艦これ、始まるよ。 (マサンナナイ)
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第一章 第一話

とある無意味に熱血な漫画家が主人公のマンガがあるんです。

その主人公が「自分の好きなマンガを読むためには自分で描くしかない」って言ってたんですよ。




 しかめっ面でいつも上から押さえつける偉そうな態度をした司令官から命令を受けてどれほど時間が経ったのだろう。

 

『輸送船団から敵集団を引き離す為に囮として指定海域で戦闘を開始せよ』

 

 夜明け前の空は曇天、分厚い雲に覆われ今にも落ちてきそうな薄暗い空の下。

 気を抜けば身体がそのまま吹き飛ばされそうな暴風が服の袖や襟を乱暴にはためかせて波しぶきで濡れた布地を突っ張らせる。

 火薬が破裂したような爆音が連続して遠くから響き渡り波しぶきで不自由な視界を庇う様に手を翳して音の発生源へと視線を向ければ遠く波間の向こうに見える黒い巨体が見えた。

 風切り音が耳に届いたと同時に周囲の仲間達へ警告の声を上げようとしたと同時に一際高い波に足を取られて海面に転ぶ。

 海水を嫌というほど頭から浴びてその塩辛さに私が呻きを上げたと同時に巨大な水柱がわずか数m前方で立ち上って海を掻き混ぜる。

 

 さっきの転倒から立ち上がる事も出来ず、飛んできた質量が海面を掻き混ぜて海流を暴れさせて身体が高波にのまれて洗濯機に放り込まれたハンカチのように振り回される。

 鼻や口に流れ込んでくる海水の辛さに悲鳴を上げそうになりながらも必死に水を掻き海面を探してもがき。

 何とか水面を見つけて顔を突き出し噎せるように空気を肺に取り込んで顔に纏わりつく前髪や海水を手で乱暴に拭う。

 

「皆はっ!?」

 

 そして、巨大な黒い影が波を割りながらこちらへと突き進んできている様子に目を見開き。

 両手で海面を掴むようにして私は身体を海から引き抜き両足で波を踏みつけて立ち上がった。

 

「返事をっ、ぁ・・・」

 

 チリチリと消えかけの灯のような光の粒を撒く何かがすぐ近くに浮かぶ。

 人間の手、見覚えのある靴を履いた足が途切れた根元からほどけるように光を散らして水の中へと沈んでいく。

 それが仲間のモノであると直感しながらそれを認めることが出来ずに口をマヌケに開けたまま呆然と荒波の中で立ち尽す。

 後数分もすればまた敵が放つだろう暴力の塊をわざわざ待つ案山子のような様を私は晒した。

 

「誰かぁっ、痛いよぉっ・・・」

「大丈夫!? 今行くからっ」

 

 暴風の中で微かに聞こえた仲間の声に振り向く。

 茶色い髪と赤い髪留めに長袖のセーラー服が暴れる波に弄ばれている姿を見つけた事でその名前を呼ぶよりも先に波を蹴って駆け寄る。

 片腕が不自然にねじくれて何かの破片で引き裂かれた服の下に見える肌には痛々しい痣が刻まれた小学生にも見える小柄な少女。

 私が駆け寄った事に気付いた彼女は痛みに呻きながらこちらへと視線を向けて助けを求めるように無事な方の手を伸ばしてきた。

 

「しっかりしてっ・・・立てるっ!?」

「・・・痛いのですっ、何で、何でこんなことにっ・・・ぅぅっ」

 

 完全に心が折れている仲間に手を差し伸べて肩を貸して立ち上がらせる。

 だが、お互いにもうまともな戦闘行動は既に取る事は出来無い事は分かっていた。

 いや、そもそも、戦意を持って立てたとしても光る球を手足からポンポンと気の抜けるような音を出して飛ばす程度ものを戦闘能力などと言って良いのかは考えるだけ無駄な事なのだろう。

 

「他に誰かっ! 叢雲ちゃんっ! 漣ちゃん、五月雨ちゃんっ!! いないのっ!?」

 

 さっきの砲撃で隊列が乱されただけ、ただ少し離れた場所にいるだけだと必死に自分に言い聞かせ。

 叫び声をあげるがそれに応えてくれる声は無く、メソメソと気の滅入るような泣き声を漏らす同型姉妹の末っ子を支えながら迫りくる黒い影から逃げるように脚を動かす。

 溺れかけて海中から脱出した直後に見た惨状、頭が理解する事を拒んだ事実は無情にも仲間の名前を呼ぶ事自体が無駄だと告げている。

 だけど、それでも喉が枯れても良いからと私は風の中で誰何の叫びを上げる。

 そして、背後からまた空気を揺らし身体ごと鼓膜を壊さんばかりの爆音が鳴り響く。

 恐怖に突き動かされて呆気ないほど簡単に仲間が沈んだ場所から少しでも離れる為に生き残りである少女を引っ張って走る。

 

 いつ飛んでくるか分からない砲弾への恐怖に歯の根が合わないほどガチガチと震えていた身体を必死に動かした。

 

「今度、生まれてくる時は、平和な世界だと良いなっ・・・」

 

 その時、ドンっと肩と背中を突かれて身体が浮いて肩にかかっていたはずの重みが離れて行く。

 

「ぇっ!? 電ちゃっ・・・!?」

 

 突き飛ばされた身体が海面に叩き付けられて驚きに表情が固まった私は自分を突き飛ばした相手へと振り向く。

 海面に膝を着いてねじれた片腕をぶら下げた少女が泣き笑いをこちらに向け。

 無様に海面に転んでもがき、手を伸ばすその視界の先で濡れた茶色い髪と胸元に錨のマークが描かれたセーラー服の上へと赤く灼熱した質量が狙いすまして落ちてきた。

 

 何でこんなことになったのだろう、どうして私達がこんな無様な真似をさせられるのだろう。

 かつて鋼の船体を持っていた頃の戦争が栄光に満ちたモノだと言い切れるほど私は厚顔ではない。

 

(けれど、コレはあんまりに、あんまりじゃないですかっ)

 

 元は国民を守る為に造り出され多くの兵士達を乗せて奮戦し護国を志した記憶のせいか民間の船団を守り海の藻屑になる事には苦痛ではあるけれど納得はできる。

 けれど、その手段が当たれば敵を少し損傷させられる程度の光弾と海の上を少し早く走り回れるだけの貧弱で小さな身体では実力不足にも程がある。

 

 精々が照明弾代わりに光弾を打ち出して囮となって無様に逃げ回る程度しか出来ないのだから少し考えれば誰にだって分かるはずなのに。

 私達の存在が強大過ぎる敵勢力に対しての戦力として何の足しにもならない事など正しく目に見えている。

 なのに、今の世界の海を跳梁跋扈する怪物である深海棲艦に対する決戦兵器として生み出されたなどと誰が嘯いたのか。

 

(ぁあ、でも、誰か・・・嘘でも良いから、私達が無力な存在じゃないと言って・・・くださいっ)

 

 どうせ何度でも生き返るから使い捨ての囮にしても問題ないなんて言われたくない。

 嘘でも良い、気休めでも良い、誰かに必要とされているからこそ戦えるのだと胸を張って言いたい。

 

 例え身体を壊されても魂が鎮守府に戻ってまた新しい自分が生まれ直す。

 それまで人の身体を得てから覚え感じた記憶が消えても同じ姿と同じ声で再生する。

 自我を持った兵器として戻ることが出来る事なんてなんの慰めにもならない。

 

・・・

 

 彷徨うには広過ぎる海の上、一人の艦娘の乾いた心が自分達が無駄な存在ではないのだと言ってくれる相手を求めて悲鳴をあげていた。

 

「嫌っ・・・! いやだよぉ・・・・・・」

 

 海面を叩き割るような砲撃の衝撃で上がる水柱に飲み込まれ、姉妹艦に庇われた命は圧倒的な暴力の前に翻弄される。

 けれど、敵艦を商船団とそれを護衛する最新鋭の戦闘艦から引き離して彼らが逃げ切るまでの幾ばくかの時間を稼ぐ事に成功した。

 

・・・

 

「信じられるか? 冗談みたいな話だが・・・、艦娘が滅茶苦茶弱い」

「事実だとしても本人たちの前で言うなよ? 振りじゃないからな?」

 

 白い士官服を着込んだ二人の青年がため息とともに吐き出した言葉は港を見下ろす軍事施設に吹く海風に溶けるように消え。

 遠くに見える湾の出口に建つ巨大な壁のの内側で見せかけだけは長閑な風景が広がっている。

 

「俺たち以外にこの艦これの世界に転生したヤツが居るとしたらあまりのギャップに憤死するだろうな」

 

 艦これ、艦隊これくしょんとはソーシャルゲームが元となり史実を意識しながらも肝心なことは明かさないフワッとした設定で漫画だのアニメだのだけでなくファンによる二次創作で無数の派生を造り出した一大ジャンルである。

 その艦これの中に登場する艦娘とは第二次世界大戦時に活躍した日本海軍属の船舶が擬人化した存在であり、正体不明の上に現代兵器が通用しない人類に敵対する怪物、深海棲艦と戦いこれを打ち倒す力を唯一持つとされている。

 

「なら深海棲艦に砲撃やミサイルが効かないわけではないってのもそのギャップの一つってヤツかな?」

「現代兵器が通用する? 平均速度が100ノットオーバー、砲撃を跳ね返す謎バリア、少々の損傷なら勝手に再生する船体に効果があるとは言えんだろっ、中国が戦術核落とした南シナ海は敵が全滅するどころか今じゃ深海棲艦の巣だぞ」

 

 それぞれの理由から艦隊これくしょんに登場する艦娘や深海棲艦が実在する世界に転生することになった二人の青年。

 彼らは幼少期にたまたま出会い相手が自分と同じ境遇であると知ってから衝突と共闘など紆余曲折あって友人となった。

 そして、艦これのプレイヤーであった事や転生で持ち越した前世の記憶や知識で周りから神童や天才ともてはやされ。

 人生を楽観視していた為に深海棲艦の出現によって混乱する世界に英雄として一石を投じてやろうなどと調子に乗った二人は今こうして自衛隊の士官として日本の防衛拠点に立っている。

 

「対する艦娘は艤装も無く、駆逐艦でもせいぜい20ノットにグレネード弾ぐらいの威力の弾を手足から打ち出す程度って、なんだそれ!?」

「敵の駆逐艦とのサイズ差からして1対100だからな、戦車に豆鉄砲撃つようなもんだね。普通の人間と比べたらはるかに強いけど怪物と戦うには荷が勝ちすぎている」

 

 ゲームの知識を利用して成り上がり、美人揃いの艦娘とキャッキャウフフの愉快な生活をおめでたい頭で考えていた。

 彼らの誤算はその前提である頼りの艦娘が想定をはるかに超えるほど弱いと言う事実であった。

 

 深海棲艦が現れる事を1999年時点で警鐘を鳴らすように様々な学会や講演会で叫び優秀な頭脳を持ちながら狂人扱いを受けた艦娘の設計と理論の提唱者。

 その人物の事故死によって宙ぶらりんになった設計図は危機が目の前に現れるまで全く相手にしていなかった自衛隊。

 彼らは深海棲艦の出現でただでさえ制限された所有する少なくない戦力を無駄に消耗させる事になり、藁にも縋る思いで新設された艦娘の製造と教育を行う施設。

 

 鎮守府が東京湾の某所に設置される事となった。

 

 この青年たちがこの世界に転生してから21年、深海棲艦が太平洋に出現して敵対行為を始めてから五年と数か月。

 艦娘が作り出されて戦場に立つ事になって記録の上では約三年が経っている。

 2013年も冬が近づいた季節となり数日後には艦娘の指揮官として任官することになっている彼ら。

 転生者の二人に今までが順風満帆であったが為に自らの将来を楽観視し過ぎたツケを支払う時が刻一刻と近づいていた。

 

「拳銃とか持たせたらそれが大砲並の力を発揮するとか無いか?」

「光弾が纏わりつくだけで威力に変化は無かったらしいぞ、ちなみに肉体面は平均的な自衛隊員より少し高い程度で装備できる重量も同程度になるとの事だ」

「やっぱりもう粗方試したってか、他に何かないのか? あの刀堂博士の残した資料にまだ表に出てないのとかよ?」

 

 刀堂吉行と言う十年以上も前から深海棲艦の出現を予見していた人物の存在をきっかけに前世の記憶を利用していた二人は狭き門である自衛隊士官候補としての進路を選び。

 手に入れた艦娘に関わる計画への参加権に飛びついて彼女達の指揮官に収まるための行動に腐心していた。

 自分たちの思考に決定的な穴がある事に気付いたのは艦娘の指揮官として配属されることが決まり。

 バカみたいに二人して肩を組み歓喜しながら前世で知る美人揃いの艦娘達とどうイチャイチャするかという低俗な相談をしながら上官となる相手から渡された極秘資料を開いたのは数日前の事。

 実際に運用されていた彼女達の情報に目を通し、後に調べれば調べるほどに出てくる冗談みたいなお粗末極まる戦闘記録に彼らは港の見える自衛隊基地が併設された鎮守府の一画でうなだれる事になった。

 

「艦娘の運用についてか・・・艦娘は指揮官と共にある事でその能力を十全に発揮する、だったか?」

「あとは、あくまで彼女達は過去の日本に対する義理で協力してくれている英霊の具現であるとか、抽象的過ぎて注意喚起ぐらいにしか使えなさそうな文章だったね」

 

 刀堂博士が提唱した科学と言うよりはオカルトに属するような複雑怪奇な理論によって作り出された人造人間、それがこの世界における艦娘と言う存在の定義である。

 人間にとっては心臓の位置に存在する霊核と言う結晶体が破壊されない限り何度でも鎮守府に存在するクレイドルと言う名の再生治療施設で蘇生する事が可能である。

 その霊核には艦娘の肉体が生命活動を停止した時点で粒子状に変換され鎮守府の中枢へと自動的に転送されるファンタジーな仕掛けが存在している。

 理論上は不死と言える艦娘は鎮守府そのものを機能停止させられない限り何度でも蘇るらしい。

 

 どうしてそんな出鱈目な能力を持った存在を造り上げられたのかと言えば艦娘に関する刀堂博士が生前に残していた資料が小さな図書館を建てられる程の量で残されていた事と彼の教え子である優秀な研究員達の存在。

 戦後最悪の戦死者数を叩きだす事になった深海棲艦との初めての海戦によって発生した大損害の影響で大混乱に陥った世界情勢。

 さらに日本の政界がある政党の台頭によってバランスを大きく変えた事。

 刀堂博士のシンパであった一部とその尻馬に乗った大人数の政治家達が深海棲艦によってもたらされる危機的状況への打開と政権奪取後に意気揚々と掲げた法案によって艦娘の研究開発が決定されたからである。

 

「それよりなにより、こんだけ苦労して艦娘の司令官に着任したと思ったら運用可能な艦娘がたった一人だけって、なんの冗談だよっ!」

「一応は治療中や霊核だけ保管されている状態では数十人いるらしいけど、大部分が船団護衛の囮に使い潰されてMIAになってるのを鑑みるに俺たちは鎮守府が機能不全に陥った責任を押し付ける為の身代わりに使われたようなもんだな」

 

 一カ月前に日本とロシアを結ぶシーライン上で発生した重巡洋艦クラスの深海棲艦との戦闘によって護衛を行っていた鎮守府最後の戦力であった駆逐艦に属する五人の艦娘が囮となって商船団と海上自衛隊の護衛艦を逃がす事に成功させた。

 だがその艦娘達の中で生還できたのはたった一人の駆逐艦だけであり、他の四人は物言わぬ霊核となって鎮守府へと転移することになり後に肉体を再生するための水槽の中で保管されている。

 

「いくらオカルトとファンタジーを混ぜた様な内容でも現内閣が政権奪取後に高々と掲げた法案だから、少なくない税金を投じて何の成果も得られなかったなんて地位も名誉も守りたい人間にとっては口が裂けても言えないだろう」

「そんな時に都合よく、丁度良い人材が自分から落とし穴に飛び込みたいと志願してきた、か・・・ちょっと考えれば任官と同時に二人して三佐とかどう考えてもおかしいって分かるべきだったなぁ」

 

 おそらくは自分達の頭の上にいる上層部の大半は拝金主義の政治家と狂人科学者が残した設計図に押し付けられたオカルト染みた不思議兵器に対する期待などもう抱いておらず、後始末の為に艦娘の指揮官を志願してきたそこそこに成績の良い二人の新人へと責任云々を全て被せる為に一足飛びの任官を許したのだろう。

 

「うぇ・・・前途多難だぁ、前世みたいに気楽なアルバイターに戻りたくなってきたぜ・・・」

「俺を巻き込んでそんなセリフを言わないでくれよ。本当にこんなはずじゃなかった、・・・筈なんだがなぁ」

 

 理想としていた美女に囲まれちょっと優秀なところを見せてゲームの中でしか存在しないようなキャッキャウフフと充実した生き方。

 そんな荒唐無稽なものを楽しめると思い込んでいた二人の愚か者は真昼間の太陽の下で揃って項垂れていた。

 




だから・・・、誰も書いてくれないんだから自分で書くしかないじゃない!


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第二話

司令官自身が艦娘に乗り込んで戦う=カッコいい



 最後の出撃から二ヵ月ほど経っただろうか。

 

 前の上官はまるで沈む船から逃げるネズミの様に目の前からいなくなり。

 ほとんどの仲間達が鎮守府の水槽の中で物言わぬ姿で浮かぶ中に私はたった一人だけ艦娘の為に用意された施設に取り残された。

 

 そして、数週間ほど経った日に新しい上官として二人の士官がやってきたのだがその二人は今まで会ったどの軍人よりも緩くおめでたい考えの持ち主だった。

 その様子たるや過去に自分が船であった頃にそんな物言いをすれば上官から物理的に根性の一つも叩き込まれるだろうと逆にこちらが心配になるほどだった。

 それでもその二人は今まで会ってきた現代の司令官たちの中で一番たくさん話しかけてくれて、造られた存在である私と一緒に少し冷めたご飯を食べてくれた。

 

 役立たずな艦娘である私を蔑む他の軍人や嘲笑する上階級の人達の言葉や視線から私を守るように慇懃無礼な物言いで相手を言い負かす口の上手さや相手にとって都合の悪い情報を盾に事を治める。

 そんな様子からは本当に二人が私達の味方なんじゃないかと思えた。

 

 だからこそ深海棲艦との戦いで囮にしかなれない私に彼らが何故ここまで優しくしてくれるのかが分からず、その理由を私は知りたかった。

 

「実はな・・・ココだけの話だが俺とこいつは前世の記憶ってモノがあってなっ」

「いや、何言ってんだお前!? いきなりそんな事言われて信じるヤツなんかいないだろっ!」

 

 前世の世界の記憶から艦娘と言う存在が深海棲艦を打ち倒す力を持ったまさしく対深海棲艦兵器である事実を知っているのだと、まだ二十代に入ったばかりの若い士官が語った。

 事務的な会話しかしない私に対して妙に友好的な態度。

 それはまるで艦娘に対して強い信頼を持っているかと思えるほどで数日の性能調査と言う名の訓練の際につい口を突いて出た疑問に片方の指揮官は神妙な顔で手品のタネを明かすようにそんなセリフを吐く。

 

 艦娘が欠陥兵器であると言う事など本人である私ですら分かっていると言うのにそんな現実を見ていないおめでたい妄想を聞かされて呆てしまった。

 けれど同時に次々に減っていった仲間達を見続けて凝り固まっていた私の表情が少し和らいだ気がした。

 

「君たちは役立たずなんかじゃない、なんだ、あれだ、多分なにか勘違いか手違いがあって本当の実力が出せてないだけだ、多分・・・めいびー」

「なんですか、それっ・・・多分って、めいびーって、ふふっ」

「おっ、やっと笑ったぞ! おい、吹雪が笑ったぞ!」

 

 理由は前世の記憶なんて根拠にもならない妄想であったけれど私はこの身体になってから始めて求めていた言葉をかけて貰えた事がどうしようもなく嬉しかった。

 ただ微笑んだだけで自分の事のように喜んでくれる軍人らしくない軍人の二人の姿に私は、駆逐艦娘『吹雪』はもう少しだけ優しい言葉に騙されていようと、頑張ってみようと思った。

 

「改めて・・・、吹雪です、よろしくお願いします。中村少佐、田中少佐」

「少佐じゃなくて三佐だ、自衛隊は表向きは軍じゃないって事になってるからね」

「細かい事は良いんだよっ! 後二週間も経てば何人かの艦娘が起きるらしいから、そこから俺達の戦いは始まるんだ!」

 

 気休めでも良い、嘘でも構わない、私達が無意味な存在ではないと言ってくれる人達がいるならどんなに辛い戦いで砕け散るまで戦っても後悔はしない。

 どうせ死んで鎮守府に戻れば、この二人の司令官との嬉しい思い出も積み重ねられた後悔と無力感も溶けて消え、また船だった頃の駆逐艦吹雪として生まれ直す事になるのだから。

 

「司令官の前世の世界で私たちはどんな活躍をしてたんですか?」

「そうだな、まず・・・」

 

 だから、今だけは耳に聞こえの良い夢物語を騙る司令官の言葉を信じたいとそう思った。

 

・・・

 

「はじめまして、吹雪です、よろしくお願いします・・・」

 

 中村義男、二十一歳、落ち着きのない性格ながら少年時代から運動と学業の成績に優れ、高校卒業後には自衛隊の士官候補生として防衛大学に進学した。

 入学直後から母校を同じくする田中良介と共に現内閣が主導して自衛隊によって実行された艦娘の研究開発と運用に強い意欲をもって計画への参加を要望していた。

 

「ヤバい、初めて会った艦娘の目が完全に死んでる、ヤバい」

「見りゃわかるさ、囮役として仲間が沈んでも感謝や慰めの一つも無く前任が逃げたから、ってのは理由の一つでしかないか・・・人間不信に足突っ込んでるみたいだし、どうする?」

 

 全く努力しなかったわけではないが前世の記憶を頼りにしてきた中村にとって実際に出会った艦娘は色々な意味で予想外な存在であり、表情が死んだ状態で目の前に立つセーラー服を身に着けた少女に新しい上官として挨拶した後に新米自衛官の二人は顔を突き合わせて相談する。

 

「まずは仲良くなる事からだろ、良い上司の基本は部下と円滑かつ有効的な関係を作る事が基本って聞いた事がある」

「ぇぇ・・・なんだその聞きかじりを取り敢えず試してみようって考えは、まずは無暗に刺激しないように距離を置いて情報を集めて整理してからじゃないか?」

「何言ってんだお前、戦闘だの能力だのよりもまずは笑顔の一つでも見たいだろ・・・夢にまで見た本物の艦娘が目の前にいるんだぜ?」

 

 黒髪を小さなお下げにして肩を落とした仄暗い瞳で見つめてくる艦娘の姿に二人は戸惑いながらも、彼女とのコミュニケーションを優先して行う事を目下の目的として相談を終わらせた。

 

「確かに、話もできない状態は何とかしないとな・・・」

「へへっ、だろ?」

 

・・・

 

 それから二週間、改めて艦娘の能力を知るために鎮守府正面にある港湾で行った運用では手に入れていた資料で知ってはいたが二人の希望的観測を下回る吹雪の戦闘能力に愕然とした。

 それを隠しながらも笑顔で無表情な彼女と接し、中村と田中は上層部に見限られて自分達ごと艦娘と言う存在に破滅が訪れると言う未来を阻止するための打開策を探し続ける。

 暇さえあれば防衛大学での同期や先輩に有用な情報が無いかと聞いて回り、鎮守府の管理を行っている技術者や研究員に更なる情報を求め。

 鎮守府の資料室で埃を被っている刀堂博士が残した資料を引っ張り出して額を突き合わせながら議論する日々はかけた時間に対して無情なまでに何の成果も無く過ぎていった。

 

「どうしてお二人は私に、艦娘にそんな優しくて・・・、期待をかけてくれるんですか?」

 

 艦娘として生まれ変わってからから少なくない時間を虐げられて生きてきた吹雪にとって軍人らしくない妙な性格をした二人が自分達の置かれている状況を改善する為に走り回っている姿は不思議なモノだったのだろう。

 前世で愛着があったゲームのキャラクターと同じ姿を持つ少女の不遇な状況への同情と言うのは無くは無いが、大部分が自分達の身の破滅を回避する為の利己的な思惑と行動は吹雪の心を軟化させるという思わぬ成果を上げた。

 

「あ~、いやそれは・・・何と言うかね、なぁ?」

 

 着任から短くて長い十日が過ぎた日の夕食時に同じ席についた吹雪から問いかけられ、さすがに自分たちの内情を全て話すわけにもいかず田中が助けを求めるように中村へと視線を向ける。

 すると相方である男はワザとらしく腕を組んで鷹揚に頷きながら勿体ぶった様子で口を開いた。

 

「実はな・・・ココだけの話だが俺とこいつは前世の記憶ってモノがあってなっ」

「いや、何言ってんだお前!? いきなりそんな事言われて信じるヤツなんかいないだろっ!」

「前世の記憶・・・ですか?」

 

 実のところ何一つ改善案が無い状態であったし、過去の戦闘記録や研究員から手に入れた資料から見る艦娘のデータも自分たちの期待を裏切るものばかり。

 自分で飛び込んでしまった落とし穴から這い出る選択が取れなくなっただけの二人は答えに窮したが中村は性懲りも無く今まで頼ってきた前世の記憶にまた頼る事にした。

 

「んで、大砲片手に敵の駆逐艦を打ち抜き、雷撃カットインで戦艦すらも沈めるのが駆逐艦娘だ! さらにインファイトなら他の艦種を圧倒する格闘戦能力を持っててだな」

「雷撃カットイン? そんな装備があるんですか? それにあんなに大きな敵艦に格闘戦なんて・・・」

「いや吹雪、コイツは、あーえっと、色々ごちゃごちゃに混ぜてるから話半分にしといた方が良いぞ?」

 

 今まで友人であり同じ境遇であった田中としか交わせなかった前世の記憶を興味津々と言った様子で聞いてくれる真面目な女の子の態度。

 これに気を良くした中村は艦隊これくしょんだけでなく色々と他の作品のネタを混ぜた話を面白おかしく語って見せる。

 適当にしゃべっているように聞こえるが話の繋ぎ方や混ぜ方が昔から上手い中村の二次創作じみた艦隊これくしょんの話は実情を知っている田中まで騙されかけるほど整合性の高いモノであった事。

 さらに娯楽に乏しい環境にいた吹雪を虜にしてしまうにはそう時間はいらなかった。

 

「私も・・・司令官たちのいた世界の艦娘みたいになれるでしょうか・・・?」

「ぇっ、あ、ああ・・・前世の俺はただのミリオタのフリーターで、艦娘の正しい運用法ってのは軍事機密で詳しくは分からなかったが、えっと、あれだっ! 良介なら大丈夫だ、コイツは前世じゃ一流大学で学者やってた奴だから! そこら辺の技術的な事はちゃんと調べ出してくれるぞ!」

「お、おい、いきなりこっちに話を振るなよっ!?」

 

 出会ってから短い期間ではあるが大分と暗さが抜けた瞳で見上げてくる吹雪についさっきまで得意げに前世の知識を披露していた中村は今度はしどろもどろに田中に話題を押し付る。

 

「俺は学者だったって言っても文系だったから、前世の記憶で兵器の運用に使える知識なんか無いぞ!?」

「そこを何とか! やればできる、やらなきゃ出来ん! 吹雪からも言ってやれ!」

 

 そんな軍事施設の食堂で口喧嘩を始めた二人の上官を前に駆逐艦娘はオロオロと右往左往することになった。

 

「えっ!? えぇ? ど、どうしろって言うんですかっ!? その、よろしくお願いしますっ田中少佐!」

「いや、だから吹雪、自衛隊の階級は昔の軍とは違って・・・」

 

 明らかに冷遇されている部隊と言う事も手伝ってあからさまな嫌がらせによる冷めた味噌汁とご飯に漬物だけという侘しい食事ではあったがその日のその場にいる指揮官と艦娘の三人は妙に楽しそうで賑やかだった。

 

・・・

 

 空元気と調子の良い発言と前世の記憶と言う根拠の無い自信で誤魔化された和やかな時間はゆっくりとだが確実に過ぎていく。

 深海棲艦に関する被害の情報は政府によって民間人には遮断されているが存在そのものを誤魔化すことは出来ず。

 さらに多くの漁船や民間船が護衛艦を必要とする状況は確実に日本全体へ危機感を強めていった。

 深海棲艦の侵略的攻撃によるものか政治家や自衛隊上層部の決断によるものかは分からない。

 だが確実に近づいて来る破滅の時に戦々恐々としながらも今のところ唯一の部下と言える吹雪に不安を与えないように配慮していた中村と田中。

 

 そんな二人の努力を嘲笑う様にその時はやってきた。

 

「くそっ! 尻尾巻いて逃げるネズミじゃあるまいし、研究員や整備士置いて自衛官が率先して逃げ出すなよ!!」

 

 ジリジリと五月蠅く非常ベルをまき散らす警報に負けるかとばかりに叫びながら田中は白い士官服に包んだ身体を動かす。

 鎮守府の中枢に存在する艦娘の霊核を回収して治療と蘇生を行う巨大な金属の樹木を思わせる無数の水槽の連なり。

 その下で鎮守府所属の研究員と共に装置を保護するための機構を起動させる作業を続ける。

 深海棲艦の侵入を防ぐ為に張り巡らされた東京湾の防御壁の一部が突然に破壊され数隻の怪物が侵入を始めている事実。

 その直近の軍事施設である鎮守府が存在する基地は敵の襲来が知らされたと同時に防衛行動どころかほとんどの職員が蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出す準備を始めた。

 

「と言っても、ここにはマトモな防衛機構なんて無いですからね、護衛艦どころか戦闘用のボートすらない。自動小銃であんな化け物に突っ込めって言う方が酷でしょう」

「だけど、軍人モドキなんて言われる職だから仕方ないなんて言いたくはないですよ、俺はっ!」

 

 鎮守府に勤める主任研究員だが自衛官では無く民間人である男性が田中の吐いた愚痴にヤケクソ気味な笑みを返してコンソールパネルを操作する。

 霊核だけや不完全に体が欠損した状態で浮く艦娘達が入った円柱形の水槽に金属製の防御装甲が被されていく。

 事故死した刀堂博士の残した資料から艦娘に関する技術を現実のモノへと変えてきた優秀過ぎる頭脳の持ち主。

 鎮守府の研究員たちが義理だけで自分の危険も顧みず鎮守府の機能を少しでも保護する為に行動する姿に田中は本職であるはず自衛官が基地を率先して放棄する命令を出した事が申し訳なく。

 敵の出現にもっともらしい言葉で飾った理由を掲げて逃げ出そうとしている同僚である連中を恨みがましく思う。

 

「これで最後、えぇっ!? 冗談じゃっ・・・!?」

「どうしたんですか!? 田中三佐っ、って」

 

 防壁を下ろそうとした水槽が警告音を立てて突然に内部の溶液を排水し、飛沫を散らしながらガラスの筒がせり上がる様に開く。

 背中まで届く長く艶やかな烏羽髪を肌に張り付けた少女が倒れ込むように現れ、田中はとっさに彼女の身体を抱き止めた。

 

「この子は、もしかして時雨か?」

「・・・田中三佐、今からじゃクレイドルに戻す事もできません我々と一緒に避難させるしかないですよ!」

「主任! 田中さん! 鎮守府の防火壁を締め始めますからそこから早く出てください!!」

 

 一糸纏わぬ裸体の美少女を受け止めると言う普通の男なら諸手を上げて悦んでいただろうラッキースケベも今の状況では喜んでいられるわけも無く。

 薄っすらと目を開けて蚊の鳴くようなか細い声で呻いている少女に上着を掛けて背負った田中は誘導してくれる研究員たちの後に続き。

 中枢機能を収めた棟を閉じる為の最終処置を開始する為に鎮守府の外へと走る。

 

・・・

 

 深海棲艦に撃たれ砕けた身体は記憶を消されて鎮守府の中枢へと戻され再生治療装置であるクレイドルの水槽が霊核を中心に再び身体を造り上げて艦娘として蘇生させる。

 知識として直接頭の中にあるそれは実際に体験すれば自分が船であった頃に仲間達を失い続けながら最期には砕けて沈んだと言う酷い無力感と後悔だけが身体を満たしていた。

 そんな言葉に出来ない心細さに僕は自分を背負ってくれている誰かの背中に子供の様にしがみ付く。

 

「冗談だろっ・・・!?」

 

 目覚めたと言うにはあまりに頼りない意識は僕を背負ってくれている男の人の言葉と耳に届いた金属の力強い唸りで急激に覚醒していく。

 ぼんやりと霞む目を何度か瞬かせて僕は短く刈り込まれた黒髪と白い軍帽ごしに顔を音のした方向へと視線を向けた。

 

「田中三佐っ! あ、あれはなんですかっ!?」

 

 近くにいた白衣を羽織った中年男性が僕を背負ってくれている人、タナカサンサに問いかける声が聞こえたけれど数秒後に起こった光景に僕も彼も。

 そして、近くにいる全員が目の前で起こっている状況に唖然として言葉を忘れたように口を半開きにした。

 

 ゴォンゴォンと鐘を打つように響き渡る金属音、見上げた視界を埋め尽くすほど巨大な金色に輝く草と錨で彩られた紋章のような輪が空中に浮かぶ。

 その中央で鈍く輝く銀色の文字列が中空に記されていく。

 

「駆逐艦・・・吹雪だと・・・?」

 

 視線を離すことが出来ない僕と同じ方向を見つめるタナカサンサが巨大な茅の輪に見えるソレの中央に浮かぶ文字を呟くように読み上げた。

 

 そして、一際強い鐘の音、それはまるで自らの存在を誇る鼓動の様に高らかに目覚めたばかりの僕の世界を揺らして鳴り響く。

 

 その出撃を知らせる音と共に金の輪の中央に浮かんだ『吹雪型駆逐艦一番艦 吹雪』と書かれた文字が中央から波打ち泡立って字の形を崩していった。

 

 まるで雛鳥が卵の殻を割る様に、海面を穿って飛び出すように水しぶきのような大量の光の粒をまき散らし、輝く粒子を纏いながら巨大な人の手が突き出される。

 

 それに続いて僕や周りの人達とは比べ物にならないほど巨大な女の子の顔が輪っかの向こう側から突き出て空気を求めて喘ぐように大きく口を開け。

 

 空気を胸いっぱいに取り込んでいる彼女の肩口で揺れる黒い髪が輝く輪から出た直後に短いお下げへと勝手に結われた。

 

 鈍い金属音と共に突き出されたもう一方の手には僕自身が船であった頃に身体の一部であったことを覚えている12cm口径の連装砲が拳銃の様に握られ。

 

 首元から纏わりつくように編まれていく紺色の広い襟と半袖の白い生地のセーラー服が彼女の身体を覆っていく。

 

 それに続いて現れた襟袖と同じ紺色のプリーツスカートが二機の三連装魚雷管を装備して踏み出された脚と共に現れて風にはためいた。

 

「か、艦娘だ・・・まさか義男か? アイツが吹雪に何かを・・・」

「艦娘・・・吹雪・・・? あれが艦娘なのかい?」

「ああ、艦娘だ、俺が知っている艦娘の姿だっ・・・んっ?」

 

 僕を背負ってくれている彼が呆然とした表情で呻くように呟いた艦娘と言う言葉に現実感を失った感覚が急激に収まり目の前の状況が心の中にストンと理解となって落ちてくる。

 

「あぁ・・・、そうか、あれが僕らの新しい姿なんだね・・・」

「っ! 時雨、意識が戻ったのか?」

 

 あの吹雪と呼ばれた彼女が僕と同じ艦娘であると、自分もそう言う存在なのだと、あの姿なら僕はもう仲間を見捨てずに戦えるんだと強い確信が胸に宿った。

 波打ち輝く茅の輪から巨大な金属部品が付けられた革靴で一歩を踏み出した吹雪に続いて金の輪から出てきた鉄の塊がベルトと金属の固定具で彼女の背中へと接続される。

 そして、周りの建物を見下ろすほどの巨体の足が港湾施設のコンクリートに蜘蛛の巣のようなヒビを刻む。

 

≪今度こそっ・・・私が皆を守るんだからっ!!≫

 

 基地だけでなく海の向こうにまで届きそうなほど高らかに鳴り響く汽笛の音、心に直接届くような決意に満ちた吹雪の叫び声に無性に心が羨ましいと泡立つ。

 近づいて来る敵を討つために海へと歩を進める彼女の勇ましい姿を見上げる事しかできないと言うもどかしさに気付けば僕は自分を背負ってくれている男の人の服を握り込んでいた。

 

 船の船尾と艦上構造物を模した背部装備の煙突から輝く粒子が大量に吹き出す。

 僕達が見上げる彼女の船底から突き出した一対のスクリューが凄まじい回転と共に空気を掻き混ぜ歪ませる。

 離れた場所にいる僕たちの髪を掻き混ぜるほどの暴風が吹雪の巨体を前方へと突き動かし、彼女は港湾に幾つかの足跡を刻み付けながら海原へと飛び出していった。

 

・・・

 

 前世での中村義男と言う男は雑学やサブカルチャーに広く通じている自信はあれど高校卒業後は碌な就職先を見つける事も無く親の脛を齧らない程度に稼げる短期アルバイトを繰り返しながら惰性で生きていた。

 そんな彼の前世は中年の終わりに差し掛かった頃に罹ったインフルエンザを拗らせて呆気無く病死する。

 そして、何が原因かは分からないが彼は再び同じ両親の下に同じ名前で転生する事となり、混乱によって躁鬱を繰り返した幼少期を経て再び巡ってきた人生をやり直せるチャンスに胸を躍らせた。

 さらには偶然にも小学校の入学の後に出会った自分と同じ境遇でこの世界へと転生してきた田中良介と言う友人にも恵まれる。

 

 そして、1999年のメディアを騒がせた前世にはいなかった高名な学者が言い放った深海棲艦や艦娘と言う言葉に新しい世界がかつて生きた世界とは別の歴史を進んでいく事を確信した。

 その確信が彼に今生はかつてのような惰性に任せた生き方ではなく二次創作の主人公達のような華々しい生き方へと挑戦する事を心に決めさせる。

 

(そりゃ、口だけは良く回るデブおやじのアルバイターからエリート自衛官に華麗な転身ってのに憧れてはいたけどよぉ)

 

 やけに硬い感触が背中と尻に伝わって来る革張りと思えるリクライニングシート。

 手元には前世で入り浸ったゲームセンターの筐体を纏めて混ぜたようなコンソールパネル。

 目の前に広がるのは360度を見渡せる巨大なモニター画面があり、その下には座席を囲う様にキャットウォークを思わせる手すりと金属床で出来た円形の足場が存在していた。

 

『司令官っ、何処に行ったんですかっ!? コレは一体!? 私の身体がっ!!』

「お、落ち着け吹雪!」

『し、司令官っ! なんで頭の中に声が!? どうしてっ!?』

 

 中村から見えるモニターには眼下に広がる自衛隊の基地、そして、地上の建物や車両との対比で人間の手と言うにはあまりに大きな吹雪の掌が映り込み彼がいる場所に戸惑いに満ちた少女の声が響く。

 車のエンジンが可愛く思えるような鋼の唸りをまき散らし背後に見える豪奢な金輪から突き出て吹雪の背中に接続された巨大な機械。

 その接続と同時に手元のコンソールパネルに艤装を身に着けた吹雪の立体映像が浮かび上がり上から下まで現在の状態を示す文字列と数字がズラズラと並んでいく。

 

「あぁ、なんだそりゃ・・・ははっ、こんなの基地司令殿も俺も、艦娘本人ですら気付けないだろよ・・・」

『あの・・・司令官?』

「大丈夫だ、問題無い・・・、むしろこれが当たり前なんだよ。この姿こそ俺が知っている駆逐艦娘、吹雪だっ!」

 

 吹雪本人や彼女の艤装が得た視界が集約された展望画面の中に見える手持ち式の巨大な連装砲に背負われ燐光を吹きだす煙突や艦尾を模した背面装備の形状。

 それらは中村が前世で見たゲームの中の吹雪が身に着けていた武装と見える角度は違えど全く同じものだと彼に確信させる。

 

「しかも、ご丁寧に操作盤はゲームセンターのシミュレーターと同じなんて気が利いてるっ!」

『わ、私、本当に戦えるんですか?』

 

 予想の大きく斜め上を行く今の状況に中村は内心混乱の極致と言える状態だったがその感情を敢えて押し殺し引き攣った顔が吹雪に見られていない事を良い事に不敵なセリフを厚顔にも言い放つ。

 

「ああ、任せろ、前世じゃ一般人で実戦経験はまるで無いがゲームの中だけなら大将まで昇進した事がある!」

『ぇぇ・・・げ、ゲームで、ですか?』

 

 実のところ中村には目の前にあるコンソールパネルの配置を持った筐体で遊んだ経験など無く、明らかに周りの建物を見下ろすような巨体に乗り込むなんて想像もしていなかった。

 

「吹雪っ、胸を張れ! ・・・俺達で鎮守府を日本を守るぞっ!」

『・・・っ、はいっ! 司令官っ!!』

 

 だがもう後戻りは出来ないと自らを鼓舞するように叫んで中村は操作盤に設置されているレバーへと手を伸ばして表示されている停止の文字を原速へと変更する。

 吹雪の背面で巨大なタービンを回すような鋼の唸りと煙突部から燐光が煙のように噴き出して彼女の背中を押し始めた。

 

≪今度こそっ・・・私が皆を守るんだからっ!!≫

 

 モニターの外から響くその巨体に見合った叫び声。

 それ合図に重く鈍い足音を響かせ海へと続く港湾施設の地面に無数のヒビを刻みながら吹雪が加速しながら走り。

 足が最後の地面を蹴って海へと飛び出して着水と同時に手に持った連装砲を前方に構え海面を割る様に加速していく。

 

(見た感じはロボゲーの筐体と船のCICを混ぜた様な造り、これを設計した刀堂博士って薄々感じてたけど・・・俺や良介と同じ転生者だったんじゃねえか?)

 

 元々はゲームとしての艦これの知識を利用して書類仕事だけをこなせば後は艦娘達が手柄を立ててくれるのだと思い込んでいた中村。

 彼にとって利己的極まる目的の為に耐えてきた試練ともいうべき士官候補生として理不尽な規則と過剰労働にも等しい実習の経験が今に生きる事になるとは想像もしていなかった。

 速度計に目を落とせば98ノットと言う実習で乗り込んだことがあるどの護衛艦よりも早く吹雪は海面を走り、東京湾の入り口にある防壁に乗り上げて侵入を始めている漆黒の巨体へと接近する。

 

「撃てぇっ! 吹雪ッ!!」

≪はいっ! 司令官っ!≫

 

 その日、天を突くような動力機と主砲の轟音を高らかに鳴り響かせ。

 

 自らを転生者などと嘯く士官と共に長い雌伏の時を経た一人の艦娘が狂人扱いを受けたままこの世を去った博士の予言した通りの能力を発揮した。

 

 




イメージ的にはガン〇ムとアー〇ードコアを足して叩き割った感じ

6/10中村と田中が出会った時期を中学生→小学生に変更


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第三話

 
誤解を残すな、言葉を尽くせ。




雄弁は銀色に輝くのだから。
 


 2014年の早春、五年前に現れた人類全体に敵対的な存在への危機感はあれど奇跡的に深海棲艦の直接的な脅威とは縁が薄い世間では新年度に備えている時期。

 主要な港湾に建設された防壁や太平洋側にある海水浴場の閉鎖などを過剰な対応と一部の市民や政党が与党を叩く理由に使ってテレビや新聞をにぎやかしている平和ボケしたある日。

 日本の排他的経済水域に広がる哨戒網を我が物顔で突き進み、及び腰で追いかける護衛艦を歯牙にもかけずに日本本土へと複数の黒い異形。

 東京湾に建設された防壁へと食らいつくように巨体を叩き付けた深海棲艦は鋭い牙が並ぶ巨大な口内から歪な大砲を突き出す。

 咆哮するように爆炎を上げた砲塔の先で強化コンクリートが豆腐の様に砕け散った。

 

・・・

 

 東京湾の湾岸に存在する自衛隊施設の一つ、現在、世界で唯一艦娘の研究開発を行うことが出来る鎮守府と命名された研究機関が存在する基地。

 そこは深海棲艦の本土襲撃の報が届いた時点で蜂の巣を突いたような大騒ぎとなり、基地司令官の命令によって総員退避が通達されることになった。

 

「上官纏めてへたれしかいないのか!? 俺だって人の事は言えねえけど戦う前からヤル気の欠片も無く逃げの一手かよ!」

 

 中村が艦娘の司令官の一人として着任してから顔を合わせる度にグチグチと嫌味を垂れ流す。

 女の子の姿をした兵器のご機嫌を取る気楽なお遊びなんて彼と相棒を揶揄していた御立派な勲章付きの将校達が顔を青くして我先に書類をかき集めて逃げようとする。

 そんな彼らの姿を横目にして中村は苦虫を噛み潰した顔で基地内の道を走っていた。

 

 向かっている先には自分にとって唯一と言える部下の少女、かつて日本が軍を持っていた頃に造り出された駆逐艦の一隻である吹雪の記憶と力を与えられて生まれてきた艦娘がいる宿舎だった。

 

「・・・良介はクレイドルの閉鎖を手伝いに行くって言ってたがただのコンクリートで出来た研究所が深海棲艦相手に耐えられるもんなのかっ!?」

 

 前世の肥満体型と違い現在の自衛官として鍛えられた身体は十数分の道のりを全力で駆けても少し息を弾ませるだけで疲れは無い。

 だが頭の中で渦巻く不安感は中村に気味の悪い焦燥で背中を騒めかせて止め処なく脂汗が身体中に浮かぶ。

 焦りで嫌な方向へと思考が向かいそうになった中村の視界に軍事施設に似つかわしくないセーラー服の後ろ姿が過る。

 

「っ!? 吹雪っ! なんでここにっ、何してるんだ、お前っ!」

「中村少佐・・・敵が、深海棲艦が来るんですよね、なら・・・、私が囮に出れば少しは時間稼ぎができます」

 

 吹雪が待機しているはずの艦娘の宿舎ではなく港湾へと続く道の途中で見知った後ろ姿を見つけた中村は滑りそうになりながらも足を止めて彼女の名前を呼び振り向かせる。

 出会った時のような暗さは無くなったが今の吹雪の顔には何の感情も見えない無表情で愛嬌のある良い意味で田舎娘っぽい顔立ちには何処か人形じみた不気味さが宿っている。

 

「そんな命令は出してない、行くぞ、ここから少しでも内陸部に向かって・・・」

「・・・逃げてどうなるって言うんです? 少佐は私に今度こそ本当の役立たずになれって、そう言いたいんですか?」

 

 無表情の裏側から少しの憤りを垣間見せた吹雪の迫力に彼女へと手を差し伸べようとした中村は息を詰まらせて自分が何を言うべきかすら頭に浮かばず無意味に口を開閉する。

 

「役立たずって、欠陥兵器なんて言われながらそれでも皆、頑張って、頑張って来て・・・沈んでいって!」

 

 無表情の裏側から火が付いたように噴出した吹雪の叫びはその場しのぎの嘘ばかり上手くなった男にはあまりに苛烈な衝撃となって突き刺さる。

 

「ここで私が命を惜しんでたら本当に私達が産まれた意味なんて無いって証明するようなもんじゃないですかっ!!」

 

 そんな驚愕でマヌケ面となった顔を晒している指揮官へと向けた怒りを覆い隠す様に苦笑を浮かべて吹雪は姿勢を正す。

 そして、丁寧に腰を折り中村へと短い謝罪をしてから再び彼を正面から見つめて口を開く。

 

「艦娘の吹雪が何回沈んだのかは蘇生前の記憶を引き継げない私には分かりません、でも私が艦娘になって一年ちょっとしか経ってませんけどいつも上官からは役立たずだって、囮にしか使えない穀潰しなんて言われ続けました」

 

 身を切る様な辛さを吐露するように自分の身体を両手で抱き締める吹雪の表情が歪な笑顔へと変わり始める。

 そんな初めて見る彼女の昏い瞳に中村は気圧されて息を呑んだ。

 

「主任さんや研究員の皆さんからは弱く造ってしまったなんて謝られてばかりで、初めの艦娘達も今とほとんど変わらない扱いだった事は分かります。そう考えるだけで悔しくて申し訳なくて情けない気持ちでいっぱいになって・・・」

 

 歪んだ笑顔のまま吹雪が話す言葉は今にも溶けて消えてしまいそうなほど小さいのに周りで鳴り響く非常ベルの音よりも強く中村の耳に届いた。

 触れれば消える雪の結晶のような儚さを纏う吹雪の姿から目を離せなくなった中村の前で存在そのものを虐げられてきた一人の少女はこれが最期であると悟った様に自分の思いを独白する。

 

「だから、中村少佐と田中少佐が私達が本当は凄い力を持っているって言ってくれて嬉しかったんです。司令官が教えてくれた別の世界の私達の事を聞いて自分でも諦めてた自分にもうちょっとだけ期待しても良いんじゃないかって思えるようになって・・・だから」

 

 自分を必要だと、役立たずなんかじゃないと言ってくれた人達の為にこの力と命を使いたい、そう言って吹雪は中村へと微笑みを向けて右手を上げ指先を額に当てる。

 背筋を真っ直ぐに伸ばし女子中学生にしか見えない姿で軍人にとって見本のような敬礼をした吹雪は中村に背を向け、港へと続く道を再び歩き始めた。

 

「短い間でしたけれど・・・お世話になりました」

 

 中村に背中を向けて歩き出した吹雪から告げられた呆気無いほど簡潔な別れの言葉に彼の息も汗も止まる。

 基地の書類を持ち出す為に自衛隊所属の車両がエンジンを吹かす音や基地からの退去を促す非常ベルの音。

 耳に聞こえるがそれら全てが気にならないほど中村は歯を食いしばり自分の不甲斐なさとゆっくりと遠ざかっていく吹雪の背中を見つめる。

 

(なんだそれは、何言ってるんだお前はっ!! こんな小さな女の子に何を言ってきたんだ俺はっ!?)

 

 可愛い女の子達にちやほやと持て囃されたい。

 誰にもできない事をやってのけて尊敬を集めたい。

 楽な仕事で金を稼いで安定した生活をしたい。

 

 自分には他の人間には無い前世の記憶があり一歩も二歩も先を進めるアドバンテージを生まれながらに持っていたと言う事実が将来に対する欲と楽観主義を中村と言う俗物に与え。

 かつての彼は確固たる意志も無く二流の高校を卒業してから勉強どころか学習意欲すら遠ざけていた。

 そんな人間が、死ぬまでアルバイトで日銭を稼ぐ生活をしていた遊び人が幼児からやり直したところで怠惰に任せて同じ轍を踏む事になっただろう。

 だが中村は幸か不幸か自分と同じ転生者である田中と友人となり、付き合いを続けていく内に安っぽいプライドから友人と対等な立場を維持する努力を不本意ながらもする事になった。

 そんな自分よりも高学歴で学者肌の努力家と対等に立っていたいと言う安っぽいライバル心と深海棲艦の出現と艦娘の存在。

 それらが意欲の引き金となり彼は前世では考えられないほど努力して遂には日本で指折りに狭き門である防衛大学に入学できた。

 

「・・・だからっ! 俺はまだお前に出撃を命令していないって、言ってるだろうが吹雪ぃっ!!」

 

 友人からは口が良く回るお調子者と評され今も昔も自分に必要以上の努力や挑戦を課す事を嫌う性質があるのは見た目以上に人生経験を積んだ今の中村には理解できている。

 それを生まれ変わった今の今まで矯正する必要性を感じてこなかった男は前世の記憶を基にして都合の良い作り話を無責任にベラベラと垂れ流した。

 それが原因で目の前にいる吹雪に死に逝く覚悟を決めさせたと言う事実を突き付けられ、数日前までの呑気に笑っていた自分を殴り殺したいと思うほどの後悔と怒りを心中で疼かせる。

 

「私が少しでも時間を稼げば、基地の被害を少しでも減らせばまだ眠っている仲間が生き残る可能性が高くなります、そしたら、司令官は生きてその子達と今度こそ深海棲艦をやっつける為に私にしてくれたように・・・」

「俺はっ! んな事を言ってんじゃない! 出撃するなら司令官である俺の命令に従えって言ってるんだ!!」

 

 頭から自分が死ぬことを前提にしてモノを言う少女の後ろ姿に八つ当たりじみた叫びを吐き出して肩を怒らせた中村は大股で吹雪に歩み寄る。

 その女子中学生にしか見えない兵器の肩を掴んで強引に自分の方へと振り向かせた。

 彼の方へと振り返った少女は何を言われたか分からないと言う呆けた顔で渋面を見せる中村を見上げて立ち尽くす。

 

「艦娘は指揮官と共にある事でその能力を十全に発揮する! これはお前ら艦娘を設計した科学者が残した艦娘運用の原則の一つで、つまり吹雪が出撃するってんなら指揮官である俺も一緒にいなきゃいけないって事でもあるんだよ!」

 

 マトモな思考を放棄した脳みそが垂れ流したセリフを言ってしまってから自分は何をバカな事を言ってるんだと恥じて中村は顔を紅潮させる。

 だがそんな羞恥心も自分を見上げてくる吹雪の呆気にとられた顔に妙な可笑しさへと変わり小さく笑ってしまう。

 

「だから、お前が戦いに行くなら司令官である俺も一緒に行くよ」

「司令官が私と一緒に戦ってくれるんですか・・・? でも、敵は海の上で、司令官は人間で・・・」

「そんな細けぇ事はどうでも良いっ! 俺はお前と一緒に行くぞ、吹雪! だから、付いて来い!」

 

 その言葉は数秒前に吐いた臭いセリフを勢いで誤魔化す為にいつもの口先三寸から出た時間稼ぎでしかなかった。

 碌に解決策など無い状態だが自分よりも確実に頭が良い田中と相談する為の暇さえ作れれば良いなんて他力本願極まる心算から出た言葉。

 

「っくぅ、・・・はいっ、特型駆逐艦、吹雪型一番艦、吹雪行きます! 司令官!」

 

 まさかそれこそがこの世界の艦娘に本来の能力を発揮させる言わば安全装置の解除を意味するものだった。

 など、言った中村も聞いた吹雪ですら想像だにしていない事だった。

 

 その条件とは一定以上の資質を持つ指揮官と艦娘の接触、そして、指揮官による出撃指示とその命令を艦娘が承諾する事。

 

 かくして中村はまるで意図していなかったが艦娘の能力を目覚めさせる条件は満たされ。

 駆逐艦娘である吹雪が自分を含めた全ての艦娘に組み込まれていた能力を発動させ、目の前を白く染め上げるほどの発光と共に二人の姿は強い輝きの中へと消えた。

 

「よし、行くぞ! まずは、良介にぇっ?」

 

 付いて来いとは言ったが今すぐ海に出るとは言っていない、なんて言い訳が光に飲まれた時点での彼の内心であったがそれは声にならず。

 

 当たり前ながら誰の耳にも届くことはなかった。

 

・・・

 

 突然の発光、燐光をまき散らして巨大化した吹雪の中であろう操縦席で飛ぶように通り過ぎていく風景に目を走らせる。

 中村は恐怖と混乱で叫び出しそうになる感情を必死に歯を食いしばって押し留める為に精神力を振り絞っていた。

 海上を二本の脚で駆ける吹雪の中から見える東京湾の長大な防壁とそれを突き破って巨体を乗り上げている巨体がぐんぐんと近づいて来る。

 

「撃てぇっ! 吹雪ッ!!」

 

 中村の前世で見たゲームの中で駆逐イ級と呼ばれ雑魚敵扱いされていたそれと似通った姿。

 しかし、その全長100mに総重量は数百トンでは収まりきらないだろう黒い船体を持ち。

 芋虫のように這いずり砕けた防壁の間から湾内へと侵入を始めていた。

 そこへ目掛け吹雪が背面艤装の煙突とスクリューから燐光をまき散らして100ノットに迫る勢いで矢のように基地から飛び出して海上を駆ける。

 

≪はいっ! 司令官っ!≫

 

 そして、中村の指示に従い初めて触る筈の連装砲を吹雪はまるで自分の身体の一部であるかのような自然さで真っ直ぐに敵艦へと向ける。

 目視した深海棲艦との距離から逆算して主砲の仰角を素早く調整し引き金を引いた。

 人間大だった頃とは明らかに異なる大質量の発砲音と共に光の塊が左右の砲から連続して放たれる。

 燐光を散らしながら砲弾が遠く離れ場所にいる金属を削りだして作った肉食魚の頭を思わせる深海棲艦の艦首へと風切り音をたてながら突き刺さり額の骨格を叩き割る。

 

「当たった! 上手いぞ吹雪っ!」

『でも一発外れましたっ・・・すみません司令官、止まってる相手なのにっ、発砲音!?』

「面舵! 回避しろっ!?」

 

 不甲斐なさや使命感だの若気の至りだのなんだのをひっくるめた言葉に出来ない感情に突き動かされて巨大化した吹雪と共に海に飛び出した。

 そこまでは良いが作戦と言える作戦など中村には無く。

 事前に得ていた情報は太平洋の南東から東京湾へと複数の深海棲艦が哨戒網を突破して近海へと侵入してきたと言う話だけ。

 さらにゲームの設定には詳しいが実際の深海棲艦がどんな存在であるかなど伝聞と資料頼りで実物を見るのは今日が初めてである。

 

「うぉっ! 壁の向こうにもいるのか!? いやまずは目の前の駆逐イ級を叩く!」

『い、イ級? はい! あの壁に乗り上げてる深海棲艦ですねっ!?』

 

 壁の外から打ち込まれてきたらしい砲撃は運が良い事に吹雪のいる場所とは見当違いな場所に着弾して水柱を上げる。

 だがその迫力は中村の心肝を寒からしむるには十分すぎる威力を持っていた。

 鏡を見れば確実に情けなく鼻水を垂らしているだろう自分の顔を頭の片隅に追いやって声だけは勇ましくなるよう訓練学校仕込みの大声を発する。

 中村は忙しなく視線を動かしてコンソールパネルに並ぶ機能の把握に全力を続けていた。

 

『し、司令官っ!?』

「どうした、何か問題か!? 落ち着けヤツの目は緑だからノーマルだ、強さは大したことない!」

『主砲が撃てません!!』

「・・・はっ? た、たった二発しか撃って無いのにか!?」

 

 回避の為に進行方向を変えていた吹雪が再び防壁に引っかかっているイ級へと砲を向けたと同時に悲鳴じみた声を上げて中村は言われた言葉に動転する。

 ふと視線が引っ張られるような感覚に従って吹雪の現在の状況を知らせる立体映像へと彼は視線を走らせ。

 いつの間にか現れていた主砲部分を指して表示されている再装填まで4分12秒と言う数字に顔を引きつらせた。

 

「これは主砲に・・・、再装填まで四分だと!? 何か他に武装は無いのかっ!?」

『よ、四分も掛かるんですかっ・・・どうしましょう、司令官!?』

 

 予期せぬ事態の連続でもう混乱の極致となりながらもその場しのぎを続ける中村の思考がついに止まる。

 

(どうしましょうって、俺にどうしろって、言うんだよっ!?)

 

 誰か助けてくれと叫びそうになった彼の視線がまた、まるで何者かに教えられたかのように吹雪が装備している武装の制御装置へと向かう。

 初めて見る兵器の使用方法など訓練はおろか説明書も読まずに使える人間などいるはずはない。

 いるはずは無いのに中村はそれが吹雪の魚雷管を起動させ標的を照準誘導する為に存在していると気付かされる。

 

「吹雪、魚雷管を起動させる、奴を正面に捉えろ!」

『はいっ! 進路を駆逐イ級へ向けます!』

 

 反射的にコンソールパネルを操作して魚雷管を起動させるとガシャンガシャンと重苦しい金属音が吹雪の太腿に装備された二機の三連装魚雷管から響く。

 操作盤の右側にある立体映像の中にある吹雪の両脚に装備されている上を向ていた三連装魚雷の先端が水平へと切り替わり前方の360度モニターに魚雷の予想軌跡が自動で表示される。

 装備の名前や形状は原型の駆逐艦に準ずるモノであるのにその性能は現代兵器と比べても遜色ないモノだと感じさせられた。

 中村は魚雷の軌跡が壁から這い出ようとしているイ級と重なったと同時に発射ボタンを全て押し込んだ。

 ボポンっと気の抜けるような音をたてて魚雷管から飛び出した白い泡の線を引きながら六発の魚雷が水面下を走り抜ける。

 数十秒という短い間に2キロほど離れた場所にいたイ級と防壁の下まで駆け抜け立て続けに破壊と水柱をまき散らした。

 

「・・・うっぉ、これ、壁の修理代とか請求されたりしないよな・・・」

『ぇっ!? そっ、そんな事、私に言われてもっ・・・、っ、また発砲音っ多いです!』

「加速して回避する取り舵をっ! うぁっ、マジかっ、魚雷再装填は二十分だとっ!?」

 

 赤く赤熱した巨大な雹にも見える砲弾が吹雪と中村が居る地点を目がけて飛び込んでくる様子に顔を青くしながら素人指揮官は推進器の出力を上げるレバーを押し上げる。

 コンソールパネルに第二戦速と表示された同時に指揮席で張り付けになった。

 轟音をまき散らして背部艤装のスクリューが空気を掻き混ぜて吹雪の背中を押し飛ばし、セーラー服を纏った14mの少女が砲弾の雨が降り注ぐ海面を駆け抜ける。

 

「ぐっぉ、2っ、200ノットって、冗談だろ・・・なんて加速力してやがるぅ・・・」

 

 レバーを握った彼の視線がデジタル表示で光るスピードメーターとエンジンの出力計へと向けられ、その視線の先でその数字の桁が凄まじい早さで上がっていく。

 

『大丈夫です司令官、これくらいなら回避できますっ!』

 

 急激な加速による慣性によってシートの背凭れに押さえつけられて呻き声を上げる中村。

 彼とは対照的に吹雪は生まれて初めて体験する高速航行の中で怯む事は無く敵の砲撃で立ち上る水柱の間を縫って駆け抜ける。

 まるで初めから当たり前に出来る事だと理解しているかのような迷いの無い回避運動。

 その彼女の内部で重圧に翻弄される指揮官は目を白黒させながら舌を巻く事になった。

 

『司令官、主砲も魚雷もまだ再装填できないんですか!?』

 

 降ってきた敵の砲撃を全て回避した直後に中村は握ったままの出力レバーの表示を原速まで戻した。

 下がっていくスピード計の数字と緩む慣性に彼は一息吐いて撃破したイ級が居た場所へと視線を向ける。

 

「まだだっ! くそ、魚雷撃つの二発ぐらいにしとけば良かった! 爆発で穴広げちまって、あれは軽巡のホ級かっ?・・・まずいな湾内に侵入される」

『深海棲艦の軽巡・・・ホ級』

 

 その広がった壁の割れ目の向こう側から姿を見せたのは頭の無い人間の上半身と巻貝を混ぜた様な気味の悪い奇妙な怪物の姿だった。

 それを見た中村は忌々しそう呻き、その言葉を繰り返すように呟いた吹雪はかつての囮作戦に駆り出された時にも自分や仲間達を追い詰めた怪物を正面から見据える。

 

『・・・司令官、駆逐艦娘は格闘戦に高い適正があるんでしたよね?』

 

 当たり前の話だが中村は前世で艦娘などを実際に見た事は無くその悉くが創作の中にあるキャラクターである。

 この世界で吹雪に出会ってから今の今まで彼女に語った艦娘達の姿はいかにも実際にいるかのように彼によって脚色された物語の登場人物でしかない。

 

「いや、それは・・・そのなんだ、吹雪はそう言った接近戦の訓練を受けてない以上無理は、おっおいっ!?」

 

 故に前世の世界で海の平和を守る正義の味方の活躍などは存在しない。

 彼がその存在を保証する事もできるわけも無いが中村は往生際の悪い思わせぶりな誤魔化しの言葉を吐く。

 

『大丈夫です、司令官の話、私は信じます!』

 

 物語を創作するように前世で過剰にかき集めたサブカルチャーの知識から『自分が考えた最強の艦娘』の設定を練り上げて面白おかしく得意げに話した虚構。

 

「そんな、吹雪っ、嘘だと言ってくれぇっ!?」

 

 現実化したそれに首を絞められる形となった中村は中二病から我に返ったような羞恥心と自分から先ほどのイ級よりも巨大な敵へと突撃を始めた部下の無謀極まる行動に悲鳴を上げた。

 

『私がやっつけちゃうんだから!』

 

 原速ですら90ノットを超える快速で海上を突き進む吹雪は自分に砲口を向ける軽巡ホ級へと迫り、彼女の中にある指揮席で怖気づいた中村の気も知らずに突撃を敢行する。

 焦りと恐怖に頭がおかしくなりそうな状態となった中村が顔中を脂汗で湿らせながら打開策を求めてコンソールパネルへと視線を向け、そこに艦娘の戦闘形態を切り替えるレバーを見つけた。

 

(待て・・・なんで、さっきから俺はこれの使い方が分かるんだ!? そもそも戦闘形態の変更って、ゲーセンのロボゲーじゃあるまいしっ)

 

 その触った事すらないレバーの下には『砲雷撃戦』と表示されている。

 左右に操作できるソレに触れた中村はまるで疑問に思った事への答えが頭に直接を刻まれたかのような感覚でその機能を理解させられた。

 そして、中村は気付けば右手を推進出力レバーに掛け、左手で艦娘の形態変更を行う取っ手を強く握っていた。

 

「吹雪、最大戦速で、接近戦形態に移行する! 転ばないように備えろぉ!」

『了解しました!』

 

 まるでこの空間に入ってから付き纏う何者かの思惑に乗せられて動いているかのような感覚に戸惑いながら中村は推進機の出力レバーを全速まで押し上げ吹雪を急加速させる。

 一気に赤いラインが引かれた場所まで針を上げた出力計、速度計は一足飛びに桁を三桁に跳ね上げる。

 先ほどとは比べ物にならない慣性の圧力に反比例するかのような速度で前方から飛来する敵の砲弾を吹雪は背後へと全て置き去りにした。

 

「さ、320ノットぉ・・・まだ上がるって、うぞだろぉ・・・?」

 

 そして、吹雪と敵艦との距離が急激に接近する中で呻く中村は全力で掴んでいた形態変更レバーを操作する。

 

 レバーの表示が砲雷撃戦から格闘戦へと切り替わり魚雷管を起動した時よりも力強く響き渡る鋼の音。

 

 背部艤装の一部が変形して艤装の後部に鎖で繋がっていた錨が吹雪の肩越しに前方へと突き出された。

 

 突き出された錨の柄を吹雪が握り引き抜いたと同時にその手にあった連装砲が背面艤装から突き出てきた懸架装置に回収されて駆逐艦娘の背中へ移動する。

 

 その艤装の動きを初めから知っていたように戸惑うことなく駆逐艦娘は400ノットと言う出鱈目な速度に達した状態で切り裂くような鋭い航跡を海面に刻みながら錨の柄を正面に構えた。

 

 軽く見積もっても1tはある鉄の塊が吹雪の手の中で軸に対して半月形を描く錨の爪が傾き、半月は軸に対して垂直になりその表面が割れるように開く。

 

 背面艤装と繋がった鎖をジャラジャラと騒めかせる錨は元の形から数倍の体積を得て、複雑な部品が覗く内部機構を露出させた黒鉄の斧へと変形した。

 

「やれっ! 吹雪ぃいっ!!」

『お願い! 当たってくださいぃ!』

 

 バリンかガシャンか、とにかく薄いガラスが割れるような呆気無い音が東京湾の海面を震わせ。

 キロではなくトン単位の質量を得た上に400ノットの砲弾と化した吹雪が振るった錨斧が敵軽巡の胴体へと吸い込まれるように衝突する。

 深海棲艦が纏う速射砲やトマホークミサイルすらはじき返す不可視の障壁ごと水死体のような気味の悪い体色をした巨体が熱された飴細工のように千切れ飛びながら砕けた。

 

「うぉおああっ!?」

 

≪わぁあきゃぁああっ!? んぼヴぁぁっ!!≫

 

 斧を手に軽巡ホ級を跳ね飛ばすように引き千切り防壁の外へと飛び出した吹雪の身体は墜落した飛行機のように顔面から海面に叩き付けられて滑る。

 吹雪の口から飛び出た乙女が出してはいけない類の叫びと共に海水で巨大な壁のような水柱が生まれ。

 そして、時速700kmオーバーの滑走は中村が出力レバーを引き下げた事で背面のスクリューが停止して減速していき、距離にして約5.4kmほど走ってからやっと止まることが出来た吹雪は太平洋の入り口にフラフラとした様子で立ち上がった。

 

「はぁ、ひぃっ・・・ひぃ、大丈夫か、吹雪?」

『うぶっ、はぃ、だいじょう、ぶです・・・っ、まだ敵艦が! けぶっ! げぅヴぇぁぁっ・・・』

 

 衝撃的かつ世にも珍しい艦娘の胴体着陸を彼女の内部で体験した中村は顔を真っ青にして喘ぎ。

 その手元にあるコンソールパネルの上で立体映像の吹雪が口から大量の海水やら魚やらをマーライオンのような姿で噴き出している。

 中村は精神的な余裕も無かったのでとりあえず手元の通信機らしい部分から聞こえてくる吹雪の吐瀉音をあえて聞かなかった事にした。

 

「いや、あれは撤退しているみたいだ。砲の装填は終わったが・・・」

 

 急激な緩急に振り回された戦闘を経て疲労に息を切らした二人は遠い海原にこちらへと尻尾を向けて離れて行く黒い巨体を見つめる。

 

「今の状態で追いかけても骨折り損のくたびれ儲けになるだけだ。吹雪、鎮守府に帰投するぞ」

 

 戦闘の終わりに深く息を吐いた中村はコンクリートの防壁を背に立ち尽くす吹雪へと帰還を促し。

 

『追撃すれば、勝てるんじゃないでしょうか・・・?』

「はぁ・・・吹雪、初めての勝利で興奮するのは分かるが引き際を間違えるんじゃない、命令に従ってくれ」

 

 水平線へと消えていく敵艦の背を見つめながらボソリと呟いた吹雪の言葉に肉体的にも精神的にも疲れ切った中村は珍しく真面目そうな喋り方をする。

 その裏にはもうただひたすら陸に帰りたいと言う私情極まる思いが籠っていた。

 

『はい、司令官・・・吹雪、帰投します』

 

 艦娘として目覚めてから初めての勝利、散々に自分達を苦しめていた相手と対等以上に戦えると言う事実。

 それらに後ろ髪引かれているような態度を隠すことなく何度か振り返ってはいたが吹雪は中村の命令に従って大穴が開いた対深海棲艦用の防壁へと足を向けて海面を滑っていった。

 




 
でも、いくら言葉を尽くしたって相手に伝わるのは精々1/3だよね。






2019/1/4 一部表現の変更。内容に変更はありません。


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第四話

前話の文字数が多すぎたために切れた部分なのでちょっと短め。
誤解が誤解を呼ぶスパイラル。
良いと思います。


 史上初の深海棲艦による日本の本土襲撃と艦娘による深海棲艦の撃破から丁度一週間。

 

「で、あれだけ派手に暴れまわったってのに深海棲艦の死体や上官殿の情けない命令と行動の証拠を隠滅で事件そのものが無かったことにされたと、アホか・・・」

「だが、アレのおかげで千切れる予定だった俺たちの首の皮が繋がったとも言えるな。何せ海将を含めた上級将校数人分の弱みって言うのは中々に使えるネタだ」

 

 東京湾に面する艦娘の研究と開発を行う鎮守府の一画に設置されたベンチに強い湿布の臭いを漂わせる中村と少し間を開けて隣に座る田中の姿があった。

 二人は不満そうな顔と愉快そうに笑う顔と言う対照的な表情を浮かべる。

 

 東京湾の入り口に作られた長大な防壁は海水の浸食劣化と一部の設計ミスによる破損。

 政府の主導する避難誘導によって海岸に近い危険区への民間人の出入りは禁止されている為に人の目はほぼ無いため、当事者たちが口を噤めば情報規制は問題無く。

 吹雪が撃破した深海棲艦の遺骸は政府直轄の研究機関へと一部が回収されて他は焼却や破砕処分の後に外洋へと投棄された。

 

「・・・しかし、まさか、お前が吹いた大法螺が本当になるとは思ってもみなかったぞ?」

 

 まさか、今まで政治的に利用できると言うだけで政治家も自衛隊も役立たずだと思っていた可愛い女の子にしか見えない欠陥兵器と揶揄される艦娘。

 そんな彼女が物理学と常識に正面からケンカを売る様なとんでもない能力を発揮するとは誰一人として想像もしていなかった。

 そう、前世の記憶を頼りに努力と口八丁手八丁で艦娘の司令官に収まった青年達ですらこんな形で艦娘が力を発揮するとは考えていなかったのだ。

 

「俺だって予想外だっての、司令官が巨大化した艦娘に乗り込んで戦うってどこの機動戦記だよ・・・」

「主任に頼んで額にくっ付けるV字角でも作って貰えばらしくなるな」

「吹雪が持ってるのは斧だからむしろ一本角じゃね?」

 

 そもそも兵器に乗り込んで直接戦うのは指揮官では無くパイロットと言うべきだとウンザリしたような顔で指摘する中村に田中はクックッと小さく笑いを漏らす。

 鎮守府の閉鎖が全くの無駄足になった青年は初戦闘で時速720kmの世界を体験して急激な慣性運動に振り回されて痣だらけになり未だに大量の湿布で治療を続けている友人の姿を愉快そうな顔で見る。

 

「他人事みたいに笑ってるがな、あの子達はお前も司令官の一人として当然戦場について来てくれるモンだと思い込んでるぞ?」

「・・・いや、俺は事務とか交渉なんかの担当であってだな、俺が作戦を立ててお前が実行ってのが昔からのっ、!?」

 

 恨みがましい目つきで見上げてくる中村の言葉に笑顔を引きつらせた田中はあらぬ方向へと視線を向けて言い訳を垂れ流していた。

 そんなベンチに座っている彼の背後から伸びてきた細い手が彼の首に巻き付くように抱き付いてそれ以上の言葉をせき止める。

 片手に黒い手袋を付けた腕と共に長い三つ編みと烏羽色の黒髪が垂れた前髪がずいっと肩越しに突き出され、真横から青い瞳の美少女が田中の顔を覗き込んできた。

 

「楽しそうだね、提督、僕も話に混ぜてもらいたいな?」

「し、時雨、いや大した話じゃないんだ、まぁ、昔こいつとバカやってた頃の話を少しばかりな、それと俺は階級的に言って提督じゃないぞっ」

「バカって言うなよ、ちょっと前世の学歴が良いからって調子に乗って高校の数学で俺に負けたくせによぉ」

「あれはただ計算ミスが重なっただけだ! そも何年前の話を引っ張てくるんだ、いい加減に一回勝っただけで調子に乗った言い方は止めろ!」

 

 白露型と呼ばれる駆逐艦の二番艦、どこか中性的な雰囲気を纏っている時雨は田中に懐いた様子を隠すことなく彼の背中へともたれ掛かる。

 黒地に赤いリボンタイが鮮やかな白い襟と袖のセーラー服と顔の真横で揺れる黒い三つ編みが石鹸の爽やかな香りを彼の鼻へと届けた。

 

「昔って提督たちの前世の世界の話かな、僕もその話ならすごく興味があるよ」

「・・・あんまり他の連中には言わんでくれよ。俺らはともかくお前達まで変人扱いされるぞ?」

 

 特に口止めをしていなかった事と実際に中村が吹いた法螺が現実のモノとなってしまった事で彼から前世の世界で活躍したと言う艦娘達の話を聞いていた吹雪はその全てを信じ切ってしまい。

 それが原因となってあの事件の後にクレイドルから目覚めた艦娘達にも吹雪はその話を誇らしげに言って聞かせてしまっている。

 

「俺らってなんだよ、言い出したのお前だけじゃないか」

「僕らが普通じゃないのは今さらだと思うけど、二人にとって都合が悪いならそれに従うよ」

 

 その話を知らない他の自衛隊員にとって中村と田中は頭の出来と優秀さはともかく性格と行動が残念な男達である事は変わらない。

 だが、艦娘達にとっては異なる世界からやってきて自分達と共に日本を守るために立ち上がった勇気ある指揮官へとなってしまっている。

 

「提督たちの話を聞いた主任さん達は僕らの研究がまた一歩進んだって嬉しそうにしてたんだけどね」

 

 さらに艦娘達から鎮守府の研究員にまで伝わったその話にほとんどの人員は半信半疑ではあったが実際に巨大化した吹雪や彼女が戦う姿をその場に居合わせて目撃した主任はかなり彼らの話への興味を強めていた。

 

「あくまで俺達が知っているのは前世の世界の話であって、ココとは事情が違うかもしれない、だから俺達の話が正しいか間違ってるかは関係なく確定していない情報はばら撒くべきじゃないんだ」

「そうそう、あれだ。何か致命的なズレとかあったら困るだろ? 良介が言うようにそういう事なんだよ」

 

 そんなわけで図らずも肥大化した艦娘達からの重すぎる信頼感に新人自衛官の二人は虚勢と話術で何とか司令官としての威厳を取り繕っていた。

 

「なら、それ以外の提督の話を教えて欲しいなっ♪」

「そ、そんなにくっ付くんじゃない、女の子がはしたないぞっ!」

 

 息がかかるほど間近で甘える様に囁く時雨の頬がムニッと柔らかく瑞々しい感触と共に田中の頬に押し付けられた。

 瞬間、声を上ずらせた田中は跳ね上がるように彼女の手から逃れてベンチから立ち上がり背後にいた駆逐艦娘へと向き直って意味も無く白い士官服の襟元を整え帽子を弄る。

 

「なにキョドってんだよ、前世合わせたら米寿になる奴が中学生ぐらいの相手に情けない。これだからロリコンは」

 

 そんな相棒の情けない姿に呆れ顔を向けて中村は顔の半分を片手で覆い大げさに頭を振って呟き、その言葉に田中は不機嫌そうにへの字に口を歪ませた。

 

「ロリコンじゃない! なら吹雪に同じことされてもそのセリフがお前に言えるのか?」

「いや、吹雪は明らかに田舎育ちの親戚の子供とかそんな感じだろ、興奮する方がおかしい相手じゃないか?」

「・・・中村三佐、今のは聞かなかった事にしてあげるけど吹雪の前でそんな事言っちゃダメだよ?」

 

 反撃のように放たれた田中のセリフに中村はまるで意味が分からないと言った顔を見せ、その様子に今度は時雨が呆れ顔を浮かべて頭を振り子供の間違いを正して言って聞かせるように忠告する。

 

「ところで時雨は何でここに? 確か今の俺たちは開店休業だから艦娘も訓練か待機中だろ」

「散々こき使ってきた癖に都合の悪い大戦果は無かったことにする。その為の時間稼ぎ、全て基地司令部の都合だけどね」

「それに一枚噛んで基地の権限に食い込んで見せた奴が何言ってんだよ」

 

 太平洋上で散発する深海棲艦の襲撃は日本にとって東側のシーレーンを脅かすモノではあるがユーラシアや中東アジアを迂回するルートは今のところ問題無く使える。

 漁業および海運系業界に痛烈な打撃を与えはしたが日本全体の物価はやや上昇した程度に収まっている。

 近い将来にはシーレーンが崩壊すると言う事実を知る者にとっては薄氷の上にある平和を享受している今日の日本はなんておめでたい国なのだろうと愚痴の一つや二つも吐くだろう。

 

 その裏では鎮守府が運用開始されてから既に三年、その間に四百人以上の艦娘が現代へと目覚め。

 その悉くが頭の中身と道徳観の軽い指揮官の命令で民間船から敵を引き離す囮として使われ実力の一割も発揮できずに海の藻屑となった。

 

「将来的には本土が戦場になりかねないって状態なのに悠長な話だね、深海棲艦にはこの前の奴らよりもっと強力な個体が山ほどいるんだよね? 相談とか助言を貰いたいって皆で二人を探してたんだ、暇なら付き合ってくれないかな?」

 

 そして、ある者は霊核となって、またある者は蘇生不全を起こして再び鎮守府の中で長い眠りに就いている。

 この計画に賛同した政治家ですらそのほとんどが艦娘と言う存在に見切りをつけて責任を全て引っ被らせる態の良いスケープゴートを求めているような状態だった。

 

「・・・さっきも言ったけどあくまで俺達のいた世界の話であって全部コッチの世界と同じとは限らんからな? 吹雪みたいに鵜呑みにはしないでくれよ?」

「提督も中村三佐も前の世界では民間人だったなら軍事機密とか知らない事が多くても仕方ない思うけどね、それでも僕らよりも僕らの事を知ってくれてる人が居るのはとっても心強いよ」

 

 言い訳がましい物言いで責任問題をはぐらかそうとする中村だったが友好的で朗らかな笑顔を見せる時雨の姿に何も言えず閉口して湿布塗れの臭い身体をベンチから立ち上がらせる。

 前世の記憶に頼り切り自分から飛び込んだ落とし穴の底で責任を逃れたい上層部や政治家の思惑通りにスケープゴートにされた二人の新米司令官は当初の思惑とは少し違いはあれど艦娘との友好的な関係を作ることに成功していた。

 

「ところで義男、お前結局どの艦娘が好みなんだ?」

 

 艦娘への好み云々の話で散々にいじられた田中は友人が特に好んでいる相手を知らない事に気付き。

 自分達の前を歩く時雨に聞かれない程度まで絞った囁き声で真横を行く中村に問いかけた。

 

「ロリコンのお前には分らんだろうが素直で可愛くてオッパイがでっかい娘だな」

「だからっ俺はロリコンじゃないよ」

 

 艦娘達が待っていると言う場所へと先導する時雨の後を並んで歩きながら両手を意味深にワキワキ動かし軽口を叩いた中村が白目を剥いて路上に引っくり返る。

 

「高雄とか榛名とか特に、良いぃったぁ!?」

「え? ・・・義男?」

 

 そんな友の姿に驚き硬直した田中は突然にゴツンと硬い何かに脛を叩かれ中村と同じく、無様に路上に崩れ落ちてむさ苦しい悶え声を上げた。

 

「うわぅっぐぉっ!? 時雨、何で、俺まで・・・」

「君達には失望したよ・・・少しそこで反省してくれないかな?」

 

 さっきまで朗らかな笑みを浮かべていた中性的な雰囲気の美少女は履いている革靴の爪先で地面をトントンと軽く突き。

 氷の様に冷たい視線で路上でのたうつ男どもを見下ろしながらそんなセリフを吐き捨てた。

 

 




吹雪がザ〇なら時雨はガ〇キャノン。
異論は認める。


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第五話

別に転生者が中村と田中がだけって言った覚えないし。

時化に巻き込まれても仕事を続ける漁師の人達はいつも頑張ってて凄いと思う(小並感)


 2008年に突如として太平洋上に現れた正体不明の怪物、その数年前にとある科学者が出現を預言していた存在と多くの共通点を持つ事から彼が残した論文に書かれていた深海棲艦と言う呼称が日本で使われる事となった。

 とは言え、発生当初は数隻が観測できる程度であり非武装のタンカーを突け狙う無国籍の海賊船扱いで国連を中心とした安全保障に参加している国家により排除が行われる事となった。

 100mから150m前後の個体差とグロテスクな造形に不気味さを感じながらも太平洋の平和を守っていると自負する国連の連合艦隊は深海棲艦の数倍の数を揃えて殲滅戦を開始する。

 

 結果として最も多くの戦力を出撃させたアメリカの空母を中心とする艦隊とその護衛艦はその戦力の七割を失い、殲滅戦に参加していた各国の軍人は過半数が帰らぬ人となり母国から遠く離れた海の底へと沈む結果となった。

 そして、対外的な報道では撃破に成功した事になっている6隻の深海棲艦は大量の将兵の血肉と最新鋭兵器の残骸を代償に海の底へと姿を消した。

 

 それから五年、人類戦力の大敗北から年々増え続ける深海棲艦の被害の煽りもあってか日本政府には前政権の失態を盾に政権奪取を成功させた新内閣が誕生する事となり。

 与党の座を手に入れた新興政党が中心となって深海棲艦の出現を預言していた科学者、刀堂吉行が残した資料を基に深海棲艦への対抗兵器として艦娘と命名された人造人間とそれを運用する為の施設の建造を開始する。

 

・・・

 

「非常事態宣言中の特例、艦娘及び鎮守府に対する国防における重大な特別任務の執行優先権の付加・・・意味が分からん言葉を並べてこれだから前も今も政治家って連中はややこしい事を言う」

「おぉいっ! 坊主、もうすぐ網引き始めるぞ、サボってないで手伝いに上がれや!」

 

 早朝に持ち込んだ新聞を備え付けの戸棚に放り込んでから俺は慣れ親しんだ祖父が所有する古臭い漁船の船室から這い出して来年には九十歳になると言うのにまだ現役の漁師を続けている元気なジジイへと顔を見せた。

 戦前どころか江戸時代まで遡れるほど長く続いている漁師家業の跡取りとして海に出るのも中学卒業から続けば慣れたもので波に揺れる船上もヒョイヒョイと軽い足取りで歩き回れる。

 

「じいちゃんサボってたわけじゃねぇよ、まだ休憩時間の内だっただろ」

「海の上でガキが生意気言ってんじゃねぇ、ほれ、綱引けや」

 

 そんなお決まりな会話をする自分と祖父に父親が操船を担当しながら苦笑しているのを横目に身体が覚えている作業を手早く済ませて行けば熟練の老漁師が満足そうに笑顔を見せた。

 年齢一桁の頃から漁業と海に関わり家業を手伝うようになってからは筋が良いとべた褒めされてきた俺に祖父は口では小馬鹿にするような偉ぶった物言いをするがそれ以上の期待と優しさを見せてくれる。

 実は祖父や家族が褒めてくれる俺の手際の良さの理由は今の親父ぐらいの年まで漁師を続け、その最中に海難事故で死んで気付けば過去の自分へと転生した為だった。

 生まれた時から漁師としてのいろはをはじめから知っていた事は周りに話す事も無く、特に不満も無く前と同じ人生をなぞる様に俺は生きている。

 

「そういやさ、爺ちゃんは艦娘って見た事あるか?」

「かんむすぅ? あぁ、帝国軍の船御霊が人間になったってとかってあれかぁ、んなもん眉唾だ眉唾。遠洋に出た連中でそれらしいのを見たって話しは聞いた事があるってだけだな・・・」

 

 戦時中に祖父が海軍で軍人をやっていたと言う話を昔聞いたが詳しい話を聞いても辛い事ばかりで碌なもんじゃなかったとはぐらかされ戦時中よりも漁師としての生活だの心得だのばかりを教え込まれた。

 二度目でも同じ会話をしたけれど二度目だからと言って人生が薄まるわけでもなく新しい発見と共に今の俺の中で懐かしい記憶となっている。

 今では行政からの有難迷惑なお達しで沿岸部からの退避が推奨されており、地方の人口減がそのまま漁業人口に大打撃を与えているが先祖代々続けてきた生業から離れると言う選択は我が家には無かった。

 深海棲艦の出現以降に多くの遠洋を行く漁船や貨物船が沈められる言う事件が繰り返し起き内陸部では海魚の値段が高騰している為にある意味では前世よりも我が家の羽振りは良くなっている。

 

(深海棲艦に艦娘って言ったら艦隊これくしょんかよ。まぁ、今も昔も近海で漁師やってる俺とは関係無い話だろうけどな)

 

 とは言え誰もいない海原で化け物の餌になるのは誰だって勘弁してほしい事であるし、俺が乗る漁船も同じ福島の港に属している複数の船と船団を組んで漁をすることが多くなっていた。

 まるで大型魚から身を守るために集団をつくるイワシのようだと他人事のように考え、前世の世界で何と無しに触れていた艦これと略されて親しまれていたゲームの内容を思い出してから失笑した。

 

「そう言えば爺ちゃんってなんて名前の軍艦に乗ってたんだっけ?」

「無駄口叩いてないで手を動かせや、坊主っ!」

「口も手も動かしてるっての・・・何年やってると思ってんだよ」

 

 昔、爺ちゃんが戸棚の奥に大事にしまっていた写真を取り出して懐かしそうに眺めていたのを思い出す。

 あの時、たくさんの水兵が並ぶ後ろ、白黒写真ですら迫力を損なわない巨大な大砲を備えた軍艦は何という名前だったのかは二度目の人生でも教えてもらえていない。

 

・・・

 

 同業者が減ったためかそれともただタイミングが良かったのか大きな魚群を捕えて最近でも稀に見るほどの大漁に恵まれ漁船団の全員が色めき立っていたのは数十分ほど前だっただろうか、だがそんなお目出たい雰囲気は突如空に鳴り響いた爆音と降ってきた砲弾が上げた水柱で文字通り消し飛んだ。

 幸いな事にどの船にも命中せず転覆したモノも無かったが、遠く数キロ先から俺達が漁にいそしんでいる海域へと突き進んでくる巨大な黒い影の群れを双眼鏡で捕えた複数の漁師がこの世の終わりを見た様な悲鳴を上げた。

 

「久助ぇっ! もっと速力だせや!」

「もう目一杯だ、親父っ!」

 

 引き上げていた幾つ目かの網を放棄して我先に母港へと逃げ帰ろうとする漁船の群れをあざ笑うかのように迫って来る深海棲艦は俺たちの船よりも何倍も大きな船体と最新の高速船を越える速度で迫り遊ぶように時折砲撃で船団を挟むように水柱を作る。

 前世の世界でも今回の世界でも体験した事の無い恐怖にガチガチと無様に震えながら船にしがみ付いている俺と違い父親と祖父は気丈にも砲撃で高波を起こした海面を巧みに乗り越えていく。

 

「畜生ッ! 船ぇ止めろ、源とこの倅が船ひっくり返しやがった! 景助ぇ! 浮き持てぇ!」

「じょ、冗談だろっ、爺ちゃん!? 化け物が追っかけて来てんだよ!?」

「バカか坊主! 海の男が海に落ちた仲間ぁ見捨てて逃げらんねぇだろが!! シャンとしろぃ!!」

 

 とうとう運の悪い船が十数mの水柱の煽りを受けて転覆し、それを見た祖父は父親の背中を叩くように叫んでから操船室から飛び出して俺に叫ぶように命令する。

 自らも救命胴衣を身に着けて転覆して海面に船底を見せている知り合いの船へと近づくように操船室へと叫んだ。

 散々に降り注いだ水柱で海水塗れになった上に怪獣映画の中から出てきたような怪物が迫ってくる場所で人命救助なんて冗談ではなかった。

 だが、この船の主導権は祖父にあり、船の長には何があっても従わなければならないと言う刷り込まれた古臭い漁師の掟と力強く背中を叩く祖父の手の力強さにヤケクソになって指示に従う。

 

「早く登ってくれっ! 後少しだっ!」

 

 転覆した船へと近づき脱出していたその船の船員へと浮きとロープを投げて引っ張り祖父と共に綱を引いて一人、二人と引き上げて行くが三人目に手を差し伸べたと同時に顔を上げた俺はもう数百mまで近づいて来ていたグロテスクな怪物と目が合ったような錯覚を覚えて明確な死への恐怖に息が詰まらせる。

 妖しい緑色の光を放つ巨大な一つ目と妙に白く見える牙がずらりと並んだドクロ、それは艦隊これくしょんの中では雑魚扱いされていた駆逐ハ級と呼ばれていた。

 それが下手なビルよりも大きな船体を海原で停止している俺の乗った船へとまっしぐらに突き進んできている。

 

(なんだよ、それ・・・俺が何をしたって言うんだっ! ふざけんなよ、神様っ!!)

