枢木スザクの逆行 (青崎 巡)
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1話

 皇帝陛下、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを伝説の英雄ゼロが討ってから一ヶ月が経とうとしている。日本は再び平穏を取り戻し、平和な世界への道を歩み始めた。

 今日の新聞に、そんなことが書かれていた。平和な世界、それはルルーシュのたった一つの願いだったと読みながら思った。

 彼の妹ナナリーが平和に幸せに暮らせるようにと、ルルーシュはゼロとなりブリタニアに戦いを仕掛けた。結果的にそれは叶えられナナリーも幸せに暮らしている。

 ゼロ・レクイエムが終わった今、僕は目まぐるしく変わっていく世界に置いて行かれないよう必死だった。だからきっと休みたかったんだ。何を思ってか僕はその日、アッシュフォード学園の屋上にいった。もちろん許可は取ってだ。

 そこでいつものように屋上のフェンスに寄りかかって空を見上げていた。ルルーシュと二人で話した、あの時を思い出しながら。

 「ねぇルルーシュ、聞こえる?…僕だよ、スザクだ」

 誰も居ないから一人で話し出した。断じて変な人ではない。

 君はこれを天国で聞いているのかな。…待てよ?ルルーシュは天国に行けるのか?優しい世界を作るためだったとしても彼は人をたくさん殺した。いやいや、そんなことを言ったらユフィもそうじゃないか。うーんと唸りながら考えても答えは出てこない。やめよう。二人は天国にいるんだ。きっとそうだ。僕はそれ以外認めないぞ。

 「…君の望んだ通りこっちは平和だよ、ナナリーも」

 ゼロ・レクイエムが終わった後、僕はナナリーに真実をすべて話した。ルルーシュがナナリーのために世界を壊し始めたと聞いたらナナリーはきっと酷く悲しむだろうと思っていた。でもそれは杞憂だったみたいで、ナナリーは「お兄様が創って下さったこの世界で幸せにならなければ。それがお兄様の願いなのですから」と言ってくれた。だけど時々するルルーシュの話で悲しそうな顔をするのが気にかかっている。

 「口では言わないけど、彼女も寂しそうだ。偶にナナリーの近くに出てみたら?」

「ほらこうやって」と笑いながら幽霊の真似をした。隣に君が居たら呆れていたかな。それとも「もう毎晩そばに出ている!!」なんて言ったかな。どんなに考えても全ては過去の事で、僕が殺した彼が戻ってくるはずがないのは分かっていた。

 「それでさ、ついでに僕のところにも出てよ。幽霊でも、何でもいいから…」

――逢いたいよ、ルルーシュ…。

その言葉は飲み込んだ。言ったらもう立ち直れない気がした。

 下がってきた視線を上げる。ダメだダメだ、気分だけでも明るく保たなくちゃ。何で気を抜くといつもこんなことを考えてしまうんだ、これが僕の悪い癖なんだからいい加減直さなくっちゃいけない。

 今日は良く晴れているけど風が少し強い。錆びついてぐらつくフェンスが心配だ。風で飛ばされたりしないかな、ドーンって押しても壊れないかな、なんて考えた。

 疲れていたからなんだ。いつもはしないおふざけだった。僕は助走をつけてフェンスに思いっきり体当たりした。そう、思いっきり。

 ぐらりと身体が傾いた。金属が擦れて音を立てたのを聞いて嫌な予感がした。ゼロが屋上のフェンスに激突して落ちて死にましたなんて冗談でも笑えない、いや本当に。こんな時頭の良いルルーシュならどうしていただろうかと諦めかけた時、その名前にハッとした。

 ――ルルーシュ。

 もう命乞いはしない。だから神様!僕をルルーシュに逢わせて下さい!!そう必死で居るかもわからない神様に願った。苦しい時の神頼みとはこの事だなと思った。

 冷たい風が頬にあたる。落ちていると実感して少し怖気づくがそんなのに怯んでいる暇はない。

 どうせ死ぬならルルーシュに逢いたい!天国か地獄かどちらにいるかも判らぬ君に!!

