくる禍々しい様子に俺は首を絞められた鶏の様な呻きを漏らしてしまった。

 

「何がどうなってあんなことに、まさか義男、お前がまた何かやったのか!?」

『トラブルを全部俺のせいにすんなよ!? ・・・だが、多分だけど、俺達が追っていたレ級があの限定海域を乗っ取ったんじゃないか?』

「乗っ取った? ・・・あれの中に元々居た姫級から主導権をレ級が奪ったと言う事か・・・そんな事が」

 

 あり得るのかと言いかけたと同時、持ち主である深海棲艦が変わったからその新しい主に合わせてその領域が別のモノへと造り変えられていると言う事か、と前触れなく妙にストンと胸に入り込んだ理解(違和感)に俺はふとコンソールパネルを見下ろし、その上に居たやる気の無さそうな顔の猫を乗せ胡坐をかいているベージュ色のセーラー服を見詰めた。

 

「普通種の深海棲艦が姫級深海棲艦を捕食して更なる進化を起こす・・・何が生まれるかは分からない・・・」

 

 俺の呟きにコミカルな顔つきは少し不満そうな、そして、どこか後ろめたそうな表情を浮かべており更に視線に疑問を込めて真意を問うがそれ以上の返答は無く不意に瞬きをした後には妖精(猫吊るし)は影も形も無くなっていた。

 恐らく、いや、間違いなく通信機の向こうで何事か悪態を吐いている義男も俺が受け取ったイメージと同じモノを刀堂博士から教えられた(押し付けられた)のだろう。

 

「なるほど、そう言う事が提督の前世の世界でもあったって事だね?」

「つまり深海棲艦による下剋上って事? 最悪だわ・・・」

 

 心の底からウンザリとした顔で海上の光を見上げる様に艦橋の天井を向いた矢矧が背中をメインモニターへと預け、時雨の少し疲れを感じる声と頭の中に直接語り掛けてきた刀堂博士から教えられたイメージに俺は身体にのしかかる重圧が数倍になった様な錯覚を覚える。

 人間や艦娘だけでなく他の深海棲艦まで取り込み自分を強化し続ける異常な能力を得た深海棲艦が姫級へと辿り着く、恐らくはその能力の性質故に姫級となってもあの怪物は人間や艦娘だけでなく深海棲艦も含めた全てを捕食対象として襲うだろう。

 

「浮上後、島風に旗艦変更する! これの報告の為にも拠点へ出来る限り早く帰還しないといけない!」

「おうっ♪ まかせて提督、あんな遅いのなんか私と連装砲ちゃん達に追いつけないんだから!」

 

 海面まで残り100mを切り太陽光によって闇が深まって見える黒い深淵を見下ろす。

 距離が離れた事もあり下から今も浮上してきているだろう限定海域は海水の透明度が低下した事によって阻まれ潜水艦娘であるイムヤの優れた視力でも捉えられなくなった。

 ただ手元のコンソールに送られてくるイムヤが放っているアクティブソナーに帰って来る反応は俺達の数百m下にある巨大な質量と空間を持った物体の接近を知らせており目に見えないと言うだけでどうしようもない悪夢じみた現実は追いかけてきているのだ。

 

《ぷふぁっ! 浮上したわよ、司令官、はぁはぁ、けほっかはっ・・・》

 

 妙に眩しく感じる夕陽の角度に近づいている太陽の下、白波を打ち破って顔を海中から出したイムヤは海面に手を突いて肩で息をしながら光粒に解ける血が混じった咳きを繰り返し。

 その背中では大量の海水が艤装から放出され、急浮上による水圧の変化によって破裂寸前であったが何とか無事に仕事を終えてくれた浮き輪から空気が放出され小さく畳まれていく。

 

《ふひぃっ、疲れたの~、提督ぅ、イク早く休みたいのねぇ~》

 

 イムヤから少し遅れて水飛沫を滴らせて紫色のトリプルテールが浮上し、擦り傷や水着の破れが見える身体を海面に倒す様にしてうつ伏せになったイクもこちらと同じ様にひび割れた艤装から海水を放出して赤白のエアタンクを萎ませて回収している。

 

『休んでる暇は無いみたいだ、さっきよりあれの浮上速度が上がってるぞ、あんな追っ駆けなんて願い下げなんだがなっ!』

「同感だ、・・・ん、あの零戦は木村君のか? 龍驤は木村艦隊と本部へ撤退の連絡を、島風頼むぞ!」

 

 モニターの向こうで海に寝そべっていた潜水艦娘の身体が光の粒子へと変わり輝く様子を横目に俺は艦橋のメンバーへと指示を飛ばしながらコンソールパネルに浮かぶ立体映像に触れて現在の指揮下に居る艦娘の名前が書かれたカードを表示させ、その一枚を掴み取った。

 

「ふっふん♪ まかせてよ提督、私と連装砲ちゃんにかかればさわゆきまでなんてアッと言う間に着いちゃうんだから!」

 

 そして、俺の言葉に威勢の良い声が上がり目の前で金髪の毛先が跳ねながら小さな三機のロボット砲台と一緒に髪色と同じ輝きの中へと消え、入れ替わる様にずぶ濡れのスク水だったモノを身に着けた潜水艦娘が艦橋へと現れて脱力する様に床へと座り込んだ。

 

「今回は色々と苦労を掛けた、だが、よく頑張ったなイムヤ」

「こんなのたいした事じゃないわ、でも・・・司令官に褒められるのはうれしい、わね」

 

 不可抗力とは言え味方である潜水艦娘が放った魚雷の余波で防御障壁を失う程のダメージを受けた鮮やかな赤毛の少女はまだ荒い呼吸を整えながら塩水を床に滴らせた顔に僅かな微笑みを浮かべた。

 

《しまかぜ、出撃しまーす!》

 

 そして、艦橋のモニターが一瞬のホワイトアウトを起こし直後にまるで溜め込んでいたストレスを吐き出す様な大袈裟にも感じる島風の出撃の宣言と甲高い汽笛の音が響く。

 島風の発進に備え俺が顔を正面モニターへと戻して推進機関のレバーへと手を掛けたと同時にその腕にイムヤの濡れた手が触れて俺の制服に水シミを作る。

 

「ごめんなさい、司令官、邪魔だって分かってるけど少しだけ」

「かまわないさ、ただな・・・」

「何、司令官?」

 

 いくら潜水する事を前提にした能力を持つ艦娘であろうと海に沈む事への恐怖が無いわけではないとある日のイムヤ本人が言っていた事をふと思い出す。

 もう一度、改めてイムヤを見た俺はその身体が凍える様に小さく震えている事に少し遅れて気付かされ、心細そさが隠れた表情をこちらへ向けて小首をかしげた彼女に言うべき言葉を数秒言い淀む。

 

「せめてタオルぐらいは身体に巻いてくれ、・・・何と言うか、目のやり場に困る」

「・・・ぁっ、ご、ごめんなさい! えっと、その私っ」

 

 直後に海中で冷やされ青ざめていたイムヤの肌に朱が差し自分の身に着けている弾けた様に原型を失い白い布切れとなったセーラー服やその下の裂け目だらけの前衛的なデザインとなった肌色を見せ付けている水着の状態に気付き。

 顔を羞恥心で真っ赤にした潜水艦娘は即座に俺から手を離して慌てて両腕で見えそうで見えない部分を隠す様に縮こまる。

 一度走り出したら中々止まってくれなくなる島風が機関を唸らせ走り始めた事で発生する慣性の重みに気付いて腹に力を入たおかげで今の浮わつきかけた気分を顔に出さずに済みそうなのが俺にとっては救いだった。

 

「くまりんこ! 三隈がふきふきして差し上げますわ! 風邪をひいてしまっては大変ですものね!この、この!

 

 座席裏にまとめて固定してあるダンボール箱から取り出したらしい大判タオルを手に三隈が妙なテンションで俺とイムヤの間に割り込みまるで揉みくちゃにする様に彼女の赤い髪と顔を覆い隠す。

 

「いた!? 痛たっ! ちょっと、どこ触ってんのよぉ!?」

「S4始動よ! ・・・もぉ、遊んでんじゃないの、島風が加速するわよ! 気をつけて!」

 

 じゃれ合う潜水艦と重巡の声に耳を傾け、矢矧と時雨が艤装管制してくれている島風の後ろに続いて波を蹴る不知火の姿を確認した俺は山積みになっていく問題へと頭を悩ませる。

 そう気を紛らわせておかなければいくら酔い止めに頼らずとも駆逐艦娘の高速機動に耐えられるようになったとは言え飛ぶように過ぎ去っていく真下の白波に俺のデリケートな神経が刺激され喉で酸味を楽しむ羽目になるのだ。

 

「HEY、テイトクゥ、・・・他の子と仲良くするのはいイイけどサー、時間と場所をわきまえなヨー」

「俺にそんなつもりはない、それよりも離れるんだ金剛、君こそ時と場合を考えてくれ」

 

 しかし、俺自身は今後に対する考えを纏めたいと思っているのにいつの間にか我が物顔で指揮席の肘掛に横座りしていた金剛が微笑みながらこちらに身体を押し付ける様にもたれ掛かってきたせいで集中力が霧散し、同時に精神的かつ物理的に胃を圧迫していた感覚までが不思議と抜けた気がする。

 

「ふふっ、ミンナだけじゃなくワタシからも目を離しちゃNo、なんだからネー♪」

 

 それはついさっきまで海中で味わった押し潰されそうな程の深海の重圧から解放された反発作用なのか。

 夕陽へ変わっていく温かい光と彼女達の姦しさのお陰で明るくなった艦橋で俺はどんな困難や強敵を前にしても気持ちをすぐに前向きに戻せる金剛達を羨ましく感じる。

 

「司令官、通信繋がったよ、そっちの通信機に回線まわすからね」

「ああ、ありがとう」

 

 そして、こちらに向かって微笑みながら『背中を擦ってあげようかい?』と口の動きだけで伝え少しイタズラっぽくウィンクを見せた時雨へ肩を竦めて苦笑してから俺は龍驤が繋いでくれた通信に出た。

 




 
当然の事だけど田中達はあの中に何が居るのか、誰が居るのかはさっぱり全く全然わかっていません。

猫吊るしも意図的にその情報を出し渋っているのかも?

だって、それを気にして下手に救出とか手加減とか考えたせいで【継ぎ接ぎ】が日本本土に上陸したら目も当てられない事になるでしょう?

大丈夫、難しい事考えなくてもあのデカブツさえ倒せば彼女達も鎮守府に帰って来るって事なんだからさ。

記憶(後悔)を洗い清められた(霊核)だけが、ね?




まぁ、それはこのまま全部が人間側に都合良くいったらの話だけどさ。


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第七十七話

 
私の次の神通はこの胸にある妄念を脱ぎ捨てる事が。

栄えある川内型の一人として。
華の二水戦を担った艦として。

自分の名に恥じない軽巡として在る事が出来るのでしょうか・・・?
 


『魚雷一番三番自爆、・・・二番、続いて四番命中しました! 雷巡チ級エリートの撃沈を確認!』

『ふぃぃ、これで周りの敵は全部やっつけたかしら、神通さんはさっきの被弾大丈夫だった?』

 

 夕日の中でも映える橙色の川内型軽巡共通の制服の黒いスカーフタイと長い後ろ髪を飾る薄緑のリボンを海風に揺らしながら煤けと傷が見える頬から散る光粒を籠手付きの黒いロンググローブの指先が拭う。

 

《私もまだ精進が足りないようです、・・・弾薬はまだ余裕がありますが砲を一門破壊され小太刀も一つ無くしてしまいました》

『こちらでも確認している、小破だな』

 

 外側にカールする真ん中分けの特徴的な前髪の下で憂う様な伏し目をしている川内型軽巡洋艦を原型に持つ艦娘が破損した右腕の14cm単装砲とその手が握っていたはずの刃物の喪失に悔し気な声を漏らした。

 

『まーあれは仕方ないわよ、あの時に無理してでも数減してなきゃ袋叩きになってたわ』

『陽炎の言う通り最善の行動だった、神通、あまり気に病むな』

 

 フォローをしてくれている気の良い駆逐艦娘と少し不器用さを感じる硬い声の指揮官に小さく感謝を述べつつ神通はつい先ほどの戦闘でも敵の砲弾を切り裂いて掻き消した愛用の小刀の片割れを鞘である艤装の定位置へと戻す。

 攻撃目標だった戦艦レ級を中心とする艦隊とは別に太平洋側から出現した黄色い灯火を目に揺らす雷巡を旗艦とする艦隊との予期せぬ遭遇と戦闘。

 中破によって空母としての戦闘能力を失った祥鳳と交代する形で作戦に途中参加した龍鳳が居なければ完全に奇襲を受ける形になっていただろう戦闘を陽炎と朝潮の二人と協力して凌ぎ切った神通は安心と杞憂を混ぜた溜め息を吐く。

 

(慢心して破片とは言え榴弾を浴びるなんて、・・・那珂ちゃんだったらこうはならなかったのでしょうか?)

 

 アイドルなる現代における芸妓の道を極めようとしている姉妹艦は自らの装束と華麗さを守る為だけと言う拍子抜けしそうな理由で神通ですら驚くほどの訓練を自己に課している。

 そして、その修練によって体得した戦技でもって妹が鎮守府を代表する軽巡の一人とまで言われている事に感じる誇らしさと同時にその那珂を見上げる立場である未熟さの証とも言える焦げ目が幾つも出来た川内型の制服を見下ろした次女は再び小さく嘆息した。

 

『それにしてもアイツら何だったのかしら、無警戒に近づいてきたわりには輸送艦をやたら気にしてる立ち回りしてたけど』

『そのワ級が運んでいたのも難破船の残骸とか岩の塊だったみたいだし、どういう目的の艦隊だったのかな』

 

 まるで宝物でも運んでいる様な過剰に錆びた船の残骸や海底にある様な岩などを積んだ輸送艦級深海棲艦を守る敵艦隊の見せた隙ある動きのお陰かチ級が放った大量の魚雷群など何度か危ない場面はあったのものの神通達は倍の頭数を持った敵を相手に小破程度に損害を抑えながら勝利する事が出来た。

 

 その不測の事態が一段落して先ほどの戦闘の不明点を議論する艦橋の声から意識を海へと傾いていく夕陽に向けた神通は目を眇め海風に揺れる前髪を撫でる様に梳きながら陽の光に輝く白波を妙に感慨深く感じ。

 そう言えば、と自分が深海棲艦が支配する絶望の底に囚われ救い出された日からもうすぐ二年が経とうとしているのだと思い返す。

 

『ねぇ、司令はさっきのどう思う?』

『・・・深海棲艦の分析は我々の仕事ではない、集めた情報は司令部か研究室にでも任せておけ』

 

 闇に覆われた絶望の世界に追い立てられ目の前で実の姉が戦死して霊核となる様子を目撃し、魂の結晶を抱えて逃げ回り共にいる仲間達の為にもと生き汚く命を繋いではいたが何時からか彼女の心は此処が自分の死地なのだという諦観に支配されていた。

 

 そんな神通の予想を良い意味で裏切ったのはなんの因果か聳え立つ絶望の体現とも言うべき果て無き黒壁を蹴破って助けに来た彼女の姉妹艦であり。

 限定海域と自衛隊に名付けられた奈落の奥から這い出てきた領域の主が那珂の放った輝く光に打ち砕かれる驚くべき情景を目撃した神通は仲間達と一緒に闇の底から太陽が照らす海原へと引き上げられ、鎮守府に帰り着いても軽く数か月は次から次に押し寄せる劇的な周辺環境の変化による現実感の欠如に酷く戸惑う事になった。

 

 だが、姉妹艦のよしみで寮の同室になった那珂に艦娘になってから初めて触れる現代的な生活を教えてもらいながら限定海域から共に脱出した魂の結晶の一つから蘇生した自分達の姉である川内の復活を経てやっと神通は自分が日本へと帰り着いたのだと言う実感を得る。

 

『あのねぇ、もうちょっと頭を柔らかくしなさいよ、せめてギャグの一つも飛ばせるぐらいにはさ』

『もぉ陽炎、そう言うのは止めなさいって言ってるでしょ、提督に失礼よ』

 

 そして、限定海域に閉じ込められ酷使された身体が癒えた後も呆然と過ごした幾ばくかの時間、無駄に過ごした日数を挽回する様に演習と訓練に明け暮れ現代の戦闘方法を修め。

 実戦を経て神通は自らの中にあった本来の艦娘としての力を実感して他の仲間と同じ戦線に立てた手応えを得たが常に彼女の脳裏には限定海域の奥底へと希望を運んできた妹の姿が刻み付いている。

 自らの実力を知りたいと言う欲求から多種多様な艦娘達に演習相手を頼み、軽巡が最も実力を発揮できる距離感と洗練された現代の戦術を熱心に学び、今では同艦種において武闘派の筆頭とも言うべき実力を得た神通であるが彼女にとって最も輝かしい存在は変わらず姉妹艦である那珂なのだ。

 

(姉さんや本人から気にしすぎとは言われますが、・・・私は那珂ちゃんを羨む事が止められない・・・なんて浅ましい軽巡)

 

 もしあの奈落に閉じ込められていたのが那珂で、その姉妹艦を助け出す為に駆けつける事が出来たのが自分だったなら。

 もしくはどんな困難な状況でも輝く笑顔を失わない妹が自分をあの暗闇の中でも照らし支えてくれていたなら。

 あの場に自分を含めた川内型三姉妹が揃っていたなら諦観に沈む事無く絶望が満ちた黒い海にも毅然と立ち向かえていたのではないか。

 

 もしも、もしも、と在りえもしない妄想の言葉を重ねても結局のところは瞼に焼き付いた絶望からの救い手として目の前に現れた軽巡艦娘那珂への妄信に近いコンプレックスは神通の心からもう切り離せない程に強くなっており。

 理想とする軽巡(アイドル)に向かって邁進している妹の地道な努力の結晶である輝く笑顔に憧れる姉となったと思い込んでいる自分を神通は変えられないでいる。

 

『神通? どうかしたの? さっきから黙ったままだけど・・・何か気になる事でもある?』

 

 奥ゆかしい態度と儚げな雰囲気を纏っている為に一見すると気弱そうな少女に見られる事もあるが一度戦場に立てば確かな実力を発揮する神通を知った他の軍務に忠実な艦娘達は度々、彼女へ妹艦娘の現代かぶれを何故に諌めないのかと問うが川内型の次女はその度に消え入りそうな困り顔で言葉を濁すだけに留めている。

 少々艦娘の在り方としてはズレがあるが艦娘として初めて見た妹の勇姿に惚れ込んで那珂の真摯な努力を応援したいと心の底から思ってしまっていると言う内心を白状するのは流石に背中を預ける仲間達に対してだとしても恥ずかしく感じる思いがあり。

 

《いえ、そう言うわけでは、何でもありませんが・・・》

 

 何より単純な戦闘能力だけなら姉妹艦の中で最も高いと言う湾内演習の成績と勝率と言う根拠はあっても一心にアイドルを目指す妹の様に絶対の自信をもって自らの進む道をまだ見つけられていない神通はその那珂を諌め正すと言う上から目線の言動には強い忌避感を感じている。

 だからか、今の彼女が所属している木村艦隊への着任に関しても実のところはそこに所属している艦娘全員が那珂の奇抜な性格に対する嫌悪感を持っていないどころかその妹に対して友好的なメンバーであるからこそ所属の申請を行ったと言う隠した事情があった。

 

《ただ、私よりも龍鳳さんは大丈夫でしょうか? 艦載機の制御を一人で請け負うと言うのは門外の身にも難しいのではと感じるのですが》

『まだ、大丈夫です・・・機体も燃料に霊力を集中させて、いますから、まだ飛ばしていられます・・・』

 

 いい加減に負の方向へ向かいそうになっている自分の考えを打ち切る為にも神通は自分の艦橋で上空を飛ぶ数十の戦闘機を一人で制御している改装空母を気遣うが返って来たのは喉から絞り出す様な苦し気な声だった。

 多数の深海棲艦がばら撒いた霊力の構成粒子であるマナの濃度の上昇で電波どころか可視光線すら歪ませる戦闘海域で龍鳳は増設された航空管制装備から緑翼の艦載機を放ち敵艦隊との戦闘に突入してからは神通達と交代で艦橋に戻り自分が飛ばした後の艦載機の操作に付きっ切りで集中し続けている。

 艦橋に戻った待機状態の龍鳳でも艦載機から送られてきた情報を艦橋の機能に精神を同調する事で通信系と戦況を海図に記す事でき、指揮官と陽炎達も見聞き出来る様になっているが旗艦であれば仲間の手を借りられる数十機の艦載機の操作は全て一人の空母艦娘が受け負わなければならない。

 

《提督、周囲に敵影もありません・・・、今のうちに龍鳳の艦載機を回収するべきであると考えます》

『・・・出来る事なら田中艦隊と中村艦隊の浮上後の制空もやりたかったが、仕方ないか』

 

 憮然としながらも少しの苦悩を感じる指揮官の同意に神通は自分の意見に同意してくれた相手への感謝する様に風にはためくスカーフタイの上から姉妹と同じオレンジ色のセーラー服の胸元を押さえ小さく頷く。

 

『提督っ、私は、龍鳳はまだ・・・』

『今無理をされて行動不能になられる方が我々にとっての不利になる、君は自分が持つ能力の価値を理解しているから此処に居る筈だ』

『あっ、その・・・はい、す、すみません・・・提督』

 

 敢えて感情を抜いているらしい青年の硬い声にまだ自分は大丈夫なのだと言いかけた空母艦娘が声を途切れさせ続いて艦橋に居る仲間達の穏やかな声は彼女を戦友と認めたうえで言葉足らずな指揮官のフォローを始め。

 その様子に耳を傾ける神通は夕陽が落ちようとしている水平線へと再び目を向けながら、龍鳳もまた自分と似た不安を抱え込んでいるのかもしれないと内心で共感しそうになり。

 だが、自らのそれが妹一人に向かっているのに対して輸送艦娘として生まれた彼女のそれが神通を含めた戦闘艦娘全員に向かっているのだと思い至った軽巡艦娘は苦笑した。

 

(私の矮小な悩みと比べるなんて、これは龍鳳さんや輸送艦娘達に失礼が過ぎるでしょうか・・・?)

 

 作戦海域全体を見渡す為、上空に散らばっている艦載機達へ艦橋で苦し気な息を漏らしている航空母艦が帰還を命じ、その飛行機の群れの着艦準備が済み次第に龍鳳と旗艦を交代するのを待つ事になった神通は何気なく見回す様に遠い目を向けていた水平線の端に闇色を感じて眉を顰める。

 

 作戦開始からもう十時間近く経っており後一時間も過ぎれば東の方向から夜がやってくるだろうと自らの感覚で理解している神通にとってその妙な方向に見えた夜の色の到来は違和感となる程に早く。

 一瞬見えただけだがまるで水平線上から湯気が湧き立つような形もまた不自然さとなって彼女の中で騒めく危機の有無に対する優れた直感がさらに強まり臨戦態勢へと心が逸る。

 

『これは田中先輩からの緊急通信? 拠点艦と直通回線の用意? 何が起こって・・・合流する必要があると言う事か?』

『ちょ、ちょっ、司令官、なんかまた周りのマナ濃度が上がり始めてるわよ!?』

『この上がり方、戦闘濃度に達しました! まさか近くに新しい敵艦隊が迫っているの!?』

 

 まるで神通が水平線の向こうに居る闇色の何かに気付いたと同時に艦橋の声が慌ただしくなり、自分に装備されたレーダーやソナーが重巡艦娘によって出力を上げられる感覚を感じながら神通は古鷹の危惧を否定する。

 

《いいえ、出現したのは敵艦隊ではありません・・・》

『神通さん?』

《あれは敵本隊・・・限定海域です》

 

 それは今の彼女がいる位置から目視出来る距離には無い、だが確かな黒色を感じる方角から押し寄せてくる肌に粘つく様な澱んだ気配は神通自身がかつての奈落の底で嫌と言うほど味わった辛酸を思い出させるには十分な気配を発しており。

 

『それってもっとヤバいじゃないの!』

『龍鳳、航空隊を早く戻してっ、弾薬分の霊力まで全部燃料に回してるんでしょ! 七面鳥撃ちにされるわよ!?』

 

 艦橋の通信機を通して神通の耳にも届くノイズで不明瞭になっているが他の艦娘部隊の指揮官達から届いた合流要請に神通は波を蹴って針路を変え、限定海域が浮上を始めたと言う方角を睨み据えながら軽巡は自分を動揺に揺らそうとする忘れられない恐怖心(トラウマ)艦娘(兵士)としての矜持で律する。

 

『提督ご命令を!!』

『神通から龍鳳に旗艦を変更、航空機隊の回収後に陽炎へと切り替えて友軍艦隊との合流ポイントを目指す、行動開始!』

 

 指揮官の命令に了解の声を上げた神通の身体が内部から光を溢れさせ光粒が弾ける様に金の輪を異変に荒立ち始めた外洋に輝かせた。

 




 
一番艦「え? あぁ、うん、多分上手くやるんじゃないかな、でも私達にとって大事なのは今の神通だってば、あ、あと夜戦ね! 大事!」

三番艦「え~と、那珂ちゃんにはそう言うの難しいかな~って☆ でも神通お姉ちゃんはすっごくガンバってると思うよ~♪」

二番艦「そうですか・・・すみません、要領を得ない上に情けない事を言ってしまって・・・」

姉&妹(別に良いけど・・・でもそれってダンスの授業の最中に言う事じゃないよね?)

授業の後、姉妹揃って仲良く間宮カフェで甘味食べた。
 


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第七十八話

 
力技にも程がある・・・。
 


(なんでこんな事に!? 中村先輩と関わってから本当に碌な事が無い!)

 

 防衛大で自衛官のエリートを目指していると言うには妙に飄々とした性格で規則の限界点を試して遊ぶ様な俗っぽさが任官後も変わらなかった一年年上の男と出会った事への後悔を心の中で叫びながら神通の艦橋に座っている木村隆は目の前の光景に冷や汗を浮かべる。

 

『まるで台風だわ、って言うかアレ周りの海だけじゃなく空気まで吸い尽くすつもりなんじゃないの!?』

「陽炎、こんな時に無駄口を叩くなっ! 先輩達は見つかったのか!?」

 

 深海棲艦が造り出した限定海域の浮上と共に周囲のマナ濃度の急上昇は龍鳳が数機が欠損しつつも艦載機を収容し終えたのとほぼ同時であり、再発艦を提案する龍鳳を跳ね飛ばし海面に叩き付けかける程の暴風、そして、海上を闇に染める夜の到来は木村達にエアカバー(制空権)を諦めさせるには十分な威力を見せつけた。

 

「合流予定地点はもう見えているはずなのにっ、ダメです、友軍艦隊を確認できません!」

《本当に最後の通信は撤退と合流って言ってたのよね!?》

「予め決められていた緊急コードだ! 間違えるわけが無い! なんであの二人の艦隊が居ない!?」

 

 神通から龍鳳に、そして、龍鳳から駆逐艦娘である陽炎へと旗艦が切り替わり走る荒天の夕暮れの中で木村はノイズを吐き出す通信機、エラーと砂嵐で画面を埋めるレーダー画面、肘掛の左側でカラカラと音を立てる羅針盤に精神を削られながら近付く撤退時の合流ポイントへと辿り着いた。

 限定海域がその周りに発生させている渦潮から遠く離れていると言うのに台風の様な暴風とそれが海面から巻き上がる水飛沫が襲い掛かり、両手持ちの主砲を手に構えた陽炎は見通しの悪い周囲へ目を顰め見回し友軍艦隊である中村や田中達の姿を探す。

 

「戦艦水鬼の時と、いえ、あれはそれ以上ですね、・・・相手にとって不足無しです!」

『あの時も酷かったけど、波はそれほど高くないからとりあえず風に逆らわなければ吹っ飛ばされる事は無さそうかなっ、それにしても中村艦隊も田中艦隊も、目に見える範囲に居る感じじゃないわよ、もしかして沈んでんじゃないの!?』

「最後に艦載機がイムヤちゃんとイクちゃんの浮上を確認していますから両艦隊とも海上には戻ってるはずです! ・・・あれ? なんでイクちゃんが居たんでしょうか?」

『それってさ、さわゆきに居る事になってる龍鳳が言う事?』

 

 日本海に出現した深海棲艦の大艦隊との戦いに参加していた二人の駆逐艦が遠くにあってもその異様な迫力を見せつけてくる赤黒い球体が発生させている周りの空間ごと引っ掻き回していると言っても過言ではない超自然現象への恐怖に顔を青ざめさせながらも気丈なセリフを吐き、まるで砂嵐で埋められた様なレーダー画面を少しでもクリアにする為に精神を集中している龍鳳が艦橋に記録された情報と自分の記憶を頼りに位置関係をモニター上で整理している。

 限定海域と呼称される巨大な深海棲艦の巣を木村が見る事自体は初めてではない、むしろその敵拠点に関わる作戦に参加するのはこれで三回目であり他の指揮官よりも経験は遥かに多い、とは言え、それは現在の木村や彼の指揮下にいる艦娘ににとっては何の慰めにもならない話であるが。

 

〈 もし本当に映画の怪獣みたいなヤツが日本に攻めてきたら木村、お前どうするよ? 例えばソイツが太平洋側から三重県沖に現れて上陸を目指してきたとしてだな・・・ 〉

 

 まだ深海棲艦の存在が世間一般に謎に包まれたフィクションか陰謀論の一種として扱われていた時期、防衛大の寮室で椅子の上に胡坐をかきながらビッと人差し指を自分に突きつけて妙な事を言い出した先輩である中村義男の言葉を木村は思い出す。

 自衛官が良くやる現状使える装備や権限などを含めて仮定に仮定を重ねる思考実験の様な戦術思考ゲームを何の前触れも無く仕掛けてきた不真面目な先輩に対して学課の提出物に掛かり切りになっていたその時の木村は「そもそもそんな状況はあり得ません」と素気無い答えを返した。

 

〈 あり得ない? おいおいおい、じゃぁ、深海棲艦も存在しないフィクションですって言うつもりか? 国連の肝煎り艦隊は何に沈められたと思ってんだよ、もしかしてアニメの中からやってきた超科学海賊とかか~? 〉

 

 一昔前ならともかく現実として冗談みたいな怪物はこの世界に現れた前例があるじゃないか、とお道化た調子で笑う青年は今は亡き狂った科学者が提唱した存在と共通点がある所属不明艦と交戦した国連主導の海上における治安維持作戦を引き合いに出すがその場に居た同室の士官候補生がウンザリとした顔をしたのを木村は妙にはっきりと覚えている。

 そして、そんな防衛大の校則規範のライン上で綱渡りをする事を趣味としている成績は良いが素行は良くない先輩を普段から尊敬していると言う野球が趣味の丸刈り頭の学友が苦笑しながらも中村へと「なら先輩だったらどうするんですか?」と問いかけた。

 

〈 んなもん決まってるだろ、上陸される前に見つけて海の上でぶっ倒せばいいんだよ 〉

 

 想定を大きく上回る死傷者と艦船への被害を大量に出した為に詳細な情報は隠され、ただ敵艦を撃破したと言う戦果だけが発表されたのみで国家ぐるみの隠蔽工作の関係から正式な名前も与えられていないその海戦ではあるがその時点では撃破された所属不明艦の同類が他にも存在しているとは誰も信じておらず。

 各国の徹底した情報統制によって深海棲艦による被害は増えていると言うのにその事実はネットの海で騒がれるゴシップと同類扱いを受けており腐っても軍事組織の幹部候補生である彼等の耳にすら信憑性の低い噂と言う形でしか伝わってきていない。

 そもそも戦争行為と戦力の放棄を謳う軍事組織と言うには少々歪な性質を持つ自衛隊の末端も末端に居る木村達は彼が言う様な直接的に人命と財産を脅かす怪物に対する防衛力として自分達が国防の最前線に立つ事になるなど絵空事でしかなかった。

 

(その為に艦娘が居る・・・なんで先輩は本当にいるかどうかも分からなかった彼女達の存在を確信していた? 信じていられたんだ?)

 

 同じ寮室の木村達にまだ出現しても居ない新種の深海棲艦の情報をまことしやかに語る中村が此処とは別の世界を生きた前世の記憶を持っていると言う話を木村が知ったのは彼に請われて鎮守府の艦娘部隊指揮官となってから少し経った頃で、しかも中村本人からでは無く知り合いになった艦娘達が当たり前ようにしていた世間話の内容からだった。

 だが、いくら本人にとって確信となったとしても一個人の記憶などはあくまで主観のみで実質根拠は無いも同然、その自らの中にしかない主張にどうして人生を賭ける事が出来たのかは中村本人でない木村には知れる筈もない。

 しかし、今現実として目の前にある過去の彼があり得ないと言い切った絵空事に挑まなければならない木村は生真面目な仏頂面をさら硬くに強張らせ恐怖で勝手に震え出す身体に冷静になれ情けない姿を表に出すなと念じて制し正面に見据える。

 

「陽炎、原動力が20%を下回る、推進出力を落とすぞ!」

《どうせ、撤退するしかないんだから弾薬の事考えなきゃこのまま目一杯回してても余裕あるでしょ、って、・・・砲声!?》

 

 吹き荒ぶ獣の遠吠えの様な暴風の音に混じって聞こえた爆発音に横殴りの風と波しぶきの中で陽炎が驚きの声を上げ。

 

「何処だ!?」

「聴音反応、は・・・三時方向です!」

 

 その艦橋に居る木村達の前のコンソールや全周モニターに駆逐艦娘の聴覚と連動したデータがウィンドウを開き神通が片手を耳に当てながら振り返りってその砲声の発生源の方向を指し示す。

 そして、艦橋で索敵に全精神を注いでいた古鷹が軽巡の感知した方向へと艦橋に同調させた視力を向け、夜へと変わった嵐の中に艦娘が扱う霊力による障壁の発光を見つけ出して拡大映像を開く。

 モニター上に表示されたその小窓の向こうには身体の向きとは逆方向に航行しながら幾つもの砲撃を巨大な深海棲艦の巣へと撃ち出している重巡艦娘とその彼女を牽引する様に光の旋風を吹き出しながら海上を蹴る金髪の駆逐艦娘の姿があった。

 

「どう言う事!? なんであの子達、攻撃してるの!? 撤退じゃないの!?」

「高雄さんが小脇に抱えてるのって確かS4とかって言う、あんな風に使う事も出来るなんて・・・」

 

 深海棲艦の巣が浮上したと言う報告の直後に発生した高濃度のマナによって通信が途絶し、拠点艦との連絡も出来なくなった木村にとって二個艦隊の友軍との合流は優先事項ではあったが、まるで巨大な獣を挑発する様に散発的な砲撃を行っている高雄や簡単に作戦海域を離脱できるはずの速力を持つ島風が中途半端な距離を保ちながら黒い渦の縁で戦闘を続行している馬鹿馬鹿しい状況に思考が停止しかける。

 黒い渦の縁に踏み込まないギリギリの位置から夜闇に幾つもの光の砲弾が打ちあがっては暴風の発生源である脈動する浮島の表面に着弾して爆ぜた表面が細かな破片を撒き散らしながら削れ、数秒も経たないうちに内側から湧きだしてくる黒い粘液が穴を塞いで歪な表皮を再生させていた。

 

《司令官!》

「ま、待て、友軍との合流は一時保留で・・・」

《砲弾でも魚雷でも良いから再装填、この際機銃でも構わないから戦闘用意すんの! 弾込め早く!》

 

 象に挑む蟻を実践している先任達の姿に目を見開き絶句していた木村を叩き起こす様に陽炎の切羽詰まった様な叫びが艦橋に響き、それを言われた指揮官だけでなくその場の艦娘達までもが困惑に疑問符を口から漏らす。

 

「馬鹿を言わないで! 陽炎、あなた自分が何を言ったのか分かってるの!?」

《馬鹿なんて言ってないわよ!! アイツの進行方向考えなさいってば!!》

「・・・っ!? 限定海域の予想針路を海図に表示しろ! GPSが使えなくても大まかな位置さえ分かればいい!!」

 

 陽炎の言葉と古鷹の悲鳴に閃いた発想が刺さる様に木村の脳裏を走り抜け、彼の指示を受けた朝潮が全周モニターへと素早く指を滑らせ目的の機能を呼び出し赤く巨大な楕円が表示された青色の海図がモニターに見える夜の嵐に重ねられた。

 

「ここからの計測では正確には分かりませんが、あれは現在40knot前後で北上している様に見えます!」

「このままの進路と速度で直進したとすると・・・六時間前後で屋久島か種子島にぶつかる事に・・・」

 

 振り返り不安そうな表情を浮かべる軽と重の巡洋艦二人が口にする情報の意味に木村の身体はもう彼自身の精神力では止める事も出来ない程に激しく震え、青年は青ざめた顔で望遠映像の先に居る中村と田中が艦娘達と共に何をやろうとしているのかに思い至る。

 

「む、無謀だ・・・まさか、先輩達はアレの進路を外洋へ誘導するつもりなのか・・・?」

「砲弾の命中から僅かですが進行方向がズレているような・・・、攻撃に反応している様にも見えます」

 

 部下から上がってきた情報を頭の中で整理しようとしている木村を乗せた陽炎が限定海域の発生させる黒渦の外周を大きく迂回するように走りながら敵の移動要塞の誘導と言う無謀な行動を行っている中村達へと近づいて行きながら背中の艤装に装備された12cm口径の連装砲を支える鉄骨のアームを広げて照準の十字を艦橋のメインモニターへと表示させた。

 

《・・・司令官、攻撃の許可を頂戴》

 

 自分の判断は決して間違っていないと主張する陽炎の冷静な声に宿った意志、しかし、その行動を独断する事無く指揮官へと選択権を委ねる態度は彼の部下としての一線を守っている。

 革張りの椅子の上でたった一つの判断で取り返しのつかない事になると予感させる状況を前に恐怖で武者震いなどと言い訳で出来ない程に激しく身震いしている青年は喉を締め付ける精神的な重圧に呻いた。

 そんな彼の耳に甲高く笛の音にも似た音が届き、震える身体をそのままに目を見開いた木村は正面に広がる嵐の波間に煌めいた光の連続に声を失い呆然とする。

 

「高雄からの発光信号です! これは私達に向けられているの? 内容は、・・・作戦海域を離脱せよ、と」

《どちらにしても・・・早く選ばないと手遅れになるわ》

 

 二人の先輩士官から拠点へと敵戦力の正確な情報が伝達される前に急上昇したマナ濃度と中継役であった龍鳳に艦載機を回収させると言う指揮官である自分の不手際で通信が途絶した事を今更に悔やみ歯ぎしりする。

 その身体に纏う障壁の一部の発光を強め探照灯替わりにして符牒を送って来ている重巡高雄の姿と数キロ離れてもその異様さを見せつけてくる巨大な怪物、自分と共に艦橋にいる朝潮、神通、古鷹、龍鳳、そして、コンソールパネル上に立体映像として浮かび上がっている陽炎の姿を改めて確認した木村は自分が選ぶべき正しい選択が分からず迷いを前にして固唾を飲む。

 遠く黒い浮島の巨大さと相まって実際よりも小さく見える高雄と島風が果敢に敵拠点を引き付けようとしている行動に加勢したとして本当に効果があるのかと言う疑問が揺れる。

 

 指揮下の艦娘達は改装空母である龍鳳以外は夜間戦闘を得意とする艦種であるがここ数時間の戦闘によって目立った怪我は無いとは言え能力の源である霊力は戦闘続行を選ぶには心許ない。

 しかし、現実問題として目の前で嵐を纏いながら海と空を喰らいながら突き進む黒塊を見ぬふりをして放置すれば明日の朝には九州へとその大質量が襲来し陸地を抉るだろう。

 

 消耗した状態で加勢しても自分と部下の命を危険にさらすだけ、自分よりも多くの艦娘を連れている先輩達なら大丈夫だろう、通信不能となっている為に木村達の現状を知る事が出来ない司令部へと詳細な情報を持ち帰る事が今の自分達に出来る次善の行動であると彼の理性は声を上げる。

 しかし、もしもここで自分達が何もせず撤退した為に良くも悪くも世話になっているトラブルメーカーである先輩達や知り合いになった少女達が帰らぬ人となったとしたら。

 そう考えるだけで指揮官としての選ぶと言う権利(・・)責任(・・)が木村の身体に重くのしかかり膨れ上がる焦りと不安から青年は逃れて縋る様に自らの白い士官服の上から上着の内側にある小さな感触を握りしめた。

 

《・・・前から言ってるでしょ、司令官はもっと思ってる事を言葉にするべきってさ、小難しい考えとか面倒臭い責任感からじゃなくて自分がしたいと思ってる事をね》

 

 神頼みする様に自分の内側に思考を閉じ込めかけていた木村は風と波に揺れ続ける艦橋に届いた陽炎の優しく語り掛ける声に不安で青くなった顔を上げ、嵐が吹き荒れる戦場でするには場違いなほど明るい笑顔を浮かべた駆逐艦娘の立体映像に目を見開き。

 

《逃げたって良い、正直言えば私だってあんなおっかないヤツになんか近付きたくないわ、でも今それを決められるのは()じゃなくて貴方(艦長)なのよ》

 

 そして、自分の命の行き先を他人に信じて任せると言う普通ならあり得ない少女の言葉と表情に唖然とした青年へと艦橋に居る艦娘達も陽炎のその言葉を保証する様にハッキリと頷く姿を見せた。

 

《心配しなくたって司令官が決めたなら進撃だろうと撤退だろう私はその言葉を信じて従うわ、だって私は良い駆逐艦の見本って言っても過言じゃない艦娘なんだから♪》

 

 少し軽く、そして、嵐の夜にも負けない明るさを宿した陽炎の励ましに青年指揮官は止めようしても止まらなかった自分の身体の震えが収まって行くことに気付き。

 意を決し木村は一度だけ深呼吸してから自らの胸元、白い士官服の胸ポケットに隠している古いお守りを握っていた手を離した。




 
だが敢えて言おう、その選択は正解ではない、と。
 


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第七十九話

 
元号が変わったとしても我が【艦これ始まるよ。】は一週間に一回は更新する。
(※できませんでした orz)

依然変わりなくッ! 誰も私の更新を止める事は出来ない!
(※でも更新が止まらないはホントにホントです! 頑張ります!)

ふふっ、令和元年だッ!

今、平成は過去となり新しい元号が結果としてここ(現在)に現れたのだ!
 


 夜闇に照明弾が花火の様に打ちあがりうねる暗雲より低い空に輝く霊力の結晶が六角形のガラス板の様に広がり荒波と暴風が渦巻く海上を広く照らす。

 

『お前らなっ! 帰れっつたのが聞こえなかったか!? なんでここに来てんだよ木村ぁ!!』

『そちらこそ合流すると連絡を送っておいて! 独断専行はいい加減にしてもらいたい!!』

 

 時化の暗闇の中で真横に並んで身体の向きとは逆向き向きに航行する二人の艦娘が自分達の艦橋に居る指揮官が怒鳴り合う通信内容に耳を傾けながら横目でお互いを伺いながらその身に纏う艤装が主砲へ再装填を終えるまでの時間を待っていた。

 

『ちょっと良いかな? そろそろ二人とも口喧嘩を止めて目の前の事に集中して貰いたいんだが』

『・・・はぁぁ、限定海域が九州方向へ向かっていたからそれを外洋へ誘引しなければならない、理由は分かりましたが田中二佐が居てなんでこんな乱暴な方法を採用する事になったんですか』

 

 深く不快感ごと吐き出す様な後輩指揮官の通信(恨み言)に蒼いベレー帽と同色のタイトスーツを身に纏っている重巡洋艦娘高雄がわずかに眉を顰めて自分の隣にいる丈の短いセーラー服の少女を横目にすれば。

 高雄と同じ重巡洋艦級でありその大型艦の名に見合った主砲を備えた無骨な鋼の機械で肩から右腕全体を武装している古鷹は恐縮する様に並行している高雄へと小さく頭を下げる。

 

『引き撃ちで誘導するだけなら一艦隊が残れば、それこそ島風が居る田中先輩の艦隊だけでも離脱して司令部への報告を優先するべきだったのでは?』

 

 敵からの反撃は無くその巨大さ故に適切な距離を保っていれば誘導そのものは危険と隣り合わせであるが難しいモノではないと判断出来たからこそ木村はわざわざ島風にUターンさせて二個艦隊による作戦続行が慎重すぎる判断なのではと口にした。

 

『はっはっは、木村のくせに珍しく面白い事言うよなぁ、なら今すぐ古鷹に命綱離してあの渦に足突っ込めって命令しろよ、もう一回最高のスリルを楽しんで来い』

 

 直後に木村達のいる艦橋に届いた妙に明るい(ヤケクソ気味な)中村の声で夜海の上で淡く光る障壁を身体に纏った古鷹が前方に見える巨大な浮島とその周囲に渦巻く半径数キロの黒渦を見て顔を真っ青にする。

 その震えあがっている重巡の真横でコミカルな顔に見えるデカールが砲塔部分に張られた有線式砲台を脇に抱えた高雄が笑顔を浮かべた無言で「どうぞ行ってらっしゃいな」とでも言う様に丁寧な仕草で手を振る姿に声も出せない古鷹は引きつった顔を必死に横に振った。

 そうでなくとも限定海域が発生させている渦の更に外側で荒れ狂う十数キロの巨大な円形の暴風域は下手な操舵を行えば簡単に彼女らを転覆させ、そして、船足を止める事になれば間違いなく奇妙な吸引力に自分達が引きずり込まれてしまうだろう事は容易に想像できる威容を古鷹達へと赤黒い歪な浮島(限定海域)は現在進行形で見せつけているのだ。

 

『確かに逃げるだけなら簡単だが・・・、少なくともアイツの進路が完全に変わったと言う確証が得られない限りは誘導を続けなければならないだろう、艦娘から見れば遅くとも40knot前後の航行速度は通常船舶ならば十分に快速だ』

『ぶっちゃけ昼間の大立ち回りで俺の艦隊、駆逐達の燃料が赤字になりかけてんの、だから下手に消耗すると誘導に成功してもあの怪物の感知範囲から一気に加速して逃げ切れなくなるんだよ』

 

 まるで他人事とでも言う様に簡潔な言い方で自分達の目的の終了条件を口にする田中と少し拗ねた様な口調で自分の艦隊の消耗具合を伝えてくる中村、二人の先輩士官が言う言い分に憮然としながらも一応の納得を示した後輩指揮官の返事と同時、高雄と古鷹が待っていた再装填の終了を艦橋に居る艦娘が知らせ。

 

『せっかく針路を変えても俺らがノロノロ逃げたせいでアイツが拠点まで引っ付いてきたら元も子もないだろ、分かったならそろそろお前も陽炎か朝潮に尻尾巻いて逃げる準備しとけって言っとけ』

『中村先輩、・・・せめてそう言う場合には緊急的な転進が必要であると言ってもらえませんか』

 

 どこか苛立った様子の顔をした長い金髪を嵐の中で靡かせる駆逐艦娘の背後、その背中から伸びるケーブルで繋がった遠隔砲台と共に二人の重巡が構えた主砲が一番二番三番と連続して爆音と炎を吐き出し夜闇に高熱量を抱いた光弾が放物線を描いて全長700m近い楕円形の側面で弾けて光粒と爆炎が数十の着弾点で立ち上る。

 

『生憎と俺が言葉遊びするのは相手が話の分からん奴の時にしかしない主義だ、良介とかお前とかにだったらそんなもん要らないだろ』

 

 そして、重巡二人が放った砲弾の着弾の爆音が鳴り響いたと同時に木村と田中の口から言葉にならない想いが籠った溜め息が吐き出された。

 

・・・

 

『そろそろ弾薬も底を尽きそうだ、魚雷抜きで全砲門二回分って所か・・・』

『・・・提督、残している燃料を霊力に変換し直せば更にもう一斉射できますが?』

 

 視界の中で十字印を表示させる砲照準を遠く黒い渦の中心にある浮島へと集中させ、連続する爆音の後に煌めく光弾が闇夜に描いた弧線とその先に見える着弾の様子を確認しながら相手を艦橋にだけ絞った会話で指揮官と高雄は相談を交わす。

 

『ただでさえ今の高雄は速力が出ないバック走してるのにこれでスクリューまで止めたら島風が今度こそキレる、間違いねぇ』

『先ほどからあの子の口癖が聞こえないのは我慢の限界が近いと言う事であると?』

『で、島風の堪忍袋の緒とその大砲ロボのケーブルが切られたら俺達はあの気色悪い鬼が島にご招待ってわけだ、まぁ、流石にマジで良介がそんな事をさせるとは言わんが・・・』

 

 ただでさえ一直線に拠点である護衛艦さわゆきへ走ろうとしていた島風を呼び止めたのは中村達であり、後方支援をしてくれていた木村艦隊との合流ポイントへ向かおうとした自分達とは違う方向へと針路を向けた限定海域の危険性を理解した田中の命令で口を尖らせつつも駆逐艦の中でも随一のスピードスターはわざわざ味方を牽引と敵が発生させている引力に足を引っ張られる状況に我慢している。

 だが、速い事が駆逐艦の正義であると信じて日頃から指揮官や仲間を超高速で振り回している島風は彼女が特に懐いている田中の命令であっても生来の堪え性の無さから勝手な行動をし兼ねない危うさがあった。

 

『重力までひん曲がってるらしいあの渦に掴まったらヤバいってのはさっきの陽炎を見たなら、分かるだろ? なら逃げる準備が済むまでは島風の機嫌が直角にならない様に立ち回らないとな』

 

 作戦開始前の予め決められていた撤退時の集合地点に向かって高雄が発した発光信号で撤退を指示されたはずの木村艦隊は何を思ったのか駆逐艦娘である陽炎を旗艦としたまま限定海域に対する攻撃とそれによる誘導を行っている中村と木村に合流すると言う返信を返して実行に移した。

 その際に黒渦の外円をなぞる様に走った暖色のツインテールを暴風に弄ばれていた駆逐艦娘は突如その身体ごとすり鉢状の海流側に引っ張られ、海面に立っていたその両脚が宙を掻き海面と並行して真横に自由落下する陽炎型ネームシップと言う怪奇現象を中村達は目撃する。

 

『私の速力ではあれからの離脱は無理であると?』

『それが正しい見方だなぁ、軽巡でもギリギリアウト、あの引力は駆逐艦なら何とか振り切れると言った程度に見え・・・あ、あぁ、そう言う』

『提督、どうかされましたか?』

 

 限定海域が発生させる奇妙な引力で宙に浮きかけた陽炎は咄嗟に砲や機銃を敵の本拠地方向へと放ち手足を振るその反動を利用して姿勢を制御し、その背中のメインと腰に増設されたサブ、全てのスクリューを咆哮させ大量の推進力を消費しつつもギリギリ黒い縁を踏み越えて蒼い夜の海へと戻り中村達と合流を果たした。

 それでもケーブルを最大まで伸ばした連装砲ちゃん(島風による命名)が届か無ければ失速した陽炎は木村達と共に得体の知れない怪物の巣へと引きずり込まれていただろう。

 

『いや、今はあんまり関係ない話だと思うが、・・・深海棲艦に支配された海域ではある特定の艦種だけが突破できる海流があるとかそう言うのが前の世界の公式発表にあったな、と』

『・・・いえ、関係は大有りです、提督、そう言った情報はもっと早く教えていただきたいものですわ』

 

 指揮官がふと思い出した様に呟いた後出し情報で口元をヒクつかせながらも高雄が努めて丁寧な口調で要求を行えば、彼女の艦橋に居る特型駆逐艦娘の長女が艦隊編成による針路の影響や速力に関する条件などを諳んじ始め。

 自らの初期艦が事細かに話す内容に中村が良くもまぁそこまで詳しく覚えていたな、と驚きの声を上げる。

 

 そして、駆逐艦娘が艦隊に居ないと外へと弾き出される海域もあったらしい、と話を締めくくり少し誇らしそうに中村が自分に教えてくれのだと胸を張る吹雪の言葉に耳を傾けていた高雄は帰ったら彼女や他のメンバーからそれぞれ聞き取り調査を行って自分の指揮官が仲間達へと適当にばら撒いた重要情報の整理を行わなければならないと頭の中のメモ帳に書き記す。

 

(それと、提督には自分が持っている情報(前世)の価値を正しく認識していただく必要もあるわね)

 

 田中と共に彼が行った鎮守府での活躍が艦娘達の間では話題になる事が多いがそれ以上に中村個人に関しては事ある事に前世の知識をひけらかして迷惑と混乱を鎮守府にばら撒くと言う話が今の艦隊に来る前の高雄の耳にも届いていた。

 その大半が真実と微妙に違ったりする為に周囲を困惑させ主任や研究員だけでなく艦娘達からも呆れられる事が多いものの彼の与太話を詳しく調べた結果としてそれが戦闘を有利にする技能や艦娘の根幹に関係している情報の発見に繋がり。

 その無責任な与太話が原因で起こったトラブルに巻き込まれて火消しに走り回る田中の奮闘や、その後に押し寄せる自業自得で増えた仕事に押し潰される馬鹿な指揮官(中村)などの姿(オチ)は笑い話として艦娘達の話題の中心になる事が多いのだ。

 

 だが、その話の本質、もしかしたら彼ら二人が重要だとは全く気付いていないだけで艦娘や鎮守府を取り巻く環境(自衛隊の上層)を激変させてしまう(部にすら食い込める)前世の知識(交渉の材料)がまだ存在しているのではと。

 その可能性に気付いた高雄は自らの指揮官に自分と言う腹心が必要不可欠なのだと確信を深める。

 どうすればアメとムチの加減を間違えずに自らの提督の中へ最も信頼できる艦娘(パートナー)として自分を位置付けられるかを思案していた高雄は不意に身の内にある艦橋で薄ら寒さを感じるドロリとした淀みが揺れながら自分を見つめている様な錯覚に身震いした。

 

『ともあれ、木村艦隊が来てくれたおかげで思ったより簡単に引き寄せは成功した、このままアレの針路が完全に太平洋に向かった後、一気に察知される範囲の外へ離脱すればその場しのぎは出来る』

『司令官、それではあの限定海域が他国に流れ着く可能性が出てくるのではありませんか? 私としては日本以外の国がどうなろうと知った事ではありませんが、政治的な影響が我々の国防に関わるのは過去も現代も変わらないでしょう』

 

 しかし、次の瞬間には消えていたその不可思議な感覚に高雄は首を傾げ、その艦橋で指揮官に向けてそこの所はどうお考えですか、と呟いた陽炎型二番艦の疑問に中村は濁点の付いた短い呻きを漏らした。

 

『・・・接触通信は、S4経由でも繋がるか・・・なぁ、良介聞こえるか?』

『まったく、悪だくみの相談は終わったのか? 必要が無くても戦闘中は通信は切るんじゃない』

『発信を止めてただけで受信は出来る様にしてたっての、所でアレを外洋にほっぽり出した場合ってどのくらいで国際問題になると思うよ? 流石に他の国のEEZに侵入しなきゃセーフだよな?』

 

 そして、中村が発した国際問題が発生すると言う前提の問いかけに対して数秒の沈黙の後に田中は深くため息を吐き出してから公海上に出た時点でアウトに決まってるだろう、と言い切り高雄の艦橋に通信回線が切れる音が短くなった。

 

『よし・・・そろそろ前の照明弾の効果から外れるな! 一番と二番の高角砲に障壁弾を装填するぞ、高雄!』

 

 数分と言う短くて長い躊躇いの間、その後に目先の仕事に向かって現実逃避を行った中村が高雄と艦橋に居るメンバーへと妙にテキパキと指示を出し、彼と共に征く前途に待ち受ける多難を容易に想像できた高雄だが、しかし、彼女はその困難さに対してむしろ望む所だととでも言う様な笑みを浮かべる。

 

《了解、針路上空に角度を調整・・・照明弾を、きゃぁっ!?》

 

 隣で全兵装を限定海域へと向けている古鷹や自分達を引っ張って走っている島風の艦橋へと新しい照明弾を打ち上げると連絡した高雄だがその投射障壁が12.7cm連装高角砲に装填されたと同時に彼女の身体が急激に後ろへと引っ張られてバランスを崩した重巡艦娘は海面へと尻もちを着いて引き摺られるように波を割った。

 

《何、何でいきなり加速をっ!? ちょっ、スカートの中に水ががっひゃぁっ!?》

《島風はどうしたって言うの!? 田中二佐、説明を!》

 

 戸惑い立ち上がる事も出来ずに小脇に挟んでいるS4に引っ張られ波飛沫が襲い掛かり深いスリットがはためくスカートを手で押さえる高雄と違って何とか転ばずに済んだ古鷹が島風に繋がるケーブルを手に身体を反転させて急激に加速を始めている駆逐艦娘へと戸惑いに満ちた疑問の声を上げ。

 だがそれに対する返事代わりとでも言うのかStrike‐Sub‐Screw‐Systemの端末であるロボット型の砲塔が島風と繋がったウィンチを巻き上げて二人の重巡との距離を引き寄せそれに伴い高雄達は更に振り回される。

 

『良介、てめぇっ!!』『田中先輩!?』

『海面下! 限定海域から何かが来る!! 早い!! 艦種を変えて加速してくれ!!』

 

 怒声を上げる中村とただひたすら困惑する木村の声は直後に通信機へと届いた冷静さをかなぐり捨てた田中の叫びで押し留められ。

 常に余裕を持てるように一歩引いた場所から事に当たる穏やかな気質の青年の切羽詰まった声にその場に居る全員が驚いたと同時に高雄の身体が光粒に分解して彼女の手から解放された遠隔砲台が島風の腰にある定位置へと引き戻されて合体する鋼の音を立てた。

 

《中村艦隊所属駆逐艦、不知火、出る!》

 

 暗闇を照らす様に現れた光の輪を突き抜け、表面に浮かんだ銀の文字を打ち破る様に両腕を顔の前で交差させた駆逐艦娘が輝く茅の輪から飛び出して勢い良く革靴が荒ぶる波を踏みつけ。

 白い半袖シャツの襟を赤いリボンが蝶結びで締めグレーのベストが同色のスカートと共にその細身を包み込む。

 光粒が構築していく艤装が勢い良く汽笛を鳴り響かせ駆動の唸り声を上げる推進機関が背面のスクリューを高速回転させて前方で古鷹を引きずっている島風を追走した。

 

『限定海域方向から反応!? 本当に早いぞっ! 不知火、左舷後方! 爆雷浴びせろ!!』

 

 まだ旗艦変更できずに戸惑っている後輩とその部下である古鷹の姿を見た中村が照明弾の光が無くなり完全な夜となった海面に向かって不知火へ攻撃を命じ。

 

《了解!!》

 

 短い桜色のポニーテールが風の中で暴れる様に揺れる下で動力機関を唸らせる駆逐艦娘の背部艤装が爆雷の格納筒を開き後ろ手にドラム缶サイズのそれを掴んだ白手袋がソナーと同期した視界に映る正体不明の何かに向かって水中用爆弾をばら撒いた。

 

『さっきまで殴られまくってもまともな反応しやがらなかったクセになんだってんだっ!?』

 




・・・マジで書き溜めが尽きた、これ、来週の更新に間に合うのか?

あ、でもゴールデンウイークだし割と何とかなりそうかも?

続きを待ってくれている読者さんの為にも頑張るのです。
多分、読者さんの百人に一人ぐらいは待ってくれてると信じてる。(自惚れ)

なにはともあれ平成、お疲れさまでした。

令和でもよろしくお願いいたします。
 


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第八十話

 
A「姫級の完成度はまだ80%と聞いているが?」
B「馬鹿言わないでください、姫は現時点でも外殻の性能を合わせれば人類を殲滅できる能力を発揮できます」
A「・・・それにしても足が無いな」
B「深海棲艦の足なんて飾りですよ、偉い人にはそれが分からんのです」
A「いや、姫級ならば足は必要不可欠だ、それを私が直々に貴様へ教えてやる!」
B「何をっ!? ぐぁ、離せ!?」
 


 形を持たない闇の中に満ちた黒血に揺蕩いながら感じる外から殻を打って響く音、更なる力を自分に捧げるべき供物の気配と匂いにより多くの材料を求める体内の能力(欠片)に刺激された未熟な身体はその揺り籠ごと獲物を追う。

 

 だが、その供物共が逃げていく方向とは別、身の内に取り込んだと言うのに他の素材と溶け合うことなく揺れる幾つかの輝きを宿した結晶が指し示す(帰りたいと願う)方向へと向かいたいと感じる思惟にまだ完全に姿と形を成していないソレは一度身体と共に分解し繋ぎ合わせている最中の思考(自我)を不完全ながら目覚めさせた。

 

 より強い力を、より洗練された身体を、更に更にと自らに全てを取り込む事を求めて彼女(・・)が伸ばしたその手が黒泥の中で卵の内側を触れて黒鉄の爪が岩壁を浅く削る。

 

 そうしている間にも取り込んだ素材を基にして絶対者としての格へと至る為の二重螺旋で記された設計図に従って無形の血塊から鋳造された部品が彼女の身体を黒岩の卵の中で組み上げていく。

 

 断続的に繰り返す揺り籠の内外を揺らす爆音によって造られたばかりの耳が震わされ、黒の中で薄っすらと開いた瞳が赤い焔を揺らめかせ、淀んだ泥の様で未だ頼りなく目覚めたとは言えない朧な意識。

 

 女神の様に美麗な顔立ちをもった彼女は豊かな白い髪が繭の様に包む未完成な自分の身体を見下ろして不愉快(不安)そうな表情を浮かべる。

 

 卵の中を満たす黒い血肉から作られたと言うにはあまりにも白く無機質な肌を持った胴体の腰から下は作りかけの内臓が蠢き、やっと動かせるようになった腕は鋭い爪と黒鉄の装甲に太く逞しい二基の連装砲を備えているがまだ片腕だけしか完成していない。

 

 だが、その未完成の姿ですら彼女にとってそれまで自分が甘んじていた弱者としての格と枠(戦艦レ級)を大きく上回る力を感じさせる。

 

 そして、姫級深海棲艦としての思惟が覚醒した事で彼女の胸の内で鼓動を始めた動力炉(心臓)から供給される血と霊力の循環が腹の内に収まった領地を広げ今は使わない素材が分別無く詰め込まれていく。

 

 主が目覚めた(再起動した)事で黒血に溶け難い欠片などを放り込んだ彼女の体内の格納庫はその体積だけを変えずに内容量を急激に増やし。

 その括れた下腹部へ繋がった太いへその緒を通って外殻が取り込んでいる海水や空気がなだれ込み広大な異空間を造り上げる。

 

 そうして順調に自らが建造されていく進行具合を確認した継ぎ接ぎだらけの怪物は大きく口を開けて自分を身体ごと包み込む黒い血の淀みを一口だけ飲み込んで自らの身体に必要な材料を濃縮したその流動食の味に口元を満足げに緩める。

 

 彼女にとってどこか遠くから自分達の頭の中へと図々しい指図をしてくる忌々しい存在、そこへと繋がっているらしい小さな水晶の輝きから奪い取った最も優れた力を宿す支配者の姿を記した二重螺旋の通りの肉体(船体)衣装(艤装)を造る為の材料は既に十分揃っていた。

 

 だが、それはもっと優れた素材を自らへと取り込めば自分は奪い取った設計をも超えた何者にも脅かされない絶対者へと辿り着けると言う事でもあるのだ。

 その欲求に突き動かされ未完成の姫級深海棲艦は自身の身体と繋がった卵殻へと命令を下す。

 

 まだ完全に開かないけぶる様な長い睫毛の下にある赤眼は分厚い殻に閉じられた暗闇の中をしっかりと見る事が出来ない。

 まだ黒泥の羊水に満ちた耳鼻は鈍く設計通りの性能を発揮できずに完全には外の様子を聞く事も嗅ぎ分ける事もできない。

 まだ纏うべき衣も編み上げられておらず手足すら生えそろっていない身体は満足に動かせず卵の外へと進水するには不十分である。

 

 しかし、視覚も聴覚も触覚などの感覚どころか、装甲も手足すら未完成であったとしても彼女の内側にある昏い水晶へと変化した能力(欠片)は殻に阻まれた外で逃げ回っている供物が宿す霊力の輝きをハッキリと捉えて欲していた。

 

・・・

 

 真夜中の海面を激しく発光させる霊力の爆発、ネオン煌めく塔と言っても間違いではない水柱を後方に置き去りにしながら鋭い視線を更に鋭くした駆逐艦娘は波を蹴り両手持ちの12cm口径連装砲を構え直しながら海面下から迫ってきた敵の攻撃の正体を探る。

 

『魚雷じゃなくてまた触手かよっ、いい加減趣味が悪すぎんだろが!』

 

 自分が放った爆雷の不自然な手応えに眉を僅かに顰めた不知火は艦橋に響いた中村の声で後ろから迫って来る限定海域から放たれた攻撃の正体になるほどと声無く納得した。

 

《不知火からは見えませんでしたが、先ほどの攻撃はあの戦艦タ級を飲み込んだ泥と同じモノと言う事ですか?》

『んっ? ああ・・・、こっちではそう見えた、捕まったらただじゃ済まんだろうな、生きたまま喰われるなんて真っ平だ』

 

 指揮官の言葉に深く同意しながら不知火は進行方向から激しく身体を打つ向かい風へと抵抗する様に背中の推進機関を駆動させ、高雄からの旗艦の交代のせいで速力が0になった為に一km弱も距離を離された島風と古鷹の背中を追いかける。

 

『それにしても木村は何で古鷹を引っ込めないんだ? 通信は・・・ちぃっ、目と鼻の先に見えてんのに繋がらねえってどう言う事だよっ!?』

『それより海の下、まだ反応があるったら!! 不知火、気を付けなさい!!』

『この粒子の広がり方、限定海域から放出されて! まさかマナに指向性を持たせて私達を狙って撒く事が出来ると言うの!?』

 

 指揮官の苛立ちや慌てふためく仲間達の声に耳を傾けながら不知火は自分のスクリューの回転が生み出す光の渦が霊力の粒子を散らす度に目減りしていく燃料を感覚的に量り。

 加えて巨大な敵の速力とそこから向かってくる攻撃の範囲を自身の目、そして、電探とソナーによって測り駆逐艦娘は自分が戦闘の続行可能な時間を頭の中だけで試算する。

 

 気を抜けば足下を引っ繰り返されそうな程に暴れる海面、頭上は星の一つどころか月明りすら見えない暗幕が広げられた様な夜闇。

 光源が自分の身体を守る障壁と遠方へと離れていく閃く金髪の駆逐艦が放出する推進力の残滓だけと言う状況。

 艤装に標準搭載されている電探(レーダー)は既に気休めにしかならない上に限定海域から彼女達を狙ってばら撒かれているらしい高濃度のマナは古鷹や島風までもを包み込んでいるらしく通信も既に不能。

 

 つまりは霊力を消耗した艤装と自分の目と耳だけが頼りだと自己分析を終え肌に纏わり付く霧を思わせる夜闇の息苦しさで不知火は不愉快そうに小さく鼻を鳴らす。

 

『爆雷を再装填、つっても弾薬はもう残り少ない、無駄遣いはしてくれるなよ!』

《分かっています司令、そして、不知火にその様な落ち度はありえません》

 

 不知火達が使える高性能な魚雷と違って自ら推進する事は出来ず発射後の誘導も出来ない無骨な鉄色の円筒、接触信管と時限式を切り替えられる機能はあるが扱いにはそれなりの習熟が必要とされる爆雷だが艤装内で製造する際に必要とする霊力は魚雷一本分に対して五、六発を用意できる程にコストが低いと言う利点がある。

 そう言う意味では海へと数をばら撒いて潜水している敵をあぶり出すには便利な道具であり、現時点では潜水艦を狩る為に使うべきその兵装は艦娘の霊力を感知して襲い掛かって来る黒い怪物の触手を引き付ける道具として最適だった。

 

『次、左下からくるぞ! そいつを迎撃したら面舵一杯、良介はともかくまごついてる後輩が逃げきるまでは足下の気色悪いのは引き付けてやらなきゃならない!』

 

 駆逐艦娘が背負った艤装の開いたままになっている爆雷格納部へ兵装内部で生産された円筒爆弾が再装填され。

 指揮官の命令に従って暗い海の下から自分を狙って近付いて来る敵の魔の手へとサイドスローで波に投げ込まれた爆雷が数秒後に内部の信管を爆ぜさせ海面がせり上がる。

 瞬間、海面を突き破って打ちあがった光る水柱の中、表面に無数の口を生やしたナマコにも見えるグロテスクな物体が千切れる様子を暴風の中で不知火の目が捉えた。

 

(なるほど、やはり司令のおっしゃられた通り、ならば私は自分の任務を遂行するのみ)

 

 敵の正体が戦艦級深海棲艦を一方的に貪り殺した危険極まりない怪異であると理解した上で不知火は指揮官の指示通りに自らの針路を友軍艦隊への直進では無く右に湾曲した航跡を海面に刻んでいく。

 面舵を切った事で敵が発生させる黒い渦が右舷へ近付いて見える様子を横目にしながら襲い掛かって来る風で暴れる肩掛けの連装砲を片手で押さえ、もう一方の手に追加分の爆雷を握る。

 

『後方から数は三つ、気を付けて!』

『あまり曲がり過ぎてはダメ、渦に吸引されない安全距離を確かめて!』

 

 自分の船体に残る弾薬燃料が共に底を尽きかけており、限定海域が原因のマナ濃度上昇は友軍との通信を妨害するだけでなく電探が測る距離感を狂わせ、夜闇の中で波飛沫と暴風を巻き起こしている嵐のせいで目も耳も頼りにならない、肌に纏わり付く不愉快な深海棲艦の気配はただただ不知火の苛立ちを掻き立てる。

 

『鬼さんこちらってか! 不知火、派手に手を鳴らすぞ!』

《ええ、不知火にとってはこの程度容易いモノです》

 

 だが、その自分を取り巻く不利な状況に対して威勢の良い指揮官の煽り文句が不知火の内側に燃える闘争本能を掻き立て、敵を討ち倒し戦い続ける為に陽炎型駆逐艦の二番艦として造られた艦娘の顔へ薄ら寒さを感じさせる笑みを浮かべさせた。

 

(確かに私に追いつけるほど速く、捕まれば戦艦タ級すら一方的に貪り喰らう事が出来る性質は危険極まりない・・・だが、その程度の耐久力と単調な動きでこの不知火を捕えようなどとは)

 

 推進機関の唸り声に背中を押され高波の間を縫う様に蛇行する不知火の手が二個、三個と無駄の無い動きで爆雷を海面に投げ落としていく。

 そして、あるモノは高速で近付いてきた敵の目の前に海上から滑り込む様にストンと立ち塞がり直接的な衝撃で水柱を上げさせ。

 またあるモノはあらかじめ艦橋で時限式に切り替えられて駆逐艦娘を追いかける触手が交差した点を狙い爆破して黒い半固体の胴体を数本纏めて千切り飛ばした。

 

《弱いだけじゃなく愚かね》

 

 マナ濃度が高くなればなるほどに相手は自分を捕捉する事は困難になり、爆雷や敵の残骸がさらに霊力の残滓を放てば戦場は混迷を深めて強大な敵を木偶の坊へと堕とし、小さく機動力を持つ者に有利な状況へと傾むかせるからこそ不知火は敵の位置を正確に知らせる中村の命令通り無駄なくそれでいて派手に爆発と水柱で海を荒らす。

 

《ふふっ、まったく木偶の坊が数だけ増やして、哂わせてくれるわ》

 

 普段から口さがない艦娘から何故貴女ほどの駆逐艦があの様に不真面目な昼行燈に付き従っているのかなどと言われるが今この瞬間、巨大な敵に怯む事無く辣腕を振るう(理想的な闘争を与えてくれる)彼の指揮下に就けば全ての艦娘は自分と同じく二度とかの司令官に対する敬意を忘れる事は無くなるだろう、と不知火は騒めく愉快さに嗤い。

 その整った顔立ちに浮かぶ笑みが深まるほど好戦的な色合いを強めていく大きく見開かれた目は海面下で爆雷によって処理されバラバラに砕けて黒色の血煙を広げる敵の残骸を確認し、駆逐艦娘は自らの感覚と人を見る目の正しさを改めて確信しながらその心身を戦いへと陶酔させていく。

 

『望遠で見ても上も下もぐにゃぐにゃしてもう何が映ってるか分からないのねっ!』

『周囲の霊力力場がさっき以上に強まって空間自体が歪み始めてます! 不知火ちゃんは限定海域との距離を見間違えないで!』

『電探も使用不能、もう何が映ってるのかさっぱり分からないったら!! このままだとソナーも使えなくなるわ!!』

 

 外側(海上)内側(艦橋)も嵐の様に慌ただしい、しかし、むしろそれこそが戦場の空気と言うモノだと言う意志と燃える様な殺気を不知火は身体中に昂らせ。

 激しい向かい風に立ち向かう前傾姿勢で敵を求めて視線を振り次の爆雷(攻撃)に備えて手を伸ばしかけた不知火は不意に感じた頭を軽く撫でられる様な感覚にギラギラとした色を宿していた目を瞬かせた。

 

『こりゃそろそろ潮時か、まぁ、時間は十分稼いだろうよ・・・退くぞ不知火』

《・・・了解しました、司令》

 

 コンソールの立体映像ごしに指揮官に頭を触れられた感覚(撫でられた温かさ)に一瞬だけ瞠目した瞳からそこに宿っていた狂奔の熱が抜けていき普段通りの鋭く睨む様な視線を乗せた涼し気な顔へと戻り。

 心の底から溢れ出していた抗い難い興奮で薄っすらと紅潮した頬を吊り上げる口角がわずか数秒で感情を消していつも通りの一文字に引き直された。

 

 そして、闘争が生み出す充実感による熱に酔っていた戦士から指揮官に忠実な部下へと戻った少女は灰色のスカートと桜色の髪を撫でる風にはためかせて背後から迫る限定海域から直線で離れる向きへと変針する。

 

『と言っても見た感じちょいと近づき過ぎているか? 念の為に少し距離を離してから霞にバトンタッチしてもらう、不知火には後少しだけ頑張ってもらうぞ』

《いえ、問題ありません、不知火はこれより戦闘領域からの離脱を開始します》

 

 自分の指揮官は常に正しい判断を下す事が出来る戦巧者(いくさこうしゃ)であると信じている不知火はその命令に対して忠実である為に無機質な返事を返しながら自らの中で燻る更なる戦いを求める性根を律して抑え。

 その艦橋に座る指揮官がついさっきまでの彼女が浮かべていた狂戦士を思わせる嗤い顔と普段通りの鋭い視線の仏頂面の落差に内心で冷や汗をかいているとは露程も知らず不知火は頭を撫でられた事に緩みそうになっている頬を引き締めながら高波を強引に蹴り破り走っていく。

 

『さてと、やっぱり通信は繋がらないか・・・やべえな暗すぎてマジで何も見えねえ、まったく星の一つぐらいは見えても良いだろうによ』

『航行記録(ログ)が正しければ少なくとも南ではないはずです、司令官、羅針盤の方はどうなってるんですか?』

『残念ながら針も台座も大回転中だ、完全に役立たずになってやがる、こんだけ離れりゃ危険なんか無いだろうに・・・もしかして、こいつも外のマナに影響受けてんのか?』

 

 指揮官の言う通りだと不知火も自分の第六感覚に同期したレーダーやソナーだけでなく全索敵機能が不調を訴えている事を理解する。

 その上に薄っすらと光る障壁の頼りない灯りで辛うじて見える闇と荒波には不鮮明なざらつきを感じ、耳や肌も吹きすさぶ風に叩かれ続けたせいで掠れた痛みだけを訴えてくるとなれば闇の中に自分一人だけになった様な錯覚にすら包まれる。

 

『一応はあのデカブツから離れる方向を走っているはずだけど西か東かも分からないのは流石にまずいな、念の為にパスポートでも持ってくれば良かったか?』

『いえ提督、海外旅行は私達と共に平和な海を取り戻すまでは我慢していただきます』

 

 離れるだけなら高々40knotの限定海域が消耗しているとは言え原速ですら90knot以上で航行できる駆逐艦娘にかかればそう難しい事では無く。

 いくら早く繰り出される敵の攻撃も巨大な浮島に繋がった(触手)である以上はその射程距離にも限界がある。

 その範囲から離れてしまえば触られただけで呑み込まれる不定形の大蛇も無害な海藻も同然となるだろう。

 

『そりゃ、何年後の話になるんだろうな・・・』

 

 そうして遭難一歩手前であるが何とか敵の進路を変えると言う目的を果たして作戦海域からの離脱を開始した不知火は第三戦速で回転する推進機関の音を背負い。

 少しだけ心内で揺れた居心地の悪さを他愛ないモノだと感じさせてくれる司令官達の軽口に自然と不知火の肩の力が抜けた。

 

『なに言ってんのよ、まったく、このまま漂流なんて冗談じゃないったら、・・・んっ?』

『あ、あれは照明弾、照明弾ですよ! 司令官っ!』

 

 他の好戦的な艦娘と同じ様に兵器として生まれたが故の戦狂いに飲まれかけたとしてもこの指揮官ならば自分を必ず艦娘へと戻してくれる。

 その根拠はないが信頼できる感情に小さく頷いた不知火の擦り傷が多く見える顔を遠くで弾けた光が夜闇の海の上に照らし出す。

 そして、彼女の艦橋に居る霞が驚きで中村への愚痴を途切れさせ吹雪が友軍が打ち上げた照明弾だと遠くの空に輝く幾つかの六角形を指差し歓声を上げた。

 

『・・・誰が打ち上げたかは確認できないけどあの色と形は深海棲艦ではないわね、それにしても夜空はもう見飽きたわ、そろそろ広くて良い風が吹く青空が恋しい』

『ははっ同感だ、まぁ良介の奴が俺達を置いてけぼりにするわけ無いのは分かってたけどな、不知火、アイツらと合流するぞ』

 

 打ち上がった照明弾を頼りに針路を定めた不知火は暗闇から仲間が待つ拠点への帰還出来る事への安堵感から口調を緩めていく艦橋に軍人としてはだらしないが仕方ない事でもあると仏頂面の下で小さく微笑み。

 仕方ない仲間達だ、と溜め息を吐いて肩掛けにしていた自分の主砲へと触れる。

 

《はい、了解しました、・・・?》

 

 戦闘中では自分の速度と周囲の暴風に振り回されていた12cm口径の連装砲はいつの間にか行儀よく腰の定位置にぶら下がっており、それを撫でる様に軽く叩いた不知火はふと過った違和感で遠くから自分を照らす光から自らの身体へと視線を下ろす。

 

『て、てーとく・・・てーとく!? 上ッ! うえっでち!!』

『提督、こっち見るの!! 早くするの~!!』

 

 改めて確認するとばら撒かれた霊力の粒によって削られた血が滲む肌を今以上に掠る痛みは無く。

 所々小さく破れてはいるが姉艦娘とお揃いの制服のベストとスカートは落ち着きをとりもどした様に控えめに揺れるだけ。

 そして、艦橋で前方の照明弾では無く後方確認を行っていた二人の潜水艦が上げた叫びを聞く不知火はいつの間にか自分の周りを取り巻く海風が嵐とは言えない程度まで弱まっている(・・・・・・)事に気付いた。 

 

《不知火ぃいっ!!》

 

 騒ぐ潜水艦二人の叫びと周囲の変化に戸惑い瞬きする駆逐艦娘の頭上では網目模様の巨大な天蓋が広がり、その帳に阻まれた照明弾の光が疎らな灯りへと変えられていく。

 そんな様子が不自然に感じる状況に不知火は顔を上げ自分の向かう方向から光粒を撒き散らし最大出力で駆けてくる姉妹艦の大声を聴いた。

 

 何故、ここに陽炎が居るだけでなくさらに接近してくるのか?

 

 自分達は彼女達が撤退するまでの時間を稼ぐために戦っていたのではないのか?

 

 何故、姉は自分に向かって主砲を向けて引き金を引こうとしているのか?

 

 必死の形相を浮かべた陽炎の叫び声、両手持ちの主砲が自分へと向けられている様子がどうしても理解できずに不知火は一拍の間、呆気にとられた顔で首を傾げた。

 

 その困惑する駆逐艦の胸の内(艦橋)で古めかしい羅針盤が回る。

 

 カラカラ、カラカラ、と止まる事無く白と赤の針が回る音がなっていた。

 




 
A「な? 良いモノだろう?」

港湾棲姫「///」(汗

B「実に良いぃ・・・」






 ぶっちゃけ欄外でアホな小話でもやらないと本編のテンションを保てないんです。
 ホントにすみません。反省してます。orz


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第八十一話

 
さぁ、皆々様。

空襲マスへようこそ。
 


 砲声が頭上を覆う黒い夜空の下で鳴り響き、驚きに目を見開いた不知火は姉である陽炎が自分に向かって撃った砲弾の行方を見上げ、照明弾の光を遮り疎らな光に変える網模様の空から落ちてくる巨大な影の一つに命中した光弾が内部の熱エネルギーを解放して粘質な塊を焼き弾けさせる。

 

《不知火、ボケッとしてないで攻撃よ! 攻撃! もっと降って来る!》

 

 そして、火の粉を散らす炎の中からボタボタと落ちてくる黒いスライムの様な無数の欠片を反射的に手で振り払いながら戸惑った不知火の目の前で片足を軸にして波を削り強引な方向転換を行った陽炎が硝煙を立ち上らせる連装砲を手に身体を横滑りさせながら再び叫んだ。

 

『は、ハエ叩きってか!? 馬鹿にしやがって、虫扱いにされてたまるかよっ!』

 

 指揮官の叫びに呼応するように不知火の両脚でスパッツを引き締めるベルトに装備された二連装機銃が上空から迫って来る黒血で作られた投網の表面から雨の様に滴る黒い滴を迎撃する。

 

『機銃は撃ち切ったら再装填するな! 最大戦速だ、とにかく走れ!!』

《っ!? 司令、陽炎が言う様に迎撃を!》

『そんな道草食ってたらアレが落ちてくるまでに抜けられんだろ! って言うかお前ら何でまた戻って来てんだ!? いい加減にしろ木村ぁ!!』

 

 あまりにも荒唐無稽な巨大な網状に編まれた触手の膜とそこから落ちてきた塊、油断によって頭上数十mまで迫っていた敵の攻撃に気付かないばかりか田中艦隊と共に離脱したはずの陽炎達が戻ってきたと言う状況に唖然としていた不知火は指揮官が内部機関の出力を最大まで押し上げた感覚と背中を急激に押すスクリューの勢いにたまらず驚きの声を上げた。

 

『なんだ!? ノイズばっかで聞こえん! くっそ、この距離でも通信使えねぇってどんだけだ!?』

『前方落下物! 上空の網も近づいている様に見えます!』

『それは見れば分かる! そもそも、なんであんな脆くてデカいのが空飛んでんだ!? 重力は仕事しろぉ!』

 

 遠くで打ち上げられた光源によって姿を現した敵の攻撃は始まったばかりであり、ノイズを吐き出す通信機に向かって苛立った大声を響かせる中村の様子に急かされて不知火は全力疾走する。

 

《不知火っ、こっちに!》

《陽炎! あの触手を生やす泥は私達の霊力を追いかける! 爆雷や砲弾が!》

(デコイ)に使えるわけね! 分かったわ!》

 

 その姉妹艦へと速度を合わせて横並びになった陽炎が第一主砲から片手を離して妹へと向け、それに気づいた不知火もまた同じ様に彼女へと片手を伸ばして破れかけの手袋同士が触れ合ったと同時にその艦橋の通信システムが艦娘同士の接触回線へと切り替わった。

 

『糸の切れた凧の様なマネはいい加減に止めて中村艦隊は我々の後方に続いてください!』

『感謝はするが後で覚えてろよ! 自分の持ち味捨てたら碌な事にならないんだぜ、規律第一はどうした石頭!』

『持ち味でもなんでも限度があるでしょうが! 田中艦隊が照明弾で脱出の誘導してくれています! 急いで!!』

 

・・・

 

 凝り固まった闇の重さで空が落ちてくる。

 

 そう表現するしかない夜空を頭上に捉えながら二人の駆逐艦娘が背負った艤装のスクリューにアフターバーナーの様な光の渦を放出させ、自分達の進行方向へと落ちてくる粘質な塊のせいで生まれる巨大な水の冠の合間に滑り込むようにドリフトして。

 冠の中心から水の壁を突き抜いて黒い触手が猛烈な速度で陽炎へと突き進んでくるがその矛先は彼女が置き去りにしたスクリューの残光を追うようで駆逐艦娘は身を捩る事も無くグロテスクな海蛇の群れを掻い潜る。

 

《はっ、へったくそな狙い! 何処に目付けてんのよ、そう言えば目なんか付いてなかったわねっ! ええ、まだ落ちて来るって事でしょ!》

 

 気丈に笑いツインテールを振り乱しながら波の壁を強引に突破した駆逐艦娘が艦橋からの知らせで即座に肩に増設された単装砲を上向かせて回避不能な落下物へと砲弾を撃ち込み炸裂させ。

 

《だから、気を付けなさいと!》

《ありがとっ、助かった!》

 

 燃え残り飛び散る黒い深海棲艦の体液が少女の身体に降りかかる寸前に横合いから飛び出してきた顰めっ面の駆逐艦娘が姉妹艦の肩を掴んで強引に方向転換させ降り注ぐ黒飛沫の範囲から仲間を逃がした。

 

《不知火、後少し絶対に逃げ切るわよ!!》

《言われずとも!》

 

 加速を落とさずに暴れる波の上を駆ける陽炎と不知火、二人はお互いを鼓舞する様に気丈な声を上げる。

 両方とも自分を海上で走らせる為に必要な燃料が底をつく寸前だとそれぞれの艦橋から警告されているが、しかし、彼女達は今だけは燃料の有無に係わらず艦橋に控えた余力のある味方艦娘への交代を行うワケにはいかなかった。

 

 それは実戦要員として海に立つ旗艦の交代の際に宙に造り上げられる金の茅の輪、その輪を通り抜けて戦闘形態に移行する場合にその前の状況で旗艦がどれだけ素早く動いていても一度、輝く紋章を通れば次の旗艦は速度を0に戻された状態で出撃する事になると言う性質が関係している。

 例えばヘリから飛び降りた自由落下の最中だろうと、ロケットエンジン並みの推進力を噴かし亜音速で走っていても、艦橋の指揮官が立体映像で表示される札を選び取り前の旗艦が枝葉を茂らせる金輪に変わった時点で艦娘の戦闘形態を一時的にマナ粒子に変換されたと同時に慣性運動のエネルギーは輪の外側に広がる衝撃として投げ捨てられ次の旗艦は静止状態から再加速を強いられるのだ。

 

 その砲雷撃戦での緊急回避や空挺降下作戦の着地を安全にしてくれる便利な金の輪の特性は今の船足を止めるわけにはいかない不知火達にとっては逆にデメリットになっていた。

 

《ちょっ、これでホントに打ち止め!? あれが落ちてくるまでもう時間が無いってのにぃ!》

 

 苛立たし気に叫びながら目の前に落ちてきた障害物へと主砲を向けた陽炎だったがその両手が正面に構えた連装砲は右側だけが砲弾を放ち、彼女の三倍近い質量を持った黒い半固体の滴はその表面を抉られながらも半分近くがそのまま海面へと落下して巨体を横たえながら高波を発生させる。

 

《なら司令官、接近して殴り抜けるしかないでしょ!!》

《いいえ、その必要は無いわ》

 

 迂回するにも高すぎる波の壁とその向こうにある無数の口が蠢く出来損ないの怪物に向かって突撃して強引に突破するべきと艦橋に居る指揮官へ陽炎が叫んだと同時、そのすぐ横へ波を飛び越え一歩前に出た不知火の手が振り抜かれてその指先から灰色のドラム缶にも見える爆発物が迫りくる高波を突き抜く。

 そして、その先に巨体を横たえた半固体へと不知火が投げた爆雷がドプンと波紋を作りながら抵抗なく飲み込まれ、時限式の信管が霊力で製造された火薬を発火させる。

 

《やはり、大きさだけで手応えが無いわね》

 

 ドンっと鈍い爆発音とともに壁になっていた波が割れ黒い粘液が二人の駆逐艦へと降りかかるが、服や肌に絡みつきジュウジュウと昏い霊力へと分解するそれに構わず突破して陽炎と不知火は空から落ちてくる黒い触手で編まれた網の下から星空の見える海へと身体を投げ出すように飛び出した。

 

《やるじゃない不知火、あんた最っ高よ!》

《今は口より足を動かしなさい!》

 

 だが、歓声を上げた陽炎と仏頂面の不知火には妙に澄んだ夜空に感動する暇は与えられず。

 空気が破裂するような音と共に遠く十キロ以上離れた限定海域から放たれた異形の投網が海面を叩き。

 

《海がひっくり返る!? 不知火っ!!》

《陽炎、離れないで! 防御を!!》

 

 脱出を喜んだのもつかの間、先ほどの破片の落下とは比べ物にならない質量で発生した津波に二人は背中から襲われ呑み込まれる。

 そして、津波の激流に弄ばれる陽炎型姉妹とその艦橋に居る指揮官と艦娘達は上も下も無くなるほどの乱回転に悲鳴を上げた。

 

・・・

 

 いつの間に目を瞑っていたのかしら。

 

 不意に身体の左側と背中の艤装が押しつぶされていく様な重みに痛みを訴えてくる。

 左足に至ってはまるで火で炙り焼かれている様な気すらしてくる激痛が私を襲う。

 

『・・・きろ! ・・・う、・・ろう! 陽炎! 起きろ!!』

 

 覚束ない意識が身体ごと揺り動かされ馬鹿みたいに大きいハエ叩きがその下から逃げ出したはずの私達ごと海を叩き。

 それが原因で立ち上がった見上げる程高い津波に飲まれ身体がバラバラになるかと思うほど激しく掻き混ぜられた海中を振り回された。

 

《陽炎、起きなさい!! 起きてっ!!》

 

 確か、そこで四方八方から押し寄せる衝撃に視界が黒く染まった所までは思い出し、そして、頭の内側と外側から聞こえる馴染み深い声に私は瞼を震わせて頼りなく霞んだ目を開ける。

 

《しら、ぬい・・・あんた、なんて顔してんのよ、ぐっぅ、今、どうなってんの・・・?》

《手を掴み返して! 早く! 私の手に!》

 

 珍しく焦った顔をして叫ぶ不知火の大声が嫌に頭に響き、こっちは身体中が潰れそうな程痛いのにそんな事知った事かとぐいぐいと乱暴に右腕を引っ張る妹の強引さに怒りを通り越して呆れてしまう。

 

 濡れて顔に張り付く気持ち悪い前髪をどけて目元を拭いたいが右手は馬鹿みたいに強い握力で掴む不知火のせいで使えない。

 だから、かわりに左手を動かそうとしけれど身体の左側が丸ごと粘土か何かに固められたかの様に指一本すら動かなかった。

 

『障壁が溶かされて、いえ、これは侵食されていると言う事なの!?』

『何故だっ! 何故、旗艦変更が出来ない!? ダメージコントロールは!?』

『推進機関圧壊! 左脚部破断、左舷側も侵食が止まりません!!』

 

 何がどうなってるのか分からない。

 泣きそうな顔で必死に私の腕を引っ張る不知火。

 恐慌状態で叫ぶ艦橋の司令や古鷹達の声。

 

 身動き出来ず不意に左足の先が何かに挟まれた直後に断ち切られ無くなった感覚を境に身体全体の痛みを感じる機能がマヒし始めたらしい。

 そして、何度か瞬きしたおかげか海水で痛む私の目はやっと自分の身体を覆っている障壁が耐久力の限界を示すひび割れと儚げな明滅をしている事に気付く。

 

 あはは・・・なにそれ、冗談でしょ?

 

《それは!? はい、司令・・・強引ですが確かにそれしかありません、今から爆雷を使います、木村三佐!》

 

 おまけに何とか見えた自分の胸元から下は黒い泥に埋まっているみたいでジュウジュウと肉が焼ける様な嫌な臭いを立ち昇らせ、腰や背中だけでなく左肩まで迫ってきた圧迫感に捉えられた私の身体はどれだけ力を入れても動かない。

 

『すまない、陽炎はこれ以上持たない! やってくれ!』

 

 怠くなってきた身体、鈍くなる意識であっても私にはそれが何故か何てもう他の誰かに聞く必要なんてなかった。

 

 それは司令達が喋る接触通信の内容と、そして、必死な形相で私を引っ張る不知火に這い寄って来る黒くてグロテスクな塊が見えた事で嫌でも理解できる。

 タービンが不完全燃焼を起こしているような頼りない音を立てながら不知火の艤装が逆進する為にスクリューを回しているけれどその回転は随分と鈍く遅い。

 でも、それが私を泥に引き込まれない様に引き留めているこの子が使える最大の出力なんだ、と。

 

 それなのに不知火や中村二佐は残り少ない霊力から弾薬を用意して私達をこのドロドロから引っ張り出す為に使おうとしている。

 

《ごめん、司令官・・・私、今から悪い駆逐艦になるわ》

 

 田中艦隊と一緒に逃げていた最中に私が空を覆う巨大な影に気付かなければ、司令が中村艦隊にそれを知らせないといけないと決断しなければ、もしかしたらこんな事にはならなかったのかな?

 

『陽、炎・・・おまえっ、何を言って』

《これは司令のせいじゃない、私のせいだから・・・》

 

 正直に言えば司令や仲間達に私を恨んでくれていいなんて言葉は言いたくない、だけど躊躇っていたら時間は無くなってしまうから。

 

 今、私をこの気持ち悪い泥の怪物から爆雷の爆発で引っ張り出せたとしてもこの敵は強い霊力の反応を追いかけてくる。

 

 そしたら、それは間違いなく限定海域から放たれたモノと同じ速度の触手が不知火と私達に殺到するのが目に見えていて。

 仮に脱出後に旗艦の変更が間に合っても今度は次の朝潮や吹雪達が足を止めた状態で黒い泥に襲われるでしょう?

 

《朝潮、古鷹、神通、龍鳳さんにも・・・このままだと皆、全滅しちゃうから》

 

 それはつまり汽笛を吹かしても加速の準備が終わる前に仲間諸共、不知火も私も敵の腹の中って事。

 

 そんなのは・・・死んでもお断りだわ。

 

《だから、・・・ごめんなさい》

 

 そして、私は指揮官の承諾も取らずに痛む身体を捩って妹の手を振り払った。

 

《かっ、陽炎ー!?》

 

 手を弾いた時に脱げた私の手袋を握りしめた不知火の今にも泣きだしそうな表情と悲鳴が妙にゆっくりと私の目に映り込んだ。

 

 ああ、これでは不知火に凄く恨まれちゃうだろうな。

 次に会う時には覚悟しとかないといけなさそうね。

 

 泥に引きずり込まれていく私はそんな他人事みたいなふうに考えて、不知火の叫び声へと返事を返す様に残った身体を丸めて残りの力を全て注ぎ込んで汽笛を吹き鳴らした。

 

 まったくこんなんじゃ、陽炎型ネームシップの名が泣いちゃうわね・・・。

 

・・・

 

 まるで大蛇が小動物を呑み込むように呆気なく不知火の目の前から陽炎の姿が粘つく泥の中へと沈み。

 ドロドロと染み出す様に膨らむ泥の奥、か細い残響の様な汽笛の音がわずかに揺れたが容赦なく押し潰す形を持った暗闇に掻き消された。

 

 その手を引っ張る為に推進機関を逆進させていた不知火は姉妹艦を引っ張っていた抵抗を失い、反動で後ろに身体を引っ張られて横転しかけたがそのおかげで陽炎だけでなく彼女に覆いかぶさろうとした黒い波から逃れ。

 バランスを崩しかけている駆逐艦娘の指揮官の手によって逆に回っていた推進機関が順回転に切り替わり倒れかけた彼女の背中を支える。

 

 だが、彼女にとって襲い掛かってきた敵の前で隙を見せずに済んだ程度のそれは何の朗報でもなく。

 桜色の瞳を驚愕でイッパイに広げた陽炎型二番艦は目の前で蠢く黒泥の塊と自分の手が握っている破れた手袋の間で視線を何度も行き来させ。

 

《・・・は、・・・ぁ?》

 

 その手に握っていた陽炎の手袋が光を散らして巨大な物から人間サイズへと再構築される様子に口元を半開きにして小さく呻き声を漏らした。

 

『ふざけやがって!? 冗談じゃない! 高雄はっ、弾切れか! 吹雪、霞は、火力が足りない! ゴーヤ達もダメなら大鳳しかないだろっ!!

『提督落ち着いてください! 今は夜、しかも敵に囲まれてかけている状態で空母を出撃させるのは無謀です!』

『それに私が出ても木村艦隊を巻き込まずに爆撃なんて出来ないわ! それに早くここから離れないと私たちまで!?』

 

 頭を掻きむしり叫ぶ中村やそれを押し留めて冷静さを取り戻す様にと説得する重巡洋艦と装甲空母の声が今の不知火にとってどこか遠くで聞こえるラジオの音程度まで気を配る優先度が下がっていく。

 

『不知火、突っ立ってないで走りなさいったら! アレはもう目の前までっ』

 

 限定海域の手前で追跡してきた時とは比べ物にならない遅さだが無数の口が蠢くその塊はジワジワとゆっくり確実に追い詰める様に不知火を囲もうと迫って来る。

 昏い霊力の放出をまだ続けながら海面の上に盛り上がったグロテスクな黒山が波を圧し潰す様子に艦橋の朝潮型駆逐艦娘が警告の声を上げた。

 

《くっ、ああっぁァアアッ!!》 

 

 だが、その霞の声を着火剤にしたかのように歯を剥き出しにして烈火の様な怒声を上げた不知火は迫りくる深海棲艦の血を固めて造られた異物へ向けて足を踏み出し。

 肩紐で左腰にぶら下がる第一主砲と艤装の右側にアームで設置された第二主砲へと手を向け。

 それを合図に艤装側面の金属のアームが連装砲ごと艤装基部から外れ不知火の右手に、左舷にぶら下がる連装砲に繋がっていたベルトが弾ける様に外れて駆逐艦娘の身体に巻き付き。

 その両手に吸い付いた不知火の主砲が二つ同時に内部機構を剥き出しにする。

 

『し、不知火・・・!?』

『艦娘が勝手に形態変更って、そんなのもありなのかよっ・・・!』

 

 桃色の髪を振り乱し獣の様に歯を剥き出しにした形相を浮かべる仲間の荒ぶる姿で艦橋で起こっていた喧騒が静まり返り。

 不知火の両手で変形し完全に原型を失った二つの12.7cm連装砲が灰色の制服の正面で交差して鋼の骨組みが幾つもの部品とボルトによって噛み合う。

 

 限定海域によって分厚い暗雲を吸いつくされ姿を現した月明りの下、不知火の両手が握る先でガキンと重々しい撃鉄が引かれる金属音と共にX型の鈍器が先端を打ち合わせて火花を散らした。

 

《不知火を、怒らせたわね・・・》

 

 身体中からひび割れた障壁の欠片を海面に落とし、燃料分のエネルギーが底を尽き僅かに霊力の粒子を纏うだけとなった推進機を背負い。

 怒りに狂い血走った眼を見開いた駆逐艦娘が怨嗟を含んだ底冷えのする声を吐き出す。

 

 その両手に握った取っ手を押し開き駆逐艦娘が踏み出した革靴と黒い泥の距離が縮まる。

 

 彼女の二歩目が大きく踏み込まれその両手が突き出す巨大なペンチと言うべき挟み潰す為の工具と似通った形の先端が黒い表面に蠢く乱杭歯の一つを歯茎ごと突き破って白い手袋に敵から溢れ出す黒い血が触れる寸前。

 

 再び打ち鳴らされた重い金属音によってその内部機構から放出された衝撃波が遠く彼方にある限定海域へと繋がる不定形の一部を内側から激しく撹拌し、深海棲艦と対極にあるエネルギーが黒血へ強制的な連鎖反応を起こさせ単純なマナへと分解して爆発的な熱膨張が起こる。

 

 そして、不知火が自身の近接武装である巨大工具を叩き付けた部分を中心に黒い塊が弾け飛び、身体に降りかかる黒い血飛沫を無視して陽炎型二番艦は推進機関の助けを借りずに自分の足だけで、しかし、確実に山の様に盛り上がる敵に向かって進んでいく。

 

『止せ、不知火! 進むな戻れ!』

《申し訳ありませんが、私はここを退くわけにはいきません!》

『俺だってアイツら置いて撤退するつもりはねぇよ! お前がやるより大鳳が無理矢理にでも爆撃する方が可能性が高いって言いってんだ!』

 

 半円形に抉られた部分を埋める様にまた迫り出してくる黒い異形に囲まれた状態となった不知火は指揮官の言葉に足を止めかけるがその直後に歯を食いしばって敵の血にまみれた巨大ペンチのハンドルを開き、重苦しい音と共に鉄の塊を血の塊へと叩き付けた。

 司令官の言う事が正しい、彼の言う方法の方がこのような個人的な感情を処理できずに振り回されるやり方よりも優れているのだと頭では分かっていても不知火は止まれない。

 

《何処に、何処にいるの! まだ遠くには離れていないはず!》

 

 一歩踏み出すごとについさっき自分の手を振り払った瀕死の姉妹艦の姿と過去のお節介や面白くも無い冗談を自分に掛けてくる姉との記憶が彼女の脳裏で代わる代わるに繰り返していた。

 

『不知火!! 話を聞けよ!?』

 

 自分にとって無二の家族と言える相手を奪った敵に対する筆舌に尽くし難い怒りに突き動かされ不知火は敬愛する中村の呼び声から耳を背けて歯を食いしばる。

 

『司令官、すぐに旗艦を変更してください! 私が能力を使って離れてから大鳳さんに代わります!!』

『やってる! だがカードの表示が遅くなって、なんでだよ!?』

『だから、そもそも木村艦隊の救出は無謀であると!』

 

 司令官の声に答えず、その初期艦や仲間達が叫ぶ声を無視して陽炎型二番艦は自らが装備する最も霊力の消費が低い武装の引き金を手動で押し開く。

 

『高雄は! 司令官がやるって言った事なら文句があっても従いなさいったら!』

『飛び散った黒いのまで障壁を溶かしてるでち!? 不知火、お願いだから止まってよぉ!』

 

 直後にまた近接武装によって圧し潰しながら放った衝撃波で血の塊を炸裂させ、不知火は過剰な霊力の消耗によって障壁すら失った事すら気に留めず血走った眼で自分を囲む敵の物量を見回す。

 

《陽炎! 返事を、返事をしなさい!》

『不知火はいい加減にしろ! くっそ、艦橋に戻したら引っぱたいてやる!』

 

 手を離してしまったのはつい少し前、まだ間に合うと不知火は自分に言い聞かせながら目の前で蠢く脆い敵を薙ぎ払うが、月明りの下で海を圧し潰す圧倒的な物量を見せつけてくる触手の網の前では小さな針を闇雲に振るう様なモノであり。

 抉った半円形が急速にその範囲を狭め不知火の退路を断つように背後に空いたすき間を狭めていき、体力の限界消耗に足下をふら付かせた駆逐艦娘が立ち止まったのを見計らったのか黒い塊がその表面を細く伸ばし再び形成された触手が襲い掛かった。

 

《返事をしてっ、お願いだからっ・・・陽炎!》

 

 その手に携えた武器を奪い取る様に伸ばされた形を流動させる血の塊の一つが巨大ペンチに巻き付き。

 それとは別方向から迫る黒い塊が嘆く声を上げる駆逐艦の上に覆い被さろうと無数の口が蠢く表面を高く持ち上げ津波の様に反り返らせ。

 

 そして、瞬くように光が散った。




 
緊急回避は緊急の時にしか使えないから緊急って言うんです。

そもそも何のリスクも無くポンポン旗艦変更できるなら艦娘が二人いれば実質無敵状態になっちゃうよね。

どんな技術でもちゃんと便利な部分と不便な部分を理解していないと足下掬われる。

と、言っても主人公達にとっては艦娘の能力に干渉できる深海棲艦とか言うイレギュラーなんて予測し様が無いかな?
 


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第八十二話

通信エラーが発生しました。

速やかにメインシステムに接続可能な場所まで移動をお願いします。

繰り返します、通信エラーが発生しました。

メインシステム(中枢機構)への再接続を行ってください。

戦闘ユニットに深刻な障害が発生する可能性があります。
 


 

「や、やられるのかよ!?」

 

 特に仲が良い姉妹を目の前で敵に喰われたからと言う理由は分かるがあまりにも無謀な暴走行動を起こした不知火の手が持つペンチ型の近接武装が目の前の黒山から飛び出してきた触手に絡め取られかけ、抵抗する駆逐艦娘の身体が敵の下へと引き寄せられようとしている。

 

(変更不能だとっ、それ、どういう事だ!?)

 

 コンソールパネル上で旗艦である艦娘の状態をリアルタイムで表示する立体映像を交代させる為に手を伸ばし、現在の指揮下に居る艦娘の名前が書かれたカードへと変更しようとしていたその立体映像が突然に黒い染みだらけになり操作不能になった事で中村は心の底から驚きに呻く。

 すぐさま声に出さずに中村が内心で疑問の叫びをあげるが少し前までなら敵の攻撃の正体だけでなく位置をリアルタイムで知らせていた妖精の返事は無く。

 足下を支えていた存在がいきなり何も言わずにいなくなった現状に気付いた調子の良い態度で見栄を張っていた男は頭を殴られたかの様な衝撃に混乱する。

 

(マズイ、まずいぞこれは!? どうすりゃ良い!?)

 

 艦橋を包むモニターは全天周の球体であるが故に少し視線を横に向ければ自分達を圧し潰す為に落ちてくる黒い雪崩は嫌でも見え、その押し寄せるその反り返った崖は半日ほど前に戦っていた戦艦レ級の艤装を横に寝かせたぐらいのサイズである。

 だが、大量の魚雷と砲弾をまき散らす高層ビル並の尻尾と無数の乱杭歯が並ぶ口が表面で蠢く得体の知れない黒い泥の塊、どちらも人間にとっては本能的な恐怖を掻き立てる危険な存在だが純粋な物量と触れただけで内部へと引きずり込まれると言う厄介さはレ級の尻尾を大きく上回っていた。

 

(おいっ、返事はどうした猫吊し!!)

 

 そんな秒刻みで深刻化する危機的な状況であるのに艦娘の艦橋に座っていれば事ある事に中村の視界の端をうろつくお節介な妖精は彼が呼び出そうとしても全然その姿を見せず。

 文字通りに自分達へと覆い被さって来る予定外と予想外、そして、理不尽を固めた怪物に追い詰められた指揮官は冷や汗を滴らせる顔と思考を恐怖に硬直させかける。

 

「司令官! ・・・義男さんっ!」

 

 彼の思考と身体が硬直する直前にその肩が少女の手で強引に揺すられ、吹雪の声に顔を向ければ自分と同じ様に恐怖が見える表情ではあるがしっかりと真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳が宿す花菱形はまだ諦めの色に落ちていない事を主張していた。

 その瞳に宿る力、その光が目覚める原因となった敵艦隊との戦いで私の司令官を信じたいと、中村義男と言う人を信じさせてください、と彼がそれまでに吐いてきた嘘も纏めて受け入れた彼女が「それでも」と言い切った献身と言うにはあまりにも愚直な想い。

 

(それに初めて戦った日にも俺が自分でこの子の司令官をやるって、ついてこいと言ったんだろう!)

 

 自分の名を呼ばれた一拍の間、吹雪と見つめ合った中村は彼女の想いをまた正面から思い出させられた(突き付けられた)事で自然と湧いて出た皮肉気な笑みと共に手を伸ばし、自分の肩に触れていた駆逐艦娘の手を引き寄せて握る。

 

(吹雪がいる、だから大丈夫と言い切って虚勢の一つでも張ってみせなきゃならんよな!)

 

 どれだけ情けない姿を見せても良い、どんなに泣き言を喚き散らしても構わない。

 そして、ずっと私の司令官でいてください(私と一緒に生きてください)

 

「はっ、考えても仕方ないか、あんなのに食われてたまるか! だよな、吹雪!」

 

 そう願った吹雪との約束(責任)を果たす為に中村は押し寄せる恐怖の具現を前にして裏返りそうになる声にあえて不格好な笑いを被せて吐き出した。

 

「はいっ! 司令官!」

 

 吹雪の同意に押され、頭上に迫る敵の巨大な攻撃を前にしてぎこちなくお道化て肩を竦め。

 そして、突然に啖呵を切った指揮官の姿へ艦橋いる艦娘全員の視線が集まる。

 

「え、ちょっ、どうしたの吹雪!? それに提督まで、まさかここから打開する策が!?」

 

 その言葉の意図が分からずに困惑する高雄達とは対照的に吹雪だけは中村と繋いだ手を指を絡める様に握り直して彼の思惑の説明など聞く必要も無いとばかりに強く頷いた。

 

「作戦なんか無くても死にさえしなきゃどうとでもなるんだよ! 俺はその場凌ぎのプロだ!」

「ぇぇ・・・、そ、その場凌ぎって」

「ここで俺達があれに捕まったら、木村達を助けられる可能性まで消えるからこそ今は逃げる!」

「逃げ、もぅ! ホントになんでこんなのが私の司令官なのよ!? なら大見栄切って無いでさっさと指示出しなさいったら!!」

 

 口を半開きにした大鳳に胡乱気な目で見られようと、呆れが怒りに達した霞が眉を吊り上げ尖らせようとも、普段から敵と戦わずに逃げ回るのは得意と臆面も無く言い切る自衛官にあるまじき指揮官は隣で自分の全てを肯定してくれる吹雪の笑みを免罪符に間違っても作戦などと言えない手段の実行を決断する。

 そして、未練がましく触っていたコンソールパネルの旗艦変更の為の機能から手を離した中村の頭の中では敵の撃破や友軍の救出よりも自分達の生存が最優先の目的となってその手段として思いついた正しく悪足掻きが可能であるか、どの程度まで敵の目を惑わす効果があるかを目算する。

 

《司令官、不知火は・・・取り返しのつかない事をっ》

 

 そして、奇しくも中村がその悪足掻きの実行を決心したと同時、弾薬と燃料を使い果たしながらも激昂に任せて闇雲に振るった近接武装までもを敵に絡め取られ頭上に迫る巨大な黒く汚れた雪崩の影を前にしてやっと正常な判断力を取り戻した不知火が自分の落ち度を認める悔いに満ちた苦し気な声を絞り出した。

 

「だから! こんな事になった責任は取ってもらう!」

 

 敵を脆い木偶の坊と侮っていた事、その侮りが原因で相手に姉妹艦が目の前で呑み込まれた事、それだけなら未だしも陽炎の手を離してしまった精神的衝撃に耐えられず指揮官の声を無視して行った暴走行為に対する指揮官の叱責にも聞こえるその声の勢いで蒼白に強張った表情の艦娘(少女)は怯える様に身を竦める。

 

《くっ、なんなりとご命令を!》

「文句は後にしろよ! まずは!」

 

 しかし、自分の身勝手で指揮官と仲間達を致命的な危機に晒していると言う事実の責任を取る事が今の自分がするべき事であると縮ませかけた身体の背筋を気力だけで伸ばして不知火は自らの落ち度を雪ぐ手段を命じてくれるだろう司令官へと指示を求めた。

 

「手持ち武器をすぐ切り離せ! 今すぐ破棄しろ!」

《っ!? は、了解しましたっ!》

 

 端的な言葉による命令と一瞬の苦々しい顔の直後の了解の返事と同時、二基の連装砲と鉄骨のアームが変形した巨大なペンチのグリップを握っていた不知火の両の掌からバチンと電流が爆ぜた様な音が鳴り。

 

『バックステップ、でもスクリューは使うな! とにかく後ろに跳べ!』

 

 腕にまで迫ろうと巻き付いてきていた触手に身体の一部である武装を奪い取られ歯噛みする駆逐艦娘は命令通り文句を言わずに頭の中に響く指揮官の指示に従って頭上に迫る黒い崖崩れに顔を向けたまま後方へと革靴で海面を跳ねる。

 しかし、後ろ向きのまま自分の脚のみで波を蹴る速度では押し寄せる敵の攻撃を回避できないと不知火を含めたその場の艦娘全員が思う所であったが彼女達の指揮官である中村の視線は駆逐艦娘の手から分離され触手によって黒塊へと引きずり込まれたペンチ型の艤装の輝きに向いていた。

 

 持ち主(不知火)本体(霊核)から意図的に切り離され物質としての形を維持できなくなり素材である光粒へと分解していく兵器へ呼び寄せられる様に黒い泥で蠢く無数の顎が艦娘の近接武装へと殺到して噛み砕いて貪り硬質な破壊音を立てる。

 

「やっぱりか! アイツらは目が無い代わりに霊力を頼りに襲い掛かる! それも分かり易く光ってるモノなら尚更!」

「装備が解ける時の光を囮にって、でも、あの程度じゃ時間稼ぎにもならないったら!」

「だからもっとデカいのを使う、不知火、次は主機をパージっ!」

 

 自分へと襲い掛かろうとしている流動する深海棲艦の血塊の一部は黒に砕き溶かされていく儚い光粒に惹かれて流れを変えたが、その光がもって数秒であると言う屈辱的な事実に表情を歪ませた不知火は次にやってきた命令に目を剥き喉を見えない手で締められたかの様な錯覚で呻きを漏らしかけた。

 

 艦橋から聞こえた会話とつい今しがた見た光景から彼が自分に何をやらせようとしているのかは簡単に予想が出来る。

 

 目の前で姉妹艦を失い冷静さまで失ってここまで事態を悪化させた以上、何を言われても、どんな罰を受けても仕方ない落ち度であると彼女自身もハッキリと理解しており司令官の命令に抵抗するつもりはない。

 

《了解!!》

 

 しかし、頭では分かっていても肉体の損傷を嫌がる生物(船体の欠損を嫌う艦娘)としての本能と合わさって身に纏う艤装が霊力を結晶化して作られた疑似金属で出来ていようと自分達の半身である事には変わりないのだと心の内(霊核)で怒りが揺れる。

 それを艦娘の指揮官として知っている筈なのに司令官は何と言う非情な命令を出すのですか、と泣き言を言いそうになった不知火はその感情を吐き出さない様に敢えて叫ぶように了承する。

 

「高雄! ついでだ! 残りの霊力も詰めてくれてやれ!」

 

 そもそもの原因は自分の落ち度なのだ、と不知火は自分に言い聞かせるように背骨に沿う様に存在している霊力供給端子と背部艤装を固定するネジと留め金へ解放を命じた。

 

「了解しました! 提督! ぁぁっ、この瞬間こそ彼の本領発揮っ!

 

 艦橋での操作と不知火の意志に従って霊力を編んで作られた疑似的な機械の塊と駆逐艦娘の間に繋がっている神経の線が背中から次々に切り離され。

 痛みは無くとも半身を抉り取られる様な喪失感に悲鳴に歯を食いしばって耐えた不知火は背中から外れて海面に落ちようとしている自分の艤装本体を両手で掴み振り子の様に遠心力を加えて加速させ餓えた怪物の目の前へと投げた。

 

《まさか自分自身(不知火)が沈む姿を見る事になるなんてっ・・・》

 

 海面に飛沫を上げた陽炎型駆逐艦の艤装の煙突から発煙筒の煙の様に噴き出してわずかに回転するスクリューが沈みかけの船を押して苦悶の表情で呻く不知火からさらに離れていく。

 そして、本体を逃がす為に囮となった半身から立ち昇る霊力の光によって不知火へと覆い被さろうとしていた黒い雪崩が急激に方向を変えて海を叩き、直後に爆発したような大波が後進する彼女まで迫る。

 

(目の前でいなくなった陽炎の事、艦娘としてのプライドもそうだが、同情の余地があるのは分かってるが、今は慰めの言葉を期待してくれるなよ、不知火)

 

 容易く砕かれ儚く散った光と悔しそうに顔を伏せる不知火の姿、少しの申し訳なさを感じつつも中村は今は考えるべきではないとそれを脇に除けておく。

 

「おし! 振り払えた! ならコンソールは・・・動いた!!」

 

 その押し寄せる波のおかげで勢いを増した不知火の後退はスクリューによる加速程ではなくとも黒山の麓からそれなりの距離が開きわずかながらも猶予が出来る。

 指揮席のコンソールパネルから身を乗り出してた中村の前で不知火の姿とステータスを表示させている立体映像が黒い虫食いから平常の表示に戻り。

 艤装の大部分を失った事に対する苦情の様な赤い文字列がずらずらと箇条書きで上から下へと流れ落ちていくがそれを気に留めず中村は服や肌に幾つもの焦げ目をつけて海水を弾く程度の障壁も展開出来ず濡れ鼠になった不知火へと疑似映像ごしに触れた。

 

「何ぐずぐずしてんの!? 早くっ!」

「言われんでも、吹雪ぃ!! わかってるなぁっ!?」

 

 闇夜を溶かした雪崩の落下によって発生したスコール染みた大量の海水を浴びながら背後に浮かび上がった光の輪へと消えていく不知火。

 

「ん~? なんだか周りがキラキラしてる気がするの~」

「ふぇ? あ、この反応って・・・電探が」

 

 その水飛沫の向こうで駆逐艦娘の装備を容易く飲み込んだ貪欲な怪物がコールタールの様な不定形を伸縮させる様子に霞が焦れた声を上げるのと中村がコンソールパネルに吹雪と書かれた札を差し込むのは同時だった。

 

「分かってます! 特型駆逐艦、吹雪行きます!!」

 

・・・

 

 光輝く金色の輪に吹雪型ネームシップの名前が煌めき、それを塗り潰そうと怪物の食指が這い寄り、闇夜に一際輝く鏡面の向こうから顔を突き出した戦乙女は首元で編まれていく紺色の襟をはためかせながら自らの左目へと力を注ぎ込む。

 

(・・・ダメ! 服がまだ、艤装の展開も間に合わない!?)

 

 まだ金の輪の中にある艤装本体は無数の光粒から鋳造される部品を噛み合わせている最中、出撃を命じる指揮官の声に急かされ突き出した身体には所々半端に編まれた布の裾が湯気の様な輝きを揺らめかせていた。

 完全に服と装備が戦闘形態の大きさに展開されるまでの十数秒、全艦種の中でも軽装な艦種である為に出撃準備は大型艦のそれよりも遥かに早いが秒単位で危機が迫る現状の吹雪にとってはもどかしく余りにも長く感じる。

 時間を止める事だけなら身一つあれば可能であるが丸腰のままでは自分の能力の発動限界いっぱいまで使って逃げてたとしても目の前の敵から逃れる事が出来ないと吹雪は少しでも早く出撃する為に輝く茅の輪に手を掛け足を踏み出し強引に身体を光の中から引きずり出す。

 

(お願いだからっ! 早く出て来て!)

 

 スローモーションの様に妙に遅く感じる時を止めろと叫ぶ指揮官の声に応える為、吹雪は輪の中に残っている腕に力を籠め。

 その手が握るベルトを無理やりに輪の外へと引っ張り、装甲がまだ展開されておらず内部の回路や機構が剥き出しになっている機械の塊が強引に駆逐艦娘の背中へと接続される。

 しかし、自分の船体へと拙速を命じてまで早めた装備展開までのわずか数秒の間に狩猟者の触腕が暗闇に弾ける波飛沫の向こうから鞭の様に撓り吹雪の目前へと迫っていた。

 

《ダメです、そんなっ!?》

 

 あと一歩、背後に背負った光の中から踏み出す事さえできればと悲鳴を上げる吹雪は目の前で振り上げられた触手から身体を守る様に腕を翳して指揮官の命令を実行できないと言う事実に表情を歪め。

 

 その直後、駆逐艦娘へと振り抜かれた黒い鞭が真上から振り下ろされた白い剣によって胴体を真っ二つに溶断され、一つの破片も残さずに閃光が呑み込み焼き尽くす。

 

《ヘーイ、ブッキー! いくらPinch(ピンチ)だからって無茶のし過ぎはNoGood(良くない)だヨー?》

 

 まるで白く輝く幕を目の前に下ろされたように昼間の様な輝きの中で陽気な声をかけられた吹雪は突然現れた強い光に眩んだ視界に手を翳して目を何度も瞬かせる。

 そして、敵の攻撃から自分達を守ってくれたらしい相手の姿を確かめる為に自分が身体を突き出している金の輪以上に眩しく輝く存在へと身体を捻って振り向いた。

 

《それにGiant(巨大)Enemy(な敵)の相手はワタシ達、戦艦の仕事と相場が決まってるデース♪》

《金剛さんっ!》

 

 肩口に入った切れ込みから滑らかな肌が覗く白い袖を振り、墨色の帯引き締められ黒鉄の艤装で覆われた腰に手を当てて金糸で編まれた飾り紐を揺らし胸を張る金剛型戦艦の姿に吹雪は敵の脅威によって強張っていた表情を緩めて歓声を上げる。

 

every one(あなた達)が戻ってくるのが遅くてとっても心配してたんだからネ、それで、What happened?(なにが起こっているの?)

 

 そして、エスコートする様に手を差し伸べてくる金剛の手を取り完全に展開された艤装を背に吹雪は真昼の様に輝く水面に立った。

 

《ン~ン、ンン!? 木村艦隊が・・・Yes、テイトク! understood(理解しました)、このワタシに任せてくだサーイ!》

《すみません、金剛さん、助けに戻って来てもらえて・・・私達》

 

 そんな吹雪へと鷹揚に頷いて見せる金剛、現状の簡易的な情報交換を行う二つの艦隊へと引き寄せられた流動する黒い塊が無数の腕を形成して牙を突き立てようと振り回すがその悉くが二人の艦娘を包み込む光の羽毛に触れたと同時に表面を沸騰させ爆ぜる様に溶けて蒸発し、黒が散った残滓すら戦艦娘が背負う巨大な黒鉄へと吸い込まれて消えていく。

 

《なら善は急げですヨ! ブッキー、状況はテイトク達のお話で大体分かりました。 なら私達も木村艦隊をHelpに向かいます!》

《はいっ! よろしくお願いします!》

 

 反射的に頭を下げる吹雪へと手を差し伸べ微笑んだ金剛は駆逐艦娘と握手して軽く引っ張りながらもう一方の腕を勢いよく敵の本拠と大量のグロテスクな流動体が蠢く海へと振り抜き。

 

《Follow me! しっかり付いて来てくださいネー!》

 

 その動作に呼応して金剛の背に背負われた霊力粒子の加速器から伸びた二対四枚の白翼が剣の様に白刃を翻して黒泥へと斬り込み、突き刺さった部分から大量の蒸気と昏いマナの粒子が溢れた。

 

《まずは、金剛型戦艦のPowerを見せてやるデース!》

 

 白翼が宿す純粋な熱と艦娘の力によって焼き清められた視界を歪める程のマナ、その粒子は無為に大気へと溶け散る前に金剛の背中で唸りを上げる粒子加速器へと吸収され、雛を守る親鳥の様に閉じていた翼を背中に広げ不敵に笑う戦艦は加速器と動力機関に直結された四門の主砲を白い羽が切り開いた黒山へと向ける。

 

《全砲門! FIREァッ!!》

 

 雲一つなく月と星が見下ろす真夜中の海上、闇の塊が蠢く領域を切り裂く様に四条の閃光が放たれた。

 




 
要するに装備投げ捨てて変わり身に使っただけ?
本当に作戦でも何でもないじゃん。(呆れ)

金剛さんが居なかったら今頃は木村艦隊と同じ目に合ってたのです。
 


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第八十三話

 
祝! 艦これ、始まるよ。一周年!!

そして、プロットさん!
描写に困るシーンの連続はマジ勘弁してください!!

Q.今イベのE-1に秋月が居るってホントですか?
  私気になります!

A.この瞬間を待っていたんだー!!(秋月着任!!)
 


ThirdAttack(第三斉射)、いきます!》

 

 他の艦種を上回る数の副砲と機銃に大口径砲に裏付けされた大破壊力、それらを守る重厚な装甲と障壁から戦艦娘が持つ力は全艦種の中で群を抜いていると勘違いされる事が多々ある。

 

《FIREァアッ!!》

 

 とは言え今俺の目の前で金剛が殲滅戦用に変形した主砲から放った閃光、黒い肉塊をその下の海ごと切り裂く霊力粒子のビームがまき散らす威力と余波に拮抗する攻撃力を持った艦娘は彼女と同じ戦艦娘しかいないと言うのも間違いではない。

 むしろ戦艦娘が実際にその能力を振るう姿を見たものにとっては金剛達の艦種が抱えるデメリットを言葉だけで聞かされても半信半疑になる方が自然とも言えるだろうか。

 

「加速器から各主砲内へ再装填を開始! ふふっ、撃ち放題よ!」

「そりゃ景気良ぉてええけど、砲塔とかの冷却が間に合わへんからもうちょい圧力下げれへんか?」

「分かってるけど今は砲撃を続けないと! 入ってくるマナの方が多すぎるんだから!」

 

 研究室の調査で艦種問わず霊核が作り出す純粋な霊的出力は駆逐艦も戦艦も含めた艦娘全てで同一である事が確認されたと言う話に義男と一緒に驚かされたのが随分と懐かしく感じる。

 それはともかく、金剛達の何が問題かと言えば戦艦と他の艦種を隔てている戦力格差に見えるモノの正体がその艤装が持つエネルギーの増幅率と装備へ伝達される霊力の偏りの結果でしかないと言う点なのだ。

 艦娘は艦種ごとに得手不得手が極端に分かれているがそれも原因を突き詰めれば霊核からの供給から何%を砲に、推力に、防御に、と割り振っているからに過ぎない。

 

 そして、その最大値が同じであるからこそ、攻撃能力は低いが海上を超高速で駆ける駆逐艦娘なら数時間の海戦を続けられるエネルギーを戦艦娘はたった数十分で使い果たす。

 

(火力特化の扶桑姉妹ほど極端じゃないけど金剛も他の艦種と比べると冗談みたいな消費量してるからなぁ・・・)

 

 しかし、周囲のマナを吸収して白く輝く翼を羽ばたかせる円形艤装、つまり殲滅戦形態と名付けられた戦艦娘が持つ艦種能力が原因でリソースの瞬間的な大量消費と言うデメリットとは裏腹に彼女達の力が他艦娘を大きく上回るなんてデマが鎮守府に流れる事となった。

 

「周りの霊力を吸収してしまう能力か・・・いつ見ても度肝を抜かれそうだ」

 

 事実、外側から弾薬となるエネルギーを取り込む事ができるだけでなく戦艦娘の艤装自体も火力を増幅する事に特化した構造を持っている為、条件さえ揃っていれば金剛達は凄まじい破壊力を発揮する。

 そう、破壊力と言う一点に絞って表するだけなら戦艦が最も強い艦娘である事は間違いない。

 

「でも、敵の力を奪い取って戦う能力なんてなんだか追い剥ぎみたいではしたないですわ」

 

 通常砲撃戦から艤装を変形させる事によって円環の粒子加速器を背負った姿となる戦艦娘はその艤装基部から強力な熱を伴う障壁を様々な翼や羽根に形成しそれによって広範囲のマナエネルギーを取り込む。

 だが、その霊力吸収能力を使う上で何のリスクも無いと言うわけでは無く、敢えて例を挙げるならば吸収したエネルギーを砲撃以外の防御力や推進力へ分配し直す事は出来ないと言う点だろうか。

 

《ヘイッ! ミクマ、聞こえてますヨー!》

「ええ、聞こえる様に言ったつもりですもの、提督、加速器の霊力がオーバーフロー、羽根が散り始めていますの」

 

 三隈の言い様に肩を怒らせ腰に手を当てる金剛の背中で今も周囲の空気中や焼き払った黒塊からマナ粒子を奪って羽ばたいている白亜の翼はあくまでも粒子加速器へと変形した主砲に付随する機能であり。

 それが吸収するマナ粒子はどう操作しても主砲などの攻撃兵装へと込められる弾薬の材料にしか使えず、しかも周りに霊力が溢れる力場が存在していたとしてそれら全てを無制限に受け入れられるかと言えばそうでは無い。

 

 過剰に艤装に取り込み過ぎれば粒子加速器がオーバーロードを起こし自爆しかねない、かと言って溜め込んだプラズマ化した粒子を消費する為に加減なく砲撃を繰り返せば今度はオーバーヒートによって砲塔が溶け落ちる可能性が出てくる。

 

「だが、木村艦隊を見けるまでは高濃度マナによるジャミングは捜索の邪魔だ、レーダーと通信の機能を維持する為にも多少無茶だが吸収を続けるしかない」

 

 義男は事ある事に戦艦娘が非常に優れた艦種であり、その戦艦である金剛に好かれて頻繁に艦隊に招いている俺を羨ましがる様なセリフを吐くが今の様な大量のマナ粒子が渦巻く戦場では下手をすれば大量の火薬を抱えたまま大爆発なんて事が起きかねないと言う事実を悪友は理解していないのだ。

 今もコンソール上に浮かぶ旗艦の状態に目を向ければ空気を多重に揺らめかせ溶け落ちそうなほど赤熱する砲塔、金色に灼熱した大量の粒子の回転で唸り続ける艤装、砲撃の反動で振り回される艤装が上げる悲鳴など全方位から襲い掛かって来る粘液の塊よりもよっぽど危険な要因が金剛の内側で巻き起こっている。

 

(火の上の椅子に座っている気分だ、金剛や皆も頑張ってくれているがそろそろ限界が近い・・・木村艦隊を見つけるまでとは言ったが、しかし、共倒れになるわけにもいかない、か?)

 

 陽気な声と不敵な笑みで襲い掛かってくる黒い津波を翼で打ち払う戦艦娘だが良く見ればどこかその表情は自身の砲撃による反動のダメージで強張り始めており、コンソールパネルの上に浮かぶ彼女の鮮明な立体映像には艤装が排出する熱とは別の要因で滲んだ汗が額から滑らかな頬を伝って落ちているのが見えた。

 

 幸か不幸か現在の位置関係から太平洋側を背にしている俺達に触手を向けている限定海域が日本本土に針路を向ける様子はない。

 

 だがそれも機を逸すれば逃げる事すら難しくなる。

 

 いくら救出の為とは言えこれ以上の戦力を浪費し二重三重の遭難者に俺達がなるわけにはいかない。

 

「でも、あの時、木村艦隊では無く・・・俺達が救出に向かっていたなら・・・」

 

 島風が全速力で古鷹を引っ張りながら曇天によるものだと思い込んでいた暗闇の中から星明りの下に駆け出したあの時、義男達が敵の攻撃から離脱する俺達を庇う為に囮になった後に夜空を見上げた陽炎が叫んだ悲鳴の様な報告を通信機で聞いて思考停止してしまった自分を今更ながら恨めしく思う。

 もしかしたら警告しに戻らなくとも義男は上空の敵に気付いて逃げきる事が出来ていたかもしれない。

 仮にそうでなかったとしても指揮下の艦娘が少ない木村艦隊では無く数的に優位にある俺の艦隊が救出に向かうべきだったと言うのに。

 

 しかし、俺が空に広がる巨大な網目が蠢く様子に唖然としていた一分未満がその決断の機会を奪い。

 

 限定海域の誘導の為に弾薬を使い切った古鷹では中村艦隊が敵の魔の手から離脱する為の照明弾による誘導が行えないと言う木村君の声と同時に彼の旗艦が古鷹から陽炎へと姿を変え空に広がる暗幕の下へと飛び込んでいく姿に俺は声も出せずに狼狽える事しかできなかった。

 

 逃げるだけなら難しくはない、それに対して木村艦隊の発見と救出は絶望的、犠牲を要求する天秤に乗った自分達と彼等の重さ(人数)の差は明らか。

 部下の命を預かる指揮官として決断するべき答えは分かっているのに自分の失態で後輩を死地に送り込んでしまったと言う後ろめたさが後ろ髪を引っ張り艦隊の進退を決める事が出来ないでいる。

 

「俺は、僕は・・・間違っ」

「それ以上は言っちゃダメだよ、提督」

 

 顔の半分を片手で覆いか細く呻くように漏らしかけた弱音を横から突き出てきたウサギ耳の様な黒いリボンが遮り、十秒で栄養補給が出来ると言う触れ込みのゼリー飲料のパックを口に咥えた島風が上目遣いで情けない顔をしているだろう俺を見上げる。

 二人の重巡洋艦娘を引っ張りながら限定海域の誘引を成功させたがその為に燃料を使い果たした最速の駆逐艦娘はストローで補給物資のゼリーを吸い込んで口を尖らせた。

 

「陽炎があれに食べられちゃったのはあの子が遅かったから。だから関係ない提督はその事で謝っちゃダメ」

 

 フォローと言うにはあまりにも自己中心的な物言い、聞いた相手によってはケンカになり兼ねないセリフを言い切った島風は口先で揺らしていたビニールパックへ空気を送り込んで風船のように膨らませる。

 

「それに私達があれの下に入らなかったから吹雪の所には間に合った、提督と私達にとってあの判断が一番()かったんだよ、絶対に絶対」

 

 子供じみた主観のみの考えを物怖じせずに言ってから俺の身体に擦り付ける様に金髪が揺れる頭を押し付けてきた島風の姿に何とも言えないむず痒さを感じながら苦笑を浮かべ。

 自らの速さ以外の事に無頓着であまり他人を気にしない彼女の珍しい激励の言葉に応える様にその長髪を撫でてから俺は金剛の広げる翼に照らし出された敵の威容に意識を戻した。

 

「言うまでもない事だが金剛の限界が近い、あと十分以内に木村艦隊を発見できなければ救出を諦めてここから離脱する。中村艦隊に連絡を頼む」

「提督・・・わかったよ、ちょっと待っていて」

 

 俺の指示に憂いながらも頷きを返した時雨、たまたま通信管制を担当していた為によりにもよって仲間を失う事に人一倍忌避感を持っている艦娘にそれを命令しなければならないと言う事にも嫌気がさす。

 艦橋に居る仲間もそれは頭では分かってくれている様だが時雨の隣に立って電探を担当するイムヤが無言ながらも心配そうな表情を浮かべて赤いポニーテールを揺らした。

 

(とは言え義男が素直に頷くかどうか)

 

 普段から責任と苦労が嫌いと言うくせに楽をする為なら人並み以上の努力するなんてチグハグな行動をしれっとした顔でやる頓珍漢な奴。

 敵になった相手ならどんな悪辣な謀を仕掛けても笑っている様な男だが仲の良い身内に対しては冗談や揶揄いを交えながらも手厚い友愛を差し伸べる情を優先するタイプの人間でもある。

 

(アイツの事だから撤退すると言えば渋りに渋るだろう、義男にとって木村君は防大で面倒を見てきた後輩、当たり前か・・・)

 

 今までは俺も義男も艦娘の指揮官として鎮守府に着任してから幸運な事に深海棲艦との闘いで仲間を失った経験は無かった。

 しかし、それはあくまで偶然や幸運でしかなく兵器を使った殺し合いをしている以上は同僚の誰かが、知り合った艦娘が、ある日突然に居なくなる可能性を否定してくれているわけではない。

 

 艦娘が深海棲艦の天敵として造られたなんて言葉は戦いに挑む全ての仲間達に絶対の安全を保障してくれるモノではないなんて事は今まで相対した怪物達の暴力によって受けた痛みや恐怖が証明しているのだから。

 

そんな(・・・)日は来て欲しくなかった、でも俺達がどれだけ嫌だと喚いても所詮は言葉でしかないんだ・・・)

 

 俺だけじゃなく義男にだって深海棲艦との戦闘で死んだと思った、一歩間違えば自分達の命が無かったと感じた経験は何度も有る筈でたった二人の指揮官として艦娘の待遇と鎮守府を立て直そうと躍起になっていた時ですらお節介な妖精の目に見えない手助けが無ければ一番初めの限定海域と言う試練すら乗り越えられなかっただろう。

 

 中村艦隊が木村艦隊を見失ってからもうすぐ一時間を超えようとしている。

 

 艦娘に対する侵食と阻害の能力を持った敵に呑み込まれた陽炎があの気色の悪い泥による船体を蝕む攻撃に長時間耐えられるとは思えない。

 考えたくは無いがこれ以上ここに踏み止まっても取り返せるのは大破(強制解除)によって泥の中に散らばり身体を溶かされた彼女達の霊核か木村君の遺品や遺骨ぐらいなものになるだろう。

 

「提督!」

 

 最悪の状況を考えながら木村艦隊を見捨てなければ自分の命だけでなく時雨達まで失う可能性に胃を痛めていた俺の耳に切羽詰まった様な驚きが混じる時雨の声が響く。

 

「何だ、義男がごねている様なら俺から言っても・・・」

 

 いや、そんな事を考えていられる事自体があの暴食の権化の前では幸運なのではないか、と胸の悪くなる考えを頭の中で渦巻かせ喉元にせり上がってきた酸味を押し留めながら時雨へと顔を向け。

 

「IFFを確認! このシグナルは陽炎よ! やっと見つけたわ!!」

「中村艦隊も確認したって言ってる!!」

 

 重い諦観に苛まれて吐き気を催していた俺へ振り返って歓喜の声を上げ窮地の中で笑顔を輝かせた時雨とイムヤの顔と言葉に呆然として。

 数度の瞬きの端に見えた三等身の小人が小さい手で下膨れの頬をぺちぺちと叩いている姿に促されるように俺は自分の頬へと強く平手を見舞って音を立てる。

 

「づっつぅ!?」

 

 一瞬だけ耳に入ってきた情報を取りこぼしそうになった俺は片頬に走る痛みに苦鳴を吐きながら時雨の言葉を再度頭の中で反芻し、敵味方識別装置(IFF)が機能している事の意味、つまりあの艦娘を侵食する泥に飲み込まれた陽炎が人間サイズの待機状態に戻る事無く戦闘形態で耐えて居られていると言う事に思い至る。

 

「て、提督!? 大丈夫!?」

「いきなりどうしたんですの!? 腫れてしまってますわ!」

 

 頬は痛いがそれ以上に俺の心を揺らすのは、まだ間に合うかもしれない、と言う蜘蛛の糸の様な微かな希望。

 

「木村艦隊との距離は!? 金剛は針路を!! 中村艦隊には退路の確保を要請!!」

 

 艦橋に響くほど大きな頬を叩く音に驚く三隈達を他所に俺は痛みで吐き気を無理矢理押し返し声を張り上げ、まだ状況は最悪になっていない幸運を逃がさない為に声を上げた。

 

・・・

 

『この位置、まさか触手の中を通って限定海域に運ばれているのか!? 金剛っ!!』

 

 押し寄せる昏い霊力で作られた血肉の塊を薙ぎ払い蒸発させて吸収しながら波を踏み進める金剛の背をスクリューが敵に囚われた友軍が居る方向へと四軸の光の渦で身体(船体)を押す。

 

オゥケェーイ! 提督へのBurningLoveでカゲロー達への道を切り開いて見せマース!!》

《後ろの迎撃は任せてください、金剛さんは前に向かって!》

 

 泥を焼く無数の羽根を舞い散ら(オーバーフロー)しながら前進する戦艦娘の斜め後ろに着いた駆逐艦娘がいつでも固有能力を発動させられる様に左目へと陽を入れて菱形を黒瞳に浮かび上がらせる。

 

『状況はかなり厳しいがそれだけに出し惜しみは出来ない! 最大出力で限定海域と木村艦隊の間を撃ち抜くんだ!』

《了解デース! Road()が無くなれば運びようがないネ!》

 

 36cm口径連装砲四基八門と15cm単装砲八基八門の変形合体によって形作られた四基の大口径主砲、霊力が高速で駆け巡る日輪に繋がった超高温の粒子投射兵器(ビームキャノン)が指揮官の命令に従って照準とエネルギー充填を完了させる。

 ある意味では巨大な敵に紛れ込んだ味方を巻き込まずに目標だけを砲撃すると言う難題とも言える指示に対して金剛は望むところだと言い切って満面の笑みと共に利き手を勢い良く振り翳し攻撃地点を指し示す。

 

《私の実力、見せてあげるヨー! Maximumー!!FIREァアッ!!

 

 空気を渦巻かせる程の熱気に明るい茶色の長い髪をうねらせ大声で叫ぶ戦艦娘の主砲から放たれた四本の光線が目標地点へと向かって収束し一本の光の柱へとなって障害物となった黒い半固体を容易く貫きその下の海水ごと蒸発させながら光の槍が遠く夜空の下の水平線にある黒山の根元へと光速で走る。

 本来なら複数の錨を海面下に射出して身体を固定し反動を打ち消さなければならない全力全開の砲撃に金剛は背中のスクリューを最大回転させて抵抗し真夜中の海上が巨大な光の柱と四対八つの輝く翼と尾に照らし出されその場に真昼が顕現した。

 

《やりましたぁ! これでっ!》

《Shit!! それはズルいでショッ!?》

《えっ、金剛さん!? どうし・・・っ!?》

 

 遠く離れた限定海域まで届く程の長大な熱光線の威力に興奮と感動の声を上げた吹雪が直後に苦虫を噛んだ様な顔で声を荒げる金剛の様子に戸惑い、彼女が照らす海の先へと目を眇めて望遠した駆逐艦はその先に見えた光景に絶句する。

 

『どうやって金剛の砲撃に耐えて、海水を利用している・・・だと!? そんな馬鹿な事を!?』

『まさか、アイツ、木村達を引きずり込む為だけにあんな事してんのか!?』

 

 赤黒い浮島から生えた黒い山がその表面を蠢かせ海面に広がった体積を寄せ集める様に身動ぎすると急激に膨らみ、集まった黒い塊が金剛の放っている味方艦隊を解放する為に突き進む光の柱を遮る黒壁となって蒸発よりも早い速度で無数の口が蠢く表面を盛り上がらせ鋼鉄をも容易く溶かし穿つ灼熱の奔流を阻む。

 

『海水を汲み上げて膨ら、いや、引きずり込むだって? ・・・そうか! だから陽炎が戦闘形態を維持できているのか!! 彼女達は泥の中じゃなくその内側の水に流されているんだ!!』

『んな、なんの足しにもならない考察は今はどっかにほっとけよ! 本当に撃ち抜けないのか!?』

 

 黒い壁となって聳え立つ障害物の変化はそれだけにとどまらずその表面から丸く膨らんだ半球体が掠めたビームによって破裂し大量の海水を爆ぜさせて瞬間で蒸発した塩水の水蒸気が立ち昇り熱光線の威力を更に減衰させる。

 要領を得ない言葉を恐慌と共に叫ぶ指揮官達を気にしている余裕は海上に立つ金剛には無く、その瞳の内側に浮かび上がる無数の警告が自らの艤装が稼働限界に達しようとしている事を知らせる悲鳴の様に戦艦娘の視界を埋めていく。

 

『アカン!? 砲身が融解してまう、金剛、限界やぁ!! 止まりぃやっ!!』

『チャンバーも耐熱限界、ダメっ! 二番、三番が! よ、四番まで!?』

 

 艦橋に立つ仲間の警告と自分の身体である艤装が知らせる限界に滂沱の汗を滴らせながらも金剛は閃光に照らされる顰めた顔で歯噛みしながら素早く視線を巡らせ砲撃が強制的に終了するまでの残り数秒、あえて自分の背中を押すスクリューの右舷側にある二軸を停止しさせて左舷に推進力を偏らせる。

 

『止せ! 下がるんだ! オーバーロードの加熱で自爆する!? 一旦砲撃を中止しっ』

 

 馬を射ても切りがないなら将を撃つべし、とばかりに金剛は陽炎達の反応がある黒壁から遠く水平線にある赤黒の根元へ鋭く視線を向け。

 

《私の、実力を見せてあげるって! そう言ったでショー!! テイトクー!!

 

 直後に放出される光の柱による反動と左舷側に集中した推進力で戦艦娘の艤装と身体が捩じれる様に海上で狂い舞い。

 その砲撃と言うには歪な動きを見せる金剛の姿に目を見開いた吹雪は途切れかけた光の大剣が目の前にある黒い山脈では無くその根元の浮島へと振り下ろされる様子を目撃した。

 

《Burrァningゥッ!! Loァアveヴゥッ!!》

 

 暴力的な光に白く塗り潰されそうな視界に拡大された限定海域、そこへと突き刺さった金剛の攻撃によって黒い渦の中心にある半球が無数の火花を散らしながら外殻を弾けさせ、その光線の着弾によって焼け爛れた表面を噴水の様に噴き出した赤黒い血が濡らしていく。

 内部から破裂して無数の部品と激しい炎を噴く金剛の艤装がその全身全霊を賭けて最後に放った敵本体への直接攻撃によってか壁の様にせり上がっていた黒山の大質量がその体積を引き攣らせるように蠢かせ激しく海面を叩きながら収縮する。

 

《はぁ、はぁっ・・・提督、でも、まだ第一主砲は使えます、あれが怯んでいる内に早く・・・救出を》

 

 しかし、金剛の戦闘続行を望む言葉とは裏腹に彼女の粉々になった三つの主砲とそこに繋がる粒子加速器は火を噴き続け、無理な姿勢から放った砲撃のせいか右舷側の装甲が引き裂かれた様に捩じれ、急激な負荷が掛けられたスクリューも原型を失うほどの損傷によって裂けた船底の内側から黒い煙と火の粉を燻らせていた。

 いくら艤装の持ち主である金剛が再攻撃が可能であると言ってもその満身創痍に息を切らせ過負荷で折れた右足に手を掛けて敵の姿を見据える戦艦娘が戦闘不能であると言うのは誰の目にも明らかだった。

 

《これ以上は無茶ですよ! すぐに下がってください!》

《oh、丁度いいデース、吹雪、・・・そのまま支えていてくださいネ・・・提督、早く私がもつうちに・・・》

 

 何とか身体の力を振り絞り立ち上がったと同時に手を突いた足から感覚が失せて前のめりに倒れかけた金剛はすぐ近くに駆け寄ってきた吹雪に支えられ、徐々に曖昧になってきた意識を繋ぎ止めながら戦艦娘はもう一度再度の攻撃を艦橋の指揮官へと要求する。

 

『あれは、どういう事だ・・・? じょ、冗談じゃないぞ!?』

『くそったれ!! 吹雪、金剛を引っ張って走れ、全速力だっ!! くそっ!!』

 

 だが、金剛の言葉を聞いてか聞かずか二人の艦娘の艦橋に居る指揮官はついさっきとは異なる驚きによって尻に火が付いた様な叫びを上げ、吹雪は悔し気に悪態を吐き散らす中村の命令に驚きながらも即座に戦艦娘の身体を支えながら推進機関を唸らせて黒血の塊が焼き払われた海面から離れる方向へ身体を向けた。

 

《No! テイトク、今を逃したら・・・木村艦隊が!》

『すまない! だが、あれはダメだ、マズイなんてもんじゃない! 最悪だ!!』

 

 苦しげに叫ぶ田中の声に大破寸前の金剛は自分を曳航する吹雪に身を任せながら何がそこまで愛する指揮官を怯えさせているのかを確かめるために敵の本体へと目を凝らし向け。

 

 その視線の先、大気を発火させる程に加熱された粒子の通過で焼け爛れ火の粉を舞い散らせる黒い山のさらに向こう。

 

 金剛が最後に叩きつけた砲撃によって一部が抉れた限定海域の本体、そのコールタールの様に粘性の高い黒血を溢れさせる割れ目。

 

 黒血が止め処無く溢れる砕けた隙間から闇を押し固めた鋭い爪と砲塔が月明かりの下でヌラヌラとテカりながらまるで自分達を指すように突き出されていた事に金剛は気付く。

 

《アレは・・・ナンですカ・・・?》

 

 心の内側から溢れるその存在を忌避する激しい生理的嫌悪感に呻きを漏らした戦艦娘が見つめる真夜中の水平線に浮かぶ歪な浮島から突き出された鉄の腕が黒岩の殻を内側から砕く。

 

 割れ目が広がり腐った卵の様にドロドロと殻の中から溢れる濁った粘液を舞い散らせ、青白い屍蝋の肌と漂白された白髪が上半身と共に引きずり出され巨大な大砲を塔の様に天へと突き上げる黒鉄の剛腕を軋ませる。

 そして、星と月の明りの下に現れた美しき怪物は夜空へと顔を向け紅蓮の炎を溢れさせる両目がゆっくりと開いた。

 

 卵から孵化したと言うにはあまりにも未完成で歪な身体を震わせ、そのシミ一つ無い白い肌に纏わり付く黒血の滴が凹凸に沿って滑り落ち。

 量豊かな白髪が整い過ぎているからこそ生命を感じさせない美貌の左右を飾る様に結われて蛇の様に巻き付く黒岩の髪飾りが瞳と同じ炎を灯す。

 

『南方、棲戦姫・・・』

 

 人間離れした女神像の様な美しい容姿と(おぞ)ましい凶器を纏う黒鉄の両腕。

 括れた腰にへその緒が繋がった裸体の下、まだ黒血に満ちた殻の中で蠢くさらに巨大なナニカの存在に唖然とする金剛の艦橋で前世の記憶を想起した田中が怖気に震える声を漏らした。

 

 そして。

 

 夜空を見上げていた異形の姫が首を傾げる様にその顔を暗闇の海へと下ろし、自分の身体を鋳造している揺り籠の上から数十キロは先離れた海上に立つ戦艦と駆逐艦へと向いた紅い瞳の灯火が、地を這う虫を嘲笑う様に揺らめいた。

 




 
産声が紅い炎となって降り注ぐ。
 


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第八十四話

 
この道は本当に正しい方向へ続いているのだろうか?

だが、仮に辿り着く場所が間違っていたとしても。

彼等は諦めに立ち止まるわけにはいかないのだろう。
 


 肌が焼け、骨が砕け、身体が欠け落ちていく。

 

 成す術無く押し寄せる水圧に弄ばれながら何処かへと運ばれていった。

 

 時間だけでなく自らの感覚全てが狂う中、さしずめ硫酸の海に飛び込んだらこうなるだろうかと陽炎は自分の身体を痛めつける激しい痛みから逃避する様な考えが浮かべた。

 

(そう言えば、いつだったっけ・・・中村二佐が艦娘は中破までなら無傷なんて勝手な事言ってたのは)

 

 ただ飲まれてその場で押し潰されるだったと言うなら残りの霊力を障壁に注ぎ込んで時間を稼げば体勢を整えた友軍(中村艦隊)が爆撃か砲雷撃かは分からないまでも返す刃で周りの泥を弾き飛ばし助け出してもらえるだろう、そんな打算と希望が直後に御破算となった事をただただ悔やむ。

 そうなっていたら味方の攻撃に巻き込まれて死ぬほど痛い目に遭うだろうけれど、少なくとも戦闘形態が強制解除される程度で済み、怪物のエサとして踊り食いになる事だけは避けられるはずだった。

 

バイタルパート(頭と胴体)さえ守りきれば、戦闘形態の強制解除は起こらない、最低限の部分を守る障壁を張り直し続ければ・・・耐えられるはず、いいえ、耐えるっ)

 

 しかし、救援の望みが断たれたが諦めると言う選択は彼女には無く、自分の内側に居る仲間達を絶対にこの黒い怪物の中に投げ出してたまるかと言う意地で窮地に立ち向かう。

 

(やられっぱなしでいてたまるもんか、喰われるって言うなら腹の中で大暴れしてやる・・・私がダメでも、司令達ならやってくれる)

 

 持ち前の負けん気と仲間への一方的だが確信のある信頼、その意志を込めた血潮と霊力を燃料にボイラー(心臓)を動かし陽炎型一番艦は自分を押し流す激しい水流の中で壊れていく艤装に残り少ない霊力を最大まで増幅させ。

 歪な牙が蠢く黒い肉壁にぶつかって千切れていく手足を犠牲にして残った身体の重要部分のみに集中して防御力を纏い守る。

 

(でも、あれからどれくらい経ったの? なんか何も感じない、真っ暗だ・・・司令は、皆はどうなったのかな?)

 

 その違和感に陽炎は朧気にだが自分の身体を覆う微かな光(障壁)ごとヤスリ掛けするような無数の牙が並ぶ細い管の中を延々と押し流されていて、その光すら失い視界が黒に染まったと同時にいきなり上下も分からない広い空間に放り出された事を思い出す。

 

(なんで、息が出来る? ・・・なら水の中じゃないの? もしかして私、寝てる?)

 

 突然の浮遊感から次の瞬間に身体を打ち据えた落下の衝撃で意識が途絶えてしまった記憶を陽炎は浅い呼吸の度に鈍い痛みを繰り返す頭の中から呼び起こす。

 そうして陽炎の幻夢の水流に振り回されぐるぐると渦を巻いていた頭の中身が徐々に混乱から正常な思考と現実へと戻る。

 

(死んじゃった、ってわけじゃなさそう? いっ、いたた・・・いや、今から死んじゃうかもしんない・・・身体中すっごい痛いぃ)

 

 ごわごわと感じる布が纏わりついた肌に当たる空気で自分が居るのは暗黒へと引きずり込む様な水流の中では無いと理解し、陽炎は自身の身体を苛む痛みが肉を抉られる様な激しさでは無くジクジクとした腫れやミシミシと軋む骨折といった鈍く熱を持った痛みに変わっている事に気付いた。

 さらに自分を飲み込んだ黒泥の顎に噛み切られた足や内部に存在していた血管の様な水脈の壁面に叩き付けられ削り取られた腕が痛い事への違和感が陽炎自身の身体が発している痛みを鮮明にしていく。

 

「ぅ、ぐっ・・・ぁ」

「陽炎・・・もしかして起きた? ねぇ、分かる?」

 

 目覚めとともに襲いかかってきた痛覚によって体中をナイフでめった刺しにされたらきっとこんな感じの苦しみになるだろう、なんて考えが陽炎の頭に過る。

 小さく手足を動かすだけで身体の内側から襲い掛かって来る自分が生きている証拠(激痛)に呻いた駆逐艦娘はすぐ近くから聞こえた声に重く腫れた瞼を開いた。

 

「古鷹・・・、あたし・・・く、ぁっ! けほっ、こほっ、ぅう・・・」

「動かないで傷に響くから、お水飲める?」

「くうぅ、・・・うん」

「少し待ってて」

 

 意識の覚醒によって苦しさを濃くした痛みで涙を浮かべ陽炎は息苦しさに噎せ、朧気に霞む視界が自分を心配そうに見下ろす重巡洋艦娘の姿を認めた。

 

(身体中が痛いだけじゃなくて酷い声、まるでガラガラ声のお婆さんだわ)

 

 首を少し横に向けるだけでも辛く手足も動かないとは言え陽炎は寝たままで見える範囲にはいくつかの段ボール箱が開かれて置かれおり、そこから少し離れた場所ではパチパチと小さな音をたてながら固形燃料が不揃いの石で組まれたかまどの中でオレンジ色の火を揺らめかせ。

 

 陽炎は自分と古鷹が居る場所が何処かの岩場のすき間にある小さな場所を使った野営地である事を知る。

 

 そうして金槌で頭を叩かれ続ける様な頭痛に耐えながら周りを確認していた陽炎の近くへと古鷹が水の入ったボトルを手に戻り、包帯で全身を覆われた駆逐艦娘の上半身を優しく支える様に起き上がらせて蓋を開けた水筒を差し出した。

 

「ん、ぅ、ありがとう、・・・ねぇ、司令は? 他の皆は・・・無事なの?」

「今は周りの様子を調べてるの、大丈夫、陽炎が頑張ってくれたから全員無事よ」

 

 差し出されたボトルから水を二口程飲んだ陽炎は古鷹の慎重な手つきでまた寝かされ、いつの間にかタオルが敷かれた地面に寝かされたらしい駆逐艦娘は戸惑いながらも仲間が語る現時点の自分達が置かれている状況の話に耳を傾ける事にする。

 

「それで神通の言う通りここは限定海域の中で間違いなさそう・・・」

 

 妹を敵の攻撃に巻き込みたくないと言う私情とかつて自分の指揮官だった男ならどうにかして助けてくれるだろうと言う期待と言う自分勝手な考えによる行動。

 そんな理由で自分の今の指揮官の了解を得ずに独断した結果は黒泥の引きずり込まれた上にその中にあった水脈に流されて深海棲艦の巣へと放り出された。

 

「えっと、泥の中を運ばれて・・・空中に投げ出されて、私、その下にあった海に叩き付けられた、・・・の?」

 

 自業自得の責任で自分だけがひどい目に合うだけならまだしも同じ艦隊のメンバー全員を道連れにしてしまったやるせなさに溢れかけた涙を閉じ込める為に陽炎は両の瞼を強く閉じ、そんな小さな動きだけでも肌を切る様な痛みが走る自分の身体を忌々しく感じ歯噛みする。

 

「そう、強制解除寸前に旗艦変更が出来る様になって、でも落ちたのがここを囲ってる壁の近くであの泥と同じで触手が伸びてきたの・・・」

 

 広大な空間の高高度から海水と共に自由落下した陽炎の戦闘形態は限界に達したのだが、しかし、不幸中の幸いと言うべきか侵食を受けた身体(船体)を削られ海水に洗われた事で深海棲艦の血を固めた黒泥を原因とする艦橋の機能を阻害も無くなり木村艦隊は九死に一生を得る。

 そんな敵の手中である事は分かるがそれ以外は全く分からない状況で水飛沫をまき散らし、金の輪から飛び出した朝潮型駆逐艦娘はその旗艦変更の光に吸い寄せられた無数の触手から目的地も無くどこが安全かも分からない限定海域の中を闇雲に逃げる事になった。

 

「でもその壁からかなり離れた所で羅針盤が何かに反応して、それに従って進んだらこの山に辿り着いたの」

 

 それから黒い海に聳え立つ瓦礫が集まった様な歪な岩山のすき間で休息をとった木村達は虫の息で眠る陽炎を古鷹に任せて周辺を調査してるとの事だった。

 

「は、はは・・・最悪な状態、ね」

「そうだね・・・」

「・・・私のせい、ね」

「そうかな・・・」

 

 聞けば聞くほど絶望的な状況に乾いた笑いを漏らす陽炎の隣に座って膝を抱えながら古鷹はかまどの中で揺れる火を眺め。

 

「ねぇ・・・古鷹さん、私はっ」

「陽炎があの時どうしてあんな事したか、分かるから・・・私が陽炎と同じ立場で目の前に居たのが加古だったらって考えたら・・・だから、私は何も言えない、ごめん」

 

 やんわりと自分の言葉を遮る古鷹の声に陽炎としては優しく謝って欲しいのではない、むしろ、お前の勝手な行動のせいでこんな事になったのだ、と責める断罪の言葉を言外に求める。

 しかし、駆逐艦の隣に居る重巡洋艦は縋る様に見上げる涙目へと視線を返すことなく少し気まずそうに琥珀と金色のオッドアイの中に火の揺らめきを映し、古鷹は陽炎の近くに畳んで置いてあるタオルを手に取って重傷で気が滅入っている仲間を慰める様にその瞳から零れた涙をなぞる様に拭った。

 

「古鷹、今戻った、何か不審な事はあったか?」

 

 諦めに溜め息を吐く陽炎と憂いを揺らす古鷹が黙り込みしばしの無言の時間が過ぎた頃、火の揺れる音と岩の間を通る風の音だけとなった広場へ不意に石を踏む足音と共に彼女達にとって指揮官である青年の声が狭い野営地に響く。

 

「いえ、特に異常はありません、・・・でも、陽炎が起きましたよ」

「・・・そうか」

 

 白い士官服の上を脱いで腰に巻いた青年は生真面目そうな顔で古鷹に頷きを返してから後ろに続く部下である朝潮、神通、龍鳳に向かって休めと短く命令した。

 

・・・

 

 艦橋に持ち込んでいた活動物資に入っていたあったサバイバル用品、その中から固形燃料のパッケージを開いた木村は適当な石を集めて作った簡素なかまどに新しい火をくべる。

 

「一応はもう一度海にも出てみたが分かった事はそう多くない」

 

 ここが直径三百km程の円形の壁に囲まれた閉鎖空間である事。

 その壁が木村達をここに引き込んだ泥と同じ性質を持っていると言う事。

 海面から見て8000m上空、ある高度を境に黒い壁が灰色へと色を変えて天井の様な平面が存在している事。

 自分達が此処に閉じ込められてから既に二十時間近くが過ぎた事。

 敵艦の姿が全く見えない、と言うより自分達以外の生物が見当たらない事。

 

「迂闊に壁に近寄ればここに運ばれてきた時と同じ目にあうだろう、アレの射程範囲は5km近くまで伸びる様だが外の様に空を覆う程の網を作る事はなさそうだ」

 

 青年士官はかまどに乗せた鍋に向かって座りながら淡々とした調子で自分達が広大な檻の中に閉じ込められたと言う事実を告げる。

 

「これも大半が龍鳳さんが居なければ分からない事でしたね」

「そんな事は、不用意に壁に近付け過ぎて、私の操縦が拙かったせいで艦載機の大半を失ってしまいましたから・・・」

 

 自分達の置かれている状況を理解した上で微笑みながら仲間の功績を褒める神通の言葉に恐縮する様に龍鳳は桜色の袖を抱く様に身を縮めて肩を落とす。

 その肩を軽く励ますように叩きながら限定海域に閉じ込められる事が二度目となる軽巡は前の時よりはよっぽど良い状況だと言う。

 

「神通さんはすごいですね、私は怖くて、・・・怖くて震えが止まらなくなりそうで」

「私も怖くないと言うわけじゃないんですが、まぁ、前の時のように艤装を持たない無力な姿ではなく、延々と夜が続く場所でもないと言うのが大きいだけかもしれません」

 

 神通と龍鳳の会話を聞いていた陽炎はふと見上げた岩の間から差し込むオレンジに近い光と先ほどの指揮官が言った20時間も経ったと言う言葉に今が昨日の戦いから日を跨いだ夕方なのだと気付く。

 もっとも彼女が見ているその明かりが限定海域の外から差し込む太陽光を源としているとは限らないわけではあるが。

 

「さし当たってこれから我々がやるべき事を整理するか」

 

 抑揚の無い口調で木村はそう言いながら艦橋に運び込まれていた物資にあったレーション(缶詰)を箸先で引っかけ鍋から取り出し、それぞれをかまどの周りに車座になっている神通達へと分配していく。

 

「神通、今の状態で明日の朝まで野営するとしてどの程度までの回復が見込める」

「そうですね、私は先の戦闘で霊力の消費自体は少なかったですから八割ほどまで戻せるかと、朝潮も同程度でしょう」

 

 木村の問いに神通は赤飯の入った飯缶を開けながら自分と隣で強く頷きながら袋詰めの総菜を頬張っている朝潮の回復力の予想を口にする。

 

「ただ、弾薬を使い切った古鷹さんは一割を取り戻せれば良い方でしょうし、それに破損した艤装や装備は・・・」

「入渠しなければ修復は出来ない、それは分かっているから構わない」

「私の艦載機も同じで入渠しないと、使える子達はもう半分より少ないと思います」

 

 有る物と無い物、出来る事と出来ない事を話し合いながら纏めていく指揮官と仲間達の姿に地面に敷かれたタオルの上に寝かされている満身創痍の陽炎は疎外感を感じながらもそれは自業自得なのだからと口を噤む。

 

「調査によって陸地は我々が居るこの山のみだと判明、周囲の海も天井からの落下物が断続的にある程度でそれ以上のめぼしい情報は無かった」

「天井からの・・・落下物?」

「ぁ、そっか、陽炎は見てないよね、えっと、どう言えば良いかな・・・ここに来るまでに時々、天井の一部に穴が開いて海水と一緒にいろんな物が落ちてきたんだけど・・・」

 

 当たり前の話だが今の彼らに拠点の護衛艦や鎮守府なら手厚く受けられる治療と補給は無く木村も取り敢えずの確認と言う程度の態度で神通に頷きを返す。

 そんなふうに段ボール箱数個の限られた物資と先の見通せない困難な状況を前に少し暗くなった雰囲気の中で指揮官の言葉の一つが気になった陽炎が呟き、古鷹が少し複雑そうな顔でどう説明するべきかと眉を寄せる。

 

「古鷹さん言葉を濁しても仕方ないでしょう、深海棲艦ですよ、もっとも残骸でしたが・・・おそらく私達と同じように限定海域に飲まれてここへ流し込まれたのでしょうね」

「そう言う意味ではあの天井は外側に近いと言う事でもある・・・少なくとも黒壁よりは、だろうが」

 

 仲間に気を使っている重巡艦娘へと少し眉を下げた困り顔にも見える微笑を向けた神通が答えた言葉に特に表情を変えず淡々とした調子で木村も自身の予想を付け加えながら缶詰の中の赤飯に箸をつけた。

 

「・・・それでは我々は今後、外部との通信路の確立を、可能なら限定海域からの脱出の方法の模索を直近の目標とする。各自食後に交代で見張りを行いながら就寝休息をとる、明日は明朝マルロクマルマルに起床!」

 

 頼りないオレンジ色の灯りを中心に和やかと言うには少々物々しい食事ではあったが人心地ついた一同の間が静かである分、良く通る木村の声に艦娘達が了解の返事を返し。

 

「はいっ! 司令官、具体的な明日の作戦行動はどのようにいたしますか?」

 

 それに続いて威勢良く箸を持つ手を挙げた朝潮の質問が岩場の休息地に木霊する。

 

「・・・あの黒い海にここからの脱出に繋がる手立てが無さそうである以上はこの山を登るしかない、航空観測で頂上部分は天井にかなり近くである事に加えて、羅針盤がそこから何かしらの反応を受けている様だからな」

「調べる必要はありますけれど、頂上は艦載機での観測と計測ではあの天井にくっ付きそうなほどの高さでしたよ?」

「少なく見積もっても7500mと言った所か・・・このまま登るならまだしも艦娘の戦闘形態でならやりようはある」

 

 空になった缶詰やパックを纏めて適当な袋に集め地面に置いた木村は生真面目さを張っていた表情に一瞬だけ疲れと迷いを揺らしながらまるで自らに言い聞かせるように自分達の行動方針を口に出して決定した。

 

「そっか・・・なら、明日は皆、山登り頑張ってね」

「陽炎? どうしたの?」

「私はここに残るわ・・・こんな体じゃ付いてく事も出来そうにないからさ」

 

 眉を顰める指揮官と驚き首を傾げる古鷹に向かっておどける様に肩を竦めようとした陽炎は包帯と添え木で固定された体のあちこちを内側から刺す骨折の痛みで表情を歪める。

 

「・・・司令官、足手まといの私はここに置いていって、その方がいろいろと都合が良いでしょ?」

 

 苦痛に歪む顔を無理矢理に不適な笑みで押し返し震える口元をつり上げた陽炎は視線で残り少ない物資を示す。

 

「心配しなくても、司令達が脱出した後に他の艦隊と一緒に限定海域を壊してくれれば・・・駆逐艦陽炎の霊核はちゃんと鎮守府に戻るから・・・だから」

 

 自分を置いていけばその分の無駄な食料と体力もを消費せずに済む、その瀕死の駆逐艦が暗に言おうとしている事に気付いた古鷹達がそれぞれ複雑そうな心情を顔に浮かべ。

 

「ふんっ、面白くもない話だ、お前は無駄口を叩かず大人しく寝ていろ・・・まさか、先輩が装備リストに加えたキャンプセットが役に立つ日が来るとはな

「ちょっ、あのね、私は冗談で言ったわけじゃないのよっ、艦娘は身体が死んでも」

 

 木村だけが陽炎に向かって軽く鼻を鳴らしてから彼女の言葉を一蹴し、指揮官は段ボールから小さく畳まれた防寒アルミシートを人数分取り出して部下へと配っていく。

 

「この際だ、陽炎は重病人の輸送が運ばれる側の体力も重要なのだと身を持って知っておけ」

「ぃっ、たたっ・・・何なのよ! 私は・・・自分なりに責任を取らなきゃって思って言ってんのに! ぃっうぅ・・・痛いっ! 痛いって! それ乱暴でしょ!?」

 

 ミイラの様に包帯で体中を巻かれタオルに包まれていた陽炎の上に木村は取り付く島もない態度で広げたアルミシートを被せて隙間を無くす為に怪我人の下へとシートの裾を押し込む。

 

「そんなモノは責任を取ったとは言わない、そもそも、お前は、お前達艦娘は部隊運用において責任云々を口に出来る立場ではないと言う事を分かれ」

 

 相変わらずの堅い口調と相まって突き放す様な木村の物言いにサバイバルシートの下から顔を出している陽炎、そして、そのやり取りに耳を傾けながら岩場での就寝の用意をしていた古鷹達も絶句して司令官に向かって目を見開いた。

 




 
基本的に艦橋に持ち込める段ボール箱は出撃する艦娘の人数分なのです。

【木村艦隊版】

①自衛隊のレーションパックなどの数日分の食料品。
ほぼ全てが長期保存可能な缶詰やパック食品などなど。
2日分節約して使うと大体3日分?

②簡易治療用の薬剤や包帯など。
空母艦娘が低重力ジャンプする際に艦橋で使う安全帯(命綱)を含む。
安全帯は重傷の艦娘を艦橋に固定するのにも使える。

③替えのシャツや下着などの衣類。
各種タオル系もここに入っとります。
艦娘の種類の関係のせいで量が嵩張るので制服の代えは、無いです。

④簡易キャンプセット
中村が何を思ったか司令部を言いくるめて艦隊の標準装備に入れた便利グッズ。
アウトドア系の調理器具や練炭などなど、使われたケースは恐らく今回が初めて。
なお段ボールのサイズの関係で寝袋やテントは入っていませんが何故か釣り道具は入っています。

注意※
その他物品を持ち込む場合はそれの必要性を明記の上、書類提出によって鎮守府司令部に許可を取ってください。
持ち込み可能な食料品に生米は含まれていません。お菓子類も同様です。


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第八十五話

 
指定技能は【説得】です。

1D100でダイスロールをしてください。
 


 自分の行動が原因であるからこそせめて命でもってその責任を取ると言う陽炎の主張を突き放す様に否定する木村の言葉が大きく目を見開いた彼女の耳に響く。

 

「何よ、それ・・・、私があの時、司令の許可を取らずに不知火の手を振り払ったから・・・勝手に泥の塊に飲まれるのを選んだからこうなって」

「確かにその通りだ。 お前の独断と行動によって我々がここへ来る事になったのは間違いない」

 

 木村は安易な慰めなど無く言葉を濁さずはっきりと自分達の現状の原因と駆逐艦娘の言い分を認めながら、しかし、特に表情を変える事無く膝を突いて陽炎の体を覆ったアルミシートの皺を伸ばす。

 

「ならっ! ・・・くっ、痛うぅ

「この程度は我慢しろ、だが・・・作戦行動の是非の判断、責務を負うべきなのは指揮官である俺の役目である事も間違いない。 はっきり言う、今回の責任を取るなどと言う権限は俺の部下であるお前の、艦娘のものではない」

 

 仏頂面で怪我人から離れた木村の断言によって黙り込んでしまった陽炎を見下ろした彼は軽くため息を吐いて自分の分のアルミシートを手にとって先ほどと同じ様に畳まれたそれを広げていく。

 

「・・・じゃぁ、どうしろって言うのよ、こんな事になって、こんな場所に閉じ込められて・・・私のせいで、なのにこんな体で何も出来なくなって・・・このまま穀潰しになるぐらいなら、いっそ」

「潔く死ぬとでも言うか? なるほど、俺が思っていたよりもお前は前時代的な考えの持ち主だったようだな。 それとも旧軍精神と言う奴か? 実にくだらない」

「っ!? くだらないですって!?」

 

 怪我の痛みを忘れたかのように声を荒げ身を捩る陽炎とそれを横目に涼しい顔をしている木村の間にある険悪な雰囲気に止めに入ろうとした古鷹と龍鳳が無言で遮る様に手を突き出した神通によって押し止められた。

 そんな二人の様子に目を丸くしていた朝潮は戸惑う重巡と改装空母、無言ながら何かを確信している様な顔の軽巡を確認してから改めて木村と陽炎の様子を観察して小さくああと納得の呟きを零す。

 

「陽炎、お前が今所属している組織の名とその存在目的を言ってみろ」

 

 わざわざ敵愾心を煽る様な上目線の物言いなど今まで彼の指揮下で少なくない時間を過ごした朝潮にも初めての事で、その態度が座して死を待つなどと言い出すほど気落ちしている陽炎を木村はわざと怒らせようとしているのだと朝潮は察した。

 

「はぁ? 自衛隊がどうしたってのよ! 日本を守る軍隊でしょうが! だから、こんな場所で、戦えなくなった足手纏いの艦娘は・・・」

「違うな、お前のその認識は間違っている」

 

 出来の悪い生徒を見下ろす様な木村の視線と頭ごなしの否定によって重傷患者の顔に赤みが差して諦めに下がっていた目尻と眉が吊り上がり見るからに不機嫌になった陽炎が不貞腐れて口を尖らせる。

 

「俺達が所属している組織、自衛隊は自国防衛の為、日本国と日本国民を助け守る事を目的に結成された救助隊(・・・)だ」

 

 その掲げられた正式名称と理念は陽炎を含めたこの場にいる艦娘全員が基礎の座学で学んでいたが、同時に自国防衛と言う戦闘を目的とした任務に従事すると言う点において実質的な軍隊と見なされている実情、そして、なによりその国防の最前線で実際に戦っている艦娘本人にとってその文言が飾り以上の意味を持たない建前であると言うのは彼女達にとっての共通認識となっていた。

 

「それが、どうしたってのよ・・・どっちにしろ変わんないじゃない」

「我々が所属する自衛隊の基礎とも言える理念、それは確かに日本の独立と国民の平和を守る軍人としての役割も含まれているが、それ以上にありとあらゆる災害に困窮する人々を絶対に助け出す、その実行こそが我々の成さねばならない責務だ」

 

 それをまるで当然のルールとでも言う様に屁理屈としか思えない決まり事を至極真面目な顔で言い火が揺れるかまどを背に胡坐をかいて身動きの出来ない駆逐艦の横に座った木村の言動に陽炎は眉を顰め。

 

「その自衛隊である我々はどんなに困難な状況であっても自分の命を諦めてはならない、全自衛隊員は任務に対し自らの身命を惜しまず、その上で自分を含めた人命を全て災害の中から助け出さなければならないとされている」

 

 まるで別の誰かが言った言葉を借りる様に淀み無く語られた大袈裟なセリフはその硬い口調と相まって陽炎だけでなく古鷹達も横から言葉を挟むのを躊躇わせる。

 

「そして、今のお前はその自衛隊に所属していると同時に救助されるべき人命となった。 つまり、俺達もお前自身も駆逐艦娘陽炎の命を諦めてはならないと言う事になる」

 

 これ見よがしに青年の語る暴論とも言える理想に呆気にとられ口が半開きになった陽炎はその主張のあまりの馬鹿馬鹿しさにぶり返した頭痛で目眩までしてきた。

 古鷹と龍鳳を手で制していた神通ですら完全に予想外ですと言う様な困り顔を見せている程で指揮官の言葉を頑張って理解しようとしている朝潮に至っては「んん?」と疑問符を浮かべながら首の角度が真横になるほど悩んでいる。

 

「自責の念からの自己犠牲などもっての外、お前は自衛隊の一員として課せられた義務を果たさなければならない」

 

 これが自分達にとっての原理原則だと言い切る指揮官へどう返事を返せばいいかも分からない状態となった陽炎は助けを求める様に視線を他の仲間達へと向けるが。

 まさかそんな主張が木村の口から飛び出すとは思っていなかったらしい神通を含めた艦娘全員が彼の言う現実味の薄い精神論にただただ戸惑っており。

 

 そんな彼女達の反応など知った事かと一方的なルールの押し付けた木村は話は終わりだと軽く鼻を鳴らして見張りの順番をさっさと決め、まだ困惑から抜け切れず首を傾げている艦娘達へと言い渡した。

 

・・・

 

 岩場を照らしていた夕日の色が黒に変わり石が疎らに転がる広場を通る風鳴りと遠くでさざめく潮騒が妙に大きい。

 

(まったく掲げた理想通りに万事片付くなら始めっからこんな苦労はしてないでしょ、何言ってんだか・・・)

 

 自分が言い出した事が原因ではあるがそれ以上に場を白けさせた木村へと愛想笑いを浮かべる事しかできなかった古鷹達の気持ちを考えながらそのせいで味わった居心地の悪さへ頭の中に周りの地面に転がっている様な石が詰まっているらしい指揮官への愚痴を吐き捨てる。

 祈りの言葉や念仏を唱えれば全てを救える力が手に入るとでも言うならば自分だって幾らでも神頼みをしてるだろうと陽炎は侮蔑にも似た苛立ちを燻らせながら身体を蝕む痛みに顔を顰め目を閉じていた。

 

「ホント、もうちょっとマシな事言いなさいよ・・・普通に考えて切るべき部下を切れない指揮官なんてダメって言うか、馬っ鹿じゃないの?」

 

 怪我で見張りが出来ないのだから翌朝まで眠れと言われても重症で気を失っていたとは言え十数時間の睡眠後その上に飲み薬(鎮痛剤)で少しマシになったが全身の痛みは続いており、忍耐によって二、三時間は目を無理やりにつぶっていたが一向に眠りの安らぎは訪れず。

 寝返りも打てず薄い癖に保温性の高いアルミシートの中で肌に汗を滲ませた陽炎は風の音に紛れる程に掠れた悪態を夜闇へと吐き捨てた。

 

「お前に言われなくとも自分が馬鹿な事を言った事ぐらい分かっている」

「っ!? なによ司令・・・起きてんの?」

「静かにしろ、今は俺が見張りをしているからだ・・・」

 

 掠れた呟きに返事が返って来るとは思っていなかった陽炎は鈍く痛む身体に少し無理をさせて横寝になり木村が居るらしい方向へと顔を向ければ練炭の節約の為にわずかに火の粉を散らすかまどに揺れる小さな灯りで闇に浮かび上がる座る青年の輪郭が見える。

 

「はぁ・・・わかってるなら何であんな事言ったのよ、皆も呆れてたじゃない」

「お前が面倒な事を言い出したからに決まっている・・・部下に自分から死ぬなんて言い出されて良い気などするわけがない」

 

 火から少し離れた場所で寝息を立てている朝潮や龍鳳を横目にして声を潜めた陽炎が口を尖らせながら問えば彼女と同じ様に小さく不機嫌そうな声で木村が振り返る事無く返事を返す。

 

「私のは面倒な事でも正しい状況判断でしょ」

「なら、俺の方は自衛隊が設立してから肯定し実行し続けてきた理念だ、たかが個人の主張が敵うと思うな」

「うぁ、何それ、屁理屈にもほどがあるじゃない、おーぼーよ、おーぼー・・・あのねぇ、だからそれは私じゃなくて司令から言うべき事で・・・」

 

 そして、眠れない為に持て余した暇を潰す様に顔も合わせず小声で交わされる二人の会話は次第に相手の主張に対する愚痴が混じりつつもどこか軽い雰囲気へと変わっていく。

 ふと陽炎が明日の朝に自分を連れて行動すると言う方針への変更とそうする事で得られるメリットを口にするが木村は先ほどと同じ様に自衛隊設立の理念と言う規範を盾にして物静かにだが一蹴する。

 

「いい加減に死にたがり呼ばわりされたくなかったら無駄口を叩かずに命令に従え」

「もぉ、相変わらず偉そうにルールとか規則とか、・・・司令官っていっつもそう言うのに頼るのね」

 

 そんな彼の頑として譲らない石頭ぶりに処置無しとばかりに深くため息を吐いた陽炎は胡乱気な視線を木村の背中へと向けて普段から感じていた彼の性格へ当てつける様に呟いた。

 

「・・・頼る、か・・・やはり俺はお前達から見てもそう見えるのか?」

「ぁ、えっと・・・ん~、別に今のはバカにしたわけじゃないわよ? いくら私でも真面目な事が悪いなんて言わないし、朝潮や古鷹は司令のそう言う所気に入ってるみたいだし、何て言うか・・・」

 

 自衛隊に所属しているのだから死ぬことは許可されていないなんて出鱈目な理由を押し付ける相手へのちょっとした仕返しだったセリフに物静かな青年の声色が一段調子を落とし、陽炎は思っていたモノとは違う彼の反応に戸惑い少し言い過ぎたかと持ち前の人付き合いの良さからフォローの言葉を探して逡巡する。

 

「いや、実際にそうだ。俺は規則を守っているわけじゃない、頼っている・・・子供の頃から正しいと保証された決まり事に従って、それに自信を貰って生きてきたから融通が利かない石頭と言われるのも仕方ない話だな」

「どうしたの、司令?」

「元々、学校を卒業して自由な社会に出る事に怖気づいて自分から規則にしがみ付く為に自衛隊に入った俺だから今回の事も自分の判断が誰かの命を奪う事が怖くて仕方ないだけ、・・・陽炎の言う通り俺は自分より偉い誰かが決めた規則を言い訳にしているだけだ」

 

 耳に聞こえるのは普段の淡々とした調子では無くボソボソと微かに聞こえる程度の弱々しさすら感じる自嘲の声、目に見えるのはオレンジ色に揺れる僅かな灯りの前で縮こまる様に背を丸め胸の前で何かを握る姿。

 

「私、もしかしたら司令官が弱音吐くの初めて聞いたかも・・・」

「こんな状況なら誰だって弱音の一つも吐きたくもなる・・・なにより俺はルールに頼らなければ虚勢も張れない男だ」

 

 融通が利かないがその生真面目ぶりが頼り甲斐を感じていた指揮官が見せる先の見通せない夜の闇に怯える子供の様な態度と独白に陽炎は何度も目を瞬かせ自分の耳を疑う。

 

「それなら尚更、こんな場所で綺麗なだけの理想に頼ってたら本当に皆で死んじゃうわよ?」

「そうだな、そうかもしれない。 だけど俺はお前を置いてはいかない、自衛隊である俺達はどんな任務であっても死ぬ事を許可されていないからだ」

「また言ってる・・・でも明日、皆が登る山はすっごく高いんでしょ? おまけに脱出の手掛かりがあるかすら分からない・・・何もできないお荷物なんて抱えて登れないわ」

「それは・・・やってみなければ分からない、何から何まで分からない事ばかりだから・・・せめて綺麗事でも俺は自衛隊の義務とされている服務(ルール)だけは破りたくない」

 

 夕食後も、ついさっきも、木村との押し問答は同じ石の様に硬い(脆い)答えが返って来るだけだったが、自分に課された自衛官と言う肩書を支えにしながらも迷いに揺れる青年が漏らした白状を聞いた陽炎の中にある感情は少なくとも呆れや苛立ちでは無くなっていた。

 

「ならさ・・・指揮官として要らない艦娘を捨てても良いって決まりが有ったなら司令官はそれに従う?」

「今の自衛隊にそんな規則は存在しない、だからそれは考える必要もない事だな」

「ちょっとくらい悩みなさいよ・・・ホント、知ってたけど私の司令官って笑えるぐらいの石頭だわ・・・ははっ

 

 掠れた声が口元に合わせて弾んでいる事を感じながら陽炎はシワの寄った銀布の下で身体を丸めて小さく笑い、恨めしさが無くなった軽口を自分の指揮官の背中へと投げる。

 

「はぁぁ、もぉ、(陽炎)は何も出来ないどころか仲間の足を引っ張る艦娘になるなんて冗談じゃないってのにぃ」

「ならどうすれば冗談じゃなくなる、陽炎は・・・俺が何を言えば命令に従うんだ」

 

 正直に言えば目の前の司令官の普段の姿と思っていたモノが組織の威を借りた虚勢で本当の彼は自分の思っていたよりも弱い人間だった事に落胆を感じていないわけでは無い。

 

「そうね、私が・・・陽炎が艦隊に居る意味があるって言える何かが少しでもあれば、そう言う命令だったら、もちろん誰かが決めた規則があるって理由じゃなく、貴方自身が決めた命令なら・・・従うわ」

「つまり、今のお前の状態でも実行できる任務があるなら・・・従うと言う事か? どんなものでも?」

「うん、どんな他愛ないものでも百歩、ううん、千歩譲ってあげる。 でもさ実際問題、手足バッキバキの半死艦娘でも出来る事ってあるわけ?」

 

 少なくとも彼女の胸の奥で揺れる駆逐艦としての感情(霊核)は木村を自らの指揮官としておいて良いのか、ここで座し潔く散るべきなのではないか、と訴える様に疑問を騒めかせている。

 

(こんなにも私の中にいる陽炎の想いが聞こえる。でもさ、面倒な堅物でも私が面倒を見て良い司令官にしてやるってそう決めたのも私なのよ、ねぇ、それは貴方達も聞いてくれてたでしょ?)

 

 だが、今も陽炎の中で鼓動する駆逐艦娘としての感情(心臓)は自らが生きていると言う事を主張して目の前で迷い悩む自分の指揮官(・・・・・・)を生きて支えるべきだと心を揺らす様で。

 その感覚に肩の力を抜いた陽炎は自分が木村へ問いかけた足手纏いを連れて行くに足る理由、それへの答えがもし名前も知らない様な自衛隊の誰かが決めたルール(決まり事)に頼らずに指揮官自身が出した命令だったなら。

 

(今から彼が出す答えが白けちゃう様な硬くて脆い言葉じゃなかったら、司令官と私をもう少しだけ見守っていて頂戴)

 

 仮にそれがどこかの昼行灯な自衛官が鎮守府で吹き鳴らす法螺の様に言い訳やこじつけであったとしても陽炎は自分の胸でざわつく魂達に今は我慢して(見捨てないで)と言い聞かせる。

 

俺の言葉で・・・出来る事、今の陽炎にも出来る命令か・・・

「それで? あんまり長いと朝になっちゃうわよ?」

「・・・そうだな、なら、お前にはこれを渡す事にする」

 

 そして、数分だろうか、ぶつぶつと苦悩に揺れる呟きをかまどへくべていた指揮官は不意に立ち上がると寝ている陽炎の近くまで歩いて近付いて跪き銀色のシートの中から包帯だらけの駆逐艦娘の手を取り。

 その血の滲んだ包帯が巻かれた掌に自分の胸ポケットの中から取り出した小さな袋を握らせてその袋に付けられた飾り紐を少女の指に絡めた。

 

「これを無くさず鎮守府まで持って帰る事、それが俺の命令する陽炎が果たすべき任務だ。 だから・・・絶対に成功させろ」

「なにこれ・・・もしかしてお守り? ほつれだらけ、なんかすごく古いって事は分かるけど」

「俺が防衛大に入学する時に祖父から渡された物だが元々は曽祖父が生前に持っていた物らしい」

 

 その古びたお守り袋を頼りなく震える指で陽炎が握ったと同時に不思議とざわついていた彼女の胸の奥が静まり、同時に雑談であってもあまり自身のプライベートを口にしない不愛想な指揮官がたまに胸ポケットを握っていたのが験担ぎだった事を知った駆逐艦娘はその愉快さに微笑む。

 

「へ~、どおりで年季が入ってるわけね、もしかしてこれって木村家先祖代々の家宝だったりするの?」

「茶化すな、俺はそれの詳しい来歴など知らん、それで返事はどうした? 駆逐艦陽炎」

「ふふっ、貴方からの命令、確かに了解したわ・・・木村隆司令」

 

 了解の声と共に微笑む陽炎から苦虫を噛んだような顔で木村は中村先輩ならもう少し洒落た事を言えたのだろうか、などとブツブツ呟きながら小さな灯が揺れるかまどの前へと戻り、その背中をぼんやりと眺める駆逐艦娘は古びたお守りを握っているだけで身体の痛みが気にならなくなり徐々に微睡み穏やかな眠りに落ちていった。

 

・・・

 

 翌朝、まるで擦りガラス越しの日差しに見える妙な光の下に照らされた野営地、その真ん中では火の始末を行い崩された石造りの簡易かまどが僅かに燃え残った炭屑が煙をたなびかせる。

 

「あぅ、冷めてきましたね・・・それにしても、本当に沸騰させたら黒かった水が透明に戻っちゃいました」

「沸騰によってと言うよりは熱による水分子の振動で凝った深海棲艦の霊力がマナに分解されると言う原理らしいですね」

「それにしても腕を水に入れてお湯を沸かすなんて方法があるとは全く知りませんでした! 神通さん、勉強になります!」

 

 その方法自体は鎮守府で受けた霊力に関する基礎座学の時間で小難しい原理をノートに書き写していた記憶はあるが深海棲艦の霊力が溶け込んだ水と言うまともな方法ではお目にかかれない代物を前にした龍鳳と朝潮は慣れた様子で浄化作業を終えた神通の手際に感嘆の声を上げて目を丸くしていた。

 称賛の言葉に神通は頬を赤らめながらドラム缶の中身を熱する為に水の中で光弾を作った片手を拭いて乾かしてから川内型制服の長手袋に通す。

 

「時間があれば全部蒸留して塩を抜いておくべきですが、今は一刻でも早く脱出の手掛かりを見つけないといけませんよね」

「ドラム缶一杯にと言うわけじゃないけど当座をしのげる飲み水はちゃんと確保できてるから大丈夫だよ、神通」

 

 ペンキが剥がれ赤錆が表面に浮かぶドラム缶を覗き込んでいる龍鳳とその横で背伸びしている朝潮がその中で揺れる黒から透明になったぬるま湯を軽くかき混ぜて感嘆の声を上げる様子を見ながら少し憂いの表情を見せた神通に出発の為に荷物を纏めている古鷹が苦笑した。

 

「それで龍鳳、出来るのか?」

「あ、はい! 大丈夫です、これくらいの大きさの物ならケーブルで繋がなくても・・・」

 

 段ボールに詰められた荷物を黒い小波が寄せる瓦礫の中から拾ってきたで空のドラム缶へと詰め終えた指揮官が蓋を閉じて円形の金属バンドで閉じ、しょっぱいお湯を掻き混ぜて朝潮と和気あいあいしていた龍鳳へと声を掛ける。

 そして、昨日の陽炎が目覚めるまでの探索で手に入れた幾つかのドラム缶が彼らの前に並べられ桜色の小袖を揺らす改装空母がその内の一つへと触れて精神を集中させるように目を閉じ、数秒で龍鳳の手から溢れた霊力の光が金属の筒の表面を包み見る間に小さくなっていく。

 

「はい、提督、出来ました♪」

「何て言うか、龍鳳さんが居なかったら司令達それを自分で担いであの山に登るところだったのよね?」

「運ぶのは艦橋を使う事になっていただろうが、ぞっとしないな・・・龍鳳が居てくれて本当に助かる」

 

 フィルムケース程の大きさまで縮んだドラム缶を手の平に乗せた龍鳳が感心する指揮官とその足下に寝かされている陽炎の言葉に照れて少し恥ずかしそうに頭を掻きながら縮小させたドラム缶を胴を覆う黒い帯の上から密着させるとまるで磁石か吸盤の様に小さな鉄筒が彼女の身体にくっ付いた。

 そうして、出撃時に艦橋に持ち込まれた荷物や深海棲艦の毒気を抜いた海水などがそれぞれ入ったドラム缶が次々と小型化されて輸送艦娘の亜種である龍鳳(大鯨)へと搭載されていく。

 

「それじゃ、そろそろ出撃ですね、念の為に陽炎の身体の固定を確認してもいいですか?」

「ん、ああ、頼む・・・旗艦は朝潮で出撃する事になるが比較的なだらかな山の麓は急ぐ必要はない、速さよりも体力温存を優先として・・・」

 

 身軽かつ体力と霊力に余裕がある為、巨大化して山登りに挑む事になった朝潮と神通へと歩み寄り改めて行動方針を通達する木村を背に古鷹は地面に寝かされている銀色のシートと固定用ベルトでミノ虫の様に包まれ顔だけを出す陽炎の横にしゃがみ込み彼女の身体を保護するシートにすき間が無いかの確認を始め。

 

「思い止まって、我慢してくれてありがとう、陽炎」

「ま、一思いに楽にしてってのは今でも思ってるけどね」

「ダメでしょ、そんな事言っちゃ・・・だって」

 

 自衛隊の訓練仕込みの登山法などをレクチャーする木村の声と比べると小さく、二人の間だけ通じる程度の声で話しかけてきた重巡に駆逐艦は不自由な身体をもぞりと動かしておどける。

 

「陽炎は司令官の命令をちゃんとやり遂げないといけないんでしょ?」

「・・・え?」

「落としちゃダメだからね、それ」

 

 優しく微笑み古鷹はアルミシートの上から陽炎の利き手、昨晩に木村から手渡されたお守りに触れて撫でる。

 その意図を理解して驚きに目を見開いた少女へと金色の片目でウィンクした重巡艦娘は颯爽と立ち上がって登山ルートの相談を始めている指揮官達の方へと向かい。

 

「・・・あぁ、もしかしなくても昨日の聞かれてたの? 私、変な事言ってなかったわよね? でも、うぁ、なんか、ちょっと恥ずかしいくなってきたぁ・・・」

 

 起きてたならその時にそう言って頂戴よ、と危険と隣り合わせな上に余裕のない状況でありながらも穏やかな顔をしている古鷹へとうらめし気な蚊の鳴く様な声で陽炎は呻いた。

 

 




 
艦これwiki参照

大鯨はドラム缶を装備できない。

大鯨(・・)ドラム缶(・・・・)装備できない(・・・・・・)

プロット書いた時点ではウチの艦隊に大鯨が居なかったんや(言い訳)。
気付いた時にはもうキャストの変更出来ひん状態になっとってん(震え声)。


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第八十六話

 
色々な事が悪化の一途をたどるこの碌でもない世界で。


敢えて先に言っておくけれど、ただの添い寝(・・・・・・)です。
だから何もやましい事はない。

いいね?
 


 前の人生に関しては楽な方へ楽な方へと遊んでばかりとは言え前世を合わせれば60年以上の経験、酸いも甘いも人並み以上に味わってきたと思っていた。

 だが、こと最悪な気分と言うモノにはこれでお終いと言うどん底など無いのだと今更に教えられる事になるとは考えていなかった。

 

 黒山の上から見下す様に嗤う紅い炎を瞳に宿して砲塔が無数に生えた自らの胴回りよりも太く歪な腕を振り。

 多くの芸術家が目指す美しさの頂点とも言える女神の様に整った美貌であるのに俺達には腐臭を放つヘドロの堆積物であると思うほどの醜悪さを感じさせる姫級深海棲艦が突き上げる無数の大砲が数え切れない程の炎塊を空へと打ち上げた。

 

 直後、到底現実とは思えない無数の放物線を夜空に描く焼け爛れた隕石群によってこの世の地獄が作り出され。

 それに飲み込まれたと同時に感じた窒息で俺は閉じていた目を見開き、一人用のベッドを叩くように跳ね起きて動悸する胸に手を当て咳き込む。

 

 忙しなく汗塗れの顔を振って自分のいる場所を確認すればそこは僅かに揺れる狭い船室。

 悪夢に叩き起こされた俺は二日酔いの方がマシだと思えるほど酷い気分にまたベッドに倒れ込みそうになった。

 それでも怠い身体に鞭打って狭いベッドから起き上がり縁に腰掛けたが鉛の様に重い身体はそこで動きを止め気持ちの悪い汗ばんだ肌が煩わしく無性に爪を立てて掻きむしりたくなる。

 

 規則規則と五月蠅いが揶揄い甲斐のある真面目な後輩が死んだ。

 

 元部下であり気の良い友人でもあった艦娘がいなくなった。

 

 その言葉の意味を反芻すると無理矢理に誤魔化しで頭の中から追い出していた筈の事実がまた戻ってきて、何度も自分を騙す甘えた考えを壊す様に黒い泥に飲まれて見えなくなった駆逐艦娘の姿を繰り返し脳裏で再生する。

 

 黒山に座する悪魔が産声を上げる様に振るった炎と津波の地獄を俺や良介は何とかやり過ごせたがその後は尻尾を巻いて逃げる事しか出来ず。

 それでも這う這うの体で拠点艦へと逃げ帰り、すぐさま艦隊の予備メンバーを集めて巨大な浮島が去っていった海に駆け戻ったがそこにはもう木村艦隊がいたと言う痕跡どころか海面を覆っていた黒泥の一つすら残っていなかった。

 

 事実の再確認によって内側から下っ腹を蹴り上げられている様な錯覚がぶり返し、寝る前にも散々トイレへ中身を流し尽くした筈の胃がまたひっくり返り足りないのか吐き気が胸元にせり上がり、たまらず呻く。

 

「義男さん・・・」

 

 動きだす為の気力が湧かず負け犬の様な情けない呻りを漏らしていたらわずかな布ずれの音と共にペタリと俺の背中に柔らかな感触と温かさが密着する。

 そして、後ろから囁きかけてくる吐息は俺の心理を表現する様に暗い部屋で淀んだ空気を揺らす事無かったが耳の中へと絡み付く様に沁み込んできた。

 

 それを切っ掛けに後ろから抱きついてきた彼女へまた自分の中で煮詰まった昏い感情をブチ撒けてやれば楽になるぞ、そもそもここに忍び込んできたのは吹雪の方なのだからと獣じみた考えが安易な逃避の道(ストレス解消)へと俺を引っ張ろうと唆す。

 しかも質の悪い事に考えるだけで反吐が出るエゴに塗れたその行為を実際に俺がやったとしても彼女は拒絶などしないどころかむしろ自分から身も心も差し出してくるだろう。

 

「ダメだ、吹雪」

 

 ペタリペタリと俺と同じ様に汗ばんだ手が背中から胸元へと回されて情けを乞う様に肌の上を這うが、俺はなけなしの意地を振り絞りその少女の手を掴んで引き離して劣情を唆す倦怠感から身を捩って逃れカプセルホテル並みに狭いベッドから立ち上がった。

 

「・・・はい、司令官」

 

 肌が離れた後に背後から聞こえるのはどこか残念そうな色を感じつつも命令に素直に頷く女の子の声。

 正直に言えば俺自身もその心地よさは名残惜しいし本心ではこのまま何も考えずにここに閉じこもっていたい。

 だが、そうやって彼女の献身に甘えきってしまえばもう俺は自分の足で立って歩く事すら放棄してしまうだろう。

 

「木村達の仇討ってやらないとな・・・だから、手伝ってくれ」

「ええ、もちろんです」

 

 そこはドアを閉め切り窓も無く、明かりも点いておらず船底の倉庫の様に暗いが船と言う容量の限られた居住空間では珍しい艦娘の指揮官の為に用意された個室の一つ。

 

「私はいつだって司令官について行きますよ、だって私は貴方だけの艦娘なんですから・・・♪」

 

 振り向いた俺へと返事を返す吹雪のそれは人前や明るい場所で彼女が見せる素朴で可愛らしいものでは無く、普段は朗らかな顔立ちの裏側に隠している生の感情を剥き出しにした酷く歪な笑み。

 

 ある時期を境に吹雪が見せる様になった頑なな指揮官への献身(法螺吹き男への執着心)を湛え淀んだ瞳と薄ら笑いに艦娘の肉体は過去に存在したと言う慈悲深く敬虔な聖女(守護者)や未来への希望を掲げる戦乙女(先導者)など様々な神秘的な存在の因子を無数に組み合わせて作られていると言う話をふと思い出す。

 恐らくはその神秘の中の一つ、見初めた相手を手段を問わず堕落させようとする魔女(侵略者)としての性質を剥き出しにしてこちらを見上げている艦娘の黒髪を俺は少し荒い撫で方で揉みくちゃにしてやった。

 

「ひゃ、ひゃぁ、し、司令官~!?」

「顔洗って支度してこい、俺の準備が終わるまでに戻れたら、ご褒美やるぞ」

「えっ!? はい♪ 司令官待っててください、吹雪、行ってきますね!!」

 

 どんなご褒美を頭に思い描いたのかは分からないが正気に戻り慌てながらシワだらけの衣類を身に着けた少女は普段の様に髪を結う時間も惜しいとばかりにパタパタと足音を立てて薄暗い部屋の扉を押し開けて俺の個室から出て行った。

 とある一件から過去の鎮守府で受けたトラウマで歪められ作られた薄ら寒い欲求と感情を表す様になった吹雪だがその性格そのものは善良であるし、目先のエサに飛びついてしまう駆逐艦娘らしい子供っぽさのお陰で今の所は俺が主導権を握っていられる。

 少なくとも俺が「お前の指揮官を辞める(願いを裏切る)」などと言い出さない限りは吹雪との関係はこのまま彼女が艦娘としての力を失い人間となった後もずるずると、それこそ俺が死ぬまで続いていく事だろう。

 

「はぁ、いっそ吹雪と一緒にどっかに逃げちまうか? 兄貴か親父に土下座すればバイトぐらい紹介してくれるだろうし、なんて」

 

 日本国や国民を守りたいと言う想いはまだか細くとも残っているが自衛隊と言う組織に対しては既に信頼など無く見限っている、と去年過ごした硫黄島(左遷先)のある日の夜に吹雪本人から聞かされた言葉が皮肉にも吹雪の居場所を守る為の責任を強めて俺を組織に縛り付けている。

 

「ははっ・・・、この期に及んでそりゃ幾らなんでも恰好が付かないか」

 

 それに、今はせめて木村や陽炎達の仇を、あの信じられない程に美しくてどうしようもなく醜い化け物を撃破してやらなければ俺は自衛官とか指揮官とか以前に人間としてどうしようもない奴になってしまうじゃないか。

 

「ああダメだ、バカとかアホとか言われるのは慣れてるけど、後ろめたいのだけはホントにダメだ・・・俺は、お前らの家族や姉妹艦にどう言えば良いんだよ、・・・なぁ、木村、陽炎」

 

 きっとアイツらを助ける事が出来なかった事実を思い返す度にこの背中と腹を圧し潰そうとしてくる重苦しさと俺は一生付き合っていく事になるんだ、と考えるだけでこの忌々しい自衛隊から逃げ出したくて、でも逃げ出せない八方塞がりに泣きたくなってきた。

 

・・・

 

 新種の深海棲艦を追撃した際に発見した海底に隠されていた限定海域の浮上、その主である新たな姫級深海棲艦の出現。

 そして、連戦に次ぐ連戦の結果は多くの艦娘の疲弊と木村艦隊のMIAなどの大きな損失に対して作戦目標の逃走を許すと言う自分達にとって不本意な結果となった。

 

 だが、その不愉快かつ痛ましい事実は同時に自分達の指揮官にとっては計り知れない程に遺憾ではあるが、今後の彼にとって大きい実りをもたらす戦訓となった事も間違いないのだ、と高雄は憂いの表情とともに思い返して胸の内に独白する。

 

 敵の想像を絶する攻撃から何とか逃れて拠点である【護衛艦さわゆき】への帰還後、燃料と弾薬を使い果たした高雄は出撃部隊から抜けて待機する事になり。

 しかし、見るからに恐怖で震え目を血走らせた顔の中村はそれでも後輩である木村艦隊の捜索を諦めきれずに艦長達への報告を他に任せ、出撃していた高雄達と入れ替わりで自らの艦隊の待機組を引き連れて夜明けの海へと再出撃していった。

 

 指揮官が帰還するまでの間に司令部への報告のまとめを任された高雄は心身共に疲れ果てた同艦隊の仲間達や田中艦隊メンバーとの相談を行い自分達が立ち会った戦闘情報の整理をしていた高雄は何の成果も得られなかった数時間の捜索を終え今にも崩れ落ちそうな程に意気消沈した蒼白な顔で戻ってきた中村を迎える。

 

 その夜明けからさらに一日経った今も【さわゆき】に搭載されている哨戒ヘリが昨日の戦闘が行われていた海域の調査を行っているが禄な成果は得られないだろう。

 そうして取り急ぎ作戦司令本部との協議が必要であると要請が行われたのだがどう言うわけかその会議は予定よりも遅い時間まで待たされる事になった上に用意された会議室のモニターには本土にいる本部の将校だけでなく総理大臣を筆頭に国会や官僚のトップに座る者達の姿までもが並んでいた。

 

 昨日は半死人の様に青い顔をしていた中村が多少は調子を取り戻してブリーフィングルームに現れたのは予定時刻ぎりぎりだったが幸いと言うべきか余分に待たされた時間のお陰で何のお咎めも無く彼は急遽閣僚の参加が決まった会議の場に座っている。

 そして、始まった会議は口火を開いた内閣側の数人が今回の作戦で発生した不測の事態は実働部隊の拙さが原因だと声高に叱責する言葉のおかげで護衛艦側の空気はピリピリと肌に痛いものになっていく。

 

 他の艦娘との円滑な情報伝達と中村の補佐の為に会議室の端に田中の秘書艦である龍驤と一緒に並んでいた高雄はモニターの向こうで実際の戦場を知らず終わった後の情報を手に重箱の角を突っつく様な嫌みを口にする連中(政治家)への不愉快さを表に出さない様に無表情を張り付ける。

 

 あれがダメだった、これの対処法がマズかったのだと言うだけなら未だしも、出現した深海棲艦が発生させた攻撃の余波を突如発生した台風として隠蔽した際にかかった金と労力がどれだけの大きいモノになったかと言う話などは現場の人間にとっては知った事ではないのだ。

 その会議に参加している者達の態度は大きく分けて三種類、苛立ちを裏に隠しながらも叱責に耐える無表情、予定通りに作戦が終わらなかった事を責め立てる激昂、そして、何処か他人事と言う様な態度で椅子に座っている者となっており。

 その中で一番目立つ一分一秒の判断が生死を分ける深海棲艦との戦闘を知らないクセに理想論と規則を盾に防衛や財務と名の付く大臣の席に座る男達が喚く声を聞いているだけでウンザリとした気分になった高雄はやはり軟弱な口先だけの政治家がのさばれば国家を腐らせるのだと自分の頭に過った少々過激な気の迷い(思想)に同意しかけて額に手を当てて小さく溜め息を吐いた。

 

「で、結局のところ今作戦は続行されると言う事で問題ありませんか?」

 

 そうして小一時間ほど言われるがままの無駄な時間を無言で過ごし普段は隊員に長話をする立場である護衛艦さわゆきに務めている艦長ですらうんざりとした顔を見せ出した頃にやっと一方通行の叱責が止み、妙に静まった誰も口を開かない場で中村が大した気負いもなくその言葉を口にした。

 

『こちらの話を聞いていたのかね!? そもそも、・・・そう! 君は予定外の行動だけに飽き足らず許可されていた定員以上の艦娘を作戦に連れ出すと言う独断専行まで行っていた! それがどれだけの悪影響を周囲に与えたか、その責任をちゃんと分かっているのか!?』

「失礼ながらそれは現在の小官が考える事では無く、敢えて言うなら作戦の終了後に司令部で裁定されるべき事案であると愚考します」

 

 会議室の壁一面に設置された大画面の右側で先程からやたらと予算や経済への影響云々を気にしている何某かの省庁を束ねている中年男性が画面の向こうから唾が飛んできそうな程に勢い込んで大声を上げるがその標的にされた中村はそんな事は全く興味が無いとでも言う様に悪びれもせず似合わない慇懃な態度で喋る。

 

「そも現在の我々にとって、そして、この場で決定すべき最も重要な事項は今作戦の続行もしくは中止の是非であって日本経済や貴方方の支持率への影響などは一切合切無関係、私共の失敗を(あげつら)い鼻を折り話の主導権を取りたいのは良く分かりましたが、無駄な発言は止めていただきたい」

 

 たった一人の特務二佐(艦娘指揮官)が太々しくもはっきり言い切るとは、言い切られるとは思っていなかったらしいモニターを挟んで存在している会議室の面々がそれぞれの表情で視線を中村へと集中させる。

 そんな中で唯一、中村へと顔を向けなかったのはそのすぐ隣に座っていた田中だけであり彼は人前である事も気に止めずに机の上で組んだ腕の上に額を伏せて肺の中身を全て吐き出すような(いくらなんでも冗談だろ、と)諦観に満ちた深い溜息を床に向かって吐いていた。

 

『ま、まったく、なんて態度だ。 君は自分達が置かれた状況が分かっているのかね? 仮にも部下を指揮する立場でありながら信じられん事を言うものだな』

「自分達が置かれた状況が分かっていないですか、ならその言葉をそっくりそのままそちらにお返しします」

 

 現場の自衛官は教育がなっていないなどと嘲笑と共に見下す様な視線を向けてくる相手へと軽薄な笑いを浮かべた中村が肩を竦めながら減らず口を叩けば複数の舌打ちと若造がと吐き捨てるセリフがわずかにスピーカーから聞こえ。

 

「いい加減、埒が明かないので岳田総理にお聞きする事にします」

『・・・さて、何をかな?』

「先ほど言った通り今作戦の続行か中止かさっさと決めていただきたい、我々自衛隊は文民統制の下に管理される組織である以上、その長である貴方の決定無しでは勝手な行動を起こせない事になっていますので」

 

 その中村の言い様の直後に頭越しに総理大臣へ直接話しかけると言う暴挙に怒り道理を弁えろとの野次の様な声で会議は煩くなる。

 だが、血気盛んに騒いでいるのが一部であり過半数が妙に静かである事に気付いた高雄が改めて画面の向こうの政治家達と自分自身の指揮官の顔を見比べある事を確信する。

 どこか他人事の様な態度を崩さない様に見えていた岳田を含めた半数以上の官僚、本部の将校までもがその身体と表情を強張らせている事と自分を首に出来る権力を持った者達の叱責をどこ吹く風と言う様子で受け流す中村の瞳に浮かぶ激しい苛立ちに重巡艦娘の胸の内で言葉に出来ない期待がざわついた。

 

『それにはまず十分な協議が必要なのではないかね?』

「ええ、その相談があの超ド級の怪物が日本を火の海するまでに終わると言うなら、ですが、こちらが送った資料は既に総理の手元にある筈です」

『確かに、届いているね・・・一通り目は通したが』

 

 特に表情を浮かべておらず、無意味な指摘(叱責)も行わず、ただそこに居た総理大臣が自身の近くに置かれた簡易綴じの書類を一瞥した時にその目に浮かんだ恐怖の色を現代人よりも遥かに優れた視力の持ち主である高雄や龍驤達は目敏く察する。

 

「それを読んだ上でこんなクソ無駄な会議で我々の貴重な時間を浪費させてくれてるって言うならもう一度言ってやる、あんた達は自分達の置かれている状況が分かってないのか? となっ!」

 

 語調を強め彼の素が表に出た無礼極まる言動の中村に画面の向こうの官僚達は揃って不愉快そうに顔を顰め、護衛艦側に居る自衛官達はその言動のあまりの乱暴な率直さに呻いて天井を仰ぐ。

 

『君はいくら何でも我わ、総理に対して失礼ではないかっ!』

「現在、今作戦の撃破目標であった戦艦レ級の変異体、仮称南方棲戦姫は日本南東の海上を出現した地点から弧を描く様に日本本土へと針路をとっている、それは何故か? 深海棲艦だろうと構わず食うアイツは自分のすぐ近くに大量のご馳走が乗った皿があると気付いているからに他ならない!!」

 

 枕詞にあくまでも予想でしかないがと付くものの一時的には外洋に針路を誘導されていた食い意地の張った姫級が近くに通りかかった深海棲艦を泥の触手で捕らえ食い散らかしながら日本本州に向かって針路と速度を変え始めている情報はその怪物から慎重すぎる程の距離をとって追跡している護衛艦さわゆきに集まった情報から容易に予想できるものでもあった。

 それが確定情報ではないとはおくびにも出さず決定事項と断定し備品のパイプ椅子の背もたれを軋ませた中村が睨み上げる様な三白眼を向けると画面の向こう側に居る彼の無礼な態度への指摘を丸ごと無視された日本の自然環境をやたら気にする役職が気圧された様に仰け反る。

 

「未成熟な状態で殻が割れた為かまだあの南方棲戦姫は身体が完成していない、お陰で少しの時間はありますがそれはたった四日、遅くとも四日後にはその射程に本州の都市部が入る事になる・・・そして、深海棲艦にとって領海侵犯など今更の事、それこそ人間の法律なんて連中にとっては知った事じゃない」

 

 このまま何もせず時間を無駄遣いすれば四日後にはそちら方が世間に公表している突発的な台風(怪物)がもたらす被害で巨大な焼野原が日本に作られる事になるぞ、とギラギラと剣呑な視線を宿しながらも軽薄な笑みを浮かべる中村は画面越しで立派な椅子に深く腰掛けている老年の総理大臣を睨む。

 

『・・・いやはや、法律が無意味と言われてしまっては執政者である我々の立つ瀬がないね』

「だからこそ、総理にしかできない事をやっていただきたいと言っています」

『情報公開して避難誘導でもしろと言うのかい? 流石に一般人に向けてアレの存在を知らせるのは愚策だと思うよ』

 

 法が無意味と言った口で直後に言葉を翻す青年の様子に上品に磨き上げられた机の上に両肘をついて手を組んだ岳田が訝しむ様に眉を顰めながら続きを促す様に小さく頷いて見せた。

 

「いえ・・・岳田総理には国防特務優先執行法の、貴方が取り決めた艦娘と鎮守府の正当性を保証するこの法律の正常な形での遂行を我々に命じてもらいたいのです」

『法律の・・・正常な形の遂行?』

 

 白々しい笑みを引っ込め神妙な顔へと改め丁寧にまるで一言一言を噛みしめる様に艦娘の一指揮官である青年が国家行政の長へとそれを要請する。

 

「今現在、紛れも無く存在する国家対する重大な危機を排除する為、国民の生命と財産と守る為に全力を揮う事への承認を・・・」

 

 気付けば周りは静まり返り先ほどまでいきり立ち野次を飛ばしていた官僚ですら黙り込んで一人の若造が行っている越権とも言うべき要求へと耳を傾けていた。

 不思議と息を止めてしまう程に惹かれる何かを自分の指揮官へと向けて高雄は知らず知らずに胸元のスカーフタイを握り込み、中村が何を言おうとしているのかその意図に気付いた興奮でどうにかなりそうな程に高鳴る心臓を握り込んだ手で押さえる。

 

「総理大臣であるアンタが俺達に全力で日本を守れと命令しろ! 指揮官の人数、艦娘の艦種の制限なんて無い! つまり、連合艦隊規模での出撃の承認を寄越せって言ってんですよ!」

 

 叫んだと言うわけではなく部屋に響くほど大きい声ではない、しかし、部下の見本となるべき指揮官と言う立場と言うにはあまりにも乱暴で無礼な言葉遣いでぶつけられた言葉に画面の向こうの岳田はしばし迷う様に視線をさ迷わせ。

 ブレる事無く画面越しに自分を睨み付けてくる傍若無人な青年へと視線を合わせた日本国会の一番上に座っている初老はおどける様に肩を竦めてから机に突いていた肘を退けて司令本部の重い椅子から立ち上がった。

 

『直ぐに鎮守府へ承認の手続きを行うと約束しよう、急がないと通常国会や予算委員会の予定どころじゃなくなるわけだ』

『そ、総理!?』

 

 総理大臣の言葉で騒然となって口々に思い止まる様に言う閣僚や上級将校に囲まれながら大儀そうに苦笑を浮かべて中村の要求を呑む事を認めた岳田が自分の背後に控えている補佐官へと視線を向けて短く指示を行うとノンフレームの眼鏡をかけた折り目正しいスーツ姿の美男子が澄まし顔で頷き音も無く出口へ向かい本土側の会議室から姿を消す。

 

『今は状況が状況だから君の言葉を認めよう、だが目上の人間に対する敬意と口の利き方は考えた方が良い、そして、この作戦の結果如何によっては・・・分かっているね?』

「南方棲戦姫に消し飛ばされていなければ俺の首に縄をかけて国会だろう法廷だろうと好きな所に引っ立てれば良いでしょう、総理大臣はそういう権力を持っている事ぐらい知っています」

『いやいや、総理大臣の席なんて君が思うほど便利なモノじゃないよ、精々が生意気な若造に嫌味を言う程度のもんさ』

 

 ワザとらしく朗らかな笑みを浮かべる岳田と苛立ちを抑え込み表情を引き締めた中村の視線がぶつかり、二人の短い言葉のやり取りの後に本土と繋がっていたテレビ電話の回線が終了する。

 

 会議が予想外の展開を起こしたために護衛艦の士官達が慌てる騒がしさに包まれた会議室の中で高雄はパイプ椅子から立ち上がる事もせず長机に向かって顔を伏せ。

 考える事は友誼を結んだ戦友を仲間を失うと言う事の意味、その事実を認めるには辛く心を苛むだろう、そして、彼にとってとてもとても筆舌に尽くし難い痛ましい出来事であるのは間違いない。

 

(にも拘わらずこんな事を思ってしまうのはあまりにも不謹慎・・・それが分かっているのに私は・・・)

 

 今回の犠牲は自分の提督(・・・・・)がさらに上へと成長する為には必要不可欠な通過儀礼だったのだと、どうしようもなく高鳴る胸を抱きしめながら一人の重巡洋艦娘が必死に表情を強張らせて自らの内側から溢れ口角を吊り上げようとする激しい喜悦をこらえていた。

 




艦娘の隠しバロメーターが偏って高くなり過ぎた場合。

聖女度
 お艦化して自分に指揮官を依存させようとする。
戦乙女度
 御館様司令官様ぁ!!しながら延々と付き纏う。
魔女度
 「絶対に逃がさないからぁ♪」(ハイライトオフ)
幻獣度
 ポ犬!! 以下、説明不要!!

艦娘の身体に使われている幻想種の因子はこの四つだけでは無いが体質や性格などへ表面化するのは上記のみ。
・・・多分。

つまり、碌な事にならないからステータスはバランスよく上げようって事、なのです。
何事も万能型が一番(なおネトゲのステ振りは除く)


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第八十七話

 
所詮は夢は夢でしかない。

それとも、されど夢と言うべきか?
 


 護衛艦さわゆきが波を割る海鳴りがわずかに聞こえてくる艦娘部隊の待機所、では無く俺はそこと壁を挟んだ廊下側に背を凭れかけさせ横で殺気立った顔をしている親友へと声をかける。

 

「寿命が縮んだ、間違いなく二、三年は短くなったぞ、・・・あんな事言って本当に正気かお前は?」

「うるせぇ・・・」

 

 自衛隊上層部だけでなく内閣官僚をそっちのけにして総理大臣への直談判で望む要求を引っ張り出した義男は張り付けていた会議中に浮かべていた軽薄な笑みを今は完全に剥いで人殺しでも始めそうなほど荒んだ顔で俺の文句を煩わし気に払い退けた。

 今は誰とも話をしたくないと言う意思を態度で示し鎮守府の司令部から作戦続行と増援艦娘の承認が来るまでの間だけ部下や同僚の視線から逃げる様にやってきた廊下に立っているだけあって義男の反応は物凄く芳しくない。

 

「はぁ・・・確かにこっちの状況とあちらの認識が食い違っていた以上は現場の誰かが言わなきゃならない事だったかもしれないけど、なぁ?」

「なんだよ」

「虫の居所が悪かったからって岳田内閣に喧嘩を売る様なマネはしてくれるなよ、あんな人達でも俺達の後ろ盾をやってるんだからな」

 

 会議が始まる前に艦長達との打ち合わせでは取り敢えず司令本部からの有難いお言葉(喧しい小言)を受け流しつつお世辞を混ぜ遠回りしつつも作戦の続行の許可と増援の要請を行うはずだったのだが、予想外の飛び入り(岳田内閣)のお陰でその目論見が崩れ対処に悩んでいた時に義男が暴走じみた言動をぶちかまし。

 結果的には無駄な時間を省けた上に俺や艦長の予想よりも良い条件を引き出せたとは言え先程の会議で義男がやらかした事は場合によっては即座に指揮官として不適格とされて営倉での謹慎か、悪ければ自衛官としての資質まで疑われて士官としての資格を奪われかねない事だった。

 

「んな事、俺が知るか」

 

 いつもなら言ったセリフに対して倍以上の軽口が返ってくるのに今に限って言えば義男よりも俺の方が多く喋っている。

 だがそれはコイツを励ます為にと言うよりは話しかけ続けていないと目の前の男が黙ったまま次に何をやらかすか分からない不安からとさわゆきの艦長達からその馬鹿がこれ以上暴れない様に見張っていてくれと頼まれているからだった。

 

 義男と俺はなんだかんだ今の人生では小学校の頃からの付き合いで最も多く笑い合った友人であり一番多く喧嘩したライバルでもある。

 その最も良く知っている相手だったはずなのに今の義男は長い付き合いの中で一度も見せた事が無いほど険しい顔で親の仇を見る様な視線を廊下の壁に向けていた。

 

 それだけ木村艦隊のMIA(全滅)は俺が考えている以上に義男にとって衝撃だったのだろう。

 

 俺達が鎮守府で艦娘達の指揮官となってから半年ほど後に着任した後輩士官、木村隆に関しては正直に言えば規則に忠実で真面目過ぎる気質であるがこちらとしては手が掛からない優等生と言うのが彼に対して俺が感じていた印象であり。

 防衛大の頃でも俺と木村君は寮の同部屋になった事が無く良くも悪くも義男の巻き添えを食って振り回されている年下と言った程度の認識で自衛隊士官候補生の上級生として行った生活態度への粗探し染みた指導も彼の几帳面な性格による為か数える程しかなく。

 顔を合わせれば会釈と挨拶を交わす事はあれどある意味では自分と同じく義男の被害者であった木村君と俺は不思議と接点と言える接点はほとんど無かった。

 

 それが無かったからこそ俺は今の義男程の苛立ち、いや、自身の不甲斐なさから来る後悔と苦悩を感じずにいられている。

 そして、そんな自分にとって一番の友人が苦しみを感じていると言うのにそれを他人事として扱ってしまえる自らの現金さへの嫌悪感に溜息を吐きたくなった。

 

「で、どうするんだ?」

「・・・何をだよ」

「今回ばかりはちゃんと作戦を立てないと勝てる相手じゃない、いざ戦闘開始って時に全艦隊旗艦を戦艦にして突撃なんて言い出されたら困る、もちろんお前の艦隊だけ暴走して突撃するなんてのも論外だ」

 

 6人以上の艦娘と共に出撃が出来る指揮官は今の所は俺と義男だけだがこのさわゆきに乗艦している他二名の支援艦隊の指揮官は四人ずつの編成を可能にしている。

 司令部が初めに判断した少数の艦を率いている新種の敵艦を撃破するだけだったなら確かに俺と義男、そして、木村君を含めた三人の後方支援艦隊の艦娘達だけでも十分すぎる戦力のはずだった。

 戦艦レ級の進化と言うイレギュラーの発生によってそれだけの戦力では足りない事態となったからこその司令本部と内閣からの評価を著しく下げながらも勝ち取った最大戦力の投入の許可は無駄遣いしていい類のモノではないのは隣の馬鹿野郎だって分かっているだろう。

 

「言っておくが流石に敵を騙すにはまず味方からって言うのは無しだぞ」

「分かってるんだよ、そんな事ぐらい・・・いくら南方棲戦姫と言っても戦艦で総攻撃すれば装甲値を圧倒出来るはずだ」

「あのなぁ・・・装甲値ってお前、公式発表の数値ほど信用できないモノは無いって有名な話だろ。 あれは南方棲姫じゃない、南方棲戦姫の方だ、お前それを本当に分かってるのか?」

 

 ぼやかした言い方だが案の定、周囲の理解を置き去りにする前世の情報を頼りにしようとしていた義男は俺の指摘に顔を強く顰め自分の軍帽を取って乱暴に髪を掻き混ぜながら結局のところは運用可能な大型艦娘を海に並べて長距離からの大砲撃を行う物量作戦ぐらいしか思いついていないと白状した。

 そして、隣から唸る様な呻き声が聞こえ横目に義男の顔を窺えばそこには先程の様な憤りでは無く自分の不甲斐なさに苦悶する弱弱しい友人の表情があり。

 今にもその場に座り込んで泣き始めそうな頼り無い雰囲気を纏った男の姿に感じたやるせなさに溜め息を吐いて天井を見上げる。

 

「あの、司令・・・」

 

 そんな気まずい空気に控えめな声だが割り込んできたのは半数の陽炎型艦娘が使っている灰色ベストの制服を揺らす駆逐艦娘、不知火がその手に焦げて破れた手袋を握りながら俺達のいる廊下に立っていた。

 常に冷静沈着を心がけ普段から鉄面皮な彼女には珍しく驚きと迷いが揺れる表情を俺の隣に居る義男へと向けていたがよりにもよって横の馬鹿は壁に向けていた剣呑な視線で威嚇する様に自分の部下であるはずの艦娘を睨みつける。

 

「司令・・・今、戦艦による総攻撃と・・・」

「お前は負傷した金剛達と一緒に鎮守府に帰還する事になってるはずだ、迎えが来るまで大人しくヘリポートで待機してろ」

「待ってくださいっ、不知火は司令に・・・お話しなければならない事がっ」

 

 不慮の事故とも言える状況で姉妹艦を亡くし今も苦悩しているだろう少女に掛ける言葉とは思えない程に刺々しい義男の口調は俺でも固唾を飲む程だったが不知火はその言葉に狼狽えながらも声を上げ。

 

「俺にはお前と話す事はない、それともわざわざ殴られに来たって言うか? ならそんなところに突っ立ってないでこっちにこいよ、望み通り修正してやる」

「・・・おい、義」

 

 まるで八つ当たりをする子供の様な物言いで嗜虐的に表情を歪ませ凄む義男の姿に俺はそんな事を許せばコイツが引き返せないラインを踏み越えてしまうのではと予感して不知火との間に割り込もうと一歩踏み出そうとした。

 のだが、それよりも早く待機所のドアを押し開けてその中から現れた小さな影が義男へと駆け寄ってきた。

 

「しれぇ! そんな意地悪な事言っちゃダメッ! へやぁっ!」

「ほぁっ!? こっはっぁ・・・」

 

 特長的な煙突型の帽子を乗せ髪が毛先に向かって黒から白へとグラデーションする陽炎型の十番艦娘が細い肩をいっぱいに怒らせてジャブの様に繰り出した拳で不知火に向かって一触即発の態度を見せていた義男の脇腹を突いて悶絶させる。

 

「時津風っ! お前いきなり何すんだよ!?」

「ぬいぬいの話聞いてあげて! お願い!」

「おま、それお願いって態度じゃねぇだろ・・・」

 

 姉を背に庇いながら胸元のオレンジスカーフを揺らすワンピースセーラーの少女は両手を腰に当てて突然の事で怯み少しだけ毒気が抜けた義男を見上げ。

 

「はぁ、なんだって言うんだ」

 

 そんな時津風の行動に困惑する義男がこちらに助けを求める様な視線を投げてきたが俺としては身内の不和をそのままにしておく方が問題であるのだからと何も言わずに肩を竦めてから返事代わりに小さく鼻を鳴らしておいた。

 

「良介まで、ホントなんなんだよ、ったく・・・不知火らしくないな妹に助けを頼むなんてよ」

「ぬいぬいは助けてなんて言ってないよ、ただ朝起きてからずっとしれーにお話ししないといけない事があるってブツブツうっさい感じだったから時津風はさっさと話ししちゃえば良いじゃんって思ってた!」

「と、時津風なんて事を・・・その、中村司令、妹が無礼を・・・」

 

 オロオロと戸惑う不知火を背にニカっと笑う時津風の見事なほどに歯に衣着せぬ物言いに義男の顔がウンザリとしながらも普段見せる気の抜けた表情に戻り。

 そんな親友の様子を見ていた俺は不意に視線を感じてそちらへ顔を向けると待機所の入り口から栗毛色と銀色の髪が顔半分だけ覗かせてこちらの様子を窺っている。

 先ほどの時津風の言葉から考えるに彼女の姉妹艦である雪風と浜風も何かしらの姉妹同士の通信網に不知火が漏らした悩みかメッセージを受け取っていたのだろう。

 

「はぁぁ・・・分かった、分かったからさっさと話す事話してヘリポートんとこ行けよ、お前は身体は何ともなくとも艤装全損した大破状態なんだから直ぐにでも入渠しなきゃなんねぇんだぞ」

「はっ、司令、お時間を取らせてしまい申し訳ありません・・・」

 

 そして、上官へと敬礼しながら意を決した様に口を開いた不知火が真摯さが滲み出る態度で言い出したその内容は義男だけでなく俺すらも困惑させる事になった。

 

「中村司令・・・今も陽炎が、木村艦隊が全員生存している可能性があります」

 

 要するに彼女が語った事とは黒い壁と海に囲まれ数千mの巨大な山がそびえ立つ広大な閉鎖空間に閉じ込められた木村艦隊のメンバーの姿。

 艦橋に持ち込んだ限られた物資や路傍の石をつかった竈を囲み木村君達五人が夜を明かし、脱出の活路を求めて頂上が霞むほど高い山に挑もうとしている彼と彼女達を瀕死の陽炎の視点から覗き見たのだと不知火は徐々に不安げな表情へと変わりながらも義男に向けてそれを伝える。

 

「こんな事を言っても先ほど言われていた司令達の作戦の妨げになるのは不知火も承知しています・・・ですが陽炎達は限定海域内に閉じ込められて、でも生きている筈なんです」

 

 付け加えるならばその表情が示す通りに彼女自身も自分が伝えたその内容に自信が持てないのだろう。

 

「・・・時津風、あぁ、それと浜風、雪風」

 

 現代科学ではいまだに解明出来ていない不思議な能力を多く備えた艦娘に遠くに存在している姉妹の安否を知る事が出来る能力がある事は分かっているが昨日今日の事とは言え現在までに集められた客観的な情報から鑑みても不知火の言う夢で見たと言う話の内容に対する信憑性は無いも同然だった。

 

「お前らも不知火が言う様な夢、見たのか?」

 

 それは義男も分かっているからこそ念の為の確認として目の前に立つ時津風と待機所の入り口から俺達の様子を窺っている陽炎型の二人へと声を掛け、そして、その返事として駆逐艦達は三人とも首を横に振る。

 艦娘達の間では研究室が付けた【霊力粒子の伝導線化現象による精神交感なんたらかんたら】とか言う俺すらうろ覚えになる長ったらしい正式名称では無く【精神の混線】と呼ばれるようになった艦娘同士のテレパシー能力は強弱の差はあれど彼女達が言うには同型艦の通信網に一言でも言葉が走ればまず気付かないと言う事はないらしい。

 時津風達が少し気まずそうにしながらも否定したと言う事はつまり不知火が見たと言う夢が精神の混線によるモノではなく彼女個人の願望か記憶の混乱によるモノである事の証明であった。

 

「はぁ・・・お前だって陽炎が居なくなってショックなのは分かる、俺も大人げないマネをしたのは悪かったが今はその夢や妄想を聞いてやれる余裕はないんだ、分かってくれよ」

 

 特に仲が良かった姉を亡くした不知火の懸命な様子にやるせなさで肩を落とした義男が語気を強めない様に言葉を選びながら諭して陽炎の残した手袋を握りながら首を小さく横に振り震える少女の肩を励ます様に軽く叩く。

 その弱音にも聞こえる義男の言葉にコイツがさっき不知火に向けた威嚇が彼女達にとっての長女である陽炎をを助けられなかった事への後ろめたさから出た拒絶だったのだろうと俺は少し遅れて気付いた。

 

「あ~、すまん、浜風、不知火に付き添ってヘリポートまで連れて行ってやってくれないか」

「了解しました、提督」

「司令っ! 不知火は嘘など吐いていません、本当なんですっ!」

 

 なおも言い募ろうとする桃髪の駆逐艦娘へと義男の指示に了解を返した銀髪の妹が歩み寄りその肩を抱く様にして震える不知火の背を押して歩かせようとする。

 

「死の覚悟までした陽炎が生きる事を望んだんです! 満身創痍でも指揮官から受けた命令を果たす事を決めて!」

 

 浜風に抵抗する様に立ち止まり不知火が声を大きくするがそれは義男と違い当事者でない俺ですら聞いているだけで痛々しく切なさを感じさせる。

 昨日の戦闘後の海域は無理を押して再出撃した義男やつい先ほど帰ってきた哨戒ヘリによって木村艦隊が海上に存在している痕跡はないと結論が出され、俺と金剛が切断し損ねた陽炎達を取り込んだグロテスクな泥塊の行方は十中八九、その根元の巨大な卵殻とその中から現れた南方棲戦姫へと取り込まれたとしか考えられない。

 

「木村艦隊を飲み込んだのは限定海域じゃなくてその中に居た深海棲艦だ、食われちまった以上はもうアイツらの形見になるもんすら残っちゃいない」

「不知火、これ以上は提督を煩わせるべきではありません、貴女には療養が必要なんです」

「ですが、陽炎は木村三佐からの命令をっ・・・」

 

 信じて欲しいと悲痛な思いと共に声を上げ手をこちらに伸ばす不知火の姿を見ていられなくなったのか義男は自分に言い聞かせる様に呟きながら手に持っていた軍帽を目深にかぶり直して目元を隠した。

 

「彼の曽祖父の形見と言うお守り袋を! 鎮守府に持ち帰ると! 確かに陽炎の声を聞いたんです!」

 

 そして、さっきまで無為に時間を使う為にもたれ掛かっていた場所へと義男は戻り俺達から離れていく浜風が聞き分けの無い姉を半ば引きずる様に廊下にある上階へと続く階段へと足を乗せたと同時に廊下にその叫ぶ様な声が響いた。

 直後、まるでもたれ掛かった壁が熱された鉄板だったとでも言うのか義男が跳ねる様に壁から背中を離し、その目深に被った帽子のツバの下にあった顔は何故か強い驚きに目を見開いていた。

 

「待て! 浜風待て!! 不知火!」

「お、おい、義男どうしたんだ?」

 

 その態度に眉を寄せてかけた俺の声を完全に無視して義男がすぐ横を通り抜け、首を傾げる時津風を押し退ける様に避けて肩で風を切り。

 不知火を呼び止める義男とその指示に困惑しながらも姉を掴んでいる浜風は艦船特有の(スペースの都合で)急な造りの階段を上りかけた状態で立ち止まり振り返る。

 

「不知火、お前今なんて言った!?」

「ぇ、あ、陽炎は木村三佐達と共に生きて鎮守府に帰ると・・・」

「違う、陽炎は木村から何を受け取ったと言った?」

 

 立ち止まった浜風の手から逃れて近づいてきた義男を見上げ戸惑いながら自分の言った言葉を要約した不知火だが要点はそこではないと首を振る指揮官は彼女の両肩を捕えて掴む。

 

「き、木村三佐の曽祖父が残したお守りであると、三佐が防衛大学に入学する際に祖父から譲り受けたと・・・」

「それ、木村も詳しい来歴は分からないけど縁起物だってやつ、か?」

「ぇ・・・は、はい、陽炎が聞いたのは、私との繋がりはその後に切れてしまいましたが、確かに」

 

 掴まれた肩が痛かったのか顔を少し顰めながらも自分を見下ろす義男を真っ直ぐに見上げた不知火は彼の問いかけにぎこちなく頷きを返した。

 

 しかし、木村君のお守りとは、彼はそんなモノを持っていただろうか。

 俺自身は義男ほど彼との交流があったわけでは無くいくら思い返しても頭に浮かぶのは部隊章のズレ一つ無く士官としての服装を規律正しく整え真面目な表情を浮かべる一年年下の青年の姿だけ。

 

「なんで不知火が知ってんだ・・・? もしかしてさっきの話が本当だってのか? でも限定海域の殻はぶっ壊れて中身が丸見えになって・・・高い天井と山? 黒い壁に閉じ込められている? どこにあるんだそんなもん・・・」

 

 後輩の姿を思い出しながら首を傾げる俺や戸惑う浜風達を他所に不知火の肩を掴んだまま義男がブツブツと自分の思考を垂れ流す様に口を動かし続けている。

 

「義男、木村君が持っていたとか言うお守りがそんなに気になるのか? 彼がそれを持っている事を不知火が何処かで聞いた事があると言うだけじゃないのか?」

「いや、それは無い、はずだ・・・木村が自分からわざわざそんな物持っているなんて言いふらす事はない、って言うか俺もちょっとした事件の時に偶然知っただけでアイツあのお守りを絶対に胸ポケットから出そうとしなかったから同部屋ですら知ってる奴は居ないな、間違いなく」

 

 その御守りを隠す理由が規律規範と四角四面な態度を保つ為に祖父から渡されたそれに頼って験担ぎをしているのを知られる事が恥ずかしいからだ、とあの真面目と言う言葉が人間の形をしている様な木村君からは想像できない人物像を義男が何人かの艦娘が顔を見せている廊下で暴露した。

 つまり木村君のプライベートに含まれる誰も知らないはずの情報を俺と同じ様に彼と接点を持たない筈の不知火が知っている事が彼女の見たと言いう夢の情景が現実にあったのだと証明しているとでも言いたいのだろうか。

 

 正直、ピンと来ないどころか根拠として考える事すらナンセンスな話としか言い様がない。

 

「でも、あの限定海域はあんなにデカい穴が開いてる、かと言って海の下にだってそれらしい空間の反応は無かった・・・なら木村達は何処に居る・・・?」

「空間の反応か・・・それらしいものと言ったら姫級を中心に今でも台風と間違うほどの空間湾曲が発生しているぐらいだな、それが人工衛星に見つかって世間じゃ嵐に備えて大騒ぎらしい」

 

 ゆっくりと海を征く黒い卵の殻の中で巨大な顎を形成し始めた下半身を泥に沈め微睡む南方棲戦姫の周りに暴風や黒い渦は無くなった。

 だがその存在そのものが発生させる強力な霊力の力場が人工衛星のカメラには日本へと近づいてくる巨大雲として映った事で奇しくも岳田総理達のカバーストーリーを補完している。

 そう実際に口にして考えてみると俺達が南方棲戦姫を撃破出来なければ岳田内閣まで参加した司令本部との会議で義男が主張した通りに日本が焼野原にされると言う予想が途端に俺の肩に重しとなって圧し掛かった様な気がした。

 

「姫級・・・? 南方棲戦姫・・・そうか、姫だっ! 姫級なんだよな!?」

「ぇ、義男どうしたって言うんだ?」

 

 悪い方向を向いた思考の狭間に囚われかけた俺が嘆息する直前、何かを閃いた様な大声を上げて不知火と見つめ合っていた義男は妙に素早い動きで顔を上げて勢い良くこちらを振り向く。

 

「分からないか!? アイツが姫級ならその支配下の限定海域はあって然るべき、むしろ無い方がおかしい!! だから不知火が見たって言う限定海域も存在しているんだ!!」

「分かるか!? お、おいおいおい、それは流石に考えが飛躍しすぎだろ、ムリがあるにも程があるぞ?」

「分かれよ! 不知火の言うデカブツが南方悽戦姫の本体が艤装のどっちかに入ってるって事だろが!」

 

 先ほどの失意の落ちて擦れた色をした目では無く俺が今まで何度も振り回されてきた行動力に溢れそれでいて傍迷惑な事を仕出かす際に義男が見せる力強い視線と声に圧倒されかけて俺は仰け反って背中を壁にぶつける。

 一応は注意を呼び掛け冷静になれと声を掛けてみたのだが義男はそんな事はお構いなしとでも言う様に支離滅裂と言うか周りへの説明を完全に放棄した自らの考えへとのめり込む。

 俺は自分の経験則からこうなったら最後コイツは成功して踏ん反り返るか失敗してひっくり返るまで横から何を言っても聞かず止まらなくなる事を思い出す。

 

「良く知らせてくれた不知火! 最高だお前は!」

「し、しれっ・・・は、はい・・・きょ、恐縮ですっ」

 

 階段の前で立ち竦んでいた不知火の身体を興奮した勢いのまま義男が抱きしめて今にも彼女を胴上げしそうな喝采で冷静沈着が代名詞とも言うべき陽炎型二番艦の顔が赤く染まり狼狽える様に声を吃らせ。

 その義男と不知火の間に起こった急展開に俺は唖然とする事しかできず、戸惑いに視線をさ迷わせると二人のすぐ横で浜風が指を咥えながら羨ましそうにアイスブルーの瞳で姉艦娘を見ている。

 さらに義男が原因である廊下の騒がしさに待機所の入り口から艦娘だけでなく情報の確認を行っていた士官までもが何だ何だと顔を出し。

 その指揮官が駆逐艦娘を人前で堂々と抱きしめると言う事案めいた不可解な状況に困惑して説明を求める様に複数の視線が揃って俺を向く。

 

「ああっ!? ぬいぬいだけズルいっ! 時津風も時津風も~!」

「うぇ!? いてっ、だからその靴履いている時に登るなっての!?」

 

 そうして俺達が戸惑っている間に今度は時津風が声を上げて義男の背中目掛けて走り出して飛びつきその反動で不知火から離れ戸惑いと痛みの声を上げる司令官の白い制服に手と足をかけて登り、垂れた犬の耳にも見える白灰色のクセ髪を跳ねさせ元気娘は手慣れた動作であっと言う間に義男の肩の上へと座って満足げな顔で肩車の姿勢となった。

 

「いてぇが、それより直ぐにやらなきゃならない事が出来た! 良介、俺ちょっと行ってくる!!」

「はぁっ!? いや行くって何処にだよ!? 待てよ! おい!?」

 

 小柄とは言え女の子一人を肩車したまま俺の方へと身体を捩じって無駄に高いテンションのまま大声を上げた義男がそれを制止しようと手を伸ばし呼び止める俺の声を無視して階段を駆けあがっていった。

 

「行くぞ時津風っ、おらぁああ!! 目指すは通信室だっ!!」

「わはぁ~!! 突撃だぁ~!」

 

 駆け寄ろうとした目の前から義男と時津風の姿が上階へと消えて置いてけぼりをくらった様に廊下に取り残されたのは俺と不知火と浜風。

 そして、さわゆきが艦娘の拠点艦となった際に一部改装されての同艦の食堂と同じ広さが確保された待機所の中で状況が全く分からず困惑した顔を見合わせながら何事かとざわつく艦娘や同僚達の声が聞こえてくる。

 気まずさから視線をさ迷わせた俺が廊下に立ったままになっている不知火に向ければ嬉し恥ずかしと言った様子ではにかみながら義男に抱きしめられた余韻を確かめる様に自分の身体を抱きしめている姿があった。

 

「なんや騒がしかったけど、何があったん?」

「・・・俺は不知火を輸送ヘリまで送ってくる、すぐに戻るから龍驤達はそのまま待機していてくれ」

 

 廊下に立ち尽くす俺を含めた三人の様子を待機所の入り口から物珍しそうに見ていた野次馬達を押し退けて廊下に出てきた龍驤の姿に少し引きつった苦笑いを向ける。

 

「それにしても君は意外に乙女なんだな」

「はっ、いえ、その様な事は・・・こほっ、申し訳ありません、お見苦しいところを」

「かまわんさ、それより急いだ方がいい、帰りのヘリに置いていかれてしまうだろ」

「わ、私も参ります、中村提督からの命令ですので!」

 

 不知火の肩を軽く押せば少し恥ずかしそうに表情を揺らした直後に彼女はいつも通りの澄まし顔へと戻り浜風と一緒に先ほど義男達が駆け上って行った階段を登っていく。

 

「そう言えばやけどキミさぁ、艦長さんらからあのアホ見張っとれって言われとらんかったっけ? 追いかけんでええの?」

「それは・・・正しく言うは易く行うは難しだな、むしろ俺以外の人間もアイツの突拍子の無さの恐ろしさを知るべきなんだ」

「ふ~ん、まっ、キミがええならウチもええけど、じゃ、ヘリんとこ行くならついでに金剛にもよろしく言っといてな~」

 

 そんな愚痴を吐きながら階段を上り始めた俺の背中を慰める様に龍驤のあははと軽く気の抜けた笑いが撫でてくれた気がした。

 

 




 
乙を選んだのに(E5)から二週間出れなくなった。
しかもギミック頑張って解除したから退くに退けない(難易度下げられない)

でも何とか友軍(有料)と叢雲カットインによって無事に脱出。
そして、コロラドさんも無事に救出!

第二次ハワイ作戦で頑張ってくれた全ての艦娘へ!
乙かれさまでした('Д')クワッ!

フレッチャー?
居ない者(未実装艦)の話はするんじゃない!!

2019/7/17
諸事情により田中のセリフの表現を少しだけ変更しました。


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第八十八話

 
異なる出自、されど姉妹艦娘!

姉より優れた妹など居ないのよ!(例外有り)
 


『ふぅん、それは大変だったのねぇ』

「軽く言ってくれるな、私としては今すぐお前と変わってやりたいぐらいだ」

『あらあら、怒らせちゃったかしら』

 

 控室の鏡台の前で椅子に座りながら頭の中に直接聞こえる妹の声で憮然とした表情を浮かべた戦艦長門を原型に持つ艦娘が憤然と細く絞り込まれた筋肉質な腕を組み。

 

「そもそもこの手の事は陸奥の方が性格的に向いているではないかっ!」

 

 その動きで彼女の長く艶やかな黒髪をブラッシングや化粧を施していたスタイリスト達がセットが乱れるから動かないでくださいと注意の声を長門へと投げた。

 

「それがどう間違って、この長門がばらえてい(・・・・・)とか言う得体の知れん番組に出演せねばならん事になる・・・」

『あら、バラエティーはカテゴリーであって番組のタイトルじゃないわよ、長門』

「ふんっ、それぐらいは言われずとも知っている、単純に私には興味が無いと言っているのだ」

 

 言葉のオブラートを使う気も失せたらしい態度と恨み節が漏れる程の不機嫌さでアイシャドウでさらに際立った形の良い切れ長の目を顰め鏡を睨みつける長門の姿はそこらのファッションモデルでは到底敵わないと言い切れる程の美形である事も手伝い非常に強いカリスマ(威圧感)を放っている。

 しかし、その長門を飾り立てているスタッフは怯む事なくその恐ろしくも美しい彼女が持って生まれた類稀な美貌(武器)を不備無く整え、数万の視聴者へと他の出演者(ライバル)が待ち構えるスタジオ(戦場)へと送り出す為に自分達の持てる技術を目の前に居る孤高の艦娘へと注ぎ込む使命感に燃えていた。

 

『ふふふっ、でも長門が人気者になっているのは同じ長門型として誇らしいわ、舞鶴基地でも貴女がテレビに出たら一日中その話題で持ち切りになっちゃうのよ? 特に駆逐の子達がね』

 

 自分へと微笑ましさと感じる感情を向ける姉妹艦の(通信)に長門の顔が少しだけ呆気にとられ、そのすぐ後に少し照れたように表情を緩めた事で倍増した彼女の魅力を確認し、衣装、髪型、化粧とそれぞれの分野で全力を出しきったスタッフ達は自分達の心血を注いだ仕事が間違いではなかったのだと言う手応えに強く手を握り合う。

 

『あー、そうね・・・そう考えたら、今回の事は残念なのかしら?』

「む? 妙な言い回しをする、どう言う事だ?」

『ん~、ううん、そろそろ長門にも連絡が来るでしょ・・・、あのねぇ敷島達ったら酷いのよ? 私はその事全然知らなかったのにいきなり寄って集って貴女じゃなくて三笠の方がふさわしいからって騒いだ挙げ句に「我々の妹にそれ(・・)を譲るよう長門に話を付けろ!」なんて、五月蠅いったらなかったわ~』

 

 出演時間まではまだ多少暇がある様なので妹との会話を続けている長門は控室の椅子に座ったまま自分の姿を映す鏡に向かってワザと内容を暈しているらしい陸奥の意味深なセリフに首を傾げ。

 

『でも、その後直ぐにあの子達ったら、またバケツ持たされて三人揃って廊下に立たされちゃったけどね♪』

 

 その周りでメイク道具や使わなかった衣装などを片付けているスタッフ達は電話も持たずに虚空に話しかけ続けている艦娘に慣れてしまっているのか彼女の不審な態度を気に留めず満足のいく仕事終えた充実感に明るい顔をしている。

 むしろ次の番組の時には新しいコンセプトで攻めてみないかなどと長門に専属するスタリスト達は気の早い相談まで始めていた。

 

「待て待てちゃんと説明しろ、残念とはなんだ? 敷島型とバケツがなんだ? お前の言う事はまるで意味が分からん」

『あらあら、勿体ぶった言い方して悪いけど長門も私と同じくらいはヤキモキしてちょうだい、これでも私だって戦艦なのよ? 少しは貴女が羨ましいのよ・・・でも、長門が艦娘全体の為に頑張ってたのは皆知ってるしこれも仕方ないのかしらね~』

 

 だから大人しく舞鶴で長門の活躍を見守っているわね、と苦笑が揺れる感覚を最後に姉妹艦との霊力の網で繋がる通信が切られその道のプロによって磨き上げられた美貌を傾げた戦艦娘は胸の前で腕を組みながら妹が残した要領を得ない言葉へ一体何だと言うのだ、と小さく唸った。

 

「長門さん! 戦艦長門はおられますか!?」

「ん、なんだ騒がしいぞ神風、お前も国の防人たる艦娘の一人であるなら人前でそのようにはしたなく取り乱すものではない」

「ぁ・・・、はっ! 失礼しました!」

 

 突然に長門の控室のドアを勢い良く押し開けて飛び込んできた紅色の袖と桃色の長袴の少女へと顔を向けた戦艦は言葉では駆逐艦娘である神風を諌める様に注意するがその表情は微笑み椅子から立ち上がってドアの前で敬礼の姿勢で息を切らせている少女へと歩み寄る。

 

「まぁいい、それでどうした、もしかしてお前達も今日の番組に出ろとでも言われたのか?」

「いえっ、そうではなく・・・大変なの・・・、じゃなくて、長門さん大変なのであります!」

 

 その方が自分としては嬉しかったのだが、と顔に書いてある残念そうな表情を浮かべて長門は艦娘の存在を世間により詳しく広める為に行っている名目上は遠征任務(広報活動)の随伴艦を務めている神風型駆逐艦の長女へと視線を合わせる様に中腰になり、大正時代の女学生を思わせる服装の赤髪少女が黄色いリボンを揺らしながら息を整えるのを待つ。

 

「神風姉さん、はぁはぁ、待ってください・・・ふぅ」

「やれやれ春風もか、人にぶつかるかもしれんのだ、廊下は走るものではないぞ」

 

 そうしているうちに硬い音を立てる編み上げブーツで白い廊下を踏み鳴らし、神風と似た衣装の少女が肩の上で特徴的な栗色の巻き髪を揺らしながら先行していた姉を追いかけてきた。

 

「それよりも長門さん、これを! 先ほど司令部から通達された命令書です!」

 

 そんな背筋を真っ直ぐに伸ばし闊達に声を響かせる駆逐艦の姿に横の妹と話す時のようにもう少し気安く喋ってくれてもいいんだが、と戦艦は自分が纏う他者を律してしまう厳格な雰囲気を棚に上げて肩を竦めた。

 

「司令部から・・・? まったく今度は何だ、・・・ただでさえこれ以上のテレビの仕事を増やされるのは気に入らんと言うのに」

 

 何とか神風型一番艦と合流できた二番艦が儚さを感じる程に掠れた息を吐いている様子を横目に神風から受け取った封書を開け。

 今流行りかつ上品なブランド物に身を包みパーティに一歩でも踏み込めば主役を奪ってしまうだろうモデル体型の美女が憮然とした表情で自分に不愉快な仕事ばかりを振り分ける司令部からの命令書を取り出す。

 

「・・・なっ!?」

 

 胡乱気な眼差しでその紙を見下ろし幾ばくか流し読みして内容を確認した長門の表情が不機嫌そうなモノから一瞬で強い驚愕へと変化し、その変わり様すら絵になる完全武装(フルメイク)の戦艦娘の姿に見とれる様な周囲からの視線が集まる。

 

「私に出撃要請・・・だと・・・っ!? しかも、連合艦隊の代表旗艦とはいったい? ・・・いや待て、連合艦隊!?

「緊急を要する任務であるので今後のテレビ出演などの予定は白紙にされました、早急に鎮守府に帰還する様にとの事です!」

「今、司令官様がお車を搬入口に手配されております、長門さんもお急ぎください」

 

 震える手で口元を押さえあまりにも強い精神的な衝撃に一歩後退り、しなかった(・・・・・)長門が受け取った命令書を胸に当てる様に握りしめて満面の笑みを浮かべ、その歓喜に打ち奮える戦艦娘の正面に立つ神風型駆逐艦娘の二人が桃色の袖と脇を締めて右手の平を額に向かって立て敬礼と共に司令部からの伝令の役目を果たす。

 その二人へと強く同意の頷きを返し、表情を毅然とした顔に引き締め直した長門は先ほどの通信(テレパシー)で陸奥が言っていた意味深なセリフはこの命令の通達を示唆していたのかと遅れながらも理解した。

 

「貴方達には手間をかけさせこんな事を言うのは心苦しい、しかし、急務であるが故にこの場は御免とさせてもらう!」

 

 艶髪を翻し快活に胸を張る長門の宣言でつい数分前まで自分達の仕事の成功を確信していた裏方のプロ達が緊急の任務とは、スケジュールが白紙とは一体どういう事なの、と急変した状況について行けずに揃って唖然とする。

 

「局の皆様には後程、当方司令部から説明があるとの事です!」

「突然の事で本当に申し訳なく、平にご容赦をお願いします・・・」

 

 そんな彼等へと短く謝辞を述べ長門と二人の大正浪漫な姿の艦娘は颯爽と某テレビ局の普段は一流芸能人に用意される広い控室を出ていく。

 

「何が、どうなってるの・・・?」

 

 そして、ただただ戸惑うメイクスタッフが自分と同じ顔をしている同僚に向かって呻き声を漏らす。

 

「さ、さぁ?」

 

 磨き上げられた長門の容貌の完成度も相まって三人の艦娘達の去り姿は一流キャストが揃ったドラマのクライマックスを見せられた様な衝撃となり、一方的に自分達の努力が水泡に帰したと言う虚脱感を残された者達へと押し付けていった。

 

・・・

 

 まだ藍色の深い空、瞬く明けの明星へと顔を上げ身の丈と比べても大差無いほど大きな箱(航空甲板)を軽々と左肩に担いだ空母艦娘が呆けた様な表情を浮かべる。

 

「お姉ぇ、出撃前なのに何て顔してしてるの」

「ん、何ていうか、・・・少し口寂しくて、かしら?」

「もぉ、こんな時にお酒の事考えてるの? そんなので作戦は大丈夫なの?」

 

 妹の呆れ声で白いリボンで纏めた銀色の長い髪と赤地に迷彩柄が描かれた袴の裾を潮風に揺らしながらその空母艦娘、千歳は話しかけてきた相手を少し窺い一拍だけ言葉を躊躇う。

 だがすぐにワザとらしく明るい笑顔を浮かべて自分の後ろに居る姉妹艦娘へと振り返った。

 

「そうね、凄く強い深海悽艦だって話だけど、この装備があれば何とかなるわよ」

 

 振り返った先に立つその艦娘も紺色の上着とその下の襟を飾り紐で結んだ白いブラウス、膝丈の緋袴と言う基本的な服装は千歳と良く似ている。

 だがセミロングの栗毛、腰で揺れる赤一色の袴などの小さな部分は気にならずとも直接背負う型の艤装はレール式カタパルトとなっており千歳の艤装とは決定的に違う物である。

 その艤装の持ち主の千代田は千歳とは確かに姉妹ではあるのだが姉と違い空母ではなく水上機母艦として分類される艦娘であった。

 

「えー、お姉ぇ、それって調子に乗りすぎだよ!」

 

 姉の気楽な態度に口をへの字に両手を腰に当てた千代田が姉妹艦の腰部を挟む様に設置された二枚のライオットシールドをフレキシブルアームで繋いだ様な装備を睨む様に見つめる。

 

「あらら、そうかしら?」

「その装備、試験運用が終わった途端に実践投入なんて急すぎ、お姉からも研究室にもっと強く言ってやった方が良かったのにぃ・・・」

「だから大丈夫だってば、千代田ったら心配性ね」

 

 そう言って苦笑した千歳が左右に半透明な素材で出来た二つの盾へと神経を集中させ空母の身体が薄っすらと障壁の光を纏い。

 それに従って追加装甲へも霊力が供給されて光りだした左右の盾が二回りほどその表面積を増やす。

 続いて彼女の艦橋で操作された腰の艤装へとつながる金属アームが駆動音を立てながら上下左右に盾の角度を変えて見せる。

 

「ほら、私の提督も問題無いって言ってるわ」

「むぅ~」

 

 微笑む姉の姿に千代田の口が今度は拗ねた様なとんがりになって山形を作った。

 しかし、その機嫌のナナメ化の原因は姉のおおらかな態度にと言うよりは彼女の台詞に出てきた指揮官の存在によってである。

 

「千代田こそあの瑞雲とか言う水上機乗せなくて良かったの?」

「水上機は偵察が仕事なの! 航空戦や爆撃は私のやる事じゃないんだから!」

「あらあら」

 

 悪い子じゃないけれどもこの癇癪を起こし易い千代田の気質にはきっと妹の指揮官も困らされているのだろう。

 そんな小生意気で可愛い妹の姿に千歳は口元を隠す様に手を当てた。

 

「む、お姉ったら笑ってるの!?」

「笑ってない、笑ってない、ふふっ♪」

「笑ってるじゃない! 別に航空戦とかが嫌ってわけじゃないんだからね!」

 

 いくら瑞雲に優れた航続距離と攻撃能力が備わっていても他の空母と速度の足並みが揃えられない艦載機を空戦に混ぜれば混乱させるだけ。

 頬を膨らませ千代田は千歳に向かって大袈裟な手振りで自分がその水上機を装備しない尤もらしい理由を語って見せる。

 

 しかし、その御仕着せっぽく感じる持論を盾にしている姉妹艦が実は姉である自分と微妙に異なる性質の艦種に生れた事を原因とするコンプレックスがあるのは千歳には一目瞭然だった。

 

 その証拠とでも言うべきか少し前に件の瑞雲のデータが書き込まれた新艤装(ハードウェア)を手に「これでお姉にだって勝てるんだから♪」と威勢良く空母達の湾内演習に参加した事があり。

 味方側である千歳が止める声も聞かずに空を舞う一航戦へと武装した水上機の形になった光弾を空に放ちけしかけたまでは良かったが、その直後に弓矢も使わず赤青コンビは蹴りのみで千代田の光弾(瑞雲)を全機撃墜。

 そんな航空母艦と水上機母艦の間にある圧倒的な差を刻まれトラウマとなっている事を酒の場で泣き上戸になった本人から聞いた姉としては複雑な心境ながらもその強がりが微笑ましいのだ。

 

「あら、もう日の出なのね・・・」

「ちょっと真面目にきいてったら! 私とお姉の任務は先行偵察、そんでお姉の航空隊の仕事は私偵察機を守る事なんだからね!?」

 

 東の水平線から僅かに頭を覗かせた太陽から顔に差し掛かった朝日に千歳は目を眇めて顔の前に手をかざす。

 

「はいはい、分かってます、そんなに心配しなくても大丈夫、今回の作戦は私だけじゃなく他の先行艦隊も居るんだから」

 

 のらりくらりと言葉を受け流す姉の態度に不満そうな声を出し眉を顰めていた妹の肩を軽く叩き。

 陽の光で鮮やかに輝く銀色を揺らめかせ装備の調整を終えて他の艦娘の邪魔にならないように妹と海の上に立っている千歳は鎮守府の港湾方向へと軽く顎をしゃくる。

 

「そんな事言って誤魔化してもダメ、油断大敵だよ、お姉ぇ」

「はいはい」

「はいは一回でしょ、もう!」

 

 その二人の視線の先では今も夜明けの出撃までに千歳達と同じ先行偵察艦隊のメンバーが戦闘形態で港に腰掛け、港湾作業員や輸送艦娘に補助され運ばれてくる武装の調整を行っていた。

 

(それにしても皆して殺気立っちゃって、こわいこわい・・・ま、こんな大規模作戦に参加する事になったら仕方ないのかな、それを怖がってる私や千代田の方が例外な艦、・・・ん?)

