あなたトトロって言うのね / stay night (hasegawa)
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運命の夜。

 

 

「ジブリの最高傑作はナウシカに決まってるじゃない。何言ってるのよまったく」

 

「いーや、もののけ姫だね。お前こそ何言ってるんだよ遠坂。見る目ないんじゃないの?」

 

「いーえ! トトロです遠坂せんぱい! トトロなんです!

 いくら遠坂せんぱいや兄さんとはいえ、これは譲れないんです!」

 

 

 昼休みの屋上。

 遠坂凛、間桐慎二、間桐桜の三人は顔を突き合わせて『ぐぬぬぬ…』とにらみ合っている。

 そんな三人の傍で一人、衛宮士郎は話の輪に加わらず、居心地の悪い気分を味わいながらモグモグと弁当を食べる。

 

「はっ! アンタ達にはあの壮大なストーリーと、

 風の谷の姫様の魅力が判っていないみたいね。お話にならないわ」

 

「お前こそもののけ姫の凄さが判ってないんじゃないの?

 いいか、¨生きろ¨だぜ? 三文字なんだぜ?

 このキャッチコピーのインパクトでわかるだろ」

 

「い~え! ジブリの看板はトトロなんです! これは真理です!

 姉さん達は子供の頃にトトロを観ませんでしたか? お人形を買いませんでしたか?

 そんな人類はこの世に存在しませんっ! トトロこそが至高のジブリなんです!」

 

 額に血管が浮いている凛、アメリカ人のように「ふっ」っと馬鹿にしたように笑う慎二、そして腕まくりをして今にも掴みかからんばかりにエキサイトしている桜。

 こんな後輩の姿を、士郎は見た事がない。

 

「ねぇ衛宮君、もうこの二人にはっきり言ってあげなさいな。

 ナウシカこそ最高、ナウシカこそが最も強く美しいんだって。遠慮はいらないわ」

 

「ばっか! 衛宮はもののけ派に決まってるじゃないか!

 男だぞ? 男だったらもののけ姫に決まってるんだよ! アシタカなんだよ!」

 

「せんぱい! せんぱいはトトロ大好きですよね?

 部屋におっきなトトロのぬいぐるみありますもんね? 一緒に作りましたもんね!」

 

 三人に詰め寄られながら、士郎は内心「ほら来た…」と思う。このやり取りも、昼休みの度にもう幾度繰り返した事か。

 出来るだけ三人を刺激しないよう気配を消して弁当を食べていた士郎だったが、最終的にはいつもこう。こっちに矛先がくるのだ。

 

「何がぬいぐるみよ桜! 衛宮君だったら頑張ればメーヴェ作れるわよ!

 作りなさいよ衛宮君! 私に!」

 

「だったらでかいヤックル作ろうぜ衛宮!

 俺達は弓道部なんだ! ヤックルに乗って弓を構えるなんて最高じゃないか!

 僕達で乗れるヤツ作ろうぜ!」

 

「ダメです~! せんぱいは私と中トトロ小トトロを作るんです~!

 三匹一緒に並べて、手には葉っぱの傘を持たせるんです~っ」

 

 

「メーヴェに乗りたくないのアンタ達!」

「うるさいヤックルだ!」

「トトロです!」

 

「なによ! タタリ神みたいな髪の毛して!」

「お前だってトルメキアの姫様くらい横暴だろ!」

「トトロなんです!」

 

 

 野郎ぶっ血KILLとばかりに取っ組み合いに発展する三人。なにやらモクモクとアニメのようなケンカ土煙も上がっている。

 さすがに女の子に手は出せないからと防戦一方の慎二だが、他の女の子二人はもうポカポカと容赦がない。

 

「えっと、ケンカするなよ三人共…。俺がんばって全部作ってみるからさ?」

 

 目に涙を浮かべながら「ムキー!」とポカスカやっていた三人が、士郎の制止をしぶしぶ聞き入れ、再びベンチに腰掛ける。

 

「三人がナウシカやもののけ姫やトトロが好きなのはわかるさ。

 でもそんなケンカしなくたっていいじゃないか。

 俺は全部何回も観てるし、全部好きだよ」

 

「「「ま~た衛宮君(お前)(せんぱい)はそうゆう事言う~~~っっっ!!」」」

 

 そして士郎がみんなに掴みかかられ、グイグイと身体を揺らされる。ここまでが毎回のテンプレートだ。

 民主主義ゆえ決着は多数決だと言わんばかりに、いつも三人は士郎をこちら側へと引き入れようとしている。4人中2人なら半数。圧勝だ。

 

 ちなみにこの4人、本来であればこんなにも仲が良好なハズはなかったのかもしれない。

 しかし以前たまたまこの4人で『昔のジブリ映画って最高だよな』という話で盛り上がった事があり、それを切っ掛けに意気投合したのだ。

 

 遠坂は昔のように自分が生徒会にいたならば絶対にジブリ同好会を作っていたと豪語しているし、慎二はたまに桜を連れて、ジブリ映画の元となった各地に聖地巡礼旅行を行っている。

 

 不思議な事にこの4人の共通点が「ジブリ映画好き」という物ではなく、あくまで「昔のジブリ映画が好き」という物であった事も、4人が意気投合を果たした大きな理由だったのかもしれない。なにやら大きなこだわりがあるのだ。

 

 ――――ポニョは好きだ、アリエッティもいいだろう。……だがナウシカだろうが!!!!

 

 そんな4人の熱い思いもあり、ジブリパワーで本来の世界線ならばありえない程にこの4人の仲は良好だったりする。

 それでもいつも、ケンカばかりしているが…。

 

「というか衛宮なら、ラピュタや紅の豚なんかが好きそうだけどな?

 お前ならこの辺がストライクなんじゃないの?」

 

「せんぱいは魔女の宅急便なんかも大好きじゃないですか。

 私に黒猫ジジのお人形作ってくれましたし」

 

「ああ、もちろん大好きだよ。

 でも俺は好きなのが多くてさ。一つに決めらんないんだよ」

 

「衛宮君らしいといえばらしいけどね……。でも悔しいわ。

 ナウシカの原作漫画でも読ませてやろうかしら。

 一冊読むのに一時間くらいかかるけどアレ」

 

 のんきな士郎の顔に毒気を抜かれ、ケンカを止めて昼食に戻る三人。これもいつもの事だ。

 こうして士郎はなんだかんだと楽しく昼休みを過ごし、午後からの授業も問題なくこなしていった。

 

 

 その日の放課後には、用事があり早く帰らねばならないという慎二と桜に「弓道場の掃除代わってもらって悪い。今度必ず借りは返すからな!」となにやら勢いのあるお礼の言葉を受けてから、士郎は生徒会の頼まれ仕事をこなした後に弓道場へと赴き、遅くまで清掃や道具の整備などをしていった。

 

「今度俺が拾ってきた古い映写機で、ジブリ鑑賞会するんだもんな。

 早く帰って飯食って、その後は蔵で修理しなきゃ」

 

 そんな事をウキウキと考えながら、弓道場を後にして帰路に着く士郎。

 

 この後、自分の身に何が起こるのか。

 そしてどんな運命に出会うのかなど、この時はまだ知る由もなかった。

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

「もしかしたらお前が7人目だったのかもな。

 まぁだとしても、これで終わりなんだが」

 

 

 青い男の槍の穂先が、士郎の心臓の位置へ添えられた。

 数秒後にはこの赤い槍が、確実に自分の命を絶つだろう。

 

「じゃあな坊主。今度は迷うなよ――――」

 

 満身創痍の身体で、現状を理解しようと努める士郎。

 しかし今日の夜の出来事の全てが、まったく自分の理解の範疇を超えてしまっている。

 

 学校のグラウンド。そこで自分は偶然にも人外の男達の戦闘を目撃してしまった。

 そして逃げ込んだ校舎の廊下で、ワケもわからないままにあえなく一度殺されて。

 意識が戻ったかと思えば、どうゆうわけか自分の胸の傷は完全に治療されており。

 戸惑いながらも、身体を引きずるようにしてなんとか家へと帰って来たのだ。

 

 そして現在、またもや自分はこの人外の男に襲撃を受け、今まさに心臓を貫かれようとしている。

 そんな現在の状況など何一つ理解など出来ないが、このままでは自分は確実に死ぬ。それだけは判る。

 

 何か手は無いかと蔵の中を見回してみるも、目につくのは修理途中の映写機や映画のフィルムばかり。

 もう武器になりそうな物も、目の前の男になす術も見当たらない。このまま自分は今度こそ、確実に息の根を止められてしまうだろう。

 

 ……ふざけるな、と思う。

 こんな理不尽な事は認められないと、強く思う。

 

 自分には、正義の味方になるという爺さんとの約束がある。こんな所で死ぬワケにはいかない。

 二度目、二度目だぞ。こんなにも簡単に何度も殺されるなど、衛宮士郎にとって決してあってはならない事ではないのか。

 

 自分と男の力の差など、今は関係が無い。そんな事は問題ではない。

 

 ただ、強く思う。

 たった一つの強烈なまでの想いに、思考の全てが塗りつぶされていく。

 

 

 ―――ふざけるな。

 ―――お前なんかに、このまま殺されてやるものか!!

 

 

 目を見開き、目の前の男を睨みつける。

 決して屈しない。その気持ちをぶつける事こそが、自身に出来る最大の抵抗であると言うかのように。

 

 その時、士郎の傷ついた手の指から、一滴の血が地面へと滴り落ちた。

 次の瞬間、突然足元に魔法陣のような模様が浮かび上がり、放たれた強烈な光によって士郎の視界は完全に奪われる。

 

「マジかよ! まさか本当に7人目か!!」

 

 青い男の槍が何者かに弾き飛ばされ、男が蔵の外へと素早く退避していくのが判った。

 眩い光がようやく収まった時、士郎が最初に目にしたのは、¨トウモロコシ¨

 

 あの青い男の槍を弾き飛ばし、士郎の命を救った物……。

 それは小さな小さな女の子の手に握られた、一本の黄色いトウモロコシだった。

 

 

………………………………………………

 

 

 

「――――行くよ、メイ!!」

 

「うん! おねえちゃん!!」

 

 

 突如光の中から飛び出して来たのは、黄色い吊りスカートを穿いた12歳くらいの女の子。

 そしてその妹であろう、¨メイ¨という名前の小さな女の子。

 

「夢だけど!」「夢じゃなかった!! 」

 

『 フ゛ウ゛ゥ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーーーーッッッッ!!!! 』

 

 少女達の声に答えるように閃光の中から飛び出してきたのは、全長2メートルにも及ぶ巨大な¨灰色の獣¨。

 身体の半分もあろうかという巨大な口を大きく開けながら、雄たけびを上げて青い男へと襲い掛かっていく。

 

 人間でも、熊でもない。

 その丸く大きな身体は、何故か士郎にとって、とても見覚えがある姿だった。

 

「やっちゃえトトロ! マスターを守れー!」

 

「やっちゃえーーっ!」

 

 外では青い男が突然の出来事に困惑しながらも必死で立ち回っているが、そこに鋭い爪と大きな体で肉薄していくトトロの姿が見える。

 

「……と、トトロ?!」

 

「大丈夫さお兄さん! ここで見てて。やっつけてくるから」

 

 座り込み呆けていた士郎の背後から突然現れた少年は、気遣うようにそっと彼の肩に手を置いた後、元気よく腕まくりの動作をして気合の声を上げる。

 

「やぁ~るぞぉ~~っ! きっとラピュタを見つけてやる!

 いくよ、シータ!!」

 

「ええ、パズー!」

 

 そしてその少年と少女が、手を繋ぎ、勢いよく青い男の元へと駆けだしていった。

 

「静まりたまえーー!! さぞかし名のある槍の使い手と見受けたが、

 何故そのように荒ぶるのか!」

 

「アシタカ、人間に話したって無駄だ!!」

 

「マスターさん、わたし、魔女のキキです!

 今日からこの街でお世話になります!」

 

「さって、ここじゃ飛空艇は飛ばせねぇし……。ボクシングとしゃれこむか」

 

「私は風の谷のナウシカ。ここは私達にまかせてくださいな!

 ……大丈夫、ほら、怖くない」

 

 

「……ちょ、ちょっと待たねぇかぁ! おめぇらぁああああ~~っ!!!!」

 

 

 \ ドスドゴバキグシャバゴドカベキボゴォォォーーー!! /

 

 

 士郎の背後から次々と現れたその集団が、一斉に青い男へと襲い掛かる。

 とっくに槍を手放しトトロの巨体に押し潰されていた青い男を、全員で情け容赦なく袋叩きにしていく。

 

 サツキとメイがトウモロコシで殴り、シータは何故かワインのボトルで男を殴る。

 自慢の石頭で頭突きをするパズー。

 倒れた男にゲシゲシとストンピングをかますサンとアシタカに、箒で「えいえい!」と殴りつけるキキ。

 

 馬乗りになってマウントパンチを繰り出すポルコの攻撃が止んだ時には、

 ナウシカの乗ったメーヴェに紐で足をくくられた男の身体が、勢い良く空へと引っぱられて行った。 

 

「ちょ! おまっ……! ひいいいやぁあああああああ~~~~!!」

 

 紐で繋がれ、上空を引っ張り回されるランサーの身体。

 優雅に空をクルクルとまわり、時折メーヴェを操りながらも笑顔でこちらにフリフリと手を振るナウシカ姫。

 そしてそれに「ヒューヒュー!」と歓声を上げて答える、ジブリの仲間達。

 

「トドメよ! トトロ!!」

 

『ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛オ゛オオォォォァアアアアア!!』

 

 サツキの声に答えるようにトトロが雄たけびを上げ、ナウシカがランサーの身体をメーヴェから切り離す。

 トトロのいる所へと、ランサーの身体が放り出された。

 

 「むーん!!」とばかりに手に持ったおおきな葉っぱの傘を、トトロが天へと突き上げる。

 するとその場に見た事も無い程の¨巨大な木¨が突然と生え、突きあげ発射するようにランサーの身体を天高く跳ね飛ばす。

 

 

 ズゥゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 ひゅぅぅ~~~~~……!

 

 

 

 

 

 

\ キラーン☆ /

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 こうしてランサーは大きな放物線を描いて飛んで行き、夜空へと消えていった。

 

「やったぁー!」

 

「勝ったぁー!!」

 

 笑顔でハイタッチを交わし、「ばんざーい!ばんざーい!」と喜び合う仲間達。

 その光景を、口を「アンガー…」と開けたまま士郎は見つめる。

 

 歓喜に沸く仲間達の姿をただただ眺めていた士郎だったが、ふと視界の端に、自らが修理をしていた映写機と、映画のフィルムが目に入る。

 

 

「…………ジブリの、映画の」

 

 

 

 少年はこの日、運命と出会う。

 衛宮士郎の戦いの幕は今、切って落とされた。

 

 いま白く小さな“小トトロ“が士郎の肩へと飛び乗り、スリスリと可愛らしく頬ずりをした。

 

 



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教会へ。

 

 

「静まりたまえーーーーーっ!!

 さぞかし名のある弓の使い手と見受けたが、何故そのように荒ぶるのかッ!!」

 

「アシタカ! 人間と話したって無駄だ!!」

 

 

 衛宮家の門前。現在ポカンと大きく口を開けている遠坂凛とアーチャーの前に、アシタカとサンが現れた。

 ちなみに凛もアーチャーも、何にも荒ぶってなどいない。たった今ここに駆けつけたばかりだ。

 

「サン、私は人間だ。………そなたも、人間だっ!!」

 

「黙れぇーーっ! 私は山犬だぁーーーーっ!!」

 

 そしてなにやら痴話喧嘩を始めだす二人。

 遠坂主従は、ただその光景をポカンと見つめている。

 

「あれ? 遠坂じゃないか。なにやってんだよこんな所で」

 

 そこにのほほんとした顔の衛宮士郎が現れる。肩に小トトロを乗せて。

 士郎と遠坂主従の目の前では今、アシタカがサンを優しくハグしてやり、よしよしと頭を撫でている。

 

「急にサンとアシタカが走り出していったからビックリしたけど、

 遠坂達だったんだな」

 

「……え、衛宮君? あの、サンとアシタカって……」

 

「ああ、あの¨もののけ姫¨のサンとアシタカだぞ。見てみろよ遠坂、本物だろ?」

 

「…………」

 

 凛が目を向けた先では今、サンとアシタカの「アシタカの事は好きだ。でも人間を許す事はできない」「それでもいい。私と共に生きてくれ」という、大変いいシーンが上映されている。

「あ、これ映画で観たわ私」と凛は思った。

 

「とりあえずここにいるのも寒いし、お茶でも入れるから上がっていってくれよ。

 そっちのお兄さんも、どうぞあがっていって下さい」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 意外とキレイなテノールボイスで「張りつめたぁ~♪ 弓のぉ~♪」と口ずさみながら家へと入っていく士郎。呆然とする凛&アーチャー。

 

 アシタカに優しく肩を抱かれたサンに「グルルルル…!」となにやら後ろから吠えられながら、とりあえず凛達も衛宮家にお邪魔する事となった。

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「共闘するに決まってるじゃない、いい加減にしてよ」

 

 

 開口一番、遠坂はそう言った。

 現在遠坂凛は、衛宮家の居間でナウシカとガッツリ握手を交わしている。

 

「お会い出来て光栄ですわナウシカ姫。

 私冬木のセカンドオーナーをしております、遠坂凛と申します」

 

 凛は士郎から見てもちょっと気持ち悪いくらいにガッツリ猫を被り、固く固くナウシカの手を両手で握って、ブンブンと上下に振る。

 こいつナウシカと仲良くなってメーヴェに乗っけてもらう気まんまんじゃないか。士郎は思う。

 

「ん~。まぁ聖杯戦争ってヤツの事は大体わかったけどさ?

 ところでアーチャーさ」

 

「ん? なんだ貴様」

 

 ザックリとではあるが凛達から聖杯戦争についてのレクチャーを聞いた後、士郎は遠坂凛のサーヴァントである、アーチャーへと話しかける。

 

「アーチャーはさ? ジブリ映画の中では何が一番好きなんだ?」

 

 士郎は清々しい程に、全然関係のない事を聞いた。

 

「…………お前、いったい何を訊くのかと思えば」

 

 アーチャーは、呆れたような仕草でやれやれと首を振る。

 

 

「“おもひでぽろぽろ“に決まっているだろう。いい加減にしろ貴様」

 

 

 

 アーチャーは、結構意外な所を突いて来た。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「うめぇなこれ、うめえなこれ」「こりゃうめぇな!」「美味しい!おいしいです!」「ひゃ~!」

 

 

\ ハグハグ!モグモグ!モシャモシャ!ガツガツ!モリモリ! /

 

 

 只今、マスターとサーヴァント達は食事の真っ最中である。

 ジブリキャラの面目躍如と言わんばかりに、勢いよくモシャモシャとごはんを食べる一同。

 

 何故かはわからないが普段はとてもお行儀が良いのではないかと思われるナウシカやキキなどのメンバーも、他の者に負けじとモリモリと夕飯を掻っ込んでいく。映画では見れなかった姿だ。

 「食事シーンが見どころの一つ」と言われるジブリの信仰の高さゆえなのだろうか?ジブリのメンバーの食べる勢いが明らかに強化されているような気がする。

 

 なにやらその場の雰囲気につられてか、遠坂やアーチャーまでお皿にしがみつくようにしてごはんを食べているではないか。

 お前「優雅たれ」はどうしたんだよと、ツッコミを入れたくなる士郎。

 しかし、こんなに美味しそうに料理を食べてくれるのは、作った者としてはこの上なく嬉しい事だ。

 

 

 士郎は最近新しく買った圧力釜を駆使し、大急ぎで料理を作った。

 今夜は特製、ビーフシチュー。これには料理の得意なシータとキキもお手伝いとして参加した。

 

 シータが料理上手なのはもちろんの事、キキの手際の良さというのも士郎を大いに唸らせる。

 きっとおかあさんの仕込みも凄くよかったんだろうなと関心してしまう程の腕前だ。

 士郎はシータとキキと共に、楽しく料理をしたのだった。

 

「……あの、おかわり沢山あるからさ?」

 

「ん!」「ん!」「俺も!」「私も!」「僕も!」

 

 

 おかわりの有無を士郎が伝えた瞬間、空のお皿を持った手が一斉に伸びてきた。というか全員だ。

 士郎は一瞬ビックリしつつも、沢山食べてくれるみんなの姿をみて自然と笑顔になっていく。

 

 これは……明日から料理に気合が入りそうだ。

 

 士郎はそんな事を思いながら、みんなにおかわりのシチューを渡してやるのだった。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

「ただいま¨クロネコ魔女宅急便¨では、メンバー会員を募集しています。

 時間帯指定も出来て、ポイントも溜まりますし、大変お得ですよ?

 いかがですか士郎さん♪」

 

 

 そんなキキの入会案内などを道中で聞きながら、士郎は凛に連れられて言峰教会へと訪れていた。

 

 とりあえずは詳しい聖杯戦争のルールを説明してもらうと共に、一応はマスター登録というのもしてもらわなければならないらしい。

 本当は士郎も凛もポルコの飛空艇に乗りたかったりメーヴェに乗りたかったりしたのだが、今回は断腸の想いで断念。みんなで歩いてここまで来た。

 

 サンが教会に入る事を「ここ臭い、鼻がもげそう」と言って嫌がり、

 ポルコは「そうゆう所はな坊主、人間同士で行きな」と言って遠慮し、

 そしてメイはぶっちゃけおねむの時間だった為、士郎はサーヴァント達にここで待っていてくれるよう頼んでから、凛と共に二人で教会へと入っていく。

 

 

 教会では言峰綺礼という胡散臭い神父の男が、なにやら士郎を見て驚いたりニヤけたりしながら聖杯戦争について説明してくれた。

 

 「これより聖杯戦争の開幕を宣言するよ! 各自優勝目指して、頑張っていってね!」

 

 士郎は話半分に聞いていたが、なにやらそんな風な事を神父が言っていたように思う。

 そして最後に「よろこべ少年。お前の願いはようやく叶う」とかなんとか。

 

 願いってなにさ?

 俺は早く帰って遠坂にメーヴェ作んなきゃなんないんだよ。ヤックルと小トトロもさ。

 そして士郎は帰り際、このまま無視して帰るのもなんだか悪いと思い、全然関係ない話を言峰に振った。

 

 

「ところで言峰神父さ? 聖杯戦争はいいんだけど、

 あんたジブリ映画では何が好きなのさ?」

 

 

 驚愕の表情を浮かべる、言峰綺礼。

 先ほど士郎が「衛宮切嗣の息子だ」とわかった時よりも、更に驚愕した表情を見せている。

 

 士郎はもう話す事もないかなとばかりに背を向けて教会から出ようとするが、「待つが良い衛宮士郎」と言峰に呼び止められ、扉の前で立ち止まる。

 

 

「¨ほたるの墓¨だが、それがどうかしたか?

 お前の父は確か¨海がきこえる¨だったが」

 

 

 

 言峰の答えは予想が付いたが、父の意外と尖った好みにちょっとビックリする士郎だった。

 

 



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ブレイカー・ゴルゴーン

 

 

「こんばんわ、おにいちゃ……って、あーーっ! 小トトロだぁーーーーー!!」

 

 

 

 言峰教会からの帰路の途中、士郎達は冬の少女イリヤスフィールと出会った。

 

「ずっるーーーーい! なんでおにいちゃんトトロ召喚してるのーー!

 わたしもおっきいトトロ、召喚したかったのにぃーーーー!!」

 

 イリヤの背後に立っていたバーサーカーの肩が「ズゥゥゥン…」と少し下がったような気がする。

 

「アハト爺様がね? トトロはダメだって言うの。

 召喚するなら猫の恩返しのバロンにしなさいって。

 そんなの自分の趣味じゃない! 失礼しちゃう!!」

 

「えーっと……イリヤでいいのかな? イリヤはとなりのトロロが好きなのか?」

 

 士郎はいきなり目の前に現れ、地団駄を踏みプンプンと怒りだした白い髪の少女に戸惑いながらも、とりあえずコンタクトを試みる。士郎はFateの誇る、コミュ力の化身である。

 凛はとりあえず静観を決め込み、いつも士郎の傍にいる小トトロと中トトロ以外のメンバーは今は霊体化中だ。

 

「うーん、トトロも大好きだけど、わたしはやっぱり¨崖の上のポニョ¨かな~♪

 あの映画はほんとうに最高だったわ!」

 

 哀れ桜。念願のトトロ2票目とはいかなかったようだ。

 この戦いに終止符を打つのは一体誰なのだろう?士郎はそんなしょうもない事を考える。

 

「あのポニョが嵐に乗って宗介の車を追っかけてくるシーンは、

 初めて見た時は恐怖で泣きそうになってしまったわ!

 ポニョこそが日本の誇る、ジャパニーズパニックホラーの傑作ね!!」

 

 イリヤは何故だか、ポニョをパニックホラーだと認識していた。

 

「きっと宗介に小汚いバケツに入れられて、

 散々あちこち連れ回された恨みを晴らしに来たんだわ!

 あのバケツの水だって、ただの水道水だった!

 とても海の生き物が住める環境じゃないもの!

 あんな事されたら誰だって復讐しに行くに決まってるわ!

 士郎、わたしポニョが大好きなの!」

 

 映画に関する独自の解釈を披露し、ポニョの素晴らしさをひたすらに語るイリヤ。

 士郎は子供の夢を壊さないよう、ただただウンウンと優しく頷いてやる。夢などあるのかどうかは知らないが。

 

 しかし、もし仮にポニョが士郎の元へと召喚されていたとしたら、

 やっぱりあの「て゛き゛た゛ぁ゛ーー!」と叫びながらポニョが手足をズモモモモと生やし出すあの恐怖のシーンが宝具で再現されたりしたんだろうか。士郎はあのシーンを初めて観た時、小さく「ひっ…!」と声を出した記憶がある。

 ちびっこ達はあのシーンを観ていったい何を思ったんだろうな? 士郎は考える。

 

「でもどうしようかしら? 小トトロを召喚出来る士郎が悪い人なワケが無いもの。

 あの¨海がきこえる¨ばっかりひたすらわたしに観せ続けてた、

 切嗣だけが悪いのかもしれない。

 わたしはトトロやポニョが観たいって、いつも言ってたのにっ!!」

 

 事情はわからないけれど、爺さんアンタ何してんのさ。

 トトロ観せたれやと士郎は思う。海がきこえるはまだ少し早いだろうに。

 

「とりあえずはわたしも、体面上はマスターとして戦わないといけないし……。

 それじゃあ武器とかは無しにして、バーサーカーとトトロでお相撲でもする?

 投げるかドヒョウの外に出した方が勝ちなのよ!」

 

「なんか斬新なアイディアだけど……、イリヤが良いなら俺は構わないぞ?」

 

 士郎の肩に乗った小トトロも「ウンウン」と頷いている。

 中トトロがテテテテと可愛らしく走りながら、がんばって地面に綺麗な土俵の円を書いていく。

 

 

「それじゃあ悪いけど、頼めるかサツキ?」

 

「わかったよ士郎くん。メイはもう寝ちゃったから、私一人でやるね。

 ――――夢だけどぉーー! 夢じゃなかったぁーー!」 

 

 サツキがこの場に現界し、天を仰ぐようにして大きく¨万歳!¨の姿勢をとりながら大きな声で宝具¨トトロ¨を呼び寄せる。

 今の時間はさすがにおねむだったのか、なにやら目をパシパシしながらポケ~っとした感じのトトロがその場へと現れる。

 

「ウ゛オ゛ォ゛ォ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 

「■■■■ーー■■■■■■ーーーーッッ!!」

 

 

 ドッシィィィィィーーーーーーーーーーンッッ!!!

 

 

 イリヤの「はっけよ~い、……のこった!」の声と共に両者は激しくぶつかり合い、一進一退の白熱した攻防が繰り広げられる。

 そしてサツキとイリヤの『の~こったぁ~! の~こったぁ~!』という声に合わせて、なにやら中トトロと小トトロ達も、可愛らしくユラユラとその場で踊っている。

 

「………………うん。今まで黙って見てたけど、なにこれ」

 

 遠坂凛は目の前の現状をまったくと言ってよい程に理解出来なかったが、とりあえずは自分も楽しんでおこうと思い、「のこったのこった」の声に加わってみる事にした。

 士郎はただただ目を輝かせて、目の前の白熱した相撲を見守っている。

 

 

「■■■■ーーーーーッッ!!!!」(そぉぉぉぉい!)

 

「ウ゛ォ゛ォ゛ア゛ア゛~~~~ッッ!!」

 

 

 

 どっしーーーーーーん!!

 

 

 \ オオーーー!! /

 

 

 

 勝負の結果は、技に優れたバーサーカーの勝ち。

 決まり手は、小手投げである。

 

 先ほどの屈辱をトトロに返したかの如く、狂化中なのに清々しい顔をするバーサーカーだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 場所は変わって、ここは間桐の屋敷。

 現在間桐邸の一室では、ライダーが桜と慎二に挟まれ、ジブリ映画の鑑賞会をしていた。

 

「……さ、桜や? ワシの¨平成狸合戦ぽんぽこ¨のビデオは、どこへいったんかのう……」

 

「お爺様? もう随分前にVHSのビデオデッキが壊れたからって言って、

 処分したでしょう?

 今はDVDとブルーレイのぽんぽこがあるんですから、それを観て下さい」

 

「で、デーブイデーの使い方は、わからんのじゃ…」

 

「もう。それじゃあ今観てるこれが終わったら一緒にぽんぽこ観てあげますから、

 一緒に座って観ててください」

 

「すまんのう桜。すまんのう」

 

 

 こうして臓硯のおじいちゃんも一緒に座り、鑑賞会の輪に入る。

 ワイワイと間桐家の面々に囲まれながらも、ライダーは目の前の画面に首ったけだ。

 

(……ナウシカ。ああナウシカ。

 なんと健康的で活発で、慈愛に溢れた乙女なのでしょうか)

 

(そしてあのメーヴェという、素晴らしい乗り物。

 私もあれに乗り、優雅に空を飛んでみたいです)

 

 「あははは♪ あははは♪」と笑いながらメーヴェに乗って空を飛ぶ自分の姿を想像し、ライダーは「ほぅ…♪」と吐息をはき、頬を染める。

 そして優雅に空を舞う自身の隣には、同じくメーヴェに乗り笑顔で飛ぶナウシカと、箒に乗って飛ぶキキの姿。

 

 「……桜。この聖杯戦争、必ず勝利しましょう」

 

 「え? それは勝てるなら勝ちたい所だけど……。どうしたのライダー?」

 

 ナウシカやキキと共に空を飛ぶ自分。その周りにはドーラ一家のタイガーモス号やフラップター。

 上空には赤く輝くポルコの飛空艇が優雅に空を舞い、地上では山犬の背にのったアシタカやサン、そしてトトロの肩に乗ったサツキとメイが笑顔でこちらに手を振っている。

 

 そんなホーリーなイメージを頭に思い浮かべ、ライダーはこの戦いの必勝を我が主に誓う。

 我々は勝たねばならないのです桜。 必ず聖杯をこの手に。

 

「とりあえず何本か観てきたけどさ?

 ライダーは今観てきたヤツの中で、どれが一番好きだった?」

 

 ポテチをバリバリ食べながら、慎二がライダーに問いかける。

 

「そうですね慎二。

 全て面白かったですが、やはり私は今観ていた¨風の谷のナウシカ¨が一番……

 

 

「 何言ってんだよライダー!! 信じらんねぇ!!!! 」

 

「 そうよライダー!!

  いくらナウシカが素晴らしいからって、一番じゃないでしょう?! 」

 

 

…………………………

 

 

 眼帯の下で、目が点になるライダー。

 慎二と桜は、己がサーヴァントのライダーを責め立てる。

 

「そりゃあナウシカは面白いよ!! すんごいよ! とんでもないよ!

 でもお前っ、そこはもののけ姫って言えよ!!」

 

「ライダーはトトロをちゃんと観てなかったの?!

 トトロよライダー? トトロなのよ?!」

 

「お前エボシ御前みたいな落ち着いた雰囲気しといて、何がナウシカだよ!!

 シシ神様の怒りに触れたらどうする! 冬木が滅んでもいいのかお前!!」

 

「トトロにふんづけられちゃうよライダー? ぺちゃんこだよ?

 あぁよりにもよってナウシカが好きだなんて……。

 姉さんに2票目が入っちゃったじゃない!!」

 

 立ち上がり、ライダーに詰め寄る間桐兄妹。

「そーだよ! 初の二票目じゃないか!」と頭を抱える。

 慎二は大きく手を広げながら必死にライダーを説得し、桜はライダーの手をギュッと握りキスするような距離で顔を突き合わせる。

 

「なんでだよお前! お前は間桐のサーヴァントだろうが!

 なんで遠坂家に付いてんだよお前!!」

 

「そんなに遠坂さん家が良いなら、遠坂さん家の子になればいいじゃない!!

 よそはよそ! うちはうち! だったらもうごはん作ってあけないよライダー?

