新世界の怪物 (黄金王)
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カジノ王、転移しました

VRMMO-RPG「ユグドラシル」は、およそ十二年もの間続いたオンラインゲームだ。

プレイヤーは人間種、亜人種、異形種の三種族の中から選び、さらにその中から種族を選んでプレイをする。

自由度が高く、運営も法律で禁止されている事には干渉するが、そうでなければほとんど対応せず、本当に何でも出来るゲームだった。

外装も変えられるし、攻略できればダンジョンをギルド拠点にすることだってできた。

そんな中、俺は百年以上前のマンガが原作のアニメ映画の登場人物に憧れ、その人物を再現した。

その人物がいる場所すらも、だ。

ユグドラシルで知り合った人たちに協力してもらい、それを作り上げた。

ユグドラシル最大にして最高のエンターテインメイントシティ。

「グラン・テゾーロ」を。

映画のそれを忠実に再現し、それに加えて様々なものを追加したその拠点には、まさに会心の出来。

カジノやらなんやらも全てがあり、そこは完全なる中立地帯。

人間種も、亜人種も、異形種も、誰も下らない諍いを起こさずに一緒になって遊びまくっていた。

輝いていたのだ。

だが、それは今や昔……。

栄枯盛衰、最盛期を過ぎたユグドラシルは徐々に衰退していき、そして今日。

終わりの日を迎えていた。

 

「はぁ……この金を現実に持っていけたらなぁ」

 

そう呟くのは、黄金で出来たゴーレムだ。

プレイヤー名「ゴールディー」と言い、ギルド「テゾーロ・ファミリー」ギルド長にしてユグドラシルの黄金帝と呼ばれていた男。

百人も居たギルドメンバーは、今や自分一人。

残りは全員、引退してしまい、アカウントを消去したのか名簿にも名前はない。

ゴールディー自身も拠点の維持費を稼ぐだけにログインするだけの日々を続けていた。

まぁ、維持費を稼ぐのも黄金帝として最後にしたいことがあったから続けられていた。

決して楽ではなかったが、同じくユグドラシルを続けていた知り合いや、客としてきていたプレイヤーたちの手を借りて何とかなっていたものだ。

 

「さて、もうすぐ時間だな」

 

サービス終了時刻まで残り数分。

マスターコンソールを操作して、拠点のNPCたちを全て、ゴールディーのいるオーナールームへと集める。

全員が集まったのは、終了の一分前だ。

それだけの時間があれば、やりたいことは出来る。

ゴールディーは笑みを浮かべて───アバターの顔は動かないけど───声を張り上げた。

 

「諸君、ユグドラシルは後一分で消滅する。だが、安心するといい。我が「グラン・テゾーロ」は空を飛ぶこともできる巨大な船。「グラン・テゾーロ」に乗って、我々は別の世界へと向かう!そこでまた愚かなゴミ共から金を巻き上げる!うろたえず、全てを俺に任せろ」

 

と、まぁそれっぽい演説をし、最後にこう告げた。

 

「我が「グラン・テゾーロ」は永久に不滅だ!」

 

そして最終時刻を迎えた。

 

「ん?」

 

だが、ゲームは終わらず、強制ログアウトもない。

 

(最後の最後で……クソ運営め)

 

運営に呆れながら、コンソールを開こうとするが、出ない。

それに困惑していると、すぐ近くに立っていた長い赤髪の女が口を開いた。

 

「どうかなさいましたか、ゴールディー様」

「……あ?」

 

その声は、まさにあの映画の……。

喜びや困惑が最高潮に達したとき、それが一気に抑制されるように無くなった。

 

「いや、何でもない……タナカサン」

「ここに」

 

顔が大きくニヤケ顔の男……タナカサンだ。

 

「外を確認してこい。必要な奴は連れていけ」

「畏まりました」

 

そう返事をするとタナカサンは何人かのNPCを掴むと床に沈んだ。

比喩でもなく、事実そうなっている。

これはタナカサンのスキルで、ダンジョンは不可能だが、それ以外の場所なら通り抜けることが自由に通り抜けることができる。

もちろん、タナカサンに触れていれば全てが同じ効果を得られるが、生物は無理だ。

 

「従業員は元の持ち場へと戻れ。戦闘員はオーナールーム周辺で警戒をしていろ。幹部たちは残れ」

「「「はっ」」」

 

従業員と戦闘員たちがオーナールームを出ていき、残ったのは八人の男女。

VIP担当コンシェルジュである長い赤髪に褐色の肌を持つ美女バカラ。

歌姫である薄紫色の髪のスタイル抜群の美女カリーナ。

賭博VIPエリア責任者である髭面の巨漢ダイス。

俺の秘書である長い金髪に青い瞳の美女ステラ。

迷宮責任者である黒いマフラーをした美女リア。

通常賭博エリア責任者のツルリとしたフルフェイスのような仮面を付けた男ノーフェイス。

監視責任者であるスーツを着た気の強そうな美女

アレス。

賭博以外の場所の責任者たちを束ねる支配人であるお淑やかそうな美女カグヤ。

これらに加えて総務責任者のタナカサンの九人が幹部と設定したNPCたちだ。

 

「スルルルル……ただいま戻りました」

 

そこへ、タナカサンが戻ってきたので報告を聞くことにする。

 