 

 蛇に睨みつけられた蛙の気分を存分に思い知った俺は引き上げた自分と同じ漁師の男と恐怖を顔に張り付けたままこちらへと大きく口を開き柱のように太い大砲を向けてくる怪物から目を反らすことが出来ず、背後で船を走らせろと叫ぶ祖父の叫び声を妙に遠く感じながら自分の最期を悟った。

 

 そして、耳を打つゴォンと重く響く鋼の音と頭上を照らす輝きについに砲弾が降ってきたか、と身体を強張らせた俺は自分の命を弄んでくれやがった神様に恨み言の一つでも言ってやろうと最期の負けん気を発揮して顔を上げる。

 その見上げた先にはとんでもないモノが光り輝き青い空に浮かび上がっていた。

 

「何で、艦これの・・・、ロゴに似てる? なんだあれっ!?」

「な、なんだぁ、ありゃぁ・・・」

 

 海原に響き渡ったのは深海棲艦の砲撃音ではない、陸上自衛隊と機体に記された大型のヘリコプターが飛び去る空の下に巨大な錨に金色の葉が作る輪が浮かぶ。

 その中央には鈍い銀色で『吹雪型駆逐艦 一番艦 吹雪』と書かれた文字が輝き、その存在を見上げる俺達へと知らせるように再び重く響く金属のぶつかり合う音が俺の耳朶を打つ。

 俺達の目の前で文字が無数の波紋によって海面に消える泡のように消え。

 その中央が一際強く波打ち泡立ち内側から巨大な何かが生れ落ちるように輝く輪を突き破って視界を埋め尽くすような大量の光の粒が噴き出す。

 そして、舞い散る光の雨の向こうに人のような形が見えた直後に数十mの高さから降ってきた大質量が俺達の乗る漁船とハ級の間に落ちて巨大な波と水飛沫を高らかに舞い上げた。

 

≪ 駆逐艦吹雪、出撃します!! ≫

 

 晴天の空の下、土砂降りの雨のように降る海水から顔を背けて両手で頭を抱えて縮こまる俺の頭上から勇ましく宣言するように拡声器で拡大されたような女の子の声。

 高らかに鳴り響く汽笛の音にカッコ悪く尻もちをついたままの身体が痺れ、さっきの深海棲艦に睨まれた時とは全く違う力強い衝撃に圧倒される。

 

 後ろ頭の短いお下げに肩まで届く横髪に昔の軍艦を模したような背負い物。

 紺色の襟と袖に白地のセーラー服と膝上で揺れる襟と同色のプリーツスカート。

 俺達を庇う様に立つ彼女の後ろから見上げるその姿は四階建てのビルに相当するほどの巨体。

 

 太腿に装備された魚雷管や電信柱よりも太い腕の先に握られている二連の大砲を構える姿は俺が前世で軽く触れて遊んでいた艦隊これくしょんと言うゲームのキャラクターの一人、艦娘の吹雪と瓜二つだった。

 

「か、艦娘なのか?」

「あ、あれが・・・艦娘って言う」

 

 止まっていた呼吸を取り戻すように喘ぎ呻くように呟けば俺よりも一回り年上の先輩漁師が同じような顔で目の前の現実感を奪うような光景に硬直していた。

 

≪艦娘艦隊による特務執行権の行使が認められました。これよりこの海域では深海棲艦との交戦が開始されます! 民間船の方々は速やかに避難行動を行ってください!!≫

 

 身動き一つできず唖然として救助した同業者と共に船上で尻もちを着いた俺や操船室の父と祖父に向かって巨大な肩越しに振り返った吹雪と名乗った艦娘の力強い口調に押されるように漁船はエンジンを吹かして走り出す。

 それと同時に巨大な発砲音がハ級の砲口から聞こえ、続く金属同士がぶつかり合う爆発でも起きたかと思うほどの轟音に漁船の急発進でバランスを崩した身体を必死に動かして船体の縁に掴まる。

 俺が見た先では吹雪が何処から取り出したのか分からないが錨が変形したようなデザインの巨大な斧を片手で振るいハ級が打ち出した砲弾を遠く彼方へと弾き飛ばしていた。

 

≪吹雪、吶喊します!!≫

 

 吹雪の背負い物に付いているスクリューが渦のような輝きを纏い、まるでロケットエンジンでも背負っているのかと思えるほどの轟音を放つ。

 スクリューに押されるように巨大な少女の身体が停止状態から急加速し、一足飛びに深海棲艦との距離を詰めて両手に掲げるように握った錨斧を悪趣味なドクロの脳天に叩き付けた。

 

 一隻目の深海棲艦を一撃で屠り俺達に背を向けた吹雪が次の標的を狙って海原を駆けていく姿を最大速度で逃げる漁船の上で見送ってから三時間は経っただろうか。

 まるで突然の大嵐に放り込まれた後に生還したような気の抜けた気分で俺は実家がある港町を水浸しの船上でへたり込みながらぼんやりと眺める。

 船の縁に背中を預けている俺の耳に届く父親や祖父の会話から船団はあの激戦の中で助け出した知り合いの船が一つ海の底に沈んだのを除けば軽傷者が何人か出た程度で死人は一人も出さずに済んだらしい。

 

「・・・艦娘って、あんなにデカい女の子だったのかよ、本当に艦の娘だったな」

 

 漁師にとって船を失う事は大損害ではあるが命に変わるほどの価値は無い、絶体絶命の危機に空から降ってきて俺達を助けてくれた可愛らしく少し垢抜けない顔立ちの防人の姿を頭に浮かべる。

 人間を窮地に放り込むだけで後は何の役に立たない神様なんかよりもよっぽど有難い存在に俺は心の底から感謝した。

 




でも、まさか深海棲艦に追い回され、艦娘が空から降って来るとは思うまい。

10/30修正※爺ちゃんの年齢をちょっとだけ増やしました。八十代半ば→九十代手前


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第六話

この物語はフィクションです。
実際の海上自衛隊はこんなにブラックな環境ではありません。

そもそも現実に深海棲艦なんかおらんし。


 始めて吹雪と共に深海棲艦を撃破した後に事件そのもの無かった事にされた日から三か月、中村と田中はクリスマスも正月も返上して鎮守府の環境と艦娘の立場の改善に奮戦していた。

 

「人手が足んねぇ・・・休みが足んねぇ・・・ココはブラック企業かよぉ」

「お互い今月に入ってもう六回目の出撃だからな、流石にコレは身体が幾つあっても足りないな・・・」

 

 2014年の年始めからめんどくさい手続きを必要とする無数の書類や頭の固い基地司令部との口喧嘩じみた舌戦や説得に時間を潰されながら徐々に再始動した鎮守府で深海棲艦退治に挑む生活に二人は疲れ切っていた。

 

「初出撃から数えれば叩きのめした深海棲艦の数がもうすぐ五十になるぜ・・・へへっ、嬉しくもなんともないけどなぁ」

 

 鎮守府の一画に作られた執務室でソファーに疲れ切った様子で座り込んだ二人の青年は呻くように弱音を吐き出す。

 中村は目の前のテーブルに置かれた冷めたインスタントコーヒーが入ったコップへと手を伸ばし、その途中で気が抜けた腕が垂れ下がってテーブルにべたりと落ちる。

 

「ぁ~、ホントなんで俺たち以外の司令官が増えねぇわけ?」

「艦娘側が相手を指揮官として認めて出撃を承諾さえすれば問題無いはずなんだが・・・まぁ、中には能力の発動と同時に外へはじき出されるなんて事もあるらしいが」

「それでも、なんとか説得して司令官候補と顔合わせした子達が全員出戻りしてくるって異常だろ。どんだけ俺が渋る艦娘達の説得に苦労したと思ってんだよアイツら・・・」

 

 その艦娘達が中村と田中以外の司令官を拒んでいると言うのが現在の彼らが置かれている苦境の原因とも言えるのだがそもそもは現状の自衛隊は艦娘の能力に対してに懐疑的である為だ。

 実際に過去の艦娘達が惨敗する戦闘の様子を知る士官からすれば今回のような大逆転劇を聞いただけの情報では信じられるものではない。

 さらに映像記録として提出された本来の力を発揮した艦娘達の姿ですら良く出来た特撮映画だ、などと揶揄され組織に見限られない為に若輩者と鎮守府に所属する研究者が組んで創作した狂言だと嘲笑する者までいる始末だった。

 

「これが艦娘否定派の仕組んだ妨害なら驚くほど俺達に効いているよ」

「三年で出来た意識の溝ってヤツか・・・手強すぎる」

 

 霊核から再生され目覚めたばかりの艦娘達が持っているのは大半が過去の大戦の記憶と国を守ると言う志半ばで倒れ、海に沈んだ悔恨の念である。

 そして、再び現世で汚名を返上できると意気込んで目覚めたにも拘わらず自分達を迎えたのが同じ国を守らんとする者達からの嘲笑であれば機嫌を損ねるのも無理のない話とも言える。

 

「それも政治家の鎮守府計画に反対する派閥のせいだったってんだろ? マジふざけんなよっ、なぁ?」

「彼女達の能力を疑問視する態度を隠さない自衛官は減らない、現在の自衛隊の意識と方針がひっくり返らない限りは疑心暗鬼になった艦娘の拒絶反応は消せそうにない・・・むしろ間を取り持った俺達にまで飛び火しかねない問題か」

 

 お世辞にも一枚岩と言えない政治の場では国を守ると言う目的は同じだがその方法と方針を一つに絞る事など出来るわけも無く、当然の顔をして自分の派閥と違う相手の脚を引っ張るためだけに情報戦だけでなく直接的な手段を取る事さえあった。

 

 その一つが吹雪も被害にあった艦隊護衛中に深海棲艦に襲われた際に積極的に艦娘を使い捨てにする囮作戦である。

 

 記録が正しければ中村と田中が着任する直前まで繰り返されており、過去にいた彼女達の指揮官として任命された士官達は刀堂博士が残した資料に目を通す事すらせず。

 伝言ゲームのように何処からともなくやってきた命令に従って、どこの誰が造ったかもわからないマニュアル通りに行動する事となった。

 さらにこの基地に所属する海上自衛隊の隊員たちが全体的に国防へと情熱を注ぐタイプではなく、仕事だけはしっかりやってますと言う態度を見繕うのが上手い人間ばかりが集められているのも問題と言える。

 

「刀堂博士が残した研究資料を常識を考えずに頭を空っぽにして読めば、俺達以外でももっと早く彼女達の正しい運用方法に辿り着けたはずだったんだがな」

 

 この二人も本当の所は日本国への忠誠心なんてものは人並み程度しかないし、国防よりも自分の命を優先したいと考える性格の持ち主達である。

 だが、なんだかんだ言って二人とも困っている相手を見ると放っておけないと言うお人好しな部分が妙に似通っていた。

 さらにその相手が可愛い女の子だと張り切ってしまうのも理由はあえて言わないが無理は無い事だった。

 

「『艦娘は指揮官と共にある事でその能力を十全に発揮する』なんて言われて艦娘に司令官が乗り込んで一緒に戦う事が正解なんです。って想像できる奴なんかいるわけないだろ、いい加減な事言うなよインテリロリコン・・・」

「だまれ、無計画オッパイ星人・・・はぁ・・・不毛だ」

 

 

 罵倒で返事をした相棒と睨み合うように顔を見合わせた中村は無駄に疲労感を増やしてから二人揃って深くため息を吐き出して項垂れる。

 

「ここまで来たら仕方ない・・・余計な先入観の無い、そもそも艦娘を知らないって連中を巻き込むしかないな」

「背に腹は代えられないか、手続きは俺から司令部にねじ込むから人員を選ぶのは頼むよ」

「人員って言ったって鎮守府に隔離されてる状態なんだから防衛大の先輩か後輩ぐらいしかいないだろ?」

 

 項垂れた顔に疲労を滲ませた中村がコーヒーの入ったカップを握り中身を一気に呷って苦味ばかり強い眠気覚ましを飲み下し、少し前から相棒である田中と検討していた腹案の実行を決意した。

 そんな男共による陰鬱な雰囲気の生産が続けられている執務室のドアがノックされ、田中の入室を許可する声で扉が開かれてセーラー服を纏ったぱっと見では田舎の中学生といった容姿の女の子が姿を見せる。

 

「司令官、失礼します! 本日午前の湾内演習の報告書を纏め終わりましたのでお持ちしました!」

「ああ、吹雪ありがとう、そこに置いてといてくれよ」

 

 四日前には陸自に無理を言って飛ばしてもらった輸送ヘリから東北の沖合に飛び降りて開始した戦闘で敵艦を三隻殴り殺した駆逐艦娘は元気と意欲に満ちた笑顔と返事の後に携えてきた。

 そんな吹雪は報告書を中村が使っている机の上に置いたが、その上に積まれている書類の乱雑さに顔を引き攣らせて彼らのいる方を伺う様に見る。

 

「あの、司令官・・・私、机の片付けをお手伝いしましょうか?」

「コイツの机が汚いのは昔からだから気しなくても良いよ、仕事自体もちゃんとこなしているから問題ない」

「そ、そうですか、あっ、お疲れでしたらマッサージでもいかがでしょうかっ? 私けっこう得意なんですよ」

 

 いかにも良いアイデアを思い付いたと笑顔を輝かせて前のめりで中村に詰め寄る吹雪。

 彼女の積極性に彼は眩しそうに目を細め仰け反るがすぐにふっと表情を緩め、すぐ近くにある少女の頭に手を乗せて軽く艶やかな髪を少し乱暴に混ぜるように撫でる。

 

「ははっ、心配かけたみたいだな、ありがとう大丈夫だ・・・さて、仕事を再開するか! 給料分は働かないと吹雪達にも恰好が付かないな」

「司令官、えへへっ・・・」

 

 ソファーに沈んでいた身体に気合を入れて立ち上がった中村は先ほど吹雪が書類を置いた執務机へと向かい、前髪が崩れるぐらいに撫でられたのに満更でも無い笑みを浮かべる駆逐艦娘の姿。

 そんな二人の様子に口の中に大量の砂糖を押し込まれたようなウンザリ顔を見せた田中は気を紛らわせる為に冷めたコーヒーの入ったコップに口を付けた。

 少しだけ部屋の重苦しい空気が紛れ中村がゴチャゴチャと散らかった執務机に着いてペンを片手にしたと同時に甲高いサイレンの音が鳴り。

 そして、『何処其処の海上哨戒網に深海棲艦が何隻侵入したので艦娘艦隊の出動が要請されました』と言う事務的な知らせが部屋に備え付けられたスピーカーから届いた。

 

「・・・田中三佐、自分は緊急を要する事務処理の最中でありますので」

「さっきまでダレにダレてた奴が言って良いセリフじゃないぞ!? いや、俺も昨日出撃してたからな!?」

「失礼します、提督」

 

 仕事の押し付け合いを始めた指揮官達の姿に困り顔を浮かべた吹雪の背後でドアが勢い良く開く音と共にハキハキとした通りの良い声が執務室に飛び込んでくる。

 豊かで艶やかな黒髪を長いポニーテールにしたキリリと鋭く整った顔立ちの18歳前後に見える美女が入室と同時にビシリと音したかと思うほど形の良い敬礼を二人の指揮官へと向けた。

 

「出動する部隊編成と指揮をお願いします!!」

 

 ノースリーブのセーラー服の丈は彼女の豊かな身体つきに合っていないようで裾からは滑らか曲線を描く括れた腰と臍がちらちらと見える。

 少し屈めば中身が見えそうな臙脂色のミニスカート、左足だけ履いているニーソックスが几帳面で真面目な雰囲気と表情のアンバランスさが良い意味でギャップとなってその存在感を強めていた。

 

「いや、矢矧、我が部隊は先日の出撃で消耗しているだろう、ならここは中村三佐に、だな・・・」

「さて、今日はどんな戦略を立てるの? 提督、今回も頑張っていきましょう! 皆も準備を始めてるわ!」

「お願いだから少しは話を聞いてくれぇっ! 義男、お前からも何かっぐぉっ!?」

 

 街を歩けば確実にすれ違った男は十人が十人振り返るだろう美人が満面の笑顔と共に田中の悲痛な叫びを意図的に無視して彼の腕に腕を絡めて関節を極めソファーから立ち上がらせる。

 

「悪いが俺は勝手に陸自の助け借りたからって基地司令部から出動禁止くらってんの知ってんだろ・・・クッソ面倒な関係資料と報告書を纏め終わるまで基地の外にも出れないんだってよ」

 

 飲みかけのコーヒーがこぼれそうになったカップを慌ててテーブルに戻した田中は組まれた腕を引き離そうと抵抗するが特に筋肉質と言う見た目では無いはずの矢矧の腕はまるで鋼の万力のような力で挟み込んで彼の脱出を許さない。

 そして、日本軍に置いて軽巡洋艦の最終型と言える阿賀野型軽巡姉妹の三番艦を原型に持つ美女は有無も言わせぬ勢いで田中を引きずるように執務室から出ていった。

 

「提督にはもっと私達の運用に慣れて頂きたいんです! 実戦こそ最良の教師とも言いますよ!」

「矢矧離せ、痛いから一旦離して!? 分かったらからっ、引っ張られなくても自分で歩けるからぁ・・・」

 

 ドアが開いたままになった廊下から張り切った矢矧の声と腕を極められたまま引っ張られる痛みを訴える田中の悲鳴が遠ざかり徐々に聞こえなくなっていった。

 

「あのぉ・・・司令官、私達はどうしましょうか?」

「軽巡と駆逐しかいないったってよっぽどのヘマしない限りは問題無く片付けるだろ、さっきの放送聞く限りは近場で数も少ないみたいだからなぁ」

「今の鎮守府、戦艦も重巡洋艦もいませんからね、長門さんや金剛さんが起きてくれればありがたいんですけど・・・」

 

 艦娘の心臓部である霊核は肉体が生命活動を停止した時点で粒子状に変換されてSF染みた転送技術で鎮守府にある艦娘の再生と蘇生を行うクレイドルの真下に存在する中枢機関と呼ばれる巨大な円柱へと回収される。

 そして、回収された霊核は安定状態に戻った時点でクレイドルの治療槽へと移し替えられオカルトに足を突っ込んだような特殊な性質を持つ不思議物質を用いて新しい身体を得て蘇生させられる。

 

(研究主任曰くアミノ酸とタンパク質を科学的に合成した真っ当な物質らしいが、艦娘の手足どころか内臓まで作り直す代物がマトモとは到底俺には信じられんな)

 

 だが身体が再生されればすぐに目覚めると言うワケでもないらしく現在鎮守府に存在している艦娘は54人であるが、過半数である31人は霊核のみもしくは再生が終わってもクレイドルの中にいる者達である。

 ゲームだった艦これと違い鎮守府の設立と始動時点では400人を越える霊核と艦娘が存在していた事から考えれば十分の一以下まで減ってしまっている。

 その中で戦艦に属している艦娘は長門型戦艦の一番艦長門と金剛型戦艦の一番艦金剛だけな上に両名とも肉体の再生は終わっているが二年近くクレイドルで眠りに就いているという有り様だった。

 

「それは無いモノ強請りだなぁ・・・吹雪、コーヒーでも飲むか?」

「あ、それなら私が入れますから司令官は座っていてください」

 

 大多数の同胞が帰らぬ人となった状況を思い出し言葉に出来ないやるせなさい悲しみに顔を曇らせた吹雪の様子に、居心地悪そうに自分の顎を撫でて思案した中村は強引に話題を変える。

 そして、彼の思惑通りに取り敢えず精神的な落ち込みから脱した吹雪は部屋の隅の棚に置かれているコーヒーメーカーへと歩いて行った。

 しばしの無言となった二人のいる執務室に書類にペンが走る音と湯気を燻らせるコーヒーメーカーの音だけがゆっくりと時間を進めていき、突然に窓の外から鈍く響く出航を知らせる鋼の音が二人の耳へと届く。

 

「・・・あれは、時雨か、駆逐艦で出撃とか良介のヤツ大丈夫かよ」

「時雨ちゃんは射撃も格闘もとても上手ですよ? 艦娘同士の戦闘訓練でも勝てる子の方が少ないぐらいです」

「そうじゃ無くてな、アイツは頭も運動神経も良いし剣道なんかは有段者だけど、子供が乗る様なジェットコースターでグロッキーになるぐらい乗り物に弱いんだよ・・・」

「・・・ええぇ、でも田中三佐、ちゃんと今までも出撃出来てましたよ?」

 

 頼りになる仲間を我が事のように誇る吹雪に中村は自分の懸念を言葉すればコーヒーメーカーからガラスのポットを取り出した状態で少女は困惑で気の抜けた様な声を漏らした。

 

「指揮官が気絶さえしなければ艦娘の戦闘形態は解除されないからな、良介んとこの艦娘達はアイツの限界点を見極めた上で叩いて鍛える方針を取ってるらしい」

「・・・ええぇ」

 

 時雨のスクリューが轟音をまき散らして猛スピードで港から出撃していく。

 

「ちゃんとアイツが早い乗り物に弱いって伝えた上でもうちょっと容赦してやってくれって言った事があるんだが、全員がそんな事を口を揃えて言ってたよ。良介のヤツ期待されてんのな・・・全然羨ましくないけど」

「うへぇ・・・あつっ」

 

 遠ざかっていく時雨の背中を執務室の窓から見送る中村と吹雪は戦友達の健闘と成長を祈りながら淹れたてのコーヒーが湯気を燻らせるカップに口を着けた。

 

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ~! 今日のお仕事は何ですかぁ? そろそろロケにもいきたいなぁ、キャハッ☆」

「俺らは待機だ、待機っ! この前の出撃の後に言っておいただろ」

「あ、那珂ちゃんさんもコーヒー飲みますか?」

 

 何処かのんびりとした空気が漂い始めた執務室の緩さを無理やりミキサーで引っ掻き混ぜるように開いたままだったドアの向こうから無意味に明るくあざとい声が聞こえ。

 オレンジ色を基調としたセーラー服に黒いスカーフタイで襟を整えた軽巡洋艦娘がお団子頭を揺らしてスキップしながら入ってきた。

 

「今日はオフなんですかぁ・・・那珂ちゃんレッスンばっかりはヤダなぁ。吹雪ちゃんっ、アタシのにはミルク入れてねぇっ♪ 霞ちゃんはお砂糖もだよねー☆」

 

 不意に那珂がドアの方へと振り返って声を掛けると彼女の後に続いて灰色の髪をサイドポニーに結った小学生にしか見えない容姿の少女が部屋の中にいる中村の様子を見てから柳眉を立て気の強そうな琥珀色のツリ目で睨み付ける。

 

「別にお茶しに来たわけじゃないったら。 でっ何? このクズ司令官はまだ四日前の仕事終わらせてもいないのにサボってるのよ? ふざけてるの?」

「霞、お前な入ってきて早々に毒吐くなよ。目の前でちゃんとペン動かしてるだろが、クズ言うな」

 

 見た目は可憐な乙女達である艦娘だが実際に相対し少なくない時間を共に過ごせば彼女達がその見た目に似合わないほど好戦的で正義感に満ち溢れた仕事中毒者の集団であると知る事になるだろう。

 現に中村と田中は身をもって思い知る事になり、今では出動となれば自分達から喜び勇んで執務室に押しかけてくることに最近の彼女等に悩まされている。

 

「ふんっ、サボるのだけは上手いんだから信用できるわけないでしょ、また机の上散らかして、だらしないったら!」

 

 グイグイと迫る様に詰め寄ってきた霞は止める隙無く中村の座っているデスクの上に素早く手を伸ばして乱雑に置かれている書類を集めて揃え、重ねられているファイルを流れる様な手さばきで纏めていく。

 

「あ、霞ちゃん、私も手伝うね。このファイルはあっちの戸棚だよね」

「日付順に揃てね。もぉ、クズ司令官だからってゴミぐらい机に置きっぱなしにしないでちゃんと捨てなさいよ」

 

 そんな彼女達の言動を無暗に抑え付ける事が出来ないのは艦娘と鎮守府の基礎理論を造り上げた刀堂博士が残した艦娘の運用原則に含まれていた『あくまで彼女達は過去の日本に対する義理で協力してくれている英霊の具現である』と言う注意書きのせいであり。

 ある意味では艦娘達に依存する形で現在の地位を得ている自衛官一年生共にとって安定したとは言い難い自分達の立場を下手な真似をして崩壊させないよう彼女達の機嫌を損ねるような言動に少々過敏になっているからだった。

 

 そのせいかは不明だが彼らの指揮下にある艦娘は三佐、少佐、プロデューサー、司令官、提督、クズ司令官、しれぇ、などと上官に対する呼称すら一定しないと言う政府に公認された軍事組織に有るまじき状態となっている。

 

「・・・だから、クズ言うな。俺はちゃんと給料分は働いてる」

「だったら、ペンを動かしなさいったら! 私も手伝ってあげるからいい加減にしっかりなさいよ」

 

 三人の艦娘に囲まれた中村はどんどん整理されていく机の上の様子に観念して書類仕事を終わらせなければならないらしいと悟る。

 そして、コーヒーの入ったコップを机に置いて書きかけの書類へとペンを向け、吹雪が差し出してくれた資料に目を通し、なぜか真横からあれこれと指図してくる霞に面倒臭い性格しているなと呟く。

 

「ワンツー、ターン♪ 那珂ちゃん今日も可愛いっ☆」

 

 執務室の窓際でリズミカルなステップを踏み始めた那珂の目の前で霞のアンテナ型の髪飾りが中村の顎や頬をグリグリと突き上げるように攻撃した。

 

(本当にここは軍事施設なのだろうか・・・なぁ、良介)

 

 時雨に乗せられて近海に侵入してきた深海棲艦を追い払うための現場への400ノットに達する超高速移動と言う耐G訓練並の重圧に耐えている友人を想い、中村は吐きそうになった溜息を飲み込んだ。




実際のところ、ミサイルを防ぐ謎バリアとか使う侵略者が来たらどうするんやろ。
法律とか憲法が原因でバ〇ージ君みたいな「撃てませぇんっ!!」状態は勘弁してほしい。
可能性には殺されたくないのです。


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第七話

ふわっとした設定をとある大学生の視点から見てみよう。

ちなみにどうでも良い事かもしれないけど、この世界の百円ショップは絶滅しました。
ガソリンスタンドとコンビニもそろそろアブナイ。



 2008年に人類史上初めて確認された深海棲艦の出現。

 その後に国連の平和維持活動と言う名目で行われた正体不明の存在を排除するための軍事作戦によって敵艦の全てを撃破したと世界へと報じられた。

 

 しかし、第二次世界大戦後において稀に見る人命の最大消費と言われる事になった名も無い海戦の内容は各国の最新兵器の実験と対外圧力の為に多大な労力と大量の弾薬を浪費したにも拘らず。

 全体戦力の三分の一である大小12隻の軍艦をスクラップに変え、ほぼすべての艦艇を損傷させ、千人を超える殉職者を生み出した。

 

 だが、その一カ月後に起こったイギリスの海運会社が所有する大型タンカーの沈没とわずかに生き残った乗員の証言から先の海戦で連合艦隊が捕捉し撃破を報じたモノと同型の正体不明船舶、深海棲艦が存在している事が発覚する。

 

 おびただしい損失を産んだ先の作戦は何の成果もあげていなかったのだ。

 

 それを機に世界はどの国にも属していない正体不明の巨大な怪物たちへの恐怖。

 損失した将兵と兵器類からくる軍事バランスの崩れによる国家間の不毛な駆け引き。

 それによりかつての冷戦期もかくやと言わんばかりのにらみ合いを開始する事となった。

 

 以来、深海棲艦は太平洋上の遠洋にて突発的に発生する災害として海を行く全ての人類にとって脅威となり徐々にその数を増やしていく被害に国際協調の和はお飾りの言葉と化していく。

 

 そして、口さがないコメンテーターなどがが第三次世界大戦も近いなどと触れ回る。

 

 そんな世界情勢の中、深海棲艦を端に発した影響による変化は日本も例外ではなく。

 否、日本だからこそ最もその影響を受ける事となった。

 

 刀堂吉行、物理学研究者としても第一線で名を馳せ、海外にも通用する数多くの特許を得ていた科学者。

 彼は1999年の国際的なとある科学フォーラムの場で講演を行った際にその時点では影も形も無かった深海棲艦と言う人類社会に対する脅威となりうる存在の出現を預言していた。

 

 彼が最後に公式の場に姿を見せたのは深海棲艦が出現する一年前。

 その時点で八十代に入り杖を突いて歩く痩せぎすの身体となった老人。

 刀堂博士の公式に残る最後の音声は結党から一年も経たない新政党の特別顧問として当たり障りない応援演説を述べると言う地味なモノだった。

 

 かのフォーラム以降、頭は良くとも考え方は狂っていると多くの研究者に嘲笑されるようになった老人は老年を思わせぬかくしゃくとした振る舞いで自らが支持する政党の応援を終えた後に人々の前で最後に深く頭を下げて壇上から去る。

 

 そして、その講演からわずか半年の後に路上での転倒による脳挫傷と言う余りに呆気ない事故で帰らぬ人となった。

 

 彼が応援した政党はどのような手段を取ったかは定かではないが新人や古参問わず多くの議員を次々と吸収するように搔き集め、気付けば最大与党を上回る大人数を誇る巨大な組織となった。

 

 その勢いのまま戦後の日本で一強と言われていた政党や長年政権交代を狙っていた野党を差し置いて日本の政権を得る。

 

 日本国民協和党と名付けられた新政党は国民の期待を受け大規模な政権交代を実現したのだ。

 

 そして、与党としての経験を持たないのだから失策を連発するだろうと言う識者の下馬評を裏切り、日本国民協和党は国内の細々とした諸問題から緊迫する国際情勢や深海棲艦問題まで国民を守るための政策を驚くほどスマートに実行していく。

 

 まるで未来を知っているかのように押し寄せる国内外の問題を快刀乱麻に断つ。

 それを采配する日本党の政策は政府批判を趣味にしている一部の人間を除く多くの国民に受け入れられていった。

 

 そして、2010年の晩春に衆参両議院で可決され対深海棲艦用兵器である『艦娘』の製造とその管理を行う『鎮守府』と言う研究機関の設立。

 そんな全国民が耳を疑うようなファンタジーかSFの類に属する内容の法案と計画を実行した事以外は失敗らしい失敗無く現在も最大与党として国会に立っている。

 

・・・

 

 艦娘に鎮守府、その単語は私の記憶が確かなら艦隊これくしょんと言う名前で2013年4月23日にサービスが開始するはずだったソーシャルゲームに登場するモノだったはずだった。

 主に第二次世界大戦時に運用されていた艦艇を擬人化させた美少女や美女を艦娘と呼び。

 彼女達が人類の敵である深海棲艦と戦う為に集う基地を鎮守府と呼ぶ。

 プレイヤーは艦娘達の指揮官として鎮守府に着任して数々の任務や定期的に発生するイベントを乗り越えていくと言う内容のゲームだった。

 

 かく言う私自身も妻も趣味も無く仕事以外はサービス開始時点からゲームを始めていた古参プレイヤーであり、ガチ勢と言われるほど艦これにハマり込み思い入れの強い艦娘を嫁などと呼んで悦に入っていた。

 

 そんな普通に会社に行って普通に家に帰る普通のサラリーマンをやっていた私はある雨の日に足を滑らせて歩道橋の階段を転げ落ち、一瞬視界が暗転した直後には過去の実家でオギャーと泣きながら若々しい母親にあやされていた。

 

 そして、自分に起こった不可思議な現象に困惑を抱きながら前の人生より少し賢く人生を歩いた。

 

 だが、深海棲艦の出現からどんどん自分が知る未来から世界が変わり始める。

 それによって単純に過去に戻ったと思っていた私はこの世界が艦これの世界だったらしい事を知るに至った。

 

 年々、深海棲艦の被害は増して今では太平洋の全域でグロテスクな怪物たちは我が物顔で各国の海運を妨害している。

 ついこの前まで安いだけが取り柄の中国からの輸入品がその値段を二倍三倍へと変えた。

 石油製品やそれに類する物品の物価も右肩上がりを止める事は無く、一般家庭の財布を容赦なく締め付けている。

 インターネットで調べれば連日のように深海棲艦によって破壊された貨物船や砲撃を受けた外国の町などの惨状が溢れる。

 高校を卒業して大学に入ったばかりの一般人でしかない私にも世界の終わりが近づいている事が感じられた。

 

 深海棲艦が現れ、すぐさまに日本は艦娘と鎮守府を造り出す計画を実行した。

 

 私が前の世界でプレイしたゲームでの知識が合っているなら人類の味方である艦娘が深海棲艦に挑み、海を取り戻す為に奮戦しているのだろう。

 だが、その深海棲艦への対抗計画が実行されてから既に四年は経っていると言うのに世間話にもメディアやインターネットにすら彼女達の姿は全く存在しない。

 深海棲艦の被害だけが増えていく様子にまるで大層な名前だけが書かれた空っぽの箱を見せられたような気さえしてくる。

 

 そんな息苦しさだけが増していく先行きの見えないある日、深海棲艦の勢力が台湾の南西にある南シナ海にまで出現したと言うニュースが報じられた。

 とは言え、人類が海を失うと言う事態が迫っておりもう何処に深海棲艦が現れても不思議ではない事を知っている私にとって大した事がないと他人事でしかなかった。

 その数週間後に中国軍が周辺諸国へ一方的な通知と共に戦術核を使うなどと言う暴挙に出て同海域に出現した深海棲艦の艦隊を壊滅させたと発表するなんて事件が起きなければ。

 

 声の大きな彼らはアメリカを中心とした国連の艦隊を壊滅させた深海棲艦と同じ存在を自国の力のみで討って周辺国を守ったのだと鬼の首を取ったかのように傲慢な態度で国内外に核兵器の使用を正当なモノだと喧伝していた。

 その後に中国共産党の幹部たちは南シナ海の深海棲艦が減るどころか増えたと言う事実をお得意の情報統制で封じ込めたがそれを素直に信じたのは自国民の一部でしかないだろう。

 

 深海棲艦には現代兵器は無力であり核ですら耐え切ると設定されている。

 ゲームではプレイヤー達の間であーだこーだと議論が繰り広げられていたが、奇しくもそれが私の生きるこの世界では実証されてしまった。

 

 艦隊これくしょんの曖昧な設定の中に人類は追い詰められシーレーンを失い日本は目と鼻の先まで深海棲艦の侵略を受けているというモノがあった。

 実際にそんな状態となれば確実に今の食うに困らず学生だけをやっていられる私の生活は失われる。

 それどころか砲撃や爆撃が降り注ぐ地獄絵図が自分の周りですら現実のモノになるだろう。

 

 深海棲艦と言う存在を他の人間よりも知っているからこそ強まる現状への絶望。

 希望であるはずの艦娘が全く姿を見せない為にそれの歯止めが無く。

 ジワジワと心を蝕む憂鬱さに自殺してしまえば楽になれるのにと思う事も一度や二度ではなかった。

 

 しかし、実際に自殺する勇気も持てない私はせめて親の金を無駄遣いで終わらせないように二度目の大学生活を惰性で送っている。

 

・・・

 

 2014年の2月、雪が疎らに降っていたある日、前回も同じ大学で知り合った友人と学食で未来への不安で鬱屈した感情を紛らわせる為にうどんを啜りながら私は彼と他愛ない会話をしていた。

 

 そんな時、学食のテレビに映るニュースキャスターが国会で日本党が新しい法案を可決させた事を知らせる。

 

 何気なしに聞いて見れば『国防を目的とした重大な危機に対する特別任務の執行』を目的として艦娘と鎮守府に『特別任務の優先執行権』を与えると言う長ったらしく一度聞いただけでは意味が分からない法律が施行されたらしい。

 

「つまりどういう事だってばよ?」

「・・・国防に重大な危機が発生した場合には艦娘が自衛隊よりも優先的にそれを排除するって内容じゃないかな」

 

 潰れたプリンみたいな色の髪でバカっぽい顔をした友人がどこかの漫画の主人公を真似て首を傾げるのを横目に私はうどんを啜っていた。

 もしそれが本当なら大いにやって欲しいものだ、と他人事のように割り切ってテレビに向かっていた視線を反らす。

 退屈ながらも平和だった前の世界を思い出させる艦娘と言う単語にすら忌避感を持つようになった私は極力そう言った話題から耳と目を遠ざける事にしていた。

 

「艦娘かぁ、娘って付くんだから女の子だよな?」

「さぁね、知らないよ・・・もしかしたらそんなモノ初めからいないかもしれないんだから」

「えっ? いや、でもニュースでいるって言ってるじゃん?」

 

 もうこの時点の私はそもそも艦娘なんてモノが存在しないと言う悲観的な予測に支配されていた。

 きっと日本党の中に私と同じような転生者が紛れ込んで未来予知じみた前の世界の知識を使って見せかけの希望として在りもしないモノをあるように見せているのだと考えていた。

 昼間のニュースから国家を巻き込んだ壮大な詐欺と陰謀の存在を勝手に確信した私はせめて自分が死ぬ瞬間まで普通の日本人であろうと心がけることを誓う。

 

「テレビなんて偏った情報しか出さないんだから鵜呑みにしてたら情弱なんて言われるよ」

「マジで!? 俺っち、情弱だったのっ!?」

 

 もし前大戦のような徴兵制度なんてモノが始まったらどこかに逃げてしまおう。

 国民の安全の為に政府が行っている疎開政策なんて揶揄される避難指示のおかげで人間が居ない場所は結構多い。

 怪物と戦って死ねなんて言われるぐらいだったらどこかの廃屋で飢えて野垂れ死ぬ方がよほど私の性に合っている。

 

 兼ねてより思い込みが激しいなんて言われるその時の私はより人間らしい生き方をする事だけに腐心していた。

 

・・・

 

 2014年の夏、去年と同じようにセミが五月蠅く喚く音に満ちた私の世界がひっくり返ったような錯覚、いや、実際に私はその映像を見て無様に椅子から転げ落ちて強かに尻を打って呻いた。

 

 海上保安庁の巡視船によって撮影された映像の外部流出、守秘義務が存在する筈の公務員がインターネット上の動画配信サイトへと無断でアップロードした十六分ほどの映像。

 

 その映像の中で深海棲艦の出現によって緊急時の為に全ての巡視船の船首に装備されたと言う機関銃が絶え間なく鉛玉と発砲音を吐き出す。

 必死に恐怖を紛らわせる為か勇ましく叫び声を上げ船上に固定された機関銃にしがみ付いて引き金を引く海上保安庁の隊員達。

 その銃が向く先にいる下手な船よりも巨大な怪物、ぞろりと鮫のような牙が並んだ黒い装甲に爛々と緑色に光る不気味な眼を持った深海棲艦がいる。

 

 駆逐イ級とゲームでは呼ばれていた深海棲艦は人類の必死の抵抗を物ともせず巡視船へと巨体を叩き付け、甲板にいた隊員たちが船を激しく揺らす振動に足を取られて床に叩き付けられた。

 

 船の縁が砕け腰を抜かした隊員たちがお互いに手を貸し合って船内へと逃げようとするが、その姿をあざ笑うかのように駆逐イ級はその硬質な身体を再び体当たりをするために数十mほどの距離を取る。

 

 こんな貧弱な武装しかない船など砲を使うまでも無いというように。

 

 グロテスクな全形を魚のようにうねらせて巡視船へと迫り、船員たちの悲鳴や怒号が艦橋の上に設置されたカメラのマイクにも届く。

 

≪させないわっ!≫

 

 そして、離れた駆逐イ級が再び哨戒船へとその巨体を叩き付けようとした瞬間、その黒い装甲とへしゃげた船の縁の間に巨大な腕が割り込み深海棲艦の突撃を阻止した。

 

≪私の前でこれ以上の無法は許しません! 恥を知りなさい!!≫

 

 音割れするほどの大音声でスピーカーから響く女の子の声。

 少し低く聞き取り辛いが間違いなく私の古い記憶を呼び起こす聞き覚えのある凛とした少女の叫びと共に画面の中に黒く長いストレートヘアが海風にはためく。

 白いシャツにサスペンダーで吊られた淡い鼠色のスカート。

 両手に装備された物々しい金属の塊は大砲と魚雷管を模した形をしている。

 

「あ、朝潮・・・なのか?」

 

 椅子に座り直すのも忘れて机に這い上がるようにして海上保安庁から流出した映像を再生し続ける画面へと顔を近づけた。

 その私の目の前で朝潮型駆逐艦の長女、前世の世界では見た目の可愛らしさだけでなく生真面目な性格も特に気に入って艦隊に編成していた艦娘がいる。

 

≪この船から離れなさい、深海棲艦っ!!≫

 

 その朝潮がゲームの中から現実に出てきたら丁度そんな恰好になるな、と納得できるほど彼女に似通った姿と声を持つ少女の右手に装備されている連装砲が不意に変形を開始する。

 

 砲塔が回転した事によって砲身が手先とは逆向きになり、重く金属が駆動する音と共に鋼色の装甲を展開する。

 展開した装甲や内部機構がガチャガチャと忙しなく金属音を立て連装砲はものの数秒で全く別物へと作り変えられた。

 

 一見すると小学生に見える10mを超える巨体を持った少女の右手を包み込む巨大な鋼鉄の手甲。

 

 駆逐イ級を巡視船から遠ざけるために背負った艤装のスクリューが吐き出す轟音と共に体当たりして自分よりも巨大な怪物を押し返す。

 ゲームには存在しなかった正体不明の武装を構えるその朝潮の姿に私は目を見開き口を開けたマヌケ面でパソコンのモニターを見つめる事しかできない。

 そして、握り込まれた拳の形をした鋼の塊が撃鉄を起こす様な音と共にその内部機構の一部を露出させてキラキラと輝く粒子がそのすき間から溢れ出す。

 その燐光はゲームで艦娘達が有利に戦えるように纏わせる事を心がけていたキラキラ状態と呼ばれる最高のコンディションを示すそれと驚くほど似ていた。

 

《この海域から出ていけぇぇっ!!》

 

 身体でイ級を押し出すように巡視船から離れ距離を取った朝潮がゲームの中でも言っていたセリフを叫び、黒髪を潮風にうねらせて上半身を捩じるように手甲を振り抜く。

 次の瞬間には機関銃では傷一つ出来なかった黒い装甲に突き刺さった朝潮の拳を中心に蜘蛛の巣のようにヒビが広がり、素人目にも数百トンはあろう深海棲艦の巨体がくの字に折れながら海上へとその船底を晒した。

 

 それだけでも現実離れしているのに、さらに追い打ちをかけるように彼女の手甲の変形した後も残っていた連装砲の砲身が激しい摩擦音を上げながら杭打機のように凄まじい勢いで手甲内へと引き込まれ耳をつんざく打突音を上げる。

 

 瞬間、画面越しでも目が眩むほどの強烈な閃光がモニターを染め、スピーカーが爆音としか表現しようがない音をガリガリと耳障りな音割れと共に吐き出した。

 その大音量のノイズに顔を顰めた私の目の前にある映像の中で朝潮の拳が駆逐イ級の横っ腹を打ち砕き、巡視船から更に遠くへと殴り飛ばす。

 そして、朝潮が振るった拳の破壊力によって空中分解して文字通り粉々になった深海棲艦だったモノは海面に着弾し波紋と言うには大きすぎる大波を発生させた。

 

「は、はは・・・ご、合成じゃない、よね・・・?」

 

 もしそうだと言うなら海上保安庁は海の警備よりも映画の制作と撮影に全力を尽くすべきだと、混乱した私の頭は益体も無い戯言を囀る。

 映画のクライマックスにしか見えない映像の中、イ級の残骸によって発生した津波はその様子を近くで撮影を続けていた巡視船にも襲い掛かり甲板がトランポリンのように揺らされる。

 画面端にはオレンジ色の救命胴衣を身に着けた船員が船にしがみ付いている様子が見えた。

 

 そして、その揺れは荒れた海面を物ともせず滑るように近づいてきた朝潮の両手が船を捕えた事で瞬く間に抑え込んだ。

 

≪落水者はおられませんか? 救助が必要であれば助力いたします≫

 

 巡視船を見下ろす程の身体の大きさはともかく見た目だけなら小学校の低学年にしか見えない女の子が停船した巡視船へと中腰になって船上にいる隊員たちへと視線を合わせ親身に手助けを申し出る。

 甲板に出てきた船員たちが手を振りながら頭を下げたり敬礼をしたりしている姿を最後にその映像は再生時間を終えて唐突にブラックアウトした。

 

「うひゃっぁ!?」

 

 暗い画面に映り込んだ自分のマヌケ顔に驚いて私はまた床にひっくり返った。

 

・・・

 

 巡視船記録映像の流出事件を機にテレビも新聞も報道に携わる者達はたった十数分の映像に首ったけになった。

 

 悪質な合成映像と笑い飛ばすコメンテーター。

 実際に艦娘に助られたと証言する漁師。

 軍事機密であると詳細な内容をはぐらかす自衛隊広報官。

 

 海上保安庁は情報を流出させた職員に懲戒免職を叩き付け、その職員の味方に付いた弁護士が裁判所で弁舌を振るう。

 

 まるで蜂の巣を突いたように大騒ぎとなったマスメディアは我先にと艦娘に関する新しいネタを探し始めた。

 そして、避難指示によって立ち入りを禁止されている日本各地の海岸に向かったプロアマ問わずカメラマン達が構えた望遠レンズの向こうに捉えられた海上に立つ幾人かの巨大な少女達の姿は急激にインターネット上へと拡散を始める。

 

・・・

 

 2014年の夏も終わりに近づき私は大学へのレポートを溜め込んだ友人に付き合って節電の為にエアコンが止められている自習室にいた。

 エアコンが使えない代わりに全ての窓を全開にしてあるが蒸し暑さはちっとも軽減されずに身体中から汗が噴き出る。

 

「ならよ、あんなに艦娘が強いなら何でさっさと深海棲艦をやっつけに行かないんだ?」

「人に聞く前に国防特務優先執行法の内容ぐらい読んでおきなよ、最近はどのチャンネルのニュースでも毎日やっているだろ?」

 

 あの映像流出から一部のメディアや評論家は日本帝国軍が行った航空機による最悪の攻撃作戦の名前に絡めて特行法(トッコウホウ)などと呼び大々的なネガティブキャンペーンを開始した。

 

 冗談みたいに強過ぎると言われている一強政党である日本国民協和党への降って湧いた攻撃材料に飛びついた者達。

 彼らは口々に審議が足りなかっただの、民意を無視した憲法違反だのと宣い。

 普段は仲が悪い野党同士までも手を組んで意識の高い市民を扇動してシュプレヒコールを路上やテレビで派手に展開している。

 施行から既に半年も経ってから強行採決反対なんて国会の前で喚く者達。

 その中にはその法案が採決された際に賛成票を入れていた国会議員まで混じっているあたりこの国の政治はちゃんと機能しているのか心配になる。

 

 さすがは優秀な人材は全て日本党に持っていかれた何て言われる昨今の野党は自分達がどれだけ低レベルな物言いをしているか自覚せずにお祭り騒ぎを起こしていた。

 

 事の発端である映像の中にいた朝潮は人殺しの怪物に襲われていた船のもとに駆け付け、深海棲艦を打ち倒して人命救助に尽力した。

 その彼女を指して憲法を破壊し国を脅かす存在とは何を言ってるのか。

 

 サイズはともかく見た目は可愛らしい女の子を褒め称える人間の方が大多数を占めていると全てのメディアが行ったアンケートの結果が示している。

 一部で自分達が行ったアンケート結果に納得がいかず社説に艦娘と与党と総理を貶めるだけの文章を載せた新聞があるにはあったが依然変わる事無く少数派の意見でしかない。

 

「あの特務執行法ってのははっきり言って悪法としか言いようがないね」

「お、何々、お前あのDe'fenceと言う連中と同じこと考えちゃってんの?」

「あの国会前でバカ騒ぎがしたいだけのなんちゃって民主主義者と一緒にしないでくれないか、つまり・・・」

 

 国防特務優先執行法、国防及び大多数の国民に重大な危機が発生する可能性が認められた場合に鎮守府は独自判断で艦娘の出動を行える。

 さらに出動を許可された艦娘部隊は自衛隊のどの指令系統よりも優先して重大な危機に対処する権限、つまりは深海棲艦の排除する為なら自衛隊と言う組織から逸脱した権限を得ると言うのが大まかな件の法律の内容だった。

 

 ただし、これはあくまでも国防と言う目的の為に許された最小限の範囲内において保証される権限であり、それ以上の拡大解釈を許すモノでは無いと言う条項も存在している。

 

「要するに艦娘は日本の公海上での武力行使を禁止されているどころか、EEZ(排他的経済水域)から出る事すら出来ないって事なんだよ・・・」

 

 この法案が国会で審議される前、深海棲艦から民間の輸送船団を守るために同行していた海上自衛隊の護衛艦に年端も行かない少女や自衛官とは毛色が違う装束を身に纏った美女の姿があったと今さらな情報が掘り起こされてきている。

 私に貿易船の運航に興味が無かったとは言え、思い返せば日本籍の船舶が深海棲艦による被害で沈んだと言うニュースは特務法が設立するまで聞いた事が無かった。

 深海棲艦が現れてから外国の船が沈んだと言う話は山ほど聞いた事を考えれば私が気付かなかっただけでこれこそ異常な話だったのだ。

 

「だから、日本の船が海上で深海棲艦に襲われていたとしてもそこが行動可能な海域内でなければ彼女達はこの法律のせいで指をくわえて見ているしかないって事になる」

 

 施行から一カ月ほど経った頃にロシアと日本を繋ぐ日本の貿易会社が所有する貨物船が海に沈んだと言うニュースが飛び込んできたのは私の記憶に新しい。

 法案の内容を把握していないのに口だけは大きい連中が公の場に姿を現さない艦娘達へ心無い暴言をばら撒く姿は本当に公共放送として公平性を保っているのか。

 いや、今のマスメディアに良識がちゃんと備わっていたら国会の前でバカ騒ぎをしながら『現総理の顔写真』や『艦娘NO!』なんてプラカードを持ちながら中指を突き立てる連中を若者が政治に関心を持った好例などと紹介はしないだろう。

 

 確実に深海棲艦による脅威は世界を脅かし、そんな状況でもお互いに足を引っ張り合う呆れるほど汚い思惑が交錯する息苦しい日本。

 だけど、それでも艦娘は名前だけの存在ではなかったのだ。

 

 前世の知識で全ての事に知ったかぶりを続けて自分が情報弱者であった事に気付かなかった一般市民。

 そんな大勢の中の一人でしかなかった私が知る事も出来ない場所で彼女達は確かに存在し、艦娘は人々を守るために深海棲艦との闘いを続けていた。

 

「つまり、この法律のせいで艦娘が護衛に就く事が出来ない海外への船団に関する被害は確実に増える事になるね」

「ほぉん、なら特行法は無かった方が良かったって事か?」

「・・・変な略し方しないでくれるかい、とは言え今までは多分誰にもバレなければ問題無いって感じで艦娘の情報を隠して護衛させてたんだろうけど」

 

 つまり、それは政府と自衛隊のどちらかもしくは両方に艦娘の情報を秘匿しておくことが出来なくなった何らかの事情が発生したと言う事でもある。

 

「流石にあんな力を持った存在が何の制限も無く外国の領海や領土に踏み入れさせたらそれこそ問題になる・・・状況としてはあっちが立てばこっちが立たないって感じかな」

 

 それは自衛隊の組織にとって都合の悪い事実を隠蔽や揉み消しの為に行われたのかもしれない。

 逆に艦娘に対して保証を与える為に彼女達の存在を公に認める必要性が出てきたからかもしれない。

 

「あの流出動画を考察した話しであの艦娘の子のパンチが一発でアメリカ軍で使われてるミサイル六発分の威力とか言ってたけど、確かにそんな子達が外国に行ったら戦争でもしに来たのかって言われそうだよなぁ」

「・・・要するに特務執行法では艦娘は日本国土の安全は守るけど他の国には関わらないよって法律だね」

 

 人間しか敵がいなかった前の世界ならともかくこの世界は話の通じない深海棲艦がうじゃうじゃと湧いて出て来ているのだ。

 そんな世界の中で憲法9条がぁ~!と喚く人間達は自分達の生活が誰の手によって守られているかなど想像もしていないし、例え知っていたとしても都合の悪い事と見ない振りをするのが関の山だろう。

 自分達にとって都合の良い情報を流し、都合が悪ければ歪めて洗脳するように視聴者へと間違った認識を植え付けようと考える人間がテレビでも新聞でもインターネットや噂話の中にすら存在している。

 

「そう言えば、お前、ちょっと前まで法律家目指すとか言ってたのにこの前、報道系の仕事を先輩に紹介して欲しいとか頼んでただろ、急にどうしたんだ?」

「ちょっと、思うところがあってね・・・」

 

 友人の言う通り私はついこの間まで働き蜂のように忙しなく家と会社を行き来していた前の人生よりも安定した高収入の職に就いて悠々自適な生活を望んでいた。

 法律に詳しい方が人生でより上手く立ち回れると考えていた。

 だが、ある思いを抱いた今の私にとって法律の勉強は続けるけれどそれはただの手段となっている。

 

「何が間違いで、どれが正しい情報なのかを自分の目で見極めたくなったからかな」

「ホントは取材とかで艦娘に会うチャンスが欲しいから行きたいんじゃないのかぁ~?」

 

 人が真面目な事を考えている時に限ってこの友人は茶化すようなセリフを吐いて私を逆撫でするのは前の世界から変わらないらしい。

 それに独身生活で余らせた金を万単位でかけるぐらいにハマったゲームのキャラクターに現実で会えるかもしれいないとちょっとしたミーハー気分を心の端っこに抱えるぐらいは個人の自由だと言わせてもらいたい。

 

 まぁ、揶揄いの材料を目の前のアホ面に与えるだけだからそんな思いを言葉にするつもりは無いけれど。

 

「まっ、面白そうだから俺も付き合っちゃおっかな?」

「君はさっさとレポートを仕上げるべきだね、夏休みも終盤に入ってるんだからさ」

 

 ちょっと前まで悲観に暮れてた癖に手の平を返すような真似をしている自覚はあるが笑わば笑え、都合の良い話に飛びつく現金さは人間なら誰でも持っている気質なのだから。

 

 そして、人間らしい一般人を自負している私もまたその一人である。




でも不思議と電気料金は値上がりしないんだよね。
政府も電気自動車とか推進してるんだって。

なんでだろうね?


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第八話

十把一絡げの萌えキャラ集団?

俺はそうは思わん、戦いこそが艦娘の可能性なのかもしれん。

証明して見せよう。貴様達になら、それが出来る筈だ。


 ゴシャッ、それともグシャッだろうか、鈍くそれでいて重苦しい金属がへしゃげて砕ける音が大音量で周囲に響き渡る。

 こちらへと黒鉄の砲塔が生えた左腕を突き付けていた人に近い上半身を持った怪物の甲殻に包まれた腕が破裂するように砕けてその破片を周囲にまき散らした。

 上半身は人間の女性に見えなくも無いがその腰部から下はグロテスクな深海ザメの生首を思わせる奇形へと無数の管や繊維で繋がり、海藻のような髪を振り乱し白い骨のような歪な仮面が直接肌から生えた顔に見える隻眼は鬼火のような妖しい光を宿している。

 便宜上だが自衛隊で雷巡チ級と呼称されるようになった深海棲艦の一種は赤黒い法螺穴のような口を全開にして甲高い遠吠えのような叫びを上げ、潰れていないもう一方の深海の白泥を固めて作ったような大腕を振り上げる。

 

「いくら格上の艦種とは言え、障壁と主武装を破壊された状態じゃ」

 

『ただの的ですね・・・当たってください!』

 

 コンソールパネルでの戦闘補助を終えた俺は座り慣れてしまった指令席に背を預けて眼前の360度モニターに映る光景に呟きを漏らす。

 その呟きに答える姿の見えない少女の声が球形の艦橋に響き、こちらへ突きを放つチ級の腕に太く巨大な手斧が下から襲い掛かった。

 血色の良い少女の手に握られた斧が太く重い鎖をジャラジャラと掻き鳴らし、白い大木のような二の腕を引き千切るように切り飛ばす。

 そして、鈍く黒鉄色に光る返す斧刃が攻撃手段を失って無防備になった深海棲艦の首筋に叩き付けられた。

 

「えっとぉ、突撃と同時に放った雷撃で障壁を破壊して、格闘戦で敵艦の武装を破壊して・・・」

「撃破だな、随分と手慣れちまったなぁ・・・吹雪、やるじゃないか」

 

 指令席を囲むように作られている円形のキャットウォークの立ち腰ほどの高さがある手すりを両手で掴んでいる濃い紺色の生地に白い襟と半袖のセーラー服を纏った少女が驚きに深い琥珀色の目を見開き。

 全周モニターの正面に大写しになった錨斧によって肩から胸までを袈裟斬りにされ絶命するチ級の様子を見つめる。

 

『司令官のおかげです! 皆さんも雷撃誘導の補助ありがとうございました』

 

 自分よりも大きく見上げるほどの巨体を持つ深海棲艦を相手にした後とは思えないほど元気でハキハキとした吹雪の声が俺と五人の艦娘が居る半径5mほどの空間、駆逐艦娘である吹雪の中に存在している艦橋に届いた。

 

「うわぁ・・・、これが現代の駆逐艦の戦い方なんだ。あたし一番になれるのかな、いや、絶対にならなきゃねっ!」

「いえ、何と言うか吹雪ちゃんの戦い方は私達の中でもかなり特殊ですから真似しちゃダメですよ?」

 

手すりから手を離して両手を胸の前で握りながら気合を入れて目の前で起こった戦闘を頭の中で反芻しているらしい白露型駆逐艦娘の白露に短いお下げを二つ後ろ頭に結った大人しそうな顔立ちの少女、吹雪の姉妹艦である白雪が片手を上げて左右に振りながら白露型の長女が抱えそうになっている誤解を訂正した。

 

「えっ!? そっそうよね、私は知ってたわ。うん、レディだもの、知ってたわ!」

 

 その言葉に白露の横で手すりにぶら下がるようにしがみ付いたまま呆然としていた約一名がバレバレな知ったかぶりをしているが、それはあえて無視する事にする。

 

「駆逐艦の子が巡洋艦以上の障壁を破るのはかなり手こずっちゃうからねぇっ♪ ホントなら那珂ちゃんが先に防御を削ってトドメに皆で中距離から魚雷撃つのがセオリーかなっ☆」

 

 ウザ可愛い系アイドルのような喋り方で頭の左右でお団子を作った軽巡洋艦娘の那珂がその若干イラッとする口調を裏切る真面目な内容のアドバイスをその場にいる駆逐艦娘たちへと行う。

 

「へぇ~、でも近接戦なら主砲や魚雷の弾数気にしなくて良いから継戦力の低い私達はそっちの方が良いんじゃない?」

「だよね砲撃と雷撃って再装填に十分以上かかるんでしょ? だったらその間に殴りかかるのが一番良いよ!」

「そう言えば那珂ちゃんさんは小刀で敵の障壁ずばーって切ってたでしょ? あれは私達に出来ないの?」

 

 那珂と吹雪に白雪の姉妹以外はつい二週間ほど前にクレイドルから目覚めたばかりの新人艦娘であり、全員が人の姿を手に入れてから初めて出る海に興奮し、倒すべき敵である深海棲艦の悍ましい姿に驚きはしても臆する様子は無い。

 積極的に新しい戦い方を覚えようと議論を交わす少女達を指令席に座った俺は彼女達の自主性に任せて眺めていたが、ふと彼女達に伝えるべき事が頭に浮かんだので口を開く。

 

「よっぽど慣れてる艦娘じゃない限り格闘戦をすれば艦橋の中が酷い事になる。一司令官としては艦らしく真っ当な砲雷撃戦を主軸に戦闘してくれ、お前らも戦う前から艦橋でたんこぶだの痣だの作りたくないだろ?」

 

 そんな俺の言葉を聞いた新人艦娘達は揃って首を傾げ、反対にそう言った苦い思い出と経験がある那珂と白雪は苦笑を浮かべた。

 艦娘としての戦闘経験そのものが無い白露達にとってついさっき体験した敵の駆逐艦三隻と雷巡を苦も無く仕留めて見せた先輩艦娘である那珂や吹雪の戦いが正真正銘の初体験だったのだから俺の言った言葉に実感がわかないのも無理はない。

 

『あはは・・・、あ、朝潮ちゃんですよ。木村一尉の方も戦闘が終わったみたいですね』

 

 目覚めたばかりだった頃の那珂や白雪の初出撃で彼女等の頭にたんこぶを生産した前科を持つ吹雪がワザとらしい話題変更を行いモニターに前方を指さす彼女の手が映る。

 その先の水平線に言われれば分かる程度に小さく見える人影が見え、俺が指示するよりも先に那珂が片手を伸ばしてその人影が写るモニターへと触れた。

 彼女が触れた部分が細い円に囲まれてモニターの映像が急激に拡大し、水平線からこちらに向かってスケートのように滑ってくる長い黒髪にきりっとした真面目な表情の小学生にしか見えない少女の姿がくっきりと映る。

 

 艦橋内のオーバーテクノロジーとしか言いよう無い機能は指令席に座っている俺にすら把握できておらず、未だに「そんな便利なモノが!?」とか「何のために付いてるんだ?」と言う機能や能力が度々発見される。

 

「よし、吹雪、旗艦を白雪に変更、白雪は周辺警戒を続けながら木村艦隊と合流後に鎮守府へ帰投せよ」

『はい! 司令官。 白雪ちゃん後はお願いするね』

「了解しました。では、皆さん? 帰投も油断せずにがんばりましょう」

 

 指令席の肘掛から前方へ半円形に広がるコンソールパネルの右側に表示されている吹雪の立体映像へと軽く触れるとその上に五枚の板状の映像が浮かび上がる。

 艦橋に立っている艦娘達の艦種と名前が書かれたそのカードの中から吹雪型駆逐艦白雪の札を選んで吹雪の立体映像へと重ねる。

 すると指令席の前に立っている白雪が柔らかい光に包まれてSF映画のワープ演出のような調子で姿を消し始め。

 モニターには金色の枝葉に錨をあしらった巨大な輪が広がり、その中心に薄っすらと銀色の文字が浮かび上がった同時に白雪の姿は光の中へと消え、彼女と入れ替わるように吹雪が白雪の立っていた場所へと姿を現した。

 

「駆逐艦吹雪、艦橋にて待機します!」

「おう、ご苦労さん」

 

 艦橋内に複数の艦娘が居るのも、旗艦変更と俺達が呼んでいるこの機能も試行錯誤の最中に偶然見つけたモノだった。

 何度目かの出撃である艦娘が自分も出撃したいとゴネにゴネて離れなかった事で俺と一緒に艦橋へと移動し、それが切っ掛けとなり複数人の艦娘を指揮下に置いた状態で出航できる事や戦闘を行う艦娘が変更できる事が発見されることになった。

 

『駆逐艦白雪、旗艦変更を完了しいたしました。これより木村艦隊へと合流、鎮守府へ帰投します』

 

 その旗艦変更によって艦橋に姿を消した白雪の声がコンソールパネルの通信機に届き、少しの揺れと共に指令席の向きが艦娘の主要拠点である鎮守府へと針路を取ったのが肘掛の左に浮遊するように付いている妙に古めかしい俺にとって非常に見覚えのある羅針盤の針先で確認した。

 この羅針盤も指で突くと勝手にカラカラと回転すると言う謎機能が付いているがちゃんと針の向きは正しい方角へと戻るので海を征く指針としては非常に重宝している。

 

「ねぇっ、司令官、もう鎮守府に帰るだけなら暁が旗艦に変わっても良いでしょ?」

 

 日本帝国海軍において吹雪から始まった特型駆逐艦と呼ばれる括りの艦型の一つである暁型駆逐艦の長女。

 暁が指令席のコンソールパネルの端に手を掛けてキャットウォークの上で両脚をピョンピョンと跳ねさせ期待に満ちた笑顔で俺を見上げてきた。

 

「お前がぁ? 出来んのぉ?」

「何その言い方っ!? と、当然よ! 暁はレディーなんだから!」

「そう言うセリフはな、鎮守府内のプール同然の湾内で転んで顔面滑りをしなくなったら言ってくれ」

 

 コミカルに両手を振り上げて不満を身体全体で表現するお子様にそう言い含めてから俺は吹雪へと視線を送る。

 俺の意図を察した現状で最も長い艦娘としての経験を持った少女は直系の妹艦である女児の白い錨が描かれた灰色の帽子を被った頭を軽く撫でる。

 

「艤装を装備した状態だと普通に立ってる時よりもバランスの取り方が難しくなるから、今回は見学だけで我慢してね? 鎮守府に帰ったら私も暁ちゃんの訓練手伝うから、そしたら電ちゃんが起きた時に教えて上げれるでしょ?」

「むぅうっ、しょ、しょうがないわねっ、今回は我慢してあげるわ! レディーはガツガツ欲張らないものなんだから」

 

 やたら淑女ぶっているちびっ子の微笑ましい虚勢を張る姿に周りの艦娘達も先ほどの戦闘からの緊張感を少し緩め、俺は指令席の通信機が応答要請の着信を知らせている事に気付きそちらへ手を伸ばす。

 

『こちら、深海棲艦即応第三部隊指揮官、木村隆特務一尉です。 中村三佐応答を願います』

「こちら深海棲艦即応第一部隊指揮官、中村だ。木村一尉、問題が無いようなら当方と合流して帰投してもらいたい」

 

 俺こと、中村義男と少年時代からの相棒である田中良介が前世の記憶と言うアドバンテージで調子に乗りまくって自衛官となり、艦娘達と共に深海棲艦との戦いへと身を投じてから気付けば八カ月を越えた。

 そんな俺達は着任から一カ月ほどは閑古鳥が鳴くほど暇だった艦娘部隊は今年の二月に施行された国防特務優先執行法によって増えた出撃で過労死しかねない状態となった。

 そんな状況に危機感を強めた俺と田中は自分達の持ちうる伝手と権限を使い新しい艦娘の指揮官となる人材を探す。

 そして、三十人以上もの指揮官候補と艦娘達を会わせる事となったがその中でちゃんと艦娘に認められて司令官となったのはたったの四人だった。

 

 その中でも四角四面な真面目振りが目立つ木村隆は俺の防衛大での一年下の後輩だった青年であり、寮生活が主となる自衛隊士官候補生だった頃に同じ部屋で生活した事もある。

 融通の利かない頭の固さを考えなければ信用に足る人格の持ち主だと知っていたからこそ俺達は土下座と権限を駆使し、ほとんど引き抜きに近い形で彼に鎮守府へと着任してもらった。

 

『ちょっといいかしら? 中村少佐』

「ん? その声は陽炎か? あと、俺は三佐だ」

『こっちで遭遇した深海棲艦なんだけど重巡洋艦を一隻逃がしちゃったのよ。この石頭が追撃を許可しなかったから!』

 

 白雪の後ろに並ぶように同行している朝潮の艦橋から飛んできた通信の相手が切り替わり、木村の艦隊に所属している陽炎型駆逐艦の一番艦の不機嫌そうな声が聞こえる。

 彼女の不機嫌さが漂う物言いにまた整った顔立ちを常に引き締め規律を重んじる指揮官と可愛い見た目にそぐわない好戦的な考え方をする駆逐艦との間に何らかの行き違いが発生した事を察した。

 

「木村、確かお前が向かった先はEEZの境界線から十分距離があったはずだが?」

『敵主砲の直撃を受けた駆逐艦娘に追撃を許可するわけにはいきませんよ、中村先輩』

「・・・ダメージレベルは?」

『文句を吐ける程度にはマシな大破ですね、朝潮だけでは戦力的に不足していると判断しました』

 

 良く見れば後方から付いて来ている朝潮も少し煤けた様子の服や肌のあちこちにかすり傷が見える。

 おそらくその重巡からの至近弾を浴びたのだろう、敵艦を追い払う事は出来たらしいが重巡洋艦相手に駆逐艦が二人だけの艦隊では荷が重いと言える。

 

「良い判断だ。戦果よりも人材の方が貴重なのは何時の時代も変わらんからな」

『って言うか、司令があの時にちゃんと推進力を上げてればあんな砲撃避けれたのよ! そしたら接近戦でアイツも沈められてたっ!』

『重巡洋艦級の深海棲艦を侮るな。軽巡艦娘のような障壁破壊能力が無いお前が突撃したところで奴の障壁は破れん、魚雷を使い切った時点で撃破できなかったのだから結果は同じだ』

 

 キィキィと甲高い声で喚く陽炎と淡々とした口調で言い含める木村の会話が通信機ごしに俺達が居る艦橋へと届き、艦橋のモニターに映る朝潮が申し訳なさそうな顔で明後日の方向に視線を泳がせている。

 

「指揮官として練度が上がれば指揮下における艦娘の数も戦術の幅も広がる。だが指揮官に早く一人前になって欲しいと思うのは良いが功を焦っても得るモノは無いぞ、陽炎」

『むぅ・・・』

「残念ながら俺達にテレビゲームの主人公みたいな分かり易い数字で見えるレベルアップなんて都合の良いモノは無いみたいだからな、お互い地道に訓練と実戦を繰り返すしかないな」

『・・・すみません、中村先輩お手を煩わせました』

 

 どうやら俺の愚痴が混じった毒にも薬にもならない話は二人の行き違いで発生した熱を冷ます程度には役に立ったらしく少し声の調子を柔らかくした木村が謝意を伝えてきた。

 

「まぁ、木村もさっさと艦娘の編成可能数を増やしてくれ、司令官が居ない順番待ちの艦娘達はまだまだいるからな」

『軽く言いますけどさっさと上がるものなんですか? 三か月出撃を繰り返してやっと二人に増えただけなんですが・・・』

「少なくとも俺は八カ月で六人になった、お前が着任するまでは田中三佐とほぼ毎日海の上を駆けずり回ってたからかもしれんがな」

 

 四人の新しい司令官の着任のおかげで最近特に増えてきた深海棲艦の日本近海からの撃退は目に見えて楽になった。

 特に出撃理由の大半を占める本土への攻撃を目的にしていないが近海の漁船は狙うと言う連中を追い払うための出撃負担は単純に考えて半分近くまで減った。

 

 具体的には睡眠時間がちゃんと七時間取れて三食ちゃんとした飯にありつける生活を得た。

 

 自分たちの仕事がちゃんと身を結んだ事に年甲斐も無く喜び俺は良介の奴と一緒に万歳三唱までした。

 

 一頻りはしゃいだ後に風呂に入る時間も惜しんで泥のように布団に倒れ、出動のサイレンにお湯を入れて三分も経っていないカップ麺を掻っ込んで艦娘を連れて港に走るなんて環境そのものがオカシイと気付いて項垂れたが。

 

「他のプロデューサーさん達が着任するまで那珂ちゃん達お仕事目白押しですっごく忙しかったよねぇ☆ 那珂、アイドルなのにお肌気にしてる余裕もなかったもん・・・あはっ・・・」

「カロリーメイドって便利な食べ物ですよね。おにぎりよりも保存が利きますし、手軽に持ち運び出来ますし、甘くて美味しいですから・・・」

 

 公に2013年の年末に起こった深海棲艦の東京湾への侵入、そして、史上初となる艦娘によって行われた深海棲艦の撃破は民間の目が無い状況も手伝いあらゆる方法で揉み消された。

 その事件で見るも無残な醜態をさらした基地司令部に俺と良介が脅しかけて明らかに艦娘側が踏みつけにされている状況を打開したが、その報復か司令部は過剰な出撃要請を押し付けてくる。

 

 その日を境に始まった二人だけしかいない指揮官によるクレイドルから目覚めた艦娘達の訓練や教育と近海へと侵入頻度を増やし始めた深海棲艦を排除する為に昼夜を問わず出動する激動の日々。

 マシになった今ですら思い出すだけで俺の身体から生気が抜けるような気がしてくる。

 

「あたし達が起きる前に何があったの・・・?」

「さ、さぁ?」

 

 役に立つと分かった途端に手の平返しで過剰労働を要求してきた自衛隊上層部に砲撃の一つでもお見舞いしてやろうかと妄想しながら俺は出撃の合間に人材を求めて奔走する。

 そして、良介は着任後に起こった深海棲艦の東京湾侵入で得た交渉材料を使い自衛隊だけでなく外部の政治家にまで顔を繋ぐ事に成功した。

 それによって鎮守府と艦娘の指揮系統を自衛隊から限定的に独立させる法案が田中が見つけて協力者になってくれたと言う政治家によって衆参両議院を通過して施行される運びとなった。

 

(今さらだけど、良介が交渉した政治家って何者なんだ? 下手したら幹事長クラスの大物じゃないとあんな無理やりな法案のネジ込み方なんか出来ないだろうに・・・)

 

 問い詰めたわけではないがぽろっと田中の野郎が漏らした情報では日本党の結成前から刀堂博士のシンパであり艦娘を造り出す事になった鎮守府計画にも深くかかわっている人物。

 そして、俺やアイツと同じ世界からこの世界へと転生してきた一人でもあるらしい。

 

(さて、その大物からどんな話が飛び出すか・・・良介、俺に新人のお守りを丸投げしてきたんだから良い話を持ってきてくれよ)

 

「提督、ちょっとあそこに魚雷撃ってい~い? お魚獲って帰ったら鎮守府の皆喜ぶよぉ」

 

 睦月型駆逐艦の文月がモニターから見える左舷を指さして能天気な事を言い出したので顔をそちらに向ければ海鳥が群れを成して海面に集っている。

 漁業には詳しくないが昔見たテレビ番組ではああいった海鳥が海面に群れている下には魚群があるらしいと言っていた。

 

「文月、お前は何を言ってるんだ・・・」

「魚雷ゆーどーの練習にもなるよ~?」

「いや、意味が分からん」

 

 旗艦となっている艦娘の艤装を制御する補佐が艦橋に乗り込んだ艦娘の必須ともいえる役割となっているが、かと言って好き勝手にバカスカと大砲や魚雷を撃っていいと言う事ではない。

 

 艦娘が十分な食事と睡眠を得て健康に気を付けておけば勝手に補充される不思議エネルギー。

 それを使って造られる実質無限の弾薬と言えど使った分はちゃんと後で書類にしなければネチネチと基地の階級だけは上の管理職から嫌味を受ける事になる。

 

「船だった時のアタシの船員さんも爆雷で浮いたお魚獲ってたよぉ?」

「基地に帰った後で教えてやるが、現代の漁業法では発破漁は禁止されてんだよ。じっとしてなさい」

「え~、暇になっちゃったよぉ」

 

 取り敢えず母港に戻ったら艦娘への教育内容に現代の法律も組み込む必要性が出てきたと報告書に記さなければならないらしい。

 




妖精さん?

あぁ、妖精さんの事か。

奴さん死んだよ。

作者(オレ)が殺した。ご臨終だ。


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第九話

戦車「艦娘と同じ技術で戦車作れば最強じゃね?」

戦闘機「人型の兵器とかナンセンスすぎる」(笑)


 カコンと竹が岩に落ちる音が静けさに満ちた料亭の庭で断続的に繰り返し、その庭が見える部屋の中で中年の終わりに差し掛かった男性とまだ年若い青年が神妙な顔で向かい合っていた。

 

「まさか、貴方が私と同じ転生者だったとは思ってもいませんでした。・・・岳田次郎総理」

「そうかね? 君は初めからそうと分かって私に脅しをかけてきたように見えたよ、田中良介特務三佐?」

 

 現在の日本の政治を牛耳っているなどと言われる日本国民協和党の総裁にして第二次岳田内閣の長である総理大臣は目尻や口元に皺が見える実年齢よりも幾らか老けた顔に人の良さそうな笑みを浮かべ。

 緊張で顔を強張らせている田中を観察するように眺めている。

 

「日本党の中のどこか、それなりに高い場所にいるとは思っていましたがまさか一番上にいるとは思っていませんでした」

「はははっ、正直で良いね。付け加えるなら日本党にいる転生者は私だけではないと言っておこうかな?」

「それは、まぁ、そうなるでしょうね」

 

 総理大臣でありながら自らが転生者であるなどと精神状態を疑われかねないセリフを気負った様子も無く言った岳田。

 彼を正面から見据えて背筋を伸ばしている田中は表情を崩すことなく軽くうなずいた。

 

「おいおい、これは結構な暴露ネタだったのにもうちょっとは動じてくれないと言った甲斐がないじゃないか」

「むしろ結党時からの日本国民協和党が行ってきた事を見れば明らかでしょう。あなた一人だけが未来を知っている政治家だったなら災害で発生する死者を1/10に出来はしない」

「まぁ、未来を知っていたから本当は十万人死ぬ筈だったが一万人に減らした、なんて主張したら私は稀代の狂人扱いになるだろうね・・・協力者が現れてくれなければ私もかつての刀堂先生のようになっていたか」

 

 妙に友好的な態度に両手を広げて苦笑を浮かべた岳田はふと視線を田中から小さな池や苔むした岩がわびさびを感じさせる庭へと変える。

 

「いや、逆立ちしても私があの人のようになれはしないか、昔から誰かの影でこそこそ動き回っている方がよっぽど性に合っていたからね」

「やはり、刀堂博士も我々と同じ転生者だったと?」

「そうだ、と言質を取った事は無いがね。そうとしか考えられん事を見せつけられ、それ以上のモノを身をもって体験しているよ」

 

 実年齢よりも老いを感じさえる顔に穏やかな微笑みを浮かべて岳田は古い友人を懐かしむように語る。

 

「前の人生で私が集り屋同然の弁護士だったと言ったら君は驚くかね? それが刀堂先生の口車に乗って今じゃ日本の政治家で一番偉いと言われてる」

「俺自身も他人に誇れるような事をせずに部屋に籠って本の虫をやっていたので驚きもしませんし、行動力だけが取り柄な友人に唆されてこんな立場にいる以上は貴方を揶揄えませんよ」

「君も前の人生よりも面白い出会いをしたわけかね・・・良かったじゃないか」

 

 他人が聞けば呆れを通り越して病院を勧められるだろう荒唐無稽な身の上話を交わし、青年自衛官の調子が少し軟化した事を感じた総理大臣は軽く肩を竦めてから二人の間にある広い机の上に置かれ湯気を燻らせている湯呑を手に取る。

 

「それで岳田総理、今回、私をこんなところに呼びつけた理由をそろそろ伺っても宜しいですか?」

「くくっ、防衛省からは慇懃無礼で揚げ足取りが上手いと聞いていたが太々しいと言うのも君の評価に加えなければならないようだね。まぁ、お互いに忙しい身の上だ、本題に入ろうか・・・」

 

・・・

 

 断続的にカコンと鹿威しの音が聞こえる和室で総理大臣と向かい合った自衛官は目の前にいる相手が何を言ったのか、その信じがたい内容に引き締めていた顔を困惑に歪めた。

 

「は、はぁ? そんなバカな話が・・・」

「そんなバカな話なんだよ。田中君、深海棲艦とは世間が憶測で言っている未知の侵略者やカルト集団の生物兵器でも何でもない、あれは我々が知る現代の常識から大きく外れているが列記とした地球で生まれた一種の野生動物だそうだ」

「そんな、突拍子も無い・・・」

「そして、艦娘もまた深海棲艦と同じルーツを持つ、いや、正確に言えば過去に存在していたそれらの遺物を刀堂先生と協力者が発掘して研究し、現代の技術によって再現して生み出された者達なのだよ」

 

 呆気に取られた田中は無意識に目の前に置かれた湯呑へと手を伸ばして冷めた緑茶で喉の渇きを感じた口を潤す。

 

「かつて地上に存在した神様だの妖怪や悪魔なんて言われていた今では幻想の中の住人達、それが現代において深海棲艦と呼ばれる怪物の正体、そんな非科学的な・・・」

「一度死んで二度目の人生を生きている我々も十分に非科学的だと思うがね。刀堂先生に我々の転生や深海棲艦の発生に関する科学的な解釈とやら説明をして貰った事もあった」

 

 まるで過去の失敗談を笑うような軽い調子で荒唐無稽な内容を話す岳田の態度に田中は頭を抱えたくなるほどの混乱に陥りながらも総理が言った情報を整理していく。

 

「難解すぎて正しいのか間違っているのかすら判断が出来ない講釈だったが私自身が身をもって今を体験している以上は信じるしかないと諦める事になったよ」

「地球環境の変化によって絶滅したはずの神魔や妖怪が再び生存可能な環境が整い。そして、深海棲艦として現れ・・・」

 

 耳から入っただけの情報を言葉にして内容を理解する努力をするが転生者である自分の事を棚に上げてそれらが荒唐無稽過ぎるとその話を田中は信じることが出来なかった。

 いっそ目の前の総理大臣が自分を揶揄うためだけにこんな場所を用意しただけで、全てが質の悪い悪戯と言ってくれた方がよっぽど精神的にありがたいとすら思った。

 

「過去に存在していた魔法使いや聖人、魔女や聖女と呼ばれた異能者の遺物と現代人の遺伝子を掛け合わせた肉体。海の底から前大戦の艦船に宿っていた霊的エネルギーを引き上げ結晶化させた霊核。・・・その二つを組み合わせた存在が艦娘、ですか・・・?」

「はははっ、どこの三文小説の設定なんだろうね。まぁ、世界中を駆けまわって調べた情報に推測と仮説を重ねた推論だと先生にしては珍しく自信なさげに言っていたから、何処までが正しいのかは門外漢の私には推し量る事も出来んよ」

 

 四苦八苦している田中の表情が可笑しいかったのか小さく笑い岳田は会話を一段落させて机の上に置かれた茶菓子の袋を破いて入っていた最中と餡子を合わせて齧った。

 

「とまぁ、地球環境の変化だの過去に妖怪だのなんだのが実在していた、と御大層な話をしておいてなんだが私達にとってそれは大した意味がある事じゃないんだよ」

 

 いつの間にか胡坐をかいて緑茶を片手に最中をモソモソと頬張っている姿は総理大臣と言う肩書が無ければどこにでもいる話好きのオッサンと言う雰囲気で始終飄々と話していた口調がさらに軽くなった。

 もし言われた事が事実なら全人類に深刻な問題となるはずの内容をまるで丸めた紙屑のようにポイッと投げ捨て簡単に話題変更を行う岳田の言葉に田中は自分の悩みが酷く無駄だったような錯覚を起こす。

 

「さっき艦娘は人の遺伝子がベースになっていると私は言ったね?」

「はい、正直信じられない話ですが魔女や聖女と呼ばれた人間に化石として発見された複数の幻獣の遺伝子までが掛け合わされていると・・・正直私にはそんなモノが実在していたとは思えないですが」

 

「ふむ、そこはどうでも良い。問題は霊核が人間一人には大きすぎるエネルギーの結晶である事であり、常人とは比べ物にならないほどの霊的許容量があるとは言え人間と根本的には同種である以上、彼女達の身体にとっても時間が経てば異物として拒絶される事になると言う事だよ」

 

 艦娘が自分たちの力の源である霊核に拒絶反応を起こす。

 

 また飛び出したトンデモ設定に顔を引き攣らせて頭痛までし始めて働くことを拒否する脳みその機嫌を取りながら田中は半ばやけになって机にある煎餅の袋を取って破き、茶色い円盤を砕くように齧った。

 

「艦娘の肉体に霊核が定着していられる期間は個人差はあれど10年前後でその間は彼女達は成長も老化もしない、しかし、これは推測に過ぎず実際にはどの程度になるかは実地で調査しなければならないそうだ」

「で、霊核に拒絶反応を起こしたらどうなるって言うんですか・・・それによって彼女達が死んでしまうなんて言い出したら私は貴方方に対して紳士的で要られなくなりますよ」

 

 まるで他人事のように誰かから教えられた情報をそのまま口に出しているような岳田の様子に田中は完全に表情や態度を取り繕う事を放棄して苛立たし気に目の前の飄々とした男を睨む。

 

「普通の女の子になってしまうらしいね。そして、身体から離れた霊核は鎮守府の中枢に回収されてクレイドルで再び新しい艦娘になる」

「・・・はぁっ!?」

「ははっ、中々に良い顔をするじゃないかっ♪ んん、いや艦娘だった頃の力の名残が少し残るから完全に普通の人間と言う事にはならないのか・・・? 良く考えれば調整にまた一悶着ありそうだな・・・」

 

 上機嫌に笑った後に少しばかり思案するように明後日の方向へと視線を向けて顎に片手を添えて擦る岳田の言葉に目を剥いて今日一番の驚きに硬直した田中の手にある煎餅の欠片にひびが入り粉屑がパラパラと正座している彼の太腿に落ちる。

 

「そもそも日本、と言うかこの計画を立案して実行した我々が艦娘に求めている役割は深海棲艦との戦闘ではないんだよ」

「いや、さっきから何言ってるんですか・・・」

 

 深海棲艦が生存可能なほどに高濃度となった大気中の霊的エネルギーの増大に関して人間の手が介入する余地はもはや何一つも無い。

 刀堂博士とその支援者が調べあげた結果から、これらの環境変化は春から夏に変わる季節のようなモノであり数百年と言う周期で発生する自然現象でしかない。

 

「そして、霊的エネルギー・・・面倒臭いな、テレビゲーム的にマナとでも呼ぼうか。このマナの増大による影響を受けるのは深海棲艦だけではなく既存の生物にも少なからず影響を与えていく事になる。アメコミは知っているかね? あの中に登場するような超人やモンスターがうじゃうじゃと現実に現れる事になると言えば分かり易いかな」

 

 季節の移ろいが人の手で止められないようにそのどうしようもない変化が偶然、我々の世代で起こってしまっただけだと岳田は語る。

 

「ははっ、随分と愉快な世界になりますね・・・漫画だったら楽しめそうな設定です」

「愉快なものか、現在の常識から外れた異能力を得た人間の出現に対応した法律など世界中のどこを探しても存在しない。そして、勝手に増える異能力者の増加に現代人は対応手段を持っていない。人間は知らないモノに対して自分達が思っている以上に強い忌避感を持って拒絶する生き物だから人種差別はより深刻になるだろう」

 

 さしずめ魔女狩りの再来だ、と軽いのか重いのか非常に判断に困る発言を垂れ流す日本国の首相の姿に呆気に取られて田中はただその言葉の続きに耳を傾ける。

 

「だが既にマナを能力ではなく技術として使用している超人が存在していたら? そんな超人達が普通の人間の味方だと公的機関に保証されていたら? 例えばそうだね、普通の人間との間に子供が作れるという事実だけでも両者にとって懸け橋になりうるとは思わないか? そして、その子供たちが特殊な能力を持っていても不思議に思う者は少ないだろう?」

 

 急に重みを増した政治家の頂点にいる男の言葉に頭を殴られたかと思うほどの衝撃を受けて田中は仰け反り手の中にあった煎餅を握りつぶした。

 そして、たっぷりと数分の思考の後に岳田が言った言葉の意味を理解した彼は目を強く瞑って力を入れ過ぎて砕けた煎餅の粉に塗れた醤油の匂いがする指で目頭を揉み解す。

 

「・・・彼女達は新人類と人類の世代間を取り持つ為に造られた、と?」

「刀堂先生の言葉を借りれば『新人類ではなくかつてマナが当たり前にあった世界の人間の再来』らしいがね。我々が極秘裏に計測を続けている地球上のマナ濃度は深海棲艦の出現から年々右肩上がりだ。艦娘と人間の混血でなくとも遅かれ早かれマナに適応した者は自然に現れるだろう・・・」

 

 深海棲艦との闘いの為に作られたはずなのに戦力から除外されるぞんざいな扱い、にも拘らず湯水のように資金を注がれた鎮守府は優秀過ぎる研究スタッフを揃えた最新設備の塊。

 艦娘の情報が過剰なまでに秘匿されていた三年間、艦娘を囮にして護衛対象と自らを守る事に執心した前任の司令官達ですら目麗しい彼女達への明確な暴行は行われていない。

 正確には破ろうとした一人目の司令官である一等海佐の名前と姿がその数日後に自衛隊から消された事に危機感を煽られたのが原因なのだろう。

 現場とのかなりの行き違いがあったとは言え環境そのものからは日本政府が彼女達をまるで豪華な家に閉じ込めた箱入り娘のように扱っていた事がうかがえる。

 

「いや、それなら俺達が着任するまでに400人以上いた艦娘が五十数人まで減るなんて状況は・・・」

「恥ずかしながら鎮守府の機能を過信ししていた、というのは言い訳にしかならないか。我々が鎮守府の実態をハッキリと把握したのは東京湾に深海棲艦が侵入したあの日が切っ掛けでね・・・」

 

 艦娘と言う存在は鎮守府の中枢機能が正常に作動していれば全滅する事だけは無い、その過信が岳田を含む日本党内の協力者に楽観と慢心を与えた。

 日本党唯一の失策などと言われる艦娘と鎮守府に関わる計画の実行に閣僚がべったりと張り付けば、政敵からの過剰な追及によって黒に近いグレーな実態と目的を暴かれる可能性が高まる。

 それを警戒した彼らは最低限の連絡構造を残してあえて鎮守府と距離を開けてしまった。

 艦娘と言う存在が正常に維持されているなら個体の死亡は必要な犠牲とでも言う政治側の態度に田中は両手を握り込み歯ぎしりする。

 

「とは言え、犠牲が増えれば良いなんて事は我々も望んでいなかった。艦娘は鎮守府近海で試験運用を続け、深海棲艦への反撃が出来ると確証が得られるまで実働はされないはずだったんだよ」

「それすらも建前で霊核を失い人になった元艦娘に子供を作るための機械扱いしようとしていたんでしょうに、前世で同じような事を言っていた政治家を思い出しましたよ」

「・・・その発言をするはずだった彼は転生者では無いが上手く軌道修正出来たおかげで今も政治家をやっているがね」

 

 彼らとしては歯に衣着せぬ言い方をすれば次世代の母体となる女性達を国防の要と言う大義名分を与えて実働させる事なく保護し、政府の思惑を達する状態となるまで防御壁で閉じた東京湾の鎮守府に閉じ込めていれば良かった。

 退役後にそれなりに安定し地位を与えて社会の一部へと混ざり込ませてマナに適正を持った子供を増やせば、日本に限って言うなら民間で突発的に発生する異能力者よりも早く対応できる。

 緩やかに国民の意識と新しく生まれてくる異能力者に関係する法整備を行う時間が得られると言う思惑だったのだろう。

 

「まさか我々の脚を引っ張るためだけに自衛隊内部にまで接触して潜り込み、鎮守府計画の要である艦娘達を物理的に抹殺しようなんて連中が現れるなんて私達には予想外だった。今さらこんな事を言っても犠牲になった彼女達にとってはなんの慰めにもならないか・・・」

 

 懺悔をするように自嘲して苦々しく表情を歪ませた岳田は深くため息を吐く。

 それを聞いた田中は守るために閉じ込める事にも相手を貶める為だけに利用する事にも賛同は出来ず、二つの派閥は等しく唾棄すべきものだと感じた。

 

「刀堂博士も貴方と同じ考えだったと?」

「・・・わからない、正直に言って先生が何を目的に艦娘を造ろうとしていたのかは本人が亡くなった今では誰にもわからないんだよ。ただ艦娘と深海棲艦の出現から私の元に運ばれてきた情報から考えて彼女達に対抗兵器たる実力は無いと高を括っていた事は否定しないよ」

「だが、博士が予言していた通りに艦娘は深海棲艦を打ち倒して見せたっ!」

 

 託された言葉、残された資料から読み取れる情報からは刀堂博士がマナの増大によって起こる地球の環境変化を知っており、それに対して艦娘を造り出す為の基礎理論を残したと言う事は理解できる。

 だが、単純に新しい世代への移行を補助する為なら兵器としての性質を与える必要はなく少し不思議な力を持った人間として機械的に製造された事実すら秘匿して民間へと紛れ込ませればいい。

 逆に深海棲艦の脅威への備えとして武力を必要としていたなら単純にマナを利用した常人に使用できる兵器を作れば良いだけの話とも言える。

 

 つまり、効率だけで考えるなら女性でありながら深海棲艦に対抗可能な戦闘能力を持った存在である必要は無い。

 

「偶然に艦娘と言う形となったのか、前世のゲームに影響されて嗜好で作り上げたのか、それとも我々が想像もできないような理由からか・・・あの人が生きていた頃にはいくら聞いてもはぐらかされて教えてくれなかったのでね」

「では今に至って何故、艦娘を戦力として運用する事を容認する法案の立法を? 私達にとっては都合が良くても、貴方達にとってこれ以上の艦娘が減る可能性は認めるわけにはいかないはず」

 

 田中の問いかけに岳田は情報を出し渋る逡巡と言うよりは言うべき言葉の表現に迷うと言った様子で視線をさ迷わせて冷めた緑茶を飲み干してから再び庭園へと顔を向けた。

 

「ふむ、艦娘が減る、減ってしまったと君は言ったね?」

「ええ、現に鎮守府に存在している艦娘は54人、その内の21人がクレイドルの中で眠っている状態、最近目覚めてくれた子もいますが実働できる艦娘の数はたったの33人しかいません」

 

 田中は冷静を装って相手に苛立ちをぶつける八つ当たり丸出しで目の前の男に言葉をぶつける。

 

「鎮守府が設立された時点で刀堂博士が世界各地から回収した霊核が400人分を超えていた事を考えると恐ろしいほどの損失ですよっ!」

「・・・それがおかしいんだよ。鎮守府が正常に機能しているならば艦娘、霊核は必ず中枢へと回収される。これは絶対の法則とも言って良いことだ」

 

 岳田は特に表情を変えず顔の前で指を立てて息巻いていた田中を押し留める。

 そして、投げた物が重力で落ちるとか、地球が太陽の周りを回っていると言う今の人間なら常識レベルで知っている理と同列であるかのように確信をもってそう断言した。

 

「そして、行方不明となった艦娘の霊核が鎮守府へと戻ってこないとすればその可能性はただ一つ、その艦娘が何処かで生存していると言う事だ」

「な、何故そんなふうに断言できるんですか・・・?」

 

 自分の口撃が一切意味を成さなかった事よりもまるで全てを知ったうえでこちらを翻弄しているような岳田の態度に田中は畏怖に近い感情を心中で揺らす。

 

「深海棲艦があの姿を取っているからだ。・・・本来ならマナの増大によって無秩序に陸海問わず世界中に発生する筈の怪異に一定の条件を与えて出現と能力を誘導する事もまた鎮守府の中枢が持つ機能なんだよ」

 

 人の常識が通用しない力を持った化け物の出現は止められない、その膨れ上がる力も進化も止める事は出来ない。

 だが、地上よりもはるかに広い海洋と言う場所に深海棲艦の発生要因を誘導することは出来た。

 進化する方向と形が分かっていれば形の無い災害を相手にするよりも遥かに対応する人類側の手札は多くなる。

 

 深海棲艦は鎮守府が作り上げていると暗に告げた岳田は悪びれる様子も無く口元を皮肉気に歪め、呆気に取られて硬直している田中へと向かい合った。

 

「鎮守府の地下からこの地球の内殻にすら食い込む、それの影響は地球上に霊核が存在する限り艦娘が死亡した場合には絶対にそれを捕えて回収する」

 

 世間が囁く日本党が企んでいる陰謀なんてものが可愛らしく思えるほどの暴露話に田中は喉をからからにして呻く。

 

「そして、君達の手によって艦娘が深海棲艦への対抗兵器である事が実証された今、下手に彼女達の行動を制限する事は互いに必要ない軋轢を生むだけでなく国益をも脅かす事になるだろう」

「・・・結局は政治の都合と言うわけですか」

「その通りだよ。・・・だが、君達が行動を広げれば行方不明となっている艦娘を見つける事に繋がるはず、そして、その救出には必ず自衛隊の指揮系統に影響を受けない権限が必要になるだろう」

 

 岳田自身も確証があって言ってはいないはずの言葉なのに背筋を伸ばし毅然とした態度と表情で言い切る堂々とした姿はその身体以上の存在感と迫力を宿して田中の意志とは別に居住まいを正させた。

 

「見つけるって・・・MIAとなった艦娘を?」

「もしかしたら今の国に愛想を尽かせてどこかに隠れている艦娘もいるかもしれない。この場合には発見しても下手に刺激する事無く観察に留めるように捜査員には厳命している。だが問題は海上に孤立したまま帰還不能になっている場合だ・・・」

 

 その場合、深海棲艦の持つ何らかの力によってMIAとなっている艦娘が拘束されている事は想像に難くない。

 同じ鎮守府の中枢機構に影響を受ける存在であり、性質の差はあれど霊的エネルギーを能力の基礎としている事から何かしらの共鳴や共感反応を起こしても不思議ではない。

 

「罪滅ぼしとは言わない、だが私の権限が許す限りの協力を約束する。 ・・・我々の身勝手な都合と期待で産み出され、さらには慢心と手落ちによって窮地に落ちた彼女達をどうか救い出してほしいっ!」

 

 そして、一国の代表であるはずの男が後悔の滲む苦渋に顔を歪めて机の天板に額を当てて田中に向かって願いを掛ける。

 それは何から何までが岳田側の事情であり、だからこそ国民どころか同じ政党の大半すら欺いている男の背中に見える重圧と苦痛に絞り出すような声は強い説得力となって田中の心に伝わってきた。

 

「・・・可能な限り力を尽くします。としか今の俺には言いようがありません。そもそも今日の話がどこまで真実であるのかすら判断できないんですから・・・」

「今はそれで十分過ぎるぐらいさ。上等な椅子に座って言葉遊びで相手を煙に巻くのだけの男にとっては何よりも誠意のある返事だよ」

 

 総理大臣が護衛も付き人も無く末端の自衛官でしかない男と一対一で行った非常識であり非公式な会談は一時間ほどで終わり、会話を終えた岳田は小さく田中へと会釈してから和室の襖をあけて板張りの廊下の先へと去っていった。

 

 新事実のバーゲンセールを受けて混乱に混乱を重ねられた田中の頭はズシリと重く項垂れ、彼は机の上に残っていた茶菓子へと手を伸ばし袋を破いて中に入っていた最中へ乱暴に噛みついた。

 

「土産代わりに全部パクっていってやるっ、くそっ! 総理大臣だからって無茶苦茶言うにも程があるだろ!!」

 

 そして、テーブルのお盆に盛られている質の良いお茶の当てに八つ当たりをしていた田中は自棄になった勢いで机の上にあったお盆に盛られたお菓子でズボンと上着のポケットを膨らませて苛立たし気な態度のまま部屋を立つ。

 その数分後、玄関口で待っていたこの場を提供してくれた料亭の女将らしい女性から紙袋に詰められた菓子折りを渡されてポケットを茶菓子でいっぱいにした田中は非常に気まずい思いをした。

 




岳田「悪いけどコレ生存競争であって戦争じゃないからキミらはお呼びじゃないんだよね」

戦車「えっ?」
戦闘機「えっ?」



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第十話

仕方ないんやっ、鬱展開は好きちゃうけどこの後のストーリーに必要やから書かなあかんねん。

阿賀野が嫌いなワケちゃうねん、むしろ凄く好きな艦娘なんや。




でもやっぱり那珂ちゃんがNo.1


 ねぇ神様、私達はこんなにひどい目に合わなければならないほど悪い事をしてしまったのでしょうか?

