実力至上主義の学校に入学する。そして美少女と出会う。 (田中スーザンふ美子)
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1話 通学中に美少女と出会った

8巻読んだら橘先輩が酷い目にあってた……


 俺の名前は界外帝人。15歳。本日から高校1年生。AB型。魚座。

 家族構成は俺と母親の2人家族。母親の年収がいいことから特に不自由もなく暮らしてきた。

 スポーツ経験は非常に多いと自負している。小学生の時はサッカー、バスケット、合気道。中学生の時はバレー、ロードレース、卓球、水泳、剣道だ。

 全てアニメや漫画の影響である。スポーツに限らず好きな作品の主人公に憧れては彼らをトレースしてきた。結果、キャラが安定せず友人たちは徐々に俺の周りからいなくなってしまった。

 そりゃそうだ。昨日までバレー部の王様キャラだった男子がいきなり省エネ主義のやれやれ系男子になっているのだ。友人がいなくなるのは当然の結果である。

 俺が自身の過ちに気づいたのは中学3年の夏休み。完全に手遅れだった。

 俺は誓った。高校では創作物のキャラをトレースせず、なるべく素の自分で過ごしていくことを。そして親しい友人を作り、あわよくば可愛い彼女も作って、楽しい学校生活を送ることを目標に掲げたのだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 春アニメが放送し始める4月。入学式に向かう電車の中で俺は美少女に声をかけられていた。

 

「その制服、君も高度育成高校の生徒だよね?」

「そうだけど。……もしかしてそっちも?」

 

 どうやらこの美少女は俺が着ている嫌でも目立つ制服を見て声をかけてきたようだ。

 

「うん。そうだよ。まさか通学途中で同級生に会えるなんて思わなかったよ」

「俺も」

「私の名前は一之瀬帆波。君の名前は?」

「俺は界外帝人。よろしく」

「うん、よろしくね。界外くん」

 

 これが、俺と一之瀬帆波の出会いであった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「へぇ。界外くんって東中だったんだ。私は北中だよ」

「北中か。同じ小学校の元友達もいってたな」

「元友達?」

「いや、何でもない」

 

 俺と一之瀬は、電車に揺られながら地元トークに花を咲かせていた。彼女も同じ千葉市内に住んでおり、最寄り駅も一緒だった。

 ていうか北中にこんな美少女がいたなんて。俺の家がもう少し北中側にあれば……。悔やんでも仕方ないか。今は一之瀬と一緒の高校に通えることに喜びを感じよう。

 

「あ、そうだ。連絡先交換しない?」

「いいぞ」

 

 するに決まってるじゃないですか。中学時代、挨拶以外に1人の女子としか会話をしていない俺がこんな美少女の連絡先交換を断る理由がない。

 しかし、一之瀬はコミュ力が高いな。俺も見習いたいけど無理だろうな……。

 

 お互いの連絡先を交換し、楽しい時間を過ごしていると、あっという間に降車駅に着いてしまった。もう2、3時間着かなくてもよかったのに。千葉から東京だし仕方ないけど。

 

「学校までは徒歩で15分位かかるようだけど、どうする?」

「うーん、15分位なら歩いていこっか」

「だな。バス混んでそうだし」

 

 そして15分後。無事、俺と一之瀬は高度育成高等学校に辿り着いた。

 

「うわ、やっぱバス凄い混んでるね」

「ああ。乗らなくて正解だった。あんな人多いの無理」

「にゃはは。私もあれは勘弁かなー。それよりクラス分けってどこでわかるんだろ?」

「校門にはないから玄関あたりに張り出されてるんじゃないか」

「そっか。同じクラスだといいね」

 

 俺も同じこと思ってる。ていうか一之瀬の100倍は強く思ってる。これで違うクラスだったら生きていけないかもしれない。

 もし一之瀬と同じクラスだったら俺、神様信じる。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 10分後。俺はふらつきながら、自分が配属されたD組の教室に到着した。俺は神様を信じない。この世に神はいなかったのだ。

 教室の中に入ると、既に半数以上の生徒がいるようだ。ぐるりと教室を見渡し、俺は自分のネームプレートが置かれた席へと向かった。

 

 なんだこの教室は。

 

 監視カメラが多数設置されてることに俺は気づいた。教室内に監視カメラがあるなんてさすが高度育成高校である。さすこう。

 恐らく授業態度のチェックやカンニング防止に使うのだろう。どうやら、からかい上手の女子が隣にいても相手に出来なさそうだ。

 

 さてどうしようか。クラスメイトを見ると、1人で資料を見たり、コミュ力が高いのか世間話をしていたりする。

 1人だけ茶髪のイケメンが俺と同じようにクラスメイトの様子を伺っているようだ。

 よし、声をかける前にトイレに行こう。ちなみに声をかけることをためらったわけではない。入学式中に尿意を催さない為だ。

 

 すっきりして教室に戻ってくると、生徒がどんどん登校してきたようで密集していた。

 

「先を越された……!」

「入学早々随分と重たいため息ね」

 

 先ほど、視線を泳がせていたイケメンが隣の席の黒髪ロングの美少女と楽しく会話をしていた。

 声をかけづらくなってしまった。トイレに行かないで声をかけておけばよかった……。

 ていうかこの子も凄い美少女だな。一之瀬とはタイプが違うクール系といえばいいのだろうか。

 改めて教室内を見渡すと一之瀬や黒髪ロング程ではないにしても可愛い子ばかりである。女子は顔で選ばれてるのではないだろうかと疑ってしまうレベルである。

 でも気が強そうな子が多いな。……仲良くなるのは無理そう。

 まあ、俺には一之瀬がいるから問題ない。クラスの女子と会話がなくても問題はない。俺はそう自分に言い聞かせ、自分の席へ戻っていった。

 

 それから数分ほど経って、始業を告げるチャイムが鳴った。

 ほぼ同時に、スーツを来た巨乳の女性が教室へと入って来る。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している」

 

 おいおい担任まで美女かよ。どこのIS学園ですか。ていうか茶柱っておめでたい名字だな。

 

「この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う。よろしく」

 

 クラス替えがない。つまり一之瀬と一緒のクラスになることはないってことか……。

 この瞬間、2年になったら一之瀬と同じクラスになれるのではないかという俺の淡い期待は吹き飛んだ。

 絶望した! クラス替えがないことに絶望した!

 

「入学式の前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう」

 

 俺が絶望している間にも茶柱先生の説明は続いていく。

 Sシステムだのポイントだの色々説明してくれているが、この状態では頭に入ってこない。

 資料に書いてあるようだし後で確認すればいいだろう。監視カメラのことも今度聞けばいいや。

 

 茶柱先生は説明を終えるとさっさと教室から出て行った。

 俺も茶柱先生の後をつけるように教室から出てトイレへと向かう。

 ちなみに廊下を歩いていれば一之瀬と会えるかもしれないと思ったわけではない。あくまでトイレが目的である。

 

 教室に戻ろうとするとクラスメイト達が自己紹介をしていた。

 えー、ものすごく入りづらいんですけど。

 爽やかイケメンが声かけしたのか、彼が進行して順番に自己紹介をしている。

 くそ、タイミングが悪いな。教室に残っていれば俺も空気に逆らわないで参加出来たのに!

 どうやら友人を作る道は険しいようだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 偉い人のお言葉を頂戴し、無事に入学式が終了した。

 そして昼前。俺たちは一通り敷地内の説明を受けた後に解散となった。

 俺は寮に行く前にコンビニやスーパーに寄ろうと考えていた。

 もちろん1人で。

 

「あ、界外くんだ」

 

 コンビニでの買い物を済ませ、スーパーの中に入ると俺の心の拠り所である一之瀬と鉢合わせた。

 まさかこんなところで再会するとは。これは運命なのかもしれない。

 

「よう」

「やほー。界外くんも買い物?」

「ああ。寮に行く前に色々見て回ろうと思って」

「そうなんだ。私も一緒に回っていいかな?」

「いいけどクラスメイトと遊んだりしないのか?」

「うん。誘われたけど施設を見て回りたいから断ったんだよね」

 

 意外だな。一之瀬のことだからクラスメイトと初日から交流を深めていると思っていた。

 

「そうなのか。それじゃ色々見て回ってみるか」

「うん」

 

 俺と一之瀬は店内をうろついていた。

 商品の値段を見る限り、物価は千葉とあまり変わらないようだ。賞味期限が近いのか無料の食材まで売っている。なんとも学生に優しいお店である。

 

「コンビニも無料のもの売ってたよな」

「だね。月に10万ポイントも貰えるのにねー」

「使いすぎた生徒への救済措置なのかもしれない。あとは俺の推測なんだが」

「なになに?」

「教室に監視カメラが設置されてただろ」

「え、嘘?」

 

 どうやら一之瀬は監視カメラが設置されていることに気づいていなかったようだ。

 もちろんB組の教室は確認していないが、D組だけが設置されている可能性は低いだろう。

 

「D組には多数設置されてた。多分他のクラスも設置されてると思う」

「全然気づかなかったよ……」

 

 普通は気づかないだろう。俺が目ざとすぎるだけだ。

 

「恐らく監視カメラで普段の授業態度をチェックするんじゃないかと思ってる」

「なるほどね」

「それで授業態度が悪い生徒に毎月支給されるポイントが減額されるんじゃないかと考えている」

「ポイントが減額?」

「ああ。資料を見ると毎月ポイントは支給されるけど、10万ポイントが毎月支給されるとは書いてなかっただろ?」

「ちょっと待って。資料見てみるから」

 

 そういうと一之瀬は資料を鞄から取り出し見始めた。

 真面目な顔も可愛い。こんな美少女と一緒に買い物なんて俺の高校生活は入学初日でピークを迎えたのかもしれない。

 

「……ホントだ。書いてないや」

「あくまで俺の推測だけどな」

「うん。でも可能性は高いと思う。教えてくれてありがとね!」

「いや別に」

 

 満面の笑みでお礼を言う一之瀬。

 こんな笑顔が見れるなんて某省エネ主義の主人公を真似ていた時期があったおかげだな。

 あれのおかげで俺の推理力は高まったと思う。どうでもいいことばかり推理してたけど。

 

 一之瀬との放課後デートを終え、寮へ帰り着いた俺は鼻歌交じりに荷物の荷解きをしていた。

 なぜ鼻歌を歌っているかというと、一之瀬と別れる際に彼女から非常に魅力的なお誘いがあったからだ。

 毎日一緒に通学しないか、というお誘いだった。

 了承後に理由を聞いてみたところ、他クラスになってしまった俺と交流を深めたいとのこと。

 お互いクラスメイトとの付き合いが忙しくなり、今日のように2人で遊ぶ機会を設けることが難しいのでは、と一之瀬は危惧したようだ。

 俺がクラスメイトとの付き合いで忙しくなることはあるのだろうか……。

 まあ、いい。とにかく明日から一之瀬と毎日一緒に登校出来るのだ。

 俺は一之瀬との登校に胸を躍らせながら荷解きに励んだ。

 




一之瀬を勝手に千葉県民にしてしまいました


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2話 おっぱい戦士たち

ナイスおっぱい!


 学校2日目。俺は寮の玄関ホールでラブリーマイエンジェルほなみたんを待っていた。

 ……さすがにほなみたんは気持ち悪かったな。本人には絶対言わないでおこう。

 

「おはよう。界外くん!」

「おはよう。一之瀬」

「もしかして結構待った?」

「いや、俺も今来たところ」

「そっか。よかったー。それじゃいこっか」

「ああ」

 

 嘘です。本当は30分前から待ってました。

 一之瀬との通学が楽しみ過ぎて、つい早く来てしまいました。

 

 俺と一之瀬は雑談しながら学校へ向かっていた。

 

「え? お弁当作ってきたの?」

「ああ。毎日弁当にしようと思う」

「偉いね。料理好きなんだ?」

「好きだな」

 

 そう。俺は料理が好きだ。どれくらい好きかと言うと遠月学園に入学したいと思うほど好きである。

 いつか一之瀬に手料理を振る舞って、おはだけさせたい。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 一之瀬と廊下で別れ、教室に入るといきなり男子2人が声をかけてきた。

 

「界外! お前彼女がいるのか!?」

「一緒に登校してたよな。どうなんだよ!?」

 

 朝からうるさいなこいつら。目立っちゃうからボリューム下げてくれよ。

 それより俺の名前覚えてくれたのか。少し嬉しい。ここは優しく接しよう。友達になれるいいチャンスかもしれない。

 

「一之瀬は彼女じゃないぞ。地元が一緒だから仲良くしているだけだ」

「なんで入学2日目で女の子と仲良く出来るんだよ!」

「お前化物か!?」

 

 化物かって。この後、『今からお前の春を殺す』とか言われちゃうんだろうか。

 

「たまたま初日に電車に一緒になっただけだぞ」

「そうなのか。運がいいなお前」

「だよな。あんな美少女と仲良くなれるなんて」

 

 本当に運がいいと思う。もう高校生活3年分の運を使い果たしたしてるんじゃないだろうか。

 そういえばこの2人の名前がわからない。何とか聞き出して仲良くなるきっかけを作らないと。

 

「しかも胸大きいしな」

「だよな。あれはヤバイ」

 

 前言撤回。こいつらと仲良くなる気はなくなった。

 一之瀬をエロい目で見るとは。クインケで両目を潰してやろうか。

 俺が殺気を放っていると始業のチャイムが鳴り、2人は自席へ戻っていった。

 

 授業初日ということもあり、授業の大半は勉強方針などの説明だけだった。

 授業中にお喋りをしたり、居眠りをする生徒がいたが先生たちは一切注意をしなかった。

 時間を置いて監視カメラの映像を見せられ注意されるのだろうか。それとも監視カメラの存在は知らせずにポイントを減点させていくのか。

 物思いにふけていると、いつの間にか昼休みを迎えた。

 

「えっと、これから食堂に行こうと思うんだけど、誰か一緒に行かない?」

 

 爽やかイケメンは立ち上がると、そんなことを言った。

 凄いな。こういうのを当たり前に出来るなんて尊敬する。

 周りを見渡すと茶髪のイケメンが手を挙げようとしていたが、爽やかイケメンは女子数人を引き連れて教室の外へと行ってしまった。

 茶髪のイケメンは、挙げかけた宙ぶらりんな手で頭を掻いて誤魔化していた。

 あいつも俺と一緒で友達が欲しいけど出来ないんだろうな。何だか親近感が湧いてきたぞ。

 タイミングを見計らって声をかけてみようかな。よし。隣の女子がいなくなったら声をかけよう。隣の女子が席を立った。よし今だ!

 

「綾小路くん……だよね?」

 

 ずこーん。勇気を振り絞って声をかけようとしたが他の子とタイミングが重なってしまった。

 話しかけられる絶好のチャンスだったのに!

 茶髪のイケメンは綾小路っていうのか。覚えておこう。

 さて、綾小路を誘うのは諦めて1人で弁当を食べるとするか。

 

 はぁ。1人で弁当食べるのは楽しいなあ。

 弁当は美味しいし、周りは静かだし文句ないなあ。

 ため息をつきながら弁当を食べていると、スピーカーから音楽が流れてきた。

 

「本日、午後5時より、第一体育館の方にて、部活動の説明会を開催いたします――――」

 

 部活動説明会か。将棋部でも入ろうかな。でもアニメ終わっちゃったからな。

 部活は入らずに勉強頑張るか。最近は主人公がヒロインに勉強を教えるラブコメが流行ってるみたいだし。

 でも国立だし勉強が苦手な子はいないだろうな。

 そういえば綾小路は説明会に参加するのだろうか。ふと気になり彼の席を見ると、隣の女子と仲良くお喋りをしていた。

 

「……」

 

 虚しさに苛まれた俺は部活動説明会に参加せず、寮へまっすぐ帰宅した。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「いやー授業が楽しみ過ぎて目が冴えちゃってさー」

「この時期から水泳の授業があるなんて最高だよな!」

 

 登校すると池と山内が騒いでいた。

 どうやら水泳の授業が楽しみでしょうがないらしい。

 ちなみにこの2人の名前は、女子が彼らの陰口を何度も叩いてるのを聞いているうちに覚えてしまった。

 この2人の女子からの嫌われっぷりは異常だ。

 しかし水泳の授業か。一之瀬の水着姿も見てみたかったな。夏休みに頑張ってプールに誘ってみるか。

 

「おーい博士。ちょっと来てくれー」

「フフッ、呼んだ?」

 

 太目の生徒が、あだ名なのか「博士」と呼ばれて池へと近づいていった。

 

「博士、女子の水着ちゃんと記録してくれよ。おっぱい大きい子ランキングの為に」

「任せてくだされ。体調不良で授業を見学する予定ンゴ。おっぱい大きい子ランキングの為に」

 

 おっぱい連呼しすぎだろ。

 こいつらは女子達から汚物を見るような目を向けられていることに気づいていないのだろうか。

 綾小路が池に呼ばれておっぱい戦士たちに近づいていった。どうやら彼は女子の好感度より男同士の友情を選んだようだ。

 ちなみに一番の巨乳候補は長谷部という女子らしい。なんか心を整えてくれそうな名前だな。

 

「あなたは参加しないの?」

「え」

 

 急に綾小路の隣の席の女子から声をかけられた。

 俺もおっぱい好きに見られているのだろうか。確かにおっぱい好きなのは否定しないが、あそこまで本能丸出しにはしない。

 

「ああいう馬鹿騒ぎは苦手なんだ」

「そう。まともな男子がいてよかったわ」

 

 よかった。まともな男子認定されました。

 ていうかこれは彼女と交流を深めるいいチャンスでは?

 よし、今度こそ決めてやる。

 

「えっと、綾小路の隣の席の子だよな。俺の名前は界外帝人。よろしく」

「その覚え方、非常に不愉快なのだけれど」

「ご、ごめんなさい……。まだクラスメイトの名前を覚えていなくて……」

 

 ひええ。怒らせてしまった。

 確かにそんな覚え方されたら嫌だよな。また友人を作るチャンスを潰してしまった……。

 

「堀北鈴音よ」

 

 おお、答えてもらえないと思ってたのに教えてもらえたよ。

 まさか男子より先に女子から名前を教えてもらえるとは。

 よし、この勢いで世間話をしてみるか。

 

「それじゃ」

 

 そう言うと堀北は自席へと戻っていった。

 くっ、もう少し会話を続けたかったのに。

 まあ、堀北から声をかけてくれたことだし、また話す機会もあるだろう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「うひゃー、やっぱこの学校はすげぇな! 街のプールより凄いんじゃね!?」

 

 着替えを済ませた男子の一部が、プールを見るなり、そんな声をあげた。

 確かに凄いな。屋内で天気の影響も受けないし、温水だから春でも十分泳げる。フリーしか泳がない水泳部員がいる高校のとは大違いだ。

 

「女子は? 女子はまだなのか!?」

 

 鼻をふんふんと鳴らしながら、池は女子を探す。

 ここまで本能に忠実なやつも珍しいな。

 

「うわー。凄い広さ、中学のプールより全然大きい」

 

 男子グループから遅れること数分、女子の声が耳に届いた。

 

「き、来たぞ!?」

 

 身構える池。そんなに露骨だとまた汚物を見るような目を向けられるぞ。

 いや、もう池自体が汚物ではないだろうか。

 まあ、俺も健全な男子高校生なので興味ありまくりなのだが。

 

「長谷部がいない! ど、どういうことだっ!?」

 

 どうやら長谷部は見学のようだ。そりゃあれだけ騒がれていれば見学するだろう。

 池たちを見ると、綾小路以外は頭を抱えてその場に崩れていた。

 

「クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「なんでだよ! 俺たちが何したっていうんだよ!!」

 

 プールサイド全体に、池と山内の叫びがこだまする。

 一部の女子たちからキモ、と呟かれている。

 あいつらの近くにいなくてよかった。

 

「2人とも、なにやってるの? 楽しそうだねっ」

「く、くく、櫛田ちゃん!?」

 

 2人の間を割って入るように、巨乳の子が顔を覗かせた。

 この子も可愛いな。しかもスタイルもいい。

 櫛田っていうのか。また1人クラスメイトの名前を覚えたぜ。

 

「綾小路くん、何か運動してた?」

「特に。自慢じゃないが中学は帰宅部だったぞ」

 

 俺がクラスメイトの名前を新たにインプットしていたところ、堀北と綾小路が話しながらこっちへ向って来た。

 堀北の水着姿も健康的でいいな。

 ……ていうか何でこっち来てんだ? 

 

「界外くんは何か運動してた?」

「俺?」

「ええ」

 

 まさか面接以外でスポーツ経験を聞かれるとは思わなかった。

 堀北が俺に少しは興味を持ってくれたということだろうか。

 

「そうだな。バスケット、バレー、ロードレース、サッカー、野球、卓球、水泳、合気道、剣道くらいかな」

「そ、そう……。た、沢山経験してるのね……」

 

 あれ、引かれてる?

 おかしいなあ。特に引かれるようなことは言ってないと思うんだが。

 

「そんな多くのスポーツを経験してるとは凄いな」

 

 堀北に引かれた原因を考えていると、綾小路に声をかけられた。

 俺のスポーツ経験の豊富さに感心してくれてるようだ。

 よし、このまま自己紹介して交流を深めるぞ。

 

「ありがとう。俺の名前は界外帝人。よろしく」

「綾小路清隆だ。よろしく頼む」

 

 やったぜ。とうとう男子から直接名前を教えてもらったぞ。

 なんだか綾小路とは仲良くなれそうな気がする。根拠はないけれど。

 後で連絡先を聞いておこう。

 

「そういえば堀北は何で俺のスポーツ経験なんて聞いたんだ?」

 

 綾小路との自己紹介を終えたところで、堀北に質問の意図を聞いてみる。

 

「アスリートのような体つきをしてたからよ」

「なるほど。堀北は筋肉フェチなのか」

「違うわ」

 

 速攻で否定された。

 

「よーし、お前ら集合しろ」

 

 マッチョ体型のおっさん教師が集合をかけ授業が始まる。

 何だかPK学園にいそうな体育教師だな。

 

「見学者は16人か。随分と多いようだが、まぁいいだろう。準備体操を終えたら、早速泳いでもらう」

「あの、俺あんまり泳げないんですけど……」

「俺が担当するからには、必ず夏まで泳げるようにしてやる。安心しろ」

「どうせ海なんて行かないし、無理して泳げるようにならなくてもいいんですけど」

「そうはいかん。今は苦手でも構わんが、克服はさせる。泳げるようになれば必ず役に立つからな。必ず、な」

 

 教師の説明が終わり、全員で準備体操を始める。それから50mほど流して泳ぐように指示される。

 俺は綾小路と一緒に軽く泳ぎ、全員が終えるのを待った。

 

「とりあえずほとんどの者が泳げるようだな。では早速だがこれから競争をする。男女別50m自由形だ」

 

 自由形だと? つまりフリー。

 フリーしか泳がない俺にうってつけの競争じゃないか。ふふふ、勝ったな。

 

「急ににやついてどうしたの? 気味が悪いのだけれど」

 

 堀北が何か言ってるようだが気にしない。

 久しぶりに水に飢えてやろうじゃないか。

 

「1位になった生徒には、俺から特別ボーナス、5000ポイントを支給しよう。一番遅かった者は、補習を受けさせるからな」

 

 しかも1位に5000ポイントの特別ボーナスだと。

 今日はついてるな。堀北、綾小路と交流を深め、5000ポイントもゲットときた。

 

「堀北、綾小路」

「なに?」

「どうした?」

「明日の昼食奢ってやる。好きなもの頼んでいいぞ」

「え、いいのか?」

「大した自信ね。もう勝った気でいるのかしら」

「俺に勝てるのは俺だけだからな」

 

 

 

 30分後。頭を抱えて崩れている少年がいた。ていうか俺だった。

 俺は予選を圧勝したものの、決勝では高円寺に競り負け、僅差の2位でレースを終えた。

 

「惜しかったな」

 

 顔をあげられない俺を綾小路が慰めてくれている。

 ちなみに綾小路は予選で10位だったようだ。

 

「哀れね」

「うっ……」

「俺に勝てるのは俺だけ、だったかしら」

 

 堀北が嘲笑しながら俺を見下ろしている。

 死にたい……。

 なんであんな調子に乗ったこと言ってしまったんだ。クラスメイトと会話が出来て浮かれていたんだろうな。

 ていうかあの金髪、速すぎだろ。Wi-Fiの電波を気にしていそうな奴に似てるくせに。

 

「界外くん」

「……はい」

「明日、お昼楽しみにしてるわ」

「……はい」

 

 明日はクラスメイトと一緒にランチだ。

 嬉しいなあ。ははは。はぁ……。 



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3話 クールな彼女はエリートぼっち

よう実のギャルゲ出てほしいです


 翌日、昼休み。

 俺は綾小路と堀北の3人で食堂へ足を運んでいた。

 目的はもちろん昨日の約束を果たすためだ。

 3人とも高めのスペシャル定食を選び、席を確保して共に座る。

 

「高いもの選んでしまって悪いな」

「気にしなくていい。約束だし」

「そうよ。綾小路君が気にすることないわ」

 

 確かにそうだけど、堀北が言うなよ。

 そういえば食堂のご飯を食べるのはこれが初めてだな。スペシャル定食だけあって非常に美味い。

 

「綾小路と堀北は食堂で食べたことあるのか?」

「オレはない。いつも購買のパンだ」

「私もないわね」

 

 俺と同じだったか。確かに綾小路はパン、堀北はサンドイッチをよく食べている。

 ていうかそれ以外を食べてるのを見たことない気がする。成長期にその食生活で大丈夫なのだろうか。

 

「界外はいつも弁当持参してるよな」

「ああ」

「毎日作るの面倒臭くないか?」

「料理好きだから面倒臭いと思ったことはないぞ」

「そうか」

「ご馳走様」

 

 え、堀北もう食べ終わったのか。早いなおい。

 そのまま食器下げに行っちゃったよ。

 あれ、一緒にランチしたのにほとんど会話してないような気がする。

 

「堀北、行ってしまったな」

「ああ。もう少し話したかったんだけどな」

「あいつは1人が好きだからな。仕方ないんじゃないか」

「そうか」

 

 なるほど。堀北は孤高のエリートぼっち、ということか。

 俺や綾小路と違って望んで1人でいるわけだ。

 

「……ん?」

「どうした?」

「いや、何でもない」

 

 ふと、食堂を見渡していると、食事中の一之瀬の姿が視界に映りこんだ。

 クラスメイトであろう女子たちと楽しく食事をとっているようだ。

 よかった。これで男と2人で食事を取っていたら発狂していたかもしれない。

 いや、俺は一之瀬の彼氏じゃないんだけどね。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 その日の放課後。

 

「堀北さん。私、これから友達とカフェ行くんだけど、一緒にどうかな?」

「興味ないから」

 

 問答無用、一刀両断に櫛田の誘いを切り捨てる。

 入学してから櫛田は定期的に、堀北を遊びに誘っている。

 

「そっか……じゃあ、また誘うね」

「待って、櫛田さん。もう私を誘わないで。迷惑だから」

 

 冷たくあしらうようにそう言った。

 だが櫛田は寂しそうな顔を見せることもなく、笑顔を絶やさずこう返した。

 

「また誘うから」

 

 櫛田はそれからいつものように友達の元へ駆け寄り、グループで廊下に出ていく。

 

「桔梗ちゃん、もう堀北さんを誘うの止めなよ。私、あの子嫌い――――――――」

 

 教室の扉が閉まる寸前、そんな女子の声が微かに聞こえてきた。

 その言葉は傍にいた堀北にも聞こえたはずだが、少しも意に介していないようだ。

 

「あなたたちまで、余計なこと言ったりしないわよね?」

「ああ。お前の性格は十分理解したつもりだし」

「人間強度下がっちゃうもんな」

「人間強度? 何を言ってるの?」

「な、なんでもない。それじゃまた明日」

 

 堀北に睨まれた俺は颯爽と教室から出ていった。

 しかし、櫛田もしつこいよな。断られるのわかってるのに遊びに誘うとは。

 ため息をつきながら玄関に辿り着くと、天使と遭遇した。

 

「あ、界外くんだ。待ってたよー」

「一之瀬。どうしたんだ?」

 

 どうやら一之瀬は俺が来るのを待っていたようだ。

 放課後に2人で会うのは入学式の日以来だ。

 

「うん。界外くんと2人で遊びたいなって思って」

「クラスメイトとの用事はないのか?」

「うん。今日はないよ。……どうかな?」

「いいぞ。俺も暇だし」

「ホント? よかったー」

 

 暇じゃなくても一之瀬の誘いを断るつもりはないけどね。

 

「ちなみに行きたいところあるのか?」

「うん。カラオケなんてどうかな?」

「カラオケか。俺、アニソンばかりなんだけど……」

「私もアニメ見るから大丈夫だよ」

 

 意外な事実が発覚。まさか一之瀬もアニメを見てるとは。

 最近はリア充の人たちも見るんだろうか。

 なんにせよ、一之瀬とアニメの話が出来るのは非常に嬉しいことだ。

 今度、頑張って映画にも誘ってみよう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「とりあえずかんぱーい!」

 

 10分後。俺と一之瀬は学校から一番近くにあるカラオケに来ていた。

 一之瀬が音頭を取り、ドリンクバーで乾杯している。

 

「何に対しての乾杯なんだ?」

「うーん、私と界外くんの初2人カラオケを記念してかな」

「なるほど」

 

 確かにそれなら乾杯しないといけないな。

 こういうノリからも一之瀬のコミュニケーション能力の高さが伺える

 しかし、密室部屋に美少女と2人きりというのは少し緊張するな。一之瀬は男子と2人きりという空間に緊張はしないのだろうか。

 ……うん。してなさそうだな。いつも通りの一之瀬だ。なら俺もいつも通りに振る舞うよう努力しよう。

 

 それから2時間。俺たちは歌いまくった。

 一之瀬は俺を気遣ってか、アニソン中心に選曲していた。

 ごめんね。流行の曲も勉強しておくね。

 

「いやー、歌ったねー」

「だな。友達とカラオケなんて初めてだから新鮮だった」

「え、初めてなの?」

「ああ。1人カラオケは何回も行ったことあるんだけどな」

「そうなんだ。……楽しかった?」

「もちろん。一之瀬と一緒ならなんでも楽しいと思うぞ」

「そ、そっか。……えへへ」

 

 そう言うと、一之瀬は顔を赤くして俯いてしまった。

 照れてるんだろうか。照れた一之瀬も可愛くてしょうがない。

 一之瀬がもじもじと指先をスカートの上で動かし始めた。それに釣られて俺はなんとなく一瞬視線を向けてしまうも……そこで彼女のスカートが存外短いことに気づき、慌てて視線を逸らした。

 会話が途切れ、沈黙が続くが不思議と俺は嫌な感じはしなかった。

 

「もう18時近いけど、どっかで飯でも食べるか?」

 

 もう少し一之瀬と一緒にいたいので、外食を提案してみる。

 本当なら俺の部屋で手料理を振る舞いたいところだが、部屋に呼ぶのは勇気がいる。

 

「そうだね。もう少しお喋りしたいし」

「それじゃ適当にファミレスでも行くか」

「うん」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「いやー、沢山歌ったらお腹減っちゃったよー」

 

 ファミレスの店内に入り席に案内をされると、一之瀬はスクールバッグをソファに置いた。

 

「だな。俺も腹ペコだよ」

 

 俺もスクールバッグを自分の隣の椅子に置き、一之瀬に答える。

 一之瀬は、メニューを開きながらナチュラルに笑顔を作り、

 

「また2人で行こうね」

「ああ。俺はいつも空いてるから一之瀬の都合いい時に誘ってくれ」

「あはは、いつも空いてるんだ」

 

 はい。いつも空いてるんです。

 いつか綾小路と放課後一緒に遊べる仲まで進展出来ればいいけど。意外とあいつもクラスで話せる人が多いからな。俺、堀北、櫛田、須藤、池、山内と6人もいらっしゃる。

 今度綾小路を観察してみるか。友達とまではいかないまでも話し相手を増やすテクニックが見つかるかもしれない。

 

「一之瀬は予定がびっしり埋まってそうだよな」

「そんなことないよ」

 

 俺は一之瀬と軽い雑談をしながら、メニューを見る。そしてお互い決めたら店員を呼び、オーダーを伝えた。

 店員が去って一息つくと、一之瀬が切り出す。

 

「あのさ」

「ん」

「今日、珍しく食堂に来てたよね?」

「ああ、初めて食堂に行ったよ。それがどうかしたのか?」

「うん。一緒にお昼食べてた女の子なんだけど」

「堀北のことか?」

「……堀北さんっていうんだ」

「ああ。堀北になにかあるのか?」

「う、ううん。……可愛い子だなーって思ってね」

 

 なるほど。あの人の多さでも堀北の美しさは際立つということか。

 一之瀬も可愛い女子に興味あるんだな。

 ゆるゆり程度なら俺はいいと思います。がちゆりなら困るけど。

 

「そうだな。堀北はDクラスで一番可愛いと思う」

「そ、そうなんだ……」

 

 俺が堀北の評価を言うと、一之瀬の表情が暗くなった。

 なんだろう。急にお腹が痛くなったのだろうか。

 

「……界外くんは、堀北さんと仲が良いの?」

「いや、昨日初めて話したばかりだけど」

「え、そうなの?」

「ああ」

 

 俺は堀北、綾小路と一緒に昼食をとることになった経緯を説明した。

 説明の途中で俺のクラスでの交友関係も聞かれたので素直に答えた。

 説明を終え、一之瀬の顔色を伺うと、いつもの明るい表情に戻っている。

 お腹痛いの治ったのか。

 

「あはは、勝利宣言したのに負けちゃったんだ」

「うぐ……。わ、笑いすぎだぞ……」

「ごめんごめん。でも2位でも凄いと思うよ。界外くんて運動神経いいほうなんだ?」

「まあな。一之瀬は?」

「私は全然だよ。徒競走で1位取ったことないしね」

 

 意外だ。一之瀬は活発そうに見えるので運動神経もいいと勝手に思っていた。

 

 ファミレスで2時間ほど雑談をし、俺と一之瀬は寮までの道を歩いている。

 

「もう21時近くか。遅くまで付き合わせて悪かったな」

「全然だよ。どっちかというと私が付き合わせちゃった感じだし」

「いや、俺はいいんだけど。一之瀬は女の子だから帰りが遅くなるのはアレかなと思って」

「優しいんだね。でも大丈夫だよ。こうして界外くんが送ってくれてるわけだし」

 

 そりゃ同じ寮に住んでるからな。

 でも人から頼られるのは嬉しいもんだ。それが一之瀬からなら尚更。

 今なら桐山くんの気持ちがわかる。3期早くやってくれないかな。

 さて、帰ったら今日も勉強するか。一之瀬にもっと頼られる人間になる為に。

 ……いや、アニメの録画消化しないといけないから勉強は明日にしよう。




次回もよろしくです!


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4話 お団子ヘアーだからといってアホの娘とは限らない

今期はヒナまつりが一番笑えますね


 翌日の放課後。

 ラノベの新刊を入手するため、俺は本屋に足を運んでいた。あまりポイントを使用したくないがラノベは小説と違い図書室に置いていないので、こうして購入するしかない。

 ちなみに一之瀬との娯楽費も必要経費だ。

 それより今日は一段と池と山内の質問攻めがうざかった。しかもその2人だけでなく女子からも質問された。

 どうやら昨日の一之瀬との放課後デートを一部の生徒に見られてしまったようだ。

 まあ、質問してきた女子3人の名前を覚えられたからよかったけど。

 ちなみに名前は松下、佐藤、篠原だ。見た目は怖そうだったけど、話してみると意外に気さくな人たちだった。

  

 本屋での買い物を済ませて、寮までの帰り道を歩いていると、両サイドお団子ヘアーの女子がうずくまっているのを見つけた。

 普段なら声をかけるのに躊躇するが、気分がよかった俺は迷わず声をかけた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「は、はい。ちょっと足を挫いてしまって……」

「よかったら病院か保健室まで連れて行きましょうか?」

「い、いえ。さすがにそれは……」

 

 申し訳なさそうな声を発しながら、お団子ヘアーの女子が振り返り、俺と目が合う。

 またしても美少女だった。この学校は顔で女子を選んでるに違いない。

 それより大分痛そうだ。ひと目で痛みを我慢しているのがわかる。

 

「でも寮まで遠いし、連れて行きますよ。ここで会ったのも何かの縁でしょうし」

「……それじゃ保健室までお願いできますか」

「はい。それじゃどうぞ」

「すみません」

 

 お団子ヘアーの女子に肩を貸し、ゆっくりと保健室に向かい歩く。

 本当はお姫様だっこやおんぶの方が負担が少ないんだろうけど、俺にはそれを実行する勇気がなかった。

 まあ、女子の方も初対面の男子にお姫様だっこなどされたくないだろ。

 ただ肩を貸すのも一つ問題があった。

 胸が腕に当たってる! ヤバイ! 柔らかい! 右腕に全神経が集中してしまう!

 落ち着け、俺。

 Be Cool……フラットに行こうじゃないか。

 よし、とりあえず自己紹介でもしておこう。

 

「えっと、俺の名前は界外帝人です。1-Dに所属してます」

「君が界外くんですか!?」

 

 自分の名前を告げたところ、お団子ヘアーの女子が驚嘆している。

 俺のこと知ってるのか。

 

「俺のこと知ってるんですか?」

「はい。入試の主席合格者なので」

「俺、主席だったんですか?」

「え、知らなかったんですか?」

「はい。担任からも何も聞かされてないです」

「そ、そうなんですか。あ、私は3-Aの橘茜です」

 

 やはり先輩だったか。スクールバッグが少し年季が入ってたからな。

 それよりなんで俺の入試の成績を知っているんだろうか。

 

「先輩でしたか。それじゃ橘先輩って呼ばせてもらいますね」

「はい」

「それで橘先輩。なんで俺が入試の主席合格者だって知ってるんですか?」

「それは私が生徒会の役員だからです」

「生徒会ですか?」

「はい。ちなみに書記を任されています」

 

 生徒会役員だったのか。入試の情報って教師陣しか把握していないイメージだったけど、この学校は違うのか。

 その後、雑談をしつつ10分ほど歩き、保健室に到着した。

 

「誰もいないですね」

「そうですね……」

 

 保健室に到着したものの、肝心の養護教諭がいなかった。

 室内にある衛生品を勝手に使っていいのかどうか。

 

「橘先輩。保健室にあるものって勝手に使用しても問題ありませんか?」

「は、はい。使用目的があれば問題はありませんけど……」

「それじゃ俺が処置しますね」

「え」

「安心して下さい。スポーツ経験者なので、応急処置も習ってるんですよ」

「そ、そうなんですか。それじゃお願いします」

 

 俺は素早く応急処置を行った。

 橘先輩の靴下を脱がす際に、少し興奮してしまったのは秘密である。

 現在はアイシングで患部を冷却している。

 

「どうです?」

「はい。少し感覚がなくなってきました」

「そうですか。これで痛みは治まると思います」

「ありがとうございます」

「いえ。あくまで応急処置なので、腫れが引かない場合は病院に行ってくださいね」

「はい。わかりました」

 

 さてどうするか。やはり養護教諭が来るまで待った方がいいんだろうか。

 怪我をしてる女子を置いていくのもしのびないし。

 俺が色々考えていると、橘先輩が声をかけてきた。

 

「界外くんに大変お世話になっちゃいましたね」

「い、いえ」

「何かお礼させてください」

「お礼ですか……」

 

 お礼か。律儀な先輩だなあ。

 橘先輩のおかげで、お団子ヘアー=アホの娘、というイメージが覆ったよ。

 生徒会役員だし成績もいいんだろうなあ。それに学校事情にも詳しいだろうし。

 ……よし。決めた。

 

「それじゃ……連絡先を交換してもらえませんか?」

「連絡先ですか?」

「はい。実はこの学校のことよくわかってなくて……色々と教えてほしいんです」

「なるほど……」

 

 あれ、駄目か。確かに初対面の男子に連絡先を聞かれたら警戒するよな。

 これがアホの娘ならすぐにOK貰えるんだろうけど。

 せっかく勇気を出して聞いたのに……。

 よし。ならばこの技を使おう。

 

「えっと、先輩は生徒会役員ですし、なんか頼りになりそうだったので」

「わ、私がですか?」

「はい。知り合いの先輩もいないですし、橘先輩にしか頼めないかなって」

「……いいでしょう。私が色々と教えてあげます!」

 

 やった。入須先輩が、『わたし、気になります』の人に伝授していた方法で上手くいった。

 やっぱり人は、他人から頼られると嬉しいものなんだな。

 てか、この先輩、動作もいちいち可愛いな。強く胸を叩きすぎたのか、咳き込んでるし。

 

「ありがとうございます」

「でも校則上教えられないこともあるのでそこは勘弁して下さいね?」

「もちろんです」

 

 こうして俺は橘先輩という貴重なコネクションを手に入れた。

 橘先輩に学校のことを色々と教えてもらい情報を手を入れていこう。

 きっと大きな武器になるはずだ。

 ちなみにその日の夜は、橘先輩の胸の感触、靴下を脱がした際の背徳感を思い出し、悶々としてなかなか寝れなかった。




東京喰種の月山と高円寺は気が合いそう


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5話 女の子を部屋に招いてしまった

禁書3期10月放送開始ひゃっほー!


「ぎゃははははは! ばっか、お前それ面白すぎだって!」

 

 2時間目の数学の授業中、今日も池が大声で談笑していた。

 死んでくれないかな。

 俺はお前と違って、真面目に授業を受けたいんだよ。

 入学してから3週間、池と山内の2人に須藤を合わせて陰で3バカトリオなんて呼ばれている。

 しかし3バカトリオといっても、この全国屈指の名門・高度育成高校の入試を合格した男たちだ。きっと授業を真面目に受けなくても、成績に差し支えはないのだろう。

 俺も入試の主席合格者だからといって、油断してられない。

 

「うーっす」

 

 授業も後半に差し掛かろうという頃、教室の入り口が五月蠅く音を立てて開き須藤が登校してきた。

 

「おせーよ須藤。あ、昼飯食いに行くだろ?」

 

 池が離れたところから須藤に声をかける。数学教師は注意するどころか須藤に目もくれず授業を続けている。全ての教科の先生が私語も遅刻も居眠りも、全て黙認。その態度に最初は遠慮がちだったクラスメイトも、今では自由気ままに過ごしている。

 俺のように真面目に授業を受けている生徒はごく少数だ。

 後で後悔するがいい。ポイントが下がってることにな!

 

 そう。俺は橘先輩から支給されるポイントが変動されるという情報を得ていた。

 まあ、俺が予想した内容を伝えて、合ってるかどうかだけ答えてもらっただけなんだけど。

 やはり監視カメラは学年関係なく全クラスに設置されており、生徒の授業態度もチェックされてるそうだ。

 先生たちが放任主義なのも頷ける。真面目に授業を受けない生徒たちはポイントが減少されていることを知り、悔い改めるのだろう。先生が注意するより、そっちの方が効果は抜群だろう。

 俺がポイントの減少をされることはないだろう。10万もあるしダリフラのブルーレイでも買おうかな。

 

 3時間目の日本史。担任の茶柱先生の授業だ。授業開始のチャイムが鳴っても騒ぎ立てている教室に茶柱先生がやって来る。それでも生徒たちは騒ぐのをやめない。

 

「ちょっと静かにしろ。今日はちょっとだけ真面目に授業を受けてもらうぞ」

「どういうことっすかー。佐枝ちゃんセンセー」

「月末だからな。小テストを行うことになった。後ろに配ってくれ」

 

 一番前の席の生徒たちにプリントを配っていく。そして俺の机に1枚のテスト用紙が届く。主要5科目の問題がまとめて載った、それぞれ数問ずつの、まさに小テストだ。

 

「えー。聞いてないですよー」

「そう言うな。今回のテストはあくまで今後の参考用だ。成績表には反映されることはないから安心していいぞ。ただしカンニングは厳禁だがな」

 

 成績表に『は』か。つまり成績表以外に反映される、という意味だろうか。

 俺の気にしすぎか。念のため橘先輩に聞いてみるとするか。教えてくれるといいけど。

 いきなりの小テストが始まり、問題に目を通す。拍子抜けするほど、殆どの問題が簡単だった。

 受験の時に出た問題よりも2段階くらい低い。いくら何でも簡単すぎだ。

 そう思いながら問題を解いていくと、ラスト3問は桁違いの難しさだった。数学最後の問題は高校1年で解けるようなレベルじゃなかった。

 テストの問題内容のバランスがおかしい。成績表に反映されないのに、このテストで一体何を図ろうとしているのだろうか。

 とりあえず頑張って解くしかないか。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 昼飯を終えた俺は、図書室で橘先輩と雑談をしていた。

 

「小テストの問題の一部が難しすぎたと」

「はい。明らかに高1じゃ解けないレベルでした」

「解けなかったんですか?」

「解けましたけど」

「解けてるじゃないですか!」

「いや、予習していたおかげです」

「予習ってもしかして2年の範囲を?」

「はい。そうですけど」

 

 橘先輩が唖然としている。何かおかしなことを言ったのだろうか。

 現在、とあるラブコメ漫画の勉強キャラの主人公を見習っている俺は、録画したアニメを消化しつつ、予習・復習ばかりしていた。

 

「はぁ。なんで君みたいな子がDクラスなんでしょう」

「え」

「あっ」

「今のはどういう意味ですか?」

「あ、いや、今のはですね……」

 

 明らかに橘先輩が動揺している。眼が世界水泳並に泳いでる。

 俺みたいな子がDクラス。まるで俺がDクラスにいるのが不思議という意味で捉えられる。

 そういえば茶柱先生がクラス替えはしないと言っていた。

 

「橘先輩。教えてください。誰にも言いませんから」

「で、ですが……」

「橘先輩しか頼れる人がいないんです」

「うっ」

「お願いします」

 

 俺がそう言うと、橘先輩は諦めたような顔をして、先ほどの発言の意味について教えてくれた。

 この学校は優秀な生徒たちの順にクラス分けになっていること。最も優秀なクラスがAクラス。つまり俺が在籍しているDクラスは最底辺ということだ。

 生徒の評価は、学力だけでなく、社交性など含めた総合力で評価されるらしい。総合力なら俺はDクラスが妥当だよね。とほほ……。

 また、クラスは運命共同体であり、ポイントは個人でなくクラス単位で変動されるということ。

 つまり俺たちDクラスの今までの授業態度からすると、来月の支給ポイントが大幅に減少されるということだ。……さすがに0ポイントってことはないよね?

 

「まさかクラス単位だったなんて……」

「絶対誰にも言っちゃ駄目ですよ!?」

「……はい。わかってます。……はぁ……」

「そんな落ち込まないで下さい。Dクラスだからって界外くんがいい子なのは変わらないんですから!」

 

 いい子って……。俺もう高校1年生なんですけど。

 それよりクラスポイントか……。駄目だ。さすがにショックが大きい。俺個人が頑張っても意味がない。クラス全体で頑張らないといけないのだ。

 恐らくこのシステムの仕組みをDクラスで知ってるのは俺だけだろう。いずれ全員知ることになると思うけど。

 ただ橘先輩との約束があるので他言することは出来ない。彼女は俺を信用して教えてくれたのだ。この情報を他言することは橘先輩を裏切ることになる。

 

「ちなみにクラスポイントが増えるイベントはあるんですか?」

「ありますよ。イベントの詳細は言えませんがそこは安心して下さい」

「わかりました。教えてくれてありがとうございます」

「いえいえ。ちなみにポイントは大丈夫ですか?」

 

 意気消沈している俺を気遣ってくれてるようだ。

 橘先輩が天使に見えてきたぞ。天使といえば一之瀬はこのシステムの仕組みに気づいてるのだろうか。まあ、BクラスもAクラスの次に優秀な生徒が揃っていることだし、恐らく気づいているだろう。

 それより橘先輩の質問に答えなくては。

 

「はい。無駄遣いはしてないので大丈夫ですよ」

「本当ですか? もし困っていたら言ってくださいね」

「いや、女子からポイントを借りるのはちょっと……」

「いえ。私は頼りになる先輩ですから。どんどん頼ってください!」

「あ、ありがとうございます」

 

 この人大丈夫かなあ。なんか悪い男に引っかからないか心配になってきた。

 昨日だって沢山の書類を運ばされていたし。女子に持たせる量じゃないだろう。俺が通りかかったからよかったものの、また怪我されたら困るし。

 生徒会で仕事を沢山押し付けられてるのではないだろうか。

 それならば俺も橘先輩の負担を少しでも減らせるよう手助けしようじゃないか。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 5月最初の学校開始を告げるチャイムが鳴った。

 今朝ポイントを確認したところ支給ポイントは0だった。俺たちやっちまったな……。

 程なくして、手にポスターの筒を持った茶柱先生がやって来る。その顔はいつもより険しい。

 

「これより朝のホームルームを始める。が、その前に質問はあるか? 気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」

 

 茶柱先生がそう言うと、数人の生徒がすぐさま挙手した。

 俺も聞きたいことがあるがこのタイミングではない。

 

「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてなかったんですけど、毎月1日に支給されるんじゃなかったんですか?」

「本堂、前に説明しただろ、その通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月も問題なく振り込まれていることは確認されている」

「え、でも……。振り込まれてなかったよな?」

 

 本堂や山内たちは顔を見合わせた。何人かの生徒は気づいていなかったらしく驚いているようだ。

 

「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」

「愚か? っすか?」

「座れ、本堂。二度は言わん」

「さ、佐枝ちゃん先生?」

 

 よくこの状況で佐枝ちゃん先生って言えるな。俺には無理だ。

 本堂は茶柱先生の聞いたことがない厳しい口調に腰が引け、そのままズルっと椅子に収まった。

 

「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけが忘れられたという可能性もない。わかったか?」

「いや、わかったかって言われても。実際振り込まれてないわけだし……」

 

 本堂は戸惑いながらも、不満げな様子を見せる。

 いや、さすがに気づこうぜ。俺だってポイントが変動されることはだいぶ前からわかっていたぞ。

 

「ははは、なるほど。そういうことだねティーチャー。理解出来たよ」

 

 高円寺が声高らかに、笑った。そして足を机に乗せ、偉そうな態度で本堂を指さす。

 

「簡単なことさ、私たちDクラスには1ポイントも支給されなかった、ということだよ」

「はぁ? なんでだよ。毎月10万ポイント振り込まれるはずだろ」

「私はそう聞いた覚えはないがね。そうだろ? 界外ボーイ」

「うぇ!?」

 

 ここで俺に振るなよ。変な声が出ちゃったじゃねえか。

 水泳の競争以降、たまに高円寺が俺に話しかけてくることがあった。半分は何言ってるか意味が分からなかったけど。

 それよりクラス中の視線が俺に一気に集まってるんだが……。

 

「そうだな。ポイントは振り込まれるが毎月10万とは聞かされてない。恐らくDクラスの授業態度が酷くて支給されるポイントがなくなったんだろ」

「界外の言う通りだ。遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。ひと月で随分とやらかしたもんだ。この学校では、クラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイント全て吐き出した。それだけのことだ。入学式の日に直接説明したはずだ。この学校は実力で生徒を測ると。そしてお前たちは今回、0という評価を受けた。それだけに過ぎない」

 

「茶柱先生。僕らはそんな話、説明を受けた覚えはありません……」

 

 平田が手を挙げる。流石クラスのリーダー。こんな時も率先して行動するのは見習いたいものだ。

 

「なんだ。お前らは説明されなければ理解できないのか」

「当たり前です。説明さえしてもらえていれば、皆遅刻や私語などしなかったはずです」

「それは不思議な話だな平田。遅刻や授業中に私語はしないことは当たり前のことだろ。小中学校で教わったはずだ」

「そ、それは……」

「現に平田も含め少数だが真面目に授業を受けている生徒もいただろう。全員が当たり前のことを当たり前にこなしていたら、少なくともポイントが0になることはなかった。全部お前らの自己責任だ」

 

 真面目に授業を受けていた生徒たちに救済措置があってもいいんじゃないだろうか。まあ、怖くて言えないけど。

 

「それに高校1年に上がったばかりのお前らが、毎月10万も使わせてもらえると本気で思っていたのか? 優秀な人材教育を目的とするこの学校で? ありえないだろ、常識で考えて。なぜ疑問を疑問のまま放置しておく」

 

 これは俺にとっても耳が痛い話だ。でもクラスメイトの前で先生に質問するのは意外と勇気がいるんだよ。

 平田を見ると彼は悔しそうな姿を見せるが、すぐに先生の目を見た。

 

「せめてポイントの増減の詳細を教えてください……」

「それはできない相談だ。詳細な査定の内容は、教えられないことになっている。企業の人事考課と同じだ。しかし、そうだな……。一つだけいいことを教えてやろう」

 

 そう言うと、先生はクラスを見渡した。

 

「遅刻や授業態度を改め、今月マイナスを0に抑えたとしても、ポイントは減らないが増えることもない。つまり来月も支給されるポイントは0ということだ。裏を返せば、どれだけ遅刻や欠席をしても関係ない、という話。どうだ、覚えておいて損はないぞ?」

 

 これは完全に担任が自分のクラスを潰しにかかってるじゃないか。今の説明じゃ遅刻や私語を改めようという生徒の意識が削がれる。

 このままでは、とある高校の某ヒーロー科のようにクラス全員除籍もありえるのでは。

 俺がしょうもないことを考えているとチャイムが鳴り、ホームルームの時間の終わりを告げた。

 

「どうやら無駄話が過ぎたようだ。本題に移るぞ」

 

 手にしていた筒から白い大きめの紙を取り出し、黒板に張り付けた。

 そこには、AからDクラスの名前とその横に、最大4桁の数字が書かれていた。

 俺たちDクラスは0。わかってたけどこうして見せられると気分が落ち込むなあ。

 ちなみに他のクラスはというと、Cクラスが490。Bクラスが650。Aクラスは940だった。

 Aクラスは9万4千ポイントも手に入るのか。羨ましすぎる。

 

「お前たちはこの1か月、学校で好き勝手な生活をしてきた。学校側はそれを否定するつもりもない。ただ、それらが自分たちにツケが回って来るだけのこと。得たものをどう使おうがお前たちの自由だ。ポイントの使用に関してもそうだ。事実、その点に関しては制限をかけなかっただろう」

 

 つまり自己責任ということだな。

 なんか池や山内がわめいてるが自業自得だろう。後先考えずポイントを消費するからこうなる。あいつら貯金はできないタイプだな。

 

「なんでここまでクラスのポイントに差があるんですか」

 

 平田があまりに綺麗にポイント差が開いてることに気が付いたようだ。

 

「段々理解してきたか? お前たちがなぜDクラスに選ばれたか」

「そんなの適当じゃないんですか?」

「クラス分けってそんなもんだよね?」

「もしかしてバカテスと同じでござるか!?」

 

各々、生徒たちは友人と顔を見合わせている。最後に発言した人、正解。

 

「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラス分けがされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ。駄目な生徒はDクラスへ。つまりお前たちは、最悪の不良品だということだ」

 

 最悪の不良品か。俺は入試の主席合格者なんだけど……。まあ、中学時代の内申も評価基準に入ってるんだろうな。氷菓を愛読して評価を落とした。……笑えねえ。

 

「そして1か月ですべてのポイントを吐き出したのは史上初だ。逆に感心した、立派立派」

 

 茶柱先生のわざとらしい拍手と誰かの腹鳴が教室に響く。誰だよお腹鳴らしたのは。

 ……俺だった。今日は寝坊をしてしまい、朝食をとる時間がなかったのだ。まあ、発信音が俺であることはばれていないだろうし大丈夫だろう。

 お腹の音を気にせずに平田が再度質問をする。

 

「このポイントが0である限り、僕たちはずっと0ポイントのままということですね?」

「ああ。だが安心しろ、ポイントがなくてもこの学校では生活できるようになっている」

 

 確かに0ポイントでも生活はできるけど、甘い蜜を吸ってしまった生徒たちに0ポイント生活は無理だろうな。

 俺だって買いたいものは沢山ある。0ポイントのままじゃ非常に困る。

 

「俺たちはこれからずっと他のクラスの奴らに馬鹿にされるってことかよ!」

 

 須藤が机の脚を蹴った。物に当たるのはやめろ。前の席の子がびっくりしてるだろうが。

 

「何だ、お前にも人の評価を気にする気があったんだな。なら、頑張って上のクラスに上がれるようするんだな」

「あ?」

「クラスのポイントは金と連動してるだけじゃない。このポイントの数値がそのままクラスのランクに反映されるということだ」

 

 Cクラスとは490ポイントの差がある。俺たちがCクラスに上がるのは非常に厳しいだろう。

 

「さて、もう一つお前たちに残念な知らせがある」

 

 黒板に一枚の紙が追加するように張り出された。そこには俺たちDクラスの生徒全員の名前と、名前の横に数字が記載されている。

 

「この数字が何か、不良品のお前たちでもわかるだろう」

 

 多分、この前やった小テストの結果だな。よし、100点は俺だけだ。橘先輩に報告したら褒めてくれるだろうか。

 

「先日やった小テストの結果だ。お前たちは一体中学で何を勉強してきたんだ?」

 

 一部の上位を除き、殆どの生徒は60点前後の点数だった。30点以下の生徒も見受けられる。

 え、この点数の低さは何だ? みんな難関な入試を突破してきた精鋭たちじゃないのか? 授業態度が悪いだけで勉強はできる人たちじゃなかったのか?

 

「よかったな、これが本番だったら7人は退学になっていたぞ」

「た、退学? どういうことですか!?」

「なんだ、説明していなかったか? この学校では中間テストと期末テストで1科目でも赤点を取ったら即退学だ」

「ふざけんなよ! 退学とか冗談じゃねえよ!!」

「私に言われても困る。この学校のルールだからな」

「ティーチャーの言うように、このクラスには愚か者が多いようだね。君もそう思うだろ? 界外ボーイ」

「いや、そこで俺にふるなよ……」

 

 爪を研ぎながら、足を机に乗せたままの高円寺が偉そうに微笑む。

 いや、爪とぎするなら下にティッシュでも敷けよ。

 

「何だと高円寺! お前だってどうせ赤点だろ!」

「フッ。どこに目がついてるのかねボーイ。よく見たまえよ」

 

 高円寺の点数は90点。堀北、幸村という人と同率で2位だった。

 あいつ、勉強も出来るのか……。

 

「絶対須藤と同じ馬鹿キャラだと思ってたのに……」

 

 クラス中からそんな声が聞こえてくる。

 

「それからもう1つ付け加えておく。この学校は高い進学率と就職率を誇っている。恐らくお前たちも、目標とする進学先や就職先を持っていることだろう」

 

 俺は持ってないけど。環境を変えたくてこの学校に入学しただけなんだよな。まあ、これから見つければいいだろう。

 

「だが世の中そんな上手い話はない。この学校の恩恵にあやかれるのは上位のクラスだけだ」

「つまりその恩恵を受けるにはCクラス以上に上がらないといけないということですか?」

「それは違うな平田。この学校に将来の望みを叶えて貰いたければ、Aクラスに上がるしかない」

「そ、そんな……聞いてないですよそんな話! 無茶苦茶だ!」

「無茶苦茶な話ではないぞ幸村。学校も優秀でない生徒たちを企業や大学に紹介するわけにはいかないからな」

 

 あの眼鏡が幸村か。覚えておこう。堀北と一緒でプライド高そうだなあ。

 お、なんか高円寺と言い争ってるぞ。ヒートアップしてるのは幸村だけだが。

 あいつも希望を抱いてこの学校に来たんだろう。だからこの現実を受け入れられないんだろうな。

 てか、高円寺ってお坊ちゃんだったのか。

 

「浮かれていた気分が払しょくされたようで結構。中間テストまでは後3週間、頑張って退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している」

 

 赤点を取らずに乗り切れる方法? 勉強以外になにがあるというのか。

 それより先生が話を締めようとしている。あのお願いをしなくては!

 

「先生、ちょっといいですか?」

「何だ界外。質問か?」

 

 クラス中の視線が一気に俺に集まる。

 ひええ。緊張するから俺のことは気にしないで各自勉強でもしててくれないだろうか。

 

「質問というかお願いになるかもしれないんですけど……」

「なんだ?」

「中間テストで1位をとったら特別ボーナスってあるんでしょうか?」

「特別ボーナスだと?」

「はい。以前に水泳の授業で競争をして、1位を取った生徒には5千ポイントのボーナスがあったんです」

「なるほど。……そうだな、いいだろう。学年1位をとった生徒には特別に5万ポイントを与えよう」

「本当ですか!?」

「ああ。質問は以上か?」

「はい。ありがとうございます!」

「他に質問がある生徒はいないな。それじゃ私はこれで失礼する」

 

 少し強めに扉を閉めると、茶柱先生は教室を後にした。

 がっくりとうな垂れる赤点組とは正反対に俺の心は気分上々だった。

 よし。これで一之瀬と遊んだり、ラノベを買うことが出来るぞ。

 しかし5万ポイントか。計画的に使わなくては。

 

「ちょっといい?」

「ん?」

 

 顔を上げると目の前に堀北が立っていた。

 俺に何か用なのだろうか。俺の席まで来るなんて珍しい。

 

「ちょっと来て」

「え、おい」

 

 堀北はそう言うと、俺の手首を引っ張って廊下へと連れ出した。

 初めて女の子に手首を引っ張られた。やだ、ドキドキする。

 

「単刀直入に言うわ」

「いや、その前に手を離してくれないか」

「え」

「恥ずかしいんだけど」

「……ああ、ごめんなさい。これくらいで照れるなんて、毎朝女を連れて通学してるのに免疫がないのね」

「一緒に通学してるだけで手を繋いでるわけじゃないからな?」

「そう。まだ顔が赤いわよ」

「う、うるさい。……それより用件は何だよ」

「あなたの知ってることを全部教えて」

「……は?」

 

 俺の知ってること、とはこの学校のことだろうか。だけど何で俺に聞いてくるんだ?

 

「あなた、今回茶柱先生が説明したこと前から知ってたわよね」

「……なんでわかった?」

「まったく動揺がなかったから。それにお腹を鳴らして緊張感もなかったわ」

 

 思いっきりばれてた。恥ずかしくて死にたいんだけど。

 それよりなんで両方ともわかったんだ。堀北はエスパーだったのか。

 

「それと最後の質問を聞いて確信したわ」

「最後の質問って特別ボーナスのことか?」

「そうよ。あんな質問が出来るのはクラスポイントが0であることを受け入れ、既に気持ちを切り替えてる人にしか出来ない質問だわ」

「……」

「もし茶柱先生から聞かされた上でクラスポイントのことを知ったなら、あんな短時間で気持ちを切り替えることなんて出来ないはず」

 

 高円寺は短時間で切り替えていたけどね。いや、最初から気にしていないのか。

 それよりこいつぼっちのくせに観察力あるな。いや、ぼっちだからあるのかもな。

 

「それで俺が知ってるこの学校のことを教えてほしいってわけか」

「ええ」

 

 さてどうしようか。俺が苦労して集めた情報をただで教えていいものか。いや、橘先輩のおかげでそこまで苦労はしていないけど。

 橘先輩から他言無用と念押しされた情報も茶柱先生より解禁されたからなあ。

 俺が教えるとしたら監視カメラとクラス対抗のイベントが目白押しなことくらいなんだが。

 

 

「……そうだな。俺が知ってること教えてやってもいいが……ただじゃ教えられない」

「対価が必要ということ?」

「ああ」

「わかったわ。いくら払えばいいのかしら?」

 

 勢いで言ったのの、女子からポイントを貰うのも気が引けるな。

 どうしよう……。

 

「えっと、ポイントはいいかな」

「は?」

「いや、堀北も今月0ポイントだからやりくり大変だろうし」

「それじゃ私は何を払えばいいの?」

「そうだな……手作り弁当とか」

「…………は?」

 

 ひぃ。そんな睨むなよ。冗談で言っただけなんだ。

 堀北に精神ズタボロにされる前に謝っておこう。

 

「わかったわ」

「え」

「お弁当を作ってくればいいのよね?」

「あ、ああ。……いいの?」

「あなたが言ったんでしょう」

「まあ、そうなんだけど……」

「休み時間も終わるし、この話の続きは放課後でいいかしら?」

「ああ。廊下で話す内容じゃないしな」

「そうね。それじゃまた後で」

 

 そう言うと、堀北は教室に戻っていった。

 取り残された俺は1人、廊下に佇むのであった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 そして放課後。俺と堀北が教室を出ようとしたところで平田が声を掛けてきた。

 

「堀北さん、それから界外くんもちょっといいかな。今からポイントをどう増やすかみんなで話し合いをするんだけど、2人も参加してくれないかな?」

「ごめんなさい、今から用事があるの。それに私は意味のないことに付き合うつもりはないから」

 

 おい。もう少しオブラートに包んで断れよ。平田が可哀相だろ。教室から出るのを邪魔されて苛立っているのはわかるけど。

 

「そ、そうか。ごめん……界外くんは、どうかな?」

「悪い。俺も堀北と同じで用事があるんだ」

「そっか……」

「でも明日以降は空いてるから、勉強会とかするなら手伝うぞ」

「本当かい? 助かるよ!」

「その時はまた声をかけてくれ」

「うん。それじゃまた明日」

 

 教室から出て数分歩いたところで、堀北が急に立ち止まった。

 

「ねえ、少し寄りたいところがあるのだけれどいい?」

「茶柱先生に文句を言いに行くのか?」

「……そうよ。私がDクラスだなんて納得がいかない」

 

 適当に言ったら正解だった。堀北もプライドの塊みたいなものだからなあ。

 きっと茶柱先生から不良品だと言われた時、物凄い顔をしてたんだろう。

 

「まあ、堀北も俺も学力だけならAクラスだろうな」

「……どういう意味?」

「後でまとめて説明する。だから先生に文句言いにいくなら明日にしてくれ」

 

 俺が歩き始めると、堀北も黙ってついてくる。どうやら職員室に行くのは諦めてくれたようだ。

 それよりどこで話すんだろうか。場所を決めてなかった。適当に喫茶店かファミレスだろうか。

 女子と2人で飲食店に行くのは久しぶりだ。また一之瀬とファミレスに行きたいなあ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 15分後。

 なぜか俺は自室に堀北を招いていた。

 いやいや、なぜこうなった。適当に飲食店でドリンクバー飲みながら話すんじゃなかったの?