「どうだった?」

「はい。外はどうやら海のようです」

「海だと?」

 

この「グラン・テゾーロ」は永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)に願って陸海空だけでなく九つの世界全てを行き来できる船となっていた。

俺の記憶では、最後はヨトゥンヘイムの大雪原に着陸していたはずだ。

それが今は海になっているらしい。

 

「湖や、船が座礁しない程度の深さはある水に沈んだ陸地でもないのか?」

「はい。探知系のシモベを使用して底を調べようとしましたが、数千mほどの所でMPが尽きてしまいました。魚も数え切れないほど住んでおり、実際に水を舐めてしょっぱかったので海と判断しました」

「なるほど」

 

ユグドラシルでは湖はあれど、海はなかった。

そう考えると、自分が今いる場所はユグドラシルではないのかもしれない。

まぁ、NPCたちが喋って、動いて、漠然とした質問にもスラスラと答えている上に命令していないこともちゃんとやっているのだから、ゲームでは再現不可能なレベルのことが起こっているから当たり前だが。

だが、そうなると考えられるのは一つだけだ。

ありえない話だが、ゲームが現実になった可能性が高い。

 

「……アレス」

「はい」

「一時的に監視の目を「グラン・テゾーロ」内から外に向け、港を探せ。その後、俺に報告しろ。ダイスとノーフェイスとステラの三人と共に俺がゴールド・テゾーロ号に乗ってその港へ向かうから、用意をしておけ。他の幹部たちは船に異常がないか確認し、ステラに報告。それが終わったら各自部屋に戻り待機。俺が居ない間はバカラ。この船のことはお前に一任する」

「畏まりました」

 

ステラが頭を下げ、それに続いて幹部全員が頭を下げる。

 

「では、解散だ」

 

幹部たちは立ち上がると、深々と一礼してからオーナールームを出て行った。

ステラも出て行った。

 

「さて、やるべきことは二つか」

 

一つが、ここがゲームの中ではないと確信する為の十八禁用語のシャウト。

もう一つがスキルや魔法にアイテムの確認だ。

前者はステラとかバカラとかそこら辺の胸か何かを揉めば良かったのかもしれないが、色々と面倒なことになりそうなのでやめておいた。

 

「よし、やるか」

 

最悪、アバターが消えることになるが、仕方ない。

大きく息を吸って、シャウトする。

だが、何も起こらない。

次にスキルと魔法にアイテムだ。

魔法は簡単なものしか使えないので、すぐに確認できた。

アイテムボックスの変化に驚きながらも、アイテムも確認する。

 

「さて、最後にスキルか」

 

アイテムボックスから金塊を取り出す。

そして一瞬でそれは大きな鎌へと形を変えた。

 

「よし、大丈夫のようだな」

 

これこそ、俺が追い求め、そして手に入れたスキル「森羅万象」だ。

錬金術とゴーレムクラフターなどの様々なそれ系のクラスで固めた結果、ようやく手に入れた。

まぁ、その後、より強くなれるようにやり直して最高のビルドで再度手に入れなおしたが……。

 

「後はアレスの報告を待つだけだな」

 

自分でも情報系のアイテムを使ってやろうと思ったが、情報系の魔法詠唱者軍団がいるんだから、それを活用しない手はないだろう。

 

「……ダンスの練習しとくか」

 

とりあえず、何もせずに待っているのもアレなのでダンスの練習をすることにした。

もちろん、人間形態になることは忘れない。

人化の指輪を付け、そして人間となる。

髪をオールバックにした巨漢の男。

このモデルは、ご存知ギルド・テゾーロだ。

 

「さて、それじゃ始めるか」

 

そうしてダンスの練習をしていると、アレスがオーナールームに入ってきた。

 

「失礼します。港らしき場所を発見しました」

「そうか。それで、どうだ」

「はい。人間たちの港らしく、多くの人間たちが働いております」

「そうか。船の準備は?」

「いつでも出発出来ます」

「よし。では、行ってくる」

「はっ」

 

アレスにそう言ってから、換装アイテムで外行の服に着替えると、オーナールームを出る。

そして通路にいる戦闘員が一斉に頭を下げるのを手を上げて返礼し、エレベーターの前に立つ。

アイテムボックスからギルメンだけが持つカードキーを取り出し、扉の横にある機械に通す。

エレベーターは誰でも使えるが、ギルメンのみが持つカードキーを使うと、船内にあるどのエレベーターだろうとそこへ転移できるようになる。

無論、VIPや関係者以外立ち入り禁止の場所へは

専用のカードキーがないと行けないようにはなっているが。

エレベーターへと入り、そしてすぐに目的の船着場へと到着する。

そこには、ダイスとノーフェイス、そしてステラとモンスターが数十体居た。

とりあえず、モンスターは無視して三人に向かって口を開く。

 

「待たせたな」

「我々こそ、お待たせして申し訳ありません」

「……そうか」

 

何故、逆に謝られているのかは分からないが、その謝罪を受け入れる。

というか、今まで目をそらしていたけど忠誠心やばくない?