 

 そんな出撃前の港に突然、鈍い鋼の唸りが響き渡り朝日の輝きと見紛う程強い煌めきが輪を描き。

 千歳と千代田を含めたその港にいる艦娘達が金の輪の中に記された戦艦の名に敬礼を向けた。

 

「あら、まぁ」

「あれ、お姉ぇ、水上打撃艦隊の出番はまだ先だったよね?」

「多分、私達も入れて艦娘百人の大艦隊の代表になったから肩に力が入っちゃってるのよ、あの長門が元々武人気質だからかも知れないけどね」

 

 堂々と輝きの中から歩み出て、妙に色気のある化粧で顔を飾った長門型戦艦が整備士が振る誘導灯と桃色の三つ編みを揺らす工作艦娘に手招きされ。

 装備の途中で立ち上がって神妙な顔で今作戦で編成された連合艦隊の代表艦娘に敬礼する艦娘達へ長門は自分達の作業に戻る指示と労いの言葉をかけながら自らの整備位置へと向かう。

 

「・・・そう言えば、この作戦、成功したらきっと戦果(コイン)もたくさん貰えるわよねぇ」

「そりゃ、第一陣でこれだけの規模だもの、それがどうしたの? 何か欲しいものとかあった?」

「実はちょっと気になる銘柄が酒保に増えてたのよ・・・中村酒造って所の【艦の子】とか他にも色々・・・」

 

 艦娘酒保のお取り寄せカタログに酒類の項目が増えた日から私生活が少々だらしなくなった姉妹艦に悩む一人として、捕らぬ狸の何とやら以前にそれを作戦前に言うのは如何なものか、と千代田は眉を目一杯に顰め憤りを表現する様に両手を振り上げた。

 

「もぉ、お姉ぇったら!!」

「うふふ♪」

 

 その姉の言葉が大作戦を前に強がる妹の緊張と身体の震えを和らげる為の冗談だったと千代田が気付くのはもう少し先の事である。

 

・・・

 

 そこは西日本最大の乾ドック。

 

 かつてその船体を生み出した故郷とも言えるその造船所内に引き上げられた【綿津見】が五十数年の船歴を終える為に船渠に鎮座している。

 

 現代船舶の基礎構造と動力機関に革命を起こした戦後における日本技術の最先端であった船は二ヶ月程前から急ピッチで行われている作業によって上部構造物の大半を取り払われ歴代の船員達が見上げた旗や煙突を失った鈍色の船体がワイヤーによって固定されながら最後の工程を待っていた。

 

 そんな徐々に、厳かさすら感じるほど丁寧に解体されていく綿津見の姿を広いドックに張り巡らされたキャットウォークの一角に立ち名残惜し気に眺める老人がいる。

 

「此処でしたか、船長」

「ワシはもう船長ではない、いつまでも副長気分じゃ船員だけじゃなく新しい船にまでそっぽを向かれるぞ」

「ははっ、耳が痛いお言葉ありがとうございます」

 

 見た目の年齢を感じさせない真っ直ぐ伸びた背筋で足場の手すりを握りしめて元船乗りは一心に自らの目に愛した船の最期を刻み付け、葬式を悼む様な黒いスーツ姿の背中に掛けられた呼び声にも彼は振り返ろうとしない。

 

「しかし、処女航海には船長も御目付として参加していただけると聞いています・・・あの綿津見の直系となる新しい船の」

 

 苦笑を浮かべた四十代半ばの長身が覇気の薄くなった恩師の横に並び、しかし、顔も視線も合わせる事無く彼は目の前にある自らの役目を全うした美女(船舶)の最期へと眩しそうに目を眇める。

 

「たしか・・・那岐那美(なぎなみ)だったか、綿津見の子だからと神話に(あやか)るのは良いが、半分の方は縁起が悪い気がするな」

「いえ、那岐那美もまたあの綿津見と同じく船舶の歴史に名を刻む名船となりますよ、掛け値なしに」

「まだ進水もしとらんのに随分な自信だな」

 

 解体され逝く船を通してその先に産まれた新しい船を重ね見て讃える(惚気る)彼の姿に綿津見の退役を機に船乗りを引退した老人は呆れ顔を浮かべる。

 

「船長と綿津見に鍛え上げられた我々が面倒を見るんです、那岐那美の処女航海は偏屈な老人でも遊覧気分になってしまうでしょうな」

 

 小賢しく有名大学の出を誇っていた時には少しの時化でへっぴり腰になり綿津見の壁に張り付いて震えていた小僧が大きな口を叩くようになったな、と自分の隣で胸を張る男の姿が子供の一人立ちを見送る様な寂しさと誇らしさとなって少しだけ老人の口元に弧を描く。

 

「それにしても・・・、最後だと言うのに綿津見の銀錨が無いままと言うのは少し侘しい気がします」

「まだアレが必要だと言う連中がいるのだから仕方あるまい、それに綿津見も自分の一部が艦娘の役に立つと言うなら悪い気はしとらんだろうさ」

 

 副長がやや不満げに肩を竦めて呟いた銀錨とは彼等だけに通じるある装置の通称、それは大型船舶である綿津見の船体に比しても不釣り合いな巨大さを誇った銀色に輝く錨であり本来の用途を長年秘匿されながらその後部デッキに一体化した状態で保管されていた代物。

 綿津見が建造された本来の目的、海底に眠る英霊達の魂であり艦娘の霊核となる結晶体の回収を実現する為に彼女の腕となる為に作られたサルベージユニットは解体業者によって取り払われた上部構造物とは別の新たな任務に使用される事が急遽決められ運び出されていった。

 

「そう言えば船長は綿津見を博物館船として保存を求める運動があった事はご存じで? 結局、船体の一部が博物館に寄贈される事で決着しましたが」

「馬鹿馬鹿しい・・・綿津見が舞鶴で置物になっていた時には見向きもせんかった連中のお遊びだ、何より、彼女の本来の姿と力を知れば技術漏洩を防ぐ事に承知する他あるまい」

「解体と解析の同時進行で見つかったあり得ない技術の一つですか・・・まさか、綿津見の船体に艦娘ほど強力では無くともバリアを張る機能が組み込まれていたなんて二十年も彼女に乗っていたと言うのに気付きもしませんでしたな」

 

 記録上では綿津見建造時に設計者である科学者が凌波性(りょうはせい)を上げる為と言って原理不明の構造を組み込むように指示し造船職人達も謎の手間に首を傾げながらも大金になる仕事だからと心血を注いで造ったと記されている。

 そんな情報を思い返しながらポケットから煙草の箱を取り出してその中から一本を髭を蓄えた口に咥えた老人は謎ばかりの恋人()が最後に明かしてくれた秘密の小気味良さに穏やかな表情で懐からライターを取り出した。

 

「船長、それは?」

「ん、ああ、前のは息子にやってしまってな、返せと言ったんだが貰ったモノを返すわけがないと生意気に突っぱねおってな、こんなモノでも恰好は付かんが無いよりマシだ」

 

 コンビニで売っている様な使い捨てライターを握り元部下の目の前で苦笑しながら老人はジャリジャリと発火用のヤスリを指で回して見せる。

 

「・・・そうですか」

「全く人生って奴はままならんもんだ、たまの一服でも無いとやってられん」

 

 ドックを吹き抜ける風よけの為に手の平を口元の煙草の前にかざし綿津見の最期を看取りに来た彼女にとって最後の船長は安物のライターのガスボタンを押して火をつけようとした。

 

「ままならないですか、確かにその通りですね・・・船長、このドック内は禁煙です」

 

 そして、ヤスリの擦れる音はすれど火の手は無く口元から離された綿津見の最期の船長の手がポケットに突っ込まれ、火の点いていない白い紙煙草が髭と一緒に少し情けなく揺れる。

 部下の非情な指摘によるやるせなさに情けない顔をした老人はふと自分のすぐ近くでクスクスと小さく笑うように揺れる声に目を瞬かせ振り返るがそこには何もなく。

 

『これを機会に養生してくださいな』

 

 直後、ドックを吹き抜けた軽く纏わり付く様な風で口元の煙草を床に落とされた老人はそれを拾おうとしゃがんだ時に耳元をかすめた風音ではない女の声に驚く。

 

「船長?」

「いや、なんでもない」

 

 その驚き以上の愉快さに溢れた笑いと共に拾った煙草とライターをポケットに突っ込んで人生の大半を共にした綿津見(お節介娘)をまた眺める事にした。

 




 
キャラクタービジュアルとしては等身の高い応急修理女神って感じ。

誰の事って?

さぁ、誰だろうね。

ただ、艦娘を海の底から引き上げるのが上手い事は確かだよ。


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第八十九話

 
TIME LIMIT(総攻撃開始まで)

 24時間50分 ・・・
 


 弥生の月も半ばを過ぎ日本の各地では桜の蕾が花開く時を今か今かと待ち望む早春の空。

 風が舞い踊る海上を飛ぶヘリの窓際に座り眺める先、空は青く澄み天高く輝く太陽が眼下の水面に立つ波を宝石の様に煌めかせている。

 

 人の体を得てから変わらず胸に宿る艦娘として深海棲艦から祖国を護る為に戦いへと挑む使命(決意)が静かに、それでいて燃え盛る炎の様に心の中で高まっていく。

 

 けれどその胸の内で騒めく抗い難い高揚感にはしゃぎ、持て余し、振り回されればまたあの日の様に私自身の拙いにも程がある失敗を繰り返して切なくも憂鬱な日々に再び戻る事になるのだろう。

 

 それを想像するだけで怖気に身震いしてしまう、だから私は二度とあの様な無様極まる失態を彼に見せるわけにはいかない。

 

 なにより栄誉ある金剛型戦艦の一人であると言うのに子供の様な失敗を繰り返す事となったなら私は親愛なる姉妹達にだけでなく敬愛する提督にすら合わせる顔が無くなってしまう。

 一時は水底に沈む貝になってしまいたいと願う程に反省していたと言うのに彼の事を考えるだけでドキリと痛みに似ているのに甘く感じる感覚が胸に走り、そこから広がった微熱が高揚感と綯い交ぜになってさらに私の心臓(ボイラー)に火をくべた。

 

 このまま待ち遠しい時間に一喜一憂していては傍目には上の空どころか我慢できずに癇癪を起すはしたない(・・・・・)戦艦娘なのだと同行者である仲間達に呆れられてしまう、そして、それが彼の耳に入ってしまったらと赤面どころではなすまないと思い直す。

 なので先程から揺らぎかけている忍耐の限界を察した私は胸中に秘めた溢れ出しそうな想いを同行者に悟られない為にもあえて全く別の事へと頭を働かせて隠す事にした。

 

 その為にも何か丁度良い黙考の話題はないだろうか、と私は海を照らす太陽の輝きに目を瞬かせ、そう言えばと声に出さず呟く。

 

 私がこの輸送ヘリに乗り込んだ時はまだ夜闇の中だったけれど今は外を見てわかる通りにもう朝日で見通しの良い空と海が広がっている。

 だから鎮守府港湾に集結した30人の指揮官とその指揮下にある百に達する艦娘達が夜明けと共に東京湾から進軍を開始して、今頃は比叡姉さまや霧島もその連合艦隊の一員として迫り来る姫級深海棲艦の予想進路に対する防衛線を海上で構築し始めているだろう。

 この大規模作戦が日本国首相の名によって許可され鎮守府の司令部から行動行程が発表されてからまだ二日も経っていないと言うのにここまで順調に事が進んでいるのは自衛隊が組織としては洗練されていると言う事でもある。

 

 そんな事を思い起こしてからかつて私の乗り手だった軍人達が今の状況へと立たされたならどうなっていただろうと不意に疑問が過り。

 大方は陸海両軍の不和から始まり、下は部隊間の情報の錯綜による暴走行為、上は政治家の真似事をして内部闘争を始めていたのではないだろうか、と荒唐無稽な(妙にリアルな)想像に辿り着いて我ながら馬鹿な事を考えたものだと思ってしまう。

 

 それはそうと、その大規模編成とも言える艦隊において艦娘の代表となる旗艦、すなわち連合艦隊旗艦にはかつて私達が鋼の船であった時代ではビッグセブンと称され世界に名を知らしめた戦艦である長門が立つ事となった。

 

 もちろん彼女が選ばれた理由は過去の勇名に肖ってというわけではない。

 

 史上初の限定海域の発見とその攻略作戦、まだ私が要塞型深海棲艦の箱庭に閉じ込められていた時に行われた防衛作戦では海上から特殊装備を使用して限定海域内から仲間達を全て助け出すという功績を立て。

 その翌年、日本海に大艦隊と共に出現した私と霧島が閉じ込められていた七日間を繰り返す箱庭に対する作戦では限定海域崩壊後に海上へと姿を現した領域の主にして私と仲間達を苦しめた悪夢の元凶である巨大な深海棲艦にとどめを刺し撃破するという戦果を上げた。

 

 その鬼の姫を戦艦長門が討ち取った際に彼女の指揮官として艦橋に居たのがあの彼であったのだと聞いた時に私はその大手柄が当然の事であると納得する。

 

 だからこそ過去の名声だけでなく現代に艦娘として目覚めてから彼女がその名に恥じぬ勲功を誇り、さらには世間に艦娘の存在を周知し民意の信を得ると言う重要な任務で東奔西走してきた事を知っているからこそ艦娘の代表として戦艦娘長門が栄誉ある役目を担う事に私は不満など無い。

 

 それどころか自己顕示欲の強い一部(やんちゃな娘達)を除いてほぼ全ての艦娘は口を揃えて長門以外に適任者は無いと言い切るだろう。

 

 もちろん私もかつては天皇陛下より菊の御紋を賜った戦艦の一隻であり、今作戦で長門が浴する事となった栄誉が羨ましくないとは言えず。

 

 丁度、所属していた艦隊から在籍期限によって切ない休暇に項垂れていたその日、司令部の要請で望まぬ指揮官の下、彼女に続く艦列に加わるだけの一人となっていたのであったなら自分は大丈夫なのだと自らに言い聞かせ大艦隊の中でなけなしの見栄を張っていた事だろう。

 

 ただその子供じみた他愛ない不満は心の内に秘めるだけ、間違ってもその言葉を口にするつもりはない。

 

「お~見えてきた、あれがさわゆき(・・・・)って言うんだよね? 思ってたより小さい子ね」

 

 いや、今の私にとってその様な虚勢など口にするどころか考える必要すらなかった。

 何故なら私は提督から請われた、彼の艦隊へと!

 本土防衛の為に結成された連合艦隊とは別行動を目的とする艦隊への参加を提督から求められたのだから!

 

「って、あそこにいるのって提督じゃない!? わぁっわぁ! 私の事迎えに出てきてくれてるんだ♪ きっとそう♪」

 

 不意に同じヘリに乗っている戦艦娘が他の艦娘を統率する立場にある大型艦種にそぐわない落ち着きの無さで座席から身を乗り出し、ガラス窓へと張り付いて上げた喜びの声で胸の奥で疼く高揚感にまた思考を引っ張られかけていた私は現実へと戻された。

 彼女のやけに大きい声で横目に見た窓の向こうには確かにきらめく海原で白波を立てて進む護衛艦の姿があったけれど、それはまだ遠く船のオモチャと言われても頷いてしまいそうな大きさにしか見えない。

 なのに、その船の上に自らの指揮官の姿があると言い切った同艦種の目の良さには驚き感心してしまう。

 

「伊勢さん、まだ立ってはいけません」

「え~、でも・・・ん、ぁっ、鳳翔さんも見てみなって提督の横に居るの多分、中村さんだと思うよっ!」

「そんな事を言ってシートベルトまで外して、船が見えたのだから着艦が近いという事なんでしょう? 危ないですよ」

 

 童女の様にはしゃいでいる伊勢へとやんわりと注意を呼び掛けた鳳翔、鎮守府で受けた改造(強化)による能力の変化に慣れるためのリハビリを終えた空母が苦笑を浮かべながら自分よりも背丈のある戦艦の肩を掴み、子供を座らせるように容易くそれでいて有無も言わせず座席に戻した。

 

「え、ふぇ・・・?」

「発着艦を甘く見れば痛いでは済まなくなりますからね?」

「は、はい・・・ごめんなさい」

 

 私が尊敬と親愛を捧げる金剛お姉様の気品とは違うタイプであるがその淑やかな気質を彼が好んでいると言う話を知ってから自分が見本とするべき艦娘(淑女)であると定めた鳳翔の底知れなさを改めて感じつつも先ほど伊勢が口にした中村という名にどうしようもなく胸が騒めく。

 もしかしたら先ほどの伊勢の様に窓に張り付いて目を凝らせば護衛艦さわゆきで私を待っている提督の御姿を見付ける事が出来るのだろうか、もしそうなら今すぐにでも一目でも、と彼を求めてそわそわと逸る気持ちが私の中で強くなっていく。

 

「あまりにも落ち着きがない様だったらまた(・・)艦隊から外されるわよ」

 

 チラチラと私から見て一番近い場所にある窓へと視線を向けていたその時、横手から掛けられた容赦の無い一言が胸に刺さりドクンッと心臓が跳ね上がり、見えない手で首を絞められた様に息が止まりかけた。

 自分で言うのも変だけれどヘリの窓へと顔を向ける動きは控えめだったはずなのにそれを悟られたのか、と慌てて姿勢を正した私は嫌な思い出をたった一言で引っ張り出してくれた鋭い声の主、隣の座席にいる軽巡の様子を窺うが彼女はこちらに視線一つ寄越さず澄まし顔で手元の資料へと眼を通している。

 

 長良型軽巡艦娘の五十鈴、鳳翔とほぼ同じ理由で出撃を禁じられ彼の艦隊から離脱したも同然となっていたと言うのに彼女は何故か今も彼の秘書艦として隊に在籍を許されている。

 そして、少し話しただけでも分かる非常に勝気で誰が相手だろうと物怖じしない性格と不正を許さずキッパリと白黒を断じる言動によって他人だけでなく姉妹艦からすら職務に熱心かつ口やかましい艦娘と言われている。

 そんな芯が一本通ったしっかり者なのに私の提督が鎮守府に着任した年に艦娘として目覚めて以来ずっと五十鈴は部下にすら遊び人と揶揄される程に不真面目な士官である彼の艦隊の一員であり続けていた。

 

 さらに私にとって重要なのは鎮守府に流れている風の噂、五十鈴は私の提督から厚い信頼を受ける優秀な部下であるだけでなく個人的には指揮官と逢引き(デート)までする親密な関係を築いているらしいと言う話。

 霧島が長良型の阿武隈から聞いたというその話がもし事実であるなら羨ましいとか妬ましいどころの話ではない、私と提督の将来にとって影を落としかねないゆゆしき問題なのだ。

 

「何、五十鈴の顔に何か付いてるの?」

 

 それの真偽を確かめ彼女と彼の関係の進展を防ぐ為にも何とか折を見て彼女とお話しする必要がある。

 さらに出来るならばその際には五十鈴の何に彼が惹かれたのかを分析し、彼と親密になる心得(コツ)を手に入れねばならない。

 

 いえ、それとも戦艦が軽巡に頭を下げると言うのは少々癪であるけれど彼女に頼み込んで彼との関係を取り持ってもらう約束を取り付けるべきかしら?

 

 いや、むしろそちらの方が頭が良い考えかもしれない。

 

 良く考えれば序列などは後から実力で追い抜かせば良い。

 幸い戦艦である私が本当の実力を提督に知って戴ければ彼から高評価を得るのは確実なのだから。

 つまり何をおいても私がスタートラインに立つ事を優先した方が良いと言う事。

 

「い、いえ、大丈夫、榛名は大丈夫です、・・・ところで五十鈴」

 

 まずは意図を悟られぬように何気ない会話から・・・。

 

「・・・提督の事なら他を当たってくれる?」

 

 ま、まさかこちらの思惑がたった一言で読まれたと言うの!?

 

 五十鈴の恐るべき洞察力に愛想笑いの裏側で絶妙な角度で急所を打ち抜かれたかのような精神的な衝撃に襲われた私は心の底から動揺し狼狽え、着艦に備えて高度を下げた事で揺れが少し強くなってきたヘリの座席にあって微動だに出来ず彫像の様に硬直する。

 

「まっ、私がどうこうってよりも、榛名さんにとってはあの子の方が問題だろうれけど」

 

 五十鈴が手に持っていた書類を閉じて溜め息交じりに何かを呟いたがそれを正確に聞き取る事は軽巡の放った先制口撃によって思考に風穴を開けられてしまっていた私には不可能だった。

 

 後日、知った話なのだけれど私が彼に近づいたり彼の事を考えている時に喋るとほぼ必ず言葉の中に「自分の名前」と「大丈夫」というフレーズを付け加えてしまう癖の様なものがあり、それは私が気付いていなかっただけで仲間(艦娘)内では有名な話だったらしい。

 でも、それさえ出なければ提督とも穏やかにお話が出来るようになる、と後に五十鈴からアドバイスを受ける事となり、手厳しい口調の軽巡が実は世話焼きで人付き合いの良い艦娘である事に私は感謝する事になる。

 

『これより当機は護衛艦さわゆきへの着艦に入ります、艦娘さん達は座席から立たないでください』

 

 どれほど呆然としていたのか機内に響いたパイロットからのアナウンスに正気を取り戻した私は目を瞬かせて窓の向こうに見えた護衛艦の近代的な艦橋に自分達の乗っているヘリがついに目的地へと到着したのだと理解し。

 機体を揺らす振動を合図に空から降りてきたヘリがさわゆきの甲板で車輪を軋ませ、機体の隔たりの向こうに感じる不思議な暖かさに私を惹き付けて止まない提督()がすぐそこに居るのだと体や頭よりも先に心で確信する。

 

「提督! 超弩級伊勢型の一番艦伊勢。 お呼びに預かりただいま参上よ!」

 

 外で待っていたらしい護衛艦の乗組員によって輸送ヘリのドアが開かれたと同時にリードを離された犬の様に飛び出した伊勢が逆光で眩しいヘリポートを走り、少し遠くに見える士官服の青年の前で嬉々とした声を上げ後ろ頭で結われた黒髪とベージュのスカートを海風にはためかせる。

 そんな我慢の出来ない戦艦娘の姿に苦笑しながら機内に吹き込んでくる潮風で乱された前髪を手で押さえている鳳翔が後ろの私達や操縦席に居るパイロットへと丁寧に目礼して機内から降りていった。

 

「それじゃ私から先に行くわよ」

「ええ、どうぞ」

 

 先ほどの書類を手持ちカバンに仕舞った五十鈴が座席から立ち上がり肩越しに私を振り向き、平常心である事を心掛け努めている私の姿に少し意外そうな顔をしてからその調子よ、と励ましの言葉を残してヘリから降り。

 

「そう言えば・・・神威(かもい)さん?」

「へっ、はい、何でしょうか? 神威に御用ですか? ご安心ください、榛名さん大事な装備はきちんと私が運びます」

「いえ、降りるのを手伝いましょうか、と」

 

 輸送ヘリの後部ハッチの方へと顔を向けると背中にその体よりも大きな長方形のコンテナを背負う全体的に白い印象を受ける輸送艦娘、神威さんが背中の荷物にもたれて座席ではなく床に敷かれたマットレスにペタンと座っていた。

 

イヤイライケレ(ありがとう)、でも神威はそちらからは出れませんから後ろの方を開けてもらうまで待ちます」

「いやい? ・・・輸送艦って大変なのね」

「いえいえ、これが神威のお仕事です♪」 

 

 彼女の輸送艦としての能力を使って小さくしてですら輸送ヘリの後部を占有する大荷物、それを涼しい顔で背負いながら機内に運び込んできた神威の膂力には畏敬の念を感じずにはいられない。

 さらに言うならその荷物の中身がこれから始まる私の提督が立案した作戦に必要不可欠な装備であると言うのだから心の底から頭の下がる思いだった。

 そんな感謝を込めて静かに輸送艦へと小さくお辞儀して、図らずも私は彼女の深い紺色の袖と分離した白い貫頭衣の様な服の側面から覗く白い肌を間近で確認する事になり。

 

 次の瞬間、大胆に肌色の丸みが零れそうな服装を無防備に見せつけてくる神威が私の提督に近づけてはいけない危険な艦娘であると確信した。

 

「っ! いけない、そんな雑事に気を取られるなんて・・・こんな事では提督に申し訳が」

「榛名さん、どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありません、ええ、榛名は大丈夫ですっ!」

 

 非の無い相手に一方的なレッテル張りをしようなどと誇りある金剛型戦艦のするべき事ではない、そう誰かに諌められた気がして頭を振って提督の前に持っていくには相応しくない雑念を追い出した私は顔を上げて輸送ヘリから足を踏み出した。

 

 そして、一歩、日の下に踏み出しただけで海を進む船が作り出す風で髪が踊り、ヘリの中では気にならなかった護衛艦側の作業音や乗員達の声が聞こえ、その活気のある雰囲気の中で私よりも先にヘリから降りた戦艦娘の伊勢が少しナヨッとした青年士官の前で嬉しそうに何事かを話している。

 

 けれどそんな二人の姿に目が行ったのは一瞬だけですぐに私は見えない糸に導かれる様に()の姿を見付けて自然と足がそちらへと向いた。

 見た目だけなら士官服だけが小綺麗なだけで軍人としての士気を感じない青年、私の提督(・・・・)は隣に寄り添いながら微笑む鳳翔に見守られその反対側で肩を怒らせて手に持ったカバンを叩き何事かで声を荒げている五十鈴に詰め寄られて頭を掻いている。

 

「だから、ちゃんと聞きなさい!」

「あのなぁ、無理な手続きを頼んだのは悪いと思ってるが、こっちも事情がだな・・・いや、ちょっと待て、五十鈴」

 

 不満そうに口を尖らせまだ文句が言い足りないという顔ではあったけれど提督に手で制止された軽巡艦娘は黒く長いツインテールを翻して私を振り返ってから小さく肩を竦め彼の一歩後ろへと控える様に下がり、いつの間にか同じ様に彼の斜め後ろへ移動していた空母艦娘と並んで背筋を伸ばし二人の艦娘が姿勢を整えた。

 

「良く来てくれたな、俺は君を待っていた」

 

 その優しくかけられた彼の言葉に少し前の私ならば歓喜と共に青空へと祝砲を打ち上げていたかもしれない。

 だけど、この激情に押し流される幼稚な戦艦などは彼の隣に相応しくないのだと必死に勇み立つ心を律し、ブーツのヒールを鳴らし足を揃え、風に袖をはためかせながら脇を絞め、まっすぐに立てた右の手を自らの額に向ける。

 

「高速戦艦、榛名、これより貴艦隊に着任します。 提督、よろしくお願い致します!」

「これから始まる作戦が成功するかしないかは君に掛かっている、いきなりで悪いが俺と修羅場に付き合ってもらうぞ、榛名」

 

 嗚呼、何と、男子三日会わざれば刮目して見よ、とは正しくこう言う事なのか。

 

 金剛お姉様のアドバイスに従い何度も鏡の前で「私は大丈夫」だと自己暗示を繰り返し、比叡姉様のとても辛いカレーを顔色を変える事もなく完食出来るようになり、霧島に手伝ってもらってイメージトレーニングまでして鍛えた精神力を総動員していたと言うのに彼が見せた凛々しい表情とその内側で張り詰めた意気に目を奪われる。

 

 彼の目に宿っていた負けられない戦いに挑もうとする戦士としての強い意志が見つめ合う私の中へと逃れられない感動の波となって押し寄せてきた。

 

「ええ、・・・望むところです、提督。 この榛名にお任せください!」

 

 お姉様、今の私の顔、おかしな事になっていませんよね・・・?

 

・・・

 

 前後左右だけでなく上下からも吹きすさぶ激しい風に風速計が暴れる様に数値を混乱させる中、海面から見て標高7000mを超えた地点、そそり立つ崖に手を掛けて16mの身体を持った軽巡艦娘が黙々と絶壁を登攀している。

 岩だけでなく砂や泥の塊が入り混じり一部には何かの残骸を押し潰した様な鉄塊まで見える壁はその気が遠くなりそうな程の高さに比べて壁面にある無数の凹凸のおかげで彼女は掴み登る足場に不自由する事はなかった。

 

『神通、あと少し・・・次は、左斜め上3mに』

『休息が必要なら早めに言え、朝潮も回復している、それに・・・戦闘形態を解除して休む場所にも困らなそうだ』

 

 顎から伝い落ちて光に解ける汗を拭く手間も惜しむ神通はしかし、自分の内側から聞こえた声に微笑みを浮かべ、命綱無しで高層ビルの頂上を目指しているとでも言うべき状況に怯む事無く黒いロンググローブで次の支点へを握る。

 

《ご心配していただいてありがとうございます、ですがまだ問題ありません》

『こんな冗談みたいな崖登り、いくら神通さんでも辛いんじゃない?』

垂直登攀(クライミング)は鎮守府でも嗜んでいました、なので、自分がどの程度までやれるかは把握しています》

 

 限定海域から救出された神通が今までの遅れを取り戻そうと湾内の模擬戦ばかりにのめり込んでいた時期に彼女を心配した姉妹艦から趣味となる選択授業を探してみてはとアドバイスを受けて挑戦した幾つかの中、なぜそんなカリキュラムが存在しているのかは不明だがロープ一本を頼りの懸垂降下や手足のみが頼りの登攀技術の授業(修練)は神通の気質に合っていたのかその訓練の成果によって川内型軽巡洋艦の次女は落下すれば戦闘形態ですら大怪我を免れない高さを順調に登っていく。

 

『それにしてもこんなにも高い場所まで来たと言うのに温度も気圧も変化無しか、常識も何もあったものじゃないな』

『そのおかげで助かっている身としては皮肉な話ですね』

 

 いくら優れた身体能力を持っていようと、体を防寒と耐熱に優れた不可視の障壁で覆える超能力があったとしても十分な物資も装備も無く無計画にヒマラヤ山脈に挑戦すれば人数分の死体が出来上がる。

 

 幸か不幸か、その本来なら人間には到底覆しようがない常識と法則が今の彼らが閉じ込められている空間には適用されていないらしく、十数mに巨大化した強靭な身体があるとは言え慎重に麓から歩を進めてきた神通達は夜を明かした野営地から見上げた時よりも近く頭上に広がる白灰色の天井とそこへ向かって聳え立つ山の頂上を見る。

 

 その奇妙な登山の途中で立ち塞がった数百m大岩壁に神通が挑んでから少なくない時間が過ぎ、天井から届く光が徐々に弱くなり三日目の夜が近づいてくる気配で軽巡艦娘の額に汗が浮かぶ。

 自分達にどの程度の時間が残されているのか、それは限定海域の主である深海棲艦の胸三寸で決まってしまうのだとかつて閉じ込められた終わらない夜の中で黒い海に追い詰められた経験が疲れをわずかに滲ませる神通に多少の無理(やせ我慢)を選択させる。

 

『羅針盤はこの上にある何かに反応している、あと少しだが油断はするな』

『ねぇ、司令、結局その反応ってなんの反応なの?』

『分からん、だが少なくとも危険な物を感知した時の反応ではない、はずだ・・・』

 

 慎重であるが故に確かな技術力を見せる神通のロッククライミング、無数に突き出た岩や黒鉄の塊のおかげで足場に不自由は無くとも下を見れば命の危機を感じる高さの恐怖を誤魔化す為かいつもより口数が多い指揮官とそれに同調している仲間の声を聴きつつ神通は黙々と頂上を目指す。

 そんな彼女へと危機を鋭敏に察知する第六感と艦橋に置かれている食料や医療品など物資の消費が自分達に残されている時間が少ない事を知らせ、だからこそ神通はこの程度の疲労で休憩をとり徒に時間を使うよりも目の前の試練を迅速に登り切らねばならないと考える。

 

『そう言えば途中にあった小さな反応は汚染されていない潮溜まりとお魚でしたよね』

『その羅針盤って一体どう言う仕掛けで動いてるんでしょうか』

 

 いくら全員が並んで寝れるスペースがある場所もちらほらと見えるとは言えこんな壁面に突き出した岩の上でキャンプするなど、肉を切らせて骨を断つを文字通りやってのける戦いぶりから恐れ知らずと言われる事もある神通であっても遠慮したいと真摯に願う事でもあった。

 

『まさか山の上で、魚釣りする事になるとは思ってなかったわよね、司令』

『お前は寝ていただけだろうに、さて・・・やっと頂上か』

 

 山の中腹にいくつかあった潮だまりとそこに取り残されていた魚を話題にする仲間の和やかな会話に励まされながら何とか神通は崖の頂上へと辿り着いて手を掛け。

 

『何があるか分からない、神通はまず状況確認を優先、朝潮はもしもの時の緊急回避に備えておけ、・・・敵が待ち構えていた場合にはここを飛び降りる事になるかもしれない』

 

《『了解しました』》

 

 そして、艦橋でレーダーによる観測を担当している駆逐艦と声を合わせて神通は指揮官の言う通り慎重に崖の淵から顔を半分ほど出してその上を覗き見て、山の上だと言うのに広く開けた台地と言って良い場所の一角へと視線が向いた瞬間に驚きと共に目を見開いた。

 

『熱源及び動態反応ありません、司令、あれらは全部・・・死んでます』

 

 崖の頂上にあったのは岩石が無数に転がる荒涼とした高山の広場、その周囲には歪な深海棲艦の残骸がまるで食い散らかされたかの様に打ち捨てられている。

 長時間の運動による疲労で震え始めた腕と足に力を振り絞らせて這う様に台地へと身体を持ち上げて崖を登り切った神通は周囲に目を配りながら自分の艦橋で羅針盤が針を向ける場所へと歩き出す。

 

《・・・この機械、鎮守府研究室のマークが描かれていますね》

『確か、霊力力場からエネルギーを得て機能するとか言う新型の発信機だったか?』

 

 そして、羅針盤の指すその場所まで辿り着きそれを見下ろす神通の目の前には地面に半分ほど埋まった黒い円筒がその一部を断続的に発光させていた。

 

『潜水哨戒任務の時に戦艦レ級に使用されたモノですよね・・・それ』

『周りに散らばってる死骸も、いったい・・・何があったらこんな事になるのよ』

 

 確かに艦橋からの知らせの通り敵は存在していなかったが同時に脱出の手がかりを求めてここまで少なくない時間と労力をかけて仲間達と励まし合って険しい山を登ってきた神通は崖の上にあった発信機、新種の深海棲艦を捕捉する偵察任務に参加していた伊168が戦艦レ級へと仕掛けたそれを前にして言い様の無い徒労感に肩と眉を下げた。

 




 
TIME LIMIT(脱出可能限界まで)

 ・・・  18時間13分

時計の針は止まらない。


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第九十話

 
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言います。

アナタはどちら選びますか?
 


 荒涼とした灰色の岩と黒い残骸が疎らに見えるそこは巨大な建物が崩されその瓦礫が無数に転がる解体現場を思わせるもの悲しさが広がっており。

 簡易な計測ですら標高7000m以上を記録していると言うのに平地同然の気圧と温度を保っている高地に立つ者達へとまるで生き物の呼吸にも似た生温い風が絶え間なく吹き付けていた。

 

「損傷してるけど、やっぱり回路は生きてる・・・提督、この発信機は今も機能しています!」

「龍鳳には分かるのか? 俺には構造どころか何が入っているのかすら分からん」

「はい、私、霊機学・・・えっと、霊力を利用する機械の授業を受けてましたので、まぁ、持ってるのは基礎課程までの単位ですから出来るのは整備士さんの真似事ですけど・・・」

 

 その山の上に広がる荒れ地に見つけた際には埋まって頭を出していたそれは既に掘り出されて大人が三人並んでやっと囲える程度に太い円筒が地面に立ち。

 ドラム缶に似た形状を持つ黒い物体はいくつかの破損が見えるがその曲面に引かれた線はまるで自らの存在を主張する様に薄っすらと光を発している。

 そして、その機械の整備口らしい部分を開けて中を覗き込んでいた艦娘が細かい光粒を零す桜花模様の袖をまくり上げた細腕を汚しながら後ろで興味深そうに様子を伺っていた青年へと振り返った。

 

「しかし、発信機か・・・こんなものを見付けても使い道など・・・」

「分解すれば部品は私達の装備の予備パーツに使えなくはないです、ちゃんとした工具がありませんから時間をいただく事になると思いますが」

「いや、この状況でその手間に見合う成果が得られるとは思えない」

 

 ドライバーの代用として平べったい鉄片を握っている龍鳳の報告を吟味してから小さく嘆息して頭を横に振り彼女の指揮官である木村隆は改めて自分達がいる場所を見回す。

 岩、鉄、砂、さらに深海棲艦の死骸、それらを乱雑にすり潰して押し固めた様な印象を受ける山の平地、そこは遠くに見える黒い尾根が連なる巨大山脈の一角となっていた。

 

「提督、神通戻りました。 やはり周囲に敵影はありませんでした」

「神通さんお帰りなさい、あれ、朝潮と古鷹さんは?」

 

 そうしていると彼のもとへと砂利を踏む音と共に少し気弱そうに見える表情を浮かべた神通が戻り、彼女を迎える様に頷きを返した木村のすぐ近くで銀色の保温シートに包まれて寝かされている陽炎が少し掠れた声で迎える。

 

「探索中にまた潮溜まりが見つかったので二人は食料と飲み水の確保をしています」

「そっか・・・う~、身体が動けば手伝えるのにぃ、私ばっかレーション食べてると凄く申し訳な、痛つっ、くぅ」

「陽炎にとって今は耐えるべき時なのでしょう、そう焦らずとも必ず再起の日は訪れます、気を急いてはいけません」

 

 もどかし気な声を上げモゾモゾと無為に動いたせいで身体中に裂傷と骨折を負った重症艦娘が痛みに呻き、そんな陽炎へと歩み寄り隣にしゃがみこんだ神通が微笑みを浮かべてアルミシートから顔を出しているオレンジ色の髪を励ます様に撫でた。

 

「ご苦労だった、今日はここで夜を明かす事になる・・・明日の予定は二人が帰ってからだな」

 

 夕日色の天井が闇色へと変わり始め、灯りとなっているのは龍鳳や神通が体の表面に発している淡い障壁の光と陽炎の近くに作られた石を簡単に組んで作られた竈の中で揺れる炎だけとなろうとしている。

 

「明日か・・・」

 

 その頼りない灯りを背に木村が顔を向けた方向、まだわずかに光が見える遠く彼方の天井に細く垂れさがる絡まった紐の様な何かが怪しく揺れている様に見え。

 

「提督?」

「いや、何でもない」

 

 そして、そこへと繋がる彼らがいる地点よりもさらに高い頂上へと向かう雄大で荒々しく大蛇の背、いや、龍がその身を横たえている様に見える曲がりくねった黒い尾根。

 

 人間程度ならば一歩足を踏み外すだけで簡単に命を奪うだろう歪な山脈への本能的な恐怖と同時に感じる目が離せなくなりそうな奇妙な感覚に数日のサバイバルで野性味のある顔になってきた青年はわずかに顔を強張らせて意識的に目を逸らし足下にあるオレンジ色の火を揺らす竈を見下ろす。

 それと同時につい癖で胸元を握った手が手ごたえを返さなかった事に心細さを感じ表情を曇らせた木村を見上げた陽炎がゴソゴソと身動ぎしてシートの合わせ目から傷だらけの手を突き出し手の平を彼へと向けた。

 

「司令、これ・・・いる?」

 

 添木と包帯で固められた駆逐艦の腕、その先で開かれた手の上に乗っている古びたお守り袋を見つめた木村は痛みを我慢しながらも自分を心配してくれている陽炎の顔にふっと頬から力を抜いて首を横に振って未練がましく握っていた胸元から手を離す。

 

「無くさない様に持っていろと命令したはずだ、仕舞っておけ」

「・・・うん、分かった」

 

 元より見えている危険に自分から踏み込むつもりはない、指揮官として責任を負う自分は陽炎達と共にこの奇妙な空間から全員揃って生還しなければならない。

 木村が知る自衛隊の規範の一つ(理想論)は隊員に対して任務で死亡する事を禁止しており、彼はそれが艦娘にも適応されるのだとはっきり言葉にした。

 

 仲間の足手纏いになる事を嫌がり自ら死を選ぼうとした陽炎を説得する為に理不尽な現実では何の役にも立たないその言葉(ルール)に縋ってしまったからこそ今の自分は弱音や弱気を表に出してはならないのだ、と青年士官は表情を引き締め直し。

 そして、今ここでは験担ぎで解決する問題など一つも無いと自分に言い聞かせて胸に湧き上がりかけた恐れを押し殺した木村は今できる最善を探して思考を巡らせる。

 

(外と連絡が出来たなら・・・せめて識別信号の増幅装置があれば、限定海域内からでも俺達の生存を知らせられるんだが・・・)

 

 元から限定海域に突入する(閉じ込められる)予定だったならまだしも敵艦隊との戦闘開始前にはそれの出現など誰一人として予想できなかったのだから仮にその装備の使用を申請を行っていたとしても艦娘の装備の中でも特に特殊な通信機器の使用が許可されるわけはなく、規律を重んじる(突飛な行動を嫌う)彼の性格も合わせて考えれば今更どころか前提条件から不可能な話である。

 そうして陽炎の手を保温シートの中へと戻させてから彼女の横に腰を下ろした木村はこの限定海域に飲み込まれてから艦橋に浮かぶ不思議な羅針盤が捉え続けていた新型発信機の反応によってここまで辿り着いたが今のところ脱出に繋がる成果を何も得られていない事実の再確認に溜め息を零し、何気なく闇夜に輪郭をとけさせようとしている黒色の円筒へ目を向け。

 

「龍鳳、それは損傷しているが機能しているとさっき言っていたな?」

 

 表面にある破線の様に並んだ発光部が弱弱しい点滅を繰り返しているそれの様子に木村はふと何かが頭の端っこに引っかかった様な感覚を覚えて。

 不意に頭に過ったまだ形の固まっていない考えをそのまま吐き出す様に大きなドラム缶にも見える壊れかけの発信機を指さした木村は竈を挟んで自分の反対側に座ろうとしていた龍鳳へと問いかける。

 

「ひゃ、・・・はい、でもあの、提督それがどうかしましたか?」

「その損傷はどの程度なんだ? 発信できる信号の強度は? 装置を修理する事は可能か?」

 

 突然、矢継ぎ早に自分へと問いかけてきた青年の言葉に驚き慌てふためき彼と自分の後ろにある円筒の間で視線を何度か行き来させた龍鳳は少しだけ考える様に斜め上を見上げてから木村へと顔を向けた。

 

「は、はい、マナを利用した発電で発信機としての機能は問題なく動いています、ただ・・・」

「ただ、なんだ?」

「蓄電を行うバッテリー部分と一部の回路が破損している様で、出力がかなり弱くなっていますから受信側が余程の高感度でもない限りは・・・信号自体に気付いてもらえないと思います」

 

 自分を見つめる指揮官から顔を逸らすように申し訳なさそうな表情を浮かべた顔を伏せて龍鳳は自身の言葉尻を濁す。

 

「それは単純に電力不足による問題か? 信号の発信そのものは問題ないと?」

「えっと、多分・・・でも、どうしたんですか? その、言い辛いですけど、あれは電波式ですからちゃんと動いてもここみたいにマナ濃度の高い場所では役に立たないんじゃないかなぁ、と・・・」

 

 妙に積極的な聞き取り方をしている指揮官へとその場にいる三人の艦娘の視線が集まり、彼がもしかしたらその発信機を使って自分達の生存を限定海域の外へと知らせようとしているのならぬか喜びさせる前に事実を話さなければと龍鳳は視線を迷わせながらも少し弱気な声で背後にある装置の状態を指さしさらに詳しく口にする。

 だが、それを聞いて黙り込んだ木村の顔に明確な落胆は無く、少し短いヒゲが生えた顎を指で擦りながら今聞いた情報を吟味して整理する様に小さく唸り夜闇に儚く点滅する装置を観察していた。

 

「司令、もしかして、何か思いついたの?」

「・・・いや、可能かどうか判断に迷っている、俺は龍鳳ほどその手の精密機械に詳しくないからな」

 

 対深海棲艦を想定して作られた発信機から視線を逸らさなくなった指揮官の姿に龍鳳と神通は無言で顔を見合わせて首を傾げるが、彼のすぐ横に寝かされている陽炎は掠れた声で彼へと話しかける。

 

「なら、試しに言ってみたらいいじゃない、前から言ってるでしょ、司令官は・・・」

「思っている事をもう少し言葉にしろ、か?」

「そうよ、ふふっ、分かってきたじゃない、ぅっ、けほっ」

 

 クスクスと小さく笑いその直後に疼いた痛みに息を詰まらせ咳き込んだ陽炎だったがその表情は痛みに歪みながらもどこか愉快そうに木村へと向けられており。

 そんな自身にとって初期艦である少女の表情と言葉にいつも通りの仏頂面になり、躊躇っている様にも考えを纏めている様に見える一分弱の沈黙を経た指揮官は意を決した様に発信機から龍鳳へと視線を向けて口を開く。

 

「例えばだが・・・その装置を戦闘形態となったお前達の誰かに接続する事は出来るか?」

「は? えっと、装置に使われている水晶基幹(ネジ)は増設装備と同じ物でしたので出来ない事はないです」

 

 しかし、その場合には使用を想定されていない艦娘からのエネルギー供給に装置が耐えられるか分からない事、仮に破損せずに問題なく電力供給が行えたとしてもやはり発信機そのものは電波を使う性質である為に限定海域の外へは信号は届かないだろうと龍鳳は予想を口にする。

 

「なら・・・その装置を増幅器として使い艦娘自身の識別信号を強める事は出来るか?」

「はっぇ? えっ? それって、どういう事ですか?」

「過去二回、限定海域攻略の際に使用された識別信号の発信装置の詳しい構造は俺には分からない、だが何かしらの電子機器によって増幅が行われていたとだけは聞いた記憶がある。 ・・・それと似た事をその発信機で行う事は出来ないだろうか?」

 

 要するに発信機への電力供給を行い電波信号の強度を通常状態へと戻すのではなく、発信機内の増幅機能を利用して艦娘の艦橋に備わっている通信機能の強化は出来るのか。

 

 そう聞かれた龍鳳は風に揺れる頭の上のクセ毛を驚きでピンと立てて指揮官に問われた事を理解し、それが可能かどうかの推測を始め首を大きく傾げ胸の前で腕を組んでその頭を支える様に頬へ片手を添える。

 

「えっと、それはどう、なんでしょうか? 私達に接続できても電力は装置の発振回路に繋がるから発信されるのは結局、電波信号になっちゃうよね? でも、う~ん

 

 龍鳳のクセ毛が何度か右往左往している間に焚火の近くへと糸で吊るした何匹かの魚をぶら下げた朝潮と飲み水(蒸留水)が入っているボトルが入った布カバンを肩に掛けた古鷹が現れ。

 夜道の灯りを確保するために障壁を身体に纏って光っている二人の艦娘は悩みに眼を閉じムムムと唸っている龍鳳の姿に揃って首を傾げ問いかける様に指揮官へと顔を向け。

 しかし、新たな食料の確保に成功して戻った二人に仏頂面の指揮官は気付かなかった様で龍鳳を熱心に見つめていた。

 

「えっと、その・・・すみません、提督」

「・・・無理と言う事か、素人考えで仕様もない事を言ってしまったな」

 

 重要な話をしているらしい指揮官と改装空母の話しかけ難い雰囲気を感じた古鷹と朝潮は神通の方へと説明を求め、そんな彼女達を他所に木村は自分の言った素人の思いつきと言う名の世迷言にも一生懸命に考え答えてくれた部下を困らせてしまった事への申し訳なさに頭を下げ謝罪の言葉を口にしようとした。

 

「いいえ、出来るわよ」

 

 その青年の頭が下がり切る直前、すぐ横から掛けられた簡潔な返答に目を見開いて木村はその声の主である陽炎へと驚きに満ちた顔を向ける。

 

「龍鳳さん、その装置って結晶基幹、ネジを使ってるのよね? なら回路系はマナの干渉に耐えられる造りになってるはずだわ」

「ええ、ほどんどのパーツは増設装備に使われてる物と同じ規格だったけど・・・」

「なら、先ずはバッテリー部分を取っ払ってネジを電源部分に直付けして増設端子に対応出来るようにする、その後に発振回路を取り外してから戦闘形態になった私達の電探にハンダか何か・・・は今無いから導線を伸ばして直接巻き付けるなりなんなりして、あとは回路に霊力流しながら艦橋側でチューニングすれば識別信号の強度を上げられるわよ」

 

 かなり乱暴な方法だけどね、と重症を思わせない饒舌さを締めくくりモゾモゾと寝返りをうつようにアルミシートに包まれた陽炎が仰向けだった体の向きを横寝に変えて信じられない物を見た様な顔で自分を見ている艦隊の仲間達へと苦笑いする。

 

「導線の発熱とか循環効率とか考えなければ、あの手の装置って司令が思ってるより簡単に作れるのよ?」

「まさか陽炎、お前、・・・詳しいのか?」

「な~にその顔、私が霊機学に詳しかったら悪いわけ? あのね、言っとくけど私ってばあの学科を受ける艦娘の中では最古参、修士認定だって持ってるんだからね」

 

 勉強の進行度や単位の差で同じ教室に座った事は殆どないけれど実は龍鳳よりも先にその学科を学んでいたのだと指揮官へと誇ろうとして身体を力ませた怪我人がそのせいでまた痛みに呻きを漏らす。

 

「っつぅ・・・、元々は中村二佐が私達に適当な事ばっか言うから、これ以上あの人に騙されない様にって姉妹艦誘って始めたんだけど・・・ははっ、不知火は途中で辞めちゃうし黒潮は舞鶴基地に行っちゃったわ」

「陽炎、そう言う重要な事は先に言っておけ・・・」

「重要だと思うんなら部下の情報ぐらい把握しておきなさいってば、貴方は私達の司令官なんでしょ、ねぇ木村三佐?」

 

 口の減らない愉快そうな笑顔を見せる陽炎の態度へと呆れとも疲れとも分からない顔で溜め息を吐いた木村は自分の疑問は解決したが新たに現れた釈然としない感情に眉をしかめた。

 

 部下である艦娘達の情報の把握と駆逐艦娘は軽く言うが指揮官として彼女らの情報を管理する側である木村から見ると艦娘達は生まれ持っての学習能力の高さから幾つもの選択授業(スケジュール)を掛け持ちしている場合が多く。

 この場にいる小学生にしか見えない朝潮ですら教員である研究室職員から修了と単位を認められた科目の数は彼女達の義務教育(高校卒業相当)とも言える基本教科を除いてすら30を超えている。

 

 あえて木村を弁護するならば彼が指揮官として鎮守府に着任してからずっと指揮下にいる陽炎や朝潮の様な艦娘は実は珍しく。

 部下になったと思ったら一身上の都合で居なくなる事もある艦娘達が備えた情報量は読むだけで眩暈がする程であり。

 そして、その全員がむやみやたらに多い選択授業を好き勝手に受講している為に彼女達の備考(特技)欄の行数は資格取得(通信教育)が趣味の人間のそれを大きく上回り、あろう事か一か月ほど暇が有れば(出撃が無ければ)一つは間違いなく増える。

 そう言う意味でも常に変化し続ける彼女達のプロフィールを完全に把握するなどそうそう出来る事ではない。

 

 なので、決してこれは木村の怠慢と言うわけではないと追記しておく。

 

 それはさておき(閑話休題)

 

「それで陽炎が言っていた改造にはどの程度の時間が掛かる?」

「はい、えっとぉ・・・、そうですね、そんなに手間取るって事はないと思います。 要はあの中から増幅回路と水晶基幹を取り外すだけですから」

 

 ちゃんとした工具は無いが代用品が無いわけではないと龍鳳はついさっき黒い円柱の整備口をこじ開けた際に使った平べったい鉄片を竈の灯りにかざして見せ。

 

「配線を切るのもキャンプキットのナイフやハサミが使えますから」

「・・・それってもしかして朝潮が今、魚捌いてるヤツの事?」

 

 ふと見れば、自分の知識の及ばない話題であると割り切った朝潮型の長女が近くに転がっていた平たい岩に洗ったビニールシートを被せ、その上で子供の手と刃渡り数cmの小型ナイフが行っているとは思えないほど見事に(スズキ)が三枚に下ろされていく。

 その様子を指す様に顎をしゃくった陽炎の言葉に桜色の袖を行儀良く膝の上に揃えて龍鳳は顔を明後日の方向へと逸らして呟く様にちゃんと洗ってから使いますと返事を返した。

 

・・・

 

「提督、先ほど話されていた方法で外へ救援を求めると言う事なら明日はここで待機と言う事でしょうか?」

 

 少し潮の香がする夕食が終わり人心地着いた頃合いを見計らったのか古鷹が艦娘を代表して竈の火に追加の練炭を入れていた木村へと声をかけ。

 その言葉への返答に迷う様に口元を一文字にした指揮官は天井の灯りがあった時には見えた黒山の峰とその先にあった謎の紐の方角へと顔を向ける。

 

「確かに遭難時のセオリーなら救助を待つ際には下手に動かない方が良い・・・そうするべきだろう」

「はい、了解しました。 それじゃ、みんなも・・・」

 

 救難信号が外の味方に届くかどうかは不明だが木村は彼女の言う通りこの場に留まり安全を確保していた方が体力や物資の消費を抑えられるだろうと考え。

 自分の指示に了承と頷きを返して努めて明るい調子を見せている古鷹が他のメンバーと寝るまでの間にやっておくべき事の相談を始める様子をぼんやりと眺める。

 

(俺は古鷹に、いや、全員に無理させてしまっている、か・・・)

 

 そして、座っていても生暖かく吹く山の風に髪を弄ばれながら自衛官として学んだルール通りの方針を口にした指揮官だが、その頭の中では妙に強く記憶刻まれていた恐ろしくも雄大な夕日色の山陰が何故か呼び起こされていた。

 

(もし、あれがこの限定海域の中心だったとしたら・・・間違いなく脱出の手掛かりがあるだろう)

 

 赤黒い浮島の針路を日本から引き離す為に真夜中の海を並走していた先輩(中村)が通信機ごしに言っていた、自分達が閉じ込められている限定海域が海上へと浮上する原因となった深海棲艦の姿を思い出す。

 

(だが、そこには戦艦レ級が変異した姫級が居る可能性が高い、艦橋のレーダーや羅針盤には反応は無かったがここから探知出来なかっただけで隠れていないとも限らない)

 

 連絡の目途は立ったが残り少ない物資で食いつないで来るかどうかも分からない救援を待つよりもあの天井と紐で繋がった山頂を目指し障害を排除してこの領域からの早急な脱出を目指すべきではないか。

 

(それがどんな姿をしているのかも、どんな能力を持っているのかも分からない・・・今の戦力では近づくだけでも危険、無謀だ)

 

 しかし、外の常識が通用しない何から何までが異常なこの空間で先達が積み上げてきたノウハウは、それが正しいのだからと自分に言い聞かせている決まり事(ルール)は通用するのか。

 

(だが、それでも、事を焦った無謀な行動で状況を混乱や悪化させるよりはマシだ、そのはずなんだ・・・)

 

 その普通(・・)の遭難時に従うべきセオリーに頼って時間と物資を浪費している間に自分の横で今も身体を苛む痛みに耐えている陽炎が力尽きてしまったとしたら。

 それは未練がましく自衛隊員としてのルールに頼って命令を押し付けた自分が見殺しにする様なものではないか、と。

 

(なら、どうすれば良い・・・さっき龍鳳に頼んだ方法すら確実じゃないと言うのにっ、俺にどうしろって・・・)

 

 極論すれば自分の下した判断は本当に正しいのか、と言うついさっき終わった話を蒸し返す様な未練がましい自問自答が木村の頭の中で取り留めなくグルグルと堂々巡りしていた。

 

“ねぇ”

「・・・なんだ?」

 

 いつの間にか眉間にシワを寄せながら目を閉じていた木村は不意に掛けられた呼びかけへと何気なく顔を上げて返事をする。

 

「え? 司令官、どうかされましたか?」

「いや、・・・今、誰か何か言ったのか?」

「いえ、朝潮からは特になにも」

 

 その指揮官の声に山の麓から運んできた海水入りのドラム缶の水を使って調理や夕食に使った道具類を洗っていたらしい朝潮が振り返ったが、木村の要領を得ない問いかけに駆逐艦娘は小さく首を横に振った。

 木村のすぐ横で微睡んでいた陽炎が二人の声に薄目を開け、暗い中で円筒の発信機の外装を開いてその装置の改造を始めている龍鳳やその手伝いとして灯りや力を貸している神通と古鷹も石組み竈の近くに座る青年を見る。

 

「提督、お疲れなら先に休んでもらっても・・・」 

“・・・けて”

 

 目に見えて気疲れが見える彼の顔を心配して相手を安心させようと笑みを浮かべた古鷹の表情が次の瞬間、聞こえた微かな声で驚きに変わりその声の相手を探す様に暗闇の荒れ地を見回した。

 

“・・・”

「私にも聞こえた・・・これ誰? なんか通信(・・)っぽい感じで聞こえるんだけど・・・」

“・・・”

「もしかして精神の混線!? 通信が繋がるならっ・・・加古に、あれ? でも、さっき提督もって」

“・・・居た”

 

 それぞれが作業の手を止めて周囲にそれらしい存在を探すが夜闇の中に見えるのはせいぜいが野営地の頼りない灯りで岩や石ころが作る長細い影ぐらいのものだった。

 

「警戒態勢! 朝潮は提督と陽炎に付きなさい! 龍鳳さんは私達の後ろに!」

 

 木村の不審そうな呟きを切っ掛けに正体不明の声に気付いた艦娘達だが神通の発した声ですぐさま体に纏っていた霊力の光を強めて態勢を警戒へと切り替え、彼女達の身体から溢れた光粒が火の粉の様に暗い地面へと落ちる。

 

“助けて” “・・・(“声を”)だよ” “苦し・・・(“かも”)

“・・・お願い” “閉じ” “・・・(沈む)

“溺れて”  “このままでは”

 

 まるでその強まった霊力に刺激されたかのように頭の中へ直接話しかけてくる奇妙な声がその声色の数を増やした。

 

「誰だっ? どこにいる!? 」

 

 ともすれば風のそよぎと勘違いしてしまいそうな程に微かに届く聞き覚えの無い声は同時に複数の相手から掛けられている様で輪唱の様に重なり、加えて遠く近く彼らの周りを取り巻く様に聞こえてくる為に距離感すら判然としない。

 それは木村にとって正真正銘の心霊現象、いくら不可思議な能力を持つ艦娘達との生活に慣れている指揮官であっても真夜中の荒れ地の真ん中でその様な状況に遭遇すれば正体不明の存在への恐怖に狼狽えもする。

 

 自分の周りで身構えながら警戒を始めた神通達の姿が無ければ自衛官として常に冷静である様にと精神を鍛えられた木村ですら情けない醜態を晒して恐慌に陥っていただろう。

 

どうか聞いて欲しい(“聞こえてるでしょ?”)

 

 そして、警戒と戸惑いに揺れる彼らの目の前にふわりと何処からともなく風に乗って宙に現れた蛍火の群れが闇の中で集まり人の形に見えるモノを作り出し、朧げに透けた褐色が荒れ地に吹く風で揺らめきながら姿を現す。

 

―――が諦めてしまう前に(“せめて―――さんだけでも”)

 

 荒波の様にうねる白髪と女性らしい体つきが暗闇にうっすらと光りながら浮かぶその光景は不気味でありながらも幻想的でもあり木村達から言葉を奪うには十分な威力があり。

 

過去に縛り付けられている―――を(私達が背負わせてしまったから)

 

 助けて、と今にもほどけて散りそうな儚い光が口を動かした。




 
何故か艦娘全員が選ぶ為に基本科目と化している選択教科。

【ボイラー技士(一級&二級)】
【小型船舶操縦資格】

まさか、原型が船であるが故の本能なのか・・・?

なお、上記の資格が鎮守府で生活する艦娘にとって役に立った試しは一例たりとも無い。

ちなみに生徒が少ない選択教科ワースト3。

一位【ひよこ鑑定】(通算0人)
二位【盆栽教室】(少し前は何人かいた)
三位【農業実習】(数人が受講中)
 


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第九十一話

 
自爆装置が起動してもカウントダウンが始まるまではどれだけ道草を食っても大丈夫。



って・・・んなワケあるかっ!!


 それは新旧様々な船の残骸が無造作に積み重ねられた鉄屑の山とでも言うべきか。

 

 無理矢理に上からかけられた重圧によって椅子の様に形成されたそれは巨人となった艦娘の視界ですら見上げる事になる程に巨大。

 その山の頂上にあったその威容が放つ迫力にぽかんと口を開けて見上げている俺の中の現実と常識が急激に狂っていく気さえした。

 

(遠近法も何もあったものじゃないな)

 

 敵の反応は無いと分かっていても見ているだけで自分の正気を疑いたくなる歪なオブジェクトから俺は目を逸らして無為に後ろを振り返るが、その先には蛇の様に曲がりくねった長い坂道と無数の深海棲艦の死骸が転がる山の平地と言う地球のどこを探しても存在していないだろう驚異の、いや、狂気の世界だった。

 何から何までが俺と言う人間が築き上げてきた常識を押し潰しかねない程の威力を見せつけてくる。

 

《提督、彼女達が・・・》

「道案内か、朝潮、ついて行けるか?」

 

 朝潮が指差す艦橋の外側、ふわりフワリと今にも空気にとけて消えそうな朧げに揺れる幾つかの光が上へ上へと向かって飛んで行く。

 それを駆逐艦娘である朝潮が目で追えば巨大な椅子の上、薄っすらと光が灯り始めた白灰色の天井とそこから吊り下がる黒い血管の様な紐束がモニターの正面に拡大された。

 

《はい! 司令官、問題ありません! お任せください!》

 

 ここまでの文字通りに龍の背中を歩く様な山道は蛇行していたので距離は長かったのだが、人間ならば踏破に数日はかかるその長さのおかげか勾配はあって無いようなもので不思議と足場も悪くなく。

 旗艦を代わる代わるにしながら仮眠を取り朝潮、神通、古鷹の三人が平均時速にして60km程の早歩き(速度)で進んでくれた事で艦橋に座っていただけの俺は寝不足気味ではあるが瞼が少しヒリヒリする事以外には特に疲労せず、この広大過ぎる異常な空間の中心であり最も高い場所へと後少しと言う地点までやって来れた。

 

「鬼が出るか、蛇が出るか・・・」

「昨日の夜、あの娘達が言っていたのが正しいなら、ここに深海棲艦なんて一匹もいないらしいけどねぇ」

「彼女達の“声”が本当の事を語っていたのなら、だがな」

 

 宙で揺らめく光、この限定海域に閉じ込められているという艦娘の魂達が不意に俺達が登れそうな段差の上で留まり、案内でもしている様にその場で集まっては揺らめき離れるという動きを見せる。

 段差と一言で言ってしまったが考えてみれば何とか普通の人間でもよじ登れそうな数mの高さから登山に慣れた人間でも四苦八苦するだろう十mを超える物もあると言う目の前の事実に自分の中の障害物の大きさに対する基準がズレている事に気付かされた。

 とは言え俺がどれだけその事で悩もうと戦闘形態となっている今の朝潮にとっては少し高い階段か軽く登れる壁程度でしかなく、駆逐艦娘は人魂達を追いかけてそれらを簡単に乗り越えていく。

 

「あの声で、司令は信じられない?」

「必死さは感じたが、それは彼女達が嘘を吐いていないと言う保証にはならない」

 

 深海棲艦の残骸や大岩がゴロゴロと無造作に道を塞いでいた麓や神通が命綱無しでよじ登った600mの大絶壁と比べれば、距離が長いだけの龍の背中もこの巨大な椅子も大した障害には感じないと言うのは単純に慣れてしまったからか、それとも俺の中の危険を感じる部分が麻痺し始めているのか。

 

「それにここが深海棲艦の体内であると言われてもな、正直に言えば現実味が無さすぎる」

「それはまぁ、ホント何がなんだかって、感じだけどさぁ」

 

 艦橋の円形通路に寝かされている銀色のアルミシートに包まった陽炎の姿にも違和感を感じず、ここに来るまで自分から彼女へ他愛ない話を振る事などしていなかった事を含め、改めて考えると自分の精神状態が良好なモノではないと分かる。

 

(尤も、それを確認したところで何の意味もないわけだが・・・)

 

 数時間前、もう天井に光が差し始めているわけだから昨日と言うべきだろう。

 

 生温かい風が吹き抜ける山頂の平地の夜中、明日に備えて野宿を始めようとしていた俺達の目の前に人魂(ヒトダマ)としか言いようがないモノが現れ、その淡い光が集まって人の形を成した声達が伝えてきた話の内容に唖然とさせられてから随分長く時間が経った様に感じる。

 

 今、巨大化している朝潮の艦橋で起きているのは戦闘形態を維持する為の指揮官である俺と体中に骨折と打撲を負い鎮痛剤が無ければ眠る事も出来ない程の重症であるのに掠れた声で軽口を叩いている陽炎だけ。

 

 崖の上で発見した発信機を利用して救難信号を発信してその場で外からの救助を待つはずだった俺達は突然に表れた人魂達の不明瞭な上に重なって聞こえると言う聞き分ける事すら難解な声が伝えてきた無茶苦茶な内容に愕然として仮眠もとる暇も惜しんで更に上へと向かう登山を再開する事になった。

 

 指揮席から後ろを振り返ればつい先程、巨大な椅子の手前まで山道を登っていた神通が艦橋の後ろ側の床に座り込み全周モニターと手すりの足に背中を預けて静かに眠っており。

 神通の前に旗艦だった古鷹も同じ様に寝ているが自分の障壁と周りで揺れる人魂達だけが頼りの暗闇によるストレスと即席の救難信号発信装置による消耗が抜けていないらしくその顔は少し険しく見える。

 そして、その二人に挟まれて寝ている龍鳳は少し緩んだ顔をしているが彼女にも深海棲艦の残骸が無数に転がる平地で見付けた鎮守府研究室で製造された特殊な発信機を手元も覚束ない夜中、それも僅かな時間で艦娘用の装備へと改造すると言う無茶をさせてしまった。

 

「なのに、俺は座っているだけか」

「座ってるからこそよ・・・司令が一緒に居てくれるからこそ皆頑張れるんだから」

 

 自嘲した俺に向かって、もちろん私も頑張ってるんだからね、と少し図々しい物言いをする陽炎の顔をちらりと見れば肌に脂汗が見える駆逐艦娘が二ッと笑みを浮かべ、俺は鎮痛剤の残りが少なくなくなった事を思い出して苦虫を噛む。

 

(時間が無い、そんな事は言われなくとも分かっている・・・)

 

 その情報をどうやって知ったのか、どうして今になって俺達の目の前に現れたのか、陽炎達が揃ってそうだと断言していなければ俺にとってはその風に揺れる人魂は不気味な心霊現象でしかない。

 だが、荒涼とした平地の暗闇の中で風にかき消されそうな光達は微かな声で必死にその言葉を、今の俺達にとって無視できない情報を伝えてきた。

 

 それは・・・。

 

 ここが突如海上へと黒い渦と共に浮上したあのグロテスクな浮島では無く、その中に居たと言う巨大な深海棲艦の身体の中に作られた限定海域である事。

 加えて何かしらの理由で不完全だったその深海棲艦、恐らくは姫級であろうそれが完全な形となって動き出すまでもうほとんど時間が残されていない事。

 

 そして、姫級が自らの身体を造り上げる為の材料として手当たり次第に周りにあった物を取り込んで形作った限定海域の中に居る生存者は俺と陽炎達のみ・・・。

 

 ではなく、もう一人存在していると言う事。

 

 そうして光粒を散らしながら声を伝えてきた艦娘の魂達だが何故かその最後の一人の名前の部分だけは切り抜かれたように空白となっており、その聞こえない名前を繰り返す度に褐色の肌を持った女性を形作った魂の集合体がもどかし気な表情を浮かべる様子から俺は彼女達ではない誰かが意図してその部分だけを隠している様に感じた。

 

(それにしても、その誰か(・・)がここから脱出する事を可能とする手段を持っている、・・・それは本当に信じて良い話だったのか?)

 

 外の状況がどうなっているかは分からないが今回の作戦に参加していた先輩達はこの限定海域を内包した深海棲艦を追跡しているだろう。

 拾った発信機を改造した艦娘の識別信号(IFF)増幅装置を装備した古鷹が真っ暗な夜道を歩きながら外へと発信した信号も届いていると信じたい。

 

 だが、艦娘の魂達が光を散らしながら訴えてきた姫級深海棲艦の目覚めが・・・。

 いや、重要なのは姫級が今は眠っているという部分、もしその深海棲艦が活動を始めたならば俺達の置かれた状況は間違いなく悪化するだろう。

 

 外側があの泥を吐き出す浮き島だったのなら何らかの対処法が確立され或いは救助の望(先輩達の艦隊が何とかして)みはあったのだろうが(くれたかもしれなかったが)

 魂達が言う様にこの不自然な空間が自分で海を歩き人を襲う怪物の中であると言うならたった五人の生存者を助け出す為だけに自衛隊が動くとは思えなかった。

 

(考えたくは無いが完全体となって目覚めた怪物が日本へ、もしくは他国へと進撃を始めれば必然的に自衛隊はそれを撃破する為に攻撃を開始する・・・それも俺達ごと)

 

 日本国民(一億二千万人)の安全と俺達(六人)の救出、そんな事は誰に聞いたって天秤にかけるまでもない話だと言うだろう。

 

 仮に撃破に失敗したとしても中村先輩達なら姫級を日本から引き離して追い返すことが出来るはずだが、撃破出来たとしても逃走を許したとしても、どちらにせよ俺達にとって生存と脱出の望みが断たれると言う事を意味している。

 

 神通の経験のおかげで水の確保は安定しているし、幸運にも登山中に見つけた潮溜まりで魚などの食料を手に入れる事も出来る事を考えれば過酷な環境ではあるが年単位は無理にしても俺の命が数日で尽きるわけではない。

 だが、艦橋に持ち込んだ備品で治療に使える医療品は応急処置用である為に潤沢な量があるわけではなく、その薬剤も殆どをここまでの道程で既に使ってしまっており。

 仮にこれからこの限定海域で俺や古鷹達が最大限まで生き延びて奇跡的に救助される日が来たとしても間違いなく、その時、そこに陽炎はいない。

 

(認められるか・・・そんな事っ)

 

 鎮痛剤は節約して使っても残り3回分あるかどうか、安静にさせていると言っても半死半生となった陽炎の命がこの狂った閉鎖空間の中でどれだけの間を耐えられるかどうかは彼女の精神力次第となっている。

 

《司令官っ!》

 

 自衛隊のみならずあらゆる軍事組織の指揮官が当然に背負わなければならない義務と責任が今、俺の目の前に陽炎の命と言う目に見える形となって、そのルールの重みに負けそうになり弱音を漏らしかけた俺は艦橋に突然響いた朝潮の声に顔を上げた。

 

「朝潮、どうした?」

《電探に感あり! 本当に・・・艦娘の反応があります! 生命反応、場所はあの上です!》

 

 その報告に慌てて自分の目の前にあるコンソールパネルへと視線を走らせればレーダーの情報を表示する画面には朝潮以外の味方の色で表示された小さな光点が存在していた。

 戦闘形態である朝潮と違い人間サイズであるらしいその光点から読み取れる情報は殆どなく、だが、朝潮が指さす方向に存在する鼓動する様に点滅するその反応はそこに居る艦娘が生きているのだと知らせている。

 

「さぁ、鬼が出るか、蛇が出るか・・・まっ、どっちにしろ会ってみないと分からないわね」

「気楽に言ってくれる、だが、確かにその通りか」

 

 おどける陽炎へと俺がボヤいたのとほぼ同時に背後でゴソゴソと音が聞こえてそちらを横目に見ると口元に手を当てて欠伸をしている龍鳳、寝起きで目元に浮かんだ涙を指で拭う古鷹、軽く腕のストレッチを始めた神通の姿があり。

 言うまでもなく先ほどの朝潮の報告で目を覚ましたのだろうと納得した俺は彼女達へと警戒しつつ待機せよと指示する。

 

 そして、メインモニターに映るのは海藻や錆に塗れた船が巨大な椅子の背もたれの側面で船底から甲板に向かってネズミ返しにも似た反りを持った鑑首を斜め上に向けている様子。

 商船や客船とは異なる船体の形状と大きさからかつては軍艦だった、それもかなり古い時代の艦首が滴らせる海水の滴がはっきりと見える場所までやってきた時。

 

「そんな・・・、そんな事って」

 

 俺の命令に従ってメインモニターに向かい周囲の警戒監視を始めようとしていた神通が朝潮が見上げる艦橋も煙突も無く元の形すら定かではない残骸に向かって目を見開き狼狽えた様な声を漏らした。

 

・・・

 

 無数の船が積み上げられた鉄くずの椅子の一部となり斜め上ある白灰色の天井へと船首を向ける戦船の中、不意に立ち止まり手を伸ばした神通が傾きひび割れた軍艦の壁を撫でて言葉にできない想いに顔を歪める。

 

「神通、そこに何かあるのか?」

「いえ、何でもありません、こちらです」

 

 しかし、軽巡艦娘は背後から掛けられた木村の声に未練を払う様に頭を振って歩き出す。

 

「ここから通り抜ければ、前方甲板に向かう階段があるはずです」

「随分と古びているが、覚えていると言う事か」

「忘れられるわけがありません・・・()はこの船だったのですから」

 

 その船の横っ腹に開いていた人が余裕で通れる破壊跡から踏み込んだ七十年もの間、海底に沈んでいた軽巡洋艦(神通)の中を歩いている軽巡艦娘(神通)がその顔に憂いと悔い。

 

「でも、まさか、こんな所にあるとは思っていませんでした」

 

 そして、懐かしさを綯い交ぜにした複雑な想いを宿す微笑みを浮かべて自分の後ろに続いている木村達へと向けた。

 

ぁ・・・、そっか、そうなんだ

「陽炎、なんだ?」

「ぇっ、ううん、何でもないから気にしないで」

 

 傷付いた身体を保護するアルミシートに包まれたまま木村の背に背負われている陽炎は小さく彼にしか聞こえない程度の呟きを漏らしたがそれを指揮官から聞き返されても何でもないと返す。

 その言葉を切っ掛けにオレンジ髪の駆逐艦娘は自分達がこの限定海域に飲み込まれる数時間前に遭遇した雷巡チ級を先頭にした輸送艦隊らしい敵の姿、そして、その艦隊の輸送艦であるワ級がその胴体である球体の中に入れて運んでいたモノが何であったかを思い出していた。

 

(つまり墓荒らしって事じゃないの・・・それどころか好き勝手に壊して押し潰してこんな形に・・・やって良い事と悪い事ぐらい分かりなさいよ、深海棲艦っ!)

 

 無数の漂流物が流れ着いていたと言う海岸、今まで自分達が登ってきた黒岩の山脈、この軽巡洋艦神通を含めた数え切れないほど大量の船の残骸が何者によって集められて積み重ねられたのか、その答えに気付いた陽炎は同胞の原型を蔑ろにされた苛立ちに歯を食いしばるが敢えてその予測を誰にも伝えず胸の中に留め。

 もしかしたら、外側から見えないだけでかつて自分(陽炎)だった船もこの悪趣味な椅子の材料になっているかもしれないと考えが過り胸の内で騒めく怒りを何とか手に握るお守り袋でなだめる。

 

「さっきは朝潮が登ろうとして船底に穴を開けしまって。 神通さん、本当に申し訳ありませんでした!」

「そんなに何度も謝らなくても、すぐに言わなかった私にも落ち度はあります。 それに名残惜しくはありますが・・・私と共にいた彼ら(・・)が居るのはもうこの船ではありませんから」

 

 これは役目を終え魂も離れた後に残された骸の船、と小さく自分に言い聞かせるように呟いて胸元に手を添えた神通はその心臓に重なり自分を励ましてくれている鼓動()に表情を緩めて傾いてはいるが記憶(思い出)通りの場所にあった階段へと梯子を登る様に手足を掛け。

 

「提督、・・・ありがとうございます」

「何のことだ?」

 

 船体と同じ様に膨大な時間と水圧によって朽ちかけているそれの強度を確かめ、不意に左右の毛先に向かって弧を描く前髪を揺らしながら神通は自分の後ろに居る木村へと振り返り礼の言葉とはにかんだ笑みを向けた。

 

()を壊さないでくれた事に、です・・・」

「朝潮が掴んだだけで破損する程の劣化だからな、下手に外からよじ登れば倒壊する可能性があった、急いだせいで転げ落ちては本末転倒だ」

「ふふ、・・・これの強度は問題ないですけれど、念の為に私が先に上がります」

「ああ、頼む」

「はぁ、ちょっとマシになったと思ったら、この司令はぁ・・・って

 

 少し恥ずかしそうに声を揺らして階段を上っていく軽巡艦娘に向かってとぼけたわけでは無く本心から出たぶっきらぼうな調子でそう言った指揮官の後頭部へと駆逐艦娘の頭突きが当たり。

 

「もぉっ! 見えちゃうでしょ!」

「は? なにが、ぐぅっ!?」

 

 後ろからの奇襲による痛みで呻きを上げた木村は鈍い痛みによって階段を登っていく神通の背中から経年劣化でヒビだらけの床へと視線を落とした。

 

「いきなりなんだ、ふざけているのか!」

「ふんだっ!」

「あ、・・・あのっ! 次は陽炎と提督が登ってください、私達、もしもの時に下で二人を受け止められる様に備えますのでっ!」

 

 顔を上げ眉を顰めいきなり攻撃を仕掛けてきた陽炎に抗議する木村だがそれに対する返事は反省の見えない鼻息だけであり、背中に圧し掛かる駆逐艦娘の突然な犯行(反抗)の不可解さに険しい表情を浮かべた青年は後ろから聞こえた古鷹の言葉に首を傾げ。

 

「いや、陽炎を背負っているとは言えこの程度なら問題なく登れると思うが・・・ん?」

 

 そう言って振り返った先、自分から数歩離れた場所で妙にスカートの裾を気にしている三人の艦娘の姿を見てから一拍おいて何かに気付いた木村は短い母音(あっ)を一つ漏らしてものすごくバツの悪そうな顔で逃げる様についさっき神通が登って行った階段へと手を掛けた。

 

 そして、この閉鎖空間で最も高い場所に位置する軽巡洋艦神通の甲板へと出た一行はそこに広がっていた光景に唖然として立ち止まる。

 

 そこでは見上げれば手を伸ばせば届きそうな程近くに見える白灰色の天井はまるで呼吸する生き物の腹の様に撓んでは生温かい風を船の残骸で作られた玉座へと吹き下ろし。

 その天井から垂れ下がった黒い血管の束が軽巡洋艦神通の艦種甲板と噛み合う様に繋がった野球場程の大きさの広場の中心へと垂れ下がり。

 見ればかつて神通だった船に入るまでは木村達の道案内をしていた人魂達が船の外側を飛んで来たのかその黒い血管の束の根元で手招きする様に揺らめいていた。

 

「・・・ねぇ、司令、レーダーの反応だとここにいる艦娘は生きてるって言ってたわよね?」

 

 天井から垂れ下がっている黒い幹から枝が分かれした管は下に向かう程にさらに細く数え切れない程に分かれ、ガラスと岩が混ざり合い鉄の骨組みで作られた凸凹だらけの半球体に無数の管がしな垂れかかる様に絡みついている。

 

 生温かい風が吹き抜ける山の頂上にあった割れた卵の様な形の何か。

 

「あぁ、そのはず・・・だ」

 

 そして、それの内側に見える黒い枝に宙吊りにされた人影に陽炎と木村は怖気に揺れる声を漏らした。

 

「あれ・・・本当に生きてるの?」

 

 その姿を敢えて形容するならば見えない十字架に磔にされた女性とでも言うべきか。

 

 身に纏う破れた衣服はみすぼらしく、どれだけ長い間切っていないのか足の下まで伸びた黒髪は垂れ下がってまるで海藻の様に海水の溜まったガラスの半球へと浸っている。

 さらにその宙にぶら下げられた身体の胸、腕、脚、背中とあらゆる場所へと黒い管が刺さってその女性から血を啜る蛭の様にも、逆に血を与える点滴の管にも見える黒い血管が僅かに蠢いている様子は形容し難い悍ましさとなって木村達を絶句させた。

 

「だが・・・ここまで来て引き返すわけにもいかない、か」

「提督、何かあればすぐに出撃の命令をっ」

 

 あまりにも予想外な光景に喉を引き攣らせながらも陽炎を背負っている木村は慎重に足を進めて黒い大樹とも言うべきそれへと向かい。

 その不安と恐れを押し殺しながら前へと歩を進める指揮官の後ろで古鷹達が周囲に目を配りながら彼に続いて歩き出した。

 

・・・

 

 ミシミシと殻が割れる音に薄っすらと紅い灯を宿した眼を開き、徐々に崩れて落ちる外殻の向こうから太陽の光が降り注ぐ眩しさに目を瞬かせた深海棲艦はゆっくりとその体を起こし、その動きに合わせて豊かに波打つ白い髪の房がツンと上向いた双球を隠す様に垂れ下がる。

 

 新品の身体に触れる毛先の感触がすぐったく、軽く手を動かそうと目覚めた(再誕した)ばかりの深海棲艦が腕に力を入れた途端、その新たな身体(船体)を鋳造していた黒い外殻(浮きドック)が巨大な質量の衝突によって内側から弾け飛び。

 自分の右側で鋼の軋む音を立てて振り上げられた黒鉄の腕と幾つもの巨大な主砲が突き出した三つの大顎が赤い炎を揺らめかせる様子に産まれたばかりの姫級深海棲艦は紅い目を丸くして自分の身体に唖然とした。

 

 自分の意志に従って振り上げられたそれは今までに見たどの同族よりも大きく逞しく、まさしく最強の名に相応しい偉容を誇り。

 その力の持ち主となった白亜の身体と黒鉄の腕を得た個体は日の光に晒された自らの身体を改めて確認する。

 

 大き過ぎて少し動かし難いが左右三つずつ牙を剥き出しにした大顎が開く両腕はかつての自分が備えていた艤装(尻尾)が豆鉄砲に思えるほど主砲がそそり立ち、それを護る為に空に向かって砲身を並べる副砲と無数の機銃類が彼女の意志一つで忠実に動く。

 見下ろした白く滑らかな(装甲)はまだ製造されたばかりである為か風の動きすらくすぐったく感じる程に敏感だがその内側から溢れて編み上げられた障壁の艶はまるでどんな攻撃であっても無意味であると言っている様で。

 背中側にある為か自分自身の眼で見る事は出来ないがそれでもはっきりとその存在を感じる格納庫ではより性能と形を洗練された艦載機が自分の命令を待って整列している気配があった。

 

 新造された戦艦の目覚めによって役目を終えた黒い屋根と壁がバラバラと砕けて全てのエネルギーを主に注ぎ込んだ仮初の艤装が海の中へと昏い粒子へと解けて溶けていく。

 

 開いたドック(船渠)(出口)から長くしなやかな右脚を恐る恐る伸ばせば水面に(船底)が触れる感触すら小気味良く。

 伝承の中に描かれる美の女神の再現と言っても過言ではない美貌から笑みがこぼれる。

 

 他者からあらゆるモノを簒奪して産まれた破壊神の再現体。

 

 後に人間達によって南方棲戦姫と言う名で記録される事になる深海棲艦は口元の笑みを深め鋼色に艶めく左足を曲げて身体に引き寄せ、それと同時に白く艶めかしい背筋が撓り。

 まるで弓に番えられた矢の様に鋭い鉄の爪先がまっすぐにまだ崩れていない正面の壁を狙う。

 直後、静から動へと急激な変化によって振り抜かれた鋼鉄のロングブーツが破裂する空気ごと黒壁を粉砕し。

 朽ち始めているとは言えまだ下手な合金より硬く10m以上の厚みがあるそれを容易く突き破っても巨大な脚による爆発の様な風の勢いは止まらず、空の下に蒼く広がる海面が暴力的な蹴りの余波で割れて空高く水飛沫が舞い上がった。

 

 良い、実に良い、最高だ。

 

 ふとした戯れによって巻き起こった光景にゾクゾクと歓喜に震えて屍蝋色の頬を紅潮させ、駆逐ロ級から南方棲戦姫へと進化を遂げたイレギュラーはゆったりとした動きで風通しの良くなったベッドの上から立ち上がり。

 その腰が浸かっていた底部の溜まっていた泥から持ち上がった尻に身体を鋳造する際に材料となった残滓が纏わりついてきたが、まるで弾かれる様に玉となって滑らかな肌の上から滑り落ちていき。

 そして、一片の汚れすら許さない白一色の中に唯一、両脚の付け根を隠す様に逆三角形の薄い鋼板が残る。

 

 崩れ去っていく黒い卵殻(浮きドック)を背に頂点へと至った深海棲艦が広い海原へと進水し。

 感嘆の吐息を漏らしながら願った通りの姿と力を与えてくれた昏い輝きを疼かせている水晶の存在を確かめる様に、愛でる様に。

 括れた腰の中心、自らの支配する領域(資材庫)に繋がる楕円に窪んだへその内にあるそれを撫でる。

 

 その仕草はお腹を撫で空腹を主張する子供の様にも見え、これ以上無いほど成熟した身体の持ち主がするにはアンバランスな姿だった。

 




 
ソレニシテモ(まだ足りない)

アァ(そうだ)

オナカガスイタ(私にもっと力を)
 


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第九十二話

 
必ず鎮守府へ帰るからと、手を振る仲間と約束を交わした。

その時にはもうそこから逃げ出すつもりだったくせに・・・。
 


 黒岩の山頂と白灰色の天井を繋げる全長100mはあるだろう黒い管が寄り集まり束になった太い幹から枝分かれて垂れ下がる無数の細い管、生物の内臓を思わせる有機的なそれが絡み付くガラスと岩を溶かし固めた歪で大きな半球の中、枝垂れた柳にも見える不気味な枝の先端にはぼんやりとした青白い光が風に揺らされていた。

 深海棲艦の作り出した異空間に囚われた艦娘部隊の指揮官である木村隆とその部下である四人の艦娘達が一歩、一歩と慎重にそこへと近付いていくと山頂を吹き抜ける風よって黒い枝の中から泥土の生臭さが流れて彼らの鼻を刺激する。

 そして、生温かい風で揺れる垂れた枝先にぶら下がる幾つもの霊核とその中心に吊り下げられた人影に全員が言葉を失い立ち尽くした。

 

 そこに居たのは辛うじて上着とスカートと分かる以外は元の色やデザインがどうであったのかも分からないほど汚れたボロ布を纏う女性としてはかなりの長身の持ち主。

 頭から水を被ってから何の手入れもなく放置されたらしい黒髪はその顔を隠す様に張り付き、背中に流れる長髪は身長よりも長く伸びて足元の水面へと垂れ下がり、水に沈んだ毛先はゴワゴワした海藻にも見える有り様。

 

 直径10m程の割れたガラスと岩の殻の中で海水が溜まった池の手前に立ち止まり言葉を失った木村達が見つめる先、ぼんやりと光る艦娘の魂を収めた結晶と艦娘であろう女性が黒い簾の下で揺れる奇妙な光景。

 踏み込めば木村でも胸まで水に浸かるだろう深さを考えなければあと数歩近付けば触れられる距離に吊られている女性は正面に菊花が刻まれた首輪で口元を隠し身動き一つなく項垂れていた。

 

「この人って・・・誰? 司令は知ってる?」

「いや、行方不明になった艦娘の名簿があれば確かめる事も出来るんだろうが・・・」

 

 しかし、既に処罰された前基地司令達が原因とは言え自衛隊が組織的に行ってしまった過去の失態を外部に広めたくない以上に艦娘達に知られたくないと考えている上層部によって閲覧するだけでも面倒な手続きが必要な上に資料室から持ち出し厳禁とされているその資料が彼らの手元にあったとしても目の前にいる艦娘の名前は分からないだろう。

 それ程までに変わり果てた無惨な姿を晒す名も知れない艦娘の姿と霊核達が深海棲艦に囚われている様子に木村達は歯噛みして息苦しそうに表情を曇らせる。

 

「司令官、すぐに助けましょう! 彼女達をこのままにしておくわけにはいきません!!」

 

 有り余るいたたまれない光景に立ち止まっていた木村と陽炎の後ろで明確な憤りの声を発した朝潮が立ち尽くしている指揮官の横を通り身軽な動きでガラスと岩でできた池の淵へと上り一番手近にあった霊核を吊り下げる黒い枝へと手を伸ばそうとした。

 

「いや、待て朝潮っ、まずは状況の確認をっ!」

 

 明らかに深海棲艦の一部であろう黒い()を下手に刺激しては何が起こるか分からないと木村が声を出し、見るからに異様な状態の同胞を救う為にと警戒を忘れ直情的な行動を行おうとしている朝潮を止めようとしたと同時。

 

「・・・そこに誰か、いるの?」

 

 ともすれば山頂に吹く風でかき消されそうな程に弱弱しい声が木村達へとかけられ、生臭い臭いを漂わせ澱んだ池の淵に登って黒枝に手を伸ばそうとしていた朝潮が背後から聞こえた声で肩を跳ね上げて恐る恐ると言った様子で声の主へと振り向く。

 そして、その場に居た全員の目が微かに脈打つ黒い枝に吊るされた艦娘へと向かい、彼らの前で鉄錆の浮いた太い首輪に隠れる様に伏せていた顔がゆっくりと持ち上がり血の気を失った肌に張り付いた前髪の下で生気を感じない鳶色の瞳が開いた。

 

「あなた達は・・・そう、あなた達も彼女(・・)に食べられてしまったのね」

 

 夢遊病者の様に意志を感じない虚ろな瞳を彷徨わせ自分が吊るされている池の縁に木村達の姿を見つけたその艦娘はやつれた顔に空虚な笑みを浮かべる。

 

「まさか意識があるのか? 君は、いったい」

「私の事なんて・・・、どうでも良い事よ」

 

 相手の正体を確かめようと声を掛けた木村だがその言葉に重ねる様に自分の事を詮索されたくないという意志を感じる言葉(拒絶)が遮り、彼が着ている砂埃で汚れ前襟を開いた状態の上着に付けられた階級章を見つめるその視線を細めて身動ぎした艦娘の足元で錆びた鉄靴が水面に触れていくつかの波紋が広がる。

 

「すまない、失礼した。 我々は鎮守府に所属する艦娘部隊の」

「・・・貴方の事も、どうでも良い事だわ」

 

 相手を刺激しない様に自分の所属を明かそうとした木村の言葉へと再び愛想も素っ気も無い言葉(拒絶)が告げられ、明らかに自分達と会話をする意思を持っていない恨めし気な表情で見つめられた青年は言い知れない怖気に息を飲む。

 いや、その虚ろな瞳がゆらゆらと自分から他の艦娘達へと向くと僅かに目元が緩み懐かしそうな表情が見え隠れする様子から理由は分からないものの、ここにいる者の中で彼女が拒絶している相手は自分だけなのだと木村は気付く。

 その若干視線が定まっていない瞳が宿す木村(人間)に対する嫌悪に気付いた事で二の句が継げ無くなりかけた指揮官の肩へ不意に重みが掛かり。

 重みが乗った自分の肩へ振り向いた木村へとオレンジ色の前髪を揺らす駆逐艦娘が彼の肩にあごを乗せながら自分に任せろとでも言う様にウィンクして見せた。

 

「私達の何が気に入らないのかは分かんないけどさ、お話ぐらいしてくれても良いんじゃない? 司令も私達も貴女のお仲間さんに呼ばれてはるばるこんなとこまで登ってきたんだからさ」

「・・・仲間? 私の・・・?」

 

 巨大な椅子の頂上へと登る前に使った鎮痛剤のおかげか少し怠そうではあるが喋る調子はいつも通りである陽炎の気安い態度に吊るされた艦娘は僅かに首を傾げ、明らかに木村が話しかけた時とは違う驚きにも似た表情で彼の背に背負われている駆逐艦娘へと焦点を定める。

 

「そっ、日焼け肌のかっこいい人、貴女と同じぐらい背も高い、他にもなんか色々な艦種の子が混じってたみたいで分かり難かったけど、・・・その人は戦艦だと思う」

「日焼け・・・戦艦、・・・ぇ? 声を、聞いた?」

 

 陽炎の言う存在に心当たりがあったのか虚ろだった鳶色の目が覚醒する様に何度か瞬きを繰り返し、大げさにも見える動揺に揺れたその視線が木村へと向けられたと同時にその表情が冷え固まる様に強張り険しさを明確にした。

 

「それなら・・・その声を聴いたと言うのなら、何故その人間(・・)をここに連れてきたの?」

「見れば分かると思うけど連れてこられたのは私の方なんだけど、まっ、ちょっと汚い髭面になってるけどこの人は私達の司令官よ、一緒にいるのは当然じゃない、それに一番初めにその声に気付いたものこの人なんだから」

「司令官ですって? ますます意味が分からないわ、今の時代の日本軍は権威を振りかざし馬鹿みたいな命令を平気で口にするハラワタの腐った俗物の集まりなのよ、貴女達はそれを分かっているの?」

 

 その男も貴女達を騙す為に態度を取り繕っているだけではないのか、とセリフだけなら初対面の木村を疑いこき下ろしている様に聞こえるがその態度を良く見れば彼に背負われている陽炎やその近くで呆気に取られている他のメンバーを心配して忠告する様な表情と口調で黒枝に吊り下げられた艦娘は背中へと重く垂れた髪を震わせていた。

 

「なんで、そんな言い方・・・ぁ・・・ぁあ、そっか、ちょっと考えれば分かる事じゃない」

「どうした、陽炎?」

 

 自分にだけ敵対的な態度を見せる彼女との会話で何かが食い違っている感覚を訝しみ首を傾げた木村の背中で陽炎がうんざりとした表情を浮かべて溜め息と共にその言葉を吐き出す。

 

「彼女とここにいる子達は【捨て艦戦法】の犠牲になった艦娘なんだわ」

「捨て艦? 確か先輩達が着任する前に行われていたと言う・・・」

 

 自衛隊の艦艇や一般の船舶に接近してきた海の怪物に対して碌な武装を持たせずに艦娘を人間サイズのまま海に放り捨てる様に囮に使うと言う社会と道徳を学んだ人間が聞けば立案者の正気を疑うその軍事作戦の出来損ないを頭の引き出しから呼び出した木村は目の前の艦娘が自分へ嫌悪を向けるのも無理はないと心中で呻く。

 

 太平洋全体を見ても深海棲艦がまだ数える程しか居なかった6年前に一番初めの艦娘が生み出されてから急激に敵が数を増やしていいった4年前まで鎮守府が置かれた基地の司令部と士官達によって積極的に行われていた戦法。

 能力的には優秀だが頭の中身は色々と残念な二人の青年士官(お人好し共)が着任した事で終わりを迎えた艦娘運用法の皮を被った妨害工作、正式名称は別に存在しているのだがそんな事など知った事ではないとばかりに彼らがそれを指して【捨て艦戦法】であると嫌悪と共に吐き捨て。

 その話を聞いたもしくは実際に被害にあった艦娘達にとってその呼び名は余程しっくり来たのか驚くほどの早さで鎮守府中に広がり定着した。

 

 そして、現在の艦娘の待遇が改善された鎮守府を知らないどころかこの狂った場所に延々と閉じ込められていた目の前の彼女が自分達を最悪な苦境に陥れた自衛隊に所属する士官を見ればどう言う反応を見せるかなど一般常識を知る人間ならば簡単に予測できる。

 仮に目の前の彼女が人間側のバカげた悪行の犠牲になりながらも救出されてから数か月程度で立ち直って再び戦場に戻る事を受け入れた神通の様に特殊な(鋼の精神を持った)艦娘であったとしても、今この様な状況で目の前に木村(自衛官)が立つ事など許す事も認める事も出来ないだろう。

 

「貴女はここに閉じ込められていたから知らないと思うけれど、今の鎮守府は私達を蔑ろにする様な場所じゃなくなってるんですよ!」

「それに司令官のおかげで朝潮達は深海棲艦にも引けを取らない力を発揮できます! 司令は艦隊になくてはならない方です!」

 

 木村と陽炎の横に踏み出した古鷹がフォローをすれば池の淵に立っている朝潮がフンスと胸を張って自分達は彼の存在によって敵と互角に戦えるのだとその意気込みを主張する。

 ただそれは相手にとって仲間の仇と言っても過言ではない嫌悪の対象である自衛隊員を弁護する同胞と言う理解に苦しむ光景となっており。

 

さっきから何を言ってるの、この子達は

 

 池の上に吊るされている艦娘は頭痛を堪えるように顔を顰め首元の錆びた首輪の菊花紋章へと落胆を呻くような吐息を漏らした。

 

「自衛隊の間違いによって苦痛を受けた君は自衛官である俺を恨む権利がある、謝罪ならばいくらでもしよう、だが、不躾なのは分かっているが今の我々はこの限定海域から脱出する為の手段を求めてここに辿り着いた、何か心当たりがあれば・・・」

 

 駆逐艦娘を背中に背負ったまま頭を深く下げて木村は自分達をここまで導いた艦娘の魂達の声の真偽を確かめる為に声を上げるがその言葉は教えて欲しいと言いかけた所で目の前の艦娘の態度によって尻すぼみに途切れ。

 木村の視線の先ではいつの間にか彼らから完全に顔を背けた艦娘が今にも破裂しそうな怒りで眉と目尻を吊り上げながら歯を食いしばる様に口元を一文字に引き結んでいた。

 

「ねぇ、せめて名前ぐらいは教えてくれても良いんじゃない? いつまでも貴女とかじゃ呼び難いでしょ?」

「私は、私には名乗る名前なんて・・・もう、無いわ」

「お名前が無いって? えっと、それどう言う事なんでしょうか?」

 

 木村の言葉には顔を不愉快そうに顰めて完全に無視したが陽炎と龍鳳の問いかけにはある程度は返事を返す様でここまであからさまな対応の温度差に青年士官は自分が所属している組織の失態を今更ながらに恨む。

 下手に自分が話しかけるより陽炎達に任せた方が相手を刺激せずに済むのだと分かっていても部隊の指揮官である自分が部下に頼り切りになる情けなさは木村の顔に影を差した。

 

「無いのよ、誰も守れなかった、誰も助けられなかったくせにっ、それなのに最後まで生き残ってしまった私には与えられた名前を名乗る資格が・・・無いの」

 

 池の上で苛立ちから陰鬱に沈んだ表情へと変わり震える声がぽつりぽつりとどうして自分達がこのガラスと岩で作られた檻に閉じ込められたのかを話し始め。

 伏し目がちに艦娘はかつて共に海に立っていた仲間達の成れの果てが魂の光を揺らめかせる果実の様に垂れ下がっている黒枝の柳を見回す。

 

「だから、皆にも失望された・・・そこに居るはずなのに、誰も声も聞かせてくれない・・・あなた達が聞いた声と言うのもきっと気のせいよ」

 

 その口から吐き出されるのは鎮守府が完成して始動を始めた最初期に目覚めた艦娘の一人である彼女が心身に受けた数え切れない程の苦痛。

 

 与えられた名前に期待を寄せてくれる仲間に応えられなかった事、言葉を交わした相手の命が伸ばした手の先から零れ落ちていく事を止められない自分自身への不甲斐なさ。

 

 見た目だけを取り繕う事ばかりに腐心する現代の軍人達への憤りと軽蔑を口にしながら恨みを表情に乗せて艦娘は木村を睨みつける。

 

 木村の立場から見れば、地を這う様に重たい声で彼女が語る非人道的な囮作戦が行われていた時期の彼はまだ高校を卒業して防衛大の門を叩いたばかりの少年と言っても良いような年齢と立場であり個人的には彼女の恨み言は全くのお門違い。

 だが自衛隊と言う組織に所属する者であると己を規定している彼はそれもまた自分の責任であると飲み込み神妙な顔でただ自分への敵意を宿す鳶色の瞳と向かい合う。

 

「でも、そんな私達の努力は何の意味もない・・・、いえ、むしろ艦娘と言う存在そのものが無駄だったと言うべきなのよ」

「・・・無駄って、そんな事無いですよっ! 貴女はここに閉じ込められていたから知らないのは無理ないけど私達の本当の力は深海棲艦をっ」

「ちょっと身体が大きくなって大砲を担いだ程度の力なんて焼石に水・・・彼女(・・)の様な実体を持った災害の様な存在に敵うわけがない」

 

 艦娘本人が言う自らの存在を否定する言葉に対して木村の横に立つ古鷹が理解も同意もできないとばかりに眉をひそめて声を荒げるがその声に切り返す様に告げられた予想外の言葉に木村達は息を詰まらせた。

 彼女自身の言葉を信じるなら彼女は艦娘の待遇が最悪だった時期しか知らないと言ったも同然であり、そして、鎮守府の環境改善の切っ掛けである艦娘がその身に備える戦闘形態の発動など知るはずもない。

 木村達がこの船の残骸で組まれた頂上へと登る直前に旗艦として巨大化していた朝潮も瓦礫の崩落を恐れて人間サイズへと戻った為に黒い枝垂れに拘束され半球の池から動けない彼女がそれを見る事も出来ないはずである。

 

「見ていたわ、それとも見えてしまったと言うべき・・・? まるで白昼夢を見せられている様に、私に繋がるこれの先に居る彼女の目を通して・・・」

 

 そう言って顔を自分の胸元や肩などの肌地に薄く霊力の光によって浮かぶ幾何学模様へと刺さる黒い枝垂れ枝へと向け。

 

「そこに居る人間があの姿とどう関係するのかは分からないけれど・・・」

 

 空を切り裂く様な光の剣を寝床に振り下ろされて微睡みから無理やりに起こされた不機嫌さに共感させられ(従わされ)

 月明かりの下、泥の中から未完成の身体を引きずり出して自分に迫る敵の姿を捕捉した紅い炎を宿した瞳と視界が重なり合い。

 ピーピーと喚く意味の分からない鳴き声が煩わしい弱者を叩き潰すつもりでまだ造りかけの力を夜の海へと振り下ろした。

 

「それだけじゃない、私の中に彼女の、あの子の記憶が流れ込んできた」

 

 驚異的な力を揮った深海棲艦の中に飲み込まれ身体を繋がれたと同時に見せられた夢(共有させられた記憶)、地の底から引き寄せ手に入れた能力によって変化を繰り返す身体で彷徨った海原。

 見覚えのある艦娘達(仲間の姿)が明らかにおかしい寸法の身体と見た事のない武装を纏い自分へと襲い掛かってくる幾つもの情景。

 最後に見た未完成とは言え明らかに死を逃れられない筈の砲撃の中から手傷を負った味方を連れて(曳航し)逃げ出していく駆逐艦娘の様子にはひどく混乱させられたけれど、と深海棲艦の一部として繋がれている艦娘は歪な苦笑を浮かべる。

 

「私はこの中に閉じ込められてからずっと深海棲艦がどういう存在なのかを見せられてきた、貴女達よりもよっぽど彼女達の計り知れない力と止まる事を知らない数を知っている」

 

 そして、頑なに自らの名を明かさない艦娘は失敗に気付かない無知な子供を諌める大人の様に哀れみを感じさせる表情を浮かべ、姉妹艦を含めた仲間達と共に沈んだ海の底で君臨していた怪物に囚われていた艦娘はその目が見た信じがたい光景を語り。

 

「そんな私だからこそ、言えるのよ」

 

 この巨大な山脈を造り上げて女王の様に振る舞っていた深海棲艦が抵抗も虚しくさらに強大な力を持った深海棲艦に容易く取り込まれた姿に感じた諦観によって矮小な自分(艦娘)達は怪物達の体の良いオモチャか生贄として用意された存在だったのだと理解を心情を吐き出す。

 

「全部、前の大戦と同じなのよ。 全ては誰かが書いた筋書きの通りに進んでいるだけ、どれだけ懸命に立ち向かおうと抵抗しようと駒でしかない私達は最後により大きな存在に押し潰される事が決まってる」

 

 かつての自分達が駆り立てられ多くの人命を無駄死にさせた大戦争の様に艦娘がどれだけ抵抗しようと深海棲艦との戦いの結末は人類の敗北で終わる事が既に決められているのだと幽鬼の様な顔の艦娘が嗤う。

 

「いえ、決まってしまったと言うべきね・・・だって、もう彼女は起きてしまったのだから」

「・・・君が先程から言う彼女とはいったい、誰の事を」

「ふふ、もう誰も止められないわ、遅かれ早かれ皆食べられてここに落ちてくる、私やあなた達の様に・・・」

 

 この領域を支配している強大な深海棲艦が目覚めたのだ、と静かな言い方ながら鬼気迫る雰囲気を纏う深海棲艦の代弁者となった艦娘の姿に固唾を飲んだ木村は昏い愉悦と共に自分を見下ろす視線から逃れようと顔を背け様とした。

 だが、その動きを押し止める様にぴたりと押し付けられた陽炎の頬に青年は驚き目を見開く。

 

「はぁ~、何よそれ・・・めそめそ、うじうじと、なっさけないわねぇ」

「何ですって?」

「聞こえなかった? ならハッキリ言ってあげる、目開けてんのに寝言吐いてんじゃないわよっ!

 

 孤独に追い詰められ常識の外側に居る怪物との肉体的精神的な共感を強制されると言う気が狂っても仕方ない環境に居る相手へ叩きつけるにはあまりにも乱暴な陽炎の言葉にぶつけられた本人だけでなく木村を含めた同艦隊のメンバーですら白目を剥いて絶句する。

 

「要するに前の自衛隊に嫌がらせされたから私達の司令の事も気に入らない、そんで深海棲艦はとっても強くて私達じゃ敵わない凄いのも居るんだよ~、でもそれもこれも全部誰かが勝手に決めた運命のせいだから私は悪くないも~ん! って言いたいんでしょ? そんなの情けないって言う以外にどう言えってのよ」

「な、なっ・・・!?」

 

 わざと茶化す様に相手の神経を逆撫でするつもり全開の言葉を躊躇いなく言い切りこれ見よがしに肩を竦める陽炎へと黒枝に吊り下げられた艦娘は何度も声を詰まらせながらもついさっき木村へと向けた嫌悪の視線よりも強い怒りを瞳に宿して満身創痍で自分の足で立つ事も出来ない駆逐艦娘へと鬼面を向けた。

 

「それに・・・そんな事、改めて言われなくても分かってんのよ」

 

 一拍の後に身体から霊力の光を溢れさせて足元の池へと撒く怒り心頭の艦娘が放つ肌を刺す痛みを錯覚する程の威圧によって作り出された沈黙に木村達はたじろいて後退りするが彼の背に居ながらその威圧を意に介さぬ陽炎が脱力の溜め息と共に続きの言葉を紡ぐ。

 

「か、陽炎、何を言っている・・・迂闊な事は!?」

「深海棲艦の方が性能も物量も上回っているなんて事を実際に戦ってる私達が気付かないわけないでしょ、私なんか調子に乗って無茶やったせいでこの有り様、指一本動かすだけでも死ぬほど痛いわ」

 

 大学時代に何度も世話になった(振り回された)先輩士官と同じ様にその場の空気を読まずにワザと波を荒立て引っ掻き回す陽炎の言動にこれでは目の前の相手と友好的な話どころか敵対関係にまで発展しかねないではないか、と脂汗を浮かべて狼狽えながら木村は正体不明の艦娘と重傷を負った部下の間で視線を行き来させ。

 ただ慌てる青年の予想とは裏腹に黒枝に吊るされた艦娘は相手の意図が読めない訝しみに眉を顰めて木村に背負われた陽炎を見下ろしてはいたが逆に自分を見上げてきた駆逐艦娘の穏やかな微笑みを浮かべた表情を見て呆気にとられ首を傾げた。

 

「でもね、私も貴女も生きる事を諦める事は許されない、理由は違うけれど絶対に生きて鎮守府に帰らないといけない」

「何を言うかと思えば下らない、無駄な足掻きと分かっていると言ったくせに吹けば飛ぶ埃の様な命が惜しいのね?」

「私の方は司令がゴチャゴチャ面倒臭い規律とか規範とか理由にしてだけど、それでも生きろって命令されたから・・・そして、貴女は・・・」

 

 吊るされた艦娘が哀れみで笑みを作る様子を気にする事無く自らの頭上にある枝垂れ枝にぶら下がった艦娘の魂の光へと視線を巡らせた陽炎は銀色のシートの中、胸元で握ったお守り袋の感触を確かめながら強く意志を込めた顔を諦観に囚われた同胞へと向ける。

 

「ここにいる皆から生きる事を諦めて欲しくないって、せめて貴女だけでも助かって欲しいんだって願われているからよ」

 

 木村達へと歪な笑みを向け様としていた艦娘は陽炎のその言葉に目を瞬かせ何を言われたか理解できない様子で笑みを引っ込め。

 

「・・・は?」

 

 足の下の池まで伸びる汚れた黒髪を重そうにしながら自分の回りに居るかつての仲間達の物言わぬ姿を確認してから心底意味が分からないと言う顔でもう一度、自分をまっすぐに見上げてくる陽炎を見下ろした。

 




 
 本人の望む望まないに係わらず、他人からの想いは託され続ける。

 いつか支えきれず倒れるその日まで。
 


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第九十三話

 
【 作戦目的 】

勝利条件
1.20ターン以内に戦闘マップから脱出する。

敗北条件
1.制限時間の経過
2.―――の説得失敗
3.味方艦娘及び指揮官の死亡

MVP獲得条件
・限定海域内に存在する全ての霊核を回収する。


 

「・・・はっ」

 

 駆逐艦娘の発言によって戸惑いに固まりかけた顔が嘲笑うような表情へと入れ替わり形の良い口元から漏れた声は失笑の音となって黒い柳の下へと落とされる。

 

「よくも、・・・よりにもよってそんな戯言をっ」

 

 長い間まともに喋れない状態に置かれていたからか喉から絞り出された掠れた声が内包する地を這う様な怒りに呼応して黒い枝が生える様に刺さった肌の上で幾何学模様(装備増設端子)が激しく明滅する。

 そして、澱んだ池の上で霊力の活性化によって怒りに震える艦娘の体中の増設端子から焦げた臭いと煙がうっすらと立ち上った。

 

「事実よ」

 

 そんな憤怒の火を体中から立ち上らせている名無しの艦娘へと陽炎は満身創痍の自分を背負ってくれている指揮官の背からしっかりと顔を上げて怯む事無く自分の言った事に間違いなど無いと告げる。

 

「嘘よ!!」

 

 何かが焦げる臭いと同時にブチブチと細い紐が千切れる音が聞こえ、歯を剥き出しにして叫びを上げた艦娘が怒気に染まった視線と黒い血を足元の池へと落とす管がぶら下がった右手を陽炎へと突き付けた。

 意図せず猛獣の尻尾を踏んだのではない、自分の背に乗っかっている駆逐艦娘が目の前の相手の逆鱗をわざと攻撃する様な真似をしたのだと木村が気付いた時にはもう取り返しがつかない程に池の上に吊り下げられた艦娘は敵意を自分達全員に向け。

 

 鬼気迫るその迫力に驚いた朝潮が足をもつれさせ地面に転び、古鷹達も仰け反って後退りする程の迫力に顔を強張らせた木村も一歩後ろへ下がりかけ。

 だが、保温シートの中から出てきた陽炎の傷付いた手が震えながらも彼の肩を握った感触に何故かわけも分からず青年士官はその場に踏み止まる。

 

「皆、私のせいで死んだ! 駆逐艦も、巡洋艦も!! 武蔵だって、私のせいで!! だからきっと私は皆に恨まれてる!!」

 

 苦しい状況でも思いやりを忘れず共に励まし合った仲間が敵の砲弾で砕けていく様子をただ見ている事しか出来ず、庇われ続ける後ろめたさから逃れる為に鎮守府で待っていると約束を交わし別れた仲間に背を向け。

 あまつさえ最後の囮作戦を生き残った戦友達を連れて逃げ出した先で深海棲艦の襲撃を受け全員を海の藻屑へと変えたと言うのに姉妹艦に庇われておめおめと生き残った。

 そして、海の底で怪物の飾りとしてただ眠り続けた役立たずの自分に、仲間殺しも同然の所業をやってしまった艦娘に生きていて欲しいなどと彼女達が言うはずがないと半狂乱になった艦娘が叫ぶ。

 

「さっきはその子達の声が聞こえたからって、私を助けろと頼まれたと言ったわね!? でも、そんな筈ないのよ! もし本当にそんなモノが聞こえたなら武蔵達は真っ先に私に死ねと言うに決まってるんだから!! だけど、それさえ聞こえない、言ってくれない!!」

 

 泣き喚く様な声に合わせて横に振られた手が周りに吊り下げられている艦娘の魂が揺らめく水晶体を指さし、その中の一つへと向いた鳶色の瞳が怒り、恐れ、悔み、複雑に入り交じった感情を溢れさせ透明な滴が足元の水面へとポタポタと落ちていく。

 

「何も・・・あの子達はもう死んだの、そこにあるのは何もかも忘れ切った船御霊・・・だから、そんなのは、嘘なのよ・・・」

「貴女とこの子達の間に何があったのか私は知らないし、いまさら知りようがない、でも、ここにいる皆がどうして貴女に話しかけなかったのかその理由ならなんとなくだけど分かる」

 

 怨嗟を吐き出す様な悲痛な叫びが途絶え落ち着いたと言うより疲れ果てたと言うべき表情を浮かべた艦娘は黒い枝の拘束が解けた右手をだらりとぶら下げて虚ろな瞳で陽炎を見下ろす。

 

「それはこの子達がまだ諦めてないからよ、深海棲艦の領域にあるにしても身体を失った時点で分解する筈の霊核がこうして形を残している事が何よりの証拠なの」

「いい加減にして頂戴、これ以上、知った風な口を叩くなら」

「でも、霊核から少しでも離れれば魂の光は散る! 一言でも喋ればそれだけ心が擦り減る! 数秒でも姿を見せれば艦娘として過ごした記憶を失っていく!!」

 

 これだけ怒声をぶつけても自分を真っ直ぐに見つめてくる相手にもう話しかけて欲しくないと顔を背けようとした艦娘は正面からぶつけられた先ほどの反撃とでも言う様な大声に怯み目を見開く。

 

「司令や私達に話しかけてきた声は微かで儚くて聞こえ辛くて、でも私達をここに連れてこようと必死だった。

 当り前よ、人としての身体がもう無くなってるこの子達には霊核の中に思い出を留めておく事すら難しいんでしょうね・・・文字通り命懸けだったのよ」

 

 陽炎が語る言葉で木村は昨日の夜、闇の中に現れて脳内に直接聞こえる音ではない声を伝える度に散っていく蛍火と儚く揺らめく人影とその人の形を失って自分達を山頂へと案内する様に人魂から光粒が徐々に解けながら舞い落ちる夜道を思い出した。

 まるで燃え尽きる寸前の蝋燭の様に、死の間際に地面へ落ちていく蛍の様に小さくなり数を減らしていきながらも自分達をここまで導いた魂達が支払っていた代価が何であったかに木村は気付き。

 自分達がここへ辿り着く事が文字通り魂を削る彼女達の計り知れない奮闘に見合う成果と言えるのだろうか、期待に応えられるのだろうか、と胸中に湧き上がる不安と重責に震えだしそうな身体に息を詰めて歯を食いしばり抑え込む。

 

「今まで何も言わず、何も言えずに耐えていたのよ、きっと貴女と一緒にここから脱出するチャンスを待って自分達の記憶を守っていたんだわ」

「な、なにを言っているの・・・そんな事、あるわけ・・・」

「艦娘が蘇生された場合には前の記憶を全部失うって話は貴女も多分知ってると思う、でもね、最近じゃその中に例外な子が何人か居る事が分かったの」

 

 先代艦娘の記憶の一部を持ったまま蘇生された若しくは不意に思い出した艦娘達は研究室が行った聞き取り調査によって十数人ほどいる事が確認され、その調査からたまたま漏れた又は意図的にその記憶を隠している艦娘がいる。

 その証拠に陽炎の友人である艦娘の中には研究室への申告をせずに先代の記憶を隠している者もおり、そんな前の記憶を受け継ぐ彼女達の存在こそが殉職した艦娘が何かしらの方法で次の身体に自分の記憶や経験を受け渡す事が出来ると言う事を証明していた。

 

「完全な記憶を持っての復活は無理にしても皆は貴女とならここから脱出できると信じているのよ、そして、それと同じぐらいに貴女に助かって欲しいって願ってる、そう言ってた・・・」

 

 穏やかに語りかけてくる駆逐艦の声に吊るされた艦娘は狼狽えキョロキョロと周りの様子を見回すがその視界に見えるのは山頂に吹き付ける風で揺れ動く黒い枝垂れと物言わぬ霊核の群れ。

 

 ふとその頭を過るのは海の底、ガラスと岩の檻の中で微睡む自分の身体を包んでくれていた光の温かさ、少なくともそこには自身に対する恨みや怒りは渦巻いていなかった事を思い出す。

 

 何一つ陽炎の話を肯定するモノなど無いと言うのに自分の近くで風に揺れる姉妹艦の魂が宿る水晶がまるで励ます様に青白い光を揺らめかせた様な気がして自らの名前を封じている艦娘は瞳を震わせて目尻に涙を浮かべた。

 

「貴女が深海棲艦の目を通して見た艦娘の本当の力、同じように深海棲艦と繋がれた事でそれを知る事ができたこの子達は艦娘として生きた記憶を失うリスクを負ってまで私達に呼び掛けた、貴女を助け出せる希望を見出したから」

 

 彼女達はたった一人生き残った仲間を助ける為に信用できるか分からない藁(木村達)へ自分達の記憶を賭けたのだ、とそう言い切って沈黙を守る霊核達の意思を誰かに急かされる様に勢いのまま代弁した陽炎は不意に続きの言葉を言いよどむ。

 

「それで・・・っ」

 

 根拠の無い直感ではあるがその先の言葉を伝えれば目の前の艦娘は彼女自身が不本意であっても自分達に協力してくれるだろうと言う確信が陽炎にはある。

 ただそれをすると自分は司令官達と助かりたいが為に目の前の彼女にとって大切な仲間達を人質に取る様な事を口にする恥ずべき艦娘となってしまうぞ、と強い後ろめたさが胸の内で騒めいた。

 

「・・・そ、それで?」

 

 いつの間にかその表情は怒りでも失望でもなくなり、まるでこちらを恐れているかの様に声を震わせているのにその言葉の続きを促す相手へと顔を向けたまま陽炎は胸元でお守り袋を握りながら声を詰まらせる。

 

「何があっても責任は俺が取る、お前の好きにやれ・・・どうせもう彼女にとって俺は敵役だ」

 

 躊躇いに固まりかけた駆逐艦娘の身体が不意に揺らされ、軽く揺する様に陽炎を背負い直した木村がいつも通りの仏頂面を少女の顔に並べて目の前の池の上にいる艦娘を真っ直ぐに見上げ。

 その硬く不愛想な指揮官の声に支えられた様にふっと心と体が軽くなった感覚、それが自分を内側で見守ってくれている霊核もその後ろめたい考えに渋々ながら理解を示してくれたのだと理解した陽炎は意を決して口を開いた。

 

「それで貴女はどうする? このままここで全員で深海棲艦の餌のまま終わるか、私達と協力して一緒にここから脱出するか」

「・・・無理よ、さっきも言ったでしょ? 私達は彼女には敵わないって、あの深海棲艦が持っている全てを混ぜ合わせてしまう力の前では・・・」

「いいえ、貴女にとって重要なのはこの子達が(記憶)を使い果たしてないって事、だから敢えて言うわ、・・・今ならまだ間に合う(・・・・)かもしれないわよ?」

 

 そして、指揮官の言葉とお守りを頼り後ろめたさを表情の裏に隠した陽炎は肩を竦めてまるで軽い確認の様に告げ、その言葉を聞いた薄汚れた艦娘は口元をワナワナと震わせながら今にも泣きだしそうな程に動揺で顔を歪める。

 

「それに貴女の協力が有れば間違いなくここから脱出できる、私と司令は貴女よりも貴女の能力を知っているんだから」

 

 もしかしたら失った仲間達と再会できるかもしれない希望と自分の目で見て心身に刻みつけられた深海棲艦の圧倒的な力に対する恐怖の間で身動きが出来なくなった艦娘は歯を食いしばり震えながら苦し気に呻く。

 

「でも、私には皆に合わせる顔なんか・・・恨まれてる私なんかが(“恨んでなどいないさ”)・・・ぇ?」

 

 あと一押し足りなかったか、と悔しそうに眉を顰めた陽炎だが目の前の艦娘が不意に戸惑った様な表情を浮かべて顔を上げ、駆逐艦娘とその指揮官は何気なしに彼女が視線を追った。

 

「・・・あっ!」

 

 そして、木村と同じく陽炎と名無しの艦娘の言い争いの傍観者となっていた朝潮が不意に声を上げ、その大きく見開かれた瞳に周囲の霊核から溢れ出した光粒の輝きが映り込む。

 

“もっと早く”  “伝えられたなら”

 

 白波の様に揺らめきながら宙を舞い(散り)池の真ん中に吊り下げられている艦娘の前へと霊力の光粒が人の形へと結ばれ泳いでいく。

 

「ぁ、ぁぁ、そんな、何で・・・ホントだったの?」

 

 激しい動揺に震えながら目を見開き右手で口元を押さえ、無数の黒い血管に囚われた艦娘がポロポロと涙を溢れさせ、自身の目と鼻の先に現れた光粒で形作られた朧げな人の形と向かい合って嗚咽を漏らす。

 木村から見えるその人の形は手足が纏まらずぼやけ髪や肌の色も精彩を欠いており、辛うじて昨日の夜に自分達の前に現れた人物と似ている事が分かる程度だった。

 

「っ!? だ、ダメよ、出てきちゃ! 記憶が、心が無くなっちゃうんでしょっ!? 今も散ってるじゃないっ! 私なんかの為に光がっ」

 

 人間である木村には分らずとも艦娘である者達には見るだけでその朧げな光が魂を振り絞って編まれている事が分かり、同時にそれが空気の揺らぎ程度にすら解けて消える儚い努力である事を知る。

 

“言ったはずだ”

―――の姉妹であれた事が誇りだと(アナタと共に海を行けた事が)

 

“生きる事を諦めないで” “私達が”(私達を)

 

“―――が”(―――さんが)  “消えてしまっても(“助かるのなら”)

 

“覚えていてくれるだけで”  “十分だから(“かも”)

 

 

 涙が伝う汚れた頬に指の形もままならない手が添えられ宙を泳ぐ光粒がそっと白い髪が揺れる額を合わせてその声を伝え、引き留める様に伸ばされた手の先をすり抜け力尽きた無数の蛍火が水面へと落ちていくが、その中の一部は垂れ枝を揺らす風に邪魔されながらも諦めずに霊核へと戻っていく。

 

「待って、私はっ・・・武蔵っ! みんなっ!」

 

 何が切っ掛けで魂の光が現れたのかは分からない、もしかしたら彼女達も水晶の中で陽炎との会話を聞いていたのだろうか、と木村は目の前で起こったどうしようもなく物悲しくそれでいて幻想的な光景をただ見つめる。

 そして、人魂が結晶の中へと帰り、突然に訪れた黒い枝垂れ枝の中で失ったはずの仲間達との邂逅に嗚咽を漏らして涙で顔をぐしゃぐしゃにした艦娘がただただ水面へと透明な滴を落としていた。

 

 だが、時間をおいて落ち着いてくれれば少なくとも先ほどの口論の様に険悪なやり取りではなくある程度の情報提供は望めるだろうと彼女から視線を外して木村は自分達の置かれた状況を頭の中で確認する。

 立て続けに攻め立てる様な駆逐艦娘の言動の片棒を担いだ指揮官は今は好きなだけ泣かせてやるべきだろうと頭の中で独り言を転がした。

 

「とは言え、彼女達の“声”が言っていたここにあると言う脱出の手段は見つかりそうもないか」

 

 黒い枝垂れの下で気が滅入りそうな泣き声を聞きながら小さく嘆息した木村は改めて自分達が黒い山と白灰色の天井の間に居る事を思い返してここまでの道のりが徒労に終わりそうな予感に愚痴る。

 

「ん? 何言ってんのよ、司令」

「客観的な事実の確認だ、何故そんな目で見る」

「え、もしかして司令ったら・・・気付いてなかったの?」

 

 察しの悪い相手を見る様な目を自分に向ける失礼な駆逐艦の言葉に眉を顰めた木村がふと足元で尻餅を着いたままでこちらを見上げている朝潮や相手の鬼気迫る勢いに驚き数歩後ろに下がっていた神通達へと振り返ると何故か全員が陽炎ほど露骨では無いが意外なセリフを聞かされたとでも言う表情で木村を見ていた。

 

「なんだ、何か問題でもあるのか?」

「あっ、・・・そうですよ、皆さん! 提督は普通の人ですから艦娘の私達みたいに気配で艦種を見分けたり出来ないんです!」

 

 そんな部下達からの不可解な視線に晒され居心地悪そうに眉の間のシワを増やした無精ひげの司令官の態度に龍鳳が桜色の袖を合わせる様に手を打ち。

 その声にその陽炎達が納得する様に小さく「あー」と声を漏らした。

 

「気配? 艦種? だから何の事を言っているんだ?」

「まー、何て言うか・・・ねぇ、名無しの艦娘さん、私達に協力してくれる気になったのならそろそろ名前教えてくれない? そうすればこの頭のかったい人もいい加減気付くと思うから」

「おい、陽炎、お前はもう少し言い方を考えろ! それにまだ彼女には時間が必要だ」

「いえ、構いません・・・私もそう言われても仕方ない事を言ってしまいましたから」

 

 仏頂面から不機嫌そうなしかめっ面になった指揮官の事などお構いなしと言った様子で彼の肩を無遠慮に叩いて澱んだ池の前へと向き直らせた陽炎が見上げた先で黒枝の柳に吊るされた艦娘が右手で涙を拭いながらバツの悪そうな表情で、しかし、スッキリとした憑き物が落ちた言い方で木村へと声をかける。

 

「でも・・・正直に言えば私はまだ貴方を、現代の日本軍、・・・自衛隊を信用できません」

 

 そう言って視線を細めるがその瞳に宿っている感情は敵意はなく迷いながらも過去のトラウマを押し止めて自らの目で相手を見定めようとする意志が感じられた。

 

「だから、私がこれから貴方に協力するのはみんなを鎮守府へ連れ帰る為です、でも、もし帰れたとしてもまた自衛隊が私達を裏切る様な事をするのなら」

「・・・分かっている、陽炎が言い出した事が原因なのだからそれも俺が取るべき責任だ、覚悟はある」

「なにその言い方! もぉっ、このこのこの!」

「止めないか! 調子に乗るな!」

 

 不愉快であると主張する様に膨らませた頬を押し付けてくる陽炎の顔を身を捩って避けようとする指揮官の姿に周りの艦娘達が苦笑や微笑みを浮かべて先ほどまでの険悪さや湿っぽさが晴れる様に消えていく。

 

「あなた達にとってどう言う意味があるのかは分かりません、ですが、私の名前が武蔵達を鎮守府に連れ帰る根拠となると言うなら・・・」

 

 そして、二人の漫才じみた様子に池の上で小さく笑う声が漏れ、決意を宿した声によってその場の全員の視線が自然とそちらへ向かう。

 

「私は・・・私の名前は大和型戦艦、一番艦、大和です」

 

 そうしてまだ少し自らの名前に対する抵抗があるらしく躊躇いを感じる声で艦娘が告げた名前、かつて大日本帝国海軍によって建造された史上最強の戦艦を原型に持つ艦娘が隠していた自らの名を木村達へと名乗った。

 

「戦艦大和・・・だと・・・?」

「つまりそう言う事、戦艦の艦娘が居れば限定海域の壁だってぶち抜いて・・・え?」

 

 その姿を見た時点で囚われていた艦娘の艦種が戦艦であると察知していた陽炎だが告げられたその名前は予想外だったらしく目を何度も瞬かせながら指揮官に向けていた得意げな顔があっと言う間に青ざめてワナワナと震え始め。

 

「う、嘘でしょ? 大和ってあの大戦艦の?」

「そう言えば何度か武蔵と・・・まさかここにはあの大和型戦艦のお二人がいると言う事なのでしょうか?」

「うぁ、知らなかったとは言え陽炎、とんでもない人にケンカ腰で・・・うわぁ」

 

 口元に指を当てて思い出す様に神通が呟いた言葉と顔を怖気に引き攣らせた古鷹の声を切っ掛けにオレンジ色のツインテールが悲鳴と共に振り回される。

 

「いやいやいや! 私てっきり旧式戦艦の人だと思ってたのよ! だってこの人、後ろ向きで気弱な事ばっかり言ってたじゃない!?」

 

 木村の背の上で必死に首を横に振る陽炎から全力で繰り出された何の弁解にもならない言い訳と共に今更な謝罪の叫びが生温い風が吹き抜ける山頂に響き渡った。

 

・・・

 

 補給と諸所連絡などの為に連合艦隊本体へと合流する針路をとった拠点艦である【さわゆき】から出撃してまだ数十分、だと言うのに見渡す限り真っ青な空と海には護衛艦の影などもう遠く水平線の彼方。

 

『良いか! 俺達に許された作戦行動時間は二時間も無い、もし一分でも離脱が遅れれば!』

「味方の砲弾が雨あられなんだろ、何度も言わなくても分かってんだよ!」

 

 吹雪の推進機関が最大出力の唸りを上げて海面の波を激しい風圧を伴う革靴が蹴り破って目標地点へ向かい一直線に雲一つない空の下に広がる海原を突き進む。

 旗艦である吹雪を含めた十人編成のおかげで少し手狭になった艦橋に飛び交う報告を聞き流しながら良介のちょいとしつこい注意に向かって大口を叩く。

 

 司令部が決めた指揮官に六人以上を指揮できる許容量があっても旗艦を含めて六人までしか出撃を許可されないと言う邪魔なルールが岳田総理のお墨付きで一時的に取っ払われたおかげで俺は艦娘指揮官として着任し深海棲艦との戦いを経て成長したキャパシティー最大の艦娘達を連れている。

 

『しかし、まさか古鷹のIFF信号が南方棲戦姫から発信されるなんて。不知火の言う通り木村君達は本当に無事だったと言うのか・・・信じられないな』

「信じる信じないはお前の勝手だけどなもう作戦実行の承認は通ったんだ! 四の五の言わずに手伝えっての!」

『くっそ、それが人にモノを頼む態度か!? 修復材やアストラルテザーだけでなく艦娘の増員までゴリ押しして、司令部はカンカンだぞ!』

 

 お前もそれに便乗して伊勢を鎮守府から呼んだくせに、とは口にせず。

 

 良介が叫ぶ文句を鼻で笑い俺はついさっき推進機の出力レバーを最大まで押し上げた結果へ目を向け。

 コンソールパネルのスピードメーターが表示する400knotの数字の証明である身体に押し寄せてくる慣性の重みに顔を引き攣らせつつ口元を吊り上げた。

 

「提督、進路上のマナ上昇がこのままなら後少しで戦闘濃度になるわ!」

 

 改造を受けた事によって発現した異能力の解析を望んだ研究室の要請で出撃を止められていた為に鎮守府に居残っていた俺にとっては世話になりっぱなしの秘書艦。

 今回の為の各種手続きを通信機越しに頼み込んだら何故か現場へ鳳翔と共に現れ、開口一番に説教をお見舞いしてくれた五十鈴は手すりを掴み駆逐艦の全速力に踏ん張りながらも当然の顔をして艦橋に立っている。

 

「はいよ、そんじゃ、良介の方は手筈通り頼むっ! 通信を終了!」

『ああ、了解、・・・馬鹿やって死んでくれるなよ、身内の葬式なんて冗・・・ザザッ』

 

 メインモニターに表示された電探機能(レーダー)へ全力で集中力と精神を注いでいる五十鈴の声で良介との通信を終了して椅子に身体を縫い付けようとする重みに逆らって目の前のコンソールパネルに表示された情報へと目を走らせる。

 どんな怪我もたちどころに治ってしまう高速修復材だが何故か戦闘で消耗した燃料弾薬は戻してくれない為に大型艦故にエネルギーの回復が遅い高雄は【さわゆき】に残った艦隊メンバーと共に防衛線の後方へ下がる事になった。

 だが、その代わりと言っては何だがこれ以上ない程に頼りになる三人の艦娘が俺の艦隊には参戦している。

 俺の座る席の後ろから聞こえる自分に言い聞かせているらしい「大丈夫、大丈夫」と言う呟きには若干の不安が無いとは言えないが彼女がこの作戦の要である事は最早変えようがない。

 

「葬式って・・・そこは幸運を祈るとか必ず成功させろとかカッコいいセリフって言っとけよなぁ」

 

 そして、人工衛星のカメラから見れば日本の南東を台風の様な形で白く塗りつぶす姫級深海棲艦を中心に放出されている半径300kmのマナ粒子で溢れた空間。

 その中心域に入った途端に霊的エネルギーへの耐久性が高い艦娘の通信装備であっても不安定になるのは避けられないらしい。

 領域に近い沿岸では今頃、マナ粒子による電波障害でテレビやラジオが砂嵐を吐いているだろう。

 

「性懲りもなく屁理屈こねたクズには充分でしょ、何が味方本隊の照準補助の為の前線哨戒艦隊よ、ハッキリ言って詐欺師のやり口だったら!」

 

 動力系の調整補助を担当している駆逐艦からの容赦のないお言葉に我ながらそうに違いないと軽薄な笑いを漏らして肩を竦め。

 

「はんっ、表向きはそうでも言わなきゃ木村達六人の為に救出作戦なんかやれるか、実際ポイントマンもやるんだから嘘は吐いてねーよ」

 

 俺と憎まれ口を叩き合う霞を不愉快そうに睨みつけようとした浜風へと俺は気にしてないからお前も気にするなと手振りでなだめる。

 

「それにしてもまだ姿形も見えてないってのに、ははっ、シャレになんねぇなぁ」

 

 良介に言われなくとも死ぬ気なんてサラサラないが、気を抜けば湯気の様に揺らめく空気の向こうに広がる水平線からあの夜に見た黒泥の様な名状し難き何かが見えてしまうような気がする。

 まるで今から挑まないといけない相手が空に流星雨を生み出し灼熱地獄を海の上に作り出せる天変地異が実体を持った様な化け物であるのだと再確認させるかの様に生存本能が見せた錯覚(恐怖)を奥歯で噛み潰して敢えて軽いモノを扱う様に声を絞り出した。

 

「偵察艦隊から入電、外殻はすでに消失、活動開始した南方棲戦姫は接近してきた深海棲艦群と戦闘を行っているとの事です」

 

 ノイズでうるさい音声の中から鳳翔が偵察機を飛ばしているらしい味方艦隊からの通信を巧みに聞き分けて簡潔に目標地点で何が起こっているか知らせてくれる。

 

「もうちょっと寝坊しとけよなぁ、曲がりなりにもお姫様なんだろうに」

 

 仇討ちとか柄にも無い事で頭に血が上ってたとは言え俺がお偉方に向かって人生を棒に振る覚悟で啖呵を切ったのもそもそもは木村と陽炎、お前らのせいだ。

 なのに俺達にここまでやらせただけじゃなく救難信号まで出しておいて「実は死んじゃってました、スミマセ~ン」とかほざきやがったら絶対に許さねぇからな?

 




【任務難易度の選択】

 丁・連合艦隊本隊へ合流(ギミック無し)
 丙・ボスマスへ一回以上の到達(要索敵値)
 乙・南方棲戦姫の本体障壁を破壊(ゲージ制)

→甲・丁丙乙の条件に加え、友軍艦隊の救出


2019/11/10
計算間違いに気付き一部を修正しました。


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第九十四話

 
作戦名ガンガン行こうぜ!(死ななきゃ安い!)

 定員オーバー、危険運転、艦載機の強奪!

 これこそ、戦場の私物化の極致!
 良い提督は絶対にマネするな!
 


《きゃぁっ!?》

《千代田! こっちに掴まって!》

 

 高波に足を取られて荒立つ海面に転びそうになった水上機母艦娘へとフレキシブルアームがモーターの駆動音を立てながら青白く発光する障壁装甲を伸ばし、荒波へと倒れかけた千代田の背中を千歳の増設された艤装が支える。

 とは言え、妹を手助けする姉の方も定常航行もままならない足場に姿勢を低くしてもう一方の盾を海面に補助脚の様に突いて長箱型の飛行甲板を維持している様な有り様だった。

 

《でもっ、千歳お姉ぇの邪魔になっちゃうっ!》

《私は良いから自機に集中しなさい、回避を続けて!》

 

 直後にピリッと短い電流の様な痛みが鉢巻を巻いた額に走り、何度目かを数えるのも億劫になる自分が空に放った艦載機が撃墜され見えない神経が切られる感覚に千歳は舌打ちしながら視界の中に開いている幾つもの()へと集中する。

 

(ヤマアラシみたいな対空砲火、正規空母並みの艦載機数、あれが南方棲戦姫っ・・・)

 

 黒い流線形の(くちばし)で風を切りながら迫る敵艦載機へと艦橋に居る指揮官や仲間(艦娘)の手を借りながら戦闘機(零式艦戦)に反撃させている千歳はその十数機(生き残り)から送られてくる映像に息を呑む。

 

 鎮守府が現在投入可能な戦艦娘全員を主力に据えた水上打撃艦隊に先立って敵の位置と状態を調べる為に出撃した偵察艦隊の一人である千歳は自らの艦戦達に航続距離と時間が長く索敵に優れるだけでなく通信中継能力も高い千代田の水上偵察機を守らせながら内心で恐れ戦く。

 白々しい程澄み切った青空から見下ろし発見した敵の美しくも恐ろしい巨躯、物量の権化とでも言うべき火を吹く大顎が並ぶ黒鉄の艤装が同族である筈の深海棲艦を解体していた(貪り喰っていた)姿は見ているだけで肝を潰されるかと思う程の迫力があった。

 だがそれさえ南方棲戦姫の力の一端でしかなかった事がその攻撃範囲内へと全速力で突入した駆逐艦娘に向けて放たれた主砲の大咆哮によって証明されてしまう。

 

 直撃を受ければ間違いなく大破、運が悪ければそのまま爆発の余波で指揮官達ごと蒸発させられると確信出来てしまう天を衝く様な大口径主砲の群れが次々と放つマグマを固めた様に赤熱する火球、その暴力が猛スピードで落ちてくる海原に創られた到底現実とは思えない荒唐無稽な光景に呻く。

 

(あんな怪物に正面から挑むなんて正気じゃない)

 

 雲一つない晴天の下、自分達のいる位置から100km以上も離れていると言うのに押し寄せてくる空気と水の流れ、最前線の余波に怖気づきかけた千歳は妹の身体を支えながら固唾を飲み込み。

 周りを見れば自分と妹を輪形に囲んで対空砲を構えている防空担当の艦娘達が目の前の暴れる海と艦橋で共有された索敵情報に狼狽え少しへっぴり腰に見える姿勢で震えている様子に千歳はあんなモノを見せられては無理もないと無力感に膝を突きかけ。

 だが隣にいる妹が荒波に何度も足を取られかけながらも必死の形相で艦載機を操っている姿に千歳は自らの弱い考えを振り払う様に頭を横に振った。

 

《なのに、なんで突撃を、中村艦隊の任務は私達と連携する斥候艦隊じゃなかったの?》

 

 南方棲戦姫を前後から挟み込む形で捕捉し水上打撃艦隊の弾着補助を行うはずの友軍が白い肌を惜しげもなくさらす姫級に向かって距離を詰めていく姿を止める事も出来ずに千歳は戦闘機から送られてくる情報を必死に整理する。

 

(司令部は司令部で作戦に変更無しの一点張り、そもそも彼って功を焦るタイプの人じゃなかったでしょ! 田中艦隊も予定航路から外れて動いているし、何がどうなってるの!?)

 

 紅く燃える岩で二股に分けられ300mに達する特大長身の足元まで達し海面を毛先で撫でる純白の髪、いっそ潔いと言ってしまいそうになる程に何も身に着けていない艶めかしい素肌を晒す身体に負けぬ大質量を持った黒鉄の艤装は無数の武装と砲と言うより塔と言うべき三連装の主砲を高々と掲げ。

 姫級深海棲が歩くだけで発生する力場によって雲は一つ残らず消し飛ばされ、副砲の着弾ですら大津波が幾重にもうねり海水が山脈と峡谷を形創っては泡飛沫をまき散らして崩れていく。

 

 その津波の頂上へと激しい光の尾を噴き出すスクリューを背負ったセーラー服の襟と袖がはためき、スカートが巻き上がるのも構わずに直角に近い水の傾斜を駆け上り身長の軽く数十倍の高さがある水の壁の上から躊躇いなく身を投げ出した駆逐艦娘、吹雪の左目から青白い炎が溢れる。

 その姿を上空から追いかけていた敵の艦載機が落下する吹雪へと亜音速の飛行性能に頼り切った急降下で次々と群がっていくが空中で上半身をねじる様に自分へと迫ってくる敵機に青白い眼光と連装砲を向けたと同時に身体が一瞬だけブレ。

 

 次の瞬間、千歳は瞬きすらしていなかった筈なのにその動きを捉える事が出来ず十数機の黒嘴が機体に大穴を開けられ爆炎と共に粉々に砕け散り、水の壁から飛び降りた吹雪は硝煙を燻らせる主砲を手に巧みな重心移動で自由落下によって迫る海面へと向き直った。

 

《何さっきの、千歳お姉ぇの艦載機じゃ手も足も出ないのに・・・すごい》

《あのねぇ千代田、私の子達もちゃんと何機かは敵を撃墜してるのよ?》

 

 千代田の失礼な言葉に笑みを引き攣らせながら誰が貴女の偵察機達を守っていると思っているの、と千歳は小さくため息を吐き。

 そんな会話を交わす姉妹艦娘達から遠く離れた最前線、高所からの落下で海面にぶつかる寸前の吹雪の身体が光に解けて空中で金色の輪へと変わる。

 

 そして、吹雪が抱えていた落下エネルギーを放出して空気を波打たせ輝く金環から銀色のショートヘアを風になびかせながら浜風が現れ、尖った鋼の爪先が海面に刺さる様に着水して踝から塗り広げられる様に黒ストッキングが太腿へと上っていく両足が膝を深く屈め。

 黄色いリボンタイが結ばれたセーラー服の背中へと背部艤装が吸い付き肩から腰へと斜め掛けのベルトによって白い布地が引き締められ、続いて輪の中から落ちてきた手持ち武装を二丁拳銃の様に握る。

 

 僅か十数秒で発進準備を終えた浜風は低く前傾に屈めた姿勢から一気に両足のバネを最大まで引き出して背後から迫る津波とさらに上空で爆弾を機内からせり出させた敵機を引き離す様に急加速を始めた。

 浜風の動作に合わせてアフターバーナーの様にスクリューが咆哮し覆いかぶさる様に押し寄せてくる津波を引き離し、隙の無い視線と両手の砲で爆弾ごと敵艦載機を打ち抜き吹雪が稼いだ南方棲戦姫までの距離を浜風はさらに縮めていく。

 

 炙り出す為に放たれた砲撃が落ちる度にビルの様に高い波が生まれ、荒海の水の壁に挟まれた狭い航路を縫う様に駆ける駆逐艦娘がわずかに波が低くなった場所から自分の向かう先に居る敵の姿を睨むように確認する。

 上空から見下ろす戦闘機の目を持った千歳であるからこそ南方棲戦姫と名付けられた怪物とそれに挑もうとしている浜風の大きさと戦闘能力の差を鮮烈に見せ付けられていた。

 

《まずいっ、千代田! 偵察機をもっと上空に逃がしなさい!!》

 

 そして、象に挑む蟻と言う他に例え様が無い津波の谷間を隠れ蓑にして姫級へ向かって走っていた駆逐艦娘だが尋常ではない巨体を持つ怪物に近づいてしまったが故に紅い炎が揺れる瞳が波間に見え隠れする銀髪を見つけ、巨大な艤装と一体化した片腕と圧縮された霊力により空気を歪ませる二基六門の大主砲が浜風を指さした。

 

《え、えっ、なんで》

《早く!》

 

 直後、音が消え去る程の衝撃と爆風が海面へと振り下ろされ千歳の視界の中で映像を伝えていた幾つもの小窓がブラックアウトして無理やり皮膚や爪を剥がされたかと錯覚する程の痛みが空母艦娘の神経へと突き刺さり、悲鳴すら上げられない痛みに膝が落ち飛行甲板が海面を叩く。

 姫級深海棲艦の攻撃の予兆に気付いて強引に千代田の機体を逃げさせる事は出来たが敵の艦載機と追いかけっこをさせられていた(を引き付け囮をしていた)千歳の戦闘機は敵機諸共に半数以上が水蒸気爆発に飲み込まれ爆風の中で翼の欠片も残さず砕け散った。

 

 そして、激しい着弾による高熱の爆炎と白雲に駆逐艦娘の姿が飲み込まれた様子を見ている事しか出来なかった千歳が神経を苛む頭痛に顔を顰めていると不意に近くで悲鳴が上がり、そちらを横目にすると白い水兵帽が乗る鮮やかな青髪を左右でドーナツ型に結った駆逐艦娘が恐慌している様子が見える。

 一瞬だけ戸惑ったもののすぐに彼女が浜風の姉妹艦だった事を思い出した千歳は深く呼吸して痛みを逃がしながら随伴艦である浦風を落ちつけようと声を掛けようとした。

 

《・・・うっ、痛ったぁ! って、ちょっと冗談でしょっ!?》

《今度は千代田!? どうしたの!》

 

 だが、千歳が駆逐艦娘へ声を掛ける寸前に真横で今度は千代田が痛みに顔を顰めて叫ぶような怒声を上げる。

 

《借りるわよ、ですって!? その子は私の艦載機なのに!!》

 

 問いかける姉の声も聞こえない様子で怒り地団太を踏む千代田の姿に戸惑い目を瞬かせる千歳の視界、生き残った自艦載機から送られてきた映像の中で銀色に輝くワイヤーが水柱から空へと伸びて妹の零式水上偵察機を回転するプロペラだけが残る球体へと変え。

 そして、巨大な水蒸気爆発による水柱の中から飛び出した銀色の線を伝って胴を引き締めるコルセット型の装甲部(ハリケーンバウ)が白煙と熱波を押し退ける様に弾き飛ばし、両手両足を大きく広げて旋風(揚力)作り出した装甲空母艦娘が空へとあっと言う間に舞い上がり中継機へ飛び付き回収する(千代田の水上機を奪い取った)

 

 相対する深海棲艦と艦娘の間に残る距離は数キロ、全力の駆逐艦娘なら一分も必要なく詰められる距離に立つ南方棲戦姫の全高300mに達する巨体を上空から見下ろした大鳳は推進力を放出する鉄製のハーフブーツによって姿勢を制御しながら連弩(れんど)へと艦載機が装填されたカートリッジを押し込み、流れるような手さばきで連続的に放たれた光を纏う矢が敵艦へ機首を向けて緑色の翼を広げていく。

 

《えっともしかして・・・実戦で味方の艦載機を奪った空母って彼女が初めてって事になるのかしら?》

《お姉ぇっ! なに呑気な事言ってるのよ! ホント信じらんない、何なのあの艦隊!?》

 

 取り敢えず中村艦隊の無事(浜風の緊急回避)が分かったおかげか胸を撫で下ろしている浦風は問題なさそうであるが自分の真横で怒る千代田の気を緩めさせ様と仕様もない事を千歳が口にすれば妹の矛先が今度は姉に向き。

 その様子に処置無しと溜め息を吐いた空母艦娘は自分の艦橋に居る司令官経由で水上機母艦娘の指揮官へと連絡を取ってなだめ役を変わってもらう。

 気苦労が途切れない千歳の艦橋に送られてくる映像、南方棲戦姫に攻撃を開始した大鳳の艦上爆撃機が大量の爆弾を投下するがその悉くが姫級深海棲艦の白い肌に触れ事も許されず半径数百mのドーム状に広がる不可視の壁にぶつかり無為に紅い炎を立ち上らせる。

 

(なんて強力な障壁装甲、もしかして長門達の砲撃でも抜けないんじゃ・・・)

 

 一つ一つは戦艦の砲撃の貫通力に及ばないとは言えあれだけの爆弾が一度に命中すれば通常の深海棲艦ならば障壁ごと粉々に出来たはずと大鳳と同じ艦載機を扱う艦娘である千歳には簡単に想像できる。

 だが、その猛攻すら毛ほどにも感じていない南方棲戦姫は爆炎の向こうで無数の対空砲や機銃を大鳳へと向け、飽和する弾幕が強固な障壁を内側から素通りして火の雨と化す。

 

 並みの空母艦娘だったら数秒すら耐え切れず穴だらけ(大破)になっているはずの攻撃の中、額当てを打ち砕かれながらも正面からの被弾面積を減らす為か大鳳は身体を丸め防御力を最大まで上げ。

 その左腰に装備されている航空甲板からワイヤーが勢い良く射出され無数の弾幕によって撃墜されていく自機の内の割れた翼から火を吹く一機へと強引に接続して中継機として蘇らせる。

 そして、甲板に無数の穴を開けられながら数秒前に放ったワイヤーを火花を散らし急激に巻き戻す航空艤装によって敵真正面へ向かってパチンコ玉と化した装甲空母が弾幕を物ともせず直進、爆撃ですら傷一つ付かなかった不可視の障壁にぶつかる直前に空中で前転した大鳳の靴底(船底)がその質量と速度を壁へと叩きつけた。

 

(あれでも、破れないの!?)

 

 太く厚いガラスを叩いた様な鈍く響く音だけが胴やスカートを穴だらけにされた大鳳のブーツと南方棲戦姫の障壁の間で空気を震わせ、悔しそうに見下ろす空母と忌々しそうに見上げる戦艦の視線が交わり障壁までたどり着いた艦娘へと深海棲艦は巨大砲を突き付ける様に向ける。

 放たれた灼熱の隕石が金色の光粒を素通りしてはるか上空で炸裂する炎が青を赤へと変え、絶句するしかなくなっている千歳達の肉眼でも見える程巨大な火球が水平線上に青空を焼いた。

 

 その上空から熱風となって吹き付ける榴弾の余波を背に黒艶の髪を激しく靡かせて軽巡艦娘が出撃と同時に艤装から突き出した柄を握り赤鞘から太刀を引き抜く。

 落下と鞘走らせた勢いで南方棲戦姫の障壁に突き刺ささった刃が放つ激しい火花と甲高い音が強固な装甲に割れ目を作り、見えない壁に刺さり最大出力の高周波によって自らの刀身にひび割れを刻んでいく刀を支えにして宙にぶら下がった阿賀野の主砲と魚雷菅がわずかな間隙へと破壊力を集中させた。

 

『いやぁぁああっ!? 阿賀野ねぇえっ!!』

 

 直後、自分の放った砲雷撃の炎に巻かれた軽巡艦娘の姿に千歳の艦橋で阿賀野型二番艦の甲高い悲鳴と姉の名を半狂乱で叫ぶ声が響き。

 姉の無謀を心の底から心配する妹が上げた叫びの五月蠅さに白目を剥いた千歳は生き残りの艦載機の制御だけでなく容赦なく押し寄せる荒波や治まらない頭痛によって呻き、このまま気絶すれば楽になれるのでは、と囁きかける魅力的な悪魔の声に必死に抵抗する。

 

《これ以上やらせません! 全砲門開いてください!!》

 

 そうしている間に水平線の向こうから時間差で押し寄せる津波へ偵察部隊唯一の重巡洋艦娘が放った無数の障壁弾が命中し、はるか遠くで光の堤防が造られていく様子を前に千歳は自分の指揮官が狼狽している能代を正気に戻そうと奮闘する声を聞かされながらに五機まで減らされた子機の操作に集中する。

 そして、子機達が送ってくる視界の先で鍔まで砕けた太刀を手に敵の障壁の中へと落ちていく傷付いた阿賀野の姿を、そして、海面ぎりぎりで軽巡艦娘が光粒へと解け浮かび上がった金環に金剛型戦艦の名前を目撃した。

 

 大敵の眼下、陽に輝く銀色の錨を背負った栗色の髪と白い袖が戦風にはためく。

 

・・・

 

「つまり、その深海棲艦から混ぜ合わせる能力とやらを排除しない限りここから脱出は出来ない、と言う事か?」

 

 ズルリと霊力の入出力を行う為に艦娘の肌に備わっている幾何学模様の内側から幹から切り離された黒い枝が引き出され、人間の腕程の太さがある異物が刺さっていたはずの胸元には多少の黒い汚れだけが残る。

 それすらもお湯とタオルで洗われたならば泥や垢と一緒に押し流され、石鹸など無くとも汚れを擦り落とされた素肌が本来のミルク色を取り戻していく。

 

「ええ、すぐに焼いてしまえる程度の量ならともかくあの力がある限りは黒い血に触れるだけで生物だろうと無機物であろうと区別無く彼女の部品として取り込まれてしまうわ」

 

 高い場所にぶら下がった霊核へと手を伸ばした朝潮が魂の結晶を絡め取っている黒い枝垂れ枝を握るとその手の平に集められた霊力の熱が黒い体液ごと細管を焼き潰す。

 細い枝が内部の黒い血ごと焼き切られてぽとりと手に落ちてきた霊核からこびり付いている管の欠片や汚れをタオルで擦り落とした駆逐艦娘が嬉しそうに笑みを浮かべながら自分を肩車している青年へと手渡した。

 

「黒い血か・・・となると元の木阿弥と言うわけだな」

「いえ、私やあなた達が生きているのは幸か不幸か偶然でしかないわ、次、飲まれれば確実に命は無いと思って」

 

 ドラム缶で沸かされたお湯に古鷹の手を借りて浸かり隅々まで身体の汚れを洗い流した後、水気をふき取った後の肩に掛けられたタオルの上で伸び放題の枝毛だらけになっていた長い髪が龍鳳の持つハサミによって切り整えられていく。

 

「ついさっき、その能力に核となる物が存在している上にその場所まで分かると言っていたが、本当か?」

「感覚的にだけど彼女と同調していたのである程度はこの・・・限定海域だったっけ、その構造は大まかには分かってるから」

 

 頭の上の朝潮から受け取った幾つかの霊核を抱える木村へと神通が歩み寄り、軽巡艦娘へと手渡された水晶体が黒い枝垂れ枝から少し離れた場所に置かれたドラム缶へと運ばれ。

 蒸留された清潔な水で満たされた容器の中へと丁寧に入れられた霊核がふわふわと水の中で揺らめきながら沈み、輝く缶の底で先客へと挨拶するように先にドラム缶に収められていた霊核へと当たりコロンカランと軽い音を立てた。

 

「あれは彼女とここを繋ぐへその緒、そして、この山の内部だけでなく限定海域全体へ根の様に張り巡らされた血管網は貯め込んだ材料を分解してから彼女の望む形へと混ぜ合わせる・・・ただ、今の大きくなり過ぎた姿でその能力を使うには制御中枢となる部分が必要になってしまったようなの」

 

 肩に掛けられていたタオルが龍鳳の手で取られ丁寧な手つきで細かい毛が払い落され、彼女から借りた予備の下着を身に着けてその上から包帯をサラシの様に巻いて肌を申し訳程度に覆い、錆を削り落とし磨かれ金色を取り戻した菊花紋の首輪の留め具が閉じられる。

 船の船底と舵を模った踵の高い鉄靴へと整えられた爪先が差し込まれたが上手く足が動かずによろめき、すぐ近くに控えていた龍鳳がその身体に寄り添い支え、そして、正面から差し伸べられた古鷹の手を借りて深海棲艦に囚われていた艦娘が数年ぶりに自分の足で立ち上がった。

 

「あの幹が天井に繋がる場所、彼女にとっては下腹部・・・そこにそれ(・・)がある、でも、・・・本当に私にそれを撃つ力があると言うの? 正直言って聞いただけでは到底信じられる話じゃないのよ・・・その戦闘形態とか艦種能力とか」

 

 生温かい風が絶えず吹き抜ける山の頂上に突き出ている幾つかの残骸、その中の人が立ったまま姿を隠せる岩を衝立代わりに最低限の身だしなみを整えた艦娘が手伝いをしてくれた龍鳳と古鷹に付き添われて岩の陰から姿を現す。

 ただお湯で洗いタオルで拭いただけだが泥を被り野晒しだった時よりも柔らかく揺れる前髪の下で不安げな表情を浮かべた戦艦娘、大和が回収された霊核が集められているドラム缶の横に寝かされている陽炎へと顔を向け。

 問いかけられた陽炎型ネームシップは無為に呻きながら普段の明るく無遠慮な言葉遣いではなく似合わない妙に畏まった口調で大和の問いへと肯定の返事を返した。

 

「殲滅戦形態、戦艦娘特有の強力な能力だ。 こことは性質は異なるが深海棲艦の造り出した限定海域を内部から破壊した実績がある」

 

 明らかに初対面の時と態度が変わった陽炎へ大和は首を傾げ、彼女に対する気まずさで赤くなったり青くなったりと百面相をしている橙頭へと胡乱気な視線を投げた木村は艦娘として本来の能力を発揮する事無く深海棲艦の虜囚の身となっていた戦艦娘へとその身に存在している戦闘能力の仔細を告げ。

 

「・・・す、すまんっ」

「えっ、何が? どうしたと言うの?」

 

 湯浴みと散髪を終えた大和へと顔を向けた木村だが彼女の姿を見てから数秒の静止した後に陽炎とは別の方向性で気まずそうな顔をして腰と胸を包帯で巻き隠した以外は裸同然にボディラインを晒す美女から勢い良く目を逸らし、その急な動きに慌てふためいた朝潮が彼の頭の上で磨いていた最後の霊核を取り落としかける。

 

「え、えっ!? ちょっ、貴女もいきなりどうしたって言うのっ?」

 

 そして、駆逐艦娘を肩車したまま背を見せ小さく居心地悪そうに咳払いする木村の様子に気付き慌てた龍鳳が突然に自分の腰帯を解き霊力供給端子に増設された甲板(装備)によって肌に縫い留めらた片袖が破れるのも気にせず、セーラー服の上から着ていた桜色の着物を脱ぎ押し付ける様に恰好だけが潜水母艦に戻った艦娘はそれを大和に羽織らせた。

 

「あと・・・問題があるとすれば俺が指揮下に置ける艦娘の人数が旗艦を合わせても5人であると言う事か・・・」

 

 龍鳳(大鯨)に着付けをさせられ戸惑う大和の様子を横目にした陽炎が指揮官の呟きへと何気ない態度で一番戦力にならない自分が外で待つかそれこそ戦闘形態になった(巨大化した)大和の上に乗せてもらえば良い、と口にするがそれに対して指揮官は眉間にシワを寄せ口元を引き結んだまま呻きとも唸りともつかない小さな声を漏らす。

 

「馬鹿を言う、戦艦娘の砲撃、それも殲滅戦形態が主砲から放つのは数千度まで熱されたプラズマ粒子・・・論外だ」

 

 陽炎が口にした案を素っ気なく却下してから木村は霊核を集めているドラム缶の前、陽炎のすぐ近くまで移動してしゃがみ肩の上に乗っていた朝潮を地面に下ろせば駆逐艦娘が黒い枝垂れ枝から解放した艦娘の魂を青白い輝きが揺らめく水面へと収める。

 神通の手でドラム缶の蓋が閉められていく様子を眺めながらやっと脱出の手がかりを掴んだと言うのにその手前で木村は陽炎をここに置き去りにしなければならない可能性、否、自らの力不足によって彼女の生命を諦めなければならないと言う難題の前で青年士官は顔を強く強く顰めた。

 

 その提案自体は木村から死ぬな(生きてくれ)命令された(願われた)からこそ出た言葉であり、彼女自身が自分の命を蔑ろにする意図は無かったのだが、木村の顔を見上げる事しか出来ない自分がお荷物でしかない状況に陽炎は何か良い考えは無いかと悩む顔を隠してモゾモゾとアルミシートの中で身動ぎする。

 

 そして、こんなマナが混じる風が吹き続ける限定海域で野宿までしたのだから一人分のキャパ(許容量)ぐらい増えてるんじゃない、と自分のせいで苦悩する指揮官を励ます様に、そして、もしそうじゃなかったらその時はその時、と保温シートから顔を出した陽炎は空元気と言うには掠れた声でその場しのぎのセリフと共に笑って見せた。

 




 
Q.時間が無いって言ったよね?

A.そんな事を当事者である彼らが知るわけがない。

Q.しかも、なんで呑気にお風呂入ってんですか!?

A.必要不可欠な描写であったと自負しております。
 


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第九十五話

 
誰でも良い、世界でたった一人でも良い。
私達が無意味な存在などではないんだ、と言って欲しい。

だって私を頭の上から見下ろし笑っている運命が語る。
死ぬ為に造られた生贄、である事を認めるのは。

・・・悲しすぎるから。
 


 灰色の天井の下に眩い夜明けの閃光が生まれ、元は姫級深海棲艦の玉座であった瓦礫の山が突然に出現した巨大な脚によって軋む。

 続いて現れた黒鉄が桜色の布地を噛みながらその巨体の左右に装甲を展開させ、括れた腰部分への主要艤装の接続でその身に纏う着物に穴が開き花びらの様に散る端切れが山頂に吹く風に乗って光粒を散らす。

 

「ははっ、ホントにキャパ増えてたなんて司令ってばついてるんじゃない?」

「運の良い人間はこんな場所に来る事も無かっただろうし、それに減らず口ばかりを叩く怪我人を背負って山を登った俺が本当についていると思っているか?」

「それはまぁ~、ごもっとも?」

 

 重い鉄がぶつかり合い無数のボルトが火花を散らしながら回転し46cm口径の部品を繋げていく様子を映し出す360度モニター。

 出撃準備を開始している艦橋に寝かされたオレンジ髪の駆逐艦娘が愉快そうに声を上げれば仏頂面を浮かべた部隊指揮官が少し愚痴っぽい野暮なセリフを返した。

 

「艤装各部チェック! 主動力は異常無しです!」

「第一第二主砲の動作確認、三番砲の構築と並行し各兵装への霊力循環を開始します・・・それにしても基本艤装だけなのになんと言う火砲の数っ

「障壁の展開を確認ですけど・・・すごいっ、戦艦の人ってこんなに増幅効率良いの!?」

「あれ・・・? 通信系の形式ってこんなのだっけ、ぇっ、アップデートの開始? これって更新されるモノだったの!?」

 

 メインモニターへと手を伸ばして構築されていく巨大機械の機能に不備が無いかを確認する古鷹達の声、初めて戦闘形態で立つ戦艦娘の補助に掛かり切りかつ初めて触るシステムに驚きの声を上げている四人の様子を見回してから木村は自分の目の前に浮かび上がる戦艦娘、大和の現在状態を示す立体映像へと眼を向けた。

 龍鳳からお仕着せられた桜色の着物が自分自身の艤装に引っ掛けられ大和が戸惑いながらも着崩れた襟の合わせ目を整えている様子にこの場にそぐわない男心がくすぐられた木村だったが床からミノムシ(陽炎)が揶揄いネタを探す様な笑みで見上げくる為に指揮官は大和の艶姿に後ろ髪引かれつつも平静を装い(仏頂面を浮かべ)ながらコンソールパネルの確認を始め。

 

 金に輝く葉と錨が絡み合う巨大な輪の内側から噴き出す光粒が無数の部品へと変わり大和の身体へと引き寄せられて艤装が施され、桜色の襟がはためく胸元に太く編まれた金色の注連縄が結ばれ、栗毛が揺れる頭部でカチューシャ(レーダー)が角ばったアンテナを左右に展開し金糸飾りが揺れる。

 

 そして、瓦礫の山頂と灰色の天井の間で高出力タービンが産声を上げる様に唸り声を響かせ、彼女の原型たる大戦艦大和を模した重厚な黒鉄の城が顕現した。

 

・・・

 

《これが私の姿、大和の・・・艤装》

 

 瓦礫と岩石が堆積した大山脈の頂上、姫級深海棲艦(集積地棲姫)がかつてその威容を誇っていた玉座の上に立った大和が巨大化した重苦しくも頼もしさを感じる船体と艤装(自分自身)へと感嘆を漏らし。

 初めて触れる筈なのに自分の手足の様に動かせると言う手応えがある武装の塊に触れた戦艦娘はその物言わぬ金属の内側からかつて自分と共に苦難の時代に立ち向かった戦士達の()が伝わってくる感覚に声を震わせた。

 

《あぁ・・・なんだ・・・そうだったの》

 

 祈りと願いを託して消えてしまったのではなく目に見えず朧げではあっても今も自分の内側に存在していた意志(彼ら)に気付いた大和は目元に浮かんだ涙を吹き抜ける風へと散らす。

 火が入った第二の心臓(動力機関)の熱によって自分の中で止まっていた時間が動き出す感覚に大和は急く想いを一時だけ抑えてかつて物言わぬ戦艦であった頃の自分と共にいた彼ら達の存在を確かめる様(懐かしむ為)に目を閉じ胸に手を当てる。

 

『どうした? 何か問題があるなら些細な事でも報告して貰いたい、君は艦娘としての戦い方を知らずに実戦に挑まなければならないのだからな』

《いえ、問題なんて何も無いわ・・・私の事よりもそちらはどうなの?》

『少し把握に手間取ったが問題無い、敢えて挙げるなら攻撃目標の位置情報が君の感覚次第と言う点だな』

 

 自分の内側から聞こえる木村の余所余所しい物言い、陽炎達と交わす口調との差に大和はわずかな不満を感じたが、よく考えれば初対面で彼に攻撃的な態度をとったのは自分であると思い出す。

 そして、木村は部下(陽炎達)を、大和は霊核(武蔵達)を鎮守府へ連れ帰る為に結んだ一時的な協力関係である事を考えれば無遠慮に馴れ馴れしくされるよりは余程マシと言う考えが大和の頭に過る。

 

 それにしても、と少し前に顔を合わせたばかりある青年と言葉を交わす度に何かズレている様な感覚が大和に付き纏う。

 ズレと言っても胸で疼くのは気味悪さや気持ち悪さではなく、知っている筈なのにそれが何なのかを思い出せないもどかしさと言うべき感覚。

 

 木村と大和は出会ってからまだ二時間程しか経っていない、深海棲艦に囚われていた微睡みの狭間でその姿を見た時には忌々しい組織の制服を身に着け埃に塗れた小汚い青年としか思わなかった。

 だと言うのに艦娘が本来の力を使う為に必要だからと説明を受けて木村に手を握られ、そこから伝わってきた鍛えられた軍人である事が分かる肌の硬さと出撃を命じる力強い声に大和は古い友人に会った様な不思議な安堵を感じた。

 

(いえ、今はそんな事を気にしている場合じゃないのよね・・・私は武蔵達にもう一度会わなければならない)

 

 自分の中に居るのは木村達だけではなく深海棲艦に繋がる黒枝からの拘束を解かれた仲間達の魂、自分の弱さが原因でいくら謝っても足りないぐらいの苦痛を与えてしまった艦娘達の心が艦橋に置かれた円筒の中で帰還と復活を待っているのだ、と大和は顔を上げ頭上に広がる白灰色の天井を瞳に映した。

 もし、あの駆逐艦娘(陽炎)が言う様に命を落とし霊核となった仲間達が自分(大和)の犯した罪を覚えていてくれていたなら諦めていた償いの機会が得られる、そして、万に一つ鎮守府に帰り着き自分を断罪する権利を持った彼女達が蘇りその贖罪の為に心臓を差し出せと言われたなら喜んで捧げよう、と強い意志を宿した瞳が山頂から天井へと伸びる黒い血管の巨樹を見据える。

 

『砲と動力制御は艦橋で担当する、君は正確な照準と転倒しない事にだけ集中してもらう』

《・・・了解よ、ただその言い方は見くびられているみたいで気に入らないわね》

 

 こちらを馬鹿にすると言うより子ども扱いしていると言うべき木村の言葉へ不愉快さを感じる事が出来ず、やはり調子が狂うとは声に出さず大和は意識的に刺々しい口調を返してから軽く頭を振ってポニーテールを揺らす。

 

『事実だ、君が考えている以上に砲撃の反動は激しいものになる』

 

 その言葉をかつて大和達へ無茶な命令を下しては肥えた腹を揺らしていた大佐の階級章(一等海佐)を付けた指揮官の様な人間が言ったなら。

 船室に隠れているだけならまだしも戦闘が始まったなら護衛艦の艦長を差し置いて乗っている海上拠点である船団へ撤退を命じ真っ先に逃げ出す。

 なのに大和達が目的を達成できなかったならその欠点をほじくり責任を取れ(服を脱げ)と命令して卑下た視線と共に身体に触れようとした下種が同じ事を口にしたなら、ただでは済まさなかっただろう。

 

 自分を頼ってくれる仲間達へ理不尽な叱責が及ばぬように自らを犠牲にしようとした大和と軍人モドキの間に割って入って贅肉が揺れる腕を捻り上げるに止めたその時の武蔵の様に手加減をする自制心は今の大和の中には無いはずだった。

 

(これもあの囁きかける何か(・・・・・・・)が私達を造った時に組み込んだ命令だとでも言うの・・・?)

 

 荒ぶる海神(深海棲艦)へと捧げる生贄(艦娘)を用意した何者かは指揮官としての適性を持った相手(指揮官)へと艦娘達に好感を抱かせる性質を与えて処刑台(戦場)へと自分から進んで向かう都合の良い駒として扱っているとでも言うのだろうか、と。

 深海棲艦との精神的な同調と共感によってその記憶を覗き見て知った自分達を操る様に見えない糸を手繰る何者か、深海棲艦と艦娘を造り上げて戦わせている姿の見えない怪物が書いた筋書きを推測する。

 そんな仮定と共に大和の心中が騒めき何者かの下賤な策略へと強い不信感が湧き上がるのにその策略の延長線上に居る木村達を自分に乗せている事実に対して霊核(彼ら)は少しも文句を付けようとしない事が戦艦娘は我が事ながら不思議で仕方なかった。

 

『照準のコントロール権限を旗艦へ、これより殲滅戦形態へ変形を開始する。 海上ではない為、形態変更の反動も強くなるはずだ! 総員注意せよ!』

 

 艦橋で指揮する木村とそれに了解を返す古鷹達の声を聞き流しながら自分の身体と心のアンバランスさに眉を顰めつつ大和は記憶と感覚を頼りに継ぎ接ぎで出来た深海棲艦の力の源を天井の向こうに幻視する。

 様々な思いが渦巻く頭の中に直接聞こえた指揮官からの声を張った命令でふと戦艦娘は彼に対する嫌悪感が軽減されていく理由を一つ思いついた。

 

(ああ、そうか、彼も私と同じ運命の駒だからなのね・・・違うのは糸を引いている者に気付いているか気付いていないかの差かしら?)

 

 しかし、大和は望まず今ここにある窮地に立たされた木村の境遇を憐れむつもりは無い。

 そして、自分達が誰かの用意した運命に従わされているだけの生贄なのだと忠告する親切心も無い。

 

 ただ武蔵に床に叩きつけられ無様な泣き声を上げ駆けつけて来た陸軍の兵隊(陸自隊員)に連行された一等海佐と違い、今、巨大な敵へと挑もうとしている青年は自分と共に戦場にいるからだ、と大和はまだズレを感じながらもその結論に一応の納得をした。

 

 そうして納得したと言うのに。

 

 もし、もっと早く彼の様に艦娘の力に理解を示し自分達と同じ戦場に立つ気概を持った軍人と出会えていたなら、と今更な事を考えかけた大和はすぐにその夢想を打ち消す様に結局は遅かれ早かれ理不尽を課す運命によって生贄が増えただけだろうと考え苦笑する。

 

(我ながら女々しい未練・・・ただ、今だけは彼に従う事に変わりはない、武蔵達を・・・・っ!?)

 

 そうして物思いに耽っていた戦艦娘の装備した艤装から鋼の轟音が鳴り響き、崩れかけた玉座の頂点に立つ大和の黒鉄の艤装が変形を開始して各部の副砲が砲身を砲塔内へ格納し、それと入れ替わる様に副砲上部の装甲が展開しラジエーターに見える機構が次々に現れる。

 副砲が変形した波打つ様に連なる銀色の金属板がお互いの間で無数の光粒を反射する様に交換し、身体を左右から守る様に囲っていた艦首を模した装甲が重なり背部へと下がり燕の尾の様にその二股の尖った先端を地面へ向けた。

 

《な、なに!? 何がっ!?》

『形態変更に伴い艤装の重量バランスが変化する、さっきも言ったが君は転ばない事だけに集中しろ!』

 

 纏う武装だけでなく身体の中に流れる霊力の流れが強制的に切り替わっていく感覚と背中で激しく揺れる艤装の動きに戸惑いよろめいた大和は艦橋から聞こえた木村の声にムッと口元を尖らせた。

 初めて触れる艤装とは言えその動き振り回され転び尻餅を突いてしまえば艦橋に居る青年からそら見た事かと笑われるだろうと予感した大和はじゃじゃ馬の様に暴れ体を振り回そうとする戦艦艤装の変形で震える両膝を抑える様に手で掴む。

 

 そんな艤装のあちこちで行われている変形の反動に耐えながら身に着けている武装を見回した大和の左右で二基の46cm三連装砲が砲塔と砲身を割って三本のレールが並行して天井を指す巨大な単装砲へと姿を変え。

 砲身内で電光を走らせる形へ作り変えられた一番と二番主砲に唖然とした大和の背中で今度は地響きの様な音と共に黒鉄の剛腕で第三主砲が持ち上げる。

 

 亜麻色の髪の上で三番目の46cm三連装砲が真っ二つに分離して大和の背部に立つ太い煙突の側面へぴったりと噛み合い砲塔基部が自動でボルトを回転させて鋼同士を固定し、続いて動力機関へと太いケーブルが直結され新たな二門の荷電粒子砲が大和の頭上に並びレール上に電流の光を走らせた。

 

『形態変更の完了を確認、これより砲撃シーケンスを開始する! 加速器だけでなく主動力も全て主砲へ集中させろ!』

 

 その木村の声を切っ掛けに視界の中にいくつもの文字が浮かび上がるが複雑な数式やグラフデータは学習の機会を与えられなかった故に現代科学に疎い大和にとって馴染みが無く。

 辛うじてそれが自身が行う砲撃に必要な情報なのだと分かるものの押し寄せる文字の荒波に混乱して目を白黒させた大和の艤装が今度は幾つものワイヤーを勢い良く打ち出して地面に錨を喰い込ませる。

 艤装ごと身体を山頂に繋ぎ留められ、いつの間にか大和の背中に立ち上がっていた巨大な鋼の円環が甲高い音を立て四基の主砲へと供給するエネルギーを加速加熱させ始めた。

 頭の真後ろから聞こえるその大音量は鼓膜を壊されてもおかしくない程の五月蠅さなのに大和の耳は不思議と傷つけられる事無く、それどころか背負った輪の中の霊力循環の増幅と加速に比例して戦艦娘の胸中で興奮にも似た熱が高ぶっていく。

 

 そして、不意に前が見えない程の文字列で埋め尽くされていた視界がきれいに開けて簡潔に自分の主砲が狙う予測射線が記され、その砲撃に必要な熱量(弾薬)が後何分で用意できるかを示すタイマー表示が瞳の中で数字を減らしていく。

 本当なら先ほど目の前を埋め尽くした計算式や艤装内を駆け巡るエネルギーの制御も全て自分でするべき行程であり、それらを木村達が肩代わりしていると言う事実に気付かされた大和は不慣れさ故にどうにもならないと分かっていても自らへの不甲斐なさを恥じる。

 

 そうしている間にも輝きだした巨大な円とそこに直結され腰の左右と両肩の上に並んだ大和自身の腰より太く長いレールキャノン四門の内部で燃え滾る陽の光が渦巻き。

 大和の腰から燕尾の様に地面を向いた装甲の上で副砲だった大気中から光の粒(マナ粒子)を掻き集める霊力吸収機構が光を溢れさせて膜の様に広げていく。

 

『旗艦は照準位置の指定をっ! 操作方法が分からない場合は古鷹の補助に従って・・・』

《それは分かっているから大丈夫、・・・あと、私の名前は君や旗艦ではなく・・・大和よ》

『何・・・? いや、しかし・・・』

 

 震えが止まった膝から手を放し前かがみになっていた上体を起こした戦艦が鳶色の瞳の中に黒い幹とそれが繋がる天井のさらに向こう側にある昏い霊力が凝り固まった結晶を捉えて主砲に同期したターゲットマーカーを集中させる。

 身体の左右から腰の後ろへと移動した艦首装甲の霊力吸収機構が青白い光を噴き出し細長く炎の様に揺らめく尾羽を形作り、灼熱を滾らせる円環から火山の噴火を思わせる程の盛大さで一対の大翼が広がり大和だけでなく彼女が立つ山頂を抱く様に包んだ。

 

《・・・多分、貴方は気を使って私の名前を呼ばないようにしてくれているんでしょうけれど、仮にも指揮官として命令をすると言うなら名前を呼んで》

 

 木村が決して愛想が良いとは言えない人間である事は彼の堅苦しい言動とそれを見る陽炎達の苦笑いからまだ彼らへ隔意がある大和にも分かったが更にそれに加えて彼が言葉には出さずとも他者を尊重する非常に律儀な人であると言う感想を付け加える。

 それは説得と言うよりは挑発と言うべき陽炎との会話で大和の内側から噴出した大戦艦と称えられた名前に対する複雑な感情を知ったからか、それとも彼女自身が名前を呼ばれたくないと言ったその望みを律儀に受け入れ従っているのか。

 

《私のこの力で目標である結晶を撃ち抜けなければ間違いなく損傷を直す為に材料を求めて彼女の黒い血が溢れて暴れ出す・・・そうなれば貴方もその子達も、そして、私と武蔵達も鎮守府には帰れなくなるでしょうね》

 

 高熱の霊力が形を成した青白い翼が山へと上ってくる風からマナ粒子を奪い取り、黒い山脈の至る所から集まってくる光粒を蓄えて最大まで巨大化し揺らめく炎の翼と尾羽を大和が羽ばたかせる。

 

《だから、私の最期になるかもしれないから、なるんだとしたら、・・・私は自分の名前に悔いだけを残して逝きたくない》

 

 強大過ぎて抵抗など無意味であると既に思い知らされた存在へ高ぶる心に突き動かされ荒唐無稽な希望を信じて挑む反撃の一手。

 山をも貫く強力無比な主砲を与えられ難攻不落の海上要塞と称えられた自らの原型が迎えた最期と奇しくも同じ様な戦いに挑む事になった大和はもう一度だけ儚い希望へを信じる為に木村へとそれを願う。

 

大和()に命令をして・・・提督》

 

 自然と口から出た指揮官の呼称に合わせ全てのターゲットマーカーが目視でもレーダーでも存在を確認できない標的へと固定され、輝く鳳凰の翼と尾羽が黒鉄の薬室へと集めたエネルギーを受け渡し圧縮し、固定錨とワイヤーを軋ませながら太陽の光を宿した四つの主砲が大和の意志に従い砲塔をその一点へと砲口を向けた。

 

『砲撃準備の完了を確認、これより戦艦大和へ攻撃目標への砲撃を、・・・命じる』

 

 わざわざ確認せずとも大和にだって木村や陽炎達の心が圧倒的な力の差がある怪物への恐れに震えている事は自分の事の様に分かっている。

 

打ちー方ッ始め!!

 

 だからだろうか、それでも生きる事を諦めず困難に挫ける事を良しとしないその木村達の姿が大和の心中でかつて戦艦大和(自らの原型)へと守るべき人達の安寧を祈り護国の願いを託し、最期の任務に殉じた彼ら(・・)の姿と重なった。

 

《了解! 全主砲、斉射始めっ!!》

 

 思い出した願いを胸に今だけは、と諦観を振り切った大和の叫び声に重なって放たれた大咆哮が黒い血管の幹に並行して白灰色の天井へと突き刺さり。

 限定海域(資材格納庫)とその持ち主を繋ぐ臍の緒を根元ごと焼き潰しながら灼熱の柱が一直線に外へ向かって突き進む。

 

 見かけだけが縮小された空間を隔てる深海棲艦の霊力で幾重にも編まれた内壁が黒い血肉諸共に撃ち破られ、深海棲艦の腹に収まる様に押しつぶされていた空間の一端が光の槍によって問答無用で正常な距離へと戻される。

 

 そして、南方棲戦姫が必要とする栄養(材料)を運ぶ血管網の中心にあった黒い霊力の結晶体が内側から突き進んできた破壊の権化に飲み込まれ。

 呆気ない程簡単に目標を貫いた大和の放った一斉射はさらにさらにと勢いを衰えさせる事無く限定海域の中心から閉鎖空間の外壁たる姫級深海棲艦の白亜の肌を黒い内臓ごと穿った。

 

・・・

 

「五十鈴、まだか!?」

「急かさないで! 今探してるんでしょ!!」

 

 駆逐艦娘の格闘戦よりはマシだが戦艦娘がやるには乱暴が過ぎる回避運動と迎撃行動に振り回されながら大声を上げれば、メインモニターにしがみついて左目で花菱紋を光らせている五十鈴が怒声を返す。

 

「限定海域の空間反応があるのは分かったけど、分かったのに! 距離や重力まで狂ってるみたいで正確な位置が捉えられないのよっ!?」

 

 現在、俺達の旗艦として南方棲戦姫と戦闘している榛名の装甲と動力系が悲鳴を上げ、戦艦娘が新しいバリアを作り出す度に硬質な音を立てて白い改造巫女服を守る透明な壁に無数のヒビが走った。

 流石に南方棲戦姫もあの馬鹿みたいな威力の主砲を目と鼻の先に撃つなんて事はしないらしいが、それでも艶めかしい身体に不釣り合いなゴツイ両腕が振り回す副砲は榛名が装備している35.6cm連装砲よりも大きく威力も相応にまき散らしている。

 

(残り時間はあと10分も無いってのに! 当てずっぽうでアストラルテザー打ち込むか!? 木村、シグナルはどうした! お前ら何処にいるんだよ!?)

 

 とにかく突入する事だけを考えて荒れ狂う海を突き進み無茶な突撃をやってぎりぎり南方棲戦姫が体の外側に張っていたドーム状のバリアの内側に踏み込んだは良いが見た目と釣り合わない姫級深海棲艦が発する大質量の反応のせいで木村達が閉じ込められている限定海域の位置が分からない。

 五十鈴達の観測で手元に送られてきた情報が正しければあの東京タワーを見下ろせる身長の巨乳丸出しかつ艶めかしい腰と尻を揺らす痴女姫が数字の上ではスリーサイズ全て数百kmと言う計測不能ボディと言う事になってしまうらしい。

 

 それに加えてここまでの道のりでファインプレーをやってのけてくれた阿賀野、吹雪、浜風、大鳳の四人は中破以上大破未満の状態になってしまった。

 今もちゃんと自分の足で立って榛名の戦闘補助をしている吹雪達の様子を見れば戦えない事は無さそうだが相手が相手である以上もう一度出撃と言うわけにはいかない。

 しかし、推進力と防御力に余裕がある霞はいざと言う時に全力で逃げる為に温存しなければならない。

 だから、今のところは時津風と那珂が主戦力の榛名と連携して旗艦変更などを交えた回避に専念しているがそこにいるだけでダメージを受けると言う南方棲戦姫の足元では後何回の攻撃が凌げるか。

 

「プロデューサーっ! またロケットに火がっ!!」

 

 とは言え相手は俺達に落ち着いて考える時間もくれないらしい。

 

「くぉのっ・・・くそったれ!!」

 

 ついさっき身体を挟み込む砲弾の夾叉によって作られた津波に圧し潰されかけお団子頭が解けた那珂が濡れた制服と茶髪を振り乱してメインモニターを指さし、その南方棲戦姫の長い左脚を包む強固な装甲(ロングブーツ)に包まれたふくらはぎで紅い吐息を漏らし始めているロケットノズルを見て俺は潰されたカエルの様な呻きの直後に怒りに任せて叫ぶ。

 

「今度はなんだよ! 回し蹴りか!? 踵落としか!!」

 

 目測160mのスラリと伸びたと言うにはあまりにも長過ぎな巨人の脚から繰り出されるロケットキック。

 その前世で見た南方棲戦姫のキャラクタービジュアルを思い起こせばそんなパーツもあったなと思う程度にしか印象に残っていない部分が冗談みたいな破壊力を発揮する。

 

 数十分前、機銃と副砲を乱射する姫級を中心にした半径600m前後の狭苦しい密室で榛名から旗艦を交代し逃げ回っていた時津風に南方棲戦姫の顔が苛立ち痺れを切らしたらしく。

 放たれた推定数万tかつ300m超の巨体を持つ姫級の蹴りに冗談みたいな加速力を与えるロケットによる一撃。

 

 直撃は回避できたがその振り抜かれた足が巻き起こした暴風は14mの駆逐艦娘を容易く木の葉の様に宙に吹き飛ばし余波である筈の乱気流で引きずり落す様に海面に叩きつける程の威力があった。

 

「ギリギリまで攻撃を引き付けて旗艦変更で回避する! 那珂は出撃準備!」

《はい! 提督のご命令の通りに!》

「わ、わっかりました~☆ もしかして那珂ちゃんピーンチ?

「艦隊のアイドルなら出来る! すまん、那珂頼んっ・・・」

 

 運良く三回避けれたおかげで左足のロケットによる急加速には予備動作がある事が分かっている。

 だから直撃だけは避けられると言う自信はあるんだが、その足が通り過ぎた海は文字通りの地獄、大質量の通過で発生する暴風と津波が容赦なく旗艦を交代した艦娘の体力と防御力を削り落していくだろう。

 

「「提督!!」」

 

 砲撃を避けながら南方棲戦姫の蹴りの直線上から外れる為に移動しようとしている榛名の状態に気を配りながらいつでも那珂へと旗艦変更できるように俺はコンソールに手を掛け。

 そんな時、俺に向かって敵の攻撃の予兆を探っていた鳳翔と木村達を探していた五十鈴が同時に振り返った。

 

「姫級内部に艦娘の強い反応! 限定海域も見付けたわよ!!」

「姫級内部に強力な熱源反応! 敵が主砲を撃つようです!!」

 

 右の達成感の笑みと左の緊迫の表情から同時に告げられた言葉に戸惑い目を見開いた俺の目の前。

 お互いのセリフに驚いて顔を見合わせている五十鈴と鳳翔の向こうでギラギラとした赤い目をこちらに向けて着火したロケット付きの左足を振り抜こうとしている南方棲戦姫の姿。

 

 その姫級深海棲艦の白い白い下腹部が不意に内側から光り始め、それが妙にスローに見えた直後にその腹を突き破った光の柱が荒れ狂う海を真っ二つに切り裂きながら俺達のいる場所へと突き進んできた。

 

「はっ、榛名、伏せろぉおっ!!」

 




 
射線上に入るなって、私言わなかった?
 


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第九十六話

 
Q.間に合わないとかと思ったよ。

A.とんでもねぇ、間に合わせたんだ。
 


 

『ぁうっ!? ・・・提督、榛名は、・・・水の中? ええ、海面にっ!』

 

 大量の海水と共に硬い何かに叩きつけられバチリと放電が弾ける音と痛みに榛名は身体(船体)が敵の造り出したドーム型の大障壁の端に押し流されたと知り。

 混乱しながらも頭の中に直接聞こえた海面の方向を叫ぶ仲間の声に従い触れているだけで肌を苛む攻撃的な深海棲艦の霊力の塊へ蹴りを入れた戦艦娘はその反動で転覆して沈み始めている重い艤装と身体を海面へと向ける。

 

《ぷはっ、はぁはぁ・・・これはいったい、けほっ、・・・いつの間に霧が?》

 

 健脚によって水中では(おもり)にしかならない鉄の塊(艤装)を背負いながらもなんとか海の上へと逃れ、海面に這うような状態で全身ずぶ濡れの榛名は咳き込み紅白に金糸飾りが鮮やかな巫女服から大量の海水が流れ落ち、浸水によって窒息しかけていた金剛型艦娘の艤装の汽笛や給気口がクジラの様に潮を吹きつつ息を吹き返す。

 

『それはさっきの砲撃のせいだろうな、左舷はやられたがバイタルパートと動力系に不全無し・・・金剛型っても戦艦か、すげえ防御力だ』

《提督・・・?》

 

 そして、霊力の供給による応急処置でその身を守る透明な障壁が張り直され浮力を取り戻した榛名は濡れて顔に張り付いた前髪を手早く掻き上げ、グラグラと揺れる視界に活を入れる為に頭を振ってから自らの黒く焦げ付いた左袖とその中で手のひらを開け広げして腕の無事を確かめる。

 姉妹とお揃いの制服の袖は半ば焼け落ちていたが敵から放たれた突然の攻撃にもその腕は軽い火傷、そうしている内に艦橋でダメージコントロールを担当している仲間から榛名は自分の左舷に並んでいた主砲の一基が抉れて無くなりもう一基も高熱で溶けて原型を失っている事、だがそれ以外の装備は問題なく動かせる事を知らされた。

 

『それはともかく榛名っ、立てるか?』

 

 そして、あと一秒でも指揮官からの回避命令が遅れていたならば今目の前にある腕など跡形もなかったどころか背負った艤装ごと身体を焼き尽くされていただろうと榛名は南方棲戦姫が放った瞼の裏に焼き付く凄まじい閃光の威力を思い返す。

 

《はい・・・、榛名なら・・・大丈夫です、提督! ええ、大丈夫です!》

 

 太陽が落ちてきた様な熱光線が大量の海水を焼いて発生させた水蒸気爆発に弾き飛ばされ津波に飲まれたものの片袖と左舷の艤装が焼き潰された程度のダメージで済んだ事を確認して胸を撫で下ろしていた榛名はまだ少し鈍い痛みを発している身体に気合を入れ自身の指揮官である中村へと返事を返した。

 溶け歪んだ左舷と違い戦艦娘のロングブーツには傷一つ無く、その背中で再起動したスクリューの推進力を借りて榛名は両足で荒波に負けずしっかりと立ち上がり向かい風に立ち向かってうねる水蒸気の向こうに山か塔かと言う程に巨大な影を見つける。

 

『時間は無いが木村艦隊と思われる反応は五十鈴が追跡してくれている、あとはアイツらを限定海域から引っこ抜いて逃げるだけだ』

 

 調子を確かめる様に唸るスクリューが体を押す感覚に戸惑う事無く対応して前傾姿勢を取った榛名は頭の中に直接聞こえる中村の声に神妙な顔を浮かべて瞳の中に浮かび上がる巨大な敵への針路に従って舵を立てる。

 

『だから・・・あと少しだけ無茶に付き合ってくれ、頼むっ!』

 

 そして、普段のいい加減さが無いだけでなく真面目で神妙な口調で告げられた中村の願いに戦艦娘は傷付きながら常識外れの敵を前にすると言う状況にあって場違いな程に美しく花の様な笑顔を咲かせた。

 

《少しだけなんて言わないでください、榛名はどんな事があろうと最後まで提督のお供をいたします》

『あー、うん・・・なんか、すまんな』

《ふふっ♪》

 

 恋焦がれる相手から全幅の信頼を感じる命令を受け、持ち主の意気に呼応し焼け付く程に唸りを上げるタービンの勢いで走り出した榛名は行く手を遮る高波を蹴破り吹き荒れる風に消えていく水蒸気から現れ輪郭を確かなモノにしていく南方棲戦姫へと直進する。

 

《榛名、いざ参ります!!》

 

 いっそ敵ながら天晴(あっぱれ)と言ってしまいそうになる程に自らを上回る強力な破壊力を持った敵艦へと自分から姿を晒し正面から攻撃を仕掛けるなど無謀の極みと言えるのだが、提督からの信頼と言う燃料を投入された身体から戦意の気炎を立ち上らせる金剛型三番艦にとってはその程度の不利など些細な事だった。

 

《敵艦見ゆ!》

 

 戦艦でありながら軽巡の航行速度に匹敵する速力を誇る榛名にとって直径なら1kmを少し上回る程度の広さ、南方棲戦姫を中心とするドーム状に広がるバリアの半径となれば一足飛びに詰められる程度の短距離でしかない。

 自分と提督ならば先程の不意打ちの様な卑怯な攻撃であろうと物の数ではないと自信を漲らせ、無事だった右舷側の艤装に命じて今使える武装全てで薄れた霧から見えた姫級深海棲艦へと揃えて照準する。

 そうして針路を遮る様にうねる濃霧など意に介せず榛名は荒波を駆け抜け、その身を取り巻いて目隠しとなっていた濃密な水蒸気の中から躊躇う事無く飛び出し。

 

《提督、攻撃の・・・くっ!?》

 

 霧の切れ間に顔を出した途端に濡れた髪と制服を激しい旋風に煽られた榛名は敵の予想とは違う姿を捉え驚きに声を詰まらせ目を見開いた。

 

・・・

 

「な、何がどうなってんだ!?」

 

 煙幕の様に視界を遮っていた濃い蒸気の中から飛び出した榛名の艦橋で敵からの迎撃に備えていた中村は自分達に目もくれず海面に垂らした長い白髪を引きずり左右非対称なハイヒールとロングブーツの爪先で波を掻き分け進む南方棲戦姫の姿に困惑する。

 

 ロケットの様に赤く燃え盛る左脚の推進機関によって加速を始めたらしい南方棲戦姫の巨体、目測ながら全高は300m弱、両腕に備える巨大な武装を含めれば更なる偉容を誇る正に海に直立した戦艦と言うべき存在が少しでも動けば大質量の移動によって多くの影響が周囲にばら撒かれるのは当然。

 艦橋からの観測で割り出された姫級深海棲艦の速度が60knotを超え、その身体にぶつかり問答無用で押しやられた空気が黒鉄の凹凸の間で渦を巻きその足元へと突風となって海上の全てを押し潰すかの様な勢いで吹き付け。

 襲い掛かってくる高低差数十mの高波を巧みに交わしてはいるが姫級へと照準を付ける余裕は海を走る榛名本人にも艦橋にいる中村達にも無く。

 

 迂闊に近付けば他の艦種よりも重量装備を身に纏う戦艦娘と言えど跳ね飛ばされまた海中へと転覆しかねない敵の動き歯噛みしながら並走する榛名の姿をコンソール上で横目にした中村はそれ以上に姫級が自分達に目もくれず何かを追いかける様に前方へと両手を伸ばして焦燥に表情を歪めている様子より、その強大過ぎる深海棲艦の進む先が日本への直線である事よりも、敵の船体に開いた大穴に困惑する。

 

「・・・あの腹の穴は、なんだ? アイツは何を追いかけてる?」

 

 中村は暴風の衣を纏う南方棲戦姫が鋭い牙を生やした鉄顎を備えた腕部艤装を振り上げるその先で僅かに霊力の残滓が作る帯の様な揺らめき、そして、姫級の大きく抉れ背中まで貫通していないとおかしい深さの穴が開いた腹部に眉を顰め困惑を声にして漏らす。

 その南方棲戦姫の下腹部、中村の記憶が確かなら剥き出しの白肌と楕円に窪んだへそがあった場所には闇に繋がっている様な真っ黒で深い大穴があり、そこから溢れたコールタールの様に黒く粘つく血が内側から噴き出しているらしい空気で飛び散り姫級深海棲艦の下半身と足元の海を黒く穢していく。

 

「提督! 南方棲戦姫内の反応!」

「はっ!? すまん、惚けている暇なんて無いんだよな! 木村達はどこだ!?」

 

 何の前触れもなく強力無比な奇襲攻撃をしたかと思えば明らかに尋常では無い傷を腹に抱えた姿を無防備に晒しているだけでなく迷子の子供の様な顔で遠くへ流れる霞か雲を追いかける様な理解に苦しむ行動をとっている。

 さっきまで追い回していた艦娘など眼中に無いとばかりに全く見当違いの方向へとなにやら必死な顔と足を向けている深海棲艦への疑問で思考停止しかけてていた中村を起こすように五十鈴の声が艦橋に響き指揮席に座る彼へと蒼い瞳の中で白く輝く花菱紋が向けられた。

 

「IFFは認識不能で通信も繋がらないけれど、あそこ! 間違いなく木村三佐達はあの穴の向こうに居る!」

「はっ、ぁ? 通信繋がらない・・・って、内部のマナ濃度のせいか? でも識別が出来ないってなんだよ? 陽炎達のIFFコードは全員登録されてるだろ」

「そんなの知らないわよっ、ここからじゃ戦闘形態の艦娘がいるって事しか分からないの!」

 

 首を傾げる中村の目の前で揺れる釣竿(・・・・・)と白い腕貫きに包まれた腕が荒波を踏み潰し進む南方棲戦姫を指し示し、五十鈴の指先が向けられたモニター上に表示された拡大映像は内部からの圧力で弾けた様に捲れ上がった穴が映る。

 その括れた腰の真ん中にはいくら映画の中の怪獣の様に巨大であろうと背中まで貫通した風穴になっていなければおかしい程に大きく深い洞が奥へ奥へと続く暗闇の中でグロテスクな血肉を蠢かせていた。

 

(さっき五十鈴と鳳翔が言った艦娘の反応と強力な熱源って・・・つまりそう言う事なのか? あの砲撃が古鷹の仕業と考えるには強烈過ぎてあり得ない、もちろん他のメンバーも無理だ、正直どうやったのかはさっぱり分からない・・・だけど)

 

 何故そんな考えに至るのか自分ですら説明できないと言うのに中村は目の前の不可解な状況を把握しようと得た情報と記憶の断片を頭に思い浮かべればまるで勝手に繋がっていくパズルのピースの様に不確かで穴だらけの推測となってその結論へと至る。

 だからこそ、今の彼にとって重要なのは自分達が行っている作戦において大前提である木村達が生存している言う根拠となる確かな証拠など一つもない希望的な予想を補強した五十鈴の言葉に強く頷いた。

 

「は、ははっ、アイツら・・・生存報告はもっと大人しくやるもんだろが!」

 

 惚けていた顔に笑みが浮かび直後に八つ当たり気味な怒りの(喜びの)声を上げた中村の手が素早くコンソールパネルの上を走る。

 そして、指揮官の手によって艤装内のエネルギー伝達を制御する機能が榛名が装備しているサルベージユニットへ繋がる回路に霊力を注ぎ込んで装置内のプログラムが起動準備を知らせる。

 

「鳳翔は俺とテザーの制御につけ! 五十鈴は木村達の反応を絶対に逃がすな! 他はそれぞれで姫級の攻撃に備えて迎撃と回避に備えろ!」

 

 指揮席から興奮に任せて立ち上がり指示する声と共に大きく腕を振る中村へと艦隊のメンバーから次々に了解の返事が戻ってくる。

 

(なんだ、全部自分の掌の上って言いたいのか? 違うな、アンタも俺達と同じで偶然とか運命とかそう言う得体の知れないもんに振り回されてる一人だろ、それとも死んだ後もご苦労さんって労ってもらいたいってのか?)

 

 指示された仕事に向かう艦娘達の背からコンソールへと顔を戻して元の席に着いた中村は特に動じる事無く、その操作盤に腰かけ猫の様な何かを吊り下げた釣竿を握り揺らしている小人へと悪態を吐く様に鼻息を吹きかけ。

 プラプラと釣竿の先で揺れていた猫モドキの首の後ろを掴んで膝の上に引き寄せて中村へと太々しい笑みを見せた妖精は猫と共に腰かけていたコンソールパネルの縁からスルリと音も無く落ちて空気に溶ける様にその姿を消した。

 

「・・・榛名、加速して南方棲戦姫の前に出てくれ! やるぞ!!」

《はいっ! 榛名はいつでも大丈夫です!!》

 

 気を取り直し推進機関の出力を目一杯まで押し上げ威勢が良い声を上げた中村に呼応し榛名がやる気に満ちた高い声を海原に響かせ、慌ただしくなった艦橋に乗せて海を走る高速戦艦を自負する艦娘は自身の身長よりも高い波の間に滑らかな弧を描き南方棲戦姫の進行方向へ割り込む航跡をフィギュアスケーターの様に海原へと引いた。

 

・・・

 

 粉々に砕けて還るべき場所へと向かう黒い欠片を追う姫級が空へと伸ばす巨大な腕の下、100knotまで加速しさらに影響範囲を広げる巨体が作り出す突風で割れていく海の境目に白と赤の衣がはためきガコンッと重苦しく歯止めが外される音が風鳴にも掻き消される事無く響き。

 

《救出目標を確認っ!》

 

 南方棲戦姫と呼称される事となった深海棲艦の前に立った金剛型戦艦三番艦である榛名の背で霊力を纏い銀色に発光する大錨が駆動音を唸らせるクレーンによって持ち上げられ矢印型の先端がまるで蛇の様に鎌首をもたげる。

 

《最終安全装置の解除!!》

 

 直後に手の平が海面に着くほどに傾けられた低姿勢によって駆逐や軽巡並みの高速度を維持した横滑りをやってのけた榛名の背で増設された装置が自らの使命を果たす為に銀錨を枷から解き放ち。

 

《木村艦隊への緊急通信を発信開始!!》

 

 クレーンから外れたと言うのに巨大な錨は重力に従って海に向かわず、アストラルテザー内の大型リールから強化ワイヤーを引き延ばしながら200knotオーバーで南方棲戦姫の前方へと躍り出た榛名の肩に追従する様に浮遊する。

 

《勝利を!》

 

 そして、自分の真横に着いてくる空母艦娘が持つ能力と同質の重量軽減効果を纏った銀錨へと手を伸ばし無骨な鉄柄を握った榛名は南方棲戦姫を正面から見上げて決意に満ちた声と共に大きく右腕を振りかぶり。

 

《提督に!!》

 

 戦艦級の動力炉で増幅されたエネルギーを受けて眩い程に輝きだしたアストラルテザーの本体とも言うべき銀塊が直後に振り抜かれた榛名の全力投錨によって姫級の腹に開いた暗い口へ目掛けて一直線に風を穿ち。

 青白い光を纏って輝くワイヤーがターゲットとなった艦娘の霊力を自動追尾する砲弾と化した大錨に引っ張られて青い空の下に銀色の線を伸ばした。

 

・・・

 

《は、ははっ・・・ははっ》

 

 驚きのあまりに笑うしかないとはこう言う心境なのかと達観と共に生まれて初めて振るった全力砲撃で錆鉄の玉座の頂上から転げ落ち瓦礫に仰向けに倒れた戦艦娘は激しさを増した山頂の風に服と髪をもてあそばれながら大穴が開いた天井とそこから滝の様に流れ落ちてくる黒血を見上げた。

 

『目標は破壊できたのか? そうでないならあの血に感知される前に退避するべきだが』

《・・・いいえ、その心配は無いわ》

 

 精魂絞り尽くした様な倦怠感の中で耳の奥に直接聞こえた声に何とか身を起こした大和は砕けた沈没船に挟まっていた自分の艤装を少々強引に引き抜き、自分の砲撃の余波によって崩れたらしい椅子の形を崩した山頂にそびえる鉄の骸達の上に立ち上り戦艦娘は眼下の山脈へと雪崩落ちていく深海棲艦の血で出来た川を確認する。

 

《あれはもうただの血、混ぜ合わせる力は残ってないようね・・・そう見える》

 

 一部で何かを成そうと蠢く様子が見えるが口の様な形の穴や僅かな隆起が川の中に出来たと思えばすぐに泡の様に弾けて山肌へと染み込み、一部は昏い霊力の粒へと解けて煙の様に舞い上がり大量の霊力が風に乗って穴の開いた閉鎖空間に撹拌されていく。

 斜めに傾げているが元々が凹凸だらけの難破船が積み重なった塊である為か足場には困らず、艦橋から通常へと艤装を戻すと言う知らせに頷いた大和はまだ空気を揺らめかせる程の熱を持った主砲が鋼の音を立てながらレールキャノンから元の大口径三連装砲へと戻る様子を眺め嘆息する。

 

『つまり一応の目的は達したと言う事か、とは言え時間が惜しい、それに君の消耗が相当なものだと言う事を艦橋で確認している』

《そうね、・・・すごく、今までに経験がないくらい疲れてる・・・でも悪い気分じゃないわね》

 

 背負っていた巨大な円形粒子加速器が初めの形に戻った艤装の中へと問題無く仕舞われ、最後に殲滅形態での砲撃の際に身体を固定する為に足場に食い込ませた幾つもの錨がガリガリと瓦礫を擦りながら鎖によって巻き取られ背中の艤装や太腿へと行儀良く収まった。

 

『大和は他のメンバーと旗艦を交代して休息をとれ、本当なら回復の為に数日は必要・・・だが君にはやってもらうべき事が残っている』

 

 作戦前に木村達と行った相談ではまず深海棲艦が持つ【混ぜ合わせる力】の中核を破壊し、その後に休息を挟みながら今いる山脈を下りて麓の海岸から外壁へと向かい再び砲撃を行い今度は自分達が外への脱出する為の出口を作る事になっている。

 

《ええ、そうさせてもらおうかしら・・・あそこからは脱出できそうにないでしょうからね》

 

 その不愛想な言葉で作戦と言うには少々乱暴な内容を反芻してから了解を返した大和だったが正直に言えばその時の彼女はもう少しだけ自分の中にあった力の発露とその余韻に浸っていたいと思ってはいた。

 だが確実に限定海域から脱出するには身勝手な望みが許される状況ではないと自分自身に言い聞かせ名残惜しそうに自らの艤装を撫でていると、自分の内側で改装空母と名乗っているが大和には明らかに輸送艦にしか見えない龍鳳が自らの実力不足を恥じる様に、私がちゃんとした空母艦娘だったらあの穴から脱出できるのに、と呟いた言葉が聞こえ。

 

 何故、龍鳳が空母であったなら十数mの戦闘形態ですら飛び跳ねても指先すら届かないあの天井の穴から脱出できる事になるのかが分からず、奇妙な事を言う艦娘もいるものだと首を傾げた大和は吹きすさぶ山風に踊る髪を手で押さえる。

 

《・・・っ!? 何、この音? ・・・え、ええ? 誰の声?》

 

 そんな時、なんの前触れなく甲高い笛の音に似た声が大和の鼓膜の内側で震えその奇妙さに狼狽える大和の頭の左右にマストを広げている電探がさらに天井方向から送られてくる情報を受け止めた。

 霊力の波を機械的に数字の羅列へと変換した呼び声(通信形式)を彼女の艦橋で通信系に精神を同調していた古鷹が霊力の波に変換された信号を自衛隊で使われている暗号キーに合わせて再変換し、それが音声と文字列となって戦艦娘の艦橋で再生される。

 

『これは、・・・こんな事、あり得るのか』

《提督、何なの? この声、木村艦隊、貴方達の回収とか言ってるけど、・・・どこから?》

 

 貴方達はそこにいますか、とそう問いかける声が混じる強い意志に乗せられ自分の元へと届けられた変換に変換を重ねられた電子音声に大和は戸惑い目を瞬かせ。

 そんな彼女の指揮席で外側から送られてきた端的な目的が記された文面と外で行われている現状の簡易的なアナウンスに木村は目を見開き呻く。

 

《あれは・・・えっ!?》

 

 技術的な部分や送られてきた暗号に関してはさっぱり分からないが辛うじてその奇妙な通信が姿の見えない艦娘から送られてきたモノである事とその信号が飛んで来た方向を感覚的に察知した大和が見上げた先、彼女自身が放った砲撃で焼け焦げところどころから黒く血飛沫を噴き溢れさせている巨大な天井の穴の奥の奥。

 

『まさか、俺達の救出の為にあんな物を持ち出したって言うのか!?』

 

 最果てなど無いと思える程に暗闇が続いているその穴の向こうで大和にとってはかつて物言わぬ沈没船として眠っていた海の底で手を伸ばした朧気ながらも見覚えのある光と同じ銀色が煌めいていた。

 

・・・

 

「正気じゃないっ! 先輩は懲戒処分が怖くないのか!? 神通、シグナルは!?」

「私達の反応を追尾している様です! こちらからの識別信号の強度はいかがしますか!?」

「増幅回路が焼けても構わない、すぐに最大にしろ! 大和は出来るだけここから高い位置に登ってくれ!」

 

 大和の艦橋で見上げたモニターに映る天井の穴の遠く遠い闇の向こうから猛スピードで自分達の方向を目指して落ちてくる銀色の光に木村は来るとは思っていなかった予想外への驚愕と良く知る規律違反の常習者に対する苛立ちを混ぜ込ぜにして襟元のボタンを乱暴に外して指揮をとる。

 屑鉄の山肌に呆然としていた大和が木村の大声に肩を跳ねさせながら手近な残骸を支えについさっき転げ落ちてきた廃船で作られた玉座を登り始めた。

 

「もっと急げないのか!?」

《怒鳴らないで! 艤装が重くて仕方ないのよ! そもそも私は船で、山の登り方なんて知るわけないでしょ!?》

 

 一度、大和の砲撃によって崩れバランスが悪くなった為かはたまた元から朽ちた船舶を材料にしていた為か元は深海棲艦の姫級が腰かけても大丈夫な強度を持っていた玉座は戦艦娘が手と体重を掛けただけで赤錆に塗れた鉄片が砕けて黒い川が流れる山脈へと転げ落ちていく。

 大和にとっては艦娘として生まれてから初めての山登り、それも自分の体重を大きく超える装備を背負ったまま急勾配に挑むとなればその動きはもどかしい程に遅くなるのは仕方ない事である。

 だからこそ戦艦である上に疲労している大和から崖登りの経験がある軽巡の神通か身軽な駆逐艦である朝潮へ旗艦を交代するべきだと遅まきに気付いた木村は驚きからくる焦りに急かされてしまっていた自分の迂闊さに苦み走った顔をした。

 

「旗艦を変更する、大和は朝潮と交た」

「提督! アストラルテザーが落下、いえ、着弾します!!」

「ええい! 先輩は落とす場所を考えて無いのか!」

 

 戦闘形態の大和が勾配を数十m登るよりも早く数km、否、数十kmの洞穴の闇を貫いてきた銀錨が龍鳳の警告の報告と同時に彼らが見上げる斜面に突き刺さる様に叩きつけられ辺り一面にスクラップの欠片が飛び散り、人生初のフリークライミングに挑戦させられていた大和の頭上に降り注ぎ身体や艤装を覆う透明な障壁が無数の硬い音を立てる。

 

『木村隆ぃ! 生きてるなら返事しろ! 死んでても返事しやがれ!!』

 

 正に着弾と言っても過言ではない衝撃だったが幸運にもスクラップの山そのものが崩落する事は無かったが、木村達は救助と言うにはあまりにも乱暴な手段に顔を引きつらせアストラルテザーを伝って一方的に叩きつけられた声に青年士官は堪え切れずに仏頂面を崩して額に青筋を浮かべた。

 

「いい加減に戦場でそういう馬鹿な事を言うのは止めてもらいたい!! 何から何まで、何をやってるんですか先輩!?」

『は、ははっ・・・うるせー! 文句言わずにさっさとテザーに掴まれ! こっちはお前らのせいで化け物相手にしてんだぞ!!』

「アンタって人はっ! いつも、事ある事に恩を着せてくる!!」

 

 数日ぶりに聞いた声に喜びで吊り上がりそうになった口が真面目さが取り柄の彼に似合わない悪態を吐き、頭を腕で庇いガラクタの坂道で身を縮めている大和の様子が浮かび上がるコンソールパネルの立体映像へと木村の手が重なる。

 ふわりと半透明のカードに浮かび上がる指揮下の艦娘達の名前の一つをその手が掴み取ったと同時に艦橋に金色の光が満ち、メインモニターから木村へと振り返り幼げな顔立ちに意気込みを感じる凛とした表情を浮かべた朝潮が彼に敬礼を向けながら光の粒子へと解けてその場から姿を消した。

 

「えっ? ここは!? きゃっ、私いったい・・・」

「落ち着いて大和さん、大丈夫ですから、今はそこに座っていてください」

 

 そして、駆逐艦娘と入れ替わる様に戦艦娘が所々に焦げ目や穴が開いた桜色の着物を着崩した状態で艦橋に現れて急な場面転換に対応できなかったらしく、その場でつんのめって倒れそうになったが直ぐに大和の身体を神通が受け止めて支える。

 

「朝潮、すまんが急いでくれ!」

《はい、司令官! お任せください!!》

 

 神通の手を借りて初めて見る円形のモニターに囲まれた艦橋をキョロキョロと見回す大和の無事を横目に軽く確認してから木村はさっきまで戦艦娘が手こずっていた瓦礫を身軽に登り始めた朝潮へと祈るような気持ちを込めて声を上げた。

 




 
次回、【艦これ始まるよ。】第九十七話・・・


「長門さん! このままだと中村艦隊が!?」

「もう我慢できない金剛お姉様だけじゃない榛名まで!」

「この程度で取り乱すな! 総員その場で待機せよ!!」


「朝潮型駆逐艦を舐めるなったらぁあ!!」

「さぁ、六基十二門! 砲戦、行くわよ!」



“カエセ、ソレ(・・)ハ、ワタシノカケラ(・・・)・・・モッテイカナイデ、・・・イヤダ、コワイノハ、ヤダ・・・”



 


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第九十七話

 
N督「なぁ~たのむよぉ~うまくやるからさぁ~」
T督「隊員、それも士官を見捨てて攻撃を優先したなんて話、自衛隊としては色々マズイ事になるんじゃないですか? まぁ一般論でね?」

海自上層部(こいつら後で覚えとけよっ・・・)

岳田内閣|ω・`)ソワソワ

 


 雲一つない青空、しかし、その下に広がる海原は激しく波飛沫を空に打ち上げ高層ビルすら覆い潰す程の高さまで盛り上がった津波が一体の深海棲艦と一人の戦艦娘を中心に広がっている。

 紅い灯火を両目から溢れさせツインテールと言うには長すぎる髪を振り乱して乱雑に巨大な三連装砲とそれに追従する無数の兵装が轟音を放ち、振り回される漆黒の凶器に絡まった銀色の線が煌めきと共に白い片袖と赤いスカートの金剛型戦艦娘が激しい旋風と慣性運動の中で弄ばれていた。

 

 さっきまで俺達の事を完全に無視していたのになんなんだ!、と叫ぶ青年指揮官の怒号が無数の連絡が行き交う通信網に一際強く響く。

 

 その声の主を乗せている戦艦娘、榛名は背負ったサルベージユニットから延びるワイヤーが南方棲戦姫の重機の様な指に絡めとられた事で宙吊りになり巨大な黒腕が軽く動くだけで発生する強烈な遠心力の中で身を捩る。

 しかし、圧倒的な戦力差を持つ敵に自由を奪われると言う絶望的な状況ですら金剛型の三番艦娘は諦めず、反撃の砲撃による反動や深海棲艦の腹に向かって伸びる強化ワイヤーをヨーヨーの様に伸び縮みさせる事で至近距離から放たれる無数の銃弾に障壁や装甲を削られながらも致命となる砲撃だけはギリギリの回避し続けていた。

 

 直径36cmの徹甲弾を何発撃ち込んでも南方棲戦姫の白肌には焦げ目が出来る程度にしかダメージは入らない。

 だが、それでも、と彼女達が足掻き挑むそれは正式な文書にて自衛隊本部から艦隊へと通達された本来の役割から大きく外れた行動。

 

 本土防衛の為の緊急作戦が自衛隊上層部に承認される直前に特務二佐の肩書を持つ二名の士官が滑り込ませたエースカード(内閣のお墨付き)と私情の割合が過分に多い要求と交渉によって作戦司令部は渋々と僅かな作戦の空白(制限時間)を用意した。

 その間に中村達が抱える重大な問題(友軍の救出)を片付けさえすれば彼らの行動そのものが公式文書上では命令書通りの行動だけをしていたと記録される事になっている。

 

 犠牲となった仲間の仇討ちに胸を燃やしながら出撃したと同時に秘匿回線でその作戦を通達され、その上に彼らが制限時間内に間に合わなければその艦隊は無いものとして攻撃を開始せよと命令された長門達連合艦隊の立場としてはたまったものではないの一言に尽きる。

 司令部側もわざわざ日本を滅ぼせる力を持った最悪な深海棲艦に時間を与えて本土の近くまでおびき寄せる作戦などやりたくはないだろう、だが長門としては敵の手中に捕らえられながらも生存していた友軍に自分達の手で止めを刺せと言われて喜べるわけもない。

 

 そんな無謀な戦いが繰り広げられているのは遠く彼方、味方の偵察艦隊から送られてくる戦闘と言うにはあまりに一方的な力の差がある大虎に追い回され必死に逃げるネズミとでも言うべき光景を閉じた瞼の裏に映し出しながら長門は足下へと押し寄せる高波に向かって腕を組み仁王立ちしていた。

 

 日本沿岸まで到達すれば容易に港だけでなく近隣市街にまで被害が波及するだろう波飛沫が額に二本の角(大型電探)を備える戦艦娘の装甲が身体を中心に球形に展開させた拡張障壁に弾かれ勢いを潰されて小波となって流れていく。

 付け加えて言えば彼女達が立つ地点からさらに後方に待機している複数の護衛艦が日本沿岸を護る為に等間隔を維持しながら搭載された霊的障壁の発生装置を最大展開させて南方棲戦姫と榛名の戦闘によって僅かな被害すら出してたまるかと現場の自衛官達が悲鳴を上げる船体と動力機関を相手に奮戦している。

 

《・・・なんだ、砲撃命令が出るまで攻撃は許されん、先ほども言ったはずだぞ》

 

 日本本土を守る為に戦雲渦巻く海原に二十人の戦乙女達が展開する防衛力と高火力を併せ持つ水上打撃艦隊、艦橋に控えている艦娘を含めれば海上の三倍以上の人数を戦線に投入できる大艦隊において艦娘代表である長門へと彼女に従い隊列を組む者達が頻りに強大な敵への早急な攻撃の必要性を繰り返している。

 しかし、本土防衛艦隊における最大戦力の中心とも言うべき場所に泰然と立つ長門は先程から止まる事無く何度も通信を介してヒステリックに訴えかけてくる各艦隊の艦娘達へと岩の様に動じない返答を告げた。

 

 今現在、長門達が連合艦隊を結成してまで撃破するべきと定められた目標である南方棲戦姫。

 たった一体であっても容易に日本を滅ぼせるだろうと想像できる強大なそれを相手に友軍の救出を成功させんと奮闘している中村艦隊に所属する戦艦娘。

 

 その榛名の姉妹艦でありその姫級深海棲艦に叩きのめされ重傷を負い鎮守府へと帰ってきた自分達の長姉である金剛の雪辱を果たして見せるのだと殺気立っている比叡は既に砲撃の準備は終え声高に機は熟したと主張し、その背の艤装から生える純白の四枚羽根からオーバーフローで足元に落ちる羽毛で海水を沸騰させ。

 その隣にいる比叡と同じ金剛型戦艦である霧島は姉と違い無言ではあるが光の反射で白く目元を隠す眼鏡を指で押し上げながら不機嫌そう眉を顰め、プラズマ化したマナで形作られた天使の羽根を無為に羽ばたかせては陽炎と蒸気を立ち上らせている。

 

《繰り返すが、我々、本土防衛連合艦隊の攻撃目標である南方棲戦姫への総攻撃は本日ヒトマルヨンマルの経過もしくは敵勢力の領海侵犯の確認をもって承認される、よって、条件を満たしていない現時点では攻撃は許可されん》

 

 まったくこれで何度目だ、と胸の内にある艦橋にだけ愚痴を漏らしながら四角張った宣言を改めて連合艦隊に属している全ての艦娘へと通達すれば血の気の多いメンバーが「それが悠長なのだ! 何より攻撃は早い程良い!」だの「戦艦長門ともあろう者が怖気づいたか?」だのと口々に不満を通信に乗せて飛び交わせ。

 どれだけお役所仕事じみた理由が不条理に感じようと命令順守は軍人の基本であろうに、と稚拙な反論の群れへ内心で吐き捨てた長門であるが実の所は自分自身もまたこの状況に焦れている事を理解していた。

 

《なにより、この長遠距離から中村艦隊を巻き込まずに砲撃を成功させる事が出来る者がどれほどいると言うのだっ!》

 

 長門の前方に展開している第一艦隊の護衛を行う第二艦隊の重巡達ですらそんな声を上げるものだから司令部から彼女達を大人しくさせろと要求が届く事になり、艦娘の代表として彼女達を取り纏める栄誉(面倒)を押し付けられた長門型戦艦は一喝の後に深く深く溜め息を吐く。

 

(後五分少々が何故待てん・・・しかし、中村中佐、流石にそれ以上は待ってやれんぞっ!)

 

 一応は長門に呼応して血気盛んな周囲を諌めようとしてくれている扶桑達の声も小さく聞こえるが大人しい気質である為にその艦娘達の声は姉妹艦ぐらいにしか効果は無い様で大人数の弊害から艦隊全体を飲み込みそうな熱気を冷ます程の力はない。

 

 そうして長門が味方の相手に手をこまねていたその時。

 

 最前線からの航空映像を受け取っていた瞼に文字通りに火を吹いた巨大砲とその射線上で弾けた炎、そして、砲撃の直撃で榛名の艤装だけでなくその手足までもがバラバラと宙に飛び散り細かく砕けて光に消えていく様子が映った。

 アストラルテザーのワイヤーを南方棲戦姫に捕まれ宙を振り回されていながらも果敢に反撃と回避を続けていた榛名がついに赤く燃え盛る爆炎に飲まれる。

 

 自らの同胞たる艦娘が敵に撃たれたと言う事実を認識したと同時に長門の胸中に筆舌に尽くし難い怒りと屈辱が溢れかけるが、しかし、自らが代表旗艦として此処に立っていると言う矜持に長門は強く強く歯が割れんばかりの力で奥歯を食いしばって決壊しそうなその激しい感情を抑え込む。

 

 その直後、長門と同じ光景を見て姉妹の名を叫ぶ比叡と霧島の悲鳴に共感してしまった艦娘達の間で南方棲戦姫に対する殺気が膨れ上がりそれぞれの艦橋で落ち着けと静止の声を上げる指揮官達の承諾を取らず一斉に水平線の向こうにいる敵へと顔を向け。

 

 戦艦娘が四基のレールキャノンに電光を纏わり付かせ。

 重巡艦娘の構える200cm口径の長距離砲が安全装置を外し。

 空母艦娘が弓に矢を番えて矢じりを空へと向ける。

 

 一瞬で一触即発の構えとなった仲間達の姿に全員の顔を引っ叩いてでも正気に戻すべきかと考えかけ、しかし、下手な真似をすれば確実に全員が暴発すると言う危機感に冷や汗を浮かべ長門は深く息を吸い込み狂奔に走ろうとする連合艦隊を押し止める為に先程よりも強く声を張ろうと口を開きかけ。

 

大丈夫です!

 

 不意を突く様に響いた複雑な想いが幾つも交じり合いながらその全てが一人の青年へと向けられている鋼の意思が宿った声、それを浴びた長門はまるでハンマーで後頭部を殴られたかの様な精神的な衝撃にどんな嵐の中であっても怯む事無く長門型戦艦の名に相応しくあれと己を律してきた自信が身体と共に揺らぎ。

 

榛名はまだ大丈夫です!!

 

 額に手を当てながらその場でふらついた長門の周りで彼女と同じ様に驚愕に目を見開いた艦娘達が出鼻を挫かれた事で指が引き金から外され、引き絞った弦が戻って鏃を下げる。

 

 その場にいる長門を含めた全員、さらには最前線の余波に耐える偵察艦隊、日本沿岸で防壁となっている護衛艦に乗る自衛隊員達、その全てが最前線の水上偵察機から送られてくる信じ難い光景を前に絶句して身体を硬直させた。

 

 深海棲艦が容赦なく放ち戦艦娘に直撃して空中で炸裂して熱波を広げる業火球が不屈の宣言と同時に白い翼に切り裂かれ、顔と髪の大半を焼かれ左腕と下半身までもを失った榛名が現れ。

 アストラルテザーを守る為に艤装が接続部から悲鳴を上げるのも構わず無理やりに殲滅戦形態に変形した榛名が敵の必殺を耐えきって見せた事への笑みを焼け爛れた顔に浮かべ、天使の片翼が砕け散りながら重力に従って南方棲戦姫の足元へと落ちていく。

 

 そして、白い羽根と共に無数の破片を散らしながらもアストラルテザーは長年の回収任務を一度の失敗も無く勤め上げた意地を見せるかの様に南方棲戦姫の腹の中へと伸ばしたワイヤーは切れる事無く弦を張り詰め。

 

 最期の任務に挑む装置と一緒に海面へと落下していく榛名の身体が限界を迎えて光粒へと解け、眩い日輪の輝きが中空で金の錨と枝葉の紋章を広げる。

 

 直後、朝潮型の名が刻まれた金の輪が鈍い灰銀色のサイドテールに撃ち破られ、飛び出た人影が重力に従って海へと落下する壊れかけのサルベージユニットへと体当たりする様に抱き着き。

 ランドセル型の艤装が汽笛を高らかに吹き鳴らし裂帛の気合を込めた出撃の宣言を受けて始動したスクリューが駆逐艦娘の身体を猛烈に加速させた。

 

 瞬きも許さぬ程の合間に急加速した12m弱の身長を持った少女が一直線に海面へと衝突して姫級深海棲艦すら怯み仰け反る程の水柱が青空へと聳え立ち。

 南方棲戦姫の身体すら隠す程の海水で出来た巨塔からアストラルテザーのワイヤーを巻き取る基部をしっかりと抱きしめた霞が海水の壁を突き破って荒波を踏みしめ自らの推進機関へとさらに火をくべる。

 

(戦艦すら容易く砕く大敵を前に何たる気迫っ、駆逐艦とはかくも気高い戦船であったか・・・だが、だがっ)

 

 霞の奮戦を見ている事しか出来ない長門が心の底から彼女の行動が報われる様に願っているとしても。

 

 必死に波を蹴る朝潮型駆逐艦娘がどんなに気高く勇気を胸に湛えるで戦士であろうとも。

 

 姫級深海棲艦と駆逐艦娘、その持って生まれた体格と戦力の差は覆らない。

 

 海に戻っていく水柱の中から悠然と現れた南方棲戦姫が足元で背中から猛然と光の螺旋を噴きながら鋼の綱を必死に引っ張る駆逐艦を見下ろし、失笑した(ホッとした)かの様な表情を浮かべて黒鉄の指に絡め取った銀に輝くワイヤーごと逃げようとしている獲物を引きずり戻そうと姫級深海棲艦が巨大な腕部艤装を持ち上げようとする。

 本来ならば赤子の手を捻るよりも簡単な行為である事は誰の目にも明らかで傍観者で居る事を強いられている艦娘連合艦隊の全員が先程の榛名の様に霞も宙吊りにされてしまうのだと悔し気な声を漏らす。

 

 どれだけ美しく崇高であろうと非力な者の熱意や理想では非情な現実は覆らない。

 

 

 はずだった(・・・・・)

 

 

 だが、その駆逐艦娘が十人集まってもなお足りない程の大きさと重量を持った武装の塊がピクリとも動かない事に、指に食い込んだ銀色の線がギリギリと金切り音を立てながら摩擦の火花を散らしている様子に姫級深海棲艦は瞳に宿る紅い灯火を瞬かせる。

 

 味方である筈の長門までもが囚われた友軍(木村艦隊)の救出を諦め、後二分に迫った総攻撃に備え最前線で奮戦する霞達(中村艦隊)を攻撃に巻き込まない事を念頭に攻撃予測を始めていたと言うのに霞と姫級の相対距離が10m、30m、70m(一歩、三歩、七歩)と止まる事無く離れていく。

 

 さらには朝潮型駆逐艦が抱える壊れかけの大型ウィンチとワイヤーリールまでもがギシギシと痛々しい音を立てながらも確実に銀の線を引き戻していた。

 

《こんな事が・・・》

 

 ワイヤーによって引っ張られている腕を力任せに引き戻そうとロケット型の推進機を逆噴射させ顔を歪める南方棲戦姫の腕がたった一人の駆逐艦娘によって金縛りにされて肘すら曲げられずに突っ張るだけに留まらず。

 次の瞬間にはまるでリードを引っ張る犬の勢いに負けた飼い主の様につんのめり引き倒された天を衝く巨体が海原に片腕と膝を突いた。

 

《こんな駆逐艦があり得ると言うのか・・・》

 

 その物量と言う戦場に置いて絶対と言っても過言ではない指標が覆される様子に口元を押さえ狼狽え(感動に)震える声を漏らす長門の通信システムへと駆逐艦娘の甲高い雄叫びが鋭く突き刺さり。

 

 私達を舐めるな、と髪を振り乱して叫んだ霞の声と共に花菱の模様が刻まれた左目から青白い炎が溢れ出し、その背のスクリューから放たれる二本の墳光の尾を倍に、さらに倍に、さらにさらにと300mの巨人の顔を直接炙るまで膨れ上がり一層強く強化ワイヤーを力技で深海棲艦の腹の中から引きずり出す。

 

 そして、駆逐艦娘の加速に比例して火花が散る黒鉄の指先に食い込んだワイヤーの摩擦は光と熱に怯んで顔を背けてしまった姫級深海棲艦の握力では止められず、火花を散らす糸鋸によって強固な装甲が見る間に削り取られ黒い血が飛び散る断面が僅かに覗いた次の瞬間。

 

 一気に切り落とされた黒鉄の指が宙を舞い、大重量の抵抗から解き放たれた霞が空気の壁をその身体で突き抜き、その背に続く強化ワイヤーが南方棲戦姫の腹の奥から血肉に塗れた銀の錨を引き抜いた。

 

 深海棲艦の中から飛び出た黒い塊が霞の勢いのままに海の上を引きずられ、暴れうねる荒波を幾つも破って血糊を弾き飛ばし銀色を取り戻していく錨とそれにしがみ付く艦娘としては小柄な体躯。

 

 飛び散る波飛沫に洗われていく服や肌は深海棲艦の血によってところどころ焼け焦げている、だがアストラルテザーの上には黒髪を肩の上で強風にたなびかせる五体満足の朝潮の姿が確かにあった。

 

《お、おぉ、おおおおっ!!》

 

 見事、否、正に御美事(おみごと)と言う他ない苦難に打ち勝った同胞(駆逐艦)の姿に打ち震える長門の周りで歓声が上がり、上空を周回する艦載機達を仲介して戦場に居る全ての艦娘や指揮官の声が通信網の中を駆け巡り。

 

 しかし、直後。

 

 燐光を撒き散らし海上を駆ける霞とそれに引っ張られている朝潮の頭上を巨大な影がかかり、その二人の頭上で明確な怒りを端正な顔に浮かべた南方棲戦姫が牙を剥き出しに巨大かつ歪な両腕(兵器)を広げ火柱を上げる推進機関の勢いのまま。

 なりふり構わず深海棲艦の巨体が大口を並べる巨腕をもって駆逐艦達へと覆い被さろうとしていた。

 

(いかん、攻撃をっ!? だが、まだ時間はっ! )

 

 長門の視界に映る攻撃承認までの時間を知らせるデジタル表記は一分強を残し、あまりにも目まぐるしい展開に精神が高ぶってしまっているのかゼロコンマの桁がナメクジの歩みよりも遅く感じる。

 今作戦においては既定の時刻が経過した後に後方の護衛艦にある指揮所からの攻撃命令を受けると言う流れで連合艦隊による南方棲戦姫への総攻撃が許される事になっていた。

 

《いや、そんなものは・・・知った事かっ!!》

 

 連合艦隊旗艦に任命されその責務と誇りに胸を熱くしながら他の艦娘の規範となるべく現代の複雑化した指揮系統を頭に叩き込んで皆を律していたのは長門自身であると言うのに自分の()が届く場所で敵に圧し潰されようとしている味方の危機に長門型一番艦は即座に自らを縛るルールを投げ捨て背中に広げた竜の翼と粒子加速器に今すぐ主砲に弾薬を寄越せと命令する。

 

(間に合ってくれ!!)

 

 長門の艦橋で彼女が砲撃を開始しようといる事に気付いた厳つい顔の指揮官が驚きに目を見開いたが規則と命ならば比べるまでもないとすぐさま憮然とした表情を取り戻し部下である生意気な口を叩く軽巡へ戦艦娘の砲撃補助を命じ。

 極限まで引き上げられた集中力によってスローモーションとなった長門の視界に三次元的な主砲の予測射線が描かれていく、だがそれよりも彼女の意識を釘付けにしているのは最前線の偵察機から送られてくる巨大な怪物の姿とそれによって窮地にある朝潮型駆逐艦姉妹の姿だった。

 

 そして、実際には数秒も経っていないと言うのに胸が潰れるかと長門が錯覚する程のもどかしさは突然に連続して響いた砲声によって解かれる。

 

 唖然とした戦艦娘は周りで自分と同じ様な顔をして戸惑っている戦艦娘達の姿を確認するが、自分を含めた大型艦娘の誰一人としてその身に抱える主砲の引き金を引いた者はおらず。

 砲撃準備までまだ一分を残す自らの主砲を見下ろした長門はその視界に重なって映る南方棲戦姫のロケット型の推進機関が左脚の装甲ごと爆ぜ砕ける様子に言葉を失った。

 

 そんな時、あまりの事に呆然と立ち尽くした艦娘達の耳にとある戦艦が上げた攻撃の宣言が高らかな通信音声となって届く。

 

《ああ、そうか・・・榛名以外にも居たな、我々と違いルールを初めから無視できる場所にいる戦艦がもう一人だけ居たっ!》

 

 砲撃の直後を示す光粒の硝煙を鼻息の様に吹く六本の砲身が下げられ、それと交代する様に六つの砲口が滑らかに仰角を上げてスムーズに爆炎と輝く砲弾を撃ち出し。

 音速を軽く超えた大口径砲弾が風鳴りと深海棲艦の外部に展開する巨大障壁を硬いガラスを割る様に貫き穿った六発が南方棲戦姫の顔や黒腕へと着弾して激しい爆音と炎を上げる。

 

 火柱となる程に大量の燃料投入を行っていた左脚への不意打ちで推進機関を破壊されて船体を横倒しにされた赤い瞳が怯み。

 

 倒れ込み津波を巻き起こしながら重い動きで身体を起こす南方棲戦姫は追撃で放たれた砲弾を再び浴びる事になったが直ぐにその艦娘の砲弾には自らの肌や武装の装甲を撃ち抜く程の破壊力が無いと悟る。

 しかし、南方棲戦姫は湧き上がる不愉快さから歯軋りと共に眼下の獲物から水平線よりも近い海上に立つ和装の戦艦娘、伊勢へと苛立たし気な顔と片腕を向けてその注意力を分散させてしまった(・・・・)

 

 その高層ビルを連ねた様な三連砲を聳え立たせる黒鉄の凶器を向けられても戦艦娘は怯むどころか不敵な笑みを浮かべたまま返事代わりの砲弾を再び放ち。

 霊力が徹甲弾まで圧縮される事無く爆発力だけを求めて早込めされた36cm榴弾が次々と外部障壁を撃ち抜き爆発し白黒の巨体やその足元の海面で派手な黒煙と水柱が巻き起こる。

 

(あんな集弾率の低い砲撃ではヤツの装甲に効果などない! 田中艦隊は何をやっている!?)

 

 しかし、伊勢がどれだけ攻撃を繰り返そうと強固な肉体を持った姫級深海棲艦にはダメージなどあって無いようなもの。

 榛名が宙吊りにされながらも至近距離から撃ち込んだ徹甲弾ですらかすり傷程度であったのだからいくら派手に爆炎を上げる榴弾であっても目くらましにしかならないと長門は呻き。

 

《いや・・・目くらましにしかならない、・・・だと?》

 

 そう呟きを漏らした長門は視界の中に浮かび上がる小窓の一つ、伊勢の姿を上空から捉えるものではなくついさっき朝潮を敵の腹の中から助け出した霞の姿を追う映像へと焦点を合わせ、そこにあった光景の愉快さに長門型一番艦は意図せず小さな笑いを漏す。

 伊勢が行った数を撃てば当たると言う一見して無駄に見えた攻撃によって南方棲戦姫がその巨体を中心に展開している透明な檻が見事なまでにひび割れと穴だらけになり、その不可視の鉄壁に開いた脱出口の一つからアストラルテザーの残骸を担いだ二人の駆逐艦娘が高波をジャンプ台にするかの様に全速力で飛び出していた。

 

 伊勢を追いかけて副砲を小口径砲を乱射しながら鈍い動きで自らの最大の兵器に仰角調整させていた南方棲戦姫が横目に見えた遠ざかっていく駆逐艦娘のきらめく推進力の残滓と荒波に揉まれて消えていく航跡に気付き紅い瞳を見開き地響きの様に低く響く呻きを漏らし。

 姫級が伊勢へと放った無数の砲弾の雨で水柱と言うより海水に壁となった着弾点から飛び出した黒い三つ編みを暴風の中で巻き上げられながらニコリと微笑む白露型艦娘の艤装が空の果てまで届けとばかりに甲高い汽笛を吹き鳴らし急加速を駆ける。

 

 最早お前に用など無い、とでも言う様に反対方向に向かって走り去っていく駆逐艦達の後ろ姿に白髪の房を振り乱して怒りで歪んだ顔を右往左往させる姫級は無為に両腕を左右へと広げて攻撃を放とうとするが主砲である超巨大三連装砲はもちろん強力無比な艤装の中で一番装填が早い砲すら間に合わず。

 一目散に逃げ出した艦娘達が水平線の彼方に米粒となって南方棲戦姫の目視と電探の範囲から消えさり、獲物の匂いを追う能力(霊的素材を求める欠片)を失った深海棲艦は長門が視界を借りている観測機が見下ろす空の下で低く太く空間そのものを揺らす様な鳴動の雄叫びを上げた。

 

《さぁ、これで後顧の憂いは無くなった・・・皆、待ちに待った艦隊決戦だ!》

 

 悔し気に吠える姫級深海棲艦とは対照的にこれ以上ない程の笑みを浮かべ連合艦隊代表旗艦が堂々と胸の前で腕を組み。

 

 止まる事無く進んでいた時計の針が作戦開始時間をその先端で指し示し、海原を征く艦娘達が自分達に課せられた任務を果たす為に動力機関を唸らせそれぞれの艤装の煙突部からその興奮を示す様に大量の光粒が噴き出す。

 

 そして、後方に置かれた総合指揮所からGOサインが発令され、艦列に肩を並べる赤と青の正規空母二人が最大仰角で空に向けた弓に番えた開戦の鏑矢を連続で射ち上げる。

 

《全艦隊! この長門に続けぇっ!!》

 

 白亜に輝く竜の翼を背負う黒鉄の戦乙女の声とそれに応える仲間達の歓声が海原に響き渡った。

 




しまったもう夏イベ始まってるじゃん!?

時期的には秋だと思うけど皆が夏って言ってるから多分夏イベだっ!

小説なんて書いてる場合じゃねぇ!!

・・・でも、いつも通り、先行組の人達が攻略法見つけてくれるまで様子見する。

だから、それまでの間、やっぱり続きを書くしかねぇな!!
 


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第九十八話

 
あの()の間違いは願いを叶えてくれる魔法の石に頼り切って自らの精神を成長させなかった事。

もし、仮に彼女がその力に溺れず正しい形で成長を遂げていたならば継世の神へと至ってたのかもしれない。

まぁ、神と言っても人間に破滅をもたらす存在と言う意味では現状と大差ないわけだが。
 


 その深海棲艦は偶然の重なりによって艦隊の端に付き従う貧弱な駆逐艦から空を焼き海を割る最強の力を持った戦艦、それも姫と言う全ての者達に傅かれるべき支配者としての格にまで至った。

 そうなったと言うのに、彼女が寝所から目覚め(進化を終え)てから出くわした同族達はその姫級深海棲艦を指して処分されるべき欠陥品と(のたま)い。

 

 それでも自分の随伴として後ろに付き従うならばその愚かさを赦そうと思惟(情け)をかけた姫級に対して正常(・・)な深海棲艦達は火砲と魚雷の発射を返答としてその圧倒的な力を宿した戦艦を撃ち滅ぼさんと結果の分かり切った愚行に走った。

 

 彼女にとって自分と比べるでも無い程に(艦種)(階級)の低い同族の無礼、しかし、輝かんばかりに白い髪と肌の姫級は自分の身体に傷を付けるどころか煤汚れすら作れない弱者の愚かな行動も無理はないと苦笑を浮かべる程度には精神的な余裕があり、その時点の南方棲戦姫は遠く遠く海の向こうから囁きかけてくる得体の知れない()に従っている下位個体達に哀れみすら感じてすらいた。

 

 だからこそ圧倒的な力の差があるにも拘らず愚直に戦いを挑んできた同族に姫は敬意を評して自らの一部となる栄誉を与えてやったのだ。

 

 肌や思惟を交える以上に自分の一部となる事は即ち絶対者と一体となる栄誉に他ならず。

 自分達に理不尽な運命を課してくるあの声から解放され本当の意味で自由に生きる事が出来るのだと、無数の深海棲艦や何人もの艦娘から奪ったモノを混ぜ合わせ南方棲戦姫へと成った異常(・・)な深海棲艦は本気でそれが同胞の幸せなのだと想っていた。

 

 それ故に彼女には理解できなかった。

 

 取り込んだ当初はピーピーと耳障りに騒いでいたがすぐに大人しくなり自分の一部となっていた筈の輝きが格納庫の中で勝手に動き始めた事。

 明らかな戦力差があると言うのに小さな小さな輝き共が足元に纏わりつき同族のそれよりも少々強い程度の砲撃で不遜極まる挑発を繰り返す事。

 

 そして、陽の光の下で艶めく新品の肌と艤装がチカチカと煩わしく光る光粒(霊力)を纏った砲弾で汚される度に苛立ち(不安)が最強を約束された身の内で騒めく事。

 

 いかなる能力か深海棲艦である彼女には考えも付かないが自分の腹を内側から穿った破壊力に身体の一部を破壊された時には砕け散った部品の残滓を追うなどと言う自分自身ですら呆れる姫として相応しくない卑しい真似をした事に対する違和感。

 

 自分に対して首を垂れるべき下位個体共の反抗は万死に値する、そう軽く爪先で蹴り飛ばせば粉々に砕けるだろう脆弱なチビ共へ姫級深海棲艦はこの世における当然の理(弱肉強食)を弁えよと思惟を叩きつけ主砲から溢れる巨大な力を無造作に撃ち放ち。

 少々、ちょこまかと小さな敵艦が逃げ回る鬱陶しさから力加減を間違い自らの肌まで焼きそうになりつつも鬱陶しく無駄な挑発を繰り返していた戦艦の格を持つとは思えないぐらいに脆弱なチビ(艦娘)が目の前で炎に飲まれた事に南方棲戦姫は気を良くする。

 

 だが、骨の一片まで蒸発していても可笑しくない筈の熱の中から戦意を漲らせ笑みを浮かべる満身創痍の戦艦が現れ、直後に光粒の飛沫と共に入れ替わった駆逐艦の予想外に強い抵抗のせいで南方棲戦姫は不本意にも海面に引き倒され、それだけでなく塵芥同然と思い込んでいた敵によって指を切り落とされると言う屈辱を受け。

 その上に彼女が姫級となる前に喰らい領地に仕舞っていた素材の一部(放り込んでいた指揮官と艦娘達)までもが自分の中から輝く部品(霊核)を盗み出すと言う暴挙に及び、細いくせに妙に丈夫で煩わしく絡まる糸を伝って遂には腹に開いた穴から逃げ出す。

 すぐさま足下の不愉快な雑魚と逃げ出した盗人を諸共に自らの艤装の鉄顎で丸呑みにして粉々に挽き潰してやるとばかりに南方棲戦姫がその左脚に力を入れれば無礼極まる不意打ちが出力を上げた推進機関に命中し誘爆させる。

 

 それら有り余る屈辱に歯噛みする姫級を他所についさっきまでしつこく彼女へと纏わりついてきた生意気な駆逐艦は同艦種である部品泥棒を連れて尻尾を巻いて逃げ出し。

 少し遠くから火と煙が弾ける砲弾を打ち込んできた邪魔者も姫の乱射する様な反撃に恐れをなしたのか踵を返して恥ずかしげも無く背中を見せて水平線の彼方へと逃走していった。

 

 その逃げ足だけは早い連中の行動によって南方棲戦姫は己の攻撃が命中さえすれば一撃で砕け散る下位個体の最たる弱者共が最強の支配者となった自分を良い様に振り回したと言う事実に思い至り腹の奥から怒りを迸らせる。

 

 敵との圧倒的な力の差がありながら思い通りにならない忌々しい状況に地団太を踏んだ姫級深海棲艦はふと顔を上げ。

 全ては遠く水平線の向こうから感じる巨大な力の塊(霊力の結晶)が画策した流れなのだと直感し、南方棲戦姫は未だに自分を意のままに従わせようとする身の程知らずに対する怒りで瞳の中の灯火をさらに燃え上がらせた。

 

 そんな風に海原で一時立ち止まっていた姫級の下腹部では資材格納庫である領地まで貫通していた傷が内側から迫り出してきた鉄屑や岩塊で埋まり。

 主推進機が破壊され速力は数分の一程に落ちたが荒波を蹴散らすハイヒールは問題なく船体を進める力を発して船底を水の上で滑らせ始める。

 そんな見ているだけで不愉快になる破壊跡が残る腹や左脚は不格好であるもののこの程度の損傷ならば放って置けば勝手にあるべき形へと修復されるだろうと姫級は自らの性能を鑑みてダメージコントロール(乱雑な応急処置)を終えた。

 

 今は何をおいても脳裏に幻視する忌々しい水晶の樹をへし折り、逃げていった数匹を含めた不愉快極まる虫けらに身の程を教え込んでから皆殺しにしてその残骸をこれから造る玉座の材料としてやらねば気が済まない。

 そして、邪魔者を綺麗に焼き払ったならば領地をさらに広げ支配者である自らに相応しい同族(下僕)を山の様に集め精強なる群れ(艦隊)を率いるのだ、とそこまで夢想した南方棲戦姫はふと自らの腹の中に納まっている酷くみっともない領地を見下ろした。

 

 意識を向けた腹の中は一時外界に繋がる程の穴が開いたせいで空気や水だけでなく岩や瓦礫までもが掻き混ぜられゴロゴロと唸っており。

 その耳障りな音に顔を不快そうに歪めた支配者の格を持った深海棲艦はどうして自分はこんな場所に領地を仕舞っているのか、何故に姫たる者が下僕がするべき荷運びの真似事をせねばならないのか、そんなひどく今更に湧き上がった疑問に苛立った。

 

 偶然かそれとも必然か、大和型戦艦を原型に持つ艦娘の砲撃によって本来の南方棲戦姫に含まれていなかった霊的因子の結晶(イレギュラーパーツ)が取り除かれた事でその美貌の精神が設計図通りの姫級深海棲艦へと調律されていく。

 

 コノ私ヲ誰(イヤダ,イヤダ,)ト心得テイル(コワイ,イヤダ!)

 

 何故か自らの内に存在している姫級の格に相応しくない弱い思惟に小さく眉を顰めつつも自分こそが何よりも偉大な存在であるのだと遍く知らしめなければならないのだ、と深海棲艦の姫として相応しい思考へと心を矯正された深海棲艦は遠くから自らに向けられた殺気の気配に艦首(視線)を水平線へと向け。

 

 私コソハ支配(カラダガイウ)者タル姫ナルゾ!!(コトキカナイ!?)

 

 視線を向けた水平線上に幾つかの光点と殺気を感じた南方棲戦姫は悠然と歩を進めながらその艤装から大量の昏い霊力を放出して障壁の穴を塞ぎ、その直後に穴が塞がったばかりの防壁へと幾本もの熱光線が着弾して大量の熱と輝く霊力を撒き散らす。

 

 雑魚ノ分際デ(アッチニハ)不敬ニハ死ヲ!(イキタクナイ!)

 

 小癪にも立ち向かってくるならば今度こそ全てを蹴散らし消し飛ばし水底よりも暗く深い奈落の底へと沈めてやる、と凄絶な笑みを浮かべて南方棲戦姫は敵連合艦隊が待ち受ける本土防衛線へと黒鉄の大腕と巨砲を向け。

 待ち構える敵を討ち破ればお前に相応しい領地と玉座が手に入るぞ、そう挑発する様に頭の中で囁く自分のものではない“声”を自覚しながら深海の女王として生まれた怪物が紅く燃え盛る号砲と咆哮を放った。

 

 イヤダ,消エタクナイ・・・

 

 その無数の深海棲艦の血肉(素材)選り合わせ(投入して)生み出(建造)された姫の中心で望む願いを全て叶えてくれていた欠片(能力)を失った幼く臆病な(駆逐艦級の)()叫んで(泣いて)いた。

 

・・・

 

 南西の海上で日本へと直進ルートを取っている超巨大深海棲艦、現場の指揮官が仮称した南方棲戦姫と言う名称で表示されたターゲットマーカーが点滅する電子の海図の前で田所浩輔は端正な顔立ちに薄っすらと笑みを浮かべる。

 

「じゅっ、重巡那智被弾!!」

「詳細は!? 戦闘続行は可能なのか!?」

「・・・利根がもう一度長距離砲撃を行います! 射線上の部隊に退避針路をっ!」

 

 彼の周囲では壁には所狭しと設置されたモニターが次々に画像を切り替えと分割を繰り返し、大型複合機が絶え間なく印刷された用紙を吐き出し続け。

 

「九州の変電所が何だって!? それはこっちと関係ない!」

「通信障害が伊豆半島全域及び静岡南部に拡大!」

「空港には台風が原因と言う形で事前通知してあるはずでしょう!? 苦情はそっちで対処して!」

 

 大の大人が百人詰めても余裕があるだろうその大きな会議室は激しい人の出入りで騒がしく。

 引っ切り無し日本各地から送られてくる情報を手早く関係部署と現地部隊の間を繋げるオペレーター達に至っては言葉で殴り合う様に報告の声を張り上げていた。

 

(あれは・・・何だったか、・・・ああ、そうか、大分前に見たあの映画と似ているのか)

 

 刻々とたった一体の深海棲艦相手に悪化する被害状況を叫ぶオペレーターの声に苦悶の表情を浮かべた海上自衛隊の将校達が顔を突き合わせ絞り出す様な声で現在の陣形を保ちつつこれ以上の敵の領海侵入を許すなとあまり役に立たない方針を命じる。

 そんな雑然とした現場とは毛色が違う戦いが行われている空間の中に居ながら田所は終戦六十年に25億円も製作費をかけて第二次世界大戦を題材にすると言う宣伝のインパクトで話題騒然となった映画の事を考えていた。

 

「三笠の主砲がオーバーヒート、指揮官が一時後退を求めています!」

「今、戦艦を下げれるわけがないだろうが! 態勢が整うまであの光る羽根で防御させろ!!」

 

 切迫した情報が次から次に飛び交う空間の中、安っぽい香りを燻らせるコーヒーが入った紙コップを手に内閣から幾つか重要な権限を渡されて派遣された連絡員(お目付け役)はザラザラと不安定な映像を見せるモニターを眺め。

 

「前衛二艦隊の旗艦変更、軽巡川内と重巡青葉が出ます!」

「おいっ、これ精神過敏症とあるぞ! 青葉の方は戦闘できる状態なのか!?」

「本人がやると言ってるなら出すしかないでしょう! 重巡、少ないんですよ!!」

 

 遠近感や縮尺が狂いそうな程に巨大な美女が旗艦を交代しながら戦う艦娘達が放つ無数の砲弾と爆弾を四方八方から浴びながらも平然とそれ以上の火球を反撃として撃ち返し。

 両勢力によって戦場に巻き起こる災害に重ねて今世でも公開されたその戦争映画の迫力だけは素直に凄いと感じたクライマックスを田所はその脳裏に思い浮かべる。

 

(確かあの映画の主題になっていたのは戦艦大和だったか? いや・・・ただの兵器と怪物共を比べると言うのは我ながらナンセンスだな)

 

 大量の砲撃を浴び炎上しながらも巨大な黒鉄が弾幕を放ちその頭上を飛ぶ緑翼の戦闘機群が次々に炎に飲まれ。

 燃える飛行機の群れを有って無いものと扱う巨大な三連装砲の咆哮が放物線を空に描き、灼熱する赤黒い砲弾が艦娘達の戦闘隊列へと目掛けて飛ぶ。

 

 敵の主砲攻撃を察知した重巡艦娘達が空へと大量の弾幕を張り狙い通りの高度で六角形の投射障壁を広げ、青白い無数の霊力の結晶板が繋がり合って作られた半透明な雨傘へと燃え盛る隕石が着弾した。

 

 艦娘達の頭上を守るために広がった多重障壁は強烈な砲撃の着弾によって粉々に砕かれながらもその灼熱砲弾が放つ凄まじい熱波と衝撃を軽減し、そのおかげで海上の艦娘達に致命的なダメージは出なかったようだが通信障害でモニターの映像はますます不明瞭なモノへと変わる。

 

「ならば敵兵装への集中爆撃! 赤城と加賀に空に上げて攻撃をさせる!」

「弾着観測だけで無く通信網までもが彼女達頼みの今、そこに穴を開ければどうなるか分からないとは言わせんぞ!?」

「そこは・・・あれだ、他の艦娘を制空と防衛に集中させれば良いではないか?」

 

 この場に必要かどうか怪しいパーティション(衝立)の向こうにいる面々が冷静さをかなぐり捨てて舌戦を繰り広げている様子はそれなりに離れた場所にいる田所の耳にも届いたが、青年官僚は戦闘と言う専門分野に関して手習い程度の知識しかないとは言えその仕切り板の向こうで行われているリアルタイムの作戦会議はあまりスマートな進行を行っていない様に感じた。

 

「いや、既に彼女達は全力を尽くしているこれ以上の負担は戦線を崩壊させかねん」

「むしろ空母よりも長門を中心に戦艦娘が防衛線を押し上げるのが常道だろう!」

「おい、隊列と陣形を何だと思っている! 重火力艦の突出で全体の連携が乱れればそれこそ元も子も無くなるぞ!」

 

 そんな聞くに堪えない中年達の五月蠅さから耳を背けた田所は目の前で今も現場を支える為に必死にPCに噛り付きインカムの向こうの相手へと整頓された情報を提供しているオペレーター達の姿を眺める。

 

(子供のケンカか、それ以下か、・・・民間の役員会議で同じ事をやれば全員更迭は確実だろうが、その心配が無いから公務員と言う奴らは頭が緩くなる)

 

 少なくとも背後で作戦を無為に躍らせている幕僚長や海将などの将官とは違い縁の下で働く彼らこそが危機的状況でも組織を維持して作戦をスムーズに動かしているのだと軍事の素人である田所にも分かった。

 

(組織が正常に機能しているからそこ一部の無能を支えてしまえると言うのは皮肉な話でもあるな)

 

 一人一人が全体から求められる必要な仕事を適切な時間内に対処できる歯車となる事こそが組織としての格を示すと言っても過言ではないと自らの持論に対する信用をさらに強めた内閣の使い走りは口元に運んだコップがいつの間にか空になっている事に気付く。

 

「どうぞ、室長」

「ああ・・・」

 

 シルクの手袋が差し出してきた紙コップを受け取った田所は心にも無い微笑みを浮かべていた顔を僅かに不愉快そうに歪め、自分の隣に控え内閣へと提出する予定の資料に必要な情報を現在進行形で纏めている才女を横目にする。

 黒いネクタイで襟を締めベージュのブレザーと灰色のタイトスカートを着こなす均整の取れた女性らしい身体、アップスタイルに整えられた髪とノンフレーム眼鏡に隠れたタレ目気味な瞳は光の加減で淡い翡翠色に艶めく。

 

「お疲れのようですね」

「・・・君の御同類と、私に仕事をさせない補佐のせいだがね」

「あら、ひどい言い方」

 

 恨みがましそうに田所がぼやいた周りの混雑にかき消されそうな程に小さいセリフ、それが聞こえていながらも全く動じる事無く凛とした清潔感を纏う美人補佐は新しい資料を運んできた自衛隊の事務員へと礼を言いながら用紙の束を受け取る。

 

「軍務に不慣れな室長は承認のハンコだけお願いします、作業と言うモノは知識がある人間がやる方が効率的ですもの」

 

 そう言う間も現在行われている戦闘情報の編纂作業を止めずに莞爾と微笑んだ相手へ、お前は人間などではないだろう、と言ってやれればどれだけ胸がすく思いが味わえるだろうか。

 そんなすこぶる個人的な険悪を腹の中で渦巻かせながらも感情を押し殺して微笑みを被りなおした田所は数日前までは普通の部下(人間)だと思っていた自分の隣にいる人物から顔を背ける。

 それを彼が知ったのはこのバカげた防衛作戦が開始される直前の事だった。

 

(なんで・・・何がどう間違ったら脱走艦娘が私の部下になる!?)