 ていうか自室で女の子と2人って物凄い緊張するんですけど。しかも美少女だし。

 

「意外と片付いてるのね」

「い、意外とはなんだ。俺は綺麗好きなんだよ」

「そう。それと将棋盤があるけど、あなたに一緒に将棋を指してくれる人なんているの?」

「……いない。いつも1人で詰将棋してる……」

 

 なんで女の子を自室に招いて心を抉られないといけないんだよ。

 こっちはただでさえ緊張してるのに。いつもより少しだけでもいいから優しく接してくれないだろうか。

 

「将棋のことはいいから本題に入るぞ」

「そうね」

 

 心を落ち着かせた俺は約束通り堀北に情報を提供した。

 どうやら堀北も監視カメラの存在に気づいていなかったようだ。

 

「そういえばこれもあるんだった」

 

 俺は机の引き出しから一枚の紙を取り出し堀北に渡した。

 

「これは?」

「校舎内にある監視カメラの設置場所リストだ」

「……いつの間にこんなの作ったの?」

「入学して一週間位経った頃には完成していたかな」

「……そう。頂いていいの?」

「ああ。そういう約束だろ」

「そうだったわね。……それともう一つ」

「クラス分けのことだよな」

「ええ」

 

 何故、俺や堀北のような学力に優れている生徒が落ちこぼれのDクラスに割り当てられたのか。

 

「まずこの学校は入試の成績だけで生徒の振り分けを行っていない。なぜなら入試主席の俺がDクラスだから」

「あなたが?」

「ああ。俺って堀北より学業優秀なんだよ」

 

 先ほどの仕返しで堀北を煽ってみたところ物凄い形相で睨まれた。

 綺麗な顔が台無しですよ、堀北さん。

 

「えっと、それでだな。俺がDクラスになった理由なんだが」

「わかっているの?」

「俺、中学の時に友達が全然いなかったんだよ」

「……だから?」

「それが原因でDクラスになったと思う」

「もしかして……」

 

 どうやら堀北は気づいたようだ。俺が、堀北がDクラスになった理由を。

 

「クラス分けの査定に社交性や協調性が入ってる」

「……」

「堀北も友達いなかったろ?」

「……そうね」

「まあ、総合力で学校は俺たちを評価しているってことだな」 

「けれど平田君や櫛田さんはどうなの? 彼らは総合力は高いと思うけど」

 

 確かにそこなんだよな。

 テストの点数もよく、櫛田は知らないが運動神経もいい平田。更に協調性もある2人がDクラスの理由。

 橘先輩が嘘をつくわけがないので、平田と櫛田にもDクラスに配属された理由があるはずだ。

 

「……少し強引な考えなんだが、中学時代に何か問題を起こしたんじゃないか?」

 

 苦し紛れだがそれくらいしか考えられない。

 これが某古典部の男子生徒なら説得力のある説明が出来るんだろうなあ。

 

「問題を起こした……そうだわ、思い出した」

「思い出したって何を?」

「……櫛田さん。彼女は私と同じ中学出身よ」

「堀北と櫛田が?」

 

 まさか堀北と櫛田が同じ中学だったとは。しかし思い出したっていうのは、2人は接点はなかったということか。

 

「ええ。彼女は優等生だったけれど、ある事件を起こしたわ」

「事件?」

「詳細はわからないけれど、彼女の手によってクラスが崩壊したらしいの」

 

 櫛田が中学の時に事件を……。クラスを崩壊させるって何をやらかしたんだろうか。

 しかしあの櫛田がねえ。あざとい系ナンバーワン美少女の櫛田が。裏で俺たちクラスメイトを馬鹿にしているんだろうか。一度でいいから裏の顔を見てみたい。

 てか、櫛田が堀北にしつこく絡んできた理由って……。

 

「……櫛田は堀北を自分の管理下に置きたかったのかも」

「え?」

「櫛田が堀北にしつこく絡んできた理由だよ。自分の秘密を知ってる人間を放置させるより、近くにいさせた方が安心出来るだろ?」

「なるほど、そういうことね。私は別に事件のことなんてどうでもいいんだけど」

「お前がよくてもあっちがよくないんだよ。まあ、櫛田のことはとりあえず静観でいいんじゃないか」

「そうするわ」

 

 まさか堀北からクラスメイトの情報が手に入るとは思わなかった。

 

「界外くん」

「なんだ?」

「私はAクラスを目指す。いいえ、必ずAクラスに上がってみせる」

 

 おお、堀北がカッコいいことを言っている。結構熱いところもあるんだな。

 前向きな発言をしたということは、自分がDクラスに配属されたことを少しは受け入れられたのかね。絶対に納得はしていないんだろうけど。

 

「だからあなたに協力をお願いしたいの」

「わかった」

「即答ね」

「俺もクラスポイントを増やしたいからな。堀北のような強い覚悟はないが、クラスポイントが増えた結果Aクラスになるなら全く問題ない」

「そう。それじゃこれからよろしくお願いするわ」

「こちらこそ。……それよりもう1人協力してもらった方がいいやつがいるんじゃないか?」

 

 そう。これも橘先輩から入手した情報。入試で全教科50点だった生徒がいる。ちなみにその生徒は今回の小テストも50点だった。

 橘先輩、俺に情報を提供しすぎじゃない?

 

「誰のことを言っているの? 平田くんと櫛田さんならお断りよ。信用できない」

「違う違う。俺が言ってるのは綾小路だよ」

「綾小路くん?」

「ああ」

 

 堀北が酷く驚いた顔をしている。

 俺は綾小路の入試と小テストの点数がすべて50点であったことを説明した。

 

「それを狙ってとったのなら凄いと思うけど。どうしてそんなわけがわからないことを……」

「さあな。ただ天才がすることは凡人には理解できない、という言葉もあるからな」

 

 綾小路が天才かどうかはわからない。ていうかどうでもいい。

 堀北に綾小路も誘ってもらって、俺と綾小路が親しくなればいいのだ。

 堀北が近くにいれば、池たちは寄ってこないだろう。堀北のことを苦手にしているみたいだし。そうなれば必然的に男子は俺と綾小路の2人だけになる。結果仲良くなれる。

 

「というわけで綾小路も誘っておいてくれ」

「私が?」

「だって堀北が言い出しっぺだろ。責任持って誘ってくれよ」

「はぁ、わかったわ」

 

 その日の夜。

 予習をしていると、綾小路も協力してくれることになったと堀北からメールの着信があった。

 これで今まで以上に綾小路と接点を持つことができる。いずれ将棋を指せるといいなあ。

 

 明日は堀北の手作り弁当が食べれる。生まれて初めての女子の手作り弁当だ。

 ちなみにこの日の夜は興奮して眠れなかった。

 




学生データベース

名前:界外 帝人(かいげ みかど)
クラス:1-D
学籍番号:S01T004777
部活動:無所属
誕生日:3月15日
身長:170センチ
体重:60キロ


-評価-

学力:A
知性:B-
判断力:B+
身体能力:A
協調性:D-


-面接官からのコメント-

学力、身体能力は非常に高く、面接時の態度も良好。
小学校ではバスケット、中学校ではバレーで全国大会に出場するなど結果も出している。この点だけ言えばAクラス相当の実力者である。しかしながら継続性や協調性においては多少欠けている部分があり、中学校では孤立していた。中学3年時に友人は出来たようだが、社交性は低いと思われる。よってDクラスへの配属とする。


-担任メモ-

少数ではあるが友達が出来、楽しく過ごしているようです。さらなる社交性の向上に期待します。





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6話 女子の手作り弁当には夢が詰まっている


いつもお気に入り、評価、感想ありがとうございます!




 翌朝。俺はいつも通り、一之瀬と登校をしている。

 非常に眠い。まさか女の子の手作り弁当一つでこんなに興奮するとは思わなかった。

 一之瀬が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

 

「大丈夫? 凄い眠たそうな顔をしてるよ」

「ああ。昨日寝つきが悪くて」

「そっか。やっぱりショックだった?」

 

 恐らくDクラスのクラスポイントのことを言ってるのだろう。

 

「まあな。さすがに0ポイントは堪える」

「だよね。もし困ったことがあったら言ってね」

 

 その言葉だけで十分力になってるよ。

 本当に一之瀬はいい子だなあ。なんでこんないい子がAクラスじゃないんだろう? 学校の評価基準間違ってるんじゃないの? 堀北と一緒に文句言ってくるか。いや、言えないけど。

 

「ありがとな。その時は頼りにさせてもらう」

「うん。……私、頑張るから」

 

 一之瀬が最後に何を言ったか聞き取れなかった。

 なにか覚悟を決めたような顔をしてたけど何だったんだろう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 いつも通り真面目に授業を受けていると、あっという間に昼休みになり、堀北がやってきた。

 堀北は、椅子の向きをこちらに向かいあわせるように変えて座った。そして女の子らしい可愛い弁当箱を俺に差し出す。

 

「はい。約束のお弁当」

「お、おう……」

 

 堀北が俺に弁当を手渡したことにより、教室がざわつく。

 周りを見渡すと、綾小路が驚いたような表情をしていた。珍しいものが見れたな。

 

「おい、どういうことだよ!?」

 

 いつものごとく、池が絡んできた。

 俺のことは放っておいてくれないかな。何かある度に絡まれるのは正直うざい。

 

「お前たち、付き合ってるのか!?」

「付き合ってない。ただ弁当を作ってもらっただけだ」

「本当に? 怪しいんだけど」

 

 池に続いて松下も絡んできた。佐藤と篠原も興味深そうにこちらを見ている。

 

「本当だよ。もし本当に付き合ってるとして、2人の仲を隠したいのなら教室で弁当を手渡すわけないだろ」

「私たち付き合ってますアピールをしたいんじゃなくて?」

「それだったら否定しないだろ」

「本当に付き合ってない?」

「付き合ってない」

「……なーんだ、つまんない」

 

 松下は興味をなくしたのか、そう言って教室から出ていった。

 池も納得はしていないようだが、綾小路たちと一緒に教室を出ていく。

 

「本当下らない連中ね」

「まあそう言うな。他人の恋愛事情に興味津々なお年頃なんだよ」

「あなたも?」

「少しは」

 

 そりゃ俺も思春期なんだから興味はあるよ。噂だと平田と軽井沢が付き合ってるらしい。平田はギャル好きだったのか。意外。

 堀北は恋愛に興味はなさそうだな。『そんな下らないものに興味はないわ』とか言いそう。

 

「食べないの?」

「そうだな。あり難く頂くとするか」

 

 俺は期待に胸を膨らませながら弁当の蓋を開ける。男子の夢が詰まってるであろう箱の中身は……

 

「……おい」

「なに」

「なんで白米だけしか入ってないんだよ!」

 

 これは酷い。酷すぎる。堀北は俺の心を踏みにじりやがった。

 

「お弁当はお弁当でしょう」

「弁当を作ってる全ての人たちに謝れ!」

「うるさいわね。おかずがなかったのだから仕方ないじゃない」

「夕食の残りとかあるだろ?」

「ないわ。昨日綺麗に片づけたから」

 

 こいつ最初からおかず入れる気なかっただろ。

 おかず入れないのならせめて梅干しくらい入れろよ。

 

「文句があるなら食べなくて結構よ」

「食べます!」

「そう。どうぞ召し上がれ」

 

 くっ、なんてムカつく女なんだ。

 綾小路はよく仲良くやってるな。

 こいつに腕を掴まれて照れていた自分が恥ずかしい。

 俺は白米の味を噛み締めながら、いつか堀北を痛い目に合わせてやると、心の中で誓った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 堀北が弁当を冒涜した日から一週間が経とうとしていた。

 須藤だけは居眠りをしているが、他の生徒は真面目に授業を受けている。

 

「たうわっ!」

 

 綾小路の奇声が教室内に響く。

 綾小路が目立つような言動をするとは珍しいな。

 

 昼休みに入るとすぐに平田が口を開いた。

 

「中間テストが2週間後に迫っている。なので今日から参加者を募って勉強会を開こうと思うんだけど、どうかな?」

 

 お、平田がやっと動くのか。勉強会なら勉強ラブコメ愛読者の俺に任せろ。

 

「今日の5時からこの教室でテストまでの間、毎日2時間やるつもりだ。途中で抜けても構わないからぜひ参加してほしい。僕からは以上だ」

 

 そう言って話を終えると、数人の赤点生徒が平田の元へ向かう。

 須藤、池、山内の3人は、平田の下には行かなかった。退学になるのを受け入れたのかな?

 昼食の準備をしていると、堀北が綾小路を連れて教室を出ていくのが視界に入った。恐らくテスト対策でも話し合うんだろう。……あれ、俺は?

 自分が仲間外れにされたんじゃないかと心配していると平田が話しかけてきた。

 

「界外くん、ちょっといいかな?」

「ああ。勉強会のことか?」

「うん。よかったら講師役として参加してれないかな?」

「いいぞ。前に約束したからな」

「ありがとう。入試の主席合格者が教えてくれれば百人力だよ」

 

 平田も俺の入試の成績知ってるのか。けっこう知られてるのか?

 

「なあ、平田。ちょっと聞いていいか?」

「なんだい?」

「俺が入試トップで合格したのって、みんな知ってる感じなのか?」

「そうだね。僕は違うクラスの友達から聞いたから、他のクラスも知ってる人多いんじゃないかな」

 

 なるほど。堀北が知らなかったのは俺と同じぼっちだからか。いや、俺には一之瀬、橘先輩、綾小路がいるからぼっちじゃない。1人でいることが多いだけだ。

 

「そっか。どこから情報が洩れてるんだろうな」

「ごめん。僕もわからないかな」

「だよな。とりあえず今日からよろしく」

「こちらこそ。それじゃまた放課後」

 

 そう言うと、平田は俺のもとを去っていった。……そのまま一緒にお昼食べてもよかったんだぞ。

 結局、その日も俺は1人で寂しく昼休みを過ごした。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 放課後。

 堀北から三馬鹿の為に勉強会を実施すること、綾小路が3人を勉強会に参加するよう説得することになったと報告を受けた。

 

「そうか。俺は約束通り、平田主催の勉強会に参加することになったけどいいか?」

「ええ。ただし必ず赤点を取らせないようにして」

「わかった。そっちこそ大丈夫なのか? お前が人に勉強を教えるイメージがわかないんだけど」

「問題ないわ。それじゃよろしく」

 

 そう言って、堀北は教室を出ていった。

 不安だ。

 大丈夫だろうか。

 堀北がきついことを言って、須藤たちを怒らせる光景が目に浮かぶ。綾小路のフォローに期待するしかない。

 

 

 

「ねえ、界外くん、ここ教えて!」

「あー、ここはだな……」

 

 勉強会を開始して1時間。参加者は比較的真面目に勉強をしている。

 俺は佐藤に英語を教えている。ちなみに佐藤は小テストの結果が赤点ぎりぎりだったようだ。

 

「そういうことか。界外くん、勉強教えるの上手いよね」

「まあな。俺は彼女がいないことと、友達が少ないこと以外は基本スペックが高いんだ」

「いや、それスペック高くても駄目じゃん」

 

 佐藤は笑いながら俺の腕を軽く叩いてくる。この子、ボディタッチが多いんだよな。嫌じゃないからいいんだけど。

 

「ていうかこんな話しながら勉強してていいわけ?」

「問題ない。無言のまま勉強してても息が詰まるだろ?」

「そうだけど」

「今回は赤点回避が目的だからな。軽く雑談しながら楽しくテスト勉強できればいいんじゃないか」

「そっか。入試トップの界外くんが言うんだから間違いないよね!」

 

 佐藤も知ってるのか。この様子だとクラス全員知ってそうだな。いや、別にいいんだけどね。

 

「調子はどう?」

 

 平田が佐藤の様子を伺いにきたようだ。

 

「うん、今のところ大丈夫。界外くんの教えがいいからね」

「そっか。界外くん、この調子でよろしくね」

「ああ。そっちはどうだ?」

「うん、今のところ順調に進んでると思うよ」

「そっか。そういえば部活は大丈夫なのか?」

 

 平田はサッカー部に所属している。まだテスト期間じゃないのに部活を休んで大丈夫なのだろうか。

 

「うん。顧問の先生にちゃんと許可を貰ってるからね」

「ならいいけど」

「僕のこと心配してくれたんだね。ありがとう」

 

 うっ、笑顔が眩しい。俺にはこんな笑顔は作れない。

 

「そうだ、界外くんとは連絡先をまだ交換してなかったよね?」

「ああ、そうだな」

「勉強会が終わったら交換してくれるかな?」

「いいぞ」

「あ、私も私も!」

 

 やった。今日だけで2件も電話帳の登録件数が増えるようだ。よし、この勉強会であと3人くらいと連絡先交換できるよう頑張るぞ。

 

 

 

 翌日の放課後。本日も平田主催の勉強会を実施している。

 今回は、前回参加しなかった生徒もちらほら見受けられた。

 俺は今回初参加の松下と篠原に数学を教えている。

 

「2人って小テストの点数低くなかっただろ?」

「そうだけど。佐藤さんから界外くんが勉強の教え方が上手いって聞いたからさ。ね、篠原さん?」

「そうそう。数学苦手な方だし教えてもらっとこうかなーって」

 

 なるほど。そう言われると気分は悪くない。むしろ気分がいいまである。

 よし、この2人に数学を90点以上取らせるぞ。

 

「それに適度にお喋りしながら勉強出来るって言うし」

「そうそう。松下さん、お喋り好きだもんねー」

「篠原さんもでしょ」

 

 まあ、女子はお喋り好きだもんね。勉強は楽しくすることに越したことはないからな。

 

「てか堀北さんとはどうなの?」

 

 先日の回答じゃ納得してなかったのか、松下が質問をしてくる。

 

「だから堀北とは何もないって」

「でも何もない人にお弁当を作ったりはしないでしょ?」

「弁当といっても白米しか入ってなかったからな」

「白米だけ?」

「おう」

 

 俺が質問に答えると松下と篠原が大笑いしている。

 何がおかしいんだろうか。

 

「白米だけって……。堀北さん最高。あははは!」

「松下さん、笑いすぎだって。ぷぷっ」

 

 いやいや、笑いすぎだろ。こっちは純情な童貞心を踏みにじられたんだぞ。いや、童貞心ってなんだよ。

 

「もういいだろ。そろそろ勉強再開するぞ」

「はーい」

「りょうかーい」

 

 勉強会終了後に松下と篠原から連絡先を聞かれ、昨日に続いて電話帳に連絡先が2件追加された。

 自室に帰ると綾小路から連絡が入った。どうやら堀北主催の勉強会は、俺が危惧したとおり崩壊したようだ。まさか初日から崩壊させるとは……。さすが堀北である。





なにかの漫画で弁当のふたを開けたら500円が入ってたネタがあった気がします



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7話 堀北のお兄様はDV野郎だった


ワールドカップ開幕しましたね。



 その日の夜。

 俺はなぜか夜風に当たりたい気分になり、寮の周りを適当に散歩をしていた。

 30分ほど散歩を満喫し、寮に戻る道の途中で男子生徒に襲われている綾小路を発見した。すぐ近くに堀北もいる。

 俺は気配を殺し、綾小路を襲っている男子生徒の背後にそっと近づき、そして……

 

「おらっ!!」

 

 思いっきり股間を蹴り上げた。

 

「ぐっ」

 

 急所を蹴られた男子生徒は、うめき声をあげ跪いた。

 

「な、なんだ、お前は……」

 

 男子生徒が俺に問いかける。

 俺は問いかけを無視し、男子生徒に向けて言い放つ。

 

「一体いつから……敵が綾小路だけだと錯覚していた?」

 

 男子生徒は俺の問いかけを無視する。そこはのってほしかった。

 

「綾小路、大丈夫か?」

「あ、ああ……」

「堀北も怪我してないか?」

「……」

 

 綾小路と堀北が唖然としている。

 後は俺に任せろ。先生に報告して処分を受けさせてやるぜ。

 携帯を取り出そうとポケットに手に入れたところ、痛みが少しは治まったのか、男子生徒が俺の方へ振り返った。

 

「……あれ? 生徒会長さん?」

「そうだ。ちなみに堀北の兄貴らしい」

 

 俺の疑問に綾小路が答える。

 そうか。堀北と兄妹だったのか。名字が同じだからまさかとは思ってたが。

 しかしこの人が橘先輩の尊敬する生徒会長か。

 理由はわからないが生徒会長が暴力を振るうとはショックだなあ……。

 

「まさか俺が気配に気づけないとはな」

「はぁ。とりあえず茶柱先生に報告していいですか?」

「好きにしろ。ただここに監視カメラはないぞ」

「知ってますよ。でも証人が3人もいれば問題ないでしょ。な?」

 

 綾小路と堀北に同調を求める。

 

「いや、俺は一発も殴られてないからな。それに面倒くさそうだし、先生に言わないでくれると助かる」

「私からもお願い……。このことは誰にも言わないで……」

 

 ええ、なぜに……。まあ、2人がいいならいいけど。

 

「2人に感謝することですね。それと橘先輩が尊敬している会長さんなんだから、あまり後輩をがっかりさせないで下さいよ」

「……そうか、お前が橘が気に入ってる界外か」

「どうも」

「鈴音、お前に友達が居たとはな。正直驚いた」

 

 俺と堀北が友達? この会長さんは何を言ってるんだ。手作り弁当に白米だけ渡してくる女子と友達になれるかよ。

 

「彼らは……友達なんかじゃありません。ただのクラスメイトです」

「そうです。俺と堀北が友達なんてありえない。ただのクラスメイトです」

「仲がいいんだな……」

 

 生徒会長の眼鏡は曇っているようだ。

 

「まあ、いい。鈴音、孤高と孤独を相変わらず履き違えているようだな。それからお前。綾小路といったか。お前ら2人がいれば少しは面白くなるかもしれん」

 

 そのまま生徒会長は、俺たちの横を通り過ぎ、股間を押さえながら内股で闇へと消えていく。

 上半身はカッコいいのに下半身がかっこ悪いですよ、会長。

 

「俺は寮に戻るけど、綾小路と堀北はどうする?」

「堀北。助けてくれた界外に経緯を説明した方がいいと思うんだが、どうだ?」

「……そうね。ただ他の人には言わないで……」

 

 どうやら今回の件について教えてくれるようだ。

 それよりこんな弱弱しい堀北を見るのは初めてだな。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 場所を俺の部屋に移し、綾小路と堀北から生徒会長に襲われることになった経緯を聞いた。

 おいおい、あの会長さん、堀北に暴力を振るおうとしてたのかよ……。

 やはり茶柱先生に報告すべきだったか。

 実の妹に暴力を振るう兄貴って……。某魔法少女の兄貴と同じサイコパス野郎なのか。

 あんな特殊性癖の兄貴を持つなんて堀北もついてないな。

 

 時間が経ち、話題は堀北主催の勉強会に変わっていた。

 堀北は完全に須藤たちを切り捨てたようだ。須藤ならスポーツ関連の行事でクラスに貢献してくれそうだが、堀北にとっては彼はもう不要な存在なのだろう。

 綾小路は堀北の考えを否定している。綾小路も自分の意見を押し通すことがあるんだな。

 2人の話を黙って聞いてると、2人が出会ったバスの出来事を話し出した。2人とも、老人に席を譲る気なかったのかよ……。

 そして綾小路は、堀北の欠点を指摘し出した。他人を見下す考え方こそが堀北がDクラスに落とされた決定打、だと。

 そうだろうな。その考え方が原因で協調性もなくなってしまったのだろう。俺も人のこと言えないけど。

 俺もそろそろ会話に参加するか。

 

「堀北」

「なに? あなたまで綾小路くんと同じことを言うつもり?」

 

 おお、堀北が今まで一番苛立ってらっしゃる。

 綾小路もよくこの状態の堀北相手に意見言えたな。

 

「最近入手した情報なんだが」

「情報?」

「自身が所属している部活動で結果を残すと、プライベートポイントに反映されるようだ」

「そうなのか?」

 

 綾小路が確認をしてくる。彼も初耳だったんだろう。そりゃそうだ、俺が今でっち上げたからな。まあ、確認すれば事実かもしれないけど。

 

「ああ。確か須藤って1年生でベンチ入りしてるんだろ?」

「そうだな」

「プライベートポイントを多く持っておくことに越したことはない。必ず自身やクラスメイトの役に立つはずだ」

 

 この情報を聞いて堀北が少しは落ち着いて客観的に考えてくれればいいんだが。

 正直、須藤たちが退学しても俺はどうも思わない。須藤に関しては入学当初から俺のことをよく睨んでくるので、むしろいない方が落ち着くまである。

 ただ、須藤たちが退学になると綾小路を悲しませちゃうことになるからな……。これくらいなら助け船を出してやろう。

 

「まだあいつらを切り捨てるのは早いんじゃないか?」

「……そうかもしれないわね。でも池くんと山内くんはどうなの?」

「え」

 

 どうしよう。あの2人のことは全然わからない。うざいイメージしかない。

 

「池はお前たちにないコミュニケーション能力を持っている」

 

 綾小路が池の魅力について説明する。

 なんで俺を含めた。

 

「山内は……山内はだな……」

 

 山内アウトー。どうやら友人の綾小路でも山内のいいところは見つからなかったようだ。

 

「……もういいわ。私は私自身の為に須藤くんたちの面倒を見る。これから先有利に運ぶことに期待しての打算的な考え。それでもいい?」

「いいんじゃないか。なあ、綾小路」

「そうだな。その方が堀北らしい」

 

 こうして無事に堀北への説得は成功し、再度、堀北主催の勉強会が開かれることになった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 綾小路、堀北との話し合いから3日が過ぎていた。今日も俺は平田主催の勉強会に参加している。

 どうやら堀北主催の勉強会は、順調に回っているようだ。これでまた崩壊したら笑うしかないもんね。

 

「界外殿、わからないところがあるでござる」

 

 口調が特徴的な外村から声をかけられる。リアルに侍口調を使うやつっていたんだな。確か博士ってあだ名で呼ばれていた気がする。俺も博士って呼んだ方がいいのかな。

 

「あー、ここか。この数式はだな―――――――ん?」

 

 ふと外村のスクールバッグを見ると、俺の好きなアニメのキーホルダーがぶら下がってるのがわかった。

 

「外村もアニメ好きなんだな」

「もしや界外殿もでござるか!?」

「ああ。ゼロツー可愛いよな」

 

 そのまま俺と外村改め博士は、勉強をするのを忘れてしまうほど、熱いアニメトークを繰り広げた。おかげで篠原に注意されてしまったが気にしない。

 まさか、クラスメイトにアニオタがいたなんて。しかも同性。これは大きい。一之瀬ともアニメの話はするけど、ちょっとエッチな作品の話は避けていた。女子とおっぱいドラゴンの話なんて出来ないからね。

 その日は博士とアニメ鑑賞会の約束をしたところで勉強会はお開きとなった。

 あ、肝心なものを平田に渡すのを忘れてしまった。まあ、翌日に渡せばいいか。

 

 

 

 翌朝。俺は自席に堀北と平田を呼び出していた。

 

「朝から悪いな。これを勉強会で使ってほしくてな」

 

 俺はそう言うと、鞄から封筒を取り出し、2人に一部ずつ渡す。

 昨日は渡すのを忘れてしまったので、朝のうちに渡すことにしたのだ。

 

「これはなにかな?」

「中間テストを想定して作った模擬問題だ。全教科分入ってる」

 

 平田と堀北が、封筒から中身を取り出し確認し始めた。

 

「凄い。いつの間にこんなの作ったんだい?」

「一週間前からちょくちょくな。使うタイミングは任せる」

「わかった。それとありがとう。非常に助かるよ」

 

 平田はそう言って、俺の手を握ってきた。やだ、ちょっと照れちゃう。

 

「これは使えそうね。よくやったわ。さすが私の助手」

「おい、俺がいつお前の助手になったんだ?」

「協力をお願いした日からよ。気づいてなかったの?」

 

 相変わらずの堀北の上から目線に少し腹を立ててしまう。平田の爪の垢を煎じて飲んだ方がいいんじゃないかな。

 

「……まあ、いいけど。助手よりテストの点数が低い堀北先生」

「喧嘩売ってるの?」

「俺は事実を言ったまでだ」

 

 俺と堀北がにらみ合い、火花を散らす。

 

「2人とも、喧嘩はよすんだ。仲良くしよう、ね?」

 

 平田が焦って仲裁に入る。だが俺と堀北が仲良くというのは無理な話だ。

 堀北は、もう少し他人を思いやる気持ちを持った方がいいと思うんだ。

 

「とりあえず、あり難く頂戴するわ。それじゃ」

 

 堀北は平田の仲裁を無視して、去っていった。

 

「悪いな、平田」

「いや。堀北さんももう少し丸くなってくれたらいいんだけど」

「それは無理だろうな」

「だよね……」

 

 平田がため息をつくと同時に始業のチャイムが鳴った。

 平田は「それじゃ」と言い、自席へ戻っていく。

 その後、俺は真面目に授業を受けながら、疑似問題のおかげで赤点を回避したクラスメイトたちから感謝される、という妄想にふけていた。

 しかし、その妄想が現実になることはなかった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「え、テスト範囲が変わった?」

 

 中間テストを一週間後に控えたある日、事件が勃発した。

 茶柱先生が中間テストの範囲が変更されたことを俺たちに伝え忘れたらしい。

 あの先生、なにやらかしてくれてんの?

 

「うん。疑似問題を作ってくれた界外くんには申し訳ないんだけど……」

 

 本当だよ。俺の一週間は何だったんだろう。なんか急にやる気なくなったな……。

 そういえば櫛田と話すのはこれが初めてなような。

 

「櫛田さんが謝ることじゃないよ。ね、界外くん」

 

 平田が俺を見ながらそう言う。確かに櫛田が謝る必要はない。むしろ言い辛いことをよく言ってくれたと思う。

 櫛田もいい子だなあ……違う、この子は問題児だった。

 

「そうだな。また勉強を頑張るしかないしな」

「うん。まだ一週間あるから頑張ろ!」

 

 櫛田はやる気ありますアピールなのか、握りこぶしを前に突き出した。……あざとい。

 この後、櫛田から連絡先交換の申し出があり、俺の携帯に新たに連絡先が1件追加された。

 

 

 

 木曜日の放課後。

 明日はいよいよ中間テストである。金曜じゃなく月曜にテストを実施してくれたらいいのに。そうすれば土日使ってじっくり勉強出来るんだけど。

 各自、帰宅の準備を始めようとしたところで、櫛田がクラス全員に向けて、声を発した。

 

「皆ごめんね。帰る前にちょっと話を聞いて貰えないかな?」

 

 櫛田を見ると、大量の紙の束を持っていた。

 もしかして、新たに疑似問題を作ったのか?

 

「明日の中間テストに向けて、今日まで沢山勉強してきたと思うんだ。そのことで、少し力になれることがあるの。今からプリント配るね」

 

 櫛田は列の一番前の生徒たちに人数分の問題、回答用紙を配っていく。

 

「配ってるのは過去問なんだ。昨日の夜に、3年の先輩から貰ったの」

 

 過去問か。でも同じ問題が出るものかねえ。

 

「実は一昨年の中間テスト、これとほぼ同じ問題だったんだって。だからこの過去問を解けば、本番で役に立つと思うの」

「うおお! マジかよ! 櫛田ちゃんサンキュー!」

 

 感激してテスト用紙を抱きしめる池。池と同じく小テストが赤点だった博士を見ると、櫛田を拝んでいた。

 

「何だよ、こんなのあんなら勉強しなくてよかったな。それに界外の作った疑似問題も必要なかったな」

 

 かちーん。確かにそうだけど、他人から言われるとプラチナむかつくな。

 てか、ほぼ同じ問題って何だよ。教師陣、仕事しやがれ。

 

「山内くん、それは界外くんに失礼だよ」

「だよね。それによく見れば被ってる問題もあるし」

 

 平田と松下が俺をフォローしてくれる。やはり持つべきは友達だな。……連絡先交換したから2人とも友達だよな? 急に不安になってきた。

 山内が「悪かった」と謝罪してきたが、耳に入ってこなかった。

 とりあえず明日から始まる中間テストに集中しよう。俺が気持ちを切り替え、教室を出ていった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「欠席者はなし、全員揃っているようだな。調子はどうだ?」

「そうですね。このクラスで赤点を取る生徒はいません」

 

 中間テスト初日の1時間目。不敵な笑みを浮かべる茶柱先生の問いかけに、平田が自信満々に答えた。

 

「そうか。もし、今回の中間テストと7月に実施される期末テスト。この二つで誰1人赤点を取らなかったら、全員夏休みにバカンスに連れてってやる」

 

 バカンスってどうせ学校の行事だろ。バカンスと言いつつ、無人島に連れていかれたりしてな。

 

「バカンス! 水着! ひと夏の経験! 皆、やってやろうぜ!!」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 池の台詞にクラスメイトの咆哮が続く。振り向くと綾小路も叫んでいた。あいつも健全な男子高校生だったんだな。

 やがて全員にプリントが回ってきた。そして先生の合図と共に一斉に表へと返した。

 

 

 

「博士、赤点は回避出来そうか?」

「もちろんでござる。全教科60点以上は取れそうでござるよ」

 

 休み時間。俺は博士の様子を伺いに来ていた。

 

「界外殿は?」

「今のところ全部満点だな」

「さすがでござるな」

「ああ。ボーナスゲットしたら一緒にいくら丼食べに行こうぜ」

「もちろんでござる。ちなみに界外殿の驕りで?」

「当たり前だろ。いくらでも食えよ。遠慮はいらねえさ」

「ふひっ」

「ふふふ」

 

 クラス内で俺と博士の2人しかわからない会話を交えてると、池と山内の驚くような声が聞こえてきた。

 須藤が寝落ちしてしまい、英語の過去問に手をつけていなかったようだ。

 

「須藤殿、大丈夫でござろうか?」

「さあな。てか、博士は人の心配してる場合じゃないだろ?」

「た、確かに」

「ちゃんと問題をよく読むんだぞ。ひっかけ問題にも注意だからな」

 

 博士への忠告を済ませ、俺は自席に戻った。

 5万ポイントゲットまでもう少し。焦らずいこう。俺はそう自分に言い聞かせ英語のテストを迎えた。

 

 

 

「マジヤバイんだけど」

「え、やばいって駄目だったのか?」

 

 テスト終了後。俺は英語を教えた佐藤の席に来ていた。

 

「違う違う。いい意味でのヤバイだって」

「あー、そっちね。驚かすなよ……」

「ごめんごめん。赤点は余裕で回避できたと思うよ」

「そっか。よかった」

「界外くんはどうなの? 1位取れそう?」

「多分な」

「マジ? ならなんか奢ってよ!」

 

 なんで俺が佐藤に奢らないといけないんだよ。俺は博士にいくら丼を奢らないといけないんだ。それにこのボーナスは一之瀬と遊ぶ時の軍資金として貯めておかねば。

 

「後ろ向きに検討しておくわ」

「奢る気ないじゃん」

 

 ないよ。

 そういえば須藤は大丈夫だったのだろうか。後で綾小路に聞くとするか。

 それより佐藤からこれ以上たかられる前にトイレに逃げよう。逃げるためにトイレに行くのも久しぶりだな。

 





来週の東京喰種は闇カネキが見れますね!



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8話 女の子の手は柔らかい


原作1巻分完結です!



 翌日のSHR。茶柱先生が教壇に立つと同時に、平田が発言する。

 

「先生。本日採点結果が発表されると聞いてますが、いつですか?」

「そんなに結果が気になるか。喜べ、今から発表する。放課後じゃ、色々と手続きが間に合わないこともあるからな」

 

 手続きか。ポイント付与の手続きならすぐに終わるだろう。もしかして……

 

「それ……どういう意味ですか?」

「慌てるな、平田。今から発表する」

 

 生徒の名前と点数の一覧が載せられた大きな白い紙が黒板へと張り出される。

 俺は全教科100点だった。これでボーナスゲットだぜ!

 

「正直、感心している。お前たちがこんな高得点を取れるとは思わなかったぞ」

 

 他の生徒の成績を見ると、満点が10人以上いる科目もあった。

 この好成績は、櫛田が用意した過去問の功績が大きいだろう。

 

「それと界外。お前が単独で学年1位だ。よくやった。約束通りボーナスポイントを付与する。放課後職員室に来るように」

「はい。ありがとうございます」

 

 やったぜ。

 後は須藤が赤点を回避しているかどうかだが。

 

「しゃっ! 赤点なしだぜ!」

 

 須藤が立ち上がり叫ぶ。確かに小テストの際には書かれていた赤点ラインを示す赤い線は見当たらない。

 

「見ただろ先生! 俺たちもやるときはやるってことですよ!」

 

 池がドヤ顔を決める。

 

「ああ。お前たちが頑張ったことは認めている。ただ、お前は赤点だ。須藤」

「は? ウソだろ? なんで俺が赤点なんだよ!」

「須藤。お前は英語で赤点を取ってしまった」

「赤点は31点だろうが! 俺は39点取ってんだろ!」

「誰がいつ、赤点が31点だと言った」

「いやいや、言ってたでしょ! なぁみんな!?」

 

 池が須藤をフォローする。

 

「お前らが何を言っても無駄だ。前回、そして今回の中間テストの赤点のラインは40点未満だ。惜しかったな」

「よ、40点!? 聞いてないですよ!」

「なら、お前らにこの学校の赤点の採点基準を教えてやる」

 

 茶柱先生は黒板に数式を書き始めた。

 そこに書かれたのは、79.6÷2=39.8という数字。

 なるほど。そういうことか。

 

「赤点基準は各クラス毎に設定されている。その求め方は平均点割る2。その答え以上の点数を取ること」

「ウソだろ……俺が、退学、ってことか?」

「短い間だったがご苦労だった。放課後退学届けを出してもらうことになる。それには保護者の同伴が必要になるからな。私から連絡しておく」

 

 高得点を叩きだした生徒が多かったのが裏目に出てしまったようだ。

 堀北が英語の点数が低かったのは、平均点を下げる為だったのか。

 

「残りの生徒はよくやった。文句なく合格だ。次の期末テストもこの調子で頑張ってくれ」

「先生。本当に須藤くんは退学になるんですか? なにか救済措置はないんですか?」

 

 須藤を真っ先に気に掛けたのは、平田だった。

 さすがクラスのリーダーだな。須藤から嫌われているのは自覚しているはずなのに。

 

「事実だ。赤点を取ってしまったらそれまで。須藤は退学にする」

「……須藤くんの解答用紙を、見せて貰えないでしょうか?」

「言っておくが採点ミスはないぞ? それでもいいなら好きにするといい」

 

 須藤の英語の解答用紙を平田へと手渡す。

 平田はすぐに問題へと視線を落とすが、すぐに暗い表情を見せた。

 

「採点ミスは……ない」

「納得がいったなら、これでホームルームを終わる。須藤、放課後職員室に来い。以上だ」

「……茶柱先生。少しだけよろしいでしょうか」

 

 堀北が、スッと細い腕を挙げ、挙手をした。

 

「珍しいな堀北。お前が挙手するとはな。なんだ?」

「先生は、前回のテストは32点未満が赤点だと仰いました。そしてそれは今の計算式によって求められた。前回の算出方法に間違いはありませんか?」

「ああ、間違いない」

「それでは疑問が生じます。前回のテストの平均点は、私が計算したところ64.4でした。それを2で割ると、32.2になります。つまり32点を超えています。にもかかわらず、赤点ラインは32点未満でした。つまり小数点以下を切り捨てている。今回の求め方と矛盾していませんか?」

「確かにそれなら、中間テストは39点未満が赤点になる!」

「なるほど。お前は須藤の点数を見越して、英語の点数を下げたんだな」

 

 ハっとしたように、多くの生徒たちが張り出された紙に目をやって気づく。堀北の点数が英語だけ極端に低いことに。

 須藤が堀北に心配を掛けなければ、堀北も全教科満点だったのかもしれない。

 

「もし私の考えが間違っているなら、前回と今回で計算方法が違う理由を教えてください」

「そうか、なら、もっと詳しく教えてやろう。赤点を導き出す際に用いる点数、小数点は四捨五入で計算される」

「っ……」

「お前も気づいていたんだろう? 可能性を信じて進言してきたんだろうが……残念だったな。私は行くぞ」

 

 ぴしゃりと教室の扉が閉まり、静寂に包まれた。

 

「……ごめんなさい。私がもう少し、ギリギリまで点数を削るべきだったわ」

 

 短くそう言い、堀北はゆっくりと腰を下ろした。

 だが、51点というのは堀北からしてかなり落とした点数だ。もっと落としていれば、自分が退学になるリスクもある。

 しかし、堀北が自分の点数を下げてまで須藤を助けようとするとはね。……いや、あくまで自分の為なんだろうな。

 須藤とはこれでお別れか。まあ、こればかりは仕方がない。寝落ちとはいえ、人事を尽くさなかった須藤が悪いのだよ。

 気持ちを切り替えていると、綾小路が教室から出ていった。

 茶柱先生に直談判しに行ったのか。必死に堀北を説得してたもんね。俺の中の綾小路のポイントがぐんと上昇した。

 

「ちょっと来て」

「ん?」

 

 綾小路をどう元気づけようか考えていると、堀北が目の前にいた。

 

「どこに行くんだよ。もう1時間目が始まるぞ」

「いいから」

 

 堀北はそう言うと、俺の腕を強引に取り、教室から連れ出した。

 

「堀北。俺をどこに連れていく気だ。遅刻したらどうするんだ?」

「茶柱先生のところに行くわ」

「須藤のことは諦めろ。……それとも何か策があるのか?」

「ないわ」

 

 ないのかよ。だったら何しに行くんだよ。

 

「ただ諦めたくないだけ」

 

 往生際が悪いな。堀北ってこんな諦めが悪いのか。

 堀北にエスコートされながら、廊下を早歩きで突き進んでいくと、1階の廊下で綾小路と茶柱先生の姿が目に入った。

 

「この場で10万ポイントを支払うなら、テストの点数1点分売ってやってもいい」

「意地悪っすね、先生は」

 

 え、テストの点数ってポイントで買えるの?

 しかし、1点10万ポイントは高いな。

 

「私たちも出します」

 

 ふぁっ!? 私たち”も”って俺も入ってるの?

 こいつ、何言ってんだよ。

 

「堀北、界外……」

 

 綾小路が振り向く。

 いや、俺は出さないからね? ポイントは一之瀬と遊んだり、博士と一緒にいくら丼を食べるのに使うんだ。

 

「クク。やっぱり、お前たちは面白い存在だ」

 

 なんで茶柱先生は面白がってるんだ。

 

「界外くん、いいわよね?」

「いや、それはちょっと……」

「お願い」

 

 堀北が、真剣な眼差しで俺を見上げる。

 だがハガレンを見て手に入れた俺の鋼のような心は揺るがない。

 俺は鋼の男子高校生だ。

 

「力を貸して」

 

 堀北はそう言うと、俺の右手を自身の小さな両手でそっと包み込んだ。

 なにこれ。

 女の子の手ってこんな柔らかいの? それに全てが吸い付く感じがしてやばい!!

 

「は、離してくれ……」

「あなたの了承を得るまで離さないわ」

 

 卑怯だ。俺が女子との触れ合いに免疫がないのを知って。

 やばいやばい。気づいたら距離も近くなってるし。堀北っていい匂いがするんだなぁ。……って、いかんいかん。

 

「綾小路、この2人は何をしてるんだ?」

「俺にもわかりません」

 

 茶柱先生と綾小路が何か言ってるようだが、全く耳に入ってこない。

 まさか堀北が女であることを武器として利用してくるとは。

 

「もしポイントを出してくれるなら、またお弁当を作ってあげてもいいわよ」

「ど、どうせ白米だけなんだろ……」

「いいえ。今度はおかずもつけてあげる」

 

 おかずも? 今度こそ、女子の手作り弁当が食べられるってことか?

 どうする。堀北を信じてもいいのか?

 

「界外くん。決めなさい」

「お、俺は……」

 

 俺は悩みぬいたうえ、決断を下した。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「やったな須藤! 退学取り消しだってよ!」

「おう! さすが堀北だぜ!」

 

 場所は変わり、教室。

 須藤の退学が取り消しになったことにより、池たちが騒いでいる。

 女子の手作り弁当の誘惑には勝てなかったよ……。

 結局、俺が4万ポイント、綾小路と堀北が3万ポイントずつ支払い、須藤の退学は取り消しとなった。

 堀北に今回のボーナスポイントを全て払うよう言われたが、必死にお願いして4万ポイントを払うことで妥協してもらえた。

 あれ? 俺がお願いされる側だったのに、いつの間にか立場が変わってるんだけど?

 しかし、堀北があんな風に仕掛けてくるとは。ああいうの一番嫌ってそうなのに。それだけなりふり構っていられなかったってことか。

 

「悪かったな。助かった」

 

 綾小路が謝辞をしてくる。

 綾小路にも恥ずかしいところを見せてしまった。でも仕方ないよね。健全な男子高校生だし。

 

「別にいいさ。どうせ俺はチョロい男なんだ」

「そんなことは言ってないが」

「綾小路ならクールに流せたんだろうけど」

「いや、俺もあんなことされたら動揺するぞ」

 

 綾小路が動揺する姿が想像出来ない。たまに驚くときも、目を少し見張るくらいだし。

 数分雑談をしたところで、綾小路は自分の席へ戻っていった。

 俺は携帯を取り出し、ある人物にメールを送る。久しぶりに彼女と2人で遊びたい気分だ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「そっか。無事、ボーナスゲット出来たんだ」

「ああ。おかげさまで」

 

 その日の放課後。俺は一之瀬を誘い、ファミレスに来ていた。

 2人で中間テストの打ち上げをしないか、とメールで誘い、一之瀬も予定がなかったため、こうして2人で相見えてるわけだ。

 一之瀬のことだから、クラスメイトと打ち上げでもするのかと思っていたので、彼女の予定が空いていたことは意外だった。

 

「全教科満点で学年1位でしょ。さすがだねー」

「一之瀬も2位だったんだろ。期末じゃ負けるかもしれないな」

「にゃはは。今回は運がよかっただけだよ」

 

 にゃははって可愛すぎるんですけど。

 やはり一之瀬と一緒にいると癒されるなぁ。どこかの白米弁当を手渡すJKとは大違いだ。

 

「それでボーナスポイントは何に使うのかな?」

 

 実はもう4万ポイント消費してるんです……。

 

「ラノベとか色々あるけど、メインは一之瀬と遊ぶのに使うことかな」

「え、私と?」

「ああ。これで一之瀬も心置きなく俺を誘えるだろ?」

 

 優しい一之瀬のことだ。一之瀬が俺を放課後遊びに誘わなくなったのは、クラスポイントが0の俺に気を使ってくれていたからだと思う。

 だが5万ポイント(実質1万ポイント)をゲットしたことにより、その問題は解消した。

 

「もしかして私が気遣ってるのバレバレだった?」

「まあな。一之瀬は優しいからな」

「そんなことないよー」

 

 そんなことある。一之瀬が優しくなかったら誰が優しいと言えるのか。

 

「というわけで、ポイントの心配はしなくていいから。都合がいい時はどんどん誘ってくれ」

「うん、わかった。でも今日みたいに界外くんから誘ってくれてもいいんだよ?」

「予定が入ってて断られたら、俺の心が傷つくので誘わない」

「意外とデリケートだ!?」

 

 俺と一之瀬の2人だけの打ち上げは2時間ほど続いた。

 彼女と一緒にいると楽しくて時間があっという間に感じてしまう。

 これからもイベントが終わるたびに、彼女と2人きりで打ち上げが出来ればいいなと思った。

 その為には、この学校で生き残り続ければならない。

 今後、学力テスト以外にも退学が懸かった試験が行われていくだろう。

 けれど問題はない。

 ようは結果を残せばいい。

 彼女の近くに居続ける為に、俺は結果を出し続けるだけだ。

 





果たして主人公は堀北の手作り弁当を今度こそ頂けるのか!?



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8.5話 手作り弁当/リベンジ


気づいたら日間ランキング2位に入ってました。これもみなさんのおかげです。ありがとうございます!



 中間テストを終え、1週間が経とうとしていた。

 テストを無事に乗り越えたことで、Dクラスは少しずつではあるが、かつての活気を取り戻していた。

 かくいう俺も友人が増えたことにより、休み時間に一人でいる時間は減っている。

 昼休みは一人だけど。

 博士から昼食に誘われたが、彼のグループの面子を確認したところ、喋ったことがない人ばかりだったので丁重にお断りした。

 以前は教室で昼食を済ましていたが、現在はベストプレイスを見つけたことにより、そこで昼食を済ましている。

 

 昼休み。

 本日はあいにくの雨であるため、ベストプレイスに行くことを諦め自席で昼食を済ますことにした。

 教室を見渡すと俺と同じぼっち飯の美少女が目に入った。

 堀北鈴音。我がDクラスが誇るエリートぼっちである。

 堀北はよくサンドイッチを食べていたが、今日は弁当を持参している。

 約束の弁当はいつ作ってくれるのだろうか。

 自分から聞くとがっついてると思われるので、堀北が作ってくれるのを待つしかない。

 

「相変わらず凝ってるな」

 

 綾小路が俺の弁当を見ながらそう言う。

 

「そうでもないぞ。夕食の残りだからな」

「オレには無理だ」

「まあ、やる気の問題だな。綾小路は今日は一人か?」

「ああ」

 

 綾小路は須藤たちと昼食が取ることが多いようだが今日は誘われなかったようだ。

 お? 一緒に昼飯食べるチャンスじゃないか?

 

「だったら一緒に食べるか?」

「いいのか?」

「ああ。てか俺から誘ってるわけだし」

「それじゃ遠慮なく」

 

 綾小路はそう言うと、俺の前の席の椅子に腰を下ろし、俺と向かい合うように椅子の向きを変えた。

 鞄からパンを取り出し机の上に広げる。

 

「パンばかりで飽きないのか?」

「種類は変えてるからな」

「そんなもんか」

「ああ」

 

 綾小路との会話は盛り上がることはないが、不思議と嫌な感じはしない。

 

「そういえば堀北から弁当は作ってもらえたのか?」

 

 どうやら綾小路も堀北の手作り弁当が気になっていたようだ。

 

「いや、まだ」

「そうか。しかし女子の手作り弁当が食べれるなんて羨ましいな」

「綾小路もお願いしてみたらどうだ?」

「作ってくれると思うか?」

「思わない」

「だろ」

 

 俺だって情報提供の対価やポイントの支払いの件がなければ、作ってもらえることはなかっただろう。

 しかし、堀北はいつ作ってきてくれるのやら。

 まあ、気長に待つしかないな。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 放課後。俺は食材の調達の為スーパーに寄っていた。

 夕食のメニューを考えながら、無料コーナーから食材を選んでいく。

 

「あら、嫌な偶然ね」

 

 声がする方を見ると堀北が立っていた。

 ねえ、一言目に軽口を叩かないと生きていけないの?

 

「堀北も無料の食材目当てか」

「ええ。来月は何ポイント支給されるからわからないもの。無駄遣いは出来ないわ」

「だな」

「あなたは、どのくらい支給されると思う?」

 

 クラスポイントか。いまだに算出方法がわからない。てか卒業までわからないと思う。

 

「わからない。1万ポイント位は支給されるといいんだけどな」

「そう」

 

 堀北はそう言うと会話を切り上げ、食材に視線を向けた。

 

「ねえ」

「ん?」

「苦手な食べ物ってある?」

「ないな。好き嫌いはしないよう教育されてきたから」

「そう。残念ね」

「なんで残念なんだ?」

「お弁当。あなたに苦手なものがあったなら、それを大量にお弁当に詰めようと思ったのよ」

 

 うわぁ……。なんて性格が悪い女だ。

 白米オンリーの次は嫌いな食べ物攻めか。てか弁当のこと覚えていたのね。

 

「明日、作ってきてあげる」

「お、おう……。よろしくお願いします……」

 

 とうとう女子の手作り弁当が食べれるのか。

 堀北が何かやらかさなければだけど。

 さて、欲しいものも手に入ったし、そろそろおいとまするか。

 

「待って」

「ぐぇっ」

 

 去ろうとした瞬間に堀北に襟首を掴まれ、変な声が出てしまった。

 

「な、なにすんだよ!?」

「界外くん。あなたを荷物持ちに任命してあげる」

「…………はい?」

 

 

 

 どうも。堀北の助手兼荷物持ちの俺です。

 堀北と鉢合わせしてから20分後。

 俺は両手にお米とトイレットペーパーを持ち、堀北と一緒に寮に向かっていた。

 

「お前、もう少し計画的に買い物しろよ」

「してるわ。今日は界外くんがいたから多めに買っただけ」

「さようで」

 

 まあ、女子に重たい物を持たせるのは忍びないからいいんだけどね。

 それより堀北にお願いすることがあったんだった。 

 

「堀北」

「なに?」

「明日、弁当なんだけど教室で渡すのはやめてくれないか」

「別にいいけれど。……理由を聞いてもいい?」

「教室で渡されると前みたいに騒がれる。堀北も嫌だろ?」

 

 池や松下から質問攻めにあうのは勘弁だ。

 

「そうね」

「だから明日は俺が見つけたベストプレイスで食べよう」

「ベストプレイス?」

「明日教えるよ」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 翌日の昼休み。

 俺と堀北は部室棟近くのベンチに腰掛けていた。

 

「こんなところがあったのね」

「ああ。人通りも少なくていいところだろ?」

 

 部室棟近くの人通りが少ない場所に佇んでいるベンチ。

 ここが私のアナザー○カイ。

 

「そうね」

 

 狭いベンチなので、自然と堀北と距離が近くなる。

 肩と肩が触れてしまっている。

 堀北は気にしていないのだろうか。

 俺がドキマギしていると、堀北は鞄から弁当を取り出し、俺に渡してきた。

 

「はい。約束のお弁当」

「おぉ」

 

 やっとだ。やっと女子の手作り弁当が食べれるぞ。

 だが本当におかずは入っているのだろうか。

 恐る恐る弁当箱のふたを開けていく。

 そして弁当箱の中身は……

 

「お、おかずがある……」

 

 そこには彩豊かなおかずが詰め込まれていた。

 から揚げ、卵焼き、ウインナー、ホウレン草のゴマ和え、ブロッコリー。

 どれも美味しそうだ。

 よし、しっかり味わって食べるぞ。

 

「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」

 

 ホウレン草のゴマ和えを箸でつまみ、口の中に入れる。

 

「……美味いっ!」

「そう。お口に合ってよかったわ」

 

 女子の手作り補正が入り、非常に美味しく感じる。

 もちろん補正抜きでも十分美味しいけど。

 

 10分後。

 俺は生まれて初めての女子の手作り弁当を食べ終えていた。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様」

「弁当箱、洗って返した方がいいか?」

「自分で洗うからいいわ」

「そうか」

 

 堀北に空の弁当箱を渡す。

 堀北は弁当箱を鞄にしまいながら聞いてきた。

 

「……そんなに美味しかったの?」

「ああ。15年の人生で1番美味かったかもしれん」

「それは大げさすぎると思うけど」

「それだけ女子の手作り弁当の破壊力は凄まじいってことだ」

「破壊力……」

「それに経緯はどうであれ、堀北が俺の為に弁当を作ってくれたと思うとな。やっぱ嬉しいもんだよ」

 

 俺が手作り弁当について語っていると、堀北が俯いてしまった。

 熱く語りすぎて引かれてしまったのだろうか。

 堀北の様子を恐る恐る伺っていると、

 

「また作ってあげてもいいわ」

「……」

 

 俺は堀北の言葉に思わず手のひらで堀北の額に触れた。

 ひんやりと冷たい。

 

「……熱はないわよ?」

「みたいだな」

 

 つまり堀北は正気ということ。

 いきなり人格が入れ替わったとかじゃないよね?

 

「手、どけて貰える?」

「あ、悪い」

 

 謝りながら堀北の額から手を離す。完全に無意識だった。

 堀北の顔を見る限り、怒ってはいなさそうだ。ほっ。

 

「それでお弁当のことなんだけど」

「あ、ああ。ほ、本当に作ってくれるのか……?」

「ええ。ただし食材が余った時だけ。それでいい?」

「それでいい! お願いシャス!!」

「口調がおかしくなってるわよ」

 

 堀北が呆れ顔でクスっと笑う。

 こいつ、やっぱ可愛いな。

 俺は不覚にも堀北の笑顔にキュンとしてしまった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 午後の授業開始10分前。

 昼食を終えた俺と堀北は、教室に向かっていた。

 

「堀北は何歳から料理し始めたんだ?」

「小学低学年くらいかしら。界外くんは?」

「俺は中一からだな。ちなみに料理漫画に影響されてだ」

「料理漫画、ね」

 

 鼻で笑いやがった。

 

「堀北も小説ばかりじゃなくて、たまには漫画を読んだらどうだ?」

「気が向いたらね」

「それ絶対読まない人が言う答えだよな?」

「さあ、どうかしら」

 

 おい。さっきの素敵な笑顔はどうした。

 あの笑顔は俺の見間違いだったのだろうか。

 

「界外くん」

「なんだよ?」

 

 教室の入り口近くに行くと、堀北に名前を呼ばれた。

 

「今日も買い物に行くのだけど……荷物持ちよろしく」

「イエス・マイ・ロード」

 

 堀北がギアスを発動した。

 手作り弁当のために、俺は彼女の命令を絶対遵守しなければならない。

 俺は軽くため息をつきながら、彼女の後をついていった。

 

 教室に戻ると、綾小路が話しかけてきた。

 

「堀北と一緒に昼飯食べてたのか?」

「ああ」

「手作り弁当食べれたのか?」

「食べれたよ」

「どうだった?」

 

 綾小路が興味津々に聞いてくる。

 

「物凄く美味しかった」

「そうか」

 

 そんな羨ましそうな視線を向けられても困る。

 そんなに手作り弁当が食べたいんだろうか。

 堀北にお願いして、綾小路の分も作ってもらうか。

 ……いや、無理そうだな。

 

「そんなに手作り弁当が食べたかったら、俺が作ってきてやろうか?」

 

 冗談で言ってみる。

 さすがに男の手作り弁当は嫌だろ。

 

「いいのか?」

 

 男でもいいのかよ!?

 どんだけ手作り弁当に飢えてるんだよ……。

 

「いいけど」

「それじゃ界外の都合いい時に頼む」

「わかった」

 

 俺と綾小路が怪しい関係であると噂が経つのは、少し先のことであった。





明日は一之瀬メインのSS投下します


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SS① おっぱいビルドダイバーズ


ガンダムはXとデスサイズヘルが好きです



 6月某日。

 梅雨に入り、連日雨が続いている。

 雨は嫌いだ。じめじめするし、湿気も多い。

 そして何より洗濯物が溜まる! 

 実家にいた時は乾燥機があったからよかったけど、寮備え付けの洗濯機には乾燥機能がついていない。つまり部屋干しをしなければならない。余計湿気が多くなる。なんという悪循環。

 

「梅雨よ、滅びろ」

「何物騒なこと言ってるの?」

 

 どうやら独り言が隣の席の松下に聞こえてしまったようだ。

 

「梅雨嫌いなんだよ」

「まあ、好きな人は少ないだろうね。でも滅びろは言いすぎでしょ」

 

 松下がクスッと笑う。

 

「それより次は移動教室でしょ。そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ?」

「そうだな」

 

 教室を出て、松下と一緒に理科室に向かう。

 

「そういえば昨日のナカイの○見た?」

「見てない。録画したから今日見る」

「なんか違う番組見てたの?」

「いや、11時にはいつも寝てるから」

「早くない?」

 

 え? 11時に寝るのって早いの?

 9時なら早いと思うけど……。

 

「べ、別に早くないだろ。それに夜更かしすると肌荒れちゃうし」

「女子か」

 

 松下が呆れ顔で言う。

 いや、一之瀬に肌荒れした顔見せるの嫌だし。

 

「睡眠不足は美容の敵だぞ」

「……界外くんって女子力高い系男子?」

 

 女子力高い系男子とは?

 家庭的な男子という意味だろうか。

 

「女子力はよくわからないけど、家事は好きだぞ」

「料理も好きだよね。毎日お弁当作ってきてるくらいだし」

「ああ。基本外食もしないな」

「そっかぁ。……優良物件なんだけどなぁ……」

 

 いきなり不動産の話になった。

 女子は何を考えているのかよくわからない。

 

「あの2人がいなければ手を出してたのに」

 

 松下はさっきから何を言ってるんだろう。

 あの2人ってどの2人だよ。

 松下がぶつぶつ言ってる間に目的地に辿り着く。

 理科室に着いても松下は一心に考え込んでるようだったので、俺は彼女を置いて自席へ向かった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「界外くんって生徒会に興味ある?」

 

 学校へ向かう道中、一之瀬が聞いてきた。

 今日もあいにくの雨。2人とも傘をさしているので、いつもより一之瀬との距離が遠い。

 やっぱり梅雨は嫌いだ。

 それより一之瀬は何で生徒会のことなんか聞いてきたんだ?

 ……ははーん、わかったぞ。ヒナまつりのネタだな。

 一之瀬からアニメネタを振ってくるとは。

 これも仲良くなった証拠かも。

 

「うーん、うちの学校は給食がないから生徒会長になる予定はないな」

「なんで給食!?」

「いや、生徒会長になったら給食改善を公約に掲げないとだろ?」

「もう! 真面目に答えてよー!」

 

 一之瀬に怒られてしまった。

 ネタ振りじゃなかったの?