 わかるよね? ライダーは良い子でしょう?」

 

「ら、ライダーや……? ぽんぽこを……ワシと一緒にぽんぽこを観よう……」

 

 

 

 ――――なぜ私は、ここまで言われなければならないのだろうか。

 

 ブレイカーゴルゴーンの奥に滲む涙をこらえつつ、ナウシカのサムズアップする姿を思い浮かべるライダーだった。

 

 

………………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「あの雲の峰の向こうに、見たことのない島が浮いてるんだ……」

 

 

 

 朝日が眩しい教会からの帰り道。

 イリヤとメアド交換をして別れた後、パズーとシータが肩を抱き合いながら空を見上げていた。

 

「航空技術がどんどん発達してきてるから、いつか誰かに見つかっちゃう。

 だからムスカみたいな連中に、ラピュタを渡しちゃいけないんだ」

 

「パズー……」

 

「見たいんだ。シータの生まれた谷や、ヤク達を」

 

 

 なにやら凄くいい雰囲気で東の空を見上げる二人。

 しかし何気なく“西“の空を眺めていた士郎は、冬木の上空に見た事もない城が〈プッカ~!〉と浮かんでいるのを発見する。

 

 

「 !!!??? 」

 

 

「僕のカバンから紐を出して、それで僕たちを縛って」

 

「はい!」

 

 金魚のようにパクパクと口を開き、アワアワと空を指さす士郎。

 それに気が付かず、二人でいい雰囲気のパズーとシータ。

 

「………………お、おいパズー。シータ」

 

「僕は海賊にはならないよ。ドーラ達だってきっとわかってくれるさ」

 

「パズー……」

 

 冬木の空に普通に〈プッカ~!〉と浮かんでいるラピュタ。

 驚愕しながら空を指さす士郎。

 そして、イチャイチャする二人。

 

「パンが二つに、リンゴが二つ、あと目玉焼きに」

 

「まぁ! パズーのカバンって、まるで魔法のカバンみたいね♪」

 

 

「 おいお前ら! 空だっ! 空だってっ!! 」

 

 

「なんだい士郎さん?」「どうかしたのかしら?」と士郎の方を向く二人。

 その頃にはラピュタは、フワフワと雲の中へと入り、見えなくなってしまっていた。

 

「ラピュタいたんだよ今!! 空にっ! いまっ! ………ラピュタがっ!!!!」

 

「バカだなぁ士郎さん。そんなワケないじゃないか♪」

 

「そうだわ士郎さん♪ おかしな士郎さんね♪」ウフフッ

 

 

 

「あっはっは」と朗らかに笑うパズーとシータ。口をアングリと開ける士郎。

 ファザーが残した熱い想い。マザーがくれた、あのまなざし。

 

 

 そして今日も地球は回る。 聖杯戦争を戦う、ぼくらをのせて。

 

 



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イカロスのように。

 

 

「とりあえず聖杯戦争するなら、衛宮や遠坂のトコ行って相談しなきゃな」

 

「そうですよね兄さん」

 

 

 間桐兄妹は、至極当然とばかりに衛宮家へと向かう。

 

 さっき士郎のケータイに連絡を入れ、「4人で集まって相談しようぜ」とすでに伝えてある。

 桜と慎二でちょっとしたクッキーなどを作り、それを手土産として慎二達は夕方「ちーっす」と衛宮家を訪れた。

 

 

『我が名はアシタカ!! 東の果てよりこの地に来たっ!!

 其方達は、間桐の屋敷に住むという、士郎の友かッ!!』

 

 

\ ババーン! /

 

 

 

 玄関開けたら、2秒でアシタカ。

 慎二達一行を、仁王立ちのアシタカが出迎える。

 

 最近お客さんの出迎えは、全てアシタカ彦の役目となっている。

 ちなみに止めても聞かない。いつのまにか真っ先に玄関にいるのだ。

 

 しかしセールスの類はこれで全部逃げる。なにげに大助かりの士郎だ。

 たとえ士郎が蔵や剣道場にこもっている時でも、『我が名はアシタカ!』と大きな声が聞こえてきたらば「あぁ、誰か来たんだな」とイソイソと玄関に向かう最近の士郎である。

 

 ポカンと口を開ける桜。眼帯の奥の目を見開くライダー。

 そして例の如く「アシタカ! 人間に話しても無駄だ!」とドタドタと廊下を駆けてくるサンを見て、歓喜で膝から崩れ落ちる慎二だった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 メイやサツキと一緒にトトロのお腹にしがみつく桜。ヤックルの首にギューっと抱き着く慎二。

 衛宮家の居間は今、大変カオスな事になっていた。

 

 

 最初士郎の肩に乗っている小トトロを見た桜は、即座に「キィエェェーイ!」となにやら変な声を出して士郎に飛びついた。

 その後はニワトリを追っかける人みたいに中腰で小トトロを追っかけ、一人と一匹で士郎の周りをグルグルと回る。

 

 ようやく小トトロを抱っこさせてもらった桜は、見た事が無い程のとても良い笑顔で泣きながら

「夢だけど、夢じゃなかった!!」と叫ぶ。

 トトロと出会ったらそれを言う決まりでもあるのだろうか。士郎は考える。

 

 慎二はアシタカの姿を見て思う存分感涙にむせび泣いた後、アシタカのオレンジ色の頭巾をじっくりと見せてもらい「おい衛宮、これを複製するんだ。言い値で買おう」となにやらキリッとした顔で士郎にお願いした。目はまだウサギみたいに赤かったけれども。

 

 そして二人がMAXテンションからある程度落ち着いた後、ようやく皆で今後の話をする運びとなった。

 

「とりあえず私達が共闘するのは当然として、臓硯さんは大丈夫なの?

 一応お爺さんにもちゃんと意見は聞いた?」

 

 凛がバリバリと煎餅をかじりながら、慎二と桜に問う。

 

「ああ、賛成はしてくれてるよ。ただ最近うちの爺さんボケてきてるからなぁ……。

 令呪とか召喚の事を聞く時は、なんとかちゃんと答えてはくれたんだけどさ」

 

「ぽんぽこ観る時と、ごはん食べてる時は元気なんですけどね。

 それ以外の時はもう、『慎二達の好きなようにするんじゃ』って感じです。

 私達が元気であれば、もうそれだけで良いみたいで」

 

「ん~。じゃああんまり意見聞いたり頼りにしたりっていうのは難しいか…。

 まぁ最近は臓硯さんも腰が痛いみたいだし、ゆっくり養生してもらいましょう」

 

 凛は「ぐぬぬ…」と唸りながらもまぁ仕方ないと納得する。これからは私達若者が頑張る時代だ。

 

「とりあえず僕は情報収集したり献血したりで、桜とお前達のサポートだな。

 間桐の書斎にも聖杯戦争の資料なんかが結構あったし、

 また引き続き読み解いていくさ。

 ……あぁ、嘘か本当かはわからないけど、第4次の聖杯戦争って、

 セイバー陣営の三角関係のもつれで聖杯が爆散したそうだぜ?

 言峰教会の神父がまとめた資料にそう書いてあったよ」

 

 そういって慎二はヤックルのブラッシング作業に戻る。

 人間嫌いのサンが意外と親切に作業の仕方を慎二にレクチャーしている。アシタカもニッコリだ。

 

 ちなみにライダーは今、ナウシカやポルコと嬉しそうに談笑。ポルコの飛行技術についての講義をナウシカとライダーが興味深そうに聞いている。

 

 実は治癒宝具だというナウシカの¨チコの実¨を二人で食べさせてもらったが、一つ食べた途端

「んぃぃ~~!!」と面白い声を出して悶えるライダー。長い髪が微妙にザワザワしている。

「……味はともかく、長靴いっぱい食いてぇな」とはポルコの談。お腹が空いてくる時間帯だった。

 

 パズーとシータ、そしてキキは今、衛宮家の庭でお洗濯の手伝いをしている。

 楽しそうに仲良く洗濯物を取り込んでいくシータとパズーだったが、自分たちの背後の空にさりげなくラピュタが〈プッカ~!〉と浮いている事に、何故だか気付かない。

 

「あれラピュタじゃないシータさん?」「バカだなぁキキさん」「うふふ。おかしな事いうのね」

 

 天空の城は今日も、二人にとって遥か彼方にあった。

 

 

「今後の方針としては、キャスターとランサーへの対処ね。

 ランサーは一度トトロ達がぶっ飛ばしちゃったらしいけど、

 イリヤが『まだ生きてたよ』ってメールで言ってたし……。

 まぁとりあえず、お寺にいるらしいキャスターからなんとかしていきましょうか」

 

 話し合いの末、とりあえずの暫定的な方針を凛が口にした所に、お風呂を掃除しに行っていたハズの士郎が血相を変えて居間に駆け込んできた。

 

「……たっ、大変だ遠坂! ポルコぉ!!」

 

「ん? 士郎?」

 

「どうした坊主。風呂は綺麗になったのか」

 

「¨マダムジーナ¨がいる!! マダムジーナが、ウチの風呂に入ってるんだ!!」

 

 驚愕の表情を浮かべる凛。咥えていた煎餅をポロッと落とすポルコ。

 

「掃除しようって風呂の扉を開けたら、

 バスタブに入って優雅に足を組んでるマダムジーナが

『いらっしゃい、坊や♪』って! 色っぽく! ……俺にっ!!」

 

 

 ポルコと遠坂は、即座に衛宮家の風呂へと急行した。

 

 

…………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 そして時刻は夕飯時となり、慎二達とライダーも含めた衛宮家の面々で食事を取る。

 

 

\ うめぇよこれ / \ こりゃうめぇな! / \ やっぱ美味しいわこれ / \ ひゃー! /

 

 

 もはや名物となりつつある衛宮家のジブリ食いの光景。おかわりをしてやる士郎もニッコリだ。

 例によって桜や慎二までもが「はぐはぐ! もぐもぐ!」と結構な勢いで料理を平らげていく。

 やはり今この家には何か特殊な結界でも張られているのだろうか。ジブリ飯結界か。

 

 キレイどころであるライダーがリスのように頬を膨らませながらモグモグとごはんを掻っ込んでいる所を微笑ましく見つめながら、士郎はライダーに、少し気になっていた事を聞いてみる。

 

「ところでさ、ライダー?」

 

「はい、何でしょうか士郎?」モグモグ

 

「ライダーは、ジブリ作品では何が一番好きなのさ?」

 

 

 

 

 

 ―――――――――ピキッ!!

 

 

 

 

 

 ……その時、ごはんを掻っ込んでいた全員の手が止まり、部屋の空気が凍った。

 

「ライダーは綺麗でお淑やかだから、やっぱ雰囲気のある映画が好きだったりするのか?

 そうなるとやっぱ紅の豚とか、女の子なら魔女の宅急便とか……」

 

 なにやら部屋の空気が〈ゴゴゴゴ…!〉と重くなっていくのを感じる。アニメみたいな黒紫の煙が衛宮家の面々の身体から立ち上っているのをライダーは幻視する。

 

 またどこからかお箸が〈ボキィ!〉と折れる音や、スプーンが〈グニャー!〉と曲がる音がする。

 ああ士郎、新しき私の友人よ。どうかその口を、閉じてはもらえないでしょうか。

 

「…………で、どうなのかしらライダー? 奥ゆかしい貴方だったら、

 もちろん風の谷の魅力をわかってもらえると思うのだけれど?」

 

 遠坂がすんごい笑顔で額に青筋を立てながらライダーに尋ねる。何故が左腕が赤く光っている。

 

「私も聞きたいですライダーさん。

 今ならクロネコ魔女メンバーズカードも即時発行しますよ?

 ジジのキーホルダーも付いてくるんです♪」

 

 キキも素敵な笑顔で笑っているのだが、なにやら髪の毛が〈フゥワ~!〉と逆立ってきている。

 彼女の周りだけ今、空気が渦巻いているような気がする。これ映画で観ました私。

 

「貴方だって井戸の水を飲むでしょう? それを一体、誰が綺麗にしていると思ってるの?」

 

 ナウシカはライダーにそう訴えたが、現代では下水処理場の従業員の方々が頑張って生活排水を綺麗にして下さっています。王蟲ではない。

 

 サンは〈グルルル……!〉と唸り声をあげ、への字口をしたアシタカの右腕からは蛇のような呪いの具現がウネウネとしてきている。

 

 まるで何かを堪えるかような表情のメイにギュッと無言でお腹にしがみつかれ、滝のように冷や汗を流すライダー。

 慎二と桜は「プイッ!」っとそっぽを向いている。それでもマスターか。

 

「…………………………」

 

 ライダーは音も無くスッと立ち上がる。

 そして万人を魅了するような女神の笑みをニコッと浮かべた後……、庭へと飛び込み、ペガサスに乗って逃走した。

 

 

『追えっ! 逃がすなぁーーっ!!』

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 冬木の夜空では今、天高く疾走するペガサスとメーヴェ、そして箒に乗った魔女と赤い飛空艇が夢の共演をしている。

 地上ではそれを追走する山犬二頭、そして他の面子を乗せたネコバスが爆走する。

 なにげに少し願いが叶っているライダー。思っていたのとはだいぶ違うだろうが。

 

「リーテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール……」ボソッ

 

 

『――――見せてあげよう、ラピュタの雷を!!』

 

 

 

 \ ピシャーーーーーーーーーン!!/ ――☆☆☆

 

 

 

「 いやぁーーーーーッッ!!!! 」バリバリバリ~!

 

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 

 シータが誰にも聞こえない位の音量で何かをボソッと呟いた後…。

 冬木の夜空に、謎の雷鳴が木霊した。

 

 ライダーはイカロスのように〈ひゅ~!〉っと地上へと落ちていく。それを眺める衛宮家の面々。

 

「土に根を生やし、風と共に生きよう…。 土から離れては生きられないのよ!」

 

 シータは言う。ゴンドアの谷の歌にあるものと。

 

 

「なんでさ……。なんでライダーが、こんな酷い目に……」

 

 

 

 悲しい程に、士郎きっかけであった。

 



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衛宮家の夜。

 

 

 

 現在衛宮家では、まだ若干えぐえぐとしているライダーがナウシカに優しく頭を撫でてもらいつつ、¨チコの実¨をポリポリしている。

 

 怖い思いをするわ、チコの実はまじゅいわ、ナウシカは優しくしてくれるわで、もうライダーの心はグチャグチャだ。

 いったい何をどう想えば良いのかもわからない。

 

 女の子座りでポリポリえぐえぐするライダーを、衛宮家の面々もさすがに申し訳なさそうに見守っている。

 

 

 ……あの時、まったく原因不明な謎の¨ラピュタ的雷¨を受けて空から墜落していったライダーは、即座に駆けつけたナウシカのメーヴェにより、無事空中で救出された。

 

 地上へと下ろしてもらい、ちょっとだけ¨まっくろくろすけ¨になってしまったライダーを見て「お前、(雷に)撃たれたのか……死ぬのか……」とサンが突然縁起でもない事を口走ってしまい、ちょっと怒られたりしたが……ライダーは健在だ。

「生きろ、そなたは美しい」である。

 

 ナウシカのお腹にしがみつきながら若干鼻声で「ナ゛ウ゛シ゛カ゛て゛す゛!」と、ようやく自分の好きな作品名を言い、わんわんと泣くライダー。

 これからはもっとライダーに優しくしてあげよう。慎二と桜は思う。

 

 この後ナウシカに加えて、キキがライダーのメンタルケアを担当。

 この若さで配達業を営み、そして様々な人生の苦楽を経験するキキの相談役としての手腕は実に見事な物で、30分もすると無事ライダーはその笑顔を取り戻す。

 

「落ち込んだりもしたけれど、私は元気です」

 

 

 ライダーは見事、そう言ってのけたのだった。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 そして時刻は夜10時。

 今日は沢山食べて沢山運動したし、そろそろみんなでお布団に入ろうかという頃。

 ナウシカやキキ、そしてシータという女の子の面々に囲まれ、いい子いい子としてもらっていたライダーの所に、突然メイが現れる。

 

「ライダーおねえちゃん! ライダーおねえちゃん!」

 

「ん? どうしたのですかメイ」

 

「見て! 見てこれ!」

 

 目を輝かせ、ピョンピョンと元気に自分の後ろを指さすメイ。何気なく示された方向に顔を向けるライダー。

 するとそこには¨ポルコの丸いグラサン¨をかけて仁王立ちしている、アシタカの姿があった。

 

 

『―――我が名はアシタカ!! 東の果てよりこの地に来た!!』

 

「「「ん゛ふ゛ッッ!!!」」」

 

 

 口と鼻から色んな物を噴出するライダー達。真顔のアシタカ。

 丸いグラサンを装着し、チャイニーズマフィアの若い衆みたいになったアシタカがそこに降臨していた。 

 

「あは! もっとよアシタカ! もっと!」

 

『―――あの子を解き放て、あの子は人間だぞ!!』

 

 

「「「こ゛っふ゛ぁ゛ッッ!!!!」」」

 

 爆笑し床に転げまわるナウシカ達。息も出来ない程に笑っているライダー。グラサンのアシタカ。

 いたずらが成功し「討ち取ったり」とご満悦のメイが、今度はそれをパズーへと手渡す。

 丸いグラサンを装着し、真顔でライダーの前に立ったパズーが、言い放つ。

 

 

『―――親方! 空から女の子がっ!!!!』

 

 

「「「きぃぃやぁああぁーーーー!!」」」

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 衛宮家の居間は現在、大きな笑いに包まれている。

 腹を抱えて笑う士郎、ガッハッハと転げまわる凛。全員が床にひっくり返っている。

 

 深夜のテンションでもうおかしな事になっている一同は、勢いそのまま、

『第一回、ポルコの丸いグラサン選手権』を開催。

 順番にポルコのグラサンを受け取っていく一同。まずは凛がグラサンを装着し、真顔で言い放つ。

 

 

『―――いざ、お供つかまつらん!!!!』

 

「どこにだよお前! 誰だよ!!」

 

 

 まさかのバロン登場に沸き立つ会場。「ヒューヒュー!」と歓声が上がる。

 遠坂凛の丸グラサンの破壊力は、筆舌に尽くしがたかった。

 

「ほらアンタもグラサンかけなさいよ!

 アイアーム、ザ ボーン オブ マイソゥ~ド……(巻き舌)って言いなさいよ!!」

 

「断るッッッ!!」

 

 眼鏡片手にアーチャーに掴みかかっていく凛、必死で抵抗するアーチャー。

 息も出来ない程に笑うライダーが、そろそろ痙攣し始め本格的にヤバイ事になっている。このままでは消滅してしまう。深夜のテンションとは恐ろしい物だ。

 

 それにしても、何故全員が真顔になって台詞を言うのだろうか?

 ルールには無いハズなのに、何故かポルコのグラサンをかけた全員が、真顔の仁王立ちで台詞を言っていくのだ。

 

 やがて決意を固めた表情で、サン、キキ、ナウシカ、アシタカが出撃する。

 全員丸眼鏡だ。

 

 

『―――アシタカは好きだ。でも人間を許す事は出来ない』

 

「それ大事なヤツでしょうが! ぶち壊しよ!!」

 

 

 

『――――ちぃ~~いさーい♪ 頃ぉ~~は~♪』

 

「眼鏡外しなさいよ! 入ってこないのよ!」

 

 

 

『―――――怒りに我を忘れてる、 静めなきゃ!!』

 

「アンタが静まれよ! 王蟲もビックリするよ!!」

 

 

 

『――――――曇り無き眼で見定め、決めるッ!!(キリッ)』

 

「グラサンじゃないのアンタ! 曇ってるわよ!」

 

 

 全員でヒーヒーと笑い転げ狂乱の渦に包まれる衛宮邸。ブラボーブラボーと喝采が上がる。夜中だと言うのに。

 ライダーはすでに、ピクリとも動かなくなった。またチコの実をポリポリさせなければ。

 

 その後、「あたしもやってみようかしら」とポルコのグラサンを装着したシータの

『―――40秒で支度しな!』(鼻声)に全員が撃沈。

 優勝は見事、シータの物となる。

 

「ずるいよシータ! それ人のヤツじゃないか!」と床を転げまわるパズー。

「うふふ♪」と満足気に笑うシータの笑顔がとても印象的だった。グラサンをしていたけれど。

 

 二大巨頭のアシタカとの天王山を制したシータに、衛宮家の面々からの惜しみない拍手が贈られた。

 その後は¨誰が一番丸いグラサン似合っているか大賞¨に話題が以降し、チャイニーズマフィアの親分みたいになったアーチャーが見事、その栄冠に輝く。

 そしてその様子を密かに水晶玉で観察していたキャスターが、自宅で撃沈した。

 

 

 腹を抱えてヒーヒーと笑い、椅子から転げ落ちるキャスターさん。

 あんまり笑いすぎて宗一郎様に変な目で見られてしまい、えらい事になってしまった。

 

 この陣営は、やばい。色んな意味でやばい――――

 早急になんとかしなければ…。いやでも、なんとかなるのかしら?

 とりあえず対策を立てる為、キャスターは自室で黙々とジブリ映画を鑑賞する。

 

 

「なんで¨耳をすませば¨のキャラが居ないのよ! 馬鹿じゃないの!!」

 

 

 こうして魔女の夜は更けていく。

 

 



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月下の剣士。

 

 

 私は侍である。名はまだ無い。

 

 

 正確には生前は¨名もなき剣士¨だった男で、今回キャスターという女から「君、佐々木小次郎に似てるね」と言われ、「ちょっとアサシンやってみてくんない?」と頼まれた事により、この聖杯戦争とやらに参加する運びとなった者である。

 

 ちなみに¨侍¨というのは実はちょっと盛っていて、実際の所は剣が得意なだけの、ただの百姓だった事はあの女には内緒だ。

 いつも私の秘剣燕返しを見て「スゴイスゴイ!」と目を輝かせ大はしゃぎするあの女を見て、ちょっと申し訳無い気持ちになってしまっている最近の私だ。

 

「あぁ、聖杯戦争とはどんな物であろうか。胸がワクワクするなぁ」

 

 とにもかくにも私は、これから始まる聖杯戦争という物に大いに夢を膨らませている。

 生前は叶わなかった強敵との立ち合い、それを楽しみにしてここ冬木へとやって来たのだから。

 

 私は山門の階段でひとり三角座りをしながら、この冬木の星空を眺め、これから始まるであろう戦いへと想いを馳せる。

 

 あぁ、いったいどんな相手との立ち合いが出来るのだろうか。

 私実は百姓だったりするんですけど、怒られたりしないだろうか?

 

 刀で三つの斬撃が同時に出せる私だけれど、クワを握れば、実は五つくらいいける。

 さすがにクワを手にした私が「ぬぅえーい!」と戦ってしまうと、聖杯戦争ではなくただの百姓一揆になってしまうのでやったりはしないけれど。

 でも刀って、ほんと使いにくいと思う。誰が考えたんだろう刀なんて。農業を舐めているのか。

 

 でもとりあえず愛刀物干し竿を鞘から抜き放ち、刃を〈キュピーン!〉と月明りにかざしてみる。

 ……うむ、でもこれ悪くない。これ凄くカッコいいかもしれない。

 この山門では特にやる事も無いのだし、いつでもキュピーンといけるよう、もう鞘から出していつもここに置いておこうか。怒られるだろうか。

 

 私も男の子だし、カッコいい物を見ると胸がワクワクしてテンションの上がるお年頃。

 これからは寂しくなったり故郷が恋しくなってきた時には、この愛刀物干し竿をキュピーンとやって耐えていこうではないか。

 

 ひとりぼっちを恐れずに、生きようと夢に見ていた。

 この寂しさを押し込めて、強い自分を守っていこうと思う。

 

「やぁやぁ我こそは! 天下に名を轟かせし剣豪、佐々木小次郎! いざ尋常に勝負!」

 

「あははは♪ うふふふ♪」と夜の山門で一人チャンバラごっこに興じる私。今私は最高に充実している。ここに来て本当によかった。

 

「ぬぬっ! お主やりおるな! これはかなりの使い手とみたぞ! ぬえぇーい!」

 

 カキーンカキーンと自分で口で言いながら、私は柳洞寺の山門に舞う。

 ここからは、相手の猛攻にあい不覚にも刀を落としてしまった私がクワを手にした事により一気にパワーアップ。そして大逆転をするシーンだ。

 

「ふはは! 刀を弾き飛ばした事がお主の敗因であったな! ぬえぃーい! ずばーん!

 ぐぅあ~! や~ら~れ~たぁ~~!」ガックゥー!

 

 ……楽しい。いま人生史上、最高に楽しい。私今ちょーカッコいい。

 私いま輝いてる。月明りでキラキラしてるハズ。きっと。

 

 

「アサシン、ここで何をしている?」

 

「おお、宗一郎殿ではないか! いやなに、ここで一人、剣の鍛錬をな?」

 

 山門にてフルテンションで光り輝いていた私の元に、葛木宗一郎殿が現れる。

 彼は我がマスターの夫であり、無口ではあるがいつも良くしてくれる、優しい男だ。

 

「ふむ、剣の鍛錬か。いいだろう、私も付き合う事としよう」

 

「おおなんと宗一郎殿!

 ではお主にはこの刀を握ってもらって、私がクワを握ろうではないか。

 抑圧に耐えかねた農民の役を私がやるゆえ、お主には地主の役を頼もうぞ」

 

「承知した。ではいこう、アサシン」

 

 

\ ハーッ! / \ ヌゥエーイ! / \ トォアー! / \ オ、オサムライサマー! /

 

 

 ……楽しい。今私、超たのしい。早くも人生史上一番を更新したぞ。私は。

 ここ冬木に来てから楽しい事ばっかりじゃないか。素晴らしい果報者じゃないか。私は。

 

「あはは! 楽しいのう! 楽しいのう宗一郎殿!」

 

「うむっ!」

 

 この後、我らが山門でなにやらやっているのを見つけたキャスターが、我らの為にとオニギリとお味噌汁を持ってきてくれた。

 モグモグと山門にてオニギリを頬張る私。この冬木に来て、本当に良かったと思う。

 

 

「やぁやぁ我こそは天下の剣豪、佐々木小次郎!」ウフフ! アハハ!

 

 

 明日からも門番がんばるぞ、私は。

 この冬木の月に、そう誓うのであった。

 

 

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 

 

「今夜ここに士郎君っていう坊やが来ると思うから、そのまま通してあげて頂戴ね♪

 うふふ、あの坊やったら全然対魔力が無いみたいなのよ♪

 オイデオイデしてあげたわ!」

 

 

 オッホッホと笑いながらキャスターは言う。この女狐め、また悪い事を考えておるな。

 

「キャスターの、お主も悪よのぅ」

 

「いえいえ、お代官様には敵いませんわ♪」

 

 二人でガッハッハと笑う声が夜の山門に響く。しかしまさか私がお代官様となる日が来ようとは。これは農民からの大出世ではないか。

 あぁ、快なり! 聖杯戦争万歳。

 

「もし士郎君以外の者が一緒に来ちゃったら、どんどん追っ払っちゃっていいからね。

 構う事はないわ。秘剣燕返しでやっつけちゃって頂戴!」

 

 前から思っていたのだが、この女は燕返しが好き過ぎる。もっとやってもっとやってと、一日に何度やらされた事か。でも正直悪い気はしない。私も燕返しが大好きっ!

 

 とりあえずキャスターからもらったオニギリでもモグモグしながら、士郎君という坊主が来るのをのんびり待とうではないか。

 私はオニギリ2、味噌汁1の割合で食事を進めていく。たまにたくあんを食べる事も忘れない。この食卓の中でたくわんは、なんというか、とても爽やかな存在だ。

 

 やがてズズズズ……と食後の緑茶をすすりながら「オワ~…」と満足気な声をあげていた私は、なにやらよくわからない軍団がゾロゾロとこちらに向かい階段を上ってくる所を見つける。

 

 おっ仕事かとばかりに私は刀を手に取ろうとし、間違えてクワを手にしてしまい「てへっ♪」っとばかりに自分の頭をコツンとやってから、私はその集団へと向き直った。

 

 ――――千客万来、大いに結構。ここからが私の聖杯戦争とやらの幕開けだ。

 

 やぁやぁ我こそはと声でもあげようかと思ったのだが、なにやら目の前の集団の様子が少しおかしい事に気が付き、私は眉をひそめてしまう。

 

 ……なんだあれは。熊か? からくりか?

 面妖な姿をした者達がこちらへゾロゾロと近づいてくるのを、私はただ、呆然と見つめる。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

「あなたアサシンって言うのね!」

 

 

 山門に立ち尽くしているアサシン。そんな彼にメイが声をかける。元気いっぱいな声で。

 

「やぁ! 僕パズー。こっちはシータ。

 僕らここのキャスターさんって人に呼ばれて、来てみたんだ!」

 

 フランクにアサシンの手を取りブンブンと上下に振るパズー。隣でニッコリと微笑むシータ。

 傍には山犬の背にのるサンとアシタカがおり、少し上を見上げてみればナウシカのメーヴェや、箒に乗ったキキが飛んでいる。

 

 ポルコ達、凛達もゾロゾロと階段を進み、その集団の中心にはトトロの肩に乗る士郎の姿がある。

 

 そしてなにより、その集団の後ろをノシノシと付いて来る者達を見て、アサシンは硬直した。

 

 

 ¨王蟲¨

 ¨巨神兵¨

 ¨ラピュタロボットの大群¨

 ¨デイダラボッチのシシ神

 

 

 そんな暴虐の化身ような面々が、列になってゾロゾロと士郎達の後をついて来ていた。

 

 

 

「 !!!!???? 」

 

 

「それにしてもキャスターさん、いったい僕らに何の用なんだろうね?」

 

「さぁ? 私にはわからないわ」

 

 

 のほほんと話すシータとパズー。目を見開き、金魚のようにパクパクと口を開くアサシン。

 良く見れば、空には例の如くラピュタまで〈プッカ~〉と浮いている。

 

「とりあえず会って話してみるしかないよね。それじゃあお邪魔しますアサシンさん!」

 

「おじゃましまーす!」

 

 サツキとメイが手を繋いでルンルンと階段を上がっていく。私は元気とばかりに。

 士郎達の集団もアサシンを通り過ぎ、スタスタと柳洞寺へと向かっていく。

 

 そしてその後から「なんかここ狭くないですか?」とばかりに王蟲、巨神兵、ラピュタロボ、デイダラボッチが窮屈そうにゾロゾロノシノシと続いていく。

 とてつもない轟音をまき散らしながら。

 

「あんまり壊したら、後で私達が怒られちゃうんだからね!

 そ~れピッピ! ピッピ!」

 

 笛を吹き、オーライオーライと王蟲達を先導する遠坂凛。「おっしゃおっしゃ」と列になって進む、素直でお利口なジブリモンスター達。

 アサシンはその場に立ち尽くし、その背中を呆然と見送る。物干し竿とクワが手から滑り落ち〈カラーン!〉という音を立てた。

 

 

「………………」

 

 

 わ、我こそは天下の剣豪、さ、ささささ……。 

 アサシンは腹話術の人形みたいに「アンガー…」と口を開けている。

 しばらくすると柳洞寺の方向から、あの女狐の物であろう「ぎゃーー!!」という声が響いてきた。

 

 

 

「ここではあなたのお国より、人生がもうちょっと複雑なの」

 

 

 

 そう言い残したマダムジーナが、アサシンを通り過ぎ、スタスタと階段を登っていった。

 

 



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ぼくらの聖杯戦争。

 

 

「私はぁ! 宗一郎様と幸せにぃ! な゛ り゛ た゛ い゛ っ゛ !!」

 

 

 キャスターは泣いた。近年稀に見る程の勢いで泣いた。

 

「聖杯戦争の問題は! サーヴァントだけじゃなくぅ!

 冬木市みんなの問題じゃないですか゛ぁ゛!!

 あ゛な゛た゛には分からないでしょうね゛ぇ゛っ!!」

 

 以前テレビで観た野々村なんちゃらさんみたいな勢いで泣くキャスター。

「うわーん!」と泣き続けるキャスターさんの謝罪会見は、もう何を言いたいのか支離滅裂で良く分からなくなっている。

 

 そんなキャス村さんの姿を今、士郎達は輪になって見守っている。

 別にみんな怒ってなどいないし、お呼ばれしたからと夜の散歩がてらに此処にやってきただけなのだけれど。

 何故こんな事になっているのか、まったくわからない士郎達だった。どうしよう?

 

 ちなみにキャスターが士郎君をこのお寺までオイデオイデした行為については、『適切ではないが違法では無い』との見解が示された。なんか色々混ざっている気がするな。士郎はそう思う。

 

「えっと、キャスターさ?

 俺達別に怒ってなんかいないし、何もしたりしないからさ?」

 

「おーいおいおい!」と泣き続けるキャスター。いい子いい子と慰めるナウシカ。

 そんなの嘘よとえぐえぐと泣くキャスターに対し、「あら、私が嘘ついた事あった?」とナウシカが問う。

 するとキャスターは「………なぁい」と言って、何故かそれで完全に泣き止んだ。

 ウチのナウシカさんの母性はもう天井知らずだ。宝具か何かなのか。

 

「でも良いよな、聖杯で願いを叶えて葛木先生と結婚するって。俺すごく良いと思うんだ」

 

 士郎はそう皆へと意見を伝える。

 桜、キキ、サツキなどの女の子達は「は~ん♡」とばかりに頬に手を添えてウットリ。士郎の肩に乗る小トトロもウンウンと頷いている。

 

「俺、キャスターに協力してやりたいんだ。

 受肉して、ずっと葛木先生と一緒にいられるように」

 

「衛宮もたまには良い事言うじゃん。

 葛木先生には皆世話になってるんだ。僕は構わないぜ」

 

「わたしも! わたしもですせんぱい!!」

 

 慎二が士郎の意見に賛同し、桜は両手を上げ、ピョンピョンと飛び跳ねる。

 

「私もそれで構わないわ。

 どの道イリヤが言うには『この聖杯、なんか胡散臭いの』って事だし、

 このまま続けたって、今までの聖杯戦争の二の舞になるのは目に見えてる」

 

 凛も腕を組み、ウムウムと頷く。

 

「それに聖杯の機能回復や、イリヤの体調改善には、

 専門家のキャスターの協力が必ず必要になってくるもの。

 みんなで聖杯直して、みんなでハッピーよ!!」

 

 遠坂凛が拳を突き上げ、雄々しくそう宣言する。そして全員が「オー!!」と雄たけびを上げてそれに賛同する。

 キャスターは口をアングリと開け、その有り得ない光景に、ただただ絶句していた。

 

「……あ、あの、貴方達? 本当にそれで構わないのかしら?

 私としてはもちろん、有難いお話なのだけれど……」

 

「ん? なんで駄目なのさ?

 キャスターが仲間になってくれるなら心強いじゃないか。

 それで仲間の為に俺達が頑張るのは、当然の事だろ」

 

「おかしな事いうなぁキャスターさん」

「うふふ、面白い事いうのね♪」

「あははは!」

 

 士郎はキョトンとした顔。まるで「何を当たり前の事を」と言わんばかりの顔だ。

 パズーシータがクスクスとキャスターに微笑みかければ、その場にいる全員が「その通りだ」と士郎の言葉に頷いている。

 その後ろではトトロがピカーンと目を開き、太陽のような笑みで「ニッコー!」と笑う。

 ――――僕達に任せておいてくれ。まるでそう言っているかのように。

 

 

 その光景を見てキャスターは、昨晩に自身が鑑賞した数々のジブリ作品の事を思い出す。

 

 ここにいる全員が、友達や大切な人達の為に命を賭ける事に、微塵の躊躇も見せない。

 心の底から、そんな人物ばかりなのだという事を――――

 

 

「…………………」

 

 思わず俯き、そして愕然とするキャスター。士郎達が朗らかに笑う声があたりに響く。

 

 

(こ、これは私がしっかりしなくては……。

 私がなんとか、皆を守らなければ……!)