 そう意気込んで意識が飛ぶまで1秒もかからなかった気がした。

 



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2話

 目が覚めると古い蔵のような場所に寝ていた。慌てて起き上がる。僕は屋上から落ちて死んだはず。それに死ぬ前に神様にルルーシュと逢わせてってお願いしたんだけどな、神様はやっぱり意地悪だ。

 

 もしかして一命は取り留めて誰かに助けられたとか?それだったら救急車よばれてるだろうしこんなボロい蔵に運んでこないだろ。一日にいろんなことがありすぎて思考力が低くなってる気がする。落ち着け僕、一旦冷静になるんだ。

 

 まずは情報把握だ。体の痛みは固い床に寝ていても感じなかったくらいだから大丈夫かと思い立ち上がる。予想通りどこも痛くなかった。どうやら僕は異常に丈夫らしい。

 

 辺りを見回す。何となく懐かしい感じがするのは気のせいだろうか。それに目線もいつもよりだいぶ低い。それよりおなかが空いてきた。今日の朝も忙しくて何も食べていなかった気がする。ナナリーが朝食は取った方がいいと言っていたな、空返事だけして結局言う通りにしなかったのを今更後悔した。

 

 立っているだけでもなんだか頭がくらくらする。これは結構な重症だ。どこか適当な座る場所を探して腰を下ろす。こんな事になったのは屋上のフェンスに体当たりしたことだ。そう考えて泣きたくなった。何でそんなことしようと思ったんだ。馬鹿にもほどがあるだろう。自分がここまで馬鹿だとは思わなかった。薄っすらと僕を襲う空腹に耐えきれず壁に背をもたれ俯く。

 

 足元が視界に入る。あれ、草履なんて履いたっけ。それに袴まで。懐かしいな、これは小さい頃着ていた武道袴と同じだ。いつこんな服に着替えたんだろう。記憶をた辿っても着替えた覚えはなかった。

 

 そこで初めて僕は今の状況が奇異だと感じた。一体ここはどこで、屋上から落ちたのにも関わらず生きているのは何故なのか。

 

見覚えのある蔵、幼少期と同じ袴、いつもよりだいぶ低い目線、いくつかの疑問を頭の中で並べると一つの結論に至った。

 

 ―――まさか。

 

 でもこの状況を整理して考えるとそう認めざるを得ない。自然と呼吸が荒くなってくる。それなら、君は。ルルーシュは…!

 

「居た…具合はどう?」

 

 グルグル考えていたら後ろの方から高い声が聞こえた。聞き覚えがあり思わず背筋が震えた。やはりここは“あの”蔵なのかと考える自分とそんなことはあるはずがないと考える自分がいる。頭の中はごちゃごちゃだ。

 

「…大丈夫?」

 

 応答のない僕に心配そうに声をかけながら、こちらに近づいてくる。だめだ、今君の顔を見たら懐かしくて泣いてしまう。あれ、さっきは逢いたいなんて思ってたのに矛盾しているな、なんて人事のように思った。

 

「き、聞こえてる?」

 

 俯く視界に君の靴が入り、そこから少し顔を上げれば健康そうな白い生足…いや断じて変な気は起こしてない。顔を合わせない僕をじれったくおもったのか分からないけれど君がすとんとしゃがむ。一気に真っ白なワイシャツに映える黒いサスペンダーが目に入った。

 

 ここまで来ても顔を合わせようとしない僕の様子がおかしいのは誰でもわかるはずだ。彼は心配そうに小さな手を僕の目の前で振り言った。

 

「…スザク」

 

 ぷつり。君が捨てたはずの名前を呼んで何かが切れた気がした。今まで耐えていた何かが。ダメだ、今泣いたらダメなんだ。奥歯をこれでもかと噛みしめる。

 

「ル、ルーシュ…っ!」

 

 僕の声も高くて別の意味で泣きたくなった。幼いルルーシュの顔が見える。あぁ、やっぱり僕はうまく笑えていないや。大きなアメジストの瞳に映った僕の顔を見て、そう思った。



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