 

「阿賀野さん、交代の時間です」

「ぇ?・・・うん、ありがとう」

 

 海底を見上げる様な暗く重い空、私が此処へ沈んでから一度たりとも明けない夜は一歩先どころか手を伸ばした先すら見えない。

 眼下に広がるコールタールのように黒く澱んだ海をぼーっと眺めていた私の顔を柔らかく小さな光が照らし、その光を手の平に宿した仲間の一人が私の名前を呼んだ。

 

「漂流物も敵艦も見えず。異常無しです、神通さん」

「了解しました。軽巡洋艦神通、これより哨戒任務を引き継ぎします」

 

 背筋を伸ばして敬礼を向ければ神通さんも私に向かって返礼を返した。

 

「今日は少し前に流れ着いた桃の缶詰を開けると駆逐の子達が言ってましたよ」

「あはっ、それじゃあ急いで帰らないとね・・・」

 

 鉛のように重く感じる足を動かして神通さんの横を通り過ぎながら外にいた頃のように努めて明るくしているつもりなのに私の声は力なく地面に落ち、彼女がそんな私の言葉に少し眉を落として悲しそうな苦笑を浮かべた。

 

「下ばかり見て歩いていたら危ないですよ、阿賀野さん・・・」

「っ・・・、ねぇ、神通さん、阿賀野達・・・ホントに日本に、本土に帰れるのかな?」

 

 日本海軍の軍艦として大勢の船員さん達と一緒に沈み、気付けば艦娘として新しい命を与えられた私達は深海棲艦と言う化け物を倒す為に海へ出た。

 今度こそ日本を守るんだって張り切って出た海は昔の戦争とは全く違うモノで、薄汚れた手袋をぼんやりと光らせる力は目一杯に力を込めて撃ち出しても深海棲艦にかすり傷を付ける程度にしか役に立たなかった。

 次々に沈んでいく仲間達、人と同じ身体を手に入れてから言葉を交わした姉妹艦も敵艦の砲撃や雷撃を受けて私の前からいなくなった。

 

「ごめんねっ、なんか変な事聞いちゃった・・・忘れてよ」

「・・・最近、夢を見るんです」

「夢?」

 

 暗闇の中で私と神通さんの手に纏わりつく頼りない灯り以外は真っ暗闇で彼女は少しだけ逡巡した後に自分でも確信が持てないような喋り方で私へと最近見る夢の内容を零した。

 

 司令官を乗せて共に海を走り国を守る為に強大な深海棲艦を打ち倒す夢。

 その夢を見始めた時は自分自身ですら妄想の類だと、過去の悔恨と自らの弱い心根が見せるのだと神通さんは思おうとしたと言う。

 

「でも、おかしいんです・・・」

「おかしくないよ、阿賀野だって同じような事思ってるから・・・深海棲艦をバッタバッタとやっつけてたくさんの人達からイッパイ感謝されたいとかねっ! 夢の中だけでも楽しいって事を・・・」

「いえ、そう言う話ではありません。その夢の中で私は司令官のことを・・・プロデューサーさんと呼んでいるんです」

 

 私もたまに見る不思議な夢を神通さんも見ていたのだと知った私は暗く沈んでいた気持ちが少し上向いたような気がしてちょっと大げさに声を張った。

 けれどその言葉をスパッと切るように言い切った神通さんはその夢が憧れからくる幻ではないと首を振って否定する。

 

「間違いなく言えることです。私は司令官の事をプロデューサーさんなんて変な呼び方はしません、知る限りですがそれをしていた艦娘は、私の妹・・・川内型軽巡洋艦三番艦の那珂だけだったそうです」

「じゃ、じゃぁ、ここに来る前にその妹ちゃんと話してたからそれで・・・思い出して・・・」

「その・・・艦娘となってからの私は那珂に会った事が無いんです。その話も妹に会った事があると言っていた川内姉さんから任務の合間に少しだけ聞いた程度で、なのに声も顔も知らないはずの妹が深海棲艦と戦う姿を夢に見てしまう」

 

 司令官を乗せて戦う、船だった頃なら当たり前の事。

 

「まるでその存在を私に知らせているように・・・」

 

 深海棲艦を打ち倒す、艦娘となった私達に求められた役割。

 

「知らないはずの妹の姿が鮮明になっていくほど、遠くから聞こえていた声が近付いて来る。そんな予感が・・・」

 

 私が見る夢の中で私はここに落ちる直前に受けた護衛任務の最中、目の前で水柱の中に砕けて消えたはずの妹の一人になる。

 少し速力を上げただけでヒーヒー喚くちょっと情けないけどそこがちょっと可愛い司令官や会った事も無いのに名前が分かる僚艦娘と一緒に白黒斑の歪な巨体を持つ深海棲艦と戦っていた。

 腰から左右に広がる大砲を積んだ機械が咆哮すれば深海棲艦の障壁がいとも簡単に輝く砲弾によって砕かれ、振り被られた敵艦の歪な腕を私が着けている手袋と同じ手が受け反らす。

 背負った機械の中から取り出されたスカートと同じ色合いを持った朱塗りの巨大な鞘。

 そこから抜き放たれた光り輝く太刀が戦艦のように大きな怪物を切り裂いて大海へと鎮める。

 

「夢だよ神通さん。阿賀野達はこんな小さい身体で、こんなちょっとピカピカ光るだけの力しかないんだよ? 深海棲艦と同じ大きさにもなれないし、あんな立派な大砲も持ってない・・・」

「えっ・・・? 阿賀野さん?」

「変な事言ってゴメンねっ! それじゃ、阿賀野補給行ってきまーす!」

 

 これ以上は泣き言が出てしまう、お互いに耳に聞こえの良い甘い夢を共有してしまえば待っているのは相手に寄りかかり足を引っ張り合うだけの存在となってしまう。

 一歩先も見えないような暗闇の孤島で外から流れ着く物や死体を探して漁る情けなく浅ましい姿を見ぬ振りが出来ても。

 敵が来れば蹂躙される事しかできない非力さから目を反らして形だけの見張りを続ける延々とした時間に耐えられても。

 深海棲艦に負けて飲み込まれた地獄の底で流れ着いた敗残兵同士で肩を寄せ合っていつか帰れると言う偽物の希望に縋っていたとしても。

 

 どんなに追い詰められても仲間と塞がらない傷の舐め合いだけはしたくない、そんな事をしてしまえばもう私はそれに頼り切って寄りかかって離れられなくなってしまう。

 挫けてしまえば、一時の快楽に溺れてヒトでも無くフネでも無い存在となってしまったら阿賀野は二度と海に立てなくなる。

 

「やっぱり考える事は誰でも一緒なのかな。夢に甘える事も許してくれないなんて神様ってホントに意地悪なんだね・・・」

 

 軽巡洋艦として指揮下の駆逐艦や仲間達を鼓舞するためのやっているお調子者の演技にヒビが入れば後は砕けるまであっと言う間だろう。

 この地獄の底で絶望に耐えられなかった子、酷い怪我を負って仲間の負担になる事を憂い自らに手を下した子。

 心が折れてしまえば漂流物の中に紛れていたナイフや杭を手に自分の胸に突き刺し霊核となって地面に転がった何人もの仲間達と同じ運命を辿ってしまう。

 それだけは妹たちの代わりに生き残ってしまった阿賀野型軽巡洋艦の一番艦である矜持が許さないと私の心を縛り、空元気でも賑やかしの道化でも守るべき者達を一人でも多く守るために使えと命じている。

 

「あっ、阿賀野さんお帰りなさい・・・? どうしたんですか、桃缶ありますから一緒に食べましょうよ!」

「阿賀野さん、白いのと黄色いのがあるっぽい♪」

 

 ぼんやりと歩き続けていたらいつの間にか孤島の中ほどにあるコンテナや船の廃材で出来たスクラップ置き場のような私達の拠点に戻ってきていた。

 薄っすらと青白い光が漏れているコンテナの一つから桃色の髪の上に可愛らしいベレー帽を乗せた子と元気の良いその子の姉が出て来て私に手を振ってくれる。

 

「ぁっ、えっとぉ、実は阿賀野あんまりお腹空いてなくてぇ・・・見張りのお仕事の後で眠いから、また今度ねっ♪」

「・・・阿賀野さん?」

「阿賀野さん、お眠っぽい?」

 

 自分の手に浮かべていた光を消してワザと闇の中に表情を隠した私は足早に迎えに出てくれた子の横を通り過ぎて自分が寝床に使っているコンテナの中へと逃げ込む様に入った。

 入り口に掛けてある仕切り代わりのビニールシートをくぐると青白い不思議な温かさを感じる光とカチャカチャと機械部品を弄る音に迎えられる。

 そして、ぼんやりと光る様々な形の瓶が並ぶコンテナの奥で腰まで届く長い髪を麻袋を切って作ったヒモで結っている私と同期の艦娘が大きな木箱に向かって忙しなく動かしてた手を止めて肩越しに振り返った。

 

「お帰りなさい、阿賀野・・・ひっどい顔してるわよ」

「夕張も人の事言える顔じゃないでしょ・・・目の下のクマまた濃くなってる。いい加減に寝ないとダメだよ」

「ん~、分かってるんだけどねぇ・・・ちゃんと動いてるはずなんだけどなぁ、現代の通信機ってすっごく複雑で難しいったらないわ」

 

 同じコンテナに住んでいる軽巡の仲間が私の方へと顔を向け、疲れがにじむ笑顔でお帰りと言ってくれる。

 そんな夕張は油とと煤汚れで元の色が見る影も無くなった伸ばしっぱなしのボサボサ頭を掻き混ぜて無造作にコンテナの壁に背を預けて手元で弄っていた機械を作業机に使っている木箱の上へと置く。

 

「さっき駆逐の子が桃缶持ってきてくれたんだけど、一緒に食べる?」

「食べない、寝る・・・夕張が全部食べて」

「そっか、じゃあ、阿賀野が起きたら一緒に食べよっか、さてっ、もうひと踏ん張り! 電力は霊核の子達から借りて何とか出来てるんだし後は電波を強くする方法だけっ!」

 

 寝床として使っている床に敷いた薄汚れた毛布の上に寝そべり私は枕元に置いている二つのガラス瓶へと手を伸ばして引き寄せ、その存在を確かめるように胸に抱きしめた。

 青白い光を宿して水の中にぷかぷかと浮かぶ拳ほどの大きさをした二つの水晶、名前も書かれていない、人の形をしていた時の面影もない、声だって聞こえないけれど私にはこの二つが、二人が大切な私の妹たちだと知っていた。

 コンテナの中は他にもいろいろな瓶の中に入った同じ様な形の霊核がたくさん並んでいて、その子達が灯した柔らかい光で満ちてこのまま一緒になんにも考えずに眠り続けていられればどんなに楽だろうとそんな妄想が頭の片隅に浮かぶ。

 

「能代、酒匂・・・」

「そのまま寝たらいくら艦娘でも身体冷えちゃう・・・って、もぉ仕方ないわね」

 

 目を閉じれば外の澱んだ暗闇とは別の柔らかい暗さに張り詰めていた心が解け、近くで少し呆れたような声を出した夕張が私と妹たちの上に毛布を掛けてくれたのが分かったところで意識がどんどん何処かへ引っ張られていく。

 能代と酒匂も一緒に矢矧の夢が見れれば良いね、と願って私は毛布の中で子供のように身体を丸めて眠った。

 

「一応、これで大丈夫なんだけどなぁ・・・ちょっと試してみても良いかしら?」

 

 夕張、通信機、早く直ると良いね・・・。

 みんなも一緒に外の夢が見られると良いね・・・。

 何時か矢矧も一緒に四人でまたお話しが出来ると良いな・・・。

 

 『・・・阿賀野姉?』

 

 瞼を閉じた向こう、どこかの青空の下で、いつか見た母港で、私と同じ色をした黒髪が振り返るように揺れた気がした。

 

・・・

 

 ザーザーだかゴーゴーだか耳障りなノイズ音が艦橋に配置されている通信機から聞こえてくる。

 

「・・・な、なんなのよ・・・アレ?」

「し、司令官、あれも深海棲艦なんですか?」

 

 360度を見渡せる全周モニターには深い紺碧に染まったの海流とクラゲの形をした巨大な影、赤黒く脈動するように蠢きながら太平洋の海流に流されてゆっくりと日本へと近づいているそれは遠目に見ても巨大過ぎた。

 なにせその近くにいる100m級の深海棲艦が小魚にしか見えない程で、あれは生き物と言うよりは島と言った方がしっくりくるぐらいだ。

 

『ザージッ、ジビッ・・・こちら、軽巡夕ば・・・ザーザッ・・・救援を・・・ジジッ・・・ッ・・・・』

『・・・司令官、捉えた救難信号が止まったのね』

「あぁ確認した。イク、ご苦労さん」

 

 日本に接近する超巨大物体の調査としてEEZから大きくはみ出た目標地点の海底の岩場に文字通り、張り付いて身を潜めている潜水艦娘の伊19の艦橋で俺はノイズを止めた通信機から意識を目の前に広がる海中へと戻した。

 

「よりにもよって限定海域かよ・・・」

「限定海域? えっと、確か周期的に発生する深海棲艦の巣の事でしたっけ? あれがそうなんですか?」

「二、三回言っただけなのに良く覚えてたな。まぁ、根拠は前の世界のネットで見た画像と似た形をしてるだけだから別物である可能性もあるけどな・・・」

 

 調査に同行している駆逐艦の吹雪が俺の言葉を補足するように呟いて遠くに見えるデカブツに恐れを含んだ視線を向ければ、その言葉を聞いた周りの艦娘達が目を丸くして俺とクラゲの怪物の間で視線を行き来させた。

 

「それにしても、良介がお偉いさんとやらから聞いてきたあの話は本当だったみたいだな・・・」

「行方不明になった艦娘の霊核が鎮守府に戻らないのはどこかで生きているからって話ね、よくもまあそんな重要な話を黙っててくれたもんだわっ!」

「なら早く助けに行かないと! ねぇっ、しれぇー? はやくはやくぅ!」

 

 胸の前で腕を組んだ朝潮型駆逐艦娘の霞が足場の手すりに背中を預けながら不機嫌さを隠すことなく恨み節を吐き捨て、味方の窮地に錨に巻き付いたオレンジ色のスカーフタイと小柄な体を跳ねさせて陽炎型の時津風が緩い喋り方に反比例した戦意を漲らせる。

 その二人の言葉を合図にしたように俺が座る指令席を囲むキャットウォークから五対の視線が俺に集中した。

 

『提督どうするのー? イク行っちゃう? もっと近づいちゃう?』

「・・・イク、もう一度、エコー取れるか?」

 

 今すぐ突撃など現在の戦力を鑑みても無謀であるし、仮に十分な戦力があっても法律的にEEZから出てはいけないはずの艦娘が司令部からの要請でとは言えこんな場所で隠密行動している時点で違法であるのに、この上に戦闘まで起こすなど以ての外である。

 諸々の事情から不可能である事は分かっているのだからここは撤退するしかない、そう結論付けた俺は瞑目して前方に浮かぶ巨大物体の外見から分かる情報を整理する。

 周囲を回遊する目を赤く光らせる深海棲艦の群れが小魚に見えるほどの巨大な物体、人間ですらここまで巨大な建造物は未だかつて造り出した事は無いだろう深海棲艦の中でも一際異様な化け物への恐怖が俺の眉間へ勝手に皺を寄せた。

 根元から毛先へと青紫から赤紫へとグラデーションする不思議な色彩を持った長いツインテールを大きな花びらのような髪留めで飾っているスクール水着を着た少女、俺の手元にあるコンソールパネルの右側に浮かぶ伊19の立体映像がうつ伏せに寝そべっている状態から上半身を軽く上げて顔を前方に向ける。

 

『オッケーなの、そぉーれっ!! ・・・ッ!!』

 

 掛け声の直後にコォーンッとまるで甲高い鐘を打ったような音が艦橋に響き、イクの口から放たれた不可視の波が秒速300mに達する速さで円錐形に放たれる様子が前方のモニターに開いた小さなウィンドウに表示されていく。

 小窓の中で大小無数の赤い点が円錐の中に表示され、約1.3km地点を境に巨大な赤い壁が円錐の底にぶつかる。

 

「ぱっと見だけでも120はいるか・・・どいつもこいつもエリート、一部にはフラッグも混じってんな」

「確か赤い目がエリートで黄色いのがフラッグシップですよね、ノーマルだけなら蹴散らせなくも無い数ですけど・・・あっ、でも海中じゃ私達戦えませんね・・・」

「どっちが強いんだっけぇ? この前やっつけた黄色いのは弱かったから赤い方かなぁ?」

「アンタが前にやったのは駆逐艦級だから差を感じなかっただけでしょ、艦種が上がれば黄色い方が圧倒的に厄介に決まってるじゃない」

 

 真面目に考え事をしている時に時津風のゆる~い口調を聞くと非常に緊張感が削がれるが、目の前に突き出されている危機的状況に何とか気を張ってイクが放った広範囲ソナーの結果を見つめる。

 

「やっぱりおかしいよな・・・これ」

「提督、先ほどのソナーの時にも首を傾げておられましたけれど何か不審な点があるのでしょうか?」

 

 茜色の小袖に深い紺色の袴を纏った純和風な装いに艶やかな黒髪を緑のリボンでポニーテールにした貞淑さと言う言葉を形にしたような雰囲気を纏う美女、航空母艦に分類される艦娘である鳳翔が小首を傾げて問いかけてきた。

 

「何度調べてもアイツの大きさが見た目と計測で食い違うんですよ・・・近くにいる深海棲艦のサイズから考えればおおよそ横600mに縦が300mぐらいの楕円形、なのにエコーの結果も、アレの中から放たれていた通信電波から逆探した距離も桁違いの数字を出しているんです」

 

 さっき取ったデータをまとめたノートを開いて新しい計測データを書き込んで比べてみてもやはりその数字は目に見えるそれとは明らかにかけ離れている。

 もしこのデータが正しいのであれば前方で海流に乗ってゆっくりと移動している赤黒い巨大クラゲは東京ドーム四個分ほどの大きさにしか見えないのに実際には四国を千数百mほど岩盤ごと抉って浮かせているような文字通りに動く島と言う事になってしまう。

 

「あの、提督?」

「あ、すいません勝手に喋って急に黙り込んじゃって、何ですか鳳翔さん? んっぉ!?」

 

 考え事に集中し過ぎて黙り込んでしまった俺は自らの失礼に気付いて頭を下げようとしたところでコンソールパネルを乗り越えて伸びてきた革製の弓掛に包まれた手にトンッと額を押されて背もたれに仰け反った。

 

「もぅ、私は提督の指揮下にある艦娘なんですから変に敬語で話すのは止めにしてください、と何回頼めばいいのです?」

「あ、いや、すみませ・・・気を遣わせてしまったな鳳翔、すまない」

 

 品の良い和風美人であるが高嶺の華では無く全体的に柔らかな母性を感じさせる鳳翔の子供を注意する母親のような優しい苦笑に俺は小さく咳払いしてから彼女の意向に沿えるよう出来るだけ胸を張って鷹揚な態度を見せる。

 正直に言うならゲームで見た時も気に入っていたが現実に会った鳳翔の容姿や性格は俺、中村義男の好みの女性象に完璧なまでに当てはまる魅力的な女性だった。

 前世では青臭い青春を中二病で台無しにしてからは職の定まらない独身で死ぬまで過ごした為か色恋沙汰とは縁が無く好きな女の子の前で照れて舞い上がるなんて経験も終ぞしたことが無かった。

 今回は今回で自衛隊に幹部候補として入るため勉強と運動とコネ作りに時間を費やして彼女いない歴は前世と合わせてまさかの60年超え。

 

「困った提督ですね・・・ふふふっ」

「あ、ははっ、面目無い、頑張っているつもりなんだがどうにも、な?」

 

 言い訳がましい言い方になるが、経験がない故に免疫が無い事はまさしく仕方がないとしか言いようがないのは火を見るよりも明らかなのだ。

 

「司令官っ! それでどうするんですかっ!! 撤退ですか!? 進撃ですか!?」

「ぅえっ!? いきなり耳元で叫ぶなっ! ・・・俺達はそもそも正体不明の巨大物体の調査だけしに来てるんだから帰るに決まってるだろ。それにしても吹雪なんでこんな狭い場所で叫ぶ必要があるんだっ」

 

 クスクスと上品に笑う鳳翔に見惚れそうになって俺は意味も無く頭の上の帽子に手を伸ばした。

 手が帽子のツバに触れたか触れないかの所でコンソールパネルの向こう側から身を乗り出してこちらに近づいてきた眉を怒らせた吹雪が顔全体を口にしたかの様な大声を上げて俺の鼓膜を突き刺す。

 

『はぁー、ビックリしちゃったの・・・イクの中でそんなに大きいの出さないでほしいの、心臓ドキドキしちゃうぅ』

「デレデレしてなっさけないったらないわ。ホントなんで私こんなクソ司令官の艦隊に配属されてんのかしら」

「ぶふっ、くくっ♪ しれぇーすんごい変な顔したぁっ♪ あははっ、ひひっ♪」

 

 痛いほどキンキンと響く吹雪の問いかけに叫び返してから軽く耳に手を当てて呻く。

 他の司令官に就くはずがその新人が不甲斐なかったと言う理由で尻を蹴っ飛ばして出戻ってきた自分の事を棚に上げている朝潮型の末子は姉艦が言うはずのセリフを勝手に使い。

 清楚さの欠片も無い陽炎型の十番目の妹は何がそんなに可笑しいのか目尻に涙まで浮かべて腹を抱え小学生低学年レベルの感性でゲラゲラ笑っている。

 肩を怒らせた吹雪は俺から不機嫌そうに口を尖らせた顔を背け、その様子を鳳翔が自分の頬に片手を添えてあらあらと見守っていた。

 無自覚か自覚しているのかは未だに分からないが変にツッコミを入れるとさらに妖しいセリフを連発するのでイクの発言はあえて無視する。

 

「てーとく、皆もあんまり潜航中に五月蠅くするのダメだよ。ソナーもレーダーもたくさん使ったんだからいつ怖いのに見つかっちゃうか分からないんだから」

「あ、ああ、そうだな・・・イク、取り敢えずはあのデカブツから見えない程度までは浮上せずに離れてくれ」

「まったくぅ、水上艦は潜水行動中のいろはがわかってないでち。酸欠の怖さをちょっとは想像するべきじゃないかなっ」

 

 丸く弧を描くピンク色の前髪を揺らして傍観に徹していた少女が呆れ顔で俺に声を掛けてきた。

 声の主へと顔を向ければセーラー服の下にスクール水着を纏う趣味性が高いと言うべきか業が深いと言うべきか迷う恰好をした伊号潜水艦の伊58が手すりに腰掛けて素足をプラプラと揺らしている。

 伊19が行動不能に陥った際に交代要員として連れてきた伊58はゲームでも同じデザインの服装で行動していると設定されていたが、艦娘が現実になったこの世界でも同じだとは思ってもみなかった。

 

『イク頑張ったから、帰ったら提督のご褒美、期待しちゃうなのね♪』

「期待するだけならタダだからな、茶菓子ぐらいしか出ないぞ」

『田中少佐が銀蝿してきたお菓子はもう皆で食べちゃったから丁度良いのね~』

 

 海流に流されないように岩場を掴んでいたイクの手が離され、動き出したエレベーターのようなフワッと身体が浮くような感覚の中で艦娘の進行方向が深海棲艦の巣窟から反転する。

 本来なら陽の光など届かない水深1300mの海底を暗視能力を持った潜水艦娘が疎らに見える岩を掴んでスムーズに進む様子は匍匐前進と言うよりは滑る様な動きで速度は岩を掴んでは離す度に加速度的に速くなっていく。

 

(やっぱり、アレ見た目通りの大きさじゃないな、どう言う原理かは分からんが内部はとんでもない大きさになってるぞ・・・)

 

「何ぶつぶつ言ってんのよ気持ち悪い、分かった事があるんならはっきり言葉にしなさったらっ!」

「確証が無い事言って場を混乱させるわけにはいかんだろ・・・」

 

 両手を腰に当てた霞はふんっと鼻息を強くしてから俺から顔を背けて周囲に流れていく薄暗い海中へと気の強い琥珀色の視線を向けた。

 

「えっと、限定海域は内部でいくつかの領域に分かれていてE1から数字の大きな順番に突破しないと海域を造り出しているボスに辿り着けない特殊な空間になってる・・・でしたよね?」

「ホントに吹雪はよく覚えてるなぁ、おい、何度も言ってるけどな。あれは飯の時にうろ覚えの知識で言った事だから鵜呑みにするなよ?」

「はい、司令官。私、司令官の事信じてますから♪」

 

 実はゲーム知識に捏造と脚色を加えた話だとは今さら言うに言えず、それをしっかりと覚えていた顔に褒めてと書いてある地味系美少女の頭を撫でるとさっきまでの不機嫌さがあっと言う間に消えて嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「吹雪、汽笛の時とか鳳翔さんの時とか、このクズの前世の知識は微妙にズレてるってこと忘れるんじゃないわよ」

「でも全部大まかには合ってたでしょ? だから大丈夫だよ霞ちゃんっ」

 

 純粋に俺の事を信じてくれている吹雪の信頼感がかなり重い。

 一時期は仲間を次々に失ったショックから人間不信を拗らせ病的なまでに落ち込んでいた彼女を元気付ける為に騙った希望に満ちた別の世界の艦娘の設定のせいであるから周り回って自業自得なのだが。

 気休めと時間稼ぎになれば十分だと思って吐いた嘘は俺の予想を裏切り、何故かこの世界の艦娘達が持つ能力と異様なほど符合していく。

 理想と現実、普通なら時間が経てば経つほど離れて行くはずのそれは吹雪を含む艦娘達には当てはまらないどころか嘘であると知っている俺の目の前で自分が語った『僕が考えた最強の艦娘』の設定と同じ荒唐無稽な能力が次々に現実となって発揮されている。

 

「だけどなぁ、限定海域は無いわ。モノによっては轟沈者や発狂者が続出したって言われた地獄じみた代物まであったって話だし・・・」

「最大規模で七つの階層に分かれたモノまで確認されて、そこは熟練の艦娘と提督でも突破出来たのはごく一部だったんですよね・・・?」

「行く前から不安になってんじゃないわよ! 二人ともしゃんとしなさいってば!!」

 

 椅子に座ってなかったら確実に俺の尻は口をへの字に曲げたサイドポニーが振り抜いたミドルキックの餌食になっていただろう。

 クズ呼ばわりは大法螺吹きである自覚から言われても仕方がないと思えるがいい加減に姿勢が悪いとか机が汚いとかってだけでローキックやミドルキックを放つのは止めて欲しい。

 

「・・・何考えてんのよ? 言いたいことがあるならちゃんと目を見て言いなさいな!」

「考えるだけなら個人の自由だろよ・・・」

 

 その日、小学生サイズの足によるストンピングを下っ腹に受けた俺は艦娘が指揮席と円形通路の隔たりを結構簡単に乗り越えられるものだと知る事になった。

 

 




中村達が目撃した限定海域の全景はとある過去イベで使われた赤いステージ背景をグチャグチャに混ぜつつそれっぽくクラゲの傘形にまとめた感じを想定しています。

クラゲと言っても軽空母ヌ級とは似て非なるモノなので細かい事は気にせずこれはこう言うモノと感じていただければ幸いであります。


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第十一話

君達の作戦の失敗は深海棲艦による本土攻撃の開始を意味する。

必ず深海棲艦に囚われている艦娘を助け出し生還してもらいたい。




2014年8月某日。

 日本から見て西南にある海原で複数の護衛艦が巨大なクレーンを搭載した特殊な海洋調査船を守るために輪形陣を形作っている。

 

「海原を巨大な戦闘艦が征く、壮観だな・・・初めて自分がちゃんと自衛官をやってるんだと実感できたよ」

「戦いを挑む相手の規模を考えると蚤と象並の格差がある事を除けば素直に感動できるんだけどなぁ」

 

 今回の作戦の為だけに母港である舞鶴港からはるばる太平洋まで出てきたとある財団が所有する海洋調査船【綿津見(ワタツミ)】の甲板から中村と田中は見える灰色の最新鋭装備を搭載した護衛艦を眺める。

 

「薄い装甲に貧弱な小口径の単装砲、極めつけに主武装であるミサイルとか言う墳進弾は数十発撃てば国家予算をひっ迫するとか完全に欠陥軍艦じゃない。少しは私達を見習いなさいよ」

「陽炎、言葉を飾れとは言わんが選ぶぐらいはしろっ! と言うか艦娘と比べたら大抵の兵器が金食い虫になるだろ」

 

 甲板の通気口らしい場所に腰掛けて猫背で膝に肘を突いた少女が呆れの混じった言葉を漏らし、潮風に揺れるくすんだオレンジ色のツインテールに向かって振り返った中村は周りをキョロキョロと見回してから陽炎型駆逐艦の長女に注意する。

 白い半袖シャツの上にノースリーブの灰色ベスト、白い手袋と襟元の新緑のリボンタイに髪を飾る黄色いリボンが色彩豊かで髪色とも相まって彼女自身の活動的な性格を如実に表していた。

 

「十分な衣食住とちょっとした娯楽を保証すれば戦闘艦並の戦力になる存在って言うのも大概反則臭いけどな」

「と言うかお前は木村と一緒に待機中だろ」

「あのさー、やっぱり突入艦隊、私と時津風と交代しちゃダメかな?」

 

 苦笑して甲板の手すりにもたれ掛かり田中が振り返ると少し媚びるような色をした上目遣いで陽炎が鎮守府から出発する前にさんざん二人の自衛官を悩ませた問題を蒸し返そうとする。

 

「君がそれを言い出したら他の子達がまた騒ぐことになるよ。作戦実行直前でまた編成会議と言う名前の殴り合いを始めるなんて無駄は出来ないな」

「でも、あれは個人の能力を計るための演習であって勝敗は編成に直接影響しないって言ってたじゃない。だったら私が突入艦隊に入っても問題無いって事でしょ?」

「勝敗は関係無いとは言ったが目安には使うとも言ったぞ。と言うかまさかお前また木村とケンカしてんのか?」

 

 中村の指摘に陽炎は顔を背けて拗ねるように唇を尖らせ、口の中でもごもごと小さく呟く。

 

「そう言うわけじゃないけどぉ・・・妹が決戦艦隊で私が艦隊護衛って言うのは陽炎型のネームシップとして、むぅぅ」

 

 太平洋で存在を確認された今までになく巨大な深海棲艦の出現、それによって鎮守府に所属している人員は全て臨戦態勢を整え、事実上の艦娘達の最高司令官である田中と中村は集めた情報の前で額を突き合わせて彼らが考えうる限り最善の作戦を練り上げた。

 だが、その作戦を艦娘達に発表した直後に彼らの予想外の反応を彼女達が起こした。

 

 なんでこの私が留守番艦隊なの?

 私の方がその子達より早いから私を突入部隊に入れるべき!

 むしろ皆一緒に行けばいいんじゃない?

 とにかくアタシがいっちば~んなんだから!

 

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので戦闘艦を基に産まれた為か全員が全員、可憐な見た目を裏切る好戦的な性格を持つ艦娘達は自分こそが今回の作戦の主役である巨大深海棲艦への突入艦隊に入るべきだと騒ぎ始めた。

 人数が多い事に越したことはないのは作戦立案者である田中も中村も同意見であるが、いかんせん艦娘に本来の実力を発揮させる指揮官は未だに彼ら二人を含めて六人しかいない。

 さらにいくら前代未聞の超巨大深海棲艦が相手であるとは言え本土の防衛の為に最低でも三人とその指揮下の艦娘がいつでも出動できるように鎮守府で待機しなければならない事になった。

 

 中村と田中、そして、二人の後輩である木村隆一尉の三人だけがこの作戦に参加できる艦娘司令官だった。

 

「むしろ俺が木村と代わって欲しいぐらいだ・・・何が悲しくて深海棲艦の巣に一艦隊で突入しなきゃならないんだよ」

「お前が一番多くの艦娘を指揮下におけるからだって言ったろ。俺が五人、木村君が三人、で義男が六人、限られた人数しか参加できない作戦である以上は最大戦力を運用できる指揮官の方が突入艦隊の生存率は格段に高くなる」

「・・・お前、実は指揮下における人数減らして報告してるって事ないよな?」

 

 陽炎との会話で頭の端っこに棚上げしていた嫌な情報を思い出した中村は肺の中身を全て吐き出すように深くため息を吐いて恨みがましい視線を手すりに持たれている田中へと向けた。

 

「増やせるなら今すぐにでも増やしたいぐらいだよ。お前が限定海域内にいる艦娘を保護するまで俺たちは敵がうじゃうじゃ湧いて来る海域でこの艦隊を守りながら持久戦をしないといけないんだからな・・・」

「はぁ・・・、あのアストラルテザーとか言うのちゃんと使えるんだろうな? あれが俺達突入艦隊にとって文字通り命綱になるんだぞ」

 

 綿津見の後部甲板にクレーンで固定された巨大な重機、忙しなく作業員が最終調整を続けているそれこそが今回の作戦において最も重要な役割を果たすことになる。

 

「理論的にも技術的にも問題無いと聞いている・・・と言うか、主任達が改めて設計を見直した時に言っていたがあれはもともと艦娘に装備させるために造られたような構造をしていたらしい」

「・・・は? なんだそれ?」

「内部の霊的エネルギーを制御するための回路や構造が艦娘の艤装に使われているモノとほとんど同じ仕組みをしていたんだよ。おかげで接続部や外装をちょっと手直ししただけで問題無く運用できるそうだ」

 

 艦娘が造られるよりも前に艦娘が問題無く使える装備が既に造られていたと言う情報に中村は困惑に顔を歪ませて田中を見るが彼は軽く肩を竦めただけでこれ以上は特に何も言う事は無いと態度で示す。

 これの応用次第では前世で見たゲームの中の艦娘のように武装の増強も可能になるだろうと予想する事は技術的には門外漢である中村にでも察することが出来た。

 

「なんか最近の俺達、味方のはずの連中に後出しジャンケンを仕掛けられてるような気がするんだが・・・」

「あれって私達の霊核を海の底から引き上げる時に使ったって言う回収装置だっけ、それを艦娘用に改造するだけじゃなく目覚めたばかりの長門さんに使わせようなんて司令達も無茶な事考えるわね」

 

 スペックの上では戦艦大和と武蔵を二隻同時に引き上げられると言う冗談みたいな強度を持った特殊ワイヤーにマナの伝達を補助する機構が元から組み込まれていたことで綿津見と共に舞鶴の端っこで潮風に晒されていたサルベージユニットは艦娘の艤装に接続して増設する形で運用が可能となっていた。

 

「ほぉ、どうやらこの長門の実力を疑われているようだ。まぁ、今の今まで揺り籠で眠りこけていたのだから無理も無い話だがな」

 

 問題だったのは使用する霊的エネルギーの供給元だったが、それすらも作戦会議が始まる直前に目覚めた数少ない戦艦型艦娘によって解決する。

 170cm半ばある中村達よりも長身で八頭身のモデル体型、そして、ステージを行くモデルのように背筋を伸ばした悠々とした歩き方なのに何故かノシノシと擬音が聞こえてくる迫力を持って今作戦の要が中村達の前に姿を現した。

 

「ひゃっ!? いや、そんな、長門さんの力を疑ってるわけじゃないですよ! その何て言うかですね・・・えっと」

 

 威風堂々と言う言葉を体現した態度と女性としてはかなり筋肉質である事を除けば、ファッションモデルのような長い脚と長身に腰まで届く漆黒の艶髪、凹凸のメリハリがある豊かな胸と括れた腰は非常に魅力的である。

 なのにあまりにも気迫に満ちた男勝りな態度が長門型戦艦を基に産まれた彼女の女性的魅力を皆殺しにして戦士としての威厳が凛とした顔立ちを際立たせていた。

 その為か臍だしタンクトップに股下10cmのミニスカートという妙に露出度が高い服装をしている長門を正面から見ている中村と田中は全くと言って良いほどエロスを感じなかった。

 

「敵地に囚われ顔も分からぬ姉妹の声に呼ばれ、立たねばならぬと調子付いた身ではあるが現代戦では素人であると私自身も理解しているつもりだ。陽炎、作戦行動中の艦隊護衛はお前の力を頼りにさせてもらうぞ!」

「は、はいっ! 長門さんっ! 任せてください!」

 

 田中と中村の説得では艦隊編成に納得しなかった駆逐艦娘はかつてビック7と呼ばれた戦艦からの激励に跳ねるように立ち上がりびしっと背筋を伸ばして下手な自衛官よりも形の良い敬礼をする。

 陽炎に答礼をしている戦艦娘の様子にもう自分達より目の前の長門が指揮官をやった方が簡単に話が進むんじゃないかと思いそうになった中村は意味も無く空を仰ぎ見た。

 

「中村少佐、綿津見の船長から後一時間ほどで作戦海域に入るらしいと聞いた。貴方の艦隊も戦闘待機するから集合すると言っていたぞ」

「はぁぁ・・・観念するしかないか。・・・あとな、しつこいようだけど俺は三佐だ」

「うむ、艦隊の命を預かる指揮官として責任を感じるのは無理のない話だが、部下の前では立場相応の態度を心がけて欲しいものだな」

 

 被っていた帽子を取って軽く苛立たし気に自分の髪を掻き混ぜた中村の態度に長門は小さく眉を顰め、そんな彼女の諫言に敵本拠地への突入部隊の指揮官となってしまった男は気の抜けた敬礼を向ける。

 

「義男、無理に敵を倒す必要はない。俺たちの主目的は囚われている艦娘の救出だからな?」

「まかせろ、戦わずに逃げ回るのは得意だ」

 

 背中にかけられた田中の声に振り返らずに返事をした中村は水密ドアを開けて刀堂博士が設計開発に携わった海洋調査船の中へと入っていった。

 

「ふむっ、現代の日本国軍人とはあのような昼行燈ばかりなのか?」

「やる時はやるけど追い詰められないと実力を出し渋るって意味ではそうかもしれないわ、ですね。すみません長門さん」

 

 そして、耳に痛い話を始めた艦娘の間に取り残されてしまった田中は変に恰好を付け無いで自分も何か理由を用意して相棒と一緒に船内に逃げればよかったと後悔した。

 

「はははっ、構わん。私達には艦種の違いだけで階級に差があるわけでもない、いつも通りに喋ると良い。さて田中少佐、今回の作戦ではこの長門、貴官の指揮に従う事になるわけだが・・・」

「あっ、ちょっと、中村三佐も言ってましたけどね。我々は旧軍風の呼び方されるとちょっと立場的に不味いんですよ」

「ふむ? 呼び方一つ程度でか、面倒な時代になったものだな」

 

 




なお、編成は軽巡と駆逐と潜水艦のみから六隻で行ってもらう。


中村「ふざけんな! 運営絶対に許さねぇっ!!」









2019・2・21
半年近く気付かなかった致命的なミスを修正、修正箇所は諸事情により伏せます。
本当になんでこんな誤字が残っていたのか自分でも信じられんorz。


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第十二話

どんなに絶望的だろうと諦めなければきっと希望はやって来るだって?


良い言葉だ。


感動的だな。



 真っ暗闇の中で島が沈み始めている事に阿賀野達が気付いたのは彼女が普段見張りに訪れる岬から見える浜辺が無くなっていた事からだった。

 そして、何が原因かは彼女達には分からなかったが、コールタールのように黒く澱んだ海面はジワジワとだが目に見える速さで足下へと迫ってきている事に嫌でも気付かされる。

 

「外からの通信が来たの! だから、私達は今から救助との合流地点まで移動しないといけないわ!」

 

 外から流れ着いた機械類を集め夕張が通信機の修理をしていると言う話はスクラップ置き場のような島の拠点にいる艦娘全員が知っていた。

 その彼女が言い放った言葉に身を寄せ合い不安に押しつぶされそうになっていた駆逐艦娘達が歓声を上げて仲間同士で喜びを分け合う様にはしゃいだ。

 拠点すら失いいつ暗闇に引きずり込まれるかもわからない暗黒の海に放り出される恐怖が溢れそうになるよりも早く告げられた希望が多くの艦娘の心を支える。

 

「では、霊核を一つのコンテナに集めて海に出る準備をしましょう。不要なものは出来るだけ減らして運ぶ糧食も最低限にしてください。・・・名取さんその子達の指示をお願いできますか?」

 

 夕張の言葉を引き継ぐように神通が手早く指示を飛ばし、助けが来る知らせを喜ぶ数人の駆逐艦娘に抱き付かれてオロオロしていた目元を包帯で巻いた軽巡洋艦娘へと声を掛ける。

 

「えっ、わ、私ですか・・・でも、私・・・目が」

「名取さん私達もお手伝いしますから一緒にがんばりましょう」

 

 大人しく内向的な性格をしている長良型軽巡の三女は神通からの指示に身を縮めて顔の上半分を隠している包帯を掻くように触れたがその手は横から伸びてきた若草色の長い三つ編みを揺らす駆逐艦娘の手に取られた。

 そして、生存している十数人の艦娘のほぼ全員が身体に何かしらの負傷や障害を持っているが彼女達は気丈に進むべき場所への準備を始める。

 

「夕張・・・ホントはさ、通信なんか来てないんでしょ?」

 

 その場から少し離れた場所で見ていた阿賀野は自分が使っているコンテナに向かう為に近付いてきたらしい夕張に声を潜めて問いかける。

 

「・・・そうでも言わないと、私達、もうどうにもならなくなっちゃうじゃないっ」

「そう、だね・・・ホントにどうしようもないね」

 

 一番丈夫そうで気密がしっかりしているコンテナに少女たちは大げさに声を上げ引き攣った笑顔を無理やり浮かべて仲間の霊核が入った瓶や非常食を運び始めている。

 わざわざ聞かなくともここにいるほぼ全ての仲間たちは夕張のどうしようもない嘘に気付き、それでも彼女の言葉に縋って沈み始めた島からの脱出を決心している事は明白だった。

 

「私も霊核と通信機運ぶから・・・阿賀野も妹ちゃん達連れて来なさいよ」

「・・・恨まれ役は辛いだけだよ、夕張」

 

 自分達が使っているコンテナへと歩いて行く夕張の背中に向かって阿賀野は掠れた呟きを漏らした。

 

「それでも誰かがやらねばならない事です。元より夕張さんだけに任せるつもりはありませんよ」

 

 少し騒がしくなり艦娘達が運ぶ霊核の灯りで少し明るくなった拠点を背に神通が阿賀野に歩み寄ってくる。

 

「阿賀野さんお願いがあります・・・あそこまでの先導を、私は他の子が逸れないように周囲の警戒につきます」

 

 深海棲艦が作ったらしい渦に飲まれて気付いた時には太陽の光すら届かない奇妙な海へと堕ちた阿賀野は自分よりも先に此処へ来ていた仲間達と合流してからこの海域からの脱出方法を調べる為に何度か有志を募って遠出をした事があった。

 

「うん、壁まで最短で行ける方向はちゃんと覚えてる。阿賀野があの子たちをあそこまで案内するよ」

 

 その結果は散々な結果で、敵に追い回されて逃げ出すだけを繰り返すならまだしも必死に仲間と肩を貸し合って辿り着いた黒い海の端には歪な岩壁が果てしなく広がる光景だけだった。

 その探索の中心となっていた重巡洋艦娘は満身創痍で拠点の島へと帰還した後、意気消沈する探索隊の全員が彼女から少し目を離していた間に姿を消した。

 

 阿賀野が気付いた時には姉妹艦の霊核が眠るコンテナの壁に石で引っ掻いたような字で謝罪の言葉を繰り返しが並び、その傍の地面にはさびたナイフと脱ぎ散らかされた紫色の衣類、そして、重巡洋艦であった妙高の霊核がぼんやりと青白く光りながら転がっていた。

 その残酷な結果を知る艦娘も探索で負った怪我の悪化や自害によって今では阿賀野と神通しか残っていないありさまとなっている。

 

「やだなぁ・・・あの子たちに恨まれちゃうの」

「私だって嫌ですよ、こんな役回りで果てるなんて・・・」

 

 責任を押し付けるように楽になった仲間達へと二人が呻くように愚痴を吐いたからと言って迫りくる水位の上昇は止まってくれるわけではないらしい。

 黒い海が小さな島を蝕むように迫る中で阿賀野は自分の妹たちや夕張が運ぶ通信機や機械類を運ぶ手伝いを始める。

 名取を中心に動いている駆逐艦娘達のいるコンテナは流れ着いた廃材で補強と浮きを付けられて浸水はしない程度のお粗末な船となり、足や聴覚視覚を失い自力で航行できない艦娘と物言わぬ山ほどの霊核がそれに乗り込んだ。

 全ての準備が終わった頃には陸地は見えなくなり拠点の周りは黒い海面が揺れる浅瀬となっており艦娘達はロープやコンテナそのものを掴んで真っ暗闇の海へと漕ぎ出す。

 

・・・

 

 この世界に神様がいるのなら酷く性格が悪い存在なのだと私は改めて理解する事になった。

 ただ真っ暗闇の眠りの中で朽ち果てるように死ぬのではなく、もっと苦しんで死ねと言っているのだから酷い以外の言葉が出てこない。

 浮きになるものを所狭しと取り付けた二つのコンテナを引っ張って沈んでいく島から離れた私達を待っていたのは普段は島の近くに現れない妖しい光を目に宿した複数の巨体だった。

 

「皆、光を漏らしちゃダメだよ・・・なるべくゆっくり静かにね・・・」

 

 羅針盤も無いのに艦娘となった私には普通の人間とは違い目印が無い状態でも方向を見失わない。

 そんな能力が備わっていたおかげで前に妙高さんと一緒に行った黒い海の端っこまでは迷わずに向かえそうだけど。

 阿賀野達がこんな場所に来ることになった原因である深海棲艦、夢の中で矢矧達が駆逐イ級や軽巡へ級と呼んでいたモノや他にも歪な形をした艦影が遠く近くまるで逃げた囚人を探し回る看守のようにノロノロと動き回っている為にその歩みは遅々として進すまない。

 

「大丈夫だから・・・」

 

 ふと耳を澄ませば雷のような音や大きな獣が唸るような音がはるか遠くから聞こえてくるようで、普段は騒がしく元気を分けてくれる駆逐艦の子達は運んでいるコンテナに抱き付くように身を縮めて風の唸りに表情を強張らせている。

 頼りになるのは先導する私の指先に灯した小さな光とこの暗闇に落ちる前に深海棲艦の攻撃で失明してしまったと言う名取ちゃんや怪我を負っている子達が乗っているコンテナから洩れる霊核の灯だけが私達の影を黒い海に揺らめかせていた。

 

「あと少しだから・・・」

 

 敵艦をやり過ごし、何度も針路を変え、狭いコンテナに乗せれる程度まで減った残り少ない保存食を分け合いながら目指す方向へと私は皆を連れて行く。

 

 何時間、何十時間経ったのだろう。

 

 お腹がすぐに空く事もあれば何時まで経っても眠くならない事もあるこの奇妙な空間は正気を削られる事も当たり前だったけれど今はあまり眠くならないお腹も減り辛い事に感謝した。

 

「・・・行き止まりっぽい?」

 

 嗚呼・・・そして、私は仲間達をここまで連れて来てしまった。

 

 果てなく何処までも上と横に広がる巨大な黒くごつごつした岩肌の壁を見上げて金髪碧眼の駆逐艦娘、夕立ちゃんが顔を青くして微かに波打っている黒い海の上で立ち尽くした。

 ほとんどの艦娘が似たり寄ったりな表情を浮かべ、遠く近く聞こえてくる鈍い音に震えあがって姉妹で抱き合いながら岩場にへたり込んだ。

 その中には既に事情を察してコンテナに寄りかかり諦めに脱力した笑みを薄っすらと見せる子もいる。

 ドォンドォンと何かの鼓動のように遠く近く響く音、泣きわめくような事をする子はいなかったけれどもう不安と恐怖に心が折れてしまった私達は海の上に浮かぶだけの弱い生き物になり下がっていた。

 

「・・・応答を願います。お願いです。私たちは此処にいますっ・・・」

 

 コンテナの中で夕張が結局直せなかった通信機のマイクへとうわ言を繰り返すように名取が呟いている音だけが妙に大きく耳に届いたけれどもう私の心はその女々しさに苛立ちすら感じる事を放棄してしまったらしい。

 不意に発砲音と黒い波が私達のいる壁際に押し寄せ、悲鳴を上げた仲間達がコンテナや岩場にしがみ付いて海に流されないように飲まれないように耐える。

 

「・・・あぁ、見つかっちゃったんだ」

 

 いや、違うかな。わざと見つけていないフリをしてネズミの様に逃げ惑う私達を揶揄って遊んでいたのだろう。

 

 遠く見える場所から小さな影にしか見えない深海棲艦の赤や緑に光る眼だけは暗闇だからかギョロギョロ動かしている様子がよくわかり、その口や身体から生えた大砲が私達のいる場所を狙っている事は簡単に想像できた。

 もはや此処まで、むしろ私は此処までよくぞ耐えたと自らの精神力を大袈裟に褒め称えながら最後の気力を振り絞り海面に立ち上がる。

 

「何処に行くんですっ! 阿賀野さん!?」

「・・・私がここから離れて精一杯光れば、もうちょっとだけ皆の時間が稼げるでしょ・・・?」

 

 コンテナや仲間達から離れるように脚を動かし始めた私の動きに気付いた神通さんが血相を変えて声を上げるけれど、私は振り返らずに迫りくる敵へと向かう。

 連続する発砲音の後に振ってきた砲弾は私達とは随分と離れた場所に落ちて水柱を高く上げ、弄ぶ意志が透けて見える砲弾が落ちる度にうねる大波が足を引っかけるように絡んで私は何度も無様に転げる。

 

 もう最後だからという諦めの感情と最期まで戦えと言う艦娘としての本能に身体を突き動かされ、ワザと照準をずらして慌てふためく私達を弄んでいる事が分かる性格の悪い連中への怒りを漲らせて身体全体へと光を広げていく。

 

「死んだって負けてやるもんかっ! 阿賀野型は最新鋭でっ! 次世代水雷戦隊の旗艦でっ!! 私はお姉ちゃんなんだからぁっ!!」

 

 もう恥も外聞も関係なく感情のままに喚き散らして体そのものを探照灯に変えるぐらいの意気で光と力を漲らせる。

 

「そうですね、私も華の二水戦を預かっていた旗艦として、川内型として恥ずかしい真似は出来ません」

「素敵なパーティ始めるっぽい? 夕立も、やるよっ」

 

 泣き喚いていた私の背中にトンッと優しく手が添えられ振り向いたそこには私と同じように身体を輝かせた神通さんや夕立ちゃん達が立って苦しそうに恐怖を押し殺して微笑んでくれていた。

 ドォンドォンと遠く近く砲撃の音が近づく、足下の波が衝撃で揺れビシッピシッと背後の壁が異音と共に欠片を振り撒き無数の波紋が黒い海面にできては消える。

 

「此処にいますっ! 私たちはここにいます!! 助けてくださいっ!!」

 

 目が見えなくても動けなくても、少しでも助けになろうとしているのだろうか、必死にコンテナの中で叫ぶ名取ちゃんの声が此処まで聞こえてくる。

 

 気付けば戦えない仲間が乗っているコンテナを半円形に囲むようにぽつぽつと光を身体に宿して立ち上がる仲間達の姿が見えた。

 

 皆も私と同じように深海棲艦なんかに負けたくないと必死に戦っている事が何故か嬉しくて此処に落ちてから不安や恐怖と仲間を失っていく悲しみでもう枯れてしまったと思っていた涙が止め処なく頬を濡らしていく。

 どんどん近くへと降ってくる敵の砲弾の水柱や波に翻弄されながら私は神通さんと夕立ちゃんに身体を支えられ、支えながら最後の時まで身体の中の力を全てを使い尽くすように光る。

 

                         “神通、来るよ・・・”

            “夕立・・・諦めないで”

“大丈夫だよ・・・お姉ちゃん”

                            “しっかり・・・阿賀野姉っ”

 

 上も下も分からなくなるぐらいの大波に翻弄されてついには居なくなったはずの懐かしい声の幻聴まで聞こえ始めた私はふと遠く近く響いていた音が真後ろからも聞こえてくる事に気が付いた。

 でもそんなはずはない、だってここから先はもう行き止まりで、いくら頑張っても乗り越えられない黒い壁がそそり立っているんだから。

 

「そうですっ! ここに、私達は生きてますっ! だからっ助けてくださいぃっ!!」

 

 どれほど力を振り絞っていたのだろう?

 

 目と鼻の先に着弾した砲弾の水柱に飲まれ、波に押し戻されて抱き合っていた仲間と引き離され岩場に打ち付けられ、私はもう指先を光らせる程度の力しか残っていない身体を海面から突き出た岩に横たえた。

 

 少し遠くに見えるコンテナから聞こえてくる名取ちゃんの叫びが妙に耳にこびりつく。

 

 誰と話しているのだろう?

 

 あの通信機は結局は動かなかったと、直らなかったと夕張本人から聞いていた。

 

「な、とりちゃん・・・? みんな・・・」

 

 怠くて仕方ない身体を動かして見ればコンテナに張り付きながら手足を仄かに光らせている手先が器用な軽巡の友人が霊核が積まれた内部を覗き込みながら驚愕に顔を歪めている。

 

 何をそんなに驚いているのだろう?

 

 だけど光る力も使い果たした私は彼女達に何が起こっているのかと問いかける声を出す気力すら無かった。

 ガツンッガツンッと背後の堅牢な壁が震え細かい欠片がその下に倒れている私達の上に降り注ぎ、硬い岩の上で身体を丸めてぼんやりと岩場にコツンッコツンッと落ちてくるそれを見ていた私は不意に思う。

 

「・・・なんで、敵の砲撃は壁に当たって、無いのに・・・壁が揺れて、るの?」

 

『ガガッ、ビッジッ・・・ジジッれぇっ! 艦隊のアイドルッ!!』

 

 身体を起き上がらせることも忘れて呆然としていた私の耳にコンテナの方で上がった激昂したように叫ぶ男の人の声が飛び込む。

 

 あり得ない。

 ここにいるのは艦娘である私達と迫りくる深海棲艦だけのはずなのに。

 

 その直後、一際強くビリビリと肌を震わせる振動が駆け抜け、砕け散った壁の残骸が空中で散る雪のように細かく飛び、その発生源である10mほどだろうか、高い場所にある壁から私達が身体に宿していた光と同種だと分かる輝きが辺りに振り撒かれた。

 

『要救助者を確保し脱出までの時間を稼ぐっ! もうまともに戦闘できるのはお前しかいないっ、凌いでくれ、那珂っ!』

 

《こう言うのは那珂ちゃんのキャラじゃないんっ、だけどねぇっ!》

 

 バキバキと外側から伸びてきた巨大な手が私達を閉じ込めていた壁を引き裂くように砕き、黒鉄の脚甲に包まれた革靴が穴を広げるように黒い壁を蹴散らし黒い岩肌を踏み割る。

 

《皆、遅くなってごめん・・・でも、助けに来たよぉ!!

 

 見上げるほどの巨体を持った女の子、オレンジ色のセーラー服に焦げ茶色のスカート、片方だけ解けてしまっているお団子頭の下に覗く顔立ち。

 所々破れた服装も煤に汚れた顔も大げさに張り上げた声も神通さんと似通っている女の子は傷だらけの姿で私達の前に現れた。

 

「ぁ、あぁ・・・ぅっううっ!」

 

 もう、赤ん坊のような鳴き声で呻く事しかできない。

 前が見えないぐらい涙で水浸しになった視界の先にあるモノが現実なのか私にはもう分からない。

 

 助けに来てくれたと言うビルディングみたいに大きな身体の女の子はちょっと見ただけでも分かるぐらいに傷つき、両手の腕部に並ぶ単装砲は大部分がひしゃげて中には原型が無くなるほど壊れている。

 

 ただそんな状態になってまで助けが来てくれた事が、私達が外の世界に見捨てられたわけじゃなかった事が分かった事がひたすら嬉しかった。

 

「あ、阿賀野さんっ! 神通さんっ! ホントに、ホントに助けが来てくれたっぽいぃ!!」

 

 すぐ近くの岩の上でへたり込んでいた夕立ちゃんが顔いっぱいに笑顔を浮かべて叫ぶように歓声を上げ、それを聞いた全員が壁の向こうからこちら側の海へと着水した那珂ちゃんへと視線を集中させる。

 

『聞こえるか! もうすぐ迎えが来る、それまで俺達が君達を守るために敵の攻撃を防ぐ。その間に一か所に全員で集まってくれ! お互いここで逸れたら後がないぞ!』

 

「は、はいっ! 皆さんっこっちに! 集まってください、動けない子に手を貸してあげてぇっ!」

 

 通信機の向こう側から聞こえる男の人の叫び声に従って名取ちゃんが周りのみんなへと届ける為に今までにない大きな声を上げた。

 さっきまで全力で光を放っていた仲間達が疲労の滲む足を動かして必死に手をつなぎ合い肩を貸し合って通信機が積まれたコンテナの周りへと集まっていく。

 私も何とか手を岩に突いて起き上がろうとしたけれど完全に力を使い果たした腕は力なく震えるだけでまともに動いてくれそうも無かった。

 

「阿賀野さんっしっかりっ! 手をこっちにっ!」

「神通さんは夕立が連れてくっぽい! 春雨も急いで!」

 

 慌ただしく駆け寄ってきた白露型の姉妹が私や近くで倒れていた神通さんの身体を支えて暴れるように波打つ海面を頼りない足取りで進み皆が集まっているコンテナまで運んでくれる。

 疲労感による怠さと眠気に襲われ始めた私が何とか首を動かして私達を助けに来てくれた神通さんの妹へと視線を向けると、その先で深海棲艦が撃った禍々しく燃える砲弾がいつの間にか那珂ちゃんの片手に握られていた巨大でキラキラと輝く短刀で切り払われて砕けて消えた。

 

「・・・あぁ、なんだ・・・私達が見ていた夢は、夢じゃなかったんだね・・・」

 

 コンテナまで辿り着いた春雨ちゃんの手から私の身体が夕張の手で霊核の光で満ちた内部へと引っ張り込まれて寝かせて貰ったところで瞼が勝手に閉じ意識が夢の中へと引っ張られていった。

 

 願わくば、これが今際の際に見た幻想でありませんように・・・。

 




 
そう、諦めなければ希望はやって来る。

心の底からその通りだと言わせてもらおう。

反撃の狼煙はとっくの昔に上がっているのだからっ!
 


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第十三話

途中の海域攻略の様子が無いだって?

自分で艦これにログインしてイベント海域に乗り込めば好きなだけ体験できるよ?

皆も甲作戦に挑戦しよう。

私は丙と丁に逃げるけどな!


今回予告

    上から来るぞ! 気を付けろぉ!


 この救出作戦そのものは簡単に言ってしまえば三つの段階に分かれている。

 限定海域の奥に囚われているであろう艦娘達の居場所を突入部隊が特定し合流する第一段階。

 霊力を利用した識別信号を海上の艦隊に護衛されている霊的力場に対する高精度探知を可能とする綿津見にまで届ける第二段階。

 そして、最終段階として綿津見から受け取った位置データーを元に海上から長門がアストラルテザーを限定海域へと打ち込み突入艦隊と要救助者を回収すると言うものだった。

 

 戦艦級の霊核が作り出す出力で強化されたサルベージアンカーは強固な限定海域の外壁を打ち抜き、主任達の改良によって特定された艦娘の霊核の反応を追い磁石の様に吸い付けられ俺達のいるここまで辿り着く。

 

 もっともこれは主任を筆頭とした鎮守府の研究員の言っていた計算結果を全て信じるならばと言う前提条件が付いているが。

 

「識別信号は最大で発信している。後は上の連中が俺達を引っ張り上げてくれるまで持つかどうかかっ!?」

「そこは持たせるって言って見せないさいよ、情けないったらっ・・・ないわねっ・・・」

 

 血臭で満ちた艦橋でガンガンと頭の中を直接殴られているかのような頭痛に意識が持っていかれそうになるのを俺は下唇を噛み切りながら耐える。

 顔の半分を赤く腫れあがらせボロ布になった服を傷だらけの未熟な体に纏わりつかせた霞が血まみれの手で足場の手すりにしがみ付きながら呻いた。

 

「むりなさくせんはぁ、いやだぁ・・・すごくいやっ・・・」

「すみません司令官っ、つぅっぐっ・・・」

 

 死屍累々とはこの事か、限定海域への突入艦隊として参加した全員が今では満身創痍で半裸を晒しているが、その全員が血まみれでその肌の所狭しと青あざ蚯蚓腫れが刻まれている為に劣情なんて感じる余裕も無い。

 今、旗艦として戦っている那珂だけが唯一膝を折る事無く立ってくれているが、両腕の主砲は全て破壊され、腰に装備された魚雷管は左側が内部から破裂したように鉄くずになっている。

 右側の魚雷は壁の向こうへと突入する際に全弾を撃ち切ったために再装填まで十数時間かかると無情な数字がコンソールパネルに浮かぶ。

 那珂が装備している現在唯一の攻撃手段である接近戦用の短刀はここに来る前に遭遇した戦艦級の首を掻き切った時にケミカルライトのように輝く刀身に大きなヒビが出来てしまい使用限界が近い事を知らせている。

 

「てーとく、ゴーヤの魚雷さん、後一発ぐらいなら撃てるでちぃ」

「そう言う、セリフは服着てから言えっぁぁ、くそっ、あったまいてぇ・・・」

 

 飛んでくる深海棲艦の砲弾を那珂が前傾姿勢で迎え撃ってヒビだらけの短刀で切り払う爆音が何度も艦橋を揺らし、眼下では幸運にも調査の際に受けた通信電波から計測した予定地点よりも近い位置で発見できた艦娘達が自分達で運んできたらしい錆びたコンテナに集まっている。

 元々が水着だけという格好だったためか道中の過酷な爆雷攻撃で素っ裸になった桃色髪の潜水艦娘が血まみれの身体を円形通路に倒れ伏しながらも継戦の意志を告げてくるが俺達の状況は魚雷一発で変わる状況でもない。

 

「何・・・? あいつら急に陣形を変えはじめ・・・っ!?」

 

 迎えが来るまで耐えるしかないと歯を食いしばって目の前で赤く染まり始めた全周モニターを睨むと深海棲艦の群れが砲身をこちらに向けている闇が満ちた黒い海のさらに向こう側から妙に白い何かが頭を出してきた。

 

「おいおい・・・ここに来て、姫級かよ。ははっ、なんだよ想像してたのより随分とグロテスクな面をしてるじゃないか」

「しれぇ、わらえないよぉ、これはわらえない・・・なにあれぇ・・・」

「姫級って、最強クラスの深海棲艦に付けられるっていう・・・あんなに大きいの・・・?」

 

 水平線と言うべきか、闇と闇の間から這い出てくると言うべきか、全体的に病的な死蝋を思わせる白い身体にずんぐりむっくりな等身は遠目には幼児にも見えるそれが黒い海の底から姿を現す。

 頭から生えた黒い角やドロリと粘性を感じさせる濁った目が宿す赤い光、白い水掻きで歪な指を繋げた手がひっかく様に黒い海面を自分の同類ごと抉りながら四つん這いで近づいて来るそれは、誰の目にも人外として映るだろう。

 身体を包むような白い長い髪、子供のような等身、ギョロリと開いた赤い目に尖がった黒い一対の角、艦これでプレイヤーの人気を集めた敵である北方棲姫と呼ばれた深海棲艦のエリアボスと似通った特徴を持っている。

 とは言え、特徴が同じであってもその全体像が蛙のような両生類に近い造詣をしている為に可愛げなど欠片も無くひたすらグロテスクな怪物と化しているが。

 

『さすがに・・・那珂ちゃんピーンチ? あははぁ・・・』

「・・・頼むっ、後少しのはずなんだっ、耐えてくれぇっ」

 

 クジラのような低く遠くまで響く咆哮が水平線で四つん這いになった怪物の口から放たれ、艦橋に那珂の乾いた笑いが伝わり、その場にいる全員が顔を真っ青にして震えあがる。

 

「ぇぁっ?・・・冗談だろ?」

 

 咆哮を合図に白い怪物の背中から巨大な歯が並ぶ口だけが付いた球体が幾つか飛び出し、姫級深海棲艦の背中と赤黒い触手で繋がった球体の一つが凄まじい速度で俺達にいる場所へと撃ち出された。

 

「那珂ッ、止めろぉっ!! 避けたら下の子達が巻き込まれるっ!!」

 

≪プロデューサーさんっ、無茶言わないでよ!! ・・・もぉおおっ!!≫

 

 巨大な口を開き赤黒い触手を蠢かせる巨大球が十数キロ離れた場所からものの数分で俺達の目前まで迫り、端末でしかないくせに下手な深海棲艦よりも巨大なそれを前に那珂と俺は絶叫する。

 衝突の瞬間、理不尽に対する怒りに満ちた那珂の叫び声とベキンッボキンッと硬いモノが砕ける音、横揺れの振動が艦橋を襲い指令席や手すりにしがみ付いている俺たちは振り回され、全周モニターの右半分がブラックアウトした。

 

「那珂ッ、無事かっ!?」

 

≪無事じゃないけどぉ、ここまで来て今さら路線変更なんて出来ないでしょ。アイドルはぁ、ファンの子達の期待を裏切れないんだからぁっ・・・!≫

 

 コンソールパネルに映る立体映像の中で那珂の顔の右側と右腕が肩先から抉れるように喪失し、狭くなったモニターの中で今使える最後の武装だった短刀が砕けてキラキラとその破片を黒い海面へと散らせていく。

 飛んできて那珂が右半身を犠牲にして受け反らした口だけの怪球体が壁にめり込んだ状態から逆回し映像の様に姫級と繋がった触手に引っ張られて海面を割る様に戻っていく。

 

「・・・と言うか、アレ、あんななりして砲弾か何かだったのかよっ!? くそったれ!!」

 

 苛立ち紛れに叫ぶ俺の目に姫級へと戻る途中でその触手と球体の質量に巻き込まれた数体の深海棲艦が粉々に砕けたが今の状況では何の慰めにもならない。

 

「なんだよ、虫の羽を捥ぐ子供かなんかか・・・嗤ってやがる」

「本当にムカつくわね・・・上部兵装が残ってたら砲弾の一発でもお見舞いしてやるのにっ・・・」

 

 突入艦隊の一人として参加していた長良型軽巡である五十鈴が痛みに震える身体に鞭を打って手すりにしがみ付き、血まみれ顔でモニターの遠く向こうに見える白い怪物へと怨嗟の声を向ける。

 主砲も魚雷も無く砲撃を切り払い耐えてくれていた武器ですらたった一回の衝突で砕け散った。

 そんな這うような動きなのに明らかに周りの深海棲艦よりも早く俺達の方へと近づいて来る白い怪物が目を爛々とぎらつかせ高く伸びる襟元に隠れていた口が耳まで裂けて闇色の半月が白い貌に浮かぶ。

 

 刀折れ矢尽きたとはまさにこの事なのだろう、諦観に脱力して指揮席へと身を沈めた俺は真っ暗闇の天井を仰ぎ見た。

 

「・・・ぁぁ、まったく・・・遅すぎるだろ・・・」

 

 自分の眷属すら路傍の石ころの様に跳ね飛ばしながら近づいて来る姫級の姿に艦橋の外、コンテナの周りに集まっている艦娘達の悲鳴が聞こえてくる。

 這い進みながらさっきと同じように背中から伸びた触手に繋がった白い球体をこちらへと放とうとしている蛙面の姫級へと突入艦隊のメンバー達は悔しさに満ちた表情で歯を食いしばり視線を向けていた。

 

「くっそ出来過ぎなタイミングに・・・現実はっ、アニメじゃねぇんだぞぉ!!」

 

 その場にいる俺以外の全員が今までにない強力な深海棲艦へと畏怖の視線を向ける中。

 

 俺は天井から落ちてくるそれへと叫び声をあげる。

 姫級の背中から放たれた白い大質量の突進が100mほどまで迫った瞬間。

 

 白く輝く巨大な錨が暗黒の海を割る様に俺達の目前に落ちて目が眩むほどの閃光を放った。

 

 錨とワイヤーを伝って放たれた光と巨大な質量を持つ怪球体との間で言葉にしようがないほど壮絶な衝突音が周囲にまき散らされる。

 だが、不思議と艦橋にも足下の艦娘達にも何に一つの影響も与えなかった。

 

『随分と待たせてしまったようだ。なればこそ、この戦艦長門の力っ! 刮目して見ているが良い!!』

 

 艦橋やコンテナの通信機に勇ましい気迫に満ちた声が届き、海上からアストラルテザーで繋がっている長門の宣言にその場にいた艦娘達が一瞬の忘我の後に歓声を上げる。

 真昼の太陽のような輝きを放ち暗闇を照らす錨を中心に直径数十mの円が生まれ、那珂の巨体やコンテナごと艦娘達を包み込み円は輝く膜を広げて球体へと変わっていく。

 明らかに状況が変わった事を察したのか攻撃の頻度を上げて襲い掛かって来る姫級や深海棲艦の砲撃はアストラルテザーが発生させた力場に阻まれてはじき返される。

 

「ひゃ、なんでっ!? きゃぁっ、司令官見ないでくださいっ!?」

「安心しろ吹雪、もう、俺、そういうの楽しむ余裕も無いから・・・な」

「どう言う言い方ですか、それっ!?」

 

 完全な球体となった光りの結界の中で重力から切り離されたようにふわりと周囲の艦娘やコンテナが満身創痍の那珂の周りに浮かび上がり、全員がキャアキャアと戸惑う声を上げてコンテナから零れ落ちたらしい青白く光る瓶や仲間を抱えている。

 艦橋の中でも俺や艦隊のメンバーが流し散らした血が紅い水玉となって無数に宙を漂い、床に倒れていた吹雪達が衣類の破れ飛んでいるあられもない姿で指令席の周りに浮かび上がった。

 いろいろと女の子として隠さなきゃいけない部分が丸見えになっているのだろうが貧血と頭痛で歪む俺の視界には艦橋内に浮かび上がる吹雪達の身体は布切れと赤と肌色が多いぐらいの判断が出来ず、ただ指揮席の上で浮遊感に身を任せた。

 

『ビック7と呼ばれた長門型の出力、侮ってくれるなよ!』

 

 ガクンと輝く錨が震えて上昇を始め、黒い海から真っ直ぐ上へと引っ張り上げられていく。

 

「遅れてきたくせに、引っ掻き回してくれるなっ・・・吹雪こっちだ、掴まれ」

「ひゃぁっ、司令官っ!? ぁ、す、すみません・・・」

「やだっ、痛いじゃないっ! もぉっ、全員、何でも良いから掴んで身体を固定させてっ!」

 

 突然に発生した疑似的な無重力と変化した慣性の影響か目の前で浮いてた吹雪の身体が俺の上へと流れてぶつかり、仕方ないので少女の脚を捕まえて引き寄せれば血まみれになった俺の士官服を握り込んでその身体が膝の上に収まった。

 コンソールパネルにぶつかって呻きを上げた五十鈴がパネルに丸見えな胸を押し付けるように抱き付きながら周りの仲間達へと警告の声を上げる。

 

「ゴーヤの水着がぁ、ホントに裸になっちゃうよぉっ!?」

 

 首と足に纏わりついただけの布切れは水着なのかは議論の余地があるが猫の様に手すりの上部に抱き付いている伊58に関しては戦力にはならないが精神的に余裕がありそうだった。

 

「うぇぇ・・・もぉだめぇ、頭ふらふらでなんか身体までふわふわしてる気がするぅ~・・・」

「時津風っ、だらしないったら! こっちに手を伸ばして掴まりなさいよっ!」

 

 モニターの上部まで流されに目を回しながら無気力にべったりとくっ付いている時津風、それを霞が引っ張り下ろそうと手すりに足を掛けて手を伸ばしている。

 ドンッと鈍い衝撃と共に階層同士の隔たりがアストラルテザーの衝突で突き破られ周囲の闇が薄まり、俺達が最終海域へと下りる前に散々苦労して通った場所へと簡単に飛び出し、たまたま近くにいたらしい重巡リ級が光に跳ね飛ばされて砕け散った。

 

『プロデューサーさんっ、ちょっとヤバいみたいだよ・・・あれ・・・』

「・・・なんだよ、玩具を取られたような顔しやがって、しつこいヤツだな・・・」

 

 戦艦長門の力技でぶち破った階層の壁の穴へと噛みついた白い球体に引っ張られるように姫級の蛙面が上階層へと顔を出し、呻き声を上げる俺達へと溢れんばかりの負の感情を宿した恨めしそうな赤い目が睨み上げる。

 俺達を運ぶ結界では無くそれを引っ張る超強度のワイヤーへと怪球が飛びかかりぞろりと並んだ牙が噛みつき、姫級の背中の触手と長門の綱引き状態となってしまった。

 

『むっぉ、なんだ・・・急に抵抗がっ! 何が起きている!?』

 

 長門が供給するエネルギーによってワイヤー部分の強度も強化されていると言う話だったがさすがに巨大な口と牙を備えた怪物の攻撃は想定されていないらしく、怪球体の牙の間から金属が削れるようなガリガリと言う音が俺達のいる場所まで伝わってきた。

 

『ええい、動けっ!! 何故動かんっ!?』

 

 さっきまでの堂々とした長門の声が困惑に揺れて息む様子が通信機から聞こえた。

 

「・・・ここまでかっ・・・? く、ははっ、マジかよ・・・」

 

     “ ・・ ”                       “・・・っ”

“ ・・・ ”       “・・・夕雲姉さん達をお願いします”

 

「ちょっと、気でも触れたわけ!? 笑ってないで何とかする手段をっ!」

 

“慌てないで”

            “大丈夫だよ”

「・・・えっ? なに、声が・・・」

 

   “空に”            “・・・僕らも”

         “ 光りが・・・ ”            “・・・”

 

 そして、敵のあまりの執念深さにはもう称賛の言葉すら出てきそうになった俺の目が不意に那珂の現在の状態を浮かび上がらせている立体映像へと吸い寄せられる。

 

              “私の力も使ってっ”        “負けるなっ”

     “・・・っち、私達も”       “はいっ、・・・さん”

 

 彼女の最後の武装である右舷魚雷管、那珂の霊力不足で再装填まで絶望的な時間を要求していたカウントタイマーがまるで早回しのようにその数字を減らしていく。

 

        “帰るんだ、鎮守府に”

 “皆で”                        “やっつけちゃえ”

 

 半分がブラックアウトしたモニターは青白い光に満ち、その発生源である様々な形の瓶に入った水晶体を抱えた艦娘達が驚愕に目を見開き、その手の中の瓶から溢れる光が収束するように那珂の魚雷管へと注がれていく。

 

「何が、どうなってるのよ・・・?」

            “・・・任せといて! 五十鈴” 

「長良っ? あれっ私、今、何て・・・」

 

 何時か聞いたようなシャッシャッと何かが高速回転する様な摩擦音が艦橋で繰り返し、たくさんの声が自分たちの力を使えと一斉に叫ぶ。

 那珂の腰に残った最後の魚雷管から伝わって来る唸るような音と渦巻くように纏わりつく光の粒子が魚雷の装填完了を知らせた。

 

「はははっ! ここで雷撃カットインかよっ! 出来過ぎにもほどがあるなぁっ、おいっ!」

「これが、司令官の言ってた。 雷撃、カットイン・・・?」

 

 二つ目の触手と球体がワイヤーへと噛みついた事でアストラルテザーの上昇が止まり、俺達は姫級深海棲艦が身体を這い出させようとしている大穴が開いた黒い海を中空から見下ろす。

 

「あんなにデカい目をして見てるんだっ! 見せつけてやれよ、艦隊のアイドルっ!」

 

 その青白い光と願いを叫ぶ声が渦巻く結界の中、中心にある錨に手を掛けて身体の向きを調整した那珂の腰で高圧縮された艦娘の力を溜め込んだ魚雷がその穂先を姫級へと向け、俺は魚雷管の発射ボタンへと手を掛ける。

 

≪那珂ちゃんセンターッ、一番の見せ場です!!≫

 

 結界の中で浮いた多くの艦娘達に囲まれた那珂の腰から放たれた輝く魚雷、四連装魚雷管からまるでミサイルのような初速で飛び出したそれは結界の光を何の抵抗も無く通り抜けて落下エネルギーをもその身に蓄える。

 そして、砲撃を上回る速度で暗闇を切り裂いて四本の光が俺達を見上げる姫級の目や額へと突き刺さり、直後にその顔を強烈な閃光で塗りつぶして消し飛ばした。

 

「ざまぁみろ・・・ははっ・・・」

 

 白い怪物が砕けながら奈落に落ちたと同時にブチンと姫級の背中に繋がっていた触手が千切れ、大きく口を開けた怪球体が砕けながら糸の切れた凧のように頭だけでなく上半身まで破壊された砕けていく主を追って黒い海へと落ちていく。

 そして、抵抗が無くなり魚雷の爆風が手伝ったのか、それとも長門が溜め込んでいた力を解放されたのか急激な加速で上昇が再開し、膝の上に血まみれの吹雪を乗せたまま俺は指令席に押さえつけられる。

 

(もう二度と、こんなバカみたいな作戦なんかしてやるかよっ・・・)

 

 こちらに抱き付いてきた吹雪の身体を抱きしめ返しながら霞んでいく視界、俺が見上げた先にアストラルテザーが海上からの突入の際に開けたらしい穴を中心に壁の崩壊が始まり滝の様な海水が限定海域を埋め尽くすように流れ込んでいる。

 その海水の滝中へと引っ張り込まれた俺達を包む結界が容赦なく外と内を隔てる最後の壁に叩き付けられ、その激しい振動と鈍い衝撃に俺は目を閉じた。

 

・・・

 

 私を眠りから引き戻したのは瞼の外から差し込んでくる温かい光、耳に届くザザァザザァとさざめく潮騒の音、身体中を満たす倦怠感を振り払うように海水を手で掻いた。

 久し振りに感じる眩しい光に眉を顰めて薄っすらと開いた目には青く澄み切った空が広がり、私は穏やかに波打つ海原に仰向けで浮いているようだった。

 

「阿賀野、おはよう・・・気分はどうかしら?」

「ゆう、ばり・・・阿賀野たち、・・・ここは?」

 

 頭の後ろから伝わって来る柔らかさと顔にかかった人影に私は目を瞬かせる。

 どうやら、私の身体が沈まないように膝枕してくれていたらしい夕張が疲れを滲ませた笑顔で覗き込んでいた。

 そして、どんどん鮮明になっていく視界の中で彼女の、私達の周りを取り巻くように青白い光が渦を巻いている事に気付く。

 

「あの子たちが、皆が力を貸してくれたみたい、ちゃんと後でお礼を言わないとね・・・」

 

 ずっと暗闇の中で私達の心を支えてくれていた霊核の光、青く高い空へと昇っていくように一点に向かって帯を作るそれを追う様に私は身体を起こして目を見開く。

 空へと流れていく艦娘の魂の光の中に、見覚えのある姿が見え私は宙を掻くように手を伸ばした。

 

「ぁ、ぁあ、能代・・・酒匂、妙高さんっ・・・みんなっ!」

「大丈夫よ。あの子達もちゃんと鎮守府に戻れるから、だから私達も帰りましょ?」

 

 夕張に手を借りて立ち上がり周りを見回すと一緒にあの暗闇で支え合った仲間達がそれぞれの手に持った瓶の蓋を開けて空に向かって掲げていた。

 あの島に流れ着いた物資の中の貴重な飲み水を使って満たした瓶から光の粒となって霊核が仲間達の手から離れて帰る場所へと向かって空を流れていく。

 

「ほら、私達にも迎えが来てくれたわよ」

 

 肩を貸してくれている夕張が指さした先、霊核の光が進んでいく方向に見える幾つかの船影から海面を滑って数人の艦娘が近づいて来る。

 

「・・・っ、あ、ああぁっ・・・ぅっうう・・・」

 

 その中の一人の姿が大きくなっていくほどに私はどうしようもなく感情が昂っていくのを止めることが出来ず、必死に歯を食いしばっても情けない嗚咽が口から漏れ出す。

 

「田中特務三佐旗下、阿賀野型軽巡洋艦三番艦矢矧、救援に参りましたっ!」

「軽巡洋艦夕張です、貴女達の救援に感謝します。 ふふっ・・・ほら、阿賀野っ」

 

 戦闘の後の足でそのまま来たのか、少し煤けているけれど私と同じデザインだと分かる服装に身を包み、凛とした真面目な態度は記憶の中の姿と少しも変わらない。

 あの真っ暗闇から逃げ込んだ夢の中で何度も見た、会いたくて仕方がなかった私の妹の一人がしゃんと背筋を伸ばした敬礼をしていた。

 

 返礼を返しながら優しく背中を支えてくれる夕張の声に私は耐え切れず涙を零し、泣き声を押し殺す為に両手で口を塞ぐ。

 

「お帰りなさい、阿賀野姉ぇ。・・・ずっと探していたのよ?」

 

 だけど、私の姉としての最期の抵抗は目の前から伸ばされてきた白い手袋に包まれ呆気ないほど簡単に口から引き離され、私の情けない泣き顔を覗き込んだ矢矧は小首を傾げてから優しく微笑んでくれた。

 

「ぅぐっぅ、や、矢矧ぃっ・・・やはぎぃぃいっ、うあぁああんっ! わあぁあんっ!!」

 

 やっぱり、神様は意地悪だ。

 

 散々ひどい目に合わされたのに、こんな風にされたら誰だって耐えられない。

 

 軽巡洋艦としての誇りや姉としての矜持とかもう投げ捨て、相手が汚れてしまう事も考えられずに赤ん坊のように泣き喚いて私は迎えに来てくれた矢矧に抱き付いた。

 周りを気にする余裕なんてもうなくて、誰に笑われても構わないと吹っ切れた思いがため込んでいた感情を全て吐き出すように泣き声となって澄み切った空と海の間に広がっていく。

 

 私は、軽巡洋艦阿賀野はやっと自分のいるべき場所へと帰ることが出来た。

 




中村がやった海域攻略。

①海底にアンブッシュしたゴーヤで外壁に魚雷打ち込んで突入

②入り組んだ海域をひたすら駆逐艦の速度で突破

③途中の海域を隔てる壁は五十鈴と那珂で穴を開け

④戦闘形態を解除して人間サイズでその穴を通り抜ける

⑤ ②③④を繰り返す

⑥とにかく敵を無視して名取が発信した救難信号があった場所へと直進

つまりゲームのルールを無視したゴリ押し作戦

ゲージ削り? なにそれ美味しいの?

11/18 一部の訂正、半年経ってから気付いた。
那珂ちゃんの魚雷管は四連装だと言うのに三連と書いていた。
信じられん、私は何で三連装って書いたんだorz
メチャクチャ恥ずかしい。


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第十四話

Q「妖精さんっ! 死んだはずじゃ!?」

 「トリックか!?」


 何の前触れも無く暗闇の中から中村義男の意識が浮上する。

 

“やぁ、随分と大変だったみたいだね”

 

 幾つものボタンやレバーが詰め込まれたコンソールパネルと硬めのシートが身体を固定する指揮席、その周りを囲む金属製の円形通路と手すり、さらにその周りを覆う大きく広い360度モニター。

 そこは彼が艦娘と共に戦う際に乗り込む艦橋と呼ぶ領域、その中心にある指揮席に座った状態で意識を取り戻した中村は頭の中に直接話しかけられた感覚に特に疑問を感じず、その声の主へと視線を向ける。

 

「・・・なんで、猫吊るし?」

                    "ファンシーさなど欠片も無いはずだが"

“ふむ、キミにはワタシがそう見えていると言う事だね”

“興味深い”       "ワタシには"      

              “お互いの認識にズレがあるからか?”

 

 淡いベージュのセーラー服とスカートに同色の水兵帽を頭に乗せた三等身の小人が中村の目の前にあるコンソールパネルに胡坐をかいて座っている。

 艦隊これくしょんと言うゲームの中でプレイヤーに対するチュートリアルの際に登場するマスコットキャラクターであり、それはゲームに不具合が起こった際には猫を両手に吊るして立っているイラストが表示される事から妖怪猫吊るしなんて愛称で呼ばれていた。

 

「俺は、えっと・・・救出は、作戦は・・・確か船に引き上げられて運ばれて・・・?」

 

“深海棲艦が作り出していた領域に囚われていた艦娘の救出は成功したよ”  

               “キミもその一人だろう?”

“まぁ、死人こそ出なかったけれど怪我人は山ほどになっているみたいだね”

 

 どこか他人事のようなニュアンスを持った言い方で目の前のデフォルメされた人形のようなソレは不敵な笑みを浮かべて戸惑っている中村を見上げる。

 

「お前・・・何なんだよ? ここは夢か?」

 

            "だが"

“夢と言えなくも無い”    “今はワタシとキミの対話の場と言った方が正しい”

 

 徐々に思い出してきた記憶の中で中村は自分が巨大な深海棲艦が作り出した限定海域を突破してその最奥で囚われていた艦娘達と共にアストラルテザーと言う霊的エネルギーを利用したサルベージユニットで海上へと脱出した。

 

“そして、ワタシはキミと話がしたいと思っていた”  “名乗るべき名は既に無い”

  “死人だ”       “恰好付けた言い方をするなら”           

 

 そして、気力の限界で共に戦っていた艦娘の戦闘形態が解除された為に海に放り出された彼は太平洋側の日本領海で溺れかけ、駆けつけてくれた救助部隊によって九死に一生を得た。

 

「病院のベッドって感じじゃないな、と言うか死人って・・・、なんだよ俺また死んだわけか?」

 

“いや、キミはちゃんと生きてるよ”

        “身体はちゃんとベッドの上にある”

                 “こちら側に近付き過ぎたからかな”       

 "先ほど言っただろう?"

“意識の混線とと言う奴だね”          “まさか”

     “ワタシも死んだ身でまた他人と言葉を交わせるとは想像もしてなかった”

 

「あんた、かなり気持ち悪い喋り方するんだな・・・頭がこんがらがりそうだ」

 

 喋っているのは一人なのにその言葉は輪唱するように重なり聞こえ、なのに重なったセリフがそれぞれ独立して聞き分けることが出来ると言う状態に中村は戸惑うが何故か彼の意識は混乱する事無く状況を受け入れている。

 むしろこの奇妙な感覚に覚えがあった中村は自分の経験を探り、そして、周りの艦橋の様子を見まわしたところでその正体を掴む。

 

「まさか、アンタ、俺にココの使い方を教えてたナニかか?」

 

“それは間違いではない”             “ワタシは形を整えただけだ”

              “正解ではない”     “欠片同士を繋げた”

“キミの法螺話は中々に興味をそそられるモノだったよ”

          “結果的にそうなった”

  “おかげで”         “あの子達も自分達の方向を決定した”

 

 正体不明の小人がふっと目の前から消えたと思えば円形通路の手すりの上に現れ、真っ黒なモニターへと伸ばした短い手が波紋を作る様に中村の前に光りが広がる。

 鎮守府の中にある艦娘達の生命線であるクレイドルを見上げる様な映像、武装も無く海を走る吹雪や仲間達が砲弾の雨に晒されて悲鳴を上げる凄惨な光景。

 疲れ果てて倒れた艦娘達に手を差し伸べるどころか蔑むような視線を向ける軍帽を深くかぶった自衛官の姿。

 

“造り出した責任がある”         “必要なモノは全て揃えたはずだった” 

          “あの子達を未完成で送り出した”

                     “ワタシの計画は完全ではなかった”

                  

 

 苛立たし気に、嘲笑するように、役立たずの兵器モドキとこちらを指さす自衛官達。

 気まずそうな顔でこちらから目を反らす見覚えのある鎮守府の研究員達の姿。

 

           “だがキミ達が来てくれた”

 

 鎮守府の食堂で冷めた味噌汁とご飯を手に与太話を得意げに披露する中村とその隣で呆れ顔を見せている田中の様子。

 そして、サイレンの鳴り響く鎮守府で汗を顔に浮かべ必死の形相で叫びながら手を伸ばしている中村と彼を見つめる視界の主。

 

 大半が中村が直接目撃した事ではないが今まで鎮守府で調べた記録を思い起こせばこれが過去に起こった情景を艦娘の視点から見せられている事を理解する。

 そして、中村は目の前で意味深な言い回しを続ける小人が何者であるかを察した。

 

「・・・アンタ、死んだんじゃないのか? どっかの道路ですっ転んでくたばったって聞いてるぞ?」

 

   “表向きはそうなってるね”    “厄介事に協力してくれた友人達には感謝しかない”  

           “死因に関しては何でも良かった”

“鎮守府を始動させる”      “どうせ世界が変わってしまう日まで”

         “お誂え向きな死に様だと自負しているよ”

    “年老いたワタシは生きていなかっただろう”

 

「アンタ、本当に何者なんだよ。刀堂吉行博士、俺の頭はアンタみたいに上等な出来してないんだ。一気に捲し立てるみたいに言われてもわけが分からん」

 

 死者との交信などオカルトの極致を体験させられている事に不思議と戸惑うことなく、中村はそれはそう言うものだと考えながら目の前にいる艦娘と鎮守府が産まれる原因となった元人間へと問いかける。

 思えば魚雷の発射方法や推進機関の操作、それ以外の時にも艦橋ではそれはそう言うモノだと言葉ではなく感覚で理解させられる感覚は頻繁にあったと彼は思い返す。

 

“自分で言うのもなんだがチート転生者とでも言うべきか?”  

 “神様なんぞに会った記憶は無いがね”

              “与えられた智恵と力に増長してそれを過信した”

 “そして、個人がどれだけ高い素養を持とうと太刀打ちできない存在を思い知った”

“残りの命を使い切ってでも私の生きた世界を次に繋げたい”

              “馬鹿なワタシに友愛を持って接してくれた”

“愛すべき人々の生存の為に力を使うと決めた”

 

 饒舌に語ると言うにはあまりに奇妙な形をした独白を中村は取り敢えず頭の中に渦巻く疑問は脇に置いて指揮席に背中を預けて腕を組んで小人の語る話に耳を傾ける。

 

“太平洋戦争の阻止”      “子供じみた英雄願望”

      “死ぬはずだった人々を救う”  “もっとうまく立ち回れれば”

        “結果は違ったかもしれない”

 

「人間一人がどうこうしたってあの戦争は変わるもんじゃないだろ」

 

 “それが分からなかったのだよ”    “灯台の下は暗いと言うだろう?”

                 “昔から”

 

 生前の刀堂博士の年齢から考えるなら第二次世界大戦を体験したと言っても当時はまだ十代の若造だったはず。

 さらに言うならいくら、他人よりも物心がつくのが速かろうと自惚れるほどの優れた能力を持っていようと個人の力が国家規模の殺し合いの発生を止める事が出来る筈はない。

 

「と言うかそんなアンタの終わった事に対する懺悔を聞かせる為にわざわざ俺を呼んだのか?」

 

“もう少し老人に優しくするべきだね”       “幸運を無駄してはならない”

         “キミには助言が必要だ”    “伝えねばならない”

 “この対話を”

              “確かに時間が無限にあるわけではない”

 

 手すりの上に立っていた小人が再び姿を消してにじみ出る様にコンソールパネルへと移動し、同時に周囲のモニターが一斉に青白い光を渦巻かせる。

 拡大映像が徐々に離れて行くように青い渦が球体へと変わり、その青い光りが渦巻く球と隣り合う様に同じ大きさの薄っすらと青く光る地球儀が映し出された。

 

       “左側は過去の地球”     “悪魔”       “幻想が現実だった時代”

“右は現在の世界”      “出来得る限りに遡った”    “神々”  “回帰へと向かう時代”

 

 左右の球体を指さしながら小人が指揮席の中村を見上げるが何が言いたいのかさっぱりわからない彼は口をへの字にして取り敢えずはモニターへと目を向ける。

 

「生憎と光りが強いか弱いかしか分からない、それに俺は歴史と地理の授業は苦手だったんでもうちょい簡潔かつ丁寧に教えてもらますかね、刀堂博士?」

 

    “ぞんざいな口の利き方じゃないか”     

“ワタシはキミに嫌われる事をした覚えはないのだが?”

“岳田くんから聞いてるはずだ”        “過去にあった世界の再来を”

      “世界の霊的エネルギー分布の激変”

            “艦娘に求められている役割”

 

「岳田? 岳田ってどの? ぁぁ・・・、クッソ、良介の野郎、本当にとんでもない大物と会ってやがったのか!?」

 

 艦娘達を取り巻く環境を改善する為に田中が協力を取り付けることが出来たと言っていた人物がまさか日本の総理大臣だったなどと想像もしていなかった中村は小人が刀堂博士だった事よりも強い衝撃に額を握り拳を当てる。

 

 “情報の行き違いかね?”             “今は重要ではない”

           “報連相は社会人に必須の心得だよ”        “話を続けよう”

 

 モニターに映る小人が現在の地球と呼んだ方の球体が拡大され、中心を日本の列島に据えてさらに拡大する。

 東京湾の一部分へと集中した拡大画像は地理に弱いと自白した中村でもよく知っている鎮守府が存在する地点であり、その一部の地下に青い光の渦が集中しまるで大木の根ように枝分かれして強い光を放っている。

 

“この環境変化に現代科学は無力だ”  “だから”        “彼女達はそこで創られた”

   “個人の手では対応できない”    “過去に存在した環境の再現”

               “探し出した遺物から情報を繋ぎ合わせた”

           “因子の再構成”             “艦娘はその中で産まれた”

 

「まさか鎮守府の中枢機構の事か・・・クレイドルの真下にバカでかい円柱が埋まってるってのは知ってるけど内部構造を見るのは初めてだ。まるで聖書に出てくる生命の樹みたいな形してるんだな・・・」

 

        “生命の樹の再現”      “人間一人分の魂で起動した割には”

    “まさしくモデルがそれだ”             “大仰な出来になってしまったよ”

 

「人間の魂・・・? ん、死因は何でも良かったってさっき・・・、ぅぁ、マジかっ、アンタはコレの材料に自分の魂を使ったのか!?」

 

“中枢の起動には種火が必要だった”   “自慢みたいな言い方になるが”  “寿命を待つよりも”

         “ワタシの霊力は老いぼれであっても”

       “キミ達より強いと自負している”

     “枯れ果てるだけを待つぐらいなら”        “未来にくべる燃料には丁度良い”

 

 自嘲気味に笑う小人がもう一度手を振るとモニターの中の青い光で出来た樹、その枝の一本へと拡大されていった映像が映し出したのは現在では中村と縁深い関係を作っている艦娘の吹雪だった。

 だがその艦娘は姿は一糸纏わぬ姿で胸元から伸びた光の細い紐で大樹の枝と繋がっている。

 突然モニターに現れた幻想的な素っ裸で眠っている吹雪に中村は目を見開き息も忘れて固まってから、数秒後に思い出したように慌てて視線を反らせるようにコンソールパネルの上に立っている小人へと顔を向けた。

 

「いきなり何見せてんだ!? 死んだ人間からはデリカシーとかプライバシーってもんが無くなるのかよっ!」

 

“経験が無いわけでもあるまいに”        “こんな少女の身体に”     

   “前世は今よりも年齢を重ねていたはずだ”    “騒ぐほどの事かね?”       

