なんちゃって戦国人のせいでエンゲル係数がやばい (ぽぽたろう)
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手作り餃子は大量に作り何日も食べる(予定だった)
目が点、とはこういう時に言うのだろうか。
押し入れの襖が勝手に開くという怪現象に野太い悲鳴をあげてしまった。女をやめている気がしたけれど、仕方ないったら仕方ない。
「な、なにものだ?」
ナニモノて。重力に逆らったワックスガチガチ頭の青年が混乱のあまりネタ口調になっていた。正直私も服と布団を仕舞っていた筈の押し入れが、走れるくらい広い畳部屋に変わっていることに混乱しているのだが。
「どういうことなの……」
現状はどうでもいいから、とりあえず久しぶりに手づくりした焼きたて餃子をたべていいですか、いただきます。
韮と白菜どばどばいれたニンニク生姜ばっちりの餃子おいしい。ホントおいしいご飯が進む。
「あー、その、邪魔したな?」
オールバックの畳の住人はもくもくご飯を食べる私に何やらたじろいで。ぐぅ~、キュルキュル…と盛大に腹を鳴らした。
右に左に目を泳がせて、チラチラ留まるお盆の上。……ニンニクと肉とゴマ油の焼けた匂いはやばいよね、うん。腹も減るとも仕方ない。
色々気にしなきゃならないものが多すぎるし、言わなきゃならないこともすごくあるはずなのだけど。一先ず箸を一膳差し出して、気色満面に飛び掛かって来た謎の青年のために冷蔵していた残りに火を入れることにした。
「…っ!……!!」
ハフハフッ!ムシャア!
効果音を付ければこんな感じかな。一口食べて唖然としながら「うまい」と呟いて以降、一心不乱に餃子を口に詰め込んでいる。
あ、それ最後の方皮が足りなくて一杯詰め込んだやつだ。てか摘むやつ肉が多いの狙ってるなぁ。素晴らしく幸せそうだから、まぁ許してあげよう。
三日くらい保たすつもりで包んでたけど、健康男児の食欲は凄まじい。明日も作らないとダメか。
「あ、よかったらこれ」
皿に注いだポン酢を手渡して、自分も食べる。一瞬キョトンとした後に、恐る恐るといった感じで(なんでポン酢に……)浸けて口にした。
カッ、と見開かれる目。もごもご咀嚼しながら、「天才か!」と言わんばかりの視線。うん、私はおでんしか使わないから出してなかったけど、辛子も試してみようか。
あー、とにかく餃子おいしいよ肉汁とポン酢の相性最高。脂の甘みがさっぱりとしたポン酢に絡まって箸が止まらないおいしい。
……現実逃避餃子最高。
「すまない、あまりにうまそうな匂いだったのでつい……」
目一杯腹に詰め込んでから正気に返ったらしい。青年が本当に美味だった、と頭を下げた。
それは謝っているのか餃子に感謝しているのかどっちなんだ。
「それがし徳川家康。今回は妙な現象の中馳走になった。気になる事は余りに多いが、まずは感謝を」
ああこれはこれはご丁寧に。徳川家康とか幕府すごいですね。虐められるかネタにされるか、とにかく覚えやすいわ。
「何がなんだかわからないけと、お腹空いてるのは分かったから。理解できたものに意識逸らしただけだし」
自宅の襖がどこでもドア……どこでも襖?になったとか脳内から消去してたのに、相変わらず奥は畳部屋のままだよ!
「あー、私は佐藤めぐみ。とにかくお粗末さまでした。」
何で繋がったとか、そこはどこでここは何だとか建設的な会話は出す元気がない。明日が休みだからと餃子包み頑張ったせいで気力も残ってない。が、喋らないとどうしようもない。
笑顔でなにか言おうとした家康くんだったけれど
――家康!イィィエヤアアアアスゥウウウ!?どこだ家康!半兵衛さまがお呼びだ!今すぐ顔を出せ!!――
押し入れ先(仮)から響く連呼される名前。
は、はは…、と渇いた笑いが聞こえるような表情に変わった顔に苦笑する。
「ほい、ブレス○ア。これのんで帰りなさいな」
一粒口にほうり込んでから同じのを渡す。さすがにニンニク生姜臭わせまくるのもね。
困惑したように錠剤を眺め、意を決したように口に含む。……たかが口臭抑制剤に気合を入れすぎである。
「本当に世話になった。この礼は必ず!」
ピシッとしたお辞儀を一つ残して、畳部屋に戻っていく家康くん。私は襖を閉じながら
ーー三成、そんなに呼ばなくても聞こえているぞ。
ーーならばさっさと顔を出せ!いつまで半兵衛さまを………
押し入れから聞こえる謎の声を、聞いた。
………なんなん、いやマジで。引っ越そうかな。
昔の携帯小説引用。こっちに持ってきたら続きのやる気がきっと出るといいなぁ。
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スープの具材はなんでもいいと思う
怪現象が起きた事より、今日のお昼ご飯の方が重要ですよね。
昨日眠るまで、襖を開けたり閉めたりを繰り返した私は許されるはずだ。見知らぬ青年に見知らぬ部屋。閉じられたそこを再び開ければ、みっしりと服がチェストに収まっている。
青年が残した箸一組に、皿と普段使わない辛子のチューブ。睨んでみたりもしたけれど、洗い物が消えるわけもなく。本当に意味がわからないし防犯面で危険すぎる、が。大事なのは今日と明日のご飯のアテがなくなったことだ。
そうアテがなくなったのよ。
「餃子煮るだけのつもりだったのに」
軽率に箸を渡したわたしも悪い。ワンタンスープは犠牲になったのだ……。
いやね、無茶苦茶簡単なのよ。玉葱人参を適当に刻んで、中華スープにちょびっと生姜おろして沸騰がてら野菜煮込んで。作り置きの餃子をぶち込むだけ。醤油ちょっと垂らして、好みでゴマ油。いやマジ旨いのよこれ。
餃子の中身が爆裂してもそれはそれでおいしい。ツルッ!とした皮をすごく期待してたんだ、本当は。
餃子の残りなんてなかった。
「今日のお昼は牛乳スープだ楽に行こう」
ハーブソーセージが特価品だったときに冷凍庫に三つほどほうり込んでた奴を使おうそうしよう。餃子が無くなったことに嘆いていてもお腹はすくんだから。
「人参玉葱ジャガ芋椎茸しめじにうんたら切りきざめー」
やけが入ってるなーとは自覚してるんだけど、まぁ誰だって予定が崩れればこんなものだと信じたい。
冷蔵庫に入っていた、コンソメで煮てもまずくならない野菜全部を適当にさいの目。切り終わってから炒めるなんて事はしない、切れた先から油を引いた鍋にぽんぽんぽんぽん放り込む。ちゅんちゅんチリチリ鳴り響く焼ける音。
ぶつ切りハーブソーセージも忘れずにね。ううむ素晴らしい、香ってる!
「切ったら後はほっとくだけなんだから楽なもんよ!」
水とブイヨン一欠けほうり込み、弱火にして満足。今のうちに回してた洗濯物を干すとしよう。
「なぁあああぜじゃあああああ!」
「危ないっ……!」
ガタタタ!っと建て付けの悪い襖が開く音と、声。
「すまん権現!助かった」
「はは、怪我がなくてよかったよ」
…片方は聞き覚えがあるんだけど。昨日の徳川幕府とか!
「ん?なぁんか妙な場所だな。この倉はこんなに明るくないと小生は記憶しているぞ」
「ここは……また迷い込んでしまったのか」
「んん?知っているのか権現」
「前に世話になったんだ」
. なんだかベランダから戻りにくいけどまぁ、気にしない。自室に気兼ねとかアホみたいである。
「昨日に今日だよ家康くん」
「おお、めぐみ殿!」
窓からこんにちは。外に出るために服を着てなかったら大惨事だった。ノーブラだけど細けぇこたぁいいんだよである。
「あの時は本当にご馳走になった。あの呪いのかかった薬も、おかげで一日とても調子がよかった」
まじない。なんかこう、その年で口にするには悲しくなる単語が聞こえてきた。
「あー、あれ薬じゃないって。ただの口臭防止。調子よかったのはニンニク食べまくったからじゃない?」
「そうだったのか?」
はて、と首を傾げるも、何にせよ世話になったと笑う家康にどうでも……よくはならないってどこから来たのよこの子達。
「ここがどこでお前さんが何者なのかも聞きたいが、それよりこの食欲をそそるいい匂いが気になっている」
「はっ!ぬあああああああジャガ芋がああああああ!?」
しまった溶ける溶ける溶けてるってこれ絶対。大男の言葉に慌て、不法侵入者に背を向けて台所にダッシュ。私の昼ご飯と晩飯のスープがあああ!
「ず、随分と元気な女人だな?」
「また何か食事を作られてでもいたのだろう」
招いてない客が何かを言っているが、美味しいもののために全スルーだよ。
セーフでした。割としっかり形を残したジャガ芋が、箸で強めにつまむとホロリと砕ける。うん、バッチリ。牛乳を適当に加えてカサ増し、塩胡椒をぱっぱとな。
やや甘ぐらいでソーセージと一緒にかっ喰らうが至上!異論は認める。ペロっと舐めて味見も良し。朝ごはんという名の昼飯だ。ええ、さっきまで寝てましたよ。
「御八ツか、めぐみ殿」
「いい匂いの正体はこの汁物だったのか」
不法侵入者二人がチラチラとスープマグを見つめている。ほかほかの牛乳スープから立ち上るコンソメとソーセージの脂の匂いに生唾を飲み込んでいた。
グキュ~ルルル………。
家康くんと一緒に来ていた、渋い大男が体格に似合った腹の虫を鳴かせる。
「………………そういえば調度八ツ時、刑部の奴に倉を見てこいと言われたな。小生の大根とゴボウの煮付けがぁ」
「多分刑部の事だから下げさせているだろうな」
「なぜじゃあぁ!?」
えーっと、ガタイの割にヘルシーな物食べてますね。食べそこねた昼ご飯を思い出したのか、再び腹を響かせる大男。掌で摩りながら涙目になっている。ええい、いい年こいたおっさんが泣きそうになってるんじゃない!
「……少しだけ待ってください、これじゃ絶対足りないんでとこ増やししてくるわ。家康くんも食べて行きなさいな」
「いいのか?そんな旨そうなものを?」
「腹減りを目の前に一人だけ食べる神経なんてないって」
「す、すまん…(刑部ならニヤニヤしながら一人で食べるだろうな)」
「ははは、まためぐみ殿の料理が食べられるのか。申し訳ないのはあるが、とても嬉しいな」
「はいはいどう致しまして」
とりあえず注いだスープを鍋に戻して、もう一つ別にお湯を沸かす。電気ポットのお湯使ったから早いわー。
沸騰したお湯の中に封を切っていなかったシェルマカロニを半分一気に投下。マカロニにが茹で上がるまでにもう一声。
スープに水と牛乳、ブイヨン半分と塩を追加して、甘くない程度に味を調節。……ホントは邪道なんだけどなぁ。野菜どっさりの食べるスープにしてたから、まぁバランスは悪くないか。
早煮えマカロニさんを適当に湯切りしてスープにイン。もう一回味を見て、塩パラリに味ぺろり。…塩加減は良いんだけどなぁ。
「はいおまたー。牛乳マカロニスープできました」
「おおおおお!感謝するぞぉ!」
「ありがとう!」
この漲りようは何なのか。一人用おこたサイズの机に三人寄るのはつらすぎる。まぁいいか。
「んじゃさっくり食べて」
ほい、とステンレスのでっかいスプーンを手渡す。二人して興味深そうにスプーンを見ているけれど。そんなことどうでもいいのよ、とにかくご飯!注ぐだけ注いで食べそこねた私のハーブソーセージさん!はぐ、っと一口はじける肉汁。
「うん、まぁまぁ」
……やっぱり何となく味がぼやけてるなぁ。スープに野菜のうま味が出まくってたのに、半端にブイヨン増やしたからまろやかさが足りない。コンソメが尖んがってる。
尖んがってるからぼやけてるって変な感想だけど事実なんだから仕方がない。
「う、うまい!うぅぅまぁああいぃぃぞおおおお!!」
「これはまた前の料理とは随分様相が違うな?だが口の中で崩れる野菜が実にうまい!」
お前は味王か。うまいしか言わなくなった大男が急ぎ過ぎたのか舌を火傷している。あーはいはい麦茶どうぞどう致しまして。
「汁と一緒に具菜と肉を一度に食べると、いつまでも噛み続けたくなるな」
「小生、こんなに幸せで大丈夫なのか……?明日死んでいるかも知れん」
真面目に食レポしてる横でネガティブな事を言ってる大男。はいはい、お代わり一杯くらいならありますよ。いや、貴女が神か的視線はもう昨日の家康くんで間に合ってますから。
便乗してこっちを見るな家康くん!
「ふううぅ!食った食った!小生久しぶりに満腹になったぞ!感謝するぞ、その、めぐみ殿?」
「……自己紹介すらしてなかった」
お互い様とは言え、これでいいのかまぁいいか。
「お粗末様でした。私はめぐみ。適当に覚えて下さい」
「小生は黒田官兵衛。こんなうまい飯を作る女人を忘れることなんて出来ない!」
「あー、うん、ありがとう?」
個人的に納得してない味だったから、微妙な気分だけどね。しかしクロカンか……。また有名所が。これだけデカければ虐めも無かったかな。
名前にしげしげ眺めてしまい、黒田さんがうろたえている。おっとすみません。
「あー、さてめぐみ殿。前回着たときはうやむやになったが、ここがどこか教えてもらってもいいだろうか?」
「どこは言えるけど、何がが言えないからどうにかなってるじゃ駄目?」
考えるのが面倒なんですが。むしろなんで私不法侵入者にご飯をあげてるんだろう……。
「さすがに二度目ともなるとな。そこを潜れば帰れるのは分かるのだが」
「小生はまたここに来たい。ご飯が食べたい」
「おいおい官兵衛……」
あー、お腹一杯で考えたくないわ。
「ケースが少な過ぎて確定できない」
「けぇす?」
………幕府とクロカン凄いですね、と適当に流していたのだけれども。
話す機会が訪れてしまっていろいろ確認したら本人でした。頭にアニソンが流れすぎて理解できないレベルで今の私には理解出来ない。
史実からは微妙にズレてたり、ばさらワザなる何かを少しだけ見せてもらったり。頭を抱える事象が目の前に存在している。豊臣秀吉がでかいおじさんとかどういう世界線なんだ意味がわからない。
未来に見せかけた「何か」、としか説明出来ない私の現状。蝶々的プチカオス理論と意志決定、賽の出目を例にした確率による可変式平行線を説明して、二人を(今の僕には理解できない)頭痛に苛ませた後。
whyの解明に入ったわけだけど。
「現象が起きた対象の回数が少な過ぎて、原因の確定には至らない、と言う話しね」
「ああなるほど、先程のばたふらい?より解りやすい」
「小生は何となくだが理解できたぞ?