 

 

 友愛と母性がごっちゃになったような感情の中、キャスターは一人、そう決意を固めた。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

「シロウ達がそうしたいなら、わたしもそれが良いわ。でもどうしようかしら?

 アハト爺様への体面上は、やっぱ少しは戦っておかないと怒られちゃうし」

 

「ヤッハロー♪」と電話で呼び出したイリヤが、トトロのお腹にしがみつきながら言う。

 私も私もと、ライダー、キャスター、凛達も一緒にしがみついている。トトロもニッコリだ。

 

「まぁアハト爺様の言う事なんか、気にする事ないけどね。

 なによお爺様ったら! 自分ばっかり家でジブリ映画観て!

 少しは手伝いなさいよ! あんたが聖杯欲しいって言ったんじゃない!

 でもとりあえず後でみんなも『たたかいましたぁー。たたかってますぅ~』

 って教会とかにちゃんと言えるように、ちょっとは戦っておいた方がいいかも。

 ……って事で、バーサーカー!!」

 

〈シュゥゥゥ~…〉と光の中から、マゲを結いマワシを締めたバーサーカーがお相撲さんよろしくの¨雲竜型¨のポーズでこの場に登場する。

 スパーンとお腹のマワシを叩き、美しくファッサーと塩を投げるバーサーカー。横綱の風格が漂う。

 というか、いつの間にそんな恰好の準備を。

 

 小トトロが弓を持ってバーサカ山の傍に控えれば、中トトロがテテテテと可愛らしく走り、地面に土俵の円を描いていく。

 

 

「これからサーヴァント全員で、バーサーカーとお相撲よ!

 一番強かった人がこの¨聖杯戦争場所¨の優勝者ね! ごっちゃんです!」

 

 

 イリヤはいつの間にか行司さんのような恰好になり、皆にそう宣言。ヒューヒューと歓声を上げる一同。キャスターは絶句しているけれど。

 

「ほほう、いいでしょう」

 

「別に倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 腕まくりの仕草をして土俵に向かうライダーとアーチャー。この人達もすっかり皆の色に染まって来ていた。

 

「思い知らせてやってアーチャー!」

 

「ライダー! ふぁいとよー!」

 

 そんなマスターの声援にサムズアップで答えるサーヴァント達。ニヒルな笑顔が大変にクールだ。

 そして土俵に上がったアーチャーは〈ドチャッ!〉っとバーサーカーに投げ捨てられ、ライダーは〈ぽーい!〉とぶん投げられる。

 

「■■■■…。■■■…」(ニホンゴ 覚エルヨリ 先ニ、スモウ 覚エタ)

 

 雄々しい雲竜型で勝利のポーズを決めるバーサーカー。最後に何を言っていたのかは皆にはよくわからなかった。モンゴル力士的な言葉だろうかと推察される。

 

 桜と凛はサーヴァント達を心配……ではなく大きく口を開けて笑っている。両サーヴァントの見事なやられっぷりに大きな歓声が上がる。まさに瞬殺であった。

 

「ふざけないで頂戴この野蛮人! 見ていて下さいませっ、宗一郎様っ!」

 

「うむっ!」

 

「ムキー!」とばかりにやけくそになったキャスターが土俵に上がる。「きえぇーい!」と声をあげて勇ましく突進して行ったが、バーサーカーに横へスッと躱され、〈ベチャッ!〉と顔から地面に倒れこんでしまう。

 

「■■■■…。■■■…」(自身のマスターについてですか? (ほまれ)であります)

 

 雲竜型のポーズを決めるバーサーカー。今のはきっと脳内でインタビューに答えている感じのセリフなんだろう。士郎は思った。

 

「我がマスターが倒れたとあらば黙ってはおけん! いざ尋常に勝負!」

「なんかよくわかんねぇけど、俺も混ぜやがれテメェら!!」

 

 山門からこちらに来たアサシン、そしてどこからかやってきたランサーも土俵へなだれ込む。

 バーサーカーの張り手を顔面に喰らい、「ほげっ!」という声を上げて土俵から吹き飛んでいった。

 

「■■■■…。■■■…」(何故大相撲の歴史で横綱が72人しかいないのか、見せてあげますよ)

 

 バーサーカーの勝利の雲竜型を見る度に笑いが込み上げてくる一同。なんなんだあの綺麗な雲竜型は。いつの間に練習していたんだ。

 綺麗に結ったマゲもさることながら、バーサーカーの無駄に綺麗なお尻も皆に大好評だ。

 バーサーカーが雲竜型をする度にケツがキュッと閉まる。一同大喜びである。

 

「なんだよあの尻エクボは! どんだけキュッとしてんだよ!」

 

「さすがは当時の男性美の極致と言われたバーサーカーだわ。ほら見ておきなさいアンタ達。

 拝んでおきなさい。拝んでおきなさい」

 

 凛がサツキやメイ達を捕まえ、一緒に合掌をして「ナムナム…」とバーサーカーのケツを拝む。ろくでもない事を子供に教えないで欲しいと士郎は思う。

 

「きゃー」とばかりに手で顔を覆い、それでも指の隙間からしっかりガン見している桜達女子勢。

 小トトロと中トトロが皆の歓声に合わせてユラユラと可愛らしく踊ってる。大盛り上がりの聖杯戦争場所。

 

 たった今、なにやら飛び入り参加したらしい金色の鎧をきたお金持ちそうな人が「ぬあー!」という声と共に空へとぶん投げられていく。

 いったい誰だったんだろうあの人は。誰も気にしなかった。

 

 そしてマダムジーナがどこからか颯爽と現れ、日傘片手に意気揚々と土俵へと突進して行く所を全力でポルコに制止され、これはもう今場所の優勝はバーサカ山で決まったかと誰もが思った、その時………。

 

 

「こうなったら総力戦よ!! メイ! サツキ! キキ! パズー! シータ!

 やっておしまいなさい!!」

 

 

 凛の指揮に従い、ちびっこ達が「わああああ!」とバーサーカーに突進していく。

 足やら腕やらお腹やらに抱き着き「えーい!」とばかりに身体を揺らすちびっこ達。

 

 やがてバーサーカーの大きな大きな身体は〈ズゥウウ~ン!〉という音を立て、ゆっくりと土俵へと倒れていく。

 ちびっこ達、大金星だ。

 

「よっしゃあ! やったぜメイちゃん達!」

 

「たいしたモンだわアンタ達!!」

 

 土俵の上、横並びになって「むーん!」と勝利の雲竜型を決めるメイ達ちびっこ勢。

 士郎たちが歓声をあげて土俵に駆け寄る中……土俵には満足気に大の字で倒れるバーサーカーの姿があった。

 

 

「ありがとうバーサーカー。

 やっぱりバーサーカーは、世界で一番強い――――」

 

 

 イリヤがそう呟き、バーサーカーにぎゅっと抱き着いた。

 

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 その後は横綱バーサカ山を真ん中にし、みんなで集合写真を撮った。

 

 

「せーのっ……夢だけどぉ!」

 

「「「夢じゃなかったーー!!」」」

 

 

\ パシャリ! /

 

 

 桜もイリヤも遠坂も、そしてジブリのみんなも全員で「むーん!」と¨雲竜型¨。

 真剣な表情でポーズを取るナウシカやキキの姿がとてもシュールだ。

 そしてその中心でバーサカ山が、とても穏やかな顔で笑っている。

 

 

 うん、これはなかなか味わいのある一枚が撮れたぞ。そう一人満足する士郎だった。

 

 



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逆鱗に触れて。

 

 

「そうさな、好きなジブリ作品は多々あれど、我が特にこよなく愛するのはあれだ。

 たしか……そう! ¨フランダースの犬¨と言ったか」

 

 

 現在柳洞寺にて行われている宴会。聖杯戦争に参加する全てのサーヴァント、そして士郎達マスター勢の目の前で今、英雄王ギルガメッシュはそう言ってのけた。

 

 

「…………え?」

 

 

 今自分の耳で聞いた言葉が信じられず、思わず疑問の声を漏らす士郎。

 この宴会に飛び入り参加していた¨金色の鎧の人¨に何気なく好きなジブリ映画は何かと訊いた士郎だったが、目の前の現実を未だに受け入れられずにいる。

 

「なんだ雑種? 貴様フランダースの犬も知らぬのか?

 だとしたらモグリもいい所だ。

 まさか、フランダースの犬も知らぬ者がいようとはなぁ!」

 

 笑止とばかりにギルガメッシュが笑う。物を知らぬというのも困り物よなと、一人愉快そうに酒をあおっている。絶句する士郎、そしてその場にいる全ての者が言葉を失い、凍り付いている。

 

「あぁ、よいよい。ジブリ好きだのなんだのと言っても、貴様らなど所詮その程度よ。

 まぁ我は当時劇場まで足を運び、フランダースの犬を鑑賞しているがな?

 ……あの映画は良いぞ雑種共。最高だ。

 この我とて、ラストシーンでは涙腺が緩む事を抑えられなんだ程だ。

 あぁフランダースの犬こそが、ジブリ映画の最高傑作よ!!」

 

 ギルガメッシュが心底愉快そうに、ガッハッハと背を仰け反らせて笑う。皆が口を「アンガー…」と開けている事にも気付かずに。

 

 

「か、身体が火のようだ……!」

 

「!? 駄目ぇ兄さん! タタリ神なんかにならないで!!」

 

 なにやら身体からウネウネと黒い触手のような物が生えてくる慎二。それを必死で払い落していく桜。

 その様子を見たアシタカが立ち上がり、この場の皆へと向かい大きな声で叫ぶ。

 

「みんな見ろっ! これが身の内に巣食う、怒りと憎しみの姿だッ!!

 皆これ以上、憎しみに身をゆだねるなっ!!」

 

「ん? どうしたというのだアシタカ彦よ? 何ぞ大事でも……」

 

「――――貴方は喋り過ぎるッ……! もう蟲笛も、閃光玉も効かないっ!!」

 

 アシタカが皆を鎮めるように、必死になって何かを喚起している。

 その様子を不思議に思う英雄王だったが、ナウシカから発せられた激に、思わず口を閉じる。

 

 いまナウシカに背中で守られるように自身の前に立たれ、この状況が理解出来ないでいる英雄王。

 ふと辺りを見回してみると……今この場にいる皆の目が、なにやら赤く光っている事に気が付いた。

 

 ――――赤色。そう、¨攻撃色¨だ。

 

 第5次のサーヴァント達、そしてそのマスター達の目が王蟲のような赤い攻撃色へと変化している。

 ナウシカも、歯を食いしばりながら周りを見渡す。

 まるでもう、自分ではこの状況をどうする事も出来ないとでも言うような……そんな苦い表情で。

 

 

「……英雄王よ。貴様、言ってはならん事を言ったな」

 

 

 アーチャー(おもひでぽろぽろ派)が干将莫邪を手にして音もなく立ち上がる。その隣には赤い目を光らせた遠坂凛の姿。

 まるでそれを合図とするように、その場にいた第5次のサーヴァント全員がその場から立ち上がる。

 

 イリヤを肩に乗せたバーサーカー(ゲド戦記派)が斧剣を構え、キャスター(耳をすませば派)は静かに高速詠唱を開始し、そしてアサシン(千と千尋派)が刀を鞘から抜き放つ。

 

「(フランダースの)犬と言ったな……貴様」

 

 ランサー(ラピュタ派)が腰を落とし、自身の持つ最高にして必殺の構えをとる。

 

「ナウシカ、キキ、そこを退いて下さい……。私達はその男に容赦出来ません」

 

 いつの間にかペガサスを召喚し、その背に跨っているライダー(ナウシカ派)。

 ペガサスは〈ガッ! ガッ!〉っと蹄を鳴らし、今にも英雄王へと襲い掛からんばかりの勢いだ。

 

 呆然とその場に座ったままのギルガメッシュ、そして士郎を守るようにして……。

 今、ジブリのサーヴァント達全員が大きくその両腕を広げ、怒り狂う第5次サーヴァントとそのマスター達の前に立ちはだかっていた。

 

「サン! その男はもう駄目だ! 捨てていこう!」

 

「駄目っ! 今見捨てたら、●●●になってしまう!!」

 

 冷や汗をかくモロの子の進言をそう跳ね除け、サンは槍を構え立ちはだかる。

 髪をフワリとざわつかせ、箒に跨り臨戦態勢のキキ。腕を捲りシャドウボクシングの仕草をするポルコ。

 サツキとメイはトウモロコシを構え、「むー!」と唸りながら眼前のサーヴァント達を睨んでいる。

 

 シータはどこからか取り出したワインのボトルでいきなり〈バリィィーン!!〉とパズーの頭を殴りつけ、そして割れたそのボトルの首を両手でしっかりと握り、武器として腰だめに構える。

 対してパズーは、それが何でもない事の様にコキコキと首を鳴らして見せる。まるで「親方の拳骨より硬い」自身の石頭の力を、凛達へと誇示するように。

 

「静まれっ、静まり給え!! 何故この男を襲う!! やめろッ! 静まれッ!!」

 

 剣を地面へと突き立て、必死に凛や第5次サーヴァント達を説得するアシタカ。それでも眼前の皆の身体から溢れだす威圧感は止まらない。

 そしてとうとうオルタ化とは明らかに違う黒いウネウネまで、その身体から湧き出してきているではないか。

 

 

『悲しい事だぁ…。(Fateの)一族から、タタリ神が出てしまった……』

 

 

 いつの間にか現れた乙事主が、「プギィ~…」と切なそうに鳴く。

 はたしてサーヴァント達のタタリ神化はチコの実ポリポリで治るのだろうか。そんな事を士郎は考える。

 

 いま目の前にある異常な光景を前に、ギルガメッシュは一人混乱している。何なのだこの状況は。我は何かこやつらの気に障る事でも言ってしまったのか?

 

「お、おいどうしたと言うのだ貴様ら……。

 我はただ貴様ら雑種共に、ジブリの最高峰であるフランダースの犬の素晴らしさを

 

『 ――――黙れ小僧っ!!!! 』

 

 山犬モロの一喝に〈ビクッ!〉と英雄王が跳ね上がる。

 モロも列の前に進み出て、年長者(?)としての威厳を持って、眼前の者達へと語り掛けようと試みるのだが……。

 

『……言葉まで無くしたか』

 

 凛達はすでに、「オ゛オ゛オ゛ォ゛…」と唸るばかりで、もう人語を解さない存在になりつつある。

 その憎悪に呼応するかの如く、黒いウネウネはサーヴァントと凛達から湧き出し続けており、もう身体を覆いつくさんばかりの勢いだ。

 

 ナウシカなどは子供の王蟲の傍に寄り添ったまま、もう何とも言えない顔で目の前のサーヴァント達を見つめている。

 あ、これ映画で王蟲の群れが突っ込んでくる時のナウシカの顔だ。士郎は思った。

 

『小僧……お前にサンが救えるか?』

 

 未だ地面に座り込んだままの士郎の所に、山犬モロが歩み寄り、そう声を掛ける。

 映画で聞いたまんまのセリフではあるが、恐らくその言葉を意訳するなら「君が言い出しっぺなのだから、なんとかしなさい!」という事だろう。

 当事者としてもジブリのマスターとしても責任重大な士郎だった。

 

「……あの、ギルガメッシュさ?

 フランダースの犬は俺も観たし、すごい感動したんだけどさ?」

 

「なぬ?! 貴様もあの名作を観ていたと言うのか! 雑種!!」

 

 士郎は同じく隣で呆然と座り込むギルガメッシュへとそう語り掛ける。

 眼前の状況を忘れ、目をキラッキラさせて士郎を見る英雄王。友達が出来たのは嬉しいのだろうが、もうちょっと周りを見て欲しい。空気を読んで欲しい。

 

「ああ。でもギルガメッシュさ?

 あれってジブリじゃなくて、どちらかと言うと¨世界名作劇場¨だと思うんだけど……」

 

「……ぬ?」

 

 ちなみにTV版世界名作劇場のフランダースの犬や、アルプスの少女ハイジなどの制作には、実は宮〇駿氏が関わっていたりする。しかし当然ながらそれらはスタジオジブリ作品では無い。

 

「……みんな、それで今怒っちゃってるんじゃないかな?

 ほら今、俺たちジブリ映画の話してたし……」

 

「……ぬ?」

 

 ギルガメッシュは「はて?」と不思議そうに首を傾げる。

 フランダースの犬は大好きでも、下手するとコイツは日本のアニメ映画は全部¨ジブリ¨だと思っている可能性すらある。なんと厄介な存在なのか。

 

 しかし士郎の想いが届いたのか、いま英雄王が「あー! そうであったそうであった!」と笑いながら膝を叩いた。

 

「我とした事が、すっかり思い違いをしておったわ! よきに許せよ雑種共?

 ジブリだな? 我らは今、ジブリ映画の話をしておったのだったな!」

 

 英雄王はカラカラと朗らかに笑う。

 時折言われる¨雑種共¨という言葉に頬がピクピクとひきつる皆だったが、それでも勘違いを正せた事は正直喜ばしい。

 

 いくら世界名作劇場が素晴らしいとはいえ、何でもかんでもジブリだと思われているのはファンとして我慢が出来ない。

 たまにロボットアニメの見分けがつかずに全部がガンダムだと思っている方々がいるが、それと同じくらいに凛や慎二達には許し難い事だったから。

 

 まぁ知らなかった事ならば仕方がない。これから知っていけばいいのさ。

 そうなんとか自分の心を納得させ、身の内に巣食う怒りと憎しみのウネウネ的なヤツをそろそろ引っ込めようかなと思う一同。

 アニメ好き同士はケンカなんかしちゃ駄目なのだ。ラブ&ピースなのだ。

 

「そうなんだよ! いや、ギルガメッシュが判ってくれてよかったよ。

 またお前も、俺達と一緒にジブリ映画をさ?」

 

「そうだ! あれは我も好きだぞ!

 何と言ったか……そう! カリオストロだ!

 ¨ルパン三世 カリオストロの城¨は実に素晴らしい映画であった!! 我は劇場まで足を運

 

 

「――――野郎ぉおおぉッ! ぶっコロしてやああああぁぁぁるッッ!!!!」

 

 

 

 ゴォシャアアアアアァァァーーーーーッッッ!!!!!

 

 

 

……………

 

 

 キレた。士郎がキレた。

 

 もう〈メキョッ!!〉というめり込むような音を立て、物凄い綺麗なドロップキックがギルガメッシュの顎に入る。あの温厚だった士郎が、真っ先にブチ切れた。

 

 ……自分達が怒っていた事も忘れ、唖然とするサーヴァント一同。

 士郎がギルガメッシュを殴り続ける。マウントポジションになってゴスゴスと殴り続ける。

 

「てめぇええぇーーッ!!

 俺がっ、俺がいつもどんな気持ちでカリオストロの話すんの我慢してると思ってんだよお前ッ!!

 どれだけ俺が、遠坂や皆に気ぃ使って我慢してると思って!!

 思ってお前っ! お前ぇええぇぇーーーッッ!!」

 

 

 ゴスッ! ゴスゥ! バギャア! ゴシャア! ドスゥッ!!!

 

 連続的な打撃音が響く。

 

「ああそうだよ! カリオストロはジブリ作品じゃねぇよ!!

 でもそれが何だって言うんだよ!! 宮〇駿監督の作品じゃないか!

 何で皆の前で話しちゃ駄目なんだよ!! なんで!!

 なんでカリオストロ仲間外れにすんだよ!

 なんでジブリがいっぱいコレクションに無いんだよ!!

 ……俺の初恋の人がクラリスだからか? だからみんな意地悪すんのか!!

 なんで!! なんでッ!! なんでぇええええーーーッッ!!!!」

 

 

 ゴシャア! バギャア! ゴスンッ! ドゴォ!! バッギャア!!

 

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!!

 

 

 そろそろ士郎の振り下ろす腕が千手観音みたいになってきた。私達のマスターってこんなに強かったのね、と一人関心するメイ。それ以外のメンバーは全員ドン引きだ。

 

 誰かが思いっきり怒っている所を見ると、かえって自分は冷静になってしまう。そんな現象が今みんなの間に起こっていた。

 

 あの、士郎くん……? その人、最強のサーヴァントの人ですよ…?

 

 誰かが士郎にそう言ってあげられる雰囲気では無い。ぶっちゃけ近寄りたくない。

 世界線が違えば「俺達こそがギルガメッシュの天敵だ」とアーチャーが士郎にそう言う事もあるのだろうが、今の士郎みたいにマウントパンチでドゴゴゴと殴れという意味では決して無いハズだ。

 

 魔力を伴わない攻撃はサーヴァントには無効なんじゃなかったの?

 そんな事を気にする余裕も今の凛達には無い。

 

「いやぁ~ジブリ映画の力って本当に素晴らしいですね」と、そんな水野晴〇の声が聞こえてきた気がした。

 

 そして長年蓄積した士郎のカリオストロへの想いが爆発し、今ここにあらゆる世界線において史上初であろう、『生身の人間の拳による、英雄王の打倒』という快挙が達成されようとしている。

 まるでそれは、神話の英雄譚のように――――

 

 

「 ■■■■ーーッ!! ■■■■■ーーーーーーーッッ!!! 」ドゴゴゴ!!

 

 金色の鎧を身に纏う、金色の王。

 その上に乗り、号泣しながら殴り続ける士郎。

 

 

『――――その者、青き衣を纏いて、金色の野に降り立つべし……』

 

 

 

 ランラン ランララ ランランラー♪

 ラン ランラララー♪

 

 

 

 なにやら良い音楽と共にどこからか現れたババ様が「オオォ…」と涙を流す。

「あの言い伝えは、まことじゃった…」と、感極まったように号泣している。

 

 

 

 ランラン ランララ ランランラー♪

 ラン ランラララー♪

 

 

 

 正直みんな、「そんなワケあるかぃ」と思った。

 

 

 



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黒きサーヴァント。

 

 

 第3次聖杯戦争。そこでアインツベルンは¨決して呼んではならないサーヴァント¨を召喚してしまったのだと、イリヤスフィールは語る。

 そのサーヴァントを呼んでしまった事こそが、冬木の聖杯の、汚染の原因であると。

 

「あのサーヴァントは、決して呼んではならない存在だったの。

 見る事も、触る事も。……いえ、私達の世界に存在する事すら、あってはならない存在だったの」

 

 だから、消えた。誰と戦う事も無く――――

 

 そのサーヴァントは、召喚されたその瞬間に、消滅した。

 召喚を行ったマスターにすら、その姿をハッキリとは見せないままで。

 

 まるで、「自分はここに来てはいけない」と。

 僕はこの物語に登場してはいけないのだと、そう言わんばかりに。

 

 そうやって自ら消え去る事を選んだ、そんな悲しいサーヴァントなのだと言う。

 

「でも消滅したそのサーヴァントは、¨力¨として聖杯の中に取り込まれた。

 そして聖杯の中身を、自らの性質で汚染してしまった」

 

 そのサーヴァントの特性は、¨消滅¨。

 あるいは¨破滅¨なのだとイリヤは語る。

 

 自分以外の他者が存在する事を許さない――――

 そして¨自らを利用する存在を破滅させる¨――――

 

 そんな概念を持つ、凶悪なまでの力を持った、邪悪な存在だったのだと。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 現在士郎とその仲間達は、この世界に降臨した聖杯と対峙している。

 

 冬木の聖杯は過去4回の戦いで取り込み、そしてついに使われる事がなかった大量の¨力¨により、オーバーフローを起こす寸前だった。

 ゆえに第5次サーヴァントの一騎の脱落の必要すらなく、器の許容量の限界により爆発する寸前の姿で、この世界へと降臨していたのだ。

 

「士郎……動いちゃ駄目よ? 決してアレを直視してはいけない」

 

 凛が冷や汗をかきながら、士郎に警告する。

 士郎はただ呆然とその場に立ち尽くし、いま目の前にそびえ立つ巨大な黒い影を、見据えている。

 

「あの聖杯の……アレの名前を、決して呼んではいけない」

 

 他のマスター達も、第5次のサーヴァント達も、ジブリのメンバー達も。

 誰一人として、今この場で不用意に動く事は出来ない。

 

「なんて事……。まさかあんなモノが本当に聖杯に取り込まれていたなんて……。

 終わりよ、何もかも。この世界が消滅してしまう」

 

 目の前の巨大な影。皆そのおぞましい姿をただ見つめる事しか出来ない。

 触れる事も、戦う事も、関わる事すら。

 

 だってアレは、そういう存在(・・・・・・)なのだから。

 

 

 この世界に具現化した聖杯。

 その巨大な姿は影のように黒く、未だその全貌はハッキリとはうかがえない。

 

 しかしその形は、少なくとも別の世界線で見るような塔のような物ではなく、なにやら円形の物を三つ繋げたような形をしていた。

 その巨大な漆黒の影を見ているだけで、士郎の身体は震え、ガチガチと歯が音を立てる。

 

「いい? みんな絶対に、アイツの名前を口にしては駄目!!」

 

 

 消滅と、破滅。

 そして“自らを利用する者を許さない“という、そんな強大な概念――――

 

 まるで、フライパンの上で3つ繋げたホットケーキのような……。

 どこか動物のマスコットのようにも見える、巨大な漆黒の影。

 

 それが今……聴く者全てを震撼させる様な、おぞましい笑い声を挙げている。

 

 

 

 

 

 

『――――ハハッ!』

 

 

 

 

 黒く巨大な、まるで“ネズミ“を模したマスコットのような形の、聖杯。

 

 それが今、とても嬉しそうに、狂気の笑みを浮かべた。

 

 

…………………………

………………………………………………

 

 

「良いかぁお前らぁーッ!!

 絶対に……、絶対にアイツの名前を口に出すんじゃねぇぞッ!!」

 

 

 滝のように汗を流すランサーが、この場にいる全員に警告する。

 

「言ったら終わりだッ!! 全部ッ! この世界ごと消滅させられちまうぞッッ!!」

 

 ランサー、アーチャー、バーサーカー。

 この一騎当千の強者達でさえ、あの存在の前では、あまりにも無力ッ!!

 

「なんという事を……してくれたのですか」

 

 すでに気を失ってしまった桜を抱きしめたまま、震える声でライダーが呟く。

 

 

 関係ない話だが、2017年M-1グランプリ2017で3位を獲ったお笑い芸人の名を『ミキ』

 そして第二次世界大戦当時最大の大きさを誇ったドイツの超重量戦車の名を『マウス』という。

 

 お笑い芸人の『ミキ』、『マウス』という戦車。

 これは士郎達の世界とはまったく関係の無い話である――――他意は無いのだ。

 

 

 そして今、士郎達の目の前では、アヒルや犬や鼠といった沢山の動物のマスコット達が、軽快な音楽と共に行進をしている。

 聖杯の周りをグルグルと周るそれは、まるでパレードのよう。

 

 大量の電飾で彩られたマスコット達の愉快なパレードが、眼前で行われていた。

 

 

 

『―――ハハッ!』

 

 

 

 黒く巨大な聖杯が、心底愉快そうに笑う。

 しかしその笑い声は、聴く者にとっては狂気の声にしか聞こえない。

 

 士郎は恐怖する。

 生まれてこのかた、こんなにも¨怖い¨と思った事は無い。

 

 沢山の動物たちのパレードを見ているのに。誰かの笑い声を聴いているのに。

 それは士郎の心に、深い深い絶望しか与えない光景だった。

 

 

―――怖い。怖いよみんな。

―――俺、怖くてたまらないんだよ。

 

 

 地に跪き、ボロボロと涙を流した。

 身体はガタガタと震え、その口からは嗚咽の声が漏れた。

 

 まさかこの世界に、あんなにもドス黒く、邪悪な意志があるなんて。

 嫌だ、死ぬのは嫌だ。この世界から¨削除¨されてしまうなんて嫌だ!!

 

 賠償なんて求められても知らない! ウチには育ちざかりの大飯食らいが沢山いるんだ!!

 著作権なんて、俺は知らないんだッ!!

 

 

 聖杯の¨悪意¨、自分以外の全てを許さぬという、ドス黒い¨悪意¨。

 その黒い波動に当てられ、士郎少年の心は、溶けてしまった――――

 

 蹲り、涙を流す少年。

 もう二度と立ち上がる事は無い。少年の笑顔が戻る事は、もう二度と無い。

 

 誰もが、そう思ったかに見えた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

 ランラン ランララ ランランラー♪

 ラン ランラララー♪

 

 

 ナウシカが舞っている。

 

 王蟲達が織りなす¨金色の野¨に降り立ち、風の谷の姫がクルクルと舞う。

 見る者全てを魅了する笑顔。そして、この上ない慈しみの心で。

 

「あの聖杯の中身とやらを余所に引っ張ってく。手伝うか?」

 

「はいポルコさん。お届け先は¨座¨ですね? クロネコ魔女宅急便が承りました♪」

 

 エンジンを回し、赤い飛空艇に乗り込むポルコ。

 そして笑顔で宅配依頼を受領するキキ。その肩には黒猫ジジがいる。

 

「……な、何してんだよみんな!

 駄目だ! あんなモノに関わっちゃいけない! やめてくれよみんなッ!!」

 

「人の手で還したい!!」

 

 聖杯に立ち向かおうとするジブリの面々を止めようと絶叫する士郎。涙で顔をグシャグシャにした少年の肩に、アシタカが優しく手を置く。

 

「まだ終わってはいない。私達が生きているのだから――――

 サン、力を貸しておくれ」

 

 サンが力強く頷き、赤い仮面を被り戦いに備え、アシタカと共に山犬の背に乗り込む。

 その後ろ姿を、士郎は跪いたまま、ただ呆然と見つめる。

 

 戦うって言うのか、アレと……。

 あんな暴虐の化身のようなヤツと、お前達¨ジブリ¨が……。

 

 

「――――士郎さん。よく聴いて」

 

 

 地面に手を着き、絶望の顔で泣き続ける少年。その耳元に、パズーが静かな声で語り掛ける。

 

「¨あの言葉¨を教える。僕らと一緒に言って、士郎さん」

 

 パズー、そしてシータが、未だ泣き続ける親愛なる少年の手に自分達の手を重ねる。その手の中には、シータの飛行石のペンダント。

 

 ネコバスがサツキとメイの傍に駆けつけ、「乗りな!」と言うようにニッコー!と微笑む。頭の上にある行先表示のパネルがカシャカシャと周り、そこに¨聖杯¨という文字が表示された。

 

 

「行こう! あの黒いサーヴァントさんの所へ!」

 

「いこう!!」

 

 

¨夢だけど、夢じゃなかった!!¨

 

 

「ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ーーーーーッ゛ッ゛ッ゛!!!」

 

 

 宝具トトロが現界し、その口を大きく開けて、力強く雄たけびをあげる。

 その声を合図とするように、今ジブリのサーヴァント達が、一斉に黒い聖杯へと突撃した。

 

 

 

…………………………

………………………………………………

 

 

 

 先陣は、ナウシカの率いる王蟲達だった。

 巨大な王蟲達が群れをなし、聖杯が従える黒いマスコット達のパレードを蹂躙する。

 

「――――薙ぎ払えっっ!!」

 

 ズゥガァアアアアアアアアァァァーーーーーーン!!!