い、いや、今はそれは置いておこう。

次はモンスターだ。

 

「そっちのモンスター共は?」

「はい。ゴールディー様の護衛です。隠密系に特化しつつ戦闘力も考えて選抜した者たちです」

「……そうか」

 

うん、やっぱり忠誠心高いわ。

護衛とか、俺、考えてなかったよ。

そうだよな、この世界の強さの平均が分からないのに外に出るとか軽率だったよな。

レベル100だけど、良くて中の中くらいの強さだったし、仕方ないよな。

でもさ、レベル90以上で固めてるのはやばいと思うんだ。

と思うが、口に出すことは一切しない。

 

「ダイス、ノーフェイス、ステラ、それとお前とお前。それ以外は先に船に乗って散れ。可能な限り姿も気配も出すな」

「「はっ」」

 

ばばっと船に乗って散っていき、そしてその姿は消える。

それを眺めながら、俺は船を眺める。

全長三百mのクルーズ客船「ゴールド・テゾーロ号」だ。

もちろん、ゴールドと付いているから船体は全て金で出来ている。

船内は金ではなく、落ち着けるように木やらなんやらを使っている。

スパやら宿泊施設やらもあるので、これだけで金を稼ぐ手立てになる。

 

「行くぞ」

 

幹部と二体のシモベを連れ、俺はゴールド・テゾーロ号へ乗船した。

 

「ゴールディー様、最高級スペシャルロイヤルスイートルームへどうぞ」

「あぁ」

 

ノーフェイスに言われ、主賓室へ向かう。

扉はNPCのメイドが開けてくれて、それを当然のように振舞って中に入る。

中は、踏めば沈み込むほどに柔らかい赤い絨毯が敷き詰められており、様々な素晴らしい調度品が並んでいる。

華美でありながら落ち着ける雰囲気を持ち、まさに最高級スペシャルロイヤルスイートルームだ。

 

「航行時間は?」

「予定では二時間ですが、転移装置を起動すればすぐです」

「……ギリギリ港から見えない位置まで転移し、それ以降は普通に航行するように船長に伝えろ」

「畏まりました」

 

ステラが俺の指示を伝言の魔法で船長に伝え、ものの数分で港へと着いた。

 

 

 

「うーん、いい魚がないなぁ」

 

魚市場で、一人の女性が魚を品定めしながら唸っていた。

彼女はアマリア。

リ・エスティーゼ王国の西にある海沿いの大都市リ・ロベルの食堂で働く料理人だ。

女性の料理人は珍しいが、彼女の腕はリ・ロベルでも有名で、特に魚介料理は三本の指に入る。

容姿も貴族の娘かのように美しく、海のように青い髪と瞳から「海の料理人」と呼ばれている。

性格は、港の都市出身故か少々男勝りだ。

 

「うーん、今日は魚は止めとこうか……いやいや、あたしの魚料理を楽しみにしてくれてる連中がいるんだ。魚はないと。でもなぁ、食材で妥協したくないしなぁ……」

 

アマリアが悩んでいると、男の大きな声が耳に届いた。

そちらの方を見ると、漁師たちが戻ってきたところのようだ。

 

「おーい、手伝ってくれやー」

「見習いども!行くぞ!」

 

仲買人とその見習いたちが一斉に漁師たちのもとへ走る。

アマリアもそれを追う。

魚は油やらなんやら難しい部分も大事だが、その中でも鮮度が命で、漁師たちが持ってきたものは一番新鮮なものだ。

料理人として、これを逃す手はない。

 

「今日も大量だぜっと」

 

戻ってきた漁師たちが網の中にいる魚を籠の中に放り込む。

そのどれもが新鮮で、未だにはねている魚までいる。

これならいけそうだ。

そう思ったアマリアは、仲買人の群れを押しのけて前に出る。

 

「この籠の魚、あたしに売ってくれ!」

「ん?おぉ、アマリア!いいぜ、売ってやる!ただし、俺にも食わせてくれよ」

 

アマリアはリ・ロベルでは有名で、魚市場にも毎日のように顔を出している。

それ以前に、よく魚市場に遊びに来ていたので漁師連中も、仲買人連中も顔見知りだ。

仲買人連中も仕方ないといった顔をして、別の籠へと移る。

 

「さぁて、いい魚も手に入ったし。すぐに店に戻って……ん?」

 

魚を手に入れたアマリアが籠を担いで店に戻ろうとした時。

目の端に何かが海で光っているのを見つけた。

 

「どうした?」

「いや、海で何か……」

 

漁師の問いに答えながら、じっと海を見つめるアマリア。

漁師も一緒になってじっと見つめていると、驚いたように目を見開いた。

 

「お、おい。あれ……見たこともねぇくれぇでけぇ船だぞ!しかも、金色の!」

 

漁師の言葉でアマリアだけでなく、声が聞こえた全員が驚いて海を見た。

すると、波を立てて見たこともない程でかく、そして黄金に光る船が凄まじい速度でこちらに向かってきていた。

 

「ど、どうする!?」

「逃げるか!?」

「いや、だが商品が……」

 

魚市場は一気に混乱の海に落ち、全員が騒ぎ出す。

アマリアも驚きと困惑で動けず、どんどんと船が大きくなっていく。

そして、徐々に速度を落とし、港にある船に当たらない場所で止まると、鎖が鳴らす音と共に巨大な金の塊の何かが水しぶきを上げて海へと沈む。

全員が呆けてそれを見ている中、巨大な黄金の船の一部から何かがせり出してきて、それが港へと届いた。

すると、船から数人の男女が出てきた。

男女はせり出てきたそれを渡り、そして港へと降り立った。

そして先頭の見たこともない程に凄い服を着た男がニッコリと笑い、帽子を取って優雅に一礼した。

 

