響奏exchange (非人間)
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第1話

 昨夜のテレビ番組の内容、教師への悪態に宿題の量、直近の学校行事、有名タレントに芸能人。朝の通学路を彩る話題は尽きることがない。一晩ぶりの友人との再会に顔を綻ばせるか、或いは始業への憂鬱に顔を曇らせるか、どちらにせよ和気藹々とした雰囲気がにじみ出ている通学路。

 その一角に、数人の女子生徒が群がる一本の木があった。

 

「どうした、なんかあったのか?」

 

 そんな少女たちの背後からかけられたぶっきらぼうな台詞。何だ何だと振り返る少女たちの目の中に、天羽奏の姿が飛び込んできた。天羽奏は、ちょっとばかり素行がよろしくないことで知られている、そんな少女だった。若干ビビる少女たち。

 

「木の上になんかあるのか?」

 

 そう言って枝を見上げる彼女の顔に悪意は見当たらず、普段の通学では見られない光景に首を突っ込んでみただけのように見受けられる。決して己らの行いが不良少女の怒りを買い、おら、道を開けやがれ、などの文句を言われたのではないと察っした少女たちは、あわよくば手伝ってもらえたりしないだろうか、何て期待を込めて状況を説明し始める。

 

「猫が木の上に登っちゃったみたいで……」

「降りられなくなっちまったのか?」

「そうみたい」

 

 見上げてみれば、その木の下から2、3番め程の、細く頼りない枝の上で、猫が震えているのが見える。風に煽られただけで猫の重みに負けそうな程に情けない枝は、猫の震えに共鳴して、これまた頼りなく揺れていた。

 

「しょうがねぇ奴だなぁ」

 

 大仰なため息を一つ漏らした奏は、そのまま数歩後ろに下がる。やはりこの様な些事にとらわれる様な人間ではないか、と落胆する少女たち。が、

 

「ちょっとこれ持っててくれるか?」

「いいけど、どうするの?」

「まぁまぁ良いから、任せとけって。あとちょっと危ないから下がっててくれ」

 

 突然放り投げられた鞄を慌てて抱え込む。どうするのかと尋ねれがば笑って少し下がってろと言われる。2、3回軽く跳ねて足の調子を確認している奏と木上で震えている猫を見比べる。というよりも、猫が目を潤ませながら助けを求める様に鳴きかけてくる。

 何となく、先の展開が猫にとって幸せな結末にはならないのだろうな、という予感はあるがもう遅い。降りれもしない木に登ってしまった数分前の自分を恨め、なんて無責任な思いが込もった微笑みのまま、もう一歩後ろに下がる少女。

 切なげな鳴き声が届くと同時に、奏が鋭くステップイン、

 

「お、ら、ヨォッッと!!」

 

 所謂回し蹴り。

 時計回りに半回転、木に背を向けたあたりで軸足を右から左足に切り替え、適当な掛け声を伴って放たれた右足裏は、木の幹のど真ん中に叩き込まれ、鈍い音を響かせる。その衝撃に驚いたのか、手足をバタつかせながら落ちてくる猫。着地姿勢を取ろうと身を翻したその首筋を、さらに体を捻って体制を整えた奏が引っ掴む。

 

「ほらよ、こんなバカ猫、蹴り落とすぐらいで十分だろ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 ぐいっと猫を押し付けられながら乾いた笑いを浮かべる少女たち。なんというか、雑だった。女子高校生にしては男前過ぎる掛け声の蹴りに、それの衝撃で落ちてきたのであろう細かい枝葉を髪に引っ掛け笑っている。うら若き乙女にはあるまじき姿だった。

 

「じゃあな、そいつどうするのかしらねぇけど遅刻すんなよ」

「はい、本当にありがとうございました」

 

 これまた男前に、手を振り去っていく奏に礼を重ねる少女たち。その後ろ姿に忍び寄る少女の影。突然抱き着かれ、うひゃっ、なんて声を上げる奏を遠目に見ながら三人で、あの人可愛いいなぁと認識を改める。

 

「助けてくれたんだよね、一応」

「まぁ、かなり乱暴な手段でしたが」

「でもアニメみたいでかっこよくなかった?」

「そうかなぁ」

「突然木を登り始めるよりはマシではないでしょうか」

 

 奏が十分に離れたことを確認してから、猫を抱き抱えながら話し込む三人。そんな彼女たちの手から逃れて飛び降りた猫が、ニャーンと一鳴き。木に立てかけられた少女たちの鞄に飛びかかる。少女たちが慌てて止める頃には既に、弁当箱が引きずりだされていた。

 

「あれ、もしかしてお腹空いてるっぽい?」

 

 も一つニャーンと可愛らしく喉を鳴らす猫。餌付けに気を取られる少女たちの頭に予鈴が鳴り響くまで後少し。

 

 * * *

 

「急にくっつくのやめろっていつもいってるだろ」

「今日のは私を置いていったことへの罰です。ルームメイトなんだから、教科書探す手伝いぐらいしてくれてもいいんじゃない?」

「んなもん前日に準備してなかったお前の責任だろ。付き合ってられるか」

 

 朝のHR前の教室、多少のトラブルに見舞われながらも多少の余裕を持って自席に到着した奏は、ルームメイトで、ついでに席が隣な小日向未来と、楽しい楽しいお喋りタイムへと洒落込んでいた。

 

「それにしても珍しいな、未来が忘れ物するなんて。……いや、忘れ物ってほどでもないか」

 

 小日向未来は真面目な人間だ。少なくとも奏の知る限りで未来が忘れ物をした事など、片手で数え切れる程度の回数しかない。特別気になったというわけではないが、適当な雑談に使うにはちょうどいい話題だろうと話をふる奏。

 

「ちょっと調べ物してたら夜更かししちゃって」

「調べ物?なんか課題でも出てたっけ」

「ううんそうじゃなくて、覚えてない?奏、今日翼さんの新曲発売日だよ」

「ああ、そういう」

 

 未来のいう翼さん、というのは風鳴翼のことで、風鳴翼という人物を大雑把に説明すると、だいたい人気歌手というところで落ち着く。余談だが、彼女は奏とミクの通っているこの学校、私立リディアン音楽院の先輩だったりもする。

 

「奏は翼さんの歌大好きだもんね」

「いや、別にそんな事ないけど」

「でも奏、いつも翼さんの歌ばかり聴いているじゃない」

 

 未来の言う通り、奏が愛用している音楽プレーヤーのプレイリストは、風鳴翼の名前で埋められていた。確かに奏には、風鳴翼を特別に応援してしまいたくなるような事情があった。が、

 

「どうして特別好きでもない人の歌ばかり聴いているの?」

「何だよ、自分の先輩のこと特別扱いしちゃいけないか?」

 

 どうやら人に話したい様な内容ではないらしく、適当な理由をつけてはぐらかした。奏の言い訳に違和感でも感じたのか未来は、むぅーっと頬を膨らませ不満げな顔を作る。

 

「奏が翼さんの歌聴き始めたの入学前じゃ「はいはい、この話終わり。もうHR始まるぞ」むむぅー」

 

 嘘があっさりバレ何とも言えなくなった奏は無理矢理話を叩き斬る。不満で頬をさらに大きくしている未来を完全にシカト、今日の一限は何だったかな、何て白々しい事呟きながら引き出しの中をかき回し始めた。まだまだ聴きたいことはあったが、奏の言った通り本鈴が響き、また教師も教室に入ってきてしまったので、渋々事情聴取は諦めることにした。

 何だかなぁ、なんて思いながら点呼の声を聞いていたら、友人の何人かがまだ登校してきていないことに気づく。体調不良か、いや三人揃ってとは考えにくい、もしや登校中に何かトラブルでもあったのだろうか。なんて心配していると、教室の外から慌ただしげな足音が聞こえてきた。

 

「先生ッ、教室で猫を飼いませんか!!」

「きっと癒し効果やら何やらで成績も上がるはずです!!」

「私、教室で動物飼ってるアニメに憧れてたんです!!」

「元いた場所に返してきなさい」

 

 ……何をやっているのだろうか、あの級友たちは。

 絶対に通らないであろう要求を「アニメッ」熱意と勢いだけで「アニメッ」無理矢理通そうとする「アニメッ」級友たち。そんな級友たちの「アニメッ」発言すべてに冷静に「アニメッ」「元いた場所に返してきなさい」と返す強情な教師。そんな戦いが十数秒程続き、教師の額に青筋が浮かんできた辺りで級友たちは顔を見合わせ合う。おそらく本命の一撃なのだろう、深く頷きあった級友たちは泰然と構えている教師に向かって一斉に口を開く。