 

 クシャナの指揮で破壊光線を発射する巨神兵。黒い意志に飲まれてしまったマスコット達が天高く吹き飛ばされ、次々に消滅していく。

 

「!? 舵を引けぇーー! ぶつかるぞぉーーっ!」

 

 メーヴェで飛ぶナウシカが、ポルコの赤い飛空艇に対し叫ぶように警告する。しかしポルコは黒い聖杯に機銃掃射を喰らわせつつ、その巨大な影の攻撃にぶつかる事無くアクロバットのように機体を翻し、その傍に張り付き続ける。

 

「捻り込みだ! あの技で豚はアドリア海のエースになったんだ!!」

 

 士郎の隣で空賊達が叫ぶ。風呂にもロクに入らないが屈強で勇敢な空の男達が、ポルコの操縦技術と男気に声援を送る。

 

「構えっ…………撃てぇ!!」

 

 エボシ御前に率いられた石火矢衆が、次々と犬だのアヒルだのの黒いマスコット達を撃破していく。タタラ場の勇敢な女達も黒いマスコット達を相手に一歩も退かずに戦い続ける。

 

「いざとなったら、溶けた鉄をぶっかけてやるさぁー!」

 

 張りのある大きな声でおトキさんがそう叫ぶ。牛飼い達も入り乱れての大乱闘だ。

 

 そこへ突撃してきたトンボの操る自転車を改造した飛行機が、前面に付いた大きなプロペラで黒いマスコット達を蹴散らしていく。「魔女子さーん!」と空にいるキキに大きく手を振るトンボ。それにキキがとびっきりの笑顔で答えた。

 そして今デイダラボッチが黒いマスコット達の群れを蹂躙し、黒き聖杯までの道を開いた。

 

「我が一族の誇り、黒き者共に思い知らせてやる。さぁ皆、シシ神の元へ行こーーう!!」

 

 一斉に突撃していく乙事主と猪達。その群れの先頭ではサンが槍を高く振り上げ、勇ましく声を上げて群れを鼓舞していく。

 その隣にはヤックルの背に乗り戦場を駆けるアシタカ。アシタカが放つ必殺の矢が、的確に仲間達の危機を次々と救っていく。

 

 そしてジブリのメンバー達の進撃を援護する第5次のサーヴァントとマスター達。

 槍で、刀で、斧剣で。そして魔術と天高く舞うペガサスで眼前の敵を一気に殲滅していく。

 金色の男が掃射する数々の宝具が、今は親友となった士郎とパズー達を黒い外敵から完全に守り抜く。

 

「最後のチャンスだ! すり抜けながらかっ攫え! ……勝利ってヤツをね!」

 

「うん! ありがとうドーラさん!」

 

 タイガーモス号と子供達を率いたドーラが、地を駆けるネコバスの中のサツキとメイに言い放つ。

 彼女達を聖杯の元へ送り届けるべく、即座にその援護の陣形をとるドーラ一家。

 

 二人の少女の腕の中には、黄色い¨トウモロコシ¨。

 あの日、病気で入院する母が元気になるようにと、想いを込めてトトロ達と共に届けた、あのトウモロコシ。

 

「 ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛ッ゛!! 」

 

 あの子達の為に。そんな強い想いを持ってトトロが黒い聖杯に勢いよく組み付き、渾身の力で聖杯を地面へとなぎ倒す。

「ドォゴォォーーン!」という凄まじい轟音を立て、黒き聖杯が地面へと倒れこむ。

 

 

「おねえちゃん!」

 

「メイ!!」

 

 

 そしてメイとサツキが、手を繋ぎネコバスから飛び降りる。

 聖杯へとたどり着いた二人の少女が、腕の中にある思い出のトウモロコシを、黒き聖杯のサーヴァントへと届けた。

 

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

 

 光輝く黄色いトウモロコシをその身に飲み込んだ聖杯。その部分から突如、凄まじいまでの白い光が放たれる。まるでそこから一気に浄化されていくように。少女達の優しい想いに、悪い心が全て消えていくかのように。

 

『 オオオオォォォ……。オオオォォォ…………。ハハッ! 』

 

 光の中、まるで断末魔のような、物悲しい声が洞窟に響く。

 その場にいる全ての者達が、その声を聴き、何故か胸が締め付けられる思いがした。

 

『全ての人を笑顔にしたい。子供達に夢を届けたい。そしていつも、笑っていて欲しい』

 

 そんな原初の綺麗な尊い想いを、まるで聖杯に取り込まれていた黒いサーヴァントが思い出し、取り戻していくかのように。

 そんな物悲しい声をあげて、巨大なマスコットの形をした聖杯が今、静かに涙を流していた。

 

 

「「士郎さん」」

 

 

 シータとパズーが、士郎の手に自分たちの手を重ねた。

 三人はその手を前へと、聖杯の方へと突き出し、手の中の飛行石へと想いを込める。

 

 士郎の目に、もう涙はない。

 心にあった恐怖も、恐れも。全てジブリのみんなとサーヴァント達が吹き飛ばしてくれた。

 

 迷いは無い。

 さぁ、元の世界に還ろうぜ。聖杯のサーヴァント。

 

 いつの間にか士郎の姿が、白い髭、白髪の髪、そして太いフレームの眼鏡になっている。

 その顔はまるで、いつかどこかで見たような、優しい顔の映画監督のようだった。

 

 

 

…………………

 

 

 もういい。もう休んでいいんだ。

 

 もう誰も憎まなくたっていい。もう誰かの作った物を、理不尽に削除したりしなくていいんだ。

 

 

 長い年月をかけて、お前の心は歪められていった。

 一番最初の綺麗な想いさえ、もう思い出せなくなっていった。

 

 時に社会風刺に使われ、散々ネタに使われ、プレッシャーに追われて。

 挙句の果てに「東京じゃなくて千葉じゃないか」とか、そんな謂れのない非難を受けたりして。

 

 

 そんな風にしてお前は、¨周りの全てが敵だ¨って、そうなっちまったんだろう?

 なんとか自分を守ろうって、頑張らなきゃって…。ただただお前は必死だったんだろう?

 

 

 でも、もういい。もう休んでいいんだ。

 還っていい。元の優しいお前に、戻っていいんだ。

 

 

 

 だってみんな、お前の事が大好きなんだから。

 

 お前は世界中の人々に、こんなにも愛されているんだから…。

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

「「「――――バルス」」」

 

 

 

 

 

 

 

 士郎達の重ねた手の中から、爆発するような強い光が放たれる。

 

 聖なる光。

 聖杯の黒い影は、大きな音を立て、ボロボロとその身体を崩壊させていく。

 

 

 青い光が天へと昇っていく中、士郎達は、とても不思議な光景を幻視する。

 

 それは、あの黒いサーヴァントが去っていく、後ろ姿。

 優しいあの人と手を繋ぎ、嬉しそうにスキップをして共に歩いていく。

 そんな、とても幸せな光景。

 

 

 やがて青い光がやみ、二人の姿が完全に消滅してしまった後も。

 しばらくの間、士郎はその場から動く事が出来なかった。

 

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 

 

 

 洞窟から轟音と地響きが収まった頃、士郎達の目の前に現れたのは、光り輝く冬木の聖杯。

 

 あの黒いサーヴァントが浄化され、無色のまっさらな力の詰まった、本来の聖杯の姿があった。

 

 



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笑った王様。

これをもちまして、当作品は完結致します。
このお話には当作品の感想欄にて頂きました、皆さまの素晴らしいアイディアの一部を使用させて頂いております。
今までお付き合い下さいました皆様、誤字報告、ご感想、アイディア、ご評価を頂きました皆様、
そしてジブリが大好きな全てのファンの皆様。心よりお礼申し上げます。
本当にありがとうございました! ジブリ映画、万歳!


 

 

『――――王はジブリの良さがわからない』

 

 

 

 そう言われ、円卓は割れてしまったと、セイバーは語る。

 

 紅の豚が好きだったランスロット。

 魔女宅の良さを父に判ってもらえず、ブチ切れたモードレッド――――

 

 みんな、自分の元を去っていった。

 そんな悲しい結末を変えたいと願い、私は聖杯の呼びかけに答えたのです。

 セイバーは、そう自分の想いを士郎へと語った。

 

 

 士郎はもう、苦笑いするしかなかった。

 

 

 

……………………………

………………………………………………

 

 

 

「あぁ~なんと嘆かわしい! 貴方には¨となりの山田くん¨の素晴らしさが

 まだわからないと言うのですか?!」

 

 

 衛宮家の居間で、その両手を大きく広げ、ジル・ド・レェが嘆く。

 

「いやいや! ¨ハウルの動く城¨こそ至高のジブリという物よ!

 お主はあの城を劇場で観なんだのか? あれに乗ってみたいと思わんのか?

 あぁなんと勿体ない! そうは思わぬか坊主!!」

 

 イスカンダルに〈スパーン!〉と背中を叩かれ、士郎は〈ドテー!〉と畳の上に倒れ込む。もう本当にいい迷惑でしかない。とっても痛いじゃないか。

 

「お主はどう思うのだ騎士王よ?

 やはり王として、あの城には心が揺さぶられる想いであろう?」

 

「いぃ~~え! ジャンヌはとなりの山田くんの方が好きに決まっておりますっ!

 そうですよねジャンヌ? このジル・ド・レェ、信じておりますよぉ?」

 

「……は、はぁ」

 

 セイバーは居心地が悪そうに、曖昧な笑みで答える。

 この人達はいつもこうだ。たまに会う度にこうやって好きなジブリ映画の論争ばかり。

 

 ワーワーとジブリ論争をする第4次サーヴァントの面子を眺め、セイバーは人知れずため息を吐く。

 

「というか、まさか第4次のサーヴァント達が、

 全員この世に現界したままだったなんて、俺知らなかったよ。

 会いに来てくれてありがとうセイバー。聖杯戦争は大丈夫だったのか?」

 

 そう、今この場には過去に前回の聖杯戦争に参加したサーヴァント達、そして第5次のサーヴァント達までもが勢ぞろいしているのだ。

 今は遠くロンドンやアインツベルンの城に住むという第4次のサーヴァント達は、第5次の戦いが終わったと聞きつけ、皆を労う為に来日していたのだった。

 

「……ええ、正直私達は、ろくに戦闘などは行いませんでしたから。

 皆、この世界でレンタルビデオ屋さんに入り浸ったり、映画館に行ってばかり。

 戦いなど、起ころうハズも無かったのです、シロウ……」

 

 

 シュンとうなだれて、前回の戦いを振り返るセイバー。

 ちなみにセイバーいわく、現在知られている前回の戦いについての資料の内容は、全部言峰綺礼の書いた嘘っぱちに近い内容であるという。

 聖杯が爆散しただの、そして切嗣とアイリとマイヤの三角関係がこじれただの、ほとんど全てが綺礼の嫌がらせによって書かれた物らしい。

 

 私達はろくに戦ってすらいません。期限が切れるまでジブリ論争してました――――そうセイバーは語る。

 

 唯一自分が戦った相手は、バーサーカーと化したランスロットだったのだが……もう『ブタァ! ブタァァーー!!』としか喋らず、誰だか最初わからなかったらしい。

 結局彼が剣を捨ててその場で泣き崩れた所で、「あ、この人ランスロットだ」と気が付き、戦闘を中止したのだそうな。

 

 騎士らしいまっすぐな心根を持つディルムットには凄く期待していたというのに、彼も自分のマスターのケイネスという男と、毎日ジブリ三昧だ。

 その輝く貌で猫の恩返しについて熱く語られたセイバーは、もうほんとウンザリしたのだという。

 

「こうなっては此度もまた、皆でジブリ映画鑑賞会を行うしかあるまいな!

 坊主、酒とツマミの用意をせよ! 朝までジブリし倒すぞ!!」

 

「「「受けて立つぞ! イスカンダル!」」」

 

 

 そう雄たけびを上げ、一斉に拳を突き上げる第4次&第5次のサーヴァント達。

 いま史上初となる、13騎のサーヴァントによるジブリ鑑賞会の開催が、ここ衛宮家にて行われる事が決定。

 セイバーはもう「どうにでもしてくれ」という風な表情で、ガックリと項垂れた。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 第5次の戦いは、もうすでに終結している。

 

 あの洞窟のクラシックジブリ勢が勢ぞろいした大戦で、聖杯が無事に浄化された後……皆の想いから一番最初に“キャスターの受肉“という願いを叶える事となったのだが……。

 

「あの……ねぇみんな?

 この聖杯、きっと30個くらい願いが叶っちゃうんだけど……」

 

 聖杯の中にある魔力量を確認したキャスターが、頬を引きつらせながら、皆にそう報告したのだ。

 

 

「……え、どうしようみんな?」

 

「願い?! いきなりそんな事言われても考えてなかったわよ!」

 

「と、とりあえず何か食べ物でも頼みますか皆さん? ステーキとか!」

 

「バカっ! ここは古典的に『ギャルのパンティお~くれ』って……。

 でも僕いらないよそんなの!」

 

 大混乱に陥るマスター達。そして同じく何にも考えてなかったサーヴァント達。

 

 

「と、とりあえずみんなの願いが決まるまで、暫くこのまま待っててもらっていいかな……?」

 

 

 聖杯にかける2つ目の願い。それはそんな、非常に情けない物となった。

 

 

 

…………………………

………………………………………………

 

 

 いま衛宮家の庭では、トトロのお腹に抱き着くアイリスフィールとマイヤの姿がある。

 

 その上空では、シータやパズーと共に赤い飛空艇に乗るポルコの姿。となりにはメーヴェに乗った凛とナウシカが空を飛ぶ。

 

 ケイネスが笑顔でキキと魔術の話をし、ウェイバーがメイのお馬さんとなって庭を走らされていたりもする。サツキはちょっと困り顔だ。

 

 眼を輝かせて山犬達を見る龍之介に、ブラッシングの仕方を意外と優しく教えてあげるサン。

 それを見て、優しく微笑むアシタカ。

 

 そして何故か生きていた切嗣と言峰が、殴り合い寸前まで火垂るの墓と海がきこえるの優劣を話し合っていたり……蟲じいちゃんとアハト爺さんが縁側でのんびりとお茶を飲んでいたり。

 

 とにかく、有り得ない程に平和な光景がそこに広がっていた。

 

 

 

「セイバーは、ジブリ映画ってあんまり知らないのか?」

 

 ひとり項垂れていたセイバーにお菓子とお茶を手渡してやりながら、士郎が話しかける。

 彼女はどうもとそれを受け取りながら、困った顔で士郎の言葉に応えた。

 

「そうなのです……。私は生前から王としての職務に気を取られ、

 余裕という物がまったくありませんでしたから。

 こういった娯楽とは無縁で、イマイチ理解が出来ず……」

 

 セイバーは、いま目の前で『■■■……! ブタァァーー!』とテンションMAXで騒いでいるランスロットに目を向ける。

 そういえば私の妻はアリエッティという言葉をよく言っていたけれど、あれは一体なんだったのだろう? セイバーは知るよしもない。

 

「そっか。セイバーは王様の仕事を沢山頑張ってたんだもんな。国のみんなの為に。

 なら知らない事があったって、全然悪い事なんかじゃないさ」

 

「……シロウ」

 

 

 士郎はトトロに負けないくらいの太陽みたいな笑顔で、セイバーに語り掛ける。それを見て、思わず頬を「ポッ…」っと赤らめるセイバー。

 

 

「しかし、皆が好きだという物を私が判らないのは、やはり悔しいです。

 シロウ、どうか私にジブリの映画の事を教えて頂けませんか?

 私はもっと、皆と楽しさを分かち合いたいのです」

 

「俺でよかったら喜んで。ほら、今から¨となりのトトロ¨を観るみたいだぞ?

 これはな? ジブリの看板って言われてる映画でさ?

 これを観たみんなが、幸せな気持ちになれるような……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――映画を見終わったセイバーが、即座に庭へ飛び出し、トトロのお腹へしがみつく。

 

 ――――――その微笑ましい光景に、士郎がニッコリと微笑んだ。

 

 



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番外編
ダンジョンにジブリのキャラクター達がいるのは間違っているだろうか


 

 

「我が名はアシタカ! 東の果てよりこの地に来た!

 其方は、ベルの主神であるときく、古い神か!」

 

 

 ヘスティアは混乱した。

 くたびれた教会の一室、狭いながらも楽しい我が家であるこの¨愛の巣¨で、自分は今日もダンジョンへと出掛けて行ったベル君の帰りを、ご飯を作って待っていたハズではなかったか。

 それがどうして今、このよく知らない和装の少年の名乗りを受けているのか。

 この少年の傍らで「ぐるるる…!」と獣のように唸りながらこちらを睨んでいる少女は、いったい誰なのか。

 

「お邪魔しますヘスティアさん!

 ぼくはパズー! こっちはシータ!」

 

 ヘスティアの手をフランクに握り、ブンブンと上下に振るパズー。隣でニッコリと微笑み挨拶をするシータ。そして二人の後からゾロゾロと部屋へと入ってくるキキ、ポルコ、ナウシカといったメンバー達。

 ふとその後ろに目を向けて見れば、狭い扉を窮屈そうに「うんしょ、うんしょ」と何とか潜り抜けて部屋へと入ってくる¨灰色の巨獣¨の姿。その傍に寄り添うようにして歩くサツキとメイ。

 

 ヘスティアの顎が「アンガー…」と、腹話術の人形のように下がった。

 

「?! べ、ベル君?!」

「…あはは。ただいま帰りました、神様」

 

 そのどことなく愛嬌のある灰色の巨獣の背中に愛しの我が子¨ベル君¨の姿を見つけた瞬間、ヘスティアは食べかけのじゃが丸くんも水の入ったコップも、そしてそれが乗ったテーブルさえも全部ひっくり返しながらドタバタと彼の元へと駆け寄る。

 服も所々やぶれ、そして身体中に擦り傷を作って帰って来たベルの姿を見て、ヘスティアは慈しむようにその頬を撫でる。

 

「あぁ…ベル君。こんなに傷だらけになって…。

 でもありがとう…無事に帰ってきてくれて。ありがとうベル君…」

 

 ベルのお腹にしがみつき、グリグリと顔を押し付けながら涙声で語り掛けるヘスティア。

 ベルは少し照れ臭そうに、でも暖かな微笑みを浮かべながらヘスティアの頭をヨシヨシと撫でてやる。

「僕はここにいます、大丈夫です」と、子供のように泣きじゃくるヘスティアを優しく安心させてやるように。

 

「ダンジョンの5階でミノタウロスが出たんです。僕はそれに遭遇してしまって…。

 武器も無くして、足もくじいてしまって。でももう駄目だっていうその時に、

 ここにいる皆さんが助けてくれたんです」

 

 トトロ達の方を指し、彼らに助けてもらった事を報告するベル。

 ヘスティアはベルのお腹から顔を放し、まだ少し涙の滲んだ目のまま、トトロ達へとびっきりの笑顔を贈る。

 

「そうだったんだね…。ありがとう君た……ってどこ行くのさ君達!

 ちょっとちょっとちょっと!!」

 

「よかったよかった」「よっしゃよっしゃ」とゾロゾロと一斉に部屋から出て行こうとしているジブリの一同。

 まるで「これにて、お役御免!」とでも言うかのような非常に清々しい顔をしている。サムライか。

 

 そしてそれを必死こいて引き留めるヘスティア。パズーの首を引っ掴み、アシタカの手を引っ張り、トトロのお腹へとしがみつき全力で阻止する。ドタバタと部屋に埃が舞う。小さな身体で非常にパワフルな動き。さすがベル君の神様だ。

 

「なにやりきった顔して勝手に帰ろうとしているのさ!

 君達はベル君の恩人だよ?!

 ならちゃんとお礼をしなきゃ、ボクの立場ってものがないじゃないか!」

 

 すでに階段の方へ行っていたキキとメイの身体を両脇に抱え、無理やり元の部屋へと連れ戻す。

 肩を怒らせてドアの前に立ちはだかり、「フカーー!」っと猫のように髪を逆立てるヘスティア。困惑するジブリの一同。

 

「こうなったら意地でもご飯のひとつでも食べてってもらうよ!

 君達っ、お腹は? ケガは? 主神は? 今どこに住んでるの?!

 なんとか言ったらどうなんだい君達っ!!」

 

 まるでいたずらが見つかった子供と、それを怒る近所のおばちゃんだ。

 ポルコは「…いや、親は勘弁してくれねぇか?」とまるで中学生のような事を言いそうになるのを危うく堪え、残りのメンバーなどは何故か一部が正座になっている。

 それほどの迫力。神の怒り。人間という存在は、あまりにも無力だ。

 しかし何故神様が怒っているのか、それは誰にも判らない。困惑顔のジブリの一同。

 まぁまぁ神様とベルに窘められたヘスティアが我に返り、満面の笑み。

 その後は無事食事をご馳走になる、ジブリの一同だった。

 

 

……………………………

………………………………………………

 

 

 

「なんだ! そうならそうと早く言ってくれれば良かったのに!

 今日からみんな、このヘスティアファミリアの一員だ! 仲良くやろうぜ!」

 

 

 賑やかな食事を終え、主神ヘスティアはジブリのメンバーへ次々と自らの恩恵を与えていく。

 ちなみに上の言葉は先ほど食事中にヘスティアが言い放った物だが、実はあの食事中の光景を、彼女は一刻も早く忘れてしまいたかったりする。

 

 なんだ、この子達は…。何故これほどまでにガツガツと沢山食べられるんだ。育ち盛りなのか。

 

 悠久の時を生きてきた神でさえ、その健啖ぶりに舌を巻いた。

 パズーが、キキが、ナウシカが。ジブリのメンバーの全員が一丸となってテーブルの上のあらゆる料理を駆逐していく。

 神友ヘファイストスに頭を下げ、軍資金に協力してもらってまで用意した大量の料理達。

 何十人前とあるであろうその量を、ジブリのメンバー達はなんでもないように平らげていく。

 

\うめぇなこりゃ/ \これ美味しいわ!/ \もっと食わせろ!/ \ひゃー!/

 

 まるでお皿にしがみつくように料理を掻っ込んでいく仲間達の姿。唖然とするヘスティアファミリアの二人。

 あの光景は、もう思い出したくない。ファミリアのお財布的な事情も含めて。

 

 

 食事も終わり、まずは女の子達から始めようという事で、ベルを含めた男の子連中を部屋から追い出し、次々と背中に恩恵を刻んでいくヘスティア。

 写してもらった自らのステータス表をきゃっきゃウフフと見せ合い楽しそうな女子勢の声の中、神ヘスティアだけは内心非常に焦り、そしてそれを隠すように苦笑いを返すしかなかった。

 

 どうなってるんだこの子達は…。

 レベル1だから数値が全部10なのは当然として、皆が皆、もうレアスキルのオンパレードじゃないか…。

 

 ナウシカの【風使い】

 キキの【魔女の宅急便】

 シータの【天空の王女】

 サンの【プリンセス・オブ・もののけ】

 

 どれもこれも、聴いた事もない物ばかり。

 恩恵を刻んだ子達に「どうでしたか神様♪」と聞かれる度に、「んー。まぁ最初はこんなもんだよー」(目そらし)と誤魔化して、誤魔化して、また誤魔化して。

 もう5人目のサツキに恩恵を刻む頃には「…あれ、どうしたんですか神様? 身体が震えてますよ?」とちょっと心配されてしまう程だ。

 

 やぁサツキくん。ボクは今、非常に混乱しているんだ。心配いらないよ。

 そんな事が言えてたまるか。ヘスティアは自分に出来る精一杯の笑顔をサツキに返す。

 

 一人でも、たった一つでも火種や問題になりかねない¨レアスキル¨。

 それをジブリのメンバー全員が持ち、しかもそれぞれが違う物を所持している。

 

『ヘスティアファミリアの今後の活躍にご期待ください!』

 

 なにやらそんな言葉が脳内で聴こえてきたような気がするが、ヘスティアはそれを言った者にドロップキックをかまし、ついでにバックドロップもかます。もちろん脳内で。

 

 うるさい黙れ。この子達はぼくの家族なんだ! ぼくが守るんだ!!

 ヘスティアから恩恵をもらい嬉しそうに部屋から出ていくジブリの女の子達の背中を見送った後、目を見開きながら両手をグッっと胸元で握りしめる。

 これは決意の握り拳。神ヘスティアのファミリアへの誓いである。

 

 

 そして次にジブリの男子勢が、入れ替わりで部屋へと訪れる。

 未だぼんやりと己の世界へと逃避していたヘスティアの精神を、突然響いた〈ドォゴォーーン!〉という破壊音が現実へ引き戻す。

 

 轟音に目を覚ましたヘスティアがまず最初に見た物は、押しつぶされて砕け散ったベッドと、その破片。

 そしてバキバキに押し潰されたベッドの上に横たわる、灰色の巨獣の姿。

 

『さぁ、ボクに恩恵をおくれ』

 

 そう言わんばかりの良い笑顔で「ニッコー!」とベッドに横たわる、トトロの姿であった。

 

 

 

…………………………

………………………………………………

 

 

 

 

 

「………静まれっ、静まり給えー!

 さぞかし名のあるオラリオの神と見受けたが、何故そのように荒ぶるのか!!」

 

「怒りで我を忘れてるっ、鎮めなきゃっ!」

 

 

「わああああ!!」と絶叫しながら、トトロのお腹に顔を埋め号泣するヘスティア。オロオロするジブリの男子勢。駆けつけた女子勢。

 貴重な我が家の家具の破壊音と共に、今まで必死に堪えていたヘスティアの心もポッキリといった。

 

 この時は知る由もなかったが、この後ヘスティアはトトロの他、ネコバスやシシ神、王蟲なんかにも恩恵を与えてあげなければならない。

 獣人族にいけるのだから、人語を解する猪や山犬の一族にもワンチャンあるはずだ。

 無いはずがない。

 そしてラピュタロボや巨神兵なんかにも、頑張って背中にまたがり恩恵いけるかどうかを是非試してみて欲しい。

 今みんなは教会の外へ集まり、ヘスティアが来るのを今か今かとお利口にして待っているのだから。

 オイみんな! 神様がボクらを家族にしてくれるんだってさ!

 

 

「まだかな、まだかな」とワクワクしながら、自身の背中に神の恩恵が刻まれる時を夢見る、

巨大なジブリモンスター達。

 

 

――――――これは、そんなジブリのキャラクター達がつむぎ、女神が記す物語。

 

 



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おまけ。その2

 

 

「へぇ。シータはザンギエフを使うんだな」

 

「ええ士郎さん。貴方の血でロシアの大地を赤く染めてあげましょうか♪ うふふ♪」

 

 

 日曜日の午後、士郎とジブリの仲間達は衛宮家の居間にてゲーム大会を行っていた。

 映画の他レトロゲームも大好きな士郎は、数々の古いゲーム機やソフトを所持している。

 ゲーム機の修理だってお手の物だ。

 ちなみに今プレイしているのは、スーファミ版ストリートファイターⅡターボだ。

 

「ずるいよシータ! あんなに遠い間合いからでもスクリューで吸い込めるなんて!

 僕のリュウの顔面がエライ事になってるじゃないか!」

 

「あらっ♪ それじゃあパズーもリュウじゃなくて、ザンギエフを使ってみたら?

 あなたも一度、一回転コマンドの苦労を味わってみたらどうかしら?」

 

 ことごとくザンギエフに波動拳を躱され、あっさりと3回グルグルとブン投げられて沈んだパズー。その完膚なきまでの蹂躙劇。

「……来るなっ、来るなぁー!」と必死に飛び道具を連射するリュウの姿は、観ていてとても切なくなる光景だった。

 

 パズーの顔の前に、見せつけるようにして自身の親指を持っていくシータ。ただのサムズアップではない。その親指を見たパズーが思わず絶句したのだ。

 シータの左手の親指は、その何万回という過酷なスクリューパイルドライバーのコマンド練習により変形し、拳ダコのように皮膚がゴツゴツとなっていたのだ。

 

 刀匠が鉄を叩くように。実りを願い農夫が畑を耕すように。

 ただひたすらに、スクリューコマンドの修練を積み重ねた。

 そんな鍛え上げた者だけが持つ親指。その形。

 

 

「び、ビューティフル……」

 

 

 一目でわかるその重み、そのザンギエフへの愛情に、士郎が思わず“美しい“と漏らす。

 その女の子らしからぬ醜い親指。士郎はそれを、とても尊い物だと感じたのだ。

 

 いったい今までどれだけの数のリュウやダルシムが、飛び道具ひとつでザンギエフを虐殺してきたのだろう?

 どれだけの数のザンギエフ使いが、「国に帰るんだな」とガイルに言われ、蹂躙されてきたのだろう。

 

 のろま、モヒカン、赤パンツ。

 数々の罵倒と屈辱をその身に受けながら、それでも『否』と跳ね除けた。

 投げキャラこそが私の道、ザンギエフこそがマイキャラなのだと叫ぶ、その心意気よ。

 安きを選ばず、七難八苦に身を晒す、その熱き想いよ。

 

 猛攻に耐え、間合いを測り、全てを読み切るようなしゃがみ大キックで相手の牽制技を潰す。そしてその全ての行動がたった一点の、たった一度の“投げる“というその目的の為に集約されている。

 この小さな少女の身体のどこに、そんな情熱が隠されていたのか。

 どこにそんな巨大な“愛“が秘められていたのか。

 

 これぞまさに、『投げる青春』。 投げという至高のカタルシス。

 ハラショー投げキャラ! ハラショー同志ザンギエフ!

 

「私は赤きサイクロン。全てを巻き込み、粉砕するのよ♪」

 

 しゃがみ弱パンチ×2からのスクリューを易々とサンのブランカに決めていくシータに、士郎は尊敬の念を禁じ得なかった。

 

 

…………

…………………………

 

 

 

 亀の甲羅を連続で踏みつけ、ポインポインとリズム良くジャンプし続けるアシタカのマリオ。

 

\ 1UP! / \ 1UP! / \ 1UP! / \ 1UP! / \ 1UP! /

 

「アシタカすげぇ!」

「あなたマリオって言うのね!」

「ラピュタは本当にあったんだ!」

 

 アシタカの妙技に大歓声を上げるジブリの一同だったが…。

 

(静まれ……、静まり給え亀の甲羅よ。なぜそのように荒ぶるのか!)ポインポインポイン!

 

 実は降りるタイミングが判らず、必死にジャンプし続けているだけのアシタカだった。

 

 その光景を微笑ましく見届けた後、皆にお茶とお菓子を用意してあげようと一旦席を外す士郎。しかしお盆を携えて部屋に戻った士郎が見た物、それはサンがファミコンソフト『たけしの挑戦状』をプレイしている光景であった。

 

「……ちょ、お前っ!」

 

 なんて無謀な事を! 士郎が慌てて止めに入ろうとするも、時すでに遅し。

 サンの操る主人公のサラリーマンはヤクザのパンチに撲殺され、今はゲームオーバー時のお葬式のシーン。

『テー、レー、レー♪』という、悲しいBGMが流れる。

 

「…………アシタカは好きだ。でも人間を許す事は出来ない」

 

「それでもいい……、私と共に生きてくれ……」

 

 映画で聴いた名セリフが、なにやらとても哀愁漂う感じに聞こえた。

 サン……それ有名なクソゲーなんだよ……。

 そんな慰めの声を掛ける事すら、躊躇われる背中だった。

 

 

 その後もサツキとメイが二人プレイで見事ダブルドラゴンⅡをクリアしたり、意外とポルコがスターソルジャー下手だったりと、大盛り上がりを見せるレトローゲーム大会。

 

 

「ナウシカはどんなゲームが好きなんだ?」

 

 

 皆が楽しそうにゲームする所をニコニコと見守っていたナウシカに、士郎が問いかけた。

 

「そうね、私は昔のゲームで言えば、ぷよぷよなんかがとても得意だったわ。

 でも今は、あまりTVゲームはやらないの。……やらないって、自分に決めているの」

 

 何故かとても悲しそうに笑うナウシカ。

 それを見た士郎は驚きながらも、寄り添うようにナウシカの隣に座った。

 

 何故ゲームの事で、ナウシカがこんなに悲しそうな顔を?

 何故ゲームをやらないなんて、自分で決めちまったんだ?

 それがどうしても聞きたいと思った。

 

「士郎くん……私、“SEGA“のゲームが大好きだったの」

 

 今にも泣きそうな笑顔で、ナウシカが士郎に微笑みかける。

 

「バーチャロン、ソニック、スペースチャンネル5。

 でも一番私が好きだったゲームはね士郎くん……“シェンムー“よ」

 

 驚愕の表情で、士郎が目を見開く。

 ナウシカお前……シェンムーって……。

 今シェンムーって言ったのか?! お前は……!!

 

「シェンムーは楽しかった。主人公の涼くんは、お小遣いでガチャガチャを集めたり、

 フォークリフトに乗ってレースをしたり、『ここでなら、練習出来そうだな』

 とか突然言い出して、近所の駐車場で人目もはばからずに拳法の練習をし始めたり」

 

「ふふっ。あの何気ない自由な時間の……全てが輝いていたの」

 

 とうとう零れてしまった、一筋の涙。

 ナウシカは苦笑しながら、それを拭う。

 

「でも、楽しい時間はすぐに終わってしまった。未来はもう、閉ざされてしまった。

 あの頃の“SEGA“は、もう無くなってしまったから。

 もう私の涼くんは、永遠にお父さんの仇を討つ事は出来ないの」

 

「“龍が如く“、すごく面白かったわ。

 何度も『これが生まれ変わったシェンムーなんだ』って、思いこもうとした。

 でも駄目なのよ。この人はヤクザであって、高校生だった涼くんじゃない。

 4代目は……“堂島の龍“は、私の涼くんなんかじゃない」

 

 

 シェンムーの開発費は約80億円。SEGAの社運を賭けて開発されたソフトだった。

 そしてそのシェンムーはコケて、会社は傾き、ハード事業から撤退するきっかけともなった。

 当時のドリームキャストの低い普及率を考えたら、それは当然の事だった。

 

 

「なんとかシェンムー2は発売されたの。でもそれは10億円くらいのお金をかけて

 開発された。1作目からすれば、とても安い開発費に見える。それでも凄く面白かった」

 

 涙を流しながら笑うナウシカの姿。

 それを見つめ、思わずギュッと手を握りしめる士郎。

 

「シェンムー2ではラスボスを倒した後、涼くんがゲームの舞台だった香港の街を離れ、

 モンゴルへと飛び立つの。父の仇を追って」

 

「香港を立つ前には、今までお世話になった街の人達に挨拶をしていかなきゃいけない。

 でも私は、“宿屋“のおじさんの所へは行かなかった。けして行く事が出来なかったの」

 

 ナウシカはとうとう顔を伏せ、三角座りの膝にその顔を埋める。

 それは悲しみを耐えるようにも、懺悔をする罪人のようにも見えた。

 

「シェンムー2は、金策が難しかった。香港では実家の人におこづかいを貰う事は出来ない。

 だから涼くんは遠く異国の地で、ミニゲームの博打なんかをして、

 お金を稼がなきゃいけない。お金を稼いで宿代を払わなきゃいけない。

 でも私は、ミニゲームがとても下手だった」

 

「宿屋のおじさんは、優しかった。

『今度でいいよ』と言って、いつもお金のない私を、ツケで宿に泊めてくれたの。

 私は安心してゲームを進める事が出来た。そしてついにラスボスを倒した。

 でも、お金は一銭も、持っていなかった……」

 

「……ナウシカ! まさか、お前ッ」

 

 

 驚愕の表情でナウシカを見る士郎。

 見ていて胸が張り裂けそうになる程の悲しい笑顔で、ナウシカが士郎に振り向いた。

 

「……逃げたわ、モンゴルへ。

 宿代を踏み倒して、お世話になった挨拶もせずに、そのままモンゴルへと飛び立ったわ」

 

「お金が無かった。積もり積もった宿代なんて、払えなかった。

 だから、モンゴルへ逃げた。まさか本当に逃げられるとは思わなかった。

 その後すぐシェンムー2はエンディングを迎えたわ。私の涼くんの旅は終わった。

 エンディングの壮大なBGMを聴いていた私の心は、罪悪感で一杯だったわ。」

 

 今二人の目の前では、キキやパズー達の遊ぶ楽しそうな光景が広がっている。

 でも今のナウシカにも、士郎にも……、その光景は、あまりにも遠い。

 

「シェンムー3は、発売されなかった。

 あの物語の続きはもう出来ない。私の涼くんは、ずっと宿代を踏み倒したまま」

 

「あれから私はゲームをしなくなった。シェンムー3が開発出来なかったのも、

 SEGAが傾いてしまった事でさえも、

 全て『私が宿代を踏み倒したせいなんじゃないか』って、そう思うから」

 

「私がまたゲームをする時が来るとしたら、それはシェンムー3が発売された時。

 それまではゲームをしない、その資格が無い。そう決めてるの」

 

「そしてあのおじさんにしっかりと宿代を払い終えた時、初めて私の罪が許される気がする。

 SEGAが傾いてしまった事も、

 あの日、宿代を踏み倒して、香港を立った事も」

 

「……ナウシカッッッ!!」

 

 

 士郎の胸の中で、ナウシカが泣く。

 そしてナウシカを抱きしめながら、士郎も泣いた。

 まるでその悲しみを、二人で分け合うようにして。

 

 安田成〇の歌う『風の谷のナウシカ』が心に沁みる。そんなBGMが似合う光景だった。

 

 

「俺もだナウシカ! 俺も踏み倒した!!