「皆さん、お騒がせして申し訳ない。私はテゾーロ。ギルド・テゾーロと申します。以後お見知りおきを」

 

 

 

(掴みは上々、といったところかな)

 

ゴールディー改め、ギルド・テゾーロと名乗り、一礼した。

そしてざっと周りを見て、文化レベルを大体察して笑みを浮かべた。

 

「さて、この場所を取り仕切る方とお話したいのですが……」

「え、あ、えと……漁業組合へとご案内、いたします」

「ありがとうございます。ダイス、お前は此処で待っていろ。私が来るまで船へと誰も入れるなよ」

「了解ですぜ」

 

ダイスにそう指示をしてから、名乗り出た男に向かって笑みを浮かべる。

 

「では、よろしくお願いします」

「は、はい」

 

ノーフェイスとステラ、そして護衛としてシモベ数体を連れて漁業組合へと向かう。

組合に着くと、すぐに組合長室へ通された。

組合長とかいうのは、筋肉がついた初老の男性だ。

 

「初めまして、リ・ロベル漁業組合長のワック・エゼルと申します」

「ギルド・テゾーロと申します」

 

ワックから椅子を勧められて、そこでようやく座る。

リアルでの営業の経験をフル活動させて、ここから有利に持っていくのだ。

プレゼンは大事ってあの人も言ってたし。

 

「既に噂は耳にしているでしょうが、我々はこの大陸に来たばかりでして。この土地について色々とお聞きしたい。無論、ただとは言いません……おい」

「はっ」

 

前もってステラに持たせておいた砂金を入れた革袋を三つほど置く。

 

「どうぞ、お収めください」

 

ワックは中身を見て、目を見開いて、革袋と俺を交互に何度も見る。

 

「謝礼と停泊料ですのでご遠慮なさらずに。組合長としてでも、個人としてでも、どのような立場で受け取っても問題はないのでは?なにせ、私はこの国にも、この都市にも、この組合にも所属していない者ですので」

 

いわば、謝礼と口止め料だ。

何か言われれば港の停泊料といえばいいし、幾らか懐に入れても誰も知らないし、文句も言わない。

 

「困ったときはお互い様ですよ、テゾーロ殿。なんでもお聞きください」

 

そう言い、組合長は革袋を一つ懐に入れ、残りの二つは机の中に入れた。

 

「ありがとうございます。では、早速」

 

そして、俺は知りたいことを根掘り葉掘り聞き出した。

全てを聴き終わり、笑みを浮かべた。

この世界───少なくともこの大陸───は低レベルだ。

第三位階で大成、人類最高で第六位階。

ユグドラシルではゴミクズにも劣るレベルだ。

この大陸で大暴れするのも手だが、それはしない。

何故なら、俺はエンターテイナーだからだ。

俺の船に客がいなければ意味がない。

客を減らすような真似は絶対にしない。

 

「ありがとうございます。組合長殿。それとこれはお願いなのですが、地図をお見せいただくことはできませんか?」

「よろしいですよ」

 

金のおかげか、それとも単に重要性を理解していないのか、快く見せてくれた組合長に内心溜息を付きながら、地図を見る。

マジックアイテムでそれを秘密裏に写すと、組合長に返す。

 

「ありがとうございました。では、我々はこれで」

「はい」

 

最後に組合長と握手をして、組合を出る。

 

「……ノーフェイス、文字は読めたか?」

「いえ、申し訳ありません」

「いい。俺も読めなかったからな。解読アイテムを使えば読めると思うが……まぁいい。営業だ。リ・ブルムラシューへ向かうぞ」

「畏まりました。馬車を用意します」

「頼んだぞ」

 

そうして、俺たちは鉱山で富を得ていると言うこの国……リ・エスティーゼ王国の六大貴族の一人。

ブルムラシュー候の下へと向かうことにした。



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カジノ王、鉱山王になる

適当に用意した馬車に揺られること三日。

幾つかの検問を通り、着いたのは大きな都市だった。

船に関しては、出発する前にリ・ロベルの領主であるロベルト伯爵に金を握らせておいたから問題ないだろう。

何かしようとしても、ダイスやシモベたちが対処するだろう。

侵入者は生け捕りにするようには伝えてあるから、死体が転がっていることはないだろうと思うけど。

 

「テゾーロ様、着きました」

「分かった」

 

馬車を降りた先にあったのは、大きな館。

門前払いになると思ったが、馬車を降りて周りを軽く見回してその理由がわかった。

どうも、ステラが用意した馬車はこの世界では相当上等な物らしい。

欲深いと噂のブルムラシュー候なら、俺に金の匂いを嗅ぎつけて、飛び入りでありながら迎え入れてくれるらしい。

 

(好都合だ)

 

無駄な手間が省けて、実に良い。

そう思いながら、小間使いの少年が扉を開けると老年の執事が一礼して迎え入れてくれた。

 

「初めまして、私はブルムラシュー侯爵様にお仕えする執事のバンと申します」

「ギルド・テゾーロと申します。そちらのご予定があるだろうに、無礼にも突然来たことにお詫びを……そして、迎え入れていただいたことに感謝します」

 

