金で買えないスキルはない ~『外資系投資銀行に勤める俺が、異世界転生して金の力でチートする』~ (上下左右(じょうげさゆう))
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異世界転生したら美少女と会いました

「死になさい、このクズ!」

 

 

 

 俺は人生最大のピンチを迎えている。今まで多くの困難を乗り越えてきた俺だが、今回ばかりは無理かも。

 

 

 

 腹部には陽光が反射して禍々しく輝くナイフが刺さり、そこから血が溢れ、背広の下の白いシャツを真っ赤に染めていた。

 

 

 

 刺されて初めて知ったのだが、刃物で刺されると傷口が痛いより熱くなる。そして頭が冷静になっていくのだ。

 

 

 

 これ、絶対助からない。

 

 

 

 思えば碌な人生歩んでないな。

 

 

 

 友人が一人もいない。当然彼女もいない。

 

 

 

 人生に価値を付けられるなら、絶対下から数えた方が早いな。

 

 

 

「パパとママの仇を討ったよ!」

 

 

 

 俺を刺した少女は笑いながら遠ざかっていく。

 

 

 

 少女の背中を見つめながら思い出す。彼女と彼女の両親は俺の被害者だ。

 

 

 

 外資系投資銀行で働く俺は、技術力の高い日本の中小企業の債権や株式を買いあさり、会社を乗っ取るビジネスをしていた。

 

 

 

 中国やインドの新興企業は日本の技術力を求めている。コア技術を抽出し、転売する俺のビジネスをハイエナやハゲタカと揶揄する者も大勢いた。

 

 

 

 少女の両親もそんな大勢の一人だった。

 

 

 

 少女の両親が経営する会社は技術力こそ高いものの、多角経営により業績を落とし、倒産寸前だった。そこで俺が債権を買占め、会社を乗っ取った。

 

 

 

 俺は魅力的な提案を行った。会社名こそなくなるが、社員はそのまま残すこと。少女の両親も社長ではなくなるが、副社長の椅子を用意する。そして会社の借金は転売先が肩代わりしてくれること。

 

 

 

 皆が幸せになれる提案だった。だが少女の両親は社長の椅子が惜しいのか、俺の提案を受け入れなかった。

 

 

 

 その後、少女の両親は自殺した。遺言状には俺への恨み言が記されていたそうだ。

 

 

 

 死が近づいてきたのか、走馬灯のように自分の人生が頭をよぎる。

 

 

 

 思えば俺は専業主夫になりたかったのだ。だが俺は絶望的にモテない。顔は悪くないと思うのだが、なぜだがモテない。

 

 

 

 そもそも専業主夫になりたかったのは、六十歳前後まで働き続けたくなかったからだ。

 

 

 

 働いたら負け。至言だ。コンピュータにより機械化された現代社会で、そもそも労働が必要な理由が分からない。働きたいやつが働けばいいのだ。俺は家事とネトゲを嗜む専業主夫になるから。

 

 

 

 だが目指した先に到達したのが、外資系投資銀行のバンカーだ。激務で知られる外資系投資銀行と専業主夫希望の俺。水と油のような関係だが、俺には考えがあった。

 

 

 

 高給取りになれば定年まで働かなくて良いんじゃないかと。

 

 

 

 俺は自己分析をした。

 

 

 

 顔はそこそこ良く、頭も良い。スポーツも平均レベルは維持している。こんな俺が大金を稼ぐには、どうすれば良いのか。

 

 

 

 プロスポーツ選手。残念、俺にそんな才能はない。

 

 

 

 芸術家。図工の成績下から数えた方が早いな。

 

 

 

 ラノベ作家。億稼ぐ奴なんて一握り。ほとんどが年収二百万以下ですよ。

 

 

 

 色々な職業を考察してみた結果、俺はサラリーマンでも億以上を稼げる業界を発見する。それが外資系投資銀行だ。

 

 

 

 新卒の初年度の年収でも一千万円を超える高給取り。マネジングディレクターになれば、年収億を超える。

 

 

 

 数年働いて、金を貯めたらリタイヤしてやる。

 

 

 

 後ろ向きに前向きな気構えで、俺は外資系投資銀行に入社した。

 

 

 

 そこから色々あり、日本一のハイエナバンカーの異名を得るまでに成長した俺は、遊んで暮らせるほどの金を貯め、退職を決意した。

 

 

 

 で、退職した日に刺されて死んだわけだ。

 

 

 

 これから金を使うだけの毎日が待っていると胸を躍らせていたのに、結末は呆気ない死だ。

 

 

 

 意識が途切れていく。視界がブラックアウトしていく。

 

 

 

 死は眠るのと変わらない感覚だ。心地よい感覚に体が包まれていく。

 

 

 

「起きなさい」

 

 

 

 女性の声が聞こえる。凛とした声は、俺を刺した少女の声とは違う。

 

 

 

 いったい誰なんだと、俺は瞼を開ける。そこには見たこともないような美人がいた。

 

 

 

 女性はダークグレーのスーツ姿で、銀色の髪を頭の上で三つ編みにしている。紅い瞳は宝石のように輝いている。まるで女神のようだ。手に持った銀色の剣が殊更そう思わせた。

 

 

 

 ちょっと待て、剣?

 

 

 

 スーツ姿に剣。コスプレにしてもアンバランスだ。この女性はいったい誰なのだ。

 

 

 

 疑問が頭を埋め尽くすが、答えは出ない。周囲の様子を伺うが、そびえ立つビル群があるだけだ。

 

 

 

 東京? それともニューヨークか?

 

 

 

 どちらにしろ大都市であることに間違いはない。周囲に人の姿がないことだけが不思議だが、外はまだ薄暗いことから、朝の早い時間なのだと予想がつく。

 

 

 

「――返せ」

 

 

 

 女性が目尻に涙を貯めながら、剣を振り上げる。

 

 

 

 なんだ、何を返せと言うのだ。

 

 

 

「妹ちゃんを返せええええっ!」

 

 

 

 振り下ろされた剣は俺の頭を直撃した。峰打ちだが、俺の意識を奪うには十分な衝撃だった。




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プロローグ ~『それでも俺はやってない』~

 目を覚ますと俺は牢屋の中にいた。

 

 

 

 まず牢屋から最初に連想したのが警察の留置所だ。

 

 

 

「あいつ痴漢とかやりそうだよね~」

 

 

 

 高校時代、クラスメイトの女子たちからは、性犯罪者になりそうなキモイ奴扱いされてきた俺だが、犯罪に手を染めたことは一度もない。

 

 

 

 それでも俺はやってないのに、牢屋に入れられるなんて不当逮捕だ。

 

 

 

 だがちょっと待て、俺よ。冷静になるんだ。

 

 

 

 ここは警察の留置場だと思ったが本当にそうか?

 

 

 

 コンクリートの壁と鉄格子。部屋の隅には簡易トイレと簡易ベッドが置かれている。そして正面には銀髪の美少女が鉄格子越しに俺を睨み付けている。

 

 

 

 ぼんやりとしていた記憶が鮮明になっていく。俺は眼前の美少女に剣で殴られ、気を失ったのだ。

 

 

 

「俺をここから出せっ!」

 

 

 

 俺は鉄格子の隙間から顔を出して叫ぶ。随分と隙間の大きい鉄格子だが、俺の体だとプリズンブレイクは難しそうだ。

 

 

 

「ようやく目を覚ましましたか」

 

「何が目的で俺を監禁した」

 

「それはあなたが一番良く知っているでしょう」

 

「分かったぞ。俺に乱暴する気だな! エロ同人みたいに!」

 

「その通りです」

 

「え? その通りなの?」

 

 

 

 女性は鍵を開けて、牢屋の中へ入ってくる。そして手を振り上げると、俺の頬を思い切り叩いた。

 

 

 

 痛い。頬が熱を持ってるのが分かる。なぜ叩かれたのか分からないまま、今度は反対の頬を叩かれる。

 

 

 

「妹ちゃんをどこへ連れて行ったのか、あなたが口を割るまでは殴るのを止めません」

 

「妹ちゃん? 誰それ?」

 

「惚けないでください」

 

 

 

 また頬を叩かれる。マゾなら喜ぶのだろうが、俺はノーマルだ。美人に叩かれても痛いものは痛い。

 

 

 

「俺の知っていることなら何でも話す。だから落ち着いてくれ」

 

「落ち着ける訳がないでしょう。私は家族を浚われたのですよ」

 

「だからなぜ俺が誘拐したことになる。俺が若い少女を誘拐するような性犯罪者にでも見えるのか?」

 

「見えます」

 

 

 

 諦めたら、そこで説得終了だよ。

 

 

 

「分かった。まず情報が欲しい。なぜ俺が誘拐したと思ったんだ?」

 

 

 

 俺の顔が犯罪者顔だからと言われたら立ち直れないぞ。

 

 

 

「犯人は黒髪、黒眼の若い男と聞いています。あなたはその特徴に合致しています」

 

「それ日本人の若い男なら大抵該当する条件だろ! それに俺は若くない! 中年オヤジだ」

 

「あなたが中年? 誰が見ても十代の青年でしょう」

 

「何を言って……」

 

 

 

 そこで俺は自分の体の異変に気付いた。

 

 

 

 痩せている。いや引き締まっている。中年オヤジらしい腹に詰まった脂肪はきれいさっぱりなくなっている。

 

 

 

 シャツを捲って腹を確認すると、ナイフで刺された傷跡もない。見事に三つに割れた腹筋があるだけだ。

 

 

 

「女性の前で肌を晒すなんて!」

 

 

 

 銀髪の美人は顔を真っ赤にしている。中年親父のだらしない体を見た少女の反応ではなかった。

 

 

 

「ちょっと試してみたいことがある」

 

「なんですか」

 

「写真を撮らせてくれ」

 

 

 

 俺は背広の胸ポケットからスマホを取り出して、自分を撮影する。そこには十代のころの自分がいた。

 

 

 

「おおっ、若返ってる!」

 

「いきなり、どうしたのですか」

 

「いや若いっていいなと思って」

 

 

 

 体は青年、頭脳は大人。最高だ。これで月に一度の健康診断の結果に悩まされることもない。

 

 

 

「ということは今の俺の運動能力も高校時代に戻っている訳だ」

 

「何が言いたいのですか?」

 

「今の俺なら君を組み伏せることくらい簡単だと思ってな」

 

「やってみますか?」

 

「ならお言葉に甘えて」

 

 

 

 女性を拘束しようと、俺が腕を伸ばす。だが女性の姿は一瞬で消え去り、気づくと俺の背後に立っていた。

 

 

 

 俺の見間違いでなければ、この女性、今サイヤ人並の動きしたよ。

 

 

 

「力の差がわかりましたか」

 

「力の差というか。え、君、本当に人間なの?」

 

「……侮辱の言葉には慣れていますが、こうも直接言われると気分が良いものではないですね」

 

「いや侮辱したつもりはないんだ。ただあまりに動きが早かったから」

 

「私はステータス向上のために三千枚の金貨を課金しましたからね」

 

 

 

 課金? なにそれ、美味しいの?

 

 

 

「あなた、もしかして課金システムを知らないのですか?」

 

「すまん、分からん」

 

「……あなた、いったい何者なんですか? 子供でも知っていますよ」

 

「分からんものは仕方がないだろう。すまんが、教えてくれ」

 

 

 

 女性は何かに悩むように唸り声をあげる。

 

 

 

「嘘ではないのでしょうね。そんなことをしてもメリットがない。もしかして記憶喪失か何かですか?」

 

「いや記憶はきちんとあるが……」

 

「自覚症状なしと。もしかして妹ちゃんを誘拐したことも忘れたのですか?」

 

「だから何の話をしているんだ!」

 

「状況はおおむね理解できました」

 

 

 

 女性が何かに納得したような表情を浮かべる。

 

 

 

「あなたの記憶を戻すために、説明してあげましょう。まずこの国がどこか分かりますか?」

 

「日本か?」

 

「どこですか、その国は」

 

「ならここはどこなんだ?」

 

「サイゼ王国です。ご存知ですか?」

 

「いや、知らん」

 

「サイゼ王国はスカイ帝国の隣に位置する小国です」

 

 

 

 王国ならともかく、帝国? 現代世界に帝国は存在しないはずだ。それにスカイ帝国なんて名前も聞いたことがない。

 

 

 

「この国のことを知らないのなら、妹ちゃんのことも知らないのですね?」

 

「だから誰なんだ、そいつは?」

 

「この国の姫であり、私の妹。アリス・サイゼリアです」

 

 

 

 ファミレスみたいな名前だ。それにこの国の姫が妹ということは、眼前の女性も当然。

 

 

 

「なら君も姫なのか?」

 

「はい。私はイーリス・サイゼリア。この国の姫です」

 

「俺は唐沢太一だ。唐沢とでも呼んでくれ」

 

「名前は覚えているのですね」

 

「当然だ、俺は記憶喪失ではないからな」

 

 

 

 昨日の晩飯が何だったかまできちんと覚えている俺が、記憶喪失なはずがない。

 

 

 

「では話を戻しましょう。課金システムについて説明します。スマホを見せてください」

 

 

 

 イーリスにスマホを手渡す。

 

 

 

「魔力が込められていませんね。なるほど。そういうことですか」

 

「何を納得しているのか知らんが、その課金システムとはいったい何か説明してくれ」

 

「その前に魔力を通します。これであなたのスマホにも課金アプリが追加されるはずです」

 

 

 

 魔力? アプリの名前か何かか。

 

 

 

「あなたのスマホに課金アプリをインストールしました。使ってみてください」

 

 

 

 スマホには新しいアプリがインストールされていた。タッチすると、「課金アプリへようこそ。どんどん課金して強くなっちゃおう」と文言が表示されている。

 

 

 

 胡散臭いことこの上ないが、俺はガイダンスに目を通していく。その内容を要約するとこうだ。

 

 

 

 課金すればするほどステータスを強化することができる。他に魔法やスキルを取得することも可能。強力な魔法やスキルは必要な課金額も大きい。

 

 

 

 つまり課金すればするほど強くなる訳だ。

 

 

 

 イーリスの言葉を思い出す。彼女は金貨三千枚であの身体能力を手に入れたと話していた。

 

 

 

 金貨一枚がどれだけの価値があるのかは知らないが、三千枚あれば俺もサイヤ人並の強さが手に入るのだ。

 

 

 

「さて課金システムについては説明しました。今度はあなたの番です。妹ちゃんをどこへ連れて行ったのですか?」

 

「だから本当に知らないんだ」

 

「嘘を言わないでください。黒髪、黒眼の若い男なんてそう何人もいません。あなた以外にいないはずです」

 

 

 

 イーリスがそう主張する。どうやらこのサイゼ王国では黒髪、黒眼は珍しいらしい。だがそれでも俺はやっていないのだ。

 

 

 

「姫様!」

 

 

 

 スーツ姿の男が息を荒げながら牢屋へと飛び込んでくる。

 

 

 

「どうかしましたか?」

 

「アリス姫の居場所が分かりました」

 

「どこにいるのですか?」

 

「スラム街の酒場にいるとのことです」

 

 

 

 どうやら妹が見つかったようだ。

 

 

 

 これで俺の疑いも晴れたはずだ。

 

 

 

「姫様、この男は?」

 

「今回の事件の主犯です」

 

「ちょっと待て! 俺の無実は証明されただろう」

 

「妹ちゃんの居場所が分かっただけで、あなたの疑いが晴れた訳ではありません」

 

「姫様、この男人質として使えるのでは?」

 

 

 

 スーツ姿の男が進言する。犯人でない俺を人質として使っても、交渉材料としての価値はない。

 

 

 

「ですね。連れていきましょう」

 

「おい。俺は無関係なんだ! 面倒事に巻き込むのは止めてくれ」

 

「騒がれても面倒ですから。少し眠ってもらいますね」

 

 

 

 イーリスが剣を振り上げ、俺の頭に振り下ろす。ゴンという音と共に、俺は意識を失なった。




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プロローグ ~『俺、つえー始まります』~

目を覚ました俺の視界に飛び込んできたのは驚くべき光景の数々だった。

 

 

 

 まず老朽化したビル群に、壁にペイントされた悪戯書き、ニューヨークのスラム街を思わせる光景だ。

 

 

 

 治安の悪さが匂ってくる町並み。俺が最も嫌いな雰囲気だ。だってそうだろ、俺のような優等生は不良やDQNが振るう暴力に弱いのだ。

 

 

 

 そしてその暴力を思う存分振るっている者がいた。俺を拉致監禁したイーリスだ。ガラの悪そうな男を締め上げて何かを聞き出している。

 

 

 

 周囲に視線を巡らせると、チンピラという表現が相応しい男たちが転がっていた。皆が苦悶の表情を浮かべている。気絶している者の中にはイーリスの妹、アリスの居場所を掴んだと報告しにきた男の姿もあった。

 

 

 

 何がどうなれば、こんな状況になるんだ?

 

 

 

「目を覚ましたようですね」

 

「俺が寝ている間に何があったんだ?」

 

「スラム街の男たちが突然襲ってきたのです。それを私が返り討ちにしたのですよ」

 

「一緒に来た男も倒れているが……」

 

「奇襲だったもので、守り切れませんでした」

 

 

 

 一緒に来た男が奇襲で敗れたということは、今倒れているチンピラたちをイーリス一人で倒したということだ。

 

 

 

 チンピラたちと同じ目に遭わないためにも、イーリスに喧嘩を売るのは止めようと誓う。

 

 

 

「酒場までもうすぐですが……気絶して運ばれたいですか? それとも大人しく付いてきますか?」

 

「喜んでお供させていただきます!」

 

 

 

 俺は犬のようにイーリスの一歩後ろを歩く。大和撫子のような気の使い方だ。暴力の矛先が俺に向かないようにしないと。

 

 

 

「ここが酒場ですね」

 

 

 

 老朽化したビルの一階、入り口にはスプレーで髑髏が描かれた怪しげな店。普段の俺なら近寄りたくもない店だが、目当ての居酒屋はここだと、イーリスは話す。

 

 

 

「帰ってもいいかな?」

 

「気絶させて無理矢理連れられる方がお好みですか?」

 

「丁度酒場に行きたい気分だったんだ」

 

 

 

 逃げることは難しい様だ。仕方ないと腹を括る。

 

 

 

「で、どうやって店の中に入る」

 

「当然、正面からです」

 

「作戦は?」

 

「そんなもの必要ありません。私には人質がいるのですから」

 

 

 

 その人質の算段が過ちなんだよ!

 

 

 

「では突撃します」

 

 

 

 イーリスが酒場の扉を勢いよく開く。中で酒を飲んでいた男たちの視線が一斉にこちらを向く。

 

 

 

 皆、堅気に見えない風貌だ。カツアゲされたら財布を差し出し、自分からジャンプしてでも逃げたくなる。

 

 

 

「お前たちのボスは私が捕まえた! 大人しく妹ちゃんを返せ!」

 

 

 

 イーリスが店内に響き渡るような声で叫ぶ。男たちは何事かと目を丸くしている。

 

 

 

「誰だ、あの男?」

 

「ボスと同じ黒髪だぞ、親戚か?」

 

「ボスは天涯孤独の身だぞ。そんな訳あるか」

 

「ならいったいあいつはなんなんだ」

 

 

 

 酒場の男たちがイーリスにも聞こえるような声でざわめき始める。

 

 

 

「もしかして、今回の事件とあなたには何も関係ないのですか?」

 

「だからそう言っているだろ!」

 

 

 

 イーリスが申し訳なさそうな表情を浮かべる。俺の無実を信じてくれたようだ。

 

 

 

「俺のことはいいから。はやく妹を助けに行ってこい」

 

「そうですね。謝罪は後からさせていただきます」

 

 

 

 イーリスが目に付いた男に剣を振るう。油断していた男は何の抵抗もできないまま気絶させられる。

 

 

 

「今からあなたたちを切り伏せていきます。妹ちゃんの居場所を話せば止めてあげましょう」

 

「上等だ! やってみろ!」

 

 

 

 男たちがイーリスに襲い掛かる。怒涛の攻撃を彼女は軽々と躱し、一人ずつ切り伏せていく。

 

 

 

「虎と猫の群れが戦っているみたいだ」

 

 

 

 喧嘩に疎い俺でも実力差は顕著に見て取れた。酒場の男たちが壊滅するのも時間の問題だ。

 

 

 

「あとはあなただけですね」

 

 

 

 十数人はいた男たちがほとんど倒され、残り一人になっていた。酒場の男たちの中でも一番気の弱そうな男だ。

 

 

 

「妹ちゃんはどこにいる?」

 

「ボ、ボスと一緒にいるはずだ。奥の部屋に行ってみると良い」

 

 

 

 男が指さす先には一つの扉があった。

 

 

 

「これほど騒いでも出てこないとは随分と鈍い男なのですね」

 

「あの部屋は防音になっているんだ。今頃、ボスはお楽しみの最中さ」

 

 

 

 男の言葉にイーリスは青筋を立てて怒りを露わにする。最後の一人を剣で切り伏せ気絶させると、ボスがいる部屋へと向かった。

 

 

 

「妹ちゃん!」

 

 

 

 イーリスが部屋の扉を蹴破ると、中には筋肉質な男と、イーリスと似た美少女、アリスの姿があった。

 

 

 

 筋肉質な男がボスであることは黒髪、黒眼であることから明らかだ。こいつのせいで俺は酷い目にあったのだ。怒りが沸々と湧いてくる。

 

 

 

 アリスも黒髪黒眼である。色白の肌は頬だけが赤く腫れている。泣いていたのか、涙の跡が残っている。端正な顔が台無しだ。

 

 

 

 タータンチェックのスカートと白いブラウスが所々破れている。無理矢理剥がされようとしたのを抑えつけていたのだ。

 

 

 

「妹ちゃんに何をした!」

 

「まだ何もしてねえよ。これからするところだったのさ」

 

 

 

 あまりに生意気なんで、自分の立場を教えてやるために何度か殴ってやったと、男は続ける。

 

 

 

 その言葉を耳にしたイーリスは怒りで顔を赤くしていた。

 

 

 

「あなたは絶対に許さない!」

 

「許さないならどうするんだ?」

 

 

 

 男はニヤニヤと口元に笑みを浮かべる。イーリスは飛び出して、剣を振り下ろした。その剣を男は丸太のように太い腕で受け止めた。

 

 

 

「威勢は良いが、俺は金貨四千枚を課金した男だぞ。その程度の攻撃では傷すらつかねえよ」

 

「イーリス姉さん、私のことはいいから逃げて!」

 

 

 

 妹のアリスが心配そうな声で告げる。だがイーリスに逃げる素振りはない。

 

 

 

「安心してください。妹ちゃんは私が必ず助けますから」

 

 

 

 そこから男とイーリスの戦いは勢いを増した。肉眼で捉えられないような速度で動く二人。まるで漫画やアニメの戦いだった。

 

 

 

「動きが落ちてきたな」

 

 

 

 二人の動きが止まる。イーリスは膝を付いて、倒れこむ。口元からは血が流れている。男は余裕の表情を浮かべ、彼女を見下ろしていた。

 

 

 

 このまま勝負が進めばイーリスは敗北するだろう。そうなれば妹のアリスはもちろん、俺も生きて帰れないかもしれない。

 

 

 

「仕方ない、助けてやるか」

 

 

 

 俺はスマホを取り出し、課金アプリを起動する。画面に「課金したおかげで、童貞の僕にも素敵な彼女ができました」との文言が表示される。

 

 

 

 なんだこのアプリ、超うぜぇ。どうやら起動するたびに、セリフが変わるらしいが、力の入れ方がオカシイ。

 

 

 

 メイン画面が表示される。そこには項目がたくさん並んでいた。

 

 

 

 そのうちの一つ、ステータスを選択する。

 

 

 

 そこには三つの項目が並んでいた。

 

 

 

 ステータス確認。自分のステータスを確認することができる。課金すれば他人のステータスを確認することも可能になる。

 

 

 

 ステータス購入。課金することでスキルや魔法の取得、能力値の向上を行える。課金額が一定額を超えると、隠しステータスを向上させることも可能になる。

 

 

 

 ステータス売却。ステータスを売ることで、金に変換することが可能。ただし購入したときの半額以下の値段になる。

 

 

 

「まずは俺のステータスを確認だな」

 

 

 

――――――――――

 

名前:唐沢太一

 

評価:G

 

称号:ゴミ

 

魔法:

 

・なし

 

スキル:

 

・なし

 

能力値:

 

 【体力】:3

 

 【魔力】:1

 

 【速度】:3

 

 【攻撃】:4

 

 【防御】:3

 

――――――――――

 

 

 

 そこには貧弱なステータスが並んでいた。ステータスの詳細を調べてみる。

 

 

 

 評価とはステータスを総合的に表現したもので、GからSまであるそうだ。つまり俺は最低評価のGとなり、無能扱いされていた。

 

 

 

 次に称号の説明を読んでみる。これは単純にその人の特徴を表すらしい。スキルの取得や成長などにも影響を与えると記載されている。

 

 

 

 俺の称号ゴミなんだけど、どう成長するんだよ。

 

 

 

 魔法は魔力を消費し発動する能力と記載されている。消費する魔力量に応じて性能が変わるそうだ。

 

 

 

 スキルは体力を消費して発動する能力と記載されている。スキルは魔法と異なり、熟練度、つまりはランクによって性能が変わるそうだ。例えば剣術や格闘術などがスキルに該当する。

 

 

 

 最後に能力値について確認する。

 

 

 

 体力。この値が大きいほど長時間活動できる。またスキルを使うのにも必要なステータスで、ここには最大値が記されている。体力がゼロになると動けなくなってしまう。

 

 

 

 魔力。魔法を使うのに必要なステータスで、最大値が記されている。使用する魔法によって消費魔力が変わる。魔法使いを目指すなら高めておくべき。

 

 

 

 速度。この値が高いほど移動速度が速くなる。戦闘はもちろん、長距離移動にも役立つ便利なステータス。

 

 

 

 攻撃。この値が高いほど戦闘時に敵に与えるダメージが大きくなる。戦闘で活躍したいなら上げるべきステータス。

 

 

 

 防御。この値が高いほど戦闘時に敵から受けるダメージが小さくなる。ローリスクな戦闘を目指すなら上げるべきステータス。

 

 

 

 一通り説明を確認した俺はため息を漏らす。

 

 

 

「俺の異世界人生、ベリーハードじゃねえか」

 