ともかく。聞くかぎりこっちに繋がったのはまだ二度目なんだな。少なくとももう二、三度程起こらないと断定はできんだろう」
黒田さんが渋い目元を細めて家康くんに伝える。やっぱり軍師の人だから数計に強いのだろうか。でも芥川な徳川家康は、なんとか信正?正信?と謀略誅略しまくってた頭脳派だったけども。平行世界の家康くんはそういうタイプじゃ無いのか積み立てる時間が足りていないのか。
まぁなんにせよ。
「こちらに来るには、ワシが関わっている[かも]しれない、ぐらいのつもりでいればいいのだろう?」
「身も蓋も無く言っちゃえばね。個人的にはあんまり来なくていいと思うよ、うん」
「二度とも馳走になってしまったからな」
あっははは、と朗らか過ぎるくらい爽やかに笑う家康くん。何だかなぁ。
「こっちに来たときは腹が減っていたのか?」
「一度目はともかく、今回はそこまでではなかったぞ。官兵衛にあやかり汁物を頂いたようなものだし」
「じゃ別に空腹は関係ないのね」
そもそもそんなノリで世界線を越えれるものでもないだろうし。
「人が傷つかず絆を血で千切る事のない世界があり、訪れる可能性がある。それを知れただけでワシは十分だ」
歳の割に随分と切ない事を口にするものだと思う。何歳かはしらないけどさ。自分が学生のころは何を考えていたんだったか。
「旨い飯にもありつけたからな!」
ごまかしも無い本音に チリッとした雰囲気は霧散する。なんだかねぇ。
「ま、小生は安定してこっちに来れるようになりたいね。さっきも言ったがまた飯が食べたい」
「人ン家をメシ屋扱いするのやめて、いやホントに。昨日の分含めたら3日分は貴方達の胃に収まってるんだからね?」
「そ、それほどか?」
餃子も明日の昼御飯まで持たせるつもりだったのよ。ワンタンスープに揚げ餃子に普通の焼き餃子もう一回。あぁ、食べそこねたメニューが悲しい。
牛乳スープだってマカロニ分を加えても五杯分あったのだ。訳あり物件で賃貸料格安で、割と給料も安定してはいるけども。
「作り置きしないと仕事帰りがしんどくて辛いのに、一人暮らしに対する嫌がらせかと」
「す、すまない……」
「すまん、めぐみ」
いやまぁ、今日明日は二連休でグダグダしたかった手抜き感だったんだけどね。
「しかし、昨日と言われたか?」
「んー、そうだけど?」
「時間があわないんだ。ワシがここに着たのは、前回大坂に参内し滞在した中頃。つまり二月前だな。あれからしばらくして三河に戻り政に追われていたのだから間違いない」
「……………私のところにも二ヶ月後に来てくれたらご飯が壊滅しなかったのに」
買い物行きたくないよー、引きこもってたいよー。餃子が全滅したのはホント痛い。卵ぐらいしか残ってないわ。
「そ、それはワシにはどうしようもない!というか言うべきところはそこなのかめぐみ殿」
「そうだぞ!?ほら時間がずれてるとかなんだとか!」
「とんでも戦国時代人がここにいる時点で、なんかもうどうでもいいかなと」
悟りをひらいて開祖になれる勢い。当人ふたりして気まずそうに目を逸らすんじゃないよまったく。
―――やれ、荷の確認にどれだけ手間取っているのやら。暗は変わらず使えぬ男よ
「げぇっ」
関羽?相変わらず異次元に繋がった押し入れから聞こえた声に、黒田さんが呻き声をあげた。
「あの声は刑部か、時間切れだな。迎えが来たなら仕方ない」
「帰りたくない、小生は帰りたくないぞぉ!」
ブンブン首を振る黒田さんを引っつかみ、引きずる家康くん。自分よりも二回りほどある相手をそう出来るとかどんな体をしているんだ怖い。
「結局よくわからないままだったが、とにかく世話になった!今度は何が材料を持って来れることを願っておいてくれ!」
「うん、もうくるな!じぁあね!」
「なぁぜじゃあああああああ!」
2度と来なくてもいいと思う。
・・・・・・・・・
――ほう、徳川も一緒であったか。
――ちょうど階段で足を滑らしているところに遭遇してなぁ
――……すまんな刑部、しばらく動けなくて調査は済んでないぞ
――頑丈な暗にしては妙な話よな。ほれ、動けや動け
――少しは小生を労れ!
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酢豚は肉ばかり食べてしまう
流しに浸かっているホーロー鍋を怨みがましく見つめたあと、ため息一つついて洗剤とスポンジを手にとった。
せめてスープ皿を流しに持って行ってくれ、頼むから。
―――――――――――
洗い物を撲滅した後、近くのスーパーまで買い物に出掛ける羽目になってしまった。目についた安いものをカゴに詰め込んで精算。ついでに図書館によってさっくり帰宅。
買いながらメニューを考えるんじゃない、買ってからメニューを考えるんだ……!考えるな感じろ!と酔拳の師匠(だったけ?)になりながら小分けなり何なりして冷蔵庫もしくは冷凍庫に。
しかし豚ブロックかー、何しようかな。グラム78円で思わず掴んだけど、600グラムもあるんか。でか過ぎた、どうしよう。
半分は味噌漬けかな。縦半分切断後、さらに半分にスバっと切り落とす。……トンカツの肉みたいになったけどまぁいいや。
味噌とみりんをたくさんに、砂糖と醤油をタッパーにしっかり混ぜ混み、トンカツ肉を埋没させる。
この味噌漬け大好きなのよね。豚脂が口いっぱいに弾けて、カリッと焼けた香ばしい味噌の風味がそれをさらに際立たせる最強のご飯のお供。実家で作ったら兄貴に半分以上食べられたのは忘れられんわ。
「明日の晩御飯に明後日のお弁当完成。フライパンで焼くだけとか素晴らしい!」
後はレタスとか適当にちぎればいいのさ!
無意味にテンションを上げながら、残りはどうしようかと頭を悩ませる。
野菜室を引っ張れば、いつものメンツが雑多にほうり込んである。って言うか自分がほうり込んだんだよ。
「あー、うー、ぬー、めんどい、めんどいけど酢豚作るか?玉葱人参ピーマンとか酢豚しかないか、酢豚だわな」
卵もそろそろ期限がやばいし。うん、酢豚にしようか面倒だけど。大量に小分けしておけば、しばらく弁当のネタには困らないし。
そうと決まれば下ごしらえだけやっておくか。
豚の残りを一口大にブツっとバラし、塩と酒をパパッと塗す。
野菜もやっぱり適当に刻んで、人参だけ鍋に水を張って湯がいておく。でかい鉄鍋に三度目の揚げ油を流し込み(そろそろ限界かもしれない)、加熱しながら卵を割って衣を作る。分量なんて適当!焦げなきゃなんとかなるねん!
入るだけの豚肉を鍋に落とし込み、じゃらじゃらと油の跳ねる音を聞きながら茹で上がった人参を湯切りする。
「うおぉ、唐揚げも食べたくなって来た。魚を食べ切ったら次唐揚げ作ろう」
揚げ物中に胸やけ起こす人は結構いるらしいけど、私は無制限につまみ食いしたくなるタイプの人間だ。食欲魔人の異名を友からもらったようれしくないよ。
うーん、しかし豚肉を揚げるタイミングの見分けか難しい。油の騒がしい音が、カラカラっていうちょっと高い音に変わったら揚がってるってテレビで見たけれど。
…………いつも通り適当でいいか。
結局揚げ油をまた缶にもどして(次は捨てよう、うん)、下ごしらえした野菜と肉にラップをかけた。晩ご飯にはまだまだ早い。
さてはて、今日の残りは借りて来た司馬な関ヶ原を読みますか。家康くんと黒田さんのおかげで久しぶりに読み返しちゃうよ。
石田三成を補佐する島左近が渋くて惚れそうになったのが凄く印象に残ってるんだよね。作者は東軍の事を書く方が楽しいって作中で言っちゃってたけど。
……今日一日じゃ無理だろうなぁ、これ。.
―――――――――――――
石田三成と島左近がメインの関ヶ原だったはずなんだけど、ついつい徳川家康が出ているシーンばかりを読み込んでしまう。
あの詐術のような、と言うか完全に詐術な、加藤清正や福島正則達を巻き込んだ転進を家康くんもいつかやるのだろうか。創作も入っているとはいえ、あまりにも家康くんにはそぐわない気がする。
「何だかなぁ」
石田三成の居なくなった日本は、あまりにも規律が緩まったと色んな人が思ったんだという。石田を切ったのは間違いだった、と徳川家康本人も記したんだったか口にしたんだったか。
……あの家康くんが?将来?
「全然思い浮かばんわ」
昼過ぎに重たいことを言っていたのは有ったけれどさ。基本ご飯もりもり食べて、並行世界に頭を抱えていた割と残念な子だったし。
うん、ないわ。
いやしかし流石昔のハードカバー。字が今の本の倍ぐらい詰まってる辞書サイズ二冊。流し読み気味だったのにあっという間に時間が過ぎてしまった。洗濯物取り込んで酢豚完成させますかぁ。
―――――――――――――――――
「ままっ、三成様、押さえて押さえて!女房さん達が怯えてますって!」
「知るか。それもこれも貴様が秀吉様のご期待を裏切ったからだ家康!」
「あの時は降伏を受け入れ城主に武装解除を命じさせるのが最善だった。あれ以上血を流させる必要はなかったはずだぞ三成!」
パン!と乱暴に開かれる押し入れの襖。襖を掴んだ右側に家康くん。左側に墨を付けていない筆のような前髪の細い青年に。後ろにはメッシュの若い子。
「帰れ」
……パンツを畳んでいた私がそれを言うのは許されると思うんだ。
誰だ貴様はここは何処だ何故秀吉様の居城にいるまさか勝手に城を作り替えたのか何たる無礼を斬滅してやる放せ家康この女に以下略。
「うん、帰れ」
一体私に何が言えたというのか。それにしてもよく舌の回る白い子だ。必死に説得してくれている家康くんを振り切ろうともがいている。聞き違いじゃなければこの子三成とか呼ばれていませんでしたか。
さっき読み進めていた関ヶ原の主人公ともいえる人物とか言うオチ?なんで戦国時代に終幕の始まりの鐘を鳴らした人が家康くんに羽交い締め……あ、ヘッドロックに変わって瀕死になってる。説得(物理)になってる。
「みみみ三成様!家康さん放してください絞まってます絞まってます!」
それ以上はいけない
なんだかんだあって。渋々暴れるのを諦めた石田三成(仮)。
軽い自己紹介をして(仮)が無くなってしまったなんてこった。
「しかし五日振りだなめぐみ殿。今回は随分と早かった」
「あれ家康さん、このねーさんとお知り合いで?」
「私はお昼振りだよ家康くん……。あー、二度ほどご飯をあげた仲ですよ」
「妙な仲もあったもんッスねぇ。あ、俺は豊臣、の左腕に近し島左近!よろしくたのんます」
「……………さ、左近、くん?」
「そうですよーめぐみさん」
………………なんてこった!
あの!あの乱破をサラっと流し石田三成の足りないところを渋く補うナイスミドル(顔知らないけど)がなんかチャラ男に!?
とんでも戦国時代ここに極まれり。島左近は武田信玄の所にいたっていう文も在って、大分高齢だったはず。それがどうしてこんな
「わ、若いね……」
「おねーさんだって十分若いですよ!」
「ありがとう、うん」
わけがわからないよ。
「そんな事はどうでもいい。貴様、なぜ秀吉様の城の部屋からこんな所に繋げた」
「繋げた覚えはないのよ。気付いたら家康くんが不法侵入してた。ついでにご飯あげた」
「ついでと言うのかなあれは」
「……今すぐ元に戻せ」
「そこから出て閉めたら直る、筈、多分。二回とも大丈夫だったし」
聞くや否や早々と襖をくぐりスパン、と閉める三成くん。そしてまたスパンと開く押し入れ。
「貴様、虚言を吐いたな!?」
「知らんわあああああ!?私のせいじゃないからあああああ!」
一体何に抗議すればいいんだ、もうどうでもいいよご飯食べて現実逃避したい!睨み付けてくる三成くんに頭を抱えてうんうん唸る私。家康くんと左近くんが何とか宥めてくれているけど、全く落ち着いてくれない。
「見てください三成様!ほらほら何か珍しい物がたくさんありますよ?何ですかねこの薄紅の塊」
「あー、それは椅子。座っていいよ」
「椅子、っスか。随分と妙なうわぁ!?沈む、沈むよこれ!」
リアクション芸人バリの驚きを表す左近くんに虫を見る様な目を向ける三成くん。
「ぅっわ、これ体に密着して1番楽な形になるんですかね?仰天したけど凄く坐り心地がいいっすよ動きたくないっス」
「なれると目茶苦茶居心地いいよそれ。高い買い物だったけど元以上の価値はあったわ」
三成くんそっちのけでぐりぐりと人をダメにするソファで遊ぶ左近くん。
「よっと。ほらほら三成様も。座ってみてくださいよ!」
「黙れ私はそんなものには……っ!」
「よいせ。力抜いてください三成様。すごく楽です」
自分の上司を容赦なく私のソファに倒しこみ、キラキラ笑う左近くん。ああ若い。文句を言っていた三成くんもなんだかんだいってソファを気に入ったのか無言で表面をなぞっている。
「おい女」
「めぐみ」
「……女。この椅子を半兵衛さまに献上しろ。そして秀吉様に後3倍大きな物を用意しろ」
「誰がやるかああああああ!!」
無銭飲食犯が強盗犯に進化した!?石田三成くんは自由すぎる!