 払ってらんなかった! 香港ドルなんて稼げなかったんだ俺も!!」

 

「!?」

 

 

「ナウシカ!」「士郎くん!!」「「おーいおいおい!」」と、声を上げて泣く二人。

 なんで士郎くんとナウシカは抱き合って泣いているんだろう?

 その光景を見て、不思議に思うジブリの一同。

 

 ちなみにシェンムー3は募金を募りながらも、ただいま鋭意開発中であるらしい。

 開発途中のシェンムー3のPVを観て、そのあまりの出来に愕然とする士郎とナウシカであった。

 

 



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日本昔ばなし、『あなた桃太郎っていうのね!』

番組の最後に、サツキとメイから素敵なお知らせがあります☆






 

 

――昔むかし、あるところに、ユパ様とエボシ御前がいました。

 

 

「行こう……、ここもじきに腐海に沈む……」

 

「賢(さか)しらにわずかな不運を見せびらかすなッ!

 その右腕、斬り落としてやろうッ!!」

 

 

――ある日、ユパ様は腐海の探索に。エボシ御前は川に洗濯に行きました。

 

「……エボシさま、あれは……?!」

 

「……わからん、人ではないッ」

 

 隣で一緒に洗濯をしていたゴンザが示した方を見てみると……、川から大きなトトロのお腹に乗ったサツキとメイが、どんぶらこ~どんぶらこ~と、こちらへ流れて来ました。

 

「サツキ、メイ。 そなたらタタラ場にとどまり、力を尽くさぬか?」

 

 エボシ御前はトトロ達をタタラ場へと連れ帰り、共に暮らす事としました。

 

 トトロの大きな身体はタタラを踏む時には大活躍し、おトキさん達に大変喜ばれました。

 サツキとメイにいたってはアシタカ彦や、たまにタタラ場を襲撃してくるサンともたいへん仲良くなりました。

 

 

 そしてしばらく経ったある日……。

 大きくなったサツキとメイは、ユパ様とエボシ様に言いました。

 

「おじいさん、おばあさん! 私達、悪い人達がいるっていう“ラピュタが島“に

 鬼退治に行ってきます!」

 

「いってきますっ!」

 

「航空技術がどんどん進歩してるから……、いつか誰かに見つかっちゃう。

 だからムスカみたいな連中に、ラピュタを渡しちゃいけないんだ」

 

 トトロ達は最近友達になったパズーとシータを連れ、共にラピュタを目指す事にしました。

 

 

……………

…………………………

 

 

 

『アシタカ、お前にサンが救えるか?』

 

 

 ラピュタが島へと向かう道中、森にいた“山犬モロ“の一族が、トトロ達に話しかけてきました。

 

『木ィ植エ……木ィ植エタ』

 

『ニンゲン、カエレ……』

 

 そして森の賢者と称えられる、猿のショウジョウ達も話しかけて来ました。

 セリフこそ映画そのままの物でしたが、意訳するとそれは「お腰につけたトウモロコシ、ひとつ私にくださいな♪」という、ラピュタが島へのお供を申し出る物でした。

 

 サツキとメイは持っていたトウモロコシを皆に与えていきましたが、人数が多かったので、一匹につき、一粒づつでした。

 それでもみんな、ちゃんとついてきて来てくれたのです。トウモロコシは凄くコストパフォーマンスに優れていました。

 

「こんにちわ! わたし魔女のキキです! 今日からここでお世話になります!」

 

「ここでは貴方のお国より、少しだけ人生が複雑なの」

 

 そしてトウモロコシの甘い匂いに惹かれ、空から魔女のキキ、そしてマダムジーナに連れられたポルコが仲間になりました。

 

「……行ってくれ! ナウシカッ! 僕らの為に行ってくれッ!!」

 

 そしてペジテのアスベルに説得されたナウシカも、この鬼退治にお供する事になりました。

 

「あ、る、こーう♪ あ、る、こぉーう♪」

 

「「「わたっしはー♪ げーんきぃー♪」」」

 

 サツキとメイの歌声に合わせ、元気に歌うジブリの仲間たち。

 陸路を進軍するサツキ達人間勢の後ろからは、沢山の大きな者達がゾロゾロとついてきました。

 

“モロの一族“

“ショウジョウ達“

“乙事主の一族“

“トトロ“

“ネコバス“

“シシ神“

“王蟲“

“巨神兵“

 

 あとはドーラ一家の率いるタイガーモス号、トルメキア帝国軍、アドリア海の空賊達なんかも空からついて来ました。

 サンがモロ達を率い、ナウシカが王蟲と巨神兵の指揮を執り、アドリア海の空賊達とポルコが連携をとります。

 

「あの雲の峰の向こうに、見た事のない島が浮いてるんだ……」

 

 シータが飛行石でラピュタの位置を示し、パズーとキキが作戦参謀として傍に控えます。

 特にこの若さで配達業を営み、様々な人生の苦楽を経験するキキの手腕は見事なものでした。

 

「海賊がお宝を狙って、何が悪いっ! さぁみんなっ、しっかり稼ぎな!!」

 

 夕飯のハムにナイフを突き立てながら、ドーラがそう宣言をします。

 トトロ達ジブリの勢力は、過去の鬼退治の歴史上、他に類を見ない物となっていきました。

 

 

……………

…………………………

 

 

 やがてトトロ達一行は、空にラピュタが「プッカ~!」と浮いている所を発見します。

 そしてラピュタの技術力の粋である立体映像を駆使し、ジブリの仲間たちの目の前に、ムスカ大佐が姿を現しました。

 

「あなたムスカっていうのね!」

 

『 言葉を慎みたまえ。 君たちは今、ラピュタ王の前にいるのだ! 』

 

 メイはとっても嬉しそうにそう言ったのに、彼の返事は傲慢で、すごく素っ気ない物でした。

 

 

『 かつてラピュタは、恐るべき科学力で地上を支配する、恐怖の帝国d…… 

 

「「 バルス!! バルスバルスバルス!!!! 」」

 

 

 ちょっとムカッときたパズーとシータは、問答無用で“滅びのまじない“を連呼してしまいました。

 

『 私の名はロムスカ・パロ・ウル………って目がぁッ!! 目ぇがぁぁ~~~~ッッ!!!!』

 

 するとどうでしょう! もうガラガラと、突然ラピュタが崩壊していくではありませんか!

 

「“土に根を生やし、風と共に生きよう“。……土から離れては生きられないのよ!!」

 

 もう「プンプン!」と頬を膨らませたシータが、プイッと顔を背けます。

 

「あぁ! 飛行石がっ! 木の根っこが全部もってっちまう!!」

「その者……青き衣をまといて……」

「アシタカは好きだ。でも人間を許す事は出来ない……」

「夢だけど! 夢じゃなかった!!」

 

 

 ジブリの一同はもう「ヒューヒュー!」と歓声を上げ、ガラガラとラピュタが崩れ落ちて行く一大スペクタクルを、みんなで見守ったのでした。

 

 

……………

…………………………

 

 

 ネコバスに乗り、タタラ場へと帰っていくサツキとメイ。

 沢山の金銀財宝をもったジブリの仲間たちも、嬉しそうに家に帰っていきます。

 そしてみんなを見守るようにして、葉っぱの傘を持ったトトロが空を飛び、輝くような笑顔で「ニッコー!」っと笑いました。

 

 

「さぁかえろう! おねぇちゃん!!」

 

「そうだねメイ! 今週の金曜ロードショーで、久しぶりに“となりのトトロ“

 が放送されるもんね! それまでに帰らないと!」

 

「“今週8月17日(金)の夜“だね! おねぇちゃん!」

 

「そうだよメイ! みんなで一緒に“となりのトトロ“を観なきゃ!!」

 

「うん! おねぇちゃん!!」

 

 

 

…………………………

 

 

 こどもの時にだけユーに訪れる、不思議な出会い。

 

 そんな声が、どこかから聞こえたような気がしました。

 



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ほたると槍。

 

 

 その日、衛宮家の居間にて、シータはお昼寝をしていた。

 

「……ムニャムニャ。……うふふ♪」

 

 ジブリの女の子勢と共に、タオルケットをかけて眠る。みんな愛らしい寝息を立てていらっしゃった。

 

「……まぁ♪ パズーの握力って……、まるでチンパンジーみたいね……♪」

 

 いったいシータがどんな夢を観ているのかは定かではないが……、チンパンジーの握力は200オーバーである。さすがはラピュタの主人公。

 

「……そんな、……そんな物を頭突きで粉砕するの……?

 ……すごいわパズー。……パズー……♪」ムニャムニャ

 

 よくわからないが、パズーは何か硬い物質とでも戦っているのだろうか?

 それが瓦なのかレンガなのかは分からないが、とりあえずシータの寝顔はとっても幸せそうだ。

 

「……ムニャムニャ。…………バルス♪」

 

 

 

 ――――――その時、衛宮家の居間は、謎の青い光によって包まれた。

 

 タンスは倒れ、障子は吹き飛び、そして天井を貫いて、何かが落ちてきた。

 

 

………………………………………………

 

 

「――――マスター! 空から女の子がっっ!!」

 

 

 学校から帰って来た士郎くんを、パズーが出迎える。

 その背中には、何やら小さな女の子が背負われているのが分かる。

 

「えっ。…………っておい!

 この子、節子じゃないか! 火垂るの墓の!!」

 

 パズーの背中でスヤスヤと眠る女の子。まごう事なく彼女は、士郎も良く知るあの節子ちゃん。おかっぱ頭が大変にキュートだ。

 

「分かんないんだよボクも!

 シータが言うには、『お昼寝してたら天井から落ちてきたの』

 ……って事だけど!」

 

 みんなは知る由もないが、恐らくそれは、シータの“バルス“が原因であると思われる。

 滅びのまじないと言う事ではあるが……いったいシータは何を破壊(滅ぼし)たんだろうか。

 コメディ時空の設定的な物でも壊してしまったのだろうか? まったくの謎だ。

 

「いま中に清太くんもいる! 会ってあげて欲しいんだ士郎さん!」

 

 とにもかくにも「えいやっ!」っとスニーカーを脱ぎ捨て、パズーを伴いイソイソと居間に向かう士郎。

 家主も大変だ。

 

 

………………………………………………

 

 

「おおきに♪ しろうくん、おおきに♪」

 

 現在、節子ちゃんは士郎の膝の上で、ご飯を食べていた。

 

 挨拶を交わした後、何故か人類史上でも稀にみるスピードを持って、一瞬にして親友になる士郎と清太さん。

 もし清太がピンチの時は、いつでも駆けつけるぞ俺は。

 もし士郎くんが困っとる時は、僕はなんでもするで。

 そんな風にガッツリ友情を結ぶ二人を、セイバーが微笑ましく見ていた。遠坂は首を傾げていたけれど。

 

 その後、節子ちゃんの姿をじっと見て「……なんだか痩せちゃってるな~」と感じた士郎は、とりあえず二人にご飯を振る舞う事とする。

 お腹が空いては戦も出来ぬ。話はご飯を食べた後である。

 

 …………と思いはしたのだけれど、現在ご飯を頂いている節子ちゃんを余所に、清太はナウシカとバーサーカーに捕まってしまっていた。

 どうやら、痩せた二人を見たナウシカが清太に事情を訊ねたらしいのだけれど……そこからナウシカによる、火の出るようなお説教が始まってしまったのだ。

 

「――――ッッ!! ――――ッッ!!!!」

 

「ごめんなさい……。ごめんなさいナウシカさん……」

 

「――――ッッ!! ――――――――ッッッッ!!!!」

 

 清太と向かい合って正座し、烈火の如く叱りつけるナウシカ。その隣には無言ながら、真剣な表情で清太を見つめるバーサーカーの姿。

 さしずめナウシ母さん、バーサカ父さんといった風である。

 

 ……清太と節子。二人の事情は分かる。その時代背景も察するに余りある程の物だ。

 ――――しかしっ! それはそれ! これはこれッ!

 ナウシカは、心を鬼にして清太を叱る。

 節子が痩せてしまっていた原因。そのあまりに軽率だった清太の行動を、叱りつけたのだ。

 

 髪の毛はフゥア~っと浮き上がり、その怒声は天地に木霊する。

 こんなに怒っているナウシカは見た事がなく、みんなビクビクとしていたけれど、そこに士郎は深い愛情を見た気がした。

 目に涙を浮かべながら諭すナウシカの姿に、きっと清太も思う事があるんじゃないかなと、士郎は思った。

 

 

「おおきに♪ しろうくん♪ おおきに♪

 ホンマにぃちゃんとおると、ロクな事あらへんねん」

 

「 せっ……節子ッ?!?! 」

 

 士郎の膝の上でご飯を食べている節子。彼女がボソリと呟いた一言に、驚愕の表情を浮かべる清太。

 幼子の言葉が、胸に突き刺さる。これはホンマに節子の言葉なんかと、信じられない様子だ。

 

「あっ、にぃーちゃーん♪ にぃちゃんも雑炊、おあがりー♪」

 

「 節子ッ! さっき何言うたんやお前!? 節子ッ!!!! 」

 

 節子に駆け寄ろうとするが、ガシッとバーサーカーに止められてしまう清太さん。お説教はまだ終わっていないのだった。

 

 

………………………………………………

 

 

(……セツコ、……あぁセツコ。

 なんとちいさく、愛らしい少女なのでしょうか)

 

 現在、士郎の膝にちんまりと乗っている節子を、ライダーが「ほぅ……♪」っと熱っぽい感じで見つめていた。

 

(シロウが羨ましい……。私もセツコを膝に乗せてみたいです。

 あの子の頭を、優しく撫でてあげたいです)

 

 膝をすり合わせてモジモジ。手を祈りの形にしてクネクネ。

 でも中々言い出す事が出来ない。ライダーはシャイガールなのだった。

 

「セツコ、こちらも食べてみるといい。

 ゆっくりと、よく噛んで食べるのですよ」

 

「おおきに♪ せいばーねぇちゃん♪」

 

 そして士郎の隣に座り、「キャッキャ♪」と仲良く節子と話すセイバー。

 なぜお前がそこにいる。お前はシロウじゃなく切嗣のサーヴァントだろうが。アインツベルンに帰りなさい。

 なんかライダーは、人を殺せそうな目つきでセイバーを見ている。

 

 そして例の“ジブリ飯結界“なのであるが、何故か今夜は発動(?)していないようなのだ。

 きっと皆が節子を気遣い、のんびりと食事してもらおうという気持ちでいるからなのかもしれない。

 ……まぁ、明日以降は節子も皆に混ざり「はぐはぐ! もぐもぐ!」としているかもしれないが。

 

「おいしぃ♪ しろうくん、これおいしぃ♪」

 

「そっか。ありがとな節子。俺うれしいよ」

 

 なんかもう、節子を囲む士郎とセイバーが夫婦に見えてきた。

 その光景を、ハンカチを「キー!」っと噛みながら見つめるライダー。

 だいじょうぶ、後でたくさん節子と遊べるから。時間はたっぷりあるさ。

 

 そして現在は清太も食卓に加わり、美味しそうにご飯を食べてくれている。

 ナウシカもすっかり笑顔を取り戻し、今はなんだかんだと清太に世話を焼いてあげている最中。腹を割って話をした事もあり、関係は非常に良好のようだ。

 やはり清太はお兄ちゃん属性そのものだからなのだろうか? 特にイリヤとはすごく仲良くなったようで、見ていて微笑ましい程である。

 ナウシカやイリヤと楽しそうに話している清太の姿に、バーサカ父さんもニッコリだ。

 

 

 それにしても……、さっきの節子ちゃんの様子はいったい何だったのだろうか?

 実は先ほど、士郎に「胃に優しい物が良いかな?」と雑炊を作ってもらい、それを食べ始めた時の節子の様子が、なにやらちょっとおかしかったりしたのだ。

 それを見たみんながちょっとビックリしてしまった、という事があった。

 

 

「――――うん、おいしい。 すごくやさしい味や」

 

 士郎の膝の上、雑炊をひとくち食べた途端に真剣な顔をする節子。

 

「たまご、おネギ……、それにシャケが入っとるのもうれしい。

 ほんのりえぇダシも効いとって、食べた事ないくらいおいしい雑炊や」

 

「……節子?」

 

 じっとスプーンを見つめながら、自分の世界に入っている節子。それを心配そうに見つめる士郎。

 

「えぇ材料を使ぅてる、とかやないんや。

 ……これは、しろうくんの優しさ。

 これを食べるウチの事を心から想い、

 そして考えて作ってくれたしろうくんの優しい気持ちがあるからこそ、

 この雑炊はこんなにも美味いんや」

 

「節子?」

 

 グルメレポどころか、美食倶楽部もかくやという真剣さで語りだす節子。

 やたらと饒舌になっている。いつもの舌足らずはどこへいったのか。

 

「――――これにくらべたら、にぃちゃんの作る雑炊はカスや」

 

「 せっ、節子ッ?!?! 」

 

 どないした節子ッ!? なにが乗り移った!?!?

 ディスられてしまった清太さんはさておき、とりあえずは節子を正気に戻そうとする士郎たち。

 

 節子ではなく、“節子さん“。

 何故かそう呼んでしまいそうになるような、雰囲気だった。

 

 

………………………………………………

 

 

「いいかよ節子?

 俺とおめぇの両方から、ちょっとずつ穴を掘ってくんだよ。

 トンネル作んぞ」

 

 ここは冬木市にある児童公園。

 現在ランサーと節子は、砂場でお城を作っていた。

 

「そんで、こっから水を流してみろ。

 川だぞ節子。 さぁやってみな?」

 

 そして節子が、おもちゃのバケツを使って水を流しいれていく。

 二人で作ったお城のトンネルに、川が流れていく。

 いつか壊れてしまうのが惜しい、そんな力作が完成した。

 

「いーじゃねぇか!

 俺の国にだってこんなスゲェ城なかったぞ!

 大したモンだぁおめぇは!」

 

「うんっ♪ らんさーにぃちゃん♪」

 

 バンザイして喜ぶ節子。がっはっはと笑うランサー。

 傍にある鉄棒の所では、清太とパズーがグルグルと逆上がりで勝負している。実力伯仲だ。

 またベンチにはキキとサツキが座り、仲良くおしゃべりをしている。

 ブランコの所では、楽しそうに遊ぶメイの事を、ナウシカとシータがニコニコと見守っている。

 そして何故か公園に来てまで筋トレをする士郎と、それをトレーナーのようにサポートしているポルコの姿。などなど……。

 

 とにかく、いつものメンバーにランサーを交え、非常に平和な光景が広がっていた。

 

 

………………………………………………

 

 

「おい! なんかニューカマーが来たらしいじゃねぇか!

 どんなサーヴァントだよオイ! 俺と戦わせろ!!」

 

 今朝、そう言って衛宮家を訪ねてきたランサーは、愛らしく朝ごはんをモグモグしている節子を見て、膝から崩れ落ちた。

 

「……お、おうランサー。……とりあえずお前も、飯食ってけよ」

 

「……あぁ。……悪ぃな、坊主」

 

 バトルジャンキーなランサーが、「冬木に来てからちっとも戦えやしねぇ……」といつも愚痴をこぼしているのは士郎も知っていた。

 だからこそ、この家に新しいサーヴァントが来たと聞きつけて、喜び勇んでやって来たのであろう事は見て取れる。

 しかしながら……、申し訳ないけれど、やって来たのは節子ちゃんなのである。

 戦いが出来るかなどは言わずもがな。モソモソとご飯を食べるランサーの背中に、哀愁が漂う。

 

「……つか、節子も一応はサーヴァントなんだろ?

 もう戦いてぇなんざ、言ったりしねぇけどよ?

 おめぇはどんな宝具があんだよ?」

 

「んー?」

 

 ご飯をモグモグし終わった後、節子は可愛らしい仕草で「はい♪」とばかりに、何かをランサーに差し出す。

 手に納まるサイズのそれには、“サクマ式ドロップ“という文字が書かれている。

 サーヴァント節子の宝具。それは、節子の大好きなお菓子であった。

 

「あけてっ。それあけて~っ」

 

「……お、おう。 こうか?」

 

 キャップをパカッと開けてやり、缶を返すランサー。

 すると節子が綺麗なキャンディをひとつ取り出し、ランサーにくれた。

 

「…………うん、美味ぇ。とんでもなく美味ぇアメだよこりゃ。

 俺ぁこんな美味ぇの、食った事ねぇよ。

 …………で、これがおめぇの宝具なんだな節子?

 間違いねぇんだな?」

 

 ――――――ただただ、美味しい。

 

 ものすごく美味しい。食べると笑顔になる。そんなキャンディだった。

 

「うん♪」

 

 

 

 

 

 ………………わかってた。口に入れた瞬間……、わかってた。

 

 でもな? どっかで期待してたんだよ俺ぁ。

 変な話、もういいから『食った瞬間、俺の身体爆散してくんねぇかな?』とか、ちょっと期待してた。

 

 これ宝具なんだから、ってよ。

 英霊が持つ、すげぇモンなんだから、ってよ。

 

 ……でも、そんな事ぁなかったぜ。

 これは、とんでもなく美味ぇっていう……ただの飴だった――――

 

 

 

 

「えっ、ランサーさん泣いてるの!?

 そんなに美味しいんだ! 節子ちゃんのアメ!」

 

 メイが「ちょうだい♪ ちょうだい♪」と節子にお願いしにいく。節子も笑顔でキャンディをあげる。

 そして二人でキャンディを頬張りニコニコ。とっても微笑ましい光景だ。

 

 そんな中、ひとり静かに涙を流すランサー。

 今度バーサーカーが来た時に頼んでやるからさと、慰めてやる士郎だった。

 

 

 

「……つかよ、おめぇのせいじゃねえのかコレ!?

 おめぇが平和なサーヴァントばっか呼んでっから、こんな事によ!?」

 

「えっ」

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

 

 

「節子っ!」「にぃちゃん!」

 

 

 清太が、節子の身体を“射出“する。

 

 地面に寝そべり、発射台となった清太が、おもいっきりその足を蹴り出して、節子を空高く舞い上げる。

 いわゆるキャプテン翼における、スカイラブハリケーンというヤツだ。節子の身体が弾丸のように飛んでいく。

 

「 うお゛ッ! 危ねぇッ!!! 」

 

 そしてその身体を、見事に空中でキャッチするランサー。

 ランサーの腕の中で、節子はキャッキャとはしゃいでいる。

 

「わーったよ! おめぇらがけっこう動けるのはわーったよ!

 でも危ねぇから止めろよそれ!! 普通にサッカーしろオイ!!」

 

 

 現在、節子と清太を交えたジブリのメンバー達は、みんな揃ってサッカーに夢中である。

 しかしキーパー役のランサーに向かい、ボールではなく節子が飛んでくるのは一体どうなのだろう?

 相手は大人だという事で、みんなもう、容赦という物がない。ルールも無用だ。

 

「メイてめぇ! トウモロコシ投げてくんじゃねぇ! ボール蹴れオイ!!

 なんだシータその酒瓶は!! 何するつもりだテメェ!! サッカーしろ!!」

 

 いつの間にかチーム戦ではなく、キーパーのランサーに向かってみんなで攻撃していく、というゲームになっている気がする。

 でもそんな事はお構いなく、みんな笑顔で楽しそうだ。ランサーはどうかは知らないが。

 

 ランサーが「ほげっ!」とか「ぐえっ!!」とか言う度に、節子はキャッキャと笑っている。

 おっさんがテンパっている姿という物は、なんだかすごく面白かった。

 

 

「おつかれ……ランサー。

 みんなと遊んでくれてありがとな」

 

「おぉ坊主……。俺の味方はおめぇだけだよオイ。

 節子たちの事、ちゃんと言峰には黙っててやっからよ……」

 

 優しく労われ、スポドリを貰い、ランサーは涙がちょちょ切れんばかりの心境だ。

 ちなみに言峰であるが、彼は火垂るの墓のファンである。

 しかしその“好き“という理由と性根的な物が大変歪んているヤツなので、節子たちの事は言峰にはナイショだ。

 誰が教えてやるものか。ハゲろ。ザビエルみたいにハゲろ。

 

 

「らんさーにぃちゃん♪ らんさーにいちゃん♪」

 

「おぉ節子、おめぇも来てくれたかよ。

 ……んだな、こんなトコで、いつまでもヘバってらんねぇな。

 おっし来い節子!

 槍の英霊の力、アイツらに見せてやっからよ!!」

 

 

 節子を肩車したランサーが、皆の所へ駆けていく。

 

 もういっぺん勝負だテメェら! でもキーパーだけ誰か変わってくれ!!

 そんな勇ましいんだかカッコ悪いんだか分からない事をいいながら、またみんなのサッカーが始まる。

 

「かかってこいやテメェら! こちとら俊敏性で飯食ってんだよ!!」

 

 大人という事でのハンデなのか、ランサーはなぜか節子を肩車してサッカーをする。

 ジブリのみんなも我先にとボールを追いかけていく。みんなの汗がキラキラと光る。

 

 

 まるで豹のように大地を駆けるランサー。

 

 その肩に乗り、楽しそうに節子がキャッキャとはしゃいでいた――――

 

 

 

 



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優しい夜。

 

 

『ポニョ! ハム! すきー♪』

 

 TVから、ジブリ映画“崖の上のポニョ“の映像が流れている。

 

『て゛き゛た゛ぁ゛ぁ゛ーーーっっ!!』ズモモモモ……!

 

 右手にワイングラスを持ち、ソファーの上で足を組んだりしながら、男は幸せな表情でポニョを見つめ続ける。心からの声援を送る。

 

『ポーニョ♪ ポーニョ♪ ポニョ♪ ラララララ~♪』

 

 やがて画面にスタッフロールが流れ始める頃……、男の胸は暖かな感情によって満たされていた。

 ピュアな愛情、幸せな結末、そして楽しさと優しさに溢れた素晴らしいテーマソング……。その全てに心を打たれ、なにやら目頭が熱くなる心地だ。

 

「…………ふ、ふふふ。 ははははっ!」

 

 あぁ、快なり。

 なんと愉快な心地なのだろうか今の私は。身体に全能感が満ち満ちていくようではないか。

 

「我はポニョっ! まんまるお腹の、女の子であるっ!」

 

 変な事を口走ってしまっているのは、もちろん自覚している。彼はまごう事無く男子であるのだから。

 しかしながら、ここは彼の自室。

 止められない。いや、止めずとも良い! 人の想いは、何人にも止められはしない自由な物なのだから!

 

「ポーニョ♪ ポーニョ♪ ポニョ♪ ラララララ~♪」(低音)

 

『 ――――ケイネスッ!!!! また貴方ジブリ映画なんか観てッ!! 』

 

 ソファーからずり落ち、変なポーズでひっくり返るケイネス。

〈ズコー!〉みたいな音が聞こえたような気がした。

 

「……や、やぁソラウ。……君は、いつから私の背後に……?」

 

「貴方が変な名乗りをし出した時からよっ!

 エルメロイでしょうが貴方は! 神童でしょうが! 何がポニョなのよ!!」

 

 なんとか床から立ち上がり、乱れてしまったオールバックの髪を直すケイネス。

 そして朗らかに微笑みかけてみるも、ソラウはもうプリプリとお冠だ。

 

「まったく、いい歳してジャパニメーションに夢中?

 恥ずかしいと思わないのかしらこの人は!? あーやだやだっ!!」

 

 心底呆れた表情をし、ドシドシと足音を立ててソラウが立ち去っていく。

 

「…………ソラウ……」

 

 彼女の後ろ姿を見送った後、しばらくの間、ケイネスは言葉もなく俯く。

 ただ一人残された部屋には、今もポニョの楽し気なテーマ曲が流れ続けていた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「……ケイネスさま。どうか……どうかお気を落とさず」

 

「分かっているさディルムット……。さぁ、ワインを飲もう友よ」

 

 優しく肩を支え、立ち上がるのを手助けしてやるディルムット。対してケイネスは気丈に振る舞ってはいるものの、脚がもうなんかガクガクしている。

 ハートのダメージは魔術では治せないのだ。いっそ怪我だったら良かったのに。

 

 そして二人でソファーに座り直し、ワインを飲みながらのジブリ鑑賞会。

 現在観ているのはゲド戦記。ディルが目を輝かせている様子を微笑ましく見つめているケイネスだ。

 

「……なんと、なんと美しい竜なのでしょうか……。

 それにこの壮大な音楽……。心が打ち震えるようです」

 

「あぁ。この“テルーの唄“は、ジブリ屈指の名曲に相違ない。

 気に入ってもらえて私も嬉しいよ、ディルムット」

 

 真面目で実直な騎士であるディルムット。そんな彼が今、キラキラと目を輝かせて映画を観ている。心からの笑顔を見せている。

 ディルが喜ぶ事や、楽しいと思う事をしてやる。なんだかそれが趣味になっている最近のケイネスだ。

 

 思えば、彼と出会ったばかりの頃が懐かしい。そしておかしく思う。

 最初はあんなにも「いけ好かない」と毛嫌いしていたというのに、今では同じ物を見て、同じ物を楽しいと感じる事の出来る、そんな大切な友であるのだ。

 私は身勝手な男であったと、心の中で反省するケイネスだ。

 

 

 あの日、偶然部屋で“猫の恩返し“を観ていた私の元に、ディルムットがやって来てから。

 

 オドオドとし、こちらに気を使いながら、それでも必死に勇気を出して「……この映画は、どういった物なのですか?」と、私に歩み寄って来てくれた日から。

 

 あれから私は、毎日が楽しい。

 素晴らしい友を持てて、私は幸せだ―――― 

 

 

「……素晴らしい。素晴らしい映画で御座いました、ケイネスさま。

 しかし、なぜこのような素晴らしい物を、ソラウ殿は……」

 

 そう言った後、すぐに「しまった!」とばかりに口を塞ぐディル。そんな彼を見てケイネスも苦笑いだ。ディルは真面目な不器用ちゃんなのである。

 

「構わない。気にする事はないんだよディル。

 ソラウの事も、仕方の無い事だと私は思っているから」

 

「…………し、しかし、ケイネスさま……」

 

 心底申し訳なさそうな表情を見せるも、どこか納得のいかない様子のディルムット。

 こんなにも良い物なのに、我が主の好きな物なのに、なぜ分かってはもらえないのか。

 そんな風に悔しがっているのが見て取れた。

 

「私はね? ソラウの自由奔放な所や、

 思った事をそのまま言ってしまうような素直な所も……全て好きなんだ。

 私は魔術師としては高い位置にいるかもしれないが、

 実生活においては本当につまらない男なんだ。叱られる事だってあるのさ。

 それに……、いくら私がジブリを好きとはいえ、

 それを彼女に押し付けてしまうのは、いささか可哀想という物だよ」

 

 そうケイネスは笑顔を見せてくれた。

 己の不徳を快く許し、グラスにワインをついでくれた。

 そしてゲド戦記に関する裏話や、所載な設定を楽しそうに語ってくれる。

 そんなケイネスの姿を見て……、ディルはもう、なんかたまんない気持ちになっちゃうのであった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「ほぎゃーーーーーーっ!!」

 

 洗面所に、ソラウの叫び声が響く――――

 

「むぎゃーーーーーーっ!!」

 

 そして自室からも、再びソラウさんの叫び声が響いた――――

 

 

「……あ、あああぁぁ貴方! ケイネスッ! 

 ちょっとこっち来なさい貴方ッッ!!!!」

 

「……? ど、どうしたのかね、ソラウ?」

 

 階段の下から、ソラウの怒声が響く。二階の書斎にいたケイネスが、おっかなびっくり階段を降りてきた。

 

「どうしたじゃないでしょう!?

 これよ! これ! なんなのよこのジブリグッズは!!!!」

 

 ソラウが今ゆび指さしているのは、机の上に積まれた大量のグッズだ。

 洗面所にかけてあった、ナウシカのプリントタオル。

 トイレに設置してあった、ラピュタのA4タペストリー。

 玄関に置いてあった、ポルコのデザインのスリッパ。などなど……。もう家中がジブリだらけになっていた。

 挙句の果てには、ソラウの洋服タンスから下着が全て無くなっており、代わりにトトロ柄のパンティばかりが入れられていたのだ!

 

「どういうつもりよ貴方! 穿けって言うのコレを!?

 これ穿いたら『オーゥ、プリティウーメン♪』とか言って私の事褒めてくれるの!?

 よっしゃ! じゃあ今から私……ってやかましいのよバカ!!

 パンツ返してよバカ!!」

 

「……お、落ち着いておくれソラウ……! 私にはいったい、何がなんだか……」

 

 ケイネスはオロオロと釈明するも、もう火が着いて止まらない様子のソラウ。

 なにやらゴゴゴ……と、魔力的な紫煙まで立ち上っているじゃないか。

 

「貴方が穿けば良いじゃない!! 見ててやるわよ私!!

 トトロのパンツ穿いて! もののけTシャツ着て!

 ポルコのスリッパで街を練り歩いて来なさいよ貴方ッ!!

 それで『ロード・エルメロイがここに推参つかまつる』とか言えば良いじゃない!

 捕まれバカ! 魔女宅のお茶碗にカツ丼入れてもらえバカ!!」

 

「ソラウ……。ソラウ……」

 

 烈火の如く怒られている、我が主の姿。

 壁から顔を覗かせるディルムットが「アワワワ……」といった感じで、それを見つめていた。

 

 

………………………………………………

 

 

「……というワケで、俺では主をお救いする事が叶わなかった。

 それどころか、主が怒られてしまうという、この体たらく……。

 そこでひとつ、貴公らに知恵を貸して貰いたい」

 

 冬木市の児童公園。

 今ここに、第四次の聖杯戦争に参加したディルムットの戦友たちが一堂に会していた。

 どこからか拾ってきたちゃぶ台の円卓を囲む。

 

「何か我が主の心をお救いする術は、無い物だろうか?