 

 

 評価はGで、スキルも魔法も一つもなく、能力値も低い。そして称号がゴミだ。

 

 

 

 折角異世界転生したのに、チートスキルも与えてくれないなんて、これじゃあ俺ツエーができないじゃん。

 

 

 

 算段が外れた俺は、悄然とする。

 

 

 

 てっきり異世界に召喚されたのだから、敵のスキルを奪うとか、考えた武器を現実にするとか、そんなチート能力が与えられているとばかり思っていた。

 

 

 

 何が「助けてやるか」だよ。恥ずかしい。数秒前の自分を殴りたい。

 

 

 

「無料で買えるスキルとかないのかな」

 

 

 

 俺は金貨を一枚も持っていない。スキルや魔法を購入することはできないはずだ。

 

 

 

 だがこういったアプリは無課金ユーザでもお試しで購入できるスキルなどが用意されていることも多い。

 

 

 

 無課金でも優しい設計になっていることを運営に祈りを捧げながら、ステータス購入画面を開いた。

 

 

 

 そこにはスキルや魔法の項目と、必要金貨が記されていた。俺は無課金でも購入できるステータスを探すため、値段の安い順に並べてみる。

 

 

 

 一番上に表示されたスキル。早口言葉を噛まずに言えるスキルは銀貨一枚で売られていた。

 

 

 

 どうやらこのアプリ、無課金では満足に使うことができないようだ。

 

 

 

「打つ手なしかああっ!」

 

 

 

 諦めかけた俺の視界の端に、数字の羅列が映った。

 

 

 

 そこに記されていたのは俺が現在保有している金貨の枚数だった。

 

 

 

 ゼロの数を数えてみる。

 

 

 

 そこには一千万枚の金貨を保有していると明記されていた。

 

 

 

「なんだこの金貨の量」

 

 

 

 金貨一千万枚。この数字に俺は寒気を覚えた。もしこの金貨一枚が現実世界の一万円だとすると、俺が老後の資金として貯蓄していた資産と同額だったからである。

 

 

 

 一千億円。ハイエナと揶揄されても必死に働き、築き上げた財産である。この金を証券や不動産に変換し、配当や家賃だけで生活するつもりだった。

 

 

 

「クソッタレ!」

 

 

 

 俺の勘が正しいなら、金貨を使えば現実世界の資産が減る。だが金がいくらあっても、死後の世界にまでは持っていけない。

 

 

 

 まだこの世界のスキルや魔法の有用性が分からない俺は、能力値を強化することにした。すべての能力値をカンストさせるべく、項目を選択していく。

 

 

 

 課金額、金貨百万枚。現実世界なら百億円で、俺はこの世界最大の能力値を得ることができる。

 

 

 

 ためらいつつも俺は課金ボタンをタッチした。「課金はほどほどにね」の注意文が、俺をイラつかせる。

 

 

 

「おい、そこの男!」

 

「なんだ、小僧。お前から死にたいのか」

 

 

 

 ドスの効いた声は俺を震えあがらせる。

 

 

 

 怖い。あんな丸太のような腕で殴られたら、どうなってしまうのか不安に思う。

 

 

 

 だがなぜだか負ける気がしない。万能感に溢れ、敗北することなど考えられない。

 

 

 

「やってみろ、ゴリラ野郎」

 

「調子に乗りやがって!」

 

 

 

 男が腕を振り上げ、俺に殴り掛かる。さっきまでは動きを追うことすらできなかったのに、今ではスローモーションに見える。

 

 

 

 試しに殴られてみる。拳の風圧は周囲の机や椅子を吹き飛ばしたが、俺の体は何ともない。傷一つすら付いていない。

 

 

 

「なんだ、お前は! どうして俺の攻撃で吹き飛ばねえ!」

 

「課金が足りてないからだろ」

 

 

 

 俺は人差し指と親指で輪っかを作り、男のデコの前で構える。

 

 

 

「防御力は十分あることが分かった。次は攻撃力だ」

 

「何を言って……」

 

「手加減してやる。感謝しろよ」

 

 

 

 俺は人差し指に貯めた力を開放する。所謂デコピンが男の頭に炸裂した。

 

 

 

 男はデコピンの衝撃で、吹き飛ばされる。酒場の壁を突き破り、遥か彼方へと飛んでいった。

 

 

 

 死んでないといいな。

 

 

 

「イーリス大丈夫か?」

 

 

 

 視線をイーリスがいる方向にやると、彼女はポカンと口を開いていた。口元から血が流れているが、大きな怪我はなさそうだ。

 

 

 

「あなたいったい何者なんですか?」

 

 

 

 イーリスが訪ねる。その瞳には畏怖の感情が含まれている。

 

 

 

「俺は唐沢太一、外資系投資銀行に勤める、ただのハゲタカだよ」




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プロローグ ~『俺、国王になる』~

プロローグ ~『俺、国王になる』~

 

 妹を救い出したイーリスと共に、俺はサイゼ王国の中心に位置するサイゼ王国城へと移動していた。

 

 

 

 ちなみにだが移動は徒歩ではない。アリスが保持していた魔法、『転移魔法』により、一瞬にして移動したのだ。

 

 

 

 そんな魔法があるなら、誘拐犯から逃げることも可能なのではと思ったが、魔法には魔力が必要で、満足に食事や睡眠を取っていないと、魔力不足で使えないのだそうだ。

 

 

 

 話を戻そう。

 

 

 

 姫を救い出した俺は、お礼をしたいとの申し出を受け、王の間へと案内された。玉座には黒髭を蓄えた男が背広姿で座っている。

 

 

 

 想像していた王と違い、俺は少し戸惑う。

 

 

 

 異世界の王といえば、ファンタジーで良くある燕尾服と王冠を被っているものだとばかり思っていた。だが眼前の王は、どこかの大企業の社長のようである。

 

 

 

「アリスよ、無事じゃったか」

 

「はい、お父様」

 

 

 

 親子二人はがっしりと抱き合う。アリスは涙を溜めて喜んでいた。

 

 

 

「なにもされなかったのか?」

 

「何度か殴られましたが、純潔は守り抜きました。これもすべてイーリス姉さまのおかげです」

 

「イーリス、お主も無事でよかった!」

 

 

 

 王は随分と涙もろいのか、ポロポロと涙を零す。二人の無事を心から喜んでいるのが分かった。

 

 

 

「お父様、妹ちゃんを救ったのは私ではありません。そこにいる唐沢が、命を賭けて救ったのです」

 

「おおっ、お主が!」

 

 

 

 王は感謝の気持ちを表現すように、俺をぎゅっと抱擁する。

 

 

 

 暑苦しい。男に抱擁されて喜ぶ趣味は俺にはないのだ。

 

 

 

「私からもお礼を言います、ありがとう」

 

 

 

 アリスが頭を下げる。黒い髪がはらりと散った。

 

 

 

「気にしなくていい、当たり前のことをしただけだ」

 

「なんと謙虚な男だ。気に入った! 気に入ったぞ!」

 

 

 

 王が俺の肩をバンバンと叩く。防御の能力値が高いおかげで痛みは感じないが、課金する前の俺なら絶対痛い。

 

 

 

「私からもお礼を言いたい。そして謝罪をしたい」

 

 

 

 イーリスが地面に膝を付き、頭を下げる。所謂土下座だ。突然の土下座に、アリスと王は慌てふためく。

 

 

 

 俺も状況に頭が追いついていなかった。

 

 

 

「私はあなたを犯罪者呼ばわりし、さらには何度も傷つけてしまった。無実の人間を殴った私は、とても許されない行為をしたと反省している」

 

「反省したのは分かった。俺は気にしていないから頭を上げてくれ」

 

「そうはいきません。罪には罰が必要です。私を煮るなり焼くなり好きにしてください」

 

「煮るなり焼くなりと言っても……」

 

「なんでしたら、あなたの奴隷になっても良い」

 

 

 

 奴隷になる。その声には一切の冗談が含まれていない。真剣な声だった。

 

 

 

「イーリス姉様、馬鹿なことを言わないでください。謝罪が必要なら私からも謝ります。お金が必要なら払います」

 

「そうだ、イーリスよ。王族が奴隷などとバカなことを言うでない」

 

 

 

 王とアリスの言う通りだ。奴隷になるとはつまり、俺がイーリスを養っていくということでもある。

 

 

 

 俺は一生遊んで暮らしたいんだ。俺を養ってくれるというならともかく、扶養する相手を増やすなど受け入れるわけがない。

 

 

 

 そのことを伝えると、三者三様の反応を示した。

 

 

 

 王はイーリスを奴隷にすることに反対だということに喜び、アリスは俺に向けていた感謝と尊敬が宿った瞳に侮蔑の色を籠らせ、イーリスはならどう謝罪すれば良いのか分からないと困惑の表情を浮かべた。

 

 

 

「なにか願いはないのですか? 私は贖罪のためなら何でもしますよ」

 

「願いか……」

 

 

 

 思えば外資系投資銀行に入社した俺だが、せっかく若返ったのだし、原点に戻るのも悪くないのではないか。

 

 

 

 つまり専業主夫になるのである。

 

 

 

 相手は一国の姫だ。いきなり結婚してくれと言っても受け入れるとは思えないが、もしかしたら王が資産家の令嬢を紹介してくれるかもしれない。

 

 

 

 あとは資産を食いつぶして、遊んで暮らせば良い。

 

 

 

 グヘヘヘッ、楽しいニート生活の始まりだぜ。

 

 

 

「どんな望みでも仰ってください。私が叶えられることであれば必ず叶えてみせます」

 

「それなら俺と結婚して、養ってくれ」

 

 

 

 言ってしまった。口にしてしまった。

 

 

 

 王とアリスは驚愕で目を丸くしている。突然結婚しろと言い出せば驚くのも無理はない。

 

 

 

 さて、ここからが勝負だ。俺を養ってくれる女性の紹介。専業主夫を許せる広い心を持ったお嬢様をどうにかして引き出すのだ。

 

 

 

 数々のディールを乗り越えてきた俺だ。この程度の試練、楽々と乗り越えられるはずだ。

 

 

 

「う、うぅ……」

 

 

 

 イーリスが突然泣き始める。

 

 

 

 俺に結婚を申し込まれたことが泣くほど嫌だったのか。

 

 

 

 地味に傷つくぞ、おい。

 

 

 

「何も泣かなくても」

 

「違うんです。私、嬉しくて」

 

 

 

 結婚を申し込まれて泣いて喜ぶ。もしかして今の俺、モテ期なのか。

 

 

 

「唐沢君と言ったかな」

 

「はぁ……」

 

 

 

 王が俺の手を取り、ブンブンと上下に振る。

 

 

 

「今日から君はワシの息子だ。そしてワシは王を辞める」

 

「何を言って……」

 

「君がこの国の王となるのだ。頼んだよ、ワシの国と娘の未来を!」

 

 

 

 専業主夫を希望したはずの俺は、なぜか国王をすることになった。




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プロローグ ~『美的感覚の違い』~

株の世界には優良不人気株というものが存在する。

 

 

 

 会社の業績や財務は優れているのに、流動性が低いために人気がない株のことを指すのだが、外資系投資銀行ではこういった株は敬遠されていた。

 

 

 

 というのも人気がないため、株が市場に出回ることが少なく、買い手も少ない。だから売りたいときに売れず、買いたいときに買えないリスクがある。

 

 

 

 だが会社そのものは良い会社なのだ。毎年きちんと配当を運んでくれる。だからかそんな株だけを狙って買うマニアも存在する。

 

 

 

 そしてイーリスに結婚を申し込んだ俺も、マニア扱いされていた。

 

 

 

「まさか三国一のブス姫と揶揄されるイーリスに結婚を申し込む男がいるとは……」

 

 

 

 王は葡萄酒片手に機嫌良く笑う。本当に嬉しそうだ。 

 

 

 

「う、うぅ、嬉しいです。こんな私に求婚してくれる殿方がいるなんて……」

 

 

 

 イーリスは頬を真っ赤に染めながら、まだ泣き止んでいない。

 

 

 

「イーリス姉さんには悪いけど、一生独身だと思っていたわ」

 

「ワシも、ワシも!」

 

 

 

 こいつら本当にイーリスの家族か。普通に酷いぞ。

 

 

 

「正直、ワシは孫の顔を見るのを半分諦めておった。アリスは美人だから結婚できるじゃろうが、イーリスは、ブスだからのぉ」

 

「いや、イーリスは美人だろ」

 

 

 

 俺が真剣な口調でそう告げると、王は葡萄酒の入ったグラスを俺の前に差し出す。俺も合わせるように手元のワイングラスを持ち上げた。

 

 

 

「唐沢君の腐った魚のような瞳に乾杯」

 

 

 

 王は機嫌良くワインをガブガブと飲んでいく。

 

 

 

 なんだか馬鹿にされている気がする。

 

 

 

「隣国の王子にも見習わせてやりたいのぉ」

 

「隣国の王子?」

 

「イーリスの元婚約者でな。酷い男だった」

 

「浮気でもしたのか?」

 

「いや、イーリスの顔を見た瞬間、嘔吐しよった。あまりのブスさに耐えられなかったらしい」

 

「最低なやつだな」

 

「そう思うだろ。詳しく聞いてみたら、結婚し、誓いの接吻をする場面を想像したら、我慢できなかったそうだ」

 

「それで婚約はどうなったんだ?」

 

「破棄になった。仕方あるまい。隣国の王子の言い分も理解できる。ワシも娘とキスしろと言われれても無理じゃもん」

 

「ひでぇ」

 

 

 

 こいつ本当にイーリスの親なのか。

 

 

 

「だが待ってくれ。アリスは美人なんだよな。イーリスとそう変わらん顔つきだろ」

 

「顔はそうかもしれん。だが顔なんぞオマケじゃろ」

 

「なら何で美醜を判断するんだ」

 

「当然髪の色に決まっている」

 

 

 

 王が語る美醜の感覚は、俺とかけ離れたものだった。

 

 

 

 この世界では髪の色が魅力と同義だと言うのだ。

 

 

 

 黒髪が一番人気があり、美しいと褒めたたえられる。次に金髪と茶髪がこの世界の普通であり、特別モテることもモテないこともない。

 

 

 

 そしてイーリスのような銀髪は、どんな男からも避けられ、ブス扱いされるのだそうだ。

 

 

 

 つまり黒髪であるアリスは美人で、銀髪のイーリスがブス扱いされる。しかも二人の髪色は濃い。アリスはより一層美人だと褒めたたえられ、イーリスは三国一のブスだと貶される。

 

 

 

「髪なんて染めればいいだろ」

 

「馬鹿を言え。そんなことをすれば、ファミレ神への侮辱になるじゃろ」

 

 

 

 髪を染めるのは宗教的な理由で、できないのか。

 

 

 

「黒髪がモテるなら俺もモテるのか?」

 

「当たり前じゃろ。お主がモテないのなら誰がモテるんじゃ」

 

「へぇ、俺ってモテるのか」

 

「顔が良いのを鼻にかけおって。嫌味な奴だのぉ」

 

 

 

 貶されたけど、すげえ嬉しい。

 

 

 

「イーリスとの結婚を途中でやめるのはなしじゃぞ」

 

「分かっている」

 

 

 

 この世界の住人はイーリスの魅力に気づいていない訳だ。

 

 

 

 最高だ。優良株が捨て値で売られているのを見つけた気分だ。

 

 

 

 イーリスは一国の姫だから金はあるし、性格も真面目だし、なにより顔が良い。元の世界にいたならば、高嶺の華すぎて手を伸ばそうとも思わない美人だ。

 

 

 

 イーリスという不人気優良株は、俺にとって最高の証券だった。

 

 

 

「さて明日が楽しみだのぉ」

 

「明日何かあるのか?」

 

「戴冠式と結婚式を行う。善は急げだ」

 

 

 

 王は狙った獲物は逃がさないと、血走った眼でそう告げた。




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プロローグ ~『イーリスの初恋』~

イーリスの初恋は九歳の時だった。

 

 

 

 相手は学校一の人気者だと記憶している。スポーツが得意で、勉強もできる彼は、美しい黒髪の持ち主だった。

 

 

 

 イーリスはその男の子と話したことすらなかった。いつも遠くから眺めているだけで幸せだった。

 

 

 

 だがある日、そんな彼から一通の手紙が届く。中にはイーリスへの愛の言葉と、放課後に校舎裏へ来てほしいと書かれていた。

 

 

 

 淡い恋心を胸に、イーリスは校舎裏へと向かった。

 

 

 

 男の子はそわそわとしながら、イーリスを待っていた。これから告白しようというのだ。落ち着かないのも無理はない。

 

 

 

「ごめんなさい、待たせましたか?」

 

「いや、待って――」

 

 

 

 男の子はイーリスの顔を見ると、不機嫌そうな表情を浮かべる。そして何かに納得したようにため息をついた。

 

 

 

「俺としたことがミスっちまった」

 

「何を言って……」

 

「俺は妹の方に手紙を出したんだ。てめえじゃねえよ、このブス!」

 

 

 

 イーリスは突然の事態に頭が追いつかなかった。なぜ初恋の相手に罵倒されているのか理解できなかった。

 

 

 

「それにしても普通来るかね。俺のようなイケメンがてめえのようなブスに惚れる訳ないことくらい容易に想像つくだろ」

 

「う、うぅ……」

 

 

 

 イーリスは気づくと泣き出していた、淡い恋心は砕け散り、自分がブスだということに気づいた瞬間だった。

 

 

 

 イーリスが一五歳になった頃、自分が世間からブス姫と呼ばれていることを知った。

 

 

 

 美しい妹と比較されることも増えた。サイゼ王国の伝統では、長女であるイーリスとの結婚相手が次の王になるのが慣例だ。だが大臣たちの中には美姫であるアリスこそ優遇されるべきだと口にする者もいた。

 

 

 

 そもそも自分は一生独身だろうから、王位なんて関係ない。そう思っていたイーリスに転機が訪れる。

 

 

 

 隣国の王子がイーリスと結婚したいと申し出たのだ。三男である王子と長女であるイーリス。本来ならつり合いが取れない両者だが、イーリスは自分を愛してくれる者がいることを素直に喜んだ。

 

 

 

 隣国の王子がイーリスと初めて会ったときだ。彼は突然嘔吐した。

 

 

 

 イーリスにとって初対面の相手が嘔吐するのは珍しい経験ではなかった。三国一のブス姫と呼ばれる彼女を見た者の中でも、拒絶反応が強いものに現れる反応だった。

 

 

 

 だが王子の口にした「人の価値は髪の色ではなく、心の清らかさですから」との言葉にイーリスは救われた気がした。

 

 

 

 王子とのデートはイーリスにとって凄く幸せな日々だった。

 

 

 

 手すら繋がない真面目な王子。イーリスは気づくと王子に恋をしていた。

 

 

 

 だがその恋は思わぬことで砕け散った。

 

 

 

 イーリスの方から王子と手を繋ごうとしたのだ。王子の手に指先が触れると、彼は強い拒絶反応を示し、トイレへ駆け込んだ。

 

 

 

 聞こえてくる嘔吐する音。必死に手を洗う水の音。そして「気持ち悪い」という王子の声。

 

 

 

「いくら金持ちでも、あんなブスと一緒にはいられない」

 

 

 

 そう言い残して、王子は隣国へと帰っていった。結局彼はサイゼ王国の王座が欲しかっただけなのだ。

 

 

 

 もう二度と恋はしない。そう誓ったイーリスの手には再び男の手が握られていた。

 

 

 

 今まで見たこともないような純度の濃い黒髪を持つ少年の手だ。少年の名前は唐沢。イーリスの婚約者だ。

 

 

 

 イーリスは唐沢と共に、街の中を歩いていた。端正な顔立ちと美しい黒髪はすれ違う人々の目をひく。テレビでも見たことがないよな美男子なのだから、その反応も当然だ。

 

 

 

「この辺りは高層ビルが多いな」

 

「富裕層が住んでいる区画ですからね」

 

「金持ちが高い場所に好んで住むのは、この世界でも一緒なんだな」

 

 

 

 唐沢が楽しそうに笑う。イーリスはその笑顔が眩しくて、まともに見れなかった。

 

 

 

「本当に私と結婚してよかったのですか?」

 

「イーリスは美人だ。それに俺を養ってくれるんだろ。こんな好条件、蹴る馬鹿はいない」

 

 

 

 唐沢が嘘を吐いていないことがイーリスには分かった。それが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。

 

 

 

「ここだな」

 

 

 

 イーリスたちが訪れたのは、商業区画にある宝石店だった。

 

 

 

 この国には結婚と同時に指輪を送る風習がある。それに倣い、唐沢がイーリスに指輪をプレゼントしようというのだ。

 

 

 

「好きなやつを選んでくれ」

 

 

 

 イーリスは飾られた指輪を眺める。どれも綺麗だ。中でも龍が生まれながらに持つ宝石、龍魔宝珠の指輪は一際輝いていた。

 

 

 

「これが良いです」

 

 

 

 イーリスは龍魔宝珠の隣にある指輪を選ぶ。値段は龍魔宝珠と比べて、格段に安い。

 

 

 

「隣の奴にしろよ。そっちの方が綺麗だろ」

 

「龍魔宝珠の宝石ですよ。金貨千枚はくだりません」

 

「どうせ買うなら欲しい奴を買った方がいい」

 

 

 

 唐沢はイーリスが龍魔宝珠に羨望の眼差しを向けていたことに気づいていた。それ故の提案だった。

 

 

 

「俺がいた投資銀行には、安物買いを専門にしている奴がいた。安い株券は倒産した時のリスクが低いが、リターンも少ない。普通なら投資ファンドが手を出す案件ではない。だがそいつは社内でも一目置かれる存在だった。なぜだか分かるか?」

 

「いいえ」

 

「安い株券の中でも成長する会社だけを探し当ててくるからさ」

 

 

 

 数年間の売り上げや利益などの情報から会社の成長率を予想して投資先を決める。グロース株投資法と呼ばれる手法について、唐沢は説明する。

 

 

 

 イーリスには唐沢の言いたいことが何となくだが分かった。

 

 

 

「つまりだ。安物を買うにしても、価値ある安物でないと駄目なんだ。そうやって考えてみろ。この安物の宝石は価値ある安物か?」

 

 

 

 宝石の輝きは弱く、一目で安物だと分かるチープな作り。

 

 

 

「この宝石の価値は安物のまま変わらない。だがこっちの龍魔宝珠の宝石は違う。そうだろ?」

 

 

 

 唐沢がスマホで開いたページを見せる。龍魔宝珠の価格推移表だった。年々上昇しており、下がったことはここ数年間で一度もない。

 

 

 

「イーリスは俺の嫁になるんだ。どちらを買えば良いか分かるな?」

 

「龍魔宝珠をください」

 

 

 

 宝石商の店員に、唐沢がお金を払う。といっても現物の金貨で払うわけではなく、端末にスマホを押し当てるだけでいい。

 

 

 

「おサイフケータイみたいで便利だな」

 

 

 

 唐沢は商品を受け取ると、イーリスに手渡す。ムードなど欠片もない無造作な渡し方だったが、イーリスにとっては、彼の恥ずかしげな態度が愛しく感じられた。

 

 

 

「ありがとうございます。大切にしますね」

 

「俺の給料一週間分以下の金額だ。気にしなくていい」

 

 

 

 イーリスは指輪を嵌め、自分が唐沢の嫁になったのだと自覚した。そして心に誓う。この武骨な少年の味方であり続けようと。そしてこの少年を愛し続けると。

 

 

 

「愛してますよ、旦那様」

 

 

 

 イーリスがそう告げると、唐沢は頬を掻く。彼なりの照れ隠しだった。




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プロローグ ~『結婚式と戴冠式』~

「それにしても豪華なもんだ」

 

 

 

 イーリスとの結婚式はサイゼ王国城で行われる。赤絨毯が敷かれたパーティ会場は背広姿が埋め尽くしている。

 

 

 

 会場の至る所にテーブルが並べられ、豪華な料理が置かれている。美味しそうな匂いが俺の鼻腔をくすぐる。

 

 

 

「うまい飯を食いながらの結婚式か」

 

 

 

 サイゼ王国では教会で式を挙げるという文化はない。所謂披露宴に近いことをするのが一般的なのだそうだ。

 

 

 

「こんな豪華なパーティに参加していると、入社式を思い出すな」

 

 

 

 俺が務めていた外資系投資銀行では、ニューヨークにある高級ホテルのパーティ会場を貸し切って盛大に行われた。

 

 

 

 旨い料理に旨い酒。新卒として入社した俺は、贅の限りを尽くしたもてなしを精一杯楽しんだ。

 

 

 

 だが後に俺は知ることになる。この時、もてなしを楽しんでいたのは俺だけだったということに。

 

 

 

 同期の同僚たちは皆不安で一杯だった。いつ首を切られるか分からない恐怖。先輩から聞いたリストラ話。

 

 

 

 一匹狼の俺は、先輩や同期から悲観的な話を聞くことなく、入社式を迎えたため、能天気なまま居られたのだ。

 

 

 

 そう、一匹狼であることが幸いしたのだ。決して友達がいなかったとか、そういう訳ではない。

 

 

 

「あれが人生のピークだったな」

 

 

 

 入社式が終わると、そのままニューヨークで一か月の研修がある。そこで社会人としてのマナーや会社のことを学ぶのだ。

 

 

 

 ここまではまだ楽だった。学生の延長のような感覚だった。

 

 

 

 だが研修が終わった後が地獄だった。

 

 

 

 実際に職場へ放り込まれ、始発終電で会社を行き来する社畜生活のスタートである。

 

 

 

 入社当初、六本木にある日本法人で働いていた俺は、あまりの激務に何度も体調を崩した。だが休みなんてものはない。

 

 

 

 何人もの同期が退社していき、新人たちのキラキラと輝いていた瞳が死んだ魚のように変わっていく。俺の眼は生まれつき死んだ魚のようだったけれども、それでも荒んだ性格に磨きがかかった気がする。

 

 

 

 それでも俺は会社を辞めなかった。夢の老後人生のため。若いうちに辛い思いをして金を稼ぎ、その金で遊んで暮らす。その夢を実現するのに、外資系投資銀行はうってつけだった。

 

 

 

 初年度の年収一五〇〇万円。とても新人に払うような金額ではないが、外資系投資銀行の世界では当たり前だった。

 

 

 

 一般的な企業なら部長職でないと稼げない額を会社が与えている理由はいくつかある。

 