笑顔で説得(物理)に走ってくれた家康くんのおかげで無駄にエキサイティングしていた私の精神は落ち着いた。むしろ引いた。
家康くんを睨み付けている三成くんは何か言いたげだが、さすがに学習したのか口をつぐんでいる。
「しかし困ったな、帰れはするが繋がったままか。このままでは大坂城の人に迷惑がかかってしまう」
「私にも迷惑だからね?マジ迷惑だからね?」
ピンポイントで見知らぬ他人が勝手に来客してくる押し入れとか迷惑って一言じゃ片付けられないからね?セコム付けただけじゃどうしようもないわこのどこでも襖。
大坂の名前に少し反応した三成くんだったけど、口は開かなかった。
「どうすればいいかな。と言ってみたものの、やっぱりアレだろう」
「なんとかなさるアテがあるんで?」
「………ごはん」
「今日はワシが腹が減っててなぁ」
スマンが頼む、ははははと笑う家康くん。………はぁああああああ。息を全部吐き出すため息を付けば、微妙に理解していない視線をくれる左近くん。
「……夕餉を摂るだけで本当に直ると本気で言っているのか貴様」
「信じられないのはすごくすごく分かるんだけど。今の所それで何とかなってるのよ……」
つらいのは私の財布と時間。さようなら私の酢豚。健康男児三人とか300グラムの肉じゃ足りんわ。お手軽単品、お手軽単品……。
「ちょっとまって、追加考えるから」
「夕餉の内容は決まっていたのか」
「一人ならね!絶対足らんわ」
「えーと、野菜の煮付けとかでいいっすよねーさん」
「ありがと、そう言ってくれるのはうれしいんだけど、メイン…主菜はもう決まってるからね。ちょい増やしぐらいでいのよ」
サブ、酢豚のサブ。酢の物は不可。煮物はだるい。お浸し?合う野菜がない。やっぱり汁モンか。酢豚に入ってない具菜で汁物、ぐおおおおお!
「よし、ワカメ特盛で」
いきなり何を言っているんだ的白い目はやめてください。
「ちゃっちゃか作るから茶碗やら何やら出しといて。そこ食器棚」
「了解した。なんでもいいんだな?」
「そのでっかい深皿だけは出しといて」
なんでも言いから早く秀吉様の城をお直ししろ!と結局叫んだ三成くんに押されるように台所へ。ラップをしていた酢豚の玉葱を、豚を揚げたでかい鉄鍋に放り込む。
中華は火が命っていうけど、容赦なく弱火。じわじわ焼く間に、中華スープを沸かす。買っておいたきのこ類を適当にばらして、沸騰がてら一緒に鍋に流し込む。生姜はちょっと悩んだけど、おろすのが怠いので諦める。
半端に焼けた玉葱に残りの野菜と揚げた肉を放り込み火力をあげる。と言っても中火だけど。
ピーマンをじわじわ焼いて肉を温めながら、すごいわかりやすい甘酢あんを混ぜますかぁ。
ばーちゃん家の昭和臭漂うレシピ本いわく、43211。ケチャップ、酢、砂糖、醤油、カタクリ粉。好みで酢を増やしたり味醂入れたりすればいいんだけど、基本はそれ。後は中華味の元と水適当にじゃかじゃか混ぜて一気に肉野菜に流すだけ。
「めぐみ殿、皿はこれでいいか?舶来物がいくらかあって、使ってよいものかわからなかったのだが」
某祭りのシールの交換品を恐る恐る置き直す家康くん。あー、それ元手はただです、はい。
「しかし薄く軽い茶碗だ。絵付けも見事に揃っているな。さぞ名のある陶工が造りあげた物なのだろう」
「猫に鞠。随分と気の抜けた構図だがな」
すみませんそれフリマで五枚一組200円で買ったやつです。可愛いからついつい衝動買いしちゃったやつなんだよね。
結婚式の引き出物なんかが出回ってるから良いやつなのかもしれないけど、残念ながら名も知らぬ野性の茶碗です。
「どーもありがと、んじゃ後ちょっとだからまってて」
「三成様、さっきの椅子もう一回座りましょうよ!」
「貴様一人で遊んでいろ左近」
「またまた、三成様だって気に入ってたじゃないですか」
ボフ、っとソファに何かがめり込む音を聞きながら、きのこ汁に乾燥ワカメを粉砕して追加。醤油でちょっと味を整えゴマぱらり。
「立てませんよこの椅子踏ん張りが利かないんです押さないでくださうわわわ!」
「そこで一生埋もれていろ左近」
「……あー、すまないめぐみ殿」
「破れたら死ぬ気で掃除してね」
あんたら弁償は出来ないから破るなとは言ったけど、破ったらソフトビーズで部屋があかん事になるらしく。正直そっちを想像するのがつらい。
さてはて、いい加減あったまっただろう鉄鍋の中身に、しっかり混ぜた甘酢の元を流し込む。調味料全部を水にまぜ混んだからダマにはならないはず。一気に強火で回し炒め、肉の衣と人参玉葱に絡み付く様を見届ける。
「お、おお!すっぱい香りがなんとも腹に響く。いかんよだれが出そうだ」
一気に蒸発した水分がお酢とケチャップの匂いをばらまき、それにつられた唾液を飲み込む。くああああ、良い匂い!
ピーマンに弾かれる甘酢餡を確認して、おっしゃあ!と大皿に流し入れた。うん、つやっつや!
「できたよー!はい家康くん、ご飯ついで。二合しか炊いてないからお代わりはないんであしからず」
「おお、強飯まであるとは贅沢だな!」
「えーっと、姫飯だよ、多分」
炊飯したご飯の名称なんざ小学校の社会の資料集で見た以来だよ。
玄米じゃない!?白米だって!?うおおメッチャ良い匂いじゃないっすか、と完成の声でこっちに来た左近くん達が(というか主に左近くんが)なにやら荒ぶっている。いいからさっさとつぎなさいとシャモジを押し付け炊飯器の電源を切った。どうせ完売しますよねと諦めながら中華スープを取り分けていく。
………!そういえば。
「やばい机ないわ」
あの一人用おこたでは絶対に4人分の皿は乗らない。なんの躊躇いもなく床に器を置いていく三人を見てちょっと慌ててしまう。
「ごめん、お盆はないんだわ。一枚しかない」
「おかまい無しっすよめぐみさん。こんなご馳走を用意してくれちゃったのに我が儘なんていいませんよー」
「家康、私はそんなに食べない。そんな山になった碗を寄越すな!」
「昨日、一昨日とお前がほとんど飯を食わないと刑部が嘆いていたのをワシは聞いているぞ?せっかくの姫飯だ、食べやすいだろうし胃に詰め込んでおけよ三成」
パタパタと手を振りながら構わないと笑う左近くんの横で、見た目がすさまじい事になってる茶碗を手渡そうとする家康くん。力の限り拒否する三成くんからは、食べれないと言うより食べにくいわ!という雰囲気が刺さっていた。
……いいから食べようよ、私のご飯ちょうだい。いつまでも無茶苦茶なもんを押し付けてないで。
「んじゃいただきまーす」
「御相伴に預かる」
「ゴチになりやす!」
「………」
酢豚の入った大皿と私の食器だけが机の上にあるので、小皿に取り分けて皆に配布。ペロっと指に付いた分をなめて、ついでにご飯を一口。うん、やや柔らか。
そうこうしていたら、三人ともイの一番に白いご飯を大切そうに口にして、ゆっくり飲み込んだ。何と言うか背筋がはって所作が綺麗な子達だ。
ま、そんなことより酢豚!いきなりメインの肉!
「んんん!うんまー。」
尖り過ぎず丸過ぎない酸味が衣に柔らかく絡み、噛めば噛むほどお肉に染みる。お肉やわらか!さっぱりくどい!矛盾!
家主の私を一応たててくれたのか、私が一口食べ終えるのを待っていたようで。それぞれが酢豚の皿を取った。
四方八方に撒き散らされるすっぱくも塩っこい香りにゴクリと生唾飲み込んで、いざとばかりに箸を口に運んだ。
……いやそんな全力で食べなくてもいいのよ?
「うんめぇ!」
「う、旨い!」
「………っ!」
おめめぱっちりに丸くする三人組。切れ目気味の三成くんも盛大に目を見開いていた。
信じられないとばかりに酢豚のお皿をガン見。どこまでおいしさに感動なさっておられますか貴方がた。
始めに復活したのが左近くん。猛烈な勢いで自分のお皿から酢豚を掬い上げている。んながっつかなくても。
次点に家康くん。昨日の餃子を思い出す勢いで口に掻っ込みはじめた。ああ、ちょっと、タレがほっぺたついてるよ気にしてないし。
すごくいい笑顔でお代わり頼むって速いよちょっと!出来立てあんかけの火傷注意はどうなった。
最後にゆっくり三成くん。いや、起動したのはゆっくりだったんだけどたべる速度は二人に負けていない。
味が濃いのか、たびたびご飯を口にしながら着々と酢豚を攻略していく。ピーマンが苦かったようで盛大に眉をしかめ、甘酢を玉葱で掬って口にしていた。
うーん、濃い味になれてなかったか。スープもうちょっと軽くしてあげればよかったかね。
ってかお代わり注ぐばっかりで私食べれてない!?ちょっとまってよ私も酢豚好きなんだから少しは遠慮しろおおお!
って熱いいいいい!
そのペースでたべるのはおかしいって!
私もたべるうううう!
―――――――――――
「無茶苦茶うまかったっす!こんなにうまいもの人生初でしたよ」
「……旨かった」
「ふぅうう、満腹。あの茸と若布の汁物も、酸い餡から口を休めるのに調度良く美味だった。ありがとうめぐみ殿」
「……………お粗末さまでした」
私は始めの一杯とちょっとしか食べられなくて軽く絶望してるよ!家康くんと左近くんは申し訳ないんですけどって口と表情になりつつ、結局ご飯お代わりして炊飯器の中身にとどめを刺してくれたしさあああ。
「三成さまもしっかりあの酸っぱいお肉を食べられておられましたし、刑部さんも安心っすね!」
「ああ、こちらの料理なら三成もしっかり食べるかもしれないと思っていた。流石めぐみ殿!」
ああはいありがとう。何となく三成くんを見てみれば、
私としたことがあれほどの馳走、秀吉様と半兵衛様への土産としてご用意することを忘れるとは何たる不覚素晴らしく財が掛かっているだろうとは分かるがもう一度料理をしてくれ必ずやこの三成秀吉様と半兵衛様のためになんだ家康離せ私はお二方のために以下略。
………うん。気に入ってくれてありがとう。
――三成達が急に消えて帰ってこないとな?やれ奇妙、奇妙。
――家康君と左近君まで一緒にとは、少々心配だね
――賢人よ、まったくそうには見えぬがなぁ
「半兵衛様!刑部!」
「そろそろ帰らなきゃ心配かけちゃってますね三成様」
「今回の迎えだな。さて、挨拶もそこそこだがすまないめぐみ殿」
「はいはい、さっさと帰ってちょうだいな。もうくるな」
馳走になった、ありがとうと口々に話し、押し入れを潜る三人。最後に深々と家康くんが頭を下げて襖を閉めた。
「なぁにがワシが腹が減っている、だか。三成くんにご飯食べさせたかっただけでしょ、まったく」
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家だとすき焼きは出汁を使わない
あれから一週間、平和は訪れた。桃源郷は自宅にあったんや。
怒涛の家康くん+α飯たかりの三食以来、襖はぴくりとも動かない。が、仕事帰りにまず押し入れを確認する癖が付いてしまったのはしょうがないと思う。
それはともかく。漬けておいた味噌豚は赤身一片脂身一切れ残さず私の口に入ったし、ツノギの肝も海老入り発砲祭間違えた八宝菜も惣菜パンも全部胃に収まった。
明らかに店売りパン混ざってるけど仕方ない疲れてたの許して。
さてはて、なんにせよ今日はやっと週末。
わりとアットホームな会社、というか部署のため、二、三ヶ月に一回交流レクリエーションという名のお騒がし大会を繰り広げる日でもあったり。
カラオケ採点大会だったりビアガーデン壊滅大会だったりボーリング大会だったり。ただの飲み会はともかく、ちょっとした勝負がある大会は、徴収した五百~千円で格差のある賞品がでる。
入社したばっかりの時はふざけんなーと思ってたんだけど、「飲み会時以外の飲食代は経費から落ちるよ?」と聞いてまぁいいかと手の平を返したわ、うん。景品代金と言う名のご飯代。
まぁ、何をぐだぐだ長く言っているのかというとよ。
「ぱんぱかぱああああああん!国産黒毛和牛!!」
ほどほどさし入りの薄切り肉!いやっふうううう!
要するにお騒がせ大会で一位に勝ち上がり肉をせしめたって事。優勝賞品が肉と聞いてアルコールも炭水化物も全力で断り、ただ勝つのみと全力を尽くしましたよ。ビンゴみたいな運要素の無い、完全な集中力の問題たったからなんとかなりました。いやなんとかした。
そのやる気を月締め提出書類に向けてくれと部長に言われてしまいましたが、肉が食べたい故致し方なし。
「家族ありを想定して買ってるから500gもあるのか。グラムが350円としても2000円近いお肉だわぁ」
何と言う幸せ。帰りに買ってきた白ネギを引っ張り出してニヤリと笑う。
「いっぺんやってみたかったのよね、ネギ敷き蒸篭」
某クイズ番組(硬派)で途中のご飯でやっていた、肉を食うと言うよりネギを食うといった蒸し物。付けるのがポン酢なのは申し訳ないけど仕方ない。
えー、蒸篭はどこ行ったかな。……あったあった。ざっと洗って、鍋に水を張り、軽くぬぐった干し椎茸を二三枚。ホントは水にさらすのがいいんだけど、さっさと火を入れてしまおう。沸かしながら買ってきたネギをささっと洗う。さてここから集中だわ、薄く薄く。
包丁を上から押さえるのではなく、滑らせるようにして斜め切り。トントン、ではなくシュッシュッ、と表現するべきか。薄く平たい楕円を目指しひたすら切る切る切る!分厚いのができたりしたけれど、まぁご愛嬌だわな。
ネギ一本目を処理した頃にお湯が沸いたので、ティーパックに詰め込んだ鰹節を一袋投げ入れる。きっちり一分ダシをとり、搾ってポイ。ついでに椎茸も回収する。
二本目のネギもさくっと処理し、人参と椎茸を(なるべく)千切り。慣れたもんだよホイホイな。
おっしゃあ!下準備完了、蒸篭にしきますか!
「わああああああああああ!!」
意気込んだ矢先に、居間から聞こえた悲鳴。ドンドドド、と重たい物が転がる音。折角貰ったのに、と涙目の声が聞こえる。
………今日か。今日に限って来るのか。
「奥州まで旅をしてやっと小十郎さんに会えたのに……伝説の野菜……」
ウッウッ、と子供特有のやや高い泣き声。あれ、家康くんじゃない。てか泣いてるよ、野菜で泣いてる!