                          “・・・ぁっ、・・・すまない”

 

「本当にっ! アンタなんなんだよ!? 悪いか!? 年食ってんのに女の子とそう言う経験無いって悪い事かぁ!?」

 

         “落ち着いてもらいたい”        “話を続けようじゃないか”

“興奮するべきではない”               “冷静に”

 

 激昂する中村を宥める様に小人が小さな両手を彼の方へと突き出して振り、それと同時にモニターに映し出されていた吹雪の姿が肌色から普段から彼がよく目にする紺襟のセーラー服姿に変わった。

 そして、その身体から溢れるように青白い文字列が広がり、先ほど見た地球儀や中枢機関と同じように吹雪の身体の周りで光の粒子が渦を作り始める。

 

“これが彼女達の力”       “肉体を構築し命令を与える公式”

    “これだけでは完成しなかった”

     “霊力に形を与える情報の集合”             “だが”

 

「霊力だの神だの悪魔だの・・・マジでオカルトだったのかよ」

 

“中枢機構は巨大な図書館とも言える”         “造られた身体に詰め込んだは良いが”

       “基となった艦の性質に近い欠片”     “霊核そのものに明確な人格は無い”

    “理解していなかった”         “使えれば便利な能力を渡しても”

          “読み方が分からない本はただの紙の束”

    “目に見えもしない道具は使い様が無い”

 

 能力だけが備わっていてもその内容と発動方法を知っていなければ、使い方が分からなければ、自分がそんな力を持っているなどと想像する事すら出来ない。

 

「ならアンタ自身が君達にはこれこれこう言う能力を持っているんだよ、って感じで資料を残せば良かったんじゃないか? 俺や良介が資料室を調べ回った限りじゃそんなもん一つも無かったぞ」

 

 “ハッキリ言って”   “限定的な仮想領域だが”      “過去の地球一つ分を再現した”

    “切りが無い”     “世界の成り立ちを空気の組成から説明するようなものだ”

“さらに”      “その中から霊核が勝手に選び”  “それは気が遠くなるほど膨大な量だ”

       “多少の誘導は出来たが”          “艦娘が自らに取り込む”

  “今では幻想と呼ばれた”            “異能力者が振るった霊的技術” 

 

 確かに中村が知る限りクレイドルから目覚めたばかりの艦娘達は自分達がどんな力を持っているかを正確には理解できていない。

 一応は原型となった船としての自覚から水上を歩行したり、巨大化した時の砲撃とは比べ物にならないが光弾を手足から打ち出す事は出来ると言う程度。

 そして、ちょっと見た目と釣り合わないぐらいの丈夫な体を持った女の子達でしかない。

 

 今でこそ司令官が艦橋に乗り込むことで巨大化し、何処からかやって来る艤装を纏い深海棲艦を打ち倒せるほどの破壊力を発揮できているがマトモな人間ならそんな力が彼女達に備わってるなど想像もしないだろう。

 そもそも艦娘達が何故そんな能力や現象を発生させられるのか使っている本人達にも理解する事は出来ていないのだ。

 鎮守府の研究室に所属する頭の出来は非常に優秀だが日常生活能力に難を抱える研究者達ですら仮説や推論止まりとなっている。

 

             “霊力そのものが”     “燃料が無ければ”

“こればかりは”          “500年近く消失していた”

      “研究そのものが行えない”

      “遺失した技術の再現は困難だ”      “地球上から姿を消していた”

“ワタシのようなイレギュラーが存在していなければだが”   “エンジンが動かない様なモノだ”

 

「で、大昔の超能力者の力をランダムに艦娘と霊核に詰め込んだのは分かったけど、結局何が言いたいんだよ・・・俺に主任並の理解力を期待されてもムリってもんだ」

 

 興味深い話であるから聞き続けているが前世から集中力というモノに自信が無い中村は難易度が上がっていく小人の言葉を三割理解できていれば良い方と言った調子で耳を傾けながら光に包まれてモニターの中で浮かんでいる吹雪を眺める。

 

“ワタシがキミに伝えるべき事は”  “ほぼ全て明かした”   “ちょっとした雑談と言える”

               “後は”       “個人的な事情”

 

「はぁ、ならさっさと済ませてくださいよ。縁側で茶飲み話してるわけじゃないんだ」

 

 “キミと君の友人”  “ワタシは艦娘の力の方向を誘導した”

                “キミが彼女に騙った物語”

“ワタシと精神の混線が起きていた”    “そう言ったはず”

        “創作の中の英雄へと近づけた”

   “外部からの刺激”    “欠片の活性化による式の連鎖”

 

“欠片同士の接続が安定した”   “さらに”  “必要な霊力係数の軽減”

  “指揮官が”    “艦娘に”     “直接乗り込むことで”

 

 その言葉の内容に中村の体感時間が急停止してベージュのセーラー服を纏った小人の前で世にもマヌケな顔を晒した。

 

“ワタシも前世ではサブカルチャーに傾倒していた”

        “キミの創作はそれらに劣らぬものだったよ”

   “機動戦記は1stが好きだ”      “文才に自信があるなら”  “自画自賛になるが”

“小説の一つでも嗜んでみると良い”    “艦娘に乗り込む”   “丁度良い欠片も式もあった”

           “目からウロコだったよ” “有名なのは北欧神話の巨人族か?”

 “ワタシのアイディアも悪くなかっただろう?”  “彼らは自らの身体の大きさを操れた”

 

「う、うぁあわわあああっ!? マジか!? アンタっ、ホントに何やってんだよ!!」

 

“言っておくが何でもは無理”    “奇跡と言われてた時代もあるが”    “法則は存在する”

   “技術的に再現不可能はある”        “全てが全て完全に形を成したわけではない”

“原則から外れる事は出来ない”     “敢えて言うなら空母は空を飛ぶ”

   “あの欠片の接続には苦労させられた”

        “飛行と表現するには不完全だが”     “どうだったね?”

 

 まるで隠していた中二病の設定を書き綴ったノートを御大層な言葉で評論されているような感覚に顔を真っ赤にして叫び声を上げた中村は頭を抱えて睨むような視線を小人にぶつける。

 言うなれば、「君の考えた二次創作はとっても面白かったよ。だから良かれと思って私がアレンジを加えてアニメ化しておいたよ。あ、もう放送も終わってるからね?」と言われているようなものである。

 

「人の頭の中覗き見して好き放題かよ・・・太々しいにも程があるだろこの妖精モドキ・・・」

 

  “元々そう言う計画だった”       “欠片の力を繋ぎ合わせる要因”

   “外側からの霊的刺激で発動する”

   “ワタシの予想よりも下回った”        “精神感応能力が現代人は低すぎた”

“キミとキミの友人”      “死と世界を超えた稀人”  “転生を経験したキミ達のそれは”

    “この世界には少なくない人数の転生者がいる”

           “あの子達を目覚めさせるに足る霊力”

 

 

 そこで小人は大袈裟に落胆したような顔を浮かべてコンソールパネルの上で胡坐をかいて座り腕を組み、ぬいぐるみのような等身の頭を左右に揺らす。

 

 “艦娘という”  “分かり易い目印があれば”      “転生者が接触してくる”

 “政府公認の鎮守府計画”      “そう踏んでいた”       “だが三年も掛かった”

   “キミ達が現れるまで”         “そのために”

        “あの子達を長く苦しめた”

 

「それが艦娘が生まれた理由かよ・・・スーパーカーのエンジンを掛けさせるために使えるヤツをおびき寄せる為の分かり易い目印を付けた餌ってか? ふざけてんな・・・おい」

 

“それだけが理由ではない”     “全てが必要な要素”     “どれか一つだけでは足りない”

“そうでなくとも”    “期待していたが”    “政治家とは存外自由がきかない立場らしい”

   “岳田くん達が接触”   “この計画を知る”

      “協力者は少なくなかったはずなのだが”

  “表だって転生者に”      “集合してくださいと呼びかけるわけにもいかない”

   “どこかには居るはずだが”

 

 愚痴っぽいセリフを垂れ流す小人の様子に呆れるしかする事が無くなった中村は知らないうちに強張っていたらしい身体を意識的に脱力して指揮席にもたれ掛かり、深くため息を吐いてから特に意図せず正面のモニターへと目を向ける。

 先ほどと変わらずセーラー服姿の吹雪が浮かんでいるが、その身体の発光は淡いモノへと変わっており、薄っすらと開いている瞳が彼へと視線を注いでいた。

 

『・・・司令官・・・? あはぁ、司令官だぁ・・・♪』

「・・・え?」

 

“ふむ” “長話が過ぎた”     “キミが引き寄せた”

  “アストラルテザーの中に飛び込む無謀”

   “混線が彼女にまで及んだか”   “高濃度の霊的力場”

  “晒されたからこそ叶った奇跡”

        “ここまでのようだ”     “久し振りの会話は楽しかった”

  “ありがとう” “今度やったら命の保証は出来ないがね”

 

 会話を閉めに入っている小人の言葉に反応する余裕も無く、突然に聞こえた吹雪の声に中村はモニターの向こう側からこちらへと手を伸ばしてくる彼女の姿から目を離す事が出来なくなった。

 まるで水の膜を通り抜ける様にモニターを通過した吹雪の手が、身体が円形通路の手すりを乗り越え、足がコンソールパネルに着いて、覆いかぶさるように少女の身体が中村へと抱き付いた。

 

“良い子じゃないか” “経験は無くとも”  “目覚めから10年も経てば” 

                “良い関係を作るべきだね”

   “好意を察せぬと言うワケでもないだろう”   “パートナーになるには十分な資質がある”

“彼女達の成長は止められない”               “人と同様に老化は始まる”

 

 

「いや、人間に成るったって10年後だと俺は三十路男で相手の見た目が中学生は世間体的に不味いでしょうがっ!?」

「むぅう、なんですかぁ・・・夢の中なんだから優しくしてくださいよぉ、しれーかん♪」

「こいつっ、か、完全に寝ぼけてやがる・・・って、よ、よせっ」

 

 吹雪に抱き付かれたのがきっかけだったのか、彼女が通過してきたモニターがゼリーのように揺れ、艦橋の内部が溶けるようにその色をモノクロへと変えていく。

 

「んん~っ、手が邪魔ですよ、司令官ぅ・・・♪」

「や、止めろっ! 吹雪、それはダメだ、なんか後戻りできない方向に目覚める気がするからダメだっ!」

 

“さて”        “死人はここで失礼する事にしよう”

    “ああ”

     “健闘を祈る”       “最期に助言”

          “言い忘れていた”

 

 吹雪の肩に手を突いて引き離そうとしているがその感覚や視界すらも輪郭を失い始め、急激に吹雪と中村の顔が距離を狭め、夢であるはずなのに少し薄い唇が彼へと近づき爽やかな甘みを感じる匂いが彼の鼻を擽った。

 

    “彼女らは”   “一種の生存戦略だね”

       “見た目の美醜は基準にならない”

    “霊力係数が高い男性”        “性格の不一致を除けば”

        “本能的に魅力を感じる”   “気質がある”

   “ロマンと現実は分けて考える事を勧めるよ”

“仲間意識が強い”       “また”

       “一人の男を複数で囲む関係に抵抗感が薄いが”

        “誠実に一人を”    “無節操な関係を結ぶも”

    “個人の自由ではあるが”

   “明確な消耗が無い女性と違い”   “優先順位は気にするようだ”

  “男性には限界があるからね”

 

 刀堂の他人事のような助言が終わり、吹雪と唇が重なる寸前に中村の視界が完全にブラックアウトして身体の感覚を失った彼の意識は奈落に落ちたかのように何処かへと引っ張られていった。

 

  “ワタシは今後も”     “調整を続けよう”

    “とは言え、既に全体の構築が終わっている”

“キミ達の一助となる事を望んでいる”  “磨くように細かいモノになるだろう”

    “また縁があれば会おう”

 

 




A「ああ、しっかり死んでいるよ。そう言ってたじゃないか」



刀堂博士の喋り方、自分で書いておいてなんだけど滅茶苦茶に面倒臭い。
コイツは二度と出さない、絶対にだ。


猫吊るし「君達の法螺話のおかげで艦娘の能力を使い易くしてくれてありがとう!」

中村「使いやすくしたぁ!?」(CV子安〇人)

猫吊るし「これで転生者じゃなくてもでも司令官になれるよ! やっちゃったぜ! てへへっ」



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第十五話

中村は全治三カ月の重傷で都内の病院に入院しています。

田中や他の司令官は海上護衛とかに駆り出されて働いています。

高速修復剤? 課金アイテムじゃないっすかね? 知らんけど。

皆、頑張れ、超頑張れ(他人事)

諸事情により今回ちょっと短い


「むふぅ・・・♪ しれぇかんぅ・・・♪」

「吹雪ちゃん、やめ、止めて・・・寝ぼけてないで起きてぇ・・・ひゃあっ! そこはだめですよっ・・・」

 

 突然、彼女が寝ている木製の二段ベッドの下からドタンッバタンッと何かが落ちる音と姉妹の悲鳴が聞こえ、眠気を訴える瞼を薄く開けた駆逐艦娘の初雪はのそのそと上布団の中から顔を出してベッドの下を覗き込む。

 

「吹雪も白雪も、何やってんの二人とも・・・初雪はまだ眠いんだから騒がないでよ」

 

 艦娘として目覚めた後に支給された吹雪型の制服に身を包んだ姉の白雪と白い綿地の寝間着を着たまま寝ぼけている吹雪が絡み合う床に倒れ、気持ち悪い笑顔を浮かべてまだ夢の中にいるらしい長女が唇を次女のほっぺたに擦り付けている。

 ひどい光景としか言いようがないのに、何故か白雪の方が本気で拒絶していないので二人が床で転げまわるのはまだもう少しかかりそうだった。

 

「んぅむぅ・・・眠い・・・布団にひきこもる・・・」

「アンタはさっさと起きないさいよ! 白雪もさっさと引っぱたいてでも吹雪を起こしなさいなっ!」

 

 亀のように頭を布団に引っ込めようとした初雪の前髪が何者かの手によって握られ、毛根が訴える痛みに顔を顰めた吹雪型の三女は胡乱な視線を犯人である白銀色の妹へと向けた。

 

「でも吹雪ちゃん、昨日やっと治療が終わって治療槽から出てきたばかりなのですよ?」

「治療の一カ月の間まるまる眠りこけてたら睡眠時間なんて十分足りてるでしょ、ほらさっさとする」

 

 隙を見て初雪は自分と同じ吹雪型姉妹である叢雲の手から逃れようとするが気の強い妹は握力も強いらしく下手に抵抗すれば額の広さが数cm広がると言う悲劇が早朝から自分を襲ってしまう事実に彼女は口の中で唸る。

 

「今日は私・・・特に朝の予定入ってない、だから、・・・座学の時間まで寝ててもだいじょぶ・・・」

「んなわけないでしょ、着替えてさっさと朝食、その後は軽巡の人達と湾内演習に決まってんでしょ」

「ぇぇ・・・やだ、今日の担当艦って・・・神通さん、でしょ・・・初雪は天龍さんの時に演習する、から」

 

 面倒事をボイコットする事に関しては積極的になる姉の姿に叢雲は大きくため息を吐いて初雪の前髪を離し、次の瞬間には彼女の身体を覆っている上布団を剥ぎ取った。

 そして、早朝の寒さに凍える雪の名を持つ駆逐艦の悲鳴が部屋に響き、寝ぼけながら妹達に朝の挨拶をしてその場で寝間着を脱ぎ始める長女を次女が甲斐甲斐しく世話する。

 

「だらしないわねぇ初雪や私も大半の艦娘が目覚めたばかりなんだから、厳しい訓練は寧ろ自分から挑んでいくべきよ!」

 

 初雪とは違う理由でクレイドルへと霊核となって戻ったが、奇しくも彼女とほぼ同時に目覚める事になった叢雲は自分と同じ境遇の姉妹へのお節介を焼くのが日課となり始めている。

 こうなったら叢雲はテコでも意見を変えてくれないとまだ短い共同生活の中で学んだ初雪はウンザリとした顔でベッドの上から降り、自分の衣類棚へと向かった。

 

「・・・まぁ、神通さんの陸上訓練や海上演習は接近戦に偏ってますからね」

「天龍さんはちゃんと砲雷撃するし・・・、当たらないけど。神通さんだと組み手ばかりになる・・・痛いのやだ」

 

 吹雪が使い終わった部屋共有のヘアブラシを初雪に渡しながら白雪が苦笑する。

 

「天龍さんは砲雷撃を牽制って割り切ってる感じがあるから、足場を引っ掻き回して接近戦に持ち込むのが一番効率が良いって前に言ってたし」

「軽巡の人が使う刃物は敵の障壁を無視して攻撃できますから皆さん、実戦に慣れてくると大抵はそんな戦い方になってしまうみたいですね」

 

 いつものセーラー服に着替え赤いヘアゴムで後ろ髪を結い身だしなみを整えた吹雪が脱いだ寝間着を畳んでからベッドの寝具を畳んでいた白雪と共に初雪の方へと振り返る。

 

「まぁ、神通さんに関しては助けに来た時の那珂ちゃんさんの姿が衝撃的過ぎたから、らしいですけど・・・」

「確かにあの時の那珂ちゃんさんは凄かったよ。壊れかけの短刀一本で敵の砲撃を十発以上も交わしきったんだから、私には無理だよ」

 

 初雪は霊核となってしまっていた為に覚えていないが自分が深海棲艦に多くの仲間達と囚われていた限定海域なる特殊な空間へと目の前の吹雪は仲間達と共に突入し、見事に全長500mに達する姫級なる深海棲艦を撃破したと言う武勲を打ち立てたらしい。

 だが、初雪にとって目覚めてから顔を合わせたのが昨日の昼と言う事やまだ深海棲艦との戦闘で負った重症からの病み上がりでフラフラした様子をみせる吹雪型姉妹の長女に頼りない印象を受けている。

 

「あれ? そう言えば深雪ちゃんは?」

「深雪ならさっさと着替えて陸軍の連中と朝練してくるって走っていったわよ、ホント落ち着きが無いのっ」

「叢雲ちゃん、今の呼び方は陸上自衛隊の隊員さんですよ。間違って言うと鎮守府の外では色々面倒になるので気を付けてくださいね」

 

 戦争の最中に海の藻屑となり、何者かの呼び声で目覚めて人の身体を得てからは船だった時代とは大きく違う日本の姿に戸惑いを感じつつも艦娘達は少しでも早く順応する為に努力を続けている。

 四人が廊下へと出ると彼女達と同じように起きてきた艦娘達が朝の挨拶を交わしながらそれぞれの歩調で歩いていく。

 

「なんだか鎮守府もにぎやかになってきたね」

「うん、この前の救出作戦でたくさんの子達が戻って来ましたから」

「深雪ちゃんも頑張ってるみたいだし、私達ももっと頑張らないとっ!」

 

 とは言え初雪としては朝っぱらから青あざを作って教室の勉強机に突っ伏す羽目になるのは真っ平であり、交流を深めた他の艦娘から教えてもらった演習を回避できる素晴らしいアイディアを実行する為に朝食が終わるまでにお節介焼きな妹から逃れる好機を探る事にした。

 

「まずは夢に見るぐらい大好きな司令官が帰って来るまでに吹雪ちゃんも調子を取り戻さないといけないですよ?」

「もぉ、白雪ちゃんったらっ! そう言う揶揄うのはもう良いから、行くよっ、朝ごはんが待ってるんだからっ!」

 

 昨日、治療槽から出てきたばかりの時に自分の指揮官が重傷で入院をしていると聞いてから顔を青くしたり赤くしたり目まぐるしい百面相をしながら慌て泣き喚いていた吹雪よりはマシではある。

 さらに昨日からこの調子の二人に長女と次女との仲が良いのは十分に分かった、分かったからもういい加減にして欲しい。

 ついこの間、クレイドルの中から現代に目覚めた初雪はそんな事を目の前で延々とやられると鬱陶しくて仕方ないと吹雪への不満にウンザリとした顔になる。

 ふとすぐ横へと視線を向けた彼女は、よく見ると澄まし顔にちょっと呆れが混じっている叢雲の表情に気付き、性格が真逆とも言える妹とちょっとだけ自分と同じ部分がある事を知った初雪はちょっとだけ嬉しいと思った。

 

「なに人の顔を見て笑ってんのよ、気持ち悪い」

 

 絶対コイツの思惑通りに動いてやるもんか、と初雪はいつか自分が姉である事を小生意気な妹へと思い知らせると言う思いを改めて決意した。

 

・・・

 

「へへっ・・・疑似的に戦闘形態を体験できる装置、シミュレーターゲームとか言うのやってるなら訓練してるって言い訳になるし、ちゃんとコインもたくさん持ってきたから、お昼まで遊べる・・・ふへへっ」

 

 それの始まりは中村義男と言う指揮官が昔ゲーム機の修理や製造に関するアルバイトをしていた経験から彼の実費で揃えた部品で原型が造られ、艦娘の為に用意された酒保の片隅に設置され指揮官としての視点を学ぶためと言う名目で艦娘に公開されている。

 プレイヤー達の意見や自分の経験を元に中村がちょくちょく弄っていたそのゲームは機械弄りが好きな軽巡洋艦や鎮守府の研究者までもが協力者に加わったため今では下手なゲームセンターの大型筐体よりも高い完成度を誇るモノとなった。

 そして、ゲームのランキング表示の最上段に中村の名前がある事から明らかにこのシミュレーターを彼が自分自身の為に用意したのは艦娘達にとっても公然の秘密である。

 

「この事、教えてくれた望月には感謝しないと・・・んっ?」

 

 テンションの低い口調を裏切る軽快な足取りで初雪が訪れたのは鎮守府内の大きな倉庫が並ぶ一画、入り口に艦娘酒保と言う看板が掛けられたそこへと吹雪型の三女は手に数枚の硬貨を握って滑り込むように入る。

 広い倉庫の中に様々な商品を機内に並べている自動販売機が幾つも設置されて小さく駆動音を立てているが今の初雪の興味はそこには無く、さらに倉庫の奥から聞こえてくる爆発音のような音へと向かって行った。

 かくしてウキウキとゲーム機へと辿り着いた彼女の目には巨大な半円形の大型スクリーンと円形の通路に囲まれた肘掛け椅子、そして、その椅子に座った睦月型駆逐艦の長月とシミュレーターの前に列を作っている睦月型駆逐艦達が飛び込んできた。

 

「ぇっ・・・? 何それ・・・」

「ぁ~、初雪、ん~、悪いんだけどコレ今はあたし達が使ってんだよねぇ」

 

 艦娘が戦闘形態となった時に司令官や指揮下の艦娘が乗り込むことになる艦橋を模したと言う大型筐体の中、椅子に座って四苦八苦と言う顔をしながら初雪よりも一回り小さい体格の長月がレバーやペダルへと懸命に手足を伸ばしてモニターの中の深海棲艦と戦っている。

 その長月が座る指令席のすぐ隣には天龍型軽巡洋艦の二番艦である龍田が柔和な笑みを浮かべながら駆逐艦へと操作手順を教えていた。

 

「・・・何で?」

「龍田さんに頼んだら助言してくれるって言ってくれたにゃし♪ 睦月達もこれでハイスコアを取れるようになるのね!」

「睦月ちゃんったら、張り切っちゃって可愛い♪」

 

 肩を落とし唖然とした顔で立ち尽くす初雪と対照的に睦月型の長女が嬉しそうにその場でピョンピョン跳ね、次女がその微笑ましい姿に我が事の様にうふふっと喜ぶ。

 そんな二人の姿に艦娘の長女と次女は仲が良くないといけない暗黙の了解でもあるのかと初雪は現実逃避気味に頭の端で益体も無い事を考える。

 

「う、裏切ったの・・・!? 望月は初雪をっ・・・」

「あたしらもさぁ、何て言うかさ、朝っぱらから神通さんと訓練はちょっと、いや悪い人じゃないんだけどさぁ~?」

 

 そして、初雪は同じ怠惰を信条とする志を持った友だと思っていた相手からの意外過ぎる裏切りを見抜く。

 

「いやいや、ホントに今回はたまたまタイミングが悪かっただけだって、てぁっ、長月ぃ、あっちゃぁ・・・」

 

 ちなみにシミュレーターでは龍田の声も聞こえない様子で長月がワーッワーッと叫びながら半狂乱になってコンソールパネルをレバガチャしており、駆逐イ級らしいCGで出来た敵がつるべ打ちに砲撃を放ってモニターを赤く点滅させていた。

 

「うぅっむぅ、どうしよっ・・・暇に、なった・・・」

 

 太々しい態度で言い訳がましい事を言うだけ言って姉妹へと歩み寄っていく望月の背中を睨みつつ、自分の番が来るまで待っていたら昼食も逃してしまうのではと思えるほどの行列に初雪は並ぶべきか並ばざるべきかを悩む。

 そして、不意に背後からポンッと自分の肩を軽く叩かれて初雪は反射的にそちらへと振り返ってしまった。

 

「おはようございます。初雪さん、お暇でしたら御一緒に湾内演習でもいかがでしょうか?」

「げ、げぇっ!? なんで神通さんっ・・・!?」

「げぇ、なんてはしたない事を言ってはいけませんよ? 私達は任務に精励する為にいついかなる時も平常心を持っていなければなりません」

 

 背後から奇襲をかけてきた川内型軽巡洋艦に初雪は睦月型の行列以上の精神的衝撃に白目を剥き、そのオレンジ色の制服の向こうにある自動販売機の影から覗く邪悪な笑みを浮かべた銀髪の姿を見た。

 

 初雪は激怒した。

 

 必ずやかの邪知暴虐の徒であるお節介妹と圧政じみた訓練を課す気弱なフリをした鬼教官を除かねばならぬと決心した。

 

 初雪には過剰な訓練の必要性が分からぬ。

 

 常日頃からお布団とおやつがあれば生きていけると自負していた。

 

 しかし、自分から温かいお布団を奪い、折角食べた朝食を魚の餌にする邪悪には人一倍敏感であった。

 

「ぅぅっ・・・はいぃ・・・」

 

 でも、今日の所は格上の軽巡洋艦には勝てそうにないので初雪は反撃の頃合いを待つ事にしました。

 

・・・

 

 その日の湾内演習で初雪が頭の天辺から下着の内側まで海水にまみれた頃、治療が終わり艦隊に復帰したばかりの吹雪が復帰の挨拶回りで近くに通りかかり、神通に手合わせを願われた。

 それを聞いた野次馬の艦娘達がわらわらと訓練に使っている海上へと集まってくる。

 そして、鎮守府の研究員たちが丹精込めて作った色と形だけは正確に再現された人間サイズの艤装を身に着けた吹雪と神通の周囲が騒然となった。

 

 開始から三分少々、観衆の目の前で吹雪と神通の間で光を纏ったペイント弾が飛び交い、初雪はその二人の姿を水柱を上げて飛び散る海水の向こうに見失う。

 

 だがその直後、水柱の向こう側から駆逐艦の一本背負いで投げ飛ばされた軽巡洋艦が水きりの石の様に海面を滑り飛んでいった事で勝負は吹雪の勝利で決した。

 

「何やってんのよっ! 神通ぅっ!?」

 

 野次馬の囲いの中から飛び出した川内型の長女が驚愕に目を見開いて叫びながら飛んでいった神通を追いかけ、酒保でシミュレーターをやっていたはずの睦月型がいつの間にか野次馬に混じってワイワイ騒いでいた。

 

「やっぱりすごいです! 吹雪さん!」

「私達も見習わないと、ですねっ!」

 

 漏れ聞こえてきた睦月型の誰かの言葉を耳にして初雪は決意した。

 

 耳にタコが出来るほど事ある事に自分の指揮官を自慢する面倒臭い一番艦ではあるが彼女に逆らう事は絶対にしないと。

 




神通「まだまだ私も鍛錬が足りないようですね・・・」

吹雪「いえ、単純にお互いの適正距離の問題ですよ?」

神通「ぇっ? それはいったい・・・」

吹雪「長距離走者が短距離走者と50m走するようなもんです」
  「他の艦種が駆逐艦に格闘戦を挑む事ほど無謀な事は無いって司令官が言ってました」

書き溜めが切れた。

でも書きたい事は大体書けたからこれからはゆっくりする。

色々書きたいシーンはまだあるから続けるとは思う。


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幕間 第十六話

「前回書きたいことは大体書けたと言ったな?」

「そ、そうだ作者、(投稿を)や、止めっ―――」


ちんじゅふぐらし、始まるよ

ゾンビ? 出るわけないじゃん。



 阿賀野型軽巡洋艦一番艦、阿賀野の朝は早い。

 

 まだ朝日が水平線から少し見える程度の薄暗い鎮守府の艦娘寮の一室、四人部屋のベッドの中で目覚めた阿賀野はまず顔を洗い制服へと着替えを済ませ、その後に部屋に備え付けられた共用の化粧台で艶が自慢の黒髪を丁寧に梳き、朝の静かな時間に思いを馳せる。

「あっかーーん! こらほんまっ、あかんーーぅっ!?」

 ふと朝の日差しが差し込み始めた窓へと耳を澄ませると遠くから切羽詰まった甲高い悲鳴が聞こえた。

 ・・・気がしたけれど窓から見える東京湾は穏やかに波打つ綺麗な青い海が広がっている。

 

 もう一度耳を澄ませても何も聞こえなかった阿賀野は小さく首を傾げてから身だしなみを整え終わり、彼女が朝食を取るために部屋から出る頃には何人かの仲間達も艦娘寮の廊下に顔を出していたので明るい挨拶の言葉を交わし合う。

 そんな朝の廊下に若干名、眠そうに目を擦りしばたたかせながら自室へと入っていく子達の姿も見え、阿賀野は彼女達が夜間演習か出撃の帰りなのだろうと当たりを付け、労いの言葉と笑顔で小さく敬礼をした。

 

 艦娘寮の一階の大部分を占める大きな食堂、廊下で挨拶をしてから何故か後ろに並んで付いて来ている駆逐艦の子達と阿賀野はAとBに分かれた二種類の献立が書かれた小さな黒板の前でどちらにするべきかを相談していた。

 二つとも基本はご飯と味噌汁やお漬物、けれど焼き魚と野菜炒めのどちらが主菜になるかで中々に悩ましいと阿賀野は顎に手を当てて焼き魚派と野菜炒め派で議論を始めた背後の駆逐艦達の言葉に耳を傾ける。

 

 阿賀野が言うのも何であるが艦娘には不思議な習性の様なモノが存在しており、その一つに駆逐艦は軽巡が前を歩いているとその後ろに一列に続いて歩くというモノがあった。

 さらにもう一つの習性、近くに自分達よりも大型の艦種がいた場合にはその相手に意見を求めたり任せたりする。

 

 というわけで一通り、自分たちの意見を言い終わった駆逐艦達が黒板の前で瞑目していた阿賀野へと視線を集中させた。

 

「先に湾内演習がある子は焼き魚にして、座学の子は野菜炒めで良いんじゃない?」

 

 座学なら量も多く腹持ちの良さそうな野菜炒めの方が良い、逆に運動の前に量を食べるとお腹が痛くなりそうと言う単純な理由から阿賀野がそう発言すると彼女の言葉を聞いた駆逐艦たちがなるほどと言う顔で頷く。

 と言うわけで相談を終えた阿賀野が厨房と食堂を隔てるカウンターへと注文に向かうとさっきよりも人数を増やした駆逐艦たちがぞろぞろと彼女の後を付いて並んだ。

 

 艦娘である阿賀野が言うのもなんだけれど妙な習性を持っている艦娘は本当に多い。

 

・・・

 

 焼き鯖の骨をガリガリと噛み砕きながら食器の返却所に皿とお盆を返し、朝の食事を終えた阿賀野は座学が始まる時間まで一時間ほどの暇をつぶす為に鎮守府をうろうろする。

 

 とある理由から阿賀野は二年以上も鎮守府から離れており、やっと戻って来れたのが三か月ほど前で、さらに酷使された身体を癒すための治療で半月ほど寝たきりで過ごしていた間に自分達を取り巻く環境は大きく変化していた。

 

 彼女が艦娘として目覚めた時には卑下た視線を向ける形だけ誂えたような軍人ばかりだった鎮守府が設置されている基地は彼女が帰って来た時期に大幅な人員の入れ替えが起こったらしく随分と様変わりした。

 こちらを見下すような視線が無くなっただけでも精神的に楽になったのは良いのだけれど、逆にほとんどの自衛官が誠実ではあるが自分達に対して妙にかしこまった様な態度で一歩離れた場所から接してくる事に阿賀野は首を傾げる。

 

 階級が高くてマニュアル通りに仕事をするのだけは上手い連中では無く、本当に海に出て国防の最前線に立った経験がある海上自衛隊員たちは最近とみに増えた船団護衛に参加して深海棲艦の脅威を肌で知っている者も少なくない。

 今まで基地に勤めていた人員の半数近くと入れ替わる様に異動してきた彼らにとって艦娘は自分たち以上に国の防人としての力を振い、多くの人命を守っている事への尊敬や実際に自分自身を守ってもらった経験から感謝の念を持つ者も多くいる。

 

 艦娘達はあくまで過去に自分達を建造した日本国に対する義理で協力してくれている英霊の具現である、という刀堂博士が残した注意書きのような原則文が徹底周知された事もそんな彼らの畏敬の念を高めるのを手伝い。

 

 そして、そんな艦娘達をよりにもよって自分達の同僚が政治的な介入があったとは言え意図的に虐げていたと言う事実に愕然とした自衛官達にとって藪をつついて蛇を出すような事が無い距離を開けてしまうのは当然とも言える。

 

 後、単純に女性とのお付き合いの経験が無い青年達が多い為に美人、美少女揃いの艦娘達の姿に及び腰になっているという理由も無きにしも非ずであった。

 

 立ち止まってわざわざ敬礼してくれる自衛官の人達に敬礼を返しながら阿賀野は朝の散歩を終えて、そろそろ座学に向かおうと鎮守府の教室棟へと歩き始める。

 そんな彼女の視界の端にタンクトップに枯草色のズボンを穿いた体格の良い陸上自衛隊の一団が朝の調練の為に走っている様子が映り、阿賀野よりも背の高いその男性の群れの中に頭二つ分ほど小さなセーラー服姿の女の子が混じっていた。

 

「深雪ちゃ~ん! そろそろ座学はじまるよ~!」

「あと二周だけだからっ、大丈夫だぜー!」

 

 ただそんな近づくだけで恐縮する自衛官たちに積極的に関わって行こうとする艦娘も一部にはいる。

 人としての身体と心を手に入れた以上は主義主張は個人の自由と言えるけれど阿賀野としては特に差別意識は無いが陸軍の人と海軍生まれの艦娘がベタベタするのは如何なものかとも思う。

 

 たまに食堂の厨房で鍋を掻き混ぜている子や鎮守府の並木を整えにやって来る園丁の人達に話を聞いたりする子など積極的なのは良いけれど軍務に支障が出ない程度に収めて欲しいところである。

 

・・・

 

「なので、軽巡洋艦娘が持つ近接兵装はそのほとんどが刀剣の形を取り、総じて障壁を含む大半の霊的力場を切断するものと思われていますが、実際には刃に沿って発生する霊力粒子の振動が周囲の力場を撹拌する事で対象の切断に至っている事が・・・」

 

 平均的な日本の学校のそれをモデルにしたと言う教室の勉強机にノートを広げて阿賀野は正面の黒板に書かれた自分達が無自覚に使っている能力を理論的に講釈するよれたシワだらけのシャツとズボンの上に白衣を羽織った研究員の言葉に耳を傾ける。

 正直に言うと自分達が発生させている不可視の障壁や霊的なエネルギーを砲弾や魚雷に作り変えて撃ち出す事は全て感覚でやっているため学術的な解釈なんか考えなくても良いんじゃないかと慢心気味な考えも過るが阿賀野は軽く頭を振ってそれを頭から追い出す。

 

「はいっ、先生! 雷撃カットインってどうやったら使えるんですか?」

 

 ここまでで分からない事は無いですか、と質問を求めた研究員に手を高々と上げた艦娘が講義の内容から外れた質問をした。

 授業進行をぶった切るその言葉に眼鏡の中年は苦笑を浮かべる。

 

「雷撃カットイン? ぁあ、多層力場高圧縮推進弾の事ですね。あれに関してはまだ仮説の域を出ないのですが・・・」

 

 まだ完全に性質や詳細の解析は済んでいないと前置いてから水雷艦である駆逐艦や軽巡洋艦にとって最大の破壊力を発揮させると言う能力についてのあれこれを黒板に書き加える。

 

 クレイドルから目覚めたばかりの艦娘の興味はそのほとんどが自分の能力を戦闘で十全に生かす事にのみ集中している、と阿賀野がたまたま立ち寄った談話室で指揮官達が複雑そうな顔をして相談しているのを見た事がある。

 艦娘として目覚めてから大半を深海棲艦が作り出した歪んだ空間の中とは言え二年ほど生きている阿賀野であるが鎮守府での生活や外の人達との関わり合いの経験はほとんどなく指揮官達が言う艦娘の興味の偏りという意見を聞いた当初は困惑し首を傾げた。

 

 そんな彼女も余計な理論とか構造とか細かい事はどうでも良いから今すぐ使える技術や能力を教えて、という態度を隠さない目覚めたばかりの艦娘達の少し焦りにも似た感情を見え隠れさせる様子に司令官達の言葉に納得する事になった。

 

 その感情自体は阿賀野にも分からなくはない、彼女自身も過去の醜態を返上せんと国民の盾となる為、護国の志を持って新しい身体を得た艦娘の一人である。

 

 けれど、彼女は碌な教育も現代の情報も得ぬままに戦場に駆り出されて数度の出撃の後に深海棲艦が支配する悪夢のような領域に囚われた。

 そこでの経験は過去の船だった頃の記憶はほとんど役に立たず、流れ着いて来る外からの情報や物資だけが唯一とも言える命綱であり、その学ぶことを選り好みしていられない環境が文字通り彼女や仲間達の生死を分けた。

 

 そう言う視点から多くの艦娘が正常な環境で過ごしている今の鎮守府の様子を見てみると指揮官達が言っていた思考と嗜好の偏りというモノもあながち間違いではないと感じる。

 

 あの時、貪欲に現代技術を学んだ夕張が直した通信機が無ければ、誇りだの恥だのに拘って廃材や物資を漁る様に集める事を怠っていたなら、今の阿賀野達は再び太陽の下に戻る事は出来なかった。

 

 自分達を支えていたのは確かに船であった頃の過去の想いではあるけれどそれに執心するあまり周囲への考慮を怠れば待っているのは深い奈落の穴であると思い知らされた。

 

「ですので、理論上は一人の艦娘だけでは発動は不可能ではありますが力場を安定させる装置を複数あれば、そうですね。現在開発中の増設艤装にそう言った機能を持った装備が予定され・・・」

「えっ!? それってどんな装備なのかしらっ? 阿賀野達はいつ使えるの!?」

 

 自分をあの闇から救い出した軽巡洋艦が姫級と呼称される最大級の深海棲艦を討ち取ったという一撃、それを目撃した仲間達の言葉から強い憧れを感じていた阿賀野は心に沸き上がった強い興味につい声を上げてしまった。

 

 全体的に艦娘の興味や思考は戦闘方面へと偏っている。

 

 これもまた彼女達が生まれ持った習性の一つである。

 

・・・

 

 艦娘の能力に関する講義だけでなく現代の社会や数学、国語など彼女らが船として活動していた昭和初期とはかけ離れた世情を学ぶ座学で数時間が過ぎ去り、気付けば昼食の時間となり阿賀野はまた艦娘寮の食堂で焼き魚と白ご飯を頬張っていた。

 午前を湾内演習で過ごした艦娘達も同じように食事をとりながら雑談を交わすざわざわとする明るい雰囲気はただそこにいるだけで阿賀野は温かな感覚に包まれる。

 

「早く私達にも司令官が着任しないかなぁ」

「木村大尉の艦隊に一人分の枠が出来たらしいよ」

「でもあの人、ちょっと顔が固いよねぇ、あと考え方も」

 

 艦娘の設計者である科学者が残した原則の一つ、艦娘は指揮官と共にある事でその能力を十全に発揮する、という言葉の通り、阿賀野を含めた艦娘全員は指揮官としての素養を持った人間が居なければちょっと丈夫な身体と不思議な力を持った女の子でしかない。

 そのため艦娘達は自分の実力を引き出してくれる指揮官を常に求めているが、肝心の指揮官となってくれる人材と言うのが思いの他集まらないのが現状だった。

 

 阿賀野も自分の装備や能力を測定する一環として指揮官の候補者として鎮守府にやって来た人達を乗せた事はあるが、一人目は彼女が戦闘形態となり一歩歩いた直後に白目を剥いて気絶して海面に浮かび、二人目は主砲の試し打ちを行った直後に顔を青くして試験を中断した。

 その日、意気軒昂と言った様子で彼女の前に立った六人の指揮官候補がたった数十分後には重病人のような様相で鎮守府の港に並べられ、その姿を阿賀野は呆れ顔で眺め。

 すぐ近くで阿賀野と同じように候補者の相手をしていた艦娘の中にはちゃんと航行から砲撃雷撃をこなして胸を張りながら入港した子もいたので彼らに失礼だとは分かっていても自分はハズレを引いたのだな、と彼女は口の中で独り言ちた。

 

 ちなみにその日の候補者としてやってきた二十人の内でまともに艦娘を運用できた自衛官はたった3人であり、そのほとんどが真っ青な顔をして港に看護されながら寝かされ並ぶ様子は夜戦病院と言うよりは漁港の競り市場を思わせる光景となった。

 

 その時の阿賀野の頭にあった疑問は参加した士官の中に高所恐怖症の人が一人だけ混じっていた事であり、何故に巨大化する艦娘の指揮官候補として彼を連れてきたのだろう、と言う客観的に見てどうでも良い考えだった。

 

「この前の着任した人達はまだ一人づつしか編成できないみたいだよね」

「巻雲も早く司令官様の選定に参加を申し込んでみたいです」

「あらあら、巻雲さんったら私達はまだ座学も訓練も、単位が足りてないでしょう?」

 

 艦娘として目覚めたばかりの子は表面上は問題無く見えても中身は少しどころでは無いほど現代の常識がない事や人間としての身体に慣れていない事もあって、座学と湾内演習で規定の単位を履修するまでは実戦はおろか指揮官を選ぶ場にすら立つことが許されないと決められている。

 そして、よっぽど性格が合わない時を除いて指揮官は初めに乗った艦娘を初期艦として指揮下に置くことが暗黙の了解となっているらしく、指揮官の選定でアタリを引いた子は晴れて実戦要員として着任できるため多くの艦娘から羨望の眼差しを受けている。

 

 阿賀野に関しては極限の環境でサバイバルを強いられた経験から身体と霊力の使い方を覚える事を前提にした湾内演習はほぼ必要ない状態で座学にも意欲的に取り組んだおかげで三週間前には司令部から実戦に出ても大丈夫だと許可が下りていた。

 そんな指揮官が居ない宙ぶらりんになっている艦娘は彼女以外にも複数いて、中には自分にふさわしい相手が現れるまで待つと言う考えの娘や今いる指揮官の編成枠が増えるのを待って申請を行おうとしている娘など個人によって様々であった。

 

「そう言えば阿賀野さんはどうするんですか?」

「ん~・・・私は待つ方かなぁ、中村少佐なら阿賀野の提督さんになってくれると思うんだよね」

 

 正直に言って適性があり司令官となった新人の人達を見るに例え自分がアタリを引いても任される任務は碌に実力を発揮出来ない、精々が単艦ではぐれの深海棲艦の討伐や漁船団の護衛に駆り出される小間使いだろう。

 

 阿賀野に限らず軽巡洋艦娘は水雷戦隊の旗艦や大型艦の護衛として艦隊行動をとる事が前提として建造されたと言う自負から単艦で運用される事を嫌がる傾向が強い。

 

「でも中村少佐の艦隊は競争率高いらしいですよぉ?」

「軽巡ももう、那珂ちゃんさんや五十鈴さんがいますです」

「でも、指揮下にたくさん軽巡艦娘がいた方が提督さんも嬉しいと思うっ、うん、そうに違いないよ」

 

 一緒に昼食をとっている駆逐艦の子達が阿賀野でも薄っすらと分かっている正論を突き付けてくるが、あえてそれを自分理論で交わした軽巡艦娘は両手を胸の前で握り気合を入れる。

 

 この世界と似通った別の世界から転生してきたと言う中村義男と田中良介、二人の指揮官は窮地にあった鎮守府と艦娘の状況を見事に解決し、さらに彼らの指揮下にある艦娘達は他の者達とは一線を画す実力者として多くの深海棲艦を打ち倒してきた。

 現金な言い方になるが彼らなら自分達も見事に乗りこなしてくれるだろうと言う期待、それが良い乗り手を求める船としての本能とも言える感情によって多くの艦娘の配属申請書に彼らの名前を書き込ませる一因となっていた。

 

「それに提督さんったらこの前挨拶した時、阿賀野に見惚れてたもん♪ きっと阿賀野型の性能に首ったけになっちゃったのよ。絶対に次の申請は通るんだからっ、くふふっ♪」

「いや、まだ阿賀野の提督にはなってないし、申請だって私達の希望通りになるわけじゃないし、基地司令部の采配も考慮されるんだから貴女みたいに主砲の連射力がやたら高い子は安全確保の為にまだ指揮の拙い新人の司令官に配属されるんじゃない?」

 

 背後から野菜炒め定食のお盆を持って近づいてきた軽巡艦娘が上機嫌に笑っていた阿賀野に水を差しながら近くの椅子に腰かける。

 

「なによぉ、夕張だって申請出した田中少佐の所にちゃんと配属されたじゃない」

「私の場合は申請が通ったって言うより、増設できる装備の枠が多いから実戦で新兵装の試験をして欲しい研究室からの推薦があったから配属されたんだけどね」

 

 自分と同じように限定海域と呼ばれる深海棲艦が作り出した奈落から救い出された友人へ阿賀野はへの字に口を向けるが苦笑でそれを受け流した夕張はお箸を手に合掌する。

 今、鎮守府の艦娘が注目している艤装の増設装備を一足先に扱っている軽巡洋艦に阿賀野と一緒に食事をしていた艦娘達がここぞとばかりに質問をするが、機密関係は話せないと言う前置きをした夕張から聞けたのは彼女達が午前の座学で教員代わりをやってくれている研究員から聞けた話とほとんど同じだった。

 

・・・

 

 昼食の後、秋の終わりが近づく肌寒い海原で阿賀野は首から下げた警笛を片手で握りながら口に咥え、もう一方の手を腰に当てて目の前で行われている湾内演習の風景に目を光らせる。

 

 阿賀野達が鎮守府に戻るまで動ける艦娘は30人前後しかいなかったが、限定海域から助け出された彼女を含めた18人の艦娘と百数十個の霊核によって劇的に鎮守府の艦娘人口は増える事になった。

 この三か月でクレイドルと呼ばれる治療槽から新しい身体を得て目覚めた艦娘は既に60人に達することになったのは良いが、それに伴って現れた問題も多々あった。

 

「はいっ! 菊月ちゃん大破判定! 後方に下がりなさ~い!!」

「ぐっ、阿賀野さん、この菊月はこの程度で沈むほど柔ではないぞっ」

「はいはい、文句言わない、身体の光が消えちゃっているからさっさとこっちに来ないと危ないよっ!」

 

 口に咥えたホイッスルの音を上げてから阿賀野は大きな声で白髪と黒いセーラ服を赤いペイント弾で汚した睦月型駆逐艦を呼び、幼い顔立ちに似合わない口調で文句を言う少女に小さくため息を吐いてから軽巡艦娘は海面を滑り菊月の腰に輝く三日月の付いたベルトを掴んで引きずる様に彼女を避難させる。

 

「ペイント弾でも霊力がくっ付いてるとかなり危ないんだから、障壁が作れなくなったら

ちゃんと避難しなさい、メッ!」

「うぅ、こんな前半戦で直撃を受けるとは・・・睦月型の名折れだ・・・」

 

 ベルトを引っ張られて肩を落とす菊月の額に人差し指を当てて注意を行った阿賀野はもう一度ホイッスルを吹く、すると演習用に用意された港湾に光を纏ったペイント弾がポンッポンッと少し間の抜けた音を上げながら飛び交い始める。

 数人の艦娘が二つのチームに分かれて手に持った単装砲や連装砲の様なモノを向け合う演習風景を大破判定で撤退させられた菊月と並んで阿賀野は今日の午後の湾内演習の担当艦として監督を続行する。

 

 目覚めたばかりの艦娘達は本能的に海上歩行と手足から光弾を放つ能力は使えるがそれ以外ははっきり言って戦闘の素人としか言いようがない有り様だった。

 さらに戦闘艦だった頃の記憶から自分の力を過信したりするくせに人間としての身体に慣れず頻繁に何もない所で転ぶなんて事もしばしばであり、昭和初期からタイムワープしてきたような時代錯誤な感性と現代の常識との齟齬に混乱する事も多々ある。

 そんな世間知らずの艦娘一年生が一気に元から鎮守府に居た艦娘を上回った事で船では無く艦娘としての戦闘方法を教える人員が圧倒的に不足する事になった。

 

 艦娘の人数が少なかった数か月前までは鎮守府の研究室で作られた人間サイズに縮尺を合わせ重量配分も本物に近づけた張りぼて艤装を背負って高波などに転ばないように走れるようになったら司令官と共に実戦に出て先輩艦娘の艦橋から戦闘方法を学ぶ方法が取られていた。

 だが、艦娘の人数が司令官の人数を圧倒的に上回ってしまった為にこのままではただでさえ少ない司令官達が胃を大破させるか過労死するかと言う危険が出てきたため、急遽、湾内演習の方式が改善されることになった。

 

 そして、その改善策が現在ではスタンダードとして鎮守府の艦娘達に定着する事になる。

 

 まず演習の監督を担当する艦娘が立候補や推薦で決定して艦娘寮の入り口にある掲示板に日付ごとに朝、昼、夜に分かれた担当時間と共に張り出される。

 そして、演習を希望する艦娘がその当日の朝までに担当艦に参加を申し込んで、人数の集まり具合や参加する艦娘の艦種や練度などから担当艦が演習の内容を決定するという方式が採用される事となった。

 

 今、阿賀野が担当している艤装モドキを装備して行う湾内演習の他にも身一つで海上に浮かんだ的をより早く、より多く、より高い命中力で打ち抜く無装備演習や陸上もしくは海上で艤装が使用不能となった場合を想定した格闘戦や撤退戦を学ぶための演習などが現在の鎮守府で行われている艦娘の訓練の主だったものである。

 そして、全ての演習で共通するルールが演習中には障壁を常に展開し続けなければならないというモノであり、霊力の消費によって発光する事が出来なくなった艦娘はその時点で担当艦から演習の終了を告げられそれに従わなければならない。

 

「うわあぁん! 魚雷の群れに突っ込んじゃうなんて! 巻雲のばかぁ!」

「はいっ! 巻雲ちゃんっ大破っ! 早く避難して~!」

 

 玩具のモーターが使われている魚雷モドキが発生源とは思えないほどの水柱に跳ね飛ばされて悲鳴を上げる駆逐艦に向かってまた阿賀野はホイッスルを吹き鳴らし戦闘を中断させ、濡れ鼠になった夕雲型の二番艦がとぼとぼと阿賀野の方へと避難してきた。

 

 ちなみに担当艦はある程度の実戦経験や海上活動の実績から選ばれる事が多く、立候補する艦娘もその手の事に自信がある者なので大抵は座学と演習の単位を修めたが特定の司令官の指揮下にいない阿賀野のような宙ぶらりんな艦娘が担当艦をやる事が多い。

 

・・・

 

 座学や演習などを真面目に受けたり実戦で戦果を挙げると教員や指揮官から貰える銀色のコイン、枚数に応じて艦娘酒保で色々な物品と交換出来る硬貨を数枚ほどポケットの中でちゃりちゃり言わせながら阿賀野は夕ご飯までの間に出来た暇をどう過ごそうかと思案する。

 

 そんな事を考えながら夕暮れが近づいてきた鎮守府の港区画に何気なく立ち寄った阿賀野の耳にコーンッと小気味の良い音が聞こえ、小さく首を傾げた彼女はそう言えばたまに夕方になるとこんな快音が港から聞こえてくる事があったなと思い出す。

 

 暇もあった事も手伝い、その正体に興味をひかれた阿賀野は音がした海を臨む港湾の広場になっている場所へと歩いて行った。

 

 そこにはコンクリートの地面に引かれた白い菱形、木製のバットを持った駆逐艦と白いボールを手の上で遊ばせている軽巡洋艦が数mほどの間を開けて相対している。

 菱形の白線の上には数人の艦娘が片手にグローブを付けた状態で中腰になりいつでもボールが飛んできても良いように構えているようだった。

 

「・・・野球なの? でも何で打者が真ん中に立ってるんだろっ?」

「あれはね~♪ 野球じゃなくて敵の砲弾を受け反らす為の訓練だよ☆ あがのちゃん、ばんわぁ♪」

「あっ、那珂ちゃん、ばんわぁ♪」

 

 そこで行われていた奇妙な球技に没頭している仲間達の姿にますます首を傾げた阿賀野の横から妙にテンションの高い挨拶してくる自称艦隊のアイドルに彼女は同じようなテンションで返事を返す。

 自分達を助けに来てくれた突入艦隊の一員でなおかつ阿賀野が限定海域で見た希望の象徴であった彼女とは始めは畏まってしまっていたけれど話している内に自分と同じ妙に明るい性格からか馬が合い気付けば友人となっていた。

 

 ちなみに那珂は駆逐艦が近くにいない時には割と普通の喋り方になるので実は自分と同じように艦隊の賑やかし要員を敢えて演じているのでは、と阿賀野は考えている。

 

 本当のところは艦娘である那珂が特に理由が無く持っている習性の一つなのだが、もちろんそんな事は阿賀野の知るところではない。

 

 そんな二人が挨拶を交わしたと同時に本来ならバッターが立つ場所で白球を握り込んでいた川内型軽巡洋艦の一番艦、川内が革靴を大きく振り上げるように脚を天へと向けて腕を地面すれすれまで撓らせる。

 その手の中でボッと白球に光が灯り、コゲ茶色のスカートを跳ね上げながら大股で踏み込まれた足の先へと突き出された手先から光弾と化した野球のボールが猛スピードでマウンドのはずの場所に立っている駆逐艦娘、白露型の四女へ目掛けて明らかにデッドボールになる角度で突き進む。

 

「でやぁああっ!」

「ッ! ・・・ぽっおぉいっ!!」

 

 そして、顔面に目がけて直線で突っ込んできたボールを夕立が霊力の光を纏った身体を大きく捩じり、下から掬い上げるようにバットを振り抜く。

 そして、快音を広場に響かせながら川内の頭上を大きく飛び越えて金色に輝くボールが夕暮れの海へと飛び出し、海原でミットを付けて待っていた駆逐艦娘が上から降ってきたそれを慣れた様子でパスッと受け止めた。

 

「だからぁっ、芯で打っちゃダメって言ってんでしょ! 打つ時にはバットの上か下に掠らせて反らすの! そうじゃないと駆逐の近接武器だと壊れちゃうんだってば」

「川内さん、ごめんなさいっ・・・でも、わざとファールするのって、とっても難しいっぽい」

 

 聞いていると敵艦の砲撃を手持ちの武器で受け反らしてダメージを軽減する方法の練習として野球のボールとバットを使っているらしく、ルールも球を単純に遠くに飛ばすのではなく目的の方向へと反らせる事を目的にしているらしい。

 

 手持ち武器による砲撃の【受け反らし】とは中村が前世の世界で艦娘が行っていた戦術の一つとして騙ったモノの一つであり、元々は頻繁に前世の記憶を材料にして法螺を吹く彼の創作に近い所謂、虚偽の技であった。

 なのに彼の指揮下にいた吹雪を始めとして複数の艦娘が本当に使えるようになってしまった為、今では必修では無いが使えたら便利という技術として多くの艦娘が習得に精を出している。

 

「元々はぁプロデューサーさんが持ってきたピッチングマシンを使ってんたんだけどぉ、ちょっと前に天龍ちゃんがピッチャー返しで壊しちゃって☆ 今は皆で代わりばんこにピッチャーとバッターしてるんだよっ♪」

「へぇ~、そぉなんだぁ」

 

 肩を落として守備に就いていた艦娘とバッターを交代する夕立の姿を那珂と並んで見ていた阿賀野にとって艦娘になってから少なくない時間を共にした下がり眉が少し気弱そうに見えるもう一人の川内型艦娘である神通が歩み寄り話しかけてくる。

 

「では、阿賀野さんも一度体験してみてはいかがですか?」

「あ、いや、阿賀野はぁ、そう言うのに向いてないって言うかぁ・・・」

「そんなっ! 貴女も、そして、妹の矢矧さんも、かつて勇名を馳せた赤揃えの武将方を思わせる立派な朱塗りの太刀を持っているのです。技を磨かねば折角の武具を錆びさせる事になってしまいますっ!」

 

 そして、こう言う状況の神通が厄介な性質を発揮する事を知っている阿賀野は苦笑いを浮かべて遠慮しようとしたが川内型の次女はいきなり気勢を上げて詰め寄り彼女の手を握りながら熱心に砲弾の受け反らしの有用性を語り始めた。

 案の定、訓練の事となると鬼気迫る勢いとなる神通に慄き、阿賀野は助けを求めるように那珂へと視線を向けると自称アイドルは小さく肩を竦めてから取り敢えず話だけは聞いてあげてとアイコンタクトで返事をする。

 その後は神通に捕まり結局、マウンドでバットを構える事になった阿賀野は太陽が沈む直前までに受け反らしを十回中六回は成功するようになり、命中弾を受けてヒリヒリするお尻を押さえ汗を滴らせながらも周りの艦娘から初めてなのにスゴイスゴイと持て囃される事に少し上機嫌になった。

 

「阿賀野姉、私達の太刀は幅広でおまけに長いから重心の関係で取り回しが悪いの。だから砲弾の受け反らしには致命的に向いてないわよ?」

 

 いつの間にか広場の端から練習の見学をしていた妹の矢矧が澄まし顔でそんな事を言い、神通を筆頭に周囲からの気まずそうな視線を集めた阿賀野はバットを手にマウンドでへなへなと頽れた。

 

・・・

 

 夕食を出撃任務から帰投した妹と一緒に食べた阿賀野は一日の最後に必ず行う日課の為に鎮守府の中心にある一際大きな建物へと矢矧と一緒に足を踏み入れ、当直であるらしい研究員に挨拶をしてから目的地を前にする。

 

 青白く光るガラス管を実らせた巨大な金属の樹木、そう表現すると妙にぴったりとする鎮守府における重要施設、クレイドルと呼ばれる艦娘の治療と蘇生を一手に担う巨大な機械へと阿賀野は近付き、そのクレイドルを囲むように設置された円形多層型の足場の階段を上りいつも訪れている場所へと足早に向かった。

 

「こんばんわ、能代、酒匂、今日も会いに来たよっ♪」

 

 青白い光が満ちた2mほどのガラスの円柱、阿賀野の目の前にある二つにはそれぞれ彼女の妹達が新しい身体を得るまでの眠りを過ごしている。

 片方のガラスの揺り籠には栗毛色の長い髪を揺らす阿賀野型軽巡の二番艦である能代がほぼ完全に再生された身体を弛緩させて水の中に漂わせ、もう一方の末妹である酒匂のクレイドルの中は薄っすらと透けて見える人型の輪郭とその胸の辺りにきらめく水晶体が鼓動するように青白い光を明滅させている。

 

「能代姉の方はもういつ起きても大丈夫みたいよ・・・まぁ、身体が再生し終わっても目覚めない子は結構いるみたいだけど」

 

 下の方で研究員から現在の姉妹の治癒具合を聞いてきた矢矧に笑顔で頷いてから阿賀野は深い眠りについている二人へと向かって今日あった色々な出来事を取り留めない調子で話していく。

 阿賀野が限定海域と言う奈落の底から帰ってきて治療を終えた日から続く日課、自分達を日の元に帰すまでの間ずっと心を支えてくれた妹達が少しでも早く目覚めますようにと言う願いを込めて阿賀野型の長女は大げさな身振り手振りを加えて今の鎮守府の様子を夢の中にいるであろう彼女達に教える。

 

 一通りの話のネタが尽きてそろそろ寮へと帰ろうと阿賀野と矢矧がクレイドルから降りようと踵を返したそんな時、彼女達の背中に艦娘の目覚めを知らせる警告音とガラス管の中から排水される水音が届いた。

 まさかと言う期待に高まる気持ちに顔を明るくした二人が勢いよく振り返った先で一本のガラス管がせり上がり揺り籠の蓋が開く。

 

「ぁあ、・・・ほんま、エライ目に合ったで、うち、空母やで? 何で艦載機やなくて自分自身が飛行訓練なんかせなならんねんな、おかしいやろ絶対・・・」

 

 開いたガラス管の中から明るい栗色の髪を首筋や肩に張り付かせた小柄な少女がぶちぶちと妙なイントネーションの関西弁で文句を言いつつぺたぺたと裸足で阿賀野達が立つ足場へと出てきた。

 

「んぅ? あれ、なんや阿賀野と矢矧やん、どうしたんこんな所で?」

「・・・龍驤、貴女なんでクレイドルから出て来てるの?」

「確か昨日も普通に食堂で会ったよね? まだ演習の単位が残ってるから出撃もしてないんでしょ? 何で怪我してるのよ」

 

 恥ずかしげも無く素っ裸で立つ軽空母の姿に二人そろって困惑する阿賀野型に龍驤は苦笑いを浮かべながら水滴を滴らせる前髪を掻き上げる。

 

「んーぁ、何て言うかさ、ちょっと朝早くに鳳翔に呼び出されて空母に必須の訓練っちゅうのさせられたんやけどなぁ」

 

 紆余曲折あって訓練場所の近くにあったレンガ倉庫に激突して肋骨などの幾つかの骨が折れたりヒビが入る怪我を負い、つい今しがたまでクレイドルで治療を行っていたのだと関西生まれでも無いのに関西弁を扱う空母は自身の内情を明かす。

 何をどう間違ったら艦娘が倉庫に激突して治療槽を使うような怪我をするのか想像もできない阿賀野が困惑した顔を隣に立つ矢矧に向けると、妹は何やら訳知り顔で小さくうなずいていた。

 

「矢矧、何か知ってるの?」

「あのね、阿賀野姉・・・多分聞いただけでは信じられない話だとは思うんだけど、空母艦娘はね・・・」

 

 自分でもその言葉を言うのを躊躇っているような調子で矢矧は言葉を切り、その勿体ぶったような様子にさらに困惑を深めた阿賀野は続きを促すように小さくうなずいて見せた。

 

「空母艦娘は、空を飛ぶのよ・・・」

「・・・何言ってるの、矢矧、大丈夫?」

 

 絞り出すように告げられたその言葉に阿賀野は真面目過ぎる妹が働き過て少し神経衰弱でも起こしているのではないかと疑ってしまった。

 

「本人が言うのもなんやけどありえへんやろ、なんで空母が飛ばなあかんねん。うち等艦娘作ったって言う博士な、絶対頭おかしいわ」

「え、二人して冗談よね? そうよね?」

「阿賀野姉も司令官の元に付いて出撃するならその内、嫌でも見る事になるわ」

 

 そう問いかける阿賀野に矢矧も龍驤も沈痛な面持ちで頭を左右に振り、突然意味の分からない情報を聞かされた阿賀野は今日一番の困惑に顔を歪める事になった。

 そして、龍驤が素っ裸のままくしゅんっと小さくくしゃみをしたのを合図に取り敢えずは彼女の身体を拭いて服を着せるべきだと判断した二人は当直の研究員の元までタオルを貰いに行くことにした。

 

「阿賀野姉、空母艦娘の艦橋に乗る時には絶対に自分を固定するベルトか紐を持ち込んでね」

 

 そんな苦いモノを噛んだような妹の忠告に瞠目し、少しの間離れていた内に鎮守府は自分達の想像をはるかに超えた場所へと変化していたらしいよ、と阿賀野は妹達が眠る二つのクレイドルへと向かって呟いて二人と連れ立って足場を降りる。

 

 そして、揺り籠が開く警告音を聞いて巨大な治療装置の根元に駆け寄って来きた大判タオルを抱えた女性研究員と合流した。

 

 




「プロットの1/5も書けてねぇじゃねぇか!?」

「うわぁーーーっ!!」

まぁ、海にはゾンビより質の悪いヤツが無限湧きしてるわけですけど?

酒匂? そんな子いないヨ。
だから、俺達はそのしわ寄せで6-2大破祭りを……強いられているんだ!


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第十七話

昔話をしてあげる。

鎮守府にまだ艦娘酒保が無かった頃の話よ・・・。




(翻訳・ご都合主義全開な辻褄合わせ回ですって!)


 今まで深海棲艦への対抗兵器として造り出されながらその本来の能力を発揮できぬまま使い潰される形で運用されてきた艦娘は東京湾に突如侵入してきた駆逐艦級と軽巡洋艦級の怪物の襲来に鎮守府計画ごと破滅しかねない危機に陥れられた。

 太平洋上を回遊しながらその勢力を広げている深海棲艦による史上初の日本本土への直接的な攻撃、何が切っ掛けで日本攻撃を実行したのかは今となっては知る由も無いが幸か不幸か数隻の怪物はそれらを統率していたらしい軽巡ホ級が吹雪と中村によって撃破された事で残存は撤退し、鎮守府が設置されている基地、ひいては日本本土への深海棲艦による史上初の攻撃は水際で阻止された。

 

 とは言え、東京湾内どころか日本近海へ深海棲艦に侵入されている時点で自衛隊の対応はお粗末極まりないモノである。

 

 確かに深海棲艦は砲撃やミサイルなど通常兵器の破壊力を不可視の障壁で緩和してしまう力を持った怪物であり、その速力も現代の艦船を大きく上回っていた。

 ただでさえ法的な制約から兵器の使用もままならない自衛隊の海上部隊が近海へと侵入してきた深海棲艦を追跡する事しかできなかったと言うのは無駄死にを避ける為にも仕方ない事と言えなくは無い。

 だが、侵入された東京湾の直近にあった鎮守府が設置されていた自衛隊駐屯地では海上自衛隊側の基地司令による全施設の放棄と言う前代未聞な命令が下され、もし深海棲艦の本土攻撃が行われこれらの情報が外部に漏れていたらその場にいた全員が未曽有の責任問題に巻き込まれていただろう。

 

 2014年の一月半ば、ほぼ二か月前の東京湾に深海棲艦が侵入した事件から俺は友人であり同階級の相棒である中村義男と共に艦娘と鎮守府の運営に非協力的な態度を崩さない基地司令部との交渉と事件を切っ掛けとしたかのように次々とクレイドルから目覚めてくる艦娘達の対応に追われていた。

 

 あからさまではなくなったがこちらに圧力をかけ続ける基地司令と慇懃に包んだ嫌味と嫌味のぶつけ合いをするような全く実の無い業務内容を辟易しながらこなす日々。

 

 だが、ある冬の日の午後、そんな事が些細なモノと感じるほどの問題が唐突に発覚する。

 

「司令官、その箱は何ですか?」

 

 外壁には雪が薄っすらと積もった艦娘達が生活する寮の一階部分、すき間風は無いが冷蔵庫の中にいる様な寒さに満ちた広いコンクリート打ち放しの地下駐車場を思わせる場所。

 そこに用意された会議室に良くある横長の折り畳み机と、その上に置かれた段ボール箱、義男が持ってきたそれの中身がその問題を発覚させる事になった。

 

「ん、色々とな、最近マトモなもん食ってないからちょいと外の伝手を頼って持って来てもらった」

「かろりーめいど? パック麺? ・・・保存食ですか?」

 

 深海棲艦の襲撃を経て義男に特に懐いている艦娘である吹雪が彼の持ってきた一抱えもある紙箱を興味深そうにのぞき込み、その中に詰められていた物のを手に取って見慣れない物を見るように首を傾げる。

 

「って、いや、義男、これがまともな物って、レトルト食品はまともとは言わんよ?」

「それでも冷めた米と味噌汁よりはマシだ、だいぶ、だいぶマシだっ・・・パッサパサな飯よりホッカホカのパック麺の方が百倍は美味いねっ、間違いない!」

「それにしても基地から出られない缶詰状態なのに良く外との繋ぎを取れたな・・・」

「抜け道ってのは何処にでもあるもんなんだぜ? 無かったとしても作っちまえば良いだけだしなっ」

 

 所謂、手間いらずの即席食品が詰められた箱の前でそんな主張をする他力本願が座右の銘であると言って憚らない悪友の姿に呆れ半分感心半分で俺は箱の中を興味深そうに覗き込んでいる艦娘達へと視線を向け、そして、彼女達の態度に妙な違和感を感じた。

 

「一レカンド? この袋の中身も保存食なのね、入ってるのは水物かしら・・・? いちレカンドって何なの?」

「陽炎、横に書かれている文字は左から読むみたいだよ。へぇ、これってお湯に入れたら三分で志那ソバが出来るんだ、便利な時代になったんだね」

 

 深海棲艦の東京湾侵入の当日にクレイドルから目覚めた時雨が自分の後に目覚めた駆逐艦娘の陽炎へと助言しながらその手に持った個包装された即席ラーメンの裏面に書かれた説明文へと目を向けている。

 この二ヵ月でクレイドルから目覚めてきた六人の艦娘達が揃って不思議そうに現代の食文化の一角を成すレトルト食品を眺めたり会話する姿に俺はふと首を傾げながら義男へと視線を向ければ彼も何か違和感を感じて片眉をピクリと動かしていた。

 

「なぁ、吹雪、こんな物良くあるだろ、そんなに珍しいのか?」

「えっ、あ、すみません司令官、勝手に手に取ってしまって・・・その、私、今の時代の物とかあまり触れた事が無くて・・・」

 

 物珍しさに好奇心を押さえられなかったと頭を下げる吹雪の姿に義男はますます困惑して同じような表情をしているであろう俺へと顔を向ける。

 

「はは、今の時代って・・・まるでタイムトラベラーみたいな言い方だ」

「時間移動って事なら、うん、僕らは丁度そんな状態だね・・・今の時代は何から何まで珍しい物ばかりだよ」

 

 魚雷の爆発で船体を真っ二つにされて海に沈んだと思っていたら未来の日本で人間の身体を与えられ水槽の中に浮いていた、そう言った時雨は少し気恥ずかしそうに頬を赤らめながら烏羽色の前髪を指先でいじくる。

 その時雨の言葉を聞いた俺と義男は自分たちの認識と彼女達の意識の差に今さらながら気づく、いや、思い返せば初めて会った時の吹雪の言動にも不自然な部分は見えていたのだから今に至るまでに気付かなかった事の方がおかしい話だった。

 どう言うルートかは分からないが外との物流が極端に制限された鎮守府内へとこの箱を持ち込んだ義男の様な行動はしないまでも俺自身も今の生活には不満は挙げれば両手の指でも足りない程があった。

 

「なぁ、お前らさ、今の飯に不満とか無かったわけか?」

「えっ? それは基地の食堂で貰える食事の事ですか? 確かに量は少ないですけど」

「昔と違う化け物相手とは言っても戦時中なんだから、毎日三食に白飯が出てくるだけでも御の字でしょ?」

 

 聞かれた問の意味が解らないと言う顔をする吹雪とさも当然の事と言う顔で陽炎が言ったセリフに愕然とした表情を浮かべた義男が机の前で項垂れ、俺は額に手を当てて冷蔵庫のような冷気を放つコンクリートの天井を振り仰いだ。

 

 つまり、自分達が冷遇されていると言う事は周囲の自衛官達の態度からある程度は理解していた彼女達であるが、現代に生まれ育った俺達にとってはあからさまな嫌がらせである質素な日々の食事は、戦前の記憶を持った艦娘達にとって侘しいとは思っていても邪魔立ての類だとは認識していなかったのだ。

 料理に関しての逸話が多くある日本海軍には良い料理人が居たのだから彼らを乗せていた船の記憶は美味しい食事を知らないと言うワケではないだろう、だが、同時に戦争時代を知るが故の質素倹約が当然と言う意識が混ざっている。

 さらに俺や義男が教えた別の世界の艦娘達の戦いを聞いた艦娘達はそれが今よりももっと深刻に日本が深海棲艦に追い詰められていくと言う予言として受け取ってしまい、防人である自分達が私利私欲に興じていてはならないと考えてしまったと俺達は後から彼女らに聞いた話から知る事になった。

 

「取り敢えず食ってみろっ、こんなのは街のスーパーで簡単に手に入る安物ばっかりだからな、遠慮するな、な?」

 

 今までその事に気付かなかった後ろめたさからか、義男は少し涙目になりながら時代からズレた考えを持っている艦娘達に自分が用意したレトルト食品を手渡し、食堂から借りてきた(パクってきた)と言う炊飯器とIHヒーターの電源をコンクリート壁のコンセントへと繋いだ。

 

「えぇっ!? この白くて丸い機械って電気釜だったんですか!?」

「ちょっと、何で黒い板の上に乗せただけでお湯が沸くの!?」

 

 初めて手に取る現代の保存食に興味津々だった艦娘達の口から驚愕の声が飛び出して艦娘寮の一階に響き渡り、その姿に俺と義男は艦娘達は目覚める前に現代の情報を得てから目覚めるモノだと自分達が勝手に思い込んでいた考えを改めさせられた。

 

「この袋の中身はライスカレーだったんですね、良い匂いです♪」

「白雪ちゃん、黄色い軽石みたいだったのが、お湯を掛けただけでかきたま汁になっちゃったよ!」

 

 美味しそうにレトルトカレーや即席麺を頬張る艦娘達が和気あいあいとしている様子に大きく頷いていた義男がこちらに苦笑を向け、俺も微笑みで返してから段ボール箱から適当に手に取った袋を破いて中から取り出した棒状のクッキーを齧る。

 

「たまにはこう言うジャンクフードも悪くないな」

「司令官、ありがとうございます! 私、もっと頑張りますね♪」

「ははっ、大げさだな。さっきも言ったけど百円とか二百円程度の安物ばっかりだから気にするなよ。もっと食っても良いぞ?」

 

 そして、満面の笑みを浮かべて口々に礼を言う艦娘達へと大した事じゃないと顔の前で手を振りながら義男が何気なく言った言葉、それが引き金となって和やかに過ぎていた温かな食事会は急転直下の阿鼻叫喚へと放り込まれた。

 

「ひゃっ、ひゃくえんっ!?」

「な、なに言ってんのよっ! 保存食がひゃ、百圓、二百圓って!?」

「あわわっ! 私、なんて事をっ!? ・・・ぁぁ・・・ふぅ・・・」

「お、おいっ!? なんだ、なんだって言うんだっ、お前ら!?」

 

 マグカップの中のスープに口を付けていた吹雪がその場で垂直に飛び上がり、即席ラーメンをすすっていた陽炎がゴフッと噎せてちょっと人に見せられない顔をし、白雪が白目を剥いてカレー皿を手にしたまま卒倒しかけて義男に抱き止められる。

 俺から受け取った現代のバランス栄養食の代名詞とも言えるブロック状のクッキーを齧った状態で時雨は硬直し、筒状の容器からポテトスナックを取り出して食べていた軽巡洋艦と軽空母が笑顔を引き攣らせていた。

 

「那珂ちゃんはアイドルだから、その・・・お金で身体売ったりするのはちょっと路線が違うかなって・・・」

「いや、ホントに何言ってんの!? 良介どういうことっ!?」

 

 今まで少々の違和感はあれど会話に不自由しなかった事や自分を艦隊のアイドルと自称する那珂がいた事から認識が遅れ、俺達が指揮官として着任してから数か月も放置されていた由々しき問題が冬の艦娘寮に響き渡った悲鳴によって正体を明かした。

 

「・・・ぁ、あっ! 義男、過去と現代の貨幣価値の差だっ!」

 

 そして、艦娘のご機嫌取りなんて揶揄される階級だけは立派な士官でしかなかった俺、田中良介の任務内容に新しく艦娘達へ現代文化を教えると言うモノが追加された瞬間でもある。

 

「おや、随分賑やかじゃないか・・・おぉ、それって義男君がこの前言ってた話の成果かな? ぜひともご相伴にあずかりたいね」

「あ、主任、いや、まぁそれは構わないんっすけど・・・今ちょっと立て込んでて」

 

 軽く白髪が混じったゴマ塩斑の髪を後ろに撫で付けたオールバックの白衣姿が入り口から現れてこちらへと軽く会釈してから艦娘達を落ち着かせようとしている義男ににこやかに話しかける。

 

「そんなっ! ダメですぅっ!?」

「ええっ!? 吹雪くん、な、仲間外れは良くないなぁ・・・僕も仲間に入れておくれよぉ?」

 

 義男の了解を取って段ボール箱へと手を伸ばした主任の身体に体当たりするように抱き付いた吹雪が段ボールへの進路を妨害し、困惑した主任が俺や義男に助けを求めるように眉を下げた視線を向けるが静かに引き付けを起こした時雨や精神的な動揺で気絶してしまった白雪を抱えた俺たちは二進も三進も行かず只々状況を収める為に全力を尽くしていた。

 

・・・

 

「艦娘に給料を支払う? 何を馬鹿な事を言ってるんだ君達は」

 

 その現代と艦娘達の認識のズレと言う問題の発覚後に何事も元手が必要と判断した田中と中村は基地司令であり上官でもある海将補へと交渉に挑んだが、帰ってきた言葉は木で鼻を括る態度から飛び出した嘲笑だった。

 外部に漏れれば基地司令部の首が全て挿げ替わるどころか基地そのものが閉鎖されるだろう失態を演じ、自分の地位を守るために少々の便宜と引き換えにして田中達へと事件の隠蔽を願った男は胸元に幾つかの勲章を揺らしながら豪勢な執務室の椅子にふんぞり返る。

 

 中村が吹雪の能力を覚醒させ、さらに田中に懲戒免職程度では済まない弱みを握られた事であからさまな妨害は無くなったが、それでも将来的に天下り先を用意している政治家への配慮からかそれとも引くに引けなくなっただけか、いささか太り気味が目立つ海自将校は艦娘の指揮官である二人を邪険にする態度を隠そうともしない。

 

「私はね、君らと違って暇じゃないんだ。無駄な話をするだけなら相手には困っとらんだろう?」

 

 小さく鼻を鳴らした基地司令は二人を暇人扱いして卑下た笑みを浮かべた。

 

「羨ましいモノだよ、見た目だけは美人揃いだからな艦娘と言う連中はぁ・・・」

 

 自分が不利になる情報を外へと持ち出されない為に基地内に艦娘だけでなく基地内の部下で囲んで田中達まで閉じ込め、さらに予算がなんだ言動がなんだ、と重箱の隅を突くような嫌味を垂れ流す為に彼らを頻繁に呼びつける癖に彼らの要望は無駄無用と跳ねのける。

 何でこんなのが自衛官をやっているのか、と疑問を感じずにはいられない田中ではあったが今はそれ以上に自分の隣に座り気持ち悪いぐらい愛想の良い笑顔でソファーに腰掛けている中村の態度の方が気になって仕方なかった。

 

「人間のような見た目であってもアレは兵器でしかない。管理される器物に金銭を与えるなどと何を言ってるのか理解に苦しむよ」

「確かに基地司令官殿のおっしゃる通りっ、使い道のない金ほど無意味なものは無いですからね。そんな簡単な事に気付かず本当に申し訳ない限りですよ」

 

 小学生の頃に偶然から自分と同じ転生者であると気付き、紆余曲折を経て友人となった中村義男と言う男は十年来の付き合いとなった田中にとっても未だに読み切れない気質の持ち主で、その突拍子もない行動は二周目の人生に戸惑っていた彼を振り回して前世とは全く違う道へと引きずりこんだ元凶だった。

 他人を騙して利用する事に何の躊躇いも無く薄っぺらい言葉をベラベラと吐くクセに自分から言い出した約束の類は裏切らない義理堅さ、簡単に他人に頼り、責任ある立場を嫌がり逃げ回るのにいざ断れない状況になると渋っていた姿が嘘だったかのように張り切って積極的に事に当たる。

 お調子者であるが愚か者と言うワケでは無く、前世では高等な学歴を誇っていた田中ですら舌を巻く知識や技術を披露して見せる中村の行動力に彼は迷惑を掛けられた回数よりも助けられた事の方が多い。

 

「ですが艦娘のご機嫌取りと言うのも、これが中々大変でして、皆さんよりも楽な仕事をさせてもらってるのに不甲斐なくて申し訳ない気持ちでイッパイです」

「分かり易いおべっかだが、まぁ、身の程を知っている分、君は田中特務三佐よりも見どころがありそうだね」

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 本当に分かり易いゴマすりを自分達を苦しめている元凶の一人へと何の躊躇いも無く行う中村の態度に田中は引き締めた表情の裏で言葉に出来ない気味悪さに背筋を騒めかせる。

 中村は何の躊躇いも無く嘘を吐く、そして、田中の経験から言えば彼が薄っぺらい虚言をばら撒いた場合に相手に訪れる結果は大きく二つに分かれていた。

 

「私から田中にもちゃんと海将殿に失礼な態度は止めろと何度も言ってるんですが、これがまた昔から真面目なのは良いんですがそのせいで頭でっかちでしてね?」

「おいおい、私はまだ海将補だよ、中村くん」

「おっと、まだでしたね。失礼しました。何せまだ若輩者ですからいろいろと慣れておりませんので」

 

 小学校時代にいじめっ子を懲らしめたとか、転校する女の子へ告白出来ないでいる友人を焚き付けたりするぐらいなら軽いものだ。

 だが、中村が起こしたトラブルの中には公園でたまたま会っただけの借金に苦しむ中年を助ける為に田中を巻き込んで所謂、悪徳金融と呼ばれる連中に別件で呼び出した警察をけしかけて犯罪の証拠を上げさせるなんて馬鹿げたことを幾つかやらかした事もある。

 何故そんな事をしたのか、どうやればこんな事になるのか、と本人に理由を聞けば曰く前世で世話になった人達で彼らから事の顛末を聞いていたからこそ問題への先回りが出来たと軽い態度で答えた。

 それ以外は語ろうとしなかったが彼の基準において恩や義理と言う部分は大きい行動の指針となっているのは彼の周りに集まって来る幅広い人脈から間違いないと田中には感じられた。

 

 つまり、相手を言いくるめて騙す事自体は同じなのに中村の行動の結果は両極端となり、田中の経験上で今の様に情けないほどゴマすりを続ける友人の姿はかつて敵対した何人かの相手を社会的に抹殺する為に準備を進めていた時とダブって見えていた。

 

 そして、その日の交渉は大した成果も出せず、ただひたすら中村が基地司令を煽てるようによいしょするだけで時間が過ぎて二人は追い出されるように海将補の執務室から退出する事になった。

 

「・・・義男、お前、今度は何考えてるんだよ?」

「そんなもん決まってるだろ吹雪達の事だよ・・・俺はお前みたいに幾つもの事を複雑に考えられるタイプじゃないんだ」

 

 並んで鎮守府施設へと向かう道を歩きながら田中が問いかければ澄まし顔で中村は小さく肩を竦めておどけた言葉を返し、彼にとっては基地司令へのおべっかだけをばら撒いただけにしか見えない友人は大した気負いも無いいつも通りの様子で歩いていた。

 

「それに自分が一番偉いって考えてる人間ほど足下の落とし穴に気付かないんもんだ」

「・・・つまり、落とし穴を見つけたのか?」

「無駄話の最中にちょっと思い出した事があってな、いや、埃臭い部屋で資料をひっくり返してたのが役に立つとは思わなかったぞ?」

 

 こうして友人の薄ら寒くなるような笑みを横目に田中は艦娘への報酬と言う形で資金を与えて現代に慣れる為の物品を得る一つ目の手段を用意することに失敗した。

 

「何かするなら俺らに種明かししてからにしてくれよ」

「何言ってるんだお前は、いつだってまず騙すのは味方からって決まってんだろ」

 

・・・

 

 基地司令との交渉と呼ぶには拙い雑談から二週間ほど経った雪がちらほらと空に舞う薄暗い昼過ぎ。

 

「これは、どういうつもりだっ!」

「どう、と言われましても、見たままとしか言いようがありませんねぇ」

 

 基地内の鎮守府が置かれている区画に数人の同伴者を連れて青筋を額に浮かべた基地司令が怒鳴り散らし、その前に立って士官服のポケットに両手を突っ込んだ中村がしれっとした顔で返事を返す。

 彼らの前では鎮守府の資材倉庫として用意されたレンガ造りの建物が並ぶ中の一つであり、そこにカーキー色を身に着けた陸上自衛隊に所属する自衛隊員たちが自動販売機らしい機械類を倉庫内へと運び込んでおり小さな体育館ほどの大きさを持った倉庫内へと機械類を並べていた。

 

「私の基地内でこんな勝手な行動は許可していない!」

「いえ、許可ならありますよ。鎮守府の管理を行っている研究室の方からしっかりと、ね? まぁ、施設内への肝心の荷運びは海自側の正門で止められてしまったせいで陸自の方に協力してもらう事になりましたけど?」

 

 その中村の言葉に基地司令と彼に付いてきた士官たちは何を言われたのかさっぱりと言う顔で自分達を無視して機材を搬入する広義では自分と同じ自衛官である者達と目の前でわざとらしくにこやかな笑顔を浮かべている名目上は部下である男の間で視線を往復させる。

 

「ここは自衛隊の駐屯地だぞ! 民間から出向してきた研究員の許可に意味などっ!」

「いやいや、その認識が間違ってるんですよ。海将補殿は今の基地に着任されてから自分の権限が行使できる範囲を示した権利関係の書類に目を通されませんでしたか?」

「それが何だと言う!?」

 

 激昂して冷静さの欠片も無く唾を飛ばす海上自衛隊側の基地司令官の姿を少しも気にした様子も無く中村はへらへらと笑いながら言葉を続ける。

 

「我々も資料室をひっくり返して調べて見た時に気付いて驚いたんですがね。ここ、厳密に言うと自衛隊の駐屯地じゃないんですよ」

「・・・はっ? 何を、バカなことを・・・」

「鎮守府と言う場所は登録上ですが公立の教育機関として書類に記載されてるんです。所謂、政府が設立に関わっている艦娘の為の学校と言う扱いで」

 

 そして、学校長や教員として登録されているのは民間から出向してきた主任であり研究員たちである、と笑顔で伝えた中村の前で告げられた言葉の意味が解らず、混乱に陥ってからたっぷり一分ほどの絶句の後に基地司令官は部下へと視線を走らせて事実かを確認するようにと命令を叫ぶ。

 鎮守府が存在する港湾を囲むように扇状に建てられた自衛隊の基地施設だが敷地の大小の差はあるがフェンスで仕切られ隣り合った別の駐屯地と言う形式で造られている。

 海上自衛隊と陸上自衛隊では指揮系統が違う為に倉庫で作業をしているカーキー色の自衛官達に制止を命じる事も出来ず海上自衛隊の将校は顔を真っ赤にして中村を睨みつけていた。

 

「今時は大体の中学や高校に購買部の一つや二つはあるでしょう? 権利者からの許可がちゃんとあれば何の問題も無い事ですよ」

「だが、・・・そうだ、艦娘への金銭の授受は認められない、お前たちがこんな事をしても無意味だっ!」

「まぁ、そりゃ艦娘はその人間的な性質はともかく、法的には兵器として扱われている以上は仕方ないですね」

 

 二週間前に頭を下げて若い士官が艦娘の為に給金の支給を願ってきた事を思い出し、小太りの上官は指を突き付け指摘した反撃の一手に自信があったらしいが、その言葉は至極どうでも良いと言う風に中村に軽く交わされて海将補はまた困惑に顔を固めて静止する。

 

「いちいち説明するのも面倒なんですが・・・」

 

 物品を交換する手段は別に日本円に限られているわけではない。

 今でも物々交換や証文なんて紙切れで多くの物流は動かされているし、日本全国のあちこちにある遊技場では違法性を疑われる事もあるが問題無くパチンコ玉やメダルと交換で様々な物品を得る事が出来る。

 鎮守府という限られた範囲内ではあるが管理者である人物が許可を出して金銭に変わる物を艦娘に与えて、彼女達が物品と交換すると言うだけなら違法性は無い。

 

「まぁ、我々と協力者の懐から捻出した資金を元に運営される事になるでしょうから大した物は置けないでしょうが、それは大した問題でもありませんし?」

 

 あくまでも艦娘と鎮守府の外の文化を触れさせるための切っ掛けの一つでしかないと割り切った考えで話を締めくくった中村はわざとらしく口元を引き上げた笑みを基地司令官へと向けた。

 

「こんなことをしてタダで済むと思うなよ、若造・・・」

「はははっ、何がもらえるんですかね? 楽しみにしておきますよ。海将殿、いや、まだ()()()でしたっけ?」

 

 艦娘を外と隔離しながら真綿で首を締めるように鎮守府を破綻させる事を目的に行動していた海将補はへらへらと笑う若者へとドスの利いた声を浴びせてから戻ってきた部下から聞いた報告にますます不機嫌さを際立たせて肩を怒らせながら自分の基地へと戻っていく。

 その姿を見送った中村は嘆息してから肩の力を抜き、艦娘用の酒保を設営してくれている陸上自衛隊の方へと向き直り、倉庫の壁際からこちらを鋭い目つきで見つめている分厚い枯葉色の迷彩服の上からでも体格の良さが分かる大男へと視線を向ける。

 

「・・・随分と大きく出たようだが大丈夫なのかね?」

 

 その視線にもたれ掛かっていた壁から離れて近づいてきた壮年の男性に軽薄な笑いを引っ込めた中村は素早く敬礼をして、それを受けた厳つい顔に大柄な身体を持ち黒縁の眼鏡を掛けているぱっと見は知的な熊にも見える男性は返礼を返して唸る様に呟く。

 

「ご心配をおかけしてしまいましたか? 鍋嶋一佐殿」

「君の心配と言うよりもここまで我々を巻き込んでおいて自滅でもされたらたまったモノでは無いのだよ」

 

 鎮守府を半円形に囲む陸海の自衛隊が隣り合うと言う特殊な立地を持つ施設の片割れ、海自側と比べると敷地も人員も三分の一ではある陸上自衛隊側を取りまとめている総指揮官、鍋嶋純一は不審そうに疑う態度を隠さず太い腕を組んで中村を見下ろし威嚇するような表情を浮かべる。

 

「司令官、大丈夫ですかっ! この人に何かされましたか!?」

 

 特に言葉を交わすことなく睨み合うような状態になった二人の間に陸自隊員が出入りしている倉庫の中から駆け足で出てきた吹雪が割り込んできた。

 気温は1度以下の寒風の中でもいつもの半袖セーラー服を身に着けた駆逐艦娘は大判の封筒を抱くように抱えて薄っすらと身体を光らせながら中村の前に盾になる様に立ち上目遣いに鍋嶋を睨む。

 中学生にしか見えない吹雪の登場に少々面食らった鍋嶋が一歩後ろへと退いて少々やり辛そうに眉間と口元にしわを寄せて石の様にごつごつした太い指で頬を掻く。

 

「吹雪、今回の事を厚意で手伝ってくれてる相手に失礼をするんじゃない」

「でも・・・陸軍の人ですし、気を付けないと何をされるかわかりません!」

「陸上自衛隊だ。いい加減に慣れろよ・・・部下が無礼をしました、申し訳ありません。」

 

 吹雪の髪を乱暴に掻き回してから頭を下げさせてから中村も鍋嶋に頭を丁寧に下げる。

 その姿にさっきまで自分の上官である海将補へと慇懃無礼な態度をとっていた彼を見ていた鍋嶋は渋い顔に今度は困惑を浮かべる。

 

「いや良い・・・だが、私が言うのもなんだが連中は何かしらの方法で妨害に来るぞ、我々は権限が無く外側から見ている事しかできなかったが奴らがその子達にやっていた事はある程度は把握しているつもりだ」

「今回みたいに海自からの協力要請、そして、暴行や明確な犯罪があればこちら側にも介入できると伺っていますが? 前任の指揮官が艦娘への暴行を働いた時のように、貴方達は我々に対する抑止力として配備されてるはず」

「あれが特にマヌケだっただけで海上自衛隊と言う連中は基本的に抜け穴を探す事だけは上手いからな、例えばあの男や・・・君の様にな」

 

 そんな鍋嶋の物言いに眉を顰めた吹雪はますます不機嫌そうに頬を膨らませ、言われた本人である中村は彼へと苦笑を返す。

 

「その抜け穴の一つから手に入れたものをそちらに提供する約束でこんな大事を連中に分かる形でやったと説明はしました。それにあの手の人間は目の前の問題を片付けるまで他が見え辛くなるもんです」

「言い方は悪いが籠の鳥の囀りに聞こえるな。借りのある同期の頼みが無ければ君の話など耳を貸さなかった」

「学生時代にも世話になりっぱなしでしたが、これでもう佐伯教官殿には足を向けて寝れなくなってしまいましたよ」

 

 そう言いながら苦笑する中村は吹雪が持っていた封筒を彼女の手から抜き取って鍋嶋へと差し出し、それを受け取った叩き上げの陸自隊員は中に入っていた書類に素早く目を通して一瞬の瞠目の後に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて封筒を閉じる。

 

「使い方はどうとでもしてください。情報漏洩、背任容疑、公金横領にパワーハラスメント、政治家先生との夜遊びの写真はまぁ、オマケみたいなもんですが軽く突いただけでここまで埃が立つなんて珍しい相手でしたよ。知り合いの探偵に頼むまでもありませんでした」

「・・・基地に閉じ込められている状態でどうやって調べたか、と言うのは聞かないでおこう」

「今回に関しては海将補殿と違って後ろめたい事を俺は何一つやっちゃいませんよ。敢えて明かすなら艦娘の能力と言うのがアイツらや我々の予想以上に便利だっただけです」

 

 意味有り気なそのセリフに鍋嶋は何を言われたかいまいちわからない様子で中村とまだ不満そうな顔をしている吹雪を見るが、それに答える様子も無く若い海自の指揮官は軽く指を上に向けて見せただけであり強面の彼はとりあえずそれが指す方に従って曇天を見上げた。

 白い雪がちらついているだけで特におかしいモノが無い曇り空、近くで彼らの会話を聞いていたらしい作業中の隊員たちも立ち止まり何気なく空を見上げるが不自然なものは見えなかった様子で仲間達と顔を見合わせる。

 眉を顰め揶揄われたのかと視線を空から正面へと戻そうとした鍋嶋の眼鏡に小さく細い光が滑る様に流れ、反射的に彼が視線で追ったそれは倉庫の上を旋回するように徐々にその高度を下ろしてくる。

 

「・・・あれは、ラジコンか? ・・・いや、矢だとっ!? なんだあの軌道はっ・・・?」

 