 

「「だってこの子、天羽さんに助けられたんですよ!?」」

「この子今、すっごいお腹すかせてるんですよ!?」

「「「えっ」」」

「はぁ……、せめて意見は一つにまとめてから来なさい」

 

 教壇上の惨状に意識を奪われ、ブッフォゥ!!なんて勢いのいい吹き出しの後にゲホゲホと咽だした隣のオレンジニワトリさんに触れる人は一人もいなかった。

 因みに、教師に引ったくられ窓の外にリリースされた猫は、むしろ目を輝かせ意気揚々に走って行ったそうな。

 

(あ、突っ伏してる奏も可愛い)

 

 * * *

 

 擦った揉んだありつつ時刻は放課後になっていた。リディアンは音楽学校だが、当然音楽以外の授業も存在するし、それに則ったテストも存在する。ともなれば成績が足りない人の為、又はもっと勉強して成績を上げたい人たちのために補習講座があってもおかしくはないだろう。

 CD購入の為に全力ダッシュを決めなければならない未来を補習あるからと巻いた奏は、講座終了後即街に繰り出し、行きつけのCDショップまで足を運んでいた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 自動ドアの開閉に連動して挨拶を送るだけの機械、店長。この人がレジから動いたところを見た人はいないらしい。服装は常にエプロンの下にワイシャツで、眼鏡をかけている日といない日の2パターンがある。奏は、店長が眼鏡をかけている日は良曲との出会いがある、なんてジンクスを勝手に作っていた。本日は眼鏡ブーストありのラッキーデイの様だ。

 

「とはいえ、流石にもう残ってないか」

 

 店長眼鏡補正の力を持ってしても風鳴翼の新曲を残しておくことはできなかったようだ。新曲コーナーには風鳴翼のポスターと完売御礼の文字が揃って飾ってあった。補講で学業などにうつつを抜かす若者に、音楽の神様が微笑むことなどないのだ。

 とはいえ想定内だったため、特に気にした風でもなく奏は新曲コーナーを後にする。そのまま視聴コーナーに足を運んだ奏。このコーナーでは店長が毎日気分で変更する楽曲を無料で聴くことができるのだ。奏は、いくつか壁に引っ掛けてあるヘッドホンの内のひとつを適当に選び、頭に引っ掛ける。

 

(やっぱ今回も聴いたことない奴か)

 

 奏が今までここで視聴した曲で、事前に名前を知っていた曲は一つもない。勝負しているわけでもないのだが、なぜかいつも悔しくなる奏。

 

(まぁべつに良いか、そんなこと)

 

 雑念をかき消し歌に集中しようとする奏。既に数曲聞き終わり、次に入ろうとしている曲に意識を向けなおす。雑念に気を取られ曲を適当に聞き流してしまった。これはいけない、自分にそう言い聞かせながら奏は、ヘッドホンを投げ捨て、後ろに向かって全力で跳んだ。

 瞬間、何かが天井を貫いて落下してきた。

 それは鳥のようなフォルムをしていた。

 それは確かにそこに存在しているのに、まるでそこにいないかのような存在感の薄さだった。

 それは巷でノイズと呼ばれている存在で、人類の天敵(・・・・・)だった。

 

 




 話にはあまり関係ありませんが、奏さんの補習はもっと成績を上げたい人グループのものです。
 今作品の奏さんは基本的に響より少し頼りになる人間をイメージして書いているので、学業面でも隙は見せません。


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第2話

 地の文と会話のバランスが保てない……
(役:地の文が多く読みにくいので注意してください)


 ノイズとは一体何なのか。その答えにたどり着けた現代人は、残念ながら未だ存在しない。

 有史以前から存在を確認されていて、国連総会で認定特異災害とされる程の未知の存在であること。

 歴史上に存在する異形の類の殆どがノイズ由来のものであるとも言われていて、学校の教科書にも載る程に知名度が高いこと。

 空間から突如滲み出るように発生し、人間だけを大群で襲うこと。

 触れた人間を自分諸共炭素の塊に転換させる能力と、自分の存在度を自由に操作する事で人間側からの干渉を無効化能力という、対人間用の最強の盾と矛持っているという事。

 基本的に意思の疎通や制御は不可能なこと。

 人類が持っているノイズについての知識はこの程度のものだ。十分な量にも思えるかもしれないが有史以前から存在していたことが確認されていたということは、数千年、下手をすれば万に届くほどの年限の中でこの程度の量の情報しか得られていないということだ。人類はノイズが何でできているのかも知らないし、誰かに作られたものなのか、それとも自然に発生したものなのか、そもそも何を目的にして人類だけを襲うのか。ノイズについての根幹的な情報を人類はまだ持っていなかった。

 だが、今はそんな事はどうでもいい。重要なのは人間がノイズに触れれば基本的に死ぬという事と、現代の人類にノイズを屠る手段はないという事と、こいつらが瞬間的にとはいえ自動車と同等またはそれ以上のスピードで移動するという事で、そんな連中に狙われた天羽奏の身の安全だった。

 

 * * *

 

「何がレジから離れたところを見たことがないだ!!客置いて一人で逃げ出すようなヘタレじゃねーか!!」

 

 ヘッドホンを外した瞬間、奏の耳に大音量の警報が飛び込んできた。ノイズの発生を知らせる時にだけ鳴るものだった。

 最初に突撃してきたノイズを何とか躱した直後、天井の一部が落ちてきた。確かにノイズは人間に接触することを最優先にする。だが、そもそも二次災害的に発生した瓦礫に頭でもぶつけようものなら、その時点で奏は命を落としてもおかしくはない。すぐさま駆け出した奏は、何とかレジカウンターの下に身を滑り込ませる。が、

 

(あ、ヤベェしくじった)

 

 すぐに失策を悟る。奏が行動を起こした直後からすぐに、第二第三のノイズが断続的に降り注いできた。十を超えるか超えないかという数のノイズが天井をぶち抜いて地面に突き刺さる。

 だがいかにノイズが人間の気配を感じとことができるとはいえ流石に透視能力の類は持ち合わせていなかったらしい。奇跡的な幸運で奏はその命を繋いだ。

 更に奏での幸運は続く。今回襲撃してきたノイズは全てフライトノイズ型だったのだ。フライトノイズとは読んで字のごとく空飛ぶノイズさんだ。移動速度は全ノイズ中最高クラス、空を飛べることについての利点など語るまでもない。では何故奏は幸運だったのか。それはこの種のノイズの攻撃手段の乏しさにある。

 炭素転換という対人間最強の矛を等しく有するノイズ達だが、その武器を使用するための条件は、総じて人間に接触する事である。一部ノイズは遠距離攻撃が可能だが、フライトノイズはその中に入っておらず、それどころか有している攻撃手段は高高度からの直線的な落下だけだった。

 勿論それは充分人類にとって脅威的な攻撃だが、事今のような状況、つまり閉所の地面に突き刺さっているような状況では、再び飛び上がり助走をつけての再落下しか手がないのだ。すぐ隣に獲物がいるにも関わらず。確かにその場で飛び上がり、ほんのちょっとでも奏に触れることができたのなら、それだけでノイズ側の勝利だろう。だが店の中は狭すぎた。店長の趣味だったのか何なのかは判然としないが、この店は余計なものに見える雑貨やアンティークに満ち溢れていた。ただでさえ裏路地にひっそりと立地している店なのだ、そんな店の中にかなりのサイズを誇るノイズ達が自由に羽を広げる空間などなかった。よっても自分たちの存在率を極限にまで下げたノイズ達はそのまま奏でを放置し、一斉に空に飛び立った。

 特別ノイズの挙動に詳しかったということもなかった奏だが、ノイズ達が一斉に飛んで行ったのを見やり、本能的にこのままここにいれば死ぬことになると察し店の外へ逃げ出した。

 と、ちょうどそのタイミングでノイズ達が再び降り注いで来たため、充分に逃走する時間を確保することができた。

 

「シェルターに向かう……ダメだ、あそこももう今頃閉まってるはず、今更行っても入れてもらえねぇ」

 