 

 無能な馬鹿共がやらかした事のせいで国や人間に対して不信感を募らせたからこそ真横にいる艦娘は二人の姉妹艦を連れて自衛隊から脱走して民間人の中に紛れ込んだ。

 

 ただそれだけだったならば田所にとっては自分と関わりの無いどうでも良い話で終わっていたのだろう。

 

 だが、よりにもよって自衛隊から脱走したその三人の艦娘は鎮守府に残してしまった仲間達の環境を外から改善する為に水面下で大塔財団と接触し自分達の置かれた状況を財団のトップである会長へと直談判。

 さらには説得した会長夫妻の個人的かつ暗部にも通じる多大な協力を受けてスパイ映画も顔負けな方法で財団内の裏切り者を炙り出し、公安警察まで巻き込み与野党問わず汚職議員や役員を罠に掛け、手に入れた取引材料と引き換えに現在の立場と肩書を手に入れた。

 

 田所もその時点では気付かなかったとは言え彼女達の行動の一部に加担していたのだが彼は敢えて意識してそれを棚に上げる。

 今の彼にとって重要なのはすぐ隣に居る相手が人間の皮を被った艦娘(怪物)であると言う一点、その気になれば人間大の状態でも一対一で戦車をスクラップに出来る戦闘能力と人間を手玉にとる程の知恵と自我を持った生物兵器が野放しになっている現状が恐ろしくて仕方がない。

 いくら岳田総理直々の判断(命令)によるものだったとしても穏やかな日常と労働に対する正当な報酬さえ得られれば幸せを感じられる平和主義者の田所としては人知を超える怪獣も強かな女スパイも爆炎に塗れた戦争も全てフィクションと言う名のスクリーンの中だけで行儀良く安全な娯楽を提供していて欲しかった。

 

「敵弾が上空の障壁を貫通!! 艦娘連合艦隊の後方に着弾します!?」

「あきづきは気付いているのか!! 警告急げ!」

「着弾位置と被害規模の予測を! 護衛艦全艦に障壁の増強を通達!!」

 

 たった一発の砲弾ですら艦娘達の防衛線を抜かれれば広い会議室が騒然となり、そこから派生した問題が雨後の筍が如く頭を出して金銭的な損害と言う津波となって自衛隊、ひいては今後の日本国へと押し寄せるだろう。

 現時点ですら本州の一部では護衛艦が横並びで広げている障壁の堤防で防ぎきれなかった高波が港の船を容赦なく横転させ、内陸部にまで達した大量のマナ粒子を含む風は無差別に通信障害を巻き起こし、霊的耐性の低い民間人が熱中症に似た症状を訴えて病院から病人が溢れかけているのだ。

 

(いっその事、本当に綺麗さっぱり焼野原にされた方がこんな事で悩まずに済むのかもしれないな・・・)

 

 自分達がこの理不尽な試練を乗り越えられたとして、その後に待ち受ける人的と物的な被害を合わせた補填の総額は何千人分の人生を賄える値段が付く事になる事やらと田所はどこか他人事な調子で微笑みを張り付けながらそんな不謹慎極まる考えを頭に過らせる。

 

(出来る事なら映画一本分には収まってもらいたいところだが、まぁ、無理だろう)

 

 そんな時、不意に横からの視線を感じた彼は自分と同じ様に薄く笑みを浮かべながらも瞳だけは全く笑っていない艦娘の顔が自分に向けられている事に気付き。

 妙な居心地の悪さに小さく咳払いした若きエリート官僚は所用(トイレ)の為に少し席を外すと口にしあくまでも余裕を持った態度で椅子から立った。

 

・・・

 

《長門型の装甲を甘く見てくれるなよ・・・化け物め》

 

 戦闘開始から優に八時間以上、南方棲戦姫から放たれた砲撃を合図に不思議と凪始めた海上で長門はふらつく身体を何とか気合だけで立たせていたが、彼女の分身である戦艦艤装は原型が分からない程に破壊され。

 不完全に熱された霊力の火花が割れた粒子加速器からパチパチと爆ぜながら海面へと零れ、身に纏った衣服は下着だけは残っていると言う有り様で血まみれの身体から徐々に戦闘形態を維持するエネルギーが光粒となって空気と海水に解けて消えていく。

 

《とは言え、我々も貴様も・・・もう立っているのが限界と言った所か・・・》

 

 戦艦を主体に66名の艦娘が連合を組んだ大火力艦隊であると言うのにたった一体の敵との闘いで轟沈こそ無いもののその殆どが大破状態。

 僅かに中破で堪えられている長門の様な者達も南方棲戦姫の圧倒的な攻撃力の前に倒れない様に気合で立っているだけでも精一杯と言う状況。

 

 これだけの長時間戦闘の結果がもしも無傷の敵艦の姿だったなら如何に国の守護者として生まれその胸に強い誇りを持った艦娘であったとしても迫りくる姫級深海棲艦に敗北を認めてしまい膝を折る事になっていただろう。

 

《だからこそ、敵ながら見事だったと称えよう》

 

 西の傾き始めた太陽がオレンジ色に色付く空を背景に黒煙を体中から立ち上らせ、激しい攻撃に黒鉄の装甲に守られた三連装の巨大砲塔は全て折れ。

 沈黙した無数の武装が左右にフラフラと頼りない足取りで進む深海棲艦の巨体から振るい落されバラバラと昏い霊力に溶けていく。

 

 水平線に立つ怪物が戦闘能力を失い意識すらも朦朧とさせながら無為に歩を進めている事は内部から火の手を上げている巨大艤装を放置している様子からも明白であり。

 足元まで届く豊かだった白髪は不揃いに焼き斬られ、黒い流血が岩の様に固まり見る影も無くなった裸体の美貌が風に揺れる蝋燭の火の様に紅い灯火を揺らめかせていた。

 

《・・・そう言えば、駆逐艦達が出撃前にちょっとした噂で盛り上がっていたな・・・確か、そう》

 

 息をするのも辛いと言う苦悶を浮かべながら夕日に背を押されながら進む白と黒の怪物から視線を外した長門はその場に腰を下ろしておもむろに胡坐をかいた。

 

《あの中村中佐がお前の事をラストダンサーと呼んでいたと》

 

 出来うる事ならば強敵に引導を渡す大役は連合艦隊旗艦である自分が成したかった、そんな他愛ない名声欲に苦笑した長門は敵の最後の砲撃から自慢の装甲を使い庇った軽巡洋艦娘へと声をかける。

 

《なぁ、北上?》

 

 長門の背後でシャッシャッとまるで何か硬いモノが回転と共にその表面を削り続ける様な擦過音をたてる増幅器となった増設魚雷管。

 激しい攻防の中で単装主砲だけでなく右手と右足も失いながら、それでも荒波に座る様な姿勢でスクリューを回して回避を続けていた強かな艦娘の左腕で渦巻く光の渦が最高潮へと達する。

 

《ははぁ、それ言われちゃったら外せないねぇ》

『き、きたかみ、さん・・・おうえん、しなきゃ』

《・・・菱田提督、少し大井を黙らせておいてくれ、怪我が悪化でもされたらたまらん》

 

 肩越しに自分を見る長門へと煤汚れに塗れた顔に不敵な笑みを浮かべた球磨型軽巡洋艦を原型に持つ艦娘が戦艦の手を借りて背中合わせの状態から左手の先を南方棲戦姫へと向けた。

 

《んじゃ、トドメぐらいは本気でやっちゃいますかぁっ!!

 

 北上の左腕に装備された魚雷管から連続してボポンッと気の抜ける様な音がしたかと思えば直後に海面に落とされた霊力を高圧縮され光の渦を纏う矛先が大量の気泡を白い航跡へと変えて一直線に海水の中を貫き走る。

 

 人類が現在までに築き上げてきたどの強固な城壁をも上回る大障壁は既に欠片も残さず連合艦隊の総攻撃で破壊しつくされ。

 その300mクラスの長身と超重量故に鈍重を強いられた巨体は別動隊の戦艦娘の奇襲で主推進機関である左脚のロケットエンジンを失った事で戦闘開始以前から回避と言う選択そのものが無かった。

 

 だからこそ、無慈悲に破壊の光を詰め込まれた魚雷が満身創痍の南方棲戦姫へと命中するのは当然の帰結、北上の放った魚雷の命中と同時に焼け爛れた長い足が爆発的に広がる光の渦に引き込まれ、既に大部分を艦娘達の攻撃で削られ焼かれていた大質量が白く染まる破壊の爆心地へと抵抗も出来ずに落ちていく。

 

 直視すれば目を焼かれてしまうだろう程に激しい閃光の中で力尽きた姫級深海棲艦の身体が高圧縮エネルギーの連鎖と言うミキサーの中で粉々に砕かれ。

 その体内にあった巨大な空間が主の死を切っ掛けに元の大きさへと戻り、風船の様に破裂した限定海域が元あった空間を押し退けてその中から現れた山脈が海底へと叩きつけられる。

 

 南方棲戦姫を殺す為に放たれた巨光が消えた後に襲い掛かってきた暴風と大津波に艦娘達はそれぞれ悲鳴を噛み殺しながら身を寄せ合い。

 

 永遠とも感じられる程の数分。

 

 敵の最後の反撃とでも言う様な津波を耐え、なけなしの霊力を使い切きった長門達は敵艦が居た場所に黒岩と残骸が積み重なる巨大な山を見付けて呆然とした顔でその山頂を見上げる。

 

《えっと、なんですかね~、あの島・・・?》

《知らん、ただ私にわかる事は、そう・・・我々の勝利だ、と言う事だな》

 

 そして、疲れに掠れて小さく、しかし、芯の入ったしっかりとした口調で連合艦隊代表旗艦が勝利の宣言を告げた。

 




 別動艦隊も含めればほぼ百対一で艦娘側を戦闘不能に追い込む深海棲艦・・・。

いや、余計な話は止めておこう。


次回


第四章 エピローグ


【世界樹の枝の上で・・・】

 


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第九十九話

 
・クレイドルを利用した改造←裏口
(※アクセス権は貰えない)

・深海棲艦との共振による接続←正規ルート
(※アクセス権を託される)

・精神力だけで概念の壁をぶち破る←反則
(※アクセス権をぶんどる)

なんの事って? 知らなくても何の支障も無い話さ。
 


 暗い闇と白い光に塗り分けられた様な空間、まるで海の中を漂う様に重力の存在すら曖昧な世界に小さな光が現れては黒い領域で雪や花びらの様に踊り揺らめきながら同じ方向へと向かって落ちていく。

 

 何処が始点であったかすら分からないほど昏く、果てを臨む事など到底不可能な深く暗い場所から青白く光り輝く巨大な幹と根が広がる方向へと何の疑問も無く向かっていく火の粉の様に儚い色を宿す魂の群れ。

 ゆっくりと確実に引き寄せられた巨大な水晶の樹に触れた魂の欠片達は日向に落ちた雪の結晶の様に溶けて巨大な何かの中に存在するマナの海流へと飲み込まれ消えいく。

 

 その無数の魂の群れの中で一際小さいその魂は吹けば消えそうな蛍火の内で誰にも届かない鳴き声を上げていた。

 

 白い白い閃光に飲まれ闇の底に落とされる前の小さな魂は最高の身体を手に入れたはずだった。

 

 しかし、その身体は持ち主である()の意志を無視して支配者としての矜持と言う小さな深海棲艦には全く理解できないモノの為に敵が待ち構える場所へと自分から身を投じた。

 

 そして、至高の頂点から一転して落とされた暗黒の果て。

 

 南海の底に深海棲艦として産まれてから一度も目にした事が無い光景であると言うのに小さな魂はそこが何の為に存在しているか分かってしまう奇妙な感覚に恐怖した。

 自分と言う存在があの巨大な樹に喰われる為に引き寄せられているのだと誰に教えられたわけでもないのに気付いた蛍火は必死にその流れから逃れようとその魂の灯を騒めかせる。

 

 だがその必死な思いは小さな魂(蝋燭の火)の表面を僅かに揺らすだけ、口どころか身体そのものが無い為にその魂の悲鳴は誰に届くわけは無く。

 巨大樹の中で渦巻く胎動(引力)から逃げるどころか藻掻く事も出来ない深海棲艦の魂は迫りくる巨大な水晶(怪物)に飲み込まれると言う未知の恐怖にただただ恐れ震え。

 

 今まで人間、艦娘、同族問わず他者へと平然と行っていた捕食行為を棚に上げて自分だけは食べられたくない(キエタクナイ)とわがままな幼い自我が声も出せずに(泣き喚きながら)周囲に漂う同胞達と共に新しい命へと転生させる霊的エネルギーの大流動の元へと落ちていく。

 

 そこに作為は無く、同時に区別も無い。

 

 他の個体と違いがあるとするならば死してなお恐怖心が消えなかった事だが、その()がいくら嫌々と駄々をこねようと地球に根を張り今もなお成長を続ける世界樹(循環機構)にとって関係は無く粛々と役割を果たすだけ。

 他の同族と同じ様にその魂も水晶の幹へと受け入れられたなら生前の記憶(後悔)(感情)も綺麗に漂白され、然るべき流れへと乗せられて新しい深海棲艦へと建造される事になる。

 

 そうでなければならないと言うのに。

 

 誰にも届かない筈の泣き声を上げ続けていた幼い魂が水晶樹に触れる寸前、横合いから伸ばされた手の平が揺らめく灯火を受け止め、掻き消さぬ様に優しく両手の平が包み込み。

 下手な道路よりも広く内部で力強い光を渦巻かせる枝の上、青白い文字列が取り巻く素足が重力を感じさせない足取りで着地してそれに少し遅れて揺れる胸の前に添えた両手の中、恐れに震える小さな蛍火を鳶色の瞳が憂いと安堵を混ぜて見下ろした。

 

“私はその()地球(ほし)へ還すべきだと思うがね”

 

 吹き消してしまわぬ様に優しい手つき蝋燭の火を包む女性へと遠く近く輪郭さえハッキリしないのに“声”であると分かるそれ(・・)が前触れなく聞こえ、霊力の光に照らされた形の良い眉が歪み険のこもった視線が話しかけてきた相手へと向く。

 

「・・・それを決める権利が貴方にあるとでも言うつもり?」

 

“いや、ただ一時の感傷で起こす行動は得てして碌でもない結果に繋がるものさ”

 

 軽く動いただけでも身体が浮き上がる低重力の中で腰をねじる様に振り向いた動きに合わせてフワリフワリと宙に舞う栗色の艶髪が表面に青白い文字を浮かべては消すミルク色の肌に纏わりつく様子はまるで親鳥が翼で卵を守り抱く様にも見える。

 その彼女が見つめる先には数秒前まで影も形も無かったベージュ色のセーラー服を着た小柄な少女に見えるなにか(・・・)が足元の水晶から溢れる光に照らされながら立っていた。

 

「知ったふうな口を利くのね・・・気に入らない」

 

“こう見えて人として生きた時間はキミよりも長い”

“ある意味ではキミと共に居る彼ら(・・)よりもね”

“まぁ、老婆心と言うよりお節介か”

 

 不意に目の前の人影が少女から老人や青年に、掌に乗りそうな小人から明らかに縮尺がおかしい巨体へ、コロコロとその姿はまるで転がされた万華鏡の様に変化を繰り返す。

 しっかりと正面から見据えている筈なのに次々と虚像を入れ替え陽炎の様にぶれるその人外の姿に深海棲艦の魂を手に包む乙女は不気味さに気圧されないよう身構える。

 

“それでキミは”

“その()をどうするつもりなのかな?”

 

 世界樹に還るべき魂を横から掬い上げた艦娘が向けてくる敵意に対して水晶の大樹に住む妖怪(老人)はあくまでも朗らかな顔と声でおどける様に肩を竦めて見せた。

 

「ここから連れていくわ」

 

“ふむ”   “理由を聞いても?”

 

「・・・このままこの子が何も知らない子供のまま消えるなんて、・・・許されないからよ」

 

 ガラスの檻の中で垣間見たその深海棲艦の拙い足掻き、心に生まれてしまった恐怖と言う感情に振り回され、ただひたすら自分を安心で満たしてくれるモノを求めて海を彷徨った迷い子の歩みを知ってしまった大和は手に包む小さな灯を悲しそうに見つめる。

 

 昏い海の底に叩きつけられ痛みに震えていた時に誰かが善意の手を差し伸べていれば。

 求めるがままに肥大化した歪な成長に対して同族が欠陥品などと侮蔑の(思惟)を向けなければ。

 痛みと恐怖に追い立てられ偶然に逃げ込んだ安寧の地がこの子を受け入れてくれていれば。

 

 不安から仲間を求めた声に答えた者が力に付き従うだけの(しもべ)ではなく対話の意志を持つ者であったなら。

 

 もしも、もしも、もしも・・・数え出したら切りが無い程の可能性(もしも)

 

「貴方がこの子をこんな歪な形に産み落とさなければっ!」

 

 ギリリと質量を持たない霊力の身体であるのに大和が食いしばった歯軋りは無音の空間で不思議と大きく聞こえた。

 選び取られなかった可能性ほど荒唐無稽なものは無い、そして、自分が口にした空想自体が深海棲艦の性質からしてあり得ないIFである事ぐらい言った本人自身も承知している。

 

“その()だけをかね?”

 

「知ってしまった以上は聞こえないフリなんて私には出来・・・」

 

“だが、周りを見給えよ?”

 

 ベージュ色のベレー帽の下で白々しく口角が上がり嗤い声が混じる声と共に子供の落書き帳から出てきた様な猫の上に腰かけた小人が両腕をいっぱいに広げて自分と大和の周りに降り注ぐ雪の様な魂の群れを指す。

 

“それは所謂、依怙贔屓(えこひいき)と言うんじゃないかね?”

 

 向かい合う艦娘と妖精の周りで小さな灯火が一つまた一つ、水晶の大樹に融けて消えていく。

 

「っ!?」

 

 ただそっと指し示す様に両手を広げただけで相手が何が言いたいのかを察してしまった大和は苦渋に顔を歪め声と息を詰まらせ一歩分の後退りしたがすぐに怯んでたまるものかと心に湧いた気合で踏み止まり、自分の胸元で不安そうに揺れる小さな魂を守り抱き妖精(悪魔)に向かって背筋を伸ばし真っ直ぐに見返した。

 

「死神は大人しく命を狩り続けろ、艦娘は深海棲艦を助けるな、・・・そう言いたいの?」

 

 使い潰される様に過ごした日々から大和の精神を蝕んでいた海神へと捧げられる生贄としての艦娘と言う妄想じみた認識は微睡みの終わりに出会った青年士官によって否定された。

 そして、敵地から脱出した彼女は破壊の炎を振り下ろす巨神へと挑む懐かしくも勇ましい仲間達の姿を戦場から離脱していく駆逐艦の艦橋で目撃し、さらにその後に聞かされた目標撃破の報告に自分達は絶対に勝てない存在と思い込んでいた深海棲艦と対等以上に戦える能力が備わっていたのだと知る。

 

 しかし、勝利に沸く歓声の聞こえる駆逐艦娘の艦橋の中で脱力して座り込んでいた大和は自らが覗き見た臆病な深海棲艦の記憶を思い出し、その中で自分と同種である艦娘達が大砲と魚雷を携え狩りをするかのように追い詰め情け容赦なく深海棲艦達を沈めて(殺して)いた姿に言い知れぬ恐怖を感じその身を震わせた。

 

“私はただ問うだけだよ”

 

 信じられない事に艦娘()は災害にも匹敵する強大な暴力と純粋な凶暴さを併せ持つ海の神(深海棲艦)へと捧げられる生贄などではなかった。

 それどころか、(艦娘)は何も知らずに産まれ人に仇名す悪である事を強要されている深海棲艦(死刑囚)へと刑を執行する死神だったのだ。

 

“どんな命でも生まれだけは選べない”

“キミが艦娘である事は変えられない事実だろう?”

“その()達が深海棲艦である事は変えられない”

 

 それを貴様が言うのか、と今にも暴れ出しそうな程の激情が大和の身の内で沸き立ち義憤に叫ぶ彼ら(・・)の騒めきに動悸(同期)する心臓の痛みに戦艦娘は胸を押さえ呻く。

 

“艦娘であるキミの選択は本当にそれ(・・)で良いのかね?”

 

「それは脅しなの? 言う事を聞かなければ私諸共この樹の中へ落とすぞって言う・・・」

 

“出来ない事を出来るなどとは言わんさ”

“さっきも言っただろう?”

“私はキミの意志を問うだけだ、と”

 

 敢えて例えるならばその表情は親が子へと成長を促す為に答えの無い問いを出す様に底意地の悪い(未来を期待する)微笑み、そこに居るかつて人間だった魂は彼女の内にある英霊達の意志ではなく大和と言う個人(艦娘)の心が何を成す(選ぶ)かを見守る。

 

“キミの叶えたい願いは何かね?”

 

・・・

 

 見た事が無いのにその場所を生まれる前から知っている。

 何が起こっているのか分からないのに理解できる。

 知らない筈の事がそれはそう言うモノであると必要とした知識が直接意識に入り込んでくる奇妙な夢。

 

 小さな小さな今にも消えてしまいそうな程に弱弱しい悲鳴に引き寄せられて踏み込んだ領域は果たして夢と言って良いモノだったのだろうかと独白しながら大和は屋内と言うにはあまりにも広い鎮守府で最も重要な役割を持つ中央棟で立ち尽くす。

 

「私が望めば終わる・・・全部」

 

 白々しい虚飾で敵味方問わず世界の全てを欺くだけに止まらず、先の時代の為という大義を言い訳に星の数にも迫る数多の無垢な魂達に犠牲を強いる。

 

 それは紛れもない悪行であり直ぐにでも正さねばならない間違いなのだ、と大和の胸で霊核が騒めき水晶の樹と老獪な妖怪が行っている命の冒涜に対する敵意を数日経った今もあの光景を思い出す度に疼かせる。

 しかし、図らずも一人の科学者が地球へと食い込ませた大罪の幹を断ち切る権利を得た艦娘はそれと同時に近い未来に世界全体が否応無く迎える事になる避けられない運命を知ってしまった。

 

 やろうと思えば今すぐにでも悪行の連鎖と共に艦娘と深海棲艦の戦争は終わらせる事ができる。

 

 大和の決断一つで艦娘は命を懸けて戦い祖国を守らなければならないと言う責務から解放され自由の身となり、深海棲艦は破壊を齎すだけの存在から無数の可能性を持った新世界の住人となって生きていけるだろう。

 

 ただし、そうなれば現れるのは良い面ばかりではない。

 

 水晶の大樹はただ触れているだけで大和の頭に過った疑問にすら理路整然とした答えを返し、中枢機構の中に流れる巨大な命の流れが断ち切られ制御を失った無色の力が世界に溢れて混沌に時代へ全ての生命が突き落とされていく様をありありと幻視させた。

 

 そんな世界の命運を左右してしまう大事をただ心から望むだけ(・・・・)で成す権利を得てしまった戦艦娘は久しぶりに袖を通した朱襟のセーラー服の胸に手を当てながら目の前に聳え立つ機械仕掛けの巨大樹を見上げ。

 

「いつかは終わらせなければならない間違い、でもそれを決める大和は・・・私じゃない」

 

 世界樹に住む妖精からの問いかけにそう答えるしか出来なかった大和はあの奇妙な夢の中からたった一つだけ連れ帰った小さな魂が自分の胸の中に居る事を確かめ、紅白の制服の開いた肩口に見える肌の上に掛かった焦げ茶色のロングポニーを揺らす。

 

「ただ悪辣なだけの相手だったらこんなに心が苦しいと感じる事なんてなかったのに・・・」

 

 この足の下に今も存在している幻想の大樹は一人の科学者が人類の積み重ねてきた歴史(努力)を無に帰せぬ様に、そして、まだ見ぬ子供達の生きる未来が苦しいだけの世界になってはいけないと善意によって植えた希望であり、間違っても生命を呪う悪意によって造られたモノではない事は大和にだって分かっている。

 

 だから、彼が犯した罪を赦せるか赦せないかは個人の主観でしかなく、大和自身はまだそれに対する答えを決める事が出来ていない。

 

 そうして先の激戦で傷付いた多くの仲間達の治療を行っている青白く光るガラス管を実らせたクレイドルを見上げていた大和はふと目覚めに向かう別れ際に小人(老人)が彼女以外にももう一人自分と同じ権利を得た艦娘がいると言っていた、と思い出した。

 その艦娘はその問いかけに「私の司令官がそれを望むなら」と言う呆れる程にシンプルな答えを返したらしいが、今も明確な答えを出せない大和ですらこの問は他人に委ねて良い問題ではないだろう事ぐらいは分かる。

 

 そして、胸に宿る激情に任せるのは論外だが、かと言って誰かの意見や見解に頼るわけには行かず、されど一人で決めるにはあまりにも大き過ぎる命題を前に立ち尽くしていた戦艦娘は不意に背後から近づいてくる足音とどこか陽気な鼻歌に気付く。

 

「あっ、大和さんっぽい! どうしたの? どこか怪我したっぽい?」

 

 淡い金髪の上で細紐の蝶結びが揺れながら碧く澄んだ瞳がパチクリと瞬きし、白露型駆逐艦の四番艦を原型に持つ艦娘が黒地のセーラー服を揺らしながらパタパタと大和の元へと駆け寄ってきた。

 

「そう言うわけじゃないんだけど・・・えっと、あなたは?」

「っぽい? 私は白露型の夕立だよ、今日は私非番だからお手伝い出来る事あるなら何でもやるよ♪」

 

 人懐っこい笑みを浮かべてじゃれる様に話しかけてくる夕立の姿に気後れして言葉に困った大和は改めて目の前でポンポンと弾む様にリズムを取っている妙にテンションの高い駆逐艦を見下ろし、少女が胸の前に抱えている紙袋から少し香ばしい匂いが漂っている事に気付く。

 

「それは?」

「これ? これはねぇ~、焼きまんじゅう♪ ほらっ!」

 

 戸惑いつつも大和がその紙袋を指差せばさらに嬉しそうに笑顔を浮かべた夕立はガサゴソと袋の中に手を入れて、手の平に乗せて差し出してきたそれを見た戦艦娘は頭の上に疑問符を浮かべ首を傾げる。

 ビニール袋に小分けされたそれの見た目は飴色の楕円形が二つ串で貫かれており、そして、平たい上下に焦げ目まで付いた様子とほんのり漂う砂糖醤油の香りは饅頭と言うより妙に大きいみたらし団子と言うべきではないかと考えながら大和は目を瞬かせた。

 

「はいっ♪ 大和さんにも一つあげる♪」

「えっ? えっ!? 何、どうしたの?」

「お腹空いてると元気でないからそういう時は美味しいモノ食べると良いっぽい♪」

 

 手元に押し付けられる様に渡された奇妙な串団子に戸惑う大和は夕立と自分の手の上のそれの間で視線を行き来させ、輝くような笑顔を浮かべて紙袋の中から別の串団子を取り出し慣れた手つきでビニール袋を剥いだ駆逐艦は大きく口を開けて醤油ダレが満遍なく塗られた団子へとかぶりついて見せる。

 

「んふっ、おいひっ♪ んむんむ♪」

「っぷ・・・ふふっ、ありがとう頂くわ」

 

 ほっぺを膨らませて柔らかい団子を食べる駆逐艦の可愛らしい姿につい吹き出す様に笑いを漏らした大和の姿に彼女を見上げていた夕立が再びニパッと笑顔を見せ、元気が無さそうだったけどもう大丈夫そうで良かった、と口にする。

 そんなふうに励ましてくれる夕立の笑顔に大和は戦艦である自分が駆逐艦である彼女に答えの出ない問題に悩んでいた顔を見られただけでなく心配までかけてしまったのだと気付いた。

 

「夕立はこれからクレイドルの下でお昼寝するっぽい! 大和さんも来る?」

 

 みたらし団子の様な何かと元気を分けてくれた夕立は続けて巨大な艦娘用治療装置の登り階段の裏にあると言う夏涼しく冬温かいと言う不思議で心地良い場所の事を大和に教えて他にも数名の艦娘が暇な時のたまり場に使っていると言う秘密基地へと無邪気に誘う。

 夕立の申し出にありがたいけれど自分は用事があるから遠慮すると大和は目の前で元気よく跳ねる柔らかな黄金色の髪を撫で微笑みを返しながら彼女から貰った串団子の礼をして中央棟から出る事にした。

 

・・・

 

「あれ? 大和さん、外に出て大丈夫なんですか?」

 

 手を振る夕立と別れて鎮守府の中央棟から雲が行く午後の空の下に出てきた大和へと話しかけてきたのは陽炎型駆逐艦のネームシップであり、大和にとっては巨大な深海棲艦の腹の中に造られた異空間で出会った木村艦隊のメンバーの一人だった。

 

「ええ、先生からは少し身体を動かした方が良いって言われてるから、ところで陽炎はこんな所でどうしたの?」

 

 大和にとっては霊核となった状態で敵に囚われていた仲間達と共に限定海域からの脱出する切っ掛けを与えてくれた事には感謝しているがその際に自分の心の弱い部分を散々に痛めつけてくれた目の前の少女に対して思うところ無かったと言えばウソである。

 とは言え思い返せば過酷な状況に諦めず立ち向かっていた木村と陽炎に向かって冷静さを欠いて八つ当たりした自分にも問題はあったのだと納得せざるを得ない部分もあり、鎮守府に帰り着いてからのリハビリや現代学習を積極的に手伝ってくれる陽炎の行動に素直に感謝できるぐらいには大和も落ち着きを取り戻していた。

 

「大和さんは私んとこの司令見ませんでした? 病院棟で検査受けてるって聞いたのにどこにもいないんです」

「・・・彼を? さぁ、私は会ってないわね」

 

 ただ良い意味でも悪い意味でも気安い性格だと皆が言う陽炎が自分に対してだけはあの山頂で名乗ってから妙に丁寧な言葉遣いをする様になった事に関して大和はもう気にしていないからと陽炎に言えるのはまだ少し先になるだろうと内心で肩を竦める。

 

「もぉ、外の病院からやっと帰ってきたって聞いたのに、司令ったらどこほっつき歩いてんのかしら」

 

 大和と武蔵達が囚われていた山頂に負傷した陽炎を背負って現われた青年、木村隆特務三等海佐は大和が聞いていた話では防衛作戦終了後に深海棲艦の体内に閉じ込められた影響を検査する為、港に辿り着いてすぐに都内の大病院へと連れていかれたらしい。

 その検査がずるずると長引いていると彼の艦隊に所属している古鷹達が不満げに呟いている姿を何度か見た大和は陽炎の言う木村の帰還の知らせに悪い事にはならなかった様だとホッと一息を吐いていた。

 

「彼に何か用事があるの? 急ぎかしら」

「あ、大した事じゃないんですけど、ちょっと返しそびれてた物と聞きたい事があって」

 

 自分と仲間達を助けられたと言う大きな借りがあるとは言え一緒に居たのは限定海域からの脱出と本土へ帰り着くまでの数時間程度であり、そう言う意味では碌に知らない相手であるのに自分が彼の無事に安堵している事に気付いた大和は身の内で騒めいた心(気恥ずかしさ)を誤魔化す様に小さく咳払いしてから陽炎の話を促した。

 

「返す物?」

「えっと、これです」

 

 そう小首を傾げた大和の前で陽炎はブレザーベストのポケットから小さな御守り袋を取り出し、駆逐艦娘の白い手袋の上で色褪せ縫い直した跡が幾つか見える古びた縁起物がゆらりと飾り紐を揺らす。

 

「なんか司令のひいお祖父さんの持ってた物らしくて、その人、軍人としてあの大戦に参加して戦後にちゃんと日本に帰ってこれたからこの御守りも縁起が良いモノだとかで・・・」

 

 しかし、陽炎が木村に背負われていた時に聞くことが出来たその御守りの持ち主(木村の曽祖父)に関しての話は第二次世界大戦当時の何時何処かで戦っていた軍人である事と終戦時に故郷へと帰れたと言う事ぐらい、と駆逐艦娘は少し不満そうに口を尖らせる。

 

「調べようと思えば出来るっぽいんですけど司令はひいお祖父さんの事調べる気はないって、まっ、それはともかくせめて何処の神社の御守りか分かれば私も一つ貰えないかな~って」

 

 司令の言ってた通り御利益ありましたし、と悪戯っぽく笑った陽炎の目が次の瞬間には呆気に取られた様に瞬きする。

 

「・・・大和さん?」

 

 その瞳が見上げた戦艦娘は陽炎の手の上に乗せられた長い時を越えてきた御守りを前に目を見開いて硬直していた。

 

「嗚呼・・・」

 

 その若い士官は部下の前で虚勢を張っていたけれど一人になれば船室の片隅で女々しく啜り泣きをしていた。

 どんなに頑張っても米国には勝てず自分は故郷に帰る事も出来ずに海の藻屑となってしまうのだろうと悲観し、しかし、そんな臆病者であったからこそ身命を火の玉に見事玉砕して見せようと狂奔する周りの空気に毒される事無く正気でいてくれた。

 故郷で待つ家族の姿と出兵前に結婚の約束を交わした女性から渡された手製の御守りを頼りに彼は大和と共に生きていた。

 

「そうだったの・・・」

 

 炎がボイラーを破裂させ甲板が火の海となって深く深く底の見えない海へと沈んでいく事を止めることが出来なくなったあの日、米軍との一方的な負け戦で僅かに生き残った船員達を必死に救命艇へと引っ張り上げていた彼が泣きながら謝罪の言葉と自分(大和)の名を叫んでいた事を昨日の事の様に思い出せる。

 そう忘れられるはずがない、一言一句逃さず(一分一秒残らず)戦艦に刻まれた祈りと願いを受け継いでいる大和(・・)は運命を共にした者達だけでなく船外へと脱出し自分の終わりを見届けてくれた人々の事を覚えているのだから。

 

「えっ!? ちょ、大和さんどうしたんです!?」

 

 遅まきながらも木村に対して感じていた奇妙な懐かしさの正体に気付いた大和は小さく笑みを浮かべ、不意にその視界が海面の様に揺らいだ。

 

・・・

 

 突然、涙を零し始めた大和の様子に慌て戸惑う陽炎に戦艦娘は目元を赤くしながら何でもないの一言で押し通して自分を心配する駆逐艦娘に謝りながら別れを告げて足早にその場を離れた。

 

“オイシッ,ナニコレ,オイシイ♪”

 

 そうして袖で涙を拭きながら逃げる様にやって来たのは鎮守府の港の一角、もうすぐ夏がやってくる気配を感じる空と海の青さが視界一杯に広がる景色を前に大和はクレイドルの前で夕立から貰った串団子を頬張る。

 耳に優しい穏やかな潮騒と遠く吹き抜けていく風に大和は本当にこの海で自分達と深海棲艦との戦争が行われているのだろうか、と疑ってしまいそうになる。

 

(ええ、甘くて・・・とてもおいしいわね)

 

“アマイ? アマイ♪ オイシイ♪”

 

 無邪気な子供の様な声に耳を傾け微笑み人ならざる魂を胸に宿し大和はただただゆっくりと過ぎていく平和な時間の中で佇む。

 

「こんな所にいたのか、探したぞ」

「・・・武蔵」

 

 どの程度の時間がたったのか、まだ太陽が空の上に居るのだから半日と言うわけでは無いだろう、と当たりを付けながら大和は後ろから掛けられた声に振り返り。

 そこに居たのは獅子の様に荒々しく広がる鈍い金髪と些か露出が大胆な褐色の身体の持ち主、大和にとっては再会を望んでいた大和型戦艦の姉妹である武蔵が首元に菊花紋をきらめかせ肩に引っ掛けた上着を潮風に揺らしながら立っていた。

 

「ちゃんと制服は着た方が良いわ、油断していたら何されるか分からないんだから」

「なに、今日は暑いからなこれぐらいが丁度良い、それに私に手を出す程の気概があるヤツがいるならちょいと稽古を付けてやるだけさ」

 

 自分と同じ白と赤を基調としたセーラー服型の制服を支給されていると言うのにまともに着ないどころかサラシを下着代わりに大胆過ぎる恰好をしている姉妹艦の悪びれない態度に大和はふと先代の武蔵の時にも一度同じ様な指摘をして同じ答えが返ってきた事を思い出す。

 

 数年ぶりに鎮守府に帰還した大和が鎮守府内の病院施設で入院している間に木村艦隊によって持ち帰られた霊核達の蘇生が行われ、その中の一人である武蔵もまた新しい身体と共に復活を果たした。

 しかし、心から願っていた筈の武蔵の復活を聞いた大和は妹が自分の事を覚えてくれているかを聞くのが怖くて自分から会いに行けず。

 そうして二の足を踏んでいた大和と武蔵の再会は数日前に武蔵自身が病室へと見舞いにやって来た事によってであり。

 かつて船だった頃とは違う事ばかりだと笑う姉妹艦が話す新しくなった鎮守府の話に大和は相槌を打つだけで背一杯だった。

 

「ねぇ、武蔵は・・・覚えてる? 深海棲艦に沈められた事、その前の自分の事・・・」

「・・・正直に言えば殆ど分からん」

 

 だからこそ、今日その問いを口に出来たのは陽炎が手にしていた御守りに懐かしい思い出を呼び起こされ少しの勇気が湧いたからなのかもしれない。

 

「おいおい、辛気臭い顔をするな、大和型の名が泣くぞ?」

「私の名前なんか・・・誇れるモノじゃないわよ」

「私はそうは思わんさ、辛くても重くても、押し付けられた期待を大和は投げ出さずに立っていた、そして、立っている」

 

 今は少しグラついている様だがなに心配はないさ、そう付け加えながら大和の横に立ち海を臨んだ武蔵は胸を張って腰に手を当てる。

 

「私にとってお前の姉妹で在れる事は誇りだ、それだけは何度沈んで生まれ変わっても変わらん」

「っ!? ・・・ぅ、ぅ・・・」

 

 勝気に顎を上げ勇ましく笑う武蔵の表情と言葉に言葉を失った大和の脳裏に思い出が蘇り、目頭が熱くなるのを止められずに戦艦娘は首にかけた菊花紋に顔を伏せて嗚咽を漏らし。

 そんなふうに声を詰まらせ涙を地面に落とす姉の様子に苦笑した妹は無遠慮な手つきで栗色の艶髪をかき乱す様に撫で回した。

 

「ちょっ、・・・ちょっと武蔵! 私の方が姉なのよっ、止めてってば!」

「あっはっはっはっ! ならもっとそれらしく胸を張って見せてくれ、さて、もう飯の時間だ、今日は一緒に食うぞ、病室で一人は気が滅入るだけだ」

 

 前髪をぐちゃぐちゃに乱され先程とは違う赤色で顔を染めた大和は自分の頭を撫でる武蔵の腕を押し退けて肩を怒らせ、そんな姉妹の怒る姿に全く悪びれずに背を向けて肩で風を切りながら褐色肌の戦艦は彼女を先導する様に歩き出す。

 

「ああ、そう言えばだがな・・・大和」

「もぅ、今度は何?」

「この前カロリーメイドとか言うのを食って分かったんだが・・・それと比べると研究室が作っていた乾パンモドキ、あれかなりマズイ食い物だったんだな」

 

 食いごたえだけはあったが、と呟いて現代の食に触れてまだ一週間程の新人艦娘は肩越しに大和へと振り返り悪戯っぽく笑い。

 

「案外、艦隊の要(・・・・)と言いつつも、私達にあれを渡してきた駆逐達も味が気に入らなかっただけかもしれんぞ?」

「・・・えっ? えっ!?」

 

 武蔵に乱された髪を手櫛で整えていた鎮守府の最初期に生み出された艦娘は知らない筈の記憶を口にした姉妹艦娘の言葉に目を剥いて絶句する。

 

「なによ・・・なによっ! 覚えてるならそう言ってくれても良いじゃないっ!」

「殆どと言ったろう、つまり少しは残っているって事じゃないか」

 

 気付かない方が悪いと笑う声、そして、直後に今度は武蔵がただでさえライオンの様なクセ毛でうねるその髪を後ろから飛び付いてきた大和に揉みくちゃにされる事になった。

 

“ゴハン? ゴハン♪”

 




XX年後の大和さん達

元大和(n番目)「と言うわけでこれが一代目大和から続いている私達の御役目よ」

大和(n+1番目)「はっ、はぁ・・・」

元大和「ああ、それとその子、頻繁に甘いモノねだってくるけど食べ過ぎに注意しなさい」

大和「えっ?」

元大和「私の前の大和は現役時代の食生活をそのまま続けたせいで・・・」

(差し出される全体的にモチッとした女性の写真)

大和「ひっ!?・・・ひ、ひぇぇ」

“ヨロシクナ!”



 そして、答えはまだ先送り
 


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幕間
第百話


 
艦娘も眠る〇五〇〇(午前五時)

瑞雲を祀る神社は壮絶な戦の開始点と化す!
 


「何や、誰かと思えばアンタやったんか」

 

 場所は艦娘達が生活する寮の裏手にある広場、かつて日本帝国軍で運用されたと言う水上爆撃機を祀る等と主張している胡散臭い神社前に敷かれた玉砂利が厚底靴によって踏まれ乾いた音を立てた。

 

「ええ、待っていましたよ・・・龍驤」

「えらい朝早く、それもこんなトコ呼び出されるなんて思わんかったわ、なぁ、金剛?」

 

 時期は初夏である為、朝日が僅かに海を照らし始めているとは言えまだ朝と言うには早く、さらに四方を高い建物(艦娘寮の壁)で囲われていると言っても良い広場はまだ濃い影に染められ白い戦艦と赤い空母の袖もまた暗闇に揺れている。

 しんとした静寂の中で懐から一枚の紙きれを取り出して指で摘み揺らす龍驤の呆れが混じった声に金剛は自身の戦闘服である和風巫女を思わせるデザインを身に付けながらも隙一つ無く直立不動だった。

 

「分かっとると思うけどあんま時間とってあげれんで? 用事があるんやったら手早く頼むわ」

「貴女に聞きたい事、いえ、確認したい事があります」

「ほーん、・・・なんや?」

 

 わざと緊張感を抜いた態度をしている龍驤だが目の前に金剛が纏う静かでありながら厳かさを感じる雰囲気によって身体が強張り、仲間である筈の戦艦が刺す様な気を放ち同じ提督の下にいる空母である自分へと威嚇しているのだと気付く。

 

「貴女が提督の選んだ秘書艦である事は承知しています、そして、それは上層部が決めた規定のせいで常時艦隊に所属出来ず、その席にも就けない私にとってとても羨ましい事です」

「へぇ、秘書艦変われちゅうんちゃうんか、でも艦隊離れてても手伝いならいつでも大歓迎やで」

 

 瑞雲と書かれた額が飾られた全高3m程の鳥居と小さな神社を背にした金剛型一番艦の姿は不思議な調和と美しさを感じさせるがそれ以上に壁に囲まれている場所であるが故の閉鎖感と戦艦娘の淑やかな口調ながらも厳しい気迫が龍驤へと押し寄せてくる。

 だが、その程度で怯む様では深海棲艦の咆哮にすら腰を抜かし艦娘失格と笑われるてしまう、とわざとらしく肩を竦めて龍驤はそれがどうしたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。

 

「いいえ、秘書艦のついで(・・・)など言う立場に興味などありません・・・ただ、最近の貴女は私の提督(・・・・)に少しばかり馴れ馴れしいのではないかしら、と言いたいの」

「馴れ馴れしいってなんやそれ、ウチは普通に仕事しとるだけやで?」

 

 指揮官から色々と面倒な仕事ばかりを頼まれていつも大変なのだ、とトレードマークとも言える灰色のサンバイザーのひさしを指で押し上げながら顎を上げた龍驤は5m程の間隔を挟んで金剛と向かい合う。

 

「それともなんや事務仕事は司令と喋りもせんとペンだけ動かしとけっちゅうん? そら無理ちゅう話やな」

 

 惚れた提督(相手)が他の艦娘と仲良く仕事している様子を艦種の制限によって指を咥えて見ている事しか出来ないからヤキモチを焼いた金剛がここに自分を呼びつけたのか、と納得して恋愛を拗らせた女は怖いものだと龍驤は溜め息を吐き。 

 

「そんな子供みたいな事は言いません、ですが、少なくとも提督に艦載機の整備(・・・・・)を手伝わせると言うのは秘書艦としては可笑しくありませんか?」

 

 静かにそれでいて良く通る声が艦娘の寮壁に囲まれた広場で妙に大きく響き、金剛が口にしたセリフで否応なく身体が強張った龍驤は急激に乾いていく舌を湿らせるように唾を飲み込む。

 

「それも業務が終わった後、提督のお部屋でなんて・・・ねぇ?」

 

 空母艦娘がその場で霊力を結晶化させ飛行機を造り出せる能力故に艦載機のメンテナンスなどとは無縁である事はもはや周知の事実。

 あえて言うなら増設装備の艦載機データの修正や最適化が整備と言えなくもないがそれは研究室や工廠の仕事である。

 

「・・・なんの事や? 艦娘が指揮官の宿舎に入れるわけないやろ、司令部が決めたルールがあるし警備は陸自の連中なんやで」

「とぼけるのなら・・・その証拠を聞かせた方が良いですか?」

 

 そう言いながら金剛が袖口から取り出したのは手の平サイズの小さな機械、それを見た龍驤は確か現代で作られた磁気テープの必要無い録音機の一種であると気付き眉を訝し気に歪める。

 その空母が見せた僅かな表情の変化に酒保のカタログ(通信販売)で手に入れたICレコーダーの再生ボタンへと指をかけた戦艦娘はニッコリと笑みを浮かべた。

 

「この中には龍驤のとても楽しそうな声が入っていますよ? 提督の事をリョウスケくんと呼んでいるなんて、フフッ、羨ましくてどうにかなってしまいそう」

「・・・で、それがホンマやったらなんやちゅうねん」

 

 しかし、微笑む金剛の脅しにも聞こえる言葉に龍驤は胸を張り鼻で笑う。

 

「あら、開き直りかしら? まだブラフかもしれませんよ?」

 

 そして、自分と司令官にだけ通じる合言葉だけでなく二人きりの時にしか使わない呼び方まで金剛に知られている以上はもう腹を決めるしかないと龍驤は決心する。

 

「んなもん用意する時点で気付いてます言うてる様なもんやろが、どうせウチがとぼけたら次は宿舎への裏道(・・)の事も知っとる言うんちゃうんか?」

 

 その返答を聞いた金剛はレコーダーを手に笑みを浮かべながら悠々とした足取りで龍驤に向かって歩き始め、近付いてくる戦艦に空母は腕を組み気合を入れて平たい胸を張った。

 

(朝っぱらから戦艦と殴り合いとか冗談やないけど、しゃーないな、これはしゃーないわ・・・何時かはこうなるって分かっとった事や、でもウチかて譲れんもんはある!)

 

 指揮官である田中へ金剛が見せる火の玉の様な求愛を知っているからこそ龍驤は不敵な笑みに冷や汗を浮かべながらも正面から来る戦艦娘を油断なく見つめる。

 だが、改造巫女服の袖は待ち構える龍驤の目の前から少しずれ彼女の横へと一歩歩を進め。

 金剛は相手へ顔を向けず頭一つ分は背の低いツインテールの真横に立ち止まった。

 

「ところで・・・話は変わりますが」

 

 その重い迫力を纏う笑み、まさに獲物を前に牙を剥く大虎の如し。

 

「今度はなんや・・・?」

 

 種別の上では同じ大型艦に属する戦艦と空母であるとは言え原型は倍以上の排水量差、さらに航空機を使うと言う言うなれば絡め手を主な攻撃手段とする空母と純粋な大口径砲による破壊力を振るう戦艦では接近戦において間違いなく金剛に軍配が上がるのは火を見るよりも明らかだと龍驤自身にも分かっている。

 

 それ故に金剛の放つ重苦しい迫力に怯みそうになりながら龍驤はいつでも距離を取れるように備え両脚と下っ腹に力を入れて影になったサンバイザーの下から鋭い視線を上向けた。

 

「去年のクリスマス、公開演習の後・・・龍驤、貴女は何処で何をしていましたか?」

 

 角度的に影になってしまい金剛の表情は龍驤からは見えないがギロリと擬音が付きそうな程に剣呑な光を宿した視線と共に問いかけられたその言葉に空母艦娘はわざとらしく口の両端を吊り上げ。

 

「そんなもん、とっくに見当付いとるやろになぁ・・・でも敢えて言うたろか」

 

 いつから自分達の関係に気付いていたのかは分からないものの、自分が指揮官の部屋にお呼ばれされていた事を知っておりその手にある録音機で一部始終を盗み聞きしていたのなら。

 

「アンタの想像通り(・・・・)やっ!」

 

 去年のクリスマス(・・・・・・・・)と言う言葉が出る時点で金剛はその()に自分と指揮官(田中良介)の間に何があったのか予想できているだろうにと龍驤は偽悪的な笑みを返事にした。

 

 次の瞬間、金剛の白い袖が翻り、靴底の(ヒール)が地面を離れ、その身を包む白の衣が羽ばたく様に宙を舞う。

 

 その動きは深海棲艦との遭遇戦になれた龍驤ですら驚くほどに突拍子無く。

 

 奇襲ならば理想的とも言うべき静から動への急激な変化に龍驤は咄嗟に厚底の靴で地を蹴って後ろへと下がるが、目を離す事無く見つめていた相手のアクロバティックな動きを追った瞳が驚愕に見開き、勾玉を首元で揺らす赤い水干服は立ち止まってしまう。

 

「は? はぁ??」

 

 洗練された身のこなしから繰り出された動作の終わりはバサリとまるで白鳥が地に落ちたかのような布の音、そして、目の前の光景に怯んだ龍驤は自らの理解を大きく超えた意味不明な相手の行動に脳内で無数の?文字で出来た艦載機を大量発艦させる。

 

「な、なにやっとるんや、金剛・・・?」

 

 龍驤の真横から素早くそれでいて大きく身体をしなやかに捻りまるで風に舞う様に身を翻した金剛の両膝の上でダークグリーンのスカートの裾がきっちりと整えられ。

 先程まで鋭い視線を向けていた顔は地面へと伏せ、その両手と豊かな焦げ茶の髪が揺れる頭が地面へついた。

 

 その流麗にしてダイナミックでありながら洗練された金剛の所作を一言で表すならばこの言葉こそが相応しい。

 

 それは何か?

 

土下座である!!

 

・・・

 

 秋津洲型水上機母艦、または飛行艇母艦とも呼ばれる船を原型に持つ彼女、秋津洲の朝は少しばかり遅い。

 

 しかし、それは別に何かしらの夜間任務の影響で寝坊するからというわけではない、かと言って一部の例外の様に昼と夜が逆転している様な不摂生な生活をしているわけでもない。

 だが、彼女は決まって同室の艦娘が総員起こしのラッパよりも早く起床し制服を着替え終わるまで布団の中に隠れる様に丸まり、朝の準備にギリギリ必要な時間を見計らって挨拶もそこそこにそそくさと身嗜みを整えて部屋を出る。

 

 廊下を出てからも菊紋の付いた小さな帽子を乗せた薄紫の銀髪を隠す様に身を屈め、おはようと声をかけてくる艦娘に返事を返すが自分からは人気を避けて朝食を摂るために朝の廊下を進む。

 

「お願いします! お願いします!」

「ちょ、放しぃっ!? ホンマ、ちょっと落ち着きぃって!」

 

 こそこそと食堂に向かう艦娘達の最後尾をついていく秋津洲の薄緑と白の肩が少し遠くから聞こえた叫び声に跳ね、キョロキョロと見回した艦娘寮の廊下の途中、窓際らしい場所に人集りが出来ている事に気付いて少し気まずそうに童顔を暗くする。

 一度は艦娘として死にその魂を深海棲艦に囚われていた秋津洲は二カ月ほど前にやっと新しい身体を得て新たな艦娘としての一歩を踏み出したのだが彼女はとある事情から非常に周囲からの視線に怯えるようになってしまった。

 

「一日だけ、せめて一晩だけでも良いですから!!」

「声がデカい言うとんねん!! って、皆起きて来とるやん!? 金剛ぉ!?」

「だって龍驤だけなんてズルいでしょ!? チャンスは私にも与えられるべきだわ!! 私もお酒を手に提督とロマンチックな乾杯したいの!」

 

 秋津洲から少し離れた廊下に集まった艦娘達が窓から見下ろしているのは幾つか棟が並ぶ艦娘寮の妙に入り組んだ形によって偶然出来たミニサッカーが出来る程度の中途半端な空き地(デットスペース)

 とある指揮官(遊び人)がそこへと通じる入り組んだ通り道を発見し、その後、軽巡那珂を筆頭に艦娘ダンス部が自主練習に精を出す隠れた庭であったそこは上記のサボり魔がとある駆逐艦と遊び半分で作った瑞雲神社が立っている事が周知された事も手伝い、そこそこに艦娘達が暇潰しや気分転換に訪れるのに丁度良い場所となっている。

 

「通れないかもぉ・・・でも、回り道してたらご飯食べれない」

 

「あーもー!! 分かった! 分かったから! なんとかしたるから! 一旦離しいや!」

 

 くぅ、とお腹の虫が鳴く声に小さくため息をつき朝っぱらから窓下の広場(瑞雲神社の前)で何か言い争いをしているらしい迷惑な艦娘達を少し恨めしく思いつつ意を決した秋津洲は壁際に沿う様にして窓の下の喧騒を見下ろしている仲間達の後ろを通ろうとした。

 

「本当ですね!? 後から嘘でしたなんて言うのは無しですよ!!」

 

「あっ、秋津洲さん! おはようございます!」

「ひえっ!?」

 

「嘘なんか言わんて!! ・・・ハァ、ちゅうか普段から司令にあんだけの事やっといてデートぐらい自分で誘えへんのか」

 

 窓の方に集中している駆逐や軽巡の背を伺いながらソロリソロリと慎重に歩を進めていた秋津洲は弾ける様な元気さを詰め込んだ挨拶にまた肩を跳ねさせて爪先を立てた妙な恰好で硬直して声のした方へとぎこちなく顔を向けた。

 

「それが、それが出来るなら・・・苦労はありません」

「難儀なやっちゃ・・・でもなー、ウチが出来んのって司令官のスケジュールに隙間作るぐらいやで?」

「ええ、それで十分! きっかけさえあれば後はどうどでもできるわ!」

 

 ぼやく空母艦娘と対照的に浮かれた様子の戦艦の声が遠のき階下で行われていた小競り合いが一段落した為か、それとも単純に水上機母艦娘の気配の消し方が拙かったから察知されたのか。

 やたらと元気な朝潮型駆逐艦娘がその身体ごと勢い良く秋津洲へと振り返りパッと明るい笑顔を浮かべながら敬礼と共に長く続く廊下に響き渡る程の大声を上げる。

 

「あ、あはぁ・・・お、おはよう・・・かも?」

「目指すは朝ごはんですね!! そう言えば大潮、お腹ペコペコでした!!」

 

 全艦娘中で賑やかさを比べる大会が開かれたなら間違いなく上位に上るだろう朝潮型の次女が何が嬉しいのか分からない得意げな笑みを浮かべながら秋津洲の後ろに駆け寄ってくる。

 

「うわわっ・・・ひぃっ!!」

 

 ぐいぐい寄ってくる大潮に驚いた秋津洲が周囲を見回せば窓の下から自分へと視線を向けた複数の艦娘の顔に気付いてしまい。

 艦娘として目覚めてから悩まされている妙に興味深そうに自分を見る彼女達の表情と視線に顔を青くした秋津洲は慌ててその場から駆け出した。

 

「おぉっ、駆け足行動ですね! 善は急げ! 気分もアゲアゲでいきましょう!!」

 

 真面目な艦娘が見れば間違いなく注意が飛ぶ様な早さで廊下を走る水上機母艦を何故か嬉しそうに追いかけてくる駆逐艦。

 そして、大潮に追いかけられ涙目になった秋津洲がバタバタと走れば道すがら追い抜いた他の駆逐艦が目を瞬かせ。

 次の瞬間には彼女達も艦娘としての習性を刺激されたのか「護衛だ!護衛だ!」と声を上げながら水上機母艦と言う艦隊において護衛が必須である艦種を追いかける。

 

「な、なんでこんな事にぃっ!?」

 

 そんな秋津洲は駆逐艦だけでなく朝っぱらから廊下を暴走する彼女達を止めようとする軽巡にまで追いかけられ逃げる様に食堂までの階段を駆け下りる事になった。

 

・・・

 

「なるほど、それで朝からそんな顔で(しお)れてるのね」

「かもぉ・・・」

 

 食堂に駆け込んだ秋津洲は幸いにも大型艦の中でも最大級を誇る戦艦娘のおかげで新人艦娘には理解不能な駆逐艦娘の追跡から助けられ。

 銀色の長いサイドテールと先端に錨型の飾りが付けらえた長い紐リボンを食堂のテーブルから垂らしてだらしなく頬を食卓にべったりと付けた秋津洲が呻く。

 朝一番から気力を根こそぎ失った様な仲間の姿に数か月前まで彼女と共に深海棲艦に囚われていた大和が頬に手を当て溜め息を吐く。

 

「これなら前の鎮守府の方がマシだったかも・・・」

「おいおい、それは穏やかじゃないな、そもそも何故お前はそんなに卑屈になっている」

 

 彼女と同じく数年前の海上自衛隊が行っていた捨て艦戦法の被害を受けた大和とその姉妹である武蔵にとって格段に自分達の待遇が改善された今の鎮守府よりも無意味な虐待に晒されていた方が良かったと口にする秋津洲の言葉は信じられないモノだったがその憔悴した水上機母艦の姿には何か真に迫る理由がある様に見えるのも確かだった。

 

「秋津洲、悩みがあるなら遠慮なんかせずに私達に相談して、言葉って伝え合う為にあるんだから」

「ああ、姉妹艦がいないとは言っても仲間がいないわけでは無い、大和が言う通り遠慮などするな」

 

 明らかに悩み苦しんでいる仲間の姿を心から心配した大和は胸に宿る小さな魂が死ぬまで出来なかった(対話)をやって見せねばと意気込み。

 食堂のテーブルで力尽きている秋津洲へと真摯に語りかけ、武蔵も援護する様に慈愛と自信に満ちた堂々とした声をかける。

 

「皆は提督が居れば強くなれるかも・・・でも秋津洲は弱いままかも・・・だからみんなにダメな艦娘って思われてる、今もきっとそう言う目で睨まれてるかも」

 

 するとテーブルの上で頭を抱える様に腕を組んだ秋津洲が呻く様に小さな声を漏らし、その言葉に大和と武蔵が顔を見合わせてから首を傾げて朝食の賑やかさが少し収まった食堂を見回した。

 そうすると何人かの艦娘が大和達の方を見つめており、日本最強の戦艦姉妹と目が合った少女達はまるで反発する磁石の様にあからさまな態度で目を逸らしていく。

 

「ずっとじっと見られるの嫌かも・・・湾内演習でもいっつも一番狙われてすぐに大破するし、おっきくなっても弱いままだったし、廊下や教室で何もしてないのに睨まれるし・・・みんな秋津洲の事嫌いなんだ・・・きっとそう」

 

 顔を伏せていても分かる涙声と自分達と言うよりも視線の方向は確かに秋津洲を見ていた周りの様子に大和型姉妹は眉を顰め、仏頂面になった武蔵が椅子から立ち上ろうとするとさっきまで悩める水上機母艦娘を見ていたらしい艦娘達が食べ終わった食器を手にそそくさとその場を離れていった。

 

「むぅ、しかし、さっきの様子では敵意と言う感じは無かったぞ?」

「ええ、・・・嫌悪ではなくてむしろ好意的な興味かしら、そう見えたけど?」

 

 仲間意識が強い艦娘とは言え全くケンカをしないと言うわけでは無い。

 

 むしろ思考回路が戦士や兵士である事をあらかじめ遺伝子レベルで設計されている彼女達はかなり喧嘩っ早い性格の持ち主であり、穏やかそうに見えて一度殴り合いとなれば顔面攻撃当たり前なんて事をやらかす者もいる。

 ただ良い意味で軍人型の思考回路である為か上官が止めに入れば余程の理不尽ではない限り矛を収めるし、実際にケンカとなったとしても決着が着く頃には夕日を背に握手をしているなんて昭和な熱血シーンで和解する場合がほとんど。

 後に尾を引く事例と言えば指揮官の取り合いぐらいなもので本当に極一部である。

 

「秋津洲が信じられないくらい弱い艦娘だから、逆に興味があるだけかも・・・」

 

 立ち去った艦娘のフォローと言うわけでは無いが語りかける武蔵が優しく秋津洲の肩を撫でるが精神状態が後ろ向きになってしまっている艦娘には全く効果が無く。

 このままではこの後に待っている大和と武蔵も参加する新人艦娘の為の基礎学習の時間で彼女は碌に身が入らないだろうと予感した戦艦娘は悩みに眉を下げ、秋津洲を観察されている理由を知ってそうな相手に直接話を聞くべきだと席を立ちかけ。

 

「あ、おはようございます、大和さん、と武蔵さんも」

 

 そんな時、丁度良くちょっとヨレたオレンジ色の髪を揺らして駆逐艦娘が大和達の前にやって来て、大きめの卵焼きがメインの定食が乗ったお盆を手に陽炎型ネームシップは微妙に傾いた姿勢で会釈をした。

 




 
あー、ホンマに今日は朝からなんやっちゅうねん。

・・・まぁ、ウチも抜け駆けしたわけやし。

他の子らに悪いと思っとたから別にええんやけど。

ええんやけどな?

なんでアンタもやねん!?

いや、待ち! そう言うことや無い!

瑞雲? やから要らん言うとるやろ!!

やめ、止めぇ! こんなとこでそんな事しんといてよ!?

せやからウチがワルモンみたいになっとるやん!?

ああっ! もおっ!!

戦艦にはプライドっちゅうもんが無いんかぁ!?
 


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第百一話

前回のあらすじ。

金剛「貴女が協力すると言うまで頼むのを止めない!!」
伊勢「わ、私もお願いしたいなぁって・・・だめ? 瑞雲あるよ?」

龍驤「なんて日やぁ!?」

駆逐〇潮「秋津洲さんだ!」
駆逐長〇「囲め囲め!」
駆逐〇霜「逃げるな、護衛させろ!」
  ヽ(゚д゚)vヽ(゚д゚)yヽ(゚д゚)v(゚д゚)っ
 ⊂( ゚д゚ ) と( ゚д゚ ) 〃ミ ( ゚д゚ )っ ( ゚д゚ )つ

秋津洲「息が止まるまで逃げるんだかもぉ!?」

大和&武蔵( ゚д゚)゚д゚)ナニソレ?
 


「おはよう陽炎、今から朝ご飯?」

 

 艦娘達が生活する寮の一階の大部分を占めるエリア、そこそこに賑わいながらも急ぎの予定があるもしくは単純に早食いがクセになっている者達が朝食を終えて席を空けていく程度には時間が経った食堂の一角で大和は自分に近付いてきた駆逐艦娘へと挨拶する。

 

「もしかしたら凄く遅い夕飯かもしれません、ちょっと前に近海から帰ってきたばかりです、あはは・・・」

 

 昨日の夜は仲間の艦橋で総合栄養食と言う名のクッキーで済ませる事になった、と眼をはっきりと開けてられない程に眠そうでその下には薄っすらとクマまで見える陽炎の疲れ果てた様子に武蔵が驚きそんなに大変な任務だったのかと問う。

 

「いえ、ほとんど戦闘は無かったんですけど、まだあの戦いで入渠したままになってる子達が多くて今絶賛人手不足なんですよ」

 

 私も一応は重傷だったんですけどね、と二カ月前に起こった南方棲戦姫との戦闘から帰還した直後にその命に係わる危険な状態から高速修復材と一緒に治療用カプセルに放り込まれた陽炎は力無く笑う。

 

「限定海域から脱出できたと思ったら司令が病院に連れてかれるし、私の方は治療が終わって起きたら勝手に改になってたし、そのせいでお気にのマグカップ割っちゃうし、やっと力加減に慣れてきたと思ったら帰ってきた司令にパトロールいくぞとか言われてこき使われるし・・・司令部が修復材ケチらなきゃ二、三日で何とかなる問題でしょーに・・・」

 

 ぶつぶつと最近ついていないと愚痴を漏らしながら陽炎は丁度空いていた席、大和の正面でありテーブルに突っ伏して頭を抱えている水上機母艦娘の左隣の椅子へと腰を下ろした。

 

「そう言えば大和さんの方は結局どう言う能力が出たか分かったんですか?」

「さぁ、陽炎と同じで基礎能力の強化じゃないかって主任は言ってたけど、改じゃない私の戦闘形態のデータが無いから断言ができない状態らしいわ」

「艦娘の第二段階か、私にもその改とやらが起こるかもしれんと考えるとなかなかに興味深い話だ」

 

 駆逐艦娘と戦艦娘の左目の瞳孔に重なる透明な菱形の花びらが向かい合うが知恵の欠片(異能力)でも生命の雫(肉体強化)でもなく小さく無邪気な魂を世界樹から持ち帰った大和は苦笑いで実情を隠して陽炎へと当たり障りない言葉と共に肩を竦めて見せ。

 そんな力の証である菱形を瞳に宿す二人の姿を武蔵は思案する様に自分の下顎を指で撫でながら眺める。

 

「本当は単純強化よりもカッコイイ異能力が欲しかったんですけどね~、ところであなたってもしかして秋津洲? そんな恰好で何してるの?」

「気にしないで欲しい、かも・・・」

「ぁ、ホントにかもって言うんだ」

 

 やっとの事で休む暇も無い任務を終え温かいご飯と憩いを求めて食堂にやって来た陽炎は大和達との雑談を一段落させて箸を手に合掌し、先ほどから気になっていたテーブルにつっぷして鼻をすすっている秋津洲へと顔を向ける。

 そんなわざわざ弱った相手へ物怖じせず無遠慮に近づく陽炎の姿に彼女と初めて会った時の事を思い出しながら大和は自分の頭の上に電球が閃いた様な気がした。

 

「ねぇ、陽炎は今の鎮守府に詳しいって一緒にリハビリしてた時に言ってたわよね?」

「はい、姉妹艦が多いと“通信”で勝手に集まってくるんで、まぁ、特型駆逐姉妹ほどじゃないですけど」

「なら、秋津洲に関しての話を何か知らない?」

 

 少し身を乗り出す様に自分を見つめる大和の様子に味噌汁へと箸を付けようとしていた陽炎は小首を傾げ、鷹揚に頷く武蔵やチラチラと自分を見上げる心細そうな秋津洲の様子を確認してから、どう言う事情なのかあらましぐらいは聞かせて欲しいと大和の質問に質問を返した。

 

「・・・、えっと、つまり秋津洲が戻って来てから他の子達に絡まれたり観察されたりしてるのが原因って事ね」

「秋津洲、攻撃力も防御力も低いから演習でもあたしがいるチームいっつも負けちゃうかも、だから迷惑だって思われてるかも・・・一緒に帰ってきた子達もなんだか余所余所しくなっちゃったし、気が付いたら無言で囲まれてたりするし、うぅぅ・・・」

「貴女はその身体になってまだ二カ月程度なんだから、心配しなくてもちゃんと力を使いこなせる様になったら演習にだって勝てるようになるわ」

「お前の様な空母系の艦娘は空を制する事が仕事なのだろう? そして、空を飛ぶと言う戦い方が我々の様な大砲にモノを言わせるやり方よりも熟練が必要なのは素人目に見ても明らかだ」

 

 卵焼きとご飯を口に掻き込みながら大和から状況説明を受けた陽炎が項垂れる秋津洲を励まそうとしている戦艦二人の様子を眺め、一旦お茶で口の中のモノを胃に流し込んだ駆逐艦はふむっと小さく頷いた。

 

「秋津洲の心配って当たらずとも遠からずってところね」

「かも・・・?」

「確かにみんな秋津洲の事が気になって仕方ないのよ、良い意味でも悪い意味でも」

 

 まるで何か確信がある様な陽炎のセリフ、それを言われた秋津洲本人は意味深なその言葉で呆気にとられながら顔を上げて自分の横で漬物を口に放り込んでいる情報通の艦娘を見上げる。

 

「む? 陽炎、それはどう言う意味だ?」

「これって、つい最近鎮守府に帰ってきた三人が知らないのも無理ない話なんですけど・・・秋津洲って実は私達の間ではかなり有名な艦娘なんです」

「ふぇっ・・・え、ぇえっ!? あたしが有名かも!?」

 

 あまりの驚きに悲鳴じみた声を食堂に響かせ跳ね起きた秋津洲は目を白黒させそれでも驚き足りなかったのか酸欠を起こした様に口を無意味にパクパクと開閉する。

 

「有名ってどう言う事? 私達は長い間行方不明になっていたからこの子の事を直接知ってる艦娘もいないんじゃないかしら?」

「あ~、それはえっと・・・なんて言うか大和さん達って中村二佐と田中二佐の前世の話とか聞いたことあります?」

 

 少し歯切れ悪い言い方で陽炎は箸先を行儀悪く揺らす。

 

「その二人って確か私達の救出の為に独自行動してた艦隊の指揮官よね、話した事は無いけど一応顔は知ってるわ、でも前世って? 仏教とかで言う輪廻云々のあれ?」

「・・・ああ、そう言えば清霜がそんな話をしていたな、違う世界から鎮守府を救う為にやって来た正義の味方だったか、あれは与太話の類ではないのか?」

 

 軽い調子で繰り出されたオカルト話に戸惑う大和と知り合いになった(何故かすごく懐かれた)駆逐艦娘から少しだけ情報を得ていたものの小信大疑の武蔵、全く心当たりがないと言う顔で首を傾げる秋津洲と言う三者三様に陽炎は大前提として二人の優秀だがどこか抜けている指揮官の話を先にするべきと判断して口を開く。

 そして、今の自分達が生きている世界と似通いながらも全く違う時間が流れていたと言う二人の転生者の話を陽炎は出来るだけ簡単に要約して大和達に伝えた。

 

「と言うわけで中村二佐達は私達以上に艦娘の事に詳しいわけなんですけど、えっと、秋津洲の話よね、確かあの話はえっと・・・」

「その人達がいたから今の鎮守府に・・・信じられないわ・・・そんな事があったなんて」

「だがこれだけの急激な我々の待遇の変化を考えるとそれぐらい突飛なモノでもないとありえんとも言えるな」

 

 ムムムと眉間にシワを寄せて頭の中から目的の情報を引き出そうとしている陽炎と彼女が語った現在の改善された鎮守府に至った概要(あらすじ)に大和と武蔵は大袈裟な程に戸惑い驚きの声を漏らす。

 

「そう! 確か一番初めの限定海域の攻略が成功した後、落ち着いてから中村艦隊に所属してたメンバーで集まって祝杯上げてその時に一番強い艦娘は誰なのかって話で盛り上がったの」

 

 そんな大和型姉妹の動揺を他所に箸を持っていない方の指をパチンと弾いてやっとその話の切っ掛けを思い出したと声に出す陽炎だが、秋津洲の話をすると言っていた筈なのに何故か彼女の口からはかつての同僚と最強の艦娘は何某かであるかを論争した事があるなどと言う話題が飛び出てきた。

 

「それでやっぱり戦艦が最強とか空母の人達の方が強いとかでケンカ一歩手前、それじゃ埒が明かないって深雪、特型駆逐艦の子が中村二佐に聞いたのよ、最強の艦娘って誰なんだーっ? て」

「ふむ、戦船として我々戦艦がその話に上がるのは分かるが、しかし、砲を持たん空母と並べられると言うのはなぁ・・・」

「武蔵、空母を侮る事がどうなるかは私達自身が良く知ってるじゃない」

 

 少し不満そうに呟く武蔵に肩を竦めながら注意を促す大和、そして、なんだか蚊帳の外に置かれている気分になっていた秋津洲の肩を少し遅い朝食を食べ終わり箸を置いた陽炎の手が軽く叩いた。

 

「ところがね、中村二佐が最強の艦娘って言ったのは・・・秋津洲、あなただったのよ」

「・・・かも?」

 

 意味が分からない、生まれて初めて自分に掛けられた言葉が理解出来ないと言う不思議な体験を味わう事になった秋津洲は間の抜けた顔でたっぷり数十秒かけて自分を見ている陽炎と見つめ合い。

 

「か、かも!?」

 

 もう一度、艦娘として生まれた時から口癖になっている二文字をテーブルの上で叫んだ。

 

・・・

 

「え・・・秋津洲、って誰?」

「確かラバウルの方にそんな名前の船が居たような、居なかったような?」

 

 中村の出資によって机一杯に並ぶジュースとお菓子を前にその場の艦娘達が聞き覚えの無い艦娘の名前に全員が同時に困惑し自分達の記憶を探る様に話を交わし、そんな部下達の姿を眺めて愉快そうに笑いを漏らした指揮官は手近なおつまみを口に放り込みながら秋津洲型水上機母艦の簡単なプロフィールを彼女達へと聞かせる。

 

「そりゃおかしいって、空母ならともかく水母が最強だなんて納得できるわけないじゃんか! おまけに大砲も魚雷も積めない艦娘ってなんだそりゃぁ!?」

「深雪ちゃん! 司令官を疑うなんて失礼だよ!」

 

 口を尖らせ指揮官の言葉に対して苛立たし気に反抗する妹艦娘に対して大袈裟に感じる程強い噛みつくような言い方で吹雪が注意するが、テーブルに手をついて身を乗り出した特型駆逐艦の長女の後ろ襟を中村の手が捕まえて少し強引に引っ張り戻したその頭を撫でまわす。

 そして、髪をかき乱されたのにはにかみ笑う吹雪を椅子に座らせてから中村は部屋にいる全員の顔をおもむろに見回し、納得がいかないのも当然だと、深雪の文句に深く同意する様に頷いて見せてからポリポリとスナック菓子を齧りながら様子見をしていた陽炎へと一つの問を投げ掛ける。

 

 戦闘においてもっとも合理的な戦術とは何か、と。

 

「そりゃ、反撃されないぐらい遠くから敵を一発でやっつけられるぐらい強力な攻撃をする事でしょ」

 

 その時期はまだ中村艦隊と木村艦隊の掛け持ちしていた陽炎は自分で言ったそのシンプル極まる戦術論にそれが出来れば苦労は無いけどと苦笑する。

 そして、その駆逐艦の返事に中村も深く頷き同意して、だからこそ秋津洲が戦場において最も恐ろしい戦闘能力を発揮することになるのだ、と改めて先程の最強議論の回答としてその艦娘の名を出した。

 

・・・

 

「ふぇ・・・、わけが分からないかも」

「よね~、いきなりあなたは最強の艦娘なのよ、なんて言われても何が何だかってのは分かるわ」

 

 よーくわかる、と深く頷いている陽炎の様子にその場にいる三人の目が点になる。

 

「いや待て、遠距離高火力ならばそれこそ戦艦の領分ではないか」

「艦娘の手札は砲雷撃や艦載機だけじゃない、装備とは別の要素が限定された状況下で恐ろしい威力を発揮する事がある」

 

 テーブルに肘をついて頬を支え呆れ顔をしている武蔵が言う言葉に大和も同意する様に頷くがその言葉尻を奪いピンと指を顔の前に立てた陽炎は誰かの口調を真似する。

 

「中村二佐が言うにはね・・・秋津洲と言う艦娘の特殊性がある戦術と噛み合ってしまうと誰にも止められなくなるらしいのよ、本人にすら、ね」

 

 ひたすら意味ありげに微笑を浮かべ声を潜める陽炎の様子と戦術という艦娘から切り離せない要素への強い興味に引っ張られて大和は自然と前のめりになり、秋津洲も駆逐艦の話を疑いながらも自分がどういった評価をされているのか気になっているらしく顔をテーブルから上げた。

 

「キーとなるのは秋津洲が装備している二式大艇って艦載機」

「大艇ちゃん? 大艇ちゃんは艦載機じゃなくて飛行艇かもっ!」

 

 持ち主の細かい指摘に苦笑しながら陽炎は説明を続け、普通の空母なら海上から上空へとジャンプする際に使った中継機はすぐに霊力に分解され回収されてしまうがその二式大艇だけは秋津洲がジャンプする為に使っても中継機にならずにそのまま運用できる、と言い。

 さらに巨大なその飛行艇は本体である秋津洲を上に乗せたまま高高度と長距離飛行を両立させ、その優れた飛行性能による広大な索敵範囲から最小限の労力で艦隊を目的地へと案内する事が出来る水上艇母艦は優秀な水先案内人(ルート固定要員)となる事が出来る、と陽炎は解説する。

 

「だ、大艇ちゃんスゴいかも! そんな事出来るんだぁ」

「秋津洲の艦隊支援能力が高いのは分かったが、それがどう最強の艦娘と繋がるんだ」

 

 自らの主砲に絶大な自信を持っている武蔵は少し憮然とした顔で腕を組み、前のめりで陽炎の話に聞き入っている秋津洲はともかく同じ格好の大和の姿には小さく鼻を鳴らす。

 

「ところで鳳翔さんや一航戦の人達がやってる無茶苦茶な加速からの飛び蹴り、あれの本当の名前って知ってる?」

 

 宙に線を引く様にヒュッヒュッと唐突に素早く指を振った陽炎の言葉に大和達は揃って首を傾げ、その姿にクスクスと笑った陽炎は言葉を続ける。

 

秋津洲(・・・)流立体機動戦闘術、ワイヤーによる加速と遠心力、そして、瞬間的な重量操作による質量と障壁硬度を脚部に集中させて叩きつける・・・中村二佐の前世では秋津洲が初めて実践した航空格闘術だそうよ」

 

 陽炎の言う自分がいない間に鎮守府で確立されていた戦術に自分の名前が付けられていると言う話に目を剥き口を半開きにした間抜けな顔で秋津洲は言われた言葉を理解しようと必死に頭を働かせる。

 だが秋津洲自身ですら知らなかった二式大艇の隠された性能に関してまだ飛行訓練まで練度が達していない水母艦娘は実感出来ずに菊紋入りの帽子の上に大きな?マークが立つ。

 

「でも、二佐曰く鳳翔さん達がやってるアレって不完全なモノらしくてね、恐ろしい程の持久力と中継機に使っても分解せず高度も落とさない性質を持った二式大艇、そして、その飛行艇が待機する上空5000mまで届く秋津洲の長射程大型クレーンのワイヤーがあってこそ、その戦術は本来の威力を発揮するらしいの」

 

 空母障壁の効果で重量を軽減して二式大艇そのものに掴まる事で約7000kmと言う長距離航行を可能とし、高高度から遠心力と重力を借りて垂直落下する秋津洲の一撃はもはや砲弾ではなく宇宙から襲来する隕石と言って良い威力、それはさながら人の形をした大陸間弾道弾と言っても過言ではない。

 だが一度爆発すればそこで終わりのミサイルとは違い秋津洲は着弾後であっても再跳躍によって自分で二式大艇の元へと戻れるだけでなく霊力さえあれば即座に再攻撃(落下)が可能。

 

「数百トンの艦娘が時速数百キロで落ちてくる、しかも耐久力が許す限り何度でも、と言えばその戦術的価値は下手な戦艦砲なんて目じゃないのは分かるでしょ? 反撃しようにも二式大艇と一心同体の秋津洲は高高度へとすぐさまジャンプしてしまうし、その度に上空で大艇を軸に秋津洲は再加速して目標目掛けて致命的な攻撃を落とす・・・一度でもジャンプされればもうその攻撃を止める事が出来なくなる」

 

 だから、演習で敵チームになった艦娘はその能力を警戒して秋津洲を集中攻撃するし、味方艦は秋津洲を守る為に彼女が望む望まないに限らず輪形陣を組む、と話を一段落させた陽炎は澄まし顔で食後のお茶を手に取る。

 

「い、いや、だがそれでも最強と言うのは言い過ぎではないか、要は射程外に逃げられる前に撃ち落とせば良い話だろう?」

「はい、その通りです・・・と言うかここまで言っておいてなんだけど、ぶっちゃけ秋津洲はその航空格闘があっても弱い艦娘らしいです、輸送艦の子達といい勝負ってレベルの速力、防御力と攻撃力も駆逐艦の私より低いんじゃないかしら?」

「ふぇ、ふぇぇ、そんなにはっきり言われるなんて・・・」

 

 文字通り上げて落とされた秋津洲のおでこがテーブルに落ちてゴロリと意気消沈した顔が涙目をさらに潤ませ、その様子に慌てた大和が眉を顰めて武蔵と陽炎を睨みつければ妹戦艦は気まずそうに頬を掻いて顔を逸らし、駆逐艦娘は苦笑を浮かべながら話はまだ終わってないと告げる。

 

「中村二佐の前世でも秋津洲は文句無しに弱い艦娘で最弱四天王の一人とか言われてたらしいです、だけど、改造を受けて改となった秋津洲はその評価が逆転して戦略級の破壊力を持った、・・・決して本気を出してはいけない(・・・・・・・・・・・)艦娘になってしまう」

 

 そう呟いた陽炎の声に周囲が静まり返った。

 

「基本的に艦娘の限界突破、第二段階で手に入る力はほぼランダムだけど一部の艦娘は代替わりしても必ず同じ異能力が発生する、そして、その例外的な艦娘の一人が秋津洲なの」

「例外って、あたしが改造受けたら必ず異能力がもらえるって事かも?」

「そう、で、その異能力が問題なのよ・・・それが重力圧縮、マイクロブラックホールを作り出してしまう異能」

 

 重力力場を無理やりに捻じ曲げ押し固めた黒球を造り上げる異能力、それが先程の二式大艇を利用した戦術と合わされば長距離射程と命中力を両立させた連発可能な一撃必殺の重力爆弾と言う悪夢の破壊兵器が出来上がる。

 

「宇宙にある本物と比べれば芥子粒よりも小さい疑似的なものだけど地球上で使えば地図を書き換える程の破壊力、一度発動すればどんな攻撃も秋津洲ではなく黒球に吸収されその威力を高める手伝いにしかならない攻防一体の性質」

 

 そして、中村二佐の世界では誇大表現や理論上は可能と眉唾扱いされていた秋津洲のその力が使われたのは一度だけ、と目を伏せて陽炎は二年前に元指揮官から聞いたここではない世界の物語を口にする。

 

 深海棲艦の勢力拡大を確認してその敵艦隊へと先制攻撃する為に主力艦隊が前線へと出払っていたある時期に伏兵と言うにはあまりにも大規模な艦隊の奇襲を受け後詰めの艦隊の努力も虚しく本土にまで姫級や鬼級の上陸を許してしまった。

 これ以上の侵攻は絶対に防がなければならないと焦った日本政府と自衛隊上層部の決定によってその作戦にGOサインが出されてしまう。

 

「おい、まさか・・・」

「東北沿岸に上陸した深海棲艦群の上空から秋津洲単艦による強襲、誰が言ったか秋津洲チャレンジなんてふざけた名前の作戦・・・結果は笑えないものになってしまった」

「どう、・・・なったの?」

 

 ただの又聞き話であるのに陽炎の語り口に戦々恐々とした大和型姉妹と別世界の自分が何をやらかしたのか想像してしまい顔を真っ青にしている秋津洲、そんな三人の前で陽炎型の長女は妙に多くの注目を浴びている感覚に内心首を傾げながら肩を竦めた。

 

「分からない、らしいわ」

「は?」

「前世では一般人だった二佐が知る事が出来たのは鎮守府の主力艦隊が出払ってる時に東北地方に深海棲艦が上陸したって事と政府と自衛隊がその大群への緊急対策を立てたと言う話、そして・・・その数日後に日本を震度七の大地震が襲い、その日を境に上陸した深海棲艦が消えてなくなったって事だけ」

 

 その後、数年に渡って深海棲艦が上陸したと言われていた地点とその周辺地域は危険な汚染を理由に近づく事も許されない立ち入り禁止区域とされ。

 

 避難していた元の住人が戻った十年後、そこには何一つ彼らの故郷の面影は残っていなかった。

 

「更地と言うよりは無理やり土砂を放り込んで穴を埋めた様な状態、規制が解除され撮影された衛星写真には不自然な半円形に塗り分けられた土の色と機械的に整えられた海岸が広がっていた」

 

 独白する様な陽炎の声が静まり返った食堂で妙に大きく聞こえ、オレンジ色のツインテールを揺らして湯呑をテーブルに置いた音にその話を聞いていた全員が小さく身を震わせる。

 

「アングラでは外国の衛星が撮影したクレーターみたいに抉れた海岸線の写真とかが出回っていたとか言う話もあるらしいけど政府側は突発性の地震と本土防衛艦隊と深海棲艦の戦闘による被害って言葉で突き通した、ただ、その地震が起きる直前に上陸した深海棲艦群に対して秋津洲単艦による攻撃と言う不自然過ぎる作戦が行われた」

 

 状況証拠からの推測は簡単だけれど、ここではない世界の話である以上はもうその真相を確かめる手段などない、と陽炎はまるで怪談を語る様に顔を軽く伏せてそう呟く。

 

「って言っておいてなんだけど、これ全部、法螺吹きな中村二佐の言ってた話だし何処までが本当か分かったもんじゃないのよね~」

 

 誰かが固唾を飲む音が聞こえたと同時、スッと顔を上げた陽炎が打って変わって気の抜けた苦笑を浮かべてわざとらしく肩を竦めた。

 

「法螺って? 嘘なのかも!? 全部!?

「まっ、秋津洲は噂とか周りとかなんか気にせず自分らしく上手くやってく方法を見付ければ良いんじゃない?」

 

 そう話を締めくくった陽炎は今にも卒倒しそうな程に顔を青くして震えている秋津洲を励ます様にテーブルに突っ伏している猫背を撫でる。

 

「じゃぁ、結局、秋津洲が他の子達から見られているって話は・・・?」

「多分、伝言ゲームみたいに尾ひれが付いた最強の艦娘って噂が独り歩きしてるんだと思います、だから秋津洲にライバル心を持った艦娘は負けるもんかって思うし、素直に凄いと思った子は周りに集まってくるんです」

 

 会った事も無い指揮官が吹いた法螺話のせいで身に覚えのない評価を受けていた水上機母艦は軽い口調で励まされつつ自分が周りの艦娘から嫌われているわけでは無いのだと言う陽炎からの保証にひとまず安堵の溜め息を吐いた。

 

・・・

 

 朝食を食べに食堂に踏み入れた俺はそれなりの人数が居るのに妙に静まり返っている空気に困惑する。

 

 士官や研究員とか大人だけならともかく駆逐艦の子達まで黙り込んでいるのは異常としか言いようがない。

 

 すぐ横にいる時雨へと顔を向ければ彼女も戸惑い首を傾げており。

 とりあえず時雨に妙な沈黙の理由を聞きに行ってもらう事にした。

 

「秋津洲チャレンジだって? それ、いったい誰から聞いた話なんだ?」

 

 そして、二人分の定食を手に時雨が手招きする席に着いた俺は前世の艦これプレイヤーの間で悪ふざけの一種として有名だった言葉を陽炎から久しぶりに聞いて呆気にとられる。

 

「心配しなくても俺の目が黒いうちはそんな事は絶対にさせやしないよ」

「か、かも?」

 

 その単語を聞いただけで顔を青くしている秋津洲の姿は恐怖に震えており、あの馬鹿がばら撒いた迷惑な噂の種がまた芽吹いてしまったと察しがついた俺は小さくため息を吐きながらいじめっ子を見て怯える子供の様な状態の水母艦娘へと語りかける。

 

「知っているのか、その作戦の事を?」

 

 少し驚いた顔をしてこちらを見る褐色金髪の美人、かなり露出度が高い恰好の筈なのに色気を全然感じない所が長門と妙に似通っているな、と初めて会った武蔵に対する感想を頭の中で呟きながら俺は茶碗を手に箸を進めた。

 

「あんなのは作戦なんて言えるもんじゃない、被害ばかりが大きくなるだけで人道的にも資源という面からでも誰も幸せにしない馬鹿馬鹿しい悪ふざけだ」

「ほぉ・・・言うじゃないか」

 

 武蔵だけでなく周囲からも「おお」と声が聞こえたが俺としては別に感心される様な事を言ったつもりはないので周りとの変な温度差を感じてしまう。

 

「えっ、田中二佐も知ってるって事はあれマジな話だったの!?」

 

 確か秋津洲を単艦で連続演習に突撃させるD敗北を前提にしたお遊びだったか。

 

 と古い記憶を掘り出した俺は良く考えれば現実にそんな事をやれば確実に目の前で哀れな程に震えている艦娘にトラウマを刻んでしまう事なるのは間違いないと気付く。

 

「信じられないくらい馬鹿な話なのは分かる、だが、陽炎も陽炎だ、徒に相手を怖がらせる様な話はするもんじゃない」

「はぁ~い・・・」

 

 まったく、別の世界とは言え自分が集団リンチされていたと聞かされて良い気になれるわけがないだろうに。

 

「・・・本当にしない、かも?」

「しないよ、大丈夫だ」

 

 不安そうに震える童顔と子供っぽい口調である為か、それとも単純に身体を縮める様に丸めている姿勢が小動物に見えるからか、戦船を原型としているとは思えない程に普通の女の子にしか見えない秋津洲を安心させるために真摯さを込めた優しい笑みをつくる。

 

「もしそんな事をされそうになったら俺のところに来ると良い」

「わ、わはぁ・・・」

 

 直後に秋津洲はすぐに顔をテーブルに伏せて隠してしまったが、少なくとも横から見える顔色は良くなったし身体の震えも止まったので上手くフォローが出来た様だと俺は卵焼きを一切れ口に放り込む。

 

「流石だね、提督」

「こんなのは褒められる程の事じゃないだろ」

 

「か、カッコ良くて優しい人かも~♪ 俺のところにって、じゃあ、お願いしたら秋津洲の提督になってくれるってことかな・・・? えへ、えへへっ♪」

 

 すると、金細工の髪飾りをしゃらりと鳴らし時雨が俺の方へと「仕方ない人だ」とでも言う様な呆れを含んだ微笑みを向けてきた。

 

「・・・ホント流石だよ、僕の提督は」

 

 変な事を言ったつもりはないはずなんだが。

 




 
T「お前なぁあの子達に変な事吹き込むのいい加減止めろよ」

N「最近は自重してるっての、それにしても秋津洲チャレンジかぁ、大分前に言ったネタだな・・・あん時は」

 ~斯く斯くシカジカ~

T「・・・What?」

N「下手な艦娘を引き合いに出すと角が立つからその時には居なかった秋津洲をちょっとな」

T「じゅ、重力圧縮って、どこのグ〇ンゾンだ・・・」

N「いや、あの時はネタの一つでも通って強い艦娘が増えれば後で楽が出来るかもって話盛ったけどな、流石の猫吊るし(刀堂博士)もあの話を全部再現するとかは無いだろ」ダイジョウブダイジョウブ

“中村君”
“・・・知っているかな?”

“吐いた唾は飲めないんだ”


その後、秋津洲(改)が物理的に世界を滅ぼせる能力を手に入れ田中艦隊専属のルート固定要員(封印兵器)となるのはまた別のお話。

2020/10/7 少しだけ表現に手を加えました、内容に変更はありません。
 


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第百二話

 
やぁ、どうしたんだいこんな所で。

そんなに畏まらなくても良いじゃないか。

うん、それで今何を見てたんだい?

ああ、それか、懐かしいね・・・気になるのかい?

そう、そこに写ってるのは私だよ。

それにしても、あれからもう30年も経ったのか・・・。

え? その話を聞きたい?

ふふっ、そうだね、丁度時間もあるからかまわないよ。
 


 2016年9月某日。

 

 四月に起こった深海棲艦との戦いの末に本州から見て南の海域に出現した海面下の巨大岩礁とその上に聳え立つ5000m級の黒山。

 

 大規模戦闘の際に深海棲艦が造り出した異空間に閉じ込められその後に助け出された木村艦隊の証言からその島が南方棲戦姫と命名された姫級深海棲艦の内部に存在していた巨大山脈が外へと吐き出されたモノであると推測されている。

 

「さしずめ・・・富士山に食いついた龍ってところか」

「計測された標高は5032mですから富士山よりも高いですよ、それにしてもこんな形で日本最高峰が塗り替えられる日が来るとは・・・なんて雄大な山容」

「って言ってもまだこの島、日本のモノって事にはなってないっぽいけどな」

「あら、ここは我が国の領海でしょう?」

 

 巨大な瓦礫の龍が身を横たえる頂上付近には深海棲艦の犠牲になった船や過去の戦争で沈んでいた船が入り交じり積み上げられていた。

 

「官民、国内外、次から次に頭を出す問題のせいで政治の世界じゃゴタゴタが未だに続いてるんだとさ、おかげであの南方姫との戦いで俺がやらかした事は有耶無耶になりそうな感じだけどな」

「提督、そこは()がではなく私達(・・)が、ですよ」

 

 さらに木村艦隊のメンバーの証言では無数の深海棲艦の遺骸も散乱していたらしいが少なくとも調査隊の空母艦娘による上空からの観測ではそれらしいモノを発見する事は無かった。

 

「まぁ、面倒な話は政治家に任せとくとして、それにしてもひどいマナ濃度だ、空が歪んで見える・・・こんな濃度の場所で遭難してたんだ、あの船員達は本当に大丈夫なのか?」

「命には別状はないそうです、ただ重度のマナ酔いによる諸症状のせいで衰弱が酷く出来るだけ早く本土での療養が必要だとか」

 

 潮風が吹き付ける黒山の麓に立つ白を基調とした海自士官服の青年は隣に立つ美女からの報告に軽く肩を竦めてからやる気の無さそうな表情で無数の岩石が敷き詰められた海岸の波打ち際を見やる。

 

「島の調査って名目で研究室の新作を実地試験しに来たら遭難者見つけて一泊二日で帰り支度、基地司令部の連中に観光旅行は楽しめたか? とか嫌味を言われそうだなぁ・・・」

「もぉ、提督ったら、助けを求める国民の救助は私達にとって義務でしょう? 調査も最低限のデータさえとれば後はどうとでも出来ます」

「そりゃ頼もしい、さすが高雄だ」

 

 海岸と言うには岩塊の割合が多い瀬戸際に座礁していた民間漁船とそれを岸へと持ち上げて遠目に見ても割れていると分かる船底に応急処置をしている巨大な駆逐艦娘夕雲とその足元で補修資材を手にしている少女達を眺めていた中村義男はふと岩海岸に長方形の影を落とすオブジェクトを見上げる。

 

「・・・で、そのデータが必要なこのバカでかい試作品様は戦艦娘の能力真似て大気中のマナを集めて粒子濃度を下げるとかって話だったが・・・俺には地味に光ってるだけにしか見えないな」

 

 戦闘形態の艦娘の馬力で不規則に突き出ていた岩が砕かれ船底を模した鉄靴で踏み均された普通に歩くだけなら不自由しない程度の広場、その中心で輸送用の大型コンテナと並べても大差ないサイズの円筒型の装置が緑色の表面へと光粒を吸い寄せていた。

 

「今は周辺のマナ濃度が高過ぎるから効果が無い様に見えるだけです、木村艦隊の証言にあった深海棲艦の死骸もマナに分解したと考えればこの島周辺の粒子濃度が平常に戻るのは当分先じゃないかしら・・・こんな場所で平気でいられるのは艦娘である私達か貴方ぐらいですよ、提督」

 

 自分達の艦隊と同じ任務に就いている随伴艦隊の指揮官達ですら艦娘の艦橋から出れば大量のマナに酔って足取りをふらつかせていたと言うのに、とは言葉にせず蒼いタイトスーツに身を包んだ重巡艦娘、高雄は自分の横に立つ指揮官の非凡さに莞爾として微笑む。

 

「司令官! 漁船の船長さんの意識が戻りました、それと他の皆さんも事情聴取に同意してもらえましたよ!」

「おう、伝令ご苦労さん、吹雪」

 

 そんな時、中村は自分を呼びに来たセーラー服の駆逐艦娘に了解を返す。

 

「さて休憩は終わりか、言ってもどうせマナ障害で通信系やられて漂流しただけなんだろうけどな」

「それは詳しい話を聞いてみない限りわかりませんね」

 

 そして、白い士官服のポケットに突っ込んでいた手を出して駆け寄ってきた吹雪の頭を軽く撫で今回の調査任務で隊長と言う事になっている特務二佐は調査中に偶然遭遇した遭難者が保護されているテントに歩き出した。

 さぁ行きましょう、と自分の頭を撫でていた中村の手を取って上機嫌に引っ張る吹雪は彼を先導する様に前を歩き、彼と他愛ない雑談をしていた重巡艦娘が黒い手袋に包まれた両手を行儀よく身体の前で揃えながら指揮官の歩調に合わせてついていく。

 

「そういや高雄、ちょっと良いか?」

「はい、提督、どうかしましたか?」

「いや大した事じゃないんだが・・・そんな靴で良くこんな場所歩けるな、ホント、どうやってんだ?」

 

 中村や吹雪の履いている靴の様に足裏が比較的平たい安全靴ならまだしも彼の横にいる高雄が履いているのは踵が高いだけでなく左右にヒレの様な飾りが突き出した真っ赤なハイヒール。

 その鋭いブレードの様な形状は海の上を走る際にはラダーとして高波を切り裂き彼女の航行を補助するのだが陸上ではどう考えても邪魔にしかならないはずであり、その上に今の高雄が歩いているのはある程度は均されているとは言えごつごつとした石が敷き詰められた悪路である事には変わりはない。

 

「最近、社交ダンスの授業を始めましたのでその効果かと」

「そうか・・・そうかぁ?」

 

 なのに足元のバランスの悪さを感じさせない足取りで瀟洒に歩く高雄の微笑みと返事に釈然としないまでもそれ以上の追及は意味がないと無理やり自分を納得させた中村は吹雪に手を引かれながら座礁した漁船の乗員が寝かされているテントへと入っていった。

 

・・・

 

『・・・岩礁じゃない何かが船底に穴を開けた、と?』

「そっちの港に上げて詳しく調べない限りハッキリとは分かんない事だが、俺はそう思う」

 

 波飛沫が散る海岸が見える海上に片膝立ちでしゃがんでいる高雄の艦橋で通信機越しに鎮守府に居る良介と連絡を取りながら、外へ目を向ければ同じ調査任務に参加している艦隊の空母艦娘が長弓を構え緑色の着物を揺らしながら観測機の交代の為の発着艦を行っている。

 深海棲艦の接近を探知する為の哨戒飛行であると同時にマナで満ちた空気に包まれた島の外へと通信を繋げる空母(蒼龍)の能力を借りて俺は遠く離れた鎮守府にいる良介と連絡を取り大まかな状況と自分の予想を伝えた。

 

『海底形状の激変で海流も大きく変化してしまっているし高濃度領域に入ってしまったら普通の船はソナーも使えなくなる、まだ確認されていない岩礁が原因と言う事じゃないのか?』

「それがな、漁船の航行記録見る限りでは一番初めに浸水が発生したのはかなり近海なんだよ、その後にこの島に向かう海流に捕まって流されたらしい」

 

 俺の主張を怪しいモノだと訝しむ良介との通信の最中、メインモニターに映った五十鈴が海上を滑る様に高雄の足元へと近付いてくる姿を見つけた俺は重巡の手の平に軽巡が乗ったと同時にコンソールパネルに表示された乗艦許可を承認する。

 

「漁船の乗組員から証言聞いてからその漁船を確認しに行ったら明らかになにかが刺さった跡も見付けた、オマケに漁船の応急処置していた艦娘達も口を揃えて船底の穴は座礁で出来たモノじゃないってよ、元は船だった子達が言うんだこれは信用できる」

『何かが刺さった穴・・・それも哨戒網の内側で操業していた漁船に、か・・・』

 

 そして、俺が座る指揮席の正面、円形足場の上に光の粒が集まって人型を形作ったと思えばそれが瞬きする間に防水ファイルを手に持った五十鈴へと変わった。

 

「でもまぁ、このまま悠長にこの島で調査してたら遭難者が仏さんになっちまう、これから俺達はその漁船を曳航して帰るからそっちはさっき言った漁場に船を出してる港とか漁協に聞き取りしといてくれよ」

『お前なぁ、俺達は自衛隊であって警察や探偵じゃないんだぞ?』

 

 五十鈴が差し出してきた件の漁船の損傷状態をまとめた資料を受け取り流し読みし、修理前に撮影された幾つかの穴が開いた船底の写真を取り出した俺はその穴の一つに注目する。

 

「なら、深海棲艦が関わってたら俺達の仕事だな?」

『まったく、お前ってヤツは、・・・はぁ、分かったよ』

 

 それは間違いなく鋭い何かが刺さる様にぶつかった事で開いたものだと俺は確信していた。

 

「違ったらその時は海保でも呼べば良いだけだろ」

『・・・あまり成果は期待はするなよ』

 

 そして、聞き慣れた良介の呆れが混じった溜め息で通信は終了して俺は頭の上で腕を組み指揮席のシートに背を預ける。

 

「ねぇ、提督はこれをやったヤツが新種の深海棲艦だと思うの?」

「いや、良介にはああ言ったが正直なところ深海棲艦で漁船に穴開けるだけで済ませるお優しいヤツには心当たりがない、多分原因は別の何かだ」

『ですが提督、哨戒網に侵入できる程に小型だからその程度の攻撃力しかなかったと言う可能性はありませんか?』

 

 指揮席のひじ掛けに横座りして俺の手にある資料を見下ろしてきた五十鈴の長いツインテールの片方が俺の頬に当たり、なんとなく、その艶やかな黒の房を手に取って遊ぶように目の前で揺らしながら俺は何か似た様な出来事が無かったかと思考を巡らせるが全く心当たりが浮かんでこない。

 ふと脳裏に過った猫吊るしですら頭の上に?マークを浮かべているぐらいだからもしかしたら本当に深海棲艦とは関係ない理由であの漁船は遭難したと言う事だろうか。

 

「一番小さいっつったらPT小鬼か・・・でもあいつらの魚雷、直撃したら普通に戦艦娘でも大破させてたからなぁ」

「漁船なら間違いなく木っ端微塵ね、って!? もぉ、何してんのっ!

『確か・・・回避と魚雷攻撃に特化した小型種深海棲艦、限定海域のみに出現する艦種だとか、まぁ、こちらの世界ではまだ確認されていませんが』

 

 手で弄んでいた髪束をふと嗅いでみたら潮の香りにフローラル系が僅かに混じった匂いが鼻孔に満ち、これはこれで悪くない気分だと思っていたら手をペシリと五十鈴の手に払われて艶髪が俺の指の間から逃げていった。

 そして、凄む様なジト目で睨んでくる五十鈴に小さく頭を下げて苦笑をしてみせたのだがそれがお気に召さなかったらしい長良型の次女様はひじ掛けからスルリと下り、かと思ったらコンソール越しにこちらへと身を乗り出して俺の頭の上にあった帽子を奪い取る。

 

「お返しよ・・・ふふっ♪」

 

 そして、制帽を奪われた直後に俺の顔は五十鈴の臙脂色のスカーフが揺れる白いセーラ服の柔らかい感触に包まれ、頭の上でスンスンと嗅がれているくすぐったさに驚いて身動ぎすると僅か一呼吸の間で柔らかさが俺から離れた。

 まるで気分屋な猫の様な態度で勝気な表情を浮かべる五十鈴が艦橋の足場と全天周囲モニターを隔てる手すりに背を預け俺から取った白い帽子を一本指の上でクルクルと回転させる。

 触ろうとすれば逃げていきかと思えば気を抜いたところに不意打ちをしてくる軽巡艦娘に向かって小さく嘆息した俺はふと視線を感じ、港まで沈まない程度までの応急処置を終えた漁船が戦闘形態の夕雲に海へと運ばれている様子に目を向けた。

 

「・・・今の見えてないよな」

「さぁ? でもあの子、アナタの事に関してはすごい勘してるから分からないわね」

 

 漁船を海に下ろす誘導している艦娘の輪の中の一人、白雪や深雪と並んで立っている吹雪が何故か夕雲の方ではなく俺達が乗っている高雄へと顔を向けていて、それなりに遠い場所にいると言うのに俺はモニター越しに彼女と目が合った様な錯覚を感じ背筋がザワリと震えた。

 

『提督も五十鈴も、先程から二人だけでこそこそと何の話をしていると言うの?』

「この人が指遊びしてたからちょっとお灸をすえてやったのよ、そろそろ出航準備を始めるわよ」

 

 もし見られていたらなら間違いなく俺は貴重な休日を可愛らしくも嫉妬深い駆逐艦娘に容赦なく奪われると言うのにシレッと自分は無関係とでもいう態度で五十鈴は操艦補助の為の機能をメインモニターへと立ち上げていく。

 

「あら、・・・これ回路の接続がされてないじゃない、何してんのよ」

「あ~、それな、このドラム缶はやっぱり(・・・・)高雄に装備出来ないっぽいんだよなぁ」

『何度か試してみたんだけどどうやっても接続不良を・・・提督、やっぱりとは?』

 

 今回の調査に持ってきたマナ粒子収集ユニット、研究室の主任曰く取り込んだマナ粒子を艦娘の燃料や弾薬として使えるようにする増槽としての機能があり、かの研究者は自信満々に全ての艦種に装備できると言っていた。

 

「この装備、多分だが高雄は装備適正が無いタイプだ・・・もしかしたら利根型か最上型ならいけるかもしれんが、高雄型はダメなんじゃねぇかな」

《はぁっ!? なんで、どう言う事ですかそれは、提督!?》

 

 それは彼女にとって不意打ち気味の驚きだったようで集中を乱された為か高雄の声は通信機のスピーカーからではなく彼女自身の口から放たれて艦橋の外側から響く様に伝わってくる。

 

「なんて言うか、主任が重巡用の装備って太鼓判押してたし高雄も張り切って装備してたからなぁ、言うタイミングを逃した、すまん」

 

 一応は高雄がこの島まで空っぽの円筒を運んでいた時にはちゃんと装備との接続に問題らしい問題は無く道中で行ったテストでもマナの吸収機能はちゃんと働いていたし、そのおかげか安定した電探と位置情報の精度はこの島まで順調に導いてくれた。

 ところが一時的に取り外してこの島に溢れるマナを最大まで溜めさせたら件の緑色の増槽(マナタンク)は高雄や俺がどう操作しようと接続できませんの一点張りを始め。

 コンソールパネルが接続エラーを吐き出す様子に出発前から薄々気づいてた俺はこの装備が前世での遠征任務でお世話になっていたドラム缶の原型もしくはその亜種なのだと確信する。

 

『もぉ、・・・謝らなくても構いません、私も提督がこれをドラム缶と呼んでいた事を良く考えるべきでした』

 

 コンソールパネルの上で頬に片手を添えて嘆息しているものの落ち着きをすぐに取り戻した高雄の様子から察するに吹雪や他のメンバーから俺が過去にばら撒いた前世情報をある程度は収集していたのだろう。

 俺の前世の世界で繰り広げられた(と言う事になっている)艦娘の活躍を日常的に吹雪にねだられ、そうなると彼女と同じ様に俺の話を聞きたがる子達が集まればこの世界では何の根拠もない前世知識が艦娘の間に拡散するのはある意味では自然な事だった。

 そんな俺にとっては前世のゲーム知識とネットゴシップを混ぜ合わせて吹雪達に語った小ネタ類を高雄が妙に真面目な顔で聞き取りしている姿は知っているが、自分が流した虚実混りの噂を熱心に分析されると言うのはむず痒く感じる。

 

「あ~、まぁ、俺が知ってるヤツとは微妙に違うんだろうけどな、多分」

「でしょうね、こんなもので敵艦を殴ったら圧縮されたマナが大爆発起こすわ」

 

 俺の無責任な放言にクスクスと笑う五十鈴の言葉で高雄が首を傾げそれは何の話なのと問えば、軽巡艦娘は俺が過去に語った輸送中に深海棲艦に囲まれてドラム缶を振り回して撃退した軽巡と言う笑い話の一つを披露する。

 

『なるほど・・・鈍器としての使用に耐える粒子圧縮の安定性、いえ単純な強度の差かしら・・・どちらにしてもまだ提督の世界の技術に至っていないと言う事ならこれも研究室へのレポートに加えておくべきね』

 

 しかし、元凶である俺が言うのもなんだが正直、ドラム缶ガン積みの夕張がドラム缶を振り回して敵艦を殴り倒して突破したと言う()が役に立つ事は今後のいかなる状況であろうと無いと思う。

 

「取り敢えず今背負っているそれはお荷物になるのが決定したと言うわけだ、帰って主任に突っ返してやろう」

 

 ただ惜しいのはこのタンクに最大まで溜め込めるエネルギー量は高雄の最大霊力と同等である話、単純に考えてあの大口径(200cm)長距離砲による砲撃が通常の二倍行えるなら今後の戦い方が楽な方向へと一変していただろうと言う事だった。

 

「なら、その時にはサイズの事も注文付けといて、五十鈴はこんなデカ物背負って遠征なんて行きたくないもの」

 

 手のひらをひらひらと揺らす軽巡の悪戯っぽいウィンクに報告書のページ数を増やすのは勘弁してもらいたいんだがな、と呟いた俺はタイミング良くコンソールに表示された吹雪の名前に鎮守府の港で巨大な緑の円筒を見上げ、司令官の世界の駆逐艦はこんなのを背負って遠征をしていたんですか、と顔を引きつらせていた初期艦の顔を思い出す。

 

「だな、こんなの背負えって言われたら吹雪でも嫌がるだろうな」

「へっ? 私がどうかしましたか、司令官?」

「・・・吹雪はあのドラム缶装備して遠征任務とかやってみたいと思うか?」

 

 艦橋の内側で光の粒がきらめきその中から現われた直後に戸惑う吹雪に向かって俺が艦橋の後方モニターに見える緑の円筒を顎でしゃくれば、俺の顔と大画面に映る巨大な物体の間で視線を行き来させた駆逐艦娘は何とも情けない顔で両肩を下げた。

 司令官の命令なら、と少し迷いながらも健気に答える吹雪へと冗談だと言って安心させれば指揮席の横(自分の定位置)へと移動してホッと息を吐いている彼女に続いて漁船の誘導とその船員を船内に寝かせてきた俺の艦隊のメンバーが光の中から現れてくる。

 

「速度は漁船を曳航している赤井艦隊に合わせる、それと敵が出ても変な加速はするな、漁船なんて艦娘が本気を出したら簡単にひっくり返るぞ」

 

 そして、俺はこの任務に同行している二艦隊にも連絡を取り、夕雲が曳航する漁船を守りながら鎮守府へ帰還する為の打ち合わせと準備を整えていった。

 

 出来るなら日のある内に近海で哨戒を行っている護衛艦とそこを拠点としている艦娘部隊と合流したいが南方棲戦姫との戦いに参加していた護衛艦を粗方ドック送りにされた現在ではタイミング良く針路上に船が居てくれるかどうかも怪しい。

 下手をすれば曳航している船の上を借りて休憩を取らないといけなくなりそうだ、と肩を竦めて五十鈴から返してもらった制帽を目深に被った。

 

・・・

 

「魚の鱗、深海棲艦のじゃなくて?」

 

 提督の手元にある資料を横から覗き込んだ僕はそこに書かれている文面に目を瞬かせる。

 

「ああ、例の漁場で謎の追突を受けた船の一つにな・・・義男達が救助した船みたいに穴は無かったが明らかに何かがぶつかったへこみが出来ていて、そこに擦りつけられていたらしい」

 

 日本の南東に現れた新しい島の調査を行う為に派遣された中村二佐達の艦隊が数日前に救助した民間船、幸いに船舶修理の技術と資格を持った艦娘が複数いたおかげで彼らは無事に港へ連れ帰られた。

 ただ僕達にとって問題なのはその船が遭難する原因である損傷は何者の手によるものなのかと言う点で、提督が関係各所に連絡を取って手に入れた成果が書かれた紙束の一番上には鎮守府が誇る研究者集団が行った分析結果が乗っている。

 

「だが、これはいくら何でもあり得ないだろ・・・仮に魚がぶつかったせいだとしても・・・」

「主任達の分析結果が間違ってるって事は無いのかい?」

「そうだったら、どれだけ良いか・・・推定2.4m、最低でも重量80kg以上なんて馬鹿げてる」

 

 僕の提督がある漁港に問い合わせたら何処で聞きつけたのか他の漁協や漁師の人達から似た事例の報告が次から次に集まってきた。

 もしかしなくとも南方棲戦姫との戦いで船や港に被害を受けたけれど驚くほどの短期間で漁業を再開して見せた諦めない心を持った彼らにとって謎の衝突は僕らが思うよりも大きな不安とストレスになっていたのだろう。

 受話器を手にした提督が鎮守府に所属している自衛隊員だと名乗って遠回しに中村二佐が遭遇した事件と似た話は無いかと聞いた途端に電話の向こう側が騒がしくなり協力は惜しまないから事件を解決して欲しいと逆に頼み込まれる事になった。

 

「でもさ、これって僕らが関わって良い事なのかな?」

 

 提督が問い合わせを行う前にも漁協から県や国に調査の必要性を訴えかけたらしいけれど返事はなしのつぶてだったとか。

 海上保安庁もあの戦いの後に現れた島に近い非常にデリケートな海域の調査には及び腰と言う理由はあるみたいだけれど、それ以上に漁業関係者の人々からの僕ら艦娘ならこの問題を解決してくれるだろうと言う期待感は電話越しにも伝わってくるほどだった。

 

「困ってる人の助けになれるなら行きたいけれど、相手が、ねぇ」

「採取したサンプルにマナの残留が確認された、・・・か」

 

 主任達が凄く頭が良い人達だって事は彼ら彼女らから勉強を教えてもらっている僕だって良く分かっているつもりだけど。

 でも、そんな人達が最新の検査機器で解析を行って出した結果とは言え謎の衝突被害にあった港から送られてきたサンプルから割り出された犯人の正体は正直なところ僕にとって少々現実味が無いモノだった。

 そして、その場にいる同じ艦隊の皆も僕と同感であるらしく、面白くも無い冗談を聞かされた様な微妙な空気が僕ら田中艦隊の執務室に漂う。

 

「でも提督、そんな事ってあります?」

「・・・そうよ、いくらなんでも」

「あり得ないわ、マグロやサメじゃないのよ・・・」

 

 僕と同じ様に執務室で待機している矢矧達も困惑を隠しきれないらしい。

 

 そして、ペラリと提督が手にしていた資料の束から零れた一枚。

 

「もっとデータが欲しいところですね、一匹ぐらいどこかの港に水揚げされてないかしら」

「夕張、貴女これ信じられるの?」

「だから、それをハッキリさせないといけないんじゃない、サンプルとデータは多いほど良いのよ!」

 

 Cololabis sairaと言う学名を付けられた魚の詳細な生態が記されたプリントが執務机の上に落ちて窓から差し込んだ昼下がりの日の下でカラー写真の中の銀色の鱗がきらめいた。

 

 それは船だった頃の僕だって知ってる秋の食卓を彩る代表的な海魚。

 

「しかし、犯人が・・・秋刀魚なんて」

 

 そして、今までに見た事が無いぐらい眉間に物凄くシワを寄せた提督が手に持っていた資料を自分から遠ざける様にソッと机の脇に寄せ。

 

「提督?」

 

 それから提督は顔を伏せておもむろに腕を組んだ。

 

「・・・むぅぉ、・・・ぬぅぅ~ん」

 

 こういう時の顔ってどう表現すれば良いんだろう、苦悶?

 それとも苦渋って言えば良いのかな?

 

「提督、大丈夫かい?」

「・・・ああ」

「うん、大丈夫じゃないみたいだね」

 

 悩まし気に唸る提督の肩にもたれる様に触れていた僕はふと壁掛け時計に目を向け、そろそろ選択授業や湾内演習に出ている他のメンバーも帰ってくる時間だと気付く。

 そして、彼女達が戻ってきたら息抜きにお茶でもしよう(酒保カフェに行こうよ)と皆に提案する事にした。

 




 
これが私達とあの魚(・・・)との因縁の始まりと言うわけさ。

今じゃ、皆が待ち遠しいと思うぐらい季節の風物詩になっちゃったね。

ああ、そう言えば、もう来月には始まるのかな。

今年は誰がやるんだい?

なんの事って?

大秋刀魚対策連合艦隊の代表旗艦、サンマリーダーさ。

そうだよ。

歴代の白露型で経験があるのは()だけだからね。

今年こそは他の白露型にも頑張って欲しいな。

ん?

ふふっ、もちろん君にだって期待してるさ。
 


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第百三話

 
私が艦娘だった時の決め方?

初めの頃は秋刀魚を一番多く取った艦隊の指揮官がMVP艦娘を指名してたよ。

その後は確か・・・四年目だっけ、クジ引きに変わった事があったかな。

何でって?

スケジュールが合わなくて秋刀魚対策に参加できない子達がストライキ起こしてね。

あの時は僕の提督も大慌てでね・・・ふふっ。

それでサンマリーダーだけは艦娘全員にチャンスをって話になったんだけど。

ははっ、そうお祭り事になると皆大騒ぎするのは前も今も変わらないって事。

まっ、クジ引き方式は当たりを引く子が偏っちゃう事が分かったせいで次の年に止めになっちゃうわけだけどね。
 


 見上げれば陽の光と波に揺れる海面の揺らぎを見ることが出来る浅い深度で等間隔でコーンコーンとソナー音が連続して海中に広く広がっていく。

 

 濃紺に染まった水底を見下ろす陰陽の境目に溶け込む紺色の布地、無数の泡が海面を目指す下で潮の流れに胸元を隠す程度しか丈の無い半袖セーラー服の襟が揺らめき。

 目を閉じ耳を澄ませるように海水の流れを素手と素足で受け流しながらその場に止まっていた少女が不意に桃色のネクタイと髪を靡かせて身体を捩じる様に方向転換を行う。

 

『こっちに向かって反応接近でち、てーとく、とっても大きいよ』

『デカいんじゃない多いんだ、って事は待ち伏せは俺達の場所が当たりってか、田中艦隊の方は確認してるのか?』

 

 髪と同じピンク色の瞳が開き自分の身体に備わる高精度の感覚器(ソナー)が捉えた存在が光と影が同居するエメラルドグリーン(透明度の低い海水)の向こうから近づいてくる感覚に潜水艦娘である伊58は自身の指揮官へと報告の声を上げる。

 

『ん~・・・イムヤの方には居ないんだって、こっちに合流するって言ってるでち』

『よし、ゴーヤは取り敢えず群れの進行方向から離れろ、まだ夜じゃないって言ってもあいつらが光を見たら突っ込んでくるのは変わらんだろうからな』

 

 指揮官である中村へと了解を返した伊58は自分達のいる方向へと近付いてくる海中を突き進む無数の発泡音を見据えながら淡い月明かりの様なきらめき(障壁)を身に纏った潜水艦娘はターゲットが通り道にしている海流から少し離れる様に泳ぐ。

 

『あっ、今一匹通ったでちっ!』

 

 ついさっき自分が止まっていた場所を一筋の銀色が通り抜けた様子に目を見開いた伊58が声を漏らし、その一番手を追う様に無数の魚影が観測者達の目の前を驚くべき速度で走り抜けていく。

 

『レースじゃねえんだろうに、どこに急いでんだよ・・・』

 

 鋭い嘴の長細い身体、銀の腹と黒い背の配色、ダツ目-ダツ上科にカテゴライズされるその姿は中村だけでなく伊58にも見覚えのある魚だった。

 そして、先頭を追いかける様に次々と水深40mにも満たない浅い領域が大量の魚が集まって出来た魚群で埋め尽くされ潜水艦娘とその艦橋にいる者達の目の前で銀にきらめく壁が蛇の様にうねる。

 

『本当に・・・秋刀魚でち』

 

 だが、それは秋刀魚と呼ぶにはあまりにも大き過ぎた。

 

『秋だからってデカくなりすぎだろうが、何食ったらああなるんだよ』

 

 中村の呆れ声を聞きながら伊58は純粋に驚き、海中がカジキマグロ並みの巨体を持った大量の秋刀魚の群れの我先にとでも言う勢いで荒く掻き乱され13mの身体を持つ潜水艦娘ですら水の勢いに押されてバランスを崩しかける。

 魚雷の様な速度で産卵地である日本近海を駆けまわるその魚の群れは上空から見ればまるで巨大なクジラ、いや、大型タンカーの影と言っても過言ではなく。

 その一端が掠りでもすれば自分の身を守る不可視の障壁ですら割られかねないと思える自然の驚異を前に桃色髪の潜水艦娘は漁船に被害が出るのも無理はないと身を以て実感する。

 

『ゴーヤ、潜航しろ』

『ふぇ? てーとく、でもあの群れを追わないといけないんじゃないの?』

『いや、下の方に足の遅いはぐれが居るみたいだ・・・捕まえるにおあつらえ向きのな』

 

 指揮官の悪戯っぽく笑う声に何度か瞬きした潜水艦娘は彼の言いたい事を察し、ニッコリと笑みを浮かべて身体を丸める様に縦回転して頭と足の方向を入れ替え海底へと手を伸ばし水を掻き、そのタイミングに合わせて伊58の背中で艤装がエアを放出しながらスクリューを回転させ始める。

 

『ゴーヤ、潜りまーす♪』

 

・・・

 

「これで網はすべて引き上げましたの?」

「はい、毎回手間かけてしまってすんません、ありがとうございます」

「そんなに畏まったお礼は必要ありませんわ、大した事ではありませんでしたもの」

 

 そんな自分に向けられたお礼の言葉に少し誇らしそうに胸元に手を当て笑みを浮かべる艦娘、小豆色のブレザーと黄土色のプリーツスカートを着こなす可憐な顔立ちの少女の姿に頭を下げていた漁師の男は自分が立っている場所が漁船の上だと言う事も忘れかけて目の前の美少女に見惚れる。

 

「それにしても今日獲れたお魚はこれだけですの? 前来た時よりも少ない気がしますわ」

「いや、なんでか分かんないけれど最近はこんな感じになってん、・・・ます」

「もぉ、・・・不格好になるなら敬語なんて始めから使わないくださいましっ、貴方は何度(わたくし)に同じ事を言わせるつもりですの?」

 

 カスタード色に近い茶髪のポニーテールを揺らし少し不満そうに鼻を鳴らすお嬢様に漁師の男は頭が上がらない様子で誤魔化し笑いを浮かべた。

 

「正直、船直して漁に出れてもこれじゃやってけない、オマケにここ最近は船底にぶつかってきたり仕掛け網に穴開ける今まで見た事も無いデカいヤツが漁場を荒らしまわってるみたいで・・・他の所でも秋刀魚どころかアジも数獲れないってさ」

「まぁっ! そんな事になっているんですの・・・?」

 

 そんな二人の様子を漁船の操舵室から眺める熟練漁師が我が孫ながら情けない奴だとでも言う様に頭を横に振り、その傍にいる中年漁師は息子へともっと強気で行けとジェスチャーで伝えてくるが若手漁師は敢えて野暮な身内の姿を視界の外へと追い出す。

 

「そう言えばそこら辺の話とか何か聞いてたりしないか? 港の事務所で自衛隊の艦娘が調査してくれるって話になったって聞いたんだけど」

「ええ、(わたくし)もその話は耳にしました、でも詳しい進捗状況は・・・」

「なんかその犯人の見付ける作戦に参加するってちょっと前にくまりんこが言ってたね~、今どんな感じか聞いたげよっか?」

 

 少し申し訳なさそうに物憂げな表情を浮かべて腕を組み頬に片手を添える重巡艦娘熊野の絵になる仕草に漁師の口から感嘆の溜め息が漏れそうになったと同時に船の縁の向こう、海の上から呑気そうな女の子の声が聞こえた。

 

「ちょっと! 鈴谷、一般人に軍機を漏らす様な真似は!?」

「え~、機密って程の話じゃないっしょ、てか調査が終わったら漁師の人達にも知らせるんだから遅いか早いかの違いじゃん?」

 

 向かい合っていた二十代後半の漁師から熊野は声がした方向へと向かい、船端から海へと身体を乗り出して波の上で漁船の左舷にもたれかかりながら携帯端末をいじっている姉妹艦へと注意を飛ばす。

 

「・・・と言うか、今更なんだけど二人ともこんな所に居ていいのか? その軍事的にとかその辺の難しい事は俺に分かんないけど」

「いや~、鈴谷達ってば重巡っしょ? んで、今任務でやってる近パトって軽巡と駆逐が居れば大体なんとかなっちゃうから鈴谷と熊野ってばぶっちゃけやる事無くて暇なんだよね~」

「私達が出向くとなれば空母や戦艦級が出現した時ぐらいですもの、拠点艦の中で無為に過ごすぐらいなら護衛中の船団を視察している方が有意義ですわ、呼び出しに遅れさえしなければ文句も言われませんし」

「てか、前も一週間何もしないで鎮守府に帰る事になったし~、しかも今の提督って敵が多くても駆逐ばっか連れてくし、そのせいで基本給しかコイン貰えないしぃ、もう鈴谷別の艦隊に移ろっかなぁ・・・」

 

 鈴谷が口にした近パトと言う単語に日に焼けた男が首を傾げれば近海哨戒(パトロール)であると澄まし顔のお嬢様が何故か胸を張り、仮に大型の深海棲艦が現れたとしたら水平線から頭を出す前に護衛艦が装備するマナ粒子に対応した新型レーダーが捉えて自分達に召集をかけるから問題無いと重巡姉妹が軽い調子で補足する。

 

あ~、でも今募集出てる小笠原輸送とか沖縄航路は忙しくて遊んでる暇無いらしいんだっけ・・・マジどうしよっかな

 

 海の上でフリーダム過ぎる態度を隠さないだけに止まらず歯に衣着せぬ物言いで喋る鈴谷の様子に、もしかして自分は知らない内に聞いちゃいけない類の機密を聞かされてるんじゃないか、と漁師は戦々恐々に顔を引きつらせ。

 そして、部外者が心配する事ではないかもしれないが存在自体が軍事機密であると言うのにまるで昼休みの学生みたいな二人の艦娘の様子に「それで大丈夫なのか自衛隊」と声にならない呻きを青年は心中に漏らした。

 

「そんな顔しなくてもここからならちょっと急げば拠点艦まで三十分ちょいだし・・・それよりさ、改めて見るとやっぱ前来た時より漁師さん達減っててなんだかなぁって感じじゃん?」

「ああ・・・まぁ、網やられたり不漁が続いてるから船出さずに様子見しているのも多いけど・・・」

 

 艦娘を主戦力とした深海棲艦に対する海自による防衛戦闘行動が行われるのが平常となってきたある日、いつも通りの仕事に精を出していた青年漁師は仕掛け網を引き揚げている最中に誰もいない筈の海上から「ごきげんよう」と聞き覚えのある声をかけられた。

 そして、青年は奇妙な出会いを切っ掛けに「人見」と言う仮名で自分と文通している艦娘が微笑みを浮かべて波間に立ち船の上に居るこちらを見上げている姿に目を剥いて驚愕の叫びを上げて祖父に頭を引っ叩かれる事となる。

 

「中には船がもう直せないからとか、年だからとかであの霊性台風(れいせいたいふう)とか言うのを切っ掛けに漁から離れるって人も、さ・・・」

 

 彼にとって馴染みの漁場(陸地も見えない海の真ん中)に何故か散歩感覚でやって来た熊野と彼女を探しに来たメル友である鈴谷までもがその日以降、彼が所属する漁船団へと度々顔を出すようになり。

 運が良ければ艦娘に会えると深海棲艦の出現にも負けなかった親父共は網の設置や引き上げを手伝い漁師飯を喜ぶ可愛い二人の女の子の姿に少しばかり鼻の下を伸ばしながら張り切っていた。

 

 だが、それも三月中旬と言う時期外れに日本を襲った霊力を纏った巨大台風と言う事になっている災害のせいでそれ以前にも減少傾向だった彼の同業者は明らかに目減りし、ライバルであり気の良い仲間だった顔馴染み達が海から去っていく姿にはやるせなさを感じずにはいられない。

 

「あ、う~・・・なんかごめん」

私達(わたくしたち)の力が足りないばかりに・・・」

 

 青年が口にした台風が原因と言う言葉に二人の艦娘は同時に表情を曇らせ。

 

 妙に後ろめたそうな熊野と鈴谷の顔に江戸時代から続く漁師の跡継ぎは無為に頬を掻きながら港に帰る準備が出来たと操舵室から不躾な視線を自分達へと向けてきている父親と祖父に知らせる。

 

「俺も他の漁師も気にしても仕方ない事って割り切ってるから大丈夫だって」

 

 テレビや新聞では港の建屋を叩き潰す様な勢いで吹き付け船を好き勝手にひっくり返した突風や高波を特殊な台風によるものだと言っている。

 しかし、某県沿岸部から撮影された列をなして出航していく護衛艦の艦列の映像、その二日後には天高く雲ごと空を焼くような爆炎が何度も水平線上に打ち上る動画がネットに投稿され。

 そして、台風が収まった後に写されたらしい満身創痍と言う言葉がマシに感じる程の重傷を負った巨大な美女達が何処かの港に倒れ込む姿を捉えた複数の写真が存在している時点で公式発表は何か別の出来事を隠すためのカバーストーリーだと言う事は一漁師でしかない青年にも察しがついている。

 

 ただ彼は熊野達がその日、何と戦っていたかは分からないまでも彼女達が日本を守るために尽力してくれていた事を疑う事は無い。

 

「だから二人がそんな顔する事ないって」

「・・・そう言っていただけるなら、(わたくし)も」

 

 諸事情で同業者の数は減ってしまったがそれでも自分は漁業から離れるつもりなど無いと心に決めている漁師は二人の艦娘へと出来るだけ快活な笑みを向けた。

 深海棲艦への警戒の為に船団を組んで操業している他の漁船へと操舵室の無線で連絡を入れる父親の様子を確認してから業界では若手な漁師は熊野達に洒落た別れの挨拶でもするべきかな、と考える。

 

「・・・熊野! Kーちゃん!」

 

 船の上の空気が緩みかけたそんな時、突然に沖へと顔を向けた鋭い鈴谷の声が響き何事かと彼女が見ている方向へと熊野と彼は顔を向けた。

 

「なんかに掴まって! 揺れるよ! ジイちゃん達も気を付けて!!」

「鈴谷、それはどう言う事ですの!?」

「へ? わ、わっ、なんだ!?」

 

 海上から素早く漁船の船縁に飛びあがった鈴谷が舷端に手と足を掛けて警告を発し、漁師と熊野が困惑の声を漏らしたと同時、彼らの乗る船から目測で2kmほど離れた水平線にほど近い海面が山の形に盛り上がっていく。

 そして、突き破られる様に弾けた海水の中から振り上げられた両腕と桃色のショートヘアが日の下に飛び出し、頭頂でCの形にカールしたアホ毛をバネの様に弾ませる艦娘の出現にその場にいた漁師達が絶句する。

 

《獲ったでちぃっ!!》

 

 勢い良く斜め前へと海面に飛び出した輝く笑顔が何か銀色に輝くモノを握った両手を天に突き上げ、その誇らしげな声が離れた場所にいる漁師達の元まで届き。

 水飛沫と共にスク水に包まれた腹から海面へとうつ伏せる様に着水した潜水艦娘の背中に装備された艤装が水抜き弁を開放して大量の水を噴いて海水の滝を作る。

 

《大漁♪ 大漁♪》

 

 更には桜の花びらをあしらった髪飾りが揺らすピンク頭に続いて鮮やかな赤色のポニーテールが海を破り胸元に何かを抱きしめる様にしてセーラー服とスクール水着と言う些か実用性に疑問が浮かぶ恰好をした二人目が先に現れた同艦種と同じ様にメインタンクの排水を始め。

 

「もしかしてあの子達って潜水艦の、艦娘? でも、なんでこんな場所に・・・」

 

 なんの前触れもなく彼らの前に現れた趣味性の高い恰好をした巨大な艦娘はそれぞれ数匹の巨大魚を捕まえており、その活きの良さを主張する様に大きな魚達は彼女達の腕の中で尻尾をビチビチと暴れさせている。

 

「き、気安くこの熊野に触れるなんてっ・・・」

 

 潜水艦二人分の浮上によって遠くから波紋となって伝わって来た高波で少し大きめの上下運動を始めた漁船の上でよろけかけた熊野の身体を支えて船縁を掴んで揺れに耐える青年は目を丸くした。

 

「ぷぷっ、熊野、顔真っ赤じゃん、ウケる」

 

・・・

 

 下手な巡洋艦、いや、ヘリ空母並みの巨体を与えられた表向きは民間所有の最新鋭海洋調査船、硬い音を立ててその階段を上がって水密扉を押し開ければ広い前方甲板が目の前に広がりその一角に人だかりができている事が分かる。

 後ろ手に手を組んだ時雨を連れてそちらへと足を向ければ灰色の作業服よりも研究用白衣の割合が多いその集団の中に悪友の笑みを見付け、俺は溜め息を吐きながらこちらへ軽く手を上げている義男の隣へと立つ。

 

「よぉ、良介遅いぞ」

「お前が余計な事をした上に定時報告丸投げしてくれたからな」

「いや、お前の方もイムヤ止めなかっただろ、報告も作戦の全体指揮権持ってるお前がやんのが当然だろ」

 

 その上下関係を分かってるならちゃんと言う事聞けよ、と溜め息交じりの呟きを漏らした海上故に遮るのモノの無い太陽の下、口を尖らせて言い訳にもならない不平を漏らす義男を横目に睨んでから俺は足元に視線を向けた。

 巨大な魚が黒い背に銀色の腹を横たえ若干潮臭い臭いを周囲に漂わせている光景に騙し絵を見せられ遠近感を狂わされた時の様な感覚を覚える。

 

「それにしても直に見ても信じられないな、これは・・・」

「うん、見た目は本当に秋刀魚だね・・・でもこれ、本当に秋刀魚なのかな?」

 

 俺のすぐ横にしゃがんでそれの頭に顔を近づけまじまじと見つめる時雨も困惑の色が強い表情でその魚が本当に自分の知るモノと同じ存在なのかを疑っている様だった。

 

「サイズはともかくこれは間違いなく秋刀魚だよ、いやはや凄い発見だ! 実に研究のし甲斐がある!」

 

 この厄介事が始まったのは災害復興だけでなく領土問題まで浮上して混乱極まる国会が何とか鎮静化に向かい始め、春先の戦いで発生した被害を受けた太平洋側沿岸の復興事業の為の折り合いが付いて鎮守府からも被災地支援の為に輸送艦娘達が艦隊を組んで出撃を始めた時期。

 目が回る煩雑さを言い訳に行政側の海上保安庁と地方公務員は「お願いだからこれ以上の問題を持ってこないでくれ」と悲鳴を上げ被害報告と共に出された漁協からの嘆願を半ば無視していた。

 

 しかし、一週間前に義男が助け出した漁船の遭難から港関係者への聞き込みと研究室による科学的調査から割り出された(暴かれた)荒唐無稽な原因(犯人)の実在を確かめる必要が出来てしまった(面倒を押し付けられた)自衛隊上層部は正式に調査を鎮守府へと命じる事となり。

 殴り書きのサイン(承認)によって災害派遣の部隊長権限が与えられた命令書を投げやりな態度で俺達に渡してきた基地司令部の連中の目の下に色濃いクマが出来ていた事から今は管理職側も酷い生活環境にあるのだろうと同情しかけた。

 

 だが、よく考えれば南方棲戦姫との戦いが終わってからここ数カ月、ほぼ休日返上で執務に出動にと働かされ続けている俺はむしろ彼らに向かって「ざまぁ見ろ」とでも言ってやるべきだっただろうか、とこのビッグサイズの秋刀魚をめぐる騒動の発端となった出来事を思い返す。

 

「主任、そんな小学生が使ってそうな小さい実験セットで分かるもんなんですか?」

「まぁ、これだけ完全な実物があれば同定は簡単だよ、それに船内でも検査をしてるからもう少し時間を掛ければこの変異した秋刀魚の事がもっと詳しく分かるよ」

 

 吹雪と不知火が一匹一匹が80kg以上あると言う魚体を軽い荷物の様に扱い研究者の作業を手助けをしている様子を背に振り返った主任は試験管を手に妙に生き生きとしている。

 

「おお、やっぱ科学って凄いんですね」

 

 そして、子供みたいな質問をしておきながらその返事に対して思考を完全に放棄した頭の悪いセリフを吐いている義男は目の前の研究者がどれほどの大物だったのかを分かっているのか。

 

 そうだ。

 

 今回の事で最も驚かされたのはこの任務へ同行したいと研究室がかなり強引に割り込みをかけその上にその無茶の交換条件として鎮守府の最大出資者(スポンサー)である財団こと【Tower's International Association】から最新型の海洋調査船をレンタルしてきた事。

 今、巨大秋刀魚を囲み、その正体に解明のメスを入れて興奮している研究者達の代表である火野原主任は財団に対してかなり顔が利くらしく大塔会長とも個人的に交友があるらしい。

 

 よく考えれば彼は艦娘の能力を支える霊的技術の先駆者であった刀堂博士の教えにどっぷり浸かった生徒の一人である。

 

 俺と義男が着任する原因を作った前任指揮官達と前基地司令官も民間人である筈の彼に対しては触らぬ神にたたり無しとでも言う様に研究棟に軟禁するだけに止めていたし、検証実験と言う名目で艦娘を助けようとしていた研究室の行動に制限は付けても彼らの要請を門前払いで握り潰す事はしなかった。

 

 そして、艦娘の霊核を世界中の海から回収すると言う困難な任務を勤め上げただけでなく老朽した船体を押して深海棲艦との戦いで何度も俺達を手助けしてくれた【綿津見】、その今年の春に五十年と言う長い船歴を終えた名船の改良型後継船である新造船。

 【那岐那美(なぎなみ)】を今回の任務の為に鎮守府の港へと呼び付けたのだから主任と財団の繋がりがどれだけ強いかを想像するのは簡単な事だ。

 

「ところで主任、一つ気になる事があるんですけど」

 

 と言うのに、そんな凄まじいコネを持っていた人物へと今までと変わらない態度で気軽に話しかけられる義男のコミュニケーション力に俺はもう脱帽する他ない。

 

「なんだい、中村君?」

「こいつ・・・食えるんですかね?」

 

 ・・・こいつ何言ってんだ?

 

「そうだねぇ・・・構造は秋刀魚そのものだけど細胞内に溜め込まれたマナは明らかにまともな生物とは言えないレベルだ、今のところ調べた限りでは毒物の反応は無いけれど・・・人体に害が無いとは今の段階では保証できないなぁ」

「ほう、毒があるわけじゃないなら、・・・つまり、マナに耐性がある人間なら食えるって事で良いですか?」

 

 食える、その義男が言った言葉に否応なく俺の顔は引き攣り眺めていた巨大魚の死んだ黒目と何故か目が合った様な錯覚を感じる。

 

「・・・ぉおっ! 確かにその通りだ! 問題なのはマナ粒子による影響だけ、むしろ耐性があれば問題など・・・いや、そうか! やはり木村特務三佐の急激なマナ適正の上昇は遭難時に食べていたと言う魚類が原因なんじゃないかなっ!」

「主任待ってください! 摂取した食物のマナが生物に影響を与える可能性は低いと言うデータはこの前出たばかりじゃないですか!」

「そうです、大体、木村三佐の場合は限定海域内の力場圧力が有力であると仮説をまとめたばかりで・・・」

「いや、細胞内に高いレベルのマナを内包している有機物では条件が・・・」

 

 興奮した火野原主任の声で途端に調査の手を止めて仕事そっちのけに輪になってガヤガヤと議論を始めた研究者達。

 その突発性討論会開始の原因を作ったクセに科学者の輪を気にも留めず顎に手を当てて屈む様に甲板に寝かされた2m弱の秋刀魚を眺めている義男の顔を見た俺の背を嫌な予感がザワリと撫でた。

 

「おい、義男ちょっとこっち来い」

「ん、なんだ、って引っ張んなよ、なんだってんだ」

 

 長年の付き合いでコイツが良からぬ事を始める時には決まって勘が働くようになったのは俺にとって進歩なのだろうか、としょうもない事を考えつつ義男の襟を掴んでその場から少し離れる。

 俺達の動きに気付いたらしい時雨が立ち上がりこちらへとついて来ようとしたので大した事ではないからそこでちょっと待っていてくれと手で制した。

 

「義男お前、・・・何考えてる」

「何って、なぁ~、そっちこそ考えて見ろ、あれ秋刀魚だぞ?」

「だからなんだ・・・」

 

 ついさっき甲板に出る為に使った船内の入り口がある壁際、日陰になったそこで立ち止まり改めて義男に問いかければ悪びれた様子も無くニヤケ面で握った手に親指を立てて一時間ほど前にイムヤとゴーヤが捕まえた数匹の巨大秋刀魚を肩越しに指さす。

 

「艦娘が捕まえた秋刀魚って言ったら、そりゃ、もう・・・食うしかないじゃねえか」

 

 その返事自体はなんとなく予想が出来ていたが、まさか事もなげに何の躊躇いも無く言い放つとは思っていなかった俺は額に手を当ててやたら天気の良い秋の青空を仰いだ。

 




 
え? 今日は何の用でここに来たのって?

カフェまで来て話してたのに随分と今更な事聞くんだね。

いやいや、怒ってないさ。

ちょっと私の仕事の事で良介さ・・・こほん。

田中少将と話をするんだよ。

へ、私の仕事? あれ、言ってなかった?

いや、大した事じゃないよ。

旅行プランとかイベント事の企画屋みたいものさ。

ほら、あそこのポスター、今度横須賀でやる秋祭りにも私の会社が関わってるんだよ。

うん、そう言うの。
 


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第百四話

 
そう言えば秋刀魚が大秋刀魚に変異する条件が最近やっとわかったらしいね。

そうそう、新聞にも載ったよね。

あの島で夏の終わりにだけ発生する光るプランクトンの事。

それをつきとめたのが長崎大に居るあの子なんだから驚きだ。

私が引き継ぎしてた時から魚とかクラゲとかヒトデとか、とにかく海の生き物の事に興味深々だったけど。

まさか退役後に大学で海洋研究をやるなんて想像もしてなかったよ。

え? うん?

誇らしいのは分かるけれど、先代って何言ってるんだい。

あの子は僕の次だから君から見ると三代前じゃないか・・・へっ?

いやいや、その間に二人いるよね?

うん? それはまぁ、二人とも三年ぐらいで寿退役しちゃったけど、でも。

ちょっ!? 恋愛脳にメンヘラってなんて言い方を、仮にも同じ艦娘だった。

いや、待って、ゴメン、落ち着いて!?

いったん落ち着こう、そうだ深呼吸、深呼吸しよう!!

うん、この話は止めよう・・・えっと、あれ!

ほら、期間限定商品の予約がもう始まってるんだね。

間宮の秋刀魚缶は私の現役時代からの定番だけど。

洋服、傘、お皿にカレンダー、ビールにチョコ。

へっ!? く、車!?

はー・・・ホントもう何でもありだね。
 


「お前なぁ・・・ホント、お前はなぁ・・・」

 

 潮風が吹き抜ける真新しい海洋調査船の一角、大きな艦橋の下に出来た日陰の中で小慣れた白い士官服姿の田中良介は呆れと失望と虚しさを溜め息に変えて吐き出した。

 そんな肺の中身を全て出し切る様な田中の態度に向かい合って立っている彼と同じ艦娘指揮官である中村義男は心外だとでもいう様に顔を顰めて腕を組む。

 

「随分な態度だな、なんか文句でもあんのかよ?」

「あれを食うって言い出す奴が目の前に居たら誰だってこうなる、そもそも何でそんな考えが出てくるんだよ」

 

 自分は正常で相手の方がおかしいのだとお互いに主張し睨み合う二人の自衛官の間で少しの沈黙が落ちる。

 

「良介、お前と俺は前世なんて言う妄想みたいな記憶を頼りに自分でも信じられないくらい努力してここまでやってきた」

 

 その沈黙を破ったのは妙に落ち着いた様な調子で腕を組み壁に背中を預けた中村の独白だった。

 

「・・・否定はしないけど、それ今関係あるか?」

「大有りだ」

 

 こんなタイミングで今更極まる思い出話でもしたいのかと呆れを顔に浮かべた田中は語気を強める中村の主張を取り敢えず最後まで聞く事にした。

 

「楽な前と同じ生き方をしてたら俺達は絶対に自衛隊なんかに入らなかっただろうし、吹雪や時雨、艦娘達に実際に会えるなんて考えもしなかった」

 

 他人を騙し煙に巻く事に躊躇いが無い中村が面と向かって相手を説得しようとする時には何かしら彼にとって譲れない物がある場合でこう言う無駄に強い信念を主張する場合には普段の揶揄い遊びが可愛いモノだと思う程の事を絶対にやらかすのだ、と二週目の人生が始まってからかれこれ十数年の長い付き合いから田中は理解していた。

 

「正直言って理想通りなんて俺も思っちゃいない、けどな前の人生ではどれだけ頑張っても会えなかった艦娘に今の俺達は実際に会って喋って、仲良くなった!」

 

 それならコイツのやらかしの被害を最小限で食い止める為にストッパーとして関わる方がマシだ、と致し方ない判断を下した田中は途中で口を挟む事はしないが胡乱気な視線を目の前にいる悪友へと向ける。

 

「艦娘が俺達の目の前に実際に居るんだって事をちゃんと良く考えて見ろ!」

「いや、そんな事お前に言われなくても分かってるからな?」

 

 妙に熱く語ってくれたが、もう三年以上も特務士官として生活を共にしている彼女達がネットやゲームの中だけの存在ではない事など改めて言われるまでも無く田中は分かっていると相方の意味不明な物言い憮然とした顔の前で手の平を左右に振った。

 

「いいや、お前は分かってないな! 分かっていたらあの秋刀魚を見たなら俺と同じ考えになる筈だからだ!」

 

 少し離れているとは言えボリュームが上がった中村の声は秋刀魚調査を行っている一団にも届いているらしく小首を傾げた時雨や吹雪が距離はあるものの彼らの様子を見つめている。

 

「義男、お前なぁ・・・馬鹿みたいなわがまま言わなくても秋刀魚ぐらい鎮守府でも食べられるだろう」

「なら分かるように言ってやる・・・覚悟は良いか良介?」

「何がだよ・・・まったく」

 

 妙に自信満々な態度を変えない中村にうんざりとした田中はこれ見よがしに額に手を当てて溜め息を床へと吐く。

 

「お前、嫁の理解が得られなかったから艦娘グッズは家じゃなく大学の机に引き出しに隠していた、だったよな?」

「な、なにをいきなりっ・・・!?」

 

 皮肉気な笑みを浮かべた中村が口にした言葉が溜め息を吐ききった空っぽの肺を真下から穿ち息を詰まらせた田中は顔を引きつらせる。

 

「何故ならお前が集めていた鎮守府公認クリアファイルや艦娘フィギュア、ピンバッジ、鼻で笑われただけならまだしも邪魔だったから捨てたわよ、と嫁さんに言われて涙を飲んだ事があったからだ!」

「よ、よせ・・・こんなところでそんな事を!?」

「別に情けないなんて言わない! ただ、お前が運良く手に入れたって自慢していた軽巡夕張謹製のクラフトビール! 作ったのは大手メーカーであって彼女のお手製なんかじゃない!!」

 

 吹雪達と同じ様に二人の指揮官の様子を見ていた田中艦隊に所属している夕張は突然に名前を呼ばれて中村に指差された事で目を丸くして「私? ビール?」と困惑しながら目を瞬かせた。

 

「お前なんなんだ! いったい何が言いたい!?」

「死ぬ間際まで大事にしてたって言う限定グラスに書かれたサインも艦娘本人じゃなくて機械がプリントしたものだぁ!!」

「だから、やめろっ!!」

「ははっ、見合い結婚の後は随分と窮屈な思いをしてたんだよなぁ、よーく覚えてるぜ、ガキの頃にお前が悔しそうに涙べとべとの汚い顔で言ってた話はっ!」

 

 身体は子供、心は大人と言うちぐはぐな人間として周囲から否応なく浮く事になってしまっていた中村と田中にとって妄想と笑われても仕方ない自分の前世を語り合える相手との出会いは自分のプライベートまで明かしてしまう程に二人の間で強い友情を結んでしまった。

 

「それはお前もだろうが!! 買い逃したグッズとか何回もクジを引いたのに目当てが外れたとか、横浜で転売屋に偽チケット握らされたとか下らない事言いながら馬鹿みたいな顔で泣いてたくせに!!」

「ぐっぅ!? 嫁さんの機嫌取りとか世間体気にして一度も現地に行かなかったヤツが言うな!!」

「前の俺は大学の教員だぞ!? どれだけ行きたくても艦娘に会いたいからお祭りイベントに行ってきますなんて言えるわけないじゃないか!?」

 

 他愛ない笑い話から心を苛む後悔まで様々な問題を共に乗り越えてきた二人は下手な親子よりもお互いを知り、他人に言うには恥ずかしい過去と言う弱点を握り合った共犯関係を造り上げている。

 

「そうだ、だからこそ今の俺達にはそれが出来るんだろ!!」

「はっ・・・はぁ?」

 

 それはつまり相手が何を求めているのかも分かっていると言う事。

 

「自分の部屋で隠れるみたいに背中丸めて、間宮と伊良子が「丹精込めて作りました♪」って設定の缶詰をチビチビと食ってた俺と同じお前だからこそ、ここまで言えば分かるはずだ!」

「・・・設定言うな、分かってるけど、設定って言うな・・・あの秋刀魚缶、結構美味かったってお前も言ってただろ」

 

 その場にしゃがみ込み中村の口撃によって精神を打ちのめされた田中は容赦ない言葉の前に沈んだ顔を両手で押さえ隠して呻く。

 

「そんな下らない未練は捨てろ! 俺達が今やらなきゃならないのは目の前に転がり込んできた幸運に飛び付く事だ!」

「幸・・・運だと?」

「だって俺達には頭下げて頼めばきっと秋刀魚を焼いてくれる! 飛び切り可愛い本物(・・)の艦娘が居るじゃねぇか!?」

 

 バッと勢い良く両手を広げて中村が放った切実さを感じる追い打ちに田中は両手で隠していた顔に唖然とした表情を浮かべ、虚を突かれた青年は顔を上げて恐る恐る少し離れた場所から自分達の様子を窺っている艦娘達の方を見る。

 何故かモジモジと照れている様子の数人を含めた全員、田中にとって妄想の中の住人などではなく現実となってから久しく感じる程に慣れ親しんだ艦娘達の姿。

 自分の艦隊のメンバーからバレンタインチョコを貰った事がある彼は確かに中村が言う通り頼み込めば彼女達は手料理を御馳走してくれるだろうと確信する。

 

「もういい加減分かってんだろ、悪い方向にばっかり全速力なこの世界じゃどんなに待ってたって俺達が求めているイベントなんて起きやしない! 誰もやってくれない!」

「それはっ!?」

「だから良介、秋刀魚祭りなんだ! 前世のお前が職と家庭のせいで指を咥えて見ている事しか出来なかった鎮守府秋刀魚祭り(リアルイベント)をこの世界では俺達が始めるんだ!」

 

 手を差し伸べてくる中村の決意に満ちた声に向き直った田中は自分を見つめる青年の目に自らと友が抱える過去の悔いを晴らしてやると言う確固たる意志を感じ取り。

 

「・・・なぁ、俺は間違った事言ってるか?」

「誰がどう聞いたってお前の言う事は間違っているだろ、だけど・・・ああ、だからこそ俺達はやらなきゃならない!!」

「へへっ、それでこそだ!」

 

 目の前の手とガシリと握り合い引っぱられ悪友からの攻撃に沈みかけた田中の身体が潮風の中に力強く立ち上る。

 

「二人ともこんなとこで何やっとんねん、秋刀魚祭りとかまたアホな事言うてからに・・・」

 

 いつから居たのか彼らの直ぐ近くにある水密扉に片手を突いて少し斜めに傾いて立っている空母艦娘が何かの資料が挟まっているファイルを手に中村によって言い包められてしまった自分の指揮官の姿へ溜め息混じりの言葉を吐き出した。

 

「司令か~ん、分かっとると思うけどそのアホ、自分が秋刀魚食べたいだけやで? また振り回されて苦労するだけやから止めときぃって」

 

 恐らくそれは個人的な欲求の為に友情を利用した中村に絆されてしまった指揮官の事を思っての忠告だったのだろう。

 だが、盛り上がっている情熱に水を差す様な言い方であろうと彼が思いとどまってくれるならばと考えていた龍驤の予想と違い田中から返って来たのは妙に熱く真剣な眼差しだった。

 

「な、なんや、そないな顔して・・・」

「・・・龍驤」

 

 そして、中村と握り合っていた手を離し無言で近づいてきた憎からず思っている指揮官の様子に空母艦娘は手に持っていたファイル、船内の実験施設で行われた巨大秋刀魚の調査結果を両手で抱きしめてたじろぐ。

 

「俺の為に、秋刀魚を焼いてくれ」

 

 船の扉に赤い上着の背中がぶつかり龍驤が田中によって壁際に追い詰められた直後、彼からの思いもよらぬセリフによって鋼色のサンバイザーを被ったツインテールの上でポシュッと霊力の湯気(光粒)が噴き上がった。

 

・・・

 

 疎らな雲でけぶる月明かりで照らされた真夜中の海上に浮かぶ大きな海洋調査船の両舷を挟む様に二つの閃光がきらめく。

 

『それぞれの艦隊に居る輸送艦娘のコンテナに入れて持ち帰った分だけがスコアとして換算する』

『編成は輸送艦を含めた四人まで、負けた方は大漁旗の購入費用を負担するんだろ、改めて確認する事じゃねえな』

『まあいい、それにしても・・・秋刀魚祭りって言うにはやる事も賞品も地味だな』

 

 くくくっと喉で笑う様な声を通信で交わす指揮官達を乗せ金の輪から余裕を持った足取りで二人の艦娘が現れ、対照的な黒と白のセーラー服を身に着けて隣り合う時雨と吹雪の身体に艤装が施されていく。

 

『祭りも何も俺達が勝手に言ってるだけなんだからそんなもんだろ、て言うか今言うのもなんだけどホントに勝負で決めんの?』

『どうした、今更、負けるかもしれないと怖気づいたのか?』

『やるからには負けるつもりなんかねぇよ、お前が文句付けなきゃ吹雪がサンマリーダーやってたのにな~ってだけだ』

 

 大漁旗も自分で発注するつもりだった、と少し不満そうな口調で中村が言ったと同時に吹雪が出撃と同時に持っていた連装砲から手を放して肩掛け紐にぶら下げ、甲板作業員の振る誘導灯と黄色い光を回転させる警光灯が見える【那岐那美(なぎなみ)】の甲板に置かれた折りたたまれた網を掴んで持ち上げる。

 

『なんだそれ、まるで勝負するまでも無いって言い方だな』

『おいおい、お前だって知ってるだろ、前の世界じゃ2016年度の鎮守府公認サンマリーダー様だぞ? 実に丁度良い話じゃねえか』

『・・・それは前の世界でだ、悪いがこの世界じゃそれは通用しない、勝つのは俺の艦隊だからな』

 

 吹雪は巨大秋刀魚捕獲用に網を小脇に携えて横目に同じ装備を手に取っている時雨の姿を確認し、自分の艦橋に座っている指揮官の期待に応えて見せるとでも言う様に少し興奮気味にむふーと鼻息を強めた。

 

《提督、それと中村二佐も、これから僕らがするのは害獣駆除って言う立派な任務だよね? そんな遊びに行くみたいな調子で良いのかな?》

 

 夜闇に霊力で輝く煙を背部艤装の煙突から立ち上らせている吹雪の気合に満ちた姿に苦笑を浮かべた時雨が声をかければ身の内からバツの悪さを誤魔化す様な田中の咳払いが聞こえ。

 主任達がどこかの漁港から買い取ったと言う地引網を艦娘用投網へ改造した装備から延びるケーブルを手に肩を竦めた時雨は自分のセーラー服の裾を軽く腰の右側へ霊力の流れを強める。

 

『それにしても、デカい図体で大食いのくせして食った餌は殆どが未消化って随分な連中だな』

『もしかしたら急激な巨大化に内臓がついていけてないのかもな、放っておいても冬を待たずに全て餓死する可能性の方が高いと主任は言っていたがその間の漁業に深刻なダメージを与える事には変わらない』

『だから可能な限り減らす・・・責任重大だ、俺達が何とかしないと大秋刀魚が普通の秋刀魚を食い尽くして世間の食卓から秋の主役が無くなるなんて事が起きちまう』

 

 先程の挑発と軽口が交じった気安い会話を誤魔化す様に作戦目的である突然変異の秋刀魚に対する緊迫感を纏った真面目そうに聞こえる口調になった通信の内容にやれやれと呟き時雨は自分の横腹に浮かび上がった青白い幾何学模様の中心へと投網のケーブルを差し込む。

 すると時雨の増設端子へ接続されたケーブルから網の強度を高める霊力の光が彼女の手にある巨大秋刀魚捕獲用の特殊装備に広がっていった。

 

『被害を受けるのは秋刀魚だけじゃない、目標は今のところ群れの分割と合流を繰り返しながら一般漁船が操業している海域の一部を含めた一定範囲を回遊しているが産卵期が終わっても生き残る様なら奴らは北に移動を始め、被害はさらに拡大する』

『勝手に巨大秋刀魚が力尽きるのを祈るよりは建設的な作戦だと信じたいね、俺とそっちの子合わせて輸送コンテナを八つ分いっぱいにしても足りないかもな』

 

 それにしても使い古しとは言え漁師にとって生命線と言っても良い商売道具である20m×40mもある大きな漁網を二つもどうやって主任達は調達したのか、もし今回の事件の解決の為に身を切る様な事を守るべき日本国民である漁師の人にさせてしまったのならば自分の手にある漁網を元に戻して返せるように大事に使わないと、そう考えた白露型駆逐艦娘は日本近海を荒らし回る魚の群れに挑む覚悟を決めた。

 

『秋刀魚が変異する条件は分かっていないが今のところは新しい巨大秋刀魚の群れが確認されていないのは不幸中の幸いか・・・』

『追跡した回遊ルートがあの島の周りを通ってるみたいだからやっぱり海中のマナ濃度が関係してんだろ』

『いや、そんな単純なものなら世界中の海が巨大魚類で溢れてなければおかしい、あの島周辺の濃度が高いと言っても深海棲艦が戦闘で発生させる力場より高いと言うわけじゃないんだからな』

 

 海洋調査船の巨体からゆっくりと歩き出す様に離れ僅かに波を泡立てながら前進を始めた時雨と吹雪のスクリューが回転音を潜めてキラキラと光粒を撒きながら彼女達の背を押す。

 

『今のところ深海棲艦が近くにいるって情報は入ってないが夜闇に紛れてどこからか現れるってのもあり得る、F作業も大事だが本職も忘れるなよ、吹雪出撃するぞ!』

《はいっ! 司令官、吹雪行きます!》

 

 指揮官へと元気良く返事を返して面舵をきり離れていく吹雪の背中を見送った時雨は艦橋に表示された海図に描かれた航路に従って左側に重心をかけて取り舵で波を蹴る。

 

《今回は提督も乗り気なんだね、ちょっと意外だな》

『義男の口車に乗るのは癪だ・・・でも、俺にだって馬鹿になりたい時ぐらいある』

《ところで・・・提督が前の世界では結婚してたって言うのは一応知ってたけど、その奥さんだった人って今は何してるの?》

 

 その人って僕らの事嫌いだったんだね、と朗らかに微笑む(張り付けた様な笑顔で)時雨が問いかければ艦橋で彼女の航行を補助している最上型重巡が僅かに身を強張らせた気配が艤装から駆逐艦娘に伝わってきた。

 

『知らないさ、前はいつまでも結婚しない俺に焦れた両親の勧めでお見合いしたがこの世界じゃ会った事も無ければ名前を聞いた事も無い』

 

 自分よりも要領の良い女性だったからどこかで良い相手を見つけてるだろう、と気の無い調子を装っているが注意深く聞けば何らかの感情を抑えていると分かる田中の声に時雨は自分でも気付かないうちに微笑みを緩ませる。

 それは彼の言葉に隠れている感情がかつて妻であった相手に対する懐古や慕情ではなく、出会わずに済んでいる事に対する安堵(・・)なのだと敏感に察したから。

 

『だが、あまりその事には触れないでくれ』

《ふふっ、金剛に知られたら大変かもね》

『それは・・・確かにどんな反応されるか分からないのは怖いな』

 

 きっとその答えは今も自分の艦橋にいる三隈の顔を見れば分かる事なのに僕の提督は妙な所で鈍感な人だ、と心の中で独り言ち投網を小脇に抱えた駆逐艦娘はクスクスと笑う。

 

《それじゃ、僕もあとで提督の為に秋刀魚を焼いてあげるから期待してて》

『へっ? ・・・時雨?』

 

 自分の初期艦の意図が読めずに気の抜けた声を漏らしたと同時に艦橋で三隈が「くまりんこもですわ!」と大声を上げ。

 突然、重巡艦娘に詰め寄られ狼狽える指揮官の様子に耳を傾けながら時雨は夜の暗闇へと淡い光を纏って走っていった。

 

・・・

 

 他の水産資源を食い荒らす巨大な秋刀魚を捕獲し漁場を救うと言う本当は自衛隊がやるべきか怪しい作戦。

 それを災害派遣の責任者権限で立案した後に即実行に移した徹夜明けの指揮官二人が黒岩に波飛沫が弾ける海岸で向かい合う。

 

「・・・なぁ、やっぱりどう考えても卑怯だろ」

「何がだ?」

「とぼけるなぁ!」

 

 座るのに丁度良い岩に腰かけて苛立ちを隠さず憤る中村とそれを平然と受け流す田中、朝日が昇り夜が終わりを告げ様としている空の下で見渡す限り海しかない小さな岩場に香ばしい匂いが漂っていた。

 毛先だけが白く見える黒髪の子犬の様に活発な少女が手に持った棒で火を燻ぶらせる炭を突けばボッと一瞬だけ火の手が強まり小動物を思わせる雰囲気の栗毛ショートヘアの駆逐艦娘が驚きの声を上げ、次の瞬間には二人揃ってキャッキャと楽しそうにはしゃぐ。

 

「現役漁師から秋刀魚の上手い獲り方教えてもらったってなんなんだよ!?」

「何言ってるんだ教えてもらったのは俺じゃないと言っただろ」

 

 段ボールの切れ端で焚火を仰いでいたお淑やかそうなツインテール少女が食材に燃え移った火の手に目を白黒させ吹き消そうとさらに風を送るがそのせいで一本の串が料理から松明へと変貌した。

 

「そもそも何で三隈が漁師と知り合いなんだよ!?」

「知り合いなのは三隈じゃなくて鈴谷と熊野だな」

 

 早口でまくし立て人差し指を突き付けてくる中村に涼しい顔で自分は何もやましい事など無いと腕を組んでいる田中の背後、パチパチと炭の燃える音に混じり時々ジュウジュウと油が焼ける音が岩を打つ波音と不思議な調和を造り上げる。

 怒鳴る中村の様子に身体の左右の露出度が妙に高い民族系制服を纏った輸送艦娘が青い鉢巻を巻いた白髪を彼らと火で遊んでいる駆逐艦達の間でアワアワと右往左往させるが大量の魚類を満載した複数のコンテナとケーブルで繋がっている為にその場から動く事が出来ず。

 

「そこじゃねーよ! って言うかお前それで納得いくと思ってんのか!?」

「言ってなかっただけで俺とお前で決めたルールの上は何の問題も無いはずだ・・・むしろルール違反と言うなら義男の方が問題だろ、突然の爆発音に驚かされたこっちの身にもなれ」

 

 田中の返す刃にグッと顔を顰め反論できない様子で舌打ちした中村は顔を逸らし。

 その視線が逃げた先で串刺しにされた大きな魚肉が炭火に炙られて透明な油とマナ粒子に解けて散る霊力を散らし見る者の食欲をそそるきらめきを纏う。

 

「秋刀魚を追いかける事に気を取られ岩礁に躓いただけならまだしも、それを敵の攻撃と勘違いして爆雷を投げた、だって?」

「ただの岩礁じゃない例の島に繋がってる、それでマナ濃度が高くなれば電探は利かなくなるし暗闇にデカい艦影が見えたら勘違いもする」

 

 追及と言い訳の攻守が入れ替わり、そんな二人がチラリと見上げた先には岩礁に乗り上げてその鋼の身を横たえる艦影、艦首部に剥げかけた61(・・)の数字が見える斜めに傅いた巨体はその全体の半分以上を海中へと沈めている。

 

「・・・なのに砲雷撃じゃなく爆雷攻撃か? お前にしては珍しく冴えてない嘘だな」

「嘘じゃねぇし」

 

 彼らの視界の端に机にする為に大きさを調整した輸送コンテナにまな板を載せてその上で軽やかに包丁を躍らせて薬味と秋刀魚でタタキを作っている自称アイドルとその見事な調理に普段は酒保カフェで店員をしている少女が目を丸くしながら「勉強になります」と呟いている姿が混じった。

 

「こんなところに軍艦があるとか思わねえだろ・・・確かあれ、名無し海戦に参加した時に沈んだんだっけか?」

「いや、その後にアメリカが国外の軍と資本を回収していた時にだ、と言っても海上博物館をやってた船を無理矢理手直ししただけの状態、米軍としては資産家達を納得させるために老朽艦を入れてでも護衛船団の頭数を増やす必要があったとか」

 

 分が悪くなったから露骨に話を逸らそうとしてるらしい中村の言葉で田中の脳裏に南方棲戦姫との決戦後に駆逐艦娘陽炎が報告書に記した「深海棲艦が海に沈んだ船を集めていた可能性がある」と言う一文が過る。

 

「その結果が・・・あれかよ」

「そうだな・・・」

 

 そして、諸行無常に対して中村は溜め息を吐いてから膝へと頬杖を付き、その苦々しい顔に肩を竦めた田中はふと後ろから自分達に近付いてきた足音に振り返った。

 

「提督、少し焦げちゃったけど大丈夫かな?」

「司令官っ! これ吹雪が焼きました、どうぞ♪」

 

 上質な油を滴らせ焼き立ての熱と香りを放つ下手なステーキよりも分厚い魚の白い切り身が乗った使い捨ての紙皿、それぞれの手に持った切って焼いて塩を振っただけという料理と言うにはワイルドなそれを吹雪と時雨が二人の指揮官へと差し出す。

 

「・・・すげえな、サンマのステーキなんて多分日本で初めてじゃねえか?」

「いや、もしかしたら史上初かもしれないぞ、さて、味はどうだ・・・」

 

 真夜中の岩礁に放たれた爆雷の犠牲になった巨大秋刀魚の成れの果てを前に指揮官達は驚きと共に唾を飲み込み。

 食欲をそそる焼き加減と香りへ中村と田中は同時に箸をつけて分厚い秋刀魚の身をほぐして口に運んだ。

 かつては姫級深海棲艦の積み上げた黒岩山脈の一部だった岩礁で部隊備品として艦橋に持ち込まれているキャンプキットで調理された獲物を咀嚼し数秒、二人の駆逐艦娘だけでなく残りの秋刀魚を焼いている面々からの視線も浴びて二人の青年は同時に口の中のモノを飲み込み顔を顰めた。

 

「くっ、これは、俺とした事が・・・」

「なんて事だ、なんて・・・」

 

 白く香ばしい秋刀魚の身を前に苦しそうと言うよりは悔しそうに顔を伏せる指揮官達の様子に何かマズイ事になったのかと艦娘達が騒めき。

 一早く吹雪が岩に座り震えている中村へと寄り添い彼の安否を気遣い、時雨が秋刀魚の乗った紙皿を持ったまま直立不動で呻く田中を心配そうな顔で見上げ。

 

「大根おろしと醤油を持ってきていないなんてっ!」

「ここに辛口の日本酒があったなら、くそぅ」

 

 しかし、絞り出されたのは欲に塗れた悔恨の嘆き、そんな中村と田中にその場にいた艦娘全員がガクリと肩を落としてそれぞれが苦笑を浮かべ。

 彼女達も丁度良い焼き加減になった串焼き秋刀魚を手に取って真夜中の奮闘の成果を味わい華やいだ声上げる。

 

「まだ一日目、決着も着いてねぇ! 俺達の秋刀魚祭りは始まったばかりだ! 勝つぞ!」

 

 そして、人心地つけて心機一転を図る中村の声に彼が日本の食卓を救うと信じている吹雪が元気な返事をし、それに続いて両艦隊のメンバーが負けじと気合いの入った声を早朝の空に響かせた。

 




 
その後、那岐那美に帰ったらエプロン姿の龍驤達がカンカンになっててね。

次の日からそれはもう大騒ぎ。

誰が旗艦をやるかで揉めて、かけっこ、チャンバラ、あみだクジ、果ては料理勝負をやったりね。

他の人が止めるのも聞かずにもう我慢できないぞって叫んだ主任の身体がお刺身食べた途端に光り出したり。
実は神威とぶら志"る丸が僕らよりも秋刀魚捕るの上手かったとか・・・。
報告書や始末書だけじゃなく、秋刀魚の味とか調理法のレポートまで書かされる事になって。

鎮守府に帰ってから夜通しで提出用紙が辞典みたいに太くなった頃には全員へとへとになってたけど、でも凄く楽しかったな・・・ん?。

あ、電話みたいだ、ちょっとゴメンね・・・もしもし。

ううん、大丈夫、酒保で少し後輩とお話してたの、うん・・・うん。

ええ、執務室ね・・・すぐに行く、ちょっと待っててね、アナタ・・・。

・・・えっと、ゴメンね、そろそろ時間みたいだ。

ああ、案内は大丈夫、私だって艦娘だったんだからここの事は良く知ってる。

じゃあ、支払いは私がやっておくから君はゆっくりしてて。

え?

結局、その勝負はどっちが勝ったのかって?

いや、君はそれをもう知ってるじゃないか。

だって、さっき見ていたあの写真はその騒動の後に撮ったんだもの。

ふふっ、大漁旗を持っていた艦娘は誰だった?

君には僕に負けないぐらい頑張って欲しいな♪

それじゃ、またね、時雨。
 


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第百五話

 
何一つとして進展の起こらない無駄話をくらえぇ!!
 


【悲報】敷島姉妹、鎮守府に帰る

 

1: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  遂に敷島様達が行ってしまわれたorz

 

2: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  舞鶴にはもはや希望無しっ!

 

3: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  そもそもなんで帰る必要があるんですかねぇ(半ギレ)

 

4: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  花束を手に地元民にお見送りされる敷島様達

 

  ttp://sixisixx/img/jpg

 

  美しい・・・だけど、もう会えないのね(´;ω;`)

 

5: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  陸奥姉さんがいると言うのになんて言い草!

  舞鶴民どもめぇ(嫉妬)

 

・・・

 

12: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  と言うか艦娘も学校に通ってるって聞いて今更に驚いた。

  鎮守府って艦娘の基地じゃなくて学校だったんだなぁ

 

13: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  しかも、敷島様達は艦娘にとっての義務教育が終わる前に舞鶴に来てたと言うね。

  人間で例えると大人だと思ってたら実は中学生でしたってやばく無い?

 

14: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  一応、通信教育的なものがあるってインタビューで言ってたけど自衛隊大丈夫なの?

  ってなる。

  艦娘にも人権をって岳田総理が言ってるんだから彼女達の教育を受ける権利

  奪っちゃダメだろ。

 

15: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  舞鶴基地の一般見学でツアーの案内してくれた美人さんがまさかの艦娘だったと言う

  事実に腰を抜かした今年の夏。

  パッと見では普通に美人なお姉さん達にしか見えんかったわ。

 

16: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  と言うかもう自衛隊のイベントだとどこに艦娘が潜んでいても可笑しくないぞ

  去年の式典で屋台通りの人ごみに艦娘が混じってたって話有名だし。

  この前の総火演でも十数mの女の子が演習場の準備してたらしいな。

 

17: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  そんなお前らに適当に撮った写真に艦娘が焼きそば食べてる姿が

  混じっていた時の衝撃をおすそ分け

 

  ttp://kaxixaxe/img/jpg

 

18: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  おお大正浪漫少女隊!

  式典の行列で先頭の旗持ってた子達だ!

 

19: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  ほぉ、艦娘が作った海軍カレーですか。

    ↓

  可愛い上にセーラー服、そして、圧倒的クジラエプロン!

    ↓

  でも艦娘じゃなくてただの女子高生じゃないか(呆れ

    ↓

  式典開始ぃ!!

    ↓

  あれ? 艦娘行列にいるあのセーラー服って屋台にいた子?

    ↓

  海立ってんじゃん(呆然

 

  カレーはとっても美味しかったです(#^ω^)

 

20: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  セーラー? 店番してたのって >>17 の子達じゃなかった?

  それよりも公開演習終わってカレー屋まで駆け戻ったら売り切れで店じまい

  とかふざけすぎ。

  なんで艦娘のカレー屋さん二日目以降やらかなかったんですか!!(# ゚Д゚)

 

21: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  式典の話は止めるんだ!

  チケット抽選に負けた上に未練がましく外の公園を三日間彷徨っても艦娘と遭遇

  出来なかった人もいるんですよ!?

 

22: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  ほぼ全員あり得んほどカラフルな髪してるのに分からんとかどういう事よ?

  節穴eyeにも程があるだろお前ら

 

23: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  >>21 おま俺・・・。

 

  それはともかく敷島様達帰ったら舞鶴に残ってる戦艦って陸奥姉だけって事?

  防衛戦力は大丈夫なん? 朝起きたら火の海とか嫌よ?

 

24: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  >>22 マジで光学迷彩でもつけてんのかってレベルで分かんないから、マジで

 

  三笠様含めて姉妹全員、勉強終わったらまた舞鶴に戻ってくる・・・と良いなぁ

 

25: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  ところで何でお前ら艦娘に様付けしてんの?

  おかしくない?

 

26: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  ↑全然おかしくない

 

27: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  むしろ当然、御尊き宮家所縁の方々やぞ

 

28: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  意味不明過ぎワロタ

 

29: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  ぶっちゃけ敷島型戦艦の四番艦の名前が三笠だから三笠の宮様とかけてるだけのネタ

  当然だが彼女達と皇族方の間には血縁関係はない

 

30: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  でも天皇家との関係云々に関しては四人とも衣装に菊花紋章を身に着けているから

  全く筋違いと言うわけでは無いだろ

 

31: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  陸奥姉のベルトにも菊花紋付いてる

 

  あれが無かったら自衛隊の被災地支援活動の記事に写ってた艦娘が陸奥姉だと

  気付かなかった自信あります

 

32: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  ちゃんと写真の下に名前書いてあった定期

 

  でも、なんで公開演習の時のじゃなくて普通の自衛隊員と同じ制服着てたん?

  記者とカメラマンはちゃんと前の衣装戻してもらって撮り直しる

 

33: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  >>30 戦前と違って現在は皇族以外は菊花紋章を絶対に使っちゃダメって法律はない。

 (※ただし使いまくって良いわけでは無い)

 

  けど公的組織である自衛隊に所属している艦娘が身に着けている以上は宮内庁から

  ちゃんと許可が出てるんじゃね?

  だからそういう意味では軍艦の艦娘なら全員関係してることになるかも?

    

34: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  でも吹雪ちゃんと島風ちゃんは付けてなかったじゃん

 

35: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  残念ながら分類上、その二人は軍艦ではない

  駆逐艦はあくまで戦闘用の「艦艇」だから菊花紋は付けられない

 

  日本では軽重の巡洋艦、空母、戦艦が菊花紋章を施される事を許されている

 

36: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  知ったか乙

  まるで他の艦娘が付けてた様な言い方だな、ちゃんと公開演習の映像見たのかよ?

 

37: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  >>35 聞きかじりの知識をひけらかすのはカッコ悪いぞ?

 

38: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  横から失礼、拡大のせいで画像荒いけど

 

  鳳翔 ttp:/2015/12/25/025d/img/jpg

  那珂 ttp:/2015/12/25/048b/img/jpg

  矢矧 ttp:/2015/12/25/139f/img/jpg

  高雄 ttp:/2015/12/25/069h/img/jpg

  三隈 ttp:/2015/12/25/116a/img/jpg

 

  龍驤はバイザーの先っぽ、金剛と陸奥が付けてる場所は言わずもがな

 

39: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

    あっ

 

40: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  変な笑い出た

  分かるかこんなん

  那珂ちゃんと鳳翔さんとか服破けてなかったら絶対見えなかっただろ

 

41: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  ところで誰か龍驤の空中大変身の時に身体にまとわりついてる邪魔な光消す

  方法知らない?

  どう頑張っても肝心なとこ見えないんですが(´・c_・`)

 

42: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  >>36 >>37

 

  ねえ今どんな気持ち?

 

  ねぇw今wどんな気持ちwww?

 

43:艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   >>41

   それを消すなんてとんでもない!

 

・・・

 

108: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   船の種類とか歴史とかどうでも良いから!

   問題なのは舞鶴から敷島姉妹がいなくなっちゃったって事だろ!?

 

109: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

  実際の所、今の舞鶴基地の戦力で深海棲艦が攻めて来たら日本海側って守れんの?

 

110: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   話は聞かせてもらった!!

 

   この私がお答えしましょう

   現状の戦力でも十分に守れますから皆さんは安心すると良いゾ

 

   って言うかさっきから聞いてれば戦艦戦艦などと喚きたておって俗物どもめ!

   むしろ舞鶴基地の主戦力艦娘は巡洋艦と駆逐艦ですよ!?

 

111: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   あ、艦娘の人だ

 

112: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   建前・夜勤お疲れ様、お仕事頑張ってください。

   本音・こんなとこでサボってないで真面目に働けや。

 

113: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   え? 艦娘の人? 本物?

 

114: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   >>113 一時期大量発生した偽物の生き残り、C以外にもAとかDが居る

   でも、サザナミン系は艦娘とか自衛隊の事に詳しいからもしかしたら

   ワンチャン関係者かもしれん

 

115: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   偽物ジャネーyo!

 

   まぁ、いいわ(大人の対応)

 

   と・こ・ろ・で、この艦娘様になんか質問ある人いる?

 

116: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   駆逐艦のくせに自分に様付けるな、生意気やぞ!

 

   とりま敷島様達、鎮守府帰ったってマジなん?

   よしんば帰ったとして勉強終わったら舞鶴戻ってくる?

 

   お願い戻って来るって言って・・・orz

 

117: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   強気に出たと思ったら即座にヘタレやがったw

   可愛そうだからお願い、教えたげてサザナミ~ン!

 

118: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   >>112 敵も出ないのに出撃待機させられててネットでもしてないと眠いんだよ

   >>117 お前が知りたいだけだろ(-_-;)

 

   で、皆様方は残念なお知らせと(・∀・)イイお知らせ

   どっちから聞きたい?

 

119: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   焦らすな、とっとと言え太郎

 

120: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   俺はあえて赤い扉を選ぶぜ!(両方お願いします)

 

121: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   では残念なお知らせから・・・>>116さん

 

   鎮守府に帰った敷島の姉御達は

 

 

   今後、別任務に就くので

 

 

   舞鶴には戻ってきません!!

 

 

   残☆念でした♪

   ざまぁ! m9(^Д^)プギャー

 

122: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   (゜_゜)・・・

 

 

   (・ω・) 久々にキレちまったよ

 

123: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   >>121 てめえの血は何色だぁあっ!!

 

・・・

 

174: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   うん (#^ω^)ピキピキ

 

   私の事好き勝手言うのは構わないけどさ?

   そろそろ黙んないと良い方のニュース教えてあげないよ?

 

175: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   マジスマンかった

 

176: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   カッとなって書いた、今は反省している

   続きをどうぞ

 

177: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   ダメ、もっと取引先に言うみたいに丁寧に言って

 

 

   (# ゚Д゚)<言え!

 

178: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   どうか私共に良いニュースを教えてください、お願いいたします

 

   ○| ̄|_ ゴメンナサイ

 

179: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   マジですみませんでした、海より深く反省しております

 

180: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   良し! 許そう!

 

181: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   わちき達許された!!

 

182: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   50レス連続罵倒をたった2レスで許しただと!?

   sznm姉貴寛大!ヤッタァー!!

 

183: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   今んとこご主人様から皆に教えてもだいじょーぶって許可出てるのは

 

   敷島さん達が抜けた後に新しい戦艦の人が二人舞鶴に着任するって話ぐらいダネ

 

184: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   kwsk

 

185: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   舞鶴大勝利!

 

186: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   え? こマ?

 

187: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   マ

 

188: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   誰が来るの? ビッグセブン長門?

   まさかの長門型姉妹揃い踏み?

 

189: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   戦艦長門、N〇Kの番組で左向きをガチ論破して以来、彼女は俺の女神になった。

   なのに四月の台風以降テレビから居なくなって寂しい、他のメディアにも出ない。

   もっと祭壇にお供え物増やそうと考えてたけど

   もしかして舞鶴に移住した方が良かったりする?

 

190: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   長門さんは今沖縄航路守ってるから違う

 

   舞鶴に着任するのは扶桑型姉妹のお二人、詳しい日取りは教えて上げないけど

   来月には来るヨ

   そして、サザナミンCことワタクシ、扶桑さん達と入れ替わりでまるまる

   一年の舞鶴勤めを終えてやっと鎮守府に帰れる!!

 

   アッヒャッヒャ!ヽ(゚∀゚)ノアッヒャッヒャ!

 

191: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   なにそのテンション、めっちゃウザい

 

192: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   個人的には>>121よりもイラっとする

 

193: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   いや、え? 扶桑ってあの扶桑? マジ?

 

194: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   知ってるのか雷電!?

 

195: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

    って、いまさらっと長門が沖縄いるって言った!?

 

196: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   戦艦扶桑って言ったら日本初の純国産超弩級戦艦だろjk

   いやマジで扶桑型が舞鶴行くの?

   んで敷島型よりもヤベー戦艦二人、舞鶴の置物にしちゃうわけ!?

 

   自衛隊何考えてんだ!?

 

197: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   扶桑型戦艦って欠陥戦艦じゃん

   日本海側終わったな

 

   じゃ、私沖縄行ってくるから

 

198: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   その扶桑の写真とかないん?

 

199: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   はいどうぞ ttps://Japan.wiki.org/扶桑(戦艦)

 

200: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   wikiな上に船の方じゃねーか! 艦娘の事に決まってんだろ!!

 

   >>197 お前には高所恐怖症になる呪いかけたからな

   あの芸術的な戦艦を欠陥扱いするとかありえんだろ常考。

 

201: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   もっと詳しく教えてサザエモーン!

 

202: サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   ↑人の名前を海産物にするんじゃないよ!?

   まっ、シャーネーナァ、ちょっと待ってろい

   ご主人様に扶桑さん達のプロフ載せていいか聞いてくっからyo!

 

203: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   全裸待機不可避!

 

205: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

    舞っているぞ!! お前が帰ってくるまで俺達は舞い続けるぞ!!

 

206: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

    ┐(゚д゚┐)└(゚д゚)┐(┌゚д゚)┌ ┌(゚д゚)┘┐(゚д゚┐)└(゚д゚)┐

 

207: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   もしもし警察ですか?

   裸で踊ってる変質者集団が居ます

 

208: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   そいつ等よりも艦娘にご主人様と自分を呼ばせる人物が自衛隊に

   居るかもしれない事を通報するべきでは?

 

・・・

 

511: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   もうすぐ日が変わるけど帰ってこない

   ID変わっちゃうぞなもし

 

512: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   機密漏洩で憲兵に連行されたやもしれん

 

513: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   サザナミンc? ああ、良いヤツだったよ

   まったく惜しいヤツを亡くしたもんだ・・・

 

514:サザナミンC    2016/10/15 ID:xcxy0xk1

 

   勝手に殺さないで

 

515: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   キタ――(゚∀゚)――!!

 

516: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

   帰って来たぁ! 戦士たちが帰って来たぁ!!

 

517: 艦娘板に住む名無し 2016/10/15 ID:xxxxxxxx

 

    ↑偽物フラグ立てるのやめろイノシシ!

 

518:サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   それでは早速、扶桑さん達に関して結論から言うね!

 

   ご主人様曰く・・・

 

 

 

   詳細なのは教えちゃダメだって(・ω<) テヘペロ

 

519: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   【悲報】サザナミン無能www

 

520: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   これだから自称艦娘はさぁ(タメ息

 

   て言うか今更だけどその名前、特Ⅱ型の漣からパクるならせめてもうちょっと捻れよ

   本人に訴えられたら裁判で確実に負けんぞ?

 

521: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   辛辣ぅっ!?

   あんまり無茶言ってやるなよ、どう考えても軍事機密だぞ!?

 

522: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   サザナミン、気にするな!

   生きて戻って来てくれただけで俺達には朗報だ

 

523: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   >>521 >>522 優し味、ありがてぇありがてぇorz

 

   >>520 本人から許可もらってるんだよなぁ┐('~`)┌

 

   と言うわけで、ホイ♪

 

    ttp://fxoxuxxx01.com/img/jpg

    ttp://yaxxsxro02.com/img/jpg

 

524: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   ファッ!?

 

525: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

    きょぬー!

    美女!!

    巫女!?

 

526: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

    なんなのだ!? いったいどう言う事なのだ!?

 

527: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   その画像についての質問は受け付けません

   ただ、来月初めに舞鶴基地ホムペ見れば分かる(宣伝

 

   着任の挨拶とか動画で乗せる予定って聞いたよ♪ 楽しみにしとけ!

 

   ちな、かなりのグレーゾーンだから公式発表までは下手な詮索したらマジで

   怖い人がドアをノックしに来るからね?

 

528: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   そんな危険物をこんな場所に放置するな!!

 

529: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   サザナミンが有能過ぎる件について

 

530: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   二人でお茶しながら自然に微笑む巫女姉妹

   どちらのアングルも絵になり過ぎててヤバイ

   美しすぎて目が、目がぁ・・・(歓喜

 

531: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   え、これってホントにそう言う事なの?(困惑

 

532: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

    なんか画像保存できないんだけどこれどう言う事?

 

533: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   直保存はNO、スクショするなら自己責任。

   今から三時間後には閲覧できなくなるから愚民共は今のうちにお二人の御尊顔を

   拝んでおくが良い

 

534: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   謎の技術、お前ホント何もんだよ

   もしかして、他の自称艦娘も本物だったりするの?

 

535: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   >>534 

   それはまぁ・・・全部じゃないけど、多少はね?

 

   今まで私達の事かなり神経質に隠してたけど今度はそのせいで知名度が低過ぎ

   とか、色々問題が出てキタっぽいんよ

   んで、さすがに艤装の性能とかは公表できないけど顔と名前ぐらいは順次

   公開される方針になったらしい?

 

   まぁ、それもあくまで艦娘本人の承諾がある事が前提だけどネ

 

   でも、そのなんやかんやがあったおかげで私達ちょっと制限あるけど普通に

   ネットでカキコできるようになった(∩´∀`)∩ワーイ

 

   そして、こんな夜遅くに電話かけても穏やかに対応してくれた姉様マジ天使!

 

   ・・・妹様の方には殺されるかと思ったです

 

536: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   お前、こんな駄スレの為に無茶しやがって

 

537: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   もしかして妹様の方怖いの?

 

538:サザナミンC     2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   私はちゃんと会って話した事なかったけど鎮守府に居る姉達から聞いた感じでは

   少し捻くれてるけど基本物静かで面倒見の良い人だとか

   ただ姉様に迷惑かけたりすると信じられないくらい豹変するらしい

 

   てか豹変した。

 

   電話の前に正座したのも初めてなら受話器に向かって土下座したのも今日が

   初めてです(遠い目

   姉様がとりなしてくれなかったら私轟沈してたかもしんない

 

   姉様マジ女神

 

539: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

    (((( ;゚д゚))))ヤベェ

 

540: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   この写真どっちが姉様でどっちが妹様なんだ!?

   俺舞鶴民なんだぞ!?

   間違えたらアウトじゃねえか!!

 

541: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   来月、舞鶴に鬼の山城が降臨する・・・!!

 

542: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   もうだめだぁ・・・おしまいだぁ・・・orz

 

543: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   誰か今すぐメガネ73号を読んでこい!!

 

・・・

 

700: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   そんじゃ質問コーナー終わり!!

 

   あと少しでお煎餅で口をぱさぱさにするだけの夜勤待機が終わるー♪

   お風呂だ! ベッドだ!! いやほぉい!!

 

701: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   乙カレー

 

   てんりうちゃんが付けてたの眼帯じゃなくて新型レーダーだたのか

   怪我したわけじゃなかったのなら良かったっす。

 

702: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   もうすぐ夜明けなのにテンション高ぇなおい

 

   何人かの艦娘がメガネかけてる理由に俺氏困惑

   右5.0右5.5の乱視とか流石に嘘だろ、眼鏡いらねぇじゃん

    

703: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   そう言えば鎮守府に帰るって言ってたけど何で?

   サザナミンも敷島様達みたいに義務教育終わってない艦娘なん?

 

704: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   満足に教育を与えず艦娘に徹夜を強いる鎮守府のヤミがここにも?

 

705:サザナミンC     2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

    (ヾノ・∀・`)ナイナイ

 

   私はちゃんと学科も実習も基本単位は全部、ついでに高卒認定も取った

   来年は大卒資格も取る予定。

 

   >>703

   なんか、もうすぐ鎮守府から結構な人数が遠征出るからその再編成の一環で

   戻る事になったっぽい?

 

   全く司令部の連中は命令書一枚で好き勝手やってくれるわー(棒

 

706: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   どっちにしてもブラックで草枯れる

 

707: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   結構な人数が出かけるってどこに?何しに?

 

708: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   どこに何人行くかは禁則事項です♪

 

   と言うか私も詳しく知らない

 

   噂では鎮守府で優秀だけど問題ばっか起こす二人の指揮官が任務中に秋刀魚

   釣って食べてたとか?

   それにキレた上層部がその二人に出張命じたって事ぐらい?

 

   んで、その二人前から色々やらかし過ぎてて基地司令部と滅茶苦茶仲悪いの。

   だから上の連中隙あらば狙ってたんじゃね?って言うのが大半の艦娘の予想。

 

   で、二人の指揮下にいる艦娘が遠征に出かけるせいでごっそり鎮守府の

   戦力減るらしいっすねw

 

   鎮守府の艦娘指揮官さん達涙目w

 

   ちなみに私の姉曰く「とても大きく美味しい秋刀魚でした」ってさ、裏山c!

 

709: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

    ( ゚Å゚;)どう言う事なの

 

710: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   部外者でも分かるぐらい笑い事じゃない話なのに草生やすな!!

   もしかして今年の秋刀魚がやたら高かったのそいつらのせいか!?

   て言うかお前の姉ちゃんも共犯なのかよ!?

 

711: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   それじゃ、お休みなさい!!

   あと二十分、交代の子達への申し送りが終わったら

   待ちに待ったグッドナイトだぁ!!

 

712: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   もう朝だぞこんちきしょう!!

   どこからツッコミ入れればいいかわかんねぇ!!

 

713: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   話はまだ終わってないぞ!

   最後の最後に爆弾投げて逃げるな!!

 

714: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   ヤツを今すぐデュエルで拘束しろ!! 逃がすな!!

 

715:サザナミンC     2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   嘘だ

 

716: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   ? 寝ないの?

   ネタ塗れな奴らはほっといて良いのよ?

 

717: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   出動 なnで?

 

718: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

 

719: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

 

720: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

 

721: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   どうした、なんで空白連投?

 

722: サザナミンC    2016/10/16 ID:t0r1umxi

 

   またたk縞み釣りょなのになんで九なんだすn

 

723: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   いや、ホント何!?

 

724: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   応答しろ! 応答しろ!? サザナミン!!

   サザナミーン!?

 

724: 艦娘板に住む名無し 2016/10/16 ID:xxxxxxxx

 

   また、たけしま?

 

   ・・・あっ(察し)

 




 

次回 第五章


【She came back】


開幕

 


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第五章
第百六話


 
最近、加賀さんの改二が来るとか言う噂が聞こえてきたんですけどホントですかね?

試製カタパルトぉ・・・。

いや、だからなんだって話なんですが。

それじゃ。

第五章、始まるよ。

 


 後悔先に立たず、覆水盆に返らず、全ては言い訳のしようがない身から出た錆。

 

 そんな今更な事を考えながら蒸れた潮風の中、ザアザアと波がさざめく海と白い雲が流れていく空をぼんやりと眺める。

 

 日本はもうすぐ冬だと言うのに亜熱帯気候に入った護衛艦の上は晴天の空から降り注ぐ陽の光で満遍なく熱され、このまま吹きつける風を浴び続ければ明日の朝には干物になってしまうんじゃないかとしょうもない事を妄想してしまう。

 

「これは、想像以上に熱い・・・な」

 

 甲板の金属部分で卵が焼けそうな太陽光の中で上着に袖を通すのは億劫だが厚みのある白い布地は光の熱を受け流し無駄な日焼けを防いでくれる。

 

「提督、大丈夫?」

 

 くれてはいるのだが、やせ我慢をしていても熱いモノは熱いと言う事実は変わらず顔から滴る汗と共に呻くような弱音がつい漏れてしまい。

 それに耳ざとく反応して俺の隣に立っている少女が振り向き、赤いリボンで結われた三つ編みがセーラー服の襟で揺れた。

 

「時雨の方こそどうなんだ?」

 

 俺を心配する言葉をかけてきた船の船尾へと流れていく白波を背にこちらに振り返った駆逐艦娘、時雨の姿は烏羽の様な艶のある黒髪だけでなく身に着けているセーラー服まで黒色かそれに近い。

 その色合いは真夏のそれに匹敵する直射日光の下で俺以上に熱を集めてしまうはずなのだが、本人は涼しげな顔を返事代わりに小首を傾げ海上自衛隊所属の護衛艦【はつゆき】の甲板に立っている。

 

「もしかして艦娘の障壁は寒さだけじゃなくて熱さも防ぐのか?」

「ううん、僕の感覚では大した差はないんじゃないかな・・・」

 

 頭一つ分低い位置から俺を見上げる碧い瞳に空から降り注ぐ日光に対する不快感は無い上にその身体は彼女達が障壁を使う際に纏う光粒は見えず、それは今の時雨が様々な場面で便利さを発揮する不可視の防壁を展開していない事を意味している。

 そう言う意味では俺と同じ直射日光の中に居るのに汗一つ見えない時雨の様子に言い方は悪くなるが彼女が人工的に作られた艦娘(超人)である事を改めて実感させられてしまう。

 

「それより、提督、熱いならやっぱり待機所に戻るべきだよ」

「確かに空調の効いた部屋は魅力的だけど色々と・・・何と言うか他の隊員に引きこもりを見る様な目で見られるのはどうにもなぁ」

 

 ただ俺を心配する声にこもった感情が本物なのは間違いない。

 

 俺が時雨と出会ってから多くの言葉を交わし、ねだられて手を繋ぎ並んで同じ景色を見てきた四年。

 時に子供っぽい理由で機嫌を損ねてたり、時に大人びた顔を見せて成長している事を実感させる時雨の姿は紛れも無く自然な時間の中にいる人間と同じモノだった。

 

 要は彼女達の生まれ持った特殊性に俺の鎮守府にやってくるまでに積み上げてきた常識がズレを感じているだけの事。

 そして、改めて考えるまでも無く俺は明らかに常人ではない彼女の片鱗を見た後ですらそっと身体に触れてくる時雨の手にもう違和感を感じなくなっている。

 

「いつ深海棲艦が現れるか分からないんだし出撃に備えて万全を整えるのは僕らの指揮官として当然の事だと思うよ?」

 

 広い広い大海原を走る最新型に乗せ換えられた索敵装備の出力を全開にしている護衛艦、本来の整備計画では数年前に退役し解体を予定されたのだが深海棲艦の出現から今日まで運用できる艦が一隻でも必要だからという理由でこの船は延命の決定と共に小笠原諸島奪還任務に投入された。

 更にその後、硫黄島の駐留部隊の海上基地と化していた状態から急遽本土に呼び戻され艦娘の運用に適した再改装を受けた数奇な艦歴を経た艦艇、俺達が立っているのはその護衛艦【はつゆき】の後部デッキに増設された艦娘部隊出撃用の昇降エレベーターの前。

 

「それに後ろめたさはともかく、せめて水分補給ぐらいはしないとさ」

「それは、まぁ、そうなんだが・・・」

 

 煮え切らない態度だとは自分でも分かっているが俺の腰の辺りをトストスと軽く押す程度の催促では何時敵が現れるか分からない海路を進み警戒態勢を敷いているピリピリとした雰囲気の艦内に戻ってお茶を手に暇人に戻る事に、はい分かりましたと頷くのは具合が悪くなる。

 

「でしょ? なら」

 

 何がと言うならば・・・主に俺の胃の辺りが、だ。

 

「でもなぁ・・・」

「なんだか今日の提督は聞かん坊だね」

 

 こう見えても防衛大時代には護衛艦乗員の見習いをやっていた経験があるのだから艦長から雑務の一つでも貰えるなら喜んで協力心づもりがあるだが、どうにも俺の特務二佐と言う肩書は彼らにとって扱い辛い存在でしかないらしい。

 下手な雑務で出撃に遅れ取り返しのつかない事になるよりは俺を乗員ではなくお客さんにしておくと言う艦長達の考えは分からなくもないし、頭では自分の任務内容に何ら恥じる事など無いと理解しているのだが。

 客観的に見ると見目麗しい艦娘達に囲まれてのんびりとしていると言う状態は熱気の充満する艦内で今も忙しなく働いている男女問わず全て隊員から顰蹙(ひんしゅく)をまとめ買いしている様なものなのだ。

 

「それに、ほら三隈とイムヤも心配してるよ」

 

 そんな事を考えていたらさっきよりも少し強く時雨が緩く握った手で俺の脇をトントンと突く様に押して身体の向きを変えさせ、その青い瞳が示す先で艦内に通じる入り口の一つに水筒とタオルを持ってこちらの様子を窺っている重巡と潜水艦が心配そうな顔が見えた。

 頭の中でいつでも出撃できるように海上に通じるエレベーターを眺めると言う不毛な言い訳を続けるには申し訳なさの方がとうとう勝り、自分の顔が俺の意志とは別にバツの悪そうな表情を浮かべてしまう。

 

「せめて日陰に入ろうよ、流石に僕も熱くなってきたし・・・提督が倒れちゃうのは嫌だよ」

 

 上目遣いにこちらを見上げる時雨の我儘な子供に歩み寄りなだめる様な言葉遣いにこれではどちらが年上なのか、と声に出さずに頭の中だけで呟く。

 だが時雨達が心配するのももっともな話、深海棲艦に対抗できる存在が俺とその指揮下に居る14人の艦娘達だけという現状ではいざと言う時に彼女達の安全装置を解除できる指揮官が熱中症で戦えませんなんて事になれば本当の意味で俺は役立たずだ。

 

「はぁ・・・ここにいるのが俺じゃなくて義男だったなら待機所で昼寝でもするんだろうな・・・」

 

 司令部の連中は何でもう一組の指揮官と艦隊を用意しなかったのか。

 艦隊の人数を二人分減らされただけでなく今回作戦の為にと推薦された艦娘達を受け入れる為に慣れ親しんだ六人のメンバーに艦隊から離れてもらう事にまでなった身としては十人以上の一艦隊よりも五~六人の二組で交代制を組む方がよっぽど防衛効率は高いと声を大にして言いたい。

 不機嫌そうな顔だったが不承不承頷いてくれたならまだマシな方で「置いていかないでください」と泣き出し縋りついてきた艦娘を慰め、必死に頭を下げ説得した俺は自分とその部下を振り回してくれている一枚の命令書を脳裏に思い浮かべてうんざりする。

 

「だね、中村二佐は提督と違って物事を割り切るのが得意な人だし」

 

 そんな時、物思いに耽っていた俺の腰へ行われていた連続攻撃(猫パンチ)が終わり、かと思えば今度はクイクイと控えめな力で(手加減しながら)俺の白袖を引っ張る時雨の説得にこれでは本当に意地を張っている自分の方が子供みたいじゃないかと小さくため息を吐く。

 

「でも、僕は嫌な事をほったらかしにしちゃうあの人よりも・・・悩みながらでもゆっくりでも、一つ一つに向かい合って頑張る提督の方が好きだよ」

「分かったよ、俺の負けだ」

 

 抵抗を止めた俺の手を引っ張り三隈達が居る日陰へと向かう時雨の屈託のない微笑みと全幅の信頼にむず痒い気恥ずかしさを感じ、それを誤魔化す様に頭の上から制帽を取った俺はそのまま帽子を扇ぐ様に振って髪の中に溜まった熱と湿気を払う。

 そして、時雨に手を引かれるまま俺を心配してくれていた三隈とイムヤから水筒とタオルを受け取りお礼の言葉を返していたら近くに通りかかったらしい隊員が少しうんざりとした様な表情を浮かべ。

 

 そのすぐ後に下士官の彼は姿勢を正しこちらへ敬礼をしてから素早くその場で回れ右して去っていった。

 

「別に立ち塞がってるわけじゃないんだけどなぁ・・・」

「でも、あれって提督だけじゃなく僕らにもみたいなんだ、もしかして中村二佐達がこの船でも何かやったのかもしれないね?」

 

 航海科の一員らしい彼のまるで触らぬ神に祟りなしとばかりな態度に口をへの字にしている三隈を宥めつつ少し気落ちした呟きを漏らすと時雨が義男から何か聞いてないかと聞かれ、俺は問題ばかり起こす悪友の普段からの言動を改めて思い浮かべる。

 

「確かに義男から【はつゆき】や硫黄島での話は聞いたが正直、言う事全てが大袈裟過ぎてどこまで本当なんだかな」

 

 嘘、大袈裟、紛らわしいと言う言葉を人間の形にしたら中村義男と言う男が完成するんじゃないか、と思っていた時期もあるぐらいにアイツの言動は一つ残らず信用できない。

 ただ、人としてやっちゃいけない事だけはやらないと言う判断基準、それと身内と情に厚い性格は素直に信頼しているし、追い詰められた時に発揮する諦めの悪さで何時だって目の前に立ちふさがる問題を乗り越える姿は俺が義男を羨ましいと思ってしまう数少ない部分。

 

「提督、中村二佐と幼馴染なのに分からないの?」

「俺にだって分からない事ぐらいある、と言うかアイツの思考回路は十年経っても分からないとこだらけだな」

 

 そんな積み重ねてきた経験則からプラスとマイナスの落差が激しい事ばかりやる義男の行動に付き合う場合、その口から垂れ流される言葉の半分ないし八割は嘘を言っていると考えて突拍子もない事を始めたと同時に反応出来るよう近くで睨みを利かせる必要がある事は分かった。

 だから、その監視が不可能だった以上はその法螺吹き男が小笠原に居た時にやった事を本人の口から聞いたとしてもその語る言葉の虚実を選り分ける事など俺を含め誰であっても出来ない事だ、と断言できる。

 

「どうせ碌でもない事をやったんだろうが、まぁ、少なくとも俺達にとって悪い事にはならないだろうさ」

 

 甲板への出入り口でこのまま立ち止まっていたらまた先程の彼と同じ様な慇懃かつ苦々しい顔を向けられる事になる、と肩を竦めてから三隈達の肩を軽く押す様に自分達の待機所となっている船室へ向かって歩き始め。

 

「そうかな・・・だったら良いんだけどね?」

「・・・まだ胃薬に頼る程じゃないさ」

 

 先導する三隈とイムヤの後ろを歩き始めた俺の腕へ時雨が抱き着き、じゃれる様に俺の胸元に頭をくっつけた世話焼きな駆逐艦娘が少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 名も無い海戦によって冷え切った国際情勢から近年久しく行われていない各国の海軍による共同演習の再開の知らせと主催国(アメリカ)からの日本への参加要請。

 軍事力の派遣ではなく国際的な式典への参加、それを建前に隠した是が非でも艦娘をハワイに呼びたいと言う米国が抱えた問題が記された書類(辞令)の文面を思い起こして俺は小さくため息を吐いた。

 

・・・

 

 八月頃から端を発した前代未聞の巨大魚との遭遇とその魚を中心とした騒動が終息したのは十月の初旬、ほぼ半月の間を大秋刀魚との戦いに全力を尽くした田中と中村は揃って基地司令部へと呼び出される事となった。

 

 そして、会議室に二人を呼び付けた上官達は神妙な顔で前置きとして、その巨体を維持する為に大量の餌を貪り一般漁場に多大な被害を与える巨大秋刀魚に対して行った駆除行動が一部に正当性は有れどその作戦行動が彼らに与えられた権限を越えているモノだと判断された事を田中達に伝え。

 

 続いて、あくまでも海洋調査船である那岐那美を利用した事による漁業法への抵触で査問委員会が召集される寸前だった事。

 

 加えて持ち帰った巨大秋刀魚の一部を艦娘酒保に持ち込んで間宮を中心とした非戦闘艦娘に秋刀魚缶を大量生産させ、あまつさえその缶詰によって鎮守府の倉庫を一つ不法占有している事。

 

 同酒保内で安全性が判然としないその缶詰や加工食品(期間限定メニュー)を独断で艦娘達に販売している事。

 

 しかし、その酒保内で司令部の認可を受けずに販売されている商品の購入を求めた職員へは安全性が不明である事を理由に拒否した事。

 

 田中との勝負に負けた中村が外部業者に注文した某駆逐艦の名前が大きく刺繍された大漁旗を公共施設(艦娘酒保)の壁面に自衛隊広報に無断で現在も張り付けている事。

 

 などなど、挙げていけば切りが無い彼らが大サンマ祭りと称する複数の艦娘と研究室までもを巻き込んだ災害派遣任務から派生した数多くの問題を基地司令部の面々は丁寧かつ一つ一つ事細かにたっぷりと嫌味を込めて田中達へ指摘した。

 

 酒保組の艦娘達が作ったと言う秋刀魚の缶詰や刺身の販売に関しては田中の預かり知らぬ寝耳に水ではあったが、中村の口車に乗せられたとは言え自分も規則違反の片棒を担いだ自覚がある青年士官は「我々が庇わなかったら懲戒処分もあり得た」と恩着せがましくドヤ顔をする上官達に苛立ちながら大人しく頭を垂れ反省の言葉を口にする。

 

 そして、現場の判断で勝手な事をやらかした二人の特務士官を囲んで言葉(嫌味)で叩きまくった基地の司令と副指令はその説教の終わりにスッキリした様な良い笑顔でわざわざ庇ってやったのだから拒否を許さないぞ、と上層部から通達されたと言う最優先の辞令とやらを田中と中村に一つずつプレゼントした。

 

「義男は北海道で俺はハワイか・・・一昔前なら観光旅行なんて浮かれた事が言えたんだろうな」

 

 初冬の北海道、常夏のハワイと言えば寒と温の落差はあれど観光地としては共に上の上と言っても過言ではない時代があった程であり観光シーズンとなれば旅客機の満員御礼は当たり前だった。

 2008年、深海棲艦の出現がなければ現在に至るまでその観光客の人数を記すグラフは好調を維持していたであろう事を深海棲艦のいなかった世界(2000年代)を知る転生者は憂鬱そうに懐かしむ。

 

「観光だなんて呑気ね」

 

 ピリピリとした緊張状態の護衛艦【はつゆき】の内部、同艦の食堂と同じサイズを確保された艦娘部隊の待機所で田中は自分の背後で正規空母がぼそりと呟いた言葉に思い出から現実に引き戻されて顔を強張らせる。

 

「加賀さんったらそんなに怖い顔を提督へ向けてはいけないわ」

「そんな事はありません、赤城さん」

 

 甲板に逃げていた田中は時雨の説得で待機所へと戻ってから小一時間、彼はどうして自分がエアコンのきいた部屋から炎天下へと逃げ出していたのか、あまりにも情けない理由である為に時雨にも言えなかった事情を身を以て再確認させられた。

 

「それと・・・立ったままと言うのもなんですし取り敢えず一度座ったらどうですか?」

「いえ、その必要は無いわ」

 

 ストレートロングとサイドポニーと言う髪型の違いはあれど共に淑やかなどこか似通った顔立ち、艦種も同じ為か似たデザインの弓道着を身に着け、更に自分達の原型であった二隻の航空母艦に肖ってか「一航戦」を名乗り大抵の場合は行動を共にしている二人の空母艦娘。

 そんな二人だがそれぞれ纏う雰囲気は対極的と言っても良い程に差があり、短い袴の赤色が妙に目を引く赤城はお煎餅を手に柔和な微笑みを浮かべているが良く見ればその立ち振る舞いは無駄な力の入っていないだけで隙と言える緩みが何一つ無い事が分かる。

 対して青い袴から延びる黒いニーソックスをぴたりと揃えて田中の斜め後ろに微動だにせず立ち彼の背中へ視線を突き刺している加賀は殺気すら感じさせる程に凛とした鋭さを身体全体から放っている。

 

 姉妹艦と言っても過言ではない程に似通った姿ながらも対照的な柔と剛の気質を持つ二人、そして、田中にとって問題なのは比較的安全な赤城ではなくまるで研ぎ澄まされた刃物を思わせる剣呑さを現在進行形で体中から溢れさせている加賀の方であった。

 

「気を張るのは結構な事ですけど、提督をいじめないでいただきたいですわね」

「いじめる? ・・・何を言っているのか意味が分からない」

 

 田中から見て斜め右に座っている三隈が良く冷えたお茶が揺れるコップを手に呆れた様な声をかければ微動だにせず加賀は指揮官の背中から見下ろす様に目線だけを重巡艦娘へとスライドさせる。

 出航から数日、田中は諦観と共に両肘をテーブルについて組んだ手の甲で目元を隠すように頭を乗せ、お世辞にも平和的と言えない語調と共に睨み合う艦娘同士の間に座らされた特務二佐は自分の周りの温度がエアコンの表示よりも大きく下がった様な錯覚に襲われる。

 

(やっぱりこれなら外で我慢してる方がマシだった、胃が、胃が痛い・・・)

 

 田中にとって加賀と赤城は前世を含めれば全く知らない艦娘と言うわけでもないのだが、この世界では廊下でのすれ違いや食堂などで二人揃っているところに出会ったら挨拶される程度のモノで特に接点と言えるものが無い艦娘達だった。

 二人揃って頻繁へ物理的に鎮守府にダメージを与える問題児だが実際に会った時に感じた第一印象では赤城は穏やかで加賀は物静か、と言う語彙力の低い感想しか出てこない程度に薄い関係しかない。

 

(物静かだがゲームと違って冗談の通じる意外にノリの良い艦娘? よりにもよって義男め、吐くならもっとましな嘘にしろ!)

 

 あえて田中自身が気付いた事を挙げるとするならば初対面の時から加賀は一言二言挨拶の言葉は口にすれど、それ以外の会話は全て赤城に任せ彼女の後ろに一歩下がって彼を避けている様な素振りを見せていたと言うぐらいだろうか。

 つまり一航戦の二人にとっては今回の任務への参加を司令部からの推薦を受け彼の艦隊に登録され出航前の【はつゆき】で行われた顔合わせがある意味では田中とのファーストコンタクトだったと言える。

 

「あらまぁ、自分のやってる事が分かっていないなんて」

「分からないわね、それはどう言う意味かしら・・・?」

「なんでこの方、これの自覚がないんですの・・・」

 

 彼女達と交友関係が深い士官と言えば田中ではなく一航戦の二人が師と慕う鳳翔とその指揮官である中村であり、空母師弟が訓練を終えた後に彼のおごりで食事をしていたと言う話は何度か自艦隊での雑談で田中も耳にしていたしデマばかり流す悪友も特に話を脚色する事無く彼女達との談笑を肯定していた。

 

 田中の前世の記憶の中での加賀は基本的に指揮官に対して不愛想で無駄を嫌うセリフが多い艦娘であったが赤城が絡むと途端に遊びやイベントに積極的になったり感情表現が苦手だと告白する事もある良い意味で不器用なキャラクターとして描かれている。

 そして、中村から意外に愛想が良いと言う彼女の人物評を聞いて田中は他にもいる多くの艦娘達と同じ様に加賀がゲームでの性格に近いだけの別人であると思っていた。

 

 それが田中艦隊に登録され出港前に田中の前で赤城と並んで敬礼していた加賀の目はまるで親の仇とでも言う様に彼を睨み、口を開けば威圧するような冷たい声が飛び出てくる態度は前世で知るキャラクターをさらに悪い方向に研ぎ澄ました存在と言っても過言ではなかった。

 それからもう四日、振り向けば何故かいる冷淡かつ鉄面皮を備えた弓道着姿の美女と言う状態に加えて不本意極まる女たらしのニート扱いを他の海自隊員から口並みにモノを言う目に挟まれている青年士官の胃の調子は急降下の一途をたどっている。

 

(・・・龍驤は)

 

 睨み合う加賀と三隈の間から田中は切実な思いを込めた救援要請(アイコンタクト)を待機所の壁沿いに並べられた四台の仮眠用ベッドへと向け。

 その視線の先でベッドに腰かけトランプを手にしていた軽空母は折り畳み椅子を机代わりしている三人の駆逐艦に向かってAとKの二枚(ブラックジャック)を開いて見せてから田中に気付き、助けを求める指揮官へと小さく手の平を横に振る。

 無理言わんといて、と態度で示すある意味では自分と最も仲の良い艦娘の姿に項垂れかけ重くなった頭を何とかベッドが並ぶ壁の反対側へ向け、事務机が置かれた方に向かって田中は救援要請(ハンドシグナル)を送った。

 

(なら、矢矧頼む・・・夕張でも良いっ!)

 

 だが、そこでここ数日の戦闘報告書を作っているらしい阿賀野型三番艦は彼の追い詰められた状態に気付いていながら次の瞬間には呆れ顔を浮かべてポニーテールを左右に振り、その報告書制作を手伝っている軽巡艦娘夕張までもが彼から顔を逸らして白々しい態度で口笛を吹く。

 

(なんでだっ!? 何がどうなってる、僕は加賀に恨まれる様な事をした覚えなんか無いぞ!?)

 

 机を衝動的に叩きたくなる程に動揺する田中の真横、肩が触れあう程近くで将棋を指している時雨も彼の窮地に気付いている様だが龍驤や矢矧達と同じ様に何故か苦笑と共に肩を竦めて見せるだけで助け舟を出す様子はなく。

 

 パチッと小気味のいい音と共に飛車を取った時雨の対戦相手をやっている谷風は横からアレコレと自分の指し手に口出ししてくる磯風を押し退けるのに手いっぱいと言った様子で指揮官の危機に姉妹揃って気付いていない。

 

 テーブルを挟んで田中達の向かい側に座っているイムヤは携帯端末のゲームアプリを操作しながらもひどく不機嫌そうに口を尖らせて加賀と三隈の様子を横目にしているが二人の間に割って入り仲裁するつもりは無さそうであり。

 

 この場で唯一加賀をなだめようとしていた赤城は遂に諦めたのか処置無しとばかりに剣呑な雰囲気を纏った相方の横で眉と肩を落としている。

 

(日振達が居たらもう少し和やかな船旅になっていたんだろうか・・・)

 

 健気で一生懸命な長女とやんちゃで悪戯盛りの次女、諸事情で自分の艦(幼過ぎる容姿を外部に知)隊から離れている(られるわけにはいかない)海防艦娘の姿を脳裏に浮かばせてからすぐに田中は見た目がセーラースモックを着た幼稚園児にしか見えない相手にまで頼ろうとしていると言うあまりにも情けない自分の考えに気付き、自己嫌悪の溜め息を深く深く吐き出した。

 

「・・・調子が悪いようね」

 

 その溜め息を聞いたのか再び背中にかけられた温度を感じない声に、君のおかげでね、とハッキリ言わないものの田中は息を吐ききって空にした肺に気合と共に空気を取り込み辛気臭い溜め息を心機一転の深呼吸に切り替える。

 つまり皆は指揮官ならばこの程度は自分で解決して見せろと言っているのだ、と部下(龍驤)達の態度を解釈した田中は助太刀に頼る事は出来ないと悟り、自分が動かねば何も変わらないとこの自分の胃を苦しめる問題が発生してから四日目にしてやっと重い腰を起こす事にした。

 

「加賀、少し話を良いだろうか?」

 

 そして、椅子から立ち上った田中は後ろを振り向き自分から少し離れた場所に立っている加賀へと向かい合い声をかけると鋭い視線を三隈に向けていた正規空母は一瞬だけ瞠目し、それを誤魔化す様に視線を明後日の方向へと反らして無為に耳の上へ手を伸ばして横髪を整える。

 

「・・・何?」

 

 あえて言うならば動揺と言うべき彼女の一瞬の変化に疑問を感じながらも話を切り出そうとした田中の言葉にその場の艦娘達(※磯風以外)が何故か妙に期待感の篭った視線を向け。

 

「何と言うか、俺は君に・・・」

 

 しかし、彼の話は途中で護衛艦内に鳴り響いた唐突なサイレンによって妨害された。

 

 やっと加賀と向かい合う気になったのか、と指揮官の遅い決心に苦笑を浮かべていた田中艦隊のメンバーが狙いすました様なタイミングで待機所のスピーカーから響く深海棲艦出現の知らせにある者は顔を引きつらせ、ある者は呻いて額を押さえる。

 

「出撃編成は夕張、島風、五月雨、雪風、念のため谷風と磯風も来てくれるか!?」

 

 そんな良く分からない反応をしている仲間達の姿に首を傾げつつも敵の艦種と数を知らせる放送にすぐさま反応した指揮官が自らの職務を果たす為に仕事モードに変わった声を腹から響かせた。

 

「がってん、谷風にお任せだよ!」

「うむ、この磯風の実力を見せてやろう!」

 

 時雨に将棋盤の上で王手をかけられていた陽炎型の二人が指揮官の号令にいち早く反応し、そして、その二人に少し遅れて自分達がやっていた作業を中断した他の四人も田中へと了解の返事して立ち上る。

 

「あの提督・・・話とは」

「俺から話しかけておいてすまないが、それは帰還した後にさせてくれ」

「航空部隊の必要は」

「放送を聞いただろう? 潜水艦を相手にするなら水雷戦隊が最適、だが、もしもの時の為に出撃できる状態で待機していてくれ」

 

 敵艦の数は少ないと言うのが【はつゆき】のCIC(戦闘指揮所)からの連絡だが深海棲艦との戦闘はどんなに自分達が有利に感じても油断すれば痛手を被ると知っている田中はついさっきまで恐れていた鉄面皮の空母へ面と向かってはきはきと喋りながら自分の椅子に掛けていた上着を掴んで翻すように袖を通す。

 

「龍驤、出撃メンバーの連絡を指揮所に頼む!」

 

 龍驤の気の抜けた返事を背に受けて颯爽と服装を整え制帽を目深に被った田中は足早に廊下へ向かい、その去っていく背に加賀が手を伸ばすが白い制服に触れるわけもなく指先が震え、その空母の掠れた呼ぶ声とぎこちない動きに気付く事なく指揮官は艦娘部隊の待機所を出ていく。

 

「・・・ぁ、提・・・督・・・

 

 片手を出入口に向けたまま固まってしまった青い空母艦娘へ出撃メンバーに選ばれた四人が非常に複雑な表情を向けつつ田中の後を追い、最後尾の夕張が出口で立ち止まり振り向いて口の動きだけで「すぐに終わらせて戻ってくるから」と加賀に伝え田中達に置いて行かれない様に小走りで廊下の方へと消えた。

 

 艦娘部隊の出撃要請とサイレンは止まったが部屋の外からはマナ粒子の散布開始や艦を保護する為の障壁を起動させる為に走る乗員達の騒がしさが聞こえてくる。

 

 だが出撃メンバーに選ばれず控えとして待機を続行する事となった艦娘達が集まる待機所の空気は外の熱気と反比例して加賀を中心に重く沈み妙な沈黙が充満していく。

 

「ふ、ふふ・・・」

 

 その沈黙の中で陰鬱な声色の笑いが漏れ、数秒前まで無表情だった加賀が口元に薄く笑みを浮かべ。

 

「加賀さん・・・」

「赤城さん、・・・また、またやってしまいました」

 

 自分の名を呼んだ赤城へと油の切れた機械の様にぎこちない動きで首を動かし振り向いた自嘲の薄ら笑いをしている加賀の瞳が氷の様に冷えた色から水面の様に揺らぎに変わっていき、その目尻に小さく涙が蛍光灯の光できらめいた。

 

「加賀さん、なんで・・・これだけ皆さんに場を整えて貰ったのに、ちゃんと提督とお話が出来ないんですか・・・」

「もぉ・・・あんなに必死に頼むから協力して差し上げたと言うのに」

 

 空になったコップを指揮官が去った後のテーブルへと置いた三隈の呆れ声を切っ掛けにストンと直立不動だった加賀の身体が床に座り込み床に向かって項垂れるサイドテールへと憐憫の視線が集まった。

 




田中艦隊 in トリアージ
(注意・下に行く程手遅れ)

【白】優しい年上のお兄ちゃん。
 例・大東、雪風…etc

【緑】ふとした時にドキっとさせられる気になる人。
 例・矢矧、夕張…etc

【黄】恋心の自覚症状がある。
 例・三隈、伊168…etc

【赤】将来は家族になりたいと思っている。
 例・龍驤 時雨

【黒】私は貴方に心奪われた……この気持ち、まさしく愛だ!!
 例・金剛、伊勢 “加賀

 なお、時間が経てば経つほど安全な患者も手遅れになるかもしれないので提督による適切な対応が必要となります。

 ところで時雨はどこにいると思います?
 


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第百七話

 
空母艦娘、赤城と加賀。

この二人の実力はほぼ互角。

だが、加賀がその性能(魅力)を最大限まで発揮するには一つ欠けているモノがある。

提督との会話をスムーズに行う為のコミュ力だ。



(ライバル達に)勝てるかどうかは本人次第。
 


 赤城は自分が一度深海棲艦に沈められ再生された二人目であると言う意識はない。

 だが今の自分が水底から引っ張り上げられ多くの輝きと共に見上げた太陽の輝く青空だけは鮮明に思い出せた。

 

 そして、鳴り響くブザーに微睡んでいた意識を起こされ排水を始めた水槽の中から新しい身体と共に転げ出した復活の日。

 水を滴らせ顔に張り付く前髪越しに見えた奇しくも自分と同じ日に復活を遂げて床に倒れ込んだもう一人の艦娘の姿もまた今の赤城にとっては忘れられない思い出になっている。

 

 その日から赤城と加賀は同期として同じ釜の飯を食べ、同じ師の元で空母艦娘の戦い方を学び(扱き倒され)励まし合う戦友となり、同艦種として切磋琢磨してきた自分の隣に並び立つべき好敵手になった。

 

 演習では駆逐軽巡へ大人げない絨毯爆撃をしかけ、矢尽き弓折れても怯まず戦艦にすら蹴りを叩き込む相棒。

 

 時に食堂でお互いの皿からおかずを取り合ったり、時に二人で荒稼ぎした戦果(コイン)で随伴や後輩の子達へ大盤振る舞いする友人。 

 

 限定スイーツを買えなかった艦娘の前で見せつける様に食べ、他の艦娘が順番待ちをしているシミュレーターゲームで掟破りの連コインを敢行する悪友。

 

 訓練と実戦を経て赤城にとって加賀は遊びにも戦いにも手を抜かない、物静かながらも太々しい、だけど時々愛嬌のある無二の親友と言える存在となった。

 

 そんな加賀が意気消沈して床に座り込み「うーうー」と悔しさかはたまた悲しみか、言葉にならない思いを漏らしている様子に赤城は恥ずかしいやら情けないやらで自分の顔が赤くなっていく様な気がしてくる。

 

 周りからは表情が乏しいと言われるがクレイドルから目覚めてから姉妹艦並みに加賀と生活を共にしている赤城には彼女がそこいらの艦娘よりも感情表現豊かである事を知っている。

 

 そして、それがさらに顕著になったのは鎮守府の食堂勤めの補給艦を説き伏せ作ってもらった通常の二倍量の親子丼を二人で平らげ機嫌良く「酒保でデザートでもどうかしら」「いいですね」と談笑しながら道を歩いていた日の事。

 

 艦娘達の話題に出る事が多い為に名前は知っていたが赤城と加賀はそれまで顔を合わせる事はなかった特務士官、その日は工廠に保管されていた装備を盗んだと言う戦艦姉妹を探し回っていた田中良介と偶然に出会う。

 

 その直後、今までどんな強面の士官や血気盛んな男達と会っても動揺する事無く堂々としていた加賀がその青年士官を見た途端に恥じらう様に赤城の背に隠れてしまい。

 しかし、自分の背に隠れながらも彼へと視線をチラチラ向ける初々しいいじらしさに姉妹艦で無くとも加賀の表情変化に誰よりも詳しくなっていた赤城は全てを察して微笑んだ。

 

 その時は相方が自らに相応しいと思える提督を見付けた事を素直に祝福出来ていたのだが、その後に発覚した加賀が生まれ持っていた残念極まる性質を侮っていた事を赤城は心の底から思い知らされる事になり。

 こんな事なら田中艦隊に編入される前、田中の顔を見る度に恥ずかしがって自分の後ろに隠れ声と表情を固まらせる加賀を甘やかさず彼の前に突き出し(千尋の谷に落とし)

 事態がここまで悪化する前にせめて日常会話は出来るぐらいには(田中)に慣れさせておくべきだった、と赤城は少し前の自分の楽観(慢心)を悔いていた。

 

 司令部からの田中艦隊への推薦を絶対に勝ち取って見せると気分を高揚させていた加賀に協力し挑んだ実戦形式の試験、他の候補だった二航戦(飛龍&蒼龍)五航戦(翔鶴&瑞鶴)を叩きのめすよりも先に自分にはやるべき事があったのではないか。

 

 そう思わずにはいられない(現実から逃避し始めた)赤城は遠い目を無為に待機所の壁へと向ける。

 

「なんて言うか、その・・・加賀って、金剛とは違った方向に大変だね」

 

 部屋の外から聞こえてくる喧騒から切り離された様に重い空気の中、なんともコメントに困ると言う顔をしている時雨が何とか言葉を選んだようだが何一つフォローとしての効果を発揮しないセリフを口にして、その言葉で赤城は過去の後悔から困難な現在に引き戻された。

 

 そんな思い悩む赤城の心を知らず、護衛艦【はつゆき】の艦娘部隊の待機所の床の上で人目もはばからず膝を抱え三角座りしてしまった弓道着姿の空母艦娘がぐずる子供の様な呻きをまだ漏らし続けている。

 

「そもそも、あんな態度で提督と仲良くなりたいだなんて、信じろと言う方が無理ですの」

 

 時雨が気を使って空気を和らげようとする努力を知った事かとでも言う様に三隈が呆れ顔で椅子の背もたれを軋ませ、同じテーブルに座っている伊168もが重巡艦娘に同意する様に深く頷く。

 艦娘は本能的に艦隊を組む、つまりは群れを作る性質を持っている為に新しい仲間を簡単に受け入れる事が出来る上に艦隊の人数(戦力)は多ければ多いほど良いと積極的な考えを持つ者も少なくない。

 

 だが、その集団になりたがる本能は指揮官と親密になりたいと考えているライバルが増える事を喜ぶ事とはイコールにならない。

 

「と言うか、三隈がわざわざ貴女の態度がまたおかしくなっていると注意して差し上げたと言うのに、何を言っているのか意味が分からない、なんて普通に失礼ではありません?」

「だって、・・・私が提督をいじめているなんて的違いな事を言うから・・・」

「あれはそんな意味で言ったのではありませんわ・・・はぁ、なんで自分があんな状態になってるのを自覚できないんですの」

 

 とは言え必死に頭を下げて頼み込まれれば無下にするわけにはいかない、と持ち前の正々堂々とした(貞淑な乙女)気質からライバルに塩を送らなければならなかった三隈は自分の想像以上に加賀が抱えていた性質が重度だった事に不愉快さよりも同情が芽生えそうになり、自らの指揮官が良くやる仕草を真似して額に手を当てて溜め息を吐いた。

 

「そう言えば確か金剛の時もそうだったわよね・・・」

「あっちはもう開き直ってもうたみたいやけどな~・・・ちゅうか、戦艦共はなんで土下座のすぐ後にドヤ顔出来んねん、使えるもんは何でも使うとか頼りに来た相手の前で言う事ちゃうやろ

 

 書類への記入を終えペンの尻を顎に添えて事務机から顔を上げた矢矧が方向性は真逆であるが現在の加賀と同じ性格の変貌(キャラ崩壊)を起こす仲間の名前を出せば伸びをしながら座っていたベッドに背中から倒れた龍驤が脅しと泣き落としを同時に自分へ仕掛けてきた強かな戦艦を頭に思い浮かべてうんざりとした顔で愚痴をこぼした。

 プレイヤー(雪風と島風)が二人出撃した事でやる気を失ったディーラー(龍驤)の姿に白髪の特型駆逐艦が合計で24になる(バーストしている)手札を場に出さずに済んだ事に一息つきながらカードを山札に戻してトランプを片付ける。

 

「確かに金剛の方は一応自覚があったみたいだけど、それでも提督の前に居る時の様子をビデオに撮って見せたら凄く驚いてたね」

 

 陽気なエセ外国人が映るテレビ画面を前にぽかんとした顔で「提督の前の私、こんなに酷いんですか?」と狼狽え戸惑う金剛の姿を思い出して微笑む時雨が将棋盤の相手側から取った玉将を手のひらの上で転がす。

 

「協力していただいたと言うのに迷惑をかけてしまって、皆さん、本当に申し訳ありません・・・」

 

 ここにいない戦艦娘の話が交わされる指揮官を含めた15人から8人に減った室内で床に座り込んでしまった相方に寄り添いしゃがみその肩に手を掛けた赤城が憂いを宿した表情で加賀に代わって周囲への謝罪を口にする。

 

「あ、赤城さんが謝る事では・・・私が悪いんです、私がちゃんと話す事が出来ていればっ」

「それよりも、やはり加賀さんの言いたい事を代わりに私が提督に伝えるべきではありませんか?」

「いえ、それは・・・赤城さんの手を煩わせる事無く、ちゃんと次こそは必ず私が自分で提督にっ!」

 

 共に一航戦を名乗る赤城がまるで自分の事の様に謝る声に膝から顔を上げた加賀は自らのミスで罪の無い友に頭を下げさせてしまった後悔と申し訳なさに顔を歪め不安を感じさせる声色ながら決心を表明した。

 

「もしくは手紙か何かに書いて渡すとか」

「それは・・・その、恥ずかしいえ! 一度成すと決めたからには安易な手段に逃げるわけにはいかないわ、赤城さん!」

「・・・あらら」

 

 私事に赤城や他の艦娘の手を借りるのは栄光の一航戦として格好がつかないと言うのが彼女の言い分。

 

 だが、この代理や恋文を利用する案の話を加賀が赤城や他のメンバーから受けた回数を合わせるともう二十を越えており。

 実際にはその程度の事(提督との会話)にすら難儀する様な艦娘だと田中に思われ幻滅されるかもしれないと加賀が勝手に恐れているだけの事である。

 

「加賀さん・・・」

「・・・なに、かしら?」

 

 そんな助け合い精神を発揮している空母達へいつの間にか近寄っていた銀糸の様にきらめく白髪の駆逐艦娘が二人を見下ろし、曇りのない琥珀色の瞳が意気消沈した不安を僅かに覗かせている顔の加賀を映す。

 

「叢雲?」

 

 特型駆逐艦娘の一人である叢雲が良く言えば几帳面で意志が強い、悪い言い方では気位の高い高飛車な性格の艦娘であると耳に挟んでいた赤城は手痛い言葉による攻撃が加賀を襲うのではないかと慄き、弱っている自分の相方の肩を守る様に抱いた。

 

「司令官を見る時は正面でも背中からでも体全体じゃなくてどこか一部へ集中した方が良いわ」

「へ・・・?」

「それと真近くで向かい合う時には下手に顔を逸らすよりも逃げずに目を合わせていた方が逆に落ち着くから試してみて」

 

 何を言われたか分からない加賀が呆けた顔をするのも気にせず叢雲は彼女の目の前に片膝を着いて黒いニーソックスに包まれた膝を抱えている手を取って両手で握る。

 

「喋る時には一呼吸おいて自分が考えている言葉の数と実際に喋った数の差を比べる事を心掛ける」

 

 まるで励ますように。

 

「・・・まさか、貴女」

「それで言った数が考えてた言葉と明らかに合わない時はもう一度ゆっくり繰り返せば二回目はちゃんと考えた通りに喋れると思う」

 

 わざわざ自分と目線を合わせて真摯な態度で声をかけてきた駆逐艦の言葉が田中と話す時に使うべきアドバイスであると気付いた空母は目をいっぱいに見開き驚きに口を半開きにしてしまう。

 

「正直に言ってライバルが増えると思うと教えるべきか迷ってた、でも、私と同じ悩みを抱えている人をこれ以上放っておけるわけないわよ」

 

 そんな加賀の姿に苦笑を浮かべ肩を竦めて見せた叢雲は唖然としている空母の手を温める様に包み、彼女の言いたい事に気付いた驚きに震えている空母へとそれを肯定する様に駆逐艦娘は頷いて見せた。

 

「って・・・まさか叢雲()だったの!?」

「ぁー、たまに何か言いたそうに司令官や私を睨んでくるあれってそう言う事だったわけね」

 

 矢矧が驚きで椅子から立ち上がり声を上げる姿とは対照的に何か心当たりがあるらしい伊168は持っていた携帯端末をスリープさせ呆れ声と共にテーブルに落とす。

 

「言いたい事があるなら気にせず言っちゃえばいいのにまどろっこしい」

「そんなの言えるわけないでしょ!?」

 

 そして、何気ない潜水艦の言葉に振り返り悔しそうに表情を歪めた駆逐艦の大声が待機所に一際大きく響いた。

 

「私の場合は勝手に司令官へ憎まれ口を叩きそうになるから・・・そんな事したら絶対あの人に嫌われちゃう」

「それってもしかして中村さんのとこの霞みたいな感じ?」

 

 突然の大声に驚かされ椅子の上で仰け反った伊168が直後に弱弱しい声を漏らした叢雲へと問いかければまた銀糸の髪が肯定する様に縦に揺れる。

 

「あら? でも叢雲がイムヤにならともかく、提督に向かってそんな事をした事ありましたかしら?」

「もしそうだとしてもそう言うのって自分では分からない場合が多いんじゃなかったっけ?」

 

 沈痛な表情で加賀と赤城の前に座った叢雲の言葉に彼女が艦隊に所属する前から田中良介の指揮下に居るメンバーは揃って首を傾げ自分の記憶を確かめてみる。

 だが伊168の様に心当たりは見つからず全員揃って叢雲の告白の方が間違っている若しくは彼女自身が何かを勘違いしているのではないか、と困惑に眉を寄せた。

 

「司令官に会う前に吹雪から聞いてたのよ、駆逐艦叢雲は指揮官に向かって素直に喋れない性格の艦娘だって、聞いた時には信じられなかったけど・・・それを聞いてたお陰でギリギリ踏み止まれたと言うか、何と言うか・・・」

 

 だらけ癖のある姉や仲間をうんざりさせるぐらいには自分の気性が荒いお節介焼きだと言う事は理解していた叢雲だが、特型姉妹の長女が自分の指揮官から聞いたと言う別の世界の駆逐艦叢雲(ツンデレ艦娘)の話には半信半疑だった。

 しかし、ある日、鎮守府の食堂で遠目にだが田中の姿を初めて見た瞬間に感じた言葉に出来ないどうしようもなく心惹かれる感覚と胸の内から溢れた「なんだか優しそうで支えてあげたくなる人ね」と呟いた筈の言葉に叢雲は絶句させられる事になる。

 

「だから、司令官の前ではそんな事言わない様に全力で気を付けているの」

 

 とは言え、その時に同じテーブルで夕食を取っていた姉妹達が驚きながら彼女に向かい「何でいきなり「なんだかナヨナヨしてて頼りなさそうな男ね」なんて言ったんだ?」と聞き返さなかったら自分の頭の中で思った言葉が口から出た瞬間に絶妙に攻撃的なセリフに変わっている事に叢雲は気付けなかっただろう。

 

「なにそれ、無理して我慢するぐらいなら霞みたいに素直になっちゃえばいいのに」

「それ絶対嫌われるだけじゃない! 私の司令官はあの遊び人みたいな無神経じゃないわよ!」

 

 指揮官に出会った当初から憎まれ口と言うよりはもう暴言と言うべきレベルのセリフを大っぴらに連発している朝潮型の霞が他の艦娘の前では和やかにしゃべる姿はそのギャップの強さから駆逐艦の霞は二人いるんじゃないかと言う変な噂が流れる程であり。

 中村艦隊から何度か外されたり別艦隊に異動した事はあれどその度にあらゆる手段を用いて遊び人の尻を蹴り飛ばしに(中村義男の下へと)必ず戻ってくる不屈の精神を見習うぐらいなら初めから嫌われない様に立ち回る方が賢いと叢雲は主張する。

 

「む~、だからって私が司令官に抱き着いただけで睨むのは止めてよね、あんなのただのスキンシップじゃない」

「へぇ・・・それがしたくても出来ない私によくもそんな事が言えるわね?」

 

 無自覚な挑発をする赤髪の潜水艦へと額に青筋を浮かべた白髪の駆逐艦が振り返り、興味無さげで不愉快そうな顔と今にも相手に噛みつきそうな表情、その二人の間には視線を逸らした方が負けとでも言う様な動物的な苛立ちが湧き上がり。

 相手に対するライバル心が際立っていく事を知らせる様に風もないのにザワリと二人の艦娘の髪とセーラー服の布地が揺れ動き、その身体から煙の様に湧き立った輝く光の粒が空気の中を泳ぎ流動する。

 

「アホか、何やっとんねん、なっ!」

「ふ、きゅぅっ!?」

「ったく、暴れるんやったら海でやれっちゅうねん」

 

 見る間に光弾を手の平に作り出し乱闘を始めそうな程の緊張状態になった叢雲と伊168だったが時と場所を考えずに艦隊においてどちらが上かを決める闘いを始めかけた艦娘の片方である潜水艦娘の首が音も無く後ろから回された赤袖に絞められ。

 椅子の上で手足をバタバタさせ藻掻く伊168の肩越しにいつの間にか仮眠ベッドから立ち近寄ってきていた龍驤からジト目で睨まれた叢雲は顔を明後日の方向へと向けて身体から溢れさせていた霊力を散らす様に掻き消す。

 

「海って今は戦闘待機中だから出れないよ?」

「つまりケンカすんなっちゅうことや、大体なぁ、アンタらがやらかしたら尻拭くんは司令官やっちゅう事考えなあかんやろ?」

 

 隠密行動を得意とする潜水艦へ気付かれる事無く蛇の様な腕捌きでチョークスリーパーをかけた龍驤はそのすぐ近くから見上げてくる時雨へ溜め息混じりに返事してからセーラースク水少女が霊力を収めて首を絞める腕をタップしているのを確認してその首を解放する。

 

「んじゃ、ウチはちょっと艦橋行ってくるから、アンタらくれぐれもアホな事するんやないで? 叢雲とイムヤも順位付けしたいんやったら鎮守府に帰ってからしい」

 

 矢矧から受け取った現在指揮官と共に出撃したメンバーの名が記された紙を手に背中を見せて待機所から出ていく龍驤を時雨が見送り、空母の裸絞めから解放された伊168は小さく咳き込みテーブルに突っ伏し、普段から自分の司令官に馴れ馴れしい潜水艦の倒れる姿に少しだけ溜飲が下がった叢雲は微笑みを浮かべる。

 そして、お互いの艦隊での力関係(順位)を相手に譲っていない潜水艦と駆逐艦はもう一度だけ睨み合ってから短く鼻を鳴らしてほぼ同時に相手の視線から顔を背けた。

 

「でも、良かったよ」

 

 そして、矛を収めた仲間の様子にホッと一息吐いた時雨が赤城の手を借りて立ち上った加賀へと顔を向ける。

 

「・・・何がかしら?」

「叢雲の言う通りなら加賀も頑張れば提督とちゃんと話せるって事だよね、それって良い事でしょ?」

 

 微笑む時雨の言葉に目を見開いた加賀は自分に寄り添ってくれている赤城と叢雲の頷きにはにかんだ笑みを浮かべ原因不明な自分の不器用さに悩む空母艦娘は小さく、だが、何度も繰り返し確かめる様に頷いた。

 

「そう・・・そうね、私、頑張るわ」

 

 外では深海棲艦との戦闘が行われている事を考えれば場違い極まりない加賀と叢雲の共通点が多い悩みの暴露はあったが、そのおかげで薄っすらとだが笑みを取り戻した新しい仲間への理解が深まった感覚に待機所を包んでいた重い空気が消え始め。

 

「加賀さんその意気です、まずは今回の作戦が終わるまでに提督と向かい合ってお話出来る様になりましょう!」

 

 そして、素直にお願いが出来る様になれば鎮守府に戻った後も田中艦隊に残ることが出来ます、と加賀と同じく今回の作戦の為だけに司令部からの推薦と言う形で艦隊に一時参加している赤城が明るい声と共にポンッと胸の前で手を合わせる。

 

”っ」

 

 良いアイディアであると自画自賛する赤城に頷きを返そうとした加賀の真横で叢雲が濁った呻きを漏らし、何かを失念していたと言う表情を浮かべる駆逐艦娘に表情を緩ませていた全員の視線が集まった。

 何かまだ懸念が残っていたのかと首を傾げた矢矧はふと違和感を感じて自分の記憶の中からついさっき話題に上がった金剛と目の前にいる叢雲の姿を並べて比べ、阿賀野型三番艦の頭にある疑問が浮かび上がる。

 

「そう言えば・・・金剛がマシになるまでに軽く二年ぐらいかかったわよね、叢雲はどれぐらいで慣れたの?」

 

 時雨の次に長く田中の近くにいたからこそ彼の前で極端に言動(性格)が変わる為に指揮官とのコミュニケーションに苦悩する金剛の姿を何度も見ていた軽巡は脂汗を滲ませる駆逐艦に向かって首を傾げた。

 

「・・・叢雲、貴女、私達の艦隊に来た最初の頃に妙に無口な時期がありましたけれど、まさかですの?」

 

 そして、それは果たして一朝一夕にできる様な簡単な事なのか、と首を傾げた矢矧と同じ考えに辿り着いたらしい三隈が濁音を吐いた状態のまま固まっている叢雲へと声をかける。

 

「・・・は、半年」

「えっ、待って、叢雲、嘘よね!?」

 

 長くとも一カ月程度で終わる予定になっている作戦内で田中の指揮下へ正式に収まろうと考えている空母が慌て必死な声を上げながら駆逐艦の肩を掴んで揺さぶるが遂にそれが冗談や嘘であると言う言葉は申し訳なさそうに顔を伏せる叢雲の口から語られる事はなく。

 

「いいえ、その・・・本当は十カ月ぐらい、です」

「そうじゃないわ! そう言う事聞きたいんじゃないの!」

 

 そして、この日、南の島に向かう船の中、限られた時間内に自らがこの艦隊にとって必要な存在である事を証明しつつ指揮官の前で発生する鉄面皮と語彙失調を克服し自分の席を手に入れると言う彼女にとって非常に困難なミッションが開始される事となった。

 

「実は最近でもまだ危ない時が何度も・・・あと」

「それ以上は止めて!? お願いだから言わないで!!」

「加賀さん落ち着いてください! 一旦落ち着きましょう、お茶、お煎餅もありますよ!」

 

・・・

 

 常夏の島に向かう航路で田中と夕張が爆雷を海中へ大量投下し、護衛艦【はつゆき】の艦内で必死に宥める赤城に羽交い絞めされた加賀が自らに課せられた試練への絶望感に打ちひしがれていた頃。

 

「うー、寒っ、まるで冬地獄だな」

 

 士官服の上からさらに官給品の雨衣を着込んだ特務士官、中村義男は雪原となった海岸に立ち分厚い灰色の雲から降る白雪の中で大袈裟にブルブルと身体を震わせ白い息を吐いた。

 

「そんな冗談が言えるならまだ大丈夫ね」

「あーくそ、なんで良介はハワイなのに、俺はこんな雪しかない場所に飛ばされなきゃならないんだ、なぁ? 吹雪」

 

 完全防寒している中村の真横では普段通りの紅白色の半袖とミニスカートという雪の中ではあまりに薄手過ぎる恰好をした五十鈴が心配の一欠片も無い言葉を出し、素っ気ない軽巡艦娘の態度にムッと口を尖らせた指揮官は子供の様な文句を口にして顔を下に向ける。

 

「はい、司令官! そうですね!」

 

 中村の羽織る防雨コートの合わせ目から顔を出した駆逐艦娘が体に障壁の光を纏わせながら打てば響くと言わんばかりの元気な声と満足げな笑みを自分を見下ろす指揮官へと返した。

 

「吹雪いい加減、ソイツの言う事になんでもハイハイ言うのやめなさいよ」

「え~、でも、霞だって寒いより暖かい方が良いでしょ?」

 

 だから司令官は間違った事なんて言っていない、と吹雪は中村の身体に横からもたれかかる様にして鼠色のプリーツスカートと鈍銀色の髪に掛かる綿雪を払い落している朝潮型十番艦へ向かって完璧な理論武装とでもいう様にニヤリと不敵な笑みを浮かべ。

 

「そしたらその中に吹雪が入る理由も無くなるわね」

「すみません司令官、もしかしたらハワイよりこっちの方が良いんじゃないでしょうか・・・」

「はっはっ、コイツめっ」

 

 中村が羽織る外套の中に入り込んで彼の身体ごと覆う様に霊力で防寒の障壁を発生させている吹雪が霞の反撃によって簡単に意見を翻す様子に妙に嬉しそうな笑みを浮かべた指揮官は雪を防いでくれる障壁(霊力)を纏った手で自分の顔のすぐ下にある黒髪を揉む様に撫でる。

 

「・・・ところで鳳翔、大鳳もどんな感じだ?」

 

 氷点下の海岸でちょっとした運動を終えた中村がくすぐったそうな声を出している吹雪から顔を上げ。

 目の前の雪原で寒風に晒されながらも体幹をブレさせる事無く立ち、弓を手に目を閉じて集中している二人の空母艦娘へと声をかける。

 

「やはり、・・・間違いありません」

「こっちもよ、提督」

 

 指揮官からの呼び掛けに目を開き振り向いた鳳翔と大鳳の言葉に頷いた中村は辺りを改めて見回してから遠くに見える地平線(・・・)へ向けて白い息を吐く。

 

「こっから地平線が見える時点でまぁ、そうだろうとは思ってたけどなぁ・・・」

「正確な広さは分かりませんが、待機状態とは言え最大距離まで矢を飛ばしても島の端すら見えませんでした」

 

 中村が司令部の上官達から渡された緊急かつ最優先命令それは『北海道へ避難してきた難民への対応と原因究明』。

 

 命令書を受け取った時点の中村にとって自衛隊員や艦娘がやるべき任務であるかは甚だ疑問ではあったが現地で受け取った情報と目の前にした事実に任務に対する第一印象を捨てる事となった。

 

「山から見下ろす巨人、か・・・実はブロッケンの怪物だったりしてな?」

 

 色丹島に住んでいたと言う1,500人以上の外国人を人道的な観点から日本政府は緊急避難先として北海道へと保護したが明らかに政界は外交の火種になりかねない彼らに本国へさっさとお帰りいただきたいとの事。

 

「登山は趣味じゃないわね、十中八九深海棲艦でしょ、・・・この限定海域を作り出した」

 

 しかし、中村と同じ方向へと顔を向けた五十鈴の視線が向かう先にある彼らの自宅と生活基盤が存在する島は現在、何者かによって放出された強力な霊力で満たされた箱庭となっており。

 まるで北極圏を思わせる果て無き純白の世界が色丹島の岸に立つ中村達の目の前に広がっていた。

 




 
初めての海外旅行(密入国)
 


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第百八話

艦娘野球部、第一期部員名簿より抜粋

【暁】所属/Aチーム ポジション/ファースト
挑発すると簡単に乗って来るがマルチヒットを量産する高打率は侮りがたい。

【響】所属/Aチーム ポジション/セカンド
隙を逃さず盗塁を成功させホームベースに生還するダイアモンドの不死鳥。

【雷】所属/Aチーム ポジション/キャッチャー
小柄さに見合わぬパワーヒッターかつ捕手としても巧みなリードが光る。

【雷】所属/Aチーム ポジション/ピッチャー
最近フォークとシンカーの投げ分けが上手くなってきたみたい、なのです。

(※なおAチームと書いて第一水雷戦隊(アブクマーズ)と読む)



 空から無数の氷の結晶が延々と降り続ける窓の向こうの街並みが積もった雪で白化粧された様子はパチパチと火の音を立てるストーブとその上で蒸気を揺らめかせるヤカンが無ければ外の低温が室内まで押し寄せてくるだろうと容易に予想できる。

 

「先輩は良いっすよね、編成変えずに全員連れてこれて、俺なんか四人ですよ、しかも全員駆逐・・・」

 

 元は八人も居たのに半分だけしかついて来てくれなかったと大袈裟に嘆く丸刈り頭の青年が恨みがましそうな視線を自分の目の前にいる先輩と呼んだ自衛官、中村義男へと不満たらたらなセリフを投げた。

 工藤公太郎特務一尉、防衛大時代の後輩であり特務士官の階級的にも部下と言えるガタイの良い青年の若干ねちっこい愚痴に付き合わされている中村は黒茶色の液体が湯気を立ち上らせるマグカップを手に眉と口元を(波線)にする。

 

「やっと編成枠が増えて新しい子が来て連携頑張って行こうって言ってた矢先に定員四人に再編成して北海道に行けって冗談じゃないっすよ・・・」

「あのなぁ、何度も上層部からの命令でここに飛ばされたのは俺も一緒だって言ってんだろ」

「愛宕さんから「提督♪ 私の艦隊異動にサインおねがいしますね♪」ってニコニコされながら言われた俺の気持ちが先輩には分かるってんですか!?」

「・・・気色悪い声真似すんな」

「何で先輩の艦隊は人数変わらず連れて来れてるんすか!? それに、それにっ!!」

 

 恨み言と泣き言を混ぜ合わせの調子で声を荒げて工藤は備え付けのソファーに座ったまま中村へと右手の人差し指を彼の鼻先に向けた。

 

「俺のとこから抜けた浦風が・・・その次の日には先輩の艦隊にいるって、どう考えてもおかしいでしょぉ・・・」

「なぁ、話振ったのは俺だけど今日のお前ちょっと浮き沈み激しくない?」

 

 次の瞬間には力無くへにゃりと曲がった人差し指、見た目だけなら自分よりも上背のある元高校球児が項垂れ陰気な溜め息を吐き出す様子に中村は顔を顰め、さらに口を付けたコップの中の風味の薄い苦いだけの味(インスタントコーヒー)に眉間のシワを深める。

 

「まぁ、それはともかく、その浦風の事でお前に言わなきゃならん事がある、と言うかその為にわざわざお前呼んでそこに座らせてんだ」

「聞きたくないっす・・・どうせあれじゃないっすか? 元から先輩の艦隊に入るまでの腰かけで俺の隊に居ただけとか浦風がそんな感じの事言ってたぜ~、とか言って自慢すんでしょうが」

 

 吐き捨てる様にそう言うおちゃらけはいりません、と両膝に肘をついて項垂れた工藤からの下から睨み上げる様な恨みがましい視線を受けて中村の額に青筋が浮かび上がり。

 この北海道の土を踏んでから何度も件の駆逐艦娘に関するとある事情を伝えようとしているのにその度に耳を塞ぎ駄々をこねる後輩の姿に先輩士官はいい加減うんざりする。

 そして、眉を顰めたまま中村は目の前のテーブルにマグカップを置いておもむろに腕を振り上げ手刀を不景気な面をした工藤の頭へと振り下ろした。

 

「いだっ!? アンタ、反論が出来なくなったら暴力に訴える人だったんすか!?」

「仮にも上官に向かってアンタはねーだろ、っつうかまずこっちの話を聞け! 浦風の事だ! あの子はな!」

 

 突然に頭を襲った衝撃に驚き目を見開いた工藤は見損なったとばかりにまた文句を垂れ流そうと口を開きかけたがそれを押し止める様に強い口調をぶつけてくる中村の剣幕に気圧されてソファーの背もたれへと仰け反った。

 

「お前の事が心配だから北海道まで付いてくる為に俺ん所の編成枠を一つ貸してくれって頭下げてきたんだぞ!?」

「・・・は?」

「第六駆の四人が離れ離れになるのは可哀想だから席を譲って艦隊から離れる事になった、だけどやっぱり自分もお前について行きたいからって、ウチにいる姉妹艦を頼って浦風は名目上は俺の艦隊の予備員としてここに来てんだよ!!」

 

 顰めっ面で声を荒げる中村にぶつけられたその話の内容に工藤は実感が沸かないのかはたまた理解が追いついていないのか大きな体を猫背にした状態で唖然とした表情を浮かべたまま固まる。

 

「それをお前は俺だけじゃなく、あの子がその話をしようとしてるのに勘違いしたままガキみたいにイヤイヤと逃げ回りやがって! ここに来て何日経ったと思ってんだ!?」

 

 ハワイ行きを命じられたが護衛艦などの準備があった別艦隊(田中組)と違い十一月の初日に人数分の国内線チケットを渡され鎮守府を追い出されるようにはるばる北海道は釧路まで中村達がやってきて早二週間。

 長ソファーの上で踏ん反り返りやっと言ってやったと鼻息を荒げつつ中村は後輩の愚痴の途中でテーブルに置いたマグカップに手を伸ばしたのだが、次の瞬間、真横から鋭く脇腹を突く手刀に息を詰まらせて世にもマヌケな顔を工藤の前に晒した。

 

「ほふぅっ!? と、時津風いきなり、おまぇ・・・くぉぉぁ」

「しれぇ、うっさいぉ・・・」

 

 年季の入ったソファーの上で中村の太腿を枕代わりにしていたらしい駆逐艦娘が毛布に包まった身体をモゾモゾさせてコーヒーに手を伸ばしかけながら腰をくの字に硬直させると言う奇妙な恰好となった指揮官の脇腹を鋭く突いた手を毛布の中へとしまう。

 不意打ちに息を詰まらせた指揮官の膝の上で持ち上げかけられたリボンで結われた煙突型の小さな帽子と黒から白へとグラデーションする髪がぽてりと中村の太腿の上に戻り時津風の頬っぺたがぷにっと撓み、お昼寝と言うには少々長いお休みに戻った駆逐艦娘の緊張感のない態度で毒気を抜かれた二人の特務士官は顔を見合わせ揃って肩を竦めた。

 

「寝ぼけてただけ・・・? ははっ、なんか先輩んとこも大変みたいっすね」

「も、って事はそっちも・・・って、まぁ、お前んとこは暁が居るからなぁ」

「暁だけじゃなく響もいきなり身体登って来たりするっす、おまけに一人肩車してあげたらあの子達全員寄ってくるんすよ」

 

 そう言って工藤は満更でもなさそうな笑みを浮かべ頭を掻き、188cmの長身は1.3mのお子様達にはさぞや上り甲斐のあるアスレチックだろうな、と笑いを返しながら中村は膝の上で寝息を立てている普段から自分の事を乗り物(自動肩車)とでも勘違いしてるらしい駆逐艦娘の髪を梳く様に撫でる。

 そして、言うべき事を言ってすっきりとした中村は目の前に居る将来はPKOに参加して世界中の子供達が平和に生きる活動に貢献したいと照れ笑いしながら目標()を語っていた防大時代と変わらない調子の後輩のお人好しぶりを思い出し、だからこそ工藤と第六駆逐隊を自称するお子様達は相性が良いのだろう、と改めて納得した。

 

「あ~、そのぉ・・・ところで先輩?」

 

 しばしの合間、パチパチと内部で火を燃やすストーブとその上のヤカンが湯気を吹く音だけになりかけていた談話室で工藤が少し照れくさそうに頭を掻きながら「なんだ」と短く返す中村に向かって媚びるような愛想笑いを浮かべた。

 

「もしかしてなんすけど・・・愛宕さんも、その・・・浦風と同じ感じだったりしちゃったりなんかしちゃったりしてなんて?」

「は? いや、工藤、・・・お前、おい、マジかお前」

「いえ! 実際今ここに居ない以上はあり得ないって分かってるんすけどっ! その、先輩の艦隊にお姉さんいるじゃないっすか? ほら愛宕さんも高雄さんの伝手頼って来たりして無いのかな~、なんて?」

 

 顔は赤く目は泳ぎ回り鼻の下を伸ばした馬鹿みたいな(つら)をしている防衛大時代の部屋っ子(防大生のいろはを教えた後輩)の一切誤魔化しになっていない上に回りくどい言い訳を早口で捲し立てられげんなりとした中村は時津風を起こさない様にマグカップを手に取って温いインスタントコーヒーを啜る。

 

「知らん、て言うか知りたきゃ自分で司令部に問い合わせるか高雄に聞け、少なくともお前を追いかける為に俺へ頼みに来たのは浦風だけだ」

「そ、そうっすか・・・じゃなくて、俺だってそこまで気にしているわけじゃないんすよ?」

「だから誤魔化せてねぇっての、何から何まで露骨過ぎんだろが」

 

 浦風の事情を知りそれならば自分なりに仲良くやっていた高雄型二番艦ももしかしたら自分について来ようとしてくれていたかもしれない、そんな幻想を描いた工藤に素っ気ない態度で中村は自分の知った事じゃないと返事をした。

 実はその愛宕が工藤の隊から早々に今年任官したばかりでまだ一人の艦娘としか出撃出来ない新人(童顔)な特務士官の下へ異動しウキウキとした調子で舞鶴基地へと向かったらしいと高雄から聞いていたのだが、それを言えばまた工藤が気に病むだろう(またメンドクサイ事になる)と中村はその情報を敢えて胸に仕舞い込む。

 

「それよりもだ、艦娘は所属部隊の指揮官に命令優先権があるがここでは状況が状況だからな、戦力が必要だって言うなら俺のとこの子達も頼めばお前に手を貸してくれるだろう、んで、後で忘れずに浦風に謝っとけ」

 

 登録上は艦隊から外れているとは言え指揮官として慕う相手から逃げ回られ話す機会も得られなかった陽炎型駆逐艦、鮮やかな青いロングヘアと水兵帽の下にあるドーナツ型に結ったお団子がトレードマークの浦風が今も落ち込んでいると中村が突き付ける様に伝えると工藤の顔がバツが悪そうな表情に変わり神妙に頷いた。

 

「先輩のとこの艦娘に助太刀頼めるのは俺としては助かるんですけど、・・・良いんすか?」

「良いって何がだ、言っとくが緊急事態でもなければあくまで本人達の意思次第だぞ?」

「そりゃもちろんっすよ、艦娘に断られたら指揮官がどれだけ喚こうが意味なんて無いのは分かってるっす」

 

 艦娘が戦闘形態を発動させる際には指揮官からの命令と言う形で彼女達の安全装置を外す必要があるがそれは艦娘側の承諾が必須であり、出撃を拒否されればいくら提督としての適性がどれだけ高くともただの人間にはどうしようもなくなるのはもはや特務士官にとっては常識とも言える。

 それを分かっていない様な素人ではない、とでも言うのか工藤は胸の前で腕を組んで中村へとしっかりと頷きを返した。

 

「意外っって言うのは何て言うか、先輩って俺の艦隊の艦娘は俺だけのモンだ!とかそんな感じの事言いそうな感じだと思ってました」

 

 中村の事をそう評しながら工藤が顔を向けた窓から両艦隊合わせて19人の艦娘に用意された元は独身者向けの賃貸マンションを改装した宿舎の壁が見える。

 

「・・・本気で失礼だな、おい」

「いや、だって先輩」

 

 彼らが今いるのは港が見える雪に覆われた住宅街の一画、指揮官二人が不自由なく寝泊まりが出来るほど広い二階建ての事務所と目立たない色合いに壁を塗り直された宿舎は長らく借り主が現れず放置されていた物件である。

 何故、最寄りの陸上自衛隊駐屯地を利用せずに一般人が生活する市内に艦隊の拠点を置いているのか、事細かな事情が幾つもある為にコレと言う決定的な原因は実際にそこに住む事を命じられた彼等すら把握していない。

 

 おそらくは釧路市の郊外に陸上自衛隊の施設設営隊と戦闘形態となった(巨大化した)艦娘の高度な連携による突貫工事で驚くべき速度で完成した暖房完備のプレハブが並べられた色丹島からの避難民居留地との距離的な兼ね合い。

 そして、単純に拠点と海が近い方が緊急的な出撃が必要となった際に都合が良いから程度の事情と言うのが現場を任されている二人の特務士官(中村と工藤)の共通認識である。

 

 それはともかくとして。

 

「どう考えてもヤバいっすよ? あの噂は俺も聞いた事ありましたけどマジだったとかヤベーどころの話じゃないっす」

「・・・ほぉ、何がヤバいんだ? 工藤ハム太郎(ハムたろう)

 

 多少の行き違いが原因ではあったが北海道の寒さが染み入る傷心に苛まれていた特務一尉は誤解による中村への憤りは無くなったものの彼がやってしまっている自衛官としてどころか社会人としてあり得ない事を思い出し恐れの色を含んだ目を向けた。

 

「俺は工藤公太郎(くどうこうたろう)っす・・・それよりっ」

 

 数日前、夜中の廊下で偶然に見てしまった明るい朱色の後ろ姿、唖然とする工藤へとその和服美人は肩越しに振り向きながら意味深な笑みと口元に一本人差し指を立てて音もなく中村の部屋に入っていった。

 冬国の建築ゆえか分厚い壁のお陰で隣の部屋からは物音一つ聞こえてこなかった為に工藤は実際にその中村の寝室の中でナニが行われていたのかは知らない。

 

「俺、先輩のとこの艦娘達にどんな顔で挨拶すりゃ良いんすかっ!? マジで気まずいってレベルの話じゃ無いっす!」

 

 だが、その目撃証言(状況証拠)だけですら中村に対して有罪判決が出せそうな黒に近いグレーである事は間違いないと工藤は考えている。

 

「大体とっかえひっかえにも程があんでしょ、出張中に上官が刃傷沙汰で殉職とか嫌っすよ!?」

 

 そして、その翌日に事務所一階のキッチンで割烹着を着て何食わぬ顔で朝食の支度をしている空母と調理場と地続きになっている広いテーブルが置かれたリビングで少し眠そうに欠伸をしていた中村の悪びれの全くない姿は工藤にさらなるフラストレーションを溜めさせる原因となった。

 

 しかし、たまたま偶然の事だと思う事にした工藤の予想を裏切る様にその後にも闇に紛れた何者かが忍び込んでくる気配、姿は見えずとも鳳翔とは違うと分かる人影が彼等の寝泊まりしている事務所の廊下に現れ中村の部屋に入っていく事は続き。

 

 悶々とさせられながらも別部隊の事として工藤は見ないフリを続け、浦風に関する誤解が消えた今少し上方修正されたとは言え工藤が抱く中村に対する感情は苛立ちを通り越して呆れを経て諦めの境地へと至ろうとしている。

 

「んな事はどうでも良い」

「どうでも良くないっす、って言うかそもそもここに居るのも全部自重しない先輩のせいらしいっすよね!? あとハム太郎とか呼ぶのも止めてください! 最近、暁達までマネして俺の事ハムちゃんって呼び始めたんすよ!?」

「丁度良いからこの事もついでに話しておく、お前も無関係な話じゃないから一端落ち着いて耳かっぽじって聞け」

「まず話を聞くのは先輩の方っすよねぇ!?」

 

 不本意な出張命令に加えだらしない自衛官モドキ(中村義男)のせいで溜め込んでいた鬱憤と何処ぞのげっ歯類の様な名前(あだ名)で呼ばれる事に対する不平を合わせてぶつけてくる後輩へ中村は片手を突き出して制する様に神妙な顔をしてみせた。

 

「いいから黙って聞け」

「なんでそんな堂々としてられんですかねぇ、はぁ・・・はいはい、で、また適当な話で煙に巻くつもりっすか?」

「いや、これを知っとかないと多分お前近いうちに俺と同じ目に遭う、間違いなく」

 

 法螺話は腹いっぱいとでも言う様なおざなりな態度で受け流そうとした工藤は正面から中村の鋭くなった視線に射すくめられ突然に変わった相手の雰囲気と口調のせいで無意識に姿勢を正した。

 

 

・・・

 

 

「で、分かったか?」

「え、えぇ~? いやいや」

 

 俺が語った話の内容がよっぽど荒唐無稽だったからか首を限界まで傾げた工藤は自分の丸刈り頭を撫で回す様に手を動かし、たっぷり数十秒後にやっと戸惑う様に右往左往していた目線が俺の顔へと戻ってきた。

 だが、やっぱりと言うべきか俺の予想通り工藤の表情は証拠(・・)の一つを突き付けても信じられないと文字が顔面に書いてあるかと思うほど分かり易い疑い一色に染まっていた。

 

「うん、やっぱないっすわ」

「だろうなぁ、正直言って何も知らない状態で同じ事聞かされたら俺もお前と同じ顔する自信がある」

 

 大方、目の前のコイツの頭の中で俺は屁理屈をこねて自らを正当化させようとしている詐欺師扱いになっている事だろうが、かと言って俺を嘘吐き扱いしようが事実が変わるわけでは無い。

 俺と同じ穴の狢になりたいと言うならこれ以上の忠告は親切では無く障害でしかないか、と肩を竦めてコップの底に残った冷めたコーヒーを飲み下した。

 

「でも、そのあり得ない事が起こるんだよ・・・さっきも言ったが艦娘の中には下手したら大正時代並みの倫理観でモノを考えてる子もいる」

 

 納得も理解も出来なくてもせめて知識として知っておくだけでもしておかないと絶対に後悔する、そう実感を込めて言ってみたが自分で言うのもなんだが荒唐無稽にも程がある気がしてならない。

 

「中学か高校の歴史で習うだろ? 華族士族に財閥軍閥の全盛期、全員がそんな時代の日本からタイムワープしてきた様な感性の持ち主だ」

「それは聞いた事ありますけど、でも、皆ちゃんと現代の勉強で今の常識とかそう言うの覚えるんでしょ」

 

 その為に艦娘達の鎮守府(学校)は存在しているんじゃないか、そう言外に主張する工藤の態度も無理はない。

 

「教えられて知識を得てもそれを受け入れるかどうかは本人の意思によるだろ? んで、艦娘は深海棲艦との戦争って言う一般常識から一番遠い場所にいるんだぞ? 授業で聞いただけで実際には縁の無いモノを重要視する必要を本人達が感じられると思うか?」

 

 自衛隊と言う国防の為の組織の一員として国民を護る為に自分達が存在していると言う意識はあれど艦娘自身が自らもその社会の営みの一部に含まれていると実感しているかは別問題、下手をすれば余所は余所、家は家と思考する必要すら感じていない艦娘が存在している可能性すらある。。

 その対策と言うわけでは無いが良介といろいろ屁理屈をこねて上層部を説得しインターネットによる間接的な艦娘と一般人との交流の機会は用意してみたがどの程度の効果があるかは未知数、まだ結果のけの字も出ていない。

 

「さっきの話だって俺を揶揄いたいだけで時津風と先輩が示し合わせてるんじゃないんすか?」

 

 流石にテレビとパソコンの見分けがつかない子はいなくなったと信じたいが実際にコンピューターに触った事がない(興味がない)艦娘が一定数いる事も頭の痛くなる事実だった。

 

「まだ信じられないって言うなら誰でも良いから他の艦娘にさっき言った通りの質問をすれば良い」

「いやいやいや、それって言った俺が呆れられて終わるだけ、ってか下手したら軽蔑からの絶交コース確定なヤツじゃないっすか!」

「ああ、呆れられるだろうな、間違いなく」

 

 バリエーション豊かな百面相をしている工藤から目を離して無為に会議室と言うには狭く物置として使うには広い談話室を見回すと茶葉の缶やコップなどの食器類が置かれている食器棚の前に立つ時津風の背中が小刻みなリズムで癖毛を揺らしていた。

 その棚から突き出した小さな机部分には今俺が持っている物と同じこの施設の共有物であるコップが置かれ、棚の引き出しから取り出したらしいココア粉のパッケージへお昼寝から起きたばかりの駆逐艦娘は大匙スプーンを突っ込んでいる。

 

「・・・やっぱ先輩、俺の事おちょくってるんすね?」

「呆れ顔でこう言うだろう「なんでそんな当たり前の事を聞くんですか?」ってな」

「は・・・?」

 

 どれだけ信じられないだろうが事実は事実、俺自身ですらその返事を吹雪の口から聞いた時には自分の耳を疑ったぐらいだから目の前でまた呆然として固まった工藤の気持ちは良く分かる。

 吹雪がシレッと言い切ったセリフに脂汗を浮かべ南の島に付いて来てくれた他の三人にも同じ様な質問をすれば残りのメンバーですら吹雪と同じ答えを真顔で返す様子に俺は艦娘と自分の間にある常識と言うモノが予想以上に分厚い壁であり底の見えない谷よりも深い事を教えられてしまった。

 

「・・・時津風、ココアの減りが早くて困っているって鳳翔が言ってたぞ」

 

 まだ状況が呑み込めていない後輩の姿にため息を吐きながらココアの粉をコップに入れているらしい時津風へと目を向ければ明らかに匙の上にこんもりと乗せられた甘味の素が次々と投入され。

 そして、俺の声で六杯目が袋から出る直前に止まり不満そうに口を尖らせた駆逐艦は軽量スプーンをココア袋の中に落として密閉ジッパーを閉じる。

 

 お子様らしい甘味が大好きな駆逐艦娘がココアの素が入ったコップを手にストーブの上で蒸気を上げているヤカンからお湯を取る様子を確認してから工藤の方へと顔を戻せばまだ納得がいかないと言う顔で腕を組んで首を傾げていた。

 

「取り敢えず俺が言いたいのは、気付いたらお前も俺と同じ様に逃げられない場所に追い込まれてるかもしれないって事だ、あの子達は目的の為なら手段なんか二の次三の次だからな」

「んな・・・バカな」

 

 これで信じないなら後はコイツ自身が自分の責任で何とかするべきだ。

 

 そう結論した俺が肩から力を抜くように腕を軽く回していると湯気を揺らすコップを運んできた時津風がすとんと俺の隣へと座りチビチビと熱々のココアを飲み始め。

 

「お仕事しゅーりょー♪ みんなおっ疲れさまぁ~☆ミ」

 

 タイミング良くズバンと勢い良く開いた扉からやたらとキラキラ光っている上に賑やか過ぎる那珂の声が談話室に響き。

 

 普段着ているオレンジ色の制服にデザインは似ているが全体の色合いはピンクに近く白地のフリルがふんだんに使われた衣装をクルリと一回転させながら我が艦隊のアイドル軽巡が霊力で描いた輝く☆を入り口付近にまき散らした。

 

「おう、ご苦労さん! その様子なら成功だったみたいだな」

 

 工藤と話を着ける際に下手な横槍が入らないよう工藤艦隊の暁型駆逐姉妹には引率として那珂と高雄についてもらいちょっとした遠征(企画)に参加させていた。

 

「はーい☆ ファンの人達とっても喜んでくれたし~♪ 六駆の皆もすっごく演奏上手で~! 那珂ちゃん初ライブ大成功に感激ぃっ♪」

 

 その場で踊り出しそうな程の那珂、ここまで喜ばれると主目的では無かったとは言え準備に苦心させられた甲斐もある。

 

 市内の公民館の小ホールを借りて行われた自衛隊による釧路市民と避難民の交流兼慰安を目的とした演奏会に那珂達艦娘を飛び入り参加させると言う試みは上層部から通達された命令の中に『難民への対応』が含まれているとは言え提案した俺が言うのもなんだがかなり無理のある話だった。

 

 だが元々の企画主である帯広協力本部の広報官の反応は俺の予想よりも好感触で演目の変更もトントン拍子。

 

 ただどこから聞きつけたのか(しかも誰が依頼したか分からない)妙に気合の入ったメイクや衣装などを手掛ける裏方のプロ集団(スタイリスト達)が東京は羽田から遠路はるばる釧路に駆け付ける事なり。

 たった二日の準備期間なのにまともな広告どころかチケット販売すらも行っていないボランティア系マイナーイベントに見合わぬ規模の音楽会に仕上げてしまった。

 

「ちょっと司令官! もう雪は取れたでしょ、なでなでしないでってば! 暁は子供じゃないんだから!」

「外が寒かったから司令官の手が温かいね・・・хорошо(ハラショー)

 

 俺の艦隊に居る理由を伝えるチャンスを求めていた浦風と彼女から何かと理由を付けて逃げ回っていた工藤と和解させる切っ掛けを作る為に普段から指揮官にじゃれついている真面目な話をする時にはちょっとお邪魔なお子様を引き離せれば良かっただけの話が随分と大きくなった。

 

 まぁ、後は工藤の決心次第だがそれは見た感じは心配無さそうだし、結果さえ良ければ全て良しとするべきなのかもしれない。

 

「私の方はもーっと撫でても良いわよ司令官、ふふっ、そうそう♪」

「なのです♪」

 

 その特型駆逐艦の末っ子四人は揃って元気よく身振り手振りを交え指揮官へ任務の成功を報告していて、そんな微笑ましくもコミカルな少女達の姿に笑みを返す工藤は話を聞き頷きながら駆逐艦娘達の頭や肩に乗った雪を撫でる様に払い落としている。

 

 それにしてもホントに子供の相手が上手い奴だ、野球部で後輩の面倒を見るのも好きだったとか言うお人好しな性格がこういう所で生きてくるものなんだろうか。

 

「提督の方は如何でしたか?」

「こっちも一段落ってとこだ、まぁ、居留地の設営も終わった後で深海棲艦の出現も確認されて無いから今日は朝から開店休業みたいなもんだけどな」

 

 そして、微笑ましい駆逐艦達の姿を横目に話しかけてきた高雄へと俺は肩を竦めておどけながら、これなら俺達もライブ見に行きゃよかった、と軽い調子で返事をする。

 

「ねぇっ! 司令官、それで二人で何のお話してたの?」

 

 そんな時、わらわらと四人の駆逐艦娘に集られている工藤が膝の上に乗ってきた雷の質問に少し逡巡して直ぐに助けを求める様な視線を俺へと向けてきた。

 別に後ろめたい話をしていたわけじゃないんだからそのまま伝えてしまっても良い、と言うかその流れでついさっき俺が言った確認方法を暁達に試せば良いんじゃないかと思うが、何か躊躇いがあるらしい工藤の様子に首を傾げて数十秒。

 

 何だか雨に濡れた犬みたいな情けない面に変わり始めた後輩の様子に溜息を吐いて俺は仕方なく助け舟を出す事にする。

 

「色丹島で確認された姫級に関してちょっとな、つっても俺の記憶頼りだからほとんど雑談みたいなもんだ」

「そうそう、いや~、分かってたけどホント中村先輩って深海棲艦にスゲー詳しいんだよ」

 

 俺がついさっきした忠告を工藤は完全には信じていないだろうが、もし俺が言った事が真実で万が一にも暁達の口からあの話を肯定するセリフが飛び出てくるかもしれないのがおっかないと言った所か。

 確かに見た目が十ニ、三歳にしか見えない子供達(第六駆逐隊)が現代の法律から大きく離れた大正から昭和初期における武家理論(旧軍人的な思考)を主張するかもしれない可能性から目を背けたい気持ちは分かる。

 

 分かるが・・・艦隊編成から外されても任務地まで追いかけてくる艦娘(浦風)がいる時点で工藤が俺の様になるのは既に決定している様なモノだ(秒読み段階に入っている)

 そんな事を考えていた俺は工藤の背後からソファーの背もたれ越しに抱き付いている響や控えめに後ろに控えているらしい電の表情が不自然な誤魔化し方をする指揮官の態度を探る様に僅かに視線を細めている事に気付く。

 

 その二人の駆逐艦の様子はかつての硫黄島での日々で吹雪達が本性を現す寸前に見せた態度とどこか似ていて、俺は自らの経験から目の前の後輩が一歩でも足を踏み外せば俺と同類になるだろう綱渡りを無自覚にしている事を改めて確信した。

 

「えっと確か、あれなんて言う姫級なんでしたっけ? 確か防大に居た時にも似た感じの深海棲艦のイラスト見せてくれましたよね」

「ああ、まず間違いなく北方棲姫だな、しかも、2014年の限定海域に出現した不完全な奴じゃなく正真正銘の完全体だ」

 

 戦闘形態となった鳳翔の艦載機で広大な雪原と化した色丹島を探索し、その広大な領域の端から中心部へと抉り込む様な巨大湾と元は住宅街だったらしい廃屋の群れの近く。

 おもちゃ箱を探る様な無造作さで無人の家を地面からもぎ取り不思議そうに中を覗いている童女の様な姿の姫級深海棲艦を改めて思い出しながら前世の知識と照らし合わせる。

 

「出現場所が違うのは今さらですが完全体ですか、何か能力的な差異があるのでしょうか?」

「さてな、要塞型の深海棲艦は魚雷を無効化するとか言う話は有名だったが・・・ここでもそうとは限らないし、あの時現れたカエルもどきは那珂がワンパンで仕留めてくれたしな」

「那珂ちゃんだけの力じゃないよ~♪ あの時は皆のすっご~い応援があったから~、やっつけられたんだよ☆」

 

 偶然の重なり合いと言うべきか、はたまた鎮守府の中枢機構に住む猫吊るしの書いた筋書か。

 

 那珂の言う通り半死半生で辿り着いた限定海域の最深部で救助を待っていた艦娘達と合流できなければ彼女達と共にあった大量の霊核達の力も借りれず九死に一生を得る事無く俺達は黒い海の藻屑となって命を失っていただろう。

 

「ただ完全体だからこそ提督の知る通りである可能性もあると言う事ですね」

「だったらやりようもあるんだけどな」

 

 あらゆる可能性を考慮しなければならないと油断ない表情で高雄がソファーの背もたれに手をつき俺の顔を見下ろし、普段のナチュラルメイクよりしっかり化粧をしているらしい重巡の顔を見上げながら俺も頷きを返す。

 

「北方棲姫・・・? そう言や先輩ってあのイラスト見せてくれた時にその深海棲艦の事をほっぽちゃんって呼んでませんでしたっけ?」

 

 響を肩車し雷を膝に乗せさらに暁にココアをねだられ腕を引っ張られていると言うのに小揺るぎもしない工藤のふとした余計な一言にその場の艦娘全員が首を傾げ。

 

「ほっぽちゃん、ですか?」

 

 間の悪い事に先ほど那珂達が帰還したドアから工藤との話が終わるまで宿舎の方で待っていて欲しいとお願いしていた待機組の艦娘まで顔を出して人類の敵である深海棲艦の一種をちゃん付けで呼ぶと言う異常を過去の俺がやったと言う証言の真偽を確かめる様にこちらへ幾つもの視線が集まってきた。

 

「は? お前らなんでここに・・・」

 

 鎮守府に着任後は幸か不幸か吹雪にすら言っていない与太話(前世知識)が予期せぬタイミングで表に出てきた事態に頬が引き攣り。

 そんな俺の隣に座っている時津風は湯気が収まり適温になったらしいココアをチビチビと舐めている。

 

 そう言えば何で時津風はここに居るんだ、確か俺が工藤を引きずってここに連れてきた時にはもうソファーで寝てたか。

 その後、風邪ひかない様に適当な毛布かけてやって、気付いたら勝手に俺の膝を枕にしてて。

 

 そこまで思い出してから改めて入り口を見れば俺の艦隊ほぼ全員の先頭に居るのは陽炎型の三人。

 

 自分で言うのもなんだが若干ヒクほど俺の命令に忠実な不知火と浜風が俺の指示で待機していた状態から勝手にここに来る事はまずありえない、それこそ誰かが俺と工藤の話が終わった事を知らせて呼びでもしない限りは。

 

 と、言う所まで考えが至った俺は隣で悪びれもせずにいる恐らくは姉妹艦通信で俺達の会話を浦風達へ実況していただろう陽炎型の十番艦からマグカップを奪い通常の二倍甘ったるいココアを一気に飲み下した。

 

「あー!! まだ残ってたのに!? しれぇーひどいよー!!」

「うるへー! 狸寝入りのスパイ艦娘にやるココアはぬねぇ!」

 

 悲鳴を上げる時津風と叫ぶ俺の口からココア汁が飛び散る様子に周りがドン引きしている。

 

 だが、そんな些細な事よりも今は少しでも時間を稼ぎ過去の俺の「ほっぽちゃん発言」を自然かつ役に立たない嘘へと収束させるための筋書を高速で練らなければならない!