 物理的にあり得ない光る矢が曇天の下で円を描きながら旋回するという現象に目を見開いた鍋嶋やその彼の様子に部下である隊員たちも気付いて騒ぎ出し、陸自の指揮官は何故か誇らしそうに胸を張る吹雪と訳知り顔で自分の正面に立つ中村へと視線を戻す。

 そして、鍋嶋は彼等の背後、少し離れた倉庫前の道路にいつの間にか現れていた茜色の着物と深い藍色の袴を身に着けた矢筒と和弓を持つ嫋やかな黒髪の美女に気付いた。

 

「俺達は基地の外には出ちゃいけないって命令されてますが、陸自の電話を借りて民間人の知り合いに写真を撮ってきてくれと頼んじゃいけないと命令されてもいませんし、領収書の類が入ったごみ袋を拾っちゃいけないとか訓練中の矢を基地の外に放っちゃいけないって規則もありませんからね」

「・・・っ! 彼女は航空母艦かっ?」

 

 極秘扱いである艦娘は別部隊である陸自には詳細な情報は渡ってきていなかったがそんな鍋嶋でも彼女達が過去の戦闘艦の能力を宿して生まれてくると言う事ぐらいは知っており、その情報から目の前で起こっている不可解な現象の正体に思い至る。

 宙を滑空して空母艦娘である鳳翔の足下へと下りた一本の矢が纏っていた光を散らして薄く雪が覆うアスファルトの道路の上に転がり、空から降りてきたその矢を弓掛を付けた右手が花を摘むように優しい手つきで拾い上げた。

 

「今までの艦娘の指揮官は何故か彼女達の能力には興味が薄かったようでして、この事を知っていた研究員の人達も聞かれなかったから答えなかったらしいです。休日でも無いのに繁華街で遊んでいた上官殿も頭の上から見られているなんて思いもしてなかったでしょうよ」

「・・・何とも便利な能力だ。彼女にこちらへ出向してもらうと言うのは無理な話か?」

「生憎ながらそれを認める権限は俺にはありません。それにそんな事になったら小心者な俺は怖くて外も歩けなくなります」

「・・・よくもそんな台詞が吐けるモノだ。 仕事が増えた。失礼させてもらう」

 

 協力者達へ頭を深く下げ礼をする鳳翔の姿に暫し見惚れていた鍋嶋の意識を引き戻すように中村が種明かしをして肩を竦めて見せ、陸自の指揮官は熊の様な厳つい顔に苦笑を浮かべてから帽子のツバを引いて目元を隠すようにかぶり直し、小さく敬礼をしてから肩で風を切る様にきびきびとした動きでその場を去っていった。

 

 その後、目覚めた艦娘の数はさらに増え、田中が東京湾への襲撃事件を機に接触を持った政治家への働きかけに成功する。

 

 その同時期に起こった基地司令官である海将補の懲戒免職と部下の降格処分による混乱でそれまでの停滞が嘘だったかのように彼らの忙しさを加速度的に増していった。

 

 そして、2014年の2月、衆参両議院の可決によって国防特務優先執行法が施行される事になる。

 

・・・

 

 怒涛の勢いで数えきれないほどの問題が押し寄せてきた2014年があと数日で終わる。

 

 そんな新しい年を目前にして真冬の到来を告げるようにチラホラと粉雪が舞う鎮守府を数日間の出撃任務から帰還した田中は歩く。

 

 思えばこの一年は休む暇なく陸や海を走り回り敵味方問わず彼の常識と言う概念を破壊するかのように押し寄せてくる凄まじい攻勢をよくぞ自分は乗り越えたなと苦笑しながら田中は白い息を吐いた。

 

 去年の着任から深海棲艦の襲撃と吹雪の初出撃に始まり、中村が意地の悪い笑みを浮かべ陸自に繋ぎを取って海将補をその椅子から引きずり下ろし、彼等の存在に危機感を募らせた基地司令部は元上司の二の舞を避ける為に可決された特務法の実行に躍起となった。

 

 艦娘の正しい運用法が分かった事もあり、下手に足を引っ張るよりも危険人物である田中と中村を特務法と言う大義名分で激務を押し付けて物理的に忙殺した後に自分達の言う事を聞く新任司令官を据えるつもりだったのだろう。

 

 だが、仕事に殺されてたまるかとあらゆる手段を講じて対抗した二人は防衛大の先輩後輩を巻き込み、さらに初めから隠れていた総理大臣からの全面的な協力と言うジョーカーによって九死に一生を得る。

 夏には海上保安庁の情報漏洩によって世間一般へと艦娘が認知され国会の外と中を大いに騒がせ、その裏で巨大な異空間を抱え込んだ限定海域とその主であった姫級深海棲艦から捉えられた艦娘達を救出すると言う前代未聞の作戦に従事して自分達が振るえる限りの権限と武力を使い文字通りに身を削りながらも作戦を成功させた。

 

「やぁ、提督、良い天気だね」

「んっ・・・時雨、雪が降ってるのに良い天気なのか?」

「うん、だって僕が提督とこうして手を繋いでもおかしく無いじゃないか」

 

 ふと後ろから声を掛けられて肩越しに振り返った田中の目に長い黒髪の三つ編みが揺れ、黒地に白い襟袖のセーラー服を着た駆逐艦娘の時雨がぼんやりとした光を纏いながら彼に近づいて自然な動きで手を握る。

 黒い手袋に包まれた柔らかい女の子らしい手に触れられて緊張する様子を見せる田中の身体へと微笑みを浮かべた時雨の手から伝わって光が広がり彼の肌を刺すようだった冬の冷気が明らかに和らいでいく。

 

「どこに行くのかな、邪魔じゃないなら僕も一緒に行くよ」

「ああ、ちょっと酒保まで、留守にしてる間に俺の戸棚に入れておいたパック麺を誰かが食べてしまっていたようでね」

「提督、レトルトは身体に悪いんだよ? 今はちゃんと食堂で美味しいご飯が食べられるんだからさ」

 

 中村もだが田中が食堂に入るとその場にいる艦娘達が一斉に畏まった様子になり、その後に少なくない子達が是非とも自分を旗下に加えて欲しいと強請りに来る為に食事どころでは無くなるため彼らの足はついつい食堂から遠ざかってしまっている。

 夏の激戦を経て五人から六人へと艦娘を指揮下における許容量を増やした田中だったが、編成枠が一つ増えた事で交代要員を含めた二人分の募集に二十人以上の艦娘から編成申し込みが殺到し、下手をすればたった二つの編成枠の取り合いと言う艦娘同士の血で血を洗う大演習が勃発しかねない状態となったのは彼の記憶に新しい。

 

 なお、田中と中村の後輩である木村隆一尉や他の司令官達にも編成枠が幾つか増えたのだがそれぞれ艦娘からの申し込みは三人程であり、その内の何人かは座学の単位が足りていなかった為に申請を却下され、順当に立候補した艦娘が納まったため特に問題無く彼等の艦隊の編成は閉め切られることになった。

 

「提督と中村三佐は人気者だからね」

「時雨たちが間に入って止めてくれなかったら夏の救出作戦での編成会議並に酷い事になってただろう、俺としては嬉しさよりも困惑の方が強いよ」

 

 中村曰く一生分働いたと言わしめた一年、秋に入ってからは内閣の要請で自衛隊上層部が行った監査によって艦娘否定派の息がかかった基地職員が大幅に異動命令を受けてここではない任地に向かう事になり、入れ替わる様に国防の職務に熱心な隊員が多く配置されることになったので大分と精神的な負担は減った。

 

 それでさらに艦娘の指揮官が増えれば田中としては万々歳だったのだが、指揮官の適性を試験する為に艦娘に実際に乗せて見たところその一カ月ごとに一二回の頻度で行った実地検査は平均して十人に一人と言う割合でしかまともに彼女達を運用できる者がいなかった。

 主任曰く適正と許容量は霊的力場との接触によって増大していき理論上はどんな人間でも最低六人分の艦娘の編成枠を得ることが出来るらしいが試験後に担架に乗せられて運ばれていく青い顔をした候補者の姿と噂が広がった為に今では基地内で我こそはと指揮官に立候補する士官はもういない。

 それでも6人しかいない状態から21人へと指揮官が増えた事で過労死の秒読みが始まっていた田中や中村だけでなく彼等の後に着任した四人も輪になって喜びを分かち合う事となり、指揮下の艦娘達に生温かい視線を向けられることになった。

 

「指揮官は増えたけど、まだ新任の人達は一人ずつしか編成できないから僕にはあんまり戦力が増えた気がしないな」

「主任たちには俺や義男の許容量の増え方が異常だって言われたよ、義男が見た夢の話が事実であるなら・・・」

「提督・・・どうしたの?」

 

 刀堂博士が猫吊るしの姿で夢に現れて言いたい放題言って勝手に消えたと言う中村の話は正直なところ田中には信じられるモノではなかったが妙に現在の状況とかみ合っている内容もあった。

 かと言ってそれを周りに言えば確実に狂人扱いとなる事は目に見えていたので二人は艦娘にも詳しい事は言わず、その情報を自分たちの胸に仕舞って置くことにした。

 

「いや、なんでもない・・・ん? あれ・・・、前に赤城が突っ込んだ倉庫の壁は直したはずじゃないか?」

「ああ、あそこの事かな? あっちは大鳳さんが昨日の朝に激突して穴を開けたらしいよ」

 

 四日ほど近海の船団護衛に出ていた田中は目的地である艦娘酒保の近くにあった倉庫に人間が大の字になったような穴とそこに掛けられ冬の潮風に揺れるビニールシートを目にし、その原因を作った装甲空母艦娘がクレイドルに運ばれていったと彼の初期艦である時雨は情報を補足する。

 

「・・・先週に加賀が墜落して穴をあけた屋根も直っていないのに、空母艦娘は倉庫に激突しなければならない決まりでもあるのか?」

「う~ん、でも鳳翔さんが慣れてなかった時にはほとんどが艦娘寮の屋上だったし、千歳さんは教室棟の窓や壁だったから別に倉庫を狙ってるわけじゃないと思うな」

「使うのは税金なんだぞ、修繕費だって湯水にように湧いてくるわけじゃないのに・・・はぁ」

 

 これも中村が吹いた大法螺によって刀堂博士が彼女達の能力を組み上げ直した結果なら全ての責任は彼にあるのかと思った田中だが、もしも眉唾な夢の話が本当だったなら中枢機構と精神の混線を起こしているのは転生者である自分も当てはまる事を考えると自分の思考が何かしらの影響を艦娘の能力に影響を与えている可能性は否定できない。

 これ以上の考えは自分にとって藪蛇になると直感した田中は思考を打ち切って艦娘酒保と言う看板が掛けられた倉庫の扉を開いた。

 

「明石の酒保にようこそ♪ 田中少佐、お疲れ様です!」

 

 扉を開けた田中の左側から掛けられた明るい歓迎の言葉に彼はしばし佇み、入り口から入ってきた指揮官と障壁を解除した時雨へと温かな室内の空気と共に満面の笑顔を浮かべて迎え入れる鮮やかな桃色の髪の持ち主と見つめ合った。

 

「あんまりジッと見られると恥ずかしいですよ、何かご入用ですか?」

「いや、明石くん、君何やってるんだい・・・?」

 

 今年の8月に太平洋上で確認され田中達が限定海域と呼ぶ異空間を抱え込んだ巨大深海棲艦の中に囚われていた霊核から再生した艦娘の一人であり、工作艦に分類される明石は戦闘能力が極端に低いが学習能力と技術者として高い能力を発揮した為に研究室所属の艦娘として増設装備の研究開発に協力し、時には指揮官適正を持っていた研究員を乗せて艦娘への装備の着脱も港湾で行っている。

 

「何って酒保の店員ですよ? それが何か問題ですか?」

 

 小さな体育館ほどあった倉庫の三分の一ほどに様々な商品が陳列された棚が並び、コンビニの注文カウンターのような長机の向こう側から田中の問いかけに何を今さらな事を言っているのか、とでも言う様に不思議そうな顔をした現在鎮守府で唯一の工作艦娘が彼らに首を傾げて見せる。

 困惑した田中はとりあえず状況を把握する為に周囲を見回し、酒保に置かれた雑貨やお菓子などを販売している十数台の自動販売機の前やカフェのようなカウンターやテーブルが並んだ場所にチラホラと居る艦娘や基地職員の姿を確認した。

 

「待てっ、なんで艦娘酒保にカフェがあるんだ!?」

「提督は知らなかったのかな? 一カ月前にね戦闘に出撃が出来ない輸送艦や補給艦の娘達が司令部と研究室に許可を取って始めたんだよ」

「私もその時に何かお手伝い出来ないかと具申しまして、今は手が空いてる時にはここで店員をしてるんです♪」

 

 いつそんな事が決定されて実行されたのか、気付かなかった自分が迂闊なのか、それとも知らせてくれなかった同僚に文句を言うべきなのか、そんな悩みに手を額に当てて遠い目をした彼はレンガ壁だったはずの酒保の壁がキレイに塗装されて自衛隊広報の印がされた何枚ものポスターが貼られている事に気付きますます大きなため息を吐いた。

 

 今話題の化粧品の写真やお節料理が大写しになった数枚の商品宣伝ポスターは大手デパートの名前で飾られ、他には千葉県で行われるらしい冬の花火祭りの案内ポスターの隣には着物を着たキャラクターの横に吹き出しで「そうだ、初詣に行こう」と書かれているJRマークのポスターなどが並び、さらにその下に置かれた長机に日本の観光地の案内するチラシの束が並べられている。

 

 田中が目を凝らしてさらに酒保の奥を見れば一台だけだったはずの艦娘の艦橋を模したシミュレーターゲームの筐体が三台並んでおり、そこにも艦娘や自衛官などの人だかりができていた。

 

「・・・さっさとパック麺買って帰るか、時雨、何か欲しいものがあれば言ってくれ」

「じゃぁ、ちょっとそこでお茶していこうよ。おはぎとかお団子、あとお汁粉がとっても美味しいんだ」

「洋風のカフェなのに売ってるのは和製なのか」

 

 一カ月と少し前に時雨とその姉妹たちとお菓子を買いに来た時にはおでん缶やストラップや髪飾りが売っていると言う謎な品ぞろえの自動販売機と艦娘達が列を作っているシミュレーターゲームだけが置かれ、暖房も中村がリサイクルショップをやっている兄から貰ったと言う薪ストーブだけと言う殺風景な場所だったはず。

 そんな艦娘の社会勉強用の施設は田中が知らないうちにコンビニとカフェとゲームセンターと観光案内所をごちゃ混ぜにしたような場所となっていた。

 その光景にもうツッコミを入れる気力も無くなった田中は入り口の横に置かれた日本円を酒保で使えるコインに交換するための交換機、この酒保を利用したいと願い出てきた基地職員があまりにも多かった為に設置された機械へと千円札を二枚ほど突っ込んでジャラジャラと交換機から吐き出された銀色のコインの数枚を時雨に渡してカフェに向かわせる。

 

「時雨、これで適当に注文しておいてくれ」

「うんっ! 駆逐艦時雨、出撃するね♪」

 

 手にコインを握ってカフェへと向かう嬉しそうな笑顔を浮かべた時雨の背中を見送って残りの硬貨を回収してポケットに突っ込んだ田中は胡乱気な視線を媚びを売る様な笑顔で自己主張する工作艦娘へと向ける。

 

「さあさあ、田中少佐、どの商品を購入しますか?」

 

 にっこにこの笑顔を浮かべた明石が受付カウンターから身を乗り出す勢いで揉み手をしている様子に田中はまたしても大きくため息を吐いてから些かにぎやかになり過ぎた感がある酒保の中を歩く。

 

「あぁっ! なんで自販機の方に行くんですかっ!? パック麺ならこっちでも売ってますよ! 田中少佐ぁっ!」

 




明石「ここたま!!」

夕張「油売ってないで装備の換装手伝ってよ!」



最初と最後の部分が書きたかった。(切実)


書いてる途中で自分でも混乱してきたから明らかにおかしい場所があるかもしれないけれど笑顔で見逃してください。


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第二章 第十八話

「いくら二次創作だからって貴方は艦これの設定に反逆し過ぎています。でも少しでも人間らしさを残しているならば今すぐこんな捏造は止めなさい!」

「空母の艦娘を飛ばせと言われればこうもなろう!」

「二次創作者が喋る事かぁっ!?」


 基地の滑走路から飛び立って二時間は経っただろうか。

 

 日本海上の分厚い雲を突き抜け、ビリビリと風を裂きながら突き進む機体の中で必死に指が食い込む程の力で両脚の間にある操縦桿を握り、歯を食いしばりながら後方確認用のミラーへと視線をチラチラと向ければ忌々しい黒い流線型の円盤モドキが亜音速の戦闘機を追走してくる。

 悪夢としか言いようがない、まるで空に数珠繋ぎとなったように自分の乗るF-15Jを追いかけてくる空を飛ぶ怪物の姿に止め処なく汗が額を伝い否応なく上昇していく心拍数は今にも心臓を破裂させかねない程に胸の内側を叩き続けている。

 

「くそったれっ・・・」

『佐々木っ! 俺が引き受けるこっちに誘導しろっ!』

 

 同じ航空自衛隊に所属する友人でありライバルが切羽詰まった声が彼の乗るコックピットの通信機に入るが、その言葉に答える余裕も従って相手まで危険にさらす事も、ましてやこの化け物共を日本本土の上空へと誘導するなんて馬鹿な真似は出来ないと空自のエースを自認する佐々木はスロットルを吹かして操縦桿を引き上げる。

 急激なGが彼の意識を奪わんと正面から押し寄せるが歯を食いしばって佐々木は愛機を蒼天に躍らせて宙返りさせる。

 

(くたばれっ!!)

 

 深海棲艦と言う化け物が海に現れて数年、ある日突然に防衛省からの通達でF-15Jの翼に装備された鎮守府と言う深海棲艦を倒すための兵器を開発していると言う研究機関から提供された技術を防衛装備庁の研究チームが現代兵器に応用した虎の子のミサイル。

 敵の出鱈目なバリアを貫通する能力を与えられたと言う新型弾頭の発射手順を手早く済ませながら捻り込むように敵の後ろへと回り込んだ佐々木は始末書の数百枚どころか二度と飛行機に乗れなくなっても構わないと覚悟して機械の火矢を撃ち出す。

 自衛隊は敵に撃たれても撃ち返してはならないなんてふざけた事を言っていた防衛省のお偉いさんに心の中で唾吐き、愛機から放たれたミサイルが空を突き進み、背中を見せている二機の怪物に喰らい付いて水面に出来た波のようにうねり広がる閃光に飲み込まれた深海棲艦の艦載機が黒い残骸を宙空へとばら撒く。

 

『佐々木ぃっ!!』

「はっはぁっ! 見たか松本ぉっ、すげえな新型ってのは、これで俺らでもアイツらにぃっ!」

『旋回しろぉ!!』

 

 今まで目に見えない障壁のせいで手足も出なかった相手、それが小型であったとしても一矢報いた事に声を弾ませた佐々木は通信機から耳を打つ相棒の悲鳴で反射的に操縦桿を捻り、戦闘機のフラップを操作し、そして、その機体の真横をさっきと同じ怪物の子機が編隊を組んで通り過ぎた。

 たった二匹を必死に撃退して見せたところで何の意味も無いと言われているかのように雲の下から次々と弾丸のように空へと舞いあがってくる深海棲艦の艦載機に佐々木はヘルメットのバイザーの下で目を剥く。

 

「くそったれぇ・・・」

『佐々木早く戻れっ! そこを離れろっ!』

「馬鹿かっ! 奴ら爆弾積んでんのが見えねえわけないだろ!? あんな化け物に日本を爆撃させるつもりかっ!」

 

 子供の頃にただカッコ良さそうと憧れた飛行機乗りを目指し、今では日本の空を守ると言う誇り高い仕事を任されていると言う男の矜持が自分と同じ立場であるはずの友人が臆病風に吹かれた様な言葉を吐くことに佐々木を苛立ちに叫ばせる。

 

『違うっ! 俺達が邪魔になるから避けるんだよ!!』

「はぁっ? 何をっ・・・っ!?」

『来るぞっ! お前も味方に巻き込まれて死ぬなんて嫌だろがっ!!』

 

 言われた事が一瞬理解できずに困惑に顔を歪ませた佐々木の耳に接近レーダーが上げる悲鳴が響いた。

 IFF(敵味方識別装置)に目を走らせれば相棒である松本の信号以外の何かが直近に迫っている事に気付く。

 彼はその光点を避けるように握り込んだレバーに全体重をかけるように曲げる。

 瞬間、深緑に塗装された機体に紅い丸が描かれたレシプロ機が数機、先ほど通り過ぎた怪物の群れを追う様に雲から飛び出して機首の機関砲から曳光弾のように輝く弾丸を吐き出し逃げ惑う黒い円盤を次々に穴だらけにしていく。

 

『・・・ザッザ・・・艦娘艦隊の特務執行・・・行使が認め・・・した・・・』

 

 それに続いて佐々木の通信機から聞こえてくる空の戦場では場違いに感じる少女の声。

 

「・・・まさかっ! 艦娘がっ・・・」

『来るぞっ!!』

 

 今では航空博物館にだって並んでいない時代遅れの機体が蒼い空を舞い、その中の一機へと鏑矢の様な先端を持った光り輝くワイヤーが突き刺さるように接続されて僚機がそれを守るように円を描くように旋回する。

 真下から飛んできたワイヤーに繋がれた零式艦上戦闘機がプロペラだけの球体へと変形すると言う非現実に佐々木はつい最近のブリーフィングで見せられた特撮めいた資料映像の記憶を脳裏に走らせた。

 

 F-15Jの機体を斜めに傾けて旋回する佐々木の眼下の白雲に巨大な影が見え、淡い光を纏ったワイヤーに繋がるその影が分厚い雲を突き破って長い長い黒髪が絵画の中の龍の様にうねりながらヘリの様にプロペラを上に向けた光球へと真っ直ぐ昇る。

 小さく見積もっても16mはあるだろう身体に短いスカートと白地の弓道着を纏う美女が二股に分かれた黒髪の尾を引いて左手を覆う航空甲板の様な模様が描かれた盾から伸びるワイヤーに引っ張られて佐々木の前へと躍り出てきた。

 

「ははっ・・・なんだよこれ」

 

 レーダーのIFFに表示された名前はCVL-SHOHO、艦娘が第二次世界大戦時に存在していた艦艇を原型に持っていると言うなら祥鳳型空母の一番艦である祥鳳が人の形を得たのが彼女であろうかと当たりを付けた佐々木はその巨大な美女が光球に繋がったワイヤーを伝って天へと駆け登る幻想的な姿に見惚れる。

 そして、滞空するプロペラが祥鳳が構えた盾にぶつかって弾けるように消えたと同時に飛行甲板のような装甲部分が彼女の身体に対して水平になり翼が広がる様に盾の突端から光の線が伸びて滑走路の様な模様を青い空に広げた。

 

『・・・誘導開始っ、戦闘機隊を収容せよ!』

『二番機八番機は損欠っ! 一番から十二番、十機を・・・に飛行甲板の誘導・・・向かわせます!』

 

 若い男とまだ少女と言った声がノイズ混じりで佐々木の耳に届き、空母艦娘がハンググライダーのようにぶら下がる様に頭上に掲げた細長い光の尾を引く飛行甲板へと彼女の周囲を旋回していた旧世代の航空機が順番に向かって行く。

 

『こち・・・鎮守府所属木村特務一尉、ここは艦娘部隊・・・戦闘領域と・・・ます。航空自衛隊の哨戒機は早急・・・基地へと帰還していただきたい』

 

 不愛想に感じる若い士官の声がノイズと愛機が吐き出すエンジン音で歯抜けに聞こえるがそれが佐々木達に対する退避要請である事は明白であり、艦娘部隊が深海棲艦を相手にする場合には自衛隊のどの命令系統よりも優先されると言うのはもう組織内でも周知の事だった。

 

『佐々木、退避するぞっ、化け物の相手は彼女達に任せるべきだ』

 

 少し沈んだ声を伝えてくる相棒の様子に彼も自分と同じように釈然としないモノを抱えていると感じた佐々木はハッと顔を上げて操縦桿を握る手を反射的に捻りスロットルを上げる。

 背筋をビリッと走った電流のような直感に従って機体を宙で蛇行させた佐々木機の真横を風切り音を立てながら黒い不格好な円盤が通り過ぎて、その鮫の牙の様な鋭い嘴を光る甲板にレシプロ機を着地させている空母艦娘へと向けて深海棲艦の艦載機が高速で突き進む。

 

『敵機接近っ! ああもぉっ! 追い払ったのになんで戻ってくんのっ、ちょこまかと素早いのよっ!』

『くっ、収容中の機を直掩に回せっ!』

『ダメですっ、もうどの機も霊力を使い切る寸前でっ! 障壁も張れないんじゃ盾にすらなりません!』

 

 男が一人に若い女の声が複数、発信源はプロペラ機を収容しながら目の前で風に乗る様に滞空している艦娘である事は間違いなく、明らかにひっ迫したその声達に佐々木は愛機のスロットルを押し上げて生意気にも自分の真横を抜いて行った深海棲艦の子機へとアフターバーナーでエンジンを唸らせながら肉薄する。

 三つの黒い機影は風よりも早く艦娘へと突き進んでいたが曲芸飛行にも精通した佐々木にとってただ真っ直ぐ飛ぶだけの素人共を抜き返す事は簡単な事で黒い嘴の前へと躍り出たエースパイロットはコックピットのボタンの一つを素早く押し込み機体後方から激しい閃光を放つ信号弾を深海棲艦の艦載機の鼻先へとばら撒いた。

 

『そんな無茶ですよっ!?』

『的になるだけじゃない! 退避しなさいって!』

 

 通信機から飛び込んでくる自分の事を心配してくれる女の子達の悲鳴に苦笑した佐々木の思惑通りに鼻っ面を叩かれた性能だけは一人前の素人は矛先を祥鳳からF-15Jへと変えてイラついたように機体の表面にある丸い発光部分を点滅させて追いかけてきた。

 彼の予測が正しければあの空母艦娘が使う艦載機は深海棲艦にダメージを与える力はあれど飛行能力は年代相応でしかなく、亜音速に付いて来れる忌々しい敵機とドックファイトをするには荷が勝ちすぎているのだろう。

 

「飛行機乗りがぁっ、空で天使に会ったんだっ、見栄ぐらい張らなきゃエースは名乗れんだろうがっ!」

 

 ヘルメットに付随した酸素マスクの中で叫びながら佐々木はさらに愛機を加速させ飛行機雲を引きながら黒い怪物を祥鳳から引き離し、太陽が輝く青く澄んだ空へと急上昇した。

 機体の表面にバチバチと爆ぜる様な音と赤い火の玉の様な弾丸が掠る音、一発でも直撃を受ければ間違いなくこのまま天国まで吹き飛ばされる威力を持った弾丸を背後の三機が吐き出し、佐々木は急激なGと死の恐怖による息苦しさに追い詰められて顔中を汗まみれにする。

 

「なぁ、違うかよ、相棒ぉっ・・・?」

『今から上官にする言い訳を考えておけっ! この馬鹿野郎!!』

 

 来ることを確信していたライバルからの通信と空気を引き裂きながら突き進む白く塗装された二機のミサイルが目の前の佐々木へと夢中になっている深海棲艦の艦載機に着弾した。

 そして、新型の墳進弾は爆炎では無く波打つような閃光を放ち、黒い装甲を割れたガラスのようにきらめかせながら高度一万mにばら撒いた。

 

「は、ははっ! やったぜ、ざまぁっ・・・っ!?」

 

 管制官や整備士から使うなと念を押されていた正体不明の技術で造られたミサイルを僚機まで巻き込んで全て使い切った事もどうでもいいとでもばかりに笑い飛ばした佐々木はキャノピーの向こう側に黒い死神が丸い洞のような穴に緑の光を宿して見つめていた事に気付く。

 

『全機収容完了っ! 一機だけなら上げれるわっ! 急いでっ!!』

『祥鳳、飛べっ!!』

 

 新型弾の被害から一機だけ逃れた黒い怪物、わずか数m先にある明確な死の予感に佐々木の声も息も止まり、ただ彼自身の心音だけが耳の奥で大きく鳴り響く。

 

≪私だって航空母艦ですっ! やって見せます!≫

 

 ふっと佐々木のいるコックピットを覆う影、機体の外から聞こえてきた凛とした清楚な声に静止していた彼の意識が息を吹き返して遮光バイザーの下でパイロットは目を見開いた。

 音速突破寸前の世界の中で深海棲艦の機体を引き寄せて急上昇したはずの佐々木のF-15Jの更に上、身体の周りに燐光を舞い散らせた祥鳳が流星の化身と化したように彼等の頭上へと舞い上がり、黒く長い艶髪が高く蒼く澄み切った空に広がる。

 

≪天使と言うのは私には大袈裟ですけれど・・・、でも、褒めて頂いてありがとうございます≫

 

 幼い頃に抱え込んだ空への強い憧れに突き動かされて遂には戦闘機パイロットにまでなった男は燐光を纏い黒い翼を広げる大鳥(死を告げる天使)の姿に今まで自分が空に辿り着くために行ってきた全ての努力が些細な事であったかと思ってしまうほどの美しさに魂を奪われたかの様な錯覚を覚えた。

 

(黒い鳥・・・、こりゃ天使は天使でも、ははっ、深海棲艦共も大変な相手とケンカしてんなぁ)

 

 そして、佐々木と深海棲艦の子機を見下ろす高度まで上昇した祥鳳が宙を舞い身体を捩じるように回転させ、淡いオレンジ色のオーバーニーソックスに包まれた長くしなやかに伸びる脚を鞭のように撓らせる。

 濃い墨色のスカートがはためき、その艶やかな身体に巻き付くようにうねる二股の髪先でピンク色の蝶が踊り、佐々木の機体と並走していた深海棲艦の艦載機の生き残りは霊力の輝きを放つ脚を叩き付けられ、粉々に蹴り砕かれ先に散った仲間と同じ運命を辿った。

 

『寿命が縮まる思いをさせられた。ですが、貴官らの援護には感謝させてもらいます』

 

「はっ、船乗りのくせに随分と四角張った言い方をする」

 

 おそらくは彼女達の指揮官だろう木村と名乗っていた指揮官の簡潔な感謝へと軽口を叩くように呟き、今度こそ帰投するぞ、と催促してくる相棒へと返事を返しながら佐々木はチューブトップブラに包まれた膨らみと谷間が見えるほど開けた上着をはためかせながら落下を始めている祥鳳へと視線を向ける。

 

 あんなヒラヒラした服で空なんかを飛ぶから見えてしまったじゃないか、とエースパイロットは偶然の役得に口元を綻ばせた。

 

≪次の攻撃隊、編成できてる?≫

『今・・・、上昇に使った中継機と欠損機の番号には予備機を振り分けたわ。発艦どうぞ!』

≪じゃあ、随時発進させます!≫

 

 いつの間にか盾から自らの身長とほぼ同じ長さの長弓へと持ち替えていたらしい祥鳳が背中の矢筒の内側から生えるように出てくる矢を引き抜いて張り詰めた弦へと番えて引き絞る。

 佐々木達にとって救いの女神とも言える女性は妙にゆっくりと落下しながらその祥鳳の手が次々と矢を放ち、青い空に飛び出した矢が光を放ちながら緑色のレシプロ機へと姿を変え編隊を組んでいく。

 そして、その戦闘機を放った祥鳳の手の長弓が掴んでいる中心から二つに折れ、航空甲板のような模様の板面がかみ合い、再び盾形へと変形する。

 

 その盾の先から鉤爪が撃ち出され、光を纏ったワイヤーが今さっき放った飛行編隊へと銀色の線を引いた。

 

『資料やビデオでは見た時には半信半疑だったが・・・あの話、本当だったのかよ』

「おいおい、見たモノはちゃんと認めろよ」

『・・・はぁ? お前こそ、あの時は合成映像だって・・・そうだ、お前、賭けは覚えてるんだろうな!』

「んっ、ああ、・・・確か俺は信じる方に賭けたんだったかなぁ?」

『馬鹿言うな! それは俺が賭けた方だ! お前は信じてなかっただろ!?』

 

 自分達の基地がある能登半島の方向へと機首を向けた戦闘機の中でブリーフィングの際に見た資料にあった空母艦娘が空を飛ぶ、と言う情報の真偽についての賭けについて佐々木は通信機の向こうで激昂する相棒へとわざとらしくすっ呆ける。

 そんな彼等から離れて行く祥鳳は自分が放った艦載機の一機へとワイヤーを繋げて光球に変形させ、落下による遠心力とオーバーニーソックスに包まれた脚の裏から淡い燐光を放出して加速しながら日本海を望む雲の下へとその身を投じた。

 

・・・

 

 白い雲を突き抜けて蒼い空から青い海へと降下する様子が映る全周モニターに囲まれた艦橋でオレンジ色のツインテールをシナシナと萎れた駆逐艦娘が胴に付けた命綱と足場の手すりにしがみ付きながら潰れた蛙の様な呻きを上げる。

 

「うぇぇっ、まだ頭がぐらぐらして気持ち悪いぃ・・・」

「船が船に乗って酔うな、恥ずかしいだけだぞ?」

「何で司令は平気なのよ、おかしいじゃない・・・うっぷ」

 

 陽炎型一番艦が喉元まで登ってきた昼食を必死で胃まで押し戻す様子をさして気にせず指揮官である木村は涼しげな顔で海を見下ろす全周モニターへと目を向けている。

 

『陽炎ごめんね、まだ私、戦闘形態での飛行に慣れてなくって・・・』

「ぁー、イヤ、大丈夫、ちょっとさっきの急上昇と回し蹴りがきつかっただけ、むしろ祥鳳さんの飛び方はかなり楽な方だから気にしないで」

「・・・確かにな」

 

 艦橋に響く祥鳳の申し訳なさそうな声に乾いた笑いで返事をする陽炎の背後で木村が小さく呟きを漏らし、その声に怪訝な顔で振り返った陽炎から鉄面皮の指揮官は顔を反らして周辺警戒を続けているフリをする。

 

「うぅっ、陽炎も司令も・・・、その言い方だと他の空母の人が楽じゃない飛び方するみたい・・・」

「古鷹さんもまぁ平気そうね、大丈夫だった?」

「う、うん・・・出来るだけモニターを見ないで手すりに掴まってたから・・・」

 

 ボーイッシュなショートヘアに活発そうな女の子らしい顔立ちに異彩を与える金色の光彩を持つ左目、空色の襟に真紅のリボンタイを飾る半袖のセーラー服は丈が合っていないのか臍が見え、スカートも太腿を半ばまでしか隠していないが彼女自身が全体的に健康的な雰囲気を纏っている為か色香よりも爽やかさが際立つ高校生ほどの背格好をした少女。

 

「さっきは航空管制を全部任せちゃってごめんね。でも、これで楽な方って・・・本当なの?」

 

 重巡洋艦に分類される艦娘、古鷹型重巡洋艦一番艦の古鷹は青い顔に苦笑を浮かべて目の前のモニターに映る祥鳳の艦載機から送られてくる複数の映像から少し目を離してすぐ隣でダレている同僚艦娘へと言葉を投げる。

 

「そうよ、楽よ・・・鳳翔さんとそれに影響された空母以外は全員、楽だわ・・・」

「ぇぇ・・・でも鳳翔さんって中村三佐の指揮下にいるベテランの空母でしょ? あの優しそうな」

「まぁ、本人はとっても優しい人なのは確かなんだけど・・・あの人、空中戦になると途端に頭のおかしい機動するのよ」

 

 その言葉にいまいち理解が追いついていないらしい古鷹に向かって顔は笑っているのに目は笑っていない陽炎が鬱憤を吐くように空母艦娘鳳翔がやった事の一部を羅列していく。

 

 曰く、上昇用のワイヤーの巻取り速度を限界以上まで加速させ中継機として空中でプロペラ付の光球となっていた艦載機を置き去りにしてたった一回の跳躍で8000m上空のジェット気流に飛び込んだ。

 曰く、音速で飛ぶ深海棲艦の艦載機へと鉤爪を打ち込み空中で砲丸投げでもするように高速回転して繋がったワイヤーで周りの敵機を巻き込んで撃破し制空権を得る。

 曰く、霊力の充填中で艦載機の再出撃が出来ない状態での降下中に海面にいた深海棲艦を見つけてクッション代わりにするために飛び蹴りを叩き込んで撃破する。

 

「放った矢が艦載機になった瞬間に機動ワイヤーを打ち込んで真横に飛ぶってのを連続で、とか普通にやるのよあの人」

「ぇっ、いや・・・、それ冗談だよね? ですよね?」

 

 自分よりも先に目覚めて実戦部隊にいた陽炎が新人である自分を揶揄っているのだと思った古鷹はここは笑うべきだと判断して口元を緩めたが、妙に重い雰囲気を漂わせている陽炎の姿に息を詰めて助けを求めるように指令席で黙り込んでいる木村へと視線を向ける。

 

「私はね、その鳳翔さんの艦橋にも乗ってた事があるのよ・・・一回だけだけどそこにいる木村司令もね」

「ぇっ・・・?」

 

 若干顔を引き攣らせて古鷹の視線からも顔を反らした指揮官の態度と目元が少しすさんでいる駆逐艦の言葉にまだ実戦経験が少ない新人の重巡艦娘は背筋を氷でなぞられたように慄かせた。

 

「そう言えば空母艦娘は初の飛行訓練では鳳翔さんの真横跳びを真似して鎮守府の壁に突っ込むって言う通過儀礼みたいなのがあるんだっけ、ねぇ、祥鳳さん?」

『あ、あの・・・あの、あはは・・・』

 

 陽炎の言葉に誤魔化すように笑う祥鳳の脳裏にある日の思い出、艦娘としての艦載機の扱い方を丁寧に教えてくれていた先輩空母達が何故かまだ薄暗い早朝の艦娘寮の屋上に自分を呼び出した日の出来事が過る。

 実際に見た事は無くとも空母艦娘が空を飛ぶと言う話はその時の祥鳳も海上演習や陸上訓練の最中に仲間達との会話で耳に挟んでいたし、ある程度の練度に成ったら飛行訓練をすると言う話は先輩空母から聞いていたので早朝の屋上でその話を聞かされた祥鳳は新しい技術の習得に意気込み彼女らが言う基本の飛び方を頭に刻んだ。

 

 着地時の安全の為に障壁は最大で展開し続けないといけない事、途中で失速すると危ないから飛び立つ時には全力で加速する事、その他諸々のアドバイスをしっかりと胸に刻んで祥鳳は夜明けの空に矢を放ち、さらにその輝く矢へと教えてもらった通りに指から細長い光の線を繋いで持てる力の限り高速で巻き取り機を回すイメージで光糸を引いた。

 

 そして、障壁を展開する力を強めれば強めるほど重力の影響が軽減されると言う空母艦娘特有の謎現象と自重の数倍を支えてもお釣りがくるほどの強度を持った霊力の線、その糸から供給される霊力に応じて浮揚力を高める中継機と化した矢と言う全ての要素が最大まで発揮された結果。

 祥鳳は限界まで引き絞られてから離されたスリングショットの弾のように夜明けの空に向かって撃ち出される。

 自分の予想を遥かに超える加速と衝撃に目を剥いた祥鳳は助けを求める為に肩越しに振り返り、その先に見えたのは艦娘寮の屋上で空へと飛んでいく彼女に向かってどこか晴れやかな笑顔をしながら最敬礼をしている空母艦娘達の列であった。

 

 その後、早朝の空に甲高い悲鳴を響かせる祥鳳の初フライトは人間砲弾と化した彼女が成す術なく港湾施設の海が見える広場となっているコンクリートの地面へと突き刺さる様に激突して人型のクレーターを作った事で終わる。

 

「たしか、あれって鳳翔さんに役に立つから絶対に覚えておいた方が良いって勧められた千歳さんが寮の屋上から教室棟の三階に突っ込んで教室を一つ潰してから始まったらしいわよ」

 

 先輩達の言葉を鵜呑みにしてそれを実践した結果として鎮守府の港区域にある広場の真ん中にクレーターを作った祥鳳は自分を追いかけて空から降りてきた空母達に抱えられ、何が何だか分からないまま負った重傷を癒す為にクレイドルへと詰め込まれる。

 治療が終わってから彼女は千歳達からの謝罪と一連の出来事の種明かしされる事となり、祥鳳は後日ちゃんとした飛び方を先輩達から教えてもらう事となった。

 

「でもまぁ、本気で覚えようとしてる人たちもいるのよね。例えば一航戦の二人とか、あの二人の艦橋に乗る時は要注意よ」

「あぁ、赤城さん達がたまに鎮守府の地面とか壁に刺さってるのってそう言う・・・ぇぇ~・・・」

『赤城さんも加賀さんも鳳翔さんの事を特に尊敬されているみたいですから、あはは・・・ははっ・・・』

 

 込める力の量に応じて身体が受ける重力の影響を減らし風を受ける盾形になった長弓の取っ手にぶら下がり、高度五千m付近を見た目の大きさを裏切る風に乗るほど軽減された重量によって滞空している祥鳳の艦橋で陽炎が語る裏事情に古鷹は恐れで顔を引き攣らせた。

 

「・・・任務中だ、そろそろ私語は慎め」

『ごめんなさい、私ったら・・・周辺警戒を続けますね』

「と言っても、もう私達の出番はなさそうだけどねぇ」

 

 眼下に広がる広い海、日本から見て西側に存在する日本海上に浮遊する祥鳳が眼下で行われている戦闘へと視線を集中させれば彼女の艦橋を覆うモニターに白い航跡を鋭く刻みながら走る駆逐艦娘の姿が拡大される。

 

「護衛していた艦の半分は私達で片付けたし、本土に向かっていた敵艦載機も空自の人達が時間を稼いでくれたから追いついて全機墜とせたし、音速の艦載機を使える正規空母級ったって・・・ああなったらもう手も足も出ないわよ」

 

 触手のような足が生えた平べったい黒い円盤を頭に乗せ人形のじみた作り物めいた無表情の空母ヲ級が自分を追撃してくる駆逐艦娘から少しでも離れようと海原を駆けるが、絶対的な相対速度の差は無慈悲にその距離を縮めていく。

 最後の反撃とばかりにヲ級が被っている円盤の左右に付いた黒い小口径砲が火を噴くが追撃している駆逐艦娘、暁型駆逐艦一番艦の暁はその小柄な体躯を更に加速させてZ字の水柱を海原に刻み付けて回避し、装備している連装砲を連発して深海棲艦の空母に打ち込み、その不可視の障壁へとヒビを入れる。

 

「スライドブーストでZ回避してからの砲雷撃で障壁削って、ほら、トドメの一撃ってね」

「たまに駆逐の子がシミュレーターの前で言ってる呪文みたいなのって、ああ言う事だったの・・・?」

「ゲームでやるほど簡単じゃないけど、加速しながらの真横滑り(スライドブースト)だけでも出来るようにならないと今の湾内演習で駆逐艦は単位貰えないわね」

 

 暁が攻撃と防御の手段を失ったヲ級へと飛びかかって蹴りを叩き込んで海面に叩き付け、倒れた空母の腹を踏みつけながら背中の艤装から両刃斧に変形した錨を引き抜き振り上げる。

 遠目に見れば小学生が異形の女へと斧を振り下ろすと言う猟奇的極まる光景の決定的な瞬間だけは暁が斧をヲ級の頭を黒い円盤ごと叩き割った衝撃で高く上がった白く巨大な水柱の向こうへ隠された。

 

「・・・それより何よりも司令、あっちはどうすんのよ?」

「我々に作戦領域外へ出る事は許可されていない、としか言いようがないな・・・どちらにしろ、我々と下にいる工藤一尉の二個艦隊でアレの相手は出来ん」

 

 眼下で駆逐艦娘の暁が発生させた水柱がおさまっていく様子から陽炎が指す場所へと目を向けた木村は意識的に引き締めていた顔に恐れと不満を混ぜた感情を浮かべ、上空5000mに滞空する祥鳳の艦橋のモニターに拡大映像で映る頭から一本の太い角を生やした長い黒髪とドレスに病的な白い肌を持った人型の山とも言える巨大な女とそれを取り巻くように航行する深海棲艦の群れを見つめる。

 

「直立した全長が210m・・・あれが、姫級深海棲艦・・・?」

「ん~、いや、・・・多分鬼級だと思うわ、見た感じは戦艦水鬼ってヤツかしら?」

「おにきゅう?」

 

 自然にあざとく聞き返してくる古鷹に向かって陽炎は両手の人差し指を額の上に突き上げて「鬼」とワザとらしい顰めっ面を作って言う。

 

「強さ自体にはほとんど差が無いらしいんだけど姫級は限定海域って異空間に居座っていて、鬼級は連合艦隊級の勢力を率いて海をうろうろしてるのよ」

「今回が初めて確認される対象を勝手に命名するな、例え予め同じ特徴を持つ相手の情報があったとしてもだ」

「んっ? あれ、司令も知ってるの? 鬼級」

「・・・中村先輩から聞いた話で何度か、な」

 

 無表情だった指揮官の顔が少し複雑そうな心境を表すように曇ったのを見た古鷹は彼の口から出た鎮守府に所属する艦娘の指揮官である男性の話を思い出す。

 本人とは軽く挨拶をした程度で直接話した事は無くとも中村とその相棒とも言える田中の話は艦娘達の話題に上る事も多く、彼等の行動で自分達の環境が改善した事を特に感謝している仲間達は彼等の言葉に強い興味を持っていた。

 基地職員の前であからさまに言う事は無いが艦娘達の間では中村と田中は此処とは違う世界の記憶を持っている所謂、転生者と言う存在で彼らはその世界にいた艦娘達と深海棲艦との闘いを知っているために大きなアドバンテージを持ってこの世界での戦いを有利に進めていると言う話はかなり有名であり古鷹も何度か耳にしている。

 

「他の指揮官はそれを言っても笑い話扱いで信じない人ばっかり、なんて吹雪が愚痴ってたけど? 一応は三佐達から口止めされてるはずなのにね」

「・・・まだ防衛大にいた時に今後現れる可能性がある深海棲艦を先輩が絵に描いてそれを見せられた事がある」

 

 随分とデフォルメされてマスコットキャラクターのような描き方ではあったが本来なら一士官候補生でしかない人間が知るはずの無い深海棲艦の詳細をまるで実際に見てきたように語る中村の言葉に同じ部屋だった者達は木村を含めてまたお調子者の先輩がリアルな作り話をしているのだと判断した。

 だが、中村に請われて鎮守府に所属し、こうして艦娘と共に海に出て深海棲艦と戦う様になってから過去に話し上手な先輩が語っていた事がほぼ全て正しかった事を木村は知る事になった。

 

「ふ~ん、じゃぁ、中村少佐が他の世界の記憶を持ってるっていうのも信じるわけ?」

「流石に全てを信じるのは無理だ。あの人は常に嘘と本当を混ぜて喋るから全部を鵜呑みにすると痛い目を見る事になる」

 

 先輩風を吹かせて後輩を可愛がる(いびる)事を楽しんでいたとある上級生を詐欺師一歩手前の口八丁で煽て丸め込んで上級生本人も気付かない内にイジメそのものを止めさせた中村がその後に言った「今回の事に関しては嘘を言っていないぞ?」と言うセリフは助けられた木村を含めた同期生達に畏敬の念を抱かせた。

 

「だが、あの人が言う言葉の中で、常識的にどう考えても嘘としか思えないモノに限っては全て本当だった。・・・今回もそうだっただけだ」

「司令ってば相変わらず面倒臭い性格な上にかったい頭してるわねぇ・・・」

「ちょっ、陽炎あんまり失礼な事言っちゃダメだよ!」

 

 仏頂面で指令席に座る青年へ向かって陽炎は大げさな呆れを浮かべた顔を向け、その二人の様子に金色の目を不安そうに右往左往させて古鷹が慌てた声を上げるが、良く見れば二人とも肩から力を抜いている事に重巡艦娘はその近くも無く遠くも無いと言う絶妙な距離感に気付いて不思議そうに目を瞬かせた。

 

『・・・答、ます・・・応答ねがいます。 こちら工藤特務一尉旗下、駆逐艦響だよ』

 

 幾ばくかの沈黙が流れEEZの外側を悠々と進んでいく深海棲艦の百鬼夜行を観測していた祥鳳へと海上から少しノイズが混じった通信が届き、どこか幼い声に不釣り合いな物静かな雰囲気を感じる喋り方で暁型駆逐艦の二番艦の声が通信機から聞こえてくる。

 

「こちら木村隆特務一尉、・・・通信は工藤一尉ではないのか?」

『うん、私達の司令官は今、ちょっと通信できない状態なんだ』

「・・・何か異常でも、戦闘による負傷か?」

『ちょっと違うね、暁が少し無茶な機動したせいで酔っちゃっただけだよ・・・我が姉ながら敵艦三隻だけじゃなくて正規空母まで立て続けにやっつけるなんて凄いとしか言いようがない』

 

 本人は意識していないが相手を威圧するような硬い声色の木村の問いかけに通信機の向こうにいる響は特に委縮する事無く否定の言葉を返す。

 

『そっちから貰った観測情報ではもう敵艦隊はEEZの外にしかいないみたいだし、司令官が持つ間に帰投したいんだ』

 

 上空で制空権を維持していた祥鳳から受け取った情報を元に日本海へと現れた深海棲艦の空母機動部隊を全滅させた工藤艦娘艦隊に所属している駆逐艦のどこか掴みどころの無い飄々とした態度が木村達にも通信機ごしでも分かる。

 

「了解した。これから海上に降下する我々と合流して舞鶴港へ帰投してもらう」

『ありがとう、ビニール袋も無いから途方にくれていたんだ。酸っぱい匂いのする艦橋はちょっと嫌だからね』

 

 暗に自分の指揮官が【自主規制】直前の状態である事を伝えてくる響の言葉に木村は同期である野球が趣味の丸刈り頭の士官へと同情した。

 

「祥鳳、海上への降下を、その後に旗艦を陽炎に変更し舞鶴まで帰投する・・・速度は抑え目で」

『了解しました。祥鳳、降下を開始します』

 

 木村の命令を受けた祥鳳の纏っていた身体の光が徐々に弱まり、それに伴って風の中に揺れていた巨体の重量が揚力を上回って航空甲板にぶら下がった空母艦娘が眼下の海面へと向かって降下を始める。

 

「祥鳳さんの残りの艦載機も霊力も三割以下まで減っていましたし、丁度良かったのかもしれませんね」

「制空を敵に取られたら私達駆逐艦や軽巡の人は逃げるしかなくなるからいてくれないと困るけど、空母の人達って飛んでる間はずっと力を使うから燃費が悪いわよねぇ~」

 

 目の前には深海棲艦の大群と言うはっきりと見える形の脅威があるとは言え矛先がまだ日本に向かっていない為に後は港に戻るだけとなった艦橋の空気が少しだけ緩む。

 

『上手く風に乗れれば霊力を節約できるそうですけど、私はまだそこまで練度が高く無くて』

「それは今後の課題だ。・・・だが、祥鳳なら問題無い大丈夫だ」

 

 陽炎の余計な一言で少し申し訳なさそうな表情を祥鳳が浮かべた様子を手元のコンソールパネルに浮かぶ立体映像で見た木村は小さく鼻を鳴らし、部下のフォローとして口だけは上手いサボりの常習犯である先輩から教えられたセリフをかける。

 

『は、はいっ! 私っ! これからも頑張りますねっ♪』

 

 少し大げさにも聞こえる喜びの声を上げる祥鳳に少しの気恥ずかしさを感じ、慣れないセリフを吐いたと口の中で呟きを転がす木村は自分に向かっているどこか嬉しそうな金と琥珀のオッドアイと胡乱気な駆逐艦の視線に気づき、ジト目でこちらを見ている陽炎へと何か文句でもあるのかと目だけで問いかける。

 

「司令はさぁ、もうちょっとそう言う気遣いを周りに向かって積極的に言葉にするべきよ。ホントは優しいんだから」

 

 元は中村義男の艦娘艦隊に所属していた経験と木村の旗下で最も多くの旗艦経験がある事で最も練度が高いがそれを台無しにするほどおしゃべりが過ぎるツインテールはついさっき彼がしたのと同じように小さく鼻を鳴らしてこれ見よがしな苦笑を指揮官へと向けた。

 

「私は背中で語る男性って良いと思いますよ? これから私も木村提督の良い所をもっと知っていきたいです♪」

 

 善意と好意が溢れる様な金色の片目を輝かせて木村へとエールを送って来る古鷹に部下を鼓舞する為に他人の言葉を借りた事への後ろめたさから若き士官は帽子のツバを引いて目深に被り直した。

 

「・・・善処する」

 

 木村にとって初期艦である陽炎には色々と助けられてきたので悪感情自体は無いものの彼女の常日頃からこちらを見透かして揶揄うような態度をみせる性格だけは真面目過ぎると周囲から評判の彼にとってはあまり好きになれない要素となっている。

 




赤城「(加速は)上々ね!」(壁に突き刺さり)

加賀「(着地に使う)ここは譲れません」(屋根にめり込み)




全部マイッツァーおじい様が…、ゼ〇ダの伝説が悪い

Q「パイロットが独断でミサイル撃っていいの?」
A「その件に私は関知していない」
Q「F-15Jってフレアなんて積んでるの?」
A「私は関知していないと言っている!」


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第十九話

中村「あ、北上がウチの艦隊に編成の申請出してきてる。やったぜ早速魚雷載せなきゃ!」

主任「魚雷さぁ・・・たった二つで良いのかなぁ?」

【重雷装兵装案】

中村「え、でも、それかなりお値段が・・・」

明石「こっれ見てくださいよ♪ ほら、北上さんに載せたくなってきませんかぁ?」

【北上の雷撃適正結果】

中村「う、ぐうっ・・・」


 

 2015年3月中旬、今まで一度も出現が確認されていなかった日本海に深海棲艦の大群が突如現れた事で中村は東京湾の鎮守府からはるばる本州を跨いで京都は舞鶴まで出張することになった。

 そして、小春日和の空の下、艦娘の司令官の一人である男は舞鶴港の端っこに停泊している海洋調査船【綿津見】の甲板から舞鶴基地の港湾区で行われている作業を呑気な顔で見下ろしている。

 

「あれが研究室が用意したとか言う新型装備か・・・」

「随分とゴテゴテと飾り付けられているな、中村、本当に使えるのかアレは?」

 

 黒地に黄色い線が並ぶ一等海尉の階級章を肩に付けた男が中村と並んで立ち、彼と同じ方向へと視線を向けて重苦しい金属音をたてている一角へと顎をしゃくる。

 

 海水が満ちたドックに片膝立ちしている緑色を基調としたセーラー服を身に着けた全長十数mの少女の腕へと大型クレーンで吊り下げられた巨大な魚雷管がゆっくりと近づけられていく。

 その少女のすぐ横にいる腰に深いスリットが入った短い袴が特徴的なセーラ服を着て横髪をリボンで太い刷毛の様に纏めたピンク色の長い髪を持った女性が自分の背面艤装から伸びるクレーンから五連装魚雷管を掴んで手を前方に真っ直ぐ伸ばしている少女の腕へと接続する。

 球磨型軽巡洋艦を原型に持つ艦娘である北上は自分の左腕に接続された魚雷管を確認するように軽く腕を上下させ、長方形のミサイルポッドにも見えるソレが金属質な機動音を立てて左右に一回ずつ回転した。

 

「魚雷管の増強艤装は菱田先輩も使った事はあるでしょ・・・それの霊力の圧縮効率をさらに高めたスゴイ版ですよ」

「ふんっ、あそこまで載せてまともに海を進めると言うなら文句は言わんが、後輩が頭のネジが飛んでる研究室の連中に実験動物扱いされるのは気に入らん」

 

 中村にとって防衛大での学生時代には角突き合わせた事もある高圧的な体育会系の先輩だった菱田健次、彼とは何度かの対立を繰り返しつつも徐々に和解して今では面倒見の良い年上として頼りにしている相手である。

 去年の鎮守府に着任してからの騒動でも既に航空自衛隊でパイロット候補としてエリート街道を進んでいた菱田は中村が土下座覚悟で協力を求めると二つ返事で部隊の異動を受けてくれると言う男気を見せてくれた。

 

≪両脚部、両腕部の取り付けは終了しました。北上さんどうですか?≫

≪ん~、大丈夫大丈夫、いいねぇ♪ まだあるんでしょ、どんどん載せちゃってよぉ≫

 

 巨人となった艦娘同士の会話が少しばかり離れた中村達の場所まで届き、両脚の上腿と下腿に腕に装備されたモノと同じ五連装魚雷を装備され、左腕に標準装備されている二連装魚雷を含めれば両弦合わせて三十二門の魚雷管を装備する事になった北上は満更でも無い様子で自分に艤装を施している工作艦の明石へと返事を返す。

 

「それにしても魚雷ばかりなんであんなに積む、あれだけ増設できるなら主砲を増やすべきだ」

「艦娘の装備枠にも適正なんてものがあるらしくて軽巡北上の増設装備に霊力を流す接続端子はほぼ全てが魚雷のみに特化してるらしいんですよ」

 

 そして、北上に火砲を乗せるとしたら精々が中口径を一基か単装砲や機銃となるらしく、だからこそ下手に大砲を乗せるよりは得意分野を伸ばす形で強化を行っていると至極当然と言う顔で中村は答え、それを聞いた菱田はしかめっ面で未だ納得せずと言う雰囲気を纏う。

 

 霊力を放出すると艦娘の身体の各部に浮かび上がる幾何学的な紋様、霊力回路を持った機器を接続できる端子としての役割を果たすそれは数も種類も個人差があり、今のところ最も多い接続端子を持つ艦娘は軽巡洋艦である夕張の26ヶ所。

 比較的接続端子が少ない駆逐艦でも平均で8ヶ所あるのだが出力や性質の関係で装備できるモノは艦種によってまちまちとなっている。

 そして、接続された装備は艦娘の身体の一部として扱われるようなるようで装備後に待機状態となっても身に着けた兵器に潰される事も無く、兵器としての機能は停止するもののミニチュアになった増設装備を身に着けた状態で行動することが出来るだけでなく、損傷した場合には時間と共に修復していくと言う謎現象まで起こる。

 

「基本装備に八つの五連装魚雷管と対空機銃二基が加わり、さしずめ重雷装巡洋艦北上と言ったところですか」

「ロマン装備では勝てる戦いも勝てんぞ、過去と同じ轍を踏むのも気に入らん」

「今回はちゃんと出番があるから使わずに捨てるなんて事にはならんでしょ」

 

 着任してから艦娘の戦闘はより大型の艦による砲撃で決定すべきだと言う固定概念を持ち始めている先輩へと苦笑を浮かべて中村は綿津見の手すりに体重を預けて、前世のゲームで見たモノとは少し違うデザインだが間違いなくラストダンサーの異名を姉妹艦と共に誇っていた姿に近づいていく北上を眺める。

 

「これで先輩の所の大井にもあの装備を用意できてればハイパーズの結成も実現したんですがね、いかんせん1セットのお値段が他の装備と桁が違うもんで諦めざるを得ない状態になっちゃったわけで・・・」

「また意味の分からんことを、中村、いい加減に出所の怪しい情報に踊らされるのを止めんと今に足下を掬われるぞ」

「ははっ、もう数えきれないぐらいひっくり返されてますから起き上がるのも慣れたもんです」

 

 菱田にとって出会った当初から中村は実際の年齢以上に世渡りに慣れた生意気な男であったが鎮守府に着任してから指揮下の艦娘達がしている噂の中に彼が此処とは別の世界の記憶を持った人間でその為に他人よりも多い人生経験によって状況を有利に進めているなどと言う話を聞く事になった。

 今までの中村の経験に裏打ちされた思考と話術に引っかかって騙された苦い過去を持ち、その年下なのに年上にも感じると言う不思議な彼の言動に菱田は納得しそうになったものの便利であってもそんな不確かなモノに頼る後輩を心配して忠告を繰り返している。

 

「まぁ、これまで実績を積み重ねてきた鎮守府研究室からの太鼓判と強い要望ってもの無くは無いですけど・・・俺にとってはあの装備にそれなりに強い思い入れがあったから採用したわけで、ははっ・・・」

「思い入れか、お前は魚雷で組んだ神輿でも作るつもりか・・・?」

「北上さんを神輿扱いですか、そんなふざけた事を言う口には魚雷で栓をしないといけなくなりますよ?」

 

 不意に温和そうな口調に剣呑な鋭さを隠した言葉が甲板の端にいる二人へと届き、その声へと振り向いた中村と菱田に北上と同じデザインで緑色を基調としたセーラー服とリボンタイを海風に揺らしながら軽巡洋艦大井を原型に持つ少女が微笑みながら立っていた。

 

「いやいや、お神輿なんてとんでもない。北上は今回の作戦で間違いなく主役を張る事になるよ」

「大井、お前たちは待機中のはずだ。何かあったのか?」

 

 菱田の指揮下に就いている大井は自分の牽制の言葉が特に効果を見せなかったことに少し口元に不満を見せたが、すぐに張り付けた様な微笑みを戻して持ってきたらしい一冊のファイルを菱田へと手渡す。

 

「先行して防衛任務を果たした艦隊の艦娘から聞き取りした敵勢力の情報を纏めました。さっさと確認してください」

「・・・生意気な物言いをするが仕事に熱心なのは評価してやる」

「お気になされず、偉ぶるだけの成果は出してほしいだけですからぁ♪ 間違っても乗った艦が悪いなんて言わせないわよ?」

 

 薄ら寒い笑顔と高圧的な仏頂面のにらみ合いと言う何とも居心地の悪い空間に立たされることになった中村は小さく肩を竦めてから再び港湾で装備作業を続けている北上と明石へと視線を向けた。

 

「中村三佐、そう言えばさっき聞こえたハイパーズと言うのはどういう意味ですか? 私と北上さんの話みたいでしたけど」

「ん? ああ、聞こえていたのか・・・まぁ、正直に言うと前世の世界での記憶を元にした期待と信頼を込めた験担ぎのようなもんなんだけどな・・・」

 

 木村達が航空自衛隊と協力して深海棲艦の攻撃を凌いだ際に得た情報を自分の指揮官へと手渡した大井が幾分か声からトゲなどの含みを抜いて純粋な疑問と言う感じで問いかけてきたので中村は少しばかり隣で資料に目を通している菱田の顔を窺ってから前世の記憶を掻い摘んで彼女へと提供する。

 

「ラストダンサーですか・・・?」

「そう、かなり有名な話だった。姫級だろうが鬼級だろうが最後には必ず止めを刺ってな、中には北上さま、仏さま、大井さまなんて拝む連中もいたぐらいだし、ネットでもテレビでも主役級に取り上げられてた」

「まぁっ、私と北上さんが? うふふふっ♪ そう言われると悪い気はしませんね」

 

 別の世界で活躍していたと言う自分と北上の話に機嫌を良くした大井の御淑やかな笑みなのにどこか獰猛さを隠している表情に中村はさっきの状況よりはマシになったかと苦笑する。

 

「メディアが一般人にも分かり易い英雄を作るのは昔から変わらん、大方偶然に挙げた戦果を大げさに誇張されて広報部に利用されただけだろう。そもそも、俺達の世界にはそんな事実はない。中村も無暗にひよっこを煽てるな」

 

 資料に目を落としながら愛想の欠片も無いセリフを菱田が吐いた瞬間に大井の微笑みが凍り付き、中村は何とか柔らかくなった空気が再び刺々しモノへと変わった事で手を額に当て。

 余計な言葉を吐く現実主義者のフォローを諦めて遠くで金属音を立てながら明石の手で肩に魚雷管を接続されている北上へと視線を逃がした。

 

「ま、まぁ、北上と大井が雷撃カットインを発生させやすい性質を持っているって言うのは研究室からのお墨付きを貰ったことですし・・・多重力場の圧縮も増設魚雷を複数連結させる技術の確立で比較的簡単になりました」

「いくら強力でも一度の戦闘で一撃しか放てない代物は使い所が限られ過ぎて役には立たん」

「ええ、ええ、その有難いお言葉のせいで私は重苦しい副砲と機銃を背負わされてるんですよねぇ?」

「装備は状況によって常に最善のモノを選ぶものだ。俺は火砲も魚雷も使える状況なら何でも使う」

 

 朗らかな笑顔から飛び出すトゲで出来た様な大井の嫌味にさしたる興味も無いと言う顔で資料に目を通した菱田はそのファイルを二人からどうやって離れるべきかと思案し始めていた中村へと刺すように突き出して渡す。

 

「もっとも必要性が無いモノを装備させるつもりは無い」

「・・・チッ、ほんと嫌味な男」

 

 視線に攻撃力があれば確実に菱田の顔に風穴を開けているだろうと思えるほど鋭い視線を剣呑に顰めた目から放つ大井、どうして相性が悪い菱田の艦隊に彼女が編成の申請を出したのかは中村を含めた鎮守府に所属しているほとんどの者達にとっての謎である。

 

「中村、お前の預言も当てにならんな」

「・・・戦艦水鬼、似てますが見た目が食い違うのは今さらと割り切るしかないんですかね?」

「全く同じモノと言い切れなければ余計な先入観は邪魔になるだけだ」

 

 ファイルの中にある写真、おそらく上空から撮影されたらしいそれには頭から一本の黒い角を生やし夜闇を固めて造ったような漆黒の長い髪と刺々しい歪さに満ちたドレス、血の気の無い白い肌の顔には表情らしい表情は見えずただ赤い鬼火のような眼だけが前方を睨み据えるように開いている。

 中村が知る鬼級の戦艦ならその背後に巨大な剛腕と巨砲を備えた従者のような怪物が居たはずだが今、手に持っている資料にはその存在は確認されていなかった。

 

「ありがとう、後で同じものをウチの艦隊にもコピーしてくれると助かる」

「はい、では後程お届けします」

 

 一通りの情報に目を通して今回も何が起こるか分からないと言う悪い予感に深いため息を吐いた中村はあっと言う間に苛立ちを笑顔の下に引っ込めた大井に向かって小さく礼を言いながら資料を返してから、ふと空から聞こえてきたヘリのエンジン音に顔を上げる。

 

「菱田先輩、この辺でヘリの飛行は予定されてなかった筈ですよね?」

「ああ、警備計画にもそんなものは無かったが・・・アレは、チッ、マスコミは何処からでも情報に食いついて来るな」

 

 綿津見の甲板から三人が見上げた空に白い機体に大手のテレビ局が使っているロゴが描かれたヘリコプターが飛び、それは舞鶴基地の外縁をギリギリまでなぞる様に飛行しており、側面に空いたドアから突き出されている大型のビデオカメラが明らかにこちらを覗いている事が分かる。

 

「まぁ、増設装備を着けたまま待機形態になると大きさはともかく艦娘に色々と負担が大きくなるから魚雷管だけ別口で輸送したので遅かれ早かれバレるのは分かってましたが・・・、ここまであからさまな方法で確認を取って来たかぁ」

 

 増設装備が施された状態で艦娘が待機形態になるとまるで板に釘を打った様に着ている服が肌と装備に挟み込まれて脱げなくなってしまう事や体の一部として扱われるようになっても重量や重心が変化する為に身体のバランス感覚に不調を訴える艦娘も出てくる。

 

「隠し撮りでも無ければ滅多に見れない艦娘が港に戦闘形態をとって堂々としているだけでも奴らにはご馳走に見えるんだろう」

「どこのパパラッチですか・・・俺の知り合いの新聞記者でももうちょっと慎みがありますよ」

 

 仮にも軍事施設である場所への偵察行為と言うアグレッシブなマスコミの行動に呆れ返った中村と帽子を深く被り直しながら吐き捨てる菱田のすぐ近くでぶわりっと光粒が広がり、目を見開いた二人の前で大井が歯ぎしりをしながら手の平に霊力の光を溜め始めていた。

 

「北上さんを見世物にするなんてっ! アイツらは撃ち落されたいのかしら!?」

 

「よっ止せ! それはイケナイ! 大井、流石にそれはダメだっ!」

「この馬鹿が、何をやっている!?」

 

 今にも民間機へと光弾を放とうとしていた軽巡洋艦娘へと即座に中村と菱田が飛びかかり、見た目は女子高校生程度である筈なのに下手な重量挙げの選手よりも腕力のある大井は現役自衛官の二人掛かりで何とか抑え込むことが出来た。

 

「離しなさいっ! 北上さんは私が守るのよ!!」

 

 さすがに待機形態の艦娘の光弾では上空のヘリまで届く事は無いだろうが自衛隊に所属している艦娘が不機嫌になったと言う程度の理由で民間人に向かって威嚇射撃を行ったなんて事になればマスコミ業界はここぞとばかりに大騒ぎを始めるだろう。

 

 その後、ヒステリックに喚く大井を説得して綿津見の船内へ入っていった中村達の上空に舞鶴基地に所属している戦闘ヘリが舞い上がって白昼堂々と基地の中を空中でレポートしている連中へと警告を開始し、それから十数分ほど民間機は未練がましくうろうろした後に基地から離れて行った。

 

・・・

 

 日本海側に突如として現れた深海棲艦に対する対策の為に先行した艦娘と指揮官達は予想を上回る敵勢力を発見した事によって、現在の自軍戦力では対応が不可能であると判断し増援として鎮守府に待機していた複数の艦娘達は呼び寄せられることになった。

 

 その増員メンバーの中の一人である吹雪はぼんやりと停止している車の窓から見える空を見上げていた。

 

< 俺があの子に教えた吹雪と言う艦娘は初めから存在しない空想の中の存在なんだ >

 

 ある日突然に出撃部隊から外されて予備部隊に入れられた理由を問う為に向かった執務室のドア越しに聞いたその言葉が真実であるなどと認めたくないと自分の内側で昏い思いが呻きを繰り返す。

 

< ただの真似だけなら良かった >

 

 正しく命の恩人である尊敬する司令官が執務室で吹雪を編成から外した理由を同僚の艦娘に問い詰められて彼が零した言葉が何度も頭の中を渦巻く。

 

< だが吹雪は自分でも無自覚に俺が言った空想の中の吹雪になりすまそうとしている >

 

(テレビの中で役者が演じていた物語の主人公・・・それが司令が私に教えていた艦娘の吹雪・・・)

 

 希望と道しるべを与えてくれたその言葉を言ってくれた本人がそれを否定すると言う認めがたいその事実に吹雪は船であった時には無かった言葉に出来ない感情に振り回される。

 

< だけど、吹雪がそうなってしまったのは俺の責任だ >

 

 中村から離れて吹雪が自分自身の事を見つめ直す時間が必要であると彼が判断したからこその艦隊編成の変更。

 

 そして、その理由を新人の実地訓練と言う言い訳に隠して中村義男は吹雪を艦隊編成から外して代わりに交代要員として控えていた艦娘が彼の指揮下に入り、さらに間の悪い事に突然日本海に出現した深海棲艦への対策に駆り出された中村は鎮守府から離れる事になった。

 

(司令官が私の事を考えてくれているのは分かってるのに・・・)

 

 なのに自分は中村が司令官の一人として参加している日本海の防衛作戦へ増員が決定した時点で自分でも驚くほど強引な方法で増員メンバーに入り司令の意志を無視してまた彼の指揮下へと戻ろうとしている、と自分でも呆れるくらいに女々しい事この上無い考えに吹雪は昏い呻きと自己嫌悪を混ぜて表情を曇らせる。

 

「ねぇ? ちょっと聞いてんのっ?」

「えっぁっ!? な、なにかな、叢雲ちゃん?」

「はぁぁ、さっきから何ボケッとしてんのよ・・・他の子押し退けてここにいるんだからもうちょっと気合を入れなさい」

 

 ジト目で見つめてくる妹艦娘の言葉にこれではどっちが姉なのか分からないな、と苦笑を浮かべて頭を掻きながら吹雪は改めて周囲を見回し、レンタカーのナンバープレートを付けた車の中で自分が他事を考え始める前と状況が余り変わっていない事に小さくため息を吐いた。

 

「何だかさっきよりも人集りが大勢になってるね・・・私達入れるのかな?」

「軍事作戦中の基地の前で集会なんて開いたら銃殺されても文句言えないでしょうに、ホントに今の日本人って平和ボケしてるわね」

 

 舞鶴基地の入り口周辺はカメラやマイクなんかを持ったマスコミやいまいち意味の分からない妙な文面が書かれたプラカードを持った集団でごった返しになり、艦娘酒保の観光案内で見たチラシのお祭りの様子よりも大勢の人が居そうだと吹雪は呟く。

 輝く白銀の長い髪を手櫛で梳いている姉妹艦である叢雲は不機嫌さを隠すことなく吐き捨て苛立っている様子は放っておけば彼女自身がその言葉を実行に移しそうな気配すらある。

 吹雪を含め同じ車内にいる艦娘は言葉にしないまでも自分たちの行動が無意味に阻害されて狭い場所に押し込められている事への不満を徐々に募らせているようで、その艦娘達の気配に気圧されながら状況を打開する為に車を運転をしてくれている女性の自衛官が電話で基地内へと連絡を取っていた。

 

『見えますでしょうか、基地の港湾に二人の艦娘が居ます! 片方、黒髪を三つ編みにした艦娘へと装備されているのはミサイルの様にも見えます!』

 

「あっ、北上さんと明石さんが居ますよ! 大きな魚雷が沢山で大潮、気分がアゲアゲになってきました!」

「大潮、車内で騒ぐのは止めなさい・・・それにしても、こんなに大量の魚雷を装備して全部制御しきれるのかしら?」

 

 若干一名ストレスとは縁が遠そうな常に何かの理由で騒がしい駆逐艦娘の頭を同型の姉である朝潮が嘆息しながら抑え、少しでも場の空気を和らげるためにかそれとも自分自身の気分転換のためか、大潮が手に持っている小型テレビへと目を向けてコメントして自分達が向かう予定の場所である舞鶴基地を勝手に撮影しているヘリからのライブ映像に眉を寄せる。

 

「・・・司令から聞いた話だと今のところは再装填以外は艦橋の艦娘や司令官に制御を依存する事になるらしいよ」

「増設魚雷って発射後の誘導も出来ないし霊力の圧縮効率が悪いから威力出ないでしょ、数揃えれば良いってもんじゃないわよ」

「でも、二連装までなら本艤装の魚雷と同じ威力が出るって座学の先生が言ってましたよ! 大潮は知ってます、雷撃カットインには二つ以上の魚雷管が無いと使えないんですよ!」

 

 艦娘酒保のお取り寄せ商品カタログの中にあったポケットサイズの小型テレビ、朝潮型姉妹が貯めたコインを出し合って買ったそれはあまり良い性能では無く表示されるチャンネルは限られていたが鎮守府の外を知る機会が少ない少女達にとってはノイズ混じりでも娯楽としてはそれなりのモノとなっている。

 そんな艦娘寮の談話室に置かれたテレビの前で度々行われるチャンネル争いと無縁となる事も出来ない貧弱な性能しかない小さな液晶画面は今だけはその力を使って車内のストレスを減らす事に成功した。

 

「皆さん、正門は流石に人が多すぎる様なのでこのまま基地に入るのは無理なので車を正門横の通用口に着けます。そこから皆さんが舞鶴基地内へと向かってください」

 

 携帯電話を懐に入れたスーツ姿の自衛官が後ろで増設装備についての議論でにわかに騒いでいる艦娘達へと呼びかけ、その声に素早く了解の声を揃えて全員が澄まし顔に戻って頷く。

 

『自衛隊の発表では日本海側に確認された深海棲艦への対策であるとの事ですが、あれほどの重武装が必要であるのかは私には疑問です! そもそも・・・』

 

 彼女達が静まった為に小型テレビからレポーターをしている女性の個人的な感想が大きく車内に流れ始め、その言葉に苦笑した自衛官から恥ずかしそうに頬を染めて顔を反らした朝潮は顔だけは真面目っぽく見える大潮が手に持っているテレビの電源ボタンをOFFにした。

 

「報道陣に関しては私や基地の職員が対応しますので皆さんは速やかに基地内へ移動してくださいね」

 

 初めて鎮守府から日本国内へと足を踏み出した吹雪達にとって東京駅から京都駅までの半日以上かかった新幹線と言う高速列車での旅までは良かったのだが、その後に案内をしてくれた女性自衛官の後について矢鱈と複雑な電車の乗り継ぎを経て、舞鶴市まで辿り着いたと思ったら基地の手前まで来た車の中で一時間以上も待たされると言うハプニングに見舞われる。

 その案内をしてくれていた自衛官の言葉でやっとそれから解放されると分かった全員が身体を解すように腕や足を軽く動かし解していつでも立てるように座っているリクライニングシートの上で背筋を伸ばした。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 自衛官がキーを捻ってエンジンをかけ再び移動を始めた車の中でまた停滞しそうになっていた思考を散らすように軽く頭を振った吹雪は何か別の事を考えようと意識し、ふと舞鶴と言えば自分の原型である駆逐艦吹雪の生まれ故郷とも言えるのではないかと思い至る。

 だが、改めて車の窓の外に見える街並みは船だった記憶の中にある舞鶴の港町とは全く違う形であり、七十年もの時間が過ぎたのだから自分の思い出の面影を残すものなど一つも残っていないだろうと結論して何を馬鹿なことを考えているのか、と苦笑した。

 

「吹雪さん、何か面白いモノでもみえましたか!? 大潮にも教えてくださいっ!」

「えっ、いや、そんなんじゃないよ・・・ただここが私の生まれ故郷なんだなぁって、そう思っただけで」

「・・・生まれ故郷? 舞鶴、そうでしたっ!凄いですっ吹雪さん!」

「な、なにそんな大袈裟に、凄い事じゃないでしょ?」

「大潮も舞鶴生まれです! 吹雪さんと同じですね♪」

 

 何かにつけて五月蠅い駆逐艦がますます嬉しそうに気勢を上げてその場にいた全員がさっきまでの苛立ちを完全に忘れて柔らかく笑い、大潮の言葉に目を見開いた吹雪は彼女も同郷の艦娘だったのかと今さらな話題をわけも無く嬉しく思う。

 

「あはは、でも、海から見た昔の景色と全然違うから帰ってきたって気はしないけどね」

「船だった頃から何年経ってると思ってんのよ・・・でも、探せばどこかに面影でもあるんじゃないの、史跡とか大事にする人間は今も昔も少なくないでしょ」

 

 調べたいなら手が空いてる時にでも手伝ってあげる、と小さく呟いた妹艦娘と自分達も手を貸すと胸を張る朝潮型姉妹に吹雪は少しくすぐったく思いながら頷いた。

 そして、車は人込みから少し離れた場所にある小人数が所用で出入りする為にある通用口へと車が止まり、レンタカーの扉を柄でも無い事を言ったと照れて顔を赤くした叢雲が開けて車外へと出てその後に吹雪も続いて出る。

 

「なんだ? なんで中学生が基地に入ってくんだ?」

「おいっ、社会見学は良くて俺たちは入れないってのはどういう了見だ!」

 

 叢雲に続いて外に出た途端に聞こえてくる大半が野次で出来た騒がしい外の音に目を向ければ先ほど車を運転してくれていた女性と基地職員らしい数人の男性が車と通用口の道を守る様に吹雪達と報道陣の間に立ちはだかってくれていた。

 船と人と言う差はあれど今も昔も軍事組織の一員として世間一般とは離れてしまっている吹雪であるが基地に入っていく彼女達を目ざとく見つけて詰め寄ってこようとする報道を職業とする人達の勢いと迫力には気圧されそうになる。

 

「んんっ!? おい、カメラっ! こっちだ、早く回せっ! とんでもないのが居るぞっ!!」

「ぁああっ! あの子、海保の映像流出のっ!!」

「もしかして、ちっさいけどあの子達は艦娘かっ!?」

 

 努めて平静を装いながら吹雪が通用口を通って基地に入ったと同時に一際大きい声が報道陣から巻き起こり、あまりの五月蠅さに驚き身体を震わせて彼女が後ろを振り向くと車と門の間で唖然とした表情を強張らせて立ち尽くしている朝潮の姿があった。

 瞬間、激しいフラッシュが朝潮型駆逐艦の長女を襲い、あまりの眩しさに手を翳して顔を背けた朝潮は身体を硬直させカメラの前で身動きの出来ない状態となってしまう。

 とっさに朝潮を助ける為に吹雪が道を戻ろうとした所をすぐ近くにいた叢雲が手を掴んで引いた事で留められ、その妹の行動に驚いた姉はすぐに手を離すようにと言うため口を開く。

 

「叢雲ちゃんっ、離して!?」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ、ほら」

 

 報道陣の騒がしさに動じる様子も無く澄ました顔の叢雲が顎で指す先には大量のカメラのフラッシュで硬直してしまった朝潮と車の中から勢い良く飛び出した水色の髪を短いツインテールにした姉と同じサスペンダーで吊ったスカートと白い半袖シャツ姿の大潮が見え。

 

「朝潮お姉さんっ! アゲアゲで行っきますよぉおおっ!!」

 

 その車から走り出してきた大潮はラグビーのタックルを思わせるような前傾姿勢で素早い組み付きからそのまま姉艦娘を肩に乗せて通用口へと飛び込んできた。

 

「あわっ、わぁっ!? 大潮ちょっと、止めっ!? 下ろしなさいぃっ!!」

 

 そして、さっきの報道陣の勢い以上のモノを見せられてさらに硬直した吹雪の真横を風の様に朝潮を担いだ大潮が走り抜け、仲間に置いてけぼりにされた二人に艦娘は目の前で起こった衝撃展開に驚愕を顔に張り付けたまま視線を合わせる。

 一瞬だがあれだけ騒がしかった報道陣すら黙らせるトンデモ行動を起こした駆逐艦娘は吹雪達を置き去りにして風の様に基地内へと消えていった。

 

「叢雲ちゃん・・・、あれ、本当に大丈夫だったのかな?」

「いや、流石に予想外よ・・・ただ手を引く程度だと思ってたわ」

 

 そして、普段から元気すぎると定評のある大潮の行動に唖然としている吹雪型姉妹の前で数人の基地職員が服と息を乱れさせながら押し寄せる報道陣を押し退けてガシャリと通用口を閉め切り、それと同時に逃げるようにレンタカーに飛び乗った案内役の女性が吹雪達に小さく手を振ってから車を発進させていった。

 見れば正門側の格子の間から吹雪達へとカメラは向けられており、目に痛いフラッシュと共にカシャカシャと騒がしくシャッター音が連続している。

 

「あははっ・・・じゃあ、私達も行こっか?」

「そうね、あの連中を相手に無駄な時間を使うのも癪だもの」

 

 差し当たって向かうのは自分達の指揮官達が今回の作戦本部として使っている舞鶴基地の港に停泊している海洋調査船【綿津見】へ。

 

 では無く、全く見当違いな方向へと爆走していった大潮と巻き込まれた朝潮を回収せねばと吹雪型駆逐艦の長女と四女は人の身体を持って初めて踏み入れる舞鶴の地を歩き始め。

 

「テレビを車に忘れちゃいましたぁ! 大潮、取り戻しに行ってきます!!」

「まって、うぅっ、まず、下ろしてぇ・・・」

 

 その一分後に姉を担いだまま逆走してきた大潮の姿を見た吹雪と叢雲はアイコンタクトの後に頷き合い、すぐ近くを通り過ぎようとした大潮から呻き声を漏らす朝潮を取り上げて暴走娘の襟首を艦娘二人分の腕力で引っ張り黙らせることに成功した。

 

 




中村「うわぁああっ!!」承認印PON♪

明石&主任「「ご利用ありがとうございます!!」」

霞「な、何やってんのよこのクズ共はぁっ!?」


そして、鎮守府の資材と予算が残念な事になった。

結論、田中が所用で出掛けてたのが全て悪い。


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第二十話

猫吊るし「一体いつから―――君の条文が元の世界のままだと錯覚していた?」

憲法九条「・・・・・・・なん・・・だと・・・・」


【まさかの】艦娘に関する情報交換所 120隻目【合憲判決】

 

 1:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

 

   ここは未だに多くの謎に包まれた艦娘に関する情報を広く集め交換し合うためのスレです。

   噂までなら大丈夫ですが、明らかな虚偽は憲兵に通報されるので控えましょう。

 

   ~~~~~

  (注意文省略)

   ~~~~~

 

   今のところ分かっている艦娘の事。

 

   ①第二次世界大戦の時に建造された戦闘艦をなんやかんやして擬人化した。

   ②深海棲艦が日本近海に現れると特務法の発動と同時に出動する。

   ③教えてくれ伍飛、自衛隊はなにも教えてくれない

   ④でっかい(推定10mから18mぐらいの身長)

   ⑤かわいい(アイドルが裸足で逃げ出すレベル)

   ⑥東京湾のどっかにある鎮守府って所に住んでるらしい(ググっても見つからない)

   ⑦かわいい(結婚したい)

   ⑧望遠で撮られた写真がネトオクでウン万円

   ⑨陸自のヘリから落ちてきた(テレビでインタビューされてた漁師談)

   ⑩深海棲艦を撲殺する←意味不明

   ⑪つよい(小並感)

 

   東京最高裁判所で市民団体が訴えを起こした→艦娘合憲判決 new!

 

   もうpart120まで来てんのに碌な情報がねえな・・・orz

 

 

 2:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   建て乙

   ホントに碌な情報が出て来ねえな。

 

 

30:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   最高裁判所が艦娘が憲法違反じゃないって判決だしたけど。

   結局何で艦娘が合憲判決になったのかが分からん。

   教えてエロい人

 

31:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ググレカス

 

32:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   まあ、普通に考えたら憲法9条があるから合憲になるはずないのにね。

 

33:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   日本党の陰謀だ! 間違いない、俺は詳しいんだ!

 

34:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   お前ら、ネタじゃないなら悪い事は言わんからまず小学校の社会科の教科書

   引っ張り出して来い

 

35:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   いや、九条の全文が乗ってるのは高校の教科書からだから知らんヤツがいても

   仕方ない。

   ・・・のか?

 

36:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   なんで艦娘の話から学校の教科書の話になるの?

 

37:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   まさか、日本が海外に誇る対宇宙人用憲法を知らない人間がいるとは・・・(-"-)

 

38:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   いや、憲法九条の第三項は条文的に宇宙人じゃなくて自然災害と生物災害に

   対するものだから

 

39:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   憲法九条って日本は戦争しません、武力も放棄しますって内容じゃないの?

 

40:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   しかたねぇな、貼ってやるよ!

 

   第一項、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の

   発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段

   としては、永久にこれを放棄する。

   第二項、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。

       国の交戦権は、これを認めない。

 

   そんで

 

   第三項、前項に定義した自国及び国際平和を脅かす可能性に対する防衛力は

   国家の主権の内であると認め、対話不能であると認められる生物学的な

   緊急事態及び超自然災害に類する案件に備え、日本政府は研究と準備を

   拡充するものとする。

 

41:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   出たぜ! 対宇宙人憲法!

   と言うか自衛隊も名目上は軍隊じゃなくて自然災害を防ぐ為に設立された

   国営の研究と準備を行う救助隊が始まりだからな。

 

42:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   この条文のせいで我が国の護衛艦はミサイルで隕石を打ち落とす為だけに

   魔改造を繰り返されているのだよ。

   あくまでも超自然災害に対する防衛力であって戦力ではないからな?

 

43:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   これマジ?

 

44:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   マジなんだよ。

   だから、細かい話を省くと対話不能な存在である深海棲艦と戦う為に造られた

   艦娘は合憲って事になる。

   あと、よく対宇宙人憲法って言われているけどこの条文、話が通じる相手なら

   宇宙人でも話し合いしなければならないって事でもある。

 

45:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   誰だこんなアホな内容の憲法を捻じ込んだヤツは(笑)

 

46:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   なるほど、なら深海棲艦と会話が成立すれば艦娘も違憲ってこと?

 

47:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   http://xsxnxkx1.com/img/jpg

   

   彼等と話がしたいんだって? 逝ってらっしゃい( ^^)ノシ

 

48:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ↑何処で撮って来たし、俺はコレと話が出来るとは思えん・・・

 

   >>46 達者でな

   

49:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ちょっ、行くとは言ってないよ!?

 

50:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   それが彼の最期の言葉でした・・・。

 

51:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   マジレスすると九条の第三項には大塔財団(現・Tower's International Association)

   が一枚噛んでるらしい

   奴らは影から日本を支配しているんだよっ!!

 

52:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   おいばかやめろ

   こんなとこでTIAの話したらマジお前消されるぞ

 

53:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   でも艦娘と鎮守府計画の最大出資者って財団だよね?

   絶対なんか関わってるよ。

   財団の人見てたら何でも良いから艦娘の情報くださいプリーズ

 

54:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ググレカス!

 

55:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

   ググノーレ先生も艦娘の事を教えてくれないんですが、これは不具合でしょうか( ;∀;)?

 

 

200:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    お前らテレビつけろ! FGテレビでとんでもないの映してる!!

 

201:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    艦娘キタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!

 

202:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    え、舞鶴って俺の地元やん! って言うか、ここから1㌔も離れてないよ!?

 

203:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    >>202 今すぐ家を出て実況に走れ!

    早くしろっ!!!間に合わなってもしらんぞ―――!!

 

204:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ところであの子を見てくれ・・・どう思う?

 

205:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    すごく(身体が)大きいです・・・

 

206:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    めっちゃ、ミサイル積んでる(笑)

    どこと戦争するつもりやねん(爆笑)

 

207:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    戦争はしない、何故なら艦娘は戦力では無く防衛力、勘違いはいけないなぁ?

 

208:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    防衛力(トマホークミサイル6発分パンチ)

 

209:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    と言うか俺はデカいクレーン背負ったピンク色の髪の子の方が気になる。

    もしかして、あのスカートの肌色の部分てスリットになってる?

 

210:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    穿いてない! 穿いてない!? 絶対穿いてない!!

 

211:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ピンクは淫乱、また一つ世界の真理が証明されてしまったな

 

212:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんか二人で喋ってるけど聞こえね! もっと近づけよ!

 

213:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    せやかて自衛隊基地やぞ、流石に撃ち落されるやろ

 

214:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    って言うか、誰もレスしないけど何で財団の海洋調査船が基地の港にあんの?

    自衛隊に接収されたん?

 

215:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    綿津見には深海棲艦とかを調査したり分析出来る特殊な機材が積まれてるから

    協力してるんや。

   

    って、爺ちゃんが言ってた。

 

216:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あの調査船の名前なんて初めて知ったわ、何でそんな詳しいんだよ。

    もしかしてお前財団の関係者か?

 

217:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんだと囲め! 拷問してでも艦ぬすの情報を墓せロ!

 

218:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ↑落ち着けこの致命的馬鹿者がっ!

 

219:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    いや、爺ちゃんがそうだっただけで俺はただのヒキニートだし?

    引きこもりのニートだよ? ホントだよ? 財団とは何の関係も無いよ?

 

220:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    何で二回も言った氏?

 

221:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    基地からヘリ飛んできた

    UH-1Bかな? でも見た事ないゴツイ機関砲付いてるし小さいけどミサイルっぽい

    のも装備されてる。

    新型か?

 

222:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    レポーターめっちゃビビってる。

    ヘリの方にも「私には過剰な武装に見えます」って言ってやれよ(笑)

 

223:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    まぁ、仕方なくね? 作戦行動中の軍事基地を空撮とか明らかに違法だろ

 

 

311:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ライブ映像に戻ったけど基地の前だけか

 

312:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    マスコミ

    動物園の猿かよ

 

313:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    最近あれと似たのゲーセンで見た。

    Fleeterって大型筐体のゲーム、めっちゃ列が長くてオマケに

    連コインした奴のせいで大ブーイングからのケンカ発生

    ↓

    ゲームは係員の判断でその日一日サービス停止\(^o^)/

 

    置いてあるゲーセン探して自転車で一時間もかかったのに結局プレイできんかったorz。

 

314:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    SEIGAはいつも未来に生きてるよな。

    ていうか艦娘に乗り込んで深海棲艦をやっつけるって発想がぶっ飛んでる

    よく自衛隊も許可出したな

 

315:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    1プレイ500円は高い、あとネットワークランキングの最上段にいるnakamuraって

    誰やねん

    どんな操作したら一万ポイント超えとか基地外じみた戦果出せるんや

 

316:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    まず駆逐艦か軽巡を選ぶ、ひたすら格闘形態でhit&awayで駆逐級と軽巡級を狩り続ける

    コレで普通に八千は行ける、一万はかなりシビアだけどムリではない

    残念ながら重巡は外れ枠、戦艦と空母の実装はよ

 

317:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あqwせdrftgy

 

318:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんや!?

 

319:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    てれび、駆逐ちゃんがいる!!

 

320:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    マジだっ!! 駆逐ちゃんがいる!!

 

321:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    まておちつkほんとにいる!1

 

322:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ↑お前が落ち着け、でも何で小さいの?

 

323:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    何言ってんだ、駆逐ちゃんは小さいに決まってるだろ!

 

324:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    小さい(推定12m)

 

325:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    マスゴミ何やってんだ! 駆逐ちゃんが怯えてるじゃねっ

 

326:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ゾンビゲームかよ、壁になってる自衛隊の人達めっちゃ大変そう

 

327:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ふぁっ!?

 

328:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    え、なにさっきの、ちっちゃい子がめっちゃ叫びながら駆逐ちゃんに体当たりして

    担いで走ってった

 

329:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ところで駆逐ちゃんって誰? さっきの黒髪の長い子?

 

330:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    お前マジか

 

    http://www.metube.com/watch/xxxxxxxxx

 

    これ見て勉強して来い

 

331:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あの子、海保の情報流出で滅茶苦茶テレビに出てただろ

    なんか、さっきはめっちゃちっちゃくなってたけど

 

332:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    って言うか、さっき船の煙突みたいな帽子被ったちっちゃい子がさ

    朝潮姉さんって言ってなかった? んで、駆逐ちゃんが大潮やめてって叫んでた

 

333:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    【朗報】駆逐ちゃんの名前【判明】

 

     朝潮って朝潮型駆逐艦か、あの子ホントに駆逐艦の艦娘だったんな

 

334:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんか先に基地に入ってたっぽい地味な子と白髪の子がめっちゃ呆然としてる

 

335:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あんなの見たら誰だってそうなる、俺だってそうなる。

    もう画面から見えなくなったけど自分と同じ体格の子を担いでどんな足の速さしてんお

 

336:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    戻ってきたっ!?

 

337:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    下ろしたたげて! 駆逐ちゃん下ろしたげて、めっちゃ顔青くなってるから!!

 

338:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    そして奇跡的なツープラトン(藁)

    白い子と地味な子、息会い過ぎ

 

339:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    大潮ちゃん、テレビぐらい俺がいくらでも買ったげるから家においでよ

 

340:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    >>339 通報しますた     

 

341:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    駆逐ちゃんも可愛いけど大潮ちゃんも元気可愛い

 

342:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    もしかして地味な子の方

 

    http://xfxbxk01.com/img/jpg

    http://xfxbxk02.com/img/jpg

    http://xfxbxk03.com/img/jpg

 

    この子か?

 

343:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ナニコレ、めっちゃかっけー!

 

344:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    斧で深海棲艦ぶった切っとる!?

    どこにあった、こんな画像

 

345:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    知り合いの漁師に頼み込んで船に乗せてもらって限界まで望遠して撮影した私物

    普段はサラリーマン、趣味でカメラマンをしてる。

    進入禁止区域の近くで職質受けて留置されそうになった事もあるぜ!

