冴えない彼女の育てかたアフター (青嵐未来)
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プロローグ
第一話 唐突すぎるプロローグ
春のうららかな日差しが視聴覚室に……じゃない、俺の部屋に差し込む三月下旬。
俺たちblessingsoftwareはいつも通りの俺の部屋でパーティーを開いていた。
……あ、原作に倣ってこの物語は俺ことblessingsoftware代表安芸倫也が語り部を務めさせていただきます。
そして、パーティーの内容は…………。
「ってことで、トモ大学合格おめでと~」
ってことで、俺の大学合格を祝う回だ。
わざわざこんな物語読んでるくらいだから誰が最初のセリフ言ったかはわかるよね? ほら、あのいろいろ危なかったあの従兄弟だよ。
「おめでとうございますっ、倫也先輩っ!」
次にお祝儀…………じゃなかったお祝いの言葉をくれたのは、相変わらずのボリュームを誇るあの子だった。別にいいよね? ほら、あのポンコツ幼馴染みのライバルで、ある部分に関しては勝負にすらなっていないあの子だよ。
恵は、なぜかこの場にいない。おっかしぃなぁ。あぁいや、恵が何でいないかは俺は知らないよ?
伊織は……まああいつは出海ちゃんたちがどう誘ってもこないだろ、『僕はフィクサーだからね』とかなんとか黒幕っぽいこと適当に言って。
残るは…………
「倫也先輩、不死川大学合格おめでとうございます!」
出海ちゃんと同じ呼び方をするのは、豊ヶ崎学園二年、出海ちゃんの同級生の竹宮真司。今年度からblessingsoftwareにサブライターとして加入して、俺たちの三作目である『愛情コンフリクト』の共通ルートとヒロイン個別ルートをワンルート書いてもらった。今では恵や美智留、同学年の出海ちゃんとも壁が無くなっていまや完全に俺たちの頼れる仲間だ。
真司は、何でもたまたま初参加したコミケで偶々『cherry blessing 』を買って、ADVに興味を持ってくれたそうだ。で、『冴えない彼女の育てかた』も買ったと思いきやこれまた偶然にも去年出海ちゃんと同じクラスになって二人の間でいろいろあったらしい。
いやぁ、受験勉強もしなくちゃいけないし全ヒロインルート書くのは無理かと企画書の前で頭を抱えてた所に急に出海ちゃんが真司を連れてきたときは驚いたなぁ。
「ありがとう、美智留、出海ちゃん、真司。でもさ、ひとつ聞いていい………?」
「はい……なんですか、倫也先輩?」
「あ、いやうん。たいしたことじゃないんだけどさ」
「たいしたことでないのなら、わざわざ言う必要はないのではないかしら?」
今ので感づいた人がほとんどだと思うけど…………
「なんで恵はいないのに英梨ヶと詩羽先輩がいるの……?」
そう、今現在この部屋には現blessingsoftwareである恵がいなくて、元blessingsoftwareである某金髪幼馴染みと某毒舌黒髪先輩がいる。
いや、ほんとになんで……?
「そんなの加藤さんがいると誘惑できな……じゃなくて倫理君を責められないからに決まっているじゃない」
「言い直すならせめて真意を隠す努力をして下さい……」
いや、英梨々はまだわかるんだけど(家すぐそこだし)。
「え~っとですね、倫也先輩、その、この前町田さんと会ったときに少し話してたらいつの間にやらこんなことに」
と、真司の男子にしてはかなり高い声が詩羽先輩と英梨ヶがここにいる謎を解き明かす。
あ~そういうことね、完全に理解した(理解してない)。
いや、それ先輩と英梨々がいる理由にはなっても、恵がいない理由にはなってないよね?
「あ~センパイがあんなこと言ったのはこ~ゆ~ことだったのか~」
「どういうことだ美智留」
「いや~なんかね? センパイが今まで一回だってセンパイの方からかけてきたことないのに、いきなり電話してきたと思ったら、私も参加するわ。準備は任せなさい。加藤さん達にも私から連絡しておくから、ってなんか捲し立てて来てさ」
気付いている人は気付いていると思うけど、このパーティーは三人の主催だ。
っていうか伊織は出海ちゃんが来るときに気付くんじゃ…………? あいつのことだから直接は来なくても何か伝言くらいはしてきそうな気がするんだけど……。
ああ、いや別に伊織から何も来なくて寂しいわけじゃないんだから誤解しないでよねっ!
「お兄ちゃんなら今日はどうしても外せない用事ができたって、朝早くに出かけていきましたよ?」
「そうなのか…………」
じゃあ、呼ばないつもりだったのは恵だけ……?
っていうか英梨々は何やってるんだ?
「って……」
こいつ俺の机とパソコン勝手に使ってやがるし。
何しに来たんだよ。ほんとに。
「そんなことはどうでもいいじゃない。今はパーティーを精一杯楽しみましょう?」
「って言われても」
「まあ、別に私だって純粋に倫也くんの入学を喜ぶつもりがないわけでもないのよ? ただこんなに絶好の機会はなかなかないわけだし、ちょうどいいかなって」
詩羽先輩はそう言うとベッドに腰掛けてる俺の目の前に陣取って、肩に手を置き、そのまま俺のほうに体重を掛けてきた。
──って、ええ!?
待って、俺学んでなさ過ぎでは? 前にもあった気がするんだけど。あと真司と出海ちゃんは二人で仲よさそうに今期アニメの話しないで!? 俺も入りたい……というかなんで助けてくれないの!? 気付いてるよね? さっきからチラチラ見てるよね!?
「──さあ、倫理くん? 一年間の大学生活で培った私の技に酔いしれなさい? ……大丈夫よ、優しくしてあげるから…………。──フゥーッ」
「ひっ、せせせ先輩!?」
ちょっ、まっ。やばいやばいやばい! このままだと何がヤバいとは言わないけど確実にヤバい!