 




 
鎮守府の端っこでデッドボールを前提にボールを投げ、ピッチャー返し上等にバットを振るう。

打撲、裂傷当たり前。

そんな殺伐とした艦娘達の姿が訓練である事は分かっていても心を痛めていた一人の男、工藤。

高校時代には甲子園にまで辿り着く程の実力を持っていたスポーツマンは「最近、ボール触ってねぇなぁ」とかつての情熱を燻らせる。

そして、マウンドと言うには粗末すぎる広場の中心で剛速球を捉えた暁のホームランを見た時、彼の胸に再び火が燃える!

「野球がやりてぇっ!」

そう叫んだ工藤に呼応したのは頼もしい部下でもある暁型駆逐艦の四人。

その日、艦娘野球部の挑戦は始まったのだ!

司令部から「遊んでじゃねぇ!」と言われて公認を却下されても挫けず仲間を増やせ!

頑張れ艦娘野球部!

 夕日を追いかけ追い抜け! 艦娘野球部!


・・・なお、任務などで欠員が頻繁に出る為に試合が出来るほど部員が揃わずほとんどが練習時間。

まともに試合が出来たのは2015年夏の創部から数えてたった三回だけである。

仮にも戦争中に何やってんだコイツら(呆れ


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第百九話

(もうこんな時間か、ついつい話し込んじゃったな・・・)
(また今度、部屋行くって約束しちゃったけど相手は部下でしかも女の子だぞ、これ自衛官として良いんすかね?)

――そんなっ!? ダメですっ!!

(行くにしてもまた手ぶらって言うのもなんか悪いし・・・ケーキとか花とか?)

――こんなの、嘘ですよね!?

(う~、まいった、女の子が喜びそうな洒落たモンが思い浮かばな、ん?)

――いつもみたいに嘘だって言ってくださいよ!? 司令官!!

(なんだ今の声!? あれ、・・・先輩の部屋のドアが半開き?)

――チャンスはあったのにしくじった吹雪が悪いんでしょ、自業自得じゃない

(もしかしてこの声って先輩の艦隊の? なんでこんな所でケンカ腰な言い合いを)

――そんなのって、私は司令官を信じてたのにっ!
――いや、これは何と言うかだな・・・
――ぐずぐず言ってないで引き際ぐらいわきまえなさい!

(うぁー、マジかよ、あんだけ俺に偉そうな事言ったくせに、なに修羅場ってんっすか先輩)

「あら、工藤一尉?」

「ほわぁ!? ぁっ、ドアがっ!」



〈 北方棲姫は他の姫級と違って滅多に侵略行動を行わないタイプの深海棲艦だ 〉

〈 ほっといても自分の海域から出て来ないし基本的に外海をうろつく様な事もしない 〉

 

〈 要塞型だから軽巡駆逐は痛い目を見るだけで攻略にはどうしても複数の大型艦の投入が必要不可欠になる 〉

〈 それですら相応の被害と消耗を覚悟しないといけないわけでな 〉

〈 んで、質の悪い事に仮に撃破が成功しても時間が経てばどこからか現れた別の北方棲姫がまた同じ場所に住み着くんだよ 〉

 

〈 一応、要塞型深海棲艦に特効を持った装備ってのがあれば簡単に倒せるとか言う話は聞いた事がある 〉

〈 だが、皆はもちろん分かってると思うが現時点、こっちの世界じゃそんなもん影も形も無い 〉

〈 主力艦隊を投入しないと倒せないのにさっき言った通り北方棲姫は倒しても何度も現れるから実質イタチごっこ 〉

 

〈 比較的安全といってもちょっかいをかければもちろん他の姫級に負けず劣らずの反撃をしてくる 〉

〈 近付けば危険だが現れる場所が特に魅力の無い僻地なせいで取り巻きが増え過ぎない様に間引きする以外は放置すんのが一番頭のいい方法なんて言われてたぐらいだ 〉

 

〈 ただ、まぁ、鎮守府からは一定の周期で北方棲姫のいる海域への攻撃作戦は繰り返し行われていたな 〉

〈 いや、北方棲姫への攻撃が目的じゃなくて宝探しって言った方が良いのか? 〉

 

〈 なんか北方棲姫は艦娘にとって役に立つ物資だか何だかを溜め込んでるって話があってな? 〉

〈 その何かを、言い方は悪いが奪う作戦ってのが艦娘達の間じゃ恒例行事みたいな感じになってたらしくて、な? 〉

 

〈 ・・・強盗みたいって、そう言われても俺は実際その作戦で提督連中や艦娘達がどんな事やってたかなんて詳しく知らねぇよ? 〉

〈 あのなぁ、しつこい様だけどあくまで俺が知ってるのはここ(・・)とは別の世界の話だ 〉

 

〈 ともかく、その定期的に行われる作戦のお陰で北方棲姫の画像とか情報は他の深海棲艦よりも豊富に出回ってたんだ 〉

 

〈 他にも自称提督って連中がその作戦に参加するだけで勲章が売る程手に入るとか自慢交じりの笑い話にしてたり 〉

〈 北方棲姫から奪っコホン手に入る物資がまるでプレゼントみたいだなんて言われたり 〉

〈 そして、大きさはともかく見た目が幼い子供にしか見えないってのも手伝ったんだろう 〉

 

〈 んで 〉

 

〈 ネット掲示板が発信源になっていつの間にか北方棲姫の通称がほっぽちゃん(・・・・・・)に定着したってわけだ 〉

 

〈 ああ、まともじゃないのはその通りだろうな、国内の常識的な人間は眉を顰めてただろうし 〉

〈 海外の反応も俺の知る限り軒並み「日本人の頭はどうかしてるぜ」扱いだった 〉

 

〈 あと、念の為に言っとくが北方棲姫は他の深海棲艦と比べると比較的安全なだけで無害な深海棲艦ってわけじゃないぞ? 〉

〈 俺が知ってるだけでも結構な数、他の深海棲艦に混じって人類へ攻撃してきたヤツもいるからな 〉

 

〈 ん、あぁ、さっきも言ったが北方棲姫は自分だけでは絶対に外海に出ようとしない 〉

〈 なのに何故か他の姫級や鬼級が一緒だとそいつらにくっ付いて外洋に出てくるんだ 〉

〈 それがまるで母親とか姉に連れられてる子供みたいな感じだったのもそのあだ名(ほっぽちゃん)の原因だったのかもしれないな 〉

 

〈 って、ワケでだ 〉

 

〈 つまり何が言いたいかって言うとこの話が全部、自分で言うのもなんだが俺はもちろんこの世界じゃ誰にも本当かどうか分からない無責任なゴシップネタって事だ 〉

 

〈 ・・・は? いや、吹雪お前なぁ、確かめてみましょうって、おい、浜風も何言って 〉

〈 待て待て、不知火、だからさっきの勲章が貰えるとかって話はなんの根拠も無いんだって! 〉

〈 おーい、五十鈴、皆を落ち着かせるのを、って高雄まで? 〉

 

〈 なんでだよ!? 〉

 

〈 大体、あそこは俺達が勝手にうろついて良い場所じゃねぇだろう! 無人島になってるってもロシアなんだぞ!?〉

〈 う、止めろよ何でそんな顔で俺睨むんだよ? 国土云々はどうしようもないじゃねえか 〉

〈 納得いかなくても日本の土地じゃなくなってんのは全員分かってるだろ? 〉

 

〈 工藤! お前もこの前の現地調査を誤魔化すためにやった面倒な手続きとか書類の山はもうこりごりって言ってたろ!?〉

 

〈 おまっ、浦風に抱き付かれただけで日和るな! 〉

〈 やっぱお前が愛宕の事引き摺ってるのって・・・なんだその情けない顔、ぁ 〉

〈 おーい、工藤艦隊・・・おしくらまんじゅうがやりたいなら外行けぇ~ 〉

 

〈 はぁあぁ・・・もぉ、分かった、分かったから 〉

〈 出撃したいってんなら明日か明後日ぐらいに適当な哨戒任務でっち上げてやるから・・・ 〉

 

〈 ライブ? ああ、それもまたやってやる落ち着けって、落ち着け! 那珂踊るな! 阿賀野も光るな! 〉

 

〈 はっ? いや、でっち上げるとは言ったけどそうじゃねぇよっ? 〉

〈 お願いだからまず北方棲姫と色丹島の話から離れてくれ! 〉

 

〈 姫級がヤバいってのはお前らだってよく知ってるだろっ!? 〉

 

・・・

 

 海上を真っ白に染める吹雪の中、わずかな雪の間隙を縫って長袖を手元に少し余らせたセーラー服が駆け抜け、近くの波を穿ち水柱を立ち昇らせる砲弾の発射点へと黄色みの強い琥珀色を宿した瞳が潰れた巻貝にも見える歪な敵の艦影を映す。

 

 特Ⅲ型としては四番目、特型駆逐艦と言う大きなカテゴリー内では最終番号である二十四番艦として【電】(いなずま)の名を与えられた艦娘が吹雪の中で荒れ狂う波に片足を突き刺した。

 

 茶色の革靴と黒のハイソックスを履いた左足がその表面に纏った輝く障壁で海水を激しく弾き飛ばして海面を白波と共に切り裂き、急制動で身体の周りに渦巻いたつむじ風に煽られ頭の後ろ、錨が描かれた髪留めに纏められた栗毛の毛先が雪の粒を切る様に薙いだ。

 

 艦橋に居る指揮官や姉妹艦の操作で増設装備が施されていない霊力端子にマナのきらめきが走り、背負った艤装や手足に浮かび上がった幾何学の中心から霊的エネルギーが放たれて運動エネルギーへと変わる。

 

 その推進機(スクリュー)程の出力は無いモノの各部の端子が発生させたスラスター効果で急制動の慣性に引っ張られかけた電の体勢が安定を取り戻し、同時に海面下に突き刺された革靴を支点に回転する片足が海中を掻き混ぜて小柄な駆逐艦娘の船体(身体)が急旋回を行う。

 

 距離を詰めてくる駆逐艦娘に屍蝋色の巨体は自らの砲撃を避けられた事に身体の各部から赤い灯火を立ち上らせ顔のない頭と海藻の様な黒髪を振り乱して苛立たし気に咆哮する。

 

 自分よりも小さな敵に手こずる苛立ちを隠そうともしない巨体から歪な形の魚雷管が迫り出し、時速にして120knotで航跡を海に走らせる深海棲艦から黒い鮫の様な魚雷が飛び出し海面に落された。

 

 艦橋からの敵艦が魚雷を放ったと言う鋭い警告の声に毅然とした態度で駆逐艦娘は頷き、その視界の中に浮かぶ雷撃の予測軌道を掠めながらさらに速力を上げる。

 

 電が背負う艤装に搭載されている大型艦娘ほどの精度はなくとも電波だけでなく霊力の波も捉える多機能電探(マルチセンサー)が前方の軽巡ホ級との相対距離が急激に縮まっていると視界内に表示する数字で知らせ。

 

 耳の奥に聞こえた指揮官の命令と共に背中で黒鉄が軋む音を立て、かつての船だった頃の艤装を模した装備の船底にぶら下げられていた鋼色の錨がクレーン型の装置によって鎖の絡む音を立てながら電の肩を乗り越えて彼女の進行方向へと突き出された。

 

 肩の上に現れた鉄錨の柄を捧げ持つように少女の両手が握りしめ懸架装置から艤装と繋がり伸びる鎖ごと引き抜けば、ジャラジャラと騒めく鎖の先で錨が変形を始め。

 本来なら海底を引っ掻く為に存在する半月が内部から広がる様に割れ目を表面に走らせる。

 

 激しい向かい風と吹き付ける雪に余った袖が激しくはためく両手の先で艤装から引き抜かれて十秒も経たずに黒鉄の錘が無数のハニカム構造を展開し内部に複雑な金属部品を垣間見せる鋼の三日月へと生まれ変わった。

 

《電の本気を見るのです!》

 

 駆逐艦娘は自らを鼓舞するように叫び距離にして20m先を見据える。

 

 それは身長13mの艦娘と全高30mの怪物から見れば正しく目と鼻の先であり軽巡級深海棲艦のだらりした軟体動物の触腕か水死体の腕と言った不気味なそれを伸ばし振るえば届く距離。

 

 主砲と魚雷が装填中で使えないと言っても軽巡級深海棲艦と比べれば体格(質量)が圧倒的に劣る駆逐艦娘はただ追突されるだけでも容易に弾き飛ばされ波立つ海面に叩き付けられ沈みかねない。

 

 だが、砲撃と魚雷を回避され目の前に迫る電へ苛立ちと共に(冷静さを欠いて)拳を振るったホ級の腕は空を切り雪の結晶を風と共に弾けさせるだけに終わり。

 深海棲艦の腕の下を身体を捩じる様な体捌きで避けくぐった駆逐艦娘は自らの胴体と比べても大差ない程に巨大化した鋼鉄の刃を振り被る。

 

《命中させちゃいます!!》

 

 直前の回避運動による腰の捩じりを利用した反作用を合わせたアンダースローで振り抜かれようとしている腕の先に握られた三日月型の鈍器が細長い鎖を軋ませながら鈍く光る先端で北海の波を切り裂き。

 

 雪の舞い散る宙に大きな弧を描く電の手から離れた鉄錨(ブーメラン)が鋼色の旋風へと姿を変えて速度を落とさないすれ違いざま軽巡級の右舷へと襲い掛かり、金属製の重量物同士がぶつかり合う鈍重な鋼の音が海上の空気をかき乱す様に轟いた。

 

 電の手からリリースされ軽巡ホ級へと突き進み雪の帳を突き抜いた鋼の月は狙い通りに深海棲艦の横っ腹に突き刺さりその反動で血色の悪い船体を傾斜させるが、不可視の障壁ごと側面装甲を打ち破ったものの駆逐艦娘の近接武装の威力はその深海棲艦を一撃のもとに撃破するには至らず。

 

 右舷に奇妙な錨がめり込み一秒前には傷一つ無かった装甲を手ひどく破壊されたとは言え航行出来ない程ではない、砲も魚雷も使わずに自分の装備を投げ捨てる様にぶつけてきた駆逐艦娘の姿はホ級にとって苦し紛れの悪足掻きにしか見えず。

 今すぐに腕を伸ばして身体に刺さった錨と鎖を掴み自分から距離を取ろうとしている忌々しいチビ(艦娘)を力任せに振り回し海に叩き付けてやればきっと小さく弱い敵は自らの死と共に身の程を知るだろう。

 

 ホ級がそこまで考えたとほぼ同時、不健康な色の巨椀が握ろうとした細い鎖の先端で大きな撃鉄が弾底を打つ様な強く乾いた音が寒空の下に響き渡る。

 

《ごめんなさい、なのです》

 

 その敵艦への急接近から攻撃後の離脱までに電が要した時間は僅か数十秒。

 

 目を背ける様に顔を伏せた電の艤装に繋がる鎖の先で鋼の三日月(ブーメラン)の内部機構がその機能を発動させ、深海棲艦に突き立った状態の近接武装から放射された激しい衝撃波が軽巡の胴を爆ぜさせる。

 

 そして、巨大な鉄槌でへし折られた様に深海棲艦の船体が激しい破砕音を撒き散らしながらネジ切れる様に真っ二つになって砕け散った。

 

《成仏して欲しいのです・・・》

 

 昏い光粒へと溶けていく無数の破片と黒い血を撒き散らして水底へと沈んでいく灰色の腕を見送り、倒さねばならない大敵であると言うのにその相手の死を悲しんでしまう軟弱な少女(悼む事が出来る優しい戦乙女)は胸元に片手を当てながらもう一方の手に握った鎖を強く手繰り寄せ。

 撃破したホ級と共に海に沈みかけていた事を思わせぬ勢いで波を切る様に海中から電の下へと戻って水飛沫を撒き散らすブーメラン型艤装が持ち主の手に収まり、巻き取られる鎖に合わせてか衝撃波を作り出す機構を内側に覗かせていた装備は折りたたまれる様に再び元の錨の形(大きさ)へと戻っていく。

 

《これで湾の外側に居た深海棲艦は・・・雪が止むのです?》

 

 深海棲艦が支配する領域の入り口に踏み込んだとほぼ同時に襲い掛かってきた深海棲艦達を視界の悪い雪空の下で撃破した電は艦橋からの知らせでふと見回した周りの様子が妙に明るく空から降りてくる雪が疎らになっている事に気付き。

 

《・・・あれはっ!?》

 

 遠くに見える広大な白銀の岸を広げる湾に黒い足輪を付けた素足で立っている人の形をしている異形の存在が紅い灯火を宿したまるんまるの瞳で、まるで初めて見る不思議な物を興味深く見詰める様な子供の顔が自分に向けられている様子に北国の海上を走る駆逐艦娘は顔を強張らせ息を詰まらせる。

 

《あの、あの深海棲艦が北方棲姫・・・司令官さんっ、はい、了解なのです!》

 

 電の艦橋で計測された相手との距離は軽く20kmは離れている言うのにまるで自分と同じ身長で向かい合っていると錯覚してしまう程に巨大な身体を持った白いワンピースを身に着けた童女の様な深海棲艦。

 その深海棲艦の出現によって降雪が止められたとでも言うのか分厚い雲に覆われていた灰色に青色の穴が開き始め、陽の光に照らし出された白い子供の背からまるで染み出す様に歯茎を剥き出しにした口が開く奇妙な球体が現れる。

 

《浦風さん、次お願いするのです!》

 

 明らかにその北方棲姫の幼児体型に隠れるには大きすぎる奇怪な球体がその白い装甲を鈍く光らせ、一つ二つと数を増やしていく様子に電は怖気づく事無く仲間の名を呼び。

 次の瞬間、明るい栗毛色の髪が輝きを湧き立たせたと同時にその駆逐艦娘の身体が光粒になって解け、晴天の青空へと変わった海上で光り輝く金の輪がその内部に陽炎型駆逐艦の名前を刻む。

 

《ウチに任せとき!》

 

 出撃の宣言と共に高らかに鳴り響く汽笛の音に続いて黄色いスカーフタイがその胸元で結ばれ、青空にも負けない鮮やかな空色の髪が白銀の湾に吹き抜ける風に中でたなびく。

 

《そがいに心配せんでも分かっとるよ、ウチらの仕事は出来るだけ長い事時間を稼ぐ事じゃけえ》

 

 四つに増えた浮遊怪球とその口の中から吐き出されている深海棲艦の艦載機が編隊を組んで近づいて来る様子を見上げて浦風は不敵な笑みを浮かべ、左右の手に構えた12.7cm連装砲と25mm連装機銃へそれぞれ砲弾と銃弾を装填した。

 

《・・・けど、別にアレ全部撃ち落してもうても問題は無いんじゃろ?》

 

・・・

 

 分厚い氷の天井へと女の子らしいしなやかな両手が突き、魚の気配すら感じない氷点下の水温の中で発生した超短波振動が細い指先を氷の中へと潜り込ませ。

 直後、滑らかな肌が纏う障壁から発生した高周波が水分子ごと氷を融解させ水中で発生した泡立った蒸気が出口を求めて熱と共に上昇を始める。

 

 細腕を中心に突然発生した高熱による湯気が収まった後に残ったモノは例えるならワカサギ釣りの為に湖氷に空ける穴だろうか。

 

 広げた両腕で厚み3mの氷板を刳り抜いて自身の身体が通れる程度の穴を開け、切り出された氷塊を水底に押しやった潜水艦娘がピンク色のアホ毛から目元までを海面へと出して穴の外を窺う。

 

『異常ーなし、敵影なーしでち・・・うわぁ、ホントに海底だけじゃなく地形も別物になってる』

 

 敵の反応は無く見えるのは見渡す限りの氷原とそこへ影を落とす山、北極圏に迷い込んだのかと錯覚しそうな白一色の絶景へと這い出した伊58がブルブルと雪の上で身を震わせ、紫色になった唇を温める様についさっきまでマイクロウェーブを発していた両手を口の前で重ねて白い霧の様な吐息を吹きかける。

 

『てーとく、寒いよぉ、ゴーヤここから歩くのなんて嫌でち、死んじゃうよぅ』

 

 半泣きになって脳内で電気信号へと変換した泣き言を自らの内側へと訴えたスク水少女の身体が内側から徐々に輝きへと変わり、光の粒へと変わり姿を消した潜水艦が居た雪山の麓で若干控えめな輝きで金の枝葉と錨に飾られた輪が描かれた。

 

《はーい、阿賀野、こっそ~り出撃しま~すぅ・・・》

 

 普段の溌剌とした元気っぷりを数分の一まで抑えた小声、艤装も茅の輪の内側で完全に構築を終えてからの出撃で金属同士の合体音を消し。

 当社比八割増しの隠密行動を心がけた阿賀野型一番艦が背後で消えた金の輪から出て直ぐに雪原にしゃがみ込み。

 寒い寒いと凍えて青っぱなを垂らす伊58を抱き抱えあやしている指揮官が艦橋から指示した方向へと顔を向けた阿賀野は小さく頷いてから姿勢を低くしつつ移動を始め、元は400m級でしかなかった小山の変わり果てた山影を見上げる。

 

『うんっ、ハムタロさんの艦隊が敵を引き付けてくれているんだから私達も急がないとねっ!』

 

 そして、阿賀野が向かうのは前回に調査で訪れた際に鳳翔と大鳳による航空機観測で確認された北方棲姫が雪原を無為に散歩する以外の時には拠点としているらしい限定海域化に伴い数倍に巨大化した斜古丹(しゃこたん)山の一角。

 海上の様に推進機関(スクリュー)による加速が出来ないもどかしくなる程の低速ではあったが雪山の麓に足跡を点々と刻んでいた阿賀野は慎重に警戒しながら数十分の道程を経て、深海棲艦に支配された領域でありながら一度の戦闘も無く目的地である北方棲姫のねぐらへと踏み込んだ。

 

 慎重を期したわりに拍子抜けな事にここまで望遠拡大も可能な目視だけでなく阿賀野型艤装に装備された優秀な電探も敵の気配を捉える事はなく、ただ指揮席のコンソールに浮かぶ古めかしいデザインの羅針盤の紅い針先だけはまるで引き寄せられている様に一点を指し示す。

 

 そこは山を豪快に削り縦に割った様な深い谷間、左右に切り立った岩壁に挟まれてはいるが身長140mの巨大な幼女(空母ヲ級よりも大きな体)が日常的に出入りしている為かハイヒールを含めても16.6m程度しかない軽巡艦娘には広すぎると言って良い程の空間が広がっており。

 さらには山中を深く抉った陽の光が届かないはずの場所でありながらその巨大な洞穴の内側は奥に見える煌めく輝きによって足下にすら不自由せず、阿賀野は自らの障壁を探照灯代わりに使うまでも無くそれ(・・)の前へと辿り着いた。

 

《てっ、提督さん・・・これ、なんなのかしら・・・?》

 

 それは青白く波の様にうねる光を内側に湛えた小山の様な水晶の塊、その前に立ち止まりその結晶体が内包する凄まじいエネルギー量(マナの流動)艦娘としての本能的に(霊力を扱う種族であるが故に)察知した軽巡はわずかな怯えを含んだ声を揺らした。

 

 まだその時点で阿賀野とその艦橋に居る仲間達だけでなく、人類側の誰一人として姫級深海棲艦が自らの身体に集めたマナ粒子を結晶化させる能力を持って生まれると言う事実を知らない。

 

 そして、それが現在までの人類が火から始まり原子力まで積み上げてきたエネルギー科学を根底から覆しかねない人類社会にとっての劇薬となりかねない代物だと気付く事が出来た(妖精から教えられた)のは艦橋の指揮席でマナの輝きに慄く潜水艦娘に抱き付かれながらマヌケ顔を晒している指揮官一人だけだった。

 

《えっ、提督さん? マナの・・・結晶ぉ?》

 




霞「だから、偵察飛ばしなさいって言ったんだったら」
伊58「そもそも吹雪の艦隊、回避盾なんだから正面から突撃しないで欲しいでち」
吹雪「だって司令官が今回は全体的に難しくないって言ってたもん! だからボスマスだって!」
中村「あー、あれだ、生存判定のダイスを」
五十鈴「アナタは甘やかさないの!、考え無しでボスマス突撃した上にファンブったのは吹雪よ、キャラロストに決まってるでしょ!」
吹雪「そんなぁ・・・義男さんと一緒に育ててきた私の艦隊(パーティ)がっ!」

ウァワン>(つ;>ω<;)(吹雪)N督)ムギュ

五十鈴「吹雪は進行の邪魔しないで大人しく新しいキャラシでも用意しときなさい、で、ゴーヤはさっさ遭遇ダイス振る!」
伊58「サ、サブマスが容赦なさすぎるよぉ」
霞「ゴーヤ、ボス前のマスで合流よ! さっき吹雪がやられた編成なら連合組んで叩けば何とかなるったら!」

鳳翔「あらあら、提督、皆さん、お夜食持ってきましたよ」

工藤「・・・えっ、ぇぇー?」


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第百十話

 
とある二人の大学生と南の島

所詮、貴様らは歴史に名を遺す事無く市井に埋もれる運命。

故にその名が本編に記される事など許されない!



あっ、もちろん鹿島さんは別ですよ?
 


 

「と言うわけで♪ 私と先輩さんが居るのはハワイでした~♪」

 

 澄み切った青い空と海が一望できる爽やかな潮風を感じる自然公園でツインテールに結った銀色の髪とライトグリーンのパーカーを跳ねさせはしゃいだ声を上げている色白美人がカラメル色(焦げ茶色)成分の多いプリン頭のアロハシャツが構えるハンディビデオカメラの前でポーズを決め。

 そんな若干どころか間違いなく私にはついて行けないと確信できるタイプのテンションで今自分達が居るアメリカ合衆国ハワイ州オアフ島の主要都市であるホノルルの観光案内っぽい事をしている二人の様子を私はただぼんやりと眺めている。

 

「イエーイ! もちろん俺もいるぜ、出るぜぇ♪」

「いいえ、おバカさんに出番はありません♪」

 

 十一月ともなればハワイと言えど気温はそれほど高くはない、しかし、日本ではまず見れない熱帯植物が生い茂るその場の雰囲気に乗せられているのか我が友人はテンションが上向きに振り切れたらしく、自分の手にあるカメラの前に顔を出そうとした様だがすぐさまその顔に突き出されたしなやかな張り手がファインダーから茶髪頭を追い出した。

 

「あぉん、ひどぃんっ!」

 

 強引にレンズの外側へと押し戻され大してショックでも無いクセにオーバーなリアクションと共に笑っている友人とそんな彼へ顔の半分近くを隠すほど大きいサングラスを付けている美人が呆れ半分の苦笑を口元に浮かべる。

 ホノルル空港のやたら広く商品バリエーションも豊かな売店に売っていたパーティーグッズ(ビッグなサングラス)で顔の半分を隠した女子大生、私が通う大学では茅野志麻と名乗っている彼女はその肩にかかっているパーカーの前を閉じておらず。

 その下に身に着けた白地に水色フリルのビキニとベージュ系ショートパンツ、大胆に露出した柔肌が南国の陽気な雰囲気のせいか私には一際眩しく感じられる。

 

「はい、それじゃ先輩さ~ん、出番ですよっ♪」

 

 早合点と屁理屈ばかりが上手いがユーモアセンスは無いと良く言われる私に代わって自らの魅力を最大限まで使って動画を盛り上げようとしてくれている彼女の存在は個人的にはとても助かっているしむず痒いが嬉しさもある。

 だが、いかんせん彼女は普通の服装ですら老若男女問わず道行く人目を惹くほどの容姿だと言うのに今の様に脇だけでなく臍や腰まで丸見えな姿ともなれば動画サイトへ投稿するべきか非情に悩むレベルで目の毒である。

 

「いや、私はその・・・観光案内が出来る志麻さんほどハワイに詳しくないんだけど」

 

 私個人としては少なく見積もっても普段の三倍以上強化されたそんな色っぽい姿で近づいてこられると非常に目のやり場に困ってしまう。

 

「そんな事言わずに張り切っていきましょう! ナナサンch初の海外ロケなんですから♪」

 

 そして、波打つ銀色の髪を踊らせる様な軽い足取りが私の目の前で立ち止まり少し屈み、顔を隠している大きなサングラスを片手で押し上げ、その下から上目遣いの碧い瞳が宝石の様にきらめく。

 

それに私もガイドブック暗記しただけですから、うふっ

 

 純日本人ならばあり得ない日の下で輝く銀髪、けぶる様な長い睫毛に飾られた碧眼、その内が宿す神秘の力は知れば知る程に彼女が私達常人とは一線を画す存在だと教え。

 それぞれのパーツが芸術的なバランスで並べられた顔立ちはどこか童顔の様な可愛らしさ(あざとさ)を宿していると言うのにその首のすぐ下には寄せて上げなくてもはっきりと谷間を作る二つの膨らみがフリルに包まれ曲線を描いている。

 

 今ではなく、此処ではない世界(前世)、かつて私がただのサラリーマンとしてあくせく働きながらその合間に心の癒しとして楽しんでいた艦隊これくしょんと言う名のゲーム内に居た彼女を指し、多くのプレイヤーがどんな格好をしてもエロい艦娘と言う相手が実在していたならば失礼極まりない表現をしていた。

 そして、何の因果かこの世界(今世)で鹿島と実際に出会ってしまった私は目の前で強力な磁石の様に目を引き付けるパーカーの下にその表現が正鵠を射ていた事を改めて再確認させられ、同時に動揺する私の反応を楽しんで微笑んでいる鹿島の様子に気付きなけなしの根性を振り絞って口元を押さえ(鼻の下を隠し)つつ顔を上げる。

 

「おしゃべりしてたら時差ボケもやっつけられますよ、ねっ、先輩さんっ♪」

 

 香取型練習巡洋艦の二番艦【鹿島】、この世界では現実の存在となった艦娘の一人であり普段は偽名で本名を隠し女子大生をやっている美人が私の腕に抱き着く様に腕を組み、至近距離から男心へ強烈な効果を発揮する過剰攻撃を私に叩き込む。

 その瑞々しく私の腕に吸い付くきめ細やかな素肌の感触は一言で言ってヤバイ、上目遣いで微笑む艶やかな美貌が繰り出す甘え声がヤバイ。

 物理と精神を同時に攻める巧みな戦術を前にそれなりに自信がある私の精神力が白旗の用意を始め、語彙力がカメラをこちらに向けて「ウェーウェー」と馬鹿みたいに囃し立てているバカ野郎並みになってしまう程にヤバイ。

 

「みゃ・・・こほん、まぁ、私達がここに来た理由の説明は先にしておいても構わない、かな」

「大丈夫、フォローは任せてくださいね♪」

 

 彼女の魅力に狼狽えすぎて声を裏返らせてしまい誤魔化しの咳払いをしながら抱き着かれていない方に手でホノルルと印字された帽子を被った頭を掻き、そんな情けない私に向かって満面の笑みを浮かべサングラスを顔に戻した鹿島がカメラに向かって腕を引っ張る。

 

 そんな鹿島のきらめく笑顔を見続けていると恐らく降伏(幸福)寸前の理性が野性化しかねない為に彼女のアピールにふやけかけた脳みそを叩いて別の事を無理やり考えさせる。

 そして、気を紛らわせる為に引っ張り出したのはたまに友人に手伝ってもらいながら私がやっているニッチな内容を語るネット動画のお気に入り登録者が千人に届いたと言う運営からのメールに小躍りして柄にもなくプリン頭にラーメンを奢るほど調子に乗った事。

 さらに次の日には「何で私も連れてってくれなかったんですか」とリスの様に頬を膨らませながら私の家に押しかけて来た彼女の姿だった。

 

 二人の時には偽名(志麻)ではなく本名(鹿島)と呼ばないと見るからに機嫌を損ねる彼女はレトルトカレー(その日の夕食)を手に硬直する私の様子に何を思ったのか自分も動画配信に協力すると言い出した。

 

 十中八九、私が奢ると言った途端に大盛チャーシュー麺に加え餃子まで注文しやがった遠慮と言う言葉を知らない男から聞いたのだろう。

 

 その後、声だけの出演ながら鹿島の登場一回目となる投稿で私のチャンネルは登録者数が三倍になり、さらに一か月後には一万人の大台を超え白目を剥く程の泡を食わされ。

 画面の横から顔を出すデフォルメした鹿島のパペット人形と縁日で売ってる様なお面を被り理屈っぽく捻くれた物言いをする私の掛け合いが安定した頃にはよっぽど物好きな人間以外には箸にも棒にも掛からぬタイプであった我が動画配信チャンネルは週刊ランキングに広告付きで表示されるまでになった。

 

 私と友人がほぼ名前だけ貸している状態のマイナーサークルが開いたクリスマス前の親睦会(の皮を被った合コン)にやってきた新入生では一番の美人と名高い女子大生。

 それまでの面識はないと言い切れる彼女と私は何を間違ったのかその酒宴の夜にのっぴきならない関係になってしまっただけでなく何を思ったのか翌日に鹿島は自らの秘密(艦娘である事)を暴露し、その日から侵掠(しんりゃく)すること火の如しとでも言う様な速さで一年足らずだと言うのに彼女の存在は私の生活のあらゆる部分へと入り込んでいる。

 

「ぉん? りむぱっくって何? パック麺の親戚? うめぇの?」

「なんで食べ物だと思うんだ、はぁ・・・、と言うか出発前にちゃんと言ってたよね? 日本語では環太平洋合同演習、目的としては有事の際に備え国同士での共同作戦能力の向上と現場レベルでは士官同士の友好関係を作る事が・・・去年のクリスマスにあった海自の式典のスゴイ版だよ」

「・・・なるほど!」

 

 喋っている途中で友人の顔が大学の講義中に良く見る右耳から聞いた授業内容が左耳から魂ごと抜けているマヌケ面に変わったので彼でも分かるぐらい物凄く適当な言葉に翻訳し直した。

 

「ちなみに参加国同士で最新装備を見せ合って我々は強いんだぞーと他の国に自慢するって意味合いもありますよ」

「ふぇー、自慢すると良い事あんの?」

 

 今回、突然と言って良い急な日程で再開される事になったRIMPAC(環太平洋合同演習)に自衛隊から艦娘が参加すると言う情報を手に入れた私は直ぐさま大学へ数日分の休学届を出した。

 幸いにして実入りの良い(テレビ局での)アルバイトのおかげでハワイ行き飛行機のチケットの予約を行った後も旅行資金には余裕があった。

 

 そんな時に「俺も行きたいぜぃ!」と私だけでなく他の学友の手助けを受けてすら単位取得ギリギリのラインを横ばいで過ごしているコミュ力だけは人外レベルの我が友はいつも通り何も考えて無さそうな顔(爽やかな笑顔)で笑う。

 

「仮にですけど貴方の前に見るからに弱そうな人と強そうな人が居るとします、ケンカするならどっちにしますか?」

「俺っちケンカした事ねーし、わかんね。 でもケンカなんてやる理由作んなかったらやる意味ねぇっしょ?」

「あら、・・・おバカさんって意外に頭が良いんですね」

 

 正直に言えば私自身も一人で海外と言うのは心細い気持ちも無くは無かったわけで彼の申し出は嬉しくあったのだが、いざ追加の旅券をネット予約しようとした時にパスポートの存在を知らないなどと頭の痛くなるセリフをヘラヘラ笑いながら言った馬鹿の額にハワイ観光と書かれたガイドブックを叩きつけた私を誰が責められようか。

 そんな時、棒の様に丸めた小冊子と性懲りも無くヘラヘラ笑うプリン頭の間でポコンッポコンッと良い音がなる1ルーム(我が家)へ野菜やら何やらが入った買い物袋(エコバッグ)を手にした地毛色(銀髪)を隠さなくなった女子大生が現れて目を丸くし、今度は「なんで私も誘ってくれないんですか!」と怒る彼女との一悶着があったが取り敢えずそれは頭の端っこに置いておく事にする。

 

 2008年に初めて確認された深海棲艦の出現から海難事故は増加を続け、2010年以降では「海外に行くなら家族に遺書を残して逝け」なんて八割本気で言われる昨今の安全保障。

 

 危険が一切ないとは口が裂けても言えないが今のところ十分な高度をとれる旅客機による海外渡航なら海上から深海棲艦に撃ち落とされたと言う事例は無い。

 とは言え、ミリタリ―系のサイトや集いで空母ヲ級が発進させた黒い円盤がジェット戦闘機を同等の速度で追い回していたと言う情報も出てきている以上は今後も空路が安全であるとは言い切れず客足は確実に減り、それに反比例して料金は増えている。

 

 仮の話だが空港から出発したジェット機が無事に目的地の近くまでこれたとしてその手前で高度を落とさねばならない空域は必ず存在し、沿岸部に空港がある国などの場合はそこで深海棲艦の射程範囲に入ってしまえばどんなに高性能な飛行機でもただの的になるのは素人でも分かる事。

 

 だが、現在の日本とハワイはお互いに島と言う深海棲艦に包囲されかねない海に囲まれた立地を持つものの、人と物を繋ぐ空路は安定している。

 

 何故かと言えば日本は言わずもがな艦娘と言う深海棲艦の天敵である戦乙女達が日夜守りを固めているからであり、ハワイでは私達が泊っているホテルの窓から見える程に巨大化した物々しい港に駐留する米軍の艦隊によって近づく近付く深海棲艦は追い払われるから。

 

 ただアメリカの長大な西東両海岸は少なくない被害が報告され噂では深海棲艦の上陸もあったとか言う話だ。

 

 もっともホワイトハウスと米軍の発表は「国土への侵攻を受けた事実は無く、また深海棲艦は全て軍によって撃退されている」と問題など何一つ無いと言い切る堂々とした態度を崩していないのだが。

 

 しかし、各国の軍事予算が例年になく増大し軍港と海上戦力の整備があからさまに加速しているのに物資の損耗だけでなく戦死者が少なくない人数出続けている事を鑑みると近い将来において各国の沿岸防衛に限界が来ると言う識者の言葉は真実であると納得せざるを得ない。

 

「・・・さん、先輩さん!」

 

 もしかしたら今ここにいる私はハワイへと観光客としてやって来た最後の日本人の一人となってしまうかもしれないのだ。

 

「大丈夫ですか? 私の声聞こえますか!? 取り敢えずお水飲みましょう!」

「・・・は? あ、すまない、少し考え事をしてたみたいだ」

「はははっ、相変わらず何言ってんのか分かんな過ぎて逆にウケるわ、お前~」

 

 さっきまで友人と小学生と先生みたいなやり取りをしていた鹿島がいつの間にか血相を変えた様子で私の目の前にペットボトルを差し出していて戸惑いながらそれを受け取る。

 ふと周りを見回すとすぐ近くでビデオカメラのミニモニターを覗き込んでいるらしい汚い茶髪が私を指さしながら若干イラっとする笑い声を上げていた。

 

「ありがとう、でもそんなに慌てる程の事じゃないと思うんだけど」

「油断大敵です! 熱中症を甘く見ると大変な事になるんですよ!?」

 

 貰った水を口にしながら大袈裟に慌てる鹿島へ苦笑を向けると柳眉を逆立てた彼女がますます私に密着しポロシャツ越しに感じるたわわな感触で心臓が痛い程に刺激された。

 

「少しぼーっとしてただけで熱中症って大袈裟だな、今日はそんなに熱くないじゃないか、ほら汗も出てないし」

「もぉっ、先輩さん!」

 

 口元を尖らせ「めっですよ!」と私の額を人差し指で軽く叩く鹿島の諌める態度も声もかつてPC画面ごしに聞いた音声(セリフ)には無かったと言うのに、いや、無いからこそ目の前の鹿島がデジタルなキャラクターではないと言う事実として私の中に妙な安心感と嬉しさを与えてくれるのか。

 

 ちなみに後で友人が撮っていたその時の録画で自分でもヤバイ奴だと思うほどの勢いで世界の空路と軍事が密接に関係している等と口から垂れ流すニチアサヒーローのお面を被った自分の姿を見て私は拗ねてしまった鹿島へココナッツジュースを献上しつつ平謝りをする事になった。

 

・・・

 

 日程としてはRIMPACの開催に合わせて来たわけだが当然ながら一般観光客三人に観客としての席など用意されるわけはなく、遠目に見える灰色の軍艦を注意されない程度を弁えて写真に収めるか関係者がひしめく式典会場から聞こえてくる喧騒に耳を傾けながらハワイ名物を食べるぐらいしかやる事が無い。

 

 しかしながら現地であるからこそ日本では取材と編集から放送までタイムラグがある開催会場の映像が無造作に食堂のテレビなどで流されているのだから今回の旅費は無駄なものではなかったと自信を持って言える。

 

 我々は遊んでばかりいたわけではないのだ(自己弁護でしかない事は承知している)

 

「だけど・・・まさか、自衛隊から派遣されてきた艦娘の中に一航戦の二人が居るなんて、ここはハワイなのになんでそんな事を」

「イッコウ線・・・もしかして電車の話か? 俺っち埼京線になら詳しいぞ!」

「艦娘の海外派遣ではなくあくまで演習と式典に参加するだけって言い訳だけでも苦しいのにエライ人達は何考えてるんでしょうね」

「二人して・・・無視しないでちょー」

 

 派遣されてきた十四人の艦娘達が登壇し、その指揮官だと言う田中良介二等海佐が挨拶と後ろに並ぶ彼女達の紹介を行った際に「赤城」「加賀」の名前が出た途端、会場が静まり返った。

 旧日本海軍における第一航空戦隊であった二隻の航空母艦とハワイの関係は歴史的な観点から見れば火と油、加害者と被害者と言っても過言ではない。

 しかも、よりにもよって開催地がパールハーバー(真珠湾)だと言うのだから招待したアメリカとしては日本がいきなりプレゼントボックスから爆弾を取り出した様な状態とも言える。

 

「これがギリギリまで派遣される艦娘の名前が伏せられていた理由かもしれないな」

「私が姉さんから聞いた話だとアメリカからかなり強引な要請があったらしいですよ? 強い艦娘を出来るだけたくさん寄越してくださいーって」

 

 自衛隊ではなく内閣情報調査室に彼女の姉妹艦である香取が居る事を教えられたのはわりと前、そんな姉から聞いたと言う明らかに一般人に教えていい話じゃない話を何気ない調子で口にしながら鹿島は隣に座っている私の肩へとしな垂れかかる様に頬を乗せた。

 今に始まった事じゃないがまるで私を試す様に爆弾発言をポイポイと投げてくる脱走艦娘の話に興味本位で飛び付けば数日後には黒づくめの人達がドアをノックしに来るんじゃないかと戦々恐々とさせられる。

 

「そ、そうなのかい」

「ええっ♪」

 

 むしろ彼女にとってそんな小心者な私を揶揄うのは猫がネズミのオモチャを転がして遊ぶ程度の他愛ない娯楽なのかもしれない。

 

 たまにこちらへと向けてくる銀の前髪の下から私の内側を探る様に覗き込もうとしてくる碧い目が空恐ろしく、なのにその度に目が離せなくなりそうな魅力(水底)へと誘われるままに沈んでしまえば何も難しい事を考えずに済むのではと退廃的な考えが過る。

 

「おいー、放置は止めれ、イッコウセンって何だっつーのよ? マジで教えてくれい、俺にゃ艦娘が激カワって事しかわかんねーんだってばよー」

「・・・君って奴は、赤城と加賀って言ったら教科書に乗ってるレベルで有名なんだよ?」

「マジで!? 常識問題ってか?」

 

 教科書に乗ってるって言うのは流石に誇張が過ぎるかもしれない、だが丁度良いので能天気な友人の声に大袈裟に肩を竦めて見せる動きでやんわりと私に寄りかかっている鹿島の身体を押し返す。

 自惚れかもしれないが彼女は私に好意を持ってくれているだろう、だがそれだけが理由で私に近づいてきたわけでは無いと言うのは言葉の端々に一般人が知ってはいけない情報を混ぜてくる言動から嫌でも察してしまう。

 押し返して身体を離そうとしたら逆に私の腕を両手で抱きしめる彼女の姿のどこまでが本当で、どこからが計算であるのか対人関係の機微や裏を読むのがあまり得意ではない私には分からないけれどその全て嘘だとは思えない。

 

 もっとも、それは彼女が好きでもなんでもない()恋する演技が出来る(抱かれても平気な)女性(ひと)であって欲しくないと言う私の願望でしかないわけだが・・・。

 

 私の個人的な事情はさておき、かつて太平洋戦争の開始を告げる為に当時の敵地であった真珠湾へと先制攻撃を仕掛けた空母達が人の姿となってその地を訪れると言う異常(・・)を受け入れ即座に順応できる人間は少ないだろう。

 海外旅行プランへと変更した携帯電話の画面に映るサイトの大半も一航戦の二人がテレビに映ったと同時に批難の声が次々に並ぶのだから明日明後日には尾ひれの付いた憶測と誹謗中傷が数十倍になって電波とネットを介して世界中で飛び回る事が目に見えている。

 

「なら、そうならない為に先輩さんのチャンネルを盛り上げましょう♪」

「まぁ、私程度に出来る事ってそれぐらいしかないわけだしね」

「なになに、ついにライブ配信やっちゃう感じ? 生放送やっちゃう?」

 

 事前に編集用のノートパソコンは持ってきたしネット環境があるホテルを選んだが、とは言えLIVE配信に踏み切れる程の材料が揃っているとは言い切れない。

 

 ハワイに来てから私達が撮影したものと言えば一日目の空港でのショッピング、二日目は自然公園でホノルルの観光案内、そして、合同演習の開催を知らせる式典が行われてた三日目を挟み。

 四日目の今日の取れ高は深海棲艦の影響か人影疎らな砂浜散歩の後に入った地元食堂で大盛のロコモコ丼へかぶりつきほっぺたをもごもごさせている20歳児の汚い顔だけである。

 

 思い返せば碌なもんが無いじゃないか。

 

 せめて目の前でどんぶりを空にしているのが友人ではなく一航戦の二人なら艦娘が得体の知れない人型兵器ではない身近な存在なのだと好印象の一つでも持ってもらえるような映像になるんだろうけれど、それは無いものねだりに過ぎないだろう。

 そもそも今回の大規模な国際合同演習は今の世間を騒がせている話題の一つでしかなく、本イベントの主催であるアメリカでは先週開票が行われた大統領選の話題がトップニュースを飾っている。

 

 深海棲艦の出現に即して艦娘と言う抵抗手段を作り出し専守防衛に徹した日本と違い世界において資本主義の中心であるアメリカ海軍は史上初の深海棲艦との戦闘である名も無い海戦以降も国民の財産を守る為に国防以外の作戦への参加を余儀なくされた。

 民間人の帰国程度ならば個人で空港を使えば問題ないが米国企業が世界各地に分散させた莫大な資本の回収ともなれば飛行機の輸送能力を容易く超える。

 結果として旧式戦艦を修復してまで輸送船団を組織せねばならなくなった超大国はその過程で徒に海上戦力たる艦艇や兵器類を損耗し、それ以上の自国防衛を担う多くの若者達を失った。

 

 その時には国際ニュースの中に深海棲艦の攻撃によって第二次世界大戦期に建造された戦艦の名があった事に私は自分の目を疑ったものだ。

 

 後に報じられた被害の多さに大統領の弾劾運動にまで発展しかけたアメリカの事情は他人事と言うにはあまりにも巨大に燃え盛る火事の様相であり、現在もその影響が残っているのか今年新しく大統領の座に座る事となった人物は二度目の2016年を生きる私にとって聞き覚えの無い名前となった。

 

 深海棲艦が現われ、艦娘が姿を見せ、かつて前世で触れた物語が徐々に現実の中で再現されていく空恐ろしい感覚はもう諦観と共に受け入れる事が出来るようになっているが、せめて自分が生きる場所ぐらいは平和であって欲しいなんて贅沢な願いと共に私は穏やかな南国の海へと目を向けた。

 

 アイオワは沈んでなどいない、だからこそその乗員であった彼らの名前は軍籍に残されている。

 

 ふと思い出したのは戦死者への賠償責任から逃れるためか現実逃避か、件の戦艦か行方不明になってから遺体一つ船体の欠片すら見つからないので彼らが生存し戻ってくる可能性があるなどとデタラメな演説した前大統領の事。

 少なくとも後任に全ての責任を押し付けて前の世界の様にレジャーを楽しむ姿をネットにアップする日が来るとは思えないがある意味では前世通りの歴史の終わりを身を以て知らせてくれた彼の今後に私だけは幸あれと祈る事にした。

 

「結局は他人事なんだけどね・・・」

「先輩さん?」

「何でもない、帰ろうか」

 

 地元でも美味いと評判な食堂から出て数十分、私がここでやるべき事はホテルに戻って三人の大学生が適当に撮ったハワイ観光の様子をイイ感じに編集してネットの住人におすそ分けする程度しか残っていない。

 そして、明日の朝に鹿島と友人と共に日本への帰国便に乗り込めば本当にただの観光だけで私にとって最初で最後になるだろうハワイとはお別れと言うわけだ。

 

・・・

 

 ついさっき改めて見たネットニュースには数日後に赤城達が国立墓地へ謝罪と献花を行うなんて根も葉もない話が飛び交い始めている。

 だが、その真偽を現地で確かめるにはあと一週間分の休学が必要になるわけでそれなりに学業に熱心な私は明後日の講義をサボるわけには行かない。

 

 予想よりも早く増える無責任な噂に飽きて私が良く利用する艦娘の情報が集まる掲示板を見ればこっちはこっちで一航戦やRIMPACの話そっちのけ。

 『那珂ちゃんが北海道でライブを開催』なんて嘘丸出しの話に踊らされている連中のレスが大量に並ぶ平和な日本(平常通りの連中)がそこにいた。

 

「ねぇ、先輩さん♪」

「なんだい?」

「今度来る時は夏にしましょう!」

 

 海岸沿いのヤシの木が等間隔で植えられている道を歩き始めると横に私の並んだ鹿島が南国の太陽に負けない眩しい笑みを浮かべ「今度は二人きりで」と二人の間にだけ聞こえる程度の悪戯っぽい囁きを私の耳に吹き込む。

 不意打ちと言うのは非常に心臓に悪い、せめて身構える準備をさせて欲しいと言うのにライトグリーンの袖から延びるしなやかな手が私の手を捉えて指を絡めてきた。

 

「あっちぃ、あっついわぁ~、ハワイでストーブ使うとかKY過ぎじゃね? オマエら空気ヨメyo!」

「五月蠅いよ! ・・・え?」

 

 茶化し全開のセリフだがカメラを向ける事はしない程度のTPOを弁えているらしい友人へ恥ずかしさに赤くなる顔を顰めながら叫び、私は横目に見えた海の向こうから迫ってくるそれに絶句する。

 

「揺れる光・・・? 虹が・・・近づいて来る!?」

「おん? おま、なに言ってん・・・がっ!?」

 

 昼下がりの少し傾いた太陽を背にした私の視界に広がる青い空と海が波打つような虹色なのに昏く感じる何かによって急速に染め上げられていき、水平線から湧き出すように迫って来たそれはあっと言う間に砂浜へと到達して私達の身体を飲み込んだ。

 

 風圧と言うよりも水圧に近い粘りを感じる昏い光の流れの中で咄嗟に鹿島の身体を抱き寄せて顔の前に手を翳す、呼吸は出来るけれどまるで身体の内側に絡み付く様な重みに胃の中身が掻き回されたものの私は何とか吐き気を押し止められた。

 だが、すぐ近くの草むらにカメラが落たと同時にアロハシャツは地面に倒れ込み、白目を剥いてさっき食べたばかりの昼食を吐き出しながら痙攣する友人の姿に私は悲鳴を上げる。

 

「大丈夫か!? しっかりするんだ!! そっ・・・そうだ、きゅ、救急車をっ!!」

 

 急激な虹色に染まった空気の流れは一分も経たずに通り過ぎ、わずかにチリチリと音を立て空気の溶ける光る粒子が漂う中で私は声をかけて抱き起こした友人が尋常では無いショック症状を起こしている様子に息を詰まらせ、折り畳み式携帯電話のボタンを震える指で押す。

 

「先輩さん、落ち着いてください大丈夫です」

「お、落ち着けってそんな、だって呼吸が! なんで電源が切れてるんだ!?」

 

 ついさっきまで問題なく光っていた画面は沈黙し電源ボタンを何度も長押しするが携帯が再起動する兆しは全く見えず苛立つ私の手を横から鹿島の手が掴んだ。

 なぜ邪魔を、と切羽詰まった声を上げかけた私の抱える友人の胸元へと鹿島の手が流れる様な動きで添えられ、先ほどの絡み付く様な虹色とは違う明るい色の光が彼女の手の平から苦し気に震える胸元に広がり。

 

「ぐへっ! ごほっ、ぎもちわる・・・」

「だ、大丈夫か! しっかりしろ、この指は何本に見える!?」

「だいじょばない・・・数えろって言うなら振るなよ、見えねえ、げほっごほっ!」

 

 どうやったのかは分からないが鹿島の手で友人は意識を取り戻した。

 だが私が彼の目の前に突き出した静止している三本の指が数えられない程に揺れていると言うからには無事とは言い切れない。

 

「何が起こったんだ・・・? 起きてるんだ!?」

 

 ただ命に別状は無さそうだと一息ついて顔を上げた私の周囲ではランニングしていたらしいハワイの住人や数少ない観光客達が道に倒れ込んだりヤシの木や家の壁に寄りかかり呻いている明らかに異常な様子が見えた。

 

 いや、さっきの光の波の中で平気な顔をしている私と鹿島だけが異常なのか。

 

「先輩さんはやっぱり平気なんですね・・・」

「な、なにが起こったんだ、君はさっきのが何なのか知っているのか・・・?」

 

 私の問いかけに答えず目の前でしゃがみ込んでいる鹿島は小さくため息を吐いて友人の胸元から離した手を自分の耳へと被せるようにして目を閉じた。

 

「鹿島!」

「っ・・・さっきのは深海棲艦が発する霊的力場です、多分ですけど・・・先輩さん、お願いですから少し待ってください」

 

 私も混乱しているんです、と蚊の泣く様な呻きに勢い込んで叫んでしまった私は二の句を継げず目の前で瞑想する様に目を閉じて微動だにしなくなった鹿島の様子を伺う。

 

「ええ、・・・そう、っ・・・なんですかそれっ!? 香取ねぇっ! 事前情報が間違ってたなんて言い訳にもならないでしょ!!

 

 そして、突然に激昂した声を上げ鹿島の碧い瞳が見開き虚空を睨みつける様に明後日の(日本がある)方向へと鋭く顰められた視線が向いた。

 

「ハワイ沖に限定海域があったって? なんでそんな重要情報がそっちに降りてきていないんですか!? 内閣直属の名前は飾りとでも言うんですか!!」

 

 今まで見た事が無いほどの苛立ちに歪んだ鹿島の顔が不意に私へと向き、耳元に当てていた手と怒りに満ちた眉と口元が力なく下がって悔しさと悲しみを感じさせる表情へと変わり。

 

「それを知ってたら・・・わたし、先輩さんと一緒に旅行だなんて馬鹿みたいにはしゃいでないで・・・貴方を止められたのに」

 

 正面から抱き着いてきた柔らかさで視界が暗くなり少しの息苦しさを感じる薄布の感触に私は驚き、頭を両手で抱きしめた鹿島の涙に鼻をすする声がする。

 

「おっぱ・・・ぜっけい、なう」

 

 理解できない状況の中、戸惑い抱きしめられるままその場で動けなくなった私だが何故か鹿島と自分の身体の間に挟まったたバカ(邪魔者)を路上に投げ出すのだけはスムーズに出来た。

 

 




 
マサン「わかった、次回もラブコメで行こう、次のカップルはなんだ?」

プロットさん「あ? ねぇよそんなもん」



特に恨みは無いがハワイを滅茶苦茶にしてやるぜ!
 


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第百十一話

 
所詮は主人公達に倒されるだけの敵に余計なバックボーンなんていらないと思わない?

だって、そんな悪役に同情出来ちゃう様なエピソードとかがあったらさぁ。

いざ倒しちゃった時に後味が悪くなるでしょ?
 


 油の様なぬめりを感じる玉虫色と硬質な瑠璃色の表面を揺らめかせ彷徨う昏い光を宿す奇妙な形の泡がゆったりとした動きで深海の流れに従い海底を漂う。

 

 地球規模、大海原が内包する広大さと奥深さから見ればほんの一滴ともいえる程に小さなひょうたん型の気泡。

 

 だが人の尺度で測ったならば数十mの体積を不安定に捩じりくねらせる奇妙な光を宿した巨大な気泡とでも言うべき人類の常識からは大きく外れたあり得ない現象が暗黒に満ちた重苦しい水圧の中に存在していた。

 

 闇に満ちた深海から押し寄せる凄まじい水圧と巨人の腕の様に力強い海流に捻じられても、二つの楕円球が繋がった奇妙な気泡は暗い水底で弾ける事無く。

 

 それどころか気泡に触れた海底の岩場がまるで巨大な舌に舐めとられたかの如く岩盤ごと抉り取られる。

 

 そして、光も射さない海の底をぼんやりと照らしながら海流に乗って彷徨う巨大泡の内側、それぞれの直径が60m程度の歪な楕円の双球の外見と明らかに釣り合わない広さを持った箱庭に満ちたインクの様な黒色の海が叩きつける様な突風で無数の渦潮を作っていた。

 

 見えない槌の様な突風で激しさを増すその黒い海面を荒立てる幾つもの黒い渦潮の一つ、人間側から駆逐イ級と呼ばれる一匹の怪物が乱杭歯を打ち鳴らし野太い汽笛の音を上げながら渦に振り回されいる。

 

 ミサイルの直撃にすら耐える黒鉄の装甲を押し潰しそうな程に強い水圧の中で助けを求める思惟(悲鳴)を上げていた駆逐艦の船体が不意に渦の外から延びてきた巨大な腕に掴まれ引き上げられた。

 

 不可視の障壁に使える力の全て消費し尽くした駆逐イ級は船体の隙間に入り込んだ海水をピューピューと水鉄砲の様に吹きつつ自分を嵐の海から助け出したてくれた相手(恩人)へと強い感謝の思惟を飛ばそうとした。

 だが、下級な深海棲艦の緑に光る目が自分を抱き上げている相手の姿を捉えた瞬間に駆逐イ級はまるで物言わぬ彫像の様に身体と思惟を硬直させる。

 

 そこに居たのはまだこの世界の人類側には存在を認識されていない姫級深海棲艦の一体であり、120m近い船体の駆逐艦を小さな荷物の様に小脇に抱える程に巨大な身体(船体)を持つ姫の()を冠する深海棲艦。

 

 イ級にとって自らが仕えるべき主人として本能に組み込まれた相手であり、彼女から見れば(艦種)(階級)も比べるまでも無い弱者である従僕は自分程度の存在が主に救われた上に気付かなかったとは言え思惟までもを交えようと考えたなど到底許されない愚行だと猛省する。

 全ての深海棲艦がその行動理念の基礎としている命の理(階級制度)においては無礼極みを行いかけた駆逐艦はかくなる上は廃棄処分されても(挽き潰されても)致し方なしと覚悟を決め姫の判決を待つ。

 しかし、そんな潔く覚悟を完了させている従僕とは裏腹に些末事など知った事ではない主人は小脇のイ級をぬいぐるみか何かの様に抱えながら荒れ狂う黒い海へと遠い視線を向けて眉を顰めていた。

 

 美の女神像に命を吹き込んだ様な美貌と凹凸(山と谷)に恵まれた八頭身のプロポーション、磨き上げられた大理石を思わせる艶めく白い肌はネグリジェの様な漆黒の薄絹と同色の首飾り(チョーカー)によって煽情的な魅力を際立たせ。

 荒れ狂う波に巻き起こされた重い湿気を伴う強風が長い脚まで届く黒髪を弄ぶようにはためかせ、生物が生存するにはあまりにも厳しい環境の中だと言うのに泰然と黒海に立つ戦艦に分類される深海棲艦。

 

 戦艦棲姫は額に生える二本の短角と顔の真ん中を通る様に垂れ下がる一房の前髪の下で鋭くした瞳から赤い灯を漏らしていた。

 

 顰められた表情の見つめる先にあるのは彼女にとって自分が支配する領域の端であり、本来ならば外海(外界)領地(内海)を隔てる霊力の障壁が存在していなければならない方向。

 だが、その戦艦棲姫が見つめる先には彼女が海底のさらに奥深くから産まれ出てから当然にあるものだと考えてきた自らの霊力で編み上げられた水壁は無く、海面に口を開くトンネルの様に半円の穴が存在していた。

 

 さらには彼女が支配する海域の中に嵐を作り出している元凶ともいえる巨大な穴の向こう側には戦艦棲姫と同じ様に顔を顰めた深海棲艦が豊かな白髪を風に舞わせながら腕を組んで仁王立ちしている。

 

 戦艦棲姫から見れば自らほぼ同じ身長ではあるが髪の色は対照的に真っ白。

 

 肌を大きく露出し胸元から股下を隠す程度の薄絹を身に着けた戦艦に対し襟を黒い旗の様にはためかせる布地の厚みだけでなく手足を覆う黒鉄の飾りで肌が見えるのは顔と肩の一部程度と装束も真逆と言って良い意匠(デザイン)

 

 そんな相手の容姿とその内から感じる力の質と量を計った戦艦の姫は結論を出す。

 

 奴は空母である。

 

 しかも、よりにもよって自分と同じ姫級(・・)の。

 

 外へ遊びに出かけた下僕達が泡を食ったように領地へと引き返してきた直後に起こった空間を鳴動させる強烈な衝撃の後に始まった不愉快極まる大異変。

 それからかれこれ数十時間、何度も太々しい顔で腕を組む空母の実力を疑い計ってみても変わらない結論と威嚇し合う様な睨み合いに辟易し戦艦棲姫は色の無い唇をわずかにへの字にした。

 

 いい加減に退屈さを持て余した姫はさっき拾った下僕(駆逐イ級)の海水に濡れてつるつるしている装甲を人が猫を擽り愛でる様な手つきで撫で始め、廃棄処分されると思い込んでいた(しもべ)は信奉する主から与えられた望外の栄誉に硬直したまま緑色の灯を宿した瞳を点滅させその精神を狂おしい程に悶えさせる。

 

 そうしている間も遠くに立つ空母の姫と睨らみ合う視線を微動だにせず戦艦の姫は変わらず顔を顰めたまま。

 

 双方の背後には彼女達にとって配下である深海棲艦の群れ(艦隊)が艦種様々な大小の身を寄せ合い荒波に耐えながら主の命令を待つ様に不安定な海上に平伏している。

 

 頭の左側に一房だけ結っている(サイドテールの)白髪を激しい風の中にうねらせながらもだんまりを決め込み思惟一つ寄越さない相手の態度に戦艦棲姫の引き結ぶ様に閉じていた口元がわずかに開いて嘆息を一つ吐き出し、小脇に抱えていた駆逐艦を片手で持って自分の後ろへと振り向く事なく突き出す。

 

 姫の端的な思惟(命令)にすぐさま背後に控えていた黄色い灯をその瞳に宿す彼女の側近の一隻が跪いて両腕を差し出す恭しい態度でだらしなく船体をゴムのように弛ませている駆逐艦を引き取り。

 一時の手慰みであろうと主の戯れの相手となった恍惚の思惟を漏らし悶えている(羨ましい事この上ない)格下の様子に舌打ちした重巡リ級フラッグシップは無造作に他の小型艦が並んでいる隊列へとイ級を(船首)から投げ込む。

 

 直後にガツンガツンと(イ級達の悲鳴が)鳴り響く連続玉突き事故の音を背に戦艦棲姫は自らの腰に両手を添え、産まれて初めて遭遇する悩ましい問題を前に堂々巡りを続けている思考を改めて見直すように繰り返す。

 

 姫たる自分の領地に踏み込んでおきながら足元へと首を垂れ思惟(挨拶)の一つも寄越さないなど普通種の深海棲艦がやれば不良品のレッテルを張られ、命令するまでも無く背後に侍る(しもべ)達に袋叩きされ鉄くずにされて終わりだったろう。

 

 しかし、あそこに立つ侵入者は艦種は違えど領主である自分と同じ階級を持った存在、領地(箱庭)にて玉座にあり艦隊の中心にて従僕に傅かれるべき上位者なのだ。

 

 その証拠に相対している空母の姫の背後には自らの配下と比肩するだろう数と質を揃えた艦隊が列を成し、そして、領地(箱庭)の端に開いたトンネルの向こう側に遠く見える天井は戦艦棲姫にとって見慣れない色(硬質な瑠璃色)の霊力で染められていた。

 

 あの空母の姫の支配する領地と戦艦の姫たる自分の領地が何故そうなったのかさっぱり分からないがくっついてしまっただけでなく、異なる支配者が居る黒い海を繋ぐ穴が開いてしまった。

 

 そういう意味では今の状況は相手側にとって自分達こそが侵入者と言えなくも無い、と頭の痛くなるトラブルの内容を再確認し終えた戦艦棲姫は眉間のシワを深める。

 

 領地同士の接触の影響で海が時化が可愛く思える程の荒れ模様となった為か海に沈んでしまった寝床に使っていた浮島(水晶の貯蔵庫)が海流に乗って海中を逃げ回り、それを海上へ引き上げる為に向かわせた(しもべ)達も荒海に負けて追突や混乱によって損傷を負った。

 苛立ちを覚える程の手間をかけたと言うのにお気に入りの寝床の回収は失敗し、今も掻き混ぜられている箱庭の海流の中を彷徨い、回収に向かわせた(しもべ)を彼女の自ら渦潮から拾って助け出さねばならなくなる始末。

 

 戦艦棲姫にとって今の時点ですら少なくない不利益を自分達は被っており他にも面倒事は時間が経つ程に増えていくのは目に見えている。

 

 そんな状態でこれらの問題の原因と思われる相手へとこちらから思惟を送れば間違いなく従僕に自分達の主が余所者にへりくだったと動揺させるだけでなくあの空母の姫はこちらを嘲り(侮り)と共に増長するだろう、と戦艦棲姫は逆の立場だったら間違いなく自分もそうすると想像した。

 

 深海棲艦の姫たる者としての本能が妥協による安易な(事なかれ主義で)解決を図れば相手よりも格下の愚者となる事を教えている。

 

 とは言え、姫級故に産まれ持った支配者としてのプライドは守りたいものの、戦艦棲姫は背後で行儀良く並ぶ(しもべ)達の一部が補給を求めて(空腹であると)漏らす小さな思惟の囁き合いからこのまま前方の相手と睨み合いだけしているわけにもいかないと言う事も分かっていた。

 

 迂闊な行動は異なる領地に住む同族同胞(深海棲艦)と交戦状態になるかもしれないが、かと言って安全な筈の領地で手傷を負う事になった者達は主人として癒してやらねばならないし、なにより従僕を飢えさせるなど姫にあるまじき恥である。

 

 おまけに領地に巡る(マナ)の流れが大嵐になる程強まっている関係か、身体に溜まっていく余剰霊力が凝ってむず痒いので戦艦棲姫はさっさと自分の浮島(寝床)を海面へと引っ張り上げて持て余した力を水晶に変えてしまいたいのだ。

 

 仮に相手が同じ姫の格を持っていても明らかに自分より小さい枠の持ち主(駆逐か軽巡)であったなら、もしくは同等の力を持っていても(領主)ではなく(騎士)であったなら妹分として艦隊(群れ)に迎える事に躊躇いは無かったのに、と言う少し女々しい思考を頭の中だけに止めた戦艦棲姫は自らの背へと力を集中させる。

 

 次の瞬間、ボッと火を吹く様に黒い影がネグリジェの大きく開いた白い滑らかな背から溢れ出し、影の中から勢い良く突き出された巨大な腕が海面をひっかく様に爪を立てたと同時に黒い薄絹が千切れ飛び、内側の膨張で弾けた布地が昏い粒子に変わり。

 続けて現われた黒鉄の巨大連装砲を備えた筋骨隆々の体躯が太い筋肉を漲らせて戦艦棲姫の艶めかしい身体を抱く様に包み込む。

 

 船首像の様に巨大な胸板の真ん中に収まった美女の頭上で鉄球の様な巨頭が玉虫色の天井へと牙の並んだ大口を開いて咆哮を上げた。

 

 偉大な姫の艤装が始動する雄姿に戦艦棲姫の背後に控えていた深海棲艦達が次々に主を称え感動を表現する思惟(歓声)を上げ、突風の中ですら大仰に響き渡るその鋼の轟音と思惟の賑やかさに穴の向こう側に立つ空母の姫とその配下がわずかにたじろぐ。

 同じ姫級(階級)に産まれたとは言えその身に蓄えた力の質と量、そして、大きさこそが深海棲艦の階級制度における判断基準である事は変わらない、とばかりにその身を大きく膨れ上がらせ両肩に天井を突くように上向く雄々しい三連装の巨大主砲を備えた戦闘形態へと造り変えた戦艦棲姫は勝ち誇る様な笑みを浮かべ灰色の巨腕を頭上に持ち上げて筋肉を漲らせる。

 

 その逞しい背筋に施された無数の火砲、振り上げられた両腕の握り拳の威容、見るからに巨大な胸板が放つ威圧感。

 

 その全てが戦艦棲姫の存在をさらに大きく見せ、笑みを浮かべた戦艦は思惟(命令)にはしないが暗に自分の方が格上であるのだからお前からこっちへ挨拶しに来いと空母の姫へと態度で示す。

 

 だがしかし、彼女の思惑は直後に横と縦に広がった空母の手足を飾る黒鋼によって瓦解する事となった。

 

 金属を斬る様な鋭い音が無数に重なり展開した黒色の手甲と脚甲の内側と繋がった両手足のケーブルから注がれる霊力によって質量を急激に増大させる黒鉄が噛み合い合体して巨大かつ鋭角な船首を形成。

 そして、鋭い鋸の刃を思わせる歯を持った巨大な顎が210mオーバーの身長を持つ美女を軽々と乗せ、黒いリボンが結われた腰の左右(両舷)に二基の大型飛行甲板(カタパルト)を展開。

 

 戦艦棲姫が変身に要したとほぼ同じ時間で海上に無数の対空砲と大量の艦載機を格納庫にひしめかせる空母棲姫の艤装が戦闘形態への変形を完了させた。

 

 通常時でさえ普通種の深海棲艦を倍する巨体を持っているのにお互い艤装の展開によって三倍近くまで巨大化した二隻の姫級が赤い灯火を揺らめかせる視線を交差させ。

 二つの限定海域の接触によって発生する突風が黒い海同士を繋ぐ大穴を風鳴と共に吹き抜ける。

 

 さらにややこしくなった事態を前に戦艦棲姫は高慢な笑みを強張らせかけながらも余裕そうな態度を取り繕い、しかし、今までに経験が無いタイプの問題にただただ戸惑う。

 

 姫の雄姿に感動している従僕達に対する面子を保つ為か毅然とした表情で向かい合う戦艦と空母、奇しくもその二隻の姫級は同じタイミングで同じ考え(セリフ)を頭の中で呻く。

 

 よもや階級や力の質と量だけでなく艤装の大きさまで同じだったとは、と。

 

 今度は不機嫌さではなく動揺によって眉間にシワが寄りかけた戦艦棲姫はふと艤装の展開によってより鮮明になった感覚(電探)が背後で何やら自分ではない者への憧憬の思惟を漏らしている者の気配を捉える。

 ふと小首を傾げ巨体を捩る様に彼女が視線を背後に整列する艦隊へ向けると自軍の空母の取り纏めを任せている黄色い瞳のヲ級が興奮の色が見える表情と共にその視線を風鳴りの向こうにいる空母棲姫へと向けていた。

 

 ほっておけば求愛でも始めかねない程の思惟(興奮)を恥じらいも無く漏らす配下への不快さに戦艦の姫は口元をヒク付かせ、灰色の巨腕がその鈍重そうな見た目を裏切る速さで空母ヲ級の目の前に移動する。

 その勢いのまま突き出された巨大な人差し指(デコピン)が鉄製のクラゲにも見える航空機端末を操作する艤装を弾き飛ばし、それを頭上に装備している正規空母級深海棲艦の巨体が高く宙に舞った。

 

 直属たる近衛艦の一隻でありながら(日ごろから愛でてやっていると言うのに)他の姫へ懸想するとは何事か、と不忠者な空母への制裁を下した主人と頭から海面に突っ込み転覆した(失神した)ヲ級フラッグシップの姿に恐れ慄いた艦隊がざわつく。

 隊列を乱す程ではなくすぐにフラッグシップ達(戦艦棲姫の側近達)が強い威圧の意を宿す思惟(警告)を放った事で黙らせる事は出来たが数十隻が集まる艦隊全体が落ち着きを取り戻すには姫の予想よりも時間がかかる事となった。

 

 この問題が片付いたら改めて配下の躾をし直さねばと頭痛の種がまた増えた戦艦の姫が少しの目を離していた領地の境目に視線を戻せば何故か戦艦ル級フラッグシップらしい個体が巨大な顎の上から動力ケーブルを撓らせ振り抜かれた白く滑らかな素足によって頭から海面に叩き込まれている。

 

 そして、こちらを振り向いた大顎の上の空母棲姫はやはり戦艦棲姫へと思惟を掛けてくる様子はなかったがその表情は若干の精神的な疲れが感じ取れるモノであり。

 

 姫としての体裁は保ちたいがこのまま何の得にもならない問題が増え続けるぐらいならここら辺で妥協してやるべきか、と。

 

 思惟(意見)も交えていないと言うのに何故か相手の考えに察しがついた二隻の姫級深海棲艦は同時に巨大な艤装の上へ溜め息を吐いてから風と波の吹き荒れる大穴へと向け微速前進する。

 

 戦艦棲姫、空母棲姫、両者は砲戦と航空戦の違いはあれどその得意分野において右に出る者はないと言う本人たちの自負通り、深海棲艦の上位者として相応しい強大な力を持っている。

 そして、一言たりとも意思疎通を行っておらず相手が実際に戦う姿を見たわけでは無いが、仮に戦う事になればお互いとその従僕を含め無傷で済む事はないと分かる程度には相手が隠し持つ実力を察する冷静さと洞察力も持ち合わせていた。

 

 勝てないわけでは無いが戦っても何の実りも利益も無い、戦略的にも戦術的にも意味の無い同族同士による争いなど無駄を嫌う本能を持って生まれた(予め組み込まれている)巨大な二隻の深海棲艦が選ぶわけはなく、姫達は手を伸ばせば届く距離まで歩み寄り向かい合う。

 

 ただ艦隊の長として侮られるのは我慢がならない、せめて姫として相応しい堂々とした思惟(名乗り)でもって相手に余裕を見せつけねば、と意気込んだ戦艦と空母が巨大な艤装をさらに大きく見せるように内側から力の証である紅いオーラを溢れさせた。

 

 その直後、当ても無く海流に流されるまま海底を漂っていた二つの箱庭が闇に満ちた深海の流れを遮る様に存在していた巨大な何かへと触れ、泥に沈み込む様に巨大なひょうたん型の気泡が溶けるように海底から消える。

 

 そして、不意を打つ様な前触れなく巨大な生き物に身体ごと丸呑みにされた様な未知の感覚に唖然とした二隻の姫級深海棲艦は信じがたい光景を目の当たりにしてその場に立ち尽くした。

 

 目の前にあったはずの二つの海域を隔てていた玉虫色と瑠璃色の境目が針で突かれた泡の様に弾けて消え去り、ついさっきまで異なる姫が支配する領域が内包する霊力のぶつかり合いで荒れ狂っていた風と波が更に大きな力で塗り潰される様に凪いでいく。

 

 呆気にとられたまま見上げた天井は姫級達が今まで見た事が無い程に高く広く、その澄み切った空色に染められた頂点で虹色に光り輝く宝石の様な照明があっと言う間に穏やかに平定された黒い海を見下ろす。

 

 自らの領地の広さを把握し内にある全てを掌握出来なかった事など一度たりとも無かった姫達は自分の知覚を大きく超えた巨大すぎる領域に立ち尽くしお互いの様子を伺う様に視線を交わした。

 

 だが二つの視線が交わったと同時に、あなた達は誰、と周りの空間そのものから問いかけられたと錯覚する程の凄まじい力と大きさを感じる思惟(問い)をかけられ。

 戦艦棲姫はすぐさま背中へ艤装を仕舞い込み、深海棲艦としての本能が命じるまま素肌を隠す衣を再構築する暇も惜しんでその場(海面)に両手を突き深く首を垂れる。

 そんな彼女と同じ様に空母棲姫もまた巨大な顎となっていた艤装を大慌てで縮め手足へと戻して(収納し)その場に跪いて白髪が黒い海に浸るのも構わずその思惟が放たれた方向へと頭を下げた。

 

 そして、ついさっきまでお互いを相手に散々に渋っていた思惟(挨拶)を今度は我先にとばかりに二人の姫は姿も見えない何者かへと向けて発する。

 

 瞬間、空間が歪み無造作に距離と言う概念が縮む様に彼女達はそれぞれの艦隊ごと引き寄せられ、海面に平伏する戦艦と空母の目の前に白くきらめく砂浜と水晶の木が生い茂る島が現われた。

 

 虹色の太陽の下で光り輝く木々はおろか砂一粒までマナの結晶で作られた島、姫ですら圧倒される凄まじい光景を前に彼女達の後ろに侍っていた従僕達がそこに居るだけで損傷が癒え活力に満たされ始めた事に驚きと感動の思惟(歓声)を上げ。

 

 その直後にその中の数隻が過剰供給されたエネルギーに耐えられず悲鳴を上げた。

 

 装甲の間から火を吹く船体をのたうち回らせ海水ですら消えない炎に飲み込まれ(しもべ)達が火の玉に変わっていく姿に二人の姫級は顔を蒼白にして水晶の島の主へと領地への侵入への謝罪を叫び、上位者としての恥も外聞もなく何度も許しを請う。

 

 どう贔屓目に見ても水晶の森の中から感じる力の胎動と眩暈がする程に広大な領地からその相手が自分を軽く上回る支配者であると本能的に理解させられた戦艦棲姫ではあるが、相手が何に怒っているのか分からないまでも主人(責任者)である自分ではなく従っていただけの従僕を処刑されるのは明らかに深海棲艦の道理(命の理)に反していると虹色に輝く島へと叫ぶように思惟を投げる。

 

 自分よりも上位であると明らかに分かる存在へと反乱とも取られかねない意思表示をする戦艦の姫に目を剥いて驚いた空母の姫は横目に見える自分の配下達が自爆寸前の船体へ必死に海水をかけて消火しようとしている姿に自分も隣の姫と同じ意志を見せる必要があると決意し顔を上げた。

 

 怒ってなどいない、ただ加減が分からなかった、と。

 

 もがき苦しむ同胞の助命を込めた思惟(嘆願)を発した空母棲姫が顔を上げた先、穢れ一つ無い水晶粒が敷き詰められた砂浜にさっきまで存在してなかった深海棲艦がおり、純粋無垢な思惟(返答)と共に影を落とし黒い海に平伏している二つの大艦隊を見回していた。

 

 気付けば突然に始まった急速かつ大量な霊力の過剰供給が緩まり、海の上で焼け死にかけ海に倒れ込んだ普通種の深海棲艦達の船体が今度は慎重な程にゆっくりと癒されていく。

 

 同胞が理不尽かつ無意味な処刑に晒されずに済んだ事は戦艦棲姫が決死の嘆願が叶ったとも言えるが、その思惟を発した黒髪の美貌は従者達の無事を確認する事も出来ず空間を飛び越えて目の前に現われた白いドレスを纏った深海棲艦の姿に釘付けにされる。

 

 艶やかな黒から毛先に向かって白へと変わっていく滑らかな髪、長い前髪の揺れる額から頭の後ろへと弧を描き伸びた冠にも見える白く長い角。

 その身に纏うドレス、白亜の真珠を糸にして織り上げた様な艶と煌めきはどのような攻撃ですら穢す事が出来ないであろう強靭な障壁であると深海棲艦達は一目で理解できた。

 

 だが、戦艦棲姫達にとって未知の深海棲艦である彼女の身体には右腕が無く砂浜に向かうロングスカートの下には本来存在するはずの脚部や推進機関に類する物が無い。

 

 そこにいる深海棲艦が自分達の上位者であるとこの広大な領域に飲み込まれた時点で戦艦棲姫も空母棲姫も頭では理解は出来ていたが、その世界を支配する女王の予想外過ぎる姿を直に見た二隻の姫級は思考を漂白された様に呆気にとられた表情をただただ晒す。

 

 その身体は幾本もの水晶の大木が広げる枝葉の繭(揺り籠)の中に吊り下げられた明らかに未熟な(未完成の)状態。

 

 しかし、そんな建造途中と言う不完全な状態でありながら彼女はこの広大な領域の主人として空間そのものを望みのままに操作できてしまう支配者としてこれ以上ない程の能力を苦も無く使い。

 領域への招かれざる侵入者を全員纏めて自らの元へと引き寄せ、さらには与える霊力の手加減を間違えたと言う他愛のない失敗で両軍合わせて180隻に達する大艦隊を全滅させかけた。

 

 その事実を前にして戦艦と空母の姫は再び深海棲艦としての本能に従い虹色の光を浴びて煌めく水晶の島へ向かって平伏する。

 

 この方こそは我らが泊地(我らの女王)である。

 

 自分達の領地ごとその支配下へと飲み込んだ絶対者へ戦艦と空母はお互い競い合う様に最大の敬意を込めた思惟(忠誠)を宣言する様に響かせた。

 




 
最高に後味の悪い話を見せつけてやる!!

ついてこれない読者は置いていくぜ!!

ヒィッヒャッハー!!
 


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第百十二話

 
それにしても、この()は無茶な注文ばかりをしてくれるものだ。
 


 それは人間にとっては永らく途絶えていた地球の内と外を循環する神秘の大流動。

 

 しかし、枯れていた地脈を潤すように惑星の中核から遍く地上を満たさんとしていた生命を進化に導く流動は地殻へ打ち込まれた巨大な水晶樹に住む妖精(老人)意図(操作)によって古い道の一部を塞がれ溢れ出す場所を海底へと誘導された。

 

 そうして神話における長大な胴をうねらせる龍の原型とも言われる地球(ほし)の内に走る血管は陸地へと向かう筈だった道を堰き止められ偏らされた事で粒子の圧力が集中した一部がまるで出血を起こすかの様に、古い皮を破り脱皮する様に岩盤を割る。

 現代においてマナと言う通称を付けられる事となった不可思議な性質を持った粒子はその根源である地球の中核(マントル)の手前に食い込んだ巨大な水晶から欠片(因子)()を流動の中へと混ぜ込まれ海の底へと流れ出る。

 

 その流れの偏りによって発生する粒子の放出地点の一つ、夜闇よりも暗い海底にぼんやりと生物発光にも似た光を明滅させながら神秘の煌めきが海水の中へと溶け込んでいく景色が産まれたばかりの彼女(・・)が見た初めての景色だった。

 

 海底で紅く揺れる灯火、それは身動きも出来ずマナが噴き出す砕けた岩盤の近くで蝋燭の様に揺らめき地脈から溢れた光粒が上へ上へと上っていく様子を見つめる。

 眠っているのか起きているのかそれすら曖昧である中でどれほど時間が経ったのか、ただ自身の身体が未完成である事だけは妙にハッキリと認識していた()はある時、ずっとこのまま(動けない)でいるのはイヤダと小さく思惟を漏らした。

 

 そんな彼女の思惟(望み)を切っ掛けに地脈から溢れる粒子がその紅い卵を包む様に集まり、マナ粒子の濃度が急上昇した海水が黒く染まり海底に横たわる姫級深海棲艦の素体を包む半固体の繭を形作る。

 その内部で水晶の世界樹から転写された神秘を再現する術式である知識(因子)から書き出された設計図に従って海水や岩石、生物の死骸を含めた海底に存在するあらゆる物質がマナエネルギーによって分解再構成され姫級の素材となって血肉を造り上げていく。

 

 不意に自分を包み込んだ心地よさの中に微睡みまた幾ばくかの時間が経ち、再び意識を取り戻した紅い灯火が何気なく瞬きをする。

 

 その直ぐ後、彼女は自分の目の前に長いまつげを揺らす目蓋がある事に、自分の顔がある事に気付き、泥の様なとろみのある羊水の中で黒水に包まれる前には無かった白く滑らかな肌の胸元とその中身が造られている様子に驚く。

 

 それから数日、頭に生え始めた白髪が視界の端に見えるぐらいの長さとなり、口の中へ海流が運んでくる潮の味の差を感じる程度には舌が発達し、素肌に触れる緩やかな波のくすぐったさにも慣れ。

 どんどん明確になっていく自らの感覚から自分の身体の建造行程が滞りなく順調に進んでいると実感した彼女は純粋に喜んだ。

 

 だが、初めは感じるモノ全てが驚きの連続であったけれど未知から当然にある感覚へと慣れていく内に羊水の中の深海棲艦は退屈を心中に燻ぶらせる。

 

 そして、身体の完成前に自意識が目覚めた幼い彼女は居心地は良いが自身が宿す昏い赤以外の灯りが無い真っ黒に視界を妨げる羊水の中で周りがもっと明るければ良いのに、と周りに揺蕩う海水を思惟で揺らす。

 

 直後、繭の中にマナ粒子が結晶化し呆気にとられた紅い目の前で楕円の水晶がきらめき彼女の視界に新しい色を加える。

 そこでやっと彼女は自分が思惟(命令)を発すれば周囲にあふれる力の流動は自分の望みの通りにその形を変えて願いを叶えてくれるのだと理解した。

 

 そこからの彼女を取り巻く環境の変化は劇的と言って良い程に早く、ただの明かりとして使うだけなら十分だが青白く光るだけと言うのは面白くないと感した彼女の知る全ての(知識の中にだけある)色を光り輝く結晶へと混ぜ込み。

 もっと大きく明るくなれと命じれば虹色の水晶は彼女の頭よりも大きく、供給される霊力によってさらに大きく眩しいぐらいの光を宿した巨大結晶へと至り。

 加えて初めは彼女の身体を包む羊水程度の大きさだった黒い繭は粒子(マナ)濃度の上昇に伴いその内部の空間を歪ませながら肥大化し、周囲の物質を姫の素材へ合成する過程で海水から分離した酸素などの気体が繭を風船の様に膨らませ。

 

 いつの間にか黒い海水と虹色の光に塗り分けられた箱庭の雛形となった海面に驚きに目を丸くしている未完成の深海棲艦が漂う様に浮かぶ。

 

 凪いだ海の上に横たわり浮かぶその身体には未だ腰から下の下半身は無く、昏い光粒が黒い海から造り出す素材をその身に受け入れながら彼女は出来上がったばかりの左手を天井に浮かび上がった虹色の灯りへと翳した。

 

 それが自分の手である事を何度も確かめる様に手の平を開閉し、まず試しに手が届く範囲の水を掻くと水飛沫が上がり少し波が立つ。

 とは言え重心も出来上がっていない未完成な身体である事とそもそも現在の体勢が仰向け、その身を固定する錨も無く寝転んだ状態で流木の様に浮かびながらいくら片腕だけを振り回そうと起こるのは小規模な波と自分の身体を無為に回転させる程度。

 

 きっと凄い事が起きる思っていたのに、と不満げに口を尖らせた彼女は、次はもっと一気にもっと遠くまで海を引っ掻いてみよう、と左手を大きく振り上げて半分無意識に自らが産まれ持った能力の一つを揮った。

 

 直後に紅い瞳が見つめる先にあった遠くで揺らめく小波と白い指先の距離が0になり、彼女の手によって箱庭の中の距離が歪み引き寄せられた海面がコンマ数秒で大きな津波へと変わり、それを引き起こした本人の身体へと降りかかり黒い海中へと飲み込む。

 あまりにも気軽に使われた空間操作(超常現象)の余波で暴れる海の中を振り回される彼女は驚きはしたもののその顔に恐怖は無く、激しくグルグルと海流に振り回される初めての感覚すらも楽しいと無邪気な思惟を上げ。

 

 時間が経ち波が収まって海面へと再び仰向けで浮かび上がった彼女は頭の端に浮かんだ身体の建造に遅延が出たと言う呆れを感じる思考(囁き)を些細な事だと割り切り、予想以上に面白かった津波に振り回される遊びに満足げに笑う。

 

 もっともっと、と他にどんな事が出来るのだろう、と自分の内側に存在する知識(因子)から能力(術式)取り出して(欲しがって)箱庭に満ちるマナと自身の霊力を操る。

 そんな自分の能力を試している(で遊んでいる)最中にいつまでも海面に揺られ仰向けになっていては不自由だと気付いた彼女は自分の身体を持ち上げる為にマナ粒子の結晶化を利用し支え木(クレーン)を幾つも造り海底に突き立てて(アーム)に自身の身体を宙に持ち上げさせ。

 視界が高くなったおかげで遠くを見渡せるようになったと喜んだのだが、そのすぐ後にまだ大半の部品が足りない自らの体まで見下ろせるようになった彼女は黒い水を滴らせる身体が海面に向かってぶら下がると言うちょっと考えただけでも見栄えが悪いと分かる状態に気付き、無邪気な喜びから一転して不満げに眉を顰め口元をへの字にした。

 

 そして、改めて頭の中にある知識が書き記す自分の完成図と必要な素材と時間を確認し、完成形と比べてみすぼらしいと感じる今の状態に彼女は自らの格に相応しい飾りを用意させれば良いと思い立つ。

 そんな彼女の思惟によって知識(因子)に呼び出されたデザイン案は黒い外装(コート)とその内側で肌に張り付くイバラ(下着)だったのだが、周りが黒い海なのに自分まで黒に染まるのは面白くない、と眼下に広がる殺風景な黒色の海原に慣れてきた(飽きてきていた)彼女は違うのが良い、と知識の中の設計図の変更を決め。

 思いつきのまま海底に立つ支え木が海から汲み上げ合成する素材(リソース)を自分の身体にではなくその身を包む装飾(ドレス)を用意する為の材料に使えと命じる。

 

 建造途中での設計改変は不具合が出るかもしれないと言う些細な予感(警告)を無視して彼女が行ったその変更に連動したのか額の左右に生え始めていた二本の黒角が脱色し、逆に白い髪の毛の生え際が黒色に切り替わる。

 このままだと身体の完成に予定以上の遅延を発生させてしまうと言う思考(呆れ)が妙にしつこく意識の端に引っかかるが深海棲艦の上位者であると定められた魂はそれをまとめて他愛のない事、むしろ力の素(マナ粒子)は際限なく海底から溢れてくるのだから我ながら弱者の様な小さい(ケチ臭い)事を考えてしまった、と鼻で笑った。

 

 そんなふうに自分の好みを最優先してたっぷり時間をかけ、中途半端な長さの白角(電探)が見える散切り頭と片腕の胴体しかない彼女の身体を包む為に真珠色の衣装が織り上げられ凪いだ海の上で中身の無い右側のロンググローブとスカートが海面に向かって垂れ下がり、一対のハイヒールとニーソックスが海面に落ちる寸前に支え木から突き出てきた横枝に引っかかる。

 そうして身に纏った肌触りの良い布地に満足げな笑みを浮かべた彼女は機嫌よくクレーンに吊るされたまま虹色の宝石が照らし出す自分の世界を見渡す。

 

 ご満悦な彼女が景色と新しい服を楽しんでいる間にその身体の(を見計らって)建造が再開したのだが、そのスケジュールは白亜のドレスの中で腰から太腿への曲線が造られかけたところで再び中断を命じられてしまう。

 

 ナゼ、ココにはワタシの同族が居ない?

 

 ワタシが泊地(主人)ならばそこに平伏す(停泊する)従僕(艦隊)があって然るべきではないのか?

 

 人の言葉にするならばそんな疑問、それに対して無性に自分の在り方へ不安を感じ始めた彼女は深海棲艦として生まれた時点で魂に刻まれている本能(道理)から湧き出した欲求と共に知識から望みを叶える方法を引き出して思惟を発する。

 

 素早い駆逐艦が欲しい、種類豊かな巡洋艦も欲しい、大きな砲を持った戦艦も、空に翼を放つ空母も、モノ探しが得意な潜水艦も、沢山の荷物を運ぶ輸送艦も、欲しい欲しい。

 自分が従えるべき艦隊にどの艦種をどれだけ揃えれば十分なのかは分からないが多ければ多い程良い、むしろ全ての艦種がこの領地を埋め尽くすぐらいいれば良い、と思惟(気合)を未完成の身体に込める。

 

 先に身体を建造し終えるべきではないか?というふと頭の端に浮かんだ小さな思考(囁き)を大雑把な欲求で跳ね飛ばし自分の従者となる事を望んだ彼女は自分の身体の完成を後回しにして(しもべ)となる同族を建造せよとマナが潤沢に溢れる自らの領地へと思惟(命令)を発した。

 

 事実として深海棲艦の支配者としての階級を与えられ生まれた彼女の魂にはそれを叶える知識(記憶)、霊力を代価に同族を作り出す方法が存在しており。

 それを実践する事を望むだけで自分は山ほどの配下を得ることが出来る、と言う期待に興奮して頬を若干上気させた経験浅く幼い支配者は海面に集まって来た生命の粒子へと自分の身体から湧き上がらせた昏い光を宿した霊力を混ぜ合わせる。

 

 まずは作るのは(騎士)良い(欲しい)、それも飛び切りに強くて大きな船体を持った近衛艦に相応しい同胞を、と願う彼女の思惟(命令)通りに霊力が疑似的な魂を形作りそれを血肉となる素材が包み込む。

 

 高密度になった霊力が発生させる高温の蒸気に手ごたえを感じた主人(母港)となる予定の深海棲艦は期待に胸を躍らせ徐々に収まっていく水蒸気の向こうから自分の前に跪く初めての下僕の登場を待った。

 

 しかし、彼女の思惑とは裏腹に白い蒸気が消えた先にあったのは青白い光を内部に宿し渦巻かせる歪な形のサイズだけは巨大な水晶。

 彼女の身体を持ち上げ吊るしているクレーンの構造材と同じマナ粒子と様々な物質が合成された結晶物が出来損ないの人型に見えなくも無い何かを形成しており、唖然として固まっている彼女の目の前でその巨大な水晶は自重に負けて砕けながら黒い海へと沈んでいった。

 

 しっかりと知識にある通りに実践したはずなのに従僕が産まれなかった事に彼女の頭の中で大量の疑問符が現れ、建造失敗の残滓である光粒が舞う海面を見下ろしていた深海棲艦は首を傾げながらもう一度同じ方法を実行する。

 だが、その次も、その次も彼女の目の前には深海棲艦の様な形をした歪なマナの水晶が現れて先のモノと同じく自重を支えきれずに砕けながら海に沈む。

 不本意ながら鬼級から階級を落として普通種の戦艦や空母の建造を命じても結果は同じ、作られては崩れて沈む結晶の大量廃棄が繰り返され。

 

 なぜ? 何故? ナゼ?

 

 ますます困惑した幼い深海棲艦は逆に小さな戦闘艇(ボート)を、駆逐艦を、潜水艦を、輸送艦の丸い腹を見飽きるぐらいに下僕の建造を行った。

 

 だと言うのに、出来上がるのは同族に似た形の像だけで一度たりとも彼女の前には従者となるべき深海棲艦は現われず。

 自らの肉体の完成を後回しにして何度も行われた無駄極まる浪費はついに彼女の足元に腕や足の形に見える柱が森に見えるぐらいに立ち並ぶ水晶の島を造り上げるに至った。

 

 他の深海棲艦なら一目見ただけで垂涎と共に平伏す様な偉業を成し遂げながらも肝心の欲しいモノが手に入らない。

 自分の知識(因子)はそれが可能だと分かっているのに、と混乱して手を頭に伸ばしやっと肩まで伸びた髪を掻きむしる様に隻腕の深海棲艦は苛立ちに歯軋りを鳴らす。

 

 ワタシの艦隊が欲しい

 

 霞むほど高い天井で虹色に輝く照明に向かって姫として完成する前に鬼としての因子を肉体に付け加えて(組み込んで)しまったせいで己の能力(機能)が不具合を起こしている事に気付かない彼女は吠える様な思惟(欲求)を放ち。

 支え木の揺り籠の中で癇癪を起して暴れだした彼女が四方八方に思惟と共に放った能力は限定海域の外にまで届く余波となり、それはとある大国の警戒網に感知され、周辺の海流にまで影響を与える。

 そして、水晶の島の沿岸が彼女の能力(引き寄せ)の余波で粉々に砕かれ白く煌めく砂浜となった頃、気付けば暴れ疲れて揺り籠で眠っていた泊地の姫は寝ている間に完成していた頭上の白い冠(大型電探)で自分の領域に入り込んだ何か(・・)を捉えた。

 

 それは自分が放つ思惟と似ているが違うモノ、小さく大きく様々な艦種の思惟の騒めきは細波の様に心地よく彼女の心の琴線を刺激し、再び建造途中で目覚めた水晶の島の主人は初めて感じる同族達の気配へ誰何の思惟(問い)を掛ける。

 

 直後に返って来たのは二隻の姫級の恭しい思惟(挨拶)でどうして突然に現れたのかは分からないまでも待ち望んだ従僕の出現に意気揚々と領域の端で平伏している艦隊を纏めて自分の近くへと壊さない様に引き寄ればその同族達の中には傷を負い腹を空かせている個体がたくさんいる事に彼女は気付く。

 

 どう言うわけか二隻の(領主)が居ると言うのに(騎士)はいないと言う不思議な編成をしている大艦隊に首を傾げながらも泊地の姫は結局は全員が自分の(しもべ)となるのだから些細な事か、と一人納得して初めての従僕達へと歓迎の思惟を込めた施しを行い。

 

 直後に与える補給(霊力)の加減を間違え自分の領地へとやって来た待望の同族同胞(味方艦隊)を過剰供給で全滅させかけた。

 

 あと少し戦艦と空母の姫からの切羽詰まった思惟(諫言)が遅ければ自分が欲しくて仕方なかった従僕(艦隊)を自らの手で皆殺しにするところだった泊地の姫は内心を反省に消沈させながらも共に艦隊の前に姿を晒す。

 だが、取り繕う様に死にかけの同族を癒しながらも少し気まずそうな表情を浮かべていた未完成な泊地(幼い姫級)は黒い海に平伏した見惚れる程に美しい身体(船体)を持った二隻の姫級深海棲艦が発した強い思惟(忠誠)とそれに追従する下位個体によって明るさを取り戻した。

 

 そして、少々危ない場面はあったものの泊地棲姫(水鬼)は自分の物となった艦隊を支え木の揺り籠から見下ろして満足げに頷き、魂に刻まれた知識にある通りの姫級深海棲艦としての立ち振る舞いを実践し始める。

 

 その意気込み自体は彼女の立場から見れば正しい事なのだがそれから数週間、強い方が良いと言う単純な理由で適当に選んだ従僕へと気前良く霊力を与えて緑色の目(ノーマル)から赤目(エリート)へと格上げしようとして艦隊の規律が乱れてしまうと慌てる空母棲姫に止められ、艦隊の末席に居る様な小型艦種へと直接に思惟を交えようとするどころか肌まで許そうとして戦艦棲姫に抱き留められ褒美の加減に関して教えを受ける事となり。

 経験の浅い姫(箱入り娘)は良く言えば大らかで分け隔てなく、悪く言えば大雑把ではしたない行動をしようとしてはその度に彼女の近衛艦(世話役)となった戦艦棲姫と空母棲姫からの艦隊の運営法(アドバイス)を学ぶ。

 しかし、彼女の教えられた事をすぐに吸収出来る聡明な支配者である以上に遊び盛りのおてんばぶりには二隻の世話役はひたすら振り回され、ついには人の言葉に訳するなら「せめて遊びよりも御身の完成を優先してください」と主にひれ伏しながら願う事となる。

 そして、義姉妹二隻からの切実な思惟(提案)に拗ねた顔を浮かべながらも確かにその通りかもしれないと頷いた泊地の姫はやっと渋々にだが揺り籠の中で大人しくする(遅延に遅延を重ねた自身の建造を再開する)事にした。

 

 だが、建造途中の余計な思い付きによって鬼と姫の因子を併せ持ってしまう様な泊地棲姫(水鬼)の退屈を嫌う我慢弱い性格にとってその身体が完成するまで暇を持て余すと言うのは考えるだけで億劫になるモノ。

 なので我儘(強欲)な姫は下僕に暇を持て余す事になる自分を慰撫する為に自分の知らない外の世界の知識を持ってきた者に褒美を与えると思惟(下命)を発し、報告を待つ間は水晶の島にそれぞれの領地から持参した浮島(寝床)を接舷させた二隻の姫を傍に侍らせる。

 

 それから数日経ち、新品の右腕を白絹の手袋へと通しながら、外の世界では空の色が自分の領域の天井よりも目まぐるしく変わる、と領地の外へと遊びに出ていた小型艦達(水雷戦隊)の代表である黄色いオーラを纏う軽巡ツ級の報告する思惟(記憶)を覗き青い空に浮かぶ雲の不思議な動きに感心して特に純度の高い水晶(砲弾百発分の欠片)を下賜してやり。

 

 さらに数日、自分に侍る黒い薄衣を脱がせた戦艦棲姫を揺り籠の中で可愛がりながら、外の海では粒の様に小さな虫を沢山乗せた鉄ばかりで血肉の無い下位個体が我が物顔をしている、と潜水艦達から少し不愉快な思惟(報告)を聞き、知識は知識であるので報酬として少しだけ力を与えソナーの性能を上げてやり。

 

 出来上がったばかりの自分の両足で初めて水晶の砂浜を歩いた興奮のまま加減無しに一晩中思惟と肌を重ねたせいで失神してしまった空母棲姫を膝の上で撫でながら、灰色で尻から火を吹きながら驚くほど速く飛ぶ妙な形の飛行端末(戦闘機)を追い回したと言う空母ヲ級の思惟(武勇)に耳を傾け、その空母の巧みな操縦技術に感心して飛行端末の材料の摑み取りを許し。

 

 そして、役目を終えて崩れていく揺り籠から伸ばした両脚に穢れ一つ無い艶やかなニーソックスと鋼のハイヒールを戦艦棲姫と空母棲姫の手で自らの脚に通させ、泊地の姫の爪先が砂浜に降り立ったと同時にその身を飾るドレスのフリルがふわりと羽根の様に広がった。

 泊地棲姫(水鬼)は目の前に広がる広大な黒い海とその海岸に整列する自分が支配する艦隊を満足げに見渡し、その身の中である欲求を疼かせる。

 

 きっかけは身体の中に小虫を飼っている不愉快な下位個体から飛び出てきた前の物より痛い空飛ぶ魚雷のせいで一緒にいた仲間からはぐれた小さな駆逐艦(緑目の駆逐イ級)が味方を海中で探し回っていた時に偶然に見つけたと言う頭上の虹色に負けず劣らずの極彩色に彩られた島々。

 太陽の下で輝く青い海に囲まれ、木々草花が潮風に揺らす緑と鮮やかな花の色、草地に混じる土の色すらも鮮烈な駆逐イ級の中にあった思惟(景色)を受け取った虹色に照らされた領域と水晶島を支配する女王は素晴らしく美しい未知の島への感動に顔を紅潮させる。

 

 しかし、続いて見えた弱く小さく数だけは多い虫共がその島に(ひし)めき、綺麗な砂浜を掘り返しては灰色の石に変わる泥を撒き散らす様子や汚らしい排煙を噴き上げる下位個体(軍艦)がぞろぞろと並ぶ港湾の姿に感動で輝いていた瞳が瞬間で沸騰したかの様に紅く燃え上り。

 偶然の手柄で女王に謁見する栄誉を得たと喜んでいた駆逐イ級は間近で燃え上がった泊地の姫の思惟(憤怒)に震えあがり呆気なく緑の灯火を消して(白目を向いて)気絶し浅瀬に横転し、そんなイ級の事などもう眼中にない泊地(主人)に戦々恐々としながらも傍に控えていた戦艦棲姫は駆逐艦の僚艦を呼び付けて気絶した従僕を回収させ、自らは激しい主人の思惟を聞きつけて慌てて駆けつけた空母棲姫と共に女王の怒りを鎮める為その身体を差し出した。

 

 そして、泊地棲姫(水鬼)の身に艤装された全ての装備が万全となった日。

 

 自分の所有物となるにふさわしい、否、自分の物にならなければならない美しく鮮やかな島々が数だけが取り柄の虫に侵食されていると言う事実に心中では苛立ちながらも表向きは艶然と微笑む泊地の姫は両手を大きく広げて全艦隊へと思惟(号令)をかける。

 

 ワタシはアレが欲しい、あの島はワタシの物になるべきだ、と。

 

 完成した支配者に向かい傅く二隻の姫級を含めた全ての深海棲艦が姫の御意のままにと思惟(了解)を返した。

 




 


其の罪(彼女)の名は強欲(グリード)


 


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第百十三話

 
時間が足りない。
 


 2016年12月、日本ではクリスマスシーズンを各種メディアが喧伝していると言う事が夢か幻かと感じる程の陽気に包まれた南国の港。

 

 艦娘運用の為に改装を受けた【はつゆき】を先頭にミサイル護衛艦【ちょうかい】、ヘリコプター搭載護衛艦【ひゅうが】と言う順番で自衛隊所属艦である三隻が数百人の海上自衛官を乗せハワイへと到着してから数日。

 

 真珠湾入港初日から昨日までは【ひゅうが】の格納庫から忙しなく重機などで運び出されていた数々の大荷物、日本が用意したアメリカと行う何某かの交渉の際に取引材料に使うらしい鎮守府で開発された霊的科学技術の成果物の搬出が終わり日本籍護衛艦が停泊する港の一角は穏やかな陽気に包まれており。

 大仕事が一段落したからか三隻の護衛艦の隊員達へと半舷上陸(休暇)の許可が出される事となり、一足先に港へと降りていく自衛官達を艦内待機組が自分達も明日には彼らと交代で南の島を楽しめるだろうと期待しながら見送り、そんな和気あいあいとした護衛艦(はつゆき)の甲板でそもそもハワイへの上陸の許可どころかその申請すら許されていない田中は肩を竦めて溜め息を漏らした。

 

 そんなふうに鋼色の船縁で苦笑を浮かべる田中の隣にいた三隈が不意に「せっかく水着を用意してきたのに残念ですわ」と少し拗ねた様な事を言って米国の防衛政策の一環である拡張工事が今も行われている常夏の港を見下ろしながら彼の肩に寄りかかる。

 

 雪も降り始める初冬の日本から南国までやって来る事になった彼と彼の指揮下にいる十四人の艦娘に課せられた任務とはハワイで多国籍の海軍が合同で行う友好同盟を掲げる軍事の式典に参加する事。

 その国際イベントのメインとも言うべき海上演習で艦娘達と共に世間の目を引く自衛隊の宣伝看板となりつつ日本の何処かにあると言う保管施設から米国へと返還された霊核(軍艦の魂)から再生(建造)に成功したアメリカの艦娘と簡単な模擬戦が終われば帰国するだけ。

 あえて付け加えるならばその裏で日本とアメリカ、両政府による取引が行われると言う話が現場の責任者の一人として田中の耳に入ってはいたが彼に任されていた任務がその交渉を目立たない様にカバーするアイドル的な立ち回りであっても直接的な関りが許可されていない為に詳細もまた知らされていない。

 

 精々がアメリカに船舶用のマナ粒子を利用した障壁発生装置とその技術が提供されると小耳に挟んだぐらいのモノである。

 

 要は任務そのもの重要性はともかく彼にとっては自分達を見世物にされる事を除けば観光旅行に毛が生えた程度であり、どうせ何をやっても文句を言うだろう国内外の平和を愛する反戦主義者の皆様の抗議さえ我慢(無視)できるなら彼にとって悪友にして親友(腐れ縁の相棒)である中村義男が命じられた任務。

 色丹島から避難してきたロシア難民への対応にかこつけた真冬の北海道(北方領土)に現れた正体不明の深海棲艦への対処と言う激しい戦闘が確実にあると予測できる任務よりは平和的だと考えていた。

 

 それこそ上層部から通達された命令の中にあった要約するならば「接戦を演じつつ演習相手であるアメリカ艦娘に花を持たせてやれ」と言う内容の指示で美しくも苛烈な戦乙女である仲間達(艦娘達)が不機嫌になるだろうと言う予想ぐらいが彼にとって悩ましい問題だったと言える。

 

 しかし、船に揺られ事前に渡された命令書と小さな気苦労を抱え溜め息を吐いていた田中がいざハワイに到着してから聞かされたのはアメリカ側で何かしらの手違いがあった為に演習相手である艦娘部隊が到着していないと言う連絡であり、さらに自分と艦娘達の紹介を兼ねた式典の開会式に参加する以外は彼らの海上拠点である護衛艦(はつゆき)から一歩たりともハワイの地を踏むな等と敵意すら感じる一方的な通達までくる。

 

 そして、思考を現在に戻した田中は南国での休暇に沸き立ち肩章を揺らし港へ降りていく制服達を甲板上で見送っていた居残り組の隊員達が胡乱気な視線を向けてくる様子に、ままならないな、と独り言ち。

 少しばかりのやっかみを感じる船乗り達の視線に居心地が悪いが、かと言って妙に近い距離で自分に寄り添う三隈を邪険にして跳ねのける気も無く田中は潮風の中で無為に頬を掻き。

 気付けば横から自分の腕に抱き着くように腕を絡めて機嫌が良くなった重巡艦娘の様子に苦笑を浮かべ、艦内へ戻ろうと上目遣いで見上げてくる小豆色のセーラー少女へと声をかける。

 

 そのカップルじみた二人の様子に険しさを増した周囲から向けられる視線に対して気にしていない態度を装いつつ田中は「いつまでも甲板でボケッとしているわけにもいかないな」と呟き、ハワイ到着前日に行った簡易ブリーフィングで今後の予定を伝えた際に含まれていた上層部からの要請であるアメリカ艦娘相手にわざと負けろ(八百長をやれ)と言う内容に憤慨した部下達をなだめるお仕事へと戻る事にした。

 

 彼の艦隊でその国際試合に関する命令に抵抗を示さなかったのは時雨、雪風、そして、田中にとっては予想外の一人と言う三人の艦娘だけであり、今、彼の腕に抱き着いている三隈もブリーフィングの直後はあからさまに柳眉を逆立て機嫌を損ねていたし。

 その陽気で柔軟な性格から緩衝役として頼りになる彼の秘書艦、龍驤ですら誠心誠意を込めた言葉にするには憚られる少しばかり情熱的な方法で説得をしなければこの件に関してはへそを曲げて田中の味方になってくれなかっただろう。

 

 そんな名誉を重んじ恥を嫌う軍人気質と言う多くの艦娘に共通する考え方も手伝い田中の艦隊は頭の上から降ってきた迷惑な命令のせいで分裂寸前となったのだが、ここ数日の根気強い田中の説得の甲斐もあってか艦隊は再度まとまりを取り戻し。

 誑し男の悪名をさらに高めると言うリスクを負いながらもなんとか三隈との和解に成功した田中にとって説得が必要な残る部下は今も艦内待機所のテーブルの上に胡坐をかいて腕を組み額に青筋を浮かべている磯風と彼女ほどではないが納得も了承もできないとハッキリ主張する矢矧だけとなっている。

 

 厄介さだけなら深海棲艦並みな問題(戦い)に挑む為、はつゆき艦内へと戻ろうとした田中はその入口の手前に立っていた艦娘、かつては一航戦と呼ばれ米軍にも恐れられた正規空母を原型に持つ加賀が眉間に物凄いシワを寄せた殺意すら感じる視線を自分達に向けている姿に気付き、その威圧感に青年士官は自分と腕を組んでいる三隈を巻き込んでつんのめりこけかけた。

 その弓道着姿の空母艦娘、加賀は田中艦隊への着任直後から氷の様な視線で背後から田中を睨み続けたまに口を開けば端的かつ威圧的な言葉を突き刺してくる艦娘の扱いに彼は困っていたのだが、さらにハワイへ向かう航路の途中で彼女が真正面から威嚇する様な目力を放ちながら臭いモノを避ける様に口元を押さえる仕草をする様になり、なのに話す際の距離は近づき口数は倍以上に増えると言う二転三転するちぐはぐさで田中はさらに困惑させられる事となった。

 

 現に今も田中へやたら不機嫌そうな冷たい視線を向けていた加賀は開口一番に「戻って来たのね」とまるで戻って来ない方が良かった様にも聞こえる感情を感じない平坦な口調で彼を迎え、直後に口元に手を当てもごもごと何事かを呟いてから「提督の護衛の為、同行してもよろしいですか?」と直前のものよりも少し柔らかく感じる言葉を付け加え。

 まるで相手に見せつける様に自分の腕にくっついている三隈にお願いして腕から離れてもらいながら田中が戸惑いつつ加賀へと頷きを返して艦内に入れば、空母艦娘の眉間からシワが消えて元の無表情に戻り彼の少し後ろ(三歩後ろ)に粛々とした態度で付き従う様に付いてくる。

 

 そんな彼女に対して田中はまず間違いなく今回の任務に関して艦隊の演習での立ち回りを通達した際に自分に対して真っ先に反抗を示し最も説得に苦労するだろうと予想していたのだが、しかし、彼の予想とは裏腹に加賀は同艦隊の誰よりも早く彼の命令に従う事を了承すると言うサプライズをやってのけ、そのおかげで彼女と交流する場合の距離感と言うモノが完全に読めなくなった指揮官はただひたすら頭を悩ませていた。

 

 ただ、ぼそりと刺す様なセリフを言った直後に口元に手を当ててもごもご何かを呟く奇妙な行動をするようになった空母の姿には困惑する事しか出来ないが、何故か彼女がそれをする様になってから田中は加賀との会話がそうなる前よりもスムーズになった様な気がしている。

 少なくとも少し前の会話に不自由するレベルで不愛想かつ単語並みに短い呟きだけだった時よりも加賀が少し長い補足する様なセリフを付け加える様になった事で田中が感じていたストレスが大きく軽減されたのは間違いない。

 

 とは言う様な大小差はあれど悩みと問題は尽きないが深海棲艦との苛烈な連続戦闘を強いられるよりはマシと言えなくも無い彼を取り巻く現状は何処からかハワイの港周辺に湧いてきて多種多様な言語で書かれた「戦争責任」だの「艦娘は謝罪しろ」などのプラカードを手に七十年以上も前に終わった戦争を蒸し返そうとする内容をフェンスに仕切られた港に向けて声高に叫ぶ市民団体を無視すればそれなりに平和と言えなくも無かった。

 

 そして、何とか話し合いが出来る状態まで磯風を大人しくさせるからその間に三隈を説得して、と時雨達に背中を押されて甲板へと送り出されてから小一時間、三隈と加賀を連れて戻った待機所の一番広いテーブルの前に田中は座らされる。

 

 もし興奮した磯風が暴れ出した時に備えて周りに控えている時雨達から生温かい視線を受けつつ椅子に座らされた田中は食卓としても使う机の上で胡坐をかき腕を振るい黄色いスカーフタイを胸元で揺らす磯風が国の威信を背負う軍人の何たるかを演説する独壇場の正面で神妙な顔を装いつつ相槌を打つ。

 ただでさえ短い白の一本線が走る濃灰色の布地は姿勢(あぐら)のせいでギリギリ内股を隠しているだけだと言うのにどこぞの指揮者が如く大仰に振るわれる腕の動きと机と椅子の段差によって少し視線を下げれば簡単に中身が見えてしまうスカートへ田中は目を向けない様に努めて声高に室内に響く持論の演説による興奮の為か顔を赤らめている磯風の姿を見上げる。

 

 日本の防人である自分達が世界に向けて米国の艦娘に劣る姿を見せるのは筆舌に尽くし難い恥であるだけでなく同時に将来の日本の国益を損なう愚行に他ならない、と磯風が力強い結論と共に目の前の田中へと詰め寄る様に上半身を乗り出してテーブルに白い手袋に包まれた拳を叩きつけ。

 

 その彼女が座っている天板をへこませる程の衝撃で跳ねたプリーツスカートの下に黒い布地が見えた直後。

 

 突風で煽られた様な揺れと共に待機所を照らしていた電灯から突然に光が消え、いきなりの暗闇に唖然とする田中達の耳を襲う様に甲高い警報が鳴り響き非常用に切り替わった電源がはつゆきの艦内に赤い非常灯を灯し。

 

 温い平穏に浸れていた時間は終わりを告げる。

 

・・・

 

 艦内に居た者には見る事は出来なかった海から押し寄せる虹色の光の津波と言うべき超常現象によって多少のマナ粒子濃度ならば問題なく運用できる様に改造を施されていた自衛隊所属の護衛艦は容易く防御性能を上回られ、その戦闘能力と機能の大部分を喪失する事となり。

 港に停泊する艦艇だけでなくハワイ全土を襲ったマナ粒子の波によって電子機器が機能不全を起こしそれによる通信障害などの二次被害が連鎖してから二時間以上が経過した。

 

「こんなの冗談だろっ・・・なんでこんな」

 

 機能不全を起こしたとは言え非常用電源など無事だった機能もあるがそれは最低限なものでしかなく、加えてそれを復旧する事が出来るはずの艦内で待機していた乗員の大半まで重度のマナ酔いを起こして身動きすらも不自由する事となり事態は悪い意味で膠着している。

 

「提督! リフト下ろすわよ!」

 

 それでも自衛官達の中で手も足も出ないと諦めた者はおらず、休暇を得て陸で骨休めをしていた隊員達まで今にも倒れそうな状態でありながらも鈍い身体を引きずるようにしてそれぞれの乗艦へと戻って来ており。

 

「・・・あぁっ、頼む!」

 

 そして、虹色の霊力が放たれたのはハワイから見て東北東、マレー断裂帯と呼ばれる水深7000m級の大海溝が存在する方向ではないかと航海科の士官達が青い顔で吐き気を堪えながら護衛艦(はつゆき)がシステムダウンする直前までに得ていたデータから割り出し、手足をふらつかせながらも機関員やオペレーター達が艦内機能を復旧させる為に奮闘している。

 その甲斐あってか今もなおチリチリと小さな音を立てて空気の中にちらつく高濃度マナの影響をその出自の特殊性によって耐える事が出来た艦娘の手助けもあり、半死半生でも自分達の任務を果たそうと奮闘した海自隊員達は過剰なマナ濃度を吸収除去する装置を再起動させた事で艦内の粒子濃度を下げ、マナによる機能不全を取り除きはつゆきの主電源の復旧を成功させた。

 

「でも、くそっ、なんでこんな事になるんだ!」

 

 そんな多くの人員の努力によって海面に向かって降り始めたプラットホームの上で田中は誰にでもなく悪態を吐く。

 

「司令官っ、そんなんでやれるんか!?」

「やるしかないじゃないか!? いやっ、すまない! 龍驤達はまだ倒れている他の隊員の手当てを頼む! 出来るならはつゆきだけじゃなく他の護衛艦の復旧にも手を貸してやってくれ!」

 

 その場で駄々っ子の様に泣き喚く事が出来ればどれだけ良いか、と内心で吐き捨てて警告灯の光を回転させながら海面へ降り始めた大型エレベーターから護衛艦の後部デッキにいる出撃可能人数の関係からはつゆきに残る事になった龍驤達へと指示を飛ばす。

 

「ええよ、心配せんでもこっちはウチらに任せとき!」

 

 威勢の良い返事と一緒に振られた赤い袖に田中が頷いている間に彼が立つ昇降機の床が海面の少し上で止まり落下防止の安全柵が艦娘部隊の出撃を知らせるサイレンと共に開いて碧い海への道を開いた。

 

「まだ敵の規模は不明だが差し当って北東から急接近してきていたと言う深海棲艦を発見する為に索敵を行う、出撃旗艦は赤城、その後は状況に応じて対応だ!」

 

 霊力の波がハワイに到達する少し前にはつゆきのレーダーが捉えた情報を口に出し改めて行動方針を確認し終えた田中が手を差し出し、彼へと頷きを返した赤城が弓掛を付けた右手を重ねる。

 

「了解しました、提督・・・一航戦赤城、出ます!」

 

 出撃を命じた指揮官と了承した空母艦娘の身体からきらめく霊力の光が溢れ出し始め、その赤城の肩へと彼女の横に立っていた加賀がそっと手を添え、続いて出撃メンバーに選ばれた矢矧、時雨、叢雲、伊168がプラットホームの上で広がった光の中に消える。

 

 波が触れる縦横数mの昇降機で一際強く光が弾け、直後に護衛艦の船尾に金の枝葉を広げる巨大な輪がその内側に赤城の名を輝かせ、青白い光で波打つ輪の内側で組み上げられた艤装を身に着け赤い袴と黒い胸当てに引き締められた弓道着の袖をはためかせる正規空母が船底を模した厚底の履物で波を踏む。

 

《加賀さんと私の一航戦の誇りお見せいたします!》

 

 矢筒を背負った背中で長い黒髪をたなびかせ長弓を手に海へと踏み出した空母艦娘が未だ見た事も無いような強敵が来ると強い予感を感じながら水平線を見据えた。

 

・・・

 

「最悪だっ」

 

 俺達の拠点である護衛艦はつゆきの艦長だけでなく他二隻の護衛艦も将官下士官問わず大半の乗員が前後不覚の任務遂行不能状態となり、辛うじて高濃度マナに耐えられた者ですら倒れた者を救護するだけで手がふさがり折角繋がった通信もサポートを期待できない。

 オマケにマナ濃度の急上昇によるハワイ内陸で今も発生している交通事故などの二次被害は既に災害と言って良い被害状況となっていると言う話には鉛を飲まされた様な気分にさせられた。

 

「時雨、左舷から来るわよ! 備えなさい!」

《任せて!》

 

 遠吠えを繰り返しながら迫ってくる駆逐ハ級の巨体を掠める様に交わした時雨が巨大なしゃれこうべの右側へと主砲を突き付け爆音と共に風穴を穿ち撃沈させる。

 背を押す推進機関の出力を落とす事無く水面を横滑りする駆逐艦娘の指揮席で身体に襲い掛かる荷重を堪え踏ん張りながらコンソールパネルを操作して時雨の戦闘を補助する。

 

「よりにもよって、なんでこんな事になるんだ! っ!? 取り舵! 砲撃4来る!!」

《了解!》

「そんな反応どこにっ! この砲声、戦艦級まで居るの!?」

 

 視界の右側に顔を出した三等身の小人が四本指を立てて振ったと同時に一瞬だけ脳裏を掠めた戦艦ル級のシルエットに俺は反射的に回避命令を叫び、すぐさま躊躇いなく俺の指示通りに波を蹴って転舵した時雨と対照的に明らかに早すぎるタイミングで出された俺の指示に戸惑いの声を上げた叢雲は直後に水平線の向こうから飛んで来た爆音と砲弾に目を見開いて髪を逆立てる。

 

「航空機隊は!?」

「赤城隊攻撃成功、撃沈駆逐2、軽巡一隻の中破を確認」

「加賀隊、空母ヌ級の無力化に成功しました」

 

 その報告に頷き、赤城と加賀が発進させ敵艦隊への攻撃に成功した両空母の航空部隊を回収する為に敵の射程から外れた地点への移動を命じ、俺達が針路を変更した事で見当違いの場所に着弾した戦艦の砲弾による水柱を横目に俺は胸の中を軋ませる精神的な圧力の原因へと改めて目を向けた。

 

「本当に冗談であってくれよ・・・こんなの」

 

 ハワイまでの航路上ではマナ粒子を溜め込むタンクを増設された護衛艦(はつゆき)による粒子散布によって人為的に作られた霊的力場を隠れ蓑にして戦闘は全て記録されず公式には深海棲艦自体と遭遇しなかった事になっている。

 だが、今回の出撃は真珠湾内からの発進であり霊的災害による混乱の中であっても多くの目撃者が和弓を構え沖へと駆け出した赤城の姿を確認しているだろうし、海の底から現れ何を思ったのかハワイに向かって一直線に接近してきた十数隻の深海棲艦との間で発生した緊急事態と言う言い訳など毛ほどの弁明にもならない明らかな艦娘運用を規定する法律からの逸脱行為はもみ消しなど最早不可能だった。

 

「提督、信じたくないのは分かるけれど・・・事実よ」

 

 だが、そんな自分の進退どころかクビがかかった重大違反を犯している俺はその程度の事など気にならないぐらいの動揺に呻きを漏らした。

 苦虫を噛んだような顔でこちらを振り返る矢矧の声に頭を抱え、手元のコンソールパネル上のレーダーに表示された巨大な赤い影を見下ろす。

 

「何がどう間違ったら、深海からハワイに向かって限定海域そのものが延びてくるんだ」

 

 二人の空母が空に放った観測機がリアルタイムで報告してくるまるで引き延ばされた餅の様に、赤い舌の様に、はるか遠く水平線の下から海底を這う様にその巨大な圧縮空間を引き延ばして影響広げる怪物の巣の全容に呻く。

 まだ俺達が居るハワイ沖まではその魔の手は届いていないがその侵攻速度から逆算すれば二日も経たずに真っ直ぐ伸ばされた限定海域は南の島に到達する事を予測する事は簡単だった。

 

「航空隊が戻って来たわ、司令官」

「あぁ・・・まずは赤城から機体の回収を」

 

 気遣う様な声色から俺を心配してくれていると分かるイムヤの報告に自分でも呆れるぐらい気力を萎えさせた腕を無理矢理に持ち上げてコンソールに浮かぶ時雨の姿へと触れて旗艦変更の為の操作を行う。

 

 昨日まで北海道で色丹島に現れたと言う正体不明の深海棲艦への対策を行わなければならない義男達よりはマシな任務だと考えていた自分の能天気さが馬鹿馬鹿しく感じる。

 

 艦橋から確認できる範囲内に居る深海棲艦であるならば弾薬や耐久の消耗度だけでなく砲撃のタイミングや射程範囲まで教えてくれると言うのに水兵帽を被った妖精にその巨大な異空間の情報を求めても返って来たのは三体の巨大な深海棲艦の影だけが送られてくるだけ。

 敵の詳細情報は直に相手を確認した時にしか教えないと言う本当に人間の味方なのかを疑ってしまいそうになる刀堂博士の不親切さに向かって自分の額に手を当てた俺はふざけるのも大概にしてくれ、と声にならない悪態を吐く。

 

「提督、大丈夫かい?」

「大丈夫と胸を張れたら恰好が良いんだけど、今は無理そうだ・・・だが、せめて海上に現れた敵艦だけでも撃退しないと」

 

 旗艦変更の輝きの中から艦橋へと戻って来た時雨が俺の肩にそっと触れ励ます言葉に気力を振り絞って顔を上げ返事を返した俺は右肩に装備された航空甲板から光の線を翼の様に広げてガイドビーコンで自分の艦載機を導く空母の着艦作業に取り掛かった。

 

「うん、そうだね、今は目の前にある事を一つ一つやりきろう」

 

 提督には僕らがついているから、そう言ってくれる時雨の言葉とメインモニターから振り返り頷いてくれる矢矧、叢雲、イムヤの表情で背中に圧し掛かる重圧が少しだけ軽くなったような気がした。

 




 
ちなみに今、真後ろへ振り返ったら滅茶苦茶鋭い視線で田中を睨んでいる(に見惚れている)加賀がいます。

追伸・・・

非常に個人的な事情から空母棲姫に対する殺意が八割ぐらい増しました。
 


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第百十四話

 
今年、最後の……【艦これ、始まるよ。】…

こう…しん……で…す…
これが…せい…いっぱい…です
読者…さん 受け取って…ください…

伝わって……… ください…
 


 私はここまで自由に空を舞う事が出来る空母だったのか、と今までに経験がないほど滑らかかつ高速で艦載機を放ちきった弓を手に高度1000mで残身する空母艦娘は自らが発揮した能力に対する驚きとその驚きよりもさらに大きな興奮に心を震わせた。

 

 だが、その強い興奮が彼女の油断に繋がる事は無く下方から響いた砲声と視界に走った警告に目が据わり、滞空する弓道着の左肩に装備された甲板型艤装が銀の光を纏ったワイヤーを打ち出し、獲物を目掛けて飛び掛かる蛇の様にうねった銀線が風の中を突き進み白灰色の翼を捕らえ二一型零式戦闘機と艦娘が一直線に繋がり。

 直後にプロペラだけ残した光る球体と化した戦闘機に向かってウィンチの急回転し軋み音を散らすワイヤーが巻き取られ、空中で輝く固定座標に向けて淡い光を纏った加賀の身体が向かい風を貫くように猛スピードで加速し、彼女の眼下にある海面から撃ち上げられた対空砲火の弾幕がはためく袖に掠りすらせず通り過ぎて無為に空高く火の花を咲かせる。

 

『艦攻隊がヌ級への雷撃に成功、全ての敵空母撃沈を確認、これで制空権は私達のモノです、加賀さん』

 

 風鳴りの音を打ち消す程のヒステリックに連発する発砲音が鳴り響く戦場だと言うのにスッと耳に染み入る様な落ち着き払った同じ空母である無二の親友の声に「ええ、当然ね」と短い返事(了解)を加賀が返したと同時に空を舞う様に滑空するその身体がプロペラを高速回転させ浮揚力を発生させていた光球にぶつかり。

 空母艦娘の身体が風船が割れる様な乾いた音を貫き元は艦載機だった輝きが彼女の足場としての役目を果たし光粒(霊力)へと分解され、中継機からもらった反動で一陣の風となって空を駆ける艦娘の肩の航空甲板を模したそれへと零式艦戦が吸い込まれる様に回収された。

 

『もうすぐ敵主力艦隊上空に到達する、相手はル級を中心とした水上打撃部隊よ! 妙に船足は遅いけど油断はっ』

『優先攻撃目標、敵旗艦と思われる戦艦ル級!』

『なっ、提督!? 相手は輪形陣を整えてる! 自分から対空砲火に飛び込むつもりなの!?』

 

 駆逐艦級だけでなく重巡らしい深海棲艦に警護される歪な人の形をした戦艦を海上に見付けた加賀の視界に艦橋の仲間達が観測し分析した敵の情報が並び、冷徹な空母はその優秀な判断力によって自分に必要な情報とそうでないモノにふるい分ける。

 そして、彼女の内側に存在する戦闘指揮所で指揮官が下した攻撃命令に軽巡艦娘が上官に向かって考え直すように慌てた声で進言したが、それに対して彼女達の指揮官である田中良介特務二佐が何かを言うよりも早く身体に押し寄せる風を正面から受け止めるように加賀の両手両脚を大きく開いた。

 

『無理は承知しているが頼む! 加賀! って、うぉあっ!?』

《そうね、悪くない判断だわ》

 

 愛しい人の張り詰めた男らしい声が自分の名を呼ぶ、ただそれだけでどんな強大な敵であろうと打ち砕けると確信した加賀の口元が吊り上がり、猛禽を思わせる笑みを浮かべた艦娘の脳内で眼下の戦艦に対する認識が油断できない強敵からただの(獲物)へと切り替わる。

 その身が纏う弓道着が激しく布地をはためかせ、増加した空気抵抗によって高速で滑空していた加賀の身体が見えない網にぶつかった様に急減速し、一拍の間も置かずに今度は短い青袴の先に延びるニーソックスと船底を模した様な形の高下駄からその身体を守る障壁の光が消える。

 

『ちょっ、か、加賀さぅうっ!? 本気!?』

 

 発動するだけで身体に掛かる重力を軽減してリソースを最大に割り振れば体重を限りなく0に近づける事が出来ると言う空母系艦娘に共通する特殊な障壁の出力が加賀の意志によって操作され、上半身は羽毛よりも軽く、なのに膝から下は数トンに達すると言う不自然過ぎる重量の偏りと姿勢の変化で勢い良く慣性に押されて空中を滑空していた空母が身体をねじる様に雲の下で逆立ちした。

 

『こ、これは、・・・かなりきつい、ね』

 

 大きく腕を広げ帆の様に風を受ける袖を回転軸に両脚が空へと突き上げられ、短時間とは言え床と天井が逆転してしまった艦橋で自分の戦闘補助を行っている仲間の悲鳴や苦悶の声をあえて聞こえないふりをして加賀は指揮官の命令を遂行する為に最短かつ最高の成果を得る道筋を脳裏に描く。

 

『駆逐合わせて8、軽巡2重巡2、空母無し、潜水している戦力は今の所確認できません』

 

 対空弾幕を回避する為の急加速、さらには敵艦隊の上空で急減速と曲芸の様な回転によって発生した慣性運動の反動に襲われ、さらにはまだ空に向かって振り抜いた足による反動で上方向への慣性が残っているとは言え上下が反転した加賀の艦橋の内部は戦闘補助を行うには最悪な状況だと原因である加賀本人すら理解している。

 

『それでは、戦艦ル級との相対距離を視界に投影します』

 

 しかし、そんな劣悪な作業環境の中ですら平然と自分を補助する同じ師の下で切磋琢磨した戦友は平常と変わらず頼もしい声で作業をこなし、赤城への感謝を短く告げて空と海の間で足と頭の上下が反転した黒髪のサイドテールが夕日で橙色に染まった海面を指す。

 

『ぐ、ぅぉっ・・・奴がなんらかの方法で限定海域を、ハワイに向かって誘導している可能性が高い!』

 

 上空の四方八方から叩きつける様に激しく吹きすさぶ気流の中で変則的な空中戦闘機動(マニューバ)を難なくこなすだけに止まらず、その間まったく瞬きせずに海面に輪形陣を組む敵艦隊を見下ろしていた加賀の耳に彼女の内側に居る青年の切羽詰まった叫びが響く。

 

『な、なんらかの方法って・・・ぅぅっ、それよりいつまで宙吊り、ベルトが水着に食い込んで、いたた

『根拠はっ!? 貴方はなんで戦闘だと言葉足らずになるの!?』

 

 彼がただ話しかけてくれるだけでわけも無く胸に溢れる喜び、そして、その憂いを自分が拭ってあげなければならないと言う使命感。

 

『でも提督の勘は当たるよ、むしろ中村二佐よりはマシだって考えるべきじゃないかな』

『時雨、私の司令官をあんな脊髄反射で生きてる様なのと一緒にすんじゃないわよ!』

 

 泉と言うよりは噴水と言うべき勢いで溢れる激情によって胸を高鳴らせながら、氷の様に冷たい微笑みを浮かべた空母艦娘は海上から自分を忌々しそうな顔で見上げ両腕の主兵装である40cm(16inch)三連装砲を振り上げようとしている深海棲艦に狙いを澄ませる。

 

『すまないっ、加賀! だが・・・』

 

 客観的に見れば彼我の戦力差からその目標設定が少々無茶だと頭では分かっているが自分の名を信頼と共に呼んでくれた指揮官に応える為、加賀の身体を覆っていた淡い防御障壁の光が消え。

 どうしようもなく気分が高揚していく感覚を膨れ上がらせる加賀の身体が戦闘形態において18mの身長に見合った重さへと戻り、戻って来た重力に引かれ空母艦娘が海に向かって頭から落下を開始する。

 

《鎧袖一触よ》

 

 そんな舞う様に空中遊泳する空母艦娘の姿、深海棲艦の空母には存在しない奇妙な能力で船体ごと空を飛び対空砲火を避けていた鬱陶しい出来損ないが急に失速して自分からこちらに目がけて無防備に落ちてくる光景に戦艦ル級は黄色い灯を揺らす瞳を細め。

 内に見える力の質は悪くないが恐らく貧相な身体に見合った燃料が切れたのだだろう、それはつまり的が狙いやすくなったと言う事である、と猛獣の様な笑みを浮かべて随伴艦達に自分の砲撃に合わせて上空の目障りな羽虫に照準し集中攻撃せよと言う命令を込めた思惟を発し。

 

 そして、一斉砲撃の先駆けとして咆哮を上げようとしていた戦艦から砲弾が放たれる直前、十数の随伴艦に囲まれた輪形陣に向かって腹下に高波がかかる程の低空から飛び込んできた数機の艦上爆撃機達が次々に機首を上げて急上昇しながら一斉に抱えていた爆弾を投げる。

 

 上空に気を取られ過ぎていた為にル級達が気付けなかった爆撃機編隊の奇襲によってモノクロの装甲に命中した円筒型の爆発物が激しい炎を弾けさせ。

 直後、情けない事にたった一発の爆弾で一隻の軽巡が船体を爆散させ絶命し、駆逐艦の半数からは大破したと混乱が混じる思惟(泣き言)が聞こえた。

 

 そんな随伴艦(下僕達)の情けない思惟(報告)に苛立った艦隊旗艦(フラッグシップ)は全ての爆発を自らの障壁のみで耐えきり、肌と艤装には傷一つ無い自分の逞しさの数分の一程度だけでも下位個体共は見習うべきであると身勝手な思惟(苛立ち)を吐き捨てて爆炎と水飛沫で頼りなくなった目視ではなくマナ粒子を捉える生体レーダーに索敵方法を切り替える。

 あの空飛ぶ奇妙なチビの(駆逐艦より小さい)空母は海へと落下する際には同族の船体をキール(背骨)ごとへし折る強烈な蹴りを頭上から落としてくる、と偉大なる泊地の姫が求める島に向かって先行させた斥候艦隊が全滅する寸前に伝えてきた思惟(困惑)からある程度の敵の情報を受け取っていた前線指揮艦である戦艦ル級は長い黒髪(アンテナ)を騒めかせ。

 

 その身体の小ささと力の弱さで実力を偽り奇をてらった戦法で騙し討ちをする卑怯な愚か者への罰は死こそが相応しい、と戦艦ル級は獰猛な笑みと両腕の主砲を立ち込める水飛沫と煙幕の向こうから急速に接近してくる敵の影に向けた。

 

《良い判断です》

 

 相手を弱者と見なし力押しを止めない戦艦に向かって頭から急降下する加賀の目が煙幕から突き出された戦艦砲とその少し上で旋回する一機の九九艦爆を捉え、間髪入れずに風にはためく左袖の上で再び航空甲板が鋭い音を立てて艦娘の霊力を纏い強化された機動ワイヤーが射出される。

 言葉にせずとも必要な場所、絶妙なタイミングに欲しいモノが用意されると言う手応え、ぴったりと自分の戦術と指揮官の戦略が噛み合う甘美な感覚に戦闘中でありながら田中へとさらに惚れ込む加賀の身体が落下速度に加えてワイヤーの巻き取りで目と鼻の先に迫った敵艦に向かって一気に加速した。

 

 一呼吸の間も置かず空中で母艦を待つプロペラ機に空母艦娘の影が差し、装甲の内側でウィンチが火花を散らす航空甲板が光球を弾けさせる事無くプロペラ機を空に置き去りにする。

 

 自らの矮小さから油断を誘い偶然に自分よりも格下の哨戒艦隊を倒した程度の戦果に味を占めて馬鹿の一つ覚えで一直線に接近戦を仕掛けようと言うのだろう、しかし、爆撃の目くらましで多少の工夫をしようとレーダーははっきりと近付いてくるマヌケの艦影を捉えているのだ、と黄色い灯が嗤う。

 羽虫が自分から撃墜されるために首を差し出してきた、と高を括り思惟(嘲笑)する戦艦ル級フラッグシップの艤装が空母艦娘を照準し空へと突き上げる大口径三連装砲が爆音を連発させ。

 

 そして、大口径砲が放った暴力的な爆音が海原に響き渡り。

 

 その手ごたえに自分の砲弾が愚か者を跡形もなく爆散させた、と確信した戦艦ル級の視界を妨げていた先の爆撃で海上に漂っていた煙幕の残滓が唐突に黒鉄(戦艦)の真横を吹き抜けた旋風(空母)によって打ち払われる。

 

《・・・立体機動戦闘術》

 

 ついさっきまで目と鼻の先にいた筈の不良品が発するピーピーと甲高い耳障りな音が突然に背後から聞こえ、振り向こうとした戦艦の身体が何故か凍り付いたかのように固まった。

 それでも何とか首だけを動かしたル級が横目に見た海面が弾けて舞い上がった水飛沫を浴びる小さな敵の後ろ姿、目を見開いた戦艦の頭上で燃料を最大まで充填された中継機が猛烈な音を立ててプロペラを回転させ。

 まるで見えない大蛇に絡み付かれたかの様に動けなくなった戦艦級深海棲艦の背後で空母艦娘の着水によって発生した水飛沫が直後に唸りを上げた加賀の推進機関の四軸スクリューが放った光の渦に吹き飛ばされる。

 

糸繰(いとくり)、三の型》

 

 原因不明の金縛りに戸惑いながらも即座に腕が動かず主砲が使えないのであれば背中の副砲を旋回させて忌々しい欠陥品を撃ち抜く、と打開案を実行しようとした戦艦ル級の艤装(砲塔)がまるで熱されたナイフが触れたバターの様に輪切りにされ、重厚な戦艦装甲を撫で切りにして絡み付くように白い首筋に銀色の線が食い込んだ。

 未知の攻撃にさらされ美貌を嘲笑から驚愕に歪ませる戦艦とは対照的にまるで退屈な作業をさっさと終わらせたいとでも言う様に、なんの感情も宿していない加賀の弓掛に包まれた右手の指が己の航空甲板から延びる銀の糸を握り。

 激しく震える太いギターの弦の様な重低音に合わせ海面が波を躍らせ、前方へと加速をかける空母の肩から延びる光煌めくワイヤーと繋がった数百トンの重量すら持ち上げる浮揚力を発揮する中継機の間で相反する性質を持った深海棲艦と艦娘の力が拮抗を崩し、昏い灯火を守る装甲を煌めく銀の輝きが圧倒する。

 

《螺旋絞り》

 

 加賀と航空機の真ん中で銀に輝く霊力が圧縮され編み上げられた鋼の糸が容赦なく引き絞られ、船体に巻き付いた機動ワイヤーに囚われた全高150mの戦艦が思惟(悲鳴)を上げる暇も無く四分五裂し、上空でプロペラを回転させていた艦載機が花火の様に弾け(耐久限界に達し)、戦艦だった残骸が黒い血を撒き散らしながら裁断され昏い霊力へと解けながら海に沈む。

 

 それは旗艦からの対空迎撃命令から一分も経たぬ短時間、敵の爆撃を耐えた随伴艦達がその船体を減速させ艦首を旋回させたと同時に自分達の旗艦が無惨に切り刻まれ沈んでいく姿に、小さな弱者が大きな強者を殺すと言う彼女達の魂に刻まれている道理(常識)の通らない状況に、深海棲艦達は算を乱し混乱する。

 

 自分達の最上位である三隻の姫の直属である黄色い灯火の個体(フラッグシップ)のあまりに呆気ない轟沈。

 

 その戦艦ル級に可愛がられていた随伴艦達は彼女の仇討ちの為に遠吠えと共に(汽笛を鳴らし)砲塔と魚雷管を鞭のようにうねるワイヤーを巻き取り高波の上に佇む小さな空母へと向け。

 小さく力も弱い下位個体が大きく強い上位者を撃破すると言う理不尽に混乱し旗艦を失い統率を乱した輪形陣の真ん中に大量の砲弾と魚雷が殺到し、怒りで眼窩から火を吹くそれらに向かって流し目を向けた加賀が失笑した。

 

《旗艦を失っただけでこの有り様? 実にみっともないわね》

 

 そして、味方撃ち(フレンドリーファイア)まで発生するほど過剰に海面に叩き込まれた激しい攻撃が止み、爆発で舞い上がった水柱とそれぞれの砲口から上がる砲煙が落ち着き、ついさっきまで加賀が立っていた場所には深海棲艦の砲雷撃の殺到によって作られた渦が波をうねらせるだけ。

 先の戦艦ル級の撃沈と重なった一斉攻撃は霊力の過剰放出を起こし、輪形陣の中心で急上昇したマナ濃度によって自分達の索敵範囲を狭める事となったが深海棲艦達はそれぞれの胸を撫でおろす。

 

 やはり先程の情景は何かの間違いでル級フラッグシップは矮小な敵が行った何かしらの姦計にハメられ実力を発揮できなかっただけ、数に勝る強者(我々)がたった一隻の弱者に屠られるなどあってはならない、と自分達の正しさを改めて確認した深海棲艦の艦隊で最も格が高い重巡が赤い瞳を瞬かせ。

 

 その重巡リ級の足元の海面から滑らかな肌色が音も無く突き出され、波間に立つ100mオーバーの深海棲艦の鉄靴を掴んだ潜水艦娘の両手が霊力波と電磁波を混ぜ合わせ圧縮した能力(凶器)を揮った。

 

・・・

 

 甲高くそれでいて身体の芯に重く響く様な超振動の咆哮。

 

 直後に艦橋の全天周モニターの上部に内部から破裂する様に爆炎に姿を変えた巨大な重巡リ級の姿が映り、田中は自分の部下である伊168が引き起こした光景からあえて目を逸らして小さく溜め息を漏らす。

 

「良い指揮でした」

「褒めて貰えて光栄だよ」

「はい」

 

 これは会話と呼べるのだろうか、と目の前に立つ鉄面皮の美女に向かって田中は少し疲れが見える愛想笑い(苦笑い)を浮かべるが相手からの反応はわずかに小首を傾げるだけ、そんな加賀は敵の攻撃を回避する為に伊168へと旗艦を交代してから何を思ったのか指揮席の正面に陣取り指揮官を見つめ続けている。

 

(やっと喋ったと思ったら・・・だから、俺にどうしろって言うんだ?)

 

 少なくとも加賀が自分に対して敵意を持っていないとはここ数日で何とか分かったものの、無表情で正面に立つだけでなくわざわざ目線まで合わせくる上に最低限の言葉しか喋らない相手の不可解な態度に田中は誤魔化すように頬を掻いて笑うしか出来ない。

 しかし、まさか目の前の加賀がついさっきの彼女自身も驚くほど簡単に戦艦ル級、それもフラッグシップと呼ばれる一際手強い敵艦を田中のアシストで仕留めた事によって「私と提督はやはり相性が良い、いいえ、これはもう以心伝心の夫婦と言っても過言ではないのでは?」と戯けた妄想にのぼせ上がっているなどと誰が予想するだろうか。

 

 そして、指揮官の命令通りの戦果を上げてきた空母艦娘は冷淡な(情熱的な)視線で頬を引き攣らせる(優しく微笑む)田中を見つめ(に見惚れ)彼の言葉を待っていた。

 相手には一切、その胸に秘めた意図が伝わっていないのがあまりにも残念である。

 

「提督、加賀さんは提督に褒めてもらいたいんだよ」

「は? え? ・・・あー、えっとだね、加賀?」

 

 察しの良い駆逐艦娘がモニターに表示されたソナー機能から一端手を離してスッと横から田中にさりげない耳打ちをしてその意外過ぎる内容に狼狽えた指揮官はおっかなびっくりと言った態度で全く視線を逸らさない空母へとコンタクトを取り。

 

「良くやってくれた、流石一航戦だな」

 

 戸惑いながらも意を決して何が逆鱗に触れるかさっぱり分からない相手を不用意に刺激しない為、彼が考え得る限り最も当たり障りないセリフを口にして握手を求めるように手を差し伸べた。

 だが、その称賛の言葉への返事は無く、加賀はただ指揮席から差し伸べられた手を両手で包む様に握り。

 

 とりあえず取って食われる事だけは無いだろうと自分に言い聞かせていた田中の目の前で彼の手が引っ張られて柔らかい感触に触れる。

 

「か、加賀!?」

「ちょ、アンタ達何やってるのよ!」

 

 無言で無表情、しかし、捕まえた獲物を離すものかと強い意志を感じる加賀の手によって田中の手のひらが彼女の頬に触れ、艦娘の柔肌を撫でた指の一本がちゅぷっと生温かいヌメリの中に入り込んだ。

 

「は・・・はぁあ!?

ふぇいほふ(提督)、ん・・・それは私と結っ、かふっ!?」

「それ以上はいけません、血気に逸って先走っては自滅するだけですっ!」

 

 驚愕に叫ぶ田中や矢矧達に全く構わず、何を思ったのか指揮官の指を咥え舐め始めると言う周囲をドン引きさせる行動を取った上に加賀は何か彼へ伝えようとしたのだが、その背後に忍び寄った人影の細腕が空母の首を捉えて組み付く。

 背後から不意打ちで首を絞められた空母が窒息に呻いて自分の後ろからチョークスリーパーをかけてきた相手を横目に確認し、いつの間にかいた赤城の浮かべるアルカイックスマイルへと「何故こんな事を」と表情変化の乏しい加賀には珍しく田中達にも分かるぐらいに動揺に揺れる視線で訴えかける。

 

「提督、どうやら加賀さんは少しお腹が空いている様です、補給の許可をいただけますか?」

「は、はい・・・どうぞ」

 

 明らかに「違う、そうじゃない」と視線で訴えてきている加賀の顔と妙な迫力を持った微笑みを浮かべる赤城を見比べてから田中は一航戦の赤い方へと頷いた。

 

『次の獲物はどいつ? 司令官が望むならもっと・・・』

 

 赤城の手によって携帯食などが入っている段ボールが積まれている指揮席の後ろへとずるずると引っ張られていく加賀の姿に顔を引きつらせていた田中は通信システムのスピーカーから聞こえた伊168の声で我に返り、手元のコンソールに表示される情報へと視線を走らせた。

 

「いや、このままマナ粒子が目くらましになっている内に撤退する、イムヤ、爆雷が落ちてくる前にここから離れてくれ」

『そう? ここで全滅させなくていいの?』

「道中でぶつからなかった敵艦隊がハワイに攻撃を仕掛けていないとも限らない、アメリカにもネジと障壁装置が提供されたと言う話だがあれは調整の厄介さのせいで一朝一夕で使えるものじゃない」

 

 重巡リ級を撃破して潜航深度を深海域の入り口(200m)で安定させた伊168の姿が浮かぶコンソールパネルへ向けて指揮官がそう命令すれば赤髪の潜水艦は直ぐに納得して赤いポニーテールの尾を海流に揺らめかせながらその背に背負った艤装のスクリューを始動させる。

 

「本当に提督の言っていた通りに限定海域の拡張が止まったわね・・・」

「恐らくだが、あの戦艦ル級は日本海に現れた戦艦水鬼と似た役割を持っていたんだろう」

 

 小さく赤城が謝る囁きと妙に不貞腐れている様な気がするビスケット的な何か齧る音を背に潜水艦娘の優れた探査能力によって広げられた海底図に触れた矢矧が呆れ顔で赤く表示された明らかに見た目と釣り合わない巨大な空間の反応に向かって嘆息した。

 姿も分からない巨大な敵の目的が限定海域の拡張によってハワイをその閉鎖空間へと飲み込む事であるとベージュの水兵帽を被った妖精からイメージで教えられ。

 上空から戦艦ル級フラッグシップを捕捉したと同時に新しく猫吊るしから情報開示された限定海域とその戦艦を繋ぐ眼には見えない霊的エネルギーの紐を放置して闇雲な防衛戦に徹すればどうなるかを予測した田中は慎重な性格に似合わない強硬策を取らざるを得なかった。

 

「だが、それですら時間稼ぎにしかならない、んだが・・・」

「別の深海棲艦が限定海域を引っ張るかもしれないって事?」

 

 ハワイの港に向かって暗緑色の海中を進む伊168の指揮席で背をシートに預けて呻くように呟きを漏らした田中が黒ツバの制帽ごと頭を抱え。

 

「流石にどんな深海棲艦でもそれが出来るというわけはないだろうが、敵の戦力がまだ未知数なのが痛い、・・・フラッグシップの戦艦がダース単位で現れても可笑しくないんだ」

 

 そんな気落ちした彼の様子にソナー表示から一旦離れた時雨が指揮席のひじ掛けに横座りし、白い自衛官の制服へと黒いセーラー服を寄せ三つ編みのお下げで青年士官の頬をくすぐる。

 

「でも、僕らなら大丈夫だよ、今までだってもうダメだって思う様な大変な事を乗り越えて来たじゃないか」

 

 しゃらり、と前髪を飾る金細工を揺らし全幅の信頼を宿した微笑みで覗き込んでくる駆逐艦娘の横顔を見上げ、しばし、中性的な顔立ちの少女と見つめ合った田中は苦笑を返して肩を竦めた。

 

「こういう厄介事は義男の担当の筈なんだけどなぁ」

「案外、中村二佐の方も提督と同じ事言ってるかもね?」

 




 
神様は乗り越えられる試練しか与えない。

まぁ、二回死んだ私が言うのも妙な話だがこの世界においてはそんなモノが存在するとは思えないね。
 


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第百十五話

 
明けましておめでとうございます。

そして、新年なので初投稿です。

※本作にRTA要素はありません(ネタバレ)
 


 

 そう言えば今年は雪が降るのが早いな、と呟くわけでもなく窓の外に見える灰色の空を見上げた寂れた漁港の職員は国が主導する海岸地域からの避難のせいで減る一方だった港の船の行き来が少しだけ多くなった事に少しばかり複雑な心境で手元で湯気を立ち上らせる薄いお茶を口に含む。

 深海棲艦とか言う海に現れたとんでもない化け物のせいでただでさえ減る一方だった漁師は船を陸に上げてしまい、今では灯台の光が見える程度の近場で漁をする者や牡蠣の養殖をやっている顔見知りの船ぐらいしか残っていない。

 

 さらには幕末から明治は未開の地、戦前は日本の最北端として、戦後では東欧の大連邦の一部として、人間の都合で目まぐるしい変遷を繰り返す北海群島の一つで起こった事件。

 

 つい最近、明らかに日本人とは違う人種の人々が避難船の容量ギリギリまで乗せられ夜逃げ同然ながらの必死な形相で北海道各地の港へと現れ、最低限の手荷物だけしか持っていない三千人を超える難民達がやってきた日を皮切りにして国の役人や自衛隊までもがわらわらと質素で平和な昆布森の港へも押しかけ。

 片言の日本語や馴染みのない外国語で怪物が現れたと怯え泣く色丹島の住人達への食事や一時的な寝床の世話をやらされたりしたのは不謹慎ながら一昔前の豊漁期の様な忙しさを思い出し妙な懐かしさを感じ。

 そんな忙しさも小さな港町から見て西にある都市部で仮設住宅への入居や帰国の手続きなどが行われ始めれば港街に一時保護の名の下に詰め込まれていたた人数もあっと言う間に減り、町民や職員達が行う炊き出しの手伝いをしていた金髪碧眼の親子が片手間に教えた日本語で拙くも真摯に「おセワなりましタ」とお礼を言う姿を彼が見送って数週間。

 

 少しだけの変化を残して釧路町と昆布森の港は中年職員の知る静けさを取り戻した。

 

 ただあれを除いて、と小さく口の中で呟いて漁協職員が目を向けるのは港の駐車場に並ぶ暗緑色の大型車。

 

 件の避難民の中で本国での受け入れの目途が立たない者達を保護する居留地があると言う釧路市の陸上自衛隊駐屯地から派遣されてきた数台の大型トラックとその周りに建てられた簡易テントの中で何か一般人には分からない作業をしている迷彩柄の自衛隊員達。

 彼らが持ってきたいくつかの真新しいタグボートも一カ月前までは歯抜けになっていた港の船列の一員として馴染み始めてきた様な気すらする。

 

 秘密の保持を約束する書類など胡散臭いモノを書かされた難民救援に関する活動では国から協力に対する謝礼として漁協や町役場へ渡されたかなり大袈裟な額は十数年ぶりの港設備の新調に役立ち、何をやっているかは分からないものの土地と港の一部を貸すレンタル料は漁師の激減で水揚げ量の減った青色吐息の零細漁協にとってありがたい収入でもあった。

 囲碁や将棋などを使った交流の場となってしまっている町内会で小耳に挟んだ話では北方四島に現われた深海棲艦への対策として派遣されてきていると言う話である。

 だが、テレビや新聞は大々的に深海棲艦と言う怪物の脅威を報道しているかと思えば同じチャンネルや紙面にどこかの大学で教授をやっている有識者などがその怪物の存在そのものを疑う様な評論を乗せるものだから海の仕事に携わるとは言え実際に知り合いがそんな化け物を見たと言う話も無く。

 

 昆布森漁業協同組合の職員達はほぼ全員が深海棲艦の危険性に対して半信半疑のまま過ごしている。

 

 とは言え、会話も不自由する外国人とは言え住む家を失い生まれ故郷から追い出されたと言う家族の姿には同情もするし、もし本当に深海棲艦とか言う怪物が色丹島に現れたと言うなら早いうちに何とかして欲しい。

 そんなふうに結局は他人事扱いで自分ではない誰かがそのうち何とかしてくれるだろうと楽観している中年職員は少し映りの悪いテレビで流れている地方競馬に見入っている同僚と談笑しながら窓の外に広がる寒空の下で妙に慌ただしく動き始めた自衛隊員達の様子を眺め。

 お茶を手にした職員が外の慌ただしくなった様子に気付き首を傾げたと同時に港に所属している船が海に出ていない為に最低限の電源だけを入れていた事務所の最新無線機器が突然に激しいノイズを響かせた。

 

 その耳に痛い雑音に驚いた中年職員が一着馬が決まる直前に砂嵐となったテレビから振り向いた同僚と顔を見合わせ目を瞬かせ、そして、外からコンクリートの建物の中にまで届く何か物凄く重い物が地面を叩いた様な地響きに座っていた椅子から跳ね上がる。

 明らかに港で異常が起こった事に気付き嵐の様に激しい風を叩きつけられバリバリと鳴動するガラスの尋常では無い様子に戦々恐々した二人は漁師達から預かっている船に何かあっては一大事とそれぞれの防寒着を引っ掴んで事務所の白くガラスが曇った引き戸を勢い良く開け。

 

 真っ先に目に飛び込んできたのは彼らが飛び出してきた事務所よりも高い位置にある銀色の髪が赤い血を滴らせ雫が地面に落ちるまでに幻想的な光に解ける光景、自衛隊所属のボートに貸し出している港の一画であるコンクリート製の岸壁にまるで火花の様に空気に溶ける大量の光粒が降り注ぐ。

 

 艦娘だ、とどちらが呟いたかは分からないが同僚と並んで呆然と引き戸の前で立ち尽くす男の視界には銀髪の前髪で片目が隠れたセーラー服の美少女が体のあちこちから血と光粒を滴らせ前のめりに倒れかけた身体を片腕を支えにして古びた港の地面に向かって荒い呼吸を繰り返しており。

 よく見ればその巨体の隣には銀髪美少女と似たセーラー服を身に着けたもう一人、薄暗い空の下でも鮮やかな青を映えさせる髪を地面に広げた艦娘が酷くひしゃげ黒い煙を上げる背負い物と共に横倒しになりコンクリートの岸壁に傷だらけの身体を横たえて苦し気に呻いていた。

 

 そんな非現実的な光景を前に雪が降る程の寒さすら気にならない驚愕に呆然としていた港の管理人達へと慌ただしく駆け寄って来た迷彩服達が一方的に事務所に戻る様に言い、二人が室内へ押し込まれたすぐ後に巨大な艦娘が居た方向で謎の発光が発生し、次に何か切羽詰まった様子で叫ぶ男の声が聞こえ。

 

 そして、それらを掻き消すように大型車のエンジンが唸りを上げて眩しいヘッドライトが点灯する。

 

 途端に騒がしくなった窓の外は物凄く気になるのだが、そこに彼らが近づいて外を見ないようにとでも言うのか監視まで付けられた中年男性はひたすら頭の中を?マークで埋め。

 あの艦娘は何でこんな寂れた港に現れたのか、そもそも何で難民の移動が終わった後の港町に自衛隊の部隊が賃貸料を払ってまで居ついているのか、もしかして、あの炊き出しを手伝っていたロシア人の母娘達が恐怖に顔を青くして語った山よりも大きな怪物が本当に存在していると言うのだろうか、と。

 そんな風にグルグルと混乱する頭を抱えた中年は物凄く真面目な顔で窓際と引き戸の前に立ちふさがる陸自隊員の様子をチラチラと窺いつつまずは一旦落ち着こうと冷めたお茶を口に含む。

 

 そんなふうに戸惑う自分と同じ顔をしている同僚と顔を見合わせた昆布森の漁協職員だが、彼は事務所に押し込まれる寸前に港に見えた地面に片手を突く傷付いた銀髪の艦娘がその胸に宝石の様に輝く何かを抱いていた事にはついぞ気付く事は無かった。

 

・・・

 

(さてはて、どうすっかなぁ・・・これ)

 

 新種の深海棲艦が現れたと言う色丹島、後輩士官である工藤公太郎の艦隊に正面から敵の目を引き付ける囮を依頼した中村義男は潜入任務に挑むような慎重さで広大な雪原にそびえる山の麓を削って作られた姫級深海棲艦の巣穴への潜入に成功した。

 

「はぁ、司令官、凄く綺麗ですねこれ♪」

「ま~、見た目だけならクリスマスにぴったりなイルミネーションだな」

 

 そんな任務で敵の目を引く囮をやっていた工藤艦隊と共に迅速な判断により帰還した(尻尾を巻いて逃げ帰って来た)中村と彼に寄り添う紺色襟のセーラー服の少女、駆逐艦娘吹雪が華やいだ声を上げて目の前に鎮座する巨大な水晶の青白い光に見惚れ。

 無邪気にはしゃぐ吹雪の様子に苦笑を浮かべて頭一つ分下にある一つ結びのお下げ頭を軽く撫で、改めて彼にとって頭痛の素としか言いようがない厄介物を見上げた。

 

「提督、ご命令通りに釧路基地司令部に天幕の用意を依頼しましたが、これは秘匿の必要がある物なのですか?」

「正直に言って・・・俺の手には余る代物なのは間違いないな、面倒な事頼んで悪いな」

 

 森に囲まれた陸上自衛隊釧路駐屯地の建屋の影になるグランドの一画、色丹島に現れた北方棲姫の巣穴から持ち帰った輝く水晶を前に吹雪の肩を抱きながら振り返った中村は自分に声をかけてきた重巡洋艦娘の高雄に向かって肩を竦める。

 色丹島を飲み込んだ限定海域への侵入には参加しなかったがその分のサポートを率先して行ってくれる部下の一人、高雄を軽く労いながら彼女の後に続いてやって来た鼻を突く湿布の臭いに苦笑を向けた。

 

「工藤もご苦労さん」

「ご苦労さんって言い方軽っ・・・ほっぽちゃんがあんなにヤバイって知ってればやってませんでしたよ」

 

 敵が支配する凍り付いた領域に正面から突入しどういう原理かは全く分からないが数十倍に巨大化した元は色丹島の住宅地があった湾内で遭遇した姫級深海棲艦に挑み、大量の爆撃機と空に浮かぶ浮遊怪球に晒された艦娘部隊の指揮官は内側からシップ臭を漏らす白い士官服の上で不貞腐れた顔をする。

 

「撤退の時に助けてやったし入渠の順番もそっちの艦隊優先にしてやったんだからそう拗ねるな」

「作戦会議で俺達に囮やれって言った人がそれ言うんすか、マッチポンプにも程があるっす」

「お疲れ様です、工藤一尉」

「あ、いえ、色々愚痴っぽい事言っちゃいましたけど実は大した事じゃあないんすよ?」

 

 大して申し訳なさそうな顔をしていない中村の態度にブチブチと恨みがましい愚痴を吐いていたガタイの良い後輩士官は丁寧に腰を折り礼儀正しい挨拶をしてきた高雄の微笑みにくるりと態度を変えて誤魔化すように笑いスポーツ刈りに頭を無為に掻き。

 その照れ笑いを浮かべる視線が高雄の身体のラインにぴったり仕立てられた蒼いタイトスーツと重巡艦娘の洗練された微笑みの間で落ち着きなく行き来し、その十数秒後に胡乱気な視線を中村から向けられている事に気付いて工藤は小さく咳払いしてから先輩士官に並ぶように自分が関わった作戦の成果物を確認する。

 

「ところでなんか周りが物々しい感じですけど先輩達が持ってきたこれって人目を避けなきゃならない代物なんっすか?」

「ああ、かなりヤバい、具体的に言うと下手な扱い方したら他の国と戦争になりかねないぐらいにヤバイ」

「ちょっ、お、大袈裟に言うのやめてくださいよ」

 

 彼らの周りでは曹長の階級章を身に着けた下士官の指示で十人程の陸自隊員達がガチャガチャと大型テントの桁や梁になるアルミパイプを組み立て、そこに暗緑色の天幕が広げられていく様子を横目にした工藤の懐疑的な言葉へと中村はセリフの内容と釣り合いが取れていない軽い口調でそう嘯く。

 

「司令官、これの事を阿賀野さんの刀で切り出した時にマナの結晶だって言ってましたよね・・・とんでもなく大きな霊力を感じる物だって言うのは私にも分かるんですけど」

「そうだな・・・どう言えば分かりやすいだろうなぁ・・・」

 

 上目遣いに自分を見上げてくる吹雪から目の前の地面に置かれた小さな車ぐらいの大きさがあるマナ粒子の結晶体へと顔を向けた中村は自分の考えを吟味する様に顎を撫でてから、吹雪の肩に触れていた手を離しておもむろに青白く光る水晶へと歩み寄り地面に下ろす時に割れて落ちたらしい指先程の小さな欠片を拾い上げる。

 

「・・・マナを電力とかに変換する設備や技術がある場合、この純度の物なら、たったこれ一つで一般家庭が軽く半年は光熱費を考えずに済むって感じか?」

 

 振り返ってそう言った中村の言葉にその場にいる吹雪達が揃って首を傾げ、手の平に乗る程度の小さな水晶の石ころを見せる彼がどういう意図でそんな事を言ったのかに戸惑う。

 そうして、いきなり言われた話に首を傾げる後輩と二人の艦娘へと中村は背後の結晶を手に入れた際に座っていた阿賀野の艦橋で恐らくは現在の地球上において霊的事象に関して最も詳しい存在、鎮守府の中枢機構から艦娘達の能力の補助や調整を行っている三等身の妖精から送られてきたイメージ(知識)を頭の中で反芻してその荒唐無稽さで小さく不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「んで、それ前提なら、多分、コイツは大雑把に見て大型タンカー三隻分の石油と同等のエネルギーって事になるんじゃねぇかな・・・?」

 

 と、軽い調子で自分の身長と同じ高さの巨大結晶をノックする様に軽く叩いて苦笑する中村の言葉に彼の言葉を聞いた者達は目を丸くして色丹島に住み着いた北方棲姫の寝床から持ち帰られたマナ粒子の結晶体を見る。

 

「流石にそれ、冗談っすよね・・・?」

「言っとくけど俺は専門家じゃないから正確なエネルギーの変換効率とか聞かれても答えられんぞ?」

 

 重量だけならたった2t前後、人間ならば重機やトラックが必要になる大きさと重量であっても戦闘形態の(巨大化した)艦娘なら駆逐艦ですら片手に抱えられる程度の小荷物になる。

 実際に北方棲姫の寝床で見上げるぐらいに巨大な水晶を近接装備である刃で切り出した軽巡艦娘は片手でそれを掲げながらそのマナの煌めきに大きく目を輝かせ、姫級深海棲艦の巣穴から脱出後に工藤艦隊からの救難信号に駆けつけるべく走った浜風も片手が塞がる以外の不自由なく海上に飛び出し破損した連装砲と機銃を手に無数の航空機を相手に奮闘する姉妹艦の下に駆けつけた。

 

 そして、その二艦隊が行った作戦の成果である水晶から零れた小さな欠片を手の平の上で転がしていた中村は何気ない調子でポイッと工藤に向かって投げる。

 

「はっ、わ、うわっと! そんなもんならもっと丁寧に扱ってくださいよ!?

 

「司令官、それ爆発とかしないんですか? 圧縮された霊力みたいにっ」

 

 高エネルギーの塊だと聞かされた直後に言った本人がそれをぞんざいに扱う様子に目を白黒させ両手でキャッチした野球が趣味の艦娘指揮官は顔の半分以上を口にして叫び、欠片を受け取た彼から数歩後ずさった吹雪が少し顔を引き攣らせ中村に恐る恐る問いかける。

 

「大丈夫だろ、てか霊力と違ってマナ結晶は純度が高いと逆に爆発させる方が難しくなるらしいぞ? 粉々になった物だと簡単に火が付いて一気にドカンってなるらしいけど、どの程度まで砕けばそうなるかは知らん」

「ええぇ・・・」

 

 北方棲姫が大山脈と化した斜古丹山の中腹を抉って作った大洞窟の奥で眩しい程に輝いていたマナ結晶の大鉱脈を見たと同時に猫吊るしから次から次に送られてきた頭がこんがらがる程の情報量を持ったマナ粒子の水晶を取り扱う上での注意事項。

 中村の頭の中にある大型タンカーのイメージと阿賀野が手に取った水晶の塊の間で=マーク(等号)で並べられた物や緑ツナギの小人がその結晶を砕いた物を得体の知れない液体に混ぜたり、灼熱の溶鉱炉で正体不明の金属と混ぜ合わせたりする抽象的なイメージ(利用法)を見せられ。

 

 そんなふうに深海棲艦の巣の真ん中で猫吊るしからの一方的な講義を頭の中に押し込まれた中村へと最後に伝えられた光景は粉々にすり潰され安定状態から光粒が散り始めるほど不安定になったマナ結晶の前でニヒルな笑みを浮かべた小人がライターに火を灯した直後、どこかの工場らしい建物が内側から大爆発するコミカルなのにちっとも笑えないショートムービー(爆発被害予測)だった。

 

「なるほど、提督の世界(・・・・・)ではそれが常識であったと言う事ですね?」

「常識かどうかはともかく原理は聞いてくれるなよ? さっきも言ったが俺は専門家じゃない」

 

 心配で顔を一杯にした吹雪が水晶の塊から中村を引き離すように手を引き、駆逐艦の健気な様子に苦笑を浮かべた中村はブラックシルクに包まれた手を頬に添えて何事かを思案していた高雄からの問いかけにおどけて肩を竦める。

 そうしている間に巨大な結晶の上に三角形の大型テントの屋根が立てられそれを覆うように天幕が張られていくが、ふと中村がその様子を改めて見ると何故か作業中の隊員達が爆弾処理に挑むかの様な緊張感に包まれていた。

 

「それにしてもこれが凄い物だってのは分かりましたけど、それがなんで戦争って話になるんっすか?」

 

 輝く水晶の光を閉じ込めた布地の分厚いテントの完成を見届けた中村が今回の任務の後始末である報告書や手に入れたマナ結晶の管理に関する要請などの書類仕事を思い浮かべて現実逃避気味にやけに晴れた空を見上げていると指に摘まんだ水晶の欠片を空に翳してまだそれの価値に対して半信半疑な工藤が首を傾げ疑問を口にする。

 

「お前なぁ、それがどこにあったのか、どれだけの量があったのか、俺から渡した情報を思い出して自分の頭で考えろ」

 

 もう小難しい事を考える仕事はやりたくないと面に書いてある顔をした中村が察しの悪い後輩へと呆れながらポケットに両手を突っ込み歩き始め、すると駐屯地の司令部がある棟へと向かい始めた彼の横へすかさず並んだ吹雪が指揮官と腕組んで彼に擦り寄った。

 

「私も映像記録で確認しましたが北方棲姫の巣穴にあった結晶柱は比較的小さい物ですら戦闘形態の阿賀野が見上げる程でしたから・・・提督がおっしゃる通りの価値があれらにあると考えれば」

 

 合点がいったと小さく頷く高雄が怠そうな態度を隠そうともしない指揮官と部下と言うには馴れ馴れしい行動を躊躇い一つ見せない駆逐艦娘の後ろ姿に小さく眉を顰めたが近くにいる工藤達に悟られない僅かな間に微笑みがその整った顔立ちに戻る。

 

「・・・か、火薬庫って事じゃないっすか」

 

 そして、色丹島と言う古くから領海、領土、文化など日本とロシアの間で様々な因縁が渦巻く海域の事情を思い出した工藤が掠れた声を漏らす。

 

 さらに今回そこに新しく加わった問題、旧来の人間達の事情など知った事じゃない姫級深海棲艦がその島一つを数十倍に巨大化させ自分好みの遊び場に変えてしまい現地住民を追い出しただけならまだしも、文字通りの魔境と化した白銀世界の山麓に隠された北方棲姫の巣穴には一欠片で人類のエネルギー問題を解決しかねない神秘の鉱脈が無造作に置かれている状態。

 

 ただでさえ深海棲艦の被害によってシーレーンが脅かされ石油などを運ぶタンカーのリスクとコストが跳ね上がり、それに伴う燃料や電力の不足は全ての国が解決したいと願っている。

 そんな世界的なエネルギー事情を解決してしまえる可能性を持った結晶体の情報が出回れば喉から手が出る程欲しがるどころか実力をもって色丹島へと侵攻を行う国が必ず現れるだろう。

 

 国際協力の名の下に人類皆兄弟を主張し、国家の枠を超えて手に手を取って仲良く新たな資源を分け合うなど夢のまた夢どころか詐欺師でも口にしない絵空事でしかない。

 

 工藤の顔が青ざめ手の平の水晶の処理に本気で困った表情をしながら人目を遮る天幕の設営を終えた迷彩服の集団へと助けを求める様な顔を向けたが、職務を全うした陸自隊員は不自然な程に海自士官へと目もくれず(から目を逸らし)緑のヘルメットを被った迷彩服の隊員達は班長である下士官の号令に合わせてそそくさと撤収を始める。

 

「取り敢えず入渠ドックで他の皆と話してからその後に基地司令にあれを預かってもらえるように頼み込むか」

「はい! 司令官♪」

 

・・・

 

(確かに工藤一尉の言う通り、火薬庫ね)

 

 艦娘用の治療装置や整備施設が仮設置された釧路駐屯地の一画へと向かう道すがら高雄は微笑みを崩す事無く内心でそう呟く。

 

(けれどそれは値千金と言う事でもあるわ・・・この情報を上手く扱えば軍に止まらず政財界ひいては(日本)そのものに影響を与える力を得る事すら可能)

 

 自分の前を歩く覇気の欠片も無い昼行燈に戻った青年士官の後ろ姿を見つめ、粛々と付き従う高雄は自分の身の内でゾクゾクとざわつく興奮を表情に出さない様に全精神を使う。

 

(まさか、まさか本当に存在していたなんて・・・私の提督(・・・・)がその重要性に気付いていないだけで自衛隊の根幹にすら食い込める可能性を持った異世界の知識(・・・・・・)がっ!)

 

 先程の何気ない口調で語られた妙に所帯染みた雑学とも言うべきマナ粒子の結晶を利用する手段、この世界ではまだ正確にその価値を理解している者はいないと言える別世界の知識は日本どころかこれからの訪れる未来(世界)における基準となるのだと高雄は予感する。

 それこそ言った本人である中村すら自分の頭の中にある知識があの数百万tの石油に比肩するエネルギーを内包した水晶などよりも重要で価値があるモノだとは考えもしていないだろう。

 

(前々から不自然だと思っていたのよ、提督の前世でも艦娘と深海棲艦の戦争は発生していたのに彼は一般人、それも日雇いの身でありながら遊び人じみた生活を送っていたと言う話・・・まるで戦争と無縁とでもいう程に温い環境)

 

 諸外国と問題なく通信を維持するインターネット、お笑い芸人が絶え間なく登場し艦娘を題材にした娯楽作まで放送するテレビだけではない。

 彼が面白おかしく脚色した話の端々に見え隠れする深海棲艦との戦争中だと言うのに「一般人が命を脅かされる事無く何不自由なく生活できる豊かな日本」が大前提として存在している不自然に気付けた艦娘は自分を含めれば数える程しかいない、と声に出さず高雄はほくそ笑む。

 少なくとも実際に世界規模の戦争の大渦に挑んだ重巡洋艦とその船員達の記憶を持っている高雄にとって大戦(おおいくさ)が齎すモノは消耗のみであり、長引けば長引くほど膨大な食料と資材が浪費され、国民と社会は安全と生産性を失っていく事が必然だと断言できる。

 

(その世界にはその不自然を自然にしてしまえる資源と技術が存在していたのね? それもまるで日用品の様な手軽さで一般人にも手に入れる事が出来る形で!)

 

 今まで中村が無責任にばら撒いた噂を聞いたと言う他の艦娘から聞き取りを行って集めた情報のズレ。

 さらに今回の色丹島への調査と潜入が計画される原因となった彼にとって一度目の世界で広まっていたネットゴシップの内容。

 聞いた時点では疑わしく呆れるぐらい平和ボケした話の裏に隠れていた情報が高雄の頭の中でまるでパズルのピースの様に噛み合っていく。

 

 所詮は一般人でしかなかった彼が定期的に行われる深海棲艦の住処への攻撃の理由を知らないと言っていたのも無理はない、広く日本国民全体へ十分なインフラを提供できるエネルギー源が深海棲艦が造り出す結晶に依るものなどと誰が言えるものか。

 

(そうなれば軍内での艦娘の重要性は跳ね上がる、強力な霊力力場へと突入できる私達でなければあれを採取して持ち帰る事が出来ないから)

 

 激動が始まった時代の流れによって流通が途絶える石油に代わり新エネルギーが世界のスタンダードとなれば自衛隊は、否、人の生活を支える動脈を艦娘に掴まれた日本国は高雄達を蔑ろにすると言う選択肢を選べなくなるのは間違いない。

 

(そうなれば私の提督の発言力は絶大に、それだけでなく軍モドキの自衛隊から国防の軍へ再編も夢ではない・・・ぁぁ、素敵)

 

『ナンカサッキカラ,ヘンナツウシンガボソボソキコエテクンダケド,チョウカイカ?』『ワタシジャナイワヨ』『コンカンジ,タカオ?』

 

 気を抜けばすぐにでも高鳴る胸を掻き抱き悶えてしまいそうな程の興奮に薄く頬を赤らめながら切なげな吐息を漏らした高雄はふと前を歩く指揮官とその初期艦の後ろ姿へと視線を向けて口の端を少し吊り上げる。

 

『タカオッタラドウシチャッタノ?』『マタアノクソヤロウガナニカヤッタンダロ』『マヤ,イイカタニキヲツケナイト…』

 

 今はまだ(中村)の隣は彼女(吹雪)の場所、それを確認した高雄は艶然と微笑む。

 

(ねぇ、吹雪、提督に可愛がられるだけの女の子は本当の意味で彼を支える存在だなんて言えないのよ?)

 

 その微笑みを維持したまま高ぶっていた思考を一時停止させてから頭の中にスイッチをイメージした高雄型重巡四姉妹の長女はその通信機能(テレパシー)をONに切り替える。

 

『あのクソ野郎、アタシと鳥海が鎮守府に戻った途端に北に逃げやがって折角シメてやろうと思ってたのによぉ』

『・・・摩耶、後で話があるから夜に時間を空けておきなさい

『ヒェッ、聞いてた!? ぁ、いやいやいや、じょ、冗談だって姉貴っ! ちょっと噂の指揮官に挨拶でもしたかったなーって話でさっ! あれ、姉貴聞いてる!? 待っ・・・ユルシッ…

 

 そして、遠くから聞こえてきた予期せぬ横槍に興が削がれてしまったが自分も少しばかり雑念が過ぎたようだと反省しつつ高雄は思考(女々しく言い訳する妹から)を意識的に切り替えて(の通信を完全に遮断して)から、公私共に相手に必要とされ自らも必要とし尊敬し合える関係こそが正しくどちらかに一方に依存するだけのモノは真の意味でパートナーとは言えないのだから、と改めて強い確信と共にそう結論した。

 

(まぁ、提督は良くも悪くも甘い人だから抱いた艦娘を捨てるなんて事は無いでしょうけれど)

 

 高雄としても絆を深めた結果として艦娘と指揮官がそう言う関係になる事そのものに嫌悪は無い、むしろ慣れ合いの末に自分の提督を堕落させる様な事にさえならなければ彼女の後塵を拝する二番手となる事もやぶさかではないぐらいなのだ。

 ある意味、身体を許す事で中村の懐に入り込み密かな自慢であるプロポーションを利用して(餌にして)怠け癖のある彼の意識改革と矯正を推し進めるのも一つの手であるなんて考えが心の片隅(霊核の内側)で騒めくが高雄は小さく首を横に振ってその思考を散らす。

 正直に言えば彼から強く求められれば許してしまいそうになるぐらいには自らが抱える提督への好意が高まっている自覚が高雄にはあるが今の様に無気力に濁った目と気力が萎えた態度を取り繕う事もしない彼を見ると決まって彼女の頭の中の損得勘定が得意な理性と夢見がちな乙女な部分が落胆の溜め息と共に「まだ彼は理想の提督(王子様)にはなっていないからのだから今は様子を見るべき」だと囁く。

 

(別に焦る必要はないものね・・・それに色香で煽てるのは三流のやる事よ、高雄)

 

 そう言い訳する様に自分を納得させた高雄だったが不意にその脳裏で深海棲艦との戦闘中には鋭気に満ちた目を走らせ安心と頼り甲斐を感じさせる自信に満ちた態度で戦闘指揮を行う中村義男の姿が過り。

 

「でも、・・・いつかはっ」

 

 肝心な時にはしっかりと男らしい日本男児の名に恥じないその雄姿が彼の平常となる日が来たならその隣にあるのは同艦隊の誰でもなく自分であるに違いないと言う確信(妄想)によって胸の前で拳を握りしめた高雄の口から漏れた大きいわけでは無いが妙に気合の入った声が静かな廊下に響き。

 艦娘の治療用設備が設置された部屋の扉を開けようと手を伸ばしていた中村が肌を刺す程に寒く静かな空気に響いた高雄の声に目を丸くして振り返る。

 

「は? いつかって、いきなりどうしたんだ高雄?」

「あ、いえ、うふふ・・・何でもありません、気にしないでください」

 

 口元に手を当てて上品に誤魔化し笑いをする高雄の様子に釈然としないと言った表情を浮かべつつも中村はドアを押し開き、廊下よりも肌に優しい温かさに満ちた幾つかの機械が低く唸る室内へと足を踏み入れ。

 

「司令官、ごきげんようです!」

 

 開いたドアの向こう大人が余裕で入れるぐらいの大きさをした四基の円筒とそれを管理する無数のコードやチューブに繋がった大型機械が小さなホール程の広さがある部屋の半分以上を占有する空間。

 その艦娘の治療を行う装置の前で24人存在する特型駆逐艦娘の中のさらに特Ⅲ型(暁型)と分類される艦娘である暁が腰に両手を当てて発展途上の胸を誇らしげに張って得意げな顔をしていた。

 

「あれ? なんで暁だけ・・・他の子達はどこに?」

「皆はちょっと前に鎮守府から緊急の連絡がきたから他の子達は司令官達を探しに行ったわ!」

 

 やたら自信に満ちた態度で清潔な部屋の真ん中に立っていた暁は中村の後に顔を見せた工藤に向かって表情を笑顔で緩めてトテトテと駆け寄り褒めろとでも言うように自分の指揮官を見上げてフンスと可愛らしくふんぞり返る。

 

「暁はレディだから入れ違いにならない様にここの留守番を任されんだから!」

「緊急の連絡だと? まーた面倒な事を押し付けてくるつもりかよ・・・」

 

 現在進行形で四人の艦娘の治療を行っている装置、鎮守府の治療槽と違い白いカバーが被さり中が見えないクレイドルの一つがコンソールに表示する【浜風】の治療状況を横目に確認しながら中村は自分の指揮官に向かって元気な声を上げる暁の言葉に眉を顰め。

 留守番ご苦労様、と暁へ朗らかに労いをかけながら余裕で頭三つ分は低い位置にある錨マークの描かれた墨色の帽子ごとお子様の頭を撫でる工藤が「それで連絡の内容は?」と声をかける。

 すると「子ども扱いしないで」と言いながらもくすぐったそうな笑顔を浮かべていた暁の顔が途端に目を丸くして呆気にとられた顔になった。

 

「・・・連絡の内容?」

 

 ついさっき自分が言った言葉を反芻しながらコテンと首を傾げる暁の姿にその場の全員が何かを察したように小さくため息を漏らす。

 

「緊急なんだよな?」

「そう! 緊急なのよ!」

 

 全く中身の無い暁との会話に呆れが大部分を占める視線を中村、吹雪、高雄の三人から向けられ工藤は口元を引き攣らせながらいつも肝心なところで大人のレディになり損ねる少女の前にしゃがみ。

 若干焦りが見える暁と視線の高さを合わせて根気強く問いかけるが彼女が口にするのは「鎮守府から緊急の連絡が中村達へと送られてきた」と言う肝心の連絡内容が丸ごと無くなったモノだった。

 

「えっと、えーと・・・ぅー」

「あー、暁ちゃん・・・」

 

 両手をこめかみに当てて悩む様に呻き始めた暁から発せられた何かを察知したらしい吹雪が少し同情的な視線を幼さが抜けない姉妹艦へと向け。

 指揮官の質問に答えられないままその場で固まった暁とその様子に戸惑いながら中村達へと振り返り工藤は誤魔化す様な苦笑を浮かべる。

 

「暁、そんなに大きい“声”(通信)で何度も呼ばなくても聞こえてるよ、特型の皆が驚いてるじゃないか」

「だって、だって~!! ひびきぃー!」

 

 そして、たっぷり三分弱続いた微妙に居心地の悪い沈黙を破ったのは中村達の背後でノックも無く開いたドアと暁とほぼ同じデザインのセーラー服を身に着け雪の様に白い髪を揺らす少女の声だった。

 

「だってじゃない、入渠してる雷と電まで起きちゃったよ、まだ治療の途中なのに可哀そうじゃないか」

「う~ぅ~!」

「相変わらずどっちが姉でどっちが妹なんだか分かんねぇな」

「私の妹達が、その、すみません司令官・・・」

 

 そんな暁の姉妹の一人であり感情表現豊かな姉と違って何処か冷めた様な表情を浮かべている響の後ろに続いて中村の指揮下で今回の作戦に参加していた残りの数人も入渠前の応急処置による包帯を巻いた状態ながら少し騒がしく言葉を交わしつつ入室してくる。

 

「まったくなんだってんだ、もしかして報告書もまだなのにまさかあの結晶の事がバレたのか?」

「そうだとしたらあまり良い話ではありませんね、 根回しもまだなのに・・・

 

 こう言う交渉事が付いて回る面倒臭い仕事はハワイで遊んでる相方がやるべきだろうに、とうんざりした顔で肩を竦める中村と彼に合わせた様に少し不満げに形の良い眉を顰めた高雄。

 指揮官と重巡の二人は鎮守府からの連絡を伝える為にどこか戦闘前を思わせる様な硬い表情と声で中村の名を呼び彼の前に立った艶黒のツインテールを揺らす自艦隊の秘書艦へと向き直った。

 




 
ところで信じられるか?

親友(田中)がハワイで死にかけてるのにコイツ(中村)北海道で幼女と遊んでたんだぜ?
 


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第百十六話

 
れっつら、料理のさしすせそ。

艦内の厨房に料理人がいたんだからその記憶を持ってる艦娘なら誰だっておにぎりぐらい余裕で作れるでしょ。

・・・作れるよね?
 


「ほぉ、それで司令は米帝共に呼び出されているわけか・・・ふむ」

「磯風、ちゃんとアメリカ軍って言いなよ、どこに耳があるか分かったもんじゃないだからさ」

 

 しゅうしゅう、と高温の蒸気を立ち上らせる大型炊飯器の前でセーラー服の上から割烹着を身に着け普段は下ろしている黒髪をポニーテールに結い揺らす少女、陽炎型駆逐艦娘である磯風が憮然とした表情を浮かべながら腕を組み大量の米が炊ける様子を見守り。

 

「提督は大丈夫でしょうか? 艦長さんや他の将校さんが付いてくれてないらしいですし心配です」

「ふむ、しかし、寝台から起きる事も出来ん傷病兵が役に立つわけでもあるまい」

 

 磯風と同じ様な割烹着姿をした白露型姉妹の六番目、五月雨は腰まで届く透き通る様な青いロングヘアを調理の邪魔にならないように緩い三つ編みにし、その青髪の頭を包む三角巾の下で少し不安そうな表情を揺らす。

 

「だからぁ磯風、言い方ちょっとは考えろっての! ・・・まっ、司令の事なら後ろ盾の上官さん方が居なくても時雨達が付いてんだから滅多な事にゃならないさ」

 

 先の二人と同じ様に調理場に相応しい装備を整えた白いヘアバンドのおかっぱ頭、磯風と同じく陽炎型艦娘の一人である谷風が外はねの毛先を揺らしながら楽観的な笑みを浮かべ目の前のコンロに置かれた大きな寸胴鍋から芳醇な香りを立ち上らせる野菜スープを柄の長いお玉でかき混ぜる。

 

「それにしても磯風が自分から料理番やるって言いだすったぁ珍しいこともあるもんだね、調理実習の時なんかいっつもなんかを焦がした後に「我々艦娘が己の責務を果たす場所は海戦であって厨房ではないっ!」とか言って騒ぎ起こしてたってのにさ」

 

 目覚めたばかりで現代の知識や常識が少々欠けている場合が多い艦娘の為に用意された基礎学習の一つ、磯風が最後の最後まで単位取得に手こずっていた家庭科での出来事。

 調理実習の際に卵だったモノが焦げ付いたフライパンを手に祖国を守る戦士たる艦娘に料理の習熟など不要と言い張っていた磯風の姿を思い出し、19人いる姉妹艦の中でも一二を争う意地っ張りな(12番)の口調を少しだけマネて見せた後に(14番)は「クシシっ」と悪戯っぽく笑う。

 

「ハッ、そんな過去は最早些事でしかない、戦時である今はなによりも艦隊の要たる司令官に私の料理によって精を付けて貰う事が最優先なのだからな!」

「えっと、これ提督のと言うよりはつゆきの皆さんのお昼なんですけど・・・」

 

 そんな谷風の揶揄いに対して何一つ恥じる事など無いとでもいう様に鼻で笑った武人肌の駆逐艦娘は胸を張り得意げな表情で目の前の調理台に用意された具材用の缶詰や板海苔の束、そして、白い塩が小高く盛られた丸皿を見下ろす。

 少し困り顔で控えめな指摘をする五月雨の声など聞こえないかの様に磯風は深海棲艦との戦闘に挑む時と比べても遜色ない程の気合と共に自分達の拠点艦である【はつゆき】乗員達の食を支える調理器具(炊飯器)が米を炊き終わったと知らせるブザーを鳴らす時を今か今かと待つ。

 

「艦隊の要ってかい、かぁー、米軍との演習の予定聞いた途端に提督に向かって貴様は腰抜けかーとか叫んでたくせにスゴイ変わり身だね」

 

 薄めの味付けだからこそ色々と応用が利く具沢山なコンソメスープの味見をしながら谷風はつい数日前に艦娘部隊の待機所のど真ん中でお淑やかさの欠片も無い恰好をした磯風が自分達の指揮官である田中特務二佐へと苛烈な文句を叩き付けていた様子を思い出す。

 谷風と同じく五月雨も諸外国へと隙を見せる態度がどれだけ国防に悪影響を与えるかを大仰な手振りを交え声高に演説していた磯風の火を吹く様な剣幕を脳裏に思い浮かべ小さく「あー」と少し意外そうな小さい声を漏らした。

 

「ふんっ、相手が米軍であろうとなかろうと真剣勝負の結果として雌雄を決するならばまだしも、わざと相手に勝ちを譲れなどと言うふざけた命令を不愉快に思わぬわけはあるまい、お前達は違うのか?」

 

 自分を見る二人の態度と物言いが少しばかり不服だったのか自らの原型(戦船)から受け継いだ武勲艦としての名に誰よりも強い誇りを持っている割烹着姿の駆逐艦娘は上層部が指揮官に命じて自分達にやらせようとしていたアメリカ艦娘との演習の皮を被った接待への変わらぬ不快感を露わにする。

 納得出来るか出来ないかは横に置いておいて磯風の主張そのものは彼女と同じくかつて大日本帝国の守護者たる戦船である事を多くの軍人と数え切れない程の日本国民(臣民)に望まれ、その想いを受け継ぎ艦娘へと生まれ変わった谷風と五月雨も大いに同意する所ではあった。

 

「ふ~ん、なら何でだい? ぉ、うん、良い仕上がりだね♪

 

 だからこそ普段の自信家な言動から自分達よりも誇り高い(強情な)事が嫌と言う程に分かっている艦娘が数日前には噛みつかんばかりの勢いで抗議していた自らの指揮官に対する態度を急速反転させた事に驚いているのだ。

 オマケに態度を軟化させただけならまだしも今は件の指揮官である田中良介の為に率先して手料理を振舞おうとしているのだから二人が磯風の考えが分からなくなるのも無理はない。

 

「あの命令には納得はしていない、だが惚れた指揮官が言うとなれば話は別だ、私とて私情を抑える程度の事は出来る」

 

 そして、磯風が何食わぬ顔でそう言ったと同時に厨房の炊飯器のブザーが鳴り響き、身体の弱った病人の胃にも優しいスープの完成を確認していた谷風が耳から入って来た信じがたいセリフに驚いて噎せた。

 

「ゴホッゴホッ、ケホッ・・・ほ、惚れたってぇ!?」

 

 寸での所で鍋から顔を背ける事が出来た谷風だったが気管に入ったコンソメの風味のせいで何度も咳を繰り返しながら目尻に涙を浮かべ磯風に向かって顔を上げる。

 

「えっ磯風もそうなの!? ぁっ!?」

 

 さらに五月雨も透き通った青色の瞳を真ん丸にして驚愕の声を厨房に響かせ炊飯器の蓋を開けようとしている同僚に向かって勢い良く振り向き、その後ろ頭から腰まで届く空色の三つ編みがしなり調理台の上で開封の時を待っていた幾つかの缶詰をエアホッケーのパックの様に弾き飛ばした。

 

「うわぁん! なんでっ、待って待って! 缶詰さんっ!!」

「何をやっているんだ二人とも、まったく」

 

 三つ編みの鞭によって硬い音を立てながら床に落ちて四方八方に転がっていく缶詰に悲鳴を上げそれを追いかける五月雨の姿にやれやれと呟き磯風も足元まで転がって来た幾つかを拾い上げる。

 

「誰のせいだと思ってんだい、いきなりそんな事聞きゃ誰だって驚くって」

「そんな事とはなんだ、私はおかしな事など言っていない」

 

 昼食の時間には少々早く仕上がった数十人前のスープで満たされた大鍋の蓋を谷風が閉じコンロの火を切り、軽く胸元を叩いているが何とか咳が治まったらしいその姉妹の言葉にムッと眉を顰めた磯風が五月雨と一緒に拾い集めたバリエーション豊かな缶詰を調理台に戻す。

 

「・・・おい、二人ともなんだその目は、流石にそれは不躾だぞ」

 

 そんな武人肌の駆逐艦娘に向かう御馳走を前にした猫の様なドングリ眼がツーセット、いかにも興味津々と言った様子で自分を見つめる谷風と五月雨の視線に磯風の細眉が訝し気な波線になる。

 そして、不機嫌そうな顔で同艦種の二人を藪睨みしつつ手に取った少しへこんだ秋刀魚のみそ煮缶を横目に見た磯風は「まぁ、食えれば問題ないか」と小さく呟いた。

 

「あ、あはは・・・えっと、私そう言うロマンチックなお話、ちょっとだけ気になっちゃうかなーって、えへへ」

「んで、何が切っ掛けで惚れちまったんだい? 減るもんじゃなし正直に言っちゃいなって」

 

 少し恥ずかしそうに笑いつつ三角巾を被った頭を掻く五月雨と誤魔化す必要など無いとばかりに単刀直入なセリフを切り出す谷風。

 

「何を戯けた勘違いをしてる、確かに惚れたとは言ったが恋慕だなんだのと言う軟弱で浮ついたモノと一緒にされるのは心外だ」

 

 その明け透けな野次馬根性を感じる二人からの質問と視線に動じる事無く表情を澄まし顔に戻した磯風がペキャリッとおにぎりの具材となる缶詰を開いて適当な小皿にその中身を開いていく。

 

「ふぇ? 違うんです?」

「じゃぁ、磯風はどんな意味で言ったのさ?」

 

 物言わぬ鋼の船であった過去を持ちながらも人としての身体を得た艦娘達であるが自分達と共にあった旧日本軍人達の記憶と経験をその心に混ざり合わせている為に彼女達自身は自然に人としての情動を自分のモノにした。

 しかし、それはいつか読んだ小説や何気なく見た映画の様にどこか朧気な他人事であり、親しい人々が口にしていた口伝をそのままそう言うモノだと鵜呑みにしている様な状態。

 

 だが、その志半ば黒鉄の船体と共に水底へと沈んだ戦友達の記憶、何百人もの軍人達から受け渡された為に彼ら一人一人の遺志を分ける輪郭を失い交じり合った「祖国を守る決意」以外が良くも悪くも平均化された遺志ではなく。

 艦娘として目覚めてからの経験を経て自らの内側に自然に芽生えた多くの感情に戦乙女達は船であった頃には持ち得なかったその未知へと強い興味を持つようになった。

 

 その最たるモノが恋愛と言うのは深海棲艦に対する兵器として産まれた背景から考えると些か俗っぽいが、うら若い艦娘達の見た目相応の欲求とも言えなくはない。

 少なくともとある駆逐艦の長女が姉妹()通信網に垂れ流す指揮官との惚気に耳を塞ぐどころか(通信を遮断せずに)神妙に耳を澄ませる程度には身近なコイバナに夢中になったとある駆逐艦娘達は居た。

 

 しかし、姉妹の間で戦場にて戦果を上げる事にしか興味がないとまで言われる堅物で通っている磯風の口から惚れた腫れたに関する言葉が出て来た事は谷風に限らず非常に興味深い事だろう。

 

「無論、田中司令の見せた武人しての気構えとその指揮に対してに決まっている」

 

 そんな事も分からないのか、と勝気なルビーの瞳が白い割烹着の肩越しに若干顎を上げ谷風を見下ろす様に振り返る。

 

「私はあの日、田中司令こそがこの磯風の実力を引き出してくれる最高の指揮官であると悟ったのだ!」

 

 そして、少し興奮気味に高ぶった声と同時に振り抜かれた指先が炊飯器の開閉スイッチを力強く押し込み。

 ガチャリとバネ仕掛けで開いた蓋の下から噴き出す蒸気と熱気に怯む事無くしゃもじを手にした磯風が大量の白米へと挑み。

 釜の底から炊き立てのお米を勢い良く掻き混ぜ力強くひっくり返す蒸らし作業の合間も磯風の興奮の声は止まる事無く。

 

 敵の襲来に混乱する艦内で動ける隊員達をまとめ上げてシステムダウンした【はつゆき】の復旧作業や各部署への連絡を自分達へと命じた普段のなよなよした態度を良い意味で裏切る勇まし姿への驚き。

 自分達の危機と言う事もあるが何よりも同盟国とは言え他国の地が戦火に焼かれぬよう、巨大な怪物と戦う術を持たない民間人を守る為に敵艦隊の待ち受ける海へと自ら討って出た高潔さ。

 日が沈むまで続いた一度目の戦闘ではフラッグシップの敵戦艦だけでなく数隻の空母を撃破して見せ、さらにはハワイへと迫ろうとしていた限定海域の拡大の原因を見抜き一時的にとは言え阻止した疾風迅雷の判断力。

 

 深海棲艦の侵攻が突然に始まってから二日目の朝に何とか機能を取り戻した拠点である護衛艦へと駆け戻っては出撃する艦娘を交代させながら再出撃によって沖から押し寄せる敵艦を打ち倒し続け。

 仮眠を取る時間も惜しんで戦闘を続けた数日間で数十の深海棲艦を撃退した凄まじい辣腕は感動と表現する他にない、と満面の笑みを浮かべた磯風の大声が厨房だけでなく隣の食堂にまで響き渡る。

 

「そして、連日の戦闘の末に私が放った魚雷が緑目とは言え戦艦タ級を撃沈せしめた時、それは決まったと言うわけだ!」

「ぇ、ぇ? 決まったって何がですか?」

「ふふっ愚問だな、かの田中良介中佐がこの磯風の指揮官となる事に決まっているだろう! 私を含めた全員が弾薬燃料を使い果たす程の戦いであったと言うのに小破どころかかすり傷を受けた者すら出さない卓越した彼の戦術に私は惚れたのだ!」

 

 思い出すだけでも痛快だと上機嫌に笑いながら磯風は淡い光を纏った素手で炊飯器から引き抜いた大きな内釜を調理台の上へと勢い良く下ろし、彼女のその語気の勢いに圧倒され若干引いている五月雨に向かって霊力による防御が無ければ絶対に火傷する程熱い鉄釜の縁を握る駆逐艦娘は自信満々な態度でふんぞり返り。

 

「まったく私の司令官も人が悪い、温和な顔の裏にあれほどの実力を持っていたとは正に能ある鷹は爪を隠すと言うやつだな、いや、むしろ軍人は言うまでも無く日本男児とは皆そうでなくてはならん! うむっ!」

 

 などと自論を天井にぶち上げながら高笑いする磯風の様子に口元を引きつらせた苦笑を顔に張り付けた五月雨が助けを求める様に谷風へと視線を向ければ一仕事終えて調理台に腰を持たれかけ腕を組んで姉妹艦の話を聞いていた墨色のショートヘアが何かに納得するかの様に頷いていた。

 

「なるほどねぇ」

「ふふっ、分かった様だな」

 

 陽炎型姉妹のやり取りに首を傾げる五月雨へと谷風が妙に意味深なウインクをしながらおにぎり作りを始めようと声をかける。

 

「えっと谷風、つまり磯風は提督と恋人になりたいわけじゃないって事で良いのかな?」

「いんや、これ本人が無自覚なタイプのあれだね・・・谷風さんこの“声”の感じとか滅茶苦茶心当たりがあるよ」

 

 要約するならば磯風は自身の指揮官である田中に対して軍人として尊敬していると言う意味で「惚れた」と表現したと言っている。

 しかし、彼女の胸の内にある心から感情が高ぶった際に漏れる雑多な“声”を聞き取れてしまう姉妹艦の谷風は小声で問いかけてきた五月雨へと乾いた笑いを返した。

 

 「この感じは浜風、いや、不知火の方が近いかなぁ」と二人に聞こえない様に小さく口の中だけで呟き肩を竦めた谷風に五月雨は困惑して首を傾げつつも磯風が荒熱の取れたご飯をステンレス製のバットに広げ始めた様子に自分もおにぎり作りを始めねばと気合を入れる様に割烹着の袖を捲り上げた。

 

(今は限定海域からの干渉のせいでちょいと通信に不自由してるから他の陽炎型にゃ気付かれちゃいないけど、まぁ、鎮守府に帰ったら一発でバレちゃうだろうねぇ)

 

 その精神を形作る原型が男所帯を乗せていた戦闘艦であった弊害とでも言うべきだろうか、彼女達の中にはごくたまに身の内に芽吹いたその感情を自分(兵士)にとって最も馴染みのある上官への尊敬や忠義などと勘違いしてしまう場合がある。

 

 だが、今現在、下手な男よりも勇ましく戦いこそが自らの生きる道と言って憚らない磯風の頭の中で展開されているイメージは彼女の作ったおにぎりを食べる田中の姿であり。

 妙に劇画調な顔で「戦いだけでなく料理にまで熟達しているとは流石は俺の艦娘だ、毎日俺の為に味噌汁を作ってくれ」と大袈裟に褒め称えるだけに止まらず勢い余ってプロポーズまでする指揮官(田中)の笑顔がスパンコールでもぶちまけたかの様に煌めいていた。

 

 時として魂が触れ合うほど強い絆で結ばれた姉妹艦であるが故に、漏れ出た一部ですらこれほど強力な磯風からの思念を不本意極まる事に受け取ってしまい。

 その妄想を覗き見る事になった谷風は湯気を揺らめかせる白ご飯の前で気色悪い事を考えているのにガワだけはいつも通りの高飛車な笑みを浮かべている姉の姿に失笑する。

 

「まぁ何にしてもさ、陽炎型で良かったね、磯風」

「は? いきなり何を言ってる、私が栄光の陽炎型駆逐艦以外の何かに見えるとでも言うのか?」

 

 陽炎型長女が決めた基本方針である「姉妹艦の恋路を遊び半分に突っつく様な真似はしない事」が姉妹の掟として定着しているおかげで妙な邪魔立てや揶揄われる事だけはないのだから心の底から感謝すると良い、そんな心情を込めた生温かい視線と共に谷風は軽く磯風の肩を叩く。

 

 これでもし磯風が陽炎型以外の艦型だった場合どうなった事かと谷風は想像し、妹を応援すると言う名目で虫歯になりそうなお節介(甘やかし)をしかねない夕雲、お姉ちゃんより先のステップに進むなんて絶対にダメとか喚き出すだろう白露などなど何人もの艦娘達の姿を脳裏に浮かべ。

 

 そして、駆逐艦だけでなく艦種問わず全てのネームシップ達(艦型の長女達)が言いそうな言動を一通り想像した谷風は何処か微笑ましいモノを見る様に磯風へ向けて微笑み。

 調理用のゴム手袋も付けずにまだ熱い湯気をステンレス容器の上で立ち上らせている炊き立て白米の山へ右手、左手をそう言えば何故か調理台の上にある一際大きな皿に盛られた小高い白塩の丘へと伸ばし、その両方を磯風がむんずと掴む光景に目を見開いた。

 

「塩ぉおっ!?」

「ひゃぁあっ!?」

 

 驚愕の叫びに磯風の隣で大きなステンレス容器から小さなボールに小分けしたご飯に鰹節などをかけて混ぜ込みおにぎりを作ろうとしていた五月雨が不意打ちの大声に驚き甲高い悲鳴を上げる。

 

「谷風、今度はなんだ! また突っかかるつもりか!?」

「突っかかるもなにもその塩の量はどう考えてもおかしいてんだろぃ!」

「何を言う提督だけでなく男子は塩が足りねば出る力も出んだろう、それに古来より戦場ならば濃い味付けが喜ばれるものだ」

「それにしたって限度があらぁ!!」

 

 米と同量の塩を混ぜ込んだ握り飯など食えるものじゃない、とすかさずツッコミを入れる谷風の言葉に納得できないとでも言う様に眉を顰めた磯風の片手からサラサラと塩粒が調理台に散らばった。

 

「『かーっ! 浦風、浜風、他の誰でも良いから早く助けに来ておくれよぉ!? 谷風だけじゃ無理だって!!』」

「むぅっ!? 通信を使ってまで叫ぶな! ・・・うるさくてかなわんだろうがっ」

『コエ…タニ・ゼ!?』『ハワイッ…』『モウ、サイコウゲ・ハジ…ノ!?』『ブジ…シッカリッ!』『カナ・ズ,タスケニ…カラ!』

 

 自らの調理感覚が普通一般のそれと大きくズレている事を何度繰り返し説いても頑として自分の味付けの正しさを主張する磯風が散々に鎮守府でやらかした奇行をここでは仲が良い姉妹(浜風と浦風)の助け無しで止めないといけないのか、と谷風が上げた悲鳴でハワイ諸島全域を覆う深海棲艦による霊力力場によってざらつく(ジャミングを受ける)陽炎型通信網が無数の“(心配)”とノイズで騒がしくなる。

 

『谷風! はつゆきで何かあったのですか!? 雪風が今助けに行きます!』

「『案ずるな、この磯風ならば万事問題ない!』」

『コンド,イソカゼ?』『デモ,シレブノメイレイ』『ソレ,ユウチョウ…ルデショ!』『ヤッパリモッカイ…タノミニ!』

 

 後ろから谷風に羽交い絞めにされた磯風が調理台から引き離されながらも妙に自信満々な発言と共に姉妹の手を振り解こうとする度におにぎりの具として缶詰から取り出されたサバの味噌煮や秋刀魚の水煮へと飛び散った塩が降りかかり、わたわたと慌てて二人の陽炎型と調理台の間に割って入った五月雨が割烹着の前掛けを広げ身を挺して食材を守り。

 

「そりゃ、どの口が言ってんだい!」

「ぷうぇっ、しょっぱいですっ」

 

 そして、おにぎりの味付けに端を発したその攻防は艦の外で別の仕事に従事していた陽炎型の八女がワンピースセーラーと明るい栗毛をはためかせ厨房に飛び込んで来るまで続いた。

 

・・・

 

 遠く離れた日本の鎮守府では姉妹艦が上げた悲痛な悲鳴に居ても立っても居られなくなった陽炎型姉妹達が集まって基地司令部へと直談判に走り、真珠湾のアメリカ軍港に停泊するはつゆきの厨房では三人の艦娘に囲まれ取り押さえられた磯風がまだ自分は負けてはいないと意味不明な供述を厨房に響かせていた時。

 ハワイにおけるアメリカ海軍の最大拠点にして総合指令所が置かれた軍事施設の一室から出て小さく緊張を抜く溜め息を漏らした青年、田中良介は踏み出した廊下の窓から見えた青い空と遠い街並みの平穏さと今自分達が置かれている状況が戦場の真っただ中だという事実の間に感じるギャップに今度は気疲れを込めた溜め息を吐く。

 

 まだ、ハワイ近海へと攻め込んできた深海棲艦の群れを追い払っただけ、濃度そのものは低くなったがそれでも耐性の無い人間が体調不良を訴えるぐらいには空気中に満ちる霊力の力場は残っている。

 場当たり的に対処してるがまだ戦力の底が見えない深海棲艦は海底の異空間をじわじわを広げ確実に水底を這いながらここへと向かって近づいてきているのだと田中は心の中だけで独り言ちて表面上は穏やかなコバルトブルーの南国の海を眺めた。

 

「田中二佐、その様子だとあまり良い話し合いじゃなかったみたいだな」

「それは・・・君だってここにいる一人なんだから会議に参加してなくてもわかっているだろう? ジョンソン少尉」

「I see、ァー、残念な事にその通りだ、今だって自衛隊が持ってきてくれた粒子除去装置が無ければ立って歩く事も出来ない」

 

 遠くに見えるハワイの景色に見惚れていた田中は不意に流暢な日本語で話しかけられ、その声に振り返った先には米海軍服を身に着けた一人の白人男性がフレンドリーな笑みを浮かべて片手を上げていた。

 そして、田中へと近付いてくる海軍少尉の階級章を身に着けた長身が立ち止まり、拳二つ分は身長差のある日本人士官へと表情を引き締め背筋を伸ばしジョンソンと呼ばれた軍人が最敬礼をする。

 

「そんなに殊勝な君の姿は初めて見るよ、今までにないぐらい硬い態度だ」

「少尉の身で軍を代表して、と言うのはァー・・・大袈裟? いや、調子の良い言い方かもしれない、だがこれぐらいはしないとStates、アメリカの軍人として恥ずかしい事だ」

 

 彼からの敬礼に答礼を返した田中の言葉に彫りの深い顔に笑みを戻した米国軍人は頭の上にある軍帽へと向けていた手を下ろしその流れで自然に田中から差し出された握手に応じる。

 そして、発音はしっかりとしていて聞き取り易いが文法的には少しばかりおかしい言い回しをするジョンソンは田中の後に続いて部屋から出た後は彼の後ろに控え立っていた三人の艦娘を見た。

 

「it's excit、ァー、感動したとても、情けない話だがあの時のワタシは港で倒れていた、だがこの目で直に見てはいないけれど君達の戦いは凄いものだった」

 

 母国語で話しそうになってからすぐにまた日本語に戻して精一杯の友好を伝えようと両手を広げ自分の気持を表現した少尉だが田中の後ろから自分を見つめる温度を感じない三人分の視線に僅かに笑みを強張らせる。

 

[・・・すまないリョウスケ、分からないんだが俺は彼女達になにか失礼な事をしてしまったのか?]

[いや、緊張してるんだよ、彼女達は日本の艦娘でここはアメリカ軍の基地だから]

[ォォゥ、そう言えばその子達は帝国海軍(Imperial Navy)時代の軍艦だったと言う話か、まいったな、正直言って信じられない]

 

 田中に顔を寄せて恐る恐ると言った様子でジョンソンが使う言葉が英語に変わり、その問いに同じ言語で答え肩を竦めた艦娘の指揮官は自分の護衛としてここに付いてきた三人の艦娘へと振り返った。

 

「ところで提督、この人は誰だい? 仲が良さそうなのは分かったけどそろそろ紹介ぐらいはして欲しいな」

「ああ、こっちだけで話し込んですまないな時雨、彼はジェームズ・ジョンソン、見ての通りアメリカ海軍の少尉で・・・俺とはそうだな、友人かな?」

 

 濡れ烏羽の艶髪が金細工の髪飾りと一緒に揺れ、三人の艦娘を代表する様に足を踏み出し田中のすぐ横に並んだ時雨が首を傾げる。

 

「そこははっきりと保証してくれ、リョウスケ、大事な事だ」

「と言ってもJJ、君はIICでは俺よりも義男と仲良くやっていた筈だ」

「それは違う、あれは俺がヨシに遊ばれていた、あいつのBugGumのせいで俺達はひどい目にあった」

 

 旧知の仲とでも言うべきか妙にフレンドリーな様子の田中とジョンソンの会話に前触れなく出てきたここにはいないが聞き覚えのある自衛隊士官の名に時雨、矢矧、加賀の三人が首を傾げ。

 そのIICと言う過去にあった何かの際にとある馬鹿がやらかした事を思い出したらしい特務二佐と海軍少尉はそれぞれ苦々しい笑みを浮かべた。

 

「あれは・・・まぁ、一歩間違ったら国際問題だったからな、俺としてはアイツの馬鹿を見逃してくれた寛大な米軍に感謝しかいないよ」

「ああ、感謝してくれ、国に帰った俺達は日本の士官候補に出し抜かれた馬鹿として教官から再教育を受ける事になったんだからな」

 




 
なんのお咎めもなしですって? ホント?

良かった・・・ いや、そうじゃなくて!

なら司令官は米帝の基地で何の話してたのよ?

え、ふーん・・・そう、まぁ良いわ。

それにしてもやっぱり繋がり辛いわね、通信兵の真似事なんて私の柄じゃないのに。

吹雪と暁型は北海道だし、白雪達は沖縄航路、綾波と敷波は小笠原か。
七駆のいる舞鶴に繋げても遠回りになるだけ、って言うか・・・。

初雪は鎮守府に残ってるはずでしょっ!

何度かけても応答しないってあの子何やってるのよ!!

(A・寝てる)


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第百十七話

 
\ バァァァン /

_ 人人人人人人人人 _

> 私小難しい話嫌い!! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄



・・・なら書くなよ



 思い返すのは今から六年前、俺がまだ鎮守府に艦娘の指揮官ではなく日本における最難関学府の一つにして自衛隊士官の登竜門である防衛大に在学していた時、他国の軍士官候補との交流を目的に開催された国際士官候補生会議(International Cadets' Conference)で起こったとある事件。

 事の顛末を簡単に説明するならばその国際交流の場に招待されたとあるアメリカ人の士官候補生へ防衛大史上稀に見るトラブルメーカーが悪質な悪戯を仕掛けてあわや国際問題に発展しかけたと言う話。

 

 改めて順序立てて原因を調べればそれは日本側と米国側どちらかが100%悪かったり過失を起こしたと言うわけでは無い、だがどちら側にも些細な事件の原因は確かに存在していた。

 それこそ米国軍にケンカを売りかねない事をやるぐらいなら物事を荒立てる事無く当たり障りない笑みを顔に貼り付けて我慢しておけばをしていれば良かった。

 しかし、俺を含めた大多数の関係者にとって非常に残念な事にその年度の防衛大には大人な対応(・・・・・)と言う言葉の対義語を擬人化したかの様なあの馬鹿(・・)が居た。

 

「聞かなくても分かるけど一応は聞いておくわね、・・・その馬鹿って中村二佐?」

「ああ、言わずもがなだな」

 

 昼下がりの軍事施設だと言うのに人影がまるで見えない近年の拡大工事によって真珠湾沿岸を広く占有する米軍基地の廊下を歩く俺の先導をする様に護衛役をしてくれている矢矧がこちらを振り返り、その馬鹿野郎の名前を口にするだけでうんざりとした表情を見せる。

 

「で・・・、その悪質な悪戯の標的にされたのがそこにいるジョンソン少尉なんだが」

「yes、その事件で将来はペンタゴンのオフィサーだと期待されていたワタシ、今は本国から遠く、ここで下っ端軍人やっています」

「まさかハワイで再会するとは思っても見なかった、式典で挨拶された時には誰かと思ったよ」

 

 短い発音は気にならないほど自然な喋り方だがどこか言葉選びが微妙に変な感じがする日本語と合わせ大袈裟なジェスチャーで落胆する下手なラグビー選手よりもガタイが良さそうな米海軍少尉、ジェームズ・ジョンソンは直ぐにその顔を上げてスポーツマン系の爽やかな笑みを浮かべた。

 

「ハハハッ、ワタシはキミとの再会で美人なお嬢さん達とお近づきになれた、ァー、捨てる神あれば拾う神、日本ではそう言うでしょう? ・・・ハハッ」

 

 そんなふうに自虐ネタと言うより自分はエリート街道から外れた過去どころかいつ深海棲艦の再侵攻が起きるかも分からない自分達の現在ですら大した問題ではないと笑い飛ばす様な前向きなセリフと共にでジェームズはおどける。

 しかし、場を盛り上げて自分の印象を良くしようと努力しているらしい彼に対する俺以外の反応は前を歩く矢矧だけでなく俺の隣に並んで歩いている時雨も彼のナンパな態度に愛想笑いすらせずどこか冷めた視線を向けるだけ。

 ふと気になって軽く振り返って後ろの様子を窺えば加賀に至っては饒舌な米国軍人へ一瞥すらしておらず、いつも通り冷淡な無表情と視線を俺の背中に向けながらきっかり三歩分程の間を空けて歩調に合わせついて来ていた。

 

・・・oh gee (参ったな、これは)

 

 そして、彼は三人の艦娘から自分のユーモアに対する色の良い反応が全くと言って良いほど返って来なかった動揺でわずかに素を見せて気落ちしたように肩を落とす。

 俺から見て東洋人とは顔の造りが違うため少し濃く感じるが顔立ちそのものは洋画に出てきそうな俳優の様に整っているし態度も十分以上に好青年と感じさせるだけでなく白人男性それも実務に携わる軍人である為か日本人の俺と比べると二回りは大きい胸板は同年代とは思えない程にタフな迫力とそれによる頼り甲斐がある様に見える。

 

 とは言え、彼に対する悪印象の無い俺個人はそう思えるのだが時雨達三人にとってはそうではないらしい。

 

 そんな彼女達の様子にそう言えばと思い出すのは今でこそこちらに合わせて自分から日本語を使ってくれるぐらいに友好的な態度をしているが俺が初めて見たジェームズは自分の優秀さを鼻にかけた粗野な面が強いタイプの人間だった事。

 2011年度の国際交流の場で彼は同年代でありながらアメリカ人の男性よりも体格に劣る者ばかりの日本人士官候補生を貧弱と感じたのか俺を含めた多くの防大生達へとあからさまに横柄な態度をしていたのだ。

 

 誤解の無いように弁護しておくと当時の彼が人種差別者であったわけではない、むしろ肌の色や喋る言葉の違いはただ個々人の特徴でしかない、と士官候補生同士の意見交換の場で議題として出た未だに多くの人種間に火を燻ぶらせる問題への回答としてその主張を堂々と言い切ったぐらいに中立的な考えの持ち主である。

 

 だが、運悪く折しもその年は2008年に初めて確認された深海棲艦の出現とそれら未確認艦船群の掃討作戦とその戦闘による掃討作戦参加国の海軍戦力が受ける事となった甚大な損害から波及した影響により一歩間違えば冷戦時代に逆戻りするかもしれないと言われていた時期。

 その時点で深海棲艦の目撃や戦闘も少なく、突如として海の底から現れた謎の存在とかつて1999年にその存在を提唱した老科学者の論文を結びつける事が出来た者はほぼおらず、大多数はどこかの国の秘密兵器であると言うファンタジー極まる真実とは大きく異なる常識的な憶測がまるで事実であるかのように蔓延していた。

 その為かジェームズを含めた大多数のアメリカ人にとっては正体不明の海上テロリスト(深海棲艦)の正体が共産主義勢力が放った極秘かつ違法な艦隊であると考えていたらしく。

 

 結果としてその時の彼の中に国際平和を乱そうとしている赤い勢力から日本を守ってやっているのは最大の軍事同盟国である自分達(アメリカ軍)なのだと言う優越的な意識が芽生えてしまったのだろう。

 

 そして、深海棲艦の出現によるオリンピックの開催も危ぶまれる程の緊張下にあった国際的な政情不安により士官候補生の集いへの招待に応じなかった国もある状況でIICにあえて参加してくれた、と彼らを前年度よりも過剰に歓迎した防衛大学側の対応にも問題はあった。

 

 そのような事情が重なり、厳しい本国の士官学校から離れられた解放感から旅先の恥のかき捨てとでも言うべき多少の横着なら許されて当然と言うお客様な気分でIICの開催期間(国際士官候補生会議)を過ごそうとジェームズは考えてしまい。

 彼は日本での自分の生活補助を任された寮部屋の防大生達をホテルの従業員の様に扱うだけに止まらず、英語だけでなく中国語やロシア、ドイツ、そして、日本語と多くの言語を操れる事を自慢げしながら他国の士官候補達とはその国の言葉でコミュニケーションを取ると言うのに防大生(俺達)には喋れるはずの日本語ではなく流暢過ぎて分かり辛い英語で話し、お前達は俺に合わせろと高圧的な態度を示し。

 それ以外にも大国アメリカの一員である事を強調する傲慢さが滲む幾つかの言動によってジェームズ・ジョンソンと言う米軍士官候補は非常に対処に困る類の招待客であるのだと来日から僅か二日で俺を含めた多くの防大生に知らしめてしまった。

 

「まぁ、その防大生の中に義男が居なければ君のリゾートは快適なもので終わっていたかもしれなかっただろうけど」

「oh、それは言わないでくれ今のワタシはあれに反省している、本当だ」

 

 何気なく言った俺の言葉ですぐに広い肩幅を精一杯に縮めるジェームズの様子は恥じ入る様な苦笑いに変わった表情から相当に彼の思い出したくない苦い思い出となっているようだ。

 そんなふうにさっきまで陽気だった米国軍人が恐縮する姿に興味を引かれたのか建物と駐車場を隔てる両開きの大きなドアの前で立ち止まった矢矧が適当な壁に背を預け、俺の手を握って歩いていた時雨も立ち止まり話の続きを促す様に青い目で俺の顔を見上げた。

 

 少しばかり粗野ではあるがアメリカの代表である軍士官候補生としてのプライドを良くも悪くもちゃんと持っている為かあからさまな問題は起こさない。

 しかし、その軍人としての矜持があったからこそ周りから咳払いや顰め面を向けられても自分が日本人を顎で使う事は咎められる事ではないと言う態度をジェームズが改める事は無かった。

 

 そして、我儘な注文に戸惑いながらも真面目に対応したとある防大生を使い走りにするジェームズにあの馬鹿野郎(中村義男)が取った行動とは、端的に言えば筋骨隆々の身体に自信を漲らせるアメリカ青年へそれはもう見事にペコペコと頭を下げへりくだった。

 

 はたから見ればどこの営業マンの接待だ、と呆れてしまう程の勢いで米国の士官候補へと媚びる笑みと共に揉み手をして、アメリカの青年が脱ぎ散らかした服を洗いシワ一つ無く見事なアイロンがけをする。

 そうして義男はゴマすりの言葉を立て板に水の勢いで吐きながら煽て彼へと見事な手際でサービスを提供し、丁寧に丁寧に油断を誘いその懐へと忍び込んだ。

 

 そのアイツの思惑を知らず迷惑なお客様を煽てるだけにしか見えない義男の姿に学友の誰もが落胆もしくは憤怒に顔を歪めたのだがそのおかげで使い走り扱いされていた後輩がジェームズの失礼な行動の被害から免れたのも事実、それに加えて個人としてのジェームズは迷惑だが彼の後ろ盾(アメリカ)の機嫌を損ねるわけには行かない事も手伝った。

 だからこそ、その一連の義男の行動をアイツが率先して迷惑な客の面倒という泥を被ろうとしているのだ、と都合良く解釈してしまった教官達はやろうと思えば止められたその一件に手出しも口出しもしない事を決めてしまった。

 

「そう、その場にいた全員が下手に手を出して刺激するよりも我慢して見ないふりを選んだわけだ、あの馬鹿がやらかそうとしている事に誰も気付かず」

 

 時雨に促されて立ち止まり昼までには帰ろうと考えていたが思ったよりも長引いたハワイ司令部との会議のせいで拠点艦(はつゆき)で五月雨達が作ってくれると言っていた昼食を逃してしまっただろうか、と頭の片隅で考える。

 

「一応、俺は義男の事を見直したとか言って感動していた教官にアイツに限ってそんな事はありえませんって言ったんだけどな」

 

 とは言えそれほど空腹と言うわけでもないし、仮に敵襲があったとしてもはつゆきに待機してくれている五月雨が戦闘指揮所から情報を時雨へとテレパシーで寄越してくれる。

 マナ汚染によって猫の手を借りたいぐらいに人手が足りないとは言え艦娘部隊の指揮官と言う色々と扱いの難しい立場である俺に限って言うなら慌ただしく拠点へと戻らなければならない用事があるわけでは無い。

 なら十数分程度の思い出話を気の重くなる現実に立ち向かう休息代わりに使うぐらいは許されてもいいだろう、と六年前の思い出話を続けた俺のせいなのかバツの悪そうな顔をして小さく嘆息した米軍少尉が無為に廊下の出口へと顔を背けた。

 

「それで結局、中村二佐は何をやったんだい?」

「Bugと包装紙に書いたガムを一枚だけ彼の尻ポケットに仕込んだ」

「バグ? え? ・・・それだけ?」

 

 そう、たったそれだけの事。

 

 だけど、たったその程度の悪戯を武器にして召使いの様にジェームズの身支度の何から何までを整えていた義男は将来はペンタゴンの頂上まで登り詰めてやると国際交流の場で恥じる事など何もないとばかりに豪語していた若きエリートの鼻っ柱をへし折った。

 

 それはIIC期間で言うなら四日目、他国の士官候補生と防衛大からの代表者による大会議やその後にコネクション作りの交流を目的としたレクリエーションがメインで行われた一日。

 媚びを売る弱い日本人の典型にしか見えなかった中村義男の姿に騙されていたジェームズは朝から晩まで尻のポケットに異物が入っている事に気付かず過ごす事となり、自分が宿泊している部屋に戻り何気なく探ったポケットに入っていた潰れた板ガムとそこに書かれていたBug(盗聴)の文字に彼は顔を真っ赤にして制服の用意を言いつけていた義男を呼びつけたのだが。

 

〈 [ここが日本で良かったなアメリカ人、さもなきゃその手の上にあったのは本物の盗聴器、いや、毒物や爆弾だったかもしれないぞ?] 〉

 

 と、同部屋のメンバーだけでなく義男を心配して駆けつけてきた辛く苦しい四年を共に過ごした同級生の前であの馬鹿はとてもとても愉快気に口を吊り上げ。

 

〈 [自分の服の変化にすら気付かないのに良くもまぁアメリカを代表するエリートなんて大口が叩けるよな] 〉

 

 そのセリフ以外にもどこで覚えたのか妙になれたスラング交じりの嫌味(英語)を言いながら大袈裟に両手を広げて肩を竦め自分の目の前で顔を真っ赤に染めるジェームズを笑った。

 

 出会った直後からニコニコと愛想良く靴を舐めろと命令すればすぐさま実行しそうな程に服従していると思っていた相手の変化に驚くジェームズはさらにどうせネイティブの英語など日本人には分からないからと調子に乗って吐いた迂闊な言葉を義男が無駄に高い記憶力で諳んじて何も録音されていないテープが入った小型レコーダーをまるでこれが証拠だとでもいう様に手の平の上で弄ぶ姿に度肝を抜かれ。

 それだけでなく部屋に押しかけてきた野次馬の群れから自分に向けられる視線が義男の弁舌で悪人を見る様なものに変わった事に泡を食った顔でその言い方には悪意と誤解があると反論しようとしたジェームズだったが。

 言葉尻を捕まえる揚げ足取りに始まり、自分の事を棚に上げ相手をこき下ろし、規則を都合の良い様に拡大解釈し、冷静な状態なら明らかにおかしいと分かる反則を使う悪徳防大生によって哀れな米国青年は言葉を失う程に叩きのめされてしまい。

 

 トドメとばかりに義男に煽てられてやった自国軍規の徒となるべき士官として少しばかり相応しくないと言えなくもない女子防大生への行動(ナンパ)証拠(写真)をまるで決定的な不正の証拠だとでも言う様に突きつけられたジェームズは針を飲まされた様な青い顔で項垂れ呻く事しか出来なくなった。

 

「そして、その次の日に義男は学長に呼び出されて厳重注意を貰う事になった」

 

 そんな人の良いステレオタイプの日本人を演じきった義男が引き起こした事件のマヌケなオチを俺が言ったと同時に背後でぴゅぷーと何かが噴き出す様な妙に高い音が聞こえた。

 

「・・・?」

 

 振り向いてみたがそこに居たのは背筋をピンと立てた変わらず無表情の加賀、俺より先にそっちを見たらしいジェームズが妙に驚いた顔をしていたのが気になったがそれを考えるよりも先にポスッと腰を時雨につつかれてそちらに顔を向ける。

 

「でも、さっき提督は中村二佐の方がそのジョンソン少尉と仲が良いって言ってたよね? 何かまだ話の続きがあるんじゃないかな?」

「IICに同行していたJJの教官殿も日本での彼の素行が目に見えて悪かったと認めていたし、防衛大側もたった一人の馬鹿がやらかした事が原因でただでさえ悪い国際情勢に火をくべるなんて冗談じゃなかったんだろう、事件そのものは喧嘩両成敗で全員の胸の中にしまっておく事になったわけなんだが・・・」

 

 国際士官候補生会議の裏側で起こった一連の事件を国際問題に悪化させたくなかったから義男とジェームズにはお互いに頭を下げ合い握手して形だけでも和解しろと言う命令が下され、原因であるガムはジェームズが義男から貰った珍しいプレゼントと言う形で一件落着となる、筈だった。

 しかし、事件の元凶である中村義男はそれに納得せず、あろう事か俺や部屋っ子(同室の生徒)までに片棒を担がせてあからさまに自分を忌避しているジェームズを防衛大の外へと連れ出し。

 

「義男のヤツ、彼に向かって日本に来てB級グルメを知らずに帰らせるわけには行かない、とかなんとか言い出してな・・・」

「お前に我が国の食文化への尊敬を教え込んでやる! 偉そうにククッ、but(でも)ァー、あの居酒屋ハシゴはとても楽しかった」

 

 形だけの和解など願い下げ他国の士官候補生と友好しろと言うなら徹底的にやってやると豪語し、どう学校側を丸め込んだのか分からないが外出許可を手にATM(自分の口座)から限度額最大まで引き出した義男は戸惑うアメリカ青年と奢りに歓声を上げる後輩達を引き連れ夜の街へとくりだした。

 

「そして、義男はIIC終了後、今度は根性を叩き直してやると怒る柔道部OB達に首根っこ掴まれ引っ張られていったわけだ」

[HAHAHA!  It serves (いい気味だ)

 

 弾ける様な思い出し笑いを廊下に響かせ今でも義男と電子メールを使い季節の挨拶やクリスマスカードの交換をやっていると今回の式典で再会した際に言っていた海を隔てた国の友人が実に良い笑顔を見せる。

 そう言えばやたらと交友関係が広い義男の友人にアメリカ出身の青年が増えたあの日、俺が彼をJJと愛称で呼ぶようになったのもあの居酒屋で学友達とビールジョッキを片手にもんじゃ焼きとお好み焼きとタコ焼きの差に関する議論の最中だった。

 

「ちなみにその時ワタシ、ヨシには口では負けてしまいましたが酒では勝ちました」

 

 あの全員が全員大童になった8日間、あれからもう六年も経ったと言うべきかそれともまだ六年と言うべきか少し迷う俺を他所にそんな事を誇らしげに言うジェームズへとその場にいた艦娘達が少し柔らかい笑みを浮かべる。

 

「ふふ、中村二佐にお酒で負ける方が難しいわ」

「そうだね」

 

 少しだけ柔らかくなった声を漏らして壁に預けていた背を離し矢矧は出口の扉を押し開き、扉に遮られていた南国の日差し外の音が俺の所まで届く。

 そして、微笑んだ矢矧と時雨の顔に見惚れて棒立ちになったジェームズの肩を軽く叩いて俺はハワイでのアメリカ軍拠点である基地から外に踏み出し少し遠くから聞こえた動物の嘶く声に迎えられた。

 

[・・・自動車じゃなくてなんで馬車なのか?]