 

 

 まず一つ目は激務だからだ。激務で給料が安ければ人はすぐに辞める。だが高給であれば残る者も多い。

 

 

 

 他には金を使う機会が多いこともあげられる。

 

 

 

 ニュース番組などで投資銀行に努めるエリートサラリーマンが六本木の高級マンションに住んでいて羨ましいとの情報が流れることがある。

 

 

 

 だが待ってほしい。彼らは六本木に住みたくて住んでいる訳ではないのだ。

 

 

 

 入社直後なら始発終電で帰れるが、仕事に慣れてくると、仕事量が増え、家に帰る時間はより少なくなる。

 

 

 

 そんな彼らが一秒でも早く家に帰るために、会社のある六本木に住むのだ。ちなみに外資系投資銀行の日本法人はなぜか六本木に密集している。

 

 

 

 高額な家賃は高給がなければ払えない。俺は金を貯めるためにできる限り安いマンションを探したが、それでも月の家賃が二〇万円を超えていた。六本木価格、恐るべしだ。

 

 

 

「旦那様」

 

 

 

 不意にイーリスに声をかけられ、現実に戻される。

 

 

 

 そうだ、俺はこれから結婚するのだ。声がした方向を振り返ると、純白のドレスに身を包んだイーリスの姿があった。

 

 

 

「これが俺の嫁か!」

 

 

 

 どうやら俺の人生のピークは入社式の時ではなく、今この時のようだ。

 

 

 

「どうでしょうか? お気に召しましたか?」

 

「いいね、すごく綺麗だ」

 

 

 

 俺が褒めると、イーリスは頬を赤く染める。煽り抜きで、百年に一人の美少女だと確信していた。

 

 

 

「お主、相変わらず目が腐っておるのぉ」

 

 

 

 イーリスの父親で現国王が、ワイン片手に現れる。

 

 

 

「実の娘にこんなこと言うのもなんじゃが、ウェディングドレスを着てもブスな女は初めて見たぞい」

 

「俺も娘の晴れ舞台に、こんな酷いことを口にする親父は初めて見たよ」

 

「嬉しさのあまりの軽口じゃよ。イーリスが落ち込んでいるときには口にせん」

 

 

 

 国王はガハハッと笑う。娘の幸せを祝う父親の表情だった。

 

 

 

「時間ももったいないしのぉ。そろそろ結婚式を始めるかの」

 

「俺はなにをすればいいんだ?」

 

「イーリスと共に、台座の上に立ち、二人で愛の宣誓をするだけじゃ。誓いのキスも忘れるなよ」

 

 

 

 国王に言われた通りに、俺はイーリスと腕を組んで、台座の上に立つ。

 

 

 

 一生添い遂げるとか、愛を誓うとか、そんな恥ずかしい台詞を台本通りに読み上げる。イーリスの頬が徐々に赤くなっていく。

 

 

 

「では誓いのキスを」

 

 

 

 国王が宣言する。パーティ会場に集まる大臣たちの視線が集まる。なんだか恥ずかしい。

 

 

 

 イーリスは目を閉じて、俺が行動するのを待っている。色素の薄い唇が突き出されていた。

 

 

 

 俺はその唇にそっと触れる。生暖かい感覚が俺の唇に広がった。

 

 

 

 そしてパーティ会場から響き渡る、拍手の音。そして嘔吐する音。何人かの大臣が口から吐瀉物を吐き出していた。その中には国王の姿もある。

 

 

 

「ひでぇ、国王だな」

 

「すまん、あまりにキス顔がブザイクだったもんでのぉ」

 

 

 

 ガハハッと大笑いする国王。いや、笑って済まされる問題じゃないだろ。

 

 

 

「さて、ついでに戴冠式じゃ」

 

 

 

 国王の地位を譲ろうというのに、近所にお裾分けでもするような気軽さで、国王は王位を譲ると宣言する。

 

 

 

「ワシ、ルーデウス三世は、娘婿の唐沢太一に王位を譲る。どうか、新しい王を盛り立ててくれ」

 

 

 

 国王がそう宣言すると、大臣たちが盛大な拍手を浴びせる。

 

 

 

「忘れるところじゃった。これも渡しとかんとのぉ」

 

「何かくれるのか?」

 

「うむ。だからスマホを出せ」

 

 

 

 俺は言われるがままにスマホを手渡す。

 

 

 

 王は受け取ったスマホに何かしているのか、掌がキラキラと光り始める。

 

 

 

「これで完了じゃ」

 

「何が完了したんだ?」

 

「スマホを見てみよ」

 

 

 

 返されたスマホを確認すると、国王アプリなるものが追加されていた。

 

 

 

「このアプリを使えば、国の財務状態などが一目で分かるようになっておる。王族しか知らん情報もそこに詰まっておるし、色々と役に立つじゃろ」

 

「おおっ、それは助かる」

 

 

 

 情報は武器になる。投資銀行に勤めていた俺の教訓だった。

 

 

 

「へぇ、国民のステータスなんかも分かるのか」

 

 

 

 さっそく国王アプリを立ち上げた俺は、気になる情報を閲覧していく。得意な産業や他国との関係も記載されており、情報量はかなり膨大なようだ。

 

 

 

「あれ、これって……」

 

 

 

 俺は国の歳入を見ていて、気になる項目を見つけた。

 

 

 

 他の情報と照らし合わせ、その項目に関する詳細な情報を調べる。

 

 

 

 不安が確信に変わっていく。

 

 

 

 マズイ、マズイ。背中に冷たい汗が流れた。

 

 

 

「どうかしたのか?」

 

 

 

 俺の態度が急変したことを気にしているらしい。どうやら前国王は、この危機に気づいていないらしい。

 

 

 

「十年だな」

 

「なんじゃそれは?」

 

「この国が亡ぶまでの時間だよ」




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第一章 ~『魔法の種類』~

 結婚式が終わった後、俺は一週間自室に引き籠もっていた。大臣たちからはマリッジブルーかとも心配された。

 

 

 

 だが心配すべきは俺ではなく、この国の方だった。

 

 

 

 部屋に引き籠もり、俺はこの国の情報を集めていた。そして情報を集めるに連れて、この国が窮地に立たされていることを理解していく。

 

 

 

「さてどうするかね」

 

 

 

 スマホを取り出し、情報を漁る。めぼしい情報はほとんどチェック済みだが、何かしていないと落ち着かなかった。

 

 

 

「それにしても不思議な世界だ」

 

 

 

 この世界ではステータスを金で買える。魔法やスキルや能力値を金さえあればいくらでも強化できるのだ。

 

 

 

 それ故に、この世界で金は絶対的な価値観となっていた。金があれば有能な人間を何人も生み出せるし、強力な戦士も育成可能だ。つまりは軍事力を含めた国力が金の力で決まるのだ。

 

 

 

「試しに魔法でも買ってみるか」

 

 

 

 この国の窮地をどう脱するか考えるのにも少し疲れた。

 

 

 

 暇つぶしがてら、課金アプリを起動する。魔法購入ページを開くと、ずらっと項目が並んでいた。

 

 

 

「RPGを思い出すな」

 

 

 

 この世界に魔法は四種類存在する。

 

 

 

 攻撃魔法。他人に危害を加える魔法。比較的価格は高い。魔力量に応じて威力を増す特性を持つ。

 

 

 

 防御魔法。危害から身を守る魔法。回復魔法なんかもここにカテゴライズされる。魔力量に応じて効果が変わる特性を持つ。使い手が攻撃魔法よりも少ない。

 

 

 

 普遍魔法。生活をしていく上で役立つ便利な魔法。暗い部屋を照らしたり、濡れた服を乾かしたりなど千差万別。値段もピンキリ。最も保持者が多い魔法。

 

 

 

 特殊魔法。三種類の魔法に属さず、生まれながらに保持しているレアな魔法。課金アプリから購入することはできない。ただし保持者から直接購入することは可能。

 

 

 

「とりあえず、この『炎弾』を買ってみるか」

 

 

 

『炎弾。魔力を炎の弾丸として発射する。着弾と同時に爆発させることも可能である。威力は魔力量に応じて変化する』

 

 

 

 魔法の説明に目を通す。基本的な魔法らしく、値段も安い。折角だし購入してみる。するとステータス欄には、購入した魔法が追加されていた。

 

 

 

――――――――――

 

名前:唐沢太一

 

評価:A

 

称号:専業主夫希望の国王

 

魔法:

 

・炎弾

 

スキル:

 

・なし

 

能力値:

 

 【体力】:999

 

 【魔力】:999

 

 【速度】:999

 

 【攻撃】:999

 

 【防御】:999

 

――――――――――

 

 

 

 称号がゴミから専業主夫希望の国王に変わっている。地味にうれしい。

 

 

 

「これで俺も魔法使いだ」

 

 

 

 俺はニヤニヤが止まらなかった。

 

 

 

 ゲーマーなら一度は考えるもし魔法が使えたらという妄想。その妄想が現実になったのだ。しかも修行や経験値稼ぎをせずに、課金で一発購入だ。

 

 

 

 ゆとりに優しい現実だ。他に良い魔法がないかチェックしていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 

 

「入っていいかしら」

 

 

 

 アリスの声だ。引き籠もっている俺を心配して様子を見に来たのか。

 

 

 

「どうぞ」

 

「失礼するわ」

 

 

 

 アリスが部屋に入ってくる。ベッドと机しかない部屋を見て、驚いた表情を浮かべている。

 

 

 

「この部屋、こんなに質素だったかしら?」

 

「調度品なんて必要ないからな。全部売った」

 

「売ったですって!」

 

「ああ。元国王にも許可を取ったぞ。国宝も含まれていたらしいからな。高く売れたぞ」

 

「信じられない」

 

 

 

 アリスは呆れたと、ため息を漏らす。

 

 

 

「家具なんて使えれば何でもいいさ。それよりも何か用事か?」

 

「一言お礼を言いたくて。イーリス姉さんと結婚してくれてありがとう」

 

「あんな美人と結婚できたんだからむしろ俺がお礼を言いたいくらいだ」

 

 

 

 顔は良いが、性格が根暗だった俺は、たいしてモテる方じゃない。

 

 

 

 元の世界なら、金目当ての女を除けば、イーリスのような美人と結婚することは不可能だったはずだ。

 

 

 

「一つお願いがあるの」

 

「なんだ?」

 

「例え国王の地位が目的だったとしても構わない。だからイーリス姉さんを捨てないであげてね」

 

 

 

 アリスが床に膝を付き、土下座で頭を下げる。

 

 

 

「俺は国王になりたいから、イーリスと結婚した訳じゃ……」

 

「それはあなたの反応を見れば分かるわ。けれど人の心は変わるものよ。例えどんなことがあってもイーリス姉さんを裏切らないと誓ってほしいの」

 

「裏切るつもりは元々ないから安心しろ」

 

 

 

 アリスは頭を伏せているため表情は伺えないが、安堵しているのが雰囲気から分かった。

 

 

 

「あなたがイーリス姉さんを裏切らない限り、私はあなたに付き従うわ。私にして欲しいことがあったら何でも言って頂戴」

 

「なぜ姉のためにそこまでできるんだ?」

 

「家族だからよ。私はイーリス姉さんがどんな酷い人生を送ってきたか知っている。だからこそ、イーリス姉さんには幸せになってほしいの」

 

 

 

 アリスの言葉に嘘偽りはなかった。心からイーリスを心配しているのだと伝わってきた。

 

 

 

 イーリスがアリスを必死に助けようとしていた理由が分かった気がした。

 

 

 

「そろそろ頭を上げてくれ」

 

 

 

 俺はアリスを立たせようと、肩を掴む。

 

 

 

 その瞬間、イーリスが空いた扉から入ってきた。手には食事が乗ったお盆が握られている。だがお盆は手からすり抜けるように、床に落ちてしまう。

 

 

 

「だ、旦那様」

 

 

 

 イーリスの瞳に涙が溜まっていく。

 

 

 

「う、うっ……」

 

 

 

 イーリスはとうとう泣き出してしまった。どういうことかと客観的に今の自分を考えてみる。アリスと肩を抱き合っているような姿勢になっていた。

 

 

 

 もしかして浮気と勘違いされたか。

 

 

 

「ち、違うんだ。これは間違いなんだ」

 

「だ、旦那様がひと時の間違いを犯すのも無理ないです。妹ちゃんは可愛いですから。それに対して私はこんなにも醜い」

 

「イーリス姉さん、違うの! 本当に何もなかったの!」

 

 

 

 アリスが立ち上がり、イーリスに駆け寄る。

 

 

 

「私があんな死んだ魚と同じ目の男に惚れる訳がないじゃない。それに唐沢はイーリス姉さんと結婚したばかりなのよ。浮気なんてするはずないでしょ」

 

「ほ、本当に?」

 

「そう。さっきのはそう! ちょっとよろめいたのを支えてもらっただけ」

 

「そうなのですか、旦那様?」

 

「もちろんだ」

 

 

 

 土下座していたとは説明できないため、歯切りの悪い回答だったが、イーリスは納得したのか、泣き止んでいく。

 

 

 

「良かった。私、旦那様に捨てられたら、もう死ぬしかなかったです」

 

 

 

 この娘、重い! 滅茶苦茶、重い!

 

 

 

「そろそろ引き籠もり生活も飽きてきたし、本気で働くか」

 

 

 

 俺は床に散らかった食事を拾い上げながら、そう宣言する。イーリスが浮気の心配をする必要もないほどの激務が始まろうとしていた。




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第一章 ~『政府系投資ファンドの立ち上げ』~

 俺はイーリスと共に談話室にいた。

 

 

 

 絨毯に素足を埋め、背中をソファに預ける。隣にはイーリスの姿がある。彼女は頭を俺の肩に預けてくつろいでいる。なんとも幸せな気持ちだった。

 

 

 

 だがそんな幸せな気持ちもテレビに映し出された映像で台無しになる。

 

 

 

 黒髪のトドのような醜い女性が、「私のモテる秘訣」を偉そうに講釈を垂れていた。なんでもこの世界を代表する大女優だそうだ。結婚したい女性ランキング一位だとも書かれている。

 

 

 

 この世界の男どもはこんなトドに欲情して、イーリスのような美少女を醜いと思うのか。

 

 

 

 俺、日本に生まれてよかった。

 

 

 

「番組を変えましょうか」

 

 

 

 別の番組へ切り替えると、「ブス姫結婚」との見出しと、ワインレッドのスーツを着た男が映し出されていた。

 

 

 

 スーツを着た男は顎鬚を蓄え、背中からは黒い羽を生やしていた。話すたびに羽をパタパタと動かしている。

 

 

 

「なんだあの羽? コスプレか?」

 

「旦那様は魔人を見るのは初めてですか?」

 

「魔人?」

 

「魔族と人との融合体です。多くの魔人は魔族の特徴を隠すのですが、エドガーは隠すどころかアピールしていますね」

 

 

 

 イーリスからエドガーについての詳しい情報を教えてもらう。

 

 

 

 名前はエドガー・ド・リュック。魔王領の一六貴族の一人に選ばれているらしい。資金力もかなりのもので、彼が経営する会社は両手の指では足らないそうだ。

 

 

 

 ちなみにだが、今映っているテレビ番組を放送している魔王放送局も彼の会社の一つである。

 

 

 

 金持ちでイケメン。羨ま死ねば良いのに。

 

 

 

「だ、旦那様、番組を変えてもいいでしょうか」

 

 

 

 気づくとイーリスの表情が曇っていた。

 

 

 

 理由はすぐに分かった。エドガーがイーリスのことを番組内で馬鹿にしていたのだ。

 

 

 

「あんなブスと結婚するくらいなら豚と結婚する」だの、「あんなブスと結婚したのだから、新しい国王もさぞかし酷い容貌に違いない」だのと口走る。

 

 

 

「私が馬鹿にされるのは構いません。ですが旦那様まで馬鹿にされるのは耐えられません」

 

 

 

 俺はテレビのスイッチを切る。

 

 

 

 何も知らない第三者に馬鹿にされると、こうもムカツクものらしい。テレビを壊さなかった自分の理性を褒めてやりたい。

 

 

 

「忘れましょう。あんな男のことを考えても楽しい気持ちにはなれませんから」

 

「だな」

 

 

 

 二人の間に静寂が訪れる。

 

 

 

 どうにも沈黙は苦手だ。一人でいるときの沈黙は平気なのに、二人でいるときの沈黙はなぜこんなにも耐え難いのか。やはりボッチ最高なのか。

 

 

 

「旦那様に一つ聞いてもよろしいですか?」

 

 

 

 沈黙を破ったのはイーリスだった。

 

 

 

「なんでも聞いてくれ」

 

「結婚式の時に、この国が亡ぶと話していましたが、あれはどういう意味なのですか?」

 

「そのままの意味だ。このまま行くと、十年後にこの国はない」

 

「それは魔王軍に侵略されるということですか?」

 

 

 

 イーリスが亡国と聞いて思いついたのが、魔王領の侵略だった。

 

 

 

 過去十年間で、魔王領に滅ぼされた国は百を超えていた。魔王領の軍隊である魔王軍は強大な力を持っており、小国では到底太刀打ちできない。

 

 

 

「魔王軍に侵略される。可能性としてはあるかもしれない。だがそんなことが起こらなくとも、この国は亡ぶ」

 

「災害や流行り病ですか?」

 

「いいや。単純に金を稼げなくなる」

 

 

 

 サイゼ王国の歳入の九割以上を魔法石の輸出に頼っている。魔法石は資源として優れており、一つあれば莫大な魔力を生むことができる。テレビや冷蔵庫などを動かしているのも、魔法石の力に依るものだった。

 

 

 

 不安要素は二つ。一つは代替エネルギーの台頭だ。もし魔法石を欲しがる国がなくなれば、この国は亡ぶ。

 

 

 

 もう一つの不安は貯蔵量だ。このままの勢いで採掘を続けると、十年以内に枯れ果てる。

 

 

 

 その話をイーリスに聞かせると、彼女は不安そうな表情を浮かべた。

 

 

 

「旦那様の仰る通り、この国が如何にマズイのかが分かりました」

 

「いやまだ分かっていないな。本当にマズイのはこの国の国民だ」

 

 

 

 サイゼ王国では魔法石を採掘して得られた利益を国民に還元している。そのおかげで国民全員が働かなくても暮らしていけるのだ。

 

 

 

 国民からすると最高の国だが、国家を運営する上で、国民全員怠け者はよろしくない。なぜならハングリー精神がなければ新しい産業など生まれないからだ。

 

 

 

「では保証を止めますか?」

 

「産業が育ってないから就職先もないんだ。そんな状態で保障だけ打ち切ったらパニックになる」

 

「ならどうされるのですか?」

 

「ファンドを設立しようと思う」

 

 

 

 政府系ファンドや主権国家資産ファンドとも呼ばれる国が運営するファンド。それが俺の立ち上げようとしているファンドだ。

 

 

 

 政府系ファンドはアラブのような資源が豊富だが、外貨を獲得する手段に乏しい国で設立されることが多い。

 

 

 

 ちなみにだが日本でも設立が議論されたことがある。だが優秀なファンドマネージャーを雇うには億単位の金が必要になるのだが、公務員の給料が億を超えて国民に理解してもらえるかのかという問題など、色々と障害があり、結局設立には至っていない。

 

 

 

「魔法石を売った金で他国の有力企業を買い漁る」

 

 

 

 この世界にも株式市場は存在していた。もちろん過半数を超えた株式を取得すれば、経営権を取得することも可能だ。

 

 

 

 経営権さえ握れば、本社をサイゼ王国に移すこともできる。そうなれば雇用も生まれるし、法人税で国も潤う。

 

 

 

「資金源は国庫金だけですか?」

 

「国庫金がメインだが金はあればあるだけ良い。投資家からも資金を集める」

 

 

 

 ちなみに投資家には二種類ある。年金機構のような法人出資者を指す特定投資家と、一個人が出資する一般投資家だ。

 

 

 

 俺が作るファンドではどちらからも金を集める。

 

 

 

「旦那様、ファンドを設立するとして、どんな会社を購入するんですか?」

 

「それは既に決めてある。あれだ!」

 

 

 

 俺はテレビを指さす。

 

 

 

「なるほど。魔道具メーカーを買うのですね」

 

「それもありだが今回は違う。テレビの放送局を買う」

 

「放送局ですか。ちなみにどこの?」

 

「魔王放送局だ。買収して、あの社長を追い出してやる」

 

 

 

 買収方法については既に思いついていた。イーリスに買収内容を説明していく。

 

 

 

「俺の世界では『将を射んと欲せばまず馬を射よ』という諺がある。今回の買収を一言で表現するとその諺通りになる」

 

「なにをするのですか?」

 

「魔王放送局には魔王ラジオという親会社がある。まずはここを狙う」

 

 

 

 魔王ラジオは魔王放送局と比べて事業規模がかなり小さい。それにも関わらず、親子関係が逆転している歪な関係を築いていた。

 

 

 

 実は日本企業でもこういった現象が生じていたことがある。

 

 

 

 有名なのはイトーヨーカ堂とセブンイレブンだ。企業規模はセブンイレブンの方が上だが、イトーヨーカ堂が親会社となっていた。

 

 

 

 今ではセブン&アイホールディングスとして事業再編する際に、この親子関係と企業規模の歪な関係は直されている。

 

 

 

 だがなぜ親子関係と企業規模が逆転するとマズイのか。それは企業買収のリスクが増すからだ。

 

 

 

「魔王ラジオを買収できれば、魔王放送局もオマケで付いてくる」

 

 

 

 さらに魔王ラジオは魔王放送局の株券以外にも、有力な子会社を多数抱えていた。それ以外にも不動産をいくつも保有している。

 

 

 

 時価総額の算出方法はいくつもあるが、企業買収の際に使われることが多い、純利益に二十五倍を掛ける算出方法で見ると、時価総額はかなりの数字を叩きだしている。

 

 

 

 それにも関わらず、株価は安い。本業のラジオ放送が儲かっていないからだ。

 

 

 

 つまり安価な株を買い占めれば、高価な資産が手に入るわけだ。海老で鯛を釣る。それが俺の目的だった。

 

 

 

「不安が一つあります」

 

「なんだ?」

 

「魔王放送局が魔王領の会社だということです」

 

 

 

 政府系ファンドが他国の企業を買収する。もしかすると国際問題に発展するかもしれないと、イーリスは不安を感じているのだ。

 

 

 

「正当な経済活動なんだ、文句は言わせないさ」

 

「だとしてもです。わざわざ魔王領の会社に手を出さなくても良いのでは?」

 

「違うよ、イーリス。わざと魔王領の会社に狙いを絞っているんだ」

 

 

 

 魔王領は他国への侵略を繰り返している。そんな国の会社を買収しようというのだ。魔王領以外の国民感情はどうなるだろうか。

 

 

 

 当然応援の気持ちに傾くだろう。そうなれば広く資金を集めることが可能だ。またテレビ局に狙いを付けたのには、名前を売る目的もあった。どうせ名前を売るなら悪名より、魔王領に立ち向かう正義のファンドとして名前を売った方が良い。

 

 

 

「それにイーリスの心配する国際問題への発展については対策を考えている。心配するな」

 

 

 

 俺はニヤリと笑う。結末への道筋が俺の頭には描かれていた。



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第一章 ~『奴隷買います』~

俺がファンドを設立すると、すぐにニュースが広まった。

 

 

 

 サイゼ王国の政府系ファンド。新しい王の政策に国民たちの関心が集まっていると報道されている。

 

 

 

 だが最も注目しているのは国民ではなく投資家たちの方だ。世界中の金の亡者どもが、ファンドの行方を伺い、投資する価値があるかの品定めをしているはずだ。

 

 

 

「投資は集まっていますか?」

 

 

 

 イーリスが心配そうに訊ねる。

 

 

 

「少しだけな。まだまだ目標金額までは足りない」

 

「やはり投資家の人たちに信頼してもらえていないのでしょうか」

 

「金に聡い奴らは実績がないファンドに投資なんてしないからな」

 

「ではお金はどうするのですか?」

 

「当面は国庫金からの運用になるな。あとはLBOでもしてみるか」

 

「LBO? 何の略なのですか?」

 

「レバレッジド・バイアウトの略だ。企業買収の資金調達法の一種だな」

 

 

 

 LBOとは買収先企業の資産を担保に金を集めてくることを指す。魔王ラジオのように豊富な資産を保有している会社を買収する際には有効な一手だ。

 

 

 

「悪魔のような手法ですが、本当にうまくいくのでしょうか」

 

「俺のいた世界だと、金貨三億枚の会社をLBOで買収している」

 

「金貨三億枚ですか……」

 

 

 

 イーリスがゴクリと喉を鳴らす。

 

 

 

 LBOの実施例で世界最高のものが、アメリカの投資ファンドKKR社によるナビスコ買収事件だ。

 

 

 

 買収に必要だった資金三〇〇億ドルの内、二五〇億ドル近くをLBOで集めたのである。

 

 

 

 国家予算規模の資金を動かすのがファンドの仕事なのだと知り、責任の重さをイーリスは感じていた。

 

 

 

「早速だが魔王ラジオの株を集めよう」

 

「市場から株を買えばいいのですね」

 

「その通りだ。だが市場だけだと足りない。市場外の取引でも株を集めよう。そのためには手足となって動く人間が欲しいな」

 

「でしたら奴隷を買ってみてはどうですか?」

 

 

 

 やはり異世界。奴隷の売買は普通に行われているらしい。

 

 

 

 イーリスの提案に従い、俺たちは城下にある奴隷商店を訪れた。商業ビルの一階にある奴隷商店の店前には、「奴隷、特売セール」との暖簾が立っている。

 

 

 

「ここが奴隷商店か」

 

 

 

 店の中に入ると、スーツを着た美男美女が出迎えてくれる。店員かとも思ったが、首輪が嵌められており、ネームプレートには値段が記されている。

 

 

 

「奴隷といってもあんまり悲壮感はないんだな」

 

「お父様の方針で、サイゼ王国では奴隷でも人権が保証されていますから」

 

 

 

 他国では悲惨な扱いを受けているそうですがと、イーリスが続ける。

 

 

 

「これは国王様! 本日はどういった奴隷をお探しでしょうか?」

 

 

 

 中年男性が店の奥から姿を現す。揉み手をしながら、サービスさせていただきますよと、媚びを売る。

 

 

 