「──なにやってるのよ、霞ヶ丘詩羽」
と、戦慄しつつ、下手に動くと先輩のあんな所やこんな所がもろに当たってしまうせいで動けなかった俺に救いの糸を垂らしてきたのは完全に空気と化していた……というか何かの〆切でも迫ってたのか、ずぅっと俺のパソコンで作業していたクソオタクモードの英梨々だった。
「あら、英梨々。私、何かおかしいことをやったかしら」
「よくヌケヌケとそんなことを言えるわね……。今日一日は何もしないって約束でしょ」
「ええ、今日一日は何もしないわよ? 今日一日は」
その言い方だと日付が変わった瞬間に何かありそうなので止めてください。
「……はぁ。なんでこの毒舌物書きはこんなに馬耳東風なのかしらね」
「あら? あなたも大概だと思うけれど?」
「なっ」
「……というか、そうね。……ねぇ英梨々」
「──何よ」
「いっそのこと二人で迫ってしまえば抜け駆けではなくなると思うのだけど」
えっ。
「……」
「よく考えてみなさい、英梨々。これほどおおっぴらに倫理くんに迫れるのなんて正妻である加藤さんが居ない今だけよ?」
「……で、でもあたしは……」
「とか言いつつも、加藤さんに心の中で謝りつつも、あなたはどんどん私の提案を飲み込み始めているでしょう? ……認めなさい、今が最大のチャンスなのよ?」
「あたしは……」
と、俺に躰を預けたまま詩羽先輩が圧倒的独壇場を展開していると…………
「──何やってるのかなあ。どういう状況? これ」
「…………」
「────」
一体いつの間に入ってきたのか、詩羽先輩によると呼ばれていないはずの恵が部屋の扉から姿を現した。
「め、恵……。あのな、これは……」
「うん、分かってるよ。全部二人からやったんだよね?」
うん、いつもはクリティカルすぎてちょっと怖いけどこういうときはむしろ頼もしい!
「あ、加藤先輩。すごくどんぴしゃなタイミングですね」
「連絡してくれてありがとね、真司くん」
「いえいえ。……何もかもやったのは霞先生なので僕たちは見逃してもらえると……」
「……心配しなくてもなにもしないよ」
恵を呼んでくれたのはありがたいんだけど、もっと早くにもっと直接的に助けてくれると嬉しかったなあ……。もう遅いけど。
……なんとなくこの先の展開は読めてると思うけど。まあ、恵と詩羽先輩が英梨々を中途半端に巻き込んでいろいろしてました。
でも、ここから先はミセラレナイヨ。
そんなこんなでよく分からない俺の合格おめでとうパーティーはお開きになりましたとさ。ちゃんちゃん。
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第二話 唐突な急展開は面白くないってそれいち(ry
えっと、パーティーで具体的に何があったか知りたい人も多いと思うんだけど、普通にパーティーやっただけだよ?
あのメンツで何も起こらないわけないだろとか思うかもしれないけど、本当に何もなかったからね?
…………恵がウチに泊まっていったこと以外は。
閑話休題。
今俺は恵と一緒に校内を回っている。
あ、日時としてはとりあえず入学式の直後ということで。
散策の目的は、もちろん校内を把握するためもあるんだけど、サークル活動が出来る場所を探すためというのが大きい。
真司も増えた今、俺の部屋は拠点にするには小さすぎるだろうってことで、大学で探すことにした。
「この部屋とかどうかな、倫也くん。確かこの部屋教授たちもあんまり使ってない部屋だったと思うんだよね」
「うーん、もうちょっと机がある部屋はないか? 作業する場所はもうちょい広い方がいいんだよな……ほら、今年はともかく先のことを考えると原画が出海ちゃん一人っていうのは負担が大きいだろ?」
「確かにそうだね。それに出海ちゃんにしろ真司くんにしろ今年受験だし」
「そ~なんだよな、シナリオの方は俺がヘルプに入れる、っていうか何ルートかは元々俺が書くつもりでもあるしまだ大丈夫だろうけど、原画の方はヘルプ出来そうな人がいないんだよな」
「じゃあ次に良さそうな部屋行こっか」
「そうだな──あ、ごめん恵。ちょっと電話来たわ」
そんなこんなで、俺と恵は校内を歩き回ってたんだけど……ある人……あ、人じゃないや、あるバケモノからの電話がすべてを台無しにした。
「…………っ?」
スマホの画面に現れた名前は……
『よ~元気にしてたか~少年』
紅坂、朱音だった…………。
「…………??」
いやいやいや、訳がわからないよ(QB風)。
なんで紅坂さんから俺に電話なんて……。
『時間ね~からとっとと要件だけ言うぞ』
と、紅坂さんは回避不可能(ついでに予測も不可能)の攻撃を食らってスタン状態の俺を完全に無視して話を続ける。
『今日の夜7時に○○ホテルの最上階にある御影亭までこい。伊織はもう呼んであるからよ』
「いやいやいやいや、急に話を進めないでくださいよ。突然呼び出して何があったんですか?」
というか待ち合わせに指定された場所がとてつもなく高い店だった件。
…………嫌な予感がする…………。
『ま、そういうことだ。遅れたらネットであることないこと脚色つけてばらまいてやるからな~』
「あんたが脚色つけたら大変なことに、ほんっと~に大変なことになるからやめてね!?」
…………訂正、嫌な予感しかしない……。
「電話の相手、誰だったの?」
憂鬱な気分でスマホをしまうと、恵が電話の相手を訊ねてきた。
「えっと、その……紅坂さん」
俺がビクつきながら答えると恵は……
「へ~そうなんだ~、で、倫也くんはどんな話をしたのかな~?」
……だから怖いってその反応!
なんていえるわけないので、紅坂さんが言ったことをそのまま恵に伝えた。
そしたら…………
「ねえ倫也くん、それ、私も行っていいかな」
という提案が。
「別にいいと思うけど、なんでわざわざ」
「わざわざっていうか、これ、サークルの案件じゃないの? 倫也くんだけならまだしも、波島くんまでいるみたいだし」
あ。
「言われてみれば……」
でも、それこそわざわざ、あの紅坂朱音が俺たちに何か話すことがあるかなぁ?