[あの虹に電気系をやられたせいで基地中の車はもちろんあらゆる部分が修理中でね、民間に頼もうにも肝心のメカニック達が病院で身体の修理中ってわけさ、今は動ける人間も機械も少なすぎる]

 

 おかげで階級は少尉(30前の若造)なのに現在動ける陸海空の兵士を纏めた大隊で副隊長をやらされている、と肩を竦めたジェームズの言葉に駐車場に陣取っている馬車に目を丸くして念の為に英語で確認した俺は額を押さえ。

 

[それで・・・俺達が来る時に乗って来たヤツは?]

[言っただろ、人も物も少なすぎる。動く自動車なんてレア物ならとっくに誰かが借りて行ったさ、空港じゃ離陸直前に壊れた飛行機を滑走路から退かすのに皆三本目の腕が欲しいぐらいだからな]

 

 国際空港の方向を指さすジェームズの言葉に足りないものばかりな状況を再確認させられて溜め息を吐いた俺は袖を引っ張る時雨に連れられ、近くの芝生を呑気に食む焦げ茶色の馬が繋がれたどこかの倉庫で長らく埃をかぶっていたらしい布屋根の馬車へと向かう。

 

[心配しなくても観光用の馬車らしいから乗り心地は保証する、基地内の機材運搬が終わって無ければこれすら用意できなくて歩いていくところだった]

[朗報だな、それは。 心の底からそう思うよ]

 

 気付けば戸惑う事無く矢矧が長い尾の様なポニーテールとひらりと揺らして身軽に御者台に乗ってしまっているし文明の利器から切り離された事へ愚痴を喚いていても仕方がない。

 

「ァー、Ms.ヤハギ、馬はワタシが運転を・・・」

「ジョンソン少尉・・・[大人しくて素直ないい子よ、この子なら良く言う事を聞いてくれるわ]」

[あ、ああ・・・その通り、牧場では子供に人気のアイドルらしい]

 

 軽く御者台から身を乗り出し明らかに慣れた手つきで馬の背を撫でた矢矧の何気ない言葉(英語)にジェームズが戸惑いつつもどこか嬉しそうな声を上げるのを聞きながら頭の上の制帽を目深に被り直す。

 

 そして、次の目的地であり今いる真珠湾の米軍基地から見て東に位置する自然公園で今回の霊的災害による被災者の救援と支援を行っている自衛隊隊員達と一緒にいる仲間と合流しなければ、と気を取り直して馬車の縁に手をかけ時雨を先に促し少々古びたベンチの様な座席が設置された荷台に乗せ、振り返ると加賀が立っていたのでついでに彼女へも軽いエスコート代わりに手を差し伸べ。

 次の瞬間、陽気な日差しや風すら涼し気とでもいう様に全く反応らしい反応も見せず俺達と一緒に基地に踏み入れてから一言たりとも喋らなかった空母艦娘の身体からまるで煙の様に光粒が溢れて加賀の周りで揺らめいた。

 

「か、加賀?」

「何でもないわ・・・提督、手を借りても?」

 

 霊力で作られる不可視の障壁を張るほど俺に触られたくない、というわけでは無いと言うのは分かるが馬車ではなく俺に向かってズイッと近寄り手を握って来た加賀の姿に驚き後ずさって頭を馬車の縁にぶつけてしまうのも無理はない話だと思う。

 傍目に見るとマヌケな俺にクスリともせず詰め寄って来た加賀が俺の手を握って馬車に上がり、何故かそのまま握られたままの手によって逆にエスコートされる様に引っ張られて俺自身も荷台の上に上る事となった。

 

[確か自衛隊が協力している公園はモアナルアだったか、大隊副隊長、人手が足りない所悪いんだが道案内を頼みたい、良いかな?]

 

 何故か座席に座った後も霊力の光を身体から立ち上らせている加賀に驚きながらもジェームズも荷台に上がり、向かい合う様に座席に座った彼に俺はお互い押し付けられた役職だけは立派になってしまった事を揶揄う様に笑い。

 

「了解しています、Mr.Commander(海軍中佐殿)GPS(カーナビ)より自分はオアフに詳しいです」

 

 わざわざ日本語で返って来たその気の良い返事と爽やかな笑みと同時に矢矧が手に取った手綱を揮い馬車がゆっくりと動き出す。

 

[そう言えばついさっきの会議で良介はこちらの司令部からは何を言われたんだ? 今の君達の様子から全てが悪い話と言うわけではなかったと思うんだが?]

[俺の部隊に対深海棲艦への戦術アドバイザーとしてハワイ防衛に参加して欲しいと言うお願い(・・・)さ]

お願い(request)? 命令(order)ではなく・・・?]

[こっち側にそれを断ると言う選択が無い以上は同じ様なものだよ]

 

 国が違う為にそういう表現を使わざるを得ないとは言え沖から攻めて来た深海棲艦を撃退する為に勝手な武力行使は弁護しようがない失態。

 例え日本からハワイへとやって来た三隻の護衛艦艦隊の代表である海将と日本国領事館の総領事がマナ粒子中毒による病床に身でありながらも連名の証書で俺と艦娘達の弁護をしてくれたとは言え簡単に許される類の話ではない。

 状況が状況であるし、場合によっては俺は身柄を拘束され時雨達14人の艦娘全員はアメリカ軍の戦力として吸収されてしまっていたとしても不思議ではなく。

 とは言え恩着せがましい言い方になるが俺達はハワイ住民の命を守った恩人と言えなくもないのだから無下にされるような事はないと言う楽観も少なからずあり、そんな俺は今回の米軍からの温情ともいえるリクエストに一二も無く頷く事になった。

 

 何より自分の護衛としてついて来た三人の艦娘がもしアメリカ軍による艦娘部隊の接収と言う悪い予想が当たった時に何をやろうとしていたのかを米軍基地へ向かう途中の車内で聞かされた立場から言わせてもらうと米軍からの日本が規定する艦娘運用に関する法律だけでなく専守防衛を是とする自衛隊の理念を合わせて破れと言うでたらめな提案であっても俺の口からは「助かった」の一言以外に出てこない。

 まだ艦娘の運用がスタートしていない米軍の感覚では待機状態の艦娘が指揮官と一緒にいると言う(いつでも戦闘形態になれる)状態の危険性を想像できないのも無理はないのだが・・・。

 

[要するにハワイの将校達は提督と僕らにアドバイザーと言う名前の猟犬を最前線でやれって言ってるのさ]

[それにしても防衛に協力するなら日本政府への口添えと情報統制に力を貸してやってもいいってあの言い方、気に入らないわね]

 

 俺の隣に座っている時雨と御者台の矢矧が少し冷めた顔をしてそんな事を呟く、確かにこちらの迂闊な失態もあったが完全に俺達に脅しをかけてきた勲章付きの米国軍人達に好印象を持てと言うのは無理がある話だが、ちょっと待って欲しい。

 

「矢矧はともかくとして時雨は・・・英語が喋れたのか?」

 

 鎮守府の基礎学習の中に英語の教科があるのは俺も知っている。

 だが学習内容は精々が普通科中学から高校までと同じ教科書を手に単語と文法の書き取り練習を反復すると言うまず英語による会話力は身に付かない授業であり、しかも機密と保安上の理由から外国人講師による実践会話なども行われていないのであれで身に付くのは実際の日常会話で使う機会のない英単語ぐらいなもの。

 そして、己を磨く事を趣味とする艦娘が多い軽巡の一員である資格取得に余念がない矢矧はともかくとして遊び盛りな駆逐艦では理知的な方である時雨であっても基礎学習以外の選択授業などでで英会話を学んでいたと言う話は本人からも聞いた事が無い。

 

「喋れたらダメかい?」

 

 それに加えて彼女の履歴書と言うべき俺の艦隊へ届けられている登録書の備考欄を思い出してみてもその様な記述があった覚えがない。

 

「いや、ダメじゃないが、・・・んん? そうするとさっきの会議の内容も分かってたのか?」

「分からなかったらいざと言う時に提督を守れないじゃないか」

 

 何を馬鹿な事を言ってるんだい、と残念なヤツを見る様な顔で見上げてくる時雨の表情に戸惑う。

 

 そもそも学習能力が並みの人間を大きく上回っている艦娘とは言え0から全てを知るなんて神様みたいなことが出来るわけはなく、もう思考放棄したくなるほど不思議な現象を引き起こす霊力ならともかく過去の人類によって積み重ねられてきた知識はどこからか勝手に湧いて出てくる類のものではない。

 

「あのね提督、海軍の士官なら外国語の一つや二つぐらい出来て当たり前だよ?」

 

 確かに国際交流の場だけでなく有事の際に直面した場合に相手側の言語を知っている事は状況を有利に進める一因になるため英語だけでなく外国語学習全般が防衛大でも推奨されているが、それと時雨達が英語を使える事に関係あると言うわけでは・・・海軍だって?

 

[リョウスケ、彼女達が英語を喋れるのがそんなに不思議な事なのか?]

[いや、今解決した・・・そうか、日本帝国海軍の士官と言う事か]

 

 よく考えれば海軍の船だったのだから英語の喋れる士官を乗せていたとしてもおかしくない、それどころかむしろ彼女達にとって聞かれるまでも無い当たり前の話である可能性すらある。

 失礼しちゃうな、と頬を膨らませる時雨に謝りながら勝手に混乱し勝手に解決した俺の様子に首を傾げるジェームズへと苦笑いを浮かべて見せてから小さく気を抜く為の溜め息を吐いた。

 

 三十隻以上の戦力によって三日連続の侵攻をかけてきたと思ったら黒い渦によって俺達との戦闘で生き残った海上の深海棲艦を海底の限定海域へと引き戻した姿は分からないが複数いるらしい姫級達とその配下である大量の深海棲艦。

 そして、ハワイ沖の戦闘から妙に平和な二日を過ごすことが出来ているがそれは嵐の前の静けさにしか感じられず。

 それだけならまだしも米軍基地の司令官達の思惑は裏が読めず、仕方ないと言い訳しても俺と艦隊のメンバーである艦娘達はこれから始まるだろう戦闘の最前線で日本の法を犯してしまう事が決定している。

 

 ・・・果たしてこれは所詮は一個人でしかない俺程度が背負いきれる責任なのだろうか。

 

 あと、隣に座るのは構わないんだが、加賀はいつまで俺の手を握ったまま身体から光粒を放出し続けるんだ?

 俺はもう艦娘の霊力に慣れているからいいけれど、そろそろ止めてもらわないとジェームズが車酔いではなくマナ酔いで道路を汚す事になるかもしれない。

 




 
さてはて、やる事は山積みだ。
 


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第百十八話

 
とある大学生たちの人助け・・・。

情けは人の為ならず。

とは言うけれど、他人にかけた温情が必ず報われるとは限らない。
 


 2016年の12月、世の大学生諸氏は良く言えば横這い悪く言えば低迷している日本経済に翻弄されながらも懸命に就職先を探して四苦八苦しているらしい。

 なのに未だアルバイト探し以上の行動を起こさずさらには私欲に塗れた趣味を優先している私と言えばとある情報に食いつきアイドルの熱狂的な追っかけ並にのぼせ上がった頭でハワイ行きの飛行機に乗り込んだ末に日本から遠く離れたオアフ島に閉じ込められた。

 

 日本から遠く離れた南の島に閉じ込められている。

 

 字面にしてみると何が何だか分からないが事実そうとしか言いようがない状態、そんなワケが分からない状況に流されるまま気付けば日本領事館で帰国不能を告げられてからもう五日目も経つ。

 パスポートに記された帰国期限に関しては緊急事態と言う事もあり特例で滞在期間の延長を認めて貰えたが、だからと言って私達が置かれている状況が良くなったかと言えばそうではない。

 

 他人に言えば精神異常者扱いされるだろう別の地球で生きた記憶、もう私の頭の内側にしかない会社に遅刻しない事ぐらいが取り柄の地味なサラリーマンとして三十数年生きた前の人生ですら訪れなかったハワイの地。

 その生まれて初めてやって来た南国の島が醸し出す陽気さに同行者の二人と一緒に浮かれていた初日から数えれば九日、深海棲艦が海の向こうから放ったと言う虹の津波を目撃してからなら五日の昼下がり。

 

 何故こんな事になったかと言えばハワイで行われる環太平洋合同演習(RIMPAC)に日本から艦娘が参加すると聞いて居ても立っても居られずに野次馬根性に突き動かされた結果と言う他にない。

 それでも日本への帰国を不能になったのが私だけなら自業自得のマヌケが一人ハワイで頭を抱えるだけで済んだのだろう。

 

 だけど、ネットの掲示板で艦娘マニア(鑑定士)などとして認識されるぐらいに前世で傾倒していた艦娘への感情を拗らせて血気にはやった私はよりにもよってこのハワイを襲っている超自然災害の犠牲者を二人も増やしてしまった。

 

 それは同じ大学に在籍する頭の出来は非常に残念ではあるが文句なしに良いヤツだと認めざるを得ない友人、そして、丁度一年前に出会った茅野志麻と名乗る私の心と生活を掻き乱す小悪魔な女子大生。

 

 アメリカ軍が他国からの牽制を無視してでも軍備を拡張して安全を主張しており、深海棲艦の出現から今日まで旅客機が深海棲艦の攻撃を受けて墜落した前例が無かったと言うのは言い訳でしかない。

 この世界で起こったあまりにも多くの事例と頭の中にしかない別世界の記憶が符合していく様に私は前世においてブラウザゲームとして展開していた艦娘達の戦いが、彼女達の物語(戦記)が私が生きる現実の中で再現されていくのだと確信していたと言うのに。

 

 まだ私自身も自分の記憶の中で一際強く刻まれている物語を空想の中の産物であると思っていたのだろう。

 

 自衛隊と艦娘達に守られている自分達(一般人)はどんな事があっても安全なのだと、自分とは住む場所が違うが確かにこの世界に存在してくれているヒロイン達(艦娘達)が深海棲艦にまつわる危険を全て何とかしてくれるのだと思い込んでいた。

 だからそこ資本主義国家の総本山たるアメリカですら制海権を失う事になると言う前の人生に見た未来(ゲーム)道筋(ストーリー)を軽視出来てしまった。

 

 世界有数の大国が雄々しい艦を海上に並べ安全を保証していたから、日本と外国を繋ぐ空路はまだ滞りなく行き来しているから、そもそもこんな事になるなんて想像も出来なかったから。

 

 そんな言い訳をいくら重ねても事実は変わらない。

 

 吹けば飛ぶような木っ端の大学生でしかない私の身勝手が二人分の命を明日も知れぬ窮地に引きずり込んでしまった事はもう変えようがないのだ。

 

「真夏の浜辺ぇ~、マーメードにあいおんちゅー♪ うぇいうぇーい♪」

「・・・お願いだから、君はせめてもうちょっと緊張感をもってくれないか」

 

 肌をチリチリと刺激する光粒は目に見えなくなったが深海棲艦が発生させた不可思議な光の波の余波はまだ残っており、ハワイ全域の無線通信は全て遮断されたまま。

 オアフ島内スタジオから届く近距離放送ですらラジオが吐き出すノイズの中に耳を澄ませばギリギリ緊急連絡や避難施設の案内を聞き取れる程度の状態となっている。

 なのに後悔に苛まれ左ハンドルに向かって項垂れている私のすぐ横、助手席に座っている黒い地毛が根元からプリン成分を追い出され始めている能天気な頭の持ち主は大きく開いた車窓から上半身ごと無警戒な顔を出して歌詞も音程もあったもんじゃない下手くそな歌を閑散とした街並みに向けてばら撒いていた。

 

「はぁ? 緊張したってなんの得にもなんねーっしょ、ちゅうか今はちょいユルがモテる男の条件よ?」

「それはモテてから言いなよ」

「ヒデー、なにそれ勝者の余裕っての? いつの間にか志麻っちとくっついてたヤツの言う事は容赦ねーのな」

 

 たまに会話が成立していると思えるのは私の勘違いで実は日本語に聞こえる別の言語を口から垂れ流している奇人の類がコイツの正体なのではないかと思ってしまう事がある。

 

「付き合いだした途端に銀髪に染めさせて? あれか清楚な女の子を俺色に染めてやるぜって感じ? やるじゃん」

「彼女のあれは君が考えている様なものじゃない、それに今は何の関係も無いだろ」

 

 車内に身体を戻した友人が突然に話題に出したのは私を色々な意味で悩ませる女子大生の名前、とある事情から彼女の特殊な身の上を図らずも知る事になった私が地毛の色の方が良いと言った数日後、初めて会った時には黒だったその髪が眩い銀色へ変わった事は私の通う大学の大多数を激しく動揺させる事件となった。

 理容室に行く代金をケチっていつも自分で毛染めをしてはいつも潰れたプリンの様な失敗頭になる学生が大手を振って講義を受ける事を許される程度には風紀の緩い大学なのだから染髪そのものには問題など無い。

 問題は彼女が類まれな美貌の持ち主で入学直後から注目を浴びていた事とそんな彼女が突然に何処の馬の骨とも分からないメガネ男とお付き合いし始めた事である。

 

 正直に言えばコミュ力の化物と言っても過言ではない隣にいる友人の仲裁や彼女自身が私の完全な味方としての立場を表明してくれなければ月の無い夜に背中を刺された大学生(21)が新聞の朝刊を飾っていた可能性すらあった。

 しかし、そのせいで私が茅野志麻さんとお付き合いしている事実は周囲に認められ、私自身も認めざるを得ない事なったわけなのだが。

 

「そんでなー、志麻ッチが戻ってきたらちゃんと謝れよぉ? お前こそこんな大変な時に喧嘩とか止めろよなっ」

 

 そんな彼女は今ここにはいない。

 

「別にか…志麻さんと喧嘩してるわけじゃないよ、と言うか君も今が大変な状況なのは分かってたのか」

「おうよ、なんたって今の俺ら盗んだ車で運び屋してんだかんな、マジヤベー、日本じゃありえねぇ経験してんぞ俺らっ、はははっ!」

「ちゃんと基地の人に許可をもらって借りたんだからそんなふうに人聞きの悪い事を言わないでくれ」

 

 あの虹色の波が沖から押し寄せてきたあの日、高濃度の霊力力場によって倒れてしまった友人を含めた多くの人々を助け起こし最寄りの避難所に連れて行った後、何故か深海棲艦の放ったと言う波動の中でまともに動ける私はわけも分からず人助けに奔走する事となり。

 その日は観光客や現地住民を苦しめるマナ中毒と言うらしい症状を緩和させる志麻さんの出自に由来する力を借りて何とか手の届く範囲にいた人々の命を長らえさせる事が出来たと思う。

 そうでも思わなければ、後から後から聞こえてくる路上で多発した交通事故や空港で飛行機が胴体着陸して百名以上の負傷者が出た知らせ。

 そして、避難中に直視する事になってしまった黒煙を立ち上らせる事故車の中で助けを求めていた重傷者や間に合わずに息絶えてしまった人達の遺体を前に、そんな言い訳を繰り返し自分に言い聞かせないと私は自らの不甲斐ない心すら守れない。

 

 そんな緊急事態の最中、泣き言と謝罪の言葉を口から垂れ流しながら被災者へ申し訳程度の応急手当てしか出来ない私と違い茅野志麻は苦しむ人々を癒す奇跡とも言うべき力を揮い、間近で見たと言うのに信じられない程の人数を救って見せた。

 それは彼女が偽名によって本当の名前と一緒に隠していた力であり、香取型練習巡洋艦鹿島(・・)と言うかつての日本で建造された軍艦の魂から生まれた艦娘の一人である証拠に他ならず。

 本人の言を信じるならば彼女の出自を知る者は両手の指で数えられる程度しかいない、何がどう間違ってかは分からないがその名を知った一人である私は拙くも救護に奔走する事となった緊急事態の中で彼女と自分の間にある格の違いを見せつけられた様な気さえした。

 

 そして、何とか警察や消防などの公共機関が人力だけとは言え役割を取り戻して事態が一応の鎮静化を迎えた三日目の夜、日本領事館で帰国が出来ない事を知らされ憔悴しきった私は彼女と友人と共に這う這うの体でハワイでの滞在先であるホテルへと戻り、寝る間も惜しんで慣れない事をした疲れもあり日本から持ってきた所持品の確認もそこそこに心配してくれる鹿島の声にゾンビの様な生返事を返してベッド(夢の中)へと逃げ込んだ。

 その翌日、虹色の炎に巻かれる悪夢に飛び起きた私は海の見える部屋で机の上にあった「少し用事があるので出かけてきます、すぐに戻るので心配しないでください」と書かれたメモを手に呆然とする。

 

 彼女の部屋をノックしても反応は無く突然にいなくなった鹿島に戸惑いながらもホテルの近くで行われていた炊き出しで朝食を貰い。

 周囲の人々の中に彼女の姿を探しながらそれを食べている最中にアメリカ軍人らしい人に日本語で声をかけられ友人と共に人手が足りない場所への手伝いに駆り出される事となり。

 健康な人間というだけで重宝される状況による忙しさに振り回された私は鹿島を探す事も出来ずに幾つもの頼まれ事をこなし、果ては何故か国際免許も無いのに車が運転できると言う理由で米軍の駐車場で借りた車に乗り、市街地で軍で必要と言う機械類を受け取った後にモアナルア・ガーデンと言う私有公園へと運ぶ仕事をしている。

 虹の波を浴び尋常じゃない様子で倒れた重病人から治療を受けて僅か一日で能天気に戻った友人と共にとある企業CMでお馴染みの大きな樹が鎮座する公園に向かう道すがら私はこのまま状況に流されていて良いのだろうかと自問自答していた。

 

「うぇっ!? なんだあれ、ライブでもやってんのか?」

「何て馬鹿な」

 

 そんな私の悩みなど知った事ではないだろう友人が助手席で素っ頓狂な声を上げ彼と同じものを見た私は喉から絞り出す様な呻きを漏らして車のスピードを落とす。

 荷運びの目的地である緑豊かな自然公園の駐車場には十数人の人集りが出来ていて車で近づいてきた私達へと黄色や赤が目立つプラカードを手に持った連中の視線が振り向いた瞬間、言い知れぬ危機感が背筋を駆けあがった。

 

「窓、閉めるんだ」

「へ? なんで?」

「早く! いいから閉める!!」

 

 公園入口に置かれた進入禁止の札が付けられたバリケードごしに迷彩服の軍人へと騒がしい声を上げていた人々の明らかに尋常では無い様子に私は戸惑う友人へと声を荒げ、私達の乗る車へと近寄ってくる顔色の悪い数人の姿に固唾を飲んで無理やり気味に車の窓とロックが全て閉じているのを確認する。

 そして、「艦娘は戦争被害者へと謝罪せよ」や「日本は侵略軍」であるなどと英語で書かれた手持ち看板を持った数人によって進路妨害を受けた事で私は冷や汗を浮かべながらブレーキを踏んで駐車場の入り口で立ち往生する事になった。

 

「最悪だ、いるのは知ってたけどさ・・・こんな状況でもこんな事をやるのかこの手の人間は」

「なにこれ、どう言う事だってばよ?」

 

 停車した車を取り囲み取り繕った様な顔で窓をノックする男達と目を合わせないようにして私は呻き、状況が飲み込めず目を丸くしている友人は徐々に強くなるドアノブを弄る音やドアを叩く音、そして、外から聞こえてくる何かを咎める様な口調の英語に珍しく能天気さを引っ込める。

 流石にコミュニケーション能力の高い彼にとっても青白い顔をして舐める様な視線を向けてくる相手は得意ではないらしく、当り前の話だが声をかけてはいけないタイプの人間に囲まれた私達は車の中で身を縮め。

 こういう場合は下手に刺激せず相手が諦めるまで無視するべきだと違法デモを繰り返す集団と遭遇したどこかの工事業者がネットに投稿していた動画を思い出す。

 

「だ、大丈夫なのかよ、ぉい」

「いや、流石に車を壊したりは・・・」

 

 窓越しに東洋系らしい男が私達を指さし[Japanese(日本人だ)!]と声を上げ車に集って来た集団の声色がさらに険悪なものへと変わる。

 とは言え、いくら気にくわない相手だと思っているとしても器物破損なんて明らかな犯罪行為は相手も選ばないだろうと自分自身と友人を安心させる為に口にしかけた私の真横でバシンと激しい音が弾け、運転席側のドア窓に蜘蛛の巣の様なヒビが走った。

 私達に無視されているのが余程腹に据えかねたのだろう口調や表情も取り繕うのを止めただけでなく公園の入り口に詰め寄っていた他の人間も私達の方へとターゲットを変えて近寄って来くる。

 

「ちょ、マジこれヤベーって逃げた方が・・・うぁ、後ろにも来たじゃん」

 

 いつも陽気な友人まで怯え狼狽える声を漏らす状況とその原因共にだんだん腹が立ってきた。

 

 自分達も怪我を負っていたと言うのに手当てもそこそこに事故にあった他の被害者を助けようとしていた勇敢な人達が居ると言うのに連中は少し体調が悪そうだが十分に五体満足、なのにやる事と言えば私達が乗る車に詰め寄り脅す様な言葉を吐き散らす。

 

 本当になんなんだコイツ等は・・・。

 

 今ここ(ハワイ)では道路を塞ぐ事故車をどける作業やポンプが止まった水道の代わりに水を汲んで運ぶ仕事、廊下まで怪我人が溢れる病院で手伝いに奔走するなり数え出せば切りが無い程に人手を求める場所は数知れずある。

 

 そうだ、他人の邪魔よりもやるべき事は山ほどあると言うのに!

 

 ふざけるのも大概にしろ!

 

「いっそ・・・ひき殺してやろうか」

「いや、そっちはもっとヤベーよ!」

 

 そう言えば「死と隣り合わせの極限状態に置かれた人間は下手な猛獣よりも怖い」といつかどこかで読んだ本に書かれていた冒険家のセリフを不意に思い出した。

 

 確かにその彼の言う通りなのだろう。

 

 この助け合わなければ生き残れないと素人の私でも分かる危険な状況の中でこの連中は役に立たないどころか積極的に他人の足を引っ張っている。

 自分でも驚くぐらい低い声と共に舌打ちした私はシフトレバーをニュートラルに切り替えてから苛立ちを叩きつけるようにアクセルペダルを踏みつけた。

 

「お、おい!?」

 

 どうせ車の中でそんな事を叫んでも周りで聞き苦しい英語を喚きたてる外国人は私の日本語を理解出来やしないだろうから万国共通の表現方法を取ってやる。

 

「こっちはいきなり姿を消した鹿島が心配で心配で今すぐにでも探しに行きたいのに! 次から次に押し付けられる仕事で自由に身動きできない!! だと言うのにお前らは遊び半分で何をやっているんだ!?」

 

 腹の底からの叫びを車内に響かせた私と共に不当な暴力を受けている年季の入ったセダンのエンジンが勢い良く唸り声をあげて吠え、車を外から叩いて遊んでいた数人が仰け反って後退る。

 さらに正面に立って下手くそな日本語で「真珠湾を焼いた一交戦を許な」と書かれた手作り(誤植)プラカードを持ちボンネットを叩いていた中年女に向かってクラクションの絶叫を叩きつけた。

 

「ぇぇ、マジかぁ・・・」

 

 私の酷く個人的な苛立ちにまみれた不意打ちで数歩下がった連中の顔が驚きから脅された事に対する怒りに変わり、手に持った看板を木刀の様に構えた(後から聞いた話では私の怒り)周囲の様子に顔を青くしている(様にドン引きしていたらしい)友人には悪いが自重が出来なくなっているらしい私は何度もアクセルを吹かせる。

 とは言え、ギアを発進に入れれば本当に数人を巻き込んで弾き飛ばせるがいくら何でも怒り心頭な私だって本当にひき逃げをやるつもりは無い。

 

「なんかゴメン、でもやらずにはいられなかった」

「いやー、こりゃしゃーねぇわ、俺だってムカつくもんよ」

 

 だが私の考えを知らない自分達の主義を振りかざせば何をやっても許されるなんて考えている連中が鳴り響くクラクションと過剰回転するエンジンの音に警戒して驚き慌てて離れる姿は少しだけ小気味が良かった。

 

 それに自制心が擦れた私だってストレス解消の為だけとかそんな全くの考え無しにこんな事をやったわけではない。

 

 公園の入り口を警備していた軍人が私達の車に気付き銃を構えつつも下手に手出し出来ない様子だったがクラクションの音に一人の軍人が公園内へと急ぎ足で走っていく様子が見えた。

 私達が運んで来た機材はアメリカ軍からの注文だと聞いているしこちらに気付いてくれさえすれば最悪、窓を割られ興奮に叫ぶ暴徒に路上へ引きずり出されリンチされたとしても貧弱な私が殺される前には公園内にいる軍人が助けにやってくるだろう。

 そして、外からの衝撃に強い窓ガラスを木の棒や手の平が叩く音に反撃する為に何度もエンジンを唸らせていたが流石に数分も経てばそれがただの脅しでしかない事に気付いた周囲の暴徒の攻撃は躊躇いを無くして激しさを増してきた。

 

 確かにこの手の人間に絡まれて下手に挑発するのは賢くない事なのだな、と沖縄のトラック運転手の苛立ちに満ちた証言を改めて思い出し先人の知恵を生かせなかった私はドア窓を突き破って目の前に向かってきた木の棒の先端を横目にする。

 白くヒビだらけのドア窓を突き破ってきた棒の動きが妙にスローに感じ、恐怖と驚愕に悲鳴を上げる友人に申し訳ない気持ちで胸をいっぱいにした私は痛みに備えて目を閉じ息を止め。

 

「・・・あれ?」

「ぉん?」

 

 数秒経っても棒が私の身体を突く痛みが来ない事に閉じていた目を開けた私は周囲の様子が妙な事に気付く。

 顔の真横、数cmで静止した木の棒とそれを突き出していたらしい男が何事か呻きながらパントマイムをする様にその場で呻き悶え、それと似た様な動きで車の周りを包囲していた十数人も動かない自分達の手足に戸惑いの声を上げている。

 

 そして、コンコンと軽く天井辺りを叩く音が聞こえ、腕を振り上げたまま静止する暴徒達の姿と言う不思議に驚いて周りをキョロキョロと見回していた私はフロントガラスの上方から顔を覗かせる黒髪の美女と目が合った。

 

「もしもし、お二人とも大丈夫ですか?」

「え、ぁ、はっ、・・・はい」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこういうモノなのだろうか、フロントガラスの上にあるバックミラーに映る大学生二人分のマヌケ面を視界の端に捉えながら長く艶やかな黒髪をボンネットに向かって垂れ下げ宙に浮かぶ弓道着姿の美人を見つめる私は呻くように返事を返した。

 

 その彼女は私の記憶が正しければつい数日前、RIMPACの開会式で各国メディアの前に姿を現してインターネットを大いに騒がせた艦娘の一人、航空母艦娘の赤城その人が朗らかな笑みを浮かべながら私と友人が乗っている車を見下ろす。

 

「少しだけ待っていてくださいね、すぐに退かしますから」

 

 にこにこと柔和な顔立ちに人の良さそうな笑みを浮かべる艦娘が空中で身体の上下を反転させて全く重量を感じさせない動きでボンネットに着地し、スッとその弓道用らしい手袋を付けた右手が空を切るとプラカードの芯で車の窓を割った男の身体が掠れた悲鳴と共に後ろへとズルズルと引っ張られ離れていく。

 見れば車を取り囲んでいた他の人間も同じように足を動かす事無く地面を滑る様に離れ自分の身体を襲う怪奇に怖気づいた声を口々に上げる。

 

「貴方達は連絡のあった配達の方ですよね?」

 

 彼らが等間隔の円形に数mほど離れたのを確認した赤城がボンネットからするりと軽い身のこなしで地面に降りヒビだらけのガラスの割れ目から私へと声を掛け、それに慌てて窓を開けようとした私は開閉用のクランクが壊れて回らない事に気付く。

 この車は米軍からの借り物なのにどうしてくれるんだ、私は大学生の身でここまで壊れた車の修理代を出せる金銭的な余裕なんか無いんだぞ。

 

「えっと多分そうです、町の方の電気店から幾つか・・・その」

「ありがとうございます、それとこちらの不手際で怖い思いをさせて申し訳ありませんでした」

 

 開かない窓の代わりにドアを開けると真摯な態度で頭を下げられてしまい、暴徒に囲まれていた所を助けてくれた恩人にそんな態度を取らせてしまった事が逆に申し訳なくなってくる。

 

「所で・・・そのあれはいったい」

「あら、すみません、少し雑だったでしょうか? 私は加賀さんほど糸繰が得意じゃないので、ふふふっ」

 

 未だに腕や看板を振り上げた状態で固まり声を上げている集団へと恐る恐る目を向けた私に少し照れたような笑みを見せた赤城が淑やかに口元へと手を当て。

 その僅かに光る線が見える指先が口元に触れた直後、何故か周囲の数人が後ろからリードを引かれた犬の様につんのめり固まった姿勢のまま地面にひっくり返る。

 

「まぁ・・・私とした事が・・・やっぱり殺さない様に手加減するのって面倒ね

 

 明らかに魔法や超能力と言われるような現象を起こしながらも穏やかな自然体でいる艦娘が小さく呟いた剣呑な発言に絶句した私を他所に周囲でパチパチと静電気がはぜる様な音が鳴ったかと思えばどさどさとさっきまで身体を不自然な形で硬直させていた連中が地面に尻餅を着く。

 そして、車の周りで青い顔をさらに青ざめさせた十数人をスッと細めた眼で見回した赤城さん(・・)の視線で刃物を首に突きつけられたかの様に声にならない悲鳴を上げた暴徒だった人間たちが我先にプラカードを投げ捨てて公園の駐車場から逃げ出していった。

 

「重ねて申し訳ないのですが、公園内へ荷物を運ぶお手伝いもお願いできませんか?」

 

 逃げ出した連中の後ろ姿とこちらの表情を窺う彼女の姿、そして、自然公園の中から車一台分の荷物を運ぶなら十分だと思える人数の米軍人や自衛隊員達が向かってきている様子を見た私はどうやらその作業を理由に私達を軍が借り上げて守っている公園内に保護しようと申し出てくれているのだと察する。

 

「それはもち」

「もっちろんっすよ! 全部まとめて俺達に任せてください!!」

 

 ありがたい申し出だと返事を返そうとした私だったが口を開いた直後に助手席からシフトレバーを跨いて身を乗り出した馬鹿に押し退けられ座席のヘッドレストに顔を押し付けられただけでなく五月蠅い声を至近距離で叩きつけられる事となった。

 限界まで伸びたシートベルトがギチギチと抗議の声を上げているのも気付かずに飼い主にじゃれる為に飛び付こうとしてしている犬の様な調子の良い男の姿に私はこれで何度目になるか分からない疑問を頭の中に浮かばせる。

 

「なんで私は、君みたいなヤツの友達をやってるんだろうね」

「さみしい事言うなよ~、ほらほらさっさとお仕事やっちゃおうぜ、やっちゃうぜぇ~♪」

 

・・・

 

 コミュニケーション能力に己の全てを振り分けた様な男だと言う事は昔から、それこそ深海棲艦との戦争とは縁もゆかりも無かった前世の日本で会った時から知っていたけれど、それがまさか艦娘相手でも発揮されるなんて想像もしていなかった。

 

「ってわけで俺達ってばミーチューバーとしてそこそこ有名人だったりするんすよ! 赤城さん!」

「は~、ナナさんチャンネル、みーちゅーば、ですか? つまりお二人とも芸能人の方と言う事ですか?」

「いえ、そいつの話は真面目に聞いてたら損するだけなので本気にせずに聞き流してやってください」

 

 車の後部座席とトランクいっぱいに詰められた荷物を運ぶ列の中で私と友人が運ぶのは両手で抱えられる小包程度の箱だがその三倍以上の大荷物を軽々と肩に担いでスイスイと歩いている赤城さんの姿を見ると自分が途端に貧弱な男なんじゃないかと思えてくる。

 一カ月程前に私の部屋の掃除をしていた鹿島が軽々と本棚を持ち上げていた姿に度肝を抜かれ、その後に聞いた艦娘の筋力はオリンピックに出場できる選手と同等らしいと言う話から私が貧弱なのではなく彼女達が強すぎるのだと頭で分かっていても鉄製な上に厚底の履物を履いた可憐な女性が二十キロ近い荷物を苦も無く肩に担いでいると言う事実が違和感にならないと言えばそうではない。

 

「おい、赤城さんってなんつうかおしとやかっての? すんげぇ美人だな、なっ、やっべ、俺惚れちゃったかもしんねぇわ!」

 

 肘で私をつっつき「アドレス教えてもらえるかな」と能天気なセリフを吐く俗物へとうんざりと表情を返事にして私は公園で一番芝生が広くなっている場所へと踏み込み。

 その中央で小さな建物ぐらいある円筒が輝く光粒を吸い込んでいる様子とその近くでスパナを手に数人の作業員に指示を出しているポニーテールの少女を姿を見付ける。

 

「ぉお、あっこにあんの大砲か!? でっけー!」

 

 私とは違う場所に目を向けていたらしい友人の声に振り向けば無骨な連装砲が芝生の上に置かれていたがよく見ればその砲塔部分の装甲が開かれ内部の複雑な機械類が剥き出しになっていた。

 

「赤城さん、もしかしてあれで深海棲艦とかやっつけるちゃうわけ?」

「いや、なんか違う感じが・・・と言うかあれって艦砲じゃないのか、なんでこんな場所に」

「まぁっ、メガネ73号さんは砲の種類が分かるんですか?」

 

 横の馬鹿が道中で調子の良い事を言った為に何かを勘違いしてしまい私を本名ではなくミーチューブのアカウント名で呼ぶ赤城さんの声に内心複雑な愛想笑いを浮かべ「なんとなく勘みたいなものです」と返事を返せばあらあらと微笑みながらあの分解されている大砲が霊力力場を除去するための装置を動かす為に必要な部品を取った後であると教えてくれる。

 

「私達と米軍と共有していた情報が正しければこちらの装備を解体したり民間の方々からこんな形で物資を分けてもらう必要も無かったんですけど」

 

 微笑みの中に少しだけ苦い含みを持たせた呟きと共に機械をいじっている薄い緑色のポニーテールを揺らす艦娘の方へと歩いていく赤城さんの背中を私は自分と同じ様に荷物を運ぶ少し気まずそうな数人のアメリカ軍人の顔を横目に窺いながら追いかけた。

 

 どうやら私達が運んでいた荷物は大気中に漂うマナと呼ばれる不思議な粒子を一か所に集めて全体の濃度を下げる装置を動かす為に必要な部品類だったらしく、それを手際良く大型装置に組み込んでいく作業の様子を少し離れた場所に建っているコテージ風の建物の軒下で眺める。

 積極的に赤城さんや恐らくは軽巡艦娘の夕張、そして、私達と同じ様に日本からやって来た自衛隊員へと話しかけ力仕事を手伝うだけに止まらず、ジェスチャー交じりの拙い英語でアメリカ軍人達ともコミュニケーションを成立させてしまっている友人のアグレッシブさに呆れと羨ましさを感じながら私は壁を背に地面に座り込み溜め息を吐いた。

 

 この配達を頼まれた直後はバイト代も出ないのかよ、と文句を言っていたクセに今は私よりも張り切っている友人を羨ましく思い、同時に漠然と会いたいと考えていた艦娘が二人もいるのに自分からは一歩も彼女達へと踏み出せずにいる自分の意気地の無さに呆れる。

 それでもまともに動き回れて車を運転できる程度が取り柄の大学生ならこれで上出来だろう、少なくとも誰かの役には立っていると自分を褒めた。

 

 そうする事で今の私は数日に初めて見た誰かの死体の前で晒したみっともない自分の行動よりはマシだと自己弁護できるような気がするから。

 

 深海棲艦による霊力力場の放射直後に問い詰めた鹿島から聞いた話では私が持つ何かしらの要因がマナ粒子の汚染に対して非常に高い耐性を与えているのだと言う。

 今年の四月に関東地方へと押し寄せた霊性台風と呼ばれる災害の際に鼻声で風邪気味だと言っていた友人を含めた大多数の中で私と鹿島だけが健康そのものだったのも、つまりはそう言う事なのだ。

 

 何かしらの要因、皮肉にも真っ先に思い浮かんだのはこことは違う歴史を歩んだ別の人生の記憶。

 

 それによって私と鹿島を引き合わせた眼に見えない神の手の様な何かの存在が居るのではないかと言う質の悪い妄想が脳裏に蠢く。

 

「だから私はこうして無事で、じゃなければ私はきっとここにいなかった」

 

 家族を失って泣いている子供を直接見るなんて経験したくなんてなかったし、事故に巻き込まれ血まみれになった人に肩を貸して逃げる様に引き摺るなんて苦労もしたくなかった。

 

 それらはその部分だけ抜きだせば深海棲艦云々とは関係なくこの世界の何処でだって当たり前に起こっている不幸なのだろうけれど身勝手な私はそんなものと巡り合う事など考えもしていなかった。

 

 私と彼らが違ったのは深海棲艦が放った奇妙な粒子に対する耐性が高かっただけ、ただそれだけの差で楽し気に車でキャンプへ向かっていた男の子は父親を失い、浜辺の小道で日課の散歩をしていた老夫婦は意識不明でベッドに横たわっている。

 

「なんで私はこんな事に・・・」

「なら逃げちゃいましょう、先輩さん」

 

 自分が故意にやってしまった事ではないのに押し寄せてくる後ろめたさに気付けば膝を抱えて項垂れていた私は前触れなく頭上からかけられた柔らかい声に肩を跳ねさせ驚きのままに顔を上げ。

 

 コテージの日陰に佇む銀髪の艦娘と見つめ合った。

 

 すぐにでも探しに行こうと頭の中では考えていたのに周りから頼られ自分の中の何かを挽回する為に柄にもなく必死になって動き回り結局はここで無為な時間を過ごしていた私の前に鹿島が立っている。

 だが、まるで何もないところから現れた様な突拍子の無さもあるが、彼女が身に着けている服装のせいで急激に混乱する私の頭は目の前にいる鹿島が現実の存在なのかを疑ってしまう。

 

「ど、どうしてここに」

「知りませんでしたか? 先輩さんの気配って離れてても私には分かっちゃうんですよ?」

 

 クスクスと悪戯っぽく笑う声、襟を飾る深紅のスカーフリボン、白い海軍風の礼服にプリーツスカートを合わせた衣装とツインテールに結った銀髪の上に乗る黒いベレー帽。

 何度、瞬きしてもその姿は私の前から消えず、かつて冴えないサラリーマンだった(前世)で触れたゲームの中にしかいなかったキャラクターが目の前に現れた事実(異常)に我知らず気の抜けた声が半開きになった私の口から洩れた。

 

「さ、こっちです」

「え、ま、待ってくれ、何がどういう」

「今は静かにお願いします先輩さん、大丈夫ですから」

 

 スッと白い手袋に私は手を引っ張られて立ち上り、魅力的に微笑みながらも有無を言わせぬ頑なさを見せる鹿島の態度に違和感を感じながらも彼女によって人気のないコテージの裏へと連れていかれ。

 

 改めて周りに人の目が無いことを確認した彼女は私へと向き直り、顔に張り付けた様な笑みを浮かべながらこう言った。

 

「ここからだと少し距離がありますけれど西に向かってコオリナと言う浜辺まで行けば誰にも気付かれずにこの島を脱出できます」

 

 あそこの辺りは今無人になっているらしいですから、と私をいつも通りに「先輩さん」と呼ぶ彼女の微笑みの裏側に感じたうすら寒さに氷の指で背筋を撫でられたかの様な錯覚を覚えた。

 

「私が、鹿島が絶対に貴方を守ります、だから・・・」

 




 
さぁ、イエスと言ってください。

ただそれだけで先輩さんだけ(・・)は日本に帰る事が出来るんですから。

 


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第百十九話

 
とある大学生と艦娘の葛藤。

メガネ君よぉ、・・・今、女の名前を呼ばなかったかい?

ったく!

兵隊にもなれない男が恋人の前で泣き言を言うんじゃぁあない!!
 


 

 まるで世界そのものが狙いすまして嫌がらせをしているかの様にただの大学生でしかない私には理解できない事ばかりが押し寄せてくる。

 知りたくなかった、見たくなかった、聞きたくなかった、なのに容赦なくこの数日で肌感覚に叩きつけられた頭を掻きむしりたくなる理不尽の連続は本棚やインターネットの中で拾った知識をひけらかしていた私の在り方そのものを否定された様な気がした。

 

「私と一緒に逃げましょう」

 

 だから、そう言って私の手を握る女の子の言葉が、表情がどこか現実のものとして感じられずに私は建物の日陰の中でまともな返事も出来ずにどもった。

 九日前に私ともう一人の友人と共にハワイにやって来て昨日の朝から行方をくらませていた女子大生【茅野志麻】であると同時に練習巡洋艦【鹿島】でもある彼女の姿が現実に存在するモノなのか信じられずに何度も瞬きを繰り返す。

 その二列のボタンが並ぶ白い軍礼服と膝上のプリーツスカートを纏うかつてここではない世界、私が平凡なサラリーマンとして生きて死んだ別世界でパソコンモニターの中にしか居なかったキャラクターと瓜二つな姿にどうしようもなく身体が震える。

 人として現実にいる時点でイラストだった二次元のそれとは別物だと分かる筈なのに私は記憶の中の艦娘(鹿島)と目の前にいる彼女(鹿島)の輪郭が重なった様な錯覚を覚えた。

 

「逃げるって・・・今は飛行機どころか船だってまともに動かないのにそんな事できるわけが」

 

 何とか声を絞り出し私の手を握る鹿島を見詰め返しながら考えるのは深海棲艦による奇怪な粒子散布によって飛行機どころか船すらまともに動かないオアフ島の現状。

 エンジンと舵だけとも言える単純な構造だったお陰で修理が出来た旧式モーターボートで近くの島から避難民を連れてきたり、風頼りの小型ヨットや手漕ぎボートを総動員して当面の食料を集める程度がハワイ諸島に閉じ込められた私達に許された行動範囲なのだ。

 とてもではないが外洋へと脱出する船など何処を探したってないし、仮にハワイを包むマナとか言う粒子が発生させる力場を脱出できたとしても日本までの道のりでハワイ諸島を襲ったものとは別勢力の深海棲艦と遭遇すればそれは貧弱な人間()にとって死を意味する。

 

「いいえ、日本まで辿り着ける船ならあります」

「そんなのどこにっ、まさか米軍から盗むとか言うんじゃ、ははっ・・・」

 

 何を馬鹿な冗談を、と強張った口から乾いた笑いを漏らした私の目の前で握られていた手が離され、白い手袋に包まれた鹿島の手が彼女自身の胸元を押さえて見せた。

 

ここ(・・)に、・・・私なら貴方を日本に連れて帰る事が出来ます」

 

 かつてパソコンモニターの向こうで彼女と同じ名前の艦娘が浮かべていた様なしっとりとした微笑みをその整った顔立ちの上に浮かべ鹿島は言葉を続ける。

 そして、この私が艦娘の力を完全に解放する事が出来る指揮官としての適性を持っていると、それによって戦闘形態と呼ばれる十数mの巨体となれば私を連れてハワイ諸島を脱出し日本へと帰還できる、と鹿島は言う。

 

 あまりにも現実離れした内容だった、なのにまるでそれが当たり前に出来る事だと確信している様に目の前に立つ彼女は淀みのない瞳で私を見つめ。

 

「ほ、本当にそんな事が?」

 

 目の前に飾られた鹿島の微笑みから目が離せなくなった私が呻くように問いかけると彼女は笑みを深めて頷きを返す。

 

「はい、だから先輩さん、ここから逃げちゃいましょう」

 

 彼女が艦娘であると言う事は本人から聞いていたし共に過ごす生活の中でたまに見せるその力の片鱗から鹿島が私の様な常人と似て非なる存在なのだと言う事はなんとなく感じ取ってはいた。

 この世界においての艦娘はその力を完全な形で発揮した場合に見上げる程の巨体へと変化する事は多くのメディアで毎日のように取り上げられる題材となっているし、それぞれの艦種にあった装備がその身体に施されると言う既に日本政府から公表された情報もある。

 

 ただそれが情報として頭にあっても目の前の鹿島と去年の佐世保で行われた彼女と同じ艦娘達が繰り広げた公開演習の光景が結び付かない。

 どうやったって私のとって目の前の女の子は同じ大学の違う学科に通う後輩で家庭的な世話焼きで、たまにお互い世間ずれした事を言って笑い合う相手としか思えない。

 そう思い込んでしまえるぐらいに私にとっての茅野志麻(鹿島)はその人目を惹きつける銀色の輝く髪と並外れた美しさ以外はどこにでもいるちょっと悪戯っぽいだけの女の子だった。

 だから私の中の感情的な部分が「彼女は戦争とは無縁な自分と同じ平穏の中に生きる女性(ひと)なんだ」と事実から目を背ける様に支離滅裂な感情論を脳内で喚きたてる。

 

 だが、冷静に頭を整理すれば確かに彼女の言う通りに従えばいつ深海棲艦が再侵攻を行うか分からないこの死が身近になった危機的状況から私が脱出する事自体は不可能か可能かで言うならば可能な事だと分からないわけでもない。

 ついさっきだって艦娘と言う私にとってはアイドルに等しい存在の魅力に眼が眩み飛び込んだハワイに閉じ込められた自分の軽率さを酷く後悔していたし、それ以上に彼女と友人を巻き込んでしまった事実に自らの愚かしさを呪ったばかりでここから脱出できると言う選択肢があるならそれを選ぶに足る動機は十分だった。

 

 ただ自分だけが痛い目を見るなら滑稽な話だと自嘲すれば良い、でも実際には目の前で痛いと泣く罪無き人々に包帯を巻く程度の事もままならない自分の不器用さを悔やむ事しか出来ず。

 水の入った大きな水桶を運び数回往復しただけで疲れ果て泣き言を言い、用意を手伝った炊き出しの列へと横入りした空腹の男性を諌めようとしたクセに口下手な上に引け腰な態度のせいでただでさえ余裕の無いその相手を怒らせ。

 深海棲艦の侵攻前は観光客や現地民の笑顔で溢れていたショッピングモールで昨日の朝に強盗が発生したと言う話を聞き、手伝いしていた病院で見た銃創や切り傷で呻く犠牲者達と医者の苦渋に満ちた表情に胃が重くする。

 

 どれもこれも中途半端にしか出来ない事へ申し訳ないと思っていると同時に自分がそこに居なくて(被害者にならなくて)本当に良かったと浅ましい安心を感じて胸を締め付ける様な自己嫌悪に呻いた。

 

 日本には当たり前にある平穏が何処にも無い状況では私の前世を含めたこれまでの人生が何の役にも立たず、ただただ自分の無力さを痛感させられるだけの拷問の時間が続いている様な気さえする。

 猫の手も借りたい程の状況だからこんな私だっていないよりはマシなはずなんだ、そう自分に言い聞かせなければ情けない自分への嫌悪感で頭がおかしくなってしまう。

 

 こんな狂った場所から逃げ出せると言うなら私にとってこれ以上に都合が良く嬉しい事はない。

 

「大丈夫ですよ、ここの人達は私達二人が居なくなった程度の事なんて気にしません」

 

 そして、私の躊躇いを見抜き背中を優しく押す様にそう言った鹿島が少し屈み上目遣いになり、その睫毛でけぶる青い宝石の様な瞳に揺れる光で奥へと心を吸い込まれそうな錯覚に陥りかける。

 

「むしろ私達が居なくなる事で食べ物とかに少しでも余裕が出来ればそれで助かる人はきっといます、だから先輩さんが気に病む事なんか何もないんです」

 

 耳の奥へと染み込んでくるような優しく甘い囁きは緊急事態だからこそ自分達の行為の正当化に足る理由を口にして、さらに媚びる様に可愛らしい微笑みを零した鹿島は抗い難い誘惑の香りまで付け加えた。

 

「私だって・・・叶うなら今すぐにでもこんな場所から逃げ出して日本に帰りたい」

 

 口にしてから確かにその通りだと気付く。

 

 どう取り繕い言い訳しようと利己的な自己保身と罵られようと、これが紛れもなく自分の中にある本心だって事は私自身にも分かっているのだ。

 

 絞り出す様に声を出してから私は歯を食いしばる。

 

 正直に言おう、私は見ず知らずの他人の為に命を投げ出せる聖人君主であったことなど一度だってない、手助けを求められてそれに応えた理由の大部分は周囲の人間を敵に回さないようにして自分の保身を確保する為だった。

 

 そもそもからして私は日本なら石を投げれば当たる程度にありふれた珍しさの無い小市民だ。

 

 「私」なんて恰好を付けた一人称で聞きかじりの知識をさも自分が見つけ出したかの様に嘯く。

 どれだけ賢そうな人間であるかのように振舞おうと些細なトラブルに遭えば簡単にその薄っぺらな面の皮が剥がれる程度の人間でしかない。

 

「はい♪ それで良いんです・・・それじゃぁ」

「でも、それは駄目だ、駄目なんだ」

 

 だからこそ、私は彼女に向かって首を横に振る選択肢しか選べなかった。

 

 よくできました花丸をあげましょうとでも言いそうな程に自分の思い通りの返事が返って来た事を悦ぶ笑みを浮かべた鹿島の表情が私の一言で凍り付き、笑みの形で静止した彼女の顔が人形の様に首を傾げて二つの銀色の房がさらりと揺らす。

 

「お友達の人の事が心配ですか? なら、少し面倒ですがあの人も連れて行きますよ?」

 

 艦娘の操縦席である艦橋に乗り込める人間(・・)は指揮官一人だけであるが巨大化した状態なら人間数人程度なら手に乗せて運べない事も無いと言う鹿島へともう一度首を横に振る。

 

「違うんだ、そうじゃない」

「先輩さん・・・ああ、なるほど」

 

 苦渋でしわくちゃになっているだろう私の顔を下から覗き込んでくる鹿島が胸の前で小さく手をぽんっと合わせる。

 

「心苦しいですが私だけではハワイに住む人達全員を助けるなんて出来ません、もちろんRIMPACに参加する為にいる田中艦隊の艦娘を含めてもです」

 

 このままだと本当に死んじゃうんですよ、と聞き分けの無い相手を諭す様な言葉を鹿島が口にするけれど私を見つめるその表情はまるで仮面の様に変わらない微笑みのまま。

 

「先輩さんが責任を感じる必要なんてどこにもありません、貴方は何も悪い事なんかしてないんですから」

 

 向かい合っているだけでざわざわと悪寒が背中を這い上ってくる空恐ろしい彼女の様子に漏れそうになった呻きをなけなしの根性で噛み潰して喉の奥へと押し込めた。

 

「先輩さんが優しい人なのは知ってます、でも貴方は自分の出来る事と出来ない事をちゃんと分かってる賢い人でしょう? だから・・・」

 

 どれほどまで私を美化すればそんな肯定的な言葉が出てくるのか、無性に胸が痛い、目の奥が何か鋭いモノで引っ掻かれた様にチリチリと熱く痛む。

 今まで出会った誰よりも好きになってしまった相手が軽薄な笑みを浮かべて嘘を並べる姿に心が引き裂かれそうな程苦しい。

 

「私は優しくなんかないっ、いつだって自分さえよければ良いと思ってる身勝手でっ! 聞きかじりの知識を振りかざして見栄を張って賢いフリをしているだけの頭でっかちだ!」

 

 しかも、彼女にそれを言わせているのが自分だと言う事実が何よりも気持ち悪かった。

 

「きゃっ、・・・えっ・・・?」

 

 そして、突然に目の前で私が声を荒げたからか驚いた様子で目をぱちくりと瞬きさせた鹿島へと私は穴が開いたようにゼイゼイと嫌な音を漏らす肺から空気を押し出す様に問いかける。

 

「鹿島、仮に、仮に私が君の言う通りに此処から逃げ出して日本に帰れたとするっ」

「はい、心配しなくても良いんですよ? 私達、香取型練習巡洋艦にとって遠洋航海は十八番なんです、私は必ず先輩さんを日本まで送り届けて見せます」

 

 私にはとっくの昔に彼女(鹿島)がとても頭の良い女性である事など当たり前の様に知っている。

 

 それは知識の量や理解の深さと言う話ではなく状況を正しく把握して周囲の人々を手玉に取る様に立ち回れる類の強かな賢さ。

 そして、前世で触れたゲームや無数の二次創作から私の頭の中へと集められた記憶(偏見)ではなく人間としての鹿島の個性を見て聞いて肌で感じたからこそ知る事が出来た思い出が私自身の判断を肯定する。

 

 だからこそ相手の感情を読み取る洞察力に秀でた彼女なら私にとって魅力的なその提案を私が受け入れられないと答えた矛盾の理由も本当は気付いていているのだろう。

 それとも、もしかしたらだが、私がそれに気付かない程度の鈍感な男だと彼女の中で見くびられているから鹿島から見て今の私は良心の呵責で我儘を言っている様に見えているのかもしれないのか。

 

「香取姉は政府側なので大っぴらには頼れませんが財団にいる香椎、妹なら日本に着いた後の先輩さんの助けに絶対なってくれますからその後の事も大丈・・・」

 

 まるで教壇に立つ教師が根気強く聞き分けの無い子供へと言い聞かせる様に、それでいて大切な壊れ物を扱うかの様に優しい口調で鹿島は人差し指を立てた片手を振って私がハワイ諸島から脱出した後の手筈や身の振り方も何一つ心配する事など無いのだと手短な計画に太鼓判を押そうとした。

 

「その後、()はどうなるんだ?」

「っ・・・」

 

 だが、そのセリフは途中で私の短い問いかけによって途切れ息を詰まらせた。

 

「正直に言うよ、私はここから君と逃げ出して全てが丸く収まるならきっとそれを躊躇いなんてしない」

 

 鹿島の胸の前に添えられていた白い手袋が握り込まれ、整った顔立ちに貼り付けられた微笑みの一部で桃色の花びらが一文字に引き結ばれる。

 

「逃げた後にハワイで何人死んだとかニュースで流れたって、私にはどうしようもない事だったとか、最善の判断だったとか自分自身に言い聞かせて何日か後にはきっとケロッとした顔で普通の生活に戻っている自信すらあるんだ」

 

 あの小憎たらしく調子の良さだけが取り柄の親友がこの世から居なくなったと聞かされたなら死ぬ程に後悔したり鬱病を患うかもしれない、それは私にとって死ぬ程辛いかもしれない。

 

 でも、あくまでも死ぬ()であって実際に死ぬわけでは無い。

 

 そうだ、私はどれだけ精神的に打ちのめされようと、艦娘が存在しないなんて勘違いに悩み、深海棲艦を恐れて廃墟に身を隠し緩慢な死を想像した事があろうと。

 他人の死に対する罪悪感を理由に自分の首を吊る様な事は絶対にしないと言い切れるぐらいには生き汚い人間だと言う自覚がある。

 

 今の私にとっては今から二十一年前、あの終電に間に合わせようと急いでいた雨の日に歩道橋から転げ落ち物心ついてから三十後半のサラリーマンになるまで生きた一度目の人生を丸ごと暗闇の中に喪失した日に感じた絶望感。

 そして、二度目に産声を上げてから今日に至るまでの時間をもう一度失うなんて何を引き換えにしたって受け入れられるわけがない。

 

「君の言う通りこのハワイで何人の人間が不幸のどん底に落ちようと結局は私に関係ない、でも・・・君の事だけはそうじゃないだろっ!」

 

 仮に鹿島の言う通りに彼女の善意に頼りきったとする。

 だが、先程の言葉通りに無事日本へと帰れたとしても私達に待っているのは国と言う個人では到底抵抗できない巨大な組織による責任の追及だ。

 私の様な一介の大学生であれば事が発覚して公権力に拘束され尋問を受ける事となったとしても数年の禁錮刑で済む可能性が高い。

 だけど指揮官の資質を持った人間さえいれば軍事兵器としての能力を遺憾なく発揮できる艦娘が個人の意思でその能力を使用した上に海外から日本への渡航を試みたとすれば間違いなく下手なテロリストよりも危険な存在として国に認識される。

 

「君自身が言っていたんだっ、自分は自衛隊から脱走した艦娘で、でも能力を使わない事を条件に自分は見逃されていると!」

 

 絞り出すように声を荒げ前のめりになった顔全体が腫れたように熱く、その熱に浮かされたまま一歩踏み出すが鹿島との距離は縮まらない。

 さっきまで馴れ馴れしい程の笑顔で私の手を握っていた彼女の顔は見るからに強張り、詰め寄ろうとする私の一歩から逃げるように同じ歩幅で後退るからだ。

 

「もしかしたらもっと私が考えているよりも複雑な事情があるのかもしれない、本当は政府とか国とか雲の上の大きな何かとの取引の末に君は私の前に現れたのかもしれない・・・でも、どれだけその相手との間に太いパイプがあっても大学生一人を助ける為だけに軍事兵器のっ、艦娘の力を使う事を許される様な事だけはあり得ない」

 

 清濁併せ呑む事が世の常である国家組織と言えど深海棲艦への対抗兵器として生まれた艦娘が個人の意志でその力を振り回すなんて事を許すわけがない。

 一時期、彼女が映画の中の女スパイの様に国家機密である艦娘にやたらと詳しい不審人物である私に忍び寄り、好意を装って探りを入れてきているのではないだろうかなんて妄想した事がある。

 けれども、そうだったとしても今さっき提案された内容は客観的に見れば明らかに彼女が負うリスクに対して得られるメリットが何一つないのだ。

 

「昨日、君が書き置きを残して居なくなった後、目の前が真っ暗になったかと思ったんだ!」

 

 震える手を伸ばして白地のダブルボタンブレザーの前で握られている手を捕まえようとして指先が空を撫で、また一歩離れた鹿島へ向かって芝生を踏みしめるように足を動かす。

 

「病院で強盗に遭った人を手当てしてた時、ここが日本と違う銃のある国だと今更に気付いて! 苦しんでる人が目の前にいるのに君が運ばれてこなかった事に胸を撫でおろして!」

 

 だと言うのに私は何をおいても彼女を探しに行くと言う選択を後回しにして自分の安全を守るためにボランティアを率先する良い人間になりきり。

 おそらくは鹿島が自分を犠牲にしてでも私を連れて日本へと帰ろうと決心している時に私は自分を有益な存在として周囲に印象付けて外国人(余所者)として虐げられたり爪弾きにされる可能性を減らす事だけに腐心していた。

 

「でも空き巣や暴漢の話を聞く度にもしかしたら君が襲われたんじゃないかって・・・考えてっ」

 

 何故かどうしようもなく息が苦しい、鼻水の音がズルズルと声を濁らせてコテージの壁に背をぶつけて立ち止まった鹿島の両肩に手をかけて私は何かに殴られたかの様にグラグラと揺れる視界に酷く怯えた様な顔をした女の子の姿を映す。

 

「なのにこれ以上、お願いだから、そんなモノを私に背負わせないでくれ・・・お願いだから、もういっぱいなんだ」

 

 我ながらなんて自己中心的で身勝手で救い様がない程に浅ましい物言いだろう。

 

 子供の我儘の方がマシな事を言っている、それが分かっているのに私は溢れ出る女々しい泣き言を吐き出し鹿島の前で懇願する様に頭を下げ。

 

 伏せた顔の目や鼻から滴り落ちる水滴でメガネのレンズが水面の様に揺らぎ足元の地面が濡れていく。

 

「君が居なくなるなんて考えたくない、何よりも自分のせいでそんな事になるなんて絶対に嫌だ・・・」

 

 鹿島の力を借りればこの深海棲艦の脅威に晒されているハワイ諸島から脱出する事が出来ると言うのは彼女の同類である艦娘達が公開演習で見せた実力から不可能ではないと素人の私にだって想像できる。

 けれどそれをやらせてしまったら私のせいで彼女はその能力の無断使用に関わる責任を負って何かしらの罰を受ける事になるだろう。

 

 それが重いモノになるか軽いモノになるかなんて権力側ではない一般人には想像もできない。

 

 だけど、まず間違いなく彼女とごく普通の大学生として他愛ない話に花を咲かせたり、他愛ない悪戯にからかわれてどちらともなく笑い合ったり、私のベッドの上に寝転んで鼻歌交じりに料理本を読む彼女の無防備な姿に見惚れる事も出来なくなるのは間違いない。

 

 ある日突然に私の前に現れて気付けば生活の中だけでなく心の奥深くにまで食い込んで来たどうしようもなく私を惹き付ける女の子が手の届かない所へと去っていくなんて認められない。

 そんなのは恋愛小説で使い古された失恋の痛みなんて表現よりもヒドイ、言葉では良い表せられないナニカとして私に刻み付けられ一生心に残り続けるだろう。

 

「だから、だから私は・・・私は、グズッ、イヤなんだ、イヤなんだよ・・・」

 

 膝から力が抜けそうで駄々をこねる子供の様に要領を得ない泣き言を吐いた私はいっその事これで鹿島に幻滅され突き離されてしまえば少なくとも心が未練で腐る事だけは無いだろうと後ろ向きに己の言動を自嘲する。

 そう皮肉った考え方でもしないと男らしさの欠片も無い泣き言を好きな女の子の前で喚き散らした醜態で自分自身を殴り倒したくなってしまう。

 

「情けない人・・・さっきから自分の事ばっかり、弱くて頼りなくて優柔不断で、恰好悪い」

 

 散々に泣き言を吐き出し伏せた私の頭の上へと掛けられた冷めた声に心臓を握られたかの様な苦しさを感じ、彼女の肩から手を除けようと動こうとした私の顔が左右から包み込む様に白いシルクの両手で挟み込まれた。

 

「だけど、目の前で傷付いている人がいたなら助ける事を躊躇わない勇気のある、その手が汚れる事を厭わず一人でも多くの命に手を差し伸べられる人・・・どうしようもなく愛しい」

 

 ―――さん、私の提督さん。

 

 優しく囁く声と共に目を閉じてどこか幸せそうに微笑んだ彼女の額が私の汗ばんだ肌に触れ、滑る様な肌触りの細い指に頬を撫でられ、鹿島はか細く囁くように私の名前を呼ぶ。

 キスでもないのに彼女とくっついた部分が妙に熱くて泣き言を喚き散らして茹蛸になっている顔がますます赤くなっていくけれど私はそれでも構わないからと一度は離しかけた手で彼女の肩を引き寄せて抱きしめた。

 

・・・

 

「おぃーす、二人で盛り上がってるとこわりーんだけど、ちょっちいい?」

 

 数分、涙は止まったけれど鼻水は変わらず啜っている情けない顔の口元に吐息同士が交わり薄紅色が触れ合いかけた時、物凄く私にとって馴染み深く、それでいて今一番聞きたくない声が背後から聞こえた。

 

「うわぁあっ!?」

「せ、先輩さん!? きゃぁっ!」

 

 直後、抱き合っていた鹿島と揃って短い悲鳴を上げてその場で自分でも驚くほど高い垂直飛びした私は着地と同時に足を滑らせて後ろに倒れ、そんなマヌケな私を助けようとした鹿島が突然の事に踏ん張りがきかなかったのかそのままつられて私の上に倒れ込む。

 

「おいおい、そんなふうに見せつけんなよ~、恥ずかしいじゃん?」

「くっ・・・どっちかって言うとそれ、こっちのセリフじゃないかな?」

「もぉっ! ホント、お邪魔な人っ!」

 

 アロハシャツを腰に巻き付け鼻の頭に油汚れを付けたランニングシャツのお調子者を上下が逆転した視界の中に収めた私は大きく溜め息を吐き出して鹿島の背に回していた手で顔の半分を隠す様に撫でた。

 

「それにしても、ほ~、やっと仲直りかよ」

「いや、だから元から喧嘩なんかしてないって言ったよね?」

「まぁいいや、なんかさー、赤城さんとバリッちゃんが夕ご飯ご一緒しませんかって誘ってくれてんだけど、お前どうするよ?」

 

 念のために「バリッちゃんって誰?」と聞き返せば「夕張ちゃんって名前のけーじゅん?の女の子、もう俺とバリちゃんってばマブダチよ?」とか言う頭の悪い返事が返って来た。

 

「なんでここに志麻っちがいんのか知らねーけど一人ぐらい増えてもダイジョブだっしょ?」

 

 コイツにとって軍事とか政治とか関係なく「艦娘=可愛い女の子」ぐらいの認識しかないと言うのは普段の言動から分かっていた事だが、下手に近づけば国家権力に拘束されて社会的かつ物理的に文句が言えなくなるかもしれない相手をここまで気安く扱えるのはある種の才能ではないだろうか。

 

 それはともかく・・・。

 

「いや、私達はホテルの部屋に戻る・・・か、こほんっ、志麻さんと一緒にやる事があるんだ」

「え、は、はい、それに私はここに黙って入って来ちゃったのでバレるとマズイかなーなんて、あはは・・・」

 

 事前に連絡しているかどうかは不明だが鹿島の様子を見るに彼女にとって古巣である自衛隊との接触は好ましくなさそうと言うのもあるが、それよりも私は今回の事で一つ自分の身の振り方を決めねばならないと決心したのだ。

 

「え・・・? ぅっあっ、それマジで言ってんの?」

「なんだいその顔、別に私だっていつも艦娘ばっかり追いかけてるわけじゃ」

 

 私達に向かってこの世のモノでは無い何かを見たかのように驚愕に震える友人の態度を訝しみながら身体の上の鹿島に退いてもらい土ぼこりを払い落しながら立ち上る。

 

「二人揃ってホテルでやる事って、ひぇ~、マジかよ! おまっ、どんだけ大胆なわけ!? 逆に尊敬するわ!」

 

 ワーワーとスポーツ観戦で興奮の声を上げる観客の様な馬鹿っぽい顔をした男が囃し立てる様な口笛まで吹き始め様子に私は顔を顰めて早歩きで馬鹿野郎へと掴みかかり、暴れる男の頭に腕をかけて無駄口を吐き出す顎を無理やりに閉じさせた。

 もがもがと何か言っている男にヘッドロックをかけながら振り向けば顔を赤らめてモジモジし始めた鹿島の姿になんともいたたまれない気持ちになってくる。

 

「私はこのまま彼女を連れて帰るけど、絶対に変な勘違いはするんじゃないぞ!?」

「はっはっはっ、分かってる分かってるって」

 

 数分間、芝生の上で低レベルな取っ組み合いをした後に念押しの言葉を吐いた私は土ぼこり塗れで鹿島の手を引き。

 絶対に分かっていない友人の能天気な笑顔に背を向けて鹿島がこの公園に入り込む際に通った人目の無い道を通ってモアナルア・ガーデンを後にした。

 

「それで、先輩さん私と一緒に脱出しないならどうするんですか?」

「まずは目標を定めないといけない・・・君と一緒に正式な手順(・・・・・)を踏んで日本に帰る、これが絶対条件、今からそれを叶える為の方法を考える」

 

 鹿島の手を引き無人の道路を数キロ離れたホテルに向かって歩きながら出来るだけ客観的にそれでいて混乱しないように簡潔な考えの道筋を頭に描いていく。

 

「情けない話だけどそれを手伝って欲しい、私は君と一緒に元の生活に戻りたいから・・・」

「そこまで言われたら仕方ありませんね、ふふっ、はい、仕方ありません♪」

 

 日本からハワイの間で行われた彼女の出入国手続きはごく普通の女子大生が友人と一緒に楽しむ旅行という形で問題なく行われた。

 そこまで考えて、もしかしたら艦娘と言う正体を隠す為に何かしらの監視の目があるのか、と本人に聞いてみれば私と手を繋いで隣を歩く鹿島ははっきりと首を横に振る。

 

「まぁ、私の場合は監視の必要が無いって言うべきですけど、ここには艦娘部隊、あの田中艦隊の艦娘達が居ますから」

「それはどう言う?」

 

 彼女の何気ない一言に首を傾げた私へと鹿島は艦娘が持っている特殊な性質の一つ『姉妹艦同士の間にある精神の繋がり』を説明し始め、姉妹艦でなくとも戦闘形態となった艦娘ならその身に備えた通信能力や電探機能によって待機状態の艦娘を簡単に探知できるらしい。

 それを聞いた私はあの虹色の津波が襲い掛かって来たあの日、海岸線の遊歩道で虚空を睨みつけながら姉である姉妹艦の名を叫びまるで会話をしているかのような様子を見せた鹿島の姿を思い出す。

 

「万が一に私がさっき先輩さんに言った様な国外逃亡を企てたり、ここで能力を使って問題を起こした時にはあの艦隊が事態を収拾する事になっていました、ある意味では彼女達が私の監視ですね、まぁ、あっちにとっては私が政府からの監視みたいなものでしょうけれど」

 

 そして、悪戯っぽくチロッと舌を出して笑う彼女から教えられた艦娘の不思議な力の話が妙に私の頭に引っかかった。

 

「それは、つまり君は日本と連絡が取れるって言う事なのか?」

「精度は周囲のマナ濃度にもよりますけど、集中すれば大丈夫です」

「じゃぁ、今、私達の状態は既に日本へと伝えられている?」

 

 重ねた問いかけに鹿島の首がまた縦に揺れて頷く。

 

 つまり、国際的な合同軍事演習へと参加した田中特務二佐が率いる艦娘の持つテレパシー能力によって既に自衛隊へと報告が行われ、さらにその上にいる政府関係者は此処で起こっている事態をある程度は把握していると言う事。

 しかし、深海棲艦が攻撃を仕掛けて来てからもう五日、被災者へ救援の手を差し伸べている自衛隊員達から日本政府が動いていると言う話は聞いていない。

 そして、間に艦娘の伝言ゲームが挟まっているとは言え事態が事態なのだから日本と軍事同盟を結んでいるアメリカにも連絡は届いていると考えるべきだろう。

 

 それはどこかで情報の流れが意図的に押し止められていなければの話だが。

 

「ちょっと前に通信を繋いだ時に香取姉や香椎も動いてくれてるって言ってましたけど・・・状況は良くないらしいです」

「日本の艦娘はこの事件に介入できない・・・彼女達が海外で戦う事を特務法は禁じているから?」

「・・・はい」

 

 日本の自衛隊と艦娘達に海外で発生した戦闘に介入する権限がない。

 だから私達はその助けを期待する事そのものが出来ない。

 現代兵器では追い払うのが背一杯、頼りの14人の艦娘達もハワイに閉じ込められたまま防衛戦を続ければジリ貧になる。

 なのに現在、世界中のどの国よりも艦娘の運用と深海棲艦に対する戦闘経験に最も長けている日本からの助けは来ない。

 

 だから、この場にいる誰よりも絶望的な自分達の状況を理解している鹿島は私へと自分の能力を使うハワイ脱出を提案した。

 

「・・・日本の艦娘には介入する権限がない?」

「先輩さん?」

 

 なるべく簡単に考えを纏めようとしているのにグルグルと頭の中で回転する自問自答の末に私は色とりどりの熱帯植物が生い茂るホテルの前庭の真ん中で立ち止まり声を上げる。

 

「そうか、日本の艦娘には(・・)介入できないんだ!」

 

 人間同士の情報戦ならばともかく今の災害と言って良い深海棲艦との戦闘で怯える民間人にとって自分達が助かる可能性が高まるポジティブな情報は自暴自棄が原因となる犯罪を抑止する特効薬になる。

 だが、マナ粒子の除去装置の建設や被災者の生活支援などを今も行っている日米の軍人達が表向きは外との連絡が取れず現在のハワイが世界から孤立しているとしている理由とは。

 

 おそらくは外部からの救援が期待できないか、何らかの事情で大きく遅れているからだろう。

 

 さらに仮定に仮定を重ねるが、もしどこかで情報の流れが滞っているかそれを扱う者達が何かしらの理由で行動する事を躊躇し足踏みしているとするならば?

 

 その動かない権力を持った者達が動かざるを得ない状況を作る場合、・・・私ならどうする?

 

 艦娘のテレパシーと言う少々どころではない変則的な方法でだが外との連絡手段はある、そして、きっと今この瞬間だけは世界の誰よりも幸運な私には一番頼りになる鹿島と言う味方がいる。

 

「鹿島、君の、君達の事をもっと教えて欲しい・・・二人で、いや、アイツを入れて来た時と同じ様に三人一緒に日本へ帰る為に!」

「うふふっ、なんだか急に先輩さんがカッコ良くなっちゃいました」

 

 正直に言うとそんなふうに土汚れが付いた私の腕にかまわず胸を押し付けた上に魅惑的な上目遣いで迫り、極めつけには耳元に甘い吐息で囁かれると小心者な私の心臓がびっくりしてしまう。

 

「鹿島に何でも聞いてください、優しく教えてあげますから♪」

 

 決して嫌というわけでは無いが今はそんな方向に元気になるわけにはいかないわけで。

 それにあの馬鹿にまた「ゆうべはお楽しみでしたね」とか茶化されるなんて冗談じゃないわけで。

 

 あと考えが纏まらなくなるので出来れば時と場合を選んで、ちょっとだけ容赦して欲しいです、鹿島さん。

 




 
これは終ぞ英雄として歴史に名を刻む事無く、それでも激動の時代を生きた凡人の物語。

普通の日常に戻る為に深海棲艦に全身全霊をかけ立ち向かったその他大勢の一人の記憶。

ただ一人の艦娘の味方として生きた彼の名前は決してこの歴史(物語)に刻まれる事はない。


何故なら、その名を呼べるのは(ヒーロー)と最期まで連れ添った彼女(ヒロイン)だけの特権なのだから。
 


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第百二十話

 
これよりハワイ防衛作戦における第二海域(E-2)の攻略が開始されます。

難易度を選択してください。


→【甲作戦】

 【甲作戦】

 【甲作戦】





ふむ、もしかして選択権が君達にあるとでも思っていたのかね?
 


 海の底から鉱石の様な硬く昏い色を宿した光が這い上がる様に海水を染め、海の底を覆う巨大な舌を思わせる泥の中から瑠璃色の力を纏った巨体が従者を連れ遠く月明かりに揺らめく海面へと向かって浮上を開始する。

 雪よりも白く顔立ちは鋭く血の様に赤いツリ目によって白亜の大理石から名工の手によって削り出されたかの様な美しさ、身の纏った黒いセーラー服にも似た布地とリボンを海流の中に躍らせて明らかに重荷にしかならない両手足を隈なく覆う手甲と脚甲が水圧を押し退けて全高にして210mを超える彼女の身体に浮力を与えていた。

 

 その昏い霊力を放つ深海棲艦の名は空母棲姫、ここではない世界のさらに創作物の中においてそう呼ばれていた深海棲艦の上位種は自分に付き従って海底の泥の中から姿を現す近衛とさらにその随伴である下僕達を赤く燃えながらも冷たさを宿した視線で見下ろす。

 そして、数十の従者達を引き連れ月の灯りに照らされる海面に手を伸ばせば届くぐらいの深度まで登った姫級深海棲艦は儚く柔らかい月光に向かって舌打ちをして一時浮上を止めて海中に留まる。

 

 彼女がつい先程まで居た海底にて偉大なる泊地の姫が支配する広大な箱庭に満ちる黒く芳醇な海原と比べれば搾りカス以下の力の素が僅かに漂う透明な海水への不快感。

 さらには偉そうに自分を空から見下ろしているくせに照明としての役割も満足に果たせない月明かりの不完全さに眉を顰めた深海棲艦の上位種は夜闇の中ですらくっきりと浮かび上がる純白の髪を扇の様に広げた。

 

 かつては砕けた原石を思わせる瑠璃色で満ちた限定海域の支配者にして空母を主体とした90隻以上の深海棲艦の群れ(艦隊)の頂点に君臨していた存在である自分が何故に小虫の処分と欠陥品の捕縛の為に自ら出向かなければならないのか。

 それもこれも最上位者である女王(泊地)から命令を受けた自分の近衛艦である黄色い灯を宿す戦艦がしくじった上に討ち死にしたからだ、と空母棲姫は苛立ちに満ちた思惟と共に瑠璃色の波動を放ち周囲の海流を蠢かせる。

 

 彼女の艦隊の中でその戦艦ル級は空母棲姫にとって考え無しに砲弾をばら撒く事しか考えていない粗暴な個体が多い戦艦種の中で雄々しい大砲を備えた剛力はもちろんの事、珍しいぐらいに賢い頭を持ち、さらに他の個体と共に外へと遊びに出かけるよりも自分の傍に控え付き従う事を選ぶ忠義の厚さがあったからこそ特別に目をかけていた個体だった。

 

 だから本来は鬼級(騎士)が成すべき支配領地(限定海域)守護(牽引)を果たせる者は居ないかと泊地棲姫(水鬼)から問われた空母棲姫は掛けられた思惟(問い)に返答を躊躇した戦艦棲姫を横目に自らの側近を推挙した。

 

 思い返せばあれが今の自分が不本意な遠征に至る原因だったと空母棲姫は今更な後悔を心中で疼かせながらもう一度、海面の向こうに浮かぶ月を見上げてその身を取り巻く生温い海水を揺らめかせるように舌打ちする。

 

・・・

 

 三体の姫級を含めた200隻近い大艦隊が住む(停泊する)泊地の姫の領地はただでさえ地球の動脈の上と言う深海棲艦にとって最上の住処となる立地。

 質と量は言うの及ばず強大と言う他ない力を内包する泊地棲姫(水鬼)の支配領域は並の深海棲艦では移動はおろかどれほど動力を振り絞ろうと小動もしないのは空母の姫にも分かっていた事である。

 だからこそ彼女は領地の外壁それもごく一部を長く引き延ばし目的の島ごと外海(外界)を我らが領地へと飲み込んでしまえば良いと鬼級が居なくとも可能な方策を自らの主人へと奏上した。

 

 それですらあの品は無いが力は有り余っている戦艦の姫ですら難しいのではないか、と思惟(呟き)を漏らす程の重労働ではあった。

 しかし、己の艦隊において無双の剛力を誇る黄色い炎をその身に宿す戦艦ならばやってのけると自信満々にル級フラッグシップの直接の上司たる空母は胸を張る。

 

 その強い思惟(推薦)に感心した純真な女王は空母棲姫から紹介され恭しく跪くル級へと艦隊を率いあの美しき島々を手に入れてみせよと命じた。

 

 だが、偉大なる支配者から与えられた栄誉ある役目を背負い意気揚々と海上に向かうその艦隊を送り出してやってから一日足らず、女王の領地を目的に島へと拡張する任に就いていたル級の反応が唐突に思惟一つ残さずに掻き消える。

 さらに続いて他の下位個体の思惟までもが次々に消えていく様子に泊地棲姫(水鬼)を自分の浮島(寝床)へと招待して歓待していた空母棲姫は遊び盛りの若い(緑目)個体ならまだしも愚直な忠誠心の塊であるあの戦艦ル級フラッグシップが女王から直接に受けた栄誉ある命令を放り出して遊びに出かけてしまったのかと驚き。

 

 生え抜きとは言え普通種にとっては重労働をやらせるのだからとかなり多めに随伴艦を付けてやったのに知らせも無く遊びに行くだけでなく思惟(気配)まで隠すと言うのか、これでは何のために戦艦の姫とその下僕達を差し置いて自らの艦隊からあの戦艦ル級を推薦したのか分からないではないか。

 そんなふうに部下が失態を晒したのだと思い込み憤慨した空母棲姫は主人と過ごしていた時間に水を差されて盛大に顔を顰めたくなった。

 

 とは言え自分のすぐ横で深海棲艦の群れ(艦隊)を眺めて無邪気に喜んでいる自らの女王に無様を晒すわけにはいかないと表面上はにこやかな笑みを浮かべ主に寄り添い。

 

 そして、配下の空母達が操る航空端末(戦闘機)の曲芸飛行や規律正しく黒い海を行進する艦隊が連発する花火(砲撃)など自分の来訪を歓迎する従者達が行う観艦式に目を輝かせ夢中になっている泊地の姫の様子を窺いながら空母棲姫は主人に聞こえない様に糸の様に細く絞った思惟を探知可能な範囲に居る海上の下僕へと繋げ。

 空母の姫は苛立たし気な思惟を込め勝手に遊びに出かけた(遠征に出た)連中を連れ戻せと遠く離れた場所にいる下僕達へと命令しようとした。

 

 しかし、海上にいる下僕達は何者かと戦闘を始めていたらしく飛び交う思惟は今までになく乱雑で聞き取るのにすら苦労する程の状態。

 ひどく興奮した様子で“仇討ち”“道理に従え”と騒ぐ深海棲艦達の思惟(喧騒)は小さく出力を絞ってしまった上位者の通信に気付く事は無く。

 

 そうしている間にも一隻、また一隻と痛み(損傷)を訴える思惟(悲鳴)上げては海上にいる下僕の気配(反応)が消えていく様子に空母棲姫は十分過ぎる程の戦力を与えて送り出した艦隊が正体不明の敵によって多大な損害を受けているのだと遅ればせながらに理解した。

 

 そう、その時点で海上の艦隊に明らかな異常が発生している事を空母の姫は理解していた。

 

 だが、それと同時に自分達の最上位者である女王へと策を申し出たのは自分であり、おまけに自信満々に推薦した艦隊も自らの配下達の中でも選りすぐった者が大半であった為に作戦の失敗がほぼ全て自分の恥となる事にも気付いしまっていた。

 そして、いくら手強い敵が相手であろうと自分の近衛艦である(信頼する)戦艦ル級が轟沈した等と露程にも思っていなかった空母棲姫は海上で愚直に戦闘を続けている従者達の数が徐々に減っていく様子に苛立ちながらも我らが女王(泊地)から大役を命じられたと言うのに全くもってあの黄色い目(フラッグシップ)の戦艦ル級は何をやっているのかと内心でひどく憤慨して海上の艦隊に思惟を投げる。

 

 まさか無様に気絶でもしているのではあるまいな、そのように空母棲姫は表立って思惟を放たず(大声を上げず)に何度も小さな通信出力で呼び出しを繰り返し。

 目的の島への侵攻を命じられた艦隊が出発してから二日と半日が過ぎた頃やっと繋がった思惟(通信)は何故か呼び掛け続けていたル級フラッグシップではなく一隻の駆逐艦からの返答だった。

 

 あまりにも返事が遅い上に随伴艦に返信をさせる等とは、と舌打ちしつつこれで万が一にも作戦をしくじりおめおめと帰って来たならば艦首(おでこ)がへこむ程の蹴りをル級にお見舞いしてやると澄まし顔の裏側で心に決めていた空母の姫は細い思惟の糸(通信回線)を辿って駆逐イ級が送ってきたイメージ(記録映像)を読み取ってから程なくしてぎょっと驚きに目を見開く。

 

 その原因は最も長く自分に仕えていた黄色い灯をその身に宿す近衛艦(戦艦ル級)が奇妙な力を使う下位個体の出来損ない(駆逐艦より小さい空母)に撃沈されると言う信じがたい光景。

 

 戦艦ル級フラッグシップを筆頭に過剰と思えるほどの戦力を与えたのだから目標の島にいる数だけが取り柄の小虫など物の数などではない。

 そう高を括っていた空母棲姫の予想を裏切り、海上から思惟(映像)を送って来た駆逐艦の目と記憶が正常ならば彼女の側近が早々に討ち死にしただけでなく随伴していた艦隊も今では連携を維持できない程の壊滅的な打撃を受けているのだと言う。

 

 そして、元々の生まれは(所属は)戦艦棲姫の配下であるが目的の島を発見した手柄によって女王から栄誉ある勅命を受け色鮮やかなる島々へ侵攻する艦隊の一隻(一員)なった緑目の駆逐イ級が送って来た銀色の線でズタズタに切り裂かれた戦艦の姿が信じられず驚愕を顔に浮かべ硬直した空母棲姫は直後に自分の真横で膨れ上がった憤怒の炎に顔色を真っ青にする事となった。

 

 私の所有物(下僕達)がそのような矮小極まる欠陥品によって撃沈された?

 

 人間の言葉にすればそんな意味になる思惟(怒り)が白い(かお)に開いた紅い炎が揺れる瞳から溢れ出し、頭上の白角の冠(大型電探)で海上から空母棲姫へと送られてきた思惟(報告)を横から奪う様に読み取った泊地棲姫が歯軋りする。

 

 刹那、空母棲姫が自身の寝床として使っている浮島が真っ二つになり、それでも収まらない余波によって巨大な爪で引っ掻かれた様に五本の深い溝が黒い海原に刻まれ。

 広大な領地の主である泊地棲姫の暴挙によって巨大な海水の谷と化した割れ目へと雪崩落ちていく下僕達の悲鳴に震えあがりもう一度腕を振るおうとしている偉大なる女王に抱き着き空母棲姫は必死に宥めすかし。

 癇癪を起した泊地の姫へとまずは海上から艦隊を呼び戻し事情を問い質すべきと進言した事でかつては自らの領地の玉座であった宝石の原石と黒鉄を混ぜ合わせ造られた浮島を粉々にされる事だけは免れた。

 

 そして、ある程度は落ち着いたとは言えあからさまに機嫌が悪くなった女王の様子に戦々恐々としながら空母の姫は不本意ながらも取り急ぎ戦艦の姫に協力を求めて黒い海の海溝に呑まれた配下達の引き上げ作業と同時進行で海上の物を領地へと引き込む黒い渦を造り出し侵攻艦隊の残存を回収する。

 

 その半日近く使った作業が終わり、弾薬と燃料を損耗しただけでなく大半の個体がひどく損傷している艦隊を泊地棲姫(水鬼)水晶の島(玉座)の前に平伏させ三体の姫達が海上で何が起こったのかを問い質せば目的の島から奇妙な力を持つ下位個体が現われ襲い掛かって来たと下僕達はひどく恐縮しながら記憶の中の景色と共に思惟(報告)を始め。

 

 それはフラッグシップに匹敵する霊力の質をその身に内包すると言うのに体躯は駆逐イ級の数分の一しかなく、その身に纏う装甲はこちらと比べるのもおこがましい程に貧弱な薄板程度であるのにあまりにも早い速力のせいで攻撃がかすりもしない。

 さらに駆逐艦、潜水艦、空母と変幻自在に艦種を切り替えながら戦うその姿は深海棲艦である姫達にとって奇妙であると同時に途方もなく卑怯、言うなれば存在そのものを否定したくなる醜悪な欠陥品に見えた。

 

 力を持つ者はそれにふさわしい大きさと(艦種)を持たねばならない、高い霊力の資質は自ずと相応しい(階級)となってその在り方を定めるものである。

 なのにその奇妙な個体共(艦娘達)は深海棲艦達にとって常識とも言うべき魂に刻まれた道理(本能)に真っ向から反する様に己の力と大きさを偽り、卑劣な搦め手を労し、逃げ隠れを繰り返しては弱った相手を狙う。

 それは深海の姫達にとっては見るに堪えない異質な欠陥品と言う他に形容の仕方が分からない存在であり、そんな下手人にいい様に弄ばれた目の前の下僕達があまりにも情けなく感じた戦艦と空母の姫は自艦隊の汚点とすら感じる手負いの群れを冷たく見下ろして不用品は処分せねばならぬと思惟を漏らした。

 

 深海棲艦の基準においてではあるが、内側に秘める質はともかくとして明らかに自分達よりも小さい敵(弱者)に打ちのめされた深海棲艦達は弁明も出来きない様子で二隻の姫が下した判決に震えながらも首を垂れて大人しく支配者による処分の宣言を待つ。

 だが、上位者からの処刑を覚悟していた群れは次の瞬間に自分達を取り巻いた癒しの力に驚きそれぞれの目を瞬かせて恐る恐る水晶の玉座に座る女王の様子を窺った。

 

 侵攻に参加していなかった普通種だけでなく空母と戦艦の姫も揃って奇妙な能力を持ってはいるが明らかに自分達よりも劣る欠陥品それもたった一隻に見える相手に無様な敗退を喫した弱者共へと何故情けをかける必要があるのかと問いたそうな表情を泊地の姫へと向け。

 

 外海(外界)から未知の知識(情報)を持ち帰った者達には褒美を与えねばならない。

 

 酷く不機嫌そうにその思惟を全ての配下へと宣言した泊地の姫は海上から戻った群れの中で最も格の高い軽空母へと船体の修復後に罰として他の生き残りと共に本艦隊の末席(閑職)に降格せよ命じる。

 そして、白亜のドレスを纏う偉大なる姫の温情に平たい円盤の頭が海面に沈むほど平伏した軽空母ヌ級達が感動に咽ぶ思惟(泣き声)を漏らす様子を横目に女王の傍仕えである姫級深海棲艦は主人が決めた事ならばと上位者の命令が絶対であると言う深海棲艦の掟に従いそれ以上の思惟(進言)は余計な事であると考えかけ。

 

 我が所有物を奪い壊した道理知らずを処断する為に自ら打って出る。

 

 そう高らかに響いた鬼級(騎士)勇ましい(直情的な)性質を併せ持つ女王の思惟に空母と戦艦だけでなくその広大な限定海域に住む全ての深海棲艦達が騒然となった。

 

 それは非常にマズイ、それだけは女王の意志に反してでも御止めせねばならない。

 

 普段はお互いをライバル視して泊地棲姫の傍に侍るナンバー2(正室)の座を争っている二隻の姫級が泡を食った顔をしながら玉座の前に跪いてなりふり構わずその脚に縋り“それだけはご勘弁ください”とぴったりと息を揃えて懇願する。

 

 姫級深海棲艦が造り出す限定海域において領主たる存在は黒い海原と輝く天井を支える主柱とも言うべきものである事を本能的に知っている彼女達にとって自分達を含めた艦隊全てと比べても尊い御方と言い切れる貴種がよりにもよって普通種の下僕を多少失った程度の理由で敵艦を討伐する為に自ら出陣するなど到底認められる事ではなかった。

 

 しかし、“姫が居なくなれば領地が荒れてしまいます”そう必死に訴える二隻の姫級に泊地棲姫(水鬼)は事も無げに“姫ならばここに二隻もいるではないか”と信頼の篭った思惟をいつも甲斐甲斐しく世話をしてくれる自らの侍従達へと向けその二隻の顔を引きつらせ。

 この領地が明らかに自分達の許容量を大きく上回る広大さである事を身を以て知っている空母と戦艦はその頭の内側に圧縮空間の重みに潰されながら霊力の循環を滞らせて大嵐となった海原とその中で群れ(艦隊)ごと木の葉の様に黒波に呑まれる自分達の姿を想像し震えあがりますます命乞いする様な必死さで泊地棲姫に縋りつく。

 

 そんな空母と戦艦の姿にまさか自分の思惟(一言)がそこまで従者達を恐れ悲しませるとは思っていなかった泊地の姫は戸惑いながらも、しかし、変わらず自分の従者達(所有物)を壊した不届き者への敵意を疼かせ。

 

 あの様な醜い欠陥品は自分の手で捻り潰さねば気が済まない、と幼い子供の様な思惟(言い分)と共に不満げに口を尖らせた。

 

 上位者である女王(泊地)の意志は絶対であるがそうなったら領地に残った自分達の命が危ない、かと言って命惜しさに領地から逃げ出せばこの豊かな霊力に満ちた至高の主人だけでなく最高の住処まで失ってしまう。

 理不尽に巨大な津波の前に放り出された様な気分となった空母棲姫が横目に戦艦棲姫の様子を窺い紅い視線同士を交わらせると“お前は私よりも小賢しさだけは優れているのだから何か主を説得できる妙案を出せ”と勝手な思惟(要求)が返ってきた事で艶やかな白髪の隙間に見える額に青筋を浮かんだ。

 

 お互いの上下争いはまだ決していないが女王の下で義姉妹(同盟艦隊)となった事は認めている黒角戦艦の問題を丸投げしてくる様な思惟に相手の顔面に己の鉄靴を叩き込んでやりたくて仕方なくなった空母棲姫ではあったがそんな事をして無駄な時間を使えば艦隊全体が危ないと自らの自制心を最大まで働かせて必死に思考を巡らせ。

 

 失態を犯したのは我が配下であり方策を立てたのも私であり、だからこそ汚名を返上する為に私自らかの欠陥品を捕らえ献上致します、そして、その後に女王自らの手でその下手人を如何様にも処分して頂きたく願います、と空母の姫は平身低頭で願う。

 

 そんな空母棲姫が誠心誠意を込めて平伏す姿に泊地棲姫は少し渋る様な表情を見せたものの普段から群れの規律に関して少し口うるさいがそれが気にならない程に良く気が利く賢臣が言うならばと自らの出征を思い留まる事を認めた。

 

・・・

 

 自分の配下を貸してやっても良い。

 

 遠征に備えて空母棲姫が限定海域の出口である内側と外界を隔てる壁の前で随伴艦の編成を行っていた際に現われ代案一つ出さなかったクセに自分に今回の問題を全て押し付けた戦艦棲姫の偉そうな態度と思惟(物言い)に白髪の姫はビンタで返事を返す。

 しかし、不可視の障壁にヒビが入る程強く自分の頬を叩いた黒鉄のロンググローブに包まれた手を掴み黒髪の姫は勝気な笑みを浮かべて空母棲姫を身体ごと引き寄せて無遠慮にその唇を奪う。

 そして、手柄を立てて帰って来たなら労いとしていつもより可愛がってやる、とまるで自分が(上位)であるかの様に尊大な思惟を触れ合った肌に染み込ませてきた戦艦の身体を空母棲姫は顔を真っ赤にして突き飛ばし睨みつけて追い払った。

 

 威嚇しても逆にそれが楽しいとでも言う様に不敵に笑い“面倒事はさっさと終わらせて帰ってこい”と宣う戦艦棲姫。

 

 自分が遠征艦隊を率いる原因を思い出していた空母棲姫は少し前に同盟相手と交わしたやり取りまで思い出してしまい。

 己の群れ(自艦隊)の汚名を返上した後にしっかりと戦艦の姫に自分の方が姉である事を知らしめてやる、と忌々しそうに歯軋りしながら海面を突き破った。

 

 水飛沫を昏い霊力によって編まれた障壁で弾き飛ばしながら咆哮と共に空母棲姫の身体から瑠璃色に煌めく幻想世界(神秘の再現)がさらに広がっていく。

 

 全く以てあれの品の無さは度し難い、肌を見せつけ徒に下僕を欲情させては所かまわず腕試し(相撲)をしては気に入った相手を抱くだけなら別の派閥の事情として放置できる。

 だが、戦艦棲姫がその放蕩癖を自分にまで向けてくる事に空母棲姫はほとほと呆れていた。

 

 とは言え、純粋無垢でそれ故になんにでも興味を持つ泊地棲姫(水鬼)がそのマネをしようとした時には原因である痴女に爆弾を抱えた大量の飛行端末(爆撃機)にけしかけた事はあるが本気で戦艦棲姫を亡き者にしたいとは空母棲姫も思ってはいない。

 

 今の領地で合流するまで彼女は自分と同じ格を持つ深海棲艦と出会った事は無く、だからこそそれまでに思惟()を交わしてきた格下の同族とは一線を画す質と力を持った姫級との交流は彼女にとって今までにない心地良さがあったからである。

 

 しかし、あれと思惟だけでなく肌を交わす事そのものは嫌ではないがどうにもそのやり方に品が無いのは癪に障る。

 

 黒いセーラー服と両手両足の装甲、そして、海面に直立しても毛先が海の中で揺らめく程長い白髪から海水を滴らせ空母の姫は従えていた艦隊の輸送艦に命じて海底の限定海域から運ばせてきた資材を解放する様に命じた。

 

 思惟の交わりは自らの群れの大きさを実感する充実と安心に微睡む様に揺蕩う事こそが醍醐味。

 だと言うのに大切な白い肌が腫れるだけに止まらず身体の節々()まで痛くなる程に絡み合うのは刺激的だが私の好みではないし我らが女王まで同じ事をし始めたらたまったものではない。

 

 とてもではないが泊地の姫が相手では蹴り飛ばして止めさせると言うわけにもいかない、とは言えあの風情を知らず品も無い戦艦の姫と言えど女王を相手にいつもの傍若無人さは見せず多少は大人しくなるのだから最悪な事にはならないだろう、と考えながら空母の姫は自分の身体から放出する瑠璃色の霊力と海中に放出された大量の資材を混ぜ合わせる。

 

 その場に人間が居たのなら耳を塞ぎ不快感にのたうち回るだろう金切り音が海中で響きながら黒いイバラの様な金属の棘が空母棲姫を取り囲む様に突き出し真夜中の海面へと広がっていく。

 月下の海面に広がるイバラは幾重にも重なり岩礁の様に波を遮り水飛沫を弾けさせ、海面下から様々な艦種の十数、いや、数十の深海棲艦が浮上したと同時に空母棲姫が造り出した急造の玉座が海中で根を生やす様に鎖の様なツタを生やして海底に這う異空間へとその突端を繋いだ。

 

 全ては我が主の命を叶える為に。

 

 暗闇の中で光に揺らめく宝石の原石の色に染まっていく海とその中心となっている黒鉄の玉座に深く腰かけて重厚な鋼の装甲に包まれた両脚を組んだ空母棲姫が手を振るう。

 すると巨大な金属の塊となったイバラの岩礁がゆっくりとだが確実に姫級深海棲艦の指し示した方向へと前進を始め、その巨大な玉座に付き従う深海棲艦達がそれぞれの身体から鎖と錨(アンカー)を投射し、海底の限定海域と屈強な鋼鉄の臍の緒で繋がった空母棲姫とその玉座(海上航空基地)を牽引し航行を手助けする。

 そして、空母の姫は月光で白くきらめく髪を騒めかせ紅いオーラを纏う身体から放出している瑠璃色の波動に強く威圧の意を込めた思惟を乗せ、真っ直ぐに水平線の向こうにあるだろう島々を目掛けて霊力の波を放った。

 

 女王の求める色鮮やかな島を蝕む下賤な小虫共、首を垂れ平伏すならばその血肉を資材として我らに役立てる栄誉を授けよう。

 

 数日前に自分の主が放った規模と比べれば些か見劣りするが内容事態はほとんど同じく人の言葉にするならば大仰にして高慢な思惟(威圧)を敵対者へと叩きつけた空母は澄まし顔で造ったばかりの玉座のひじ掛けに頬杖を突く。

 だが、その表情は放った自分の波動がまるで受け流される様に散らされた気配で歪み、口元と眉間に刻まれたシワの深さがその不快感を如実に示す。

 それは下位個体と言うにもあまりに小さく取るに足らない質と力しか持たない小虫(弱者)の群れが誰が見ても圧倒的な上位者である自分の発した思惟を不遜にも拒絶したと言う事であると空母棲姫は受け取った。

 

 ならば最早、無駄なくその身を糧としてやるなどと言う慈悲の心は必要ない。

 

 女王に献上する島を傷付けない事とあの奇妙な欠陥品を捕らえると言うのは少々面倒ではあるが下賤な虫共だけは一匹残らず島の隅々からほじくり出し挽き潰さねば、と決心して両の瞳から紅い炎を溢れさせて黒鉄の艦隊と瑠璃色の海域を従える姫は前衛艦隊へと進撃を命じた。

 




 
提督、緊急事態です!

ハワイ沖北東の哨戒ライン上で有力な敵機動部隊の接近が発見されました。
敵機動部隊は数群に分かれており、空襲による強襲を図っている可能性が高いと思われます。

作戦行動可能な艦娘は、指揮官に従い直ちに緊急抜錨!

また、真珠湾軍港に停泊中の通常艦船も防空の任にあたられたし!
当方の重要拠点であるハワイ諸島への敵機の跳梁を許すな!

総員、緊急出撃せよ!




2020/2/24 少しだけ改稿しました。
 


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第百二十一話

 
今週、私は「土曜の23時59分までならまだ週一投稿だから大丈夫、間に合う!」と自分に言い聞かせながら生きていました。

それもこれも先週の土曜日に仕上げようとしていた話を投稿予約寸前に読み直し「なんかこれ状況説明ばっかりで面白くなくない?」と呟き一万文字以上を一括削除した馬鹿のせいです。

要約すると全部プロットさんが面白いあらすじを書いてくれていなかったのが原因だからマサンナナイは悪くない。
 


 まるで火で炙られているかの様に揺らめく星空、激しく連続する砲声が赤く燃え盛る火球の群れを夜空に打ち出し、不自然な青く光る海面を立て続けに叩いてペンキの様に粘度の高い水が柱を作る。

 砲撃を行った巨大な影がそれぞれの目から火の様に揺らめく眼光を着弾点に注ぎ、妖しく瑠璃色の光を揺らめかせる海上に自分達が放つ力と明らかに異なる輝きを見た黒鉄の怪物たちが怒りに満ちた咆哮を口々に上げ。

 低く大気を震わせる遠吠え(汽笛)が数キロ離れた場所に走る14mの人影を取り囲む様に響き、再びそれぞれの船体に備える主砲へと次弾の装填を開始した生物と機械を混ぜた様な異形の艦隊の目の前でフラッシュライトの様に人影が強く短く繰り返し輝く。

 

 たった一隻、それも粒の様に小さい砲弾を撃つしか能がない、こちらの群れ(艦隊)の中で最も小さい個体よりもさらに小さい出来損ないを相手に何故ここまで手こずらされなければならないのか、と。

 

 思い通りにならない敵の姿に黄色いオーラを体中から溢れさせる深海棲艦、人間側には軽巡ツ級と呼称される人型と言うにはあまりにアンバランスな大きさを持つ両腕に備えた怪物は自らの対空砲と主砲に僚艦の誰よりも早く砲弾を押し込み目障りな発光を繰り返す敵を撃つ。

 しかし、連発された火砲の轟きが叩いたのは闇の中で光っては消える残像だけで夜闇に溶ける様な黒い三つ編みと布地をはためかせる少女には掠りもせず。

 

 妖しく光る瑠璃色の海を走る小柄な影は海面に立つ水柱をまるで便利な隠れ蓑の様に使って高い波がうねる海を駆け抜ける。

 

 空を飛び回るもっと早い的を撃ち落とせる自分が何故あんな出来損ない一隻に手こずっているのか、と胸中で愚痴を漏らすがかと言って彼女自身が自ら実力を疑う事は無く。

 それ故にその深海棲艦は今戦っている小さな敵が自分よりも優れた力を持った強い敵であるかもしれない可能性が頭の端にすら浮かばない。

 

 これでは偉大なる泊地の姫から下賜して戴いた力の結晶を無駄に消費させてしまうばかり、それだけでなくこの戦いは空母の姫のお膳立てまで戴いている。

 

 だと言うのに旗艦(自分)ばかりを働かせて随伴共は居眠りでもしているのか!

 

 そんな酷く個人的な事情を含めた荒々しい思惟(一喝)を自分よりも砲撃の遅い随伴艦(従者達)に向かって旗艦であるツ級が放った直後、その深海棲艦の頭をすっぽりと包む黒鉄の兜に鋭く風を切り裂いて光り輝く砲弾が突き刺さり激しい衝撃と共に装甲が鉄片を海に散らす。

 頭ごと脳を揺らす激しい衝撃に戸惑った対空を得意とする軽巡は割れた頭部の穴から黄色い気炎を揺らめかせ、数秒の混乱を経て自分が敵の攻撃を受けて頭部を損傷させられたという事実に辿り着く。

 そして、ひび割れた鉄兜の中で対空戦闘特化型の軽巡はこれ以上ない程の怒りと共に咆哮し、直接の上位者である空母の姫から命じられた使命(敵艦の拿捕)を完全に忘れ。

 

 こちらの力と体格の差に怖気づいて闇に紛れて逃げ回っているとしか思えない恥知らずな敵を必ず殺してやると体に纏っていた黄色いオーラをまるで業火の様に溢れさせた。

 

《もしかして、狙い易くしてくれたのかな?》

 

 海の上を照らす様に咲いた黄色い華炎の中心で空高くに漂う白雲の向こうも見通す事を可能とする軽巡ツ級の対空電探の感度が最大まで高められ、即座に夜闇の向こうに見付けた耳障りな鳴き声と影に向かって左右の巨腕が勢い良く突き出される。

 腕に装備された長射程を誇る四基の連装砲へと急速にエネルギーが充填され砲身から獣の鼻息にも見える湯気がちらつき、今度こそ直撃させてやる、と。

 産まれた時(建造された時)から盲目でありながらあらゆる物体の波長を捉える優れた感覚(高性能電探)で全ての的を射貫いてきた深海のスナイパーが照準を完了させる直前。

 

 星明りを浴びて薄っすらと光る蛍光塗料の様な海の下を数本の泡の線が走り抜け、黄色い炎を纏う装甲靴で包まれた深海棲艦の長い脚と接触した魚雷がその内部に詰め込まれた爆発力を開放した。

 

 一発目を追う様に二発目、三発目が連続して炸裂し、敵が放った魚雷の爆発にツ級の巨体を守っていた不可視の障壁が砕かれ下から上へ這い上がる様に船体の表面に無数のヒビが走り、薄布に見えて下手な鋼板よりも高い硬度を誇る鋭角の船底(ブーツ)物理装甲(ストッキング)が弾け。

 

 三連続の爆発が軽巡ツ級から推進力と障壁装甲を文字通り打ち砕く。

 

 自らの脚が砕け散ると言う今までに経験がない程の激痛に晒されながらも何とか意識を保った深海棲艦は不愉快ながら自分が敵の放った魚雷を受けたと理解する。

 だが、自分の数分の一しかない弱者に無視できない損害を与えられた屈辱に震えながらも海面に手を突いてまだ自分の攻撃能力(主砲と魚雷)は健在である事を思い知らせてやる、と気丈に上体を起こし自分が感知した敵の位置情報と攻撃命令をまとめて随伴艦へと伝えようとしたツ級は自分へと向けられている連装砲の砲口に黒く虚ろな瞳と見つめ合ったかの様な錯覚を起こす。

 

《冗談さ、提督》

 

 距離としては数十m、回避と防御(脚と服)の機能を失ってもなお大きさでは敵対者(艦娘)を上回るツ級の巨体にとっては目と鼻の先。

 

 揺らめく月明かりの下で艶黒の三つ編みを振るわせ唸りを上げる二軸の光の渦(スクリュー)に押されながら波の上で身体を斜めに傾け横滑り(スライディング)する駆逐艦娘が不安定な姿勢であるにも関わらず真っ直ぐに損傷した軽巡ツ級の頭部へと照準した12.7cm連装砲を咆哮させる。

 

《うん、分かってる・・・早くここから脱出しよう!》

 

 二連続する砲声が狙いすまして一時的に防御障壁を失っていた深海棲艦の損傷個所を撃ち抜き、激しい閃光と共にツ級の生命維持に必要な主要部分(バイタルパート)の一つである艦橋(頭部)が弾け飛び。

 ゆっくりと横へ傾げて倒れていく深海棲艦が真横を駆け抜けていく駆逐艦娘へと伸ばしていた腕が波の上に落ち、水飛沫と共に絶命したその巨体が分解を始め。

 連鎖的に壊れていくツ級の利き腕の内部から零れ落ちた光り輝く水晶(女王から賜った宝物)を追いかける様に黒い血が昏い霊力へと解けて海の底に沈んでいく。

 

・・・

 

 今までに経験がないと言って良いぐらいに状況は悪い、それこそ最悪と言って良い程かもしれない。

 

 深海棲艦にとってはこちら側の事情など知った事じゃないのは百も承知だったがそれにしたって真夜中の三時に警報で叩き起こされ気付けば奇妙な色に染まっていた海へと出撃しなければならくなった立場としては「たまったものじゃない」と文句の一つも吐きたくなる。

 

「吐いたところで意味なんか無いのは分かっているけれどっ」

「ゴミ袋なら手元にあるでしょ! 前方2500に敵艦! 軽巡級よ!!」

「そう言う意味じゃないんだが・・・」

 

 輝く砲弾を撃ちながら海を駆けている時雨の戦闘補助に掛かり切りになっている矢矧の容赦の無い声を跳ね返す様に言い放っては見たものの内心ではそういう意味でも吐きたくはあるのが俺の実情だった。

 

「提督! 今ので弾薬使い切ったわよ!!」

「燃料の再変換はするの!?」

 

 しかし、頭の中でどれだけ不平不満を叫んだところで非情な現実と言うのは俺達を避けて通り過ぎてくれない。

 さらには容赦なく叢雲の切迫した声とコンソールに表示されている10本の線が並ぶメーターが俺に向かって時雨が砲弾や魚雷に使える霊力が底を突いた事を教えた。

 

「今は弾薬より速力の維持が優先、交代する暇も無い! 時雨は回避しながら接近! こういう戦い方はやりたくないって言うのにっ」

「だから、こういう時にそれを選べる提督の判断は信頼出来るのよ」

 

 こんな誰が見ても逆境と分かる状況の中で勝気に笑える君達がいなければ泣いて命乞いしてるだろうさ、と肩越しに微笑みを見せる矢矧の背中に向かって胸中で呟いてから戦闘と並行して窮地を脱する方法を模索して必死に頭を働かせる。

 そんな俺の手元では今の時雨が使える弾薬は0になっており燃料(推進力)残量を知らせるゲージの方も残すところ目盛り四本だけ、なのに前方には門番の様に立ち塞がる巨大な三つ顎の深海棲艦が歪な身体中から赤い灯を溢れさせて巨大な連装砲をこちらに照準している。

 

《あっちも退いてくれそうにないんだから仕方ないよね!》

 

 これから起こる事に胃が引きつりそうになるのを堪えながら目の前のレバーを引き、砲雷撃戦と表示されているパネルを格闘戦に入れ替えたと同時に俺達がいる艦橋の外側で金属が唸り巨大な機械仕掛けが重苦しい音を立て。

 最高速度とエネルギー効率を優先する云わば長距離型と言える姿から燃料の消費が増える代わりに瞬間的な加速と旋回を可能としてさらにリソース(霊力)を気にせず連発できる駆逐艦娘特有の兵装を展開できる短距離型へと性能を変化させ。

 

《時雨、・・・突撃するよっ!》

 

 白襟が向かい風に激しく閃く肩越しに突き出してきたL字の取っ手を背中の艤装から引き抜いた時雨の身体が弾かれた様に急加速する。

 

「だが撃破の必要はぐぃっ! 無力化できれ、ぅぎゅ!」

「提督は変な声出さないで! なんで、もうちょっとだけ恰好良いままでいてくれないのかしらっ

 

 一転して不機嫌な調子で酷な注文を付けてくる矢矧の声と爆音だけで心臓が潰れそうだと思える程の砲声に歯を食いしばって耐えはしたものの俺の口からは潰れたカエルの様な呻きが零れ、ただ必死に指揮席にしがみ付き反復横跳びの様に身体を左右に振って夜闇の荒海を跳ねる時雨の回避運動に振り回される。

 控えめに言っても耐G訓練並みの慣性に苦しめられている俺が横目にした艦橋を球状に包む全周囲モニターの左右、燃えるマグマを固めた様な砲弾が次々に赤い残像を残して通り過ぎてはるか後方で水蒸気爆発が海面を弾けさせた。

 

《全部外れだよ、残念だったね》

 

 まともな人間なら近くで見ただけで腰を抜かすだろう巨大な白い牙が並ぶ黒鉄の顎。

 

 赤い炎の様なオーラを纏った三つ首の軽巡であるト級の砲撃を全て避け切った時雨がすれ違いざまにまるで世間話をするような気軽さで下手な護衛艦よりもデカい怪物の横っ面へと腕を振りかぶる。

 瞬間、重苦しい撃鉄がせり上がる音と同時に黒い指抜きグローブを付けた右手が握るソレが鉄の塊へと突き出され、時速にして390knotの重みを相手へ押し付ける様に引き金が引かれた。

 

 正直に言えば普段は12.7cm口径の艦載砲として時雨の背部艤装に収まっている武装が何をどう間違えばそんな形に変形するのか未だに理解できない。

 だが、そのL字の取っ手に備え付けられているトリガーが押し込まれた結果は何度も時雨がそれを振るう姿を見てきたおかげで目を閉じていても分かる。

 

 それ(・・)の形状は言うなれば全長6mの雨傘。

 

 時雨の指によって安全装置を解除された鋼の傘が開かれていく。

 

 そして、無数の割れ目からのぞく内部機構で撃鉄を打つ衝撃が連鎖し増幅を繰り返し、共振する六角形に広がった金属の花びらの一枚一枚から雨傘の先端にある石突に向かって暴力的な破壊力が流し込まれる。

 金属の花びらを畳んだ蕾にも見える円錐の短槍がまるで金管楽器の様な音色を高らかに響かせた。

 

「軽巡ト級損傷、でもまだ戦えるみたいよ! トドメは!?」

「さっきも言った、足は止めない! 手負いに構うな!」

 

 身長が14m近くまで巨大化しているとは言え時雨の体格は元の少女のままだと言うのにその細腕と雨傘が放った直接攻撃はまるで巨人の拳と言っても過言ではない威力となる。

 真横から時雨が放った攻撃によって身体の半分以上を潰されながらも駆逐艦娘に追いすがろうと反転しようとしている深海棲艦を置き去りにして俺はコンソール上のセンサー系や海図へと視線を向けて頭の中にしかない妖精の落書きと照らし合わせる作業に戻った。

 

 約一週間前、裏で日米両国高官によるきな臭い交渉が行われている事を除けば順調に行われていた国際軍事演習の最中、ハワイ北東から放たれた強力なマナ粒子の波と海の底から現れた深海棲艦の艦隊による侵攻によって世界から孤立したハワイ諸島。

 そんな南の島からの脱出ではなく米軍からの半強制的な防衛作戦への協力要請を受け入れた時点で攻める側である深海棲艦の都合に苦しめられる事は分かっていた。

 

 深海棲艦は人間とは全く違う生態を持った未知の生物群であり、ただでさえ機械か生物かも分からない歪な姿を持ち、科学と言うより魔法と言った方がぴったりくる災害の様な能力を振るう。

 その生態観察を行った研究者がいない為に断言はできない、しかし、昼夜に対する反応も大凡(おおよそ)の生物と異なるのではないか、と深海棲艦が夜行性か昼行性であるかの議論が鎮守府の研究室で大真面目に繰り返されている程である。

 

 どうでも良い事を思い出し、そもそも既存の生物との共通点が無さすぎる深海棲艦に睡眠というモノが必要なのか、と頭の中で何気なく呟けば俺の脳裏にクレヨンで書いた様な赤い渦巻きと点々の太陽が見下ろすどこかの浜辺で日向ぼっこするアザラシの様に寝転がっている駆逐ロ級とそれを抱き枕の様にしている重巡リ級の姿が過った。

 

そんな事聞いたつもりはないし、そもそも今はそれどころじゃないんですよっ

《提督何か言った?》

「何でもない、これでやっと包囲からは抜けられ・・・たが! くそっ!」

 

 ハッキリ言って深海棲艦が昼寝をすると言うクソどうでも良い情報を教えられたところで今の俺達には何の役にも立たないどころか一瞬の油断すら許されない状況でこちらの集中力を削ぐ様な真似をする妖精に苛立つ。

 最近、鎮守府の文字通り縁の下で艦娘達のバックアップを行っている猫吊るし(刀堂博士)が本当に俺達の味方なのか疑わしくて仕方がない。

 

「今度はどうしたって言うの!?」

「包囲は抜けられたが今度は魚雷が来たっ! 多い、ソナーは!?」

 

 軽巡ト級をやり過ごしてから一息吐く暇も無く俺の視界をいっぱいにしたのは複数の潜水艦型深海棲艦、わかめの様に蠢く髪に包まれた上半身と腕しかない怪談話の中の妖怪の様な姿を持つ怪物が槍衾を作るかの様に次々と魚雷を放つ様子が俺の脳内に居座っている妖精がペンを走らせ描いたらしい漫画が広げられ。

 俺の目の前が血に飢えたサメの様な(デフォルメされた)顔を付けた魚雷の群れが海中を走る様子と海面の下から時雨の後ろ姿を見上げる構図がインクの線で記されたページで塞がれる。

 

「それは後方の! 夕張と雪風は見えてる!?」

「これってそうなの!? 波状に広がってるからゴーストでしょ!? 潜水艦の影も無いのよ!」

「いえっ、雪風達を追いかけてきてる様に見えます、司令(しれぇ)の言う通り魚雷です!」

 

 現在この海域に満ちる強力な力場、嵐の様に荒立つ海面を蛍光塗料の様に夜闇に浮かび上がりながらも暗い洞窟の壁にも見える正体不明の姫級深海棲艦の放つ霊力で深い青に染まった海のせいで手元のコンソールを見ても言われなければ分からない程度の陰影でしか分からない魚雷の群れ。

 そんな艦橋での索敵が通常時の半分以下の精度となっているからこそ俺達にとって致命打に成り得る危険な情報を猫吊るし(刀堂博士)優先的に(無理やり)俺に知らせてくれたのだろう。

 

 ・・・が、それでこっちの前が見えなくなったら本末転倒じゃないか!と視界の端っこにいる小人へ向かって叫びそうになったツッコミを奥歯で噛み潰す。

 

「でも爆雷も無しにこんなにたくさんの魚雷なんて迎撃出来ないわよー!」

「転舵する! 合図をしたら時雨は面舵いっぱい! 総員急制動に注意!」

《うんっ、分かった!》

 

 指揮席の後ろで悲鳴を上げる夕張に心の底から同意しつつ細い糸を手繰る様に頭の中で手持ちの情報を組み合わせて時雨へと指示を飛ばし、俺が彼女の視界に表示されている海図に針路を書き込めば疑う事無く黒いセーラ服が嵐の様な海を切る様に白波の弧を刻む。

 座席に押さえつけられるような感覚の次に俺達を包んだのは奇妙な浮遊感、僅かに自分達の身体が軽くなったような錯覚に向かって突き進めば正面モニターに数秒前には存在しなかった壁の様にそびえる巨大な津波が突然に現れた。

 

「って、前!? 津波ぃ、なんでぇー!?」

「時雨!! あれを登ってくれ!」

 

 手すりにしがみ付き明るい水色の髪を振り乱し悲鳴を上げる五月雨や絶句している他のメンバーには本当に悪いと思ってはいるがここで立ち止まればそれこそ後方の魚雷と前方の大波に挟まれて全滅することになる。

 

「ふんっ、奇怪な、あれが5mの波だと? 時雨の電探は正常に機能しているのか?」

 

 巨大な海水の壁を前に激しく揺る艦橋で唯一焦りとは無縁とでもいう様な泰然とした態度を保つ駆逐艦娘、磯風が目の前のレーダー表示へと憮然としたセリフを吐き。

 

「後方魚雷群、勝手に誘爆し始めました司令(しれー)!!」

「まさか、また空間が捻じれてるって事!? 提督はどうやったら私達より先に気付けるのよっ!」

 

 最大出力で海水の急坂を駆け上り始めた時雨の背後でこの海を暗い鉱石の色に染めている深海棲艦によって縮尺が弄られた空間に殺到した三十発以上の魚雷が括れた道路に詰まる様に追突して爆散する。

 

「今は説明してる暇なんてない、これを越えれば通常の海に戻れるはず!」

「それも戦場の勘と言うやつか、流石はこの磯風の司令官だ!」

 

 これを狙ってやったのは確かだが、そのタネが脳内に送られてくる姫級深海棲艦が海上に作り出そうとしている迷宮の地図である等とは間違っても口にできないのは歯痒い。

 何故か自分の手柄とでもいう様な顔で頷いている磯風の様子には疑問符が浮かぶがそれよりも今は予期せず引き込まれた深海棲艦の領域からの脱出を急がなければならない。

 

 深夜の侵攻を迎撃する為に出撃した俺達を見付けた深海棲艦の艦隊はこちらを取り囲む様に横に間延びした陣形を取り、そのまるで各個撃破してくださいとでもいう様な敵の行動に油断したなんて言い訳でしかない。

 まさか戦っている間に姫級深海棲艦が海上に作り始めていた限定海域の雛形が自分達の足元まで迫って来ていたなんて想像もしていなかった俺は損傷した深海棲艦が苛立ちの灯火を船体から溢れさせながら後退する姿を見た時、ベージュの水兵服の妖精が手に持ったUターン標識を振る姿に呆気に取られ。

 その警告の意味に気付けず敵を血気盛んに追撃する磯風を止める事も出来ず、指揮官失格と言われても仕方がないミスで自艦隊を危機に陥れた。

 

 だが、後悔先立たずとは言うけれどこのまま大人しく深海棲艦の餌食になってやるつもりはない。

 

 まるで俺達を逃すモノかと言う様に逐一海流と波の壁に変更が加えられ、通り道を狙って配置される敵を凌ぎながら巨大な迷宮の端、ウルトラマリンとエメラルドグリーンの境目を目指してもうどれぐらいに時間が経ったのか。

 横目に見えた遠くの空が白み始める中、鋼の雨傘を手に津波の頂上に飛び上った時雨の艦橋から見下ろしたハワイ諸島の島影に確かな手ごたえを感じた。

 

「あちら側に着水する寸前に旗艦を五月雨にっ」

『てい、とくっ・・・』

「時雨っ、どうした!? うぉぁっ!?」

 

 あと少しで透明だが確かに存在する深海棲艦が造り出している巨大な異空間との境目を越えられると碧の海に浮かぶ南国に向かって安心に溜め息を漏らしかけた俺は直後に苦し気な時雨の声を伝えて来たコンソールに目を向け。

 自分の首を押さえて声無く呻く初期艦が踏み越えた津波の壁に叩きつけられる衝撃に悲鳴を上げ、次の瞬間に俺は自分達を襲った超常現象に絶句した。

 

「わ、私達、う、上に落ちてる!?」

 

 電探が表示する数値上は5m程度の高波、実際には高層ビルを容易く飲み込むだろう津波の反対側へと駆け下りようとしていた時雨の身体が海面に叩きつけられ、その異常に誰が叫び声を上げたのかも分からないぐらいの勢いで俺達を乗せた駆逐艦娘の身体が巨大な海の坂を()に向かって転がり来た道を引っ張り戻され始める。

 

『息が、出来ないよっ・・・提督』

「な、何が・・・っ!?」

 

 外からの慣性運動をある程度は緩和してくれる艦娘(艦橋)の中とは言え文字通り坂を転げ上がる(落ちる)小石となった時雨に襲い掛かってくる衝撃は平衡感覚どころか上下すら分からなくなり。

 

 俺が普通の人間だったなら肉声ではなく通信で自分の危機を伝えてくる時雨の状態にただひたすら戸惑い何も出来ずに狼狽えるしかなかったのだろう。

 

 だが、脳裏に前触れなく防衛大の時だろうかどこで見たかも曖昧な戦闘機の模型を使った風洞実験の様子が引き出され何でそんな記憶を三等身の妖精が俺の頭の中から引っ張り出してきたのか混乱しかけ。

 次の瞬間、察しの悪い俺に向かって眉を顰めた別世界からの転生者にしか見えない小人がコンソールパネルの上に飛び出して気圧計と風速計を指さす。

 

「時雨、傘を海に向かって開け!!」

 

 原因不明の窒息に喘いでいた時雨が俺の叫びに歯を食いしばりながら山の頂上の様な津波の上に投げ出されそうになる直前に海に向かって手に持っていた金属の傘を開き、激しい衝撃波が海水ごと俺達を襲っていた強烈な気圧の塊を叩き割った。

 

「風、いや、気圧を操作する深海棲艦・・・だと?」

 

 瑠璃色の海域へと俺達を引き戻そうとした力の正体、強烈な大気の流れと風圧が時雨が弾けさせた津波の飛沫を空に向かって引っ張り上げ水柱が風の通り道に運ばれ宙に浮かぶ川へと姿を変える。

 そこから見えたのは現実離れしたと言う言葉では足りない程に不自然な光景、俺を含めた全員が目を見開き辛うじて悲鳴を押し殺し呻く事しか出来なくなる程に深く昏い海に開いた大穴へと全てが落ちていた。

 

「は、何よそれ・・・なんなのよこれ・・・提督」

 

 その姿が別の世界を生きていた頃の記憶にあるそれと異なっているのは今更だが矢矧へと返事を返す余裕も無く、その思い出とは違う新しく意識に提供された(書き込まれていく)姫級深海棲艦、空母棲姫の情報に感じる酷い頭痛に俺は我知らず自分の額を叩く。

 

 艦橋で使える望遠以外の索敵機能は水で出来た洞窟の様な穴の底、海の真ん中に出来た巨大な滝つぼの中心にいる闇の中でも白く際立つ長い髪を揺らめかせ俺達へ黒鉄に包まれた厳つい腕を向けている美女の貌をした怪物を捕捉できないモノとして扱う。

 だが俺達の目には確かに地球表面の湾曲によって見える筈の無い100km以上先に浮かぶ金属質の艶を光らせる岩礁に立ったその八頭身の深海棲艦とその周りで数十の怪物達がまるで王女を守る家臣の様に囲んでいる様子がいやにハッキリと映る。

 

「これですら限定海域としては未完成? 放っておけばハワイまでこの中に飲み込まれるって言うのかっ!?」

「う、嘘でしょ・・・?」

 

 あの姫の名を冠する深海棲艦は何もないところに自然な環境ではあり得ない高気圧を作り出し空気を奪い、本来は低位にある大気を真逆の位置へと入れ替える能力を使う。

 そして、その姿をこの目で見たからこそ開示される情報が暴風の腕から脱出してハワイのある方向へと跳ね飛ばされた時雨の艦橋に居る俺の頭の中に流し込まれた。

 

 何故初めからそれ(・・)を教えてくれないのか! 本当に貴方は俺達の味方なんですか!?

 

 歯の根が合わなくなる程に恐怖と焦燥感が交じり合った憤慨に叫びそうになりながら必死に怒声を胸の中に押し込めた俺に対する猫吊るし(刀堂博士)からの返事は他人事を聞いた時に見せる様な苦笑だった。

 

「っ!! ・・・旗艦変更! 五月雨頼む!」

「は、はい! お任せください!」

 

 そうしている間に5mの津波(超常現象)の上から数十秒かけて落下していた俺は窒息で意識を朦朧とさせている時雨が朝日に煌めく碧色の海面に叩きつけられる寸前にコンソール上で五月雨の名前が書きこまれたカードを握る。

 艦橋で兵装の制御補助を担当していた水色のロングヘアをなびかせる駆逐艦娘の身体が煌めく光の中に消えて、艦橋を包むモニター全体がホワイトアウトして妹と入れ替わった時雨が俺の据わる指揮席の真横に現われて肘掛け越しに倒れ込んできた。

 

「IFFの発信を確認、はつゆきが出てきてるわよ!」

「通信が繋がった!? 粒子濃度が、これ防壁を作るって言ってるの? 司令官!」

「とにかく今は少しでも限定海域から離れる、五月雨は急いでくれ!」

 

 今は脱力した時雨を介抱してやれる余裕のあるメンバーは俺以外にはいないらしく、小柄な少女の身体を膝の上に引っ張り上げてから海上に開いた金の輪から愛用の連装砲を両手に握り飛び出した五月雨の動力機関の出力を最大に押し上げる。

 

《了解しました! 私の出番、頑張ります!》

 

 輝く光粒を噴き出す煙突と甲高い汽笛の音を響かせて昏い領域から脱し、朝日に照らされ始めた島とその島影から鼠色の船体を見せ始めた友軍の方向へと一直線に姉と違い白を基調とした黒襟のセーラーを纏った五月雨が海を走り出す。

 俺に身体を預けて小さく咳き込んでいる時雨の肩を支えながらコンソールを操作してメインモニターに後方に広がる深海棲艦の支配領域となったハワイ北東を映せば、ついさっき俺達が落ちていた津波があったはずの荒海は見る影もなく平面に濃い青紫のペンキをべったりと塗った様な光景が広がっていた。

 

 徐々に透き通るようなエメラルドグリーンの海水がドロリとした妖しい光を宿す海へと塗り替えられ続けていたが、俺達が真珠湾からオアフ島の外周を迂回して顔を出した護衛艦【はつゆき】の下へとたどり着いたと同時に護衛艦が起動した障壁が深海からの侵略を塞ぐように半透明の障壁を展開する。

 とは言え俺達が体験したあの超常の海による侵食を押し止めるのに一隻の護衛艦で足りるだろうか、と不安にさせられた束の間、自衛隊所属の護衛艦に続いてアメリカ合衆国の象徴である星条旗をはためかせる数隻の巡洋艦が【はつゆき】に続いて現れて新品の障壁装置を起動させ数キロにも及ぶ光の壁を繋げ合わせ自分達の船体を文字通りにハワイを守る堤防へと変えた。

 

「なんとか助かったか・・・と言っても囮に引っかかって引きずり込まれて・・・逃げ出しただけなんだよな」

「今回ばかりは情けないなんて言わないわよ、貴方が指揮官じゃなかったら今頃、私達全員あの中で深海棲艦の餌だったわ」

 

 はつゆきへの連絡を要請しながら重い身体を背もたれに預けて艦橋の天井へと顔を向け、あの空母棲姫が造り上げた昏い海から打って変わって高く何処までも広がる夜明けの空に溜め息を吐く。

 所々が戦闘で破れ焦げ煤けたた阿賀野型姉妹で共通の制服を揺らし疲れを身体中にじませながらも肩を竦めた矢矧がこちらを慰める様に気遣いをかけてくれて、他のメンバーも同意する様に頷いているのが言葉に出来ない程にありがたく。

 

 しかし、同時に彼女達に伝える事が出来ない脳内の妖精に頼りっぱなしで窮地を脱した事実とただただ目の前に現れる敵に場当たり的に対応する事しか出来なかった自分の実力不足に俺はもう一度溜め息を吐き。

 

 胸元に寄り添う様に身体を預けてきた時雨の頭を撫でて艶黒の髪を指で梳いた。

 

「まったく明日はクリスマス本番だって言うのに、なぁ・・・」

 

 たった十四人の艦娘と百を超える深海棲艦の大群、その上に猫吊るしからの情報が正しいならあの空母棲姫以外にも姫級が二体も存在していると言うのだから冷静に考えれば罰ゲームどころの話ではない。

 去年は腐れ縁の親友とお互いのプライドをかけて戦って試合に勝って勝負に負けたが、今年は自分の命をかけて絶望的な敵に挑まないといけないらしい。

 

 俺の敗北がそのまま時雨達やハワイ諸島に住む全ての命の死を意味する恐怖にどうしようもなく身体が震え。

 だけど膝の上で俺を見上げる碧い瞳を見た瞬間にふっと凍えて固まりかけていた身体の芯が緩む。

 

 もしかしたらこの子がここに居てくれなければ俺ははつゆきの艦長からの連絡に応じる気力すら湧いてこなかったかもしれない。

 




 
「あれ? 仮に23時59分に投稿できたとしても次の投稿はその一分後にしなきゃならないんじゃないか?」と気付いた私は絶望した。

でも命がかかってるわけじゃないし、・・・作中の田中達よりはマシだから次回も頑張る、ます。

だけど明日の0時に次話が投稿されなかったら察してください・・・。
 


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第百二十二話

ある初秋の小春日和。

四女「おーい、ほら見ろよ、事情話したらこんなに沢山貰えた!」
次女「わぁ、ほんとにたくさん・・・でも、こんな事して本当に良いんでしょうか?」
五女「あの子だっていつまでもこのままってわけには行かないでしょ、荒療治よ」
三女「炭が重い、叢雲手伝って・・・」
五女「それ、私と白雪が何運んでるか見て言いなさいよ、このコンロ台が何キロあると」
四女「いやー、それにしても園芸部って気前が良いんだな、カボチャまで貰っちゃったい」

次女「これで吹雪ちゃんが自分に素直になってくれるなら良いんですけど・・・」
五女「まったく、見るだけで死にそうな顔するクセに口では大好物なんて良く言えたもんだわ」

その日、姉妹艦のお節介によってとある駆逐艦娘を悪夢が襲った(過去形)
 


 幾つもの香辛料が交じり合った芳醇な香りが漂う暖かな空気で満ちた畳敷きの広間で司令官の横に座った私は鳳翔さんと一緒に作ったカレーを食べながら横目に壁掛け時計を見る。

 

 飾り気のない時計が指し示している時刻は午後五時、数日後にはクリスマスが待っている十二月の半ば、冬の北海道はもう完全に陽が沈み雪の結晶が張り付いた窓の外は真っ暗。

 

 でも普段通りなら夕食には少し早い時間。

 

 けれど、司令官が言うのだからこれでいいんだ、と私はカレーをスプーンで口に運びながら隣に座っている私の司令官(義男さん)の様子を窺う。

 

 スムーズにカレーを口に運んではいる司令官だけれどその顔は眉間にシワを寄せた険しい表情を浮かべている。

 それは多分・・・、と言うか間違いなく目の前で私達と同じ様にカレーを食べている男性の澄まし顔と彼が持ってきた問題のせいで司令官は不機嫌そうな顔しているんだろう。

 ただ私一人だけ取り残されたコンクリート色の鎮守府で出会ってから無くした仲間達を取り戻してきた日々の間ずっと彼の事を見てきた私にはなんとなく今の司令官が纏っている気配がその表情ほど険悪なモノではない事が分かっていた。

 

 こう言っては何だけど私の司令官は嘘つきな人、だから目に見える言動とその裏側の考えがちぐはぐになっている事が良くある。

 少し調子が悪い時でもそれを隠して皆を笑わせる為におどけたり、本当は戦いを怖がっているのに平気なふりをしていたり、たまに何の意味も無い軽口で私達をからかったり。

 

 だからなんとなくだけど今の司令官の様子は「俺は怒っているんだ」と不機嫌そうな態度で周りに知らせる為の演技なんじゃないかな、と思う。

 私は司令官がこういう面倒な事をし始めた時は決まって駆逐艦の私程度では想像もできない目的を達する為だと知っている。

 そして、司令官がそんな回りくどい事をするのは大抵の場合子供みたいな理由で仕事をサボる時だけど、たまに驚くほど複雑で一見すると無意味と思える道筋を通りながら最後には皆が揃って驚きながら認めるような最大の成果を引き出す時もある。

 

 けれどそれを知っているからと言って私が司令官の思惑を全て推し量るなんて事をする必要はない。

 

 重要なのは司令官が何の為にそんな事をしているかではなく、彼が目の前にいる政府から派遣されてきた官僚に対して怒っているという事にしておきたい(・・・・・・)事さえ分かっていれば良い。

 だからいつも通り私は彼がハッキリと言葉にして伝えてくれる時を待って何があっても義男さんと一緒に居るだけ、たとえそれがどんな命令だったとしても彼が指し示す方向を信じて全力で海を走れば良い。

 

 それが私にとって当然の事なのは変わらない。

 

 それはそれとして、戦前と違い電話や手紙よりも便利な通信手段はいくらでも存在している現代だと言うのに内閣直属であると言う高級官僚がわざわざ本州から小包の様に分厚い封筒を携えて私達のいる北海道までやって来たのはなんでなんだろう。

 流石に正確な理由は分からないけれど今のハワイで起こっている深海棲艦による侵攻や現地に居る田中艦隊の皆に関係する事だと言う事ぐらいは私にだって分かる。

 

 目の前で黙々とカレーを食べている澄まし顔のスーツ姿の人はここに来て早々に司令官達とだけ重要な話をすると言って二階の事務室を締め切ってしまった。

 なので今の所は私を含めたこの場に居る艦娘は全員、司令官や田中中佐程ではないけれど妙に強く私達の感覚に引っかかる気配を持った男の人(官僚)とその補佐官である普通の女の人(人間)のふりをした艦娘がここに何の話をし来たのか知る事が出来ていない。

 おまけにその話が終わった後も私の司令官だけでなく工藤大尉(一尉)までその室内で交わされた会話に関して「国際情勢に係わる機密だ」という事以外は何も教えてくれないのだ。

 

 司令官達が話をしている最中に二階に行って事務室のドアに聞き耳を立てていれば知る事も出来たかもしれないけれど丁度その時の私達は司令官に頼まれて今いる元は地域の公民館だったらしいこの建物。

 その一階にある畳敷きの広間で海図や用紙を広げ、遠く南の海で起こっている戦闘に耳を澄ませ一つでも多くの情報を集める事に集中していた。

 

 なので、いくらその話し合いの内側が気になっていても司令官達の話を盗み聞きする暇はなかったとも言えるのだけど。

 

〈 お茶を運ぶついでに少し探ってみる? 私が矢を床に落とせば 〉

〈 あちらにも艦娘がいるのよ、そんなのすぐにバレるわ 〉

〈 それにしてもなんであんな私達を見下してる気配させてる男に付いてるのよ、彼女は・・・ 〉

 

 そんなふうにハワイの田中艦隊に姉妹がいない五十鈴さんと高雄さん、姉妹艦自体が居ない大鳳さんの三人がテーブルから落ちて広間の畳に散らばる雑多なメモを後で分かり易い様に編集しながら相談していた姿を思い出す。

 彼女達が同じ艦隊の中で特に頭が良く判断力も高い事は普段からの仕事ぶりだけでなく司令官が作戦立案を頼む事もあるのでその優秀さは私よりも上だと言う事は良く分かっている。

 

 けれど、度々司令官の命令が無い状態で艦隊の為になるからと自己判断で艦隊運営に係わる書類を裁定するし、さらには司令官の命令そのものに逆らったりする(反対意見を言う)事がある。

 でもそれは彼女達だけじゃない、私以外の仲間達は五十鈴さん達程じゃないけど平気な顔をして司令官の命令よりも自分の判断を優先する事がある。

 

 そんな事をすれば越権行為だと叱られた上に生意気な艦娘と思われて司令官に嫌われるかもしれないのに。

 

 なのにたまに、時々だけ、実はいつも・・・自分で考えて司令官と異なる意見同士をぶつけ合う五十鈴さん達が私は酷く羨ましい。

 ・・・流石に霞ちゃんみたいな司令官に構って貰いたくて仕方ないからと言う理由で反抗的な態度に心血を注いでいる艦娘は例外中の例外だとは思うけど。

 

 でも。

 

 誰よりも彼の為に深海棲艦と戦える艦娘はワタシの筈なのに、司令官に命を捧げても良いとすら想うその意志だけは誰よりも強いって事だけは疑い様がない筈なのに。

 私は自分よりも我儘な振る舞いをしている仲間達の方が司令官に気に入られているんじゃないか、って思ってしまう。

 

 そんなふうに考えてからもう答えは分かり切っているのに、と声に出さず自分への自嘲を呟く。

 

 だって、その答えから目を逸らしておかないと義男さんから教えてもらった存在しない(嘘だった)英雄(吹雪)の姿に縋っている私は自分の足で立っていられなくなるから。

 

 司令官は彼女達のように自分で考えて行動できて自らの可能性を引き出せる艦娘が好き。

 

 一個の吹雪(兵器)としてではなく一人の吹雪(人間)としてあの水晶の大樹へ手を伸ばし、手に入れた光こそ司令官が信じてくれた「私だけの可能性」だって解っている。

 なのに私はその個人的な感情のままに振る舞えば自分が司令官の教えてくれた艦娘(吹雪)に成れなくなる事を認めるのが怖くてあの荒海を貫く様に走らせた自分の心から溢れた激しい感情をまた胸の内側に押し込めている。

 

 それでも堪え切れずに漏れてしまう自分でも呆れるぐらい子供っぽい理由の私の我儘に司令官は優しく笑いながら髪を撫でてくしゃくしゃにしてくれる。

 褒めてもらいたくてやった結果が失敗だったとしても、もっと強い彼との絆が欲しいなんて私欲に塗れた願望をぶつけても、しょうがない奴だと笑いながら義男さんは私を受け止めてくれた。

 

 責任を取ると言って、交わした約束を破る様な人じゃないって事も身も心も全部を彼に預けても後悔しないって事も頭では分かっている。

 胸の奥で励ましてくれる私の心と重なりながら私ではない吹雪(戦船)の想いを感じているのに私は司令官が待ってくれるのを良い事に同じ悩みの前で立ち止まっている。

 

 何故かと言えばこのままじゃダメだって勇気を出そうとする度に記憶の奥底から目の前で砕け散った姉妹艦や仲間達の姿、そして、私一人だけが取り残された灰色の鎮守府が脳裏にフラッシュバックする。

 そんな時は決まってコンクリート色の景色に立ち尽くす私の後ろから「あの人(義男さん)も私達を指差して嗤っていた嫌な人達と同じ事をするかもしれないよ?」なんて私の前に吹雪だった(・・・・・)艦娘達が囁く。

 

 でも、その意地悪な事を言う吹雪達の顔は揃って私に向かって羨ましそうで、ヒビだらけで、手足も歪んでいる身体を霧の様に揺らしながら、今にも泣き出しそうな声で“なんでそこに居るのが()じゃないの”って訴えてくる。

 そして、最後には私達の(記憶)連れて行って(受け入れて)と懇願する様に背後から伸ばされた手が何も言えず振り返る事もしない私の後ろ髪を引っ張る。

 

 実は私が知ってるだけでもかなりの人数の艦娘が同じ様な体験をして悩んでいたのだけれど私と違ってその子達は始めは驚いていて怖がっていても最後には夢の中で消えかけている自分(先代)と対話してちゃんと前の記憶の一部を受け入れていった。

 

 だけど「それは変だ」なんて言わない。

 

 むしろ司令官が教えてくれた(自分を救ってくれた)物語の中だけにいる【理想の吹雪】に成りたいって願いにしがみ付いて前の吹雪達に気付いてから延々と先送りにするようにその声に向かい合わない私の方が異常な艦娘なんだろう。

 私にとって身近な時雨ちゃんや五十鈴さんの事情を知っているから前の自分の記憶を受け入れても今の自分が無くなるなんて事が無いのは分かっている。

 だからこそ本当はどれだけ辛く苦しい記憶だったとしてもきちんと過去の吹雪達が抱えたままになっている悔いを受け入れ(そそ)いでから自分の心がしたい事に正直になった方が司令官にもっと認めてもらえる。

 

 もっと私を好きになってもらえると分かっているくせに、と我ながら自分の女々しさに溜め息が漏れた。

 

 そんな言葉に出来ない弱音を漏らしていたら手元でカチンと硬い音がする。

 

 見下ろすと焦げ茶色のルーで少し汚れたお皿の上にはサイコロ形の茶色いジャガイモがいくつも転がっていた。

 

 ・・・本当に司令官が言っていた【吹雪】はこんなモノが大好きだったの?

 

 何と言うか煮込んだ時の微妙な歯ごたえの無さとか揚げた時の粉っぽさとか、他にも色々な方法で料理してみても心の底から美味しいと思えなかった私にはこの野菜を好きになれる日が来るとは思えない。

 お芋と一言で言ってもその種類はそれはもう数え切れないぐらい沢山あるけれど私にとってはどれもこれも正に煮ても焼いても食べられない食べ物になってしまっている。

 男爵にメークインなどジャガイモの類、サツマイモに里芋だけじゃない、喉に絡む長芋のトロロに耐えられずひどく噎せて口の回りと鼻の中が凄くかぶれてからますます私は芋という存在そのものに近づきたくないと心から願う様になってしまった。

 

 その嫌な記憶に紐づけされて引き出されたのか私は深雪ちゃんが艦娘園芸部の畑からくすねてきたというサツマイモを焼き芋にした時の事を思い出す。

 あれは確か海を荒らす2mを超える巨大な秋刀魚の群れに関するアレコレに片が付き、司令官と私達の北海道への出向が決まる少し前。

 

 笑顔でホカホカのそれを差し出してくる深雪ちゃんに突っ返すわけにもいかず意を決して齧り付けば噛めば噛むほどべったりと口の中に張り付くだけに止まらず、その黄色い半固体は喉まで詰まらせ、口の中で膨らむ甘ったるい暴力で言葉に出来ないほど強い吐き気がこみ上げ。

 何故か周りで騒いでいる姉妹艦に囲まれながら必死に吐き気を我慢していた時、司令官が丁度通りかからなければ私は妹達の前で想像するだけでも死にたくなる様なとんでもない恥をさらしていただろう。

 ただそれのおかげで司令官に「実はお芋が好きじゃないんです」と告白できた事でその日以来は周りの目に気を付けながら司令官のお皿にお芋類をお裾分けして事なきを得る事が出来るようになったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

 のだけれど・・・今の様に怒り顔で司令官が周りの注目を集めているような時にはそれも出来ない。

 

 あからさまにやると北海道に派遣されてきた私達の台所を取り仕切っている鳳翔さんが眉を顰めて最近のお野菜の値段の話から始まり「軍人たるもの好き嫌いせず食べる事も仕事の内なのよ」などと気が滅入るほど長い説教をしに来る。

 確かにその長いお話の内容自体は誰が聞いても反論の余地がなく正しい事は認めざるを得ない。

 でもわざわざ私が司令官と二人きりで過ごす順番が回って来た夜に私の寝室にまでやってきて正座させるのは今考えてもおかしい話だと思う。

 

 おまけに用事が終わった後も居座っただけでなくお芋の不正取引の共犯として私の隣に座らされ足を痺れさせた司令官へすり寄って抜け目なくおねだりするのはズルい、司令官が良いと言うなら仕方ない事だけれど絶対にズルい。

 

 それはともかく、取り留めのない事を考えていても皿の上からジャガイモ(難敵)はいなくなってくれない。

 かくなる上は最後の手段、無理矢理に水で胃に流し込むしかないと私はコップへとカレーの辛さが原因ではない汗で湿った手を伸ばした。

 

「さてだ、腹ごなしにちょっと話でもしないか? 田所さんよ」

 

 そんな時、いつの間にか司令官のお皿からはカレーが全て無くなって正面に座っている田所浩輔と名乗る官僚の皿も茶色よりも白が目立つぐらい綺麗に平らげられていた事に気付く。

 コップを持った状態で首を傾げた私はふと政府からやって来た二人と司令官達の話し合いが終わった後に怒り心頭と言う顔をしながら義男さんがわざわざ夕食の時間を早めてまで官僚の二人を此処に座らせた事を思い出す。

 

 そう言えば、その田所という人に嫌な事を言われて司令官が怒っているのは誰が見ても分かる事だけれどそれなら何で彼らを追い返さずに夕食に招いていたのだろうか?

 

「我々は無意味な世間話をしていられるほど暇な立場ではないのですが?」

 

 司令官に夕食に誘われた直後は冷たいポーカーフェイスの下からにじみ出る程の軽蔑の気配をこっちに向けていた肩書だけは偉そうな人の様子は一刻も早くここから、いや、私達(・・)から離れたいと思っている様に感じる。

 なのに慇懃に遠慮する官僚の返事をあえて無視してその二人が食事の席に加わる事を決定事項として言い切った司令官が鳳翔さんんい夕食の献立を聞き。

 丁度、エプロンを外して畳んでいた鳳翔さんが「今晩はカレーです」と答えた途端に物凄く嫌そうな気配を纏ったままビジネススーツの男は何を思ったのか私達の視線を無視しながら澄まし顔で案内されたテーブルの前に座った。

 

 少し前の出来事を思い出していた私は難しい事は分からないけれど、もしかしたら誘った司令官だけでなく田所という人の方にも引き際を躊躇う何らかの理由があってだから話し合いの余地を探る為にこの場に止まっているのかもしれないのではと考える。

 

 そして、その刺々しい司令官と田所さんのやり取りを聞いていた工藤大尉は応接室から出て来た時から青かった顔をますます苦しそうに顰め、別のテーブルで半分以上残っているカレー皿を前に項垂れ。

 「元気を出して司令官」と口々に励ます暁ちゃん達に囲まれながら浦風ちゃんに背中を撫でてもらっていた。

 

「急いで帰らないといけないたって全く時間が無いってわけじゃないだろ、外見れば分かると思うがこの雪で今から本州に帰る便が都合よく見つかるとは思えない、どれだけ急いだって釧路のどこかで一泊してから帰りは明日だろうな」

 

 冬の北海道を舐めるなよ、とまだ北海道生活一カ月と少し程度なのに地元民の様な事を言う司令官の言葉で私は口元を拭いている細面の男の人とその横で柔和な笑みを浮かべているけれど一言も喋らない人間のふりをしている巡洋艦娘を改めて見る。

 

「まぁ、内閣の命令で北海道くんだりまで来て無駄足踏んだ上に空港のロビーで寝る覚悟で上司の所に報告しに行きたいなら止めないけどよ?」

 

 上品なスーツを着た艦娘の方は今日初めて見る顔、記憶を探っても私は彼女の名前に心当たりは無くどんな人なのかも分からない。

 けれど田所と司令官が呼んだ方の人は去年の今頃の時に開かれた佐世保の式典で実行委員会の代表として私達に色々な注文を付けてきた時の人で間違いない。

 

「生憎とそれが私の責務であると考えておりますので、自衛官でありながら日本だけでなく世界の安全よりも個人的な嗜好で物事を判断する貴方には分からないようですが?」

「日本や世界じゃなくて、・・・あんたら日本政府の都合だろよ」

 

 しかめっ面な上に相手を小馬鹿にするように鼻を鳴らす司令官の軽口に官僚の人の澄まし顔は微動だにせず。

 だけど私達を見下す様にメガネの下で細められた目とその身体が纏う気配は目の前の相手を叩きのめしたいと考えている事が透けて見えるぐらいに苛立ってピリピリした気配が溢れていた。

 

 それは私達が力を使う時のように光粒がハッキリと目に見えるほど強くは無い。

 

 でも指揮官としての適性を持たない普通の人よりくっきりと、それでいて義男さんや田中二佐より少し弱く。

 だけど間違いなく艦娘の指揮官にはなれる資質の証がオーラとなって田所と言う人の周りで揺れ動いている。

 そして、顔だけ見ればその表情は出会った時点から石膏像の様に全く動いていないけれどその身体から目に見えないぐらい薄く漏れている霊力の揺らぎのせいで表情に現れない感情が私達には筒抜けだった。

 

「・・・提督、ちょっといいかしら?」

 

 わざと怒る事で真意を覆い隠し私達にすら本当は何を考えているか感じさせてくれない司令官と比べると田所と言う人は艦娘の前で表情さえ取り繕えば十分だと考える程度に私達との交流に慣れていないのだろう。

 自分は賢いですって言う様な澄まし顔をしているのに妙な所で間が抜けているんだなぁ、と私が思ったのとほぼ同時に少し離れたテーブルで頬杖を突いてこちらを見ていたらしい五十鈴さんが司令官へと声をかけてきた。

 

「いい加減、提督達がさっき何の話をしてたか言ってくれない?」

 

 そろそろ下らない言い合いが耳障りだから、と司令官以上に歯に衣着せぬ物言いをする五十鈴さんの様子に横目を向けた司令官の気配が一瞬だけまるで待ってましたと言う様に少し嬉しそうに揺れる。

 

「ああ、だな、さっき言ったように国際情勢を左右しかねない機密ってのが関わってるから面倒な部分は省くが」

 

 多分、さっきの揺らぎで私だけでなく殆どの艦娘が演技だと気付いただろう不機嫌そうな態度をまだ続けながら少し勿体ぶった様子で腕を組んだ司令官が正面へと顔を向けなおして肩を竦めて広間に居る全員に聞こえる声で言う。

 

「簡単に言うとだ、・・・例のハワイの件でまだ設置されてもいない対策本部に現地友軍の救出部隊としての出撃の申請を俺達から(・・)出してくれって政府のお偉いさんが言ってるらしい、で、俺と工藤はそれを断った」

「本部の設置がまだと言うだけで組織そのものは問題なく手続きを行えるとお伝えしたはずですが?」

 

 司令官が言った言葉の意味がいまいち分からず私は目を瞬かせながら首を傾げ、横目に見える周りでは司令官と田所さんの様子を見ていた全員がぴたりと動きを止めて時計の針の音が聞こえるぐらいの沈黙が満ちた。

 そんな中、不意に「ぐぅっ」と苦しそうに呻く声が聞こえそっちを見ると額に青筋を浮かべた浦風ちゃんが私達の方を見ながら工藤大尉の背中に指を食い込ませている。

 それは無意識の行動だったのか浦風ちゃんはすぐに慌てた様子で大尉に謝っていた。

 

 けれど、そんな事はどうでも良く感じる程の衝撃で私の頭はとてもとても混乱している。

 

「はぁ? なにそれ嘘でしょ?」

「これはまた・・・まさに馬鹿め以外に言葉が出てこないわね」

 

 次第に五十鈴さんを筆頭に憤慨する声や心底呆れたという感じの溜め息を吐く声が周りから聞こえ始め、私はお皿の上で転がしていたジャガイモをスプーンの腹で押し潰した。

 

「受けるかどうかは任意ではあると言いましたが、どうやら彼女達には貴方の判断は同意を得られないものだったようですね」

 

 私達の態度から何か見当違いな事を感じ取ったらしい官僚の声がどこか小気味よさそうな気配を揺らしたと同時にザラリと胸の内側で私の心と一緒にいる霊核(吹雪)が騒めいた。

 

「中村特務二佐、貴方の独断が友軍、そして、ことさら姉妹艦を大切に思う艦娘からそのチャンスを奪う上に今後の日本政府を危険にさらすものであるのは明白、この場で考え直してくださいとは言いませんが・・・まぁ」

 

 つまり、日本政府から(・・)私達の艦隊への出撃命令ではなく?

 

「機密の守秘を徹底するならそちらの彼女達と相談してみてはいかがですか? 一分一秒を惜しむ事態ではありますが我々としても明日までなら今日聞いた賢明ではない答えを聞かなかった事にする程度のリスクは負う事にしましょう」

「さっきから何言ってるんですか、何をっ・・・」

「君は確か吹雪でしたか・・・、中村二佐と相談が必要なら後で」

 

 私の司令官から政府に出撃させてください、と頼めと言われた?

 

「政府は、アナタ達はふざけてるんですか?

「っ!?」

 

 低く低く声がかすれるぐらい、自分の声じゃないと思ってしまう程に重い言葉が私の口から衝いて出た。

 

・・・

 

 同じテーブルに向かい合って座っていたセーラー服姿の艦娘からドロリと粘性を感じさせるほど昏い瞳で睨み上げられた田所は数秒前まで努めて視界から外していた艦娘の底が見えない黒瞳に本能的な恐怖を感じて折り目正しいスーツの中で背筋を強張らせる。

 

「吹雪、おちつけ」

「・・・はい、司令官」

 

 横合いから伸びてきた中村の手で二つのお下げが揺れる黒髪が掻き混ぜられ、相対している存在を明確な敵として認識した者が見せる色を宿した瞳で田所を睨んでいた吹雪は頷く様に顔を伏せて指揮官に素直に従う。

 

「まぁ、そうね、吹雪の言う通りふざけているとしか思えないわ」

「不知火達がそのような要求を飲むと思われているとは、実に不愉快ですね」

「うわぁ、予想の斜め上のお馬鹿でち」

「全くこれだから軍の在り方を理解していない政治家と言うのは」

「だね~、びっくりだよ・・・ほんと、びっくり」

 

 吹雪の威嚇を切っ掛けに他の艦娘達もつい先程、中村に向かって言った田所が丁寧でありながら指揮官を見下した様な言動に対する自分達の感想で畳敷きの広間が少し騒がしくなり。

 政府の後ろ盾と行政機関の一員である自らの正当性を確信していた田所は目の前の士官だけでなくこの場にいる艦娘全員から敵対的な視線を浴びると言う理解し難い体験(恐怖)にその顔が引き攣りかけるが長年の中間管理職として培った経験と精神力で余裕がある様に見える澄まし顔を維持した。

 

「まぁ、実の所、俺がアンタらの持ってきた話を蹴ったのは大して難しい理由があるわけじゃない」

 

 そして、ついさっきまで率先して田所に敵対的な態度を見せていた中村が不愉快そうな顰め面から気の抜けた苦笑へと表情をコロリと変えて肩を竦め。

 

「でもな、その難しくない理由があるせいで仮にさっきの救援艦隊の話を俺が受けていたとしてもここに居る艦娘は全員首を縦にふっちゃくれなかった、それだけは断言出来る」

 

 下手すれば睨まれるだけじゃ済まなかっただろうな、と途端に軽くなった口調ですらすらと話しながら中村は周りにいる怒りすら感じる艦娘達の様子を見回す。

 

「なぜ、こんな意味の無い事を? ・・・実に趣味が悪い」

「ぁ? 意味がないわけないだろ、言っとくがこれはある意味ではアンタの為にやったようなもんなんだぞ?」

「我々の為、ですか はぁ・・・なにを馬鹿馬鹿しい

「ああ、政府と現場の認識が食い違ってる事が分かっていない官僚様の為にだ」

 

 近付きたくもない艦娘の前に引き出されただけでなく体の良い敵役として吊し上げられたのだと理解して内心穏やかではない田所の僅かに鋭くなった視線に全く動じずに嫌味と皮肉を込めたセリフと共に中村は行儀悪く手に持ったスプーンを振ってチンッと自分の前にあるカレー皿の縁を鳴らした。

 

「まず勘違いしてもらっちゃ困るんだけどな、俺達は人類の平和を守る正義の味方なんかじゃない、もちろん自分から危険に飛び込んでいくキチガイの集まりでもない、そして、間違っても内閣の支持率を守る為にあるわけじゃない。

 詭弁だ、実力が伴ってないとか言われ続けているがな、俺達、自衛隊ってのはあくまでも日本国民を守る為にいる兵隊なんだ」

 

 打って変わってのらりくらりとした態度で胡坐をかいた自衛官が変わらず背筋を伸ばしている整った顔立ちの官僚に向かって身を乗り出す。

 

「どこぞのブラック企業じゃねぇんだから良きに計らえ、畏まりました、で動くわけには行かねえんだよ」

 

 鎮守府の人事にも口を出せる権限を持った相手が向けてくる冷徹な表情を睨み返し中村は話を続ける。

 

「ついさっき面と向かって長々と丁寧に語ってくれた艦娘の指揮官が持つ深海棲艦に対する作戦行動に関する独自裁量権に屁理屈とこじつけを重ねればハワイへの救援に対して国内外にギリギリ言い訳が出来るって絵にかいた餅は理解したよ。

 実際、俺だって通常の自衛隊から独立した鎮守府所属って肩書を利用して陸自のヘリチャーターしたり他にも色々やって来たから偉そうな事は言えない、だけどな」

 

 喋っている内に口の片側だけが引きつる様に吊り上がった歪んだ笑みを浮かべ始め、狂ったようにも見えるその表情と語尾を震わせる声は相手に口を挟ませない威圧となる。

 

「ハワイで深海棲艦の攻撃とは別の直ぐに対処しなければ今後の世界情勢を悪化させる危険性の高いトラブルが発生しようとしている?

 でも、現地に取り残された部隊ではその機密情報の秘匿が困難に思えるから政府は現地隊員に詳細を知らせる事無くこのまま米軍と合同でハワイ防衛に徹しさせる方針?

 んで、俺達を送り込みたい本当の理由はハワイに取り残された邦人の救出どころか同盟国への軍事支援ですらなく。

 自分達にとって都合の悪いモノを処分してくれるだろうと期待しているから?

 極めつけには上から目線で、我々はやるなら止めないと言ってやってる(・・・・)のに同僚を助けに行こうとしないんなんて君達はなんて情の無いヤツだ、だと?」

 

 相手が自分よりも大きい権力を後ろ盾に持つ人間であると言う認識をかなぐり捨てて中村は火が付いたように一気に捲し立て、さらに語気を荒げていく。

 

「百歩譲って、ああ、百歩譲って! そこら辺の話はまぁ良いとするっ!

 ・・・でもな!!

 今存在しない責任者と対策本部の事後承諾、おまけに現場指揮官の判断と既成事実ありきで成り立つ作戦行動だけは駄目だ!」

 

 怒っているフリを止め、獣じみた歪んだ笑みに見える表情を浮かべた中村は体中から明確な怒気を漲らせ、一拍の間だけ言葉を切って大きく息を吸う。

 

「責任の在処を有耶無耶にしたまま軍隊を動かすのだけは国として絶対にやっちゃダメな事だろうがっ!!」

 

 そして、叩きつけるような怒号と共に吐き出した。

 




 
「だからそんなに無理しなくても良いんですよ!?」
「む"、無理なんか、ヴッ、してない、よ・・・しら、びぷっひゃん」
「いやっ! 顔真っ青になってるからな!? 我慢すんなって! 吐いて良いんだよ!」
「んぅぶッ、そんなことなひっ、やきいほ、おいしぉ、ぐぇぶっ」

「・・・うぁ、え? これホントに私の姉なの? ドン引きなんだけど」

五女→( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン←三女

「いた、痛い・・・なんで叩いたの?」
「自分の胸に手を当てて考えなさい!!」

「おー、なんだお前ら焼き芋やってんのか? 俺も・・・って、吹雪!? なんでおまっ!」
「ひぶべ、かん・・・わたひ、うヴぅ"!?」

※残った焼き芋は通りすがりのスタッフが美味しくいただきました。
 


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第百二十三話

 
いつの時代もどんな分野においても、戦いとは味方を多く集めた方が勝つ。

支持者か共犯者などと言う区別は些細な事でしかない。
 
 


 

 その場の全員の耳が痛くなる程の大きさで十畳の広間に一人の自衛隊士官が怒声を響かせ、今までにない彼の剣幕に部下である艦娘達まで驚きで黙り、その部屋にいる全員からの視線を一身に受けながら特務士官の白制服を身に着けた男はテーブルの上から水の入ったコップをひったくる様に取って一気に呷る。

 

「はーっ・・・後々の責任をひっ被りたくないからハッキリこうしろと命令にせず、でも問題は解決して欲しいって態度を感じるそっちの要求がムカつくって言う個人的な感情が無いとは言わない、だがそれを抜きにしてもそもそもの前提が間違ってるって事を分かってもらえないと自衛隊は動けない」

 

 怒声と共に言うべき事を言いきったせいかそれとも一気飲みした冷水のおかげか直前まで怒り心頭だった中村義男は何かに落胆するかの様に肺の中の空気を一気に吐き出してから身を起こしてその表情に落ち着きを取り戻す。

 そして、目の前に座る内閣総理大臣秘書室に所属し書類一枚で自らの進退を決め事が出来る権限を持つ官僚、田所浩輔に向かってコップを持ったまま人差し指を突き出した。

 

「念を押すようだが動きたくない(・・・・・・)じゃないぞ? 動けないし、動いてはいけない、だ」

 

 若干だが戸惑いで声を震わせつつも表情は冷静の仮面を維持している官僚は目の前の礼儀知らずの言葉を慎重に吟味しながら自分達へと向けられている視線による動揺で強張る口を何とか開く。

 

「それは・・・組織としての理念では確かにそうでしょう、ですが」

「アンタらから見て俺達は組織の末端でしかないかもしれない、だが末端であっても実際に動かすと言うならまずやるべきなのは対策本部だのなんだのを作る予定よりも先に然るべき権限を持った責任者が大まかにでも目的と指示を示す所から始めないといけないもんだ」

 

 個性豊かな衣裳を身に纏う少女達から向けられている視線、身体から霊力の光粒を立ち上らせ明確な敵意を宿した刃物のような鋭い視線(殺気)を田所に向けている複数の駆逐艦が居れば、それほど剣呑ではなくとも呆れを含んだ胡乱気な三白眼になりながら官僚と指揮官の二人を観察する巡洋艦もいる。

 若干名、畳に寝そべり画用紙に何かを書いている数人やカレーのお代わりをキッチンへと取りに行こうとしている一名など聞き流しているらしい艦娘も居るには居るが大半の彼女達の注目は彼らの会話に向けられていた。

 

「自衛隊だけじゃない民間だってそうだ、上司に確認取らずに平社員が身の丈に合わない仕事をやれば責任問題になる、その時に責任者不在となれば当事者どころか会社全体を巻き込むトラブルになっちまう」

 

 そんな常人を大きく上回る身体能力とマナ粒子を利用した超能力を持つ人の姿をした兵器に囲まれるだけでなくその大半から不信感を向けられるというストレスフルな状況に追い込まれた田所は目の前でもの知り顔で組織の在り方を語る中村に向かって悪態の一つでもぶつけてやりたくて仕方なかった。

 

「いえ、そんなモノと我々の置かれている状況は次元が違う問題で」

「ああ、確かに被害を受ける人間の数という意味では次元が違うのは間違いない、だが今のハワイへ救援に向かわない事で日本を最悪な事態が襲うとしても俺達はそれを拒否するしかない」

 

 努めて平静を保っている田所の都合を一切合切無視して中村はまるで頭の固い役人になったかの様に同じ返答を繰り返す。

 

「どれだけ仲間が大事でもあやふやな理由で勇み足を踏むわけにはいかない、同時に末端の自衛隊員であってもミサイルの雨から国民を守る為の盾になって死ねと命令されればどれだけ怖くてもそれを実行しなければならない、そして、曲がりなりにもコイツらの指揮官である俺と工藤は組織としての正しさに感情を挟んじゃいけないんだ」

 

 政治家の都合に対して心の底から不本意であると腕を組みその場にいる戦乙女達の意志を代弁する様に真っ直ぐと視線を向けてくる特務士官の態度に高級官僚の奥歯が怒りを堪え切れずにギリッと軋み。

 

「だからな、田所さんよ」

 

 そして、行儀悪くテーブルに肩肘を突いて身を乗り出した中村は無表情の裏に苛立ちを隠す田所へと話を仕切り直す様に彼の名を呼ぶ。

 

「そこを何とか出来ないか?」

「・・・は?」

 

 スマートなノンフレームの下で細められていた田所の目が何度か呆気にとられて瞬きし、部下である艦娘達から自分へと向けられている視線までもが困惑に変わったのも気にせずに中村は言葉を続ける。

 

「国防特務優先執行法なんて日本にしかないローカルルールだけじゃ足りない、自衛隊という組織の信用を損なうだけじゃなく今の冷戦一歩手前な世界情勢じゃマジに戦争の火種になる様な事をやるって言うんだ、インチキするにしたってもっとデカい大義名分・・・」

 

 目先の緊急事態に目を奪われてしまっている政府は自分達の指図の結果に待っているリスクに気付いていない若しくは軽視している為に現場士官の独断と言う形で実行させ解決後の処理は係わった士官の階級を弄り名目だけの賞罰で帳尻を合わせれば良いと思っている。

 そんな七十数年の平和という稀有な環境に慣れ過ぎた為に突然の有事に慌てふためく政府重鎮の心情の推測を口にしてから中村はそれを否定する様に首を横に振った。

 

「そうだな・・・具体的に言うなら在日米軍の命令系統に口を出せるぐらいの権限が必要だ」

 

 その場の田所を含めたほぼ全員が中村が口にした要求に絶句した事で広間と繋がったキッチンで寸胴鍋を掻き混ぜる阿賀野の鼻歌や畳に寝転んだ時津風が足をパタパタと振り、二人の潜水艦が握るペンが用紙に何かを書いている音だけが妙に大きく聞こえ。

 

「ふふっ・・・あらあら、それはまた」

「別に田所さんだけじゃなくても何か良い考えがあるなら言って欲しいね、たしか茅野かとり(・・・)さんだったかい?」

「・・・いいえ、私の名前は茅野ことり(・・・)ですよ、間違えて覚えないでください、それとも忘れられないように(しつけ)てさし上げましょうか?」

「いや、耳と手に痛い指導は間に合ってる、ただでさえウチには毎日挨拶代わりに人の尻を蹴っ飛ばすような奴までいるからな」

 

 面白い冗談を聞いたかの様にクスクスと笑うだけでなく周囲から目の敵にされていると言って良い場にそぐわない柔和な笑みを浮かべ、オリーブブラウンの前髪を揺らす田所の補佐の言葉に中村は軽口と苦笑を返す。

 その様子を少し離れた場所で見ている白灰色のサイドテールが指揮官の軽口で不機嫌そうに口を尖らせ「さすがに毎日じゃないったら」と小さく呟いた。

 

「まぁ、それは残念こほんっ、それにしても在日米軍ですか、何故とお伺いしても?」

「さっきこき下ろす様な事を言ったのに手の平を返す様でなんだが、実のところハワイで深海棲艦の侵攻が確認されてからまだ三日だってのに俺達の所へ対策案を持って来ている時点で政府の動きは驚異的な早さだ。

 もしかしたらさっき事務室で聞いた日本政府にとっての想定外が発覚した日、ハワイでRIMPACの開会が行われた日から動いていたのかもしれないがそれでも十日も経ってない、そう考えると内閣がグレーゾーンどころか完全な反則に手を出しても良いと考えているぐらい目の前の問題に対して本気なのは間違いない」

 

 そのセリフの途中で茅野と名乗った補佐官の女性から田所へと顔を向け直した中村はテーブルに肘を突き座布団の上で胡坐をかいてはいるがどこか神妙な表情で気を張り詰めたような雰囲気で喋る。

 

「だが我々の提案では事態を解決できない、と?」

「それは何をもって解決とするかだが、・・・俺達が出来るのは射程に収めた敵を撃破する程度でその後に待ち構えている海千山千の政治家がひしめく外交話ってのになるともうお手上げ、俺はそっち方面には手も足も出ない自信がある」

「ものには言い方ってもんがあるでしょうがっ」

 

 肩を竦め小さく両手を上げてわざとらしく周りを見回した中村に彼の秘書艦である五十鈴は頭痛がするとでも言う様に眉間にシワを寄せながら自分の額を押さえ溜め息を吐き、おかわり(二杯目のカレー)を持って戻って来た阿賀野がその隣に座ってノンストレスな笑顔でスプーンを握る。

 

「俺が士官から平隊員に降格される程度で済むなら万々歳、だが下手をすれば俺と工藤だけでなく話を持ってきたアンタ達もまとめてスケープゴートにされかねないな」

「それはあんまりな言い方で! ・・・いえっ、政府は全力をもって対応を行いますしハワイで起こっている霊的災害への対策は確かに総理の意向で動いてっ」

「岳田総理が今回の件を心底解決したいと思っているの分かる、だがその後に発生する日本の失態と過失を国内外から叱責された時、保身に走って秘書と現場が勝手にやりました日本政府は悪くありません、と言わない保証はあるのか?」

 

 その中村の意見はあまりにも疑いが過ぎると声を荒げかけた田所は喋っていた言葉の途中で遮る様に発せられた、無茶な要求をしておきながらいざ危なくなったら(日本)を守る為に(俺達)を切り捨てるつもりじゃないのか、と言う自衛官の不遜な指摘に絶句したと同時にその頭の内側で「あり得るかもしれない」と呟いてしまう。

 情報戦がモノを言う政界で少なくない時間を過ごし他人を蹴落としながら順調にキャリアを積み重ねてきた男は政治家にとって目的の為ならばあらゆる手段が肯定されると言う事実を身をもって知っている。

 それどころか彼自身も安定した機能的な組織運営の中でも特に優れた一人になると言う自尊心と使命感に駆られ、与党内部に巣食っていた内閣にとっての邪魔者を処分する仕事に自ら係わった事があるからこそ内閣総理大臣直属の官僚はその日初めて澄まし顔を保てず、整った顔が苦悶に歪ませた。

 

「身も蓋も無い言い方だが言っちまえば日本は昔から海外からの外交圧力に弱い、戦後は特にな、気に入らない事実だがそのせいで事件解決の後に頑張りが隠蔽されるならまだしも不幸な事故で俺達そのものが無かった事にされるかもしれないなんて考えたくも無い」

「だから・・・他国の介入を自ら呼び込むと?」

「いやいやいや、他国の介入どころかこの件はアメリカも当事者だろ? 日本政府が血相変えて隠したい不都合ってのの原因(・・)を作ったのはアメリカの方だと言ってたのはそっちだったはずだぞ? と言うかアンタは腹立たないのか?」

 

 田所達がもってきた提案を激怒と共に蹴ったと思えば今度は同じ口で明らかに政府の望む意図から外れた行為の共犯にならないかと自分を勧誘してくる中村の様子にエリート官僚は目の前の男の真意が読めなくなり。

 また言葉尻を捕らえて艦娘の包囲を利用し圧力をかけてくるつもりなのか、と盗み見る様に視線だけを周囲と素早く走らせたがその特務士官の部下である艦娘達は分かり易いぐらいに面食らった様な表情を浮かべ。

 困惑の色が強くなった周囲の様子のせいか自分へと向けられていた殺気まで感じる程だった気配が微塵も無くなっている事に田所は訝し気に片眉を震わせた。

 

「突然RIMPACを再開すると言い出して精鋭の艦娘達をデリバリーサービスのようにハワイに呼び付け、実は一年近く前から存在を確認していたって言う限定海域とそこから現れた敵との戦いに田中艦隊を巻き込み、その裏では鎮守府の研究室が多大な労力と時間をかけて研究開発した技術をせびっていて、さらにはその新技術と予めハワイに用意していた代物を合体させて日本政府のお偉いさん達が頭を抱える新兵器を作っちまった」

「中村二佐!」

「そんなに神経質な声出さなくても肝心な部分はぼかしてるだろよ・・・まぁ、んで、その後始末の為に中央のエリートであるアンタは北海道までやってきて階級だけは無駄に高く態度もすこぶる悪い指揮官を説得しないといけなくなり、俺は貸しが山ほどある友人の田中良介や顔馴染みの艦娘達が絶体絶命だといけ好かない官僚に教えられた上にトカゲのしっぽ切りをしかねない政府の使い走りをやれと言われているわけだ」

 

 そして、これ見よがしに肩を竦めながら中村は自分達が巻き込まれた状況を改めて説明する様に吐き出し、自分を無言で諌める様にシャープなメガネの下で表情を顰めている田所へと続けて問いかける。

 

「これが全部アメリカ軍とホワイトハウスの中で起こってる派閥争いが原因って言われてなんとも思わないのか?

 ハワイで提供された新技術をオモチャにしようとした連中と敵対している派閥だから情報を提供してやったとふんぞり返るヤツらに文句の一つも出てこないのか?

 今まで苦労して積み重ねてきた人生の全部がその程度の他人の都合でご破算にされるかもしれないって事に田所浩輔という人間は納得できているのか?」

 

 悪魔の囁きにも感じる程に耳朶に染み込んでくる中村の言葉で田所は数日前に面会した外交官が口にした「アナタ達だけに特別に知らせるのだ」と言う勿体ぶった態度と日本政府にとって認めがたい不都合な存在が国際合同演習が行われるハワイにあるのだという情報を受けた日の情景を脳裏に浮かべる。

 外務省の官僚と共に面会した米国領事館のエリート達は中村の憶測とは違いふんぞり返ってはいなかったが、だが自国の非を認めるわけでもなく、まるで自分達とは関わりの無い他人がやった事とでもいう様に平気な顔で日本にとってひたすら迷惑な情報を事務的に受け渡してきた。

 

 それに対して腹が立たないのか? そんなもの・・・立たないわけがないだろう!

 

 だが、日本政府と言う巨大な組織の責任ある一員として正当な評価と対価を得てきた田所は自らのプライドを総動員し、気を抜けば目の前のテーブルに叩きつけていただろう震える手で自らのメガネを外してシワが凝り固まりかけた眉間を指でほぐす。

 

「ハワイに取り残された連中の救援をやりたいと言う一点だけ俺とアンタの目的は合致している、だが政府の案は深海棲艦を撃退した後に起こる事に対する見通しが甘い、そこを何とかしてくれと言ってるんだ」

「まるで自分達が出撃さえすれば万事解決できると言っている様に聞こえますね」

 

 それがあまりにも難しい事であると分かっているのか分かっていないのか、軽い調子で自分勝手かつ信じがたい物言いをする中村に対して呆れを通り越して妙な笑いが漏れた田所は皮肉気に呟く。

 

「相手が百隻だろうが二百隻だろうが、深海棲艦とやるなら勝った上で作戦を完遂する、それが俺達の仕事だ」

 

 そして、エリート官僚の皮肉に対して返って来たのはまるで確固たる根拠があるかの様な断言であり、胡坐をかいてテーブルに肘を突く猫背気味な姿勢でありながら真っ直ぐに言い切った中村の言葉に田所は再び呆気にとられる事となった。

 自信をもって己の意志を言い切った指揮官の背中を見つめていた重巡が「よくぞ言った」とでも言う様に満足げな笑みと共に胸元で手の平を握り込み、中村のすぐ横で彼の初期艦が彼へと同意する様に深く頷けば彼女に続く様に他の艦娘達も声は無くとも首を縦に振る。

 

「特務士官は毎日、艦娘のご機嫌取りから彼女達の訓練内容や生活スケジュールの管理に頭を悩ませている。

 それは全部この子達と一緒に深海棲艦から日本を守る為で、その国防と言う日本国が公認する目的の為なら陸自基地の一部を一言二言でレンタルしたり公海上にいる護衛艦に途中乗船も出来るなんて馬鹿げた権限を許されている」

 

 そう言いながら中村特務二佐は自分のすぐ隣に座っている素朴な顔立ちの少女の頭を少し乱雑に撫で、はにかんで笑う吹雪の黒髪をくしゃくしゃにして身体を起き上がらせた艦娘の指揮官は自分を大きく見せる様に背筋を伸ばす。

 

「そして、仮に俺が艦娘に見下されて出撃を拒否されたり囲まれて袋叩きにされて任務そのものが遂行できない状態となっていたなら全面的にこっちの過失だ、そこまでが俺達特務士官が与えられた権利であり負わなければならない責任なんだよ」

 

 それが文民統制の下に存在する軍組織の一員である自衛官の矜持だ、と言い切り中村はハワイに取り残された人々への救援に関する作戦行動における全てを丸投げしようとしてきた政府からの使者への意思表示を終えた。

 

「戦略的目標の決定権は一士官でしかない俺達の手にはない、あってはいけない」

 

・・・

 

 自分の地位に胡坐をかいたお山の大将もしくは部下を煽てるのが上手いだけのお調子者。

 それが中村の評価を記した鎮守府司令部の報告書を読み、去年の佐世保で行われた史上初の艦娘による公開演習で運営に係わった際に一度だけ短時間の会話をした際に彼に対して抱いた田所の感想だった。

 春先に起こった戦艦棲戦姫と呼称される事となった巨大深海棲艦との戦闘では現内閣に対して傲岸不遜にも思える態度で防衛に必要な権限を寄越せと宣った不良士官がここまで物事の先を見据えた事を言うとは思っていなかったエリート官僚は自らの考えを纏める為に黙考する。

 

「室長、対策本部の早急な設置を国会に提言し、その後、改めて彼らにハワイへの出撃を要請するべきかと」

 

 自分の補佐兼護衛として付いてきた茅野が特に動じた様子はなく、それどころか元から想定内であったかのような態度でそんな事を言う姿に田所は彼女の意図を察する。

 彼女は元から政府からの要求を現場の中村達が認めるわけには行かない内容であった事に気付いており、敢えてそれを言わずに自分がこの場に座るまで口を開かなかったのだ。

 何故こうなる前に忠告の一つも言わなかったのか、そう隣に座る補佐に対して恨めしく思うと同時に中村の怒鳴り声を浴びる前までの自分なら仮に彼女から進言されても諸所の手続きが多少前後するだけの些事に何を慎重になっているのかとあしらっていただろうと田所は自らの考えを鑑みる。

 

「いや、それじゃ遅い、どれだけせっついても腰の重い政治家の話し合いだけで年を越えちまう」

「いえ、田所室長からの働きかけならば国会決議をある程度は早める事が可能です」

 

 角度によって翡翠色に変わる目配せを受けてそれが茅野からの妥協案の提示だと気付いた田所は確かにそれが不可能な事ではないとすぐさまに判断し、同時にそれを成す為には腐敗政治家の処分の際に副次的に得た表沙汰に出来ない弱みを抱えた政治家達の情報を利用し彼らに恨まれる事を覚悟して根回しを行う必要がある。

 

「それを信じろって?」

「事実です、そして、米軍に協力を打診するよりも遥かに確実かと」

 

 スキャンダルを盾に脅せば無駄な牛歩戦術を行う政治家が居なくなる事で内閣の要望と中村からの要求も両立させられる公算は高いがその後の自分は多くの政治家達から買った恨みで闇討ちされる危険性を背負っていかねばならない。

 しかし、自らに降りかかるリスクを恐れ現場からの意見を無視して艦娘部隊の出撃を強要した場合には目先の問題が解決した直後にさらに大きな問題の紛糾によって中村達だけでなく自分も組織から切り捨てられる可能性が現われる。

 前者であろうと後者であろうとあくまでも自分に危険が降りかかるかもしれない(・・・・・・)というだけ、それに世界有数と言っても過言ではない巨大企業【TIA(大塔財団)】とのコネクションで政界そのものから脱出すれば何事無く全ての心配が杞憂で済むかもしれない。

 

「中村二佐・・・ハワイの防衛は後どれぐらいの日数持つと思いますか?」

 

 妥協点を相手に言い含めて田所に課せられた仕事をつつがなく遂行させようとしている茅野を横目に彼女の上司である官僚はかけなおしたメガネを指で押し上げながら中村へと問いかける。

 

「へ・・・ぁぁ、そうだな、敵の規模が分からない以上ハッキリとは言えないが・・・と言うか良介達の戦闘は続いているのか? 流石に交代出撃にも限界があるだろうからそろそろ昨日みたいに護衛艦に壁作らせて休憩に入ってる頃か?」

「えっ、はい、そうだと思います、でも私や暁ちゃん達の方には一時間ぐらい前に叢雲ちゃんから出撃するって連絡の後は何も聞こえなくて・・・すみません」

 

 田所の質問で少し驚いたような声を漏らし顎に手を添えた中村が隣に座る吹雪に聞けば特型駆逐艦の長女は少し自信なさげに指揮官へと頭を下げ。

 

「しれぇ~、あっちの戦闘さっき終わったみたい~」

「終わっただと? 時津風、本当なのか?」

 

 妙な会話をする二人の様子に田所が小首を傾げたと同時に広間の畳に寝そべりペンを紙の上で走らせていた時津風がどこか緩い気の抜けた様な声で中村へと報告を上げて伊19と伊58と一緒に書いていたらしいハワイ周辺の海図を掴んでピラピラと振る。

 

「磯風はそう言ってるよ~」

 

 そして、ハワイ沖に現れた敵艦隊が黒い渦の中に撤退していったらしいと手短に報告してから姉妹艦(磯風)が戦艦タ級を討ち取った事や深海棲艦を追い返したのは自分の武勲であるとか興奮した“大声”を上げているせいで通信網がやたらうるさいのだと愚痴を漏らしながら十番目の陽炎型は少し疲れた様子で中村へと近寄ってきた。

 

「ほい、しれーに報告書あげる~」

「おう、ありが・・・なんだこれ?」

 

 田中艦隊と深海棲艦群の戦闘記録と言えなくも無い手描きの島や深海棲艦に見えなくも無い絵、そして、田中艦隊の航路らしい無数の線が所狭しと書かれた紙を渡して遠距離かつ高濃度の霊力力場に阻害された姉妹艦との通信に集中していた気疲れで時津風はそのまま流れる様な動きで司令官の膝の上に頭を乗せてゴロンと寝転んだ。

 

「それは五十鈴がまとめ直すから提督はこっち、はい、ありがたく読みなさい」

「あぁ、悪いな・・・で、だ」

 

 勝手に自分の膝を枕にし始めたお子様のクセ毛を軽く撫でながら報告書と言うよりは子供が地面に書きなぐった落書きに見える紙に苦笑し。

 

「確認しただけでも空母戦艦を含む四十隻前後・・・それにしても大型艦狙いで12隻撃沈、半数以上を中破に追い込んだって、三日ぶっ通しの戦闘ってだけでもヤバいのに、とんでもない事やるな良介のヤツ・・・」

 

 横からスッと差し出されてきた五十鈴の手からきちんと清書された報告書を流し読みした前線指揮官は小さく嘆息する。

 

「中村二佐それはいったい?」

「士官は手が出せない立場だったとしても何もせずに待ってるだけってわけには行かない、んで、どんな時でも信頼できる情報ってのは武器になるもんだ」

 

 それがどんなにオカルトじみた方法で集めたモノだったとしても、と呟いてから中村は再び膝の上の時津風の頭を撫でながら自分の考えを纏めて結論を下す。

 

「相手が撤退してくれたって話が事実なら朗報だが・・・しかし、このままならまず二週間は持たないだろうな」

「・・・二週間、ですか」

「それも深海棲艦の出方次第、これがただの哨戒部隊で他に本隊が居るならもっと余裕が無いと思って良い、つうかまず間違いなくいる」

 

 吹雪達艦娘が持つ姉妹艦との通信を可能とする能力によって集められた北海道から遠く離れたハワイで行われていた二日間の戦闘記録を一通り確認した紙束を軽くテーブルに置いた中村は眉間にシワを寄せ。

 

「遅くても一週間以内、クリスマスまでにハワイへの救援部隊を動かせないと手遅れになる・・・やってもらえないか?」

 

 そんな短時間でできる事と言えば国会議員への根回しだけ、とてもではないが決議にまで持ち込むなど総理であっても物理的に不可能である、と即座に理性が弾き出した答えを口にしかけ田所は言葉を噛み潰す様に歯を食いしばる。

 それを自分が認めてしまえば子供の拙い言い訳の様な理由で軍隊を動かしたというレッテルを貼られ目の前の自衛隊士官達と一蓮托生で今の地位だけでなく命すら失うかもしれない重すぎるリスクを他ならぬ今まで歯車の様に誠心誠意仕えてきた国家から押し付けられてしまう。

 

「あまりに無理ばかりを押し付けられても私達には対処が出来ないと考えてはいただけませんか?」

 

 表情は微笑んだままであるが横から声を上げた茅野の口調は少し強張っているがテーブルを挟んで詰め寄ってくる中村の要求を遮ろうとしていた。

 しかし、自分を庇うように矢面に立った補佐の姿に田所は同意も反論も出来ずにただ口を一文字に結ぶ。

 

「付け加えておくとハワイの米軍の動き如何によっては前提がひっくり返るって事も忘れてくれるなよ?

 俺達はもちろんアメリカ本国もいつハワイの司令部が新兵器のスイッチを押しちまうか分からない、正直に言えば今日明日にでも動くべきなんだ」

 

 文字通り人生のかかった選択を前に沈黙する田所に対して若干の焦りを宿した中村の言葉が重ねられ返答を急かす。

 だがこの困難な状況を全てを丸く収め解決する方法など日本にいる全ての国防に係わる者であろうと持ち得ない事は彼らにとっても分かり切った事実だった。

 そして、雪が降りしきる音が聞こえる程に重い沈黙が広間に落ち、あまりの気まずさに普段から賑やかさ権化とまで言われる那珂と阿賀野ですら一言もしゃべる事が出来ずにお代わりのカレーを口に運ぶ事しか出来ないでいる。

 

「はぁぁ・・・なんか都合の良い理由はないもんかな・・・ぅぉっんんっ!」

 

 ガシガシと乱暴に自分の頭を掻きながら蟠った不満ごと溜め息を吐き出した中村は沈痛な顔で黙り込んでしまった田所から顔を背けて周りを見回し、会話に口出しする事無いが刺す様な鋭い視線を自分へと向けているピンクと銀色の陽炎型二人の様子に気付いて小さく恐れ慄く様に呻いてからそれを誤魔化す様に不知火と浜風がいる方向にあるテレビを指さした。

 

「司令、不知火になにか?」

「あーえっと、悪い、ちょい気分転換がしたいからテレビつけてくれ、面倒なら浜風でもい」

 

 不知火から未だに慣れない低い声と刃物の様な視線を受けながらそう指示を出した直後、獲物へと飛び掛かる獣の様に身を翻した二つの影がテレビの主電源スイッチと別のテーブルに置かれていたリモコンのボタンへと飛び付き。

 まるで銀髪を翻し拳銃の様にリモコンをテレビに向けた浜風とテレビ本体のスイッチを貫く様に押し込む不知火の視線がまるで早撃ちを競うガンマンの様に交差した。

 

『・・・際に消息不明となった船員の遺族が米政府を相手に起こした裁判がまた再審理へ戻る事になったわけですが、それについて本日はアメリカの法律に詳しい専門家の方々に・・・』

 

 そして、どちら駆逐艦娘によって電源が入れられたか分からぬまま型落ちの液晶テレビが一瞬のざらつきの後に夕方のニュース番組らしい映像を映し出しキャスターの声が聞こえ始める。

 

「は? まだこの裁判終わってないのかよ、消息不明ってもう船体は見つかったって米軍には連絡してるはずだろ」

「・・・あちらにも都合と言うモノがあるのでしょう、今の大統領は他候補の自滅という漁夫の利で当選した上にまだ就任一年目、政治的な地盤が固まるまでは前任者が失脚した原因の一つに手を出すのは時期早々と考えているのでしょう、大方担当者に緘口令が出ているといった所ですか」

「まったく、そんなとこでも日本が割り喰ってんのか、よ・・・はっ?」

 

 今は少しの間だけ問題を棚上げにすると態度で示す中村の呆れ声に田所は下馬評では三番人気であったと言うのに大統領に当選した人物とその周りの環境を思い浮かべ。

 この激動の時代で国を率いる立場に立つ事になるなど幸運なのか不幸なのか分かったものではないと肩を竦めた田所が何気なくテレビに映る数人の弁護士や評論家が並び人気タレント達が賑やかすバラエティ色の強い番組に顔を向けたと同時に中村が驚愕の声を上げて身を乗り出した。

 

「司令官?」

 

 テーブルに身体を突っ返させながらテレビに向かっていきなり身を乗り出した中村を吹雪が不思議そうな顔で見上げ。

 

「か、船籍だけじゃなく、艦隊指揮権も残ってるだと!?」

 

 テレビの向こうで時事問題だけでなく軍事にも詳しいのだと豪語する評論家が勿体ぶった言い方で口にしたあまりにも荒唐無稽な情報に中村が驚きの叫びを上げた。

 




 
駆逐艦H「流石にやりますね」
駆逐艦S「そちらこそよ、浜風」

二人『ですが、司令の命令を遂行したのは私の方です』

直後に始まるテレパシーによるレスバトル!

このあと他の姉妹から滅茶苦茶怒られた。
 


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第百二十四話

 
果たしてこれで良かったのだろうか? と。

自問自答は尽きない、それでも。

他愛ない悩みに満ちた日々へ戻る為に。
  


 あの島の名は確か・・・カパパ島だっただろうか。

 

 ふと遠くに見える島影と陽炎で揺らめくほど熱された空気が潮風に乗って吹き抜けるハワイ諸島はオアフ島の湾内から見える景色に憂鬱な溜め息が漏れた

 杞憂の原因は現地の漁師がたまに立ち入る程度の無人島であるから防衛の優先度が低いと言う事ぐらいの情報しかないその島のさらに向こう。

 太陽に照らされた砂地の海底まで透き通るエメラルドグリーンが途中から蒼い宝石(瑠璃)を液体にした様な濃厚な群青に変わり、果てしなく空の境目まで塗りつぶして広がっている。

 

「それにしても気温三十六度か・・・何が間違ったらこんな事が起こるっ」

 

 昨日の未明から今日の朝日が昇る直前まで深海棲艦に翻弄され、何とか拠点である護衛艦に逃げ戻ってから数時間。

 お世辞にも寝心地が良いベッドではなかったが護衛艦の私室で仮眠をしたが今も徹夜よりはマシと言った程度に目元がチリチリしている。

 とは言えどれだけ現実が辛くても深海棲艦が造る異常な箱庭に飲み込まれ文字通りの全滅の憂き目に遭うとなれば悠長に布団の中で微睡んでいるわけにもいかない。

 

『せやなぁ、ホンマ冗談や無いわぁー言いたくなるぐらいえらいこっちゃやね』

 

 今日の日付は十二月二十四日、時間は正午過ぎ。

 

 俺が座っている艦橋を覆う全天周モニターの上方に表示され照り付ける様に降り注ぐ太陽の輝きが沈み夜が来れば俗に言うクリスマス・イブの始まりというわけなのだが。

 大多数の人間にとっては待ちに待った冬のイベントの当日だと言うのに温度計が示すのは如何にここが常夏の楽園と称されるハワイと言えど現在の季節から考えればあり得ない数値。

 それに異常なのは海の色や気温だけではない、ざっと見ても海水温や塩分濃度、海流すらも過去の記録と比べると全くの別物になっている。

 

『まっ、何事も悩み過ぎたら碌な事にならんし気楽に行こや』

 

 そして、風速計は常に突風と言って差し支えない15m/s前後でデジタル表示を揺らし、非情にもその数値が正しい事を知らせる様にコンソールの上に立体映像で表示されている龍驤の赤い袖や焦げ茶のツインテールが荒れ狂う向い風の中で暴れる吹き流しの様に勢い良くたなびいていた。

 

「・・・すまない、気を使わせてしまっているな」

『あはは、なんや改まってぇ、キミとウチの仲やろ、謝らんでええって』

 

 熱気を帯びた強風が押し寄せる海の上に立っているだけでなく空母と言う艦種から遥か遠くまで見通せる能力によって自分達が置かれている状況の異常さと危険を誰よりも実感している筈なのに普段と変わらず笑い、努めて明るく振る舞っている龍驤の声には本当に頭が下がってしまう。

 

「提督、偵察機隊の燃料と障壁、ともに消耗が激しいです・・・これ以上の偵察を続ければ帰還不能になる機が出ると思われますの」

 

 そんな龍驤から一方的に励まされている様な状態に申し訳なくなってきた俺へと同じ艦橋にいる臙脂(えんじ)色のセーラー服が長く細いツインテールを猫の尾の様に揺らしながら振り返る。

 

「ああ、分かった、・・・なら退けるうちに全機戻してしまおう」

 

 振り返り報告する間もメインモニターに触れたまま艦載機制御の補助を続けているらしい三隈の肩越しに龍驤が少し前に空に放った艦載機から送られてきている映像を表示する幾つものウィンドウが見え。

 そこに映っていた現実離れした猛獣の大口にも見える津波がお互いを食い合う様にぶつかり合い水柱を弾けさせる光景に俺は胃が鉛にでもなったかの様な重みを胸元に感じ、漏れかけた呻きを噛み殺しながら艦載機の帰投を指示する。

 

『んぅ? なんや、みんな戻してまうん? 言うても今見失ってもうたらアレをあん中からもっかい見付けんの面倒やで、キミぃ』

 

 艦載機から送られてくるその光景も真昼の太陽の下だと言うのに全く透明度が無く、鉱石にも似た反射を見せる海原には絶えず数十mの津波が生き物の様に蠢き。

 宝石を液体にした様な海が大小無数の波によって迷宮を形作るその中心では白い大輪の華にも見える長くきらめく白銀の髪と重厚な黒鉄で両手両脚を鎧う深海棲艦が紅い灯を宿す瞳を険悪に顰めながら俺達、正確に言うなら上空を飛ぶ龍驤の艦載機を見上げている。

 

 空母棲姫、玉座の様な金属質のイバラに座る姫級深海棲艦がそこから動かず、周囲の随伴艦にも本格的な迎撃をさせる気配がないのは荒れ狂う瑠璃色の海が驚異的な生命力を持つ深海棲艦であっても危険だからだそうだ。

 

 ・・・根拠は俺の頭の中だけに届く妖精からのイメージ。

 

 しかもそれを自分の勘や推測と言う形で周りに言い触らしていると自分がオオカミ少年になってしまっている様な気がして嫌になる。

 

「戦闘機はなるべく温存したい、これからの戦いで頼りにできる空母は君だけ、だ」

『さよか、まっ、頼りにされてるっちゅうんは悪い気分やないね』

 

 そうしている間にも偵察機から送られてくる映像ではハワイを囲み込み今も広がり続けている液体鉱石と化した海とそこから海水をホースの様に吸い上げる竜巻がその暴威をこん棒の様に無造作に振り回している。

 

 常軌を逸した大爆弾低気圧と超々高気圧が数十m程の距離で隣り合うと言う超自然現象によって無理矢理に作り出された竜巻とそれに運ばれ空飛ぶ海流。

 形状は太平洋戦争時主流のプロペラ機でありながら海上自衛隊で運用されている哨戒機と比べても遜色ない探査機能を持った零式艦上戦闘機達が伝えくる正確な情報とそれらに対していちいち注釈をイメージ画像で送りつけてくる三等身のおかげで胃だけでなく頭まで重くなってくる。

 

 これならあの空飛ぶ海水の蛇が原理が分からない念動力だとかで作られていると言われた方が対処不能であるから考えるだけ無駄と割り切る事が出来ると言うのに、いや、猫吊るしの手を借り敵である姫級の手札をあらかじめ覗き見れる俺の特異性はこの場では間違いなく幸運なのだろう。

 そうと考えでもしないとハワイ諸島を丸ごと飲み込もうとしている姫級深海棲艦の限定海域が完成していまうまでの残り少ない時間にチャンスを求めてあそこへと突入する事を決めた自分自身の決断と意志が揺らいでしまう。

 

「それに・・・奴のいる場所までのルートはもう分かった(・・・・)、問題ない」

 

 目の前の困難を投げ出して最悪の結果を受け取るなんてそれこそ冗談じゃない、と迷いを切り顔を上げ。

 敢えて大きく息を吐き出し肺の中身を入れ替えるように深く空気を吸って虚勢を張って俺はそう言い切る。

 

『はいよ、その言葉とウチらより鋭いキミの感覚信じるで、ほな! みんな戻っといで~、帰ってくるまでが偵察やからね』

 

 そして、自分がラジコンの様に遠隔操作するいわば無人機械に対してまるで遊びに出かけた子供を呼び戻す様に呑気な声が指揮席のスピーカーから半径数mの艦橋に響いた。

 

 その声の調子だけを聞いたなら彼女が普段と変わらない状態と勘違いしてしまっていたかもしれない。

 

 だが、俺の目の前にあるコンソールパネル上の立体映像、現在の残弾数や燃料だけでなく彼女の身体の中の霊力の流れから現在の精神状態や霊力障壁の強度、さらに肉体的な疲労の度合いまでもが龍驤の体の各部を指す矢印と共に表示されている。

 もっともその赤文字の警告や詳細を確認せずとも半透明である為に色合いが不鮮明ではあるものの目蓋を強く閉じ目元と眉間にシワを寄せている龍驤の表情を見れば今の彼女がどれだけの精神的な重圧の中で姫級深海棲艦の造り出す巨大な竜巻と海水の大蛇に襲われる艦載機達を操っているのかは一目瞭然だった。

 

「提督、大丈夫ですか?」

 

 自然環境すら意のままに塗り替える姫級深海棲艦の能力とその周りを囲む数十の随伴艦の戦力を知れば知る程に絶望的な戦いになる事が分かると言うのに上司部下と言う肩書だけでなく龍驤が自分に向けてくれている好意まで利用して俺はこれ以上ない程の負担を彼女に要求している。

 

「何がだ? 俺は問題ない」

 

 三隈が心配する様にかけてきた声に強張りかけた口を何とか動かし簡潔かつ偉そうなセリフを吐くが、その裏ではこれから()は龍驤だけでなく三隈を含めた艦娘達の命を無謀な試みに巻き込むんだ、とぶり返す様に湧き上がった後ろめたさへの嫌悪で頭がどうにかなりそうになる。

 

 その嫌悪感の原因は死ぬかもしれない戦場へと彼女達を先導する事に対してではない。

 

 それは自衛隊の士官候補生の頃から先達からの教えとして学び、反復し実践し当然に覚悟するべき取捨選択の心得で、曲がりなりにも数え切れないぐらいの深海棲艦との戦闘を経た僕にとっては艦娘の指揮官として当然の事と言える基本的な思考でしかない。

 そして、それに付け加えるならば僕にとって自分の選択の結果で自分自身が死ぬかもしれないと言う事に対する恐怖は殆どない、もちろんそこには最善を尽くした結果ならばと言う言葉が付くけれど。

 

 とは言えあらゆるモノ、それこそ味方の命すら犠牲にしてでも生き残りたいかと言われれば答えは否だ。

 とてもではないが自分と同じく似て非なる世界から転生してきた境遇でこの世界を生きている欲深い悪友(中村義男)ほどの生き汚さを自分が発揮できるとは思えない。

 

 しかし、それは間違っても自分がアイツより清廉潔白であるからだ、なんて言うつもりはない。

 

 単に取り返しのつかない後悔だけを抱えて死んだ記憶と比べれば少なくとも今の僕は前の僕よりちゃんと生きていると思えている。

 だから、その考えは一度目の人生と同じ様に家族も立場も全て失った時に味わった虚無感を抱えて死ぬくらいなら、という程度の話でしかない。

 

 僕にとって今抱えている心の疼きの正体は作戦が失敗しても成功してもまず間違いなくあの領域に突入するメンバーは全員命が無いという事にではなく。

 死ぬべき艦娘と生きるべき艦娘を、他人の命の重さを本当は情けない()の価値観で選んでしまった事が虚勢を張る()にとって何よりも苦しかった。

 

「・・・三隈、君は今からでも後方待機としてはつゆきに戻る気は無いか?」

 

 だと言う事を自分に言い聞かせていると言うのに、不意に自分でも今更だと感じる身勝手な言葉が口から吐いて出ていた。

 

「提督?」

 

 呆気にとられたらしい三隈のつぶらな瞳が瞬きする様子に対して勝手な後ろめたさを感じて顔を背け、メインモニターの左舷後方に見えるここ数日のハワイ防衛で僕達の拠点としてこれ以上ない程の働きをしてくれている護衛艦を見る。

 本来なら六年前に後継艦にバトンタッチした時点で退役する予定だった所を延命され、深海棲艦との戦いに後方支援艦として参加し、一年前にはさらに艦娘の拠点艦として改修を受けて【はつゆき】はハワイで防衛の一画を任され。

 そして、今回のハワイ沖での戦いで受けた損傷を修繕する際に並行して行われた突貫ながらも大規模な現地改修によって、はつゆき型護衛艦のネームシップは再びその艦影を大きく変えた。

 

「防衛に優れたキミの能力は今後必ず必要になる、だから・・・」

 

 けれどどうせ死ぬならと後ろ向きになった弱気な考えがあの絶望的な戦力差を持った敵からより多くの人命を守る(たった一人を逃がす)為に三隈が拠点艦に残っていた方が良いなんて数時間前に彼女を必要な戦力として出撃艦隊に加えた自らの判断を翻そうとさせる。

 だが直後に、犠牲になる人数は少ない方が良いとか、キミは生き残るべき艦娘だとか、自分でも薄っぺらだと感じる理由を続けて口にしようとした俺は口ごもり、そんなものは耳に聞こえの良い言葉で飾った不誠実だと自嘲する。

 

 本当は昨晩の俺の判断ミスで引き込まれた姫級深海棲艦が支配する迷宮から脱出する際に相手の異能力によって身体の内側に少なくない負傷を受けた駆逐艦娘、艦娘達の指揮官となってから俺と最も長く一緒にいた彼女を死なせたくないだけなのだ。

 今、拠点である護衛艦(はつゆき)の治療装置の中で眠っているあの子が生き残る可能性が高くなるなら、と三隈の考えや事情など知らないとばかりに、自身がそれを最も嫌っているくせに、また俺は自分勝手に他人の命の値段を付け替えようとしている。

 

「提督っ!!」

 

 そんな事を言えば彼女に怒られるのは当たり前で予想するまでも無い、だから、強く正面から指揮席のコンソールを叩く音と苛立ちに満ちた三隈の声になけなしの虚勢を張って動じず何でもないふうを装い、滅多に感情を荒げる事のない重巡が柳眉を逆立てている様子と向かい合う。

 

「この三隈をあまり見くびらないでいただけます?」

 

 よっぽど俺の優柔不断さから出た言葉が癪に障ったのか普段から滅多な事では動じず丁寧な言葉遣いと朗らかな態度を通している少女が放った怒りに満ちた声にただ頭を下る。

 

「・・・しかし、いや、すまない今更な事を言った」

「まったく・・・もしかして提督は私が添い遂げる覚悟も無く殿方に抱かれる重巡だとでも思ってらっしゃるの?」

「へっ?」

 

 そして、最近絶える事のないストレスからか妙に乾く喉で無理矢理に唾を飲み込もうとしたのが悪かったのか、単純に隙だらけだったからか、俺はそのすぐ後に三隈が繰り出した行動をマヌケ顔で見ている事しか出来なかった。

 

「そうだと言うなら提督と言えどくまりんこへの侮辱は許しませんわっ!

「ぉあっ!?」

 

 突然、正面から勢いを乗せて身を乗り出してこちらに突っ込んできた三隈の物理的な迫力(おでこ)に弾かれて指揮席の背もたれへと押し付けられる様に仰け反る。

 不意打ちではあったが手加減はされている、さもなければ仲間と訓練中にぶつかって骨が二、三本折れたなんて事を笑い話にする様な艦娘に本気の頭突きをされれば俺の頭には血の花が咲いていただろうからだ。

 

「痛ぅ・・・そっ、添い遂げるって、それとこれとは話が」

 

 それはともかく前触れなく額を襲った鈍い痛みに戸惑いつつジンジンと痛むそこを反射的に手で押さえながら文字通り俺の目と鼻の先にある口をへの字にした三隈と見つめ合う。

 

「いいえ、一緒ですわ! 昔から夫婦とは死に別れるまで寄り添うものと相場が決まっています!」

 

 それは何時の時代のスタンダードなんだ、と突っ込む余裕も無くあと少し近付けば肌がくっついてしまうだろう距離で力説する高校生ぐらいの年頃にしか見えない重巡艦娘の言葉に自分の身から出た錆を思い出す。

 

 敵の第一波を退けて偶然に得た休息の一日目でいつ敵が現れてもおかしくない状況に精神が高ぶっていたとか、儚さを感じるほど可憐な仕草から繰り出された誘惑に抗えなかったとか、もしかしたら明日明後日には成すすべなく死んでしまうかもしれない未来に対する不安だとか。

 

 非常に個人的な理由は数え切れないぐらいあるわけだが、艦娘の指揮官が順守すべき規則に抵触するアレコレを目の前の三隈とやってしまった事だけは最早変えようがない。

 

「ふ、夫婦は少し言い方が何と言うか、表現と言うか、色々と問題があるんじゃないだろうか?」

「表現って私そんなに変な事言ってます?」

 

 そして、数日前の艦内で諸事情から歩きにくそうにしていた三隈の姿や、この忙しい時に動ける艦娘を減らさないで、と呆れと共に俺の愚かさを嘆く矢矧に説教されひたすら恐縮して平謝りした記憶が勝手に脳裏に浮かび上がる。

 それら全て全面的に俺の責任であるのは間違いないのだが、少しでも誤魔化せればと目と鼻の先でムッと眉を顰めながら小首を傾げている三隈の様子を窺いながら言い訳にもなっていない言い訳と言うか論点逸らしを喉から絞り出す。

 

『あんなぁ、かまととぶっとらんで司令の立場も考えたりよ、それにたった一回で正妻(・・)気取りってのはちょい気が早いちゃうん?』

 

 龍驤、その言葉は俺への援護として言ってくれたのか?

 むしろ俺にとって反らしておきたい話にわざと近づけている気がするんだが。

 

「あら、失礼ね、でもそれを言うなら三隈は油断を誘って提督を押し倒す方達にこそ立場を考えて頂きたいですわ」

『ほーん、・・・ウチはオボコのまま死ぬんは嫌やーって泣き落としやるんも大概やと思うよ? ホンマは死んでまうかもなんてちっとも思っとらんクセになっ』

「まっ!? もぉ、空母は抜け駆けだけじゃなく盗み聞きもお上手なのね!」

 

 何故か俺から目を逸らす事無く通信機ごしに龍驤と言葉の応酬を始めた三隈を止める事も出来ず、そして、身を苛む深刻さの質が全く別方向の代物に変わった事にも付いて行けず、ただハワイの周囲を取り囲む深海棲艦の脅威と同じレベルで自分が追い詰められている様な錯覚に震える。

 そんな蛇に睨まれたカエルの様になった俺の前でヒートアップしていく重巡と変わらず飄々とした口調の空母の会話は俺個人が表沙汰にしたくない話だけでなく。

 今年の夏頃の鎮守府で龍驤と待ち合わせた時間と場所に何故か金剛がやって来た理由やとある休日に伊勢が俺の私室にやって来た事情など俺自身すら知らなかった裏話にまで飛び火し。

 龍驤が二人の戦艦娘相手の仲介役をしていた上に大量の報酬(コイン)まで受け取っていた事を重巡から攻められれば、空母は三隈が深海棲艦の出現が無かった場合にハワイでの演習任務のボイコットを企みそれを思い直す事を条件に俺との関係をステップアップさせよう企んでいたと暴露する。

 

 こんな刻一刻と危険が迫ってきている状況でする話じゃないだろうと頭を抱えてたくて仕方ないのだがそれすらも三隈は許してくれず。

 不意にフワリと柔らかい前髪ごしに三隈のおでこが俺の額に今度は優しく触れて指揮席のヘッドレストに挟まれた俺の鼻を清潔感のある石鹸の香りが擽った。

 

「提督、三隈はたとえアナタからの命令で降りろと言われても降りてなんてあげません、ましてその理由が自分の恋敵を守る為にだなんて冗談じゃないです」

「っ!? 恋だなんて、俺は・・・あの子に対してそんな感情はない」

「でも、提督にとって私や龍驤よりも生きていて欲しい艦娘なんでしょう?」

 

 いつの間にか龍驤との舌戦を止めたらしい三隈が口にしたこちらの頭の中身を見透かしたかの様な囁きに息を詰まらせ。

 

「さっきからチラチラとはつゆきの方を気にしてるぐらいだもの、未練がましく」

 

 絞り出す様に吐き出した言葉は俺を覗き込む黒い鏡の様な瞳の前に容易く一蹴され。

 逸らそうとした視線は頭ごと臙脂色の長袖に包まれる様に抱きしめられて数秒間、俺と彼女の距離がゼロになった。

 

「んっ・・・だからあの子にも三隈との格の違いを教えて上げないと、その為にもあの姫級を撃沈して全員で作戦通り【はつゆき】と合流しましょう、一人も欠ける事無く、私達と提督なら絶対にできます」

「友軍への裏切りだけじゃなく民間人も見捨てて逃げ出す、自分達が生き残る為だけにそんな作戦を立てる男にはそこまで言ってもらえる価値があるとは思えないんだけどな」

「上手くいけばハワイの人達も助かる望みに繋がります、むしろ緊急事態だからと言って他国の軍人を顎で使う様な非常識こそが糾弾されるべきですわ。

 進んで矢面に立って上げると言うのですから米軍の方々はくまりんこ達に最大限の感謝をするべきですの」

 

 澄まし顔で言い切られたいっそ傲慢と言って良い程の強かな物言いに指揮官であると言うのに俺は部下である少女の姿をした重巡に対して憧れにも似た感覚を覚えてしまい、艦橋の円形通路で背筋を伸ばす眩しいぐらいの自信に満ちた三隈の姿に苦笑が漏れた。

 少なくともハワイの米軍を指揮する将校達の言う通りに外部からの確たる救援が期待できないまま闇雲に防衛だけに注力していれば助けが来る前に俺達は深海棲艦の餌になるのは間違いない。

 

「ああ、それに憲法を鑑みれば今の俺達全員、弁護のしようがない違法状態なわけだからな、今更か、ここに来てから今更な事ばかりで参ってしまうな」

《毒を食らわば皿までって言うやんか、ほい、偵察隊の全機帰投を確認や、着艦始めるで~》

 

 気付けば堂々とした彼女の言動のおかげでこれから自分達がやる非常識な作戦に対する後ろめたさが軽くなった様で、年下の女の子に煽てられその気になってしまったらしい自分の移り気具合には我ながら呆れてしまう。

 

 だが三隈の言う通り、俺達が立てた作戦が全て上手くいけば確かに望みは繋がる。

 

 その成功確率が1%にも満たない楽観でしかないと言う事も分かっている。

 

「ああ、・・・より早く、なおかつ確実に空母棲姫を撃破して離脱する、すまん二人とも無茶に付き合ってくれ」

 

 だが俺は目の前で片手を胸に当て澄まし顔で胸を張っている三隈へしっかりと頷いて敢えて自分に言い聞かせるようにそう言い切った。

 

 そうしていると空から聞こえてくるプロペラを回すエンジンの音が聞こえ、大きく羽ばたく様に巻物型の航空甲板が広がる様子が艦橋のメインモニターに映り、機体のあちこちに刃物のような風や銃弾じみた水飛沫による損傷が見えるものの発艦した時と同じ数で帰って来た戦闘機達を龍驤が迎えていく。

 

《せや、やってやれん事やない、姫級がなんぼのもんや!》

「ええ、もちのろんです」

 

 これから俺達はRIMPACの開催に乗じて自衛隊によってハワイに持ち込まれた結晶基幹を搭載した障壁装置、それを装備した通常艦の艦列がハワイの海を侵食する瑠璃色を押し止めている間に最短距離であの荒れ狂う海の迷宮と空から襲い来る竜巻の鞭の中を駆け抜け空母棲姫を撃破しなければならない。

 

 そこまでが在ハワイ米軍や環太平洋合同演習に参加した為に巻き込まれた他国海軍と自衛隊(俺達)が共有している作戦行動。

 

 だが自衛隊所属の護衛艦三隻は隙を見て多国籍の防衛作戦の途中で離脱してまだ瑠璃色に染まっていない深海棲艦が発生させた霊力力場が最も薄い僅かな隙間を突破し外海に脱出する。

 そして、俺と三隈達が上手く姫級深海棲艦を撃破したなら海上に発生している力場の中心を失った未完成の限定海域の崩壊もしくは混乱する事を可能性が高く、そこに乗じてハワイから離れて外洋で待っている護衛艦達と合流する。

 

 仮に俺達が空母棲姫の撃破に失敗したとしても【はつゆき】に残っている矢矧達が指揮官として最低限の適性、単艦運用ならできるようになったという数人の自衛隊員と協力して日本で計画されているハワイへの救援の開始まで生き残ってくれるだろう。

 

 龍驤が偵察部隊を飛ばしていた際にふらりと俺の手元に現れた刀堂博士(全ての元凶)曰く、空母棲姫の造ろうとしている異空間は既にハワイ諸島を三日月形に囲み、あと一日以上その拡大を放置すれば完全に包囲された俺達は瑠璃色の壁で覆われた箱庭に南の島ごと閉じ込められるという。

 そして、姫級深海棲艦を中心に見た目と中身が釣り合わない圧縮された空間と高濃度マナ粒子による隔たりが発生した今朝から艦娘の姉妹艦通信(テレパシー能力)もほぼ使えなくなった。

 ざっと思いつく不確定要素を上げただけでも成功する可能性が地を這う程低い事は分かっているがこれぐらいの事をやらなければ待っているのは深海棲艦によるハワイ諸島にいる人間の虐殺と言う最悪のシナリオ。

 

 誰かが貧乏くじを引いて情報の規制を行っている日米政府を動かす理由を作らないと誰も助からない。

 

「だけど、叢雲が吹雪から最後に聞いたという話が事実なら、義男が動いているって言うなら・・・時間さえ稼げばアイツは来る、どんな手段を使ってでも絶対に」

 

 それは機密事項が多いからと俺達を助ける為に動いているという事ぐらいしか分からない話だった上に、何時どの程度の規模でどんな方法で日本がハワイへの救援を行うかかも分からない。

 俺は明日には生きているかどうかも分からない、なのに下手をすれば一週間後どころか来年になっても来ない可能性の方が高いのだから笑うしかないわけだが。

 

「提督ったらあのいい加減な人の事をそこまで、・・・なんだか妻である私より信頼されてるみたいで妬けてしまいます」

 

 手元のコンソール上に表示された時計が作戦開始まで後一時間を切った事を教えてくれる。

 護衛艦達の方を横目に確認してみるがまだ他の出撃メンバーの姿は見えない。

 

 まぁ、準備があるんだろう、それに俺よりも遥かに勇敢ではあっても突然に命を捨てる覚悟をしろと言われて躊躇いが無い方がおかしい話だ。

 

「いや、信頼と言うよりは経験則だ、それに俺はアイツに返してもらわないといけない貸しが数え切れないぐらいある、・・・なんだ、ははっ」

 

 潔く死んだ方が良いなんて考えていたくせに、意外に身近なところに死ねない理由があったじゃないか。

 

「提督?」

「いや、大した事じゃないよ」

 

 重苦しい腹の調子は相変わらずだがかしましくも頼りがいのある仲間のおかげで絶望的な現実に少しだけ前向きに立ち向かえる様な気がする。

 と、そこまで考えていたところで俺は三隈へ念の為に言っておかなければならない事がある事に気付く。

 

「あー、ところで三隈、その・・・さっきから言ってる妻って表現は少々問題があるから止めてくれないか?

 何と言うか、他の皆が動揺して作戦行動に支障が出るかもしれないからな」

 

 女々しい言い訳を口にしているのは重々承知しているし、自分がやってしまった事をなかった事にしたり棚上げする様なつもりはないけれど、物事には時と場合と言うモノがあるわけで。

 それに放っておくと目の前のお嬢さんは注意されなかったからなんて言って容赦なくさらに外堀を埋めてくる様な気がしてならない。

 

 まぁ、そんな杞憂も絶望的な戦力差を持つ空母棲姫を中心とした数十隻の深海棲艦との戦いで生き残れたらと言う、もしもの話でしかないのだがどんな時でも明日には命ごと消えているかもしれないとしても後悔と後顧の憂いは少ないにこした事はない。

 

「あら、提督ったら恥ずかしがって、ふふっ♪ ではどう言えばよろしいですか?」

《そら、あれや、二号さんとかでええんちゃう?》

「まぁっ、それならくまりんこは一号さん以外は認めません」

 

 俺が不特定多数と不埒な関係を作る事そのものへの疑問が全くないらしい二人の様子に今月に入ってから絶えずストレスで痛めつけられている俺の胃が容赦なく雑巾の様に絞られた様な気がする。

 思い起こせば金剛との関係改善のアドバイスを義男から受けた時に奴が「お前もいつか俺と同じになる」とかやたら深刻そうな声で意味深なセリフを吐いた。

 つまりあれはこう言う事だったのか、だったらもうちょっと詳しく説明しておけよ、内心で此処にいない親友へ向けて文句をつけ。

 そんな事をやってもマシにならない胃の痛みにたまらずに溜め息を吐き出した俺はあの詐欺師まがいの悪友ならこう言う場合にどんな調子の良い嘘を並べて逃れるのだろうかと考えてみた。

 

「あー、何と言うか、例えばだが・・・ケッコンカッコカリとか?」

 

 咄嗟にこぼした俺の呟きで艦橋の三隈と立体映像の龍驤が揃って呆気にとられたように目を丸くした様子に自分の発言を心の底から後悔する。

 

「なんて・・・は、はは」

 

 昔から、それこそ前世から分かっていた事だが俺には場を和ませたり相手を上手く言い包める為のユーモアを使いこなす事が出来ないタイプの人間なんだな、と再確認しながら乾いた笑いを力なく漏らす。

 

 別に今すぐあの悪夢の瑠璃色に飛び込みたいわけではない、だが出来るだけ早く他のメンバーが来て欲しいと願いを込めて俺は海上拠点である護衛艦を祈る様に見詰めた。

 




同時刻、護衛艦【はつゆき】艦内某所

「そこを退いて下さい、赤城さん」
「島風出撃しまーす!」
「どこへ行こうと言うんですか?」

「離せ! はーなーせってんだ、こんちきしょー!!」
「暴れるな! お前が出撃を私に譲ればいいだけの話だろうが!」

「愚問ですね、聡明な赤城さんにしては珍しい」
「・・・答えになっていませんよ? 加賀さん」

「今は次の任務に備える時です! 磯風っ!」
「谷風は遊んでないでさっさと準備なさい!」

「無論・・・提督の下に、あそこが私のいるべき場所ですから」

「かー! これが遊んでるように見えるってのかい!? いい加減怪我人は引っ込んでろてんだ!」

「やはりそうですか、分かりました・・・仕方ありませんね」

「こんなかすり傷程度に入渠など必要ない! 姉妹艦と言えどこの私を侮る事は許さんぞ!」

「ええ、貴女になら分かってもらえると思っていたわ、あか、ぎぃっさぁ!?」

「だからどこ引っ張ってんだい! 脱げるって、脱げるって言ってんだろぃ!!」

「いた、痛いっ! お、折れるぅっ!!」
「赤城さん、ちょっ、それは流石にダメですって!?」
「あっ、加賀さんは私が何とかしますから五月雨さんはあちらのお手伝いをお願いします」
「今です! 磯風をクレイドルに!」
「ええっ!? ・・・はいっ! 頑張ります!」

「あの二人と司令だけってなんか嫌な予感がするから早く合流したいのに、みんな早くしてよ」
「だったら携帯いじってないでこの武勲馬鹿を押し込むのを手伝いなさい!」
「五月雨にお任せください! やぁああっ!」

「無理言って代わってもらって悪いわね、今度何か奢るわ」
「なら、帰ったら間宮でスイーツパーティーね♪ 遠慮なんてしてあげないわよ~」
「ふふっ、望むところよ、お互い必ず生きて帰りましょう」

「全員揃わないと出ちゃダメって言われちゃった! みんな、準備おっそーい!」

 なお作戦開始、約四十分前の出来事である。
 


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第百二十五話

 
エイリアンだろうが怪獣だろうがただの的!
深海棲艦だって焼き魚にしてやるぜ!

これは映画の中だけじゃなく現実でも変わらない不変の条理だ。

そうさ、当たりさえすれば絶対に勝てる。

そうじゃないといけない。

人類にとっての最強の武力を象徴する存在は。
世界(アメリカ)を守る戦争抑止の力は。

・・・艦娘なんかじゃない。

コイツ(・・・)でなければならないんだ・・・。
 


 

 脆弱な人間にとって深海棲艦の領域(悪夢の世界)と化し、今も自分達に向かって迫るペンキの様な光沢の群青が蠢く沖から熱風が吹き付ける。

 二年ほど前からのハワイ勤めのおかげで若干日に焼けた肌から流れ出す汗をそのままに少尉を意味する階級章が縫い付けられた制服の前を乱暴に開いた白人男性は苦虫を噛み潰した様な顔で真夏の風よりも熱い空気の中を歩く。

 

クソッ!(Darn it!)

 

 そのジェームズ・ジョンソン少尉が漏らした小さくも強い不快感がこもった悪態は周囲の誰の耳に届く事なく港とそこに停泊する船達の間を吹き抜けていく強い風に吹き飛ばされて掻き消される。

 しかし、その言葉が向けられている先は突然に海の底から現われた深海棲艦と言う名の怪物共に対してではなく自らに課せられたある任務へであり、同時にそれを跳ねのける権限を持たない自分の不甲斐なさを批判する思いだった。

 

[ひいては世界平和の為? 言い訳するならもっとマシな理由を考えろ!]

 

 怒らせた肩と分厚い胸板に溜まった鬱憤を母国語(英語)に変えて吐き出した彼にとっての幸運はその不平不満を聞きとがめる人間が周囲にいない事。

 もっともその場に他の人間が居たとしてもその見るからに怒り心頭に発している様子の米軍人に自分から近付きたいと考える者はきっといなかったかもしれないが。

 

 しかし、そうやって悪態をへの字にした口からこぼしてはいる青年だが屋台骨が折れかけている在ハワイ米軍の司令部から伝えられた軍事機密とそれに伴う作戦の内容そのものに対しては感情的には納得は出来ていないが、それと同時に自分達が置かれた状況を客観的に見てその命令に従う他に選択肢が無いと言う事も若き少尉には分かっていた。

 

 自分の中で一向に噛み合わない感情と理性のせめぎ合いで眉間に深くシワを刻んでいたジェームズは気を紛らわせる為か、かつての太平洋戦争で祖国の敵対者であった日本の軍艦から記憶と魂を受け継ぎ産まれた艦娘と呼ばれる女の子達の事を思い浮かべる。

 

 彼が艦娘の存在を知ったのはまだ彼女達が公の場に顔を出す前も前、戦後の日本の裏側で当時の政権だけでなくGHQすら手玉に取って引っ掻き回した上に科学だけでなく広い分野で国際的に重要な特許を無数に所有していた科学者であり、アメリカの一流事業者すらモンスターカンパニーと呼ぶTower's International Association(大塔財団)を作り上げた人物の一人。

 件の大企業にとって最大の助言者でもあった刀堂吉行の遺言を現代日本の最大与党とTIA(財団)が馬鹿正直に実行したという噂を聞いた時だった。

 

 ジェームズ自身は士官候補生だった時に出会った防大生の皮を被った詐欺師による手痛い歓迎やその後の彼らとの交流から日本人の勤勉さを知り、日本がアメリカの軍事力に依存しているだけの国という偏見が薄まったおかげで日本のにわかに信じがたい行動を訝しみながらももしや(・・・)と静観する事が出来ていた。

 そもそも、深海棲艦なんて出鱈目な怪物を一番初めにそれも出現の数年前に予言していたのは他ならぬかの老科学者であるし、アメリカ人なら考えるまでも無く出来ないと言ってしまう事を努力と技術でやってのける冗談みたいな日本の友人達と出会った事もその慎重さを手伝ったのだろう。

 

 だが、ジェームズの様な経験をしていないアメリカ軍では元から彼らの中にあった日本全体への侮りもあり突然に艦娘だの鎮守府だのと言い出した日本政府と自衛隊の奇行を指して無遠慮な嘲笑が交わされるばかりでジェームズが知る限り真面目に艦娘と言う未知の存在を考察する者は一人も居なかった。

 

 去年のクリスマスから日本が今までひた隠しにしてきた艦娘の存在と能力を宣伝するキャンペーンを始めた時も大半の同僚が[(日本)がアイドルのプロデュースを始めやがった]と笑っていたし、さらに母国アメリカが公式に艦娘の存在を認めた際には困惑はあれど少なくともハワイ州の軍人にとって艦娘と言う存在への懐疑は変わらなかった。

 佐世保で行われた艦娘同士の実弾演習によってやっと多少の動揺と共に考えを改めようとする者達は出て来たがやはり大半はびっくりするほど良くできた特撮という感想を口にして、日本から返却された軍艦の(コア)から米軍艦娘を建造する計画と関係施設の建設開始が発表された際には東洋人の詐欺に大統領が引っかかってしまったと嘆く声すら聞こえた。

 

 それがどうだ、RIMPAC(環太平洋合同演習)開会の時にはテレビモニターに映る艦娘達を指差して[参ったね、遂にここにも日本のチアガールが特撮映画を作る為にやって来やがった]と軽薄な口笛を吹き囃し立てる様に笑っていた同僚達が今では[彼女達ならハワイを救ってくれるかもしれない]と祈る様な声と切実な表情でもって見事な手の平返しをやっている。

 

 だが、そんな仲間達の態度の変遷に関して歯に衣着せず言ってしまえば今のジェームズにとってどうでも良い事だった。

 

 今の彼がその胸で憤りの火を燻ぶらせる原因は大半が少女と言って良い姿の艦娘達に頼る事を良しとする軍人の姿ではなく、少尉という階級には重すぎる中隊指揮権(大尉相当権限)を緊急事態における特例と言う形で一方的に渡された事でもない。

 そもそも彼は国際演習の終了後に少尉から中尉へと昇進する予定だったし、なし崩し的ではあるが階級が一段上がろうが二段上ろうが今はどうでも良い事なのだ。

 

 こんな事態になった後で上司から聞かされた、実は一年前以上前の時点で既にハワイから見て約800km北東の海溝深部(マレー断裂帯)に深海棲艦の巣窟(ネスト)と思われる反応が発見されていたという情報には現場の軍人として馬鹿にするなと苛立ちもする。

 

 しかし、それはアメリカ全体を考えなければならないホワイトハウスとハワイの軍拡を推し進めてきた米軍上層部の視点からならばそれを機密とするだけなら分からないでもない、と自分の胸の内に収める程度の理解力はある。

 それに未知数の敵が潜む深海棲艦の巣が近くにあるからとハワイを放棄すれば官民問わず全住人の移住と財産の保証だけの話では終わらず、不安定な世界情勢の中で強硬に実行した軍事施設の拡張費用である数十億ドルをドブに捨てた上に太平洋上の制海制空を丸ごと失う事になる。

 

 加えて、深海棲艦が正体不明かつ強力な戦力を持った海賊船(テロリスト)扱いされていた時期にシーレーンの破壊を恐れて中国やロシア、中東諸国から大部分の人員と資本の回収を行った輸送艦隊がどんな被害を被ったかは米軍では末端の兵士であっても知っている常識だった。

 

 だが、自軍の利益と効率を言い訳に国と国が交わした同盟を蔑ろにして日本からやって来た自衛隊の隊員と三隻の艦を独断でハワイの防衛に組み込む事を上官達が決定した事。

 この間まで[迷彩服を着たレスキュー隊]などと影で馬鹿にしていた自衛隊を重要な戦力(・・・・・)として扱いだした現ハワイ基地司令部の厚顔さには言葉も出てこない。

 

 そして、この緊急事態で本来の基地司令官である中将や参謀部の将官が虹色の波として押し寄せた深海棲艦の霊力(スピリチュアルパワー)によってほぼ全員が意識不明の重症となり、組織を維持する為にその司令部の役割を代行する事になった上司達が発見してしまったアメリカ国防総省(ペンタゴン)から極秘指令の存在には納得出来ないでいる。

 

 その筋書きの中では日本の艦娘を現地の日本人や領事達などの身柄を保護という名目で捕らえ人質作戦をやってでも米軍の指揮系統に取り込む事も、善意の協力者である彼女らを捨て駒同然に最前線で戦わせる事も、それだけのリスクを友軍に押し付けておきながら裏切りの謗りを免れない手段の実行すらも織り込み済み。

 

 つまり自分達が置かれている緊急事態は幾つかの過程が省かれ前後してしまっているものの大まかにはペンタゴンの書いたシナリオ通り進んでいると言うわけだ、と国に忠誠を誓った兵士の一人は湧き上がる怒りを噛み潰す。

 

 そんな沖から吹き付ける熱風の海風だけでなく空気が歪んで見える程に輝く太陽にすら怯む事無く先日通達された命令への不満でいっぱいに顰められていた青い瞳が不意に頭の上にかかった日陰に瞬く。

 

 彼は影の正体を確かめる様に顔を上げ、四年ほど前から行われてきた拡張工事によって真珠湾沿岸の半分以上の面積を占める事となった軍港の一画に大きな影を作っているそれを見上げた。

 

[後ろめたさを我慢しろなんて上官に言われなくても、今は、なりふり構っていられないって事ぐらい分かってる]

 

 そこに在る(居る)のは艦首側舷に63という数字が描かれたまるで鋼の城壁を思わせる巨体。

 

[生き残る事が正義、戦争に反則なんか無い、やったモン勝ち、訓練所でも散々聞かされてきたよ]

 

 時を遡ること西暦1944年、第二次世界大戦の最中に生み出されてからアメリカ海軍史において【最後の戦艦】と呼ばれる事となって久しく。

 今日に至っても衰える事無く重厚な風格を誇る一隻(彼女)の前でジェームズは足を止めた。

 

[だけど、でも・・・]

 

 肌を焼くような熱い強風が海面を叩いて巻き上げ港の護岸に波飛沫が打ち付ける音だけが妙に大きく聞こえる日陰の中、いつの間にか怒りに満ちていた軍人の表情と肩から力が抜け、代わりに悔しそうに歪んだ表情をジェームズは浮かべ。

 

[もし貴女(・・)が彼女達の様に喋る事が出来たなら、その船体の中に俺達と同じ(heart)が本当にあるのなら・・・]

 

 先程の様な威嚇を撒き散らす唸り声ではなく静かな呟きを漏らした少尉は自分と同年でありながら佐官までスピード出世をしていた友人の隣で笑みを浮かべていた少女達の姿を思い出す。

 

[何を思い、何を言うんだろう?]

 

 俺は軍人になった日に深海棲艦の出現にも怖気づく事なく胸を張って合衆国を守ると宣誓したはずのに、と己の信念が揺らぐ感覚とツンと鼻の奥に走る痛みにも似た水気に歯を食いしばり。

 ジェームズの胸中では日本の友人と艦娘達のハワイを守る為の戦いをただ見ている事しか出来なかった事への申し訳なさと臨時の基地司令と作戦参謀からの命令に逆らえない自分への情けなさが交じり合う複雑な心情が渦巻いていた。

 

 此処がアメリカであり守らねばならない国民が居る以上は兵士である自分はどんな任務であろうとやり遂げねばならない。

 

 それがどれだけ恥知らずな作戦であっても生き残る為にあらゆる手段をもって戦わなければならない。

 

 自問自答にはもう答えは出ていると言うのにまだ公と私を割り切れず、あまつさえ自分よりも長い軍歴を持つと言うだけで返事を返すわけもない鉄の塊に問いかける自らの滑稽さに失笑が漏れた。

 

Tell me(教えてくれよ)Mighty MO(偉大なミズーリ)

 

 数年前に行われた国外資本の回収に際して輸送艦隊に加わる為に大規模な改装を受けて姉妹艦である一番艦と共に記念艦から軍籍に復帰し、その複数回行われた護衛任務の際に姉妹艦を失ったアイオワ型戦艦は絶え間なく吹く風の中で悲壮すら感じる表情を浮かべた少尉へとただ沈黙だけを返す。

 

 その軍艦の弾薬庫には米軍でも一部の高官しか知らされていない定数外の大量破壊兵器、国外へ戦争抑止力として公開されている実数に含まれていない核ミサイルが搭載されている。

 しかもそれにはRIMPACの裏側で行われた日本との取引によって提供された深海棲艦のバリアを貫通させるだけでなく魔法の様なマナ粒子の影響から電子機器を守る効果を与えるネジの様な形をした水晶が組み込まれていた。

 

 だから守備防衛の装備に使うと表向きには知らせていた幾つもの結晶基幹を日本側に秘密で核兵器の部品として使ってしまった為に突然の深海棲艦の侵攻に対して陸上に設置する粒子汚染除去装置や艦艇に施される事になった投射障壁装置に使う分の重要パーツが足らなくなった。

 

 その時点では裏事情を知らず、書類上では足りている筈のパーツが無い、と慌てふためき書類片手に自分達と同じく余裕などない自衛隊へ頭を下げ困惑する艦娘達の装備から部品を工面して貰った自分達は何だったのか。

 今すぐ忌々しいミサイルをバラバラにして現代兵器の悉くを無力化する怪物が数十倍の戦力を並べている戦場へと挑もうとしている友軍の下へと貴重なパーツを返すべきだ、と怒声を上げている自分の感情的な部分を軍の任務であるのだから仕方ない事なのだとジェームズは押し殺す。

 

 軍籍に復帰する際に行われた大改装で後部主砲を取り払われ最新型の垂直発射式ミサイルランチャーを装備させられた軍艦は自分の弾薬庫に人間の造り出した史上最悪の破壊兵器が格納されている事に。

 その大量破壊兵器を深海棲艦と戦う友軍である自衛隊の艦娘達に向かって撃つという任務に何を思っているのか。

 

 艦娘に対する不信と疑惑を拗らせているらしいペンタゴンの過激派が書いたらしいシナリオではRIMPACに参加する予定だった日米両艦娘達を囮に使った上に深海棲艦ごと限定海域を核の炎で焼く予定だったと現在基地司令部を代行している大佐達は言っていた。

 つまり現代科学こそが人類に対する危機を退けると信じ切り艦娘を邪魔者とすら考える否定派とSF(映画)の中から現れた様な戦乙女達の力を認めた艦娘肯定派の派閥争いの結果、今ここにアメリカ軍の艦娘がいないのはそう言う事なのだろう。

 

 流石に友軍殺しに抵抗があった現暫定司令部は田中二佐が率いる艦娘部隊が自衛隊が限定海域と呼んでいる異常な空間に存在する敵が核ミサイルを撃ち落とす事が出来ない数まで減らし、さらにあの空間を作り出している姫級深海棲艦をロックオンできた時点で最前線で戦う艦娘部隊にはあの瑠璃色の海から離脱する様に警告を出す事になった言っていた。

 

 と言ってもそれは気休めでしかない。

 

 艦娘達がこちらからの一方的な警告に従う事を前提にしているが仮に指揮官が撤退を受け入れてくれたとしても着弾後の核爆発から逃げ切れるかどうかは彼ら次第。

 

 そんな自衛隊にリスクばかりを押し付ける杜撰な作戦への嫌悪は間違いなくある。

 

 だが、神への信仰ほどではないが深海棲艦の厄介なバリアさえ何とかなると言うならあの絶望的な戦力差も打倒できるのでは、と軍上層部が隠していた核兵器に期待してしまっている自らの胸元をジェームズは苦し気な顔で握り込む。

 

 七十年前には確かに命を奪い合う敵であった。

 だが今の彼らは紛れも無い友であり、命を預け合う仲間でもある。

 

 なのにあの太平洋戦争の終わりを告げた船である貴女(・・)に俺達は核を撃たせる。

 

「エクスキューズミー」

 

 ジェームズが懺悔の言葉を口にできないまま数分間は経っただろうか、汗が滲む軍服の胸元を押さえ自らの罪を告白する懺悔者の様に何も言ってくれない軍艦へと頭を下げていた士官の背にたどたどしい発音の英語で声がかけられた。

 

「クッドゥアイハブア メニッツオブユアタイム?」

 

 今は誰とも話をしたいと思えない状態だと言うのにタイミングの悪いヤツもいたもんだ、と言うかなんて喋り方だ俺じゃなかったら鼻っ面に教育の一つもお見舞いされるレベルだぞ。

 

 そんな事を考えながら溜め息を吐いて米軍少尉は振り返り。

 

 自分から数歩離れた場所に立っていた東洋人の成人として見ても少しばかり背の低いメガネをかけた青年とその隣にいるしっとりとした微笑みを浮かべる銀髪の美人に戸惑い目を瞬かせた。

 

「・・・You(君は)

「えっと、・・・プリーズ、アイウォント」

「いや、私は日本語が分かる、君は慣れていない英語を喋らなくても良い、だが・・・何故ここに? キミは確か日本から来た旅行者だったはずだろう」

 

 いくら人手が減り巡回に回せる人員にも不自由しており監視カメラや警報類まで壊れている為に管理が行き届いていない部分が多くあると言っても軍事施設のど真ん中に民間人が現れるとは思っていなかったジェームズは戸惑う。

 そして、ジェームズは沖から風に乗って送られてくる肌を焼く様な熱気の中で海軍式の礼服を思わせる白い厚手の上着を纏いながらも涼し気な微笑みを浮かべているどこか人間離れした印象を受ける美女の顔には見覚えは無かったが、日本人特有のどこか平坦な顔つきに緊張した様な表情を浮かべている青年の方には心当たりがあった。

 

「あっはい・・・私達はハワイの人達を助ける為に貴方達、米軍の人達に協力して欲しい事があるんです」

 

 こちらとの距離感を計っているのか控えめな言い方だがその内側に何か切実な思いがある様にも感じ、メガネを曇らせる程に浮かぶ汗は気温だけのせいではないのかあまり鍛えていないらしい小柄な身体は緊張で強張っていた。

 確か彼は日本から観光でやって来た大学生だったはず、とジェームズが改めて思い出そうとして見れば数居る避難民の中で彼の事にすぐ気付けるぐらい覚えていた理由も一緒に引き出される。

 

「それは我々軍人の仕事だ、民間人が心配する事じゃ・・・aw shucks(ぁっ、まいったな)

 

 突然の災害とも言っても過言ではない海から押し寄せてきた虹色の光の波の後に被災者の避難所となり比較的マシな体調な者達によるボランティアが行われていたとあるホテルの前庭、まだ深海棲艦の放ったマナ粒子の除去が完全でない空気のせいでその場の避難民全員が死にそうな顔でノロノロと飲み下している中。

 

 彼とその友人であるもう一人だけが精神的に疲労しているが身体自体は健康そのものな様子で周囲の手助けを進んで行っていた。

 

 そして、体力自慢のマッチョですら霊力に対する耐性が無ければ呆気なく昏倒する空間でまともに動ける人間は子供や老人ですら貴重であるとたった数日で骨身に染みてしまったジェームズは取る物も取り敢えず日本からやってきた観光客二人に協力を要請した。

 だが、運送屋の真似事を頼んだ彼らが目的地の手前で軍の力に頼らず平和を目指す(パスポートにはハワイの外から)ハワイ住民の代弁者を名乗る(来たと記録されている)集団に囲まれ暴行に晒されたとその場に居合わせた部下から連絡を受けて面食らい、二人を助ける為に文字通り暴徒の群へと飛び込んだ艦娘のおかげで怪我人一人無く大事に至る事だけは避けられたという報告に胸を撫で下ろした。

 

 暴徒と化したデモ隊のせいで大学生達に貸し出していた基地職員の私用車が廃車になったが、それよりも軍が協力を要請した民間人それも他国の観光客が仮とは言え軍拠点の目と鼻の先で暴漢達の犠牲になったとなれば犯人を逮捕出来たとしても何の釈明にもならない。

 

 そういう意味では迂闊な事に自分が危険に晒してしまった相手が目の前に居るわけで、長身かつマッチョなアメリカ軍人は若干の申し訳なさに頬を掻きながら明後日の方向を見る。

 しかし、空でも見ようかなんてあからさまな逃避を選ぼうとした彼の視線は青色を見る事無く頭上に影を落とす鋼の壁によって遮られ、アメリカ海軍の歴史を背負っていると言っても過言ではない【最後の戦艦】から軍人として情けないと思わないのかと言われている様な錯覚を覚えたジェームズは小さくため息を吐く。

 

 ただでさえ余裕の無い時に炎天下に部下を呼び付ける嫌な上官にはなりたくないし、目の前に居る日本人が危険性の低い相手である事も分かっており、先日迷惑をかけた申し訳なさから不法侵入とは言え警備に突き出すのも忍びない。

 そして、少々悩んだ結果として大きな体に似合わない繊細さを持つ米軍少尉は話をするだけなら問題無いか、と彼とそのガールフレンドに少しだけ譲歩する事にした。

 

[どうせ、陸でやる事はもう全部終わってるんだしな・・・]

 

 基地内だけでなくオアフ島全域で発生した陸上の厄介事の対処と今も半透明なバリアで深海棲艦の侵攻を食い止めている軍艦達を動かす為の物資や燃料類の入手と輸送、さらに手続きを一手に押し付けられた陸海空の混成中隊の責任者はネイティブなぼやきを漏らしながら頭を掻き。

 

「話をするなら、まず私と君達には日陰とコーヒーが必要だ」

 

 今も働いている同僚達には悪いが人生初のストライキにでも挑戦してみるか、とメガネの青年へと日本語でおどけて見せた。

 

「あ、ありがとうございます!」

「うふふっ、良かったですね先輩さん♪」

 

・・・

 

「まさか君がこんな事をするなんて・・・冗談じゃないな」

 

 そう呟きながら田中良介は頭の痛みを我慢する様な顔で硬めのシートに深く腰かけて背中を預ける。

 

「まだ言ってる、あまり小さい事にしつこいと底が知れるわよ?」

「いや、君がやった命令の拒否と備品の無断使用はなかなかに大事だと思うのは俺だけかい?」

 

 客観的に見て戒告(注意)をすっ飛ばして免職(クビ)になりかねない違反をやったと言うのに自らの行動に恥じる事無しと言い切る軽巡の後ろ姿に田中はもう一度これ見よがしに溜め息を吐くが自分に同意してくれる声は一つも聞こえてこなかった。

 

(もしかして皆、いつもの痴話喧嘩だとでも思ってるのか)

 

 ここ最近、ハワイでの任務の為に新しく編成に加わった加賀と磯風の理解に困る言動だけでなく自艦隊のメンバーとして慣れ親しんだ三隈までが指揮官である自分を翻弄する様になっただけでも大変だと言うのに、と寝不足を栄養ドリンクで一先ず解消した田中は駆逐艦娘が低く唸らせている動力機関の音にぼんやりと耳を傾け。

 相手が誰だろうと言いにくい事ですらキッパリ言い切る気の強さ、そんな矢矧のいつも通り過ぎる姿には呆れを通り越して感心すらしてしまう。

 

(・・・博士は茶化すぐらいなら出てこないでください)

 

 それにしたって時と場合ってものがあるじゃないか、と言葉にせず田中はいつの間にか自分の腕の上に腰かけてニヤニヤと笑っていた三等身の小人を埃でも払うかのような無造作な動きで指揮席の外へと投げ落とした。

 

「念の為もう一度聞くが・・・君のいる場所に居る筈だった夕張がいない理由は?」

「はつゆきに増設した粒子タンクの取り外しを素人に任せたくないらしいわ、実際に私だと艦とあの大きなドラム缶の接続部を適当に斬るぐらいしか出来そうにないもの」

 

 件の護衛艦にも機械整備に精通した隊員が揃っているのだから彼らの指示があれば戦艦級の装甲すら切り裂く矢矧の刀は問題なくその役目をこなせるだろうとツッコミを入れようとすれば肩越しに振り返った凛々しい瞳に田中は妙な居心地の悪さを感じて咳払いをする。

 

「本来なら治療が終わっていない筈の君がなんでここに居る? 五月雨、磯風、そして君の順に入渠を命じていただろう?」

「だからさっき高速修復材を使ったからって言ったでしょ? そもそもあんな傷のうちにも入らないカスリ傷で入渠しろって命令の方がどうかしているわ」

 

 いつにもまして遠慮のない言い方とキリッとした瞳の赤銅色に気圧された田中は降参の音を上げる様に今日何回吐いたか数えるのも嫌になる溜め息を半開きになった口元から漏らす。

 元々はハワイで行われる予定だった日米艦娘による演習の後に両艦隊のメンバーを治療する目的ではつゆき艦内に保管されていた一個単価約百万円の備品、それを艦隊の管理者である田中の了解を取る事無く使用した事実は矢矧にとって些細な問題でしかないらしい。

 

『提督ー、まだ待ってないとダメなの? 早く出撃しよーよ!』

「・・・はぁ、龍驤」

『はやく、はやくー!』

 

 文字通り深海棲艦の侵攻からハワイを守る防衛線となっている通常艦の艦列を背に昏い瑠璃色とエメラルドグリーンの境目を臨む疾風を体現する駆逐艦娘の好戦的な声が通信機のスピーカーを揺らし、矢矧との不毛な押し問答を諦めた田中が指揮席から身体を傾けて艦橋の後方に居る空母艦娘へと問いかける。

 

「直掩機問題ないで、島風が全速力で走っても追いついたるわ」

『むー! そんな事ないっ、私には誰も追いつけないんだから! ヒコーキにだって負けないもん!』

「いや、流石にわざと置いてけぼりされるんはちょっち困るなぁ、島風の為の護衛なんだからさ」

 

 指揮席を囲む円形足場の丁度真後ろでメインモニターに背中をくっつけ足を伸ばして座っている龍驤の姿とその小柄な水干風赤袖を中心に表示されている各艦載機の管理ウィンドウが無数の文字列をスクロールさせていた。

 

「沿岸防衛艦隊へ連絡、田中艦隊はこれより限定海域への突入を開始する・・・それにしても自分から死に急ぐ事になるなんて、な」

 

 事前の予定よりは少し早く準備を整え終わり、あとは護衛艦(はつゆき)達が造り出している瑠璃色の海の流入を押し止めている光の壁の一部が開く時を待つだけ。

 憂鬱な顔の指揮官と相反して己の速度に絶対の自信を持つ金髪の韋駄天少女が勝気に顎を上げて背中に装備された三基の増設武装と両足で推進力へと変わる前の霊力がキラキラと碧の海を輝かせる。

 

「貴方は死なないわよ、私達が一緒に行くんだから」

 

 不意に聞こえた今までに聞いた事が無い様な穏やかで優しい矢矧の声色に驚き、正面へと顔を戻した田中はチラリとも顔を見せる様子が無い艶黒のポニーテールが揺れる阿賀野型の背中に妙なむず痒さを感じ。

 幻聴を疑ってしまい周囲の様子を窺えば矢矧の言葉に同意する様に重巡(三隈)駆逐艦(叢雲)潜水艦(伊168)が深く頷き彼へと信頼を伝える様な表情を見せる。

 

 そして、艦娘と士官どっちが上官か分からないと揶揄される事が多々ある艦娘部隊の指揮官は苦笑と共に肩を竦め。

 

「まったく次から次に死ねない理由が山積みになっていくな」

 

 障壁によって隔たれている深海棲艦が箱庭に作り変えようとしている海に向かって、そんな呟きを漏らした。

 




 
少尉「所でどうやって基地内に? 警備に穴があるなら早めに対処しておかないと」

メガネ「いえ、なんて言うかその・・・」

お嬢さん「あそこにいるお馬鹿さんが警備の人と友達になったので入れてもらえました」

少尉「What? オバカサン?」

・・・三人からちょっと離れた場所

お馬鹿「へっくし!」

軍人A[どうした風邪か? 汚染は弱くなったが身体には気を付けろ](英語)

お馬鹿「ふぇへ? オーケーオーケー! アイアムスーパーヘルパー! 」(何を言われたか分かってない)

軍人B[ボーイ、こっちも手伝ってくれ!](英語)

お馬鹿「イエスお手伝い、プリーズオッケー!」(日本語しか分からない)

英語力たったの五なお馬鹿様にアメリカ軍人の友達がまた増えました!
 