笑顔でそう言うと、執事は淡々と告げてきた。

 

「私はご主人様のご指示通りにしているだけですので、その言葉はご主人様に直接お伝えください」

「分かりました」

「では、ご案内いたします」

 

執事の先導で館を少し歩き、着いたのは金ピカの扉。

執事がノックし、中から返事をすると扉が開かれた。

中は豪華絢爛と言えば聞こえはいいが、悪く言えば成金だ。

そう思いながらも、室内に入って俺は一礼する。

 

「初めまして、私はギルド・テゾーロと申します。こちらは私の部下のステラとノーフェイスです。お見知りおきを」

「うむ。リ・エスティーゼ王国侯爵のブルムラシューだ。かけたまえ」

「ありがとうございます」

 

俺だけ座り、向かい側にブルムラシューが座り、間にテーブルがある構図だ。

 

「それで、テゾーロ君だったか。なんでも話があるとか……」

「はい。簡潔に言うと、全ての鉱山を買取りたいのです」

「……は?」

 

ブルムラシューは呆け、俺は笑顔だ。

すぐに我に返り、ブルムラシューは口を開いた。

 

「も、申し訳ない。全ての鉱山を買取りたいと聞こえたが……」

「その通りです。正確に言えば、鉱山の所有者以外の全てをお売りいただきたい」

「……つまり、鉱山の所有者は私のままで、それ以外の全てはキミに売るということか」

「その通りです。さすがはブルムラシュー侯爵。話が早い」

「……分かっていると思うが、鉱山というのは常に金が発生する。出費はもちろん儲けもだ。それを一回の金で売れなどと……」

「鉱山一つにつき毎月金貨一万枚という条件でも、ですか?」

「え?」

 

またブルムラシューは呆けた。

そこで俺は一気に畳み掛ける。

 

「何か問題が発生したら私が責任を負いますし、解決もいたします。ですので、ブルムラシュー候は表向きは今までどおり。その実、鉱山を所有しているだけでそれ以外は私に任せきりという状態になります。あぁ、新たに鉱山を作る権利も頂きたいですね。それにかかる費用や人材もこちらが用意いたしますのでご安心を」

「ま、待て。待ってくれ。鉱山は全部で四十ある。そうなると毎月金貨一万枚だ。キミはそれを払えるのかな?」

「ごもっともです。ですが、ご安心を……おい」

 

ステラが前に出て、持っていたカバンを開けた。

すると、そこには一枚で金貨十枚分である白金貨が所狭しと並んでいた。

 

「カバン一つに白金貨一万枚。それを四つご用意しました。お確かめを」

 

四つのカバンを開け、白金貨四万枚を見せるとブルムラシューは生唾を飲んだ。

 

「り、理由は」

「私は賭博や娯楽施設がある船で旅をしていましてね。立ち寄った大陸でそれを行って稼いで、また別の大陸に行くということをしているのです。ですが、まずはその大陸の通貨が大量に必要なのです」

「なるほど、それで資金源を……ちょっと待て、ならばこの白金貨はどうしたんだ?」

「作りました」

「なっ」

 

ブルムラシューが三度目だが呆然とする。

 

「作るとしても、材料がないと話になりません。ですので、私は鉱山が欲しいのです」

 

そう言うと、ブルムラシューは観念したように息を吐いた。

 

「わかった。売ろう。だが、鉱山のいくつかは八本指……王国の裏に蔓延る巨大組織の持ち物だ。そちらまで売っては……」

「それらに関しては我々で話をつけます。ですので、侯爵にご迷惑はおかけしませんし、我々の船に来たらサービスを致しますので」

「……そのサービスというのは?」

 

食いついてきた。

俺は内心笑みを浮かべながらその答えをする。

 

「賭博などで幾らか無料で遊んでいただいても構いません。それに、私の船があるのは海の上……つまり、王国の法の範囲外。奴隷も、麻薬も……私が決めたルールを犯さなければ何をしたって構いませんよ」

 

軽い下調べで、この国では奴隷が禁止されていると知った。

そして違法な娼館があることも。

だが、それが違法でないのであれば、そちらへ行く方がいいのは当然の帰結だろう。

 

「今回は大まかにお伝えしますが、従業員に手を出さない。これは暴力はもちろん性的な意味でもです。それと盗みをしてはいけない。次に騙された方が悪い。そして最後に……全ては金が物を言うことです」

 

そして、このルールがあるからこそ、ブルムラシューを選んだのだ。

 

「なるほど……キミの最終目的は、キミの船内での自治権か」

「六大貴族であるブルムラシュー候であれば、協力してくれるかと……無論、礼は致しますとも」

 

その言葉でブルムラシューは今までのことの筋道が見えたのか、そして自分がどれだけ美味い話をされているのかを理解したのか笑みを浮かべた。

 

「任せたまえ」

「ふふっ。では、契約に入りましょう……っと、それと八本指と話をしたいのですが、どうすればいいでしょうか」

「それについても任せたまえ。私が場を設けよう」

「何から何までありがとうございます」

「キミと私の中だろう。気にしないでいいさ」

 