 ジト目で俺を睨んでくる。このまま睨んでいてほしいけど、早く答えないとまた怒られそうなので真面目に答える。

 

「わ、悪い。生徒会には興味ないぞ」

「……そっか。教えてくれてありがと」

「一之瀬は生徒会に興味あるのか?」

「少しだけ」

「……生徒会に入りたいと思ってたり?」

 

 もし一之瀬が生徒会に入ってしまったら、彼女と遊べる時間が減ってしまう。

 

「ううん。どんなところか興味あるだけだよ」

 

 一之瀬の答えにホッとする。

 念のため忠告もしておこう。

 

「まあ、生徒会は女子にも平気で重たい物運ばせたりするしな」

「そうなんだ……」

 

 そうなんだよ。他の役員共は橘先輩を何だと思ってるんだ。

 

「だからあまりお勧めはしないな」

「うん。入らないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」

 

 一之瀬が笑みを浮かべながらお礼を言う。

 この笑顔守りたい。

 

「そういえばDクラスは学級委員とか作ったりしないの?」

「しないな。リーダー的存在のやつはいるけど」

 

 Bクラスは学級委員を作っており、一之瀬は委員長を務めている。

 リーダー気質のある一之瀬にぴったりだろう。

 ちなみにクラスメイトの一部からは、一之瀬委員長と呼ばれているようだ。

 

「平田くんのことだよね?」

「ああ。平田のこと知ってるのか」

「うん。界外くんと同じで結構有名人だよ」

 

 さすがイケメン平田。

 てか俺が有名人って、学年主席なだけでそんなに有名になるもんかね。

 

「それにイケメンランキングで2位だしね」

「イケメンランキング?」

「女子の間で男子の色んなランキングを作ってるんだよ」

 

 女子もうちのクラスの男子みたいなことしてるのか。

 

「ちなみに1位って誰? 綾小路?」

「Aクラスの里中くんだよ。綾小路くんは5位だね」

 

 綾小路は5位か。俺の中では1位なんだけど。

 

「ちなみに界外くんは6位だよ」

 

 6位。つまり永遠のシックスマン。

 冗談はさておき、意外と高い順位で驚いた。

 つまり何人かは俺のことをイケメンと思ってくれてる女子がいるってことだよな。

 

「どう? 嬉しい?」

「そうだな。でも実感があまりわかないんだよなぁ」

「掲示板で投票されたものだからね」

「投票ねぇ」

「私は界外くんに投票したよ」

「え」

 

 それってつまり……一之瀬は俺のことをイケメンと思ってくれてるってことだよな。

 やばい、超嬉しいんですけど。

 もしかしてこの雨は、神様が俺を祝福してくれてるんじゃないだろうか。

 確か挙式中の雨は、神様の祝福だと言われていると聞いたことがあるし、似たようなものかな。

 母さん父さんありがとう。

 俺は初めて自分の顔を好きになったよ。

 おっと、両親だけじゃなく一之瀬にもお礼を言わねば。

 

「あ、ありがとな」

「ううん。ちなみに男子は女子のランキングって作ってたりしないのかな?」

「い、いや、どうだろうな……」

 

 言えない。うちのクラスの男子がおっぱい大きい子ランキングを作ってただなんて……。

 あのランキングはDクラス限定だったが、1年生に範囲を広めれば間違いなく一之瀬は上位に入るだろう。

 俺も抑制力が優れていなければ、ずっと胸ばかり見ていたと思う。

 それだけ一之瀬の胸はやばい。だって2つもボタン留めてるのにブレザーを思いっきり押し出してるからねその胸。

 いつか一之瀬の胸にビルドダイブしたい。

 

「界外くん?」

「んぁ?」

「大丈夫? なんかぼーっとしてたけど」

「だ、大丈夫大丈夫! 考え事してただけだ!」

 

 危ない危ない。一之瀬の胸のせいでトリップしそうになった。

 

「考え事って?」

 

 一之瀬のおっぱいのことを考えてました。

 うん。完全に嫌われるな。

 とりあえず適当なこと言って誤魔化さなければ。

 

「え、えっと……この歪んだ世界で自分は何が出来るのか自問自答してて……」

「え」

 

 駄目だこりゃ。

 今日の俺はポンコツすぎる。

 エトさん、これ以上馬鹿なことを言う前に俺の口を縫って塞いでおくれ。

 

「本当に大丈夫? 具合悪いなら保健室付き合うよ?」

 

 一之瀬が不安そうな顔をしている。

 そんな顔で見ないでくれ。罪悪感で心が押しつぶされそうになる。

 

「大丈夫だ。アニメ見すぎて寝不足なだけだから」

 

 もっともらしい嘘をつく。

 本当は一之瀬に嘘なんてつきたくないけど、これ以上心配させるわけにはいかない。

 

「そう?」

「そうそう。ほら、昨日の東京喰種で金木くんが覚醒したから興奮しちゃってさ」

「あー、金木くんカッコいいもんね」

「だろ。何回も見直してたんだよ」

 

 ふぅ。なんとか誤魔化せた。

 それより一之瀬は金木くんが好きなのか。

 中学時代に金木くんの真似して白髪になった時の写真見せてみようかな。それとベッドの下に隠してある眼帯マスクも見せたら喜ぶかな。

 ……いや、やめておこう。引かれるに決まっている。中学の時に散々痛い目に合ってきたじゃないか。

 もし一之瀬に引かれたら死んでしまう。それだけは絶対だめだ。

 

「そっかそっか。でもアニメが面白いのは仕方ないけど、あんまり夜更かししちゃ駄目だよ?」

「わかった」

 

 夜更かしなんてまったくしてないんだけどね。

 とりあえず何とか乗り切った。

 明日はいつもの俺でいこう。

 クールにいこうじゃないか。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 翌朝。

 いつも通り寮の玄関ホールで一之瀬と待ち合わせて、学校へ向かおうとしたところ、彼女がお願い事をしてきた。

 

「実は学校に傘置き忘れちゃって」

「……」

「傘、入れてくれないかな?」

 

 まさかの相合傘である。

 もちろん一之瀬を雨に濡らせて学校に向かわせるわけにはいかないので了承するしかない。

 

「いいぞ」

「ありがとー」

 

 玄関を出て傘を開き、一之瀬が入ってくる。

 

「界外くんがいてよかったよー」

「そ、そっか。まあ、昨日は帰り雨止んでたから学校に忘れるのも仕方ないな」

「だよね。帰る時、すっかり傘の存在忘れちゃって」

 

 相合傘。

 母親以外の女性と一緒の傘に入るのは、人生で初めてのことだ。

 大きい傘ではないので、一之瀬はぴったりと体をくっつけてくる。

 近い。近すぎる。胸も腕にくっついて……。

 腕に伝わる胸の触感が半端じゃない。微かに感じるというレベルじゃない。

 一之瀬は俺の腕に胸が当たっていることに気づいていないようだ。

 距離が近すぎるせいだろう。一之瀬の甘い匂いが漂ってくる。

 

「昨日はちゃんと寝た?」

「あ、ああ。11時には寝たぞ」

「そっかー。偉い偉い」

 

 一之瀬はそう言うと、俺の頭を撫でてきた。

 体の向きを変えたことにより、よりダイレクトに俺の腕に一之瀬の胸の触感が伝わってくる。

 これはやばい。本当にやばい。

 

「あ、歩きづらいんだけど……」

「あ、ごめんごめん」

 

 危なかった。

 もう少しで抑制が崩壊するところだった。

 崩れゆく抑制。僕を壊さないで。

 

「あ、私も昨日東京喰種見たよ」

「どうだった?」

「闇カネキって言うんだっけ? かっこよかったよー」

「10月から2期やるから楽しみだな」

「うん。原作のどこまでやるんだろうねー」

 

 アニメの話になったおかげで、大分平常心を取り戻すことが出来た。

 やっぱアニメの力は偉大だな。

 

「わからないな。前みたいにオリジナルにならなければいいけど」

「だね。クラスの子も同じこと言ってたよ」

「結構見てる子いるんだな」

「女子に人気ある漫画だからねー」

 

 俺は一之瀬と話しながら、腕に胸が当たらないように少しずつ彼女との距離を取る。

 右半身が少し濡れてしまうが仕方ないだろう。

 

「界外くん、濡れちゃうよ」

「え」

 

 一之瀬は俺の左腕を掴み、強引に引き寄せる。

 またもや腕に胸の触感が伝わってくる。

 

「駄目だよ。風邪引いたらどうするの?」

「え、えっと……」

 

 言い訳しようとするが、一之瀬の目を見て言葉を飲み込む。

 有無を言わせない力強い目だ。

 ……これはもう諦めるしかない。

 彼女の胸を触感を喜んで受け入れようじゃないか。

 

「だな。気を付けるよ」

「うん」

 

 気のせいだろうか。

 学校に近づくにつれて、一之瀬との密着度が高くなってる気がする。

 まあ、雨風が強くなってるせいだろう。 

 開き直って一之瀬の胸の触感と甘い香りを味わっていると、大きな雷鳴が轟いた。

 

「きゃっ!」

 

 直後、一之瀬が腕に抱きついてきた。

 腕が完全に彼女の豊満な胸に挟まれている。

 心がオーバーヒートしそうになるが、一之瀬の姿を見てすぐにクールダウンした。

 

「雷、苦手なのか?」

「……うん」

 

 一之瀬が震えながら頷く。

 彼女の様子を伺っていると、再度耳をつんざくような大きな雷鳴が轟く。

 

「ひっ」

 

 一之瀬は小さい悲鳴を上げ、腕に抱きつく力を上げた。

 こんなに怯える彼女を見るのは初めてだ。

 

「ご、ごめんね……」

「謝らなくていい。落ち着くまでこのままでいようか?」

「……お願いします」

 

 5分ほど経っただろうか。

 一之瀬がゆっくりと抱き付いた腕から離れる。

 

「ありがとう。もう大丈夫」

「どういたしまして」

「にゃはは。界外くんに情けないところ見せちゃったね」

「別に情けないとは思ってないけど」

 

 雷が苦手な人は沢山いるからね。

 

「そ、そう? でもBクラスの子には言わないでおいてね?」

「一之瀬以外にBクラスに知り合いはいないから大丈夫だぞ」

「あ、そうだったね」

 

 あはは、と一之瀬が笑う。

 泣き顔もいいけど、やはり彼女は笑顔が一番似合う。

 

「雷もおさまったことだし、そろそろ行くか」

「うん!」

 

 またも一之瀬がぴったりと体をくっつけてくる。

 もういいさ。役得だ。

 学校に着くまで、しっかりと一之瀬の胸の触感を味わわせて頂こう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 昼休み。

 今日は珍しく綾小路とのランチタイムだ。

 

「今日は焼きそばパンか」

「ああ。……やらないぞ?」

「いらないから」

 

 そんな物欲しそうな目をしてたんだろうか。

 

「……左腕、怪我でもしたのか?」

 

 パンをかじりながら綾小路が言う。

 

「え」

「動きがぎこちないぞ」

 

 ぎこちないってなんでわかるんだ。

 確かに一之瀬の胸の触感が残ってるせいで変な感じがするけど。

 堀北並に観察力鋭いなおい。

 

「まあ、ちょっとあってな」

「そうか」

「そ、それより今日も雨だな」

「そうだな」

「早く梅雨明けてほしいよ」

「界外は雨が嫌いか?」

「嫌いだな。ただ……」

「ただ?」

「たまには悪くないかもしれない」





一之瀬は天然なのかわざとやってるのかいずれわかります


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9話 不憫ガールとトラブルボーイ


誤字報告いつもありがとうございます。非常に助かります。

それと感想、評価もありがとうございます。モチベーションになります。

原作2巻分スタートです。


 7月1日。

 Dクラスの教室はいつにも増して浮足立っていて騒がしい。

 理由は単純明快。今日は久しぶりにポイントの支給があるかも知れないのだ。

 ただ、今朝ポイントの残高照会をしたかぎり支給された様子はない。

 あれ? 今月も0ポイントなの?

 

「おはよう諸君」

 

 茶柱先生が入室してきた。

 

「佐枝ちゃん先生! 俺たち今月も0ポイントなんすか!? 1円も振り込まれてないんですけど!」

「それで落ち着かない様子だったわけか」

「俺たちこの1か月、死ぬほど頑張りましたよ! なのに0ポイントだなんて!!」

「落ち着け、池。学校側もお前たちの頑張りは認めている」

 

 諭すように言われ、池は椅子に腰を下ろした。

 ポイント使い果たした連中は必死だろうな。

 

「それでは今月のポイントを発表する」

 

 茶柱先生は手にした紙を黒板に張り付ける。

 大きな白い紙には各クラスのクラスポイントが載っていた。

 先月と比べるとDクラス以外は100近く数値を上げている。Aクラスに至っては、1004ポイントだ。1000ポイント超えちゃってるよ。羨ましい。

 ちなみにDクラスは87ポイントだった。

 

「87ってことはプラスになったってことか!? やったぜ!」

「天元突破でござる!」

 

 池と博士が騒ぎ出した。いや、天元低すぎだろ。

 

「喜ぶのはまだ早いぞ。他のクラスとの差は縮まっていない。これは中間テストを乗り切った1年へのご褒美みたいなものだ。各クラスに最低100ポイントが支給されている」

 

 なるほど。道理で綺麗に各クラス100近く数値を上げていたわけだ。

 中間テストの問題といい、けっこう優しいのねこの学校。

 

「堀北は喜んでいないようだな。クラスの差が余計に開いてしまってがっかりしたか?」

「いいえ。今回の発表で得たこともありますから」

「得たことって?」

 

 池が立ったまま堀北に聞く。

 池はよく質問するな。こういうところは見習った方がいいかもしれない。

 

「おーい?」

 

 堀北は答える気がないのか黙り込んでいる。

 いや、それくらい答えてやれよ。

 それを見ていた平田が代わりに答える。

 

「僕たちが今まで積み重ねてきた負債……私語や遅刻は見えないマイナスポイントになっていなかった、ということじゃないかな」

 

 さすが平田である。正解。

 

「なるほど。100ポイント貰っても負債が沢山あったら、87ポイントも貰えるわけないもんな」

 

 平田の説明に納得した池が、やったぜ、と大げさに両手を広げる。

 

「でもじゃあ、なんでポイントが振り込まれていないんだ?」

 

 池が茶柱先生を見る。

 今回発表されたクラスポイントが正しいのなら、8700のプライベートポイントが振り込まれていなければおかしいことになる。

 

「少しトラブルがあってな。1年生のポイント支給が遅れている。悪いがもう少し待ってくれ」

「マジすかあ。学校側のミスなんだから、オマケとかないんですかあ?」

 

 生徒たちから不平不満の声が上がる。

 

「そう責めないでくれ。学校側の判断だから私にはどうすることもできん。トラブルが解消次第ポイントは支給されるはずだ。ポイントが残っていれば、な」

 

 茶柱先生がまたもや意味深な発言をしている。

 好きですね、そういうの。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 昼休み。

 俺は日課のごとく部室棟近くのベンチに座り弁当を食べていた。

 隣には堀北が座っている。

 この場所を紹介してから、堀北もここで昼食を済ますようになっている。

 毎日美少女と二人きりで昼食なんて、なかなかできることじゃないよ!

 ちなみに週一ペースで堀北が手作り弁当を俺に作ってくれるようになった。

 今日は残念ながら自前の弁当だ。

 

「ねえ」

「ん?」

「ポイントが支給されなかった件、どう思う?」

 

 堀北が弁当をつまみながら聞いてくる。

 

「そうだな。まず学校側の問題なのか、生徒側の問題なのかによるよな」

「そうね」

「まあ、茶柱先生の意味深な発言からして生徒側の問題の可能性が高そうだけど」

 

 なんだろう。嫌な予感しかしない。

 

「1年生だけが支給を見送られているということは、トラブルは1年生が起こしたということよね」

「だろうな」

「もしDクラスがトラブルに関わってるとしたら……」

 

 クラスポイントは減らされるだろうな。

 いや、先生の発言からすると最悪0ポイントの可能性もある。

 あー、考えただけでげんなりする。

 期末テストでまた特別ボーナスをおねだりしないと。

 

「……今はそこまで心配する必要はないだろ。他のクラスが起こした可能性だってあるわけだし」

 

 俺は不安を払拭するように言った。

 

「そうあってほしいものね。トラブルはポイントに直結するから」

 

 堀北は絶対Aクラスに上がりたいガールだもんね。

 トラブルでクラスポイントが減ったらどうなることやら。

 

「そう言えば、堀北に聞こうと思ってたことがあるんだが……」

「改まってどうしたの?」

 

 プライベートに踏み込んだ質問になるので躊躇ってしまう。

 

「いや、その、お兄さんとは最近どうなのかな、と……」

「兄さんと?」

 

 とうとう聞いてしまった。

 俺が生徒会長に急所蹴りをしたあの夜のこと。

 事の発端は、生徒会長が堀北に暴力を振るおうとしたことだった。シスコンが多い千葉県民の俺には、妹に暴力を振るうなど考えられない。まあ、俺は一人っ子で妹なんていないんだけどね。

 

「お兄さんから……暴力を受けていないかなと……」

 

 あれからずっと気になっていた。

 兄妹の問題なので他人の俺が突っ込んでいいものかと考えていた。

 けれど、堀北と親しくなっていくにつれ(本人は認めないだろうけど)余計に気になってしょうがない。

 どうしよう……。質問したのはいいけど、『あなたには関係ないでしょう』って言われそう……。

 

「……兄さんとはあれから会っていないわ」

「そ、そうなのか……?」

 

 意外にも堀北は素直に答えてくれた。

 あの夜以降、生徒会長と接触もしていないようだ。

 よかった。これで一安心だ。これで体が痣だらけだったら、どうしようかと思ったぞ。

 

「それより一つ勘違いしてるようだから言っておくわ」

「ん?」

 

 堀北が俺を見据えて言う。

 

「あれは暴力ではないわ」

「え」

「躾を受けていただけよ」

「いや、躾って……」

 

 コンクリートに投げ飛ばすのは躾の範疇を超えてるだろう。

 

「大したことないわ。よくあることよ」

「いや、よくあるって……」

 

 つまり堀北は以前から躾と称した体罰を受けていたということか。

 

「私が不出来な妹だから。……仕方ないのよ」

 

 不出来って……。確かに社交性はないけど、それ以外は優秀だと思うんだが……。

 仕方ないってことは、堀北も体罰を受け入れていたってことか。

 なんだか堀北が不憫に思えてきた。

 

「もうこの話はいい?」

 

 堀北は会話を切り上げようとする。

 

「ああ。突っ込んだ質問して悪かった」

「別に構わないわ」

「そろそろ教室に戻るか」

「ええ」

 

 教室に向かう途中。

 俺は隣を歩く堀北を横目で見ながら物思いにふけていた。

 とりあえず堀北と生徒会長が接触しないよう気をつけよう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 放課後。

 須藤が茶柱先生に職員室へ連行されていった。

 お前がトラブル起こしたのかよ。

 いや、別件の可能性もあるし決めつけるのは尚早か。

 

「変わったようで変わってないよな、須藤の奴。あの時退学になってた方がよかったんじゃない?」

 

 クラスの中からそんな呟きが聞こえてきた。

 そりゃ人間そう簡単に変わるわけないだろ。金木くんみたいに死にかけたら変わるかもしれないけど。

 

「あなた達もそう思う? 須藤くんが退学になっておけばよかったと」

 

 堀北が俺と綾小路に問いかけた。

 

「オレは別に。界外はどうなんだ?」

「感情論で言えば、嫌いだからいない方がいいかな」

「はっきり言うな……」

 

 綾小路が呆れたように言う。

 だって嫌いなもんは嫌いなんだから仕方ないだろ。

 須藤の友達である綾小路には悪いと思うけど。

 それに須藤も俺のこと嫌っているだろうしね。

 そういえば前より須藤に睨まれる回数が増えてるような。

 

「堀北はどうなんだ?」

 

 綾小路が堀北に問う。

 

「クラスにとってプラスになるかどうか、それがまだ未知数なのは確かね」

 

 堀北は、淡々とした表情で答える。

 今のままだとマイナスになりそうだもんね。

 

「んじゃ、ラノベの新刊買いたいから先に帰るわ」

 

 今日はこのすばの新刊発売日。1秒でも早く手に入れなければ。

 恐らく博士は既に本屋に向かっているだろう。先生に呼び止められた須藤を全く気にせず、「めぐみーん」って言いながら教室から出ていったもんね。

 

「本屋に行くの?」

 

 堀北が聞いてくる。

 当たり前だろ。ラノベは漫画と違ってコンビニに置いてないんだよ!

 

「ああ」

「私も行くわ。買いたい本があるから」

「わかった。綾小路はどうする?」

 

 確か綾小路も読書好きだったはず。

 

「いいのか?」

「ああ」

 

 いいに決まってるだろ。

 綾小路は何を気にしているのだろうか。堀北の方をチラチラ見てるようだけど。

 

「堀北もいいよな?」

「……………………ええ」

 

 なんだ? 今の間は?

 少し気になるけどスルーしておこう。

 

「それじゃ行くか」

 

 俺たちは教室を出て、3人で本屋に向かった。

 本屋に着くと博士の姿が見えたので声を掛けたが、俺たちの姿を見るなり慌てて店の外へ出て行ってしまった。

 寮に帰った後、博士にメールで聞いたところ、堀北の姿を見てびびって逃げてしまった、とのことだった。

 博士は堀北のような、はっきりものを言う女子が苦手らしい。

 どうやら博士と堀北が今後も話すことはなさそうだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 翌朝のホームルーム。

 茶柱先生から耳の痛い連絡事項が伝えられた。

 

「今日はお前たちに報告がある。須藤とCクラスの生徒との間でトラブルがあったようだ。端的に言えば喧嘩だな」

 

 やっぱり須藤がトラブルの原因かよ!

 責任の度合いによって須藤の停学、クラスポイントの削減が行われることを茶柱先生が淡々と説明した。

 おいおい。これでクラスポイントがなくなったりしたら、堀北が激おこプンプン丸になるぞ。

 

「結論が出ていないのはどうしてなんですか?」

 

 平田から茶柱先生へ質問が飛ぶ。

 

「訴えはCクラスからだ。一方的に殴られたらしい。ところが須藤に確認をしたところ、Cクラスの生徒から呼び出され、喧嘩を売られたと聞いている」

「正当防衛だ。俺は何も悪くねえ」

 

 クラスメイトの冷ややかな視線が須藤に向けられる。

 ジャンプ愛読者ならここで、『僕は悪くない』って言っておけよな。

 

「だが証拠がない。違うか?」

「そんなもんあるわけないだろ」

「つまり今のところは真実がわからない状況だ。だから結論が保留になっている。どちらかが悪かったのかで処遇や対応も大きく変わる」

「俺は無実だぜ。つーか慰謝料貰いたいくらいだっつーの」

「本人はこう言ってるが、信憑性は高くない。須藤がいた気がするという目撃者がいれば話も少しは変わってくるんだがな。どうだ、このクラスで喧嘩を目撃した生徒はいないか? いるなら挙手をしてもらえないか」

 

 目撃者ねえ。いたとしてもDクラスじゃあまり意味はないだろうな。

 結局、茶柱先生の問いかけに反応する生徒はいなかった。

 

「このクラスに目撃者はいないようだな。残念だったな須藤」

「……のようだな」

 

 須藤がつまらなさそうに目を伏せる。

 

「学校側としては目撃者を捜すため、各担任の先生が詳細を話しているはずだ」

「は!? バラしたのかよ!?」

 

 いや、バラしたって……。生徒がトラブルを起こせば教師陣に情報が共有されるに決まってるだろ。

 

「話は以上だ。目撃者の有無、証拠のあるない含め最終的な判断が来週の火曜に下される。それではホームルームを終了する」

 

 茶柱先生が教室を出る。続いて須藤も教室を出て行った。

 いや、一言くらい謝ろうぜ。

 

「須藤の話最悪じゃね?」

 

 最初に切り出したのは、池だった。

 

「せっかくポイントが上がったのに……」

「須藤のせいで台無しかよ!」

 

 たちまち教室内は喧騒に包まれ、収拾がつかなくなり始めた。

 この状況を見かねたのか、櫛田が立ち上がった。

 

「皆、私の話を聞いてもらっていいかな? 須藤くんは先生の言うように喧嘩をしたかも知れない。でも、須藤くんは巻き込まれただけなの」

 

 櫛田はそう言うと、須藤本人から話を聞いたようで、詳細を語り始めた。

 須藤がバスケ部でレギュラーに選ばれそうなこと。それに嫉妬したCクラスのバスケ部員が須藤を呼び出し、退部するよう数人で脅したこと。結果的に喧嘩に発展し、防衛のために殴ってしまったこと。

 部員同士で喧嘩とは。うちのチームバラバラやんけ……。知らんかった……。

 

「改めて聞くね。もしこのクラスに、友達や先輩たちの中に見たって人がいたら教えて下さい。よろしくお願いします」

 

 櫛田は言い終えると、静かに席に座った。

 他クラスから目撃者が出てくればあり難いんだけどな。

 そういえば喧嘩した場所ってどこだろ? 監視カメラがある場所なら映像を見ればすぐにわかると思うけど。……いや、真実がわからないってことは監視カメラがない場所なんだろうな。

 俺が心の中で自己完結していると、山内が口を開いた。

 

「やっぱ須藤の言った話、俺信じられないよ。あいつ中学時代喧嘩ばっかやってたって言ってたし」

 

 これは自分の武勇伝語って女子に引かれるパターンですね。

 実際、隣の松下は「馬鹿じゃないの」とか言ってるし。

 

「前に廊下でぶつかった他のクラスの胸倉とか掴んでたの私見たよ」

「部室棟の裏で小便してるの見たぞ」

「堀北さんのことエロい目で見てる」

「界外を今度しめてやるとか言ってたよ」

 

 俺、須藤にしめられちゃうのかよ。

 それと堀北のことエロい目で見てるってどういうこっちゃ。

 今回の件の目撃者は出てこないのに、須藤の悪行の目撃者は沢山出てくるんだな。……笑える。

 

「僕は信じたい」

 

 クラスのリーダー平田が立ち上がった。

  

「須藤くんは同じクラスの仲間じゃないか。最初から疑うような真似は間違っていると思う。須藤くんを信じようよ」

「あたしもさんせー」

 

 リーダーの言葉に声を挙げたのは平田の彼女の軽井沢。前髪を手入れしながら言った。

 『さんせー』を『サーセンw』と聞き間違えそうになったのはネットに毒されてるからだろうか。

 

「もし濡れ衣だったら問題でしょ? 無実なら可哀相じゃない」

 

 軽井沢も櫛田と同様に女子のリーダー的存在だ。借金ガールだけどね。

 やはり軽井沢の影響力は多いのか、多くの女子が賛同の意を表明し始めた。

 平田、櫛田、軽井沢を中心に須藤の無実を証明するため動いていくようだ。

 俺は関わらないでおこう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 昼休み。

 いつもの部室棟近くのベンチでくつろいでいると堀北がやって来た。

 

「綾小路たちと食堂に行ったんじゃないのか?」

「誘われただけ。断るのに時間がかかったのよ」

 

 堀北は不機嫌そうな顔をしながら、俺の隣に腰掛けた。

 俺が教室を出る直前、堀北が櫛田と綾小路に誘われているのが見えた。

 関わるのが面倒だったので堀北を置いて一足先にベストプレイスに逃げてきたわけだけど……

 

「界外くん、私を置いて逃げたわね?」

「な、なんのことかな……? 俺は早く弁当が食べたくて……」

「そのお弁当は私が持っているわけだけど」

 

 そう。今日は堀北に弁当を作ってもらえる日だった。

 つまり俺の言い訳は完全にアウト。

 堀北の鋭い眼光が俺を貫く。

 

「すみませんでした」

「今日はお弁当はなしね」

「え」

「冗談よ」

 

 堀北はそう言うと、俺に弁当箱を渡してきた。

 ふぅ、堀北も嫌な冗談を仰る。

 

「須藤くんの件で協力するよう求められたわ」

「やっぱりな」

 

 そうだと思ったよ。クラス一丸で須藤を助けようキャンペーンやってるもんね。

 いや、俺が協力しない時点で一丸じゃないか。

 

「堀北は協力しないのか?」

「しないわ」

「そうか」

「驚かないのね」

「まあ、理由は大体想像つくから」

「そう」

 

 恐らく堀北は、須藤が自分のことを被害者だと思っている限り助ける気はないだろう。

 

「綾小路は協力するんだな」

「そのようね。櫛田さんにお願いされて即答してたわ」

 

 綾小路もチョロい一面があるんだな。なんか親近感が湧いてきたぞ。チョロ男同盟でも作ろうかなぁ。

 

「誰かさんと同じでチョロいのね」

「心配するな。自覚はある」

「自覚はあるのね」

 

 堀北が呆れるようにため息をついた。

 

「それよりそろそろ食べないか」

「そうね」

 

 今日も堀北の弁当は美味しかった。

 それに日に日に増して弁当が凝っているような気がする。あまりもの食材でこれだけのお弁当が作れるとは。堀北はいいお嫁さんになれるだろうな。

 教室に戻ったら綾小路に自慢しよう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 話し合いで放課後に手分けして聞き込みをすることに決まったらしい。

 堀北は周囲の帰っちゃうの? という視線に微動だにせずに颯爽と教室から出ていった。

 よし、俺も堀北に続くぜ!

 

「帰るの?」

 

 席を立った瞬間、松下から声を掛けられた。

 

「まあな。松下は残るのか?」

「うん。2人とも凄いよね」

「2人とは?」

「界外くんと堀北さん」

 

 俺と堀北? なにが凄いんだろうか。

 

「周りの空気に流されず自分の意思を貫き通すっていうのかな」

「いや、そんな大層なものじゃないから」

 

 須藤が嫌いで助ける気が起きないだけなんです。

 

「正直、私もやる気ないんだけどさ」

「ないのかよ」

「だって被害者ぶってる須藤だって結局手を出してるわけだし」

「そうなんだよな」

 

 松下も思うところはあるようだ。

 その後、松下と軽く雑談をしてから俺は気配を殺して、ひっそり教室を後にした。

 玄関に辿り着くと綾小路と櫛田に鉢合わせした。

 

「界外くんも帰っちゃうの?」

 

 櫛田が上目遣いをしながら聞いてくる。

 俺にそれは通用しないぞ櫛田。あざとい攻撃をするなら1年生で生徒会長になってから出直すんだな。

 

「ああ。堀北と同じで須藤を助ける気にはなれないからな」

「……そっか。でもAクラスを目指すためには必要なことだと思うの」

「Aクラスを目指すためなら須藤を切り捨てる方が得策だと思うぞ」

 

 確かに須藤の運動能力は魅力的だ。

 ただ今のところは不安要素が多い。

 

「で、でも……」

 

 櫛田がもの言いたげそうにしているが俺の鋼の心は揺れ動かない。

 俺の心を揺るがすなら手を握るか、胸を当ててくることだな!

 

「それじゃな。綾小路もまた明日」

「ああ」

「あっ」

 

 俺は櫛田からの視線を振り切り寮へと向かった。

 綾小路ってあざとい系女子が好みなのかな? 今度俺ガイルでも貸してみようかな。

 俺は綾小路の好みの女子を考えながら帰路についた。





原作と同じように一之瀬の陸上部設定はなかったことにします



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10話 一之瀬の上目遣いは無敵である


秋アニメが豊作すぎてやばい



 翌朝。寮の玄関ホール。

 俺はいつも通り一之瀬を待っていた。

 

「おはよー」

 

 5分ほど待っていると天使が舞い降りた。

 

「おはよう」

「今日も暑そうだねー」

「だな」

 

 この学校には衣替えが存在せず、年間を通してブレザーを採用している。理由は室内であればどこも冷暖房が完備しているからだ。そろそろ昼飯を食べる場所を考えないとな。

 

「あのね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 玄関ホールを出てすぐに一之瀬が聞いてきた。

 

「なんだ?」

「喧嘩騒動のことなんだけどね。昨日、私がいないタイミングでBクラスにDクラスの人たちが来たみたいなんだ」

 

 そういえば聞き込みするとか言ってたな。

 

「目撃者探しをしてるんでしょ?」

「みたいだな」

「みたいだなって界外くんは参加してないの?」

「してない」

 

 俺がそう答えると一之瀬は面食らった顔をしていた。

 

「……そうなんだ。意外かも」

「意外?」

「うん。界外くんのことだからてっきり協力してるのかなって思って」

 

 俺は一之瀬にどんな人間に見られているのだろうか。

 なんでも人助けするキャラと思われてるのかな。

 確かに中学3年に上がる前に上条さんの真似してたけど……。

 

 

「本人が被害者面してるのに思うところがあってな。協力する気になれないんだ」

「それ!」

「え」

「先生や友達から詳しい話を聞かされてないんだよね。だから教えてくれないかな?」

 

 どうやら一之瀬は興味本位で聞いてるようだ。

 別に隠すことじゃないので、俺は教室で聞いた内容をすべて一之瀬に説明した。

 一之瀬は終始真面目な様子で話に聞き入っていた。

 

「そんなことがあったんだ。だからBクラスまで足を運んでたってわけね」

「ああ。監視カメラがある場所だったらよかったんだけどな」

「ない場所なの?」

「ある場所ならこの状況が続いてるはずないだろ?」

「確かに」

 

 監視カメラがない以上、目撃者に頼るしかない。

 ただ都合よく目撃者が出てくるかもわからない。

 そうこう話しているうちに学校に着いてしまった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「界外くん、おはよ」

 

 席に着くと松下が声をかけてきた。

 

「おはよう。昨日は収穫あったのか?」

「全然」

 

 松下はため息をつきながら答えた。

 

「今日もやるのか?」

「多分ね。見つかるまでやるんじゃない?」

 

 だろうな。ただ肝心の目撃者が見つかるかどうか。

 

「あー、俺もAクラスがよかったな。Aクラスなら今頃楽しい学校生活送れてたんだろうな」

「あたしもAだったらなぁ。買いたいもの沢山買えただろうし」

 

 いつのまにか教室内は情報交換の場から無いものねだりする場に変わっていた。

 Aクラスになりたかったなのなら、もう少し勉強や運動を頑張っておけばよかったのにね。

 

「一瞬でAクラスになれる裏技とかあったら最高なのにな」

「喜べ池、一瞬でAクラスに行く方法はあるぞ」

 

 教室の前方入口から茶柱先生の声が聞こえてきた。

 授業開始まで5分あるのに今日は来るのが早いな。

 

「またまた~。そんなのあるわけないじゃないっすか。からかわないでくださいよ」

「本当の話だ。この学校には特殊な方法が用意されている」

 

 茶柱先生にふざけている様子はない。

 池のヘラヘラと笑っていた態度も徐々に変わっていく。

 

「せんせー、特殊な方法ってなんでございましょう……?」

 

 教室にいる生徒全員の視線が茶柱先生に向けられる。

 

「入学式の日に説明しただろ。この学校はポイントで買えないものがないと。つまり個人のポイントを支払えばクラスを変えることも可能だ」

「マジすか!? いくら貯めればクラスを変えられるんですか!?」

「2000万だ。頑張って貯めるんだな池。そうすれば好きなクラスに上がれる」

 

 2000万か。これは不可能に近い数字だな。

 一之瀬と同じクラスになるのは無理そうだ。

 

「2000万ポイントって無理に決まってるじゃないですか!」

 

 池が不満を言うと、各席からもブーイングが起こった。

 

「確かに通常では無理だな。しかし無条件で好きなクラスに上がれるのだから当然だろう」

「あの……過去にクラス替えに成功した生徒はいるんすか?」

 

 池はよく質問するな。質問係にでも任命されたんだろうか。

 

「残念ながら過去にはいない。理由はわかるだろ? 入学時からのクラスポイントを維持しても3年で360万だ。普通にやっても絶対足りないようになっている」

「そんなの、出来ないのと一緒ですよ……」

「実質不可能に近いが、不可能ではない。この違いは大きいぞ池」

 

 普通以外のやり方なら貯めようがあるってことか。

 

「私からも一つ質問させていただいてよろしいでしょうか」

 

 静観していた堀北が挙手をした。

 

「学校が始まって以来、過去最高どれだけのポイントを貯めた生徒がいるんですか?」

「良い質問だ堀北。3年前に1200万ポイントを貯めていた生徒がいたぞ。確かBクラス所属だったな」

「せ、1200万!? しかもBクラスの生徒が!?」

「だがその生徒はポイントを貯めるために詐欺行為を行ったことより退学になっている」

「詐欺?」

「入学したての1年生をターゲットにして、ポイントを騙しとっていたんだ」

 

 犯罪みたいな真似をしても1200万が限界ってことか。

 

「諦めて大人しくクラスの総合ポイントで上を目指すしかないということですか」

 

 堀北は読書を再開した。

 この学校もそんな甘くないってことだ。

 

「そうか。お前たちの中には部活でポイントを貰っている生徒がいなかったな」

 

 ふと思い出したように、茶柱先生が言う。

 

「なんすかそれ」

「部活の活躍や貢献度に応じて個別にポイントが支給されるケースがある」

 

 クラスメイトたちは、茶柱先生の報告に仰天する。

 俺は知ってたけどね。

 それに部活以外にも支給されるケースがあることも把握している。

 

「部活で活躍したらポイントが貰えるんですか!?」

「そうだ。恐らくこのクラス以外では説明はされているはずだ」

「酷いっすよ! もっと早く教えてくれれば……」

「部活に入っていたというつもりか? そんな軽い気持ちで部活をして結果が残せると思うか?」

「それはそうかもしんないすけど……! 可能性はあるでしょ!」

 

 池じゃ無理だと思うけどな。運動神経もよくなかったと思うし。

 奉仕部や隣人部でもポイントって支給されるのだろうか。

 

「ねえ」

 

 松下が二の腕をつついてきた。

 ドキっとしちゃうからやめてくれませんかね。

 

「ん?」

「部活入らないの? 界外くんならどの部活でも活躍できそうだけど」

 

 どうやら松下は俺の運動能力を高評価してくれているようだ。

 体育の授業の時に男子の様子を見ていたんだろうな。

 ちなみに6月の体育の授業内容は男子がサッカー、女子がソフトボールだった。

 元サッカー少年の俺にとって楽しい授業だった。

 

「入らない」

「勿体なくない?」

「勉強する時間が減っちゃうだろ。俺は勉強に集中したいんだ」

「女子と遊ぶ時間がなくなるからじゃなくて?」

 

 図星だった。

 俺ってそんなわかりやすいのかしら……。

 

「一之瀬さんと堀北さん。部活やると2人と遊ぶ時間なくなっちゃうもんね」

 

 なんでそこに堀北が出てくるんだよ。

 

「堀北と遊んだことないんだけど」

「……そうなんだ。意外」

 

 意外じゃないだろ。

 堀北が放課後や休日にクラスメイトと遊ぶイメージがわかないぞ。

 

「それじゃ今度、私とも遊びに行こうよ」

「ポイントが無事に支給されたらな」

「それね」

 

 まさか松下から誘われるとは思わなかった。

 クールに答えたが内心ドキドキである。

 

「あ、でもさ」

「なんだよ?」

「界外くんはボーナスポイント貰ってるんだし、今回支給されなくても大丈夫でしょ?」

「つまり?」

「奢って」

 

 松下が満面の笑みで無心してきた。

 さっきのトキメキを返せこの小悪魔め。

 ホームルームが終わると俺はすぐにトイレへ向かった。

 あのまま教室にいては佐藤と篠原からもたかられる予感がしたからだ。

 なんで友達が出来たのにトイレに逃げ込む学校生活を送らないといけないんだろう……。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 その日の夕方。

 アニメ鑑賞しているとインターホンが鳴った。

 ドアを開けると堀北が立っていた。

 

「どうしたんだ?」

「報告があるのだけど、あがっていい?」

「ど、どうぞ」

「お邪魔します」

 

 堀北は靴を綺麗に並べ、部屋に上がった。

 綺麗に靴並べるのは、帝人的にポイント高い。

 

「カルピスでいいか?」

「ええ。本当にカルピスが好きね」

「だって美味しいだろ」

「あまり飲み過ぎると糖尿病になるわよ」

 

 おお、堀北が俺の健康を気遣ってくれてる。

 

「ご心配どうも」

 

 コップを2つ用意し、カルピスを注ぐ。

 夏はやっぱりカルピスだよね。

 

「別に心配はしてないけど……」

 

 堀北がそっぽを向いて言う。

 これがリアルツンデレか。……悪くないな。

 

「それで報告って?」

「須藤くんの件の目撃者のことよ」

「見つかったのか?」

「ええ。同じクラスの佐倉さん。彼女が目撃者よ」

 

 まさか同じクラスに目撃者がいたとは。

 違うクラスの方が都合がよかったが、こればかりは仕方がない。

 確か佐倉って眼鏡っ娘の大人しい女子だった気がする。地味だけど結構可愛いんだよな。自分だけが知ってる可愛い系女子って言うのかな。多分、眼鏡外せばもっと可愛いと思う。

 

「佐倉が申告してきたのか?」

「いいえ。私が直接確認してきたわ」

 

 佐倉が申告していないってことは、堀北が自力で目撃者に辿り着いたってことか。

 この子、観察眼鋭いもんね。佐倉も俺と同じ餌食になったわけだ。可哀相に。

 それより俺の知らないところで堀北は行動を起こしていたのか。

 もしかしてクラスで何もしてないのって俺だけ?

 

「そっか。なんだかんだで堀北は、須藤のことが心配だったわけだ」

「違うわ。勘違いしないで」

 

 堀北が鋭い視線を向けてくる。

 

「す、すみません……。それでなんで俺に報告を?」

「あなたが私の協力者だから。情報共有をしておこうと思っただけ」

「なるほど。綾小路たちには言ったのか?」

「先ほど言ってきたわ」

 

 つまり綾小路たちに報告をしに行った足で俺の部屋に来たわけだ。

 

「後は彼らに任せるわ」

 

 堀北さんかっけえ。

 これで社交性が身につけば最強じゃないだろうか。

 その後、堀北はカルピスを飲み干すと自室へ帰っていった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 翌日の放課後。

 堀北の報告を受けてか、櫛田が佐倉に話しかけている。

 帰り支度をしながら、ふと堀北を見ると、櫛田と佐倉の様子を伺っていた。

 堀北も事の成り行きが気になるようだ。

 俺は用事があるので失礼させてもらうけどね。

 

 10分後。

 俺は橘先輩に呼び出され、図書室に足を運んでいた。

 

「すみません。呼び出してしまって」

「いえ。暇でしたし気にしないで下さい」

 

 橘先輩の呼び出しなら、いつでもどこでも行くに決まってるじゃないですか。

 

「ありがとうございます。それでは早速本題に入りさせていただきますね」

「はい」

「須藤くんの事件を受けて、1-Dの現状を教えてくれますか?」

「現状ですか。うーん、目撃者探しをしていて、昨日見つかったくらいですかね」

「見つかったんですか!?」

 

 橘先輩が急に立ち上がり、大きく声を発した。

 近くに居た生徒から睨まれ、「すみません」と謝りながらこじんまりと座り直す。

 なにこの先輩可愛すぎる。

 

「それで目撃者というのは?」

「同じクラスの子でした。なのであまり意味はないかもしれないですね」

「同じクラスでしたか……」

 

 どうやら橘先輩も俺と同じことを思っているようだ。

 同じクラスの生徒が目撃者として証言しても、クラスメイトを庇っていると思われてしまう可能性が高い。

 

「動画や写真などあればいいんですけどね。今はクラスメイトが目撃者の子に色々聞いていると思います」

「そうですか。教えてくれてありがとうございます」

「いえ。橘先輩の為ですから」

「わ、私の為ですか……」

 

 橘先輩の顔が赤くなっている。夏風邪だろうか。

 

「他に聞きたいことはありませんか?」

「ふぇっ!?」

「いや、だから他に聞きたいことないですか?」

「え、えっと……ありましぇん……」

 

 今日の橘先輩は舌足らずなようだ。

 その後20分ほど雑談をして、俺は図書室を後にした。

 玄関に辿り着くと、無邪気な天使こと一之瀬と遭遇した。

 

「やほー、待ってたよ」

「一之瀬?」

「遅ーい。待ちくたびれちゃうところだったよー」

 

 頬を膨らませながら文句を言う一之瀬。

 なにこの天使可愛すぎる。

 ……さっきも同じようなこと言ってた気がする。

 

「悪い。用があるなら連絡してくれればよかったのに」

「したよ! 界外くん、電話も出ないし、メールも返してくれないんだもん!」

 

 俺が一之瀬の連絡を無視するはずがないと携帯を見てみると、がっつり着信とメールが入っていた。

 

「わ、悪い……。サイレントにしてて気づかなかった……」

「それじゃこの後付き合ってくれる? 界外くんに話があるの」

「了解」

 

 一之瀬となら地獄の底まで付き合うぞ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 場所は変わりいつもお世話になっているファミレス。

 店員にドリンクバーを注文し、早速本題に入る。

 

「それで話ってなんだ?」

「うん。須藤くんの件なんだけどね」

「一之瀬もか」

 

 橘先輩に続き一之瀬まで須藤の件が用件だったとは。須藤に嫉妬しそうになるぜ。

 

「私も?」

「いや、気にしないでくれ。それで?」

「進捗どうなってるのかなって」

「一応目撃者は見つかったぞ」

「見つかったの!?」

「ただ同じクラスだったけどな」

 

 そういえば櫛田はうまく佐倉から聞きだせたのだろうか。

 

「クラスメイトだったんだ」

「だから見つかってもあまり意味はないかもな。他のクラスだったらよかったんだけど」

「……あのさ、もしよかったら協力しようか?」

「え」

 

 一之瀬からの急な提案に間抜けな返事をしてしまった。

 

「目撃者捜しなら人手が多い方が効率的でしょ。もしかしたら他のクラスからも目撃者が出てくるかもしれないし」

「それはそうだけど。……なんで協力してくれるんだ?」

「だって今回の件で須藤くんが処分されたら、クラスポイントが減っちゃうでしょ?」

「そうだろうな」

 

 せっかくクラスポイントが上がったのに、0に逆戻りするかもしれない。

 須藤め、余計な事しやがって。修正してやる!!

 

「そしたら界外くん、困るよね?」

「非常に困る」

「だよね。だから私、界外くんの力になりたいの」

 

 一之瀬が真剣な眼差しで俺を見つめる。

 

「界外くんは須藤くんの態度が気に入らなくて目撃者捜しに参加してないんだよね?」

「……ああ」

「界外くんの気持ちは否定しないよ。でも須藤くんってバスケ部のレギュラーになれるかもしれないんでしょ?」

「みたいだな」

 

 そういえばうちのバスケ部ってレベルはどれくらいなんだろうか。

 

「大会に出て活躍すればプライベートポイントはもちろんだけど、クラスポイントにも影響が出るでしょ」

「え、クラスポイントにも?」

「うん、……もしかして知らなかった? 先生から教えて貰わなかった?」

 

 まさかクラスポイントにも影響があるとは。

 

「知らなかった。先生からはプライベートポイントの説明だけだったな」

「なんか変だね、界外くんの担任」

「美人なんだけどな」

 

 俺がそう言うと、一之瀬が軽く睨んできた。

 え、なんかまずいこと言ったのか。

 

「界外くんはああいう人がタイプなんだ」

「いや、煙草吸ってるからNGだな」

 

 いくら美人でも喫煙者は嫌だ。

 たまに胸ポケットから煙草見えてるの、本人は気づいてないんだろうか。

 

「そっか、ならいいんだけど。……それより須藤くんのこと!」

「あ、ああ……」

「今は少し足を引っ張ってるかも知れないけど後々クラスの財産になるかもよ」

 

 それはわかってるんだが不安要素が大きすぎるんだよな。

 

「だからね、クラスの為に頑張ってみない?」

「うーん……」

「私と一緒に頑張ろ」

「うん、頑張る」

 

 やだ、俺ってチョロすぎ……。

 でも仕方ないよね。一之瀬に上目遣いでお願いされたら断れるわけないじゃん。

 だから『僕は悪くない』。一之瀬が可愛すぎるのが悪いのだ。

 

「あ、一応クラスメイトに許可とってからでいいか?」

「もちろんだよ。うちのクラスはいつでも動けるようになってるから」

 

 うちのクラス、か。つまり一之瀬個人ではなくクラス単位で協力してくれるのか。

 ということは……

 

「なあ、一之瀬」

「なに?」

「今回協力してくれるということだが、俺を助ける以外に理由があるんじゃないか?」

「……どういうことかな?」

「もし須藤の言っていることが本当で、須藤が処分されることになれば、Cクラスを調子づかせることになる」

 

 一之瀬は真剣な顔つきで俺の説明を聞いている。

 

「Bクラスからしたらそれは面白くない。つまりDクラスを助けることで、Cクラスの勢いを止めておきたいんじゃないか」

「なんでそう思ったの?」

「一之瀬が前に言ってただろ。度々BクラスとCクラスでいざこざがあるって」

「うん」

「それともう一つ。もし一之瀬が私情で動くなら、クラスメイトは巻き込まないと思ったからだ」

 

 一之瀬と交流を持ってから3か月が経つ。少しは一之瀬がどういう人間か、わかっているつもりだ。

 

「……まいったね。やっぱり界外くんは凄いや」

「正解か?」

「うん、大正解。にゃはは、私のこと理解してくれてるねー」

「少しはな」

 

 ふぅ、合っててよかった。これで違ってたら恥をかいてたところだぜ。

 ちなみに少しだけではなく、もっと理解し合える仲になりたいです。

 

「んじゃ、改めてよろしく」

「Dクラスを利用することになっちゃうけどいいの?」

「利害が一致していれば問題ないだろ」

「だね。私からも改めてよろしくね!」

 

 一之瀬と握手を交わす。

 彼女の手は絹ハンカチのように頼りないほど柔らかい。少し力を入れただけで握りつぶしてしまいそうだ。

 その後、中々手を離せず1分くらい握手をし続けたのであった。

 





8巻を読んで南雲先輩が木村良平の声で再生されて仕方ないです
語尾にスをつけられるとキセキの世代のあの人と被っちゃう



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11話 ニセコイ


今期はぐらんぶるが楽しみです


 翌日の教室。

 俺は始業前に堀北、綾小路、平田の3人にBクラスから協力の申し出があったことを報告していた。

 

「もちろんオッケーだよ。Bクラスが協力してくれるなんて心強いよ!」

 

 平田が興奮気味に言う。

 

「ま、お互い利害は一致しているからな」

「敵の敵は味方ということね」

「そういうことだ」

 

 さすが堀北。理解が早くて助かる。

 

「界外。なんで急にお前も協力する気になったんだ?」

 

 綾小路が答えたくない質問をしてきた。

 一之瀬の上目遣いがやばかったからです、とは言えない。

 

「……まあ、堀北も動いてたようだし。俺も何かやらないといけないと思ってだな……」

「本当かしら?」

 

 堀北がジト目で俺を見てくる。

 

「理由はどうであれ界外くんが協力してくれるのは助かるよ。一緒に頑張ろう」

「ああ。一緒にCクラスの奴らを退学に追い込んでやろうぜ」

「そこまでする気はないよ!?」

 

 平田は思ったよりツッコミが出来る人間のようだ。

 それより堀北の粘りつくような視線が怖い。遠くからは須藤が俺を睨んでいる。

 こいつら、視線で俺を殺す気なの?

 いたたまれなくなった俺はトイレに逃げ込むのであった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 放課後。

 俺は玄関前で一之瀬と待ち合わせをしていた。

 須藤の件とは別に俺に相談事があるらしい。

 相談事とはいえ、2日連続の一之瀬との放課後ウキウキタイムである。

 心がぴょんぴょんしてしまう。

 

「界外くん、こっちこっち」

 

 俺が心の中で馬鹿なことを言っていると一之瀬が声をかけてきた。

 

「おっす」

「やほー。早速で悪いんだけどついてきてくれる?」

 

 靴を履き、俺は一之瀬に導かれるまま学校の裏側へ向かう。

 辿り着いたのは、体育館裏。

 

「えっとね……」

 

 一之瀬はくるりと俺を振り返った。

 なんか申し訳なさそうな顔をしている。

 

「いきなりで申し訳ないんだけど……私の彼氏のフリをしてもらいたいの」

 

 まさかのニセコイ展開である。

 

「わかったよ、ハニー」

「ハニー!?」

「今日から俺のことはダーリンと呼んでくれ」

「だ、ダーリンっ!?」

 

 まさか一之瀬から彼氏役を任命されるとは。

 まあ、いい。初めは偽彼氏でも本当の彼氏になれるよう頑張るだけだ。

 ニセコイからマジコイにさせてやるぜ。

 

「待って待って!」

「ん?」

「え、えっと、理由とか聞かないの……?」

 

 そういえば理由を聞くのを忘れていた。

 一之瀬の衝撃発言で頭がぶっ飛んでいたようだ。

 

「そうだな。教えてくれるか?」

「うん。……私、ここで告白されるみたいなの」

「え」

 

 そう言って、一之瀬は手紙を取り出し見せてきた。ハートのシールが貼られた可愛らしいラブレターだ。

 いや、もしかしたらラブレターに見せかけた果たし状かもしれん。

 中を見て良いということだったので、罪悪感に苛まれながらも拝見すると、可愛らしい文字が躍っていた。

 入学してから気になっていたこと、最近想いに気づいたこと。

 どうやら本物のラブレターみたいだ。しかもまじゆりと思われる。

 手紙の最後には、金曜夕方4時に体育館裏で会いたいと書かれている。後10分で4時だ。

 

「つまり彼氏がいることにして断りたいんだな」

「うん。色々調べたら、付き合ってる人がいるのが一番相手を傷つけないで済むって……」

 

 一之瀬は相手を傷つけたくないのか。

 でも青春は痛みなしでは過ごせない、って阿良々木さんが言ってたからなぁ。

 

「駄目……かな……?」

「俺は構わないけど」

「本当に!?」

 

 正直、理由はどうであれ一之瀬の彼氏のフリをするのは嬉しい。けれど……

 

「ああ。でも一之瀬は本当にそれでいいのか?」

「え」

「相手を傷つけたくないってことは親しい子がラブレターの差出人だろ?」

「うん。同じBクラスの子」

 

 やっぱり。だから違うクラスの俺に白羽の矢が立ったということか。

 

「一之瀬はその子に彼氏がいると嘘をついて断っていいのか?」

「それは……」

「多分、一之瀬の性格からして嘘をついて断ったら、ラブレターを出した子に対して負い目を感じると思う」

「っ……」

「負い目を感じたまま、友達続けるのって辛いと思うぞ」

 

 友達がいなかった俺が言える立場じゃないけど。

 

「それにその子も今の関係が壊れるのを覚悟して告白しようとしてるんだろ。なら一之瀬はその想いに対してしっかり答えてやるべきなんじゃないか?」

「……うん、そうだよね。私が間違ってたよ」

 

 16時まであと5分。俺はそろそろ退散した方がよさそうだ。

 

「んじゃ、頑張れよ」

「うん!」

 

 俺は一之瀬の吹っ切れた顔を見て、その場を後にする。途中、ショートカットの女子とすれ違った。恐らく彼女が告白相手だろう。

 それから俺は寮へと続く並木道で立ち止まった。

 手すりに腰を預け、一息つく。

 5分ほどして、俺の傍を先ほどすれ違った少女が小走りで駆け抜けていった。

 目には薄らと涙を浮かべていた。

 さらに10分ほどその場から動かず時間を潰していると一之瀬が戻って来た。

 とても沈んだ表情をしながら。

 

「お疲れさん」

 

 一之瀬になんて声をかければいいのかわからなかったので、とりあえず労いの言葉を投げかけた。

 

「うん」

 

 一之瀬は俺の隣に並び手すりに腰掛けた。

 

「告白を断るのって結構きついんだね。明日からはいつも通りにするからって言われたけど……。大丈夫かな?」

「それは二人次第だろ」

「だよね……。今日はありがとう。界外くんのおかげで千尋ちゃんに嘘をつかずにすんだよ」

「いや」

「私、界外くんに助けられてばっかりだね……」

 

 ん? 俺が一之瀬を助けたことなんてそんなにあったっけ?

 監視カメラの存在を教えたり、設置場所の資料を渡しただけだと思うんだけど。

 

「よし!」

 

 両手を空に向けて伸ばし、一之瀬はぴょんと地面に降り立った。

 

「今度は私が協力する番。やれるだけのことはやってみるね」

「ああ。頼りにしてる」

 

 俺がそう言うと、一之瀬は嬉しそうな顔をしながら「うん」と元気よく答えた。

 一之瀬と一緒に解決困難な事件に立ち向かっていく。俺は彼女との初めての共同作業に胸を躍らせ、帰路についた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 日曜の午後。

 俺は自室で博士と食戟のソーマを1期から見返していた。3期のデレたえりな様は最高だった。

 

「やはりソーマは巨乳キャラが多くてたまらんでござる」

「それな。でも最近は秘書子が気になるんだよな」

「なんと!?」

 

 もちろん、えりな様やアリスも好きだけどね。てかソーマの女キャラは皆好きだ。

 

「なんか知らんけど秘書子が気になるんだよ」

「そうでござったか」

「てか博士は二次元なら強気な女子は問題ないんだな」

「二次元なら直接罵倒されないですしおすし」

 

 なにかトラウマを抱えているようだ。

 

「そういえば昼前に珍しく綾小路殿から電話があったでござる」

「綾小路から?」

 

 博士と綾小路は連絡先交換していたのか。

 

「監視カメラのセッティングを頼まれたのでござるよ」

「監視カメラ?」

「必要になったらということでござったが」

 

 必要になったら?

 監視カメラが必要な場合ってなんだ。防犯の為? 空き巣被害でもあったのか? いや、それなら先生に相談してカードキーを変えたりしてもらえばいいだけだ。

 いったい綾小路は何でそんなお願いをしたんだ……。

 

 ……そうか、そういうことか!!

 30秒ほど考えて、俺は綾小路の企みに気づいた。須藤の件を解決するために監視カメラを使うのだ。問題の解決が難しいなら、問題そのものをなくしてしまえばいいってわけか。恐らくこれは最終手段だろう。理想は他のクラスから目撃者を見つけ出すことだ。しかし綾小路はよく思いついたな。中間テストのポイント購入の件といい、枠にとらわれない思考の持ち主のようだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 アニメ鑑賞会を終えた俺は綾小路の部屋の前に立っていた。

 目的はもちろん監視カメラについて確認するためだ。

 インターホンを押すとすぐにドアが開いた。

 

「……界外、どうしたんだ?」

「綾小路に聞きたいことがあってな。少し時間をくれないか?」

「わかった。あがってくれ」

「お邪魔します」

 

 そういえば綾小路の部屋に上がるのは初めてだな。

 部屋に上がろうとした瞬間、俺は多数の靴が並べられてあることに気づいた。

 

「誰か来てるのか?」

「ああ。櫛田たちが来てる」

 

 うげぇ。櫛田たちということは、あいつらもいるってことか……。

 仕方がない。監視カメラの件は別の日に聞こう。

 そう思い引き返そうとした瞬間、櫛田が部屋から顔を覗かせてきた。

 

「あっ、界外くん!」

 

 バッドタイミング。櫛田が声をかけてきたことにより帰りづらくなってしまった。

 

「あ? 界外だと?」

 

 櫛田に続いて、須藤も顔を覗かせてきた。

 

「なんでテメェがここにいんだよ!?」

 

 いきなり須藤に大声で怒鳴られてしまった。

 この子、気性荒すぎない?

 

「綾小路に用があったんだよ。ま、急ぎじゃないからまた今度にするわ」

「そうか」

「ちょっと待って!」

 

 俺が帰ろうとすると、櫛田が俺を呼び止めた。

 

「用って今回の事件のことだよね?」

「まあ、そうなるな」

「綾小路くんから聞いたんだ。界外くんも協力してくれるって。それと界外くんのおかげでBクラスも協力してくれることになったって」

 

 いやいや、一之瀬から協力の申し出があっただけだから。俺の功績じゃないからね。

 綾小路は櫛田に何を吹き込んでるんだよ……。

 

「けっ、テメェもBクラスの協力も必要ねぇんだよ!」

 

 こいつ怒ってばっかで疲れないんだろうか。

 

「須藤くん。そんなこと言っちゃ駄目だよ」

「うっせぇな。こいつも一之瀬って女も気に入らねぇんだよ」

 

 えぇ、俺はともかくなぜ一之瀬まで……。

 そういえば図書室でCクラスと揉め事があった時に、一之瀬が場を収めたんだっけか。それが気に食わなかったんだろうか?

 ま、どうでもいいか。それより……

 

「勘違いしているようだから言っておくけど、別にお前の為に協力するわけじゃないから」

「あん?」

「クラスポイントがなくなるのが困るから協力するだけだ。クラスポイントに影響なければお前なんかとっくに見捨ててるよ」

「テメェっ!!」

 

 須藤が襲い掛かってきたので、俺は須藤の腕を掴み床に押し倒した。

 

「がっ!!」

 

 そのまま須藤を床に押さえつける。

 櫛田が心配そうに見つめてるが無視する。

 

「これが正当防衛って言うんだよ。お前がしたのは過剰防衛だ」

「て、テメェ……」

「一つ忠告しておく。一之瀬を気に入らないのはお前の勝手だけど、あいつに手を出したら……潰すぞ?」

 

 須藤が俺の顔を見て「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。

 今の俺ってそんな怖い顔してるのか……。

 

「界外。それくらいにしたらどうだ」

 

 綾小路が俺を見下ろしながら言う。

 

「……そうだな。騒いですまなかった。櫛田も怖い思いさせてごめん」

「う、ううん。私は全然」

「んじゃお邪魔しました」

 

 軽く手を振って綾小路の部屋を後にする。

 自室に戻った俺はうなだれていた。

 やっちまった……。

 挑発したうえに、正当防衛とはいえクラスメイトに手を出してしまった……。

 でも須藤って女子に手を出しそうなタイプだし仕方ないよね。堀北も前に胸倉掴まれたって言ってたし。

 

 1時間後。今度は綾小路が櫛田を連れて俺の部屋を訪ねてきた。

 

「こんな時間にお邪魔してごめんね」

 

 櫛田が申し訳なさそうに言う。

 

「まだ20時だろ。全然問題ないから」

「うん。ありがとう」

「それよりさっきは悪かった」

「ううん。さっきのは須藤くんが悪かったと思うし。ね、綾小路くん?」

「そうだな。まあ、界外の挑発はいらなかったと思うが」

「うっ」

「綾小路くん!」

 

 だよね。須藤相手だったので俺もつい攻撃的になってしまった。

 

「それより二人そろってどうしたんだ?」

 

 俺の用件を気にしてきたのだろうか。

 

「実は須藤から界外を嫌ってる理由を聞いてな」

「綾小路くん、もう少しオブラートに包んで言おうよ……」

 

 櫛田が綾小路を咎めるように言う。

 

「いや、須藤から嫌われてるのは自覚してるから大丈夫だ」

「だそうだ」

 

 綾小路がドヤ顔で櫛田を見る。

 櫛田は呆れた表情でため息をついた。

 

「それで俺が須藤に嫌われてる理由って?」

「ああ。界外、お前は小学生の時にバスケをしてたんだよな?」

「そうだけど」

「実は須藤は小学生の時にお前と対戦したことがあったみたいでな」

「俺と須藤が?」

 

 全然覚えてない。いつ戦ったんだろう。

 

「全国大会の一回戦で対戦したって言ってたよ」

 

 俺が疑問に思っていると、櫛田が答えた。

 え、俺の心の中読めるの?