「あらら、こりゃまたぶちまけたわね」
「ひぃいいいすみません!折角良いお野菜頂いたのに、ごめんなさいいい!」
床に丸くなってスンスン謝っている子供。いや子供と言うにはちょっと大きいんだけど。背中から零れるしょんぼりした空気がなんとも小さい子を彷彿させると言うかなんと言うか。
「ほらほら泣いてないで。とにかく拾おう?白菜とか中側は大丈夫だし、ゴボウだって折れてても切っちゃえば一緒なんだから」
「…………う、うん」
スンスン、と鼻を鳴らして、せっせと落ちた野菜を集めだす丸っこい子供。何故か大きい中華鍋(ホントに大きいな!?)に回収した野菜を詰め込んでいく。
拾うのを手伝ったけど、こりゃすごいわー。白菜なんて軽く抱えるくらいあるし、カボチャも見た目に違わず素晴らしく重い。みっしりだ。……白菜とカボチャがなんで一緒に採れてるんだよくわからん。
「ありがとうお姉さん。少し見た目は悪くなっちゃったけど、味は変わらないよね!」
「そうそう。打ち身になった野菜とかはさっさと食べちゃえば良いのよ。幸い根菜が多かったみたいだし、結構頑丈たがら何とかなるわ」
あんなに大きな大根をヒビ割らさせずに育て切るとか相当腕の良い農家さんに違いない。一本バキっと折れちゃってたけど、断面すらみずみずしくて全くとうが立っていないのだ。
大きいのに水をやり過ぎると割れて中から腐れるし、少なければ固くなる。なんというバランス調整、神か。
「悪くなったのは大根と白菜とお葱、ゴボウにきのこかぁ……。今日は味噌鍋にしよう。猪肉にいいのがあるかな?しばらく烏城を空けてたから在庫がわかんないや」
ゴボウに味噌に猪肉。こってりとした風味と、薬味に入れた鷹の爪のピリリとしたアクセント。一瞬にして味が想像出来ちゃったよこの子私と同類だ絶対。
よし。
「よかったらウチで作らせてもらっていい?豚……猪肉じゃないけど、すごくいい牛肉があるのよ」
「えぇー、牛?醤油だよね?僕味噌にしようかと思ったんだけど」
「うん、分かってる。君の想像した味も何となく。でもあえて!あえて任せてくれない?こんなすごいお野菜に負けないお肉があるのよ」
「……この野菜の素晴らしさが分かるなんてお姉さん…。うん、分かった!僕の宝物預けるね!」
ガシィ!と繋がる私と少年の右手。あ、やばいまた名前聞いてなかった私は佐藤めぐみです。
「僕は小早川秀秋。よろしくね、めぐみお姉さん!」
「葱は凍らせて味噌汁とかに使えばええんや」
切り方はアレだけどまぁ、使えないことはないはず。入れるときに割ればいいさぁ、とチルドパックに詰めて冷凍庫へ。あー、それか香味ソースという名の酢醤油葱漬けを作ってから揚げにでも掛けようかな。まぁ後で考えよう。
「これは……椎茸と干物?かな。凄く強い香りだね」
くんくんとダシの前で鼻を鳴らす秀秋くん。白菜を湯にくぐらせて塩降って食べたいなぁとか渋くないかな狙い目が。
小早川秀秋ってあれだよね裏切った人。酢豚作ってから関ヶ原読み直してないんだ。なんか、その程度の記憶でごめん秀秋くん。でもだからあえて読まないでおこう。
「そ、秀秋くんが来なかったら葱を引いた蒸篭で香り付けしながらこのダシで肉を蒸すつもりだったのよ。短期間さっと火を入れて、葱ごとぱくっとね」
「うっわぁ……、葱の敷物に柔らかいお肉。これだけ美味しそうな匂いのするおダシで蒸すなんて、鼻と口に対する暴力だね!」
「しかも特大のね。でもまぁ今回はちょっと諦めてすき焼きにしようと思って」
「すき焼き?」
「味濃い鍋ね」
鍋!僕鍋大好き!と跳ねる秀秋くんにちょっと気合いが入る。
「秀秋くんは包丁扱える?」
「僕を誰だと思ってるの、戦国美食会の会員だよ!」
「そ、そんなのあるんだ?」
なんだその至高の何かを求めて究極の誰かとバトルする感じのアレは。ま、まぁ戦力になりそうならちょっとお願いしようか。
「じゃあ白菜の処理お願いしていい?普通の鍋に使うよりちょっと小さめに刻んで欲しいの」
「兵法はさっぱりだけど台所仕事なら任せて!」
胸を張って言う秀秋くんに頼もしいと笑いかけ、水道やらなんやらの説明をする。蛇口を持ち上げるだけで水もお湯も出るシステムに目を白黒させたけれど、細かい事は気にしないとばかりに白菜を洗い出した。柔軟なのはいいことだよね、多分。
さてはて、私もこの折れたゴボウを処理しますかぁ。割とど真ん中でいっちゃってるから、そんなに苦労はしなくて良いわ。
タワシでガシガシ、サラっと流し、包丁のみね側で皮を削ぎ落とす。なんかこう、大根の皮剥きとは違う微妙な爽快感があるよね。ないか。
「めぐみお姉さん、このくらいでいい?」
「バッチr……完璧。食べたいだけ刻んでね?他の野菜があることも忘れないように!」
「分かってるよ。……僕なら半分は行けるかな」
半分て。一抱えある白菜半分て。いいけど、容器が厳しい。1番大きなバット一枚でまとめるつもりだったんだけど、仕方なしにボールも引っ張り出す。
炒めて割とぐしゃぐしゃにするやつだから、揃えなくても良いよと伝えると、分かった、ありがとう、と黙々刻んだ白菜を移す秀秋くん。
戦国美食会なるものの会員は伊達ではないようで、綺麗にサイズが一定の白菜がボールに重なっていく。
この調子なら大丈夫か。それより私の方が大丈夫じゃないかもしれない。笹がき苦手なのよね。とりあえず細い方を斜めにして、シャッと削いでいく。こっちは何とかなるんだけど。
太い方のゴボウに、繊維に沿って切れ込みを入れてから削ぎ始めるんだけど。まな板の寿命を気にしながら作業すれば、やっぱりちらほら分厚い笹がきが落下した。妥協だ妥協、と薄く刻みながら、なぜか負けた気になる私。.
「ゴボウもう一本入れよう」
「……まだ入れるの?」
「少ない少ない!僕いつも、さっき野菜入れた鉄鍋いっぱいのお鍋して食べてるんだよ?あれでやっと一人分」
「食べすぎだからね!?」
そりゃ丸っこくもなるわ。500の肉じゃ足りないかも知れない……。まぁ、いざってときは買い置きの安いお肉があるからいいか。
ゴボウ追加を希望した秀秋くん、自力で笹がきをしてくれている。わ、私より手慣れてる……?ぐぬぬ、とちょっとどうでもいい対抗心を抱きつつ、残りの野菜に手を付けた。
そういえば冷凍庫に豆腐入れてたなーとか思いつつ。
「んじゃま火を入れますか」
「待ってました!……鍋にしては浅いね?」
「すき焼き専用鍋なのです!」
「専用鍋があるなんて…」
嘘です。でかいフライパンです。フライパンというか、テフロン加工してあるきもーち深い鍋。取っ手着脱タイプで便利なんだ。
「ぴこぴこん!いいおにくー」
「うわぁ!」
青狸になりながら冷蔵庫より取り出した景品。柔らかそうだ!と大喜びする秀秋くん。量に関しては何もいわないでくれてるから、大丈夫かな。
戦国時代に牛を食べたりさしの価値があったりするのか疑問に思わないわけじゃないんだけど、まぁ秀秋くんのリアクション的に有ったんだろう、多分。
「んじゃま、まずは牛脂とサラダ油をたらっとな」
お肉に入ってた塊をころりと入れて、少し油が染み出たらさっさと取り出す。ゴボウ人参大根と、煮えにくい野菜を鍋に投下。混ざりすぎないように気をつけながら炒めていく。しゅんしゅんチリチリと野菜が焼ける音を聞きながら大きめのボールにタレを合わせる。醤油、砂糖が1:1。好みでバランスを弄ってしまえば良い。作っていたダシを3分の1程加え、お酒もクルッと一回転。
「油で直接焼く、なんて初めて見た。何だろうこの食材に対する冒涜と、新しい味に対するこの好奇心……。僕ドキドキしてきたよ」
あー、そういえば某時代を越えたシェフ漫画でも、炒めるは見たこと無いとか言ってたっけ。凄くおいしいよと笑ってやれば、真剣な目で私の手元を見つめだす秀秋くん。
よおっし、根菜がしっかり煮えたのを確認して残りの野菜!キノコ、白菜、葱(秀秋くんが落としたやつね)に買っていた木綿豆腐。白菜入りきらない当たり前だったよ!
軽く混ぜる程度に追加した野菜を炒めて、上から一気に合わせたタレを流し込む。具の半分にもならない程度で入れるのをやめ、さっと蓋をする。少ないと言わんばかりの視線をくれる秀秋くんに、まぁ見ててとお鍋を指差す。
「なるほど、野菜にある水!」
「そういうことね」
へたれてきた白菜から出て来る水分にどんどんとかさを増す煮汁。よしよし、と満足して火を止めた。おこた机にカセットコンロをセットして、よいせと鍋を運び出す。
「お肉は食べながらいれるよ。それじゃ食べますかぁ!」
「醤油と野菜!単純にして至高!いただきます!」
焦げが怖いので弱中火。くつくつと煮込まれるダシと醤油の匂いに私も秀秋くんもにっこにこだ。まずは肉を煮る場所を確保とばかりに大量の白菜とゴボウ達を取り皿へ。
「んまい!」
移している間にもう食べてる!?しかも大口で一気に野菜を口にして幸せそうに噛み締めている。ふぅふぅと熱気をはらって私も一口。
うん、おいしい。まだまだ早いうちにカセットコンロにまわしたから、ショリショリしゃきしゃきとした野菜の歯ごたえがしっかりのこってる。
「めぐみお姉さん、お肉いれていい!?」
「もう一杯たべたの!?(戦国時代人の特技なのかしら、熱いの掻きこむの)……はい、これ。すぐ煮えるから、両面ぱぱっと返して色が変わったら食べてね。半生でもいけるから」
「ありがとう!生肉もおいしいけど、たまにお腹壊すんだよね…」
「それ、すごーく手間をかけて管理してるお肉だから大丈夫よ。絶対当たらない。心配ならしっかり煮たの食べればいいよ」
生肉たべてたの!?ってツッコミはしない。しないったらしない。
秀秋君の手で一枚、二枚と鍋に広げられるお肉をささっとひっくり返し、空いた時にゴボウを口にする。
うっはぁー、やっぱりすき焼きと言えばゴボウだよね!予想してたよりも柔い歯ごたえを返すゴボウにちょっと驚きながら、ダシに染み出る味にテンションがあがる。
炊き込みご飯がつくりたいなーと思考を違う料理に浮気させながら、ゴボウ独特の香りを飲み込んだ。
「はいお姉さん!」
「おっとありがと!」
しゅぱぱぱ、と言ってもいいくらいの俊敏さで、程よくピンク色に染まった牛肉を回してくれた秀秋くん。うおお、何と言う完璧な色合い。
素晴らしい!と視線を送れば鍋将軍だからね!と張られる胸。鍋奉行じゃないんだ?と思いながらお高いお肉をくるくるり。部長ありがとうございますいただきます!
「んんー!ぅんぅん!」
「こ、これは……!おいしいいい!十年に一度の秘蔵のお肉に負けてない!肉汁が弾ける!」
うんうん!と、もごもごしながら言うもんじゃない。薄い脂身から滲み出る甘味が舌と鼻を一杯にさせて幸せ!その幸せをお腹に落としてすぐに白菜とゴボウをごったに含めば更にフィーバー!
「このお肉ホントに凄いね!小十郎さんの野菜と食べたら本当に胸がいっぱいになるくらいおいしい!」
「秀秋くんも野菜ありがとう。こーんな新鮮野菜と一緒に食べれるとか私マジラッキーだったわ!」
まじら?と首を傾げる秀秋くんに、本当に幸運だったと言い直す。言いながら次々煮える野菜を皿にとり、時々追加される和牛に喜んだ。
「うん!くたくたに煮えた白菜もまたおいしい!」
「おだし吸い上げまくったネギと一緒にお肉食べるの最高!」
そこそこ大きく切ったネギの隙間にダシが入り込んでるのがまた旨いんだこれ!
二人して鍋の中身(主に白菜)をうまうまと空にしていく。白菜メインで食べていたためか、いい具合にゴボウやネギなんかの野菜が残っている。……狙ってたんだけどね。
「あ、秀秋くん、お肉一旦すと……止めて。追加野菜煮るから」
「いいけどお肉も?」
すぐ煮えるからいいじゃないかと言わんばかりの目線に、ふっふっふ、と笑いかける。何かすごいものが来るのだと理解したらしい秀秋くんがわくわくと目を輝かせた。 「とりあえず残り野菜煮るね」
ボール半分になった白菜と残りの煮えやすい野菜を加えて、余っていたダシ醤油を流し入れる。山と盛り上がった鍋を押し込み、無理矢理蓋を閉めた。……やっぱり白菜多いって。
ちらっと火の燃え具合からガスの残りを確認して、これなら大丈夫と席を外す。ちょっと待ってねー、と向かうは台所。冷蔵庫を見れば在庫は5つ。よかった、余裕の数だわ。
すき焼きといえばやっぱりこれがなきゃね。
「はい、これ」
「た、卵!?こんな貴重品!」
面倒なのでパックごと残りを持って行ったらすごく驚かれた。あ、あれ?牛肉は普通に受け入れてたのに卵はビックリするんだ?牛より鶏の方が管理しやすいんじゃないかしら。よくわからないよとんでも戦国時代。
「こっちじゃお安いものよー。パック168円とかたまに理解できない値段もあるけど」
子供のころは98円とかだったのになんなんだこの肥料代。養鶏の方が潰れちゃうよりはましだけどさぁ。
円単位に、意味がわからないと首を傾げる秀秋くんのお皿に容赦なく卵を割入れる。カッカッカッ!と箸が底を弾いて鳴る音を聞きながら軽くほぐしてはいどうぞ。
「とろっと絡む卵の甘さに、ちょっと煮詰まって辛めの野菜を付けて食べたら……どうなると思う?」
「………っ!」
ゴクッ、とお決まりのリアクションをとり、黄身と卵白が斑にまざった取り皿を見つめる秀秋くん。鍋の淵からはシュー……っと蒸気が噴き出し、追加したダシの香りを振り撒いている。
「ホントは速効使いたかったけど、具がいっぱいあったからねー。んじゃ御開帳」
卵をガン見している秀秋くんそっちのけで蓋を開けて、煮汁の上がり切らなかった部分をちょいちょいと沈める。
おっと自分の卵忘れてた。カンッと皿の横に殻をぶつける音に「はっ」となった秀秋くんが煮え切ったゴボウや色の薄い白菜を箸で摘んだ。……ちょっとダシ足らんかったかなぁ。醤油を追加しようかちょっと悩む。
そんなこんな思っているうちに、恐る恐る卵にすき焼きの具を浸す秀秋くん。いつぞやのポン酢を思い出すその動きにちょっと笑って、私も野菜を掴んだ。
「…………!…っ!!」
「気に入った?」
言葉もなく野菜をかみ砕く秀秋くんにそう聞けば、気色満面に何度も縦に首を振られる。うんうん、おいしい物はおいしく食べるに限るよね。
猛烈な勢いで食べ始めた秀秋くんを横目に、私も野菜をパクリ。うんうん、まろやかだわー。こう、すき焼きの温度で微妙に固まった卵白と一緒に口にするのがまたいいんだ。危惧してたよりは甘過ぎず煮詰まったすき焼きに、ちょっと冷たく柔らかい卵黄がこれでもかと絡み付く。くああああ、最っ高!