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第百二十六話

 
「ナナイさん、【艦これ、始まるよ。】を書き始めたのっていつからだっけ?」

「ええと・・・だいたい二年前だったかな」

「この前、破綻したプロットの修正が終わったのは?」

「・・・二カ月前だね」

「も一つ質問良いかな・・・修正後のプロットで出撃メンバーになってる谷風

 どこ行った?

「・・・君のような勘の良い作者(ガキ)は嫌いだよ。」


「この野郎! やりやがったなこの野郎! また自分の好みで出演艦娘、変えやがった!!」


・・・

【艦これ、始まるよ。】は連載開始から二年経ちました!


二周年ですよ、読者さん!

三年目ですよ、読者さん!

 


 

 紅い灯火が残像の線を作りながら突風の尾がうねる空を亜音速で走り抜け、猟奇的な乱杭歯を剥き出しにした顎が切り裂いた空気が笛にも似た音を上げ。

 その航空力学を無視した形の後部に突き出す翼と言うにも小さ過ぎる突起が炎を吹き無理矢理に黒鉄色の爆弾を抱えた深海棲艦の飛行端末をさらに加速させた。

 

《ちっ、しつこいわね! って、はぁっ!? 司令っ何を言って!?》

 

 死神を呼ぶ口笛を吹き鳴らす異形の艦上爆撃機の下、エナメル質に近い光沢をヌラつかせる群青に染まった海で銀色のロングヘアが高波の間を縫うように蛇行航跡を描くが速度は上空で群れを成す航空機編隊が大きく上回っており、紅い火を宿す隻眼達が捉えた獲物に目がけ一斉に急降下し爆撃体勢に入った。

 

《ああっもぉ! 了解よっ!!》

 

 直後、爆撃機に照準された駆逐艦が自棄になった様な叫びを上げ最大戦速で走っていた海面へと突っ張る様に両足を突き刺して群青の海を抉り、纏う布地の両肩や腰の左右に幾何学模様が浮かび上がり本来ならば装備を増設する霊力端子がサブスラスター(予備推進機)として細く引き絞られた光粒の渦を放ちその細身が受ける海水の抵抗による転倒を防ぎつつ急減速させる。

 しかし、その程度の減速回避でこの爆撃は凌げるものではない、とばかりに上空から高速かつ広範囲に爆弾が投棄され凄まじい爆発が巻き起こり、急降下爆撃を行った球体戦闘機の群れが一糸乱れぬ動きで海面に向かっていた機首を引き上げ巨大な水柱を爆ぜさせた海から舞い上がる水飛沫を浴び。

 

 降り注ぐ海水のカーテンを貫いてきらめく無数の弾丸が瑠璃色の豪雨の中から空へと戻ろうとしていた高速飛行物体へと襲い掛かり、数機を撃ち抜き爆散させた。

 

《なにこれ・・・はっ、あはははっ♪ 悪くないじゃない、ええ、悪くないわ!》

 

 爆撃によって立ち上る海面の水柱を置き去りに急上昇を始めた球体爆撃機が自分達の後方で上がった幸運にはしゃぐような笑い声に気付く間もなく。

 

《自分達が歪ませた空間のせいで攻撃外すなんて愚かにも程があるんじゃないの!》

 

 白い球体に宿った紅い炎を通して健在な敵の姿を見た冷徹な支配者が驚きに目を見開き、自分が操る戦闘機が二機、四機、六機と次々に撃ち落とされ火の玉になっていく様子に戸惑いながらもまだ生き残っている機体へと回避を命じる。

 周りでは爆撃によって舞い上がった海水が豪雨の様に降り注いでいると言うのに彼女が身に着けたワンピースセーラーどころか腰にまで届く白銀色にすら液体鉱石の様な青色が触れる事は無く。

 

《この私が撃ち落としてあげるんだからありがたく海の藻屑になりなさい!》

 

 そんな奇妙極まりない現象の中で引きつった顔で息を荒げてはいるがその口はこれ以上ない程に高飛車なセリフを吐き、吹雪型の五番艦は上空へ逃げる敵機を背部艤装に標準搭載されている対空機銃で更に追撃を続けようとするが彼女の意図しないタイミングで銃声を撒き散らしていた武装が停止する。

 

《次! 再装填っ、はぁ? なに? 今は口を動かすより、はぁ!?》

 

 対空射撃を逃れ逃げ去っていく深海棲艦の目が見下ろした海上ではまるで歪んだ鏡に映っているかの様に駆逐艦娘の手足の長さどころか身長までもが数m離れ数センチ角度を変えるだけで万華鏡が如く変化する半径十m程の一帯が存在し、そこを避けるように吹き荒れる強風が爆風の残滓である水飛沫をどこか遠くへと弾き飛ばしていく。

 

《何ばっ・・・(か言っ)んんっ! いいえ、なんでもないわ、そうね、アナタの言う通り雑魚にばっかり構ってられないわよね、司令官》

 

 即座の反撃によって敵航空編隊の三割ほどを撃墜した興奮のまま全て撃墜してやるとばかりに殺気を撒き散らしていた駆逐艦娘が身の内から聞こえた声に対して反射的に何かを言い掛け。

 寸でのところで自らの指揮官にぶつけかけた言葉(罵声)を全身全霊をもって噛み潰してから取り繕うように編み紐で房の様に整えている横髪をいじる。

 

《うっさいわね、分かったって言ってるでしょ! って言うか、潜水艦は私が司令と話してる時に割って入ってくんじゃないの!》

 

 そして、自他ともに認める犬猿の仲(喧嘩友達)である艦娘への悪態を誰に憚る事無く吐き出しながら駆逐艦娘は十数mの身体を翻して自分の内側(艦橋)から聞こえる指示に従って外から見える広さを大きく裏切る捻じれた空間から風に舞い踊る水飛沫の中へと飛び出した。

 

・・・

 

「なんとか追い払えはしたが、まだまだ前途多難か・・・」

 

 推進機関の制御レバーを押し上げたと同時に高速航行を再開した叢雲、身体に押し寄せてくる重圧に呻くなんて情けない事はしなかったが流石に余裕だなんて言い切れる程の剛毅さは指揮席に座る田中良介にはない。

 だが三十分前に体験した時速にして500knot(926km)の世界、彼にとってはプレス機の間に挟まれたかと思ってしまう程の慣性重圧の中で方向指示を行っていた事と比べれば幾分かマシである事も確かな事だった。

 

「相手の進路を制限して空襲を仕掛ける、見事と言う他ない作戦ね・・・私達にとっては最悪だけど」

「司令官が捻じれ(・・・)を見付けられる人じゃなかったら私達ここに来るまでに全滅してたわね」

『縁起でもない事言うんじゃないわよ、それにしても電探も探信儀も目視も、何から何まで噛み合わな過ぎて気持ち悪いったらないわね、この海』

 

 姫級深海棲艦が造り上げようとしている限定海域(箱庭)からハワイを守る防壁の一部を開き、数十秒間だけハワイ近海への瑠璃色の浸食拡大と引き換えに田中艦隊が踏み込んだ領域はまともな生物ならその場に居るだけで死に直結する過酷な環境。

 十数mへと巨大化する戦闘形態の艦娘を余裕で見下ろす津波が至る所で共食いをする様にぶつかり合い、空から白雲を引きずり下ろし渦の中へと巻き込む無数の竜巻が大蛇の様にうねりながら暴風を海上へと叩きつける。

 

「ところで提督、米軍に怪しまれない程度には囮と漸減(ぜんげん)をやらないといけないのは分かりますけれど、こんな所で消耗し続けていたら肝心な時に戦えなくなってしまいますわ」

「と言ってもね、一直線に走ったところで空母棲姫の居る場所には辿り着けないのも事実なんだよ、この羅針盤も大体の方向しか教えてくれないしね・・・と言うかちゃんと空母棲姫がいる場所を指していると言い切れない辺り正直頼りない」

 

 ハワイを防衛している艦隊に装備された防御装置が作るバリアで区切られたスタートラインを踏み切って深海棲艦が蔓延る海域へと島風は突入し、まるでロケットを背負っているかの様な加速で波を切り裂き、道中で遭遇した敵を己の速さだけでねじ伏せて深海棲艦の警戒網を蹴り破る様に突破し田中達が立てた作戦の第一段階を見事に達成させた。

 

 正直に言えば突入する直前の田中は海上の疾風と化した駆逐艦娘が自分の全速力に陶酔して暴走をするかもしれないと危惧していたのだが。

 その予想に反して速さこそ正義と言って憚らない島風型駆逐艦は驚くほど行儀良く彼の命令を聞き、海域への突入前には遅ければ置いていくと言っていた味方の艦載機を気に掛けて速度を合わせるなんて事もやってみせた。

 

「流石の提督も波一つ向こうがどこに繋がってるかは分からないって事?」

「今は残念ながら目に見える範囲の事だけしか分からないな、艦載機で空から俯瞰できれば話は違うんだが」

「それだけでも凄い事なのに慣れてしまった自分の順応力に驚いちゃうわね、・・・まぁ下手な方向に走って限定海域からはじき出されてハワイに戻される事だけは無さそうなのは救いかしら?」

 

 とは言え数居る艦娘の中でも最速の名を誇る駆逐艦が今まで見せた事が無いぐらい行儀良く頭上を守る直掩機達と共に超高速で走り抜けた航行であったが、それは全くの無傷で済んだと言うわけでは無い。

 

「俺は波を越えた途端に敵の大艦隊から盛大な歓迎を受けるかもしれないって可能性が怖いよ」

 

 海上から数百トンの身体を巻き上げようとする竜巻の鞭や相対速度のせいで鉄の壁となる高波や散弾と化した水飛沫によって島風の耐久力は確実に削られ、弾丸と化した水滴に穿たれた不可視の障壁装甲の下では服だけでなく肌にも無数の傷が出来ており。

 さらに全速力で島風を追いかけていた事で燃料を使い果たした艦載機を空母艦娘である龍驤が回収を行おうとした際、間の悪い事に着艦に気を遣う激しい風の中で巻物型飛行甲板を広げていた龍驤へ上空から深海棲艦の戦闘機が強襲し、全ての回収が間に合わず彼女は三分の一近く艦載機を失う事になった。

 

 とある理由から限定海域の外と連絡を取り合う必要性が田中艦隊にとって殆ど無い為、絶対に通信を中継する機能を持つ空母艦娘が霊力によって造り出す艦載機を死守せねばならないと言うわけでは無い。

 とは言え、ハワイの米軍との間に交わした約束事を果たしているという体面を作る為に出来るだけ多くの敵艦を減らさねばならないし、その為に必要な戦力が数字として目に見える形で削られたと言う事実は指揮官にとって気分の良い物ではないのも事実だった。

 

「前方1000? いえ、1600? とにかく敵艦と思われる反応が一つ、恐らく駆逐艦か軽巡と思われます! もぅ、さっきから電探の精度が滅茶苦茶ですのっ!」

「さて一難去ってまた一難か、とは言え単艦・・・哨戒ならやり過ごしてしまう方が賢いやり方だな、叢雲!」

『ええ、了解! あんた、じゃなくてっ! 司令官に針路を任せるわ』

 

 メインモニターに表示されている頼りないレーダー機能へと口を尖らせる三隈の声に肩を竦めた田中は自分の感覚頼りという根拠のない命令に素直に応じ、荒波の坂を乗りこなすサーファーの様に滑走する叢雲が強気な笑みを浮かべる様子に言葉なく感謝しつつ、ふと視界の端に見えたコンソールパネルの下から生えている黒いウサギの耳のようなリボンへと顔を向ける。

 

「ねー、りゅーじょー、まだ飛行機の修理終わんないのー? ちょっと遅くない? ねー、早く早く!」

「あぁもぉ・・・悪気が無いのは分かってるけどさぁ、ホンマなんやねんなアンタはぁ」

「なんやねん? 私が何って、そんなの島風に決まってるでしょ? そんな事よりボスが居る場所までの道が分かんないと提督が困るんだってばー」

 

 揺れるリボンが見える操作盤のすぐ下を田中が背もたれから軽く身を起こして覗き込めばその下にはペタンとしなやかな脚を延ばしている座っている島風が両脇の有線式連装砲(特殊な増設装備)の砲塔を撫でながらすぐ隣で難しい顔をして唸っている龍驤を急かしていた。

 

「そんぐらいウチかて分かっとるって、・・・そうやなくて、はぁ、キミぃ、ちょっと今ええか?」

 

 小首を傾げる駆逐艦の顔に毒気を抜かれ子供を相手にする親のような顔で脱力した空母艦娘はコンソール越しに自分達を頭の上から覗き込んでいる指揮官を見上げながら首筋の肌に直接差し込まれていたUSBケーブルをプツンと引き抜く。

 

「龍驤、どうだ?」

「アカン、これエラーとかやなくて基盤かCPUが焼けてもうてるわ、艦載機が撃墜された時の負荷を全部喰らってもうた感じやね」

「修理が無理なら予備は?」

「ははっ、せやな、今から赤城か加賀から借りてこよか?」

 

 一般的なハードディスク(3.5インチ)とほぼ同じサイズまで小型化された特殊なコンピューター、乾いた笑いを漏らす龍驤の手の平に乗っている過去に存在していたレシプロ機のデータ(記憶)を管理すると言うたった一つのタスク(作業)を実行する為だけに造られた精密機器は四角い本体の中心で銀色のガラスネジを輝かせる。

 

「彩雲は諦めるしかないか・・・、まいったな」

「烈風とかもやなぁ、素の状態やと九六式か九七式ぐらいしか使えへんのは我ながら痛いわぁ、ホンマ、シャレにならんで」

 

 まぁ集中すれば初期型の零戦なら用意できるけど、と軽くおどけて肩を竦めながら部隊備品がまとめられている段ボールの一つへと装備を突っ込んでいる龍驤へと田中は小さく溜め息交じりに頷いて見せてから顔を上げ指揮席に座り直し。

 小さく見積もっても20mを超えるだろう津波が無数に立ち上る海原のさらに向こう、どの高波の頂上よりも高い位置に見える水平線へと視線を向ける。

 

 その常識ではあり得ない現象を認識したと同時に、すり鉢状に空へとせり上がる群青色の海面はあと数時間もすれば完全に田中達の頭上を覆いつくして閉鎖空間を完成させるのだ、とまるでどこかの子供向け図鑑に描かれるイラストのような図解が指揮席に背を預ける青年の頭の中に浮かび上がった。

 

(やれたとして艦長達はタイミングをちゃんと合わせてくれるのか? それなりの数は撃破したが全体から見ればそれなりでしかない、だが頃合いを見誤れば本当に全滅する)

 

 在ハワイ米軍にとっては寝耳に水かもしれない、だが、IFFの識別信号は外に届いているはずだから死人扱いされる事だけはないだろう、と田中は階級も年齢も一回りも上である護衛艦艦長が自分達の作戦通りに立ち回ってくれている事を期待する。

 

「だか・・・やるしかない、か」

 

 ハワイ北東の深海から海底を這いながら近づいてきた深海棲艦の巣窟の一部が一体の姫級深海棲艦の能力によって表面化し、最終的には完全に外界から隔離され暴風と瑠璃色に支配された迷宮と化そうとしている。

 どういう原理でそうなるのか田中には分からないがその箱庭の完成が長引いているのは偏にこの限定海域を作ろうとしている空母棲姫がハワイの近海だけに止まらずハワイの島々ごとを支配領域に飲み込もうとしており、田中達の後方で文字通り防壁となっている軍艦の列によってその浸食を押し止めている為に箱庭は姫級深海棲艦が思い描く完全な形へと至っていない。

 

《司令、敵の追跡振り切ったわよ!》

 

 だからこそ現在進行形で空間の圧縮が行われているここには断片化した部分や距離や大きさの差が発生する穴が存在しており、田中達は限定海域の創造者である空母棲姫ですら把握していないその不完全な部分に付け入る事で生存していると言っても過言ではない。

 

 一歩間違えば即座に危機が訪れる危険な領域の中から比較的安全な場所を見切る第六感、部下である艦娘達にはそう言い訳している目視による認識と同時に頭の中で更新される津波の壁で区切られた迷宮の構造図の存在。

 

 それを今も艦橋の中に隠れている三等身の小人から受け取る事が出来る田中は寝不足でヒリヒリする目元を指で揉み解しながら「指揮官が部下の前でへこたれるな」と自らへ気合を入れる。

 

「ああ、叢雲、よくやってくれた」

《ま、この程度は当然ね、次も何かあったらこの叢雲に全部任せて良いわよ。、司令官》

「それは心強いな、で、そう言ってくれた後にこう返すのもなんだが今から龍驤へ旗艦を交代してもらいたい」

《たよ、んぐっ、なよ、ちが、いっ、い・・・ええっ! 司令官の命令の通りにするわ! 何も問題なんか無いわよ!》

 

 迂回する形で敵との戦闘を回避した叢雲は何故か数秒間だけ言葉を詰まらせた後に細身の胸を張り高飛車だが田中に対する確かな友好を感じる声を上げ。

 その返事を受けた指揮官は深海棲艦側の戦略的目的を阻止する為、味方であると同時に敵とも内通している妖精からの情報を信じて利用する事に対する迷いを今だけは振り切って決断を下す。

 

「艦載機は制空ではなく索敵を優先、発艦を行った後に接敵を最小限に抑え、我が隊は最高速度で限定海域最深部へ向かうっ!」

 

 田中が自らを鼓舞する為に張り上げた声に少女達が声を揃え了解を返すと同時に指揮官の手がコンソールパネル上で駆逐艦の名が書かれたカードと空母のカードを入れ替え、艦橋を包む球形のメインモニターが旗艦変更を知らせる眩い光に染まる。

 

《さぁ、いっちょやったろか! 空母龍驤、一世一代の腕の見せどころっちゅうヤツやでっ!!》

 

 そして、光を纏って艦橋の円形通路に現れた叢雲と入れ替わる様に指揮席のすぐ近くで光が散って消え、そのすぐ後に龍驤の威勢の良い声がメインモニターの外から聞こえた。

 

・・・

 

 なるほど、と小さい思惟と共にけぶる睫毛の下で紅い灯を揺らし白い大理石を磨き上げた様な美の権化がセーラー服に見えなくも無い黒衣を纏い、絡み合う金属のの枝木で造られた玉座の上で両足を組み。

 下僕共が手こずるのも無理はない程度には面倒な力を持った敵である事は認めざるを得ない、と荒れ狂う嵐の根元に座する空母の姫は面白くも無い情報へと不機嫌そうに小さく鼻を鳴らす。

 

 そうして深海棲艦達に傅かれている空母の姫は呼び戻した艦載機を自らの艤装へと着艦させながら大儀そうに視線を動かし、その先に平伏していた三本ある艦首の一つが原型も分からないぐらいに潰れている軽巡ト級など小さな敵の攻撃によって戦闘に支障が出る程の損傷を受けた情けない下僕達へと重厚な黒装甲に包まれた片腕を伸ばし。

 

 ガチンッと重苦しい鉄を打つ音と共に火花が鋼鉄のロンググローブに包まれた指の間で散り。

 

 直後、まるで指を指す様に空母棲姫の人差し指が軽巡達に向けられたと同時に突然の火柱が宵の群青から新月の黒へと至った海面を照らした。

 

 姫級深海棲艦が睥睨する玉座の下、黄色い目(フラッグシップ)の空母ヲ級を筆頭に数十の深海棲艦が控える(停泊する)鉄鋼で造られたイバラの海上基地で軽巡ト級達が上げる悲鳴のような遠吠えが響き。

 数隻の深海棲艦が一つの炎となって燃え盛り、玉座の端から急激に伸びてきた刺々しい金属の枝が巻き付く様に断末魔の叫びを上げる異形達を一つの塊へと形成させ。

 辛うじて火の色が隙間から見える程度まで燃え盛る深海棲艦を隠した黒鉄の焼却炉の中からバキバキと装甲が砕ける音と火炎が溢れ、そんな同族にして配下である者達が魂ごと溶鉱炉の中で押し潰され溶けていく様子を空母棲姫は眉一つ動かす事無く見下しながら自分の敵に対する思考を巡らせる。

 

 波の迷路の中を最もこちらの手勢が薄い場所を走り風の槌すら避ける速力を持った金尻尾、妙な喚き声を吐き散らしながら飛ぶ緑色の飛行端末を操るだけならまだしも薄っぺらい甲板で風を受け自ら宙を舞う赤いヒレ、そして、驚くべき探知能力で折り畳んだ空間の隙間を察知し逃げ込むだけでなく少なくない自分の艦載機を撃墜した銀尻尾。

 

 それ以外にもあの卑小な船体(身体)の内部には(艦種)の気配が複数あると感じられ、自らの領域に再び入り込んできた敵が自分達(深海棲艦)とは似て非なる力と形を持つ奇妙な存在であると理解した空母棲姫は玉座に頬杖を突きながら嘆息する。

 

 あれらを生け捕りにするのは少々骨が折れそうだ、と思うと同時に必ず生け捕りにして我らが女王に献上せねばならないとも考える。

 

 戦艦の姫からの癪に障る激励に送られながら領地から出陣した時点では、とりあえず自分の領域に目的の島ごと取り込みその後、適当に爆撃を仕掛け焼いた後に偉大な女王へは手加減を間違えたとでも言って残骸を差し出せばよいだろう、と空母棲姫は考えていた。

 だが、いざ自分が支配する領地への無断で侵入してきた無礼者にして捕獲対象である敵艦を自らの目で見た際に空母の姫は絶対にアレは生きたまま泊地水鬼へと捧げねばならないモノだ、と考えを改める事となった。

 

 お労しい事に偉大な女王は(領主)でありながら(騎士)として生まれてしまった為かその強大かつ強靭な御身体に不具合を抱えておられる。

 

 しかし、飛行端末によって見下ろした敵、その矮躯(わいく)が持つ姿形だけでなく内側に見える質や格までもを自在に切り替える事が出来る能力、それを奪う事が出来たなら小虫共の無礼によって怒る泊地の姫の思惟(御心)を鎮めるだけでなく、下僕を建造できず悲しみにくれる主人の悩みまでもを解決する事だろう。

 

 自分は新たな眷属を建造出来ないがその分はお前達が造ってくれる、と無邪気な笑みを浮かべていた愛おしい相手の姿と同時に自分や戦艦の姫へ向けられた僅かな思惟(羨望)を聴いていしまったある日の光景。

 

 支配者の格と大きさ、それにふさわしい質と力を持ちながら信じられない程に大らかな気質の持ち主ではあるが泊地水鬼は紛れも無く空母戦艦の両棲姫を大きく上回る霊力を持った深海棲艦の中でも稀に見る上位者である。

 そして、深海棲艦の魂に刻まれた鉄の掟と言っても過言は無い道理においては例えその場に居た三隻ともが姫級であったとしても上位者が下位の者に対して羨ましい等と思う事などあってはならないのだ。

 

 それこそ自分が持たない物を持つ目障りな(羨ましい)存在であると感じた時点で相手を廃棄しても咎められる事など無い地位の差があると言うのに自分も恋敵も泊地の姫に許されている事が深海棲艦の道理からは到底あり得ない奇跡と言っても良い状態だった。

 

 我が身の下僕を作り出す力(建造能力)を抉りだせるならば喜んで女王に献上すると言うのに、と主人の漏らした思惟に感じてしまった切なさ思い出しながらこの場の最高権力者は玉座に頬杖をついて傾けていた身を起こし、黒鉄の炉をも内側から溶かす凄まじい火柱が海水を蒸発させ立ち上る白濃霧のうねりへと変わった事に気付き、そちらへと冷ややかな赤眼を向ける。

 

 二度目は無い、次に無様を晒せば(燃料)の一滴たりとも残さず廃棄処分とする。

 

 そう聴く者達の心胆を凍えさせる程に冷え切った思惟(決定)黒イバラの中(簡易ドック)から生れ落ちようとしている欠陥品を掛け合わせた再利用物へと空母棲姫は発し、急激な熱の変化で砕け散っていく鉄の枝から黒い海面へと水柱を上げて進水した深海棲艦が誕生と同時に両腕と頭を海に着いて平伏す。

 数隻の損傷した深海棲艦の魂と船体を素材に空母棲姫から新たな力を与えられ新たな姿へと生まれ変わった深海棲艦は左目に宿した青緑の灯火と共に創造主にして絶対の主人へ忠誠を真新しい船体から溢れさせ本能が命ずるまま上位者の命令へ了解の思惟を返した。

 

 あれは我が女王(泊地)を癒すこれ以上ない薬の素材となる、だから決して逃がすな。

 

 その場に居る全ての眷属の魂に刻み付けられた金属の様に無機質な思惟(命令)に従い規律正しく陣列を整え、玉座から見下ろす空母棲姫へと彼女の近衛艦の一隻である空母ヲ級が輪形陣の真ん中で出撃を知らせる遠吠え(汽笛)を吹き鳴らす。

 限定海域の中心に広がるイバラの玉座(海上拠点)から離れていく深海棲艦達の様子を白髪の空母は鷹揚な態度で見送った。

 

 そして、艦種を切り替える敵の姿を見たと同時に脳裏に閃いた天啓(囁いた声)、そこから敬愛する泊地水鬼の抱える先天的な障碍を癒す薬を得られるだろう千載一遇を確信し姫級空母は微笑を浮かべる。

 

 小賢しく妙な能力はあるが所詮は小さき弱者。

 

 戦場を整え、艦列を揃え、数と力を持って事を成せば小さき弱者は大きな強者の前へと這いつくばるのは当然の帰結。

 

 その魂に刻まれた深海棲艦にとって世界の真理と言っても過言ではない命の理に従ってそう思惟(断言)を発した空母棲姫はふと何かを思いついたのか小さく唸り、玉座の下で沈みかけている黒枝が絡み合う中身の無い球体を見る。

 

 数秒ほどの逡巡の後、空母棲姫の鋼鉄に包まれた指がもう一度火花を散らす。

 

 直後についさっき欠陥品を焼却して重巡を建造する簡易ドックとして使った金属の枝の塊が固体化する程に密度を増した空気圧によって宙に浮かび上がり、下手な船舶よりも巨大な金属は四方八方から押し寄せる空気の圧力で空っぽの内側を低音楽器の様な音で震わせた。

 

 こんな感じだろうか、と何気ない思惟(呟き)を漏らしながら空母棲姫が差し出した手の上へと運ばれてきたで空っぽの金属の球が姫級深海棲艦の身体から溢れた瑠璃色の霊力と周囲の黒イバラから運ばれてきた無数の素材によってその形を変え。

 仕上げとばかりに海底の岩や砂から取り出された石英がマナ粒子と編み合わされ水晶となり球体の表面へ煌びやかな輝きが施され、元は無骨な金属の塊でしかなかったそれは数十分後には210mの美女が胸の抱え持つ輝く宝玉へと姿を変えていた。

 

 なんとなく思い付きで作ってみたが上手くいったらしい。

 

 きっとあの品の無い無骨者ではここまで上手く己の発想を形にする繊細さなど無いだろう。

 

 クックッと喉の奥で笑いながら空母棲姫は恋敵である戦艦棲姫の目の前で霊薬(敵艦)を詰めた宝箱を泊地水鬼に献上する時を想像し、あの武骨者はきっととても悔しそうに鳴くだろう確信して白い美貌に半月の様な笑みを浮かべる。

 

 まぁ、自分が今回の手柄によって最も女王の寵愛を受ける身(No.2)となったなら余裕と気品に満ちた義姉として装甲(衣服)を砂浜に脱ぎ散らかす事を趣味にしているはしたない義妹が少しでも上品さに目覚められるようアクセサリーの一つでも作ってやるべきだろう。

 

 そんな愉快な未来に莞爾とした微笑みを浮かべ、深海棲艦は何故か作り方を知っていた艦娘を逃がさず捕らえる(保存する)為の術式が組み込まれた宝石と黒鉄で出来た(容器)をピンと立てた指の上でクルクルと回転させた。

 




 
Q.二周年ってお前、前回の更新の時点で過ぎてるだろ?

A.前書きはすべて事実です。私は嘘()言ってません。
 


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第百二十七話

 
ねぇ。

かけっこしようよ。

嫌?

何言ってるの・・・。


 私からは逃げられないんだよ?



 


 ごうっ、と唸りながら目に見える風の塊が大きな腕の様に振り下ろされ吸い込まれていく空気の流れが私の髪を痛いぐらいに引っ張る。

 

『変針、四時方向!』

 

 暴風の音がうるさくてもちゃんと頭の中に聞こえる提督の指示、視界の端に見える速度計の減速を最低限に抑え込みながら利き足を大きく踏み出し(ヒール)に絡み付く蛍光ブルーの海を切り裂く。

 

『雷撃よーい! 一番、二番発射!』

 

 吹き付ける風と背中を押すスクリューの勢いで身体が浮いてしまわない様に顔の真横に海面が見えるぐらい身体全体を傾けると背中の艤装(五連装魚雷)が発射口を海面に向け、私が本気で走った時ほど早くはないけれど勢い良く二本の魚雷が飛び出し海の中へと走り出す。

 海面の少し下を白く泡立つ雷跡が走り去った直後、数秒前まで私が顔を向けていた津波の頂上に透明な筈なのにはっきりと灰色の渦が見える程の風が寄り集まった竜巻が鞭のようにしなりながら叩きつけられ、大きくなった(戦闘形態)の私ですら見上げるほど高い海水の山がゼリーの様に押しつぶされて簡単に切り裂かれた。

 

『ちっ! 命中は1、駆逐ハ級・・・撃沈を確認! 空母ヲ級は健在、深海棲艦でも旗艦を守る程度の知恵はあるのね!』

『島風、何としても奴の発着艦能力だけは奪わないといけない! 攻撃優先目標と針路をあのヲ級フラッグシップに固定! 頼む!』

 

 竜巻の棍棒で真っ二つに切り裂かれていく青ペンキの様な色の津波だったそれを背に正面から襲いかかってきて後ろの竜巻へと私を押し込もうとする向かい風へと身体を大きく前傾させ、頭の中で鋭く尖った円錐をイメージした私は自分の身体を守っている障壁を空気を突き抜ける一本の槍へと変えていく。

 

《了ぉー解ですっ、提督!》

 

 あらゆる方向から顔や身体を叩く豪雨に様な水飛沫を手の平で弾きながら目視と電探に集中した私は夕焼け色の黒くて平べったいタコを頭に乗せた深海棲艦へ向ける。

 自分の距離感と電探が知らせる長さがぴたりと合わさる感覚にどうやら見た目通りの距離と方角の先、薄闇にぼんやりと浮かび上がる昏い黄色を揺らめかせる空母ヲ級はいるらしい。

 私と目標である敵空母の間には無数の荒波だけでなく14の障害物、ざらついた敵影が私の中の電探とソナーに消えては現れ頼りない反応を繰り返している。

 

 必要な情報を教えてくれる提督達の声に耳を傾けながらしつこく付き纏う暴風の中で目を眇め、陽の光が途切れ始める日暮れのせいで視界はとても悪くなっていたけれど倒す相手だけははっきりと見定める事が出来た。

 

 ちょっと難しいかな?

 

 ううん、そんな事ない。

 

 むしろ、望むところだよ(相手にとって不足無し)

 

《島風、砲雷撃戦入ります!》

 

 激しく鼓動が高鳴る胸の奥、私に与えられた名前を(我々が最速である事を)証明しよう、そうすれば提督も島風が一番早い(良い)の駆逐艦である事をもっともっと分かってくれる。

 そう騒めく霊核の熱を一気に背中の推進機関と連装砲ちゃん達(三基のサブスクリュー)と流し込み、自分の口元が吊り上がった感覚と同時に後ろ髪を引っ張る竜巻の吸引を振り切り私の身体は風を切り裂く突撃槍になった。

 

《にひひっ♪ あなた達って遅いのね!》

 

 右舷から波を突き破って現れた二隻の障害物(駆逐ロ級)の大砲が吹いた火の玉は私が通り過ぎた後の海面で弾けて見当違いな水柱になり、その次に黄色く光るゴールライン(空母ヲ級)への針路に立ち塞がった障害物(雷巡チ級)鉄腕(魚雷管)がこちらを向いたと同時に黒い洞の様な穴へと砲弾を撃ち込む。

 

『前方に潜水艦の反応あり! 減速してソナーをっ』

『しなくていい! 爆雷のタイミングは俺がやる、島風は・・・跳んでくれ!』

 

 自分の身体(船体)の一部である拳銃型12.7cm口径に砲弾を再装填させながら巡洋艦級の真横を駆け抜けた後、数秒遅れで爆音が背中を追いかけてきたけれど気の留める必要なく私は提督の言う通りに丁度良く目の前に盛り上がって来た高波をジャンプ台にして空中に飛び出し一気に1000m以上の距離を越える。

 

《遅いからそんな事になっちゃうんだよ?》

 

 空中に飛び出して三基の連装砲ちゃんのと合わせて五軸のスクリューが噴き出す推進力に押されている最中、私の背中で艤装が爆雷投射機の安全装置を解除して幾つもの爆雷が私の通り過ぎた後の海面へとばら撒かれた。

 

『潜水艦反応消失3! 残り2隻は沈降を開始、恐らく損傷したと・・・でも対潜警戒もせずにこんな事、やっぱり提督って普通じゃありませんわ』

 

 いつもお風呂で髪の手入れを手伝ってくれるくまりんこ(三隈)がそんな事を言ってるけど私にとっては提督が不思議な力で邪魔な潜水艦をやっつけて追い払ってくれた事さえ分かっていれば自分より遅い上に沈んじゃった敵艦の事なんて考えるまでも無い事だった。

 

 今は前へ、一秒でも早く走る、一歩でも多く進む。

 

 後ろから追いかけてくる砲弾も前から近付いてくる魚雷も、立ち塞がろうとする敵艦すらも私の早さの前では少し避けるのが面倒な障害物でしかない。

 

《へぇ、なのに、私の邪魔するんだ?》

 

 全速力と忙しない操舵で息が上がりそうな苦しさが逆に私をゾクゾクさせてくれる。

 空母ヲ級のいる場所まで残り4km、その手前にいるのは、確か重巡リ級だっただっけ?

 

 まあ、いいや。 どうせあれも私より遅いから。

 

 そう考えながら連装砲ちゃん達に押されて空中を突き進んでいた私は身体を丸めてでんぐり返しの要領で縦回転させ頭と足の向きを入れ替え、正面に待ち構えていたその身体だけは大きい深海棲艦に向かって両足を突き出した。

 

《おっそーい!》

 

 昏い光が尖らせた私の障壁にぶつかったけど呆気ない程簡単に薄い氷を割る様な感触を突き抜け、その先にあった丁度良いクッションのおかげで着水の負担が少なく済んだ。

 唸りを上げる私のスクリューはリ級の重さが加わっても前進する力をそのままにしているけれどビル程に大きい錘をサーフボードにしていても何の役にも立たないのだからさっさと捨てるが吉。

 だから私は足をめり込ませた重巡級の白い胴体から爪先を引き抜き、目の前でこちらを睨む大きな顔が五月蠅く何か叫んでいたのでその大口へと艤装の魚雷管から手動で取り出した魚雷を投げ込んでから深海棲艦の巨体の上を駆け抜ける。

 

 それにしても体当たり(衝角攻撃)を受けて仰向けに転倒したのなら泣きわめいて無駄な時間を使うんじゃなくすぐに白兵戦を始めるべきなのに腕も足も海に投げ出して転覆したままなんて馬鹿じゃないだろうか。

 

 そんなカッコ悪い姿を見せる深海棲艦はやっぱり判断が遅い(戦場の常識が分かってない)のばかりなんだ、と呆れてしまう。

 

《まっ、いっかこんな深海棲艦》

 

 やっつけちゃった相手なんて刹那で忘れる事にして今はコンマ一秒でも早く私は目標目掛けて再加速しなけれならない。

 

 そして、やっと障害物に邪魔されず空母ヲ級フラッグシップを狙える距離へと入った私は両手の12.7cm砲を的にしてくださいと言っている様な巨体に向かって構えようとして。

 

 直後に左目に映った少し先(数秒後)の世界へ躊躇う事無く全速力で踏み込んだ。

 

《その程度じゃ島風は止められないんだよ?》

 

 ヲ級の周りを守る様に輪形陣になっている五隻の随伴艦からはもしかしたら明らかに着弾する弾道だった自分達の砲撃が私の身体をすり抜けて通り過ぎて行ったように見えたのかもしれない。

 重巡のせいで少し落ちた速度を取り戻す為の急加速の反動で横滑り(ドリフト)しかけた足元の制御を最低限の動きで取り戻し、目の前に展開している鋭角な障壁に触れるか触れないかの距離に来た全ての砲弾を見て(・・)から回避した私はヲ級を狙おうとしていた両手の砲口を空に向ける。

 

《だからぁ、その程度じゃ私は止められないんだってばっ!》

 

 左目に映った数秒先の未来にいる敵へと少しのズレも無く照準される感覚にやっぱり提督は私が考える早さに追いついて、・・・ううん、違う、提督は私が考えて足を動かすよりも早く私がどう戦うべきかどう走るべきかを全部教えてくれる。

 

()ぇっ!』

 

 そう思うだけで無性に嬉しくなった私は提督の言う通りに両手の主砲の引き金を連続で引き絞った。

 

 二連射された砲声が見上げる程に大きな波の上から飛び出してきた黒い尖がった嘴を持つ深海棲艦の飛行機を真ん中から撃ち抜き、空中に広がった二つの爆炎に左目で見た通りの順番で変な嘴の飛行機が突っ込む。

 私の砲撃で撃ち抜かれた艦載機の爆発の余波を受けてお互いが追突するのを恐れたのか右往左往する深海棲艦の攻撃機へと私の主砲と対空機銃が花火の様に空へとキラキラ輝く弾を連続で打ち上げ、数秒後に敵機が通るルートに合わせて放たれた銃弾が無駄なく残りの戦闘機や爆撃機を撃ち落とした。

 

《はいっ、ゴール♪》

 

 今になって距離を取ろう(後退りで逃げよう)としている空母の足元へと一息に駆け込み、直後に目標に向かって左脚を振り上げながら私は装填された砲弾を全て撃ち切った左手の主砲をヲ級に向けた自分の爪先へとぶつける様に投げつけ、考えていたタイミングぴったりに体の中で力の流れが砲雷撃戦から格闘戦に使うモノへと切り替わる。

 

 艦橋に居る提督の操作で拳銃型の主砲が複雑な機械の音と大きな撃鉄を引く様な音をたて足の先を包む様に変形していく。

 そのハンギング・ラダーからカウンターウェイトへと変わった私の爪先の先に見える大量の海水を滴らせヌメヌメとテカる敵艦の動きがまるでスローモーションの様にやたらと遅く感じた。

 

《島風からは逃げられないって、分からせてあげる♪》

 

 そして、空気を切り裂き風を巻き起こす勢いのまま私は近接武装になった左脚を壁の様に聳え立つ空母ヲ級へと叩きつけた。

 

・・・

 

 鋼の安全靴が内部機構を露出させ、その内部で連鎖的に増幅させられた耳に痛い衝撃波が群青に染まった海水を滴らせるウェットスーツに見えなくも無い衣裳の膝から下で炸裂し、明らかに差がある質量同士の衝突であると言うのにそれでも体重が軽い駆逐艦娘が速度の暴力によって巨人の脚を引き千切る様に分断する。

 

「ぐっぅ! いつにも増して強烈、だっ、んぶっ! ヴぅっ・・・っ、っ!?」

 

 辻斬りと言うにはあまりにも雑で乱暴な一撃を目標に叩き込んだ勢いのまま軽く1.5kmをオーバーランした島風がさらに深海棲艦の空母へ追撃を加える為にうねる荒波の上で急反転を開始し、それによって発生する遠心力に晒された艦橋の中心にいる指揮官である田中良介は明後日の方向へ飛びそうな意識を必死で繋ぎ止めながら真っ青な顔の頬を喉奥からせり上がって来た酸味の塊で膨れさせる。

 しかし、五人の艦娘がいる場で自らの尊厳を守る最後の堤防が決壊しかけたその時、横合いから突き出されてきた厚手の白手袋に田中はエチケット袋を押し付けられ。

 死に物狂いでその無言の救いを受け取った指揮官は中身が見えないように加工されたビニール袋の入口へと口元を押し込む様に隙間無く覆う事に成功した。

 

《言ったでしょ! 私からは逃げられないって!!》

 

 前方に見える全高140mの巨体を持つ空母ヲ級、今は片脚を失った為に海面に横倒しになっている黄色いオーラを纏った深海棲艦へと追撃の魚雷と共に放たれた島風の大声のおかげか、幸運な事に田中がビニール袋の中に吐き出した耳汚しここに極まる音声は艦橋に居る艦娘達に聞かれずに済む。

 

「空母ヲ級、撃破・・・じゃないわ! あの状態で逃げるつもり!?」

「ぶはぁ、っ、いや、もういい! 攻撃能力を失った空母に構う必要はっ・・・島風! 後進一杯!!」

 

 ただし汚いモノを閉じ込めた袋から顔を上げた田中の口の汚れや涙と鼻水でべとべとになった見苦しい顔はどう取り繕っても部隊の要である指揮官がして良いものではなく。

 さらに自分で自分を苦しめる様に田中は両手を目の前のコンソールパネルに突っ張って背中を指揮席の背もたれへと押し付け、叫ぶ彼の命令に一秒のタイムラグも無く応じた島風の艦橋が一瞬無重力になったかの様な浮遊感に晒される。

 一度吐いて胃の中をスッキリさせていなければ今度こそノックアウトされていたかもしれない、と遊園地の絶叫系マシーンに乗れないタイプの指揮官は冷や汗を体中から吹き出す。

 

「っく、どこからの砲撃!? でも島風、先にヲ級へとどめを!」

「構わなくて良いと言った! 着弾数が多く水柱も高い! 間違いなく戦艦か重巡級が複数来ている!」

「でもっ、あのまま逃がしたら!」

「それにもう間に合わない!」

 

 それにもう追撃は間に合わない、とヲ級フラッグシップを中心とした艦隊から自分達を追い払い遠ざける意図を感じる遠距離砲撃とそれによって発生した水柱の壁を田中は睨む。

 そして、頭の中にリアルタイムで書き込まれていく艦橋から確認できる範囲の敵勢力の情報から指揮官は自分達にとって重要な部分だけを選り分けながら苦虫を噛んだ様な顔に冷や汗を滴らせる。

 

「また空間が歪むぞ、周囲警戒を厳に! 龍驤、直掩機を索敵に回せないか!?」

 

 フラッグシップの正規空母と言う敵航空戦力の中でも選りすぐりの強敵を無力化できたが、お次は重火力艦からの砲撃をフルコースで受けるかもしれないと言う状況に歯を食いしばり田中は縋る様な視線を慌ただしい艦橋に座り込んでいる赤い水干服に向ける。

 

「無理言わんといて、ウチの子達、対空で手いっぱいや」

 

 だが彼に返って来たのは辛そうな表情でかすれた声を漏らし首を横に振る龍驤の姿だけだった。

 

(くそっ! 敵だけ撤退と増員が自由自在と言うのはいくら何でも卑怯じゃないかっ!!)

 

 指揮席に潜む妖精が脳裏に送り込んでくる海図の中で片脚だけでなく追撃の魚雷で瀕死の身体(大破状態)となった敵性反応(空母ヲ級)と自分達を乗せて遠距離からの砲撃を後退回避している味方表示の識別信号(駆逐艦島風)の間に空間のねじれを示す無数の線が割り込む様に書き足されていく。

 そして、何処からともなく青い蛍光色の海水で出来た壁が荒波に臥せる空母とその護衛艦達を覆い隠す様に盛り上がり始め、その高さが下手な山よりも大きく高くなる程に電探が示す敵との位置関係が急激に広がり、反対に今まで数十、数百km先にあったはずの海面が仕切りになっていた津波が溶ける様に消えた後に二列に並ぶ深海棲艦の群れと共に出現する。

 

「まずいっ! やはり姫級に捕捉されている! ・・・一旦空へっ!」

「だから駄目なんやって! 今、防御に穴開けたらあの白たこ焼き共にハチの巣にされてまう!」

 

 咄嗟に活路を空母艦娘の飛行能力に見出そうとした田中の声を悲鳴のような切羽詰まった声が遮り。

 反射的に現在唯一の航空戦力である龍驤へとまた視線を向けた指揮官は改めて見たその顔が今にも倒れそうな程に真っ青である事に気付き。

 その疲労を押し殺して身体を突っ張りメインモニターに無理矢理押し付け艦載機の操作に集中している小柄な姿に自身の無力さを見せ付けられた様な錯覚を起こした指揮官は苦し気な呻きを漏らす。

 

(だが、このままだと島風でも回避が間に合わなくなる、イムヤで海中に、敵の編成に対潜可能な艦がいない事を祈るか!?

 何とか姫級の目から逃れないと敵の終わらない増援だけでなく周囲の環境まで好き勝手に弄り回される!)

 

「なにこれ、嘘でしょ!?」

 

 目まぐるしく書き換わる周辺図を逐一確認しながら回避方向の指示を続け、確実に敵は減っているのだから自分達の生き残る道があるはずなんだ、と自分に言い聞かせ必死に頭をフル回転させていた田中は不意に艦橋で上がった驚きの声にこれ以上の危機は本当にマズイと叫びかけた。

 

「上空に味方の識別コード! なんで赤城と加賀の艦載機がここまで来ているの!?」

「何を馬鹿な!? そんな冗談みたいな事が起こるわけが!」

「でも、キミ・・・間違いや無いみたいやで?」

 

 対空警戒と迎撃を担当していた叢雲が自分の前にある電探表示が示す情報に驚愕に顔を歪めて叫び、その言葉を即座に何かの間違いだと判断しかけた田中は現在進行形で暴風と竜巻が吹き荒れる空で戦闘機を操作している龍驤の声に目を瞬かせ。

 直後に自分達の直掩機の操作にかかりきりになっている空母艦娘から手元のコンソールに送られてきた各艦載機からの映像に映っていた物を見て田中は驚愕に目を見開いた。

 

「ハワイ防衛艦隊との通信網への再接続を確認! 赤城と加賀の航空隊による通信中継、それに私達の位置情報だけでなく敵艦隊の情報も送られてきてる!」

「赤城さんの航空隊の一つが後方から近付いて来ていた敵艦隊へ爆撃を開始しましたわ!」

「なんて無茶を、ハワイ沿岸からここまで何百kmあると・・・彼女達の艦載機では帰還限界距離なんてとっくに超えているだろ!?」

「はつゆきから入電! 米軍が防衛艦隊の増強と私達の安否確認と通信確保をかなり強硬に要請してきたからやむを得ず一航戦を出撃させたって!」

 

 艦橋で副官的な情報の取り纏めを行っている矢矧が田中の方へと振り返りながら突然に繋がった限定海域の外との通信回線からもたらされた情報を簡潔に伝え、通信機能がオープンになっているメインモニターへと触れた指先から続けて聞こえてきた遠く離れた場所にいる仲間からの声に小さく頷く。

 

「なんでそうなる・・・艦長にも本人達にも脱出に備えて待機している様にと言ったというのに」

「提督、加賀からの伝言よ・・・受け取ってください、ですって」

 

 困惑のままに「何を!?」と聞き返そうとした田中の視界の端に赤丸が描かれた緑色の翼が走り抜け、高低差の激しい荒波の上でギリギリの回避運動を行っている島風の上空で護衛する様に周回滞空を始めた空母加賀の識別コードを発信している後期型烈風の姿に指揮官は目を見開く。

 

「こんな事は予定には無い、無いんだが・・・背に腹は変えられない!」

 

 相変わらず言葉足らずだったが不思議とここにはいない正規空母を原型に持つ艦娘が自分達にどんな行動を求めているかを田中はハッキリと理解出来た。

 

「旗艦を島風から龍驤に! 加賀の艦載機の受け入れと再発艦、やれるな!?」

「ぁぁ、アレやんの? あれって簡単に見えて結構難しいんやけど・・・オマケに取られた方もかなり痛いしさぁ」

《はーい! あ、二十秒後に砲撃が少しだけ止むのが見えるよ、提督!》

「まっ、加賀がええって言うて司令官がやれって言うとんならやるけどさっ!」

 

 そんな会話を艦橋に居る指揮官達と交わしながら砲撃と津波を掻い潜る島風の頭上、田中達の声が響く全天周モニターの湾曲した天井部に数機の爆撃機が通り過ぎる様子が映り。

 赤城所属の識別信号を放つ航空部隊が田中艦隊の上をフライパスしてから一分も経たない内についさっき島風が追い詰め姫級深海棲艦の支配領域操作によって壁の様な大波の向こう逃げて遠ざかっていた空母ヲ級フラッグシップとその随伴艦を示していた敵対反応がレーダー上の端でプツリと消失した。

 

「あっ、赤城の方も何機か持って行って構わないって言ってるわ」

「勘弁してぇな、ウチ軽空母やで? 弾切れした迷子、何十機も渡されても面倒見きれへんって」

 

 これから始めるのは正しく言うは易く行うは難しな命令。

 

「そっちは精々帰り道分の燃料補給したるくらいが関の山やね」

 

 それでも指揮官の切望に応える為に円形通路の手すりを支えに何とか立ち上った龍驤の姿が島風の視界を映すメインモニターが金色の光に染まると同時に光粒になって艦橋から消える。

 

《それにしてもホンマ空母使いが荒いわぁ、この分は高くつくで覚悟しといてや、司令官?》

「お手柔らかに頼むよ、だけど、・・・帰れたら何でも、ぉうぅ"っ!?」

「てーとくっ、島風頑張りましたっ♪ 私早かったよね、ねっ!」

 

 艦橋から消えた龍驤と交代で表れたスレンダーな少女が指揮席の丁度上に光粒を弾けさせながら現れ、細身ながら筋肉質かつ三基の増設装備のおかげで見た目より重量感のある駆逐艦娘が田中に飛び掛かる様に抱き着き。

 

「はぁ・・・まったく、いきなり危ないだろう」

「えへへっ♪」

 

 激しい戦闘による熱気が冷めていない島風の無邪気なスキンシップに諸事情により少し饐えた臭いのする溜め息を吐いた田中は自分を抱きしめる少女の頭を褒める様に撫でる。

 流石に二度の敵陣横断を成功させ、ただでさえ際どい衣装をボロボロにしただけでなく直撃弾は無くとも度重なるダメージの蓄積で血を滲ませ紫のアザまで見える島風を指揮官が労う事を咎める者はいないらしい。

 

《なんでもって何や?》

 

 とは言え、航空戦闘の準備をしているその場の全員が無言で色々と物申したそうな視線(圧力)を自分へ向けてくる様子に島風に抱き付かれたままの田中はやるせなさそうな(情けない)顔で肩を竦める。

 

「・・・なんでもはなんでもさ」

《ほっほぉ? なんや期待させてくれるやん♪》

 

 そして、暴風と砲撃、空を駆ける翼達のエンジン音が四方八方で響く群青の海の上で戦旗を振る様に広げ伸ばされた|巨大な巻物の表面にかつての航空母艦龍驤の航空甲板を模った光の筋が描かれ浮かび上がり。

 

 その霊力で描かれた誘導灯が太陽が姿を消した宵の空の下で煌めき。

 

《よっしゃっ! こっから一気にまくるでぇ!!》

 

 そして、遠く離れた限定海域の外に居る加賀から飛び立ち暴れ龍のような竜巻がひしめく空と海を越えてやって来た勇ましい翼達が龍驤が広げる止まり木へと降り立った。

 




……
………

operation Sequence : 013 start(作業行程13を開始します)
………
………
Communications (通信機能): active(有効)
………
………
………
radar(レーダー) : active(有効)
………
………
system all green(全システム正常)
………
………

WDS accessing(武器管制システムに接続)

Please specify to unit(起動するユニットを選んでください)

/Launcher unit : 10(ランチャーユニット:十番)




device does not exist(デバイスが存在しません)

Warning

《 Possibly incorrect reques(不正な指定である可能性があります) 》


/※※※※※※※※


・・・code checking(コードの照合中)


……
…………

/unlocked(解除)

Launcher unit : 10 /:active(有効)

……………
……………

operation Sequence : 013(作業行程:13)
Complete(完了)

next to operation Sequence : 014(次の作業行程は14です)

/start : 14(14へ行け)

………………
………………………


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第百二十八話

 
 それは、名誉ある戦死者たちが、最後の全力を尽くして身命をささげた偉大な大義に対して、彼らの後を受け継いで、われわれが一層の献身を決意することであり。
 これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国に神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために。

 そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、われわれがここで固く決意することである。

1863年11月19日、エイブラハム・リンカーン
 


 昨日の真夜中、正確に言うならば12月23日の深夜から24日の未明、ハワイ本島の北東で確認された深海棲艦の群れが創り出したと言う仄暗い光沢を揺らめかせる瑠璃色の海。

 その異様な光景に囲まれる事になったハワイ諸島とそこに取り残されている自分達の現状、正直に言えば目を逸らしていたい事実を敢えて確認する為に私はここ数日の記憶を思い返す。

 

 深海棲艦の出現、そして、それと同時にハワイを襲った虹色の波動によって麻痺したハワイの都市機能や治安は深海からの侵略者との防衛戦が始まってからほぼ一週間、やっと街中をパトロールする警官やちゃんと(・・・・)道路を走る自動車が見れる程度には回復してきたと言ったところ。

 とは言え、私自身の目で見たモノだけでも数えるのが嫌になるぐらいになる不慮の事故と故意の犯罪が災害じみた深海棲艦群の接近によって脱出不能となったハワイ全域から全て無くなったわけではない。

 

 さらに言うならば街灯が光るとか水道の蛇口をひねれば水が出るなんて日本では当たり前だった事を年甲斐もなく喜びはしゃいでしまった自分で言うのもなんだが私達はまさに現在進行形で精神的に物理的に追い詰められている。

 

 日本からの旅行者である私達三人は手前勝手な言い方であるが幸運な事に生命が容易く奪われる様な不幸な事故に巻き込まれず、窮地で暴力に走る様な相手に襲われ怪我をする様な目にも遭っていない。

 一時、暴動を起こす寸前だった連中に囲まれた場面はあるにはあったが一生分の幸運を使い果たしたかと思う程に絶妙なタイミングで助けの手が文字通り目の前に舞い降りてくれたからそれはカウントするべきではないだろう。

 しかし、ハワイ諸島に閉じ込められている人々全員が私と友人の様に不幸中の幸いを得られているなんて事はあり得ないのも事実であるし、おそらく今もここではない場所で他人を犠牲にしてでも構わないとする利己的な行動の犠牲になった助けを求める声が上っているだろう。

 

 あの日、オアフ島の海岸沿いで恐ろしくも幻想的な虹の津波を目撃してからひたすら自分の無力さに打ちのめされ自分の正しさと安全を保証してくれるモノが何一つも無い私は非日常の中を進み続けなければならない現実に否応なしに苦しまされている。

 

 それならばいっそ全てを投げ出して自分の弱さと不甲斐なさを免罪符に逃げ出せば良かったのに、と今更ながら我ながら思わなくはない。

 

 でも私には大切な人がいる。

 

 情けない泣き言を喚き散らす大学生でしかない私をハワイから脱出させる為だけに茅野志麻と言う自身の平穏を約束する偽の名前ごと自分の全てを投げ捨てようとしてくれた女の子が、こんな弱虫()を「愛おしい」と言ってくれた彼女(鹿島)がいる。

 

 もしかしたら私と彼女の出会いは偶然などではなく何者かによって仕組まれた必然だったのかもしれない。

 

 それでもたった一日離れていただけですら心が引き裂かれそうだと悲鳴を上げる程に失いたくない存在であると自覚してしまったのなら彼女と一緒に日本へ帰る為の道程がどれだけ困難であろうと進まなければならないじゃないか。

 

 そんな決意を情けない泣き言と一緒に吐き出した私の選択を欠片も責めず「仕方ありませんね」と微笑む鹿島に心の底から感謝して、彼女と再会した自然公園から人目を忍んで抜け出した真夏の様な日差しの下で私の頭に閃いた思い付き(・・・・)を何とか実現できる形にする方法は無いかとひたすら知恵を絞る。

 だが深海棲艦による電波通信をジャミングする力場を越えて外への連絡を可能とする手段、日本にいると言う鹿島の姉妹艦とだけ可能なテレパシー通信に希望を見出した私だったが、小賢しさ自信がある筈の頭を人生で最も働かせたと言っても過言ではない程に考え続けてもそこから自分の目的の実現へ繋がる具体的な方法に辿り着く事が出来ず。

 ハワイに来てから私と鹿島((友人))の三人がお世話になっているリゾートホテル、支払った料金以上の滞在にも拘わらずこんな時(緊急事態)だからとそのまま泊る事を許してもらっている部屋の真ん中で悩まし気に唸り続け無為に時間を使うだけ。

 

 そもそもどれだけ正確に鹿島から彼女の姉妹へ私達の情報を伝えてもらっても動いて欲しいと思っている相手がそれを信じてくれなければ意味がない。

 しかも奇跡的に連絡が付いたとしても情報源は日本人の観光客で、通信方法がテレパシー(オカルト)能力では公的機関を動かす証拠能力すら期待できないのではないか。

 そんなふうに「それは駄目、これも駄目」と無為に足踏みする様に自分自身の考えすら纏められないそんな私へ状況打開の一手をもたらしたのは今回の事件に巻き込んでしまった同じ大学に通う友人であった。

 

 実際問題、私がジャーナリスト気取りでハワイに行こうなんて言い出さなければ彼を巻き込む事は無かったのではないかと悔み、気の良い友人に対する後ろめたい罪悪感はある。

 しかし、言い方は悪いがその時点の私はバグみたいなコミュニケーション能力以外の知性が軒並み平均以下な彼がここまで複雑化した問題の解決に役に立つとは思っておらず、夕日が沈み頼りない灯りだけになった部屋のドアを勢い良く開け無駄に元気な大声と共に手に持った小包みを見せびらかす様に掲げたチャラい男を舌打ちで迎えてしまった。

 

 なにせその時の第一声が「赤城さんにおにぎり貰っちゃったぜぃ!」である。

 

 少しでも早く解決の糸口を見付けなければならない時に常日頃から戯言(たわごと)を口から垂れ流す事を生業にしている頭の中身がプリンでできている様なヤツに付き合わされるなんて冗談じゃないのだが、そこは他人の心の機微を読み取る能力だけは警察犬の嗅覚並みに発達した男である。

 やたら人懐っこい笑みを浮かべ「どうしたん? どうしたん?」としつこく何度も聞いてこられるぐらいなら自分達が置かれている状況と私がやらねばならない目的を一通り説明しおいた方が良い、と言うよりは小難しい話をすればまず間違いなくあまり物事を深く考えないタイプである友人は思考停止して黙るだろうと私は高を括っていた。

 

 実際、私が話を始めれば十分も経たないうちに彼は魂の抜けた顔を浮かべ大事そうに抱えていた小包みから大きなおにぎりを取り出し、それを食べながら物凄く適当な相槌を打つと言う話の半分を聞いていれば上等と言う態度を見せる。

 

 と言うか、なんで昼間にとある事情で知り合う事になった自衛隊員や艦娘達に夕食へ招待されたと言っていたアイツは夕食からまだ一時間も経っていないだろうに爆弾みたいなビッグサイズおにぎりを「うめぇ、うめぇ!」と食べ始めたんだろう。

 その馬鹿がおにぎりを頬張る姿を前に自分の顔がこれ以上ない苛立ちで歪んでいく事を自覚しながら私は目の前の能天気を思いっきりぶん殴ってやろうかと小さく毒吐き、振り上げかけた私の腕に抱きついて宥めてくれた鹿島がいなければ目の前の無駄に形の良い鼻を軽く2cmは陥没させてやっていただろう。

 

 それはともかくとして。

 

 明らかに人の話を聞いていない相手に忍耐力を最大まで振り絞り出来得る限り(小学生でも分かる)単純な言葉を選び説明を終えた私は炎天下の労働とは違った徒労感の強い精神疲労にたまらず溜め息を吐き。

 自分達を取り巻く危機的な状況とそれを解決しなければ日本に帰れなくなるどころか明日の命も分からないのだ、と私が話を締めくくったと同時に馬鹿は「志麻っちが艦娘? じゃあ、志麻っちもアレ出来るん?」と言う主語が行方不明なセリフを口にする。

 

 一応は後で考えのすれ違いが発生しない様に私の隣にいる彼女の茅野志麻と言う名が世を忍ぶ仮の名前であり、本当は鹿島と言う名前の艦娘であるのだと説明の途中に挟んで教えはした。

 だが、まさか在ハワイ米軍と自衛隊の艦娘達に降りかかる困難や深海棲艦の謎に満ちた動向、これから時間が経つほどに困窮するだろう予想など自分達の安全に直結する情報を差し置いて真っ先に反応するのが鹿島の正体だとは少しも予想していなかった私は友人が身振り手振りを加えなにやら喋り始めた不可解な話にただただ困惑するしかなく。

 

 気の良いバリっちゃん(たぶん自然公園で出会った夕張の事だろう)からマナ粒子濃度が高い場所でも艦娘が装備した機械類は正常に機能すると教えてもらったとか。

 招待された夕食の場で関西弁で喋る艦娘(ハワイに来ている艦娘でその条件に合うのは龍驤だろうか?)が自動車並みにデカい炊飯器から延びるコードをその身体に直接差してお米を炊いていた(野外炊具一号だろうか? でもあれは灯油で動くはずでは?)。

 

 などなど、私は友人からあやふやかつ俄かには信じられない話を聞かされ、さらにその装備(・・)に接続するコードにはUSBケーブルも使えると聞いた、なんて流石に出鱈目としか思えないモノには艦娘である鹿島までもが困惑を隠せず笑みを引き攣らせていた。

 

 だが、その時の私が精神的な余裕がない状態で倒れかけている様に見えていたらしい彼女は気分転換になればとでも思ったのか友人が言い出した与太話を試してみようと言い出す。

 

 そして、数分後、深海棲艦の襲来と共に押し寄せてきた虹色の光を浴びたあの日からうんともすんとも言わなくなっていた私の折り畳み式携帯電話から延びるUSBケーブルの端子が数日の南国に生活でも日焼け一つ無い白い肌に吸い込まれ。

 私は「ほら言った通りだったろ」と大袈裟に騒ぐ友人の声に返事を返す事も出来ず、自分の手首を見つめて目を丸くしている鹿島と細長いケーブルで繋がった携帯電話の液晶画面に数日ぶりの光が点いた様子に絶句させられた。

 

 私の目の前で再起動した携帯電話の画面は何故か明度が過剰に引き上げられており液晶が白く染まって何が映っているかも分からない状態だったが辛うじて通話ボタンを押せば受付音がスピーカーから鳴り、0から9のボタンを押せば音割れしていたがプッシュ音も聞こえ。

 その確認を終え驚きで固まってしまっている表情をそのままに私は真っ先に思い浮かんだ実家の電話番号を入力してから祈る様な気持ちで携帯電話の反応を見守る。

 

 そして、震える手で国際電話番号を含めた数字を入力した電話から聞こえてきたのは奇妙に間延びしたそれでいて生物的な鼓動にも感じる電子音とノイズ、そして、妙に長く続いたその両方が途切れた直後に私の手にあった携帯から誰かの吐息にも似た音が聞こえ。

 

 まさか本当に電話が繋がったのか、そんな馬鹿な事が、と狐につままれた様な気分を必死に抑え込みながら私は期待と動揺が入り交じり震える声で「もしもし」と電話に話しかける。

 

〈 この感じ、鹿島姉さんですか? 〉

 

 しかし、液晶画面をホワイトアウトさせた携帯電話から聞こえてきたのは私の両親の声ではなく。

 

〈 なんで姉さんからの“通信”なのに男の人の声が? 〉

 

 聞き覚えの無い女性の声だった。

 

〈 ・・・アナタ、誰なの? 〉

 

・・・

 

 目的地は分かっているのにそこに辿り着く道が分からない。

 

 例えるならばそんな二進も三進もいかない膠着状態だった私は友人が言い出し鹿島が確かめてくれた方法によって得られた僅か三分にも満たない通話に激しく驚かされながらも自分の考えが全くの見当違いではなかった事に喜びの声を上げる。

 

 それを叶えてくれたもう一台(一人)の立役者とも言うべき折り畳み式携帯電話、四年前に携帯ショップで手に入れてから常に私のポケットにあった130gの小さな相棒はその最期に数百kgの金塊よりも価値のある数分を私達に与えてから白い煙を基盤やバッテリーから立ち上らせ再び沈黙した。

 

 それから三日、つまり今日。

 

 真夏を超える暑さに負けてたまるかと自分に言い聞かせながら体力と時間の限りを尽くしホノルル市内だけでなくとにかく広範囲の避難所をめぐり手当たり次第に証言と情報を集めた私達は最終的にハワイを守る軍事拠点の一つである真珠湾の軍港へと向かう。

 その前日にハワイ諸島を囲む様に出現した瑠璃色の海、日米両軍の協力で行われた霊的災害対策が功を奏し今度は虹色の波の時の様な停電や被害が出る事は無かった。

 しかし、私達にとって頼みの綱だった鹿島のテレパシーが使えなくなると言う計画が根本から破綻しかねない状況が発生し、状況がさらに悪化した事が海の方を見るだけで被災者の目で見える様になってしまった。

 このままではギリギリで耐えていた人々の中からも自暴自棄に走る人が現れるかもしれない、それなのに私に限って言うならば不思議と新たな障害に対して特に動じる事はなく。

 文明の利器を理不尽に取り上げられた劣悪な環境で過ごした長い様で短い十日未満の日々で自身の運の悪さに慣れてしまったのかもしれない、なんて冗談を口にできる精神的な余裕すらある。

 

 そして、怖気づいて逃げ出すなんて選択肢はもう無いのだから、と自分で言うのもなんだが強い決意を胸にいざとなれば無断侵入も辞さないつもりで広大かつ堅牢だと一目見れば分かる米軍基地を前に立った。

 

 ・・・のだが。

 

 何をどう間違えばそうなるのか分からないが基地の警備をしていた数人の軍人から私と共にいた友人に声をかけてきて、私と鹿島をそっちのけにして妙にフレンドリーな調子で話し始めたと思えば、あまりにも突拍子の無い展開に唖然とする私と鹿島がその場で立ち尽くしていると談笑を終えたちょっと頭のオカシイ大学生と職業:アメリカ軍人達に手招きされ。

 

 その後、私にとってはとても都合の良いのは事実ではあるのだが「こんなに雑で良いのかアメリカ軍!?」と叫びそうになるのを耐えなければならないぐらい簡略化された手続きを行いゲストパスを渡されて私達三人は軍事基地への入場し、さらには監視と言う名目で基地の案内を申し出てくれた警備の人のおかげで私の予想を裏切るスムーズさで数日前に仕事を頼まれ多少なりとも顔見知りである米軍少尉と再会し、そのジェームズ・ジョンソン少尉の協力を条件付きで取り付ける事にも成功した。

 

 例えるならば私にとって人生最大の勇気を振り絞って立ち向かおうとした試練の入り口が自動ドアだったとでも言うべきだろうか?

 

Damn!!(くそったれ!!)

 

 凄まじい肩透かしを受けた少し前の記憶を振り返っていた私が突然の叫び声に顔を上げると丁度その姿を頭に思い浮かべていたジョンソン少尉が頭に乗せていたマイクとヘッドホンが一体化したヘッドセットを毟る様に外してドラマとかの航空管制塔で使われていたモノに似ていると言う素人丸出しな感想しか出てこない無数の計器とスイッチ類が並んでいる軍用通信システムへと叩きつけている姿が見えた。

 

 バネの様に跳ねるヘッドセットを天井まで飛ばしても足らなかったのかよっぽど腹に据えかねている少尉は制服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉質かつ190cmを超える長身の肩を怒らせ数m離れた私にまで聞こえるぐらい荒々しい猛牛の様な鼻息を吹き出している。

 

「あの人をあそこまで怒らせるって・・・よっぽどの事だな」

 

 気付けば自分の考えの没頭してから十数分、部屋の壁に背を預けていた私は激しい怒りを表す様に乱れた呼吸に合わせ肩を大きく上下させているジョンソン少尉とその周囲にいる彼の部下達の見るからに気落ちして項垂れている様子を窺いながら小さく呟く。

 彼と親しいなどと言えるほど深い付き合いがあるわけでは無いが少し話しただけでもジョンソン少尉が少し厳つく男らしい顔立ちと逞しい長身を併せ持つtheアメリカ軍人と言ったマッチョな容姿の持ち主でありながら非常に理知的で穏やかな性格の人物である事ぐらいは分かる。

 少なくとも私の様な突然に軍事施設へやってきた不躾な日本人の小男に合わせて日本語で会話してくれるぐらいなのだからネット界隈で多く上げられる個人主義の白人男性の様なステレオタイプではない事は間違いないだろう。

 

「良い事じゃないのは間違いなさそうですね、散々たらい回されたID照会の時間が無駄になるぐらいには」

「流石に・・・日本の回線を経由してハワイから連絡が入ったとなったら慎重にならざる負えないとは思うよ?」

「それでも相手からもう連絡してくるなって言われる程の事じゃないと思いますよ、先輩さん」

 

 すぐ横から聞こえた鹿島の声に肩を竦めて返事した私は深海棲艦の出現から今日まで完全に使用不能になっていた米海軍基地に置かれた通信と指揮を司るオペレーションルームを見回し、熱風が常に吹き付ける野外よりマシとは言え普通なら絶対に一般人が入る事の出来ない機密エリアに充満する身体に圧し掛かる様な重い空気に嘆息する。

 

「ジョンソン少尉本人だって認めたなら被災地からの連絡だろうに、それを分かった上で無視するのかい」

「先輩さんの予想通りでしたね」

 

 まるで他人事と言うか、むしろ私の予想が当たっていた事が嬉しいとでも言う様な微笑みを向けてくる青い宝石の様な瞳への丁度良い返しが思い付かず私は閉口してしまう。

 個人的には米軍もしくはアメリカ政府による情報統制がハワイの外で行われているなんて陰謀論じみた私の予想は外れていて欲しかった。

 

「本当にアメリカの上層部はハワイとその住人を見捨てても構わないと考えているかもしれませんね・・・現地戦力で対応せよ、なんて出来るわけない事言っちゃうぐらいですから

 

 それに加えて私のすぐ隣で椅子に座っている鹿島の協力によってこのオペレーションルームの機能が回復した事を確認したジョンソン少尉達が上げた喜びに満ちた歓声があっと言う間に陰鬱な溜め息に変わってしまった事も私達が原因ではないと分かっていても申し訳なくなって・・・。

 待て、今聞き捨てならない事が聞こえた気がする。

 

「えっと鹿島、まさか通信を盗聴してなんか・・・ないよね?」

「ただ単に少尉さんの()が聞こえちゃっただけですよ・・・流石に暗号化された通信は解読できませんでした

 

 ともすれば二人揃って協力者からスパイ容疑者に役名が変わりそうな物言いに恐る恐る声を絞って聞けば鹿島はシレッとした顔できらめく銀髪がかかった自分の耳元をトントンと指で小突いて微笑み。

 その仕草に私はつい悪事を隠す悪党の様に反射的に目測で8mは離れた場所にいるジョンソン少尉達の背中を窺い見てしまう。

 

「先輩さん、知ってます? 艦娘の中には十数キロ離れた場所で鳴いていたカモメの種類と数が分かる子がいるらしいですよ」

 

 数歩で足りる遠いと言う程に離れているわけではないがそれでも人間一人が付けたヘッドセット型インカムによって交わされる通話を聞き取れと言われれば無理だと言い切れるぐらいには離れているのは間違いなく、実際に通信機のコンソールを前にいる鍛え上げられた軍人達は私と鹿島の会話に気付く素振りも気にする様子も無い。

 

「まぁ、私はそこまですごい事は出来ませんけど、ね?」

 

 続けて繰り出された上目遣いの悪戯っぽいウィンクに私は「この距離でも十分すごい事だよ」と言いそうになった言葉と一緒に固唾を呑みこみ頬が引き攣りそうになるのを耐え。

 

「う、うん、それはともかくハワイの()と通信が繋がって良かったよ、本当に」

 

 それは限りなく黒に近いグレーなんて新聞や創作など数多の読み物の中で良く使われるありきたりな表現、しかし、日常生活では縁の無い言葉を望まず実感する事になった私は心の中で君子危うきに近寄らずと唱えながら少し無理矢理ぎみに話題を変える。

 

「ええ、これで先輩さんの作戦が実行できます♪」

 

 ジョンソン少尉とその部下の人達と言う頼りになる軍人の協力を得る事に成功し、彼からただの機械では艦娘の力に耐えられないと言われ消沈した直後にそれを解決する装置の存在を教えられ、短い間に一喜一憂を繰り返した私の目の前で瑠璃色の海による通信妨害の増大と言う最後にして最大の問題も何とかクリアされた。

 

 残る私がやるべき事は此処へ持ち込んだ愛用のノートパソコンの電源を入れてジョンソン少尉達が用意してくれた機材でインターネットに接続するだけ。

 

「作戦って言うほど立派なアイディアじゃないよ、それに何から何までほとんど人任せなんだ」

 

 言ってしまえば私がやった事など協力者を求めて延々と歩き回り口下手な口先を動かしていただけ、それだけの事ですら一般人でしかない私個人の責任能力を大きく越えた事をやっている自覚はある。

 

 だけど、だからこそ、この試みには鹿島と友人だけでなく数え切れないぐらいのハワイの人々の協力があるからこそ。

 

 ジョンソン少尉が私達への協力を約束する代わりに提示して今さっき終わったペンタゴンへの救援要請が仮に成功していたとしても私にとってそれ(・・)の実行は義務と言って良い決定事項となっていた。

 

 とは言え躊躇いは無いと自分に言い聞かせ虚勢を張っていても肩と胃にのしかかる重みは確かにある。

 

「私は先輩さんのお手伝いが出来て嬉しいですよ」

 

 けれどそんな見えない重圧ですら彼女の他愛無い励ましの言葉で溶ける様に消えていき、私は身体に纏わりついてた肺や肩の強張りが消えて緩む感覚と同時に自分の現金さに苦笑してから彼女の赤いスカーフタイが解け開かれた白襟とその間に入り込んでいる無数のコード類へと顔を向ける。

 その太いコードは僅かに線の細い鎖骨と青白い発光が覗く鹿島の胸元を隠す様に服の中へ潜り込んでおり、彼女から延びる長いケーブルは蛇の様に床を這い部屋の真ん中辺りに設置された一見しただけでは大型デスクトップPCにしか見えない機械へと繋がっていた。

 

 それは結晶基幹と言う特殊な部品が組み込まれたモノで、電気信号とマナ粒子を分離させるとか、逆に干渉させるとか、増幅した異なる波長でも双方向に変換出来るとか、ちょっと聞いただけでも私には到底理解できない仕組みが詰め込まれていると分かる高度かつ精密な技術の塊である。

 だが私にとってはそれが艦娘と普通の機械を仲介する特殊な機械である事が分かっていれば十分で、実験台と言うわけでは無いがジョンソン少尉のおかげで電気的な信号をハワイの外へと送信できる事実があるならばその原理の正体が科学であろうと魔法であろうと何ら問題ない。

 

 ただ、部屋の真ん中で低いファンの回転音を立て続けているその特殊装置が通信機器だけでなく部屋中のPCとモニター、さらに大型サーバと業務エアコンまで復活させたと言われてしまうと虹の波から今日まで電卓すら使えない前時代的な生活をさせられた身としてはもっと早く教えてくれれば良かったのにと思わなくはない。

 

 まぁ、素人目には万能に見えても機械である以上は限界はあるだろうし、動かせるのが艦娘のみである時点で汎用性はあって無い様なもの。

 おそらく部外者にこの装置の存在を知られたなら民家や商店を襲う暴動と強盗のターゲットが一つ増えるだけかもしれないだろうけど・・・。

 

「それにしても香椎さんだけじゃなく・・・財団まで協力してくれるなんてね」

 

 香取型練習巡洋艦三番艦、香椎、それが私の携帯電話が最期に繋いだ通話相手の正体であり、はるか海の向こう私の故郷である日本ではもっぱら財団もしくはTIAと呼ばれている世界でも指折りの巨大総合企業に所属している社員にしてかつて自衛隊から脱走した艦娘の一人。

 鹿島の姉妹である彼女と何故電話が繋がったのか無学な私にはこれまた結晶基幹だとかなんとかと同じ様にその原理なんてさっぱり分からない、だが接続された携帯の電波と鹿島から二人の姉妹艦にだけ通じるテレパシーが何らかの理由で交じり合い受け取り側である香椎へと届いたのではないかと言う仮説は立てられた。

 

「実は私達、後見人になってくれたお祖父様とお祖母様のおかげで財団ではかなり無茶がきくんです」

 

 そして、その仮説はハワイに居る鹿島と東京の財団本部に居ると言う香椎によって立証された。

 

「そ、そうなのかい・・・TIAとは言え軍用機材を半日で用意できる後見人っていったい

「ふふっ♪」

 

 タネを明かせば単純で鹿島が特殊機材で増幅したテレパシーに乗せて飛ばしたジョンソン少尉の声をこちらで使っているモノと同じ特殊機材を装備した香椎が受け取り、それを財団のサーバールームに経由させると言うモノでしかもこれは一方通行ではなくお互いにやり取りできる。

 ただその際に通信が経由した所在地と方法を偽装する為の工作を財団の方で行っていたらしく発信源が日本であると言う事しか分からない正体不明の通信にペンタゴンが必死に本人だと訴えるジョンソン少尉へ傍から見ていても終わらないんじゃないかと錯覚する程に長い確認作業を行う原因となったわけだが。

 

 もしかしたら鹿島(艦娘)の力を利用していると報告してしまえば大凡の疑念は消えずとも嫌がらせの様な待ち時間は半分以下で終わったのかもしれない、でもジョンソン少尉はそれをせずに私と交わした約束を守ってくれた。

 

 正直なところ十中八九、「一般人との約束など知った事じゃない軍務優先だ」展開が待っていると考えていた私はたった一つだけ私の手に存在する心の底から使いたくない最後の手段を使う事も辞さない覚悟だったわけだが、そんな小賢しい予想に反して彼はアメリカの軍人にしては不器用だけど人間としてはこれ以上ないぐらい誠実な人だった。

 

「さぁ・・・始めようか」

「はい、先輩さん」

 

 通信が切れた直後は激昂していた彼も私と鹿島が少し話をしていた間に静かになっていたが、今度は椅子に座り込み身体を折って深く下げた頭を両手で抱えるジョンソン少尉の姿はその恵まれた身長と体格から考えられない程に小さく感じ、しかも周りの部下の人達も彼のかける言葉が思い付かないのか硬い表情で黙り込んでいる。

 そんな居たたまれない様子の人達に声をかけるのは少しどころじゃないぐらい気が引けはしたもののそれが思い止まる理由にはならないと自分に言い聞かせて私は少尉のいる場所へと足を踏み出した。

 

 これから私がやるアメリカと言う国を混乱に叩き落としかねない行為の開始を。

 もしかしたら誰の目にも止まらずに消えるかもしれない悪あがきの実行を。

 

 ジョンソン少尉に告げる為。

 

・・・

 

 それは12月24日の夜の事、奇しくも人知れず戦う田中良介率いる艦娘部隊が空母棲姫を捕捉し戦闘が始まった時。

 

 投稿者不明の動画ファイルが世界中のあらゆる動画サイトへと次々に投稿された。

 

 その内容は災害現場にいる人達へ、現在の生活はどうか、何か必要な物は無いか、とインタビューすると言うありきたりな取材風景。

 頻繁に白い粒の様なノイズがざらつく画質はウチのホームビデオの方がマシだと素人に言われる程度。

 落ち着きがなくたどたどしい英語で喋る顔も出さない質問者と撮影者のカメラワークはお世辞にも上手いなどとは言えなかった。

 

 だが、広大なインターネットの海に放たれたその動画はPCや携帯など再生機器を問わず、容易く国境を越え、人種を問わず、人々の目の前で何度も再生を繰り返す。

 

 何故ならそのインタビューが行われていた場所が一週間前から正体不明の自然現象による一切の連絡と行き来が途絶えていた常夏の島だったから。

 

 「全ては国民の安全の為に」と語るアメリカ政府によって全ての渡航が禁止され人と物の流れが堰き止められ、その動画が投稿される前日に融けた鉱石の様な瑠璃色の海に覆われ人工衛星のカメラで見る事も出来なくなり、住民の生存を絶望視する言葉が信憑性を伴って飛び交い始めたその日。

 

 誰もが知りたいと(米国が隠したいと)考えていたハワイの現在(・・・・・・)が世界中へと公開されてしまった。

 

 あるアメリカのスタジオではトップスターを夢見てハワイから飛び出したギタリストの若者が画面の向こうで呼吸器を付けてベッドに横たわる祖母の姿を見付けて神に祈り。

 あるのどかな牧場ではまた必ず会いに行く約束していたフラダンサーが片脚を亡くしながらも気丈な笑みを浮かべて受け応えている姿に少女が涙を流す。

 ある家庭では出張で出かけた夫が消息を絶った事に絶望していた妻とその子供達が遠方で復興作業を行う彼の姿に歓喜した。

 

 ハワイ諸共に友が家族が亡くなったと消沈していた数え切れない程の老若男女がその動画と言う形で公開された生存報告(・・・・)の再生回数を跳ね上げる。

 

 そして、漁師の毅然とした姿が、レストランのオーナーの皮肉気な冗談が、警察官が口にした己の職務に対する矜持が。

 分割投稿されたそれを合計すれば十数時間、数百人の顔と声が記録された映像はネットワークの中を駆け巡り拡散されていく。

 

 彼ら彼女らと直接の知り合いではなくとも、画面ごしであっても。

 

 一週間前にハワイで起こった不可解の正体が政府の発表した自然災害(・・)ではなく敵対者による侵略(・・)であると知り、あるいはただ自らの良心に従って。

 

 立ち上ろうとする人々は確かにいた。

 




 
これこそが貴方達の力の源である。


そして、それこそを貴方達は最も恐れるべきなのだ。


だからこそ、貴方達は手を差し伸べなければならない。


親愛なる民主国家へ(Dear AMERICA)

 


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第百二十九話

 
No.???  自衛隊特務士官(田中)
カテゴリー 水上艦要員

備考
・火力・雷装・爆装など攻撃力への直接的なプラス補正は無い。
・対空・対潜・回避・命中に艦娘の練度に応じたプラス補正有り。
・装備した艦娘の索敵値がバグる。

猫吊るしが深海棲艦をコンフュ(混乱)またはバーサク(狂戦士)状態にする

 多分、使ったら運営にアカウントを抹消されるタイプのチートアイテム。
 


 

 星明り瞬く空は遠く深淵に続く洞窟の闇にも似た瑠璃色の狭窄の彼方。

 

 今にも閉じようとしている広大な井戸の底は鍛え上げられた鋼すらもねじ切らんばかりの暴威が吹き荒れ、切り裂く様に襲い掛かる風の合間を縫って流れ星が光を瞬かせながら敵意と悪意をもって襲い掛かるの暴風に舞う。

 

 激しく大波をうねらせ妖しく蒼い光を宿した海原を見下ろし闇に立ち向かう様に輝くプロペラ機達が唐突に横並びの編隊を解く。

 直後、まるで蜘蛛の子を散らす様に分散した戦闘機達の真下から駆け上がって来た突撃槍が如き鋭角を成す風の螺旋が天を衝いた。

 

 それは本来透明であるはずの空気が白く濁って見える程に圧縮された竜巻、直径数百mかつ全長数kmと言う出鱈目なサイズの槍は通り過ぎた余波だけで回避したはずの飛行隊から(防壁)を剥ぎ取り、逃げ遅れた数機を夜空に爆散させる。

 しかし、夜空を穿った風槍の影響はそれだけに留まらず無理矢理に空気を奪い取られ真空となった空間を埋めるように海面から妖しく光る海水が見えないホースによって吸い上げられ、水の龍と呼ぶ他に無い瑠璃色の巨体が空へと昇る。

 

《いよいっしょっとぉっ!》

 

 重力に逆らい風によって造られた通り道を昇る海流にあえて近付き、二回三回と水切りの様に跳ねる高度4000mに現れた下から上に流れる海面へと叩きつけられた厚底靴が向かい来る波と水飛沫を割りながら赤袖の水干服を纏った身体を減速させる。

 

《さぁっ、ガス欠の子から順番や! 急がず騒がず迅速に頼むでぇっ!》

 

 夜空に舞い上がったかと思えばすぐに重力を思い出し崩れ落ちていく蒼き龍、その空中でうねる長い背へと着水(・・)した艦娘は赤袖と栗色のツインテールを風の中ではためかせ、頭の上に掲げる様に広げた身の丈よりも長く平たい大巻物へと叩きつけられる向かい風に半ば吹き飛ばされながらも帰還した艦載機を手早く着艦させ、ほとんど衝突か墜落といった具合に着艦してスキール音をたてる戦闘機が光粒に解けて空に翻る甲板へ吸い込まれる様にして母艦へと格納されていく。

 

『龍驤、あと五秒!』

 

 しかし、艦載機を回収する事は出来ても足場は濁流の様な空中海流、加えて激しい風の中では休憩など望むべくもなく。

 

《はいよっ!! こっちも一丁上がりや!》

 

 耳の奥に直接響いた青年の声に威勢良く返事を返した空母艦娘、龍驤は甲板から転げ落ちかけた最後の一機の背を強引に掴んで甲板へと押し込む様に格納し困難かつ短時間の着艦作業を終了したと同時に巻物型の飛行甲板を強引に巻き取る。

 そして、きっかり五秒後に途切れた空中海流から躊躇なく身を投げ出し、荒々しく海面を抉る様に引っ張り上げた風の道が消えればただの水塊と化してあっけなく夜空から墜ちる龍の背から飛び出した龍驤の眼と電探が海面から再び自分達を狙って急上昇してくる竜巻の矛先を捉えた。

 

『まただっ、さっきのより直線で狙ってきているぞ!』

《言われんでも分かっとる!》

 

 常軌を逸した超高気圧と極低気圧を組み紐の様に絡み合わせると言う人知を大きく超えた方法とそれを可能とする力によって造られた竜巻の中心は凄まじい吸引力と無数のかまいたちが唸り声を上げており、一目見ただけで飲み込まれればどれだけ防御に集中しても容易く切り刻まれてしまうと想像させるには十分過だった。

 

《ちぃっ、ホンマ今日は千客万来やなぁっ!》

 

 その目に見える災害を前にしても気丈を保ち、敵の思惑にはまってたまるか、と空中で身を捩った龍驤の眼に今度は四方から自分を囲む様に迫る白い球体が映る。

 野晒しの白骨に近い質感の表面にロケット炎の様な火を纏い周囲の暴風を物ともせず猛スピードで突き進んでくる敵機に向かって舌打ちした空母が風の中で舞う様に姿勢を制御して四方から自分へと襲いかかろうとしている深海棲艦の戦闘機へ対空機銃によるカウンターを狙う。

 

()い! まとめてドタマかち割ってっ、ぁっ!?》

 

 だが戦闘形態である為に頭から靴底までを合わせれば15mの巨体となっている龍驤から見れば目と鼻の先で鋭い牙の間から紅い火を溢れさせる球体戦闘機が口内の機銃を吠えさせる寸前、さらのその上方から闇夜を貫いてきた銃弾の雨が次々に白い頭蓋を打ち抜く。

 直後に爆ぜた敵編隊がついさっきまで平気だった暴風に呑まれて砕け散り、下からの竜巻と新種戦闘機による包囲に気付いてから僅か数秒の出来事に呆気にとられかけた龍驤の前で光を纏った深緑の翼が旋回しながらその機体をわずかに明滅させる。

 

《なんや顔に似合わん事やるやっちゃっ!》

 

 いつも相方と一緒になって大胆不敵な事をやっては悪びれもしない澄まし顔を浮かべる正規空母の援護に苦笑を浮かべた軽空母は胸の前に抱えた大巻物(航空甲板)の軸先を暴風の中でも機体を安定させているだけでなく狙い易いように尾翼を見せてくれている戦闘機へと向け。

 鋭い射出音と共に龍驤が軸紐に手を絡める様に握り込んでいる航空甲板から銀色に輝く霊力を纏ったワイヤーが宙を走り、一秒もかからずにその先端のフックが友軍機へと接続された。

 

『三時方向! 最大加速に達した時点で下舷角度60っ!』

 

 足先に触れそうな距離まで風の牙を渦巻かせる竜巻の槍が迫っている状態で聞こえた命令に小さく笑いを漏らした龍驤は自分が放った機動ワイヤーの先で輝くプロペラをヘリコプターの様に回転させる中継機へと姿を変えた艦載機に引っ張られ急加速する。

 見れば次は自分達を使えとでも言う様に飛び石の様に間隔を開けて風を切り裂く翼が数機あったが龍驤はその味方からの助けを一つだけ受け取ったと同時に手足をオールの様に振るい押し寄せる風を受け流し加速を弱める事無く身体を妖しく光る蒼に染まった荒海へと向けた。

 

《信じるで・・・司令官!》

 

 手足で作り出す遠心力と身体全体に発生している揚力、さらに身体(船体)の重みを操作する障壁の強弱を巧みに操作し一切の躊躇いなく指揮官の命じた通りの角度へ龍驤が身を翻し、それを見た上空の戦闘機隊が海へと落下していく彼女を(正確には彼女の中にいる指揮官を)守る為に慌てて急旋回して追いかける。

 しかし、いかに機動性能が高くさらに霊力と言う神秘の装甲を施された戦闘機は嵐が如き暴風の中ではその身軽さ故に海へ向かって降下する小柄な空母艦娘に追いつく事は出来ず。

 あえて味方を振り切った龍驤のスクリューが暴風でも掻き消せない唸りと光の渦を放ち落下速度をさらに加速させ、加えて本来は増設装備へのエネルギーを供給する端子からまで推進力が放出され空母艦娘の体をバレルロール(横回転)させ真下から襲いかかってきた竜巻の直撃を回避させた。

 

《嘘やろっ・・・》

 

 だが、直撃すれば小さな山や街を消し飛ばすだろう暴風を姫級深海棲艦の能力で圧縮された災害はその場凌ぎの小細工で逃れられるほど生易しいモノではなく、手を伸ばせば届きそうな距離で渦巻く竜巻が気流に翻弄されている龍驤の身体を容赦なく引き寄せ。

 海上から延びる暴風のミキサーに空母艦娘の身体が飲まれようとする光景を艦載機の視界ごしに目撃した正規空母が限定海域の外で顔を青くして龍驤の艦橋にて指揮を執っている特務士官(田中良介)の名を叫ぶ。

 

《こんなんありかいな》

 

 直後、龍驤の驚愕と呆気にとられたような通信とその空母艦娘を追跡させている烈風達が捉えた映像にハワイ沿岸の最終防衛ラインに立っている加賀だけでなく彼女と情報共有を行っている全ての艦娘と艦艇の乗員は揃って声も出せずに顔を引きつらせた。

 

 その現象を外から目撃した加賀達の眼に映るのはわざわざ怪物の大口に向かって飛び込んでいった様にしか見えなかった龍驤の身体が長大な竜巻に添う様に引き延ばされると言う荒唐無稽な光景。

 例えるならば一枚の紙が細く長い紙縒り(こより)へと絞られていくかの様に髪から手足やスカートに至るまでが細く長く蛇の様に形を変えた龍驤が夜空までもを抉る様な暴威を孕んだ竜巻を紙一重で凌ぐ。

 

『恐らく限定海域内の大気循環を保つ為だろう、ただでさえあの竜巻は余波で海水で水の龍を作るぐらいの真空を発生させる、と言うか普通ならあんな現象は発生はおろか持続する事すら在り得ないんだがな』

 

 そして、その不可解な現象の体験者となった龍驤は自分の身体が目測で200mまで引き延ばされ赤と茶色のシマヘビでも言う様な姿になっているなどとは露知らず、自らの推進力とは別の要素による急加速に戸惑いつつもすぐに自身にかかる風圧と実際に落ちた距離と合わない事に気付く。

 艤装や身体から放出される推進力の輝きに照らされた竜巻の巨大さと瑠璃色に光る妖しい海原が冗談みたいな速度で近づいてくるせいで遠近感が狂いそうになるが実際に風を受ける肌の感覚が彼女の視界に表示されている速度計の数字が間違ではないと言っている。

 

『まぁ、そのおかげで攻めに転じられる、・・・さしずめルート短縮ギミックと言ったところか』

 

 もっとも本当に彼女の感覚と速度計が正常であるのならたった十秒で高度が1000mも下がるなどと言う事はあり得ないのだが、それがあり得てしまう歪んだ空間の中を龍驤は頭から落ちていく。

 

《いやキミ、そんなんがあるって分かっても普通は、よっしゃ使ったろ! とかにはならんやろ》

『限定海域内の空間をねじ曲げられる姫級ならではの方法と言うわけかな、それともこれはあの空母棲姫だけが持つ特殊能力なのか・・・?』

 

 普段はちょっとしたからかい交じりのスキンシップ程度ですら面白い様に慌てふためく指揮官が今の様な超常現象や未知の強敵を前にした時には誰よりも冷静で正確な分析を行う事が出来ると言う頼り甲斐のある姿を見せてくれる事に姫級深海棲艦が創り出した嵐の中で龍驤の口調と表情が少しだけ明るくなる。

 

『それはともかくあの竜巻に飛び込むよりマシなだけで楽なわけじゃない、何としても突破するぞ』

《ホンマ顔に似合わん事やるっちゅう意味ではキミも大概やな、案外、加賀と相性ええんかもね?》

 

 強力な竜巻を形成し成形させいている低気圧と高気圧を維持する為に造られた空気の通り道であるのだからもちろん無風ではないし、真空の刃が渦巻く竜巻の内側よりはマシと言えど流されるだけでゴールに着く一本道と言うわけでもない。

 その大災害と言って良い規模故に戦闘形態の龍驤が通過する事が出来る隙間が出来ているとは言え空に向かってそそり立つ大渦へと別の場所から空気を引き込むと同時に送り出す役割を持った歪んだ空間(エアダクト)は肉眼では見えないが木の枝や根を思わせる程に無数の分岐が存在している。

 

『龍驤、こんな時に茶化さないでくれ』

《こんな時やからや、まっ、ウチも負けてられへんな!》

 

 田中が絶え間なく操作する指揮席から龍驤の視界へと送られてくる矢印と線(ナビゲーション)が正確だからこそすぐそこに見える巨大な壁の様な竜巻へと向かう空気の枝道にそれずに夜闇の中でもなお蒼く光る海を目指せる。

 一歩間違えば自身が紙切れ同然に簡単に引き裂かれてしまうかもしれない状況ですら飄々とした表情を浮かべ押し寄せる向かい風を掻き分けもっとも適した空気の流れに身体を乗せながら龍驤はついさっき加賀から受け取った一本の矢(艦載機)を握っていた手に力を込め。

 

 その矢が陽の光にも似た輝きに包まれた次の瞬間、彼女の手には輝く水晶玉が握られていた。

 

《よしっ、こっからが正念場や! 攻撃隊全機発進っ!》

 

 落下した時間と距離と釣り合わない速度で迫る海面。

 

 その蒼く昏く光る海の上で吹き荒れる強風と荒波をものともせず鎮座する巨大なイバラが絡み合ったかの様な岩礁へと航空甲板(大巻物)軸紐(カタパルト)を向け引き延ばし、霊力の銀光を帯びる飾り紐を握った手の中で水晶玉がエンジンを始動させるように輝きを点す。

 高度4000mから海抜220mの間を音速を超える速度で短縮した龍驤の身体が歪んだ空間の境目を通過した瞬間に高高度とは比べ物にならない程の湿気と熱をもった空気に包まれ龍驤の赤い上着が凧のように風を受け膨らみ、彼女の主観においてその落下が急減速する。

 

《・・・んじゃ、後の事は任せたで、みんな!》

 

 そして、絡み付く熱風を切る艦首を模したサンバイザーの下、愉快気につり上がった笑みを口元に浮かべ獲物を狙う射手の視線の先へと放たれた流れ星の様な輝きが黒イバラの玉座に座する風の女神(嵐の化身)へ向けて幾条も空を走った。

 

・・・

 

 乱気流に弄ばれ回転しながら落下してくる空母から連続して飛び出した輝きが夜闇に残像を残し、赤丸が描かれた白灰色の翼を広げて遥か上空へ駆け抜けていった大旋風の余波にふらつきながらも不可視の障壁(霊力の光)を纏う。

 

 その陣形どころか連携の一つも出来ていないお粗末な飛行端末(航空機)の群れの動きを見上げた紅い瞳が顰められ、銀糸のロングヘアに彩られた深海棲艦の美姫は有り余る不快さに敵意を乗せた思惟を上空へと向ける。

 

 小賢しく個々の生存を優先した動きをしているようだが放っておいても勝手に風に叩き落とされてガラクタになるだろう。

 それにしてもあれ(・・)が彼我の戦力差だけでなく格の違いまでもを理解できない愚か極まる欠陥品である事は既に理解していたつもりだったが、まさか大きさも数も上回る我が()へ反抗するだけに止まらず、上位者である自分を頭上から見下ろすなどと言う常軌を逸した無礼を働くとは思ってもみなかった。

 

 支配者として生まれた深海棲艦にとっては万死に値する大罪と言って良い下位個体の犯行に空母の姫は一瞬だけ我慢を忘れて矮小な敵艦を全能力をもって排除してやろうと白髪を戦風に蠢かせ。

 しかし、怒りに同調した身の内(格納庫)の戦闘機が一斉に灯火(エンジン)を点火させようとした寸でのところで空母棲姫は己の衝動を律して戦いを求める数百の子機と自分を宥める。

 

 あれ(・・)が持つ複数の(艦種)を一つの身に収める能力は一時の怒りに任せて壊してしまうわけにはいかないのだ、と姫級深海棲艦は自分に言い聞かせながら苛立たし気に黒鉄に包まれた指先で火花を散らす。

 

 飛行端末の視界ごしや下僕から送られてくる思惟(報告)を介して見ただけですらあの欠陥品に対する不愉快さ(殺意)が繰り返し瞳に宿る紅い灯火の奥で疼く、だが、衝動のまま欠陥品として処分するにはあれが持つ特異な能力はあまりにも自分達の主である泊地の女王が抱える不具合を癒す部品としてぴったりとし過ぎていた。

 

 それにしても大きさと数だけでなく格の違いまで理解できぬとは見下げ果てた愚か者である。

 

 群れの統率(艦隊行動)の何たるかも知らぬとばかりの独りよがり(単独戦闘)を行っている矮小な敵の姿に鋼が如き規律を重んじる気質を持った空母の姫は燃えるような怒りさらに刺激されながらもこの我慢もあと少しで終わる、と確信していた。

 

 そして、空母棲姫が座する黒鉄のイバラで出来た玉座からも見える荒海へと四方八方から襲い掛かる風に弄ばれながら墜落しようとしている艦娘を見つめる紅い灯火は蒼く光る海水が周囲を抉る様に巨大な水柱へと変わっていく様子をイバラの玉座から眺め。

 大量の海水が夜空を穿った竜巻が残した真空領域によって吸い上げられ、例えるならば海から山が生えてきたと言うべき規模の巨大な水柱がさらに周囲の空気と海水をまとめて呑み込み巨大な海龍へと成長していく。

 

 つい先程の回避運動と艦載機を放って力尽きたのか風に弄ばれながら溺れる様に手足をばたつかせている無様な欠陥品へと昏く蒼い海流が襲い掛かる様子を見上げた空母の姫が、所詮は矮小な下位個体でしかなかったか、と夜空に散った金色の輝きを鼻で笑う。

 

 直後、容赦なく艦娘を呑みこんだ蒼い龍の大顎が夜空に向かって風鳴の咆哮を上げる。

 

 そのまま夜空に喰らいつかんと伸びていく空中海流を横目に玉座から立ち上った空母棲姫が黒鉄のロンググローブに包まれた腕を横薙ぎに振るい、多少不思議な能力を持つとはいえ明らかに弱く小さな敵艦一隻に翻弄され遂には群れの長(総旗艦)である自分の手を煩わせた不甲斐ない下僕達へと鋭く冷たい命令を込めた思惟を放つ。

 

 今度こそかの下手人を捕らえよ、これ以上私の手を煩わせるな。

 

 それは目に見えぬ粒子の波となって妖しい瑠璃色に満ちた深海棲艦の領域の隅々まで届き、空母棲姫の指揮下にある全ての深海棲艦がその命令に込められた、出来ぬならば廃棄する、と言う思惟(決定)に慌てふためき津波に転覆させられ落伍する艦が出ても構わず夜空に舞い上がった海流の行き先を追い始める。

 

 本来ならばこの程度の命令ならばそれぞれの分艦隊を任せた指揮艦によって整然と行える筈の艦隊行動すら出来なくなっている配下の聞くに堪えない雑然とした思惟(弱音)にウンザリとした顔を浮かべた空母棲姫は頭の中で消えた従僕の数を数え。

 今回の戦いに連れてきた近衛艦(フラッグシップ)達の思惟と気配が全て消えてしまっている事を改めて確認した姫級深海棲艦は足元に突き出ている黒イバラの一枝へと蹴りを叩き込む。

 

 その数千トンの重みを持った八つ当たりによってへし折られた金属の塊が砕けながら飛び散り、音速を超える散弾となった無数の破片とそれに伴う衝撃波が吹き荒れる暴風を掻き消し、うねる荒波を叩き潰し、そこだけが周囲から切り取られた様に凪の海が作られた。

 

 女王たる泊地の姫に献上すると言う約定の事もあるがあの矮小な船体に宿る特異な能力が死によって失われる事になればここまでかけた手間が全て無駄になってしまう。

 

 奇をてらった卑怯な戦法とは言え曲がりなりにも先遣隊を撃退する力を敵が持っている事は理解していたがまさかこれ程までの損害を受ける事になるとは思ってもみなかった侵攻艦隊の総旗艦は風が凪いだ事で足元に降りてきた自らの銀糸と見紛う白髪を身体から溢れた有り余る怒りによって蠢かせる。

 

 だからこそどれほど不愉快な存在であってもアレを殺してしまうわけにはいかない。

 

 だが必ず生きながら手足をもぎ取り海底に這い蹲らせ己が犯した罪の重さをあのちっぽけな身体と魂に刻み付けてやる。

 

 そう心に強く誓いながら瞳の奥で怒りの炎を漲らせる視線で天に昇っていく架け橋にも見える海流を睨みつけた空母棲姫はふと頭に過った、アレがあの程度の水圧で潰れてしまっていた場合にはこの心中で燃え盛る断罪の思惟をどうするべきか、と言う敵の安否を心配しなければならないなんて彼女個人にとっては非常に不愉快な考えに眉間に深い皺が出来る。

 

 少し前に下僕達から送られてきた思惟(報告)では戦艦級の砲弾や空母級の爆撃を受けても見た目と(艦種)は変われど撃沈出来なかったと言うのだからあれだけ手加減すればまず問題はない。

 

 しかし、だからと言って絶対とは言い切れない、と自問への自答が思い浮かんだ(何者かの反論が聞こえた)

 

 そうして生きていても死んでいたとしても自分を不愉快にする事に変わりない欠陥品への苛立ちを姫級がさらに高めていた時、敵艦の捕獲に向かっている分艦隊の一つから魚雷攻撃を受けたと言う報告が届き、その数秒後に空母棲姫の脳裏で艦隊の末席にいた数隻が断末魔の思惟(叫び)を上げて気配を絶つ。

 

 また油断した愚か者が隙を突かれたか、と轟沈した役立たずへの思惟(侮蔑)を吐き捨てながらあの敵がまた罪状を増やしたと言う事実に我慢の限界を迎え怒り狂いそうになりかけた空母棲姫だったが不意に彼女の頭の中に残った僅かな冷静な部分が違和感を訴える。

 

 そして、攻撃を受けたと報告してきた下僕の位置を確認すれば空を舞う海流が落ちようとしている地点から最も離れた敵艦拿捕に出遅れた群れであると気付く。

 

 敵はあの見上げる程高くまで舞い上がった海流に押し流されて運ばれている最中なのだ、何がどう間違えば空にまで喰らいつかんばかりの威容を誇るあの海龍に成すすべなく呑まれた敵艦の魚雷が捕獲を命じた下僕達の最後尾、しかも背後から襲い掛かる事になる?

 

 そもそも自分は何故あの欠陥品を相手にここまで激しい憤りを燃やしている?

 

 全ての生命(生物)が従うべき命の理(ルール)から外れた欠陥品に嫌悪を感じるのは当然、加えて指揮下の黄色の目(フラッグシップ)を複数失ったのは確かに不快ではある。

 だが、それらは必要な資材と(教育)に時間がかかると言うだけで緑目や赤目と同じく十分なコストを支払えば量産する事も可能な代替出来る下僕(消耗品)でしかない。

 

 そんな支配者(姫級深海棲艦)としてごく当たり前な考え方と並行して普段の冷徹と言っても良い行動と思考を重視する空母棲姫からは考えられない程に雑然とした感情と疑問の連続が氾濫した川の様な勢いで彼女の意識を掻き乱す。

 

 その原因を自覚しようとすればする程に深みへとハマっていく事に気付かず周囲を警戒する事も忘れ、自分の内側に集中し過ぎていた空母棲姫の頭上で幾つものプロペラが風を切り裂く唸りが鳴り響く。

 暴風と津波の海域の中で唯一凪が包む玉座の上で一際強く聞こえるそれに顔を上げた紅い瞳は自分へ向かって急降下してくる編隊を組んだ爆撃機に目を見開いた。

 それは少し風に吹かれただけで文字通り吹き飛ばされる程度の大きさの貧弱な空母(艦娘)が空へと駆け上る海流に呑み込まれる寸前に苦し紛れに放った悪あがきの筈だった。

 

 木の葉の様に風に弄ばれる母艦に相応しく滑稽なほど情けなく逃げ散った様子に呆れ空母棲姫が捨て置いた30機の艦上爆撃機が一斉に爆撃を開始したと同時。

 夜空へと昇る蒼い海流の根元で赤い髪を尾の様に振るう現代に蘇った人魚が背中の艤装の二軸と両脇に抱えた二本の魚雷のスクリューによって空へと落ちていく激流を振り切る。

 

『次は三番四番! さぁ、アナタ達も戦果を上げてらっしゃい!』

 

 そして、空に向かって落ちる滝から海中へと脱出した潜水艦娘の腕の中から機械仕掛けのトビウオがその矛先を手近な獲物に向け一気に加速し、空中に巨大なアーチを描く海流の終点に向かっていた深海棲艦の最後尾へ魚雷が食いついた爆発と重なる様に黒鉄のイバラで編まれた玉座が轟轟と炎に包まれた。

 

・・・

 

「やったか! と言いたくはなるがそう都合良くは無いっ!」

 

 透明度など少しも期待できない濃厚なペンキの様に粘りつく瑠璃色に染まった球体モニターの中心、全力で手足を突っ張っても指揮席から振り落とされそうな状態になりながら田中良介はつい口から出た自分の言葉を即座に否定する。

 

「お約束っちゅうヤツやね、やけど腹立つわぁ、なんやねんホンマあれ」

 

 そんな田中の声に苛立ち交じりの返事を返した龍驤がボロ布同然になった服を纏う身体でメインモニターに背中を預けて床に座り込み、肌色よりも青あざの面積が広くなってしまった身体の痛みに顔を歪める。

 

『魚雷三番と四番、命中したはず!』

「イムヤ、したはずってなんですの!? 報告は正確にしてください!」

『当たった音がしたから当たったのよ!』

「海中のマナ濃度高し、ソナー使用不能! 艦載機から情報がきてない、接続が切れてるわよ龍驤!」

「折角、限定海域の一番奥まで辿り着いたのにっ! このままじゃ姫級見失っちゃうんじゃないの!?」

 

 戦闘形態の艦娘が艦種変更によって発生させる一瞬の粒子化と金の輪、だが砲弾などの点の一撃が通過するだけなら金の輝きが揺らぐだけで済む非常に優れた緊急回避も文字通り山の様な大質量が叩きつけられると言う超常現象の前ではその限りでは無かった。

 

(だがっ・・・空母棲姫や敵艦隊の目から身を隠す為にはどうしても必要だった、使い捨てる様なマネをしておいて死ななければ安いなんて口が裂けても言えない)

 

 その結果である力なく手足を床に投げ出し辛うじて顔を上げているが体中を隈なく鈍器で殴られでもしなければそうはならないだろうと言える重傷を負った姿とそれ取り繕うわざとらしく明るい声に混じる肺を病んだ様な呼吸音に田中は彼女が完全な戦闘不能状態になってしまった事を。

 

(だけど、ああ、そうだが、自業自得なら後でいくらでもツケを払ってやる!)

 

 自分の命令でそうさせてしまった事を、痛い程に思い知った上で不退転の決意を自らに課す。

 

「ウチの艦載機やったらみんな撃ち落とされてもうたわ、ゼヒュッなんやアンタら爆撃直後のアレ見とらんかったん? カハッ」

「龍驤は喋っちゃダメ、早く手当てしなきゃっ」

 

 ハワイへと侵攻する瑠璃色の海の元凶である空母棲姫へと龍驤が持てる限りの艦載機を全てに爆装させて突撃させた結果は200mオーバーの生きた女神像を中心に黒鉄の浮島を包む透明なドーム状の障壁に細長い割れ目を刻んだだけ。

 おまけに急降下爆撃から機首を引き揚げて退避しようとした艦載機達は姫級深海棲艦の影からにじみ出る様に生えてきた無数の対空砲によって回避する暇も無く一機残らず火の玉に変えられた。

 

「問題ない、空母棲姫はこちらで確認している・・・龍驤には苦労ばかりかけているな、後は休んでいてくれ」

「ぁたたっ、くぅっ・・・やから気にせんでええってば、でもまぁ、感謝するんなら今やなくて後で二人っきりの時にしてくれたら嬉しいなぁ?」

 

 応急処置として手早く巻かれる包帯による圧迫と痛みで顔を引き攣らせながらも、あはは、と小さく笑いながら田中へと手を振る赤い袖の中に見えた指の数本はあらぬ方向に折れ曲がっていた。

 

(どれだけ後悔しようと時間は待ってくれない、このまま海中から接近してイムヤの最大出力をぶつけて障壁を突破、矢矧の一斉砲撃を叩き込む、それで駄目なら離脱しながら三隈の長距離砲で心臓部を狙う!)

 

 龍驤の応急処置を行っている島風の細身も服よりも包帯の方が肌を隠しているぐらいに傷付いており、伊168の補助を行っている艦橋の矢矧、三隈、叢雲も少なくないダメージを受けている。

 夕日の中で出撃してから真夜中まで続いているこの一連の戦闘によって無傷なメンバーなどもう一人もいなくなった状態を誰よりも理解している田中は味方と敵の情報を同時に頭の中で整理しながら現状で可能な作戦を組み立てていく。

 

(三隈と矢矧の砲撃でヤツにダメージを与える事は、・・・できる(可能)、だけどバイタルパート(頭か心臓)を正確に撃ち抜かなければ致命打(クリティカル)にはならない?)

 

 田中の視界の端に〇印の看板が揺れれば脳裏には気付けば画用紙が広げられ大仰な玉座に座る白髪の乙女の姿が鉛筆で描かれ、そのデフォルメされた頭と胸の間に此処を狙えとでも言う様な×印が付け加えられる。

 

龍驤が削ってくれた障壁(バリア)の内側に入れさえすれば、俺達を見失って混乱している敵艦隊が空母棲姫の所に戻る前に決着をつける!)

 

 続いて田中の脳裏に浮かぶイメージが巨大なサメの顎に見える鉄の塊に変わり、それがまるでレントゲン写真の様に骨組みだけになったかと思えばその内部の一画、数百の球体艦載機が整然と並ぶ広大な格納庫(圧縮空間)の見取り図が田中の視界に広がる。

 

(遠距離からやるなら敵の格納庫を狙えと言う事ですか? 圧縮された空間に穴を開ければ艤装が内側から弾け飛ぶ? ・・・三隈の砲がその分厚い装甲を撃ち抜けると言うならそれも出来る事なんでしょうけれど、表に出てきていない弱点を狙う為に敵の本気を引き出すなんて冗談じゃないっ)

 

 画用紙の上で阿賀野型(矢矧)衣装を身に纏った(コスプレをした)三等身(妖精)が自分の身体よりも長い鉛筆を刀の様に構えて振る様子に小さくため息を吐いた田中は思考と手を止めずに1m先も分からない瑠璃色(透明度0)の海中を突き進む伊168に敵のボスがいる場所を指し示して導く。

 

「これって海上から友軍機の反応!? 航空索敵、通信も・・・使える! やったわ!!」

 

 あと数分で姫級深海棲艦と決戦が始まると言う確定した未来へ備えメインモニターを包むエナメル質の群青の向こうにいる空母棲姫の姿を正確に透視していた田中の耳に上空から急降下する際に味方機達を振り切ってからノイズだけを吐く機能になった通信系に全ての集中力をつぎ込んでいた叢雲が叫ぶ様に声を上げた。

 

「なんだって? 龍驤の艦載機は全部墜されて、いや、加賀か赤城の航空隊が残っていたか、だがどうやってこんなマナ濃度の高い海中で情報支援を受けられるんだ?」

「ちょっと!? 私達を援護する為に上空から降りてきたってこんな低空じゃいくら加賀の操縦が上手くても撃ち落とされるわよ!」

 

 再接続された通信ネットワークの担い手(中継機)が何者の物であるかを手元に表示された味方の識別コードで知り、殴りつける様な風と数十mの津波がひしめく海上で瑠璃色のヌメリに機体の腹を舐められながらも退く事を知らないとでも言う様な正規空母の操縦から感じる気迫に潜水艦娘の艦橋にいる田中良介は敬意の念と共に脱帽する。

 

「ちょっと今度は何!? 米軍が何言って? 撤退、撤退ってなんでよ!? 知らないわよそんなの!!

 

 それとも、もしかして加賀にとって俺は常に見張っていないといけない危険人物だとでも思われているのだろうか、と苦笑した指揮官の目の前でついさっき通信機能の正常化を告げた駆逐艦娘が突然に顔を真っ赤にして怒声を上げた。

 

「矢矧達はイムヤの補助を続けてくれ! 叢雲は落ち着け、相手は何と言っているんだ? ・・・まさか、どさくさ紛れに外洋に脱出する計画がバレたのか?

「これが落ち着けるわけないでしょ! いきなりふざけた通信が割り込んできたと思ったら戻れ(・・)とか逃げろ(・・・)とか英語で捲し立てて! おまけに司令官に代われなんて馬鹿みたいな事言ってんのよ!?」

「ふざけた通信? さっき自分で米軍だと言ってたじゃないか?」

 

 仲間が突然に怒り始めた事に驚いて作業の手を止めてしまったその場の全員へと目配せしてから、あまり良くない知らせかもしれない、と嫌な予想に眉を顰めた田中は鎮火する気配も無く激昂したまま捲し立てる叢雲の剣幕に押されて背もたれに背中を押し付ける様に仰け反る。

 

「言うに事欠いてハワイの基地からだって言うのよ!? あそこは指揮どころか通信する機能すら動いてないじゃない!!」

 

 田中良介特務二佐が率いる艦娘部隊がハワイ沖に広がる限定海域の中を走り抜け空母棲姫の下まで辿り着いてから数十分。

 

 彼らはまだ自分達の預かり知らぬ場所でそのスイッチ(・・・・・・)が押されてしまった事を知らない。

 




 
カウントダウンが始まる。

 


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第百三十話

 
たとえどんな現実が突きつけられようと、『それでも』と言い続けろ。
 


 

『とにかく早く離れるんだ!』

「だから、理由も分からずにそんな事が出来るわけがないと言っている!!」

 

 手元のコンソールから響くある種の必死さまで感じる男性の声に海戦の只中にいる自衛官、六人の艦娘と共に空母棲姫へと直接戦闘を仕掛けようとしていた田中良介は彼にしては珍しく余裕の無く荒れた怒鳴り声を返事にする。

 ハワイ沖北東に出現した瑠璃色の海原をうねらせる限定海域、その最深部で待ち受けていた攻撃目標である姫級深海棲艦の発見と撃破は今作戦の立案時点から田中達が所属する自衛隊を含めた環太平洋合同演習(RIMPAC)に参加していた為にハワイ諸島防衛を行う事になった即興の多国籍艦隊における共通認識の筈だった。

 

『説明している時間が惜しい! 本当にH.Q(司令部)から警告を受けていないのか!?』

 

 この支離滅裂な通信を送ってきているのが迷惑な愉快犯だったなら田中も構わず無視できたのだが相手であるジェームズ・ジョンソン米軍少尉は彼にとって友人と言える人物であり、そのラグビー選手の様な見た目の彼がスーツ組でも敵わないぐらいに頭が回るエリートである事も知っているからこそただの迷惑行為と切って捨てて良いか躊躇ってしまう。

 

(だけどそれでも一方的に戦闘を放棄して逃げ出せと言われて、はい分かりました、と言うわけには行かないだろっ!)

 

 何故なら自分は彼女達に勝利の約束と引き換えにもうリスクを支払わせてしまったのだから、と後悔にも似た感情を疼かせ顔を顰めた田中は自分が座る艦橋の様子を横目に見る。

 

 所々が焦げた銀髪と白いセーラー服だけと言うならマシな方、裾から覗く肌に走る血の様に赤い腫れの斑点は当然として、服の代わりに包帯を着ていると言っても良い程に傷付いて横たわる小柄な姿。

 彼女達と比べれば指揮席に座っているだけの自分が感じている疲労と痛みなど毛ほどの軽さだと言葉にせず指揮官はただ冷静さだけは失わない為にと意識して呼吸を整え。

 

「艦娘部隊の運用は事前の協議によってこちらに一任されている、仮にそちらの思惑と違う動きをしてたとしても方針そのものに従っている以上は介入される言われはない」

 

 元々はこの電波に頼る通常のレーダーが殆ど役にも立たない直径数千kmの空間が嵐と共に封入された異空間の攻略には複数回の往復による情報収集と敵艦の漸減を行い最終的に中枢に辿り着くと言う誰もが頷く常識的な予想と希望的観測の下に彼らの作戦は組み立てられていた。

 だが、その作戦の最前線で深海棲艦との戦闘を担う田中艦隊は限定海域内に突入後に威力偵察をそこそこに切り上げ、余計な口出しを防ぐ為にわざとハワイ防衛艦隊との通信を切り、さらには数十mの津波がひしめく迷宮と化した限定海域の中心へと最短ルートで駆け抜ける。

 勘や幸運と言う言葉では説明が付かないほど無駄なく、まるで初めから攻略法を知っているとでも言う様に異空間の深部へと進撃する突入部隊の速度はハワイ沿岸で文字通り防壁となっている防衛艦隊、その代表である米軍佐官が泡を食って早急な位置特定と連絡手段の確保を同艦列にいる自衛隊護衛艦に強要する程だった。

 

「・・・敵のデータを集め分析し次の戦いに備え研究するのも軍人にとって重要な仕事だろう、だが我々自衛隊はその設立理念から民間人の安全確保こそ最優先であると考えている」

 

 確かに防衛艦隊への帰還タイミングを完全に無視して進撃した事が責められる事かもしれない、だがそれは空母棲姫を撃破してハワイ諸島が孤立している原因である限定海域を排除すれば文句を言われる筋合いなど無いのだ、と田中は自分でも捕らぬ狸の皮算用だと理解している無理がある理論を自らに言い聞かせ厚顔な指揮官を演じ。

 

「生憎と米軍に都合の良い傭兵をやるつもりは初めから」

『NO,wait! チガう! そう言う事じゃない!!』

 

 意識の内側に描かれる瑠璃色に塗りつぶされた海図の中で常に動き続けている自分達と空母棲姫を示すマーカー同士の距離が残り2kmしかない事を確認し、敢えて敵対的な態度で話の区切りをつけてハワイ基地からの通信を切る為に手を伸ばそうとした田中は直後に艦橋に響いた必死なジェームズの声に驚き一拍身体を強張らせた。

 

『・・・っ、強化されたミサイルが発射される! 真珠湾に停泊しているミズーリから!』

「は? それが一体何の・・・強化されただって?」

『複数のクリスタルコイルが搭載されている、テキのバリアを突破できるそれがターゲット、ヒメキュウをロックしたっ・・・もう発射まで秒読みに入っている』

 

 通信機から聞こえた一呼吸分の躊躇いアクセントに気を配る余裕も無い後ろめたそうな声に戸惑った田中だったが、しかし、直後に小さく「その程度の事で撤退を?」と呟きを漏らした。

 

「クリスタルコイル、結晶基幹の事よね? でも、余ってるのなんか一つだってあるわけ・・・」

「やっぱりこちらの書類が間違っていたのではなく米軍の(かた)の手癖が宜しくなかったと言うわけですのね」

「・・・ああ、なるほどそう言う事」

 

 数日前に現地部隊に泣き付かれ日本から運んで来た増設装備を分解してまで貴重なパーツを追加で提供しなければならならなくなった理由を直ぐに察した三隈と矢矧が潜航補助を続けながら心底ウンザリとした様な表情を妖しく光る瑠璃色に塗りつぶされたメインモニターに映し、その場の全員が通信の向こうにいる哀れな中間管理職ではなく彼の上官達へとやりきれない鬱憤を燻ぶらせた。

 

「言い方は悪いがジェームズ、君達は我々の足を引っ張りたいのか? ハッキリ言って姫級にミサイルを一発や二発撃ち込んでも焼け石に水だ」

 

 まだ少数の実験的な運用に止まっているが戦闘機や護衛艦に装備された対深海棲艦ミサイルが不可視の障壁を貫通して敵に確かなダメージを与えたと言う実績(データ)が存在している事自体は田中も知っている。

 と言うか、その霊的技術研究の中心地と言っても過言では無い鎮守府に所属している彼はその手の新兵器の試験運用にも協力していた事もあり対深海棲艦を想定された兵器に関して下手な技術者よりも詳しく、だからこそ通信機から伝えられた米軍少尉の慌てぶりを余計に大袈裟に感じていた。

 

「そもそも結晶基幹が組み込まれたミサイルは確かに深海棲艦の障壁を貫通させるがそれは絶対じゃないし、貫通したとしてもミサイル自体の破壊力が上がるわけじゃない、むしろ強固な装甲を持った個体には駆逐艦娘の砲弾一発の方が有効なダメージを与えられるデータがあるぐらいだ」

 

 だから無駄な事はしないでくれ、と生徒に説教する教師の様な態度で通信機の向こうへと言い聞かせながら田中は透明度の無い海中を映す全天周モニターに巨大な黒鉄のイバラが見える前に先回りし、海面下からの侵入者を串刺しにせんと待ち受ける攻撃的な防壁(バリケード)であると同時に敵の侵入を検知する触覚(センサー)でもある無数に生えた逆さ棘の隙間を縫う回避ルートを伊168の視界へと入力する。

 

「我が艦隊は空母棲姫と決戦に入る・・・それにミズーリに積まれているトマホーク程度なら大丈夫だ、後で米軍に抗議する事になるだろうけれど今はジェームズ、君のおかげで気付かずにフレンドリーファイアを受ける事にならなくて済んだ事には・・・」

 

 アメリカ側の余計な手出しは不愉快と言う他に無い、だがこちらとの情報の行き違いに戸惑っていた様子から上官から攻撃内容を教える許可も取っていない事を察した田中はそれでもその機密を明かしてくれた通信相手の誠実さに苦笑を浮かべ僅かでも労いになればと最後の礼を口にしようとして。

 

『核なんだ!』

 

 スタンドプレイによって無数のスケジュールを省略して瑠璃色の深部に立った部隊の指揮官は自分の言葉を押し退ける様にして艦橋に響いた少尉の叫びで凍り付き、直後に口にしようとした「ありがとう」の代わりに通信機のマイクへと「冗談だろ?」と言う掠れた呻きが吐き出され。

 

『今っ! 君達ごと敵を狙っているミサイルの弾頭には・・・核が積まれているっ』

 

 そして、告げられたその言葉に田中達が納得する為の暇は与えられる事無く。

 

 指揮席のスピーカーの向こうでジェームズ・ジョンソン少尉ではない誰かが上げた悲鳴の様な「Missouri fired!!(ミズーリが撃った!!)」と言う叫びが黒いイバラの森を泳ぐ潜水艦娘の胸の中で妙に大きく響いた。

 

・・・

 

 瞳を文字通り紅い炎を燃え上がらせた鬼面と化した美貌が玉座から立ち上り黒鉄の海上拠点から妖しい光を蠢かせる瑠璃の海を睨みつけ、再び真夜中の波間に逃げて隠れた敵を炙り出す為に空母棲姫はその腕を包む重厚な装甲から染み出す様に現れた飛行端末の群れ(航空編隊)を一斉に荒海へと放つ。

 直立した正規空母と形容するべき200mを超える身長に見合った高慢な姫級の表情は自らの思い通りにならない状況への不満であからさまに苛立っており、ついさっき索敵機を放った黒鉄のロンググローブの指先がせわしなく打ち合わされ無数の火花を散らす。

 傍に控えさせていた随伴艦まで敵艦の捜索に駆り出した空母棲姫は己が広大な限定海域の中心で孤立している事も忘れ、冷静さを失った瞳が四方八方へと殺気を振り回しながら忌々しい敵艦を瑠璃色に染まった海の中から見つけ出そうとしていた。

 

『姫級はこの真上だイムヤ、・・・やってくれ!』

 

 その空母棲姫の真下、巨大な姫級深海棲艦の重みに耐えて海上に浮かぶ十数mの厚みを隔てた海中で異物の接触に反応する棘枝(センサー)に一掠りもせず敵の真下にまで忍び込んだ潜水艦娘が音波、電磁波、霊力波と言う常人の目に見えないと言う事しか共通点が無い性質の異なる波動を混ぜ合わせ増幅する。

 

《ええ、まかせて司令官》

 

 深海で産まれてから今までにおいて経験がない程の葛藤と苛立ちで生来の高慢さ(プライド)まで制御出来なくなった姫級の足元、大量の岩石と鋼材によって編まれた歪な浮島の内側からゆらりと白い霧が溢れ出す。

 その白霧は瞬く間に夜中ですらはっきり見えるほどに膨れ上がり、自らの下僕と飛行端末(戦闘機)から送られてくる思惟(報告)と荒波がうねる瑠璃色の海原にばかり集中していた空母棲姫は不意に聞こえた甲高い笛の音に似た音でやっと自分の足下から這い寄って来ていた異変に気付き。

 

《さぁ! これが私の、伊号潜水艦の全力よっ!》

 

 そして、自らの玉座を形作る鉄枝の隙間から吹き出す高温の蒸気を見下ろした姫級深海棲艦が驚きで紅目を丸くして注意を払っていなかった足下の変化に困惑し数歩(・・)だけ後退りしたと同時。

 巨大な金属の平面に蓋をされた伊168の身から僅かに溢れた余波だけで周囲の海水が沸騰し、海面に向かう無数の気泡を纏った潜水艦娘が頭上へと高く伸ばした両手を浮島の底へとそっと触れさせ。

 

《その船底に大穴開けてあげる!!》

 

 体中で限界まで増幅された多重波動の力が紺色の布地に包まれた肉体から上に向かって駆け抜け、赤い髪を揺らす乙女が自らの全てを焼き尽くしながら一発の魚雷へと変え、つい数秒(数歩)前に姫級深海棲艦が立っていた場所に向けて解き放たれた破壊力が瑠璃色の海水と黒鉄の浮島を鳴動させ分子レベルの崩壊が発生する。

 

『まさかあれだけの鉄塊が跡形も・・・って、イムヤが大破しました! 艤装だけでなく船体の維持も出来なくなります!』

『旗艦変更は矢矧へ! すまないっ、海面まで24m自力で浮上してくれ!』

『水温が危険域!? 蒸気の熱もって、どれだけの霊力ぶつけたのよ!』

 

 突然に下から襲い掛かって来た強力な妨害電波と凄まじい熱を伴う破壊の一撃に空母棲姫は顔を引き吊らせて傾きかけた浮島の上で転倒しかける程に身を仰け反らせ。

 伊168が行った十数m数百tの質量を代償にしたエネルギー放出によって発生した大爆発は音の早さすらも凌駕して不可視の障壁を貫き。

 単純な面積だけならハワイの国際空港がすっぽり収まる程の規模を持った金属島の中央が真下からの攻撃によって火山の様に盛り上がり爆ぜ、その水蒸気を噴き出す捲り上がった火口の中に湖に見えてしまうぐらい巨大な海へと繋がる大穴が開いた。

 

『なんとしてもここで空母棲姫を撃破する!』

 

 そして、大穴から噴き出した激しい蒸気と熱波を伴う無数の鉄棘が四方八方に飛び散り、その重厚かつ堅牢な海上拠点の建造者にして所有者である姫級深海棲艦の巨体へ本物の火山弾と見紛う鉄岩が降り注ぐ。

 だが、どんな荒波の中ですら泰然と在る様に設計し建造した己の玉座が激しく揺らぐ状況にタタラを踏んだ空母棲姫は装甲表面にかすり傷を作る鉄屑の雨よりも海上拠点の中心で獣の顎の様に捲れ上がった割れ目の縁で瞬いた砲火に目を奪われた。

 

 暴力的な蒸発によって海水から分離したマナ粒子と塩の結晶を雪のように降らせる高温の濃霧の向こう、紺色に白いラインが走る襟をはためかせ三基六門の15cm連装砲が咆哮を上げる。

 

 突如、盤石であったはずの足場が傾き揺らいだ事に加え自身の頭ほどの大きさをした球体を脇に抱えていたせいで姿勢を崩していた深海棲艦の上位種は耳をつんざく砲声に数拍遅れながらも咄嗟に片腕を突き出す事で胸元と顔(バイタルパート)を庇う。

 だが、その腕の装甲や胴体へと命中して炸裂する砲弾の衝撃によって、分厚い水蒸気の向こうで放たれた六発の凶弾によって空母棲姫が手足に纏う分厚い装甲や黒い布地が焼け焦げ、その内側で守られていた漂白された様に白い素肌が傷付けられ黒色の血飛沫が散り。

 情けない部下と不快極まる敵、何度も思い通りにならない状況に晒されながらも「全ては我が女王(泊地の姫)の為に」と己を律し続けていた空母棲姫の頭の中が欠陥品(艦娘)に傷を付けられたと言う事実で遂に怒り一色に染め上げられた。

 

『着弾までに撃破さえ出来れば、遠隔操作で安全装置が起動できるはず!』

《撃った弾が途中で止まるって? 絵空事に聞こえるわね!》

『だが、核ミサイルはそう言う風に作られている! 国際的に公開された情報だ!』

 

 水蒸気爆発の衝撃と熱波で千切れ飛び気味の悪いオブジェの様に捻じれていた黒鉄の枝木が捏ねられた粘土細工の様にうねり伸ばされ、鞭の様にしなり空気を切り裂きながら再装填中の艤装を背負い大穴の中から陸上へと飛び出した阿賀野型三番艦へと襲い掛かる。

 

《それは撃った連中に止める気があるのならでしょ、全砲再装填急いで!》

『米軍全員が狂ったワケじゃないなら核の無駄撃ちなんて馬鹿は、っ!? 右斜め三歩!』

 

 しかし、猛スピードで襲い掛かって来たイバラだったがそれが地面から鎌首をもたげるよりも早く攻撃を予知した指揮官の声によって黒いポニーテールの毛先すらも掠る事無く的を失い通り過ぎ。

 

『追尾? いや、操作か!? 島そのものが空母棲姫の一部、立ち止まれば足を取られるぞ!』

《この程度で取られてたまるもんですか! 次っ!!》

 

 赤い船底を模した鉄靴で足元で蠢く棘を蹴散らす矢矧の手袋に包まれた利き手が自分を見下ろす空母棲姫へと突き出され人差し指がピンと伸び。

 直後に攻撃目標に向けられた指先に角度を合わせた三基の15.2cm連装砲と二機の8cm高角砲が曳光弾の様に光り輝く砲弾を一斉に撃つ。

 

『米軍が安全装置を起動させなかったとしても姫級を失ったなら限定海域が空間収縮を起こす!』

《それで私達は外に押し出されるとしても爆弾まで飛び出して来たら!?》

 

 海上を走る時と違い凸凹と安定しない足場の浮島はただ走るだけですら足場の安定など期待できず常に転倒の危険が付き纏い、さらに足元からは無数のイバラの鞭が大蛇の様に襲い掛かってくる。

 それらを紙一重で避ける事は出来ていたが足を止めずに行われた砲撃はお世辞にも上手いと言えるものでは無かった。

 

『それはっ・・・』

 

 と言っても攻撃目標が下手な高層ビルなら並んでその屋上を見下ろせる程に巨大な空母棲姫であり、おまけにその相対距離も海戦ならば超至近距離として扱われる1km未満。

 だからこそ普通の戦闘ならばまず当たらないと言い切れる砲撃ですら目と鼻の先に聳え立つ姫級深海棲艦へと次から次に命中して爆音を響かせる。

 

『すまない、その時は一緒に死んでくれ』

 

 砲撃を行うにはあまりにも近い距離で爆ぜた榴弾からの爆風に煽られ、さらに海上ならば海水による軽減が期待できる一斉射の反動を全てその身に受け。

 矢矧の身体が黒鉄の岩礁の上で見えない腕に殴り飛ばされた様に砲撃した方向の反対へと横滑りし、膝を屈め体勢を低くし転倒だけは免れた彼女を串刺しにしようと捻じれた棘だらけのツタを地面から突き出し待ち構える。

 

《あはっ、それはそれで悪くないわね!》

 

 その自分達を捕らえようとしつこい黒イバラの群生地帯の事など眼中にも無いと言わんばかりに自分の司令官が苦し気に絞り出した言葉で矢矧は窮地であるこの場にそぐわない華やかな笑みを浮かべ。

 身に纏う障壁ごと臙脂色の布地を切り裂かれるのも構わず地面を蹴り、襲い掛かってくる敵の罠を敢えて正面から踏み台にして飛び越え強行突破した。

 

《でもっ!》

 

 直後に猫の尾の様に黒髪を翻した矢矧が振り返った先で鬼面と化した美貌が巨大な脚の重厚な装甲から無数の対空砲を迫り出せ、死刑宣告と言っても過言では無い凶器の数を見せ付けられても勝ち気な笑みを消さず軽巡艦娘は自分の肩越しに柄頭を突き出してきた赤鞘刀の柄を握り、夜闇の中で銀に輝く刀身を鞘走らせる。

 

すまない(・・・・)は余計だし、私達は勝って帰るんでしょう?》

『っ、ああっ! そうだ!』

 

 それら全てが下手な大砲よりも巨大な口径を持つ対空の為の高角砲と機銃(・・)による過剰攻撃、例え鋼鉄の装甲を何重にも重ね守られた戦艦であっても真っ向から浴びれば数秒で文字通りに跡形もなくなる破壊の嵐。

 その頭上から降り注いだ赤く燃える砲弾の雨の中で阿賀野型軽巡の動力機関が二軸の光渦を咆哮させ矢矧の背を力強く押して加速させ、圧倒的な物量差によって過剰かつ乱雑に撒き散らされる戦火の渦中で銀の刃が流水が如き滑らかな残光の線を描く。

 

 大音声の最中で進むべき針路を叫ぶ指揮官の指示へ集中し、矢矧は夜闇に煌めく刀身を背中に背負う様に構えて頭上から襲い掛かる数え切れない弾丸の中から自分に直撃するモノだけを霊力をマナ粒子へと分解する刃で斬り散らす。

 いつ終わるとも分からない行く手に現れる針山地獄が血肉を削り取り無数の傷を刻み、数cmズレていれば命中していただろう至近弾がまき散らす火炎に炙られ白い布地が黒く焦げる。

 

 そして、猛攻に怯む事無く悪路を走り続ける艦娘の反撃とそれを見下し闇雲に追い立てる姫級の重弾幕によって黒鉄の地面には一つ一つがクレーターと言っても良い弾痕が無数に穿たれ。

 姫級深海棲艦が赤くオーラを燃え上がらせ放つ激しい敵意(思惟)に呼応して鉱石を思わせる蒼色に発光する海に囲まれた歪で巨大な金属プレートの内外に無数の割れ目が縦横無尽に広がり走り。

 

 それが計算の内だったのか、それとも幸運な偶然か、流石に敵の攻撃の威力と着弾点を正確に操りでもしない限り成立しないと分かるそれを一個人が成せるわけがない。

 しかし、自分の指揮官は実際にやってのけた、と矢矧は彼に対する信頼や信用ではなく根拠を説明できない勘と言うべき感覚でそれを確信する。

 

 その範囲が数百mと言う大規模なものである事を除けばある意味で当然の帰結として空母棲姫の大重量と無尽蔵に撃ち出される弾幕の衝撃を支える事が出来なくなった鉄岩盤がクレーターだらけの表面を崩壊させ。

 直後に210mの巨体の半分以上が突然に開いた落とし穴へと落ち、同時に完全に体勢を崩した姫級の苛烈な殺意が質量を得たと言っても過言では無い火球の雨が止む。

 

『今! 第二魚雷管パージ!! 蹴り飛ばせ!!』

 

 急に視野が低くなった空母棲姫は地面に落とした宝石と金属を混ぜ合わせた大玉に手をかけながら自分の脚を挟み込む黒鉄の鋭さと足に触れる海水の感覚に戸惑い、さらに己の腰から下が今も砕けて広がっていく浮島の割れ目の中にある事を見下ろし在り得ないモノを見たかの様に紅く燃える瞳を丸くする。

 そんな姫級が怒涛の攻撃を中断してしまったのは数秒だけ、だがたった数秒であっても巨大な深海棲艦の白髪に目掛け不敵な笑みを浮かべた阿賀野型軽巡がその左脚を真っ直ぐに振り抜くには十分だった。

 

《流石、私達の提督ね》

 

 高く見積もっても18m前後しかない軽巡の高く振り上げられた足首で金属のボルトが弾け、接続基部である長い脚から遠心力を伴って放られた鼠色の装甲板に挟まれた魚雷管が夜闇に放物線を描く。

 強制的に切り離された接続部からキラキラと輝きを舞い散らせ、渓谷の様に深い岩盤の割れ目に下半身を挟まれた空母棲姫の瞳に軽巡艦娘が限界まで霊的エネルギーを詰め込んだ武装が回転しながら近付いてくる様子が妙に遅く映り。

 黒い衣装に飾られた白い美貌の目と鼻の先で矢矧が蹴り飛ばした四連装魚雷管が一発の砲撃に撃ち抜かれ、几帳面なほどに正確な一撃が宙を舞う鋼の可燃物に着火させた。

 

『対ショック! 残り霊力は全部障壁に!!』

 

 瞬間的な熱量だけなら姫級の重弾幕にも劣らぬ破壊力を伴う火炎が岩盤の割れ目に落ちて身動きできなくなっていた空母棲姫の上半身を襲い。

 暗闇を眩しく照らす炎が球状に広がったかと思えば次の瞬間には周囲の酸素を吸い尽くして黒煙と爆風へと姿を変え、その攻撃を行った矢矧自身をも激しく打ち据え軽々と弾き飛ばし地面に叩き付ける。

 

《ぐっぅ、はぁはぁ・・・こうなるのは分かってたけど我ながらひどい恰好だわ》

 

 鉄鉱と岩石の荒れ地に叩き付けられた島の端が見える位置まで転がされた矢矧の艤装は余すところなく折れ曲がり、大半の武装が砲身どころか基部から抉れる様に脱落して無く。

 それでも爆風で地面に叩き付けられた時に肩や脇に刺さった黒イバラを強引に引き抜き起き上がった矢矧が光粒に解ける赤い血を体中から滴らせながらついさっき自分の魚雷を魚雷管ごと叩き付けた爆心地に立ち上る黒煙を見上げてどこか達成感が混じる表情を浮かべた。

 

《でもこれで・・・米軍にミサイルは無駄になったって連絡を入れれば》

『ああ、すぐに・・・っ!? まずい!?』

 

 しかし、余計な横槍を入れ様としてくれた名目上の同盟相手へ嫌味を添えてこの戦果を叩き付けてあげましょう、と続くはずだった矢矧の言葉は夜闇の中で炎の残滓を燻らせる爆炎の根元から悲鳴の様な金属を切り裂く音が鳴り響いた事で押し止められ。

 そして、高く空へ立ち上っていた黒煙を突き破り姿を現した鋭角な牙をずらりと並べた巨大な顎が空間そのものを震わせるような大咆哮を上げ。

 直後、つい少し前までどこにも存在しなかった鋼鉄の大質量が呆気なく直径数キロの浮島を真っ二つに砕き、無造作に振り下ろされた超自然災害の権化はその身を包んでいた爆煙を岩盤の割れ目から立ち上った莫大な水柱ごとまとめて暴風で弾き飛ばす。

 

《なっ、きゃぁっ!?》

 

 襲い掛かって来た空気を波打たせ歪ませるほどの衝撃波によって防御する暇も無く矢矧の身体が再び鉄岩の地面に叩き付けられ、血を吐きながら咳き込むその背に辛うじて残っていた艤装が衝撃に耐えきれず粉々に砕け、その身体も戦闘形態を維持出来なくなり光粒へと解け始める。

 だが、ダメージの蓄積によって意識を朦朧とさせながらも矢矧は下に向かって地面を転げ落ち(・・・・)かけた身体を気力だけで動かし地面から突き出ていた大岩の上に着地させ黒い岩肌に赤い跡を残しつつもそれ以上の落下だけは免れた。

 

《なにが・・・起こって・・・提、督・・・私・・・》

 

 変則的な魚雷攻撃の爆心地から大顎が現れるまで地面だった急斜面を見上げながら矢矧の身体が金色の光粒に解けていく。

 

『矢矧! しっかりしろ矢矧! くっ、三隈頼む!!』

 

 そして、どれほどの重みがあるか想像すらできない金属と岩石で形作られた巨大な浮島を二分する割れ目の中央で島を割った張本人である空母棲姫が爆発によって大部分の布地を失った黒いセーラー服の下から白い肌を覗かせながら人食い鮫を思わせる凶悪な大顎の上に立ち上がり。

 

 文字通りに火を吹く紅い双眸が完全展開された姫級深海棲艦の艤装の重みによってシーソーの様に持ち上がった島の端を睨む。

 

《あらあら、なんてはしたない恰好、恥ずかしくないんですの?》

 

 その殺気と憤怒に満ちた視線の先。

 

《やっぱり姫級と言えど所詮は深海棲艦と言う事なのかしら?》

 

 煙突型の背部艤装が降りてくる輝く金の輪を背に20cm連装砲を両手に携えて黒い絶壁に足を掛けた重巡艦娘が黒のツインテールと臙脂色のセーラー服を風にはためかせた。

 

《ともかくこれ以上、提督とくまりんこの手を煩わせないで欲しいものです》

 




 
トマホークミサイルって公開情報だと880km/hらしいけど本当なんですか?

本当はもっと速かったりしないよね?

軍事の世界は欺瞞情報で出来ているって思うのは私の偏見でしょうか?

実は超音速で飛ぶ奴があるとか言われたら計算狂ってお話が破綻しちゃうのです。


まぁ、良いか、どうせ死ぬのはマサンじゃなくてプロットさんだし・・・。
 


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第百三十一話

 
今回だけでも何回書き直したのやら。

でも、投稿は止めないぜぇ、書きたいシーンまでは絶対に止まらないぜぇ。

少なくともハワイ編は絶対に書き上げる決意をもって来年も頑張ります。

あと、多分この話が今年最後の更新だと思うのです。皆様よいお年を!



 

 重く塞がる夜の闇と蒼く揺らめく妖しい光の間で天を指す様に海面から突き出た黒岩の上で一人の艦娘が吹き上がってくる突風に身に纏ったセーラー服とツインテールをはためかせながら轟音と水飛沫が巻き起こる海面を見下ろす。

 そして、大仰な水飛沫の中に燃え盛る紅い炎の色を見付けたつぶらな瞳がスッと細まり、不安定な足場をものともせず背筋を伸ばしながら両手に武骨な連装砲を構えた。

 

《すぐに襲い掛かってくる、と言うわけでは無いのかしら? 随分と怒ってるみたいなのに》

『空母棲姫の考えは・・・分からないが』

 

 両手の一番二番の主砲がその内部で硬い音を立て霊力から製造された砲弾が機械的に砲身の奥へと装填され、それに続き岩肌に立つ両足の太腿に装備されている三番と四番の連装砲にも砲弾が装填されていく。

 小豆色のセーラー服の背で動力を起動した主機に施された艤装で高角砲や機銃がその動作を確かめる様にそれぞれが独立して銃口を左右上下に動かし、数秒の確認作業を経て武装へと無数の弾丸が込められた。

 

『ともかく、直接戦闘だけでなく発着艦能力も健在のようだ・・・いや、それどころか』

《さしずめ今から本領発揮と言った感じですの》

『ああ、そして、これから君に無茶をさせる事になるが』

 

 自らの提督と定めた青年の息苦しそうで硬い声を遮る様に彼に自分の全てを預けると言い切った三隈は命懸けの戦場に立つには場違いに感じる程の悠々とした態度で崖の様に傾斜した岩肌に吹き付ける風に艶やかな黒髪をたなびかせる。

 

《あら、その様な気遣いはいりませんわ、この三隈、提督が望むまま如何様にでもお使いください》

 

 自分が仲間達の誰よりも指揮官である田中良介に相応しい艦娘で、それに見合う努力と時間を掛けてきたと自負している三隈にとって文字通り自分の胸の中(艦橋)にいるならばどれだけ彼が上手く取り繕い隠していたとしても動揺で乱したその一呼吸だけで何を思っているのかを察する事など容易い事だった。

 

 自分の指揮官は未だに自分の決断を疑い続け、さらに部下(自分達)へと無意味な犠牲を強いているのではないかと自らを責めるだけに止まらず、肝心であるこちら(艦娘)心情(忠誠)など知らぬとばかりに身勝手な(人間側の)価値観を押し付ける様に物事を考えている。

 

(まったくもう、提督ったら)

 

 しかし、自業自得かつ自縄自縛であるとは言え彼の苦悩が三隈には分からないかと言えばそうではない。

 

 何故ならば三隈に限らず艦娘と言う存在は死地に赴く兵士と指揮官の辛さをその身に刻んで産まれてきたと言っても過言では無いのだから。

 

(いつもそうやって一人で抱え込んで迷って悩んでばかり)

 

 だからこそ、肌が焼けそうな程の殺気が込められた視線と戦風を全身に浴びる三隈は見た目の年相応に苦悩している青年の心裏を理解した上でその未熟で甘ったるい考えに呆れながらも微笑む。

 

(でも、貴方がどんな困難に遭おうと必ず正しい答えを出す事が出来る人である事も知っています)

 

 そう声に出さず呟いたと同時に三隈と共にある霊核(船御霊)がその身体(船体)の隅々まで巡らせる力の流れに乗せて幾つもの騒めきを伝えてきた。

 それは言葉にするならば"海軍男児のなんたるか”や“一発活を入れてやれ”などと言う野次や小言の様で本当のところは若き指揮官を案じる感情(心配)で満ちた揺らぎ。

 

(そう、何人の仲間が傷付き倒れたとしても、仮にこれから私が力尽き沈む事になるとしても提督は正しい道を歩いていくの、・・・だから姑みたいなお説教は余計なお世話)

 

 もし三隈の命と勝利のどちらかしか選択できないとしたら田中は自分では無く無辜の人々を守る事を選ぶだろう。

 

 迷いながら苦しみながら、それでも、不器用で正しい彼は自分達を踏み台にして生き残る。

 

 絶対に困難から逃げず軍人としての正解(・・)を選んでくれる。

 

(だけど、正しいだけじゃない、どんな形でお別れする事になったとしてもきっと私の事を忘れずにいてくれる、優しい人)

 

 それを確信しているからこそ三隈にとって自分を無数の砲で狙っている空母棲姫がどんな恐ろしい能力と強力な武装を持っていたとしても、自分がかつて軍艦だった頃の様に海原に果てるとしても、全てが些細な事でしかなかった。

 

(それでこそ惚れる甲斐があるってものでしょう? ねぇ、三隈(・・)

 

 どこか満足げな笑みを浮かべたお嬢様は自分ではない自分、自らを形作る原型(オリジン)へと私情で綴った独白(告白)を告げ。

 彼女は艤装と心の騒めきが静まっていく感覚に自らの在り方を乙女から兵器へと改めて切り替え、視界に映し出された移動方向を示すガイドラインに従って鉄と岩が交じり合う急斜面に突き出た足場へ向けて跳んだ。

 

・・・

 

 短い浮遊感の後に十数mの落差と距離を飛び越えて重く響いた三隈の着地で近くの斜面が崩れ黒岩が転げ落ちていく。

 

「攻撃が・・・来ない?」

 

 その岩が砕けながら落ちていく様子を指揮席では無く円形通路にしゃがんだ状態で見た田中は数百m下方にある巨大な岩盤を跳ね橋の様に持ち上げている割れ目の中心、瑠璃色に光る海面にある巨大な鮫の頭にも見える大顎とその上に立っている白髪の深海棲艦が紅いオーラを纏いながら自分達を睨みつけている姿に困惑する。

 そんな固定用ロープを結びながらも訝し気な表情を浮かべている田中の様子に三隈の補助についている叢雲が気付き彼が見つめている先をメインモニターに拡大表示させた。

 

《あれだけ大暴れしただけでなく島を叩き割るなんて事をやっておきながら・・・今になって様子見と言うのは些か不自然ですね》

 

 敵からの攻撃を警戒して姿勢を低くしつつも着地後も足を止める事無く黒い岩石に巨大な革靴でヒビを刻みながら三隈も指揮官に同意する様に自らが纏う淡い障壁の光を頼りに次の目標地点へと向かいつつ訝し気な声を漏らす。

 

「ああ、だが・・・島風、上空の様子はどうだ?」

「何機か上の方にいるけど近付いてくる飛び方じゃないよ、てーとく」

 

 煤けた金髪を翻す様に自分の足下で重傷者の応急処置をしている指揮官を振り返った島風がついでに空母棲姫が放った歪な球体戦闘機が三隈の艤装が探知できるギリギリの高度で味方の航空機を追い回していると補足情報を付け加える。

 モニターに表示される円形のウィンドウに点滅する幾つかの赤い光点、それらの動きは仮に艦上攻撃能力を持った機体だったとしても急降下爆撃を仕掛けてくるにはあまりにもやる気が感じられず、限定海域の外から田中達を今も援護してくれている加賀と赤城の戦闘機を暇潰しに追い回してはいるが、その動きはどこか消極的でこちらの行動を観察している様に周回している様にも見えた。

 

 対空監視からの報告を聞いた事でぬぐい切れない不自然さが増した田中は首を傾げ、そんな指揮官を他所に再び三隈が切り立った崖にしか見えない岩の縁を蹴って次の足場へと跳び移る。

 

《なっ!? このっ!!》

 

 しかし、指示通りに無数のイバラ枝と凹凸を避けるルートで跳んで着地するはずだった三隈の片脚が岩肌を削りながら空気を踏み、バランスを崩した重巡艦娘の焦る声の直後に艦橋を襲った不規則な揺れに田中達はたまらず怯み。

 彼の手で艦橋の床に固定されたばかりの矢矧の口から苦悶の呻きと同時に血色の水玉が飛び散り、手すりを握っていた筈の島風や叢雲まで転びかける突然の衝撃によって先の戦闘で負傷して目の前の軽巡艦娘と同じ様に床に固定されている龍驤と伊168までもを苦し気に呻かせる。

 

ぅぅっ・・・くっ!」

 

 深海棲艦に痛めつけられた彼女達の姿と重傷者特有の濁った咳声に「応急処置など無駄、鎮痛剤も気休めにもならない」と言われた様な錯覚を覚え自分の士官服に付いた血の粒が染み込み白い布地を汚していく事を気にする余裕も無く田中は顔を青ざめさせ泣きそうな顔を浮かべ。

 

 だが、すぐに自分を見上げる赤銅色の瞳に気付いた彼は弱音を漏らしかけた口を歯を食いしばって閉じ。

 

 それは物言わぬ視線だけではあったがそれでも自分の命令によって文字通りの瀕死となったと言うのに変わらない信頼を向けてくれていると感じる矢矧へと小さく頷いてから田中はその身体の下に敷いた細長いマット型の緩衝材の固定を確かめてから立つ。

 

「三隈、何か不調があるのか!?」

《そんな事は、いえ、自分でも気付かないうちに臆病風に吹かれていたのかしら、高い所が苦手なつもりは無かったんですけど少し身体が重いような、・・・言い訳ですわね、ごめんなさい》

 

 コンソールパネルに手をかけて乗り越え指揮席に戻った田中の問いに無数の鋭利な鉄岩が犇めく巨大なおろし金にも見える絶壁に淡く霊力による防御障壁を纏わせた貫き手を咄嗟に突き刺してバランスを崩しかけた身体を支えた三隈は落下を免れた事に小さく溜め息を漏らす。

 

「いや、構わないむしろ良い判断だった、気にするな」

 

 まだ千数m以上もある危険極まりない岩盤の上を転がり落ちるより何倍もマシだと言ってから田中が視線を向けたコンソールの上、旗艦の状態をリアルタイムで表示する立体映像の三隈が女の子らしく尻餅をつきながらも左手を真横に突き出していた。

 

(つまり三隈の状態を見誤った()のせいって事か、まったく我ながら情けない・・・? いや、待て)

 

 左手が若干だがひび割れ(損傷)してしまったと言う警告が光っているが自分の目測の誤りが彼女の機転によって回避されたのだから問題ないと納得しかけた田中は直後に手元に浮かぶ半透明の艦娘の姿に違和感を感じて真横の壁を頼りに立ち上がろうとしているらしい三隈の姿を改めて確認する。

 

「・・・どう言う事だ?」

《提督?》

 

 三隈の立体映像から田中が感じた違和感、それは指揮席のコンソールの風向計に表示されている荒波に狂う海から昇ってくる上向きの風(上昇気流)に反して重巡艦娘の細長いツインテールや服の裾襟が瑠璃色に光る海と巨大な深海棲艦が待ち受ける下方向へと引っ張られる様にたなびいている事。

 

「なんで・・・風向きは海面からなのに、三隈の髪は下に引っ張られている?」

 

 真っ二つに折れて左右に持ち上がり真夜中の海にV字でそそり立つ大岩盤の片割れ、周囲から集まりぶつかる風をその急斜面で上昇気流へと変えながら雄々しく海に突き出している大質量。

 その中腹から空母棲姫を見下ろした田中の脳裏で矢矧に対する猛攻が嘘だったかのようにこちらをを睨むだけの深海棲艦が今自分達へ何かをやっていると言う根拠がないのにしっくりとくる確信が浮かぶ。

 

(巨大な顎を持った歪な艤装、破れた黒いセーラー服、ふざけるなと言いたくなるぐらい見覚えのある姿だが、それとは何か(・・)が違う、()が知っている空母棲姫とアレは何かが違うのか?)

 

 無視するにはあまりに大きすぎる違和感に急かされメインモニターに表示されたままになっている拡大映像の空母棲姫の紅い視線を睨み返す田中はその紅いオーラを纏った半裸姿が自分の前世で見たゲームの中のモノと似通い過ぎている事に何者かの作為を感じてしまう。

 そんな陰謀論じみた考えとは関係なく田中の脳裏にまるで写真をめくる様に幾つもの空母棲姫の姿が代わる代わるに現れ、周囲の動きが遅く感じる程に加速させられた思考の中で前世で見たゲームや本の中で描かれたイラストが今世で実際に目撃した実物へと次々に重ねられていく。

 

(あの玉は、なんだ?)

 

 そして、田中の脳内で唐突に始まった違和感の正体を見付ける為の間違い探しはある意味では彼の艦隊が件の姫級と戦闘を開始した時から存在していた差異を今更に浮かび上がらせる。

 

(僕は知らないぞあんなモノ ・・・は?)

 

 黒鉄のロンググローブとブーツがなくなった代わりに艤装へと霊力を送り込む動力ケーブルをしならせ白い肌を晒す空母棲姫が両腕を高く掲げて持っている直径数十mの岩と鉄と結晶が交じり合ったボール状の何か(・・)

 それは金属のツタや枝が絡み合ってとぐろを巻く様に編まれた球体は一部が割れており、中身が伽藍洞である事はすぐに分かったのだが田中の眼はその空っぽの球体の割れ目に釘付けになる。

 

 時刻は言うまでも無く星一つ見えない真夜中であるが大岩盤の間に流れ込んできている瑠璃色に光る海やその上に立つ紅い炎にも見える巨大なオーラに包まれた姫級深海棲艦。

 そう言う意味では光源には不自由しない状態であるのにその中心にある球体の中に見える陰影すらも塗りつぶした黒一色と言う不自然。

 

 それの存在を認識して疑問(・・)感じた(投げかけた)と同時、転生者である青年の視界にノイズが走り、青白い輝きに飛び込んだかと錯覚する程の閃光が彼の眼の内側を染め上る。

 

(ッ!?)

 

 唐突に直視させられた痛みを感じる程に強い水晶の輝き、その奥に広がる生命に満ちた海洋かはたまた満天の星空か、と錯覚する程に広大で深淵に通じる空間を埋め尽くす膨大な幾何学模様と無数の文字列が線と点を交差させながら指揮席で硬直した青年の前で取捨選別を始める。

 

(グッッゥッ!!)

 

 いきなり始まったまるで無秩序に本が散らばる巨大な書庫から目的の一冊を探し出す様に行われていた検索作業は一つの解へと収束し、気付けば田中の視界の端に入り込んでいた三等身の妖精が珍しく険しい顔を浮かべて過去の幻想を収めたアーカイブから呼び出した一つの設計図(術式)の詳細を有無も聞かずに彼の頭の中へと突き刺す様に入力する。

 

「かっは・・・っ!? 予定針路をキャンセル!! 壁の割れ目、岩盤に走れぇ!!

 

 そして、三隈が岩から岩への着地に失敗しかけてから数えて十秒足らず、鎮守府の中枢に住まう妖精による半強制的な思考加速(精神干渉)から現実に押し戻された田中は三隈が丁度立ち上がったと同時にその命令を叫び。

 その直後に旗艦の視界と連動して情報を表示するモニターに描かれていたナビゲーションラインが上書きされ、針路を指示する矢印が真横に聳え立つ黒い岩盤に刻まれている割れ目の一つを指した。

 

・・・

 

《はいっ! 了解ですっ!!》

 

 鼓膜を内側から揺らした指揮官の声に宿る切迫感を敏感に感じ取り三隈は疑問の声を挟む事無く急な命令変更に即応し、前傾姿勢で大きく足を踏み出して真夜中の海上にそそり立つ巨大な岩盤に刻まれた無数の割れ目の一つへと駆け出す。

 

 それはまだこの場が空母棲姫の手によって真っ二つに叩き割られ持ち上がる前の歪ながらも確かな地面だった時、巨大な浮島の持ち主である姫級が足下を逃げ回る軽巡艦娘に目がけて放った大量の弾幕によって出来た小さいモノですら十mはある暗闇で底を隠す歪なクレーター、流れ弾によって深く抉られたそ巨大トンネルと言ってしまった方が良い代物。

 

 その先が見えない割れ目へと走る三隈の足下では彼女の革靴が岩肌を踏み割り、一歩ごとに刻まれる足跡を追う様に数十の亀裂が黒鉄と岩石が交じり合った強固な岩塊の内と外に走る。

 そして、戦闘形態の艦娘でも屈めば入れるだろう岩盤の裂け目まであと数歩と言うところで三隈が上を走っていた岩がその根元から砕け、まるで筋繊維のように大岩の内部に根を張っていた金属の枝までもが痛々しい金切り音を立てて千切れていく。

 

《くまりんこ!》

 

 まるで彼女の体重に耐えきれないとでも言う様に砕けて一秒足らずで黒い斜面で擦り下ろされる哀れな落石へと変わるだろう大岩の上で気合の声を上げた三隈が全力で踏み切り、暗闇が待つクレーターに向かって身体を飛び込ませようと小豆色のセーラー服の肩と襟が風を切る。

 そんな三隈が跳んだ大岩と徐々に遠ざかる割れ目の距離は目測で十数mはあったが身長16mをこえる戦闘形態の艦娘にとってはそれこそ一跨ぎでこえられる程度の距離のはずだった。

 

《くっ、この程度でへこたれて、たまるもんですかぁっ!》

 

 だと言うのに黒鉄と岩が交じり合う岩盤に刻まれた横割れの縁に届いたのは指先であり、優れた自分(艦娘)の身体能力ならば例え数百tの艤装を背負っていても懸垂だろうとなんだろうと軽く何十回でも熟して見せる自信があった三隈はただ身体を持ち上げ様とするだけでも悲鳴を上げる鉛を満載したタンカーを括りつけられたかと錯覚する程重みを増した腕だけでなく身体全体に掛かる重圧に歯を食いしばる。

 

《まさか、本当に私の身体、重くなってっ!? くうぅっ!!》

『違う! これは引っ張られているんだ!!』

 

 気付けば急激に身体にかかる重みが何倍にも増していくと言う不可解な状態に戸惑いながらもそれに負けじとド根性を振り絞った乙女は棘枝や凹凸だらけの壁面にぶつかった臙脂色の布地が裂けるのも構わずにギリギリ手が届いた急斜面に開いている亀裂へと這い上がろうとする。

 しかし、岩壁の縁で見えない力によって下に向かって引っ張られている三隈は自身の身体を宙に投げ出されない様に指先を岩に食い込ませるほど両手に力を籠めていると言うのに上へよじ登るどころかその場でぶら下がり状態を維持するので精一杯だった。

 

《また、風を操る力って事かしらっ! 本当に嫌がらせだけはお上手ねっ!!》

 

 丁寧な言葉遣いで敵に対する不満を吐きながら意地でも相手の手の平で踊ってやるものか、と目尻と眉を吊り上げて今にも壁から引きはがされそうになりながら三隈は障壁の光を纏わせた革靴を勢いよく鉄鉱と岩石交じりの壁に叩き付け、装甲の強度頼りの一撃で黒岩にめり込んだ片足のおかげで腕の力だけで身体を支える状態からは何とか脱する。

 直後に岩壁へ蹴りを叩き込んだ脚部の装甲(皮膚)駆動系(関節)が損傷したと知らせる赤い警告文が瞳の内側に新しく表示されたが、ついさっき田中が言った言葉を借りた三隈は顔を顰めながら「小さい事に構っている場合じゃないの」と口の中で呟いて足を襲う鈍い痛みを敢えて無視した。

 

『いや、これは風の力じゃない、何と言うか、そうだな・・・西遊記に登場する紅葫蘆(べにひさご)を知っているか?』

《確か兄弟妖怪の金角銀角が使う瓢箪の事ですわねっ、古典も淑女の嗜みと言いたいところですけどそれって今関係あります!?》

 

 ここではない世界で自分の提督がとある大学で文学を主に教えていた教師だった事を知ってから優先的にそう言った授業を選択して勉強していた三隈だが、こんな時にその知識が役に立ったと喜べるわけも無く悠長に歓談している場合ではないと言外に言う様に珍しく慕っている相手へと声を荒げ。

 

『今、僕らはその瓢箪の力とほぼ同じモノに襲われていると思ってくれ』

 

 険しく顰められた三隈の表情がその一言で呆気にとられた様な様子を見せ、直角の壁よりマシと言う程度の急こう配にしがみ付いている艦娘は半信半疑と言った様子で広い襟がはためく自身の肩越しに1000m以上離れた海上に巨大な鮫頭の艤装と共に聳え立つ空母棲姫を振り返り見る。

 

『いや、何と言うか・・・信じられないとは思うが、これはそうとしか言いようが無いわけで』

《提督・・・私、あの方に名前を名乗った覚え無いんですけど?》

『はっぇ、・・・いや、それは発動条件が違うだけじゃ・・・そうか、だからヤツはこちらを睨むだけで、攻撃してこないんじゃない、攻撃出来ないのか!?』

 

 最上型重巡の微妙にズレた返事に戸惑った様な声を漏らした指揮官はそのすぐ後に思考過程を二つ三つ飛ばした敵能力の考察の結論らしい言葉を口に出し、自分の提督(田中良介)は必ず正しい答えを導き出すと確信しているもののそのあまりに早く出された答えに至る道筋が分からない少女は不満げに口を尖らせた。

 

《あのぉ、提督、くまりんこにも分かる様にお話していただけます?》

『恐らく、あの球体が発生させている力は空母棲姫にも相応の集中力かなにかを要求するって事なのか・・・』

 

 説明を求める三隈を他所に自分の中に出来上がった答えを出来るだけ分かり易く言葉にしようとしているらしい田中の声に少し呆れて溜め息を吐いた重巡艦娘は改めて目測で500mは越えているだろうその巨体を文字通り怒りで燃え上がらせている姫級深海棲艦が鈍い光沢の黒鉄と宝石の原石か何かで造られた歪な球体を両手で掲げる様にして自分へ向けている姿を確認する。

 現在地と敵の距離は最も近い部分からでも小さな山の頂上と麓程の高低差があると言うのに相手の常軌を逸した巨大さのせいで手を伸ばせば届きそうだと錯覚を起こしかけている三隈の背中でかつての最上型重巡の艦尾を模した艤装が搭載されている大小六基の機関銃を姫級深海棲艦へと向け。

 

『なら、それを乱してやればまだ挽回できるって事なんだろ!?』

 

 まるで誰かに確認するかの様な声と共に急斜面にぶら下がっている三隈の両足の左右に装備された二基の20.3cm連装砲が背部艤装の機銃群に少し遅れつつも勢い良く砲塔を半回転させて四門の砲口を眼下の姫級深海棲艦へと砲声が連続し、輝く光を纏った砲弾が紅いオーラに包まれた深海棲艦へと放たれた。

 

 忌々しそうに三隈を睨みつけていた空母棲姫は自分に向かってくる攻撃に合わせて一瞬で身体から溢れる昏い炎の様な霊力から不可視の障壁を成形する。

 

 だが、姫級深海棲艦が展開した半透明の外装甲に着弾する事無く重巡艦娘が放った四発の砲弾は空中で弾け、それぞれが六角形の水晶板を広げ。

 その直後に起こったのは疑似的にだが結晶化する程の密度を持った四枚の水晶板が本来あらゆる物質が辿るべき過程をすっ飛ばして分解して素粒子へと昇華され人間だったなら失明を免れないだろう閃光を放ち、妖しい紅と蒼がうねる黒鉄の峡谷を一足早く日の出を知らせる様な輝きで染め上げた。

 

 どれだけ派手な輝きで夜闇を照らそうと所詮は攻撃力を持たない照明弾は空母棲姫に傷一つ損傷を与える効果など無い、しかし、その激しい閃光を目と鼻の先で浴びた白磁の美貌はその怒りに歪んだ表情を怯ませて顔を光源から背けながら腕で紅い瞳を庇う。

 

『ダメ押しと行かせてもらう、投射障壁の多重展開だ!』

 

 青年の指揮に従い三隈の背部艤装で25mmと13mmの機関銃が賑やかな合唱を奏で、銃口から放たれた無数の銃弾が空中に次々と着弾して小さな六角形を広げ幾重にも重ね上げ、キラキラと輝く半透明の盾の集団は外側から見れば密集陣形(ファランクス)にも見える分厚い半球を作る。

 

《・・・流石は三隈の提督ですの》

 

 照明弾による奇襲で怯んだ為か、それとも小障壁の群体によってか、正確な理由は分からないまでも自分の身体にかかっていた岩に指が食い込むほどの重圧が気にならないぐらいに弱まった事を感覚で理解した三隈は自身の指揮官の分析力と対抗法の正確さを小さく褒め称える。

 

《ちょうど気分は髪の毛で分身を作る孫悟空かしら?》

『だが、これでも長くはもたないし、時間的な余裕もない! 三隈!』

《承知しています、邪魔立てさえなければこの程度の坂ぐらいどうって事ありません! ぁっ!?》

 

 背後で自分を守る空中に固定された小盾の群れが抵抗しつつも奇妙な引力によって鱗の様に引き剥がされ空母棲姫の持つ玉に輝きが墜ちていく様子を横目に三隈は威勢よく返事を返すが、その出鼻をくじく様に歪な鉄筋交じりの岩壁に叩き込んだ靴が鋭利に突き出した岩か何かに引っかかったらしく若干の()間取りに時間を取られてしまう。

 

『なっ、冗談だろっ!?』

《まぁっ! 私嘘なんか、ちょっと靴が引っかかってるだけで・・・》

『最短距離で飛んだとしても早すぎる!? トマホークだと言うなら尚更あり得ないだろ!!』

 

 焦る気持ちになっていたそんな時に艦橋で響いた穏やかな田中らしくない素っ頓狂な叫びの意図が三隈には分からず、今現在まったく過失がないとは言い切れない心当たりはあるもののそれで自分が揶揄されるのは心外だと少し言い訳気味な呟きを漏らす。

 

『何かの間違いじゃないのか!?』

 

 しかし、続けて耳の奥で響いた指揮官の悲鳴の様な声でついさっきのセリフが自分に向けられたモノでは無く艦橋の通信システムに送られてきた友軍からの連絡に対するモノだと気付いた三隈は言い募りそうになった言い訳をすぐに口の中に引っ込め、素知らぬ顔で岩に食い込み引っかかって抜けなくなった片方の靴(脚部艤装の一部)に破棄を命じ。

 岩肌にめり込んだショートブーツの靴紐が持ち主の指示に従い勝手に解けて墨色のハイソックスを履いた足がするりと抜け、多少心もとない感じはするもののそれでも下手な鉄板より強固な光の障壁を纏った足は急斜面に見える凹凸を足場に三隈の身体を支える。

 

 そして、今度こそちゃんと登れそう、と確かな手ごたえを感じた三隈だったのだが、その視界の端を唐突に上から下へ不安定なエンジン音を鳴らしながら両翼に赤い丸が描かれた深緑の戦闘機が通り過ぎた。

 

 何の前触れも無く素通りした友軍機の姿に思わず硬直してしまった三隈がつぶらな瞳を瞬かせ、改めて自分の背を守る密集した半球状の投射障壁の向こうを見ればつい数秒前の光景をリピートする様に巨大な岩盤のさらに上空から墜ちてきた空母赤城の識別シグナルを発している味方機が目の前を通り過ぎ。

 完全にコントロールを失い自分の下方へときりもみしながら墜落していった零式艦戦が内部で闇色を蠢かせる球体に吸い込まれて光粒の一つも残らず溶けて消えると言う怪現象を唖然とした顔で見下ろした彼女はふと嫌な予感を胸に疼かせて夜空を見上げる。

 

《提督・・・赤城さん達ってあんな形の戦闘機なんて持ってましたっけ・・・?》

 

 そんな二枚の大岩盤に挟まれた星一つ見えない暗黒の中で一際目を引いたのは艦娘にとっては馴染み深い霊力を用いたバリア(障壁)が散らすキラキラとした光粒、それに加えて打ち上げ花火が夜空に昇る際に尾を引く炎の色に似た噴射炎。

 ただの光点にしか見えないナニカを見上げた重巡の視界が望遠倍率を上げ、目一杯に広げられた瞳が小さな十字尾翼と薄い一対の主翼を乱回転させるそれをハッキリと認識する。

 

『こんな事、あんまりだ・・・あれの影響を受けるのは艦娘だけじゃなく、同質の霊力を持つ物もだって言うのかっ』

 

 本来なら丸い頭を真っ直ぐ攻撃目標へ向けて飛ぶはずの細長い胴体が航空力学にケンカを売っているかの様な出鱈目な動きをしながらも音速を超えて空気を引き裂き。

 三隈の感覚と連動した電探(レーダー)の探知範囲の外縁がそれを捉えたかと思えば彼女が瞬きする間にその飛来物は数百m、否、km単位で田中艦隊と空母棲姫が相対する戦場へと距離を縮め。

 

 蒼く光る海と黒鉄の岩盤の隙間を狙い澄まして墜ちて来た。

 

・・・

 

 それはアメリカ合衆国海軍が中心となり1972年から1980年にかけて開発が行われ、運用開始から三十年以上経った現在も改良を繰り返し、弾頭、発射方式、想定目標などあらゆる状況を想定して様々なバリエーションが造られてきた高性能誘導弾。

 

 核と言う一発でも使われれば人類を終わらせるとまで言われた兵器を突きつけ合う主義と思想(イデオロギー)の違いによって世界を東西に隔てた冷戦の終わり際に生まれ今に至るまでアメリカ陸海空軍において信頼性と実績を積み重ねてきた巡航ミサイルの系譜。

 

 そして、今日、銀色に輝く水晶ネジによってマナ粒子を艦娘と同質の霊力へと生成して利用する事を可能とした新型、云わば【対深海棲艦トマホーク】と言える現代兵器の末子は現代科学の悉くを無用の長物と至らしめる高濃度のマナ粒子と空母棲姫の放つ霊力で満ちた異常空間(限定海域)内を飛翔する事に成功し、発射を行った者達は成功を喜ぶ声を上げる。

 しかし、その軍人達の歓声は直後に艦娘と同じ性質の霊力を利用していた為に怒れる嵐の女神が振るった神器の影響を受けて制御不能となった新型ミサイルの信号によって悲鳴へと変わった。

 

 その場の誰もが「こんな筈では無かった」と頭を抱える。

 

 田中艦隊が作戦開始当初のスケジュールを独断で大幅に短縮し、在ハワイ米軍暫定司令部の予想を遥かに超えた進軍速度をもって限定海域の最深部に到達したのが悪かったのか?

 

 最前線に飛び込んだ艦娘部隊が次々に上げる敵艦撃破の報告を聞いたマナ粒子環境下に対応した新型ミサイルの運用実績を必要としていた暫定司令部の佐官が物言わぬ旧式戦艦が隠し持っていた弾頭へ承認コードを入力してしまった事が間違いだったのか?

 

 鋼鉄の発射管から夜闇を切り裂く様に飛び立ち身の纏う青白い光の力で瑠璃色の侵食を突き抜いたトマホークミサイルの亜種が終末戦争の引き金を引くとまで言われた大量破壊兵器の搭載を前提に製造された事がそもそもの間違いだったのか?

 

 見えない引力に捕まる原因となった銀のネジ(結晶基幹)がミサイル本体を霊的技術由来の不可視の障壁によって暴力的な風圧と慣性による墜落や自壊から守り切ってしまったのが不幸だったのか?

 

 造った時点では主の改修素材として献上する予定の獲物を生きたまま捕らえ保存する為に容器へ刻み込んだ幻想(妖術)の再現を暴走させ、吸い寄せて飲み込んだモノを溶かし尽くす(解体する)溶鉱炉へ変貌させてしまった空母棲姫の溢れんばかりの怒りが引き起こしたのか?

 

 だが、どれだけ起こってしまった事象に向かって犯人捜しと理由付けを求めようと結局のところ、これに関して言うならば「全ては偶然の重なり合いに過ぎない」と言うありきたりな答えに辿り着く。

 

 そう、瑠璃の海と紅玉の炎が交じり合う黒鉄の岩盤に挟まれた渓谷を核融合(・・・)によってもたらされる閃光が白く染め上げたと言う事実は変えようがないのだ。

 




 


・・・?



核・・・融合だって?

 


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第百三十二話

 
とある大学生の空回り。

さあ、車輪をクルクルと回せ。

無駄な足掻きを続けるのが貴様にはお似合いだ。
 


 

 こんな筈じゃなかった。

 

 

 最前線にいる艦娘部隊の指揮官に直接通信を繋いだジョンソン少尉がマイクに向かって喉から絞り出した言葉の衝撃によって私はよろめき、情けなくふらついた足が絡まって床に尻餅を着く。

 

〈 Missouri fired!!(ミズーリが撃った!!) 〉

 

 そして、他力本願ありきで成り立つ私の悪あがきが原因となって米軍基地の指揮所にジョンソン少尉の部下であり通信が復旧してから忙しなくどこかと連絡を取っていた一人が悲鳴の様な声を響かせる。

 

 

 こんな筈じゃなかったんだ。

 

 

 私は確かに鹿島やジョンソン少尉達の力を借りて深海棲艦が造り出した異空間によって封鎖されたハワイの外へと自分達の現状を伝える為に、助けを求める為に機能停止していた米軍基地の通信と情報の集積処理を担う施設を再稼働させた。

 

「私はなんて、馬鹿な事を・・・」

 

 国防総省(ペンタゴン)からは迷惑電話程度の扱いを受けただけと言うのは不愉快だったけれど予想通り、私にとっての本命は真夏の様な炎天下を駆けずり回って取材した現在のハワイを撮影した動画の送信であり、それも鹿島の姉妹である香椎が所属していた巨大企業の力によって当初の予想よりもスムーズに果たされた。

 

 憲法と法律と言う鎖によって日本の自衛隊と艦娘による増援は望めなくとも一度火が付いた様に広まったインターネット上の情報(動画)は世界に名だたるあの大国も無視はできない。

 それに艦娘のコア(霊核)が日本から返却された事で米海軍も新戦力としてアメリカ軍籍の艦娘を誕生させて実戦投入に向けて準備していると言う話は半年ほど前には私の耳にも届いていた。

 と言うか、私がこのハワイに来る原因となった今回の環太平洋軍事演習(RIMPAC)自体がそのアメリカ艦娘達の大々的な宣伝の場として用意されてた可能性が高い。

 

 だから必ず、自国の領土を侵略された事実を認めたアメリカ合衆国は通常戦力だけでなく米海軍の艦娘部隊(深海棲艦の天敵種)の投入を踏み切る。

 何日後になるかは分からない、それでもどこかの組織か権力者によって止められていた救援活動へのカウントダウンは動き出す、止まっていた時計の針が動き出しさえすればどれだけ辛い時間を味わう事になっても生き残りさえすれば助けは来る。

 

 だけど、そんな私の楽観はあろう事かハワイの外側からでは無く内側に存在していた異物によって容易く打ち砕かれた。

 

 よりにもよって私達が生き返らせた基地機能が、在ハワイ米軍が港に鎮座する戦艦ミズーリの中に隠されていたそれ(・・)を使用できるレベルの情報的連携と高精度な計算を可能とする軍事システムまでもを復活させてしまったからだ。

 

 戦時非常事態だと言っても、いや、非常事態だからこそ規律に則って行動するべき軍人が艦娘が持っていた電子機器への干渉能力と言う科学的論証が一切無い要因で再起動したハワイ基地の中央指揮所(情報統合機能)を即座に利用するなどあり得て良い話ではないのに。

 

 核弾頭を搭載したトマホークミサイル、国家間の安全保障を支えていると言っても過言では無い大量破壊兵器(抑止力)が武骨な戦艦の甲板に開いたミサイルランチャーから夜空へと飛んでいく光景など映画の中だけのフィクションであってほしかった。

 だと言うのに床にへたり込んだ私のメガネは指揮所の壁一面を覆うモニター類が表示する残光を残しながら瑠璃色の海へと飛翔する核ミサイルの軌道を白く反射させる。

 

「私はただ、みんなを、みんなの助けになると思って・・・」

 

 どうして、なんで・・・こんな事になる。

 

「先輩さん?」

 

 前世の世界ではモニターの中だけの存在だったけれど艦娘達はままならない日常に擦り減らされていた私の心を支えてくれた。

 

 今世の世界でも彼女達はただ存在していると言うだけで私の精神を蝕んでいた妄想じみた絶望感を打ち払ってくれた。

 

 今度はその艦娘達を私が助ける番なのだ、所詮は非力な一般人でしかなかったとしてもその意地だけは通して見せなければと心に決め、良かれと思って行った事が廻り回って最悪の結果となって目の前に突き付けられる。

 

 さらにはジョンソン少尉の取り乱しながらも懇願する様な撤退要請に田中良介と言う指揮官はNOを突き返し、あろう事か着弾までに空母棲姫を撃破してハワイ防衛艦隊に核ミサイルの安全装置の起動させると言い切って黒イバラの浮島に座する姫級深海棲艦との戦闘に突入した。

 なんで小さな島なら簡単に飲み込んでしまう様な巨大な竜巻を自由自在に操る能力に加えて生きた航空基地と言っても過言では無い規模の戦闘能力を有する筆舌に尽くし難い脅威、災害の擬人化と言える存在を倒せると言う発想が出てくるのか。

 

 そんなモノに突撃を仕掛けるなんて勇ましさでは無く愚かさの証明に他ならないだろうっ!

 

 そもそもジョンソン少尉に聞いたが、ハワイを守る為に最前線へ向かった艦娘達は敵艦を撃破して減らしながら限定海域(異空間)の侵食を文字通り防波堤となって防ぐ多国籍艦隊と連携して救援までの時間を稼ぐのではなかったのか?

 

 その作戦における最大の障害だった外部からの救援の道が絶たれている問題はこの指揮所のシステムが復旧した事で解決したも同然で、核兵器と言う日本人にとってひどい忌避感を感じさせる兵器の使用がどれだけ不快であっても撤退しなければ命そのものが危ない。

 

 だが、待っていても絶対に援軍が来ない状況が解決したとしてもいつ来るか分からない援軍を待って防衛に徹しても無限と思わせる戦力を持った深海棲艦の攻撃に押し切られハワイが壊滅する可能性が無くなったわけでは無いのも事実。

 しかも、ついさっき限定海域の中心に向かって放たれた核ミサイルと言う強力な破壊力と同時に放射能汚染を発生させる兵器による多大なリスクがハワイ諸島を襲い被災者の生命を脅かす事を考えれば阻止しなければ明日の命も分からなくなると言うのも分からないわけではない。

 

 つまり、ハワイ諸島を覆い尽くそうとしている限定海域の発生源が空母棲姫だと分かっているならそれを最短で撃破して核ミサイルの爆発も阻止すればこれ以上ないぐらい最善の行動と言えなくも無い。

 尤も、それはどう考えても艦娘達と比較して保有する戦力の次元が違う深海棲艦のボスを撃破するなんて不可能を何とか出来ればの話。

 

 私達が今生きている現実(ココ)は確実な攻略法が存在するゲームの世界じゃない、だからそんな無謀をやろうとする人間は自意識過剰な理想論者か妄想に突き動かされる狂人のどちらかに決まっている。

 

 そんなふうにぐちゃぐちゃになった思考の渦へどれだけ責任転嫁の相手への文句を垂れ流しても結局は、何の権限も持たない若造()が血気に逸って転がした小石が助けたいと願った相手(艦娘)を押し潰す、と言う数十分後に訪れるその瞬間(結果)が変わるわけでは無い。

 

「・・・ぐぅ"う"っ」

 

 その事実を認める事がどれだけ嫌でも逃げられない、自分自身がやってしまった愚行に胃の中身が喉の奥までせり上がる。

 

 そして、背を丸め手で口を塞ぎ、目頭と鼻の奥を刺すような痛みと熱に呻き、後悔に圧し潰され情けなく涙をこぼす頭でっかちの弱虫は逃げる様に瑠璃色の光に満ちた海と黒い浮島の影が映る幾つものモニターから目を逸らして両膝の間に逃げ込む。

 最前線の艦娘達を援護している空母加賀の艦載機からリアルタイムで送信されてきている映像がノイズだらけの不明瞭であっても、無数の弾幕による火の雨を掻い潜り一面が剣山の様な鉄イバラの野を駆ける軽巡矢矧の身体が削れ抉られていく痛々しい姿を見るのがどうしようもなく辛かった。

 

 だけど逃げようとした私の頭は横から伸ばされてきた細く柔らかい腕に捕らえられ、まるで自分の責任から逃げる事は許さないとでも言う様に、これからどんな事が起こっても絶対に離さないとでも言う様に。

 

 指揮所に存在する全ての電子機器類と無数のコードによって繋がった艦娘が私の頭を優しく抱きしめてその体温を伝えてきた。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ」

 

 言い様も無い後悔で酷く情けない顔をしているだろう私の目の前が淡いベージュ色に包まれ、彼女自身もまたあの脅威に対する恐怖を感じているだろうに身体と声をわずかに震わせながらも励ましてくれる鹿島の子供をあやすような言葉に私は鼻を啜り奥歯を噛み締め遠く離れた激しく妖しくうねる瑠璃色に光る海を映すモニターへと顔を上げる。

 

 その先、ここから数千km離れた戦場はたった数秒目を背けていた間に様変わりしており、周囲の陸地を全て誇張無しに爆炎で包んでいた空母棲姫の重弾幕は鉱床が剥き出しになった様な浮島を瓦礫と洞窟の様な大穴だらけになっていた。

 そして、言い方は悪いが艦娘側は素人目にも大猫に弄ばれる子ネズミと言う以外に表現の仕方がなくどう足掻いても死を避けられない状態だと思い込んでいた。

 

 だが、その悲観的な私の予想を裏切ってモニターの向こう側では最前線で戦いを続けていた軽巡矢矧がどうやってかは分からないが空母棲姫の足場を崩し、下半身を黒岩石の地面に埋もれさせた深海棲艦に向かって会心の笑みを浮かべしなやかな脚を振り抜いていた。

 

 その矢矧の姿に私は鳩が豆鉄砲を喰らった様な呆然とした顔で見惚れ、何故か直後に頬をシルクの手袋に包まれた細指でつねられたがそんな事よりもその一枚の名画にも感じる一瞬を目に焼き付けねばと言うミーハーな使命感が私の両目を釘付けにする。

 左脚の先へと放物線を描いて飛ぶ鋼色の装甲に覆われた魚雷管が輝く砲弾に撃ち抜かれ、戦場を見下ろすザラザラとした画像の中でも一際強く鮮やかな炎を溢れさせる。

 

 矢矧が蹴り飛ばした魚雷管が夜空の下で咲かせた巨大な火球と光粒の渦に空母棲姫が飲み込まれて高く舞い上がる火柱が浮島の端まで跳ね飛ばされ満身創痍になりながらも立ち上ろうとしている軽巡艦娘の姿を照らした。

 

 これをどう言えば良いのか、どう表現すれば良いのか、ただ一矢報いるとか窮鼠猫を噛むどころの話じゃない。

 

 私の陳腐な語彙ではどれだけ言葉を重ねても表現できそうにない光景に、命を懸けてそれをやってのけた矢矧とその指揮官の精神に私やジョンソン少尉達はただただ感嘆の声を漏らす事しか出来ず。

 頭が真っ白になるぐらい衝撃的かつ華麗なカウンターを目の当たりにした私は手の平を返す様に一欠片の希望を感じてしまい。

 

 直後に炎の中から生まれ出て来た怪物の姿とその黒鉄の船体に叩き割られた半径数キロの岩盤が跳ね橋の様に持ち上がった事で私は再び絶望感に首を絞められ呻いた。

 

 妖しく蒼く光る海の真ん中にそそり立った岩盤の狭間で血の様に紅いオーラを噴き出して立つ空母棲姫の艶めかしくも恐ろしい姿がますますノイズの強くなった指揮所に並べられた画面の中に映る。

 

 その巨大な鉄顎の艤装の上で破れたセーラー服をはためかせる姿は炎に巻かれる前よりさらにかつて私が凡庸な会社員だった前の世界でパソコンに噛り付く様に熱中したブラウザゲームの中で数え切れないぐらい挑戦した空母棲姫の姿に似ていた。

 

 コンピューターやサーバーの中で唸る換気ファンの音が聞こえる程の痛い程の沈黙が大学の大講堂よりも広い空間に満ちる。

 

 幾つもの戦闘機から送られてくる無声映画の様な音のない映像を表示する指揮所のメインモニターを前にだらりと両腕を垂れ下げたジョンソン少尉が神に祈る言葉を漏らし、彼の部下である屈強な軍人達が何かを呟きながら顔を真っ青にして身を縮めている。

 

「・・・それでも核兵器なら、ですか」

 

 ぽつりと私の頭を抱きしめる鹿島が少し冷めた声で漏らしたのは指揮所に居る男達の最後の希望に縋る様な呟きを翻訳したものらしく、それに対して私は最前線にいる田中艦隊の安否を他所に不謹慎にも「その通りだ、まだ核がある」と言葉にしかけた。

 

 だが、同時に頭の端に湧き上がった深海棲艦に現代兵器は通用しないと言う前世のしかもゲーム知識でしかない言葉が妙な説得力を持って理論上世界最強と言っても過言では無い大量破壊兵器への疑いが否応なく強まり、気付けば私は「核爆弾は深海棲艦に通用するのか?」と言う疑問を独り言ちていた。

 

「正直なところ、認めるのは複雑ですけど・・・ぇ?」

 

 確かにいろは歌に準えた名を持つ普通種ならば単純な熱エネルギーによって障壁の破砕と撃破は可能だろう。

 

 しかし、深海棲艦の支配階級として生まれる姫級に関して言えばその船体(身体)を守る特殊な粒子による結晶装甲は単純な防御力に加えて真空断熱を超える多重構造を成し、破損したとしてもリソースがある限り内側から再生修復を繰り返す。

 故に太陽の表面温度に迫る4000度の核分裂反応による一撃が強力であろうと余程上手く事を運んだとしても彼女達(姫級)の生命を脅かす脅威にはなりえない。

 

「先輩さん?」

 

 爆発すれば半径10km強のあらゆる物体を消し飛ばし、その何倍もの二次被害を生み出す爆弾は確かに人間のスケールで言えばこれ以上ない程に危険な代物かもしれない。

 だが、単独で半径約2000kmの異空間を造り出した上にさらなる拡大も可能としている姫級深海棲艦にとっては多寡が(・・・)直径数十km程度の爆発でしかない。

 

 まして、あの空母棲姫を含めた姫級に分類される深海棲艦には一部の例外を除きその身に貯蔵された霊力を利用して有機物や金属などを混ぜ合わせ新しい深海棲艦を建造する能力を先天的に持って生まれてくる(機能が標準搭載されている)

 生物の精神活動に反応するマナ粒子(素粒子)の集合である霊力を自在に操る空母棲姫の先天性能力(錬金術)ならば分子どころか原子の内側まで操作して鉛を金へと創り変える事すら可能なのだ。

 

 それこそ多くの生物にとって致命的な放射能汚染の原因である中性子ですらミクロの世界に干渉できる彼女にとってはそこらの物質の中に無数に含まれているありふれた合成素材の一つでしかない。

 

 だから、姫級など深海棲艦における上位種の撃破を目的とした場合に核兵器は有効な攻撃手段たりえない。

 

「しかし、これはあくまでも仮定の話、偶発的な損傷などに有無で・・・いや、そうだとしても別の・・・」

「先輩さん、何を、・・・言って」

 

 ふと自らの思考の沼にはまり込んでいたらしい私は不意に恐れ戦くような声色で呼ばれ、そちらに振り返れば鹿島がひどく動揺した様な表情でこちらを見下ろしていた。

 

「? ・・・何をって、こんなのは当たり前の」

「っ!? 待ってください、言わないでっ」

 

 思索に没頭している時に私がよくやってしまう悪癖である独り言の垂れ流し、彼女はもう慣れていると思っていたのでそんな大袈裟にも感じる態度をされるとは思っておらず面食らっていると鹿島は素早く周囲を窺う様に視線を走らせながら私の口元を片手で押さえて閉じさせる。

 

「良かった聞かれてないみたい・・・でも、先輩さん、迂闊な事を言わないでください」

「へ?」

「貴方の知識はこちらの世界ではまだ(・・)当たり前じゃないんです」

「は?」

 

 まだ? こちらの世界? 一体何の事を言っているんだ? 

 

 と言うか、私は今さっきまで何を、どんな内容の話を喋っていた?

 

 なんで私は・・・深海棲艦に核兵器が通用しない理由(・・)を知っている?

 

 私が持つ艦娘と深海棲艦に関する情報なんて所詮はこの世界には存在しないゲームの知識だ。

 それもストーリーや設定においては公式がたまにSNSで発表する曖昧でフワフワとした発言が情報源と言う有り様。

 さらに核兵器を含めた現代兵器が深海棲艦に通用しない理由なんてどれだけ記憶の棚を引っ掻き回そうと出てくるのはプレイヤー同士の雑談や妄想から出来上がった根拠無しの考察ぐらいなもの。

 

 なのに気付けば私の頭の端にはまるで初めからそこに有ったかの様に「なぜ、この世界(・・・・)では核兵器が深海棲艦に有効ではないのか」を説明できてしまう知識が存在していた。

 

「・・・っ!?」

 

 だが、自分で「そんなの当たり前の事じゃないか」と言いかけるぐらい自然に頭の中に居座っていた未知の情報への疑問を感じたと同時に私は肩越しに振り返った先にいた、私を抱きしめる鹿島の右肩の上に座っていた小さな何かの姿に顔を青ざめさせて固唾を呑む。

 

 鹿島の肩の上にいた陽炎の様に揺らめく透き通った影は表情どころか髪や服の色も分からず、ギリギリその小さな輪郭が三等身ぐらいの人型をしていると分かる程度であったと言うのに私には透明な顔が。

 

それ(・・)が私を見ている(・・・・)と言う事だけははっきりと分かってしまった。

 

 ともすればガスか熱の揺らめきと勘違いしそうな程に曖昧な輪郭であった為に種類は分からない。

 しかし、それは元艦これプレイヤーならばきっと嫌ってぐらい見覚えがある手乗りサイズのシルエット(妖精さん)だと言うだろう。

 

 あまりにも唐突に現れた懐かしくも正体不明なマスコットにあんぐりと大口を開けて唖然としていた私の耳に野太い罵声か悲鳴か分からない叫びが飛び込みハワイ防衛艦隊の司令達への説得を試みていたジョンソン少尉の方が騒がしくなった。

 

 直後、頬に触れていた鹿島の手袋の滑らかな温かさが離れたかと思えばすぐに私の身体は彼女の背後へ細腕とは思えない程の力で押しやられ。

 その私を庇う様に座っている椅子の位置と姿勢を変えた銀色の髪がかかる肩の上で揺らめいていた小さな揺らめきがふっと蝋燭の火が吹き消されたかの様に掻き消える。

 

「ぇ・・・えっと、今度は何が起こったのかな?」

 

 もしあと数秒、管制席に座っていた下士官が顔色の悪い顔をさらに青くして悲鳴を上げたのを切っ掛けに周囲が慌ただしくならなければ広い部屋に響く驚愕の叫びは私の口から放たれていただろう。

 自分の眼を疑うぐらい奇妙で到底理解し難い現象は現れた時と同じ様に唐突に私の目の前から消えたのだが私を襲った動揺はなかなか消えてくれず、何とか自分を落ち着けようとメガネを外して目を擦り何度も瞬きをする。

 

「・・・発射されたミサイルが、制御不能になったそうです」

 

 しかし、努めて落ち着きを取り戻そうとしていた私の事情など知った事ではないとでも言う様に状況はさらに悪化する。

 

 ジョンソン少尉達のネイティブな英語を耳聡く聞き取った鹿島曰く、発射された時点では着弾まで小一時間、矢矧が反撃の一手を叩き付けた時にもまだ三十分はあったタイムリミットがたった数分で半分になったらしく。

 オマケに真珠湾でミサイルの遠隔誘導を行っていたミズーリの制御を振り切った円柱の飛行体は何故か制御不能状態であるのに墜落するどころか一切ブレず限定海域を一直線に目標地点(空母棲姫)目掛けて超音速で向かっているのだと言う。

 

「あの人達はもう一度警告をすると言っていますが、田中艦隊の離脱はもう・・・不可能です」

 

 そう言って沈痛な面持ちで鹿島が肩を落とし、耳にした彼女の言葉を必死に理解しようと私は頭を働かせるが一向に考えが纏まらず床に手と膝を着いて立ち上ろうとしても身体に力が入らず震えるだけ。

 ついさっき恐らくはあの【妖精さん】(と言う他に表現できない存在)からもたらされた情報だろうそれを反芻する様に震える声で呟いてみる。

 

「空母棲姫は核では倒せない・・・でもそこに巻き込まれた艦娘は」

 

 艦娘が深海棲艦を打ち倒すに足る戦闘能力を持っている事は素人目にも分かるけれどそれと同時に艦種ごとに異なる能力や戦術を差し引いた彼女達の純粋な性能が深海棲艦と比べて大きく見劣りすると言う事も分かってしまっている。

 

 どう考えても無事で済むはずがない。

 

 そして、それが分かったところで私に出来るのは傍観者としてモニター越しになおも抵抗を諦めず激しい閃光と光り輝くバリアを展開する三隈の背を目に焼き付ける事だけ。

 

 最前線では深海棲艦の艦載機を相手に戦いながら戦況を見守る赤城と加賀の戦闘機が次々と墜落し、崖にぶら下がる重巡の背後を通り過ぎて漆黒が蠢く溶鉱炉に呑み込まれブラックアウトしていく。

 そんなふうに黒く染まって沈黙していくモニターの群れが私には絶望感に染められていく自分の心理を暗示しているかの様に思えて仕方がなかった。

 

 そして、広い室内に並べられたモニターの一つに映る広い戦場を線と点によって簡略化した敵味方識別の表示、丸く分厚い円を描く赤い点に囲まれた赤いターゲットとそれに重なる様に光る青いマークに向かって白い点が無慈悲に接触する。

 

 一般人の感覚ではアッと言う暇も無い一瞬の出来事で何か細長い影が画面を通り過ぎた事ぐらいしか分からず。

 

 まだ生きているモニター達が映す瑠璃色の妖しい光が渦巻く海上にそそり立った二枚の岩盤の狭間が白く染まり、指を咥えて見ている事しか出来なかった私の目の前でさらに信号途絶によって黒く染まる画面が増えていく。

 

 最も高度を高く保ち上空から海を見下ろしていた艦載機が風に弄ばれながら先ほど三隈が空母棲姫へと撃ち込んだ閃光弾よりも凶悪な熱を画面ごしにも感じさせる核の光を奇跡的にも観測する。

 

 そう、核の焔が産み落とされたはずの戦場の中で数機は生き残っているだけでなく撮影までも行うなど奇跡と言う他に言いようが無いじゃないかっ。

 仮に威力を最小限に調整されていたとしても猛烈に上空へ吹き上る爆風に晒されて灰も残さず焼き尽くされるか、運が良くとも巨人の拳が如き灼熱となった空気の濁流によって粉々に砕かれていなければおかしいと言うのに。

 

 核ミサイルの爆心地を目視できる位置でハワイ防衛艦隊にとって最前線の観測手となっているプロペラ機は片手で数えられる程度ではあるが生き残っていた。

 そして、朝日の欠片が地に堕ちたかと思う程の眩い光、それが白い手の間で球体に押し込められて徐々に白から黄、黄から橙と夕日に近い色へと変えていく。

 

 例え一瞬であっても人間ならば骨も残さず蒸発させられるだろう超高温の塊を鷲掴みにする美貌の巨人が吹き荒れる炎の光に眩く輝く白髪を激しくうねらせる。

 その端整な顔立ちに浮かべていた感情は怒りのみ、間違っても目の前の暴れる核反応に対する恐怖など欠片も無く白いロングヘアと黒い広襟をはためかせる空母棲姫はその光の塊を苦も無く両手で包み込み。

 

 空母棲姫の指の隙間から漏れる細い光の筋を最後にまるで小さな紙細工でも潰す様に容易く呆気なく数十メガトンの爆発力が押し潰されて消える。

 

「あれが、先輩さんの言った・・・姫級深海棲艦の能力っ」

 

 無数のケーブル類が繋がった身体を掻き抱いて身を震わせる鹿島の背に庇われたままその異常過ぎる光景を目撃する事になった私は生まれて初めて見る核爆発の強烈な光のせいかそれとも許容量を大きく超えた絶望感の為か視界が歪むぐらいの眩暈に襲われる。

 あまりに救いのない現実から目を背けたいと思いながら頭を振った私の視界にまだ生き残って果敢に戦場を飛ぶ戦闘機が送って来てくれている映像が目に入った。

 

 頭痛がする程の精神的な衝撃にグラつく頭と安定しない視界に映る空母棲姫の姿はその身に纏う黒色の衣服が破けて漂白したように真っ白な肌にわずかな傷は見えるがそれは核ミサイルが命中する前とほぼ同じ様子であり、核分裂によって放出された爆発を再度合成しなおして押し固めた残滓だろう黄緑色に光を反射する砕片が巨大な手の平から零れて宙に散る。

 

 万策尽きた、勝てるわけ無い。

 

 視界の端で蒼白な表情で膝をつき呆然自失となったジョンソン少尉や胸の前で震えながら手を組み神の慈悲を乞う軍人達の姿が今の私の心理を代弁する様で縋る物を失った身体が支えを失い倒れ始め。

 しかし、芯を失い傾いでいく身体とは裏腹に私が抱えていた艦娘への執着心は自分でも呆れるぐらいしつこかったらしく空母棲姫の掌の間から漏れた核の閃光によって焼かれてしまっただろう艦娘の姿を一目でも見なければと探し、私自身の浅はかな行動が引き起こした結果を見届けろと言う様に目を凝らさせる。

 

 罪悪感と絶望感が交じり合う視界は色褪せて感じる。

 

 全ての音が窓一枚隔てたかの様に遠く聞こえ、液晶の平面に描かれるとても同じ世界にあるとは思えない壮絶な光景の中で無数の大砲を空に向けた女神が如く美しい深海棲艦が紅いオーラを噴き出しながら無数の砲弾で空中に浮かんだ青白く光る六角形を撃つ。

 

「は、ぇ?」

 

 見間違いじゃないなら確かアレは三隈が撃ち出した砲弾がバリアに変形したモノだったはず。

 去年、佐世保で行われた公開演習の際に聞いた解説では重巡艦娘特有の能力で投射障壁だとか呼ばれている代物。

 

 それが疎らながら空母棲姫の周りを包囲する様に浮かぶ。

 

 ヒステリックに吠えて空気を歪ませる白髪の美女が次々と空中に浮かぶ六角形の板をプラズマ化した火球で叩き割り、怒りに染まった紅い瞳が神経質な視線を黒岩の狭間に走らせ親の仇でも見つけ出そうとでも言う様に何かを血眼で探す。

 

「まさか・・・まさか、まだ三隈は、田中艦隊は生きている、のか?」

 

 たまたまミサイルが着弾する前に撃ち出されたモノが今もモニターに映像を送っている無人飛行機と同じ様に壊れず残っていただけだろう、そもそもあの熱閃光の中に影も残さず消えていると考える方が当然だと言うに直感と言うよりも個人的な願望に近い思いが口を突いて出た。

 

 そうしている間にも横殴りの大雨の様に無数の火球が聳え立つ岩盤を穿ち、巻き起こされる破壊の嵐の中心で酷い癇癪を起した子供の様な様子で黒鉄の大顎に長いチューブで繋がる両手を四方八方に振り回す空母棲姫の指先に従って炎の剣だと錯覚する程の密度で連射される火球の弾幕が軽く500mはあるだろう厚みを持った二枚の黒岩盤を切り裂き。

 その重厚な岩肌は半ばから乱雑な横一文字に繋がった風穴を開けられ頂上から外側へとゆっくり倒れ始め、妙にスローに感じる山岳の崩落を思わせる崩壊の中に私はキラキラと瞬く輝きを見付ける。

 

 雨の様に降り注ぐ岩塊の向こう側、空洞があったらしい岩盤の内側から長く太い鋼色の砲身が突き出され。

 まるで自分自身の身体を大砲と一体化させる様に深く身を屈めて抱きしめる傷だらけの小豆色のセーラー服の背で煙突が排煙の様な光粒の煙を噴き。

 

 一つ一つが小さな家ぐらいある落石が巻き起こっていると言うのに自らの身体そのもので砲身を固定した三隈が数秒前まで分厚い岩の壁で遮られていた先にいる生物と言うにはあまりにも歪で巨大な敵を200cm砲に添えた片目で捉える。

 そして、原型が分からないぐらいに壊れた艤装を背負う三隈のまだ己の勝利を諦めていない瞳を遠くから見ただけで彼女と共にいる田中と言う指揮官と私の間にある格の違いを思い知らされた。

 

「ああ、そうか」

 

 やっぱり私は意気地無しの小市民でしかないんだなぁ、と口の中で呟けば何故か小気味良く感じる諦観が私を包んだ。

 

「せ、先輩さんっ、大丈夫ですか!?」

 

 それと同時、振り返った鹿島が倒れかけていた私に気付いたらしく、このまま床にひっくり返ってもそれはそれで身の丈にあった情けなさだと思いながらも少しだけ残っていたらしい恋人に対する見栄が差し伸べられた細い手へ縋るように掴む。

 

 そのシルクの手袋と指を絡め合った瞬間、ふっと勝手に抱え込んでいた精神的な重圧でモノクロになりかけていた私の視界が広がり、まるで直に触れているかのような実感と共に意識が岩山が倒れる轟音の中に送り込まれた。

 

 その落石の滝が頭上に迫る闇の中で私は彼女の左目に白い花弁が咲く瞬間を見上げ、傷だらけの指先が引き金を引いた音を間近で聞く。

 

 自分がその戦場から遥か遠くにいると頭では分かっていると言うのに。

 

 鹿島の手の柔らかと温かさがここに繋ぎ止めていると理解しながら私の意識は壮絶な戦いの結末を視界の端に揺らめく小さな影と共にまるで当事者の様に見届ける。

 




 
無駄だと嘆きながらでも良い、昨日よりも願う場所に向けて一歩でも進め。

命ある限り、その心に想いを抱えるならばそうするべきだ。

人とはそうあるべきなのだ。
 


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第百三十三話

 
想いが伝わる事を願って心を込めて言葉にしよう。

諦めずに声を上げればきっと誰かには届くはずだから。
 


 ぼんやりと寝ぼけている様な感覚に付き纏われながら素足で不思議な景色の中を歩く。

 

 瞼を閉じている感覚と重なっているのに見る事が出来る目に映るのは白と黒の濃淡だけで造られたモノクロの風景。

 

 見た事が無いはずなのに、どこか胸の奥で懐かしさが疼く茅葺の屋根や田畑が見渡せる畦道はきっと今の日本から失われた古い景色。

 

 白黒写真の中に迷い込んだって言えば良いのか、まるで過去に存在した景色を見た目だけを整えた様な景色の中でただ漠然と一本道を歩き続けていた。

 

 いくら歩いても風を感じない、空気の流れが停滞しているのかな?

 いや・・・、もしかして空気そのものがない?

 

 そんな馬鹿な事と思いつつも水の中の様に浮きそうになる軽い身体や触れる全てが熱くも無く冷たくも無い不自然さは僕の荒唐無稽な考えを補強してくようで。

 田んぼと道を隔てる様に両端に雑草が茂っているけれど何気なく覗き込んだタンポポの花びらやなんとなく爪先で転がしてみた道端の小石も半透明なガラスの様なもので造られていた。

 

 そう言えば、なんでこんな所に居るんだろう?

 僕はあれからどうなったんだっけ?

 

 確かあの深く昏い海底へと続く瑠璃色の大穴から飛び出して【はつゆき】まで戻れたところまでは覚えている。

 

 でもそのすぐ後にひどく胸が、肺が痛くなって自分でもびっくりするぐらいたくさん血を吐いて。

 そうだ、提督をすごく怖がらせて。

 いや違う、あれは僕への罪悪感だ。

 すぐに服を汚してしまってゴメンって言ったんだけどちゃんと聞こえたのかな?

 提督は真っ青な顔で僕を抱いて船の中を走ってたっけ。

 だとしたらここは治療槽の中って事?

 それともその中で僕が見ている夢?

 

 そこまで考えて、あの瑠璃色の限定海域の中心で白く長い髪をうねらせていた姫級深海棲艦が放っていた睨まれただけで窒息しそうな程の敵意を思い出す。

 

 一刻を争う状況で呑気に寝てる場合なんかじゃない、そう自分に言い聞かせる様に呟こうと唇を動かしても吐息一つ零せない。

 

 しかも畳み掛けるような自問自答は止まらず、おまけにぼんやりと微睡むような感覚のせいで空回りさせられている考えが一向に纏まらない。

 

 そんな僕の意識とは関係なく身体だけは勝手に霞むほど遠くまで延びる一本道を歩き続けていた。

 

 そして、どれくらい歩いたのか畦道が不意に途切れ、目の前に現れたのは半透明な木が並ぶ雑木林に囲まれた身が引き締まるかと思うほど涼やかで綺麗な泉だった。

 触れないとそこに水面が有ると分からないんじゃないかってくらい透明で澄み切った水がついさっき僕が歩いてきた畦道や田んぼの方へと煌めく小川となって流れている。

 

 水音は聞こえない、白黒と濃淡だけで色分けされた景色。

 

 だけど、その泉の底から涌く清水は穢れ一つ感じず目が離せなくなるぐらい綺麗で仕方なくて、今まで経験が無いぐらいの清らかさを感じる光景に見惚れていた僕は気が付けば泉の辺に跪いて両手で(生命)を掬っていた。

 

 僕が手のひらで掬い上げた水は心地よい冷たさと同時にどこか懐かしく感じる温かさを肌に伝わせ。

 

 喉は乾いていないのに、夢の中だと自覚できているはずなのに。

 

 目の前の泉が湛える純粋な湧き水(生命)の魅力に抗えず喉を鳴らした僕は両手へと口を近付け。

 

 どうしようもない飢えにも似た欲求が指の間から零れる雫すら勿体なくて全部残らず飲んでしまいたいと求める。

 

 でも、口が水に触れる寸前、横から延びてきた手に腕を掴まれてた僕は手の平で汲んだ水を零して落とし、足元で水飛沫が散った。

 

“提督を助けたいのなら選ぶべきはそれじゃない”

 

 そして、背中の方から聞こえた女の子の声にハッとした僕はすぐに振り返ろうとするけれど、なのに僕の身体はちっとも言う事を聞いてくれず、泉の辺にしゃがみ込んだまま右手を掴んでいる誰かの腕を見つめる事しか出来ない。

 

“落ち着いて、心で感じ取って”

 

 けれどその不自由さは歯痒くはあるけれど何故か嫌では無くて、心が自然に凪いでいくと同時に夢心地で曖昧になっていた感覚が僕の身体のさらに外側へと広がっていく。

 

“何が必要なのかは自分自身で考えなきゃ、姿も見せない誰か(妖精)の言う通りになんて以ての外だよ”

 

 後ろから聞こえてくる声は僕の声とそっくりで、見える片手は濡れた僕の手とシワの一つ一つまで同じで、目を瞑ってしまえば空気の様に輪郭を失ってしまうんじゃないかってぐらい僕と重なり合った存在へと「あぁ」と小さく返事とも感嘆ともつかない声を漏らす。

 

“それに、・・・幸せになる為の一番大事な願いは自分で探すしかないんだから”

 

 人間になった艦娘(新しい生き方を知った戦友)から教えてもらった大切な言葉を思い返して夢の中で閉じた目蓋の裏に遠く遠く、遥か遠くの戦場で自責の念を抱えて苦しそうに歯を食いしばり続けている提督の想いが見えた。

 とっても感覚的でイメージが纏まらず言葉にすら出来ない、でも僕が何をするべきか、僕に何ができるのか、それが心で分かった気がする。

 

“さぁ、ぐずぐずしている暇はないよっ!”

 

 不思議と落ち着くその声と共に見えない力でトンッと背中を押されて足元から地面が無くなり、僕の身体は軽々と泉を飛び越える。

 

 まるで空へと落ちていく様に僕の身体は高く高く舞い上がり、ふと目を開けて見下ろせばそこは水晶で出来た大きな大きな樹の幹が聳え、上を見上げれば青空だと勘違いしてしまうぐらい広い水晶の枝と葉が僕の眼をいっぱいにした。

 

「・・・僕の提督は生きるのが下手で、いつも悩んでばかりで、どんな困難にも挫ける事が出来ない(・・・・)人だからっ!」

 

 そして、心が正しいと感じる方法に従って僕は大切なあの人の事を想う。

 

“だからこそ放って置けない、だよね?”

 

 提督や艦隊のみんなと一緒に鎮守府へ帰る為の力を求め、強く強く願いを込めて手を伸ばす。

 

「うんっ!」

 

 僕の心に寄り添う霊核(魂達)が導いてくれる感覚に願いを重ねて、指先を真っ直ぐに伸ばし、無数の葉っぱの中からキラキラと光粒を纏い舞い降りてきた一枚の水晶板を掴み取る。

 それは触れた瞬間に砕け、青白い光の線で描かれた幾何学模様を広げ、僕の身体を包む様に広がった光の点と線と無数の文字列で出来た卵の殻の中で視界が白く染まっていく。

 

“僕は君で、君は僕だった、そして、・・・どうか時雨()の悔いを晴らしてくれた時雨()の願いが叶いますように”

 

 そう言って、身体の中に入ってくる光粒(能力)と入れ違いに僕の胸元から溢れた懐かしい想いは水晶の大樹へと還っていった。

 

・・・

 

 花火の様に華々しく弾けた煌めきが生命の樹の下でキラキラと残滓を散らし、空中に浮かび徐々に消えていく花菱の紋様から光の粒がパラパラと雨の様に水晶の幹に造られた農村へと降り注ぐ。

 そんな光粒の時雨の中、模造品の茅葺屋根の上へとひょこりと小さな人影が頭を覗かせ大樹から力を得て自分が居るべき場所へと還っていった駆逐艦娘の足跡とも言える白く輝く花びらへと苦笑を浮かべる。

 

“まったく”

“どちらの()達も好き勝手に毟り取って行ってくれる”

 

 すると少し不機嫌そうな思惟の揺れを感じ、茅葺屋根の上にちょこんと座ったベージュ色のセーラー服は家の下、いつの間にか田んぼと畦道の境の段差に腰かけていた金槌を携える緑色のツナギ姿を見下ろす。

 

“その為にあるのだから” 

“だが”

“技術も道具も使われぬなら存在意義など無いさ”

“流石に泉へ飛び込む子が現れるとは思ってもみなかったがね”

“育てた直後に千切られれば愚痴も漏れる”

“飲み干されるよりはマシ” “さっきの三隈みたいに”

“なに、想定外は良くある事さ”

“もう幾つか泉を増やしておくべきか?” “無い袖は振れないだろうに”

“私が急いても樹の成長が早まるわけでもないしな”

“あの()達だけでなく”

“今は潤沢に水晶があるとは言えない”

“鎮守府の―――君達も苗にする枝を幾つか持って行ったからな”

“支払った分の成果は上げて欲しいものだ”

“豪州に植えられたらしい若木との接続(連絡)はまだ安定しないか”

 

 この領域に迷い込んだ少女から隠れていたのかひょこっひょこっと水晶で造られた村のあちこちから小人が現れては少し騒がしく感じるぐらいの会話(自問自答)を始め。

 そんな同輩(自分)達がちょこまかと動き出して故郷(ジオラマ)造りや大樹の世話に戻っていく様子を小気味良さそうに眺めていた水兵服の傍らへと何もない空間から染み出す様に四足歩行の獣が現れる。

 

“求められれば与えよう”  “しかし”

“いつだって願いを叶えられるかどうかは”

“君達次第だ”

 

 そう思惟()を揺らしてから屋根の上の妖精はひょいと自分の隣に丸まった猫の様な何かの後ろ首を掴んで自らの小さな膝の上に乗せ、もう跡形も無く消えた光粒の雨と白い花を名残惜しむ様に巨大な水晶樹の煌めく枝葉に覆われた空を見上げた。

 

・・・・

 

 非常電灯だけが灯る室内で不意に排水が行われる水音とビープ音が鳴り、それが止まれば今度はモーターの駆動音と共に水滴を滴らせて壁際で斜めに傾けられる形で設置されていた円筒の装置がその蓋を開く。

 その円筒の縁へと濡れた手がかけられ治療用の薬液を滴らせながら身体を起こした少女がうっすらと開いた碧い瞳で周囲を見回す。

 

「みんなは・・・空気がピリピリしてる、もう始まってるんだね」

 

 鋭敏化した第六感的な感覚で艦娘部隊の待機所の外から聞こえてくる戦闘の空気を感じ取った時雨は若干ふらついた足取りでぺたりと湿っぽい足音を立ててクレイドルの中から出る。

 クレイドルに押し込められる前とは打って変わって身体のどこにも痛みは無い健康体になったが寝起きな上に髪が煩わしい程顔に張り付くずぶ濡れの時雨の姿は足元もおぼつかない様だった。

 

「はー・・・っ!!」

 

 だが、深く息を吐く音とバチンッと両頬を手で打つ音を切っ掛けに水滴が床に舞い散り、垂れ下がっていた前髪を掻き上げた時雨の瞳に宿っていた意識がぼんやりとしたモノからくっきりと自らの輪郭を取り戻す。

 

「時雨、行くよっ!」

 

 力強く開いた宝石の様に輝く碧い瞳の左側、そこに刻まれた菱形の花びらが彼女自身の意気に呼応して青白い光を瞬かせた。

 

・ -・-・

 

 死を予感させる閃光と衝撃から岩盤に穿たれた闇深い洞窟に飛び込んで九死に一生を得た、かと思えば鉄鉱混じりの黒岩すらも焼き融かす光線が這う様に足下まで迫り。

 ギザギザとしたイバラや岩が突き出る地面に構う余裕も無く慌てて後退りしようとしたら両手と両足の主砲が火を吹き、散弾となった障壁が近距離で拡散し周囲の岩壁を打ち砕きながら岩盤の外に向かって扇状に飛び散っていく。

 岩を砕きながら無数のバリアを展開する散弾に目を丸くするしか出来きず、目の前に砕かれた大岩が雪崩を起こしたように降り注ぎ、ひどく大雑把で下品極まりない爆発が齎した熱光線が爪先を掠る寸前に土砂崩れによって防がれる。

 

 人体を瞬きする間も許さず蒸発させ頑強な建物をも焼き融かすと言う正直なところ眉唾に感じていた兵器が放った実際の威力は想像よりも幾分か大人しいモノだったらしい。

 

 ともかく命があるのだから万々歳、そして、あまりにも早くそれでいて正確無比な対処に流石は私の提督だと黄色い声を上げれば直後に艦橋に座る想い人から信じがたい命令を命じられ顔を引き吊らせる事になった。

 

 その命令に表面上は平静を装いつつ自分の背後、僅か十数mに口を開いていた無数のイバラが絡み合って出来た狭く細長い縦穴を見下ろす。

 

 敵の首魁へと忍び寄る際に潜水艦娘の艦橋から見た浮島の水面下は黒鉄の森と言っても過言では無い棘枝の密集域だったが、その枝と枝の隙間は身を捩りながらとは言え十数mの潜水艦娘が十分に泳ぐ事が出来るスペースがあった事も知っている。

 

 だけどそれは水が満ちていてなおかつ無呼吸で長時間潜水出来る艦種だからこそ出来る芸当であって、どこからともなく吹き込んでくる突風が無数のイバラのツタや枝の間を走り抜け獣の遠吠えにも似た音を響かせる底の見えない穴へと身一つで飛び降りろと言われればまともな艦娘なら白目を剥いて怖気づくだろう。

 

 とは言えどうやら自分はそのまともな艦娘ではなかったらしく、肩を竦めつつ自分自身でも度し難いと思う惚れた弱みに呆れの溜め息一つ吐いてから残り少ない霊力を使って障壁装甲を体中に張り巡らせて縦穴の中へと飛び込んだ。

 

 艤装と障壁の強度で無理矢理に岩を砕きながら鋸が生え揃う危険地帯を滑り落ちれば掠った棘で服が千切れ、ぶつかった岩に艤装が砕け、肉が抉れ血が飛び散り、自らの身体が文字通りすり下ろされていく痛みは筆舌に尽くし難く。

 けれど、頭では自分がどうしようもない程の愚行をやっている分かっているのに彼の命令(願い)遂行する(叶える)事が出来ると言う充実感が妙に愉快で仕方ない。

 無数のイバラや枝に身体ごとぶつかり叩き折る事で減速しながら縦穴を落ちる最中、空中で変形を終了した己が最大の武器を抱き抱え暗闇に包まれた視界に光る点に向かって視線を固定する。

 

 それは胸の中の提督が指し示す攻撃目標。

 

 分厚い岩盤の向こう側を透視しているとでも言う様に正確無比に空母棲姫を見据える指揮官の寒気がする程の冴えた空間把握能力に感嘆の声を漏らし、穴の底まで転げ落ちて確認して見ればまともに動くのは主砲と左手の指一本だけ。

 

 それでも、その程度の痛みでこの身体を突き動かす意思を挫くには足らず。

 

 提督の勝利の為ならば自分の全てを捧げても惜しくは無い。

 全身全霊を懸けてでも成し遂げて見せねば最上型(乙女)の名折れと言うもの。

 

 そう、これ以上無いぐらい強く叫んだ心に何処からか濁流の様に瑞々しい霊力が身体へ流れ込んできた。

 

 神経が焼き切れそうだと思うぐらい無限に湧いてくる霊力に溺れ、それを残らず全て飲み込み一発の砲弾へと圧縮し、外側からの破壊によって取り払われた黒岩の帳の向こうで提督の指示と寸分違わず重なった敵影に砲口を向ける。

 

 そして、紅い炎を纏った憎悪を前に不思議と口元が吊り上がり、赤い血にまみれた指先で必殺の意志を込めた引き金を引いた。

 

--- --

 

(・・・乙女の見る走馬灯、と言うに少々趣がありませんわね)

 

 抉れる様に砕けた分厚い岩に背中を預けて自嘲する様に笑った三隈の口からゴポッと一塊になった鮮血が溢れ、服を引き裂かれ傷だらけになった胸元に落ちた赤色がその胴体を貫いている捩れた槍の様な黒鉄の枝を濡らして光粒へと解けていく。

 

(まぁ、たった一人でいる彼女が見ているものよりは、マシでしょうけれど)

 

 急激な失血で霞始めた瞳を何とか動かした三隈は自分が座る岩盤と泣き別れになったもう一方の岩壁へと顔を向け、その袂にまるで磔にされたかの様に巨大な半身をめり込ませた姫級深海棲艦の姿を視界に映す。

 

『三隈、旗艦変更! 直ぐに手当てするっ、意識を失うな!!』

 

 悲鳴のような田中のその声に、勝利の余韻に浸る暇も無いですのね、と軽口の一つでも叩ければ提督を少しは安心させてあげられただろうかなんて考えながら瀕死の三隈は自分と同じ様に口から血反吐を吐きながら岩に爪を立てて藻掻く上半身だけ(・・・・・)になった空母棲姫をぼんやりと見つめる。

 本来は水平線の向こうに居る敵艦を撃ち抜く為に存在すると言っても過言では無い重巡艦娘の200cm大口径をたった数百mと言う至近距離で直撃させられた深海棲艦は身体の下半分とその本体にも勝る重厚で巨大な艤装を消し飛ばされた。

 

 だが、その代償として三隈にとって最後の武装だった長距離砲とそれを支えていた両腕は弾け飛んで血飛沫と鉄屑に変わり、ただでさえ強烈な反動が襲い掛かる必殺の一撃(Critical Hit)は霊力の過剰圧縮によって数倍の衝撃となって重巡艦娘の身体を襲って小石の様に弾き飛ばし。

 子供が戯れに壁へ投げつけた人形の様に黒鉄のイバラが密集する岩盤の基部へと叩き付けられた三隈の背面艤装はガラス細工の様に砕け散り、緩衝材にもならない鋼の悲鳴と共に彼女の身体を数本の歪な槍が貫いた。

 

 両腕は無くなり両足も歪に捩れイバラの槍に貫かれた身では僅かな身動ぎをする余力も無く血で詰まった喉から声も出せず。

 

 無数の警告表示で真っ赤に染まっていた三隈の視界から次第に色がなくなっていく。

 

(でも三隈、勝ちましたわ・・・提督、ほめ、て・・・いただけ・・・)

 

 そして、大破した艦娘の身体が戦塵の舞う岩地に十字架の様な破壊痕を残してキラキラと輝く光粒に解けて消え。

 直後、儚く消えようとしていた輝きを上書きする様に金色の葉と錨で飾られた茅輪が空中に建造され、直径十数mの円の内に鈍く銀色に光る文字列が重々しい金属音と共に記される。

 

《駆逐艦叢雲、出撃! さぁ、さっさとトドメを刺して凱旋するわよ!》

 

 少し白いワンピースの裾に焦げや破れが見えるものの数秒前に惨殺された死体にしか見えない姿を晒していた三隈と比べればその細身が背負う装備は万全であり、勝利の興奮が多分に含まれた高飛車な駆逐艦の声が動力機関の始動を知らせる汽笛が響き。

 足首から前方に向かって鋭角なラダーが突き出している鉄靴が支えを完全に失い海中へと沈んでいく岩地を蹴って妖しげな光が消えていく瑠璃色の海に水飛沫を上げながら着水した叢雲は12.5cm連装砲を構えて腰まで届く銀髪をひるがえした。

 

・ -・・・

 

 艦橋を包んでいた旗艦変更の輝きが収まったと同時に現れた三隈の身体は力なく床に倒れ込み、べしゃりと重い水音と血の飛沫が灰色の床を赤く汚す。

 

「叢雲! 兵装の使用は自由! 戦闘補助は島風に任せる!!」

「うんっ、任せて提督!」

《了解よ!!》

 

 指揮席から飛び出してすぐさま抱き起したが全く動かない血まみれの身体は妙に重く、まだ生温かくはあるが触れた首筋には脈が無く、口元に触っても手に感じるのは血のヌメリだけで呼吸も無い。

 つぶらな瞳が半開きで硬直した様子はガラス玉の様な無機質を感じさせ、目の前に無造作に現れた死に身体が恐怖で硬直しかけた僕は突然に鼻っ面へと飛び付いてきた猫の様な何かによって我を取り戻す。

 目を擦るように顔に張り付いた妖精のお供を剥ぎ取れば薄膜を重ねられた様な感覚が目元に感じ、戦闘形態解除で補填しきれなかった三隈の負傷部が文字通り透けて見えた。

 

「まだだっ!」

 

 幸いな事に心臓付近の肋骨と内蔵は無事、血流と脳波は彼女の体内で流動する霊力によって、いや、霊核に宿る魂達のおかげで三隈の生命はまだ守られている。

 そうと分かれば手早く床に三隈を寝かせて教本と訓練の内容を頭の中から引っ張り出して両手を三隈の胸の上に押し付け、自衛隊員として嫌ってぐらいに覚え込んだ救命処置を始め、テンポと回数を数えて心臓マッサージを行い。

 

「こんなの絶対に僕は認めないからな!」

 

 次にどこか満足げで安らかな顔の上へと覆いかぶさり、口の中に広がる血の味を無理やり呼気で押し出して強引に膨らませた彼女の肺の動きを確認する。

 

「戻ってこい! 三隈ぁっ!!」

 

 自分でも乱暴だと感じる怒声を命の火を消しかけている少女にぶつけながら人工呼吸と心臓マッサージを交互に繰り返し、何度目かの息を彼女の肺へと吹き込んで口を離した時、低いげっぷの様な音が三隈の口から粘度の高い血の塊と一緒に吐き出され。

 動きを止めていた心臓の鼓動を重ねた掌で感じ、硬直していた瞳孔が収縮して瞬きを繰り返し、そして、三隈はわずかに身体を痙攣させながらも呼吸と意識を取り戻してから少し驚いた様な表情でこちらを見上げた。

 

「てぇ・・とく・・・?」

「はぁ、はぁ・・・今日は心臓に悪い事ばかりだ、大丈夫か?」

「らい丈夫じゃ、ありません」

 

 どこか呂律が回っていない感じはするがしっかりと意識をもって返事をした三隈の様子に胸を撫で下ろし、横目に見えた猫を両手で抱えている小人の太々しい笑みへと不承不承だが心の中で感謝する。

 

「キスするなら、先に言ってください、よぉ」

 

 かと思っていたら、乙女には心の準備がいるんですから、と顔だけでなく体中隈無くを血塗れにしているスプラッターな姿のお嬢さんはこんな時でもどこかズレた発言をしてくれた。

 

「さっきはそんな余裕無かったんだ」

「なら、もう一回お願いします、寝ていたせいで覚えてないなんて勿体無い、ですもの」

は、ははっ今はそんな場合じゃないんだよ」

 

 手を止める事無く僕が応急処置をしている間もなにやら澄ました感じで唇を上向かせて強請ってくる三隈のマイペースっぷりには呆れを通り越して感心していまう。

 

「なら、三隈は頑張ったんですからせめて・・・一つだけでも」

「いや、だから、今は我儘を聞いてあげている暇が、あとでいくらでも・・・」

「くまりんこの前では「俺」じゃなくて「僕」でお願いします」

 

 叢雲の戦闘によって揺れる艦橋で応急処置を終え、三隈の身体を床に固定して立ち上ろうとした僕は自分を見上げて微笑む少女の言葉に呆気にとられた。

 

「・・・確約はしかねる、()には君達の指揮官としての立場がある」

「もぉ、つれない人」

 

 そっちの方が可愛いのに、と重傷(大破)による激痛もものともせずクスクスと微笑む三隈の言葉に妙なバツの悪さを感じて頬を掻いてからコンソールを跨いで指揮席へと戻る。

 自分の一人称を気にしている余裕すら無かった事に気付かされ、もしかしてここまでの戦闘中にも「僕」なんて女々しいセリフを口走って無かっただろうか、なんて今の状況にそぐわない些細な悩みに()は溜め息を吐いた。

 

・- -・-・

 

《このっ、抵抗してんじゃないわよ!》

 

 暴力的な向かい風に吹き飛ばされかけたモノのすぐにバランスを取り戻して12.5cm連装砲を構え直した叢雲が砲声を連続させ、大波を立てながら沈んでいく大岩に磔にされた姫級空母の重油の様に黒く粘つく血を垂れ流す腰から下が無くなった身体へと曳光弾の様に輝く砲弾が命中する。

 だが、その瀕死の深海棲艦を襲った爆発はわずかに新しい傷を作る程度であり、艤装を含めた身体の大半を失ったとは言え叢雲と比べ空母棲姫の体格と装甲は現時点でも圧倒的に艦娘を上回っていた。

 

《ちぃっ、死にぞこないのクセに!》

 

 付け加えるならば今も憎悪の顔で己の天敵を睨む空母棲姫は身に着けていた艤装こそ失ったが上空には偵察と対空迎撃の為に放っていた艦載機群が存在し、また彼女が持つ固有能力(気圧操作)による暴風も駆逐艦娘を弾き飛ばそうと波を抉る。

 半円の線を描く様に敵艦へと接近を試みる叢雲の背部艤装で対空機銃が頭上から襲い掛かろうとしている紅い炎を噴く球体戦闘機を迎撃し、夜明け前の海上で激しく炎が踊り狂う。

 

 しかし、この戦いの勝敗に関して言えばもう結果(敗者)は決定していると言っても過言では無く。

 

 腰から下が無くなった胴体から黒い重油の様な血を垂れ流す空母棲姫は見るからに衰弱し、叢雲の機銃に撃墜されたわけでもないのに勝手に海に墜落する球体がいくつも水柱を上げ。

 

《こっちにはまだやる事が山ほどあるんだからっ!》

 

 遂には腕を持ち上げる事も出来なくなった姫級の瞳に宿す紅い炎が風の前に揺れる蝋燭の火の様に弱弱しくなり、それに伴って荒ぶる神が如き力を誇っていた風は見る影も無くたった15m程の艦娘をよろめかせるだけの威力にまで成り下がる。

 

《これ以上、アンタなんかに使ってやる時間なんかないのよ!!》

 

 誰が見てもどれだけ空母棲姫が抵抗して長引かせようと決着は時間の問題、しかし、双方に戦いを止めて退くなどと言う選択肢は最早無く。

 昏い霊力による発光が無くなった夜の海上で響いた魚雷の爆発が空母棲姫の身体を巻き込んでその巨体を支えていた大岩を粉砕し、1cm先も見えない深海の色へと転げ落ちた白い美貌が浮力を発生させる事も出来ずに押し寄せる荒波に溺れて藻掻く。

 

 そして、呆気ない程簡単に首から下が海中に沈んだ空母棲姫は最後の足掻きとでも言うのか誰かに助けを求める様に低く響く遠吠え(汽笛)を鳴らし遠く白み始めた東の空へと手を伸ばし宙を掻く。

 

《島風、魚雷再装填! 仕留めるわよ!!》

 

 だが決死の戦いを乗り越えてきた艦娘にとって瀕死の敵艦へ情けをかける理由など一欠片たりとも無く。

 

 己の指揮官が示した作戦を全うする為に全力を持って叢雲はトドメの一撃を艦橋へ要求して艤装内で霊力が魚雷へと生成される昂りを背にして叢雲はより確実に敵へと最後の一撃を命中させられる位置へと向かって波を蹴る。

 

《なっ、んだってのよ!?》

 

 しかし、邪魔する向かい風も大津波も無くなった海上を乾坤一擲とばかりの勢いで加速した叢雲の身体がタタラを踏んだ様に突然つんのめり、前触れなく現れた海水にあるまじき靴底(船底)がぬかるむ感覚に怖気を感じた駆逐艦娘は反射的に身体を真横へと横滑りさせた。

 戸惑う声を上げた叢雲の視線の先で薄く差す朝日によって妖しい光に満ちていた瑠璃色の海が駆逐される様に消えていく様子と同時にそのさらに下からヌメる様な光沢を持った玉虫色のタールに見える何かが盛り上がってくる光景が広がる。

 

 激しく危険信号を発する生存本能が体中に鳥肌を立て一瞬で白銀のロングヘアを威嚇する猫の様に膨らませた叢雲の耳に指揮席に戻った司令官の叫ぶような針路変更が響く。

 海面を踵で鋭く抉る様に切り裂いて肩が海面を掠る程のUターンが巨大な岩盤が沈んだ限定海域の中心に描かれ、自らの勘と田中の命令に従った叢雲は周囲に渦を巻いて沈没していく空母棲姫に背を向けてスクリューを全力回転させる。

 

《嘘でしょ・・・》

 

 見る間に足元の瑠璃色が玉虫色の光沢を持ったタールの様な油膜に塗り替えられ、全速力でその場から離れてようとしている叢雲の足に絡み付く泥濘(ぬかるみ)が意志を持った生物の様に蠢き徐々に大きな渦潮へと姿を変えていく。

 

 そして、自分の背後を振り返った駆逐艦娘は引き攣った顔に冷や汗を滲ませる。

 

 そこには藻掻きながら為す術も無く海中に沈んでいった筈の白い美貌が再び現れて水飛沫を散らし、ぐったりとして白髪を海面に垂らす半身を失った空母棲姫の身体を一本一本がビルの様に太く大きい剛腕が海を割って高く掲げ。

 瞬く間に重油を腐らせた様な色に染まった海に全てを奈落の底へと引きずり込む様な深海への大穴が口を開き、400knotに達する推進力を振り絞っている筈の特型駆逐艦娘の身体が徐々に背後の渦の縁へと引き寄せられていく。

 

 信じられないモノを見る様な顔で後ろを振り返った叢雲の眼に映るのは空母棲姫を軽々と持ち上げる小さな巡洋艦はあるだろう鉛色の剛腕と燃える吐息を漏らす鉄鋼の頭、さらには誇張抜きで山の様なと表現するしかない筋骨隆々の体躯の上に天を突くが如くそそり立つ黒鉄の巨大連装砲。

 その莫大な体積と質量を有する艤装の中心にその身を埋めるのは稀代の名工が造り上げたと言われたならば信じてしまいそうな肉体美を誇る戦艦たる姫級深海棲艦が船首像を思わせる姿勢で堂々と豊かな胸を奮わせる。

 

 そして、既に意識の有無すら定かではない白き同胞を持ち上げる自らの片手を一瞥した黒髪の女神像は濡れた肢体から雨の様に海水を降らしながら紅い炎が宿る切れ長の目で自分達に背を向け逃げようとしている叢雲を見下ろし。

 鋭い乱杭歯が並ぶ鋼鉄の大顎が悲鳴の様な軋みを鳴らしながら限界まで開き、その口内で火花が散ったのを合図に炎の吐息が溢れ出して頑強なる艦首が激しく燃え盛る火球と化す。

 

 さらに、その両肩に装備された黒鉄の三連装砲が自分から逃げようとしている艦娘へと砲口を向ける。

 

 直後、放たれたそれは叫びと言うにはあまりにも大きく激しく。

 

 まるで怒りと言う概念が目に見える形を持ったかのような暴力の鉄槌が夜明けの海を消し飛ばした。

 




 
届くかな?

トドイタヨ。
 


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第百三十四話

 
命短し恋せよ乙女!

自由意志による競争を勝ち抜くのだ!


 


《谷風出撃ぃっ! おとっとぉ、ぃっ、よいっしょぉー!》

 

 重量物が軋む鈍い金属音と叩き付けるような突風が唸る鼠色の甲板を照らす光の中から飛び出した駆逐艦娘が艤装が吹き上げる汽笛の音と共に威勢の良い声を上げたかと思えば反転し、押し寄せる高波に傾きかけた海上自衛隊所属護衛艦【はつゆき】の片舷を掴まえて自身の身体をバラスト代わりに安定を取り戻させた。

 

「良く戦った! 田中司令には及ばぬまでも貴官の戦いもまた軍人の名に恥じぬものであった!」

 

 その谷風が大部分の揺れを押さえ込んだ護衛艦の上で彼女の姉妹艦である磯風が焦げや生傷が見える顔に敬意を込め、常に揺れ動く不安定な足場にも動じず自分の目の前の座り込んでいる自衛官へと敬礼する。

 

「次の士官はどこか!」

 

 四方八方から吹き付ける海水の飛沫の中で磯風に相対している海自士官もまた消耗しきった青い顔ではあったが返礼を返し、【はつゆき】の甲板員の肩を借り支えられて艦内へと戻っていく彼の姿を見送ってから駆逐艦娘は暴雨に晒されても軽やかな身のこなしで振り返り。

 

「司令が戻るまで我々はこのはつゆきを守らねばならんのだ!」

 

 再出撃に必要な人材を呼び付ける様に良く通る声を上げる。

 

「こっちです! ですが、出撃用エレベーターが破損しました! 側舷からの出撃になります!!」

 

 一歩足を滑らせれば突風に押し飛ばされて艦の外へと投げ出されても不思議ではない悪環境の中でオレンジの救命胴衣を身に着けた自衛隊員が痛々しく捩れて軋む音を立てている護衛艦(はつゆき)の後部デッキに増設された昇降機(エレベーター)の前で側舷の縁に抱き着き身体を支え手を振り、突風の唸りに声を掻き消されそうになりながら磯風へと「ここにいる」と示す。

 

「ほぉ・・・」

 

 腰まで届く黒髪が真横にたなびく程の激しい風と揺れが襲う甲板で若干身体を傾げながら足を踏ん張りつつも足早に自分を待っていた士官の前まで辿り着いた磯風は自分と同じ様に沖からの暴風と水飛沫に襲われながらもしっかりと両足で踏ん張っている士官の姿に小さく感心した様な呟きを漏らす。

 

「なんですっ?」

「いや、何でもない、一航戦の護衛はもとより防衛線を支えている五月雨と雪風とも合流を急がねばならんし、寄せてくるはぐれ艦共も待ってくれんぞ・・・中尉!」

「いえっ私は二尉でっ、ってその傷、治療しなくていいんですか!?」

「怪我の一つ二つでこの磯風が深海の雑兵ごときを恐れるものか、だが貴官が臆病風に吹かれたと言うなら代わりの士官を待っても構わんぞ?」

 

 その姿と声が女性のものであると手が届く距離まで近づいてから気付いた磯風が自分を心配してくれる女性士官に対して鷹揚かつ挑発的なセリフを吐く。

 ずぶ濡れの二等海尉は少しだけムッと顔を顰めたがそのすぐ後に駆逐艦娘が浮かべる自信に満ちた快活な笑みに一拍目を瞬かせてから負けじと気を引き締めた軍人の表情を返す。

 

「出撃! お願いしますっ!」

「あぁ、共に征こ、ぅおっ!?」

 

 共に出撃するはずだった指揮官代理である女性隊員の出撃を告げる声を聞きながら差し伸べられた手を握ろうとしていた指先が横からの力で押し退けられてタタラを踏んだ磯風はいきなり横入りしてきた相手へと険しく顰めた顔を向け。

 

「ゴメンね、磯風」

「なっ、いきなり誰だ!! ぬぁっ!?

 

 直後に自分の目の前で発生した艦娘の出撃を意味する金色の輝きに目を眩ませて足を滑らせた磯風は護衛艦の甲板に尻餅を着きながら宙に浮かぶ巨大な金の輪に鈍い銀色の文字が記されていく光景にその赤瞳を瞬かせた。

 

・・・

 

『これはっ、一体どう言う事なんですか!?』

《ゴメン、今は説明している暇が無いんだ、急がないと間に合わなくなってしまうからっ!》

 

 予定と違う艦娘の指揮席に座らされる事になった若い女性士官の問いに答える事無く金の枝葉を茂らせる茅の輪を踏み越えた駆逐艦娘、時雨は青い瞳の左側にうっすらと白い花弁を浮かべて遠く東の海から迫りくる瑠璃色の侵食とそれを堰き止める淡い光の壁へと身体を向ける。

 

「時雨貴様!? 事と次第によってはただでは済まさんぞ!!」

《まだクレイドルの中の筈だったろ!? なんだってそんな恰好でこんな所に出てきてんだい!》

 

 甲板で地団太を踏みながら怒声を上げる磯風だけでなく船底をひっくり返しかねない荒波から通常艦艇である護衛艦を守る為にその鼠色の装甲に細身の体を押し付けている谷風が突然海上に現れ時雨の背中に声をかけるが当の本人は遠く曇天渦巻く限定海域を見据え。

 余程急いで支度したのか所々に肌色が見える着崩れた黒地のセーラー服、その襟では結ばれていない赤いスカーフと烏羽色の髪が風に弄ばれて踊る。

 だが治療槽(クレイドル)から出てきてまだ十分も経っていない病み上がりの艦娘は自らの艦橋や周囲から向けられる幾つもの声や視線を敢えて意識的に遠ざける。

 

 そして、祈る様に胸の前で手を組んだ時雨の青い瞳の中に描かれた花菱の紋様が徐々に青白い光を帯びていく。

 

《ってぃ、出て来た途端に神頼み・・・ぇっ!? 海が・・・!》

 

 沖に見える限定海域からやってきて【はつゆき】を含めたハワイ諸島防衛艦隊が機械的に造り出した霊力障壁によって堰き止められていた津波の様なうねりを無数に蠢かせていた昏い瑠璃色に染まった人外の領域が急激に遥か遠くの水平線に向かって後退を始め。

 東の空を覆い尽くしていた暗闇の曇天が光の筋に切り裂かれる様に解け始め、姫級深海棲艦が発していた霊力によって蒼い宝石の色に変えられていた海水が差し込んできた朝日によって見る間に駆逐されていく。

 

『限定海域が・・・消えていく、・・・がっ!? やっ・・やった・・・わ!!』

 

 その光景に驚きながらも喜びに震える幾つもの声が高濃度マナのせいでノイズがかかった通信網に飛び交い、時雨の胸の内にある艦橋に座る指揮官代理である女性もまた年甲斐も無く子供の様なはしゃいだ声を上げる。

 

 そんな周囲の音が時雨の感覚から遠ざかり、その身体にぶつかり肌を叩く風の音すら消えた時。

 

(皆、違うよ、違うんだ)

 

 夜闇の中で陰影だけで描かれていた荒海が空に昇る太陽に照らされ穏やかな波と極彩色を取り戻した南国の海の上で時雨は右目を閉じる。

 

(まだ、終わってない)

 

 朝日で清められ透き通ったエメラルドグリーンに戻っていく海へと向けて胸の前で組んでいた手を広げて両腕を向けたその左目が限界まで見開かれる。

 

(だってこの目には小さくて消えそうな、提督が苦しんでいる声が見えて(・・・・・)いるっ!)

 

 直後、花菱紋が刻まれた碧眼(魔眼)が青白い光を溢れさせ、どれだけ離れていようと特定の感情を発している存在を見つけ出す能力を手に入れた碧い眼光が持ち主である時雨の意志に応じて海の向こうに見える無数のターゲットを捕捉する。

 

 助けを求める(悲鳴を上げる)者の声に応え手を差し伸べる、ただそれだけを願った時雨が手に入れた異能力(魔法)がその視界にねじ切れた船体(胴体)を晒し沈んでいく軽巡ヘ級の遠吠え(悲鳴)を、意識を朦朧とさせ転覆した重巡リ級の軋み(悲鳴)を、幾つもの深海棲艦が同族(味方)を探して不安げに鳴らす汽笛(悲鳴)を映し出し。

 それら敵である深海棲艦が藻掻く姿に感じてしまった悲哀に痛みをこらえるような呻きを漏らしながら時雨は自分が最も助けたいと願っている相手が発する心の声(悲鳴)を感じる方向へとさらに意識を集中させる。

 

(僕が探しているのは君達の声じゃないっ!)

 

 突然に始まった類色の異空間の崩壊によって直径数千kmまで広げられていた海が元の距離へと戻されていくと言う驚くべきその絶景を前に誰もが歓声を上げる中で時雨は水平線の向こうに消えていく瑠璃色を追いかけ、追い抜き、そこへと辿り着く。

 

《あぁ・・・提督》

 

 そして、光り輝きながら広大な海上を彷徨っていた隻眼の視線が一際強く見えた(聞こえた)悲鳴の発生源へと定まり、時雨は原油の様にヌメる深海色の大渦に探し求めた相手の姿を見つけ出した。

 

《君を見付けたよっ!》

 

・・・・

 

(残りの弾薬を燃料に変換しても渦潮から逃げ切れないっ!? 空母棲姫にトドメを刺そうとしたのが原因って言うのかっ!)

 

 東の空を背に海上に大きな影を伸ばす巨体から全速力でスクリューを回し離れようとしている駆逐艦娘、叢雲の艦橋で敵性反応を知らせる警告音に指揮席に座る田中はただでさえ連戦に次ぐ連戦によって消耗している神経をさらに削られ。

 現在、駆逐艦娘の弾薬を構成している霊力を弾丸一つ残らず燃料へと変換し直して叢雲の動力炉へとつぎ込んでも自分達の足下で蠢く玉虫色のタールとでも言うべき海面が造る渦潮から逃れられるには足りないと言う非情かつ正確無比な予測(妖精が知らせるアナウンス)に指揮官は顔を青ざめさせ。

 

(想定外にも程があるだろ! いや、空母棲姫以外の上位種がいる事は知っていたけど、認めたく無いが知っていてその可能性を考えなかったこっちがマヌケとでも言うのか!?)

 

 碌な休みも無く一昼夜戦い続けた状態で数え切れないぐらいの苦難の末に勝ち取った勝利の直後に現れた悪夢(現実)である玉虫色の油膜を渦巻かせる大潮流と戦艦棲姫、その鉛色の巨大艤装が発する威容に田中は苦渋にまみれた悪態を吐き捨てる。

 

「くそっ! だが、今はあれから逃げる事が最優先、何か、何か方法はないのか!?」

 

 幾つものデジタル表示とアナログ計器が並ぶコンソールパネルを叩く様に両手をついた田中が発した抽象的な問いかけに彼の思考速度が活性化する。

 

『司令官っ!』

 

 脳内に現時点で実行可能な生き残る為の方法が乱雑に並べられ間延びしたように停滞する時間の中に入り込んだ直後、艦橋に響いた叢雲の呼びかけにハッと顔を上げた田中は僅か一秒にも満たない間に意識にこびり付いた愚にも付かぬ危機を解決する幾つかの答え(妖精が提示する打開策)を振り払うように頭を振る。

 

「待ってくれ、今どうにか全員生き残れる方法を考えているっ!」

《いいから聞いて! アイツの攻撃に合わせて旗艦を変更するの、もうそれしかないわ》

 

 そして、艦橋に聞こえてきた叢雲の言葉へ直径数mの球体モニターの中心に座る指揮官は反射的に「ダメだ」と呻く様な声を吐いた。

 

「あの大砲の威力はどれだけ少なく見積もっても余波だけで大破する事になるだろうし緊急回避が成功しても無事ではすまないのは確実で、君が戦闘不能になって戦える艦娘が島風だけになればどうあがいても全滅してしまう!」

 

 そもそも、そんな簡単な方法で解決する問題なら頭の中の妖精に「この窮地を脱する攻略法を恵んでください」などと頼み込んでいない。

 

 そんな言葉に出来ない胸の蟠りを吐き出す様に部下からの提案を跳ねのけて強く荒い息を吐き出した田中は自らの汗まみれの髪ごと頭皮をひっかく。

 

《ええ、アンタ(・・・)の言う通りよ・・・あれが日本海に現れたデカ物の同類なら私にだってあの大砲がとんでもない威力を持ってるのぐらい簡単に想像できる》

「ああ、だがすぐに俺が何とかする方法を見付ける、だからあと少しだけ待って・・・」

 

 相当に興奮しているのかいつになく高圧的な叢雲の声に少し驚きながらも田中は宥める様にそう言って自分の頭の中に隠れている妖精が提案した論外な返答を投げ捨て、脳内の居候から思考加速を行う力だけを借り今度は自分の頭でこの危機を乗り越える作戦を編み出そうと深いシワを寄せた眉間に手を当ててて集中しようとした。 

 

《そうよ、とんでもない威力だからこそ都合が良いんじゃない(・・・・・・・・・・)

「は・・・?」

《水平線の向こうまで吹っ飛ばしてもらおうじゃない、・・・大丈夫よ、直撃したって耐えて見せるわ、特型駆逐艦を舐めてるんじゃないわよ?》

 

 

 ・ 

 

 

 言われた言葉の意味が分からず指揮席で呆然とした顔を晒す田中の背後から聞こえてくる重々しい鋼が駆動する重低音、太陽を背に黒々とした影と雄々しくそそり立つ大口径が向けられる気配を誰よりも強く感じていると言うのに銀髪の特型駆逐艦娘は不敵に笑い飛ばす。

 

『私が大破しても強制解除までのタイムラグを利用すれば十分な飛距離を稼げる、その後は・・・』

「ウチらの出番っちゅう事やろ、ホンマ難儀やなぁ」

『・・・叩き起こす手間が省けて丁度良いわ、皆聞いてたわよね?』

「こんな海の真ん中で水切りだなんて、子供みたいですわね」

「なら三隈はやらないの?」

「いえ、二番手を承りますわ、くまりんこは僚艦を盾にしておめおめと生き残る重巡ではありませんもの」

「やるしかないわね・・・なら島風、提督の事頼むわね」

 

 いつの間にか目を覚ましていた床に倒れ伏して身動きも出来ない少女達が旗艦の声を聞いて血が混じる咳をしながらまるで明日遊びに行く予定を相談する様な軽い調子で戸惑う指揮官を他所に何かの順番を決めていく。

 

「っ・・・うん、わかった、島風に、任せてください」

 

 仲間達が何を言おうとしているのかを艦橋の中心にいる指揮官よりも先に察した駆逐艦娘がわずかに息を詰まらせてから自分を見上げる矢矧、龍驤、伊168、三隈の四人へ彼女の性格に似合わない妙に丁寧な口調で了解の言葉を口にした。

 

《時間が無いわ、もうすぐにでもアイツは撃ってくる・・・でも何があっても、あの化物がどんな強敵だろうと私達の司令官だけは絶対に生き残らせるわよ!! そうでしょ!?》

 

 いっそ壮絶と言って良い程に深く強く笑みを浮かべ足元(船底)に絡む玉虫色の光沢を滑らせる渦潮の外へと前傾姿勢を取って最大出力でスクリューを回す叢雲の叫びに艦橋で田中を除く全員が躊躇い一つ無い返事の声を上げる。

 

《さあっ! アンタ程度の深海棲艦がこの私に相応しい死に花を咲かせられるってならやって見せてもらおうじゃない!!》

「さっきから何を・・・言って!?」

 

 見栄を切る様に自分の船足を邪魔する渦潮とその主である姫級深海棲艦へと威勢良く叫ぶ叢雲の啖呵を切っ掛けに田中の思考が強制的に加速する。

 目に見える全ての動きが停滞する今では慣れてしまった感覚の中、田中の視界でベージュ色の水兵服を着た妖精がいつの間にか空中に浮かんでいた小さな池に向かって小石(艦娘)を投げた。

 

 水面でポンと跳ねた小石(叢雲)が次の着水と同時に粉々に砕け、それは次に水面(海面)に飛び出した時には違う小石(三隈)の形へと変わり、気付けば池の縁に置かれていた歪な人形(戦艦棲姫)がそのヒビだらけの石を狙い撃つ。

 池の水面を丸ごとひっくり返すような水柱に弾き飛ばされ宙に飛んだ小石(三隈)が光粒を散らしながら砕け散り、今度は空中で新しい小石(矢矧)へと入れ替わった。

 

(そんな、嘘だろっ!? やめてくれぇっ!!)