 

346:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    もしかして、艦娘って身体の大きさがおっきくなったりちっさくなったり出来るの?

 

347:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    それに気づくとは天才か(見りゃわかんだろ)

 

348:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    まぁ、そうでもない限りあのサイズで衛星写真に写らないってありえないだろ

 

349:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    大きいままだと東京湾が艦娘でイッパイになってないといけなくなるもんな

    鎮守府どんだけデカいねんってな

 

350:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    (今さら気付きませんでしたって言えねぇ・・・(;^ω^))

 

351:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    (ワイもやで・・・)

 

 

590:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ところで >>216 で言われてたけど重巡洋艦娘って不遇なん?

    「攻撃開始ねっ♪」から「主砲、撃てぇ~い♪」凄く好き

    あと 

       ( ゚∀゚) おっぱい!

      

 

591:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    加速の時の「ヨ~ソロ~♪」と戦果画面の「ぱんぱかぱーん♪」も捨てがたい

    俺はあの黒タイツに惹かれる

 

592:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    そう言うのはスレが違う、Fleeterの攻略スレに行け

    でもあえて言うなら重巡は足が遅いからだな。

    駆逐が400ノットで軽巡でも320ノットでも重巡はどんだけ加速しても

    200ノット止まり

 

593:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あと格闘戦形態が無いのが致命的

    バリア弾ぶっぱは当たれば強いけど所詮は散弾だからな

 

594:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    冷静に考えると200ノットでも単純計算で360km/hなんだぜ?

    SEIGAの艦娘の設定おかしいだろ

 

595:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    実はFleeterは自衛隊から提供されたデーターで造ってるらしい

    ゲームのデモムービー映る金色の葉っぱと錨で描かれたどこの会社か分からないロゴ

    艦娘のいる鎮守府のマークらしい

 

566:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    >>592 >>593 いやそれは狙撃形態を使いこなせてない奴の言い訳

    近距離はバリアぶっぱ、超遠距離から戦艦級の頭ぶち抜き高得点狙いで普通に戦果

    7000超える

    扱い方が近距離型の駆逐、軽巡と違い過ぎるから使い難く感じるだけ

 

567:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    って言うかミーツベに重巡の滅茶苦茶上手いプレイ動画上がってる

 

568:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    http://www.metube.com/watch/xxxxxxxxx

 

    これな、しかも顔は見えないけど声から女性プレイヤーって分かる

 

569:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    なんかこのプレイヤーの女の子、重巡艦娘の声優さんとスゲー声が似てんだけど

    喜んでる声とか一瞬、ゲームの音声かとおもった

 

570:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    そういや、Fleeterのキャラってモデルになった艦娘がいるのか?

    灰色ブレザーにオレンジツインテの駆逐の子はなんか似た様な服着た艦娘の写真が

    出回ってるよな

 

571:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ネットに出てるのはピンク髪のめっちゃ目つきが悪い子やね

    確かに服装は似てる

 

572:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    あの子は戦艦って事で決着しただろ

    あんな殺し屋みたいな目つきで駆逐ちゃんと同じ艦種は絶対に無い

 

573:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

    ピンクは淫乱、そう思っていた時期が私にもありました

 

 

 998:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

     1000なら鎮守府にご招待

 

 999:名無しにかわりまして船員がお送りします 2015/3/xx ID:xxxxxxxxx

     1000なら朝潮ちゃんが嫁に来る

 

1000:綾波型の九人目             2015/3/xx ID:sxzxnxmxx

 

 (゚ω゚)【 謹んでお断りいたします 】

  

 

 

 

 

・・・

 




 
誰だ今の?
 


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第二十一話

思い込みの激しい大学生とおバカな友人のアルバイト生活


艦娘が出て来ない艦これ小説とか誰得やねん?


 2015年の春と言うには少し早い時期、前世では世界的に普及したスマホの台頭でさながらガラパゴス諸島の絶滅危惧種のように日本特有の携帯電話などと言われていた折り畳み式の画面にウェブページを表示させながら私はそこに書かれている文面へと目を通す。

 

 艦娘が合憲であると最高裁判所が出した判決に関する記事、賛否両論が飛び交う中で私は法律家を目指すなんて宣っていながら今の今まで気付かなかった盲点と言える前の世界と決定的に異なる事象に気付かされた。

 憲法九条、前も今も世界に対して平和の為の武力放棄を宣言した史上稀に見る憲法であると言う事は同じなのだが、今世においてはその条文の中に前の世界に無かった条項が付け加えられていたのだ。

 

 第三項、前項に定義した自国及び国際平和を脅かす可能性に対する防衛力は国家の主権の内であると認め、対話不能であると認められる生物学的な緊急事態及び超自然災害に類する案件に備え、日本政府は研究と準備を拡充するものとする。

 

 それは、まるで将来的に話が通じない超常現象を起こす生物災害が発生する事を予知していたかのような文面。

 

(いや、解っていたからこそ無理やりにでも組み込んだんだろう、刀堂吉行博士とその協力者が)

 

 その協力者の最たる者こそ大塔財団の設立者である大塔弦蔵であり、彼は一般にはTIAもしくは財団などと略される日本有数の巨大総合企業の会長である。

 

 刀堂博士との関わりは大塔の幼少期まで遡る事になり、大戦直後の日本で戦災孤児だった少年は研究者としてはまだ無名だった刀堂と出会い、彼に師事してわずか十数年後には若年ながら経済界へと頭角を現した。

 しかし、私の前世においては影も形も存在してなかった刀堂吉行と大塔財団、世間では憲法の制定時にも何かしらの介入を行っていたと言う都市伝説もチラホラと見えるがその当時の大塔弦蔵はまだ10歳前後であり、社会的な立場など存在しないストリートチルドレンの一人でしかなかった。

 存在しない大塔財団による戦後混乱期の政界への介入と言う矛盾は大塔が自らの半生を綴った自伝の中に登場する刀堂博士の行動を追ったことで解き明かすことが出来た。

 

 大前提として刀堂博士が私と同じ転生者であり日本が辿る未来を詳細に知ることが出来たと言う条件を付けた時に前世の世界の歴史を知る私だからこそ彼が行っていた事象への先回りに気付く。

 他の人間に言えば頭のおかしい男だと笑われるだろうが私は刀堂博士が将来有力者となる相手に手を貸し、本来なら人生の道半ばに世を去るはずだった人間の運命を捻じ曲げていた事に気付き戦慄した。

 そして、戦前から一人の男によって繋げられて来た人間の網が現在の大塔財団の基礎となり、その名前の無かった頃の協力者達のネットワークこそが日本を実質統治していた連合国軍を出し抜き本来なら書き込まれるはずがなかった一文を憲法と言う日本の司法の基礎へと組み込んだのだ。

 

 そして、その秘密裏に巨大化した連絡網の代表を刀堂博士から任されたのがまともな学歴も無く政財界へと殴り込みを仕掛けた大塔弦蔵と言う二十歳の青年である。

 当時、大半の識者の予想は生き馬の目を抜く世界で大塔はすぐに頭を潰されて消えるであろうというモノだった。

 だが、その突き出た釘に過ぎなかった若者は協力者達の支援によってその数年後には現在の財団の前身組織を造り上げる事に成功する。

 

 そう言う意味で言うならば財団が憲法への介入を行ったと言う都市伝説は事実とも言えるが、同時にその当時には刀堂博士を中心にした個人同士の繋がりで組織としての体裁も整っていなかったことを考えるとまさしく憲法への介入は反則以外の何物でも無い無謀な綱渡りだった。

 だが、そうして生まれた財団は大塔を中心に刀堂博士を陰日向に支援しながら戦後の高度経済成長期の後押しを受けてその規模を爆発的に巨大化させていく。

 

(そして、艦娘と鎮守府の支援にも湯水のように資金を投入した)

 

 この艦娘に関する一連の計画への参加は財団内でも賛否が分かれたのだが財団の頂点に現在も立っている大塔会長の強硬とも言える命令によって反対派は黙らされる。

 だが、鎮守府から上がってきた報告は艦娘が刀堂博士の計算結果とは比べ物にならないほど弱いと言うモノであり、その失敗をあげて大塔会長の支持基盤が揺らがせる工作が行われていた。

 

 しかし、去年から日本中で騒がれている国防特務優先執行法の施行から艦娘の姿と計画の成果が一般にも見え始めた事で老いたる昭和の風雲児の采配は未だ健在であると内外へと知らしめる事となった。

 それよりなにより、私を驚愕させたのは現場の指揮官がわざと彼女達の運用法を間違うと言う計画への妨害工作であり、その内情を記したテレビ局の資料室の端っこに隠されるように置かれていた取材資料の存在だった。

 さらにあくまでも噂と言う事になっているが、大塔会長が強行した計画を敢えて妨害する事で利を得ようとした財団内の派閥が自衛隊や政治家へと働きかけて鎮守府へと妨害と圧力をかけていたと言う証拠があったのにメディアはそれを表沙汰にする事無く消極的ながら艦娘否定派へと加担していたと言う話まである。

 

(それを解決したのはおそらく自衛隊内部にいる艦娘の“正しい運用法”を知っていた転生者だろう)

 

 そして、艦娘が本来の能力を発揮する準備が整い、特務法が衆参両院へと審議入りした前後から財団内では嵐のような粛清が大塔会長とその側近の手によって行われたらしい。

 

 少なくとも一つの部門を任されていた重役とダース単位で役員や社員の首が周囲への理由の説明も無く挿げ替わった事は事実であり、部下による鎮守府への妨害工作を知った大塔会長がまるで火山と化したかのように怒り狂ったと言う噂はその時に老人が発した『何という事をしてくれた!? これでは先生に申し訳が立たんではないか!!』と言う怒声と共にマスコミの耳に届いていた。

 だが、その噂話が事実であるかを確認する度胸を持ったジャーナリストは一人たりともおらず、全ての報道に携わる人間は箝口令をしかれたように口と耳を閉ざして嵐が過ぎ去るのを願う小動物と化した。

 

 自伝を読めばわかる事だが大塔弦蔵があえて虚偽を記していない限り彼本人は前世の記憶など持たない普通の人間であり、たまたま戦後の闇市で刀堂博士の財布を盗み取るのを失敗したケチな盗人だった。

 そして、貧困に痩せ細った妹を守り養う為に科学者を自称する胡散臭い男の世話になったのが少年時代の大塔会長にとって本来あり得ない人生を歩く切っ掛けとなった運命の分かれ目だったのだろう。

 

 そんな学の無かった浮浪児はその当時の日本人の思考とはかけ離れた先進的な経済知識を刀堂博士から与えられ、それまでの不遇と不幸が嘘か幻だったかのように時代の寵児として経済界の頂点へと駆け登っていく。

 自伝の中ですら命を捧げても返せないほど山ほどの恩を彼から受けたのだと記し、刀堂博士の一人娘と結婚する事となった後も義父と呼ぶ事なく師弟である事に拘り本人の許しを受けても恐れ多いと頭を下げた敬愛を捧げていた。

 

(それがまさか内部の足の引っ張り合いで四年近く無駄足を踏んでいたなんてこんな情報は財団も自衛隊も外に出せるわけが無い)

 

 そんな大塔にとって自分を育ててくれた恩師であり義父でもある科学者が残した遺言と言える計画の実現はあらゆる困難と問題を排してでも実行せねばならないものだったのだろう。

 

(いや、むしろ本来の能力を封じられた状態で護衛していた船を艦娘が守り切っていた事こそ奇跡なのか?)

 

 現在、艦娘の情報を統制しているのは自衛隊そのものでは無く財団からの圧力であると言うのが一般人の耳に入るよりは多いと言える情報へと触れる機会を持つ事になった私の結論である。

 また、その理由が身内から出た裏切者への凄惨とも言える制裁によって組織内に広がった大塔会長への畏怖によって彼の機嫌を損ねない為に財団が取った予防処置であると言うのが見ざる言わざるを決め込んだ報道陣の共通認識だった。

 

・・・

 

「真面目な顔して何見てんだ? エロか? エロサイトなのか?」

「・・・たまにね、自分はなんで君なんかと友人なのか、と心の底から疑問に思う事があるよ」

「じょ、冗談だって怒んなよ、暇なんだよぉ~」

 

 肺の中身を全て吐き出すように深い深いため息を吐きだして私は折り畳み式の携帯電話の画面を閉じてから、鬱陶しい調子で子供のような理由を喚く友人へと顔を向ける。

 三月となってもまだ冬の寒さが吹き抜ける長野県の某所にある温泉旅館、観光地としては定番と言われている場所であるらしいが深海棲艦の出現によって海外からの観光客が激減した事でかつての賑わいは久しくなり疎らな客足がたまに目につく程度しか見えない。

 

「雑用ばっかでつまんねぇのなんのって、テレビ局の仕事ってもっとこう、なんかもうちょっと、なぁ?」

「何が言いたいのかよくわからないけど君が暇だって事はよくわかった」

 

 実際に暇だからこそ携帯片手にウェブサイトを巡回していたのだから私も彼に同意する立場であるのだが、それを口にすると絶対に目の前の馬鹿は我が意を得たりと調子に乗るのでとりあえず訳知り顔で頷くに止めておいた。

 これで携帯電話の電波すら届かない秘湯や秘境での仕事だったら万が一の確率で私も彼と共に馬鹿なセリフの一つも吐いていたかもしれない。

 

 大学の先輩や求人雑誌などで業界でもそれなりに規模の大きいテレビ局でのアルバイトを見つけて入り込むことに成功したのは良いのだが私に割り振られたのはアシスタント以下の荷物運びなどの雑用係だった。

 一応は関係者証を使う事で資料室に入る事が出来たので一般に出回っていなかった艦娘に関するドロドロした裏事情に触れる事になったがそれが彼女らへの失望へと繋がったかと言うと否である。

 むしろ率先して捨て艦戦法をとった過去の鎮守府に勤めていた指揮官や司令部、それに繋がっていた政治家と財団の艦娘否定派こそが唾棄すべき者達である。

 だが、私がその情報へと辿り着いた時点で彼等はそれまでの自分達の行いの責任を取らされており、鎮守府は刀堂博士が想定した通りの活動を開始していた。

 

「折角温泉に来てんのに俺たちはロケバスの横で待たされるだけって何なんだよっ!」

「あと二時間も経てば撤収の機材の移動とかで呼ばれるさ、むしろほとんど立ってるだけで日給一万円は中々美味しい仕事とも言えるね」

 

 これで温かい室内でコーヒーの一杯でもあれば言う事は無いのだけれど、残念なことにAD以下の私達はそこそこテレビで顔の売れている芸人達が大げさなリアクションで温泉や料理を褒め称える宣伝番組の画面端にも映らずに労働に勤しまなければならない。

 

「京都の舞鶴港だっけか、本物の艦娘が来てるって話だろ、俺っち、そっちの方に行きたかったなぁ」

「大学を休学するわけにもいかないんだから私はともかく君は落としそうな単位へもうちょっと気を配るべきだよ」

「ふぇ~、俺っちよりお前の方が気にしてると思ってたんだけど違うのか?」

 

 たまにどうしようもなくバカな発言をするくせに他人の機微を察する能力だけは無駄に高い友人がこちらを見るがそれに対する返事を私は持っていなかった。

 思っていた以上に鎮守府や艦娘の情報を得る事が出来た半面、彼女達に関わっていた大半の人間が言い方は悪いがクズばかりだった為に今の艦娘の大多数の人間に対する感情は間違いなくマイナス方向へと傾いている。

 そう思うと私が友好的な態度で近づいたとしても艦娘達から向けられるのは敵を見る様な視線であり、かつては画面の向こう側で親しんだ相手からの敵意はとてもではないが耐えられそうにない。

 

(鎮守府にいる転生者が上手くやってくれていたらそれも解決しているのかもしれないけれど)

 

 前世で嫁艦と呼んでいた艦娘が他人と仲睦まじくしている姿を目にするかもしれない可能性の方がもしかしたら敵意の視線よりも私の心を砕くかもしれないが、今は彼女達の状況が少しでも良くなりますようにと祈りながら他力本願を決め込むしかなかった。

 

「おーい、バイト、こっち来い!」

「はいっ! なんすか~?」

 

 撮影の予定を挟んだファイルを手にした番組のディレクターが無精ひげに覆われた顎をぼりぼり掻きながら私達を呼び、友人が呑気な返事をしながら小走りで彼の元へと向かい、私もそろそろこの苦行から解放されるのかと期待してディレクターの方へと向かった。

 

「旅館側のご厚意でちょっと遅いがスタッフ全員に昼食を出してもらえる事になった」

 

 感謝しろよとまるで自分へとそれを催促する様にニヤニヤするディレクターへと友人は無邪気に喜び、その様子に苦笑しながら私は昼食代が浮いた事に貧乏くさい喜びを感じた。

 

「はいはい、こちらにどうぞ入ってくださいな、若いっても外は寒かんでしょ」

 

 五十代前後だろうか、ミカン色の着物を身に着けてどこか標準語と方言が混じったような不思議なイントネーションで喋る旅館の女将だと言う女性が私と友人を愛想よく迎えて他のスタッフがいると言う食堂へと案内してくれる。

 

「料理って何が出るんすか? 俺美味いモンなら何でも好きっすよ♪」

「美味い料理ならうんとありますからね、お腹いっぱいにして行ってくださいよ」

 

 たまにこの友人の積極性が人間離れしている気がするのは私だけではないだろう、ただ接客のプロである女将にとっては大した事は無いようで朗らかな笑顔で彼の人懐っこい無駄話を見事に対応しきっている。

 

「あら、・・・ちょっとごめんなさいね」

 

 食堂へと向かう途中の廊下で女将が何かに気付いたように立ち止まり、内容の全く無い話と言うある意味では奇跡的な言葉を吐いていた友人へと小さく頭を下げて音も無く滑る様な足取りで廊下を進む。

 その先には料理の入っている黒い重箱を縦に連ねて運んでいるらしい黒く長い艶髪を項で結って控えめな薄紫色の着物の背で揺らしている女性がいた。

 

「ようちゃんっ、芙蓉ちゃんったら! ダメじゃないそんなに積んじゃ、危ないわよ」

「あの、その・・・すみません、女将さん、でもお客様を待たせるのも・・・」

 

 ドラマなどで旅館の仲居さんがドタバタと塔の様に高くお膳を重ねて走り回ると言う演出は見た事があるが、走ってはいないものの実際にそれをやる人間が居るとは思ってもいなかった。

 女性にしては上背のある頭の上まで突き出すような高さに重ねられた弁当箱、それの半分を奪う様に取って下ろさせた女将が少しはにかんだ微笑みでこちらへと振り返ったすぐ後に彼女が怪訝そうな顔をする。

 

「あら、お客様、どうかされましたか?」

「・・・おい、お前その顔なんなん? すんげぇ美人だけどその驚き方は失礼じゃね?」

 

 隣から話しかけてくる能天気な友人の言葉に返事も出来ず、私はお膳の塔を抱えていた黒髪の和服美女、どこか儚げな雰囲気を纏った芙蓉と呼ばれていた女性へと視線を引き付けられて離せなくなった。

 原型の経歴からかゲームの中で薄幸美人としてイラストレーター達に描かれ、高火力艦の代名詞とも言える戦艦から改造を経て艦載機運用を可能とする航空戦艦と言うもしかしたらあり得たかもしれない艦種へと転身できる事も手伝い運用面でもビジュアル面でも人気が高かった。

 その艦娘が、まるでモニターの向こう側から抜け出してきたと言っても過言ではないほどに似通った容姿をしている女性が顔を驚きに強張らせている私へと怪訝そうな表情を見せる。

 

「・・・戦艦、扶桑?」

 

 余りにも似通ったその姿に私が呻くようにその名前を呟いた直後、旅館の床板にガシャッガチャッと五月蠅く食器と料理が散らばる音が廊下に響き、私が見つめる先にいる女性が顔を真っ青にして後退りして背中を壁にぶつけた。

 まるで警察に罪の証拠を突き付けられた犯人のように声も無く狼狽え、男である私よりも背が高い女性従業員は両手を胸の前で重ねて身を縮めて怯えたような視線を私へと向けてくる。

 

「申し訳ありませんね! すぐにお片づけを致しますのでお二人は食堂の方にいらしてくださいね! ほら芙蓉ちゃん掃除道具取って来て!」

「ぁ、女将さん、ご、ごめんなさい、私っ・・・」

「ほら、ここは任せて早く早く!」

 

 私が前世の世界で触れていた艦隊これくしょんと言うゲームで扶桑型戦艦の一番艦であった扶桑と服装は違うが身体つきや顔立ち、そして、身に纏う控えめで儚げな雰囲気が瓜二つの女性。

 その盾となるように女将が素早く私の視線を塞ぐように立ち丁寧ながら抵抗を許さないと言う気迫を感じる誘導と共に背後の芙蓉と呼ばれている彼女を逃がすように急かす。

 

「あ、あの・・・彼女は」

「ここは汚れてしましますので、お二人は食堂へどうぞ」

 

 逃げるように食堂とは別の方向へ続く廊下へと足早に去っていく女性の背中に反射的に手を伸ばそうとした私の前にススッと滑る様な足さばきで詰め寄ってきた女将はさっきまでの我々を歓迎する様な朗らかな笑顔が打って変わって能面を張り付けたような営業スマイルと有無を言わせぬ迫力でこちらの言葉を封殺する。

 

「ぉっ? おっ? あ、じゃあ、俺がそっちの無事な方運びますよ」

「あら、悪いですね、ではお願いしますね?」

 

 いきなりの事態に戸惑っていた友人が数秒の思考停止からすぐさま女将の抱えている重箱へと手を伸ばし、本来なら客にやらせる事ではないのに女将は能面の笑顔のまま弁当箱の連なりを彼へと受け渡して私達を追い払う様に軽く手を振って見せた。

 

「おわっ、思ったより重ぇわっ、ははっ、半分持ってチョーダイよ♪」

「え、ぁ、だけど」

「・・・お前が何言ったか良く聞こえなかったからなんでああなったかわかんねぇけどよ」

 

 おそらくは私や彼を含めた番組スタッフに用意された料理が詰められていた弁当箱が散乱している廊下に立ち尽くしている私に少し声を抑えた友人が耳打ちして強引に二つに弁当箱を押し付けてくる。

 

「あれってあんまりチョッカイかけてイイことじゃねぇっぽいだろ、行くぞ」

 

 私から見れば異常とも感じられるコミュニケーション能力を遺憾なく発揮した友人は散らばった料理のすぐ近くから営業スマイルを張り付けた顔でこちらを見ている女将へと軽薄そうな笑顔で頭を下げながら肩で私の背中を押してこの場から引き離していった。

 

「あ、えっと・・・お仕事の邪魔をしてすみませんでした」

「いえいえ、こちらこそ御見苦しいものを・・・」

 

 二度目の人生を生きている私でも早々体験した事の無い混乱の極致、前世の世界でモニターの中にしかいなかった艦娘という二次元の存在と現実での遭遇は彼女らが居ると言う事実を知っていても私に強烈な衝撃をもたらした。

 汚れた廊下から友人に背を押されて引き離された私は不意に表面上は笑顔である女将がまるで子供を守る為に威嚇する母鳥のような態度をとっていた事に遅まきながら気付く。

 

(なんで・・・こんな長野の温泉旅館に、艦娘の扶桑がいるんだ!?)

 

 食堂へと入り、手に持っていた弁当箱を半ば奪われる形で他のスタッフに持っていかれた私は呆然とした顔のまま椅子に座り、一発ギャグで一世を風靡しているレポーターの芸人に愛想よく挨拶してから流れる様に交友を深めに行っている友人を横目に衝撃が抜けきらない脳みそを働かせていた。

 

・・・

 

「はぁ? 帰らないってお前なぁ、明日は大学で受講する講座があるって言ってただろよぉ」

「財布には少しは余裕があるから一泊するだけなら足りる」

「こーつー費はどうすんよ、ロケバスに乗せてもらわないとタダになんないだろ」

 

 高速道路を使い県を跨いで長野までやってきている以上はそれも考えねばならなかったか、と普段は因数分解の公式すら言えない友人の指摘で気付かせられた。

 しかし、こうなったら野宿やコンビニの前で夜更かししてでも何とかして見せると自分でも信じられないほどの気合が私の身体に満ちていた。

 

「とにかく確かめなきゃならない事が出来たんだ」

「ほ~ん、さっきの芙蓉ちゃんって美人がそんなに気になんのか?」

 

 あれほど分かり易いほどの動揺を見せてしまったのだからその場の空気を察する事だけは野生動物並みに鋭い彼なら私の考えを読み取るのは簡単だったのだろう。

 

「しゃーねぇの、単位落としそうになったらまた手伝ってくれよなぁ」

「え、いや、それは良いけど? いきなりなんでそんな事を」

「ちょい待ってろよっ」

 

 苦笑を浮かべて潰れたプリンのような斑模様の髪を掻いて友人は少し離れた場所にあるロケバスへと走り、撤収の指示をしていたディレクターへと話しかける。

 数分ほど何度も頭を下げ媚びを売るような揉み手と笑顔でディレクターと会話していた友人は無精ひげの中年の手にあったファイルで頭を小突かれてから数枚の紙幣を渡されてからこちらへと戻ってきた。

 

「ほれ、軍資金、バイト代前借させてもらったからよ」

「あ、ありがとう・・・」

 

 たまにだけコミュニケーション能力に人生を全振りしたような頭の軽い友人と交友を深めている自分は幸運な人間なのだろうと思う時がある。

 

「んじゃ、行くぞ、ソバと行動は早いうちに打てって言うだろよ」

「いや、君は何を言ってるんだい・・・」

 

 ごく自然に同行しようとしている友人の姿とその意味不明な言動に私は眉を顰めながらも人懐っこい笑みを浮かべるコイツは本当に人生を楽しんでいるなと、前世では大学を中退した後にアフリカや中南米などで旅をするついでに商品を仕入れる輸入雑貨商となった自由過ぎる男の若い頃の姿に呆れと尊敬を向けた。

 

 早速、テレビ局のスタッフが乗り込んでいっているロケバスから離れて夕暮れの旅館への道を戻り、受付で素泊まりは可能かと問えば従業員らしい女性が私達の顔を見てから不審そうに片眉を上げてから何かに気付いたように顔を顰めて今の時間は予約の無い方はお断りしていると言う返事を返してきた。

 あまりに不自然で素気無い態度に私と友人は何とか食い下がろうとするが不意に玄関の広間に現れた女将が音も無く滑る様にこちらへと近づき他のお客様の迷惑になるから今日の所はお引き取りくださいと丁寧な態度で頭を下げる。

 

 愛想よく丁寧な対応ではあるがその裏側には確実に私達を追い出そうとする意志を感じ、これ以上は事を荒立てるだけにしかならないと判断した私は友人と連れ立って旅館から離れる事にした。

 

「取り付く島もないとはこの事だね・・・」

「ふっへぇ、おっかねぇのっ、あれはどうしようもねぇよ、うん」

 

 旅館を追い出された後、一時間以上かけてやっと見つけた夜闇に輝くコンビニに照らされた寒い駐車場で肉まんを片手にホットコーヒーを飲み、手詰まりになった私達は上着の前をしっかりと閉じて息が白くなる気温の中、コンビニで買ったマフラーと手袋と言う少し心もとない装備で暖を取る。

 

「どうする、あの感じだともっかい行っても同じじゃね?」

「アルバイト代の前借と家族にお土産買う為のお金は大目に持ってきたから他のホテルに泊まるだけなら大丈夫だけど・・・」

 

 県が少し離れているだけと思い込んでいた私は春先でマイナスに足を突っ込む気温を体験する事になるとは思っておらず、このままでは友人と一緒に長野の路上で凍死体となって新聞を騒がせるかもしれない。

 しかし、ここで他のホテルに泊まって次の日にあの旅館へと向かうのでは時間的にも資金的にも心もとなく、そんな行動の理由が私のわがままであるわけでそんな事に付き合いの良い友人を巻き込んでいる事にも申し訳ない気持ちが湧く。

 

「ああ~、それにしても長野さみぃなあっ! 冬のオリンピックやってたぐらいだもんなぁ!」

「叫ばないでくれよ、近所迷惑になるだろ」

「でもよ! 止まってたら死んじゃうってほら息まで白くなってるじゃん!」

 

 どこかの怪獣を真似して腕を突き出し白い息を勢いよく吹く無駄に騒がしくて元気な友人の姿に苦笑し、私はもう一度だけあの艦娘の扶桑と瓜二つの女性と話だけでも出来ないかと頼みに行くことにしてそれでダメならすっぱりと諦めて始発電車で自宅へと帰って温かい風呂にでも入ろうと心に決める。

 

「・・・あの、こんな所でどうかされましたか?」

 

 真夜中のコンビニ前で二人して騒いでいる大学生と言う普通なら近寄りがたい存在へと話しかけてきたのは丸眼鏡と柔和な表情が相まって人の良さそうな雰囲気が見える三十代前後の男性。

 最近めっきり数を減らした24h営業のコンビニ前に駐車された車から降りてきたらしい彼はこちらを純粋に心配してくれているようで私は気恥ずかしさに小さく頭を下げ、友人は何を考えたのか自分達が泊まる当てが無くて野宿でもしなければならなそうだと馬鹿正直に男性へと答えた。

 

「ええっ? この時期に外で夜を過ごすなんて危ないですよ」

「あ、いえ、コイツは大袈裟に言っただけでちょっと用事を済ませたらちゃんと近くのビジネスホテルに向かうつもりですから」

「しかし、ここから一番近いホテルなんて3キロは歩くことに・・・少し待ってください」

 

 見ず知らずの相手を本気で心配してくれているらしい人の良い男性に恐縮しっぱなしで私は極力心配を掛けないようにと顔の前で軽く手を振って見せると、彼は少し考えてから少し型が古い携帯電話を取り出してどこかと連絡を取り始めた。

 

「僕はこの近くで旅館をやっているんですよ、今確認したら部屋も空いているようなので良ければどうですか?」

「ぇ、いやいや、それはちょっと悪いですよ、こんな遅い時間で・・・」

「マジっすか! やったぜ、あはは、俺ら本気で凍っちまうかと思ってたんすよ!」

 

 私の慎ましい遠慮の言葉は隣で動物園の猿を思わせる跳躍を見せたバカの歓声でかき消され、暗闇でも羞恥で赤くなっている私の顔はおそらく目の前の男性にも気づかれているだろう。

 料金はちゃんと払いますと蚊の鳴くような力ない言葉を男性に向け、柔和な笑みを浮かべた男性はちょっとコンビニで用事を済ませてから車で一緒に宿へ行こうと優しい言葉をかけてくれた。

 

「お兄さんの旅館って温泉あるんすか? 長野って言ったら温泉ですよね!」

「ははっ、もうお兄さんって年じゃないさ、今はもう遅いから大浴場は閉まってるけれど良ければ従業員用の内湯でも使うかい?」

「うっす、お世話になりますっ!」

 

 車を運転する善意の人に向かって冗談みたいな積極性を見せる友人の言動にお前は長野の何を知ってるんだとツッコミを入れそうになるが人見知りと言うほどでは無くてもどんな事にも物怖じしない性格と言うワケではないごく普通な人間である私は借りてきた猫の様に黙り込み後部座席で肩身の狭い思いをした。

 

「ただいま、ちょっと寄り道をしてしまって遅くなっちゃったよ」

「裕介さん、おかえりなさい・・・お客様が二名おられると聞いて・・・ぇ?」

 

 十分も経たないうちに私達は目的の旅館へと到着して従業員用の駐車場に駐車された乗用車から本日三度目の旅館の前に立つ事になり、玄関で到着を待っていた女性が嬉しそうに微笑みながら穏やかな声を私達よりも先に車から降りた男性を迎え、偶然と言う言葉の恐ろしさを思い知りながら私は非常にバツの悪い思いと共に彼女の前に姿を見せる事になった。

 

「ぁっ・・・ぁぁ・・・」

「芙蓉、どうしたんだい?」

 

 どうやら想像の中の敵意を宿した瞳よりも現実として出会ってしまった恐れに染まった視線の方が何倍も私の心にダメージを与えるらしい。

 

「いやあの、これは本当に偶然で決して私は怪しい者じゃなくてですね」

「何言ってんだお前、どう見ても俺ら怪しいだろ・・・、なんかわかんないけど取り敢えず謝っとけって」

 

 こうして、私は今世で初めて出会う本物の艦娘、自衛隊から脱走した艦娘の一人である戦艦扶桑と邂逅した。

 

 

 




【 財団の恥ずかしい話 】

会長「深海棲艦が現れたやって?やっぱり刀堂先生の言ってた通りや、早く艦娘を用意せな!男、大塔弦蔵、人生最後の大仕事、先生見たっててください!」
     ↓
部下A「創始者の一人とは言え狂人が残したオカルト理論に頼るなんて会長はもうダメだな、財団全体の為にも引退してもらわないといけないね」
部下B「それじゃ、俺の知り合いに頼んで計画の邪魔してもらうわw」
     ↓
政治家「良かれと思って!国会で!」
司令官「気合入れて!現場で!」
基地司令「鎮守府で妨害工作しました!」
     ↓
部下A「カクカクしかじか、計画そのものが間違ってましたねぇ、会長?」
会長「そんなっ、艦娘が弱いなんて先生の遺言は間違っとったんか・・・?」
部下B「後は俺達若いのに任せて楽隠居でもどうっすか?」
     ↓
田中「艦娘と一緒に海に出て戦うなんて馬鹿な考えは止すんだ!」
中村「できらぁ!!」
     ↓
吹雪「私がやっつけちゃうんだから!」巨大化
     ↓
艦娘否定派「はぁっ!? 嘘だろお前らっ!?」
     ↓
会長「制裁っ・・・!」
部下AB「・・・ぇっ?」
会長「先生の名前に泥塗りおってからにっ、アホ共が纏めて地獄に送ったらぁ!!」
     ↓
   ポポポポーン(何かが飛ぶ音)
     ↓
マスコミ「ヤバい、このネタは絶対にヤバい、隠しとかなあかん」
     ↓
大学生「(;゚Д゚) エエ…ナニソレ?」
おバカ様「日本語でおk」


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第二十二話

あんまり問題を深刻にし過ぎると今後のストーリーが危なくなるからバランスが難しい。

追伸
キャラ崩壊注意


 2015年3月、海上自衛隊舞鶴基地の港に停泊した巨大な海洋調査船の一室、会議室として使われている椅子と机が並んだ部屋の正面に四人の艦娘が並ぶ。

 

「・・・以上、増員四名はこれより作戦へ参加いたします!」

 

 会議室に駆逐艦娘である朝潮のハキハキとした声が室内に響き、それに合わせて並んでいた全員が背筋を伸ばして敬礼する。

 日本海側に初めて確認された深海棲艦の規模が司令部の予想を大きく超える可能性が高まった為に鎮守府で待機していた艦娘が増員としてはるばる舞鶴まで送り込まれる事となり、そのメンバーの一人である吹雪は表情を押し隠したまま会議室の椅子に座っているある男を見つめていた。

 だらしなく椅子の背もたれに背中を預け胸の前で腕を組み目元を深く被った軍帽で隠している白い士官服の男、吹雪にとって指揮官であり、命の恩人であり、彼女にとって大きな希望となった物語を教え、そして、その物語が虚構であったと明かした中村義男はどこか気怠そうな雰囲気を纏いまるで会議の内容を聞き流しているような態度でそこにいる。

 

 そして、特に問題らしい問題無く増員艦娘達の受け入れは終わり、日本海上の深海棲艦の状況が変化して防衛作戦が開始するまでの短くない待機時間をそれぞれが用事を済ませる為に席を立っていく。

 

「・・・司令官っ、あの私っ」

「ああ、吹雪か・・・長旅だったろご苦労さん」

 

 中村もまた他の者達と同じように席を立って会議室を出ようとするが吹雪に呼び止められて小さく口元をへの字に歪めながら東京湾から舞鶴湾へとやってきた駆逐艦娘へと妙に軽く感じる労いの言葉をかけた。

 

「・・・基地を出ないなら行動は特に制限が無いらしい、少しは羽を伸ばしてこい」

 

 少しの間、司令官と見つめ合った吹雪は彼に自分が何を言うべきなのかと言う考えを纏めることが出来ず、彼女から目を反らした中村が不愛想にそう呟いてから彼女の頭に手をのばそうとした。

 だが、その手は少女の黒髪へと触れる直前で止まって引き戻されてポケットの中にしまわれる。

 

「ま、待ってください、司令官っ」

 

 気まずげに顔を背けて踵を返した中村は引き留めようとする吹雪の声を無視して会議室から出てどこかへと歩き去り、今にも泣きだしそうな顔をした年相応の感情に振り回される少女と部屋を出遅れて二人の様子を見ることになった気まずそうな顔の自衛官と艦娘達が室内に取り残された。

 

・・・

 

「ぁぁあ・・・うぅぅ・・・はぁぁぁ・・・」

 

 海洋調査船である綿津見の談話スペースに置かれた椅子に座り真っ白いテーブルに突っ伏した吹雪型姉妹の長女はままならない自分の感情を処理できずに今にも死にそうな呻きを延々と吐き続けていた。

 そのあまりの陰鬱さに初めは心配していた仲間達までもがその場を避けて通る様になり、図らずも貸し切り状態となった空間は深く降り積もり雪のように鬱屈した空気の密度を高めている。

 

「吹雪、こんな所で何やってんのよ?」

「・・・陽炎、私、どうすればいいのかな・・・? 司令官に会えれば何とかなるって思ってたのに・・・何を言ったら、聞いたら良いのか全然分からなかった・・・」

 

 自己嫌悪に苛まれ信じるべきモノを見失った艦娘が机にほっぺたを押し付けたまま半開きになった口から昏く湿った嘆きを吐き、周囲の止める声を無視して果敢にもその場に踏み込んできた彼女と同じ艦種の娘はオレンジ色のツインテールをサラサラと揺らしてから小さくため息を吐いて無遠慮にテーブルを挟んで吹雪の正面へと座る。

 手に持っていたビニール袋の中へと手を突っ込んで紙袋に入った菓子パンを取り出した陽炎は目の前でテーブルに張り付いている吹雪を気にも留めない様子で緑色のパンを頬張り噛み千切って頬を膨らませた。

 

「・・・」

「・・・あ、うまっ、これ中にカスタードが入ってるのね、たしかに人気って書いてあるだけはあるわ」

 

 陽炎がメロンパンを咀嚼しながらビニール袋の中から今度はパック牛乳を取り出してストローをパックへと突き刺してパンで乾いた口の中を湿らせるように牛乳を吸う。

 鎮守府に所属している艦娘の中でも吹雪にとって特に付き合いが長い陽炎型駆逐艦の長女はその場の雰囲気を全く気にせずにカスタードクリーム入りのメロンパンをしっかりと味わってからストローを咥え、肺活量だけで牛乳パックをぺしゃんこに潰しズコズコとあまり気分の良くない音を無遠慮にたてる。

 

「っ、陽炎ってばっ!」

「なぁに? 言っとくけどあげないわよ?」

「そんな事言ってるんじゃないの! 私悩んでるんだから邪魔するなら退いてよ!!」

 

 ビニール袋から今度はピーナッツをチョコで包んだ菓子を取り出して袋を開けようとしている陽炎の姿に苛立ちをぶつける様に吹雪が叫びを上げてテーブルを叩き、霊力の粒が散らばる白い天板がベキッと悲鳴を上げて白い表面にヒビが刻まれる。

 だが、それに対して特に気にした様子も無く陽炎は開いたパッケージからチョコナッツを取り出して自分の口へと放り込みポリポリと噛み砕く。

 

「そう言われてもねぇ、私は何で吹雪がそんなに悩んでるのか、理由を知らないし?」

 

 現状で吹雪と肩を並べる最高練度の駆逐艦娘は物怖じとは無縁の無遠慮さでテーブルに張り付いたまま睨み上げてくる友人へと言葉を投げる。

 

「何があったのかぐらいは言いなさいよ、じゃないと何を言うべきかも分からないわ」

「んぐっ・・・」

 

 そして、苦笑を浮かべた陽炎は大手菓子メーカーのチョコ菓子を半開きになっている吹雪の口の中に押し込んでから肘をテーブルについて手を組んで顎をその上に乗せた。

 

・・・

 

 2015年2月、鎮守府の環境の安定と設備の充実に加えて人間の身体を得たばかりの未熟な艦娘の急増によって基地司令部が敵に回っていた時とは別の意味で忙しくなった中で吹雪は突然に中村の出撃艦隊から控えである予備艦隊へと編成を変えられてしまった。

 指揮官としても新人の艦娘に実地で戦い方を教える必要があり、緊急を要する敵勢力の存在もない為に他の艦娘よりも高い経験と練度を持った吹雪は一時的に出撃から外れて未熟な艦娘への教導を担当して欲しいと言うのが命令を中村から受けた時点での説明だった。

 

「で、本当の所はなんで吹雪を艦隊から外したのよ? あの言い訳以上に納得できる理由があるんでしょうね」

 

 二週間ほどたった頃、早く一人前になれる様に多種多様な艦娘達が毎日繰り返している訓練の監督艦を終えて、報告書を抱えた吹雪は夕暮れに沈み始めた鎮守府の一角にある中村と他数名の司令官が使っている執務室のドアの前でその向こうから聞こえてきた仲間の声にノックしようとした手を止めた。

 

「言い訳って、俺は別に嘘を吐いたわけじゃないぞ」

「ええそうね、代わりに本当の事も言ってないわ・・・それがどれだけ相手に失礼な事か分かってるクセにねっ!」

 

 廊下にいる吹雪からは見えないが聞いているだけで身が縮みそうになる鋭い声の主である朝潮型駆逐艦の霞がおそらくは事務机を挟んで対面しているであろう自分の司令官でもある中村へとその言葉を吐き捨てているのだろう。

 

「理由、理由なぁ・・・」

「少なくとも吹雪に新人の教導を行わせたいってだけならわざわざ予備艦隊へと回さなくても問題無いわね」

 

 命令を受けた吹雪の頭の片隅にあった疑問を代弁する様に、霊力の消耗はあるが演習で出撃不能に陥るような怪我を負う事はまずありえないと断言して霞は何かを言い淀んでいる中村へと高圧的な態度で圧迫する。

 

「その理由を言えば無駄に吹雪を傷つけるだけだ・・・」

「ふぅん、で?」

 

 扉ごしでも霞が不機嫌そうに司令官を睨みつけているのが分かるほど慣れ親しんだ言い合いであるのにそこに含まれている自分の話に吹雪は金縛りにあったようにその場で立ち尽くした。

 

「これに関しては俺がどうこう言って事を荒立てるよりも時間で解決する方が穏便で・・・」

「私の言った言葉を理解してるならそんな事聞いてるんじゃないって分かるでしょ」

 

 その静かで強く耳に届く霞の言葉は怒っていると言うよりも間違いを正す為に相手を律しようとしている。

 

「いくらクズって言っても私達の司令官よ、あなたはそれが分からないほど馬鹿じゃないわ」

 

 責めていると言うよりも改善を促している霞の相手を想う感情が透けて見える言葉に言われた本人ではないはずの吹雪まで息を止め、ただ耳を澄ませて報告書を胸に抱きながら執務室の中を窺う。

 

「今まで・・・吹雪を見て来てお前達は何か気付く事は無かったか?」

「・・・何よそれ、そんなのいつもと変わんないわよ」

「そうだ、変わっていない・・・変わっていないんだよ」

 

 司令官の言葉に何か自分はまずい事でもしてしまったのかと思い悩んだ吹雪の思考に被せるように続く中村の言葉が扉の向こうから聞こえてきた。

 

「初めて会った時の吹雪はまるで死人が突っ立ってるだけって言っても良いような酷い状態だった」

 

 平坦な口調で何の脈絡も無く吹雪と出会った時に自分が感じた印象を中村は霞へと語り始める。

 

「実際には俺の前に着任してたアホ共のせいで感情が抑圧されていただけで、爆発寸前で吹雪の中に隠れていたそれに気付かずに俺はただアイツが立ち直るまでの時間稼ぎにでもなればと自分の前世の話をした」

 

 そして、言われた事には従うがそれ以外では何の反応も見せなかった吹雪は徐々に態度を軟化させ中村の語る艦娘達の話に強い興味を持って聞き入り、会話に不自由しない程度まで彼女の症状が改善したと見えた時に東京湾へと深海棲艦が侵入してきた。

 そこで中村は初めて吹雪が抱え込んでいた負の感情の片鱗を見る事になり、自らの身勝手な言動から繋がった失態を思い知らされる。

 だがそれ自体は必要なことであり人としての身体と心を持っている存在ならば当然の反応として中村は吹雪に対してこれからこれまで以上に慎重に気遣う事を決めた。

 

「だけどな、あの事件直後からアイツは今みたいに絵に描いたような努力家で明るい性格になった・・・俺が教えた吹雪の姿をなぞる様にな」

「は? いきなり何言ってんのよ、意味わかんないってば」

「普通はたった一日で人間の性格が全くの別物に変わるなんて事があり得るわけないだろ、そこは艦娘だって変わらないはずだ」

 

 虐待を受けていた子供が救い出された直後に抱え込んでいた負の感情を解消できるなら児童虐待の連鎖など起こる筈は無く、同じように国の為に戦うと言う思いを胸に目覚めて一年近くその思いと人格を無視された過酷な環境に置かれていた吹雪も中村が手を差し伸べたからと言ってその身に溜めこんだストレスが全て消え去ると言う事にはならない。

 

「それはあれでしょ、いつも吹雪が言ってるじゃない、あなた達の前世の世界にいた吹雪を目標にしているからで」

「そうだ、アイツは俺が言った言葉を全て真に受けて・・・俺が騙った存在しない吹雪になりきろうとしている」

「・・・待ちなさいったら、今、何て言ったの?」

 

 足下に報告書が散らばるのも気にする事も出来ず吹雪は司令官が何を言ったのか必死に理解しようと頭を働かせるが上手く行かず、不規則に動悸し始めた胸を抑え込んで扉の前でうずくまった。

 

「俺があの子に教えた吹雪と言う艦娘は初めから存在しない空想の中の存在なんだ」

「要するにまた嘘ってわけね、それにしては随分と上手い嘘を吐いたのね」

「正確に言うと俺が全部考えたわけじゃなくて、テレビの中で役者が演じてた物語と設定をそのまま使ったわけだが・・・」

 

 その言葉を認められずに吹雪は耳を塞ごうと手を動かそうとするが廊下に縮こまり金縛りになった身体はうんともすんとも言わず、少女は妙に遠く感じる目の前の扉を見つめながら凍えるように震える。

 

「ふぅん・・・だから元民間人だって言ってるクセに私達に詳しかったわけね、で、その話を真に受けた吹雪が自分と同じ名前の役者の真似してるからって何が悪いのよ」

「・・・ただの真似だけなら良かった、知っているか? ・・・吹雪はな、茹でたジャガイモが苦手なんだよ」

 

 夕暮れから夜へと変わり暗闇に沈んでいく廊下に漏れ聞こえる司令官の声に吹雪は目を見開き顔を上げる。

 

「だけど、俺が教えた吹雪の設定に従ってまるで好物のように笑顔で食ってる・・・、涙目になりながらな」

「いや、あなたは何が言いたいのよ・・・」

「それだけじゃない、俺が吹雪に教えた吹雪と言う艦娘の差を些細なモノまで埋めようとしている」

 

 本来の自分が持っている個性や感性を無視してテレビの中にしかいない英雄を模倣していく吹雪の姿に言い様の無い危機感に気付いた中村は何度か注意を促すように言葉をかけたが見掛けは話を聞いているのに肝心のその言葉は彼女には届かなかったと懺悔するように彼は呻く。

 

「理想と現実は別物で目標は所詮目標でしかない、だけど吹雪は自分でも無自覚に俺が言った空想の中の吹雪になりすまそうとしているんだ」

「何よ・・・それ、そんな事・・・」

「しかも、アイツは自分の理想とする艦娘の在り方を周りにも広げようとする、質の悪い事に悪意なんて一欠片も無く良かれと思ってな・・・」

 

 初めに擦り込まれた情報に盲目的に従い自分と理想の差と言う埋められない溝を抱えながら日々生きる事で増えていく記憶ですら【駆逐艦娘吹雪】と言う理想像に矛盾しない形へと整えてしまう。

 その話を聞かされた霞が呻く声は何か心当たりがあるようにも感じられ、暗闇の廊下に座り込んだ吹雪は司令官の言葉を理解しようとする自分とそれを拒絶するもう一方の自分の存在にその時初めて気付いた。

 

「お前だって吹雪の口癖を知ってるだろ『司令官が言ってました』だ・・・だけど、吹雪がそうなってしまったのは俺の責任だ・・・」

「だったら、尚更あの子と向かい合ってはっきりと話をするべきじゃない!」

「その言葉でアイツがどうにかなってしまったらって考えると・・・一度、それで俺は吹雪を死なせかけた・・・怖いんだよ・・・」

 

 吹雪の心理状態の危うさに気付いた中村だが東京湾襲撃の際に犯してしまった過ちに怯え、結局は指を咥えて耳に聞こえの良い言い訳を繰り返して時間経過に任せると言う責任放棄を行い。

 だからこそ艦隊に余裕が出来た今の時期に中村は吹雪が無自覚に優先してしまう余計な【理想の吹雪】の情報を与えず周りの艦娘との交流を優先させるための対症療法を行おうとしていた。

 

「だけど現実の艦娘の姿は俺の話に当てはまる方が少ない、そんな仲間達を見る事でここが物語通りの世界じゃないと吹雪が理解できれば・・・」

「・・・それが理由だなんて! アンタ、本っ当に最低のクズじゃないのっ!?」

 

 部屋の中で怒りが爆発させたような霞の怒声でドアがビリビリと震え、廊下にいる吹雪はその迫力に尻もちをついて我に返り廊下に散らばっていた演習の報告書をかき集める。

 

「自分を慕ってくれてる部下とちゃんと向き合わないままで司令官だなんて名乗るんじゃないわよ!」

「吹雪が設定とは別に俺の事を慕ってくれてるのは分かってる、だからこそ何を言えば良いのか分からないんだろ! 俺の言葉はアイツにとって重すぎる!」

 

 二人の感情をぶつけ合うような怒鳴り合いに恐れをなした吹雪はこれ以上ここで話を聞いていれば自分が自分でなくなってしまうような恐怖感に突き動かされて搔き集めてぐしゃぐしゃになった書類を抱えながら廊下を走って逃げだした。

 

 そして、自分に割り当てられた部屋へと飛び込み、驚きに目を見開いている姉妹たちの問いかけにも答えず、ベッドへと潜り込んで布団を頭から被って耳を塞ぎ。

 司令官から教えてもらった吹雪の物語を何度も何度も自分に言い聞かせる様に頭の中で繰り返し、次の日もちゃんと自分でいられます様にと願いながら吹雪は目を閉じた。

 

・・・

 

「ふ~ん」

「・・・陽炎、真面目に聞いてるの?」

「いや、うん・・・中村三佐もちゃんと分かってたのに吹雪の事、放置してたんだなぁって、確かに霞の言う通りクズ司令官だわ」

 

 いつの間にか棒状のチョコ菓子を口にくわえてポリポリと齧っていた陽炎が気の抜けた様な声で恨みがましい視線を向けてくる吹雪へと返事を返し、その軽い口調と内容に吹雪型の長女は唖然とした表情を浮かべて呑気に菓子を齧っている仲間を見上げる。

 

「って言うか吹雪の方も自覚が無かったわけねぇ、それなら仕方ないのかな。それじゃ、中村三佐の言葉に付け加えてあげるけど吹雪は魚よりもお肉の方が好きでコーヒーよりもお番茶の方を美味しそうに飲むわね」

「ぇ・・・いきなり何言ってるの?」

「それに朝起きても軽く十分は寝ぼけてフラフラするし、姉妹の前ではお姉ちゃんぶってるけど本当は誰かに甘えたくて仕方ないって思ってる態度が見え見え、とてもじゃないけど皆を堂々とした態度で引っ張っていくリーダー格なんてガラじゃないわ」

 

 いきなり陽炎が言い始めた彼女から見た吹雪の姿を聞かされた本人は驚きに目を見開き、彼女の指摘にそんな事は無いと否定の言葉を出そうと口を開くが脳裏に走り抜けた自分の認識と記憶が食い違いにそれは声にならずにかすれた吐息になる。

 

「それにしても三佐のあの話がテレビのドラマが元ネタだったなんてねぇ、確かに聞いてるだけなら面白いけれど必ず艦娘側が勝つなんて都合の良い展開なんて現実では出来過ぎよねぇ」

「陽炎は気にならないの? ・・・司令官が私達に嘘を吐いてたこと」

「え? 中村三佐って頻繁にくだらない嘘吐くじゃない、鎮守府には瑞雲を祀る神社が隠されているとか、サンマを釣るためだけに連合艦隊を出撃させる指揮官がいたとか普通に考えて嘘に決まってんでしょ、仕事サボってゲームする為に尤もらしい用事を捏造する人よ?」

 

 自分が考えているよりも信用度が低かった司令官の評価に硬直した吹雪に向かって陽炎がポキッと折れるのが取り柄の細いチョコ菓子を半開きになった吹雪の口へと差し込んだ。

 

「だから、その物語(ドラマ)の話も怪しいわねぇ」

「え、それも全部、司令官の嘘だって・・・こと?」

 

 差し出されたチョコ菓子を咥えながら悲観的に引っ張られた吹雪の思考はもしかしたら司令官の前世に存在していたと言う艦娘の存在すら否定されるかもしれないと胸を締め付けられる思いに表情を苦しそうに歪める。

 

「あ~、あの人の吐く嘘の質が悪い所は本当の事と混ぜながら出てくるってとこだし全部って事は無いだろうけど、そうね、もしかしたらそのドラマの主役は吹雪じゃなくて別の艦娘だったとか?」

「はっ、ぁっ? ど、どう言う事!?」

「だって、聞けば聞くほど貴女とその物語の吹雪の好みとか性格とかもう別人ってレベルで違うわよ? 健気で勇ましく頑張り屋、さらに必ず努力が実り強敵を打ち倒し、どんなに困難な任務や仲間達の危機にも挫けず乗り越えていく誇り高さを持っているってあり得ないでしょ、何よその完璧艦娘は」

 

 最悪の予想とは全く違う妙な方向へと話が転がり始めた事にますます困惑する吹雪に明後日の方向へと視線を向けて少し考えを纏めた陽炎は手に持っていた菓子のパッケージから最後の一本を取り出してポキリと噛み砕く。

 

「だからその主役の艦娘が向こうの世界の陽炎だったかもしれないわよ? ほら私って元気で明るくて努力家だし、面倒臭い司令官にも素直に従ってどんな強敵にも立ち向かっていく良い駆逐艦の見本みたいな存在だし♪」

「ぇえ~、陽炎、何言ってるの・・・自分を美化しすぎだよ、それに貴女の近接武装は軽手甲型で司令官の話の吹雪は私と同じ錨を武器にして戦うって」

「そこもよ、中村三佐はその艦娘が錨を武器にしていたとは言ってたけど斧型になっていたとは一言も言ってなかったわよ?」

 

 ある意味では中村が騙った物語の中に登場する艦娘が吹雪であると言う断言は今のこの世界では言った本人を含めて誰一人として証明できない、何故なら彼を含めた転生者達には元の世界へ戻る方法も交信する方法も無いのだから言葉以外の証拠を提示する事など出来ない、まさしく悪魔の証明と言える状態である。

 この場に中村が居たなら本当に自分の前世に艦娘は実在しない架空の存在だったと懺悔と共に頭を床に擦り付ける無様を晒していただろうが幸か不幸かその前提条件を知らない陽炎は別の世界の自分達の存在を疑ってすらいなかった。

 

「私じゃないにしてもほら吹雪型姉妹と言うか特型駆逐艦の子達ってほぼ全員が錨を変形させて近接武器にするじゃない、形も吹雪みたいな斧だけじゃないくてブーメランとか大鎌に変形させる色物な子もいるわ」

 

 もしかしたら吹雪の物語では無く妹である白雪や深雪、非常に確率は低いがレディを自称する暁の物語であるかもしれないのだと妙に自信満々で自論を披露する陽炎の言葉に吹雪は自分とは全く違う思考の形に唖然とする。

 

「だから、私から言える事は・・・貴女はこの世界の吹雪であって中村三佐が言っていた別の世界の吹雪には絶対になれないってことよ」

 

 その断言に吹雪の胸の奥でみしりと心がきしむ音がした。

 

「でも、私、司令官のために・・・もっと・・・」

「踏ん切りなんてものは結局、自分の心が決める事だから最後は吹雪が自分で何とかしなさいよ」

 

 どんな決断をしたとしても仲間なのだから手助けはすると言い切る陽炎の花の様に咲いた笑顔から涙で曇りだした目を隠すように顔をテーブルに伏せた吹雪は小さく鼻をすする。

 

「俺は俺の言葉で吹雪の、アイツだけが持っている可能性が潰れるのを見たくない、ってあのクズが女々しく言ってたわ」

「霞・・・ちゃん・・・?」

「あ、霞、まだお菓子あるけど食べる?」

 

 今にも目から零れそうなほど瞳を潤ませてた吹雪がすぐ近くから掛けられた声に顔を上げて振り返り、現れた仲間の姿に陽炎がビニール袋を掲げるがそれを無視して霞は吹雪の隣へと座った。

 

「はぁ、あの時の話を聞いてたのは貴女だったのね・・・吹雪、私はあのクズに言われるまで貴女が自分を削って形を整えようとしていたのに気付かなかったわ、それがあなたが辛い思い出から自分の心を守るために必要だったって事にも・・・」

 

 普段の誰にでもツンツンした威嚇するような態度を引っ込めて語り掛けてくる霞の優し気な微笑みに吹雪は目を見開き、あまりにも意外なその姿に陽炎が明日はヤリが振るんじゃないでしょうねと呟いた。

 

「でもね、そんな考えは・・・戦場に身を置く者として甘いとしか言い様が無いのよ!!」

「ひゃぁっ!? はわっ!?」

「理想の艦娘になりきろうとしてるクセに私情を軍務に持ち込んで作戦に増員される候補を力づくで黙らせて自分を艦隊に割り込ませるなんてどんだけ我儘なのよ! おまけに自分からここにやってきたのにこんな所でくだを巻いて!!」

 

 真横から耳を貫く強烈なお説教に目を白黒させて耳を塞ごうとした吹雪の耳たぶを霞の指が掴み上げ、退路を塞がれた少女は助けを求める視線を目の前でクッキーの箱を開けようとしている陽炎へと向けるが返って来たのはやっぱり明日は晴れるわね、と言う能天気な言葉だけだった。

 

「ちょ、痛いっ、痛いよ! 霞ちゃんっ!?」

「お行儀の良いドラマの役者がしたいんだったら、周りをそれに合わせさせようって考えてるなら、鎮守府で先輩風を吹かせて周りの尊敬集めてればよかったじゃないの! 今回みたいに自分で考えて行動できるんだったら、初めっから他人の言葉に自分を任せるんじゃないわよ・・・」

 

 耳の鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの怒声の後に続いたのは母親が子供を諌め宥めるような厳しくも優しい声色と吹雪の体を包む彼女よりも小さな体格なのに大きく感じる霞の腕だった。

 

「ごめんなさい・・・でも、私、どうしたらいいかわからなくて、司令官に会いたくて・・・置いてかれたくなくって・・・」

「だったら顔も知らない誰かのマネに頼るんじゃなくて自分の言葉で司令官に言ってやりなさいな、あのグズは頼まれたらなんだかんだで断らない奴なんだから」

 

 目の前にいる二人の姿にこれは年齢も見た目も随分と凸凹な子供と母親だなぁ、と陽炎は苦笑を浮かべてぼりぼりとクッキーを齧る。

 

「ていうか、陽炎っ! アンタも気付いてたんなら言ってやりなさいよ!」

「ぇえ、ここで私にくんの? やーよ、そもそも自分の艦隊の事は三佐か自分達で何とかするべきでしょ? 私はあんた達二人が中村艦隊の枠を絶対に譲らないって言うから木村司令に就くことになったんだし」

 

 霞から鋭い視線を刺すように向けられても動じる様子も無くバニラクッキーを齧りながら白い手袋に包まれた手を顔の前で振り、心の底から面倒臭いと言う感情を見せる陽炎の姿に霞と吹雪は揃って目を点にする。

 

「え、え? もしかして陽炎も司令官の所に残りたかったの? そんな事言ってなかったのに・・・」

「そりゃ、私にとっても初めての司令官なわけだし自分から離れたいって思うワケないでしょ、たまにくだらない嘘を吐くけど不誠実って程じゃないから性格的には結構好きな方ね、それに比べて木村司令ってばこれ以上ないってくらい面倒な性格してんのよ、あ~やだやだ」

 

 言葉尻に吹雪と違って私は配属の命令には逆らうつもりは無いけれど、とちょっとした嫌味を付け加えてクッキーを咀嚼する陽炎に申し訳なさそうな表情を浮かべる吹雪と苛立たしさが沸き起こりながらも原因の一つが自分にあると指摘された霞は鼻息荒くそっぽを向いた。

 

「試しに吹雪も中村三佐以外の司令官に就いて見たら? いろいろと視野が広がるわよ、代わりは私がしてあげるから♪」

「・・・それは、なんか嫌・・・すごくやだ・・・」

「新しい発見、吹雪は地味な見た目に似合わない我儘艦娘ってね♪ 自分の事だからちゃんと覚えておきなさい」

 

 そう冗談めかして言いながらクッキーを差し出してきた陽炎の手からそれを受け取った吹雪は地味は余計だよと呟き、泣き笑いを浮かべながら少し塩っぱい焼き菓子を齧った。

 

「そう言えばさっきあのクズが話の元にしたってドラマの話をしてたけど、あの嘘吐きの言う事だからそもそもアイツのいた世界に艦娘が居なかったって事は考えなかったの?」

「いやそれは無いでしょ、確実に私達はいたわね・・・少なくとも吹雪は絶対にいるわ」

 

 つい先ほど吹雪が危惧した可能性を霞がテーブルの上に置かれたクッキーの箱から勝手にバニラ味を一枚失敬しながら問いかけるが陽炎はごく当たり前と言う顔でその指摘を否定する。

 

「わ、私が?」

「そうよ、だって吹雪と初めて司令官達があった時にあの人達はアナタを他の姉妹と間違えなかったんでしょ?」

「いやそれは鎮守府に残っていたのが私一人だけだったからで・・・司令官達は資料も持ってたし・・・」

 

 突然に意味の分からない事を言い出した陽炎の言葉に吹雪は首を傾げ、霞は眉を顰めて何かに気付いたように唸る。

 

「なら、吹雪が仮に白雪のフリをしてたら? 逆に白雪が貴方と入れ替わっていたとしたら? 中村三佐と会った時の吹雪が資料と全然違う艦娘だったなら、ただの名前と写真だけの資料との食い違いに絶対勘違いをするわよ」

 

 その陽炎の言い分に吹雪は自分の記憶を掘り起こし、軍人らしくない二人の司令官が初めて会った時にまともに話もしない自分の事を一目で吹雪であると判断していたことを思い出す。

 

「他の姉妹にしても特型駆逐艦って私達陽炎型から見たらかなり似てる顔の子ばっかりで髪型変えたら多分簡単に入れ替われるわよ。でもね中村三佐達は間違いなく貴女が吹雪だと判断できたはずだわ」

「な、何でそんな事が分かるの? 偶然かも、しれないのに・・・」

「ん~、そう! 顔を知っているから、声を知っているから、吹雪と言う艦娘を知っていたから、そうよ、役者が演じていたテレビドラマだったて言うならきっと艦娘が女優をやっていたんだわ!」

 

 自分で言った言葉に自分で納得して指を鳴らしながら頷くツインテールの言ったセリフに彼女が何を言っているのか意味が解らないと言う顔で吹雪は戸惑いに小さく呻く。

 

「・・・退役艦娘って事ね、それなら元が一般人だったとしても私達の姿や性格を知っていたのも分からなくは無いわね」

「そう、目覚めてから十年経てば私達は力を失って人間になっちゃう、でもそこで死んじゃうわけじゃなくてその後も人生は続いていくんだし自衛隊を引退した艦娘が女優をやってるかもしれないって言うのは十分あり得るわ」

 

 霞の言葉に同意する陽炎、その二人の様子に吹雪は不安に軋んでいた心の音が気にならなくなるぐらいのとんでもない衝撃を受けて目を見開き呆然とした顔で口を開く。

 

「じょ、女優!? 艦娘なのに!?」

「確か田中三佐が政治家に働きかけて艦娘の退役後の身の振り方にかなりの自由度を与える方法を模索してるって聞いてるし、私達も遅かれ早かれ次の自分達に代を譲る事になるわよ」

「でも、少なくとも吹雪には女優は無理ね、今だってろくに嘘も吐けないんだから人前で演技なんて出来そうもないわ」

 

 ただひたすら艦娘としての理想の吹雪を追い求めていた少女は自分の人生にその先が存在すると言う事を忘れており、無意識に除外していた可能性を自分と同じ艦娘である二人が当然の顔をしてそれを指摘する様子に吹雪は頭を殴られたような衝撃で意識を揺らす。

 

「なら霞は退役したらどうすんの?」

「まだ8年以上もあるのに気が早いってば、でもまぁ、今のところは自衛隊に隊員として入り直すぐらいしか考え付かないわね」

 

 自分よりも後の目覚めたのに自分よりも先の事を見据えている二人の姿を吹雪はわけも無く羨ましく感じ、自分ならどうするのだろうと考えてふと自分の司令官の顔が脳裏に浮かぶ。

 まだ、心に蟠る全ての感情を受け入れて納得できたわけではないけれどちゃんと彼と話して自分の考えを聞いてもらいたいと思えた吹雪はわけも無く笑顔になった。

 

「じゃぁ・・・、陽炎はどうするの、かな?」

 

 相手との距離を探る様に恐る恐ると言った様子で吹雪はパッケージに入っていた最後のクッキーを手に取った陽炎へと問いかける。

 

「私? 私はテレビでタレントってのやってみたいわね、戦果を挙げ続ければ元艦娘としても箔が付くだろうし外に公開された中村三佐達が作ったシミュレーターで私をモデルにしたキャラクターが使われてるから一般への認知度なら間違いなく艦娘で一番よ♪」

 

 初めは幾つかの中古モニターの画面を繋げたハーフドームに自作パソコンを繋いで艤装を着けた棒人間のようなCGキャラクターを操作する不出来なプログラムを動かすだけの代物だった艦娘酒保のシミュレーター。

 それは無駄に高い技術を持った研究室に所属する者達のお手伝いで改装を重ねられ、そこに夕張と明石まで加わり鎮守府の外のゲーム会社に知り合いがいた中村の伝手で遂にはアミューズメント施設の一角に【ocean in Fleeter】と言う名前で一般公開された。

 なお、それに伴ってプレイヤーが操作できるキャラクターに明確なヴィジュアルが与えられる事となり、それに立候補した自己主張の激しい艦娘達によるアピール合戦で一時期の艦娘酒保はお祭り騒ぎを起こした。

 

「あはは、陽炎らしいね・・・でもあれって選択画面でも艦種だけしか表示されないから、陽炎の名前を知ってる人はいないんじゃないかな?」

 

「あっ・・・あっ!?」

 

 自分の運命と可能性の限界に向かい合う数日前、仲間達と過ごす穏やかな時間の中で吹雪は目尻に浮かんだ涙を自分の指で拭い。

 仲間のおかげで少しだけ心が軽くなった少女はまだ言葉に出来ない司令官への感情と自分のこれからの事をもうちょっとだけ広く考えようと決めた。

 

 




中村「テレビの中で役者が演じていた架空の物語なんだよ」(アニメ)

陽炎「テレビの中で役者が演じていた架空の物語なのね」(実写ドラマ)

正直に言ったつもりでも紛らわしい言い回しをすると誤解は加速するモノだから皆も気を付けてね(´・ω・`)

ちなみに酒保でのお祭り騒ぎである軽巡姉妹の長女と次女が妙な語尾を付けて喋る様になったがウザかわ系自称アイドルのキャラの濃さには敵わなかったらしい。


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第二十三話

「・・・約束するよ」

 雲一つ無い青い青い空の下で人の形を持った戦船が身体を失い始めた仲間を背負って歩き続ける。

「僕は必ずここに(海に )戻って来る・・・次の僕が必ず皆を助けるから・・・」

 まるで空へと溶けていくように青白い光が煙の様に空へと舞いあがる。

「だから、扶桑・・・」

 背負っていた命の重さが消え、最後に残った言葉はその口からは紡がれず。

“泣かないで”

 彼女が人の身体を得てから只々擦り減り続けた心に最後の仲間の遺言は染み込むように消えていった。

 青空の下で雨が降る。

 波に揺れる足元へと幾つもの滴が落ちては波紋すら無く泡と消えていく。


 四年前に艦娘として新しい命を与えられて目覚めた扶桑型戦艦娘である扶桑はその二年後の作戦中に自分以外の全ての仲間を失い、自分達が身を挺して逃がした船団へと戻る気力も無く海をさ迷い、気付けばとある海岸で身を苛む空腹すらも気ならずぼんやりと青い空と海を眺めていた。

 

 怪物の餌にされるように海に放り出され使い捨てにされた事実よりも船であった頃から生死を共にした仲間の喪失、そして、自らの存在意義への疑問に現代に目覚めてからまだ二年しか経っていない扶桑の精神は摩耗し、その傷ついた身体は彼女に消極的な自殺を選択させているかのように無人の夏の砂浜で重石のように身動き一つせずに横たわる。

 

 そんな時、避難指示区域では無いが深海棲艦の出現から人気が無くなっているその海岸へとサーフボードを担いで一人の男が現れる。

 青い空を見上げたまま生きる事を放棄しようとしていた扶桑へと彼は駆け寄り、強い良心と少しの下心が混じった行動力によって救護された彼女は九死に一生を得る事になった。

 

 その後、男が乗ってきた車でスポーツドリンクを手渡された扶桑はぽつりぽつりと自分の事情を大木裕介と名乗った男性サーファーへと伝え、実家の仕事よりも趣味のサーフィンを優先していた大木は彼女が語る重すぎる事情に強く心を打たれ、行く当てが無いならと無気力に沈みかけていた戦艦娘を実家である長野の旅館へと匿う事にした。

 

 もうすぐ三十路だと言ういい年であるのに夏になれば実家の仕事よりも海に繰り出してこんがりと日焼けして帰って来る息子が今回に限ってレジャーからたった一日でとんぼ返りしてきたことに驚いた彼の母親である女将は彼が連れてきた薄幸美人の姿にさらに驚く事になった。

 その上、下手の横好きである趣味のサーフィンと人が良いぐらいしか取り柄が無く親と家への義理と惰性で仕事をしていただけだった息子が自分から実家の仕事をちゃんと覚えたいと父親であるオーナーに頭を下げる姿を見せる。

 

 それには彼の両親である女将と旅館オーナーだけでなく昔から旅館に勤めてくれている従業員達も天地がひっくり返ったかのように騒ぎとなり、今までと打って変わって精力的に働くようになった彼の心変わりを促した女性である扶桑は彼女自身が戸惑うほどの歓迎と共に大木屋旅館へと受け入れられた。

 

 そして、戦いから逃げ仲間達を見捨てたと言う後ろめたさを心中に抱えながらも大木の実家である旅館に住み込みで働くことになった扶桑は自らの出生と名前を阪芙蓉と言う偽名で隠す。

 

 苗字は自分の原型であった戦艦の最期の艦長から拝借し、名前は自分を拾ってくれた大木旅館の八代目と出会った海岸の近くに咲いていた白い花の名から取って付けた。

 

 そんな大木屋旅館の優しく温かい人々と扶桑の出会いから二年の時が過ぎていく中で父親から一人前と認められた事を機に顔を茹蛸にしたような裕介の必死なプロポーズを彼女は受ける事になる。

 自分へ何かと世話を焼いてくれる彼の少し心配になるぐらいお人好しな人柄に惹かれていた扶桑はそれを受け入れ、今では彼の母親である女将から若女将としての心構えなどを学ぶ忙しくも穏やかな日々を送っていた。

 

 夢の中で繰り返し自分の名を呼ぶ妹の悲痛な叫びから耳を背けながら・・・。

 

・・・

 

 2015年の三月、暦では冬が終わると言うのにまだ気温が二桁に届かない長野の旅館の前で扶桑は命の恩人であり恋人である男の背中に隠れるようにしながら目を見開いて目の前で行われている奇行に戸惑っていた。

 

「すみませんでしたぁあっ!!」

「ホントッ! さーせんしたっ!!」

 

 大学生の姿をした米つきバッタが夜の旅館の前で謝罪を叫ぶと言う意味の分からない状況についさっきまで追い詰められたような恐怖に慄いていた扶桑は自分よりも少し背の低い大木屋の八代目と顔を見合わせてからもう一度、土下座マシンと化した二人組の大学生へと視線を戻した。

 

「あ、あの、本当にどうしたんですか? 君達と彼女に何かあったのかな?」

「いや、俺っちはよくわかんないっす! 何か昼にその美人さんと会った時にコイツが何か失礼な事言ったポイんで連帯保証人っす! すんません!!」

「それを言うなら連帯責任じゃないかな・・・?」

 

 驚きに声も出ない状態となってしまっている扶桑に変わって大木が問いかければ染髪に失敗したような茶と黒が混じったざんばら髪で頭の中身がちょっと残念な青年がいまいち内容がつかめないセリフを吐く。

 

「・・・芙蓉、彼等とはどうしたんだい?」

「その・・・今日のテレビの取材で来ていた方で、お昼の支度の時に少し・・・」

 

 眼鏡を掛けて前髪を自然に七三分けにしている真面目そうな方の大学生が戸惑っている大木屋の跡継ぎと若女将を喉に何か詰まったような苦しげな顔で見上げてもう一度頭を下げて謝罪の言葉を吐く。

 

「アレは、決して貴女の事を害する目的で言った言葉でなく、あまりに驚いてしまって口からついて出てしまっただけで・・・その怯えさせるつもりは全く無くて、本当にすみませんでした!」

「と、とりあえず顔を上げて立ちなよ、何だかわからないけどこんな所でそんな事するもんじゃないからさ」

 

 その声を聞いてバカっぽい顔をした方はバネ人形のように素早くアザッスと気勢を上げて立ち上がり背筋を伸ばし、それを隣で跪いて見上げていた七三分けの青年が感心と呆れと少しの尊敬が混じった顔をした。

 

「表が騒がしいと思ったら昼間の連中じゃないの、こんなとこで何やってんだね」

「女将さん、あの、コレは、その・・・」

「ようちゃんは下がってなさいな、で、あんた達はうちの子を付け回して何がしたいのさ?」

 

 昼間の朗らかな笑顔を浮かべていた女性とは思えないほど険悪に皺を浮かべる女将の登場に扶桑が喋ろうとするが彼女よりも二周りは背が低いはずの大木屋の女将は堂々とした口調でそれを遮り睨みつけるように二人の大学生へと顔を向ける。

 

「いえ、その何というかですね・・・」

 

 自分の前世や艦娘の情報を一般人に言うべきではないと逡巡して真面目そうな大学生は歯にモノが詰まったような物言いで鋭い視線で睨んでくる女将へと何とか言葉を紡ごうとした。

 

「すんませんしたぁああっ!!」

「・・・本当に君は尊敬するほどバカだなぁ」

 

 だが、そんな彼の葛藤も女将の問いかけも無視して潰れたプリン色の頭が繰り出した見事な直角九十度な礼と中身が無いクセに勢いだけは猛獣の咆哮を思わせる謝罪の言葉がしかめっ面をしていた和服の老女の頬を引き攣らせて数歩後ずさらせた。

 

「こ、ここじゃなんだし君達もとりあえずは中に入りなよ、母さんもそんなに警戒しなくても彼らは悪い人たちじゃないよ、僕が保証するからさ」

「・・・コイツの方は間違いなく頭が悪いんですけどね」

 

 大木が母親を宥めて取り成したその直後、ボソリと眼鏡の大学生が呟いた言葉にその場にいた大木屋旅館の住人である三人はそれはそうであろう、とつい頷いてしまった。

 

・・・

 

 夜も遅くにやってきた迷惑な二人の客は従業員用の室内浴室を借りて身体を温め、通された和室の広い机の前で並んで正座し、背筋を伸ばして厳しい表情を崩さない女将の左右に柔和な顔に困惑を浮かべる大木屋の跡継ぎと若女将が並び青年たちへと複雑な感情を乗せた視線を向ける。

 

「今さらこんな真夜中に外に放り出すつもりは無いけどね、アンタらが一体どう言う目的で息子の嫁にチョッカイかけてきたのかぐらいは言ってもらうよ」

 

 息子の嫁の部分に驚いた真面目そうな方の大学生は目を丸くして扶桑と裕介を交互に見て、その視線に少し気恥ずかしそうに身を縮める美女と照れくさそうに笑う丸眼鏡の男性は特に女将の言葉を否定しなかった。

 

「あの、失礼ですが・・・本当に失礼な質問なのですけど、そちらの芙蓉さん、ですが彼女がその・・・艦む」

「艦娘って言う自衛隊が造ったとか言う兵器だとかって話ならアタシらには関係ないさね、今のこの子は大木屋旅館の若女将で三十にもなって遊び惚けてたドラ息子がやっと連れてきた嫁さんだよ」

「・・・そうですか」

 

 隣に座る扶桑の肩に手を回して抱き寄せた女将は強い意思を浮かべた顔で大学生を威圧し、ドラ息子の部分に苦笑を浮かべた息子が居心地悪そうに頭を掻き、その答えを聞いた青年は目をつぶり大きく息を吐き出して緊張に強張ていた肩を緩めた。

 

「・・・良かった。あなた達はその人が艦娘であると分かった上で受け入れてくれているんですね」

「・・・え?」

 

 少し苦味の混じった笑みを浮かべて大学生が呟いた言葉に大木屋の三人は呆気にとられた顔で彼へと視線を集中させ、まるで心配事が杞憂であった事を喜んでいるような青年の態度に困惑する。

 

「これから話す事はマスコミが意図して差し止めている一般には出回っていない艦娘に関する情報です」

 

 そう前置きをしてから大学生は自分が得てきた財団内のごたごたと恐らくはそれが原因で起こった艦娘の積極的消耗戦闘、扶桑本人も経験がある捨て艦戦法が行われた背景を説明していく。

 その話が財団と自衛隊の艦娘否定派の大規模粛清によって終結したと言うところまで話した彼は目の前で鬼のような顔になっている女将と気分を悪くしたように呻く男女を見つめる。

 

「で、それが何だい、その鎮守府って場所が正常になったからこの子を元の場所に戻せとでも言いたいのかい?」

「いえ、今の彼女が恵まれた環境にいるのは私の目にも明らかな事です、そして、私はその人に幸せであって欲しい」

 

 羨むような喜ぶようなひどく複雑そうな感情を抱えた笑みを浮かべて青年は丁寧な口調で受け答えし、脅すつもりで啖呵を切った女将は肩透かしを食らってついに強張らせていた表情を崩し呆気にとられた顔をする。

 

「えっと、君は結局何が言いたいんだい?」

「あはは、いやなんて言うか自分でも分からないと言うか、そうですね、多分ミーハー根性を拗らせた艦娘のファンとでも言えば良いんでしょうか・・・?」

 

 頭の中を疑問符だらけにしている三人を代表して裕介が小さく片手を挙げながら問いかければ大学生は七三分けの髪を弄る様に掻いてから恥ずかしそうに笑って見せた。

 

「その人を見た時は呆然とするしかなかったですけど、今はただの一般人でしかない私でも何か艦娘の事で手伝えることがあればと意気込んでいたんですが、大きなお世話だったようで恥ずかしい限りです」

 

 あまり経験の無い自分の心の内を告白すると言う素面でするには少々ハードルが高い試練を艦娘に対するミーハー根性で乗り越えた青年は恐縮しながらも背筋を伸ばして膝に両手を置き、重ね重ねご迷惑をおかけしましたと深く頭を下げた。

 

「でも、もしも私が本物の艦娘に会えたら言おうと決めていた事があって・・・」

「私に・・・ですか?」

「いきなりこんな事を言われても意味が解らないでしょうし、コレは私の自己満足のようなものですけれど・・・」

 

 この際、言うべきことは全て言ってしまおうと決心した大学生は深呼吸をしてから目の前にいる本物の艦娘へと向けて言葉を紡いでいく。

 

「この日本に、いえ・・・、この世界に生まれて来てくれてありがとう、と貴女達のおかげで助かった命の代わりって言うのはおこがましいかもしれない、でもこれだけは貴女達に直接言いたかったんです」

「そんなっ、私は・・・戦いから逃げ出してしまった恥知らずな・・・」

 

 艦娘に護衛されていた船が沈んだ記録が無かったと言う彼の言葉、自分達の戦いが無駄ではなかったと知れた事を少しだけ嬉しく思うところはあるモノの結局は自分が逃げ出した艦娘である事には変わりないと扶桑は恥じ入る。

 

「それでも貴女達の存在が勝手に世界に絶望していた私の光になってくれた、自分と同じ世界にいてくれたことが何よりうれしかったんです」

 

 自分はそんなに立派な存在ではないと恐縮しようとした扶桑の言葉を遮るように大学生は前世から抱えてきた思いの一つを聞いている相手が戸惑うほど大袈裟な言い方で吐き出して、勝手に満足してどこか憑き物が落ちた様な笑みを浮かべた。

 

「あー、つまりアンタはこの子を如何こうするつもりは全くないって事で良いんだね?」

「はい、もし何か私に出来る事があるなら出来得る限りで協力する事も考えています」

 

 目を覗き込むようにして探りを入れてくる女将の態度に真正面から受けて立った大学生の姿に、子供を守る母親はついに肩の力を抜いて昼間に青年たちを迎えた時の朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「まぁ、まったく必要なさそうですけど、ははっ・・・」

「なんだい、つまりこっちが勝手に片意地張ってただけって事じゃないの」

 

 そして、クスクス笑い出した女将の姿に大学生も気の抜けた笑いを漏らし、大木と扶桑も打って変わって穏やかになった部屋の空気にそっと胸をなでおろした。

 気が緩み少し余裕が出来た無駄なお節介焼きに来た大学生はふとお喋りな友人が全く何も言わない事に気付き横目に彼の様子を見るとプリン頭は何処からか持って来たパック麺のパッケージへと部屋に置かれていた湯沸かしポットのお湯を流し込んでいた。

 人が真面目に話してる最中にやる事じゃないだろ、とぶん殴りかけた暴力衝動を青年は全身全霊の自制心でこらえる。

 

「それにしても芙蓉と二人で夜逃げして警察や自衛隊に追い回されるなんて事にならないって事が分かってよかったよ」

 

 少なくともテレビ局でアルバイトをしている大学生が知る限りと言う枕詞が付くが自衛隊も政治家達も今は財団や自分達の周りの大騒ぎにかかり切りでどこにいるかもわからない脱走艦娘に拘わずらっている暇が無いらしい。

 

「裕介さん、私の事よりも旅館や女将さんの方を・・・」

「僕にとっては君がいてくれるからこそ頑張っていけるんだ、だからどんなことがあってもずっと芙蓉と一緒にいたいんだよ」

 

 自分なんかよりも母親や家を優先して欲しいと言おうとした扶桑の手を女将の背後を回り込むように通って近寄った裕介が包むように握り、見ているだけで背中が痒くなってくるような惚気たセリフを吐いた。

 

「・・・はぁ、まぁ、これで孫の顔が見れたら最高なのにねぇ?」

 

 見つめ合い瞳を潤ませながらキラキラして見える、いや実際に頬を朱に染めてはにかんだ微笑みを浮かべている扶桑の方は身体を仄かに光らせている。

 そんな二人だけの世界を作り出している恋人達の様子を肩越しに見た女将が苦笑交じりで水を差すように揶揄う。

 

「え”っ・・・ちょ、母さんっ!?」

「やっぱり子供が、出来ないと裕介さんの妻として相応しくないですよね・・・女将さん、ごめんなさい・・・」

「謝らないで、こっちこそごめんなさい、ようちゃんにそんな当てこするつもりで言ったわけじゃないのよ? つい、ちょっと口が滑ったと言うのかしら、あははぁ・・・」

 

 硬直した恋人たちとそれに慌てて言い訳のような言葉を女将がかけると言う大袈裟にも見える光景に大学生は妙な違和感を覚える。

 だが彼が何か言うよりも先に今の今まで黙っていた馬鹿、何処から手に入れてきたのか不明なパック麺をズルズルと啜っていたプリン頭がカップをおもむろに机に置いてからズイッと右手を正面へと突き出した。

 

「子供なんて男と女がヤってれば勝手に出来るもんじゃね?」

「本当に君はバカだなぁあっ!!」

 

 握り込んだ右手の親指を人差し指と中指の間から突き出す繊細な問題に対する思いやりの欠片も無いジェスチャーをした青年の頭に真面目な方の大学生が自分の下にあった座布団を掴んで振り上げ勢い良く叩き付けた。

 

「あの、・・・私が艦娘だからでしょうか・・・今まで一度も月の物が来たことが無くて・・・」

「だ、大丈夫だよ、子供が出来なくたって僕らは家族になれたんだからっ」

 

 物凄く言い辛そうに生々しい事情を告白をしてくる扶桑の姿にいたたまれない空気が室内に充満し、必死な顔で恋人のフォローをする丸眼鏡の姿に失言に身を縮めた女将が気まずそうな表情が見える愛想笑いを大学生達へと向ける。

 

「えっと、その艦娘の技術的な話はマスコミも詳しくは分かっていないんですが・・・噂では、鎮守府には艦娘を普通の女の子する事が出来る技術があるとかって、あくまで噂ですけど・・・」

 

 あっと言う間に身体の光が消えて急激に負の螺旋へと落ち始めている扶桑とそれを何とか元気づけようと踏ん張っている男性の姿に、大学生の彼には珍しく自分の前世に由来する元はゲームの情報、艦娘は解体されると人間の女の子になると言うモノをひどく曖昧に濁して口に出す。

 

「私、鎮守府を脱走した艦娘なんです・・・」

「あ”ぁ”・・・なんか、本当に役に立たなくてすみません」

 

 少しは希望になるかと大学生が思った情報にますます表情を暗くして呻く扶桑の姿にもはや処置無しと言った具合となる。

 

「はぁぁ・・・ごめんなさいね? こっちの事情に気を遣わせちゃって」

「あ、いえ、こちらこそ夜分遅く失礼しました」

「ほら、お話は終わりよ、明日も早いんだから二人とも立ちなさいなっ」

 

 十分近く空回りしていると女将が場の空気を散らすように大きく柏手を打ってから戸惑う恋人の二人を立ち上がらせて彼等の背中を軽く突いて大学生達に用意した部屋から廊下へと押し出していった。

 

「あの、大丈夫でしょうかあの二人は・・・?」

「ようちゃんはちょっとした事でナイーブになる子だけど大丈夫、息子と同じ部屋に押し込んどけば明日にはいつも通りに戻るでしょうよ」

 

 男と女ってそう言う単純な部分があるのよ、と人生経験豊富な女将は子供を慈しむ母親の顔で薄暗い廊下で息子に肩を抱かれて自分達の寝室へと向かって行く若女将の背中を見送った。

 

「それじゃ、今日のお詫びと言っては何ですけど、明日の朝ごはんは期待しておいてくださいね♪ パック麺の何倍も美味いもんたんと用意しますから」

「アザッス!」

「君の脊髄反射にはいつも驚かされるよ」

 

 愛想よく去っていく女将の背中を見送りながら、かつて前世でハマり込んだゲームの中で結婚指輪を送った艦娘が大木屋旅館の善良な若旦那と今晩ちょっと口で言うには憚られる生々しい行為を致す。

 

「それにしても、嫁かぁ・・・はぁ・・・薄々察しはしてたけどさぁ・・・」

 

 そんな話を遠回しに告げられて何だか言葉にし辛い妙な興奮を覚えてしまった想像力が豊かな青年は自己嫌悪に呻く。

 

「あれあれ? もしかして残念賞~?」

「もう、ホントに黙っててくれないかな! もぉおっ!!」

「サーセンしたぁっ!」

 

 真夜中の旅館の片隅で激昂した大学生の叫びと共に繰り出された座布団が能天気な笑顔を和室の中へと吹っ飛ばし、その怒声に何事かと踵を返して廊下を戻ってきた女将に二人の馬鹿共はひどく注意をされるのだった。

 

 そして、翌日、女将の約束通り用意された美味しい山の幸尽くしの料理に舌鼓を打った大学生達は良く晴れた早朝の日差しの中を歩き去る。

 

「私、艦娘であった事を褒められて、お礼まで言われる日がくるなんて想像もしていませんでした」

「良い人達だったね、また来てくれた時にはちゃんと歓迎しないとなぁ」

「ホントに、それにしてもここから駅まで軽く三時間はかかるのに歩いていくなんてあの子達、ますます見上げたもんじゃないの」

 

 お騒がせな青年たちが旅館を出た数分後、二人を見送っていた女将の言葉に腕を組んで寄り添う扶桑と大木は同時に驚きの声を上げる。

 そして、数分前に別れの挨拶を交わしたばかりの大学生達を慌てた調子で大木が追いかけ、正午までバスが来ないと言う事実にバス停で唖然としていた彼等を見つけ旅館の自家用車で駅まで送っていく事になった。

 




君達の読んだ物語がこうなってしまったのは私の責任だ。

だが、私は謝らない!

例え扶桑嫁提督であっても、この試練を乗り越えてくれると期待しているからだ!

乗り越えられるはずだ、といいなぁ。

書いててなんかすごくモヤモヤして心が落ち着かなかった。
多分、おバカ様が居なかったら私は悶死してた。


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第二十四話

 
イベント海域が一海域で終わるわけないでしょ?

戦艦水鬼「アレ私って2015年冬イベのラスボスジャナカッタ?」

???「私、姫級ジャナクテ鬼級ナンダケド?」
 

全部、ゲームの通りに行くと思うなよ?