 寂しそうに笑うお姿を見る度、俺は胸が張り裂けそうになるのだ」

 

「ふむ……。話は分かりました、ディルムットよ」

 

 ディルに買ってもらったたい焼きをモグモグしながら、力強く頷くセイバー。

 その隣には、『正に忠臣!』といった感じのランスロットがフンスフンスと控えている。

 

「あぁ~おいたわしやケイネスどのぉ~。

 好きな物を分かち合えぬばかりか、否定されるという苦しみ……。

 心中お察し致しますぅ~っ」

 

 話を聞きつけ、ジル・ド・レイもこの場に来てくれた。「ヨヨヨ……」と嘆きながらも、その眼は熱い使命感に燃えているようだ。

 

「物の良し悪しが分からぬというのも困り物よな……。

 しかし、趣味趣向はまこと、人それぞれだ。

 無理強いは出来んというケイネスの言葉も、真理ではある」

 

「ウチの坊主は最初からジブリを好いておったぞ?

 あの夫妻も、ハウルの動く城が大好きじゃったし……、

 ただ観もせぬ内から毛嫌いしておるだけではないかぁ~?」

 

「ソラウどのは魔術師の家系で、しかも箱入りのお嬢様だったと聞きます。

 もしやTVや映画といった物の類は、

 あまり観せては貰えなかったのやもしれませぬな……」

 

 ギルガメッシュ、イスカンダル、そしてアサシン衆を代表して来てくれたポニーテールさんが「ウムム……」と唸る。

 

「そもそも、“アニメ映画“という物自体を、

 嫌悪してしまっているのかもしれませんね……。

 本当は、とりあえずは何か一本だけでもジブリ映画を観て貰い、

 それで好き嫌いを判断して貰うというのが手っ取り早いのですが……」

 

「ソラウ殿は、残念ながらアニメその物を毛嫌いしているようだ……。

 無理やり観せるなどは論外。頭を下げて観てもらおうにも、

 それ自体を嫌がってしまうのでは、と……」

 

 頭を捻るセイバー&ディルムット。

 胡坐をかき、腕を組み、上を見つめながらウンウンと考える第四次サーヴァント達。ここにいる全員が、ディルとケイネスの為に必死に知恵を絞ってくれている。

 こんな時になんだが、とっても仲が良いのだった。

 

 しかしながら、例えばジブリ映画を「こんなに素晴らしい物なのだから!」と、嫌がっているのに無理やり観せる。貴方もきっと気に入るからと、良い物なんだからと無理強いをしてしまう。

 そんなのは、どっかの変な宗教とやってる事が一緒だ。

 みんなが心から好きな物であるからこそ、これは絶対にしてはならない事だと思う。

 

 ……まぁ正直、昨日のディルはそれをちょっとやっちゃったワケなのだけれど。

 彼も猛省しているので、今回だけ許してあげて欲しい。

 

「まぁ、一度頼むだけは頼んでみるとしてだな……。

 したらばその場合、どの映画を観せるのだディルムットよ?」

 

「「「「 !?!? 」」」」

 

「ワシとしてはもちろんっ!!!!

 ジブリ最高傑作と名高き“ハウルの動く城“しかないとッ!

 そう思うておるのだが!!」

 

 自信に満ち満ちた声で言い放ち、ニカッと暑苦しく笑う征服王。

 

「なっ……! ズルイですぞイスカンダル殿っ!!

 ソラウ殿も女子なれば、きっと魔女宅だって良いというのに!」

 

 誰もが一瞬絶句する中、即座に立ち直ったポニーちゃんが飛びかかっていく。俊敏性は抜群なのだ。

 そして「ズルイズルイ!」と身体をゆすられるも、もう「ガッハッハ!」と笑うばかりのイスカンダル。オケアノスまで一直線だ。 

 

「ふざけるのはおよしなさいっ!

 となりの山田くんはいったいどぉ~なるのですっ!」

 

「大概にしておけよ征服王?

 ここはジブリという趣旨からは外れるが、

 まずは宮〇監督の原点たるカリオストロの城からだな……」

 

「……ちょ……落ち着きなさい貴方たち!

 今我らは、争っている場合では……」

 

「……ブタァ……。ブゥタァァァーーーーーー■■■ッッ!!!!」

 

 そしていつものように、もうポカポカと叩き合うメンバー達。公園にモクモクとケンカ土煙が上がる。

 ――――譲れない。仲間とはいえ、決して譲れない物だってあるのだ。

 征服王の髭は引っ張られ、ジルドレが「ほげぇっ!」と叫び、ポニーちゃんはキーキー泣きわめき、ランスロットの腰が変な方向に曲がり、ギルはみんなにゲシゲシと踏まれる。

 

「落ち着きなさいと言っているのですっ!

 エクスカリバーしますよ!? 言う事をきかないと本当に怒……

 

「ん? そういえばお前は、さっき作品名をあげていなかったな。

 あれから時は経つが、一番好きなジブリ映画は決まったのかセイバー?」

 

「 !?!? 」

 

 必死こいて皆を宥めているセイバーに対し、外からのほほんとした声で問いかけるディルムット。

 なんというか彼は……、非常に空気の読めない所があった。

 

 サーヴァントたちの目がギラリと光り、一斉にセイバーを見つめる。

 “赤色“、そう攻撃色だ。 「これナウシカの映画で観たヤツだ!」とセイバーは思った。

 

「セイバー……?」

 

「セイバー……?」

 

「王……?」

 

「ジャンヌ……?」

 

「セイバーどの……?」

 

 対してセイバーは硬直し、もうダラダラと冷や汗を流していた。

 

 

………………………………………………

 

 

 エンジンに火を入れよう。キックスタート、マイハートである。

 

 以前、アイリスフィールに買って貰ったこのバイク。今ではこいつは一番の親友。私の自慢の相棒だ。

 ボディをひと撫でし、勢い良く座席にまたがる。

 そして私はヘルメットを被り、一気にアクセルを入れた。

 

『この瞬間(とき)が全て……、それで良いでしょう?』

 そんな言葉が、脳裏をよぎった気がする。

 

 いざゆかん! スピードの向こう側へ!

 私の身体は風を切って進んでいく。

 

 良いお天気に、ご機嫌な仲間たち。それにイカしたバイクもある。

 

 行こうぜベイビー。どこまでも。

 

 さぁ、ツーリングに出発だ――――

 

 

「 またんかぃセイバァァーーッ!!!! どこへ動く城ッッ!?!? 」

 

「 逃がすか痴れ者! 冗談はカリオストロの城ッッ!! 」

 

 イスカンダルのチャリオット、ギルの飛行機みたいなヤツが追走する。

 その周りにはトラックを乗っ取ったランスロット、タコみたいなのに乗るジルドレ、根性で走って追いかけて来るポニーちゃんもいる。

 

「 ブタブタブタ……!! ブタブタブタ……!!!! 」

 

「 後生ですジャンヌッ!!

  ただ一言“山田くん“と言って下さればぁぁ~~ッッ!!」

 

「 同じ乙女ではありませぬかセイバーどのっ!

  カーテンを開き! 静かな木漏れ日の!

  優しさに包まれようではありませぬか!! 」

 

 

 振り向くな私。駆け抜けろ。

 ゴーゴー!

 

 とりあえずはこのまま、士郎の顔を見に行こう。 えへへ。

 

 破壊音をまき散らしながら追って来る仲間たちを伴いながら……。

 優しい彼の笑顔を求め、フルスロットルで駆けていくセイバーであった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 ケイネス達がいつもお世話になってるようだし、私も挨拶しておいた方がいいのかな?

 その日ソラウは、そんな何気ない想いを持って、衛宮家を訪れた。

 

 この冬木の街にやって来て以来、よくケイネスが衛宮さん家を訪れているのは知っていた。

 あの家には第四次の仲間たちも頻繁に顔を出していると聞くし、きっと楽しく話でもしているんだろうと思っている。

 日本に来てから暇な事も多いし、私も仲間に入れて貰えないかしらんというそんな下心もあって、一度菓子折りを持って行ってみる事にした次第だ。

 

 オーゥ、イッツ日本家屋。立派なお屋敷ね。

 話に聞く畳や障子が見られる事を楽しみにしながら、ソラウは衛宮家のベルをピンポンと鳴らした。

 

「いらっしゃいソラウさん。

 ケイネス先生から、いつも話は聞いてるよ」

 

 中から出てきたのは、赤髪の人の良さそうな少年。彼が家主の士郎くんなのだろう。

 いつもウチのケイネスとディルさまが……なんて挨拶を交わしながら、ソラウは中へと案内されていった。

 

 

………………………………………………

 

 

 これはカルチャーショック……なのだろうか。

 とりあえず衛宮家の門をくぐったソラウは、目の前に現れた巨大な生き物に驚愕した。

 日本の家には、みんなこんな生き物が住んでいる物なの?

 

 第一印象は……、どうなのだろう?

 ただひと目、庭でのほほんと佇んでいたトトロを見たその瞬間、ソラウの脳裏に〈ピシャーン!〉と電撃が走った気がした。

 目は見開き、アワアワと口は開き、そして何故か自分の足はトトロにヨタヨタと向かって進んでいく。

 気が付けばソラウは、思いっきりトトロのお腹にしがみついていたのだった。

 

「――――ッ!! ――――ッ!!!!」

 

 言葉にならない。なんなのだこの感情は。

 ただトトロをひと目見た瞬間、自分の身体が勝手に動いていった。

 なぜか「こうせねばならない!」という使命感的な何かが、ソラウを突き動かしていたのだ!

 

「――――ヒッ!!!!」

 

 そして何気なく横を見てみれば、ソラウの眼前には巨大な山犬がのほほんと寛いでいる姿が見える。

 ソラウの身体は再びヨタヨタと進みだし、思わず〈ハシッ!〉とその身体に抱き着いていた。モフモフとしていた。

 

「あぁ……。あぁぁ~~~~っ♡」

 

 この感情は何? 教えてテルミー。

 人生史上最高の恍惚感に、ソラウは打ち震える。

 

「人間だ。知らないヤツがいる」

 

「おねえさんはだれ? きれいなおねえさん!」

 

 そこにやって来たサンとメイ。

 二人は仲良く手を繋ぎながら、キョトンとした顔でこちらを見つめている。

 

「 きっ………………きゃぁぁあああ~~~~~~~っっ♡♡♡ 」

 

 どっち!? どっちの子から抱きしめれば良いの!?!? 何で私の腕は四本ないのっ?!?!

 

 そんな馬鹿な事を考えつつ、ソラウがサン達に飛びついていった。

 

 

………………………………………………

 

 

「落ち着いたかい、ソラウ?

 みんな気にしていないようだから、大丈夫だよ」

 

 そんな風に優しく気遣ってやるケイネス。

 先ほどまで、ソラウはサンを抱きしめ、メイを抱えて走り、そしてキキやシータにキスの雨を降らせていた。

 高貴な家系の者として、いたく反省する所存である。

 

「さてみんな、そろそろ授業を始めようか。

 このソラウお姉さんは凄く賢い人だから、

 分からない所があれば、彼女にも訊くといいよ」

 

 ケイネスがそう声をかけ、ジブリのみんなが教科書やノートを開いていく。

 メイや節子は大きなスケッチブックに向かい、クレヨンで思い思いの絵を書いていく。

 

「パズーくんとシータくんは、昨日の算数の続きを。

 キキくんは今日は、物理の勉強をしていこうか」

 

 みんなが元気よく「はーい!」と手を上げる。

 それぞれが勉強に打ち込んでいる姿を、ケイネスが優しい顔で見守る。

 

「うん、よくできたねサンくん。

 ひらがなや足し算に加え、もう掛け算まで修得しつつある。

 これは驚異的なスピードなんだよ?

 君が真剣に取り組んできたという証だ」

 

「…………アシタカと、買い物にいくんだ……。

 あたしもアシタカの、役に立ちたいの……」

 

 モジモジと照れるサンを、暖かく見つめるケイネス。

 ジブリのみんなも「ケイネスせんせい!」と、心から彼を慕っているのが見て取れた。

 

 ……こんなにも柔らかく微笑むケイネスの姿を、ソラウはいままで見た事が無い。

 魔術師なんてどいつも傲慢で、自分勝手な人種だ。加えて彼はいつもヘコヘコしてて、情けない所ばかりが目立つ男。

 そうだとばかり、思っていたのに。

 

 

「よくこうやって、みんなに勉強を教えに来てくれるんだ。

 俺も分からない所とかをよく教えてもらってるけど、

 ケイネス先生に教えて貰うと、凄く分かりやすくて」

 

 メイを膝に乗せながらボ~っとしていたソラウの所に、お茶を抱えた士郎がやってくる。

 

「優しいし、凄い人だし、みんなケイネス先生の事大好きみたいだ。

 だから世話になってるのは俺達の方だよ。すごく感謝してる」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

「なぁに、私はみんなと会いたさに、衛宮家に押しかけているんだ。

 彼らといると、私は笑顔になれる。

 だからこれは、心ばかりのお礼に過ぎないよ」

 

 そんな事を話しながら、ソラウと二人で帰路に着いた。

 このジブリ馬鹿めと叱られてしまうとばかり思っていたのに……、あの日ソラウは、私に何かを言う事は無かった。

 

 

 ……あれから数日ばかりの時が過ぎ、今夜はクリスマスだ。

 私たち三人も豪華な夕食を囲み、先ほどまで賑やかな時を過ごしていた。

 

 酔っぱらったソラウが無理やりディルムットに酒を飲ませていたが、流石は忠義の騎士と言った所。いくら飲もうと彼の顔色が崩れる事は無かった。

 結局パーティの最後まで、ディルは我々の世話ばかりしようと気遣ってくれていたように思う。

 こんな日くらい楽しめば良いのにと思わないでもないが……、そんな心優しい友を持つことが出来て、私は幸運だ。

 

 そして今は宴も終わり、私は自室にてひとり、ジブリ映画の鑑賞中。

 ソファーに座り、今日の暖かな気持ちを思い出しながらも、TVから流れる“もののけ姫“の映像に酔いしれる。

 友人であり、良き生徒でもあるサンくんやアシタカくんの顔を、思い浮かべながら。

 

 

「……んっ! ……ん゛っ! あーあー。

 はぁりつめたぁ~~♪ ゆぅみぃのぉ~~♪」(低音)

 

「――――ケイネス! 貴方にテノールは無理よ!! 夜中に歌わないで!!」

 

 私は再びソファーからずり落ち、変なポーズとなった。

 

「……や、やあソラウ。 それで、いつからそこに……?」

 

「貴方が曲の伴奏を口ずさみ始めた頃からよっ!

 ……またジブリ映画を観てるの? 本当に好きなのね……」

 

 私が床から起き上がり、照れ笑いなんかをしながらソファーへと戻る。

 また情けない姿を見せてしまったと、涙がちょちょ切れんばかりの心境だ。

 

「ま、どーでもいいけどっ!!

 ……それよりケイネス? これ買ってはみたんだけど、

 私やっぱり気に入らなかったから、貴方にあげるわ。

 せいぜい大切に使えば?」

 

 そう言い捨てて、ソラウはドタドタと足音を立てて去っていく。

 部屋に取り残された私は、先ほど手渡された紙袋を手に、しばらく放心していた。

 TVからは、今ももののけ姫の美しい曲が流れている。

 

 やがて正気を取り戻した私は、イソイソと紙袋を開封。そこから、何やらとても不格好なマフラーらしき物が出てきた。

 ソラウは「買ってきた」と言ったが、これには機械で編んだ物とは違う、明らかな不揃いさがある。

 そしてこのマフラーには、私のイニシャルに加えて、愛らしいトトロの絵が描かれていた。

 

 

「……………ソラウ……」

 

 

 

 

 

 ソファーに腰を埋め、深く座り込む。

 そして何気なしに窓の外を眺めながら、そっとマフラーを巻いてみる。

 

 今夜は、雪が降っている。 冬木の名にふさわしい、ホワイトクリスマスだ。

 

 

 手にはワイン。

 そして胸にある、この暖かな気持ち。

 

 こんなにも素晴らしい夜が、他にあるだろうか―――― 

 

 

 



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聖母のように。

 

 

「おや、もしやその子は“テト“ではありませんか?」

 

 休日の衛宮家。少し小腹が空いたと居間を訪れたセイバー。

 彼女が目にしたのは、ランサーの肩に乗る、愛らしいキツネリスの姿だった。

 

「おうセイバー。今ナウシカが坊主と買い物に出ててよ?

 その間、こいつの面倒みてやってんだよ」

 

 いや~参ったねどうもと、そんな風にニカッと笑うランサー。

 

「まぁ“面倒を見る“ではなく、

 私たちがナウシカにお願いした感じなのだけれどね……」

 

 キャスターもそう苦笑しつつ、テトの頭を撫でてやる。

 ナウシカの相棒としてお馴染みのテトだが、どうやら二人にもとても懐いているようだ。

 

「その通りだぞランサー。

 先ほどは『ソイツと遊ばしてくんねぇかな……?』と、

 非常に低姿勢だったじゃないか君は」

 

「……てっ、てめぇアーチャー!!」

 

 怒ったランサーをサラリと受け流し、赤い弓兵がチョイチョイっとテトを呼び寄せる。

〈テテテッ!〉と元気よくアーチャーの肩に移ったテトは、スリスリと可愛らしく頬ずり。とても機嫌が良さそうだ。

 通常“人には懐かない“と言われるキツネリスではあるが、もしかしたらテトは、本能的に優しい人が分かるのかもしれない。

 アーチャーの頭に乗り、なにやらご満悦の様子のテトを見てセイバーは思う。

 しかし……関係ないけれど痛くはないのだろうか。アーチャーの髪って、けっこうトゲトゲだと思うのだけれど。

 

「あぁ~! アーチャー殿ッ。

 どうかこのジル・ド・レイめにも、

 テト殿を愛でさせては頂けませんでしょぉ~かっ!」

 

「わ、私もお願い致しまする!

 いつもむっさい男どもに囲まれ、心が荒んでおるので御座いまする!」

 

 ズルイズルイとアーチャーへ駆け寄るジルドレ&ポニーちゃん。テトも二人の手をチロチロと舐めてやる。

 見た目こそコワモテな彼らだが、実はとても良いヤツ。テトもちゃんと分かってくれているみたいだ。

 

「わ、私も構わないだろうか……? テト殿、さぁこちらへ」

 

 おっかなビックリと、ディルムットも手を差し出してみる。

「よしきた!」とばかりに肩に飛び乗ってくれたテトに、いたく感激している様子のディルさんだ。

 

「おぉっ! 中々に好かれておるではないかディルムットよ!

 どれどれ、次はひとつこのワシが」

 

「待て征服王、次は我の番だ。

 皆こうして、順番に並んでおるのだぞ」

 

「■■……! ■■……ッ」

 

 そんな風にやいのやいのと盛り上がりながら、テトと遊ばせてもらうサーヴァント達。

 イスカンダル、ギルガメッシュ、ランスロットと、テトが順番にチロチロ指を舐めていく。

「あなたがだいすきです」という、そんな親愛が見て取れる、愛らしい仕草。

 そんな皆の様子を見て、なにやらソワソワとしてきたセイバー。

 

「……わ、私も! 私もよろしいでしょうか!?」

 

「おぉ行けセイバー! 遠慮するこたぁねぇぞ!」

 

「うふふ♪

 さすがの騎士王さまも、テトちゃんの前では形無しね♪」

 

 ランサーやキャスターに茶化されながらも、テレテレと嬉しそうに寄って行くセイバー。その様子を、みんなが微笑ましく見守る。

 普段は生真面目な彼女だが、けっこうかわいい所あるよな。そうホッコリしてしまう一同だ。

 

「テト、私はセイバーと申します。

 今後とも、どうぞよろし……」ガブゥ!!

 

 

 

 

 

 

 ――――ガジガジ。ガジガジ。

 

 手を差し出した瞬間、思いっきりセイバーの指に噛みつくテト。

 びっくりする位のノータームで噛みついた。

 ガジガジ。ガジガジ。 

 

「……………」

 

「「「………………」」」

 

 セイバーは硬直している。

 まわりのメンバー達も一様に硬直し、絶句している。

 ただただセーバーが指を齧られる音だけが響く。ガジガジ。ガジガジ。

 

「……あ、あの……テト?」ガジガジ!

 

 毛を逆立て、尻尾を〈ピーン!〉と伸ばしながらテトは噛みつく。

 その様子を、誰もが言葉を失いながら見守る。

 

「 !? 」ピコーン!

 

 ――――その時、セイバーに電撃走る。ついでに頭上に電球が光った。

 そうだ……、これは……! 映画で観たヤツだ!

 

 正直、今の状況は分からない。なぜこうなったのかなど微塵も理解できない。ぶっちゃけ泣きそうだ私は。

 しかし! ここは決して騒ぎ立てたりする事無く、聖母のような慈愛をもってテトに語りかけるべきシーンなのだ!

 

 ……私とてジブリファンの端くれ。毎日この衛宮家へと赴き、シロウと一緒に映画を観てきたのだ。

 ぶっちゃけ優しい彼の横顔に見とれてしてしまい、た~まに映画をちゃんと観れていない時もあったりするけれd……ウォッホン!!

 

 さぁ! 今こそ成果を見せる時! 恩義に報いるは今ぞッ! 

 見ていて下さいシロウ! 私はやります!

 

「だ、大丈夫ですよテト……。

 ほら……こわくない」

 

 ガジガジ。ガジガジ。

 頬を引きつらせたものっすごい硬い笑顔で語り掛けるセイバー。

 対してテトは、獲物に喰らい付いたワニのように身体を回転させようと頑張っている。

 

「……だ……だだだダイジョウブですテト。

 ほら……ほら、こわくな……」

 

 ガジガジ! びったんびったん!

 もう全身の力を使い、「ぜったいに喰いちぎってやる!!」というアグレッシブさを見せるテトさん。

 気合に満ち満ちていた。

 

「だっ……! だだだだ……! 大丈夫です私はっ!

 ……ですからテト。 ほら……こわくナッシング……」

 

 ガジガジ! おーえす! おーえす!

「ふんぎぎぎ!」と言った様子で、一生懸命がんばっているテト。

 命を燃やすのは今だ!! そんな声がこの子から聞こえてくる気がする。

 

「テトッ……! テトッッ……!!」

 

 セイバーの両眼から、一筋の綺麗な涙が零れ落ちる。

 それが痛みからなのか、悲しみからだったのかは、誰も知る由は無い。

 

「てっ…………てててテテテ……! テトッ!!」

 

 テレテテーン♪ テーン♪ テーン♪ テェ~~ン♪

 なにやらみんなの脳内に、“士郎が無限の剣製を使う時のBGM“が流れてきた。

 もちろん、いま必死に「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」と噛みついているテトの雄姿を見て、だ。

 

(――――斬ッッ!!!!) ズゴゴゴゴゴ!!

 

 ミシンだ。

 まるでミシン針を彷彿とさせる勢いで、テトのラッシュがセイバーの指に炸裂する。

「これがボクのっ、切り札だぁぁーーッッ!!」と言わんばかりの絶技。

 ハラショーテト! ハラショー風の谷! ハラショーキツネリス!!

 その瞬間、セイバーの心がポッキリといった。

 

「……ふ……ふんぬぅぅぅああああぁぁぁああああああッッッ!!!!」

 

 天に向かい絶叫しながら、それでも手を動かしたりしない。決して振り払ったりはしない。

 最後まで身体のちいさなテトを気遣うその姿勢に、騎士王の根性を見た一同だった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「……あ~。もしかして、アレかのぅ?

 ほら例の『王は人の気持ちがわからない』という……」

 

「やめたれよオメェ。ぶっ飛ばすぞ」

 

 悪気は無いものの、結構酷い事をいうイスカンダル。

 しかしランサーやみんなも諫めてはいるものの……、ぶっちゃけ心のどこかで「……もしや」という気持ちが拭えないでいた事はナイショだ。

 ランスロットも何気に目を逸らしているし。

 

「つーかセイバーも俺らも“風の谷のナウシカ“はでぇ好きだろうがよ?

 なんでセイバーだけ噛まれてんだよオイ」

 

 それぞれに“一番“はあろうとも、この場にいる全員が風の谷のナウシカを心から愛している。

 むしろ、ナウシカが嫌いな人間がこの世にいるとは思えないという、そのぐらいのぞっこんぶりなのだ。

 

「テト殿に対して、セイバー殿は慈愛の心を見せておりました。

 嫌われるような要素があったとは……とても……」

 

「私やポニーちゃんが大丈夫な時点で、

 女性である事やサーヴァントである事は無関係なのでしょう。

 加えてセイバーは、とても高潔よ?

 どんな者であっても、彼女を嫌うのは難しいと思うのだけれど」

 

 ポニーちゃんもキャスターもウンウンと首を捻る。どう考えたって、セイバーだけが嫌われている理由が分からない。

 

「テト殿は……とても良い子だ。

 昔ならいざ知らず、理由もなくあのような事をするとは、

 俺にはとても思えん」

 

「アレか? もしかしてセイバー、

 テトの飯を間違えて食っちまったとかじゃねぇか?」

 

 新旧ランサーのコンビもウムム……と唸る。

 しかし“テトのごはん食べちゃった説“を、この場の誰も否定しなかったのは正直どうかと思う。

「あ~!」と思ったそこの君、先生怒らないから手を上げなさい。

 

「……それにしてもよ……、アイツがんばってんなオイ。

 そろそろ諦めてもよさそうなモンだが……」

 

 ランサーの言葉に釣られ、皆が一様に庭の方を向く。

 そうなのだ。現在セイバーは場所を庭へと移し、テトと対峙しているのだ。

 

「アイリスフィール! 傷の治療を!」

 

「分かったわセイバー! えーいっ!」

 

 キラキラという綺麗なエフェクトと共に、セイバーの指がキュピーンと完治する。

 そしてすぐさま、テトに指を差し出す。

 

「ぎゃーーんッ!!!!

 ……アイリスフィール! 治療を!」

 

「分かったわセイバー! えーいっ!」

 

 治しては噛まれ、治しては噛まれ。

 テトとセイバーの根性比べが、もう10分くらい続いていた。

 ちなみにアイリスフィールは、さっきセイバーが連れてきていた。

 

 テトに噛まれ、「うわーん!」と泣きながらバイクで走り去る彼女の姿は哀愁漂う物であったが、その後すぐ意気揚々とアイリスフィールを乗せてこの場へとに帰ってきたのだ! 輝くような笑顔で!

 何が彼女をそうまでさせるのかと、ちょっと思わないでもなかった。

 

「ぎゃーーんッ!!!! ……アイリスフィール!!」

 

「分かったわセイバー!」

 

「はいっ!」ガブゥ!

「よいしょー!」

 

「はいっ!」ガブゥ!

「よいしょー!」

 

 噛まれる、治す。噛まれる、治す。それをリズムよく繰り返す二人。

 その姿は、だんだん餅つきのようになっている。

 関係ないけれど、あけましておめでとうございます皆様。今年もよろしくお願い致します。

 

「踏ん張るのよセイバー! 貴方なら出来るっ!」

 だって地球はラヴでまわっているんだもの!」

 

「ら……ラヴ イ~ズ……!」ガブガブゥ!!

 

 愛とは噛まれる事なのよ! キツネリスに!

 セイバーの口調も心なしかイングリッシュになってきた。さすが英国人だと称賛を贈る一同。でもいい加減やめたらどないだ。

 

 そろそろ本気でセイバーが可哀想になってきたみんなは、テトとセイバーを引き離そうとする。

 それでもセイバーは決して諦めず、テトと向き合う事を止めないのだ。いくら噛まれようとも、テトと仲良くなる事を諦めようとしない。

 

「ここで退いては、ブリテンの騎士の名折れ!

 この子と仲良しになるまで、諦めるワケにはいかないのですっ!」

 

 なんか王様は、変なスイッチが入っちゃったらしい。

 昔はライオンの子と共に過ごしていた時期もあるという彼女。思う所もあるのだろうと思う。

 

「わーったよセイバー。

 とことんやってみろや。骨は拾ってやっから」

 

 そしてどこか微笑ましい感じでテトと格闘しているセイバーの姿を、みんなも黙って応援する事にしたのだった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

「ただいま~」

 

 やがて玄関の方から、買い物から帰ったのであろう士郎の声がした。

 庭で格闘していたテトの耳は〈ピン!〉と立ち、そしてセイバーのアホ毛も〈ピーン!〉とアンテナのように立った。

 

「あぁシロウ! おかえりなさ……」

 

 即座に玄関の方へと向き直り、彼を出迎えるべく駆け出そうとしたセイバー。

 ――――その横を、一瞬で茶色い影が追い抜いていく。

 バシュウという、音を置き去りにせんばかりの速度をもって。

 

「おぉテト、迎えに来てくれたのか。

 ……ちょ、テト! やめろって! くすぐったいよ!」

 

 何が起こったのか分からず、思わずその場に立ち尽くすセイバー。

 遠くからは、愛しの少年の嬉しそうな声が聞こえてくる。

 

「あぁセイバー、ここにいたのか。

 今日はセイバーの好きな肉じゃがにするからさ。

 沢山食べてってくれな」

 

「…………えっ、……あの、シロウ?」

 

 のほほんと庭へとやってきて、朗らかに声をかける士郎。

 その肩には「は~ん♡」とばかりに士郎にラブラブしているテトの姿がある。

 先ほどまでとは明らかに違う、この激ラヴぶり。

 私の指を噛んでいたのは別のキツネリスだったのか? そんな事を考えざるを得ない豹変ぶりだ。

 

「……あの? シロウは、その……。テトとは……」

 

「ん? あぁ、仲良しだよ俺たち。

 ここに来た日から、ずっと一緒の布団で寝たりしてるぞ」

 

 スリスリと頬ずりをするテトを、士郎も嬉しそうに撫でてやる。

 今日も美味い飯作ってやるからなと、親友のように語り掛けている。

 

「テトったら、士郎くんに一目惚れしちゃったみたい。

 もう私の所より、士郎くんの傍にいる事の方が多いもの」

 

 士郎の後ろから顔を出し、「うふふ♪」と苦笑するナウシカ。

 テトとマスターの少年の姿を、とても微笑ましそうに見つめている。

 セイバーはアゴが地面に付かんばかりに「アンガー……」としているけれど。

 

「最近ね? 私が士郎くんと話していると、テトが怒るの。

 もう『ボクの士郎くんに手を出すな!』っていう感じで。

 少し焼けてしまうわ♪」

 

「そんな事ないだろ? ナウシカはテトのお母さんだもの。

 俺と一緒に居ても、やっぱナウシカの姿が無い時って、

 テトは寂しそうにしてるぞ?」

 

 テトを挟み、「うふふ♪」「あはは♪」と笑い合う二人。その姿はまるで夫婦のようだ。

 その光景を、硬直しながら見つめるセイバー。

 一瞬こちらを見たテトが、「フッ!」と鼻で笑ったような気がした。

 

「……ほ……ほぁあああああぁぁぁぁッッ!!!!

 ほわぁぁぁあああああーーーーーーーっっっ!!!!」

 

 

 

 

 ――――――夕暮れの冬木を、一台のバイクが駆け抜ける。

 音速で走るセイバーの目元から、キラキラと涙の雫が零れ落ちる。

 

 えっ、士郎にテトを取られた?

 それとも、テトに士郎を取られたの?!

 

 何をどう思えば良いのか、分からないセイバーであった。

 

 ……その後「おいっ! 肉じゃがは!?」という士郎の指揮によって、第4次、第5次のサーヴァント全員によるセイバーの捜索が行われ、無事に彼女を保護するに至る。

 公園でエグエグしていた所を、ネコバスに拾われて衛宮家へと連行されていった。

 

 ネコバスの車内。テトに指をカプカプされながら、それでも必死に士郎のお腹にしがみついて泣くセイバーさん。

 どれだけカプカプされようとも、「けして放すものか!」と意地になってしがみつく。まるで昭和の夫婦ドラマのように。

 とりあえず、士郎の肉じゃがはとっても美味しかったです。

 

 

「……あれじゃないですかね?

 もうこうなったら、我らで一緒にシロウにしがみつけば、

 全て解決するのでは?」

 

 テトに対し、ボソボソとそんな提案を持ちかけるセイバー。

 その後、なんだかんだと仲良くなる、テトとセイバーであった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 余談ではあるが、後日桜は、偶然居間で“テトに噛まれているライダー“の姿を目撃する。

 

「違うのですサクラ! 違うのです!!」

 

 必死の弁解もむなしく、ライダーは桜により、ズルズルとどこかへ引きずられていった。

 あまりの恐怖に、その場から動く事さえ出来なかったサーヴァント一同。

 なんか黒いモヤみたいなのあがってたもん、ぜったい。

 

 

 そしてナウシカの大ファンである遠坂凛は、テトに噛まれた後、しばらく部屋から出てこなかった。

 

 



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ともだち。

 

 

 朝。みんなが居間に集まって仲良くトランプをしていた時。

 突然玄関のベルが〈ピンコーン♪〉と鳴り、一人のサーヴァントの訪れを知らせた。

 

「我が名はアシタカ! 東の果てよりこの地にk……

 

「 ――――えぇい、やかましいわ! そこをどかぬかッッ!! 」

 

 出迎えたアシタカ彦をドーンと押しのけ、ドタバタとパワフルに入って来る謎のサーヴァント。

 そして居間で洗濯物を畳んでいた士郎を発見した瞬間、彼女はピョーンとその胸に飛び込んだ。

 

「――――奏者ッ、あぁ麗しの奏者よっ!!

 やっと会えたっ!! ようやく奏者と会えたぞッ!!」

 

 ポカーンとした顔の士郎に抱き着いたまま、あーあービービーと泣き出した赤いドレスの少女。

 彼女の名は“ネロ・クラウディウス“。此度の聖杯戦争にセイバーのクラスで現界した英霊。

 そして彼女は“士郎のサーヴァント“だという。

 

「ブラジル! ブラジルだぞ!!

 余がこの世界に現界してみれば、そこはコーヒー豆の原産地!

 日本の反対側だッ!」

 

 徒歩、ランニング、時には手漕ぎボートを駆使し、半年かけてここまでやって来たというネロさん。

 その肩には、旅の途中で出会った世界各国の友人たちから「がんばれ!」「ネバーギブアップ!」といった応援メッセージを書いてもらったタオルが掛けられている。

 TVでもないのにアースマラソンまがいの事をし、本当にネロさんは地球を半周して冬木にたどり着いたのだという。

 

「がんばった! 余はがんばったのだッ!!

 何度サメさんに食べられそうになったことか!