 

「全国大会の一回戦か。……覚えてないな」

「そうか」

「それで嫌ってる理由って、俺のチームに惨敗したから?」

 

 もしそれが理由だったら理不尽過ぎる。

 

「違う。理由はお前がバスケをやめてたからだ」

「…………はい?」

「えっと、須藤くんは界外くんに憧れてたんだって」

 

 櫛田の言葉に耳を疑う。

 

「界外くんの圧倒的な強さに惹かれたみたいだよ」

 

 圧倒的な強さって……。俺だけの力じゃないんだけど。

 

「須藤くんが髪を赤く染めてるのも、界外くんの真似をしてなんだって。……髪、赤かったの?」

「まあ、若気の至りで……」

 

 某キセキの世代の主将に憧れて染めてました。

 ちなみに片目にカラコンを入れて、オッドアイにもしてました。一人称も僕でした。

 

「そうなんだ。界外くんの赤髪、見たかったなぁ」

「勘弁してくれ」

 

 櫛田が笑いながら俺の髪を見る。

 

「ようは自分より才能がある憧れの選手が、あっさりバスケをやめていることにムカついてるわけだ」

 

 綾小路が簡潔に言う。

 俺が入学当初から須藤に睨まれてた理由がよくわかった。

 

「なるほどね」

「なんで界外くんはバスケやめたの?」

 

 櫛田が問う。

 

「バスケよりバレーに興味を持ったから」

「……そうなんだ。でも全国までいったのにもったいなくない?」

「そういうのは特に思わなかったな。楽しければいいと思ってたし」

「そっか」

 

 そういえばチームメイトから強く引き止められたな。

 あいつらは今もバスケ頑張ってるんだろうな。

 

 その後、綾小路に用があるため櫛田には先に帰ってもらった。

 用とはもちろん監視カメラのことだ。

 

「綾小路。博士に監視カメラのことで相談しただろ?」

「……ああ」

 

 綾小路は相変わらずの無表情で俺の問いに答える。

 俺は続けて綾小路の意図について、自分で考え導き出した答えを説明する。

 なぜ博士に監視カメラの相談をしたのか、なぜ必要かどうか決まっていないのかを。

 

「どうだ。俺の考えは合ってるか?」

 

 再度、綾小路に問う。

 

「凄いな。よくそんな作戦を思いついたな」

「え」

「悪いが博士に相談した件と、須藤の件は全く関係ないぞ」

 

 綾小路はそう言うと、博士に監視カメラの相談をした経緯について話してくれた。

 勝手に櫛田、須藤、池、山内に自分の部屋の合鍵を作られてしまい、山内が平気で盗みを働きそうなので監視カメラを設置するかどうか悩んでるとのことだった。

 綾小路の山内に対する評価が酷いな。友達だと思ってないだろ絶対。

 それより話の筋は通ってるけど怪しい。監視カメラは高額だ。ならば櫛田たちから合鍵を没収した方がコストがかからない。

 

「納得してくれたか?」

 

 綾小路が聞いてくる。

 

「わかった。そういうことにしておいてやるよ」

「本当の話なんだけどな」

 

 俺は騙されないぞ、綾小路。俺が思いついた内容が、お前が思いつかないわけがない。

 俺の綾小路に対する評価は非常に高い。こいつは何かを隠している。俺のシックスセンスがそう叫んでいるのだ。

 その後、綾小路を見送り、俺はベッドに寝転がった。天井を見上げながら今日一日の出来事を思い出す。 

 

「かっこつけないで、一之瀬の偽彼氏になった方がよかったかもな……」

 

 今更後悔しても遅いんだけどね。今は一之瀬と告白した子が一日でも早く関係が修復するよう祈るだけだ。

 厄介なのは須藤か……。高校でバスケをするつもりはないので、卒業まで須藤との関係は今のままだろう。

 こればかりはどうしようもない。

 それより明日から一之瀬たちと一緒に目撃者捜しを行うんだ。気持ちを切り替えねば。

 本当は一之瀬と二人きりがよかったなぁ。





また明日投下します


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12話 更に向こうへ! Plus Ultra!!


禁書3期のPVが来ました!
よう実も2期やってほしいな。原作に忠実な脚本で


 翌日。須藤とCクラスの話し合いまであと1日。

 え、あと1日しかないのかよ……。

 今日も一之瀬と一緒に学校へ向かう並木道を歩いている。

 

「今日も暑いねー」

「だな。早く涼しい場所に行きたい」

 

 どうやら一之瀬は元気を取り戻したようだ。

 数分歩いて無事校舎に辿り着いた。

 

「ふぅ、やっと天国に到着したか」

「天国って大げさだよー」

 

 一之瀬が笑いながら突っ込んでくる。

 

「ん?」

 

 上履きに履き替え、教室に向かおうとすると、綾小路の姿が目に入った。

 下駄箱から少し先にある階段の踊り場の掲示板を見ているようだ。

 

「おはようさん」

 

 綾小路の隣に並び、声をかける。

 

「界外か。おはよう」

「なに見てるんだ?」

 

 俺がそう言うと、綾小路は貼り紙を指さした。

 張り紙を見ると、須藤とCクラスに関係する情報を持つ生徒を募集する内容が記載されていた。

 

「これは――――――――」

 

 どうやら一之瀬が動き出してくれたようだ。

 更に張り紙を読み続けると、有力な情報提供者にはポイントを支払う用意があるとまで書かれていた。これなら普段興味を持たない生徒たちも注目するな。

 Dクラスの経済力じゃできない戦法ですね……。

 

「どしたのー?」

 

 少し遅れて一之瀬もやって来た。

 

「今張り紙を見てたんだけど、これは一之瀬が?」

 

 張り紙を指さすと、一之瀬は興味深そうにその張り紙に目をやった。

 

「なるほどなるほど。こういう手もありだねぇ」

「一之瀬じゃないのか?」

「うん。多分、神崎くんかな」

 

 さすが神崎くん。仕事が早い。

 いや、会ったことないんだけどね。

 

「あ、君が綾小路くんだね」

 

 一之瀬が綾小路に声をかけた。

 

「……オレのこと知ってるのか?」

「うん。界外くんの数少ない同性のお友達だよね」

「おい」

「ああ。界外の数少ない同性の友達だ」

「綾小路までディスってくるんじゃねえよ」

 

 なんで朝から友人にディスられないといけないんだよ。

 またトイレに逃げ込んでやろうか?

 

「にゃはは。ごめんごめん。冗談だよ」

 

 一之瀬が笑いながら謝ってきた。

 可愛いから許す。

 

「前に図書室で会ったよね。直接話はしなかったけど」

 

 テスト勉強で須藤たちがCクラスの生徒たちと揉めた時か。

 

「そうだな。あの時は助かった」

「ううん。私の名前は一之瀬帆波。よろしくね!」

「オレのことは知ってるようだが一応言っておく。綾小路清隆だ。よろしく頼む」

 

 うんうん。友人同士が交流を持つのを見るのはいいもんだ。

 俺がほくほくしていると、クール系イケメンが一之瀬に声をかけてきた。

 

「一之瀬。おはよう」

「あ、神崎くん。おはよ。この張り紙って神崎くんでしょ?」

 

 このイケメンが神崎くんか。

 見るからに優秀そうな人だな。

 

「ああ。金曜日のうちに用意して貼っておいた。それがどうかしたのか?」

「ううん、彼が誰がやったのか知りたがってたから」

 

 一之瀬はそう言うと、俺の制服の袖を軽くつまんできた。

 やばい。これだけでもドキドキしてしまう。

 

「紹介するね。Bクラスの神崎くん。こっちはDクラスの界外くんと綾小路くん」

「神崎だ、よろしく」

 

 そんなスマートに握手を求めることが出来るとは……。

 俺と綾小路は順に神崎と握手を交わした。

 

「どう神崎くん。有力な情報はあった?」

「残念ながら使い物になりそうな情報はないな」

「そっか。じゃあ私も例の掲示板見てみるね」

「掲示板? 他の場所にもあったのか?」

 

 綾小路が問いかける。

 一之瀬は薄く笑ってから違うよと否定する。

 

「学校のHP見たことない? そこに掲示板があってね、情報提供を呼び掛けてるの。学校での暴力事件について目撃者がいれば話を聞かせて貰いたいってね」

 

 そう言って俺と綾小路に携帯画面を見せてくれた。

 こちらにも、有力な情報提供者や目撃者には報酬としてポイントを支払う用意があると書かれてあった。

 

「あ、ポイントのことなら気にしないで。私たちが勝手にやってることだから。それに界外くんにはクラス全員が助けて貰ってるしね」

「クラス全員が?」

 

 どういう意味だろうか。

 Bクラスで交流があるのは一之瀬だけなのに。

 

「前に貰った監視カメラの設置リストだよ」

「あれが何でBクラス全員の助けになってるんだ?」

「前にCクラスといざこざがあるって言ったでしょ?」

「ああ」

「それを避けるためになるべく監視カメラがない場所には一人で行かないように呼びかけてるの」

 

 なるほど。そう言うことか。

 監視カメラがない場所だと、Cクラスからちょっかい出されても証拠が残らないからな。

 

「凄い助かってるよ」

「一之瀬の言う通りだ。彼女から礼を言われてると思うが、俺からも言わせてくれ。ありがとう」

 

 神崎が頭を下げてきた。

 そんなかしこまられると照れちゃう。

 

「あ、いや。大したことじゃないから……」

「ふ、謙遜するんだな」

 

 謙遜してるわけじゃないんだけどな。

 あんなの時間と労力をかければ誰でもやれるわけで。

 

「だからポイントのことは気にしなくていいから」

 

 一之瀬がそこまで言うならお言葉に甘えよう。

 

「一之瀬にも渡してたんだな」

 

 綾小路が呟いた。

 

「まあな。綾小路は堀北から貰ってるよな?」

「ああ」

 

 堀北は綾小路にも情報共有はしているようだ。

 

「……あ、書き込み、2件ほどメールが来てる。少し情報があるって」

 

 一之瀬は携帯画面を確認する。

 暫くメールを読んでいた一之瀬だったが、読み終えたのか文章を俺たちに見えるよう携帯を傾ける。

 

「Cクラスの石崎くん、中学時代相当な悪だったみたい。喧嘩の腕も相当立つらしくて地元じゃ有名みたいだよ。同郷の子からのリークかな」

 

 石崎って名字なのにサッカー少年じゃなかったのか。でもあだ名はガッツ石崎に決定だな。てか不良がなんで国立の高校を受験しようと思ったんだよ。しかもなんで受かってるんだよ。須藤みたいにスポーツしてるわけじゃなさそうだし。この学校の合格基準がわからなくなってきた。

 

「興味深いな」

 

 近くで文面を読んだ神崎がそう呟く。

 

「だよな。なんで不良がうちの学校に入学出来たんだろうな」

「いや、俺が思ったのはそれじゃないんだが……」

「え」

 

 どことなく俺たちの間に気まずい空気が流れる。

 

「俺が思ったのは、喧嘩慣れしている奴が、三人がかりで一発も殴れずに返り討ちに遭ったことに不自然さを感じたことだ」

 

 どうやら俺はシュタインズ・ゲートの選択を間違えたようだ。

 

「もしかすると須藤にやられたのはわざとかも知れないな。3人が須藤を罠にハメるために動いたと考えるのが自然だろう」

「さすが神崎くん。ズバリだねっ。後はこの情報の裏付けがしっかり取れれば、須藤くんの無罪に一歩繋がるかもね。でもまだ弱いかな?」

「上手く心証を操作できたとしても半々が良いところだろうな。須藤が一方的に殴ったという事実は重く圧し掛かってくる」

 

 Bクラス二人の話が続いている。

 俺と綾小路はすっかり蚊帳の外だ。

 

「そういえばDクラスに目撃者がいたと聞いているが、そっちの方はどうなんだ? 確実な目撃者だったのか?」

「それは何とも言えないな」

 

 神崎の問いに綾小路が答える。

 

「何か事情でもあるのかな……?」

 

 一之瀬が首を傾げる。

 あまりの可愛さに俺もつられて首を傾げるところだった。

 

「さすがに別の目撃者の報告はないね。やっぱり厳しいかなぁ。もう時間はないけど、ネットや張り紙の方から情報があるのを待つしかないね」

 

 一之瀬の言う通り俺たちは待つしかない。

 正攻法で解決する場合は。

 

「そうだ、情報くれた子にポイントを振り込んであげないと。匿名希望の相手にどうやってポイント譲渡すればいいんだろ? 界外くんわかる?」

「わかるぞ。相手のメアドはわかるんだろ?」

「フリーのだけどわかるよ」

 

 一之瀬はスッと身を寄せて来て、携帯を向けてきた。

 やばい。またもや一之瀬の胸が俺の腕にあたってる……。相合傘をして以来の非常に柔らかい触感により、俺の心拍数が急上昇している。

 

「それじゃポイントの送金画面を開いてくれ。左上に自分のID番号があるだろ」

「えーっと」

 

 一之瀬はスムーズに手を動かし画面を操作する。

 そして一之瀬のポイントページが表示される。

 その画面には、とても一人では獲得できないポイント数が表示されていた。

 

「あったあった。これだね。この後はどうすればいいの?」

「そのID番号から一時的なトークンキーを発行できる。それを相手に伝えれば入金のリクエストがくるはずだぞ」

「なるほどね、ありがと」

「どういたしまして」

「それじゃ遅刻しちゃうし、そろそろ行こっか」

 

 一之瀬が歩き出す。

 俺にあのポイント数を見られて、一之瀬は平気なんだろうか。機会があったら聞いてみるか。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ちょっといい?」

 

 教室に入るとすぐに堀北に声をかけられた。

 

「朝からどうした」

「掲示板の張り紙のことで聞きたいのだけれど」

 

 どうやら堀北も張り紙を目にしていたようだ。

 俺は一之瀬と神崎から受けた内容をそのまま堀北に伝えた。

 

「……そう」

「もし他に聞きたいことがあるなら、一之瀬に言っておくけ……ど……」

 

 説明を終え改めて堀北の顔を見ると、そこには見たこともない表情の堀北がいた。

 

「ど、どうした?」

「どうした、とは?」

「いや、なんか物凄い顔してるけど……」

「そう? 別にそんなつもりはないわ。ただ、私には対価を要求したくせに、一之瀬さんには無償で資料を提供するのね。その違いが何なのか、冷静かつ慎重に分析していたところ」

 

 え、気になってるのそこかよ。

 それと冷静かつ慎重と仰る割には、全然そう見えないんだけど。

 

「いや、違いって、あの時は堀北と今ほど親しくなかっただろ? 一之瀬とは友達だったし」

「……つまり今の私とあなたの関係なら、無償で私に資料を提供してくれたと?」

「恐らく」

 

 俺がそう答えると、堀北は「そう」と言い、自席に戻っていった。

 一体なんだったんだろうか。

 

「おはよ、界外くん」

 

 松下が俺の肩を軽く叩きながら挨拶をしてきた。

 

「おはよう」

「朝から夫婦喧嘩?」

「なんで俺と堀北が夫婦になるんだよ」

 

 松下には一之瀬と堀北のことで、ちょくちょくからかわれる。

 

「冗談冗談。それよりあれどうしたの?」

「あれ?」

「堀北さん。凄い見てるけど」

 

 松下の言う通り、堀北がものすごく謎めいた表情を向けて来ている。

 

「堀北さんもあんな顔するんだね」

「あんな顔とは?」

「うーん、嫉妬とか?」

「嫉妬って……堀北が誰に嫉妬してるって言うんだよ」

「一之瀬さんとか」

 

 ちょっと何言ってるかわからない。

 なぜ堀北が一之瀬に嫉妬するんだよ。

 あの2人に接点なんてないだろうし。

 

「馬鹿なこと言ってないで、そろそろ席に座るぞ。チャイムが鳴る」

「はいはい」

 

 はい、は1回でよろしい。

 心の中で松下を注意しながら俺も自分の席へ向かっていった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 ホームルーム後。

 綾小路と櫛田は、佐倉を連れて茶柱先生に目撃者が見つかったことを報告しに行った。

 結果、審議に佐倉も参加することになったのだが、須藤と二人きりでは彼女が可哀相すぎるため、最大二人まで同席することを許可されたようだ。

 須藤と二人きりとか拷問以外の何物でもないもんね。

 

「ごめんなさい……私が、もっと早く名乗り出てたら……」

 

 櫛田の説明が終わると、佐倉が申し訳なさそうに謝る。

 

「あなたが謝る必要はないわ。目撃者がDクラスだったことが運のツキなのだから」

 

 堀北が、佐倉を庇うように言った。

 本人なりに慰めてるつもりなのだろうか。

 それより正攻法じゃ解決は出来そうにないな。

 

「それから櫛田さん。当日は私と界外くんに出席させて貰えないかしら。あなたが佐倉さんの支えになることは理解しているけれど、討論なら話は別よ」

 

 なんで俺が出席しないといけないんだよ。ここは櫛田か綾小路か平田の出番だろ。

 

「……そうだね。私じゃ、その部分は力になれないと思う」

 

 櫛田もすぐに諦めるなよ。

 ここは櫛田に頑張ってもらわないといけない。

 

「諦めるな櫛田」

「え」

「櫛田なら佐倉を支えるだけじゃなく審議でも力になれるはずだ。Plus Ultraだ」

 

 更に向こうへ! Plus Ultra!!

 

「なぜスペイン国王カルロス1世のモットーを言ってるのかしら」

 

 堀北が冷静に突っ込んでくる。

 くっ、ここに一之瀬か博士がいれば通じるのに!

 

「界外くん、今回の件に協力する気になったのでしょう? なら出席しなさい」

「……はい」

 

 堀北の一睨みにより、抵抗むなしく審議に出席することになってしまった。

 

「佐倉さんも、それで構わないわね?」

「……は、はい」

 

 いや、構うだろ。佐倉からしたら櫛田か綾小路の方が安心するだろ。

 でもこの堀北の前じゃ「はい」としか答えようがないよね。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 昼休み。俺は作戦会議に参加していた。

 隣には不機嫌な表情をした堀北が座っている。

 俺と堀北は、参加を渋ったが、櫛田の泣き落としにより参加することになってしまった。

 しかし、俺がこの場所にいていいのだろうか。

 

「うっ」

 

 池と山内をちらっと見ると目を逸らされた。完全に怖がられてるじゃないか。

 ちなみに須藤は俺と目が合うと舌打ちはするが、視線は以前より柔らかくなった気がする。

 いや、なんでだよ。

 あんな目にあわされたら、以前よりヘイトが溜まると思うんだが。

 

「ねえ、彼らになにかしたの?」

 

 観察力に優れた堀北に早速問いかけられた。

 

「別に。あまり話したことがない俺がいるから気まずいだけだろ」

「そういうことにしておいてあげる」

 

 どうやら堀北は俺の嘘を見抜いていらっしゃるようだ。

 

「明日……須藤くんの無実を証明できるかな?」

「当たり前だろ櫛田。俺は無実なんだからよ。なあ?」

 

 二人はほぼ同時に、堀北へ意見を求める。

 堀北は無視して、無言で卵焼きを口に運んだ。

 堀北の卵焼きって俺の好みの味をしてるんだよな。

 明日は堀北の弁当が食べられるので、今から明日の昼休みが楽しみでたまらない。

 

「おい堀北」

 

 須藤が、堀北の顔を覗き込む。

 

「汚い顔を近づけないで」

「……き、汚くねーよ」

 

 須藤のメンタルポイントが5000は減ったな。あと1回減らされたら死ぬだろう。

 

「あなたが簡単に無実を証明できると思っているのが不思議でならないわ。対抗できる材料があるとしても、まだまだ不利な状況よ」

「目撃者、敵の過去の素行の悪さ。これだけで十分だろ」

「素行が悪いのはお前も同じだろが」

 

 あまりの須藤のブーメランな発言に、つい突っ込んでしまった。

 

「……う、うるせぇ」

 

 俺の突っ込みに対し、須藤は弱弱しく返す。

 

「ご馳走様」

 

 弁当を食べ終え、席を立つ。

 これ以上ここにいても意味がない。

 次の授業まで時間はあるし、新たなベストプレイス捜しにでも行くか。

 自席に戻り、弁当を鞄にしまう。

 

「どこに行くの?」

 

 教室を出ようとしたところで、堀北に呼び止められた。

 

「校舎内で落ち着いて昼飯を食べられる場所を探しに」

「私も行くわ。やはり教室は落ち着かないもの」

 

 どうやら堀北も新たなベストプレイスを求めているようだ。

 

「わかった。行くか」

「ええ」

 

 こうして俺と堀北のベストプレイスを探す旅が始まったのだった。

 30分で終わる旅なんだけどね。





神崎好きだから原作で出番増やしてほしいです
一之瀬から自己主張がなさすぎるて何考えてるかわからないとか言われてるけど……


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13話 かわいいは正義


いつも応援頂きありがとうございます!
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 放課後。俺はいつものファミレスに来ていた。

 いまここにいるのは俺と一之瀬と神崎。

 あるお願い事をするために、俺は一之瀬と神崎をファミレスに呼び出したのだ。

 

「それでお願いってなにかな?」

 

 俺の隣に座る一之瀬がオレンジジュースを飲みながら問う。

 お願い事をしたいから正面に座って欲しかったんだけど、有無も言わさずに隣に座られたら仕方ないよね。

 

「まず明日の審議だが、『完全無罪』を勝ち取るのはほぼ不可能だ」

「だろうな」

 

 正面に座る神崎も俺と同じ意見のようだ。

 

「相手を殴ったという事実は消しようがない。目撃者の裏付けと証拠が揃っても、相手を譲歩させることくらいしかできないだろう」

「神崎の言う通りだ。このままじゃ須藤の停学は間違いない。つまりDクラスの負けってことだ」

「うんうん。それで界外くんはどうするつもりなのかな?」

 

 一之瀬が再度俺に問う。

 

「一之瀬たちに用意してもらいたいものがあるんだ。恐らくこれが唯一の解決策になる」

「あるものって?」

「監視カメラだ」

「監視カメラ? ……理由を聞いてもいいかな?」

「もちろんだ。理由も言わずに用意してもらおうとは思ってないからな」

 

 俺は唯一の解決策の詳細を、一之瀬と神崎に説明した。

 どうして監視カメラが必要なのか。何に使うのか。どんな目的があるのか。

 説明を終えると、二人は言葉なく黙って考え込んでいるようだった。

 

「お前らならこの作戦のリスクと有効性を理解してくれるはずだ」

「それって……いつから考えてたの?」

「昨日」

 

 本当は綾小路が思いついたんだけどね。本人は否定してるけど。

 綾小路は暗躍したいタイプなのかな。なら俺は頑張って彼の隠れ蓑になろうじゃないか。

 

「……そっか。さすが界外くんだね。うん、いいよ。買ってあげる」

「いいのか?」

「うん。神崎くんもいいよね?」

 

 一之瀬が神崎に同意を求める。

 

「ああ。ただ一之瀬のルール、モラル的には反するかもしれないな」

「あはは、だよねぇ……。反則だよね。でも……確かにたった一つの方法かも」

「ちなみにセッティングはどうするんだ?」

 

 神崎が俺に問うてきた。

 

「クラスメイトに詳しい奴がいてな。そいつに任せれば問題ない」

「そうか」

「もしかして博士って人?」

 

 さすが一之瀬。鋭い。

 ちなみに博士はハッキングも得意なようだ。初春さんが好きで必死に覚えたらしい。親近感が湧くなぁ。さすがに頭に花飾りはかぶらなかったようだ。博士に花飾りだなんて誰得だしね。それと博士には得意のハッキングである生徒の情報を調べて貰っている。

 

「そうだ。よくわかったな」

「だって界外くんと仲良い男子って綾小路くんと博士くんだけでしょ」

「うっ」

 

 またもや同性の友達が少ないことを指摘されてしまった。平田とも仲良い方だと思うんだけどな……。

 

「それでいつ買う?」

 

 一之瀬が傷心の俺に聞いてくる。

 

「明日の審議の後にしよう」

「今日じゃなくていいの?」

「もしかしたらミラクルが起こるかもしれないからな。そしたらポイントが無駄になってしまうだろ?」

「わかった。それじゃ明日一緒に買いに行こうね」

「ああ。よろしく頼む」

 

 その後、神崎は予定があるようで俺と一之瀬を置いて店を出ていった。

 つまり現在テーブル席には俺と一之瀬の二人しかないわけで……

 

「一之瀬、席移動しないのか?」

「なんで?」

「横だと話しづらくないか?」

「全然」

 

 そうですか……。

 もしかして最近は隣同士で座るのが流行ってるのかもしれない。友達が多い一之瀬のことだ。きっとそうなんだろう。

 

「それより期末テストの勉強はしてる?」

「勉強は毎日してるぞ」

 

 事件のことばかり気にしているが、期末テストも迫っている。

 今回の件を解決したら、茶柱先生に特別ボーナスをおねだりしなければ。さすがに今の状況でおねだりするほどKYではない。

 

「一之瀬はどうなんだ?」

「うん、私も毎日勉強はしてるよ。それでね……界外くんにお願いがあるんだけど」

「いいぞ」

「え? 私、何も言ってないよ!?」

 

 一之瀬のお願いなら何でも聞くに決まってるじゃないか。

 私と心中してと言われても聞いてしまうまである。一之瀬がそんな台詞を言うなんてありえないけど。

 

「一之瀬にはお世話になってるからな。お願いを聞くのは既に確定事項ってことだ」

「……私が無理なお願いをしたらどうするつもりなの?」

「頑張る」

「もう……」

 

 一之瀬が呆れ顔で見つめてくるが、照れてるのか若干顔が赤い。

 

「それでお願いって?」

「うん。一緒にテスト勉強して欲しくて。……いいかな?」

「もちろんだ」

 

 一之瀬と一緒にテスト勉強なんて、勉強が百倍楽しくなるな。

 帰ったら予習の為に、ぼくたちは勉強が出来ないを読み返そう。

 テスト勉強で一之瀬との距離を縮めてやるぜ!

 

「ありがとう。ただ、クラスメイトと勉強会もするから、夜遅くなっちゃうかもしれないけど……」

「恐らくうちのクラスも勉強会を実施するだろうから問題ないぞ。かえって好都合だ」

「そっか。よかった……。それじゃよろしくね」

「こちらこそ」

 

 その後、二時間ほどお喋りをして俺たちは帰路についた。

 ちなみに今回の作戦は堀北には伝えていない。理由は明日の審議に集中してほしかったからだ。

 理想は堀北がC組の連中を論破して明日の審議で解決すること。目撃者が佐倉しかいない今の状況だと可能性は非常に低いだろうけどね。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 翌日の放課後。

 俺と堀北と須藤は審議に出席するため生徒会室に足を運んでいた。茶柱先生も同行している。ちなみに佐倉は出番があるまで外で待機だそうだ。

 生徒会室には既にCクラスの生徒3人と担任の坂上先生が席についていた。

 生徒会室で審議を行う。つまり生徒会役員が審議を執り行うということ。生徒会からは橘先輩と堀北に絶対会わせたくなかった生徒会長が出席をしている。

 まさかこんな形で堀北と生徒会長を接触させることになるなんて……。

 隣に立つ堀北の顔を見ると、完全にこわばった表情をしている。

 橘先輩に座るよう指示をされ、俺たちはCクラスの生徒たちの前に腰を下ろした。

 

「これより先日に起こった暴力事件について、生徒会及び事件の関係者、担任の先生を交え審議を執り行いたいと思います。進行は生徒会書記、橘が勤めます」

 

 橘先輩が、そう言い軽く会釈をした。

 俺がつい拍手をしてしまうと、橘先輩は顔を赤くして俯いてしまった。ちなみに生徒会長と両担任から睨まれたのは言うまでもない。

 橘先輩は深呼吸をすると、事件の概要をわかりやすく説明していった。

 その後はしばらく橘先輩と須藤とCクラスの生徒の問答が続いた。

 須藤が大分苛立ってきたようなので、俺は軽く注意することにした。

 

「須藤」

「あん!?」

「落ち着け。ここは審議の場だ。感情に身を任せるな」

 

 俺は須藤を諭すように言う。

 

「ちっ、わーったよ……」

 

 どうやら素直に言うことを聞いてくれるようだ。

 教室を出る際にも熱くならないよう注意しておいたが、その時も軽く悪態をつきながらも「わかった」と答えていた。

 理由はわからないけど、須藤は俺に対して従順になっている。須藤が少し落ち着いたようなので、もう一つ注意しておく。

 

「それと須藤」

「……なんだよ?」

「橘先輩は年上だ。ため口はやめろ。……いいな?」

「……わかった。すんませんした」

 

 須藤はそう言うと、軽く橘先輩に頭を下げた。

 そうそう、それでいいんだ。橘先輩に無礼を働く奴は俺が許さない。

 俺がうんうんと頷いて周りを見渡すと全員目を丸くしていた。

 

「お、おい、須藤。お前、何か変なものでも食べたのかよ……?」

 

 小宮と言う生徒が心配そうに言う。

 小宮って名前なのに滑舌が悪くない。

 

「あん!?」

「須藤」

 

 俺は須藤を軽く睨む。

 

「うっ。……わ、悪かったよ……」

「橘先輩。進めてください」

「あ、はい。それでは審議を再開します」

 

 その後も審議は続いたが、どちらの意見も一致することなく、相手が悪いとしか主張しなかった。

 

「両方の言い分がこれでは、今ある証拠で判断していかざるを得ませんね」

 

 橘先輩が話を締めようとしている。

 

「おい、堀北」

 

 ジッと俯き、発言ができないでいる堀北に呼びかけるが反応を示さない。

 堀北は完全に兄貴を前にして萎縮している。

 俺は堀北に見切りをつけ、挙手をする。

 

「はい、界外くん」

「Cクラスに質問です。先ほど、須藤に呼び出されて特別棟に行ったと言いましたが、須藤は誰を、どんな理由で呼び出したんですか?」

「俺と近藤くんを呼び出した理由は知りません。部活終わりに着替えてる最中に、顔を貸せと言われて……。理由は俺たちが気に入らないとか、そんな理由じゃないですか」

「それじゃ、どうして特別棟に石崎くんもいたんですか。彼はバスケ部じゃないし無関係ですよね」

「それは……用心のためです。須藤くんが暴力的なのは知っていましたから」

「つまり暴力を振るわれるかもしれないと思ってたと?」

「そうです」

 

 小宮はその質問をされることを想定しているかのように、スムーズに答えた。

 

「なら、なぜ顧問の先生に相談しなかったんですか?」

「そ、それは……」

「答えてください」

 

 俺は追撃するように一言付け足した。

 

「あ、あまり顧問の先生に迷惑を掛けたくなかったので……」

「なるほど。なるべく自分たちだけで解決したかったということですね?」

「そうです」

「それで中学時代に傷害罪で逮捕歴がある石崎くんを用心棒代わりとして連れていったと」

「え」

 

 俺の発言に室内が静まり返る。

 坂上先生を見ると、驚愕の表情をしていた。

 

「それ以外にも他校の生徒と喧嘩をして5回も補導されていますね。確かにそんな生徒なら用心棒にぴったりだ」

 

 俺は続けて石崎の情報を言う。

 この情報は博士にお願いして得た情報だ。中学時代に不良だったということで、面白い情報がないか調べるよう博士にお願いをしたのだ。

 もちろんこの情報だけで事件を解決できるとは思っていない。あくまで審議の材料の一つだ。

 

「な、なんで、お前が知ってんだよ……」

 

 石崎が動揺しながら言う。

 もちろん博士がハッキングして調べたからとは言えない。

 

「インターネット社会ですからね。調べれば色々と出てきますよ。色々とね」

 

 俺は自分にできる精一杯の邪悪な笑みを浮かべて言った。

 橘先輩が俺の顔を見て「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。ショック。

 反対に須藤はキラキラとした瞳で俺を見ている。キモイ。

 

「それじゃ小宮くん。答えてくれますか」

 

 邪悪な笑みを浮かべたまま、小宮の顔を見据えて言う。

 

「あ、いや、それは……」

「答えられないんですか?」

「……い、石崎くんが不良だったなんて知らなかったんです! た、ただ体格がいいので、頼りになるかなと思って……!!」

 

 小宮が声を荒げて回答する。

 先ほどのスムーズに回答していた時と大違いだ。

 

「そうですか。まあ、同じ中学じゃなければ知る由もないですからね」

「そ、そうです!!」

「ご回答ありがとうございます。それともう一つ。どうしても腑に落ちない点があります」

「腑に落ちない点ですか?」

 

 橘先輩が聞いてくる。

 

「はい。喧嘩慣れしている前科ありの石崎くんを含め、君たちが一方的にやられたことが腑に落ちないんですよね。三対一ですよ?」

「そ、それは俺たちに喧嘩の意思がなかったからで……」

 

 小宮が怯えながら答える。

 

「そうですか。それは石崎くんも同じですか?」

「あ、ああ……」

「へぇ。中学時代に警察に捕まるほど喧嘩に明け暮れていた君がねぇ」

「な、なんだよ……」

 

 石崎は気持ち悪いものを見るように視線を逸らす。

 

「坂上先生は凄いですね。石崎くんのような生徒を更生させるんですから。尊敬しますよ」

「あ、いや……」

 

 坂上先生も俺から視線を逸らした。なんだよみんなして俺のこと避けやがって。

 

「僕からの質問は以上です。ありがとうございました」

「他の方はよろしいですか?」

 

 橘先輩が確認をする。

 改めて堀北を見るが、俯いたままだ。

 

「それではDクラスから事前に報告があった目撃者を入室させて下さい」

 

 橘先輩がそう言うと、落ち着かない様子の佐倉が生徒会室に足を踏み入れた。

 

「1-D、佐倉愛里さんです。佐倉さん、早速ですが証言をお願いできますか」

「は、はい……。あの、私は……」

 

 言葉が止まる。

 そして、静寂の時が流れる。

 どんどん佐倉の顔は下を向き、顔色は悪く青ざめていく。

 ここで橘先輩が動いた。

 

「佐倉さん、大丈夫ですよ。落ち着いて下さい。自分のペースでいいですからね」

「あ、はい……」

 

 橘先輩が佐倉を気遣う。

 

「どうしても緊張がとけない場合は深呼吸をしましょう」

「は、はい……」

 

 佐倉は返事をすると、橘先輩と一緒に深呼吸をし始めた。

 反り腰の状態になり、佐倉の大きな胸が主張される。

 室内にいる生徒会長以外の男性全員が佐倉のたわわに実ったおっぱいに視線が吸い寄せられる。

 

「もう大丈夫です」

 

 1分ほど深呼吸を繰り返し、佐倉が覚悟を決めた顔で言った。

 これならもう大丈夫そうだな。佐倉、頼んだぞ。

 ちなみに橘先輩が佐倉をフォローしてくれたのは、事前に俺がお願いをしたからだ。

 

「私は確かに見ました! 最初にCクラスの人たちが須藤くんに殴りかかったんです。間違いありません!」

 

 おお、佐倉って結構大きな声出せるんだな。

 ちなみにいまだにCクラスの連中は佐倉の胸を無遠慮に見つめている。

 佐倉の胸のおかげでCクラスが反撃してこないようなので、今のうちに佐倉をフォローしておく。

 

「ちなみに佐倉さんが目撃者として名乗りを上げるのが遅かったのは、面倒事に巻き込まれたくなかったからです。特に今回は生徒同士の喧嘩ですからね。佐倉さんのような女子が関わりたくないと思うのは当然のことでしょう」

 

 俺がそう言うと、佐倉が驚いた表情で俺を見てくる。

 なんで話したことないのに私のこと知ってるの? キモイ、とか思われてたらどうしよう……。後で綾小路から佐倉に説明してもらおう。

 

「佐倉。他に言うことはあるか?」

「コショウもあります……!!」

「コショウ?」

「あ、ちがっ、……証拠もあります!!」

 

 びっくりした。いきなり香辛料を出されても……。

 佐倉はなかなかのギャグセンスの持ち主なのかもしれない。

 それより証拠あるのかよ。俺聞いてないんだけど。

 

「これが証拠です」

 

 佐倉はそう言うと、数枚の写真を机の上に置いた。

 橘先輩は佐倉の傍に歩み寄り、軽く断りを入れてから写真に手を伸ばした。

 

「……会長」

 

 写真を見た橘先輩は、生徒会長にその写真を提出する。

 生徒会長は写真を確認すると、俺たちにも見えるように机の上に写真を並べた。

 その写真に写っていたのは、グラビアアイドルの雫だった。

 俺は芸能人に詳しい方じゃないが、雫はヤングジャンプの表紙を何回か飾ったことがあったので知っていた。

 まさか佐倉が雫だったとは……。後でサイン貰おうかな。

 

「私は……あの日、自撮りをするために人のいない場所を探していました。その時に撮った証拠として日付も入っていますっ」

 

 確かに日付は、事件が起きた日と同じだ。俺は初めて見る本物の証拠に、思わず息を呑む。

 ちなみに堀北は相変わらず俯いたままである。まるで生きた屍のようだ……。

 Cクラスの連中の様子を伺うと、明らかな動揺が見て取れた。

 

「し、雫じゃねえか……」

「俺ファンなんだけど」

「俺もだよ」

「……」

 

 おい、そっちに動揺してんじゃねぇよ!

 Cクラスの連中は、自分たちが置かれた状況を忘れ、雫に夢中なようだ。坂上先生に至っては顔を赤くしながら写真を凝視している。

 なんだろう。真面目に審議するのが馬鹿らしくなってきた。

 

「え、えっと、これはデジカメで撮ったものです。も、もちろんパソコンで日付の変更はしてませんっ」

 

 場の雰囲気に慣れてきたのだろう。佐倉がしっかりとした口調で説明する。

 

「だろうな。この写真を見れば一目瞭然だ」

 

 生徒会長は下に重なって見えなかった1枚をスライドさせる。それは須藤が石崎を殴った直後と思われる現場の写真だった。

 

「これで私がそこにいたことを、信じて貰えたと思います」

「佐倉、ありがとう。そしてお疲れさん」

 

 俺は大仕事を果たした佐倉を労う。

 さて、これでCクラスがどう出るかだが……

 

「……先生、もう俺無理です……」

 

 石崎が重たい口調で発した。

 なにが無理なんだ。うん○でも漏れそうなんだろうか。

 

「い、石崎くん……?」

 

 坂上先生が心配そうに言いながら石崎の方を見る。

 

「俺たちは嘘をつきました! 先に手を出したのは俺たちです! 須藤をハメるために今回の事件を起こしました!!」

 

 石崎が立ち上がると、急に大きな声で自白し始めた。

 石崎の思わぬ行動に室内は完全に静まり返る。

 俺もまさかの展開に頭が追いつかない。

 

「石崎君! 何を言ってるんですか!?」

 

 坂上先生は動揺を隠せないようで、石崎を怒鳴りつけた。

 庇ってる生徒がいきなりそんなこと言ったら焦るよね。

 しかし石崎はなぜ急に自白したんだ。

 

「すみません、先生。でも俺は雫の前で嘘はつきたくないんです!!」

「き、君はなにを言って……」

 

 坂上先生が俺たち全員の気持ちを代弁して問う。

 

「俺は雫の大ファンなんです」

 

 石崎が真剣な表情で打ち明ける。

 周りを見ると、全員が口をぽかーんと開け、石崎を見ていた。

 

「俺は中学の時相当な悪でした。襟足が地面についてしまうくらい悪でした」

 

 まさか石崎は茨城愚連隊炎栖覇の総長だったのか。

 てか不良なら襟足の長さじゃなくて、逮捕歴があることをアピールしろよ……。

 

「両親や学校にも見放された俺は喧嘩に明け暮れていました。喧嘩をしてる時しか俺は生きている実感が持てなかった。そんな時に出会ったのが雫だったんです」

 

 石崎はそう言うと、佐倉をチラッと見た。

 

「ひっ」

 

 佐倉は小さく悲鳴を発し、隣にいる橘先輩の背後に隠れた。

 橘先輩は頼られたのが嬉しかったのか、非常に生き生きとした表情で佐倉を庇い始めた。

 なんだか2人が姉妹に見えてきたな。

 石崎は佐倉に怖がられているのを気づかないようで、自分語りを再開した。

 

「初めて彼女を見た時は電撃が走りました。そして俺は決意しました。彼女のファンに相応しい男になろうと」

「い、石崎……?」

 

 小宮が石崎に声をかけるが、石崎はそれを無視する。

 

「それから俺は襟足を切り、真面目に学校に通うようにしました。喧嘩も週6から週2に減らしました」

 

 そんなバイトのシフトみたいに言われても。結局、喧嘩はやめてないじゃないですかー。

 

「そして俺は雫のおかげで無事この学校に合格出来たわけです。彼女と出会わなければ今の俺はいなかったでしょう」

 

 どうやら佐倉は石崎にとって、とても大きな存在のようだ。……可哀相に。

 佐倉の様子を伺うと、涙目になっていた。うん、怖いよね。勇気を出して証言したら、ファンが自分との出会いを語り始めるんだもんね。

 

「だから俺は彼女の前で嘘なんてつけません! そんなことをしたら俺は彼女のファンじゃいられなくなってしまう!!」

 

 石崎の自分語りが終わり、室内が再度静まり返る。

 俺は完全に気持ちが切れてしまい、石崎の話を適当に聞きながら、佐倉の自撮り写真を眺めていた。

 

「え、えっと、つまりCクラスが意図的に事件を起こしたということでよろしいですね?」

 

 橘先輩が戸惑いながらCクラスの連中に問う。

 

「そうです! 俺たちが須藤を退学させるために事件を起こしました!」

 

 石崎が元気よく答える。

 はきはきとした振る舞いの石崎に比べ、他のCクラスの連中は頭を抱えている。どうやら決着はついたようだ。

 

「よく正直に答えてくれました。これで決着がつきそうですね。石崎くん、着席して下さい」

 

 橘先輩に促され、石崎は元気よく「はい」を返事をして椅子に腰を下ろした。

 あれ、おかしいな。石崎が優等生に見えてきたぞ。

 よく見ると表情もすがすがしくなっている。こいつ、こんな爽やかな顔してたっけ。

 

「他に意見や証言がないようであれば、以上で審議は終了します。よろしいですか?」

「はい!」

 

 またもや石崎が元気よく返事をした。

 石崎の返事に比例して、坂上先生の頭の位置がどんどん下がっている。まさかこんな結果になるなんて思ってもいなかったのだろう。俺も思ってなかったよ……。

 

「ないようなので、以上も持ちまして審議を終了します。処分は追って連絡させていただきます。お疲れ様でした」

 

 こうして審議は終了した。

 今回のMVPは間違いなく佐倉だろう。結局、俺があれこれ考える必要なんてなかったんだ。佐倉愛里の正体がグラビアアイドルの雫だと石崎に知らせるだけでよかったのだ。

 俺が今回の審議でわかったことは一つ。

 かわいいは正義。





ガッツ石崎男を見せる!


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14話 綾小路とアニメ鑑賞の約束をしちゃった


夏アニメ次々始まってますね!


「佐倉」

「界外くん?」

 

 俺は佐倉にお礼を言うために声をかけた。

 

「今回は助かった。全部佐倉のおかげだ。ありがとな」

「そ、そんなことないです……。そ、それに、界外くんもフォローしてくれたので……」

「謙遜しなくていいぞ。佐倉が須藤を助けたんだ」

「わ、私が、須藤くんを……」

 

 俺が佐倉の功績を称えると、彼女は戸惑いながらも嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「私、みんなの役に立てたんですね……」

「役に立てたところじゃない。ヒーローと言っていいまであるぞ」

「ひ、ヒーローって……。大げさです……」

 

 佐倉と初めて会話して気づいたけど、敬語使って話すんだな。敬語女子。いいと思います。

 

「佐倉、助かったぜ。ありがとな」

 

 須藤が佐倉に近づいて、頭を下げながら謝辞を述べた。

 

「い、いえ……」

 

 佐倉は半歩程下がりながら答えた。須藤が苦手なんだろうな。それなのによく勇気を出して証言してくれたよ。

 

「審議は終わった。さっさと帰れ」

 

 茶柱先生に促され、佐倉と須藤が生徒会室から出ていく。

 俺はいまだに俯いてる彼女に声をかけた。

 

「堀北」

「……」

「おい」

 

 呼びかけても反応がなかったので、軽く肩を叩く。

 

「え」

「審議が終わったから帰るぞ」

「え、あ、終わった……?」

 

 俺に促され、堀北が顔を上げる。久しぶりに見た堀北の顔は虚ろな表情をしていた。

 いつまで経っても立つ気配がないので、俺は勇気を出して彼女の腕を掴み無理やり立たせた。

 

「行くぞ」

「え、ええ……」

 

 堀北の腕を掴んだまま廊下を突き進む。

 まさか堀北がこんなになるなんて思わなかった。

 今の彼女は抜け殻だ。

 須藤の件が解決できたと思ったら、今度は堀北か。俺は新たな問題に頭を悩ませながら玄関に辿り着いた。

 

「やっほ。随分遅かったね」

 

 そこには結果が気になっていたのか、一之瀬と神崎が待っていた。

 

「待っててくれたのか」

「もちろん」

 

 俺は一之瀬と神崎に少し待ってくれと制して堀北の方に顔を向ける。

 

「悪い堀北。俺は一之瀬と神崎に結果を報告をするから、先に帰ってもらっていいか?」

 

 堀北は無言で頷き、一之瀬と神崎を素通りし、帰っていく。

 少し心配だが、寮までは近いし一人で帰れるだろう。

 

「堀北さん、どうしたの?」

「ちょっとな」

 

 ともかく、俺は審議の内容と結果を話して聞かせた。

 説明を終え、二人の顔を見ると、何とも言えない表情を浮かべていた。

 だよね。まさかこんな結果になるなんて思わなかったよね。

 

「え、えっと……。なんて言ったらいいんだろう……」

「すまない。俺の頭では理解が追いつかないようだ……」

「気にするな。俺も最後の方は馬鹿らしくなって聞き流してたから」

 

 あれだけ真面目に目撃者捜しを手伝ってくれた二人に俺は申し訳ない気持ちで一杯だった。

 使わせてしまったポイントに関しては、須藤に請求しておこう。今のあいつなら俺の言うことを聞いてくれるだろう。

 須藤と言えば、審議中にやたら俺のことを見ていたな。あいつが何を考えてるのかよくわからない。

 それと審議中、一人称が僕になっていたな。無意識に赤司か金木君の真似でもしてたんだろうか……。

 

「とりあえず解決できてよかったね!」

 

 一之瀬が微妙な空気を払拭するように言う。

 

「だな。二人とも協力してくれてありがとな」

「ううん」

「気にするな。結果も聞けたことだし、俺は先に帰らせてもらう」

 

 神崎はそう言うと、靴に履き替えクールに玄関を出て行った。

 あのクールさ。俺も見習いたいものだ。

 

「えっと、打ち上げする?」

 

 一之瀬が俺を見上げ、聞いてくる。

 

「処分が下されるのは明日だから、明日にした方がいいんじゃないか?」

「だね。それじゃ明日の放課後、予定空けておいてね」

「了解。一緒に帰るか?」

「うん!」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「クラスメイトにグラビアアイドルがいるなんて凄くない?」

 

 帰宅途中に隣で歩く一之瀬が言ってきた。

 

「だな。普段は眼鏡をかけてるから全然わからなかった」

「雫ってこの子だよね。凄い可愛いよね」

 

 検索したのだろう。一之瀬は携帯に雫の画像を表示させ、見せてくる。

 ちなみに今回も腕に胸が当たっている。どうやら今夜も悶々として眠れなさそうだ。

 

「サインって貰えるかな?」

「明日聞いてみるよ」

「本当? お願いね」

 

 一之瀬も芸能人に興味あるんだな。

 てか一之瀬もグラビアアイドルになれるんじゃないだろうか。可愛いし、胸も大きい。一之瀬がグラビアアイドルになれば色んな水着姿が見れるわけで。……いや、そうすると他の男たちにも見られてしまうんだよな。それは嫌だな。

 

「……」

 

 いやいや、彼氏でもないのに俺は何を考えてるんだよ。こういう考えが気持ち悪いファンを生み出してるんだろうな。

 

「界外くん、大丈夫?」

「ん?」

「なんかボーっとしてたから。審議で疲れた?」

 

 一瞬考え事をしていただけなのに。一之瀬は人のことよく見てるんだな。

 

「そうだな。少し疲れたかも」

「そっか。今日は早く寝たほうがいいよ」

「そうするよ」

「またアニメ見て夜更かししちゃ駄目だからね」

「了解」

 

 俺は苦笑いをしながら答える。

 夜更かしさせたくないなら、まず胸を当てないで欲しいんだけど。もちろん一之瀬の胸の触感を味わえるのは嬉しい。けれど夜眠れなくなるのだ。俺も健全な男子高校生だからね。

 入学当初、一之瀬をエロい目で見てた池と山内を非難したが、今の俺に彼らを非難する資格はないだろう。入学当初もなかったけど。

 よし、帰ったら夏目友人帳を見よう。夏目を見て汚れた心を浄化しよう。そうすれば夜もすぐに眠れるはずだ。夏目と言えば……

 

「一之瀬」

「なに?」

「一之瀬も夏目見てたよな?」

「うん」

「9月に映画やるんだが、一緒に観に行かないか?」

 

 とうとう一之瀬を映画に誘ってしまった。勢いで誘ってしまったが大丈夫だろうか。断られたらどうしよう。でも夏目は女子に人気だから大丈夫だよね。

 

「うん、行きたい」

 

 よかったぁ。これで断られたら心がへし折られるところだった。

 

「あと、夏目以外にも見たい映画があるんだよね。それもアニメなんだけど一緒に観に行かない?」

 

 まさか一之瀬からも映画に誘われるとは。今日の審議を頑張ったから神様がご褒美をくれたのかな。神様ありがとう。

 

「もちろん。ちなみにタイトルは?」

「君の膵臓をたべたいだよ」

「あー、キミスイね。よくCMで見るな」

「界外くん、知ってるんだ」

「そりゃ本も売れてたし。ちなみに原作も読んだぞ」

「私もなんだ。初めて小説読んで泣いちゃったよ」

 

 女の子が好きそうな話だったもんね。

 てか一之瀬って小説読むんだ。意外だ。

 

「それじゃ夏目とキミスイ、一緒に観に行こうね」

「ああ」

 

 よっしゃ。9月は一之瀬と映画館デートだ。しかも2回。

 ヒロアカと七つの大罪は、博士と一緒に見に行くか。

 一之瀬との映画館デートが決まり、俺は心の中でスキップをしながら帰路についた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 その日の夜。

 夏目を見ながら汚れた心を浄化していると、意外な人物が訪ねてきた。

 

「須藤……?」

 

 ドアを開けると、須藤と綾小路が立っていた。まさか須藤が俺の部屋を訪ねてくるとは。

 

「どうしたんだ?」

「須藤が界外に話があるようでな。聞いてやってくれないか」

 

 綾小路が俺の疑問に答える。話って何だろう。

 

「あ、ああ。とりあえず上がるか?」

「悪いな」

「お邪魔するぜ」

 

 綾小路、須藤が順に部屋に上がっていく。

 二人とも靴を綺麗に並べないので帝人的にポイント低いぞ。

 

「それで話ってなんだよ?」

 

 二人を座らせ、早速本題に入る。

 悪いが須藤と長話をするつもりはない。

 

「……今まで悪かった」

 

 須藤はそう言うと、土下座をし始めた。

 え、いきなり土下座とか意味がわからない。

 もしかして隠しカメラで撮影をして、俺を土下座強要罪で告訴するつもりなのか。

 須藤は顔を上げると、入学当初から俺を嫌っていた理由を説明し始めた。話の内容は綾小路と櫛田から聞いたのとほぼ同じだ。付け加えると、バスケを辞めた俺が女子とイチャイチャしているのも気に食わなかったそうだ。イチャイチャなんてしてねぇよ。

 そして、最近俺に対する視線が柔らかくなった理由も話し始めた。

 

「お前に組み伏せられた時によ、お前の目を見てわかったんだよ」

「俺の目?」

「ああ。あの時のお前の目は、バスケをしていた時と同じ目をしてた」

 

 え、マジかよ。無意識に赤司の真似しちゃってたの。

 

「あの威圧感。王様としてコートに君臨していた時と同じ目だったぜ!!」

 

 須藤が興奮気味に言う。

 コート上の王様していたのは、バレー部の時なんだけど……。

 

「そして極めつけは審議の時だ。あの時のお前は、生徒会室を完全に支配していた。へっ、コートを支配してた時の界外を思い出して武者震いが止まらなかったぜ」

「そんなに凄かったのか?」

「おう! あれだよ。俺はあれに憧れて必死にバスケの練習に打ち込んできたんだよ!」

 

 綾小路の質問に対し、熱弁を振るう須藤。

 恥ずかしいからそろそろやめてくれないだろうか。

 確かにあの時の俺は赤司をトレースして、勝利至上主義者で、勝利は生きていく上であって当然の基礎代謝と思っていた。須藤は強者を演じていた俺に憧れてしまったということか。

 

「高校でお前を見た時はがっかりしたんだ。けどよ、バスケをしていなくても、お前は俺の憧れのお前だった」

「なるほど。お前が最近俺の言うこと素直に聞いてくれる理由がわかったよ」

 

 はぁ……。厄介なやつに憧られてしまったな。

 二次元好きの俺には、三次元の人間に憧れる気持ちがよくわからない。

 

「おう。つーわけで今まで悪かった。これからよろしく頼むぜ!」

 

 よろしく頼まれちゃったよ。なんか手を差し出してきてるし握手しなくちゃいけないの?

 ……仕方ない。綾小路がいるからここは握手しておくか。

 

「よろしく頼まれた。それじゃ早速お前にお願いがあるんだけど」

「おう! 何でも言ってくれ!」

「お前の退学を取り消すために使った4万ポイント返してくれ」

「っ!?」

 

 友達との金の貸し借りはよくないから返して貰わなくちゃね。……貸したわけじゃないんだけど。

 須藤には借用書を3枚書かせた。俺、綾小路、堀北の分だ。

 綾小路と堀北は須藤にポイントで須藤の点数を買い取ったことを話していなかったようで、泣きながら俺たちに感謝をしていた。少額ではあるが月々返済していくとのことで話がついた。恩義を感じるあたり根は悪くない奴なのかもしれないな。

 その後、何故か須藤は自分の短気な性格を直したいと相談してきたので、毎朝座禅を30分、寝る前に夏目友人帳を見ることを勧めた。座禅は心を落ち着かせることができ、夏目は思いやりを持つことができる。どちらも須藤に足りないものだ。まあ、適当にアドバイスしたんだけどね。須藤は早速夏目をレンタルしてくると言い、部屋を出ていった。

 

「夏目友人帳ってそんなに面白いのか?」

 

 どうやら綾小路が夏目に興味を持ち始めたようだ。相変わらずの無表情だけど。

 

「ああ。よかったら一緒に見るか。夏休みに入れば時間あるだろ」

「そうだな。見させてもらうか」

 

 アニメ鑑賞の約束をし、綾小路は自室に帰っていった。

 あのクールな綾小路が夏目を見て、どんな反応するのか今から楽しみだ。

 





夏目とキミスイのダイレクトマーケティング!
冗談はさておき、次は堀北再起動の話です


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15話 やはり俺と彼女の関係はまちがっている。


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 綾小路が帰って10分後。堀北からチャットが届いた。

 

『起きてる?』

 

 まだ8時だぞ。堀北は俺のことを小学生だと思ってるのだろうか。

 

『起きてる』

『今から部屋に行ってもいい?』

『いいぞ』

 

 ようやく堀北が再起動したようだ。

 チャットが届いてから5分後。堀北が部屋にやって来た。夜の8時過ぎだというのにブレザーは脱いでるものの制服姿だった。もしかしてチャット送るまでずっと抜け殻だったのだろうか。だとしたら長すぎだろ。

 堀北を座布団に座らせ、テーブルを挟んで向かい合う。

 

「今日はごめんなさい」

 

 堀北は座るや否や、頭を下げ謝ってきた。今日は色んな人に頭を下げられるなぁ。

 

「堀北も素直に謝ることできるんだな」

「喧嘩売ってる?」

 

 顔を上げ、俺を睨んでくる堀北。けれどその表情はいつもより弱弱しい。

 

「冗談だよ。もう大丈夫なのか?」

「ええ。あなたには無様な姿を見せてしまったわね」

「審議の内容は覚えているのか?」

「大体は」

 

 どうやら話は頭の中に入っていたようだ。それなら審議について改めて話す必要はないだろう。

 

「そうか。……なあ、前からそうなのか?」

「そうとは?」

「兄貴の前で萎縮することだよ」

「それは……」

 

 堀北はハイスペックだ。協調性を抜かせば学年でもトップクラスの人材だと思う。けれどあの兄貴の前ではまったく使い物にならなくなってしまう。やはり堀北を生徒会長になるべく接触させないようにした方がいいのだろうか。だが今後も今回のようなケースが発生したら? 正直、俺一人じゃきつい。綾小路は目立つ行動は取りたくないようだし。俺だって本当は目立ちたくないのに……。つまり堀北に頑張ってもらわねばならない。でも堀北と生徒会長の関係はいびつだしな……。

 

「そうね。兄さんの前だといつも緊張してしまうわ」

「随分素直に答えてくれるんだな」

「あなたには情けない姿を晒してしまったから。……今更隠してもしょうがないじゃない」

 

 堀北はそう言うと、顔を紅潮させ、そっぽを向いてしまった。

 俺だけじゃなくて佐倉と須藤もいたんだけどね。まあ、あいつらは堀北の様子を気にしていなかったようだけど。

 

「だから対策を考えてきたの」

 

 堀北は顔の向きを変え、俺を見据えて言った。 

 

「対策?」

「ええ。もうあんな姿を界外くんや兄さんに見せないために」

 

 おお、自分で対策を考えてきたのか。さすがハイスペックガール堀北だ。俺が心配する必要なんてなかったじゃないか。

 

「それには界外くん、あなたの協力が必要なの」

「俺の?」

「ええ。協力してくれる?」

「俺にできることなら」

「あなたにしかできないことよ」

 

 俺にしか出来ないことって何だろうか。……なんか嫌な予感がしてきたぞ。

 

「もし私が兄さんの前で今日と同じ状態になったら……私をぶってほしいの」

「……………………は?」

 

 今、堀北はなんて言ったんだ? 私をぶって? おかしいな。疲労で聴力が低下しちゃったかな。

 

「悪い。もう一度言ってくれないか?」

「私をぶって」

 

 聞き間違いじゃなかった……。堀北は何を言ってるんだろう。暑さで頭がおかしくなっちゃったのかな?

 

「お前は何を言ってるんだ?」

「だから私をぶってとお願いをしてるのだけど」

「だからぶつとか何なの? マゾなの?」

「違うわ。勘違いしないでこの変態」

 

 えぇ……。自分をぶつようお願いしてくる女に変態扱いされちゃったよ……。

 

「対策と言ったでしょう」

「つまり?」

「身体に強い刺激を与えて意識を覚醒させるのよ。そうすれば兄さんの前でも私は通常の状態になれるはず」

 

 なるほど。そういうことか。……いや、なるほどじゃねぇよ! なんで俺が堀北をぶたないといけないんだよ!

 

「堀北が言いたいことはわかった。けど強い刺激なら痛みじゃなくてもいいだろ」

「例えば?」

「くすぐったりとか」

「それだと心許ないわ。やはり痛みが確実よ」

 

 いや、そんな自信満々に言われても……。堀北ってこんな変な子だったっけ? 知的でクールな美少女だったはずなのに……。

 

「悪いが女の子に手をあげるなんて俺にはできない」 

 

 俺がそう言うと、堀北はテーブルに身を乗り出し、いつの日かと同じように俺の右手を両手で包み込んだ。

 

「……お願い。私の事情を知る界外くんにしかできないことなの」

「無理だ」

「私に協力してくれるって言ったじゃない」

 

 堀北が懇願するように言ってくるが、了承するわけにはいかない。例えば上条さんのように相手が自分を殺しにかかってくる状況なら、女相手でも俺は容赦なく殴るだろう。けれど堀北は違う。理由はどうであれ、無抵抗な女の子に手をあげるような男にはなりたくない。

 

「俺にできることならって言っただろ」

 

 恐らく堀北は断られるのをわかっていたんだろう。だからあの時と同じように俺の手を握っているんだ。俺がチョロいことを知ってるから。だが今回は折れないぞ。

 

「あなたが了承してくれるまで離さないわよ」

「上等だ。今回ばかりは負けるわけにはいかないんだ」

「……そう。でもすでに顔が赤くなってるわよ?」

「知ってるよ」

 

 どれくらい経ったのだろう。俺と堀北は睨みあったまま、動かない状態が続いている。

 くそ、疲れてるから早くシャワー浴びて寝たいのに……。

 

「堀北、もう疲れてきただろ。そろそろ部屋に戻ったらどうだ?」

「別に疲れてないわ。あなたの方こそ疲れてきたんじゃない?」

「まさか。むしろこのまま朝を迎えていいまである」

 

 堀北も折れる様子がない。どうやら本格的に長期戦になってきたようだ。

 

「……わかったわ。界外くん、あなたの勝ちよ」

 

 長期戦になるのを覚悟した矢先、堀北が敗北宣言をしてきた。

 

「ぶってもらうのは諦めるわ」

「そうか」

「確かに女の子をぶつなんて、あなたの良心が痛むものね。私の配慮が足りなかったわ。ごめんなさい」

 

 堀北がしおらしく謝る。やっとわかってくれたか。これでやっとシャワーが浴びれる。

 

「わかってくれたらいいんだ」

「ええ。ぶってもらうのは諦めるから、代わりに頭をはたいてくれない?」

「ああ、頭をはたくくらいなら……あっ」

「言ったわね」

 

 しまった。堀北が軽い調子で言うものだからついうっかり……。

 

「待った。今のはなしだ」

「駄目よ。言質は取ったもの」

「うっ」

「計算通りね」

「まさか……」

 

 堀北は初めからこれを狙っていたのか。俺の集中が切れるのを待っていたのか。

 

「そうよ。あなたの集中が切れたタイミングをずっと待っていたわ」

「……っ」

「それとドア・イン・ザ・フェイス。これも効果的だったわね」

 

 ドア・イン・ザ・フェイス(譲歩的要請法)。 最初に断られるほどの大きな要求を出して、断られたら小さな要求に変えるという交渉術だ。

 つまり堀北は最初から俺に頭をはたいてもらう約束を取り付けるのが目的だったのか。

 くそ、完全にやられた……!!

 

「そんな顔しないで。私と兄さんが接触するなんてそうあるものじゃないわ。現に入学してから3か月経つけれど2回しか会ってないもの」

「た、確かに……」

 

 そうだ。堀北と生徒会長を接触させなければいいんだ。須藤も改心していくようだし、今回のような事件も今後は起きないだろう。

 

「それにただでお願いを聞いて貰おうとは思ってないわ」

「……というと?」

「今度、夕食を作ってあげる」

「夕食を?」

「ええ。あなたが食べたいもの何でも作ってあげる」

 

 堀北の手料理が食べれるのか。弁当があれだけ美味しいんだ。これで温かい手料理を出されたら……。

 堀北の手料理を想像し、思わず唾を飲み込んでしまう。

 

「……わかった」

「これで契約成立ね」

 

 笑みを浮かべ、堀北はそっと俺の右手から両手を離した。

 この笑顔を他のクラスメイトにも見せれば、友達も沢山できるだろうに。他のクラスメイトと言えば……

 

「なあ、堀北」

「なに?」

「今回のこと、綾小路には相談しないのか?」

「……しないわ。綾小路くんは、あなたほど私の事情を知らないでしょう?」

「そうだな」

「それと界外くんのことだから言わなくてもわかってると思うけど、今日のことは他言無用でお願いね」

「わかってるよ」

 

 俺がそう言うと、堀北が立ち上がった。どうやらお帰りになるようだ。俺は学生証端末を鞄から取り出し、堀北と一緒に玄関に向かう。

 

「今から外出するの?」

 

 堀北が学生証端末に目をやり、聞いてくる。

 

「小腹が空いてな。ファミレスにでも行こうかと思って」

「私も一緒に行っていい?」

「いいけど……もしかして夕食済ましてないのか?」

「ええ」

「そっか。んじゃ行くか」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 いつもお世話になっているファミレス。

 店内は夕方と違い学生は少なく、施設内の従業員であろう大人たちの方が多い。

 俺と堀北はドリンクバーと数品料理を注文した。

 

「界外くんはよくここに来るの?」

「そこそこな。堀北は?」

「私は初めて来たわ」

「基本自炊だもんな。まあ、たまにはファミレスの料理もいいと思うぞ」

「そう」

 

 店員に注文をしてから10分。テーブルには既に注文をした料理が並んでいる。

 

「注文してから料理が出てくるのが早いのね」

「時間帯にもよるけどな」

 

 そういえば昔、某アニメを見て高校生になったらファミレスでバイトしようと思ってたっけ。今の学校じゃバイトはできないから叶わぬ願いだったな。

 

「いただきます」

 

 そう言ってカルボナーラを一口食べる堀北。フォークで巻く仕草、口に持っていくまでの軌道、小さく口を開けてフォークに巻かれたパスタを口に含み、そしてフォークだけを唇からゆっくりと引き抜く所作。そのすべてが上品で美しく、惹きつけられる色気があった。唇についたソースをペロリとなめとる舌を、つい目で追ってしまう。なんかエロい。

 

「……美味しいわね」

 

 微笑みを浮かべながら小さく呟く堀北。半端なく可愛い。

 

「私の顔に何かついてる?」

 

 やばい。見惚れてしまってた。

 

「あ、いや……。お口に合ってよかったなと……」

「そう。界外くんも食べたら? 冷めてしまうわよ」

「お、おう。食べるさ……」

 

 俺は黙々と食べ続け、5分ほどで完食した。

 改めて堀北を見る。食べる時に髪をかき上げる仕草が色っぽい。

 何だろう。変なことをお願いされたからか。それともずっと手を握られていたからか。いつもより堀北を女子として意識してしまう。

 

「よう。こんなところで会うなんてな」

 

 堀北に再度見惚れていると、一人の男子生徒に声をかけられた。

 堀北の知り合いかと思い彼女に視線を送るが首を横に振られた。どうやら堀北の知り合いでもないようだ。

 その生徒は俺たちを見下ろす形でテーブルのすぐ近くに立っている。

 

「今日はやられたぜ」

「あなたは?」

 

 得体の知れない生徒に対して、堀北は動じずそう問いかける。

 俺はその生徒の顔を見る。なんか見覚えがあるヘアースタイルをしている。

 

「今度は俺が相手してやるから、楽しみにしてな」

 

 質問に答えず、男子生徒はレジに向かって歩き出した。どうやらお会計をするようだ。

 

「恐らくCクラスの生徒ね」

 

 完食した堀北がそう言う。

 

「だろうな。しかし大きな勘違いをしているようだぞ」

「そうね」

 

 そう。先ほど男子生徒は俺と堀北に「やられた」と言ってきた。今回の審議はCクラスのガッツ石崎がやらかしただけで、Dクラスとしては佐倉が証拠写真を提出したくらいだ。つまり「やられた」という台詞は、俺たちじゃなく石崎に言うべき台詞なのだ。

 

「あれは宣戦布告と受け取っていいのかしら」

「じゃないか。なんか面倒なことになりそうだな」

 

 クラス間で争っている以上、いずれ他のクラスの生徒から目を付けられるとは思っていたが。

 しかし、あの男子生徒のヘアースタイル。どこかで見た覚えがあるんだよな。あれは……

 

「そうだ! 三井だ! ぐれてた時の三井寿の髪型だ!」

「い、いきなりどうしたの?」

 

 急に大声を出したので、堀北が驚いたようだ。

 

「あの男子生徒だよ。髪型がスラムダンクの三井にそっくりなんだ」

「スラムダンク?」

「ああ。……もしかしてスラムダンク知らないのか?」

 

 俺がそう聞くと、堀北は深く頷いた。

 嘘だろ……。確かに世代じゃないけどあの国民的漫画を知らないなんて……。

 

「堀北。まだ時間はあるよな」

「あ、あるけど……」

 

 俺は堀北に時間があることを確認し、スラムダンクについて詳しく説明した。恐らく一時間以上は熱弁をふるっただろう。途中、堀北が眠たそうな顔をしてたが構わず続けた。堀北だって俺が眠そうにしてても部屋に居続けたんだ。嫌でも付き合ってもらうぜ。

 ファミレスを出た頃には夜の10時を回っており、俺と堀北は眠い目を擦りながら寮へと帰った。

 





次は原作で飛ばされてた1学期期末テスト編です


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16話 一之瀬を泣かせてしまった日

期末テストもそうだけど佐倉ストーカー事件もやります!