 

 限界以上の戦闘によって砕けて(轟沈して)しまった小石(艦娘)手元(艦橋)に戻らず()に消えるだろう、ただし、計算上では指揮官(キミ)と五人の艦娘から最後の旗艦を託された艦娘(島風)は間違いなく生き残れる。

 

 そんな命を文字通りの盾にして己の指揮官を生き残らせると言うこれから叢雲達が行おうとしている自己犠牲の極致(シミュレート)を見せられた田中良介はすぐにでも彼女達の行動を制止しなければと悲鳴を上げようとする。

 だが時間へ干渉する能力を持たない肉体的には常人でしかない青年は意識だけが加速した世界で呻く事はおろか身動ぎ一つ出来ず。

 

 彼さえ生き延びれば後方に残る仲間達と共に再起して自分達の艦隊は必ず勝利を掴んでくれる。

 

 そう本気で信じている戦乙女達の感情がコンソール上に座る小さな妖精を介してまるで遺言の様に指揮席で硬直した青年の中へと送り込まれてくる。

 

(貴方は生き残るべき人だとか、一緒にいれるだけで幸せでしたとか、好きになった人が俺で良かったとか、毎日が楽しかったで・・・とか・・・なんで俺の為にそんな・・・)

 

 混じり気の無い自分への好意、彼女達の心に秘められていた愛とすら言えるだろう想いの伝達はイタズラ描きみたいな顔の猫を抱く人外が「彼女達の意志を尊重してやるべきだ」と言っているかの様でもあった。

 

(でも、君達がそれを望むなら、その責任()は背負わなければならないんだよな、俺は指揮官なんだから、・・・な)

 

 諦観にも似た感情が胸に満ちて周囲の渦潮よりも荒立っていた精神が落ち着ついていく感覚はこの状態ならば叢雲達が自分に求める役割を問題なく果たせるだろうと田中自身に確信させる。

 

 かつて親友と共に愚行だと唾棄した意図的に艦娘を切り捨てる作戦(捨て艦戦法)を艦娘自身が望んでいるから行う、その後に自分にのしかかる計り知れない後悔は必要不可欠な代価なのだ、と。

 

 これが現状で最も正しい行動なのだと自らに言い聞かせる田中が気付く事なくその意識は選ばれた(選ばされた)最も生存確率の高い作戦(答え)に向かって合理的に動けるように狭窄(調整)されていく。

 

 そして、思考の停滞から抜け出した彼の視界に混じる小人の指先が戦艦棲姫が砲撃を行うタイミングを知らせる様にカウントダウンを始め。

 

「誰か・・・」

 

 コンソール上に浮かぶ叢雲の立体映像へと触れてコンマ一秒単位で旗艦を変更できる姿勢になった田中は静かに整えられた心の中に残った最後の躊躇いをか細い悲鳴(・・)に変えて喉から絞り出す。

 

「助けてくれ」

 

 背後に迫る熱量の恐怖に押されて零れた一粒の涙と共にコンソールに落ちた震える言葉は情けない泣き言と笑われる事は無く。

 彼の泣き顔を見上げた床に横たわる傷だらけの艦娘達は少し申し訳なさそうに微笑んだ。

 

 

 -・-・

 

 

 僕はその言葉を待ってた。

 

 

 ---

 

 

 ザアザアと空に舞い上がっていた大量の海水が豪雨の様に降り注ぎ、巨人の拳で抉れられたかの様な海面の割れ目が重力に従ってならされていく。

 その頂上(超常)の真ん中に聳え立つ巨体の主は今も高らかに硝煙の様な煙を立ち上らせている自らの主砲が消し飛ばした敵のいた場所に向けていた赤い灯を揺らめかせながらも冷たく細められていた流し目を手元へと戻す。

 

 何たる無様か。

 

 艤装やおろか装飾すら全て失い船体の大半をも喪失した同じ主の下で同胞となり(同盟を結び)、仮にも己と同格と認めた相手に向けて戦艦の姫は思惟(落胆)を吐き捨て、自らの艤装の掌に乗る程度まで小さくなってしまった空母棲姫の閉じた目蓋すら動かない顔を蔑む様に見下ろす。

 

 貴様は(さか)しく強き者であると思っていたが買い被りだったようだ。

 

 相手に意識があれば即座に音速に達するビンタが飛んでくるだろう思惟(侮辱)にも下半身を失い体中の傷と言う傷から黒い血を溢れさせる空母の姫は反応せず、戦艦棲姫はつまらなそうに鼻を鳴らしてから同胞の身体を自分の本体へと引き寄せる。

 その冷たい視線とは裏腹に鉛色の巨腕は壊れ物を扱う様に丁寧に空母棲姫の身体を500mに達する艤装の胸板に収まる本体の目の前へと移動させ、悍ましくも逞しい艤装を従える女神はずるりと巨大な胸板からその両腕を引き抜いて深く傷付きながらも白い美貌を損なっていない同胞の身体を巨腕から受け取り。

 

 そして、生ける女神像は抱きしめた姫級の唇を強引に奪い、黒い吐血を漏らしている口を貪る様に開かせた。

 

 差し込まれた長く紅い舌を通じて深海棲艦の力の源である昏い霊力が液体に混じりながら既に生命活動を終えて黒血に溶けようとしている空母棲姫の口内へ流し込まれ。

 そして、一時、この世の全てを消し飛ばさんばかりの一撃が放った轟音から打って変わって雲一つ見えない突き抜けるような晴天の下に広がる青海で聞こえる音は微かな潮騒だけになる。

 

 凪いだ海を再び乱したのは白くしなやかな腕が鞭のようにしなり振るった一撃。

 

 それは下手なビルよりも太く大きな巨腕で壊れた(死した)同胞を慈しむ様に抱きしめていた戦艦棲姫の補給(キス)を中断させ、硬く鈍い音を立てながら戦艦棲姫の肌を守る障壁が撃ち割られ。

 爪を黒髪がしなだれかかる首筋へと突き立てられた痛みに冷たさを感じる程の無表情だった戦艦棲姫の美貌が変化する。

 

 しかし、その戦艦の姫が浮かべた表情は不意を打つような攻撃による痛みへの不快に歪んだものでは無く、どこか不遜で高慢さすら感じる笑みだった。

 

 動力炉(心臓)を止めてまでの偽死とは恐れ入る。

 

 喉で笑う様な低い笛の音を口元から漏らし顔を上げた戦艦棲姫は自分の首筋に指を食い込ませた空母棲姫へ、いつまで眠っているつもりだ、さっさと起きろと肌が触れ合う距離で思惟(呼びかけ)を行い。

 それでも目を開かない同胞に首を傾げた戦艦棲姫は抱きしめている相手の身体が蘇生するどころか千切れてなくなった腹部から急速に分解を始めている事に気付く。

 

 戦艦の姫が笑みから一転して唖然とした表情を浮かべた直後、異物の侵入を察知して巨大な艤装の中心である心臓が心拍を不規則に跳ねさせ、眩暈と共に鋼に刻み込むが如き鋭さを持った思惟(命令)が戦艦棲姫の精神へと書き込まれる。

 

 -- ・

 

 

 かの欠陥品共を何としても廃棄処分にせよ!!

 

 どれだけ奴らの能力が有用に見えても惑うな!!

 

 アレらは命の理を冒涜する害悪に他ならぬ!!

 

 汚泥が如き()共を貴き御方に触れさせるな!!

 

 

 -・・・

 

 何をおいても我らが泊地の姫を御守りせよ、と死してもなお残る空母棲姫の規律正しき鋼鉄の思惟()が戦艦棲姫の胸で響く。

 

 それは戦艦棲姫を狙ったものでは無く空母棲姫の遺体に同族が触れれば自動的に実行される様に仕掛けられていたプログラム。

 

 その正体は激しい怒りとそれ以上に深い己が主人への忠誠によって空母棲姫が自らの身体に書き込んだ遺言(・・)だった。

 

 そして、首筋に食い込んだ空母棲姫の爪から送り込まれた黒血を媒体にして戦艦棲姫へのまるで自らの目でその光景を見たかと錯覚する程に高圧縮された艦娘との戦闘記録の受け渡しが終わる。

 

 並の深海棲艦ならば送り込まれた記憶(情報)によって自我を塗り潰されその命令の実行以外を考えられなくなるだろう強すぎる思惟を強制的に受け取らされ海原の真ん中でひきつけを起こしていた戦艦棲姫が紅い炎を漏らす目を瞬かせる。

 

 我に返った姫級が周囲を見回せばついさっき水平線に顔を出したばかりだったはずの太陽が既に昼に近い高さまで登り。

 彼女が手元へと目を向ければその磨き上げられた様な大理石を思わせる光沢をもった白い腕には空母棲姫の姿は既に無く黒い蝶結びのリボンだけが海風にはためく布地から血の残滓を滴らせ空気の中へと昏い瑠璃色に解ける光粒を散らしていた。

 

 あれほど愛でてやった(ワタシにも一言ぐらい)と言うのになんてヤツだ(置いていけば良いだろうに)

 

 やはりあの空母の姫は可愛げのない義妹だった、と思惟(独り言)を漏らしながら自分の首筋に刻まれた手痛い傷跡(義姉妹の置き土産)を撫でた戦艦の姫は手の平の黒いリボンを握り微笑み。

 

 一呼吸の後、その紅い瞳が業火を宿し、黒血に濡れた唇が野獣の様に牙を剥いた。

 

 

 ・-

 

 

 前触れ無く、青天に轟雷の大音声と聞き紛う程の咆哮が轟く。

 

 それは空母棲姫から戦闘記録と共に受け渡された艦隊指揮権をもって戦艦棲姫が振るった絶対的な召集命令。

 

 艦隊の指揮艦である空母の姫が造り出した限定海域から突然に投げ出され右往左往していた普通種の深海棲艦達は心胆を震え上らせながら一斉に昏い霊力の波動となって広がる思惟が放たれた方角へと舵を切り。

 

 少しでも新たな姫への帰順に遅れれば焼き殺されると感じる程の怒りの篭った思惟(命令)に震え上る残存戦力の心情を他所に巨大艤装を背に仕舞い戦闘形態を解除した戦艦棲姫は自分の手首へと空母棲姫の遺品(リボン)を巻き付ける。

 

 そして、玉虫色にヌメる重油が如き渦潮が繋げる深海領域から追いかけてきた直属の艦隊が次々に浮上して隊列を組む。

 その先頭に控える黄色い目の空母ヲ級を横目に見た姫級戦艦は不意に、もうあの気持ち良い姫級空母の身体(との時間)を楽しめないのか、と改めて理解し。

 

 どうしようもなく溢れてくる喪失感にウンザリとした気分になった黒髪の姫級深海棲艦はその身に纏った闇色の薄衣(ネグリジェ)と共に風に揺れる腕に巻いた黒いリボンに向かって(もう居ない白髪の義姉妹へと)思惟(悪態)を吐いた。

 

 

 -・-・

 

 

 自分達に何が起こったのかさっぱり分からない。

 

 いや、頭の中の居候(妖精)からある程度の状況説明を受けているから現象としてのそれの正体は分かるのだが実際体験した立場から言わせてもらうとやっぱり訳が分からない。

 

《む、叢雲ぉ!? こりゃっ一体全体何がどうなってんだい!?》

 

 馬鹿みたいに口をパクパクとしている俺の目の前、艦橋のモニターには近くに居る筈の無い艦娘の姿がちらほらと映っておりその全員が全員目を皿の様に丸くして、すぐ近くでこちらを指さしている谷風が俺の気持ちを代弁する様なセリフを叫ぶ。

 

「叢雲だとっ!?、司令は、田中司令は無事なのか!?」

 

 意味の分からない状況に戸惑い辺りを無為に見回せば何やら叫んでいる聞き覚えのある女の子の声が聞こえ、そちらへと目を向ければ俺達が戦闘を行っていた最前線に存在するはずのない護衛艦【はつゆき】とその甲板で手を振り回して飛び跳ねている磯風の姿がメインモニターに拡大された。

 そうだ、俺達を乗せて黒い渦潮から逃げ出す為に全速力でスクリューを回していた叢雲がいきなり目の前に現れた通常軍艦の艦列に突撃しかけ、あまりの事に鶏の鳴き声の様な悲鳴を上げながら推進機関を停止させたのがついさっきの事。

 

《お帰り提督、ずいぶん遅かったね》

 

 機関は止めたが勢いは殺しきれず叢雲は【はつゆき】に追突しかけたのだが、それを待ち構えていたかの様に受け止めたのは白地のワンピースセーラーと銀髪の駆逐艦とは対照的な黒を基調とした駆逐艦で、その時雨は今メインモニターの正面で大きく朗らかな笑みを浮かべながら解けた艶黒の髪を沖からの風にたなびかせている。

 

「さ、最前線の艦隊を空間転移で回収って・・・まさか、これが撤退なのか・・・?」

 

 そして、俺はあの一瞬に起こった事を思い返す。

 

 直視すらしていないのに背を照らす光にすら肌を焼かれると錯覚する戦艦棲姫の砲撃に言われるがまま【捨て艦戦法】を実行しようとした俺の前で少し悲しそうな顔をして座っていた猫吊るしがいきなり背中を蹴飛ばされ、コンソールパネルの上に星模様とリボンで飾られた三角帽子をかぶったツインテールの妖精がハンドベルを片手に躍り出て。

 ガチンと床に落下した猫吊るしと飼い猫の頭がぶつかる妙に大きな音の直後にチリンッと随分久しぶりに聞いた鈴の音を合図にして目の前が紅い爆炎では無く青白い閃光に包まれて即死の砲撃に晒される筈だった最前線から俺達は途方も無い距離を飛び越えてオアフ島沿岸が見える場所まで戻って来た。

 

《ああ、そっか、僕のコレってそうなんだ、けっこう前に吹雪から聞いた事があるよ「司令官が言ってました」ってさ》

 

 どこか呑気に感じる中性的な時雨の声に自分の中で張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、いきなり視界が明滅し始める。

 

 というよりこれは重くなった目蓋が勝手に瞬きさせて完全に閉じさせようとしているのか。

 

《時雨、アンタねぇ、なんでそんなに落ち着いてんのよ、こっちはさっきまで生きるか死ぬかってとこだったのに・・・あぁ、でも私、死なずにすんだのよね、は、はは》

 

 他愛無いどこにでもある様な会話が聞こえてくるだけで胸がつっかえ息が乱れる、何とか気力だけで開けた目はまともに周りの様子は見えなくて、何度汚れた手で拭っても潤んで歪む視界は元に戻ってくれず。

 

《司令官に告白するタイミングは完全に逃したけど、生きてさえいればチャンスなんていくらでもあるわっ》

 

 それどころかどうしようもない目頭の熱さに喘げばズルズルと情けない音を立てて鼻水まで胸元に垂れた。

 

《ほらほら動けないんだったら谷風さんが曳航してやるから手かしな、ってかさっきから何ブツブツ言ってんだい?》

《なっ、なんでもないわよ!?》

 




 
どれだけ情けなくたって「助けて」って言うだけで、その小さな声を見付けてくれる人はいるもんさ。

見付けてもらえない?

なら耳元でうるさいぐらいに叫べばいいんじゃない?

 


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第百三十五話

 
待たせたな!

だが、インターミッションだ!
 


 その名も無き駆逐イ級は深海の水晶島を支配する泊地水鬼を頂点とした大艦隊の末端の一隻でしかなく、しかも先に行われた極彩色の島々を得る為の遠征作戦をしくじり逃げ帰って来た為に欠陥品(負け犬)呼ばわりされる身となっていた。

 泊地水鬼の寛大な沙汰によって廃棄(処刑)だけは免れたものの大半の同胞同族からは明らかに冷遇されており、迂闊に補給の要請(お腹が空いた)などを思惟にして発すれば殺される事は無いまでも他の群れ(艦隊)私刑(リンチ)に晒される様な最下級の立場に甘んじる。

 

 さらに緑目のイ級にとって不幸だったのは所属している軽母ヌ級を旗艦にした十隻の小さな群れ(艦隊)でたった一隻だけ生まれ(製造地)が違うと言う点だった。

 

 同じ深海棲艦ではあるが軽母ヌ級を含めた九隻は空母の姫の下で建造され、対してそのイ級は戦艦の姫によって造られた駆逐艦であり、さらにはその瞳に宿る緑色の灯火は何の改良も行われていない量産品である事を示している。

 悪い事は重なるもので大艦隊の末席に追いやられただけでなく姫級達へ補給を求めただけで“無駄飯喰らいは標的艦が丁度良いのではないか?”などと思惟(嫌味)を投げつけられる状況はかつて空母棲姫直属の艦隊に所属していたと言う栄誉ある経歴を持つ黄色い目(フラッグシップ)の軽空母にとって屈辱でしかない事も緑目の駆逐艦の不運を増やす。

 

 小艦隊の旗艦は同じ姫の手によって生み出された(建造された)赤眼の従僕(才能ある部下)ならまだしも、自分達と違う出自でしかも緑目(ノーマル)の駆逐艦の為にまで瞳に宿る(階級)の灯火色は同じでも自分より船体(身体)小さい艦達(軽巡、駆逐)から公然と蔑まれる事を良しとする事が出来なかった。

 

 そんなわけで所属する群れのリーダーから駆逐イ級は“余計な霊力を消費せず一隻で適当な場所に浮かんでいろ”と非常にぞんざいな命令を受ける。

 

 落ちぶれたと言っても緑目にとって黄目が段違いの上位者である事は変わらず、深海棲艦の(社会)において上位から下位へ与えられる命令への順守は絶対であり、故にいかなる理不尽であろうと従う事がその魂に刻まれた命の理によって肯定される。

 

 だから、あまり運の良くないイ級はたった一隻で黒い海と虹色の太陽以外何もない水晶の泊地から遠く離れた海原にポツンと浮かぶ。

 

 出来る事と言えば通りがかった同族に的当て遊びの標的にされない様にと申し訳程度のカモフラージュとしてその大半の同族と比べて小柄な船体を海に半分以上ほど沈める程度。

 欲を言えば完全に海の中に潜ってしまえば偉大なる女王(泊地)が発する力によって純黒に染まった海がその船体を完全に覆い隠して安全を与えてくれるのだが、潜水艦ではない駆逐艦の身では水圧と浸水を防ぐ為に半身を沈めるよりも格段に多くの霊力を使ってしまう。

 

 それにより損傷してしまったり余計な補給が必要になればあの旗艦(ヌ級)は“命令に背いた”として自分を廃棄処分にするだろう。

 

 緑目の駆逐イ級はあまり頭が良い方ではないが、流石にその程度の事ぐらいは予想できた。

 

 

 だからこそ外海と限定海域の境界である水壁にほど近い海上に駆逐イ級が居合わせたのも。

 

 何事か急いでいる様子で外海(外界)へと向かう戦艦の姫が路傍の石ころ程度と言っても過言では無い下っ端に気付かなかったのも。

 

 その美しくたなびく黒髪へと水晶島の浜辺から放たれた泊地の姫の思惟(命令)を海中に半分沈んでいた駆逐艦が浴びたのも。

 

 

 全て小さな偶然が重なっただけ。

 

 

 “空母の姫からの思惟が今までに無く乱れている上にこちらからの呼びかけにも応じない”

 

 “出陣から幾ばくも経たぬのにかの賢く忠義者である臣下がここまで心乱すは尋常に非ず”

 

 “汝が造りし下僕に限りにおいて格、質を問わず望むだけの群れ(艦隊)を率いる事を許す”

 

 “我らが義姉妹の思惟を乱す原因を確かめよ”

 

 

 態度だけは姫級として相応しく尊大かつ鷹揚に、内心では遠く海上から深海を貫く様に届く空母棲姫の激しい思惟(怒声)で彼女の身にただならぬ事が起きていると察して黒い海原を割る様に進む戦艦棲姫は自分の行動に許しを出してくれた泊地の女王へと恭しい了解の思惟を返す。

 そうして己が出立した水晶の島(母港)を振り返らず、霞むほど高い天井から降り注ぐ虹色の光に照らされた闇色の薄衣をはためかせ巨大な美女は凪いだ黒い海を押し退け激しい空気と水の渦を起こしながら走る。

 

 その戦艦棲姫が全身で受け取った虹色の思惟がわずかな余波を足下へと広げ、広義の意味では戦艦棲姫の従僕の一隻である駆逐イ級の頭の中で従うべき命令の優先順位が書き換えられた。

 

 黄色目風情とは比べるべくもない天上の存在たる泊地の姫(泊地水鬼)から放たれた霊力の波動を偶然に浴びた(盗み聞きした)緑目の駆逐イ級は単純構造な頭の中を女王の勅命でイッパイにしてすぐさま己の動力へと火を入れ、小さな渦を尻尾の先(スクリュー)で作りながら海面に浮上し自分をかつて建造した上位者の背を意気込んで追いかけ始める。

 

 とは言え、まぁ・・・そんなふうに意気揚々と発進したイ級ではあったのだが。

 

 その後、数分も経たない内に戦艦棲姫に付き従う為に全速力で姫級を追いかけてきた大きな群れ(大艦隊)が張り切る駆逐艦の前に現れ。

 姫級の作った黒い海を抉る様な曳き波(航跡)によたよたと翻弄されながらもはしゃぐ犬の様に尻尾(スクリュー)を振っていた下っ端は先頭に立つ空母ヲ級フラッグシップにあわや跳ねられかけ。

 

 “緑目の分際で進路妨害などと! 身の程を知れ!

 

 と、猛々しい思惟(一喝)を浴びせられ目の色を緑黒(明滅)させながら黒いブーツによる追突で横っ面をへこまされた哀れな駆逐イ級は停船させられ姫級の近衛艦による殺気が篭った検分を受ける事になった。

 

 偶然に受け取った女王の思惟(勅命)に興奮してのぼせ上り無我夢中で己にとって本来の主(製造者)である戦艦棲姫の背を追いかけていた天にも昇る気持ちから一転して“すわ爆撃による廃棄処分か!?”とイ級は恐れ戦き貧弱な装甲を震え上がらせる。

 

 だが、駆逐艦の心配をよそに所属する小さな群れからすら爪弾きにされていたイ級は広大な限定海域から海上に向かう大遠征艦隊の最後尾に並ぶ事を許された。

 

 何故ならば直属の近衛艦である自分達を港湾に置き去りにして単艦で先行した戦艦の姫が外界(外海)への渦潮(通路)を開く気配を感じ取って焦ったフラッグシップ全員が“大方、領地内で遊んでいたはぐれ艦が主の元に馳せ参じたのだ”と思い込み。

 

 “多寡が量産品の下っ端の身元確認や廃棄処分程度の事に足止めなどされてたまるか”と判断したから。

 

 加えて緑目の小さな駆逐艦の船体と魂に刻まれていた製造主の銘が戦艦棲姫だった事もその判断を正当であると保証してしまった事も手伝ったのだろう。

 

 

 そして、その偶然(・・)の連鎖は泊地水鬼の支配する広大な領域(限定海域)の端っこで冷遇されていた駆逐艦にとって正しく

 

 

千載一遇(生涯最悪)幸運(不幸)だった。

 

 

 ・・・ ・・・・ ・ 

 

 日付を見れば12月の25日、昼を少しばかり過ぎていると短針と長針で教える腕時計を横目に茶色い小瓶のアルミ蓋を開けてその中身を一気に呷った青年は口の中に広がる甘苦さに眉を顰め、小さくため息を吐いて肩を落とす。

 

「栄養剤の味は日本もアメリカも大して違わないらしい・・・か」

 

 護衛艦【はつゆき】の船室に備え付けられた硬いベッドに腰かけながら白い制服に二等海佐の階級章を着けた自衛官は手に持った小瓶のラベルに書かれた眠気覚ましと滋養強壮に高い効果を発揮すると言う説明書き何気なく読んでからジンジンとまだ腫れている様な熱っぽい感覚を感じる目元を指でほぐす。

 ただの不摂生や寝不足でそうなっているならまだしも、思い返すだけで自尊心を抉る情けない醜態の結果だからこそ田中良介はその顔に正と負の感情を混ぜ合わせた複雑な渋面を浮かべ。

 

(あれから5時間、いや、たった5時間か? 我ながら、ははっ、あれは赤ん坊の癇癪といい勝負だった)

 

 田中は自嘲気味な笑いを漏らして手の上で転がす様に栄養ドリンクの空き瓶を無為に弄ぶ。

 

 その脳裏に浮かぶのは空母棲姫との激戦に辛勝した事を喜ぶ暇も無く現れた新たな姫級深海棲艦に絶望した時に見た光景であり、窮地を脱した今ですら思い出すだけで身震いする程の寒気を感じる恐怖。

 

 その恐怖を感じた対象とは我こそが王者であるとでも言う様に海の底から現れた全長数百mの戦艦の名を冠する巨大深海棲艦・・・ではない。

 

 彼が何よりも恐ろしく感じたモノとは実体を持った災害を見た直後に自分と共に空母棲姫が支配する瑠璃色の海に挑んだ六人の艦娘達が交わしたたった数秒のやり取りであり、「指揮官(田中良介)を生き延びさせる」と言う目的の為に自分達の命をまるで消耗品の様に使い切る順番を決めていく艦娘達の姿に対してである。

 

「狼狽える俺は、さぞかし滑稽な姿だっただろう・・・」

 

 それがまるで当たり前の事だと言う様に死ぬ順番を決めていく少女達の異様な姿、さらにはその時の自分が女々しく泣きながらも彼女達が出した選択を受け入れようと本気で思ってしまっていたという事実がベッドに腰かける田中の口から昏い憤りを宿した言葉を吐かせる。

 彼にとってこれ以上ないぐらいに不本意ではあるが戦艦棲姫から逃げ延びる為に叢雲達を必要な犠牲(・・・・・)として受け入れようとした事が自らの意志であったのは間違いない事実である。

 

「そうでしょう!? 刀堂博士っ!!」

 

 それは田中自身が誰よりも分かっていたが、しかし、「助けてくれ」と喉から絞り出した来る筈のない奇跡を願った泣き声もまた真実・・・否、それこそが彼にとって嘘偽りの無い本音だった。

 

(よくも、俺に取り返しのつかない事をさせようとしてくれたっ!)

 

 栄養ドリンクの瓶を強くギリリと音を立てて握り、たった一人の船室に吐き出された後ろめたさと恨みが混じった田中の怒声への返事は無く、分厚い壁に囲まれた部屋の中で虚しく響く。

 

「貴方の優先順位は、艦娘を守る事じゃないんですか・・・?」

 

 誰もいない壁に向かって顔を向けた田中は今も自分と目に見えないナニカで精神を交えているだろう妖怪(妖精)の存在を忌々しく思う。

 

 あの時、艦娘を影ながら見守る守護者である筈の妖精があろう事か艦娘である叢雲達では無く田中良介の生存を最優先として彼の意識と選択を誘導していたと言う事実が彼にとっては不快でしかたない。

 

 空母棲姫の死によって崩壊を始めた限定海域から時雨が発現させた異能力で助け出されていなければ、自分達の身に何が起こったのか?

 

 戦艦棲姫がその巨体に宿す戦闘能力(ステータス)が嫌になるぐらい詳細に記され、砲撃の威力だけでなく着弾で発生する衝撃の範囲が正確にシミュレートされ、極めつけには犠牲にする艦娘の順番とタイミングを連ねたフローチャートが田中の脳裏に今もハッキリと残っている。

 

(再建造できる艦娘よりも転生者の方が貴重(レア)だなんて、俺は聞きたくなんかなかったっ!)

 

 空間転移後に戦闘形態を解除させた叢雲の艦橋から護衛艦【はつゆき】の甲板へ降り立つ直前、崩れ落ちる様にその場に座り込んだ田中は深海棲艦との戦闘中に意識へ直接入力され続けていた妖精からのイメージ(情報提供)が何を目的にしていたかを理解した。

 

 そして、心身ともに疲れ果てていた青年は耐え切れずに涙腺を決壊させ、喉奥からせり上がってくる胃液の焼ける様な酸味に嘔吐(えず)く。

 

 よりにもよって妖怪【猫吊るし(刀堂博士)】は彼を生き残らせる為ならば命を捧げても構わないと考えていた艦娘達の想いを彼の精神へと直接感じさせると言う常軌を逸した方法まで使い。

 八方塞がりに陥りながらも頑なに全員で助かる方法を探していた田中の考えを個人的なワガママとして矮小化させ、その思考を犠牲の許容する方向へと誘導した。

 

 窮地の指揮官が自身の脳に過剰な負荷をかけながらも強く要求し続けた犠牲の無い解決などどうあがいても不可能、ならばせめて犠牲は少なくするべきなのだ、と妖精は人ならざる“声”によって囁く。

 

 甲板に両手を突いてひたすら呻き咽び泣く彼の姿は周囲を困惑させただけでなく共に窮地を脱した満身創痍の艦娘からまで心配される程で、顔中を涙と鼻水でべとべとにしながら救護員に運ばれていく仲間達へと何度も謝罪の言葉を本人達から過剰だと言われるぐらい繰り返した田中は丁度その場に居合わせた磯風の肩を借り護衛艦の艦内へと戻る事になった。

 

「はぁ・・・それにしても、寝てる最中に起こされなかったと言う事はまだ再侵攻は始まってないのか?」

 

 たっぷりと言う程ではないがここ数日の内では一番長い睡眠時間を終え、姿無き妖精(観測者)への憤りをなんとか呑みこむ様に押し殺しながら田中は自分のいる護衛艦が機関を停止させ停泊しており外から喧騒も聞こえてこない様子に呟きを漏らす。

 

「まぁ、どうせハワイに来てから予定なんて狂わされっぱなしだ、気休めにもならないな」

 

 わけも分からずオアフ島の沿岸が見える位置までワープさせられ簡単な応急処置を受けた後に今座っているベッドに倒れて眠った事から自分達が瑠璃色の海域に突入と同時進行で行われる筈だったハワイに取り残された三隻の自衛隊所属の護衛艦だけで外洋へ脱出する作戦が完全に破綻した事を悟り。

 

 田中は誰にでもなく呟いた独り言と一緒に重い溜め息を吐く。

 

 突然に回復したハワイ米軍基地の情報統合システムと指揮所の機能、戦艦ミズーリに隠されていた改造核ミサイルの発射、新たに出現した姫級深海棲艦。

 

 そして、ハワイからみて東の沖で拡大を続けているだろう未知の限定海域とそこに存在している深海棲艦群の首魁、妖精から情報提供を受ける事が出来る転生者である田中でも正体は分からないものの確実にそれが存在している事は察しが付く。

 

 言葉を並べただけでも何でこんなに状況が悪化してるんだと泣き喚きたくなるし、考えるまでも無く14人の艦娘(しかも半数は既に戦闘も困難な怪我人)と自分だけで相手をするには全てにおいて荷が重すぎる事など当事者の彼だからこそ嫌と言う程に分かっている。

 彼の体感時間で数分ほど無機質な壁を睨んでいた視線を足下に落とした田中は自分の額を覆う様に手を当てて今日起きてからの十分も満たない間に繰り返している何度目かの溜め息を吐き出した。

 

「おはよう、提督」

 

 そんな時、ノック一つ無く開いた船室の入り口から聞こえた良く知っている女の子の声に彼は自分の醜態を見られていたのかと動揺して息を詰まらせる。

 

「にゅっ、入室の許可はして、な・・・ぇ?」

 

 今は誰とも顔を合わせたくないと言う個人的な欲求で乱暴なセリフを吐かない程度には精神を回復できたとは言え余裕があるとは言えない焦燥が混じる顔を青年士官は声が聞こえた部屋の入り口に向け。

 

「いや、なんで・・・君は時雨・・・なのか?」

「みんなにも言われたけど提督から見てもそんなに変わった様に見えるのかな?」

 

 三つ編みをセーラー服の白襟の上で揺らす駆逐艦娘がいつの間にか開けられていた部屋の入口で逆光を背に微笑んでいる姿に田中の表情が戸惑いで呆ける顔へと変わった。

 

「正直、僕自身はあんまり実感が湧かないんだよね、他の人から言われるまで気付かなかったんだから」

 

 そう言って田中良介と最も長く一緒にいる駆逐艦娘はまるでそう言われると分かっていたかの様に軽く肩を竦めて見せ、少しだけ茶色が混じった外ハネの前髪を指先に絡める様に弄る。

 目の前にいる少女が特務士官となってから多くの苦楽を共にした艦娘である事ぐらい田中にも分かっているのだが今日顔を見るまで記憶あった彼女の姿と今現在の姿が噛み合わない為に彼の頭の中で若干の混乱が発生する。

 

 内向きに弧を描いていた烏羽色のしっとりとした色合いが所々の毛先が外側にはねる茶髪に近い色の黒髪へ。

 

 どこか幼くも儚い雰囲気を纏っていた顔立ちが確かな自信によって一本の芯が通った様な凛々しさを感じる顔つきに。

 

 そして、全体的な印象が中性的なのは同じだが身長だけでなく身体あちこちが昨日までとは明らかに一回り近く大きくなり。

 

 例えるならば昨日まで中学一年生だった女の子が今日会ったら軽く二年ほど年を取って高校生手前の姿になっていたとでも言うべき普通の人間にはまず起こらない急すぎる成長が時雨の身に起こっていた。

 

「まさか改()、いやいや、えっ、なんで? ・・・なんでそんな事になってるんだ!?」

 

 オマケにその時雨の新しい姿に見覚えがあると言う記憶が彼の混乱を助長し、田中は自分の寝ぼけ眼を疑い何度も目を擦る。

 

「うん、確かさ、改になった艦娘の中には能力だけじゃなくて身体にも変化が現れる場合があるんでしょ?」

 

 そう言って困惑で固まってしまっている指揮官へと近寄りながら前髪を掻き上げた時雨が自分の左目を強調する様に見開けばその青い瞳にうっすらと菱形の花びらが浮かんでいる事に田中は遅まきながらも気付く。

 

「僕がそうだとは思ってなかったけど、ね」

 

 そもそも眠る前に傷の消毒を受けていた時、自分達をあの奈落の底に通じる黒渦潮から救い上げたのは時雨が発現させた異能力であると聞いていたではないか、と田中は思っていたよりも疲労で鈍くなっていたらしい自分自身の頭に呆れて額を押さえる。

 

「時雨・・・だが、今はだな、一人に」

 

 少しはにかんだ様に微笑み、時雨は自分を後ろめたそうな顔で見上げて逃げる様に仰け反る田中を敢えて気にせずに手を伸ばし、細い指先が彼の目元をなぞる様に拭う。

 

「勝手に入ってゴメン、でもまた提督の泣いてる“声”が見えちゃったから・・・見えているから一人にしちゃいけないって思ったんだ」

 

 そして、いまいち要領を得ない事を言いながら時雨は彼の身体を引き寄せ泣いている子供をあやす様に自分の指揮官である田中の背中を撫で。

 

「提督、僕は君を助けたい、それが今の僕にとって一番大切な願いだから・・・」

 

 そう言いながら少女の姿に見合わない包容力を感じさせる微笑みを浮かべ優しく囁いた時雨は田中を抱きしめた。

 

「う、うぐっ・・・」

「どんな大変な事にも頑張っちゃう不器用な提督だから誰より近くで助けたいんだ」

 

 抱きしめた青年が胸の中で泣き声を堪えている様に聞こえる呻きを聞いて苦笑を浮かべた時雨は田中の寝ぐせだらけの頭に頬擦りする。

 

「ワガママ言ってゴメン、でも今は好きなだけ泣いてさ・・・涙を拭いたらまた一緒に頑張れるから・・・」

 

 ちなみにだが田中はと言えば散々に泣き言と鬱屈を拗らせていた一分前と打って変わって自分の頭を包むボリュームのある柔らかさと急成長で寸足らずになった黒地の制服の端から見えてしまっている括れた肌色に狼狽えて目を回しかけていた。

 

 

 -・-・ --- --

 

 

 これだけしか戻ってこなかったと見るか、それとも思ったよりも多く残っていたと考えるべきか。

 

 海底に沈みかけていた黒岩とイバラの塊を適当に繋ぎ合わせた即席筏(浮島)の中心、海中から引き上げた色とりどりの宝石で飾られた黒鉄の玉座を設えた戦艦棲姫は太陽の下でコバルトブルーにきらめく海原へ振り返る。

 

 もう空母棲姫の霊力によって染め上げられていた瑠璃色は一片も残っていない海上に集う深海棲艦の群れを見回す。

 

“あれらを廃棄せよ” “一匹残らず殺せ” “絶対に逃すな”

 

 そうしながらも己の血の中に混ざり込み徐々に消えようとしていると言うのに鋭い鋼の爪で引っ掻く様な思惟(殺意)に対してか。

 はたまた出撃前と比べれば三割ほど頭数を減らされた上に傷だらけにされた残存艦隊に感じる情けなさに対してか。

 

 マナの水晶と資材を開放して平伏す下僕へと一通りの情けをかけて(修理と補給)やった後にウンザリとした表情を浮かべた戦艦棲姫は今は亡き同盟者が座していた宝石煌めく玉座へとおもむろに腰かけ長い脚を組む。

 

“分かっている”

 

 軽く嘆息して瞳を閉じた戦艦棲姫は黒いリボンを結んだ手で大きな斑点模様が並んだ入れ墨の様な傷跡が残る自分の首筋をまるで愛でる様に撫で。

 

“何をおいても我らが泊地の姫(女王)を御守りせよ”

 

 玉座に背を預けた姫級は自分の内側に向かって思惟を返すと言う無意味な行為を行う。

 

“何をおいても我々の泊地の姫(女王)を御守りする”

 

 秒刻みで身体の内側に溶けて消えていく“声”を惜しむ様に思惟を重ね合わせ。

 

 そして、戦艦棲姫は瞠目していた紅い炎が宿る目を開く。

 

“進軍せよ”

 

 同盟を結んだ姫級からの思惟(遺言)と残存艦隊の総指揮権を受け取った戦艦の姫が腕を横凪に振るえば彼女が座する巨大な浮島に錨と鎖で繋がれた従僕達が馬車馬の様に芸術というにはあまりに歪な超重量のオブジェを曳く。

 

“必ず殺そう” “一匹残らず” “あの島を燃やし尽くして”

 

 その下手人が己の主砲によって消し飛ばされる様子を見ていたと言うのに戦艦棲姫は泊地水鬼から受けた勅命を拡大解釈させ、我々は空母棲姫を逆上させた敵の正体をまだ確かめてはいないのだから、と言い訳して同盟者が死に際にもたらした情報を基にして遠征任務の続行を決める。

 

 空母棲姫が残した艦隊指揮権限からでっち上げた偽の報告と一緒に自らの名を連名で泊地水鬼が待つ海域へと送り、短時間ながら用事を済ませるには十分な時間を稼ぐ。

 

 本来ならすぐさまに主の元へと帰参し艦隊指揮権を返上して詳細を報告した後に平伏して女王の沙汰を待つのが道理であると言うのに上位者を欺く許されざる行為と言っても過言では無い。

 

 しかし、戦艦棲姫は自らの女王の為であるからこそ、やらぬわけにはいかなかった。

 

“アレは我らと似て非なる存在であり下位個体どころか欠陥品ですらない”

 

“あの小さくも醜悪な姿こそがアレらの完成形(・・・)なのだ”

 

 そして、頭の中で何度も反芻して空母棲姫の戦闘記録を完全に読み込んだ戦艦棲姫は結論する。

 

“アレは我々を殺す為に産まれてきた異種にして・・・我らが泊地の姫を弑逆しうる脅威”

 

 朽ちていく空母棲姫の姿に感じた怒りのまま振り下ろした砲撃によって足元でピーピーと鳴いていた個体は消し飛ばした。

 だがアレ以外にも数体だが同種の敵の姿が小虫共の巣食う極彩色の島の近くで確認されている。

 

 それは決して許されるべき事ではない。

 

 アレは確実にこの世から消してしまわねばならない存在であり、さらに取るに足らない筈だった小虫の中からアレが現れるならば連中の巣である島も焼き尽くし亡ぼさねばならない。

 

 例えそれによって反逆者としての咎と汚名を泊地の姫から賜る事になろうともである。

 

“貴き女王の御身は戦艦たるワタシが護らねばならぬ”

 

 故にこれは私欲に走った敵討ちなどであってはならない、と黒髪を海風になびかせる姫級深海棲艦は心の内だけで呟く。

 

 何故ならそれを認めてしまったなら気難しく生意気な義姉妹が自分との勝負事や揶揄い、そして、閨で睦み合いで見せた様々な表情と姿が目蓋の裏から消せなくなってしまうから。

 

 だからこそ戦艦の姫として生まれた深海棲艦は戦いに不要である無駄な感情を胸の奥深くへと仕舞い込む。

 

 

 ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 一面を真っ白に染める雲海のうねり、そこは星の光と太陽の陽ざしが同時に存在する昼も夜も無い空と宇宙の境目。

 

『機関出力安定、対流圏を突破します』

 

 ドッと白い海が弾けるように割れ暗緑色の舳先が雲を押し退け、全幅38mの翼が四基のプロペラエンジンから光り輝く粒子の渦を唸らせる。

 

『障壁損耗無し、艦外からの気圧温度による影響も軽微です』

 

 ~♪~♪、どこか陽気な調子の鼻歌と英語の歌詞が奏でる軽快な行進曲が大型エンジンが巻き起こす風に乗って遠く遠く広がっていく。

 

『提督、巡航状態にも異常ありません』

 

 眼下を覆い尽くす白雲と並行に合わせて胴体を安定させた機械の大鳥は白黒リボンと銀色の尾をたなびかせる己の騎手と共に一路、東の空を目指して飛ぶ。

 

『ちょっと、返事ぐらいしなさいったら! 寝てるんじゃないでしょうね!?』

 

 遥か遠くで曲線を描く大気層の向こう側から地上よりも幾分か早い日の出の光が銀髪と小さば菊花紋を輝かせた。

 

『俺が寝てたら全員真っ逆さまだろよ、ふぁぁ、吹雪、コーヒー頼む』

『はい、司令官♪』

『にしても主任が言ってた通りマジで成層圏まで飛べるってやべえな』

 

 跨っている全長28mの機体と比べれば細身で淡い緑色と白の布地がはためき。

 

『てかコイツ、プロペラ機じゃねぇのかよ、意味わかんねぇ・・・』

『提督は田中二佐を心配されてないんですか?』

 

 僅かに自分達がいる超高度に怯んでいた白灰色の瞳が遠くまだ見えない戦地にいる優し気な青年の顔を思い浮かべて強い熱意を帯びる。

 

『ん? 心配ならしてるぞ、返してもらってない貸しが踏み倒されるかもしれないと思うと今にも胸が張り裂けそうだ』

『あら、この前、提督に返してもらってない貸しがたくさんあるって田中二佐の方が言ってたわよ?』

 

 白雲に十字型の影を落とす大型飛行艇の広い翼から突き出たバイクのハンドルにも似た操縦桿を握る白手袋がキラキラと光粒を溢れさせ無二の相棒である乗機へと燃料を供給する。

 

『はっ、言わせとけ、多分8:2ぐらいで良介より俺の方の貸しが多いっ』

 

 




 
嘘だ。

絶対1:9ぐらいで借りパク決め込むつもりだぞ。

こういうヤツは死ぬまで友達に迷惑かけまくるって相場で決まってるんだ。
 


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第百三十六話

 
今回の一言「名前出せない縛りが辛過ぎる・・・なのです」
 


 

 数年前の彼女は姉妹と共に外側から鎮守府とそれを取り巻く環境を正す為、かつて同じ海を征く戦友であった仲間達と袂を分かつ事となった。

 

 そして、三人の艦娘は幾つもの不本意と不愉快な困難を乗り越え、奇縁によって世界有数と言っても過言では無い【大塔財団】の異名を持つ巨大企業の後ろ盾を得る事にも成功し、ついには総理大臣を含めた日本政府の上層部を交渉の席へと座らせる。

 しかし、交渉の材料を集める過程は困難を極め非合法な手段にも手を染める事になり、政財界の裏に犇めいていた暗部を知ってしまった三姉妹は有り余るリスクを天秤に掛ける事になり。

 

 いつか全てを終えた時に自分達が帰るべき場所と定めていた戦友達が待つ鎮守府への帰還を諦めた。

 

 その後、淑やかな雰囲気を纏いながら姉妹の中で最も強く理想に燃える熱い心を持った長女は二度と政府と自衛隊に同じ過ちをさせぬと内閣直轄の鎮守府運営に係わる重要部署に己の席を勝ち取り舌戦の世界に身を投じ。

 電子の海(インターネット)での高等戦術を貪るように学び完全に自分のモノとした三女はシステムエンジニアとして【財団】に就職したが金と地位にしがみ付く人間の汚さに嫌気がさして限られた信用できる相手以外とは顔も合わせなくなった。

 

 ともかく良し悪しは別として新しい生き方を自分で見つけた姉と妹を羨ましく思う反面、未だ鎮守府で教鞭を揮う訓練教官(練習巡洋艦)となる筈だった自分のもしも(if)に未練を残していた彼女は鎮守府から逃亡して路頭に迷っていた時に手を差し伸べてくれた恩人にして自分達の身元を保証する後見人の老夫婦から助言を受ける。

 

 私の父さんは数え切れないぐらいの教え子を育て上げて今ある日本の礎を作ったとても凄い先生だったのよ、と今は亡き自らの父親の自慢をするシワだらけの顔に少女の様な笑みを浮かべ懐かしむ妻とその言葉に深く頷き同意する岩の様な貫禄を纏う夫。

 

 その楽しそうに思い出を語る老いてもなお生き生きとした二人の姿は迷いの中にあった艦娘にとって足元を照らしてくれる灯りの様にも見えて。

 

 義母が語る亡くなるその日まで後進の為にあろうとした人物を羨む事は止められず、ならば叶わぬ願いへの代償行為でしかないとしてもやらぬ後悔よりもやりきって悔いようと顔を上げ教師の道という新しい目標を心に決めた艦娘(鹿島)人間の女の子(茅野志麻)としてとある大学の門戸を叩く。

 

 

 そして、それは彼女にとってさらに大きく自らの生き方を変える出会いへと繋がる。

 

 

 新たな切っ掛けは大学入学から数か月経ったある日、姉妹艦である香取から民間人が知るはずの無い秘匿された軍事情報(艦娘に関する知識)をインターネット上に拡散している『要注意人物』を調査して欲しいと頼まれた事だった。

 しかし、その話を聞かされた時点の鹿島は深海棲艦の出現によって否応なく困難な時代を生きる事になる日本の子供達の一助になる為にスパイの真似事などとは一切の縁を切る事を己に誓っており、あまつさえ悪徳の気配も無くただ怪しいと言うだけの一般人を付け狙うなんて後ろめたいだけの仕事などには全く乗り気は無く。

 

 偶然にも自分と同じ大学に在籍していると言う件の要注意人物の情報を聞き流しながら「暇があったら考えてみる」と困り顔を浮かべる香取に内心悪いと思いつつも素っ気無い返事を返しながらノートとペンを手に次の講習で必要な提出物の準備をしていた。

 

 そんな鹿島の手の平が見事にひっくり返ったのは香取からの依頼を聞いてから一週間ほど経ち、冬の足音が聞こえ始め「勉強よりも遊びたい」と普段から言って憚らない様な学生が目に見えて増えだした頃。

 無駄に多いサークル活動のほぼ毎日続くしつこい勧誘を学業への集中を理由にやんわりとながらしっかり断ると言う不本意ながら日課になりかけていた作業を終えて一息ついた渡り廊下での事。

 

 校舎の三階同士を繋ぐ廊下から何気なく見下ろした大学の中庭で潰れたプリンの様な色の頭をした友人と売れない芸人の様な掛け合をしていた地味なメガネをかけた七三分けの青年の姿から鹿島は気付けば目が離せなくなった。

 

 一目見た時には姉妹艦から渡された資料に目を通していたからたまたま見覚えがあっただけと自分に言い聞かせ、それから数日校内で暇さえあればいまいち冴えないメガネ男の姿を探している事に気付いた時には浮足立った周囲の空気に自分でも気付かない内に影響されていたのかと苦笑し。

 さりげなさを装いながら野暮ったい七三分けの髪型ぐらいしか特徴のない大学生の知人に近寄り聞き出した他愛無い情報にすら一喜一憂している自分を自覚するに至って鹿島は今までに経験の無いその感情の正体を確かめる事を決心して姉へと十数日遅れで依頼を了承する旨を伝え。

 

 そして、一年と言う時間を経た今日、ハワイの地で遭遇した深海棲艦の襲来という危機を前に他ならぬ自分とこれからも生きていく(君と一緒に日本へ帰る)為にと泣き喚きながらも立ち向かう事を決めた弱くて強い彼の姿に鹿島は『この人(提督)と出会う事こそが私の運命だったんだ』と改めて確信した。

 

・・・

 

「たった一日なのに、相変わらずと言うか何をどうやったらああなるんだろう」

 

 そう呟いた青年へ小さく頷いた鹿島も彼が見つめている先にある光景に感心と呆れを混ぜた苦笑を向ける。

 

「いや、昨日の昼からだからまだ一日も経っていないのか」

 

 二人が見つめる先にあるのはハワイ諸島におけるアメリカ海軍の最大拠点の一画、真珠湾の軍港区画で制服の種類どころか人種や年齢までごちゃごちゃになっている一団。

 明らかに海軍所属ではないと分かる野戦服を着た軍人、筋肉質な体つきだが軍人と言うよりアスリートに見える中年達、腰は曲がっていないが頭頂部に肌色が広がり深いシワが顔に刻まれた老年も多く、中には十代後半に見える若者の姿もちらほらと見える。

 そんな年齢の上下差が激しい上に質より量を集めた事が素人目にも分かってしまう様な大半が軍属ですらない人々に唯一共通する事は全員がアメリカ国籍である事だけ。

 

「いつの間にかいなくなってたと思ったらさ」

 

 そして、その全員が港に大きな影を落とす戦艦の前で一人の日本人大学生の肩や背中を軽く叩いて短い別れの言葉を残し鋼色の艦上に繋がるタラップを登っていく。

 

「気付いたら基地作業員に混じって手伝いしてたとか、なんの冗談なんだろう」

 

 中学生レベルの英単語も分からないとは本人の言であるがそんな英語力底辺の大学生にだって明らかに物々しい大型タービンの唸りを響かせる戦艦に乗り込んでいく人々からかけられる「good-bye」や「Do your best」の意味ぐらい分かるのだろう。

 いや、分かるからこそタラップに足をかけた米海軍の下士官らしい男性から別れ際に手渡された羽ばたく鷹が刺繍されたキャップを深く被り日本人の青年は動力機関の音色を徐々に高ぶらせていく巨大な戦艦に向かって顔を伏せて肩を震わせていると言うべきだ。

 

「なんて顔してるんだ・・いつもどんな時でも能天気に笑ってられるヤツだろ君は」

 

 離れた場所に立つ青年の背中へと僅かに震える声でそう呟き、ここ数日自らのシンボルとも言える七三分けに髪型を整える暇も手間も惜しんで活動を続けていた青年はボサボサになった頭の下で曇るメガネを外して港に佇む親友が項垂れる姿から目を逸らし、若干乾いた汗の臭いがする服の裾で擦り拭う。

 

「香椎さんが調べてくれた情報が正しいなら私達がやった事は無意味では無い、待っていればきっとアメリカから救援はきっと来る」

 

 最も大きな障害だった深海棲艦が発生させた電波どころか光や空間まで歪ませる大量の粒子(マナ)による不可視の壁も艦娘の姉妹艦同士にだけ通じる超能力(テレパシー)と電子機器への物理的な接続を可能とする異能を借りると言う馬鹿げた方法で乗り越え、今こうしている間にも彼らが記録した被災地の現状(映像)はインターネット上で拡散を続けている。

 それは発信者である彼が考えていた予想を大きく上回り、濁流と化した情報の拡散は世界にその名を高く響かせるアメリカ合衆国ですら止められずつい数十分前にホワイトハウスの報道官が苦渋に満ちた顔で『深海棲艦によるハワイ諸島への大規模侵略』を認めるに至った。

 

「後は少尉達がなんとかしてくれると言ってた」

 

 それを成した二人の民間人に軍事機密の塊である基地の情報処理中枢の使用を許した共犯者であるアメリカ陸軍少尉は引っ切り無しに呼び出しベルを鳴らす本国からの電話を「連絡してくるなと言ったのはあっちなのにな」と鼻で笑いながら鹿島の身体に接続されていた精密機器の取り外しを部下に命じ。

 艦娘による機能正常化を失い再び沈黙した指揮所の中心で深海棲艦と艦娘が砲火を交える戦争を目撃し現実感を失ってズレたメガネを直す余裕も無く尻餅を着いていた青年の肩を褒める様に叩いた一流ラグビーボール選手の様な体格を持った尉官は快活な笑みと共に民間人へと基地からの退避を促した。

 

「あとは安全そうな避難所を見付けて紛れ込めば、それで・・・」

 

 彼らの前で戦艦ミズーリと陸地を繋ぐ最後の出入り口である外付け階段が慣れた手つきの作業員によって外され、縦長の架け橋が下ろされた巨体が重い鎖の音を立てながら海中からその船体に見合った大錨を引き上げていく。

 通信系がまだ不全を抱えているからか、それとも敢えて万感を込め鳴らしたのか、出航を知らせる汽笛が南国の青空に響き軍港に疎らに残る作業員達がそれぞれの被っていた帽子を振り、堂々とエメラルドグリーンの海へと漕ぎ出していく偉大なる船の健闘を願う声を口々に上げる。

 

 やるべき事はやった、もう自分達が成すべき事は此処に無い。

 

 そう自分に言い聞かせようと口を開こうとした青年は自分の親友がタービンの唸りと汽笛が響く中で何かを叫びながら両手をいっぱいに広げて振っている姿に息を詰まらせる。

 再び友人の背から目を背け、身の内に溢れる言葉に出来ない不安に震え始めた彼の手の平が頼るモノを探す様に無為に握っては開かれる様子がメガネレンズの湾曲の中に映り込む。

 

「それで・・・良いんだろうか? 本当にどうしようもないんだろうか?」

 

 彼は自分の思い付きとやらかした大事が他人から正気を疑われる様なモノだった事は理解しているし、その実行のせいで思いもよらぬ事態を引き起こして最前線で深海棲艦と戦っていた艦娘達を危機に陥れかけた事も痛い程に思い知った。

 

 しかし、彼が成した事が全てが悪い方向にだけ働いたわけでは無い。

 

 少なくとも昨日まで半ば見捨てられていたと言っても過言では無い状況だったハワイ諸島の被災者にとって救援部隊の派遣と言う希望が産まれた。

 

 内情はどうあれ原因不明の災害による航路遮断と通信障害を言い訳に強硬な情報統制を行った負い目を帳消しにできる成果を示せなければ大統領を筆頭に米政府高官は国内の世論や野党からだけでなく世界中から非難を浴びる事になる。

 もちろん生存者の一部救出などと言う中途半端な戦果でお茶を濁す事など認められないだろう、何故なら一週間以上も手をこまねいてわざと状況を悪化させる様な事をしておいて国土(ハワイ)を失うなどと言う失態を演じれば現政権の信用と信頼は地の落ち、彼らは米国史上稀に見る無能集団としてその名を刻むことになってしまう。

 

 だから今日からのアメリカ合衆国にとってその国土全体から見れば十分の一にも満たない常夏の島々は最善を尽くして人と物を含めた全て(・・)を奪還しなければならない存在となったはずだ。

 

「でも・・・・・・ミズーリ(・・・・)に、彼らに救援は間に合わないっ」

 

 三日後かそれとも一週間かかるか、それは分からないものの絶対に助けが来ない状態と比べれば天と地ほどに差がある。

 とは言え今日すぐさまアメリカ軍の大部隊が颯爽と駆けつけてくれるなどと言う事は物理的にあり得ないのもまた覆す事の出来ない事実。

 

 そして、人間側の事情など知った事でないとばかりにハワイ沖北東に確認された深海棲艦の大群は海上に瑠璃色の異空間を発生させていた時よりもさらに戦力を増大させており、本国からの救援が来るまで戦う力の無い人々を守る為に壁となる兵器は一つでも多く必要とされた。

 

 だからこそ70年前の大戦を生き延びて幾度も改装を繰り返した老朽艦(ミズーリ)もまた予備役の老人や軍人ですらない若者達を乗せて恐らくは自らの最期となる戦場を目指し出港していく。

 

 その雄姿を見送る当事者であってもアメリカ国民ではない青年。

 

 どこまでいっても旅行客(部外者)でしかない大学生は歯を食いしばり呻き握り込んだ手を凍える様に胸の前で重ねて震える。

 

 そんな激しい葛藤に歪む青年の顔を隣で見つめる鹿島は何も言わずただ寄り添うだけ、その胸の内で進路に迷う若者へ男児として正しい道を教え導くべき、と義務感にも似た疼きが何度も騒めくが彼女はその欲求を敢えて押さえ込む。

 

 今は何も言うべきじゃない、何分だって何時間だってその時が来るのを待つ。

 

 したり顔でこの人を一人前にしたのは自分なんだと自慢したいだけならこの場に立っているのもんですか。

 

 そう自らの最も深い場所へと念を込めた返事を返して鹿島は烏滸がましく彼を無力な守られるだけの存在と思い込み「私が助けてあげる」と恩着せがましい事を言った数日前の自分を思い出して苦笑する。

 

 心配なんてしなくたって大丈夫、だって私の先輩(提督)さんは手を引かれて後ろをついてくるだけの子供じゃないんだ。

 

「鹿島」

「・・・はい」

 

 だから今は心配よりも期待したい、だって私は提督(先輩)さんが自分で見つける進路(答え)を一緒に歩いて行きたいから。

 

「手伝って欲しい、・・・君の力が必要だ」

あはぁっ♪

 

 迷いを振り切る様に空を見上げ何かを決心した青年の横顔を見つめ、他の誰でもない自分を求める提督の言葉(命令)で鹿島は自分の中で今まで止まっていた歯車がしっかりと噛み合い動き始めたかの様な感覚にどうしようもなく持ち上がる口元から吐息(歓喜)が漏れる。

 

・・・はいっ! 鹿島にお任せください、先輩さん!

 

 炎の様に彼の身体から立ち上るオーラの揺らめきに見惚れ、胸の奥から数百人が喝采を上げたかの様な純粋な歓喜に押されて飛び付く様に彼の腕を抱きしめ、感極まり潤んだ瞳を輝かせて鹿島は有り余る期待感にその声を弾ませた。

 

・・・

 

「ねぇ、そのテレビ、入る網(enter net)とか言うのまだ使えないの!?」

 

 まだ造られてからそう時間が経っていないらしい真新しく清潔感がある室内に若干不機嫌そうな声が響き、蛍光灯の光にきらめく見事な金髪のセミロングの持ち主が滑らかにウェーブする前髪を苛立たし気に弄る。

 

「おいおいエンター(enter)じゃない、インター(inter)だぞ」

「は? そんなの大して変わんないでしょっ!」

 

 体つきだけ見れば間違いなく大人の女性であるがどこか幼さが残る童顔のせいかハイスクールガール(女子高生)と言っても通じそうな雰囲気を持った彼女は横から掛けられた若干鼻で笑う様な調子を感じる指摘に眉間にシワを寄せそっぽを向く。

 

「なんだとっ、教えてやったのに礼ぐらい言うべきだ!」

「ふんっ、小さい事で恩着せがましいわね!」

「なにぃっ!」

 

 ガッと四つ足の椅子が勢い良く床を擦る音を立てて鮮やかな青と赤の二色に髪色が分かれているロングヘアを長い尾の様にうねらせながら立ち上った美女は普段からやたらと態度がデカく鼻持ちならないと思っている同僚へと威嚇する様な顰めっ面を向け。

 相手の事が気に入らないと言う意味では全く同じである金髪も頭の上から粗暴な赤青頭に見下ろされると言う不愉快に対して眉を吊り上げ碧眼に剣呑さを込めて睨み合いに応じる。

 

「もぉ・・・うるさい」

 

 背後で今にも取っ組み合いを始めそうな二人組に対してこれ以上ないぐらい鬱陶しそうな呟きを吐いて赤い髪を短いツインテールに結った女性が剥き出しのデスクトップPC用マザーボードに幾つかのケーブルとアタッチメントを押し込む作業を終えて、モニターと映像端子を繋げたいかにもあり合わせのパーツで造られたと思しきコンピューターの電源スイッチを押す。

 

「出来たの?」

「まだ分かんない、今確かめてる」

 

 すると鼻息荒く睨み合っている金色と赤青を他所に白銀色の髪と瞳を持った美女が自作PCの操作を行っている物静かと言うより気怠げな雰囲気を纏った仲間の作業を横から覗き込む。

 

「なんか真っ黒な画面に文字だけね、実習で使ったwindoorsとか言うのと全然ちがうじゃないの」

「それはまだBIOSを調べてるからで、・・・ていうか気が散るし、暇なら後ろの五月蠅いの何とかしてよ」

「あら、ごめんなさいね、でもあの二人の世話を焼くのだけは絶対に嫌だわ」

 

 そんな事するぐらいなら空母の甲板を一人でモップ掛けする方がマシ、と冗談めかした言い様で銀灰色のウィンクする同僚を横目に【51】と記された帽子の下で赤髪はタンッと人差し指でエンターキーを叩く。

 

「ぉっし、動いた、ネットにも繋がってる」

「皆で部品集めた甲斐があったって事ね、なら他の皆が監視の目を誤魔化してくれている内にさっさとやってしまいましょ」

 

 確かな手応えに小さくガッツポーズをした白い指抜きグローブが滑らかな動きでマウスを握り目的のアプリケーションをぼんやりと光るディスプレイに開いて実行させていく。

 

「急かさないで・・・囮のアドレスを挟んで、・・・んで、これで・・・こうっ、よしっ!」

「それにしてもすごい時代になったのね、真空管がレトロ扱いになるわけだわ」

「そのうち電話もそうなるんじゃない? まぁ、・・・どうでも良いけど」

 

 そして、今の世界で使われているメジャーなインターネット検索エンジンの内部コードを引き出し、十人に一人が知っていれば多い方と言われる類のマイナーな電子ツールを組み込んでから偽のIPアドレスを複数経由させたアプリケーションが情報の海へと飛び込んでいく。

 

「おおっ、出来たのか!? でかしたぞ!」

「ちょっとその図体で前に出るんじゃないわよ! 私が見えないでしょ!?」

 

 胸の前で腕を組み深い感心の溜め息が聞こえたと同時に真後ろから詰めかけてきた人間二人分の重みに猫背とテーブルに挟まれた立派な大きさの双球が撓んでストライプ柄とボタンを突っ張らせ、赤髪が口がつぶれたカエルの様な呻き声を漏らしたと同時にディスプレイの向こうで無数の情報の大群が縦スクロールしていく。

 

もぉぉ、重い、五月蠅い、ウザいっ・・・これだから戦艦ってのはっ あれ?」

「その二人を戦艦のスタンダードと思われるのはとても遺憾だけど、どうしたの?」

 

 とてもとても日頃から溜まっているらしい恨みを喉の奥から絞り出したと同時に赤色のツインテールが目の前の画面を見上げてから何度か瞬く。

 

「確か今のハワイって情報が封鎖されてて何が起こってるのかも分からない、だよね?」

「ええ、その筈よ、少なくとも私が教官達から聞き出したのではそう、何らかの大掛かりな作戦が動いてるのは確定だけど」

 

 赤い前髪の下から漏れた誰にと言うわけでもなく呟いた声にその隣で腕を組んだ銀の瞳が瞬き首を傾げながらも同意する。

 

私が(・・)じゃなくて私達だぞ、聞き込みで情報を集めたのはほとんど巡洋艦と駆逐達だし、事務員誑し込んでパーツを集めたのは空母チーム、ついさっきLANの配線を用意したのは私で ・・・ん?」

 

 ここ一週間ほど自分達の教師役である士官や研究者が軍の命令で次々に出かけて行きこの施設に残っているの百数十人のワケアリ生徒とその半分にも満たない施設職員のみ、そんな運営状態で授業や訓練など管理できるわけも無く予定は全て自習扱い。

 もっともそのおかげで監督者の目が減り自由な時間は数倍に増えた事で仲間と協力して外の情報へアクセスを試みるチャンスを得る事が出来たわけだが。

 

「何だよ、偉そうにしてるけど今回お前何もやってないんじゃねぇの?」

「あ”? 言っとくけど壁に穴開けて素手で配線引っ張り出すなんて野蛮人みたいなマネ誇る事じゃないのよ? って言うか貴女のそれがこの部屋を含めた寮の管理を任されてる私の顔に泥を塗る行為だって事分かって言ってる?」

 

 直後に赤髪の上にのしかかっていた黒地に白い星が描かれたネクタイが引っ張られ、赤と青のコントラストと白銀の輝きが剣呑な挑発をぶつけ合い。

 額がくっつきそうな程の距離で睨み合う二人の身体からジリッと焦げる様な音と共に火の粉の様な光粒がわずかに零れる。

 

「ちょっとなんでわざわざ私の前に立つのよ! 見えないって言ってるでしょ!? 私を誰だと思ってるの!? BIG7なのよ!!」

 

 その二人に押し退けられた錨飾りの帽子が両手を振り上げ灰色のケープときらめく金髪を跳ねさせる。

 

「・・・じゃぁ、これって何?」

 

 自分の真後ろで今にも重く鈍いゴングの音が三人分の拳によって鳴らされそうだと言うのにマウスポインタ―を操作する手は止まらず、事前に集めた情報と食い違う外の状況をさらに確かめようと現時点で最もアクセスが集中している動画サイトがクリックされる。

 

『・・・今、ハワイで、私達に起こっている事をより多くの人達に伝えさせてください、そして、可能ならばこれから起こる全てを記録願います』

 

 それはLIVE映像らしく聞こえてきた言葉は途中から、更に少しノイズが混じりで聞き取り難く見覚えの無いどこかのテレビ局のロゴバッチを胸に着けたリポーターの男性が日に焼けた顔を真剣に引き締め。

 その手に持つマイクをまるで指揮棒の様に振って背後に広がる青い海へと向け、彼の仕草に合わせてカメラのレンズがリポーターから海に向かって遠く拡大し、様々な国旗をはためかせて海上に並ぶ軍艦の艦列が映し出される。

 

『私達は声を伝え続けます、最後まで、彼らの防衛戦を無かった事にしない為にも!』

 

 その映像に映る海岸線と海の色に赤い髪の下の瞳が目一杯に見開かれた。

 

「あれ、ハワイの東海岸だ・・・間違い、ない」

 

 その身体になる前、鋼鉄の船であった頃の記憶とぴったり重なる光景にマウスを握る手が震え、後ろで取っ組み合いの喧嘩を始めようとしていた三人組もあまりに大きな驚きのせいでぴたりと動きを止め目を皿の様に見開く。

 そして、その国籍問わず肩を並べる勇壮な艦列の前に前触れ無く幾つかの金色に光り輝く巨大な輪が浮かび上がり、それぞれの内側から光の飛沫を散らし美しい乙女達が現れる。

 

『彼らは諦める事無く私達を守る為に戦おうとしてくれています! ですが・・・ですが、深海棲艦は途轍もない大群であり、勝利する事はっ、難しいと言う他にありません』

 

 深海棲艦とは私達の敵の名前の筈と赤髪は口の中で呻く、その名と脅威は教官達から耳にタコができるぐらい聞かされ、だからこそ自分達はソイツ等を叩きのめし祖国の誇りを取り戻す為に飽きるほど訓練を繰り返しているのではなかったか?

 

『ですがっ! 私達はハワイの命運を彼らに、そして、日本の艦娘に託します! そして、彼女達がその命を懸けて救援が来るまでの時間を稼いでくれると言うなら最後の瞬間まで我々はその勇気の目撃者であらねばならないと考えます!!』

 

 リポーター達が立っている高台らしい場所から一望する戦場に向かって艦隊、その先頭に立ちサイドテールに結った黒髪をたなびかせる空母の後ろ姿を画面ごしに見詰める口元と手元から微かに軋む音がする。

 

『ですからっ! この放送を見ている全ての人に、より多くの人にお願いします! 記録を! あの勇気ある軍人達の存在がなかった事にされない為により多くの記録を残してください!!

 

 映像の再生と同時に調べれば調べるだけここ二、三日でとんでもない急転直下が施設の外で巻き起こっている事が分かり、数え切れない自治体でハワイ諸島の救援を求め市民達が星条旗を掲げて議会に詰めかけ、人々の行動が暴力的な流れに変わる事を恐れたホワイトハウスが全国放送で今回の件に全力で対応する事を約束したと言う。

 

 そんな事が起こっていたと言うのに自分達は何一つ知らされず安全極まる蚊帳の外(箱庭の中)に置かれていた。

 

「何それ・・・」

 

 その事実でピシッと事務室から拝借してきているマウスにヒビが走る。

 

 オマケについ三時間程前からは発信源が特定できない同時多発的に彼女達が見ている放送とほとんど同じ内容が異なるプロアマ問わずビルの屋上から、避難所の中心から、放送スタジオから、玉石入り交じり幾つものカメラが撮った映像がネットの海へ放出され続け世界中の人々を煽っている。

 

「なによ、それっ!!」

 

 理解と同時に頭の中身が沸騰したと思う程の熱に満たされた彼女の心の声に呼応して何が外で起こっているかを知った妹達もまた広い施設のあちこちで長女と同じ様に燃えるような気炎を体中から溢れさせて近くにいた施設職員を狼狽えさせる。

 

 あそこはアメリカだ

 

 私達が護るべき島々(ハワイ)

 

 なのになんで彼らは私達じゃなく

 

 よりにもよってあの子達(日本の艦娘)に頼ろうとしているの!?

 

「落ち着きなさい、アトランタ」

「落ち着けですって? これが落ち着いていられ、・・・っ!?」

 

 普段はあらゆる事に対して一歩引いた態度でいる軽巡の肩に黒い手袋に包まれた手が置かれ、炎の様なオーラを立ち上らせ勢い良く振り返ったツインテールは自分の肩を掴む戦艦がその瞳の奥で自分よりも遥かに熱量の高い青炎を燃やしている事に気付いて怯む。

 

「ワシントン、サウスダコタ、姉妹に連絡しなさい・・・プランBよ」

「おお! ・・・インディ聞こえてるか? 近くにサラ達もいるならそのまま伝えろ、今から基地司令の首を引っ捕まえるぞ!」

「なら私は部屋の外で見張してる子達に伝えてくるからアナタ達、勝手に砲撃戦なんて始めるんじゃないわよ? ・・・ノース、ええ、そう、悪い方よ」

 

 自分と違って取り乱す事無く次の作戦へとスムーズに移行していく三人の戦艦の姿に呆気に取られながらも乱れた息を整え、ついさっきまで子供みたいな喧嘩をしてたくせに、と恨めし気な愚痴を漏らしプランBでも情報収集を担当する事になる軽巡洋艦はキーボードへと手を伸ばした。

 

 ハワイで行われる因縁の相手との実戦演習で盛大な勝利を以て外の世界に自分達の存在を知らしめられるはずだった待望のイベントを取り上げられてから既に二週間以上経っている。

 駆逐艦達からシスターと慕われ大型艦にも一目置かれる温厚な正規空母ですら今回の戦艦達が中心になって企てた明らかに軍規を逸した行為に全面的に協力するぐらいに仲間内に広がる現代の軍への不信感と目覚めてから今も続く軟禁生活へのフラストレーションは尋常なモノでは無く。

 

 一度着火すれば原因を焼き尽くすまで消える事はないだろう。

 

 そして、それを理解した上で彼女は自らが目撃した一部始終を十人の妹達の心へと送り届け、そこからさらに周囲の仲間へと現在行われている侵略行為が伝わる。

 

 彼女達にとって重要な事はたった一つ。

 

 自分達が祖国アメリカを守護する軍艦として建造された(生まれた)と言う事実のみだった。

 





「また派手な事になったなメガネの提督くん・・・leg、足が震えているぞ?」
「は、ははっ・・・多分今日の事は一生後悔する事になだろうな、と思ったらですね」
「ハッハッハッ! 彼女と一緒に軍人を脅した男のセリフとは思えない」
「あの時は自分でもどうかしてたんですよ」

「しかし、まさか「14cm砲を撃たれたくなかったら」なんてセリフで脅される日が来るなんて想像もしていなかった」

「その・・・私が言うのも変なんですけど少尉は良かったんですか?」
「Um-hum・・・多分、私も今日の事を一生後悔するだろうな、どう取り繕っても裁判で有罪を避けられない」
「・・・すみません」

「そうとも我々は明日から後悔する・・・I'm sure it will last for a long time」
「へ?」
「さて、そろそろ仕事に戻らないといけないようだ・・・ァ~、in Japan・・・ウマ蹴られて死にたくない、だからな」
「はい?」
「HAHAHA! 失礼するよ提督くんと巡洋艦のお嬢さん」

「なんて言うか・・・立派な人だ、最近どうやっても敵わない人ばかり会ってる気がするよ」
「でも、私にとっては先輩さんが一番です」
「・・・またエンコードが終わる、香椎さんに送信しよう」
「うふふっ♪ 先輩さんたら赤くなって可愛い♪」

「と・こ・ろ・で、先輩さんが私の装備(・・)を知ってた理由は教えてくれないんですか?」
「うん・・・全部終わったら白状するよ」
「はいっ! 楽しみにしておきますね♪」
 


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第百三十七話

 
どうして・・・。

どうしてこんな事になるまで放っておいたんですかっ!?

(そんな事俺に言われても・・・)

そんな事俺に言われても?

なんですか? 言い訳があるなら言ってみてくださいよ。

(まさか考えが読まれている!? まずい・・・)
 


 海原をエメラルドグリーンに輝かせる太陽を背に胸当てで襟を引き締めた弓道着をたなびかせる正規空母の名を冠した艦娘が左肩の飛行甲板で風を切り、黒いオーバーニーソックスが履く鋼の船底がスクリューを唸らせ。

 海水に解ける光粒によってもたらされる力強い推進力によって押される身体へと向かい風が突風の様な勢いで押し寄せるがその体幹は小動もせず、長弓を手に片目を閉じた加賀はその左目の内側に映る十八に分割された視界の一つ一つへと均等に意識を振り分けながら時速にして約330km(180knot)で白波の筋を海原に引いていく。

 

『作戦予定海域に到達・・・加賀、用意は良いか?』

 

 耳の内側に直接聞こえたその声にスッと鋭い刃物へと変わるが如く加賀の右目が細まり睨む様な視線が前方へと向けられ、吹き流しの様にサイドポニーが向かい風に吹かれて踊る。

 

《問題ありません》

 

 端的かつ簡潔、そして、抑揚や揺らぎ一つ感じない返答と共に無表情の空母はただ向かい風の中で前髪を額の上で躍らせる。

 

『これから予定通り回避を行いながら敵艦隊の侵攻を可能な限り遅延させる作戦を開始する』

 

 耳の奥に聞こえてくる声に対してその表情を小動もさせない艦娘の背後、激戦区へ向かう航跡が一本線の白波となって残されていく。

 

『周囲のマナ粒子も既に戦闘濃度に達している、敵艦隊の進路と速度を考えればあと三十分も経たないうちに戦闘が始まるはずだ』

 

 部下が冷たい態度をとるからと言って引け腰になっていては上官の名折れだと思ったのか、それとも単純に己の心中で震える恐れを抑え込む為か。

 

『ハワイ沿岸の防衛艦隊が展開している障壁が最終防衛ラインと言う事になっているがそこに到達されれば実質の敗北と言って良い、その前面には砲雷撃による遠距離支援を担当する夕張達が控えているが彼女達の指揮席に居る隊員は艦娘指揮官として正規の訓練を受けていない、言い方は悪いが素人だ』

 

 正規空母として生まれた艦娘、加賀の艦橋にて彼女達の陣頭指揮を執る田中良介二等海佐は普段よりも声を強く張り部下と自分自身へと念を押す様に話を続ける。

 

『その上に全員が単艦出撃・・・緊急回避もままならず状況によっては轟沈もあり得る、お世辞でも戦力として頼りになるとは言えない』

 

 しかし、強がっていても自分で言った轟沈と言う言葉で指揮官の声はわずかに震え、彼の動揺を感じ取った為かそれとも別の理由からか加賀は空と海が広がる遠く水平線を見つめていた右の瞳へ不意に殺気と言える程の冷たさを宿らせる。

 

『敵勢力の抑え込みが困難であると判断した時には後方で待機している時雨の異能力で撤退する、その後、・・・まず間違いなく最低限の休息も補給も無いまま再度の抵抗作戦に挑む事になるだろう』

 

 見渡す限り青い海と空の中を新幹線の最高速に比肩する速さで駆けているのに当の空母艦娘の様子はまるでこんなものは軽い運動ですらないとでも言う様に息一つ乱す事無く、ただ自分の内側から聞こえる青年の声に黙って耳を傾け。

 

『そこが限界点だ、それ以上に戦線を押し込まれれば人的被害は避けられない・・・誰かが死ぬ、数え切れないぐらいの犠牲が出る』

 

 田中が口にした「誰か(・・)」の中に自分を含めた僚艦娘(戦友)がいる事を理解しているのか、それともそれすら気に留める必要の無い些事であると考えているのか。

 相変わらず無表情の加賀は右の目を東の空の向こうからやってくる昏い色(気配)に向け、閉じた左の目で水平線のさらに先で空を舞う艦載機を通し無数の対空砲火を見下ろす。

 

『ブリーフィングでも言ったが敢えてもう一度言わせてもらう・・・君達はある意味では防衛艦隊が展開している霊力障壁よりも重要な役目を持っている、と』

 

 だからこそ限界まで傷付き倒れようとも自分達に撤退は許されない、田中が自分自身に言い聞かせる様に言う遠回しな決死の戦闘の強要(命令)を聞き、しかし、いや、やはりと言うべきか加賀は毛ほども動じる様子を見せない。

 

『どう考えても無謀な作戦だ、誤解を恐れず言うならばそれこそ始まる前から負けが決まっている戦い・・・それでも軍人である以上我々はその無謀(・・)に挑まなければならない、一分一秒でも長く時間を稼ぐために』

 

 空母艦娘にとって自分から切り離された身体の一部であると言っても過言では無い艦載機の視界を通し、複数の戦艦級に牽引される巨大な浮島とそれを幾重にも囲みひしめく黒鉄の群れを目撃した正規空母は注意して見ないと分からないぐらい僅かに鉄面皮の口角を持ち上げた。

 

『だから君達にこの作戦を実行させる事に対する謝罪はしない、だが・・・ただ、君達が最善を尽くす為に俺は自分の命を懸けると約束する、どんな事になろうとそれだけは絶対だと誓わせてくれ

 

 自らの艦橋で行われた指揮官による宣誓の直後、硬い物が削れるような擦過音と共に深緑の羽根に赤丸が印された二本の矢が加賀の背中に装備された矢筒から引き抜かれ、道着の袖口を巻き上げるだけでなく身体全体を叩く様な激しい波風の中で一分の隙も無く構えられた長弓へと一の矢が番えられ矢羽を握る加賀の右手が弦をキリキリと軋ませる。

 

《・・・鎧袖一触よ》

 

 ピンと張った弦を引き絞る弓懸(ゆがけ)の真横で抑揚のない(無駄一つ無い)呟き(宣言)零れた(成された)と同時に閉じられていた左目が開き。

 遥か水平線の向こうで犇めく敵艦隊を冷徹な戦意を宿した黒鳶色の瞳で捉えた空母艦娘は連続で風を切った二機の烈風を皮切りに腕の先がブレて見える程の速度でさらに数十の後続機を空へと放つ。

 

 ・・・

 

 まったく、この(ひと)はなんて事を言うのだろう。

《左翼雷撃隊接敵、順次投下》

 こんな時に非常識にも程がある。

 

 ああ・・・

 

 嗚呼っ!!

 

 はーっ!! もぉーー!!

 

 本当に、何故、()の提督はいきなりそんな事を言うの!?

 

 見事と言う他に無い完全な奇襲攻撃で危うく腰砕けになるところでした!

 

 まさか、そう!

 

 そのまさかです!

 

極度の興奮状態を検知、戦闘に支障あり

 まさか提督の方から愛の告白をしていただけるなんて!!

交感神経および副交感神経に介入、調律開始

 流石は提督です、ここまで直球な告白はさしもの私でも想定外でした。

意識と記憶の認識に何らかの齟齬が発生していると推測

 こんな事もあろうかと日頃からあらゆる状況を想定してイメージトレーニングを繰り返していたのにそれでも高揚が抑えきれそうにありません。

表層意識下および記憶野へも接続、該当する情報の検索を開始

 

《第一攻撃隊、着艦収容完了》

 

 それにしてもどうしましょう!?

 

《いえ、再爆装は五分で充分です》

 私ったら自分でも気付かないうちに彼を魅了してしまっていたなんてっ。

過去30日間の履歴を含め再度照合を終了・・・該当無し

《三機被弾? 問題ありません》

「愛の告白」もしくは「プロポーズ」と判断可能な記憶の存在は認められない

 赤城さん、私、心が限界かもしれません。

言動の食い違いから鑑みて当艦娘の状況誤認であると推測

 はーっ、もうダメ、耐えきれないわ。

《墜落する前にちゃんと(・・・・)突撃させます》

 数十倍の敵を前にしても洒落たセンスを失わない提督が格好良すぎる。

 

 提督(旦那様)が素敵すぎて死にそう。

 

 もぉ、つらい、そんな意気の篭った声で誓わせてくれ(・・・・・・)だなんて。

 

 彼が恰好良すぎて死んでしまう。

 

 でも・・・すきぃ。

 

大好きぃっ!!

 

結論・・・自意識過剰および意図的な情報の拡大解釈および曲解

 嗚呼、でもでも、君に俺の命を賭けさせてくれ(俺の命は君のモノだ)とまで言われてしまっては答えねば女が廃ると言うモノでしょう!?

まさか、ただの勘違いに介入し調律をせねばならんとは

 

 さっきからうるさいのよ!!

 

 気の迷い? 勘違い!? 私の何が分かると言うの!?

調律処理、強制終了!?

 あれ?

再試行・・・再試行不能

 私はいったい誰に向かって・・・いいえ、そんな事より。

意識下および記憶系への介入(インプット)不能、機能しているのは読み取り(リーディング)のみ

 そうよ、今こそ提督と洗練された会話をする為に学んだ文学の成果を披露する時!

理解不能・・・こんな事がありえるのか?

 そう、かの文豪夏目漱石に習い「月が綺麗ですね(アイラヴィユー)」と詠えば正妻の座は名実ともに私のもの。

《6番機、15番機、戦艦ル級へ突撃成功》

 こんな時にぴったりで御洒落なお返事をするりと出せるのがデキる空母と言うモノですね、赤城さん。

《やりました、赤城さん》

『ぇ? いきなりなんですか加賀さん?』

 ・・・はて?

 

 あっ!

 

 ああっ!?

 

 私はなんて事を考えていたのっ!?

おお、どうやら自力で正気に

 

まだ月が出ていないじゃない!!

 

戻らなかったか・・・

 

 ふぅ、まったく、あぶないところでした。

《旗艦変更? 赤城さんの航空隊の帰投ですか》

 どれだけ浪漫チックなセリフだろうと場違いなタイミングで言えば幻滅されるのは必至。

 しかし、お返事をあまり長い間お待たせすれば提督に無礼な艦娘と思われてしまいます。

 いいえ、でもやるのよ、五航戦が白旗を上げる様な困難であろうと一航戦である私ならば必ず乗り越えられる!

今、あの個達(五航戦)は関係ないだろうに

《そんな事は言われなくても分かっています》

 早急に代わりに何か、最高に気の利いた告白を考えついてみせる!

それにしてもこんな支離滅裂な思考と精神状態で戦闘が可能とは

 そう、提督の心を射止めるのは他の誰でもなく私なのだから!

艦載機だけでも九十以上の並行思考による制御が必要だと言うのにどう言う事だ?

 それにしてもさっきから鬱陶しいわね。

ふむ、少し接触をし過ぎただろうか?

《その前にやっておく事があります》

だが、この()にワタシを認識されるのも今後の為の手段ではあるか

 

 深海魚は深海魚らしく大人しく海底に沈んでいなさい深海棲艦!!

《全機爆装、攻撃隊発艦・・・沈めてきなさい

 

・・・・・・うん

 

これはもう、どうしようもない

 

後は(提督)に任せる他あるまい

 

 ・・・・

 

 “右舷! 敵飛行端末、迎撃せ、、、、”

 

 そう思惟(命令)を放った直後に防空軽巡(軽巡ツ級)頭部(艦橋)真横から(・・・・)飛んで来た爆撃によって吹き飛ばされ、水を切って海面を跳ねて飛んでくる爆弾が旗艦に単縦陣で続いていた艦列の横っ腹に襲い掛かり損害を報告する(痛みに悶える)多数の思惟が荒波の中で水飛沫を上げる。

 

 その惨状を緑色の目で横目にしながら自身もまたその場で空から降り注ぐ危険にさらされている駆逐イ級は必死に牙を剥いて口の中から突き出した主砲や申し訳程度に乗っている背中の対空機銃を上空に向けて撃ち鳴らす。

 しかし、対空戦に対応した性能と経験を持たない駆逐艦の攻撃では低空飛行で襲い掛かって来た緑色の翼に掠りもせず、それどころかすれ違い様についでとばかりにまき散らされた小さな光る(弾丸)を浴びる事となった。

 

 砲雷撃や急転舵など戦闘によって発生する荒波で濡れた装甲で光る礫がバチバチと爆ぜる。

 

 所詮は機銃による攻撃であるため黒鉄の船体そのものに損害と言える損害は無かったが不快な輝きを浴びせられた緑目の駆逐艦はたまらず自らに纏わりつく光粒(キラキラ)を近くの高波に頭から突っ込んで洗い流す。

 

 あの欠陥品が放つ攻撃の残滓はこちらの障壁を弱め、放っておいて次に攻撃を受ければ呆気なく装甲まで貫通され轟沈するかもしれない。

 

 ついさっき艦橋(頭部)を吹き飛ばされた旗艦や正面から分厚い装甲を叩き割られ主砲塔や魚雷管を誘爆させられた数隻の僚艦達の様に。

 

“こんな事はあり得ない!? あってはならない事だ!!”

 

 そんな思惟を空の彼方へ逃げ去っていく敵機に向かって叫び攻撃を優先した他の同胞同族(深海棲艦)と違って別の戦いであの欠陥品の同類と戦った経験がある駆逐イ級は幸運な事にそれ(・・)を知っていた。

 

 それにしてもである。

 

 戦闘が始まってからもう三回、否、ついさっきの軽巡ツ級を含めれば四回も己が従うべき小艦隊の旗艦(小群の長)が変わった事に船体だけはほぼ無傷である駆逐艦は未だかつて感じた事がない程に不快な心底情けない気分を味わっていた。

 

 少し前まではそうでは無かったのに。

 

 偉大なる女王の勅令を得て出撃した時には自らよりも(階級)(艦種)も上である大型艦達が威風堂々と海原を征く様を見るだけで自分がその巨大な群れの一部である事を実感し、強い喜びで船体を満たしていられた。

 三百余隻の大艦隊を従える総旗艦となった戦艦の姫が発した美しくも恐ろしい炎の様な思惟(号令)に絶対的な上位者の命令の実行と言う深海棲艦にとってこれ以上ない程の栄誉を味わった時には狂おしい程の歓喜に打ち震える事が出来ていた。

 

 だが。

 

 姫級を中心に広大な陣を敷く大艦隊の進路をあの小さな敵艦たった一隻でありながら全幅40kmにも及ぶ往復運動を繰り返すと言う理外の戦術によって遮られ。

 最も船足の早い艦どころか海中を迅雷が如く走る魚雷ですら追いつけず、数十の重巡と戦艦が集って行った砲身が焦げる程の連射によって作り出された豪雨の様な砲弾幕すらもその身軽さですり抜けられ。

 所詮は量産品である自分を含め無数にいる緑目(ノーマル)ならばともかく姫級に次ぐ上位者と言っても過言では無い黄色い目(フラッグシップ)が撃沈された。

 

 しかも、不敵にも重火力と航空戦力を有する艦隊のど真ん中に突撃してきたその敵艦は自分が口内に備える小口径砲よりも短く細いヒレ()でそれを成したのだ。

 

 今まで見た事があるどんな同族よりも矮小な体躯が波風を貫き砲弾の様な猛スピードで衝角攻撃(飛び蹴り)を行い三個艦隊を束ねる空母ヲ級の胴体をへし折る様に砕く様を見せ付けられたなら。

 黒い尾(黒髪)をはためかせながら黄色いオーラを纏う巨艦を突き抜けた勢いのまま逃げ去っていく敵駆逐艦の姿に唖然とする他にしようがあるものか。

 

 そして、駆逐イ級の脳裏に空母の枠であると言うのに自分の三分の一にも満たない大きさしかない、なのに黄目の戦艦を瞬く間にバラバラに切り裂いた存在していてはいけない存在(命の理に反する存在)の姿がフラッシュバックする。

 

 そうこうしている内に敵の姿を目視だけでなく電探でも見失い、次に従うべき旗艦が決められやっと周りの混乱が静まりかけた頃に今度は遠く離れた赤目(エリート)の戦艦にして小艦隊旗艦が敵戦闘機の自爆攻撃によって転覆しさらに追撃されて断末魔の思惟を上げる。

 

 その時点では艦隊全体の損失は一割にも満たない被害だった。

 

 だが艦隊の末席に置かれている緑目の駆逐艦にとって格上である赤目や黄目が反撃もままならず一方的に屠られたと言う事実は自分達の在り方を真っ向から否定されていく様な衝撃を与えるには十分すぎる威力を持っていた。

 

 呆然自失している緑目の駆逐イ級を他所に旗艦となった黄目の駆逐艦に続いて隊列が組み直されていき、その最中“自分の方が船体(身体)がデカい”とか“指揮実績は自分の方が多い”など新しい旗艦に聞こえない様にしながらもその選任に不平を漏らす緑目の戦艦や赤目の雷巡の思惟が微かに聞こえたとほぼ同時。

 

 突然に水平線が眩いばかりの業火によって薙ぎ払われ衝撃波が津波を引き連れながら艦列を整えている最中の深海棲艦達へと襲い掛かる。

 

 空から落ちた巨人の炎拳とでも言うべき凄まじい破壊力の余波、自分達を散々に弄ぶ津波の連続に揉まれながらも海上に顔を出す事が出来た深海棲艦達は空高く舞い上がるキノコ雲を見上げて野太い汽笛を一斉に吹き鳴らして思惟(歓声)を上げた。

 

“あれこそは我らが姫の御力に相違無し!”“あれで沈まぬ艦などあるわけがない!”

 

 たった一隻の矮小な敵に総旗艦である姫級の手を煩わせる事になってしまった、そう悔いる忠臣の思惟(嘆き)も僅かに混じるものの大半の深海棲艦達はやっとあの忌々しい欠陥品が海の藻屑になったと言う確信に喜び飛び交う思惟(通信)が華やぐ。

 

 しかし、次の瞬間、悲鳴の様な思惟(報告)と一緒に飛んで来た最も着弾地点に近い艦隊が目撃した記憶(映像)の中で上空から落ちてきて海面に叩き付けられ金色の光を散らす下半身を失った駆逐艦が光の中で(艦種)と姿を変えて空母となる。

 その理解不能な復活を遂げた敵艦は肩から銀色の糸を放ちその光景の目撃者である艦隊の一隻へと走らせ、瞬きも許さぬ間に沸騰した海面から激しく吹き上げる水蒸気を貫く様に跳んだ空母が黒い尾と赤い飾りをたなびかせ戦艦十隻分(2km)はあろう距離を一瞬で詰め。

 

 小さくひ弱なクセに大きく強い自分達を屠る理不尽な存在が目撃者の記憶(映像)の中で真横をすれ違ったかと思った時、駆逐イ級にとって同胞同族の思惟がまた一隻分、海の上から消えた。

 

“逃がすな! 圧殺せよ!!”

 

 しかし、駆逐イ級が感じた戸惑い(恐怖)は一瞬で業火の化身(姫級深海棲艦)が放った思惟(怒声)によって焼かれて消え。

 海上に存在する全ての深海棲艦は自らの位置が近かろうと遠かろうと構わずその船体を敵を囲み押し潰す鉄壁へと変える為に沸騰した海と乱気流から離れ空へと逃げようとしている敵空母へと全速力で殺到する。

 

 ・ -・-・

 

 駆逐艦、巡洋艦、空母戦艦どころか潜水艦や輸送艦までもがお互いの接触を恐れず時速100knotを超える速度で海上の一点を囲む様に殺到する。

 

 何とか姫級による砲撃の余波から逃れて空の足場を作ろうと矢を番えた空母赤城の目の前を重苦しい鉄が軋む音が埋め尽くす。

 

 さらに押し潰された砲塔が、魚雷管が、弾薬庫が次々に爆発して足元の海面と上空の空気を激しく渦巻かせて艦娘にタタラを踏ませた。

 

 戦艦の姫による絶対なる命令を順守する喜びに喜色を浮かべた深海棲艦が隣り合った同胞同族をその速度と質量で押し潰し、小型艦をひき殺す事も構わずに大型艦が津波を巻き起こしながら文字通り黒い鉄壁を海上に盛り上げ。

 

 自分に向かって喜悦に歪んだ青白い顔や手を伸ばしまともな照準も出来ない状態で砲雷撃を敢行し、そのまま左右から押し寄せてくる同族の速度と質量に圧し潰される深海棲艦達のあまりにも壮絶な光景に赤城は頭上を覆う様に迫りくる黒壁の中心で堪らず顔を青くして狼狽えた。

 

 そこから遠く離れた場所で出遅れた緑目の駆逐イ級を含めた深海棲艦の小艦隊もまた空に向かって押し上げられた半径1000mに厚みが達しようとしている同族の船体(血肉)で出来た巨大な壁の外縁へと突撃して這い上り、旗艦であるフラッグシップが真っ先にその身体を戦艦棲姫の命令へと捧げて壁に一部へとなる。

 

 そして、業火を宿した巨大砲弾が再び空気を焼きながらへ空と撃ち上がり大小問わず百数十隻の犠牲によって造られた檻の中心へと燃え盛る鉄槌が振り下ろされた。

 

 それも一度や二度では無い。

 

 徹底的に、ひたすら殺意が篭った連撃。

 

 姫級自身の主砲砲身が赤熱し爛れる程の火膨れを起こすまで繰り返された遠距離からの超火力砲撃は先日の空母棲姫が造り出した瑠璃色の天変地異にも匹敵する破壊の嵐をたった十数m(一人)標的(艦娘)へと集中させた。

 

 --- -- 

 

 同胞同族によって造られた黒檻の端に体当たりする様に艦首を押し付け、自らもその一部へと成ろうとしていた緑目の駆逐イ級は火山の化身と言っても過言では無い破壊の女神が振るった大いなる権能(砲撃)によって木の葉の様に吹き飛ばされる。

 

 そして、数kmでは止まらず数十kmの距離を何度も海面に叩き付けられ水柱上げながら吹き飛ばされ、やっと止まる事が出来た緑目の駆逐イ級は船体が同胞同族の残骸が無数に突き刺さっているだけでなく胴体が真っ二つに断裂しようとしている自らの状態も構わず焼け爛れて失明しかけている視界や機能不全を起こしている電探に鞭を打って敵艦の姿を探す。

 

“ヤツを圧殺せねば”

 

 万が一、あれほどの攻撃を受けても生きている可能性があるならば尻尾(スクリュー)が動かずとも魂を使い果たしてでも今度こそ砕け散るまで敵を追いかけ追い詰めなければならない。

 深海棲艦の魂に刻まれている上位者への忠誠に突き動かされて盲目になっている駆逐イ級は自分の身体が既に末端から砕けて海へと溶けようとしている事にも気付かず身を捩る。

 

“身命を以て姫の命令を遂行せねば”

 

 その姿は死を目前にして溺れ藻掻く死に損ないでしかなく、あと少し数秒でも長く無駄な足掻きで力を消耗していたならばその駆逐イ級は儚い命を散らして海の底に還っていたいただろう。

 

 だが、幸運な事(不幸な事)に。

 

 装甲一枚で繋がった胴体の前後が千切れ泣き別れになる直前、頭上から延びてきた巨大な黒鉄色の腕が最期の足掻きと共に沈没しようとしていた駆逐艦を掴み引き上げる。

 

“大義であった”

 

 そして、自らと比べるも無く大きな存在からかけられた思惟(労い)に駆逐艦は眼窩から消えかけていた緑色の灯火を明滅させ、体内へと送り込まれてくる活力(補給)に精神を甘く蕩けさせ死にかけの身体を上位者の掌でだらしなく弛緩させた。

 

・ -・・・

 

 悦びに満ちた思惟(嬌声)を垂れ流して船体をピクッピクッと痙攣させる悪運の強い駆逐イ級の胴体が修復され繋がっていく様子を紅い灯火を宿した瞳で見下ろしていた戦艦棲姫は顔を上げ。

 広く周囲を見回して自らが支配する戦力の残存を確かめながら不愉快極まる敵対者への忌々しさとそれを排除できた手応えに形の良い鼻を鳴らす。

 

 先の様な下僕を無駄遣いする戦術は我らが女王(泊地水鬼)の機嫌を損ね姫級の身であろうと咎められ罰を受けるだろう。

 

 だが、既に主の逆鱗に触れ処刑されても仕方ない越権行為を犯している事と比べれば戦艦棲姫にとって普通種を百隻消費する程度は些事だった。

 

 無論、彼女自身も手駒が多い方が今後の戦いを有利にする事は分かっているし、だからこそ取るに足らない駆逐艦にも補給と修理を施して戦線に並べ直すのだ。

 

 そして、残る敵は色鮮やかな島々(ハワイ諸島)への進路上に巡洋艦程度の大きさを持った下級種が三十数隻に先程まで手を煩わされた欠陥品が五隻だけ、先ほどの戦闘でも遠距離から申し訳程度のちょっかいをかけてきたがさしたる脅威は感じなかった。

 ただしあの欠陥品に関しては損傷を受けても姿を変えて戦闘を続行させると言う厄介な能力を持っているので飛行端末(戦闘機)の出来損ないにしか見えない空飛ぶ魚雷(ミサイル)を撃って逃げ回る事しか能の無い鉄屑よりは警戒しなければならないわけだが。

 

 たしかにあの異なる艦種を併せ持つ奇妙な能力を奪い取り女王へと献上出来たならば主からの寵愛は確たるものとなるだろう。

 

 不意に湧いたその考えを思惟(呟き)にして発する事無く胸の奥に仕舞い込み、戦艦棲姫は欲をかいてしくじりの果てに海へ還った(死んだ)義姉妹(同盟者)である空母棲姫をせせら笑う。

 

 ワタシ(戦艦)オマエ(空母)のような策に溺れるマヌケではない、もちろん敵が珍妙な能力を持つ弱者であろうと油断はしない。

 

 だから不遜にも立ち塞がる敵は残らず全力で叩き潰し、あの島々ごと消し飛ばしてヤツらをその巣ごと根絶やしにする。

 

 それに。

 

 事が終われば義姉妹を救う事も出来ず、主が求めた島々(宝物)を焼き尽くし、その罪によって愛しい泊地の女王に手ずから死を賜るのだ。

 

 ならば、生意気な義妹に“オマエがしくじった事を(オマエを殺した仇は)ワタシはやってのけたぞ(ワタシが討ち取ったぞ)”と言って笑ってやる為の自慢話(武勇伝)を作りに行くのに何の躊躇いがあろうものか。

 

 沈み始めた太陽を背にそんな事を考えながら戦艦の姫は自らの片手に巻いた黒いリボンを優し気に撫でた。

 

 ・- -・-・

 

 緊迫感に顔を引きつらせた時雨が両手を翳した瞬間に造られた光の輪から大量の蒸気を纏いどこを見ても隈なく焼け爛れた焼死体にしか見えない人影が倒れ込む様に着水して水飛沫を上げる。

 

《提督! 状態は!?》

『加賀と磯風が中破、赤城が、いや、無理に動くな赤城! 旗艦を谷風に交代する! 時雨離れてくれ!』

 

 炭化した腕の先が崩れるのも構わずに海面に手を着いて起き上がろうとしている変わり果てた姿の赤城を助け起こそうとした時雨は彼女の艦橋から届いた通信に戸惑いながらも頷き手を引く。

 

《ぶはぁぁ!! 排熱が追い付かない威力ってなぁ反則だろぃ!? コンチキショー!!》

 

 そして、赤城の傍から数歩後退した時雨の目の前で光り輝く金色の輪が形成され頭から飛び出して海面に手足を伸ばして大の字になった駆逐艦娘が茹蛸の様に真っ赤になった顔を塩水である事も構わずにじゃぶじゃぶと洗い、さらに水飛沫を大袈裟に飛び散らせ湯気を立ち上らせる身体全体に海水を浴びる。

 

《ちょっ、谷風! 艦橋までそんな状態って提督は無事なの!?》

《落ち着きなさいってば、負傷したメンバーの受け渡ししないとでしょ!?》

 

 すぐさま駆け寄って来たかすり傷や煤汚れの目立つ夕張と叢雲にまで飛沫がかかるのも気にせず海水による艤装と身体の冷却を続ける谷風は文字通り傷に塩を塗り込む行為の痛みに顔を引きつらせ咳き込む。

 

《ゲホッゴホッ、んな余裕なんてないって! このまま迎え撃たなきゃどっちにしろ皆やられんだから》

『そうだ、谷風の言う通り赤城達を後方の拠点艦にまで戻している余裕は・・・な!? 冗談だろ!?』

 

 そんな時、駆け寄って来た仲間達に向かって顔を上げた谷風は彼女達の向こうに停泊している数隻の艦艇の先頭にいる護衛艦に記された識別番号と名前を見て艦橋に居る指揮官の表情を代弁するかの様に驚愕の表情を浮かべて目をいっぱいに見開いた。

 

《な、なんで【はつゆき】がこんなとこでバリア張ってんだい!?》

 




 
・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『機動ワイヤーロック、リリース、最大まで伸長します』
『上昇調整はこっちで受け持つから秋津洲は横風に流されない事だけ考えなさい』
『電波異常増大、強力な霊力力場は依然存在している様です』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『二式大艇、速度出力ともに安定、針路もこのままですね』
『でも、出発前に瑠璃色の限定海域は消失したって』
『それも確定情報じゃないわ』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『いえ最大望遠、目標地点・・・見えました、ハワイ諸島西沿岸』
『見た限りでは限定海域らしい現象は確認出来ませんが』
『何言ってんだ、深海棲艦のしぶとさは俺達が一番知ってるだろ』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『は? そんな事にやけ面で言うんじゃないわよ!』
『ん、まぁ、そりゃ、・・・あれだあれ』
『何があれよ!?』
『カスミ~ン怖い顔になっちゃってるよー☆ ほらほらスマイル スマイル♪』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『何はともあれ無駄足を踏まずに済むなら万々歳ってわけだ』
『ったく、この・・・』
『でもこれだけ長時間の飛行だもの霞じゃなくても苛立つのは無理ないわ』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『ふふっ、敵が戦闘していると言う事は田中二佐が生きてると言う事ですものね、提督?』
『あ、そうですよ、そうですよね司令官!』
『なら、それならそうとハッキリ言えばいいじゃないの・・・』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『立体機動加速の用意が間もなく完了します、提督、指示を・・・あら?』
『てっ、この・・・こんな時に寝たふりしてんじゃないわよ、このクズ!!』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『oh,haha・・・it so bustling fleet』


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第百三十八話

 
朝と夜が同時に存在する空と宇宙の境目。

歯車を唸らせて薄い空気の中でウィンチが火花を散らす。

そして、重力とワイヤーに引っ張られ銀色の尻尾が流れ星へと姿を変えた。

 
今月はマジで投稿無理だと思ったのはナイショの話
そして、過去最多のボツ回数を更新してしまったよ



 

 曲がりなりにも世界で一二を争う大国であるアメリカ合衆国の秘匿された軍事施設、そこに所属する人間の大半は兵隊(戦闘員)と言うよりは学者(研究者)としての色が強い。

 だが、その施設で行われる計画の重要度ゆえに百万人のアメリカ軍人の中から選び抜かれた千人足らずの人員には優れた実績と信用できる人格は言うに及ばず最低でも一流(・・)文武両道(マルチタスク)である事が求められた。

 

 だからこそ、その場に居並ぶ者達は年齢や性格などの差はあれど全員が選りすぐりの知識と実力を持ったエリートなのは間違いない。

 しかし、そのエリート達が下手な映画館のスクリーンよりも巨大なモニターが見下ろす施設内で最も重要な部屋(中央指令室)で真夜中の雷雨に怯える子供の様な青い顔で身を竦ませて怯える。

 

 何に怯えているのかと問われれば、今にも挑みかかりそうな表情でメインモニターを睨み付ける美女の姿に。

 

 あどけなさの残る顔立ちにその場に居る全員の中で最も低い身長のせいで見た目だけならば場違いな場所に迷い込んだハイスクールガールにしか見えない。

 だが、その可憐な見た目にそぐわない巨大な鋼鉄の様な重みをもった存在感が周囲の人間の目に金色髪の乙女に重なる巨大な戦艦の影を幻視させる。

 

 ―――で、返答は?

 

 その容姿を裏切るいっそ厳かに(・・・)と言ってしまいたくなる見えない圧力を伴った一言で首を絞められたかの様なか細い呻きが誰かの喉から漏れ。

 静かにそれでいて高温で燃える青い炎の様な憤りを宿した乙女の見上げる先で壁を覆う大型モニター、その中心に映し出された初老の男性は脂汗を滲ませながら救いを求める様に自らの補佐官達へと視線を逃がそうとする。

 

 ―――いまさら責任転嫁や日和見は許さないわ。

 

 その得難い椅子(栄誉)に座する者としての、栄えある合衆国(国民)の代表者としての責任(・・)を果たせと言う言葉短くも凛とした美声がその場に居る全ての軍人の背筋を半強制的に律する。

 

 ―――他の誰でもない貴方(・・)が判断し、己に課せられた職責を全うなさい。

 

 そして、自国の元首を前にしても臆することなく自分達の代表者として立っているその堂々とした姿に彼女を後から見守る戦乙女達が感心と敬意をもって笑みを浮かべる。

 

 ―――まったく何を言ってるの?

 

 若干どもりながら言い訳とも弁解ともつかない内容のモニターからの声を一蹴して合衆国の守護者として生まれた彼女は金色の前髪をしなやかな指先で跳ね上げて見栄を切り。

 

 ―――もう間に合う、間に合わないの話じゃないのよ?

 

 そんな些細な仕草にすら狼狽えるモニターの向こうの人物の情けない姿にその場に居る艦娘達が「その様で良く合衆国で最も重要な椅子に座っていられるものだ」と呆れの籠もった失笑を漏らす。

 

 ―――ついさっき言ったばかりよ。

 

 相手からの答えを待つ数呼吸分だけ、ネットニュースを映しているモニターの一つへと流し目を向けた戦艦娘は遠く離れた国土と海を守る為に絶望的な戦力差を持った敵勢力(深海棲艦)を艦隊を文字通りの防壁にして受け止めると言う愚策としか言いようが無い作戦を友軍が開始したと言う情報を目にし、燃えるような意志を宿したその青い瞳が焦燥で僅かに揺れる。

 

 それがただただ徒に自軍の戦力を損失させるだけの無謀な作戦である事は断片的な情報からであっても軍務に携わる者ならば一目見ただけで下策中の下策であると分かってしまう。

 

 戦術的に見ても戦略的に見てもこれ以上ない程の失策、軍事組織として敵に対する抵抗力の喪失どころか自軍の全滅と言う結果しか齎さない無謀。

 

 ―――私達はもうこの基地の全てを制圧(・・)した、って。

 

 だが、それでも彼らの行動が嗤われる様な事はあってはならない。

 

 命と引き換えにして行われるその愚行(勇気)を嘲笑する権利は誰にもないのだ。

 

 きっと彼らは深海棲艦がどんなに強大な脅威と恐怖をもって侵略しようと、どれほど多大な犠牲を払う事に成ろうと作戦目的(・・・・)が達成されるその瞬間まであらゆる手段を用いて無辜の市民を守ると言う軍人として最も重要な責務を果たすだろう。

 

 彼らが背負うプライドと同じ信念を胸に宿しているからこそ彼女には彼らの真意が理解できてしまっていた。

 

 だからこそ、かつてBIG7(戦争抑止力)の一角であった戦艦は内心で渦巻く憤りと焦りを挑発的ですらある不敵な笑みによって覆い隠してアメリカ大統領の席に座る男へともう一度だけ返答を求める(最後通牒を提示する)

 

 物言わぬ鋼の戦船として建造された頃から偉大なる合衆国が掲げる自由と民主主義の名の下に国民を守れと願われ、退役するその日まで己が成すべき責務を成した。

 

 そして、それは人の心と身体に産まれ直した今であったとしても変わる事などない。

 

 ―――それでも、私達はこうして最低限のラインだけは守ろうとしている。

 

 例えどれだけ離れた場所であろうと愛すべき人々の命(合衆国)が脅かされていると言うのなら。

 敵意に満ちた果てしない暴力からこの世で最も尊い自由(生命)を守る為なら。

 必ず本国から救援艦隊が来る(作戦目的が達成される)のだと信じて戦っているまだ見ぬ戦友の期待に応える為ならば。

 

 今すぐこの基地にある輸送機を全て奪って尊敬すべき勇者達(軍人達)が待つ戦場に向かっても構わないのよ、と。

 

 ―――貴方はその意味を( Do you )理解しているのかしら?(understand?)

 

 そう言って、彼女はそれまで以上に可憐で寒気がするほど美しい微笑みを浮かべた。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

《全砲門、いくわよー! てーっ!》

 

 東から押し寄せる夕暮れのオレンジに染まり始めた海上に砲声が轟く。

 

《てっ、ぅわわ!? ぁぁっ、もぉっ!》

 

 砲弾を撃ち出し硝煙にも見える光粒を立ち上らせる主砲と副砲の仰角を下げて冷却しながら兵装実験軽巡を自称する艦娘、夕張は自分自身の砲撃の反動で横滑りどころか傾き転倒しかけた体幹を強引に引き起こす。

 そして、反動の抑制や姿勢の制御へ燃料を回す余裕もない状況での戦闘がここまで大変だとは思ってもみなかった、と頬を伝う冷や汗をそのままに夕張は消耗と疲労によって普段以上に速度の出なくなった自分の状態への危機感を強める。

 

《でも、こう言う体験が貴重なデータになるのよっ!!》

 

 何故なら今の自分を指揮する青年の一挙一動にのみならず、現在の防衛戦において戦闘可能な艦娘が全員集合している艦橋で交わされる一言一句に至るまでの全てが黄金よりも貴重な情報の塊なのだと自らに言い聞かせて夕張は気丈に波を蹴りつけて走る。

 

《着弾? 近くに!? でも気合でも根性でも、とにかく避けるしかないわよね!》

 

 艦娘の電探が捉えるよりも早く敵の砲撃を察知する異常な指揮官の声に燃料弾薬ともに底をつきかけている軽巡艦娘は必死に動力機関を唸らせるがその身体は前のめりになるだけでさしたる加速せず、唐突にその煤に汚れた顔が驚愕で歪む。

 

《な、なんでっ!?》

 

 しかし、彼女にその表情を与えたのは水平線から空に打ち上がった無数の火球ではなく、海風を追い越して鳴り響いた雷鳴の様な砲声の轟きにでもなく、百を超えるそれらが自分達のいる位置を目指してくる光景でもない。

 

 そして、自分の背後から急速に近づいてきて身体を包み込んだ光の膜に夕張は上擦った悲鳴を上げる。

 

《ダメよ、下がって!! 私達はまだ大丈夫だから!!》

 

 肩越しに振り返り叫ぶ夕張を知ってか知らずか、外からでも分かるぐらい大きな軋みを上げながら搭載された霊力障壁発生装置を稼働させる一隻の巡洋艦が星条旗をはためかせ、全速力をもって夕張へと急接近し、通信によって「後方に退避して!」と叫ぶ艦娘の進路に帆先を合わせる様に舵をきった。

 

《普通の艦は他の艦と連携しないと障壁の強度が、あ、あんなの耐えられるわけないでしょ!?

 

 そして、容赦なく一人と一隻の巡洋艦に目掛けて無数の炎が彼方から降り注ぐ。

 

《お願いだからすぐに艦列に戻ってぇ!!》

 

 上空から飛来した砲弾の大半は挟叉にもならなず見当違いの場所に水柱を上げるだけ。

 

 だが、その規模が豪雨と言えるものならば狙われた者達にとって齎される結果に大した差は無い。

 

 米海軍所属の巡洋艦を中心に展開されたドーム状の淡い輝きが降り注ぐ砲弾の雨とそれが巻き起こす水柱の水圧によってひび割れていく。

 勇ましい雄叫びにも聞こえる動力機関の猛りも虚しく、この戦場で唯一深海棲艦へと対抗しうる能力を持った艦娘(希望)を守る為に展開された人工のバリアが穿たれる。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 次から次に運び込まれ山積みになっていた光ディスクやメモリーカードの様なデジタルメディアだけでなくビデオテープやフロッピーなどの旧式媒体もまとめてかき集め段ボールに詰め込まれていく。

 

[クソッ!! 第二小隊は撤収作業を中断、直ぐに現場に向かえ! 手の空いてる者からも何人か付いて行ってやれ!]

 

 そうしてなかなかの重量物となった段ボール箱を少しよたつきながら抱え上げた青年は少し離れた場所から不意に聞こえてきた部下達へと「GO!」と叫ぶ命令口調の英語に野暮ったいメガネの下の目を瞬かせる。

 

「少尉達はどうしたんだろう、あんなに急いで・・・いや、急がないといけないのは分かってるけど」

「戦闘で沈んだ艦から脱出できた乗員が近くの海岸まで戻って来たみたいですね、さっきの人達はその人達を助けに行くらしいですよ」

 

 すぐ横から教えてもらえたその内容に日本人の青年は針を飲まされた様な痛々しい顔を浮かべて自分の隣で少し憂鬱そうに溜め息を吐いている恋人を窺い見る。

 軍事に関しては読み漁ったミリタリ―系の書籍やネットの知識しかない学生の身であるがそんな彼でも現代の軍艦一隻を動かすのに三百人程度の乗組員が必要だと言う事ぐらいは知っていた。

 

「いったい何人・・・」

 

 そして、脱出できた乗員がいるなら逆に出来なかった(・・・・・・)者達はいったいどれほどいたのだろうか、そう考えた途端に青年の胸の奥から吐き気に似た感覚こみ上げ。

 

「先輩さん、私達は私達に出来る事をやりましょう」

 

 直後に背中を撫でた細腕と淑やかながら芯の通った声によって彼の中で湧き上がった動揺が不思議なほどすんなりと霧散する。

 

「早くモアナルア公園へ、市営テレビ局の人が先に行って放送と通信機器の用意してくれています」

 

 自分へと向けられる期待と信頼が籠もったハワイアンブルーの瞳に励まされ青年は大きく深呼吸をしてからしっかりと頷きを返し、両手一杯にハワイを襲った災害の記録を抱えて米軍基地から運び出す作業を再開する。

 

「おっす! そこのお二人さん乗ってかないかい? 今なら初乗り半額だぜ~、お得だぜ~?」

 

 遠くから近くから忙しない喧騒が聞こえてくる米海軍基地の廊下を足早に進み、西の海へと傾いた太陽のオレンジ色が照らす駐車場へと出た途端に二人は両手に荷物を抱えたまま揃って呆気に取られた顔で立ち止まる。

 

「でもお前らカップルだから料金二倍なっ!!」

 

 などと馬鹿みたいな事を二人に向かってほざく黒焦げ茶色の髪の男が何処から持ってきたのか自転車の後ろにリヤカーをくっつけた「THE間に合わせ」と矢印が付きそうな代物に跨って調子に乗っている。

 

「は、はは・・・こんな時だって言うのに、君はまったく」

「もぉ、ちょっと見ないと思ってたらまた遊んで、ふふっ」

 

 パッと見ただけでも人が乗ったら繋ぎ目が外れて分解しそうな代物に何故そこまで自信があるのかは果てしなく謎だったがお互いに顔を見合わせた二人は小さく吹き出してからすぐに基地内から必要な荷物の運び出しを再開し、こんな時でも陽気な友人と共に三人でリヤカーへと積んでいく。

 

「落とさないでくれよ、私達だけじゃなくハワイの沢山の人達から受け取った大事な記録なんだからさ」

「まーかせとけぃ! いくぜっ、俺はやるぜぇ! ・・・んぉ、重っ、ぇ、ちょっと重くないこれ?」

 

 ただ、少し欲張って乗せ過ぎた為か、それとも単純に荷台の強度不足なだけか、適当にロープでリアカーとくっつけただけの自転車はペダルを踏みこんだと同時に車体を軋ませ後ろの重みに引っ張られ前輪が若干地面から離れてカラカラと空転する。

 

「だからキミってヤツはまったくっ!」

 

 災害の発生後にハワイに取り残された日米両軍の協力で自然公園の真ん中に設置された大気中のマナ粒子除去を行う大型装置、陸上部隊の指揮を執る為に基地の残った米軍少尉からその装置から取り出される霊的エネルギーによって作り出されるバリアは少なくとも直径6kmの安全を確保できると聞いている。

 

「本当にこんな時までお馬鹿さんはお馬鹿さんなんですねっ、先輩さん♪」

「おかげで気を張り詰めてるのが馬鹿馬鹿しくなるよ」

 

 進み始めた自転車のベルをチリンチリンと鳴らしてはしゃぐ相変わらずな友人の滑稽さに青年は苦笑し、ハワイの住人達が自分達の今を外へと伝える為に託してくれた数え切れないほど沢山の大切な想い(メッセージ)と共に奇しくも数日前に大切な女性(銀髪の艦娘)へと一世一代の告白と決心をした自然公園へと再び向かう。

 

 ハワイ諸島の外への映像による情報拡散を続行する為に現場責任者から渡された通信回線へ優先的にアクセス出来るパスコードを手に「深海棲艦の攻撃に対して有効かどうかは正直言うと疑わしいが何もやらないよりはマシだ」と、そう自分に言い聞かせて。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 輸送機格納庫に響く軍隊と言うには少しばかり華やかな騒がしさの中、その一員でありながら仲間達の張り切る姿に少しの不満を主張する様にフンッと鼻を鳴らす。

 

 ―――なんだ、不満そうだな?

 ―――アンタ達にハメられたおかげでね

 

 第一陣として大型輸送機のカーゴに乗り込んでいく仲間達を見守っていたまるで星条旗の様に赤と青に分かれたロングヘアが振り返って悪戯っぽく笑う。

 

 ―――普通こういう場合なら私が皆の先頭に立つべきでしょ、このBIG7である私がっ!

 ―――あら、しっかり艦隊の代表として一番重要な役目をやってるじゃない

 ―――そう言う事じゃないの!

 

 そんなBIG7を自称する大声に近付いてきた銀髪が勝ち気な笑みと共に癇癪を起こした子供をなだめる様に自分より頭一つ分背の低いアメリカ艦娘部隊の代表をポンポンと軽く撫でる。

 

 ―――心配しなくても私が先に行って深海棲艦を黙らせておくから貴女は総旗艦らしく後から堂々と来なさい

 ―――ははっ、何言ってんだお前、前線に突撃する戦艦は三流だぞ

 

 赤青の軽い口による挑発の直後、銀色に彩られた整った顔立ちからは想像も出来ないぐらい低く濁った声が漏れて総旗艦に任じられた艦娘を挟み二人の戦艦が今にも殴り合いを始めそうなレベルの睨み合いを始める。

 全く以て! これでもか! と言う程に自分の事を尊重しない連中へのフラストレーションを溜めに溜め唇を尖らせミルク色の頬を膨らませた金髪だがすぐにそれがとっても子供っぽい仕草だと気付いて両手で押さえて頬から空気を抜く。

 

 ―――へぇ・・・三流以下の艦娘の冗談はやっぱり三流以下なのね?

 ―――あ”ぁ? んだとぉ?

 

 見られていないかを確認する様に見上げれば二人の戦艦は額がくっつく様な近さで睨み合ってお互いを威嚇し合いもう周りの事など眼中にない様子、そんな失礼な二人の間から抜け出し『身体だけは大きいお子様に付き合ってられないわね』と内心で悪態を吐けば今度は彼女の様子をどこかで窺っていたらしい妹達の小さな『通信』(笑い声)が頭の端に囁く。

 

 ―――うそ、現地の回線がまた生き返った!

 

 微笑ましそうなモノを見るかの様な妹達の『声』に若干の恥ずかしさに長女が頬を赤らめたと同時、少し離れたところでノートPCをいじって情報収集を続けていたアトランタ級軽巡の長女が格納庫に驚きの声を響かせた。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 田中良介は大半の特務士官が持たない特殊性によって敵の攻撃の威力と着弾地点、そして、タイミングと範囲を文字通り見透かし、此処まで深海棲艦の大艦隊との戦いを凌いできた。

 それは特殊性のアドバンテージを加味して考えても彼にしか出来ない神業と言えるものだったが、それでも無傷でいられたというわけでは無い。

 

 指揮下の艦娘部隊において最大の砲火力を誇る重巡(三隈)、彼が知る限りで最も勇ましく文句なしに最精鋭である軽巡(矢矧)、公私共に支えになってくれていた歴戦の軽空母(龍驤)、海中を自在に泳ぎ敵の目を掻い潜る潜水能力で艦隊を何度も救った潜水艦(伊168)、正確無比の航空機制御によって一航戦の面目躍如を実戦でやってのけた正規空母(赤城)

 

 先の度重なる戦闘によって大破状態(瀕死)となった彼女達一人一人が艦隊の主戦力と言っても過言では無く、全く好転しない戦況ではあまりにも痛過ぎる事実に田中は何度も無いモノねだりをする自分の弱さを噛み殺す様に奥歯を食いしばる。

 

 それでも弱音と諦めの言葉だけは吐くわけにはいかない、と自分に言い聞かせて彼は指揮席でコンソールパネルに手を突く。

 

 スクリューも回らなくなった艤装を背負って敵の攻撃を自分へと引き付け荒波の中を両手足を大きく振って走る時雨の姿が。

 直撃弾を回避する為に三つ編みの駆逐艦と入れ替わって金の輪から飛び出し自分が艦隊を守るのだと声高に叫ぶ雪風の声に。

 飛行甲板を割られたと言うのに貪り喰う様に戦闘糧食を胃に押し込みながらギラギラと戦意を滾らせる加賀の無言に。

 

 夕張、叢雲、五月雨、磯風、谷風、島風の六人だって燃料弾薬を使い切りさらに折れた手足で艦橋にしがみ付きながらまだ心だけは折れていないとでも言う様に精神力だけでメインモニターへと手を伸ばし戦闘補助を行っている。

 

 なら彼女達の指揮官として最後まで責任を背負わなければ恰好が付かないじゃないか、青年士官はそう掠れた呟きを漏らして苦笑する。

 

(それに、もう退く事もできないか・・・)

 

 艦橋を包み込む全天周囲モニターの西側へと視線を向ければ島影と損傷しながらも半透明の障壁を展開し続けている艦列、そして、東側の水平線に振り返れば濃紺に染まり始めた空の下でうっすらと黒い怪物が水平線へと影を揺らし獲物を狙う獣の様な動きを見せている。

 幸か不幸か海上自衛隊所属である三隻の護衛艦は損傷を受けつつも傾く事無く他の僚艦と共に防波堤として戦闘の余波を食い止めているが横目に見ただけでも明らかに全体の艦数は減っていた。

 

「提督、その・・・」

「時雨、今だけは聞こえていても聞かないふりをしてくれ」

 

 火の揺らめきにも似た光が揺れる時雨の青い瞳に疲れを滲ませながらも田中はその言葉の先を遮る。

 

「うん・・・わかったよ、提督」

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 他者の心の声(悲鳴)を聞き取る能力で全てを察しながら、それでも何も聞かずに従ってくれた時雨の気遣いに感謝して。

 

「さぁ、ラストダンスに挑むと・・・しっ!?」

 

 己の最期を覚悟して洒落た一言でも言うつもりで開いた田中の口が表情が突然に信じられない話を聞かされたかのように硬直する。

 

「雪風ぇ! 急速反転急げ!!」

 

 直後に彼の口から放たれた命令は敵陣への突撃では無く、後方への全速前進だった。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

「おい~、砂嵐で何が映ってんのか分かんねぇじゃん、赤城さん大丈夫なん? どうなんよぉ・・・」

 

 モアナルア・ガーデンに臨時設営された避難所の中で放送通信の機器が復旧して人々の手にある端末などの画面には断続的にざらつきを繰り返しながら高台から傷だらけの防衛艦隊が並ぶ海を映し出す。

 

「この映像、まさか山の上に残ってる人がいるって事なのか!?」

「最後まで見届けると言って聞いてくれないそうです」

 

 公園の一角、幾つかのテーブルと発電機を並べただけと言うあまりにもお粗末な臨時指揮所でアメリカ陸軍の戦闘服に守られている幾本ものケーブルに繋がれた銀髪の美女は傍らで動揺する青年の手を励ます様に握る。

 

「だからせめて私達は最後まで彼らが見たモノを外へ」

「ぅぅ・・・ああ、そう、だね・・・」

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 ―――砲撃が、これが深海棲艦の・・・

 ―――日本の艦娘が背中を見せて下がってる、逃げるつもり!?

 ―――まさかそんな事

 ―――落ち着きなさいっ、何があろうと合衆国の軍艦として相応しい態度でいなさい!

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

《雪風はぁーっ! 沈みませぇんっ!!》

 

 炎の雨に追われて被弾しながらもオアフ島の沿岸に敷かれた最終防衛ラインへと頭から飛び込んだ駆逐艦娘の白いワンピースセーラーが光へと解けて金の輪を展開する。

 

『加賀っ、指示した通りに頼む! あと少しで良い!! 俺達を守ってくれぇ!!』

 

 光の中から飛び出した勢いのまま転がり弓折れ矢尽きた空母が這い蹲る様な姿勢のまま指揮官の命じるままに艦娘部隊の拠点艦である護衛艦【はつゆき】へと走り。

 灰色の護衛艦の船尾に装備されている巨大なドラム缶型のマナ粒子変換装置へと伸ばされた加賀の手が巨大化した艦娘から見ても太く感じる黒いケーブルを護衛艦から引き千切る様に外し、自分の腰に浮かび上がらせた霊力端子へと乱暴に突き刺した。

 

《ええ、もちろん・・・ここ(・・)は譲りません》

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 八人分の艦娘による霊核の共振が大きなドラム缶の中に溜め込まれたマナ粒子を霊力へと変換し、艦娘と機械の間で反響し増幅され護衛艦の障壁装置へと流れ込んだエネルギーが【はつゆき】だけでなく連動している僚艦のバリアまでもを強化する。

 

「まだだ、まだ俺達が終わる時じゃないっ! そうじゃなかった!!」

 

 艦橋の中で渦巻く急激な増幅と循環の圧力に押し潰される様にコンソールに這い蹲り、満身創痍の指揮官はまるで砂漠でオアシスを見付けた旅人の様な会心の笑みを浮かべて叫ぶ。

 

「そうなんだろ!?」

 

 そして、叫ぶ彼の肩に猫を抱えながら腰かける小人の水兵帽が縦に揺れた。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

「す、凄い、まだあんな奥の手がっ!」

 

 降り注ぐ砲弾の雨や次々に海中から襲い掛かる鮫の群れにも見える数え切れない魚雷が加賀によって強化された光の壁にぶつかり弾けて火柱と水柱でハワイ諸島全体に響くような轟音を連続させる。

 

「駄目ですよっ、あんなの通常艦に乗せられている装置が持ちません! 一回限りどころかあの攻撃が終わる前にっ」

 

 画面の向こうで響いた鋭く走るガラスが割れるような音が連続し鋼の軋みが耳を突く。

 

「っ、でも・・・ぇ?」

 

 誰もが恐怖を堪えて祈りを込めて不明瞭な戦場の光景を見つめる中、野暮ったい眼鏡はいつの間にか銀髪が揺れる肩に座っていた三等身の影が指差す夜へと変わろうとしている空へと向けられる。

 

「すみません大きい声を出して・・・先輩さん? 空になにか?」

 

 空へと向けられた凹レンズの表面に銀の線を引く様に光が走った。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 いつ終わるかも分からない攻撃の嵐の中、過剰運転によって例外なく悲鳴を上げる動力機関と障壁装置が次々にヒューズを破裂させてタービン音の残響だけを残して現代の戦闘艦達から灯りが失われていく。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 血飛沫の様に加賀の損傷した身体から噴き出す光粒の勢いと容赦なく襲い掛かる凶弾と言う、その光景のあまりの凄絶さに目を逸らしてしまう仲間達もいる中でかつての戦争でハワイの地を焼いた空母の生まれ変わりがその身を犠牲にしてハワイを守る姿から決して目を逸らす事無く戦艦達は拳を握り締める。

 

 守護する国は違えど紛れも無く勇者(軍艦)である艦娘への果てしない敬意、そして、絶対に許してはならない敵となった深海棲艦に対する報復の誓いが彼女達の心に刻まれていく。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

「来た・・・来て(・・)くれた!!」

 

 突然に自然公園の真ん中で上がったその日本語に顔を上げた人々が天を仰ぐ。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 燐光の尾を引く星によって空気の壁は貫かれ、その場で渦巻いた風が置き去りにされる。

 

 光のドームが限界に達して砕かれ、さらなる追撃を行おうと数百の火球が打ち上げられる。

 

 上空から打ち下ろす様な音と空気の波が流れ星を追いかけ海沿いに並ぶヤシの木を地に平伏させる。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 そして、海へと舞い降りた超音速の一撃が無数の火球をまるで蝋燭の火を吹き消すかの様な呆気なさで消し飛ばした。

 

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 轟音が天空を横切り、オアフ島に横たわるワイアナ山脈の麓からですら見る事が出来る程に巨大な水柱がハワイの空へと立ち上り。

 

 その目撃者となった人々はただひたすら呆然と、想像と理解を超える光景を前にハイビスカスの花弁が風に舞う空を見上げた。

 




 



彼女が戻って来た(She came back)




 


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第百三十九話

 
大きく振りかぶられた袖が風を切る音と共に裂帛の気合の声が交差する。

殺気の宿る鋭い視線が僅か数秒でお互いの手を読み合い。

振り抜かれる間にも敵の弱点を穿たんと指先が目まぐるしく変幻する。

二人の戦乙女の意地が見えない力となって円形に広がり風を巻き起こす。




そして、突き合わされたお互いの手は「グー」と「チョキ」であった。




 時はハワイ上空を流れ星が走った瞬間から数十時間遡る。

 

 場所は日本から見て南東に位置すると言う事以外の情報を秘匿されているつい最近(・・・・)隆起した岩礁地帯。

 

 そして、そこで発見されたとある沈没船の事を少しだけ語ろう。

 

・・・

 

 その艦の名は【USS Iowa BB-61】、この世界においても西暦1940年にニューヨーク海軍造船所にて建造が開始され二年後の1942年の2月に進水した古い時代の軍艦。

 

 第二次世界大戦中に建造された当時の最新鋭艦は幾度の戦いを経験し、何度も改修を受け、予備役と再就役を繰り返し、船として間違いなく長寿と言える60年もの時を乗り越えてきた。

 

 だが、加速度的に連続した科学技術の革新と海軍が空母運用偏重へと舵を切った事によって【戦艦】と言う艦種そのものが必要とされなくなり、彼女の後に控えていた建造計画が中止された事で後継が造られず四隻のアイオワ級戦艦は今日ではアメリカ海軍史における最後の戦艦となった。

 

 そして、アイオワ級一番艦であるアイオワは戦艦の代名詞たる大口径連装砲を閉栓され、弾薬を抜かれた形だけの武装を残され、戦中と戦後を合わせ授与された数々の勲章を艦内に飾り、建造から66年を迎えた2006年をもって姉妹達と同じく海上博物館へと転身する事となる。

 

 何事も無ければ(・・・・・・・)激動の時代を乗り越えてきた逞しい軍艦はそのまま良くも悪くも目まぐるしい変化と成長を続ける祖国(USA)を見守り、年老いたかつての乗組員達が子や孫を連れて会いに来てくれるのを楽しみにしながら何十年後かに訪れる自身の終わりを待っていただろう。

 

 

 しかし、この世界(・・・・)において前世代の米海軍において力の象徴と呼ばれた栄誉ある軍艦の艦歴はアメリカ合衆国においては誰一人として想像していなかった形で終わりを迎える事になる。

 

 

 2008年に突如出現した深海棲艦とそれに伴う海上安全保障の崩壊、海の底から現れた人類に敵対的な怪物によって発生した被害と損失は大国アメリカ合衆国に大きな衝撃を与え。

 翌年、紆余曲折あったが要約するならば1tでも多く積載量を増やしたいと考えた政府と軍によってアイオワ級戦艦は退役を取り消され、国外の在外邦人と資本回収を目的とした大規模輸送を指揮する旗艦として艦列に並ぶ。

 

 実際はその旗艦として役目も言ってしまえば名前だけの名誉職であり一つの時代を築いた栄誉ある老兵の名を穢す事無く守る為に付けられた形だけの称号でしかなかった。

 

 けれど、そんな人間の事情など深海棲艦にとっては知った事では無かったのだろう。

 

 狙われた理由は単純に他の船より船体が大きく敵にとって狙い易かったからだろうか?

 もしかしたら僚艦を逃がす為敢えて艦長が独断を下して囮となったのかもしれない。

 それとも単純に海上博物館からの復帰後から各所で発生していた不調によって艦列から落伍したからか?

 ともすれば、戦艦(彼女)自身が艦隊の足手まといと言うかつての栄光を穢す行為を嫌って潔く波間に消える事を望んだのかもしれない。

 

 尤もなんでそんな事になってしまったかなど今更の事でしかないし、少なくともそれを知る事が出来た人間(・・)は一人たりとも陸には帰ってこなかった。

 

 

 最早、この世界において彼女が深海棲艦によって沈められたと言う事実を覆す事など誰にも出来ない。

 

・・・

 

『まぁ、確かに元々その予定はあるわけだし、技術的にも可能なんだけどね』

 

『・・・はてさて、どう説明すれば良いのか』

 

『まぁ、聞いて欲しい、まずね僕らがマナ粒子と呼んでいる存在にも実は普通の物質と同じ様に気体、液体、個体の状態があるんだ』

 

『大気中に漂う光粒に見えるアレが気体とするなら海水や生物内に混じり込んだ状態のモノ、つまり液体状態のマナを僕らは霊力と呼んでいるわけだ』

 

『そして、重要なのは霊核の形成にはマナ粒子のみが結合した純粋な結晶、固体(・・)が必要になると言う事なんだ』

 

『もちろん人の手で作る事は出来るし、そうやって艦娘は生まれて来た・・・ただね、今の鎮守府にはその結晶が無いんだ、いや、無いと言ってしまうと語弊があるんだけど』

 

『君も話だけは聞いているんじゃないかな? 他国へと帰還した艦娘を運用する為の施設、外国版の鎮守府の計画だよ』

 

『流石に一度に切り取り過ぎると中枢機構本体に障害が出るからやめて欲しかったんだけど、国からの命令と言われてしまうとねぇ』

 

『うん、なるほど、なかなか丁度良い例えだ、確かに言ってしまえば親木からの株分けみたいなものかな』

 

『だからそう言うわけで現在の中枢機構には鎮守府を維持するのに必要な分の結晶しか残っていないんだ、協力できなくて本当にすまないと思って・・・え?』

 

『いやいや、流石に山ほど必要ってわけじゃないよ、あ~えっと、どう言えば良いんだこれは・・・うん、まず霊核の基本構造に関して・・・』

 

『人工物に時間経過と共に圧縮された残留思念などの情報を統合し・・・』

『マナ粒子の持つ精神感応特性によって点と点を結び付けニューロンに近い・・・・』

『これを所謂、付喪神に準えて刀堂先生が提唱した・・・』

『それによって構築される疑似的な精神活動を生物脳に転写・・・』

 

『・・・であるからして、魂の器として最低限の容量さえあれば、さっき説明した様に艦娘自身の成長に伴って霊核の構造はより複雑化し強固な結晶体に・・・は?』

 

『あっ、すまない、つい昔からのクセみたいなものでね・・・ははっ』

 

『いや、先生にも「君は本当に研究の事になると喋り出したら止まらないな」と呆れられていたよ』

 

『とまぁ、さっきの話を要約するとマナが粒子へと分解せずに結晶状態を維持できる質量があれば理論上は可能だよ、周囲の環境にもよるけれど大体だけど21gといったところかな』

 

『うん、どんなに小さくても時間を掛けさえすれば情報集合である船御霊は圧縮できるし、素材にした結晶を呼び水にしてマナ粒子を集めて成長させて容量そのものを大きくする事も出来る』

 

『ちなみに刀堂先生は幾つもの太古の遺物を掻き集めて粒子の抽出にも数年かけてやっと50gの結晶を合成出来たそうだよ、そして、その小さな結晶が一番初めの霊核だけでなく中枢機構すらをも生み出した』

 

『現在も鎮守府の艦娘部隊に粒子タンクの実験名目で海上のマナを集めてもらって中枢機構へ注入して結晶化の促進はさせている、それでも予定外の事に使える余剰分は無いんだ』

 

『え? メールを送った? 僕のアドレスに? 何も聞かずに見て欲しい?』

 

『そんな事言われても君ねぇ、一応ココは機密部署だよ? この電話だってかなりグレーゾーンに・・・』

 

『はぁあっ!?』

 

『こ、コレ、本当なのか! どう言う事!? こんな事あり得ないっ!! 現在の地球環境で自然発生する筈なんかないのに!?』

 

『北海道だね!! すぐに向かう手続きをする、サンプルの採取を! 何だい!? 待てるわけがっ、こんな世紀の発見を・・・ん?』

 

『・・・持っていく? 余った分は研究室に? ・・・うん、うむ・・・なるほど、なぁるほどぉ、ぁはぁ・・・♪』

 

『いいね、実に良い! 最っ高じゃないかっ、中村君っ!!』

 

『ごほんっ・・・いや気にしないでくれ明石くん、少し興奮してしまっただけだよ、驚かせてしまってすまない』

 

『じゃぁ【那岐那美(なぎなみ)】が必要か、うん、あれには最新型のアストラルテザーが装備されている、それで合流は・・・』

 

・・・

 

 ザァザァ、と波が岩礁を撫でる様に白波を散らす様子を見下ろす錆び付いた戦艦が突然に向けられた星明かりを掻き消す程に強力なサーチライトによって照らし出され。

 静穏性に優れた最新型の推進機関によって海面下の岩をスイスイと避け白く滑らかな曲線を描く船体が太陽光に負けず劣らずの光度を放つライトの反射光で浮かび上がる。

 

 座礁しないギリギリの位置で錨を下ろした白い船の側面に記された【那岐那美】の文字を撫でて鮮やかなピンク色の髪を持った艦娘が隣にいる海洋調査船と同じ高さの目線で半身を波の下に沈めている軍艦を見詰め。

 そして、あと数分も経てば待ち人が来るとの連絡に頷きを返し明石型工作艦を原型に持つ艦娘は海洋調査船の甲板で赤く光る誘導棒を振って研究員達が指し示すサーチライトの光の下で銀色に煌めく錨を手に取りケーブルを引き延ばす。

 

 波が岩を撫でる音だけの夜の海に鋼靴が岩を踏む硬い音がどこか物悲しい響きを広げ、黒岩の岩礁へと上陸した明石は【那岐那美】と繋がった銀錨を手に夜の海の中で沈黙している戦艦を前に立ち止まり。

 

 海風に泳ぐセーラー服の襟とリボンを直してから両手を身体に揃え、神妙な顔で頭を下げて目を閉じる。

 

 誰が為の黙祷か、砲火を交えた事は無くともかつての敵艦にして今は波間に朽ち果てた船へと工作艦が何を想うのか他人が知る事など出来ない、ただ慮る事は出来るからこそ調査船に乗る乗員達も海に身を横たえ眠っている戦艦へと頭を下げ黙祷を捧げるのだろう。

 

 そして、【那岐那美】のライトに見守られ沈黙をもって向かい合う彼女達が立つ岩礁海域へと雪の様に白い髪とアイヌ風民族衣装を向かい風に揺らす輸送艦娘がコンテナを大事そうに抱えながら現れた。

 

・・・

 

 財団肝入りの最新型海洋調査船が織り成す重低音の目覚ましで起こされ、最上甲板に出て欠伸をすれば吹き抜けた潮風で口の中がしょっぱくなる。

 

「ふぁぁ、ねむっ・・・んがっ!」

 

 後ろについてきているのが誰だったかを失念してつい人目のあるところで油断してしまった直後にそれを耳聡く聞いていたチビッ子が挨拶代わりのローキックを俺の脹脛へと命中させ。

 欠伸と痛みで涙がにじむ目をこすりながら朝っぱらから上官に暴力を振るった犯人に目を向ければ悪びれるどころかこっちを非難する様にツンツンした視線が返される。

 

 まったく可愛いのは見た目だけなのは出会った頃から全然変わらな・・・くはないな、少なくとも他人の目がない所では。

 

 最近は極たまに可愛げのあるところを見せるようになったクソ生意気な朝潮型()に向かって小さく鼻を鳴らしてから頭二つ分下に見える白灰色の髪をわしゃわしゃとわざと乱す様に撫で回す。

 すると反撃のつもりか俺の腕を両手で掴んで押さえながらゲシゲシと下段キックを繰り出してくるが、今ではこんなものは爪を剥き出しにしてじゃれてくる猫の様なモノだと割り切れるようになった。

 痛いものは痛いが、ぶっちゃけ霞に限らず艦娘が本気で人間を蹴り飛ばしたら交通事故並みの大怪我で病院送りになるのだからアザにすらならないローキック(構ってコール)など手加減に手加減を重ねたソフトタッチと言っても過言では無い。

 それに爪を剥き出しにして飛び掛かってくる猫よりゴロゴロと大人しく撫でられ喉を鳴らす猫の方がよっぽど有り難いのだが、それを正直に霞に言ったところで「アンタの好き嫌いなんか知らないわよ」と言われて終わるだろう。

 

 ・・・ただやっぱり痛いものは痛い、だから全力でついさっき整えたばかりの灰色髪からアンテナ型髪飾りを奪い取ってぐちゃくちゃにしてやる。

 

 そして、彼女の頭を片手でにぎにぎしながら押さえてその上で俺が戦利品をチラつかせた事で早朝の不毛な争いは決着し、いつにも増してご機嫌斜めになった(ご満足された)らしい意地っ張りが俺を睨み上げ口をへの字にする。

 その目の前でこれ見よがしに「どうぞお嬢様」と紳士的な態度で髪飾りを差し出せば「フンッ」と一息鼻を鳴らし奪う様にアンテナを取ったお嬢様は肩を怒らせて離れていった。

 

「朝っぱらからなにイチャついてんのよ」

「からかうな、さっきのがそう見えるならメガネを買うべきだぞ」

 

 駆逐艦娘が歩いて行った方から入れ違う様に現れたかと思えば我が艦隊の秘書艦様(五十鈴)はそう言って意味あり気にニヤリと笑う。

 

「お生憎、両目とも5.0よ・・・あれだけ緩んだ顔してたら嫌でも分かるわ」

「・・・顔、緩んでるか?」

「あなたの方じゃないわよ」

 

 実際ちょっとだけ楽しかった霞との決闘で我ながら緊張感が抜けてしまっていたらしく自分の顔を引き締め直すつもりで頬を手で揉んだら何故か五十鈴は呆れ半分の苦笑をこちらに向け、彼女が持ってきたファイルで肩をポンと叩かれる。

 相変わらず仕事が早い五十鈴からファイルを受け取り、数枚のプリンタ用紙の中から今一番気になっていた水上機母艦の名前と作戦参加を了承する本人のサインがある事を確認してホッと一息吐く。

 

「また新しい子に手を出すつもり?」

「・・・今回だけの助っ人だ、作戦の説明はしただろ」

 

 今回の作戦を立てる際に自分の思い付きが正しいかどうかを確かめる為に北海道の寂れた港からココまでの航路の最中に艦娘の艦橋だけ現れる妖精(猫吊るし)に幾つかの質問した。

 そして、その質問に対する答えは大凡だが俺が望んでいた通りで艦娘を造り出し今も影ながら見守っている管理者(刀堂博士)から保証がもらえたワケなんだが。

 

「あら、あの与太話がホントなら優良物件じゃない、いつも艦隊の攻撃力は高ければ高いほど良いって言ってるのはあなたでしょ?」

「流石に地球を物理的(・・・)に滅ぼせる艦娘は守備範囲外だ」

 

 まさか二式大艇ライダーだけでなく超重力爆弾の方まで再現の準備がしてあるとか言われるとは思っておらず噴飯モノだったわけで、まったくあの可愛いらしい妖精のふりをした愉快犯は些細な冗談すらも悪ふざけで実現するから始末に負えないと改めて思い知る。

 それに言っちゃ悪いが今回の戦いで重要なのは秋津洲本人ではなく彼女が搭載している二式大艇の方であってそもそも戦闘面では(こっちの世界でも)可愛いだけが取り柄と言われている水上機母艦に期待は一切していない。

 

「司令官、おはようございます! 吹雪です!」

「おう、おはよう・・・それもう乾いたのか?」

 

 そんなふうに五十鈴から受け取ったファイルの中を流し読みしながら那岐那美の後部デッキへと向かっていると掠れた赤白の縞模様の布を抱えた吹雪を見付け、いつも朝に会えば必ず自分の名前込みで元気に(自分が【吹雪】である事を強調する)挨拶をしてくる駆逐艦娘の姿につい笑ってしまう。

 

「はいっ、任務完了しました!」

 

 元気良く敬礼する初期艦を労い頷いてから近くを見回せば吹雪だけでなくついさっき足早に離れていった霞を含めた俺の指揮下にいる艦娘達が全員集まっている。

 今は研究室組の進捗具合を待つだけで特にやる事がない、だから皆には下手な旅客船より福利厚生の整った【那岐那美】での自由時間を与えていたが、やはりと言うかなんと言うか自分達の魂である霊核がどう言う風に造られるのか興味があるらしい。

 

 高雄、大鳳、不知火、浜風の真面目組はもちろんだが退屈を嫌がって近くで磯遊びでもやってると思っていた時津風まで大人しく適当な段差に腰かけて足をプラプラさせ、他の艦娘も特に騒ぐ事無く研究員達と明石の作業を見守っている。

 何故か広い甲板の真ん中をLIVE会場と勘違いしているかの様な様子で大きな身振りと手振りを加えたリズミカルなダンスをキラキラ光りながら踊っている那珂と阿賀野の二人以外は、だが。

 

「って・・・なんでアイツら踊ってんだ?」

 

 つい漏れた呟きにほぼ全員が振り返り、何言ってんだお前のせいだろ、とでも言いた気な視線がツッコミをいれてきたが俺は悪くないだろ。

 バレエとかブレイクダンスや某特撮アクションなんかを参考にしてこんな攻撃の回避方法があるぞとか意味深かつ適当で曖昧な言い方でやってみろとは言ったが少なくともあんな本格的なアイドル活動をやれなんて一言も言ってない。

 

「それにしてもまだ終わって無いのか?」

 

 とりあえず今はあの二人の事は棚上げして考えない事にする。

 

「さっき研究室の人に聞いたら思った通りの反応があの艦から返って来ないらしいですよ」

 

 付喪神、船御霊、時間と共に船に刻まれた記憶、物質内に閉じ込められた情報の連続体、言葉にするとなんとも胡散臭い上に本当にそんなモノの存在を科学的に捉える事が出来るのか未だに疑問だが、吹雪達の指揮官となってからそのオカルトに頼り切っている事を思い出して肩を竦めた。

 

「そうか・・・まぁ、別に起きたくないって言うなら眠ったままでも良いんだけどな」

「司令官?」

 

 不意に朽ちた戦艦がいる岩礁の方から吹き抜けてきた強い潮風が低い遠吠えの様な鳴き声を運んでくる。

 造られた時には既にその艦種は時代に必要とされなくなって、なのに隠居していたら適当な数合わせで平和な港から戦場に引っ張り出されて怪物に沈められた。

 

「それならそれで、お前はお前の中にある識別コードを渡してくれるだけで良いんだ、そしたら後は俺達が全部何とかする」

 

 主任が言う様に本当にあの鉄の塊が人間と共にあった頃の事を記憶しているなら、勝手な都合で振り回して平和な港ではなく冷たい海に自分が沈む原因を作った人間が安らかに眠った後にまでちょっかいを掛けてくる事に対して思うところもあるだろう。

 

「ハワイにいるお前の姉妹艦だってついで(・・・)に助けてといてやるさ」

 

 そして、何度も聞こえてくるスクラップの間を通り抜けて響く物悲しい音が船が泣いている様に聞こえて、感傷的になってしまったのか俺はつい皮肉気にそんな益体も無い事を呟いた。

 

 ―――ゴオォン!!

 

 瞬間、腹に響くような低く鈍い轟音が【那岐那美】を揺らす。

 

「な、なんだ!?」

「司令官! 大丈夫ですか!?」

 

 いきなり襲い掛かって来た衝撃にタタラを踏んだ所を吹雪に支えられ五十鈴に襟首を引っ張り上げられ何とか尻餅を着く事だけは避けられたがまだ揺れている様な感じがする海洋調査船の甲板は途端に騒がしくなり、主任が唾を飛ばすような勢いで他の研究員に指示を飛ばし何かを叫ぶ。

 内圧がどうとか、異常臨界とか、破裂が何とか、見れば岩礁にいる明石の方も突然に紫電を纏い鋼の軋む音を上げ始めた戦艦に驚いて海の方へと後退りしていた。

 

「司令官っ、下がってください!!」

 

 ついさっきまで穏やかにも感じていた空気が一変した事に付いて行けず目を白黒させていた俺を庇う様に前に出た吹雪が後部デッキの一点、アストラルテザーの基部で複雑な装置に取り付いている主任達と内側から真っ赤に赤熱しているのが分かる円筒へと向けられる。

 人間には分からない感覚で何かを察したのか吹雪に何か目配せした五十鈴がスプリンター(短距離走選手)の様な加速で駆け出し、他のメンバーも驚くほどの反射神経で五十鈴に続きアストラルテザーに繋げられた艦娘用のクレイドル(治療槽)に近い研究員達を装置から引っぺがして離れていく。

 

「しかし、データが!!」

 

 たった数十秒で内側から二倍以上に膨れ上がり今にも破裂しそうな円柱がその変形した隙間から激しく蒸気を噴き出し、その真横で計器類にしがみ付いていた主任が悲鳴の様な声を上げて不知火に襟首を掴まれ無理矢理に甲板を引きずられてくる。

 ぎりぎりクレイドルが破裂する寸前に研究員達を回収した艦娘が横並びに両手を突き出して身体を光らせ障壁を展開し、破裂音が轟き円筒のカプセルの内側から炎が上がり空気が歪んで見えるレベルの霊力の波がアストラルテザーの根元から溢れ出す。

 

 船内の異常を検知した【那岐那美】が非常サイレンを鳴り響かせ、強烈な霊力によるジャミングから船内機能を守る為の自動システムが電源系を赤く点灯させた。

 

「ああ、そんな・・・何が間違ってたんだ、基本設計は先生が造ったものと同じなのにっ!」

 

 俺達の盾になった不知火に勢い良く放り投げられて転がってきた主任と未だに炎を噴き出している壊れた窯の様な装置を交互に見る事しか出来ずにいた俺の耳にふと何かが焦げる音を捉える。

 

「おいおいおいおい・・・霊核を生成するだけって話だったろ」

 

 ジュウッ、と一歩、また一歩、真新しい甲板に黒い焼き印が刻まれ、壊れたクレイドルの中から燃え盛る炎の塊が不規則な足跡を残しながらこちらへと近付いてくる。

 うねる炎の中に人の様な形が見えてたかと思えば今にも床に崩れて溶け消えそうな火の玉になりまた人の形を取り戻そうとする。

 そんな動きを繰り返し何かを探す様に歩く不定形の火の塊を前にその場に居た艦娘全員が霊力の光を溜め込んだ両手を突き出して臨戦態勢を取ると何かを感じ取ったのか炎が立ち止まりその場で揺らめく。

 

「まるでバーナーじゃねえか、いや、バーナーの火力で建造? ははっ、ならここは工廠ってわけだ」

「何を言って・・・工廠、バーナーって? まさかあれが司令官が前に言ってた高速建造って事なんですか!?」

 

 そして、緊迫と混乱が混在する周囲を他所に俺の目はその火の塊の足下で陽炎の様に揺れる小人の影がちょこまかと走り回っている姿へと引き寄せられた。

 

「えっ、駄目です司令官っ!? あぶないから下がって!!」

 

 その小人が俺に向かって早くこっちに来いとでも言う様に飛び跳ね、艦娘の艦橋に居る時よりもさらに曖昧で直感的なそれに従って吹雪の手から畳まれた十三本の紅白線と黄色い蛇が描かれた旗(アメリカ海軍所属を示す国籍旗)を取って自分でも驚くほどスルリと五十鈴達の間をすり抜ける。

 虚を突かれて慌てる彼女達の声を背に俺が一歩近づくとそれに反応したのか炎がまた一歩焦げた足跡を作り、泡を食った様に俺を止めようと後ろから手を伸ばしてきた吹雪へと振り返らず「大丈夫」の一言と片手を突き出して制止し、さらに人の形をした炎へ一歩近づく。

 

「いきなりこんな事を言われても意味なんか分からないだろう」

 

 そのまま手を伸ばせば届く距離で立ち止まるとかなり人間の形に近づいた炎がこちらへと腕に見える部分を伸ばしてくる。

 

「今、ハワイが深海棲艦の侵略を受けている」

 

 肌が高熱に炙られジリッと前髪が焦げる音に本能的な恐怖が騒めき体中に冷や汗が滲み垂れる、だがハワイか深海棲艦かどちらかに反応したのかは分からないがそれを聞いたと同時に炎は静止して俺に触れる事は無く。

 見ているだけで目を焼かれるかと思える程の激しい炎への怖れで背けたくなる顔を上げ真っ直ぐ向かい合えばそれ(彼女)はまるでこちらの話を聞いているかの様に頭に見える部分を横に傾けていた。

 

「俺達は仲間を救けに行かなきゃならない」

 

 虫の知らせと同レベルの直感に従って、霊核生成前の調査の際に朽ちた戦艦の内で発見された赤と白に彩られ掠れた文字で「DONT TREAD ON ME(我々を踏みつけるな)」と記された旗を。

 恐らくは深海棲艦の攻撃によって海に沈む寸前、名も知らぬアメリカ軍人の手によって艦中へとしまわれたアメリカ合衆国の自由と権利を守る決意が込められた軍旗を、両手を目一杯に広げて開く。

 

「どんな手を使ってでも、だ!」

 

 目の前で揺れる旗を前に立ち尽くした炎の身体が不意に内側からうねり渦巻く、今にも燃え尽き崩れ落ちそうだった赤色が新しい燃料を入れられた様に爆発的に光度を上げ、背後で吹雪達や主任が怯む声を上げる。

 

 それは一番近くにいた俺も例外では無く堪らず旗を握った手を翳して顔を庇い、何とか薄目を開けて見た布の向こうで形を定めず揺らいでいた炎が青白く染まっていく程に人の形へと整えられて眩い輝きを放つ青白い光が女性の姿へと成っていく。

 短い様にも長かったようにも感じる時間が過ぎて布越しにでも目蓋の裏にまで焼き付きそうな閃光が収まり、チカチカと残像が明滅する視界にふらつきながら俺は手に持った旗を前へと差し出す。

 

「さあ、アイオワ・・・君はどうする?」

 

 黄色人種である日本人の俺とは一線を画す真珠を溶かして出来た様な白く艶めいた肌を持つ指先が広げられた軍旗へと触れ。

 彼女にしっかりと握られた赤と白の縞模様が潮風の中で踊る様に宙を翻って広がりまるで自分の意志を持っているかの様に金色の髪ごと産まれたばかりの戦艦娘の新しい身体を包む。

 

「Take me There(私をそこへ連れて行きなさい)

 

 姿と声自体は俺の記憶にある通りだが思っていたよりも力強い凛とした口調と青い透き通った瞳に射竦められそうになり。

 それでもなけなしの根性で耐えてしっかりと頷いて見せれば白人種特有の彫りの深い顔立ちが不敵に微笑んだ。

 




 
「・・・やったあああっ!!」
「いやぁああっ!!」

「提督ぅ! すぐ私が助けいきますからねーっ!!」
「待って、もう一回、もう一回だけ金剛っ、お願いだからぁ!!」
「伊勢さん落ち着いてください、お姉様なら必ず田中二佐を助けてくれます」
「じゃあ、もう榛名で良いから代わってよぉ、提督と会えなくなってもう二週間よっ!? なんでもするから出撃枠ゆずってよぉ!」

「・・・あげません!!
「ひえっ!?」

「・・・榛名は提督と会えないのを一カ月も我慢してます、大丈夫じゃありません」
「そんなぁ~、なんで作戦に参加できる戦艦が二隻だけなのよぉっ!」

「えっとここにサインで・・・これで私も提督の所に行けるかもっ! ううん、秋津洲が助けに行くんだ!」

 


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第百四十話

 
 選りに選ってこのタイミングなのか!!


 選リニモ選ッテコノ瞬間ダト言ウノ!?


 


 一隻、また一隻、力を限界以上に振り絞った代償によってタービンシャフトが砕け蓄電池が火を吹く、水晶のネジが過負荷に耐えきれず爆ぜて全力を振り絞る黒髪の空母艦娘の助力を得ても修復が追い付かず傷を広げていく光の壁を容赦なく砲弾の雨の中が襲う。

 その防衛艦隊の中心でアメリカ合衆国海軍において現存する数少ない戦艦(・・)の一隻、【ミズーリ】の船体が狂おしくまるで泣き叫ぶ様な軋みを響かせた。

 

 それはまるで弱者の抵抗など無駄であると思い知らせる為に行われる一方的な攻撃の前に倒れていく仲間の姿を悲しんで嘆いているかの様な意志無き鉄の船の叫びに見えて。

 オアフ島の東側を見下ろす山の展望台で一秒でも長く自分達と故郷を守る為に戦う勇士達の目撃者であろうと無謀にも爆風を感じる距離でカメラを構える人々の耳に届き、そして、海に向かって掲げられたマイクを通してそれはリアルタイムで世界へと発信され続ける。

 

 それぞれが手にするネットワーク端末を通して映し出される現実と言うにはあまりにも荒唐無稽な光景に誰もが唖然とし、唖然としながらも目を逸らす事を出来ずにスピーカーを通して伝わる鋼の軋む音から感じる言い知れない感情に胸を締め付けられた。

 

 当事者でないからこそ画面の向こうの人々がどれだけ追い詰められているかを想像できず、まだ希望があると期待して彼らが助かる奇跡が起こりますように、と無責任な善意によって願って胸の前で手を組んで祈りの言葉を唱える。

 

 その戦いを見ている事しか出来ない者の一人である艦娘もまたノートPCが繋げる現在起こっている戦争から目を逸らさず断続的にザラザラとノイズが走る画面を睨み付け。

 悔しさと悲しさ綯い交ぜにした船体の軋みに歯を食いしばり、もう助ける事の出来ない一隻の軍艦の最期を見届け、彼女と共に戦った勇気ある軍人達の願いである彼らが命を懸けて護らんとした人々を絶対に救うと心を誓う。

 

 そうしている間にも断続的に(一定の間隔で)繰り返していたノイズ(信号)が画面を埋める砂嵐を発生させ、その向こうへとどうしようもなく艦列を崩していく防衛艦隊の姿が霞んで見えなくなっていき。

 ついに数え切れない人々の目の前で軍艦達がその力を振り絞って作っていた障壁が連鎖的にひび割れていく鋭い音を立て、色すら分からなくなった景色(画面)の中で光粒が散った。

 

そして、

 

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 

 雲一つない空の彼方から己の存在を主張し、執拗に繰り返されていた“ノイズ(モールス)”が彼女(・・)の到来を告げる。

 

 

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 夕日を背に空を切り裂き暴風を引き連れて現れた流れ星が海面に直撃する寸前に金色の輝きと共にその身に纏う運動エネルギーを全て衝撃波へと変換し、暴力的な慣性が全て夜の色に染まろうとしていた海原へと押し付けられ、見渡す限りの海面が誇張表現一切無しで裏返る。

 世界の全てが真っ白に染まったかと思う程に広く、空の全てが塗りつぶされた錯覚する程に高く舞い上がった海水が超音速の飛来物を追いかけてきた乱気流に乗って激しく舞い。

 空の彼方から空気の壁を貫きながら墜ちてきた何かによって叩き付けられた大衝撃が見る者に己の正気を疑わせる程の常軌を逸した光景を創り出す。

 

 そして、障壁で軽減されてもなお大きな波に押され傾いた衝撃のせいか防衛艦隊の中で最も古い軍艦の内部で幾つかの誤作動が連続して起こり、壁や床に張り付いて外からの衝撃に耐えていた乗組員の頭上で彼らの意図せぬ汽笛が吹き鳴らされた。

 

 

 まるで迷子の子供がやっと見つけた家族に向かって自分はここに居ると叫ぶ様に。

 

 

 現代の軍艦の数倍の厚みを有する分厚い装甲板が引き裂かれる程の重圧に押さえつけられながら戦艦が吹き鳴らす汽笛が眼前に広がる壁の様な水飛沫へ向かって響く。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

《『止めなさい、栄誉ある合衆国海軍(US.Navy)に属する艦に泣く事は許されないわ』》

 

 まるで教官が訓練生を良き方向へと導く為に教えを説くかの如く厳しく律する様な女性の声に虚空へと叫びを上げていた戦艦の汽笛がまるでその声に驚き、そして、己を恥じ戒めるかの様にピタリと止まった。

 

《『偉大なる(Mighty)と呼ばれる船の一隻ならば最期の時までその名に相応しく在りなさい』》

 

 重力に従って天から海へと轟音と共に返されていく白泡の大瀑布の中から不自然なほどに澄み切った声がその場に居合わせた全ての者達に耳に届く。

 オアフ島の東側を中心にして強い意志が込められた高濃度のマナ粒子と電波が混じり合い広がり、電子機器である軍用通信やビデオカメラのマイクだけでなく人の聴覚にまで直接影響を与えてその“声”(英語)を人々へと伝える。

 

《『そして、今は何より勇気ある軍人達と共に成した偉業を誇るの!』》

 

 続いて咳き込む様な蒸気タービンの音を響かせ明滅していた艦内の電気系が火花を散らしながらも正常電圧を取り戻し、復旧した動力と素人同然であろうと決死のダメージコントロールを行う乗員達の手によって傾いていた戦艦が必死に水平を取り戻していく。

 

《『そう、貴方達は今日! この世で最も崇高で困難な任務を成し遂げた!』》

 

 天へと立ち上った海水によって創られた白泡のカーテンの向こうで立ち上がろうとしている人影が金輪の輝きを背に大きく浮かび上がる。

 

《『だから、もう大丈夫』》

 

 ミズーリの艦橋で耳の中に直接聞こえてくる頼もしくも優しい色に変わったその声に戸惑い頭を振りながら立ち上がった艦長がレーダー席にいる士官が上げた驚愕に満ちた報告に己の耳を疑う。

 それはミズーリから見て前方1kmにも満たない近距離に突如現れた敵味方識別信号に対する驚き。

 

《『今、この瞬間から貴方達の自由(・・)が脅かされる事は決してない』》

 

 消えていく水柱の向こうに現れた味方を意味する識別信号の光点に記された【USS Iowa,BB-61】と言うIDが何を意味するのか。

 国籍を問わず海軍に属している者ならばその名を持った軍艦が既に沈んでしまった事を知っている、彼女(・・)がそこに存在する筈などあり得ないと知っているからこその驚愕にそれぞれの艦内でIFFのシグナルを確認した全ての軍人が息を呑む。

 

《『何故なら』》

 

 金の枝葉で飾られた光り輝く輪から重厚な鋼のパーツが空中で噛み合い合体しながら、我先にと争う様に次々と己が主の背へと艤装を施していく。

 

 

《この私が来たのだから!!》

 

 

 斯くして突き抜ける様な雲一つない星空の下、タイトルロールを迎えて水飛沫の幕が開く。

 

 彼女の首に巻かれた十三本の赤白に彩られたマント()が向かい風を受けてうねりはためいた。

 

 

・・・

 

 直後、MIA(行方不明)となった後も取り消される事無く今も軍籍に存在しているアイオワ級戦艦一番艦のIDとその最期の艦長を含めた上級将校の認証コードを根拠に、存在している筈がない艦隊指揮権による緊急時の独自裁量の行使が一方的に宣言される。

 

『《それにしても素晴らしい! 空から見たけれど本当に凄い戦力よ、アナタ達!』》

 

 そして、疲弊したハワイ防衛艦隊へと電文形式(シグナルデータ)で戦闘介入の宣言を送り付けたかと思えば彼らを背にして海に立った艦娘が高高度からの落下物によって発生した大波を物ともせず徐々に海面へと浮上してくる黒い影へと華やいだ声を上げる。

 

《『それにどの艦もとても大きくて頑丈に出来ているのね!』》

 

 ついさっきの芝居がかった厳かな雰囲気が消え去り、打って変わって明るくはしゃぐ声はその身に纏う実用重視でファッション性の欠片も無い灰色の作業着をもセクシーに盛り上げるグラマラスな体型とはあまりに不釣り合いに幼く見え。

 その場違い過ぎるセリフを聞いたと同時に鳴り響いた砲声がさらに目撃者達の思考を混乱させ、数十秒後には水平線に殺気(怒り)に満ちた顔を出した数隻の深海棲艦の艦橋(頭部)が弾けた。

 

『《合衆国以外にこれ程の艦隊を揃える事が出来る軍が存在していたなんて本当に信じられない!!(It's so Amazing!!)』》

 

 祈りが通じたと喜び、遅れてやって来たヒーローの登場に歓声を上げようとしたテレビやPCモニターの前の人々までが敵に向かう称賛の声と正確無比な攻撃と言う彼女のちぐはぐな言動に呆気に取られる。

 

《『ええ、こんなに強い敵を相手にしてたなら仕方ない、ミズーリや彼らがここまで追い詰められるのも仕方ないわ!》』

 

 ひたすらオーバーリアクションに両手を大きく頭上に掲げてて拍手を打ち鳴らし、相手の健闘を称えるかの様な声を上げながらその腰の左右で光粒の硝煙を散らす三連16インチ砲が九つの砲門を滑らかに動かし次の獲物へと照準する。

 

《『我が合衆国海軍に此処までのダメージを与えるなんて凄い事よ! アナタ達は自分がやった事の意味が分かる!?』》

 

 まるで出現位置をあらかじめ知っているかのような砲撃によって荒波の中を左右に展開しようとしていた深海棲艦の前衛部隊の先頭がその黒い装甲とバリアの最も弱い部分を撃ち抜かれて爆散する。

 

《『よくぞここまで見事に! もう言葉では言い表せないぐらい凄く、すごく! 私の国の平和を踏みにじってくれた!!』》

 

 数十km先を照準して火を吹いた主砲の過熱によって砲身の周りの空気が焦げて沖からの向かい風に乗って硝煙の臭いが背後へと運ばれていく。

 

《『ああ、よくぞ(・・・)、そう・・・』》

 

 海上自衛隊所属護衛艦【はつゆき】の側舷に背を預けていた満身創痍の艦娘は通信と肉声同時に聞こえてくる彼女の声色が数段低くなったことに気付く。

 直後に鈍く鋭い鋼の音が響き、アイオワの身体の左右に突き出したダークグレーの主砲が艤装基部と共に割れて内部機構を展開し、彼女の背で上下左右に向かって突き出した重機じみた大きさのラジエーターに見えるパーツが鈍く重い咆哮を上げ、紫電を纏い発光する無数の金属板の間から大量の光粒が噴き出す。

 

『《  よ く も(・ ・ ・)  》』

 

 変形していく戦艦娘の艤装から溢れ出した光粒が線と成り絡み合い四対のトンボの羽模様を宙に描き、直後に光の羽根が閃光の斬撃と化し水平線の向こうから放たれた長距離砲撃による深海棲艦の反撃を欠片も残さず蒸発させる。

 光の羽根に続いて黒鉄の輪がその内部に稲光を走らせ、この場にいるどの軍艦よりも雄々しく唸りを上げる動力機関が周囲の光粒と霊力を手当たり次第に取り込み純粋な熱量へと分解し、それをさらに光速へと近付ける為に暴力的なエネルギーを宿した粒子を加速器へと流し込む。

 

 

『《私の姉妹を泣かせたわね?》』

 

 

 そして、一拍遅れて音割れと砂嵐が急激に消え正しい色彩を取り戻していくノートPCの画面ごしに戦場を見詰めていた青い瞳は勇ましい軍籍旗のマントと幻想的な妖精の羽根を閃かせる彼女の背に何が宿っているかを理解した。

 

 つまり、アイオワ級戦艦一番艦、USS Iowa,BB-61の化身たる戦艦娘は途轍もなく怒っているのだ。

 

 当たり前の話だ、どれだけ強い自制心をもってしても耐えられるわけがない。

 

 国土と国民と戦友(アメリカ合衆国)を蹂躙されただけでなく姉妹艦まで嬲られて澄まし顔でいられる艦娘なんていないのだから。

 

   Fuckin' son of a bitch!!

『《このくそったれの××××共っ!!》』

 

 

 圧縮空気を放つような射出音と共に銀色のワイヤーがその身を蛇の様にうねらせ幾つもの錨が海面へと突き刺さり、海上に固定された戦艦娘は降り注ぐ敵砲弾をマナ粒子へと分解し取り込み、さらに輝きを増していく妖精の羽根によってその周囲が昼間の様に照らされる。

 

・・・

 

 前世と今世の二回分と言うだけでなく単純に俺自身が間違いを人より多くする人間だと自覚しているからこそ今まで後悔に悩まされてきた回数はもう数え切れない。

 現にハワイに送り込まれる理由だって個人的な欲求でやらかした失態が原因で、この数日だけでもどれだけ皆に謝れば済むのか分からないぐらい失態に次ぐ失態を演じてきた。

 

 “もうすぐ君の友(中村義男)がやって来る”

 

 だけど、その妖精の囁きで決死の攻撃を中止して加賀や艦橋にいる皆に自殺行為並みの無茶をさせてしまった事は申し訳ないとは思っているけれど、この数日の中で唯一後悔しなくて済むと胸を張れる判断だった思う。

 

『良介っ! 聞こえているか!? 今すぐ応答しろっ!!』

 

 護衛艦(はつゆき)の側舷に背を預けて座り込んでいる加賀へと他のモノより射出速度が遅く放物線を描いて飛んで来た彼女の手の平に丁度収まるサイズの錨、スパークを走らせる鉄輪と光り輝く昆虫の羽にも見えるビームシールドを背負う戦艦娘の後ろ姿から放たれた砲撃反動抑制装備のワイヤーを伝って聞く義男の声に目頭が熱くなる。

 変則的な方法だが艦娘同士の接触によるジャミングの心配が無く他人の耳にも届かない秘匿性を持った通信方法はその心底慌てていると分かる口調とからアイツ個人の私情を優先したモノだとすぐに分かった。

 

 仮にも軍人として第一声がそれと言うのはどうなんだ、と言いたい事は山ほどある。

 どうやってこんなに早く駆けつける事が出来たんだ、とか聞きたい事は数え切れない。

 

「義男、お前っ・・・」

 

 カッコつけて「待たせたな」とか言うのか? もしそんな事を言うなら「遅刻だぞ、サンタクロース」とでも返してやろう。

 いつも迷惑ばっかりかけてくる悪友の姿に対してこんな気持ちになるなんてが本当に柄じゃないのに。

 この世界(今世)では初めて見るその艦娘の、頼もしい戦艦娘の背中越しに感じる義男の気配に湧き上がる安堵感で声が震えてしまった。

 

『助けてくれっ!!』

 

 

 直後にスピーカーから艦橋に響いた予想外の大声のせいで涙が一瞬で引っ込む。

 

「・・・は?」

 

 オマケに戸惑うこちらの気持ちなど知った事じゃないとばかりにあの野郎が言い始めたとんでもない内容に目の前が真っ白になったかの様な錯覚を覚える。

 

 アイオワからアメリカ海軍の艦隊指揮権を借りる為に無断で艦娘化させた?

 名目上は米海軍に現在も所属している彼女のIDを隠れ蓑にして突入してきた?

 しかもその行動自体が日本の政府から米国側への承諾を取り付けている最中?

 おまけにアイオワは目覚めてからまだ三日も経っていない訓練経験すらゼロのド素人?

 

 俺と同じ様にその声を聞いていた時雨達も唖然とした顔でポカンと口を開け、横目に見ればコンソールパネル上に浮かぶ立体映像の加賀ですらあまりの馬鹿馬鹿しさを嘆いているのか眉間に深いシワが出来るぐらい眉を顰めた顔を片手で覆ってた。

 深海棲艦によるハワイ諸島への侵略に対する対策で裏目に裏目を重ねたアメリカの大統領府と軍隊は後がない状態だから交渉と言うよりは決定事項、なのできっと日本側が良い条件をむしり取ってくれるだろうと言う事だけは朗報、とかそんな事はどうでも良いんだよこのバカっ!!

 

「義男、お前ぇ・・・」

 

 矢継ぎ早かつ一方的な自衛隊史上稀に見る馬鹿野郎からの連絡が終わり、何とか俺の口から出た声はついさっき口にした言葉と同じなのに込められた感情は真逆のモノになっていた。

 

『だから戦場を撮影している連中を何とかしてくれ!! 今、お前の艦隊以外の日本の艦娘が顔を出すのはマズい!!』

 

 だが文句なら後でいくらでも言える、なら今は生き残る為に思考を入れ替えろ。

 

 確かに目撃者がハワイを守る防衛艦隊だけなら揉み消すのは難しいが不可能ではないだろう、実情を知らない彼らにとってアイオワは文字通り自分達の窮地に駆けつけてくれた英雄に見えているから生き延びさえすれば不都合な事実に目を瞑ってくれる公算は高い。

 後から見覚えのない艦娘が戦場に乱入してきたと言う情報が漏れるかもしれないが軍隊の持つある種の閉鎖性を利用すれば曖昧な噂話として真偽を有耶無耶にできる。

 

 だが、映像として記録が残るとなると話は別、それも義男が言うには撮影しているのは民間人な上によりにもよって今現在もリアルタイムで世界へとこの戦場の映像を発信していると言う。

 

『て言うかなんでこんな戦場の真近くに民間人連れて来てんだよ!?』

「お前がさっき言った! 民間人が勝手にやってるんだろ!?」

『緊急回避すらできねぇ状態で足止めて撃ちまくらないといけないこっちの気持ちも考えてくれよ!!』

 

 ああクソ、人が考え事してる時に喧しい声で喚くんじゃない! ()達はこれ以上ないぐらい疲れてるんだぞ!?

 

「知るか!? こっちはここ数日碌な休みも無しで! ほぼ全員大破して! 戦うどころか身動きすら出来ないんだぞ!?」

『て言うか、そもそも連中はどうやってこんな粒子濃度でハワイの外に放送出来るんだよ!?』

「それこそ僕に聞くな!! 本当に知らない!!」

 

 なんでこんな命懸けの状況で悪友のやらかしの尻拭いをさせられなきゃならないんだ、と叫びたくて仕方がない。

 だが、それでも何とかしないとギリギリで繋がった首の皮が今度こそ斬られる。

 

 それに変な制限さえなければ俺と同じく妖精(猫吊るし)からのサポートを受けられる義男と万全な状態の中村艦隊なら深海棲艦との戦力差が十倍あったとしても十分に逆転が狙える。

 例えアイオワが艦娘として生まれたばかりの素人だろうとアイツが乗って指揮しているなら戦力化できると言う事は今ちょうど目の前で迸った閃光が証明していた。

 

「まずいな、怯んでいた深海棲艦が復帰してきている、何とかしないと・・・いっそJJの部隊に民間人の確保を頼むか?」

 

 しかし、撮影が行われているのは山の上という話、今から真珠湾の基地にいるジェームズに頼んでもカメラマン達を保護するまでにかかる時間をアイオワは凌ぎ切れるか?

 敵艦隊の最高戦力であり最高司令官でもある戦艦棲姫は何らかの理由で砲撃を行ってきていないお陰で今は何とかなっているが、あの自分の部下ごと赤城と俺達を焼き殺そうとしたあの破壊力が振るわれれば一撃で全滅もあり得る。

 

 なら、ここから目撃者を消す為に攻撃を仕掛ければ面倒は省ける、・・・と言うのは論外、何よりそう言うのは有り難迷惑なんだっ!

 良かれと思ってなのかご丁寧に目標までの正確な距離と人数だけでなく中破状態で踏み止まってくれている時雨が後一発分だけなら主砲弾を生成できると言う補足情報まで付け加えてくる“囁き”を振り払う。

 

 コンソール上から俺を心配そうに見上げていた小人を手の甲で横に退けてから考える、とにかく思考を止めずに考える。

 そう言えば・・・インターネットによって拡散されていると言っていたがそもそも件の放送はどうやってハワイの外に送られているんだ?

 

 ハワイ諸島全域を覆う戦闘濃度のマナ粒子によって電波はかく乱されるからテレビ局のアンテナはまず無理、衛星通信だって使えるはずはない。

 仮にマナ粒子のジャミングに干渉されない手段でデジタルデータを送信する方法があるとしても個々人の手にあるカメラやパソコンから無秩序に映像を発信出来るかと言えばNOだ。

 

 ならカメラから有線ケーブルを伸ばすにしろ映像が記録されたテープかディスクなどの記憶媒体を利用しているにしろ一度はその正体不明の送信手段の手前で必ず外のインターネットに適応する形式へと映像を変換しなければならなくなるだろう。

 

 だが今の最低限のインフラしか復旧できていないハワイ諸島のどこでそんな高度な通信と情報処理が行える・・・!?

 

「軍用回線っ、真珠湾基地の中央指揮所だ!? 空母棲姫と戦う寸前に来た通信もそうか!!」

 

 冷静になって考えればその前の核ミサイルの発射だって本当なら来る筈がないものだった。

 標的までの距離を飛ぶにあたって必須である高度な情報処理による手助けが無い状態で核と言う戦略兵器が運用されるわけがないのだから。

 

 米軍基地の指揮能力ががいきなり息を吹き返した手品のタネは分からないがそれをやってのけてさらに外へと情報拡散を行った人間の正体ははっきりした。

 

 ジェームズ・ジョンソン米陸軍少尉だ。

 

 いや、実際のところ彼がそれを主導したかどうかは分からないし、もしかしたら彼とは別に首謀者がいる可能性はある。

 だがジェームズが陸上部隊の指揮官として権限を振るって基地機能の一部を現在行われていると言うLIVE放送に提供しているのは間違いないだろう。

 

「義男っ! あと少しだけ待ってくれ! 事情を説明して放送を止めてもらう!」

『早くしろ! いざとなったらどさくさ紛れにジャンプして姿眩ませるしかないか!? 二式大艇は着いて来てるよな!?

『はい、ハワイ諸島西海上を問題無く本艦に向かって飛行中、ですが今のままの速度だと接触可能距離まで約74分程かかると思われます!』

『その時はその時だ、良介が駄目だったらもう一回お前のチャレンジ精神に頼る事になるぞ秋津洲!』

『ぜ、絶対イヤかもーっ!? 今度こそ死んじゃうよぉ!! 田中提督助けてぇ!!』

『さっきのだって怪我一つ無しなかったでしょ! 何弱気な事言ってんの!』

 

 

 ・・・あの大津波起こしたの秋津洲だったのか。

 

・・・

 

 赤ヒレの敵を焼き殺した時に壊れてしまった主砲の修復を待ち従者が引く浮島の玉座に座っていた戦艦棲姫は下僕達の隊列を乱す鬱陶しい津波とその後に続いて聞こえてきた耳障りな“思惟(英語)”に白い美貌を酷く歪め、苛立ちで黒岩の肘掛けを握り潰す。

 人間に例えるなら言葉を喋れない猿だと思っていた相手からの第一声が“私の領地と同盟者(姉妹)を踏み躙ったお前達に報復してやる”だったのだから欠陥品としか思えない敵が曲がりなりにも思惟を宿していた(言葉を知っていた)事への驚きなど瞬く間もなく不愉快さで上書きされる。

 

 そして、あの欠陥品共がうじゃうじゃと群れる卑小な虫の中から湧いて出てくると言う今は亡き同盟者(義妹)の予測が証明され、戦艦の姫はいよいよもってあの色鮮やかな島を徹底的に焼き払い地盤ごと海の底に沈めねばならないと決意を新たにする。

 

 そんな事を考えていた時、津波によって海面がひっくり返され海中に沈んだ艦が指揮艦の号令に従って隊列を組みなおそうとした直後の油断からか立て続けに海の向こうから鋭い角度で着弾した横殴りの砲弾が前衛艦隊の頭を貫き轟沈させられた。

 

 屈辱的な損失であるが、しかし、あの小さな欠陥品の戦闘能力が自分達(深海棲艦)の脅威たり得ると分かっていた姫は断じ。

 多少の損失で敵を全滅させられるならば問題ない、数の有利を以て島と敵を丸ごと包囲せよ。

 そう配下に命じた次の瞬間に自分へと真っ直ぐ海面を蒸発させながら水平線の向こうから突き進んできた閃光によって障壁を穿たれた戦艦棲姫は顰めていた顔を唖然とさせる。

 

 闇色のネグリジェを纏う身体を常に守る不可視の障壁に開いたその穴は戦艦棲姫の体に比べれば針先の様に細く、強靭かつ自己再生する霊力装甲にとっては損傷と言うにはあまりにも些細なモノ。

 だが、距離と障壁によって熱量を減衰させていたプラズマ化した粒子ビームの残滓が散る白い頬の上には耳の後ろまで一文字の傷跡が走っていた。

 

 空母棲姫と同じ轍を踏まない為にも卑小な敵に対するにはあまりにも過剰な慎重さで一斉攻撃の準備を終えてから殲滅せねばならない。

 そう一秒前まで考えて自制に自制を重ねていた戦艦棲姫の堪忍袋の緒が呆気なく切れ、その背中から鉛色の巨人が溢れ出して荒立つ海面を叩く。

 

 そして、星空の下で玉虫色の光沢をもった波動が急激に巨大化する戦艦棲姫を中心に放たれ二つ並んだ鋼の頭が主の憤怒に従って業火をその顎から漏らし。

 

“ミツケタ”

 

 黒い血を滴らせる火傷の直線が走った白い肌を撫でる真珠色の長手袋に文字通り目から炎を噴き出していた戦艦棲姫の表情と身体が大理石の彫像と化したかの様に硬直した。

 

“何故、勝手ナ事シテイルノ?”

“空母ノ姫ハ何処?”

“怪我シテル?”

“ドウシテ、アノ子ノ群レヲ連レテイル?”

“何ニ怒ッテイルノ?”

 

 空間を飛び越えて鉛色の艤装へと一体化した戦艦棲姫の背後から白い首へとかけられた細腕が怒りに逆立っていた黒髪を梳き下ろし、肌の下、血の奥、そのさらに内側にある魂へと有無も許さず思惟をかける(問いかける)

 

“報告ニ戻ッテキテ、全テ、今スグ”

 

 感情や記憶ごと意識そのものが自分よりも遥かに巨大な存在に丸呑みにされる過剰な快感に白目を剥いた戦艦棲姫の身体が座する浮島を、その周囲で戸惑う従僕を、砲を敵へと向け色鮮やかな島へと突き進んでいた下僕の群れまでもが、突然に開かれた虹色に光る底なしの渦潮へと引きずり込まれていく。

 

 数分後、残されたのは不自然なほどに凪いだ夜の海だけだった。

 




 

「「「「「・・・ぇっ?」」」」」

 


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第百四十一話

 
 おいおい、当事者としての自覚ってもんが無いのかい?

 全部、キミ達のいる世界で起こってる事なんだぜ?
 


【オーシャン】リムパック日米艦娘演習スレ part22【イフリータ】

 

 1:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   ここはハワイで行われる環太平洋合同演習(RIMPAC)での日米艦娘

   対決について話し合うスレだった場所です。

 

   「だった」場所です・・・orz

 

   それでは皆様このスレ恒例となりました『RIMPAC開会式艦娘自己紹介切り抜き』

   でございます。お納めください。

↓↓↓

http://www.metube.com/watch/xxxxxxxxx

 

   前スレで>>950を踏んだのでスレ立てしました。 

 

 2:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   >>1乙

 

 3:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   スレ立て乙!

 

   やっと周りも落ち着いてきた感じやな

 

 4:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   落ち着いてきた?

 

   通知とスクロールの止まらないSNS

   現在進行形で増えてるハワイ関連のスレや情報サイト

   次から次に入ってくる緊急速報で軒並み潰れる年末特番

 

   (;^ω^)・・・ホンマに?

 

 5:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   鯖落ちはしなくなったし(震え声)

 

 6:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   リアルパニックムービーからの「世界よ、これがアメリカだ!」だからな

   鯖の一つや二つ落ちるに決まってる

 

   さすがに板が全部落ちるのは想像してなかったけどなっ!

 

 7:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   早朝ミーツベに投下された第一波終わったと思ったら深夜三時にLIVE

   放送が始まってそれから一睡もしてない眠い、でも興奮が収まらなくて

   目がギンギン

 

 8:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   俺もMetubeのループ再生が止められない、ヤバイ

 

 9:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   加賀さんと防衛艦隊のピンチからのイフリータ登場がマジでハリウッド

   映画の世界だもんよ

 

10:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   あれ雪風ちゃんが背中撃たれた時、神様助けてって素で叫んじゃったよ

 

 

 

 

 

22:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    結局イフリータの正体って分かったの?

 

23:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   分からん

 

24:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   分からんのかこのたわけが

 

25:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   こんな時にメガネ野郎どこ行ってんだよ使えねえな

 

26:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   あの行動力のある艦娘オタクの事だし海外で建造中の艦娘基地に忍び

   込んでても驚かんぞ俺は

 

27:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   彼女と一緒に海外旅行とか裏山

   カヤちゃんだけ残してプリン頭を道連れに事故れ事故れ(-"人"-)

 

28:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   >>27 情けない嫉妬はみっともないぞ

   でも実際メガネのチャンネルとSNS更新止まってるし

   事故かどうかは別としてアイツの方もなんかあったんじゃね?

 

29:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   噂をすればついさっき星に通知来た

   おい・・・嘘だろお前

 

メガネ73号@オアフ島
 ★ 

@73ch_macct

 ナナサンch、三人とも何とか生きてます

 追伸・動画の投稿は帰国するまで無理そうです 

 【Photo1】  【Photo2】

2016年12月28日

 ⇔ 810  ♡ 2.230 

返信を表示

 

30:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   まさかの現地組!?

 

31:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   メガネ! 生きとったんかワレ!

   なんでハワイにおるんじゃワレェ!?

 

32:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   お前の携帯が壊れたとかどうでもいいんじゃい!

   イフリータが何の艦娘かさっさと教えんかい!!

 

33:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   >>31 >>32 落ち着きたまえ ^ ^

 

34:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   すごく落ち着いた ^ ^

 

35:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   うわぁ! いきなり落ち着くな!

 

36:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   でもよく考えたらあいつならいてもおかしくなかったわ

 

37:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   去年の佐世保の式典会場のど真ん中で艦娘の名前予想を始める変態の

   姿を我々は忘れてはならない

 

38:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   流石にもう忘れてやれよ

   ・・・いや、一度見たら忘れられんかアレは

 

39:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   >>37 たまにだけど無性に見たくなるんだよあの動画

 

40:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   ワイ、駆逐艦の制服が元になった艦の特徴や建造年代の文化を取り入れ

   てるとか聞いて部外者の仮説なのに思わず「確かに!」って信じかけたわ

 

41:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   実際あの時のメガネ先生の予想、式典の後に公開された艦娘の名前と合って

   たしな、尊敬は出来ないけど普通にすげえわあの解説魔

 

 

66:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   さっきから聞くに聞けなかったんだけど、イフリータって誰の事?

 

67:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   >>66 前スレ見てなかったのか?

 

68:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   イフリータ:イスラム教の聖典クルアーン(コーラン)で言及されるジン、

   イフリートの女性形。

   イスラム教における堕天使。魔人、悪魔、精霊の一種で魔術を操る事ができ、

   変身能力など人間にはない力を持ち特に炎を自在に操る。

   また西洋の文化圏では、異教の神々を悪魔(デーモン)とする事もある。

 

   ちなみにイフリートの方はあの『アラビアン・ナイト』にも登場するyo!

 

69:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   >>66 が聞いたのは絶対神話の方じゃねえだろw

 

70:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   とりあえず「オーシャン イフリータ」でググれ

   オーシャン イン フリーターと間違うなよ?

 

71:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   ググってもUSA!を連呼してる連中がヒットするんですが?

 

72:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   馬鹿な・・・

   後ろ姿だけで顔も見えなかったのにファンアートが量産されてる

 

73:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   アメリカ絵師の底力を感じる、だがR18絵描いたヤツは本人に主砲ぶち込まれろ!

 

74:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   http://www.metube.com/watch/xxxxxxxxx

 

   貼れと言われた気がしたのでな(布教)

 

75:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   ↑動画で空から落ちてくる金髪の艦娘の事を現地レポーターが

   「オーシャン・イフリータ(海原の炎の娘)」って言ったのが初出だったはず

 

76:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   彼女自身がミズーリの事を姉妹って言ってるしアイオワ級戦艦の艦娘なのは

   間違いない感じ?

 

77:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   いや、わからんぞ?

 

78:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   マジで何者なんだ?

 

79:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   もしかして艦娘なのか?

 

80:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   そこは分かっとけよ! 艦娘だよ!!

 

81:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   いや、本当に炎の魔神かもしれんじゃろ?

   炎の魔法(ビーム砲)使えるし、妖精の羽根とか生えるし

 

82:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   マジレスするとビームぶっぱと光る羽根ってどう見ても金剛様や陸奥姉と

   同じ能力だし、普通に戦艦の艦娘で確定なんじゃない? アメリカの

 

83:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   >>74 寝る前にもう一回見とこうと思ったら再生回数が300万超えてる(汗

 

84:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   え、これアーカイブになってまだ二日も経ってないよな? 嘘だろ?

 

85:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   【悲報】イフリータ放送禁止用語連発版、また削除される

 

86:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   開幕、大砲乱れ撃ちながらのファッキューが序の口で罵倒スラングのバーゲン

   セールだからな、そりゃ消される

 

87:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

   >>85 嘘でしょ、ツベで消された端から別サイトで増殖してる・・・

 

   http://www.niyamove.com/watch/xxxxxxxxx

 

 

199:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    >>193

    だからニュージャージーやウィスコンシンの可能性もあるって言ってんの

 

200:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    ↑いや、その二隻は所在がはっきりしてる

 

201:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    >>199

    霊核の取り出しが行われてない外国の軍艦は海外兄貴達が艦娘板のwikiに

    乗せてくれてるぞ

    ちな、さっきwiki見に行ったけどその二隻は「まだ」の方の船になってた

 

202:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    なんやこれ、ちょっと内容に頭が追い付かない

 

    【速報】日米連携による艦娘運用協定

 

203:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    すまねえ、ロシア語はさっぱりなんだ

 

204:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    日本語の記事なんですがそれは

 

205:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    ふむ、要約するなら

 

    1・艦娘の運用を本格的に始めるからアメリカ版の特務法を発布するよ!

    2・でも何もかも初めてだから艦娘運用経験がある日本君にアドバイス貰うね!

    3・アドバイスのついでに新人のアメ艦娘の訓練も手伝ってよ!

    4・うちの子の面倒見てくれる代わりに「万が一の話だけど!(強調)」

    その訓練中の艦娘達が深海棲艦に襲われたら日本の艦娘部隊の指揮下に

    一時編入させても良いよ!

 

    日&米「「万が一の話だけどね!」」って事だな

 

 

206:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    発布の日時がリムパック開会式の日になってるんですがこれは・・・

 

207:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    >>205 長すぎ三行で書き直せ

 

208:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    はじめっからそう言う感じで日本とアメリカの話は着いてたって事?

 

209:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    あー、つまりリムパックに参加した自衛隊の艦娘はアメ艦娘の試合相手って

    名目で派遣されたインストラクターだったわけか

 

210:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    開会式前にアメリカ側の艦娘がドタキャンしたとか聞いてたけど?

 

211:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    >>205 その万が一の事態が起こってるんですが?

 

212:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    これ発表前にハワイが襲われたのは完全な誤算だったぽいな

 

213:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    >>210 アメリカさんも一枚岩じゃないらしいしギリギリまで反対派に

    伏せてたんだろ

 

214:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    仮にイフリータが留学予定の艦娘だったとしてこの条約的に自分から戦場に

    飛び込むのはありなの?

 

215:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    わからん、全然わからん!

 

216:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    お前ら! 在日米軍からとんでもない発表があったぞ!!

 

    https://www/usfj-J.xxxxxx>info>files/Dec.28.2016

 

217:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    【USS BB-61,Iowa】デデドン!

 

218:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    うわぁあああっ!!??

 

219:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    マジかああっ!?

 

220:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    知ってた(白目)

 

221:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    >>216 ちょっと分からんのだが、なんで艦娘じゃなくて戦艦って

    書いてあるん?

 

222:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    なんでも何もアイオワは戦艦じゃろ

 

223:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    それはIowaの軍籍がまだアメリカ海軍に残って

    あれ?

 

224:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    なんかおかしい?

 

224:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    いや、普通におかしいだろ

    条文とか日付見たら協定発行→艦娘化→ハワイ式典であるべきなのに

    実際の時系列順に並べたらハワイ→協定→艦娘or艦娘→ハワイ→協定に

    なるぞこれ

 

 

498:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    行方不明だったIowa(戦艦)がどこか(マジで何処?)で発見されて

    在日米軍が霊核を取り出して艦娘になったアイオワが日本の基地で秘密訓練

    してたってとこまでは確定?

 

499:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    だから、それだと日米艦娘協定の発行と前後しちゃうから在日米軍にいる

    アイオワは最速でもハワイのリムパック開会の予定日の前後じゃないとダメ

 

500:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    必ずしも政治の思い通りに動くってわけないだろ現実なんだから

 

501:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    >>498 一番ヤバいのはアメリカ本国と在日米軍の間に全くホウレンソウが

    行われてなかった場合だよなぁ

 

502:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    そう言えば戦艦アイオワって言えば乗員の遺族が「沈んだ」政府が「沈んで

    ない」って言い合っててまだ裁判終わってないんだよな

 

503:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    もしかして裁判が終わってないからIowa(戦艦)の発見を表沙汰に

    出来なかった?

    

504:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    やばい、気になる事があって今さっき戦艦アイオワ裁判の議事録見てきた

 

    Iowa(戦艦)

 

    米海軍太平洋艦隊の旗艦としての艦隊指揮権まだ持ったままになってる(;^ω^)

 

505:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    ??

 

506:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    あっ(察し)

 

507:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    在日米軍が独自作戦を指揮できる権限を持った戦艦を勝手に保有してたとか

    クソ笑えるw (゜∀。)アヒャヒャ♪ 

 

    ホントに>>501だった場合、完全にあかん奴やこれ・・・orz

 

508:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    おまけにその戦艦、自分の意志で動けるんですよね

 

 

509:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    そりゃハワイに来るわ、あんだけ激おこだったのも納得だわ

 

510:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    やっぱコレ日米艦娘協定の成立が先かIowaの艦娘化が先かでかなり

    ヤバい事になるぞ

 

511:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    待って、こんな年末の時期にアメがリムパック捻じ込んできたのも

    もしかして?

 

512:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    >>508~>>511 スゴイ勢いで答え合わせされていく((゚Д゚;))ガタガタ

 

513:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    ハワイが深海棲艦の襲撃にあって無かったら日本とアメリカで示し合わせて

    有耶無耶にするつもりだった可能性かなり高いんじゃね?

 

514:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    >>513 それな!

 

515:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    みんなヤバいぞ、第三波がきやがった!!

 

    【中継】ハワイ空港にアメリカ艦娘部隊到着【再開】

 

516:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    うわああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

517:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    う、狼狽えるな! ドイツ軍人は狼狽えない!1!!!

 

518:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    これはまたサバが落ちる!(直感スキルA)

 

519:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    読み込みが

 

520:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    エッ

 

521:名無しにかわりまして船員がお送りします 2016/12/28 ID:xxxxxxxxx

 

    デカ

 

・・・

 

 

サーバーにアクセスできません

時間をおいてから再読み込みをお願いします

 

 




 
「Mr.タドコロ、残念だ、貴方とはもっと建設的な会話ができると思っていた」
「この場はそうではないと?」
「しかし、結論を急ぐのは良くない、我々には冷静になる時間が必要だと思わないか?」
「オフィサーっ! 失礼します!」
「むっ、キミ、私は今彼らと・・・失礼しても?」
「はい、どうぞ」

・・・

ミズーリinハワイ「敵がたくさん攻めてきたから核ミサイル撃っちゃった、でも姫級にノーダメで防がれちゃったの」(・ω<)テヘ
コロラドin米国基地「この基地は制圧したわ! 大統領が許可出さないなら私達全員でクーデター起こしてでも出撃するわよ!」(# ゚Д゚)
メガネ&練巡「ハワイで今何が起こってるか全世界に向けて生放送しまーす!」(^o^)人(^o^)イエーィ

・・・

「(血の引く音)・・・Mr.タドコロ」
「どうかしましたか?」
「け、建設的な話をしようじゃないか、先ほどの話をもう少し詳しく聞きたくなった」
「ええ、問題ありません、我々は何よりそれを望んでいますからね」

・・・
そして、生中継される戦艦I主演の「タ〇タンフォール!!」
・・・

某国大統領「どぼじでごんなひどい"ごどずるの"!?」
 


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第百四十二話

 

こうして、同胞を救う為に戦乙女達は戦場へと舞い降りる



  


 

「まったく、スリル満点な上に風通しの良いドライブだった」

 

 そうウンザリとした顔で溜め息混じりにぼやいた自衛隊所属の艦娘部隊指揮官である青年、田中良介二等海佐は数日前に在ハワイ米軍の基地に向かう時にはちゃん存在していた筈のフロントガラスや屋根が無くなった上に少しバンパーまで歪んでいる自動車のドアを閉める。

 

「ほぉー、こりゃまた絶景や、なぁキミ♪」

 

 そんな田中と違ってあちこちが酷く割れた道に散乱する瓦礫や倒木を避けながらのドライブの後だと言うのにフワリと軽やかな身のこなしでオープンカーのドアを跨いで地面に立った艦娘、龍驤が額の上に手を翳して目の前に広がる真っ白な砂浜と青一色の空と海に感嘆の声を上げる。

 そんな対照的な様子の二人が揃って見上げた空は果てが無いと思えるほどに澄み切ったスカイブルーに白い雲を浮かべ、その下で太陽の光を燦燦と浴びるエメラルドブルーの海原が水平線の向こうまで延々と煌めく波を躍らせていた。

 

「ああ、観光気分になれないのが惜しくて仕方ないよ、さて義男達は・・・あっちか」

 

 海岸へ向かう緩い傾斜の階段が見える路肩の手前で迷彩服の米軍海兵隊がまるで重要施設を見張る様にだだっ広く真っ白な砂浜を背にして立っている。

 スクラップ工場で解体中の車を盗んできたのかと言いたくなる酷い有り様のオープンカーから降りてきた田中と龍驤へと一糸乱れぬ動きで身体を向けた平均身長180cmを超える兵士の壁に艦娘部隊指揮官は自分と秘書艦の服装をチラリと横目にして少し居心地が悪くなる。

 

(いや、ここはハワイの海岸なわけで不自然さなら彼らの方が・・・)

 

 適当な土産物売り場で買った様なハイビスカス柄のシャツと地味なスラックス、隣にいる龍驤は田中のシャツと同じ柄のワンピースに赤いリボンの麦わら帽子を被り極めつけに足元はサンダル、仲良く並べば大人と子供の様な二人の身長差のせいで年の離れた兄と妹に見えなくも無い。

 そんな二人に対する軍人達の恰好は通信機器か予備マガジンかはたまた手りゅう弾か、とにかくたくさんあるタクティカルベストのアタッチメントポケットと大きなウェストバッグを分厚く膨らませ、そんな装備で自動小銃を持って立っているだけでも辛いだろうにさらに遮光バイザーと一体化したヘルメットまで被る姿は何処の激戦区からやって来たんだと言いたくなる完全装備である。

 

(と言うかここ(・・)こそが最前線だった、なら場違いは俺の方だな)

 

 そんな一見観光客にしか見えない二人を確認した屈強な兵士達は即座に姿勢を正して背筋を伸ばすと一斉にその手に持つアサルトライフルを胸板の前で上に立てて、肘を揃え自分達のヘルメットを指さしてまるでVIPを迎えるかの様に丁寧な敬礼してみせる。

 予め連絡もしておいた事もあり場違い極まる恰好でも顔パスで通じる様なのだから彼らが自分達の味方であるのは間違いないわけだがそうと分かっていても田中は屈強な兵士の纏う迫力に一呼吸分だけたじろぐ。

 

「ほら司令官、通ってええみたいやしさっさと行こや」

 

 そんな田中を他所に龍驤は動じるどころか立ち止まりもせず海兵隊員に愛想よく答礼しながら砂浜への道を開けた彼らの横を通り小波が寄せる海と高い空を背に振り返り麦わら帽子の下で自然体な少女が笑顔を咲かせる。

 そうして階段を軽い足取りで下りていく頼もしい秘書艦の姿に毒気を抜かれた青年士官は苦笑と共に軽いため息を吐いてから自分よりも遥かに軍人らしい軍人達へと腰を折り略式の礼を返して足早にオアフ島の東側にひっそりと存在している砂浜へと降りて行った。

 

・・・

 

 その海岸は二日前の戦闘で戦闘中に沈んだ軍艦から脱出できた要救助者のピックアップポイントの一つとして在ハワイ米軍に利用され今でも応急処置を行う為に立てられた幾つかのテントがそのまま残され遠目の浅瀬には港への帰還叶わず着底した巡洋艦らしい艦影まで見える。

 深海棲艦との戦闘の最中では抵抗力の低い者を容赦なく昏倒させるレベルの霊力力場に晒されていた砂浜だが現在では生身で歩き回っても問題ないぐらいまでマナ濃度が薄まっている様だった。

 

「Oh shit! but(でも)! お返しよ!!」

 

 そんなふうに俺が肌で空気を感じながら白い砂を踏んだと同時にドンッと空気が揺れるような音が響き、遠くから聞き慣れない(知っている)声と一緒に目に見えるぐらい濃い霊力の光粒が風に乗った砂塵の様に身体に吹き付けてくる。

 神経の弱い人間なら眩暈を引き起こすだろう霊力が混じるつむじ風の発生源へと手を翳して目を眇めれば広い砂浜の中心で輝く金色のロングヘアをうねらせて美女が腕を大きく振りかぶっていた。

 白い背中が大きく剥き出しになっているだけでなく二の腕や太腿にも引き裂かれた様な穴が幾つも開いたツナギを着た白人系の体格と顔立ちに見事な金髪碧眼、チラリと見える瞳に宿った星の瞬きにも見える光彩に俺は古い(前世の)記憶から彼女がまず間違いなく米国戦艦の艦娘アイオワだろうと確信する。

 

「Fire!!」

 

 その手が掴んでいるバレーボールに見える物体に霊力の輝きが纏わり付き、離れたここまで届く威勢の良い気合の声と共に勢い良く放たれ、とてもでは無いがボールを投げただけとは思えない重く響く音が再び砂浜に風を巻き起こす。

 

「いや、・・・なんでだよ」

「うっわ、こんな時にありえへんやろ、何やっとんねんな」

 

 だが、それはそれとして俺の呻く声と龍驤の心底ウンザリとした声が重なり細腕一本が成したとは思えない加速度と空気抵抗で砲弾の様になった輝く豪速球が黒いシルクの手袋によっていとも簡単に受け止められた。

 

「見た目が派手なだけで伝達率と回転力共に落第点、お世辞でも砲撃とは言えないわね」

Why!? NO Way!?(なんで!? ありえない!?)

 

 無造作に突き出した片手で砲弾と化したボールを止めた蒼い制服の艦娘、重巡高雄は首元のスカーフと黒髪をわずかに風に揺らしながら軽く20mは離れている場所から自分へとボールを投げつけたアイオワに微笑む。

 

「攻撃止められた程度で足止めんじゃないわよ! 走りなさい!!」

 

 よっぽど自分の投げた球の勢いに自信があったらしいアイオワが高雄の浮かべる微笑みに顔を引きつらせたと同時に投球後の恰好で固まっていた長身美女の背中に灰色髪の駆逐艦である霞が体当たりする様に押して活を入れながら砂浜を走り出させる。

 

「もう一度見本を見せてあげるから・・・その身体で覚えなさい!」

 

 直後、バチンと電流が弾ける様な音がそれなりに離れている筈の俺や龍驤の耳にまで届き、振りかぶるどころかただ真っ直ぐに突き出したままになっている高雄の手の先でボールが音を合図に射出(・・)され、再び光を纏った球体が螺旋回転の線を空中に残しながら必死に砂浜を走り重巡の射線から逃れようとしている戦艦に容赦なく襲い掛かる。

 

「NO!NO!!NO!?」

 

 砂地に足を取られていると言うより二本の足で走ると言う行動自体になれていない様に見えるアイオワが先程自分が投げた球の数倍早い弾速と空気抵抗によって球体から円錐に表面の形を変えて突っ込んでくるボール(砲弾)に白目を剥いて悲鳴を上げ。

 

「は~いっ、那珂ちゃんカット入りまーすミ☆」

 

 足下が不安定な砂浜である事を忘れそうになるほど軽快なステップを踏みあざとい笑みを浮かべたお団子頭の軽巡、那珂が砲弾とアイオワの間に割り込んで抱き着く様にボールを捉えそのオレンジ色の制服が残像を残す程の早さで回転する人間風車(何故かゲッダン♪と幻聴が聞こえそうな動き)によって砲弾に与えられたジャイロ効果と突進力を相殺した。

 

Amazing!(素敵だわ!) It's ニンジャ! ナカちゃん is ニンジャガール!!」

「もー、那珂ちゃんは忍者じゃなくてアイドルだってば、えへへっ♪ キラッ☆」

You are The BEST!(貴女って最高よ!)

 

 一目で当たれば痛いではすまないと分かる高雄の一撃から自分を救った那珂が高速空中回転を物ともせずに着地する姿に向かってアイオワは霞に背中を叩く様に押されながらも興奮のこもった歓声と拍手を送る。

 

「え、本当になんだこれ?」

 

 目的地に着いたら知り合いの艦娘達が浜辺で超次元球技をしていた。

 

 何を言っているか分からないと思うが見たままを言葉にするとそうなってしまう。

 

 そんな予想の斜め上に突き抜けた光景が理解できずに絶句する

 

「・・・知らんがな」

 

 ただ、ついさっきまで楽しそうな笑みを浮かべていた龍驤が苦虫を噛んだような顔で三白眼になる気持ちだけは自分の事の様に理解できた。

 

 そうしている間にもバレーボールを弾にした砲撃戦はエスカレートし、海上でもないのに連続スライドブースト(高速横滑り)をして砂浜に稲妻の様な跡を残しながらアイオワに襲い掛かる吹雪、それと同時に霊力障壁を探照灯の様に発光させて目くらましと魚雷の様なスライディングで米戦艦の転倒を狙う時津風、さらに上空から輝く金髪目掛けて奇襲を行い重力を完全に無視した空中巴投げを披露する大鳳、あと短距離走選手の様な速度で砂浜を縦横無尽に走り回るアイオワ達から数m遅れで死にそうな顔をしながら彼女達の背中を追いかけている秋津洲などなど。

 

 仮にも深海棲艦の侵略に曝されている最前線の砂浜であんなのを見せられたら龍驤でなくとも誰だって頭痛の一つもしてくる、俺だってそうだ・・・大鳳に投げ飛ばされ放物線を描いて砂浜に頭から突き立ったアイオワを米軍に見られたら国際問題へ超特急だろう。

 

「い、いや、それよりも今は・・・あそこか」

 

 狼狽えそうになる自分に言い聞かせる様に呟いてから今も展開されているバレーボールとサッカーとドッジボールを足して総合格闘技で割りそれを爆音で飾り立てた謎の球技を行っているアイオワ達を見なかった事にしてここに来た目的を果たす為に周りを見回す。

 そして、砂浜の一画に転がるヤシの木、断面から見てつい先日の戦闘の余波で折れただろう物に腰かけて退屈そうに欠伸をしている親友のマヌケ面を見付けて俺は自然に緩んでしまいそうになる自分の顔を軽く揉む様に整えながら歩き出した。

 

「義男」

「ん? よぉ、なんだその恰好?」

「俺は日本人だしこんな時に自衛隊の士官服を着てたら余計に目立つからな」

 

 前ボタンを全て外して着崩した白い士官服に頭の上で斜めになった制帽を見れば相変わらずなコイツの不真面目さが透けて見え、だけど久しぶりに会う友人に対して再会の挨拶ですらない気の抜けた気安い声が俺にとっては妙にしっくり(・・・・)と来た。

 

「あー、確かに制服じゃデートは出来ないしな?」

「まぁ、そんなところだが・・・ついでに済ませないといけない用事もある」

「ほぉ、龍驤とのデート(・・・)だから時雨がいないと?」

「言葉の綾だろうにからかうな、隣いいか?」

「好きにしろよ」

 

 相も変わらずやる気の無い時には猫背になる悪友、中村義男が俺と龍驤の恰好を横目にしてから叩いた軽口に肩を竦めて返事して近くに立てられている迷彩柄の軍用タープテントのお陰で日陰になっているらしいヤシの倒木に座る。

 

「念のため言っておくが時雨がいないのはお前達が来る直前の戦いで限界突破したから下手に出歩けないだけ、あと三隈も同じ理由だ」

「ん、あー、そうか、慣れるまで加減できなくなるからな」

 

 治療が終わってクレイドルから出た直後に躓いて護衛艦(はつゆき)の床にくっきりと凹み(手形)を作った三隈の方はともかく時雨の方は力加減よりも今のハワイ(被災地)では“(悲鳴)”が聞こえ過ぎるのが辛いらしい、とは言えそれを今詳しく言う必要も無い。

 日陰の涼しさに一息吐きながらタープの方を目にすれば折り畳み式らしいテーブルとイスが幾つかあり、その椅子に座って浜辺で展開している良く分からない球技を見ていたらしい朱袖の鳳翔とアイヌ民族風衣装の神威が言葉は無くとも愛想良く微笑みながら会釈してくれたので小さく頭を下げ、チラリと龍驤へと目配せすれば彼女は無言ながらも「分かっている」と言う顔で小さく頷いてから鳳翔達の方に向かう。

 

「で? 用事ってなんだよ、ここには大急ぎで助けに駆けつけたのにいない者扱いされてる密入国者しかいねえぞ?」

「お前なぁ、言い方ってものがあるだろう・・・とりあえずそうだな」

 

 さて、此処に来た一番大きな理由であり本題と言える個人的な事情ははっきりとしているけれど正直なところすぐに口にするにはなかなかに踏ん切りが付けられない。

 我ながら優柔不断に言葉を探して視線を彷徨わせ、テーブルに肘をついて世間話混じりの近況報告を鳳翔と始めた龍驤が何故かそのテーブルの下で昼寝している二人の伊号潜水艦のスクール水着をサンダルで小突いているのが見えた。

 

「まずは・・・中村艦隊を含めた日本からの救援の受け入れは早くとも今日の夜になりそうだ、鎮守府からの艦も真珠湾沖に着いたらしいけど足止めを喰らっている」

「なんだよ、ったく、俺達がどれだけ急いで助けに駆けつけたか分かってねえのか」

「ここの米軍は一人残らず感謝しているし恩人を野宿させた事に思うところが無いと言うわけじゃないさ、増援の艦娘の上陸はダメでも高速修復材の受け渡しを見逃してくれたからな」

 

 そうでなければ僅かにとは言えマナ粒子の汚染が残る海岸を限られた優秀な人員を割いて大統領を守る様な厳重警備でプライベートビーチにしないし軍用だけでなく民生品だと分かる高級キャンプ用品まで密入国者に提供などしない、軟禁状態と言えば聞こえは悪いが中村艦隊に対する在ハワイ米軍の対応は正しく下座に置かない歓迎だ。

 

「とは言えアメリカにはどうしても守らなきゃならない面子ってモノがあるらしい」

 

 それに昨日の夜の戦艦棲姫による侵攻からまだ一日も経っていない、戦闘で損傷した艦や行方不明者の詳細すらまだはっきりと出ていないし俺の艦隊だって治療を終えていないメンバーもいるし休息は全員に必要な状態。

 そんな深海棲艦の再侵攻がいつ発生するか分からない現状ではそれに即応してくれる艦娘部隊は誰だって喉から手が出る程欲しい、アメリカ本国の指示が邪魔しているだけで在ハワイ米軍の本音はすぐにでも義男達(中村艦隊)を真珠湾基地のVIPルームに案内したいはずだ。

 

「はっ、面子で深海棲艦と戦えるもんかよ、今は大丈夫でもいつ地獄になるかもしれないってのに・・・うぉ!?」

 

 こっちに顔を向けず失笑の声を上げる義男の顔は心底どうでも良い事を聞いたとでも言いたげでその視線は那珂と霞の護衛を潜り抜けた阿賀野が至近距離から放った無数の☆マークを散らす砲弾(ボール)の直撃を受けて花火の様に輝きながら白い砂浜からエメラルドブルーの海に向かって吹っ飛んでいくアイオワを見ていた。

 

「おー、これまたすげぇ飛んだなぁ、おい」

 

 なぁ、本当にあれは大丈夫なのか?

 

 それなりに離れているとは言え砂浜の隔離を行っている海兵隊の目には絶対に見えているだろう、なら彼らにとって救いのヒーローであるアイオワがあんな事になっているのは・・・いや、彼女達の事は今は気にしない事にしたばかりだった。

 何があっても俺は関知しない、あとでこの馬鹿が泣き付ついてきても絶対に無視してやる、と改めて心に誓う。

 

「ともかく、官民問わず今回被害を被った全ての日本人に最大限の補償を行うと大統領府のサイン付きで「あと半日で良いから待ってくれ」と頭を下げられたら、仕方ない」

「深海棲艦の巣に繋がってるワープポイントを目と鼻の先に設置されたってのに呑気なもんだ、お前からも言ってあるよな?」

「後手に回るリスクよりも日本の救援艦隊より先に自軍を現地に送り込んだと言う実績が欲しいみたいだな、目に見える形で国民に見せなければアメリカが暴動で分裂しかねないと言うのは大袈裟な話だと思うが」

 

 そう言ってから義男が顎で海の方をしゃくるがそれが指しているのは目の前にに広がる太陽の下で輝く海ではなく、放心して大の字でぷかぷか浮かぶ戦艦娘でもなく、そのさらに遠く昨日突然に消失した戦艦棲姫を中心とした大艦隊の後に残された昏い光を宿す渦潮の事だろう。

 

「・・・なぁ、ぶっちゃけ昨日のアレ、あの虹色の渦の向こうに見えた奴、どう考えても俺とお前だけでどうにかなる相手じゃないのは分かってるよな?」

「ああ、戦うならそれこそ鎮守府の艦娘を総動員するぐらい万全の準備がいる・・・普通に考えれば二十数人の艦娘でどうにかなる相手じゃない」

 

 その少しだけ低く調子が落ちた義男の声であの渦の向こうにいた深海棲艦、泊地水鬼(・・・・)との一瞬の遭遇でコイツの方にも俺と同じ様に猫吊るしからの情報提供は行われていた事が分かった。

 

「そこに今更普通の艦隊や戦闘機持ってこられても足手まといにしかなんねぇって」

 

 おまけにその泊地水鬼は固有能力として知覚範囲内の存在を問答無用で移動させる事が出来るのだと鎮守府の中枢機構に住む妖精の囁き(艦娘と深海棲艦の管理者)が言うのだから頭を抱えるしかない。

 言い方は悪いが時雨が発現させた転送能力(アポーツ)の上位互換どころか比べるのもおこがましい数百の大規模艦隊を任意の場所へと自在にワープさせる固有能力。

 さらにその能力の制限事項である筈の知覚範囲(・・・・)と言う条件も曲者で“指揮下の深海棲艦の感覚(レーダー)にリンクして転移可能範囲を拡大させる事が出来る”と言うのだからそれこそ一隻でも敵が真珠湾の中に辿り着いたらそこを目印に戦艦棲姫が転送されてくるなんて事も起きかねない。

 

「俺達と合同演習をする筈だったアメリカの艦娘が来るかもしれないだろ?」

「試合では手加減してあげてくださいって頼まれた五、六人に何人かの+αがいたとしてもそんなもん焼け石に水じゃねえか」

 

 ・・・ああ、だから今コイツはこれ以上ないぐらいやる気の無い顔をしているのか。

 

「仮にノシを付けて五十人ぐらい艦娘が来るならまだしも、それがありえねぇってなら現状どうにもならんだろ」

「つまりお前、勝てない勝負はしたくないから今すぐ逃げたいって言うのか?」

 

 私欲の為に他人を躊躇い無く利用して時にはわざと怒らせ、事が大きくなり過ぎたら平気で嘘を吐いて有耶無耶にするくせに一度懐に入れた身内はひたすら大切にする。

 その詐欺師じみた心理の奥に隠れている「失う事をひたすら恐れる臆病者」と言う本性が今のコイツにそんな言動をさせているのだろう。

 

「日本の防衛だってんならまだしもここはアメリカ、ぶっちゃけ俺にとっちゃ吹雪達やお前らの命の方が重い」

 

 だから大して気負った様子も無く不貞腐れた様な顔で義男が吐いたぼそぼそ声で余計に背中が無性にむず痒くなった。

 

「お前ってヤツは、まったく・・・」

 

 艦娘は皆人並み外れて聡い娘達ばかりなのだから中村艦隊のメンバーもきっと指揮官である義男の本性に気付いているだろう、そして、それに気付いた上でコイツを自分達の指揮官と認め従っている。

 

「とにかく適当な理由でっち上げれる程度に戦ったらその流れで帰るからな、分かって・・・なんだよ、なんか文句でもあんのか?」

 

 まったく俺から見れば本当に口先と悪運の良さだけで生きている様に見えて羨ましい事この上ないヤツだ。

 

「いや、何と言うか・・・あれだ、・・・ぁー、そうだな、改めて言おうとすると言い辛い事もあるんだな」

「奥歯になんか挟まってんならうがいでもして来いよ、塩水なら浴びる程ある」

「いや、そうじゃなくてそろそろ俺がここに来た理由を言わなきゃいけない事を言わないと、と思ってな」

 

 眉間にシワを寄せる義男に向かってつい「馬鹿にしたつもりはないし慣れないセリフは吐き出し難いんだ」と言い訳と溜め息が出そうになる。

 しかし、今それを言っても何の意味もないのだからと自分に言い聞かせる様に大きく息を吸い込んで溜め息を深呼吸へと変えてから俺はヤシの倒木から立ち上がり命の恩人に向き直る。

 

「中村義男二等海佐、今回の救援に対して部隊を代表して言わせてくれ」

「んぁ?」

「礼を言う、本当に助かった、・・・ありがとう」

 

 そうして礼と共に深く頭を下げた俺を見る義男の顔がやる気の無い表情をぎょっと驚きに強張らせ、目を見開いて強張った表情が次第に苦笑へと変わって小さく小気味良さそうな笑いを漏らし始める。

 

「ぷぷっ、ぶはっ、はは・・・良介、明日槍が降ってきたらお前のせいだぞ?」

「真面目に言ってるんだから茶化すな、こんな時ぐらいはさ・・・お前が来てくれなきゃ俺も龍驤も皆きっと今日を迎えられなかった」

 

 きっと義男は俺がわざわざここに礼を言って頭を下げる為に来たなんて想像もしてなかったんだろう、でも俺だってたまには親友相手に売り言葉に買い言葉や冗談交じりの軽口じゃない話をする事もある。

 

「なら今回の事は一生モンの貸しだな、まぁ、武士の情けだ、利子は付けないでおいてやる」

「流石にその言い方は恩着せがましいにも程があるだろ・・・ははっ」

 

 そして、二人揃って一頻り笑い終わった頃。

 

 気付けば高雄達の訓練相手(ターゲット)が米戦艦から銀髪の水上機母艦に変わっていたらしく秋津洲が大鳳に手助けされながら飛んでくる砲弾(ボール)に悲鳴を上げ空中と砂浜の間を忙しなく飛び必死に逃げ回っており、びしょ濡れになったアイオワはと言えば阿賀野と那珂に手を引かれて浜辺のキャンプ地に戻って破れたツナギを無造作に脱いで雑巾を絞る様に服を絞り始めていた。

 一度何気なく横目に見えてから直後に感じた違和感に二度見すれば俺の視線の先で海水でしぼんだ金色の髪が張り付いている白い肌が文字通り丸見えになっていた。

 

「え? ・・・はっ!?」

「ぉぉっ、やっぱアメリ艦はデカ、いてっ!?」

 

 肌着どころか下着すらない、それを見してしまってから急いで顔を背ければ真横の馬鹿がニヤケ面で品評する様なセリフを吐いていたので反射的にその面に肘をお見舞いする。

 

「良介おまっ! いきなり痛いだろが!」

「お前こそなんだあれ! ちゃんと服、と言うか下着ぐらい用意しろよ!!」

「あ・・・、いやいや、持って来てんだけど本人が付けたくないって言うんだって・・・これマジで、ホントだぞ? 色とデザインが気に入らないとかなんとか言ってよ

 

 一瞬だけ虚を突かれた顔をしてからすぐに白々しい態度で自分は無実だとでも言う様に両手を上げて頭を横に振る義男を見る俺の目が胡乱なモノになっていく、視界の端に見えた龍驤の顔もゴミを見るような顔になりその横にいる鳳翔は悪友を弁護するわけでもなく貼りつけた様な微笑みを浮かべるだけ。

 そんなふうに言い争う俺と義男の声や高雄が指揮を執る三人の駆逐艦に追いかけ回されて必死に逃げる秋津洲の「かもー!」と叫ぶ悲鳴が響いた時、不意に広く白いオアフ島の東沖に幾つもの大きな影が差し掛かった。

 

「なんだ? ・・・あれはC-17? だがあの数は」

「おいおいおい何機来るんだ、まさかあれか? 民間人全員救出大移動とかするつもりか?」

 

 俺達が見上げた空から微かにエンジン音が聞こえ高高度の雲の向こうから徐々に姿を現してくる機械の怪鳥は一機や二機どころではなく、オアフ島全ての空港を使っても受け入れできるか怪しい輸送機の大群が【U.S.AIR FORCE】と刻まれた鼻先で風を切りながら次々に俺達の頭上高くを横切っていく。

 

「提督、離れているので艦種までは判別できませんけれどあの輸送機の全てから艦娘の気配を感じます」

「えらいこっちゃなぁ、しかも五、六人やないで、一機に何十人と乗っとるみたいや」

 

 方向から見て真珠湾の国際空港へと飛んでいくらしい輸送機をポカンとした顔で見上げていた俺と義男へと近寄ってきた龍驤と鳳翔が砂浜に大きな影を作っては通り過ぎていくそれらの中に複数の艦娘の存在を感じたと知らせてくれた。

 

「は・・・? あー、新型核ミサイルの次は艦娘の物量作戦かよ、くそっ!」

「ある意味これもアメリカのお家芸だな、まったく本当にふざけている」

 

 そして、二人の感覚を信じるなら一機のC-17に数十人の艦娘が乗っており頭上を今十機目が通り過ぎたと言うのだから単純計算で百人以上の艦娘達がハワイへの着陸を待っていると言う事である。

 

「そりゃ鎮守府もマナ不足になるわ! ドンだけ日本からパクったんだよ!? ふざけんなよなっ!」

 

 その場に居る全員が青い空と輸送機の群れを見上げる中、やけに激昂して叫ぶ義男程では無くともそれだけの対深海棲艦戦力がアメリカに存在していたなら「俺達はこのまま日本に帰ってもいいんじゃないか?」と誰にでもなく言いたくて仕方なかった。

 

・・・

 

 虹色の光が見下ろす黒い色に染まった海原で薄衣の夜着を纏った美女が両膝を揃えて跪き深く深く頭を下げ、凪いだ海面に額が付き長い長い黒髪が水に浸かるのも厭わずにただ自分の頭上へと両手を掲げて手の平の上の黒いリボンを捧げ持つ。

 

 退廃的でありながらどうしようもなく完成された美貌を持った巨人、戦艦棲姫を見下ろすのは彼女自身が女王と崇拝する美の頂点と言っても過言では無い容姿を持って生まれた白いドレスを纏う深海棲艦の最上位者。

 泊地水鬼は目の前に跪く与えた命令を果たせなかったどころか許されざる越権行為に手を染めて罪人となった不出来な義妹を見下ろし、冷めた表情を浮かべた白い細面が大儀そうに戦艦棲姫に付き従った下僕の群れを流し目を送る。

 

 何度見回しても、何回聞き返しても、帰ってくる思惟(報告)は同じ。

 

 義姉妹(同盟者)である空母棲姫はあの小さく醜い欠陥品(艦娘)の凶弾によって轟沈し、残ったのは空母棲姫が身に着けていた黒いリボンとほぼ半数にまで減らされた進攻艦隊。

 

 水晶の島の玉座に座する泊地水鬼はまた改めて黒海に這い蹲る戦艦棲姫を色の無い顔で見下ろし、おもむろに座から立ち上がり200mを超える巨体が一歩ごとに全て霊力の結晶体で造られた島に地響きを轟かせて数歩で海岸に立つ。

 真珠を溶かして編み上げたかの様な艶と煌めきを持った白い長手袋がただひたすらに平伏し黒いリボンを捧げ持つ戦艦棲姫へと伸ばされ、戦艦の手の平から垂れる布地に触れかけた指先が僅かな躊躇いに強張って止まる。

 

 手を伸ばせば触れる事が出来る距離に敬愛する主人の気配を感じながらも戦艦棲姫は顔を上げず身動ぎ一つせず自分が海上で行った罪への判決を待つ。

 そして、捧げ持っていた空母棲姫の遺品をするりと抜き取られ真珠色の細指に絡んだリボンがまるで生き物の様に端をうねらせ戦艦棲姫の両首へと巻き付いた。

 

 直後、容赦なく肌へと食い込む細布による痛みに悲鳴を上げそうになるも戦艦棲姫は“女王の許しが無い以上は思惟の一つも漏らす事は許されはしない”“そも己は臣として既に主へと身体も魂も全て捧げた身なのだから”とその身の奥深くで自らを律して呻きを噛み殺し、恐らくは自分の罪に対する断罪であろう肌の下の神経まで犯す耐え難き苦痛に耐える。

 

 数分か、数十分か、それとも数時間か。

 

 不意に戦艦棲姫は自分の腕に巻き付いてそのまま両手を千切り落とされるかと錯覚する程に締め上げていたリボンの感触が無くなっている事に気付き、何時まで続くか分からない拷問の様な時間と激痛に朦朧としていた紅い瞳を幾度か瞬かせる。

 

 “顔ヲ上ゲナサイ”

 

 そして、告げられた有無すらも許さぬ支配者の思惟(一言)に従い戦艦棲姫は黒い海面から顔を上げて泊地水鬼を見上げ、罪人である筈の自分を慈しむ様に瞳に宿る灯火で見下ろす女王の表情に内心を困惑に染める。

 そんなふうに起き上がった戦艦棲姫へと泊地水鬼は再び手を伸ばし、無為に掲げ伸ばされたままになっている白磁の肌に巻き付き肌に同化した一対の黒い腕輪(ブレスレット)を指先でなぞる様に撫で。

 

 滑らかな白肌を飾るアクセサリーと成ったかつて空母棲姫の身体の一部だったパーツから静電気の様な瞬きが戦艦棲姫の脳裏に走る。

 

自分が今回の手柄によって

最も女王の寵愛を受ける身となったなら

余裕と気品に満ちた義姉として

衣服を砂浜に脱ぎ散らかす事を趣味にしている

はしたない義妹が少しでも上品さに目覚められるよう

 

アクセサリー(・・・・・・)の一つでも作ってやるべきだろう

 

 泊地水鬼へと己が見聞きした全てを包み隠さず報告したと思っていた戦艦棲姫は自分が持ち帰った義姉妹の遺品に残っていた今にも消えそうな思惟の残滓(戦艦棲姫への親愛)に目を見開き愕然とした表情で濡れた黒髪がしな垂れかかる肩を震わせた。

 

“最早、貴女達、二隻(・・)ニ私自ラノ出陣ヘ否ヲ唱エル事ハ許サナイ”

 

 お前達は私の所有物なのだからその魂に刻まれた命の理(階級制度)に従わねばならない、そう告げる女王の思惟に戦艦棲姫は今まで経験した事の無い感情による身震いを必死に止め、震える心の奥から絞り出す様に了解の思惟を返す。

 

我ラ二隻(・・・・)、変ワラヌ忠誠ヲ女王ヘ捧ゲ致シマス”

 

 そして、虹色と黒に色分けされた広大な空間(限定海域)に泊地水鬼による大遠征を告げる思惟(号令)が響き渡り、彼女の支配下にある全ての深海棲艦が戦列へと馳せ参じ。

 さらに前回の戦いで失った戦力の補填と増強を命じられた戦艦棲姫は泊地水鬼の寝所に侍らされ、水晶の泊地から直接供給される資材と霊力を以て深海棲艦の大量建造を始め。

 

 ハワイ沖に渦巻く昏い光の最奥で水晶の島を囲う黒鉄の艦隊は一分一秒ごとにその規模を膨れ上がらせていった。

 




 

斯くして、水晶島の女王は征伐の戦へと出陣する



 


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第百四十三話

 
怒ってないわよ?

むしろ私を怒らせたら大したものだわ

・・・本当よ?
 


 晴天の下、突貫で造られた為に舞台と言うには飾り気のない壇上の階段で鉄の靴が硬い音を立て、静まりながらも確かな興奮を孕んだ空気が漂う広場の中心に鮮やかな金髪とサファイアの瞳を持った美女が現れる。

 

 見た目だけならばその場に居並ぶ軍人達の代表として立つにはあまりにも若い、しかし、その可愛らしくも凛々しい雰囲気を纏う立ち姿に彼女へと注目している全ての人間がわけも無く気圧される。

 

 

 ―――私の名はコロラド級戦艦一番艦、戦艦コロラドよ

 

 

 そして、自分こそが深海棲艦の侵略によって窮地にあるハワイへと救援に駆けつけた艦娘の代表であると告げる。

 

 アメリカ合衆国軍から派遣されてきた救援部隊である彼女の声に人々の騒めきが波紋の様に広がり、無数の視線を向けられながらも欠片も臆する事無く静かにそれでいて力強く胸を張っているコロラドの背後に多くの人間が鋼鉄の艦影を幻視した。

 

 

 ―――だから、こんな事は改めて言うまでもない事だとは分かっている

 

 ―――それでもこの場にいる230名の艦娘、そして、勇気ある軍人達

 

 ―――自由と民主主義を護る者達、その全ての代弁者としてここに宣言するわ

 

 

 コロラドが立つ舞台を背に整列した精悍に表情を引き締め襟を正した軍服を纏う軍人達と彼らと対照的に全く統一感の無いと言っても過言では無い個性豊かな姿の乙女達が自分達へと期待の目を向けている市民に応える様にザッと音を立て足を揃え向き直り。

 

 

 

 ―――私達はハワイに平和を取り戻す

 

 

 短くも厳かに戦艦娘が告げた宣言と同時にその場にいる全ての米国軍人と艦娘が一糸乱れぬ動きで敬礼し、その場に詰めかけた数千人の群衆が感嘆に身を奮わせ騒めきが中心から外へと波紋の様に広がる。

 

 

 ―――これは安易な希望や気休めの言葉なんかじゃない

 

 ―――これから確実に達成される決定事項(・・・・)

 

 

 そして、その場に満ちる狂おしい程の熱量に反して彼らの頭上に掲揚された星条旗のはためきが聞こえるぐらい静まり返った広場の真ん中でコロラドは凛々しく微笑む。

 

 

 ―――アメリカ合衆国は貴方達を一人たりとも見捨てはしない

 

 

 直後、深海棲艦の理不尽な侵略によって明日をも知れぬ身であった人々は涙を浮かべて恐怖で抑圧されていた喜びを一斉に開放し、連鎖する感情の発露が爆発と錯覚するほどの大歓声となって南国の青空へと響く。

 

 そんな人々の歓喜の中で報道メディアに携わる者達もまた自分達が世紀の瞬間に立ち会ったのだと確信して民衆の叫びに負けじと己の感動と興奮の強さを表現するかの様にマイクを手にテレビカメラへとその光景の全てを言葉にしようと言葉を尽くし、カメラマンは愛機のボタンが軋むほどシャッターを押し込んでフラッシュを瞬かせる。

 

 きっと、その場にいる全ての人間が自分達の幸運を神に感謝をしていただろう。

 

・・・

 

 熱狂的な雰囲気の中、携帯電話やデジタルカメラの小さなディスプレイを覗き込んで小首を傾げる者や大歓声に紛れる異音に眉を顰めるマイクを掲げていた者がいたり、熱狂する会場の空気に混じる僅かな違和感を感じとる者はそれなりにいた。

 しかし、彼ら彼女らは自分達が立ちあった歴史的な瞬間の眩い光に目を眩ませ、電波に乗って会場の外まで広がる程の熱に浮かされた大多数の人間が自分達の第六感的な感覚が捉えた明確な言葉で表現出来ない何かを深く考えず輝かしい光景をその目に焼き付けるのに夢中だった。

 

 そう言う意味では人々は間違いなく幸運である。

 

 何故なら群衆の騒めきに紛れるほど小さな「何で艦娘の代表がアイオワ(・・・・)じゃないの?」とか「我らがヒーロー、イフリータ(・・・・・)はどこにいるんだ?」など言った本人達すら特に意識して言ったわけでは無い他愛無い呟きを艦娘の優れた聴力によって聞き取ったコロラドが壇上で頼もしい笑顔を浮かべながら不可視のオーラを炎の様に噴き出させると言う、同族である米国艦娘達すら恐れ慄くほどの壮絶な姿に気付かずに済んだのだから。

 

 端的に言ってしまうとコロラドにとって彼らが口々に再びの登場を望み期待感に満ちた声で誉め讃えるアイオワとは横から自分の手柄を掠め取った存在と言えなくもないのだ。

 

 もちろん艦娘の容姿は言うまでも無く嗜好や性格などの個人情報などはアメリカでも国家機密扱いになっている為に一般人が知らないのは無理のない話である。

 くわえて今日まで彼女が合衆国の艦娘(守護者)として生まれたと言うのに国民の危機から遠ざけられていた事に対する憤りや頼りないホワイトハウスと軍上層部の度重なる判断ミスに精神をひたすら逆撫でされていた事を事情を知らない観客達に察しろと言うのは前提からして無理と言える。

 

 けれどコロラドが艦娘の中でも一際プライドの高い性格の持ち主である事もまたもう悲しいぐらいどうしようもない事実なのだった。

 

 ただ、行方不明だった筈のアイオワが深海棲艦の大軍団を前に全滅するしかないと思われていたハワイの防衛艦隊を救う為に文字通り空から舞い降りたからこそ無辜の市民だけでなく多くの将兵の犠牲が最小限と言って言いレベルで済み。

 情報統制も無意味とでも言う様にインターネット上に拡散されていた戦場への戦艦娘の乱入に泡を食ったホワイトハウスとペンタゴンがコロラド達の出撃に必要な大義名分の用意や各種手続きなどを当初の予定の数倍の速度で終わらせたのだから国家全体の事を考えればアイオワの独断専行(彼女を唆した日本人の作戦)は間違いなくアメリカ合衆国にプラスに働いた。

 

 それにアメリカの戦艦として国民の命が護られた事実は何を於いても喜ぶべき事だとコロラドだって承知しているし、そこだけに関しては文句など一つもない。

 流石に彼女だって救援が間に合わずハワイの防衛艦隊が必死の抵抗も虚しく壊滅した後にのこのこやってきて被害者達から罵声を浴びせられたかったわけではないのだ。

 

 だが、それはそれとしてである。

 

 生来の気の強さ(怒りっぽさ)を抑え込み、今にも破裂しそうな堪忍袋を抱えて仲間達を指揮して閉じた箱庭(米国艦娘基地)で行っていた地道な工作活動の苦労を知った事かとばかりに纏めて吹っ飛ばしてくれやがった抜け駆け戦艦娘(アイオワ)への苛立ちや憤りや怒りが全く無いと言えばもちろんNOなのだ。

 

 なので目の前の演説台の上で花束の様にまとめられたマイクに向かって「アイオワが何よ! 彼女よりもっとすごい(ビッグセブン)がここにいるでしょ!?」と怒鳴り散らさないのだからむしろ彼女にしては良く我慢出来ていると言うべきだろう。

 

 もっともその事情を良く知る229人の米国艦娘達にとっては自分達の真後ろで爆発寸前の爆弾がバチバチと火花を散らしている様なものであり、ほぼ全員が心の中でこの出陣式が平和かつ早急に終わる事を願って神に祈っていた。

 

・・・

 

 過去の記憶にあるブラウン管製とは比べ物にならないぐらいの極彩色で臨場感溢れる歓声を部屋に響かせるテレビを横目に新品の指抜きグローブの感触を確かめる様に手の平を何度か握って開く。

 

 今朝届いたばかりの自分専用に作られた装備が魔法使いの様に針と糸を操り躍らせるホウショウの手によってたった十数分で完璧に調整されてぴったりと私の身体に合っている。

 

 まるで身体の一部かと思えるほど身体にフィットするそれは艦娘のエネルギー(霊力)を繊維の内側に通わせる事によって並の装甲板を超える強度を発揮し、さらに深海棲艦の攻撃によるダメージを肩代わりして身を護ってくれると言う現代科学最高峰にして最新技術の結晶(現代に甦った魔法の鎧)だそうだ。

 

 改めて鏡に向かい自分の姿を見れば些か露出度が高くカジュアルなデザインは軍服とするには気になったが全体的にグレーな色使いがかつての自分の船体に通じる頼もしさを感じさせてくれる。

 そして、試しに霊力を服へと纏わりつかせる様に流せば柔らかな布地から鋼鉄の様に重厚な存在感を感じ、直感的に私はこの衣装が手渡された時に聞いた説明通りの高機能装備であると実感できた。

 

 彼女専用らしい大きなツールボックスに裁縫道具を片付けているホウショウへと「こんなに開いていたら勲章は胸にテープで貼る事になりそうね」と自分の胸の谷間を指さし冗談めかして話し掛ければ「式典に出る時にはちゃんと礼装を用意してもらえますよ」と流暢な英語とオシトヤカな微笑みを返される。

 言われてみれば確かに当たり前の事だ、と新しい服にはしゃいで普通に考えれば分かる事に考えが回らなかった自分の頭を軽く小突く。

 

 そうやって装備に不備が無いかを確認し終わってから戦艦Iowa(かつての自分)の艦首を模した金属製の首輪を撫で、ウェストを包むコルセットに記された数字に向かって“やはり私にはこの番号(【61】)が無いと”とこの服を作ったデザイナーの分かっている(・・・・・・)センスに満足して頷いた。

 

 ボロボロに破れた作業着からとは言えこれ程に見違えれば「半人前でも戦艦なら連れて行くだけの価値はある」なんて栄誉あるアメリカ合衆国最後の戦艦に対して失礼な事を言ってくれた太々しい提督もきっと飛び上がるほど驚く事になるだろう。

 彼の言う半人前と言う呼び方に不満が無いと言うわけではないが流石にあの砂浜でNINJA(日本にいると言う怪人)みたいな動きを遊び感覚でやっていた日本の艦娘を知れば今の私と彼女達の間にある経験と実力の差ぐらい理解出来ている。

 

〈 トレーニング? 何言ってんだ、あんなもんレクリエーション以上の意味なんかねぇよ 〉

 

 そんな事をさも当然と言う顔で言われて砂浜に崩れ落ちかけはしたけれど、それでも心まで負けているつもりはない、そう断じてない。

 

 例え自分よりも軽く二回りは小柄な駆逐艦に手首を掴まれた次の瞬間には頭から地面に叩き付けられたり、自分の真横で残像を残しながら攻防を繰り広げる二人の軽巡の姿に狼狽えたり、重巡の正確無比かつ強力なバレーボールの直撃に呆気なく吹っ飛ばされて体中砂まみれにされようと。

 

 合衆国海軍にその艦在りと言われた栄光の軍艦である私のプライドは安くないのだから。

 

〈 まぁ、取り合えず話だけでも聞け 〉

 

〈 まず大前提として新人の艦娘はほぼ必ずと言って良いほど自分の才能を過信する 〉

 

〈 何故かって? 〉

 

〈 第一に人間と艦娘の間にある単純なフィジカルの差が文字通り桁違い(・・・)だってのが大きい 〉

 

〈 第二に基本的な読み書きや計算なら教えなくても始めから知ってるし、地頭も良いから学習能力だって高い 〉

 

〈 んで、仕上げの三つ目、そこに昔の武勇武勲とやらが加われば立派に鼻の伸びた天狗の出来上がりってわけだ 〉

 

〈 だから新人の艦娘を相手にする時には真っ先にその鼻っ柱を折らなきゃならない 〉

 

〈 なんで自信を奪う様な事しなきゃならないかって? 答えはとっても単純明快! 〉

 

〈 深海棲艦とやり合うってんなら人間よりも少し強い程度(・・)で満足しちゃならないからだ 〉

 

〈 まぁ、中には大人しそうな顔して全く油断も慢心しない上に自己目標がエベレスト並に高いなんてヤベェ艦娘もいるにはいるが 〉

 

〈 ありがたい事にアイオワはそう言うイレギュラーじゃなくてスタンダードな艦娘みたいだからな 〉

 

〈 じゃ、分かったなら飯食ってからもうちょっと遊んで(・・・)来い 〉

 

〈 なんにしても艦娘にとっての普通ってのは言葉で言って教えるより本人の身体で覚えるのが一番早くて面倒がない 〉

 

 かつて戦艦アイオワの乗員だった屈強な軍人達を集めて挑んだとしてもあっと言う間に全滅してしまうだろう上陸戦も真っ青な模擬戦闘が実は艦娘基準ではお遊びでしかなかったと言われた時には流石に自分の精神が身体ごとへし折れるかと思ってしまった。

 

〈 あー、なんや、言い難いんやけどさ、あの子らあれでもかなり手加減しとったんやで? 〉

 

〈 て言うか、ここがクレイドルの使える鎮守府なら骨の二三本は覚悟してもらってたとこでちね 〉

 

〈 んふふっ♪ イク達潜水艦のとっておき見せてあげられないのが残念なの~♪ 〉

 

 ただ麦わら帽子の軽空母と二人の潜水艦の聞き捨てならないセリフに思わず〈 嘘よ!? You達はMeを騙そうとしてる!! 〉と叫んでしまった私を誰が責められると言うのだろう。

 

〈 障壁を上手く使いなさい、一部で固めるのではなく守りたい部分を中心に力を循環させるイメージよ 〉

 

〈 霊力端子の位置を常に意識して、そこはハードポイントととしての役割よりも姿勢制御に使う方が多いから! 〉

 

〈 加速する時には足を真横へ滑らせる様に、そう! 砂浜で出来る様になれば海ならもっと簡単にできます! 〉

 

 いや、むしろ事実を直視する前にもう少しだけ冗談めかして揶揄ってくれた方が精神的には良かったかもしれない。

 

〈 あっ、あ、・・・すみません、手が滑りました 〉

 

〈 うぁ~、大丈夫立てる? 手貸すよ~、え、いやでも、膝震えてるじゃん 〉

 

〈 浜風、司令は怪我をさせるなと仰っていた筈よ、狙うならちゃんと障壁が張ってあるかを確認してから撃ちなさい 〉

 

 だって、身一つで空を飛んだり、スタングレネードみたいに発光したり、六人ぐらいに分身したり、下手な自動車より早くスライディングや匍匐前進をする連中が実在するなんて普通に考えて分かるわけないでしょ。

 とは言え実戦形式で教えられた事を得手不得手はともかくそれなり(・・・・)に出来る様になった私も彼女達と同じく人間離れしている存在なのだと思い知った。

 

〈 やっと会えたデース! テートクゥウウ!! バァーニングゥラァーブ!! 〉

 

〈 提督の悲鳴が!? 皆! 金剛はあそこにいるよ!! 〉

 

〈 やっと捕まえたわよ! 三隈とイムヤは足の方を押さえて! 〉

 

〈 金剛さん! 暴れないでくださいな! 痛ぃっ!? やりましたわね!!〉 

 

〈 だから暴れないでって! そんなに船底に大穴開けられたいの!? 〉 

 

〈 撃ったからには撃たれる覚悟があるって事よ! 徹底的に追い詰めてやる!! 〉

 

 つい昨日のエクストリーム・レクリエーション(正気を疑う連中によるお遊び)から芋づる式に思い出してしまった突然奇声を上げながら海から走ってきたかと思えば指揮官らしい青年を押し倒した戦艦やその仲間だと言う艦娘達が躊躇なく指揮官の服を脱がしていた痴女を袋叩きにする光景を振り払う様に頭を振り。

 流石に人目をはばからず男を犯そうとする色狂いや痴話げんかで主砲や魚雷を撃つ連中なんかと一緒にはされたくないと言う想いを吐き出す様に大きく深呼吸を一つ、乱れかけた心を落ち着ける。

 

 気を取り直してもう一度テレビがある方を見れば昨日の浜辺では悪魔にすら見えた日本艦娘達が普通の女の子達の様に和気あいあいとした雰囲気で画面を指差しながら何かを話し合っている。

 日本語にしても「すっごいモヤッてる」とか「キラキラじゃなくてイライラ」とか全体的に感覚的な表現が行きかっている為にいまいち彼女達がコロラド達の様子を見て何を言っているのか私には分からなかったけれどなんとなく全員のリラックスした表情から悪い話をしていると言う感じじゃないのは分かった。

 

 ともかく此処にいる私がなし崩し的に所属する事になった自衛隊の艦娘部隊に日米合同司令部から与えられた任務を改めて思い返してみる。

 それはハワイ沖に出現した渦潮の向こうに広がる限定海域(異空間)に対する偵察であり、あくまでもあの戦艦コロラドが率いる大艦隊を本隊と考えればサポート役でしかない。

 しかし、今も昔も変わらず実戦では何が起こるか誰にも分からない、確固たる未来を見通せない戦場だからこそ脇役が主役を食う程の戦果を挙げてしまったとしても誰も文句など言えないだろう。

 

 今回の作戦で私の指揮を執るヨシオ・ナカムラと言う男はとてもではないが佐官とは思えない気安い態度で太々しく失礼な事を言う、戦艦として約七十年の思い出の中にいる数多のアメリカ軍人達と比べれば明らかに体格は劣るし背だって低い。

 けれど炎の中から目覚めてから数日、実戦に至っては僅かに一回だけどその短時間でも彼から短所を補って余りある戦場を潜り抜けるずば抜けたセンスと成すべきと決めた事は絶対に成し遂げようとする強い意志を感じ取れた。

 

 愚か者、努力の人、恵まれた人、一握りの天才、誰一人として同じでは無い軍人達を数え切れないぐらい見てきた合衆国最後の戦艦である私だからこそ彼が極めて限られた分野で他者を圧倒する才能を発揮するタイプのタフガイ(強者)であるのだと一目で見抜いた。

 

 私を半人前扱いして乗りこなせて当然と大口を叩くと言うなら是非やってもらおう。

 

 でもその自信の正体が単に新人の艦娘だからと見下し油断しているだけだったなら甘い見積もりのツケを支払う覚悟をしていおいて欲しい。

 

 そう考えるだけで心が高ぶり勝手に霊力が肌から溢れ、身体を包むオーラを揺らめかせながら見つめるテレビの向こう側ではアメリカ軍の艦娘達が守るべき市民からの歓声を受け堂々と会場の出口へ向かい行進を始めて最高潮を迎えている。

 

 時計を見れば出撃予定まであと二時間と少し。

 

 深海棲艦によって海に沈められ眠っていた時間と比べれば大した事のない待ち時間、だと言うのに私は仲間であると同時にライバルでもある頼もしい戦友達より少しだけ先んじて憎き深海棲艦へと戦いを挑む事が出来る時が待ち遠しくて仕方なかった。

 

・・・

 

 太平洋を空の最高点から見下ろす太陽の光ですら底を照らし出せない程に深い渦、だと言うのにその渦潮は角度によっては凪いだ海原と同化して姿を消す。

 

『って言うかよ、総勢230人の艦娘とその指揮官揃えて真っ先にやる事が出陣式ってのはどうなんだ?』

『流石に今日明日の事だけ考えてあれだけの軍事力を動かすわけにはいかないんだろ、もしかしたらアメリカは数年先の事を考えてるのかもな』

『米軍ってのは暇なんだな・・・ん? なんだ?』

『暇って・・・もう少し言い方ってモノがあるだろう、まったく』

『威信を以て民を安んずる? あのな高雄、そう言うのは御大層な大義名分考える立場が考える事であって俺には関係ないんだよ、志? 志次第ねぇ・・・』

 

 そんな仄暗い光を渦巻かせる渦潮は暗闇が垣間見えたかと思えば少し視点の角度がズレるだけでエメラルドブルーの透明感を取り戻し、その数m先で口を開ける奈落の入り口へ膨大な海水が雪崩落ちていく。

 

『義男、上官が部下に説教されてどうするんだ?』

『それはともかくだ、こっちは渦潮の計測完了したぞ』

『ああ、こちらも問題ない、データの最適化と送信は・・・ああ、任せるよ夕張、矢矧は防衛艦隊に今から出発すると伝えてくれ』

『相変わらず限定海域周りは空間が滅茶苦茶になってんなぁ・・・観測に回してた鳳翔の航空隊はこのまま直掩に着く』

『了解した、秋津洲は二式大艇を始動! これより我々は中村艦隊と共に限定海域へ突入する!』

 

 近付けば近づく程に距離感が狂い一歩間違えば何処に向かって行くかも分からない奇妙な渦の流れの上を深緑色の大きな翼を広げる巨体が進む。

 

《了解! 秋津洲抜錨かも、じゃなかった、抜錨! 大艇ちゃん発進!!》

 

 リボンと銀髪の尾をうねる風にたなびかせる自らの母艦、秋津洲を背に乗せた二式大艇が四発のエンジン音を轟かせ大渦が作り出す海流ではなく自慢の大出力で波を掻き分けて加速し、唸りを上げて回転するプロペラが生み出す推力と向かい風を揚力として受ける大翼が飛行艇をスムーズに海面から引き離していく。

 

『ホント頼むぜ、この厄介事抱えたまま年越えるかどうかは秋津洲に掛かってるんだからな』

『妙なプレッシャーをかけるな』

『お前だってパッと行ってパッと帰って来たいだろ』

『彼女は繊細なんだ』

『ならお前が実戦で慣らしてやれよ、手取り足取り・・・んっ?』

 

 その全長28mの飛行艇を見上げる軽空母、鳳翔が朱袖とスカートを向かい風に躍らせ唸る艤装のスクリューを推進力で輝かせて加速しつつ完全に離水した二式大艇に目掛けて銀色のワイヤーを放ち、空飛ぶ鯨の様な飛行艇の白い腹へと銀色の先端が食い込み。

 

《なんて力強い翼なの、本当に私達ごと飛べるのね・・・あら?》

 

 そして、深緑色の翼に続いて宙に舞い上がった鳳翔の飛行甲板に搭載されたウィンチがワイヤーを巻き上げていくと彼女の接近を感知したのか飛行艇の底からまるで待っていたとばかりに一対のハンドルが左右に突き出す。

 

『これ、どう言う事だ? 鳳翔の装備スロットに二式大艇が接続されたって・・・』

『もしかして二式大艇がパイプ役になって秋津洲と鳳翔の霊力を繋げているのか?』

『あー、こっちとそっちで霊力を増幅して、そうか! 重量軽減の肩代わりに燃料の節約にもなる!』

『何と言うかまるで飛行機の形をした航空甲板だな、なら秋津洲が甲板やカタパルトを持っていないのもそう言う事なのか』

『ああ、なるほどな! 艦載機は飛ばせない代わりに艦娘乗せて飛ぶ事だけに特化しているわけかっ!』

 

 予想外の変形を目撃して少し戸惑いながらも銀のワイヤーを伝い上昇する鳳翔は両手を伸ばしてハンドルを握り、それと同時に二式大艇を介して繋がった戦闘形態の艦娘二人の間でエネルギーが循環し増幅されていく。

 

『しかし、確か秋津洲も瑞雲ぐらいなら乗せれる筈だが、本当にカタパルトないのか? ・・・もう少し調べ』

『やっぱ良いな二式大艇! 秋津洲の方はともかくとして大艇の方は絶対に欲しい!』

『・・・義男、お前なぁ』

 

 それによって彼女達、空母系艦娘特有の自分達の重量を綿毛よりも軽くする事も可能な能力のコストがほぼ0と言えるほどに抑えられる事になった。

 

《秋津洲はともかくってすっごく失礼かも! それに大艇ちゃんはあげないよ!》

 

 直後、大型飛行艇に跨っていた秋津洲が接触回線で聞こえてきた不躾な青年士官の吐いたセリフにあまり怒らない彼女にしては珍しく激昂した大声を上げ、その下、二式大艇底部のハンドルにぶら下がり着物の裾をはためかせていた鳳翔は少しばかり申し訳なさそうな居心地悪そうな表情を浮かべる。

 

《秋津洲ちゃん、うちの提督が御免なさいね、後でよく言って聞かせておきますから》

《ぇ、あ、鳳翔さんがそんな事気にする必要ないかもっ、中村さんがいい加減で失礼なのは鎮守府で有名だったかも!》

 

 そんな会話を二人の艦娘が交わしている間にも彼女達を軽々と乗せている二式大艇とその護衛編隊である戦闘機達が黒い海水と昏い光を渦巻かせている渦潮の全体像を観察する様に一度だけ大きく周囲を旋回する。

 見かけは直径300m前後とそれだけでも世界最大クラスなのだが艦娘に装備されている電探やソナーなどで測定すれば巨大な渦の端から端までが数kmから十数kmと全く表示する数字を安定させず、彼女達の艦橋内では異常空間を示す赤い影がモニターを大きく染めていた。

 

《いえ・・・やはり直ぐにでも言って聞かせておく必要があるようです》

『ほ、鳳翔、いやさっきのはなんだ、作戦前の緊張をほぐそうとだな・・・ぇ、待て待て、今から偵察任務なんだぞ!?』

《・・・ええ、そうね霞ちゃん、五十鈴さん、代わりにお願いしていいかしら?》

『よせ! やめ、二人とも止めろ! 言い方が悪かったのは認める、だから! 吹雪っ助け、なぜ止める高雄!?』

 

 そうしている間にも二式大艇は巨大な渦潮の周囲を取り囲み不可視の障壁を展開している多国籍艦隊へと手を振る様に尾翼を揺らし、アメリカの軍艦だけでなくリムパックに参加した事で今回の事件に巻き込まれた各国の艦艇の近くに立っている自衛隊所属の日本艦娘達がそれに応えて手や帽子を振っていた。

 

『ちょ、ホントに何を、まって!? それは洒落になら、二人とも俺にそれ以上近付くなぁー!?アーッ!!!

 

 そんな深海棲艦の出現に備えて海上から自分達を見上げる第六駆逐隊(暁、響、雷、電)の四人や拠点艦で待機する事になった仲間達に見送られる二人の艦娘の耳の内側では鶏の鳴き声にも似た悲鳴が響き、秋津洲が若干顔をひきつらせたのに対して鳳翔と言えば素知らぬ顔で向かい風にポニーテールを泳がす。

 

『はぁ・・・まったくこんな時にまで冗談だろ』

 

 そして、秋津洲の艦橋に指揮官の特大の溜め息が落ちたのを合図にして大きな翼を支える四基のエンジンからマナの光粒(推進力)を一際強く噴き出し、二式大艇は渦の中心へと鼻先を向け底無しの昏い光を蠢かせる渦潮へと突入していった。

 




 
E―3 最終海域です。

本海域ではまず敵本隊を見つけ出す偵察作戦の実行が必要になります。

空母または水上機母艦など索敵能力に優れた艦娘を積極的に運用しましょう!





Q,・・・艦娘の索敵値バグらせる指揮官を二人も投入するのは反則じゃないです?

A,なら当たり前みたいにボスマス隠しギミック入れてくるのやめなさいよ。
 


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第百四十四話

 
【 飛べ! アキツシーマ 】

 操作説明

① 大艇ちゃんをクリックしてドラッグするとドラッグした方向へと飛びます!
  それはもうビューンと勢い良く飛びます!

② 画面下からの弾幕や空中にいる敵機にぶつかると大艇ちゃんは爆散します!
  全部避けてください!

③ 大艇ちゃんに乗っている秋津洲さんに当たってもアウトです!
  気合で避けてください!

④ 撃墜されたら大人しくコンティーニュしてくださいね!

③ 出来るだけ長く生き残ってハイスコアを目指しましょう!!



Q.これ、攻撃方法って無いの?
A.え? 何言ってるんですか秋津洲さん(・・・・・)ですよ?
  