 どれ程の時間警報を聞き逃していたのかは分からないが、CDショップで経過した時間と現在地からシェルターまでの距離を己の足で走っていては、きっと間に合わないだろう、と奏は判断を下す。いかにノイズが人類にとって脅威的な存在であるといえども、人一人がノイズに遭遇する確率は東京都民が一生涯に通り魔事件に会う確率を下回るとされている。つまりそういくつもいくつもシェルターを作るわけにもいかないという事だ。

 基本的に有事の際には特異災害対策機動部一課などという仰々しい名前の組織が駆り出されることになる。ノイズが発生したのを確認してから出されるノイズ警報だけでは、市民の避難が間に合う事の方が稀だ。彼等の仕事は避難誘導、ノイズの進路変更、及び被害処理など多岐に渡り、避難中の市民をシェルターへ移送するのも彼等の仕事となる。とはいえ彼等も公務員、その命をお国に守られることを約束された方々でもある。周囲を見回してみても人っ子一人いない事から、彼等も既に撤退していることが窺える。

 

「となれば後はノイズの自壊時間まで耐えるしかねぇか」

 

 こんな状況でも、奏が諦める様子はない。そうだ、ノイズだけには(・・・・・・・)殺されるわけにはいかない。ノイズだけには……

 

 遠くに歩行型ノイズの大群を見つけた。

 フライトノイズの群れが追いついてきたのが見えた。

 目の前に目をと耳を塞ぎ座り込んでいる幼女を見つけた。

 

 一瞬、頭が真っ白になる、自分が何から逃げているのかも、今見つけたノイズへの危機感も、目の前の少女の安否すら忘れて。

 その幼女の姿が、余りにもいつかの自分(・・・・・・)にそっくりだったから。

 

「ッ!?ついて来い、逃げるぞ!!」

「えっ?」

 

 幼女に駆け寄り手を取る奏。手を引き走り出した瞬間、幼女の元いた場所にノイズが複数体突撃していた。そのまま止まることなく幼女を固く抱え込み、前回り受け身を三連続、その度にその影にノイズが突き刺さる。

 

「くそッ、おい大丈夫か!?」

「うん、ありがとうお姉ちゃん」

「礼はいいから口閉じてろ、舌噛むぞ」

 

 ノイズ達の硬直の隙をつき態勢を立て直す奏。幼女を抱えたまま一気に加速する。

 

「このまま路地を走り続ける。後ろからノイズがきてないか見ておいてくれないか?」

「うん、分かった!!」

 

 与えられた役割に集中して、恐怖を忘れる事を期待して指令を出すと、思っていたより大きく返事をする幼女。後ろに身を乗り出し、ノイズを観察し始める。少し抱えづらくなったものの、恐怖で泣き出すよりはましだと考え、少しはしゃぎ過ぎな少女を宥めつつ走る。

 突撃してきた数体のフライトノイズを、狭い路地に入ることで何体か振り切り、壁を使った三段跳びで回避する。路地を抜けると左方からノイズが迫ってきているのを確認し、右折、宣言通り速度を上げるべく、ストライドを広げる奏。

 何かを踏む。

 

「やっべ」

 

 それは黒い粉末の山で、つまりは誰かの残骸だった。恐らく今の奏達のように裏路地から出たところをノイズに狙われたのだろう。その山の傍には見慣れた、店長が掛けていたような眼鏡が転がっていた。

 

「またお前かよッ!?」

 

 かなりのスピードで走っていた奏は、その炭素の塊に文字通り足を引っ張られ、足を滑らせる。幼女だけは守ろうと再び固く抱きしめるも転倒は免れず、全身に擦り傷を作りながら盛大にすっ転ぶ。

 

「お姉ちゃん大丈夫?」

「問題ねぇよこのぐらい。お前ももう立てるか?すぐに走るぞ」

 

 奏は気丈に振る舞うも、疲労がピークに達している状態でこのアクシデント、足を捻り、打ち身もあった。とても立ち上がれるような状況ではなく、何度か立ち上がろうとするものの、痛みに顔を歪め膝をつく。奏が立ち上がれない事を理解したのか、幼女の瞳に涙が浮かぶ。既に助かる事を諦めてしまったように顔を絶望に染める幼女を見て、周囲をぐるりとノイズに囲まれて、上空にもノイズがひしめいていて、それでもなお奏の心に諦めという感情は浮かばない。

 

「諦めてたまるか……」

 

 絞り出すように、叩きつけるように呟く奏。それは幼女への鼓舞であり、ノイズ達への宣言であり、自分自身への戒めだった。

 

「生きるのを諦めてたまるかッ!!」

 

 瞬間、全身に走る奇妙な感覚。

 全身の組織が崩壊していくような感覚と、全身が完全な状態に作り変えられていくような感覚が同居する。全身の血液が煮え立ちそうな感覚と、全身の血液がまるで別の液体に置き換えられて行くような感覚が断続的に発生し続ける。遠のきそうになる意識とは裏腹に、徐々に研ぎ澄まされて行く感覚は、とある存在を捉えていた。

 それは槍であるように感じられた。

 引き抜かれたが最後、所有者に勝利だけを齎す無双の一振り。

 もしこの槍がこの場にあったのならば、自分の手中にあったもならば、あらゆる理不尽を振り払えるのだろうと、そう確信させるほどの存在感。

 そこまで思考が到達した瞬間、全身に広がっていた違和感が胸元の一点に集中したのを感じた。

 

「ガッ、アァッ、グゥォォォッ!!」

 

 凝縮して行く違和感に呼吸もままならない。獣のような叫びが口から漏れる。そしてその咆哮に合わせて、奏の体から衝撃波が迸る。徐々に力を増して行くそれは、何故か幼女には影響せず、ノイズ達だけを押しとどめていた。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ」

「お姉ちゃん!?」

 

 違和感が頂点へ、広がる衝撃もより強力に、槍のイメージはもうまるでそこにあるかのように、

 

「い゛や゛、間違いなくそこにあるッ!!」

 

 手を伸ばす、何かを掴む為に。

 それを握る、襲い来る破滅を退ける為に。

 槍を引き抜く、目の前の外敵に、確定的な破滅を与える為に。

 

Croitzal ronzell Gungnir zizzl(人と死しても、戦士と生きる)

 

 突き出した手には、槍が握られていた。身の丈よりも大きい突撃槍が。腕には腕甲、脚には脚甲が装着されているのに、服装は元のリディアン制服のままで。

 

「アタシがお前を守るから、頼むッ!!

 生きるのを諦めないでくれッ!!」

 

 胸に響く歌のままに槍を振るう。伴って発されたエネルギーが、周囲のノイズを屠り尽くした。

 

《無()・ガングニール》




 《無双・ガングニール》は完全にオリジナルのタイトルです。何故そんなもんが出てきたのかってそんなの奏さんの持ち歌が少なすぎるからってだけです。


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第3話

 戦闘描写に初挑戦。やっぱり難しい……


「お姉ちゃんすごい!!なにそれなにそれ、今ビーム出たよ、ビーム!!」

「ふっふっふ、聞いて驚けこいつはなぁ……なんだこれ」

「分からないの?」

「全然分からねぇしこれっぽっちも心当たらねぇ」

 

 なんか突然出てきた槍と、オマケのように付いてきた手足の装飾に冷静さを奪われ、緊迫した状況の筈なのに少し和やかな雰囲気を醸し出してしまう奏と幼女。

 

「でもでも、お姉ちゃんすっごく格好良かったよ!!」

「そうかぁ、お姉ちゃん格好良かったかぁ。じゃあもうお姉ちゃんが最強に格好いいってことだけ分かってれば良いんじゃないか?」

「お姉ちゃん、私知ってるよ。そーゆーの、しこーてーしって言うんだよ」

 

 記憶を遡っていった結果、何となく心当たるような出来事があったのは思い出したが、それがどうこの現象に繋がるのかが理解不能だった為、余分な思考を投げ捨てる。

 

「そろそろアイツらの相手もしてやらなきゃな、もう我慢の限界みてぇだ」

「大丈夫なの?」

「問題ねぇよ。ただちょっと危ねぇからあんま離れんなよ?」

 

 幼女の返事に頭を撫でることで答える奏。槍を肩に担ぎ上げ、胸の内から響いて来る詩を歌い上げる。今まで体を襲っていた違和感が、そのまま形を変えたように生まれて来る旋律に、理不尽への叛意を乗せて。