「ま、今考えても仕方ないか」
「うん、聞いてから考えればいいんじゃないかな」
「それもそうだな」
ということで、恵と俺は○○ホテルの御影亭に行くことになった。
「支度とかもあるし、今日はもう帰ろうか」
話が決まったところで、恵からそんな提案があった。
まあ、当初の目的だった校内ツアーとサークルの活動場所探しもとりあえず目処がたちそうだから、続きはまた後日ということに。
……………………紅坂さんのことさえなければデートなのになぁ。
……それにしても、わざわざ紅坂さんのお呼び出しの理由はなんだろう。俺だけだったら柏木エリと霞詩子のことなんだろうとも思えたけど、伊織もいるんじゃあ違うだろうしなぁ。
…………考えても仕方ないか。
─────────────────────────
ってことで、現在時刻6時30分。
俺と恵は○○ホテルの入り口で待ち合わせをしていた。
いや~ほんと紅坂さんのことさえなければデートなんだよなあ。
ま、まあ紅坂さんの要件っていうのも気になるからいいけど。
「ちょっと早いけどもう行っちゃおうか、倫也くん」
「そうだな」
ちなみに来る前に御影亭について少し調べてみたら、ランチだけで万越えするのに数ヶ月先まで予約で一杯の人気店だった。
英梨ヶのお父さんがイギリスの来賓をもてなすのに使いそうだな……。
そんなことを考えてるうちに、エレベーターが来てたので、無意味に天井に高いエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。
店内に入ると、そこにはビルの館内とは思えないほどの広い庭園が広がっていた。
川が流れ、橋が架かり、鯉が泳ぎ、鹿威しがなり、けれどしっかり暖房は効いていてこの店の値段の高さを醸し出す。
……えっと……GS読んでください。
店員さんに案内されてたどり着いたのは、長々と廊下を歩いた先の個室だった。
俺たちは顔を見合わせて頷くと、同時に一歩を踏み出して、室内にはいる。
そこには、食べ散らかされた料理と、すでに空になっている一升瓶。そして、だらしない格好で酒を呑む紅坂朱音……。
あとついでにその怪物の隣に座っている伊織。
「倫也君、いいかげん僕の扱いをどうにかしてくれないかい?」
「俺のモノローグに突っ込んでくるな」
「ま~いいからとりあえず座れよ少年。あとそっちの彼女も」
「初めまして……blessingsoftware副代表の加藤恵です」
「お~聴いてるぜ、何でも叶巡璃のモデルなんだってな」
挨拶だけして座ると、紅坂さんが足元から一つのファイルを取り出す。
…………まさか。
「1時間だけ待ってやる。んで決めろ」
この中身は、まさか……。
俺たちを呼んだ理由は…………。
俺は、いてもたってもいられずに、紅坂さんの手からファイルをひったくった。
「倫也くん──?」
恵の驚いたような声が聞こえたけど、止まれない。止まることなんて出来るわけがない。
だって、分かってしまったから。
これが、あの紅坂朱音の仕事の成果だって。
あのメディアミックスの女王が、詩羽先輩と英梨々をシンデレラにしたあの紅坂朱音が、俺たちに見せるために作ったものだって理解してしまったから。
そして、1ページでも読んでしまったら…………
「…………──っ」
もう、引き返せない。
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第三話 倫也くんが独り言をつぶやくだけのターン
すぐ隣に座っている恵の声さえ聞こえないほど、俺はこの紙束に没頭していた。
─────────────────────────
気付いたときには、既にここに来てから30分を超えていて。
それはつまり、この紙束はそれほどの力を持ったものということで。
「さ~て、返事を貰おうか」
けれど、その中に、一つだけ意味不明なことがあった。
それは、企画書の初めの方にある、サブディレクター・プロデューサー:安芸倫也という文字列…………。
そして…………。
「……英梨ヶと詩羽先輩はもう読んだんですか…………?」
シナリオ:霞詩子
キャラクターデザイン・原画:柏木エリ
「あいつらがなんて答えるかは少年はよ~く分かってるんじゃね~の?」
「……………………」
それは、紅坂朱音が魂を削って、寿命を削って完成させた魂の企画書。
そこには、何十枚ものデザインが、ラフが、そして何千文字もの設定が、作品としての輝きが、クリエイターを引き込む全ての要素が含まれていた。
こんなの目が離せる訳がない。
紅坂朱音の世界に引きずり込まれる。
一昨年同じ人が書いた企画書を見たときには、感じ取れなかった情報が、頭の中に入り込んでくる。
改めて、この人の実力を思い知った。
設定の粗もなく、デザインの手抜きもなく、全てが作り込まれていて、その全てが俺に囁いてくる。
──やれるよなあ?──と。
──この作品に魂を捧げろ──と。
あの二人が、霞詩子と柏木エリが、この企画を受けないはずがない。
クリエイターとしての二人をまるで理解してない俺でも、それは確信出来る。
「この前みて~に途中でぶっ倒れて勝手に駄作に貶められそうになるのだけは無理なんでな。そうならないための策ってことだ」
…………ちなみに、去年にフィールズクロニクルのDLCが計4弾で出たが、マルズ側はもともと3弾のつもりで、紅坂さんサイドにもそう通知が来ていたそうで、急に増えたDLCにこの人とマルズの間でまた一悶着あったらしい。
あの紅坂朱音がどんな理由だろうと俺を制作メンバーに指定したのだ。俺個人としては、すげー参加したい。
けれど…………
「紅坂さん…………。この企画はすごいと思うし、参加したい気持ちもありますけど…………」
「けど、なんだ?」