褐色に染まった大根を食べれば、うま味の溶けた煮汁が口いっぱい弾けて卵が更に引き立つ。やばいわー、やっぱすき焼きいいわ大根マジ陰の主役。あ、個人的にね。
秀秋くんが食べ進めてくれたおかげで出来た隙間にサッと牛肉を広げていく私。なぜさっきお肉を追加するのを止めたのか理解したのだろう、これでもかと言うくらいの期待の目を向けてくる秀秋くん。
「卵減ってるだろうし、もう一個いいよ」
「いいの!?使っちゃうよ!?」
「サクッと割らないと煮えすぎるよ?」
私の言葉に無言で卵を割る秀秋くん。卵を見慣れていないにしては手慣れた感じて割って解いている。箸を外すのを見計らい、ステキな色になったお肉を秀秋くんのお皿に輸出。
「はいどうぞー」
「い、いただきます!」
きらっきらした顔で両面に卵を塗し、滴るお肉を一口で。
「!!……っ……んまあああああああい!」
なにこれもうすごい!おいしい!蕩けるし脂柔らかいし卵甘いしダシが塩っこいし混ざるし噛めば噛むほど口の中爆発するよおいしい!
褒め過ぎて何がなんだか分からないくらいには喜んでくれたようで。私の分のお肉を確保しつつ、煮えていくお肉を次々渡していく。えへへ、と幸せな表情のまま食べ進める秀秋くんに何となく嬉しくなりながら、私もはぐり。
………もう言葉も無いね!食べるのみだわ!
「あ゛ぁ゛ぁぁぁ、終わっちゃった……」
7割以上は秀秋くんが食べたんじゃ無かろうか?横に大きいとはいえ、どこに入ったんだろうと言うぐらい食べていた。それなのに、煮詰まった汁と小さな野菜のかけらが残った鍋を名残惜しそうに見つめている。
「よく入るねぇ……」
「もう一鍋行けそうなくらいには入るよ!」
うーん、私はちょっと辛いけど、せっかくカツオ出し残ってるしやるか。一杯くらいならなんとか。
「ご飯と卵と出し汁があるわけですが」
「いただきます」
早い!早いよ秀秋くん!まぁいいけど!
台所からダシ汁とちょっと多めのご飯をもってくる。ついでに切り刻んだネギも。ダシ汁加えて沸騰させて、ご飯だばぁ。……うどん買っとけばよかったなぁとちょっと後悔しながら、出汁の味を見た。うん、弄らなくてもいいね、完璧だわ。
卵にとじられた雑炊を今か今かと待ちかねている秀秋くんについで、私も一杯……は無理。半杯。
味?二人してニッコニコでしたよ!明日はサラダだけにしよう辛い!
「めぐみお姉さんごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした。いやーおいしかった。すき焼きすごい久しぶりだったわー」
二人だから出来たことよね、とうんうん頷いて、重たいお腹を摩った。……食べすぎた。
「久しぶりに僕人の料理で感動した!野菜の水を使うなんて全然思い付かなかったもの」
「またやってみればいいよー。まだまだたくさんお野菜あるんだから」
そうする!と元気に返事を返してくれる秀秋くんに和みながら話していたら。
――金吾さーん?いただいたお野菜仕舞いにいったままどうなさいました?また人参でもかじられているのですか?
「天海さま!」
「お迎え見たいね。ほら、そこ通ったら帰れるから」
押し入れを指して笑いかける。どうしようかと悩むそぶりをみせたけど、よたよたと野菜の詰まった中華鍋を持ち上げて
「本当に美味しかった!めぐみお姉さんありがとう!じゃあね!」
と部屋を後にした。
いやはや、よく食べたなぁ。まぁ、お土産も貰ったし、と襖前に一個落っこちたカボチャを持ち上げて冷蔵庫に向かった。
――天海さま聞いて!僕鍋のお姉さん会っちゃった!
――鍋のお姉さん、とはまた珍妙な女性と出会いましたね
――その人にすごくおいしいお鍋をご馳走になったの!天海さまにも作ってあげるね!
すき焼き食べたい。卵ダバダバつけて霜降り肉食べたい
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小話数話
◼️インタント食品の王者カップ麺
「くあああああ、疲れた!なんなのあのミスの多さ!?」
たまに、たまあああああに!起こる小さなミスが被る日。
例えば印刷用紙が詰まったり、会社サーバーへのアクセスがロックさせていたり、提出された書類に不備があったり、支店との連絡ミスで会議がブッキングしたり。
些細な事からかなりの問題が一気に出て来た。
「晩御飯、作る元気ない……。私の幸せ頑張れない……」
洗濯物を畳むことを諦め風呂をシャワーだけにしてでも調理だけはなるべくやってたんだけど、今日は無理。不本意だけど仕方ない、カップ麺にしますか。
「買い置きはあるけど何にしたもんか」
あちゃ、電気ポットからっぽだ。朝電源切ってそのままだったわ。どーしよ、ヤカン……は火の守がしんどい。時間かかるけどポットにしよう。
「…め…の。……めぐみ殿!起きるんだめぐみ殿」
………っ!
「お、おあー、家康くんおはよう?」
……しまった寝てた。えーっと、そう、そうだ。お湯待ってたんだった。しかし今日来ちゃったかぁ。何もないよ作ってあげられないよ体力残ってない。
「掛布もせずに休めば体調を崩す。せめて何が羽織って欲しい」
「ああい、ありがと。でもまぁ、これからご飯だから」
「……今から火を入れるのか?」
止めておいた方がいいのでは、と目が語っているけれど。
「お湯入れるだけだから問題ない」
「湯づけでもされるのか?」
「まー、みりゃわかるよ。味すごい濃くて辛いかもしれないけど家康くんも食べる?」
「……簡単なものであるのならば」
気遣いと興味半々の家康くんとのため、カップ麺二つを適当に掴む。調味料とかやくをばらして、保温になっていたお湯を注いだ。
「す、素晴らしく胃袋を刺激する匂いだな!?」
「おだしばりばりだからね」
蓋の隙間からくんくん鼻で嗅いでいる青年に笑いながら、三分タイマーを仕掛る。鳴ったら食べようと告げて、今か今かとそわそわしている家康くんを眺めた。
ああああ、こら一分も経たずにあけてはいけません!!
◼️早くて美味いかた焼きそば
母さんの仕送り段ボールに入っていた、皿うどんの袋。野菜炒めてトロミ粉(味付き)を水にとかして煮固めて、パリッパリの麺にぶっかけるだけのお手軽食品。
手間はいろんな野菜と肉類(ハムとかでもOK)を大雑把に切り刻むだけなのにね。餡がバランスが良いしょっぱさの中華味でおいしいんだ、これ。昔好きだっていってたの覚えててくれたんだなぁ。
「めぐみ殿、居られるか?」
「あれ、なんかタイミング早いよ家康くん」
「たいみんぐぅとは間が良い事だったか」
「正確にはただの間」
和製英語な意味はね。冷蔵庫からキャベツやら人参やらをひょいひょい机に散らかしているのを見て、いつもより早くこちらに来たことに気付いたらしい。
ビニール袋に収まった野菜を、というかビニール袋を興味深そうに触って観察していた。……まぁ無いわな、昔には。
「早く来たンなら手伝ってちょうだい。はい、絹さやの筋取りぐらい出来るでしょ」
一緒に送られて来ていたそれを片手半分程押し付ける。ぱちくり、とまばたき一つ落として、任せろ!っと破顔した。
せっせと筋を引っぺがす家康くんは手慣れている様子で、ちょっと意外だった。だって人質暮らしが長いとは言え、料理には縁遠い生活だと思ってたから。
……まぁ、よくわからない世界の徳川家康だし、気にしないでおこう。
「すんだらこの葉っぱ4枚ほどバラしといて。芯に切れ込み入れてるからすぐに取れると思う」
「ずいぶん大きな菜っ葉だな。それに大分固い……」
「しゃきしゃきして美味しいよ」
火を入れすぎなければだけどね!
ぐるぐるキャベツを回す家康くんを尻目に、玉葱やら人参やらを切り刻む。ストトントンっとね。ちゃっちゃとフライパンにほうり込んでいると、絹さやとキャベツの処理はすんだらしい。
「はい、菜箸。これ切ってるから、炒めてる野菜混ぜといて」
「容赦がないぞめぐみ殿……」
「働けるなら働いて食え」
完成してるならしょうがないけど、出来てないんだもの。お客さんはお断りします。
なんだかんだ言いながら楽しそうに菜箸を走らせる家康くんに笑いながら、横からどさどさ刻んだキャベツとハムを追加していく。
「はい焦がさないでね!」
「ひ、火が!?いきなり大きくなったぞ!?」
気にしない!っとさっくり切り捨てて、トロミ粉を分量の水にとかす。多めの水で全部を固めるとか考えたもんだわ。
コンロに戻って中火に調節。さて。
「はい、だばぁ!しっかり混ぜる!」
「わ、わかった。………お、おおお!?水が固まっていくぞ!いい匂いもしてきた」
あああこら手を止めるなダマになるダマになってる!慌てて浚に火力を下げて箸を奪うもちょっと塊があああああ!
「うん、家康くん減点」
「………手厳しいな」
ま、初めてのあんかけなら仕方ないか。フライパンを火からあげて皿に出していた固焼きそばにダバッとぶっかける。
お手軽簡単あんかけ固焼きそば完成!
「ありがと、家康くん。おかげで楽ができたわ」
「いつも振る舞ってもらうだけだったから、こう言うときはいくらでも言ってくれ」
鳥ガラスープのあんかけがほかほか立ちこめている部屋で、はいいただきます。
「うおー、相変わらずかってぇ」
「そうかな?干飯に比べたらパキパキと割れて食べやすいが」
あー、お互いの時代差が激しい。
「歯ごたえのある揚げ麺?かな。それに柔らかいつゆがこれでもかと絡んでうまい。硬さとはんなりとした舌触りが何とも楽しいな」
「美味しいよねこれ。私大好きなのよ」
簡単で食べ応えも抜群だし。あと2袋入ってたからまた作ろう。
「なかなかクセになる味だ」
「おいしいでしょ。でももっとすごくなるわよ?」
「これ以上驚くことがあるのか?」
皿を見つめながら、好奇心に目を輝かせる。まぁ、食べてのお楽しみね。しっかり味わって食べるがよいよ。家康くんにニヤリと笑って、硬い麺を粉砕して餡にからめ
半分くらい食べ終えたころかな。そのくらい経って。
「おお、これは…」
「あ、わかった?」
そうこれ!この硬さが一番好きなのよ。
「なるほど、カチカチだった面がつゆをしみこませ、優しい歯ごたえへと変わっている。まるで元親のところで食べた丸ごとベイカのような柔らかくもプチリとした感触」
ちょっと待ったそれイカの甲ごと食べてるよ食べ方間違ってるよ吐き出そうよとツッコミを入れたかったけれど、大真面目に皿うどんをかみ締めている家康くんをみてタイミングを逃してしまう。
「途中で食感が変わるとは面白い料理だな!ワシは気に入った!」
「あー、うん、ありがとう」
…なんだろう、私が好きな食べ物を気に入ってくれたのは純粋にうれしいんだけど、この何とも言えない気持ち。
ま、いいや。ふやけきる前にアルデンデ皿うどんを食べちゃいますか!
◼️カロリーを気にしてはケーキは食べられない
「苺大福っていうとあんこと苺入りの餅のイメージしかないんだけど」
久しぶりにケーキ屋に寄って、三つほど一気に買ってしまった。チーズケーキ、サバラン、そして件の苺大福。
苺大福と言う名の、ショートケーキの求肥包みだわね。ほんのり甘いもちもち皮に、砂糖が効いたクリームとスポンジが相性良くてとてもおいしい。うへへ、久しぶりね贅沢やー、とニヤニヤ笑っていたのだけれど。
「めぐみさん今日は!今日は何鍋?」
「………秀秋くん、ここはご飯食べに来るところじゃないと何度いったら」
あちゃー、ご飯時じゃないと滅多に押し入れ住人は来ないのに。今日はケーキとお茶で昼夜はサラダだけにしようと思ってたんだけどなぁ。
元気いっぱいににこにこ笑っている秀秋くんに、まぁいいか、と肩を竦めた。んだけども
「金吾、またこの世界に逃げ込んだか」
「も、ももも毛利様!に、逃げたんじゃないよ襖開けたらここだったんだよ!」
「貴様にはいくつか課題を出していると隆景が言っていた。なぜ外に出ている」
「ひ、ひぃ!厠!厠に行きたくて!」
あー、お二人さんこっちに来る度に秀秋くん罵り大会開催するの止めませんかね。
「邪魔をした。帰るぞ金吾」
「はぃいいぃぃ!」
何もよこせと言わない毛利さんはすごくすごくいい人に見えて困る。実際は秀秋くんへの対応を見ればなかなかえげつない人なんだとは分かるんだけども。
基本的にここの事は勝手に繋がる厄介な、そしてどうでもいい存在と見なしているようで、住人としてはとても助かる。
……最初は酷かったけどね!?