 それに呼応するかのように襲い来るノイズ達。幼女から離れすぎないように注意しつつ一体一体を丁寧に打ちはらう。いくらノイズに対抗し得る武器を手に入れたとはいえノイズのすべての能力を封じれたわけではない。触れるだけで人を炭化させる能力は健在、生身でノイズに対する奏は倒したノイズから発生する煤にも触れないよう、慎重に立ち回る。

 

「すごい!!お姉ちゃん格好いい!!」

「緊張感削がれるなぁ……」

 

 肝が座りすぎているのか、それとも現実感を失った目の前の光景がヒーローショーにでも見えているのか、無邪気に声援を送る幼女。興奮に染まるその様を流し見て苦笑が浮かぶ。

 

「そんな目ぇされると、格好良いとこ見せたくなっちまうじゃねぇか」

 

 決してノイズを侮っている訳でも、降って湧いた力に奢っている訳でも無く、純粋に気分が盛り上がってきたから。槍から何かが伝わって来るのだ、自分の性能はこの程度ではないと。

 ノイズ達の動きにも変化が現れる。このまま単調に攻めていても埒が明かないと判断したのか、それともこれ以上奏にいい格好をさせないためなのか、一旦攻めの手を緩め一箇所に集合する。まぁ、ノイズがそんな思考を持つわけがないのだが。

 

「何のつもりだ?」

「お姉ちゃん、これアレの流れだよ」

「これだのアレだのでわかる訳ないだろ。何だよアレって」

 

 ノイズ達の行動に覚えがあるらしい幼女が、ふわふわした代名詞だけで先の展開を知らせて来るも、当然奏が察し切れる訳もなく、先を促すことになる。幼女が口を開こうとしたところでノイズ達がはっきりと動き出す。

 一斉に体を溶かし始めたのだ(・・・・・・・・)

 困惑を顕にした奏は、再び幼女に続きを促す。

 

「おい、アイツらマジで何し始めてんだよ」

「決まってるでしょ、合体だよ」

「が、合体ッ!?」

 

 幼女の言葉と同時だった。溶けて液体となった、元ノイズ達が混ざり合い、形を成し始めたのは。様々な色のノイズ達が混ざり合い極彩色を呈していたそれは、緑一色に染まりきり、10メートルほどの巨体となす。

 

「マジかよこれ……」

「でも大丈夫だよ、お姉ちゃん。巨大化は負けフラグだから」

「ここはニチアサのスーパーヒーロータイムじゃねぇんだぞ!?」

 

 当然合体して、巨大化迄して、弱体化するわけがない。そこそこ狭かった路地に現れた巨体は、両隣の建物を踏み潰し、膨大な量の瓦礫と濃密な土煙を発生させる。

 幼女のすぐ側まで駆け寄り、槍を高速で回転させる事で瓦礫と土煙を弾く奏は、幼女の顔に不安の色がさし始めるのを認め、励ましの言葉をかける。

 

「お姉ちゃん……?」

「心配すんな、アタシがちゃんと守ってやるから」

 

 時々大きめの瓦礫が勢い良く飛んで来るのは、ノイズが弾いているからなのだろうか、明らかに他と違う飛来物が混ざる為、迂闊に防御の姿勢を崩せない奏。大きい方の瓦礫は、回している槍だけでは防ぎきれない為、回転を止め、素早く処理しなければならなかった。その結果、幼女を抱えて後退する隙も見出せず、硬直状態に。

 

(またミスったな……最初の一手で逃げ出すべきだった)

 

 急激に上昇した自分の身体能力を把握し切れていなかったのか、処理し切れると想定してとった行動に足を縛られる。土煙が薄くなってきた事に、状況を動かすことを決めるも、そんな奏の視界に写り込んできたのは、凄まじい勢いで打ち込まれる、ノイズの巨大な腕だった。

 

「グゥッ!?」

「キャアアアァァァッッッ!?」

 

 即座に防御姿勢を解き、槍を間に挟み込む。勢いの落ちてきた瓦礫が幾つか身体にぶつかるが、兎にも角にもノイズに触れられる訳には行かない。幸い腕甲に包まれた手の心配はしなくてもいいようだ。幼女の身体に瓦礫が当たらないように位置を調整しながら抱き抱え、衝撃に合わせて一気に後ろに跳躍する。10メートルサイズのノイズ相応の重さの込められた一撃に体の芯まで揺さ振られるも、どうにか幼女だけには影響が行かないように、衝撃を相殺するが、そのまま地面に叩きつけられる奏。墜落の瞬間に、槍及び手足から、謎のエネルギーが地面に向けて一気に放出された為、着地の際の衝撃はほとんど感じなかった。

 

「大丈夫だったか?怪我はないか?」

「私なんかよりもお姉ちゃんの方が……」

 

 身体中を擦り切り血を滲ませ、制服は至る所がボロボロで、誰がどう見ても満身創痍、ノイズの攻撃の影響で身体の内側にも必ず影響は出ている。それでも、

 

「アタシは大丈夫だよ。なんか今、すっげぇ体の調子が良いんだ」

 

 それでもニヤリと、不敵に笑う奏。そこにはもう幼女を気遣う余裕は見えず、獰猛な闘気をノイズにぶつける姿しか無かった。幼女を置いて、槍を肩に担ぎ上げながら立ち上がる。

 そのまま回れ右。綺麗にその場で半回転しノイズに向き直る。既に攻撃態勢に入っていたノイズ、先程二人を弾き飛ばした一撃を、今度は大胆な踏み込みで打ち込んで来る。担ぎ上げたばかりの槍を肩から下ろし、右足を半歩下げ半身の姿勢をとると同時に、肩と背中を適度に引きしぼり片手で槍を構える。ノイズの一撃が迫る中ゆったりと構えをとり、タイミングを計る。攻撃が射程に入る瞬間を読み取りタイミングを合わせ短くステップイン。槍と拳がぶつかり合った瞬間に地面が沈み、アスファルトがめくれ上がる。が、そんな中でも奏は膝を屈さず、泰然と立ち続ける。

 

「随分と上等かましてくれたじゃねぇか、なぁ」

 

 槍を片手で掲げたままの姿から、チンピラじみた台詞で煽りが入れられる。体格差を考えればまずありえない拮抗、体長約10メートルの怪物の一撃が、身長170センチ弱の女子高生に受け止められていた。当然、万全の体制で攻撃した怪物が手を抜く理由はないし、そもそも脊髄(それがあるかも怪しい)反射で動いているようなやつに手を抜くなんて知能があるとはとても思えない、つまり怪物の全力が受け止められていた。よくよく見てみれば、槍の穂先は奏の腕に合わせてプルプル震えているし、手足の防具からは蒸気が吐き出されていた。奏の顔が苦悶歪んでいる事からも奏が限界以上の力を叩きつけていることもわかる。

 では何故そんなことをしたのか。

 さっき学んだばかりだ、必要以上に攻撃を受け止めれば足が止まる。足が止まれば次の攻撃が躱せない。

 では、何故。

 

(感じるぜ、お前の叫び)

 

 奏には聴こえていた、槍が響かせる怒りの声が。俺の力はこんな物じゃない、もっと上手く使え、俺を掴みながら無様を晒すんじゃない、この上なく奏を貶すその声が。

 

(止められねぇと思ってたが……んだよ、出来るじゃねぇかこの槍)

 

 そう、つまりは測ったのだ、この槍の力を。出来るというのならばやってみろとでも言うように。

 結果槍は応えた。胸に詩が浮かぶ速度が加速度的に増していく、奏が歌いきれない程に。歌い零した詩は違和感へと変換され、奏の全身を締め付けていく。

 

(今はそんなもん無視だ無視、それより先にやることがある)

 

 変身前は膝をついて絶叫していたような痛みを、意思の力でねじ伏せる。この槍は応えてくれたのだ、自分の呼びかけに。自分の命と、幼女の命と、あとついでに背負った建物への被害を奏が勝手にベットした賭けに、この槍は打ち勝ってみせたのだ。ならば今度は奏の番だ。気合を見せる必要はない。ただ、勝手に賭けを始めたのが奏であるのならば、勝利者にその配当を配るのは奏の仕事であるべきで、ただそれだけのこと。

 

「歯ぁ食い縛りやがれ……ッ!!」

 

