アーネンエルベ で会いましょう (希望ヶ丘)
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凡人と凡人

「お客様、申し訳ありませんが相席お願いしても大丈夫ですか?」

 

時刻はちょうどお昼過ぎ。

今日は橙子さんからお休みをもらい、せっかくだからと久しぶりに散歩して見た。

その休憩のために訪れた初めての喫茶店。

入った時は伽藍としていたのに気付いてみれば人が大勢だ。

 

「もちろん、構いませんよ」

 

読んでた本を閉じる。

いくら相席するただの他人では言え、本を読んでるばかりでは相手も居心地が悪いだろうからと言う気持ちが半分。

素直に飽きていたというのも半分かもしれない。

 

「すいません、お邪魔しちゃって…」

 

ふと、机に置いた本から視線を外すと前には少年が一人。申し訳なさそうに縮こまっていた。

見た感じ、高校生くらいだろうか。

両脇には紙袋が二つ、三つ。

まるで彼女の買い物に付き合わされた彼氏。

ただその感じな彼女が見当たらない所から言ってこの考察は間違いだと言うのがわかる。

 

「大丈夫だよ、僕も一人で退屈してた所だからさ」

「そう言ってもらえると気が楽になります。あ、アイスコーヒー一つお願いします」

 

少年は早々と注文を済ますと僕をまじまじと見つめた。

どうやら、さっきの僕の言葉に気を利かせて話の種を見つけようと言う事だろう。

変な気を使わせて気がひける。

何よりこんな黒ずくめの男からどんな話が拾えると言うのだろうか。

ここは大人として僕から話を振るべきだろう。

 

「君はここら辺の人なの?」

「え、いや、実は日本は久しぶりで…」

「それじゃあ…外国の人?」

「いいえ、日本人です。ただ、この一年間海外に居たというだけで」

 

留学、だろうか。

ただ、その一言を踏まえて見てみると確かに少し大人びで見える。

ただ、それは本当に大人びて見えるだけで、まだ子供なのは明らかなのは確かだ。

 

「そっか。じゃあ、近場の国かな? それとも結構遠い?」

「あ、えっと、その…人に言っても理解してもらえるかどうか……そもそも自分も知らないというか……」

 

これは面白い返しだ。

一年間も住んでいたと言う国がわからないと言う。

気になる。実に気になる。

隠されれば暴きたくなる。それが人の性だろう。

まぁ、それは誰しも思うだけでとどめておく。

もちろん僕も。

複雑な事情や話したくないこと、触れて欲しくない事は誰にでもあるのだから。

ただ、話のタネにはさせてもらおう。

 

「ふーん、じゃあ、そこは寒かった? 暑かった?」

「寒かったですね。そりゃあ、もうめちゃくちゃに」

「へぇー、じゃあこっちは暑くてビックリしたんじゃない? 最近は六月だって言うのに暑い日も増えてきたし」

「? そうですかね。そこまで暑いとは感じませんでしたけど…」

「ははは、これが若さかな。年をとるといかせん感覚が鈍くなるからね」

 

その後の会話は風に乗った凧の様に進んだ。

やれ、最近の若い人の流行とか。

やれ、好きな料理はとか。

やれ、趣味だとか。

そのうち、話してる中で気づいた事があった。

この子は話し慣れている。

と言うより、この歳で異常な程に会話が上手い。

饒舌というか、コミュニケーション能力の高さというか。

ただ、不快にはならない会話に僕もいつしか心を開いていた。

彼も同様に最初の畏まった様子はなくなり、フランクに身振り手振りを加えて話をしてくれる。

 

「それは凄い。キュケオーンか…麦粥というのを聞いてたけどそんなに絶品だと聞くと食べて見たくなるなぁ」

「いやぁ、多分あれは彼女のみにしか作れないと思いますね。なにせ彼女はキュケオーンのプロフェッショナルですから」

 

たわいのない会話。

久しぶりに学生時代に戻ったような、そんな感じに気持ちが高揚する。

その最中、実はずっと気にしてたことを僕は切り出した。

 

「そうえば、その袋たち。随分と多いね。彼女さんとかにかな?」

 

すると、彼は途端に顔から笑顔がなくなり神妙な顔になる。

地雷を踏んでしまっただろうか、不安にかられる。

確かにいくらこんなに楽に話せたとしても、ほぼ初対面。

踏み込まれたくない領域もあるだろう。

謝罪の言葉を紡ごうとしたその時、先に口を開いたのは彼からだった。

 

「実はーーーー」

 

その先、彼から語られた事はとても甘酸っぱく、とても謹慎感があって、失礼だがにやけてしまった事は謝るべきだろうと思う。

でも、そんな青春。いいなぁ、と思わないのが無理じゃないか。

 

「なるほど……とどのつまり、彼女さんにプレゼントを買いたかったけど何を買えばわからなかったって事かな?」

「か!? そ、そんな! 彼女とかじゃ! ただお世話になってるし……恩返しとかもしたいかなぁって……」

 

ははは、初々しくて青春エンジョイだなぁ。

無条件で心がぽかぽかと春の日差し日和だ。

 

「ごめんごめん。それで、わからなくなってとりあえず色々な物を買い漁っちゃったと」

「はい……なんか、情けないですよね…」

「ん? なんで?」

「だって…いつもお世話になってるのに相手の事を理解できてなかったなんて…俺はいつも何もできなくて……」

 

あらあら、これはなかなか。

拗らせていると言うか、なんと言うか。

これも青春というか。

 