「そうだな……」

 

 

 

 ネット小説なんかだと、ここで美少女を買い漁ってハーレムを形成するのだろうけど、俺が欲しいのは優秀なスタッフだ。

 

 

 

 個人的には美少女奴隷は凄く欲しいが、ビジネスライクに能力優先で探したい。

 

 

 

「能力の高い者ですか、それなら――」

 

「いや紹介して貰わなくても大丈夫だ。自分で探すから」

 

 

 

 国王アプリを起動する。このアプリを使えば国民のステータスを知ることができる。つまり能力の高い者を選別できるのだ。

 

 

 

「最低でも十人は集めたいな」

 

 

 

 投資銀行は階級が四つ存在する。

 

 

 

 アナリスト。若手の新入社員で、上司から奴隷のように働かされる存在。データ集めやプレゼン資料作りを行う。年収は基本給が七〇〇万円程。ちなみに俺の初年度の年収はボーナスが八〇〇万追加され、一五〇〇万円だった。

 

 

 

 アソシエイト。アナリストが集めたデータの中で必要な情報をまとめたりしている中堅社員。MBA(経営学修士)を取得している者がほとんど。アナリストを三年経験すると、会社の金でMBAを取得させて貰え、その後アソシエイトになる者が多い。年収は基本給が一〇〇〇万円程。ボーナスが加算されれば二〇〇〇万円を超す者も少なくない。

 

 

 

 ヴァイスプレジデント。普通の会社の課長に相当する役職。この階級になるとノルマが課せられることが多くなる。だいたい一年間に純利益で五億円稼がないとクビになる。優秀な人材であれば年収五〇〇〇万円を稼ぐことも夢ではない。

 

 

 

 マネジングディレクター。天才だけが到達できる投資銀行界のアイドル。いろんな会社の社長と一緒に仕事をする機会が多く、年収は億越えが当たり前。稼ぐ奴なら年収一〇億。トップクラスになると百億稼ぐ者もいる。

 

 

 

 奴隷を購入するなら、アナリスト六名、アソシエイト三名、ヴァイスプレシデント一名の構成で採用したい。

 

 

 

「こいつとこいつをくれ。あとこいつも」

 

 

 

 奴隷を指さし、次々と購入していく。だがヴァイスプレシデントを任せられるような人材は見つからない。

 

 

 

「奴隷はここにいるだけなのか?」

 

「優秀な奴隷はここにいるだけです」

 

「優秀でない奴隷はここ以外にもいるのか?」

 

「はい。ただ性格や外見に難ある者ばかりなので、見てもお気に召す商品はないかと」

 

「一応見せてくれ」

 

 

 

 男に連れられ、奴隷商店の二階へ移動する。特売セールの暖簾と共に、背広姿の奴隷たちが並んでいた。

 

 

 

 ステータスを確認していく。説明された通り、能力の低い奴隷が多い。そんな中で一人だけ特異な存在がいた。

 

 

 

 金髪色白の少女だ。瞳は綺麗な緑色で、一階にいたどの奴隷よりも美しい。口には猿轡が咥えさせられており、話せないようにされている。

 

 

 

「あの奴隷なんだが、なぜセール品なんだ?」

 

「人ではなく、エルフだからです」

 

 

 

 魔人の中でも魔法を得意とする種族。それがエルフだと男は説明する。

 

 

 

 言われてみれば、耳が細長い。ゲームで良く見るエルフそのものだ。

 

 

 

「エルフは主だと認めた者には懐くのですが、認めない者には強い拒絶反応を示します。この国では奴隷にも人権が認められていますから、無理矢理従わせることもできません。扱いにくい商品なのです」

 

 

 

 性格に難があるから安い訳だ。

 

 

 

 国王アプリでエルフのステータスを確認してみる。

 

 

 

――――――――――

 

名前:リーゼ・エルフリア

 

評価:C

 

称号:奴隷に堕ちたエルフ

 

魔法:

 

・確率判定魔法

 

スキル:

 

・なし

 

能力値:

 

 【体力】:3

 

 【魔力】:15

 

 【速度】:3

 

 【攻撃】:5

 

 【防御】:3

 

――――――――――

 

 

 

 エルフはリーゼという名前らしい。能力値はエルフだけあって魔力がずば抜けて高い。魔法は課金アプリに記載されていなかったものだ。内容を確認してみる。

 

 

 

『確率判定魔法。事象の確率を導き出す特殊魔法。魔力を込めれば込める程、導き出せる確率の信頼度を上げることができる』

 

 

 

 リーゼは課金アプリで購入できない特殊魔法の保持者だった。

 

 

 

 日本人だからだろうか。限定とかレアモノを見ると何だか欲しくなってしまう。

 

 

 

「このエルフが欲しい」

 

「よろしいので」

 

「ああ、ぜひとも欲しい」

 

 

 

 事象の確率が見える。色々な金儲けに応用できそうな魔法だ。ヴァイスプレシデントはこいつで決まりだ。

 

 

 

 男に金を払い、リーゼの猿轡を外す。

 

 

 

「これから君の主人になる唐沢だ、よろしくな」

 

 

 

 リーゼに握手を求める。するとリーゼはその手を払いのける。

 

 

 

「死んじゃえ、人間!」

 

 

 

 リーゼは奴隷商店に響き渡るような声でそう叫んだ。




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第一章 ~『奴隷の過去』~

俺は購入した奴隷たちに早速株を買い集めてくるように命じた。ステータスが高い者を選別して購入しただけあり、株所有者のリストを渡すと、すみやかに行動を開始した。

 

 

 

 たった一人、エルフのリーゼを除いては。

 

 

 

「私は人間の命令には従いません」

 

 

 

 リーゼは俺と目を合わせようとすらしない。これなら軽蔑の視線を向けられた方がマシだ。どっちも嫌だけど。

 

 

 

「俺が主人なんだ。契約は守ってもらう」

 

「嫌なものは嫌です」

 

 

 

 奴隷が主人の命令を拒否することは可能だ。ただし拒否すれば、激しい罪悪感を抱くようになっている。

 

 

 

 だから大抵の奴隷は主人の命令を喜んで実行する。そのはずなのだが。

 

 

 

「なぜそんなにも人間を嫌う。というより人間が嫌いでも構わないから、俺の命令は聞いてくれ」

 

「人間の命令を聞くくらいなら、舌を噛んで死んだ方がマシです」

 

 

 

 リーゼは強情な態度を崩そうとしない。なるほど、セール品になる訳だ。

 

 

 

「私の両親は人間に殺されました。そして妹も私と同じ奴隷として売られました」

 

「それが人間を嫌う理由か……」

 

「私は家族と一緒に暮らせればそれでよかった。なのに人間たちは自分の欲望のために、私たちを襲ったのです!」

 

 

 

 エルフは魔王領の森に住む一族で滅多に人前に出てこない。近代文明とも縁のない生活をしており、自然と共生しながら暮らしている。

 

 

 

「だがエルフの奴隷として価値は低いんだろう。なぜわざわざ襲うんだ」

 

「人間たちは遊び感覚で私たちを狩るのですよ」

 

 

 

 人間の中には反魔人派と呼ばれる者たちが存在する。そいつらは魔王領の魔人を襲い、奴隷として売っているのだそうだ。

 

 

 

 本来なら無理矢理奴隷として売却するのは違法である。

 

 

 

 例えばサイゼ王国では三種類の奴隷しか認めていない。

 

 

 

 犯罪奴隷と戦争奴隷と借金奴隷だ。

 

 

 

 犯罪奴隷はその名が示す通り、犯罪を犯した者が更生のために奴隷となる制度だ。期間限定の奴隷で、服役期間が終われば奴隷から解放される。

 

 

 

 戦争奴隷は戦争で捕虜となった者が奴隷になる制度だ。魔王領のような頻繁に戦争をしている国には多いが、サイゼ王国にはほとんどいない。

 

 

 

 借金奴隷はサイゼ王国で最も多い奴隷で、借金を返せなくなった者が自分を売るのだ。元会社経営者なども多く、優秀な人材は借金奴隷であることが多い。

 

 

 

 リーゼも借金奴隷で登録されていた。つまりリーゼは拉致され、架空の借金をねつ造され、奴隷として売られたのだ。

 

 

 

 人間にこんな暴挙を行えばすぐに逮捕されるが、魔人相手だと黙認されているのだと、リーゼは語る。

 

 

 

「リーゼが人間を恨む理由は分かった」

 

「あなたは分かっていません、魔人の奴隷がどんな目に遭うか」

 

 

 

 奴隷の人権は保障されている。形式上はそうなっている。だが奴隷の人権を無視した行動をした場合に取り締まるのは人間だ。人間は魔人相手だと恐ろしいほど冷たい。

 

 

 

「私と妹を買った主人は最低でした。毎日毎日私たちを殴りました。優しい時は血を吐けば許してもらえますが、機嫌が悪いと地獄のような暴力と回復魔法を組み合わせ半永久的に嬲られました。何度も死のうと決意しましたが、私が死ねば妹に暴力が集中します。死にたくても死ぬわけにはいかなかった」

 

 

 

 リーゼは昔を思い出し、ポロポロと涙を流す。

 

 

 

「あなたは酒瓶で頭を殴られたことがありますかっ! あなたは犬でも食べない残飯を無理矢理食べさせられたことはありますかっ!」

 

 

 

 あるわけねえじゃん。

 

 

 

 そう答えたら関係は修復不能になるんだろうな~。

 

 

 

「私たち姉妹に飽きたのでしょうね。ご主人は私たちを奴隷商人に売りました。妹は生きているか死んでいるかもわかりません」

 

「なるほど。まぁ、人間を嫌いになるのは仕方ないと思う。だから交換条件ならどうだ?」

 

「人間とは交渉しません!」

 

「そう無下にするな。君にとっても悪い話ではない。奴隷となった妹を探してやると言えばどうだ?」

 

 

 

 リーゼの長い耳がピクンと動く。心が揺さぶられている証拠だ。

 

 

 

「……人間なんて信頼できない」

 

「人間は信じなくてもいい。だが俺は信じてくれ。必ず妹を見つけ出してやる」

 

 

 

 奴隷は主人の命令を拒否すると罪悪感を覚える。妹を助けたいという気持ちと混ざり合い、リーゼは俺との交渉に応じる。

 

 

 

「私は何をすればいいのです?」

 

「奴隷たちをまとめて、投資家たちから株を買い集めてくれ。ただし一つ注意点がある。実際に売買契約を行うのは、俺が指定した日程にして貰う」

 

「なぜそんな面倒なことを?」

 

「奇襲攻撃を仕掛けるためだ」

 

 

 

 五パーセント以上の株券を保有すると、大量保有していることを連絡しないといけなくなる。そうなれば俺が企業買収しようとしていることに気づかれ、対策を打たれてしまう。

 

 

 

 蓋を開ければ、買占めが進んでいた。そういった状況を作り出すのが目的だった。

 

 

 

「では俺のために頑張ってくれ」

 

「あなたのためではありません! 妹のためです!」

 

 

 

 リーゼはリストを手にして、投資家たちのところへ向かう。 見て分かるほどにやる気に溢れていた。




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第一章 ~『圧倒的力』~

リーゼたちは懸命に働き、株を投資家たちから買い漁ってくれた。そのおかげで、俺が株式市場から集めた株と合わせて三分の一を超えた。

 

 

 

 これ以降の株式はTOB(株式公開買い付け)により、こちらが提示した金額で、株主たちから株を買い集めることになる。

 

 

 

 この際の株価は市場価格より高い金額になることが多い。だいたい一割増しで提示するのが普通だ。

 

 

 

 TOBを仕掛ける際、まず最初にすべきことは、既存株主への周知である。

 

 

 

 俺は情報を展開するために、新聞記者を城に招いていた。

 

 

 

 三人の記者が談話室に通される。二人は若い男で、一人は片目が潰れた中年男だ。全員背広姿である。

 

 

 

「唐沢国王、今回の買収の意図についてお聞かせ願いたい」

 

 

 

 若い新聞記者が訪ねる。

 

 

 

「一番の目的は我が国の宣伝だ。ご存知の通り、我が国は魔法石の採掘に頼り切っている。宣伝力を強化し、観光客を呼び込みたいのだ」

 

「それだけが目的ならわざわざ買収する必要はないのでは?」

 

「もちろんそれだけが目的ではない。我々が設立した政府系投資ファンドは、有望な会社を買い、そこで得た利益を投資家たちに還元する」

 

「その有望な投資先が魔王ラジオですね」

 

「ああ。魔王ラジオは有望な子会社をいくつも抱えている優良企業だ。買収しない手はない」

 

「なるほど、納得しました」

 

 

 

 三人の内、二人の若い新聞記者と話を進める。買収した後の展望などを語る。若い新聞記者たちは俺の話に納得したのか、礼を残して去っていった。

 

 

 

 片目が潰れた男だけが談話室に残っていた。まだ一言も言葉を発していない。他の二人の新聞記者が帰るのを待っていたのだ。

 

 

 

「あんた魔人だろ」

 

 

 

 俺がそう指摘すると、片目が潰れた男は口元を歪める。

 

 

 

「分かるのか?」

 

「ただの勘だ。ただし魔王放送局の人間がいずれ接触してくるという確信があった上での勘だがな」

 

「そこまで知られているなら仕方ないな」

 

 

 

 片目が潰れた男の体が銀色の体毛で覆われていく。シルバーファングという種族の魔人だ。

 

 

 

 俺はこの魔人を知っていた。魔王放送局の副社長をしているドレイクという男だ。経営手腕を評価する声も多い。

 

 

 

「わざわざ新聞記者などと嘘を吐かなくても、君が相手なら俺は会っていた」

 

「そうか。なら初めから名乗ればよかったな」

 

 

 

 魔人相手に直接会おうとする馬鹿は中々いないからなと、ドレイクは笑う。

 

 

 

「私の用件は分かっているな」

 

「魔王ラジオから手を引けと」

 

「その通りだ」

 

 

 

 ドレイクは威嚇するように牙を剥き出しにする。今にも襲い掛からんとする態度に、俺は少し笑ってしまった。

 

 

 

「なにがおかしい!」

 

「昔飼ってた犬みたいだなと思って」

 

 

 

 馬鹿にされたドレイクは、立ち上がろうと腰を浮かせる。

 

 

 

「まぁ、待て。君に素敵なプランを提示してやろう」

 

「なんだ?」

 

「社長のエドガーを追い出して、君が社長にならないか」

 

 

 

 ドレイクを社長にしたい理由は、魔王領との国際問題に発展させないための保険だった。人間である俺が魔王領の企業の社長になれば、少なからず反発を生む。オーナーが変わるだけで、経営者が同じ魔人であれば、多少なりとも反感を抑えられるはずだ。

 

 

 

 だがそんな俺の提案をドレイクは「断る!」と、一蹴する。

 

 

 

「調子に乗るなよ、人間。貴様の首を刎ねることなど容易いのだぞ」

 

「やってみろよ」

 

 

 

 俺が挑発すると、ドレイクは拳を振り上げて殴り掛かってくる。

 

 

 

 牙で威嚇してきたのに、素手で殴ってくるのかよ! 笑えるんだけど。

 

 

 

 能力値がカンストしているおかげか、ドレイクの拳は止まって見える。俺はドレイクの拳を人指し指一本で止める。

 

 

 

「なんだと!」

 

「シルバーファングという種族は力にしか敬意を払えないと聞いていたが、これで力の差は分かって貰えたか?」

 

「ありえない。私が人間に劣るなど……」

 

「もっと分かりやすい力を見せてやる」

 

 

 

 俺は談話室の窓を開ける。窓の外に手を伸ばし、覚えた『炎弾』の魔法を発動させる。魔力の弾丸が上空へと飛んでいく。

 

 

 

 数瞬後、魔力は炎となり、空を覆う業火となった。

 

 

 

 まるで太陽が空に出現したかのような炎に、ドレイクは腰を抜かす。歯をガタガタと震わせ、怯えている。

 

 

 

 それにしてもカンストした魔力で魔法を使うと、ミサイルなんかと変わらない威力になるんだな。非現実的な力に、なんだか笑えてくる。

 

 

 

 それに今回使用した魔法は『炎弾』だ。より強力な魔法であれば、国を亡ぼせるかもしれない。

 

 

 

「さて交渉を再開しよう。現社長を追い出し、君が社長になる計画に協力してくれるかな?」

 

 

 

 ドレイクは必死に首を縦に振る。媚びを売るような引き攣った笑いを見る限り、こいつが裏切ることはないだろう。




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第一章 ~『アナリストレポート』~

談話室でスマホを弄りながら、俺はため息を漏らす。

 

 

 

「やっぱりステータスを確認できるようにしたいなぁ」

 

 

 

 現状でも国民のステータスなら確認できるが、これから他国の人間と関係していくことを考えると、必須の能力だと思う。

 

 

 

「けど高いんだよなぁ」

 

 

 

 課金アプリを起動して、他人のステータスを確認できる拡張機能の項目を選択する。

 

 

 

 そのお値段、なんと金貨十万枚。日本円で十億円である。

 

 

 

 十億円あれば一生遊んで暮らすことも不可能ではない。そのお金をアプリに課金するのには抵抗があった。

 

 

 

「証券アナリストのレポートと比べれば安いし、買ってしまうか」

 

 

 

 投資銀行では、企業を買収する際にその企業を調査・分析したレポートを証券アナリストから購入することが多い。

 

 

 

 自社で一から調査するより時間も費用も安いのだが、それでも年間で数十億円の費用を要する。

 

 

 

 つまり信頼できる情報はそれだけ価値があるということだ。

 

 

 

 ちなみにだが投資銀行が個人投資家以上の勝率で利益を得られている理由は、このアナリストレポートの存在が大きい。それを知っている個人投資家の中には、あえてアナリストレポートが発行されていない企業だけを選んで取引する者も多い。

 

 

 

「さらば、十億円」

 

 

 

 俺は購入ボタンを押す。するとアプリ画面に「廃課金乙です!」とのメッセージが表示される。

 

 

 

 ぶん殴りてぇ。

 

 

 

 イライラしながらも俺はページをスライドさせていく。するとお知らせボックスという項目が光っていた。折角なので内容を確認してみる。

 

 

 

「廃課金のあなたに運営からプレゼント。ステータス確認機能に無料でオプションが付けられるよ」

 

 

 

 運営って誰だよとの疑問はあるが無視して、オプション機能に目を通す。

 

 

 

 敵意・忠誠心・友情・愛情の四つのステータスの内、一つを確認できるようになるそうだ。

 

 

 

 国王として考えるなら敵意か忠誠心だろう。この二つが分かれば部下や協力者の裏切りを事前に知ることができる。

 

 

 

 友情も捨てがたい。忠誠心のような部下に限定せず、俺への親密度を知ることができる。もちろん忠誠心を抱いているが、友情を抱いていないやつもいるだろから、どちらが良いとは一概に言えないだろうけど。

 

 

 

「折角だから俺はこの赤いボタンを選ぶぜ」

 

 

 

 俺は愛情と記された赤いチェックボタンを選択する。やっぱり男なら自分がどれくらい惚れられていのか知りたい。最終的には俺への好感度が高い奴だけ集めてハーレムを形成してやる。

 

 

 

「実験してみたいな」

 

 

 

 誰かこないかとワクワクして待つ。するとアリスの姿が見えた。黒髪の頭の上でまとめ、黒衣のドレスを身に纏っている。首からは龍魔宝珠のネックレスが下げられている。

 

 

 

「どこか出かけるのか?」

 

 

 

 アリスが俺に話しかけられ、ピクリと反応する。

 

 

 

「どうしてそう思ったのかしら?」

 

「いや、気合いの入った格好をしているなと思って」

 

「これはただの普段着よ」

 

 

 

 姫というのは普段も着飾らないといけないのか。思えばイーリスも常にきちんとした格好をしている。

 

 

 

「それで……どうかしら? 私の普段着は」

 

「似合っているんじゃないか」

 

「そ、そう。それなら良かったわ」

 

 

 

 アリスは頬を赤らめ、口元を緩める。

 

 

 

 なんだかこいつ、可愛いぞ。

 

 

 

「本来の目的を忘れるところだった」

 

「目的?」

 

「こっちの話だ」

 

 

 

 課金アプリを起動し、アリスのステータスを確認してみる。

 

 

 

――――――――――

 

名前:アリス・サイゼリア

 

評価:B

 

称号:サイゼ王国の美姫

 

魔法:

 

・転移魔法

 

・風魔法

 

スキル:

 

・料理(ランクB)

 

・速読(ランクC)

 

能力値:

 

 【体力】:1

 

 【魔力】:400

 

 【速度】:1

 

 【攻撃】:1

 

 【防御】:1

 

拡張機能:

 

・唐沢への愛情(ランクB)

 

――――――――――

 

 

 

 アリスは魔法を二種類も持っている。

 

 

 

『転移魔法。一度行ったことがある場所へ移動できる魔法。遠くに移動すればするほど魔力の消費量が大きくなる』

 

 

 

『風魔法。風を自由自在に操る上位魔法。使用者のイメージによりできることが変わる』

 

 

 

 どちらの魔法も便利な能力だ。

 

 

 

 特に上位魔法の概念については驚きだった。

 

 

 

 例えば『炎弾』の魔法だと炎の弾丸を飛ばすことしかできない。だが『炎魔法』なら『炎弾』も使えるし、他の炎関連の魔法もすべて扱えるのだという。

 

 

 

 ただ上位魔法の金額は高いらしい。だが金持ちの俺にとって金なんて些細な問題でしかない。

 

 

 

 いずれ買うと俺は心に誓った。

 

 

 

 次に能力値を見てみる。アリスの能力値は魔力極振りだった。それにしても他の能力値すべて1かよ。貧弱にも程がある。

 

 

 

 スキルについてはアリスへのイメージ通りだ。

 

 

 

 ランクCの『速読』を保持しているということは本好きなのだろう。部屋の隅で本を読んでいそうだし、そもそもあの貧弱能力値ではアウトドアなど楽しめまい。

 

 

 

 スキルについてはランクBの『料理』スキルも持っている。サイゼ王国の宮廷料理人がランクCの『料理』スキルを保持していると話していた。

 

 

 

 あの料理より旨いのかと思うと、ランクBの料理、機会があれば一度食べてみたい。

 

 

 

 最後に拡張された俺への愛情の項目を確認する。

 

 

 

 ランクBと記されている。これがどれ程の愛情なのかを、確認してみる。

 

 

 

「百年に一度の恋に相当。告白すれば振られることはありえません。それどころか押し倒しても、喜んであなたを受け入れるでしょう」

 

 

 

 アリスは俺のことをかなり気に入ってるらしい。俺は口元がにやけてくのを感じた。

 

 

 

「あなた笑うと気持ち悪いから人前ではムスッとしておいた方がいいわよ」

 

 

 

 こいつ本当に俺に惚れているのか?