 槍が望む報酬は、己のスペックが十全に果たされること。ならば奏はその意思に報いなければならない。

 奏の気合に呼応するように肥大化していく槍の穂先は、押し合いのままだったノイズの拳を、肥大化の衝撃だけで吹き飛ばす。転倒したノイズは、自分の体の半分ほどのサイズにまで穂先を肥大化させた槍と対面することになる。そして穂先が回転を始める。周りの瓦礫を全て巻き込む程の竜巻を発生させながら、振りかぶられる。

 絞り出すように張り上げられた悲鳴を、奏でる旋律に添えて放つ。

 

「叩きつけろ、ガングニール(・・・・・・)ッ!!」

 

《LAST∞METEOR》

 

 叩きつけられた竜巻に触れた瞬間にノイズはチリとなり、後方の建物と共に吹き飛ばされる。奏の一撃は、ノイズと共に、路地裏の一角を完全に崩壊させていた。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァ、フゥー……、ガハッ、ゴホッ」

「お姉ちゃん、怖かった」

「あ、あァ。悪、かった。ごめん、な。余裕、なくて」

「ううん、怖かったけどね、やっぱり格好良かったよお姉ちゃん」

 

 息が切れ、謝罪に余力を割いた奏はには、歌うだけの余力が残っていなかった。体に堆積する違和感は既に臨界点を超え始め、奏の全身を蝕む。

 が次の瞬間、槍が弾ける。それに続くように腕甲と脚甲が光の粒子となって消えていく。違和感の堆積は止まり体が少し楽になるのと同時に、さっきまで感じていた全能感が消えていく。

 

(でもいいんだこれで。守り抜いたんだこの子を)

 

 幼女の頭をくしゃくしゃと撫でながら、微笑む奏。

 激闘を制した奏に送られたのは、追加発注された二体の(・・・)大型ノイズだった。

 

「なっ……ぉ、あ?」

 

 大方先程の衝撃に引き寄せられた、という所だろうか。誰もノイズがあれで最後だとは言っていない。奏が勝手に糠喜びして、勝手に絶望しているだけ。気を抜かずに気張り続けていれば、まだ槍を振るうことは出来たのかもしれないが、それはもしもの話。戦場で気を抜いて矛を収めた奏に、もう槍は応えない。変身が解けた瞬間から、思い出したように再浮上してきた痛みの所為で、幼女の手を取り逃げる事も出来ない。もう奏の力でできることは何も無い。あとは無様に死を待つだけ。そんな奏に畳み掛けるように掛けられたのは、 咤の声だった。

 

戦場(いくさば)で惚けない、死ぬわよ」

 

《絶刀・天羽々斬》

 

 知っている声だった。いつも聞いている声だった。バイクの走行音と共に現れたのは、間違いなく風鳴翼だった。バイクを蹴り上げ片方のノイズの顔にぶつけ、一手稼いだ翼は、もう片方のノイズを攻撃する。

 

《蒼ノ一閃》

 

 巨大な刀から放たれた青い斬撃が、一撃かつ最小の被害で巨大ノイズを消滅させる。思いのほか素早く態勢を立て直したノイズが、コンパクトに纏めた拳を振るうが、素早く着地及び再跳躍を決めた翼に軽々と躱される。最高点に到達した翼は、巨大な刀を前方に放る。すると刀が更に肥大化して行き、先程までとは比べ物にならないほどのサイズに。サイズの割に小さな柄部分に蹴りを入れ、そのままの態勢でノイズに突撃する翼。

 

《天ノ逆鱗》

 

 一瞬だった。風鳴翼は、奏が全身をボロボロにしながらなんとか一体倒したノイズを二体纏めて、時間にして10秒ほどで瞬殺してしまった。

 

「なんだ、今の……。すげぇ……」

「お姉ちゃんより青いお姉ちゃんの方が格好良かったね」

 

 うるせぇと突っ込む余裕がなくなるほどに惚けていた。

 そんな奏達を、巨大化させた剣の上から睥睨する翼。

 

「はい、敵対行動は確認できません。私の到着に驚愕以外の反応をほぼ示さなかったこと、後ろに一般市民を庇いながら傷を負っていること、及びあの程度のノイズに遅れをとったことなどから、他国のエージェントという線は薄いと思われます。おそらく、何かしらの事情で偶発的に資格を得た、急拵えの奏者かと。はい、拘束します」

 

 拘束します(・・・・・)

 相当の高さで呟いていたため、ほぼ聴き取れなかったが、それだけは耳に入ってきた。もしや自分が、もしくは隣の幼女がなにかやらかしてしまったのだろうか。剣から飛び降りてくる風鳴翼から、全力で逃げ出したかったが、体が動きそうにない。

 

「今拘束するって言ってなかったか?」

「ああそう言った。無意味だろうが、抵抗してみるか?」

 

 ちょっと話しかけてみたら、めちゃくちゃ睨まれた。いつもは歌声として、画面越し、端末越しに聞いていた声を生で聴くと、心臓が止まりそうになるくらいドスが効いていた。

 

「いや、やめとくよ。もう動けそうもないし、別に何もやってないし……、た、建物壊したぐらいだしっ?」

「そうしてもらえると助かる。こちらにも貴方達と争う理由は無い。心配しているようなら言っておくが、別に建物を破壊した事を咎めようという訳では無いぞ」

 

 両手を挙げて、無抵抗の意を示せば、幾分優しい声が返ってくる。ふと思い当たった心配ごとが否定され、じゃあもう拘束される理由なんてあの槍のことしか残ってないよなぁ、と勝手に察しをつける。

 とそこへ、相変わらず肝の座った幼女が割り込んでくる。

 

「あの、……わ、私はどうなるんですか?」

「君をどうこうしようという気はこちらには無い。既に君の両親は発見されている、少し待てば直ぐに会えるだろう」

「本当ですかっ!?」

「ああ」

 

 更に優しくなる声。幼女と話すには堅苦しい言葉遣いだが、声色は奏との会話の時より格段に柔らかくなっている。

 

「すまん、最後に一つだけいいか?」

「今度はなんだ?」

「ルームメイトに遅くなりそうってのと、シェルターには行けなかったけど無事だって連絡したいんだけど」

「その程度であれば構わない。だが恐らくお前の私物はこちらで預かることになる。疑いはしないが、そこで己が不利になるようなことは慎んだほうがいいぞ」

「うぃーっす」

 

 奏の気の無い返事に翼が眉をひそめた直後に、翼が所属している組織、その名も特異災害対策機動部二課の車が到着した。

 奏の逃走劇は、なんとか勝利と言えなくも無い結果に終了した。




 どうやってズバババンにバイクを破壊させるかだけを考えて書いた一話。
 もっと無意味に、もっとド派手に壊したかった……


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第4話

「ガングニールだとォ!!」

 

 ここは特異災害対策機動部二課本部、世間には公開されていない国営組織が隠されている、所謂秘密基地のような場所だった。

 そんな場所で一人の男が声を張り上げていた。ド派手な赤のワイシャツで素晴らしく盛り上がった筋肉を覆い隠し、特徴的な赤髪を鬣のように逆立てている。名前を風鳴弦十郎というその男は何かに慌てたように声を張り上げていた。

 

「どういう事だ、何故あのギアこんなところに、いやそんな事より、何故奏君(・・)がシンフォギア を……ッ!?」

「分かりません!!ですが照合されたアウフヴァッヘン波形は間違いなくガングニールの物です!!というより司令、まさか知り合いですか!?」

「安心しろ、当然情報を漏洩したということもなければ彼女に聖遺物を与えた訳でもない。ただ昔に少しだけ鍛えてやったことがあるだけだ」

 

 忙しなく走り回っている職員達の中で、弦十郎の問いかけに答えられたのは藤尭朔也だけだった。大仰な反応をとった朔也だが、聖遺物関連の技術を専門に扱っている組織の頭が件の少女と知り合いだというのだ、それは疑いたくもなる。

 秘密基地特有のどでかいモニター上には、意味不明ながら寸分違わぬ二つの紋様が浮かんでいる。その上に浮かぶ二つのGUNGNIRの文字、隣のモニターに映し出された奏の姿は、ちょうど巨大ノイズに吹き飛ばされているところだった。

 

「……ッ!?そんな事を気にしている場合では無いな。至急、翼を現場に急行させろ!!回収班も向かわせるんだ!!」

 