そしてブルムラシューは上機嫌で契約書を作り、そして契約を交わした。

これで万事解決だ。

その後、八本指と会談したが、なんともまぁ、馬鹿どもばっかだった。

既得権益を侵されるのを嫌って、俺を殺しに来たので刺客を返り討ち。

そしてそのまま幹部の賭博部門長を殺して、他の幹部たちも力と旨みをちらつかせて逆に乗っ取ってやった。

力はゴミだが、影響力や規模は使えるからだ。

そして合法鉱山で働く鉱夫も、非合法鉱山で働く借金まみれの連中も、労働環境を色々と改革し、ブルムラシューを使って船を宣伝。

こうして、俺はこの世界で生きていくのに必要なものを手に入れた。

後は、軌道に乗せるだけだ。

 

「さぁ、イッツ・ショォウタァーイム」

 

これからが楽しみだ。



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カジノ王、客を招待する

 治外法権を約束された夢のエンターテインメントシティ「グラン・テゾーロ」。

 そこでは、王族でも貴族でも平民でも。

 誰でも平等に、一夜で一生を遊んで暮らせる金を稼ぐことが出来る。

 唯一差を付ける物があれば、それは金。

 金がある者が勝者であり、金がない者は敗者。

 金こそが正義であり、力であり、ルール。

 これが今から行く船の謳い文句である。

 それを伝えてきたのは、ブルムラシュー候。

 王国を裏切り、帝国と通じている裏切り者だ。

 ブルムラシュー候が一枚かんでいるということは、帝国が一枚かんでいる可能性もある。

 リ・エスティーゼ王国のレエブン侯爵は馬車でリ・ロベルへと向かいながら思い、兜の緒を締める。

 ブルムラシュー候の宣伝を聞いて数日後。

 リ・エスティーゼ王国の主だった者たち───王族と上級貴族たち───へ「グラン・テゾーロ」から招待状が届いたのだ。

 内容は簡潔に言えば、開店記念パーティーのような物。

 注意書きで船内では他の招待客との確執は一旦忘れるようにと書かれてあったが、それを見たレエブンは少し怒りを感じた。

 恐らく王国貴族の二派閥に関して告げたのだろうが、それはそれ、これはこれ。

 娯楽施設へ行くのだから、国内の事は忘れて思いっきり遊ぶつもりだからだ。

 仕事であまり構ってやれない愛息子とせっかく遊ぶのだから、仕事は忘れてだ。

 それくらいの分別はついている。

 当の息子は昨夜興奮して眠れなかったのか、馬車に揺られながら寝ている。

 道中で話せなかったのは残念だが、これからは遊びながら話せばいい。

 そう思っていると、揺れていた馬車が止まったのを感じた。

 

「着いたようです。無いと思いますが、一応は警戒して私が先に」

「あぁ、頼む」

 

 無いとは思うが、帝国の暗殺を警戒して連れてきた切り札とも言うべき、雇っている元上位冒険者チームの一員の指示に従い、彼の後に自分、妻と息子の順で馬車を降りる。

 家族以外に護衛も連れてくるのは当たり前だ。

 招待状にも家族以外にも四人までなら連れてきてもいいと書いてあったしな。

 懐に入れてある招待状を確かめ、視線を上げると護衛が呆然としているのに気づいた。

 どうしたのかと彼の目線の先に目を向け、レエブン候も呆然とする。

 そこには、黄金に光る巨大な船が海に浮かんでいた。

 あれが、グラン・テゾーロ……?

 あれほどの大量の金を誰にも悟られずに用意するのは王国一の財力を持つブルムラシュー候ですら不可能。

 もちろん、帝国もだ。

 何十年もかけて少しずつなら話は違うが、それはないだろう。

 いくらブルムラシュー候でも船よりも装飾品に使うだろうし、帝国はあの聡明な皇帝の事だからありえない。

 船に使う位なら別のことに使うはずだ。

 よって、帝国ではない。

 つまり、これは……。

 そのまま立ちすくんでいると、一人の男が歩み寄ってきた。

 ツルリとした質感の仮面を付けた男で、服は南方のスーツと呼ばれる物を着ている。

 

「レエブン侯爵御一行でしょうか」

「あ、あぁ。その通りだ」

「お初目お目にかかります。私はノーフェイス。

グラン・テゾーロで働く者です」

 

 仮面で分からないが、笑顔を浮かべているだろうその男はレエブン候一行を船へと案内する。

 乗船の際に招待状を見せると、レエブン候が最後だったのか橋を回収し始めた。

 そのままノーフェイスの案内で船に入り、席へと座る。

 席に座りながら目だけで周りを見る。

 見覚えのある王国の貴族やその護衛たち。

 その中には、アインドラ家も含まれている。

 アインドラ家の令嬢は、最高位冒険者であるアダマンタイト級冒険者チーム「青の薔薇」のリーダーだ。

 件の令嬢が居り、そしてチームメンバーも見える。

 これなら、相手が化物でもない限りは安心だ。

 レエブン候が安堵のため息を着くと、可愛らしいあくびの音が聞こえた。

 愛息子のりーたんが起きたのだ。

 りーたんは周りを見て、大喜び。

 そしてりーたんとはしゃぎながら話す。

 あぁ、幸せだ。

 そう思っていると、魔法道具なのか近くにはいないのにノーフェイスの声が聞こえてきた。

 