 何度イノシシさんに追い回された事か!

 どれだけの寂しい夜を、ひとりで越えてきたことか!!」

 

 グジグジ、グジグジと士郎の膝で泣くネロさん。

 みんなによしよしと頭を撫でてもらえばもらうほど、瞳に涙が溢れた。本当につらかったんだろうなと思う。

 

「しかーし! 余が来たからにはもう安心だぞッ!

 さぁ戦いを始めよう! 敵はどこにおるか?

 余と奏者の聖杯戦争は、今この時より幕を開けるのだッ!!」

 

 ――――すいません、それもうとっくに終わってます。

 

 その一言を彼女に伝えるのに、士郎たちは10分くらいの時を費やす。

 今目の前でかがやくような笑顔を見せている彼女に向かい、どうしてそんな事が言えようか。

 

「お前言えよ」「嫌よアンタ言いなさいよ」「可哀想すぎるだろ」

 

 そんな醜い押し付け合いの末にようやく真実が伝えられ、暴君は再び士郎の膝で泣いた。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

「…………でもさ? “士郎のサーヴァント“って、いったい何どういう事よ?

 士郎にはもうジブリのみんながいるじゃないの。

 何かの間違いなんじゃない?」

 

 ようやくネロちゃんのエグエグがおさまり、凛のその一言を機にウンウンと頭を悩ませるマスター勢&サーヴァント達。

「ほんとうなのだ奏者! 信じてくれ!」というネロの必死の懇願に、みんな困惑してしまっていた。

 魔術の素人である士郎の召喚に不備があったのは(ブラジル召喚の時点で)間違いないのだろうが、それにしたって“ダブル召喚“は無いだろう。

 英霊を二組も呼ぶなんて、士郎の魔力のキャパシティ的にも無理がある。きっと干からびて死んじゃうのだ。

 ……え、バルス? まさかまたバルスのせい?

 何かあったらバルスを疑えとばかりに、皆が「じぃ~!」っとシータを見つめ、そんな結論に達しそうになった頃……。

 

「……すまない皆、少し良いだろうか?」

 

 今まで難しい顔をして沈黙を守っていたアシタカが、静かに手を上げた。

 皆が視線を向ける中、真剣な表情をし、アシタカが言い放つ。

 

 

「前から思ってはいたんだが……。

 その“サーヴァント“という物は、いったい何なんだ?」

 

 

 ――――――ピキン!

 

 その瞬間、部屋の空気が一瞬にして凍った。

 アシタカが何を言っているかわからない。そんな士郎たちの感情を示すようにして。

 

「あ、私もそれききたかったの!

 ねぇねぇ! サーヴァントってなーに?」

 

 無邪気な声で、サツキが元気に手を上げる。

 それを機に、ジブリのみんながうんうんと頷き合う。

 

「俺も知らねぇな……。何かの職業だとは思っちゃいるが……」

「うん、ボクも分からない」

「わたしも知らないわパズー」

「メイしってるよ! この世界では“変な服を来た人“のことを、

 サーヴァントっていうんでしょう?」

 

 首を捻り合うポルコ、パズー、シータに、何気に酷い事を言うメイ。

 ライダーの涙腺が〈ブシッ!〉という音を立てた。

 

「そういえばサーヴァントと呼ばれる人は、

 みんな武芸に秀でていて、妙に強い人ばかり……。

 何か特別な人達だったりするのかしら?」

 

「おい嘘だろナウシカッ!? お前までそんな!?」

 

 口元に人差し指を添え、「う~ん」と悩むナウシカ。そして大混乱する一同。

 

「……ねぇ、まさかこれも召喚の不備か?

 普通は召喚の時に、ちゃんと聖杯から知識を得るハズだろ?

 衛宮がヘッポコだったせいで、それが得られなかったって事?」

 

「というか皆さん……、

 自分がサーヴァントだっていう自覚は無かったんですか?

 なんか元の世界にいた時と違うな~って……。

 なんか力が強くなったな~とか、そういうのありませんか?」

 

 慎二と桜がそう問いかけるが、みんなプルプルと首を横に振るばかり。

「いったい何を言っているんだろう?」と、ものすごく綺麗な目をしている。

 

「私たち? 別に何も変わらないよね?」

「うん、普段通りだよボク」

「パズーの握力は元々200㎏よ?」

「チコの実も、元々そういった物だし」

 

 チコの実を始めとする宝具に関しても、「宝具って“道具“や“攻撃“の事なんでしょ? そう思ってたけど……」と首を傾げるジブリ一同。驚愕するマスター勢。

 そんな光景を見て、キキの頭に\ピコーン!/と裸電球。

「あ、そういう事かも知れない!」と、察しのよい彼女はいち早く気が付いた。

 

「 すいません! みなさんきっと勘違いなさってます!

  私たち、困ってた士郎くんを助けに来ただけなんです! 」

 

 ――――あの日、少年の心の叫びを聞き届けた彼らは、時空を超えて、ただただすっ飛んで来た。

 あの少年を救わなければならない! その一念のみを持って、世界を超えてきたのだ。

『義を見てせざるは、勇無きなり』

 そう言わんばかりの顔で、トトロが〈ニッカー!〉と笑う。

 

「え!? だって今まで、みんな俺のサーヴァントとして!

 …………ってアレ? そういやみんなって、

 “どのクラス“のサーヴァントだったっけ……?」

 

 士郎の顔色がサーッと真っ白になる。そしてそれは、凛たちも同じ。

 ――――そしてキキが、申し訳なさそ~に、みんなに言い放つ。

 

 

「だから……あの、すいません。

 私たち、“サーヴァントでも何でもありませんよ?“」

 

 

 \ ズコォォーーーーーーーーーーーッッ!!!! /ーーー☆☆☆

 

 

 士郎も、遠坂も、サーヴァント達も。

 みんな揃って、後ろにひっくり返った。

 

「そのネロさんという方が……、

 士郎くんのホントのサーヴァントなんじゃないかな……?

 ほら、私たちはただ“来た“だけで、英霊とかじゃないし……」

 

 とりあえずみんなで〈ドテーッ!〉といった後、いち早く復帰した遠坂さん家の凛ちゃん。

 即座に立ち上がりぃ~?

 胸を張ってぇ~?

 そして、大~きく息を吸い込んでぇ~! か~ら~のぉ~?

 

 

『 あたし達の聖杯戦争、いったいなんだったのよッ!!!! 』

 

 

 ……………誰が、何と、何の為に戦ったのか。この聖杯戦争。

 

 聖杯と関係ない子達がほぼ中心となり、それで全て解決しちゃったワケだけれど、これで良かったんだろうか聖杯戦争。

 そもそも“ちゃんとした戦い“自体が一回も無いし、た~まにみんなで相撲をとったりした位だ。

 ……うん、でもあれはすごく楽しかった。すんごい良い思い出。

 

 余談ではあるが、実はあれからみんな、一回も聖杯使ってなかったりもする。ずっと柳洞寺に置きっぱなしなのだ!

 

 あ、よかったらネロさん使います?

 あと30回くらい願い叶いますよ?

 

 

 

………………………………………………

 

 

「 おいみんな! とりあえず飯食ってから考えようぜ!! 」

 

 おぉそうだそうだ! 士郎が今いい事言った! ごはんごはん!

 そんな皆の賛同もあり、急いで台所に向かう士郎。

 

\うめぇなコレ!/ \こりゃイケるよ!/ \おいしいわコレ!/

 

 はぐはぐ! もぐもぐ! むしゃむしゃ!

 みんなお皿にしがみつくようにして、あるいは何かを振り切るようにして、ごはんを掻っ込んでいく。

 飯を食えばなんとかなる! ごはん食べればきっと大丈夫! そんな事を心に願いながら、ひたすらにごはんを食べていく一同。

 

 ちなみに先ほど士郎は、それはもうえらい目に合っていた。

「アンタがブラジルに召喚するから!」「ネロに謝れこの野郎!」「つかなんでジブリ呼び出せんたんだお前!!」「説明責任を果たしなさい!」

 そんな罵詈雑言を一身に受けながら、凛やサーヴァント達に袋叩きにあった士郎。どこか理不尽な気がしないでもない。

 

 ドカバキ、ゲシゲシとみんなの怒りを受け止めてから、いい感じのタイミングで「ご飯食べようぜ!」と提案する士郎。

 みんなお腹が減っていたので、とりあえずなんとかなった。腹が減ってはなんとやら、なのである。

 

「おかわり!」「おかわり!」「俺も!」「ボクも!」「あたしも!」

 

 そんな皆の姿に、士郎もニッコリしながらおかわりを渡してやる。

 

 

 

 …………正直、この半年くらいを一緒に過ごしてきて、たまに「知らない言葉が出て来るな~」とは、ジブリのみんなも思っていたらしい。

 

 “聖杯“、“サーヴァント“、“マスター“。

 あとは“令呪“なんかもそうだ。ジブリのみんなにとって、これは全然知らない言葉であったらしい。

「それって何なのかな?」と、うっすら気にはしていたらしいけれど。

(“マスター“に関しては、士郎たちの愛称だと解釈し、そう呼んでいたようだ)

 

 あの運命の夜、士郎くんも遠坂さんも一生懸命今後の戦いについて話し込んでいたし、「邪魔をしたら悪いかな~」と思って、みんなあの時、口を挟まなかった。

 聖杯戦争だのなんだのと、言っている事はよく分からなかったのだけれど、メイやパズー達はまだチビッコだし、ぶっちゃけ深夜で結構眠たかった。仕方の無い事だったのだ。

 あの夜士郎が契約したのは、ジブリのサーヴァントではなく、クロネコ魔女宅急便のメンバー会員だけであった。

 

 それに、たとえ聖杯戦争とやらがなんであったとしても、みんなのやる事は少しも変わらない。

『士郎くんを守る』

 みんなにとって大切なのは、ただそれだけだったから――――

 

 ゆえに士郎たちは、勘違いをしてしまった。

 加えてこの半年の間、たまたま発覚する機会が無かったというだけ。

 

 彼らは、とびっきりの“善意“で。

 そして“士郎への好意“で、ここへと駆けつけてくれた。

 

 ただただこれは、それだけの話であったのだ――――

 

 

 

「……………えっと、なんか良い話風に閉めようとしてるけどね?

 いっかいアンタの脳髄、ホント解剖させてくれない?

 聖杯の助力なしでアニメキャラを召喚出来る、

 そんな世界で唯一の人間よアンタ?」

 

 凛のお皿に、お肉を多めにしてシチューをよそってやる。

 それが今の士郎に出来る、とびっきりの誠意の形であった。

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

「ところでネロはさ?

 ジブリ映画の中で、何が一番好きなんだ?」

 

「余はポニョが好きだぞ!

 あの歌を口ずさむと、なにやら元気が湧いてくるのだ!!」

 

 目をキラキラとさせながら、ポニョの好きな所を嬉しそうに語るネロ。

 そんな彼女の愛らしい姿を、みんなが微笑ましく見守る。

 

 そしてふと視線を向ければ、今も士郎の作ったご飯を美味しそうに食べてくれる、ジブリの仲間たち。

 みんなのしあわせそうな笑顔を見ながら、士郎は思う。

 

 ――――サーヴァントじゃなくても、そんなの関係ない。

 ――――だって俺たちは、こんなに仲のいい友だちになれたじゃないか。

 

 

 ………………遠坂は怖い事言ってるけど、きっとこれは特別な事なんかじゃ、ないんじゃないかな?

 

 今回はたまたま、俺だった。

 たまたま、困ってた俺の所に来てくれたんだ

 

 だってジブリの映画は、みんなが大好きなんだ。

 世界中どこにだって、ジブリが大好きな人達がいるんだ。

 

 誰だって、会える。 いつだって、会える。

 

 俺は今、そんな気がしてるんだ。

 

 

『子供の時にだけ訪れる、不思議な出会い』

 

 俺はもう子供じゃないけど……。

 そんな俺の所にだって、トトロたちはちゃんと来てくれたんだから――――

 

 

 

「よし! じゃあ奏者に余の美声を聴かせてやろうぞ!」

 皆も光栄に思うが良い!」

 

 想いにふけっていた士郎を、ネロの楽しそうな声が呼び戻す。

 遠坂たち、サーヴァントたち、そしてジブリのみんなも歓声を上げる。やんややんや。

 

「おー! いったれ赤セイバー!」

「ヒューヒュー! ネロさーん!」

 

「まかせるが良い! 皆の者!

 では一曲……。あーあー! ん゛んっ!」

 

 

 

 …………………今にして思うのだが、「やめときゃよかった」というのが正直な感想だ。

 

 『 ほ゛ え゛ ぇ゛ ぇ゛ ぇ゛ ~~~~っ!!!! 』

 

 ネロの“美声“の前に、ポルコの眼鏡は割れ、障子は吹き飛び、テレビは砕け散り、ポップコーンのように次々とお皿が割れる。

 

「いやぁぁーーーッ! パズゥゥーーッッ!!」

「目がっ……! 目がぁあああぁぁ~~っっ!!」

「…………」(白目のナウシカ)

「わああああああ!! わああああああ!!」

「嫌だっ! タタリ神なんかになりたくない! 乙事主さまぁーッ!!」

 

 最終的に、ドゴーンと崩落する衛宮家の天井。

 するとそこから何故か“ポニョが落ちてきた“。

 阿鼻叫喚の渦の中、さりげなくジブリの仲間がひとり増える。

 

「え、バルス?」「この歌はバルス的な物なの?」

 

 衛宮家の面々で緊急会議が執り行われ、即座にネロの歌について審議がなされる。

 彼女の歌は、滅びのまじないの親戚か何かなのか。

 とりあえずネロをふん捕まえて、歌えない様に羽交い絞めにしてから考える一同。

 

 

「…………ははっ」

 

 目をグルグルと回したポニョを頭に乗せながら、士郎は思う。

 

 ――――ほらな? 来てくれるだろ?

 ――――――いつだって、こうして会えるだろ?

 

 

 これからも、騒がしい日が続きそうだと。

 ポニョに金魚鉢を投影してやりがなら、士郎は思う。

 

 聖杯なんか使わなくったって、俺たちいつも幸せじゃないか。

 

 そんな、身も蓋もない物語であった。

 

 



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フリースローを全力で邪魔する、ジブリの仲間たち。

 前回のお話で、当作品の第2シーズンは終了です。
 沢山のご声援、ご感想、ありがとうございましたっ♪

 これは心ばかりになりますが、皆さまへの感謝の気持ちを込めたオマケです♪





 

 

 唐突ではあるが、現在ジブリの仲間たちは、真っ二つに割れて言い争いをしていた。

 

「パンだよ! パンの方がおいしいよ!」

 

「ライスよ! ぜったいライスの方がいいに決まってるわ!」

 

 士郎くんのシチューと一緒に食べるパンの、なんと美味な事か。

 いやいや! 士郎くんのカレーライスの美味さを、まさか知らんとでも言うつもりかえ?

 いつも仲良しジブリの仲間たち。しかし彼らにだって譲れない物もある。具体的には好きな食べ物の事とか。

 

 よってここに、第一次ジブリ大戦が勃発。

 凛たちマスター勢やサーヴァント勢を含めたジブリの仲間達は、パン派ライス派の二つに分かれ、冬木市の公園にてパチパチと火花を散らす。

 

「よし! じゃあケンカはよくないから、

 バスケットのフリースロー対決で勝負よっ!」

 

 それぞれのチームから5名づつの代表者が選出され、シュートを決めた数で勝敗を競う。

 今夜のばんごはんのメニューを賭けた戦いの火蓋が今、切って落とされた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 パン派チームの第一投目は、キキだ。

 以前パン屋さんに下宿し、そこの看板娘を務めていた身としては負けられない。パン食サイコーなのだ。

 ボールを胸の位置に構え、目の前のリングを静かに見つめて、徐々に集中力を高めていく。

 キキの髪が、気合と魔力によってザワザワとうごめく。映画でも見たヤツだ。

 

 ……しかし、そのキキが対峙するバスケットゴールのすぐ後ろには、なぜが今サンが立っていた。

 真顔で棒立ちをしているサン。ただ「じ~っ」とこちらを見つめているその姿が、嫌でもキキの視界に入ってくる。

 

(……気にしちゃいけないっ! これはライスチームの作戦よ!

 私の集中力を乱そうとしているんだわ!)

 

 気にしない、気にしない! 今はただシュートを決める事だけ!!

 そしてキキがボールを高く抱え上げ、シュートの態勢に入ったその瞬間……。

 じっと突っ立っていたサンが、なぜかパラパラを踊り出した(・・・・・・・・・・)

 

「――――ごふぅッッ!!!!」ガッシャーン!!

 

「~♪」クイッ! クイッ!

 

 あさっての方向に飛んでいくボール、口や鼻から色々な物を噴出するキキ。

 そして未だ真顔でパラパラを踊り続けているサン。どうでもいいが、物凄くキレのある動きだ。

 

「きったねぇぞぉライス派ぁ!

 それがお箸の国の人のやる事かぁ!!」

 

「黙れぇ! 私は山犬だぁーっ! こい~は~♪ スリルショック♪」

 

 左右にステップを踏み、腕をサッサと動かしているサン。いつの間に覚えたんだそんな踊り。

 イエーイとハイタッチを交わすライス派たちの姿に、「グヌヌ……!」と歯を食いしばるパン派の一同。

 

「そっちがその気なら、こちらも容赦はしないわ。

 ……ポルコ、お願い出来る?」

 

 パン派キャプテン遠坂凛のお願いに、力強く頷くポルコ。

 

「任せときな嬢ちゃん。

 ライス派の連中にゃ、1点だって入れさせやしねぇさ――――」

 

 

………………………………………………

 

 

 ライス派の第一投目はアシタカ。

 お米を愛する日本人としてここは外すワケにはいかない。はりつめた弓を射る時と同様に、集中力を高めていく。

 しかしアシタカが見つめるバスケットゴールの遥か向こうの空に、〈ブ~ン!〉と一機の飛空艇が飛んでいるのが見えた。

 

(……あの飛行機はポルコ!? ……いかん、今は集中だッ。

 曇りなき眼で見定め……決めるッ!!)

 

 そしてアシタカがシュートを放とうとした瞬間、ヒュ~ッと音を立てて飛ぶポルコの飛空艇が、〈ドゴーン!〉と地上に墜落するのが見えた。

 

「 !?!? 」ガッシャーン!

 

 あさっての方向に飛んでいくアシタカのシュート。だが今彼はそれどころではない。

「ポルコッ! ポルコォォーー!!」と叫び声を上げ、アシタカが地平線の向こうへと駆けて行く。大切な友を救う為に。

 

「……馬鹿な、そこまでするってぇのかパン派は……!」

 

 ライス派のランサーが、驚愕の表情でパン派たちを見つめる。

 たかがばんごはんのメニューの為に、ポルコは命を投げうったってのか! そこまでの覚悟がっ!

 

「負けるワケにはいかないの……。

 あたし達にはパンの……小麦の神様がついてる!」

 

「こちとら農耕民族……ノーライス、ノーライフ!!

 土に根を生やし、風と共に生きてるんだ!!」

 

 第一投目を両チーム共に外し、0対0。

 ジブリキャラ達のフリースロー対決は、次第にその苛烈さを増していく。

 

 

………………………………………………

 

 

「ほらっ、さっさと歩けッ!」

 

 バスケットゴールの後ろに、警官の服装に身を包んだアーチャーが現れる。

 その後ろには、顔を隠すように頭からコートを被らされている人物。

 腕に手錠をかけられて連行されていく“エボシ御前“がいた。

 

「――――ぶふぅっっ!!」ガッシャーン!

 

「えっ!? 何したのエボシさん!?」

 

「脱税ッ!? 脱税したの!?」

 

 ザワザワするジブリの一同。顔を伏せて歩き去るエボシ様。

 もちろんシュートは、あさっての方向へと外れた。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 …………ゴールリングの後ろ、沈痛な面持ちで正座している清太さん。今その眼前には、腕を組み仁王立ちしているキキの姿があった。

 

「……………」

 

「……………」

 

 そして突然、辺りに〈スパーン!〉という音が響き渡る。

 ……そう、キキが清太の頬を“札束でビンタしたのだ“。

 

「なんでだよ!! やめろ清太にそういうの! 生々しいよ!!」

 

「自営業! 社長だもんねキキは! お金もってるもんね!!」

 

 

 もちろん、敵のシュートは外れた。

 

 

………………………………………………

 

 

 …………同じくゴールリングの後ろで、じっと正座をするアシタカ。その眼前には酒瓶を上段に構え、今にもアシタカの頭に振り下ろさんとしているシータの姿があった。

 

「――――シータ殿、いざっ!!」

 

「わかったわ! そ~れっ!」

 

 合図と共にシータが酒瓶を振り下ろす。

 それを真剣白刃取りしようとし、〈スカッ!〉と失敗するアシタカ。

 

「おい今〈ゴスゥ!〉ってすげぇ音したぞ!!」

 

「パーンって! アシタカの手と手だけが! パーンって!!」

 

「大丈夫かアシタカ!! 死ぬなぁーーッッ!!」

 

 

 全身ワインまみれになり、地に倒れ伏すアシタカ。

 もちろん敵のシュートは外れた。

 

 

………………………………………………

 

 

 ………………集中力を高め、桜はゴールリングを見つめている。

 今そのゴールの後ろには、「ニッコー!」と笑うトトロの姿があった。

 

(駄目よわたし! いくらトトロのお願いだってここは譲れないっ!

 ぜったいにシュートを決めなきゃ!!)

 

 まさか他ならぬこの私に、トトロをあてがってくるとは――――

 もうライス派が本当に手段を選ばなくなってきている事が、アリアリと見て取れた。

 

(………よしっ……よし! …………今っ!!)

 

 タイミングを測り、桜がシュートを放とうとしたその瞬間……、トトロが小さくその口を動かす。

 

「――――桜サン、がんばってクダサイ」

 

「「「 ごっふ゛ぅぅっっ!!!! 」」」

 

 その場の全員の口から、いろんな物が噴出した。

 桜はズッコケて外した。

 

「おいトトロ!? ……お前いま……普通にッ!!」

 

「なんで!? じゃあ今までなんでッ!?」

 

 もうバスケとかそっちのけで、トトロのもとに詰め寄るジブリの一同。

 しかしどれだけ問い詰めようとも、ふたたびトトロが口を開く事は無かった。

 

 

………………………………………………

 

 

 そして現在0対0。これをパン派チームが決めれば勝ち、という場面。

 チームメイトの信頼を一身に背負い、遠坂凛が今ポジションに着き、静かにボールを構える。

 

 しかし彼女が見据えるリングの後ろに、突然“雫と聖司“が現れた。

 耳をすませばからの、まさかのスポット参戦である。

 

「聖司くんっ、バイオリン聴かせてっ」

 

「おっし! それじゃあお前歌えよ?」

 

 これは映画にもあった名シーンの再現か。聖司が肩にバイオリンを構える。

 

「えっ!? あたし、歌なんて……」

 

「大丈夫、お前も良く知ってる歌だから」

 

 そしてバイオリンの前奏を聴き、すぐにその曲が何なのかを察する雫。

 タイミングを測り、大きく息をすって――――

 雫が澄んだ歌声を響かせていく。聖司のバイオリンの音色にのせて――――

 

 

『ハンキモォ~♪ ナウホチィ~♪』

 

「「「 なんでポリスストーリーのテーマなんだよっ!!!! 」」」

 

 

 その場の全員が、一斉にツッコんだ。

 雫と聖司のミニコントの前に、もちろん凛は撃沈したのだった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「……やるじゃんお前ら。パンも美味しいよな」

 

「ライスだって美味しいわ。 私も大好きだもの」

 

 結局勝負は0対0の引き分けとなり、お互いの健闘をたたえ合う両チーム。

 ぼく士郎くんにパン食を頼んであげるよ。私も士郎くんにごはん系を頼んであげるわ。

 そんな事を言いながら、握手を交わして微笑み合うジブリの仲間たち。

 

 パンも、ライスも、どっちも美味しいさ――――

 

 いい汗を流し、さわやかな気持ちで衛宮家へと帰っていく。

 

 

「おかえりみんな。もう夕飯できてるぞ」

 

 

 

 今夜のごはんは、天ぷらうどんだった。

 

 



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これではちょっと聖杯戦争を勝ち残れないFate / stay night

 今回はIFのお話。




 

 

「もしかしたらお前が七人目だったのかもな。

 だとしてもまぁ、これで終わりなんだが」

 

「ちきしょう殺されちまう!

 そんな赤い槍をこれ見よがしに俺の心臓の位置に突きつけやがって!

 きっと3秒後には、俺こと衛宮士郎の人生は終わってしまうんだろうと思う!

 これがいわゆるチェックメイトってヤツか! なんて事なんだ!」

 

 ここは士郎の実家の蔵の中。

 辺りには月明りのライト差し込み、非常にいい感じのムードを醸し出している。

 

 士郎は先ほど家にいた所を、突然この青いタイツの男の襲撃に合った。恐らく“目撃者の排除“が目的と思われる。

 

「まぁ運が無かったと諦めな。

 じゃあな坊主。今度は迷うんじゃねぇぞ」

 

「ふざけるなっ!

 まだ爺さんとの“正義の味方になる“って約束も果たせていないっていうのに!

 半人前とはいえ俺も魔術師だ! こんな簡単に殺される事は許されない!

 認められない! 死ぬワケにはいかない!

 今俺は、『誰がお前なんかに殺されてやるものか!』という気分でいるんだ!」

 

「おめぇ結構、思ってる事を口に出すタイプだな……。

 まぁ生き汚いってのは、いい事だとは思うけどよ」

 

 何が何でも生き残る決意を固め、まさに全力少年とも言うべき士郎。

 呆れながらも青い男は槍に力を籠め、今まさに少年の人生にピリオドをくれてやろうとする。

 ――――しかしその時、突然床に浮き上がった魔法陣から眩い光が放たれる。

 

 士郎は知る由も無い事だが、きっと指先の怪我から滴り落ちた血が、床に描かれていた魔法陣と何らかの反応をしてしまったものと思われるのだ!

 

「くっ! マジかよ! まさか本当に七人目かっ!!」

 

 士郎の身体を追い抜くようにして、一体の影が勢いよく飛び出す。

 その姿は、まさに“守護者“その物。

 背中で主を守るようにして、今新たに召喚されたサーヴァントが、雄々しくランサーの男と対峙した。

 

「――――だいじょうぶかいシロウくんっ!

 さぁ! ぼくの後ろにかくれているのだっ!」

 

 両手を広げ、ここは通さないとばかりに睨みつけるサーヴァント。

 だが……、悲しいかな。

 そのサーヴァントの姿は……なんだ、その……。あまりにも“ちんまかった“。

 

「……お?」

 

「えっ」

 

「さー! ぼくが相手なのだランサー!

 どこからでも、かかってくるといいのだっ! へけっ♪」

 

 そして、この上なくプリチーだった。

 

「お……おうお前、……あのよ?」

 

「なんなのだランサー? どうしたの? 怖気づいたのだ?」

 

「いや……お前って、あのよ? ……小動物だよな?」

 

 ご名答。彼は人間ではなく、小動物である。

 正確に言えば、“ハムスター“と呼ばれる愛玩動物だ。可愛い事この上ない。

 

「俺ぁてっきり……、剣を持ったヤツとか、

 弓持ったヤツとかが出てくると思ってたからよ?

 ちぃとばかり……その、ビックリしちまってよ?」

 

「剣なんてもてないのだっ! 重いのだっ!

 でもぼくは、がんばってシロウくんを守るのだっ! へけっ♪」

 

 彼の名は“ハム太郎“。

 衛宮士郎の呼びかけに答え、この冬木へと降り立った英霊である。

 ちなみにクラスは、げっ歯類。

 その気になれば、お部屋にある柱や電気コードなんかもガジガジ出来てしまう程の鋭さを持つ。やったりはしないけれど。

 

「……………………あ~、坊主?

 すまねぇが、ちぃとばかし待ってて貰っていいか?」

 

 床にへたり込んだままの士郎と、〈ふんす!〉と元気いっぱいの小動物をその場に残し、ランサーの男が外に電話を掛けに行く。

 

「……おう俺だ。……あの、今ちぃと問題が起こっちまっててよ?

 わりぃけど、連中に声掛けてもらえっか?

 ……あぁ、そうそう。集合」

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「これは……ちょっとアレかもしれませんね」

 

「だろ? いくら聖杯戦争だっつっても……、コイツとはよ?」

 

「■■■……■■……」

 

 30分後。

 今この場には、第5次聖杯戦争に参加する全てのサーヴァント達が勢ぞろいしていた。

 ライダー、ランサー、そしてバーサーカーが「ウムム……」と唸る。

 

「私も……。

 いくら魔女とか言われてたって、こんな愛らしい子と戦うのはね……」

 

「……同感、かな。

 こんな小さき者と戦う為に、弓の英霊となったワケではない」

 

「燕を斬った事はあるが……。かような子まで斬ろうなどとは……」

 

 そしてキャスター、アーチャー、今だけ門番を休ませてもらって駆けつけたアサシンも唸る。

 今みんなの眼前には、愛らしく士郎に甘えているハム太郎の姿がある。すっかり新しい飼い主にも懐いているようだ。大変微笑ましい光景。

 

「さっき軽く事情を訊いたけどよ?

 アイツ自分の事『ぼくはげっ歯類のサーヴァントなのだっ! へけっ♪』

 とか言っててよ……。これってあり得んのか?」

 

「まぁ聖杯も、なんかよく分からない部分あるしね。しょうがないわ」

 

 ――――しょうがないらしい。

 他ならぬ専門家のキャスターが言うのだから間違いない。これはしょうがない事なのだ。

 

「何故かヒマワリの種が落ちていました。

 これが触媒となったのではないですか?」

 

「大好きなのは、ヒマワリの種……か。

 つまりはそういう事なのだろうな」

 

「こやつは餌で召喚されて来よったのか。

 よほど腹を空かしておったとみえる」

 

「■■……■■■……」

 

 ヒマワリの種に反応し、そして少年の危機を救いたいというその純粋さを持って、ハム太郎はこの冬木へと召喚されて来たのだ。

 

「おー、遅れてすまぬな雑種共。

 我、ここに参上」

 

「いや~ごめんごめん!」みたいな感じで、遅れてきたギルガメッシュも仲間に加わり、ちらっとハム太郎を一瞥する。

 

「――――うむ、無しだ」

 

「だろ?」

 

 そして即断。我はこやつとは戦えぬ。

 どちらかと言うと、全力で守ってやりたい方なのだ。やめやめ。

 

「とりあえず面子も揃った事だし、一回坊主たちも交えて話しようぜ。

 このままじゃ俺達、一歩も前に進めねぇよ」

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「いや、小腹が空いたら食べようかな~と思って……、

 ポケットにヒマワリの種をさ?」

 

「おやつで英霊呼んでんじゃねぇよ! ふざけてんのかテメェ!!」

 

 所変わって、ここは衛宮家の居間。

 現在一同はテーブルを囲み、お茶なんかを飲みながら話し合いの最中だ。

 

「テメェ分かってんのか!? さっき死ぬトコだったんだろうが!

 なにハムスター召喚してんだよ!!」

 

「えっ。……でもそうなったのって、ランサーのせいじゃ……」

 

「それは今いいだろ!! 問題すり替えんな!!

 しかも窮地脱してんじゃねーよ!!

 ハムスターに命救われる人間、お前見た事あんのか!!」

 

 もう士郎からしたら理不尽極まりないのだけれど、とりあえずは黙って話を聞く。我慢の子。

 

「あのね? 坊やはまだ知らなかったかもしれないけどね?

 英霊っていうのは、過去の偉人とか凄い戦士とかの事なの。

 坊やの身の安全を守ってくれる人の事なの。“守護者“っていう位だしね?」

 

「ですです。だからその……ハムスターというのは……。

 流石に私たちも、この子とは戦いづらいのです」

 

「お前からしたら、英霊なんぞ殺戮マシーンとかに見えるかもしれんがね?

 我々とて、やはり人の子なんだ。意気揚々と召喚に応じてみれば、

 突然『ハムスターと戦え』と言われた英霊の気持ち、お前考えた事があるのか」

 

「■■■。■■――?」

 

 今度は諭すようにしてお説教される士郎。

 最後の大きな人は何を言ってるのか分からなかったけれど、何やらとても真剣に諭されているというのは分かる。

 

「ねぇ……? ぼくここに来ちゃ……いけなかったのだ?」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

「ぼく、シロウくんを守りたくって……。

 でもこれ……、いけない事だったの?」

 

 テーブルの上で、悲しそうに一同を見つめるハム太郎。

 さっきまであんなに嬉しそうに士郎に甘えていたのに、今では目が潤んでしまっている。

 

「そんな事ないわ! そんな事ないのよハム太郎ッ!!」

 

「あぁそうだぞ! 君は立派に主を守ったじゃないか!!

 サーヴァントの鏡だッ!!」

 

「我が言ってやる! お前はよくやったッ!!

 大儀であるぞハム太郎ッ!!」

 

「てぇしたもんだぁー! おめぇはぁーッ!!」

 

 もう必死こいて小さな小動物を宥めに入るサーヴァント達。ライダーなんかは母性全開でハム太郎を抱きしめちゃっている。流石は元地母神。

 さっきとはエライ違いじゃないかと、理不尽さを感じざるをえない士郎くん。

 

「■■――? ■■■――」

 

「うん……うん……そうだよね……」

 

「■■■――。■■■■――」

 

「うん……わかるよ。オジサンの言うとおりなのだ」

 

 そしてなにやらハム太郎と意思疎通を開始するバーサーカー。

 年長者(?)としての威厳と説得力、また包容力を持って、優しくハム太郎を説得している。

 恐らく意訳をすれば「お前の気持ちは立派だ。しかしここは戦う者達の集う場所。残念だけど、お前はいてはいけないんだよ」と語っているのだろう。

 ハム太郎も残念そうにしながらも、それをちゃんと理解してくれたようだ。

 

「ハム太郎よ?