 指揮採りを再開する弦十郎。奏が身に纏っているガングニールの出所は職員の誰もが気になっているが、組織の頭がその程度の事で揺らぐ訳にはいかない。周りの職員達は皆優秀だが、頭である弦十郎が止まってしまえば、いかなる手腕も発揮しようがない。まだ全てのノイズが討伐された訳でもなければ、全市民の避難が完了した訳でもない。彼らの仕事はまだ終わっていないのだ。

 

「既に翼さんには現場に向かってもらっています。当然市民の目に付かないルートも算出済みです」

 

 とはいえ、新しいガングニールの件はそう簡単に見逃せる程軽いものではない。もし奏にシンフォギア (・・・・・・)奏者となるに足る資格があるのならば、それを失うのはあまりに惜しい。

 

「弦十郎君、ちょっと良いかしら?」

 

 そんな弦十郎の元へ、新たに一つ声がかかる。声の持ち主の方へ視線を向けてみれば、そこには櫻井了子がいた。長い髪を頭の頂点で渦巻かせるように纏め上げ、端整な顔立ちに野暮ったい眼鏡が妙に似合っている白衣姿の女性が。

 

「どうした、了子君」

「ちょっと話があるんだけど」

 

 何か不安な事でもあるのか表情を少し歪ませながら、時間は取れるかと尋ねる了子。了子の意をくんだのか、より一層に表情を引き締めつつ職員達に自体の進捗を確認する弦十郎。

 

「後は任せられるか?」

「件の少女達以外の全市民の避難は完了し、小型のノイズ達は自壊時間に入りました。後はこちらで対応可能です」

「分かった。後は任せるぞ」

 

 帰ってきたのは思いの外軽い返答。職員達に了解を取り陣頭指揮を外れた弦十郎は、了子と共に後ろに下がる。

 

「それで?話っていうのは」

「彼女のギアについての話よ」

「あのギアがどうかしたのか?」

「流石に気づいているんでしょ?アームドギアだけでのシンフォギア の展開が異質なものだってことぐらい」

「ああ、素人だてらにあんな形に展開するシンフォギア を俺は見たことがない」

 

 どうやら話というのは何故奏がギアを持っていたのか、ではなく奏の纏っているギアそのものについてのものらしい。無論こんな忙しいタイミングでどうでも良い話題を持ってくる了子ではない。弦十郎は話に意識を傾ける。

 

「まず簡潔に、彼女、あのままだと危険かもしれないわ」

「どういう事だ」

「彼女が意識してアームドギアだけを呼び出しているのなら、そこまで問題はないはずなんだけど……」

「どういう事だ?」

 

 本気で理解が及ばないといった顔をしている弦十郎、というか意味がわからない。人は生身でノイズに触れれば死ぬ。これは不変の事実だ。にもかかわらず了子は生身でノイズの前に出て行く事を是としている。

 

「これを見てもらえる?」

 

 そう言いながら了子が取り出したタブレットには、異なる二つのアウフヴァッヘン波形が並んでいた。その二つは等しく一定の周期で鼓動しているが、片方は常に一定の大きさで力強く安定していて、もう片方は鼓動一つ一つで大きさを変え不安定に鼓動していた。

 

「これは、翼の物と奏君の物を比べているのか?」

「正解。よく見なくても安定感が全然違うでしょ?それに奏ちゃん?の方はかなり弱々しい」

「違いは分かった。これがどう奏君が危険だということにつながるんだ?」

 

 不安定で弱々しい、二つ揃えばなんとなくよろしくない事は想像できるが、専門的な知識を持ち合わせていない弦十郎には、それが具体的にどう危険に繋がるのかが分からない。

 

「シンフォギアを運用するときに最も重要なのは適合係数。これが高ければ高いほどシンフォギア にかけられた能力制限を解除出来るわ」

「それぐらいのことなら俺にも分かっている」

「まあそうよね。じゃあ続けるわよ、今重要なのはシンフォギアとの適合が安定していればいるほど、ギアからのバックファイアが抑えられることなの」

 

 了子に言われた事を裏返してみるとつまり、シンフォギア との適合が安定していなければいない程ギア受けるバックファイアは大きなものになるという事。先程見せらせた不安定な波形の鼓動、了子の吐いた危険という言葉。ここまでで揃えば了子が何を言いたいのかなど馬鹿でも分かる。

 

「未調整のギアを適合係数の低い奏君が使用していることが危険だと言いたいのか?」

「それだけならばまだしも、アームドギアの形成なんて相当フォニックゲインの扱いに慣れていなければままならないもの、効率の悪いやり方ならギアそのものの形成よりもフォニックゲインを必要とする筈」

 

 深刻な表情のままいくつもいくつも危険たりうる条件を挙げていく了子。その口はまだ止まらない。

 

「それにあれだけ膨大な量のフォニックゲインを消費するような技、翼ちゃんだってコントロールに気を使うはず」

「そんなものを全くの素人が……」

「正直言って、身体が原型をとどめているのが信じられないくらいよ。それにあれだけの巨体の攻撃が人一人庇っている所に直撃しているのよ。そっちの危険性は、弦十郎君の方がよく分かってるんじゃないの?」

「ああ確かに、だがそんな風な素振りは見えない、本当にそれだけの苦痛が「貴方が鍛えたんでしょあの子」……ッ!?」

「どれだけ本気で鍛錬したのかは知らないけど、少なくともあそこまで戦えるようになる程度には鍛えてあげたんでしょ?きっと痛みにだって強くなっている筈」

 

 弦十郎は思い出す、初めて奏に会った日のことを。頭から血を流し、全身がボロボロで、そんな事を一切気にかけずに二十人近い男子生徒をボコボコに殴り倒していた姿を。

 

(もう二度とあんな事をさせないよう、力の使い方を教えるためのものだったあの鍛錬が、逆に奏君を苦しめているのか……ッ!?)

 

 無論一概に弦十郎が悪いということでもない。そもそも弦十郎が鍛え上げていなければ奏はとっくの昔に死んでいたのだから。だが、風鳴弦十郎は責任感の強い大人だった。不用意に接触した過去が、どんな形であれ今とある少女を苦しめているとなれば、己を責めずにはいられないような大人だった。

 

「それにしても、驚く程に正反対よね、響ちゃんとは」

「そうだな、高い適合係数と豊富なフォニックゲインとの親和性を持ちながら、それでもなおアームドギアを握らなかった響君に」

「低い適合係数ながらも鎧を捨て去ることで槍だけは握りしめた奏ちゃん」

「槍だけは、か……」

「あの極限状況で身を守るのではなくノイズを倒す事を望む、よほどのことが過去にあったんでしょうね」

 

 ガングニールの前奏者であった立花響と今それを纏っている天羽奏、その二人のあり方は対極でありながらも、その背の後ろには常に守るべき人がいたという共通点を、見逃すような大人二人ではなかった。

 

 * * *

 

「じゃーなぁ、次はちゃんと逃げろよぉ」

「うん!!お姉ちゃんありがと、また今度ね!!」

「本当に、本当にありがとうございました……ッ」

 

 幼女と、幼女を迎えに来た母親に手を振り、また謝罪と共に手を振り返されている奏。幼女の母親が、周辺を閉鎖している黒服達と何やらやり取りをしている横で、幼女の相手をしながら傷の手当てを受けていた奏は、全身絆創膏だらけになりつつも、一通りの処置を終えていた。

 そして別れ。短い時間、少しだけ生死を共にしただけの関係では、精々別れ際に千切れそうなほどに腕をブンブン振り回す幼女に出会えるぐらいの間柄に落ち着くのだろう。黒服達に護送車に乗せられてもいいこちらが見えなくなるまで手を振り続ける幼女に合わせて手を振り続ける奏。車が角を曲がり、完全にこちらが見えなくなった瞬間に、背中を転がし寝転がる。

 

「疲れたぁー!!」

「お疲れ様、とだけは言っておこう。これだけの被害を出す敵にそれだけの傷を負わされながらも、守るべきものには傷一つ無かった。誇るといい、この防人が認める程の天晴れな闘いぶりだった」

「何言ってんだよ。目の前で自分より弱ぇー奴が困ってたら助けてやるのが当たり前だろ。ってかお前何かに認められてもこれっぽっちも嬉しかねぇーよ」

 

 自分だって助けてもらった側の人間の分際で偉そうな事を宣う奏は、なんだかかなりフレンドリーになって来た風鳴翼もここまで言われれば流石にここまで言えば切れるだろうと、誰も望みやしないのに喧嘩を売っていく。そんな奏に対して、切れるどころか含むような笑いを浮かべて、何処からか奏のスマホを取り出す翼。