 翌日。ホームルームで審議の結果が茶柱先生の口から発表された。

 Cクラスの石崎、小宮、近藤の3人は虚偽の申告により一週間の停学、須藤は一週間のトイレ掃除の処分が下された。またCクラスは3人の停学処分によりクラスポイントが150ポイント差し引かれることになった。

 つまりDクラスの完全勝利である。ちなみに支給がストップされていたポイントも明日には振り込まれるとのことだ。

 ポイントが支給されることがわかり、クラスのテンションが異常に高くなっている。しかしホームルーム後、平田の一言によりみんなのテンションは一転下がることとなる。

 

「期末テストが2週間後に迫っている。なので中間テストの時と同じように勉強会を開こうと思う」

「うげ、期末テストがあったか……。すっかり忘れてた!!」

 

 池が頭を抱えながら嘆く。

 

「前回と同じく5時から毎日2時間この教室で行うからよろしくね」

 

 中間テストと違い過去問は期待できないだろう。さすがに期末テストまで過去問とほぼ同じとは考えにくい。つまり純粋な学力勝負。今回も1位を取りボーナスポイントをゲットしてやる。……その前に茶柱先生におねだりしないとな。

 

「界外くん、また教えてね」

 

 早速、隣の席の松下から依頼を受ける。

 

「私も私も!」

「私もよろしくね」

 

 続けて佐藤と篠原からも講師役をお願いされる。

 

「あいよ。でも今日は予定があるから明日からな」

 

 今日は一之瀬と2人で打ち上げを行う予定だ。

 ちなみに博士からも既に依頼を受けている。貴重なアニオタ仲間の博士に赤点を取らせるわけにはいかないのですぐに了承をした。博士、松下、佐藤、篠原の4人はやれば出来る子なので、これから2週間勉強をすれば問題ないだろう。不安なのは3馬鹿だ。今回も堀北が面倒を見るのだろうか。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 昼休み。

 俺と堀北は新たなベストプレイスである理科準備室で昼食をとっていた。以前の部室棟近くのベンチと比べ、人通りは多いが扉を閉めていれば問題ない。5時間目開始の10分前に出れば次の授業の生徒も入ってこないので、落ち着いて昼休みを過ごすことができる。

 

「なあ」

「なに?」

「期末テストも3馬鹿の面倒を見るのか?」

 

 弁当をつまみながら堀北に問う。

 

「そのつもりよ。けれど勉強会は教室で行うわ」

「Cクラスの連中にちょっかいをかけられないようにするためか」

「正解。いつ仕掛けてくるからわからないもの」

 

 昨晩、俺と堀北はCクラスであろう男子生徒から宣戦布告を受けた。いつ、どこで仕掛けてくるのかわからないので、なるべくCクラスの生徒と接触しないよう教室で勉強をさせるのは賢明な判断だ。もしかすると以前に図書室で須藤とCクラスの連中が揉めたのも、Cクラスが仕掛けた罠だったのかもしれない。

 

「そうだな。とりあえず須藤に関しては手綱を握れそうだから安心してくれ」

「どういうこと?」

 

 俺は堀北に昨日の須藤との一件について説明した。

 

「そんなことがあったのね」

「ああ」

 

 須藤は早速夏目友人帳を鑑賞したようで、俺に感想を述べてきた。まさか須藤とアニメの話をすることになるとは……。入学時の俺に言っても絶対信じないだろうな。

 

「あなたがバスケで、そこまで結果を出してたなんてね」

「小学生の時の話だけどな」

「それでも全国大会優勝は凄いと思うけど」

「チームメイトに恵まれていただけだよ。堀北は部活やってなかったのか?」

「特に。空手と合気道は嗜んでいたけれど」

 

 武道嗜んでいるのかよ。もしかしてそこら辺の男子より強いんじゃないか。

 

「界外くんも武道を嗜んでいたわよね」

「お前と同じく合気道を少々な」

「なぜ合気道を?」

 

 雪ノ下姉妹が合気道を嗜んでいたからです、なんて言ったら軽蔑されそう。

 

「……自分の身を守る力が欲しくて」

「身を守る力、ね」

「堀北はどうして空手と合気道を?」

「兄さんが習っていたから」

 

 こいつ昔からブラコンだったのか。こんな美少女が好いてくれてるというのにあの眼鏡は何をしてるんだよ。ていうか武道嗜んでおいて妹に暴力を振るってんじゃないよ。

 

「部活の話に戻るけれどバスケはもうしないの?」

「多分。体育の授業でやれるだけで十分だな」

「そう」

「堀北は勿体ないとか言わないんだな」

 

 先日、櫛田に言われた一言だ。櫛田だけじゃない。俺がバレーに転向すると言った時は色んな人に言われた。勿体ない、才能をドブに捨てるつもりか、など。

 

「言わないわ。だってあなたが決めたことでしょう。私がとやかくいう権利はないと思うけれど」

「……」

 

 俺が決めたことか。まさか母親と同じことを言われるとは思わなかったな。堀北から発された言葉に思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「なに笑ってるの?」

「いや、なんでもない」

「気味が悪いからやめて」

「え、俺の笑顔ってそんな気持ち悪いのか……」

 

 帰ったら鏡を見ながら笑顔の練習をしよう。俺は固く心に誓った。

 15分ほど経ち、2人とも弁当を食べ終える。本来なら5分ほどで食べ終えることができるが、先に食べ終えると堀北を急かしてしまいそうなので、彼女のペースに合わせて食べるように心がけている。

 堀北は弁当箱を鞄にしまうと本を取り出す。食後の読書は堀北の日課だ。

 彼女が読書をしているため、自然と無言の時間が続くが、綾小路と同様に居心地は悪くない。お互い喋りたいときに喋る。俺と堀北の昼休みはいつもこんな感じだ。

 5時間目開始の10分前になり、俺と堀北は教室に帰るべく席を立つ。理科準備室から出ようとすると勝手にドアが開いた。理由は簡単。外から開かれたからだ。

 開かれたドアの向こうには俺がこの学校で会いたくない人物第1位の生徒会長が立っていた。

 嘘だろ……。昨日の今日でエンカウントしちゃったよ……。

 

「に、兄さん……」

 

 堀北が呟く。その表情は審議の時と同じで完全に強張っている。

 

「お前たち、こんなところで昼食をとっているのか」

 

 俺と堀北を見据え、生徒会長が言う。

 

「え、ええ。俺と堀北の新たなベストプレイスなんですよ」

 

 吃りながら何とか答える。今回ばかりは俺も堀北と同じく動揺している。

 くそ! こんな早く接触することになるとは!

 俺は心の中で愚痴りながら堀北の手を掴み廊下に出ようとする。

 

「鈴音」

 

 名前を呼ばれ、びくっとする堀北。完全に萎縮している。

 頼むから余計なことは言わないでくれ。俺は祈りながら立ち止まる。

 

「なんだ昨日の無様な姿は。審議の場で一言も発せないとは。お前は本当に無能だな」

 

 実の兄貴に罵られる堀北。握った左手から堀北が震えているのが伝わる。

 ……やるしかないのか。堀北の頭をはたくしかないのか……。

 いやいや、無理無理! 女子の頭をはたくなんてやっぱ無理!

 堀北には悪いけどここは退散するしかない。そう思い堀北の方を見ると……

 

「界外くん……」

 

 縋るような目つきで俺を見つめてくる。俺の名前を呼ぶ声も弱弱しい。

 数秒見つめ合う。

 わかったよ。はたけばいいんだろ! はたけば!

 俺は覚悟を決め、ゆっくりと平手を振り上げる。そして……堀北の頭をめがけて振り落とした。

 

「あうっ」

 

 バシっと音が鳴り、堀北がよろける。

 やばい。手加減したつもりが強くはたきすぎたか……。

 

「……」

 

 堀北の様子を伺うと、頭をはたかれたことにより乱れた髪を整えていた。表情は俯いたままなので伺えない。

 効果はなかったのだろうか。俺が不安に思っていると、堀北がゆっくりを顔を上げた。

 

「界外くん、ありがとう」

 

 堀北はそう言うと、生徒会長を見据える。

 

「もうあんな無様な姿は見せません。彼と一緒にAクラスに上がって、兄さんに私を認めさせます」

 

 高らかに宣言する堀北。その表情はいつもの自信に満ち溢れたものだった。頭をはたいた甲斐があった。こうかはばつぐんだ!

 生徒会長の様子を伺うと見たこともない表情をしていた。そりゃそうだ。いきなり目の前で実の妹が頭をはたかれ、はたいた相手にお礼を言っているのだから。完全にアブノーマルカップルである。

 

「失礼します」

 

 堀北は軽く頭を下げ、握ったままの俺の手を引っ張り、理科準備室から出ていく。

 人気のない場所まで突き進むと、堀北が大きく息を吐いた。

 

「うまくいったわね」

「だな」

 

 堀北の頭をはたいた右手を見つめる。徐々に罪悪感に苛まれてきた。

 

「頭、痛くなかったか?」

 

 堀北に問う。

 

「それなりに痛いわ。でもこれくらいがちょうどいいのかもね」

「そうか。力加減がわからなくて不安だったんだ」

「でしょうね。それよりまた機会があったらよろしく頼むわね」

「え」

 

 今回の一発で克服したんじゃないのか……。また機会があったらって……。

 

「私の兄さんに対するメンタルの弱さを舐めないで。今回の一発で克服できるほど簡単なものじゃないの」

 

 そんな自信満々に自分の豆腐メンタルを言われても……。でもまた堀北の頭をはたけるのか。……いやいや、俺は何を考えてるんだ! 俺は女の子をはたいて喜ぶ性癖なんて持ってない!

 

「なるべく生徒会長と接触しないでくれよ……」

「善処するわ」

 

 俺はため息をつきながら教室に戻った。教室に入った途端、クラスメイトたちの視線が一斉に俺と堀北に向けられる。

 なんだ? なんで俺たちを見る? ……もしかして俺が堀北の頭をはたいてるところを見られたのか!?

 やばいやばい! もしそうなら俺の悪評が広まってしまう! もし一之瀬にまで悪評が届いてしまったら俺は生きていけなくなってしまう!

 

「なぁ、なんで手繋いでるんだ?」

 

 池が恐る恐る質問をしてきた。直後、潮が引いたように教室内に静寂が訪れる。

 しまった……。頭をはたいたことで頭が一杯で手を握ってたの忘れてた……。

 恐らく堀北も生徒会長との件で頭が一杯だったのだろう。二人とも気づかずに教室まで来てしまったんだ。

 その後、例の如く、池や松下たちから質問攻めにあった。須藤は「ちくしょう。負けねぇ!」と言ってた。あいつ、堀北が好きだったのか。

 とりあえず俺が堀北をはたいたところは見られていないようだ。生徒会長も言いふらさないだろうし大丈夫だろう。

 だが一週間後、俺の耳に嫌な噂が入ることになる。内容は彼女に暴力を振るう男子生徒が1年にいる、というものだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 放課後の玄関先。俺と一之瀬は打ち上げ場所に向かうべく靴に履き替えていた。

 

「にゃはは。処分がトイレ掃除だなんて現実にもあるんだねー」

「それな。漫画やアニメの話だけかと思ってた」

「だよね。今日はカラオケでいいんだよね?」

「ああ。一之瀬と一緒に歌いたい曲があるんだ」

「なになにー?」

 

 楽しく会話をしながら校舎を出ようとした瞬間、勢いよく綾小路が駆け出してきた。

 

「綾小路くん?」

「どうしたんだ?」

 

 声をかけられ綾小路が俺たちの方を見る。

 

「界外と一之瀬か。悪いけど急いでいる」

 

 綾小路はそう言うと、素早く靴に履き替え、猛然と駆け出していった。

 あんなに焦ってる綾小路を見るのは初めてだ。

 

「ねえ、ただ事じゃなさそうだけど」

「……だな。すまん。後を追っかける」

 

 俺はそう言い、ブレザーと鞄を一之瀬に預ける。俺の脚なら今からでも追いつけるだろう。

 

「いってくる」

「うん。いってらっしゃい」

 

 追いかけること数分。どうやら目的地に辿り着いたようで、綾小路が佇んでいるのが見えた。結局、追いつけなかったよ……。

 俺は乱れた呼吸を整え、綾小路の隣に並ぶ。綾小路は俺を見るや否や、静かにするよう合図を送ってきた。

 

「いったいどうしたんだ?」

 

 小声で綾小路に問う。

 

「佐倉がストーカーと対峙している」

「え」

 

 綾小路の視線の先を追うと、男と対峙している佐倉の姿が見えた。

 

「もう、私に連絡してくるのはやめてください……!」

「どうしてそんなこと言うんだい? 僕はこんなにも君のこと愛しているのに!」

 

 生まれて初めて生のストーカーを見た。

 

「僕がこんなに愛してるんだから、君も僕を愛するべきなんだ!」

 

 池袋の某情報屋と同じような台詞を言ってるよ。同じ台詞なのにストーカー野郎が言うとキモイしか感想が出てこない。

 

「助けなくていいのか?」

 

 綾小路に問う。

 

「決定的な場面を押さえたら、突入する。それまで待ってくれ」

「……わかった」

 

 ここは素直に綾小路の指示に従おう。しかしこんな状況でも冷静に判断できるんだな綾小路は。俺が上条さんの真似をしてた時は後先考えず特攻しまくってたぞ……。

 

「こ、来ないで……」

 

 男は距離を詰め、今にも佐倉に襲いかかりそうな勢いで歩み出す。

 そして佐倉の腕を掴むと倉庫のシャッターに叩きつけるように押し付けた。

 

「今から僕の本当の愛を教えてあげるよ……」

「いや、離してください!」

「ぐげっ」

 

 佐倉が頭を振りかざし、男の顎にヒットした。

 おお、佐倉やるじゃないか。それより……

 

「おい、まだなのか?」

「……まだだ」

 

 まだなのか。ストーカーが佐倉の反撃で豹変しなければいいんだが……。

 

「い、痛いじゃないか……。なんで僕を拒否するんだ……。僕と君は運命の赤い糸で結ばれているんだよ!?」

「わ、私……あなたなんて知りません! 来ないで!」

「なっ」

 

 男が動揺したのが後ろ姿からでも明らかにわかる。

 これは本当にやばいんじゃないか……。

 

「……そうか。愛里は照れてるんだね。まったく素直じゃないな」

「な、なにを言ってるんですか……?」

「僕は寛容だからね。許してあげるよ。でも嘘をつく子にはお仕置きをしなきゃね……」

 

 男はそう言うと、ポケットからナイフを取り出した。

 

「あっ……」

 

 佐倉がそれを見て硬直する。

 

「愛里がいけないんだよ? 嘘なんてつくから……」

「い、いや……」

 

 男がナイフをかざし、再度佐倉に歩み寄る。

 もう限界だな。

 

「綾小路。もう行くぞ」

 

 俺はそう言い、綾小路の返事を待たずに佐倉のもとへ駆け寄る。

 幸い男は佐倉しか見えていなかったようで、簡単に佐倉と男の間に割り込めた。

 

「な、なんだお前はっ!?」

 

 男は突然現れた俺に驚いたようで、後ずさって距離をとる。

 

「か、界外くん……?」

 

 佐倉が呆けた声で俺の名前を呼ぶ。 

 

「綾小路もいるぞ」

「綾小路くんも……?」

 

 俺は男の後方にいる綾小路を指さす。隣には一之瀬が立っている。……いつのまに来たんだ?

 とりあえず佐倉をこの男から離さないといけない。

 

「僕の邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 男がナイフを振りかざし襲ってきた。

 俺は瞬時にナイフを持つ男の右腕に打撃を与える。男があっけなくナイフを落としたので、それを綾小路の方に蹴り飛ばす。

 

「うっ」

 

 男の体勢が崩れる。俺はその隙を逃さず、男の急所を思いっきり蹴り上げた。男は「ぱおん」と奇妙な奇声をあげて地面に突っ伏した。

 

「佐倉。今のうちに綾小路のもとへ」

「え、あ……」

「早く!」

「は、はいっ!」

 

 佐倉は俺に急かされ、綾小路に駆け寄る。男は気絶しているようだ。念のため制服からベルトを外し男の両手の自由を奪っておく。

 

「ふぅ……。通報はよろしく」

 

 汗を拭いながら綾小路に声をかける。綾小路は「わかった」と返事をすると携帯を操作し始めた。

 久しぶりに凶器持った人と対峙したけど、何とかなるもんだな。

 

「界外くん!」

「ん?」

 

 声をかけられ振り返った瞬間、一之瀬が抱きついてきた。

 

「もう! なんでこんな危ないことするの!」

 

 一之瀬が声を荒げる。

 

「相手の人、凶器持ってたんだよ!」

「いや、でも……」

「でもじゃない! 心配したんだから……っ!!」

 

 目を潤ませて俺を見上げる。背中に腕を回されて身動きができない。心臓が大きく跳ねる。

 一之瀬は俺に抱きついたまま、か細い声で囁いた。

 

「こんな無茶しちゃ駄目だよ……」

「ごめんなさい……」

「ん」

 

 これは背中を撫でて慰めたほうがいいのだろうか。今まで女の子に抱きしめられたことがないので、どうすればいいのかわからない。

 とりあえずそっと一之瀬の頭に手を乗せ、撫でてみる。

 

「んっ」

 

 一之瀬はビクっと大きく肩を震わせた。

 

「わ、悪い……」

「ううん」

 

 彼女が俺の胸元に口を押しつけたままくぐもった。

 

「もっと撫でて」

 

 思わず「えっ」と言いそうになってしまった。先ほどは勢いで撫でてしまったけど、恥ずかしい。近くに綾小路と佐倉もいるし。てか佐倉が顔を真っ赤にしてこっち見てるんですけど。

 

「えっと、そろそろ警察が来るんじゃ……」

「まだ来ないよ」

 

 反論する声には涙めいたものが混じっている。そんな声を聞かされたら従うしかない。

 どれくらい経ったのだろう。俺は一之瀬の絹のような美しい髪をそっと耳にかけたり、髪の毛の表面を撫でたりしている。

 

「界外、一之瀬。警官が来たぞ」

 

 綾小路から声をかけられる。

 いつまでもこうしていたかったが、一之瀬の髪を愛でる時間は終わりのようだ。

 身を裂かれる思いで徐々に体を離すと、一之瀬は泣いて赤くなった目で俺の顔を見上げていた。

 

「どうしたんだ?」

「なんかごめんね。取り乱しちゃって」

「いや、俺の方こそ心配かけてごめん」

 

 本当に心からそう思う。一之瀬を泣かせるつもりなんてなかった。

 

「ううん、そんなことな――――――」

 

 一之瀬の言葉が途切れる。彼女の顔が首の付け根まで朱を注いだように真っ赤になっている。今になって抱き付いたことに対して照れてるのだろうか。

 

「界外。ズボンがずり落ちてるぞ」

 

 綾小路が指摘する。

 

「え」

 

 視線を下に向ける。

 綾小路の指摘どおり、ズボンがずり落ちて俺の可愛らしい下着が露わになっていた。

 直後、警官の怒声が響く。

 泣いてる美少女の近くで下着を露出している俺ガイル。

 警官が駆け寄ってくる。

 そして俺は……

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 その日の晩。俺は自室のベッドで仰向けになり、今日の出来事を振り返っていた。

 今日はこの学校に入学してから一番濃い一日だっと思う。

 堀北の頭をはたいたり、佐倉のストーカーを撃退したり、一之瀬に抱き付かれたり、下着を露出して犯人と間違えられそうになったり。

 結局、一之瀬と綾小路が警官に事情を説明してくれて、俺が拘束されることはなかった。しかし、その後が長かった。4人とも学校の敷地内にある交番で事情聴取を受けた。警官から解放されると茶柱先生にお説教を受けた。なぜか説教中に星之宮先生に絡まれた。

 現地で解散後、俺と一之瀬はいつものファミレスで夕食を済ませた。その際にCクラスのリーダーである龍園という男子生徒に注意するよう忠告を受けた。恐らく俺と堀北に接触してきた生徒と同一人物だろう。龍園については博士にお願いして調べてもらう予定だ。

 

「まあ、考えるのは明日にしよう。今日は早く寝ないとな……」

 

 明日から期末テストに向けた勉強会に参加しなければならない。龍園の情報を仕入れたら対策も考える必要があるだろう。そして夜には一之瀬と二人きりの勉強会がある。そのため早く寝て明日に備えたい。備えたいのに……

 

「悶々として眠れない……」

 

 一之瀬に抱きしめられた際、彼女が泣いていたので、その時は必死に考えないようにしていた。

 彼女の凶悪なまでの胸の触感を。

 完全に胸を押しつけられていた。強めに抱きしめられたせいで、俺の胸元に今までの比じゃない彼女の胸の触感が伝わってきた。あれは絶対変形していたと思う。

 そして悶々とする理由がもう一つ。

 堀北だ。

 俺が生まれて初めて手をあげた女の子。

 頭をはたいた時、普段クールな堀北からは想像できない可愛らしい声が発せられていた。

 堀北の頭をはたくのは精神的に疲れるが、あの可愛らしい声を聞ければ、少しは回復するかもしれない。

 もちろん頭をはたかないですむのが一番なんだが。早く堀北が生徒会長に対する苦手意識を克服してくれればいいんだけどね。まあ、気長に見守るしかない。

 結局、一之瀬の胸の触感と堀北の可愛らしい声のせいで、眠りにつけたのは深夜3時を過ぎた頃だった。




次回は一之瀬との勉強会です!


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17話 一之瀬との勉強会


今期は水泳とバドミントンと部活ものが熱いですね


 翌日の放課後。

 勉強会開始の17時まで時間があるためDクラスの教室には、友達とお喋りをしている生徒、既にテスト勉強を開始している生徒、座禅をしている須藤の姿が見受けられた。

 

「ねえ、なんで須藤くんは座禅してるの?」

 

 隣の席の松下が聞いてくる。

 

「さあ。精神集中してるんじゃないか」

 

 俺がアドバイスしたからとは言えない。つーか放課後まで座禅しろとは言ってないんだけど。

 俺と松下が話していると、佐藤が近づいてきた。

 

「界外くん、今日はよろしくね!」

「おう。ちなみに昨日は何の教科勉強したんだ?」

「昨日はしていないよ」

「え」

「ちなみに私も」

「松下もかよ」

 

 佐藤も松下も期末テストが近いのに何をしてるんだよ。

 俺が白い目を向けると佐藤が言い訳をし始めた。

 

「昨日は界外くんいなかったからさ……」

「俺がいなくても平田と櫛田がいるだろ」

「だってその二人は人気だからあまり質問できないし」

 

 それは遠まわしに俺は人気がないと言いたいんだろうか。俺はイケメンランキング6位なんだぞ!

 

「界外くんに質問するのは私たちか博士しかいないもんね」

 

 松下が非情にも俺に現実を突きつけてきた。

 

「そうそう。それに楽しく勉強できるしさ。ね、松下さん?」

「うん。リラックスして勉強できる感じかな」

「あ、そうですか……」

 

 最後は持ち上げてくれたからよしとするか。

 理由はどうであれ俺を頼ってくれてるのは事実だから彼女らの期待に応えねば。

 

「そういえば篠原はどうしたんだ?」

 

 松下、佐藤、篠原は仲良し三人組だ。こういう時に一人だけいないのは珍しい。

 

「なんか廊下で池くんと口喧嘩してたけど」

 

 佐藤が答える。

 

「あの2人よくやるよね。喧嘩するほど仲が良いっていうかさ」

 

 松下が呆れたように言う。

 確かに池と篠原はよく口喧嘩をしている。最初は櫛田や平田が止めに入っていたが、今や「またやってるよ」くらいしか俺たちは思っていない。

 

「仲が良いって言えばさ」

 

 佐藤がにやにや笑いながら俺を見てくる。その顔ムカつくからやめろ。

 

「今日は堀北さんと手繋がないの?」

 

 うん。絶対いじってくると思ったよ。

 

「あれは事情があったんだ。もう忘れてくれ」

「事情ってどんな事情?」

 

 佐藤がしつこく聞いてくる。うぜぇ……。

 

「それは言えない。その話はもういいから勉強しようぜ」

「えー、まだ早くない?」

 

 早くねぇよ。お喋りしてる時間あったら勉強しろよ。

 

「ま、時間勿体ないしそろそろやろっか」

 

 意外にも松下に援護される。

 

「松下さん、真面目じゃん。どしたの?」

「後ろ」

「後ろ?」

 

 俺は佐藤と一緒に後方を確認する。

 そこには遠くからジト目で俺たちを睨んでいる堀北の姿があった。

 どうやら勉強しないでお喋りしているのにご不満な様子だ。

 

「これ以上楽しくお喋りしてると私と佐藤さんが危ないからね」

「確かに確かに」

 

 なんで松下と佐藤だけなんだ。俺も怒られると思うんだけど。

 

「それじゃよろしくね」

「よろしくねー」

「あいよ」

 

 こうして堀北の粘りつくような視線を感じながら勉強会が開始された。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 勉強会が始まって1時間。

 俺は松下、佐藤、篠原、博士の講師役をしつつ、自身の復習をこなしていた。

 堀北を見てみると、中間テストの時と同様に3馬鹿に勉強を教えていた。3人とも真面目に勉強をしているようだ。

 綾小路は時折、櫛田と話をしながら一人で黙々と勉強をしている。……綾小路と櫛田って仲良いよな。2人で行動しているのもたまに見かける。そういえば俺の部屋に来た時も2人だった。付き合ってるわけではないだろうけどなんか怪しいな。俺のシックスセンスがそう囁いている。

 

「ちょっとお手洗いに行ってくる」

 

 四人に声をかけ、教室から出る。

 廊下を突き進むと背後から「ちょっと」と声をかけられる。立ち止まり振り向くと堀北の姿があった。

 

「おう。お疲れ」

「お疲れ様」

「3馬鹿の様子はどうだ?」

「一応真面目に勉強してると思うわ」

「そっか」

「そっちは楽しくお喋りしていたようだけど」

 

 堀北はそう言うと、先ほどと同じようにジト目で睨んできた。

 やはり怒っていらっしゃるようだ。

 

「うるさかったのは謝る。けど開始前だったし大目に見てくれ」

「別にうるさいとは言ってないわ」

「ならなんで怒ってるんだよ」

「怒っていないけれど。ただ私は事実を言っただけ」

 

 いや、その目は絶対怒ってるよね?

 腕も組んでるせいか威圧感が凄いんですけど……。

 

「……お喋りはしてたけど別に楽しくはないぞ」

「本当かしら」

「本当だよ。昨日の件でからかわれてただけだし」

「昨日の件とは?」

「……俺と堀北が手を繋いで教室に戻ったことだよ……」

「あっ」

 

 なんで昨日の俺はあんな失態をしてしまったんだ……。

 あんなことしたら松下たちにからかわれるのは目に見えてたじゃないか。

 

「堀北が相手しないから、俺に全部しわ寄せが来るんだぞ」

「し、知らないわよ。あなたが勝手に私の手を握ったんでしょ……」

「確かに最初に握ったのは俺だけど、引っ張っていたのは堀北だろ」

「……覚えてないわね」

 

 このアマ……。今度は強めに頭をはたいてやろうか?

 ……いや、駄目だ。俺は何考えてるんだ……。もう少しでそっち側にいくところだった。危ない危ない。

 

「まあ、いいや。また後でな」

「ええ」

 

 その後、トイレの個室に入った俺はあまりの居心地の良さにより10分ほど寝てしまった。

 トイレの個室が学校で一番居心地がいいと思ってしまうなんて末期だな俺……。

 眠気覚ましに顔を洗い、トイレから出るとなんと一之瀬がいた。

 

「やほー」

「よう。どうしたんだ?」

「界外くんがお手洗いに入るのが見えてね、待ってたの」

 

 どうやら俺に用があるようだ。

 

「この後のことなんだけどさ」

「勉強会か?」

「うん。夕食済ましてから二人の勉強会しようと思って。帰ってから夕食作ったりするの面倒でしょ?」

「そうだな。それじゃクラスの勉強会が終わったら、待ち合わせしてどっかで飯食べるとするか」

「うん。そしたら界外くんの部屋に行こうね」

 

 まあ、この時間じゃどちらかの部屋でやるに決まってるか。ファミレスじゃ騒がしくて集中できないもんね。

 

「わかった。それじゃまた後で」

「うん。またね!」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 その日の夜8時頃。俺と一之瀬はいつものファミレスで夕食を済ませ、帰り道を歩いている。

 

「こんな時間なのにまだ暑いね」

 

 手で顔を仰ぎながら一之瀬が言う。

 

「だな。部屋に着いたらすぐにエアコンつけないと」

「こういう時スマホで遠隔できるの欲しいよね」

「それな」

 

 大量にポイントが入ったらそういう機能ついたエアコン買おうかな。

 そうこう話しているうちに、あっという間に寮に辿り着く。一之瀬と一緒にいると時間が経つのが早く感じる。

 呼び出しボタンを押してエレベーターに乗り込もうとすると、綾小路と鉢合わせした。

 

「よう」

「やほー、綾小路くん」

「二人とも、今帰りか。遅いな」

「飯食べてきたんだ。綾小路は今からお出かけか?」

「ああ。ちょっとコンビニにな」

 

 通りでラフな格好なわけだ。それより用があるなら引き止めちゃ悪いな。

 

「そうか。それじゃまた明日な」

「またね、綾小路くん!」

「ああ」

 

 綾小路を見送り、エレベーターに乗り込む。

 そういえば今から一之瀬を部屋に上げるんだよな。少し緊張してきた……。

 部屋は綺麗にしてるし、夜の体育の教材はすべてPCの中。特に見られて困るものはない。

 頭の中で考えてると四階に着いた。エレベーターを降りて、部屋に向かう。

 

「なんだか緊張しちゃうな」

 

 玄関の前で一之瀬が言う。

 

「ん?」

「私、男の子の部屋上がるの初めてだから」

 

 一之瀬がえへへと照れながら笑う。

 つまり俺が一之瀬の初めての男ってわけか。なんか自分に自信がついたぞ。

 

「そ、そっか。まあ、大して面白くもない部屋だが……」

 

 俺は自虐をしつつ、扉を開ける。

 

「お邪魔しまーす」

 

 とうとう一之瀬を部屋に招き入れてしまった。

 

「結構片付いてるんだねー」

「散らかる物がないだけだぞ」

 

 俺はそう言いながら、ハンガーを一之瀬に手渡す。部屋の中までブレザーを着ていても暑いだけだ。

 

「ありがとう」

 

 一之瀬がゆっくりブレザーを脱ぐ。

 なんでだろう。ただ上着を脱いでるだけなのに、エロく感じてしまった。

 

「どうしたの?」

 

 やべ、見惚れてたのがばれてしまった。何か言い訳しないと……。

 

「い、いや。暑いのにブレザー大変だなと思って……」

「にゃはは。それは界外くんも一緒でしょ」

「た、確かに……」

 

 ふぅ。何とか誤魔化せた。

 

「それじゃ早速やろっか」

 

 一之瀬、主語を言って主語を! じゃないと変なこと考えちゃうから!

 落ち着きを取り戻した俺はテスト勉強を始めた。テスト勉強と言っても、二人とも毎日勉強をしているので行っているのは復習程度だ。

 

「今日はこれくらいにしとくか」

 

 一時間位経っただろうか。切りがいいところまで進んだので一之瀬に言う。

 

「だね。初日だしね」

 

 一之瀬が教科書を閉じながら言った。

 

「そういえば期末テストも特別ボーナス出るの?」

「ああ。今日おねだりしておいた」

「また5万ポイント?」

「そうだ。今回もゲットしないと」

 

 前回は須藤のせいで4万ポイントを即使うことになってしまったからな。

 

「夏休み近いからポイントはあるに越したことはないもんね」

「ああ。それに9月には一之瀬と映画にも行くからな」

「だね! あとね……」

「ん?」

「夏休みも何処か一緒に遊びに行きたいなーって」

 

 一之瀬がチラチラと見てくる。

 まさか一之瀬から誘ってもらえるとは。

 これは一之瀬も俺と遊びたいという気持ちがあるってことだよな。

 

「もちろんだ。予定は空けておくからいつでも誘ってくれ」

「うん! 約束だよ?」

「ああ」

「そうだ! 指切りしよ!」

「あいよ」

 

 一之瀬と指切りを交わす。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら耳に生きたムカデを入れる♪」

「え」

「指切った♪」

 

 この子なんて言った? 生きたムカデを耳に入れる? どこのヤモリさんだよ……。

 

「い、一之瀬? 今不穏なこと言わなかったか?」

「にゃはは。冗談だよ冗談」

「なんだ、冗談か……」

「当たり前だよー。そんなことするわけないじゃん」

 

 ですよねー。びっくりした。お互い東京喰種ファンだから一之瀬なりの冗談だったのだろう。

 

「はぁ、なんだか眠たくなってきちゃった」

 

 テーブルに伏せながら一之瀬が言う。恐らく集中が切れて一気に眠気が襲ってきたのだろう。かくいう俺も眠い。

 

「俺もだ」

「一緒だねー。……よし、そろそろ帰ろうかな」

 

 一之瀬がゆっくりと立ち上がる。表情を見ると大分眠たそうだ。眠たそうな顔の一之瀬も可愛い。

 ハンガーにかけてあったブレザーを取り、玄関へ向かう。

 

「それじゃまた明日ね」

「ああ。またな」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」

 

 一之瀬を見送り、俺はすぐにシャワーを浴びた。頭を乾かし終わったころには10時を過ぎていた。いつもより一時間早いが今日はもう寝るとしよう。ベッドに横になると昨日とはうって違い、のび太並にすぐに眠りの世界に旅立つことができた。

 

 

 翌朝。いつも通り6時に起床し、携帯を見ると一之瀬からチャットが入っていた。

 

『間違って界外くんのブレザー持って帰っちゃった! ごめんね!』

 

 一之瀬のチャットを見てから、壁に掛けてあるブレザーを見る。確かにそこには俺のサイズより明らかに小さいブレザーが掛けられていた。昨日は大分眠たそうしていたので、一之瀬が間違えるのも仕方ない。現に俺も彼女のチャットを見るまで気づかなかった。

 

『俺も気づかなかったからお互い様だ』

 

 一之瀬に返信すると、すぐに彼女からチャットが入る。

 

『そう言ってくれると助かるよー。いつもの待ち合わせ場所で交換しよ』

『了解。それじゃまた後で』

『うん。またね!』

 

 一之瀬とのチャットを終え、朝食と弁当作りに入る。昨晩は自炊しなかったので当然残り物がない。今日の弁当は冷凍食品中心で作るしかなさそうだ。味気ないが仕方ない。

 

 2時間後。いつもの待ち合わせ場所に向かうと、既に一之瀬がいた。

 

「あ、おはよう。界外くん」

「おはよう。待たせたか?」

「ううん。それよりこれ」

 

 一之瀬がブレザーを渡してくる。

 

「おう」

 

 彼女からそれを受け取り、俺も一之瀬にブレザーを渡す。

 

「ごめんね。寝ぼけて間違えちゃったみたいで……」

「気にしなくていいぞ」

 

 それより俺のブレザーが少ししわくちゃになっているような……。

 

「やっぱ気になるよね。昨日ハンガーに掛けないで、そのまま寝ちゃって……」

 

 一之瀬がブレザーを確認する俺に察したようで言う。

 

「ごめんね」

 

 非常に申し訳なさそうな顔で謝る一之瀬。しょんぼりしてる彼女も可愛い。

 

「夏休みに入ればクリーニングに出す予定だったから大丈夫だ」

「そっか。そう言ってくれると助かるかも」

「それよりそろそろ行こうぜ。遅刻する」

「そだね。いこっか」

 

 やっといつもの一之瀬に戻った。しょんぼりしてる姿も可愛いけど、やっぱり一之瀬は笑顔じゃないとね。

 彼女の笑顔を見るだけで、今日も一日頑張ろうと思える。

 俺は彼女の笑顔の虜であると再認識させられた朝だった。





テンポ重視で一之瀬との勉強会の描写少ないかもです。今度SS②で投下するんでよろしくです!


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18話 ハッピー・バースデイ


9巻イラストの一之瀬が儚過ぎてやばい
8巻の橘先輩に続いて9巻は一之瀬が酷い目に合いそう……


 とうとう期末テスト当日を迎えた。

 思えばこの二週間はとても充実していたと思う。平日は放課後にクラスでの勉強会でみんなの講師役に従事する。勉強会後は一之瀬と夕食を済ませ、俺の部屋で二人きりの勉強会を毎日行った。

 一之瀬との勉強会では胸の触感、背中からの透けブラ、テーブルの上に乗せられたおっぱい、天使過ぎる寝顔とたっぷり一之瀬を堪能できた。さすがに俺のベッドで仮眠すると言って、朝まで起きなかった時は焦ったけど……。あの時はやばかった。寝ている彼女に興奮しないように上条さんを参考にして湯槽で一夜を過ごした。翌日は筋肉痛が酷かった。上条さんはよく毎日続けてられるな……。

 ちなみに一之瀬は自室に帰る際に早朝ランニング帰りのクラスメイトと遭遇してしまい色々と大変だったようだ。まあ、早朝に制服姿で男子が住んでる階からエレベーターに乗ったら誤解されるよね。……いつか本当に一之瀬が朝帰りするような関係になりたいものだ。

 

「今日はお互い頑張ろうね」

 

 隣で歩く一之瀬が言う。

 

「ああ。今回も負けないぞ」

「ボーナスがかかってるもんね。でも私だって負けないよ」

 

 好戦的な目を向ける一之瀬。なるべく彼女と争うことはしたくないが、ボーナスがかかっているので仕方がない。

 

「勝負だな」

「勝負だね」

 

 前回の中間テストは俺が1位で一之瀬が2位だった。ちなみに入試も俺が1位で一之瀬が2位。彼女も万年2位という汚名を返上したいのだろう。

 

「あっ、勝負するのはいいけど、打ち上げはいつも通りしようね」

「ああ」

 

 当然じゃないか。一之瀬と打ち上げをしないと、イベント事が終わった気がしないからな。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 廊下で一之瀬と別れ教室に入ると勉強をしている生徒が多く見受けられた。

 

「やあ、おはよう」

 

 自席に向かう途中で平田に挨拶をされた。

 

「おはよう。みんな集中してるな」

「うん。いい雰囲気だよね」

 

 平田の言う通りだ。まさかうちのクラスがこんな雰囲気を出せるなんて。入学当初のDクラスが嘘のようだ。

 改めて教室を見渡すと、池と山内も真面目に勉強しているのが見受けられる。須藤は座禅をしている。どうやら精神統一をしているようだ。ちなみに一部のクラスメイトからは、座禅の須藤と呼ばれてるようだ。

 

「界外くんは今回も1位取れそう?」

「ああ。人事も尽くしたしな」

「凄い自信だね。僕にも少し分けて欲しいよ」

 

 あはは、と笑いながら平田が言う。

 

「平田だって上位を狙っているんだろ」

「もちろん。少しでもいい点数を取れば、クラスポイントにも影響が出るかもしれないからね」

 

 本当にクラスのことを考えているんだな。ボーナスのことばかり考えてる俺とは大違いだ。

 

「それじゃお互い頑張ろう」

 

 平田はそう言うと、自席に戻っていった。

 

「おはよ」

 

 隣人の松下が声をかけてきた。

 

「おっす。調子はどうだ?」

「今までで一番調子いいかも」

「それはなにより」

「界外くんは1位取れそう?」

 

 松下が平田と同じ質問をしてくる。

 

「恐らく」

「そっか。……それじゃ例の約束よろしくね」

「了解」

 

 そう。俺は松下とある約束をしたのだ。俺が期末テストで1位を取りボーナスポイントをゲットしたら彼女に焼肉、2位以下ならパフェを奢ると言う約束だ。ちなみに佐藤と篠原には内緒である。

 

「土曜は世話になったな」

「ううん。それに私に声をかけて正解だったと思うよ。界外くん一人だったら絶対変なもの買ってたでしょ?」

「……多分」

 

 先週の土曜日。俺はある人物に贈るプレゼントを買うため、松下に買い物に付き合ってもらった。その報酬として期末で1位を取ったら焼肉を奢る約束をしたのだ。

 

「彼女、喜んでくれるといいね」

「……ああ」

 

 本当に松下にはお世話になった。彼女の為にもボーナスポイントをゲットして、焼肉を奢れるようにしなくては。

 暫くして茶柱先生が教室に入ってきた。室内にピリピリした空気が漂う。

 俺は松下との会話を切り上げ、テストに向けて集中力を最大限まで引き上げた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 2日後の放課後。俺と一之瀬は打ち上げをするためカラオケ店に足を運んでいた。

 

「かんぱーい!」

 

 いつも通りドリンクバーで乾杯をする。

 

「今回も負けちゃったよー」

「惜しかったな」

 

 この日は期末テストの結果が返ってきた。俺は全教科満点で学年1位をとり、無事にボーナスポイントをゲットした。一之瀬は今回は調子が悪かったようで4位だった。それでも十分凄いんだけどね。

 

「英語のケアレスミスが痛かったかな」

「一之瀬がケアレスミスって珍しいな」

「にゃはは。私も人間だからミスくらいするよ」

 

 一之瀬が笑いながら言う。特に悔しそうな様子もない。

 ちなみに博士も英語のテストはケアレスミスが痛かったと言っていた。50点のくせに何がケアレスミスなんだろうか。

 

「もうボーナスポイントは振り込まれたの?」

「ああ。これで大分懐が潤った」

 

 現在のポイント残高は10万ポイント強ある。これくらいあれば一之瀬と出掛けたり、博士と映画を観に行くのに余裕で足りるだろう。秋には大量のポイントも手に入る予定だしね。

 

「なら遠慮なく遊びに誘っても問題ないってことだよね」

 

 一之瀬が問う。

 

「もちろん」

「じゃあさ、今日のうちにどこに遊びに行くか決めちゃおっか」

「そうだな。予定は早めに立てておいたほうがいいからな」

「だよね」

 

 それから俺と一之瀬はお互いに行きたい場所を言い合った。とりあえず確定したのは、プールと猫カフェの2か所だ。

 

「水泳部専用のプールか」

「うん。夏休み終了の一週間だけ全校生徒に開放されるんだって。市民プール並の設備なんだよ」

「なるほどな……」

 

 よし。これで一之瀬の水着姿が見られる。ただ他の男共にも見られることになるのか……。

 

「えっと、プールあんま行きたくない感じ……?」

 

 俺が難しそうな顔をしてると、難色を示したように見られたのか一之瀬が不安そうに聞いてきた。

 

「いや、違うぞ! 人が多そうだから、一之瀬と二人きりになれる場所の方がいいなと思っただけで!」

 

 危ない危ない。一之瀬に勘違いされるところだった。

 

「ふ、二人きりって……」

 

 一之瀬が俯いてる。どうしたんだろう。

 

「界外くんは私と二人きりになれる場所がいいの?」

「そうだな」

 

 だって人多いところは落ち着かないし。二人きりの方がゆっくりできるからね。

 

「そ、そうなんだ。気持ちは凄い嬉しいけどプールも行きたいよ……」

「あ、ああ。プールはもちろん行くぞ」

「うん。……えっと、二人きりになれる場所に関しては界外くんが決めてね。私、どこでもいいから……」

 

 一之瀬が顔を赤くしながら言う。

 二人きりになれる場所か。自室で勉強するか、カラオケと満喫くらいしか思い浮かばないな。

 

「わかった。考えておく」

「うん」

「それよりそろそろ歌うか」

「だね! 歌おう歌おう!」

 

 それから俺と一之瀬は2時間ほど熱唱した。最近J-POPを勉強した俺だったが選曲の8割はアニソンだった。

 

「界外くんが俳優さんの曲を歌うの珍しいね」

 

 一休みをしてる俺に一之瀬が聞いてくる。

 

「いや、ヒロアカの映画の主題歌だからね」

「え、そうなの?」

「ああ。3期のエンディングにも使われてるけど」

「全然知らなかったよ。今月テスト勉強しててアニメ溜めちゃってるからさー」

 

 と言うことは、夏アニメを全然見ていないってことか。

 

「今期のお勧め教えてね」

「ああ。リスト作っておくよ」

 

 ぐらんぶるとあそびあそばせはリストから除外しておかないと。一之瀬に悪影響を及ぼしてしまうからな。

 それよりそろそろ例の物を渡すとするか。

 

「一之瀬」

「ん?」

「一之瀬に受け取って欲しいものがあるんだけど」

「なになに?」

「これなんだけど」

 

 俺はそう言うと、鞄からラッピングされた小さな箱を取り出す。

 

「これ。誕生日おめでとう」

 

 恥ずかしかったのでぶっきらぼうに彼女に手渡す。

 

「え」

「7月20日。今日は一之瀬の誕生日だろう」

「な、なんで……? 教えてないのに……」

「いや、アドレスに日付入ってたから」

「あっ」

 

 自分のメールアドレス忘れてたのかよ。抜けてる一之瀬も可愛いな。

 

「あ、ありがとう。……開けてもいい?」

「もちろん」

 

 一之瀬が箱をテーブルの上に置き、丁寧にラッピングを剥がしていく。気に入ってもらえるだろうか。緊張してきた。

 

「あ、これ……」

 

 ラッピングを剥がしたプレゼントの中身は……

 

「置き時計?」

 

 そう。俺が松下と相談して一之瀬の誕生日プレゼントに選んだのは置き時計だ。もちろんただの置き時計ではない。音感知機能つきの木製LEDデジタル目覚まし時計だ。松下のアドバイスによると、女性らしさのあるナチュラル感な物が人気とのことだったのでこのデザインの置き時計に決めた。

 

「ああ。前に置時計が欲しいって言ってただろ」

「覚えててくれたんだ」

 

 少し前に一之瀬と雑貨屋に行った時に彼女がそう呟いてたのを覚えていた。

 

「……嬉しい」

 

 置時計を大事そうに抱える一之瀬。どうやら気に入ってもらえたようだ。

 

「本当に嬉しい……」

 

 直後、一之瀬の目から瑠璃のような光る涙がこぼれた。彼女の涙はそのまま結晶になるのではないかと思うほど綺麗だった。

 次々とこぼれていく彼女の涙に目を奪われる。一之瀬は自身の指で涙を拭った。

 俺は我に返り、未使用のハンカチを一之瀬に渡した。

 

「ありがとう」

「いや……」

 

 俺は常にハンカチを2枚持っている。1枚は自分の手を拭くもの、もう1枚は女性の涙を拭くものだ。なぜ2枚携帯しているかと言うと、マイ・インターンという映画で主人公のベンが言った「ハンカチは貸すためにある。女性が泣いたときのため、紳士のたしなみだ」という名言に感化されたためだ。佐倉のストーカーを撃退して一之瀬を泣かせた時は抱き付かれてパニクって渡せなかったけど、今回は渡せた。

 

「ごめんね。大げさだよね」

「そんなことない。泣くほど喜んでもらえるなんて光栄だ」

 

 本当なら泣いてる一之瀬を抱きしめたい。でもへたれな俺には無理なのです。ハンカチを手渡すだけで精一杯なのです。

 5分ほど経って一之瀬が泣き止んだ。

 

「ごめん。もう大丈夫」

「そっか。もうそろそろ時間だけど延長するか?」

「ううん。お腹も減っちゃったし、いつものファミレスに行こ」

「わかった」

 

 一之瀬を連れてカウンターに向かう。いつも対応してくれる店員さんだったが、明らかに泣いて目が腫れてる一之瀬を見てギョッとする。そして訝しげな目を俺に向ける。俺が泣かせたわけじゃないんだけど。……いや、泣かせたのは俺か。

 ファミレスでは一之瀬のクラスメイトと遭遇した。その際に白波さんという女子に睨まれてしまった。どうやらカラオケの店員さんと同様に俺が一之瀬を泣かしたと勘違いしたようだ。正確には勘違いではないので誤解を解くのは大変だった。結局、目を腫らしたままの一之瀬が説明してくれて事なきを得た。





また明日!


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19話 高度育成高校第二席の実力


今回はお料理回


 翌日。終業式が終了し、無事に一学期を終えた。

 一学期最後のホームルームで茶柱先生から夏休みに行われる2週間の豪華旅行の説明があった。旅行内容は豪華客船によるクルージングの旅。……怪しい。この学校のことだ。俺たちに甘い蜜を吸わせるだけのイベントであるはずがない。俺は警戒心MAXで茶柱先生の説明を聞いた。ちなみに他の生徒たちは明日から夏休みということもあり浮かれた様子で説明を聞いていた。

 

「ねえ」

「ん?」

 

 ホームルーム終了後、松下が声をかけてきた。

 

「焼肉いつにしよっか?」

 

 そう。俺は一之瀬の誕生日プレゼント選びに付き合って貰ったお礼に松下に焼肉を奢る約束をしている。

 

「俺はいつでもいいぞ」

「それじゃ明日は?」

「いいぞ。時間は任せる」

「わかった。後でチャット送るね」

「あいよ」

 

 一之瀬に誕生日プレゼントを渡したら泣くほど喜んでくれた。これも松下のおかげだ。明日はいい肉をご馳走しようじゃないか。

 松下に帰りの挨拶をして教室を出る。

 

「ちょっと待って」

 

 玄関に向かおうとしたところで後ろから声をかけられる。振り向くと堀北が俺の袖を掴んでいた。こういうことされるとドキっとしちゃうからやめてくれませんかね。

 

「どうした? 買い物か?」

「それもあるけれど例の約束を果たそうと思って」

「もしかして手料理作ってくれるのか?」

 

 俺がそう問うと、堀北は静かに頷いた。

 マジかよ。今日は堀北の手料理、明日は焼肉。豪華すぎるじゃないか。

 

「夕食、作ってあげる」

「お願いシャス!」

「ええ。それじゃ行きましょうか」

「ああ。……その前に袖、離してくれない?」

「……ごめんなさい」

 

 俺がそう言うと、堀北はそっと掴んでいた袖を離した。顔が若干赤くなってる。この子は俺を萌え死にさせたいのだろうか。

 その後、二人でいつも通っているスーパーに足を運んだ。恐らく他の生徒たちは、今頃教室で夏休みの計画を立てているのだろう。店内には俺たち以外客が誰もいなかった。

 

「なにが食べたいの?」

 

 俺がかごを持つと、堀北が聞いてきた。

 

「そうだな……」

 

 堀北が作るものならなんでもいいんだけど……。でもそんなこと言うと怒られそうだよな。ならばあれを作って貰おう。

 

「オムライスで」

「そんなのでいいの?」

「そんなのと言っても、具材を切ってチキンライスから作り始めると結構手間がかかるぞ」

 

 オムライスを舐めたらいけない。溶き卵でチキンライスをとじるのも難しいんだぞ。

 

「確かにそうだけれど……。わかったわ、オムライスね」

 

 堀北はそう言うと、真剣な表情で食材選びを始めた。卵、鶏もも肉、玉ねぎ、パセリと順にかごに入れていく。珍しく0円コーナーには目もくれず、全て有料の食材を選んでいた。

 30分ほどして俺と堀北は店を出て寮に向かった。

 

「ねえ、界外くんは夏休みも勉強するの?」

 

 隣で歩く堀北が聞いてきた。

 

「もちろん。堀北もだろ?」

「ええ。……よかったら、たまにでいいから一緒に勉強しない?」

「いいぞ。その時は連絡くれ」

「わかったわ」

 

 俺の夏休みの予定が一つ増えた。ちなみに堀北は期末テストで学年2位だった。3位は幸村だ。なんとDクラスが1位から3位を独占である。圧倒的じゃないか、我が軍は。

 寮に着くと、エレベーターホールで綾小路と会った。

 

「二人で買い物してきたのか?」

 

 俺と堀北が持つスーパーの袋を見て綾小路が問う。

 

「ああ」

「こうして見るとまるで夫婦だな」

 

 おいおい。そんなこと言ったら堀北に罵倒されるぞ。綾小路は学習能力がないな。

 

「そう」

 

 堀北は表情を変えず、綾小路に応える。……怒らないんだ、意外。

 綾小路の顔を見ると、彼も怒られると思っていたのだろう。わかりづらいけど意外そうな顔をしている。

 そうこうしているうちにエレベーターが降りてきた。ドアが開き順に乗り込んでいく。

 

「それじゃまたな」

「ああ」

 

 4階に着き、綾小路と別れる。俺はエレベーターのドアが閉まるのを確認すると堀北に質問をした。

 

「なんでさっき綾小路に怒らなかったんだ?」

「さっきとは?」

「いや、俺と堀北が夫婦に見えるってからかってきただろ」

「……別に怒るほどのことではないもの」

 

 おお、どうやら堀北は懐が深くなったようだ。俺も見習わなければ。

 その後、堀北の部屋の前まで荷物を持っていき一旦解散となった。料理が出来次第堀北から連絡が来る予定だ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 19時。堀北から連絡を受け、彼女の部屋に向かう。インターホンを押すと、エプロン姿の堀北が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃい。あがって」

「……」

「界外くん?」

「……あ、ああ!」

 

 やばい。完全に見惚れてしまっていた。堀北はシンプルで清潔感のある白いエプロンをつけていた。髪も後ろ髪を結んでおり、ポニーテールになっていた。

 

「もう少しで出来上がるから座って待っててくれる?」

「はい」

 

 堀北に部屋まで案内される間、俺はずっと彼女のうなじを見ていた。特にうなじフェチというわけではないが、目が吸い寄せられてしまった。

 普段髪を下ろしてる女の子がポニーテールにするだけで、こんなにもギャップと破壊力があるとは……。

 部屋まで案内され腰を下ろす。堀北の部屋はシンプルの一言だった。女子らしい小物などはないが、無駄なものを置いてなくシンプルで清潔感がある部屋だ。

 つーか、初めて女子の部屋に上がったんじゃないか俺。……なんだか緊張してきたな。

 俺がどきまぎしていると堀北が料理を運んできた。

 

「お、ミネストローネか」

「ええ」

 

 ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎと具たくさんなのが帝人的にポイントが高い。それとトマト系スープはオムライスによく合うんだよな。

 続けて副菜が運ばれてくる。これも美味しそうだ。そして最後にメインのオムライスが食卓に並べられた。

 

「どうぞ」

「いただきます」

 

 オムレツにスプーンで横に切れ目を入れ、割いていく。鮮やかにトロトロなオムライスが出来上がった。食べてみるとトマトの酸味と卵のコクが混ざり合ってとてつもなく美味しい。

 

「どうかしら?」

 

 堀北が不安そうに聞いてくる。

 

「凄い美味しいぞ」

「そ、そう。まあ、私が作ったのだから当然よね」

「ああ。見た目、味、匂い、食感どれをとってもトップクラスだ」

「ほ、褒め過ぎじゃない……?」

 

 褒め過ぎじゃない。俺は続けて感想を言う。堀北は褒められ慣れてないのだろう。どんどん顔が赤くなっている。

 堀北のペースに合わせて20分ほどかけて食べ終えた。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様」

 

 堀北も食べ終えたようだ。ちなみにまだ顔が紅潮している。

 

「いやー、堀北って本当料理上手だよな」

「……そうなのかしらね」

「小学生の頃から作ってたんだろ。家族に褒められなかったのか?」

「特には」

 

 マジかよ。もしかして堀北家って味音痴なのだろうか。

 

「界外くんは本当に美味しそうに食べてくれるのね」

「いや、本当に美味しいから」

 

 そりゃ美味しいものは美味しそうに食べるよ。

 しかし、堀北がここまで実力があるとは……。さすが高度育成高校第二席の実力の持ち主だ。ちなみに第一席は俺である。

 

「あの……」

「ん?」

「夏休みに一緒に勉強をする約束をしたじゃない」

「したな」

「よかったらだけど……勉強会をする日にまた作ってあげてもいいけれど……」

 

 堀北がもじもじしながら言った。

 これは非常に嬉しい提案だ。断る理由がない。

 

「それじゃお願いしていいか?」

「ええ」

 

 こくりと頷く堀北。改めて彼女の顔を見ると、照れて伏し目になっている。

 やばい。まさか堀北に一日に何度もキュン死させられそうになるとは。

 堀北の照れ顔を堪能した後、俺は彼女と一緒に洗い物をしてから自室に帰った。洗い物をした際は、台所が狭かったので体が常にくっついていて緊張した。洗った食器を渡す際に指と指が触れ合い、お互いどきまぎしてしまった。

 

「また堀北の手料理食べたいな……」

 

 この学校で堀北の手料理を食べたのは俺だけだろう。ベッドで横になり、優越感に浸っていると携帯の着信音が鳴り響いた。

 画面を見ると堀北からのチャットが表示されていた。

 

『明日、勉強しない?』

 

 どうやら二日連続で堀北の手料理が頂けることになりそうだ。

 





次回タイトル「一之瀬帆波:オリジン」


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20話 一之瀬帆波:オリジン


吉報:10万UA突破しました! みなさんのおかげです。ありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします!