『皆様、本日はゴールド・テゾーロ号にご乗船くださり大変ありがとうございます』

「なっ……」

 

 レエブン候は思わず驚きの声を漏らし、それは周りからも聞こえる。

 全員がこの船こそがグラン・テゾーロだと思っていたからだ。

 

『これよりゴールド・テゾーロ号はリ・ロベルを出航し、グラン・テゾーロへと向かいます。数十分という短い間ですが、出航後のアナウンスの後は目的地到着まで船内には食堂やスパなどがございます。船内施設はどこも無料でございますので、お食事やお飲み物なども気軽に近くの者にお申し付けくださいませ』

 

 ぐんっと引っ張られるような感覚の後、すぐにまたノーフェイスの声が響く。

 

『出航致しました。席を離れても構いませんが、他の乗客のご迷惑となるご行為はおやめください。そして、到着をお知らせするアナウンスがあった際はお近くの席へ座り、係員の指示に従って船をお降りください』

「ぱぱ!」

「うんうん。わかってるよ、りーたん」

 

 愛する息子に手を引かれ、その後ろを妻が追う。

 あぁ、幸せだ。

 レエブン候は、帝国うんぬんや先程までの驚きなどを忘れ、青の薔薇に全てを任せようと諦めにも似たことを思いながら、船内を歩きだした。

 

 

 

「後、何分くらいですかぁぁぁ」

「後、数十分ですよ。カルメラ」

 

 男の貴族が着るような服の上に真っ黒なマントを羽織った女がノーフェイスの前に立っていた。

 だが、その女は異様だった。

 顔は幼い子供が落書きしたかのような顔が描かれた紙袋で隠されていて、その容貌は窺い知れない。

 そして唯一出ている手の爪は全てが鎌のように鋭く尖っている。

 カルメラ。

 ゴールド・テゾーロ号の船長という設定のNPCだ。

 

「ノーフェイスさぁぁぁん。ジェット行っちゃいますかぁぁぁ」

 

 船長という設定だが、同じく設定で気が短いというのもある。

 気を長くしないときつい船の上では、これは致命的だ。

 

「ダメです。あれは我々なら大丈夫ですが、乗客たちはかかるGで潰れてしまいます」

「チッそうですかぁぁぁ」

 

 舌打ちをしながらもカルメラはジェットを起動しない。

 テゾーロから言われているからだ。

 船内で乗客を傷つけることは、グラン・テゾーロの誇りを傷つけることになると。

 そう言われて乗客を傷つける馬鹿はシモベたちの中にはいない。

 もしいたら、粛清の対象だ。

 

「ゆっくり行きましょう。数十分などすぐですよ」

「分かりましたぁぁぁ」

 

 ゴールド・テゾーロ号は、快適な航海を進み始めた。

 

 

 

「初めまして、私がギルド・テゾーロです」

 

 ゴールド・テゾーロ号がグラン・テゾーロに着き、出迎えたのはオーナーのギルド・テゾーロ。

 

「リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国。両国を共に招待したのは理由は特にありません。強いて言うなら近かったからです」

 

 リ・エスティーゼ王国の王族と上級貴族。

 バハルス帝国皇帝と上級貴族。

 この二つが一同に会していた。

 

「招待いただき感謝する、テゾーロ殿。私はバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。気軽にジルと呼んでくれ」

 

 親しみやすそうな笑みを浮かべる青年こそ、バハルス帝国皇帝のジルクニフだ。

 その後ろには護衛の老人と三人の騎士たち。

 

「いえいえ。仮にも一国の主を略称で呼ぶなど恐れ多いことですので、せっかくの好意を無下にしてしまいますが、どうかご容赦を」

「いや、残念ではあるが構わないさ」

 

ジルが挨拶すると、次はやつれた印象の杖をついた男性だ。

 

「遅くなってしまって申し訳ない。私はリ・エスティーゼ王国の王、ランポッサ三世だ」

「遅いなどとんでもない!聞いております。何でも戦いで足をお痛めになさったとか……どうかこちらの物を送らせてください」

 

 テゾーロは指を鳴らし、ステラに車椅子を移動させる。

 

「これは?」

「車椅子という物で、まずはこれにお座りください」

 

 ランポッサは言われた通りに車椅子に座ると、テゾーロはその後ろに周り、取っ手を掴んで押す。

 

「と、このように座りながらも移動できるというものです。どうかご利用ください」

「ほう。便利な物だな……ありがたく使わせてもらおう。ガゼフ」

「はっ」

 

 無骨な戦士といった風貌の男が車椅子の後ろにつき、車椅子を押す。

 

「では、皆さん。グラン・テゾーロ内でのルールをご説明いたします!」

 

 声を張り上げてそう言い、テゾーロはブルムラシュー候に説明した時よりも細かい説明をする。

 とは言っても、借金やどこに何があるかなどを追加しただけだが。

 

「以上となります。何か疑問がありましたら近くの係員にお申し付けを……では、皆様もお待ち兼ねでしょう。どうぞ、自由に我がグラン・テゾーロをお楽しみください」

 

 一家族に一人、スーツに身を包んだ男たちを付かせてテゾーロはステラを伴って歩き去っていった。

 

 

 

「あの、すみません」

「はい、何でしょうか」

 