 

「そう照れるな、いくらプレイリストをいっぱいに埋めてしまうような憧れのすたーに会ったからと言って、天邪気な態度をとる必要などないのだぞ?んん?」

「へ?……あっ、えっ、ちょまっ、て、おま、お前巫山戯んなよ!?人のスマホ勝手にのぞいてんじゃねぇよ!?ってかこれあれだからな、違うからな、憧れとかそういうのじゃないからな!?」

「はっはっはっ、照れるな照れるな、どれサインの一つでも書いてやろうか。何処に書いて欲しい?何、そんなものより握手して欲しい?わがままな奴め、良いだろう右手を出すと良い、二度と洗えぬ手にしてやる」

 

 プレイリスト画面を奏に見せつけたまま滔々とおちょくるような言葉をかけ続ける翼。スマホを取り返そうと躍起になって両手を振り回す奏を鮮やかにかわし続け、剰え握手まで挟んで見せた翼。そんな光景がしばらく続いたが、見ていられなくなったのか二人の仲裁に入る黒服が一人、風鳴翼のマネージャーと、忍者の兼業をこなし続けている男、緒川慎二である。

 

「翼さん、そろそろ護送の時間です、遊ぶのもほどほどにして下さいね」

「緒川さん、申し訳ありません」

「天羽奏さんでしたよね、申し訳ありませんがこちらの手錠を付けて頂く事になります、宜しいですか?」

「そもそもこっちに拒否権ないんだろ、良いよそのくらい」

 

 やけにゴテゴテした手錠を必要以上に丁寧に奏の腕にかける慎二。憮然とした表情でそれを受け入れていた奏が突如上を向く。突然の行動に訝しげな表情を作る慎二と翼。

 

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっともうやばいかなって」

 

 瞬間に、目、鼻及び全身の傷から夥しい量の血が溢れてくる。呆気にとられる翼と慎二の前で奏は、うずくまりながら咳き込み血を吐き続ける。

 

「……ッ!?本部に急いで移送します、急いで!!」

「どうした天羽、しっかりしろ!?」

 

 突然の事態に、騒然とする一同。冷静に指示を出す慎二に奏の背中をさする翼。再び救急箱を取りに走る黒服に車を出す準備を始める黒服に奏に駆け寄り数人がかりでゆっくり持ち上げる黒服達。

 慌てながらも的確に動き始めた彼らの中で、慎二の携帯に弦十郎から手遅れ気味の連絡が送られてきた。




 幼少期のまだ白かった頃に響と出会った為に愉快な事になってしまった防人。結果生まれた翼に弄られる奏という珍百景。
 うちの防人はメンタルが強いです。


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第5話

 後書きが本編での言い訳をするところに思えてきた。


 目が覚めた。

 目を擦りながら上体を起こした。

 横を向いたら有名人がいた。

 変な声が出た。

 

「ぬ」

「ぬ、とはなんだ、ぬ、とは」

 

 周りを見回してみれば、見たことのない病室の真っ白なベッドの上に寝かされていた。その隣で資料片手に足を組んでいた風鳴翼見て、やっぱあれ夢じゃなかったんだな、なんてベタなこと考えながら奏は翼に話しかける。

 

「アンタここで何してんだ?」

 

 その言葉を聞いた翼は、顎に手を当てふむと一息ついてから口を開く。

 

「天羽、お前は今自分がどんな立場にいるのか把握しているのか?」

「してるわけねーだろ」

「それもそうか……」

 

 翼からの問いかけに即答する奏。その姿に欠片でも他国の間者を疑っていた自分が馬鹿らしくなってくる翼。幼女救出のための大立ち回りがよほど防人的琴線にふれたのか奏への警戒心がガバガバになりつつある翼は、結構色々な情報を奏に教えてくれた。

 

「今のお前は他国のエージェントの可能性が限りなく低確率で存在する巻き込まれた一般人という扱いを受けている」

「……やっぱりあの槍が原因なのか?」

「そういうことになる」

 

 翼はあっさりと首を縦に振る。改めて思い返すことで槍の異常さを理解して、そしてノイズを殺した感触を思い返す。心のうちから溢れてくる高揚を抑えられそうにない。ノイズを殺した、ノイズをこの手で殺せる。その事実に頰が釣り上がるのを感じる。

 

「世界中の国があんなもん開発してんのか?」

「詳細は話せないが、一部先進国であれに準ずる技術開発が進められているのは事実だ」

「ふーん」

 

 興味なさそうに返事をする奏の表情の変化を翼は見逃さない。表情を変化させずに内心奏を訝しむ翼に、奏から次の質問が投げかけられる。

 

「そういえばなんであんたがアタシの監視なんてしてるんだ?そんな下っ端でもないだろうに」

「それは私にも分からん」

「そういうもんなのか?」

「いやいつもならもう少し具体的に指令が下されるのだが……」

 

 もしかして気を使われているのではないだろうかと問いかけた奏に対して、まだまだ仕事は残っているというのにと不満げな翼。実際に奏が目覚めた時に隣にいるのが同年代の女の子の方がいいだろうという大人たちの気遣いなのだが、対人スキルが割とクソ雑魚な翼にはその辺りが全く察せない。

 

 とそんな二人の元に二人分の足音が近づいてきた。

 

「随分と楽しそうにやってるじゃないか」

「私たちも混ぜてもらえないかしら」

 

 弦十郎と了子だった。それを見て二人を紹介しようと立ち上がる翼だったが、それを気にも止めずに奏は驚いたような声をあげる。

 

「なんでおっさんがこんなところにいるんだ?」

「なんだ天羽、司令と知り合いなのか?」

 

 そなのですかと弦十郎に尋ねる翼に、昔ちょっとなと返す弦十郎。いざ仲を取り持ってやろうと立ち上がったにもかかわらず肩透かしを食らったどころか、挨拶を済ませてちょっとした昔話を始めた二人から若干ハブられる形に。中腰のままオロオロしている翼の姿はまさしくコミュ障のそれで、助け船も出さずに後ろから眺めていた了子は、笑いを噛み殺していた。

 

「俺がここにいる理由を聞く前に、自分がここにいる理由はもう説明されたのか」

「あれ、そういえばあたしはなんだって病院なんかに」

「済まない天羽、説明が遅れた」

 

 突然血を吹き出したことに心当たりは?

ねぇ

 ノイズとの戦いの後に突然血を吹き出して倒れたのを覚えているか?

覚えてねぇ

 あの槍について知っていることを……

あるわけがねぇ

 

 質疑応答完了。病院にいる理由を説明説明するのと同時に色々と聞いて見た弦十郎と翼。結果はご覧の有様。期待はしていなかったとはいえ微妙な顔をを作る二人。

 

「っていうか、あたしとしてはそっちから色々と説明がもらえるもんだと思ってたんだけど」

 

 あまつさえわがまますら言いだす始末。知らないことに知らないと言っているだけだし、訳知り顔な大人に色々聞きたいのは分からなくもないが、些か礼儀を欠きすぎではなかろうか。

 

「そりゃぁ色々知りたいわよね。良いわ、そろそろ説明タイムといきましょ」

「待ってました」

 

 そんな三人のやりとりを後ろから眺めていた了子が、とうとう首を突っ込んでくる。相変わらず若干無礼な奏の態度を気にも止めずに口を開く了子。

 

「じゃあまずシンフォギアのせつめ「ちょっと待て了子くん」……何よ弦十郎くん」

 

 意気揚々と開いた口の出鼻をくじかれて不機嫌顔になる了子。

 

「機密事項の説明に手続きが必要なのはわかっているだろう、それに本人からの了承も得なければ」

「わーかってるわよ、まずは機密に触れないことから説明しろって言いたいんでしょ。でぇもぉ、本人の了承とかそのへんは大丈夫なんじゃない?」

 

 何と怪訝そうな顔を作る弦十郎を尻目に、彼と翼の間をぬるっと抜けて奏の前を陣取った了子は、瞳を覗き込まれて若干仰け反る奏を笑顔で見ながら一言こぼした。

 

「だってこの子の目、やる気満々じゃない」

 

 一瞬だけ三人が固まる。

隠しているつもりだったことをあっさりとバラされて。

敢えて避けていた部分に突っ込んで言った姿を見て。

 