「あー、ちょい待ちちょい待ち。ルール……規定上?なにか食べてもらわないとそっちに繋がったままになるのよ。詳しくはわからないんだけど、前試したらダメだった」
「……面倒な」
舌打ちまでしてるよこの人。表情変わってないけどさ。そんなに秀秋くんに餌付けされるのが嫌なのかなんなのか。
「今日は甘い物しかないのよね、作ってない」
「甘いもの!?僕食べたい!」
んん?秀秋くんが喜ぶのはわかるんだけど、珍しいく毛利さんの目尻が動い……た?分からん。二人の顔を確認すれば、とろけるチーズもびっくりなふにゃけた笑顔と鉄仮面。うん、分からん。
「これ、私だって贅沢なんだからね?味わってよね!?」
「はいいいぃぃ!!(なんかお姉さん怒ってるぅぅ!?)」
ケーキ皿なんて高尚な物はない。訂正、出さない。あるにはあるんだけど、慎重に洗うのが面倒なのよ。それに準じて紅茶もマグカップ。グラムが1200円する、ぼちぼちいいやつなんだけどコップのせいでいろいろ台なしだったり。
砂糖はどうしようか悩んだけど、まぁ無しでいいか。この人達は甘いお茶に慣れてないだろうし。
「はい、好きなの選んで」
ぽんぽんぽんと三つ並べて特徴を説明。どれにしようかな、と両手を握ってキョロキョロしている秀秋くん。を放置して毛利さんがあっさり苺大福の皿を拾った。
「ああああああ!それも美味しそうだと思ったのに!」
「騒がしい。早に選ばぬお前が悪い」
さっと取り出した懐紙の上にすけ、黒文字で口にしようとして挫折。諦めてスプーンを使った毛利さん。
「風情がなく好かぬ。桜の枝にて作られた匙を用意しておけ」
「高いよ!?」
「んー、次までに作ってもらうね」
なんにも望まなかった毛利さんまさかの右斜め上。と思ったら秀秋くんに向かって言っていたのかよかった。ってそれはあれですか。
「次回も甘い物を用意して欲しい、と?」
「………………」
返事がないけどそうなのね?好きなのね?餅好きなのは何かで読んだけど、甘い物好きは読めなかった予想外。
プリンぐらいでお手軽に行きますかぁ。いつ来るかわからないから手づくりかな。バニラエッセンスなら賞味期限切れたのがあったはず。香は大丈夫だったよ!成分はダメかもわからんね状態だけど。
「おいしい!この丸いのすごくおいしいよお姉さん!」
「ん、よかった。外国のお酒をフラン……加熱して、カステラに染み込ませてあるのがしっとりしてるでしょ」
「この花みたいな香の正体はお酒かぁ。いっぱい食べたいけど、甘いものが食べられるだけで贅沢だもんね」
うまうまうまうまと、いつもなら大口で掻き込む秀秋くん。さすがに今回はケーキのサイズに合わせて小さなスプーンでちまちま口に含んでいた。
ちらりと毛利さんに目をやれば、中のホイップクリームを少しだけなめとり、難しい顔をしていた。そんな渋い顔しながらケーキ食べるもんじゃ無いって。
「毛利様気に入らなかったの?僕もらっていい!?」
秀秋くんのスプーンが延びるのと叩き落とされるのはほぼ同時。極寒零度の視線が突き刺さり涙目になっている。小さい子を虐めてはいけません。
「ほら、こっちも食べてみる?酸味がさわやかでおいしいよ」
「ホントに?食べていいの?」
「一口だけね。大口は許すけど!」
「ありがとー!」
リアルショボン顔をあっという間に作り替え、踊り出しそうな表情で私のチーズケーキをさらっていく秀秋くん。予想はしたけど遠慮しないね全く。
おいしい!幸せだ!と体いっぱいで表情してくれる秀秋くんはかわいいなぁ。ちょっと太り気味ではあるけど、でも可愛い。
反対に渋い顔をしていた毛利さんは、無表情に戻ってもくもくとスプーンを進めている。ピクリとも顔付きは動かないけれど、口にしたケーキをこれでもかと咀嚼してゆっくり飲み込んでいた。
「さっき舐めてた白いのは、生クリームという牛の乳の脂分が多いところに砂糖を加えひたすらひたすら空気を含ませながら混ぜたものですよ。
乳を振ると成分が分かれるので頑張れば何とかなる、かもしれません。」
ピタリ、と止まる匙と顎。
砂糖、朝廷か……。と独り言を呟く毛利さん。毛利さんと同じぐらい真剣な顔をして私を見つめている秀秋くん。あ、あれ?そんなキリッとした顔出来たの。
うんうん、となにやら納得したのか、サバランと苺大福攻略に戻る二人。
……どれだけ食べたいんですか。
◼️3人で食べる偶数のピザ
「うぉああああああ!?」
「めぐっ、ぐはぁ!」
「す、すみません黒田さんすみません大丈夫ですか!?」
「小生の、事は……捨て、置いて……ぐふ」
「官兵衛、流石に女性の拳でそこまで苦しまないだろう?」
家康君の言葉に、
「あー、ばれたか。小生は大丈夫だ、全く問題ないんだなこれが」
と元気いっぱいに動く官兵衛さんに心底安心する。
着替えようと思って押し入れに近づいたら勝手に開いてびっくりした。今は反省している。むしろ私の右手が痛い。ちょうど手が当たる鳩尾を殴ってしまったのに、ダメージが入ったのは私の方だ。
「あー、スマンめぐみ。男の体なんざ殴ったから痛いだろう?」
「殴るにもコツがいるんだ、気をつけないと筋を悪くしてしまう」
家康くん、そういう問題なんだろうけど、何か間違っている気がするの。黒田さんも、素手で戦場に出ている権現は言うことが違うなって納得しないくださいよ!
「えー、はい、とにかく大丈夫。大丈夫です。ちょっと痛みましたけどすぐ落ち着きました」
「ならよかった」
間接をぐにぐにと振り伸ばし、落ち着いた痛みに息を吐く。心配無いと分かったのか、うんうんと頷いたあとそわそわしながら鼻を鳴らす黒田さん。はい、おいしそうですよね!まったく!
「ところで、その、めぐみ?今日は何を作ったんだ?何か香ばしく焼ける匂いがして小生は凄く気になるんだが」
「………でっすよねぇええ!
あーあーあー、今日はピザですよ、えぇピザ。玉葱すり下ろして泣きまくりながら作ったとっておき」
どうしてこう、手間のかかるものを作ったときに押し入れが開くのか。一月ぶりの二連休だからと、微妙に出回り出した夏野菜をフルに詰め込もうと奮発したのに。
強力粉とイーストを混ぜた生地を10分以上バコンバコン机にたたき付け、筋肉質になったわ。ソースだって、一時醗酵中に玉葱をすり下ろして種まで取ったトマトとひたすら炒めて炒めて炒めて水分とって味を調節した手づくりですよ!
チーズも最近バカ高くて、滅多に買わない高級品だったのに。目一杯ピザ生地にばらまいちゃったのに。
「なんでこういうときに限って二人なのよおおお!」
ピザが焼き上がるのに何分かかると思ってんだ二枚目なんざ作らんわ、もう残りの生地なんざ冷凍したわ!
苦労を思い出していきなりキレだす私にうろたえる二人。いや理不尽だって分かってる、向こうも話しを聞くかぎり完全に事故だ。でもでもでも!納得いかないって流石に!
「すまんなめぐみ。小生たちもこればかりは…」
「たいみんぐぅはワシには選べないんだ、本当にすまない」
さりげなくタイミングを使いこなしてるよ家康くん。うぐぐ、と唸りながら、もう一回ため息。のタイミングでオーブンレンジが焼きあがりを知らせる。タイミングのタイミングがタイミングだよ全く。
「まぁ、いいです。次回はおとなしくピザソース買いますよ、えぇ」
25センチぐらいのピザも、男二人も居たらたかが知れている。満腹にはならないだろうけど、流石にサブを作る元気はない。……満腹にならなくても押し入れ直るのかしら。
「はい、ドーン!夏野菜乗せまくりベーコンピザでございます!」
「おおおぉぉぉ!」
「こ、これはまた……」
焦げたチーズとバシルの匂いに私のお腹もきゅるきゅるだわ。
ちなみにバシルはプランターに雑草のごとく育ったのを使ってます。ハーブ類マジやばいよ蔓延るよ。プランターじゃなければ庭が全滅してる。アパートだから庭ないけど。実家が一時期ミントに侵略されて大惨事だったのは忘れない。
「すっごい簡単に説明すると、挽いた麦を練って、野菜と醗酵乳と燻製肉を乗せて焼いたもの。私も(手間とチーズの値段的に)滅多に食べれない貴重品!味わう事!」
「気迫が凄いぞめぐみ殿……。ともかく分かった、心して賞味させていただくよ」
ごくり、と喉を鳴らす黒田さん。真剣な顔をして分けたピースを掴む二人。あ、私もね。流れ落ちそうになる具を慌てて留め、パクりと一口。
「はふ!、あっつ!」
「っ!……!!」
「う、うまい……!」
チーズとベーコンとバシルの特徴的な香りが爆発しすぎて旨くて濃い。うあー、さいっこう。
火傷しそうなほどやけたチーズが、一緒に乗せたナスとピーマンの存在をちょっと押しやってる。ホロリと効いたピーマンの苦みがなんとか生き延びているくらい?もうメインチーズ。
手づくりしたピザソースも、店売りの香辛料強さがなくチーズとベーコンの引き立て役になっている。おいっしいいいい!
「すさまじい重量を感じさせる一品だな!?ほのかに甘い、この赤いタレがなんとも言えない風味を醸しだし全体をまとめているのか」
「この溶けた黄色いのがまたいいな!なかなかきつい臭いだが慣れたら野菜や肉とすごく相性がいい!」
二人もどうやらお気に召してくれたようで、はふはふと熱を吹き出しながら必死にピザをかじっている。ああおいしい。
みょーん、と延びるチーズにわたわたと焦る家康くんに笑いながら、あっという間に一切れ目を食べ切り次へ手を出した。
ところで、ピザって4回カットするじゃない?つまりは8ピース。それを三人で食べるとなると、後はわかるよね?
「しょ、小生だけ二切れ!?なぁあぜじゃあああああ!?」
手直しほぼ無し
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多分絹の着物とカレーと言う地雷
「秀吉公の居城ではないのに繋がったか」
「ここはどこだ!?太陽の正義!」
「長政様、ここはみんなの声が聞こえないみたい……」
なかなか混沌とした状態に陥っている私の居間。晩御飯用の材料が何もなかったから、買い物に出ていたら繋がってしまったらしい。
家主の有無は関係ないんかいマジこのアパート防犯どうなってんだ。
「ただ今いらっしゃい」
「めぐみ殿、今帰りか」
「む、家主殿か。邪魔をしている」
はじめまして、といつもの挨拶。最近は新しい人が来ることがなかったため新鮮な感じがする。
「近江浅井が当主、浅井長政だ。よろしく頼む」
「市……。よろしくね、無色さん」
働いてます。反射的に沿う返しそうになったけれど我慢した。しかし浅井夫婦、だよね?なんとも両極端なお二人だわ。
袴?和服の正式名称なんてわからないが、それをビシッと着こなした美男子と、薄い桃色のミニスカ浴衣……?を着た美女。雰囲気は両極端でも、誂えた用に似合っている二人だ。ミニスカなんて時代を先取りし過ぎている感はあるけれど、まぁとんでも戦国時代だもんね、うん。
「来てしまったものは仕様がない。お二人さんお腹空いてる?もちろん家康くんも」
唐突だろう私の言葉に、それでもおずおずと頷く和風美人と元気に返事を返してくれる美男子。ちょうど八ツ時だからと、軽食を摂りに行くところだったらしい。
こっちに繋がる理由以外の説明をちゃっちゃとして、二人に食事をとってもらう事を了承してもらう。
「めぐみ殿の作る食事は本当に旨いからな。ワシも今日の御八ツが楽しみだ」
「あなたはよくこの場所に来ているの?」
「何度も来させてもらって居るよお市殿。その度に何か持っていきたいと思うのだがどうにも間が合わなくてなぁ」
そういえば家康君から手土産を貰ったことがないわ、1番多く来ているのに。魚とか野菜とかが、たまーに回ってくるぐらい?