ちらり、と恵の横顔を見る。
「俺たち、今は大事な時期なんです。坂道シリーズも終わって、こっからまたやっていこうって時期なんです。だから、今は紅坂さんの企画には参加出来ません」
二作目の大事な時期に勝手にどっかのプロジェクトに(頼まれてもいないのに)参加して、副代表にめちゃくちゃ怒られた奴がいるような気がするけど気にしちゃいけない。
そんな俺の、blessingsoftwareの現状を紅坂さんは知ってか知らずか。
それは分からないけれど、今言った言葉は俺の本心だ。
恵と出会った当初に創りたかったゲームは、ヒロインとの恋の物語は、確かに一段落を迎えた。
けれど、それで俺の創作意欲が尽きたかといえば、そんなことはない。
実際に今も、伊織以外のメンバー全員で企画書を練っているところだ。
伊織を省いてるのは、伊織が委託関連で未だに動き回ってるからだ。
確かに、参加してみたい。参加してみたいが、それとこれとは話が別だ。
まあ、だからといって、紅坂さんがこの程度で退くとは思ってないけど。
「──だったら」
俺が考えている間中ずっと飲み食いしていた女帝がおもむろに口を開いた。
「お前のサークルごと参加すればいい」
けれど、その口から飛び出してきたのは俺の知る彼女は絶対に、それこそ泥酔していたとしても、頭が朦朧としていたって口にしないような言葉だった。
「……………………」
「………………………………」
ほら、あの俺より遙かに紅坂朱音のことを知っている伊織だって二の句が継げない。
いや、俺より知っているからこそ、か。
あいつも自分の耳が信じられなかったようで、
「あの、朱音さん…………今なんて言いました?」
「ん? blessingsoftwareごと参加すればいいっていったんだけど?」
あ り え ん 。
「ま~落ち着け。お前達のゲームをプレイしたうえで言ってんだよ」
そう言われても落ち着けるはずがないんですが。
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第四話 恵がわりと喋る回
「とゆ~か、少年のマネジメント能力より、あのサブライターが欲しい」
……………………俺が馬鹿にされてるのか、真司が褒められているのか。
すると紅坂朱音は伊織を指さして、
「こいつの妹もこの前の作品でさらに一皮剥けた。あいつは間違いなく柏木センセに匹敵する才能をもってる」
確かに、あの二人はこれからも切磋琢磨しあえるいいライバル関係だと思うし、出海ちゃんは今の柏木エリに対抗できる数少ないイラストレーターの一人だ。
あの二人を同時に起用することは神ゲーを創るにあたっていい選択だろう。
…………それがディレクターやプロデューサーの頭痛の種になるかならないかはともかく。
真司のほうも、実力は確かだ。俺が知っている他の有名シナリオライター、それこそ霞詩子とでも張り合うことが出来るだろう。
そして、真司のライターとしての色は俺の色よりも、霞詩子のそれに近い。
だからこそ、霞詩子と組んだときにはまた新しいものを見せてくれるだろう。
「いや、でも…………」
それでも、俺はOKを出せない。
確実にあの二人の今後に役立つことでも。
「んじゃ、それを持って行って見せてきな。あの二人がほんとうにクリエイターなら、これに参加しないという選択肢はない」
─────────────────────────
俺と恵は、二人で話し合うために、1階にある喫茶店に降りた。
さっきまでは驚いてばかりだったけれど、一度落ち着くとついさっきまで感じなかった興奮が体の奥底から湧き上がってきた。
紅坂朱音が、俺たちblessingsoftwareと、霞詩子と、柏木エリ。
このメンバーで神ゲーを創ると。
そう宣言したことに、そこまで俺達が評価されたことに。
何も言わない俺を不審に思ったのか、恵が俺の顔を覗き込んできた。
「それで、倫也くんはどうするつもりなの?」
「…………あれを二人に渡さないわけにはいかない。クリエイターへの依頼を通さないのは、このサークルの代表として出来ない」
「それで、あの二人があの人の企画に参加するって言ったらどうするの? それでもいいの?」
「恵…………」
「私は嫌だよ。またサークルがバラバラになっちゃうのは」
ここまで話の本質に踏み込んでくるのは、さすがに予想外だったけど。
「blessingsoftware代表としては、あの二人を手放したくない」
「なら──」
「けど、一人のクリエイターの安芸倫也としてあの二人を手放したくないかと言われれば違うって答える」
恵が誰よりも、それこそ俺よりもこのサークルのことを想っているのは分かってる。
けれど…………。
「俺がそう言うだろうって思ったから紅坂さんはblessingsoftwareごと、なんて提案をしたんじゃないかな」
まあ、そのせいで俺が前から言ってた『霞詩子と柏木エリを紅坂朱音から取り戻して新旧blessing software で神ゲーを創る』っていうのを先にやられたんだけどな!
結局、あの企画書を読んでしまった時点で、俺は選択権も、選択肢すら自ら手放したのだ。
出海ちゃん達にこれを渡さないという選択肢はない。
俺の中で、選択肢なんて一つしかなかったんだ。
そう、まるでフラグ管理に失敗してBAD エンド一直線になってしまったときの共通ルート最後の選択肢のように……。
…………言葉の選択間違えたなぁ……。
それはともかく、恵がなんて言おうと、俺のこの気持ちは変わらない。
だからこそ、恵をどうやって懐柔……じゃなくて説得するかが一番大事なんだけど…………。
「…………うん、そこまで言うなら仕方ないね」
………………大事なんだけど…………………。
────え? 今なんて言った?