 アインドラ家の令嬢であり、人類の切り札アダマンタイト級冒険者チーム「青の薔薇」リーダーのラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは、ドレスに身を包んでグラン・テゾーロに来ていた。

 

「この船について教えてくださいませんか?」

 

 アインドラ家専属コンシェルジュのアックと名乗った男性が嬉しそうに頷いて口を開いた。

 

「はい、このグラン・テゾーロはオーナーであるギルド・テゾーロ様とそのお仲間である方々、そしてご友人のご助力になって創られた巨大エンターテインメントシティとなっております」

「エンターテインメイントシティ?船じゃなくて?」

 

ラキュースが疑問を言うと、アックは頷く。

 

「はい。移動できるように船になっておりますが、エンターテインメントシティ……娯楽街と言えばよろしいでしょうか。様々な娯楽施設があり、その他にもスパ、レストラン、服屋などなど……様々な店が軒を連ねております。船の中に丸々一つの街が収まっていると言えば分かりやすいかと」

 

 あくまで本質は娯楽施設ですがね、と付け加えるアックに唖然とするラキュース。

 

「船の中に街が丸々収まっているって……そんな巨大な船なんて聞いたことないわ……」

「全長10kmとなっています」

「10km……なんというか、スケールが大きすぎてもう突っ込むのはやめるわ」

「左様ですか……では、移動いたしましょう」

 

 残念そうなアックは気持ちを切り替えると軽く二度柏手を打つ。

 すると、見慣れない馬車に近い箱が馬に引かれていないのに目の前に移動してきた。

 

「これは何かね?」

 

 ラキュースの父でありアインドラ家当主が尋ねると、アックは笑顔で答える。

 

「これはカメ車というもので、グラン・テゾーロでの主な移動手段となっております。動力源はこちらの小さなカメ。簡単に言えばこれが動かしているのです。詳しいことは秘密という事でお願いいたします」

「「「カァーメッ!」」」

 

 ムキっと筋肉を見せびらかすようにポージングをするカメたち。

 

「このカメたちは?」

「マッスルタートルというモンスターです」

「モンスター!?」

 

 ババっとラキュースと青の薔薇の面々が非戦闘員であるラキュースの両親の前に出る。

 

「ご安心を。テゾーロ様のお力によって完全に使役されておりますので、危害を加えない限りは安全です」

「「「「カメッ!」」」」

 

 一斉に頷くカメたちにラキュースたちはとりあえず警戒を解く。

 

「では、どうぞ」

 

 馬車の扉を開けるようにカメ車の扉を開けるアックに勧められ、アインドラ家一行はカメ車に乗り込む。

 

「むっ」

「あら」

 

 ラキュースの両親はカメ車の座り心地に驚きの声を上げる。

 

「凄いわね、これ」

「ふかふか」

「凄くいい座り心地」

「気に入ったぜ」

「ふむ……」

 

 青の薔薇の面々も気に入ったのか満足そうにしているのを見て、アックは扉を閉め、運転席に座る。

 

「どちらに向かわれますか?」

「そうねー……あなたは?」

「どこでも構わんよ」

「じゃあ、ラキュースちゃん。貴方はどこに行きたいのかしら?」

「私は……とりあえず宿泊施設に行きたいです。まずは荷物を置いてからということで」

「畏まりました」

 

 そう伝えるとアックはエンジンをかけてカメたちを働かせ、エンジンが温まったところで発車した。

 風を切り、後部座席からは馬車よりも早い速度で進むことに驚きの声が上がる。

 

「ホテルまで数分で着きますので、その間は私の席の後ろにある白い箱にお飲み物がございます。無料ですのでご自由にお飲み、ご歓談をしていてくださいませ」

 

 アックの言葉でアインドラ一行───主に青の薔薇───がわいわいと飲み物を取り出し始めた。

 

「酒があるじゃねえか!」

「見たことのない飲み物」

「毒見と称して口をつけて間接キス」

「天才」

「お、お父様! お母様! どうぞこちらを」

「うむ」

「あら、ありがとう」

 

 暴走し出す仲間たちの言葉をかき消すようにラキュースは飲み物を取り出して両親へ勧める。

 それをアックはバックミラーで見ながら、薄く笑った。

 

 

 

「どうだ?」

 

 オーナールームに戻り、某国の摂政のように歩きながら侍従長の手によって着替えをして玉座に座る。

 

「はい。ブルムラシュー候はカジノ一般エリアのブラックジャックで賭けを。ランポッサ三世はポーカーを。皇帝はスロットを楽しんでおります」

「そうか……収支は?」

「交金貨二百枚減です」

「想定内だな」

 

 ステラからの報告を聞いて、俺は玉座に寄りかかる。

 今回の招待客たちには大勝利とは行かなくても、勝って帰ってもらわないといけない。

 グラン・テゾーロは儲かる場所だと思ってもらわないと駄目だ。

 

「思う存分楽しんでくれ。損害分は次の来た時にきっちりと、な」

 

 肩を揺らして笑う俺に、ステラと護衛である高レベルモンスターたちも釣られて肩を揺らして笑い出す。

 此処は一攫千金が現実となる街。

 金持ちが勝者で、金無しが敗者。

 騙された方が悪い、ギルド・テゾーロが法の国。

 世界一のエンターテインメンツシティ。

 グラン・テゾーロなのだから。



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