 

 

 

 このステータスが一気に信じられなくなった。

 

 

 

「旦那様と妹ちゃん、こんなところで何をしているの?」

 

 

 

 イーリスが談話室に顔を出す。ダークグレーのスーツが良く似合っていた。

 

 

 

「少し雑談をしていたの。私はそろそろ行くわ。夫婦の時間を邪魔しても悪いしね」

 

 

 

 アリスが談話室を後にする。部屋には俺とイーリスだけが残された。

 

 

 

「次はイーリスで実験してみるか」

 

 

 

 課金アプリでステータスを確認する。

 

 

 

――――――――――

 

名前:イーリス・サイゼリア

 

評価:B

 

称号:サイゼ王国のブス姫

 

魔法:

 

・なし

 

スキル:

 

・剣術(ランクB)

 

・格闘術(ランクC)

 

能力値:

 

 【体力】:300

 

 【魔力】:1

 

 【速度】:400

 

 【攻撃】:350

 

 【防御】:400

 

拡張機能:

 

・唐沢への愛情(ランクS)

 

――――――――――

 

 

 

 妹のアリスと違い、魔力以外の能力値が満遍なく高い。

 

 

 

 魔法は使えないようだが、剣術と格闘術のスキルを保持している。ゲームでいうところの戦士みたいなステータスだった。

 

 

 

 で、お楽しみの俺への愛情だが、ランクSである。ランクBで押し倒してもOKだった。のだ。ランクSだとどうなるのか。俺はゴクリと息を呑む。

 

 

 

「一億と二千年の恋に相当。あなたのことが好きで好きでたまらなく、四六時中あなたのことを考えています。自分の命すら投げ捨てる覚悟を持ち、あなたが死ねと命じれば喜んで死んでくれるでしょう。ただしもし彼女を捨てるなら覚悟した方が良い。運営はどんな事態に陥っても責任を取りません」

 

 

 

 ランクSの愛情、すげえ重い。

 

 

 

 なにこれ、俺が死ねって命じれば死ぬの。怖いんだけど。

 

 

 

「どうかしましたか、旦那様」

 

 

 

 イーリスが俺の視線を感じて微笑んでくれる。

 

 

 

「いや、なんでもない」

 

「そういえば旦那様、魔王ラジオの件はどうなりましたか?」

 

「順調だよ。すべて想定の範囲内だ」

 

 

 

 俺たちが魔王ラジオの株に対してTOBを宣言した直後から、魔王放送局も株の買い占めを開始した。

 

 

 

 魔王ラジオの株価は高騰を始めているが、まだ想定の範囲内の株価に落ち着いている。

 

 

 

「これからどうなると考えているのですか?」

 

「魔王ラジオ側はポイズンピルをやってくる可能性が高いだろうな」

 

 

 

 ポイズンピルとは企業買収の防衛策の一つで、既存株主に新株を発行して割り当てることである。

 

 

 

 今回の既存株主は魔王放送局を指す。つまり分母を増やすことで、全体に対する俺の株の保持率を下げることができるわけだ。

 

 

 

 ただ新株発行は特定の株主を優遇するため、法的に認められないケースも多い。裁判の時間も必要だ。俺は裁判が終わるまで待ってやるほどノロマではない。

 

 

 

「他に可能性としてはクラウンジュエルがあるな」

 

「クラウンジュエル?」

 

「戦争でいうところの焦土作戦のようなものだな」

 

 

 

 有力な子会社を売却したり、有力事業のメインパーソンを別会社に転職させたりすることで、会社の魅力を落とし、買収意欲を削ぐ防衛策のことだ。

 

 

 

「自分から魅力になる部分を捨てるわけだから、最後の手段だな」

 

 

 

 やられる前に買収を成功させるつもりだけどな。

 

 

 

「株の保有率はどんな状況なんですか?」

 

「俺が四十パーセント、魔王放送局が十パーセントだ」

 

「ならあと十パーセントで過半数を超えますね」

 

「過半数だけでは終わらさない。可能なら三分の二を超える」

 

 

 

 持ち株比率が過半数を超えると、役員の選任などができるようになる。つまりは自分の息のかかった人間を送り込み、会社を支配することができる。

 

 

 

 だが過半数では会社の合併などの重要決議を単独で決定することができない。三分の二の同意が必要だからだ。

 

 

 

 逆に三分の一を握られれば、こちらが通したい重要決議を否認される可能性がでてくる。

 

魔王放送局が株を買い集める前に、俺は三分の二を取得する必要があった。

 

 

 

「次の一手でチェックメイトだ」

 

「何か考えがあるのですね」

 

「ああ。奴らの驚く顔が楽しみだ」




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第一章 ~『転換社債』~

 魔王領の魔王放送局では緊急会議が開かれていた。親会社である魔王ラジオが買収された場合、自社もサイゼ王国ファンドの持ち物になってしまうからだ。

 

 

 

「なんとかしなければ!」

 

 

 

 社長であるエドガーが他の役員たちに向かって叫ぶ。彼は頼りにならない部下たちにイラついていた。

 

 

 

「ドレイク、状況を説明しろ!」

 

 

 

 副社長のドレイクはビクビクと怯えながら、スクリーンに現在の状況を映し出す。

 

 

 

「こちらが昨日までの状況です。我々が十パーセント、サイゼ王国が四十パーセントの株を保有しています」

 

「なら過半数はまだなんだな!」

 

「いいえ、これは昨日までの状況です。本日のデータがこちらになります」

 

 

 

 ドレイクがスクリーンを更新する。そこにはサイゼ王国が七十パーセントの株式を握ったと示すデータが表示されていた。

 

 

 

「なんだこれは! なぜたった一日でこんなにも増える!」

 

「社長、転換社債です」

 

 

 

 転換社債とは株式と交換可能な社債のことを指す。

 

 

 

株価が安い時は利率の高い社債として持っておき、株価が高くなれば株と交換して、売ることができる便利な証券だ。

 

 

 

 唐沢はこの証券の特徴を利用し、一気に転換社債を株券へと変えたのだ。持ち株比率が急上昇するので、防衛側に対策の時間を与えない効果がある。

 

 

 

 ちなみにだが転換社債を利用した企業買収は、村上ファンドが阪神電鉄株を買った時にも利用された手法である。

 

 

 

「三分の二を買われた以上、彼らは我々の親会社となります」

 

「うるさい! まだ方法はある!」

 

「何か考えがあるのですか?」

 

「お前、この国がどこかを知っているか?」

 

 

 

 ドレイクはエドガーの言わんとしていることを察した。

 

 

 

「暴力で解決するおつもりですか?」

 

「相手は政府系のファンドだ。従わなければ戦争をすると脅せばいい」

 

「サイゼ国王がそのような脅しに屈するとはとても思えませんが……」

 

「従わないなら我が国に呼び出し、殺してしまえば良い。所詮は小国の国王。消えたところで騒ぐのはあの国の連中くらいだ」

 

 

 

 エドガーはニヤリと笑う。他の役員たちも「買収されるくらいなら」と消極的な肯定の態度だった。

 

 

 

 だが副社長のドレイクだけは知っていた。

 

 

 

 あの男を敵に回してタダで済む訳がないと。

 

 

 

 そして内心ほくそ笑む。唐沢がエドガーを撃退すれば新社長は自分になるし、仮にエドガーが唐沢を殺したとしても自分は副社長のまま。

 

 

 

 どちらに転んでも美味しい展開だと、ドレイクは媚びを売るような笑顔を浮かべて、エドガーの提案に同意した。




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第一章 ~『三国一の美女』~

唐沢はエドガーに呼び出され、魔王領を訪れていた。

 

 

 

 エドガーが呼び出したのは有名な観光名所で、見渡す限り岩しかない峡谷だ。グランドキャニオンのような場所である。

 

 

 

 観光名所だったことが幸いし、アリスが一度訪れたことがあった。そのため『転移魔法』で一瞬で移動できた。

 

 

 

 待ち合わせ場所にはエドガーとドレイクの二人がいた。対してこちらは俺とアリスとイーリスの三人である。

 

 

 

「おい、小僧! 調子に乗るなよ!」

 

 

 

 エドガーの第一声は威嚇だった。雑魚にありがちな台詞である。

 

 

 

「何を怒っている。俺はルールに則って経済活動をしただけだ」

 

「不意打ちのような真似をしたくせに何を言うか!」

 

「違法ではないんだ。文句を言われる筋合いはない」

 

 

 

 エドガーは黒い羽をピンと張る。エドガーは吸血族という種族で、怒ると感情が羽に現れるのだそうだ。

 

 

 

「今ならお前の株をすべて譲れば命だけは許してやる」

 

 

 

 エドガーは鋭い目つきで俺を威嚇する。

 

 

 

 上から目線なエドガーの提案に怒りを通り越して笑えてさえくる。

 

 

 

「何が可笑しい!」

 

「いや、雑魚に脅されるのってこんなに笑えるんだなと思って」

 

「馬鹿にするなよ、人間!」

 

 

 

 エドガーは掌に魔力の球体を作り出し、それを巨岩に向かって放つ。魔力の球体はレーザーのように飛んでいき、巨岩を粉々に破壊する。

 

 

 

「見たか、人間! これが種族の差だ! 我々魔族が魔法を使えば低位魔法でさえこの威力となるのだ!」

 

 

 

 さぁ震えるが良いと言わんばかりに、エドガーは大笑いする。

 

 

 

 機嫌良く笑うエドガーには悪いが、笑いたいのは俺の方だった。チェックしておいたエドガーのステータスを思い出す。

 

 

 

――――――――――

 

名前:エドガー・ド・リュック

 

評価:B

 

称号:魔界十六貴族

 

魔法:

 

・魔力砲

 

スキル:

 

・剣術(ランクB)

 

能力値:

 

 【体力】:100

 

 【魔力】:450

 

 【速度】:200

 

 【攻撃】:120

 

 【防御】:130

 

拡張機能:

 

・唐沢への愛情(ランクG)

 

――――――――――

 

 

 

 魔力だけは突出して高いが、それでも俺の半分以下しかない。正直デコピンで倒せそうだ。

 

 

 

 この程度の能力値しかないにも関わらず、「これが種族の差だ!」と粋がるのだ。笑いを我慢するのも大変だ。

 

 

 

「折角だから俺も同じものを見せてやるよ」

 

 

 

 エドガーと同じように魔力の弾丸を巨岩に対して放つ。岩の大きさはエドガーが破壊した物と比べて数十倍の大きさだ。

 

 

 

 着弾した俺の魔力は炎の爆発となり、巨岩を燃やし尽くす。岩がドロドロに溶けていく様は、まるで地獄の業火に焼かれる罪人のようだった。

 

 

 

「見たか、魔人! これが人間の力だ!」

 

 

 

 エドガーは信じられないと、目を見開いて驚く。

 

 

 

「魔力が優れているからと粋がるなよ、人間」

 

 

 

 魔力で負けても体術なら負けないと言わんばかりに、エドガーが腕を振り上げて、俺に殴り掛かる。

 

 

 

 止まって見えるようなノロサに、あくびがでそうだった。

 

 

 

「ほれっ」

 

 

 

 俺は指一本で受け止める。圧倒的な力とは悲しいだけだ。

 

 

 

「俺は殴られそうになったんだ。これで正当防衛が成り立つよな」

 

 

 

 俺はエドガーに会ったなら、必ず殴ってやると決めていた。

 

 

 

 死なないように手加減しつつも、俺の気が晴れるくらいには思いっきり、エドガーの腹部を殴りつけた。

 

 

 

 殴られた衝撃でエドガーは宙を舞い、遥か彼方へと吹き飛んでいく。その様子を眺めていたドレイクは歯をガタガタと震わせ、アリスはよくやったと親指を突き立て、イーリスはさすがだと尊敬の眼差しを俺へと向けた。

 

 

 

 魔人は体が丈夫だというし、死んではいないだろう。

 

 

 

「俺の嫁をブス呼ばわりしやがって! 反省しろ!」

 

 

 

 やっぱり嫌いな奴を殴るのはすげえ楽しい。

 

 

 

「お、お前、いったい何者なんだ?」

 

 

 

 ドレイクが怯えながら訊ねる。

 

 

 

「外資系投資銀行に勤めるハイエナ――ではないな。サイゼ王国の国王で、三国一の美女イーリス姫の旦那様だよ」




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第一章 ~『やはり天才じゃったか』~

魔王ラジオと魔王放送局を手に入れたことで、俺たちは莫大な資産を手に入れることに成功した。

 

 

 

 国際問題に発展する危険も、ドレイクが社長に就任することで上手く回避できた。彼が裏切る心配も考慮していたが、俺への怯えようを見る限り、無用な心配だろう。

 

 

 

 さて金が手に入ったのだ。次は楽しい楽しい課金タイムの時間だ。

 

 

 

「イーリスは本当に報酬を受け取らないのか?」

 

「はい。今回の成果は旦那様がいてこそのもの。私が受け取るべきではありません」

 

「そうか。なら全額課金しちゃうぞ。本当に良いんだな」

 

「ええ。旦那様のお役に立てるなら、どうぞお使いください」

 

 

 

 今回のディールの純利益は金貨一千万枚程である。会社にもよるが、ファンドのマネジングディレクターが受け取る給料は、ディールで得た利益の一割が一般的である。

 

 

 

 つまり金貨百万枚を課金できるのだ。

 

 

 

「もっと強力な魔法が使えるようになりたいな」

 

 

 

 俺は必要課金額が高い順に魔法を並べてみる。一番上に出てきた魔法が丁度金貨百万枚だった。

 

 

 

「イーリスに聞きたいんだが、『空間魔法』ってどんな魔法か分かるか?」

 

「五代魔法の一つですね」

 

 

 

 イーリスが語るには、魔法の中でも特に強力な五つの魔法を五代魔法と呼ぶそうだ。

 

他には『時間魔法』『蘇生魔法』『洗脳魔法』『神天魔法』が五代魔法に区分される。

 

 

 

 五代魔法の中で唯一金で買えるのが『空間魔法』なのだという。

 

 

 

「旦那様は魔法がお得意なのですね」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「金貨百万枚で『空間魔法』を購入できる方はそういませんよ」

 

「え? もしかして必要な課金額って人によって違うのか?」

 

「はい。私の課金アプリをお見せしましょう」

 

 

 

 イーリスの課金アプリを見せてもらうと、『空間魔法』に必要な課金額は金貨百億枚だった。

 

 

 

 他にも能力値の向上に必要な課金額をチェックすると、俺より必要金額がかなり多い。

 

 

 

 俺が能力値をカンストするのに必要だった金額は金貨百万枚だ。たったそれだけで、あの馬鹿げた力が手に入るのに、なぜ他の奴らはやらないのか疑問に思っていた。

 

 

 

「旦那様は天才ですね。能力値をたった金貨百万枚で最大値にした者など今まで聞いたことがありません」

 

「え、そうなの。俺ってやはり天才だったか」

 

「間違いなく。能力値の向上は後半になればなるほど加速度的に課金額が増えていきます。聞いた話だと、能力値を九〇〇から九九九にするには金貨百億枚以上は必要だとのことです」

 

 

 

 ちなみに課金額と同様に、能力値も後半になればなるほど加速度的に向上するそうで、攻撃力一〇〇と攻撃力二〇〇ならたいした差はないが、攻撃力八〇〇と攻撃力九〇〇だと天と地ほども差があるそうだ。

 

 

 

「課金額が変わるのは個人の才能だけなのか?」

 

「いいえ。種族によっても必要な課金額は大きく変わりますよ」

 

 

 

 例えばエルフは魔力を向上させるのに必要な課金額が少ないが、それ以外の能力値を向上させるには莫大な金を積まないといけない。対照的にドワーフは魔力を中々上げられないが、体力や攻撃力は簡単に上がるそうだ。

 

 

 

「ちなみに人間に傾向はあるのか?」

 

「人間は種族ではなく、個人に依存する部分が大きいですね。例えば同じ血をひいていても、私は魔法が苦手ですが、妹ちゃんは魔法が得意ですからね」

 

 

 

 イーリスの話を総合すると、課金額は人や種族によって異なるが、俺は天才なので、あらゆる能力値の向上に必要な課金額がすくないということ。そして『空間魔法』はお買い得だということだ。ならば買うしかないじゃない。

 

 

 

 金貨百万枚を費やし、五代魔法の一つを手に入れる。百億円の買い物に手が震えるが、購入ボタンを無事押せた。これで俺も最強の魔法使いの仲間入りである。

 

 

 

「旦那様、仕事も一段落しましたね」

 

「そうだな」

 

「今までは仕事が忙しく、寝るタイミングも別々でしたね」

 

「そうだな…」

 

「結婚したというのに、夫婦の時間が取れていないと思うのです」

 

「そうだな……」

 

「旦那様、そろそろ夜も遅いですし、一緒に寝ませんか」

 

「そう、だな……」

 

 

 

 イーリスが気恥ずかしそうに、手をモジモジと動かしている。シミひとつない白肌が、照れからか赤く染まっている。

 

 

 

「先に寝室でお待ちしています」

 

 

 

 イーリスが嬉しそうに寝室へと向かう。

 

 

 

 リーマンショックを超える衝撃体験が始まろうとしていた。




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第一章 ~『初夜に爆睡する銀行員』~

 寝室に入ると、室内は薄暗く状況が伺えない。かろうじてベッドがある場所は分かる。キングサイズのベッドで、前国王が俺たちの新婚祝いに用意した特注品だった。

 

 

 

 布団を捲り、ベッドの中に入る。隣に人の気配を感じる。振り向くとイーリスが俺の方をじっと見つめていた。

 

 

 

「お父様から頂いたこのベッド、使うのははじめてですね」

 

「そうだな」

 

 

 

 手を伸ばせば届く距離に、絶世の美少女の顔がある。息遣いが聞こえるこの距離で見ると、如何にイーリスの顔が整っているかが分かった。

 

 

 

 この世界の人間は、この顔がブザイクに見えるという。

 

 

 

 俺、本当に日本人で良かったよ!

 

 

 

「旦那様の髪、とても綺麗」

 

 

 

 イーリスが俺の頭に触れる。碌に手入れもしていないボサボサ頭を、愛でるようにゆっくりと撫でる。

 

 

 

「旦那様はどうしてこれほどの美丈夫でありながら、私を選んでくれたのですか?」

 

 

 

 美人で性格が良くで金持ちで権力まであって俺を養ってくれるから、とはさすがに言えない。

 

 

 

「感情に理由なんて関係ないだろ」

 

「私は不安なんです」

 

「不安?」

 

「これは旦那様の復讐なんじゃないかと」

 

 

 

 イーリスが俺の手を掴んで、胸元へと持っていく。

 

 

 

「私の手が震えているのが分かりますか」

 

「ああ」

 

「毎日毎日不安になるんです。今日こそ旦那様に捨てられるんじゃないかって」

 

「いや、捨てるなら何のために結婚したんだよ」

 

「私への復讐のために結婚したのではないのですか?」

 

 

 

 一度持ち上げてから落とすためにと、イーリスは口にする。彼女は幸せの絶頂からどん底へ落とされる辛さを知っていた。今まで何度もそういった経験を重ねてきた。

 

 

 

 唐沢に捨てられたなら、絶対に立ちなれないと不安げな眼差しを向ける。目尻には涙が溜まっている。

 

 

 

「そもそも復讐って何のために? 俺はイーリスに恨みなんてないぞ」

 

「お優しい旦那様はそう言ってくれます。ですが私は旦那様を無実の罪で傷つけてしまった。それなのに贖罪するどころか、私に幸せまで与えてくれました」

 

 

 

 イーリスの瞳から涙が溢れ、枕を濡らしていく。

 

 

 

 俺は完全に忘れていたが、イーリスはいまだに出会った時のことを覚えていたらしい。

 

 

 

 別に気にしなくても良いのに、とも思うが、客観的に考えてみると、俺は拉致監禁された上に殴られまでしたのだ。

 

 

 

 普通の人間なら一生忘れられない思い出になっていてもおかしくない。

 

 

 

「まぁ気にするな。時間が経てば、そんなこともあったなと思い出になるさ」

 

 

 

 イーリスは泣き続けていた。鳴き声に耳が慣れた頃、実に最低なことをしてしまう。長時間労働による疲労と睡眠不足のせいで、一人先に寝てしまったのだ。

 

 

 

 目を覚ましたのは、翌日の昼頃だった。城内がざわついており、起こされてしまったのだ。

 

 

 

「唐沢君、ここにおったか! 大変なことが起きた!」

 

「ブス姫、初夜を逃すとでもニュースが流れたか」

 

「冗談を言うとる場合かっ! 魔王軍の侵略が始まったのじゃ!」




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第二章 ~『弱みに付け込む』~

 どのテレビチャンネルを付けても魔王軍の侵略を報じていた。このまま進行すれば一週間以内には全面戦争が始まると、報道員が危機感を煽っている。

 

 

 

「うちの国じゃないじゃん」

 

 

 

 侵略されているのはサイゼ王国の隣国、コスコ公国だった。

 

 

 

 前国王から報告を受けたときは、魔王放送局買収の腹いせに侵略してきたのかと焦ったが、杞憂で終わって何よりである。

 

 

 

「旦那様、コスコ公国が侵略されるのは少々マズイかもしれません」

 

「国境の問題か……」

 

 

 

 現在魔王領とサイゼ王国は国境が接していない。だから魔王軍がサイゼ王国を攻める場合は、橋頭保となる国を占領する必要がある。

 

 

 

 だからコスコ公国が魔王領に占領されれば、サイゼ王国にとって国防上の問題が生じるのである。

 

 

 

「魔王軍って色々な国に侵略しているけど、そんなに強いのか?」

 

「強いです」

 

 

 

 魔王領には豊富な鉱山資源があり、輸出で大儲けしている。さらに占領した国から金品を奪い取っている。

 

 

 

 この世界では課金額と強さが比例する。資産を豊富に持つ魔王軍は強力な課金兵を何人も生み出しているのだという。

 

 

 

「コスコ公国はどうなんだ?」

 

「昔は大国でしたが、今では落ちぶれた弱小国家です」

 

 

 

 大国だった時の資産のおかげで何とか亡国を免れているが、主要産業は何もなく、赤字を垂れ流している。

 

 

 

「コスコ公国に主要産業はないんだよな。なら魔王領が侵略する理由は、やはり大国時代の貯金狙いか」

 

「不動産や企業債権など、資産は豊富ですからね」

 

「俺たちとしてはコスコ公国に戦争で負けてもらうと困るんだがな」

 

 

 

 ただし勝たれても困る。ほどほどに疲弊してくれるのが最良だ。

 

 

 

「国王様!」

 

 

 

 衛兵の一人が俺のもとへ近づき、耳打ちをする。俺は笑いを堪えられず、口元を歪ませる。

 

 

 

「何か良い知らせでもありましたか?」

 

「ああ。鴨がネギを背負ってきた」

 

 

 

 コスコ公国の使者が俺の経営するファンドに融資を頼みにきたのである。

 

 

 

 俺は企業買収や資金調達のアドバイザーなど、投資銀行業務を色々と経験してきた。だが多岐にわたる業務の中でも、資金に困っている会社の足元を見て、債権や株式を買い漁るハイエナ業務を最も得意としていた。

 

 

 

「腕が鳴るぜっ」

 

 

 

 銀行は晴れの日に傘を貸し、雨の日に取り上げるというが、俺はコスコ公国から傘だけでなく身ぐるみをも剥いでしまうつもりだった。

 

 ○

 

 コスコ公国の使者として現れたのは、国を治めるコスコ公爵自身だった。コスコ公爵は今回資金を得られるかどうかが、国の将来を左右するとまで考えていた。

 

 

 

「遅いな……」

 

 

 

 王の間に通されたコスコ公爵は出された紅茶を口にする。旨いが、今は味を楽しんでいる余裕はない。

 

 

 

 コスコ公爵はサイゼ王国を罠に嵌めようと考えていた。上手くいけば大金を稼ぎ、魔王軍との戦いを回避することができるかもしれない。

 

 

 

「待たせたな」

 

 

 

 唐沢がコスコ公国の前に姿を現す。黒髪、、黒目の美丈夫だ。隣には銀髪のイーリス姫の姿もある。噂通りの醜さだ。

 

 

 

 こんなブスと結婚する。自分なら絶対に嫌だと、コスコ公爵は内心思う。

 

 

 

 だがそれ故に唐沢が恐ろしかった。

 

 

 

 コスコ公爵は唐沢が国王の座を手に入れるため結婚したのだと考えていた。目的のためなら生き地獄のような結婚生活も許容できる男。油断はできない。

 

 

 

「唐沢国王、本日は急な訪問申し訳ない」

 

「詫びは良い。それよりも用件を教えてくれ」

 

「我が国に資金を提供してほしい」

 

 

 

 融資でも構わないし、資産を購入して貰う形でも良いと、コスコ公爵は続ける。

 

 

 

「融資は担保があれば構わない。資産の購入は良いモノがあればだな」

 

「なら資産の購入で進めましょう。こちらがリストになります」

 

 

 

 コスコ公爵としては融資より資産を購入して貰いたかった。上手く話が進みよかったと、内心安堵する。

 

 

 

「リストの内容は企業の債権、奴隷の権利、あとは……ダンジョンの経営権なんかもあるのか!」

 

 

 

 企業の債権とは、国営銀行が企業に融資した借金の権利であり、唐沢が債権を買えば、その会社から借金を返してもらうことができる。

 

 

 

「まず企業の債権から聞きたいのだが、なぜ自分で回収しない」

 

「ご存知の通り我々は魔王軍と緊張状態にあります。そのため債権回収するための人手と時間が足らないのです。特に時間はサイゼ王国にまとめて買ってもらえるなら、かなり短縮されますから」

 

「へぇ~」

 

 

 

 唐沢がニヤニヤと嫌らしく笑う。罠に気づかれたかもしれないと、心臓が早鐘を打つ。

 

 

 

「次は奴隷の権利だ。リストを見たところ若者が多いし、これから戦争なら人手も必要だろう」

 

「戦争で使える人材に育てるには時間が必要です。我々には時間がありませんから」

 

「ふ~ん」

 

 

 

 唐沢は笑うのを止めない。まるで子供の可愛い悪戯を眺める親のような顔だ。

 

 

 

「最後にダンジョンの経営権だな。かなりの収益率だが、本当に良いのか?」

 

「はい。我々は月々得られるはした金よりも、戦争のための大金が欲しい」

 

 

 

 ダンジョンに挑戦する冒険者から入場料を貰うことができるダンジョン経営権は、資産としてかなり魅力的なはずだ。

 

 

 

 これなら納得するはずだと唐沢の顔を見るが、目を細めて何かを考え込んでいる。

 

 

 

「どうです! 良い商品ばかりでしょう!」

 

「素敵な商品ばかりだな」

 

「なら購入していただけますね?」

 

「良いだろう、買ってやる」

 

 

 

 コスコ公爵はこぶしを握り締める。罠に嵌めることに成功したのだ。

 

 

 

「ただしいくらで買うかは資産の算定を行ってからだな」

 

「算定であれば、我々の方で調べてあります。リストに価格を記載してあるでしょう」

 

「そうだな。だが俺も調べておきたい」

 

「我々を信用していないのですか?」

 

「信用しているさ。だからこその保険だ。人間誰しもミスはある。我々が調査をすれば、価格の信頼度も増すだろう」

 

「……分かりました。ただし早急にお願いします」

 

「数日もあれば算定するさ。分かり次第、連絡する」

 

 

 

 コスコ公爵は渋々納得し、席を立つ。公爵が仕込んだ罠は数日調べた程度で分かるようなものじゃない。

 

 

 

 あの生意気なサイゼ国王の泣き顔を見るのが楽しみだと、コスコ公爵は笑うのだった。




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第二章 ~『確率判定します』~

 リストを受け取った俺は、奴隷たちを会議室に集めた。彼らにリスト内容の価格査定をして貰うためだった。

 

 

 

 ただリストの資産をすべて入念に調査することは難しい。時間の割き方を工夫する必要がある。

 

 

 

「というわけで、リーゼにはこのリストを価格通りに勝った場合に損する確率を算出して欲しい」

 

 

 

 リーゼは『確率判定魔法』を保持している。これを使えば事象の確率を知ることができるのだ。

 

 

 

「……嫌です」

 

 

 

 ただ俺の頼みをリーゼは一蹴する。

 

 

 

「あなたは妹を探すと言いましたが、見つかる様子がありません。本当に探しているのですか?」

 

「部下に命じて探させている。だが奴隷は数が多い。そう簡単には見つからない」

 

 

 

 サイゼ王国内にいれば、国王アプリで探すこともできるが、他国の奴隷を探すには、地道に探していくしかない。

 

 

 

「それに今回のリストの中には奴隷もいる。もしかすると妹がいるかもしれないぞ」

 

「……確率的には一パーセント以下ですよ」

 

「だがゼロではないんだろ」

 

 

 

 なら調査してみる価値はあるのではないかと、説得する。

 

 

 

「仕方ありませんね。調べてあげます」

 

 

 

 リーゼが価格通りで問題ない資産と、問題がある資産を切り分けていく。

 

 

 

「損する確率が二割を超えている資産と、それ以外に分けました。前者は価格通りで購入しても問題ないです」

 

「助かる」

 

 

 

 分別された資産を見ると、問題がある資産は全体の一割以下だった。だが問題のある資産の損をする確率はすべて九割を超えている。

 

 

 

「良質な資産の中に、粗悪品を混ぜているわけか。やることがセコイな」

 

 

 

 バブル崩壊後の日本でも債権売買時に利用された方法だ。限られた時間の中ではすべての資産を調べることができないため、一部抽出して調査することを逆手に取った手法だった。

 

 

 

「良質な資産だけ購入しますか?」

 

「それだと売ってくれないだろ」

 

 

 

 コスコ公国の狙いはいくつかあるのだろうが、粗悪な資産をなくすことも理由の一つのはずだ。

 

 

 