悲報:一之瀬が援助交際してそうなアニメキャラ2018の1位になってしまいました……


 私の名前は一之瀬帆波。ちょっと特殊な学校に通う高校1年生。

 良い先生や友人に出会えて、楽しい学校生活を送っている。退学が懸かった試験や他のクラスとのいざこざがあったりしたけど、そこはクラス一丸になって乗り越えてきた。これからも沢山の試練が待ってるだろうけど、Bクラスのみんなとなら乗り越えられると信じている。

 そんな私には好きな男の子がいる。好きというのはもちろんライクじゃなくてラブの方。

 彼と出会ったのは中学3年に上がる前の春休みのことだった。

 今でも鮮明に覚えている。

 私と彼の運命の出会いを。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 あの日、私は寝坊してしまい友達との待ち合わせ場所に走って向かっていた。

 その時の私は、焦っていて前をちゃんと見てなかったせいで通行人の男の人にぶつかってしまった。

 

『いてっ』

『あ、ごめんなさい』

 

 私は慌てて、頭を下げて謝った。顔を上げて相手の様子を伺った瞬間、私は固まってしまった。

 なぜなら相手の男の人の表情が怒りに満ち溢れていたからだ。

 

『おい、ジュースが服にかかっちまったじゃねえか』

 

 恐る恐る男の人の上着を見ると、確かに飲み物がかかった跡が見受けられた。

 

『ぎゃはは! だせぇ!』

『女にタックルされてんじゃねぇよ!』

 

 男の人の友人であろう人たちが大笑いで煽る。そのせいで男の人の表情がより険しいものになる。

 

『うるせぇよ。おい、どうしてくれんだよ』

 

 男の人はそう言うと、私の胸倉を掴んできた。

 

『あ、す、すみません……』

 

 私はこういったトラブルにあうのが初めてだった。この時の私はただ怖くて怖くて謝ることしかできなかった。

 

『この服高かったんだぞ。弁償しろよ』

『え、あ、えっと……』

 

 恐怖で声がうまく出ない。全身の震えが止まらない。

 そんな私の態度が気に入らなかったのだろう。男の人が苛立っているのがすぐにわかった。

 

『なんとか言えよ! このブス!』

 

 男の人が近くに駐輪してあった自転車を蹴り倒す。その倒れた音により恐怖感が増す。

 

『おい、あんま目立つことすんなよ』

『裏連れてこうぜ』

『だな』

 

 男の人は友人の提案を受け入れたようで、私の腕を掴む。

 

『ひっ』

 

 恐怖で動けずにいる私は抵抗することもできず無理やり歩かせられる。

 周りにいる人たちに助けを求める目を向けるが、通行人たちは見て見ぬふりをしていく。

 誰でもいいから私を助けて。

 心の中で何度も助けを求めたが、そんな私の願いも虚しく路地裏へと連れ込まれてしまった。

 

『いたっ』

 

 路地裏に着いたと同時にコンクリートの地面に突き飛ばされる。

 男の人は怒りの表情で、仲間の2人はにやにやとした表情で私を見下ろす。

 

『んで連れ込んだのはいいけど、どうすんの?』

 

 友人の片方が男の人に問う。

 

『弁償させるに決まってるんだろ。おい、財布を出せ』

『は、はい……』

 

 私は男の人に言われるがままに、鞄から財布を取りだそうとするが、手が震えてうまく鞄が開けない。

 早く財布を渡さないと痛い目にあわされてしまう。

 そう思い何とか鞄を開けようとするも、手の震えが酷くなり一向に鞄を開けないでいた。

 

『もういいから貸せ!』

 

 男の人はそう言うと、私から鞄を取り上げる。そして無造作に地面へ鞄の中身をばら撒く。

 

『おい、財布がねえぞ』

『本当だ』

『へえ、女子の鞄の中身ってこんなの入ってんだ』

 

 そう。この日の私は自宅に財布を忘れてしまったのだ。

 お金を渡せば解放されるかもしれない。

 そんな淡い希望は脆くも崩れ去ってしまった。

 

『おい、鞄に財布入ってねえじゃねえか。俺を騙したのか?』

『ち、ちがっ……。い、家に忘れて……』

 

 私は男の人の問いに、必死に声を振り絞り答えた。

 

『あ? ナメてんのか!』

 

 男の人の堪忍袋の緒が切れたようで、私は脛を思いっきり蹴られてしまった。

 

『……っ』

 

 私はあまりの痛さに声を発することもできず、うずくまることしかできなかった。

 

『おいおい、女の子に手をあげちゃ駄目っしょ』

『そうそう。可哀相じゃねえか』

 

 仲間の2人が笑いながら言う。

 

『あ? こんなブス、女扱いできるかよ』

 

 私は男の人から何度もブスと罵られた。確かにこの頃の私は眼鏡をかけ、髪型も三つ編みで、地味で冴えない女の子だったと思う。でもさすがに何度もブスと罵られれば傷つく。

 

『ひっぐ、ぐすっ……』

 

 私は心と体の痛みに耐えきれず、とうとう泣き出してしまった。

 

『おいおい、泣けば許されると思ってんのかよ』

 

 男の人が冷たい口調でいい放つ。そして投げ捨てられている私の鞄を蹴り飛ばす。

 私もあの鞄のように蹴り飛ばされてしまうのだろうか。そう思ったら余計涙が止まらなくなってしまった。

 そんな私に苛立った男の人は、私の髪を掴み無理やり顔を上げさせた。

 ああ、私はこのまま殴られるんだ。誰にも助けて貰えずこのまま痛めつけられるんだ。

 そうだよね。私は物語のヒロインじゃない。どこにでもいる普通の女の子だ。そんな私なんかに都合よくヒーローが現れてくれることなんてないんだ。

 やっと自分の状況を受け入れられた私は少しでも恐怖を和らげられるよう目を閉じた。

 何秒経ったのだろう。髪は掴まれたままだけど、痛みがやってこない。

 恐る恐る目を開いてみると、男の人の近くに私と同い年くらいの男の子が立っていた。

 

『アンタ、何やってんだよ』

 

 男の子が問う。

 

『あ? てめぇ誰だよ』

『誰だっていいだろ。いいから女の子から手を離せよ』

 

 男の人はそう言われ、掴んでいた私の髪を離す。そして男の子に襲いかかっていった。

 

『ガキが! 調子乗ってんじゃねえよ!』

 

 刹那、男の人がコンクリートの地面に叩きつけられた。男の人の仲間2人の顔を見ると、何が起きてるのかわからないような表情をしている。

 男の子が即座に馬乗りになる。

 

『いいぜ。アンタが女の子に手をあげるってんなら……まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!』

 

 男の子は当時の私にはわからない台詞を言いながら、思い切り右腕を振った。

 

『がっ』

 

 渾身の右パンチを喰らった男の人は一発で気絶してしまった。

 凄い。強い。

 私は完全に男の子に見惚れてしまっていた。

 

『歯を食いしばれよ、最強。俺の最弱は、ちっとばっか響くぞ!!』

 

 男の子は、気絶してる人相手に歯を食いしばれと言う鬼畜な台詞を言いながら、再度右腕を振った。

 2発目を喰らわせると、男の子は静かに立った。そして男の仲間2人を睨みつける。

 

『アンタ達もやるか?』

 

 男の子が問いかける。すると仲間2人は倒れてる男の人を放置して逃げてしまった。

 

『ふぅ。3人相手だからどうなるかと思ったけど、なんとかなったな』

 

 男の子が手で汗を拭いながら一息つく。そして私のもとへゆっくり歩いてきた。

 

『大丈夫か?』

 

 中腰になりながら男の子は私に手を差し伸べてきた。私は恐る恐る差し伸べられた手を取る。

 

『怪我してないか?』

 

 男の子の問いに静かに頷く。まだ脛が痛いけど怪我をしてる程じゃないと思う。それよりお礼を言わないと。

 

『あ、あの……』

『ん?』

『あ、ありがとう……』

 

 私はしどろもどろになりながらも感謝の言葉を述べた。

 男の子は笑顔で「おう」と応える。

 当時の私にとって彼はヒーローで、そのヒーローの無垢な笑顔は物凄く眩しく見えた。

 私は男の子に手を引かれながら表通りへ歩いていく。その間、私は彼の横顔をずっと眺めていた。

 表通りに出ると、彼は「あ、悪い」と言いながら慌てて手を離した。

 私は手を離された瞬間、とても寂しい気持ちになった。

 

『ここまで来れば大丈夫だろ。それじゃ!』

『ま、待って……!』

 

 私は慌てて走り去ろうとする彼の腕を掴んだ。

 

『なんだ?』

『えっと……』

 

 私は彼と別れる前にどうしても聞きたかったことを質問した。

 

『なんで私を助けてくれたの?』

『え』

『相手は3人もいたのに。危険だと思うんだけど……』

 

 もし私が彼の立場だったら見て見ぬふりをしていたと思う。

 なんで彼は他人の私を助けてくれたのだろう。

 私はその理由が知りたかった。

 

『なんで助けたか?』

『うん』

『そんなのアンタが泣いて助けを求める目をしてたからに決まってるだろ』

『え』

『それに俺は泣いてる女の子の側に立てれば本望なんだ』

『……っ!』

 

 ずっきゅーんと、私の心臓が跳ね上がる。

 そして女の本能が生まれて初めて芽を吹き始めた。

 そう。この瞬間、私は生まれて初めて恋に落ちた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 懐かしいな。今でもあの時のことは鮮明に覚えてる。だって私と彼の運命の出会いだもん。当たり前だよね。

 

 あの後、彼は名前を告げずに去ってしまった。せめて名前くらいは聞きたかったけど焦りはなかった。なぜなら彼の制服を見て、隣の東中の生徒だとすぐにわかったからだ。

 その日の夜から私は彼の情報収集をし始めた。運よく東中には私の幼馴染が通っていたので、彼について幼馴染に聞いてみたところ、驚いたことに彼と同じクラスだったのだ。

 幼馴染によると彼はキャラが安定しないせいで周りから敬遠され学校では浮いた存在とのことだった。特にバレー部を全国ベスト4まで導いた直後に退部してからはキャラが大渋滞して周りも対応に困っていたとのことだった。

 私はてっきりクラスの人気者だと予想していたので、この情報は意外だった。もちろんこの程度のことで私の彼に対する思いは薄れることはなかった。

 翌日。彼の住所を調べた私は、早朝から彼の自宅近くで彼が出てくるのを待ち伏せた。そして外出する彼を尾行した。

 

 そう。私、一之瀬帆波はストーカーだ。

 

 当時の私は彼のことを少しでも知りたくて必死だった。尾行するのはいけないことだとわかっていても、その気持ちを抑えることはできなかった。

 尾行は1週間は続いたと思う。あの時の彼は、目に入る困ってる人たちを片っ端から助けていた。私と同じように不良に絡まれてる女の子、ナンパで困ってる女の子、落とし物をして泣いている幼女、自殺をしようとする女の子などを助けていた。……なんか女の子ばかり助けてる!

 1週間の尾行の中でわかったことは一つ。

 私は彼の中で助けられた女の子の一人にすぎない。

 このままストーキングしているだけじゃ駄目だ。

 私は彼の特別になるため、幼馴染にあるお願い事をした。

 

 中学3年に上がると、彼の詳細な情報が手に入るようになった。

 理由は簡単。幼馴染に彼と親しくなってもらい、彼のことを私に教えてくれるようお願いをしたからだ。幼馴染が彼と親しくなるのは正直嫌だったけど、彼の情報を手に入れるためなので仕方ないと我慢をした。

 彼は久しぶりに友達ができたようで、幼馴染に何でも教えてくれた。チョロいのは昔からだったんだね。そんなところも可愛い。

 彼は重度のアニオタだった。幼馴染との会話の9割はアニメの話とのこと。ちなみに幼馴染もアニオタなので話は合ったようだ。私も将来彼と話が合うようにアニメを見始めた。アニメに興味なかった私だけど見始めると自分がアニメにはまっていくのがわかった。

 アニオタな彼だけど現実の女の子に興味はあるとのこと。この時は本当に安心した。これで彼が二次元にしか興味なかったら私は自殺するところだった。

 私は彼の好きなアニメ、好きなキャラをリストアップし徹底的に分析した。その結果、巨乳キャラが好きであることがわかった。性格は絶対ではないが主人公に尽くす子が好みのようだ。

 そして私はなるべく彼の好みに近づけるよう、彼のストーキングをしつつ、自分磨きに取り掛かった。まず眼鏡からコンタクトに変えた。そして三つ編みもやめ、髪を下ろした。髪を下ろしただけだと地味だと思ったので軽めのシャギーにした。そして胸が大きくなるよう、毎日牛乳を飲んだりマッサージをしたりした。

 

 自分磨きに取り掛かった私だけど効果はすぐにあらわれた。まず異性にもてはやされるようになった。そして胸もどんどん大きくなっていった。秋ごろには今と同じくらいの大きさになっていたと思う。その頃から男子が私をいやらしい目で見るようになった。私を性的な目で見ていいのは彼だけ。彼のためにこんなに大きくしたんだもん。

 そして自信をつけ始めた私はある計画を立てた。まあ、計画と言っても彼と同じ高校に進学して、彼と恋人同士になり楽しい学校生活を送る、という内容なんだけどね。

 

 夏休み。幼馴染から二つの重要な情報が伝えられた。一つ目は彼が東京にある高度育成高等学校を志望していること。二つ目は彼がアニメのキャラの真似をやめたこと。

 一つ目に関してはまず思ったのが国立の名門校に二人とも合格できるのか不安だった。でも私と彼なら大丈夫なはず。私はそう自分に言い聞かせた。

 二つ目に関しては正直驚いた。幼馴染曰く、素の彼は穏やかで少しシャイな性格とのことだった。……私より先に素の彼と接するなんて羨ましすぎる。

 

 2学期が始まると、私はより一層受験勉強に力を入れた。元々勉強はできる方だったけど、国立の学校なので油断はできなかった。勉強中に集中力が切れた時は、盗撮した彼の写真を見て自分を奮い立たせた。ちなみに実家にあるPCには彼の画像が5000枚位入っている。もちろん寮のPCにも保存してある。

 

 あっという間に受験の日を迎えた。会場に辿り着くと彼の姿が目に入った。この時は受験のためストーキングを1週間休んでいたので、1週間ぶりに見る生の彼に私はドキドキが止まらなかった。

 私は興奮する気持ちを押さえつつ、テストと面接に挑んだ。

 結果は上々だった。テストは自己採点でほぼ満点だったし、面接も受け答えがしっかりできたし、自己PRも申し分なかった思う。不安があるとすれば中学2年の秋に長期で学校を休んだことくらいだ。

 

 2月。とうとう合格発表日を迎えた。恐らくこの日は15年の人生で一番緊張した日だったと思う。高校生になったら彼との初体験が一番緊張する日になるのかな。……うん、私って妄想がたくましいんだよね。

 味気ないけど私はネットで確認した。結果は合格。まずは一安心。問題は彼が合格したかどうか。

 自身の合格を確認してから幼馴染からチャットが来た。内容は彼も合格したとのこと。

 私は歓喜した。

 これで計画通り彼と2人で高校生活を送れる。その日から彼と再会するまで私は毎晩妄想にふけた。

 





ピュアな一之瀬が好きな人ごめんなさい!

次回タイトル「一之瀬帆波:ライジング」


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21話 一之瀬帆波:ライジング


R-15始めました
今回は少しエロい描写あるので苦手な人はあとがきまで飛ばしてください


 入学式当日を迎えた。

 彼は通学中に偶然私と出会ったと思っているのだろう。違うよ。君が来るのをずっと待ってたんだよ。始発から私は最寄り駅にいて、偶然を装って君に声をかけたの。

 君に声をかける時は凄い緊張したんだよ。1年間もこの時を待ってたんだもん。声をかけられた君は私に見惚れてくれてたよね。200おっふは固かったかな。凄い嬉しかった。

 学校に着くまで彼と2人で過ごす時間は幸せだった。このまま時間が止まってしまえばいいとさえ思った。

 降車駅から学校まで2人で歩いたよね。君の隣で歩く。ただそれだけのことが私にとってどれだけ嬉しかったのか君は知らないでしょ?

 

 学校に到着して私は絶望してしまった。理由は彼と違うクラスだったからだ。彼もショックを受けていたのは嬉しかった。

 彼と別れてから私はしばらくトイレの個室にこもった。

 なんで私と彼が違うクラスなの! 1年も我慢したのになんで!

 一気に心の中で負の感情を爆発させた。5分ほどして心を落ち着かせる。そして私は決意した。

 もう運命なんて頼らない。運命なんて私と彼が出会ったことだけで十分。これからは私の力で彼を手に入れてみせる。

 そうだ。今朝だって計画通り彼と接触して親しくなれた。違うクラスになっても問題はない。私はそう自分に言い聞かせ、自分が配属されたBクラスへ向かった。

 

 入学式が終わるとクラスメイトからカラオケに誘われた。少し心苦しかったけど先約があると嘘を言って断った。

 教室を出てすぐ彼を探しに行った。スーパーで彼を探してたところ、彼から声をかけられた。

 その後、彼と一緒に店内を見て回った。買い物中に彼から教室に監視カメラが設置されてることを教えられた。また支給ポイントの変動など彼の考えも聞けた。

 学力に優れていたのは知ってたけど、ここまで頭が切れる人だと思ってなかった。

 やばい、ますます惚れちゃったよぉ……。

 

 買い物を終えて寮に帰る道で私は彼にあるお誘いをした。彼はすぐに了承してくれた。

 あるお誘いとは一緒に登校することだ。彼と一緒に登校するのには、2つの大きな理由がある。

 一つ目は単純に私が彼と一緒にいたいから。

 二つ目は私と彼が親しい関係であることをみんなにアピールするため。

 これも入学前から私が考えた計画の一つだ。入学して間もない生徒が異性と一緒に登校をする。嫌でも目立つ。私だってそんな生徒がいたら気になっちゃうもん。

 

 入学2日目。寮の玄関ホールで待ち合わせをして彼と一緒に学校に向かった。

 なんと彼は30分も早く待ち合わせ場所に来てくれていた。彼は早く来たのを否定したけど私は知ってるんだよ。携帯の位置情報サービスで君がどこにいるのか確認してるもん。ちなみに今も常に確認してるよ。

 私との登校をそんなに楽しみにしてくれてたんだね。この時は嘘をつく彼が愛おしくて仕方がなかった。

 

 教室に着くと案の定彼についてクラスメイトから質問された。私は地元が一緒で仲良くさせてもらってると答えた。頬を紅く染めながらね。

 これで勘のいい女子は気づいただろう。私が彼に気があることを。

 入学2日目で私と彼の関係性をアピールできたのは大きかった。これで彼を狙う女子が減るだろうと私は思った。

 だけど私はそれで満足しなかった。より確実性を高めるために、私個人の存在をアピールすることにした。この時の私はただの一生徒に過ぎなかった。なので私は学級委員長に立候補した。

 Bクラスの学級委員長。頼れるリーダー。教師からも信頼される生徒。

 一之瀬帆波というブランドが確立するのにそう時間はかからなかった。

 いつしか他のクラスからも注目をされるようになった。まあ、クラスのリーダーを務めれば嫌でも注目されるよね。

 ともかく、これで私を敵に回してまで彼に手を出す女子はいなくなるだろう、とその時の私は思った。

 

 入学してから1か月。

 彼の所属してるDクラスのクラスポイントが0になってしまった。

 この時、私は決心した。もし今後もクラスポイントが増えないようなら私が彼を養うと。

 結局、彼は自力でボーナスポイントをゲットした。有言実行で学年1位を取るなんてかっこよすぎるよぉ……。

 中間テストが終わり、私は彼と2人で打ち上げをした。初めて彼から誘ってくれた。

 初めての打ち上げ記念に2人で写真を撮った。初めての彼との2ショット。もちろん携帯の待ち受けにしている。笑顔でピースする私と照れてぎこちなく笑う彼。この待ち受けを見るだけで私の心は物凄く満たされる。

 

 今の私は携帯の待ち受けを見ながら自身の目標を再確認する。

 目標はもちろん彼と恋人関係になること。

 私が告白すれば彼は受け入れてくれるだろう。でも私も女の子。告白は彼からしてもらいたい。

 恐らく彼も私に好意を持ってくれている。でもそれじゃ足りない。私の彼に対する愛と比べたら、彼の私に対する好意なんて小さいものだ。

 なので私は、彼が私のことをもっと好きになってくれるように仕掛けることにした。

 

 まずは相合傘。学校にわざと傘を置き忘れて彼の傘に入れて貰った。

 彼と相合傘をして登校する。私の願いが一つ叶った瞬間だった。

 私は自身の願いを叶えてくれたお礼に、ブレザーの胸元を思い切り盛り上げている大きな塊を彼の腕に押し当てた。

 ううん、お礼なんて嘘。私の女の部分を感じて貰いたかっただけ。胸を当てられた彼は顔を赤くして凄く照れていた。凄い可愛かった。

 そんな彼だけど私に気づかれないように距離を取った。駄目だよ。私が気づかないと思ったのかな。私は強引に彼を引き寄せた。もっと私を感じて貰わないと。逃がさないんだからね。

 そして学校に近づくにつれて密着度を増せた。理由はもちろん他の生徒に私と彼の関係をアピールするため。

 ここまでは計画通りだった。自分の欲求を満たしつつ、彼に私を意識させる。さらに他の生徒に私と彼の相合傘を見せつける。

 学校まであと数分のところで想定外のことが起きた。

 落雷。私は雷が苦手だった。

 雷の音が鳴った時、自然に彼の腕に抱きついてしまった。彼は私が落ち着くまで雨の中動かないでいてくれた。あの時の彼は頼もしかったなぁ……。

 

 7月に入るとDクラスにトラブルが起きた。須藤くんの暴力事件だ。

 私は彼に事件の詳細を聞いて、すぐにCクラスの罠だと確信した。

 私は彼に協力を申し出た。彼は須藤くんを助けるのを渋っていたが、私が上目遣いでお願いをしたらすぐに了承してくれた。もう本当にチョロいんだからぁ!

 ともかくこれでやっと彼の役に立てる。彼には助けられてばかりだったので、どんな形であれ彼の役に立てるのは嬉しかった。

 

 その日の翌日。思わぬトラブルが起きた。なんとクラスメイトの千尋ちゃんからラブレターを貰ったのだ。

 女の子からラブレターを貰ったのは初めてだったので非常に困惑した。もちろん私は彼一筋なので千尋ちゃんと付き合うつもりはない。

 彼女は仲が良い友達だったので、あまり傷つけずに断る方法を考えた。

 そして私は最低最悪な方法を考えついてしまった。

 彼に彼氏役になってもらい、千尋ちゃんの告白を断る。そのまま疑似の恋人関係を続けて、彼との距離を縮めて本物の恋人になる。

 最悪だ。私は友達の好意までも利用して彼の特別になろうとした。

 何より最悪だったのは罪悪感を感じなかったことだ。

 クラスメイトのことは好き。一緒にAクラスに上がれたらいいと思っている。

 でも私の本質はそれじゃない。

 きっと私は彼のためなら平気でクラスメイトを裏切ることができるだろう。

 頼れる学級委員長。クラスのリーダー。善人。

 みんな、私のことをそう評してくれるけど全然違う。

 私は最低最悪な学級委員長だ。善人でもない。彼に壊れてるだけの醜悪で腹黒な女だ。

 結局、彼は彼氏役を引き受けてくれなかった。でもいい。彼が真剣に私のことを考えてくれた。私はそれだけで嬉しかった。

 千尋ちゃんとは多少ギクシャクしたけど、今は仲良く友達を続けている。

 

 須藤くんの事件が解決した翌日、新たなトラブルが発生した。

 佐倉さんがストーカーに襲われたのだ。

 彼は綾小路くんを追っかけて現場に向かい、私も彼のGPSを辿って現場に駆け付けた。

 そしてあろうことか彼は刃物を持ってるストーカーに立ち向かっていったのだ。

 この時の私は彼が心配で心配で仕方なかった。なぜなら彼は一度同じような状況で切り付けられたことがあったから。

 私は彼が切り付けられたシーンをフラッシュバックしてしまい、私の中を恐怖が埋め尽くした。

 結局、彼は無傷でストーカーを退治した。

 私は夢中で彼を抱きしめた。そして泣きながら本気で彼を怒った。

 けれど私の怒りはすぐに収まった。

 彼が私の頭を撫でてくれたからだ。

 あの時、私は彼の胸元に顔を埋めて悶えていた。

 だって撫で方が官能的だったし、時折髪を耳にかける際に彼の指が敏感な私の耳に触れるんだもん……。

 そんな発情してしまった私に止めを刺したのが彼の下着姿だった。

 その日の夜は彼に撫でられた感触と彼の下着姿が頭から離れず、悶々として中々寝付けなかった。

 

 人間は欲深い生き物だ。

 期末テストに向けて、彼と二人きりの勉強会をすることになった。

 入学して3か月。とうとう私は彼の部屋に上がった。

 彼の部屋は綺麗に整頓されていて、目立つところと言えば本棚に並べられている大量の漫画とライトノベルくらい。

 生まれて初めて入る異性の部屋にどぎまぎしつつ、テスト勉強を開始した。

 勉強中、欲求が高まっていくのがわかった。

 原因は壁に掛けられた彼のブレザー。前日に私はあのブレザーに顔を埋めていた。もう一度あのブレザーに顔を埋めたい。そして彼の匂いに包まれたい。でも今の状況でそれをするのは難しい。勉強中にいきなりそれをしたら変態だと思われちゃう。

 私は帰る際にわざと彼のブレザーを手に取った。気づかれるかドキドキしたけど彼が気づくことはなかった。

 無事に彼のブレザーを持ち帰った私はすぐにシャワーを浴び、それに顔を埋めながらベッドに横になった。

 この時の私は彼の匂いに包まれながらならぐっすり眠れると思った。

 でもそれは大きな間違いだった。

 時間が経つにつれて体が疼いていくのがわかった。

 彼のブレザーを手放せば落ち着いたんだろうけど、私は手放すことができなかった。

 完全に本能が理性を上回ってしまった。

 そして疼く身体をおさめるために自分を慰めた。

 息を乱しながら彼の名前を連呼する。

 私が抱きしめてるそれを彼が身に纏うことを考えると余計に指が動いた。

 翌朝。罪悪感で一杯の私は彼と会うのが非常に気まずかった。

 でも私が一晩中抱いたブレザーを彼が着た時は少し興奮してしまった……。

 私って本当にいやらしい女なんだ、と実感させられた朝だった。

 

 その後、2週間彼との勉強会が続いた。

 初日にやらかしてしまった私だけど、彼へのアピールは続けた。

 いつも通り胸の感触を与えたり、立派に育った逸品を見せつけたり、透けブラをしてみたりした。

 意識はしてくれてるんだろうけど、彼が私に手を出すことはなかった。

 そして勉強会を重ねていくうちに、私の中の欲望が再燃してしまった。

 もう一度彼の匂いに包まれて眠りたい。

 またもや理性が崩れた私は仮眠をしたいと嘘を言って彼のベッドで寝ることにした。

 彼は何度か私を起こそうとしたが、私は寝たふりを続けた。だって彼が寝静まってくれないと本格的に匂いが嗅げないから。

 私を起こすのを諦めた彼は電気を消して風呂場に行った。数分経ってもシャワーの音が聞こえないので様子を見に行ったところ、浴槽で寝ている彼の姿があった。

 申し訳ない気持ちで一杯になったけれど、私は自分の欲求を満たすため再度彼のベッドで横になった。

 枕。タオルケット。シーツ。すべて彼の匂いが染みついたものだ。

 私はそれらに顔を埋めたり、抱きしめたりなどして彼の匂いを堪能した。

 さすがに彼の部屋で自分を慰めることはしないだろう。

 そう思っていた私だったけど、理性を崩壊させた私は止まらなかった。

 彼にばれないように声を押し殺して自分を慰めた。

 どのくらい続けていたかわからない。指だけじゃ満足できなくなった私は枕を股に挟み、下着越しに秘部を枕に擦りつけた。そして声が出ないようにタオルケットを思いっきり噛んだ。

 彼の部屋で自慰をしてしまっている罪悪感と彼にばれてしまうのではないかという緊張感が私をさらに燃えさせた。

 恐らく寝返りをうってたのかな。時折お風呂場から物音がしたときは心臓が跳ね上がった。それでも私はやめなかった。むしろ物音がする度に性的興奮が高まっていった。

 何度果てたかわからない。気づいたら朝を迎えていた。

 私は彼が起きる前に汚してしまった枕カバーとシーツを洗濯した。本当は私の匂いを染み込ませてそのまま彼に使って貰いたかったんだけど……。汚してしまったので仕方ないよね。

 洗濯機を回す音がうるさかったのか彼が起きてきた。なんで洗濯してるのかと聞かれたけどシャワーを浴びないで寝てしまったからと誤魔化した。ちなみに私の唾液が染み込んだタオルケットは洗濯していない。

 枕カバーとシーツをベランダに干してから彼の部屋を後にした。……若妻気分が味わえて最高だったなぁ……。

 彼の部屋を出てエレベーターに乗り込むとクラスメイトと遭遇した。完全に彼の部屋から朝帰りする女に見られたと思う。いや、実際そうなんだけど……。気が利く子だったので誰にも喋らないよと言ってくれた。私としては言いふらしてもらってもよかったんだけど。

 

 7月20日。16年生きてきた私だけれど人生最良の日が訪れた。

 彼が私に誕生日プレゼントを贈ってくれたのだ。

 可愛らしい箱の中身は置き時計だった。以前彼とデートをしていた時に雑貨屋で私が置き時計が欲しいと呟いたのを覚えていてくれたらしい。

 彼に初めて貰ったプレゼント。

 私は嬉しさのあまり泣いてしまった。

 この時の私は世界一幸せな女の子だったと思う。

 この置き時計は一生大切に使うつもり。

 そして近い将来、目覚ましが鳴った時に彼と手を重ねて一緒に目覚ましを止める日が来ることを願った。

 

 そんな彼との幸せな日々を満喫している私には嫌いな女子が1人だけいる。

 彼女の名前は堀北鈴音さん。彼と同じDクラスに所属する女子で、私の次に彼と仲が良い女の子。

 堀北さんは学年でも1,2位を争う美少女だ。容姿だけでなく学力、運動能力にも優れている。

 彼女を知ったのは入学して1週間が経ったころ。きっかけは彼と一緒に食堂でランチをしているのを見かけたからだ。

 私は急いで彼へ堀北さんについて質問をした。彼女との関係や一緒に食事をした経緯を聞いて私は一安心した。

 その後、図書室で彼女を何度か見かけた。歯に衣着せぬ発言をしてクラスメイトを怒らせてた時はびっくりした。

 暫く彼女をスルーしていた私だけれど、いつの間にか堀北さんは彼と親しい関係になってしまっていた。

 気づいたのは中間テストが終わって2週間くらい経った頃。

 久しぶりに彼のストーキングがしたくなった私は昼休みに彼を尾行した。学校から支給された端末の位置情報サービスのおかげで彼のストーキングがしやすくなったのは有難かった。

 彼は部室棟近くのベンチでお昼を食べていた。……堀北さんと一緒に。

 2人の関係が気になった私は友達付き合いの合間を縫って彼の尾行を続けた。

 彼女は彼と一緒に学校帰りにスーパーによく寄っている。私と違って彼と遊んだりはしないみたいだった。ただ彼に荷物持ちをさせてるのは少し苛立った。

 そして私をもっと苛立たせる出来事があった。なんと彼女が彼にお弁当を作ってきていたのだ。

 私だって彼にお弁当を作ったことがないのに……。

 もし私が彼の好きなアニメやラノベのヒロインなら他の女子と仲良くしている彼に怒りをぶつけるのだろう。でも私はそんなことはしない。だって今の私は彼の彼女じゃない。そんな私に彼を怒る資格なんてない。

 けれど堀北さんには激しく嫉妬した。嫉妬するのに立場や資格など関係ないからね。

 

 それから暫く私は堀北さんを観察した。ストーカー一之瀬帆波の本領発揮だよ!

 彼女を観察してわかったことがいくつかある。一つ目は彼女が彼にしか気を許していないこと。これは彼と彼以外の人間と接する時の彼女の顔を見てすぐにわかった。

 二つ目は堀北さんが尽くすタイプだということ。これは彼に手作り弁当を作ってきてるのを見れば明らかだ。彼が美味しそうにお弁当を食べてるのを見る堀北さんの顔は女の私でも惚れそうなくらい可愛かった。

 三つ目は彼女が自分の気持ちを理解していないことだ。堀北さんは彼に好意を抱いている。でも本人はそれに気づいていない。彼の隣が居心地いい位しか思っていない。噂だと堀北さんは昔から一人ぼっちだったらしい。そのため好きという感情がよくわかっていないんだと思う。

 最後に厄介なのが彼女がどんどん彼に依存していることだ。堀北さんの行動をすべて把握しているわけじゃないので断言はできない。できないけれど明らかに彼と一緒に行動する回数が増えている。櫛田さんに堀北さんについて聞いたところ、何かあると彼の後をついていくことが多いとのことだった。

 依存体質。悪く言えば寄生虫。これが私の堀北さんに対する評価だ。

 私は堀北さんを観察するのをやめた。これ以上観察する必要がなくなったからだ。

 堀北さんは自分の気持ちに気づくのに大分時間がかかるだろう。もし自分の気持ちに気づいたとしてもプライドの高い彼女のことだ。自分から告白はできないんじゃないかな。私はそう判断した。なら彼女は私の敵じゃない。

 そして私は堀北さんを利用することにした。彼女には彼の女慣れするための道具になって貰う。……いい踏み台になって貰うよ堀北さん。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 7月某日。

 今日は愛しの彼とデートの日だ。デートと言ってもケヤキモールなんだけどね。

 

「おはよ」

 

 私は朝起きて必ずすることがある。それは彼の写真に挨拶をすることだ。写真は日替わりで枕元に置くようにしている。ちなみに今日は彼の中学時代の写真だ。金木くんのコスプレをしていた時だね。多分恋愛補正が入ってるからだろうけど、彼は金木君にどことなく似てると思う。だから私は金木くんが好きなんだろうな。アニメで金木くんがヤモリに拷問された時は初めて二次元のキャラに殺意を覚えてしまった。

 

「今日も一日頑張ろうね」

 

 写真に向かってそう言い、私は浴室へ向かう。

 高校に入学してから朝シャンは欠かせなくなった。だって少しでも清潔な状態で彼に会いたいから。

 シャンプーやリンスも高めのものを使用している。彼はわかってないだろうけど、この髪質をキープするのに結構努力をしている。

 シャワーを浴び終え、鏡に映る自分の裸体を見る。幸い私は太る体質ではなかったので体型をキープするのには苦労しなかった。

 苦労しているのは必要以上に大きくなった胸だ。彼好みの大きな胸に育ってくれたのはいいけど、可愛いデザインのブラが少ないので選ぶのに苦労する。

 

 待ち合わせまでまだ1時間はある。やることがなくなったので彼の位置情報を見るために端末を操作する。

 

「まあ、部屋にいるに決まってるよね」

 

 私の予想通り彼は自室にいた。こうして彼の位置情報を見ながら、彼が何をしているのかを想像するのが楽しみだったりする。

 

「あぁ、早く会いたいよぉ……」

 

 そう。夏休みに入ってから彼とは今日初めて会うのだ。と言っても夏休み4日目なので彼と会わない期間は3日間だけだったんだけど。

 それでも今までは土日以外は毎日会っていたので、3日も彼と会わない日が続くのは今回が初めてだった。

 ちなみに私は3日連続でクラスメイトとお買い物したり遊んだりしていた。彼は何していたのかな。今日教えてくれるのかな。

 

「……あ、部屋を出た」

 

 まだ約束の時間まで30分もあるのに彼は待ち合わせ場所に向かったようだ。

 そんなに私とのデート楽しみなのかな。

 私の好きな人が可愛すぎる。なんで君はこうも簡単に私をキュンキュンさせちゃうの?

 

 それから20分ほどしてから私も部屋を後にした。

 もちろん髪型や服装はばっちりだ。

 私の恰好を見て、可愛いと褒めてくれるだろうか。私はそんなことを思いながらエレベーターに乗り込んだ。

 そしてすぐに1階に到着した。

 エレベーターを降り、玄関ホールに向かう。毎日登校でも待ち合わせをしているお馴染みの場所だ。

 愛しの彼は携帯を弄りながらそこに佇んでいる。

 私は駆け足で彼のもとに向かった。

 そして満面の笑みを浮かべて声をかける。

 

「界外くん、お待たせ!」

 

 界外帝人くん。

 私の最愛の人。

 未来の彼氏さん。

 そして未来の旦那さん。

 あぁ、早く彼と結ばれたい……。

 1日でも早く彼が私に告白してくれるよう今日も頑張ろう。

 私と結ばれたらあの世まで離さないから覚悟しておいてね?

 

 帝 人 く ん。

 

 

 





少しマイルドな感じになりました。
次から無人島編です。
次回タイトル「頭が高いぞ」


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22話 頭が高いぞ


無人島編スタートです!
今回はとあるヒロインにフラグ建ててみました


 8月某日。

 俺は博士と一緒にアニメ氷菓を鑑賞していた。ちなみに場所は自室でも博士の部屋でもなくとある船の一室。

 その船には一流の有名レストランから演劇が楽しめるシアター、高級スパまで完備されている。いわゆる豪華客船である。

 なぜ俺たちが豪華客船に乗っているかと言うと、学校が用意した2週間の旅行に参加しているからだ。予定では最初の1週間は無人島に建てられているペンションで過ごし、残りの1週間は客船内での宿泊とのことだ。

 そんな豪華旅行に参加している俺と博士だったが、クルージングの旅を満喫しているクラスメイトとは反対に陰気で憂鬱な気分になっていた。

 理由は簡単。2週間も放送中のアニメが見れないからだ。

 

「早く家に帰りたいでござる」

 

 博士がため息をつきながら言う。

 

「だな。ヒロアカの映画もあるのに……」

 

 客船のシアターで上映されるかと期待したがそんなことはなかった。

 

「ま、博士が円盤持ってきてくれていて助かったよ」

「もっと褒めて欲しいでござる」

「えらいえらい」

「何という棒読み!」

 

 ちなみに氷菓を見るのは5回目だ。そのため博士と駄弁りながら鑑賞している。これが初めて見るアニメならお互い真剣に見入ってたことだろう。

 

「しかし今回はどのような試験が用意されているのでござろうか?」

「無人島でサバイバルとかじゃないか」

 

 俺と博士は2週間もこんな豪華な旅が続くとは1ミリも思っていなかった。恐らく堀北、綾小路、平田あたりも同じことを思っているだろう。

 うちの学校が生徒に甘い蜜だけを与えるわけがない。アニメが見れないだけではなく、試験に対する警戒心も俺たちが旅行を楽しめない理由の一つだった。

 

『生徒の皆さまにお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』

 

 突如そんなアナウンスが船で流される。その『奇妙』なアナウンスが気になった俺は博士を連れてデッキに向かった。

 デッキに辿り着いてから数分後にその島は姿を現した。

 俺は島を撮影するため、携帯を操作し動画を撮影し始めた。

 他の生徒たちも島が出現したことに気づき、一斉にデッキへと集まり始めた。群衆が押し寄せると、それまでベストポジションを取っていたDクラスの集団を押しのける横暴な男子生徒たちが現れた。

 

「おい邪魔だ、どけよ不良品ども」

 

 威圧しながら男子の1人が綾小路の肩を突き飛ばした。バランスを崩した綾小路はデッキの手すりを掴み転倒を避けたが、体勢を崩した際に近くにいた松下に接触してしまい、彼女は尻餅をついてしまった。

 

「いったぁ……」

「悪い。大丈夫か?」

 

 痛がる松下に綾小路が手を差し伸べながら謝った。

 

「うん。大丈夫」

「すまん」

 

 どうやら松下に怪我はないようだ。

 

「何すんだよ!」

 

 池が綾小路を突き飛ばした男子を怒鳴る。

 

「ここは実力主義の学校だ。Dクラスに人権なんてない。不良品は不良品らしく大人しくしてろ。こっちはAクラス様なんだよ」

 

 Aクラスの男子が池を見下ろしながら言う。

 突き飛ばされた綾小路と巻き添えを喰らった松下を見て、なんともいえない怒りがこみ上げて来た。

 俺はその怒りを鎮めるためゆっくり深呼吸する。

 そして久しぶりにあのキャラをトレースした。

 

「博士、撮影よろしく頼む」

 

 俺は博士に一言言い、綾小路を突き飛ばした男子に向かって歩き出した。

 

「あん?」

 

 男子の前に立ち、俺は無表情でその生徒を見つめた。

 

「頭が高いぞ」

 

 俺はその男子の肩を突き飛ばした。

 男子は不意の一撃により思いっきり尻餅をつく。

 

「て、テメェ! 何しやがる!」

 

 俺に突き飛ばされた男子が怒りの表情で威圧してきた。

 

「雑魚は雑魚らしく大人しくしていろ」

「あ!?」

 

 そう言うと、Aクラスの生徒たちが一斉に俺を取り囲む。

 Dクラスの生徒たちは俺を心配そうに見ている。

 

「Dクラスのくせに何言ってやがる! Aクラスに逆らうんじゃねぇよ!」

「ここは実力主義の学校なんだろ」

 

 先ほど男子が言っていた台詞だ。

 

「ああ、そうだよ。だからお前らDクラスはな―――――――」

「なら中間期末と学年1位だった僕が絶対だ」

 

 男子の台詞を遮るように俺は言う。

 

「今のところクラスポイントがかかった試験は中間と期末の学力テストのみ。つまり両方のテストで1位だった僕が現時点で1番の実力者なわけだ」

「なっ……」

「それとさっきからクラスのことばかり言ってるが、お前個人はどうなんだ?」

「何を言って……」

 

 Aクラスが優秀なことは認める。だがAクラスが優秀だからと言ってこの男子生徒が優秀とは限らない。

 

「言えないのか。どうせお前はAクラスに所属していることしか誇れるものがないんだろう。哀れな奴だ」

「て、テメェ……」

「よかったよ。Aクラスにお前みたいな生徒がいて。……これならAクラスを潰すのも簡単そうだ」

 

 俺がそう言うと、男子は俺の胸倉を掴んできた。どこのクラスにも感情的に動く奴がいるようだ。

 

「あんま調子乗んなよ!」

 

 男子が凄んでくるが俺はそれを無視して携帯を操作する。そしてある動画を男子生徒に見せる。

 

「これなんだと思う?」

「そ、それは……」

「さっきお前が綾小路を突き飛ばした動画だ。松下が巻き添え喰らって倒れるところまで撮影してる」

 

 直後、男子の表情が真っ青になる。どうやらこの動画の重みを理解したようだ。

 

「これを先生に見せたらどうなるかな。クラスポイントに影響が出るんじゃないか?」

 

 笑みを浮かべながら言う。

 

「調子に乗るな? 調子に乗ってるのはお前だ。僕に触れていいのは、僕が認めた奴だけだ」

 

 やべぇ。久しぶりにトレースしたけど楽しくて止まらない。

 

「制服がしわになるからその汚い手を離してもらおうか」

「く……っ!」

 

 男子は悔しそうな表情をしながら、掴んでいた手を離した。

 本当に扱いやすい奴だなお前。一学期の須藤を見ているようだ。

 

「……何をすればいい?」

 

 男子生徒が俺に聞いてくる。どうやら状況判断をできる能力はあるようだ

 

「今すぐこの場所から消えろ。そうすればこの動画は消してやる」

「……絶対だな?」

「くどい。あまり僕をイラつかせるな」

「……わかった。おい、行くぞ」

 

 男子生徒がそう言うと、Aクラスの連中は去って行った。

 予定外だったが一応、自分の存在をAクラスにアピールすることができた。

 俺は約束通り動画を削除する。

 デッキに残った生徒たちの視線が俺に集中する。……さすがに目立ち過ぎた。

 

「さすが界外だぜ!」

 

 須藤が興奮しながら言う。

 

「ったくよ。クラス単位でしか人を見られないなんて可哀相な奴らだぜ」

「お、おう……」

「ああいう奴らがいるからこの世から争いがなくならねぇんだ」

「……」

 

 誰だよお前……。短期間で変わり過ぎだろ……。

 その後、池と山内も「よくやってくれた」と声をかけてきた。

 

「やりすぎじゃない?」

 

 3馬鹿が俺から離れると、松下に声をかけられた。

 少し怒ってるような表情をしている。

 

「やりすぎたかもしれないけど後悔はしていない」

「馬鹿。……でもありがと」

 

 松下のその言葉が聞けただけで行動を起こした甲斐があった。

 

「ていうか人変わりすぎ」

「……あれはお怒りモードみたいなもので」

 

 赤司をトレースしていたと言えず、嘘をついた。

 

「ふーん。怒ってくれたんだ」

 

 何だろう。今度は松下が満足そうな表情を浮かべる。

 一之瀬と堀北もそうだけど女の子の表情がころころ変わるのは当たり前なんだろうか。

 

「そういえば」

「ん?」

「さっきの俺が胸倉掴まれてたのも撮影してるんだけど。……その動画で更に脅したら引く?」

「うん」

 

 よし。博士の動画も削除しよう。

 あの生徒が一安心してるタイミングで博士が撮影した動画を見せつけようとしたけどやめておこう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 松下と別れて10分ほど経ち、船はぐるっと島の周りを回り始めた。

 どうやら客船は一周回って島の全体を見せてくれるらしい。

 

「凄く神秘的な光景だね! 感動しちゃうかも……。界外くんもそう思わない?」

 

 隣に立つ櫛田が目を輝かせながら俺に言う。

 櫛田が俺の近くにいるなんて珍しい。

 

「……まあ、そうだな」

「だよね! ねえ、界外くん」

「ん?」

「いつもの界外くんとさっきの界外くん。本当の界外くんはどっちなの?」

 

 櫛田が声のボリュームを下げ聞いてきた。

 

「どっちなのって言われても……。どっちも俺なんだけど」

「どっちもなんだ」

「ああ。さっきのは少し演じてる部分はあったけど、あれも自分であることには変わらないからな」

 

 まあ、櫛田が中学時代の俺を見たら多重人格者だと思うんだろうな。

 それより櫛田はなんで急にそんなこと聞いてきたんだろう。

 

「……そっか。ありがと」

「どういたしまして?」

 

 よくわからないけどお礼を言われた。

 そういえば櫛田とこうして二人きりで話すのは初めてだ。

 

「そういえばペンションってどこら辺にあるんだろうね。船からは見えなかったけど」

「……ないのかもしれないな」

「え」

「櫛田。この学校が俺たちに2週間の豪華旅行を素直に与えてくれると思うか?」

「どういう意味かな?」

 

 櫛田が首を傾げながら言う。……可愛いじゃないか。

 

「俺はあの無人島で何かしらの試験が行われると思ってる」

「試験って……」

「もちろん絶対とは言えない。けれど覚悟はしておいた方がいい」

「……そっか。わかった」

 

 真剣な表情で櫛田が頷く。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ち、デッキに集合して下さい。それ以外の私物はすべて部屋に置いてくるようにお願いします。また暫くお手洗いに行けない可能性もあるので、きちんと済ましておいてください』

 

 そんなアナウンスが流れた。どうやら試験の開始が近づいてるようだ。

 

「ねえ、今のって……」

 

 櫛田が不安そうに俺を見つめてくる。

 

「嫌な予感が的中しそうなアナウンスだったな。とりあえず急いで準備した方がいい」

「うん」

「また後でな」

 

 俺はそう言い、グループ部屋に戻っていった。 

 部屋に戻りすぐに学校指定のジャージに着替える。そして鞄を肩にかけ部屋を後にした。

 

「界外くん」

 

 早めにデッキに向かっていると、一之瀬に声をかけられた。

 

「よう」

「やほー。ちょっといいかな?」

「いいぞ」

 

 一之瀬に導かれるまま、人通りが少ない通路に案内される。

 

「ここら辺でいいかな」

 

 一之瀬はくるりと俺を振り返った。

 そういえばジャージ姿の一之瀬を見るのはこれが初めてだ。相変わらず彼女のけしからんおっぱいが上着を押し出している。

 

「さっきの件なんだけどね……」

「見てたのか」

「……うん」

「悪い。怖かったか?」

「ううん! そんなことないよ!」

 

 一之瀬が慌てて否定する。……よかった。一之瀬に怖がられたらどうしようかと思ったぞ。

 

「ただいつもの界外くんと違ったからね……。気になっちゃってさ」

 

 チラチラ視線を俺に向けながら言う。

 

「あー、あれはお怒りモードみたいなもんで……」

 

 赤司をトレースしてました、なんて言えない……。

 言ったら痛い奴だと思われちゃうかも。でも赤の他人と接する時はキャラをトレースした方が楽なんだよな。さっきので再認識した。

 

「お、お怒りモードって……っ!」

 

 どうやら彼女のつぼに入ったらしい。一之瀬はお腹を押さえて笑ってる。

 

「お、面白がってもらえたようでなにより……」

「ご、ごめん。……私も界外くんに怒られるときはあんな感じになるのかな」

「いや、俺が一之瀬に怒ることなんてないと思うんだが」

 

 俺が一之瀬を怒る。……想像が出来ない。

 

「そんなのわかんないよ。もしかしたら私がいけないことするかもしれないし」

「いけないことって?」

 

 いけないことって何だろう。人を指さしたり、燃えるゴミと燃えないゴミを混ぜてしまったりすることだろうか。

 一之瀬なのでいけないことの基準が低く考えてしまう。

 

「そ、それは……言えないかな……」

 

 一之瀬が顔を赤くして目を逸らす。

 急にどうしたんだろうか。

 

「言ってくれないとわからないんだけど」

「あぅ……」

 

 照れてる一之瀬をもっと見てみたい。

 そんな衝動に駆られて俺は珍しく彼女を追及した。

 

「こ、この話は終わり! もう一つ話があるの!」

 

 一之瀬が俺の追及を断ち切るように大きな声で言う。

 まあ、仕方ないか。また機会があったら照れ顔を堪能させてもらおう。

 

「もう一つの話って?」

 

 恐らくこの後の無人島のことだろう。

 

「これからのこと。私は無人島で何かしら試験が行われると思うんだけど、界外くんはどう思う?」

 

 一之瀬の話は予想通りの内容だった。

 

「俺も一之瀬と同意見だ」

「そっか。それで確認したいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「BクラスとDクラスの協力関係ってまだ続いてると思っていいのかな?」

 

 Bクラスとは須藤の冤罪事件で協力をして貰った。今の質問からすると一之瀬たちはまだDクラスのことを仲間だと思ってくれているようだ。

 

「俺はそう思ってる。ちなみに平田もだ」

 

 今後のBクラスとの協力関係については、平田とすでに相談済だ。平田とは同じ部屋だったので、船に乗った直後に相談した。

 ちなみに4人部屋で後の2人は綾小路と博士だ。俺に都合が良すぎる割り当てである。

 

「よかった。それじゃどんな試験かまだわからないけど一緒に頑張ろ」

「うん頑張る」

 

 なんだろう。一之瀬に頑張ろうと言われると、何でも頑張れるような気がする。

 用件を終え、俺と一之瀬は一緒にデッキに向かった。

 

「界外くんはどんな試験だと思う?」

 

 隣で歩く一之瀬が聞いてきた。

 

「うーん、サバイバル合宿とか?」

 

 わざわざ無人島まで連れてきたんだ。王道ならサバイバルだろう。

 

「もしサバイバルだとしたら自信ある?」

「やったことがないから何とも。一之瀬は?」

「私もまったく」

 

 普通そうだよね。一応ゆるキャンの影響でキャンプはしたことがあるけど役に立つかどうか……。

 

「ま、どんな試験であれPlus Ultraの精神で乗り越えていくしかないな」

「だね! 更に向こうへ!」

「「Plus Ultra!!」」

 

 一之瀬がノリノリである。

 恐らく昨日、俺の部屋で一緒にヒロアカを見た影響だろうな。結局、ヒロアカの映画も一之瀬と一緒に行くことになった。博士ごめんね。七つの大罪は一緒に行くから許してね。

 Plus Ultraの精神もそうだけど、一之瀬との映画館デートを心の支えにして頑張っていこう。

 





さすがに上条さんのような一級フラグ建築士にはなれないけれど、三級フラグ建築士ならなれそうな感じです


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23話 青天の霹靂


9月25日によう実9巻、10月5日に禁書3期放送開始
秋が待ちきれないですね
今思ったら禁書ってやべえヒロインしかいない


 一之瀬と別れてDクラスの連中に合流した俺はデッキで下船待機をしていた。どうやらAクラスから順番に下船するようだ。

 俺が汗を拭ってるとようやく堀北も合流してきた。髪が乱れてるけど昼寝でもしてたのだろうか。……いや、違う。寒気を感じてるのか腕をさすってる。夏風邪でも引いたのか。

 

「今まで何してたの?」

 

 腕をさすりながら堀北が聞いてきた。

 

「部屋で博士と一緒にアニメを見てた」

「本当にアニメが好きなのね」

 

 呆れた様子で堀北が言う。

 

「堀北は何してたんだ?」

「部屋で読書」

「お互いまったくクルージングの旅を満喫できてないようだな」

「そうね」

 

 まあ、船上ではしゃぐ堀北なんて見たくないけどね。一之瀬や櫛田と違って堀北にそういうのは似合わないだろうし。

 

「ねえ。妙に慎重というか警戒していない? 携帯を没収するなんてテストの時にもやってないことだわ。余計な私物の持ち込みも禁止することも」

「確かにな。……つまりそういうことなんじゃないか?」

 

 堀北も薄々気づいてるだろう。

 それより堀北の体調が気になる。本人に直接聞いてみるとするか。

 

「堀北。体調悪いのか?」

「え」

「寒気を感じてるんだろ。夏風邪か?」

 

 俺が問うと、堀北は驚いたような表情をした。

 ばれないと思っていたのだろうか。

 

「……大したことないわ。微熱よ」

「薬は飲んだのか?」

「ええ。医務室で貰ってきたわ」

 

 薬は飲んでるのか。なら大丈夫か。

 一安心した俺はジャージの上着を脱ぎ、堀北に差し出した。

 

「……なに?」

「寒気が収まらないんだろ。なら着てろよ」

「で、でも……」

「これ以上悪化したら堀北だって困るだろ」

 

 俺がそう言うと、堀北は黙って上着を受け取った。

 そしてジャージに身を包む。サイズが大きいので重ね着してもきつく感じることはないだろう。

 

「……ありがとう」

 

 ぶっきらぼうにお礼を言う堀北。

 顔が赤くなっているのは、風邪なのか照れてるせいなのかわからない。

 やがてDクラスの番がやってきて、厳重な検査を受けた後タラップを降りた。

 

「今からDクラスの点呼を行う。名前を呼ばれた者はしっかりと返事をするように」

 

 同時に整列するよう指示をされ、全クラス一斉に出席の確認を始めた。

 ちなみに茶柱先生は生徒と同じジャージに身を包んでいる。コスプレ感が否めない。

 程なくしてAクラスの担任を担当している真嶋先生が前へと出てきた。

 

「今日、この場所に無事につけたことを、まずは嬉しく思う。しかしその一方で1名ではあるが、病欠で参加できなかった生徒がいることは残念でならない」

 

 病欠か。さて参加できなかったことが吉と出るか凶と出るか。

 しかし先生方、随分険しい表情をしているな。星之宮先生はいつも通りだけど。

 先生たちの様子を伺ってると、作業着に身を包んだ大人たちが、テントや机、パソコンを設置し始めているのが見えた。

 他の生徒たちもそれに気づき、ざわめきだした。

 

「ではこれより―――――――本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 やっぱりな。しかしあんな炎天下の場所にパソコンを置いて大丈夫なのだろうか。

 俺がどうでもいい心配をしていると、更に生徒たちがざわめきだす。

 愚かな奴らだ。まさか本当にバカンス旅行を楽しめると思っていたのか。

 ……やべぇ。心の声まで赤司の口調になってる……。

 

「期間は今から1週間。8月7日の正午に終了だ。君たちはこれから1週間、この無人島で集団生活を行い過ごすことが試験となる。なお、この特別試験は実在する企業研修を参考にして作られた実践的、かつ現実的なものであることを説明しておく」

「実際にある研修なのか。国立の学校なのにオリジナル性がないな……」

 

 俺がそう呟くと先生方に睨まれてしまった。

 やべえ、思ったより大きな声で呟いてたらしい。

 

「馬鹿」

 

 隣に立つ松下に軽く叩かれる。

 改めて先生方を見ると、星之宮先生が笑いを堪えてるのがわかった。何がそんなに面白かったのだろうか。

 

「説明を再開する。試験中の乗船は正当な理由無く認められない。この島での生活は眠る場所から食事の用意まで、君たち自身で考える必要がある。スタート時点で、各クラスにテントを2つ、懐中電灯を2つ、マッチを1箱支給する。また、日焼け止めは無制限、歯ブラシに関しては各生徒に1つずつ配布することとする。特例で女子生徒のみ生理用品は無制限で許可している。各自担任に願い出るように。以上だ」

 

 以上ということは、それ以外のものは支給されないのだろうか。シャンプーや洗顔はどうすればいいんだろう。

 真嶋先生の説明が終わると、案の定池が騒ぎ出したが、すぐに先生方に論破された。

 

「先生。今は夏休みのはずです。そして我々は旅行という名目で連れてこられました。企業研修ではこんな騙し討ちのような真似はしないと思いますが」

 

 不服を覚えたらしい他クラスの生徒が、そんな風に立てついた。

 

「その点に関しては間違った認識ではない。不平不満が出るのは当然だ」

 

 認識が甘いな。真嶋先生は甘いことを言っているが、この学校で生きていくなら騙された方が悪いと思うようにならないと生き残れないぞ。

 

「だが安心していい。この試験は過酷な生活を強いるものではない。今からの1週間、君たちは海で泳ぐのもバーベキューをするのもいいだろう。この特別試験のテーマは『自由』だ」

「え? それって試験って言えるのか? ちょっと意味がわからなくなってきた……」

 

 池が混乱するのもわかる。試験なのに遊ぶのは自由。俺たち生徒に疑問点ばかりが増えていく。

 

「この無人島における特別試験では大前提として、試験専用のクラスポイントを各クラスに300ポイント支給することが決まっている。このポイントを上手く使うことで特別試験を楽しむことも可能だ。そのためのマニュアルも用意してある」

 

 真嶋先生は別の教師から冊子を受け取った。

 

「このマニュアルにポイントで入手できるモノのリストが全て載っている。生活必需品や娯楽品など無数に揃えている」

「つまりその300ポイントで何でも貰えるってことですか?」

「そうだ。もちろん計画的に使う必要はあるが、堅実なプランを立てれば無理なく1週間過ごせるようになっている」

 

 堅実なプランか。つーか説明長いな……。マニュアルに書いてあるなら省略してくれてもいいんだけど。

 

「でも先生。特別試験って言うんだから難しい何かがあるんでしょう?」

 

 池が通販番組の出演者みたいな口調で質問する。

 

「難しいものは何もない。2学期以降への悪影響もない。保証しよう」

「じゃあ本当に、1週間遊ぶだけでもオッケーだと?」

「そうだ。全てお前たちの自由だ。もちろん集団生活を送る上で必要最低限のルールは存在するがな」

 

 さっきからやたら自由を連呼するな。某水泳アニメが見たくなっちゃうからやめてくれ。

 俺が心の中で愚痴ってると真嶋先生が続けて説明する。

 

「この特別試験終了時には、各クラスに残っているポイント、その全てをクラスポイントに加算した上で、夏休み明けに反映する」

 

 真嶋先生の発した一言により、生徒たちに今日一番の衝撃が走る。

 今回の試験は今までの学力テストとは違う。学力ではなく我慢を競う戦いだ。

 ……うん、我慢を競う戦いでもDクラスが一番不利なのは変わらないな。

 

「マニュアルを各クラス1冊ずつ配布する。紛失の際は再発行も可能だが、ポイントを消費するので大切に保管するように。また、特別試験のルールでは、体調不良などでリタイアした生徒がいるクラスにはマイナス30ポイントのペナルティを与えるルールになっている。今回の旅行の欠席者がAクラスに1人いる。なのでAクラスは270ポイントからのスタートとする」

 

 真嶋先生の説明にAクラスの生徒たちは動揺した様子は見せなかった。

 他クラスの生徒たちは30ポイント縮まったことに驚きの様子を見せる。

 真嶋先生の話が終わりを告げると同時に解散宣言がなされた。俺たちはすぐに茶柱先生の元へ集まった。

 クラスポイントを大量に増やすチャンスが来たことに、クラスメイトの大半が歓喜している。

 

「今からお前たち全員に腕時計を配布する。試験終了後まで腕時計を許可なく外すことは認められていないので必ず身につけておくように。この腕時計は時刻の確認だけではなく、体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPS機能も備わっている。また万が一に備え学校側に非常事態を伝えるための手段も搭載されている。緊急時には迷わずそのボタンを押すように」

 

 茶柱先生の近くに支給品が次々に積み上げられていく。

 なんだこのハイテク腕時計は。これで麻酔銃が搭載されていれば完璧じゃないか。

 俺が腕時計を装着していると、質問のスペシャリスト池が茶柱先生へいつものように質問をしていた。

 池の質問により腕時計が完全防水機能であることがわかった。故障した場合は代替品と交換するとのことだ。

 

「茶柱先生。今からこの島で1週間生活するとのことですが、ポイントを使わない限り全て僕たちで何とかしなければならないということでしょうか」

 

 池に続いて、平田が質問する。

 

「そうだ。学校は一切関与しない。食料も水も、お前たちで用意して貰う。足りないテントもそうだ。解決方法を考えるのも試験のうちだ」

 

 茶柱先生の回答に戸惑いの色を見せる生徒たち。特に女子の方は非常に困惑している。

 

「大丈夫だって。食料は魚捕まえたり、果物を探せばいいじゃん。最悪、体調不良になっても我慢我慢」

 

 300ポイントをゲットしたい池は、あっけらかんとそう言った。

 池、お前に1週間我慢できる忍耐力はないぞ……。

 

「残念だが池、配布されたマニュアルを開け。お前の目論見通りにいくとは限らんぞ」

 

 平田は茶柱先生の指示に従い、受け取ったマニュアルを開く。

 

「最後のページにマイナス査定の項目が記載してある。これはこの特別試験を象徴する非常に重要な情報になる。生かすも殺すもお前たち次第だ」

 

 俺は平田の隣に移動して、マニュアルを覗きこもうとすると、平田が俺に見やすいようにマニュアルの角度を変えてくれた。……やだ、優しい。

 平田と一緒に最終ページを見る。そのページには『以下に該当するものは、定められたペナルティを科す』と記載があった。

『著しく体調を崩したり、大怪我をし続行が難しいと判断された者がいる場合はマイナス30ポイント。及びその者はリタイアになる』『環境を汚染する行為を発見した場合。マイナス20ポイント』『毎日午前8時、午後8時に行う点呼に不在の場合。1人につきマイナス5ポイント』『他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損を行なった場合、生徒の所属するクラスは即失格、対象者のプライベートポイント全没収』と合計4つの事項が記載されていた。

 なるほど。しかし4つ目の事項はどう確認するんだ。後で監視カメラがあるか確認しておいた方がいいかもな。

 

「池。お前が無茶をするのは勝手だが、もし10人の生徒が体調不良に陥ったら、それで我慢と努力は全て泡となって消える。強行するときはそれを覚悟しておくんだな」

 

 我慢で乗り切る手を封じられ、池たち一部の生徒が困惑する。

 いかに効率よくポイントを使い、節約して1週間を乗り切るかが重要だ。

 

「つまりさ、ある程度のポイント使用は仕方ないってことなんじゃない?」

 

 篠原が意見を述べる。

 

「最初から妥協する戦い方は反対だぜ。やれるところまで我慢するべきだろ」

 

 池がそう反論する。

 俺を挟んで言い争うのはやめてくれないだろうか。挟むなら平田だけにしてくれ。

 

「界外くんはどう思う?」

 

 平田に聞かれてしまった。なんで俺に聞くんだよ。マニュアル見るために平田の隣に来たのは失敗だったな。

 平田が俺に意見を求めたせいで、クラス中の視線が俺に集中する。

 

「とりあえず池は大事なことを忘れてる」

「大事なことって何だよ?」

 

 池が俺に確認してくる。

 

「俺たちに我慢なんて出来るわけないだろ。俺たちはDクラスだぞ」

 

 俺は視線を気にしつつ、言い放った。

 

「た、確かに……」

「説得力ある回答と思ってしまう自分が悲しい……」

「早く学校に戻ってアニメが見たいでござる……」

 

 俺の発した言葉に同調する声が次々に上がる。

 博士、俺も同じだよ。でも頑張るしかないんだよ。

 

「まあ、効率よくポイントを使って、節約して過ごすのがベストじゃないか」

 

 俺の答えに池も渋々納得してくれたようだ。篠原には「よく言った」と背中を叩かれた。

 再度マニュアルに目を通すと、購入できるアイテムの幅が広いことがわかった。

 テントや調理器具などのサバイバルに必要な道具、デジカメや無線機などの機器、浮輪や花火などの娯楽品、食料や水も記載されている。

 ポイントを使用したい場合は都度担任に申し出ることで、誰でも申請可能らしい。

 

「茶柱先生、答えられることであれば教えて下さい。仮に300ポイント全てを使用後にリタイアする者が現れた場合にはどうなるんでしょうか」

 

 いつの間にか俺の後ろにいた堀北が挙手し、茶柱先生に質問をする。

 

「その場合、リタイアする人間が増えるだけで、ポイントは0から変動はしない」

「つまりこの試験でマイナスに陥ることはない、ということですね?」

 

 堀北の問いに茶柱先生が肯定する。そういえば真嶋先生も試験による悪影響はないと言っていたな。茶柱先生が話を続ける。

 

「支給テントは1つが10人用の大きなものになる。重量が15キロ近いから運ぶ際は気をつけるように。また、支給品の破損や紛失に関しては学校側は一切手助けしない。新しいテントが必要な場合はポイントを消費することを覚えておけ」

「僕からもよろしいですか先生。点呼はどこで行うんですか?」

「担任は各クラスと共に試験終了まで行動を共にする決まりになっている。お前たちでベースキャンプを決めたら報告するように。私はそこで拠点を構え、点呼はそこで行う決まりだ。ちなみに正当な理由無くベースキャンプの変更はできないからよく考えるように。これらは他クラスも同様の条件になる」

 

 茶柱先生も一緒に1週間過ごすのか。まあ、本当に手助けはしてくれないんだろうけど。

 

「続いてトイレの説明をする。トイレをする際はこれを使え」

 

 茶柱先生はそう言うと、段ボール箱から折りたたまれた段ボールを取り出した。

 

「なんですかそれ?」

 

 平田が問う。

 

「簡易トイレだ。クラスに1つずつ支給されるものだ。大切に扱うように」

 

 その説明にクラスの女子たちが大いに戸惑う。

 

「もしかして、私たちもそれを使うんですか!?」

 

 声を大にして篠原が質問する。池と仲良いからか質問癖がついたのだろうか。

 

「男女共有だ。だが安心しろ。着替えにも使えるワンタッチテントがついてる。誰かに見られることもない」

「そう言う問題じゃないです! 段ボールでなんて無理です!」

 

 茶柱先生は、女子からのブーイングを聞き流し、簡易トイレの使い方をレクチャーした。

 説明の中にあった給水ポリマーシートは無制限で支給されるとのことだったので、トイレ以外に役立つかもしれない。

 茶柱先生のレクチャーが終わると、簡易トイレの使用について池と篠原が言い争っている。本当に仲が良いな、近くに居る松下も呆れている。

 

「やっほ~」

 

 気の抜けた声が俺たちの背後から聞こえてきた。

 後ろを振り返ると、星之宮先生が茶柱先生の二の腕を撫でていた。

 茶柱先生は冷たくあしらってるが、星之宮先生は離れる様子はない。

 しばらくアラサーの百合を見てると、星之宮先生に声をかけられた。

 

「界外くんじゃない。久しぶり~」

「どうも」

 

 こうして話すのは佐倉のストーカー事件以来だ。俺は軽く会釈をする。

 

「夏は恋の季節。好きな子に告白するなら、こういう綺麗な海の前が効果的かもよ~?」

「綺麗な海の前でもジャージじゃ台無しじゃないですか」

「確かにそうかもね~」

 

 この人適当だな。つか、自分のクラスを放置しておいていいのだろうか。

 

「そろそろ帰れ」

「う、そんなに睨まなくても……。わかったわよぉ。じゃあね~」

 

 星之宮先生は悲しげな顔をしながらBクラスの陣に戻っていった。

 Bクラスの方を見ると、一之瀬と目があった。手を振ってきてくれたので、手を振り返した。

 

「いたっ」

 

 直後、足に痛みが軽く走った。足元を見ると、堀北が俺の足を踏んでいるのがわかった。

 

「なにすんだよ」

「真面目に話を聞かないからよ」

 

 いや、今は誰も話してないよね。貸した上着を剥ぎってやろうか。

 俺と堀北が睨みあってると、茶柱先生が話を切り出した。

 

「ではこれより追加ルールを説明する」

「つ、追加ルール? まだ何かあるのかよぉ……」

 

 池がげっそりと言う。

 

「まもなくお前らにはこの島を自由に移動する許可が与えられるが、島の各所にはスポットとされる箇所が複数設けられている。それらには占有権が存在し、占有したクラスのみ使用できる権利が与えられる。ただし占有権は効力上8時間しか意味を持たず、自動的に権利が取り消されることになる。そして、スポットを1度占有するごとに1ポイントのボーナスポイントが付与される。ただしこのポイントは暫定的なもので試験中に使用は不可だ。なので、試験終了時にのみ精算され、加算される仕組みになっている。学校側は常に監視をしているため、このルールにおける不正の余地はない。注意するように」

「それすっげぇ大事じゃないすか! 俺たちで全部取ってやろうぜ!」

 

 池は目を輝かせて山内たちを誘い始める。

 

「焦る気持ちはわかるが、このルールには大きなリスクがある。そのリスクを考慮した上で利用するか検討するように。そのリスクも含め全てマニュアルに記載してあるぞ」

 

 茶柱先生の言った通り、マニュアルに箇条書きで追加ルールのことが書き記されていた。

 

・スポットを占有するには専用のキーカードが必要である

・1度の占有につき1ポイントを得る。占有したスポットは自由に使用できる

・他が占有しているスポットを許可無く使用した場合50ポイントのペナルティを受ける

・キーカードを使用することが出来るのはリーダーとなった人物に限定される

・正当な理由なくリーダーを変更することは出来ない

 

 大まかなルールは以上だ。後は7日目の最終日、点呼のタイミングで他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。リーダーを的中出来た場合、的中させたクラス1つに付き50ポイントを得る。逆に言い当てられたクラスは50ポイントを支払わなければならない。安易にスポット獲得に動けばリーダーを見破られ、大量にポイントを失う可能性がある。ハイリスクハイリターンだな。

 また、他クラスのリーダーを違う人間で報告した場合は、判断を誤ったとしてマイナス50ポイントされてしまう。これに付け加えてリーダーを見破られたクラスは、貯めたボーナスポイントも失うことになる。確実な情報を得ないと報告するのも難しいな。

 

「参加するしないは自由だが、リーダーは必ず決めて貰う必要がある。決まったら私に報告をするように。その際にリーダーの名前を刻印したキーカードを支給する。制限時間は今日の点呼まで。以上だ」

 

 つまりカードを盗み見られただけでも、リーダーの正体がばれてしまうということか。

 茶柱先生の説明が終わるとすぐに平田が行動を開始する。

 

「リーダーに関してはまだ時間もあるし後にしよう。まずはベースキャンプをどこにするかだね。このまま浜辺に陣取るか、森の中に入っていくか。スポットはその後で考えたほうがいいと思う」

「先生たちがいる船の傍がいいんじゃないの?」

 

 篠原が意見を述べる。

 

「いや、そうとも限らないよ。ここには何もないからね」

 

 確かにここには何もない。水もなければ食料もない。そしてもアニメを見れる環境もない……。

 

「ねえ、界外くんはベースキャンプどこがいいと思う?」

 

 佐藤が俺に聞いてくる。

 俺は無言で船を指さす。

 

「いやいや、それリタイアじゃん!」

「冗談だよ」

「もう真面目に答えてよね」

 

 佐藤はそう言いながら、腕を軽く叩いてくる。

 俺が佐藤と駄弁ってると、いつの間にか篠原と池が言い争っていた。

 

「仮設トイレ絶対いるから! 本当はそれも嫌だけど……それじゃないと無理!」

「20ポイントだぞ! 水や食料じゃないんだからさー! たかがトイレだぜ!」

 

 篠原と池を代表にして多くの女子と一部の男子が対立をしている。まあ、女子からしたら簡易トイレなんて無理だよな。

 

「佐藤は仮設トイレ欲しいか?」

「そりゃーね。さすがに簡易トイレはきついし……」

「だよな」

「界外くんはどうなの?」

「俺も仮設トイレは欲しい。現代っ子だから簡易トイレは無理」

 

 仮設トイレの購入を反対している男子の面々を見る。中心人物は池だな。あいつを言いくるめれば大丈夫そうだ。

 俺はゆっくりと池に近づいていき、肩に腕を回した。

 

「うわっ!」

 

 池は驚いた様子で俺を見る。

 

「な、なんだ界外かよ。脅かすなよ……」

「悪い。それよりちょっといいか」

「な、なんだよ……」

 

 俺は池を連れて集団から少し遠ざかった。

 

「池。お前は仮設トイレの購入に反対なんだな」

「当たり前だろ。20ポイントもするんだぞ」

「そうだな。……でもいいのか?」

「なにが?」

 

 俺は少し離れた場所にいる櫛田の方を見る。

 

「お前の愛しの櫛田にあんなトイレで用を済まさせていいのか?」

「うっ、そ、それは……」

「ここは女子の味方をした方が櫛田の好感度が良くなるぞ」

「な、なるほど……。それじゃ女子用で1個購入すれば……」

「いや、男子用にも1個購入しよう」

「な、なんでだよ……?」

 

 俺も仮設トイレが欲しいから、とは言えない。池を説得するために再度櫛田を利用する。

 

「あんな簡易トイレで用を足す男子を櫛田はどう思うんだろうな」

「え」

「不潔だと思うんじゃないか?」

「不潔っ!?」

「櫛田に不潔だと思われていいのか?」

「よ、よくない……!」

「だろ? なら男女用に1個ずつ購入すべきだ」

「そ、そうだな。界外の言う通りだ!」

 

 計画通り! 恐らく今の俺はデスノート所持者のような顔をしているだろう。

 池を説得し終えた俺は元いた場所に戻る。池は意気揚々と平田と篠原の元へ向かった。

 

「男女用に2つ仮設トイレ購入しようぜ!」

 

 先ほどと180度反対な池の意見に全員戸惑いの声をあげる。

 

「やっぱ女子には簡易トイレじゃきついと思うんだよな。それに衛生面の問題もあるだろ。だから男女1個ずつ購入した方がいいと思うんだよ」

「あ、アンタ、急にどうしたの……?」

 

 篠原が心配そうに言う。

 

「界外くん、彼に何を吹き込んだの?」

 

 隣に立つ堀北が聞いてくる。

 

「男心を利用した」

「……そう」

「堀北も仮設トイレはあった方がいいだろ?」

「それはあるにこしたことないけれど」

 

 体調不良な堀北に密室空間があった方がいいだろう。微熱ということだがこれから悪化する可能性もある。堀北の性格上我慢しそうだから、気をつけて見ておかないといけない。

 

「じゃあ、仮設トイレは2つ購入ということでいいかな?」

「待ってくれ」

 

 平田の問いかけに幸村が反応した。

 

「この試験は他クラスとのポイント差を埋める絶好のチャンスだ。仮設トイレなんかにポイントを使うのは馬鹿げている。俺はいつまでもDクラスにいるつもりはないからな」

 

 どうやら幸村は仮設トイレの購入に反対なようだ。せっかく池を説得したのに面倒なやつだな……。

 

「えっと……」

 

 この流れで反対意見が上がるとは思わなかったのだろう。平田が困惑している。

 

「まあ待てよ幸村」

 

 そこに須藤が参戦してきた。……お前かよ!