「そこまで言うなら仕方ないねって」
「え、いやだってなんで……?」
日本語がおかしいなんてことは気にしちゃいけない。
「なんでって言われても……」
「だ、だって恵、お前、俺がフィールズクロニクルのヘルプに行ったときすげぇ怒って──っ」
「倫也くんそのときなんの相談も無かったしあれは私たちのサークルにはなんの関係もなかったよね」
「そ、その通りで…………」
「でも、今回は内容はともかく、ちゃんとした話だったし。参加するか参加しないかは、二人が決めることだから。……私個人としてはいかないで欲しいけど」
「…………」
「私は倫也くんとか、出海ちゃんや竹宮くんみたいにクリエイターじゃないし、三人が決めたことを無理矢理覆すのはできないし。…………ううん、ちょっと違うな。そんなこと、したくない」
っていうのが、正しいのかも。
そんなことを言いながら、恵はちょっと困ったかのように苦笑した。
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第五話 や~っと企画書読んでくれたよ
紅坂さんと会った翌日。
俺はblessing softwareのメンバーを集めて、昨日あった全てをある1点だけ伏せて話した。
紅坂朱音に会ったこと。
紅坂さんが、俺たちに依頼があること。
そして、あの紅坂朱音が出海ちゃんと真司の二人を、クリエイターとして欲しがっていたということ。
「…………倫也先輩。それで、僕と出海にどうしろって言うんですか」
「そぅですよ、倫也先輩。その話だけ急に聞かされても訳が分からないというか…………」
そう戸惑う二人の目の前に紅坂さんから預かった企画書を差し出す。
「これが、その企画書だ。これを見て、決めて欲しい」
二人は顔を見合わせて、やがて覚悟を決めたように、企画書を手に取り、紅坂朱音の世界にトリップしていった。
真司のほうは、あの人のように、ブツブツと何かを口にしながら、足を細かに揺らしながら、時折、イライラしたように爪を噛みながら。
出海ちゃんのほうは、真司のそれとは正反対に、ただただ静かに、それを読み進めていて。かといって淡々と読んでいるわけではなく、イラストを描くときのように、ひたすらそのことだけを考えている様子で。
俺はといえば、紅坂朱音に実力を認められた二人を誇らしく思っていながら、紅坂朱音に、遠回しに俺の実力が二人に追いついてない、見合ってないと言われたことを悔しく思っていた。
─────────────────────────
二人が現実に回帰してきたのは、企画書を読み始めてから、約2時間後だった。
ほぼ同じタイミングで意識を現実に戻した二人は、またも顔を見合わせてから、口を開いた。
「先輩、僕は…………これに参加したいです」
「私も、やります!」
そこから出てきたのは代表の俺にとって最悪なはずの宣言で、クリエイターの俺にとって悔しい宣誓で、消費型オタクの俺にとって最高の台詞だった。
「そっか…………じゃあ、俺から伝えておくよ」
「でも倫也先輩、blessing softwareは…………」
出海ちゃんはなんの躊躇いもなく、この話の唯一の(俺たちの)問題点に切り込んできた。
それと同じタイミングで、今まで静寂を貫いていた恵が出海ちゃんの声に反応しようとした俺を制して、
「二人とも、ちょっといいかな。倫也くんはちょっと待ってて」
と言って、二人を部屋の外に連れて行った。
─────────────────────────
僕と出海を連れ出した加藤先輩は、階段を降りてリビングの椅子に座ると、僕達にも座るように言って、話し始めた。
「……二人は、あの企画に参加したいんだよね?」
「……はい」
「はい!」
去年の今頃までは、自分が創作活動をするだなんて考えたこともなかったけれど、創作の愉しさを、苦しみの先にある最高の瞬間を知ってしまった今は、むしろ、創作活動をしないことをこそ考えられない。
そして、そのうちに、自分の中でもっとすごい作品を創ってみたい、すごい企画に参加したいという気持ちが、むくむくと育ってきていた。
それに、その気持ちとはまた別に、自分がこのサークルにある意味のきっかけである霞詩子と共同で創作できるから、という理由もある。
紅坂朱音も、こっちの世界に踏み込む前の僕でも知っているほどに有名で、そんな雲の上の存在から声をかけられて、嬉しくないわけが無い。
出海もたぶんそんな感じだと思う。
自他共に認めるライバルである、澤村英梨々=柏木エリと同じ企画をする。いままでより直接的に評価されるわけだから、やる気が出ないはずがない。
blessing softwareであるままその選択ができるなら、迷うこともないだろう。
「私は、私個人としては、二人には行って欲しくない」
「…………理由を、教えてください」
だから、加藤先輩がそう言った理由が、僕にはよく分からなかった。
「たとえ、あの人が筋を通して、blessing softwareのまま参加していいと言っても、私は、あの人を信用できないし、去年の“あれ”を見てると、二人が絶対に壊れないとも思え────」
ドンッ!
「「ふざけないでくださいっ!」」
「──っ」
「…………ふざけないでください。それ、相手によっては洒落にもなりませんよ」
「勝手にあの人より下にしないでください、恵先輩。ソレだけは聞き捨てなりません」
「決めました。加藤先輩が何を言おうと参加します」
「私も、恵先輩がなんて言ってもやめません!」
「「絶対です!」」
「──そっか、ごめんね、二人とも」
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第六話 プロローグがやっと終わった……
部屋から出て、十数分後に戻ってきた二人は何があったのか、やたらと吹っ切れた顔をしていた。
恵は少し微妙な表情をしていたけど。
「「やりますっ!」」
二人は腰を下ろすと、事前に打ち合わせでもしてきたかのように、声を合わせてこう言った。
ちょっと待って、それ何をやるのか微妙に分からないから。目的語が致命的に足りてないから。
「──と、とりあえず、落ち着いて、二人とも」
「倫也くんこそ落ち着こうよ。いったい何を想像したのかなぁ」
───────────。
「べ、べべべ別に変な妄想なんてしてないぞ!?」
「なるほど。変な妄想をしたんだね」
してないって…………してない……。
「と、とにかくっ、何をやるって!? 目的語を教えて目的語を!」
いやまあ、なんとなくわかるけど。
「「あの企画ですよ! あの企画!」」
二人とも凄いな。息ピッタリにもほどがあるだろ。
でも、このサークルの代表として一応言っておかなきゃいけないことが一つだけ。
……まあ言うまでもないことだけど。
「あの二人に負けるなよ? もちろん、紅坂朱音にも」
「「もちろんですっ!」」
うわ、また揃った。
─────────────────────────
「──ってことだ伊織。紅坂さんに言っといてくれよ」
『……倫也君、君は僕のことを最近頼んどけば何でもやってくれるチョロいヒロインみたいに扱ってないかい?』
だれがヒロインだ、だれが。