「ま、とにかく座っといて。今から作るから時間かかるだろうし。壊さない程度に見ておいて」
「そういえば戻られたばかりであったな」
「今から御八ツを作るのね……。市も一緒にいい?長政さまに作ってあげたい」
「い、市!」
浅井さん素晴らしく感動した目で市さんを見つめておられますが。ってまぁそうか、国主と姫(いまは嫁だけど)じゃ手料理なんて縁がないよね。
……ん?縁がないとな。
「市さん、包丁握ったことある?」
「ううん、ないわ」
ふるふると首を横に振る姿すら可愛いんだけど、いやしかし無いのかぁ。
それを聞いて顔色まで変えながら止める浅井さん。どれだけ心配なんですか。
「市、長刀は振るったことあるから、大丈夫よ?長政様」
「しかしだな市!」
「まぁまぁ長政殿!お市殿は貴方のためにおつくりしたいと言われているのだ、少し位任せられても良いだろう?」
「だがなぁ……」
渋る旦那さんを説得する家康くん。結局、ゆっくり一緒に作ることになりました。……さてどうしようかなぁ。ホントはそろそろ暑くなったから素麺するつもりだったのよね。でも初心者に胡瓜や大葉の千切りや錦糸卵は無理だろうし。
「んー、牛の乳で作った白い汁物と、ちょっと色は悪いけど香辛料たっぷりの丼物(全然ちがうけど)どっちがいいですか?白い汁物はとつくに?の味付けでやわらかく鶏だし風味、丼物……もとつくに風か……。まぁとにかく辛口で香辛料の風味がよくておいしい。あ、どっちもね」
カレーとシチューならなんとかなるはず。初心者ならまずこれでしょう。
「ふむ、どちらも気になるが……暑気祓いに辛いものでも頼もうか」
「市も辛いものがいい……。義姉さまからいろんな物を貰ったけど、辛いのは、なかったから」
「姉上、また無駄遣いを……!」
その一言でどんな姉なのか何となく分かったけど、そんなことはまぁいいか。とにかくカレーね。んじゃ頑張りますか。
――――――――――
「皮剥きはするから、お手本見てね」
「うん……」
人参ジャガ芋玉葱な洋食三種の神器(個人的に)をささっと皮剥き芽取り。最近ピーラーより包丁の方がジャガ芋剥きやすくて困る。
さて、まずは比較的柔らかいジャガ芋を縦に真っ二つ。半分を市さんの前に置いて、残りを今度はゆっくり縦に半分。
「はい、それも同じ様に切ってみて。包丁の握りはこう。刃の付け根を、親指と人差し指で支える」
持ち方指導をすれば、あっさりと危なげなくにぎりしめる市さん。長刀を振った、と言っていたし、刃物に対してそれほど忌避感はないみたい。
ジャガ芋の真上から押さえる様に包丁を入れていたから、少し前に押しながらと伝えれば、あっさりと半分に切り分けた。……まぁ万能包丁は両刃だし、ちゃんと研いであげてるから真下でも問題なかったんだけどもね。
「市、ちゃんとできた?」
「うんうん、上手。包丁も全くぶれてなかったし、この調子なら大丈夫よ」
嫁の初めての料理姿をハラハラと眺めていた旦那さんが、ちょっと安心したように肩の力を抜いた。家康くんは……うん、頑張れお市殿オーラが纏わり付いてるね。
男どもの様子に笑うのを堪えて、続きを説明する。
「ここからが大変だからねー?早く煮るために、ちょっと小さめに切るよ」
「うん…」
まずはゆっくり。縦四つに切ったジャガ芋を横に向け、包丁を左手に沿わせながら一切れ。ホントはゴロゴロしたのがいいんだけど、まぁ今回は急ぎたいし。
「ちょっと怖いだろうけど左手丸くして野菜の上に。曲げた指に刃を当ててそのまま切る。包丁を左に傾けないかぎり絶対に指は切らないから、慌てず慎重にやってみて」
ゆっくり何度も1センチ幅に刻む私の手を暫く見つめ、こう?と手の形を作る。頷いてあげれば、恐る恐る包丁をスライドさせた。スコンとまな板を叩く音に、ぱちくりと瞬き一つ。左手を確認して、大丈夫みたいと息を吐いていた。こら旦那さん、気持ちは分かるけど拳を握り締めないように。
「うまいうまい。んじゃもう一回切ったら、今度は左指をもっと丸く内側に入れてみて。包丁を指に当てたままにしていたら野菜の左に動いて、切り幅が増えていくから。ちょうど良いと思ったらまた切って」
お手本をもう一回。スコン、スコンと動かせば左指を追い掛けるように目が流れる。半分ほどになってから、市さんがまた包丁を握り直した。
スコン………スコン………スコン………スコン……スコン……スコン……スコン…スコン…
ちょっとずつ短くなる間隔。手が足りなくなればジャガ芋を中央に動かして、また猫の手。いはやは素晴らしく飲み込みが良いなぁ。私中学ぐらいまで怖くて猫の手活用出来なかったわ。
「切れた…!」
「おおお!凄いぞ市、料理頭にも勝る腕だ!」
言い過ぎやん?とツッコミたかったけれど、夫婦で形成される喜びの空間に押されて口が開かない。らぶらぶ過ぎてあたしゃ肩身が狭いよ……。と〇ちゃんになりながら、それでもやっぱりほっこり。仲良きことはなんとやら、だわね。
市さんは硬い人参もきっちり刻みきり、ホッとしたように微笑んでいた。至近距離で花も恥じらう笑顔を見てしまった私と、流れ弾に当たった旦那さんが悶絶したのはまぁどうでもいい話しだと思う。いやしかしホントに美人だ。
浅井さんも(話した感じ顔だけなら)涼やかな美形なため、二人揃えば目の保養にもほどがある。平然としている家康くんに物申したいレベルだわ。
「さてはて、残りは玉葱なんだけど。目が痛くて涙が出ると思うよ。それでも切る?」
「市、すべて作りたいわ……」
初めて長政様に何かお造りして差し上げるから、と包丁をキュッと握ってそう言う市さんがいじらしくていじらしくて。
旦那さんが喜び過ぎて感極まっている。素晴らしい絆だと笑いながら微妙にからかってるのかな、家康くんは。うろたえる浅井さんに、段々爆発させたいなーとか思いつつ玉葱をまな板にすけた。
「んじゃま、玉葱だから簡単にザク切りで」
縦半分に割った玉葱を渡して、三つに切ってもらう。向きを変えてさらに三つ分け。
「……っ」
「うおおお!?目が、目が痛い!?」
作業していた市さんと、近くで見学していた浅井さんに玉葱の汁が直撃している。たくさん刻まなかったけれど、慣れない二人には大ダメージの様子。
赤い目をしぱしぱ瞬かせて、ホロッと涙を流す市さん。……どうしようこの罪悪感。隣で浅井さんが叫びながら泣いててどうでもよくなった、うん。
「暫くしたら落ち着くから、目を閉じて口呼吸してみて。鼻だと目に直接行っちゃうから」
「うん……」
「先に言ってくれめぐみ!」
ごもっともです、すみません
換気扇を回して、ホーロー鍋に油を引く。肉は切ってある二割引きの鶏肉を解凍しているので割愛。
玉葱と鶏肉を鍋にいれ、木ベラを渡してはい交代。油の跳ねる音を聞きながら、焦がさないように時々混ぜてと伝える。
「時々で、いいの?」
「火が強ければずっとだけどこのくらいなら大丈夫」
弱中火なのでそうそう焦げたりなんかしない。わかった、とちょこちょこヘラでお肉を反す市さん。スン、と鼻を鳴らして男二人が腹が減ったと話し合っている。鶏肉も焼けたらイイ匂いだよねぇ……。
「はい、残りの野菜も入れるよー」
「全部?」
「そう全部」
程よく火の通った肉を確認して、人参ジャガ芋を一気に入れる。大分深い鍋だけれど、弾いて中身を零さないよう慎重に回している。ジャガ芋が油を吸って透き通って来たら、火を止めて水を被さるよりちょっと多めに。
「底全体を一度擦って焦げ付き防止して、強火ね。沸騰し始めたらアクとり」
「あく……?」
「悪!?」
……浅井さんのアクは何か違う気がする。
簡単にシュウ酸の説明をして、ヘラをオタマに持ち替えて貰う。
「茶色い泡が真ん中に集まったら、一網打尽にして」
「一網打尽……。無色さんは、戦術も得意なの?」
「いや、うん、そうじゃなくて」
コツ的にはそうだけど間違ってる。強火のまま沸騰したら真ん中に溜まる性質を利用してね、そう。手早く回収しないと混ざっちゃうので要注意だけど、すごい楽なんだよねぇ。
「……これでいい?」
「まだまだ。もっと出てくるから、ほら次!」
慌てて何度もオタマを流しに往復させて、ようやくOKを出す私。蓋を半掛けにして中火に戻す。完璧だったよと笑いかければ、よかったと微笑む市さん。ああ美人。
「後は野菜が煮えれば、ルゥ……香辛料と辛みの元を溶かして完成ね。市さんが頑張って小さく刻んだからすぐに出来ると思う」
「そうか。いやぁ楽しみだなお市殿!長政殿!」
ぐきゅう、となかなかいい腹の虫を鳴かせて笑い声を響かせる家康くん。浅井さんも腹が減った!と頷いている。
あー、カレー初体験なんだよなぁ全員……。フルーツ缶開けてヨーグルトと混ぜておこう、念のため。
「うっし煮えた。後はこれを溶かすだけ」
「これは……味噌、か?」
引っ張りだしたルゥを見つめ、首を傾げる家康くん。浅井さんと市さんはよく出来た絵だとパッケージに感心している。
「あぁそうか味噌カラーだっけ。色は似てるけど全然違うよー。入れたら分かる」
ほいポチャン。個数なんて適当だ。弱火にした鍋をオタマでぐるぐるかき混ぜる。ドロっと崩れるルゥを不安気に見つめる家康くんも、カレー臭が漂い始めてから口元が緩んだ。キラキラと輝く目線にニヤリと笑う。
「な、なんと芳醇な!」
「市もお腹が空いてきたわ……」
「めぐみ殿の家で色んなものを馳走になったが、これ以上香に引かれるものがあっただろうか」
スパイスがやばいぐらい胃に刺さっているようで。何度嗅いでもいいなぁ、カレー。ふつふつと煮える鍋にとろみが付き、ルゥも完全に溶け切ったのを確認して火を止める。よし。
「前掛けは絶対、絶対にかけてたべること!このタレ、服に付いたら落ちないからね!」
「そうなのか?」
勝手にスプーンを取り出して味見しようとしていた家康くんが動きを止める。……場所を把握しすぎだろうが。
とにかく、下手をしたら絹だ、この人達の服は。そうでなくとも手作業で仕立てる筈だから、カレーの染みなんて論外。予防をするにこしたことはない。
長々しいタオルを首に垂らす三人はどこと無く間抜けだけど言わないでおこうそうしよう。
深めの平皿は流石に四枚なかったから、私だけ丼だ。なんとも微妙な見た目だけどしょうがない。白米に驚く浅井夫婦はまぁ、いつものパターンと言うことで。
カレーは市さんに注いでもらった。ご飯にたっぷりかけて、「長政様、お願い」と手渡す市さんと「任せろ!」と受け取る浅井さん。ささやかなやり取りなのに本当に仲の良さが伝わるんだもんなぁ。
ま、とにかくご飯だ。三人ともカレーにくぎづけだし。
「いただきまーす」
「いただき、ます」
「いただきます?」
「馳走になる」
なぜか浅井さんだけ首を傾げていたけどまぁいいや。何時も同じように口にしようとかとスプーンですくったけれど、家康くんの言葉に手を止めた。
「この香り…正しく正義!」
「めぐみ殿のところの食事に美味くないものは今までなかったからなぁ。せっかくのお市殿の手作りでもある、是非とも味わってほしい」
「……」
そわそわと浅井さんを見つめる市さんに、一番の感想は任せたほうがいいかと食べるのを考え直す。浅井さんにとって謎の液体のかかったご飯なんだけど大丈夫だろうか。…オソマじゃないからね?
掬ったカレーをいざっ!とばかりに口に含み、目を見開く。咀嚼している表情からどれだけカレーに魅了されたか伝わって来る。
「辛い!美味い!美味いぞ市!そなたも食べるがいい!」
これ以上ないほどストレートな感想を喜色満面に叫び、勢いのまま二口目を口に含む。
「長政さま…。市嬉しい……」
ぽわっと薄紅頬を染め、感想に喜ぶ市さん。…ルーすごいよね、とは口に出さないでおこう、うん。
浅井さんに促されるままカレーを口に含み、市さんも驚き顔を綻ばせる。
「………!ヒリヒリするけど、おいしい…」
どうやらカレーは二人の口にあったようで安心した。フルーツヨーグルトはデザートの立ち位置で大丈夫そう。
そんな二人をニコニコと嬉しそうに眺めていた家康くんも相伴に預かろう、と口にする。そして浅井さんと同じく辛い!美味い!とカレーの感想を叫び、ガツンと来た!と一言、麦茶をがぶ飲みしていた。……甘口なくてごめんね。
大興奮の面々を見て私もいただきます。うん。カレー。美味い。
食べつけてるせいであそこまで荒ぶれないけど、やっぱりカレー美味しい、思い出したように食べたくなる。
小鳥が啄む様に食べる市さんと、しっかり噛んで優雅に素早く(としか表現できない)食べる浅井さん。辛い、おいしい、と何度も言いながら口にする二人。
ふと隣を見れば、家康くんのペースがカレーは飲み物な食べ方に!?ちゃんと噛もうよ!
「匙が止まらないなぁこれは。それに食べてないと逆に辛い!」
「確かに口に入れてないと舌が焼けるようだ。食べているときはほんのり柔らかいくらいだというのに」
「ご飯、進むね」
カレーのルゥが足りなかったのか、追加をしに立ち上がる家康くん。ついでにご飯も注いではダメかと言わんばかりの目線に、はいはいと許可をだす。喜びいさんでシャモジを振るっている家康くんに、市さんが一言。
「長政様もお代わり、いる?」
「ああ、しかしだな…」
流石に初めて来た浅井さんは遠慮気味にこちらを見つめて来たけれど。大丈夫ですよと頷けば、感謝する、頼むと市さんにお皿を渡していた。
旦那さんのお手伝いが出来るのが嬉しい、と市さんからふんわりとした空気が漂っている。
こうしていると、本当にいい夫婦だなぁ。
物凄い勢いで掻っ込んでいた家康くんと、お代わりしていた浅井さんのおかげか、綺麗さっぱりとカレーは完売しました。デザートのフルーツヨーグルトもきっちり食べ切ってくださりましたよ。あ、染みは大丈夫でした。
「市の手料理が食べれて私はうれしかった。よくわからない空間も悪くは無いものだな!」
「私も、楽しかった……。また作るね、長政様」
「お市殿の貴重な手料理を頂けてワシは幸運だったよ。そしてめぐみ殿、いつもありがとう。今日もとても美味しかった」
「どう致しまして」
――長政ー?市ー?……あらあら、お客が来ているのに逢い引きなんて隅に置けないわねぇ
「ち、違うぞ姉上!」
「光色さんも、一緒よ?」
押し入れから聞こえる声に慌てる浅井さん。あぁ買い物好きのお姉さんかと思いながら、多分道が直った事を伝える。
「す、すまない。もう少しきちんと礼をしたいところだが」
「いいのいいの、いつもこんな感じだから。また来てねとは言わないけど」
「ありがとう、めぐみ、さん?市、色んな事が出来たわ」
「帰っても時々、台所借りてみてね」
「うん……」
お邪魔しましたと、お辞儀をして押し入れを潜る夫婦。
「それではめぐみ殿、またな!」
「……あー、うん。またね」
来るなといっても繋がるんだからしょうがない。諦め混じりにそう言えば、喜ぶ家康くん。
「次もかれえが食べたい!」
「やっぱりもう来るな!じゃあね!」
きっちりリクエストしていく家康くんを押し入れに潜らせて、ぴしゃりと襖を閉じた。あー、まったく。
「来るのに慣れたらダメだよなぁ、私」
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鯛をさばくとたまに貫通する
「朋よ、分からぬというのは素晴らしいな!」
「地上から竜宮に繋がるとは、いや実に愉快」
これは警察を呼ぶべきですよね、本格的に。
一匹鯛が安かったとほくほくしながら帰って来たら、見知らぬおっさんが二人。
一人はうっかり回しっぱなしにしていた扇風機の側で、赤と黒のバトン?を回している。何をおやりになりやがられていますか、いやマジで。
もう一人は洗い物を入れる食器カゴに置いた某犬のガラスコップをなめ回すように見つめていた。いくらなんでもシュールすぎるんじゃなかろうか。
「ずいぶん透明度の高い、いやこれは完全なる透過ギヤマンか。気の抜けた焼き絵が施されているとはいえ、滲まずに象られている……。惜しむべきは器の造りが甘い事か。いやしかし見事なものだ」
「色のないギヤマンなどザビー教から贈られたものですら無かったな。余も初めて見る」
髷を結ったかなり渋い中年二人が興味深そうにス○ーピーのガラスコップを眺めている私の部屋。警察を呼びたい。かなり本気で。関わりたくない。
「実に興味深いな、異郷の朋よ!」
「ふむ、卿が件の[めぐみ殿]か」
「……………」
朋は奥ゆかしいのだな!と紫が異常に似合う人が呵々と笑っている。ふたりして威圧感が酷い。頼むからこっち見ないでほしい、お帰り下さい。
「あぁ、卿の事はよく存じているよ。何処とも知らぬ部屋に繋がり、そこの主は錦のごとき馳走を振る舞う、と」
「……、家康くんの知り合いですか?」
「知り合い……。ふむ、広義に捉えるならそうとも言える」
「絆の朋の話は時々聞くな、久秀」
……絆の友「と」話はじゃないのか。卿と同じまばゆい光を持つものだよ、帝よとゆったり渋い人。
なんだろう、あかん人達が来てしまっているとひしひし感じるんですが。
……深呼吸一つ。勿論こっそり。相手は仕事の時の客、相手は仕事の時の客、相手は仕事の時の客。威圧感が有ろうと無かろうと、客。よし。
「お二方、先程私の事を知っているとおっしゃりました。では道が閉じる条件も?」
「ああ、知っているとも!その稀なる腕にて作られる妙なる馳走を頼むぞ」
「かしこまりました。申し訳ありませんが、ただ今より作らせていただく事になりますので少々お時間を頂きます」
「勿論だ、じっくりと仕上げるといい」
「せっかくの時間だ、卿の持つ器を見させてもらおう」
見てもいい?じゃなくて見るから、と決定済みな渋い方。仕事の顧客向けスマイルがひび割れそうになるのを難無く防いで、食器棚に手を差し出す。指差すなんてしません、はい。
顧客を満足させるのが私の仕事、仕事。会社の対外用パーツに私はいらない。なんで家に帰って来てまで接客モードに成らなきゃならんねん、なんて思いません。この二人に「素の私」だときっと会話できない。家康くん達と比べて重過ぎる。
「普通の食器しかございませんが、よろしければどうぞ」
「普通、と君は言うのかね」
いや愉快愉快と雑多に重ねた食器をごっそり引っ張り出す白メッシュさん。後で仕舞ってくださいね!?