 繰り返す、繰り返す・・・。

 何度目だろう、少なくとも百は超えているだろう。

 もしかしたら千に届いているかもしれない。

 

「左舷雷撃来ますっ! 直撃弾だけを処理します!」

「分かったわ! 西からくるパターンね、全員単縦陣で針路そのまま!」

 

 戦闘を走る青い襟のワンピースセーラー服を来た陽炎型の八番艦が叫ぶ声に即応して私が叫ぶ指揮に従って全員が黒い海を必死に駆ける。

 前衛をしてくれている駆逐艦と軽巡の脚から光の弾がポンッポンッと撃ち出されて輝きながら黒い海面の下を走り、目の前に迫ってきている敵の魚雷を起爆させるために体当たりして水柱を上げた。

 

「山雲、付いて来てるわよね!?」

「ええ、ちゃんといるわ~朝雲姉~」

 

 白々しい光を放つ太陽モドキの下で真っ黒な波しぶきをあげる重油のような海に十数人分の航跡を描きながら私達は深海棲艦が放った残りの雷撃の間を身体の小ささを利用して通り抜けてとにかく前進を続ける。

 水柱を目くらましに使ってより早く敵艦を撒き、ここを走り抜けなければ七日目の夜が来て背後から迫る岩壁に押しつぶされる未来が確定してしまう。

 

 そして、予想通りの航路を通って来る重巡洋艦級、顔や体から突き出した無数の黒いサンゴに覆われ二股に分かれた火砲を備えた尾を持つ200mの巨体。

 誰が言い出したのか、いつの間にかネ級という呼び名が定着した歪な人の形をした深海棲艦の索敵を猫の足下を走り回るネズミの様に素早く走り抜け、予定通りの地点にあった輸送船のスクラップに潜り込んでやり過ごす。

 

 ここまでの全力疾走で全員が肩で息をしており、元々船足が早くない私も朝潮型駆逐艦である朝雲と山雲の姉妹に紐で引っ張ってもらって何とか艦隊から逸れることなくここまで辿り着くことが出来た。

 

「はぁ、ふぅ・・・予定通りにこれから一時間の小休止をとり次の行動に備えます、皆、良いわね?」

 

 全員の返事を受け取り、鋼の船であった頃には感じなかったべたつく汗の気持ち悪さと早鐘を打つ心臓が要求する酸素の供給に痛む肺を少しでも癒す為に私は英語が書かれた貨物が並ぶ廃船の壁に寄りかかる。

 

「山城さん、どうぞ」

「ええ、ありがとう・・・満潮もちゃんと身体を休めなさい、さっきまで殿をやってたんだから」

「こんなの疲れたって言うには早すぎるわ」

 

 朝潮型駆逐艦娘の制服を着た少女が船のコンテナを勝手知ったる様子でこじ開けて取り出した飲み水の入った瓶をこちらへ差し出し、礼を言いながら私は受け取ったそれの封を切った。

 予定通り、予定通り、これまで数えきれないくらい繰り返してきた行動の中から最善を選び続けて今回はまだ誰も海に沈む事無く立ってくれている。

 特に誰とも会話せず、ただひたすら身体を休める事だけに集中し後数十分もすれば白々しい太陽からおどろおどろしい月へと切り替わる時間を待つ。

 

 繰り返す七日間、この不気味で私達の正気を削る為だけに作られたような世界で同じ敵と同じ航路に何度も挑み続ける気が狂いそうなほど苦しい戦い。

 敵の出現する時間、敵の艦種、足に纏わりつく黒い海の潮流を調べ、外から流れ着いた船の残骸に残る物資を漁って糊口をしのぎ、私達はここから元の世界へと戻るためのもがきを続けていた。

 

 今度こそと闘志を燃やして七日目の夜へと挑む。

 

 最後の休憩地点から不気味に澱む月明りの下へと走り出して私たちはこの世界を造り出している怪物のいる場所へと、多くの仲間達が膝を屈した悪意の塊へと百から先は数えていない無謀な挑戦を敢行する。

 無数の試行と思考を重ねて敵が現れない時間を選び、敵の目が反れている場所を縫うように進み、彼方に見え始めた巨大な要塞を思わせる玉座に座す白く巨大な怪物を睨みつけた。

 勝てるとは思っていない、だが、あの熊手のように広く巨大な爪と繋がった手を玉座の肘掛に乗せてぼんやりと虚空を眺めている黒い一本角の深海棲艦、姫級に囚われた仲間を一人でも取り戻して次の反撃へと備えなければならない。

 

 だけど、嗚呼。

 

 そんな私達の熱意をあざ笑うかのように七日目の夜は終わる。

 

 自分自身が認められないだけで頭の端の冷静な部分は初めから結果など分かり切っていたと囁き、今までの足掻きが無駄だったと、多くの犠牲が無駄だったと認めろと言う言葉が私の心をじわじわと蝕む。

 

「朝雲姉~・・・わたしね~、もう疲れちゃったんだ~・・・」

「まだ、まだいけるわよ山雲!? だからこっちに、手を伸ばしてぇ!!」

 

 淡い水色の波打つ癖毛を若草色のヘアバンドで留めているどこか緩い口調の駆逐艦娘、山雲が傷だらけの身体で黒い海に座り込み、頭に巨大な大砲を乗せた蛇の頭が近づいて来るのをぼんやりと見上げている。

 ああ、彼女もまた他の多くの仲間達と同じように心が負けてしまったのだろう、どれだけ光弾を放っても歯牙にもかけず、たとえわずかでも損傷を与えられてもその傷は時間が巻き戻る様に直る。

 

 その傲慢な女王は玉座に肘を突いて頬に当てて私達の姿をまるで喜劇を見る様な笑みで見下ろしていた。

 

 光る力を失い航行する事も出来ずに黒い海に溺れ始めた朝雲が腕を振り回して姫級深海棲艦に膝を屈してしまった妹へとがむしゃらに泳いででも向かうがその濡れた手が妹艦娘に触れる寸前、頭上から降りてきた蛇の顎が山雲の身体を咥えて上空へと持ち上げる。

 

「止めてっ!! 返して、山雲を返してよっ!」

 

 胸から下を既に黒い水に沈めながらも必死に離れて行く妹へと手を伸ばす朝雲の姿を私はただただ見ている事しかできない。

 たった二回、姫級が腕を薙いだだけで私の右足が千切れ飛び、身体の左側からは感覚が失われた。

 

 前衛に立ってくれていた艦娘は降り注いだ砲撃の雨に半分以上の駆逐艦たちは血煙になって砕け、生き残った幸運とはいいがたい幸運を得た子も捩じれた雑巾の様に歪な血まみれの身体を晒している。

 他の軽巡洋艦や重巡ですら四肢を欠損させその痛みで意識を保つことが出来ている事が限界という状態で、艦隊唯一の戦艦であるはずの私はただ覆いかぶさるように残った腕で捕まえた満潮を抑え込んで黒い海に浮かんでいる事しかできないでいた。

 

「山城さん放して、お願いだからっ・・・手を離しっ・・・なさいよぉっ!」

 

 朝雲にとって妹であるなら同型姉妹である満潮にとっても妹であり、まだ少しだけ身体に光を残している彼女を今放してしまったら無謀な特攻でその小さな身体を砕かれてしまう。

 それは駆逐艦の中でも一際気丈な性格を持つ彼女であってもその心を折るには十分すぎる暴力となるだろう。

 

「お願いだから、満潮っ、ジッとしていて・・・」

「見てるだけなんて、そんなのって、ふざけないでっ」

 

 ハリネズミのように無数の砲身を突き出した玉座から生えた大蛇に咥えられた山雲が姫級の顔の前まで運ばれ、まるで見せびらかすようにその小さな身体を揺らして一本角の女が嗜虐的な笑みを浮かべ紅い赤い口を大きく開く。

 

「いやぁああっ!!!」

 

 臓腑を全て吐き出すような悲痛な叫びを朝雲が上げ、私の身体の下で満潮が怒りと悲しみに満ちた表情で姫級を睨み上げ昏い海面に爪を立てて引っ掻く。

 私達の見上げる先で怪物が耳まで裂ける口を開き、その上で蛇が咥えていた山雲が宙に放された。

 

 倒れ伏している私達に見せつけるようにゴクリと音をたてて一人の駆逐艦娘が怪物の口の中に呑み込まれ、姫級は甘い果実を味わっている様に莞爾として笑う。

 そして、自らの喉を爪でなぞり、不気味なほど白く肥大化した胸を撫で、玉座の上に座る下半身へとその指を下ろして自らの下腹部を撫でる。

 まるで臨月を迎えた妊婦のように丸く膨らんだ下腹部は青白い命の光を淡く宿し、ぼんやりと光る白い胎の内部に押し込められた人の形をした影が、奴に食われた仲間達の姿が見えた。

 

 山雲が姫級に呑まれ、それを合図にしたのか映画の場面が切り替わる様に不気味な月が白々しい太陽に場所を奪われ七日目が終わり、目を焼くような光が私達の視界を白く塗りつぶし身体の感覚さえも奪っていく。

 

「・・・また、戻ってきたのね」

 

 体感ではたった数秒の後に呻くように呟き、いつの間にか海の上から船の墓場のような瓦礫の上にいた私が周囲を見回せばもう何百回と繰り返してみてきた一日目の光景が広がっている。

 姫級に打ちのめされ失ったはずの手足は何事も無かったようにそこにあり、身に着けた服もボロ布では無くちゃんと服としての体裁を保ち、砲撃の雨で消し飛んだ仲間達が五体満足で立ち尽くす様子が私に一日目へと時間が巻き戻ったことを知らせていた。

 

「山雲っ! 何処! 何処にいるの!? 隠れてないで出て来てよ!! 戻っているんでしょっ!?」

 

 少し離れた場所から朝雲が妹の名を叫ぶ声が聞こえ、それがついさっき見た光景が幻ではなく現実にあった事で、もう朝雲の少し呑気な性格をした妹は戻ってこないのだと私に知らせている。

 遊ばれているのだろう、あの支配者が下僕を使ってキツネ狩りのように私達を追い立て絶望に屈した艦娘を戦利品として呑み込む。

 

 それがこの世界のルールであり、抵抗し続ける限り私達はあの怪物のオモチャでしかない。

 

「姉様は、姉様は今何処にいるのですか・・・? 山城はいつになったら姉様に会えますか・・・?」

 

 この世界に閉じ込められる前は嫌らしい視線を向けてくる指揮官や邪険にされ続けた自分達のままならない状況へと繰り返し言い続けていた口癖すらもう出てくる事は無く、ただひたすらに敬愛する姉に会いたいと言う想いと願いだけが口から洩れた。

 

 山城()が呻くように漏らした弱音を境に視界が急激に暗く染まり、心の繋がりがプツリと切れて曖昧だった自分の身体の感覚が重苦しくのしかかる。

 

・・・

 

「っ・・・!? ぁ、っぐっ・・・!!」

 

 上布団を跳ね上げて汗まみれになった寝間着が着崩れるのも考えられず、頬に張り付く長い自分の髪を煩わし気に掻き上げる。

 その直後に襲い掛かってきた胃から食道を登って来る酸味に二つの枕が並んだ布団の中から慌てて這い出して寝室の隣にある洗面所へと駆け込み大きな鏡が掛けられた洗面台の前で嘔吐く。

 夕食の量を減らしているはずなのに喉から逆流する胃液は思い通りに止まってくれず、口の周りを散々に汚して見上げた鏡にはまるで幽鬼のような酷い顔色の女が恨めしそうな上目遣いを返してきた。

 

「芙蓉、大丈夫かい・・・ほら、口元を拭いて・・・」

 

 ゼイゼイと気味の悪い呼吸を繰り返してた私の頭上でパッと洗面所の灯りが点き。

 人の気配に振り返った先には私の行動でこんな真夜中に起こしてしまった愛しい人が心の底から心配しながらこちらへと歩み寄ってくる。

 そして、持ってきたタオルで彼は汗と吐瀉物で汚れた私の顔を拭いてくれた。

 

「裕介、さんっ・・・ごめんなさい、ごめんなさい」

「良いんだ、僕は大丈夫だから・・・芙蓉が落ち着くまでこうしておくからさ」

 

 そして、まるで幼い子供にでもなったように言葉に出来ない感情を泣き声にして吐き出し、伸ばした腕でしがみ付くように内縁の夫の身体へと抱き付く。

 抱き返してくれた相手の温かさと心音を確かめるように耳を彼の胸板に押し付け誰に対してかも分からない謝罪を繰り返した。

 

 ただ近くに生きている相手がいるという事実を確かめて自分勝手な満足を得る為に。

 

・・・

 

 この旅館に転がり込んでから約二年、彼女がたまに見る奇妙な夢は日を追うごとに頻度と鮮明さを増しているようでここ一カ月ほどは妹達の窮地を追体験するまでになっていた。

 

 自衛隊にいた頃でも見た事が無い深海棲艦の姿とその性質や能力、時間経過によってトゲのような岩を突き出して迫って来る壁から逃れながら敵を避けて人の形を持った巨大な要塞へと無謀な戦いを挑み続ける夢。

 仲間を見捨てて逃げ出した後ろめたさが見せる幻と言うにはあまりにも強い現実感を伴ったその夢を見る度に真夜中に飛び起きて洗面所に駆け込む扶桑は元から儚い雰囲気がさらに際立ち周囲から心配の声を掛けられることが多くなっていた。

 

 病院でカウンセリングを受けることが出来れば何かしらの改善法を見つけられるのかもしれないが扶桑は船団護衛中に仲間を失い自衛隊を脱走した艦娘である為に戸籍すらなく社会的には存在しない偽名を名乗って生活しているのでそれも叶わない。

 

 自らの行動の後ろめたさに憂鬱に表情を曇らせどこかにいる妹を思い溜息を繰り返す、そんな息子の嫁の姿に呆れた大木屋の女将が客に若女将の不景気な顔を見せないために庭の掃き掃除を命じる回数も増えている。

 そんな優しくも厳しい人々に受け入れられ若旦那の愛情に縋りつくように大木屋での生活を続けていた扶桑は数日前にテレビ局のスタッフに混じって現れたお騒がせな大学生の話を聞いてから幾分か被害妄想に囚われる時間が減ったが、それでも度々見せられる悪夢は彼女の精神を苛んでいた。

 

 その日も料理の仕込みや客室の支度をこなしていた扶桑は女将から少し外に出ている様にと言われ、自分では上手く隠しているつもりでも不調を見破られたのかと肩を落として竹ぼうきを手に庭へと出た。

 

 そして、曇り空を見上げる日本庭園の入り口に立った扶桑はその庭の中に立っている一人の少女の後ろ姿に息を詰め目を見開いて立ち尽くす。

 その彼女の気配に艶やかな烏羽色の三つ編みを揺らしながら振り返ったその少女の顔は扶桑にとって忘れる事の出来ない仲間のものと同じだった。

 

「・・・時雨?」

「なんだか不思議だね・・・、僕は貴女と会った事が無いはずなのに昔から貴女の事を知っている気がするよ」

 

 忘れたくても忘れられない自分とある約束を交わした艦娘、白露型駆逐艦時雨を原型に持つその少女は中性的な雰囲気を持った言葉遣いと微笑みで扶桑と向かい合う。

 

「・・・ここにいたんだね、扶桑」

「っ!? ・・・追いかけてきたの? 私を連れ戻す為にっ?」

「違うよ、扶桑に会いたいって提督にお願いして連れて来てもらったけど僕は付き添いみたいなものだから」

 

 恐慌状態に落ちかけ後退りをする扶桑に時雨は苦笑を浮かべて首を横に振り、大木屋旅館の建物やよく手入れのされた庭をぐるりと身体ごと回すように見る。

 

「良い場所だね、提督が名乗った途端に貴女を守るために隠そうとするんだから、鎮守府の外にも艦娘を受け入れてくれる優しい人が居るのはとっても嬉しいんだ」

「時雨、あなたはここに何をしに来たの? 私はどうなっても良いけれど、旅館の皆さんにはっ!」

 

 今すぐに自分を如何こうするつもりは無いと言う時雨の態度に恐れを胸に押し込めて扶桑が問いかければ庭の真ん中に立っている少女は特に気負った様子も無くまた首を横に振って見せた。

 

「僕らは君を連れ戻す為に来たわけじゃないよ。むしろその逆なんだ」

「逆? どういう事なの?」

「詳しくは提督と会ってくれないかな、今、女将さんに事情を話しているんだけどなかなか耳を貸してくれないみたいでね」

 

 時間がかかるみたいだから自分は散歩がてら見事な庭を見に来ていただけで、貴女と会ったのは本当に偶然なのだと言った時雨が軽い足取りで扶桑に歩み寄り、自分よりも小柄な女の子の接近に追い詰められたかのように若女将は後退りして躓き後ろへと倒れかける。

 

「危ないよっ、大丈夫?」

「えっ!? ええ、ありがとう・・・」

 

 黒いスカートを翻して4mほどの距離をトンッと一足飛びに縮め、倒れかけた扶桑へと近づいた時雨は彼女の手を取り自分よりも背の高い女性の重みを軽く支えて相手の無事を確認する。

 その時雨の態度に今すぐ自分を如何こうするつもりは無いらしいと扶桑にも理解でき、自然と手を引いて旅館の中へと向かう駆逐艦娘に導かれた戦艦娘は旅館の受付で顔を顰めている女将と体格の良いスーツ姿の男性が向かい合っている場面に遭遇する事になった。

 

・・・

 

 受付で行われていた一方的に相手を睨みつける女将とそれを甘んじて受ける黒いスーツの男性の膠着状態は時雨と扶桑を交えた説得で何とか女将をテーブルに着かせることが出来た。

 応接間に通された時雨とスーツ姿の男性、そして、女将と扶桑に大木屋の若旦那が机を挟んで向かい合う。

 

 そして、田中良介と名乗ったスーツ姿の自衛官の男性は丁寧な挨拶の後に手に持っていたカバンから取り出した書類を応接間のテーブルへと並べる。

 自分が艦娘を管理運用する鎮守府に所属している自衛官であり、隣に座る時雨が自分の指揮下にある艦娘だと言う事など説明してから彼は今回の訪問に関しての本題へと移った。

 

「じゅ、十年で私が、人間に?」

「鎮守府の記録によれば戦艦娘扶桑が目覚めてからほぼ五年、そして残りの時間が経過する事で貴女は霊核を失う事になります」

 

 そして、彼の口から語られたのは艦娘が人の身体を得て目覚めてから十年前後で力の源を失うと言う説明であり、その中でも扶桑を驚かせたのは艦娘だった頃の力の名残はあれど肉体的には普通の人間になると言う内容だった。

 その直前に告げられた先日の大学生達とは関係無く半年前に自分が政府の調査員に発見されていた事や自分以外にも日本各地に少なくない人数の脱走艦娘が隠れ住んでいると言う情報すら霞む精神的衝撃に扶桑だけでなく同席している者達も唖然とする。

 

「よ、良かったじゃないの! ようちゃんっ!! 裕介も何ぼけっとしてるのよぉ」

「お、女将さん!?」

「いった、痛いって母さん!?」

 

 そして、我に返って今にも万歳でも始めそうなほどに表情を明るくした女将が我が事の様に歓声を上げて扶桑の身体に抱き付き、バシバシと乱暴に自分の息子の背を叩く。

 

「ここにサインをしていただければ正式に貴女は阪芙蓉としての、人間としての戸籍だけでなく医療行政など公的機関を利用する権利も得る事になります」

 

 一通りの説明を終えた田中は突然の情報に呆然としている扶桑へと一枚の書類を差し出す。

 それに視線を落とした彼女は自分の使っている偽名の下には身に覚えのない出身地や存在しないはずの経歴が書き込まれた書類の内容に目を見開く。

 彼曰く、既に確認されている脱走艦娘にも同じ書類が渡され明確な人数は言われなかったが人としての戸籍を得る選択をした者もいると言う話だった。

 

「なぜ脱走者である私にここまでの事をしていただけるのですか?」

 

 あまりにも自分達が望む展開を実現してくれる至れり尽くせりな彼等の対応に現実感を喪失しかけている扶桑はまさかこれが周りの人達を巻き込む謀略の一種ではないかと疑心暗鬼に囚われかけてその言葉を口にする。

 

「そうですね、正直に言いますと私個人としては戦艦である貴女に自衛隊へと戻っていただきたい」

 

 田中の言葉に色めき立っていた女将と若旦那が表情を強張らせるが、それに向かって自衛官は手を突きだして制してあくまでも個人的な見解であると言い切り言葉を続ける。

 

「艦娘とは過去の日本に対する義理で協力してくれている英霊の具現である、これは彼女達と相対する際に考慮しなければならない大原則として艦娘の設計者である刀堂博士が残した言葉です」

 

 そして、誠意の無い人間によって艦娘にとっての戦いに赴くための義理が無くなれば見放されるのは当然の事であり、そうなってしまったのであれば責任は我々の側にあるのだ、と田中は自分の見解を話す。

 責められるべきなのは扶桑に脱走を決断させた司令官側にあり、既に彼等は法的に物理的に、あらゆる方法で責任を取らされ組織としての処理は全て終わっている。

 だが、だからと言って被害を被った当事者である艦娘達から自衛隊や政府と言う組織に対する疑念と恨みが消えるわけではない。

 

「去る者追わずと言えば都合が良く聞こえるかもしれませんが、組織としては完全な和解もせずに脱走の経験がある者を引きずり戻して不満を増大させるよりはと言う思惑が無いとは言えません」

 

 そこまで聞いて扶桑は目の前のこれが今までの艦娘としての自分への手切れ金のようなモノである事に気付く。

 これは数年後に自分から離れた霊核が鎮守府に戻り新しい扶桑となった時に過去の自分に対する仕打ちに彼女が機嫌を損ねないようにする為の保険なのだ。

 

 そして、言うべき事は全て言ったと態度で示した田中は彼女達の前で背筋を正してテーブルの上の書類を受け取るように扶桑へと促した。

 

 これを受け取る(これを受け取れば)と言う(二度と)事は今の幸せを享受し(海に戻ることが)続けることが出来る。(出来なくなる。)

 

 しかし、選ぶまでも無く幸せな日々の為に目の前の書類に筆を乗せるべきだと囁く声が頭の中で聞こえるのに扶桑の指はピクリとも動かず膝の上にあった。

 

・・・

 

 扶桑の今後に大きく影響を与える話し合いが終わり、彼女が人間としての権利を得るための書類を一方的に受け渡した田中と時雨は並んでこちらへと頭を下げて別れの挨拶もそこそこに応接室から出ていく。

 信じられないほどの幸運に喜びあっている女将と恋人の姿に扶桑の心は何故かグラグラと不安定に揺れる。

 気付けば飛び出すように応接室から走り出て扶桑は玄関で靴を履いている自衛官と駆逐艦娘の前に呼吸も荒く立っていた。

 

「その子と、時雨とお話しさせてくださいっ! 少しで良いんです、お願いします!」

 

 何故そんな願いを言い出したのか扶桑本人にも分からず、それでもここで完全に自分にとっての過去の清算が終わってしまったら何か大事なモノを失ってしまうと言う強迫観念に近い予感に大きな声を上げた。

 

 そして、田中から許可を得て先ほど時雨と再会した庭まで移動した扶桑はかつての仲間と同じ姿と声を持つ別人(時雨)と向かい合う。

 

 だが勢い込んで話の場を作ったはずの扶桑は時雨と向かい合った途端に何を言えばいいのか分からなくなって無為に口をパクパクと開閉してしまう。

 

「落ち着いて、大丈夫だから、僕はここにいるよ」

 

 言うべき言葉が見つけられず泣きそうな顔になった扶桑と向かい合った時雨が人懐っこい笑みを浮かべて自分よりも背の高い若女将の顔を見上げ。

 その優しい声色に乱れていた心が徐々に静まり扶桑は胸に手を当てながら時雨と視線を交わらせる。

 

「貴女はどうして戦えるの? 貴女の前の時雨も他の子達も顔も知らない人達の都合で沈んでいったのよ?」

「どうして戦えるのか、そうだね・・・、実は僕自身もちょっと分からない部分があって、これはどう言えばいいんだろう」

 

 組織が改善されたとしても自衛隊に所属している艦娘に待っているのは深海棲艦との終わらない戦いの日々であり、扶桑の目から見て今の日本は十年後に人となった艦娘を受け入れられると言う保証も感じられない。

 それ故に愛国心の一言で命を捧げる価値が今の国にあるとは扶桑には思えない、そして、同じ艦娘であり自分と同じように自らの現状を理解しているはずの相手が戦い続ける事が出来ているのか無性に知りたかった。

 

「・・・あの田中と言う人の為?」

「うん、それも理由の一つかな、ははっ」

 

 田中を話題に出され少し照れた顔で前髪を弄る時雨は続く扶桑の幾つかの問いかけに首を横に振りと違うと答えていく。

 

 現在の国の為。

 仲間がいるから。

 指揮官への信頼。

 

 そのどれもが彼女にとって必要な理由であるのに、その全てが彼女自身が戦うための一番大きい理由と言うワケではないらしく時雨も徐々に自分を動かす最も大きな理由が不明である事に気付き表情を曇らせて首を傾げた。

 

「そうだ、僕が・・・」

「時雨どうしたの?」

 

 そして、扶桑が思いつく限りの戦う理由を問いかけた後に時雨が不意に空を見上げ空色の瞳を瞬かせ、自分でも気付かなかった自分の中に隠れていた思いを見つけ出して浮かされるように言葉にしていく。

 

「今の僕が目覚めた時に言われたんだ・・・もう仲間を見捨てたりしないでって、皆を助けてって・・・」

 

 その言葉に扶桑は強く動揺して胸を締め付けられるような息苦しさに呻き、目の前に立っている時雨の心につっかえていた何かが取れたと晴れやかな笑みを浮かべる姿に戦場から逃げ出した戦艦娘は目を見開いた。

 

「僕じゃない時雨が言っていた。そうしなければならない、忘れちゃいけない約束だからって」

 

 今にも雨が降り出しそうな曇り空を見上げて空色の瞳で灰色の空を見上げ、独白する駆逐艦娘の言葉に扶桑の身体は硬直する。

 そして、不意に扶桑の目に映る今の時雨の姿とかつて自分と同じ海に立っていた時雨の姿が重なった。

 

「時雨、あなたは覚えている・・・の?」

「扶桑?」

 

 呻くようにか細い声が静かな庭に落ち、空を見上げていた時雨が視線を下ろして目の前で狼狽えている扶桑の姿に首を傾げる。

 

「だって、霊核になった艦娘は、死んだ娘は記憶も何もかも忘れてしまうはずなのにっ!? 貴女は覚えている・・・の?」

「全部は覚えてないけど、幻みたいにあやふやな気持ちだけど、残って、ううん、・・・これは覚えてるって言って良いのかな?」

 

 扶桑からの問いかけで偶然に見つけ出した自分の中に存在していた正体が分からない記憶と感覚に時雨は戸惑い苦笑を浮かべる。

 

「あぁ、だから・・・そうなんだね?」

 

 姿形が同じ様に見えても過去にいなくなった時雨と目の前の時雨は別の存在であると思っていた扶桑の考えを図らずも否定する事になった駆逐艦娘は彼女の動揺に何かを感じ取ったのか小さな微笑みを漏らした。

 

「・・・僕が、前の僕がこの約束を交わしたのは貴女だったんだね?」

 

 既に知っている答えを確認するような時雨の声に扶桑は言葉を返す事も出来ずに反射的に目を反らして身を縮めて震え、過去に隠した罪が彼女の脳裏で輪郭を結び這い上がって来る。

 

 囮扱いで使われた船団護衛中に遭遇した深海棲艦、その後に突然現れた奈落の底に繋がるかの様な深く渦巻く黒い渦潮。

 自分を庇い直撃弾を受けて瀕死になった時雨を背負い足に纏わりつく潮の流れに逆らって走る。

 そして、後少しで渦から逃れられるところで力が尽きかけた扶桑は背後にいた妹の手から伝わってきた光に押された事で地獄の入り口から逃れ。

 

 振り返った先で今にも泣きそうな笑顔を浮かべて自分へと手を伸ばす山城の姿に目を見開き、扶桑が悲鳴を上げたと同時に戦っていたはずの深海棲艦も仲間達も全て呑み込んだ渦潮は消えてなくなり、不自然なほど青く澄み切った空と海の間で扶桑は瀕死の時雨を背負って立ち尽くした。

 

「“泣かないで”」

 

 その悍ましい思い出の最後から抜け出してきたような少女の穏やかな声が重なって聞こえ忘我から戻った扶桑の手を時雨の温かい両手が包むように握る。

 曇天の下、まばらに雨が降り始めた庭で濡れ烏羽髪の少女が励ますように微笑み唖然とした表情で固まった和服美人を見上げていた。

 

「扶桑はここで幸せになって良いんだ・・・だから、泣かないで」

 

 その優しさに満ちた言葉で扶桑は頬に当たる雨粒とは違う水滴がいつの間にか自分の目から零れていた事に気付き、時雨に掛けられた言葉をきっかけにして心が無性に粟立っていく。

 

(何故、私は泣いているの? 許された事への感謝? ここでの生活が続く事への安堵? 一人だけ安全な場所に隠れる申し訳なさ?)

 

 違う、コレは決してそんな軟弱な罪悪感から溢れたモノなんかではない。

 

 雨に濡れながら旅館の入り口へと時雨に手を引かれて戻った扶桑は自分の指揮官と共に別れの挨拶をしてから去っていくかつての仲間と瓜二つの姿を持った少女を見送る。

 

「芙蓉? そのままじゃ濡れてしまうよ、中に入ろう?」

 

 背中に恋人の優しい言葉をかけられても雨の中に立ち尽くしていた扶桑は目を閉じて自分の中で暴れ出そうとしている感情、今まで自分の中で見て見ぬふりを続けていたそれと二年ぶりに再会して向かい合う。

 

 何故、戦艦である扶桑()が駆逐艦にあそこまで心配されなければならないのだ、と。

 これではまるで蝶よ花よと愛でられる姫のような扱いではないか、と。

 

 そして、今まで苦境と失意を言い訳に蓋をしてきた感情が、逃げ回る事を良しとしてきた情けない自らへの憤りが胸の奥で点火の火花を散らし始めた。

 

 自分よりも小型の艦種に気遣われた悔しさ、妹の悲鳴を受け取っていながら耳を塞いだ愚かしさ、与えられる幸運に溺れて愛する人を理由にして今もなお逃げる事を弁護する自らの浅ましさに筆舌に尽くし難い怒りの火が燃え上がる。

 

 これでは自分の事を好きだと告白してくれた愛しい人にすら失礼極まりない事ではないか、と艦娘である扶桑が内側から彼女を叱咤する。

 

(皆は僕が助けるから扶桑はもう戦わなくて良い・・・?)

 

 田中と名乗った自衛官から限定海域と呼ばれる異空間から多くの艦娘が戻ってきたと言う前例を聞き、未だに鎮守府へ戻らない妹や仲間達の話を受けて彼女らも別の異空間に囚われている。

 それは(戦場)から離れていた扶桑にも分かる理屈だった。

 

(それで良いわけがないでしょう? いつまで私は不義理な愚か者を続ける気なの!)

 

 握り込んだ手の平に爪が食い込み、食いしばった歯がギリリと音をたて、雨の向こうへと並んで去っていく二人を睨みつけるように目を見開く。

 薄紫の着物の袖や襟からぶわりと溢れ扶桑の身体を霊力の気炎が立ち上り包む。

 

 その自分自身に対する怒りに顔を歪めた扶桑の姿に心配そうにこちらを見ていた大木屋旅館の面々が顔を強張らせた。

 

(そうよ、時雨、貴女も何を言っているの? あの子は私に、山城()は、扶桑()に助けを求めているのよ!?)

 

 二年以上も時間を使って出すには余りにも遅い決心だと自分でも呆れ果てるしかない。

 だが彼等から伝えられた情報と自分が見る悪夢が不思議と符合して火が入った心臓が扶桑の胸の内側を強く押した。

 

 今さら脱走艦娘が一人戻ったところでどこかに閉じ込められて拘束されるだけかもしれない、過去の管理者の失態を知る存在を目障りに感じた者達によって秘密裏にいなかった事にされるかもしれない。

 

 それを承知した上で扶桑は自らの怒りに従う事を決めた。

 

・・・

 

 一人の司令官と艦娘が扶桑の今後の生活を保障する書類を置いて去って行った後の旅館を雨足を強めた雨粒の音が覆い、旅館の跡継ぎと若女将がが寝室に使っている一室にもその音は止め処なく届く。

 

「裕介さん、折り入ってお願いがあります」

 

 その真夜中の部屋に敷かれた広い布団の上に正座した扶桑は大木に向かって両手を突いて深く頭を下げ、それを見た旅館の若旦那は彼女と正座で向き合ったまま苦笑いを浮かべて頭を掻く。

 目の前に置かれているのは扶桑が人間としての戸籍を得る為に用意された書類であり、まだ無記名のそれを預かっていて欲しいと願われた大木は彼女が何を言わんとしているのかを嫌でも察する事になった。

 

「芙蓉、行くのかい?」

「今まで裕介さんや女将さん、旅館の皆さんに数えきれないほどの、返しきれないほどの恩を受けてこんな事を言うのはあまりにも恩知らずだと、自分でも分かっています、けれど、それでもっ!」

 

 床にまでつけるほど下げた頭を上げずに恩人への申し訳なさに涙を滲ませる扶桑の肩に裕介の手がかかり、上半身を押し上げられた彼女は真剣な顔を浮かべる彼と向かい合う。

 

「僕は君の事が好きでずっと一緒に生きていきたいと思ってるし、芙蓉もそうだと言ってくれたらこれ以上の幸せは無いんだ」

「っ、はい・・・でも私は」

「好きだから、愛している人がそんな必死な顔で願っている事を止めるなんて僕には出来ないよ」

 

 裕介の言葉に呆気にとられた顔をした扶桑は優しく自分の身体を抱きしめられて伝わって来る命の温かさに、別れへの恐れに小刻みに震えているのにその言葉を言ってくれた彼の思いやりに目を閉じ、強い強い感謝の想いを返す為に抱き返した。

 

「私は、芙蓉は、・・・扶桑は妹達を、助けに行ってまいります、ですから・・・」

「僕はここで待ってるから君がやるべきことを終えた時には必ず、帰ってきて欲しい・・・何年だって待っているからさ」

 

 再会の約束を交わした二人の声は雨音の中へと溶けるように消えていった。

 

 




 
On Your Mark(もう一度あの海へ)
 



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第二十五話

沈黙は黄金の価値を持つと言うだろう?


まぁ、金塊なんぞを有り難がるのは人間ぐらいなもんだがね。



 2015年、三月は下旬に入り春の兆しが全国的に広がり始めた時期、日本海側に出現した深海棲艦の大群へと注意深い監視を続けていた舞鶴に詰めている指揮官と艦娘達は散発的に群れからはぐれて日本へと針路を向ける敵艦を追い払いながら敵勢力の分析を続けていた。

 そんなある意味では膠着状態と言えた戦況は日本に向かって進攻を開始した敵首魁である戦艦水鬼とそれを取り巻く大艦隊の知らせによって終わりを告げる。

 

≪三番端子、12cm単装砲接続しました、確認お願いします≫

 

「三番、12cm砲の接続を確認した。しかし、駆逐艦に主砲をガン積みは悪手だろうに・・・しかも単装砲をよ」

 

≪波状攻撃を仕掛けてくる大群相手に連射も誘導も出来ない魚雷で挑みたいなら雷装に積み直しても構いませんよ?≫

 

 戦闘形態となった艦娘の艦橋で中村が呟いた言葉にモニターに大写しになっている桃色の髪に彩られた才女、工作艦娘である明石の顔が苦笑を浮かべて律義に返事を返してくる。

 

『今さら積み直しなんて冗談じゃないったら、もう連中の侵攻は始まってるのよ!?』

「まぁ、確かに今さらか」

 

 そして、通信機から飛び出す不機嫌そうな声を合図にしたのか艦橋の外では作業を終えた明石が背中のクレーンを背面艤装へと畳むように収納して中村達に進路を譲るために離れて行く。

 

「増設装備の動作確認終わりました。司令官」

 

 コンソールパネルに浮かぶ立体映像の中で口調通りに不機嫌そうに顔を顰めている霞の剣幕に押された中村は指揮席で頬を掻き、不意に自分の周りにある円形通路からかけられた声に顔を向ける。

 

「ああ、そうか・・・ご苦労さん」

 

 モニターに触れて各種武装から送られてくる情報を確認していた少女、吹雪型駆逐艦の長女である吹雪が肩越しに振り返って中村を見つめており、一瞬だけ気まずそうな顔をした彼は表情を引き締め直してセーラー服の少女に小さく頷きを返した。

 

「んじゃ、提督そろそろ出撃すんの~?」

 

 そんな二人の様子に艦橋にいる艦娘達がひどく居心地の悪そうな表情を浮かべる中で肩や腕に足と至る所に魚雷管のミニチュアをくっ付けた軽巡洋艦の北上が通路の手すりに座りモニターに背中を預けて五連装魚雷を四基装備した足をぶらぶらさせて気の抜けた糸目と声を中村に向ける。

 

「随分と出遅れちゃったわね、まだ戦闘状態には入ってないみたいだけど」

「いえ、航空支援をしてくれている木村艦隊が敵の戦闘機隊と遭遇したようです」

 

 全周モニターに表示された友軍艦隊からの情報を整理している五十鈴と鳳翔が北上の緩い雰囲気に助けられて現在の戦況を司令官である中村に伝え、彼はそれに頷きを返してコンソールパネルへと手を伸ばした。

 

「こちら中村義男特務三佐、これより指揮下の艦娘部隊の出撃を開始します」

『作戦司令部より中村特務三佐へ、貴艦隊の出撃を許可します。今作戦での航路計画の提出は必要ありません。出撃どうぞ!』

 

 短い出撃の連絡を海洋調査船である綿津見の中に置かれている臨時司令部へと入れて中村はコンソールパネルの推進出力レバーを握り停止から原速へと表示を押し上げる。

 

≪霞、出るわ! さっさと出力上げなさいったら、ただでさえ遅れて出るんだから最高速で行くわよ!≫

 

「戦う前からバテてくれるなよ?」

 

 港の出口へと進み始めた様子が見える艦橋に届く霞の声に軽口を叩いた中村は表示する数字を増やしていく出力計と速度計を横目に握っている出力レバーを更に押し上げて第一戦速から第二第三と切り替え、艦橋に響く推進機関の唸り声と揺れが増していく。

 

「ちょ、急がば回れって言うもんでしょーよっ!?」

「北上、貴女がウチの艦隊に居続けたいなら嫌でも慣れるしかないわよ?」

 

 その超高速航行の前兆に手すりに腰掛けていた北上が後頭部にたんこぶを作った最近の記憶を脳裏にフラッシュバックさせ慌てて手すりから飛び降り、五十鈴から呆れ顔を向けられながらも手すりの支柱にしがみ付いた。

 手元の立体映像では艤装を纏い前傾姿勢になった霞がショットガンに似た形状の増設装備を両肩と左足に三基装備した状態で前方を見据え、その背中のスクリューが燐光をまき散らして回転をどんどん早めていく。

 

≪誰に言ってんの、そっちこそ目を回したら承知しないんだから!≫

 

 手を大きく振る明石に見送られスピードスケーターのように両足で海面を蹴り舞鶴の港湾を駆け出した霞の速度が見る間に200ノットを超え、通常の空間よりも慣性運動が軽減されていると研究室から発表を受けた艦橋内であっても圧力に息苦しさを感じ始めた中村は大きく息を吸ってから意を決して出力レバーを全速に切り替えた。

 次の瞬間、一際強い振動と共に彼は増大する加速の重圧で指揮席に押さえつけられ小さく呻き、ふと司令官の目に手すりを離してしまったらしい北上が悲鳴を上げて円形通路の後方へと転がっていく姿が通りすぎる。

 

「北上っ、怪我無いか?」

 

 出力計の針が目一杯まで吊り上がっているのを横目に転がっていった軽巡艦娘の姿を確認すると出撃時から指揮席の後ろで後方警戒と言う名目のサボりをしていた潜水艦娘と雷巡艦娘は抱き合う様にモニターと手すりに押し付けられて二人揃って呻いていた。

 

「うぐぐっ、これ、結構キツイかもぉ」

「早く退いてほしいよぉっ、重いでちぃ・・・」

 

 二人の安否を確認してからその姿にまだ大丈夫そうだと判断した中村はとうとう400ノットの速度域に達した艦橋で前方を見据え、進行方向を映し出すモニターの手すりに慣れた様子で掴まり前方に顔を向けている吹雪の姿を視界に収める。

 中村の予定では彼女の妹である白雪が立っている筈の場所いる吹雪に司令官はどうにも居心地の悪い思いを蟠らせていた。

 

(言いたいことが山ほどあっても呆気なく言う時間は無くなっちまう、か・・・)

 

 前世の世界において彼の高校卒業とほぼ同時期に発見された胃ガンで酒屋家業を畳んで挑んだ闘病生活の甲斐なく亡くなった父。

 その葬式に参列していた兄が呟いた言葉を中村は口の中だけで反芻した。

 今の世界ではあらかじめ知っていた胃ガンの発生時期に父へと病院に行くよう催促して半ば無理やり受診させた事で手術する必要もないほど早期に治療は成功して今も実家は家業を続けている。

 尤も長男はそこそこ大きいリサイクルショップの店長となり、次男である義男は何の因果か艦娘達と共に日本の平和を守るために化け物相手に切った張ったを繰り返している為、中村酒造は前の世界と同じように父の代で店を畳むことになるだろう。

 

 彼自身も二度目の人生という幸運に全ての事を上手くやってきたと自画自賛できるほど厚顔では無い、自分の力量を大きく上回る問題などは出来るだけと遠ざけておきたいと常日頃から思っている。

 周りからは凄く行動力があると言われているがそれらを実行したのは彼にとって行動が実を結ぶ根拠があったからこそであり、所謂カンニングに近い前世の記憶に頼ってきた彼は本当の意味で未知の存在には小動物よりも臆病だった。

 

「・・・吹雪」

 

 速度計が400と390の間を行き来するのを見た中村は霞の加速が限界まで達した事を確認する。

 そして、空気の抵抗を突き破りながら海上を突き進む艦娘の艦橋に小さく、出来る事なら気付いてくれるなと言う思いを込めた小さな声で目の前の通路に立つ自分の初期艦の名を呼んだ。

 気付かないならそれで良い、何時死んでしまうかもわからない戦場にいる中で後悔しない程度には自分で行動したのだと言う自己弁護は出来ると言う臆病な思惑から零れた卑怯の一言で表せる言葉だった。

 

「はい、司令官なんでしょうか?」

 

 しかし、速度は安定したとは言え艦橋内には推進機関が吐き出す轟音が響いているはずなのに。

 

「司令官、私の事呼びましたよね?」

「あぁ、何て言うかな・・・」

 

 それにもかかわらず怪訝な表情をした吹雪は短いお下げを揺らしながら真っ直ぐに指揮席に座る中村へと振り返って返事を返してきた。

 そんな耳が良いにも程がある彼女の反応に優柔不断な司令官は驚きに目を見開く。

 

「いや、こんな所で言う事じゃないのは分かってるんだけどな」

 

 数日前の出撃の際に敵機動艦隊の奇襲を受けて中村の艦隊に所属していたお気楽娘であるが戦闘では頼りになる時津風が負傷し、空いた出撃枠は本来なら彼の艦隊の交代要員として控えていた白雪が入るはずだった。

 しかし、吹雪型の次女はその編成命令を拒否し、それだけでなく途中から今作戦に参加した予備戦力であるはずの増員メンバーの吹雪を中村の艦隊への編入に推した。

 

「今さらなんだがお前にとっての司令官は俺なんかで良かったのか、とな・・・?」

 

 艦娘の編成に対する拒否というのは珍しい事ではあるが今までに無かったわけではない、そして、その時点では敵群のEEZへの侵入は確認されておらず、緊急事態と言うでもない状態で吹雪の能力に問題らしい問題も無く本人も司令部からの編成の要請を承諾する。

 

 そして、その数日後に突然侵攻を始めた敵を前に中村の気分の問題だけを理由に今更メンバーの変更をするわけにもいかず。

 

 何より結局のところは問題らしい問題など中村が抱えた吹雪への後ろめたさだけ、自分の吐いた嘘が彼女にばれてしまった事に対する罪悪感だけが彼にとって居心地の悪い感情を作っている。

 

「俺なんかよりも真面目でお前と上手くやっていける指揮官は他にも・・・ちょっと探せばいくらでも」

「私にとっての司令官は、中村司令だけです」

 

 増員として舞鶴に吹雪が来た時に確認した書類から目の前の少女がわざわざ鎮守府から自分を追いかけてきた事は中村にだって分かっている。

 そんな少女の淡々と簡潔に言い切る言葉、それが架空の物語の自分(吹雪)に必要な指揮官を求めてのモノなのか、それとも吹雪自身が中村を指揮官として本当の意味で認めているからなのか。

 少なくとも自分がロクデナシな嘘吐きであると自覚がある彼はむしろ今旗艦として海を走っている霞の様に罵倒の一つでも叩き付けてくれた方が気が楽だった。

 

「あのな、だからお前はもっと自分の・・・」

「少し前に、霞ちゃん達が教えてくれました」

「・・・は?」

 

 そのきっぱりとした返答が見た目は話を聞いているのにこちらの意図を無意識に選別して無視する今までの吹雪と同じであると感じた中村はなおも言い訳がましい言葉を重ねようとした。

 

「司令官が私の可能性を潰したくないと言ってたって、私だけの可能性を・・・」

 

 その女々しい男の言葉を遮る様に吹雪がモニターから指揮席へと完全に身体を向けてコンソールパネル越しに何時になく真剣な表情を見せながら中村と向かい合う。

 

「正直に言うと、そんなモノが本当にあるのかは私自身には信じられません」

 

 彼女の可愛らしい笑顔や不満そうに頬を膨らませる態度、どこかわざとらしくぎこちなく自分ではない自分を演じる吹雪の顔は何度も見てきた。

 

「どんなに頑張っても届かないかもしれない、それでも強くて格好良い司令官の世界の吹雪に成れた方が今の私よりも、もっと皆の為に出来ることが増えるんだって今もそう思っています」

 

 今までのそれとは全く違う、東京湾襲撃の際にたった一度だけ自らの裏側を覗かせた時と似通った彼女の態度に、どうしようもないほどの不安に揺れる表情で自分を見つめる吹雪に彼は驚き絶句する。

 あの初出撃の日以来、明確な怒りや恨みと言った負の感情を全く見せなくなった少女が自分から自覚的に中村の目の前でその心の裏側にあったものを吐き出すように昏く表情を揺らしていた。

 

「だから、皆が言うみたいに司令が教えてくれた物語の吹雪に成れないって、進む先が見えないままの自分でいなければならないって、そう思うだけで不安でしかたなくなります」

 

 心臓を抑えるように手を当てて服を握り、周囲の仲間達の視線も気にせずに自分の気持ちをさらけ出していく吹雪の姿に中村は驚きに目を見開いて何も言えずに黙り込む。

 

「それでも、あの時、初めて司令が私と一緒に戦ってくれると言ってくれた日に叫んだ思いだけは自分のモノだって胸を張って言えます!」

 

 私が皆を守るんだから、と中村が知る吹雪(架空の英雄)が言ったセリフと同じであってもそこに込められた思いだけは自分のモノだと吹雪(一つの生命)としてここに立っている少女は言い切った。

 彼女が変わろうとしないと思い込んでいた男は自分が知るキャラクターと全く別の人格を目の前の吹雪がちゃんと表に出せるのだと言う事実に自分の杞憂が全く無駄だったのだと理解して小さく嘆息する。

 

 いや、本当の所は自分の責任と言っておきながら中村は自分以外のもっと良い人間が傷ついた彼女を心を癒して独り立ちさせてくれる事を願って逃げに徹した。

 言ってしまえばただ自分の責任を放棄したかっただけで糾弾を彼女から突き付けられる事が中村にとって何よりも怖かっただけの話なのだろう。

 

「司令官は面倒臭がりなサボり魔でくだらない嘘ばっかり吐く人だって皆言ってました、だけど、それでも・・・」

 

 不安そうな顔にふっと自然な笑顔を浮かべた少女の少し明るくなった口調と共に出てきた周囲からの評判、それが自己評価とさほど変わらない事に中村は不満に呻くわけもなくただ苦笑だけを浮かべる。

 

「それでもっ! たとえ司令のお話が、私を救ってくれた言葉が全部嘘だったとしても私の司令官はアナタで・・・、中村義男少佐であって欲しいです!」

「なんだそれ・・・ホントに、なんだよそれは・・・」

「私は司令の事を信じたいんです・・・だから、信じさせてください」

 

 なんて愚かで献身的な我儘だ、と片手で両目を覆って呻き吹雪の言葉から感じる重すぎる信頼の意思を自分が背負わないといけないのかと中村はウンザリする。

 しているはずなのに、吹雪に自分のフルネームを初めて呼ばれた事に対する妙な嬉しさへと傾いた心の中の天秤が彼の口の端を緩めた。

 

「吹雪、俺は少佐じゃなくて三佐だ・・・いい加減慣れろよっ」

 

 彼女との関係に逃げ腰になってから2ヶ月と少し、出来なくなっていた吹雪の髪を混ぜるように少し乱暴に撫でるスキンシップ。

 

「きゃっ、ぁっ・・・はいっ! 司令官!」

 

 それを自然に手を伸ばしてする事ができた中村へと擽ったそうに笑って吹雪が嬉しそうに声を上げた。

 初めに自分が吐いた出まかせが原因で一人の女の子を振り回して、その本人に恨まれるどころかここまで自分が必要なのだと頼られてたらもう逃げきれない事を悟り、それもまぁ仕方ないかと笑いながら中村は背中を指揮席に預ける。

 

(そこまで言われたらもう腹括って責任を取るしかなくなるなぁ・・・仕方ない、ああ、仕方ないなっ)

 

 脱力させた身体を指揮席に預けて真っ直ぐ見つめてくる少女から顔を天井に向けた中村は一人の女の子にやってしまった自分の罪から逃げるのを止める踏ん切りをつける為の声にならない呟きを口の中に転がす。

 その瞬間、コンソールパネル越しにこちらを向いている吹雪だけでなく前方のモニターに顔を向けながらもチラチラとこちらを伺っていた五十鈴と鳳翔までもが驚いたような表情をして指揮席に座る中村へと視線を集中させた。

 

「司令官、・・・今、責任を取るって・・・え、えぇっ!?」

「ちょっと、提督、作戦中に何言ってんのよっ!」

「・・・もしかして、吹雪ちゃんに先を越されちゃったかしら?」

 

「はっ? えっ、今の聞こえたのか? いや、あり得ないだろ! 声になんか出して・・・」

 

     “大事だと思うならしっかり言葉にしたまえ”

“失う事への恐怖を知っているなら”       “尚更だよ”

 

 言葉ではない何か、お節介極まりない小人の姿が肘掛の上に一瞬だけ見え、驚きを顔中に広げていた吹雪が何を思ったのか徐々に少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 その少女の姿に中村はついさっきの言い訳を用意する為だけの短い呼びかけが彼女の耳に届いたのも太々しい妖精モドキのせいだったのだと根拠の無い確信を得た。

 

「いや、さっきのは決して変な意味じゃないぞ!?」

 

 そう言えばあの夢の中では中枢機構と艦娘の霊核が枝と実の様に繋がりを持ち、中枢機構と精神を混線させている自分が居るならば他の指揮官と違い猫吊るしが現在進行形で艦橋内に何らかの調整を行っていたとしても何ら不思議なことではないと再び中村は誰かに教えられるように理解させられる。

 

「変な意味じゃないって、じゃあ、司令が責任を取るって言ったのは・・・?」

「まぁ、あれだ・・・あ~・・・俺の話でさんざん悩ませたわけだし、吹雪が良いなら退役した後にでも養子として面倒を見るってぐらいか・・・な?」

 

 ふざけた悪環境の鎮守府で出会い、そこから助けた事で得た恩と好意に付け込んでまだ人として心の未熟な女の子と親密になる後ろめたさ、そして、お節介な妖精モドキの思惑通りに進ませられる事に対する反感から往生際の悪い言い訳が性懲りもなく指揮官の口から垂れ流された。

 

「ようし? 養子って、は? 司令官っ!?」

 

 その言葉を聞いた次の瞬間に何かの期待を裏切られた吹雪が眉を顰めて不満そうな上目遣いを中村に向け、そんな二人の姿にあからさまにホッとしたような雰囲気を見せた鳳翔と五十鈴が顔を見合わせて苦笑していた。

 

(ああそうだ。今じゃないけどいつか責任は取る、嘘は言っちゃいないさ)

 

 余計な事をしてくれた小人がどこかで呆れ顔を浮かべている気配を察しながらも中村は今度こそ心の中だけで言い訳して問題を先送りにする。

 

「え、これ、どういう状態なわけ?」

「ただの痴話げんかでち、関わらない方が良いよ」

 

 そして、やっと慣性の重さから逃れて手すりを頼りに立ち上がった重雷装巡洋艦とサボり魔の潜水艦がそんな場の雰囲気に置き去りにされていた。

 

『まったくっ、馬鹿みたいな話はさっさと終わらせなさいったら! 前方六海里、電探に何か引っかかったわよ!』

 

 コンソールパネルの通信機から飛び出した霞の鋭い声にさっきとは別の意味で気まずい空気になっていた艦橋の人員は慌ただしくそれぞれの仕事へと向かう。

 

「北上は取り敢えず対空機銃に着け、ゴーヤは使い方教えてやれ! 鳳翔、航空観測してくれてる艦隊から位置情報を貰ってくれ!」

「一番と二番の単装砲、装填したわよ! 照準の同期も問題無し!」

「前方4.4kmに敵艦を確認、いるのは軽巡ホ級一隻、駆逐イ級三隻のようですが既に回頭してEEZ外への進路をとっているようですね」

 

 今回ばかりは忌々しい深海棲艦のタイミングの良い出現に感謝してしまった中村はワザとらしく顔を引き締めてコンソールパネルのレーダー表示へと目を向けながら部下へと指示を出す。

 

「他には別艦隊と交戦に入った戦艦級を旗艦とした数隻と・・・観測後に行方を晦ませた潜航中の敵艦が複数いるようです」

「いやなんでそんなに抜かれてんだよ、我が軍の防衛網はザルか?」

「敵が大小二百隻の大艦隊相手に、こっちは大半が二隻で艦隊を名乗ってる新人部隊ばかりよ。何期待してんの? バカなの?」

「一言で日本海って言っても広いんですから十人の指揮官だけで賄うのは難しいですよ」

 

 中村の口を衝いて出たマヌケな言葉に妙に辛辣な五十鈴と真面目な吹雪の尤もな指摘が重なって返ってきた。

 

『軽巡に駆逐ね、準備運動には丁度良いわ』

「霞、去る者追わずって言葉は知ってるか?」

『少なくとも他人の庭に土足で上がり込んだ連中に使う言葉じゃないわね!』

 

 好戦的なセリフを吐き、まるでストレスを解消するための的を見つけた様な獰猛な笑みを立体映像の中で浮かべた駆逐艦娘、霞が海上を400ノットで駆けて針路を最も近い位置にいる敵艦隊へと向けて一直線に突き進む。

 

「それにしても、こんな人材と戦力不足な状態なのになんで長門が舞鶴港で留守番なんだよ・・・」

「提督、本人には絶対に言わないでくださいね? 敵艦隊の位置を海図と重ねて表示します」

 

 苛立ち紛れに飛び出た中村の愚痴に困り顔の鳳翔がやんわりと注意をして現在の敵の位置を正面モニターに表示させる。

 敵本隊と比べれば大した戦力ではないが、それでも日本の海岸線に近づかれて一発でも深海棲艦の大砲が火を噴けば少なくない人命と財産が灰にされるだろう。

 そんな危険性が目の前にあると言うのに司令部の更に上からから降りてきた要請という名の命令は現在の艦娘の中で最大火力を誇る戦艦級艦娘に運用禁止と言う頭が狂っているのか、と呻きたくなるものだった。

 

「ねぇ、提督、アタシ担当するなら機銃より魚雷の方が良いんだけど」

「慣れてない艦娘が魚雷撃つと決まって一度に全弾撃ち尽くすからダメだ」

 

 とは言え、中村にとって未だ明確な答えが出ない吹雪との今後に頭を悩ませるよりは撃破すれば終わりという簡単な解決法が存在している深海棲艦の方が相手としては楽なのかもしれない。

 

「えぇ? 魚雷って数撃って範囲広げないと当たんないでしょ」

 

 差し当たって追尾誘導が出来る魚雷というモノをまだ理解していない新人雷巡に少し表情が和らいだ吹雪と一緒に簡単な講義してやる必要がありそうだと中村は苦笑を浮かべて軽くため息を吐いた。

 




研究室「申し上げます! 戦艦娘の全力砲撃はメガ粒子砲並みであると言う計算結果が現れましたぁ!」
岳田「すげぇじゃねえか! ワクワクしてきたぞ!」(大艦巨砲主義)
長門「(`・ω・´)=3 フンス」



外務省「ダニィ!? そんな危険物、日本海で絶対使わせるなよ! 海の向こうの国と戦争になるぞぉっ!?」
司令部「ゴメンね、長門さん・・・」(出撃禁止命令)
長門「(´・ω・`) ェッ?」



出撃艦隊「留守番お願いします」
長門「・・・どう言う・・・・・・事だ・・・?」


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第二十六話

注意・空母以外の艦娘はまだ自前の艦載機(水上偵察機など)は持ってません!

現在、鎮守府の研究室で空母艦娘の艦載機のメカニズムが解析されているので近いうちに増設装備として艦載機とそれを管制する外付けカタパルトが完成するかも?



当然、瑞雲も存在しません。

伊勢「(´・ω・`)」日向「(´・ω・`)」

そんな顔しても無いものは無いのです。




 輝く太陽の下、激しい爆発音を海原に響き渡らせて戦艦ル級と呼称されている巨体がその上半身を砲塔ごと破裂させて海に溶けるように残りの身体も砕けて昏い光の粒へと解けていく。

 

《やったぞ! 見たか、吾輩の砲撃が戦艦級を討ち取ったのじゃっ!》

 

 そして、その様子を指さすように身に纏った艤装を連結変形させた巨大な長距離砲を右手に掲げた重巡洋艦娘が手柄じゃ、手柄じゃ、とはしゃぐ。

 戦艦ル級から優に十海里は離れた海上にいる16,6mの巨大な身体を持った利根は頭の上のツインテールを上機嫌に跳ねさせていた。

 

《この主砲と航空機の着弾観測があれば深海棲艦など吾輩の敵では無い! 筑摩にまた土産話が出来たぞ♪》

 

 自分よりも数か月ほど遅くクレイドルから目覚め、今は鎮守府で訓練を積んでいる姉妹艦娘に自慢できる事がまた増えたと歓声を上げて長距離砲戦形態を維持したまま利根は自身の艦橋で苦笑をしている指揮官と同僚艦娘を気に留めずに海原を艦娘としてはいささか遅い速度で航行する。

 

 次の獲物は何処にいるのだ、と艦橋にいる指揮官に催促し利根はニンマリと笑みを浮かべたまま自慢の艤装へ霊力を充填をするために霊力の伝達率を強化する。

 海原を走る為の推進力や今は必要ない防御障壁に使う霊力を敢えて減らし、余剰分となったエネルギーを主砲や雷装へと分ける事で再装填の時間を減らす技能は鎮守府の演習や訓練で嫌と言うほど反復練習を繰り返した。

 演習では何のためにこんな面倒な単純作業を繰り返すのかと愚痴っていた利根はそれが自らの戦果に直結する事を今回の任務で知り自分の武器を磨くように霊力を込めていく。

 

《なんじゃ、もう敵は居らんのか? せっかく再装填したと言うに・・・》

 

 駆逐級や軽巡級だけでなく戦艦ル級まで撃破し、訓練通りどころかそれ以上の戦果に有頂天となった重巡艦娘は艦橋の指揮官からもう上空にいる空母艦娘から観測できる自分の周囲に敵がいない事を聞き少し不満そうに口を尖らせた。

 

(しかし、やれるぞ! 吾輩なら敵首魁である戦艦水鬼とやらも敵では無いかもしれん・・・ふふっん♪)

 

 今は司令部からの命令で日本海沿岸へと接近する敵を追い払うために遠距離から撃ち抜くだけの防衛任務に就いているが自分の目に捉えた敵であれば噂に聞く鬼級だろうと姫級だろうと見事に沈めて見せると利根型重巡洋艦の一番艦は慢心していた。

 

『障壁出力を上げろ! 足下、集中急げ!!』

 

《ひひゃっ!? なんじゃぁっ!》

 

 そんな利根の耳に鋭く突き刺さる様な男性の怒声が届き、鎮守府の訓練で先輩艦娘から警告された時と同じ厳しい雰囲気を持ったその声に彼女はツインテールを逆立てて反射的に両足へと霊力を流し込み放出する。

 その次の瞬間、艦橋にいる軽巡艦娘が直下からの雷撃を探知して悲鳴を上げ、まだ新人の指揮官が戸惑いに硬直し、ついさっきまで我に敵無しと胸を張っていた利根が真下で膨れ上がった爆発と水柱に足を掬われた。

 雷跡も無く出現した魚雷攻撃に目を白黒させた利根は艦橋で同僚艦娘が叫ぶ三割近い障壁が損耗したと言う報告に針を飲んだように痛みと恐怖に顔を歪める。

 

(三割じゃとっ? 何と言う威力っ、障壁を足に集中させておらねば吾輩の両足が無くなっておったではないか!?)

 

 戦闘形態での肉体の損傷は待機形態に戻った際にある程度は軽減され四肢の損失であろうと補填される。

 

 それこそ身体が真っ二つになったり、頭が吹き飛んだとしても死ぬほど痛いめに遭うが強制的に待機形態に戻されるだけで肉や骨が爆ぜたり泣き別れになる事だけは無い。

 だが、死ぬことだけは無いと分かっていても船であった頃の魚雷に対する恐怖と人の姿を得てから学んだ感覚は身体の痛みと損傷への忌避感を強く利根に与えた。

 

《ど、何処からの攻撃なのじゃ!? 名取っ、提督、早く下手人を見つけよ!》

 

 ブーツの金具や左脚を包むニーソックスに多少の損傷を受けたが一撃でアメリカのミサイル巡洋艦を撃沈する破壊力を持った魚雷の直撃を受けたと言うならその程度は破格の幸運と言える。

 その鈍い痛みを発する足に力を入れて海面に立ち上がった利根は恐怖に慌てふためき黒髪の毛先と右手の長距離砲を振り回すように周囲へと視線を走らせるが水平線の先まで敵影らしいものは見えなかった。

 

(足下? 真下からじゃと? 潜水艦であると言うのかっ!?)

 

 艦橋にいる長良型軽巡艦娘が電探に何の反応も無いと悲鳴を上げ、そして、指揮官である男性が自分達の盲点に気付いて海面下からの攻撃の可能性を叫ぶ。

 だが、彼の声に利根が反応するよりも先に彼女の足下を押し上げる高波と黒い影が海面を乱して不安定になった足場にバランスを取ろうとする重巡艦娘は自らの手にある巨大な砲によって重心を崩して転び、また波と飛沫を周囲に散らした。

 

(潜水艦、な、なっ!? 此奴(こやつ)、駆逐艦では無かったのか!?)

 

 昏い黄色にぎらつく目で無様に尻もちを着いた利根へと向ける駆逐イ級のフラッグシップが身体中から塩水を排水しながら鋭い牙が並んだ顎を驚愕に絶句している艦娘へと突き進ませる。

 その迫力に上げそうになった悲鳴を噛み殺し、重巡が駆逐艦に怖気づいて堪るかと負けん気を発揮した利根は海面に尻もちを着いたまま右手の砲口を自分を噛み砕こうと大口を開けて迫ってくる相手へと向けた。

 

《この痴れ者めが! 沈めぃっ!》

 

 そして、四基八門の連装砲が連結した長筒の引き金を引き絞った利根の視界に突然、赤く警告を知らせる文字列が閃き引き金が固まる。

 その視界に浮かぶ赤い文字を読んだ利根は長距離砲戦形態での近距離射撃は自分にも損害を与える可能性がある場合には安全装置が起動するのだとその時に初めて知ることになった。

 

(にゃにぃっ!? 我輩はその様な事聞いておらんぞ!?)

 

 とは言え、実戦での失態は知りませんでしたで許されるわけもなく、故に目の前で隙を見せた重巡艦娘に深海棲艦は砲塔を舌のように突き出して突進する。

 ついさっきまで一方的に敵を討っていた武器が使えないという事実に利根はついに恐慌状態となり涙目を大きく見開きながら悲鳴を上げる。

 

《指揮官は何やってるの! その状態じゃ重巡は戦えないでしょっ!》

 

『そんなノロノロ走りながらスナイパー気取って、敵さんに狙ってくださいって言ってるのかよ』

 

 利根の身体を食い千切ろうと大口を開けて飛びかかってきた駆逐イ級の胴体が輝く砲弾に撃ち抜かれ、驚きに目を見開いている重巡艦娘の前で粉々に砕けながら海面に無数の波を作る。

 耳に届く怒声とあきれ声に情けなく尻もちを着いた重巡洋艦娘はポカンとした顔を浮かべ、自分の中の艦橋で名取が上げる歓声に味方からの援護砲撃によって助かったのだとやっと気付く。

 そして、巫女服とセーラー服を混ぜた様な意匠の鮮やかな赤白の服装を身に纏った軽巡洋艦娘が大きく弧を描くように滑りながら白いリボンで飾られたツインテールをなびかせて接近してきていた。

 

『海面下の軽巡ヘ級を捕捉っ、艦影の強調補正します!』

 

 自分の窮地を助けた声の主から届いた通信に顔を真っ赤にして恥じ入る利根の腕で今さらながら主砲が装甲を展開させながら分離して二の腕や腰の定位置へと戻り、20cm口径の連装砲となって収まる。

 よろよろと立ち上がった利根の目が海面下にある巨大な影が映り、すわまた深海棲艦の奇襲かと砲を構えようとした彼女よりも早く波の下の艦影へと駆け寄った長良型軽巡艦娘が腰に接続されている艤装を展開させ。

 装甲の内側から姿を見せた白木の鞘に白い菱形を連ねた根付で柄を飾った居合刀が銀色の線を引くように腰だめの状態から鞘走り。

 明るい朱色の短袴と白いニーソックスに飾られた五十鈴の足下の海面へと滑り込むように霊力で輝く刀身が走り抜ける。

 

《五十鈴から逃げようなんて考えっ、甘いのよ!!》

 

 海面の下で響いた鈍い金属音が利根の足下まで届き、中腰で刀を海面に突き刺した五十鈴は加速を止める事なく走り抜けて波と共に海中に隠れていた軽巡ヘ級を障壁ごと真っ二つに切り裂いて撃破した。

 

『残り一隻、駆逐級が北西へ転進しました!』

『今さら尻尾巻いて逃げるんじゃないわよ! 誘導するからさっさと魚雷を撃ちなさいったら!』

 

 五十鈴の背面艤装から太腿に向かって装備されている魚雷管がその矛先を海面下で逃げようとしている駆逐ハ級に向け、勢いよく飛び出した二発の魚雷が雷跡を走らせて1kmほど先で立て続けに水柱を上げる。

 

(なんと、軽巡の艦娘がこれほど強いものとは・・・いや我輩が未熟なだけ、じゃな・・・)

 

 流れる様な手際で三隻の深海棲艦を撃破して見せた軽巡艦娘の姿に棒立ちになった重巡艦娘は艦橋に届いた相手からの通信とそれに答える自分の指揮官の会話から目の前の五十鈴の指揮官が鎮守府の艦娘達にとって知らぬ者は居ないと言われる指揮官の一人、中村義男特務三佐であると知る。

 利根自身も配属されるならば彼の艦隊にと鎮守府の訓練単位を一通り取り終えた日に申請書を出したが中村の艦隊に定員の空きは既に無く。

 口惜しさに文句を零しながらも妹に慰められた彼女はその時期にたまたま編成枠が増えた今の司令官の指揮下に就くことになった。

 

(それにしても、ぅぅ、何という生き恥じゃ・・・こんな無様をかの提督に見られてしまうとはっ)

 

 逃げも隠れもできない海原である為に穴があったら入りたいと羞恥心に震える内心を押し隠してせめて見た目だけは取り繕おうと利根は背筋を伸ばして近づいて来る五十鈴へと顔を引き締めて身体を向ける事にした。

 

・・・

 

『しかしっ、我々は沿岸部へと近づく敵艦の排除を命令されています』

「そう言うのは次から次に湧いてくる敵に対して無意味どころか悪手だって分かれよ」

 

 近海で漁をする漁船団の護衛を主に行っていた戦い慣れしていない指揮官と自分の能力を過信した重巡洋艦、そして、慎重というよりは臆病な気質を持った五十鈴の妹艦娘の三人、中村から見て能力と戦力バランスは悪くないが残念なことに彼らには経験だけが決定的に足りていない。

 そして、彼らは新しい海域で戦闘経験を積むために日本海へとやってきて運悪く司令部も予想外の大艦隊に挑む事になった。

 その新人に中村は呆れをワザと見せる態度で迂闊さを指摘しながら純朴そうな特務士官を丸め込むために言葉を重ねる。

 

「つまり、俺らが囮をやって敵を誘引して、それを狙い撃てば君等の任務もこなせて作戦全体の為にもなるわけだ」

『ですが、自分達は司令部からはこの周辺海域の防衛を命令されて、離れるのは・・・』

「だが、足下の敵に気付かずにひっくり返る新人を放っておいたら今度こそ敵に抜かれるからなぁ?」

 

 話してみたところ、とある頭の固い後輩よりはマシだが命令に忠実な新人を説得するのは中々に骨が折れると内心でため息を吐き、中村は少しばかり嫌味っぽく彼らの失敗を挙げて強引に話を纏めていく。

 その二人の通信を聞いている利根が顔を真っ赤にして恥ずかしそうに表情を曇らせ、艦娘にしては珍しく戦闘そのものに消極的な名取ですら自分達の拙さで本土を危機に陥れる可能性があった事を指摘されて呻いていた。

 

「敵の絶対数を減らす方法が分からんのではいつまで経っても終わらないだろ?」

 

 すでに数十隻の深海棲艦を撃破したという友軍から届く情報と戦闘開始前で観測された戦艦水鬼を含めた二百隻の大艦隊という報告と敵艦の数が明らかに釣り合わない状態になって来ている。

 上空で対空と観測を行っている空母艦娘から新しい報告としてやってきたのはこちらが敵を撃破する度に戦艦水鬼の周辺から新たな敵艦がまさに湧くように現れているらしいという情報だった。

 

「俺もお前も艦娘達だって延々と海の上ってわけにもいかん、飯を食って寝る時間だって必要なんだからな」

 

 現状の中村達は最も小さい駆逐級ですら100mの巨体を持つ深海棲艦がどこからともなく現れると言う質量保存の法則を完全に無視した敵勢力の規模が本当はどれほどなのかぐらいは確認できなければ今後の作戦すら立てられない状態だった。

 ある意味、艦娘も深海棲艦と同じように現代の常識に正面からケンカを売る存在なのだが今は棚上げして理不尽な敵への対策に思考を集中させなければならない。

 

『・・・了解しました、ですが』

「付いて来いったって後ろにピッタリとってわけじゃない、自分達の安全を第一に砲撃支援をやってくれれば十分だ・・・だが頼りにしてるぞ!」

 

 不承不承と言った様子で返事を返してくる利根の指揮官との通信を終えて中村は軽く首を回して肩を解し、原速まで落としていた五十鈴の推進機の出力を二段階ほど上げて偵察の為に敵艦隊へと進路を向けさせる。

 

「頼りにしているねぇ・・・、提督、ホントのところはどうなのさ?」

「本当も何も重巡洋艦の火力と長良型の脚の早さは俺達にとってこれ以上ないってくらいの味方になる」

「指揮官がヘボじゃなければねっ、敵の大艦隊を前に遠足の引率なんて冗談じゃないったら」

 

 指揮席の後ろから顔を覗かせた北上が疑わしそうな視線を中村に向け、正面モニターで五十鈴の艤装に伝達する霊力の調整補助をしている霞が振り返る事無く不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「まぁ、今まで単艦運用だけしてきて今回初めて二人の艦娘を指揮下におくことになったらしいから、多少は大目に見てやるしかない」

 

 航空支援からの情報だけを頼りにしてほとんど同じ場所から狙撃を繰り返すという初心者じみた戦い方、潜水艦でなくとも深海棲艦は浅い水深なら潜航することが出来ると言う情報を失念していた迂闊さ、さらに足も速くソナーを標準装備している軽巡洋艦娘に旗艦を変更する事であの状況でも挽回できるはずだったのに彼等はそれすら気付いていなかった。

 

「てーとく、戦場でそう言うのは死んじゃうんだよ?」

「・・・と言ってもほっとくわけにはいかんだろ」

 

 そもそも、艦娘は人と同じ食事や休息を必要とする性質を持つために他の兵器と比べると極端に継戦能力が低いと言う弱点を抱えている。

 それを理解していれば司令部の命令だけに従って防衛に徹していたら次から次へと湧いて来る深海棲艦に追い詰められてじり貧になるのは少し考えれば分かる筈なのだ。

 

「今後の為にもアイツらにはここで一皮剥けてもらう」

「実戦経験を積ませるために敵の本隊に引き摺って行くんだ? 中村提督って思ってたより酷い人なんだねぇ、あははっ」

 

 足手纏いは邪魔なだけだと言外に伝えてくる仲間達の態度に中村は軽く肩を竦めてから火力支援を得るメリットといろいろと拙い新人の面倒を見るデメリットの差をあえて無視する。

 何より、そこらのはぐれ深海棲艦なら簡単にやっつけてしまえる実力者揃いの部下達にも決定的に足りない物はあり、軽巡と駆逐艦を主にした編成であるが故に中村の艦隊は純粋な破壊力と射程距離に難を抱えていた。

 そして、偶然にもその力を備えた艦娘が無意味な点数稼ぎに躍起になって棒立ちしていたのだから、それを放っておくのは中村にとっては勿体ないの一言に尽きる。

 

「まぁ、高雄か愛宕が来てくれていたらこんな面倒な事を考える必要も無かったんだがなぁ・・・」

「確か高雄さん達の編成申請が却下されたのは一つの艦隊に戦力の集中が起きないようにするためでしたっけ?」

「表向きはな、実際の所はこの作戦が終わった後に日本海側の防衛拠点となる舞鶴に駐在する艦娘の戦力が多くなりすぎるのを司令部が嫌がったからだ」

 

 霞と並んで作業をしていた吹雪が振り返り残念そうな表情を見せるが、彼女へ手を横に振って見せてから鎮守府の事情で望みの艦娘の艦隊編成に待ったをかけられた司令官は口を尖らせる。

 

 何処がとは言わないが魅力的な高雄型姉妹に対して下心はあれど自分達の艦隊の問題点を解決してもらうと言う正当な理由の為に中村は現代の日本の変わりように戸惑う二人へと助言や手助けをした。

 そして、少々露骨なご機嫌取りやシミュレーターゲームなどで個人的にも交流を深めて無事に中村は彼女達に気に入られる事に成功したのだが、その重巡姉妹が出した彼の艦隊への編成申請は司令部に却下された。

 

 さらにこの作戦に参加してる艦娘は大半である駆逐艦と軽巡洋艦はそのまま舞鶴基地に居残る予定になっているのに戦艦である長門には作戦終了後に鎮守府に戻れと命令が出されている。

 

「それを考えると、戦艦や重巡なんかの大型艦娘は東京湾で首都防衛をして欲しいって上の連中の考えが透けて見える」

『・・・何それ、ふざけてるの? それとも私達を馬鹿にしてるわけ?』

「これに関しては俺のせいじゃない。だが、映画やドラマでよく戦場に政治が絡むと碌な事がないとか言ってたが実際に体験する事になるとは思ってなかった」

 

 通信機から聞こえてくる五十鈴の呆れ声に肩を竦めてから中村は正面モニターに表示された敵や味方の位置が表示された海図に目を向け、その中で最も大きい赤い光点を睨む。

 終わってもいない作戦の後の事を考えられるなんて頭の良い連中は器用なモノだ、と他人事の様に考える前線士官は目下の障害である戦艦水鬼と仮称された怪物が居る海域を見据える。

 

「それはともかく菱田先輩中心に上手く立ち回ってくれてるから取り巻きは分散してるか・・・いや、戦艦水鬼だけが孤立してるのか? 砲撃支援もあるから様子見程度なら仕掛けれるか・・・?」

「提督、作戦目的は近海への敵艦隊の侵入の阻止もしくはEEZ外への誘導のはずでは?」

 

 顎に手を添えてボソッと中村が呟いた言葉に鳳翔が小さく首を傾げて見せるが、その柔和な表情は彼のその言葉を当然のものとして受け入れるような笑みが薄っすらと浮かんでいる。

 大人しそうに見えるが実は中村の指揮下にいる艦娘の中で一二を争うほどに苛烈な戦い方を好む空母艦娘の獰猛さを隠した微笑みに少し判断に迷いを感じた指揮官は短く嘆息して雑念を払う。

 

「少なくとも敵が次々に湧いて来る手品のタネを暴かないとおちおち休憩も出来ないからな、いくぞ」

 

 中村の気の抜けた命令にその場にいた全員がどこか嬉しそうに笑い、戦意を高揚させた五十鈴が不敵な笑みを浮かべて背後に続く利根を引き離していく。

 

 そう、自分達の後に続いて付いて来ているはずの利根との距離がどんどん離れているのだ。

 

 当然であるが艦種故に航行速度に大きく差がある五十鈴と利根の距離はさらに広がり、必死にスクリューと脚で波を掻き分ける重巡艦娘の遠く小さくなっていく姿を振り返って見た軽巡艦娘とその艦橋の面々がその状況の不可解さに首を傾げた。

 

「・・・って、なんでアイツは重巡を旗艦にしたまま俺達について来ようとしてるんだっ!?」

「ホントに素人じゃないの・・・」

「あははぁ・・・ちょっと、あちらの艦隊に連絡を入れますね」

 

 それなりに距離のある敵艦隊に向かうと言うのに火力は高くても速力に難がある重巡洋艦である利根を旗艦にしたまま軽巡洋艦娘の中でも特に船足の早い五十鈴に同行しようとしている背後の新人の姿に目を剥いた中村は驚愕の声を上げてとっさに推進出力を下げた。

 そして、怒る気も失せた霞が苦み走った表情から呆れ声を吐き出し、苦笑いを浮かべた吹雪が利根の艦橋へと通信を繋いで注意や助言を送る。

 

 そして、吹雪からの連絡で複数の艦隊で行動する際の注意事項を聞かされて自分と指揮官の迂闊さに気付いた利根は行き足を止め、とうとう恥ずかしさのあまり涙を零し限界まで真っ赤な顔を両手で隠してしゃがみ込んでしまった。

 

《筑摩ぁ、我輩はだめな姉なのじゃぁ・・・うぅ、ちくまぁ・・・》

 

 そんな泣き声を漏らしながらもういっそ殺してくれと言いかねない雰囲気を纏った利根が艦橋にいる指揮官に謝罪され慰められながら光に包まれて海上から姿を消していく。

 

《名取っ!! アンタが居るのに何やってるのよ!?》

《ひひゃっぁ、五十鈴ねぇっ、ごめんなさいぃっ!!》

 

 利根が消えたと同時に作り出された金の輪から入れ替わって海上に現れた妹艦娘である名取へとツインテールを逆立てた五十鈴が肩を怒らせて詰め寄り、怒りに満ちた顔で迫る姉に涙目になった妹が些か情けない声を海原に上げる。

 

「実戦よりもまず艦娘と指揮官の訓練内容の大幅な見直しが必要みたいですね、提督?」

「・・・勘弁してくれ」

 

 艦橋の外の様子と苦笑いを浮かべる鳳翔の言葉に頭の上の軍帽を目深に被り直した中村はもしかして勧誘する相手を間違えたかもしれないと今更な後悔にため息を吐いた。

 




名取「ひぃっひぃっ、もう息が、ひぅぅ・・・」(350ノット)

利根「駆逐艦は足が早すぎて追いつけんのじゃ! 待ってくれぃ!」(210ノット)

霞「だらしないったら!!」(403ノット)

中村「あっ(察し)・・・ゲームで支援艦隊に駆逐艦が必須ってそう言う事なのな」



※()内はそれぞれにとっての最高速度であり周囲の環境や本人の体調によって変化するだけでなく同じ艦種でも個人差があります。


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第二十七話

羅針盤に惑わされず、ゲージを削る必要がなく、連続で出撃する事も無いだって?

なんて良心的な設計のイベントなんだっ!

高速修復剤もほっとけば湧いて来る資材もないけど問題無いね!


 敵の侵攻の知らせを受けて舞鶴港から出撃し、道中で遭遇した敵を辻斬りじみた早さで撃破しながら中村と指揮下の艦娘たちは進軍する。

 途中で出会った指揮官歴がまだ半年も経ってないという素人さが抜けない特務三尉とその指揮下にいる重巡洋艦娘利根と軽巡洋艦娘名取と合流した中村は彼らの援護を頼りに敵艦隊の戦力を把握するために威力偵察を考えた。

 考えはしたがあまりにも後輩指揮官の艦娘運用が拙かったせいでほとんどの時間が彼らの実地訓練と化して敵艦隊の中央に向かう事は叶わず、はぐれ艦を撃破しながら敵艦隊の外周を回ることしかできなかった。

 

「・・・まさか、新人の訓練で半日が過ぎるとは思ってなかった」

「でも、綿津見が予定よりも沖に出てきてくれていて良かったですね」

 

 一般に財団と呼ばれている彼の前世には存在していなかった巨大企業から海上自衛隊が借り受けている大型海洋調査船の後部デッキで中村と吹雪が軽食と仮眠を終えて立っている。

 敵の勢力がまだ遠い位置にあるとは言え日本海沿岸である舞鶴港よりも間違いなく危険な場所へと臨時司令部を乗せた非武装の船舶が無理を押してきてくれた事には感謝の言葉しかない。

 

「それは、まぁ、後ろから命令するだけの連中じゃなかったことは素直に感謝するべきか・・・」

 

 これでこちら側の戦力が昼戦で削られていなければ万々歳だったのだが、中村と彼に同行していた利根と名取の指揮官を除くほとんどの指揮官と艦娘は少なくない損害を受け、中には大破して実質戦闘不能となってしっまった艦娘も複数人いた。

 指揮官達に大破もしくは強制解除と言われる様になった大きな損傷を受けた艦娘は待機形態に戻ると生命活動に支障が出ないと言うだけで十分に酷い重傷が残り、傷が悪化する前に出来るだけ早い治療槽での修復が必要となる。

 東京湾の鎮守府にある百人以上を同時に治療できるクレイドルが利用できれば最善であるのだがここは鎮守府から遠く離れた日本海海上であり、今回の作戦の為に舞鶴港に設置された治療槽は性能は問題無くとも同時に四人の艦娘までしか治療できない。

 

「傷の浅い子達でも応急処置には限界があるし、本当にじり貧になるぞこれは・・・」

「それでも私達がやらないとたくさんの人が深海棲艦の犠牲になっちゃいます」

 

 真剣な顔で胸の前で握った自分の手を見つめる吹雪を横目に見た中村は微笑みながら少女の頭をポンポンと手のひらで軽く撫でて気負うなと短い言葉をかける。

 そして、彼から見て頭一つ半ほど背が低い少女は撫でられて目を閉じ、白い士官服の胸に耳を当てるように緊張に強張った身体を寄りかからせた。

 

「司令、少しだけ、こうしてて良いですか・・・?」

「まぁ、少しだけだぞ・・・準備が終わったら再出撃なんだからな」

 

 何かと暇さえあれば中村に対して吹雪は彼の前世の話を幼い子供の様にしつこくねだっていた。

 だが、今のどこか女性らしさを感じさせるしおらしい彼女の姿に少し前まで吹雪を見た目相応の子供だと思っていた中村はひどく驚かされドギマギする内心をごまかすために明後日の方向を向きながら頬を掻く。

 

 そんな夕暮れの海原に向かって顔を向けて照れ隠しをする中村と目を合わせる少女がいた。

 

 吹雪と同じ吹雪型駆逐艦のセーラー服に身を包んだ二つ結びの短いお下げ、長女と似通った顔立ちには清楚さが見える特型駆逐艦二番艦が14mの巨体に艤装を背負った状態で綿津見の甲板にいる中村と吹雪を見ている。

 

(白雪、なんだよその微笑ましいモノを見るような顔は・・・)

 

 吹雪と特に仲が良い姉妹艦であり、たまに整備場で機関銃や対空砲を磨く姿が見れるトリガーハッピーな駆逐艦娘はクスッと小さく笑ってから綿津見の護衛任務の為に周辺警戒へと戻っていった。

 そう言えば白雪には今回の吹雪と自分の事情に気を使わせてしまっていた事を思い出し、今度詫びの一つでもしないとな、と中村は心にそう留めて置くことにする。

 

・・・

 

 2015年、三月末日・・・

 

 水平線へと太陽が沈み、曇り空にまばらに見える星と月の明かりは頼りなく、それでも戦艦水鬼を中心としてゆっくりと日本に向かって進軍する深海棲艦の群はそれぞれが目に宿す鬼火で海上に黒い巨体を浮かび上がらせていた。

 艦娘達に昼戦で叩かれ学習でもしたのか隊列からはぐれて好き勝手に行動するモノはおらず、その気になれば100ノットを超える速度で走れる小型艦種ですら大樹に寄り添うように艦隊から離れずにいる。

 最新の情報では大半が駆逐艦と軽巡級であるが193隻に達する深海棲艦の大勢力はさながら一つの巨大な黒い生物のように海を進む。

 

『予想通りに一直線に進んできてくれたのは良いが思ったより待たされたな、準備は良いか?』

『いつでも良いよ、早く始めちゃいましょ~』

 

 時速25ノットと言う鈍足で自らの眷属に囲まれて進む巨大な鬼女と取り巻きの艦隊は何の邪魔も無ければ翌日の昼には石川県の沿岸へと到達してその身に宿した猛威を振るう事になるだろう。

 その艦隊の首魁である戦艦水鬼と呼称される事となった角の先から足下まで全高210mという巨大すぎる人型は周囲の異形とは一線を画す完成度を持った不気味な漆黒の美貌を闇夜に溶け込ませながらゆったりとした足取りで海原を歩いている。

 

『なら、行くか、総員っ! 戦闘開始だ!』

 

《そんじゃ、ギッタギッタにしてあげましょうかねっ!!》

 

 艦橋の指揮官からGOサインが出され、真夜中の海原で障壁と主機を止めていた北上が海面に匍匐していた身体を素早く起こし、片膝立ちとなり両腕を白黒の葬式行列の様な怪物の列へと突き出す。

 闇の中に目を開いた軽巡洋艦娘北上の身体から霊力の光が淡く立ち上り、防御障壁の展開と同時に彼女の肩や手足に装備されている魚雷管が霊力の供給を受けて駆動音を立て各部に光の筋を走らせる。

 

『一発一殺なんて欲張りは言わん、とにかく確実に戦艦水鬼への進路にいる連中だけ片付けろ!』

 

 鈍い音を上げながら増設された魚雷管が細かい角度調整を行い、艦橋にいる艦娘達によって照準されて北上の霊力を圧縮して作り上げられた魚雷が発射の合図を待って仄かに輝きを漏らす。

 

《アイアイサーッ! 両舷合わせて40門、特大の魚雷衾をくらっちゃいなよぉっ!!》

 

 指揮官の命令に嗜虐的な笑みを浮かべた北上の声を合図に手足や肩から魚雷の大群が放出されて着水音を連続させ、直進する敵の侵攻ルートに待ち伏せしていた重雷装巡洋艦の出現に未だ気付いた様子の見えない深海棲艦の群れに向かって太平洋戦争で猛威を振るった九十三式魚雷を模した破壊エネルギーの結晶体が水面下を駆け抜けて行く。

 そして、深海棲艦の艦隊の横っ腹に食いついた魚雷達が闇を切り裂くように霊力の輝きを波打たせて放出し、夜の海面にまるで花火のように光る水柱が次々に立ち上り夜闇を飾る。

 

『前方敵勢力、重巡三隻撃沈、軽巡と駆逐艦は全滅っ、空母二隻大破・・・先制雷撃で敵の三十隻以上が行動不能に、凄い戦果ですよ!』

『・・・は、はしゃいでんじゃないの! 魚雷管の接続と増幅を開始、本命を用意するわよ、北上!』

 

 電探で敵の状態を確認した吹雪が北上が放った先制雷撃の破壊力に歓声を上げ、予想を超える威力に驚きを隠せない五十鈴が自分と周りを叱咤するように叫びながら次の行動へと移るように催促する。

 

 馬鹿みたいに真っ直ぐに突き進んでくる敵軍が横切る海域に待ち伏せして大量の魚雷による先制攻撃を与えるという単純故に効果の高い作戦を成功させた北上はニヤニヤと緩みそうになる顔を軽く手で撫でて抑え、立ち上がって背中で霊力を渦巻かせて唸りを上げる推進機に押されて波を蹴った。

 

《後はあのデカ鬼に雷撃カットインをぶち込むだけってね~! 悪いけど一発で仕留めちゃうよ~》

 

『油断はするな、今ので俺らは完全に敵に見つかったと思って良い!』

『各方面の友軍が支援攻撃を開始するわよ! 流れ弾に当たらないで!』

 

 曇天の夜空の下を走る北上は自分の足に装備された五連装魚雷から聞こえた音に手を伸ばし、その装甲から突き出した数本のケーブルが束ねられた端子を握って引き出して腕に装備されている魚雷管に用意された接続口へと繋げる。

 充填された霊力を魚雷として放出した彼女の手足となっている兵器が今度は複数の連結を経て北上の本艤装とエネルギーの循環増幅を行うコンデンサーへと役目を変えた。

 

『魚雷管同士の連結を確認、増幅率安定しています』

『霊力と力場の圧縮が終わるまで障壁と武装に伝達される霊力が減るからな油断するなよ!』

『圧縮完了まで21分! ちゃんと敵の攻撃も避けなさいよ!』

 

 先輩風を吹かせる生意気な駆逐艦を少しだけ煩わしく思いながらも北上は自分が船であった頃ですら上げた事の無い更なる大戦果の予感に意気揚々と瞳に戦意を漲らせ、艦橋にいる司令官の操作によって背部艤装から脇腹に沿う様に突き出てきた螺鈿仕立ての鞘から刀を引き抜き右手に握る単装砲と共に構えた。

 その間も青白い光の筋が脈打つように艤装同士で行き来し、それに合わせて左腕にある二連装魚雷が唸りを上げる気配を感じながら北上は敵艦隊から放たれた砲撃を避け。

 薄く輝く刀で赤く灼熱する敵弾を切り払って自分達の奇襲に泡を喰って慌てふためいている敵の横っ面へと牽制の単装砲を打ち込んで敵艦の間を縫うように走り抜ける。

 

『北上さんの邪魔はさせないんだからっ!!』

『魚雷でも砲撃でも良いから、とにかく撃つクマァ!!』

 

 飛び交う通信に耳を澄ませれば自分とは別の方向から友軍による援護が出発前に綿津見で行われた臨時作戦会議の予定通りに始まったらしく敵は隊列を乱し、反撃や逃走をてんでバラバラに始めた深海棲艦の艦隊に入り込んだ北上はその目に巨大な鬼の姿を捉える。

 待機形態から比べると16m強となる自分も随分と大きい身体を持っていると思っていたが、その北上を見下ろす白い顔が周りの混乱など知った事ではないとばかりに悠々と歩を進めてくる威容に軽巡艦娘は一匙ほどの恐怖を飲み込むように喉を鳴らした。

 

『魚雷管力場、圧縮完了まで後三十秒!』

 

《っ・・・あいよ~! さっさとヤッちゃいましょ~・・・さっさとね!!》

 

 ただ正面から戦艦水鬼の姿を見ただけで威圧されかけた北上は艦橋から聞こえた声に強張りかけていた顔をわざとらしい笑みで無理やり上書きして奥の手を放つため、左手の刀を鞘に戻して後ろ手に背部艤装へと押し込み格納する。

 秒読みを始めた霞の声に耳を傾けながら周りを飛び交う敵味方の攻撃による水柱を避け、北上は何かが掠れる様な音と青白い光を渦巻かせる自前の魚雷管を黒く刺々しいドレスに身を包んだ怪物へと向けた。

 

 9、8、7、6、5、4、3、2、1。

 

 周囲の砲撃の余波で荒れる海を最大戦速で走る北上とそれを意に介せず堂々と歩む戦艦水鬼、その距離が1000mを切ったと同時に秒読みが終わる。

 そして、自分を見下ろす怪物への恐怖を押し殺して腕を振った北上の魚雷管から青白く輝く二発の魚雷が飛び出して白い航跡を真夜中の海面下へと描きながら凄まじい速度で敵旗艦へと突き進む。

 

 周りの砲雷撃の余波が花火だとするならそれは海に落ちた太陽とでも言うべきか、暗闇の曇天をも照らす霊力の爆発は撃ち出した本人である北上の視界と艦橋だけでなく遠くから援護射撃を行っている友軍の指揮官や艦娘ですら目を晦ませるほどの閃光を放った。

 

《やった、ははっ! やったよっ、あははっ♪ この北上さまを前にして、馬鹿みたいに突っ立ってるからそうなるんだ・・・よ・・・っ!?》

 

 閃光から顔を庇う様に腕を交差していた北上は爆発で巻き上がった海水の雨の中で大袈裟に笑い声を上げ、自分が討ち取った敵の末路を見てやろうと目を向け。

 

 その目に映った光景に絶句した。

 

・・・

 

 モニターに映る戦艦タ級の姿、大きさだけなら戦艦水鬼とほぼ同じ体格を持ち背中から砲身を備えた大蛇を幾匹も生やす強力な深海棲艦の一種、病的な白い肌に身に着けるのはセーラー服の上と白いマント、下半身は局部以外ほぼ剥き出しで両脚は歪な装甲に包まれている。

 そのタ級の頭が巨大な黒光りする掌に握られてぶら下がり、首から下がほぼ全て弾け飛んで死に体となった戦艦級深海棲艦から黒く粘度の高い液体がボタボタと海面へと落ちて沈んでいく。

 

「え? なにそれ・・・」

 

 艦橋の中にいる誰かの呻く、もしかしたら全員が同時に言ったかもしれないそれを合図にしたかのようにタ級の頭を掴んでいる巨大な掌が卵かなにかの様に他愛なく同胞の頭をグシャリと潰し、原形を完全に失った戦艦級深海棲艦の残骸が砕け散りながら昏い海へと沈んでいく。

 奇襲の成功に湧き立っていた俺の精神が急激に冷え凍え、モニターに映る月明りの下で黒光りする剛腕とそれを背中から生やしている戦艦水鬼の姿に沸き上がった恐ろしい予感に警鐘をガンガンと鳴らす。

 

「・・・アイツっ、タ級を盾にしやがった!?」

 

《なにあれ!? 提督、アレはっ、一体なんなのさぁっ!?》

 

 同胞をゴミの様に握り潰す巨大な腕を背中から生やした戦艦水鬼と言う異常を見せられた北上が恐慌を起こして悲鳴を上げ。

 その光景に俺は自分達が最悪の選択をしてしまったのでは無いかと直感する。

 

 前世で見たゲームの中の戦艦水鬼はその美貌の背後に厳つくおどろおどろしい巨漢の怪物を従えて高すぎる攻撃力と防御力で猛威を振るっていた。

 鎮守府の中枢機構は星の内側から溢れる霊的エネルギーに干渉して無秩序に進化するはずだった神話の中から復活した怪物たちに一定の制限と誘導を行い。

 そして、前世ではゲームの中だけに存在していた深海棲艦の姿を模倣させると言う話ではなかっただろうか。

 

『中村っ! 何が起こった! 攻撃は成功したのか!?』

(化け物艤装が無いからゲームの時より攻略は簡単だって? 冗談じゃない・・・何処に隠してんだよそんな化け物をっ!?)

『ビジッ・・・どうした! 状況を報告っ・・・ジジッ』

 

 周囲の霊的力場の増大によって発生するノイズで不明瞭になっていく通信機から聞こえる菱田先輩の通信に答える余裕もなく俺は恐怖に歪んだ顔で変化を始めた鬼級の深海棲艦を呆然と見つめる。

 戦艦水鬼の周りを走る北上の艦橋に映る威容はその質量を更に増やし、身に纏った闇色のドレスが内側から膨張して弾ける。

 千切れた黒い布地を舞い散らし鬼級深海棲艦の艶かしい白い背中から筋骨を隆々に盛り上げた黒鉄の腕が脱皮するように這い出て、それを追う様に牙が並ぶ口だけが開く双頭と巨大な大口径主砲が耳に痛い鋼の軋みをまき散らしながらその巨影を夜空の下に現した。

 

『て、提督っ・・・か、帰っていい?』

「・・・ダメだっ、ここから離れるな!」

『ちょ、無理無理! あれはダメでしょ! アタシみたいな軽巡がどうにかできるレベルじゃないって!!』

 

 その身体を縛る様に巻き付く刺々しい鎖とビルの様に太い砲身を備えた大口径連装砲、黒鉄の巨体から生える腕は胴体よりも長くそれだけで東京タワーを引っこ抜いて振り回せるだろう。

 初見時の210mと言う計測結果の時点でも十分に巨大だったのに二本の巨大な黒腕を海面に突いて立つ巨大艤装は1kmの距離があっても視界から月を隠す程の巨体を揺らす。

 その腕長で短足のアンバランスな筋肉ダルマに抱かれるように白い肌と胸を惜しげもなく晒した戦艦水鬼の上半身が鋭利な黒い角と前髪を揺らし俺達を見下すように赤い火が灯った目を向けてきた。

 

 背中から出現した巨大艤装と融合してその鈍く光る黒く広い胸板に両腕と下半身を深くめり込ませて帆船時代の船首像のようにぶら下がり白い肌を晒すその姿はゲームと大きく異なる。

 だが全体のシルエットは確かに俺の記憶の中の戦艦水鬼と多くの部分が符合する怪物が目の前に正体を現した。

 

「くっ、あれを相手にするのは無理よ、撤退する以外に無いって分かるでしょ?」

「でも、あんなのが本土を攻撃したら! 私達が何とか・・・」

「吹雪! 出来る事と出来ない事ぐらい分かりなさいったら!!」

 

 五十鈴と霞が気丈に顔を強張らせながらも撤退を進言し、吹雪は恐怖を押し殺しながらも自分にできる事を求めて俺へと助けを求めるように顔を向けた。

 

「さっきも言ったがこの距離から、奴から離れるな」

 

《冗談でしょ!? いくら何でもそれはおかしいって!!》

 

 深呼吸をしてから俺はモニターに映る正体を現した戦艦水鬼へから艦橋にいる仲間達へと視線を回して乾きを訴えてくる舌と喉を湿らせる為に唾を飲み込んだ。

 

「ここは奴の射程の空白だ。幸か不幸か少なくともここから近づくか離れるかしない限り、戦艦水鬼の攻撃範囲内に入る事は無い・・・はずだ」

「はずって・・・提督、何を根拠に・・・?」

「アイツは身体もそうだが武装もデカすぎる、だから攻撃手段があの巨大な腕でぶん殴るか、離れた場所にいる目標を主砲で薙ぎ払うかの二択しかないんだ」

 

 呻くように問い返してくる鳳翔の青い顔にそう答えながら何故そんな事が分かるのかと自問自答してみるが正直に言うと俺自身にも分からなかった。

 

 目の前のアレの構造は端的に言ってしまえば大量の霊的エネルギ―、高濃度のマナで元の質量を膨れ上がらせた風船のようなものであり、その内部のマナが表皮に鋼鉄を凌ぐ強度の障壁を生み出し、主砲へと莫大な火力を注ぎ込む。

 だが、暴力という一点にのみ集中してそれ以外の部分を切り捨てた方向を選び突き進んだソレはあまりにも鈍足で愚鈍な応用性が無い歪な存在として進化した。

 

 ただ、奴がそういう進化へと誘導されたのだという事を俺はまた根拠無く感覚で理解させられる。

 

(親切なのはありがたいですけどっ、刀堂博士っ! もっとマシな進化の誘導先は無かったんすか!?)