「例えばこの企業債権、不正の匂いがプンプンする」

 

「不正ですか?」

 

「この会社、売り上げなんてほとんどないのに、金貨一万枚も融資して貰っている。調べてみると、この会社の経営者はコスコ公爵の従妹だ」

 

 

 

 ちなみに融資されたお金の出所は国民の税金だ。

 

 

 

「つまり税金を融資という形でポケットマネーに変換しているのさ」

 

 

 

 もしこんなのが明るみになれば、公爵の地位は揺らぐ。俺に売却することで闇に葬りたいのだ。

 

 

 

「さて問題のある資産を早速調査するか。お前たちは企業債権と奴隷を調査してくれ」

 

「ダンジョンの調査はどうするのですか?」

 

「それは俺がやる」

 

 

 

 ダンジョンを選んだのには理由がある。

 

 

 

 ダンジョン探索のようなRPGっぽいことを一度やってみたいと思っていたのだ。課金パワーでモンスターどもをボコボコにするのが楽しみである。




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第二章 ~『出張費用』~

 リストにあるダンジョンを調査するため、俺はコスコ公国へ向かった。コスコ公国への移動は飛行船を利用した。『転移魔法』が使えれば便利なのだが、一度行ったことがある場所にしか行けない制約があるため、今回は利用できなかった。

 

 

 

「良い景色ですね」

 

 

 

 イーリスは飛行船の窓から、楽しそうに景色を眺めている。

 

 

 

「思えば二人で遠出するのも初めてだな」

 

「新婚旅行ですね!」

 

 

 

 イーリスは嬉しそうに答える。

 

 

 

 言われてみれば結婚したのに、新婚旅行に行ってない。

 

 

 

 何だか自分が最低の夫な気がしてきた。

 

 

 

「今回はダンジョンの調査がメインだからな。新婚旅行もまた行こう」

 

「はい。楽しみにしています」

 

 

 

 飛行船の一番グレードの高い席を予約しただけあり、快適な空の旅を楽しめていた。

 

 

 

 外資系投資銀行で働いていたときのことを思い出す。

 

 

 

 俺が勤務していた会社では、マネジングディレクターになると、出張にファーストクラスを使えるようになる。

 

 

 

 機内食はマズイと良く言われているが、ファーストクラスの機内食は高級レストラン顔負けの味だ。景色を眺めながら食べた子羊のステーキの味は今でも思い出せる。

 

 

 

 ちなみにだが、外資系投資銀行では新入社員でもビジネスクラスで出張させて貰える。ビジネスクラスの移動はファーストクラスに劣るモノの中々に快適だ。学生時代は平気だったのに、ビジネスに慣れてしまったせいで、エコノミーに耐えられなくなる社員も多いと聞く。

 

 

 

 他にも空の旅で思いつく福利厚生といえば、実家への帰省についてだ。

 

 

 

 ニューヨークに勤務していた頃、一年間に三度までなら実家への飛行機代を会社が負担してくれる制度があった。

 

 

 

 ちなみに実家への帰省も、マネジングディレクターならファーストクラス、それ以外でもビジネスクラスに乗ることができる。ニューヨークから東京まではファーストクラスなら二〇〇万円ほどかかる。それが無料になるのだから、なんとありがたい話だと会社に感謝したものだ。

 

 

 

「そろそろ到着するようですね」

 

 

 

 飛行船は予定通りの時刻に到着した。飛行場からダンジョンまでは車で移動する。ちなみに車を動かすエネルギーは、サイゼ王国で採れる魔法石だ。

 

 

 

「まるで水族館のような建物だな」

 

 

 

 建物の一階や二階は観光施設になっていた。強化ガラスの中で、ダンジョンで出現するモンスターたちが見世物にされている。

 

 

「ダンジョンは地下に生成されるんだな」

 

 

 

 ダンジョン内には凶悪なモンスターが跋扈しており、冒険者を襲うのだと施設内の説明書きに書かれている。

 

 

 

 ダンジョンに入るためには金貨一〇〇枚の入場料を払わなければならない。だが冒険者は金貨一〇〇枚を払ってでもダンジョンを攻略しようとする。

 

 

 

 それには理由があった。ダンジョンの最深部にはダンジョンマスターがおり、そいつはレアな魔道具を保持しているのだ。

 

 

 

 ダンジョンマスターは強力なモンスターだが、もし倒してレア魔道具を手に入れれば、一生遊んで暮らすことも夢ではない。

 

 

 

 一攫千金を夢見る冒険者が集う場所。それがダンジョンなのである。

 

 

 

「さて早速攻略しますか」

 

 

 

 俺とイーリス、二人分の入場料を払い、ダンジョンへと進む。楽しい楽しい冒険が始まるのである。



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第二章 ~『ダンジョン探索』~

 ダンジョンは薄暗い洞窟で、少し肌寒い。最下層にダンジョンマスターが存在するため、下の階にどんどんと降りていく。

 

 

 

 一階ではスライムが現れ、下の階層に進むほど強い敵が現れる。地下一五階まで到達した俺の前には火を吐くドラゴンがいた。

 

 

 

 課金アプリでステータスを確認してみる。モンスター相手でも確認できるのはありがたい。良い買い物をした。

 

 

 

――――――――――

 

名前:火龍

 

評価:D

 

称号:火龍の子供

 

魔法:

 

・火炎

 

スキル:

 

・なし

 

能力値:

 

 【体力】:140

 

 【魔力】:150

 

 【速度】:130

 

 【攻撃】:150

 

 【防御】:130

 

――――――――――

 

 

 

 イーリスでも楽に勝てるステータスだ。俺はデコピンで火龍の体を吹き飛ばす。火龍は粉微塵になってしまった。

 

 

 

「想像していたダンジョン攻略と違うな」

 

 

 

 俺より強いとは言わないが、互角の戦いができるモンスターたちが襲ってくると思っていた。

 

 

 

「正直ちょろすぎて楽しくない」

 

「旦那様はお強い方ですからね」

 

 

 

 イーリスはニコニコと笑いながら、俺の後ろを付いてくる。

 

 

 

 まるでピクニックに来ているような気分だ。緊張感がまるでない。

 

 

 

「もしかすると魔王もデコピンで倒せるかもな」

 

 

 

 魔王がデコピンで死んだら興ざめだけどな。

 

 

 

「旦那様、金貨を回収しないと」

 

「あ、ああ。そうだったな」

 

 

 

 モンスターは倒すと金貨を落とす。俺が金貨に触れると、金貨は塵となって消え、スマホに金貨百枚を手に入れましたと表示される。

 

 

 

「デコピンで百万円か。ボロイ商売だな」

 

「旦那様が特別なのです。普通はこう上手くいきません」

 

「そうなの?」

 

「はい。子供とはいえ、火龍ですから、普通なら討伐隊を結成し、数十名でようやく倒せるレベルの強敵ですよ」

 

 

 

 俺やイーリスは課金しているから勝てるのであって、無課金なら易々と勝てる相手ではない。

 

 

 

 一階でスライムなどの雑魚を倒し、金を稼いで強くなる。そうして地道に攻略するのがダンジョンなのだという。

 

 

 

 この世界、貧乏人の人生難易度高すぎだろ。

 

 

 

「この調子なら最下層までたどり着けそうだな」

 

 

 

 俺たちはダンジョンの下の階層を目指していく。結局最下層にたどり着くまで、すべてのモンスターをデコピンだけで倒すことができた。

 

 

 

「ダンジョンマスターはせめてデコピンに耐えられる程度の強さが欲しいな」

 

 

 

 最下層を探索していく。火龍やリザードマンなど、雑魚どもが襲ってくるが、すべてデコピンで倒していく。

 

 

 

「ここがダンジョンマスターのいる場所ですね」

 

 

 

 眼前には三メートル程の高さがある大きな扉があった。

 

 

 

 扉を押してみるが、動く気配はない。鍵がかけられているようだ。

 

 

 

「おかしいですね。ダンジョンマスターへの扉は、常に開けられているはずなのに」

 

「普通ではない事態が起きているという訳か」

 

 

 

 リーゼの魔法のおかげで、このダンジョンの経営権を提示された金額で購入すれば損をするということが分かっている。

 

 

 

 損をする理由が、扉が開かないことと無関係だとは思えなかった。

 

 

 

「開かないなら無理矢理こじ開けるか」

 

 

 

 扉を押してみるが、ビクともしない。デコピンで叩いてみるが、それでも壊れない。

 

 

 

「仕方ないな、少し軽めに殴ってみるか」

 

 

 

 俺は腕を振り上げ、拳を扉に叩き付けた。衝撃音と共に、扉が吹き飛ばされる。

 

 

 

 ダンジョン探索、はじめて真面目に攻撃したのが、モンスターではなく、扉だったという事実になんだか笑えてくる。

 

 

 

「ダンジョンマスターが扉より強いと良いのだけどな」

 

 

 

 部屋の中に入ると、そこにはただ広い空間があるだけだった。ダンジョンマスターの姿はない。

 

 

 

「旦那様、この扉少しおかしいです」

 

 

 

 壊した扉を見ると、人の手で溶接された跡があった。

 

 

 

「なるほどな。このダンジョンはすでに攻略済みだった訳だ」

 

 

 

 冒険者たちはダンジョンマスターを倒すことを目的に探索をしている。ならそのダンジョンマスターがいなくなればどうか。当然ダンジョンとしての価値はなくなる。

 

 

 

 つまりコスコ公国は攻略済みのダンジョンを、あたかも攻略されていないように装い、営業を続けていたのだ。

 

 

 

「もし冒険者がここまでたどり着いていたら、どうするつもりだったのでしょうか?」

 

「扉が開かないからばれないと考えたんだろ」

 

 

 

 火龍すら吹き飛ばす俺のデコピンでも壊れなかったのだ。並の冒険者ではこの扉を開けられない。

 

 

 

「そろそろリーゼたちの調査も終わっているだろうし、サイゼ王国に戻るか」

 

 

 

 俺のダンジョン初体験は最低の気分で終わった。この気持ちの責任はコスコ公爵に取らせてやる。




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第二章 ~『不良債権買いたたきます』~

 俺とイーリスはコスコ公爵の館へと訪れていた。館はバロック建築のような様相で、派手派手しい見た目が、来客を委縮させる。

 

 

 

「馬鹿と成金は派手なのが好きだというが……」

 

 

 

 館の中に入ると、金の彫像が並べられている。歴代の公爵の顔を模したモノだ。コスコ公爵の彫像もあるが、最も大きく、自己顕示欲の高さが伺えた。

 

 

 

 この彫像や館を売却すれば、少しは金になるだろうに。あのセコイ男がポケットマネーを削るような真似は絶対にしないだろうけど。

 

 

 

「ようこそ、サイゼ国王! どうぞこちらへ」

 

 

 

 案内された貴賓室は黒塗りのソファが並べられ、壁には絵がかけられている。ソファに腰かけ、何気なく絵を見ていると、

 

 

 

「この絵が気になりますかな」

 

 

 

 と、コスコ公爵が訊ねてきた。

 

 

 

「この絵は館のひまわりを描いたものです」

 

「へぇ~」

 

「ちなみに私が描いた絵なのですよ」

 

「それは凄い」

 

 

 

 あまりに下手な絵なので子供が描いたのかと思った。もちろん口にしないが。

 

 

 

「さて本日の用件は、資産の買い取りの件だと思ってよろしいですか?」

 

「ああ」

 

 

 

 俺は資産と購入金額を記載したリストを手渡す。そのリストは価格が高い順に並べられている。

 

 

 

 コスコ公爵は満足した表情を浮かべながら、読み進めていく。だが後ろに行くに連れて、怒りが顔に現れていく。

 

 

 

「なんですか、これは!」

 

「何を怒っているんだ? 俺は正当な価格を付けただけだぞ」

 

「馬鹿を言うな! 資産の一割近くが銅貨一枚になっているじゃないか!」

 

「それがその資産の価値なんだから仕方あるまい」

 

 

 

 俺はわざと挑発するように口元を歪める。

 

 

 

「例えばこのダンジョン経営権、普通なら金貨一万枚はするはずだ!」

 

「ダンジョンマスターがいればな」

 

 

 

 俺の台詞にコスコ公爵の顔が青ざめる。

 

 

 

「な、なにを言って……」

 

「とぼけても無駄だ。俺が直接この眼で見てきたんだからな」

 

「あのダンジョンを攻略したというのか!」

 

「ああ。楽勝だったぞ」

 

 

 

 俺がデコピンでダンジョンを攻略したことを話すと、コスコ公爵は驚きで目を見開く。

 

 

 

「あのダンジョンの難易度はランクBだぞっ」

 

 

 

 コスコ公爵が語るには、俺が攻略したダンジョンの難易度は、かなり高いのだそうだ。難攻不落のダンジョンだと、冒険者の間では噂になっていたらしい。

 

 

 

「他にも問題点を挙げてやろうか」

 

 

 

 例えば奴隷の権利だ。調べてみると銀髪の奴隷や魔人の奴隷がかなり混ざっている。もちろん渡されたリストに、その注意書きはない。リーゼたちが自分の足で見つけてくれた情報だった。

 

 

 

「企業債権も問題ある会社ばかりで回収の見込みは薄い。だから銅貨一枚にしている」

 

 

 

 回収できなければ、そのまま俺の損になる。銅貨一枚なら、最悪債権放棄しても良い。

 

 

 

「だが銅貨一枚はいくらなんでも酷いのではないか!」

 

「もっと高い金額を付けることは可能だ」

 

「ならば、是非ともそうしてくれ」

 

「だがそのためにはより詳細な調査の時間が必要だ」

 

 

 

 コスコ公爵は魔王軍との戦争のために金が必要なのだ。資金を得るのに時間がかかるのでは本末転倒だ。

 

 

 

「さらにもう一つ。不良品を掴まされるリスクがあるんだ。その場合のリスクは君にとってもらうぞ」

 

 

 

 購入した後のリスク保証は企業買収などで良く結ばれる契約だ。買収した後で不正が発覚して株価が暴落したり、訴えられたりした場合、それによって生じた損失を売り手側に保証してもらうというものだ。

 

 

 

「そんな契約結べるわけがない!」

 

 

 

 コスコ公爵は不良品を押し付けようとしているのだ。中には犯罪に使用されたものなどもある。可能性は低いだろうが、もし明るみになれば、その損失をすべてカバーすることになる。

 

 

 

「話を戻そう。そのリストに書いてある通りの値段なら、リスク保障なしで買っても良い」

 

 

 

 リーゼたちの調査のおかげもあり、買収した場合のリスクは洗い出せている。もし不正が明るみになったとしても、銅貨一枚で手に入るメリットと天秤に賭けたなら購入する価値はある。

 

 

 

 一方コスコ公爵側も自分の不正を闇に葬れるチャンスなのだ。それに俺はリストすべてがセットでなければ購入するつもりはない。売るしか選択肢がないのだ。

 

 

 

「わ、分かった。この価格で売ろう」

 

「契約成立だな」

 

 

 

 俺は勝ち誇った表情を浮かべながら、公爵の館を後にする。だがこの時の俺は気づいていなかった。公爵が俯きながら笑いを浮かべていることに。




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第二章 ~『もう一つの価値観』~

コスコ公爵の館を後にした俺は、サイゼ王国に帰還していた。イーリスと共に談話室で紅茶を飲みながら、リストの資産をどう処分するか考えていた。

 

 

 

「価値ある資産ならどうとでも処理できるんだが、不良資産は色々と考えないといけないな」

 

 

 

 特に奴隷は保持しているだけで維持費がかかる。早急にどうにかする必要があるのだが。

 

 

 

「銀髪奴隷以外はすべて売れたんだがな」

 

 

 

 奴隷商人に奴隷の権利を買い取ってくれないかとお願いしてみると、リストのほとんどの奴隷に対して快い返事をくれた。

 

 

 

 しかし銀髪の奴隷は売り物にならない上に維持費も必要になるので、無料でも買い取ることはできないと断られてしまったのだ。

 

 

 

「もし私が奴隷になっても誰も購入してくれないのでしょうね」

 

 

 

 イーリスが寂しそうに声を漏らす。

 

 

 

「いや、俺ならイーリスが捨て値で売られていたら買うぞ」

 

「やはり旦那様は素敵です……」

 

 

 

 隣に座るイーリスが俺に寄り添うように体を預ける。

 

 

 

 顔を伺うと、幸せそうに微笑んでいる。イーリスの胸が軽く肘に当たって、俺も嬉しい。

 

 

 

けれど何だか感触がおかしい。柔らかいのだけど、柔らかくない。無理矢理押しつぶされたゴム球に触れたような感触だ。

 

 

 

 イーリスの胸部を盗み見る。膨らんではいるが、さほど大きいわけでもなく、さりとて小さい訳でもない。

 

 

 

「イーリス、セクハラになるんだけど聞きたいから聞いていい?」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「胸にさらしとか巻いてない?」

 

 

 

 俺がそう訊ねると、イーリスの顔が真っ青に変わる。額からは玉の汗が流れていた。

 

 

 

「理由は何となく予想がつくよ。胸は小さい方が美しんだろ?」

 

 

 

 髪の色でおかしな価値観があるのだ。胸に対する独特の価値観があっても不思議ではない。

 

 

 

「はい……黙っていてすいません。旦那様に嫌われたくなくて」

 

「気にしてない。というより嬉しい。俺、でかい方が好きだし」

 

 

 

 貧乳なんてロリコンにしか受けない邪道なコンテンツだ。王者である俺は常に王道を好む。

 

 

 

「旦那様はさらしを巻かない方がお好きなのですね?」

 

「ああ。俺はありのままの方が好きだ」

 

 

 

 ありのままの姿を見せるため、イーリスは上着を脱ぎ始める。俺がいるのに躊躇いはない。

 

 

 

 というか、ここで脱ぐのかよ!

 

 

 

「別の部屋で脱いだ方がいいんじゃないか?」

 

「旦那様しかいらっしゃいませんし、ここでも問題ありません」

 

「イーリスが良いのであれば、俺は構わんがな」

 

 

 

 紳士的な俺は目を反らして、見ないようにする。布ずれする音が妙に俺を興奮させた。

 

 

 

「どうでしょうか?」

 

「なんだこれはっ!」

 

 

 

 さらしを外したイーリスの胸は俺の拳より二回り大きい。胸部が白いブラウスを圧迫し、今にも釦が弾け飛びそうだ。

 

 

 

「や、やっぱり私の体、醜いですよね」

 

「そんなことはない。最高だ」

 

 

 

 やはり俺の目に狂いはなかった。イーリスと結婚してよかった。

 

 

 

「さて話を戻そう。銀髪奴隷なんだが使い道は考えている」

 

「他に買い手の心当たりがあるのですか?」

 

「いや、そうではない。奴隷たちにはダンジョン攻略をしてもらうつもりだ」

 

 

 

 ダンジョンの経営権だが、すでに攻略済みであるダンジョンは閉鎖しなければならない。だが閉鎖してそれで終わりであれば、わざわざ買った意味はない。

 

 

 

「ダンジョンマスターがいなくてもモンスターは現れるからな。奴隷たちにはモンスターを狩ってもらい、そこで得られた金を俺に貢いでもらう」

 

「もし炎龍を狩れるようになれば、毎月の収入はかなりのものになりますね」

 

「そのためにも得られた金の半分は俺に払ってもらうが、残りの半分は奴隷たちに渡すつもりだ。課金して強くならないと下の階層にはいけないからな」

 

 

 

 そして俺にはもう一つの狙いがあった。

 

 

 

 サイゼ王国は魔王領と国境が面していない。そのおかげで現状無事であるが、今のままの軍事力ではもし戦争になった時に蹂躙されてしまう。

 

 

 

 優秀な兵士は一人でも多く欲しい。ダンジョンで実戦経験を積んだ奴隷たちは貴重な戦力になるだろう。




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第二章 ~『嵌められた銀行員』~

 俺はダンジョンに銀髪奴隷たちを集めていた。荒んだ目で俺とイーリスを見つめている。

 

 

 

「集まってもらったのは他でもない。これから君たちにはダンジョンを攻略してもらう」

 

 

 

 銀髪奴隷たちの間にざわめきが生じる。

 

 

 

「言わせて頂きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 

 

 銀髪の大男が手を挙げる。

 

 

 

「いいぞ、なんでもいえ」

 

「我々奴隷は課金をしていません。つまり戦闘力は皆無に近い。その状態でダンジョンへ

 

挑むということは我々に死ねと言っているのですか」

 

 

 

 大男の発言で、銀髪奴隷たちから非難の視線が向けられる。

 

 

 

「殺すならこんな面倒なことはしない」

 

「なら炎龍やリザードマンと戦って勝てと!」

 

「そこについては説明する」

 

 

 

 報酬の半分を課金して貰って構わないという話と、課金なしでも地下一階のスライムなら勝てることを伝える。

 

 

 

 銀髪奴隷たちの間に笑顔が浮かび始める。

 

 

 

「納得してもらえたか」

 

「話は分かりました。ですが一点だけお願いしたいことがあります」

 

「なんだ?」

 

「私には妹がおります。体が弱く、スライム相手でも殺される可能性があります。妹の分も私が働きますので、ダンジョン探索を免除してもらえないでしょうか」

 

「それは構わないが……その妹とやらはどこにいる」

 

「こちらに」

 

 

 

 銀髪の大男が、一人の少女を紹介する。銀色の髪と銀色の瞳、そして頭には角が生えていた。

 

 

 

 顔には至る所に切り傷がある。人が意図して切った傷跡だった。

 

 

 

「この傷はどうした?」

 

「妹が魔人であるからという理由で、奴隷商人に痛めつけられたのです」

 

 

 

 自分の商品を傷めつけるとは商人の風上にも置けないな。

 

 

 

「妹が魔人なら、兄である君も魔人なのか?」

 

「私は違います」

 

「どういうことだ?」

 

「妹と申しましたが、妹のような関係でして、知り合ったのは互いが奴隷になった後なのです」

 

 

 

 見ず知らずの少女を守るために倍働くと男は言うのだ。

 

 

 

 こいつ良い奴だな。

 

 

 

 こういう善良な奴は忠義のために働く。恩を売っておけば、将来倍になって返ってくるはずだ。

 

 

 

「よし特別サービスだ。奴隷からも解放してやる」

 

「よろしいのですかっ!」

 

「ついでにオマケだ。その傷も治してやる」

 

 

 

 俺は課金アプリを立ち上げ、『回復魔法』を購入する。それほど高位の魔法ではないので、価格はさほど高くない。といっても金貨百枚、つまり百万円である。それでも今後の治療費などを考慮すれば、格安といえる。

 

 

 

「顔をこちらに向けろ」

 

 

 

 少女は言われるがままに顔を俺へと向ける。傷跡に手を当て、魔力を込める。みるみるうちに、傷が消えていった。

 

 

 

「これで顔の傷もなおったな」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「礼は働きで返してくれ」

 

「国王様のお役に立てるよう懸命に働きます」

 

 

 

 銀髪の大男が地面に頭をつけるような勢いで首を垂れる。この男の誠実な態度を見ていると、ついつい助けの手を差し出したくなってしまう。もちろん忠誠心を高めるという打算の上での行動だ。

 

 

 

「君の妹の本当の家族については分かっているのか?」

 

「いいえ。昔辛いことがあったようで、妹は話すことができませんから」

 

「ならば俺が探してやろう」

 

「本当ですか!」

 

 

 

 課金アプリを立ち上げる。ステータスを見れば、名前が分かるはずである。

 

 

 

――――――――――

 

名前:レイリス・ド・ラザリック

 

評価:G

 

称号:魔界十六貴族の一人娘

 

魔法:

 

・なし

 

スキル:

 

・なし

 

能力値:

 

 【体力】:1

 

 【魔力】:1

 

 【速度】:1

 

 【攻撃】:1

 

 【防御】:1

 

拡張機能:

 

・唐沢への愛情(ランクG)

 

――――――――――

 

 

 

「レイリスという名前だそうだぞ。それに魔界十六貴族の一人娘でもあるそうだ」

 

 

 

 俺は口にした言葉の違和感に気づいた。

 

 

 

 魔界十六貴族の一人娘が奴隷になっている。

 

 

 

 借金奴隷。ありえない。相手は貴族だ。

 

 

 

 戦争奴隷。この年齢とステータスで戦場へ送られるわけがない。

 

 

 

 犯罪奴隷。そもそも法が適用される年齢ではない。

 

 

 

 ならばなぜ奴隷の身分に堕ちているのか。可能性がもっとも高いのはリーゼと同じ誘拐で無理矢理奴隷にされることだ。

 

 

 

 そう考えると、貴族でありながらこれほどに貧弱なステータスであることにも納得がいく。課金は自分の意思で行う必要があるため、物心付く前に誘拐されたのであれば、無課金のままであるからだ。

 

 

 

 俺には今後の展開が予想できた。

 

 

 

 誘拐された子供の居場所を知る善意の第三者が、あいつが犯人だと密告するのだ。そうなれば子供を取られた親は怒り狂う。

 

 

 

「やばい、これ絶対やばいっ」

 

 

 

 スマホが震える。登録しておいたニュースアプリが新着情報を表示していた。

 

 

 

 画面には、魔王軍がコスコ公国と和平条約を結び、サイゼ王国に進軍していると表示されている。

 

 

 

 しかも進軍しているのは魔界十六貴族の中でも最強と名高いラザリック家だとも書かれている。

 

 

 

 ニュースの詳細を確認すると、ラザリック家のコメントが載っている。

 

 

 

「長年行方不明の娘がサイゼ国王に誘拐されていたことが判明した。私は必ず鉄槌を下す。正義は我にあり!」

 

 

 

 コメントに目を通した俺は乾いた笑いを漏らす。

 

 

 

 百戦錬磨の銀行員である俺が、コスコ公爵に嵌められてしまったのである。



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第二章 ~『魔王領最強の男』~

 魔王軍がサイゼ王国へ侵攻を初めて二日が過ぎた。だが魔王軍はいまだサイゼ王国の領土を踏んではいない。

 

 

 

 その理由は彼らがコスコ公国の領土内にあるダンジョンへと進軍しているからだ。ちなみにそのダンジョンとは現在俺がいるダンジョンである。

 

 

 

「魔王軍はなぜサイゼ王国ではなく、こちらに侵攻してくるのでしょうか?」

 

「それは俺のせいだな」

 

「旦那様のせい?」

 