いやしかしどうしようね?ぼちぼちでかい鯛がメインなのはまぁ決定だけども。野菜を引っ張ればいつものメンツとグリンピースと化したスナップエンドウ。……趣味に走るか。
「うらぁ!」
気合い一つ、鯛の頭を叩き落とす。固いんだよ!間接狙っても固いんだよ!ちなみに鱗はゴリゴリしました、服に飛んでやばい。エプロン持ってないのよ。
……ところで、猛々しいなと凄い笑顔で紫の人がこっちを見てるんですが。あなたゆっくり待つんじゃなかったんかい。扇風機で遊んでていいのよ遊んでて下さい。
「ふむ、なかなかに立派な鯛だ。姿焼きにしないとなれば如何様にして余に差し出すのかな」
「にんにく増し増しの、コレを使った野菜タレかけです。まぁ味は食べてから、ですね」
コレ、といいながらちょっと水分少なめの小ぶりなトマトを示す。イタリアントマトじゃないけど、水っぽくないのは意外にあるものなわけで。
「これは唐柿か。これからタレを作るとは異郷の朋は遊びを忘れぬのだな」
てかこれ家康くんから貰ったトマトの残りなんだけどね!なんでトマトがあるのかは考えるのを諦めた。品種改良がさっぱりだからすっぱくて固かったのよねぇ。
「ま、炒めて塩入れて水分出ればなんでもタレになりますよ。今日はこれってだけです」
言いながら腹を中央から裂き、流しで内臓を引きずり出す。うお、超新鮮。血あいのある骨の上に切り込み入れてざざぁっと流しながら指で擦り落とす。
魚用の漂白洗いしているタオルできっちり水を拭き取り、まな板にドンと置き捨てる。はい白メッシュさん、粗野な事だとかいいですから。
さてはて。頭を上にした鯛に、胸ビレのちょっと上部分にほぼ水平に出刃をあてて静かに引く。小骨のささやかな手応えが無くなったらまた切り始めの所に出刃を置く。
魚の三枚下ろしに重要な事は、刃を切りながら上下に動かさないことだ。骨を過ぎるたびに感じる波打つ手応えを感じながら、何度も何度も腹から尻尾へ引いて切る。
「鯖も最近切ってないのに、ちょい難易度高いっての」
自分用ならちょっとぐらい反対側に貫通しても、やっちゃった、ですむのに。なんでこんなに真剣に捌いているんだろか。
背骨に刃が当たるのを振動で感じれば、今度は尻尾を上にくるり。尻尾側から同じ様に中に向けて何度も刃を滑らす。ガツ、とした手触りが来たのでストップ。
ふぅと息を吐いて、今度は刃を尻尾側に向けて鯛に水平に差し込む。
裂いた部分の尻尾近くを軽く切り、できた隙間に今度は自分に向けて刃を入れる。
限りなく鯛に水平に、でも気持ち背骨に向けて出刃を傾けながら、尻尾を左手でわし掴み。なるべく刃の中央で切れる様に動かし一気に腹まで削ぎ落とす!
あ、勿論左右に切ったら切り口汚くなるから、左から右、左から右と出刃入れ直しね。鯛は背骨ボコボコしててやりにくいよまったく。
ともかく、それでスパッと身がほぼ剥がれた。
後は尻尾側を上から切り落とし、完全に三枚下ろしの完成(片面だけ)。
「成る程、魚とはそうやって下ろすものなのか。簡単に行くものではないのだな。どれ余も一つ」
「え」
包丁を、と言う紫の人に無意識に近く手渡す私。うおおお、命令されるのが辺り前な感じがし過ぎて渡してた!?
なにこれ怖い!
「なかなかの切れ味の様だ。確かこれをこうして…こうだったな。はは、出来た出来た!」
そして素晴らしく速い残りの下ろしっぷり。初めて包丁を握ったが何とかなるものだ、と大はしゃぎのおじさん。
なんか私の出刃の切れ味が上がってるように見えるんですが気のせいですか。弘法筆を選ばず、という諺を体言しているような、手早く的確な三枚下ろし。
まったくもってなんのこっちゃだよ!
「気にしないでくれたまえ。彼は存外、子供のような事が好きでね」
「久秀、その方とて似たようなものだろう」
…………仲がいいですね、お二方。
残りのアラはビニール袋に詰め込んでおく。アラ炊きと潮汁どっちにしようかなーとか思いながら、じゃれあう……きっとじゃれあってるおっさん二人から目を離すことにする。私は知らない。
ってしまった腹骨と中骨取らなきゃ。途中で包丁渡すとわけがわからなくなるわまったく。
渋く明るく対話する二人の興味は私の食器に移ったらしく、放置。
さっさと中央から外に向けて腹骨を削ぎ、ヒレ側で切り落とした。中骨は骨抜きなんて頑張れないので、真ん中挟んで二回切り。余った部分はアラ入れに詰める。
計四切れになった縦長の鯛をさらに半分に切り、ようやく一心地。両面にぱっぱと塩胡椒を振り、バットに並べた。やれやれ。
「これは苺か。卿の持つ器の中でも特に落ち着いた品のよい物だ。ぬめる様な白の地に、淡い紅と翠。いや中々」
「その方の眼に留まるとは。流石竜宮に納められし物よ」
作業をしている間に、ここにある二番目に高い野生のイチゴのケーキ皿とティーセットを眺めている二人。
あああああ、それ紙に包んで箱に入れてたはずなのにいつ出した!?やめてください全部で零が二つ位違う私のお宝の一つなんだって!
「割らないで下さいね!?ホントにお願いしますね!?」
「必要が無いものに終わりを齎すのは吝かではないが、まだ価値があるものを手に下す程無粋でもない。心配しないでくれたまえ」
「安心するといい朋よ。久秀がそういうならば偽りはない」
「……きっちり包んで箱に仕舞い直して下さいね」
「無論」
やばいどうしよう、自由人すぎる。お皿一枚一枚を扱う所作は家康君達以上に綺麗で恭しい、まぁ大事に見てくれてるから大丈夫だと信じよう、信じたい。
とにかく料理の続きをしようそうしよう。下味付けた鯛は放置して、次は野菜だ。
まな板を洗い直してさっさと野菜を刻む。入れる野菜は正直なんでもいいとおもう。ああいや、白菜とか菜っ葉類はだめだけども。
冷蔵庫にあった玉葱人参しめじに茄子を適当に刻む。ソース用だから何となく小さくね。
それからニンニクを輪切りにスライス。グリンピースと化したエンドウをばらして、さらにトマトを荒みじん。なるべく皮をはいで、中の種も取り除く。これで下拵え完了っと。
んじゃま、さっさと仕上げようか。
多めのオリーブオイルとサラダ油半々を引いたフライパンに二つ切ったニンニクの半分をほうり込む。パチパチ、とチップスっぽくなって凄い香り始めたら鯛を広ていく。あ、皮からね。
ニンニク臭が台所に広がりまくり、中年二人の……いや紫の人の興味がまたこっちに移ったようだった。白メッシュさんは相変わらず。
「大蒜か。精のつくよい香りだな」
「そうですよー。二個も使っちゃいます」
皮がパリッとしたらひっくり返し、フライパン脇に残りのニンニクを軽く炒る。ちょっと色が付いたら、トマトと豆以外を全部注ぎ込み炒めていく。
「ふむ、本膳でも見ないありようだな」
「そういえば炒めるは無いんでしたっけ?」
秀秋くんも興味深そうに見ていたし、珍しいっちゃ珍しいのか。まぁたまには違ったのも楽しくていいんじゃないかな。
茄子がニンニク油を吸って透け始め、人参に箸が刺さったらお酒と水を適当に入れて蓋。白ワインを入れたらいいんだろうけど、そんな物は無いんだからしょうがない。酒でも何とかなる。
ニンニクに酒蒸しとはまた心踊る組み合わせ!とみなぎる隣の人は無視して、蓋の隙間から蒸気が出だしたからトマトと豆を追加。鯛が焦げないよう注意しながらやや強火で炒め、塩で野菜を纏める。
トマト、ニンニク、塩、酒とこれ以上ないほど単純な味付けなのだけれど、結構複雑な味になるのよね、これ。
トマトから溢れた水分を半分程飛ばしてOK!ペロっと味見ー。うおおお!ニンニク!
「はいはーい、盛りつけるからちょいと避けてくださいね」
ビジネスモードは料理してたらさっくり解けてしまった。やっぱり趣味に走ってたらどうでも良くなっちゃうよ!おかずマジいい匂い!昼ご飯!
平皿三枚に鯛を分けて、トマトソースを真ん中にさっとかける。赤い中にエンドウの緑。うん、すばらしい。
箸休めはキュウリの酢の物作り置きで諦めてほしい、と冷蔵庫から出したものを小鉢に分けてはい完成。
「ご飯はどうします?炊きたてじゃないですけど」
「私は遠慮しよう」
「余も結構だ。鯛だけで十分腹が満ちるであろうからな」
助かります、昨日の晩のやつだからね!
「ずっと嗅いでいたが収まらん匂いだな!」
「盛りつけもまた奇怪」
お二人、容赦なく床です。お盆一枚しかないと伝えたら、白メッシュさんがミカドさんに頼むとおっしゃりましたよ。当然のように使う紫の似合う人に、何となく関係が見えてくる。が、まぁいいや。
「んじゃまいただきまーす」
鯛をほぐしてソースと一緒にパクリ。うっはぁ、濃い!マジニンニク!野菜甘い!
もぐもぐ咀嚼していたら、なんか白メッシュさんに珍獣を見るような目で見られてるんですが。食べんのかしらと小さく首を傾げたら、ミカドさんがまた呵々と笑った。
「人の創りし威光は人にしか通用せぬということだな、知の朋よ。さて余もいただこうか」
私も人ですよ、と言いたかったけれど、口は鯛でもぐもぐで開けない。
今まで来た人達と同じ、ピンと延びた背筋。ふわり、と皿に添えられる左手の指すらしとやか、と言えばいいのかなんなのか。
優雅なんて表現がピッタリの動きで箸を捌く二人。紫のミカドさんが一口。
「成る程、成る程!」
うんうんと目を輝かせながら飲み込むのを見てから、白メッシュさんも口に含む。
「美味。酒が欲しいところだ」
「まさしく。これは清酒よりも葡萄酒であろう。
焼き、蒸したためか鯛が随分と味が濃く柔らかい。これだけ大蒜を使ったタレを用いているというのに負けていないというのがいいな!」
「この黒い粒は胡椒、か。天竺より渡る希少なこれをこれほど用いるとは」
いや苛烈苛烈、と随分楽しそうに食べてくださる。気に入ってくれたのならいいんだけれども。渋いおじさん二人して和やかに箸を進めていく。和やかなのはお二人だけで、自宅なのに私はアウェイなんだけども。
まぁ、ひさびさに手の込んだ鯛をたべれたからいいか。今日も作りたてのおかずは美味しい。
「見事であった異郷の朋よ!余は満ち足りた!」
「中々に興味深い味だったよ」
気に入らなければ腹いせに苺の器を頂こうかと思ったのだがね、と嫌なことを言ってくれたメッシュさん。やっぱり警察呼んだ方がよかったかもしれん。
「卿からは妙なる味を貰い受けてしまった。今回はこれで満足しておくとしよう」
もう来ないでください、切実に。
「さて、名残惜しいがそろそろ戻らせてもらおう。マリアが弟夫婦を連れて来ると言っていたのでな」
「失礼するよ」
食べ終えてあれこれと話すこともなく、あっさりと襖を潜って去っていったおっさん二人。
……疲れた。めちゃくちゃ疲れた。いつもの倍疲れた。
台所の床に散らかった食器類を見て、膝から崩れ落ちるのはそれから一分後。確かに箱に仕舞っておいて下さいとは言ったけれど。
「箱に仕舞っただけかい……」
頼むから。頼むから棚に戻しておいてよ白メッシュ。
時系列が少しずれています。
将軍は手を洗いました、鯛さばいた後に。
それから、味見(毒味)の済んだ料理を帝より先に食べてるよこの女、と微妙に引いた中途半端な常識人ヒラタケ。
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