「実際、大概のことはやってくれるだろ? どうせ、今も紅坂さんと一緒にいるんだろうし」
『ああ、今は違うよ。今は朱音さんが若干修羅場でね。話し合いの続きはまた明日からってことになったのさ』
半分適当だったのにまさか半分当たってるとは…………。
「じゃあ明日にでも言っておいてくれ。俺たちblessing softwareはメンバー全員であの企画に参加する」
『……わかったよ』
「なんだ、あんま気乗りしなさそうな感じだな」
『別にサークル全体での参加について思うところがある訳ではないんだけれど、ただ、また朱音さんに振り回されるかと思うと軽く頭痛がね……』
あ~。
「悪い、それに関してはご愁傷様としか言えん」
『とか相手を思いやるふりをしつつ、心の中では特別何を思っているわけではないんだろう?』
「……もしそうだとして、素直にそう言うと思うか?」
『ははっ、それもそうだね』
──ったく。
「じゃあそろそろ切るぞ」
『ああそうだ。倫也君、君も覚悟しておいたほうがいいよ? 今回君はクリエイターというよりはこっち側なんだから。確実に朱音さんにふりまわされるよ? ……まあそれはクリエイター側にいたとしても同じだけど』
伊織の話し方がなんかムカついたからそのまま電話を切った。
今は真司達が帰ったあとの、夜8時。
夕食やら風呂やらを済ませて、伊織に今日のミーティングの内容を話していた。
にしても、真司と出海ちゃんのシンクロ率高すぎだろ、っと思う今日この頃。
ソレはともかく。
二人が覚悟を決めたことで、俺たちの進むべき道は決まった。
あとは、なるようにしかならない。
─────────────────────────
こうして、俺たちと紅坂朱音の戦いは始まったのだった。
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第七話 才能と嵐の邂逅
「──うわ」
僕は思わず、感嘆の声を上げた。
「──すごい広いですねぇ」
出海は、広さの程度を口にした。
「──本当に、無駄にね……」
倫也先輩は、その場の人口密度の異常さを的確に指摘した。
「お、来たか」
そして紅坂朱音は、こちらを見て軽く手を振ってきた──。
というわけで、今僕達がいるのは株式会社紅朱企画の仕事場(?)だ。
といっても、そこにあるデスクのほとんどは、だれもいないどころか、物すら置いていないので、ぶっちゃけ、紅朱企画の仕事場というより、紅坂朱音個人の仕事場って言われた方がしっくりくる。
実際、この昼間の時間帯でも40席くらいあるデスクのうち、5席しか使われてない。
……そのうち紅坂さんは2席使っていたけれど。
「えと、初めまして。blessingsoftwarシナリオライターの竹宮真司です」
「は、初めましてっ! 原画の波島出海ですっ」
この人がこれからのクライアントということになるので、一応、挨拶はしっかりしておく。
確かに、すごい人だけれど、尊敬する気持ちはあるけれど、これから、対等に付き合っていかなくちゃいけない存在だ。
「っあ~、初対面ってことで一杯やるか?」
「真司達は未成年ですよ!? いや俺もだけど!」
付き合っていかなくちゃ、いけないのかぁ……
「──まあいい。今日おまえらを呼んだのは、ま、そこの二人と会っておくってのもあるが、ゲームの仕様決めが一番だ」
「──? 紅坂さんのことだから、細部はともかく、おおまかな仕様はもう決めてると思ってましたけど」
「ま、最初はそのつもりだったんだけどな~。少年たちがサークルごと参加するってんなら、話は別だ」
倫也先輩や伊織先輩から軽く話は聞いていたけれど、実際に相対してみると、この人すごいフランクだな。
姿勢が凄い。
椅子に左足を掛け、背もたれの後ろに両手を放り出してふんぞり返っている。
「企画書見たなら分かってるよな? このゲームは恋愛シミュレーションゲームにする。そしたら、ライターの色によって仕様もかなり変わるだろ?」
「それは、確かに」
「霞センセみたいなタイプだったらシナリオ重視のADVになるだろうし、少年みたいなタイプだったら、選択重視のゲームになるだろうし。ま、つってもおまえは霞センセよりだろ?」
「そう、ですね」
「じゃ、その方向でプロット組んでくれ」
「……紅坂さん」
そう声をかけたのは倫也先輩だ。
「シナリオとイラストと音楽はこっちの制作でいいんですけど、ゲームのプログラムはどこに頼んだんですか? 俺たちがプログラムするなら1年以上かかりますよ?」
いくらいい素材が上がっても、それを形にできなければ決してゲームにはならない。
だからこそ倫也先輩はそれを確認する。
「それは心配すんな」
そう言った紅坂さんはこう続けた。
「スクリプトはうちの社員にやらせる。数にしたら、そうだな、50人はいるか」
そんなにいるのか……。今は4人しかいないのに…………。
「そういうこった。じゃ、次の打ち合わせは……2週間後でどうだ? それだけあれば形にはなるだろ?」
カチンときた。
「──はい、分かりました。それでは2週間後にプロットの確認とキャラデザの方向決めをしましょうか」
「──霞センセにはもう話してある。しっかり話し合うんだな。波島出海、お前はプロットが上がるまで特に何もない。ただし動き始めたら死ぬほど忙しくなるから覚悟しておくんだな」
「……………………」
─────────────────────────
そんなこんなで、僕と出海と紅坂朱音の嵐のようなファーストコンタクトは終わったのだった。
「──ところで倫也先輩。なんで氷藤先輩達は呼ばなかったんですか?」
「そうですよ。美智留先輩たちも呼んだ方がよかったんじゃないですか?」
「──実は、美智留、今長野の自分ちに帰ってんだよね」
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第八話 ゲームの話をするとしよう
出海ちゃん達二人と紅坂さんを引き合わせた次の日、俺は件の二人とは別に、伊織に呼び出された。
呼び出された、んだけど……。
「来たか…………」
「さ、倫也君、突っ立ってないでとりあえず座ったらどうだい?」
俺が突っ立ってる理由を作り出したうちの一人には言われたくない。
「伊織……紅坂さんを呼ぶなら俺にも一言言っておいてくれよ……」
紅坂さんがいる理由もなんとなくわかるから、別に断らないのに……。
「いやね、僕がここに着いたときに朱音さんから電話がきてね。場所を教えたら近くに居たみたいですぐ来たんだよね」
「いや、速めにこっち側の認識の共通化を図っときたいと思ってな」
「にしては、少し速くないですか? 真司と詩羽先輩がプロットを上げてくるの2週間後ですよね?」
だからまだ余裕があるはずなんだけど……。
「あと4~5日もしたら進捗も分かると思うんで、俺達の打ち合わせはそのあとでも大丈夫だと思うんですけど…………」
そこで伊織が口を開いた。
「いや、倫也君。速めに準備しておくに超したことはない。下手すれば、あと3日くらいでプロットが上がってくることもあり得る。そうすれば、僕達が意思疎通を図る時間は必然的になくなってしまう」
────は? 今なんて?