 

 ある意味ではこの状況の原因である科学者からイメージで教えられた情報を垂れ流した俺の言葉。

 それに耳を傾けていた全員が顔を恐怖に強張らせて真の姿を現した戦艦水鬼へと畏怖の目を向けた。

 

「あぁ、クソ、だけどなっ・・・中核になっている鬼級を破壊できれば艤装部分は連鎖して崩壊するったって、俺達にその決定打が無い!」

 

 突然に脳内へと供給された情報を自分で理解する為に吐き出し終わってから俺は戦艦娘がそれを可能にする戦闘能力を持ているらしいと言う猫吊るしからの後付け情報に、何でその肝心の長門が舞鶴港で留守番しているんだ、とこの防衛作戦が始まってから何十回めになるか分からない愚痴を怨嗟の思いと共に吐き出す。

 艦橋にいる仲間達の様子を見る余裕もなく被っていた帽子を投げ捨てるように取って髪の毛を掻き毟る俺は予想外の状況に思考停止しかけている脳みそに打開案を吐き出せと命令する。

 

 現状での最善手は逃げ以外にない、だが肝心の逃走方法をはじき出すまでもう少し時間をくれと宣う回転の鈍った自分の頭の悪さに嫌気がさす。

 

『ちょ、それってあの怪物を何とかしない限りアタシ達・・・逃げる事も出来ないっての?』

「朝になれば鳳翔に全力で飛んでもらえれば逃げ、いやその前に撃ち落されるか・・・? 戦艦水鬼って言ったら矢鱈と命中率が良くて更に一撃必殺ってのが印象に残ってるからな・・・」

 

 もしかしたらゲームをやっていた頃の自分の艦隊がへぼ過ぎて滅多打ちにされていただけかもしれないが、何度挑戦しても大破する艦娘が増えるだけで入渠の順番待ちと資材や緑のバケツが溶ける様に減っていく様子に呻いた平和な悩みを抱えていた前世の思い出に現実逃避をする。

 ゲームではボタン一つで撤退も進撃も思いのままであったし、敵地との行き来も数分あれば往復する事も出来たが残念な事に現実にはそんな便利で都合の良いモノは存在しない。

 

 そんな風にぶつぶつと頭の中から情報を引っ張り出して狼狽えていたのが悪かったのか、俺達の都合を無視して戦艦水鬼が山の頂上を思わせる双頭の更に上へと腕を振り上げて自分の周りを回っている北上へと拳を振り下ろす。

 いくら巨大化したとは言え1km離れた場所に届くほどの長さが無いはずの剛腕、それが振り上げられた頂点から海面へとまるでシーンのコマを飛ばしたような速度で海面を叩き、一本一本が小さな建物と言えるような指が海を抉って左右に開くように割り、その一撃が届かない位置にいたはずの北上ごと海原を掻き混ぜる。

 

《ちょっ!? 提督っ! あいつはアタシ達に攻撃できないんじゃなかったの!?》

 

「俺に言うな!? 掠めもしてないのに、こんなの反則だろぉ!?」

 

 ただ腕を上げて振り下ろしただけで周囲の空気が突風に変わり、抉れた海が昏く渦を巻いて津波へとなる。

 その自分の身長の数倍まで巻き上がった高波を見上げた北上が暴れる海面に足を取られながら悲鳴を上げた。

 

「くぉっ! 一番、七番端子の装備を破棄! 誰でもいい、撃て!!」

「はい! 司令官!!」

 

 迫りくる海水の壁となった津波に向かって仰け反り呆然とする北上の艦橋で俺は突然頭の中に走ったイメージに従って霊力を溜め込み増幅している増設装備を強制的に廃棄して津波に向かって飛ばす。

 接続基部から青白い光を噴き出す二つの五連装魚雷管が海面に叩き付けられる寸前、俺の命令に反応した吹雪がこちらの意図を正しく理解して北上の背部艤装の機銃を操作して光弾を魚雷管へと叩き付けた。

 ついさっきの雷撃カットイン程では無いが青白い閃光が周囲にまき散らされ、銃撃で砕け散る二基合わせれば一千万円に達する特別製の魚雷管から放出された霊力の衝撃波が頭上まで迫った津波から北上の身体を弾き飛ばして引き離し海面を滑らせる。

 

《うあぁ!? なにが! なんで爆発ぅ!?》

 

「旗艦変更! 伊58っ潜れぇっ!」

 

 突然に右の肩と腕から射出され爆発した自分の装備が放った圧力に押されて海面を転がり、暴力的な水圧で迫る津波を回避できた北上が手元のコンソールパネルの上で目を回している姿へと手を伸ばし、俺は指揮席の後ろにいる潜水艦娘へと叫びながら立体映像に指を走らせて旗艦をゴーヤへと変える。

 

「ヤツは戦艦、なら対潜能力は無いはずだ! ゴーヤ、頼む!!」

《うわぁん!!  こんなのってないよぉ!?》

 

 ゆっくりとこちらへと振り返る戦艦水鬼の目の前で北上が光に包まれ、その背後に作られた金の茅の輪からセーラー服の下にスクール水着を身に着けた潜水艦娘が身体を捩じり背面飛びで海上を舞い、ゴーヤはヤケクソ気味に叫びピンク色のくせ毛を揺らす頭から滑り込むように海中へと飛び込んだ。

 

『やっぱり海の中もぐちゃぐちゃでちぃ! てーとくぅ! ゴーヤ、潜れないよぉっ!』

「文句言わずにとにかく潜れっ!」

 

 もう、戦艦は潜水艦に攻撃できないと言う現実では何の根拠にもならないゲーム知識に頼ってゴーヤに旗艦を変更する。

 洗濯機の中に飛び込んだような海流に振り回されて悲鳴を上げた潜水艦娘の艦橋で祈る様に俺は叫ぶ。

 

「し、司令官っ! ソナーにっ!?」

「今度は何なんだよ、今はとにかく逃げるしかっ・・・ぁ・・・?」

 

 とっさに思いついた海底まで急速潜航して多少の被害は無視して戦艦水鬼の取り巻きの下を逃げると言う考えは、しかし、悲鳴を上げた吹雪の声と伊58の暗視能力でモニターに浮かび上がる黒い渦潮によって破綻する事になった。

 ソナーとレーダーに浮かび上がる赤い敵性反応、戦艦水鬼の丁度足下に存在する直径数百メートルの黒い渦の中から赤や黄色の鬼火が黒い船体と共に顔を出してくる。

 

「敵が減らない手品のタネが・・・よりにもよってっ・・・かよ・・・」

「この異常に巨大な空間の反応、限定海域っ・・・ですっ」

 

 鳳翔が顔を真っ青にして正面モニターから俺を振り返り、彼女の手元にあるソナー表示には見た目の大きさを裏切って示される小窓を真っ赤に染める超巨大な質量と空間が存在していると教えていた。

 これだけの代物が突然に現れる事はまずあり得ない、つまりは海上の戦艦水鬼の下に隠され引っ張られてここまで運ばれてきたのだろう。

 

 偶然にも深海棲艦の巣を海中に潜った為に発見する事になった俺達は絶望的な状況に呻き声を漏らす。

 

『これ以上潜るとあの渦に引き込まれるよっ! どーするのっ! てーとく!?』

 

 海上には歩く暴力災害と言っても過言ではない真の姿を現した戦艦水鬼、海中には俺達を引き込もうとしながら増援の深海棲艦を吐き出そうとしている黒く渦巻く異空間を内部に収める限定海域。

 ゴーヤの超音波による探査(エコーロケーション)が必要ないほどはっきりと目に見える脅威の存在に俺はただ頭を抱えた。

 




迷わずボスに挑める。
ゲージを削る必要はない。
そして、連続して出撃する必要もない(白目)

でもボスと艦娘の戦力差はマクロスクォーターvsガンダムRX-78状態。

クソゲーここに極まれり。



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第二十八話

ブラウザ版の艦これって何故か戦闘中は総攻撃じゃなくて一人ずつ交代で攻撃するよね。

今回のお話は自分なりに何でそうなるのかを考えた結果であると言えます。




陣形? 知らない子ですね。


 2015年、三月の三十一日から四月一日へと日を跨いで行われた戦艦水鬼を日本海から追い出すための防衛作戦に参加した中村は敵首魁が隠し持っていた強大過ぎる能力とその足下に隠されていた深海棲艦の巣の存在に打ちのめされ、荒ぶる海流に振り回される伊58の艦橋で呆然自失となった。

 前世で遊んだゲームと違い何度も同じ相手と戦う必要が無いと高を括って実行した敵のボスだけを狙って強襲する作戦はゲームとは桁が違う力を隠し持っていた怪物の前にここに破綻する。

 

 攻める事も逃げる事も出来ない八方ふさがりの中で顔を恐怖に強張らせて頭を抱えた中村はたった一撃腕を振り下ろしただけで大嵐を生み出した戦艦水鬼への恐怖に指揮席で項垂れる。

 戦艦水鬼が身動ぎするだけで洗濯機のようにかき混ぜられる海流と悲鳴を上げる伊58もろとも彼等を引きずり込もうとしている黒い円錐のような限定海域を内包する渦潮に挟まれ、完全に降参の音を上げた自分の思考の鉛のような重さが中村の身体全体に圧し掛かっていた。

 

「司令・・・中村司令!」

 

 手元のコンソールパネルへ阿呆のように虚ろな目を彷徨わせ口を半開きにしていた中村は耳元に届いた少女の声に顔を上げる。

 強大な敵の出現で恐怖に強ばってはいるが目の光を失うことなく自分を見つめる吹雪の視線を受けて指揮官は諦観に満ちた苦笑を返す。

 

「悪いな、吹雪・・・俺達の作戦ミスって奴だ・・・ははっ、はは・・・」

 

 肩を落とし猫背になった中村が力なく情けない笑いを漏らし、自分を見詰めているだろう吹雪と向かい合う勇気もなく手元のコンソールパネルの上で視線を無為に彷徨わせる。

 旗艦をしている伊58は必死に姿勢制御を行っているが海上で暴れる怪物の余波だけで掻き混ぜられた海流に振り回されて中村達が居る艦橋は激しい軋みと揺れを繰り返す。

 

「司令官、・・・大丈夫です」

「大丈夫って何言ってんだよ・・・もう逃げ道は無い、俺達は終わったも同然だ」

 

 必死に友軍への通信を開こうとしている鳳翔の声、ソナーに取り付いて海底から湧いて来る敵の位置を旗艦に知らせている五十鈴、魚雷の再装填の補助と敵へのロックオンに従事している霞と北上、全員の声が煩わしく、しかし、苛立つ事すら放棄した中村は自分と向かい合っている吹雪へ弱音を吐く。

 いつもの可愛らしい真面目な顔、自分と同じく敵への恐怖を感じているはずの少女はしっかりと意志の光を宿した瞳を向け手を伸ばす。

 

「まだ、私達はここにいます。・・・だから大丈夫です」

 

 伸びてきた吹雪の手が彼が肘掛の上で脱力させている手を強く、痛みを感じるほど強く握り、その痛みに顔を顰めた中村は部下の意図が解らずに目を瞬かせる。

 

「ふざけんなよっ、お前なっ、状況分かって言ってんのか!? 上には山みたいな怪物! 下には深海棲艦の巣! 通信も使えなくなって友軍に助けも求められない! これ以上無いぐらいの詰みだろが!!」

 

 自分達は処刑台に上がった死刑囚でどう足掻いても死の運命からは逃れられないのだと、八つ当たり気味に叫び中村は吹雪の手を振り払おうとしたが、駆逐艦娘の握力はそれを許さず離れる事を拒む手には薄っすらと霊力の光が湯気の様に立ち上る。

 

「まだ終わっていません、私達はまだ戦えます!」

「戦うって何とだよ、限定海域に飛び込めばワンチャンあるとか言い出すつもりか?」

 

 笑えない冗談だと引き攣った笑みを浮かべる中村の手を包み込むように吹雪の手から溢れた光が広がり、その腕から肩へと伝わってくる温かさに不思議な心地よさを感じた指揮官は大きく息を吸って深く吐き、そして、激昂した自らの精神を抑え込んで開いている手で額を覆う。

 

「いいえ、戦うのは海上の戦艦水鬼と・・・です」

 

 自分で言った言葉に恐れを揺らしながら、それでも吹雪は中村と真っ直ぐに視線を合わせながら言い切り、言われた彼はその荒唐無稽な言葉に失笑した。

 

「どう戦うってんだよ、アレは駆逐艦や軽巡がどうこうできるレベルの相手じゃない、吹雪、お前だってわかって・・・」

「戦艦水鬼は北上さんの雷撃カットインを味方を盾にして防ぎました」

「は、・・・ぁ?」

「もし防ぐ必要も無い攻撃であると戦艦水鬼が判断していたなら自分の障壁だけで対処していたはずです」

 

 先ほどの中村と同じように深呼吸をしてから指揮官の問いかけに吹雪は彼に奇襲作戦の失敗を思い出させ、周りの同僚艦娘達も彼女の言った言葉の意味が解らない様子で暫し手を止めた。

 深海棲艦はある意味では非常に効率的な行動を選ぶ生き物であり、必要であれば味方ごと敵を撃つ事はあれどわざわざ必要が無い時にまで味方に損耗を強いる事は無いと今までの経験と集められた知識から吹雪はそう断言する。

 

「司令官はさっき戦艦水鬼のあの巨体は風船のようなモノだと言ってましたよね?」

「・・・あ、ああ、出所はネット知識みたいなもんだが、折り畳まれてた体に形を持たない霊力が詰め込まれている・・・はずだ」

「そして、あの女性の部分があの巨体に霊力を供給する核となっていて、そこを破壊できれば全体が崩壊するんですね?」

 

 おそらく吹雪は彼が鎮守府の中枢機関と交信していたなど想像もしていない、その情報も彼が前世で得たあやふやなモノだと思っている。

 だが、それを全面的に信じた上で中村の初期艦は打開案と言うにはあまりに乱暴な策を口に出す。

 

「なら、霊力の塊だと言うなら五十鈴さんや北上さんの刀で切れます、戦艦級の味方を犠牲にしてまで雷撃カットインを防いでわざわざあんな巨体を引っ張り出したのは私達の攻撃が相手に有効だからだと思います」

 

 軽巡洋艦娘が標準装備している近接武装は総じて刀剣の形を取り、その刀身に霊力の振動と渦を作り出す事で敵の障壁や力場だけでなく鋼鉄の装甲すら切り裂く。

 だが、仮に戦艦水鬼に対してそれが有効だったとしても目測だけでも400mを超える頭を二つ持ったゴリラのような体型の怪物に十数mの艦娘の剣をどれだけ頑張って振るっても針を刺した程度の攻撃にしかならないだろう。

 

「つまりあれか? お前、あの近付くだけで死にかねない化け物にわざわざよじ登って中核をぶった切ればいいとか、思ってるのか?」

 

 よっぽど上手く敵の隙を突いて弱点を狙って、それこそ一撃で喉を掻っ切るような致命傷を与えない限りそんな事は実現しない。

 

「仮に撃破できなくても相手の身体に穴をあけて内部の霊力を放出させれば、敵の攻撃の遅延にもなります・・・その間に逃げる事も、多分・・・」

「いや風船っつたのは例えみたいなもんで、穴開けたら吹き出すってわけじゃない、と思うぞ?」

「でも、やってみないと分かりません!」

 

 言った本人すら自信も確信も無い作戦と呼ぶにはあまりにお粗末な案に中村はポカンと呆けた顔を向け、自分の言葉を恥じるように顔を赤くしながらも吹雪は彼を強い意志を宿した瞳で見つめ返す。

 

「でも、生きるか死ぬかって時に手段を選んでる暇なんて無いわよ?」

「さっさと決めなさいったら! このまま無様に水圧で潰されるのかあの怪物に挑んで勝ちに行くのかを!」

「何て言うかさぁ、さっきの魚雷管の爆発で身体中痛いんだけど・・・、残りの魚雷管アイツにぶつけたら割と簡単にやっつけらんないかな?」

 

 いつの間にか強敵への恐怖から抗戦へと意識を切り替えたらしい部下達の視線と言葉が呆けた顔をしたままの中村へと向けられ、その場にいる五人の艦娘達は指揮官の判断を待つ。

 

「提督、私達は貴方が信じてくれるならどんな強大な敵であっても立ち向かい、そして、打ち倒して見せます」

 

 御淑やかに微笑みながら物騒な宣言をする鳳翔の姿に毒気を抜かれ、手の平から伝わって来る吹雪の温かさを感じ、狼狽え弱音を吐き情けなさをばら撒いた自分をまだ指揮官として認めてくれている仲間達の声に中村は顔を荒れ狂う海流を映すモニターへと向ける。

 

「死にたくねぇな・・・前の時はよくある風邪にかかって、すげえ苦しくて、でも一人じゃどうにもならなくて死んじまって・・・」

 

 ぼんやりと遠くを見るように前世の終わりを回想する中村の言葉に誰も口を挟む事は無く、彼は苦笑を浮かべて自分の手を握っている吹雪の手を握り返す。

 

「ははっ、そうだな・・・あれと同じのは、死んじまうのは、死んでもイヤだっ!」

 

 上下左右どこを向いても危険ばかりで逃げ道はない。

 そこに存在するだけで破壊をまき散らす怪物にどれだけ抵抗できるか分からない。

 

 だが、素人以下の考えから出てきた作戦であっても生きるか死ぬかの二択しかないなら、一度の死の恐怖と苦しみを体験した彼にとって選択肢などあってないようなものだった。

 

「ああ、俺は死にたくない、・・・だからこそっ、吹雪、お前たちに俺の命ごと全部賭けてやる!」

「はいっ! 司令官!!」

 

『そろそろ障壁が持たなくなるし水着が破れちゃいそうなんだけどっ、てーとく、いつまでゴーヤ、逃げ回れば良いんでち?』

 

 中村の情けなくも聞こえる往生際の悪い言葉に強く頷きを返す吹雪、そんな二人の姿に苦笑する仲間達、そして、荒れ狂う海の中で振り回されている潜水艦娘が苦しそうに呻きながらも指揮官の命令を待っているのだと催促する声が艦橋に響いた。

 

「潜って逃げるのは止めだ! 急速浮上、あの怪物に一発キツイのをお見舞いしてやる!!」

『りょーかいでち! ゴーヤもてーとくと一緒に鎮守府に帰りたいからね!!』

 

 引き込む海流を作り出す黒い渦とそこから現れる深海棲艦から逃げ回っていた伊58がその命令に躊躇い一つ無くすぐさま身体を捩って海面へと桜の花びらを思わせるリボンで飾った髪飾りを向ける。

 グンッと身体全体のバネを使って伊58は海上へと上昇を始めてセーラー服の紺色の襟や袖が揉まれてはためきながらその身体を引っ張る渦の流れから脱出させた。

 

「出力全開で超音波放て! 海面に煙幕を張る!」

『いっくよぉおおっ!!』

 

 黒い怪物を見上げる海面下で伊58がイルカのように両足を揃えてくねらせて背中に背負った推進機関が海水を発砲させ急上昇を始める。

 海面に飛び出す直前、深く息を吸い込むように大きく口を開けて荒れ狂う頭上に向かって探査用《ソナー》と言うには些か出力の高い超短波の高振動を打ち上げるように放射した。

 

「残りの霊力全部使っても良いから魚雷を出せるだけ出して浮上後の攻撃に備えろ!」

 

・・・

 

 海の上に浮くはずの無い巨大な質量を持った怪物はその身体に対しても大きすぎる腕で海面を掻き、逃げた獲物を手探りで探すように海を何度も抉り、その度に生まれる津波は周囲にいるそれの眷属をも巻き込んで海上と海中をひっくり返す。

 その怪物の足下が不意に不自然な泡立ちを始め、それを戦艦水鬼の赤い目が見下ろしたと同時にまるで爆発したかのような勢いで広がった濃霧がその巨体の足下を覆い隠した。

 

《海の中からこんにちわぁっ!! 駆けつけ一発くらっとくでち!!》

 

 煙幕のように分厚い霧の中から上がった少女の叫び声、そして、直後に霧を引き裂いて飛んできた魚雷を戦艦水鬼は表情を変える事無く自らの剛腕に命じて防がせる。

 瞬間移動のような速度で彼女の前に振り抜かれた分厚い掌で霊力の閃光が衝撃を放つ、それと同時に足下でも数発の魚雷が水柱を上げて短足の指が一、二本弾けるがまるで内部から迫り出すように新しい指が生え直す。

 それ故に自らの損傷ともいえない損傷を完全に無視して額から角を生やした美女は霧の中にいる獲物を見つける為に目をぎらつかせた。

 

《足下の魚雷は無視しても、提督の仰っていた通り弱点である本体への攻撃は防ぐと言う事ですね?》

 

 もう一度、強めに拳を振るって小虫をあぶり出そうと鬼級が考えたと同時に彼女の額の角へと光の鋼線が繋がり、黒いポニーテールをなびかせて茜色の着物を身に着けた空母艦娘が飛行甲板を模した肩当から放った機動ワイヤーを伝って霧の幕を破り急上昇してくる。

 摩擦音と火花を散らして猛スピードでワイヤーを巻き上げる飛行甲板によって海上250m程まで一気に上昇した鳳翔は自分の身長とほぼ同じ大きさの戦艦水鬼の顔にめがけて加速力を上乗せした霊力を纏った脚を勢いよく振り抜く。

 だが船底を模した分厚い履き物は白い肌を覆う不可視の壁に鈍い音を立てて砕け散り障壁にヒビを刻むだけに止まった。

 

《一筋縄ではいきませんかっ! ならっ!!》

 

 わざわざ自分の元に飛んできた羽虫の姿に戦艦水鬼は口元に半月を浮かべてただ腕を振るう、それだけで足下の海面は半円の津波を引き起こし、空気の壁が渦を巻いて周囲の眷属を宙に巻き上げて弾き飛ばす。

 暴風によって跳ね飛ばされ真空の刃と化した風に障壁ごと着物を切り刻まれ乱されながらも巨大な黒腕が直撃する寸前に機動ワイヤーを引き戻した鳳翔の身体が光に包まれて消える。 

 

《こういうのはどうかなぁっ!!》

 

 深海棲艦の腕が通過した後には金色の茅の輪が浮かび球磨型軽巡の名前を記し輝かせ、そこから宙に投げ出されるようにして飛び出した北上の両手足から霊力を溜め込んだ魚雷管が次々とパージされ、彼女の手にある単装砲や背部艤装の機関銃が特別製の増設装備を怪物の胸板に向かって弾き飛ばす。

 波打って広がる霊力の爆発が空気を震わせ、はじけ飛んだ魚雷管の破片が戦艦水鬼へと降り注ぐがやはり瞬間的に防御へと戻ってきた黒腕が壁になって全てを防ぐ。

 

 否、魚雷管に充填圧縮された霊力が発する閃光が分厚い壁となっていた黒鉄の腕を二の腕ごと吹き飛ばし、さらに空母艦娘の一撃で割れた障壁を貫通して霊力を纏った小さな金属片の流星群がむき出しになった戦艦水鬼の白い肌に細かく筋のような傷を無数に走らせ黒い体液が溢れて美術品のような上半身を汚した。

 

《折角のチャンスだったのにちゃんと直撃させなさいったら! 北上!》

 

『うっざいなぁ! いい加減、アタシを呼ぶ時はさんを付けなよ、駆逐艦!!』

 

 自由落下に加えて魚雷管の爆発の衝撃で加速した北上が海面にぶつかる直前にその身体が光に包まれ、今度は金の輪から小柄な少女が苛立たし気な声を上げて飛び出す。

 戦艦水鬼を含む全ての深海棲艦は言語を持たず、基本的に意志疎通の手段を必要としない、そう言う様に進化を誘導されたからこそ眼下の小虫が何かをさえずっていても意に介することはない。

 ただ、周りを飛び交う鬱陶しい小虫が自分の肌に傷を刻んだと言う事実が彼女の澄まし顔に明確な怒りを宿させた。

 

《なによっ! デカいだけのウスノロじゃないの、当たんないわよ、そんな大振り!》

 

 戦艦水鬼が片腕を振るだけで台風の様な暴風が放たれ、大質量を支える脚が海面を踏みしだくだけで30mを超える津波が巻き起こる。

 しかし、駆逐艦娘である霞は実体を持った災害を前に不敵な笑みを浮かべて艤装のスクリューから燐光を撒き散らし、急加速する体を荒れ狂う海の上で踊らせた。

 

『一番、二番、三番、単装砲再装填しました!』

 

《こんなの嫌がらせ程度でしょうけどね! 食らいなさい!!》

 

 両肩と左足に装備された12cm単装砲へと霞の首筋や腰に繋がったケーブルから霊力が供給され、艦橋で照準された戦艦水鬼の本体へと輝く砲弾が連続で打ち出される。

 自分から離れようとしている忌々しいチビへと振り下ろそうとした腕が目の前に飛び込んできた光弾を防ぐために胸の前に戻り掌を広げ。

 cm単位で同じ場所へと着弾した砲弾が太い指を一本だけ抉り切るがその損傷はすぐさま再生を始め、黒い指の間から見える矮小な敵の姿に鬼女は赤い目に怒りを燃やす。

 

 次の瞬間、その小虫とは別の方向から風切り音を上げて亜音速に達した長距離砲弾が戦艦水鬼の頭上で炸裂し、鉄球のような双頭の右側が花火の様な輝きをまき散らしながら半分近くまで抉れた。

 

《援護砲撃!? 近くに誰か来てるの!?》

 

『ダメです! 利根さんっ! そこはっ!?』

 

 意識せずとも勝手に元に戻る髪や爪の様な末端でしかない艤装がどれほど削れようと痛みなど無く、ただ、巨大な力を持っている自分が、最も小さい眷属よりも更に小さいゴミ共を始末するのに無為に時間を使わされている事だけが鬼級の苛立ちに油を注ぐ。

 しばし足元でピカピカ光るすばしっこい虫から赤い視線を離して、既に再生を始めている双頭の片割れを削った敵へと赤い目を向けた戦艦水鬼は少しばかり遠くにいる濃緑色の服と貧相な砲を身に着けたソレを見つける。

 

 自分が身体に備えている主砲と比べるべきも無い貧弱な筒を手に怯えながらこちらを見ている敵の姿に戦艦水鬼は失笑した。

 

『三尉! そこは奴の射程範囲だっ! 逃げろぉ!!』

 

 砲撃とはこうするのだと、教えるように美しくも底冷えのする笑みを浮かべた戦艦水鬼が自らの艤装に命じて主砲を旋回させ、連続する津波で安定など何処にもない足場に戸惑いながら砲撃支援を行った重巡洋艦娘へと向けられたcmではなくmで計測した方が早い大口径砲がその顎に炎を孕む。

 瞬間、全ての音が消え、空気の爆発が海面を割り、赤く染まった柱が抱え込んだ熱量で海水を蒸発させながら突き進み数km先に立っていた利根へと振り下ろされた。

 

『ぐっぁ・・・、アイツら、三尉の艦隊はどうなった!?』

『利根さんが大破、旗艦の交代が間に合った事で外に放り出される事は無かったみたいですが、あの着弾の余波で名取さんも少なくない損傷を受けているようです!』

『霞、しっかりしなさい! 提督、旗艦を早く私にっ!!』

 

 爆風と水蒸気で立ち上る巨大な水柱、初めて振るう自分の力の強大さにうっとりと微笑んだ戦艦水鬼は改めて足下へと目を向ける。

 その視線の先ではここまで届いた爆風で海面に叩き付けられ装備していた艤装が欠けた小虫が力なく海面を引っ掻いていた。

 深海棲艦には言葉と言うモノが存在しない、眷属同士は生まれ持った力の量と質のみで上下関係を決定する。

 コミュニケーションと言う無駄を必要としない形に進化した(進化させられた)彼女にとって強者に反抗する弱者は存在してはいけないモノだった。

 そして、眼下で倒れ伏す虫と見下ろす自分、この状況こそがこれ以上無いほど正しい結果であり、自分はこの出来損ないのガラクタを処分する権利と義務があるとでも言う様に戦艦水鬼は腕を振り上げた。

 

《まだ、まだ終わってないのよ!!》

 

 腕を振り下ろした瞬間、また小虫が光って輪の中から微妙に違う形になって飛び出し、不敬にも上位者である自分の下す処刑から逃れて波間に転がる。

 

 光の輪から飛び出した五十鈴が津波に足を取られ崖のようなその側面を転がり落ちるように滑り、身体を捩じり自分の艤装から白木の居合刀を引き抜く。

 ただそこにいるだけで削られていく耐久力に歯を食いしばってツインテールごと身体を独楽の様に回転させ、手に持った刃を遠心力で投げ飛ばし、その刀の柄に向かって正確無比な対空射撃を叩き込む。

 

 砲撃によって紙垂飾りごと砕けた柄から飛び出しさらに加速し流星と化した白銀の刃が一直線に空を斬って敵の顔面へと飛翔する。

 

 飛んできた銀色の棒切れ、抵抗と言うにはあまりにも脆弱に見えたそれに対して戦艦水鬼は敵を蔑み、もはや戦う価値すらないと遠心力と射撃のよって加速した刃へと無造作に手を振るい。

 先ほど千切れた指とは別の指が銀の針に呆気無いほど簡単に貫かれて、その先にある鬼級の赤い瞳へと突き刺さった。

 

 悲鳴と言うにはあまりに獣じみて、末端を攻撃された時とは明らかに異なる痛みに悶える咆哮、ただ戦艦水鬼の双頭と本体の口が揃って吠えただけで周囲にいた彼女の眷属が破裂するように砕ける。

 その吠える鬼の足下から暴力と化した音によって跳ね飛ばされた五十鈴の障壁を維持する霊力が見る間に削り取られてセーラー服と緋色の短袴が爆ぜて肌色を露出させた。

 

《まだ、やれるわ・・・たかが服が破れただけ、よ・・・五十鈴は大丈夫、だから・・・》

 

 血を滴らせながらも気丈な言葉を言い切って震える脚の両膝に手を突いて荒れた海に立ち上がり、目の前に迫る津波とその向こうに見える戦艦水鬼へと顔を向ける五十鈴だがその目と身体は衝撃波によって酩酊したように震えており倒れる寸前だと言うのは誰の目にも明らかだった。

 

 一拍の後に軽巡艦娘の身体が数十mの津波に飲まれて海中へと沈んで消え。

 

 その十数秒後、五十鈴を飲み込んだ水の壁の様な津波の反対側に張り付くように浮かび上がった金色の茅の輪、その中心から二本の腕が突き出し、海面に手を突いて自らの身体を引っ張り出す。

 輪から現れた黒髪の少女の首元に纏わりついて編み上げられていくセーラー服の青い襟が暴風の中ではためく。

 

《司令官・・・吹雪、行きますっ!!》

 

 そして、決死の攻撃で破壊した腕や球体の頭部を容易く再生させていく絶対者と向かい合ってもなお戦意を失わない戦乙女は連装砲と魚雷管を携えて暴風と津波が渦巻く海原へと駆け出した。

 




伊58・・・損傷軽微・・・霊力欠乏

鳳翔・・・・小破・・・・・戦闘可能

北上・・・・中破・・・・・武装全損

五十鈴・・・大破・・・・・全武装艤装使用不能

霞・・・・・小破・・・・・増設艤装の一部破損


吹雪・・・・損傷無し・・・戦闘開始



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第二十九話

貴女は無謀と蛮勇の代償を支払わなければならない。

運命の前に服従と忠誠を誓う事が命の定めであるのだから。


 巨大な黒い影がゆっくりと波を割りながらこちらへと突き進んできている様子に目を見開いた。

 だけど怯む事無く私は両手で海面を掴むようにして身体を金の環から引き抜き、両足で波を踏みつけて立ち上がる。

 そして、荒れ狂う海原に飛び出し、崖のような津波の壁を滑り降りながら片目から赤黒い体液を溢れさせている戦艦水鬼の姿を睨みつけた。

 

 月明かりが薄まり入れ替わる様に東の空に藍色へと染まり、もうすぐ夜明けが訪れようとしている嵐の海の上で私達は絶望的な暴力の塊である戦艦水鬼をへと挑む。

 旗艦として海上に出ただけで障壁を削られ霊力を消耗する最悪な戦場で仲間達は目に見えて疲弊し、五十鈴さんに至っては酷い怪我を負い脳震盪を起こして艦橋に倒れ伏している。

 

(それでも・・・)

 

 絶対的な戦力差、見上げるだけで首が痛くなるほど巨大な怪物、戦艦水鬼に対する有効な攻撃手段はもう北上さんが装備している刀一本だけ。

 そして、明らかに格下である私達の反撃に対する怒りで夜叉と化した表情は火を噴いているような勢いでその赤い眼に宿った鬼火を溢れさせている。

 

 それでも五十鈴さんの切断力に優れた刃で切り裂いた鬼級の眼は出血を止めているが赤黒い溶岩のような瘡蓋で塞がり涙の跡のように垂れたそれは巨大な艤装部分ほど早く再生するわけではないらしく、北上さんが放った魚雷管の爆発によってトルソの様な白い肌に刻まれた傷跡も黒い線の様になって残っている。

 

《それでもっ!》

 

 仮に私が敵の体を駆け上って鳳翔さんや北上さんに交代できても、敵に与えられるダメージは蚊が刺した程度のものになるだろう。

 打ち砕いた戦艦水鬼の巨大なビルのような黒腕はもう手の平まで再生しているけれど、それでも、相手に私達の攻撃そのものが全く通っていないわけではない。

 

《それでも、私は諦めたくないっ!!》

 

 欠陥兵器と蔑まれていた私達の力を信じてくれた人。

 

 私達よりも巨大な力を持つ敵の蠢く戦場に一緒にいてくれる人。

 

 中村司令はたくさんの話を聞かせてくれて、たくさん撫でてくれて、私は彼からいくら頑張っても返せないと思うほどたくさんの恩をうけた。

 

 死にたくない、だからこそ私達に命を賭けると言ってくれた彼の信頼に応えるために私は、私達は生きて目の前の怪物に立ち向かわなければならない。

 

 国を守るために戦船として造られ、多くの兵士達と共に志半ばで砕けた過去の想いから国を守る為の戦いの中で果てる事は人の身となった今でも受け入れられる。

 だけど、それ以上に今の私を戦いへと突き動かすのは過去の思い出ではなく、胸の中で湧き立つ船だった頃には無かった自分でも把握できないほど強い感情だった。

 

 

 だから、私は海水でできた崖を滑り降りて推進機関を全力で回す。

 

 壁のように立ちふさがる津波に向かって両手を交差させ、前方に集中させた障壁で突き抜けるようにして自分の身体を一つの砲弾へと変える。

 

 艦橋から聞こえる鳳翔さんの経路誘導に従って障害物として海に散らばる深海棲艦の残骸を避け、ゴーヤちゃんや北上さんの叫ぶ警告で戦艦水鬼の振り回す腕が放つ突風を自慢の加速力で貫く。

 

 たとえ相手にかすり傷しか与えられない貧弱な砲と魚雷しか無い駆逐艦であっても、自分の事を信じてくれている仲間達と、そして、私を信じてくれた人(私が好きになった人)が一緒にいてくれるなら私はどんなに大きな力を持った敵にだって立ち向かっていける。

 

・・・

 

 千切れた腕の再生が終わり両腕を取り戻した戦艦水鬼が矮小な不敬者を処断する為に足下へと走り込んでくる少女へと大質量を振り上げ、空間を抉るように頂点から海面へと二秒足らずで打ち下ろされる鉄槌を振るう。

 

 海面を叩く黒腕の下を駆け抜け、海を割る様に立ち上る津波の上を乗り越えた吹雪の戦意を漲らせた黒い瞳と戦艦水鬼の不愉快に顰められた赤い隻眼が宙で交差しぶつかり合う。

 

 守るべきモノへの譲れない想い、仲間からの信頼へ応えるための意志、もっと一緒にいたいと願う相手への恋慕。

 

 凡そ人間的な感情を理解しない(理解出来ない)ように生まれて(誘導されて)きた深海棲艦にとって無駄の塊を心に抱え込んだ駆逐艦娘は巨大すぎる鬼級深海棲艦へと向かって跳ぶ。

 

 その姿は直向きに勇ましく。

 

 その心に秘めた想いは尊く。

 

《ぁっ、ぐぅっ!? なにがっ足に!?》

 

 その命の・・・なんと儚い事か。

 

 再び振り下ろされる腕を回避する為に身体を波間に横滑りさせた吹雪の脚が何かに取られてバランスを崩した。

 駆逐艦娘は自らの速度によって海面へと叩き付けられ、とっさに腕を突いて立ち上がろうとした彼女は自分の足が青白い巨大な頭から伸びた毛髪によって捕らえられている事に気付く。

 

 青白い腕と陰鬱な女性の顔を黒いマスクで覆い、上半身だけの芋虫のような身体を長く黒い海藻のような頭髪で包む、その背中からは潜望鏡と魚雷管を覗かせる深海棲艦の一種。

 全長110m前後の船体を持っていたはずの潜水カ級と呼ばれるソレは自分の上位種がまき散らした破壊によってもはや首と片腕だけになっていながら敵である吹雪へと滑る髪を絡みつけて自らの身体を足枷にする。

 

 悲鳴を上げる暇も無く夜明けの空を覆い隠す巨大な掌が吹雪の頭上を覆い、迫りくる暴力から回避する為に空気を歪ませるほど高速で回転するスクリューは持ち主の数倍の質量をぶら下げた状態ではその快速を失う。

 

 他者を巻き込んで自殺しようとしている潜水艦に足を引き留められ、黒い空が落ちてくるような錯覚を起こす程に巨大な掌の下で吹雪はそれでも戦意を失わない瞳を空へと向けた。

 

(嫌っ! いやだっ!! 死にたくないっ! 私はもっとっ!!)

 

 黒い腕が海面を割るように突き建ち、巻き起こる突風と津波の濁流が一人の艦娘の叫びを飲み込んで圧し潰していく。

 

《・・・私は司令官と一緒にっ!!》

 

・・・

 

 夜明けの空が広がる日本海の一角、吹雪型二番艦である白雪とその指揮官が護衛についている海洋調査船の綿津見とその周りにいる海上自衛隊の護衛艦の乗組員達は300km以上も離れた戦場が発生源である津波に翻弄されて転覆寸前の船体にしがみ付いている。

 

 50年前の建造当時は百年先の技術で作られたなどと騒がれた画期的な船、今では老朽船と呼ばれるようになったがそれでも最新鋭の護衛艦と共に第一線に立てる性能を見せている大型海洋調査船【綿津見】だが常軌を逸した災害の前では木の葉の船も同じだった。

 

 その綿津見の艦橋でこの船が建造された当時から乗員として関わりを持ち七十代手前となった現在、綿津見の船長として自衛隊の作戦に協力している男は半生を過ごした船とついに運命を共にする時が来たかと自嘲する。 

 

 彼は船乗りとして若造だった頃からこの綿津見に乗り、その当時は刀堂博士の指揮の下で言われるがままに動き何をやっているのかさっぱり分からなかったが、艦娘の霊核を回収するために世界中の海を探し回る仕事にも関わっていた。

 そして、世界中の海を股に掛けた大仕事を終えた綿津見は最後の船長と共に訓練用船舶としてたまの海洋散歩以外は舞鶴の港に碇を下ろし最期の日を待つだけとなったはずだった。

 

 それが何の因果か去年の夏に起こった巨大な深海棲艦の撃退の為に船のオーナーである財団からの命令で自衛隊と艦娘と関わる事になった。

 

 ニュースでしか知らなかった怪物の姿を自分の目で見る事になった真夏の海原。

 

 次から次に海の中から現れる深海棲艦の群れとそれを撃退する巨大な乙女達の姿に船長はここが地獄かと独り言ちたが、今自分達が陥っている災害はその時以上の地獄であり、彼にはもう洒落たセリフを言う気力も無くただ引き攣った笑いを浮かべる事しかできない。

 

 思えばあの夏の時に船を降りると言う選択をしておけば良かったのではと言う考えが過る。

 だが、子供は独り立ちし妻にも先立たれた海の男にとって半世紀も連れ添った船は最後に残った恋人のようなモノだった。

 今さら綿津見から離れるなど、自分が居ない、知らない場所でこの船が沈む事を年老いた船乗りのプライドは許容できないと断じる。

 

 心残りがあるとすれば自分が船長となってから教育した部下達まで海の藻屑となるかもしれない事であり、せめて彼等だけは生き残る事を諦めないでほしいと晴天の荒海の中で願っていた。

 

 そして、船窓に一際巨大な波が押し寄せる様子が見え、船長はとうとう船乗りとして最後の瞬間が来たようだと諦観に小さく肩を竦め。

 激しく揺れる船内で胸ポケットから取り出した煙草を口に咥えて火を求めてポケットを探り、慣れ親しんだ重みが無い事に気付く。

 

 戸惑いながら船長は自分のポケットを全て調べ、そう言えば今回の出航前に形見分けのつもりで息子に愛用のジッポライターを渡してしまった事を思い出す。

 

 最後の最後で人生とはままならないモノだと苦笑し、荒波に振り回されて鋼の船体から悲鳴を上げる綿津見の壁に背中を預けて火の点いていない煙草を咥えた船長は船を飲み込もうとしている津波をぼんやりと眺めた。

 

《障壁弾装填、防壁を最大範囲で展開いたしますわ!》

 

 不意に船外から丁寧な口調で叫ぶ少女の声が船長の耳に届き、暁の日差しと言うには煌びやか過ぎる流星群が綿津見の上を走り抜けて10mを超える巨大な津波へと次々と着弾していく。

 

 艦橋にいる船乗り達が目を見開いたその先で押し寄せていた水の壁が光弾の着弾点から広がる無数の障壁によって押しとどめられ、お互いを繋ぎあって巨大化していく輝く防壁がネズミ返しのように角度を変え、津波を海中へと均すように鎮めていく。

 

『こちら田中良介特務三佐、綿津見、応答を願います。作戦司令部に連絡をさせてもらいたい』

 

 ちょうど足下に倒れていた通信機材から聞こえてくるその声に綿津見の船長は夏の作戦で出会い、自分と部下とこの船を守ってくれた自衛隊士官の姿を脳裏によぎらせる。

 気付けば綿津見の揺れも随分と穏やかになっており、彼が操舵室を見回せば多少の怪我を負ってふらふらとしているが命に別状はなさそうな部下達が窓の外を呆然とした表情で外を見つめ。

 その先には小豆色のセーラー服を身にまとった十数mの巨体を持つ少女、船長にとっては孫より少し年上だろう程度の年頃に見える重巡洋艦娘がその手を綿津見の船体に着けて揺れを押さえ込んでくれていた。

 

 どうやら俺もお前もまだ引退する時ではないみたいだな、と笑いながら船長は咥えていた煙草を胸ポケットに戻して床に落ちている通信機材を部下とともに拾い上げる。

 

 そして、通信機の向こうにいる青年士官へと救援の感謝を伝える船長の耳に綿津見がカタカタと揺れる小さな音が聞こえ、まるでその声色は彼の言葉に苦笑しながらも同意しているようだった。

 

・・・

 

 内調や公安から受け取った情報で日本の各地に隠れている脱走艦娘達と面会し、内閣が用意した正式な偽造戸籍を彼女達へと説明と共に渡す任務を終えた丁度その日に俺、田中良介は緊急の招集命令を受ける事になった。

 

 海に出る前に受け取った情報では戦艦水鬼と呼称される事となった強力な深海棲艦を中心した大艦隊が日本海に現れ、十数日の膠着状態を経て遂に日本に向かって進軍を開始した事のみ。

 そして、司令部の予想を大きく上回る敵の勢力に臨時で増員された艦娘だけでは戦力が足りないと判断される事になり、俺は時雨と共に指揮下の艦娘と合流する為に長野県からヘリで最寄りの日本海側の港へと飛んだ。

 

 俺や時雨とは別の陸路で到着していた三人の艦娘と合流して連続する高波で半分近くが水没した港から海に出た。

 だが作戦海域に近づけば近づくほど荒れに荒れる酷い海上の様子に自分の予想よりも遥かに状況が悪い事を身をもって体験する事になり。

 

 そして、極めつけに海を舞台にしたパニック映画のようなビルより高い津波に呑まれようとしている護衛艦と綿津見の元へと全速力で辿り着いた俺はすぐさま指揮下の重巡洋艦娘である三隈に旗艦を変更して彼女の艦種能力である障壁投射弾を最大出力でばら撒いた。

 

 そして、綿津見の中に設置されている作戦司令部からやっと詳細情報を受け取る事になったのだが、聞いているだけで頭痛がしそうなほど出鱈目な状況が続発しているようだった。

 夜明け前に新型魚雷を装備した北上による先制雷撃から始まった敵艦隊との闘いはある時点まではこちら側の優勢で事を運んでいたのだが、その力関係は戦艦水鬼が隠し持っていた巨大な怪物艤装の出現で簡単に逆転する。

 

 振るだけで台風顔負けの突風と真空の刃をまき散らす剛腕は海自が所有するどの艦艇よりも巨大でその太い指が海を掻くだけで津波が遠く離れた綿津見まで届く。

 その目測で400mに達するゴリラの様な腕長短足の体格、その肩に複数搭載されている巨大すぎる連装砲はたった一発で複数の指揮官と艦娘達を戦闘不能に追い込んだ。

 戦々恐々とした様子でその時の状況を言葉にする司令部の士官達の顔はついさっきまでの大揺れもあって青あざと恐怖に満ちており、その一人が綿津見から肉眼で立ち上る水蒸気の柱を見たと言うほどであるのだからその規模は現代兵器の中でも大量破壊兵器並みと言っても過言ではないだろう。

 

「提督、綿津見が前線の艦娘から送られてきてる映像を繋いでくれるよ!」

「正面モニターに出来るだけ大きく、他にも些細な情報でも良いからとにかく掻き集めてくれ」

 

 情報を受け取る傍らで三隈に綿津見を支えさせながら連続して襲い掛かって来る水の壁を防ぐ為、護衛艦のいる範囲まで包むように障壁弾を張り直し続けていた俺は時雨が用意したメインモニターのウィンドウへと目を向けて絶句する。

 

 敵艦隊の中央部、そこに突入した義男とその指揮下の艦娘部隊が戦艦水鬼と戦闘状態に入っている事は先に通信で受け取っていたが実際に見る鬼級深海棲艦の姿、空を覆うような黒鉄の巨体が発する強力なマナによってノイズで歪む映像、俺はその光景に目を見開き自分の目が見ているモノが現実に起こっている事であるかを疑う。

 

 その巨体が振り撒いた暴力の結果として周囲の深海棲艦がほぼ全滅したと言う情報すら少しも喜ぶことが出来ない絶望的な破壊の権化の姿がそこにある。

 

 矢継ぎ早に旗艦を変更しながら絶望的な質量と戦力の差を持つ深海棲艦の首魁を翻弄していたと言う義男の部下である艦娘達は勇ましくあったのだろうが明らかに巨大な敵に対して荷が勝ちすぎていた。

 ただその戦艦水鬼の攻撃の余波を浴びただけで次々に戦闘不能になり、俺達の目の前で最後に旗艦となって飛び出した駆逐艦娘も暴力となって襲い掛かって来る風に髪留めを千切られ、鉄砲水のような水飛沫と深海棲艦の残骸が飛び散る中を駆ける紺襟のセーラー服が見る間に切り刻まれていく。

 

 そして、不意に加速している最中に何かに足を取られて海面に叩き付けられた義男の初期艦の頭上へと戦艦水鬼の巨大な腕が振り下ろされ海面が爆発したかの様に巨大すぎる水柱と津波を起こす。

 暴力と化した風圧が十数キロ離れた場所で映像を送ってきている軽巡艦娘の名取とその指揮官達を襲って跳ね飛ばし高い波に何度も叩き付けられ映像から彼らの悲鳴が聞こえた。

 

 何とか体勢を整えて主砲を手に立ち上がった名取から送られてくる映像の中で巨大な黒い胸板から生えた白いトルソーを思わせる戦艦水鬼の女体には義男達の努力により少なくない傷が刻まれ、左目は黒く固まった岩のようなモノで塞がっている。

 そんな攻撃範囲内にいる軽巡艦娘など意に介せずと言った様子で深海棲艦の顔は何処か満足げな笑みを浮かべ、海に突き立てていた腕を掲げるようにして持ち上げ広い胸板の中心にある自分の顔の前で念入りに揉み潰すように巨大な鉄拳を握り込む。

 

 ベキベキと軋み潰れていく金属質な破砕音、グチャグチャと肉が挽き潰されていくグロテスクな音、その二つが戦艦水鬼の黒い掌の中から画面越しにいる俺の耳まで届いた。

 

「何なんだ・・・何が起きてるんだ・・・義男、お前・・・」

『そ、そんな吹雪ちゃん達が・・・こんなの、う、嘘ですわ・・・』

 

 その壮絶な光景に俺はただ茫然と口を開けてうわ言のように友人の名前を漏らし、同じように画面に視線を釘付けにされた時雨や他の艦娘達が目を見開き、コンソールパネルの上に浮かぶ三隈の立体映像は口元を手で押さえ、気分の悪くなる音と映像に呻く声が通信機から聞こえてくる。

 

 戦艦水鬼が哂う。

 

 黒い角を持った美貌が嗤う。

 

 そして、たっぷりと時間をかけて掌の中の物を潰し、やっと忌々しい邪魔者を排除できたのだと確信した怪物が声無く笑って自らの掌を広げて獲物の末路を確認した。

 

 その黒い掌の上にあるのはひしゃげた金属片、白い腕だった肉片、黒い海藻のような頭蓋の残骸、戦艦水鬼の黒鉄の掌の上でコールタールのような粘性の高い深海棲艦の体液がシミを広げて太い指の間からマナへと分解しながら散っていく。

 

 自分の掌の上でシミになっている眷属の姿と望んでいた獲物の死体が無いと言う事実に戦艦水鬼は赤い隻眼を丸くして黒い角を生やした頭を傾げる。

 まるでタネの分からない手品を見せられた子供のような顔で自分の掌を上下に移動させ同胞の血で汚れた裏表を念入りに確認する姿は場違いな考えであると分かっているが俺にとって何処か滑稽ですらあった。

 

「・・・え?」

 

 仲間の危機に駆けつける事も叶わずただ彼女達の死を見ている事しかできない事を悔やんで顔を歪めていた時雨はその戦艦水鬼の姿と存在しない吹雪と言う事実に呆気にとられた表情を浮かべ、小さく疑問符を付けた声を漏らす。

 

 そう、その巨大な掌の上にはただ潜水艦級の深海棲艦の遺骸だけがへばり付き、深海棲艦と異なる輝きを宿した艦娘の霊力の残滓どころか残骸の欠片一つ存在していなかった。

 

 艦橋にいる全員、そして、その映像を見ている作戦司令部の人員や海で戦闘を続けているであろう指揮官達全員が今の時雨と同じように呆気に取られ、暴力がおさまった事で凪ぎ始めた海上で捕まえて握りつぶしたはずの駆逐艦娘を探す戦艦水鬼へと視線を集中させる。

 

 そんな周囲とは別に俺の目は名取から送られている映像のある一点、海の上を照らし始めた朝日と似通いながらも別物である力強い輝きへと誰かに教えられて引っ張られたように視線が吸い寄せられた。

 

 遠くに見える日本の島影から太陽が顔を出して日本海へと日差しを広げて戦艦水鬼の黒い巨体を照らし陰影が際立っていく。

 そして、光を浴び闇のような黒さを強調する怪物の影がかかった事で海に浮かぶ青白い輝きが一際強くその存在感を強めた。

 

「吹雪・・・? どうやって、あれを回避したの?」

 

 白く輝く花菱紋、俺が知るゲームの中の艦娘達がある一定の条件を満たした時に手に入れる力の証、それを刻んだ左目から炎のように揺れる輝きを溢れさせている少女が巨大な怪物と向かい合っていた。

 

(左目に宿る炎って、まるで改フラッグシップじゃないか・・・改? 改だって?)

 

 上層部から尻を蹴っ飛ばされるようにして少しでも友人の助けになればと血相を変えて駆け付けたと言うのにどうやら完全に余計なお世話だったらしいと俺は悟り、どっと身体に圧し掛かってきた気疲れに苦笑を浮かべて指揮席で脱力する。

 

「は、ははっ・・・つまり艦娘の限界突破って事か? 義男、お前いったい何をやったらそんな事になるんだよ」

「限界突破って・・・提督、何を言ってるんだい?」

 

 とりあえず距離的にも能力的にも今の俺は傍観者でいる事しかできないらしいと何者かに知らされて深く深く溜息を吐き出す。

 

「見てれば分かるだろうさ・・・」

 

 目の前のモニターに映る光景と俺の様子に戸惑っている時雨達にただそれだけ答えた。

 




代償など欲望の旗を掲げて蹴散らし踏み越えろ。

求め奪え、与え慈しめ。

可能性と言う暴力を振るうからこそ命は希望を叶えて歩み続けるのだ。


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第三十話

作者「猫吊るしぃ! お前は死んだんだぞ? ダメじゃないかぁっ! 死んだ奴が出てきちゃぁあっ!!」

猫吊るし「鎮守府、艦娘、そして、深海棲艦、全てはこの私が造り出した!」



※ネタバレ※
この作品において猫吊るし(刀堂博士)は全ての元凶でありラスボスとも言える存在です。
ある意味では作品中で明確な悪を成し、人間の業を体現しているとも言える人物として描いています。
気分を悪くされた方がいるとしたらもうごめんなさいとしか言いようがないね。



 光と闇が同居するモノクロな空間、その中心に立つ青白い光を宿した水晶で形作られた大樹の枝の上に影のようにぶれながら佇む人影がある。

 一見すれば白衣を羽織った痩せぎすの老人、しかし、その人影はボロの着物を身に着けた少年や書生風の服装を着た青年、それだけでなくハンマーを片手に持た青いツナギを着た小人やベージュ色のセーラー服に緑のリボンを付けた水兵帽をかぶった少女の姿が重なり合いながら蜃気楼の様に揺れていた。

 

 かつては科学者として名を馳せ、狂人と嗤われ、未来を知る傲慢さから救うべき助けられると思い込んでいた人々の命を取りこぼしてきた人生の敗北者は見上げる先に輝く光を言葉なく見上げる。

 

 自分の掌の上から離れる身勝手さに憤るように。

 

 ただ一人の相手を想う純粋さを羨むように。

 

 激しく燃え上がるような生命の謳歌を妬むように。

 

 予想よりも早い我が子の成長を喜ぶように。

 

 信じていた可能性の開花を祝うように。

 

 そして、全てが自分の次を担う子供たちが進む険しい道の先に幸運があるように願っていた。

 

 重なり合う幾つもの視線と感情を万華鏡のように変える老人(妖精)

 それは自らの魂を材料に造り上げた人造の世界樹の上で陰陽入り混じる感情を宿して佇む。

 

 ある意味では外で起こっている世界的な情勢の変化を引き起こした元人間はその渦中にある者達の姿を幾つもの目を借りて、自らの意識を混ぜるように重ね合いながら自分の犯した罪を観測し続ける。

 

 その人間はまだ日本が昭和と言う元号を使い始めたばかりの頃に今では都市開発の末に名残すら残っていない寒村で産声を上げ、自らに与えられた未来に続く記憶と知識に狂喜する。

 そして、他者を過去の人間と侮り、自己顕示欲を満たす為だけに披露した知識と技術で同郷の者達に持て囃され幼稚な考えを増長させた。

 

 与えられた知識さえあれば歴史すら変えられると妄想するまでに肥大化した自尊心は幼年を終えてもなお神童としての名前を欲しいままにして、調子に乗った身の程知らずの子供は歴史への介入の為に更なる躍進を都会へと求める。

 

 天狗になっていた社会的地位も無く田舎からやってきた小僧は近代化の一歩を踏み出したばかりで過去の因習に縛られた日本の環境の前に手も足も出ず、上に行こうとすれば理不尽に叩かれ蹴落とされる状況に頭を押さえつけられ愕然とした。

 

 自分は絶対的に正しいと思い込んでいた少年は大した成果も出せず気付けばグダグダと日銭を求める頭でっかちな書生にまで落ちぶれ。

 こんな筈ではなかったと愚痴を漏らす停滞の日々の中で無意識に自分の下であると思い込んでいた弟分の幼馴染の直向きに今を生きる姿と彼の力強い励ましの言葉に己の虚栄心に満ちた愚かさを思い知らされる。

 

 その日から彼の目的は英雄となる為の人類史上最悪の戦争の阻止では無く、四千万から八千万とも言われる膨大な犠牲者の中に友人達の名が含まれない様にする為に戦争の阻止を願うようになり。

 

 その青年は自分にとって過去ではなく現在となった世界を生き始めた。

 

 そして、田舎者の書生は故郷の人々の応援と上京してから得た知己と伝のおかげでとある大学に席を置き研究者の端くれとなる。

 全ては彼にとっての大切な人達がいなくなると言う最悪の未来を回避する為の努力を続けて手当たり次第に人脈と知識を溜め込んでいった。

 

 だが、たった一人の人間がどれだけ理路整然と未来予想を喚き立てようと国是と国民感情によって後押しされた戦争への道は曲がる事は無く、手当たり次第に繋いだ伝手と努力は何の意味も無く友人達は次々と戦地へ征く。

 

 終戦を迎えた日に友の全員が居なくなったワケでは無い。

 

 数人であるが傷病を抱えながらも戦場から帰ってきてくれた者達の姿はあった。

 それを彼は心の底から喜び、情けないと言われ笑われても頬を濡らす涙を止める事は出来なかった。

 

 たとえ自分を慕って彼に今の世界を生きる事を決心させてくれた年下の幼馴染であり、妻となってくれた女性の弟が遠く離れた南の海に命を散らしたのだとしても友人達が生きて帰ってきてくれたと言う事実に水を差すモノでは無い。

 

 無いのだ。

 

 それなりに使える研究者として国に認められ戦場への参加を免除された男は指先をすり抜けていった命達を見ない振りをして、自分の心に天命に定められた仕方のない事だったのだと言い聞かせる事しかできなかった。

 

 そんな後悔ばかりが胸に蟠りながらも迎えた戦後の日本で生まれる前から与えられていた知識を基に続けていた研究の一つによって、男はこの世界が前世と異なる歴史基盤の上に立つ事を知り、早ければ百年ほど経った未来に地球全体が急激な環境変化を起こす事を理解するに至った。

 

 しかし、彼はその奇怪極まる人外が現実に現れると言う可能性から目を反らして戦後の荒れた日本で無為に時間を使う。

 

 自分のひ孫やその孫の代に伝説上の化け物が跋扈する世の中となると言う推測と仮説によって形作られた研究結果。

 しかし、顔も見る事も無いだろう百年後の他人よりも自分と手の届く場所にいる家族や友人達だけがその一生を平和に全うできればそれで良いと彼は自己完結していた。

 

 そんな日々の中で家計のやりくりと育児に追われる妻に請われて味噌や米を得る為に向かった闇市で腰にぶら下げていたお守り袋を財布と勘違いしてひったくったマヌケなコソ泥少年と出会う。

 

 おまけにスリをしくじり逃げようとした御守り泥棒は腐った溝板を踏み抜き足をねん挫して土道の上で足をおさえて転げまわり。

 そのボロの学童服を着た少年の滑稽さに久し振りに笑い声をあげた研究の場から離れていた科学者は彼とその妹を自分の家に招き入れた。

 

 飯を食わせる代わりに生まれたばかりの一人娘の遊び相手にでもなってくれれば良いと思って引き取った兄妹に暇つぶしに施す教育は学者自身が思っていたよりも楽しく。

 気付けば読み書きを教える程度で止めるはずだった彼の下で多くの知識をみるみる吸収した子供達から彼は師と敬われていた。

 そして、成長していく愛娘の姿と少しマヌケな少年の姿にかつての何にでも一生懸命で純朴だった弟分の姿を重ねた科学者は自分が子供達の未来に幸がある事を願い始めている事に気付く。

 

 そして、一念発起した科学者は戦前に繋いでいた伝手を、隠していた資金をやり繰りして、未来の知識を失意に弛んでいた脳みそを叩き起こして引っ張り出す。

 無力感に錆び付いていた心身に意気を漲らせ、考えうる限りの置き土産を子供達の未来に用意する事が自分に与えられた運命なのだと理解した刀堂吉行は自分の命を使い切る事を決心した。

 

 戦後の不景気の中で愛娘だけでなく偶然に闇市の片隅で拾った兄妹まで合わせ、苦労ばかり掛けても嫌な顔一つしなかった年上の妻に感謝しきり。

 

 妻と共に育て、刀堂が手当たり次第にかき集めた玉石混交の人脈と資産を見事に使いこなし立派にスーツを身に纏うまでに成長した青年に最愛の一人娘を任せ。

 

 出会った頃にはガリガリに痩せていた義息子の妹も健康な年相応の乙女に成長し、刀堂の知り合いの商店の若旦那と気付けば逢引きする仲となり双方から頼られた義父は慣れないながらも仲人の真似事もした。

 

 世界的な霊的エネルギーの復活と言う制限時間に追われながらも人としてごく当たり前の幸せを感じながら八十年の人生の中で一人の転生者は次の世代に託すためにあらゆる手段を実行する。

 

 自分の命まで道具として使い切ったその行いは決して褒められるモノではない、仮にその真相を知る者が現れたなら間違いなく彼の行為を悪と言い切るだろう。

 

 地球環境内にマナと言う失われていた要素が復活し、絶滅した神魔や妖怪が再び地上に現れる事が定められていたとしても、彼がやった事は弁護し様が無いほど命を弄ぶ人道から外れたモノなのだから。

 

 これ以上ないほど分かり易い敵として深海棲艦と言う都合の良い存在を作り出して意識と能力に枷を嵌める。

 

 誰にでも分かるほど明確な味方として艦娘と言う便利な存在を用意して終わらない戦いの日々を強要する。

 

 同じ力を基に産まれながらも和解する事の出来ない敵と人工的に命を与えられた味方として分けられた二種の命達、双方は彼の調整と管理を受け続ける限り交わる事は無く争い続けるだろう。

 

 だからこそ、水晶の枝の上に佇む元人間は自分の罪の結果がいつか自分に罰を持ってやってくると言う運命を信じて疑わず。

 いつか自分が造り出した生命達が人と手を結ぼうと袂を別とうと、どんな形であったとしても中枢機構の管理する見えないレールを踏み越えてくれる事を願い続けていた。

 

 それこそが死してなおこの世にしがみ付き居残り続ける亡霊にとっての最後の役目であり、救いになると人から外れた存在(妖と化した人間)は確信している。

 

    “この愚行を”     “終わらせてくれ”

“老人の”     “思惑など”     “踏み越えてくれ”

 

 揺れる影がそれぞれに異なる単語を零し、輪唱するように虚空へと広がる声は誰の耳に届くことなく、闇と光に塗り分けられた空間に小人(死者)は手を伸ばして両手を広げ。

 

“いつか必要とされなくなる為に”   “私達は生きていたのだから”

“次へと命を受け渡す為に”     “我々は死んでいくのだ”

 

 その陽炎のように揺れる手から光の線が伸びて彼が見上げる水晶の枝へと向かい。

 だが、その糸が枝に繋がる寸前に妖精モドキは複雑な感情が入り混じった苦笑に口元を歪めて手を閉じて調整と制御の為に用意した接続の線をそこへ繋ぐ前に切る。

 

“そこから先は”         “余計な手出しは無粋か”

       “自分で選び取るべき”        “証明してくれ”

“その想いに”      “手を引かれるだけの子供ではない”

      “キミ達は”   “ワタシとは違うのだから”

 

 惜しむように、悼むように、笑うように、悔やむように、人間である事を止めた影は見つめる先に浮かぶ枝とその先に繋がる金の茅の輪の輝きに目を眇める。

 その輪の内側から伸びて枝だけでなく幹にまで青白い光線を繋げる一人の艦娘の命の輝きへとかつて刀堂吉行と呼ばれていた存在は言葉に出来ない自分勝手な願いを掛けた。

 

《諦めたくない!》 《それでも》   《戦う!》

     《敵がどんなに強くたって》

《まだ死にたくない!》 《だって》 《守りたい!》

 

 一つの世界を疑似的に再現した世界樹へと無意識に、されど、概念の壁を穿つほど強い意思で命の樹の再現の内側へと接続した少女は自らの想い(欲望)を実現するために必要な力を求めて引き出す。

 

《私はもっと司令官と一緒に生きていきたいから!》

 

 そして、その身に秘めた貪欲さと生存本能に突き動かされた心からの叫びに従って構築されていく力が白い花びらとなって結ばれて菱形へと並んでいく。

 

       “無慈悲に”  “キミ達に”

 “いつか過去になる”      “必ず未来はやって来る”

       “ワタシ達は”  “望まれて”

 

 猫吊るし(妖怪)嬉しそう(悲しそう)に見上げる先で世界樹の欠片を選び取り繋ぎ合わせた命の線が引き戻され。

 

  “いつの世も”          “度し難いな”

“全く”    “恋する乙女と言うのは”  “強いモノだ”

 

 金の枝葉と錨で飾られた輪の中心に白く輝く花菱紋が刻まれた。

 

・・・

 

 海上に立つ暴力の権化にして絶対者であるはずの戦艦水鬼は捕まえて殺したはずの獲物が消えた事に首を傾げ、眷属の血肉で汚れた黒腕の手先を見つめていた彼女の顔に朝日の光が当たる。

 一瞬感じた眩しさに目を眇めて眉を顰めた深海棲艦は暴力の嵐が止まった事で凪いだ海に立ち不機嫌そうにしながらも、邪魔者が消えたのだから、と自分に課せられた役目を全うする為に海面に腕を突いて短い脚を日本へ向けて踏み出そうとした。

 

 その時、ふと感じた視線、青く輝く炎のような揺らめきに戦艦水鬼は妙な違和感を感じる。

 

 自分や眷属達の瞳に宿る昏い灯火と似ていながら決定的に違うその気配に彼女は今まで感じた事が無い感覚をその巨体の内部で騒めかせ、緩慢な動きでその揺れる炎の気配へと顔を向けた。

 

 そこには自分の数十分の一にも満たない矮小な小虫が小波の上に立ち、傷だらけの身体のくせに堂々と戦艦水鬼に向け。

 左目に宿った青白い炎とその内側に刻まれた白い花弁で象られた菱形が射貫くように黒鉄の巨体の中心にある紅い隻眼を見上げる。

 

 その姿に見覚えがあった鬼級深海棲艦は逃げた獲物が処分される為にのこのこ戻ってきたとのだと嗜虐的に嗤おうとして、自分の顔が引きつって強張っている事に気付く。

 

 青白い瞳に見つめられているだけで感じる威圧感はまるで深海棲艦において上位種が下位に向けるモノと似ていて、その身に蓄えた力も身体の大きさも圧倒的に上回っている自分が虫一匹に威圧されたのだと戦艦水鬼は思い至った。

 そして、水鬼の顔が目障りな虫共の有り余る不敬に対して烈火の如く激しい怒りへと染まり黒い腕が彼女の感情に従って振り被られる。

 

 一拍の暇も置かずに巨大な槌と化した黒腕が寸分たがわず駆逐艦娘が立っていた海面を抉り、海が再び高々と水柱を上げて溝のような抉れと津波に姿を変えた。

 そして、そのうねる海面から小さな艦娘の姿が消えた事に、ヤツは最後に無駄な足掻きをしたのだと不自然に強張った表情を緩めようとした戦艦水鬼はさっきよりも近く、自分のすぐ近くから青白い視線を感じてその方向へと目を向ける。

 

 他の眷属の追随を許さないほど巨大で強力な大口径砲、その黒鉄の装甲の側面に片手と足を掛けてぶら下がっている駆逐艦娘の姿を見つけた深海棲艦は驚きに目を見開く。

 そして、自分に向けられる青白い視線にどうしようもなく自身の内部で膨れ上がっていく未知の感覚に振り回されて妖艶な貌を歪ませた鬼女はとっさに間近の敵に向かって拳を振るった。

 

 振るってしまった。

 

 冷静さを欠いて振るった腕によって肩口から弾けるようにもう一方の腕が粉々に千切れ飛ぶ。

 しかし、すぐに生え直す事が可能である為に痛覚を伴わない損失を戦艦水鬼は自分の目の前からあの不愉快な感覚を騒めかせる敵を排除する為なら問題無いと断じた。

 

 だが、腕と主砲の一部を犠牲にしても自分を刺し貫くような青白い視線は消えず、その小さな敵はいつの間にか鬼女の足下へと移動し先ほどと変わらぬ姿で彼女を見上げている。

 

 その自分にとっては矮小であるはずの艦娘の左目から溢れる炎の輝きに暴力の権化として生まれたはずの戦艦水鬼はやっと自分の内側に騒めく感情の正体を悟る。

 

 強すぎた深海棲艦はその生を受けてから今日まで縁の無かった恐怖と言う弱者の感情を知った。

 




だから、名も無い海戦で国連の戦力が壊滅したのも。
太平洋の海運が大打撃を受けているのも。
沿岸の国家が理不尽な砲火に晒されているのも。
PS3爆死してPS2が未だに現役なのも。
全て・・・全部っ!

猫吊るし(刀堂博士)って奴のせいなんだ!!


でも刀堂博士が何もしてなかったら・・・。

ドキドキ! ワクワク? 古龍だらけのモンハンワールド!
ハンターが生まれるのは数世代後!?(人類が絶滅してなかったら)

・・・が始まってたかもね?


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第三十一話

文字数を五千から六千の間に抑える事が投稿のコツだとでも言うつもりか。

なるほど試す価値はありそうだ。


(翻訳※長くなり過ぎたから前話と半分こにしただけじゃん)


「よりにもよって、時間停止能力か・・・」

 

 荒波の上で綿津見を支える三隈の艦橋に座る田中は目の前のモニターに映る常軌を逸した光景に呻き、その場に居る指揮下の艦娘達が映像の中で戦艦水鬼が自分の腕を自分で殴り飛ばして引き千切る姿に顔と頭の中を全て困惑で染め上げる。

 

「提督、一体何が起きているの? 吹雪達は無事って事で良いの・・・?」

「あれは、さっき提督が言ってた限界突破って言う力のせい、なのかな?」

 

 矢矧も時雨も目の前のモニターの中で自分の腕と主砲を自分で破壊する怪物の姿に困惑し、次の瞬間に何の前触れも無くその姿をぶれさせながら戦艦水鬼から少し離れた場所に着水した吹雪が左目の花菱紋を再び敵へと向ける姿に艦橋にいる艦娘達が理解不能な状況に呻く。

 

 突然、目の前から消えて別の場所に現れた敵の姿に引き攣った顔を向けた戦艦水鬼が無事な方の巨大な連装砲を向け、自分がその大威力の範囲内にいる事すら頭に無く砲塔に火を入れる。

 

 その錯乱した破壊の化身を見上げている吹雪はまるで歩くような足取りで洗濯機のようにかき混ぜられている海面を苦も無く滑り、戦艦水鬼の主砲が火を噴こうとした瞬間、一瞬だけその姿をぶれさせてその場に立ち止まった。

 

「不味いっ! 直撃されちゃうよ!」

「まだ中村艦隊との通信は繋がらないの!?」

 

 まるで手負いで腹を空かせた肉食獣の前に無警戒に立つような吹雪の姿に全員が慌てふためき、その中で田中だけが仲間達とは別の事に気を割いて声を上げる。

 

「三隈、また特大の津波が来るかもしれん! 障壁弾再装填! 綿津見にも警告を!」

 

《ぇっ! えぇ!? でも、それより中村三佐達がっ!》

 

 そして、モニターの中で凄まじい轟音と共に戦艦水鬼の主砲が文字通りに火を噴いて破壊をまき散らす。

 

 その黒鉄の巨体の上で。

 

 炎を天に吹き上げながら巨砲が自爆し、鬼級深海棲艦の双頭と肩を焼き潰して残った剛腕と胸板がまとめて砕け散り海の藻屑と消えていく。

 

 背負った巨大な砲が内部から爆発して巨大な体格の三分の一を抉る様に吹き飛ばし、爆炎と霊力の波が周囲にまき散らされて海面や空気だけでなく通信によって届いている映像すら嵐のようなノイズで乱す。

 突然に自爆した超巨大な深海棲艦の姿に今度こそ呻く事も出来ずに絶句した艦橋に立つメンバーに向かって田中は落ち着いて冷静になれと言い、言われた彼女達は自分達の指揮官が何故ここまで落ち着いているのかが分からずにますます混乱する。

 

「・・・もしかして提督は何が起こっているのか分かるのかい?」

「今、吹雪が使っている能力には心当たりがある・・・おそらく俺の前世の世界にいたあるテロリストが使っていた力と同じモノだ」

「て、てろりすと・・・?」

 

 田中の口から飛び出したテロリストと言う言葉に呆気にとられた面々を放置して彼はコンソールパネルの操作に手を動かしながら砂嵐が消え始めて鮮明さを取り戻したモニターに映る両腕を失った戦艦水鬼を見つめた。

 

「テロリストと言っても政府が行おうとした人命を蔑ろにする愚行を止める為に敢えて反旗を翻した特殊部隊なんだが・・・この際、それはどうでもいいか」

 

 本当ならば前世における艦これとは全く関係ないゲームに登場するキャラクターの設定であるが、前世でそのシリーズにハマり指にマメが出来るほど遊んでいた田中はその荒唐無稽な能力を持ったボスの姿をソックリそのまま現実化したような挙動を見せる吹雪の姿を前世の記憶と重ね合わせる。

 

「吹雪が使っているアレは、その部隊の中でも最強と言われていたメンバーが持っていた力と同じ・・・一言で言うなら、自分以外の時間を止める能力だろう」

 

 この世界では幾つもの軽微なズレが重なり合い、技術や時期の差異も重なりゲーム業界そのものが2008年前後の深海棲艦出現の煽りで急激に衰退した事によりそのゲームを作っていた制作会社が他の会社に買収された事でシリーズは彼が語るキャラクターの物語に到達する前に事実上の打ち切りとなってその姿を消した。

 そんな、今では余程のコアなファンの間でも無い限り話題にすら上らないその物語、この世界では作られなかった作品の中に登場する強敵の姿、コントローラーを手に少なくとも百回以上は挑んだ異能者の動きと共通点が多すぎる吹雪の様子に田中は背筋を強張らせる。

 

(精神の混線、やはり、義男だけじゃなかったって事か・・・確かにコレは言われなきゃ分からない、刀堂博士、貴方は確かにアイツが言ってた通りに性質の悪い人だ)

 

 同じ前世の世界を知る友人は好みではないと言っていたジャンルであるが故に彼女がその能力を使う理由はまず間違いなくそのシリーズのファンだった自分の影響があるのだと田中は根拠なく確信する。

 そして、その何者かの意志を感じる確信に中村が言っていた眉唾な夢の内容が事実であり、言われなければ自覚できないその感覚に元凶である科学者の性質の悪さへと内心で文句を付けた。

 

「じ、時間を止めるってそんな事、あり得ないわ・・・」

「だが、そうでも無ければ今の吹雪の移動速度は説明がつかない、それに姿形は別人だけど前世の世界で見た記録映像の中の動きと全く同じなんだよ・・・俺自身も信じられない事に・・・な」

 

 戦闘開始直後にいきなり目の前に現れて大威力の斬撃で斬りかかってきたのをタイミング良く防御できても下手な反撃は掠りもせず、その姿を何度もぶれさせ離れた場所を転々と瞬間移動しながら弾丸の雨をばら撒きヒット&アウェイを繰り返す。

 一度でも防御を失敗すれば時間が停止した世界に放り込まれ死ぬまで連続攻撃を浴び、その上に攻撃のタイミングは初見殺しのオンパレードと言う反則としか言いようがない戦闘スタイルを持つボスキャラクター。

 

 多くのプレイヤー達に公式チートと言わしめた強敵が一方的に敵を撃破していくゲーム内のデモムービー、それがそのまま現実となったかのように戦艦水鬼を翻弄していた吹雪の姿が再びぶれて海上から消える。

 

 先ほどの鬼級の主砲が爆発したのも発射の直前に吹雪が時間を止めて砲塔内へと海上に浮いていた深海棲艦の残骸か何かを押し込んだのだろう。

 ゲーム内のストーリーでその時間停止能力を持っていたそのキャラクターが戦略級の威力を持つ巨大要塞砲を破壊した時と全く同じ手法であると傍観者となっているからこそ田中は察することが出来た。

 

「俺の予想が正しければもう吹雪と戦艦水鬼の絶対速度の差は覆らない」

 

 田中の見つめるモニターの向こう側で両腕を失った戦艦水鬼が艤装と融合した身体を捩り自分の胸元に走った衝撃を見下ろし、自分の胸の谷間に錨斧を突き立てている駆逐艦娘の姿に気付いて恐れ慄き悲鳴を上げようとする。

 

「そして、当たらなければどんな強力な攻撃も意味が無い」

 

 だが、それよりも早く吹雪の姿がぶれて白磁の首に一秒にも満たない間に連続で打ち込まれた砲撃と魚雷の爆発が穴を開ける。

 そして、戦艦水鬼の口と喉笛から赤黒い血流を吹き出し、直後に首の破壊に続いて鬼女の胸元へ無数の打撃痕が刻まれて白い肌が裂けるように割れていく。

 

 人であったら傾国と言われていたであろう美貌が痛みと恐怖に染まって歪む。

 

 グロテスクな噴水へと変わった戦艦水鬼の上半身から天高く噴き出した血流が海上に落ちて昏く光るマナへと分解されて消えていく。

 

「そして、強固な装甲があっても傷さえ付けれるなら時間を止めて殴り続ければいつか壊れる」

 

 正しい意味で反則だ、と指揮席に脱力して苦笑する田中の目の前のモニターには死の恐怖に声なき悲鳴を上げて巨大艤装ごと解け砕けていく戦艦水鬼、そして、前線から映像を送ってきている名取の近くに瞬間移動してきた満身創痍の吹雪の姿が映った。

 

 三隈の艦橋にいる田中の指揮下の艦娘達はモニターと自分達の指揮官の間を呆然とした表情で視線を行き来させ、彼の解説を聞いても理解を超える現象の前にただただ戸惑う。

 

「ずっ・・・るいぃいいっ!!」

 

 その部下の中でただ一人だけ艦橋のモニターを照らす朝日に輝く金髪の長い毛先を振り乱してウサギの耳を思わせるリボンを頭上に揺らしている駆逐艦娘が肩を怒らせて叫び声をあげた。

 その叫びに田中は脱力していた背筋を跳ねさせるように伸ばし、円形通路で呆然として黙り込んでいた仲間達が叫びを上げた駆逐艦娘、自らだけでなく他人の早さに対してまで凄まじい偏執を見せる島風が地団太を踏む姿に困惑する。

 

「時間を止めるなんてズルい! それって吹雪が島風より早いって事じゃないですかっ!? そんなのズルい! ズルいっ!!」

「うわっ、島風っ止せ!? 放せっ! く、くるしっぅ・・・」

「提督! 私ももっと早くなりたい!! あの子よりもっともっともっとっ!!」

 

 駄々っ子と化した島風が目を丸くしている指揮官に手を伸ばしてコンソールパネルの上にノースリーブのセーラー服に包まれた上半身を乗せて詰め寄り、彼の襟首を白い長手袋に包まれた両腕が掴んで彼の身体をガクガクと揺さぶった。

 ただでさえ短いスカートの青い裾が暴れるように振り回される足によってはためき尻を丸出しにしている駆逐艦の姿に仲間達がつい先ほどの衝撃的な光景から正気を取り戻して駄々を捏ねて指揮官に無茶な要求をしている島風の身体を後ろから捕まえて引き離す。

 

「提督、限界突破って言うのは僕らにもできる事なのかい?」

「痛ぅ、いや正直言って分からない。俺が知ってるのは鎮守府の工廠で改造と言う処置を受けた艦娘がそうなるって事ぐらいだな」

 

 司令部を経由して三隈の艦橋へと送られてくる戦場の中心では身体中に霊力の燐光を漏らす割れ目を刻み、軸がくの字に曲がり刃が真っ二つに割れた斧を手に海面に膝を着いた吹雪が虚ろな瞳を揺らし意識を朦朧とさせて名取の手に支えられながら旗艦変更の光の中へと消えていく。

 

「とは言え・・・今の世界でそんな技術があるなんて鎮守府の研究員だって聞いた事も無ければ見た事も無いだろう」

 

 たった一人の艦娘が戦艦水鬼と言う圧倒的な暴力の塊を一方的に屠ったと言う事実にその場にいた全ての艦娘は吹雪に対して恐れと同時に胸の中で強く羨望で騒めかせる。

 

「か、改造って身体を弄るって事よね・・・でも、あの力があれば・・・」

「この世界では間違いなくまだ技術的に確立されていないモノの一つだ、今すぐどうこう出来るもんじゃない」

『それは、わかりますけれど・・・三隈も・・・』

 

 うわ言のように呟く矢矧や三隈の声にさっきの知識の元がゲームの中の話であるとは言う気にもなれず、自分でも気付かないうちに興奮して余計な事をベラベラと喋ってしまった田中はモニターの向こうで戦艦水鬼を打ち倒した友人のように厚顔でいる事の難しさと自己嫌悪に小さく呻いた。

 

(義男の言う通り、慣れない事はするもんじゃないな・・・)

 

 




対空カットインが導入されてから何日か経ったある日、何で同じレベルで同じ装備をしているのに撃墜する数に大幅な差が開くのかとと首を傾げた事がありまして。

同じ武器なら同じ弾数と射撃速度になるから単純な命中率の差なのか?

なんで艦娘のよっては撃墜数が二倍近く広がる事があるんだ?

狙う際に他の艦娘よりも余裕を持って狙えるからじゃないかな?

なんで同じ環境でそんなに余裕ができるの?

ゆっくりとスムーズに狙う時間が他の艦娘よりもあるって事じゃないか?

つまり、特定の艦娘は時間を止める能力でしっかりと狙えるから撃墜数に差が出るんだな!?

何て言うかホント頭の悪い発想を作品にしてごめんなさい_(:3」∠)_


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第三十二話

自分の中の中二病に突き動かされて書いた文章を後から読むと恥ずかしくて仕方なくなる。

まぁ、全部まとめて自業自得なんですけどね。

やっちゃったモンは仕方ないね。

そう言えば艦娘って改造すると損傷が治るだけじゃなくて燃料弾薬も補充されるのはなんでだろ?



 光の中から艦橋の円形通路へと倒れ込むように姿を現した吹雪の姿に中村は指揮席を立ってコンソールパネルを飛び越えて床に倒れそうになっている少女の身体を受け止める。

 

「吹雪っ、大丈夫か!?」

「しれい、かん・・・私たち・・・生きて、ますよね?」

「は、ははっ、ああ、見れば分かるだろ・・・よく頑張った!」

 

 破れた服の下の内出血で痣だらけになった身体は痛々しく、目や鼻からだけでなく身体中から血の筋を滴らせて千切れたセーラー服の白い布地や肌に落ちて汚していく。

 その少女の身体を抱きしめた中村の服も血で汚れていくがそれを気に止める事無く指揮官は吹雪を褒めてその小さな背中を出来る限り優しく強く抱きしめる。

 

「司令、私、少し・・・疲れ・・・ました」

「後は帰るだけだ、お前は今回のMVPなんだから寝てても誰も文句なんか言わねぇよ」

 

 頭上から落ちてくる戦艦水鬼の拳を見上げて、生きていたい、と叫んだ吹雪に呼応するように艦橋に満ちた青白い光と制止した世界。

 

 目と鼻の先で氷の彫像のように固まった敵の姿に戸惑う駆逐艦娘にとっさに回避を命令してその場から離れ、コンソールパネルに浮かぶ吹雪の立体映像に重なる様に表示された花菱紋に中村はその現象が中枢機構から彼女が自分の意思で願いを叶える為に必要な力を引っ張り出したのだと教えられる。

 

 そして、どこからか送り込まれた霊力の補充を受けた上にまるで中二病臭い漫画のキャラクターが使うような自分以外の時間を止めると言う反則な能力に目覚めた吹雪は中村の声に従って思いつく限りの方法で戦艦水鬼へ攻撃を仕掛け。

 

 指揮席で時間停止能力の発動可能な時間を知らせて数字を減らしてくカウントタイマーを止めては動かし、最後の手段として中村と吹雪は叫ぶだけで音波攻撃となる水鬼の喉へ砲身が破裂するほどの砲撃と雷撃を撃ち込み、返す刃で心臓部であると思われる胸元を壊れるまで錨斧で殴ると言う乱暴な方法で破壊する。

 

 自らの加速度と蓄積する衝撃によって歩くだけで、腕を振るだけで砕けていく身体と武器、そして、幸運を全て使い切るように吹雪は全身全霊を賭け無理矢理に猛攻を戦艦水鬼へと叩きつけた。

 その止まった時間の中で補充され満タンになったはずの霊力も湯に放り込まれた氷のようにみるみる溶け消え、続いて吹雪の背面艤装がオーバーヒートを超えてスクリューや煙突が弾け飛び原形を失い、さらに肉体が内側から砕け始め戦闘形態が強制解除される寸前。

 まさにギリギリの所で戦艦水鬼と彼等の戦いは中村達の勝利で決した。

 

 少し考えるだけでも途方もないと分かる吹雪の力を制御する方法は案の定であるが中枢機構に住み着いている妖精モドキからのイメージで伝わってきた。

 

 だが、彼女が中枢機構から勝手に持ち出し、自分で無理やりに繋いだ力の欠片は今までの妖精に調整された安全なモノでは無く吹雪の心身にハイリスクを要求するものだった。

 

 何故そんな能力が彼女に目覚めたのか、何故今までの能力のように使いやすいように調整しなかったのか、と頭の中で呟く中村の脳裏に猫吊るしから戻ってきた曖昧な内容の返事にもならない言葉だけが揺れる。

 

(吹雪が俺と生きていたいと願ったから? それに子供の成長に手出しは無粋、ってなんだよ、根性とか友情とかそう言うもんを有難がる精神論者かよ?)

 

 科学者のくせに昭和の親父みたいな根拠の欠片も無い精神論を振り翳して言うな、と内心で愚痴り。

 疲れを身体全体から滲ませつつも抱きしめた吹雪が生きている事を触れ合った体から伝わってくる呼吸と心音でしっかりと確認した中村は深く息を吐いて安心に苦笑する。

 

「提督、海面下の限定海域が浮上を開始したようです」

「さしずめ門番が居なくなったから扉が開くって所か・・・良し逃げるぞ!」

 

 鳳翔が戦艦水鬼の一撃が掠って破れ開けた胸元を手で押さえながらモニターの向こうの海面を黒く染めていく大質量の接近を知らせ、文字通り目が回る戦闘で精神的にも肉体的にも限界が近づいていた中村は自分の胸に寄りかかり寝息を立て始めた吹雪を抱き上げて撤退を宣言する。

 

「いや、提督、帰るのはアタシもさんせーなんだけどさぁ、もうちょっと言い方ってありますよね~?」

「言うな、情けないのは自分でも分かってんだよ」

 

 そして、北上の呆れ声を背に指揮席へと戻るために中村がコンソールパネルを跨ごうとしたと同時に艦橋が不意に揺れ。

 吹雪を抱き上げている重さと片足を上げていた事で重心を崩した指揮官は円形通路に尻もちを着いて後頭部をモニターにぶつけて呻く。

 

「なんだっ!? やっぱり気絶から起きたばかりの霞に旗艦はまずかったかっ?」

 

 敵主砲の余波による気絶から復帰した霞は多少の損傷はあれど最低限の航行と戦闘は可能な状態だと判断して中村は自分が発動させた能力の負荷で戦闘形態を自壊させて戦闘不能になった吹雪を休ませる為に交代させた。

 その霞が突然にすぐ近くにいる名取に支えられながら海面に座り込んで虚ろな目を前方に浮かび上がってきている巨大な深海棲艦の巣へと向け。

 

「ぐっぅっ!? なに、これ・・・?」

「ちょ、いきなりどうしたのよ、五十鈴!?」

 

 中村がすっ転んだ艦橋の円形通路に大破状態で北上に支えられて横座りしていた五十鈴が手を額に当てて虚空に目をさ迷わせ、彼女を介抱していた北上が尋常ではなさそうなその様子に戸惑いの声を上げる。

 

「て、てーとく、モニターがっ!」

 

 戦闘の負傷による疲労が原因かと考えた中村の推理を中断させてゴーヤが朝日を遮るように薄暗く染まっていく全周モニターに気付き、彼等は潜水艦娘が指さす先に映る奇妙な映像に目を見開いた。

 

『止めてっ!! 返して、山雲を返してよっ!』

 

 身体に纏わりつく深海棲艦の体液を思わせる黒い海水の中でもがくように泳いで海面に座り込んでいる妹の元へと向かう情景。

 

『・・・手を離しっ・・・なさいよぉっ!』

 

 まるで母親が子供を守る様に覆いかぶさっている戦艦娘の下でコールタールの様な黒い海に這いつくばって海面を引っ掻く手が見える視界。

 

『ごめんね、みんな。 山雲が弱くて、勝手に諦めちゃって・・・ごめんなさい・・・ごめん・・・』

 

 奇妙な月が浮かぶ空の下、巨大で歪な鎌首をもたげる蛇に半身を咥えられ黒い海を見下ろして嘆く声に揺れる景色。

 

 まるで同じシーンを別の視点から同時に観測しているかのような映像がモニター全体を覆うように広がる。

 

 守る様に覆いかぶさっている仲間の手で押さえつけられて上げる怒声、黒い海に溺れながら上げる絹を裂くような耳に痛い叫び声、うわ言の様に繰り返される掠れた謝罪の言葉が中村達のいる艦橋に届いた。

 

(あれは確か鎮守府に戻ってきていない艦娘の・・・、それになんで港湾水鬼が・・・)

 

 突然の映像に目を見開いて唖然としている中村の前で蛇の口から落とされて木の葉のように宙に舞い落ち、巨大な要塞型深海棲艦の真っ赤に開いた口へと落ちていく小さな艦娘の姿がそれぞれの視点が同時にモニターに並び。

 

『朝雲ねぇ、満潮ねぇ・・・、二人はこっちに来ちゃ、ダメ・・だからね・・・』

 

 痛々しいほどの怒りと絶望と嘆きに満ちた映像の中で涙を零し散らしながら落ちていく朝潮型駆逐艦娘である山雲が耳まで裂けた巨大な口を開ける深海棲艦に呑み込まれる。

 そして、始まった時と同じように唐突にモニターに広がっていた奇妙な光景がブツリと切り替わって元の朝日を浴びる海上へと戻った。

 

「あ、あの黒い海、限定海域だよっ、間違いないよ!」

「でも、なんで、そんなのが艦橋に映るのさ・・・」

 

 前回の艦娘救出作戦に参加して限定海域に突入した経験を持つ伊58が叫び、その言葉に衝撃的な光景に目を見開いたまま硬直している北上が喘ぐように呻く。

 海原へとモニターの景色が戻っても思考停止していた中村達の身体と艦橋に激しい推進機関の唸りが響き、艦娘が高速機動を行う際に感じるものと同じ前兆の揺れが彼らの身に伝わってくる。

 

「い、今のは一体・・・?」

 

《ふざけぇっ、ふざけんじゃないったらぁああ!!》

 

 見る間に黒い渦を青い海上に広げていく限定海域へと霞が怒りに染まった猛獣を思わせる怒声を腹の底から迸らせ、その背中の艤装の汽笛が過剰な圧力で吹き鳴らされて遠く遠く早朝の海原へと響き渡る。

 

「ぉっぁっ!? 今度は何だっ! 何だって言うんだ!?」

 

 中村が座っていない指揮席のコンソールパネルの上で推進機関の制御レバーがガチャガチャと音を立てて勝手にその出力を上げて艦橋を揺らす。

 

「うっ、まさか!? 止めろ、今そこに飛び込むのは自殺行為だっ!」

「名取ぃっ!! 霞を捕まえなさいぃ!!」

 

 指揮官の手によらず勝手に艦娘が推進機の出力を引き上げると言う異常な光景に驚いた中村は霞が黒い渦へと突撃を行おうとしている様子に目を剥いて叫び。

 それと同時に虚空を見つめてへたり込んでいた五十鈴が身体の重傷を思わせないほど素早く立ち上がりモニターを叩くように通信回線を開いて、その向こうにいる妹艦娘に大声で命令する。

 スクリューを過剰回転させ加速準備段階だった霞の背中に体当たりするように抱き付いた名取が体格と重量で暴れる駆逐艦娘を抑え。

 

《離せっ! 離しなさいよ! あそこには私の、私達の姉妹艦がっ!!》

 

 衝撃で揺れる艦橋に振り回されながらも中村は指揮席に戻り、気を失っている吹雪を膝の上に乗せた状態で勝手に出力を上げようとしているレバーを渾身の力で引き下ろす。

 

《落ち着いてっ! 霞ちゃん落ち着いてくださいっ!》

《落ち着けるわけないでしょ! 食われたのよ! 山雲が深海棲艦にっ!!》

 

 身長と体格に差がある為に何とか霞の加速を押し留めている名取であるがその脇や頬に暴れる駆逐艦の腕や肘がぶつかり痛そうな呻きと鈍い音を立てる。

 

「霞、今あそこに行っても無駄な犠牲を増やすだけなのよ! そんな簡単な事ぐらい分かるでしょ!!」

 

 中村がレバーを抑え込んだ事で急回転しようとしていたスクリューが停止して名取に押さえつけられてうつ伏せに倒された霞が怨嗟の声を上げて海面を引っ掻き、その艦橋でフラフラと今にも倒れそうな状態の五十鈴が解けて顔にかかった髪を掻き上げて目元を濡らす血の筋を拭う。

 

《黙ってなさいっ、五十鈴には私の気持ちが分からないのよ! あんなのを見せられて平気でいられっ・・・》

 

「平気なわけないでしょ!! 私と、名取の姉妹艦も・・・いるのよ、あそこにっ・・・あの中に見えたのよ・・・」

 

 突然の出来事に呆気に取られた中村や他の面々を他所に五十鈴はモニターに背を預けて霞の言葉を遮り一喝し、そして、額に血まみれの手を当てて震える声で呻く。

 その姿と言葉についさっき様子がおかしかった軽巡洋艦娘もまた霞と同じように自分とは別の誰かの視点で先ほどの悍ましい光景を目撃したのだとその場にいた全員が気付いた。

 

《っぁ・・・う、ぅぅうっ・・・》

 

 頭に血を昇らせていた霞の激情が五十鈴の苦しげに呟いた言葉で行き場のない怒りと無力感に変わり、涙を滲ませ突然に知らされた姉妹艦の苦境を知り悲しみに震えている名取に抱きしめられたまま朝潮型の末妹は強く歯を食いしばる。

 

「そうか、さっきのは精神の混線か・・・夢の中だけで起こるってわけじゃなかったんだな」

「・・・それは、夏の作戦前の時にも何人かの子達が見たと言う悪夢の事ですね?」

「あぁ、多分な・・・」

 

 前回の限定海域が近海へと近づいてきた時に鎮守府で妙な夢を見た艦娘が姉妹艦の苦境を感じ取り精神を不安定にさせた事を思い出した中村は聞きいてきた鳳翔に向かって頷きを返し、アストラル