「そうかなぁ」

「そうですよ…俺はいつも守ってもらってて…でも、無力な俺は何もできなくて……せめて喜んでもらえる物を送りたいと思ってたのに….ダメですよね….こんなんじゃ…」

 

うん、うん、わかる。

わかる気がする。

だから、これはあくまでアドバイスだ。

 

「うーん…なら、君は彼女の為に泣けるかい?」

「え、ええぇ」

「怒れる?」

「もちろん」

「笑える?」

「当たり前です」

 

そうか、そうか。なら、それで良いじゃないか。

 

「そっか、なら、君は大丈夫だと思うよ」

「え?」

 

俯く顔を上げる。

その表情は今にも泣きそうで、でも、瞳は青く透き通っていて。

青い春の色をしていた。

 

「うん、やっぱり君は普通に強い人間だ。他人の為に泣けて、他人の為に怒れる。そして、他人の為に笑える。自分の為だけじゃなくて誰かの為に。これは当たり前の事の様で案外難しいからね」

「はぁ…でも、俺は…」

「…….無責任だと思って構わないけど、僕が君を強いと思える理由はもう一つあってね。君は逃げてないだろ?」

「逃げてないって……なにから?」

「彼女からさ。いくら悩んでも悩んでも、諦めるって選択をしなかった。その結果がその両手いっぱいの紙袋な訳で」

 

ハッとした様に彼は自分の両脇に置かれた紙袋達を見る。

やっと気づけたらしい。

珍しく大人らしい事をしたな、僕。

 

「まぁ、逃げるってのも強さだし、立ち向かうのも強さ。瞬間の楽の為に永遠の苦を背負うか。瞬間の苦のを乗り越えて瞬間の幸福を得るかの些細な違い。だけども、後者を迷いなく取れる君は強い弱いの前に無力なんかじゃない」

「そう、なんですかね」

「そうそう、何かの為に頑張れる。それ自体力なんだからさ。そんな君からのプレゼントならきっと気に入ってくれるよ」

 

彼が顔を窓の外へと向ける。

きっと、照れ隠しだと思う。

広角が緩んでいるのがバレバレだ。

 

「雨、上がりましたね」

「雨? 降ってたんだ。僕がここに来た時は雲一つない晴天だったけど…」

「ええ、降ってたんだ思います。でも、晴れました」

 

そう言って正面を向いた彼の顔はさっきとは別人の様に大人っぽく見えた。

 

「なるほど…春は短し恋せよ若人って奴かな」

 

いつか見た青春。見覚えがある光景。思い出がある心情。

きっと、多分、彼は何処かで見た僕なのだと思う。

もしかしたら、僕もあんなにきらやかに笑えってたのかと思うと少しこそばゆいけども。

 

「さて、僕はそろそろおいとましようかな」

席を立つ。

ここから先は彼一人で悩むべき事だ。

僕が口出しするべきじゃない。

ああ、でも、少しやって見たい事しとこうかな。

 

「え、あの、それ俺の伝票も…」

「うん、僕が払っとくよ」

「そ、そんな! 悪いですよ! 俺の話まで聞いてもらって!」

「だからだよ。なんと言うか…大人の先輩として、青春の先輩として、払わせて欲しいと言うか….そんな感じ」

 

突然そんな事言われたら困惑するだろうけど、ごめんね。

ただの先輩風だよ、身勝手にわがままな、お節介さ。

 

「そうですか……なら、また。次は俺が奢りますから。先輩さん」

 

キョトンとした後にすぐに理解したのか、やっぱり賢明な子だ。

 

「うん、それじゃまた。後輩くん」

 

テーブルの本を鞄にしまい、カウンターへと向かう。

なんだが、その足取りさえも軽く、気持ちがいい気がする。

若者の活力に当てられたのか、自分もまるで学生に戻ったきがしたのか。

何はともあれ、会計を済ませて店を出た時に照らされた日差しはいつもの二倍輝かしく見えた。

「なんか、今日はいい事ある気がするなぁ」

 

さて、次はどこに行くか。

まだ式の部屋に行くのにも早いし、僕も何か買って行ってあげようか。そうしようか。

彼みたいに、そう彼ーーーー

 

「あ、彼の名前。聞くの忘れてた」

 

致命的な事だが、まぁいいかと流せた。

またいつかと言ったのだ。なら、またいつかに出会えるだろう。

雲ひとつない空、カラッと乾いたアスファルト。

全てが新鮮に思える世界で僕はいつも通りに歩みを始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はい、はい。ええ、明日には帰ります。はい、え? いや、元々秋葉原には行かない予定だったので…….はぁ…なら、黒髭とオッキーに謝って貰えると助かります。はい、では」

 

カルデアへの一言。

ずっと言えてなかった。

このまま帰っていいものかと思ってたからだ。

でも、あの人のおかげで踏ん切りがついた。

 

「何をあげても喜ぶか…確かにそうかもな、俺もマシュからの物なら何でも嬉しいし」

 

それにしてもあの人との会話は心地よかった。

まるで未来の自分と話してるかのように気持ちを理解してもらい、道を示してもらった。

俺もあの人みたいになりたい。なれたらいいな、あの人みたいに。そう、あの人ーーーーーー

 

「あ、あの人の名前聞くの忘れてた」

 

ウッカリだったが、まぁいいだろう。

いつか会える。そんな気がする。

だから、その時にもう一度。

その時は俺が奢るのだから。

 

 

 

 

 

 

 



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