「ち、ちょっと待てよ伊織。速ければあと3日で、なんだって?」
「僕の予想だと速ければあと3日でプロットが上がってくることもあるって言ったんだけど?」
「さすがに速すぎないか? いくらあの二人でもあの企画のプロットを創るのには骨が折れるぞ?」
「いや~、そこらへんはたぶん朱音さんも同じことを考えてるんじゃないかな~と」
「え!? 本当ですか!? 紅坂さん!?」
「ま~な。あの二人でならあり得る。ま、大方、実際に作る時間より、意思疎通に使う時間の方が多いんじゃね~の」
─────────────────────────
『なんて呼んだらいいのかな。誠司くん? それとも、お兄様?』
『お前の好きなように…………巡璃、それとも、瑠璃?』
──────。
やっぱり面白いなぁ、cherry blessing。
今日からあの霞先生とプロットを創ることになった僕は、自分がこのサークルに入る大きな理由になった『cherry blessing~巡る恵みの物語~』を徹夜でプレイしていた。
「これを書いた霞詩子と共同でシナリオつくるのか…………。やべ、すっげぇわくわくしてきた」
僕の部屋は倫也先輩の部屋と同じくらいで、部屋の棚にはこの2~3年で増加したラノベやマンガ、その他、倫也先輩に布教されたゲームなどが詰まっている。
パソコンの両脇にはそれぞれ違うフィギュアまで置いてある。
あぁ、シ○ンと、○衣は見てるだけで癒される…………。昇天しそう…………。
っとと、危ない危ない。意識が次元の果てに飛び去るところだった。そろそろ約束した時間だ。
急いで着替えて、リュックサックにパソコン等必要なものを詰め込む。
「行ってきまーす」
「あんまり遅くならないようにね~」
…………倫也先輩の家じゃないんだから、都合よく親が出張なんてことは無いですよ?
それはともかく。
電車に乗って倫也先輩から聞き出した霞先生の自宅の最寄り駅まで向かう。
待ち合わせ場所は、駅近くの喫茶店。
国道に面していて、喫茶店にしてはやたらと大きい。
ドアをくぐって店内に入ると、店員さんがパタパタとこちらにやってきた。
「いらっしゃいませ。1名様でよろしいでしょうか」
「あ、えと待ち合わせてるんですけど……霞さんっていますか?」
まだ待ち合わせの10分前だが、いるだろうか。
「はい、いらっしゃいますよ。こちらへどうぞ」
店員さんに連れられて、店の奥に入っていく。
「こちらでございます」
「ありがとうございます」
そこにあったのは、もともと待ち合わせをしていた霞先生、の隣に、向かい合って座り、睨み合う出海と柏木先生という構図だった。
「ああ、来たわね竹宮君」
「お久しぶりです、霞先生」
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第九話 ふたつの打ち合わせ
「──それで、これはどんな状況なんですか?」
「わざわざ私から言うまでもないでしょう?」
「そうですね」
僕と霞先生、柏木先生が会ったことがあるのは倫也先輩の部屋でたったの4~5回だけだけれど、そのときに毎回こんな雰囲気になっていたし、倫也先輩たちからもこの二人に何があったのか軽く聞いたことがあるのでこうなった理由はそれとなくわかる。
閑話休題。
「それじゃ、始めましょうか」
「はい、そうですね」
「……………………」
「…………」
「……いい加減、その子どもっぽいところを直しなさい英梨々」
「うるさいわね、詩羽。そっちこそいい加減にその根暗を直しなさいっ」
柏木先生と出海のこと以外で去年、この二人について学んだことがもう一つだけある。
それは、このあたりで止めておかないと永遠とお互いに罵倒を繰り返す、ということだ。
「あの、そろそろやめて貰っていいですかね。
────なんの話をしに来たのか忘れてないですよね?」
「もちろんよ。忘れるわけ無いでしょう?」
「じゃあ、すぐに話に入りましょう」
「ええ、そうね」
「……ところで、出海と柏木先生はどうしてここに?」
「それを私に聞かれても困るのだけれど……。ねえ英梨々、あなたなぜここにいるのかしら?」
「────偶然ここに居ただけよ」
────────。
まあ、キャラデザ担当の二人もいるとそっち関係の打ち合わせも出来ていいと思うから、理由はなんでもいいんだけど。
「波島さんはどうなの?」
「────偶然です」
「…………」
「……………………」
「……」
「ほんとに偶然なんですよぅ」
────。
「ま、まあとりあえず始めましょうか」
そんなこんなで、僕達の打ち合わせはぐだぐだっと始まった。
そして、紆余曲折を経て…………。
「霞先生、この企画のコンセプト理解できてます?」
「あら、理解できていないのはあなたのほうだと思うのだけれど?」
「だから、このキャラのバックボーンはこれでは薄すぎるわ。こんな薄っぺらいキャラクターではユーザーの心は掴めない」
「……言ってくれますね……。これ以上このキャラのバックボーンに踏み込むと物語が重すぎてクドくなるの、わかりますか」
「それをそうしないのが私たちの仕事でしょう?」
「──っ」
「──ちょっと波島出海。なによこのデザイン」
「柏木先生の絵がかわいくなかったので書き直しました」
「書き直しましたですって~? ふっざけんじゃないわよ。こっちのデザインに余計なパーツ突っ込んだだけのくせして」
「────っ。……それじゃあ何がいらないのか全部挙げて貰いますっ」
「そうね、まずは──」
と、まあ、こんな感じに。
いや、滞ることもあったけど、出海や柏木先生が居てくれたおかげで、キャラクターの作り込みはいい段階まで進んだ。二人はキャラに関してはなんの憚りもなく話に入ってくるから、ありがたかった。
ストーリーのほうは、とりあえず、二人でそれぞれ考えてきて、その二つで検討していくことに決まった。
─────────────────────────
「はあ~、疲れた」
紅坂さんとの打ち合わせを無事に終えた俺たち二人はつい先刻まで地獄の様相を呈していたテーブルに突っ伏していた。
『ま、とりあえずこんなもんだろ』
今から一時間ほど前にそう言った紅坂さんは、何か締め切りでも抱えているのか、そそくさと帰っていった。
「なあ、伊織」
「なんだい、倫也君?」
「お前、rouge en rouge にいるとき毎回こんな打ち合わせしてたのか……?」
「まあ、そうだね」
まじか。毎回これだと絶対誰か死んでるだろ。
「まあ、そのおかげで辞めていったプロデューサーがそれはまあごろごろと」
「ですよねー」
「倫也君は、大丈夫かい?」
「ま、ある程度覚悟はしてたし。……それに、一昨年のあれを見てるからな」
「ああ、そういえばそうだったね」
伊織は納得したとばかりに返事をすると、紅坂さんが散らかしていった(そりゃ俺達も多少は散らかしたけれど)書類を集めて、自分の担当分であるスケジュール・容量の部分を鞄に詰め込んで立ち上がった。
「それじゃ、僕はもう帰るけど、倫也君も帰るかい?」
「そうだな」
俺も自分の担当分を持って立ち上がる。
「じゃ、支払いは朱音さんが終わらせてるはずだからとっととお暇しようか」
と、いう感じで紅坂さんとの最初の打ち合わせは幕を閉じた。
倫也たちの打ち合わせはそのうち回想シーンで出てくる……かもしれません。
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第十話 才能の殴り合い……?