 

「なんだ須藤」

「1ポイントでも残しておきたいお前の気持ちはわかるぜ。でも女子は俺たちが思ってるよりデリケートな生き物なんだ。だからもう少し女子に寄り添って考えてやろうぜ」

 

 だから誰だよお前は! なんでそんな爽やかになってるんだよ! 夏目と座禅にそんな効果があるのかよ!

 俺が心の中で突っ込んでいると、女子たちが悲鳴をあげていた。

 いいこと言ってるのに可哀相に……。でも今までの行動があれだから仕方ないね。もう少し時間が経てば今のお前も受け入れてくれるだろう。

 

「界外も効率的にポイントを使った方がいいって言ってたじゃねぇか。な?」

「……わかった。なら設置すればいいだろ」

 

 やっと幸村が折れてくれたようだ。

 まさか須藤が説得してくれるとは。まさに青天の霹靂だな。

 





また明日投下します
主人公が一之瀬に骨抜きにされます


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24話 理性は次々死んでいく


今回も少しエロい描写入ってるのでご注意を


 仮設トイレ購入の話を終えた俺たちDクラスは森の中を突き進んでいた。ちなみに池や須藤の一部の男子たちはキャンプ地とスポットを探しに別行動をしている。

 先頭は平田と軽井沢グループ。俺と堀北は後方を歩いていた。後方には他に綾小路、佐倉、長谷部もおり、静かに前方のグループを追っている。

 堀北は時折立ち止まるような仕草を見せては歩き出すのを繰り返している。

 

「大丈夫か?」

「……問題ないわ」

「ならいいんだけど」

 

 問題なさそうに見えないんだけど。……まあ、ベースキャンプ地を決めてから安静にさせればいいか。

 

「それよりこの試験は憂鬱ね」

「島での原始的な生活が嫌なのか?」

「それもあるけど、何より一人じゃないってところがね」

 

 まぁ、団体行動と堀北は縁遠い存在だからな。そういえば長谷部もぼっちなんだよな。見た目はリア充っぽいのに意外だ。

 

「今回は学力以外の能力が問われそうね。それと他のクラスの動向も気になるわ」

「そうだな。とりあえずBクラスとは協力関係が続いているから、色々と情報交換をしたいところだな」

 

 情報交換を理由にして一之瀬と会おう。1週間も一之瀬と会えないなんて発狂しそうだ。

 

「ま、情報交換は俺に任せてくれ」

「その時は私も行くわ」

「え」

「なにか問題でも?」

 

 堀北が少し睨むような目で見てきたので、わかったと答え視線から逃げた。

 ふと振り返ると綾小路と佐倉が仲良くお喋りをしていた。長谷部はその2人に興味はないようでマイペースに歩いている。

 程なくして平田たち一行が立ち止まった。

 

「ここなら日差しも遮れるし、他のクラスの人に話を聞かれる心配もなさそうだね」

 

 平田は話の続きを再開した。

 

「えっと、池くんたちがベースキャンプ地を捜しにいってくれてるけど、僕らも探索するべきだと思う」

 

 それからすぐに志願者を募るも男子2人だけで思ったように人数が集まらない。

 ま、暑いしなるべく動きたくないよな。

 

「この中にサバイバルに精通した人とか……いないかな?」

 

 一縷の望みをかけて平田が聞く。

 しかし現実はそう甘くない。名乗る者は誰もいなかった。

 

「あの、私でよかったら行くよ」

 

 この嫌な空気を払拭すべく、自ら志願したのは櫛田だった。その姿を見て、櫛田狙いの男子たちが次々に志願する。

 結果、12人が集まった。そして3人4チームで15時まで行動することになった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 探索組がここから離れて10分が経った。

 俺は日陰で腰を下ろして一休みしている。

 

「あなたは行かなくてよかったの?」

 

 隣に座る堀北が聞いてくる。

 

「ああ。何人かは男子も残ってた方がいいだろうし」

 

 居残り組の男子は俺と博士と幸村の3人。博士と幸村は体力を使い果たしたようで、ぐったりしている。

 

「それに堀北も心配だったし」

「え」

 

 さすがに風邪引いてる堀北を置いていけないからね。俺がいないところで倒れたりしたら嫌だし。

 

「……あ、ありがとう」

「おう」

 

 堀北も素直にお礼が言えるようになってきたな。

 堀北と話してると、視線を感じた。

 松下、佐藤、篠原の3人がこちらをにやにやしながら見ている。もうその視線には慣れたぜ。

 20分ほどすると堀北が寝息を立て始めた。俺はそっと堀北から離れる。

 

「博士、生きてるか?」

 

 グロッキー状態の博士に声をかけた。

 

「仙豆が欲しいでござる」

「カリン塔に行って貰ってこい」

 

 どうやら冗談が言えるくらい回復したようだ。

 時計を見ると14時を過ぎた頃だった。

 

「15時までまだ1時間あるし、博士も昼寝したらどうだ?」

「確かに午眠は学校が推奨してたでござるな」

 

 もうそのアニメは終わったよ。それに給食改善も午眠もされなかったよ。

 博士も寝始めたので、俺はその場から離れた。

 誰もいない日陰の場所に行こうとすると、松下たちに手招きをされた。

 

「なんだよ」

 

 俺は素直に松下たちの元に向かい声をかける。

 

「特に。暇だから呼んだだけ」

「おい」

「いいじゃん。時間あるんだしお喋りして待ってようよ」

 

 確かにやることはない。あと1時間も何もしないで過ごすのも苦痛だ。俺は松下の誘いに乗り、腰を下ろした。

 

「ねえねえ、トイレの話の時に池に何を吹き込んだの?」

 

 篠原が身を乗り出して聞いてきた。

 

「私もそれ気になった!」

 

 続けて佐藤が言う。

 

「仮設トイレ購入を支持した方が、女子の好感度が上がると言っただけだ」

 

 俺が答えると、女子3人から「単純」と声があがる。池に限らず男って単純な生き物なんだよ。

 

「そういえば界外くん、平田くんからマニュアル受け取ってたよね」

 

 思い出したように松下が問う。

 

「ああ。見るか?」

「うん」

 

 鞄からマニュアルを取り出し、松下に渡す。

 女子3人は興味深そうにカタログのページを見ている。

 

「色々あるんだね。ウォーターシャワーってなんだろ?」

 

 佐藤が疑問を言う。

 

「わかんない。篠原さん知ってる?」

「ううん。界外くんはわかる?」

「わかる」

 

 よくぞ聞いてくれた。ゆるキャンの影響でキャンプ道具の知識はそれなりにあるのだ。ほとんどグー○ル先生に聞いたんだけどね。

 

「簡易シャワーだ。給水口に水を入れて、コックをオンにするとシャワーヘッドから水が出るんだよ。いいやつだとお湯が出るものもある」

 

 俺が説明を終えると、女子3人が「おおー」と言いながら拍手をし出した。照れるからやめて。

 

「界外くんってこういうの詳しいんだね」

 

 いつの間にか隣に座っている借金ガール軽井沢が言う。軽井沢だけでなく、いつの間にか俺は居残り組の堀北と長谷部以外の女子全員に囲まれていた。

 これがハーレムと言うやつか……。

 だめだ、落ち着かない。ワンサマーは毎日こんな思いをしているのか。けっこう精神的に疲れるなこれ……。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は15時半。俺たちDクラスは池が見つけた川沿いにあるスポットに移動していた。

 静かに流れる川は幅10メートルほどの立派なものだった。周囲は深い森と砂利道に囲まれているが、この場所は整備されるように開けていた。

 やはり学校側が事前に整備したんだろうな。なら川の水も飲めそうだな。

 俺は周囲を確認するため、綾小路と一緒に川辺を歩きながら森の方へ向かった。

 

「川を利用できるのは俺たちだけみたいだな」

 

 木の立て看板を見て綾小路が言う。

 

「まあ、こうしないと他クラスと揉めそうだもんな」

「揉め事はなるべく避けたいからありがたいな」

「それ皮肉で言ってる?」

 

 船でAクラスと揉めたことを遠まわしに言われてるのだろうか。

 

「違うぞ。考えすぎだ」

「それならいいんだけど」

 

 周辺を軽く見て回った俺たちは、平田たちのもとへ戻った。

 

「ここをベースキャンプにするのは確定として、問題は占有をどうするかだね」

「しないなんて選択肢あるか?」

 

 平田の問いかけに池が反応する。

 

「あるよ。スポットの更新の操作の際に見られてしまう可能性がある。ここは周りが森だから茂みにいたらわからないからね」

「そんなの囲むようにして隠せばいいだろ」

 

 ここは池に賛成だな。川が独占できるのは大きなメリットだ。

 その後、平田が多数の意見を拾い集め、この場所をベースキャンプ地にすることが決まった。

 

「次は誰がリーダーをするかだ。肝心なのはそこだからね」

 

 リーダーか。そんな重役誰もやりたがらないよな……。

 俺もやりたくない。だから俺を突っつくのをやめてくれ松下。

 松下に抵抗していると櫛田が皆に集まるように言い、円を作らせると小声で話し出した。

 

「色々考えてみたんだけど、平田くんや軽井沢さんは嫌でも目立っちゃう。でもリーダーを任せるなら責任感のある人じゃなきゃダメでしょ? その両方を満たしているのは堀北さんだと思うんだけど、どうかな……?」

 

 一斉に堀北にみんなの視線が集中する。いや、堀北も目立つ存在になってると思うんだけど。龍園に宣戦布告されてますしおすし。それに風邪引いてるんだけど。

 俺が心配そうに堀北を見ると、彼女と目が合った。

 数秒見つめ合うと、堀北が口を開いた。

 

「わかったわ。私が引き受ける」

 

 引き受けちゃうのかよ。大丈夫だろうか。

 堀北の言葉を聞いた平田はすぐに茶柱先生に報告をしに行った。

 

「おい」

 

 集団から離れた堀北に声をかける。

 

「なに?」

「リーダー引き受けて大丈夫なのか?」

「問題ないわ。体調だって随分よくなったもの」

「ならいいけど……本当に大丈夫か?」

「し、心配しすぎよ……」

 

 堀北の顔をよく見るとまだ顔が赤い。やはり無理しているのだろうか。

 

「まあ、無理はするなよ。リーダーだからと言って更新の操作以外は仕事増えるわけじゃないんだからな」

「ええ」

 

 引き受けてしまったものは仕方ない。全力で堀北をサポートするだけだ。

 程なくして平田が戻ってきて、堀北にカードを渡した。もちろん誰かに見られてる可能性を考慮し、全員それとない動作で装置に触れて誰がリーダーかわからないようカモフラージュした。

 

「ねえ、平田くん。私たち居残りしてる間に購入したい物を取りまとめたんだけど聞いてくれる?」

 

 篠原が平田に言う。

 

「取りまとめ?」

「うん。界外くんがキャンプ道具に詳しくてね。マニュアル見て必要なものを選んだの」

「そうなんだ。うん、教えてくれるかな」

 

 平田は俺を一瞥し答えた。

 篠原は俺たちで取りまとめたリストを平田に伝えた。ちなみにリストに上げたのはテント、ウォーターシャワー、調理器具、釣竿、食料、調味料だ。

 案の定、ウォーターシャワーについてみんなに質問されたので俺が答えた。篠原、さっき説明したばかりなのにもう忘れたのかよ……。

 

「うん、いいんじゃないかな」

 

 平田が納得するように言う。他の生徒たちも文句はないようだ。ちなみに一番文句が言いそうな幸村に関しては居残りしてる間に説得済である。

 

「それとシャワーを浴びるのを女子は見られたくないと思うから、簡易トイレとセットで渡されたワンタッチ式テントと組み合わせればシャワールーム代わりになる」

 

 補足で説明する。

 

「なるほど。凄い詳しいんだね」

 

 平田が感心するように言う。

 

「キャンプが題材のアニメを見てたからな」

 

 ドヤ顔で言うと、博士が近づいてきて俺に続けて言った。

 

「我々アニオタ勢の知識も中々でござろう。まあ、ゆるキャンではなくがちキャンなのは嫌でござるが……」

「そ、そうだね……」

 

 さすがにこれには平田も苦笑いである。

 

「ただ俺も博士も知識だけだから。後はボーイスカウト経験者の池に任せる」

「え、俺?」

 

 いきなり名前を言われて驚く池。俺は池に近づき耳元で囁く。

 

「後は頼んだ」

「え、でも俺キャンプ経験者なだけでボーイスカウトはやってないんだけど?」

「細かいことはいいんだよ。ボーイスカウトやってたと言った方がみんな言うこと聞いてくれるから」

「そ、それでいいのか……?」

「いいんだよ。それにここでリーダーシップを発揮すれば櫛田の好感度が急上昇するぞ?」

「そ、そうか……。よし、頑張るぜ!」

 

 これ以上自分が頼られないように池のやる気スイッチを押しておく。

 もちろん頼られるのは嬉しいけど、頼られ過ぎると平田みたいに単独行動が出来なくなる。それはさすがに困るので池にバトンタッチしたのだ。池なら道具にも詳しいだろう。

 購入する物が決まり、議題は川の水が飲めるかどうかになった。池が綺麗な水だと説明するも、女子たちはなかなか受け入れなかった。結局、男子たちが川の水を飲んで様子を見ることになった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 テントとシャワールームの設営を終えた俺は森の中を一人歩いていた。迷子にならないように木の枝を折りながら突き進む。

 目的はほぼ空白の島の地図を埋めるため。もちろん俺一人だけで完成できるとは思っていない。あいつと2人で完成させるつもりだ。

 10分ほど歩くと、とあるクラスのベースキャンプに着いてしまった。

 やべえ、スパイだと思われたらどうしよう。

 とりあえず木に隠れて様子を伺ってると、後ろから気配を感じた。勢いよく振り向くとそこには……

 

「界外くん……?」

 

 愛しの一之瀬の姿があった。

 

「こんなところでどうしたの?」

「いや、一人で探索してたらここに辿り着いて……」

「そうなんだ。危険だから森の中を一人で行動しちゃ駄目だよ。めっ」

 

 一之瀬に怒られてしまった。小さい子を怒るような言い方に頬が緩んでしまう。

 

「……ああ、気をつけるよ」

「むぅ。反省してないでしょ?」

「してるしてる」

「絶対してなーい!」

 

 ああ、一之瀬と一緒にいるだけで癒されるなぁ……。

 このままBクラスのテントで寝泊まりしちゃおうかな。……冗談だけど。

 

「あ、そういえば界外くんってゆるキャン見てたよね?」

 

 急にアニメの話になってしまった。まさか一之瀬もアニメが見れなくてストレスが溜まってるのだろうか。

 

「見てたけど」

「キャンプ道具に詳しかったりする?」

「そこそこ」

「なら教えてほしいものがあるんだけどいいかな?」

 

 どうやらBクラスにはアウトドアに詳しい者がおらず、マニュアルに載っているキャンプ道具で仕様が不明なものが複数あるようだ。

 もちろん一之瀬からのお願いなので秒で了承した。

 俺は一之瀬に導かれ、Bクラスのベースキャンプに足を踏み入れた。

 一之瀬はマニュアルを取ってくる、と言い俺から離れて行った。

 つーか、一之瀬にほいほい着いてきてしまったけど、ここ違うクラスのベースキャンプなんだよな。

 ……凄い見られてる。早く戻ってきてくれ一之瀬!

 

「すまない。力を借りさせてもらう」

 

 アウェイ感を感じてると、神崎が声をかけてきた。

 

「Bクラスとは協力関係だからな。いちいち謝る必要ないぞ」

「そうか。助かる」

 

 神崎は本当に真面目だな。

 少しして一之瀬がマニュアルを持って戻ってきた。

 

「えっと、まずこれなんだけど」

 

 一之瀬はそう言うと、マニュアルを開き俺に該当のページを見せた。

 一発目はDクラスも購入したウォーターシャワーだった。

 俺はウォーターシャワーの仕様とシャワールームの作り方を説明する。

 

「なるほどね。そういうものだったんだ」

「これなら仮設シャワーより断然お得だな」

 

 一之瀬と神崎が納得したように言う。

 5分ほどして、一之瀬からの質問が終了した。

 

「ありがとう。凄い助かったよー」

「一之瀬の言う通りだ。感謝する」

 

 2人から感謝の言葉を頂戴する。

 お役に立てたようで何よりだ。

 

「神崎、ちょっといいか?」

 

 神崎がクラスの男子に呼ばれる。

 

「すまない。呼ばれてしまったので俺は失礼する」

 

 神崎はそう言うと、男子生徒の元に向かっていった。

 

「ねえ、界外くん」

「なんだ?」

「明日以降会える場所と時間を決めない?」

「え」

「私たち、協力関係を結んでるでしょ。だから情報共有しておきたいなって思って」

 

 なるほど、そう言うことか。てっきり一之瀬が俺に会いたいのかと勘違いするところだった。

 

「そうだな。時間と場所は一之瀬に合わせるぞ」

「そう? それじゃ――――――」

 

 一之瀬から時間と場所を指定され、俺は了承した。

 

「人数は多いと目立っちゃうから私と界外くんだけでいいよね?」

「そのことなんだけど……」

「なに?」

「堀北がBクラスと接触する時は自分も連れていけと言っていてな……」

 

 せっかく、一之瀬と二人きりになれるチャンスだったのに……。

 まあ、堀北も風邪引いてるのでそばに置いていた方がいいか。

 

「……そうなんだ。堀北さんがね」

「一之瀬、堀北とあまり絡んだことないだろ。どうする?」

 

 一之瀬と堀北と仲がいい俺だけど、一之瀬と堀北が話してるのを見たことがない。

 須藤の事件で審議の帰りの際に会ってはいるが、堀北が抜け殻だったので会話はなかった。

 さすがの一之瀬も話したことがない子を連れてくるのは嫌だろう。

 

「……うん、いいよ」

「え、いいのか……?」

「うん。前から堀北さんとは話してみたいと思ってたし」

 

 さすが一之瀬。コミュ力の申し子だ。コミュ力の反逆児の堀北と接触してどうなるのか。

 

「そうか。それじゃ明日連れてくる」

「うん。私も神崎くんに付き添ってもらうから」

 

 妥当だな。俺の中で神崎はBクラスのナンバー2のイメージがついてる。あとナンバー2の人って苦労人が多いイメージだ。

 

「それじゃそろそろ帰るよ」

「うん。見送りだけさせて」

 

 一之瀬はそう言い、先ほど出会った場所までついて来た。

 木の枝を折っておいてよかった。これでお互い迷わずに相手のベースキャンプに行けるだろう。

 

「……あれ?」

 

 何かに気づいたように言う一之瀬。

 

「界外くん、指から血が出てるよ?」

「血?」

 

 一之瀬に言われ確認してみると、右手の人差し指から血が流れていた。恐らく枝を折った際に切ったのだろう。

 

「指を切ったみたいだな」

「ちょっと貸して」

「ん?」

 

 いきなり一之瀬に右手首を掴まれてしまった。

 

「消毒してあげるから指伸ばして」

 

 俺は言われるがままに人差し指を伸ばす。一之瀬は消毒液を携帯してるのか。さすが学級委員長だ。

 そう感心した直後、指先に衝撃が走った。

 

「はむっ」

 

 一之瀬が俺の指をくわえたのだ。そして指をしゃぶりだした。

 

「んぶぅ、んっ……」

 

 あまりの出来事に俺は指をしゃぶる彼女を茫然と見つめることしか出来ない。

 消毒すると言われて、まさか指をしゃぶられるとは思わなかった。

 一生懸命消毒してくれてる一之瀬。

 あろうことか俺はそんな彼女を見て、なんてエロい顔をしてるのだろうと思ってしまった。

 目を瞑って消毒している一之瀬だが、時折目を開けて俺のことを見てくる。その表情がとてつもなくエロいのだ。

 

「んぐっ……!?」

 

 そんな一之瀬を眺めてると急に彼女の目が見開いた。

 驚いたような表情で俺を見つめる。急にどうしたんだろうか。

 つーか、指を奥までくわえすぎじゃないか。いつの間にか俺の人差し指は根元まで一之瀬の口内に包まれていた。

 奥までくわえてるせいだろう。一之瀬が苦しそうな表情をしている。

 だが一之瀬はそのまま俺の指をしゃぶり続ける。

 じゅぼじゅぼといやらしい音が響く度に、俺の理性が次々死んでいくのがわかる。

 やばい。こんなことをされ続けたら理性に定評がある俺でも堕ちてしまう。

 

「ぷはぁっ……」

 

 直後、俺の指が一之瀬の口から解放された。

 危なかった。もう少し続けられてたら……。

 

「けほっ、ごほっ」

 

 軽く咳き込む一之瀬。咳き込むくらいなら奥までくわえなければよかったのに。

 

「……なにしてんの?」

 

 平常心を取り戻した俺は一之瀬に問う。

 

「えっと、まだ綺麗な水がないから。だから舐めて消毒しようかなって……」

 

 目を逸らしながら答える一之瀬。息遣いが荒くなってる。

 

「い、嫌だった……?」

 

 不安そうに俺を見つめてくる。

 嫌なわけない。ただ俺の理性が崩れるのが怖かっただけだ。

 

「いや。いきなりされたから驚いただけだ」

「そ、そうだよね……。いきなりされたらびっくりするよね……」

「あ、ああ……」

「次は前もって言っておくね」

 

 次ってまた指切ったらしゃぶってくれるのだろうか。なら毎日指を切らなくては。

 一之瀬が消毒してくれた人差し指を見る。そこには彼女の唾液がびっしり付着している。

 やばい。また興奮してきた……。

 

「それじゃクラスに帰るよ。また明日な」

「うん、また明日」

 

 理性が崩壊する前に一之瀬に別れを告げ、Dクラスのベースキャンプに向かった。

 道中、何度も俺の指をしゃぶる一之瀬の顔を思い浮かべてしまった。

 あんなエロい表情の一之瀬を見るのは初めてだった。

 それより俺は何で一之瀬が苦しそうな表情をしたのに指を抜かなかったんだろう……。

 一之瀬の苦しんでる表情を見続けたかったのだろうか。

 いや、違う。俺はそんな歪んだ性癖は持ち合わせていない。きっとあまりの出来事に固まって動けなかっただけだ。

 自分にそう言い聞かせ、ふらふらしながら歩き続けた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 Dクラスのベースキャンプに帰る彼の背中を私は眺めている。

 本当はもう少し一緒にいたかったけど時間も時間だし仕方ないよね。

 

「それにまた明日会えるもんね」

 

 声に出し自分に言い聞かす。

 試験が始まった直後は1週間も彼と会えなくなってしまうのかと不安になったけど、そんなことはなかった。

 試験初日から偶然出くわすなんて……。やはり私と彼は運命の赤い糸で結ばれてるんだ。

 

「早く明日にならないかなぁ」

 

 明日が待ち遠しい。早く彼と会いたい。会いたいけど……

 

「堀北さんって本当に寄生虫なんだね」

 

 本当は二人きりで会いたかったのに。まあ、この団体生活じゃ彼に寄生しないと彼女は生きていけないんだろうね。

 そんなことより今日は初日から攻め過ぎたかもしれない。

 彼の指が切れてるのは初めから知っていた。ただ二人きりになれる場所じゃないとあんなこと出来なかったので帰る間際に指摘した。

 消毒と言う名目で彼の指をしゃぶった。しゃぶっただけじゃない。彼に見えないことをいいことに舌で舐めまわしたりもした。

 この指しゃぶりも以前から彼にしたいと思ってたものの一つだ。

 ネットで調べたけど、男性は自分の指を舐めさせる事で興奮を覚えるらしい。理由は顔や舌の動きがエロいからだけでなく、擬似○ェラをさせている気分になるようだ。もちろん恋人でもないのに○ェラするのはありえない。だからそれに近い気分を味わって貰おうとしたのだ。

 なので私は頑張ってエッチな顔をして彼に奉仕した。消毒も奉仕の一つだもん。

 効果は抜群だった。

 彼は今までで一番顔を赤くして照れていた。理性も崩壊寸前だったんじゃないかな。

 だって彼……私の喉奥まで指を突っ込んだからね。

 あの時は凄い驚いた。とうとう彼もその気になってくれたのかと思った。

 けど違った。彼の顔を見てすぐにわかった。彼は無意識にやっていたのだ。無意識にそれをするなんて彼って実はドSなんじゃないかな。

 私は苦しいのを我慢して、しゃぶり続けた。

 ともかく、彼の新しい一面も見れて私は大満足だった。後は彼が私をおかずに使ってくれたら文句なし。他の子に欲情しちゃ駄目なんだから。

 そんな彼におかずを提供した私だけど、実は彼からもおかずを提供されている。

 そのせいで私の体が疼いている、

 彼から提供されたおかずを飲み込んだからだ。

 おかず。……それは彼の血液。

 最初は興味本位で飲み込んだだけだった。でも私の体内に彼の血液が流れ込んでくると思うと体が疼いていくのがわかった。

 やばい、私どんどん変態になってる……。

 彼のせいだ。

 彼のせいで私はどんどん壊れていってる。

 でもそれでいい。

 ううん。それがいい。

 彼に壊されていく私。

 もっと私を壊してほしい。

 そして壊れた私を受け止めてほしい。

 受け止めてくれるなら乱暴でも優しくてもどっちでもいいから。

 だから早く私を君のものにしてよ。

 待ってるからね。

 

「……それよりこの疼いた体、どう処理しよっかなぁ……」





おかしいな。なんでこんな変態になっちゃったんだろう
最近読んでるラノベのヒロインが変態が多いからかな……


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25話 萌え袖女子


お気に入り2000人突破しました。ありがとうございます!
お盆休みでラノベ10冊以上読みました
一気に消化出来てよかったです


「地図、全然埋められてない……」

 

 一之瀬に骨抜きにされた俺は肝心な目的をすっかり忘れていた。

 時計を見ると時刻は16時半を過ぎた頃だった。

 陽が落ちるまで多少時間はある。もう少し探索してからベースキャンプに戻るとするか。

 俺は進路方向を変え、森の中を歩き続けた。

 10分ほど歩くと、なんとスイカ畑に辿り着いた。

 スイカを用意してくれるとは、学校もいいところがあるじゃないか。

 

「とりあえず2玉収穫するか」

 

 スイカを見つけたことだし、地図を埋めるのは明日頑張ればいいだろう。

 それと一之瀬にもこの場所を教えてあげよう。見た感じ沢山あるからBクラスと分け合えても問題ないだろう。

 俺はスイカを両腕で抱えながら、ベースキャンプに戻っていった。

 

 ベースキャンプに戻ると多くのクラスメイトが俺に群がってきた。

 お目当てはもちろん両腕に抱えたスイカだ。

 

「スイカだ! 凄いじゃん!」

 

 佐藤が興奮気味に言う。

 

「どこで見つけたの?」

「森の中にスイカ畑があった。まだ大量にあるから明日以降も食べれると思うぞ」

 

 松下の質問に丁寧に答える。

 

「とりあえず川で冷やしてくるよ。綾小路、1玉持ってくれないか?」

「ああ」

 

 俺は遠目にいる綾小路にお願いをした。

 2人で川辺を歩く。ちょうど流されないような場所を見つけスイカを川に漬けた。

 

「まさかスイカを持ってくるとはな」

 

 綾小路が感心したように言う。

 

「おかげで地図は全然埋まってないけどな」

「まだ初日だ。明日以降埋めていけば問題ないだろう」

「だな」

「それより山内が厄介な人物を連れてきてしまった」

「厄介な人物?」

 

 一体誰だろうか。しかも山内が連れてきたのかよ。

 

「Cクラスの伊吹って女子だ」

「なんでCクラスの女子を?」

「クラスで揉めて追い出されたようだ。顔には殴られた跡もあった」

 

 なにそれ怖い。最近の女子って殴り合いの喧嘩をするのか。

 まさか男子に殴られたってことはないよね……。

 

「ちなみにスパイの可能性は?」

「さぁな。ただ一つ気になることがあってな」

 

 綾小路が意味深げに言う。

 

「今日はもう遅い。明日付き合ってくれないか」

「わかった」

 

 綾小路のことだ。何か証拠に近いものでも見つけたのだろうか。

 まあ、伊吹が仮にスパイだとしても俺と綾小路がいれば何とかあるだろう。

 綾小路清隆。

 俺の相棒の名前だ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 あれは夏休み2日目のことだった。

 俺は自室で綾小路と夏目友人帳を鑑賞していた。

 綾小路は相変わらずクールな表情で見ている。表情には出てないが面白いと思ってくれてると思う。じゃなきゃ3時間も見続けないだろう。

 

『界外。真面目な話をしていいか?』

 

 俺がディスクを替えようとしたタイミングで綾小路がややかしこまった口調で聞いてきた。

 

『いいけど』

『実は本格的にAクラスを目指さないといけなくなってしまった』

 

 というと、今まではそこまでAクラスを目指していなかったということか。

 それは俺も同じなので別に責める気はない。

 

『事情が変わったということか?』

『そうだ』

 

 綾小路ははっきりと答えた。

 

『詳しい内容は聞かない方がいいか?』

『その方が助かる』

 

 少々気になるが本人が望んでいないのならば聞かないでおこう。

 しかし、綾小路はなぜこのタイミングで俺に話したのだろうか。

 

『それでお前に頼みがある』

『俺に頼み?』

『ああ。お前にしか頼めないことだ』

 

 その言い方はずるい。そんなこと言われたら嬉しくなっちゃうだろ。

 

『頼みって?』

『次の試験からオレは本気を出すことにした。ただオレは目立つのが嫌いだ』

『……俺に隠れ蓑になってほしいってことか?』

『そうだ。よくわかったな』

 

 監視カメラの件からなんとなくわかってたよ。

 綾小路は暗躍したいタイプなんだって。

 それより俺を指名してくれたのは嬉しいけど理由を聞いておくとするか。

 

『それでなんで俺なんだ?』

『それはお前がDクラスで一番優秀だからだ』

 

 おぉ、ストレートに褒められちゃったよ……。

 

『学力、運動能力は申し分ない。少し抜けてるところがあるが頭も切れる方だ』

 

 少し抜けてて悪かったな。

 

『そしてオレが一番評価したのは度胸だ』

『度胸?』

『ああ。佐倉のストーカーと対峙した時、相手が刃物を向けたのにも関わらず突っ込んでいっただろ』

 

 懐かしいな。あの時は一之瀬を泣かしてしまったので反省してるんだよ。

 

『あんなこと普通の人間には無理だ』

 

 いやいや、あれくらいで普通のカテゴリから外されたら困るんだけど。上条さんだって普通の男子高校生なんだぞ。

 

『あれは以前に銃を向けられたことがあったから。ナイフ程度じゃ怖がらなくなっただけだ』

『銃だと?』

 

 綾小路が少し目を見開きながら問う。

 

『ああ。ハワイの射撃場で薬物中毒の男が乱入してきて。……あの時は怖かったぞ……』

 

 あれ以来海外に行ってないんだよな。あの薬物中毒野郎め。お前のせいでトラウマになったんだぞ。

 

『なぜハワイの射撃場に?』

『工藤新一が行ってたから俺も行きたくなって親に頼んだ』

『工藤新一?』

 

 おいおい、まさか工藤新一も知らないのかよ。どうやら綾小路は一般常識が大分欠けてるようだ。

 

『まあ、漫画のキャラだよ』

『そ、そうか……』

 

 あれ、若干引かれてるような……。でも工藤新一に憧れてる男子って結構いると思うんだよな。

 

『まあ、いい。理由はどうであれオレはお前の度胸を一番評価した。……いや、違うな。一番評価したのは料理だな』

『おい』

『お前の料理は絶品だ。弁当もそうだったが昼に頂いた料理も最高だった』

 

 褒めてくれるのは嬉しいけど、ここで言う必要ある?

 

『それに口も堅い方だ。なのでオレはお前を信用することにした』

『ど、どうも……』

 

 ストレートに言われると照れるな……。

 人から信用するなんて言われたの初めてだぞ。こんな時どんな顔すればいいかわからないの。

 

『だからオレに協力してくれないか?』

 

 綾小路が俺を見据えて言う。

 

『……わかった。協力してやるよ』

『助かる』

『違うぞ、綾小路。こういう時はありがとうって言うんだよ』

 

 協力ついでに綾小路は若干ずれてるところがあるのでそこを直していこう。

 

『ありがとう。これでいいのか?』

『ああ。それと確認なんだけど……』

『なんだ?』

『えっと、つまり、俺はお前の相棒で、お前は俺の相棒ということでいいんだろうか?』

 

 恐る恐る聞いてみた。綾小路は考え込んでるようだ。

 そしてゆっくり口を開いた。

 

『そうだな。そういうことになるな』

 

 綾小路の答えを聞いた瞬間、俺は歓喜した。

 長く部活動に励んでいた俺だけど相棒がいたことはなかった。……いや、サッカーをしていた時はいたか。でもあれは10年近く前だからな。

 ともかく俺はずっと相棒が欲しかったのだ。

 影山にとっての日向。ユージオにとってのキリト。岬くんにとっての翼。

 綾小路ならきっと俺を活かせてくれるだろう。

 

『それじゃ改めてよろしく頼む』

 

 俺は久しぶりに出来た相棒へ握手を求める。

 

『ああ』

 

 綾小路は俺の手を力強く握った。

 こうして俺と綾小路は協力関係を結ぶことになったのだ。

 とりあえず俺は綾小路が暗躍しやすいよう、自分の存在をアピールすることにした。

 船上でのAクラスへの挑発もその為だ。

 ちなみに堀北には話していない。綾小路から堀北には黙っていて欲しいとのことだった。

 観察力に優れた堀北のことなので、いずれ気づくかもしれないけどね。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は18時を回った。

 俺は須藤たちが釣り上げたニジマスを調理している。

 今日のメニューはニジマスのムニエルだ。

 正直、調理器具や調味料の少なさに不満はあるが仕方ない。この悪条件でも美味しい料理を提供するのが料理人ってものだ。

 

「界外くんって料理上手なんだね」

 

 隣に立つ補助の櫛田が俺の腕前に感心しているようだ。

 

「料理好きだからな。櫛田も自炊してるんだろ?」

「うん。でも界外くんには敵わないかな」

 

 当たり前だろ。こちとら第一席だ。そこら辺のJKには負けない。

 しかし、今日は櫛田に話しかけられる回数が多いな。補助役も自ら立候補してたし。

 

「そういえば池くんを説得してる時に私の方を見てたよね? あれ何だったのかな?」

 

 なるほど。それが聞きたくて補助役に立候補したのか。

 ここは素直にお前を餌にして池のやる気を出させたと言った方がいいのだろうか。

 いや、ここは誤魔化しておこう。爆弾を抱えてる櫛田に素直に話すのは得策じゃない。

 

「えっと、櫛田は可愛いなって2人で盛り上がってたんだよ」

「え」

「クラスで一番可愛いのは誰だって話になってな。それで櫛田を2人で見ていたわけだ」

 

 思いっきり嘘である。でも本人が褒められる話であれば悪い気はしないはず。これ以上突っ込まれることはないだろう。

 

「な、なんであのタイミングでそんな話をしていたのか疑問だけど、その、ありがとう……」

 

 櫛田が顔を赤くして礼を言う。

 堀北や綾小路から櫛田のことを聞いていなければ、素直に心をキュンキュンさせていただろうな。

 

「それで界外くんも私が一番可愛いと思ってるのかな?」

 

 正直どうなんだろう。以前、一之瀬にDクラスで一番可愛いのは堀北と言ったことがある。

 今も堀北がDクラスで一番だと俺は思ってる。だが櫛田の顔をしっかり見たことがないんだよな。

 俺は櫛田の顔をまじまじと見る。

 こうあらためて見るとなるほど。確かに非常に整った顔をしている。表面だけ見れば櫛田は紛れもなく美少女と言えるな。

 

「え、あの、その……」

 

 しまった。調子に乗って見すぎた。

 気づいたら櫛田の顔がゆでだこ状態になってる。

 

「……悪い」

「う、ううん! それでどうかな……?」

 

 とりあえず堀北と同じくらい美少女なのは間違いない。なので……

 

「そうだな。櫛田が一番だな」

「……っ」

 

 もちろん堀北と櫛田以外にもDクラスには美少女が沢山いる。やはりこの学校は顔で選んでるだろ。

 

「それよりそろそろ調理を再開するか。櫛田、サラダ油を取ってくれ」

「は、はい……」

 

 なんで敬語なんだ。照れてるのだろうか。櫛田なら可愛いなんて言われ慣れてるだろうに。

 まさか照れてる演技か? だとしたら恐ろしい子だぜ櫛田。俺以外の男子なら簡単に虜になっていただろう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 調理を終えた俺はみんなと少し離れたところで夕食を食べている。

 今日のメニューはポイントで購入した栄養食、ニジマスのムニエル、クロマメノキ、アケビ、デザートのスイカだ。この調子なら明日以降は栄養食を購入しなくても食べていけるかもしれない。

 夕食をつまみながら今日の出来事を振り返る。いや、出来事と言っても一之瀬の指しゃぶりが強烈すぎてそれしか思い出せない。

 あれは本当にやばかった。女の子に指をしゃぶられただけであんな興奮するものなのだろうか。

 

「隣いいかな?」

 

 体が悶々としてきたところで平田が声をかけてきた。

 

「ああ」

「それじゃ」

 

 平田はそう言いながら俺の隣に腰を下ろす。

 

「今日はありがとう」

「え」

「界外くんのおかげでここまで順調にこれたよ」

 

 なんて爽やかな笑顔でお礼を言いやがる。綾小路の棒読みすぎるお礼とは大違いだ。

 

「いや、俺だけの力じゃないけどな」

 

 須藤と池の活躍も大きいだろう。3馬鹿のうち2人は活躍してるのに面倒事を持ち込んだ山内ぇ……。

 

「それより平田は伊吹のことどう思う?」

「伊吹さん?」

「ああ。平田もスパイであることを疑っているんだろ?」

 

 伊吹を受け入れることを決めた平田だが、完全に彼女の話を信用しているわけじゃないだろう。

 

「その可能性は否めない。ただ女子一人で野宿させるわけにはいかないからね」

 

 確かにその通りだ。いくらスパイの可能性があるからと言って、ここから追い出すのは心苦しいだろう。

 

「とりあえず堀北と松下あたりに注意するよう伝えておくよ」

 

 全員に注意を促しても変な雰囲気になるだけだ。この2人なら問題ないだろう。

 

「ありがとう。僕も軽井沢さんに言っておくよ」

 

 軽井沢か。居残りしてる間にやたらボディタッチが多かったな。彼氏がいるのにあれでいいのだろうか。いや、一之瀬はもっと凄いことしてくるのを考えるとあれくらい普通なのだろうか。……そうだ。平田にあの件について相談してみよう。

 

「平田、相談があるんだが聞いてくれるか……?」

「もちろんだよ。界外くんから相談だなんて珍しいね」

 

 珍しいどころか初めてじゃないだろうか。

 

「彼女持ちのお前にしか聞けないことなんだ」

「なにかな?」

「実は今日一之瀬に(指を)しゃぶられたんだけど……」

「え」

 

 平田は驚いたような声をあげた。

 

「し、しゃぶられた……?」

「ああ」

「ち、ちなみにどこでされたのかな……?」

「森の中で」

「森の中っ!?」

 

 何だろう。俺が答えるたびに平田がリアクションをとってくれてるんだけど。……平田ってこんなキャラだったけ?

 

「いきなり(指を)くわえられてな。そのまましゃぶられたんだ。根元までしっかりと」

「い、一之瀬さんからしたんだ……」

「ああ。急にされたからびっくりしたよ」

「それはびっくりするよね。……界外くんは一之瀬さんと付き合ってるのかな?」

「残念ながら付き合ってないんだ」

 

 本当は早く付き合いたいんだけどね。告白して振られるのが怖いんだよね。

 

「付き合ってもないのにそんなことを……っ!?」

「やっぱり付き合ってないとおかしいことなのか?」

「そ、そうだね。……ちなみに今回が初めてなのかな?」

「ああ。またしてくれるみたいなこと言ってたけど」

「え」

 

 今度は固まってしまった。平田ってこんな面白い奴だったのか。

 

「つ、つまり、それって、せ、セフ……」

「セフ……?」

 

 セフって何だろうか。俺が知らないリア充語か何かか。

 

「い、いや、何でもないよ。……一之瀬さんってそんなエッチな子だったんだ」

 

 平田が何か呟いたようだが聞き取れなかった。

 

「それより僕に相談したいことってなにかな?」

「あー、平田も軽井沢に(指を)しゃぶられたことあるのかなと思ってな」

「……」

「もしあるのならどんな気持ちになったのかと思って」

 

 数秒経っても反応がないので平田の顔を覗いてみると顔が真っ赤になっていた。

 

「あ、いや、僕と軽井沢さんはピュアな関係で……」

 

 俺が数秒見つめると答えが返ってきた。

 平田、その言い方だと俺と一之瀬の関係がピュアじゃないと言ってるようなもんだぞ。

 

「だから僕はされたことはないかな」

「……そうか。変なこと聞いて悪かったな」

「いや。ちなみにこのことは僕以外に相談はしない方がいいと思うよ」

「ああ。元から平田以外に相談しようとは思ってない」

 

 うちのクラスの男子で彼女持ちと親しい女子がいるのは平田と綾小路だけだからね。ちなみに綾小路に相談しても参考にならなさそうなので彼に聞くつもりはない。

 

「ならよかったよ。……えっと、他の人に見られないように気をつけてね?」

「……わかった」

 

 平田は俺に忠告をすると、顔を赤くしたまま去っていった。

 食事を済ませ、点呼の夜8時まで何して時間を潰そうか考えてると堀北がやって来た。

 

「隣座ってもいい?」

「ああ」

 

 俺がそう答えると、堀北はゆっくりと腰を下ろす。

 シャワーを浴びたのか、若干髪が濡れている。

 

「あなたの作ったニジマスのムニエルだったかしら? 美味しかったわ」

「お粗末!」

「は?」

 

 やっぱり堀北には通じないか。

 何言ってんだこいつみたいな顔をしてるよ……。

 

「なんでもないです」

「そう。……ねえ」

「ん?」

「いつも私が作ってばかりで不公平だとは思わない?」

 

 恐らく料理のことを言ってるのだろう。

 遠まわしに俺の料理が食べたいと言いたいのかな。

 

「俺の手料理食べたいのか?」

「そ、そこまでは言ってないわ。ただ私ばかり作るのはどうかと思うのだけれど」

「そうか。でも俺は自分の料理を食べたいと思わない人に作る気はないんだよ」

「そ、それは……」

 

 少し堀北を困らせてみた。

 料理のことくらい素直に言ってほしい。食べたいと言ってくれればいつでも振る舞うのに。

 

「……そうね。ここで意地を張っても仕方ないわね。私はあなたの手料理が食べたい。これでいい?」

 

 ここまでストレートに言ってくれるとは。第二席にここまで言われちゃ作るしかないな。

 

「ああ。次の勉強会の日は俺が夕食を作るよ」

「約束よ」

「あいよ」

 

 俺がそう返事をすると堀北は満足そうな表情を浮かべた。

 

「そういえば櫛田さんと随分楽しそうに調理してたわね」

 

 表情を一変させ、ジト目で睨んできた。

 

「見てたのかよ……」

「何を話してたの?」

「他愛もないことだよ。俺が料理上手だって煽ててくれたんだよ」

「……そう。その割には長い間喋ってたようだけど」

 

 どんだけ俺と櫛田のこと見てたんだよ。

 

「それに彼女照れていた様子だったわ。何か変なこと言ったんじゃないのかしら?」

「言ってない。そもそも堀北に中学の時の話を聞かされてから警戒心MAXでそれ所じゃなかった」

「……ならいいけれど」

 

 どうやら堀北は俺のことを心配してくれてるようだ。まったく過保護だな。

 

「それより体調はどうだ?」

「少し寒気はするわね。……だからもう少し上着借りてていい?」

 

 上目遣いで聞いてくる堀北。

 そんな堀北は俺の上着を着ているので袖が手の甲まで覆っており、袖から覗くその華奢で儚い細い指を見ると余計可愛く見える。これが萌え袖女子ってやつか。破壊力がやばいな。

 それになんだか堀北を守ってあげなきゃいけないという気持ちに駆られる。

 

「いいよ。何なら試験終わるまで着てていいぞ」

「ありがとう」

「……そうだ、堀北に大切なことを言うの忘れてた」

「なに?」

 

 俺は堀北にBクラスと情報交換するための時間と場所を説明した。

 また面子が俺と堀北と一之瀬と神崎であることも合わせて伝えた。

 続けてCクラスの伊吹を警戒するようお願いをした。まあ、堀北なら言わなくてもわかってるだろうけど。

 

「伊吹さんね。あなたはどう思う?」

「今のところ何とも。とりあえずお前がリーダーであることは絶対悟られるなよ」

「わかってるわよ」

 

 堀北とそうこう話してるうちに点呼の時間を迎えた。

 何だか一人足りないような気がするんだけど……。

 

「お前たちに報告することがある。高円寺が体調不良でリタイアした」

 

 茶柱先生がそう言うと、怒号が飛び交った。

 高円寺のことなので恐らく仮病だろう。まったく本当に体調が悪い堀北が頑張ってるというのに。

 こうして俺たちは生徒一人のリタイアにより30ポイントを失ってしまった。

 




オリ主が綾小路の胃袋を掴みました


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26話 堀北がセクハラされました


よう実のコミカライズ全巻揃えました
原作と少し違う箇所もあっていいですね


 翌日の朝5時。俺は川で顔を洗っていた。

 枕もマットもなかったのでテントで熟睡できるか心配だったけれど、意外にも気持ちよく寝れた。恐らくテントの下に簡易トイレ用のビニールを大量に敷いたからだろう。あれがなければ腰を痛めていたところだ。

 さて、顔を洗ったことだし行くとするか。

 

「おはよう。早いね」

 

 俺が目的地に向かおうとすると、平田がテントから出てきた。

 

「おはよう。意外と熟睡出来たからな」

「そうだね。博士くんのアイディアのおかげだよ」

 

 そう。テントの下にビニールを敷くと言うのは博士の案だった。本人曰く氷菓を見て頭が冴えてるらしい。確かに俺もいつもより冴えてる気がする。

 

「博士様様だな。それじゃ行ってくる」

「どこに行くんだい?」

 

 平田が目的地を聞いてきた。

 

「浜辺だよ。体がなまってるし走ろうと思ってな」

 

 一番の理由は浜辺で走るのに憧れていたからだ。黒子のバスケやハイキューのOPやEDでそのシーンを見ていつか自分も走ってみたいと思っていた。

 

「僕も付き合ってもいいかな?」

「ああ」

「ありがとう。さすがに僕も2週間運動しないのはどうかと思ってたんだ」

 

 平田はサッカー部に所属している。確かに2週間も体を動かさないのは大きなハンデになるだろう。てか2週間もチームから離脱して大丈夫なのだろうか。この時期ってインハイ敗退した高校が新チームで始動する大事な時期だと思うんだけど。

 

「まあ、アスリートならそう思うよな。待ってるから顔くらい洗ってきたらどうだ?」

「そうだね。それじゃ少し待っててくれるかな」

 

 平田はそう言うと、川で顔を洗い出した。

 

「俺も行くぜ」

 

 背後から声をかけられる。振り返ると座禅の須藤が立っていた。

 

「座禅しようとしたら面白い話が聞こえてきてよ。俺も走るしかねえだろ」

「好きにしろよ」

「おう!」

 

 やだ須藤が爽やかに見える。もちろん平田の足元にも及ばないが。

 

「須藤くんもおはよう」

 

 顔を洗い終えた平田が須藤に挨拶をした。

 

「おう。早速行こうぜ!」

 

 須藤が急かすように言う。

 まさかこの3人で一緒に走ることになるとは。

 俺たち3人は15分ほど歩き、浜辺に辿り着いた。早朝なので浜辺には俺たち以外誰もいなかった。遠目にテントがいくつかあるが恐らくCクラスのテントだろう。

 

「どれくらい走ろうか?」

 

 平田が聞いてくる。

 

「とりあえず1時間くらいでいいんじゃないか」

「だな。6時過ぎまで走って、戻ってから朝食の準備でちょうどいいんじゃねえか?」

 

 まさか須藤が先のことまで考えてるとは。この男、急速に成長してやがる!

 

「そうだね。それじゃ準備体操してから走ろうか」

 

 さすが平田。準備体操の大切さをわかっている。

 その後、準備体操を終えた俺たちは浜辺で1時間汗を流した。

 長らく部活動をしていなかったので、2人についていけるか心配だったけれど、何とか食らいついた。

 思ったより体力は落ちていなかったけれど、このままじゃ駄目だ。秋に体育祭があるのでそれに向けて体力をつけなくては。

 俺は毎日走り込みをすることを決意し、帰路についた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 ベースキャンプに戻り、シャワーで汗を流した。ちなみにウォーターシャワーはガス缶つきだったのでお湯が出るタイプだった。

 

「さっぱりした」

 

 シャワーを浴び終えた俺は朝食の準備に取り掛かる。

 朝食と言っても昨日の食材の残りを適当に調理するだけなんだけどね。

 

「おはよう。どこに行ってたの?」

 

 堀北が声をかけてきた。どうやら俺たちがベースキャンプから離れるのを見ていたようだ。

 

「浜辺で走りに行ってた」

 

 俺がそう言うと、堀北は驚いた表情を浮かべた。

 

「……そう。よくそんな元気があるわね」

「最近体がなまってたからな。それに平田と須藤は運動部所属だ。2週間も運動しないなんてありえないだろ」

「確かにそうね。何か手伝うことある?」

 

 どうやら朝食作りを手伝ってくれるらしい。

 俺は堀北に指示を出し、調理スピードを上げた。

 美味しそうな匂いに釣られたのか、クラスメイトが徐々に集まってきた。

 

「うわ、美味しそうだね! 今日は界外くんと堀北さんが作ってくれるんだ」

 

 櫛田が笑顔を浮かべて言う。朝からその笑顔は眩しすぎる。

 

「ああ。もう少しで出来るから待っててくれ」

「私も何か手伝おうか?」

 

 櫛田は昨日調理補助をしてくれた。今日も手伝ってくれるようだ。

 

「結構よ。私と彼の二人で十分だから。あなたは料理が出来上がるのを待ってて」

 

 堀北がきっぱりと櫛田の申し出を断る。オブラートに包まず断るのが堀北のポリシー。

 

「そ、そっか。それじゃお任せするね」

 

 櫛田が苦笑いをしながら言う。この子きつい言い方しかできないんだ。ごめんね。

 心の中で櫛田に謝りながら俺は調理に専念した。

 俺と堀北が作った朝食にみんな大変満足してくれたようだ。

 

 朝の点呼を終えた俺たちは自由行動へと移った。平田はクラスメイトに指示を出し、さらなるポイント節約のための作戦を開始する。

 俺と堀北はBクラスとの待ち合わせ時間まで余裕があるのでテントでくつろいでいる。

 

「あ、停学コンビだ!」

 

 突如、池の声がキャンプ地に響き渡った。テントから出るとそこには、二人の男子生徒が立っていた。

 

「本当だ」

「停学コンビ」

「停学に定評がある小宮と近藤でござる」

「停学したのに旅行来れたんだ」

「停学が移るからこっちくんじゃねえよ」

 

 Dクラスからの容赦ない言葉の暴力が小宮と近藤に襲いかかる。

 

「り、龍園さんからの伝言だ……。夏休みを満喫したかったら今すぐに浜辺に来いってよ……。夢の時間を共有させてやるそうだ……」

 

 小宮が涙声で言う。近藤にいたっては目に涙を浮かべてる状態だ。

 ちなみに石崎を含め3人停学したのになぜ小宮と近藤が停学コンビと呼ばれてるかというと、石崎はクラスで裏切者扱いをされて孤立しており、小宮と近藤はいつも2人で行動しているため停学コンビと呼ばれるようになったみたいだ。

 

「停学を満喫したかったら浜辺に来いだってよ」

「それは満喫したくないな……」

「夢の時間ってなんだろ?」

「停学コンビのことでござる。クスリでもやってるのでござろう」

 

 おいそろそろやめてやれ。さすがに可哀相になってきた。

 小宮と近藤は涙を拭いながら帰っていった。

 

「おいこれ苛めじゃないのか」

「そうかもな」

 

 気づくと伊吹と綾小路が話をしていた。

 昨日はあまり顔を見てなかったが、確かに頬が赤く腫れている。昨晩テント内で綾小路から聞いた話だと男子に叩かれようだ。どうやらCクラスには歪んだ性癖の持ち主がいるらしい。

 

「ねえ」

「ん?」

 

 考え事をしてると、綾小路と話してた伊吹が目の前に立っていた。

 

「おまえが界外帝人?」

「そうだけど」

 

 女子におまえって言われたよ。なんだか新鮮だな。見た目どおり伊吹はボーイッシュな女子なんだな。

 

「噂に聞いたんだけど、ナイフ振りかざしたやつを倒したって本当?」

「まあ、本当だけど」

 

 噂になってるのかよ。目立つのが苦手な佐倉は大丈夫だろうか。

 

「ふーん。教えてくれてどうも」

 

 伊吹はそう言うと、少し離れた木の傍へ向かった。

 それよりわざわざ向こうから誘ってくれるとはね。お言葉に甘えてCクラスの様子を見に行かせて貰おう。

 小宮たちが向かった方向に歩き出す。直後に背後から声をかけられた。

 

「待って」

 

 この声は堀北だ。いつかと同じように俺の袖を掴んでる。

 

「Cクラスの様子を見に行くの?」

「ああ」

「私も行くわ」

 

 そう言うと思ったよ。堀北の性格からして自分の目で確かめておきたいもんね。それに堀北の観察力で何か気づくこともあるかもしれない。ただ気になるのは……

 

「動いて問題ないんだな?」

「ええ」

 

 昨日より顔色もよくなってる。上着を2枚着てるので寒気はまだするようだけど、本人が問題ないと言ってるので信じるとしよう。

 

「それじゃ行くか」

 

 俺がそう言い、堀北がこくりと頷く。

 無言で頷く堀北ってけっこう可愛いんだよな。普段は大人っぽいけど、この仕草の時だけは小動物に見える。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「嘘でしょ……」

 

 Cクラスのベースキャンプの光景を目にしながらも信じられないのか、堀北は何度もあり得ないと口にした。

 浜辺に陣取ったCクラスのベースキャンプには、仮設トイレやシャワーが設置されてるのは当然として、バーベキューセットやお菓子にドリンクなど娯楽に必要なありとあらゆる設備が揃えられていた。沖合いでは水上バイクが駆け抜け、海を満喫する生徒が楽しんでいる様子が伺える。あ、転倒しやがった。ざまぁ。

 目に見える範囲だけでも150ポイント以上消費しているのがわかった。

 

「Cクラスはポイントを節約するつもりがないってこと?」

 

 そう考えるしかないだろう。

 茂みから二人で浜辺へと足を踏み入れ、砂を踏みしめていく。

 そうすると男子が俺たちのほうに駆け寄ってきた。

 

「龍園さんがお呼びだべ」

 

 酷い訛りで声をかけてきた男子生徒。どこ出身なんだろう。

 

「まるで王様ね。クラスメイトを使いにするなんて。どうする?」

「ここまで来たんだ。行こう」

「ええ」

 

 俺たちは男子生徒の言葉に返事をし、ついていく。

 海に近づくと先ほどDクラスのベースキャンプに足を運んでいた小宮と近藤がクラスメイトに慰められてるのが見えた。どうやら俺が思ったより精神的ダメージを負ってるようだ。

 そしてCクラスのリーダー龍園へと近づいた。

 

「よう。こそこそ嗅ぎまわってると思ったらお前らだったか。俺に何か用か?」

「いや、停学コンビに誘われたから来たんだけど……」

 

 お前から誘ってくれたんじゃないか。痴呆症でも患ってるのかな。

 

「随分と羽振りが良いわね。相当豪遊しているようだけれど」

 

 堀北が水着姿でチェアーに寝そべる龍園を見下ろしながら言う。

 

「見ての通りだ。俺たちは夏のバカンスってやつを楽しんでるのさ」

 

 手を広げ自慢げに浜辺に展開した充実した娯楽を披露する龍園。

 

「これは試験なのよ。それがどういうことだかわかっているの? ルールそのものを理解していないんじゃないかと呆れているのだけど……」

「ほう? 敵である俺に塩を送ってくれてるのかよ?」

「トップが無能だとその下が苦労する。それが不憫なだけよ」

 

 俺は堀北と龍園のやり取りを聞きながら、彼の身の回りを確認する。俺と綾小路の予想が当たっていれば例の物があるはずだ。……あった。

 

「どれだけ使ったの。これだけの娯楽を堪能するのに」

「さぁな。ちまちま計算なんてしてねーよ」

「計算出来ないの間違いじゃないか。お前ら全員偏差値低そうな顔してるもんな」

 

 安い挑発をしてみる。さて龍園はどう返してくるか。

 

「はっ、言ってろ」

 

 さすがに乗ってこないか。

 

「俺たちは夏のバカンスを楽しんでいるだけさ。つまり、この試験中お前らの敵にはなりようがないってことだ。わかるだろ?」

 

 龍園の言葉に、堀北は頭痛がするのか額を押さえ眉間にしわを寄せた。

 

「敵とか言う以前の問題ね。警戒してここまで来た私が馬鹿だったわ」

「馬鹿なのはどっちだ? 本当に俺のほうか? それともお前らか?」

「いや、堀北が自分が馬鹿だって言っただろうが」

 

 俺がそう突っ込むと堀北に睨まれてしまった。

 

「こんなクソ暑い無人島でサバイバルだと? 冗談じゃないな。小さなクラスポイントを拾うためにお前ら最底辺のDクラスは飢えに耐え、暑さと虚しさに耐える。想像するだけで笑えてくるな」

 

 まあ、豪遊してる龍園からしたら真面目に試験に挑んでる俺たちは滑稽に見えるのだろう。ただ一つだけ訂正させなければ。

 

「確かにお前の言う通りだな。だが一つだけ間違ってるぞ龍園」

「あん?」

「Dクラスには俺と堀北がいる。俺たちの料理の腕を舐めてもらっては困るな。お前たちが食べてるお菓子や肉より俺の作った料理の方が美味い」

 

 先ほど焼かれてる肉を見たが、外国産の安い牛肉だった。お菓子もそこら辺のスーパーで売ってるものばかりだ。俺の料理の敵じゃない。

 

「つまり食事の時間なら俺たちの方が楽しんでいる。あんな安い肉やお菓子で満足してるお前たちが哀れに見えるぜ」

 

 ドヤが顔で言い放つ。龍園は黙って俺を見上げている。

 

「あなたは何を言ってるの……」

 

 堀北が呆れた様子で俺を見る。……え、なんで!?