「ラザリック家の一人娘はここにいると、魔王軍に噂を流したからな」

 

 

 

 サイゼ王国の領土に踏み込まれた時点で敗北だ。魔王軍の狙いが娘にあるのなら、こちらへ誘いだすことも可能だと思い、噂を流したのだ。

 

 

 

「成功確率は低いと思っていたんだがな」

 

 

 

 奴隷となった一人娘の救出はあくまで大義名分で、実際はサイゼ王国の魔法石が狙いなのだと考えていた。

 

 

 

 だが現在の魔王軍の侵攻を見る限り、本気で娘を助け出そうとしているらしい。

 

 

 

「親馬鹿というか何というか」

 

 

 

 軍隊を娘救出のために動かしたのだ。娘を如何に溺愛しているのかが見て取れる。

 

 

 

「優しくしといて良かった」

 

 

 

 コスコ公爵は俺が奴隷に重労働を課すと考えていたのだろう。そうなれば俺は悪逆の徒となる。

 

 

 

 だが俺は、ライザックの娘であるレイリスを奴隷から解放し、傷を治しまでしたのだ。彼女はきっと俺に対して悪い印象を抱いていないはずである。

 

 

 

 そのことをレイリスの口から説明してもらおう。そうなれば親馬鹿パパも娘のために矛を収めてくれるはずである。

 

 

 

「そろそろ到着する頃か」

 

 

 

 スマホで時間を確認する。侵攻速度から考えると、もう到着していても良い頃合いだ。

 

 

 

「旦那様、来たようですね」

 

 

 

 イーリスが指さした方向には、戦車が隊列を組んで進軍する姿があった。

 

 

 

 戦車の主砲は前方にいる俺たちへと向けられている。主砲が火を吹けば、周囲の建物が木っ端微塵になるはずだ。

 

 

 

 戦車が俺たちの前まで近づき、停車する。部隊の練度が高いことは、停止動作に微塵の乱れもないことから察せられた。

 

 

 

「魔界十六貴族のライザックはいるか!」

 

 

 

 俺が名を呼ぶと、先頭の戦車から白髪の老人が姿を現す。鋭い鷹のような瞳で俺を睨みつける。

 

 

 

 そういや白髪って、この世界だとどういう扱いなんだろう。

 

 

 

「イーリス、ちょっといいかな?」

 

「なんでしょう、旦那様」

 

「白髪ってこの世界だとイケメンなの? それともブサイクなの?」

 

「茶髪、金髪と同じく一般的な髪色ですね」

 

 

 

 銀髪だとブサメンなのに、白髪だとフツメンなのか。この世界の奴らの美的感覚が本当に理解できん。

 

 

 

「ちなみに禿げるとどうなの?」

 

「格好良くはないですね。ただ銀髪より、印象は悪くありません」

 

 

 

 ハゲより銀髪の方がひどいのか。恐ろしい世界だ。

 

 

 

「スキンヘッドのように髪が一切ないとどうなるの?」

 

「それだと美醜の判断ができませんね」

 

 

 

 スキンヘッドは、フルフェイスのヘルメットを被っているようなもので、顔が完全に見えない状態と同じような位置づけなのだそうである。

 

 

 

「イーリス、頼むからスキンヘッドにはしないでくれよ」

 

「はい。自ら髪を捨てることはファミレ神への冒涜になりますから」

 

 

 

 それなら良かった。スキンヘッドの美少女なんて、恋愛がばれた某アイドルくらいでしか見たことがないからな。

 

 

 

「この私、ギル・ド・ライザックを無視して、何をコソコソと話をしている!」

 

 

 

 ギルが怒りを含んだ声で怒鳴る。下手なヤクザよりも遥かに怖い。だが俺は能力値をカンストさせた男。俺より強い男なんて存在しないのだから、恐れる必要はない。

 

 

 

「貴様がサイゼ国王だなっ!」

 

「そうだっ」

 

「わが娘を返してもらおう」

 

 

 

 言われるまでもなく返すつもりだった俺は、ギルの元へと娘を連れて行こうとする。だが彼女は兄である銀髪の大男の背後に隠れたまま動こうとしない。

 

 

 

「レイリスよ! パパが迎えにきたぞっ」

 

 

 

 ギルが両手を広げて、レイリスが来るのを待つ。

 

 

 

「パパのことを忘れたのか? それとも奴隷として主人の元から離れるなと洗脳されているのか?」

 

 

 

 レイリスは奴隷として売られたときのトラウマのせいで話すことができない。そのことを知らないライザックは、顔を怒りで真っ赤に染めていく。

 

 

 

「無言の助けを求める声、確かにパパに伝わったぞ。この下郎を私の剣で叩き切って見せよう」

 

 

 

 ギルは腰の剣を抜く。銀色の刀身に陽光が反射し輝いて見えた。

 

 

 

 どうやらギルは、何も話すなと俺がレイリスに命じたと思い込んでいるようだ。

 

 

 

「ちょっと待て、話せばわかる」

 

「問答無用!」

 

 

 

 ギルは剣を上段に構える。隙なんて微塵もない。

 

 

 

 投資でもそうだが、何事にもまずは情報が必要だ。俺はスマホを取り出し、ギルのステータスを確認する。

 

 

 

――――――――――

 

名前:ギル・ド・ラザリック

 

評価:A

 

称号:魔界十六貴族

 

魔法:

 

・電撃魔法

 

スキル:

 

・剣術(ランクA)

 

・筋力強化(ランクB)

 

能力値:

 

 【体力】:900

 

 【魔力】:750

 

 【速度】:900

 

 【攻撃】:920

 

 【防御】:930

 

拡張機能:

 

・唐沢への愛情(ランクG)

 

――――――――――

 

 

 

 スマホ画面には今まで戦ったどんな敵よりも高いステータスが表示されていた。さすがは魔王領最強と名高いだけはある。

 

 

 

「もしかしたら俺より強いかもな」

 

 

 

 俺に僅かばかりの緊張感が生まれる。その隙を逃すほど、ギルは甘くなかった。構えていたギルの姿が消え、気づくと眼前に剣があった。

 

 

 

 襲い来る剣を、俺は人差し指を突き出して止める。指の先からは少しだけだが血が出ていた。

 

 

 

「馬鹿なっ! 指一本で止めるだと!」

 

「驚いているのは俺の方だよ」

 

 

 

 今度は俺の攻撃である。指二本によるデコピンを、ギルの肩に食らわせる。その衝撃で彼は吹き飛ばされ、背後の戦車に激突した。

 

 

 

「スマン、過大評価だった。やっぱり君は雑魚だ」

 

「なんだとっ!」

 

 

 

 ギルが起き上がり、再び剣を上段で構えなおす。

 

 

 

 能力値は一と一〇〇より九〇〇と九九九の方が力の差は大きくなる。それは能力値の数値が上昇するにつれ、加速度的に強くなるからだ。

 

 

 

 つまり俺とギルは能力値の数字だけ見るならさほど離れていないが、実際の力関係は天と地ほどもある訳だ。

 

 

 

「あきらめて降参しろ」

 

「私をバカにするなっ!」

 

「魔王領最強がこの程度なら馬鹿にもしたくなるだろ」 

 

「舐めるのいい加減にしろ!」

 

 

 

 怒ったギルは体から魔力を放出し始める。その魔力が電撃へと変わり、周囲の空気を焼いていく。

 

 

 

「これは躱せまいっ!」

 

 

 

 雷の速度で俺の眼前へと移動したギルが連撃を開始する。数え切れないほどの斬撃が俺を襲う。

 

 

 

 剣に切られても、かすり傷が残るだけだが、地味に痛い。躱そうと思えば躱せるが、それも面倒だ。

 

 

 

 俺は振り下ろされた剣を素手で掴み取る。手の平にはかすり傷が刻まれていた。

 

 

 

「真剣白羽取り、とは少し違うか」

 

「馬鹿なっ」

 

 

 

 俺は掴んだ剣ごと、ギルを空へと放り投げた。

 

 

 

「魔王領最強なんだし、この程度なら死なないだろ」

 

 

 

 俺は『炎弾』をギルに向けて放つ。飛んでいく魔力の弾丸。彼はその危険性を見抜き、剣先で魔力の弾丸の軌道を変える。

 

 

 

 魔力の弾丸は遠くにある山に命中する。そして不運なその山は業火に包み込まれ、地図から姿を消した。

 

 

 

「ライザック様。助太刀します!」

 

 

 

 ライザックのピンチだと考えた彼の部下たちが、戦車の主砲を俺へと向ける。いつもの彼らなら一対一の決闘に割り込むような真似は絶対にしない。だが今回はしなければならないと判断した。彼らはライザックが勝てないことに本能的に気づいたのだ。

 

 

 

 一斉に放たれる砲火。俺なら命中しても死なないだろうが、奴隷たちや建物が壊されては困る。

 

 

 

 覚えたばかりの五大魔法、『空間魔法』を発動させる。空間が歪み、砲火を飲み込んでいく。

 

 

 

「あ、ありえないっ! 『空間魔法』の使い手は世界に五人もいないはずだっ」

 

 

 

 ライザックの部下たちが叫ぶ。砲撃は止まらない。

 

 

 

 雨のように放たれる砲火を、初使用の不慣れな『空間魔法』ですべて止めることはできない。一部の砲撃が『空間魔法』の盾から逃れ、背後にいた奴隷たちに命中してしまう。

 

 

 

「無事か、レイリス!」

 

 

 

 ライザックが俺との戦いを中断し、砲撃の命中した場所へと駆け寄る。

 

 

 

 爆炎でレイリスが無事かどうかは分からない。

 

 

 

 ギルの部下たちは彼に当たることを恐れてか砲撃を中断していた。ここで攻撃を中断するのに、娘であるレイリスへ砲撃が命中するリスクを恐れなかったということは、彼の部下たちがレイリスの命をさほど重要視していない証拠でもある。何か裏がありそうである。

 

 

 

 『空間魔法』を解除し、俺も奴隷たちの元へと駆け寄る。

 

 

 

「これは酷いな」

 

 

 

 奴隷たちが砲撃を受けて血だらけで転がっている。全員死んではいないようだが、かなりの重症だと見て取れた。

 

 

 

「レイリスも無事なようだな」

 

 

 

 交渉材料であるレイリスに死なれては困るのだ。

 

 

 

 だがよく見ると、レイリスは泣いている。そばには銀髪の大男の姿がある。

 

 

 

「妹が無事でよかった」

 

 

 

 銀髪の大男の背中は焼け爛れていた。そこから状況は推測できる。彼が自分の身を挺して、レイリスを庇ったのだ。

 

 

 

「兄らしいこと、何もできなくてすまんな」

 

 

 

 レイリスの涙の勢いは強くなっていく。その様子を魔王領最強の男は戸惑いながら見つめていた。

 

 

 

 気づくと大男は瞼を閉じている。痛みで気絶したのだろう。このままだと死ぬのも時間の問題だ。

 

 

 

「レ、レイリス。パパが迎えに来たよ。お家に帰ろう」

 

 

 

 ギルがレイリスに近づく。無理矢理浮かべた笑顔はなんだか滑稽だった。レイリスはそんな彼の様子を見て、冷めた表情を浮かべる。

 

 

 

 そして平手打ちを、ギルの頬に浴びせる。

 

 

 

「か、返してっ! 私の家族を返してっ」

 

「レイリス、おまえの家族は私だ。そうだろ!」

 

 

 

 レイリスはギルの言葉を無視して泣き続けている。

 

 

 

 レイリスの兄は良い奴だった。死なすには惜しい。それに彼を助ければギルに恩を売ることができるはずだ。

 

 

 

「折角回復魔法が使えるんだ。有効活用しないとな」

 

 

 

 俺は魔力を放出し、周囲へと広げていく。一人一人傷ついた奴隷たちを触れて治すのは面倒なので、一斉に治すことにした俺は、膨大な魔力を消費し、回復魔法を発動させる。俺の魔力に触れた奴隷たちの傷が瞬く間に回復していく。

 

 

 

 傷が癒えていく奴隷の中にはレイリスの兄も含まれている。傷が治った彼は起き上がり、妹のレイリスを抱きしめていた。

 

 

 

「な、なんだっ、いったい何が起こったのだ!」

 

 

 

 事態に追いつけないギルは、疑問の回答を求めて、俺へと視線を向ける。誤解を晴らすため、俺は説明を始めるのだった。




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第二章 ~『ギルからの賠償金』~

「すまなかった」

 

 

 

 俺はギルに事情を説明した。コスコ公爵から奴隷の権利を購入したこと、その奴隷の中にレイリスが含まれていたこと、そしてレイリスの体が病弱なため、倍働くと申し出た兄の言葉に感動し、奴隷から解放したことを。

 

 

 

 話していくうちに、ギルの顔が見る見るうちに青ざめていく。説明を終わる頃には、地面に頭をつけ、土下座していた。

 

 

 

「勘違いとはいえ、娘の大恩人を傷つけてしまうとは、何たる不覚!」

 

「そうだぞ、俺は大恩人なんだから反省しろよ」

 

 

 

 勘違いとはいえ襲われたのだ。反省して貰わなければ襲われ損だし、こいつの攻撃はかすり傷だが地味に痛かった。謝られて、少しは溜飲を下げておきたい。

 

 

 

「……そろそろ顔を上げてくれ。話がしたい」

 

「恩人の頼みとあらば」

 

 

 

 ギルが頭を上げて、正座する。背筋がピンと伸びた姿は武士のようだ。

 

 

 

「まず当然の要求なんだが、魔王軍の侵攻を止めてくれ」

 

「無理だっ」

 

「なぜだ。俺たちはコスコ公爵に嵌められたんだぞ」

 

「それは分かっている。だが魔王軍全体の侵攻を止める権限が私にはない」

 

「今回の侵攻の責任者はギルだろ」

 

「ライザック軍に限ればそうだな」

 

 

 

 なんだか話がかみ合わないな。同じ感想をギルも抱いているようだ。

 

 

 

「サイゼ国王は魔王領のシステムについては知っているのか?」

 

「システム?」

 

「まずはそこから説明しよう」

 

 

 

 魔王領は魔界一六貴族たちが治める一六の領地から構成されている。一六貴族はそれぞれ軍隊を保持し、戦争を自由に行える。税を課すことも自由で、それぞれの領地で法律も異なる。

 

 

 

 つまりだ。一六の国が集まってできたのが魔王領なのだという。制度的にはEUに近い気がする。多種多様な国家が集まり、一つの強力な集合体となっているのだ。

 

 

 

「今回サイゼ王国に侵攻しているのは、ライザック軍とブルータス軍だ。ライザック軍が侵攻から手を引くことは私の権限で可能だ。だがブルータス軍までは止められない」

 

「ならライザック軍だけでもいいから手を引いてくれ」

 

 

 

 単純に戦力が二分の一になるのだ。それだけでもありがたい。

 

 

 

「で、そのブルータスは強いのか?」

 

「序列一五位だな。ちなみに最弱はサイゼ国王が倒したエドガーだ」

 

 

 

 やっぱりあいつ雑魚だったのか。

 

 

 

「序列一五位なら楽勝だな」

 

「そう楽観視できるものではないぞ。今回の侵攻は魔王軍として動いている。つまり魔王領全体の後方支援があるからな」

 

 

 

 物資や人材、そして金がブルータス軍に提供される。さらにブルータス軍がピンチに陥れば魔王が出てくるかもしれないとのことだ。

 

 

 

「魔王は強いのか?」

 

「私の知る限り、世界で最も強いお方だ。もちろんサイゼ国王よりもな」

 

「へぇ~」

 

 

 

 デコピンで倒せないかもな。そんな面倒な敵とは戦いたくない。

 

 

 

「私の心情としてはサイゼ国王の味方になりたい。だが同じ魔王領であるブルータス軍や、和平条約を結んだコスコ公国とは戦えない。すまないな」

 

 

 

 和平条約を破ると莫大な謝罪金をコスコ公国に払わなければならないそうだ。下手な信頼関係よりも拘束力が高そうだ。

 

 

 

「本音を言うと、娘を奴隷としたコスコ公国を滅ぼしたいのだ。それを分かってくれると嬉しい」

 

「ギルが悔しいのは分かるさ。その悔しさは代わりに俺が晴らしてやるよ」

 

 

 

 コスコ公爵をぶん殴るのが今から楽しみである。

 

 

 

「サイゼ国王、今回の詫びについてだが、金貨百万枚でどうだ」

 

 

 

 金貨百万枚。日本円で百億円相当の賠償金である。こちらの被害はほとんどないのだ。破格の条件と言えた。

 

 

 

「随分と多いな」

 

「それだけサイゼ国王との仲を大切にしたいということだ」

 

「まぁ、くれるなら貰うけど」

 

「その代わりと言ってはなんだが、レイリスの兄を私に譲ってくれないか」

 

 

 

 元々は銅貨一枚で買った奴隷だ。それにギルはレイリスを連れて帰るだろう。その時、兄がいないのは寂しいはずだ。

 

 

 

「いいぞ。ギルに譲ろう」

 

「ありがとう、この恩は忘れない」

 

 

 

 ギルは礼を言うと、レイリスとその兄を連れて、魔王領へ引き返していった。去っていく三人の後ろ姿はまるで本物の家族のようだった。




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第二章 ~『株主優待』~

 ライザック軍は約束通り、魔王領へ引き返していった。魔王領では早急な撤退に非難の声も挙がったそうだが、ギルがすべて封じ込めたそうだ。

 

 

 

 ブルータス軍はいまだサイゼ王国へは攻めてこない。魔王領最強のライザック軍が撤退したのだ。その理由を掴むまでは動けないのだろう。

 

 

 

「今回の儲けは金貨二〇〇万枚か」

 

 

 

 金貨百万枚はギルから貰った賠償金だ。そして残りの百万枚はコスコ公爵から購入した資産を使って得た利益だった。

 

 

 

 特にリーゼを含む奴隷たちが頑張ってくれたおかげで、不良債権を上手く回収できたのが大きかった。

 

 

 

 どうしても回収できない企業債権は新株を発行させ、その株を売却することで債権を回収した。もっともこの方法を使うと、一般投資家が損をするので、その会社の信用がズタボロになる。俺にとっては回収後にその会社がどうなろうが知ったことではないので、躊躇なく利用するがな。

 

 

 

「金貨二〇〇万枚の一割、金貨二〇万枚が俺の給料になるわけだ」

 

 

 

 金が入ったらやることは一つ。

 

 

 

「やっぱり課金でしょ」

 

 

 

 俺は課金アプリを起動し、自分のステータスを確認する。

 

 

 

――――――――――

 

名前:唐沢太一

 

評価:S

 

称号:専業主夫希望の国王

 

魔法:

 

・炎弾

 

・空間魔法

 

・回復魔法

 

スキル:

 

・なし

 

能力値:

 

 【体力】:999

 

 【魔力】:999

 

 【速度】:999

 

 【攻撃】:999

 

 【防御】:999

 

――――――――――

 

 

 

 評価がAからSになっている。『空間魔法』を取得したのが評価されたのだろう。

 

 

 

「やはりスキルがないのが気になるな」

 

 

 

 折角金貨二〇万枚を手に入れたのだ。この機会にスキルも手に入れてやる。

 

 

 

 スキルの項目を上から眺めていく。

 

 

 

「『剣術』スキルか~」

 

 

 

 ギルが使っていたスキルだ。詳細説明に目を通す。

 

 

 

『剣術。スキルランクに応じた剣技を習得する。高スキルランクになると魔法を切ることも可能。また剣を装備しているとき、能力値に補正が掛かる。補正値はスキルランクに応じて異なる』

 

 

 

 俺の『炎弾』を弾いたのは『剣術』スキルのおかげだと、ギルが話していたことを思い出す。

 

 

 

「最強剣士になるのもありだな」

 

 

 

 けれど剣を持ち歩かないといけないのか。面倒だな。

 

 

 

「デコピンで大抵の奴は倒せるし、他の面白いスキルを探すか」

 

 

 

 項目をスライドさせて、スキルに目を通していく。だが欲しいと思えるスキルを見つけることはできなかった。

 

 

 

「課金はいつでもできるし、ここは財テクもありだな」

 

 

 

 流動性の高い株を買って、金が必要になれば売却する。そうすれば買値と売値の差額を得ることができるし、なにより配当金も入ってくる。

 

 

 

「どうせ買うなら配当利回りが多い企業がいいな」

 

 

 

 配当金は一年間に二回支給される事が多い。最も法律などで決まっている訳ではないので、一年間に一回の会社もあるし、逆に四回の会社もある。四回出す会社で有名な日本企業といえば自動車メーカーのホンダなどが挙げられる。

 

 

 

 ちなみに日本企業だと年二回が基本だが、アメリカの企業では配当金を年四回出すのが普通である。日本人でも知っている有名企業だと、IBMとかアップルとかも四半期配当を採用している。

 

 

 

 さて話を戻そう。

 

 

 

 配当利回りとは一年間に支給される配当金のことで、配当金を株価で割ったパーセンテージのことを指す。

 

 

 

 例えば配当利回りが五パーセントなら、一〇〇円の株券を購入すれば、一年間に五円の配当金を貰えるという訳だ。

 

 

 

 つまりだ。この配当利回りが高い企業の株券を購入すれば、配当でウハウハという訳である。ちなみに高配当と世間一般で言われるのは二パーセントからで、アメリカの企業だと四パーセントからだと言われている。投資家たちがアメリカに資金を集中させる理由の一端が垣間見える。

 

 

 

「だが単純に配当利回りの高い株券を買えば良いという訳ではないからな……」

 

 

 

 配当利回りが高くなっている場合、本当に利益が出ているのか、それとも株価が暴落していることによって配当利回りの数字が増えているのかを考える必要がある。

 

 

 

 例えば配当金を一株当たり五円出す企業があるとする。株価が一〇〇円だと、配当利回りが五パーセントだし、株価が五〇円だと配当利回りが一〇パーセントになる。

 

 

 

 倒産すれば株の価値はゼロになるのだから、会社の経営状況や財務状況を示した財務諸表を読み判断していく必要がある。

 

 

 

「さてこの世界の会社についてだが……」

 

 

 

 スマホで配当利回りが多い順に会社を並べてみる。

 

 

 

 上位に並んでいる企業はどれも倒産寸前のものばかりだ。悪いニュースで株価が暴落しているのだ。

 

 

 

「やっぱり軍需メーカーが儲かっているんだな」

 

 

 

 配当利回りの高い企業の中で経営状況が優良な企業をピックアップしてみると、軍需メーカー中心になってしまった。

 

 

 

 その中の一つ、戦車を開発している企業が目に入った。

 

 

 

「ライザック自動車か。あの戦車隊は自前のモノだったのか」

 

 

 

 サイゼ王国にもあんな戦車隊があればカッコいいのに。

 

 

 

 この世界で戦車は無課金者でも使用できる強力な兵器である。いつまでも俺がデコピンで戦う訳にもいかないし、いずれサイゼ王国にも欲しい企業ではある。

 

 

 

「恩もあるし、買ってもいいか」

 

 

 

 ライザック自動車の株価は思った以上に安い。サイゼ王国から撤退したことが響いているのだ。

 

 

 

「ん? なんだこれ?」

 

 

 

 配当利回りのページを見ていると、下に実質配当利回りも記載されていた。その数字がとんでもなく高い。

 

 

 

「株主優待でも付いてくるのか……」

 

 

 

 株主優待とはお金以外のモノ。飲食店なら食事券や、メーカーなら自社製品などが株主優待として送られてくるのである。

 

 

 

 その株主優待の価値を配当金に加算したモノが実質配当利回りである。もちろん金と違い、株主優待はモノなので要らないモノである可能性もある。それでも欲しいモノであるならその株は宝の山となる。

 

 

 

「そういえば友人に株主優待だけで一年間食事を済ませていた奴がいたっけ」

 

 

 

 株主優待は飲食店などのサービス業で高い利回りである事が多い。近所の牛丼屋やファミレスの株を格安の時に購入することで、早ければ一〇年で投資金額を回収できる。

 

 

 

「自動車メーカーの株主優待。あまり聞いたことがないな」

 

 

 

 特にライザック自動車は戦車を中心に開発している。

 

 

 

 株主優待ってまさかな。

 

 

 

 ページを開くと、そこには戦車購入割引優待券と書かれていた。あまりの馬鹿さに笑えてくる。

 

 

 

「この優待だと一般投資家は絶対見向きもしないだろ」

 

 

 

 戦車が欲しい俺としては渡りに船なので、株を購入する。金貨二〇万枚を投資という形で返すことになるが、だからこそ俺はこの買い物に納得していた。

 

 

 

「ギルと揉めるのは極力止めよう」

 

 

 

 あいつの攻撃地味に痛いし。株価が下がるのも嫌だしな。

 

 

 

 俺はそう決心するのだった。




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第三章 ~『サブプライムローンとリーマンショック』~

朝日が昇ったころ、俺は談話室で新聞を読んでいた。スマホで最新ニュースを知ることもできるが、やはり紙媒体は良いモノだ。

 

 

 

「また魔王軍侵攻のニュースか」

 

 

 

 新聞の一面には魔王軍がサイゼ王国とコスコ公国の国境沿いに部隊を展開していると書かれていた。

 

 

 

 まだ国内へと足を踏み入れてはいない。こちらの戦力を伺っているのだ。

 

 

 

 サイゼ王国でまともな戦闘ができる人間は少ない。もしそのことが露呈すれば、一気に侵攻が始まる。その前に魔王軍を撤退させたい。

 

 

 

「魔王軍うざいなぁ。潰したいなぁ」

 

 

 

 願望を口から漏らすが、口にしただけで叶うなら誰も苦労しない。

 

 

 ○

 

ブルータス伯爵はいらついていた。魔王領にある彼の庭園は、魔王でさえ褒める程の美しさだ。見ている者の心を落ち着かせる花々を眺めながら、紅茶を啜る。ムカムカも少しはマシになった気がする。

 

 

 

「いつになったらサイゼ王国を手中にできるのだっ」

 

 

 

 ブルータス伯爵は髭面の将軍に怒鳴りつける。軍の責任者である将軍ならば彼の質問に答えることができる。そう期待して、庭園に呼びつけたのだ。

 

 

 

「まだサイゼ王国の戦力は明確になっていません。もう少し調査の時間が必要です」

 

「何が調査だ! サイゼ王国など弱小国家ではないかっ!」

 