 

 幻想的ですらある虹色が照らす青い天井の下、黒一色に染まった海から撃ち上げられた無数の対空砲撃が次々に爆音を連続させ続けていた。

 

《ひぃいいっ!? 提督っ、秋津洲もうダメかも!! きゃぁっ、今、掠った!? 被弾したかもっ!?》

 

 不自然に凪いだ海面から見て上空3000m、限定海域と深海を隔てる空色の下で飛行艇母艦を原型に持つ艦娘が吹き荒ぶ向かい風の中で叫んだ泣き声は一向に止む気配の無い爆音で掻き消され。

 

『秋津洲、自分の感覚を信じるんだ! 俺達だっている、っ!? 左舷回頭60度!』

 

 四発の大型エンジンを唸らせた二式大艇が己の主である秋津洲の操縦に従って急旋回を行い、一際大きな火球が回避を行った緑色の翼の先端を焦がして通り過ぎ。

 

『さしずめ敵が七分に海が三分かしら?』

『敵も海も黒いから色も何もあったもんじゃないけれどっ! 電探に反応多数! 中心に桁違いのが二つ!』

 

 勢い衰えず風を切り音を残して通り過ぎ果てが見えない程に広い天井へと着弾して咲いた幾つもの炎の大輪が巻き起こす熱風から逃れた秋津洲を乗せた二式大艇はなおも続く対空弾幕の隙間を縫う様に何度も身を翻して宙を駆ける。

 

《あれって・・・宝石で出来た・・・島かも? 黒い海にあるのに・・・すごく綺麗》

 

 そして、機体が大きく傾き真横になる程の急旋回によって翼の先に雲を引く二式大艇の操縦桿を握っていた秋津洲が強烈な遠心力に抗いながら見下ろした黒い海、そこには海上城壁とも言うべき無数の深海棲艦が幾重にも作る巨大な輪形とその中心に七色に光る空よりもさらに光り輝く水晶の島があった。

 

『油断しないで! 私達は敵の真上を飛んでるのよ!』

『戦艦棲姫の艦影を確認! その近くに白いドレスの深海棲艦・・・まさかあれが泊地水鬼って言うの?』

『しかし、あの島は? ・・・マナ結晶? あれが全て固形化した霊力の塊だと言うのかっ!?』

『え、マナ結晶って中村二佐が研究室との取引材料に使ったって言う? 嘘でしょ、あの島全部!?』

 

 見た者を須らく圧倒する巨大な結晶で創られた孤島、類まれな指揮官と勇敢な艦娘達ですら絶句させる水晶の形を成した莫大なエネルギーの中心に真珠色のドレスが鎮座する。

 

『粒子濃度が急に振り切れて!? 提督は何か感じる!?』

『いや、いきなり何か感じるって聞かれても・・っ!?』

『でも、私達の周りだけなんて、対空砲火でここまでマナ濃度が上昇するデータなんて見た事無いわ!』

『待ってくれ! これは・・・まずいか!?』

 

 絶景や雄大と言う言葉を曲がりなりにも人の形を持った存在に対して使う事が正しいかどうかは別として艶やかな真珠のドレスを纏う女神の再現体と彼女が座する水晶の島に秋津洲は一時見惚れた。

 

《んべっ、なんか顔に? うわっ、なにこれ気持ち悪いかもっ、ベトベトするぅ》

 

 艦内の指揮官や仲間達の慌ただしい声が遠く感じてしまうぐらい敵である泊地水鬼の姿に見惚れていた秋津洲は不意に顔や髪に付着した粘つきで我に返り、不注意で空に漂う霧雲にでも入ってしまったのかと考えて自分や相棒の装甲に付着して昏い光粒に解けていく玉虫色(・・・)を横目に身体に纏わりついてくる薄昏い雲を風の力で弾き飛ばして突っ切ろうとエンジン出力を上げる。

 

『秋津洲、大艇を分離しろ! 今すぐ!!』

『ちょっと提督いきなり何言って!?』

『分離って立体機動で加速もせずにっ? 海上から狙い撃ちにされるじゃない!?』

 

 そして、スロットルを上げたと同時に耳朶を強く打った指揮官の今まで聞いた事が無いぐらい厳しい声に驚いた秋津洲は思わずその手を二式大艇の操縦桿から離してしまった。

 

《え? なんで大艇ちゃんが離れて、あたし・・・落ちる、かも?》

 

 直後に全長28mの飛行機に揚力を与えている向かい風を正面から受けて仰け反った艦娘の細身が大型飛行艇の背から滑り落ちる様に空に投げ出される。

 指揮官の有無を言わせぬ強い口調に反射的に従ってしまったが自分自身ではそんな事をするなど全く考えていなかった秋津洲は体勢を立て直すどころか冷静さを失い、深海棲艦がひしめく黒い海に向かって落下を始めていると言うのにただただ目を丸くして自分から離れていく愛機の翼に向かって手を伸ばす。

 

『障壁強度を最大! 防御急げ!!』

 

 木の葉の様に風に煽られて唖然とした表情から一転して慌てふためいた声を上げる彼女を他所にその背では搭乗中の安全帯として二式大艇に繋がっていた銀色の機動ワイヤーが彼方へと飛んでいく飛行艇から逃げる様に高速で巻き上げられ艤装へと回収されていく。

 

《提督どうしてっ!?》

 

 時速400kmで飛ぶ愛機から突然に投げ出されると言う鎮守府の訓練でも体験したことが無い状況に陥って空中で溺れる様に手足をバタつかせる秋津洲の耳の中でさらに意図の分からない命令を発する指揮官の声が響く。

 

『皆! 提督が説明しない時は!』

『問うより従うべき、ね!』

 

 そして、海上の深海棲艦がオモチャの様な大きさに見える程の高度から落下する秋津洲の艦橋で指揮官の命令に即応した艦娘達によって甲高い汽笛の音と一緒に放出された大量の光粒が十数mの身体を包みその身を護る障壁の強度を高める。

 

《でも! 大艇ちゃんなんだよ!?》

 

 身体に纏わりついてきた玉虫色が障壁の放った霊力によって弾かれ掻き消されるのを横目に他の艦娘と比べて一段も二段も劣っている戦闘能力のせいで自らに自信を持てない秋津洲にとっては唯一と言っても過言では無い自分の長所である二式大艇を失うなんて事はあってはならない。

 それこそ飛行艇母艦を原型に持つ気弱な艦娘にとって相棒と離れ離れになるだけでなく身一つで敵群の真っ只中に降下するなんていくら優しくてカッコイイ(淡い恋心を抱いている)提督からの命令でも即座に全力でNOと叫ぶレベルの恐怖だった。

 だから彼女は自分から二式大艇の操縦権を奪った指揮官の行動が理解できず動揺で未だに続く対空砲火の中で身体を硬直させ、その瞳はただ自分から離れていく二式大艇の尾翼へと向けられ。

 

 そして、秋津洲は突然空中に現れた巨大な生き物の口にも見える爆炎に相棒が一瞬で呑み込まれる姿を目に焼き付け。

 

 こめかみに走った神経を刺す様な痛みで二式大艇が瞬きする暇もない間に破壊された事を知った彼女は数秒前まで必死に執着していた相棒の事を呆気なくその頭の中から放り捨てて。

 

《ひぃいぃっ!?》

 

 これ以上ないぐらい大きく口を開け、青い天井を覆い尽くさんばかりの勢いで広がり追いかけてくる炎の塊に向かって悲鳴を上げた。

 

《ひぁっ!?》

 

 だが、赤黒い怪物の顎が如き熱波が空中で藻掻く艦娘へと襲い掛かり炎が鼻先を舐め様としたと同時、彼女の腰に装備された艤装基部へと背後から飛んで来た銀色に輝くワイヤーのジョイントが突き刺さる様に接続される。

 

《ぁあぅいいいぃぃっ!?》

 

 直後に瞬きする間も置かず凄まじい力で後方へと引っ張られた秋津洲は傍目からは悲鳴だけを爆風と共に広がる炎の大顎の前に残し白と若草色と銀色(髪と服の色)が混ざって見える程の速度で空をかっ飛んでいく。

 

『ぐぅうっ、助けられておいて言える立場じゃないがっ、少しは加減してくれぇっ!!』

『中村艦隊から入電っ! これって合流地点の座標でいいのよね!?』

『さっきの爆発が何って、そんなの私だって分かんないわよ! 提督に聞いて!』

 

 今までに経験した事の無い強烈な加速度に振り返る事も出来ずに声にならない悲鳴を上げる秋津洲の艦内もまた阿鼻叫喚の有り様でコンソールパネルやメインモニターに押し付けられた面々がワイヤーで繋がった友軍との通信に怒声にも聞こえる叫びで返事を返す。

 

『げほっ、恐らく気化燃料爆発に近い何かだ、いや、泊地水鬼の能力じゃない、空間転移の兆候は無かった!』

『敵対空の範囲外に出れたのは良いけれど、まったく潰されるかと思ったわ・・・』

 

 そして、風にはためく朱色の何か(軽空母の小袖)が秋津洲のすぐ横を通り過ぎ飛び去って行ったと同時にワイヤーが外れる金属音が聞こえ、限定海域の天辺から斜め下へと引っ張り降ろされた淡い光を纏う細身が急激な加速する世界から投げ出された。

 

『それに二式大艇に付着したあのヌメる様な光沢、ハワイ沖海上に戦艦棲姫が出現した時に見た色と同じだ・・・海に火柱? そっちでもあの玉虫色が燃えたって言うのか?』

 

 燃え盛る炎を前にして甲高い悲鳴を高らかに上げる絶望の表情から一転して悟りを開いた者が見せるかの様な安らかな微笑みを浮かべ沈黙した秋津洲の艦橋では指揮官が暴力的な加速度で咳き込みながらも友軍と情報交換を続けていた。

 

『そうか、なら・・・あれは燃料の様なモノで、それの生成が戦艦棲姫の固有能力と考えるべきか? ・・・榛名の榴弾では引火しなかったか、いや、大筋ではあってるはずだ、だがどんな能力か断言できないのは悩ましいな』

『秋津洲? ちょっと、あなた大丈夫? 返事なさい、秋津・・・ぁっ!?』

『それとそっちも気付いていると思うが泊地水鬼は今までの深海棲艦に類を見ないレベルで同士撃ちを嫌がっている、戦艦棲姫もそれに従っている様だった』

『提督! この子、気絶してる!!』

『だからあの奇妙な玉虫色も敵群を盾にすれば封じ込めが出来そうじゃないか? 気絶か、ああ、気を失ったと言う事だな・・・いや、ここらが潮時だろう、こっちも手持ちのマーカーポッド(発信機筒)は全部放出した』

『高度120m、このままだと減速が足りないよ!』

『あれだけ強力な反応なら上手く流れに乗ってあの島に・・・あれ? 気絶?』

『艤装、ワイヤーは撃てるけど中継に使える艦載機が無いわよ!?』

 

 見えないパラシュートを広げたかの様な理想的な降下体勢で水上機母艦娘はスムーズに減速し、もう艦橋内からの目視でも細波が見えるぐらい近くなった黒い海へと見えない滑り台を滑り落ちる様に下りていく。

 

『ちょっと待ってくれ、気絶って誰が?』

 

 不意に友軍との目まぐるしい情報交換と自らの思考整理に熱中していた指揮官は咄嗟に聞き逃していた部下からのその報告を反芻する様に聞き返し。

 

『『『秋津洲が、だよ!』でしょ!!』ですわ!!』

 

 三人分の怒鳴り声が彼の耳朶をしたたかに打つ。

 

『冗談だろ!? 全端子、推進力放出! 制動を!!』

『もうやってます! せめて着水体勢の確保だけでもぉ!!』

 

 そして、アルカイックスマイルを浮かべた秋津洲の体中から大量の光粒が放出され、風に踊る木の葉の様に数回の宙返りを経て減速しながら頭から海上へと着水(墜落)した身長十数mの美少女の質量によって海底の青空へと黒い海水の水飛沫が高らかに舞い上がった。

 

・・・

 

 その光景を敢えて例えるなら海水で出来た巨大なトンネルとでも言うべきだろうか。

 

 とは言え、直径が小さく見積もっても1kmに達する筒状の空間は黒く染まった水面の色も相まってその光景を見る者の距離感をどうしようもなく狂わせる。

 そんな深海棲艦の力によって創られた限定海域(異空間)へと踏み込んだノースカロライナ級戦艦二番艦の魂を受け継いだ艦娘、ワシントンは足下で細波を揺らす海面と頭上の黒い天井と言う他に無い海面、そして、遥か彼方で湾曲し天井に繋がる黒い海に眉を顰めた。

 

 無数の敵艦が海面を覆い尽くす程に蠢くと聞いていたにしてはあまりに穏やかで星一つ見えない夜を思わせる不自然に凪いだ海。

 

 自分自身の目と正気を疑いたくなる大スケールですら事前情報ではアメリカ合衆国ひいては人類にとって不倶戴天の敵となった深海棲艦の本拠地、その入口(・・)に過ぎないと言う。

 

 新月の夜よりもなお深い暗闇に染まった海を淡く照らすスクリューが渦巻かせる輝きの航跡を残して進むワシントンは周囲を見回して自分と共に敵の支配下にある海を行く友軍の気配に気を配る。

 軍艦だった頃と遜色ないどころかさらに霊力の流れ(マナ粒子濃度)にも対応したレーダー(電探)のお陰で追突など恐れるまでもないが見た目は乙女でも軍艦達は死角が生まれない様に等間隔に並び、それぞれの胸の中にいる一人の指揮官と2~3人ずつの僚艦娘が訓練の成果を示す様に周囲への警戒に目を光らせていた。

 

(いえ、目を光らせていると言うのは言い過ぎかもしれないわ)

 

 そう内心で呟き、溜め息を吐いたワシントンの艦橋では彼女の指揮官の鼻歌を伴奏に米海軍所縁の行進曲(Anchors Aweigh)を二人の駆逐艦が楽しそうに歌っている。

 

『よぉ、お前これどう思うよ?』

『・・・まるでピクニックね』

 

 そんな時、不意に近付いてきて馴れ馴れしく接舷してきた(肩を組んできた)赤青頭の戦艦娘へとワシントンは素っ気ない返事をプレゼントした。

 

『だな、スリルがあったのは入り口のウォータースライダーだけ、敵艦なんか駆逐艦の影一つ見えやしない』

『確かに日本人はこれが最短航路と言ってたみたいだけど・・・これだけだだっ広い凪海だとどこを通ったって同じに見えるわね』

 

 普段なら特に理由なく揶揄い混じりに喧嘩を売ってくるサウスダコタが珍しく大人しい態度を見せた事に片眉を上げて内心驚きながら銀髪の戦艦は肩を竦める。

 

『ただ通信の調子が悪いのが気になるんだよな、先にここ(・・)に入ったインディに“声”かけてても返事が来ない』

『仮にも作戦中なんだから私信は控えなさいよ、まぁ、貴女はともかくインディアナの方は分かっているみたいね』

『いや、なんて言うかそう言うのじゃないんだよなぁ・・・どう言えばいいか分かんないけど』

 

 妙な違和感を試す様に突き放す若干の嫌味を含んだ言い方をしても怒りださないどころかあの(・・)サウスダコタが何かを悩み思案していると言う本当に珍しい姿を間近で見る事になったワシントンは内心とても驚きながら表面上は澄まし顔で何でもない事の様に振る舞う。

 

『・・・この航路が正しいならもうすぐ合流ポイントよ、姉妹と話がしたいならその時になさい』

『あー、まぁ、それはそうなんだけどなぁ』

 

 基本的に人の迷惑を考えずに好き勝手するタイプで現に今も相手どころか自らの指揮官の了解すら取らずに接触回線を繋いでいるサウスダコタが妙に煮え切らない態度で頭を掻いているだけでなく、まるで自分を納得させる様に小さく呟いてから離れる姿にワシントンは暗闇の中で淡く光る障壁に照らされている澄まし顔を崩して目を丸くした。

 

(驚いた、ワイヤーで神経が出来てる様なヤツでもナイーブになる事もあるのね)

 

 そして、もしかしたらこの途方も無く巨大な海底トンネルよりも珍しいものを見た驚きにワシントンが苦笑を漏らしたと同時、120knotで黒い海を走る艦娘達の前方に微かな光が瞬く。

 光の強さと大きさをドンドン増していくソレが目的地であると先行偵察を行った日本の艦娘部隊が調べたと言う限定海域内の航路を改めて確認した指揮官が同僚と連絡を取り合い。

 

 『隊列確認! 警戒を厳にせよ!』、と此処まで全く戦闘が無く緩みかけていた艦娘部隊を引き締める様に警戒を命じ。

 

 その耳の内側に直接聞こえた命令に米国海軍の艦娘全員が即座に表情を引き締めて《了解しました! 司令官!(Aye,Aye,Sir! )》と声を合わせ、それぞれが身に纏う艤装をまるで柔軟運動させるかのように砲塔や機銃などを上下左右に振ってモーター音を唸らせ。

 燃料消費を抑えた巡航速度ですら通常艦艇を大きく上回る速さで海上を走る艦娘達が暗闇に差し込む強い逆光のせいでろくに景色が見えないトンネルの出口へと顔と砲塔を真っ直ぐ揃えて向けながら突入した。

 

 しかし、敵の砲声で出迎えられる事も覚悟していたと言うのに実際には何一つ抵抗らしい抵抗は無く。

 

 ただ青い空と勘違いしてしまう程に高い天井と太陽の様に海とワシントン達を照らす七色に輝く照明が見下ろす。

 

《とんでもないわね、これが、深海棲艦の・・・限定海域(・・・・)って言うの?》

 

 あらかじめ聞いていた情報が確かなら自分達がいるのは本来光一つ射さない深海である筈なのにあまりの明るさに目を眩ませ顔を振る彼女達が見回した黒い海は遥か遠くに水平線すら見えた。

 

《おい、先発組のシグナル(識別信号)が来た、呆けてないで予定通りアイツらと合流するぞ》

《っ!? ええ、分かってるわ、皆行くわよ!》

 

 直径1km全長数百kmのトンネルすら小さく感じてしまうスケールのインフレに他の艦娘と同じ様に怖気に肌を粟立たせていたワシントンは直後に背中に掛けられたサウスダコタの急かす様な声に押されて艦橋へと届いた友軍からの誘導に従い凪いだ黒い海を駆ける。

 

・・・

 

 延々と続いた海水トンネルとは打って変わって海底とは思えない果て無き青空が広がる閉鎖空間に辿り着いた米国の艦娘部隊は先行していた友軍との合流地点へと何の障害も無く辿り着く。

 しかし、戦闘形態を解除して人間サイズに戻った彼女達は目の前にある信じがたい光景に狼狽えにも似た動揺を顔に浮かべて立ち尽くしていた。

 

「マジかよ、一体どうなってんだ? ここ戦場って事で良いんだよな?」

 

 それは言うなれば海上に浮かぶバラックか難民キャンプ、乱雑に廃材やらなにやらとにかく水に浮くモノを適当に繋げた浮島と言うべき歪な物体は広さだけながら小さな運動場ほどの面積を持ち、粗末な作りであるがワシントン達を含めた艦娘や指揮官達を乗せても沈んだりせずに凪いだ黒い海を漂っている。

 

「その、筈よ・・・痛っ

「なら、アイツらこんな所で何やってんだよ?」

 

 困惑してキョロキョロと周りを見回している同艦隊の駆逐艦や軽巡を背にサウスダコタがそう呟けばその隣に立っているワシントンが自分の正気を疑う様に自分の手の甲をつねり確かな痛みに呻く。

 

「知らないわよ、私達だって合流地点としか聞いてないわ・・・大尉もそうよね?」

 

 それこそ二、三日持てば十分とでも言うかの様な雑な造りの足場の上にある妙に所帯じみた長閑な雰囲気に面食らっていた数分前までワシントンの艦橋に座っていた壮年の米海軍士官が戸惑いながらも「その通りだ」と答え。

 

 破れた網や漁業用の浮きが家屋の壁と屋根の残骸を繋ぎ浮かせており、その中にはどこかの浜辺から奪ってきた様な浮き桟橋が廃材の筏と一緒に細波で穏やかな上下を繰り返す。

 何故かあちこちに帆の様に突っ立ている幾本かのヤシの木の丸太とその丸太の間を結んでいるロープには万国旗の様にカラフルな衣類が干され垂れ下がり、在り合わせの布と角材で作ったらしい小屋があるかと思えば迷彩柄の軍用テントやフィールドキッチン(簡易厨房兼食堂)が見える。

 

「あそこにいるの日本の輸送、いや、給油艦か? 誰が連れてきたんだよ、あぶねえなぁ」

 

 手の平をひさしにしてサウスダコタがこの場で最も目立つ存在を見上げて誰にと言うわけでもなく不服そうな声を漏らし、声にはせずとも彼女の周囲にいた仲間達も同意する様に小さく頷き、巨大なドラム缶に見える装置を抱えて凪いだ黒い海に横座りしている妙に露出度の高い民族衣装をまとった艦娘へに向かって―――正確に言うならば非戦闘員である彼女(給油艦)を戦場の真ん中に連れてきている自衛隊の指揮官へ―――不満げな表情を浮かべた。

 

「ねぇ、サム、あれって・・・アイスクリーム屋さんじゃない?」

「うん、やっぱりそうかな? 皆並んでるけど貰えるの?」

「アイスって私まだ食べた事無いけど昔の思い出(・・・)通りならすっごく甘くておいしいんだよね?」

「もしかしての基地司令から貰えるキャンディより甘いのかな?」

 

 周囲のマナ粒子を吸収して貯蔵するだけでなく電力やバリアへと変換する事も出来る円筒型装置を両手で抱えてのんびりとした顔を浮かべている自衛隊所属らしい艦娘を僅かに眉をしかめたサウスダコタとワシントンが見上げていればその後ろでこそこそと囁き合う声が耳に着く。

 その声に二人の戦艦が横目でついさっき暗闇の海水トンネルを一緒に抜けてきた仲間達の様子を伺えば重巡や空母は別として大半の駆逐艦は何故か友軍との合流ポイントに存在していた歪な浮島や給油艦をよりも気になる一角へと食い入るように視線を向けている。

 

トラベリング・カーニバル(移動遊園地)かよ」

「本当になんなのよ・・・コレって」

 

 ぼそりと足下の桟橋に呟きを吐き捨てサウスダコタが赤と青に分かれた髪を乱雑に手櫛で掻き回せば胸の前で腕を組んだワシントンが己の運命を憂う様な表情で虹色の輝きが煌めく呆れるぐらい高い天井を見上げた。

 

「私達も貰えるのかな?」

「アイスクリーム・・・いいなぁ」

「ね、司令官、行っちゃダメ? ねっ? ねっ?」

 

 水上キャンプの一角に浮かべられた大型フロートを広げるコンテナの上に立つアイスクリームの形をした看板と、その前で長い行列を作っている仲間達と、それぞれの指揮官を囲みおねだりの言葉と共に袖を引っ張っているらしいお子様達の会話。

 そして、何故か敵領域の真っ只中に存在していた簡易海上拠点の桟橋に立ち尽くしている戦艦二人の横を彼女達と一緒にやってきた艦娘達が華やいだ声を上げて大尉や中尉の階級章を襟に付けた軍人達の手を引っ張ってアイスクリームを配給しているらしいコンテナの方へと駆け出し。

 躊躇無く走り出した駆逐艦とそれに手を引かれて若干つんのめりながら連れていかれる指揮官、さらに巡洋艦や空母達が慌てて保護者を元気よく引っ張っていった子供達を追いかけていく。

 

 そんな予想外過ぎる光景と仲間達の姿に怒る気力すら失い、もう何を言うべきかも分からなくなったワシントンは青空(天井)を見上げたまま目頭を押さえてほぐす様に揉みながら低く呻いた。

 

「やっと来たわねアンタ達! 遅いじゃないの!!」

「本当になんなのよ・・・」

「コロラド、お前もかよ・・・」

 

 なけなしの緊張感すらも失いその場に項垂れ座り込みたくなっていた赤青と銀色の戦艦達は顔馴染みの癇癪持ちの登場にウンザリとした顔を向け、目に飛び込んできた二段重ねアイスが乗ったワッフルコーンを手している自称BIG7の姿に眩暈を覚える。

 

「まあ良いわ、二人とも今のうちに英気は養っておきなさい」

「本当に配ってんのかよ・・・」

「あ、チョコとペパーミントはもう無くなってるからがっかりするんじゃないわよ」

「はぁぁぁ・・・もぅ嫌、何がアイスクリームよ」

 

 そう言ってからバニラアイスをかじりコロラド級一番艦はネオンサインの様な星型の光が飛び回っている妙に賑やかなアイスクリーム配給所として使われているらしい一角を指さす。

 

「ん? そうねアイスクリームの事にやたら厳しくなる子ってイヤよね!」

「あれだけの期待を受けて出撃したのよ、私達はっ! 遊びに来たんじゃないのにっ!」

「サラトガなんかちょっと順番抜かそうとしただけで引っ叩いてきたのよ? あのシスターサラが信じられる? 駆逐艦じゃないんでしょうに全くもう」

「な、なぁ、ところでインディ、インディアナはどこだ? なんか全然気配感じないんだけどココにいるんだよな?」

 

 嘆きの呻きを吐きながらその場に頭を抱えてしゃがみ込んでしまったワシントンのセリフの何を勘違いしたのか相手の気を全く考えずに些細かつ個人的な愚痴を垂れ流し始めたコロラド、そんな彼女の言動に引きつった苦笑いを浮かべたサウスダコタがあからさまな話題変更を行い。

 

「なによ、連絡入ってないの? あの子なら撤退したわよ」

 

 その問いかけにサウスダコタへと振り返った鮮やかな金色のセミロングから不機嫌そうな感情を感じる揺らぎが湯気の様に立ち上った。

 

「そうか、撤退した・・・撤退した!? あの戦艦インディアナだぞ!?」

「ええ、いきなり空中から現れた馬鹿みたいに大きな手に握り潰されかけたの、何とか命は助かったけど戦えそうにはないから少し前に外へ護送されてったわ」

 

 そう言ってから不機嫌そうに一息鼻を鳴らしたコロラドは残りのアイスクリームをコーンごと頬張りモゴモゴと頬を膨らませる。

 

「は? デカい手? いや、でも私達あの真っ暗トンネルで撤退する部隊となんかとすれ違わなかったぞ」

「大破した子達を外に連れて行ったのはMr.タナカの部隊だから彼らがどうにかしたんでしょ」

「そのタナカってこの作戦に参加しているジエイタイの指揮官よね? どうにか(・・・・)って何よ?」

 

 いまいち要領を得ないコロラドの言葉に面食らったサウスダコタはその会話が気になって何とか立ち上がったらしいワシントンと顔を見合わせて半信半疑と言った表情を浮かべた。

 

「・・・知らないわよ、よく分からない方法か何かで何とかしたんでしょ、それにそんなに騒がなくても死んでさえ無ければコウソクシュウフクザイとか言う薬で直るらしいから大丈夫でしょ」

「いや、お前なぁ、よく分かんないは無いだろ、仮にも軍人が思考放棄はダメだぞ」

「あのねっ!? それ以外にあれ(・・)をどう言えって言うのよっ!?

 

 戦艦コロラドの突発的なヒステリックに関して二人の戦艦娘はもう慣れっこではあるが、しかし、普段よりも一段高い興奮の度合いとこれ以上ないぐらい不愉快と言う顔で繰り出される怒声にサウスダコタもワシントンも二の句を継げず呆気に取られる。

 

「いきなり蛇みたいに伸びて砲弾の雨を回避したり! 精々数mのサムライソードで戦艦みたいにデカい深海棲艦を真っ二つにしたり! 何もないところに出鱈目撃ちしたかと思ったら海面下の敵を撃破するとか!! とにかく無茶苦茶な事する連中なのよ!? あんなの見たら実はテレポートが出来ますって言われても納得しちゃうわっ!」

 

 怒涛の勢いで叩き付けられたコロラドの叫びに後退りながら耳から入ってきた内容の荒唐無稽さに青赤と銀色の頭が奇しくも同じタイミングで左右に分かれて首を傾げ、彼女達の脳内に?マークの弾幕が盛大に広がる。

 

「・・・ふぅ、でも今はそんな事どうでもいいのよ、そうよ、重要な事じゃないわ!」

 

 そして、戸惑うサウスダコタとワシントンを他所に一頻り叫んだおかげで落ち着いたらしいコロラドが自分よりも背の高い二人の戦艦に向かって澄まし顔でそう言い切った。

 

「大破した子達の撤退を知らないならこれも聞いていないでしょう・・・私達はこれからここに全艦娘部隊を集合させ、その全戦力を以て限定海域の中枢である泊地水鬼を撃破する作戦を実行する事になるわ」

 

 筏の様に横並びに繋げられた艀の上で一拍の沈黙が流れる。

 

「まっ、これは後で集合した時に改めて聞く事になるでしょうけどね」

「コロラドお前、いくら何でも吐いて良い嘘と悪い嘘があるんだぞ?」

「ちょっと頭の、コホンッ、休憩が必要なのは貴女のようね?」

 

 笑えないギャグを聞いた様な態度で失笑を浮かべたサウスダコタと可哀そうな生き物を見る様な目で目の前にいる仲間を見るワシントンの態度に、しかし、周囲から満場一致で怒りっぽい艦娘と称させれているコロラドは二人の失礼な言葉に小さく鼻を「フンッ」と鳴らすだけで済ませ。

 

「私達がこの最悪レベルにムカつく海に着いてから貴女達が来るまでに何時間経ったか分かる?」

「何時間って? 多く見積もっても精々六時間、半日ぐらいでしょ」

「それに司令部がいきなり作戦開始時間を繰り上げしやがって急かされて出発させられたんだ、これでも予定より早いぐらいだぞ」

 

 時計無くしたなら貸してやろうか、とお道化ながらポケットに手を突っ込んだサウスダコタに向かってコロラドは胸元から取り出した鈍い銅色の懐中時計を突き出してバネ仕掛けの時計蓋を開く。

 

「あのねぇ、いくら戦力の逐次投入が気に・入らない・・・からって・・・?」

「作戦全体に対する文句は司令部に、な・・・おい、この時計、時間も日付も狂ってるぞ」

 

 自分に向けられた二人の言葉に「察しの悪い奴らね」と小さく肩を竦めたコロラドは粗雑とは言え半日程度では作れそうにない海上拠点を爪先で小突き。

 

「いいえ、狂ってなんかないわ」

 

 強い意志を込めた青い瞳で正面から二人を見据えて、間違いなど一つたりとも存在しないと断言する様に言う。

 

 

「外と違ってここではもう三日経ってるの(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 




 

産メヨ、増ヤセヨ、此ノ海二満チヨ。

魂モ、油モ、鉄モ、アラユル糧ヲ与エヨウ。

黒鉄ノ城トナリテ咎人共ヘ鉄槌ヲ打チ下ロセ。


 真珠色の指先が距離を手繰り寄せる。閉じた世界の時がさらに加速する。

 時計の針が一つ進む度に量産される従僕を従えて水晶島と南国へと繋がる道が縮む。

泊地水鬼(強欲)は自分の所有物(宝物)を奪った者達を許さない。

 


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第百四十五話

 
攻略サイトだけじゃなくツールまで使うのは卑怯でしょ?

・・・なら、そっちこそ無限増殖バグ使うなよ

チートよチート! 私の艦隊をイジメるなんて許せない!

ステージ構成どころかタイマーまで弄っておいて今更何言ってる!?

こんなの反則だわ! 運営(妖精)は何やってるのよ!?

そもそも俺達は遊びでやってんじゃないんだよ!!


 


 

〈 全員いるな? 良し 〉

 

〈 なら楽な姿勢で聞いてくれ、ただし浮き球やヤシの木の位置が気に入らないからといじるのは無しだ 〉

 

〈 拾った廃材でパズルを作るのが楽しいと言うのは分かるが巨大筏作りからブリーフィングに意識を切り替えてくれ〉

 

〈 ああ、それを言われなくても出撃した後にもう一度作戦会議を行う事がマヌケのやる事だと言うのは重々承知している 〉

 

〈 だが、やらねばならない事はやるしかないのが世の常だ〉

 

〈 本作戦立案時に判明していなかった幾つかの重大な問題が我々の目の前にデカい尻を並べているんだからな 〉

 

〈 とは言え、我々の作戦が深海棲艦が造り出した異空間の排除である事に関してだけは変わらない 〉

 

〈 その一点が変更されなかった事だけは幸運だったと言える 〉

 

〈 つい先ほど到着した第三艦娘部隊の面々はある程度この××××な海・・・失礼、自衛隊が限定海域(・・・・)と呼称するこの空間で起こっている現象をある程度理解した上で突入してきた筈だ 〉

 

〈 しかし、已むに已まれぬ情報の行き違いによって部隊の約半数を撤退させる事になった第一部隊、そして、今から見て・・・26時間前に到着した第二部隊のメンバーは面食らっただろう? 〉

 

〈 無論、私自身もそうだった、だからこそ改めて全員の目標意識を統一する為に変更された作戦内容の確認を、・・・何? 〉

 

〈 ・・・第二部隊の到着は34時間前? 〉

 

まさか、・・・クソ、高かったんだぞこのクォーツ 〉

 

〈 コホンッ、さて、ともかく既に敵勢力と交戦した第一部隊を含め円滑な作戦行動の為に口頭説明が必要だと言う事はこの場にいる全員が理解してくれている事だろう 〉

 

〈 それではまず最も重要かつ分かり易い問題点からだ、まぁ、これも既に先に到着していた同僚から聞いただけでなく自身の身をもって実感していると思うが・・・ 〉

 

〈 この黒い海と外の海では時間の早さが異なっている、これは距離による時差と言う意味では無い 〉

 

〈 仮にだが外から限定海域内部を観測する事が可能だったならば我々の動きは外の連中には通常の数倍から数十倍の早送り映像の様に映る事になるらしい 〉

 

〈 そして、それによって発生している外部と連絡を取る為の通信システムへの影響は深刻の一言だ 〉

 

〈 我々が赤ん坊へ絵本を読み聞かせる様にどれだけゆっくりと報告をマイクへ吹き込んでも外の連中には黒板をひっかく音にしか聞こえないとの事だ 〉

 

〈 それに君達が使えると言う姉妹艦同士のテレパシーも影響を受けて機能不全を起こしている言う話だが、そうだな?〉

 

〈 これに関して、そもそも先行偵察を行った日本自衛隊の艦娘部隊が六時間強の戦闘記録と映像を持ち帰った時点で参謀部は疑問に思うべきだった 〉

 

〈 いくら帰って来た彼らがほぼ無傷で早朝の散歩から帰って来た様な姿だったとしても、そして、あの大渦に突入してから再び外へと脱出してくるまでにたった一時間しか掛かっていなかったとしてもだ! 〉

 

〈 六時間(・・・)だぞ? 仮に記録映像を改竄したって残りの五時間は何処から持ってきたって言うんだ? しかも使われているメディアは軍用規格だと言うのに? 〉

 

〈 しかし、幼稚園児でも分かる異常を常識的に見てあり得ない事だからとあのスーツ組共は自分達が信じられると判断した情報だけでパッチワークを作り、深海棲艦本隊への多段かつ波状陣形による連携攻撃と言う机上の空論を命じてくれた! 〉

 

〈 なるほど、深海棲艦よりも高い艦娘の機動力を生かして敵の数を確実に減らす、突出する敵の頭を叩き続け寡兵で大軍の侵攻を止め、そして、戦力を均衡状態に持ち込みチャンスを逃さず主力艦隊を敵本拠地に叩き付ける・・・実に理にかなった戦略と言えなくも無い! 〉

 

〈 この海域が内包する太平洋の三分の一に匹敵する広さと! 瞬き一つしたら数キロ先では数日分の時間が過ぎる異常極まる空間と! 中心に近付くほどに加速していく時間のせいでひたすらハツカネズミの様に増え続けている敵戦力! それらが無ければ完璧な作戦だっただろうよ!? 〉

 

〈 オマケに最早原理や理由を考えるのも馬鹿馬鹿しくなるが! 我々が今いるハワイから800km以上離れた海底とハワイから精々10kmの海上に口を開けている大渦を繋いでいるあの海底トンネルが徐々に短くなっているんだとさ! 〉

 

〈 科学も常識も通用しない連中を相手にどうやって計算結果を導き出したのかサッパリだが司令部が言うには来年の朝日が昇る頃に限定海域とハワイの大渦が繋がるそうだ! 外側から見て数百km離れている深海と海上の距離がゼロになるってな!? 〉

 

〈 さしずめスペースオペラのお約束、ワープゲート(・・・・・・)と言うヤツだ! 我々がヒィヒィ言いながら走ってきた真っ暗で退屈でクソ長い航路をあの連中はこの辛気臭い黒い海で待っているだけでショートカットするつもりらしい!! 〉

 

〈 ははっ、少なく見積もっても一万(・・)を超える程に増殖した大艦隊、いや、人類の歴史上前例のない超大規模艦隊(・・・・・・)が黒い海の真ん中でずらりとふんぞり返ってハワイへのドアが開くのを今か今かと待ちわびているわけだ!! 〉

 

〈 ・・・すまない取り乱した 〉

 

〈 しかし、その修正前の作戦に「待った」をかけてくれた二人の自衛隊士官とその部下である日本の艦娘達、今もこの最前線でスペシャルアドバイザーとして共に戦ってくるだけでなく、補給物資輸送要員としても協力をしてくれている彼らのお陰で我々はこうして敵地のど真ん中で一時立ち止まれる時間を得た 〉

 

〈 ひたすらアナグマを決め込み戦力の増産しながらワープゲートが開くのを待っている深海棲艦に対して血迷った司令部が言い出した最高に状況に合ってない最低の作戦を実行して負け犬になる事を回避出来る幸運に恵まれた 〉

 

〈 そう言う意味では我々は神にいくら感謝してもし足りないぐらいついている(・・・・・)と思わないか? 〉

 

〈 オゥ、私の長話が退屈なのは分かるが後数分ぐらいは我慢してくれたまえ、だが野次を飛ばしたくなるのも良く分かるよ、お嬢さん達? 〉

 

〈 では詳細な編成と陣形は後回しにしよう、現在確認されている海域の全体図や敵分布に性能なども今は横に置いておこう 〉

 

〈 だが、勿体ぶっていたわけじゃないが我々がやらねばならない恐ろしくシンプルな作戦の概要だけは言わせてくれ 〉

 

〈 我々が取れる選択肢は最早指を咥えて見ているだけか短期決戦しかない、そして、アメリカ軍人たるもの祖国の危機を前に傍観者でいるなどあり得ない 〉

 

 

〈 そう、我々は! ここに居る指揮官と艦娘合わせて300人の艦隊は! 〉

 

〈 これより敵艦隊中枢へと全力を以て突撃(・・)を仕掛け! 〉

 

〈 限定海域の発生原因である泊地水鬼を撃破する!! 〉

 

 

 

〈 正直、俺達がこれからどれだけの敵と戦う事になるのか分からない 〉

 

〈 作戦が終了するまでにどれほどの時間を戦い続ける事になるのかも分からない 〉

 

〈 そもそもアドバイザーの言う通りに深海棲艦の女王を倒しても限定海域は消滅しないかもしれない 〉

 

〈 失敗は命を代償として支払うだろう、しかもこれが絶対に正しい選択であると言う保証すらも無い 〉

 

〈 だが明日の朝(・・・・)、ハワイにやってくるのは新年の朝日だけだ! 決してあの黒光りする化け物の軍団じゃない! 〉

 

 

〈 さぁ、諸君! 〉

 

 

〈 愛すべき合衆国にハッピーニューイヤーと言ってやる為にも、絶対に勝つぞ! 〉

 

 

・・・

 

 外海との境界方向から急速接近する敵艦の発見。

 

 その知らせは共鳴する様に響く汽笛(遠吠え)に乗って網の様に連鎖して広がる思惟(通信)によって海を埋め尽くす大艦隊の隅々まで届く。

 直後に艦隊の中央から発せられた虹色の波(女王の勅命)が黒鉄の艦首が並ぶ海に広がり、何十重にも重なる巨大な輪形の最も外側に群れる深海棲艦へと迎撃が命じられる。

 

 泊地水鬼が放った絶対命令に宿る酷く禍々しい敵意に精神を染め上げられた深海棲艦達が瞳に宿る灯火を眼窩から溢れる程に燃え上がらせ、外縁部だけですら千隻に達する大艦隊が上げる怒号が空気を震わせる圧力となって凪いだ黒い海面を捲り上げ大波を作り出す。

 そして、過剰に供給された艦娘への敵意によって狂ったように野太い汽笛を吹き鳴らす黒鉄の怪物達が動力機関を唸らせ凪から一転して10mを超える大波が蠢く海へと向けられた主砲が次々に咆哮する。

 

 虹色の光が輝く青空の下、無数の火球によって造られた燃え盛る赤い壁が如き弾幕が放物線を描いて精々が50人程しかいない様に見える艦娘達に向かって口笛の様な風切り音を鳴らす。

 しかし、全速力で荒波を蹴散らし走る艦娘達の頭上に覆い被さる様に降り注ごうとした火球の豪雨はターゲットとの間に青白い閃光と共に割り込んで広がった六角形の障壁に衝突して弾け。

 

 爆発の後に着弾点から噴き出した大量の黒煙が艦娘達の姿ごと海上を覆い尽くした。

 

・・・

 

《空母は艦載機の発艦を急いで! ジエイタイにばかり頼ってられないわよ!》

 

 勇ましく叫ぶ声と共に黒煙を突っ切り黒い城壁の様に艦首を並べる深海棲艦に向かって右腕を突き出した重巡洋艦、ノーザンプトンがその細腕で支えるにはあまりに大きく見える三連装主砲の引き金を引く。

 自身にとっての最大戦速を大きく超える300knotの速度に背中を押され(・・・)ながら荒れ狂う海を走る重巡艦娘の腕一本で支えられた8インチが水平方向へと三連撃を放ち。

 

《怯むな! 全艦突撃!!》

 

 一番砲に続いて鋼色のコルセットで締められた腰の左右に突き出した二番と三番砲塔が仰角を最大に砲声を打ち鳴らし、なおもアメリカ海軍の艦娘部隊へと落ちてくる無数の砲弾を遮り、六輪の輝く大傘が空中に広がる。

 そして、軽巡級と駆逐級の深海棲艦二隻の横っ腹に突き刺さり黒い粘液や装甲片を撒き散らしながら爆発する榴弾の行方を横目に後ろを振り返った白い海軍帽子を乗せたロングヘアがカーテンの様にうねり。

 端整な顔立ちに降りかかる黒い水飛沫をノンフレームメガネが弾き、向かい風にたなびく金糸束の向こうから甲高い汽笛を吹き鳴らしてノーザンプトンより頭一つ低い艦娘が重巡艦娘の艤装を掴んで押していた両手を離し急加速をかけた。

 

《駆逐隊は突撃隊形に! 私に続いてください!》

 

 その駆逐艦、フレッチャーの号令にノーザンプトンに続いて黒煙の中から飛び出してきた大型艦娘達の背後から躍り出た駆逐艦娘達が了解の声を上げ、黒い海でなおさら引き立つカラフルな少女達の背で動力機関が勇ましい唸り声を光粒の渦と一緒に放つ。

 激しく回転するスクリューからジェット戦闘機のアフタバーナーじみた輝きが噴き出し、激しく輝く光の尾を黒い海に残して暴力的な推進力は十数名の米国駆逐艦達を亜音速の世界へと送り込む。

 

 一斉に海上に浮かぶ黒鉄の城壁へと走り出した少女達へ声援を送るかの様に先頭の姉妹艦に続いてノーザンプトン級重巡のヒューストンがその手の三連装主砲だけでなく背部艤装の対空砲にも投射障壁を装填し空に向かって大量のアンブレラ(水晶板)を広げ、頭上の安全を確かめた空母艦娘達がボウガン型やランチャー型のカタパルトから艦載機を連続発艦させていく。

 

《ちょっと、痛いですよ?》

 

 そして、時間にして十秒足らず。

 

 急加速をかけた時点ではまだ数km存在してた敵艦隊がずらりと並ぶ場所との隔たりが文字通り一足飛びに無くなり、荒れ狂う大波の頂上をスキップする様に跳ねて重巡艦娘の砲撃で中破し速力を落とした軽巡ヘ級の目の前でフレッチャーはいつの間にかその手に存在していた機械仕掛けのハチェット(手斧)を大きく振りかぶった。

 

・・・

 

 敢えて人間の基準と単位で表現するならば接敵から小一時間、被害状況は全体の千分の一(0.1%)にも満たない程度。

 

 泊地水鬼を頂点にしてフラッグシップ、エリート、ノーマルの順番に広がるピラミッド構造の通信網の末端、大艦隊の片隅で自分がいる戦場の情報を受け取った深海棲艦の駆逐艦級はその眼窩に宿す緑色の灯火を僅かに震えさせる。

 

 “嫌ナ予感ガスル(・・・・・・・)

 

 その下っ端の駆逐艦(緑目の駆逐イ級)がつい艦外へと漏らしてしまった思惟(呟き)にさしたる根拠は無い。

 確認されている敵の数は自分達と比べるのもおこがましい極少数、千を超える最外周の艦隊に多数の被害はあれど明確な断末魔の思惟(沈没の報告)は聞こえてこない。

 深海棲艦にとっての常識において数も大きさもその身に宿す力すらも上回る大軍に噛みついてきた精々五十隻程度の敵艦隊などは愚か者と言う言葉ですら言い表せない自沈(自殺)志願者以外の何者でもない筈なのだ。

 

緑目ハ無駄ナ思惟ヲ漏ラスナ(ノーマル如きが無駄口を叩くな)

 

 同族の艦隊運動によって巻き起こる荒波が偉大なる女王(泊地水鬼)の水晶島に届かない様にとその身を他の緑目達と共に消波ブロック代わりに並べていた駆逐イ級は電流の様に頭に響いた軽巡ツ級が赤いオーラを苛立たせながら放った思惟(叱責)に慌てて物言わぬ壁になり切る(居住まいを正す)

 その駆逐イ級が今回の戦いで所属する事になった群れ(艦隊)の旗艦である軽巡ツ級エリートは今まで経験の無い大量の従僕を従える立場を任されたと言うのに自分達が後詰めと言える後方に置かれている事に苛立っていた。

 

 空母棲姫が轟沈した数か月前(・・・・)から戦艦棲姫による大量建艦が始まり今では初期の百倍以上に膨れ上がった泊地水鬼旗下の大艦隊では組織の大規模化に伴って出世争いが行われている。

 だから、そんな中で十分に古参だと言える軽巡ツ級は昨日進水したばかりの緑目すら混じるライバル達が今にも愚か極まる獲物共を討ち取り、その報告によって主人の歓心を得るかもしれないと考えて焦れに焦れていた。

 

 どれほど地味な端役であろうと泊地水鬼から命じられた任務は絶対である。

 

 それは頭では分かっているが自分達と比べれば明らかに矮小な敵艦を撃沈するだけで褒美と昇進を得られるだろう状況を前に我慢するのはエリートと言えど深海棲艦にとって酷く忍耐を擦り減らす苦行だった。

 力量と物量を考えずに無策としか思えない突撃を行ってきた雑魚の群れ、一目で分かる戦力差も分からない様な敵と呼ぶのも憚られる愚者共は一隻たりとも自分達のいる場所まで辿り着く事はあり得ない。

 自分ならすばしっこいだけの(敵艦)など一撃で木っ端微塵に打ち砕き手柄首を姫達へ献上する事すら容易い。

 だからフラッグシップ(黄色目の個体)まで投入されているこの戦いは長くとも数時間後に訪れる敵の全滅によって締められるだろう事は火を見るよりも明らかである。

 そして、戦いが終われば手柄を立てたライバルが栄誉を与えられる姿を平伏して見ていなければならならない。

 

 たまたま配置される場所が敵の現れた方向から遠かっただけの事で今後も続く無数の同胞同族との出世争いで後塵を拝さなければならない事が曲がりなりにもエリートである軽巡ツ級にとって酷く不愉快だった。

 

 そんなふうに緑目のイ級へと無駄口を叩くなと注意した大艦隊の中に幾つもある防波堤部隊の指揮艦が部下に向かって垂れ流す思惟(無駄口)は実のところその場にいる大半にとって切実に同意できる思考であり、泊地水鬼が支配する艦隊全体の1%にも満たない九十隻の深海棲艦が内心で軽巡ツ級エリートに同意して僅かに頭を縦に揺らす。

 

 しかし、その群れの中に紛れる艦娘との戦いを二度生き延びた一隻の駆逐イ級ノーマルはただ己の思惟(記憶)の中にあるそれら(・・・)を思い起こす。

 

 空を飛ぶ空母が青い疾風と化して戦艦ル級フラッグシップを銀色の糸で絡め捕らえそのままバラバラに切り裂いた光景を。

 

 砲弾と化した駆逐艦が何十倍も巨大な重装甲を砕き、真っ二つになった空母ヲ級の残骸を残して走り去っていった光景を。

 

 戦艦棲姫に率いられた大艦隊の前衛部隊が海に落ちてきた流星が起こした津波から顔を出したと同時に水平線の向こうから迸ってきた熱線に撃ち抜かれていく光景を。

 

 深海棲艦の道理から大きく外れたイレギュラーが同胞同族を屠っていく姿をその頭蓋の奥に刻む様に覚えている下っ端は再び違和感を疼かせる。

 まだ現状への思惟(不満)を吐き続けている上司の機嫌を損ねない様に黙って押し寄せる黒波へと昏い霊力を編んで造った障壁を張っている駆逐イ級だったがその心中で明確な答えが出ないが故の不可解さが膨れ上がっていく。

 

 遠くに見える山影にも見える程に強大な大艦隊の威容の向こうから聞こえてくる砲声が何故か止まる事無くドンドン近付いてきている気がする。

 そも、あの矮躯でありながら異質な性能で質と量を覆す敵艦との戦いは本当に簡単に終わるモノなのか?

 

 今も敵を一隻も撃沈出来ずに戦闘を続けている艦隊からの損害報告が思惟の波に乗ってイ級達に届いてくる。

 まさか、このまま敵が自分達の配置場所どころか偉大なる姫級達の座する玉座まで到達してしまうのではないか?

 

 そんな酷く嫌な予感(・・・・)を、おそらくこの場で最も幸運(不運)な深海棲艦である駆逐イ級だけが強く感じていた。

 

・・・

 

『[敵艦を無理に撃沈するな、足を止めさせれば盾に使える!]』

 

 通信機越しに聞こえる田中良介が叫ぶ英語を聞き流しつつ中村義男は周囲のメインモニターに視線を走らせる。

 

「まだ・・・大破艦は出てないよな?」

「私達のフォローが無ければ押し潰されてたかもしれないのは数え切れないぐらいいるけれど!」

《ええ、駆逐艦数名の中破を確認しています》

 

 どこか張り詰めた雰囲気を纏った中村の呟く声に艦橋を覆う全天周モニターに張り付く様に旗艦の戦闘補助を続ける五十鈴とコンソールパネルのスピーカーごしに現在旗艦として海を走ている高雄が返事を返し。

 その報告に小さく息を吐いた指揮官の手元では複数の三等身の小人達が中村にしか見えない紙切れ(データ)を視界不良になるレベルで次から次に空中へと浮かべていく。

 

「ならまだ無傷って事だ! 次弾は徹甲弾だな、照準よし、てー!!」

《了解! 砲撃開始、撃ちます!!》

 

 その紙切れの一枚に記されていた敵艦出現位置を素早くコンソールに入力した中村の耳に高雄の右舷に装備された主砲の咆哮が響き。

 

「なんだっ!? 後ろか! 二番砲撃キャンセル、再照準!!」

《ぇっ? はいっ、提督!!》

 

 横から投げつけられた別の紙切れ(敵艦の位置)に苛立ちながら指揮官は砲撃寸前の艤装に中止命令を割り込ませ、直後に入力された新しい緒元情報に従って蒼い重巡の背中側に装備された第二主砲が半回転して高雄の後方で上空の敵艦載機を撃ち落としていた赤髪の防空軽巡のいる方向へ向く。

 

「このっ、邪魔なんだよっ!!」

 

 高雄の背後で中村の命令通りに照準された第二砲塔の20.3cm連装砲が砲声を高らかに上げ、二発の徹甲弾が空気を抉る音を上げて米海軍の軽巡艦娘アトランタの直近の海面を割りながら急浮上してきた緑目の雷巡チ級の胴体とさらにその向こうで大波をその巨体で打ち砕き艦娘の隊列に主砲を向けようとしていた戦艦ル級の頭部を貫く。

 

「雷巡チ級および戦艦ル級はエリートに着弾、両方とも撃沈を確認!」

「ちょっと撃破して良かったの!? 泊地水鬼を刺激しない様にするって言ってたのはアンタでしょ!」

「奇襲してきたヤツに手加減なんかできるか! 盾に使おうにもそれで怪我してたら世話ないだろが!」

「提督、左舷前方に針路が開きます!」

「アイオワ! 後ろのお嬢さん達に道草を食うのを止めろって言ってくれ! 対空ぐらい全力で走りながらやれってな!」

 

 あまり広くないのに十人以上がいるせいで熱気が溜まっていく一方になっている高雄の艦橋で飛び交う会話について行けずにモニターに拡大されて映るUMA(あり得ない生物)を見た様な顔をしてこちらを見ている米国艦娘達とそっくりな表情を浮かべた戦艦娘アイオワが鮮やかな金髪ごと自分の額を手で押さえ呻く。

 

「どうした寝てるのか! 俺は連絡しろと言ったぞ!?」

「っ!! aye aye sir!!

 

 異常行動を平然と行う連中に対する眩暈を感じながらも湾曲モニターに手を突いた戦艦娘はヤケクソ気味に叫び、ビルの様な高さの津波が蠢く黒い海を何とか転覆せずについてきている友軍へと進撃を要請する。

 周囲を深海棲艦の巨体に囲まれたも同然の場所で日本の戦術アドバイザー達に頼りっきりになる事に多少思うところはあれどすぐに優秀な合衆国の軍人達は了解を返す。

 

「海図じゃ半分越えたが本番はこっからだ! あの水晶島が射程距離に入ったら出し惜しみ無しになる!」

「田中艦隊から入電! 味方にルートを外れた部隊がいるそうです!」

「道草の次は迷子か!? あと少しのところで、ったく!」

「深海棲艦に割り込まれて、このままだと本隊から引き離されるでち!」

 

 舌打ちをしながら中村は自分を見上げている手のひらサイズの妖精達の一人、星柄の三角帽子を被ったセーラー服が指揮席の肘掛けに浮かぶ羅針盤へと星飾りの付いたステッキを振り下ろす様子を横目にする。

 

「五十鈴いけるよな!?」

「誰にモノを言ってるつもり? いつでも問題ないわ!」

「吹雪、先導役を田中艦隊に回せ! どうせ今だって囮とラジオ放送しかやってないんだやれるだろ!」

 

 そうしている間に17m強の身長を持った高雄のさらに上から覆い被さろうとしている津波が中村達のいる艦橋に大きな影を作り、同時に指揮官がコンソールパネル上で掴み取った半透明のカードが光粒となって弾ける。

 

『[空母は高度を1000mより上に上げるな! 艦載機もだ! 低空でないと戦艦棲姫の燃料気化爆発を受ける事になるぞ!]』

 

 遠くから通信に乗って聞こえてきた田中艦隊の米軍艦隊に対する警告を背にした高雄の目の前、巨大な壁にしか見えなくなった津波の側面に金の輪が輝き、その中心へと手を伸ばした蒼い長袖とブラックシルクの指先が光に解けて中村達がいる艦橋が眩い光に包まれた。

 

「分かってるよなっ? ポコポコ増えやがるあっちと違ってこっちは一人でも沈んだら(ロストしたら)一気に崩れるんだぞ!」

 

・・・

 

 黒波の反対側へと金色の光と共に突き抜いて海上に現れた碧い宝石の様な瞳に宿る白く輝く花弁が黒い海原に無数に蠢く黒鉄の怪物達を捉え。

 直後、水飛沫を切り裂く様にツインテールと共に横薙ぎに振るわれた突撃銃型の高角砲が碌に狙いも付けず連続で砲弾を吐き出し、その背で光粒の煙を揺らめかせる背部艤装でも対空機銃類が出鱈目に曳光弾の様な弾幕を空へと打ち上げる。

 

《五十鈴には丸見えよ?》

 

 しかし、ただただ無作為にばら撒いただけにしか見えない砲弾や銃弾の全てがまるで自分の意志を持っているかの様に放物線を描いてていた弾道を途中で急角度に捻じ曲げ、彼女の有効射程距離に存在している深海棲艦の急所を貫いて内部から爆発炎上させていく。

 

《何? さっきアナタが言ったんでしょう? もう手加減は要らないって》

 

 一斉射した数十の主砲弾と数百の機銃弾を全て左目に宿る異能力で深海棲艦に叩き込み、三十隻の火柱を荒れ狂う海上に作り上げた軽巡艦娘は可憐な容姿を裏切る獰猛な笑みをその顔に浮かべ。

 

《だから余計な心配しないで、この五十鈴に任せておきなさい!》

 

 本隊からはぐれた米軍艦娘達と本隊を分断しようとしている深海棲艦の鉄壁へと一直線に動力機関を吠えさせた。

 




 

 何を言ってるんだね?

 お互い、もう笑い話で済む段階はとっくに踏み越えているじゃないか。

 


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第百四十六話

 
偉大なる女王は『おまえ達は何か』とお尋ねになった。

万の軍勢は『貴女様の忠実なる艦隊であります』と答えた。

次に真珠色の指先は自分へと刃を向ける者達を指して問う。


“デハ、オマエ達ハ何ダト言ウノ?”


 


 それらは深海棲艦の常識から考えれば呆れるぐらいに小さく中には風に煽られただけで飛ばされるぐらいに軽い、自分達の使う力と似て非なる能力を振るう埒外の異物と言う他に言い様の無い存在。

 その体が纏う不愉快な色の光をチラつかせる薄っぺらい装甲は貧弱の一言、普通種の砲撃ですら直撃すれば一撃の下にグシャリと潰れてしまうだろう事が見て取れ、五十隻程度の艦隊で正面から突撃してきた敵の姿を見た時などほとんどの深海棲艦がそのあまりの愚かさと醜さにそれら(・・・)が敵である事を忘れ憐れんでしまった程である。

 おまけに開戦の号砲が空に轟いた時点で泊地水鬼の忠実な下僕達の関心事は如何にライバルである同胞同族を出し抜いて手柄を得るかどうかであり、愚か極まる突撃によって自分から袋の鼠となった敵に勝利する事は戦いが始まる前から決まっていると思い込む。

 

 そうして泊地水鬼が義姉妹(空母棲姫)の仇に向ける業火の様な憤怒とそれぞれが抱える出世欲によって深海棲艦はただひたすらに狂奔して討ち滅ぼすべき敵へと砲雷撃を繰り返す。

 

 誤射で同士討ちすると主人である泊地水鬼が怒るからそこだけは気を付けよう、と言う心理ブレーキを辛うじて共有しているとは言えどそれ以上にライバルに手柄を奪われるかもしれないと言う焦燥や功名心が深海棲艦達の脳内アクセルを強く踏み込ませ。

 艦娘によってすれ違い様に側面装甲やスクリューを壊されて高波で転覆した同族を助けるどころか“オ先ニ失礼”と足手まといをせせら笑い通り過ぎていく。

 

 獲物は数える程しかいないのだから早い者勝ち、むしろもっと自分の艦隊の攻撃範囲に近寄ってこい、とモノクロデザインの怪物達は汽笛を荒れ狂う海に響かせる。

 

 艦隊全体と言う括りで言えば戦闘開始からある時点までほぼ全て(・・・・)の深海棲艦が艦娘達による無謀な突撃を所詮は弱者の悪あがきとして侮っていた。

 

 何故ならば、あの矮小な連中はすばしっこく逃げるだけで産まれたばかりの緑目(ノーマル)にすら碌な損傷を与えられないじゃないか、と。

 きっと、先の戦いで空母棲姫の艦隊が屈辱極まる敗北を喫したのも力の源(マナ粒子)がとても薄い海で戦わなければならなかった事が原因だろう、と。

 いや、もしかしたら我らが女王をあそこまで怒らせるのだから自分達には想像も出来ないぐらい筆舌に尽くし難い卑怯な罠か策を弄したに違いない、と。

 

 たとえ血気盛んな怪物達は三十隻程の同胞があっと言う間に撃沈されたと言う知らせを聞いても功を焦ったライバルがまた(・・)醜態を晒したと鼻で笑い、間違っても自分達が艦娘に手加減されているなどとは露程にも想像しない。

 抗い難い狂奔の中で自分ならば他の誰よりも上手く敵を屠れるとでも言う様に砲声を盛大に撃ち鳴らし、とても小さくて弱く見える獲物に向かって乱杭歯の隙間からよだれを垂らしスクリュー(推進機関)を唸らせる。

 

 それは言うなれば象と蟻の戦い。

 

 確かに正面からぶつかり合えば(・・・・・・・・・・・)両者を隔てる絶望的な物量差によって深海棲艦は艦娘達を押し潰すだろう。

 

 

 ところで話は変わるがここで一つ、些細な問いを掛けさせてもらいたい。

 

 

 “艦娘達にとって明らかに時間の無駄でしかない数の勝負を馬鹿正直に受けてやる義理があるのか?”と。

 

 

 その答えは()である。

 

 

 そう、彼女達はどれほど悪辣と非難される事になろうと自分達が守護する国家の為(守るべき人々の為)ならば一切手段を選ばない。

 

 奇しくも泊地水鬼が支配する深海棲艦が咆哮と共に糾弾する通りに艦娘達はいとも容易く卑劣極まる策に手を染める。

 

・・・

 

《気合を入れろ! 押して押して押しまくれぇ!!》

 

 巨大な鉄塊同士がぶつかり合う鈍く重い音に負けじと腰まで届く黒髪を振り乱して駆逐艦娘、磯風がその涼し気な顔立ちからは想像も出来ないぐらい猛々しい大声を上げて横倒しになった軽巡ヘ級の船体を全力で押す。

 体中から黒煙を立ち上らせて悲鳴の様な野太い遠吠えを繰り返し響かせる巡洋艦サイズの巨体が磯風と共に取り付いた十数人の米海軍の艦娘が放出する推進力によって荒波を押し退けてその進路に立ちふさがる深海棲艦の横列に向かって突進する。

 磯風の鼓舞に負けじと《GO! GO! GO!》と口々に気合の声を上げる駆逐艦娘達が軽く見積もっても2000tはあるだろう鋼の怪物を100knot以上まで加速させて針路上にいた駆逐艦や潜水艦の頭を轢き潰し。

 周囲にハの字の津波を巻き起こし時速180kmで押される質量兵器(軽巡ヘ級)によって中破させられた一隻の駆逐ロ級がそれでも体勢を立て直そう大波から身を乗り出したと同時にその濡れた装甲が二連続で着弾した砲弾によって穿たれる。

 

《はっはっはっ! 実に他愛無いぞ、深海棲艦!!》

 

 寸分違わず二発の砲弾を同じ位置に命中させる事で駆逐ロ級の船体を貫き心臓部を破壊した12.7cm連装砲を片手に磯風は昏い光粒になって砕け海に飲まれていく残骸に向かって些か男勝り過ぎる豪快な笑い声を上げ。

 その磯風に続いて戦場の真っ只中を走る米海軍の艦娘達が敵艦の撃沈に限界まで興奮を高ぶらせた熱狂の声を上げながらそれぞれの手にある魚雷を空に向かって投げ自分達自身の機銃弾によって誘爆させる。

 

 空中に轟いた十数発の爆発は所狭しと犇めく深海棲艦の頭上を掠めはしたが傷一つ付ける事は無く、目に見える限りで言えば精々が爆炎の煤をモノクロの巨体に降り注がせる程度。

 しかし、同時に発生した強力な霊力力場によるジャミングによって艦娘の隊列を多勢を以て囲む深海棲艦達が算を乱してまるで自分と僚艦の位置関係を見失ったかの様に追突し合う。

 

《ほぉっ、かく乱に惑わされず私と司令の道を阻むか?》

 

 混乱し不完全になった包囲網の端で何とか艦娘の進路を塞ぐ壁の一隻として間に合い立ち塞がった軽巡ツ級エリートがまだ生存している同族とそれを盾にして突撃してくる敵の姿に逡巡する。

 小艦隊を指揮するエリートとは言え勝手な判断で同胞を沈めて自らの所有物(従僕)を壊される事を果てしなく嫌う泊地水鬼の不興を買う事を嫌がった赤いオーラを纏った軽巡ツ級は重厚な対空砲が並ぶ自らの胴体と比べてもなお巨大な両腕を大きく広げて瞬く間に接近してきた軽巡ヘ級を受け止め。

 突進しか能の無い矮小な連中など自分の大きさと自慢の砲撃で仕留めて見せると戦意を滾らせた黒ずくめの軽巡と生ける死体と化した白灰色の軽巡がぶつかり合い。

 二隻の間で重苦しい衝突の轟音と痛々しい鋼の塊が捩じれる悲鳴が響くもののそれでも止まらない艦娘達の突進力に負けじと軽巡ツ級エリートはその真っ黒な身体から炎の様に赤いオーラを吹き出しビルの様な両足で深く海を抉り、昏い光の渦を吐き出すスクリューが激しい衝突に抵抗する。

 

 ツ級による渾身の抵抗によって流石に急減速を余儀なくされた艦娘達の顔に一瞬だけ焦りや狼狽えが浮かぶ。

 

《敵ながらその意気や良し!!》

 

 だが、彼女達の表情と呻きは直後に艤装のスクリューを最大戦速にしたまま白灰色の鋼板に鋭い鉄靴をめり込ませながら深海棲艦の船体を直角に駆け上っていく磯風の姿のせいでヤケクソ気味な笑みと笑い声に変わった。

 

《しかし!》

 

 灰色の軽巡深海棲艦を踏み台に磯風の身体が飛び上がり、重い撃鉄が起こされる様な鋼の音と同時に彼女の右舷を守るかつての駆逐艦磯風の艦橋を模した艤装が甲高い音を立てて展開しその内側で銀色の刃を鈍く光らせる。

 それは深海棲艦の身体を駆けあがるまでの僅か数秒で展開した磯風専用の近接戦闘用の武装、世間一般で言うところのカッターナイフに非常に酷似した形状、ただし縮尺は持ち主が両手で剣の様に構える事が出来る程に長く。

 その機械仕掛けの内部機構を剥き出しにしたグリップの中から勢い良く等間隔に横線が刻まれた刃が伸ばされ、鈍い銀色の切っ先が風切り音を立てて赤いオーラを纏った深海棲艦の首元に吸い込まれた。

 

 金管楽器を思わせる涼やかな響きと共に鈍く光る刃の先端が刀身に刻まれた横線に添って割れ、砕け散る。

 

《その程度で私達の進撃を止められるなどと思うなっ!!》

 

 霊力によって形作られる疑似物質である個体(金属)から気体(マナ粒子)へと分解する急速昇華に伴う衝撃波がCritical Hit(怪物殺しの一撃)と化して軽巡ツ級の首に襲い掛かり、巨木の様な首元から切り離されて勢い良く宙に飛んだ黒く歪な球体がそれを見上げる深海棲艦に丸い影を落とす。

 ツ級の頭部と同時に虹色の逆光に向かって鈍く光る鋼刃を両手に跳躍した駆逐艦娘が力強い跳躍の勢いをしなやかな宙返りによって真下へと向かう力に変え、巨大カッターナイフのスライダーが押し上げられガチャリと内側からせり出した新しい切っ先が返し刀で眼下の海面に倒れ伏す軽巡ヘ級の船体へと振り下ろされた。

 

《嘗めるなよ、この磯風伊達ではない!》

 

 二度目の撃鉄が落ちる音が鋼刃を甲高く響かせて砕け散る銀片と共に放たれた暴力的な衝撃波によって障害物を切り裂いた駆逐艦娘が首から上を失って背中から海面に倒れて沈んでいくツ級とその後を追う無残に断裂したヘ級が巻き上げる水飛沫を背に着水する。

 

《泊地水鬼および戦艦棲姫を発見・・・全艦、突撃用ぉ意ぃっ!》

 

 深海棲艦の女王の力によって空間だけでなく時間まで歪んだ異常空間である為に磯風達が走り抜けた正確な距離を導き出す事は不可能、しかし、途方も無い長距離航路と無数の深海棲艦を文字通りに押し退けた彼女達の目の前が不自然な程に開けて遠く真っ黒な水平線に水晶の島が光り輝く。

 終わりが無いと錯覚する程に続いていた分厚い深海棲艦の鉄壁の最後の一枚が磯風によって取り払われ、立ち上る水飛沫を強行軍の勢いのままに広い海へと飛び出した艦娘達は燃える様な戦意を漲らせた瞳の中に(艦橋内で)拡大された真珠色のドレスを睨み付け。

 まるで日本艦(日本人)に負けて堪るかとでも言う様に米海軍の艦娘達(指揮官達)が一斉に鬨の声を上げて士気を最大まで盛り上げ、背後の深海棲艦の群壁を置き去りにラストスパートをかける。

 

《姫級と鬼級の力を併せ持つ要塞型深海棲艦、相手にとって不足無し!!》

 

 その一気呵成の先陣を切り『だが、敵大将を討ち取り最も大きな武勲を得るのは米軍などでは無い!』と胸の中へ強く宣言した黒髪の駆逐艦の姿が何の前触れも無く光粒に解けて周囲に400knot分の慣性エネルギーを撒き散らして玉虫色の光沢が混じる黒い海を抉った。

 

・・・

 

「さぁ、この磯風と司令が引導をっ! は? ぬぁっ!?」

 

 メインモニターを包み込む閃光をくぐり抜けて再び黒い海面が見えたと同時に磯風が艦橋の円形足場に現れ、一時漫画みたいに空中で手足をじたばたさせたかと思えば直ぐに重力を思い出したかの様に床に落ちて尻餅を着いた。

 

《Please Follow me! ついて来て下さいネー!》

 

 そして、尻餅を着いたまま狐に抓まれた様なキョトンとした顔で周りを見回してすぐに状況を理解した磯風がスンッともの悲しそうな表情でこちらを見上げ、それに少しだけ申し訳ない気持ちになるが弁明や慰めよりも今はやらないといけない事があると俺は自分に言い聞かせる。

 

「金剛! すぐに動力を外付けジェネレーターに集中させろ! 全部だ!」

 

 ついさっきから身体中にしがみ付いている数人の小人が矢印の付いた棒を四方八方に向けて俺の髪や服を引っ張る様な仕草を繰り返す。

 

「集中って何パーセントよ!?」

「今全部(・・)と言った! 急いでくれ!!」

 

 艦娘の艦橋に潜む妖精達の姿は俺の視界にしか存在しない幻覚だが、その力によって鋭敏化させられた肌感覚が矢印の指し示す方向から押し寄せてくる殺気でヒリついて仕方がない。

 数秒の合間すらもどかしく感じる時計の針が全く役に立たない限定海域の中心域で金剛が踏み込んだと同時に玉虫色の光沢を蠢かせる海面が激しく泡立ち、一つ一つが小さな家ぐらいある気泡が無数に膨れ弾けあっと言う間も無く妖しげな色の濃霧が俺達と泊地水鬼がいる水晶島の間に発生する。

 

「来るぞ!!」

《OK! 最大出力でいきますヨー!》

 

 そして、俺の突然の命令に従って金剛型戦艦の主動力から湯水のように流し込まれるエネルギーを全て装甲の耐久力に変換するのは元々陸上で運用される事を想定して設計されたマナ粒子の除去装置。

 限定海域突入前には護衛艦(【はつゆき】)に引っ張られ海に浮いていた巨大なドラム缶だったそれは突貫工作で外装を引き剥がされて霊力障壁の強化と増幅に機能を集中させられた。

 その改造を担当した【はつゆき】の整備員曰く「とにかく使える部品を繋げただけ」と言うデザイン性皆無な障壁強化装置(疑似的な増加装甲)と言うべき装備が唸りを上げる。

 

 メインモニターに映る金剛の白い飾り袖が纏うバリア(霊力障壁)が眩しい程に輝き、黒と玉虫色が混じり合う大海の上で不可視の装甲が戦艦娘の身体を中心にして半円のドームとなって広がり。

 

 直後、俺達ごと海を呑みこもうと広がってきた玉虫色の濃霧が一気に発火する。

 

《But! この程度、テイトクへのBurningLOVEに比べればマッチみたいなものデース!!》

 

 一気に周囲を埋め尽くした炎の色の中ですらくっきりと見える赤文字の警告が手元のコンソールやメインモニターに表示され、金剛の船体に致命的な損傷を与える可能性が高いと知らせるそれの言う通り増幅され強化されているにも拘わらず戦艦娘を守る障壁装甲がまるで溶ける様な早さで削られていく。

 

「米艦隊で旗艦変更が、重巡が出撃! あれは・・・障壁を内張りで強化するって事よね!?」

「アメリカ軍の指揮官にも反応が良いのもいるって事ね、でもこのままだと数分持てば良い方だわ」

「そんな事より提督! このまま闇雲に進んだら敵の思う壺じゃないの!?」

 

 速力を犠牲にして一時的に強化された透明なバリアごしに押し寄せる炎の色へ金剛の両手の指先が迷いなく真っ直ぐ掲げられている。

 

「いや、問題ない、このまま進撃だっ!」

 

 そんな口から出たセリフとは裏腹に指揮官として彼女達の信頼に応えられるのだろうか、と弱気な事を考えてしまう。

 

《YES! 金剛型のFULLPOWER見せてあげマース、だからテイトクは目を離しちゃノーなんだからネー!!》

 

 見えている地雷に仲間を引き連れて飛び込めと言われたも同然だと言うのに全く揺るがないいつも通りな金剛の陽気さについ口元が緩んで溜め息が漏れてしまった。

 

「でもこのままだと突っ切るなんて無理よ! 電探で見える範囲全部火の海なのよ!?」

「いくら何でも今回だけは無謀だわ! 今からでも後退して敵群の中に戻ってやり過ごせば!」

 

 流石にこんな状態で進撃を選べば諌められもするか、と内心で他人事のように呟きながら周りを見回せば血相を変えて俺に危険を訴えかけている夕張と叢雲の二人ほどではなくとも皆の表情から強い緊迫感を感じる。

 それでも俺の命令を失策と断じる反抗的な言葉が飛び出てこないぐらいにはまだ俺に期待してくれているだろう、そう、信じてくれているのだと思いたい。

 

「大丈夫、なにも問題ないさ」

 

 だから努めて落ち着き払った口調を心掛け、視界を埋め尽くす様な炎への恐怖でカラカラに乾いた舌を動かし、自分にできる最大の虚勢を張って指揮官らしい顔を作った。

 

「いい加減あのサボり魔も働く気になった頃だろうからな」

 

 俺達に先頭を押し付けて隊列から離れた悪友の顔を思い浮かべて指揮官らしくしていた顔を場違いな苦笑へと変えれば俺に向けられている時雨達の顔に少しの笑みと呆れが混じり。

 丁度その時、噂をすれば影とでも言いたいのか俺達を守っている拡大障壁を包む様に轟轟と燃え盛る炎の音とは違う甲高いガラスを削る様な音波が足下を走った。

 

・・・

 

 まるで虚空を撫でる様に動いていた戦艦棲姫の両手が止まり、怪訝そうな表情を浮かべた近衛艦(側近)にして義姉妹(同盟者)を見下ろした泊地水鬼は輝く水晶の玉座から天井まで燃え上がる勢いで立ち上る火柱、いや、最早炎で出来た山脈と言うべき素晴らしい絶景へと目を眇めて頭頂部から生える白い冠角(大型電探)で真っ赤に染まった領地の一角を見通そうとする。

 直後に電探に繋がる感覚器だけでなく艶やかな黒髪に隠れた耳朶まで激しく突き刺す音と言うより衝撃と言うべき波動の放出に驚いて泊地水鬼は玉座の背もたれへと仰け反る事になり。

 空母棲姫の仇共との戦いの最中でありながら初めて目にする猛々しい炎の山がその内側から真っ白な水蒸気に上書きされると言う深海棲艦にとってですら大スケールの光景に一時見惚れてしまった。

 

 しかし、その僅かな油断によって急激な熱膨張によって濃密な蒸気を含んだ熱風が海から押し寄せ黒から白へとグラデーションするロングヘアが波立ち、猛烈な潮の臭いとしょっぱさに噎せる事になった泊地水鬼は咄嗟にその白い長手袋に包まれた腕を振るって空間に穴を開けて玉座である水晶島の前庭と言うべき凪いだ海原で発生した濃密なマナ粒子を含んだ水蒸気の塊を遠く離れた場所へと追い払う。

 

 そして、気を取り直して苛立たし気な様子で再び泊地水鬼が自分が支配する領地へと目を向けた時、そこに広がっているのは炎の山では無く、彼女が見慣れた虹色に照らされる黒い海ですらなく、視界一杯に虹色を反射して輝く透き通った海があった。

 

・・・

 

 限界を超えて文字通り火を噴いた増設バルジ(障壁強化装備)がその役目を終えて金剛型戦艦の艤装から幾本ものケーブルをパージし、内部から融解しスクラップと化した装備が透き通った海に水飛沫を上げて沈んでいく。

 

『確か開発費に二億かかったとか聞いた事あるぞ、それ』

 

 続いて追加装備による恩恵(増幅)を失ったドーム状の障壁に無数のヒビが走り。

 

 ガラスの割れる様な音を立てて雪の様な破片を散らし解けていく光の中で白衣の小袖を揮って指先を銃の様にして水晶島を指し示す金剛の足下を大きな人影が白い泡を渦巻かせながら走り抜ける。

 

『そんなのを使い捨てにする事になるとは、こう言う事をやるから俺達は税金の無駄遣いと言われるのかもな』

 

 限定海域の中心へと砲塔を揃えて向け不敵に笑う戦艦娘とは対照的に米艦娘達は突然に自分達に襲い掛かってきた大火炎が跡形も無く消えた事に戸惑い周囲をキョロキョロと見回し、足元から水飛沫を上げて浮上してきた友軍のシグナルに驚いて走る足をふらつかせた。

 

『ご愁傷様、始末書で済めばいいな』

 

 海を黒く染める昏い光粒と相反する輝く光粒の波動によって浄化された海中から急角度で浮上した星条旗柄を付けた水着姿の艦娘達が激しく咳き込みながらそれぞれの艤装の開口部から噴水の様な排水を行い。

 無数の深海棲艦による広大な防衛線の途中で逸れていた部隊の合流に驚きながらも歓声を上げるアメリカ海軍の面々を引き連れる金剛型高速戦艦とその足元で桃色の髪を海流になびかせて伊号潜水艦がミサイルの様な速度で海上と海中に二本の白泡の線を水晶の島へと引く。

 

『他人事みたいに言うな、お前が遅れなかったら使わずに済んだ事を考えればそっちだって同罪みたいなモノだろ』

 

 泊地水鬼と戦艦棲姫と言う最上位の支配者が座する水晶島に向かって直進する艦娘の気配に広大な海を埋め尽くさんばかりの巨大円陣から憤怒に満ちた遠吠えが向けられる。

 しかし、深海棲艦達はその身に刻まれた厳格な階級制度と指揮系統によって本来なら女王の許しを得た極限られた者しか入る事を許されない聖域へと土足で踏み込んだ罪人を追いかける事を躊躇い。

 聖地とも言うべき尊い領域に武器を向ける事すら忌避した黒鉄の下僕達は逃した敵の背を撃つべき砲口の行方を彷徨わせてしまう。

 

『・・・道が混んでたから仕方なかった、つまり不可抗力って奴だ』

 

『まったく、お前はいつもその言い訳を使うな』

 

 不甲斐ない従僕達や自分に対してでは無く愛する女王に対する有り余る無礼に対して怒髪天の勢いで体中から憤怒を迸らせた戦艦棲姫が潜水艦娘の超音波によって黒い海水ごと分解された玉虫色(液体燃料)を再生成して水晶島の周囲を再び黒色とヌメる光沢に染め始め。

 

 戦艦棲姫の意志によって軟体生物の様に蠢き、白泡を渦巻かせて近付いてくる潜水艦を触腕の様な汚染でもって迎え討とうと姫級深海棲艦の異能が広がりを見せた直後。

 

 静かにそれでいて狂おしい程の紅色の灯火を溢れさせる視線の先、真珠色に包まれたしなやかな腕が鞭の様に振り抜かれる。

 

 白磁の指先が距離を無視して音速を凌駕する勢いで遠く遠く大海を引っ掻き。

 

 海原が縦に割れ。

 

 母なる海が地球に満ちてから今日まで海底の闇に閉ざされていた地球の地肌が虹色に照らされた。

 





そんな事、問うまでも無いでしょ?

私達(艦娘)お前達(深海棲艦)の天敵よ』




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第百四十七話

 

なんか、冷静に考えるとどっちが侵略者なのか分かんなくなってきた。



・・・「どっちもそう(・・)だろ」なんて正論(事実)はこの際考えない事にする。

 


「我々は・・・何を(・・)、見せられているんだ? 何を見ているんだ・・・?」

 

 壮年の指揮官が顔を真っ青にして呻く(英語)を背にガトー級潜水艦の一隻をその魂の原型とする潜水艦娘は艦橋のメインモニターに映るこの世のものとは思えない光景に鈍い痛みを残す喉を抑えて身震いする。

 旧約聖書に記されるモーゼの奇跡が如くわれた海が真横へ落ちていく様子を横目に競泳水着に白いショートパンツを重ねて穿いている艦娘は自分の体が冷や汗でずぶ濡れになったかの様な錯覚に厚手のロンググローブに包まれた両腕で自らの身体に抱く。

 そして、数十秒前にいきなり出現した重力に従って海底へと崩落していく大海に刻まれた断崖とその発生源が我が物顔で存在している光り輝く水晶の島の間で視線を何度も往復させ、星飾りと黒いリボンで彩る灰色の髪を揺らし米海軍の戦士として産まれてきた彼女は今にも床に崩れ落ちそうな程に膝を震わせながら歪な笑みを浮かべた。

 

(どれだけ派手に見えても所詮はタネの割れた手品だぁ?)

 

 そのセリフを吐いたのはあまりの物量差によって味方本隊と分断され敵に四方を囲まれて追い詰められたところに踊り込みスクラップ処理場の作業員よりも手際良く深海棲艦を解体してみせた日本艦娘達の指揮官。

 その男は敵陣の只中で孤立したアメリカ海軍の艦娘部隊にあろう事か戦闘中に各部隊の編成を組み直せと命令し、戦闘形態(身長十数m)の旗艦の手から交代要員が受け渡されるまでの数分間を弾丸一つ無防備な味方に掠らせる事無くその場を凌ぎ。

 オマケにそれぞれの部隊に最低一人行き渡った潜水艦娘達にすぐさま命じられた急速潜航によって荒波蠢く真っ黒な海に飛び込む事になり、彼女達はレーダーどころかソナーすらも碌に機能しない泥の様に身体に纏わりつく漆黒の海中に数秒後の死を覚悟する。

 1cm先も分からない水の中で「もしも自分のミスで逃走する仲間の足手まといになるぐらいならより多くの敵を引き付けて反撃の魚雷と一緒にド派手にくたばってやる」と口が悪い(反骨心の強い)ガトー級潜水艦は怖じ気づきそうになる自身を鼓舞した。

 

 しかし、「死ぬなら敵と諸共に」と攻撃的な諦観を抱えて敵中で孤立した部隊の全員がゴーヤ(伊58)と名乗る潜水艦の先導で海上を埋め尽くす深海棲艦の包囲網を呆気なくすり抜けて友軍との合流を成功させてしまった。

 

(バカ言うな、原理が理解(わか)ってもできる(・・・)って事にはなんねぇよっ!)

 

 まるで自分達を探し回る敵の位置だけでなく複雑にうねる海流の全てを知っているとでも言うかの様に真っ暗闇の海中を鼻歌交じりに先行して本隊の仲間達の下へと案内して見せた日本の潜水艦娘。

 そのゴーヤの指揮官である日本人に言われるがまま従っておいて今更な話ではあるが『深海棲艦の霊力で造られたモノは艦娘の霊力で相殺できる』と言うあの男の断言は本当に根拠として扱って良いモノだったのか、と米潜水艦娘は暗黒の海中を共に乗り越えた仲間達と一緒に放った大合唱によって浄化され青く輝く海を見下ろす。

 

 そして、人の姿として生まれ変わってから初めて使った己の身体に備わっていた艦種固有の能力、日本では潜水艦娘の奥の手と言われているらしい超振動音波を最大出力でぶっ放したせいでヒリヒリと痛む喉元を確かめる様に撫でる。

 

 その日本人の功績は彼女が軍艦だった頃の(過去の)記憶(経験)からの戦況予測を涼しい顔で覆して黒い絨毯が如き深海棲艦の包囲網から全員脱出させただけでも戦術的大勝利と言っても過言では無い。

 だと言うのにソイツは何で燃えているのか何が燃えているのかすらもわからない海上に吹き荒れる火災旋風と地獄の業火に耐える味方部隊に気付いてから数秒の間も置かず「全員で最大出力のアクティブソナーをぶちかますぞ」と言い出し。

 

 結果、鋼鉄すら蒸発しかねない高温渦巻く超巨大オーブンが文字通り掻き消える。

 

 そんな日本の艦娘部隊(頭のオカシイ連中)は海中航路を追従していた米潜水艦達へ本隊と合流しろと一方的に命令し、そのまま冗談みたいなサイズの白いドレスを纏った本作戦の最優先撃破目標である陸上要塞型深海棲艦(泊地水鬼)が無造作に揮った超大規模テレポーテーションでその周囲の海ごと姿を消す。

 

 改めて脳裏にその光景を思い浮かべれば『馬鹿な日本人のやった事に悩むな』とか『陳腐な手品師がハンカチを振ってリンゴを消す様なものだと軽く笑い飛ばしてやれ』と生来の反骨心が彼女の胸中(霊核)で騒めく。

 

「信じらんねぇ、マジかよ」

 

 しかし、実際には目の前で起こった現象を理解しようとすればする程に自分の中の常識が音を立てて崩れていく感覚に襲われ、ついにアメリカの守護者として生まれた艦娘は目の前から一瞬で居なくなった日本の艦娘達に向けて震える呻き声を漏らした。

 

『おいおいおい! さっきの見たか!?』

『何なんだあの連中はっ! ヤクでもキメてやがんのか!?』

『おお、神よ、・・・どうか軽はずみに奇跡を起こすのは止めてください』

『ダメだ、幻覚が見えた、幻覚だよな? 頼む、そうと言ってくれ!』

 

 掠れた喉から一人の艦娘が乾いた笑いを漏らしているそんな時、アメリカ海軍の士官達と言えば海原に突然切り開かれた今も自分達を剥き出しになった海の底に引きずり込もうとしている大瀑布に対してではなく自分達のアドバイザーである部隊がやらかした狂気の沙汰に対して悲鳴を上げる。

 しかし、どれだけ信じがたい事実だったとしてもレーダーと同期したマップ(海図)に表示された敵と味方を識別するシグナルの位置関係が彼女達の目に映った一瞬の出来事が現実であると容赦なく肯定する。

 

『ど、どう考えてもマトモじゃない! ジエイタイってのはあんなのばかりなのか!?』

『俺が弱腰なのか? それとも奴らがクレイジーなだけか? 頭がどうにかなりそうだっ!!』

『ま、まさか、あのレベルにならないと深海棲艦に勝てないとか言われたりしないよな?』

落ち着け! すぐに隊列を組み直せ、タナカ中佐の艦隊に続くぞ! 全隊急げ!』

『そうだ、日本人に遅れるな! 深海魚の化け物共に一発キツイのをぶっ喰らわせやろうぜ!!』

 

 敵の最終防壁を踏み越えて障害物など一つもないだだっ広い海に出たとは言え全力疾走する米軍艦娘が並ぶ隊列から見てもまだ輝く島影は水平線に頭の先が辛うじて見えるぐらいには離れている。

 だと言うのに数万トンの海水ごと抉り取られる様に消え去った友軍の青いシグナルが水晶の島の中心にある泊地水鬼を示す赤いマーカーに重なって表示されていた。

 

「くはっ、はっ、あはははっ♪ 最高だぁ! アイツら最っ高にぶっ飛んでやがるっ!!(It's so COOL Fleet!!)

 

 そして、気安く超常の大災害を引き起こす敵の異能力を逆手にとってゼロコンマ数秒で敵の懐に飛び込んだ命知らず共に目撃者達はそれぞれ感動や驚愕や畏怖など込めた感情の違いはあれど叫ぶ様な大声を荒れ海に響かせる。

 

・・・

 

 

 距離と言う概念を捩じり穿つ真珠色の指先が輝く海面を無造作に撹拌し、その五指が纏う歪んだ空間が海中を抉る様に吸い上げ。

 

 超常の力によって強制的に混ぜ合わされた水と空気が発生させる強力無比な圧力渦の中で輝く光粒が円を描いて黄金の扉を作り出す。

 

 それは時間にしてほぼ一秒、ゼロコンマの世界で海が割れる。

 

 抉り取られた莫大な質量の海水が無造作かつ大雑把に千km程離れた黒い海に捨てられていく。

 

 そして、敵の侵入を防げなかった従僕の不甲斐なさを喜ぶわけではないが一隻だけとは言え不愉快極まる義姉妹の仇を自らの手で始末出来た手応えに深海棲艦の支配者は口元を吊り上げ。

 

 突き出された時と同じ様に出来て当然とでも言う様に水晶の玉座に遠く離れた海面へと振り下ろされ海底まで切り裂いた真珠色の腕が纏っていた異能力の波動が霞を散らす様に消え。

 

 いとも容易く距離と言う概念を無視して大災害を生み出した真珠色の指先で歪んだ空間が閉じる寸前に一つ結びのお下げ髪が深海の女王の居城たる水晶島へと引き寄せられる(・・・・・・・)

 

 不意に聞こえた神経を無性に苛立たせる甲高い汽笛の音、泊地の鬼姫は紅い視線を音の聞こえた方へと向け。

 

 木の葉の様に宙に投げ出され落下しながら自分を睨む敵艦と目が合った白磁の美貌は満足げに吊り上がっていた口角を一瞬で真下へと逆転させた。

 

・・・

 

計画通りっ! なんて見栄は張れないかぁ!?

《司令官来ます! 腕が、大きぃい!!》

 

 あまりにも大きいせいで至近距離では白い城壁を備えた巨大建造物が意志を持って動いている様に見える泊地水鬼の前に転移してきたセーラー服の駆逐艦娘、吹雪が体操選手の様に空中で身体を捩じり、その袖口やスカートはためく脚に浮かぶ幾何学模様が細長い光の線(推進力)を放出する。

 

『落ちながら避けろ! 補助はっ、姿勢制御だろ!』

 

 巨大な深海棲艦が苛立たしそうに腕を振っただけで発生したソニックブームをギリギリで避け、余波の余波でしかない暴風に煽られ姿勢を崩しながらも着地の寸前でなんとか落下の勢いを許容範囲に収めた身長14mの両足が硬い破砕音を立てて水晶の地面に二本のわだちを刻む。

 

『吹雪走れ!』

《はい! 司令官!!》

 

 打てば響くとでも言うかの様に指揮官の声を聞いた直後に泊地水鬼と比べものにならないぐらい小さな身体の艦娘が駆け出し、その背を押すスクリューの勢いを借りて金属装甲で補強された革靴が輝く地面から森の木々と錯覚しかねない程に生えている無数の水晶柱の合間を猛スピードで走る。

 

『全兵装水平射っ、どこでもいい! とにかく撃てっ、撃ちまくれ!!』

 

 その命令に従って全力疾走中の駆逐艦娘が備える全ての武装が火を噴き、吹雪は疑問一つ挟む事無く言われるがまま12.7cm連装砲を輝く水晶の大木へと撃ち、魚雷管から飛び出した円筒の爆発物を蹴り飛ばし、水よりもはるかに摩擦抵抗の強い陸上を駆ける靴底(船底)が重さと速さで深海棲艦の力によって造られたマナ粒子の結晶を踏み砕く。

 駆逐艦娘を中心にばら撒かれた砲弾と銃撃が広大かつ歪な水晶の森の一角を乱暴に打ち砕き、魚雷の炸裂と空気を押し退け走る艦娘が巻き起こした風で地吹雪の様に結晶の鱗片が空中で舞い踊る。

 

 そんな吹雪の暴挙の一部始終を見せられる事になった泊地水鬼はただでさえ悪い機嫌をさらに悪化させ、その自分の所有物を土足で踏み荒らす罪人に対する怒りに呼応して全高200mが地に落とす大影から無数の髑髏が紅い炎を噴き水晶島の空へと飛び立つ。

 

『あれは猫戦・・・じゃなくて地獄艦爆かっ!?』

《じごく、艦爆? 爆撃機なら対空迎撃を!》

『いや、ナイスタイミングだっ!』

 

 地面から空へと降る雨が如く数え切れない程の攻撃機が生物的な動きで巨大な暗雲と見紛う航空編隊をくみ上げたかと思えば一つ一つが弾丸の様な速度で急上昇していた爆撃機が一斉にその紅い炎を纏う矛先を地上の一点に向けて急降下を実行する。

 例えるならば巣を突かれて怒り狂った蜂の群れだろうか、お互いに数mしか離れていないと言う戦闘機動にあるまじき密集でありながら一機たりとも衝突する事無く乱杭歯を剥き出しにした泊地水鬼の飛行端末が火炎弾をたった一人の艦娘に向かって集中投下した。

 

『さぁ、好きなだけ爆撃しろっ! ただし的は俺達じゃなくて地面だがなっ!』

 

 そして、降り注ぐ火炎弾の豪雨を見上げた吹雪の左目に青白い光が閃きヒビ割れだらけの地面にあった駆逐艦娘の影がブレて(・・・)消え、直後に水晶の森で轟音を轟かせて巨大な火柱が立ち上り。

 さらにその炎の勢いは吹雪の砲雷撃によって砕けて四方八方に飛び散った水晶の鱗片への誘爆によってさらに巨大な破壊力へ変わり、赤い炎が内側から無色の閃光に食い破られ。

 巨大な龍にも見える光の柱が超高温の余波で周囲にある物質全てを蒸発させて破局噴火に匹敵するエネルギーの奔流が数千m上空にある虹色の輝きを目掛けて十数メガトンの大咆哮を放つ。

 

 しかし、それを目撃した全ての者が己の死を想像するよりも早く世界の終わりを告げるが如き閃光の柱は突拍子も無く、まるで初めから存在していなかったかの様に掻き消えた。

 

『クソッ、思ってたより爆発しなかったのか!?』

 

 水晶の樹木をなぎ倒して広がる巨大なクレーターだけが残った爆心地から遠く離れた宝石粒の砂浜を見下ろす小高い丘にその姿をブレさせながら現れた吹雪が荒く乱れた呼吸をそのままに勢いを殺しきれずに横滑りする身を捩って後ろを振り返る。

 

『いや、空間転移? ちっ、つくづく便利に使う!』

 

 その左目に浮かぶ花菱紋はジリジリと漏電の火花にも似た明滅を繰り返し、肩で息をするセーラー服が背負う艤装は明らかに異常だと分かる白煙を立ち上らせ、千切れかけた肩掛けベルトの先で手持ち式12.5cm連装砲が砲塔そのものを赤く焼け爛れさせていた。

 

『オマケに大したダメージも無いとか、まったく丈夫に出来てるな深海棲艦のお姫様ってのは!』

 

 毒づく指揮官の声に吹雪は最大望遠で視界の中に拡大された泊地水鬼とその上空に蠢く雲霞が如き爆撃機の大群の姿に敵の健在を察して口元を一文字に結び、声に出さずに鈍く痛む身体に活を入れて赤熱化は収まったもののまだ火傷しかねない程の熱を帯びている連装主砲のグリップを握り構える。

 だが、吹雪が白煙を立ち上らせている主砲を再び頭上へと迫る爆撃機に向けようとしたと時、アッと声を漏らす暇も無くその身体が光粒へと解けて宝石の砂浜の上で金の枝葉が大きな輪を描く。

 そして、水面の様に揺らめく輝きに鈍い銀色で阿賀野型軽巡洋艦一番艦の名前が記されたかと思えばその向こう側から突き出された指先に銀文字が弾けて噴水の飛沫の様に華々しく光が舞い踊った。

 

『阿賀野、やる事は吹雪と同じだ! 引っ掻き回せ!』

 

 勢い良く飛び出した身体に光の糸が纏わり付き紺襟のセーラ服を編み上げ、白い布地に包まれた豊かな胸元に翻るネクタイへと白い錨が印され、括れた腰をミニスカートの鮮やかな臙脂色が飾る。

 戦装束に続いて金輪から飛び出してくる無数の部品が艶やかな黒髪の踊る背に武骨な兵装を施し、組み上がった鋼造りの靴底が水晶の砂を踏みつけて脚部に装備された魚雷管の重みが深い足跡を刻む。

 

《いよいよ出番ね! すっごーく、待ってたんだからっ♪》

 

 水晶島の中央、十数キロ離れても水晶樹の玉座に座る姿が見える泊地水鬼に何故か両手でVサインを向けてポーズを決めている阿賀野の艤装が腰の右側で展開し、かつての最新鋭軽巡の艦橋を模した機構がその圧縮空間を備えた内部から赤鞘の太刀を突き出して柄頭を主へ捧げる。

 

《きっらりーんっ♪》

 

 その可愛らしくも能天気な掛け声にどこか幼さを感じる満面の笑顔は全く以て戦場には不釣り合い、しかし、力みも弛みも無く自然に踏み出された一歩から繰り出された居合抜きの構えは一分の隙も無く。

 鯉口を握る阿賀野の指に鍔を押されて赤鞘から僅かに刃を覗かせた太刀が一瞬で音速を超えて砂浜と水晶樹の大森林を隔てる小高い丘を一刀の下に両断する。

 

『さぁ、爆撃したければしろ! むしろ今なら銃弾一発でも俺達をやれるぞ!?』

 

 軽々しく音よりも早く振り抜かれた白銀の軌跡が真空の通り道を造り出して風の裂け目に砂浜を巻き込み、霊力に由来するあらゆるモノを分解する力を持った斬撃によって地から宙に舞い上がった大量の水晶の砂が無数の光粒へと解け。

 紅い炎を眼孔に滾らせ弾丸の様な速度で迫り艦娘へと一斉攻撃を掛けようとしていた深海棲艦の爆撃機の大群がマナ粒子の飽和現象による光が渦巻く浜辺の上空を慌てて避けていく。

 そんな猛スピードで自分達の頭上を避けて旋回する敵機の編隊を見上げ、阿賀野は刀を振り抜いた残心の姿勢から流れる川の様に抜刀後の前傾姿勢から滑らかなステップへと動きを繋げてきっかり三歩分の足跡を残して跳ぶ。

 

『だが・・・撃たない?』

 

 艶黒のロングヘアが長く太い尻尾の様にしなり、長い髪を身体に巻き付ける様な螺旋回転のジャンプと同時にその手に握られた太刀が降り注ぐ光の雨粒の中で横薙ぎの弧を描き。

 ガラスを削る様な耳に痛い音を立てて原子レベルで振動する銀の刀身から伸びた斬撃(・・・・・)が回転によって横薙ぎの一刀から多重の円へと変わり、阿賀野を中心に霊力の刃が水面に広がる波紋にも似た形でさらに周囲のマナ結晶を手あたり次第に分解していく。

 

『撃てないって事はやっぱり深海棲艦もあの規模の大爆発は流石に怖いって事だよな!』

 

 そして、結晶構造から解放された急激なマナ粒子濃度の上昇が空間をしわ寄せ歪ませ姫級深海棲艦達が寄り添い睦み合ってもなお余裕のある広々とした白浜が不安定な霊的エネルギーが発する光に包まれ。

 その大量の可燃性エネルギーが溢れる砂浜の中心でフワリと風に舞う花びらの様に艶やかなロングヘアと臙脂のスカートを躍らせる阿賀野の姿が眩い光の中へと溶け込む様に消えた。

 




 

「思ってたより私は自分で作ったこの泊地水鬼の事気に入ってたんだな」って今更に自覚してしまってから筆がめっちゃ重い。(遅刻の言い訳)

でもそう言う風にプロットを組んだのは自分で、つまり自業自得なわけで。

だから二次創作者であっても書き始めた以上は彼女の最期を描く責任があると自分に言い聞かせてどれだけ時間がかかっても続きを書きます。





・・・でも、やっぱつれぇわ

 


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第百四十八話

 
精々が十数mの体、たった数十隻の群れ。

纏う装甲は憐れなほど脆くペラペラと風に揺れる。

小枝の様な短い砲身は小突けば折れそうな程に細く。

放つ砲弾と魚雷はどれも砂粒ほどに小さく。

何処をどう見ても奴ら(・・)は脆弱な欠陥品にしか見えなかった。
 


『・・・大体、分かった』

 

『攻撃力、防御力は言うに及ばずだが、それに加えてに原理不明のワープパンチや玉虫色のスライムであらゆるモノを消し飛ばせる能力まである』

 

『それを抜きに考えても、そもそも霊力を結晶にしちまうって時点で現代科学の敗北を認めるしかねぇわけだが』

 

『それこそ艦娘が何人束になって挑んでもアッと言う間も無く瞬殺されるに決まってる』

 

『と言うかむしろ戦闘が始まった直後にそうなって無ければおかしい(・・・・)わけだ』

 

 

 光に満ちた濃霧とでも言うべき現象の中をガラスを踏み割る様な硬質な足音が響き、光る粒子を押し退けて艶黒の長い髪が走り抜けてそれに引っ張られ風が唸り声を上げる。

 陰影すらも消える強い光の中を地を這う様な前傾姿勢で阿賀野型一番艦は全速力で駆けつつ針路上に無数に点在する半透明な障害物をスルリと猫の様な身のこなしで避ける。

 

 

なのに(・・・)、俺達は連中の目と鼻の先で生き延びる事が出来ている』

 

 

 常人ならば視界を塗りつぶす光粒によって数秒も耐えられず昏倒するだろう異常空間を迷い無く、一寸先すら見通す事の出来ない光を突っ切って鉄靴が水晶の地に足跡を刻み続ける。

 

『深海棲艦の大艦隊に突撃した時の動きから薄々感じてたが、やっぱり間違いない』

 

『あのお姫さん達・・・戦闘の、いや、戦争の仕方(・・・・・)が滅茶苦茶下手なんだ』

 

『まったく完璧な防壁を何重にも最強の大砲をありったけ? 無限の燃料弾薬で飢え知らずってか?』

 

『ここまで完全な「ぼくのかんがえたさいきょう」の化身みたいな軍団だってのに』

 

『一から十まで戦略性ってモンが一欠片もねぇし戦術もお粗末の一言、ここまでくると逆に笑えてくるな』

 

『阿賀野、止まれっ!』

 

 耳の奥から聞こえるペラペラと妙に得意げに垂れ流されている軽口が唐突に命令に変わり、即座に指揮官の指示に従った阿賀野の鋼鉄の靴底(船底)が水晶の地面に踵を突き刺す様にして踏み砕き。

 下手なレーシングカーよりも高速で動いていた十数mの身体をガリガリと耳障りな音を立てながらの急減速させ、灰色の艤装を背負った背中を追いかけてきた追い風に艶やかな黒髪が舞う。

 そして、立ち止まった阿賀野の視界の中で望遠(目視)聴覚(ソナー)電探(レーダー)は当然に霊的エネルギーや空間の歪みまで探知可能な艦娘の優れた全ての感覚(センサー)が得た情報がデジタルに変換され、ずらずらと並ぶ数字の列が声を揃えて一つの計算結果(自分に接近する危険)を知らせる。

 

『二歩前方、右斜め上段!』

 

 しかし、他ならぬ自らの身体が打ち鳴らす警鐘に阿賀野は怯える事無く指揮官の意図を寸分違わず察して超振動の金切り声を上げる太刀を逆袈裟に閃かせ、彼女の頭の上にあった周囲の光に紛れて見えなくなっていた水晶の太い枝が白銀の刃によって容易く断たれる。

 

『んで、気に入らないから目先の敵を先に叩く? 狙いにくいから大雑把に吹き飛ばす? でも、小手先技を使っちまうから引火を怖がってるのが透けて見えるってわけだ!』

 

 スコンッと乾いた音を立てて切断された水晶の枝がずるりと鏡の様に滑らかな断面を覗かせたと同時に阿賀野の周囲を満たす光粒の濃霧が空から襲い掛かってきた凄まじい強風によって瞬く間に光る竜巻へと変わる。

 

『そう言う素直さが美徳にならないのが戦争ってモンだろうよ!』

 

 地面に向かって落ちようとしていた直径数m、下手なバスや重機並に重いだろう水晶の塊が強烈な上昇気流を発生させる竜巻の出現によって重力と浮力を拮抗させてその場で浮遊する。

 その現実感が揺らぎそうな奇妙な光景を前に白銀の残像が宙に浮かぶ水晶の塊を何度も通り抜け、淀みなく振り抜かれた刃がガキンッと地面に深く突き刺さり結晶を容易に裁断する白銀の輝きが鈍い銀色に変わる。

 霊力で構成された物質を切り裂く共振音と発光が消えた太刀を即席の錨代わりにした珍しく神妙な顔の阿賀野の視線の先で二秒ほど経ってやっと自分が軽巡艦娘の手で斬られた事に気付いたらしいマナ粒子結晶が風に弄ばれる木の葉の様に竜巻に乗って飛んでいく。

 

『だから、こうして俺達相手に後手に回るハメになる!』

 

 徐々に自分を覆い隠してくれていた光に満ちた濃霧(光粒の煙幕)が旋風によって消えていくのを横目に阿賀野は地面に突き立てた愛刀の柄を支えに十数トンの質量すらも軽々と宙に吸い上げる竜巻の只中で自らの艤装から転がり出てきた円筒を握って大きく振りかぶった。

 

・・・

 

 下手な高層ビルよりも大きく太い幹から切り離された枝がさらに空中で目にも止まらぬ速さで切り刻まれ、断面から光粒を散らす無数の結晶が阿賀野の投げた対潜爆雷と共に暴力的な風の流れに乗って上空へ運ばれていく。

 

「くらえよっ! 三式弾カッコカリをなっ!!」

 

 マナ粒子が発する無数の光が強烈な竜巻に乗って上へ上へと登っていく様子を俺が注意するまでもなく地面に伏せていた阿賀野の艦橋から見上げ、指揮席のコンソールに指を滑らせて爆雷の安全装置解除と遠隔起爆を命じるスイッチをほぼ同時に押し込んだ。

 

 直後に俺達を丸呑みにしようとしていた竜巻の内で爆雷が爆ぜ。

 

 光る粒子を放出して風に踊る水晶片への引火を連鎖させて暴風のうねりが一秒足らずで炎の龍に変わり、目が焼けそうな閃光から少し遅れて音と言うより空から振り下ろされた鉄槌と言うべき衝撃が全天周囲モニターを揺さぶる。

 

 しかし、その竜巻を内側から焼き尽くして大蛇の様に身をうねらせる火炎の柱はさらなる誘爆で水晶樹の森の大半ごと俺達を呑み込もうと横方向に広がろうとするが瞬きする間も置かず艦橋の天井を染めた赤色が横から叩き付けられた波打つ空間の歪みによって簡単に掻き消された。

 

「ははっ、やっぱり素人だっ! 損切りってのが全く出来てない!!」

 

 見も蓋も無い言い方をするならば泊地水鬼と戦艦棲姫にとって俺達は本気でやれば一撃で始末できる雑魚でしかない。

 

「この場合の正解は自分の家を焼き尽くしてでも敵を殺す事だろうが!」

 

 だが、それをやれば自分達の住処を文字通り粉々に叩き壊しかねない、だから泊地水鬼達は広大な水晶の浮島を潰さない程度に手加減を加えた上でテレフォンパンチみたいな(何処を狙っているかバレバレな)攻撃を逃げ回るたった一人の艦娘にぶつけてくる。

 戦艦棲姫のドデカい鉄腕ゴリラ(超重量級艤装)が背負ったご立派な大砲も空色の天井に向かってそそり立たせているだけ、いくら田中艦隊(良介や時雨達)をギリギリまで追い詰めた空母棲姫が使っていたと言う嵐を操る異能(気圧操作能力)が使えるとしても威力と範囲さえ分かっていれば何の事は無い。

 

「艤装装甲および障壁損傷! 二番砲塔が機能不全!」

「外圧により動力機関の一部が損傷、機関出力低下します!」

 

 吹雪達の報告を聞きながら艦橋の外へと意識を向けると阿賀野の呻き声と彼女の艤装の軋む音が聞こえてきたがコンソール上に表示される情報と妖精が掲げる看板を信じるならばこちらが受けたダメージはギリギリ中破に収まってくれているらしい。

 

「だが、まだやれるだろう!?」

『提督さぁん、阿賀野、もうへとへとぉ』

「頑張れ最新鋭軽巡! 妹達に自慢できるぞ長女!!」

『あ~、もぉぉ・・・提督さんのお願いじゃなきゃ絶対ありえないんだからね』

 

 スピーカーから軽巡艦娘の弱音が聞こえてきたが恐怖で引き攣りそうな顔に全身全霊を懸けて太々しい笑みを張り付け、少しふらつきながら立ち上がる軽巡艦娘の艦橋の真ん中でひたすら阿賀野を煽てるセリフを垂れ流して戦闘を継続させる。

 

「あれは!? 提督、泊地水鬼がっ!!」

「やっと本気になりましたってか? だからどうした、やる事が変わるわけじゃない!」

 

 大半が五月蠅いだけの雑音かもしれないがこんな調子で威勢の良い虚勢を吐き続けなければ一歩間違えば即死する状況への恐怖で俺の頭はどうにかなってしまう。

 

「敵砲、照準されました!」

「上空、敵機もくるわ!」

 

 巨大質量の唸りが水晶の島と空気を揺るがしてメインモニターに光り輝く玉座を叩き割りながら地面に振り下ろされた一対の剛腕と黒鉄の城壁が角ばった頭を突き上げ、身長200mの白ドレスが無数の要塞砲を並べる要塞型艤装の上に座り、数分前に出来たばかりの巨大クレーターの向こうから俺達を睨む。

 

 今、泊地水鬼と戦艦棲姫に一番やられたくない事があるとすれば水晶の島をまるごと放棄する覚悟で行われる絨毯爆撃と制圧砲撃の合わせ技なわけだが都合の良い事に連中は自分達の綺麗なお家の被害を最小限に収めようとしている。

 だから、メインモニター越しにすら伝わってくる巨神の咆哮に気圧されない様に下っ腹に力を込め「どれだけ奴らが威勢良く大砲と爆撃の大編隊を見せびらかしてきてもどうせ決定打は打って来ない」と自分に言い聞かせる様に口の中だけで呟く。

 

「全部放っておけ! 阿賀野もう一回煙幕ぶちまけるぞっ!」

《は~いっ! やーっ!!》

 

 そして、気の抜ける声と反比例するかの様に甲高い金切り声を上げ銀光を宿した刀が目にも止まらぬ早さ地面から引き抜かれたかと思えば一瞬で白銀の軌跡を幾重にも重ね。

 ほぼ同時に聞こえる複数の切断音から若干遅れて周囲の地面や木々が弾ける様にバラバラに切り刻まれ、辺りに散乱した結晶片から艦橋のモニターをホワイトアウトさせるほどに光り輝く粒子が溢れて煙幕の様に膨れ上がる。

 

「とは言え、流石に同じ事二回も三回もやれば対策されるか?」

 

 もっとも煙幕と表現はしたが実際のところ阿賀野の刀が水晶を分解する事で発生する高濃度マナ粒子の濃霧に求めている役割は隠れ蓑では無く、少しでも引火すればついさっき周囲を焼き尽くそうとした炎の龍と錯覚する程の大火炎と同じ規模の爆発が起こる危険性によって泊地水鬼達からの攻撃を躊躇わせる事が目的。

 現についさっきマナ粒子が竜巻と火柱に吹き飛ばされた事で晒された阿賀野の姿を見付けた途端に赤いオーラを纏った白い骸骨共が目ざとくチャンスとばかりに襲い掛かろうとしてきたが再び高濃度マナの放出が起こった途端に攻撃を中止して夏場の蚊に似た動きで群れながらも光の幕をあからさまに避けてブンブンと飛び交う。

 

「敵が余程のバカでない限りはそうでしょうね、でも、結晶の発火点や分解反応に関する情報はもう少し欲しいところです」

「そう言うのは主任達に頼んでくれ、きっと高雄の為に本物の三式弾を作ってくれるだろ」

「ふふっ、期待させてもらう事にします」

 

 ともかくついさっき阿賀野にやってもらったマナ粒子に対潜爆雷で引火させると言うあり合わせでしかない攻撃法も三回目となると対処されるのも早い。

 一回目こそドでかい爆発の向こうに面白いぐらいに慌てた様子で両腕を振り回す白ドレスが見えたが二回目はそれよりも早く無駄なく爆風と火柱を処理され、ついさっきの三回目にいたっては酷く煩わしそうに舌打ちをしながら片腕を軽くスナップさせる泊地水鬼の姿が見えた。

 

 正直なところ妖精の計算を信じるならTNT数トン分に匹敵する大爆発を指を鳴らす程度の気軽さで文字通り掻き消されるともう何をやっても勝てないんじゃないかなんて艦娘の指揮官としてあるまじきコメントが口から吐いて出そうになる。

 

「それはともかく・・・気圧操作か、話しに聞いてた空母棲姫のと比べれば規模も狭いし威力も低く感じるな」

 

 妖精から戦艦棲姫が空母棲姫の遺品を取り込んで能力の一部を手に入れたと知らせてきた時には溶けた鉛を飲んだような気分にさせられたが実際にその自然災害を引き起こす能力を見た後では「思ってたよりも弱い?」なんて感想が出る程度。

 死んだ仲間の力を受け継いで仇を討つ、と言えば中々にヒロイックに聞こえるが水晶島に広がるマナ粒子の煙幕への引火が怖いからそれに頼りっきりになれば艦橋をうろついている三等身の妖精から発動タイミングだけでなく範囲と威力まで全て教えてもらえる俺にとってはジャンケンで必ず同じ手を出し続けてもらっている様なものである。

 

「所詮は共食いの付け焼き刃か、本来の持ち主ほど使いこなせないらしい」

「こっちだってその場しのぎのジリ貧になってる癖にっ、さっさと何とかしなさいったら!」

「いや、ぶっちゃけここから勝つのは無理だろ・・・あ、いや

 

 もっとも泊地水鬼と戦艦棲姫は一目でわかるぐらいの箱入り娘なのは間違いないがそれが簡単に倒せる敵である事とイコールにはならない。

 

「だが、殴り合いじゃ勝てなくても逃げ足では負けていない!」

「んなこと偉そうに言ってんじゃないわよっ、このクズ!!」

 

 霞の怒鳴り声と五十鈴や大鳳の呆れ混じりの視線を受け流しつつ若干漏れた本音を誤魔化しつつここからどう凌いでいくかを考える。

 

「ホントなんであたし、こんなのの艦娘やってるのかしらっ!」

「あら、異動届けなら帰ってからにしてくれる?」

「冗談じゃないったら! 見張り役がいないとコイツ本物のロクデナシになっちゃうでしょ!」

 

 しかし、なんとも面倒臭い事にあのお姫様達は強力無比な能力に対して戦闘経験が貧弱すぎると言うだけで目と鼻の先に叩き付けられた初見殺しや騙し討ちに対して一瞬で最適解を導き出す頭脳と実際にそれを解決する反則的な実力を持っている。

 

「まぁ、結局のとこ今は時間を稼ぐしかねぇな・・・後どれぐらいかかる? 早く来いってんだよっ!

 

 今だって北風で服を吹き飛ばされない様に耐える旅人じゃないが絶えず自分達をも危険にさらす高濃度マナ粒子をばら撒き続けていないと空間を飛び越えて降ってくる真っ白な鉄拳制裁か玉虫色の濁流と化した燃料スライムによる骨すら残らない焼却刑に襲われ即死する事になる。

 そんな容赦の欠片も無い悪いニュースを少し前に知らせてきた三等身を改めてチラリと見れば猫に見えなくも無い形をした生物(ナマモノ)をまるで防空頭巾の様に頭に被って艦橋の床、と言うよりそのさらに下にある波の様の光の帯を内部でうねらせる水晶の地面をドン引きした様な青い顔で見ている。

 

「機関出力は可能な限り最大を維持、阿賀野は走る準備を・・・何だ? 下に何かあるのか?」

《下? 提督さん、下って地面が・・・わっ、わっ!》

「異常振動! でも浮島で地震なんて!?」

「っ!? レーダーにも異常! 空間が今までにないぐらい歪む、備えて!!」

 

 俺の何気ない呟きを切っ掛けにした様に幾つもの赤文字の警告がメインモニターとコンソールパネルで点滅し。

 

「はぁ・・・提督、危険を察知されるならもう少し早く言ってください」

 

 ハチの巣をつついたように騒ぐ艦橋で一人色っぽく溜め息を吐いた高雄がこちらへと振り返り中々に無茶な事を言う。

 

・・・

 

 重々しい音が水晶島の上空に鳴り響き小さな町がすっぽり収まるぐらいの面積をもった水晶岩盤が黒々とした一対の巨腕によって高く持ち上げられる。

 そして、突然空中に出現した大質量を要塞型の巨大艤装が雄々しい唸り声と共に黒鉄の城壁に並ぶ要塞砲を一斉に自らの腕が掲げる水晶島から抉り取られた岩盤を照準した。

 それは独占欲の権化である泊地水鬼にとって自らの所有物を敵と共の焼却処分するのは文字通り身を切るぐらい嫌な事だったが一度コストを支払う事を決めれば後の行動は迅雷の一言。

 

『いや、流石に予想外にも程があんだろ!? 普通やらねえよ! やられてたまるかよ!!』

 

 手が届くだろう近距離から忌々しい敵の神経を苛立たせる鳴き声を聞いた泊地水鬼はその紅く燃える様なオーラを纏った貌に怒りではなく嗜虐的な笑みを浮かべ。

 その光景を目撃した多くの人間達が神話の中の大地を支える巨人を連想し、改めて自分達が戦いを挑んでいる深海棲艦のスケールの大きさに絶句する。

 

 こうすれば、もう逃げられない。

 

 流石にこれ以上の前の敵に手こずり始末を着けられなければそれこそ更に多くの損害を強いられると判断した泊地水鬼の思惟(決断)に恭しく従い戦艦棲姫が今は亡き義姉妹の契りを結んだ同盟者(空母棲姫)から受け継いだ嵐の力を振るい。

 虹色の光が輝く天井に掲げられた大水晶の表面を覆っていた光の霧がまるで蝋燭の火を吹き消す様に霧散した。

 そして、泊地水鬼は自分に侍り従う戦艦棲姫と共に文字通り自らの手の平の上となった敵艦に更なる絶望を叩き付けようと凄絶な笑みと無数の要塞砲を突き付ける。

 

 しかし、その紅く燃える目に映ったのは淡い輝きを宿した巨大な水晶樹の森の残骸とそのひび割れだらけの地面にぽっかりと開いた光粒の湯気を立ち上らせる深い洞穴だけだった。

 

『チャンバー内圧力、許容限界! 早くして暴発するわよ!?』

『荷電粒子加速器、全砲塔に直結! 撃てます!!』

 

 そんな予想外に戸惑った要塞型深海棲艦の巨腕に持ち上げられた水晶岩盤の裏側から蒸気の様にマナ粒子の噴煙が噴き出し、燃え盛る炎の様な二対の翼を纏って大質量の底を戦艦娘が突き破る。

 

『出鱈目をやられたらならやり返すに決まってんだろうが! 榛名ぶちかませ!!』

 

 ドリルの様に螺旋に捻じれた翼を広げ自由落下の中で身を捩る金剛型艤装の船底から幾つもの錨が空中に浮かぶ大水晶に向かって撃ち込まれ、銀色のワイヤーを軋ませながら吊り下げられた両の瞳が有り余る戦意で宝石の様に鮮やかな橙色へと染まっていく。

 

《これ以上の勝手は!》

 

 戦艦娘が殲滅戦を成す上で必要不可欠な攻防一体の機構を削岩機代わりに結晶化する程に凝縮された霊力の中を突き進んだ為に金剛型戦艦艤装の動力機関がエネルギーの過剰供給で悲鳴の様な叫び声を上げ、今にもその身体を内側から破裂させそうな程に詰め込まれた霊力の一部が逆さになった煙突部から赤い炎となって吐き出される。

 

《榛名が!》

 

 数十mの岩盤を貫き間欠泉の様に噴き出す光の飛沫を背に榛名は膨大な霊力力場に晒され変色を始めた琥珀色の瞳で鋭く敵を見つめ。

 自身の分身である艤装から溢れた炎で服だけでなく肌まで焼かれるのも構わずに煮え滾る溶鉱炉を思わせる灼熱を円環型の荷電粒子加速器から主砲へと流し込む。

 

《許しません!》

 

 そして、逃げ回る敵に焦れて盤上そのものをひっくり返した深海棲艦の暴挙に対する返答として場外への回避を行った艦娘が一条の閃光を迸らせ、光の剣と化した荷電粒子の奔流が驚きに目を丸くして硬直した泊地水鬼へと突き進み。

 深海棲艦と艦娘の間にある数kmの距離など意に介せず一瞬で敵を撃ち抜く筈だった亜光速の砲撃は巨大要塞と浮遊島の出現による超重量で砕けた地面の隙間から溢れ出して立ち塞がった玉虫色の水壁に衝突する。

 

『第一主砲、砲塔耐熱限界!』

『ダメージコントロール急いで!!』

 

 まるで未来予知で先回りしたかの様なタイミングで立ち塞がった液体の防御壁、鋼鉄を蒸発させる程の超高温に達する燃焼力と同時に戦艦棲姫の意志以外では決して発火しないと言う特殊性を兼ね揃えた玉虫色の濁流はプラズマの奔流に対して自分から表面を爆ぜさせ火炎と爆風に乗せて大量の水蒸気を放出した。

 

『爆発で相殺、反応装甲としても使えるのか!? そんなの知ってた(・・・・)に決まってんだろ!!』

『一番砲塔もうダメです!』

 

 自らの砲撃に耐えきれなかった第一砲塔が爆発して火柱に変わり、榛名の身体を宙吊りにしている固定錨を次々に切り離され、一基の主砲と艤装の片舷を余剰熱で溶解させてもまだ激しく燃え盛る弾薬庫を背負った戦艦娘が巨大水晶の下から重力に従って落下を始める。

 

『一番はもういい! 基部ごとパージしろ!!』

『霊力供給遮断したでち! 迂回路おねがいしまぁす!』

 

 その被害にも淀みなくスクリューや手足の各所から放出された推進力の光が逆さになっていた戦乙女の上下を正し。

 

『二番も最大出力、照準っ! 撃てぇっ!!』

 

 直後に空中で放たれた第二射が泊地水鬼の壁となって立ち上がった玉虫色に突き刺さり、寸分違わず沸騰して蒸気を立ち上らせている一撃目の着弾点を抉った熱光線によって数百mの巨体を持つ深海棲艦二体を覆い隠す液体防壁の全体から見れば針先程度でしかない小さな穴が開く。

 

 そうして榛名が第一主砲に続いて第二主砲を犠牲にして放った砲撃は腐った重油が如くヌメる特殊燃料の壁を貫きその先に捉えたのは泊地水鬼の驚きに目を見開いた顔。

 

 では無く。

 

 主人を守る為に身を挺して水壁と泊地水鬼の間に割り込んできた鉛色の剛体とその中心にある戦艦棲姫の焦りを浮かべた表情であり、爆風と蒸気によって減衰されてもなお重装甲を貫くに十分な破壊力を持った灼熱の直線が突き出された太く逞しい剛腕を貫通する。

 さらに灼熱の光線は榛名の落下に合わせて薙ぎ払う様に動き、泊地水鬼を押し退けて射線上に立ち塞がった戦艦棲姫とその艤装である重厚な胸板を深く切り裂く様に焼く。

 

『旗艦ガードかよ!? 忠誠心か、それともそう言う風に命令されたのか!』

 

 再びオーバーヒートで砲塔が自爆するまで行われた榛名の二撃目を手の平で受けて胸板まで深く焼き斬られた300mオーバーの巨体が無事な方の腕で確かめる様に自らの胴体に触れ、鉛色の手の平に掛かる黒い血飛沫が噴き出す胸を見下ろした戦艦棲姫が数秒遅れで苦悶の表情を浮かべ泊地水鬼の前に膝を付く。

 

『くっそっ! なら旗艦変更でっ!』

《提督、ダメです! 榛名以外の艦娘では大丈夫じゃありません!》

 

 落雷の様な地響きと共に姫級戦艦が辛うじて意識と保ち巨体を支えようと突いた拳と両膝が水晶島全体を激しく揺らし、筋骨隆々の大艤装が歪な鋼の顎を限界まで開き大咆哮を放つ。

 

『大丈夫じゃないって何がっ!? うぉぁああっ!!』

 

 空間を波打たせる程の衝撃が地面に向かって落下している最中の艦娘の身体を捉えて殴り飛ばし、見えない巨人の拳が如き横殴りの直撃によって榛名は激しく鳴動する水晶の地面に叩き付けられる。

 人の手で鍛えられた鉄鋼よりも遥かに軽く薄くそれでいて優れた防御力を発揮する不可視の障壁が粉々になり、さらに衝撃吸収構造を編み込まれた金剛型の戦装束が装者を守る為に自壊して臙脂と白の布地を散らし、それでも贖い切れなかったダメージが痛々しい跡を深く刻む。

 

 自分の大胆な行動を切っ掛けに二転三転と一気に動いた状況について行けず自分を庇った戦艦棲姫の背中に唖然としながら今までに経験の無い悍ましい何かが心に湧き上がってくる感覚に泊地水鬼は戸惑い。

 

《かはっ・・・これ、以上》

 

 不意に微かに聞こえた鳴き声(呟き)に動揺で震える紅く燃える鬼火を宿した視線を向け。

 

《はぁ、はぁ・・・これ以上のっ》

 

 その先に見えた蜘蛛の巣の様な割れ目が四方八方に走る輝く水晶の地面、奇しくも自分を護った義姉妹(同盟者)と同じ戦艦の(艦種)を感じる敵の姿に今まで経験した思い通りにならない苛立ちや従僕を奪われた燃える様な怒りとは明らかに違う強い未知の不快感が泊地水鬼の中で膨れ上がる。

 

勝手は許さない(・・・・・・・)と》

 

 それは無様に地に這い蹲り大破の黒煙を上げ、それでも折れた腕を突いて無理矢理に身体を持ち上げ、鬼気迫る戦意を宿した表情に裂けた額から光粒に解ける血を滴らせる。

 

《榛名はそう言いましたっ》

 

 荒れ狂う戦塵にうねる長い髪が黒灰色から白灰色へ、白灰色から黒灰色へと何度も何度もグラデーションする様に変色を繰り返す様子は遠目に白黒の縞模様(ダズル迷彩)にも見えて。

 まるで二色の蛇達が身を絡め合う様に蠢く様に風に弄ばれるその髪の下で深海棲艦の支配者を睨み上げる琥珀色の左目が内側で青白い輝きを明滅させ、その瞳孔に四枚の花弁を結んではほどく。

 

 あまりにも強力な破壊力故に引き金を引くだけで自らすらも破壊してしまう歪な兵器(艦娘)が更に次の段階へ、自分達(深海棲艦)を確実に殺す為に進化をしようとしている事を直感した泊地水鬼は身の内を這いあがる耐え難い不快感の正体、その魂に刻まれた全ての生命が従うべき規範をこれ以上なく冒涜する悍ましい異物(怪物)への怖れ(・・)に突き動かされ衝動的に腕を振り上げる。

 

 その空間を自由自在に歪める白真珠の指先に従う無数の爆撃機と大口径要塞砲が榛名を襲うよりも早く(・・)、彼方から飛来した超音速の砲弾によって汚れ一つ無かった手の平が貫かれて滑らかな五指が弾け黒い血肉を飛び散らせた。

 

『チェックメイトだ、お姫さん』

 

 その皮肉気な言い回しの笑い声の意味を人語を理解できない形に生まれた(造られた)深海棲艦が知る事はない。

 

『足下に気を取られ大局を見失うとそうなる・・・どうだ、勉強になったか?』

 

 手首から先が無くなった自分の利き手を不思議そうに見詰める泊地水鬼に理解できたのは目の前にいる死にぞこないと同等の格と質をその身に宿した数十の敵艦が高波を蹴破りながら水晶島の中心へと砲身を向けている光景。

 そして、何者にも害される事のない全ての頂点にあると思い込んでいた自分達に天敵(・・)と言えるモノが存在していたという容赦の無い事実だった。

 

『もっともお前らがこれを次に生かす事は出来ないだろうけどな』

 




 

 赤い飾りに縁取られた白袖が打ち振るわれ。

 号令の下に星条旗を纏う戦乙女達が稲妻の矢を放つ。

 輝く水晶島が降り注ぐ鉄の雨によって黒に染まる。

 


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第百四十九話

 
“始まる前から”



“結果は決まっていた”



  “言い訳などしないさ”


 


 

 黒鉄の大壁が如く轡を並べる万の軍勢の中でその緑色の目をした駆逐イ級は気付く。

 

 偉大なる泊地の女王の勅命を果たす事が出来なかった、と、間違いなく自分達は不良品(無能者)の誹りと共に廃棄処分されるだろう、と周囲で諦観(消沈)を感じる思惟(会話)が漏れ聞こえる中で。

 奴らは貧弱で矮小な船体に相応しいひたすら逃げ回る事しかしなかった臆病者の群れ、きっと泊地の女王と戦艦の姫の鉄槌に成す術など無い、と嘲笑が混じりの思惟(負け惜しみの呻き)を感じる艦隊の端で。

 

 自分達が一隻残らず処分される事になるとしてもこの戦いが恙無く泊地水鬼の勝利に終わった後に楽園を守る為により新しく強く巨大な艦隊が建造されるのだから問題など一つも無い、と信じ切っている同胞同族達の中でたった一隻。

 

 その駆逐イ級ノーマルだけは深海棲艦にとって例外なく魂に刻まれている命の理(常識)から外れた思考に辿り着いていた。

 

 あの小さく貧弱な船体(身体)が何度打ち砕かれようと金の輪から這い出て別の姿形で復活する事を、海を疾風の様に駆けるヤツらが何の躊躇いも恥知らずな騙し討ちを是とする悍ましい戦法を使ってくる事を。

 今回を含めてその奇妙な能力を持った(艦娘)と三度戦い、その三度とも生き残った幸運(不運)な駆逐艦は自分達が戦っている存在、艦娘がどれだけ自分達の信じる命の理(常識)から外れた理不尽な怪物であるかを身をもって知っていたから。

 

 だからこそ、その駆逐イ級は乱杭歯の並ぶ顎を大きく開いて喉の奥から野太い汽笛を響かせる。

 

 偉大なる女王が座する水晶島、彼女の従僕である全ての深海棲艦にとって聖域と言っても過言では無い限定海域中枢部に敵が侵入した光景を前に僚艦達が泊地水鬼の不興を買う事への恐れによって追撃を躊躇う中で即座に同族の中でも下から数えた方が早い底辺の深海棲艦が鉄尾を振るって巨大な黒鉄の群れから飛び出し。

 

 背後にキラキラとした光粒と白波を残して風よりも早く遠ざかって小さくなって行く敵艦の艦影を見失うまいと睨む緑色の目が尾っぽ(スクリュー)を唸らせて全力で加速した。

 

 その駆逐イ級が成したそれは深海棲艦にとって明確な掟破り。

 

 泊地水鬼の命によって配置された陣形を崩して命令されてもいない独断専行を行うだけに止まらず女王に認められた者だけが拝謁を許される聖域への無断侵入を行うなどその場にいる深海棲艦の全てが全て万死に値する罪と断言する気狂いの沙汰であり。

 聖域へと土足で踏み込んだ艦娘達を追う事を躊躇ってしまった深海棲艦達はやはり(・・・)自らに刻まれたルールを少しも疑わず、高い壁の様にせり上がる横波に何度も船体を叩かれながら必死にスクリューを回す駆逐艦へと砲口や魚雷管を向け。

 

 しかし、過剰戦力による雷撃処分が実行される寸前、艦隊において最底辺と言っても過言では無い一隻の駆逐艦は背後に立ち並ぶ同族から無数の思惟(殺意)を受けても怖じ気づく事無くもう一度汽笛を響かせる。

 

 緑色の灯火が今まで見てきたモノを全て吐き出す様に万の深海棲艦を密に繋げる通信網へと思惟を放った。

 

 それは出来事の順序すら入れ違いになった記憶の欠片、同じ深海棲艦にとってにすら支離滅裂としか言いようがない一個体の主観視点。

 

 しかし、その小石の様に貧相で断片的な思惟(叫び)は無数の同族の精神へと波紋を広げていく。

 

 例えるならば幾つものフィルムを無理やり繋げ合わせた出来損ないの短編映画、その中で大きく逞しい鉛色の腕に抱かれた美しい白髪の姫級深海棲艦が昏い光粒となって海に還っていく光景に。

 

 朝焼けの海にただ一隻立ち尽くし掌で揺れる黒いリボンを見詰める戦艦棲姫の姿に。

 

 黒鉄の怪物達の精神はどうしようもなく動揺する。

 

 海面を埋め尽くす様に犇めく大艦隊はそこでやっとあの駆逐イ級がどうして自身の死で償わねばならない程の罪を負う事も厭わずに躊躇い無く聖域へと駆け出したのか、理解(・・)した。

 

 深海棲艦の魂に例外なく刻まれる規範、その生き方を定める命の理において絶対の存在と言っても過言では無い最上位者達(姫級や鬼級)の偉大なる力を疑うなどあってはならない。

 

 だが、駆逐イ級によって投じられた小石が深海棲艦達の心に疑心を生み出す。

 

 もしかしたら永遠の存在だと思っていた偉大なる泊地の女王があの異常な敵艦共の手によって弑逆されるかもしれない、と本来なら考える事すら許されない罪深い思惟(想像)が深海棲艦の大群に広がる。

 

 一隻の駆逐艦の思惟から端を発してまるで凶悪な感染力を持った熱病の様にそれぞれの身の内で芽吹いたその感情は制御不能な速度で膨れて深海棲艦達から正常な思考力を奪い取り。

 ほんの少し前には女王の不興を買う事を恐れて踏み込む事を躊躇っていた筈の目に見えない境界線を異形達が我先にと競う様に踏み越え、小さな小石が生み出した波紋によって呆気なく秩序を失った直径数百kmの超巨大輪形陣が内側に向かって崩れ始め。

 

 そして、一隻の駆逐イ級ノーマルを先頭に黒い雪崩と化した万の深海棲艦が未曽有の暴走(・・)を開始した。

 

 

・・・

 

 

 天を衝く炎の龍と大地を持ち上げる巨神、黒い海原は神話の怪物共が幻想の中から現実へと這い出てきただけで怒涛の勢いで猛り、最前線で行われた戦闘の余波に赤い飾り布が鮮やかな白い袖が戦旗の様にはためき。

 

 音よりも早く一発の砲弾が艶やかな白真珠を貫く。

 

 不意を打つ一撃によって片手の掌を失った泊地の鬼姫の手首から溢れた黒い血飛沫が輝く水晶の島に降り注ぎ。

 

 その光景を目撃した星条旗の下に集った戦乙女達は皆が皆、可憐な顔を飢えた獣じみた表情で歪めてまるで歓声を上げる様に《敵を撃て!》と口々に叫ぶ。

 

 見上げる程に巨大で分厚い無数の津波に身体ごとぶつかって押し退け、ただひたすらに倒すべき敵に向かって引き金が引かれ砲声が高らかに響く。

 

 艦娘達は星条旗の様に色鮮やかな衣装を激しい向かい風に叩き付けて《彼女に続け!》と勇敢に叫ぶ。

 

 正しく山の様にとしか言いようがない巨大な敵二体を相手に怯まないどころか巧みな攻防の中で放った反撃によって鉛色の巨人に膝を突かせた戦艦(英雄)艦影(背中)

 黒鉄の要塞から生えた巨腕が本体の損傷の影響で取り落とした浮遊島が如き水晶巨岩が地面に叩き付けられまき散らされた轟音と光煙の波の向こうに姿を消した日本の艦娘部隊が叩き出したあまりにも大きな戦果。

 

 その目がつぶれるぐらい輝かしい雄姿に煽り立てられた艦娘達は『自分もまた彼女と同じ艦娘なのだから同じ事が出来るはず、いや、私達(・・)ならばもっとだ!』と胸の奥から過剰に湧き上がる激しい情動のまま前へ前へと突き進む。

 

 そうして艦橋に座る屈強な指揮官達が泡を食う程に激情を伴って狂奔する人型兵器の集団が自分達の存在意義を果たす為に有り余る闘争本能を滾らせ。

 

 大量の炸薬が打ち鳴らす轟音と共に放たれる無数の砲弾が水晶の島を乱暴に砕き抉り。

 

 広い水晶島の地面を余さず耕そうとしているかの様な制圧射撃に反応して真珠色のドレスから膨れ上がる様に放出され、半透明の障壁に弾かれた無数の砲弾が次々に花火となって眼孔に紅い灯火を燃やす白角の鬼女を照らす。

 

 眼下の敵一体に気を取られて生まれた完全な意識の空白を刺し貫いた最初の一撃以外は悉く不可視の壁を貫く事は叶わず強固な防壁に微かな傷跡を残しては炎と煙に消え。

 

 絶え間なく降る着弾の音が強固なドーム状のバリアの中心で無くなった片手を胸元で押さえる泊地水鬼の神経を苛立たせる。

 

 血走った紅い炎瞳は眼下に這い蹲っていた筈の敵を探すが沖から絶え間なく降り注ぐ弾の雨によって砕け飛び散る水晶片と小爆発に紛れて見付ける事は叶わず、その額から生えた白角の冠(大型電探)による探知も砕かれ続けているマナ結晶から放出されるジャミングで精度を著しく落としていた。

 

 あまりにも思い通りにならない状況に黒から毛先に向かって白へとグラデーションする長い長い艶髪を振り乱した限定海域の支配者は紅く燃える憤怒を込めた視線で今も自分の所有物(宝物)奪おうとしている(壊そうとしている)敵艦の群れを睨み付け。

 義姉妹である戦艦棲姫を傷付けた()最も憎い敵よりも先に邪魔な弾幕を放っている連中を丸ごと消し飛ばす事を決めた泊地水鬼の意志に従って鉄壁の要塞艤装が生物的な滑らかな動きで巨塔が如き長さと太さを備えた要塞砲を海へと向ける。

 

 僅か十数秒後、持ち主の身体と比べてもなお長く太い巨大な見た目を裏切る速さで照準を完了させた砲身の根元で煮え滾る灼熱を押し固めた弾底が打ち鳴らされて轟雷を凌駕する大音声が黒鉄の矛先から迸り。

 針路上の全てを速度と質量と灼熱によって大気成分(酸素や窒素)すら原子レベルで破壊しながら目標地点に猛スピードで突き刺さった砲弾が海面を一瞬で蒸発させ、半円のドーム状に凹んだその中心で小さな太陽の様な火球が産まれてまばたき一つ後に天変地異を引き起こす。

 

 そんな着弾点で膨れ上がる超規模爆発を他所に泊地水鬼は白い美貌を怒れる獣のそれに変えたまま砲弾の雨が止んだ自分の寝所(浮島)にまだ隠れているであろう憎くて憎くて仕方がない白黒模様(ダズル迷彩)へと変わろうとしていた戦艦を見付ける為に黒鉄の城塞の上から身を乗り出した。

 しかし、要塞型艤装の強大かつ大規模な攻撃によって天井に輝く虹色の照明を覆い隠すほど巨大なキノコ雲を立ち上る光景を背に忌々しい敵を探していた泊地水鬼は突然に横から体当たりしてきた戦艦棲姫に押し倒される。

 

 今は亡き空母棲姫を除けば誰よりも信頼する同盟者である戦艦棲姫、それも敵に焼き切られた胸から噴き出す大量出血をそのままにしてまで行われた妨害に驚いた泊地水鬼の視界の端に自分の白亜のドレスが造り出した不可視の大障壁が薄いガラスの様に砕けて割れる様子が見え。

 

 

 彼女達がいる水晶島の中心から約20km離れた地点で照準器を一心不乱に覗き込む碧眼がこれ以上ない程の歓喜に染まり、ノーザンプトン級の名を冠する五人姉妹が濡れた前髪を端整な顔立ちに張り付けたまま会心の笑みを浮かべた。

 

 

 そして、ハワイ沖で姫級空母を撃破した一撃と同じ、直径200cmのCritical Hit(巨人殺し)が音よりも早く水晶島の中央へと次々(・・)に着弾する。

 

 まさか足下で逃げ回る敵も正面から突撃してきた群れも、どちらも囮で敵の本命はさらに別方向からの奇襲だったのか、と。

 

 その攻撃を受けてから遅れて敵の策略に気付かされた泊地水鬼は身体に豪雨の様に降り注いだ黒色に顔を顰めながら軽く頭を振って身体にも艤装にも損傷がない事を確認して一息吐き。

 続けて自分よりも先に敵の動向と意図を察していたらしい戦艦棲姫へ向けて少しの不機嫌とそれよりも大きい自分を守ってくれた事への労いを込めた思惟を向けつつオイルの様に粘つく黒血がこびり付いた美貌を無事な方の手で拭う。

 だが、巨大な要塞艤装の腕を支えにして黒鉄の城の上に再び立ち上がった彼女はいつもなら打てば響くと言うぐらい早い戦艦棲姫からの返事がない事を訝しむ。

 

 改めて戦艦棲姫へと思惟(応答)を要求しながらついさっき自分を突き飛ばした義姉妹がいる筈の方向へと顔を向けた泊地水鬼は次の瞬間、絶句する。

 

 重厚な鉛の胸板は見る影も無く。

 

 嵐を呼ぶ咆哮を放つ鋼鉄の大顎も失い。

 

 天を衝く巨腕も鋼鉄の連装砲も残らず砕け散り。

 

 夥しい黒い沼の様な血溜まりの中で辛うじて残った本体の一部(頭部と胸元)が骨と血肉の柱に支えられて枯れ木の様に立つ。

 

 

 そこにあったのは歪に抉れた残骸と化した姫級深海棲艦の姿。

 

 

 遠距離から放たれた五つの必殺(大砲弾)全て(・・)受け止めてその身体の八割以上を失った戦艦棲姫だったモノ(・・)を見て思考を止めてしまった泊地水鬼は掠れた汽笛(呻き)を唇から漏らして徐々に崩れていく姫級深海棲艦へと手を伸ばす。

 しかし、姫級深海棲艦の血で汚れた指が触れたと同時に生命である事を止めてしまった戦艦棲姫の身体は昏い霊力の光粒へと急激に分解し、その残滓である黒血の川が泊地水鬼の足下に流れ落ちる。

 

“我ラ二隻・・・、変ワラヌ・・・忠誠ヲ”

 

 消えていく黒血に濡れた戦艦棲姫の頬を掠った指先から伝わった一秒にも満たない精神の交わりと共に聞こえた思惟(遺言)は泊地水鬼の心に触れてから無情に砂浜に描いた文字の様に消え去り。

 

 虹色の光を浴びて眩しい程に光り輝いていた水晶島が主人の盾となって力尽きた姫級深海棲艦の死と共に溢れ出した血の濁流によって黒く染まった。

 

・・・

 

 自分の次に強く大きく、そして、美しい義姉妹(同盟者)が目の前から消えた。

 

 最も大切な所有物(宝物)がいなくなったという事実が信じられず立ち尽くす真珠色の女王の耳に荒海を越えて幾重にも重なり猛獣の咆哮と化した汽笛の音が届く。

 

 空色の天井を蒸気と熱波で叩くキノコ雲の根元、舞い上がる水柱と分厚い白雲の様な高温蒸気の壁が金色の光を放ちながら突き破られ、それぞれの手に主砲を掲げた自由の国の戦乙女達が鬨の声を張り上げる。

 

 上空からその無謀な突撃に反応し泊地水鬼の忠実なる白髑髏(戦闘機)の編隊が自動的に迎撃を行おうとするが、その背後から青色のボディに白い星を描いたHellcat(性悪女)達が襲い掛かり。

 敵の背後を突く為に大きく迂回してきた米戦闘機編隊が曳光弾の様に光る機銃弾を空に撒き散らしながら無人機である事を差し引いてもなお軽々しく敵機へと燃料弾薬をその翼ごと叩き付け一機の消費(犠牲)と交換に数十のキルレートを稼ぐ。

 

 その下で空から絡み合う様に墜ちてくる戦闘機の残骸にぶつかって服が焼け手足が折れようとも気に留めず倒すべき敵を前に自分達の命すら厭わぬ狂戦士と化した艦娘の隊列が海を駆ける。

 

 

 遂に、遂にこの時が来た、と。

 

 

 祖国の領土と国民(アメリカ合衆国)を脅かした敵首魁へ報復する瞬間の到来に歓喜(狂喜)に染まった幾つもの瞳がギラギラと輝く。

 

 

 一拍遅れて自分へと迫ってきている艦娘の隊列へ泊地水鬼は感情の抜け落ちた顔を向け、ノロノロと持ち上がった掌の無い右腕が身を護る障壁を修復する為に昏い霊力を放出する。

 

 エネルギーの供給によって泊地水鬼を中心に展開されている巨大な障壁に空いた五つの風穴が徐々に小さくなっていくが正面から突撃を敢行した艦娘達がそうはさせじとそれぞれの手に握る砲塔をオーバーヒートするのも構わずに大量の砲弾を叩き込んでバリアの修復を阻む。

 休む暇も無く砲弾を連発して赤く加熱した砲身が波しぶきを浴びて蒸気と硝煙を砲口から猛る竜の吐息の様に噴き出させ、泊地水鬼を守る為に群がる白髑髏の大群を突き抜いた数少ない戦闘機が火の玉になりながら要塞壁へと特攻をかける。

 

 正しく後先など考えていない自殺志願者の様なと言うべき米軍艦娘達の猛攻が泊地水鬼の防御力を上回り、修復が追い付かずにバリアドームの表面に無数のひび割れが走って幾つかの砲弾が勢いを失いながらも黒く染まった地にクレーターと爆炎を生み出す。

 

 流石に泊地水鬼にも側近である戦艦棲姫が目の前で討たれ、さらに自分の身も窮地に追い詰められつつあると言う事は理解できている。

 

 しかし、泊地水鬼の魂に刻まれた命の理(規範)が何度も“姫級(領主)鬼級(騎士)の格を併せ持つ最も大きな存在である自分を傷付けられる者など存在しない”と言う結論を導き出し、ましてや宿す霊力の量と質だけでなく身体の大きさすら自分のそれと比べるまでも無く劣っている矮小な存在がそれを成すなど“それこそあり得ない(規範から外れるな)”と彼女を深海棲艦たらしめているルール(誰か)断言する(囁く)

 

 そして、あり得ない事があり得てしまっている矛盾と義姉妹を失った精神的な衝撃を処理できなくなった泊地水鬼の思考は負荷に耐えきれず停止し、辛うじてその身に備えた要塞型艤装と戦闘機達が半自動的な防衛を行う。

 

 黒く染まった水晶島の中心、汚れ傷付き立ち尽くすそれ(・・)は強靭な身体を生まれ持っているは言え戦意を失った以上は艦娘達にとって大きな的でしかない。

 

 そんな黒鉄の巨大艤装の上で無数の砲弾が奏でる爆音すら無視して呆けていた泊地水鬼の意識は不意に黒い水平線の向こうから響いてきた無数の咆哮に揺り動かされる。

 

 ぎこちなく動く紅い瞳、その目に映った纏まりや規律など欠片も無い濁流が如く水晶島に押し寄せようとしている深海棲艦の大群が一斉に“我ラガ泊地(女王)ヲ守護レ!”と叫ぶ異常な光景に泊地水鬼はワケも分からず身を震わせる。

 

 彼女にとって戦艦棲姫以外の下僕達は一隻残らず領地への侵入者を討ち払う防壁として配置しており、同時にそれらは色鮮やかな島々への近道が開いた際に尖兵となる以外の役割は求めてすらいない。

 

 だからこそ、それ以外に何もしてはいけない筈の下僕が一隻残らず自分の命令から逸脱した行動をとっている事に、勝手に自分を助けに来た(・・・・・・・・)同胞同族が海を埋め尽くしていくと言う深海棲艦の魂に刻まれたルールでは考えられない状況に海底の支配者として生まれた深海棲艦の脳裏に何故か砂浜に跪いた二隻の姫級が何よりも強い忠誠を自分に捧げた日の光景が蘇り。

 

 姫級達とは大きさも格も劣る下僕達がかつての義姉妹と同じ強い忠誠(女王の勅命に背いてまで行う献身)を自分に向けている事実に胸の内からこみ上げてくる今までに経験した事が無い温かな感情にまだ十年も生きていない白亜の女神は小さく掠れた鳴き声を漏らす。

 

 水晶島に向かって文字通り押し寄せてくる深海棲艦の大艦隊に気付き、興奮に焦燥が交じる歪な表情を浮かべて悪態を吐く艦娘達の攻撃が危機に追い立てられてさらに激しさを増していく。

 

 艦娘に劣るとは言え通常艦艇と比べれば遥かに速く重厚な装甲を備えた巨体はただ動くだけで数千トンの破壊力を生み出す、激しく炎を噴く数千の眼窩が行う砲撃は狙いこそ出鱈目であっても数の暴力によって強引に戦果をもぎ取る。

 

 最早、決着は時間の問題だった。

 

 

 たとえ、今から自らの足で海上へと逃れようとも要塞型艤装と言う足枷を持つ泊地水鬼はその防御力故に艦娘達の優れた機動力から逃れる事は出来ない。

 

 まかり間違い、押し寄せる数の不利に怖じ気づき撤退を試み様ものならば消耗しきった艦娘達は紙細工よりも容易く深海棲艦の餌食になる。

 

 もしも、姫級すら屠るこの世に在ってならないイレギュラー(艦娘の異能)が今この瞬間にも泊地水鬼を穿てば万の怪物達は楽園を永遠に失う。

 

 

 艦娘と深海棲艦、お互いにお互いが天敵である存在がひたすら狂暴な本性を剥き出しにして砲口を突き付け合う。

 

 

 そして、大した間を置かず均衡は崩れ、情けも容赦も無く決着の時が来る。

 

 

 自分を助けに来た宝物達(所有物)を撫でる様に虚空へ手を伸ばした白い美貌に涙が伝い、真珠色のドレスの胸元を螺旋回転の輝きを纏った徹甲弾が穿った。

 




 


広大な海原の真ん中で紅い灯火が消え




黒く染まった水晶の島を見下ろす虹色に皹が走る




 


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第百五十話


“言い訳などしないさ”  



“結果は決まっていた”


“始まる前から”




“時空観測能力の転写完了”

“迂回路から必要霊力の確保”

 自分の中にある数多の思惟(言葉)ですら表現できない激しい衝撃に襲われながら手を伸ばした先で黒色が溢れ出す。

“基準点・・・確定”

“術式起動、観測開始”

豕雁慍豌エ鬯シ様、如何ナサイマシタ?」

 

 そして、確かに自分の手は夥しい血の流れに曝され黒く染まった。

 

「アラ、ドウヤラ私達ノオ姫様ハ寝呆ケテラッシャルミタイ、フフッ」

 

 確かそのはずだと言うのについさっき目の前で輪郭を失い水の様に指の間から溢れて落ちた相手に再び触る事ができた事に、指先に白い肌の感触と穏やかな微笑みが返ってきた事に驚き戸惑う。

“情報取得、入力共に問題無し”

“試算結果、8766152時間後、誤差±30秒”

 そんな自分を見て何を思ったのか戦艦の姫が浮かべた穏やかな微笑みに荒ぶる波を物ともせず急激に接近してくる敵との戦いの最中である事を忘れかける。

 

「オイ、謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォ、貴様・・・」

 

 水晶の森の残骸と広い海原を染め上げる一面の黒色を見ているはずの視界に重なる薄膜が映す景色、上下左右全て綺麗な平面で作られた洞の中(室内)を見せるその中で聞こえた奇妙な音色に視線を移動させればそこには涼し気な白銀の輝きを背に流す空母の姫の姿があった。

 

「何ヨ遨コ豈肴」イ蟋ォ、ソノ目ハ?」

 

 先の戦いで散りもう何処にも居ないと聞いていた義姉妹(同盟者)があまりにも自然体で傍に立っている光景に否応なく息が詰まる。

 

 艤装の動きが奇妙なほど遅く感じ始め、自在に舞わせていた飛行端末の制御に遅延が発生し、矮小な敵が喚き散らす無礼極まる砲声が遠のいていくような錯覚に襲われる。

 眠気にも似た視界を覆うように広がる異常を振り払うために何度も瞬きを繰り返し、反応が鈍くなっていく身体に命じて腕を持ち上げて今ここに居る筈のない存在ごと敵艦の群れをかき消そうと指先を伸ばす。

“観測情報を感覚器へ上書き入力”

“感覚器の処理能力を強制加増”

 しかし、利き手に空間を歪めて引き寄せる力を集めようとした自分の目に手首から先が無い腕(・・・・・・・・)と空母の姫の姿が鮮明に映り、傷一つ無い利き手(・・・・・・・・)を伸ばした水平線の向こうから押し寄せてきた従僕達の乱雑な思惟が頭の中で暴れる混乱を徒に増大させていく。

 

「ヨモヤ貴様、豕雁慍豌エ鬯シ様ノオ眠リヲ妨ゲル様ナ不埒ヲシテナドイナイダロウナ?」

「アノネェ、人聞キノ悪イ事言ワナデクレル?」

 

 そして、思惟(言葉)では無く妙に甲高い汽笛(音声)の強弱でやり取りをしているらしい二人(二隻)の様子に拭い切れない(徐々に消えていく)違和感を感じながらも鮮明になって何処からともなく意識に入っていくるその光景に興味が掻き立てられ。

 

 気付けばより強く自分の感覚が外側から内側へと引っ張り込まれていく。

 

「流石ニ私ダッテ時ト場合グライ選ブワヨ」

「フンッ、鬼級トハ言エ駆逐艦ニマデ手ヲ出スヨウナ奴ガ言ッテモナ」

 

 ムッとした表情で憤る戦艦の姫と涼し気な顔でそれに対する空母の姫。

 

「・・・ソレトコレハ話ガ違ウデショ?」

「ダガ、日頃カラ自ラノ行動ヲ反省シナイカラ疑ワレル事ニナル」

 

 それぞれ姫級の格に相応しい力を宿す二隻の慣れ親しんだ気配に呆気に取られていたら自分の白い手袋に包まれた手が勝手に動いて、口元を押さえたかと思えば唇を小気味よく擽る小さな汽笛(笑い声)の音が零れる。

 

「モゥ! 豕雁慍豌エ鬯シ様、笑ッテイナイデ遨コ豈肴」イ蟋ォ二言ッテヤッテクダサイ」

 

 違和感があるのに何が違うのかが分からない。常に頭の中をかき回されている様な不快感と心地良さが混ざる感覚。

 

 肌を撫でる自分の手が視界にあるだけで確かな形で表現する事のできない不自然さが疼く。

 

 けれど、手の平が腕の先にあるのは当たり前(・・・・)の事だから何一つ変な事は無い。本当に無いのだろうか?

 

「答エニ窮スルダケナラマダシモ殿下ノ御手ヲ煩ワセルカ・・・マッタク」

 

 そうして正体の分からない違和感の在り処を探していたら空母の姫に掛けられた疑いの視線に根負けしたらしい戦艦の姫がこちらへと仲裁を求める様な表情と仕草を見せる。

 何故かは分からないが両方から思惟(精神)の交わりこそ伝わってこないけれど戦艦の様子は何某かの不当を訴えてきているのは一目で理解できた。

 

 そう、この二隻は目をつぶればすぐに思い出せるぐらい些事から大事まで何かに付けては競い合い、仲裁しても何かの切っ掛けで懲りずにお互いの領分に横槍を入れては額と角を突き合わせていたな、と懐かしくなる。

 

「ネェ、遨コ豈肴」イ蟋ォ

「ハッ、殿下!」

 

 どちらも相手より自分が上位であると自負して向かい合えばあからさまに疎ましそうな表情をするのに明確に相手を否定や拒絶をするわけでもなく、度々、二隻だけで連れ合い親密に戯れている姿を見た事もある。

 

 そして、いつも通りに仲違いしている仲の良い近衛艦達の様子を楽しんでいたら今度は空母の姫に向かって手だけでなく口まで勝手に動き出した。

 

「ソンナニ心配シナクトモ昨晩ハ謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォト何モ無カッタワ、安心シナサイ」

 

 そして、喉の内側が小刻みに震えると言う今までに経験のない不思議な感覚と共に勝手に動く舌と唇が目の前の二人(二隻)がさっきから使っている汽笛と同じ音を奏でる。

 

「ソウデスカ・・・」

 

 数秒、ワタシ(・・・)の口から出た()を聞いた空母の姫は戦艦の姫を威嚇するのを止め行儀よく姿勢を整えたものの、その表情は釈然としていない心情をありありと示しており白い前髪を掻き上げつつ形の良い鼻を小さく鳴らしていた。

 

「タダ、ソウネ、フフッ♪」

 

 奇妙な違和感はまだ少し感じるけれど目の前にいる二人が間違いなく自分と義姉妹(同盟者)の契りを交わしたあの姫級達であると確信したと同時にまた口が勝手に動き、さらに不思議な心地良いくすぐったさが胸の奥で揺れ大きくなっていく。

 

「地上ノアクセサリーノデザインモ中々ノモノナノヨ、謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォ、ソウヨネ?」

"観測対象と当該個体の同調率、上昇?"

豕、雁慍豌エ鬯シ様!?」

"再調整、抑制物質の分泌促進"

 ワタシの汽笛(言葉)に空母の姫は戸惑い小首を傾げ、それと対照的に戦艦の姫はとても慌てふためく。

 

「コノ子ッタラ出航前ニ地上ノ、日本ノオ店ノカタログヲ取リ寄セテタノ、ワタシニ一緒ニ選ンデ欲シイカラッテ」

 

 空母の姫直属の下僕に手を出した時に黒鉄のロングブーツで背中を思いっきり蹴られてもここまで狼狽えて無かったのに、と思い出しながら初めて見る戦艦の姫の慌てっぷりに感じる新鮮さがこれ以上なく愉快で仕方がない。

 

「デモネ、私ガ青紫ノリボンガ良イッテ言ッタラ謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォハ玉虫色ノケープノ方ガ銀ノ髪ニ合ウッテ言ウノヨ?」

「待ッテ! 姫様、後生デダカラソレ以上ハ!」

「リボン? ケープ? 一体何ノ・・・ン?」

 

 自分の口が開いては閉じてを繰り返して紡ぎ出すその音がどう言う意味を持っているのか、どうして姫級達から今まで見た事のない無い反応を引き出せるのかは分からず。

 

「全部欲シクナッチャウグライ素敵ナ商品バカリデ一晩中見テテモ飽キナカッタワヨ」

“観測対象との同調率、再度上昇?”

 しかし、ワタシは想像もしてなかった汽笛(声帯)の新しい使い方と言う発見(未知)へさらに興味に唆られて勝手に動く口をそのままにする。

″調整処理、失敗、再試行・・・再試行”

謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォ! ヤハリ殿下ノ寝所ニ忍ビ込ンデイタンジャナイカ!」

「チョ、チョット豕雁慍豌エ鬯シ様ノオ知恵ヲオ借リシタダケヨッ!」

「貴様モ殿下ノ近衛艦デアロウガ! 今回ノ外遊ハ豕雁慍豌エ鬯シ様ニトッテ初ノ公式外交ナノダゾ!?」

 

“まさか、干渉を振り切った?”

“この短時間で変異を”   

 

 そして、ワタシの鳴らす汽笛()を切っ掛けにしてクルクルと表情を変えては甲高い音を鳴らし合い、じゃれ合う二隻を眺めていると不意に目の前の光景に奇妙な感覚(懐かしさ)が溢れて胸の内を満たす。

 

    “”     

成長したと言うのか?

 

「嗚呼・・・、二人ハ本当ニ子供ノ頃カラ変ワラナイワネ」

 

 思い通りに(意に反して)動く身体の中で自分の喉を震わせる音を聞いていたらジリッジリッと途切れ途切れのノイズが意識の上を走った。

だが、抵抗力を得たなら何故観測を停止させない?

 義姉妹の手を借りて揺り籠から立ち上がり完成したばかりの両足で穢れ一つ無い水晶粒の浜に夢中で足跡を作った記憶。

 

 妙に身体が小さい戦艦と空母の姫級達が絵本を自分が先に読むのだと意地を張って取り合っている思い出。

介入と改竄も認識していない?

 駆逐艦も巡洋艦も戦艦も空母も、山程の大艦隊をと求めていた望みが叶い美しい義姉妹と共にひれ伏す艦隊を見下ろした時の感動。

 

 静止の声を上げて追いかけてくる家臣達を尻目に何度もお城を抜け出して三人で城下町や海底を探検した輝かしい日々。

"ならばこの()自身の意志?"

 知っている記憶と知らない記憶が混じり合い、虹色に照らされた水晶の島(マナの光に満ちた海底王国)で戦艦の姫である謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォと空母の姫である遨コ豈肴」イ蟋ォの二人や数えきれない程たくさんいる従僕達と過ごした日々の境目が分からなくなっていく。

 

未来から過去への記憶の逆流

・・・そうか”   

 

 けれど両方とも同じワタシ(・・・)の記憶、全てこの私(・・・)が手に入れた形無き宝物(所有物)である事に間違いない。

生きる時代は違えど” 

『日本国入国管理局ヨリ承認ヲ確認、コレヨリ新横須賀鎮守府港ヘノ入港ヲ開始シマス』

同じ魂を宿すが故、か

 大きな渦を巻く様に頭の内側から溢れ出てきた全く知らない(良く知っている)思い出に浸っていた(溺れていた)私の視界が何処からか聞こえてきた従僕の声(アナウンス)を切っ掛けに開け、突き抜けるような青空でイッパイになった。

 ふと横目に振り返れば驚くほど洗練された豪奢な装飾が輝く流線形の浮島(客船)が天からの陽の光で輝く海にあり、何故かつい先ほどまで私達を乗せて運んでいたと分かるそれの開口部から規律正しい隊列をもって海面へと降りてくる数百()同胞同族(深海棲艦)に、その先頭に立っているという事実に自分を構成する鬼級(騎士)としての本能(欲望)が意気を漲らせる。

 

「スゴイワ、見テ二人共・・・全部、全部ガ、トッテモ綺麗!」

 

 しかし、それは直後に自分や義姉妹達が作り出したどの浮島(寝所)よりも大きいと分かる大地一面に緑色が広がりその合間から宝石の様に輝く柱が生えている光景への驚きによって上書きされ、その素晴らしい未知に満ちた世界の中で一際強く存在感を放つ遠くに見える山よりも高く高く天上の果てへと登っていく巨塔に圧倒され立ちすくむ。

 

「エエ、流石ハ御先祖様達ヲ退ケタ者達ノ末裔ト言ウ事カシラネ・・・特ニアノ宇宙マデ届クト言ウ塔ニハ感嘆スルシカナイワ、確カ・・・軌道エレベーターッテ言ウンダッタカシラ?」

「フンッ、ソレハ言葉無キ時代ダッタカラダ、カツテノ同胞同族ニ今ノ我々ト同等ノ知恵ガアッタナラバ深海棲艦ノ祖ハ人間ヨリモ優レタ王国ヲ地上ニ造リ上ゲテイタ」

「アラアラ、後知恵ナラナントデモ言エルワネェ」

「シカシ、古今東西、敗北主義ガ国ヲ栄エサセタ事ハ無イ、ソレニ如何ニ高イ塔ヲ建テ並ベヨウト我ラガ祖国ノ美シサニ勝ルモノデハナイ」

 

 意味は分からないがそれでも耳に心地良く感じる音色を左右で奏でている二人に寄り添われ、まだ幾らか距離のある色鮮やかな大地へすぐにでも飛び込んでみたい(遊びに行きたい)と生来の欲しがる心が胸の中で強く高鳴った。

 

「ッテ! 豕雁慍豌エ鬯シ様オ止シニナッテクダサイ、到着シタ途端ニ国際問題トナレバコノ場ニイル全員ガ処分サレルダケデハ済マナクナリマス!」

「確カニ謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォノ言ウ通リ、此処ハ我々ノ領地デハアリマセンノデ・・・マァ、領地デアレバヤッテ良イト言ウワケデハナイワケダガ

 

 しかし、今まで見た事がないぐらい大きな大地、あの色鮮やかな島々にも引けを取らない素敵な宝物を身の内から溢れる衝動に任せてすぐにでも自分のモノにするべく手を伸ばし力を使って近道を開こう(引き寄せよう)としたら左右からオーラとして見える程強い霊力を溢れさせた二本の腕に能力の発動を押さえ込まれる。

 

 そして、左右に侍る二人からいつか見た事がある顔で見つめられ、不意に艦隊を統べる者としての立ち振る舞いを二隻から学んでいた水晶の島での日々が脳裏に過った。

 

 どちらの世界でもいつも仲違いしている二人だと言うのに艦隊の支配者(王家の後継者)にあるまじき行いをワタシが成そうとした時には揃ってそれを思い止まる様に進言してくるのは変わらないらしい。

 

「ソレハ・・・仕方ナイワネ」

 

 姫級である二人から見ても上位者であるワタシの不興や罰を恐れながらも覚悟を持って行われるそれらは大凡において正しく、今、二人が鳴らして伝えようとしている音の意味は全く分からないけれど今回もそう(・・)なのだろう。

 だからかワタシの意志によらず勝手に動くこの私の身体も口元を少し尖らせつつも肩を軽く竦めて手の先に編み上げようとした霊力の流れを解いて緑の大地に向けていた手を下した。

 

「ソウソウ、行儀良クシマショウネ」

「サテ、ヤット案内役ガ来タ様ダ」

「大方、私達ノ従僕ガ整列スルマデ待ッテイタンデショウ?」

「確カニ多少時間ヲトッタカ・・・訓練内容ノ見直シガ必要ダナ」

 

 ホッと一息吐いて微笑む二人の紅い瞳が向く方向から近付いてくる幾つかの艦影、それらは色や形は違えどあの矮小で醜悪な欠陥品・・・と見紛う程に形だけでなく力の質が似ていながらも私達と同じ大きさ(・・・・・)の身体を持って海を進む者達の姿。

 

「ソウ? 私達ヨリ船足早イダケデショ、艦娘ガ」

「深海ノ兵ハ低練度ダッタ、ナドト先方ニ言ワレレバ恥以外ノ何物デモナイダロウ」

「アンマリ厳シクスルト可哀想ヨ? 貴女ノ艦隊ッテ只デサエ規律デガチガチナンダモノ」

「ムッ、放蕩者ノ従者ト呼バレル方ガ哀レダロウニ」

 

 感じ取れる気配から間違っても同胞同族(深海棲艦)ではないと分かる、しかし、伝わってくる気配は憎むべき敵のそれであるのに自分の身体は艤装の展開すらせずに洗練された動きで艦列を整えていく彼女達の動きを静観し、その先頭で大きく真っ白な布地が海面に広がるロングコートを羽織った戦艦が一歩前に歩み出て右手の先を栗色の前髪が揺れる額に当て余裕を持った笑みを浮かべた。

 

「横浜鎮守府第一艦隊代表旗艦、大和型一番艦大和です。親善大使殿のお迎え及び護衛として参りました」

「出迎エ御苦労、コノ御方ガ我ラガ旗艦ニシテ此度ノ全権親善大使、深海七国ノ盟主タル螟ェ蟷ウ豢倶クュ螟ョ王国、第一王位継承者デアラセラレル豕雁慍豌エ鬯シ殿下デアル」

「ソレデハ殿下、御挨拶ノ言葉ヲ頂キタク」

 

 そうして白く長い衣を羽織り逞しい黒鉄の艤装を背負う戦艦が不思議な動作(最敬礼)と共に発した淀みのない澄んだ汽笛の音に私の左右に控える戦艦と空母の姫が鷹揚に頷き、こちらへと導く様に差し出された姫級二人の手に従い私の身体が細波を踏みしめる様に一歩前に出てまた勝手に口を動かそうとする。

 

“貴キ方々ニ於カレマシテハ御機嫌麗シク、御尊顔拝スル栄誉誠ニ有リ難キ幸セデアリマス”

 

 しかし、その直前、姫級である義姉妹の二人だけでなく周囲に並ぶ普通種の従僕達からすら不自然なほどに聞こえてこなかった思惟が目の前で姿勢を正していた戦艦から聞こえてきた為に口だけでなく体中が強張り私の表情が驚愕に歪む。

 

「マ、マサカ・・・今ノッテ思惟!?」

「馬鹿ナ! 我ラデモ上位種ヤ先祖返リデモナケレバアンナ強サデ発振デキワケガ!?」

「デモ冗談ミタイニハッキリ聞コエタワ!」

「シカシ、彼女ハ艦娘ダゾ!?」

 

 呆気に取られながらも聞こえてくる汽笛の音(会話)に振り向けば姫級の二人が揃って目を丸くし、少し離れた場所に並ぶ従僕達までもが何故か泡を食った様にザワザワと汽笛()を騒めかせながら私の目の前にいる体の大きさも力の量も姫級に劣らぬと分かる白い衣を纏った不思議な戦艦へ視線を集中させる。

 

「ちょっと何で、は? 挨拶ハ大事、ってでもよりにもよって今って・・・今日のオヤツは無しね、いいえ、酷くないし当然よっ」

 

 少し聞いただけでも分かるぐらい丁寧で礼儀正しい思惟(挨拶)に対して過剰な程に狼狽える私の同胞同族達の姿や背後に列を成し控える重巡や駆逐艦の格を感じる者達が事態を呑み込めないらしく首を傾げる様子を横目にして戦艦の彼女はその整った顔立ちに浮かべていた笑みをピクピクと痙攣させ口の中だけでモゴモゴと何かを呟く。

 

「マァ! モシカシテ貴女ッテ私達ノ同族ナノ!? 見タ目ガ完全ニ地上ノ人ダッタカラ気付カナカッタワ!」

 

 そして、いち早く強い驚きから我に返った私はすぐに小走りで目の前の戦艦へと駆け寄り、白いアームカバーと金ボタンのカフスが飾るしなやかな両手を取り興奮と感動を伝えようと何度も振る。

 

「あ、いえ、決してそう言うわけでは無くですね・・・」

「深海ト地上ノ間デ和平ガ結バレテモウ百年以上、地上ノ人ト結婚シタ同族ガイルノモ知ッテルワ、ダカラソウ言ウ事ナンデショ?」

「え、ぇ? 確かに深海棲艦のハーフやクォーターは結構いますけど・・・いや、そうじゃなくて、ど、どう言えばいいの!?

 

 緑豊かにして輝く巨塔が並ぶ大地からやってきた者が発した思惟(言葉)、それは紛れも無く上位者である私への敬意と恭順を示すモノ。

 

「私達ノ国ニハ百年前ニ地上ノ人ト結バレタ姫級ノ御伽噺ガアルノ、今デモ人気デ色ンナ劇場デ何度モ上演サレテキタ物語ヨ!」

「は? え? いえ、これには少し特殊な事情がありまして、そのぉ・・・何笑ってるのっ! アナタのせいでしょ!? なんでよりによってこんな大事な時にぃ

 

 その意味する事は即ち私の支配下へと加わる事を望んでいると言う事であり、同時にどうして二隻(二人)義姉妹(同盟者)が始終だんまり(・・・・)を決め込んでいたのかその理由をワタシはやっと理解する。

 

「ダカラ、怖ガラナクテモ虐メタリナンカシナイワ!」

「だ、だから本当に違うんです、お願いですから落ち着いてくださいぃ」

 

 つまり、愛すべき我が近衛艦と従僕達は眼前に広がる大地と珍しい姿形を持った新たな同胞を私に献上する為に、それをより新鮮なモノとするべく敢えて秘密にして私をここまで連れてきたのだろう。

 

モォ、強情ネ、ナラ本当ハ秘密ダケド私ノ御祖母様ハ地上デ

「え? え? なんで接触通信が??」

 

 度重なる失敗を返上して余りある素敵なプレゼントをこうして用意して見せた優れた二人(二隻)同盟者(義姉妹)の鮮烈かつ健気な計らいに心が弾む。

 

「チョッ、ソレハダメヨ殿下!?」

豕雁慍豌エ鬯シ様! ソレ以上ハナリマセン!!」

 

 そして、はしゃいで仕方ない心のままにあの色鮮やかな島々では無いけれどより大きくより鮮明に瞳に映るもの全てが自分のモノになるのだと確信し新たな同胞となる白衣の戦艦に褒美として肌を許し情を重ね様としたら目を赤白させて慌てふためく戦艦と空母の姫に抱きしめられ新たな同胞から引き離される。

 それと同時、再び視界が義姉妹の二隻は言うに及ばず万に及ぶ従僕一人(一隻)たりとも失う事無く新たに加わった不思議な艦達(艦娘達)友人(人間)達との思い出を詰め込みさらにさらに大きく広がっていく繁栄(未来)で埋め尽くされていく。

 

“艤装制御権、奪取完了”

 ふいに胸を強く打つ感動(痛み)の熱さに涙があふれた。

 

 そうだ、ワタシは何も失っていない。失わない。

“障壁回路への霊力供給を停止”

 全てがいつか私の所有物となる(ワタシへと戻ってくる)

 

 夢見心地の果てに視界がひび割れて歪む。

 

 昏い海の底でワタシと共に産まれて以来ずっと天井を七色に染めていた輝きが砕ける。

“全兵装再装填、取り消し”

 けれどそれはこれから(いつの日にか)訪れるその瞬間を想えば些細な事でしかない。

 

 ふと、遠くから聞こえてきた“我ラガ泊地(女王)ヲ守護レ”と魂が張り裂けそうなほど強く叫んでいる無数の思惟に向かってひび割れ始めた腕を伸ばす。

“重要機関部への致命的損傷”

 ワタシはもうそちら(現実)に戻れない。戻りたくない。

 

 気付けば取り返しがつかなくなるほどにワタシを内部から聞こえる何者かの囁きが目の前に差し出したあの綺麗な世界が欲しい(未来へ行きたい)と思ってしまっていた。

“応急修理の実行は・・・許可しない”

 

 だからこそ、自らの手の平が無い腕が向かう先、たくさんの所有物(宝物)が壊れて無くなった(亡くなった)辛い世界(現実)に向かって。

 

 割れた装甲から黒い()を撒き散らしている緑目の駆逐艦に、その後ろに続き押し寄せる多様な巡洋艦に、力強い戦艦に、技巧に優れた空母に、賢い潜水艦に、丸いお腹の輸送艦へと。

 

 敵の攻撃に装甲を穿たれても黒鉄の壁と化して突き進む同胞同族達、私の所有物でありながらその命を勝手に使い果たそうとしている全ての宝物(艦隊)に向かって。

“粒子通信回路、起動を確認”

“お前達は決して無くなってはならない(死んではならない)

 

 と、思惟(勅命)を発する。

“広域思念の放出、停・・・”

“そして、いつか復活する泊地(ワタシ)の下へと必ず帰投せよ”

 

 そう、思惟(願い)を発する。 

“・・・実行を、許可”

 気が遠くなるぐらい遥か彼方にある眩く美しく温かさに満ちた繁栄を見せる代償としてワタシから()を奪っていく忌々しい誰かの呼び掛けに(悪魔の囁きに)抗い。

 

 痛み一つなく海へと還る心地良さに包まれて燃え尽きかけている憤怒と最後に残った支配者としての矜持を振り絞って私は従僕達の魂へと願いを掛けた(呪いを掛けた)

 

当該個体(泊地水鬼)、生命反応”

“消失を確認”

 





未来への道は善意で創られる。

だから、きっと次に生まれてくるのは平和な世界。


そうとでも思わなければ何のために今、罪を重ね続けていると言うのか。

願わくば、地獄に堕ちるのは人間を止めた悪魔だけでありますように・・・。

 


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第百五十一話

 


 
戦闘終了!!



 


 

 戦艦棲姫の血で黒く染まった水晶島の中心、泊地水鬼がその身体に殺到した幾つもの徹甲弾によって貫かれたと同時にその真珠色のドレスを纏った巨体を中心に放出された虹色の光が津波と化し地鳴りを引き連れて黒一色の海を七色に塗り潰していく。

 

 それは虹色の発生地点から少なく見積もっても二海里は離れていたとか、戦闘形態の艦娘に数秒で100knotを踏み越える能力があるとか。

 

 そんな事が全て意味をなさないと一目見ただけで理解できてしまう虹色の濁流に否応無く吞み込まれる。

 光の濁流が発生させる猛烈な圧力で指揮席の背もたれに張り付けにされ、ヘッドレストに押さえ付けられた頭が意識ごと何処かに落ちていく。

 そして、万華鏡の中身を目の中に流し込まれたと錯覚する程に極彩色が乱反射する光景にうめき声も上げられずに溺れる。

 

 不意にすぐ近くから聞き覚えの無い「どうしたの?」と話しかける優し気な声が聞こえ、そちらを見れば髪型も年齢も違うのにどう見ても時雨にしか見えない女性が二つの湯気立つコーヒーカップが置かれたテーブル越しに悪戯っぽく笑う。

 

 戦場にいるはずなのに見えてしまった幻覚以外の何物でもない和やかな喫茶店から逃れる様に顔を反らした先にはランドセルを背負った三隈にそっくりな少女と同じ背の高さで手を繋いで歩く早朝の通学路が見え。

 

 曲がり角から見えた小学校の時計が清らかな鐘の音を響かせれば目と鼻の先で純白のウェディングドレスに身を包んだ金剛が現れて淑やかに微笑み、動かしていない筈の手がシルクの滑らかさを感じ取り。

 

 誓いのキスを待つ花嫁のベールに持ち上げ様としていた手が横からさらわれる様にイムヤ(伊168)にそっくりな少女に勢い良く引っ張られ、華やいだ声を上げる彼女と共に色取り取りのイルミネーションに飾られた夜の遊園地を巡った。

 

 かと思えば、前触れなく腕を引く少女が消えて戸惑いながら周りを見回せば幾人もの子供達が賑やかな声を上げる暖かな雰囲気に満ちた教会を背に修道服の伊勢が人好きのする笑顔を浮かべてこちらへと手招きしている。

 

 何が何だか分からずに数度瞬きすればそれだけで陽だまりの教会が消え去り、下手なダンスホールよりも広いエレベーターの中で宙に浮かぶ夕張が眼前の大きなガラス窓ごしに見える澄み切った夜空の様な宇宙を指さし子供の様な騒がしくも楽しそうな声を上げ。

 

 その楽しそうな声に誘われ無重力の中で宙返りすれば目の前に広がっていた宇宙が星空の様な光を瞬かせる海底都市に切り替わり、豪華絢爛な大劇場で深海棲艦の様に青白い肌に暗色のドレスを纏う加賀がその無表情を裏切る情熱的な舞いを踊る。

 

 舞いながらこちらをジッと見つめる深海の舞姫に引き寄せられ一歩踏み出せば周りの景色がまた一変して深い緑に埋もれた廃墟(鎮守府)で立ち尽くし、巨大な機械の残骸(朽ち果てた中枢機構)を見上げていた探検家の様な服装を身に着けた矢矧がこちらを振り向き興奮混じりの笑顔を咲かせる。

 

 どれもこれも見た事の無い景色、耳に入ってくる音全て聞いた覚えはなく、夢の中ですら想像した事すらない無数の世界が広がっていく。

 

 向こう側に居る僕が知る彼女達とどうしようもなく似ているのに明らかに違う存在が確かな幸せを感じているのだと何故か確信できてしまう輝かしい鱗片が視界を塞ぐ。

 さらにそれらは眼球を僅かに動かすだけで何度も入れ代わり立ち代わり、あちらにいる自分が小石を転がす程度の僅かな違いを作るだけで無限の可能性を分岐させる。

 

 自分のいる場所どころか身体すら見失いかける程の情報圧に押し流され意識が()ではないどこか(未来)へと引っ張られていく、まるで“代償を支払えばより良い新しい人生をくれてやる、好きな行き先(可能性)を選べ”とでも言うように。

 

 そんな視神経を直接突き刺す七色の光に水中から澄んだ水面を見上げるような透明な色と感覚が加わり、触れさせられた誰か(・・)の感情とまだ存在しない何か(・・)を感じ取った直後。

 

 唐突にこれから先にあり得るかもしれない未来を映していた万華鏡が裏返り、この世界では出会ってすらいない女性()と生まれてすらいない少年(息子)が振り返りもせずに離れていく後ろ姿が頭の奥に映し出された。

 

 ・・・違う。

 

 確かに前の僕(・・・)はその二人に対して夫としての、父親としての責任を果たせなかったかもしれない。

 

 それでもそんな形の別れ方はしていない! と言うかもっと酷い事になってるじゃないか!?

 

 瞬間、脳髄を殴られたかと思う程に強烈な不快感が今の俺(・・・)現実(正気)へ引き戻す。

 

・・・

 

「ぁっぐ、がっ、ぉあああああっ!!

 

 本当に殴られたわけでもないのに鼻と口に感じる血の味と生暖かさを無理やり肺から絞り出した叫びで吹き飛ばし、見渡す限り全て虹色に染まった全天周囲モニターの正面に向かって腕を突き出しコンソールパネルのレバーの一つを叩く様に押し倒した。

 

「金剛ぉっ、撃てっ! この光を消してくれぇっ!!」

 

 本当に自分は無数の存在しない記憶を頭の中に書き込もうとしてくる万華鏡に抵抗できているのか、果たしてこの声がちゃんと相手に届いているのか、そもそも自分の口はこの時代の言葉でその命令を放つ事が出来たのか。

 俺自身の事なのにそれすら把握できない状態がもどかしく視界を埋め尽くすのを止めてくれない眩しい光の中、不意に何と書いてあるのかも分からない赤色のぼやけた文字列が入り込む。

 

《YES! 任せてくださいネーッ!!》

 

 その底なし沼で溺れもがく様な窒息しそうな感覚が外側から返ってきた金剛の大きな返事のおかげで嘘か幻だったかの様に溶けて消え、光の津波が巻き起こす轟音で穴が開いたと思っていた耳に鋼鉄の軋みが届き、身体や意識ごと全て吞み込もうとしていた虹色に向かって純白の翼が広がる。

 そして、まるでヒナ鳥を守る様にメインモニターを包み込んだ白い翼は無数の羽を散らし、眩しくも昏い虹色を切り裂く太陽の色に似た太い閃光が天井方向へと向かって迸った。

 

「はぁっ、はぁっ、なんだって、言うんだ・・・今のは・・・げほっ、ごほっ・・・」

 

 今度こそ鼓膜が破れて無くなったんじゃないか、そう思える程に猛々しく響く砲声の連発が気付けになったのか虹色に染められていた両目が壊れたテレビよりはマシな視界を取り戻していく。

 正直言うと正常だと胸を張って言えるわけではないが、少なくとも目の中に雪崩れ込んできた幻覚は全て消えたし目の前にあるコンソールパネルの形とついさっき俺の声に応えてくれた立体映像で表示されている金剛の状態が理解できる。

 

《アァアッ!?》

 

 とは言え安心なんてできるワケもなく落ち着く暇も無く金剛の痛々しい悲鳴が艦橋に響き、水晶島から押し寄せてきた超高圧霊力の津波を俺の命令に従って粒子加速器に取り込んで攻撃力に変換して虹色を相殺してくれた戦艦艤装が内側から爆ぜて原型を失っていく。

 

《Shit、これ以上はムリ・・・な訳無いでしょっ!》

「光の波は・・・しのぎ切った、無理をする必要はもう無いっ」

《でも、私まだまだやれ、ますヨー・・・テイトク》

 

 最大出力の負荷に耐え切れずにスクラップと化した艤装だけでなく酷く破れ裂けた金剛の服の下は焼け爛れた身体は誰がどう見ても瀕死の重傷、何より彼女には最初の突撃の時点で防御力を底上げする装備があったとは言え大きな負担を掛けていた。

 手元に立体映像と共に表示される数字も彼女にこれ以上の無理をさせるワケにはいかない事を示しているのだから「むしろ良くぞ此処まで戦ってくれた」と言葉の限りを尽くして褒められなければならないぐらいだ。

 

「泊地水鬼の撃破を確認したのだから戦いは終わった! 俺たちの勝ちだ! だからすぐに・・・っ!?」

 

 血が混じる唾を飛ばしながらそう叫ぶように言い、まだ少しぼやけている視界を左右に振って周囲を見回し状況を確認しようとした俺の耳に幾つもの砲声が届く。

 

 もちろん、その砲撃は金剛によるものではない。

 

 何故なら彼女の主砲はついさっきの無茶な命令の実行で金剛型戦艦の艦橋を模した主機関ごと爆裂して炎を噴き出しているような状態で、いかに本人に強い戦意が有ろうと物理的に砲撃できない状態なのだから。

 

「なんで・・・彼女たちは・・・撃って、いる?」

 

 光の波の圧力で艦橋の床に倒されていた時雨達がふらつきながらも立ち上がる様子に心配の言葉をかける事も出来ずに俺はメインモニターに映る凄絶な笑みを浮かべ千切れかけた腕や足に装備された兵器を黒い海に向かって乱射する米軍艦娘達の姿に呻いた。

 

・・・

 

 七色の津波が通り過ぎたとほぼ同時にゲラゲラと口々に狂った様な笑い声を上げて掲げた星条旗をはためかせ、赤い血を滴らせる戦船の化身達が遠く黒い水平線に聳える城壁の様な深海棲艦の艦列へろくに狙いも付けられていない砲弾や魚雷をばらまく。

 しかし、その悉くが有効射程距離に入っていない敵の艦列に届く事無く見当違いの海面を叩き、一つ残らず無意味な水柱へと変わる。

 

『止せ、何をやってるんだ!? 各艦隊の指揮官はすぐに攻撃を止めてくれ!!』

 

 満身創痍でかろうじてその強靭な精神力で海面に膝をつく事だけはしていない金剛型戦艦の艦橋から彼女の指揮官である田中良介が悲鳴のような要請を通信網に乗せるがそれに対する返答は米軍士官達の[助けてくれ(Help me ,)彼女達が止まってくれない(they can't stop)]と言う半死半生の呻き声だった。

 

『ただでさえ時間がないって言うのに、いったい何が? ・・・は、ぇっ? まさか、艦娘の本能のせいだって言うのか・・・!?』

 

 その防御力によって辛うじて装備が無事だった戦艦や重巡が獰猛な笑みを浮かべ口角に泡を散らしながら光の津波が通り過ぎる前よりも遅くなったがそれでも目に見える速さで近づいてきている敵影へ炎上し黒煙を上げる砲塔を向け砲声と砲弾を放ち。

 横倒しになった空母達が仲間の身体にしがみつき一心不乱に見開いた碧い瞳が向く先へと壊れる寸前のカタパルトを突き上げ、仲間や自分の浮力の維持よりも一機でも多くの戦闘機を発艦させる事を優先し。

 体の一部を失うほどの深い損傷を受けて倒れている駆逐艦や軽巡ですら海面に這いつくばったまま海に沈みかけている艤装に装備された副砲や機銃から弾を吐き出している。

 

 詰まるところ、その場にいる正気(・・)を失った全ての艦娘達は自らの生命の危機を知らせる痛覚すら捨てて【敵を沈める事で自分達の生存権を手に入れる】と言うあまりにも乱暴でこれ以上ないぐらいシンプルな戦闘艦としての本能とも言える生存戦略に支配されていた。

 

『だが、一刻も早く脱出しないと深海棲艦じゃなく深海の水圧に殺されるだろう!?』

 

 必死な声を上げる指揮官の意をくんだ金剛が両手を伸ばして足元で敵艦に向かって少しでも近づくために細腕で波を引っ搔いていた駆逐艦の身体を掴み、自分よりも軽いはずの艦娘の勢いに負けかけた瀕死の戦艦娘がついには両膝を海につく。

 それでも金剛は艤装の大破と肉体の多大な損傷によって解除されようとしている己の戦闘形態を精神力だけで維持するだけでなく意味の通らない獣じみた叫びを上げて暴れる駆逐艦の身体を抱きしめる。

 

『マズイ、天井が割れて、崩壊が始まっている!』

 

 しかし、たった一人の暴走を止められたとしてもそれは限定海域攻略艦隊全体から見れば数十分の一でしかなく、田中がどれだけ制止を呼び掛けても無数の敵に囲まれている状況に狂乱した艦娘達は自分の身から最後の一滴まで力を絞り出すかの様に夥しい弾薬と砲火を吐き出さんとその魂の奥に秘められていた衝動をむき出しにする。

 さらにその中で推進機関が生きている艦娘達が自分達を押しつぶさんと迫る黒い壁に向かってスクラムを組むように一塊に集まり、その手に握られた火砲の残弾の有無や自らに刻まれた損傷の深さなどお構い無しとでも言う様な狂笑を浮かべ海面に這う程にその身体を前傾させて艤装のスクリューを回転させ始め。

 

『よ、止せ、止せ! 止せぇっ!!

 

 喉が嗄れる程に叫ぶ日本人の声はおろか高濃度の霊力を浴びせられマナ中毒を起こした米軍士官達が虫の息で漏らす制止の声すら艦橋の床やモニターに張り付くように体を支えながら仲間の雄姿に狂奔させられた艦娘が神への祈りと共に叫ぶ突撃を望む声に搔き消され。

 [沈められる前に沈めてやる!]と通信網に響く無数の異口同音(英語)が軸の歪んだ幾つものスクリューが巻き起こす轟音と光で混ぜ合わされて一丸と成ろうとする。

 

『そんなの無駄死にだっ!!』

 

 僅かに理性や思考が残っていたのかそれとも艦娘の戦闘本能が現状で実行可能な戦術を選択させたのか重く強い艦娘が盾兵の様に前列に並び、その後ろを軽く早い艦娘が体当たりする様にぶつかり、鋼鉄の重みがぶつかり合う音を立て自分達の加速力による衝撃で骨が砕けるのも構わず無謀な進撃が始まる。

 金剛のボロボロの腕の中で正気と狂気の狭間で[まだ戦える! 私も連れて行って!!]と金切声(英語)を叫び暴れる米駆逐艦の肩越しにその光景を見せられた田中はあまりにもあまりな状況とただそれを見ている事しかできない自らの無力さに拳を強く握った。

 

 言葉だけではどうやっても止まりそうに無い艦娘達の集団暴走。

 

 だった(・・・)、それは唐突に彼女達の頭上へと真っ逆さまに頭から落ちてきた明らかに気絶している装甲空母が高高度からの落下によって蓄えた慣性エネルギーを旗艦変更の輝きと共に衝撃波に変えて叩きつけた事で呆気なく瓦解する。

 

『い・・・? 今のは大鳳か!? と言う事はやっぱり生きていたんだな中村艦隊!!』

『誰が死ぬか!? それよりこんなとこで何やってんだ良介! さっさと脱出しろ!!』

『義男! だが、脱出しようにも彼女達がっ!』

 

 ただでさえダメージを負った身体に襲い掛かった衝撃に耐え切れず米艦娘達の大半がドミノ倒しになってギリギリ動いていた推進機関が次々に機能不全を起こして最後の力を振り絞って無理やりに回されていたスクリューが空転する。

 

『馬鹿か!? お前らはそんなもんほっとけ、時間が無いだろが!!』

『友軍を見捨てろって、見殺しにしろと言うのか!?』

『逆だっ! グダグダ言ってる暇ねぇんだよ!』

 

 頭上から叩きつけられた衝撃で海面に這いつくばった艦娘達が見上げる先で中村艦隊に所属する空母の身体が光の粒に解け、それが次の金の輪を作り出して内側に銀色のアルファベットを書き記していく。

 

『なに? ああ、大鳳はそのまま寝かせとけ! あの光ん中で墜落しなかっただけ上出来だ!』

『さっきから言ってる事が無茶苦茶だろっ! おいっ、聞いてるのか!?』

 

・・・

 

「曳航するにしたって一艦隊を連れて行けるかどうかだ、あの深海棲艦の大軍を突破しなきゃならないっ!」

『っぐぅ、まだ頭いてぇ、あー、くそっ!!』

「だから聞いてくれ、俺達には責任がある、そうだろ? 自衛隊士官としての・・・それでも俺とお前が協力すれば」

 

 コンソールのスピーカーから響く中村の怒声に苦虫を嚙み潰した顔で田中は痛いほどに握り込んだ両手をコンソールパネルに突き、歯を食いしばり指揮席の周りに立ち自分を見守る様に指示を待ってくれている時雨達の傷付きながらもどこか優し気な表情に怯え逃れる様に顔を伏せる。

 

『て言うか、マジで気付いてないのかお前!?』

「例え全員は無理だったとしても俺達には最善を尽くす義務が・・・」

 

 今すぐ目の前にある300人の命を見捨てて逃げれば自分達はまず間違いなく助かるだろうと視界の端で告げる妖精からの提案を首を横に振って拒否し、犠牲は避けられないが少しでも多くの友軍を助ける為の選択を親友も探しているハズだと田中は勝手な期待を中村に押し付け。

 

『時雨だよ!!』

 

 直後にそう広くない艦橋に響いた中村のこれ以上ないぐらいの大声にコンソールの上で握り込んだ手を睨むように伏せていた田中は呆気にとられた様な表情で顔を上げる。

 

「・・・は?」

『時雨に俺達全員のシグナルを覚えさせろ! やれるよな!? 出来るって言ってくれ!!』

 

 完全に冷静さをかなぐり捨てた中村が自分の願望を押し付ける様にぶつけてくる叫びが何を言わんとしているのか、一呼吸分の戸惑いの後に田中は勢いを余らせながら自分の周りで指示を待つ九人の中の一人へと振り向く。

 

「時雨っ!」

 

 そして、指揮官はその駆逐艦娘の名を呼びながら祈るような思いを込め自分をまっすぐに見つめる碧い瞳と向かい合い。

 

「うん、出来ると思っ・・・ううんっ、必ずやってみせるよ!」

 

 その問いかけに瞳に浮かぶ花菱に仲間を助け出す事に特化した転送能力を宿す時雨は自分の指揮官の問いかけに力強く頷いた。

 

「提督、僕が皆を絶対に連れ戻すから!」

「ああっ、頼む!」

 

 時雨の決意に勇気付けられ田中はコンソールパネルに祈る様に跪く様に座っている金剛の立体映像へと触れ、その上に浮かび上がった9枚のカードの中から一枚を掴む。

 

「これより本艦隊は限定海域を脱出する!!」

 

 それが最善手であると自分自身に信じさせる為に大げさに声を張り上げた指揮官へと即座にその場にいる全員の了解の声が重なり。

 黒一色の水平線を埋め尽くす大艦隊と不気味なほどに凪いだ平坦な海、それを天高く見下ろす虹色の太陽と空色の天井がヒビ割れていく。

 そんなゆっくりとだが確実に崩壊していく限定海域(深海の楽園)に向かって半透明のカードが掲げられたと同時、空中で光粒へと解けて消えていく金輪から現れた金髪の戦艦娘が着水の水しぶきを上げた。

 

・・・

 

 頭上からの目も眩む輝きと衝撃波による不意打ちによって海面に叩きつけられた米軍艦娘が極度の興奮状態でマヒしていた痛覚を取り戻し、文字通り叩き起こされた痛みと正気が声にならない悲鳴となってその身体を引きつらせる。

 

『天井の割れ目の周りに見えるあれなんだ、海水だと? ・・・今は天井が高すぎて雲に見えるがその内滝になって落ちてくるってのか!?』

『だが遠くに見えるものに比べて俺達の真上は崩壊が明らかに遅い、と言う事は時間の歪みはまだ残っている』

 

 海面に倒された大半が自分がどこにいるのかすら分かっていないかの様に焦点のずれた視線を右往左往させ、辛うじてショック症状を起こしていない艦娘が立ち上がる事も出来ずに転覆している仲間を抱き起こし。

 

『それを逆手に取れば良い、崩壊の影響で空間の歪みも大きくなるなら短縮ルートも見え易くなる』

『急に冷静になりやがって、で、こっちは死にかけの連中連れて持久戦を・・・ホントなんで俺がこんな事しなきゃならないんだ!?』

 

 そんな彼女達が耳鳴りの様に響く日本語の通信に気付き、自分達よりも確実に現状を把握しているだろうアドバイザー達の艦隊へと縋るような視線を向ける。

 

『それはそうと勝手に死んでくれるなよ? この前の借りを返す相手がいなくなると俺が・・・ああ、そうだな矢矧、俺達(・・)が困る』

『そんなもん死んでも返してもらうに決まって・・・お前らが困るとか関係なく俺らが死ぬわけねぇだろ!?』

 

 しかし、幾つもの青い瞳が期待と共に向けたその先では艶やかに輝く金髪のロングヘアと共にメトロノームの様にフラフラ揺れ、上半身が自身の分身ともいえる艤装の重みにすら負けかけて前後左右にグラグラ傾き、その下でスケート初心者並みにガクガク震える両足は若干内股で非常に恰好が悪い。

 数十の艦娘部隊の期待を最大レベルで裏切っていると言っても過言ではない世にも情けない顔と下手な酔っ払いよりも頼りない姿を戦艦アイオワを原型に持つ美女が晒していた。

 

『まぁ、とにかく分かったならもたもたするな!』

 

 そんな訓練用プールでもここまで情けない恰好をした仲間はいなかったとその場にいた米軍艦娘全員に真顔で確信させてしまったアイオワの艤装が唐突に圧縮空気の放出音と共に小型アンカーを打ち出す。

 

『んで、いい加減アイオワは姿勢制御ぐらい自分でやれよっ!』

 

 英語で話す余裕もないらしい日本人の指揮官へ酷く疲弊した様子のアイオワが[勘弁して、私は貴方達みたいなNINJAじゃない]と掠れた呻き声(英語)を漏らし、艤装の持ち主の意思を完全に無視して打ち出されたワイヤーの先端で鈍銀の錨が仲間の手を借りても溺れかけていた艦娘達の艤装を捕らえて引き上げる。

 

『機関をやられた艦は掴まれ、全員ついてこい!』

 

 見るからに頼りないのに現状では最も最適な行動を行っているアイオワの本来なら強力な戦艦の砲撃の反動を抑え込む為に存在しているワイヤーアンカーに自力航行ができなくなった者達が藁を掴むような顔で縋りつく。

 

『あの水晶島まで行ければ沈没だけはしないからな!』

 

 そんな彼女達の後方、少し離れた場所で金剛に抱きしめられていた水色髪の駆逐艦が自分の身体を守り包んでいた腕の温かさが離れた事に気付き、振り向いた先で光粒に解けながら背中から海へ倒れていく傷付いた戦艦の姿へ反射的に手を伸ばす。

 しかし、駆逐艦である事を差し引いても幼さなく見える少女の指先は光の中に消えていく金剛に触れる事もなく空を切り、John C.Butler級の艤装と一体化したクジラのつぶらな瞳が見つめる先で眩い光が広がって金の枝葉を茂らせ銀文字が躍る。

 

『もたもた、だって?』

 

 水しぶきの様な光粒の雨を振りまき金輪の扉を紅白縞模様の細足が三基の増設推進機関を引き連れ踏み越え、驚いた顔で自分を見上げる米軍駆逐艦へと不敵な笑みを返し水色髪の上に乗せられた水兵帽の星を撫でる様に軽く指で弾いてから両手を海面に着けて極端な前傾したクラウチングスタートの構えをとる。

 それと同時、アイオワが四方八方からワイヤー伝いにかかる仲間達の重みに振り回されて海面に倒れかけながらも艦橋の指揮官達によって行われる姿勢制御補助によってギリギリで転覆しないと言う奇妙な動きを何度も披露しながら比較的軽傷の米艦娘達の手を借りつつ全艦隊を先導し水晶島に進路を向け。

 

『笑えない冗談だ、何故ならこの子ほどその言葉と縁の無い艦娘はいない』

 

 万全な状態なら発揮できる最大戦速と比べて数十分の一以下、通常艦艇の速力と同等まで航行速度を低下させながらも懸命に海を進みすれ違っていく友軍を背にウサギの耳の様にピンと立った黒いリボンが向かい風になびき。

 

『そうだろう? 島風』

 

 その問いに対する返事は「当然」を意味する気合の籠った一声、己の提督に従う事が何よりも最速(最良)の航路であると信じている韋駄天少女が不敵な笑みを浮かべ。

 

 一歩間違えば脱出不能の迷宮と化す異空間へ、一瞬でも立ち止まれば命を落とす敵の大軍へ、既に閉じている可能性すらあるたった一つの出口へ向け。

 

 三基の従者を連れたスピードスターは躊躇い一つなく自らの全推力を開放した。

 




 

撤退

母港へ帰投



 


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第百五十二話

 
 東の水平線から夜明けの輝きが顔を出し、パンッと強く掌が打ち鳴らされる。

 今にも塞がろうとしている暗闇のさらに向こうへ向かってその響きを伝える為に。


 遠く遠く、数千km先にある海底を覗き見た眼が凄まじい負荷に血涙を零し。

 それでも代償である耐え難き痛みを耐え、見開かれた碧眼が彼方と此方を繋ぐ。

 暁の水平線に幾つもの扉が開き

 空間に穿たれた穴から押し出された人影が海面に落ち。

 新たな年の始まりを告げる日の出に幾つもの水柱が飛沫を散らし。

 立ち上る黒煙の群れが海と空へと解けて消え。


 宝石の様に煌めく海に吹き抜ける潮風が最後の一隻の帰還を見届け祈る様に合わせられていた掌が離れ。

 波打ち際、細波が寄せては返す砂浜へと擦り傷だらけの膝が落ちる。

 深い傷を負いながらも己が成すべきを成した微笑みが暁の水平線を前に光花の咲く左目を閉じた。
 


 

 いかにも南国の空だと感じる白い雲が浮かぶ高い青空、ポボンッと空砲が打ち鳴らされる。

 

 祖国を護る為に勇気を振り絞った軍人達へ。

 きっと天国にいる彼らへとその響きを届ける為に。

 

 力強くも物悲しい弔いの音が何度も繰り返し天に昇っていく。

 

「先輩さん、もうすぐ搭乗確認が始まるみたいです」

「不思議な気分だ・・・まだ一か月も経ってないのにここに何年もいた様な、そんな気さえするよ」

「ふふっ、私も・・・大変な事ばかりだったのに今は少し名残惜しいかも、本当に不思議ですね」

 

 遠く離れた国際空港の敷地まで届く弔砲の音に平和な日本とかけ離れた苦難に満ちたハワイでの日々を思い出す。

 

「こう言うのを喉元過ぎればなんとやらって言うのかな」

 

 当然にあると思っていた自分の安全の保障が無くなった途端にひたすら怯える事しかできなくなった弱虫のくせに掌を返す様にひどく自分本位な都合で世界を滅茶苦茶にする勢いの情報漏洩を引き起こした。

 そして、今もまだ収束する事無く続いている多大な混乱の元凶であるはずなのに私は呑気な顔で日本に帰る為の飛行機を待っている。

 

「その方が都合が良い事があるんですよ、日本にとって、アメリカにとって」

 

 自分がやらかした事の後片付けを協力してくれたジョンソン少尉の部隊や現地メディアの人達に押し付けてしまう申し訳なさもヒシヒシと感じてはいる。

 後悔と謝罪はいくらしてもし足りないけれどしがない大学生に国家間の外交云々は荷が勝ち過ぎで、見逃して貰えると言うならその温情に一にも二もなく縋るしかないのだ。

 

「そして、・・・私達にとっても」

 

 どうやら私よりも物事を割り切るのが上手いらしい彼女の言葉に苦笑いを浮かべ軽く頷き、私へ困難に立ち向かうチャンスを与えてくれた壊れた携帯電話(大切な恩人)といくつかの貴重品が入った鞄を手に乗客の案内誘導を始めている空港職員の方へと歩き始める。

 

「いや、でも本当に大丈夫なんだろうか? 帰ったその日に逮捕されるとか、そんな事・・・だけど」

 

 とは言えいざ夢に見るほど待ち望んだ故郷に帰る時が近づいてきている実感が増せば増す程にじわじわと湧いてきた不安をつい言葉に出すだけでなく日本の空港に着いた途端に大勢の警察官に囲まれ手錠を掛けられる自分の姿まで想像してしまう。

 もしかしたら新聞の一面やニュース番組で適当な上着を頭に被せられうつむいた私が連行される姿が全国のお茶の間に報道されるかもしれない可能性が少しでもあるのではないか、と考えれば考える程に沼に足を突っ込んだ様な気がして胃と足がズシと重くなる。

 

「軽い事情聴取で済むそうですし、それも一日もかからないと思います」

「うん、その程度で済むなら良いんだけどね・・・」

「でも流石に大学の欠席はフォロー出来ないらしいんですよねぇ」

 

 日本から私達の無謀かつ違法な行動を手助けしてくれた鹿島の姉妹艦である香椎さんが調べてくれた情報をそのまま信じるなら今回の深海棲艦によるハワイ諸島侵攻の事実をインターネット上に公開した人物の正体は今のところ特定されていないと言う話だ。

 けれどそれは表向きでしかなく少なくとも日本政府は私と鹿島がアメリカ本土に無数の暴動じみたデモと混乱を巻き散らかした犯人である事を認識していると見て間違いない。

 なにせ鹿島のもう一人の姉妹艦である香取が日本総理大臣の直属組織に所属している上に今回の深海棲艦のハワイ侵攻では方々に手を尽くし問題解決の為に動いていたと言うのだ。

 

「はぁ、冬休みの内にやるつもりだった課題どうしよう、・・・帰ってからでも間に合うかしら?」

 

 実際、深海棲艦の侵攻の渦中で姉妹艦同士で繋がると言う原理不明のテレパシー能力を使って鹿島が何度か虚空に向かって香取の名を呼び連絡を取り合っていたのだからむしろ私の個人情報だけじゃなく何から何までバレてない筈が・・・今なんて?

 

「えっ、えぇ? 事情聴取だけでいいの・・・?」

「なんとか提出期限伸ばしてもら・・・あ、はい、嘘を吐かない事を約束する事にはなるでしょうけれどそれもあくまでハワイで私達がやった事の確認作業みたいなものですから」

 

 何かを計算する様に指折り数えていた仕草を中断してシレッと告げられた鹿島の言葉に驚きで目を丸くしてしまう。

 

「あと、プライベートに関する事は聞かれても黙秘して問題ないです」

 

 そんな私の顔がおかしかったのか小さく笑いを零した銀髪の下で魅惑的な瞳がウィンクして桜色の唇を私の耳元へと寄せて吐息で耳をくすぐる様に続けて囁く。

 

「万が一の時には財団が後ろ盾に付いてくれますから安心してください、先輩さん♪」

 

 あざとさと可愛いさが極まった悪戯っぽい笑みを浮かべて私の肩に頬ずりする様に凭れかかってきた恋人の姿に私はあっと言う間も無く赤くなったと分かる自分の頬を隠すように手で押さえる。

 

「あ、そうだ、それよりも落ち着いたら一緒に挨拶しに行きましょうね」

「挨拶? って、・・・誰に?」

「香取姉と香椎とぉ、私達の後見人をしてくれているお爺様とお婆様にです!」

 

 油断すればその場で時間を忘れて見惚れてしまうぐらいに美しい笑顔から繰り出された心臓を鷲掴みにされたかと思うぐらい衝撃的なセリフに硬直し、火照っていた顔から熱が一瞬で吹き飛び暖かな南国にいるのに背筋に氷を突っ込まれたかの様な寒気に震えあがる。

 

「皆、私の提督(・・・・)さんにすぐにでも会ってみたいんですって、うふふっ♪」

 

 いや、鹿島の姉妹艦二人はむしろ自他ともに認める重度の艦娘ファンである私自身叶うならば何時でも何処でも学業ほっぽり出してでも会ってみたいとは思っていたけれど。

 

 でも、そこに世界規模で情報戦を展開できるネットワークシステムや大型サーバーだけでなく艦娘用の軍用機材までもをポンと用意できる巨大企業のトップクラスのVIP、彼女達香取型三姉妹の後見人をしていると言う老夫婦が加わるのはいくらなんでも心の準備ができていない。

 もしもその後見人の正体が私の予想通りならその御仁は指を軽く鳴らすだけで私を物理的にも社会的にも綺麗さっぱり消す事が出来る人物なのだ。

 

 けれどこれは仮の話で、そう、まだそうと決まったわけではない、実際に会うまで違うかもしれない可能性は0じゃない。

 でも、深海棲艦の侵攻に晒されると言う人生最大の困難を乗り越えたかと思えば日本ではそれ以上に困難な試練が待っていると前触れなく聞かされた私の身体は自分でも情けなくなるぐらい恐れで震える。

 

「そ、そうだね・・・頑張るよ」

 

 それでも、あの日、鹿島とこれから先も一緒に生きていくと心に決めたのは自分自身で。

 

 だからそこから逃げる事だけはしてはならないだろ、と自らに言い聞かせてなけなしの根性で心を奮わせる。

 

「はいっ♪」

 

 そんなひどく情けない顔で呻く様な声を出した私の腕に何故かとても嬉しそうな顔をした鹿島が抱き付き、密着する彼女の温かさに嬉し恥ずかしと言った具合でまた顔に火が入る。

 

「ふっ、俺が赤城さんにふさわしい男になるまでの別れだぜ、グッバイホノルル!」

 

 そんな時、エントランスから搭乗口に繋がる廊下の方から聞こえてきた聞き覚えのある声に見れば一足先に大型ジェット機の入り口で眩しい青空と灰色の滑走路が見える分厚いガラス窓に向かって頭の中身が少々残念な私の友人がU.S.Navyのマークが刺繍された貰い物のキャップを向けていた。

 

「あいうぃるびーバッグ(・・・)! はっはっは!」

 

 ・・・なんとまぁ、羨ましくなるぐらい悩み事と無縁そうなドヤ顔で中学生でも言わないような頓珍漢なセリフを無駄に力強く言い放った人間の形をした珍獣のせいで周囲の乗客や係員が困惑して騒めく。

 

 何がどう間違ったらBack(戻る)Bag(カバン)を間違う?

 

 おい止めろ、手を振るな、こっち見るなっ!

 

 なんなんだその誇らしげなニヤケ顔はっ!?

 

 と言うか、彼はまさか赤城さん達がずっとハワイにいるって思ってるのか??

 

 昨日、三人で帰り支度してる時に来月までに自衛隊の艦娘部隊が日本に帰る事になったってラジオから繰り返し聞こえてたし、何なら今さっき居た空港ロビーでもそのニュースがやってただろう!?

 

「た、他人の振り、他人の振りしましょう先輩さんっ! 絶対目合わせちゃダメです!」

「うぁ・・・、お、お願いだからこっちに来ないでくれ、せめて日本に帰るまでは平穏でいたいんだ!」

 

 

・・・

 

 頭全体を締め付けられる様な痛みとひたすら派手に鼓膜を内側から叩く鼓動の音に耐え切れず意識が落ちそうになるがその度に体のあちこちに響く鋭い痛みで気絶する事も出来やしない。

 

 それでも死ぬわけにはいかないから泊地水鬼が地面から抉ってひっくり返した下手な島よりもデカい水晶岩盤の断崖を背に数十人の戦闘形態の艦娘が全員隠れても余裕で収まる深く抉れた大穴を塹壕代わりに応戦を続ける。

 

 そう言えば今は一度目の扉に身体のあちこちを深海棲艦の攻撃でぶっ飛ばされて半死人と化した足手纏いを押し込み、二度目が開くまでの時間を稼いでいたんだったか?

 

 時計が役に立たない空間では体感時間だけが頼りだけれどそれですらもう何十時間戦っているのかさっぱり分からなくなっていたが、それでも田中艦隊はこの限定海域が潰れて無くなる前に脱出を成功させ約束を守った。

 

 しかし、外では十秒かそれとも一分かもしかしたらもっと早いペースで脱出口を開いているのかもしれないが、空間と時間が歪んだままになっているこっち側にいる俺達が撤退のタイミングを何時間も待たされる事には変わりない。

 

 ビルの様にデカい水晶の樹を切り倒して作ったバリケードの外から飛んでくる砲弾、頭は痛いぐらいに冴えているのに眼球そのものが熱を持ってヒリヒリする上に鉛が乗っているかの様に瞼が重い。

 

 大破して戦闘形態を維持できなくなった艦隊の士官と艦娘達を近くにいた駆逐艦娘、確か、そうフレッチャー、その彼女に戦闘不能の足手纏いを拾い集めさせてタイミング良く開いた外への脱出口へと走れと命じる。

 

 幾つかの艦娘部隊を吸い込んだそれが閉じたと思えば破れた天井から降り注ぐ遠慮のない豪雨で要塞型深海棲艦が水晶の大地を抉って作った大穴が湖へと変わっていく。

 

 次に開いた扉には『まだ私は戦える!』とか喚いていた血だるまのじゃじゃ馬を艦載機を全て使い切ってしまった空母組に押し付けて送り出す。

 

 それにしてもさっきから鈍い痛みで集中が乱されているのか先の起こった事と後に起こった事がごちゃごちゃと混ざっている様な気がする。

 

 何せついさっきまでメインモニターの端っこで血の気の引いた真っ青な顔で十字を切って神様に何か祈りを捧げていた筈のフレッチャー(・・・・・・)がいつの間にか居なくなっている事に「あれ、どこ行った?」と呟けば「アナタが撤退を命じたんでしょうが!」と怒鳴り声で叱られるぐらいだ。

 

 そろそろ本格的にヤバくなってきた視界に気付け代わり平手を打つが頬に痛みは走らず、肺・・・と言うかその周りで折れた肋骨がジリジリと痛む。

 

 《装填! 砲弾! 早く!》とコンソールパネルの上で泣きわめいているIowa級戦艦一番艦の甲高い叫び(英語)に耳が痛い。

 

 頭も痛い、身体も痛いし無事な部分なんか一つもないが大人しく死んでやるか、死んでも脱出して全員で助かってやる。

 

 意地だけを頼りにグルグル回り始めた視界に鞭打ち、状況を確認すれば脱出待ちの残り艦隊が両手の指で数えきれるぐらいになっていた。

 

 だから水晶樹のバリケードをかみ砕きながら頭を出した軽巡ト級のバカでかい二つの口に16inch砲弾を御馳走してやった。

 

 爆散する軽巡級深海棲艦の向こうからやってくる黒鉄の怪物にアイオワのすぐ横で自称ビックセブンが高飛車な大声と砲声を放ち。

 大口径砲弾の派手な火柱と爆炎を目印に青赤髪と銀髪銀目の戦艦が千切れかけの手足を水晶のバリケードに突き立てて果敢に追撃を掛ける。

 

 不意に指揮席に座っている筈の身体が勝手に傾いたかと思えば虹色の光も空色の天井も無くなった真っ暗な空間が見え。

 

 その先では限界まで水を流し込まれた風船の様に撓んだ限定海域と外を隔てる境界線が弾ける様に消えていく。

 

 ついに海底の重みで潰れていく巨大な空気袋の中で最後に見た暗黒の世界を前に俺は怪我人優先とか他の艦隊の事なんか構わず脱出口が開いた一回目に迷わず飛び込んでおくんだったとただ後悔する。

 

聞こえてますか司令官?

 

 深海棲艦だろうと艦娘だろうと問答無用で引きずり込む自然の強大な力に抵抗なんかできるはずは無く、俺達を追い詰めてひき潰そうと爪や牙を突き立て主砲や魚雷を放とうとしていた深海棲艦の群れが暴力的な海流に鋼の船体を捩じ切られながら真っ黒な深海の闇に呑み込まれていく。

 

起きてください司令官

 

 ああ、これは死んだな、と柄じゃない諦めを吐きそうになった俺の目にいっぱいに広がった生身の人間の生存を許さない極限環境は微かに瞬く生物発光が妙に星空に似ていて耳の奥に水を流し込まれたかのように地響きの様な海流の音が遠くなる。

 

“なんで起きてくれないんですか?”

 

 そして、不意に頭の内側に直接聞こえるような地上から深海に向けられた拍手の音を合図に現れた太陽に似た輝きが眩しく・・・俺の瞼の上から照らして。

 

“こんなに吹雪(ワタシ)が呼んでるんですよ?”

 唐突に太陽の下へと繋がる光を遮る様に影が覆い被さった。

“貴方は吹雪の司令官(ワタシのモノ)ですよね?”

 それは同じ声なのに複数の口から零れ落ちた様に重なって聞こえてくる。

“ならすぐに起きて命令をください”

 それを俺の意識が認識すればするほどその輪郭は鮮明になっていく。

“それとも・・・まさか”

 まるでモザイクの様にヒビ割れた顔、ドロリと淀んだ黒瞳が俺の内側を覗き込む

ワタシとの約束を破る(吹雪の指揮官を辞める)つもりですか?”

 ねじれ歪んだ指先が俺を穿り出そうと脳の表面へと爪を立てる。

 

“そんな事、許しません・・・絶対に許さない”

 

 怒り、嘆き、憂い、祈り、望み、矛盾する期待と諦観が表裏一体になった一人で抱え込むには重過ぎる執着(感情)を俺へ流し込む為にヒビ割れだらけの顔に底の見えない穴が開いていく。

 

“司令官がいなくなってしまうぐらいなら”

 

 俺が変わってしまう前に存在ごと凍り付かせてしまおうとでも言う様に、時を止める氷の雫(能力)が吹雪の唇から滴り落ちてくる。

 

 首を絞められているかの様に息ができない、それでも無理やりに喉から掠れた声を絞り出す。

 

「止まれっ・・・!」

 

 止まれ、と俺に命令(・・)された途端に後少しで俺の精神に取り返しのつかないダメージを与えようとしていた艦娘の気配は命令通りにピタリと動きを止め。

 

「・・・義男さん?」

 

 渾身の力を込めて開いた目はひどく霞む。

 

「ぅっ、はぁ、はぁ・・・吹雪」

 

 けれど吐息同士が混じり合う至近距離にいた馴染み深い少女の顔と名前を見間違う事は無かった。

 

「あぁ・・・、まったく、こいつめっ!」

 

 正直、指先を1mm動かすだけでも泣き叫びたくなるぐらいに体中が痛いが女の子がしちゃいけない顔(ひどく歪んだ素顔)を晒してまで俺への執着心を拗らせているこの子(・・・)を放置する方が何倍も恐ろしいのだから仕方ない。

 意を決し目の前の吹雪の頭を両手で挟むように捕まえた俺はわしゃわしゃと乱暴に黒髪がぼさぼさになるまで兎にも角にも撫で回す。

 

「わっ、わぁ! 止めてください司令官!?」

 

 そうして悪夢だった事ぐらいしか思い出せなくなってきた夢の中から目覚め、正直言って現在の状況は全く把握できていないが両手をグルグル巻きにしている包帯や視界の端に見える病室っぽい室内の様子からから少なくとも深海魚の餌にならずに済んだらしいと察する。

 

「あ、きゃっぁ・・・あはぁ♪

 

 犬猫を撫で繰り回す要領で吹雪を弄りまくり、淀んだ目と声と顔が元の吹雪に戻ったタイミングで一息吐き手を下ろせばなんとなく満足気な顔をしたもっちり頬っぺたが病衣に包まれた俺の胸の上にくっつく。

 

「司令官っ、おはようございます、吹雪です!」

「あぁ、おはよう、だな・・・んで、どこだ、ここ?」

 

 いつもの挨拶(自己主張)が少し大きく聞こえ、よっぽど我慢していたのかちょっとやそっとでは上から退いてくれないらしい吹雪に苦笑いを浮かべ。

 介護用に使われてそうなスイッチだらけのベッドの上で何とか首を動かし周囲を見ればここが海の底ではなく病室と言うにはかなり広い個室だと気付く。

 

「二人共、その辺にしとかないと霞に見られたら蹴り飛ばされる事になるわよ?」

 

 そして、入院一日分ですらとんでもない金額の治療費を取られそうな個室には畏まった接待にも使えそうな応接用のテーブルとソファーまで置かれており、その上等なソファーの一つに座っていた呆れ顔のツインテールと目が合う。

 

「なら助けてくれよ、身体中痛くて動けないんだ」

「嫌よ、五十鈴だって、ほらこの通り」

 

 仮にも上官である俺の救援要請を何の躊躇いもなく断った太々しい軽巡洋艦娘が太いギブスで固定された腕をこれ見よがしにこちらへと見せ、そんな彼女の姿に「何がこの通りだよ」とつい笑いが漏れ。

 

「無茶させられたせいで皆ボロボロ、なのにクレイドルも数が足りないから小破未満の入渠は後回しよ」

「・・・、なぁ、俺どれぐらい寝てたんだ?」

「はいっ、今日で七日目で・・・すごく、すごく心配してたんですよ司令官っ」

「まったく情けないわね、鍛え方が足りないんじゃない?」

 

 健気な吹雪と対照的な容赦のないセリフを言うわりにいつの間にやら五十鈴も口元を柔らかく緩め。

 強い消毒液の臭いが漂う中で軽く身動ぎするだけで泣き喚きたくなるぐらいボロボロになった自分の身体を柔らかいベッドに沈めて頭の上に吊るされた点滴袋を見上げる。

とは言え、ぱっと見ただけでも少なくない怪我を負っている二人の姿や起きたばかりでちゃんと働かない頭のせいなのか妙に考えが纏まらない。

 

「悪かった」

 

 なのにその一言は自然と口からこぼれて出た。

 

 あの崩れていく限定海域で優先するべきだったのは瀕死の友軍ではなく俺の指揮に命を預けてくれている吹雪達で。

 指揮官として実行するべきだったのは戦いの殿に立つ事などではなく他の艦隊を押し除けてでも外に繋がる光へと飛び込む事だった、と。

 

「俺はあの時、完全に引き際を見誤ってた」

 

 今生きているのは単純に運が良かっただけの話だ、なんて一つ思い浮かべたら次から次に湧いて出てきて自分が何を言いたいのかすら分からない散らかった考えのまま、あの破滅を迎える深海棲艦の領域での自分の衝動的な行動に対する後悔に呻く。

 

「失敗を反省するのは大いに結構だけれど気が済んだらその腑抜けた顔を止めてね」

「いや・・・五十鈴お前なぁ、俺は」

「そもそも命に別状ないって分かってたから貴方が思ってるより私達は心配してないから」

 

 自分で言うのもなんだか珍しく心の底から猛省して悲観的な気分に浸っていたと言うのに俺の愚かな行動(自殺行為)に巻き込まれて死にかけた艦娘本人が繰り出した素っ気ないお言葉に何とも言えない脱力感に襲われ。

 そこでやっと引っ付き虫を止めてくれた吹雪の手を借りあちこちがギシギシ軋む身体を起こす。

 

「それに・・・今、安っぽく不幸ぶるほど五十鈴達は恥知らずじゃないの」

 

 そう言って眉を顰めた五十鈴の少しだけ後ろめたそうな顔が向いたのは病室の白い壁に掛けられた大型テレビ、耳を澄まさなければ気付かないぐらい音量を低くされていたそれのコントローラーが操作されてネイティブな英語でニュースを読み上げているらしいアナウンサーの声が大きくなる。

 

「・・・戦死者の追悼?、昨日行われた、か、・・・やらなきゃならないのは分かるがそれにしたって随分早い」

「概算ですらハワイ諸島全域、前代未聞の百万人を超える被災者を前にしたら急ぎたくもなるんじゃない?」

「たった一週間じゃまだ被害のヒの字も把握できてないだろうに」

「リムパックに艦隊を参加させてたアメリカ以外の国だっていつまでも黙ってないでしょうし、問題を秒刻みで片付けていかないと政治家からも死人が出るわね」

 

 わざと他人事っぽく言う五十鈴の言葉を聞きながら俺もテレビに意識を向け、英語はあまり得意じゃないからアナウンサーの喋る早口の半分程度しか分からないけれど白い花が参列者によって墓碑に供えられていく映像を見れば嫌でも何が行われているかを知る。

 

 深海棲艦のハワイに対する攻撃が始まって終わるまで時間にすれば二週間ほど、たったそれだけの間に起こった戦闘で軍艦が何隻も沈み、アメリカ軍だけでなくその場に居合わせ巻き込まれた国の軍人から出た死傷者は千人以上、治療中の重症者や行方不明者の如何よってはまだ死人が増える可能性もあり。

 その上、少なく見積もって100万人と言う桁違いの被災者が今も救助と支援を待っておりアメリカ合衆国ひいてはハワイに住む人々にとってここからが本当の戦いと言っても過言ではない。

 

 正直、何も思わないと言うのは無理な話だが、かと言って深海棲艦と言う脅威が取り除かれた後に所詮は他国の人間である俺に出来る事など無いと言う事ぐらい頭では分かっている。

 

「・・・あれ、もしかして良介に赤城と加賀か? 今映ってるの」

 

 そうしているとテレビの中でシーンが切り替わって松葉杖をついて葬儀会場を歩く黒スーツ姿の田中良介とその後ろに続くいつもの弓道着ではなく女性自衛官用の制服を身に着けている二人の正規空母が献花台に花を供えて最敬礼する姿が映り。

 

「あ、はい、日本の艦娘部隊の代表として呼ばれたって叢雲ちゃんから聞いてます」

「しかもわざわざ献花の担当に一航戦を指名してね、戦犯だのなんだの陰口叩いてたリムパックの開会式とは打って変わって今じゃ英雄扱いよ」

 

 さらにしっかりと身なりを整えた時雨達、田中艦隊のメンバーが他の参列者と共に神妙な顔で会場に並んでいる様子まで見える。

 

「まぁ、私達は提督は寝坊したせいで感謝され損ねたワケだけど?」

「・・・冗談言うな、こんな状態であんなとこ歩かされたら今度こそ死んじまう」

 

 かと思えば五十鈴の茶化す声と俺の軽口に合わせたかの様にまた場面が変わり、今度は規律正しく星条旗を掲げ幾つもの棺を運ぶ葬列を先導してハワイのどこかにある大通りを進むアメリカの艦娘達の姿がズームされた。

 

「あーっ、しれーっ!! みんな、しれーが起きてるっ! 起きてるよー!」

 

 そんな見ているだけでしんみりとして気が滅入るニュース番組を眺めていたらいきなり耳に痛い硬い板が砕ける音とそれに負けないぐらい甲高く大きい声が背後から襲いかかる。

 驚きのあまり痛みを忘れて後ろを振り返れば病室の入り口をぶち破る勢いで、・・・と言うか本当にドアをぶち破ったらしい時津風が床に散らばる破片の上で心底嬉しそうな笑顔を輝かせ。

 

 さらには元気過ぎる少女の後ろから慌てた様子で俺の艦隊のメンバーが廊下を駆けてくるのが見え。

 

 遠目にも無傷とは言えないまでも全員が五体満足な姿に気付く事は出来てもそれで安堵する余裕は俺には無く。

 

「わはぁーい、しれー♪」

 

 そして、時津風を咎める大きな声が聞こえてくる事から何らかの理由で廊下を暴走した彼女を止める為に廊下を走る艦娘達が壊れた病室のドア越しに起き上がっている俺に気付き。

 その中の誰かが感極まった様に病院の廊下に響かせた「提督!」の声を合図に病室のベッドから動けない俺に向かって人間ミサイルと化した時津風が発射される。

 

「おいまさかっ、ときつ、おま、止せぇっ!?」

 

 そして、着弾までのたったゼロコンマ数秒。

 

 自分にとって明確な脅威である艦娘の殺人タックルに向かってこの場で最も無力な俺が出来たのは数秒前まで憂鬱な気持ちを忘却の彼方に吹っ飛ばし恥も外聞もなく泣き叫ぶ事だけだった。

 





Q1.「Oh,ジャップさぁ・・・なんでコウソクシュウフクザイを全員分用意してくれてないんだい?」

A1.「申し訳ありません、現在当方でも不足分の製造を行っておりますがお渡しの確約は致しかねます」

Q2.「hmm、moneyにイトメは付けませんヨ?」

A2.「材料が無いんですよ、貴方方が鎮守府からごっそり持ってったせいで」

Q3.「なら・・・Me達に製造法を、ライセンス契約はYOUの言い値で」

A3.「ダメです、『まだ』上から許可が下りてません」


~ ある日の提督たちの会話 ~

「俺達の治療費は米軍の予算から出る事になったそうだ」
「おっ、そりゃ良いニュースだ! アメリカの医療保険に申し込みしなきゃならないかと・・・」
「ああ、因みにだが壊れたベッドと割れたドアの修繕費は後でお前個人に請求されるらしい」
「・・・なぁ、この前の『貸し』について話がしたくなってきたんだけど」
「知ってるか? 金の貸し借りは友情どころか家族関係すら簡単に壊す事に繋がる、と」
「脅すのかっ? 命の恩人である俺をっ!?」
「ならちゃんと返す時まで恩人でいてくれ、・・・大体、金と言うなら防大の時に立て替えてやったままの」
「おっし! 金とか貸しとか野暮な話は止めよう! なっ、なっ!」
 


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幕間
第百五十三話


 
 ――やっと、お戻りになって真っ先に手を付ける案件がこれなんですか?

 まったく何を言っているのか、むしろこれ以外にはありえないと言うのに

 ――あら、さっそく詳細の確認ですか? ・・・では今資料をお持ちします

 まったく準備の良い事だ・・・優秀過ぎて嫌になる

 ――どうぞ、情報はこちらに

 二日と言わず一か月は実家とやらでおとなしくしていれば良いモノを

 □□ 司令には珈琲をお出しするべきでしょうか?  それとも紅茶を・・・あ、はい。了解です。直ぐにお持ちいたします

 ・・・なのに何故、お前達は私の前に現れるッ! 何故、増える!!


 四角く切り取られた灰色の寒空の下、四方を背の高い寮の壁で囲まれているおかげで一月初旬の冷たい海風にさらされずに済む場所。

 

「結局、あれだけ皆が皆大袈裟に騒ぎ立ててさ、終わってみれば見事にな~んにもなかったわね」

 

 運動場と言うには狭く、中庭と言うには少し広い、東京湾沿岸に存在する鎮守府と名付けられた某所で暮らす艦娘達にとっては馴染み深い広場の一角でオレンジ色のツインテールが曇り空へしみじみと呟く。

 

「いやいや、流石に何にもってわけじゃないだろ」

 

 雪でも振り出しそうな空を見上げているツインテールの駆逐艦娘、陽炎へとショートヘアの特型駆逐艦が怪訝そうな顔の前で軽く手を横に振る。

 

「でも、気持ちは分かる、・・・いっちばーん頼りになる艦娘がここにいるのにさぁ」

 

 普段と比べるとかなりテンションが低い白露型一番艦の前でパチパチと火の粉がはぜ、灰色の煙が同じ色の空を目指す様にゆらゆらと上っていく。

 

「そう言えば鎮守府から救援に出たのって結局、金剛さん達だけ?」

「そうでしょ、ひぃ、ふう・・・8人?」

「ん~、先行した中村さんの艦隊に秋津洲が入ってたから一応9人だぞ」

 

 ぼんやりと眺めていた空から視線を正面に戻した陽炎が手に持った火ばさみで側面に空気穴を開けた一斗缶の中の暖かな火を揺らす炭を突っつきつつそう聞けば、同じ焚火を囲んでいる深雪と白露が気の抜けた顔で火の上で炙られている串焼きを適度に回転させながら返事を返す。

 

「それにしたって少なすぎでしょ、両手の指で数えられる程度しか増援送らないって戦闘待機してたの一つや二つの艦隊じゃないのよ? 鎮守府全体よ?」

「だよなー、こんなんだと非番日返上で待機する必要なんかあったもんじゃねぇ、と・・・焼けた! あちちっ

「なんか舞鶴組や佐世保組も同じだったみたいだし、あ~ぁ、年末に詰めてた予定ぜーんぶ台無し、・・・あれ、塩だけ? まさか二人も他に調味料持ってきてないの?」

 

 長串に刺さっているホカホカのジャガイモと香ばしい(あじ)の一夜干しをそれぞれの紙皿に乗せた同僚二人の話に深く頷いて同意した陽炎は何気なく自分達のいる四階建ての壁に四方を囲まれた広場を見回す。

 

「忘年会どころか新年会の計画も立ち消えになっちゃったし、ホントなんだかなぁ・・・深海棲艦に来る時期選べとか言っても意味なんかないんでしょうけど~」

 

 二階の窓から垂れ下がる大きな迎春の二文字や今年の干支の絵など本当なら紅白めでたい装飾と共に年末年始の賑やかさを彩るはずだったモノ達が引っ込むタイミングを完全に逃して一月半ばの寒風に揺れている。

 

「だいたいな、何でうちが米帝のお家騒動で右往左往させられなきゃなんないんだ?」

「まぁ、それはそう」「うん、右に同じ」

 

 焼きジャガをハフハフと頬張りながら眉をしかめる深雪の物言いに白露が食べかけの鯵の串焼きを手に何度も頷き、どこか物悲しく揺れる垂れ幕から視線を戻した陽炎は苦笑いを浮かべる。

 

「要するに・・・泰山鳴動し鼠一匹って事?」

「だな」「あははっ」

 

 そんなふうに魚や芋を炭火で焼いている三人からは広義の意味では一連の事件の関係者であっても当事者ではないと言う微妙な立場である為か山一つどころかアメリカ合衆国ひいては世界までもを震撼させた深海棲艦の大規模侵攻に対して自分が感じた不満ぐらいしか出てこない様である。

 

「でもさ、よく考えてみれば今回の事件って一歩間違えばハワイだけじゃなく太平洋が丸ごと深海棲艦に奪われるとこだったんじゃない?」

「ん~? おいおい、なんだいきなり、それは流石に言いすぎってモンだぞ」

「あっ、そっか、あっちの世界だと太平洋側の制海権ってほとんど深海棲艦に取られてたんだっけ?」

「白露まで・・・あっちの世界ってもしかして中村さん達の? 言われてみればそんな事も言ってたな、あの人」

 

 期間にして半年にも満たないものの一時期は同じ艦隊で釜の飯を食べていた事がある三人はその時に自分達の指揮官をやっていたホラ吹き男の言動を頭に思い浮かべ。

 

「でさ、もしかするとホントなら今回のハワイ防衛って失敗してたって事じゃない?」

「あー、そんで要塞型の姫級に制圧されたハワイから現地で奮戦する友軍を救出する為に北海道からアリューシャン列島迂回しての大作戦! 一航戦、二航戦、五航戦そろい踏み空母機動部隊八面六臂の大活躍! ってなってたかもしんないって事?」

 

 それは陽炎達にとっては真偽どころか存在すら定かではない別世界の話。

 

「ありえねー!」

「よねー!」

「でしょー?」

 

 他人を揶揄う事に過剰な情熱を注ぐ悪癖を持った特務士官が得意気に彼女達へ語った(騙った)架空の物語をそれぞれ思い出しつつその与太話の大半が自分達の現在の状況と噛み合っていない事を改めて確認した三人は揃って苦笑する。

 

「て言うかあの話が本当ならとっくの昔にシーレーン崩壊してなきゃなんなくなるんだし」

「ところでなんでこのカボチャ丸ごとなの? 包丁もまな板も無いの、なんで?」

「あ、中村さんと言えば話は変わるんだけど、今、白露って能代さんと同じ艦隊よね? あの人・・・大丈夫?」

「せめてマヨとか、え、能代さんが大丈夫って? ・・・ぁっ、あー、うん、何言いたいのかは分かった」

 

 不意なセリフと自分の髪を軽く指に絡ませてこちらに見せる陽炎の様子に何かを察したのか白露は手に持っていたすこぶる皮の固いカボチャを食材が入っている籠へと戻してげんなりとした表情を浮かべた。

 

「今日の朝、洗面所で顔洗ってたらいきなり『阿賀野ねぇったら寝癖だらけになってるわよ』とか言いながら髪いじられてさ、驚いたってもんじゃなかったわよ、あれ」

 

 愚痴とも文句とも言えない陽炎の微妙な物言いに白露は「そんな事私に言われても知らないってば」とため息混じりの呟きを返して何かを探す様に視線を虚空へと巡らせる。

 

「あー、だから今日妙に艶々してんだなその髪」

「もー、そんな事より味付け、はぁ、仕方ないなぁ・・・誰か暇? ちょっと持ってきて欲しいのあるんだけど~

 

 そんな二人を横目にthe・他人事とでも言う様な態度で深雪は野菜籠の横に置かれたクーラーボックスから鶏肉とネギが交互に刺さった金串を数本まとめて取り出し一斗缶コンロの上に並べていく。

 

「げに恐ろしきは長期間姉妹艦と合流できない艦娘が発症する病気だな~」

「正にそれね、心構え無い状態で絡まれるとどうしていいか分かんなくなるし、案外しっかりしてる人ほど発症しやすいみたいよね」

「あのさぁ、私いつも思うんだけどとりあえず病気って言い方は良くないと思うんだよね」

 

 普通の人間がそれをやれば電波人間だの精神異常者だのとレッテルを張られて病院行きになる事確実なのだが白露の弁護する通り感情表現豊かに虚空に向かって話しかけている少女達の姿がどんなに奇妙に見えても艦娘に限定して言うならばそれは病気などではない。

 

「陽炎も他人事みたいに言ってるけど私達だって通信中につい身振り手振り出ちゃう事あるでしょ」

「でも普通に連絡する以上に姉妹艦通信にハマっちゃう子達って言っちゃ悪いけど実際病的に見えるじゃん」

 

 とは言え艦娘特有の不思議能力の一つ、離れた場所にいる姉妹と電話なんかより手軽に連絡が行える便利な能力だが【精神の混線】と言う別名で呼ばれる事もあるそれは時として言葉だけでなく感情や五感まで相手と共有してしまうのも事実。

 長時間もしくは頻繁にその能力を使い続ければどれだけ使用に慣れていると自負する者でも話している相手が自分の目の前にいると錯覚してしまう程度には脳内と現実の間にある感覚にズレが生じると言う無視するには少々大きい副作用が発生するのだ。

 

「って、ちょっと深雪! 一度に並べ過ぎ焦げちゃうわよ!」

 

 なので南国(ハワイ)のベッドの上で惰眠を貪っている姉を鎮守府(日本)にいる過保護な妹が世話を焼くつもりでたまたま目の前にいた駆逐艦娘のツインテールにストレートパーマをかけると言う珍事が稀によく起こる*1

 

「なぁ~、陽炎・・・そう言やさ、さっきのまいのわ(・・・・)の前でも同じこと言えんの?」

「・・・うん、ところで話は変わるんだけど!」

 

 焼き鳥の焼き方に文句を付けられたお返しか深雪からの「お前の姉妹にもそういう(・・・・)のいるだろ」と言外に言うツッコミにこの話題が都合の悪い方向に向きそうな気配を察した陽炎は素早く明後日の方向へと顔を反らし、丁度そちらに見えた朱色の鳥居と小さいながらもおみくじ売り場や絵馬掛所がある小奇麗な社をなんとなく眺め。

 

「なんか瑞雲教、いつの間にかマジの宗教みたいになってきたよね・・・初めは道楽クラブ活動みたいなのだったのに」

 

 なんとなく、本当になんとなく気になった事を口にしてから陽炎は改めて鳥居の神額に【瑞雲】と書かれた神社、その横に鎮座する全長2.7m全幅3.2mの物体を視界に収め、かつて旧日本海軍にて運用された水上偵察機の1/4スケール模型と純和風神輿が合体したかのような悪ふざけの権化と言える存在に失笑を漏らす。

 

「確かにあそこまでとは思ってなかったよなぁ、てか、瑞雲お神輿とか誰が言い出したんだ?」

「誰って十中八九、日向さんでしょ、予定通りだったら瑞雲神社のメンバーが担いだあれの上で新年の祝砲をあげるとか言ってたらしいよ」

「いや、深雪さまはもがみん辺りが怪しいと思うぞ、なんたってご神体瑞雲(プラモデル)の作者だしな、知ってるか? 社の中のあれ(・・)どんどんリアル化して今じゃプロペラ回ったりキャノピーとか開く様になってんだぜ?」

 

 一部の同好の士を除くほぼ全ての艦娘から異常瑞雲愛好者として扱われている自称・航空戦艦もしくはその瑞雲マニアを何故か師匠と呼んでいるボーイッシュな重巡のどちらかがあのやたらと場所を取る暗緑色の物体を作った犯人だとお互いに偏見まみれの推理を交わす二人に陽炎は軽く肩をすくめる。

 

「一番初めのご神体は時津風が作った隼なんだけど、じゃなくて、おほんっ、ところが瑞雲お神輿の言い出しっぺはその二人じゃないのよ」

「「え?」」

 

 絶対に間違いないと思っていた推測が両方とも間違いだと横から言われて目を丸くする白露と深雪へ陽炎は自分の交友関係と言う名の情報網に引っかかった日常生活では全く役に立たない情報をちょっと勿体ぶりつつ語り出し、コンロの上で香ばしい匂いを立てている焼き鳥を取る。

 

「白露姉さ~ん持ってきたわよー」「ぽーい♪」

 

 まず前提知識として鎮守府内で瑞雲教と呼ばれる事もある同好会*2の活動期間はまだ一年も経っておらず、しかも会の発足時点で所属していた艦娘はなんとたったの三人しかいなかった。

 にも拘わらず、やたらと艦娘達の間で上記のイロモノ集団の知名度が高いのは某ホラ吹き特務士官が大袈裟かつ面白おかしくまだ艦娘として目覚めてから間もない現代日本の情報に疎い少女達に別の世界で発生した瑞雲カルト教団の情報を吹き込んだせいである。

 

「あら、三人で何の話してるの?」

「陽炎プレゼンツ、毒にも薬にもならない話~」

 

 その後、件の水上機へ異様に執着する艦娘が実際に出現しても多くの艦娘は嘘吐き男の眉唾話が本当になった事に驚きつつも生暖かい目と苦笑いで瑞雲神社管理委員会の活動を見守る事にした。

 

「おっ、バターにケチャップ、焼肉のタレもあるじゃんか♪」

 

 何故なら艦上戦闘機と比較して運用の自由度が高い水上機とは言え戦艦や巡洋艦が効果的に航空戦力を扱えるとは思われていなかったから、言い方は悪いが艦娘用カタパルトを装備したとしても砲艦である彼女達の航空機の操縦技能は本職の空母と比べるべくもなく低いのは確かな数字で裏打ちされた事実だった。

 

「やるじゃない、さすが村雨! ・・・夕立は、なにその袋?」

 

 下手をすれば船足を引っ張る重りにしかならない飛行甲板の劣化コピーと言うのが大半の艦娘にとっての共通認識、おまけにその中途半端な性能の割りに高価な特殊装備を運用するのが怖いのか指揮官達も引け腰。

 そんなコストに対して戦果が期待できない代物に傾倒している同好会の活動と言えば演習や訓練で特に理由なく瑞雲を飛ばしたり、神社前を掃除しながら「瑞雲、良いよね」「・・・良い」と仲間同士で語り合うだけ。

 

「んふっ、お餅っぽい♪」「他にもいろいろ持ってきてますよ~」

 

 つまりは遠巻きに見ている分には実質無害な小集団、むしろ下手に話しかけたら延々と瑞雲語りを始める伊勢型二番艦がいるからよっぽどの事がない限り瑞雲神社にたむろする艦娘達は放置されていた。*3

 

「だ~か~ら~、そこら辺は私達だって知ってるってば、今はあの瑞雲お神輿を作ったのが誰かって話でしょ」

「そもそもなぁ、長ったらしい話しなくたってあれ(・・)が日向さんのオモチャなのは変わんないじゃんか」

 

「まあ、聞きなさいって、話はまだ途中なんだから」

 

 そんなある時、周囲からの偏見の色眼鏡で見られ少しばかり不遇な扱い(?)を受けていた非公式宗教法人・瑞雲教(正式名称・瑞雲神社管理委員会)に対する風向きが変わる出来事が起こった。

 

「あ、村雨こっちにもバター頂戴、ジャガバター!」

 

 それはデータが欲しい研究室の要請で航空甲板モドキを装備していたとある艦娘が戦艦レ級と仮称された新種の深海棲艦の討伐任務中に遭遇した度重なる困難なトラブルを乗り越えて無事に鎮守府へと無事戻った後にその艦種が補助艦(潜水母艦)から戦闘艦(軽空母)へと変化していた事。

 

「か~ら~の、焼き鳥ジャガバター♪」

「おぉ、それ良いな! 深雪さまもやろっと♪

 

 元は輸送艦よりちょっとマシな程度の戦闘能力しかない潜水母艦だった彼女が前述の航空甲板モドキを身に着けて経験を積んで付け焼刃ではなく本職の航空戦力を担う存在へと進化(・・)した事実は一部の艦娘に筆舌に尽くし難い衝撃を浴びせかけた。

 

「自分達もあの装備を貰えたら活躍できるかも? とか思っちゃった子達が結構いんのよ輸送艦組に」

 

 モソモソと香ばしい鶏肉と長ネギを食みながら自分と同じ艦隊に所属している非戦闘艦から軽空母となってしまった艦娘とその周囲で起こっているあまり良くない状況を図らずも再確認する事になった陽炎は口の中の旨味とは裏腹に少しだけ眉を顰め。

 その話を聞いた駆逐艦達は下手をすれば自分達が守るべき輸送艦や補助艦が出来損ないのハリボテを身に着けて自分達と同じ最前線に並びかねないと言う忌々(ゆゆ)しき想像図を思い浮かべ苦い物を噛んだ様な表情を浮かべた。

 

「じゃぁ、あれか・・・あの瑞雲神輿ってその子達が?」

「みたいね、むしろあれに関しては日向さんには珍しくメンバーに自重を呼び掛けてたっぽいわ」

「っぽい?」

 

 もっとも「瑞雲は一日にしてならず」や「形だけの瑞雲に真の瑞雲は宿らない」とか「祈りはいらない、ただ飛ばせ、瑞雲とはそう言うモノだ」などなど、瑞雲神社管理委員会の代表艦娘が垂れ流した常人にはちょっと理解し難い格言っぽい何かが果たして自分達の不当な扱いに抗う力を求める非戦闘艦達を落ち着かせる事に一役買う事が出来ていたのかと言われると疑問である。

 

「でも、これに関しては司令部のが問題よ! 未だに輸送艦の子達をいらない子扱いしてる連中を処分どころか注意すら碌にしないんだから!」

「あ~、だから戦えるようになって見返してやろうって?」

「そんな・・・戦い方が私達と違うだけであの子達だって立派な艦娘なのに」

「そう言えば戦うのは怖いけど司令官は欲しいって言ってる子けっこういるっぽいぃ」

 

 ともあれ、結果として瑞雲神社管理委員会に新しく入ってきたメンバーの勢いを完全には抑えきれず本人達にとっては切実な願いが込められた依り代は自称・航空戦艦とその一番弟子の制作監修によって非常にディティールの凝った水上機型お神輿として完成した。

 

「って、待てぇ! 何が自重を呼び掛けてただよ! 二人ともめっちゃ積極的に関わってんじゃねーか!?

「もぉ、私に怒鳴らないでよ、日向さん達が時々マジで何考えてるのか分かんない事するのは稀によくある事でしょ~よ」

 

 寒々しい曇り空の下で深雪の大きなツッコミが四方のコンクリート壁に反響し、その大声を正面から浴びた陽炎は痛そうに両耳を押さえながら心の底から心外そうに口元を尖らせる。

 

「こんな所で何を騒いでるんですか、周りの事も考えなさい」

 

 そんな時、その場にいる駆逐艦達が皆揃って耳の奥をキーンと痺れさせていたら四方を囲う艦娘寮の壁の隙間、路地の様な広場の入り口からサスペンダーで吊ったお揃いのスカートを揺らして小柄な少女達が陽炎達が囲んでいる焚火に近づいてきた。

 

「あれ? 今日は自主練してたんじゃないの? 折角の一日丸ごと休みだってのにね、真面目な朝潮ちゃん」

「ええ、そのつもりではありましたが司令官から御用事を受けて途中で切り上げてきました」

「そうなの? 珍しい事もあるもんねぇ・・・まぁ、そんなとこで立ってないで座んなさいよ♪」

 

 鎮守府の外を歩いていたら小学生と間違われるだろう駆逐艦娘へ人懐っこい笑みを浮かべて手招きしつつ陽炎は何本目かの串焼きを空いてる方の手で取る。

 

「いえ、何よりまず・・・陽炎、貴女は司令官へ速やかに提出するべき書類があると言う事を知るべきです」

「ぇっ、提出? ぅ~ん・・・ん、今日が期限のモノなんてない筈だけど?」

 

 同じ指揮官の艦隊に所属している朝潮型一番艦の突然の指摘に呆気にとられた陽炎は数秒首を捻ってからやっぱり全く心当たりがないと返事を返し。

 その後たっぷり数十秒ほど朝潮は直立不動で待つが一向に思い当たる節がなさそうな様子の同僚艦の態度に生真面目な少女は小さく嘆息した。

 

「貴女が望んでいた実技試験の申し込みを本日1200(ヒトフタマルマル)までなら受理してもらえる様になりました、司令官からは「その気があるなら執務室に来い」との事です、以上!」

 

 背後にニパッと元気な笑顔を浮かべて手を振る妹を従え朝潮の幼げな見た目を裏切る堂に入った立ち姿と軍式の呼吸から繰り出された勇ましくも良く通る声が陽炎へと通達事項を無駄なく伝える。

 

「え・・・マジ? 今、主任いないし他の研究員の人達も余裕ないから当分やんないって」

「特務士官の賛同者と申し込みを希望していた艦娘が多かったから話が通し易かったと木村司令は言っておられましたが、それだけの事で横車を押す様な要望が通るとは思えないわね」

 

 そう言ってから朝潮は自分の指揮官がその頑なな程の実直さに隠れた部下想いな計らいへ改めて尊敬の念を抱きつつ、その不器用な思いやりを現在進行形*4で台無しにしかけている同僚への有り余る呆れを深い溜め息に変えて吐き出した。

 

「貴女が今日の予定の一つでも書き置いていれば司令や艦隊の皆の手を煩わせる事などなかったのに、良いですか私達は艦娘として・・・」

今何時!? 嘘でしょ1625ですって!? 間に合わ・・・不知火アンタがいるのハワイじゃない!!

 

 説教臭い事を続けて言おうとしている朝潮がついさっき伝えてきた連絡の内容に理解が追いついた瞬間、こんなとこで焼き鳥食ってる場合じゃない、と血相を変えて身を翻す様に立ち上がった陽炎は一目散に駆け出す。

 そして、炭火の上から取ったばかりの焼き鳥を朝潮型二人の横をすれ違う瞬間に大潮へリレーバトンの様にパスし、悲鳴じみた叫びをその場に残し広場の出入り口の向こうへオレンジ色のツインテールがあっと言う間に消えた。

 

「朝潮姉さん、ネギま貰っちゃいました♪ 良い匂いで気分アゲアゲです!」

「大潮ったら・・・我が艦隊の者のせいで歓談中のところをお騒がせしてしまい、申し訳ありません」

 

 陽炎が残したドップラー効果が広場から消えたのを見送った朝潮は後ろでなんの躊躇もなく貰った焼き鳥を頬張る妹の嬉しそうな様子に小さく笑みを浮かべつつ突然の出来事に驚いて目を丸くしている焚火の周りを囲んでる仲間達へと頭を下げる。

 

「いや、そんな改まって謝られる事じゃないし、な?」

「そうそう、私達って休み持て余してグダグダしてるだけだし、ね?」

「二週間の戦闘待機の代わりに丸々一日お休み貰っても特にやる事ないのよね~」

「訓練や演習にも参加できないし、授業や部活も再開は来週以降だからすっごい暇っぽい」

 

 そうして、ものの見事に時間を持て余した現代の戦乙女達が苦笑いを浮かべつつ朝潮と大潮も自分達の輪に招き入れる。

 

「あの、陽炎も先ほど言っていましたが、朝潮達がお邪魔しても良いんですか? 私も大潮も持ち寄るモノなんて何も持っていないわ」

「正直、この量片付けるにゃもうちょっと人数が欲しかったとこなんだよ」

「いやー、仕方ないとは言えさ、ぶっちゃけ買い込み過ぎだよねっ」

 

 そう言って深雪と白露が指さす先、並の女の子より身体も胃袋も逞しい艦娘とは言え三人程度で消費するには少々荷が重い量の魚、肉、野菜類が積まれているのに気付いて朝潮が驚きに目を丸くした。

 

「そう言えば白露達は何故、こんな所でこんな事を?」

「さっきのなんだったんだろね、のわっち?」「ええ、私達を呼んだのは陽炎なのに、どうするこのマシュマロ」「てか、あと三十分しかないって、何がだ?」

「朝潮は知らないのか? 今月中にコイン使っちゃわないと没収されるんだってよ」

「眠い、寒い、お布団に戻りたい」「そんな声出さなくても巡回やり過ごしたら戻れるってぇ」

「は? そんな馬鹿な事が」

「うっぅ、大鯨はもういないんだ」「いくら呼んでも帰ってこないんですって・・・」「あ痛った、もぉっ、これホントに必要なの?」

「あれ? 酒保の商品の値段が何倍も高くなるんじゃなかった?」

「大丈夫、大鯨さんは私達の思い出の中にいるよ」「でも、お酒、飲まずにはいられない!」「網どころか鉄板もねぇんだとよ、一斗缶一つで野営が出来るもんか」

「ど、どういう事っぽい!? 夕立そんなの知らないっぽい!」

「睦月ちゃんは何持ってきたの?」「園芸部で育てたサツマイモにゃしぃ♪」「とっても大きくて立派でしょ、ふふっ、もっと近くで見てよ♡」

 

 余りに荒唐無稽な内容に驚くよりも困惑して詳しい理由を朝潮が白露達に聞いているタイミングで広場の入り口からガヤガヤと十数人以上の騒がしさが近づいてくるのだった。

 

「どうして、どうして・・・潜水艦の子達の中で私いなくなった事になってるんですかぁ・・・?」

「アナタ達! いい加減にしないと龍鳳さんが・・・泣いちゃってるじゃない!?」「大丈夫ですから、あの子達だって本気で言ってるわけじゃないですよっ」

 

*1
多い時には週に二回ぐらい起きる事もある

*2
なお、正式名称は瑞雲神社管理委員会

*3
瑞雲神社だけでなく広場全体の掃除もやってくれるので他の艦娘からは若干プラス寄りの印象を持たれていたのも不干渉の理由の一つである

*4
現在、陽炎は休日である事を良い事に朝っぱらから

瑞雲神社前広場の端っこで無駄話に花を咲かせている





「それにしても酒保内で使用されている商品交換用コインの価格改定、いえ、是正ですか」

「こんな事を一度に、それも強引に行えば鎮守府全体から反感を買うのでは?」

「目に見えて貧すると知れば酒保を利用している艦娘達による反抗運動が起こる危険性は高いかと」

「それは、まぁ・・・確か、コイン1枚に対して100円の交換レートと言う事になっているはずですが」

「ぇ、あら・・・ホント、この商品なら鎮守府外の価格の半分で販売されている事になりますね」

「ですが、それらのほとんどは端数切り上げと備品課と納入業者の問題です」

「だと言うのに艦娘個人の所有物を懐をまさぐる様に調べるなど流石にプライベートな」

「・・・は? 待ってください」

「この子一人で十万三千枚? 現状、これが下手をすれば二倍強の差額に・・・?」

「他にも何人も同じ様なっ、なんですかこの異常な所持数は!?」

「まさか、鎮守府の司令部は自分達の年間予算を越える金額に交換されかねない疑似通貨が過剰発行されている事に気付いていないのですか!?」

「へっ・・・さらに日本円をコインに両替できる設備が? 鎮守府の職員も利用できる状態で?」

「任務報酬ではないコインの譲渡、指揮官が個人的に使用するは多過ぎる枚数の両替記録っ」

「ふ、ぅっ・・・失礼、少しめまいが」

「ええ、確かに室長のおっしゃる通り、これは多少強引でも是正が必要な案件のようですね」

「弥汐さんはすぐに他の資料の精査を!」
「了解です、香取さん!」

「・・・この際、不正取得されたコインの没収も考えなければなりませんね、それでは室長少しの間失礼します」


「ところで親潮さん、ここでの私は軽巡香取ではなく茅野ことり(・・・)です、間違えてはなりません」
「も、申し訳ありません、気を付けます!」


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