 再起動にはコンマ1秒もかからない。硬直から抜け出した奏が、いの一番に口を開く。

 

「やっぱりあんたは知ってるんだな、ノイズを殺す方法を」

「ええ」

「あんたについてけばあたしはノイズを殺せるんだな」

「もちろん」

 

 鬼気迫る表情で了子に詰め寄る奏と、それに笑顔で対応する了子。その二人に、再び制止の声をかけようとする弦十郎。だが

 

「私からも頼みたい」

「翼!?」

 

 それを潰すように、いや本人にそのつもりはないのだろうけれども、ちょうど弦十郎の言葉を遮るように翼も二人に続く。

 

「この状況、このタイミング。不誠実な頼み方をしている自覚はある。しかし、どうか力を貸して欲しい」

「頭下げんなよ?あんたにそんなことされたら風鳴翼のファンに殺されちまいそうだ」

 

 翼が腰を折るのを止めてから、おもむろにベッドからの抜け出した奏は、直前まで重症でベッドで寝かされていた人間とは思えないしっかりとした足取りで弦十郎の元に向かう。

 

「あんたは止めるのか、あたしのことを」

 

 しっかりと、睨みつけるような勢いで弦十郎の顔に問いかける。余裕のない表情で見上げてくる奏でを見て厳しい表情を作る弦十郎。

 

「はぁ、どうせ止まれやしないんだろう、俺も止めはしない」

 

 だがそれも長続きはしない。体の前できつく組んでいた腕を緩め、若干大袈裟なぐらいに体を揺らし、ため息をつく。それを聞いて緊張が解けたように表情を柔らかくし、ガッツポーズを取る奏に向かって、弦十郎は一言付け加える。

 

「だがやるからには全力でやってもらう、ノイズに気を取られて民間人への被害を見逃す等、人類守護の要としての意識にかけるようなことがあれば前線には立たせん」

「分かってるっておっさん」

「おっさんじゃない、組織の一員となるつもりなら、俺のことは指令と呼んでもらう」

 

 弦十郎の最後の一言にげ、と表情を歪める奏。

 

「そんなこともできん礼儀知らずに槍を握る資格はあるまい。試しに一回風鳴司令と呼んでみろ」

 

 なんちゃってシリアスな雰囲気が続いたのはそこまでだった。弦十郎と、彼に続いて先輩呼びを強要し始めた翼の二人によってベッドまで追い込まれた奏は、顔を真っ赤にしながら布団の中に丸くなり、か細い声で抵抗する。

 

「や、やめろー、そんなんあたしのキャラじゃねー」

「窮地においても己を見失わない、その意気やよし。だが見誤ったな、天羽。その身持ちはこの風鳴翼の嗜虐を擽って余りある」

「投降しろ、奏君。もう君に退路は残されていない」

 

 奏を守る最後の盾(ふとん)を引き剥がそうとベッドに飛びかかる翼とその後ろで悠然と仁王立ちしている弦十郎の二人は、声をかけるたびに返ってくる情けない声に表情を歪めているた。

 そんな普段の二人からは考えられないような光景を見て、大爆笑していた了子だったが、時計の針が指す時刻がなかなかのものになっていることに気づき、名残惜しそうに柏手を打つ。

 

「はいはい、奏ちゃんが可愛いのはもう分かったから、そろそろ解放してあげたら?もう結構遅いわよ」

「む、少し気を抜いていたか。二人とも明日も学校があるだろう今夜はここでお開きとしようか」

「ルームメイトの子を待たせすぎちゃっても可哀想だしね」

 

 了子の声にピタリと動きを止めた二人は、何事もなかったかのようにベッドから遠ざかる。そんな二人を恨めしそうに睨みつけながらも、ルームメイトという言葉を聞いてツッコミを堪える奏。

 考えてみれば当然だが、放課後にノイズと戦いその後数時間眠っていたものなので、外が暗いことにもうなずける。

 

「着替えはここに用意してある。鞄の中身も全て返却しておいた」

 

 奏がそんなことを考えている間に、翼が色々と準備をしてくれた。奏の学習鞄は、ノイズに襲われた時のCDショップに投げ捨ててきたはずなのだが、あの瓦礫の山の中から探してきてくれたのだろうか。

 

「夜道は危ない。寮までは俺が送ろう」

「ダーメよ弦十郎君。指揮官がこれ以上現場を離れるわけにはいかないわ。仕事はまだたっぷり残っているのよ」

「ならば別の人間をつけようか」

「いいよ別に。その人も忙しいんだろ?寮なんてすぐそこだし、一人で大丈夫だよ」

 

 奏に護衛をつけようと提案した弦十郎だったが、奏で自身に拒否されてしまう。実際にこの病院は、リディアンの校舎から病室が見えるぐらいに近く、つまりほとんど敷地内にあり、そこから寮までの距離も推して知るべしだった。

 新しい奏者を守るための護衛はかなり重要な仕事だと弦十郎も反論しようとしたが、多感な時期の子供にベタベタと張り付くのもどうかと自分を納得させ、渋々奏が一人で帰る許可を出す。

 

「それじゃぁ詳しい話はまた明日にしましょうか。夜更かししたからって、居眠りしちゃダメよ?」

「さらばだ天羽。また明日、学園で会おう」

「気をつけて帰れよ、奏君」

 

 そのあとは特に語ることもなく、三人はそれぞれの別れの言葉を残して病室を出て行った。その怒涛の勢いに押されて、数瞬あっけにとられていた奏は、再起動と共に一言零す。

 

「結構あっさり帰るんだな……」

 

 その一言が、自分がもっと構って欲しかったと言っているように思えて恥ずかしくなった奏は、素早く着替えてさっさと病院を後にした。

 

 

* * *

 

 

「本当に結構遅くなっちまったな」

 

 病室から寮までの短い距離をちょっと急ぎ気味に歩く。すぐに見えてきた玄関に立っていた寮監に、病院のロビーでもらった書類を提出する。夜中に教師と二人っきりという状況にちょっとビビりながらも、寮監が書類に目を通すのを待つ。何事もなくすぐに解放された奏は、余り心配をかけるな、という言葉に小さく返事をしてからエレベーターに足を向ける。

 エレベーターの中で、何も考えずにボーっとつっ立ちながら、数字が流れていくのを見ているとなんだか途端に自分がノイズを殺したのだということを実感できた。

 

“そっか、あたしがノイズを殺したのか”

 

 特別何かが変わった訳じゃない。翼と話していた時のように興奮してきたわけでもなく、ノイズへの復讐心が立ち上ってきたのでもなく、当然ノイズと戦ったことが怖くなったのでもなく。

 腑に落ちたというべきなのだろうか。すごく静かに、自分がノイズを殺せるという実感があった。

 思えば目を覚ましてからも結構余裕がなかった。知らない場所で知らない人達と話していたのだ、それもそうだろう。一人静かな場所で余裕を持つ事により、漸く思考が現実に追いついてきたのかもしれない。

 

「まぁ、だからなんだって訳なんだけどな」

 

 自分の部屋がある階に到着し停止したエレベーターが、その扉を開く。この扉を通り抜けたら異世界につながっていただとか、性別が変わっていただとか、そんな劇的な変化があるものだと思っていた。

 それがあっさりと突然、貴方には実はノイズを殺せる力があったのです、さぁ勇者風鳴と協力してノイズを滅亡させなさい、等と言われて、自分で思っていた以上にびっくりしていたんだろうか。

 

「自分で思ってるよりもよっぽど人間だったのかね、あたしも」

 

 呟きながらエレベーターの扉を抜けて廊下に出る。部屋の方へ曲がり歩き出す。自分の部屋の前に着き、ドアノブに手をかけたところで、ちょっと引っかかっていたことを思い出した。

 そういえば了子さんの顔もどっかで見たことあったような気がするな。

 

 そんな考えは、扉の向こうにあった笑顔に吹き飛ばされた。

 

「ただいまさんっと」

「お帰りなさい、奏」

 

 ガチャリと、開いた扉の先で小日向未来が笑っている。

 奏の初めての夜は、もうちょっとだけ続きそうだった。




 二課加入時の会話が微妙に殺伐としているような気がするけれど、実際は翼さんが全然拒否らないし、弦十郎も立場上協力を要請しないわけにはいかないし、櫻井女史は言わずもがなで結構原作よりイージーモードだったり。

 奏さん、貴方自分が所属する組織の名前も把握してないけど大丈夫なんですか?


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