「ブルータス伯爵、サイゼ王国を舐めない方が良い。あのライザック伯爵でさえ撤退したのをお忘れですか」

 

 

 

 魔王領最強のライザックが撤退したことはブルータス伯爵も聞いていた。本人に理由を訊ねても明確な答えは返ってこない。それどころか今回の侵攻そのものからも手をひいてしまった。

 

 

 

 サイゼ王国に手を出すのは止めておけ。ライザックの忠告だ。だが根拠も示さず、止めろと言われて誰が止めるのだ。

 

 

 

「ここまで準備を整えるのにどれだけの金と時間を要したと思っているのだ」

 

 

 

 コスコ公国との和平交渉、魔王領内の調整、そしてコスコ公国にライザックの娘を誘拐させ、魔王領最強戦力を味方につける。

 

 

 

 計画が予定通り進んでいれば、今頃サイゼ王国城の王座に座っていてもおかしくなかった。

 

 

 

「敵戦力に不安要素があるといっても明確な脅威は明らかではないのだろう」

 

「いいえ、少なくとも敵に高位の魔法使いが複数名おります」

 

 

 

 将軍はブルータス伯爵に戦車隊が『炎弾』で攻撃されたことを話す。

 

 

 

「『炎弾』だと。下級魔法ではないかっ!」

 

「戦車隊、一個大隊を焼き尽くす威力の『炎弾』です。私もそばで見ていましたが、個人で出せる威力ではありませんでした。大規模な魔法使いの部隊がいるのです」

 

 

 

 実際は唐沢が一人で攻撃したのだが、魔力をカンストした人間がいるとは知らない将軍は、編成された魔法使いによる攻撃だと判断したのだ。

 

 

 

 個人と集団だとその意味合いは変わってくる。個人であれば一人を倒せば終わりだが、集団であれば部隊を壊滅させる必要があるからだ。

 

 

 

 さらに集団がいるということは魔法使いを集めて育て上げる方法を確立しているということだ。一つ部隊を潰しても第二第三の部隊が攻めてくるかもしれない。

 

 

 

「魔王様にお願いしてはどうでしょうか?」

 

 

 

 将軍が提案する。魔王の圧倒的力と資金力があれば勝負はすぐに決する。だがその提案を受け入れる訳にはいかなかった。

 

 

 

「そんなことをすれば得られる魔法石の大部分が魔王様のものとなる。それでは何のために戦争をするか分からなくなる」

 

 

 

 通常なら戦争で得られた利益の二割を魔王に捧げるだけで済む。しかし魔王を動かすとなれば、八割以上の利益を捧げなくてはならない。動かすとすれば、どうしても打つ手がなくなった場合だけだ。

 

 

 

「ブルータス伯爵、何はともあれ戦費が必要です」

 

「分かっている」

 

 

 

 戦争をするには金が要る。優秀な人材を雇うのにも、武器を買うのにも、兵士が食べる食事代や衣服の代金もブルータス伯爵が用意しなければならない。

 

 

 

「税金を上げるわけにはいかんしな」

 

 

 

 ブルータス領内では領民たちの不満が広がっている。

 

 

 

 理由は貧困だ。

 

 

 

 ブルータス領は魔王領の中でも特に貧困者が多い地域だ。彼らは皆口にする。莫大な戦費を社会保障に当てろと。

 

 

 

「税金を上げれば、クーデターが起きてもおかしくない」

 

 

 

 それどころか現状でも十分起こりうる。

 

 

 

「では富裕層からのみ税を取ってはどうでしょうか?」

 

「それも難しいな。金持ちだけ税金を上げると、貴重な財源が他国へ逃げる」

 

「ならコスコ公爵から資金提供を受けるのはどうでしょうか」

 

「良いアイデアだ。採用しよう」

 

 

 

 コスコ公爵は唐沢に資産を売り、多大な資金を持っている。その一部を戦費として提供するのは、和平を結んだ同盟国として当然の義務であると、ブルータス伯爵は考えていた。

 

 

 

「次に貧困者の不満ですね」

 

「こちらはどうする?」

 

「私が思うに、貧困者の一番の不満は金持ちになれないことではなく、人間らしい生活を送れないことなのです」

 

 

 

 現在住宅価格が高騰しており、貧困者では手が出せない価格になっている。そのせいで大半の貧困者が車の中で寝泊まりしていた。

 

 

 

「貧困者でも家を買えるように住宅ローンの利息を下げましょう」

 

「なるほど。公定歩合を下げるのだな」

 

 

 

 公定歩合とは国から銀行へ貸し出すお金の利息のことだ。これを下げると、銀行から貧困者へ貸し出されるお金の利息も下がる。利息が下がれば、これがチャンスだとばかりに欲しかった家を買う者も増えるだろう。

 

 

 

 もちろん利息が下がるので一時的に国の収入は低下するが、それ以上に不満を消せることが大きなメリットになると考えていた。

 

 

 

「良い考えだな。それでいこう」

 

 

 

 ブルータス伯爵のイライラは収まっていた。この時の彼はこれが最悪の選択だったとは気づいていなかった。

 

 

 

 

 良いニュースでも見て、心を温めようと、新聞のページを開いていく。

 

 

 

「おおっ、魔王領の住宅メーカーの株価が上がっているな」

 

 

 

 業界別の株価推移を見ていると、住宅関連の株価は上昇傾向にあった。

 

 

 

「魔王軍が他国を侵略しているおかげですね」

 

 

 

 イーリスが紅茶を入れてくれる。

 

 

 

 やはり朝は紅茶に限る。手渡された紅茶を啜ると、僅かな酸味が口の中に広がる。今日の紅茶はレモンティーだった。

 

 

 

「侵略しているのは知っていたが、なぜ住宅メーカーの株価が上がるんだ?」

 

「膨大な土地を手に入れたからです」

 

「なるほどな」

 

 

 

 魔王領では土地が余り、捨て値で購入できるようになっているという。土地があるなら家を建てるかと考える者が出てくるのは自然な考えだ。

 

 

 

「ただその一方で家を買えない貧困層もたくさんいるとのことで、不満が広がっているそうです」

 

 

 

 特にブルータス領では格差が大きいそうだ。金持ちが家を買っている一方で、貧困者は悔しい思いをしているらしい。

 

 

 

「その不満が爆発すれば、戦争どころではなくなるのではないですか?」

 

 

 

 イーリスが提案する。ブルータス領でクーデターでも起これば、サイゼ王国と戦争をしている暇などなくなる。

 

 

 

「領内の不満程度の問題なら、貧困者への補償で十分対処できる。クーデターまでは発展しないだろうな」

 

 

 

 それよりも不満解消に動くのを逆に利用するのはどうだろう。

 

 

 

 そう考えたとき、ある二つの単語が頭を過った。

 

 

 

 サブプライムローンとリーマンショックだ。

 

 

 

「魔王軍を撤退させ、俺たちが大儲けする方法を思いついた」

 

 

 

 俺は口角を釣り上げて笑う。

 

 

 

「なにをするつもりですか?」

 

「酷いことはしない。ただブルータス領の貧乏人共に夢のマイホームをプレゼントしてやるだけさ」




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第三章 ~『金融商品開発職とは』~

ブルータス領の中心街、高層ビルが立ち並んでいる区画に一際大きい建物があった。ブルータス銀行。ブルータス領最大の商業銀行である。

 

 

 

 商業銀行は投資銀行の対義語として使われる単語で、一般人が銀行と聞けばまず思い浮かぶのがこちらだ。個人や法人を顧客とした預金や融資を中心業務としており、他にも金融商品の販売なども行っている。

 

 

 

「旨い紅茶だな」

 

 

 

 ブルータス銀行の応接間に通された俺は、出された紅茶を口に付けていた。隣のイーリスも美味しそうに紅茶を啜っている。

 

 

 

「それにしても戦争中の敵国のボスと会っても良かったのか?」

 

「儲け話であれば、相手が誰であるかは問いません」

 

 

 

 眼前の眼鏡をかけた男が愛想笑いを浮かべる。男はブルータス銀行の頭取である。俺が会いたいと連絡し、時間を作ってもらったのだ。

 

 

 

「ブルータス伯爵からの圧力はないのか?」

 

「そこは問題ありません。我々は魔王領全体で活動しています。ブルータス領がメインではありますが、経営を口出しされるほど、ブルータス領に依存しているわけではありませんから」

 

 

 

 頭取が「それに……」と続けながらニッコリと笑う。

 

 

 

「ブルータス伯爵から睨まれるリスクを背負ってでも、あなたの提案をお聞きしたかった。それほどにこのサブプライムローンは画期的だ」

 

 

 

 俺は事前にサブプライムローンに関する資料を送っていた。この資料には如何にサブプライムローンが魅力的かが書かれている。

 

 

 

「特に貧困層相手に住宅ローンを組めることが素晴らしい」

 

 

 

 サブプライムとは信用力の低いという意味で、金を貸しても回収するのが難しい相手のことを指す。

 

 

 

 サブプライムローンはそんな信用力の低い相手にも金を貸せ、しかもほぼ確実に回収できる。そんな夢のようなローンだった。

 

 

 

「サブプライムローンについては資料に記載した通りの内容だ」

 

 

 

 俺は資料を捲り乍ら説明する。

 

 

 

「貧困層は金がない。だが家は欲しい。その夢を叶えるのがサブプライムローンだ」

 

「我々銀行としても多くの人間に融資をしたい。特にブルータス領の大多数を占める貧困層をお客としたい。ですが貧困層にお金を貸すのはリスクが高い」

 

「そのリスクを最大限減らしたのが、サブプライムローンだ」

 

 

 

 具体的には高い金利と購入した住宅を担保とすることでリスクを減らす。銀行としては大きな利息を得ることができ、もしローンを返せなくとも担保とした住宅を売ればいい。

 

 

 

 魔王領では需要の増加による住宅価格の高騰が進んでいる。おかげで時間が経てば、買った時より高く売れる。

 

 

 

 つまり銀行としては債務者が高い利息を払ってくれ、払えなくなったとしても家を売却すれば元金を回収することができるのだ。

 

 

 

「このサブプライムローン。折角開発したのは良いが、我々は販売網を持っていない。だがブルータス銀行なら――」

 

「ええ。いくらでも捌くことができます」

 

 

 

 投資銀行業務ではこのような金融商品の開発も珍しいことではない。最先端の金融工学を学んだエリートが集まる投資銀行が金融商品を開発し、商業銀行のような販売網を持つ企業に販売権利を売るのである。

 

 

 

 ちなみに金融商品の開発業務は、数学専攻の理系出身も多いが、文系でも就職できる開発職なので、アメリカだと就職希望者がかなり多い。そのため難易度が高く、中途しか採用していない事も多い。

 

 

 

 日本人だと新卒で面接を受けられ、しかも金融商品の開発職は日本だとマイナーな業務なので意外と就職しやすいかもしれない。

 

 

 

 ただ日本企業だとそもそも金融商品の開発業務をしていないことも多いため、こういった仕事をしたいなら外資系銀行の日本法人へ就職するのがオススメである。

 

 

 

「販売権利の価格は一契約につき、一パーセントの金利でどうだ」

 

 

 

 サブプライムローンは金利八パーセント以上が当たり前だった。ちなみに普通の住宅ローンは金利四パーセント程度だと考えると、倍近い高金利ということになる。

 

 

 

 その八パーセント近い金利の内、一パーセントを俺が受け取るという条件を聞いて、頭取は表情を明るくする。

 

 

 

 かなりの好条件で提案したのだから、その反応も当然だ。

 

 

 

 もっともこちらの目的は金利で稼ぐことではなく、ブルータス領にサブプライムローンをばら撒くことである。拒否されるような高利率を提示する訳にはいかない。

 

 

 

「本当に一パーセントでよろしいので?」

 

「ああ。もし債務者がサブプライムローンを返せない場合のリスクを我々は負わないからな」

 

「そのリスクもサブプライムローンの特性を考えればないに等しいですよ」

 

「高くして欲しいのか?」

 

「いえいえ、我々としては販売権利が安いに越したことはないです」

 

 

 

 頭取は笑いながら話す。

 

 

 

「この内容であればぜひとも契約した。ですがその前に一つお聞きしたい」

 

「なにか気になることがあるのか」

 

「あなたはなぜ敵国を利するようなことをするのですか?」

 

 

 

 サブプライムローンはブルータス銀行を儲けさせる金融商品だ。それを敵国に与えれば、戦争で不利になるのではないかと、頭取は訊ねているのだ。

 

 

 

「俺は戦争の原因は貧困から生まれると考えている」

 

「ほぉ」

 

「皆がマイホームを持てば、戦争をする気もなくなるだろう。つまり戦争を回避できるかもしれない」

 

「さすがはサイゼ国王。素晴らしいお考えだ」

 

 

 

 俺は頬を掻く。嘘を吐くのはやはり苦手だ。俺は本音を何とか飲み込む。

 

 

 

 てめえを嵌めるための罠だよバーカ、とはさすがに言えない。こんなことを言えば、交渉は決裂だ。

 

 

 

 そう、サブプライムローンは表面上低リスクの優良な金融商品だ。だが一つ大きな落とし穴があるのだ。

 

 

 

 俺は口元を歪めながら、ブルータス銀行を後にする。災厄の種は撒かれたのである。




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第三章 ~『格付け機関』~

 ブルータス銀行を後にした俺たちは次なる目的地へと向かうべく車を走らせていた。周囲には一台も車が走っていない。快適なドライブだった。

 

 

 

「旦那様は次にどこへ向かわれるのですか?」

 

 

 

 助手席に座るイーリスが訊ねる。

 

 

 

「今度は保険会社だ。その次は証券会社。他にも色々回って、サブプライムローンをばらまかないと」

 

「契約してくれると良いのですが、今回のように簡単にいくでしょうか?」

 

「いくさ。そのための準備はしてある」

 

「準備ですか?」

 

「ああ。サブプライムローンの債権を証券化し、格付け機関に評価させたんだ。見てみろ。信用度は最高のトリプルAランクだ」

 

 

 

 外資系投資銀行では、金融商品を開発すると、格付け機関に評価させる。そうすると金融に関する知識がない者でも、その商品が如何に優れたモノなのかを知ることができるのだ。

 

 

 

 ただこの評価に関してだが、所詮人が行うモノであるという点が重要だ。

 

 

 

 格付け機関に依頼する場合、その金融商品に関する膨大な資料を送りつける。中身は専門用語と数式で溢れかえっている。その中から小さなリスクを見つけ出し、格付けを行うのだ。サブプライムローンの致命的なリスクに気付けないのも無理はない。

 

 

 

 さらにだ。格付け機関に評価を依頼するのは、金融商品を開発した人間だ。当然お客の商品には良い評価を与えようと心が動く。

 

 

 

「その結果がトリプルAだ。これがあれば、誰もが権利を買いたいと手を挙げるはずだ」

 

「格付け機関の信頼とは凄いのですね」

 

 

 

 ちなみに株を買うときにも、格付け機関の評価は重要になる。日本人だとあまり見ている人間はいないかもしれないが、外国人投資家は結構見ている人が多い。もし企業の格付け信頼度に変動が生じれば、売りや買いへの流れが生まれる。

 

 

 

 つまり儲けのきっかけとなるのだ。

 

 

 

 例えば外資系投資銀行だと、企業の信頼度の格付けが低下した段階で、空売りという株価が下がれば下がるほど儲かる手段を取ることがある。

 

 

 

 個人投資家でもこの信頼度は役に立つ。

 

 

 

 この評価が高いと値崩れしにくいのだ。つまり中長期的な運用をするなら、評価が高い企業を買う方が良い。

 

 

 

 値崩れしにくいのには理由がある。評価が高く信頼度が高いとは、つまり倒産する可能性が低いということである。

 

 

 

 倒産するリスクが低いのだから、株価が安くなった段階で購入し、高くなるのをじっくり待つことができるのである。こういった思考をする投資家が多いため、株価が一定水準を下回るリスクが低い。つまり値崩れしにくいのである。

 

 

 

 ちなみに日本企業で格付け機関の評価が高いのは、キヤノン、NTT、トヨタなどである。大企業だから信頼度が高いのは当たり前だという声があるかもしれないが、誰でも知っている世界的な有名企業でも格付け機関から最低評価を受けている場合もあるので、株を購入する場合は、一度チェックしてみるのも悪くないだろう。

 

 

 

「旦那様、誰かいますよ」

 

 

 

 イーリスが指さす方向には赤髪の少女がいた。九本の尻尾を生やし、頭からは狐のような耳が生えている。顔はイーリスに比肩するほど整っている。きめ細かい肌は触るとさぞかし柔らかいに違いあるまい。

 

 

 

「魔人でしょうか?」

 

「だろうな。こんなところで何をしているんだろうな」

 

 

 

 速度を緩めて様子を伺いながら車を走らせていると、少女が道路の真ん中に飛び出してきた。

 

 

 

 急ブレーキを踏み、俺は車を停止させる。少女にぶつかることはなかった。

 

 

 

「危ないだろっ」

 

 

 

 扉を開けて、外に出た俺は、少女へと駆け寄る。

 

 

 

「ワッチもこんなことはしたくなかったでありんす。しかしどうしても、お願いしたい頼みがあったでありんすよ」

 

「なんだそれは?」

 

 

 

 俺の質問に回答する前に、少女が腹の虫を鳴らす。

 

 

 

「ワッチにご飯を恵んで欲しいでありんす」




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第三章 ~『フォックス家の令嬢』~

「ワッチのご飯~、ワッチのご飯~、美味しい美味しいワッチのご飯~」

 

 

 

 少女が歌いながら、俺が飯を用意するのを待っている。美少女だから許されているが、ブスだと目も当てられない振る舞いだ。

 

 

 

「仕方ないな」

 

 

 

 俺は『空間魔法』を使い、次元に穴を開ける。穴に手を伸ばし、目的のモノを手探りで探す。

 

 

 

「見つけたっ」

 

 

 

 取り出したのは、皿に乗った肉厚のステーキだ。皿からは湯気が浮かんでいる。

 

 

 

「『空間魔法』、さすがは五大魔法なだけはある」

 

 

 

 『空間魔法』は敵の攻撃を防ぐだけでなく、次元の狭間に入れたモノを自由に出し入れできるマジックボックスとしても利用することができた。

 

 

 

 しかもこの魔法。次元の狭間に入れたモノの時間が経過しないのだ。つまり肉厚ステーキも焼きたてのまま取り出せるのである。

 

 

 

「いただくでありんすぅ」

 

 

 

 俺から奪い取るように皿を受け取った少女は、手づかみでステーキを口に放り込んだ。一口でぺろっと平らげた少女は皿を俺へと返す。

 

 

 

「おかわりでありんす」

 

「もうねえよ」

 

 

 

 ステーキは本来なら俺の昼飯だった。イーリスの分まではさすがにやれん。

 

 

 

「……頼みごとを断られたのは初めてでありんす」

 

「美少女は得だな」

 

 

 

 顔が良いからこそ許されるワガママだ。

 

 

 

「いや、待てよ」

 

 

 

 この世界では髪の色が美醜を決定するのだ。赤髪は美人なのだろうか。イーリスにこっそり聞いてみる。

 

 

 

「……恐ろしい容姿ですね」

 

「赤髪はブスだということか?」

 

「いえ、もっとシンプルに恐ろしいのです」

 

 

 

 イーリスから詳しく話を聞いてみると、赤髪は強面のようなものらしい。

 

 

 

 俺の世界の価値観で髪の色を表現する。

 

 

 

 銀髪はデュフデュフ笑う豚のような容姿で、赤髪は顔中サンマ傷のヤクザのような容姿なのだそうだ。

 

 

 

「赤髪の男性が好きな方は稀にいますが、赤髪の女性を好きな人は中々いませんからね」

 

 

 

 純度の濃い赤髪のこの少女は、この世界だとブスなわけだ。それなのに頼みごとを断られたことがない。

 

 

 

 つまりは皆、この少女の容姿が怖くて、頼みごとを断れなかったのだ。

 

 

 

「それにしても美味しい料理だったでありんす。一日ぶりのご飯は格別でありんす」

 

「一日ぶり?」

 

「ワッチはさっきまで誘拐されていたでありんす」

 

 

 

 俺には美少女に見えるが、この世界では強面の少女を誘拐する。随分と勇気ある誘拐犯だ。

 

 

 

「で、誘拐犯はどこに行ったんだ?」

 

「ワッチが誘拐犯ごと車を吹き飛ばしたでありんすから、今頃ボロボロになって気絶しているでありんすよ」

 

「随分と武闘派なんだな」

 

「母上の口癖が『欲しいモノは殴って手に入れろ』だったでありんす。おかげで、戦闘系ステータスへの課金は十分でありんすよ」

 

「それは頼もしい」

 

 

 

 余程ステータスが高いのだろう。俺は課金アプリで自信のほどを伺う。

 

 

 

――――――――――

 

名前:キルリス・ド・フォックス

 

評価:B

 

称号:九尾の狐

 

魔法:

 

・幽炎

 

スキル:

 

・妖術(ランクB)

 

能力値:

 

 【体力】:180

 

 【魔力】:400

 

 【速度】:210

 

 【攻撃】:200

 

 【防御】:190

 

拡張機能:

 

・唐沢への愛情(ランクF)

 

――――――――――

 

 

 

 評価はランクBである。イーリスと同じランクだ。珍しい魔法とスキルを保持しているので確認してみる。

 

 

 

『幽炎。消費した魔力の分だけ魔炎を生み出す特殊魔法。人やモノはもちろん、魔法ですら燃やせる。魔界十六貴族の一席であるフォックス家の当主だけが購入できる。他人に売却する場合は魔人でなければならない』

 

 

 

『妖術。体力を消費することで多種多様な奇跡を起こせる。スキルランクが上昇すると、使用できる妖術の種類が増える。課金することで誰でも手に入るが、魔界十六貴族の一席であるフォックス家の血を引く者以外が使用すると、消費体力が増加する』

 

 

 

「魔界十六貴族……」

 

「ワッチのことを知っていたでありんすね」

 

「まぁな……」

 

「けれどもワッチは実家と縁を切ったでありんすから、今はフォックス家のキルリスではなく、ただのキルリスでありんすよ」

 

 

 

 キルリスはそう言うが、縁は切れていないと考える者も多いはずだ。その証拠に彼女は誘拐された。わざわざ強面を誘拐する理由は、彼女が魔界十六貴族の血を引いているからだとしか考えられない。

 

 

 

 つまりだ。この状況はあまりよろしくない。貴族である彼女が誘拐されて、そのまま放っておかれるとは到底思えないからだ。

 

 

 

「キルリスっ!」

 

 

 

 若い男の声が聞こえた。嫌な予感がする。声がした方向を見ると、赤髪の男が掌に青い炎を浮かべていた。キルリスと違い尻尾は生えていないが、顔に彼女の面影がある。

 

 

 

「またこのパターンか」

 

 

 

 俺はため息を漏らすのだった。



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第三章 ~『キルリスの兄』~

俺はため息を漏らす。どうせデコピンで勝てる相手だが、雑魚だからこそ絡まれるとウザイ。

 

 

 

「この誘拐犯がっ」

 

 

 

 若い男が青い炎を俺へと飛ばす。それに対して『空間魔法』で次元の裂け目を生み出し、吸い込もうとする。

 

 

 

 だが炎は吸い込まれることはなかった。それどころか『空間魔法』の魔力を燃やし、さらに大きな炎となる。

 

 

 

「魔力を燃やすとはこういうことかっ」

 

 

 

 同時にこの魔法の弱点が分かった。この炎は魔法を焼いている間、その場で静止する。獲物を食い尽くすまで次の獲物を襲わないのだ。

 

 

 

 ならばと『炎弾』を飛ばす。大規模な魔力の弾丸だ。焼き尽くすまでは時間がかかるはずだ。

 

 

 

「どんなに強力な魔法でも、術者が倒れれば消えるだろ」

 

 

 

 俺は赤髪の男の背後に一瞬で移動する。音速に近い速度で動く俺を、男は確かに眼で追っていた。

 

 

 

「なんだぁ、てめえ!」

 

 

 

 赤髪の男は慌てて振り返る。俺の速度に付いてこれることに少し驚く。一応ステータスを確認しておく。

 

 

 

――――――――――

 

名前:シーザー・ド・フォックス

 

評価:B

 

称号:フォックス家の養子

 

魔法:

 

・幽炎

 

スキル:

 

・格闘術(ランクB)

 

能力値:

 

 【体力】:300

 

 【魔力】:230

 

 【速度】:400

 

 【攻撃】:250

 

 【防御】:230

 

拡張機能:

 

・唐沢への愛情(ランクG)

 

――――――――――

 

 

 

 キルリスと同じく評価Bで、スキルランクBの『格闘術』も習得している。

 

 

 

『格闘術。無手で戦うことで能力値に補正がかかる。スキルランクが高ければ高いほど補正値が高い』

 

 

 

 能力値は速度が頭一つ抜けて高い。速度の数値が高ければ高いほど、動体視力も高くなる。格闘術のスキル補正も合わさって、俺の速度を目で追うことができたのだろう。

 

 

 

「ただそれでもデコピンで十分だな」

 

「誘拐犯のくせに、喧嘩売ってるのかっ!」

 

 

 

 俺は男の顔をマジマジと見つめる。肌黒い顔に、燃えるような真っ赤な髪。顔はキルリスと同じく整っている。目つきは鷹のように鋭く、能力値がカンストしていなければ絶対に戦いたくない顔だ。

 

 

 

「年齢から察するにキルリスの兄か?」

 

 

 

 ステータスにはフォックス家の養子と書かれていた。血が繋がっていないにも関わらず二人の顔はどこか似ていた。

 

 

 

「兄だとしたらなんだっ」

 

「俺から説明しても信じないだろうし、面倒だから妹に事情を説明して貰え」

 

 

 

 俺はシーザーにデコピンを食らわせる。遥か彼方へと吹き飛んで、道路の上を転がっていく。死んではいないだろうが、意識は失ったはずだ。

 

 

 

 その証拠に『炎弾』を燃やしていた青い炎は消えていた。

 

 

 

「なぜ俺はこうも面倒事に巻き込まれやすいんだろうな」

 

 

 

 日頃の行いが悪いからか。そんなことないと信じたいが。

 

 

 

 気絶したシーザーを妹のキルリスに任せ、俺はこの場を後にする。この出会いが後々大きな事件をもたらすとは、この時の俺は予想すらしていなかった。




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