真司が半分死にかけの状態で俺の家にやってきたのは、紅坂さんとの打ち合わせから二日たった火曜日のことだった。
「……………………」
「し、真司? どうした、詩羽先輩となんか問題でも起きたか? っていうか今日平日だよな」
「……すみません、ちょっと横になってもいいですか……?」
「え?」
「プロットは……鞄の中に、ある…………の、で…………」
え……? 待って、急に堕ちないで。プロット? もう? え、……え?
まるで意味がわからなかったけど、玄関前でいつまでも真司をぐでっとさせてるわけにもいかないから、とりあえずベッドまで連れてこうそうしよう。
─────────────────────────
「──真司が言ってたのってこれだよな……?」
とりあえず真司をベッドに横にならせた俺は、真司の鞄の中からかなりの厚さの紙束を見つけた。
表紙には、ストーリープロット第一稿とだけ印刷されていた。
……これ、真司が書いてきたんだよな……? あまりにも早すぎないか? 俺たちと同じ日に真司たちも打ち合わせたはず。俺たちが打ち合わせてからまだ二日だぞ? それはつまり、真司と詩羽先輩──霞詩子が打ち合わせをしてからも二日ってことで……。
しかも、表紙には『ストーリープロット』。『キャラプロット』じゃない。
これはちょっとおかしい。よほどの理由がなければ普通はキャラから造る。キャラが出来てないとそのキャラに依ったストーリーが創れないからだ。
……? どうなんだろう? キャラも造ってあるのか? でも真司がストーリープロット持ってきたってことは、詩羽先輩がキャラ造ってるのか? でもなあ……キャラの名前とか普通に出てきてるんだよなあ。
と、堂々巡りに陥りかけていた俺の思考は、玄関からなったチャイムの音に遮られた。
「はいはーい、どちらさまですか~っと」
扉を開けると、そこには目元に隈ができ、若干やつれた詩羽先輩の姿があった。
「う、詩羽先輩っ!? ど、どうしたんですか急に。何の連絡もなしに来るなんて珍しいですね……」
あれ、珍しいっけ? よく考えてみれば連絡貰ったことの方が少ない気が……。
「……倫理くん」
「は、はいっ?」
「…………竹宮くんはいるかしら?」
「えっと、真司ならいま俺の部屋で寝てますけど……」
あかん、この言い方語弊を呼ぶな。
「倫理くん、語弊は呼ぶのではなくて、あるのよ。……まあ、そんなことは置いておいて……。はい、私から腐倫理くんへのとっておきのプレゼントよ」
そういって詩羽先輩が差し出してきたのは、『キャラプロット』と書かれた紙束。突然出てきた大仰なものに一瞬驚いたけれど、真司には聴けなかった疑問を詩羽先輩にしてみることにした。
「……あの、詩羽先輩」
「……何かしら」
「真司がストーリープロット持ってきましたけど、ってことはキャラプロットはとっくに出来てたんですよね?」
「いいえ、違うわよ。彼は正真正銘私のキャラプロットを見ずに書いたはずよ。だって私も出来たのは今朝のことだし」
「…………」
どういうこと? 疑問が消えないんですけど。
「えと……つまり、どういうことです? 最初から説明してくれません?」
「…………打ち合わせのときにね、ちょっとした言い合いになってしまってね……。それで、こう……各自でそれぞれプロットを書いてどちらが良いかをサブディレクター……つまり倫理くんに決めてもらおうって話になったのよ」
「どんだけ滅茶苦茶な決め方してるんですか……」
「……それは私も、多分彼も自覚しているから突っ込まないでくれると嬉しいわね…………」
……えぇ……。
「じゃ、じゃあとりあえず読ませて貰いますけど……。詩羽先輩はその間どうしてます? この感じだと取り敢えず2時間くらいもらえれば読み切っていろいろ言えると思いますけど」
「じゃあ私はその間英梨…………澤村さんでも冷やかしに行ってくるわ。──そうだ、倫理くんに一つだけ言っておくけれど……多分澤村さんと羽島さんも、私たちと同じようなことをやっていると思ったほうがいいわよ」
「……えぇ……」
もういいや、この凄腕クリエイター達の変態行動に理由を求めちゃいかん。大概俺も創作してるときは変なことをしてる自覚があるし。
「……じゃ、じゃあ取り敢えず読ませて貰いますね」
そう言って、俺は目の前の紙束に没入していった。
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