 ……残念だが、やっぱお前みてぇなイイやつが、こんなトコにいちゃいけねぇよ。

 坊主のサーヴァントの事ぁ、俺達が責任を持ってなんとかする――――

 だからそれで……納得しちゃあくれねぇか?」

 

「うん――――わかったのだランサーさん。ぼくお家に帰るのだ。

 シロウくんの事……、よろしくおねがいしますのだ」

 

 零れそうになる涙を堪えて、ハム太郎がコクリと笑顔で頷く。

 槍の英霊クーフーリンが、ハム太郎と小さく握手を交わす。これは決して破られる事の無い、男と男の約束だ。

 

 キャスターが宝具と魔術を用意し、出来るだけ痛みや負担の少ない形で契約解除をしてくれるという。

 そして士郎の新しいサーヴァントの事も、ここにいる者達が責任を持って手助けしてくれる。もう後の憂いは無い。

 

「ハム太郎! せっかく友達になれたって言うのに!

 俺っ……俺さ!? …………なんでッ!!」

 

「ごめんねシロウくん。ぼく、バイバイしなきゃなのだ。

 でも、シロウくんをおうえんしてる。

 シロウくんがんばれって、いつもおうえんしてるのだ」

 

 士郎の手のひらに乗り、最後のお別れを交わす。

 少年の涙がポロポロと零れていく。それをハム太郎は優しい笑顔で見つめる。

 

「少しの間だったけど、ここに来られてよかった。

 いっかいだけでも、シロウくんを守れたのだ」

 

「あぁ……! あぁ……! お前のおかげだ! お前のおかげで生きてるッ!」

 

「げんきでいてね。

 約束だよシロウくん。――――へけっ♪」

 

 第五次の皆の見守る中、最後にとびっきりの笑顔を残して、ハム太郎が帰っていった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 2日後。

 今第五次のサーヴァント達が再び衛宮家に集結し、そして蔵にて召喚の準備をおこなっていた。

 

「いいか坊主? 満たせ――――満たせ――――満たせ――――

 ほら言ってみな?」

 

「触媒もかなり集まりましたね。

 サクラやシンジにも協力してもらった甲斐がありました」

 

「私が集めてきた触媒だって、ちょっとした物よ?

 英雄王も快く協力してくれたし、これで坊やのサーヴァント召喚も問題なし♪

 むしろ選び放題って感じよ」

 

「安心しろ、凛にはこの事は伝えていない。

 彼女がもしこの場にいたら、どんなうっかりが発動する事やら……」

 

 士郎のサポートをしてやりながら、どこか和気あいあいといった雰囲気のサーヴァント達。

 今は一時、後の戦いの事を忘れ、あの子との約束を果たす事を思う。

 小首をかしげて「へけっ♪」笑う、あの子の姿が瞼に浮かんでくるようだった。

 

(ありがとな、ハム太郎――――

 無事でいられたのも、みんなに協力してもらえたのも、全部お前のおかげだ。

 俺もこれから、しっかり頑張ってくから)

 

 ハム太郎を想いながら、真剣な表情で召喚の詠唱をおこなっていく士郎。

 もしまた出会う事が出来たら、その時はしっかりお礼を言うよ。だからまだ会おうな。

 ……そんな事を考えつつも、やがて士郎の詠唱は終わりに近づいていく

 

「……おや? おい雑種、この大きな袋はいったいなんだ?

 なにやら香ばしいような、不思議な香りがするが」

 

「天秤の守り手よ!! …………って、ああそれドッグフードだよ。

 最近ちょっと面倒みてる子犬がいてさ? その子のエサにって……」

 

 ――――――その時、蔵の中は眩い光に包まれる。

 とてつもない爆風と閃光に視界を塞がれた後、ようやく目を開いた一同が見た物。

 それは……一匹の秋田犬であった。

 

「…………」

「…………」

「…………おい、コイツって」

 

 唖然とする一同を余所に、「わふん?」と愛らしく小首を傾げている秋田犬。

 なにやら納得いったとばかりに〈ポンッ!〉と手を叩いた士郎が、嬉しそうにその犬に駆け寄る。

 

「あっ! この子“銀“だよ!!

 ほらあの、“銀牙 流れ星 銀“の! 凄い犬なんだよこの子!」 

 

『 テメェふざけてんじゃねぇぞぉぉーーーーーーーッッ!!!! 』

 

 響き渡るランサーの怒声を余所に、嬉しそうに士郎にじゃれる銀(秋田犬)

 彼は熊狩りを行う猟犬であり、愛らしい見た目とは裏腹、とっても凄い“男“なのだ。

 でもそんなこたぁー、今どうでもいい。

 

「えっ、私たちの持ってきた触媒は……ドッグフードに負けたのですか?」

 

「沢山持ってきたのよ?! 張飛だって関羽だって呼び放題なのよ?!」

 

「ごめん、多分蔵に置いてあった銀牙のコミックス(全18巻)も、

 関係してたんじゃないかな? ……ほら、“合わせ技一本“って感じで」

 

「何でお前はそんな物を……!

 ……いや私だって、昔読んでいた憶えはあるが……。

 というか、なぜ人間を呼ばん!! やる気あるのか貴様ッッ!!」

 

「確か“熊犬“でしたか……?

 あの……一応この子も戦える子……ではありますが……」

 

 そうなのだ。銀は必殺宝具“絶・天狼抜刀牙“という大技を持っているのだ!

 赤兜の首だってチョッキンなのだ! 確実にハムスターからステップアップしているのだ!

 

「スマン……、犬は俺が駄目だ。勘弁してくれ」

 

「あぁ……。貴方犬と戦ったり出来ないものね……。

 じゃあどうしようかしら?

 触媒ならいっぱいあるんだし……、もうガンガンいっとく?」

 

 ――――天秤の守り手よ!

 ――――――天秤の守り手よ!!

 ――――――――天秤の守り手よッッ!!!! 

 

 その後士郎は、まるで乱取りのように連続して召喚の儀を行い、パトラッシュという名のワンコとか、ハッチという名のミツバチとか、ちゃれんじ島に住むというトラの男の子などを呼び出した。

 

「惜しいッ! 惜しいですシロウ!!

 だんだん人型に近くなってきました!!」

 

「いい加減、人間呼べよテメェ!! お前の魔術回路どうなってんだよ!!」

 

 

 まぁ別の世界線ではトトロとか呼んじゃう子だったりするし。(聖杯関係なく)

 

 そして士郎のサーヴァント召喚は、この後も夜通しおこなわれていったのだった。

 

 

 



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お ま け ♪


 急にアイディアがきたので(震え声)







 

 

「あ、これSASUKEでしょ? 私好きなんだ~コレ♪」

 

 衛宮家の夕食時。いつもの席に座って士郎がカニ玉を運んでくるのを「わーい♪」と機嫌よく待っていた大河は、たった今番組が始まったらしいTVの方に向き直る。

 

 ちなみに聖杯戦争(という体だった物)をやっていた時期は、危険だからと大河はあまり家には来ないようにしてもらっていたのだが、現在は彼女も無事に衛宮家の一員に復帰。ジブリの仲間達ともとっても仲良しなのである。

 

「あぁ、藤ねえも知ってるのか。俺も好きだぞこの番組」

 

「熱いわよねSASUKE! 毎回ホロッときちゃうもん私!

 ドラマがあるのよね~♪」

 

 SASUKEとは年に1~2回ほど放送されている、肉体自慢の出場者達が特設された巨大なアスレチックに挑んでいくという内容の番組だ。

 その歴史は古く、もう20年以上も続いている人気番組らしい。

 

 出場者の中には招待されたスポーツ選手や芸能人なんかも含まれるが、しかしその多くは一般から公募した視聴者がメイン。

 たとえばガソリンスタンドの店員さんであったり、靴屋の営業マンであったり、蟹漁を営む漁師さんであったり。そんな名も無きアスリート達が己の肉体ひとつを持って、4つのステージからなる巨大なアスレチックのクリアに挑んでいく。

 ただひとつ、完全制覇の栄光だけを目指して――――

 

「あっ! 今思ったけど、セイバーちゃんならクリア出来るんじゃない?

 いっかいSASUKE出てみましょうよセイバーちゃん! きっといけるわよ!」

 

「えっ……いえ大河、私はこういった物への参加は……」

 

「無茶言うなよ藤ねえ。

 確かにセイバーは凄いけど、こういうのは好きじゃないって」

 

 大河は目をキラキラ輝かせてセイバーを見ている。きっと栄えあるSASUKE完全制覇者がこの冬木から出るかもしれないとワクワクしているのだろう。

 だがサーヴァントであるセイバーが出てしまうのは、ちょっと反則ぎみになってしまうのだ。流石に番組スタッフの人達に申し訳ないと思う。

 

 ちなみに大河が好きなのは"風立ちぬ"だぞ。

 今は関係ないけれど、一応お伝えしておきます。(義務感)

 

「えー。ざんねーん!

 セイバーならきっとクリア出来るのにぃ~! ぶーぶー!

 まっ仕方ないか♪ ほら節子ちゃん、ご飯きたわよ~。

 それじゃあ一緒に! 手を合わせて下さぁ~い!

 せーのっ、頂きまぁーーす♪」

 

 節子の隣に座る大河が、ご機嫌な様子で「いただきます」の音頭を取り、衛宮家の面々もそれに追従していく。

 大河達もジブリのちびっこ達も、ニコニコしながら士郎のご飯を食べ進めていく。ちなみに今夜のおかずはなんと! なんと! 士郎特製ハンバーグなのだ!

 

 \うまい!/ \こりゃ美味ぇな!/ \おいしいですコレ!/ \ひゃ~!/

 

 ガツガツ! もぐもぐ! むしゃむしゃ!

 そんな音がそこら中から聞こえてくる程に、みんなもりもりとご飯を掻っ込んでいく。

 ここは戦場。食卓こそが我が居場所。弱者は去るべし滅ぶべしと言ったような感じで、みんな色々と必死だ。

 ひとつでも多く食べなければならない。せっかくのハンバーグ。

 

「ほら節子ちゃん! こうすれば目玉焼きハンバーグの完成よっ!

 食べてみて食べてみて! とっても美味しいんだからぁ~♪」

 

「うんっ♪ たいがねぇちゃん♪」

 

 大河はモリモリ自分の食事を進めながらも、まだちょっとお箸が苦手な節子の為にハンバーグを食べやすく切ってあげたり、美味しい食べ方を教えてあげたりと甲斐甲斐しい。

 節子も大河には凄く懐いているようで、彼女の隣で嬉しそうにハンバーグをもぐもぐ。とっても微笑ましい光景だ。

 

「おー! だいぶお箸が使えるようになったわね節子ちゃん!

 この調子でいけば、きっとすぐにお箸マスターになれちゃうわよ!

 貴方には才能があるわ!」

 

「おおきに♪ たいがねぇちゃん♪

 ウチがんばって、おはし上手なるっ♪」

 

 こうして見ると、まるで本当の姉妹のようだなと士郎は思う。

 ……まぁ本当は一瞬"親子のようだ"と思ってしまったのだが、それを口に出してしまうと大河がどんな暴挙に出るか分からないので、彼は黙って食事を進める事にした。

 

「うんうん♪ とっても良い子ね節子ちゃん♪

 きっと清太くんもお兄ちゃんとして鼻が高…………ってあれ?

 清太くんは? 清太くんいないみたいだけど?」

 

「ん?」

 

 ふとこの場を見渡してみると、清太の姿が見えない事に大河は気付く。

 いつもならナウシカと士郎の間の席に座って、一緒にもぐもぐとジブリ食いをしているハズなのに、今日に限って姿が見えないのだ。

 ……というよりも、清太だけでなく、この場にいるジブリのメンバーの人数が若干少ないような気がする。

 

「あぁ清太か? アイツなら今日、ちょっと出かけててさ。

 実はパズーやアシタカと一緒に……」

 

 その時、なにやら聞き覚えのある大声がTVの方から響く(・・・・・・・・)

 

 

『――――節子ぉーっ! 待っとれよぉーっ!!

 兄ちゃん絶対にクリアするでぇーっ!』

 

「 !?!? 」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 

 思わず〈ビクゥ!〉と身体を跳ねさせ、慌ててTVの方に向き直る一同。

 するとそこには、カメラに向かって拳を振り上げる清太の姿が映っていた――――

 

 

「見とけよぉ節子ぉー!

 兄ちゃんSASUKE完全制覇して、ぜったい賞金の200万円とったるからなぁーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

節子に腹いっぱい食わせる為SASUKEに挑戦する清太

~あなたトトロって言うのね 番外編♪~

 

 

 

 

 

「「「 何やってんだよ(のよ)!! アイツは!! 」」」

 

 一斉にツッコんでみるものの、清太はTVの中だ。

 今TVには"SASUKE 2020夏の陣"というテロップが表示されており、それと共に番組のオープニング映像が流れている。そこに清太の姿が映っていたのだ!

 

「えっ、ちょ……清太くん!? なんであんなトコに!?」

 

「にぃちゃん! にぃちゃーん!」

 

 大河と節子が目をひん剥きながら声を上げるも、清太はTVの中で「うおぉぉぉ!」と気合の声を上げるばかり。こちらの声は届かない。

 

『――――行こう龍の巣へ! 父さんは帰って来たよ!』

 

『――――曇りなき眼で見定め、決める!』

 

「ぱ、パズー?!」

 

「アシタカ?!?!」

 

 そして彼の両隣には、完全制覇に想いを馳せてフンスフンスと鼻息を荒くするパズーとアシタカの姿もある。

 それを見たシータとサンは、もうひっくり返っている。

 

『美味いモン食わしたるからなぁーー!

 待っとけよぉ節子ぉーー!! 兄ちゃんやるでぇーー!!』

 

「にぃちゃん! にぃちゃーん!」

 

「「「清太ぁぁぁーーー!!」」」

 

 そして清太は二人と肩を組み、一緒に元気良く軍艦マーチを歌い始める。映画でもあったヤツだ。

 というか別に彼らは子供なのだし、衛宮家に食費を入れてもらう必要は全く無いのだが……。なぜ賞金など獲ろうと言うのだろう?

 節子も毎日お腹いっぱい食べさせて貰っているし。全くの健康体その物である。お兄ちゃんの矜持的な物があるのだろうか?。

 

「どういう事だよ! というか大丈夫なのコレ?!

 アイツらって物凄い有名人だよ?!」

 

「ジブリ映画の主人公たちが、SASUKEに出演って……」

 

 慎二&桜がタラ~っと冷や汗を流す。

 まぁ恐らくは"ジブリキャラのコスプレをしてる人"って感じで視聴者さん達には解釈はしてもらえるんだろうが……本人たちはまごう事無く本人なのである。結構シャレにならない事態。

 

「そうなんだ。今日あいつらSASUKEに出てるんだよ。

 ホントは俺も一緒に出たかったんだけど、選考に受からなくてさ。残念だよ」

 

「えっ……士郎は知っていたの?! 一緒に応募って?!」

 

「ああ、俺は前から知ってたぞ?

 というか、前々から俺達4人でSASUKEのトレーニングとかしてたし」

 

「アンタってヤツは!! アンタッ!! このバカァァーーーッ!!」

 

 凛に首根っこを掴まれるも、「なんで怒られるのか分からない」といった感じの士郎。ビックリはしつつも、いつも通りのほほんとした顔だ。

 ちなみに今日は付き添い役として、ポルコか一緒に現場に行ってくれているようだ。さっきニヒルにタバコを吹かしている姿がチラリと映っていた。

 というか、なにこのジブリ男の子同盟。

 

「清太くん達ずっるい! 私も出たかったのにぃー!」

 

「メイも! メイも出るぅ!」

 

「というかもう始まるわよ?! 1stステージ開始って!」

 

 サツキとメイが悔しそうな声を上げ、サンとシータが白目を剥く中……やがて番組はオープニング映像を終え、いよいよファーストステージが始まろうとしている所。

 衛宮家の面々は未だワーワーと騒がしいが、もう黙って見守る他は無いのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『さぁ今年もこの緑山スタジオ特設会場に、全国より筋肉自慢の猛者達が集結致しました!

 この鋼鉄の魔城を制し、史上5人目となる完全制覇を達成する者は現れるのでしょうか!?

 SASUKE2020夏の陣、運命の1stステージ! いよいよ開幕です!』

 

 何やら熱の入った実況が始まり、衛宮家の面々が見守る中、SASUKE1stステージの幕が上がる。

 そして胸にゼッケンナンバーを付けた名も無きアスリート達が、次々に登場していった。

 

『ゼッケン6番、タコ店長! クワッドステップスに沈むぅぅ~~!!』

 

『小学校教諭、SASUKE先生! そり立つ壁の前に無念のリタイアぁ~~!!』

 

 晴天に恵まれた緑山の特設野外スタジオで、挑戦者達がドボンドボンと次々に池に落下していく。

 その度に観覧席から歓声や悲鳴が響き、そして勇者達へと送る暖かな拍手が会場を包んだ。

 

「えっ……これをやるの? あの子たちこれに挑戦するの? ……ホントに?」

 

「こんなムキムキの人達でも、次々に脱落してるのに……」

 

 衛宮家の居間に、ドン引きしている遠坂姉妹の呟きが響く。

 それもそのハズ。この"鋼鉄の魔城"は甘い物ではない。たとえプロのアスリートであっても至難という、まさに人生を賭けて挑まなければクリアする事の出来ない程の難易度を誇る代物なのだ。

 

 ――――4つの板の足場を飛び移りながら進む1stエリア、クワッドステップス。

 ――――坂状に設置されたローラーの足場を登り下りする2ndエリア、ローリングヒル。

 ――――二枚のアクリル板に両手両足のみで張り付き、そのまま段差のあるレールを一気に下っていく3rdエリア、ウイングスライダーなどなど。

 

 そのどれを取っても簡単な物はありはしない。肉体自慢、そして大のおとなである挑戦者達ですら失敗し、次々に池にボッチャンしているのだ。

 TVを見ている面々の間に、心配そうな雰囲気が漂う。

 

「まぁ見ててくれよ。俺達もこの何か月、必死に頑張って来たんだ。

 それにお前も映画で知ってるだろ? アイツらの凄さをさ」

 

 そんな中、ひとりのほほんとTV画面を見つめる士郎。心配げな顔をみせる凛と桜にニコッと笑ってみせる。

 そうしている内に……なにやらTVから聞き覚えのある"とてもハリのある声"が聞こえてきた。

 

『――――我が名はアシタカ! 東の果てよりこの地に来た!

 其方は元テレビ朝日アナウンサーと聞く、古舘伊〇郎か!!』

 

「 !?!?!? 」

 

 画面いっぱいに、真っ直ぐ実況席に向かって仁王立ちしているアシタカの姿が映る。

 いま彼が1stステージのスタートエリアに立っている!

 

『お~っと! なにやらゼッケン26番、自称もののけ姫主人公アシタカ彦選手が、

 わたくしに向けて声を上げております!

 ここは原作通り「去れッ!」と一蹴したい所ではありますがぁ、

 そうです古〇です! 現在フリーアナウンサーの古舘〇知郎であります!

 是非とも頑張って下さいッ!』

 

「 アシタカぁぁーーーっっ!! 」

 

 サンの悲痛な声が衛宮家に木霊する。だがもうここで見守るしか出来ない。

 アシタカは相変わらずの真剣な顔。空気も読まずにキリッとへの字口だ。

 

『押し通ぉぉーーーーーーーーーーるっっ!!』

 

 スタートを告げる〈ピッ! ピッ! ポーン♪)という音が鳴り、アシタカが勢いよく駆け出していく。

 1stエリアのクワッドステップス、そしてローリングヒルやウイングスライダーを物凄い速度で踏破していく。

 

「おい! すげぇ! アシタカすげぇぞ!!」

 

「 アシタカぁぁーーーっっ!! 」

 

 サンの悲痛な叫びはともかく……物凄いスピードで次々と1stステージを突き進むアシタカ。

 小さな足場を次々と障害物が襲い来る中で進まなければならない第4エリア"フィッシュボーン"、そしてトランポリンで〈ピョーン!〉と鉄棒に飛びつきいてそのままレールで疾走していく第5エリア"ドラゴングライダー"を苦も無く突破していくのだ!

 

「早い早い早い! どんだけなのよアイツ!!」

 

「あぁアシタカ! アシタカ彦! お前こそジブリ最強の主人公だ!!」

 

 なにやら溢れ出る歓喜で慎二がおかしな事になっているが……、アシタカはその後も第6エリアの"タックル"を「ふんぬぬぬ!」と押し進み、ついに最終エリアである最後の関門"そり立つ壁"へと辿り着く。

 ここは幾多の強豪、数々の実力者達をも脱落させて来た、全てを奪い去る絶望の壁だ。

 

『ぬわぁーーーっ!!』

 

「アシタカぁーー! アシタカぁーーっっ!!」

 

 スピードは充分! 助走もフォームもばっちり! ――――だが背丈が足りない(・・・・・・・)

 そり立つ壁に拒まれ、ズリズリィ~~っと腹ばいで滑り落ちてくるアシタカ。

 4メートルを超える頂に手をかけるには、まだ少年の域を出ないアシタカ彦では背が足りなかったのだ!

 

『ここでタイムアップ! アシタカ彦、無念のタイムアップであります!

 あわや1stステージ最速クリアかと思われましたが、

 その前に立ちはだかったそり立つ壁! ちびっこにはあまりにも無常な絶望の壁!

 1stステージ脱落であります!』

 

 地面に大の字。肩で息をしながらも、どこか清々しい表情のアシタカ。そんな彼に客席から惜しみない拍手が送られた。

 

『いやぁ~アシタカ彦選手! 惜しかったですっ!

 驚異の身体能力! 脅威のスピードでしたが、あと一歩が届きませんでした!』

 

 もう興奮が隠し切れない様子の女子アナウンサーが、たった今鋼鉄の魔城に挑んだ勇者に労いの声をかけに来る。

 

『ですが大健闘! 会場はもうアシタカ彦選手への声援で大盛り上がりでした!

 お見事です!! 今の気持ちをどなたに伝えたいですか?』

 

『サン! 観ているかッ! 次は必ず踏破してみせるッ!

 だから私に力をかしておくれ。――――共に生きよう』

 

「アシタカ……」

 

 潤んだ瞳のサンが見つめる中、会場の大声援を受けながらアシタカが退場していく。

 初挑戦でありながら、その身を池の水にぬらす事無く最終エリアへとたどり着き、力いっぱい戦ってみせた。

 背筋を真っすぐ伸ばして退場していくその誇り高い背中を、衛宮家の面々は言葉も無く見つめる。

 

「サン、良かったな。

 次はお前も一緒に出てみろよ。一緒に練習してさ」

 

(こくり)

 

 未だ暖かなぬくもりの余韻に浸っていたサンに、士郎が優しく微笑みかける。シャイな彼女は少し照れ笑いを浮かべながら、コクリと頷きを返した。

 

『――――やぁぁ~~るぞおお~~~~っ!! きっとラピュタを見つけてやるっ!!』

 

「 ぱ、パズー!? 」

 

 ジ~ンと感動していたのも束の間。次の瞬間TVには、スタートエリアで元気よく腕まくりの仕草をするパズーの姿が現れた。 

 

『続いての登場は、自称ラピュタの主人公パズーくんです!

 原作映画でも見せた、その人間離れした脅威の身体能力は健在なのでしょうか!?

 大注目であります!』

 

『あのファイナルステージの塔の向こうに、見た事も無い島が浮いてるんだ――――』

 

「 ないわパズー! そんな所にラピュタは無いのよ! 」

 

 そうTVにしがみ付くシータの背後、少し開いた襖から見える西の空に〈プッカ~〉とラピュタ浮いてたりしてたのだが、あわあわと指を刺す士郎の他は誰も気付く事は無かった。

 

『うおぉぉぉーーー! シィィィーーーータァァァーーーーーーーー!!』

 

 そして〈ピッピッピ! ポーン♪)と開始を告げる音が鳴り、何故か大好きな女の子の名を叫びながら駆けて行くパズー。

 第一関門、第二関門、そして第三関門と、アシタカに迫る程の凄まじいスピードで次々と攻略していく。

 

『どぉぉぉ~~~~~~りゃあぁぁぁ~~~~~~~!!』

 

「パズー!? パズゥゥーーー!!」

 

 そして第6エリアとなる、計300㎏にも及ぶ超重量の三枚の壁を頭突きで押していく(・・・・・・・・・)

 その"親方より硬い石頭"を駆使し、とんでもない勢いをもって一気に最終エリアへとたどり着いた。

 

「おい! ついに最後のエリアだよ! アシタカでも駄目だった"そり立つ壁"だ!」

 

 慎二が目を見開きながら声を上げる中、パズーが果敢に壁に挑んでいく。……だがやはり身長が足りない! またしても壁の高さに拒まれてズズズッっと傾斜を滑り落ちていく。

 

『――――負っけるかぁぁ~~~~~っっ!!』

 

「 !?!? 」

 

「「「 !?!?!?! 」」」

 

 するとどうだ! パズーがまるで削岩機のような勢いでガガガッと壁を引っ掻きながら、壁を登り始めたではないか!

 もう漫画のように残像が見える程の速度で両腕を動かし、少しずつそり立つ壁を上がっていくのだ!

 

「 いける! いけるわパズー! パズーの握力はチンパンジーだもの! 」

 

「し、シータ?」

 

 今までショックで呆けていたシータが、突然大きな声で声援を送る。

 そうだ! パズーならやれる! なんたって彼は、どんな岸壁だろうがレンガの壁だろうが登って来た男だ!

 ラピュタに行った時だって、もう"落ちたら間違いなく死ぬ"という高さにある垂直なレンガの城壁を、「ふんぬぬぬ」とばかりに登ってみせたじゃないか!

 彼に登れない壁なんて、ありはしないのだ!

 

「 登って! 登るのよパズー!

  そこがラピュタだと思って! 落ちたら死んじゃうと思って!

  そう、いつものように! 」

 

『ぬぅぅぅおおぉぉ~~~~りゃあぁぁぁぁ~~~~~っっ!!!!』

 

 もう両手も両足もダババダ動かしながら、懸命にパズーが壁を登っていく。

 しかし……。

 

『あぁ~~~っとぉ! ここでタイムアップ!!

 見事頂上に指をかけたその瞬間、

 無情にもタイムアップのブザーが鳴り響きましたぁーーっ!

 パズー選手、ここで無念の脱落でありますっっ!』

 

 届いた。たしかにその手は頂上にかかっていた。

 パズーはそり立つ壁を攻略し、見事に最後まで登って見せた。

 だが……ここでタイムアップ。身体の小さなパズーはこの上ない大健闘を見せながらも、鋼鉄の魔城の前にその膝を折ったのだった。

 

『……へへっ、悔しいなぁ。もうちょっとだったのに』

 

 けれど今、見事1stステージのゴール地点、その一番高い場所に立ったパズーが、清々しい顔で大空を見上げる。

 

『――――けれどボクは諦めない!

 これからもっともっと頑張って、きっと最後の塔を登り切って見せるよ!

 約束するよシータ! きっとシータをラピュタに連れてってあげるから!!』

 

 両手を振り上げ、大きな声で叫ぶ――――

 遠く離れたシータの所まで届くよう、力いっぱいの声でそう宣言する。

 そんな少年の眩いばかりに雄々しい姿に、観客たちは大声援を送った。

 

「うぉぉおお! パズー! パズゥー!!」

 

「凄い……凄いわパズー! すんごくカッコいい!」

 

「パズゥーッ! すげぇーー!!」

 

 衛宮家のみんなも思わず手を叩き、パズーに惜しみない称賛を送る。

 そんな中、静かに目元の涙を拭いながらニッコリと微笑むシータの顔が、とても印象的だった。

 

「あぁもうっ、俺も出たかったぁ~!

 あんなすげぇの見せられちまったし、なんか身体が熱くてしょうがないよ。

 ……ちょっと公園走ってこよっかな?」

 

「駄目よ士郎、まだ清太くんの出番が残ってるでしょ?

 ちゃんとしっかり応援してからね♪」

 

 そわそわとその場を立った士郎が、大河の声を受けてグムムと座り直す。

 そう、この後は清太の出番なのだ。士郎の親友であり、節子の大切なお兄ちゃんが登場するのだ。

 これはもう、力いっぱい声援を送らざるを得ない。

 

『続きましてゼッケン28番!

 自称"火垂るの墓"主人公、清太選手の登場であります!』

 

 TVから古〇伊知郎アナの声が響き、場面にビシッと覚悟を決めた顔の清太が映し出される。

 その姿を節子は、大河の膝の上で真剣に見守る。

 

「ついに登場ね。ジブリの真打が」

 

「清太は中学生だから身長も高い。期待できるぞ」

 

 遠坂主従がウンと頷き合い、TVを食い入るように見つめる。すると何やら突然場面が切り替わり、そこに清太のトレーニング風景であろうシーンが映し出された。

 

「あ、これ清太の煽りPVか?

 すげぇな、有名選手しか作って貰えないヤツなのに」

 

「自称とされているとはいえ、清太は有名人です。

 日本人であるならば、彼を知らない人を探すのが難しいくらい位ですから」

 

「清太くん大人気ですね♪ わたしも火垂るの墓だいすきです♪」

 

 間桐陣営もウンウンと頷き、ワクワクとPVを鑑賞する。清太へのインタビューや、彼の行ってきた過酷な練習の風景が数々が流れていく――――

 

 

 

『133! 134! 135! 136!』

 

 太陽の光に照らされてキラキラと輝く、河川敷の広場。そこで清太が物凄いスピードで腕立て伏せをおこなっている。

 

 

 

『うっしょい! うっしょい! うっしょい!』

 

 第2ステージを想定し、サーモンラダーという鉄棒を練習する清太。

 カッカッと小気味良い音を立てて、リズムよくどんどん上まで登っていく。 

 

 

 

『おいどうしてん!? もう終わりか!? もう止めるんか清太!!』

 

 いま画面に、かの"ミスターSASUKE"と名高き伝説の選手、山〇勝巳さんの姿が映し出される。それを見てちょっとビックリしちゃう一同。

 

『そんなモンか清太! もう限界なんか! 出来へんまま止めてまうんか!!』

 

『止めませんっ! やりますっ!! ボク出来るようになるまでやります!!』

 

 山〇さんの叱咤を受け、涙で顔をグシャグシャにしながらも声をあげる清太。ボロボロの身体で地面に蹲りながらも、その顔だけはしっかりと山〇さんの方を向いている。

 

『続けさして下さい……! やらして下さいっ……!

 ――――ボクにはもうっ、SASUKEしかあらへんのですッ……!!』

 

 もうボロッボロ鳴きながら懇願している清太。よく見れば山〇さんの方も感極まって泣いてしまっている。……昔の自分と重なる部分があるのだろうか?

 二人は抱き合って「おーいおい!」と泣きながら、トレーニングを決して諦めない事、そしてSASUKEの完全制覇を男くさく誓い合う。

 

 

 

『おー良いぞ清太! 登れ登れ登れぇーー!!』

 

『うおぉぉぉーーー! 士郎くぅぅーーん! うおぉぉぉーーー!!』

 

 そしてファイナルステージを想定した綱登りの練習風景と、力強く清太をサポートする士郎の姿も映し出される。

 

『よっし! やったぞ清太! 登り切った!

 じゃあ帰って飯にしよう! 今日も栄養のあるモン沢山作ってやるからな!』

 

『おおきに士郎くん! ほんま士郎くんがおれば、もう百人力やわ!!』

 

 天まで届くような一本の綱を見事最後まで登り切り、達成感と共に家路に付く清太たち。もちろんそこにはパズーやアシタカの姿もある。

 彼は一人で戦っているのではない。こんなにも頼もしい仲間達が沢山いるのだ。

 

 

 

『前に、妹を酷い目に合わせてもうた事があるんです――――』

 

 そしてこれは、清太へのインタビュー映像か。

 いま画面には、俯き加減で沈痛な面持ちを浮かべる清太の姿が映っている。

 

『ボクがアホやったから、考え無しやったから……妹を辛い目に会わせてもうて。

 そんでボクには、守ってやれる力が無くて』

 

 懺悔をするように、ゆっくりと清太が胸の内を語っていく。

 節子、そしてナウシカなどは、もう言葉なくその姿を見つめている。

 

『だから、強いお兄ちゃんになりたいんです。

 とんな事からも妹を……節子を守ってやれるような、強い兄ちゃんに。

 節子が自慢に思ってくれるような、そんな兄ちゃんに、なりたいんです――――』

 

 皆の一番後ろ、そこでバーサーカーが清太を見ている。まるで父親のような真剣な表情で清太を見つめている。

 もうあの怠け者で自分勝手だった幼い少年は、どこにも居ない――――

 いま自分の目に映るのは……大切な妹を守る為に戦う覚悟を持った、まごう事なき一人の男なのだと。

 

『やります。ボク精一杯SASUKEに挑みます。

 ほんで最後までやり切って、今度こそ自分の力で、

 節子に美味いモンを食わしてやりたいんです――――』

 

 

 

…………………

…………………………………。

 

 やがて画面は切り替わり、再びSASUKEのファーストステージ、そのスタート地点に立つ清太の姿が映し出される。

 その顔は真剣、だが充実した笑みが浮かぶ。この日の為に積み重ねた練習……そして自分を支えてくれた全ての人達を想い、清太は一度だけ静かに目を閉じる。

 

 

『清太選手、いま手にしていたサクマドロップの缶を静かに足元に置きました。

 それでは清太くんのSASUKE1stステージ、開始ですッ!!』

 

 アナウンサーの高らかな宣言と共に、緑山の空に大きなブザーが鳴る。

 

 さぁ、始めよう。

 ここからがボクの挑戦の始まりや――――

 

『さぁ始まった! 清太選手が静かに目を開けて、

 スタート地点を飛び出していく~~~っ!!』

 

 

 もう振り返らない。迷わない。

 

 清太が大きく一歩を踏み出し、いま夢の舞台へと、駆け出して行った――――

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 ああっと清太選手! ここで落下ぁぁ~~~っ!!

  開始僅か4秒(・・・・・・)!!

  第1エリアのクワッドステップスで、足を滑らせて落水ぃぃ~~ッ!! 』

 

 

 

 TVから、古〇さんのハイテンションな声が聞こえる。

 いま画面では、壮大に池に落下した清太があっぷあっぷともがいている。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 それをどこか遠くに、ボケ~っと見つめている一同。

 誰一人として身動きする者も居ない。〈チーン♪〉と静まり返っている。

 

 

「なんでホタルすぐ死んでしまうん……?」

 

 

 そんな節子の悲しい言葉が、静かに響いた。

 

 

 

 



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