 

「ククク。小宮から聞いた話と雰囲気が違うが、思った以上に面白い奴じゃねぇか」

 

 なんだろう。少し恥ずかしくなってきた。またもやシュタインズ・ゲートの選択を間違えてしまったようだ。

 

「……今回は、耐え、工夫し、協力しあう試験よ。あなたには最初から無理そうね。満足な計画すら立てられないのだから」

 

 堀北が仕切り直して言い放つ。

 

「協力? 笑わせるなよ。人なんざ簡単に裏切る。嘘をつく。信頼関係なんざはなから成り立つことはない。信じられるのは自分だけさ」

 

 そんな悲しいこと言うなよ。須藤が聞いたらそんなこと言いそうだな。

 

「偵察が済んだのなら帰りな。それともここで遊んでいくか? 肉を食おうが水上バイクで楽しもうが好きにしていいぜ。それとも俺と別の遊びでもするか? 専用のテントくらい用意するぜ」

「以前、宣戦布告してきた人間とは思えない答えね」

「俺は努力が嫌いなんだよ」

「そう。なら好きにすればいいわ。私たちからすれば好都合よ」

 

 どうやら堀北はCクラスを敵から除外して問題ないと判断したようだ。

 踵を返そうとした堀北だが、一歩踏み出したところで思いとどまった。

 

「用件がもう一つあったわ。あなたのクラスの伊吹さん。うちのクラスで保護しているわよ」

「ほう」

「彼女、顔を腫らしていたわ。あれはどういうこと? 誰がやったの?」

 

 犯人は龍園だとほぼわかっているが、堀北は遠まわしに確認する。

 

「伊吹は俺の言うことに従おうとしなかった。だからお仕置きをしてやったのさ」

 

 そう言って手で頬を叩くような動作を見せる。やはり歪んだ性癖の持ち主は龍園だったか。

 

「もう一人逆らった男がいたから、そいつ共々追い出してやったんだよ。死んだって報告は聞いてねえから、どこかで雑草でも食いながら生き延びてるんだろうさ」

 

 いや、学校側が死なせるわけないだろ……。

 それよりもう一人いたのか。そいつがどこにいるのか気になるな。

 それより伊吹が点呼に不在でもCクラスに影響はなかったのだ。だからクラスメイトの心配もしなければ、捜しもしない。少し遅れて堀北もそれに気づく。

 

「あなた……初日で全てのポイントを使い切ったのね?」

「そう言うことだ。俺は全てのポイントを使った。つまり伊吹がどうなろうとポイントを引かれる心配はないってことだ。それがどれだけ自由なことだかわかるか?」

「……まさか0ポイントであることを逆手にとるなんてね」

 

 マイナス要素を打ち消す0ポイント作戦。予想外の戦い方だが、それで高成績が残せるわけではない。ポイントがなければ必然的にCクラスは最下位。全クラスのリーダーを的中させても150ポイントまでしか伸ばせない。

 

「伊吹がお前らのところにいるならさっさと追い出した方がいいぜ。下手な同情心で助ければ、一人分余計に水や食料、寝床が必要になる。どうせ耐えられなくなればここに戻って来る。土下座でもすれば許してやるからよ」

「短絡的な思考ね。今はポイントの恩恵を受けているだけ。豪遊しきった後はどうするの? その後で食料を集めようと思っても苦労するだけよ」

「ククク。さあ、どうするかな。結局凡人どもには単純な考えしか浮かばないのさ。与えられたポイントを守ろうと躍起になる。リーダーが誰かを探ったり、スポットを必死に押さえ、汗だくで森を駆け回る。心底くだらねえな」

 

 ポイントを使い切ったらどうするか。そんなの簡単だ。高円寺のように仮病を使ってリタイアすればいい。そうすれば船に戻れる。

 

「戻りましょう界外くん。これ以上ここに居ても気分が悪くなるだけよ」

「またな鈴音」

 

 おい俺には言ってくれないのかよ。これが男女差別か……。

 

「気安く人の名前を呼ばないでくれる?」

「お前みたいな強気な女は嫌いじゃないぜ。いずれ俺の前で屈服させてやるよ。そのときは最高な気分を味わわせてやるよ」

 

 龍園はそう言って、右手を自らの股間に持っていき水着の上から触れて挑発した。

 こいつ、よく女の子相手にそんな台詞言えるな。完全にセクハラじゃないか。

 堀北を見ると、ありったけの侮蔑を込めた目で龍園を見下していた。

 

「堀北、行くぞ」

「……ええ」

 

 俺と堀北は背を向けて歩き出した。

 Cクラスの状況は詳しく確認が出来た。不機嫌モードの堀北を抜かせば収穫は上々と言えるだろう。

 

「堀北、Cクラスが豪遊しきったら、あいつらはどうすると思う?」

「それは食料を探したりするのだと思うけれど」

「違う。龍園はそういう努力は嫌いだと言ってただろ。ポイントを使い切った後でも楽に過ごせる方法が一つだけあるだろ」

「……まさか」

 

 やっと堀北も気づいたようだ。風邪を引いてるせいかいつもより頭が回らないのだろうか。

 

「リタイアするってこと?」

「ああ。高円寺のように仮病を使って船に戻るつもりだろ」

「そんなことって……」

「龍園は俺たちとは考え方が全く違う。そこを理解しないとこれから戦うときに苦労するぞ」

 

 龍園も綾小路と同じく枠にとらわれない思考の持ち主だ。そのことが今日でよくわかった。

 

「最初から試験を放棄するなんて間違ってるわ」

 

 堀北が呟く。

 俺が堀北にアドバイスできるのはここまでだ。後は自分で考えて貰う。

 2学期の試験に向けて堀北に成長して貰う。

 俺と綾小路が掲げた夏休みの課題だ。

 綾小路は俺以外に堀北にも自身の隠れ蓑になってもらいたいようだ。

 綾小路が表に出ない以上、Aクラスを目指すには堀北の力が必要だろう。綾小路からすると堀北はまだ使い物にならないとの評価だった。俺からすれば堀北は十分優秀だと思ってるんだけど。

 

「しかし龍園は凄いな」

「何が凄いのかしら?」

 

 俺の独り言に堀北が反応する。

 

「女の子相手にあんなことを言えることだよ。しかも堀北みたいな美少女にだぞ」

「び、美少女って……」

 

 俺には絶対無理だ。それよりあいつ一之瀬にも同じようなこと言ってないだろうな。

 もし言ってたら……潰してやる。

 




次回は一之瀬とイチャイチャするだけです


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27話 2人だけの場所


今4巻読み直してるんですけど堀北と神崎って相性よさそうですよね


 Cクラスのベースキャンプを後にした俺と堀北はBクラスとの待ち合わせ場所に向かっていた。

 場所はDクラスとBクラスのお互いのベースキャンプの中間地点にある森林だ。今後、島を探索していい場所が見つかればそこに変更する手はずになっている。

 

「そういえば綾小路はAクラスのベースキャンプに辿り着いたかね」

「どうかしら」

 

 俺たちがCクラスの様子を伺いに行くと同時に綾小路はAクラスのベースキャンプを探索することになっていた。まあ、あいつなら既に辿り着いてるだろう。ついでにAクラスのリーダーを見破ったりしてくれてるかも。

 そうこう話してるうちに待ち合わせ場所に辿り着いた。そこには既に一之瀬と神崎の姿が見受けられる。

 

「界外くん、やっはろー!」

 

 一之瀬が千葉県民特有の挨拶をしてきた。

 

「やっはろー」

 

 俺が挨拶をし返すと堀北と神崎は怪訝そうな表情をする。ごめんね、君たちには意味がわからないよね。それにしても一之瀬はガハマさんに声が似てるな。

 

「悪い。待たせたか?」

「ううん、私たちも今来たところだよ。ね?」

「ああ。それに待ち合わせ時間までまだ5分もあるからな」

「ならよかった」

 

 お互い時間厳守で何よりだ。さてこの2人に堀北を紹介せねば。

 

「こうしてちゃんと話すのは初めてだよね。私は一之瀬帆波。一応Bクラスの学級委員長やってるよ」

「俺は神崎隆二だ。副委員長を任されている。よろしく頼む」

 

 俺が紹介する前に向こうが自己紹介をしてくれた。さすが一之瀬と神崎だ。

 

「堀北鈴音よ」

 

 そんな2人に対し、堀北はぶっきらぼうに名乗るだけ。コミュ力の格差社会を垣間見たぞ……。

 

「よろしくね、堀北さん!」

「ええ」

 

 一之瀬と堀北のテンションの差も激しいな。いや、テンションが高い堀北を見たいわけじゃないんだけど。

 

「それじゃ早速情報交換しよっか」

 

 どうやら一之瀬が仕切ってくれるようだ。

 俺たちは、まず購入した物と使用ポイント数を教え合った。

 Bクラスは広いスペースがないため、テントを最小限に抑えてハンモックで寝泊りするスペースを確保しているとのことだった。

 

「70ポイント使用か。随分抑えたな」

 

 俺は正直に感想を言う。

 

「界外くんのおかげだよ。ウォーターシャワーのこと教えて貰わなかったら仮設シャワー購入してたし」

「そうだな。本当に助かった」

 

 うん。人から感謝されるのって気持ちいいよね。それが一之瀬なら尚更だ。

 

「あなた、昨日何してたの?」

 

 堀北がジト目で聞いてきた。

 

「偶然Bクラスのベースキャンプに辿り着いてな」

「それでキャンプ道具について色々教えて貰ったんだよね」

 

 俺の説明に一之瀬が補足する。

 

「随分面倒見がいいのね」

 

 何だろう。堀北が不機嫌になってるような……。

 

「そ、それより、昨日スイカ畑を見つけたんだけど」

「スイカ畑?」

「ああ。それでBクラスも収穫したらどうだ?」

「……いいの?」

 

 一之瀬が目を見開きながら確認してきた。

 

「沢山あるから問題ない」

「ありがとう!」

 

 一之瀬が俺の右手を両手で握ってくる。そして天使の微笑みを俺に向ける。

 

「その代わりにBクラスも食材が収穫できるいい場所があれば教えて欲しいんだけど」

「食材の共有か」

 

 さすが神崎。理解が早くて助かる。それよりそろそろ手を離してくれないかな一之瀬さん。堀北からの圧が凄いんだけど……。

 

「すぐには食べれないがバナナ畑なら紹介出来る」

 

 まさかこの無人島にバナナ畑があるとは。これが本当のBANANA FISHか。

 

「すぐに食べれないとは?」

 

 今まで黙っていた堀北が不機嫌な表情のまま神崎に問う。

 

「どうやら収穫してから2,3日吊るしておかないと駄目らしい」

「うちのクラスに実家が農家の子がいるんだよね。汁が出なくなるまで吊るさないといけないんだって」

 

 神崎と一之瀬が続けて説明する。バナナって収穫してすぐに食べれないのか。

 その後、食材について話し合いが続けられ、食材が収穫出来る場所の共有の他に、魚が大量に釣れた場合は分け合うことになった。また、DクラスとBクラスはお互いのリーダーを当てないことを約束した。

 

「最後に聞いておきたいことがあるんだが」

 

 正直、これが一番重要だ。あ、やっと一之瀬が手を離してくれた。

 

「なになに?」

「Cクラスの生徒を保護したりしてないか?」

 

 俺がそう問いかけると、一之瀬と神崎はお互いの顔を見合った。

 

「……うん、保護してるよ。金田くんって言うんだけどね」

 

 一之瀬がそう答える。

 

「そうか。実はうちのクラスもCクラスの生徒を一人保護してるんだ」

「なに?」

 

 どうやら神崎の反応からすると、Cクラスから二人追い出されてることは知らなかったようだ。

 俺は龍園から聞いた情報をそのまま伝える。

 

「そんなことがあったんだ。金田くんは事情を話したがらないから無理に聞かなかったんだよね」

 

 スパイの可能性もあるだろうに。一之瀬の優しさが感じられる。

 

「ちなみに一之瀬と神崎はCクラスの状況は知ってるのか?」

「うん。本気で試験に取り組むつもりがないみたい。試験終了前にポイントが不足するのは目に見えて明らかだもんね。ここから節約モードに切り替えるとも思えないし。スポットも探してないみたいだし。ちょっと理解に苦しむかな」

 

 一之瀬も正しい答えを導き出せていないようだ。

 

「この試験でズルは出来ない。今は楽しいかもしれないけど、後で絶対後悔するはずだよ」

「一之瀬。本当にそう思うか?」

「え」

「本当にこの試験はズルが出来ないと思うか?」

「……どういうこと?」

 

 一つだけこの試験でズルをする方法がある。もちろんそれは試験を乗り越える為ではなく、リタイアする為の方法なんだけどな。

 

「実はうちのクラスで一人離脱者が出てしまってな」

「それがズルとなんの関係があるの?」

「そいつ仮病でリタイアしたんだよ」

「仮病……? ねえ、それってまさか……」

 

 さすが一之瀬。すぐに答えに辿り着いたか。神崎の様子を伺うと彼も気づいたようだ。

 

「ポイントを使い切ったら全員リタイアするってこと?」

 

 一之瀬が問う。

 

「恐らくな」

「つまり龍園は最初からこの試験を放棄していたわけか」

「ええ。本当に愚かなことだわ」

 

 神崎が先ほどの堀北と同じようなことを言っている。その堀北も神崎の発言に反応する。一之瀬の発言にも反応してあげてくれないかな。

 Cクラスの話題が終了すると、続いてAクラスの話になった。一之瀬たちは昨日のうちにAクラスのベースキャンプの様子を伺いに行ったが、ガードが固く、情報は全く得られなかったとのことだった。

 全てと言っていい情報を共有し終え、解散することになった。帰る際に一之瀬から午後に二人で会わないかと誘われたので速攻で了承した。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 ベースキャンプに戻った俺は早速綾小路に仕入れた情報を報告した。ちなみに綾小路もBクラスと同様にAクラスの情報は得られなかったようだ。

 

「それよりこの後一之瀬と会う約束してるんだけど」

「彼女がいないオレに嫌みか?」

「違う。つか俺も彼女いないんだけど」

 

 誤解してる生徒が多いが、俺は一之瀬とも堀北とも付き合っていない。年齢=彼女いない歴のピュアボーイだ。

 

「BクラスにもCクラスの生徒が保護されてると言ったろ」

「言ったな」

「そいつがスパイだと一之瀬に言っていいもんかと思ってな」

 

 そう。俺と綾小路は伊吹がスパイであることを特定したのだ。証拠として伊吹を見つけた場所に埋められていた無線機。それと伊吹の鞄に入っていたデジカメ。……女子の鞄を勝手に漁るなんてなかなかできることじゃないよ!

 ともかくCクラスから追い出された伊吹が持ってるのは明らかにおかしい。更に伊吹をスパイだと確定させたのが龍園の近くに置いてあった無線機だ。あれは伊吹が隠してたものと全く同じものだった。よって俺と綾小路は伊吹はCクラスから送り込まれたスパイだと断定した。

 つまり金田も伊吹と同様にスパイの可能性が高い。同日に追い出された生徒が一人ずつ違うクラスに保護される。証拠がなくても怪しさMAXである。

 スパイが送り出されたのはDクラスとBクラス。ちょうどCクラスにとって目上と目下のクラスだ。Aクラスにスパイが送られていないことからすると、2つのパターンが考えられる。一つ目は単にAクラスを敵から除外していること。二つ目はCクラスがAクラスと協力関係であることだ。DクラスとBクラスが協力関係を結んでるんだ。AクラスとCクラスが結んでいてもおかしくはない。むしろBクラスを突き放したいAクラスと、Bクラスを追撃したいCクラスならば有効な手段と言えるだろう。実際、BクラスはCクラスを突き放すためにDクラスと協力しているのだから。

 

「界外はBクラスに保護されてる生徒もスパイだと思うのか?」

「逆に思わない方がおかしいだろ」

「そうだな」

「一応、本人にカマはかけてみるけどな。それで一之瀬に言っていいか?」

「なぜオレの許可を求めるんだ?」

 

 そりゃ報告・連絡・相談は大事だからに決まってるだろ。それに……

 

「一応、相棒だからな。それと報・連・相だ」

「そうか。堀北に教えなければ問題ない」

「わかった」

 

 どうやら綾小路はとことん堀北を今回の試験で試すようだ。

 

「堀北が自力で俺たちが持ってる情報まで辿り着けるか。あまり甘やかすなよ」

「俺が堀北をいつ甘やかしたんだよ?」

「自覚がないのか……」

 

 綾小路が呆れてる。体調を気遣ってる以外に心覚えはないんだけどな。

 

 綾小路との話を終え、俺は昼食の準備に取り掛かった。

 今回は櫛田が手伝ってくれている。堀北は悔しそうな表情をしていた。そんなに俺と一緒に料理したかったのか。可愛い奴め。

 俺が調理してると綾小路と堀北が二人でどこかに行くのが見えた。入学当初はよく見かけたが、最近では珍しい光景だ。

 綾小路も何かアドバイスをするつもりなのだろうか。やれやれ、甘やかしてるのはどっちだよ。

 

「界外くん、どうしたの?」

 

 隣で調理している櫛田が顔を覗きながら聞いてきた。

 

「堀北と綾小路が二人で行動してるの久しぶりに見たなと思って」

 

 二人が行った先を指さす。

 

「確かに。……もしかして嫉妬でもしてるの?」

「え、なんで?」

 

 なぜ俺が嫉妬をしないといけないだろう。俺の相棒を連れ出すんじゃない、ってか。

 

「……ううん。してないならいいの。変なこと聞いてごめんね?」

「いや。それより今日も手伝って貰って悪いな」

「謝らないで。私が手伝いたいんだから」

 

 櫛田は本当に優しいな。堀北から中学の時の話を聞いてなかったらマジで俺も落とされていたかもしれない。それと綾小路から聞いた話もね。

 

「あ、あのね……、界外くんにお願いがあるんだけど……」

「どうした?」

「今度、私に料理を教えて欲しいなって。……いいかな?」

 

 まさか料理の講師役をお願いされるとは。もちろん答えは……

 

「いいぞ」

「ホント? ありがとう!」

 

 櫛田はそう言うと、俺の手を握ってきた。一日に二回も女の子に手を握られるとはね。

 

「ちなみにどんな料理を教わりたいのか決まってるのか」

「うーんとね―――――――」

 

 櫛田からリクエストを承り、お互い都合がいい日に二人だけの料理教室を開くことが決まった。

 マンツーマンならしっかりと教えられるから有難い。

 それより夏休みの予定がどんどん埋まっていくな。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「後片づけしてたら時間ぎりぎりになっちまったな」

 

 昼食と後片づけを終えた俺は一之瀬との待ち合わせ場所に佇んでいる。

 時刻は13時25分。約束の時間まであと5分だ。一之瀬との待ち合わせには基本30分前に待ち合わせ場所に着いてる俺にとっては遅刻も同然な時間だ。

 心の中で反省していると、視界がいきなり真っ暗になった。

 そして背中には、極上とも言える柔らかな感触が。

 

「だ~れだ!?」

 

 女子が男子にする(リア充に限る)定番の悪戯台詞。

 まさか俺が女子にこんなことをされる日が来るなんて……。

 

「ふふふ。正解するまで離さないよ?」

「なら一生正解を言わない」

「なんで!?」

 

 そんなのたわわな果実を俺の背中でずっと感じてたいからに決まってるじゃないか。

 

「冗談だよ。Bクラスの学級委員長さんだろ?」

「名前で言って」

 

 不機嫌そうな口調で彼女が言う。

 

「一之瀬」

「正解!」

 

 目隠しが解除され、振り向く。

 

「えへへ。ベタすぎたかな?」

「かもな。でも初めてされたから新鮮だった」

「そっか。ならよかったー」

 

 無邪気な笑顔を見せる一之瀬。昨日のエロい表情とギャップが凄い。

 

「それじゃ早速いこっか」

「どこに?」

「誰にも邪魔されない二人きりになれる場所!」

 

 一之瀬に導かれながら歩くこと20分。辿り着いた場所は……

 

「神社……?」

 

 なんでこの島に神社があるんだ。小さいながら門と本殿もある。

 

「午前中に探索してたら見つけたんだよね」

「一之瀬が?」

「うん。正確には私たちって言うべきかな」

 

 改めて神社を見る。建てられたから大分経ってるようで本殿の劣化が激しい。

 

「中入ろ」

「え」

 

 腕を掴まれ本殿に連れてかれた。

 一之瀬は本殿の扉を開け、なんと中に入っていってしまった。

 

「界外くんも早く」

「いや、本殿に入るとか罰当たりじゃないか……?」

「大丈夫だよ。悪さをするわけじゃないんだから」

 

 一之瀬がそう言うなら仕方ない。ゆっくりと足を踏み入れる。

 本殿の中は文字通り何もなかった。どうやら長い間放置されているようだ。

 

「座って座って」

 

 本殿を見渡してると、一之瀬に隣へ座るよう手招きされた。

 ややスペースを空けて、彼女の隣にゆっくりと腰を下ろす。

 

「凄いな。学校の管理してる島に神社があるなんて」

「だよね。私も見つけた時はびっくりしたよー」

 

 そう言いながら距離を詰めてくる一之瀬。相変わらずの距離感である。

 

「夏目好きの界外くんなら、こういうの好きかなって」

「そうだな。正直島に来てから一番ワクワクしてる」

「そっか。なら連れてきて正解だったかな」

 

 にひひと笑う一之瀬。俺の反応に満足しているようだ。

 

「ここなら誰にも邪魔されずに二人きりになれるでしょ?」

「そうだな」

 

 確かにここなら周りの目を気にせずに落ち着いて話せる。

 無人島だとどこで誰かが見てるかわからないからな。

 

「……もしかして明日からの情報交換もここでするのか?」

「ううん、しないよ」

「え」

「ここは私と界外くんだけの場所だよ」

 

 そんな見つめられながら言われると照れちゃうんだけど。

 

「で、でも他の子と一緒に見つけたんだろ? なら他に使おうとする子もいるんじゃないか?」

「それはないかな」

「なんでだ?」

「私以外の子は気味悪がってたから」

 

 なるほど。確かに女子にとっちゃ無人島の神社なんて気味悪いか。長い間放置されてる神社ならなおさら。

 夏目にはまってる綾小路と須藤を連れてきたら喜びそうだな。

 

「だから他の人に教えちゃ駄目だよ?」

「うん、教えない」

 

 二人ともごめんね。ここは俺と一之瀬で独占させて貰うね。

 

「んしょ」

 

 いきなり一之瀬がジャージの上着を脱ぎだした。

 その動作によりたわわに実ったけしからんメロンが大きく揺れる。

 

「ここなら紫外線気にしなくてすむからね」

 

 上着が体操着一枚になった一之瀬が説明する。

 確かに男子と比べて女子は炎天下でもジャージの上着を着てる子が多かった。ちなみに堀北にジャージを貸してるため常時半袖の俺だけど日焼け止めはしっかり塗っている。将来シミになったら嫌だしね。

 

「界外くんはずっと半袖だよね」

「ああ。堀北に上着を貸してるから」

「なんで?」

「…………ッ!?」

 

 なんだ。急に一之瀬から威圧感が……。

 

「いや、堀北が風邪気味で寒気するから貸してあげてるんだけど……」

「……そうなんだ。界外くんは優しいね」

 

 なんだ気のせいか。さっきのはもしかしたら俺に見えない妖が放った邪気なのかもしれないな。

 その後、俺たちは駄弁りながら時間を潰した。

 

「え、朝から走ったの?」

「ああ。前から浜辺で走ってみたいと思ってて」

「……もしかしてハイキューとかの影響かな?」

 

 さすが一之瀬。正解である。俺のことわかってくれてて嬉しい。

 

「そうだよ」

「千葉にいた時は走らなかったの?」

「走らなかった。海まで行くのに電車に乗る必要あったしな」

「そうなんだ。……ねえ、私も見に行っていいかな?」

「いいけどつまらないと思うぞ」

 

 人が走るのを見るだけって相当つまらないだろ。駅伝や陸上ならまだしも。

 

「ううん、そんなことないよ。それに界外くんが走ってるところ見てみたいし」

 

 軽く頬を染めながら一之瀬が俺をちらっと見る。

 

「そ、そうか。なら思う存分見てくれ」

「うん!」

 

 そんな顔されたらオッケーするしかないじゃないか。

 今日は昨日と違っていつもの一之瀬って感じだ。時折昨日のことを思い出すが今のところ普通に会話が出来てる。俺も成長したもんだな。

 さて、名残り惜しいけどそろそろ真面目な話をしなければ。

 

「一之瀬、お前に報告しておきたいことがある」

「なに?」

「朝、うちのクラスに伊吹って女子を保護してるって言ったろ」

「うん」

「伊吹はCクラスが送り込んできたスパイだ」

「え」

 

 俺からの情報に戸惑いを隠せない一之瀬。俺は一之瀬が落ち着いてからなぜ伊吹をスパイと断定したのか説明した。もちろん綾小路のことは伏せて。

 

「……そうだったんだ」

「だから金田って生徒もスパイの可能性が高いと思う」

「普通に考えたらそうだよね。それにAクラスと協力してるかもなんて……」

 

 一之瀬はまんまと龍園の作戦に引っかかったことにショックを隠せないようだ。

 

「二人とも殴られたのも信憑性を持たせる為ってことだよね?」

「だろうな」

 

 綾小路が伊吹の所持品を見つけなければ、俺も少しは信じていたかもしれない。

 

「Dクラスは伊吹さんのことどうするの?」

「泳がせることにした。それに伊吹をスパイだと知ってるのも俺くらいだ」

「他の人に教えてないの!?」

 

 一之瀬が驚いた様子で質問してきた。

 

「ああ。伊吹にスパイだと見抜いてることを悟らせたくないからな」

「……そっか」

「一之瀬はどうするんだ?」

「そうだね……」

 

 一之瀬はそう言いながら、いかにも考え込んでいる様子で、手の上にあごを乗せた。

 やっぱ一之瀬はどんな動作をしても絵になる。

 

「うん、決めた。私も泳がせることにするよ」

「そうか」

「神崎くんには報告するつもり。……一緒に来てくれる?」

 

 不安そうに一之瀬が言う。そんな顔しなくても大丈夫だぞ。

 

「ああ。それと金田と話をさせてほしい」

「いいけど、大丈夫?」

「少しだけだよ。スパイと見抜いてることは悟らせない」

「うん。後は金田くんを発見した場所も調べたほうがいい?」

「本人にばれないようにな。無理はしない方がいい」

「わかった」

 

 そして俺は万が一リーダーを見抜かれた場合の対処法を伝えた。これならCクラスに一泡吹かせることができるはずだ。

 

「あと、一之瀬に聞いておきたいことがあるんだけど……」

「なになに? なんでも聞いてよ」

「一之瀬は龍園と接触したことはあるか?」

「うーん、直接話したのは1,2回かな……」

 

 やはりリーダー同士接触してるよね。俺が知らない間にバチバチやりあってたもんね。

 

「それがどうかしたの?」

「いや、実は龍園と接触した時に堀北がセクハラまがいのことを言われて……。一之瀬は被害にあってないかなと思って……」

 

 一之瀬の答えによって俺の対応が変わる。さあ、どうなんだ!?

 

「私は言われてないかな。Bクラスを潰す的なことは言われたけど」

「……そっか。ならよかった」

 

 よかったな龍園。これで一之瀬にセクハラしてたらお前の前歯が全て差し歯になってたぜ。

 

「心配してくれてるんだ?」

「当たり前だろ。大切な人を心配しないはずがないだろ」

「た、大切……」

 

 そう言えば前に須藤に凄んだことがあったっけ。あの時は感情的になってしまったな……。

 

「え、えへへ。嬉しいなぁ……」

「ん?」

「ううん、にゃんでもなーい」

 

 いつの間にか一之瀬が随分嬉しそうな顔をしている。

 

「もし龍園に何かされそうになったら言ってくれ」

「うん!」

 

 今回は龍園がDクラスとBクラスに同時で仕掛けてるのは間違いない。

 ならば俺がやることは一つ。それを阻止して、今後はDクラスにあいつの狙いを集中させることだ。

 

「えっと、もしもなんだけど……」

「どうした?」

「もしもの話だよ? もし私が龍園くんに酷い目にあわされたらどうするのかなって思って」

 

 一之瀬が龍園に酷い目にあわされたら。

 その可能性は十分ある。なにせ一之瀬はBクラスのリーダー。龍園にとって目の上のたんこぶだ。実際、Dクラスが眼中になかった時はBクラスを集中的に狙っていた。

 それに龍園は目的のためなら女子に手をあげる鬼畜野郎だ。

 可能性はあるけど俺はわざとそのことを考えなかった。何故なら、そのことを考えただけで殺意が芽生えてしまうからだ。もちろん人殺しになるつもりはない。だから俺は……

 

「半殺しだな」

 

 別に金木くんみたいに全体の骨を半分折るというつもりはない。つかそんなこと出来ない。

 随分と物騒なことを言ってしまったけど一之瀬の反応はどうだろうか。

 

「……そっかそっか。うん」

 

 またまた嬉しそうな表情をしている。しかも一人で納得してるようだ。

 

「ありがとう。変な質問してごめんね」

「いや」

「それじゃそろそろいこっか?」

「そうだな」

 

 腕時計を見ると午後3時半を過ぎていた。気づいたら2時間近くも神社にいたようだ。

 神社を後にした俺たちはBクラスのベースキャンプへ向かった。一之瀬の足元がおぼつかなかったので、途中から手を繋いで歩いた。

 手を繋ぎながら20分ほど歩いただろうか。ようやくBクラスのベースキャンプに辿り着いた。

 ベースキャンプに踏み入れると一之瀬に次々とおかえりと声がかかる。さすが学級委員長だ。

 

「それじゃ早速金田くんに紹介するね」

「ああ」

 

 今回で2日目となるアウェイの地。何だろう。前回より注目されてるような気がする。もしかして感謝の目を向けられてんじゃないだろうか。確か俺のアドバイスでポイントを節約出来てると一之瀬が言っていた。ならこの視線の多さも納得だ。

 

「多分、この時間ならあそこにいると思うんだよね」

 

 一之瀬に導かれながら金田がいるであろう場所に向かう。

 

「あ、いたいた。金田くーん!」

 

 一之瀬の視線の先には髪型がキノコカットの男子がいた。こいつが金田か。

 

「一之瀬さん、どうしたんですか?」

「実は金田くんに紹介したい人がいるんだけど……」

 

 一之瀬は俺をチラチラ見ながら言う。

 

「えっと、Dクラスの界外だ。よろしく」

 

 一之瀬に促され自己紹介をする。自分なりに爽やかに出来たつもりだ。

 

「Cクラスの金田です。よろしくお願いします」

 

Cクラスのくせに言葉遣いが荒くない。

 

「実は金田に提案があって」

「提案ですか?」

「ああ。うちのクラスで金田のクラスメイトの伊吹って女子を保護してるんだけど」

「伊吹さんを?」

 

 知ってるくせになんて白々しいんだ。

 

「ああ。ただ一人だけ違うクラスだからか肩身が狭いようでな」

「はぁ」

「だから金田もうちのベースキャンプに来ないか?」

「え」

「伊吹も金田もクラスメイトがいたほうが気が楽だろ。ちなみに一之瀬の許可も取ってある」

「一之瀬さんの?」

「うん。お互い一人で肩身が狭いなら、そっちの方がいいかなって思って」

「そ、そうですか……」

 

 さあ、どうする。どう切り抜ける?

 

「お、お誘いはありがたいのですが、僕と伊吹さんは話したことがなくて……」

「一度も?」

 

 一之瀬が問う。

 

「はい。なので一緒にいると気まずくなると言いますか……」

 

 なるほど。そう来たか。

 

「……そっか、わかった。ならいいんだ」

「せっかくお誘い頂いたのにすみません」

「気にしないでくれ」

「はい。……それよりずっと気になってるのですが」

「ん?」

 

 金田の視線が俺と一之瀬の間で行ったり来たりする。

 

「お二人はお付き合いされてるんでしょうか?」

「にゃっ!?」

 

 急な質問で一之瀬が動揺する。猫娘にはまってるのかな。

 

「な、なんで、そんなことを聞くんだ……?」

 

 金田に問う。こいつは急に何てこと聞いてくるんだよ。

 

「いえ。ずっと手を繋いでいらっしゃるので」

「「あ」」

 

 俺と一之瀬の間抜けな声が重なる。そして瞬時に手を離す。

 また同じミスをしてしまった……。

 俺と一之瀬は金田の誤解を解き、急いで金田のもとを去った。

 

「ずっと手を繋いでたんだな……」

「だね。なんか手を繋いでるのが当たり前になって、離すの忘れちゃった……」

 

 20分も繋いでいたらそうなるのか。勉強になるな。

 俺はアウェイだから問題ないけど、一之瀬はこの後が大変そうだな。

 現に女子の一部がにやにやと俺と一之瀬を見ている。彼女のその視線に気づいてるようで、顔を赤くして俯きながら歩いている。

 そんな視線に耐えながら、昨日、見送りされた場所に着いた。

 

「迷惑かけてごめんな」

「ううん、迷惑だなんて思ってないよ」

「そっか」

「そうだよ。……明日も二人で会おうね?」

「ああ」

 

 そんなの当たり前じゃないか。俺と一之瀬だけの場所。なんて響きがいいんだろう。

 

「後、浜辺のランニングも。絶対見にいくからね」

「あいよ」

「また明日ね」

「またな」

 

 一之瀬に見送られ、俺は自身のベースキャンプへ戻っていく。

 彼女は俺の姿が見えなくなるまで見送り続けてくれた。

 その姿が俺はなんとも愛おしく思えた。




次回は一之瀬と堀北とイチャイチャします
試験そっちのけでいちゃついてばっかりだな……


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28話 俺のパンツと軽井沢のパンツ


9巻の表紙が誰になるのか楽しみ
南雲と朝比奈か神崎と橋本だと予想


 特別試験3日目。時刻は朝5時半。今朝も昨日と同じく俺は浜辺を走っている。昨日と違うのは……

 

「がんばれー!」

 

 浜辺に響く天使の声援。

 

「あれ、界外にしか言ってないぜ」

 

 隣を走るBクラスの柴田が言う。

 

「俺もそう思う」

「この野郎! 惚気やがって!」

 

 俺の返しに柴田が突っ込む。

 そう。昨日と違うのは参加してる面子が大量に増えたことだ。面子は昨日の3人にクラスメイトの三宅、Bクラスからは神崎や柴田を含む5人が浜辺で汗を流している。一之瀬から俺たちが早朝にランニングしていることを聞いて一緒に走りたくなったようだ。断る理由がなかったので了承して今に至る。

 

「それより昨日設置されてたテントがなくなってるね」

 

 平田が辺りを伺いながら言った。

 

「恐らくリタイアしたんだろ」

 

 3日目でリタイアか。いや、昨日の夜にはリタイアしてたのかもしれないな。

 それより一之瀬にカッコいいところを見せるためにこいつらを突き放さなければ。

 

「悪いが先に行かせてもらう」

「行かせねぇよ!」

「僕も負けないよ」

 

 俺が一歩抜け出すと柴田と平田が追走してきた。さすが現役サッカー部員だ。ちなみに須藤は走行中に尿意を催しリタイアしている。

 現在、首位を争っている柴田とは今日が初対面だ。初対面なのに関わらず結構打ち解けてる感じがする。これは俺が成長したのか、柴田のコミュ力が半端ないのかわからない。理由はどうであれ柴田とは仲良くやっていけそうな気がした。

 

「お先!」

 

 柴田が俺を追い抜く。平田は相変わらず追走しており、脱落する気配もない。

 

「くっ」

「帰宅部には負けられないからな!」

 

 言ってくれる。いいぜ、柴田。帰宅部だからと言って体力がないと思ってるのなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す! 略して……

 

「そげぶ!」

「そげぶってなんだっ!?」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ぜぇぜぇ」

 

 何とかサッカー部二人に競り勝った俺は仰向けになり息を切らしながら空を眺めていた。

 

「お疲れ様」

 

 青空をバックに一之瀬の顔が映りこんだ。

 

「……ああ」

「凄いね。柴田くんに勝っちゃうなんて」

 

 そりゃ一之瀬の前ですし。好きな子の前では負けられないからね。

 

「代償として完全にガス欠状態だけどな……」

「肩貸そうか?」

「大丈夫だ。暫くこうしてれば回復すると思う」

「そっか。それじゃ1位になったご褒美に膝枕してあげる」

「え」

 

 一之瀬は俺の頭を持ち上げ、自身の膝に乗せた。

 極上枕のような沈む柔らかさではないが、それとは別の女の子の柔らかさを感じる。

 視界には一之瀬の立派な二つの物体が。

 それより周りの目が……。

 

「えっと、他のみんなは?」

「もう帰ったよ。残ってるのは私と界外くんだけ」

 

 俺と一之瀬の二人だけか。なら周りの目を気にする必要はないのか。

 

「帰宅部なのに勝っちゃうなんて凄いよ」

 

 俺の頭を撫でながら褒めてくれた。

 人に頭を撫でて貰うのは久しぶりだけど、こんな気持ちがいいものだったっけ。

 

「負けず嫌いだからな」

「そっか。でもあんま無理しちゃ駄目だよ?」

「……わかった」

「よしよし」

 

 これじゃ母親と子供だな。

 一之瀬も立派な母親になりそうだな。

 俺はそう思いながら一之瀬の顔を見つめた。

 

「どうしたの……?」

「いや。一之瀬は立派なお母さんになるなって思って」

「にゃっ!?」

 

 そうか。俺は今一之瀬の母性を感じてるんだ。ちなみに母性と言っても胸のことじゃない。

 

「き、急に変なこと言わないでよ。もう……」

「すまん」

 

 俺はしばらく頬を紅く染めた美少女を眺めていた。

 そして30分ほど膝枕を堪能し、俺と一之瀬はお互いのベースキャンプに戻った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は11時。今朝頑張り過ぎた俺は川に体を漬けて休んでいた。

 川にはDクラスの生徒の他にBクラスの生徒の姿も見受けられる。これは今朝のBクラスとの情報交換の場で決まったことだ。Bクラスに川で遊ばせるかわりに、井戸水を提供して貰う。俺たちDクラスは川の水を飲んでるが、どうしても抵抗がある女子がいたため、井戸水を提供してくれるよう一之瀬と神崎に交渉したところ、すぐに了承してくれた。井戸水なら川の水より安心して飲んでくれるだろう。

 ちなみにBクラスにも美少女が多いため、この話を提案した俺は男子たちから称賛されまくった。一つ残念なのはこの場に一之瀬がいないこと。神崎の話だと見張り番をしているとのことだった。まあ、午後に神社で会うからいいんだけどね。水着姿もプールで見れるし。

 

「界外くんは泳がないの?」

 

 櫛田が川を泳ぎながら近寄ってきた。

 

「今朝のランニングで疲れた」

「そうなんだ。無理しちゃ駄目だよ?」

「ああ」

 

 一之瀬と同じこと言われちゃったよ。

 しかし櫛田もスタイルがいいな。水玉模様の水色の水着もよく似合ってる。

 

「それにしても試験でBクラスの人たちと遊べるなんて思わなかったよ」

「だろうな」

「Bクラスには友達が何人かいるんだ」

「そうなのか?」

 

 他のクラスに何人も友達を作っているとは。櫛田のコミュ力も恐ろしいな。

 

「うん。だから一緒に遊べて嬉しい。界外くん、ありがとね!」

「どういたしまして」

 

 櫛田との話を終えた俺は少し早いが昼食の準備に取り掛かっていた。

 隣には堀北が立っている。

 

「今日は堀北がメインで作ってみるか?」

「いいの?」

「たまには違う人が作った方がみんなも飽きないだろ」

「そう。わかったわ。補助お願いね」

「あいよ」

 

 本当は俺が久しぶりに堀北の手料理が食べたいだけなんだけどね。

 その後、調理中に綾小路と佐倉がトウモロコシを持ってきてくれたので、急きょ昼食のメニューに加えた。

 これでますます食材に余裕が出てきた。思ったよりポイントが節約できそうだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 試験4日目。俺たちDクラスの無人島生活は順調だった。高円寺のリタイア以外は大きなトラブルもなく、使用ポイントも80を維持。このまま行けば、かなり多くのポイントを残して試験を終えることが出来るだろう。島の地図も半分は埋められている。

 そして綾小路と話し合い、本日から他クラスへの攻撃を行うことになった。今頃綾小路はAクラスのエリアへ移動している頃だろう。俺も行こうとしたが既にAクラスにとって目立つ存在になってしまったため、お留守番となった。

 まあ、お留守番と言ってもベースキャンプを離れて一之瀬といつもの場所で会ってるのだけれど。

 

「今のところ金田くんに怪しい動きはないかな」

「そうか」

 

 BクラスにもCクラスから一人スパイが送り込まれてる。

 一之瀬と神崎が金田を発見した場所を漁ったところ、無線機が見つかり、鞄にはデジカメが入っていたとのことだった。人がいい一之瀬のことなので、鞄を漁るのは抵抗があっただろう。

 

「そっちは?」

「こっちも今のところ動きはない」

「そっか」

 

 だが試験終了まで3日ある。油断は大敵だ。

 

「このまま平和に終わればいいんだけどね」

 

 一之瀬はそう言うと、「んーっ」と大きく伸びをする。

 そんなことしたら大きな胸が暴れて大変なことになるんだが、本人は気にしてないようなので黙って素晴らしい絶景を堪能させて貰った。

 

「お疲れ気味か?」

「少しね。やっぱうちのクラスも男女間でトラブルが起きることがあって……。団体生活って大変だよね」

 

 あのまとまってるBクラスでもトラブルは起きているのか。

 今思うと一之瀬は結構ストレスを抱えてるのかもしれない。

 

「愚痴を吐きたいなら聞くぞ」

「にゃはは。ありがとう。気持ちだけ受け取っておくかな」

「そうか」

 

 さすがに愚痴は吐かないか。単純に疲れが溜まってるだけかもしれないな。

 

「頑張ってる一之瀬に言えることじゃないが、頑張りすぎるなよ」

「……うん」

「もし眠たいなら昼寝してもいいから」

 

 今日も一之瀬は早朝ランニングを見に来ていた。何時に寝てるかわからないがあまり睡眠時間も取れていないのではないだろうか。

 

「うーん、それじゃお言葉に甘えようかなー」

「ああ」

 

 俺がそう答えると、一之瀬がピタっとくっついてきた。そして俺の肩に頭を乗せる。……あれ?

 

「い、一之瀬……?」

「少し肩借りるね」

「え、あ、はい……」

 

 流れで肩枕をすることになってしまった。

 数分経つと、隣から「すぅすぅ」という穏やかな寝息が聞こえてきた。

 

「本当に寝ちゃったよ。……あいかわらず無防備だな」

 

 一之瀬には何度も刺激を与えて貰った。多少ドギマギするが肩枕程度じゃ動揺はしなくなった。

 何分くらい経っただろう。俺は一之瀬の寝顔を見つつ、試験のことを考えていた。

 今回の試験はCクラスとの差を埋めるいい機会だ。今回の試験である程度差を詰め、10月か11月にCクラスに昇格する。俺の予想図はこんな感じだ。11月にはクラスポイントが最低150上がる予定なので、遅くても11月には逆転できるだろう。

 それより一之瀬、熟睡してるな。彼女は学級委員長だ。他の生徒より精神的な疲労もあるだろう。一之瀬にも自由時間を与えるよう提言した神崎と白波さんに感謝だな。

 

「ふわぁ……俺も眠たくなってきたな……」

 

 睡魔の誘惑に耐え切れず、目を閉じる。

 こうしても俺も眠りの世界へ旅立ってしまった。

 

 一之瀬に起こされ、時計を見ると16時半を過ぎていた。どうやらいつの間にか横になり熟睡していたようだ。それより頬や首が濡れてる感じがするんだけど気のせいだろうか。

 神社を後にし、一之瀬をBクラスのキャンプ地に送り届けた。今日も手を繋いで歩いたが、早く恋人繋ぎが出来る関係になれるよう頑張りたいと思う。

 Dクラスのキャンプ地に戻ると、綾小路に首に内出血してる箇所があると指摘を受けた。恐らく虫に刺されて掻いてしまったのだろう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 無人島生活5日目。目が覚め時計を見ると4時半を過ぎた頃だった。いつもより早く起きてしまったが二度寝はしないでそのまま起きることにした。

 川で顔を洗ってると、背後から声をかけられた。

 

「界外くん、ちょっといい?」

 

 振り向くと、そこには不機嫌な表情の篠原がいた。少し後ろに松下と佐藤もいる。

 

「どうしたんだ?」

 

 タオルで顔を拭きながら応える。

 

「今朝、その……軽井沢さんの下着がなくなってたの」

「え……下着が……?」

 

 篠原の表情からよからぬことだと思ったが、思った以上に重い話だった。

 

「今、軽井沢さん、テントの中で泣いてる。櫛田さんたちが慰めてるけど」

 

 そりゃ自分の下着を盗まれたらショックだろう。

 

「夜中に誰かが軽井沢さんの鞄から盗んだってことだよね。荷物は外に置いてあるから誰でも盗めるわけだし」

「そうだな」

「だから男子全員起こして貰っていい?」

「え」

 

 この流れで男子を全員起こす理由。……つまり篠原は犯人は男子だと思ってるってことか。

 

「犯人捜しをしたいってことか?」

「そう」

「起こすのはいいけど、犯人が男子とは限らないだろ」

「男子に決まってんじゃん!」

 

 ひぇぇ。怒鳴られてしまった。篠原がご乱心である。

 チラッと松下を見ると、肩をすくめて首を横に振られてしまった。どうやら松下も暴走気味の篠原を止められないらしい。

 

「あ、でも界外くんと平田くんは疑ってないから」

「……なんでだ?」

「だって2人とも彼女いるじゃん。しかも界外くんは2人も」

「1人もいないんですけど……」

 

 誰だよ俺の彼女2人。いるなら出てきてくれよ。

 しかし、まいったな。篠原は完全に犯人を男子と決めつけてる。このままだとせっかくのいい雰囲気が壊れてしまう。なんとか篠原をなだめないと。……よしこの作戦でいこう。

 

「篠原」

 

 俺は彼女の両肩に手を置いて名前を呼んだ。そしてまじまじと見つめる。

 

「な、なに……?」

 

 篠原が若干たじろいだ。

 

「確かに犯人は男子の可能性もある。けど女子の可能性だってあるだろ」

「そ、それは……!」

「落ち着け。軽井沢と櫛田が無き今、お前が女子のリーダーなんだ」

「私がリーダー……?」

「軽井沢さんも櫛田さんも死んでないけどね」

 

 松下が突っ込んできたが無視する。

 

「そうだ。リーダーのお前が冷静さを欠いてどうする。こういう時こそ冷静に対処するんだ」

「……うん、わかった」

 

 作戦成功。この子、やっぱ池と似たもの同士だわ。

 松下を見ると、彼女も一安心した様子だった。

 

「とりあえず軽井沢の下着がないことに気づいたのはいつ頃なんだ?」

「ほんの10分前」

 

 俺の問いかけに松下が答える。

 

「10分前か。なんでこんな朝早い時間に起きたんだろうな?」

「多分、界外くんたちが走るの見に行こうとしたんじゃない?」

 

 今度は佐藤が答える。

 

「あー、そういえばそんなこと言ってたね。篠原さんも聞いてたでしょ?」

「うん。言ってた言ってた」

 

 なるほど。彼氏の平田の応援をしに行こうとしたのか。なら早起きなのも納得できる。

 

「とりあえず状況を整理するか」

「お、なんか探偵っぽい」

「茶化すなよ」

「ごめんごめん」

 

 まったく佐藤には緊張感がない。友達が大変なことになってるのに困った子だ。

 

「まず篠原が言った通り、鞄は外にまとめて置いてあるから誰にでも盗める」

「うん」

「鞄には名前が書いてあるから、犯人は軽井沢の下着だとわかって盗んだ」

「そうだね」

「今のところわかってるのはこの2点だけだ」

 

 肝心なのは盗んだ理由だ。単に性欲を押さえきれず盗んだのか。これは篠原が思いついた理由だろう。だから彼女は犯人は男子だと決めつけた。

 

「それで犯人を特定するのに一番大事なのは犯行理由だ」

「理由?」

 

 女子3人が同時に首を傾げる。君たち本当仲良いね。

 

「ああ。考えられる理由は3つ。一つ目は単に性欲を抑えきれなかったから」

「せ、性欲って……」

 

 篠原と佐藤が顔を赤くする。俺だって言うの恥ずかしいんだから堪えてくれ。松下は照れた様子が全くない。さすが経験豊富そうな松下だ。

 

「二つ目は嫌がらせ目的。この場合は軽井沢に恨みがある人物が犯人になるな」

「恨みって……大げさすぎじゃない?」

「大げさじゃないぞ佐藤。確か軽井沢ってクラスメイトからポイントを借りてたよな?」

「う、うん……」

「借りたポイントって軽井沢は返してるのか?」

「多分返してないと思うよ」

 

 俺の質問に松下が答える。

 

「軽井沢さんってそういうのルーズだから。だから界外くんが言いたいこともわかるかな」

 

 続けて松下が説明する。

 

「つまり軽井沢を嫌ってる女子もいると?」

「うん。私とかね」

「え、そうなの!?」

「松下さん!?」

 

 松下の思いもよらぬ告白に佐藤と篠原が動揺する。俺も驚いてる。

 

「私、お金にルーズな人嫌いだから。ま、彼女に逆らうと面倒なことになりそうだから表面上は仲良くしてるだけ。これここだけの話にしてね」

「お、おう……」

 

 女って怖い……。佐藤と篠原を見ると何とも言えない表情をしている。

 

「だから女子が犯人って可能性も十分あると思う。それに男子より女子の方が陰湿だしね」

「な、なんだか経験者っぽい言い方だな」

「ま、中学の時に色々あったから。女子同士って男子が思ってるより色々あるんだよ」

「べ、勉強になります……」

 

 なんだろう。松下が同い年に思えなくなってきた。

 

「それで三つ目の理由は?」

 

 松下が急かす。すみません。今すぐ説明します。

 

「三つ目はDクラスを混乱させる為に女子のリーダーである軽井沢の下着を盗んだ場合だ」

「混乱させるためにって何のために?」

「よく考えろ。俺たちDクラスが混乱して得するのは誰だ?」

 

 篠原の質問に質問で返す。

 

「……もしかして伊吹さん?」

「正解。もちろんこれは伊吹がスパイだった場合の話だ」

 

 松下の答えに補足する。

 

「えー。これじゃ全員怪しいじゃん。犯人の特定なんて無理じゃん」

「だよねー」

 

 篠原と佐藤が音を上げる。

 

「とりあえずテントに戻って軽井沢さんと相談してみる」

「わかった。……もし荷物検査するならクラス全員にするよう説得してくれ。男子だけだと雰囲気が余計に悪くなる」

「了解。それじゃまた後で」

 

 頼むぞ篠原。お前がリーダーだ。

 テントに戻っていく篠原と佐藤を見送りながら祈る。

 

「はぁ、面倒くさ……」

 

 松下がため息をつきながら真情を吐露する。

 

「下着盗まれたくらいで泣かないで欲しいよね」

「そ、そうなのか……?」

「うん。私なんてもっと酷い目にあったしさ」

「え、松下って苛められてたのか……?」

「少しね」

 

 意外だ。まさか松下が苛められっ子だったとは。

 

「それより軽井沢さんって意外とメンタル弱いんだね」

 

 いつもより松下の毒舌がやばい。もしかしたら慣れない無人島生活でストレスが溜まっているのだろうか。いや、溜まっていない方がおかしいか。

 

「堀北さんと口喧嘩する時もいつも言い負かされてるし」

「堀北と口喧嘩?」

「うん。堀北さんから聞いてなかった?」

「聞いてない」

 

 初耳だ。確かに堀北と軽井沢は相性悪そうだけど。

 

「あの二人同じテントなんだけさ、堀北さんっていつも他人を見下す発言をするでしょ?」

「ごめんなさい」

「なんで界外くんが謝るの?」

 

 松下がくすくす笑う。少しは機嫌がよくなってきたようだ。

 

「軽井沢さんはそれが気に食わないみたいでね。けっこう堀北さんに突っかかってくるんだよね」

「それで堀北に論破されると」

「そう。二人の相性が悪いのわかってたけど……」

「ん?」

「堀北さん。なんかいつもより機嫌が悪いみたいでね。それも相まって軽井沢さんと毎日バトってる感じなんだよね」

 

 毎日バトってるのかよ。堀北がいつもより機嫌が悪いのは風邪を引いてるからだろう。

 

「そっか。迷惑掛けるな」

「だから界外くんが謝る必要ないって。……そうだ、伊吹さんなんだけど特に怪しい動きはないから」

「わかった」

「もちろん寝てる間はわからないんだけどね」

 

 松下が髪をかきあげながら言う。なんか色っぽいな。

 

「それじゃ私もテントに戻るから」

「ああ。篠原のフォローよろしくな」

「はいはい」

 

 だるそうに返事をしながら松下は戻っていった。

 俺は平田を起こし報告した後、自身の鞄からある物を取り出し、他の人にばれないように森の中に埋めた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「え、界外くんの下着も盗まれたのっ!?」

 

 篠原が大きく声をあげる。

 

「ああ。さっきないことに気づいたんだけど」

「そ、そうなんだ……」

 

 俺の被害報告によりクラス全員がざわめきだした。女子だけでなく男子の俺の下着までも盗まれたのだ。混乱するのは当たり前だ。

 

「お気に入りのパンツだったのに……」

「界外くん……」

 

 気落ちする俺に平田が優しく肩に手を置く。

 そして俺は見逃さなかった。軽井沢の時は表情を変えなかった伊吹の表情に変化があったことを。

 それと気になる視線が一つ。俺と平田に熱い視線を送ってる女子が一人いる。王さんだ。なんで王さんはトロ顔で俺たちを見てくるんだ。

 そういえば綾小路に弁当を渡した時も同じような視線を王さんから感じた。まさか王さんって……。

 

「とりあえず荷物検査をしようか」

 

 平田の指示によりクラス全員の荷物検査が行われた。篠原の説得も上手くいったようだ。

 結局、俺と軽井沢の下着が出てくることはなかった。……表向きはね。

 綾小路から聞いた話だと、池の鞄に紛れ込んでおり、池は焦って綾小路にそれを押し付けたとのことだった。綾小路はポケットに隠し、検査後に平田に報告したようだ。

 ちなみに俺の下着が今後見つかることはないだろう。何故なら盗まれたというのは嘘だからだ。これがどれくらい効果があったかわからない。けれど女子だけより男子の下着も盗まれたと言う事実があった方が幾分マシだと思っただけだ。そのおかげで思わぬ収穫があったのは嬉しい誤算だった。

 

 Bクラスとの情報交換を終えた俺と堀北はベースキャンプに戻らず浜辺に向かっている。

 一応、Bクラスには軽井沢と俺の下着が盗まれたことを報告している。その際に一之瀬が激しく動揺していたのが気になるな。……午後に会う時に自作自演だったことを説明しておいた方がよさそうだ。

 浜辺に辿り着き、座るのにちょうど良さそうな丸太を見つけたのでそれに腰を下ろす。堀北が近いような気がするが気のせいだろう。

 

「堀北が海に誘うなんて珍しいな」

「ゆっくり話せる場所が欲しかっただけよ」

 

 ゆっくり話せる場所か。一ついい所があるのだが一之瀬との約束があるので教えることは出来ない。

 

「ねえ、あなたは誰だと思う?」

「犯人がか?」

「それしかないでしょう」

「……わからないな。あの状況じゃ誰でも盗める」

 

 伊吹の表情の変化については綾小路に伝えてある。もちろんそれだけで伊吹を犯人扱いするのは尚早だろう。だがそんなのはどうでもいい。Dクラスのために伊吹には犯人になって貰う。

 

「そうね。……まさかあなたの下着まで盗まれるなんてね」

「俺も結構人気あるってことだな」

「もの好きがいたものね」

「おい」

 

 盗んだのは俺なんだけどね。安らかに眠ってくれ俺のパンツ。

 

「ま、俺の下着が盗まれたことで男女間に亀裂が入らなくてよかったよ」

「そうね。もし被害が軽井沢さんだけなら男子を疑う人が多かったでしょうね」

 

 事実篠原は犯人を男子だと決めつけていたからな。

 

「そうだな。ただ男女間に亀裂が入らなくても、しばらくは微妙な雰囲気が続くだろうな」

「私には関係ないわね」

「軽井沢に八つ当たりされないように気をつけろよ」

「……誰から聞いたの?」

 

 しまった。つい口が滑ってしまった……。

 

「か、風の噂で聞いて……」

「……いいわ。確かに彼女に言いがかりをつけられるかもしれないわね」

「そんなに合わないのか?」

「合わないわ。女子版須藤くんと言えばわかりやすいかしら」

「あー、それは合わないな」

 

 軽井沢にも夏目友人帳を見せて、毎朝座禅をさせれば、綺麗になってくれるだろうか。

 

「ま、体調悪いんだからあまり相手するなよ」

「善処するわ」

「それじゃそろそろ帰るか」

 

 立とうとした瞬間、堀北に腕を掴まれた。

 

「なんだよ?」

「……もう少しここにいない?」

 

 堀北がすがるような目で俺を見上げる。

 

「わかった。お昼までここで時間潰すか」

 

 こくりと頷く堀北。だからそれ可愛いからやめろ。

 

「そう言えばこうして二人きりでゆっくりと話すのは久しぶりかもな」

「そうね」

「二人きりと言えば、綾小路とも話してたよな。久しぶりに二人で話してるところ見たぞ」

 

 俺がそう言うと、堀北は一気に不機嫌な表情になった。

 

「大したことは話してないわ。それに綾小路くんのことはどうでもいいでしょう」

 

 さっきまでの可愛い表情が嘘のように怒気を放つ。

 綾小路は堀北にいったい何をしたんだ……。

 

「……そ、そうだな」

「そうよ。そういえば界外くんがあれを受けることは、一之瀬さんは知っているの?」

「知らないよ。知ってるのは堀北だけだ」

「そう。私だけ……ね」

 

 どうやら機嫌が良くなってきたようだ。やっぱ女の子はよくわからない。

 その後、俺と堀北は1時間以上浜辺で雑談をした。

 時折、潮風で堀北の光った絹糸みたいに、長くまっ黒な髪がなびくのに見惚れていたのは内緒だ。

 

 お昼過ぎ。ベースキャンプから少し離れた森の中で2人の姿があった。

 お互い木に寄りかかる形で向かい合ってる俺と綾小路。

 

「界外。タイムアウトだ」

「わかった。……綾小路から堀北に言ってくれない?」

「オレが言っても堀北は言うことを聞かない。界外からのお願いならあいつも言うことを聞くだろう」

 

 本当にそうだろうか。プライドが高い堀北がこんなお願い事を本当に聞いてくれるのだろうか。

 

「それにオレは堀北を煽りすぎて嫌われているからな。オレがお願いしても絶対に言うことを聞いてくれないだろう」

「どんな煽りをしたんだよ……?」

「界外と違って、クラス間の争いに何も役に立っていない、と言った」

「言い過ぎだろ……」

 

 綾小路は堀北を年頃の女の子と認識してるのだろうか。

 

「事実だろう。現にこの試験で堀北は何をした?」

「何をしたって……。リーダーとか、料理とか……」

「それだけだ。堀北はお前の傍にいるだけで、自分から動くこともなかった」

「た、確かにそうだけど……。ほら、風邪もひいてたし……」

「だが動けないほどじゃなかっただろ」

 

 あかん。綾小路の堀北に対する当たりが酷すぎる。

 

「はぁ……、わかったよ。この後堀北に言うよ」

「頼む」

「憂鬱だな……。堀北にリタイアするようお願いするなんて……」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は17時。俺は森の中に堀北を連れ出していた。

 

「界外くん。私に大事な話ってなにかしら?」

「堀北。落ち着いて聞いてくれ」

 

 彼女の両肩に手を置き、じっと見つめる。

 

「え、ええ……」

 

 堀北は顔を紅く染め、見つめ返す。

 そんな顔で見つめないでくれ。余計言い辛くなる。

 

「堀北にお願いがあるんだ」

「私に?」

「ああ。もしかしたら堀北のプライドが許さないかもしれないが、俺のお願いを聞いてほしい」

「私のプライド? 気になるけれど界外くんのお願いなら言うことを聞くけれど」

 

 マジかよ。まだお願い事も言ってないのに言質取れたよ。綾小路が言ってたことは本当だったんだ。

 

「ありがとう」

「それでお願い事って?」

「……申し訳ないんだけど、リタイアをして欲しい」

「え」

 

 俺がそう言うと、堀北は何を言われたのか理解できていない様子だった。

 

「……ね、ねぇ。私、何かしてしまった……?」

 

 堀北は俺の上着を掴んで、すがるような目で見上げてきた。

 

「私、リタイアしなければいけないほど何かやらかしてしまったの……?」

 

 堀北が完全にパニクってる。言う順番を間違えたかもしれない。

 

「わ、私、あなたに見捨てられてしまったら……」

「落ち着け堀北。お前が何かミスをしたわけじゃない」

「な、ならなぜそんなことを言うの……?」

 

 今にも泣きだしそうな表情で訴えてくる堀北。

 俺は彼女を落ち着かせ、今回リタイアをお願いすることになった経緯について丁寧に説明した。伊吹がスパイであること、龍園が島に残っていること、CクラスとAクラスが手を組んでいることを。

 

「……そういうことだったのね」

「ああ」

「ごめんなさい。取り乱してしまって」

「いや、俺の方こそ言い方に気をつけるべきだった。ごめん」

 

 あんな取り乱した堀北を見るのは初めてだった。それに俺に見捨てられると思っていただなんて……。

 

「いいえ。それじゃ私は明日の夜にリタイアすればいいのね?」

「いいのか?」

「あなたのお願いなら言うことを聞くって言ったじゃない」

 

 確かに言ったけどこんな素直に従ってくれるなんて。俺も堀北にそれなりに信頼されてるってことでいいのだろうか。

 

「それにしてもよくわかったわね。伊吹さんのことも龍園くんのことも」

 

 俺だけの力じゃないんだけどね。綾小路のことは黙ってないといけないので全て俺の手柄になることに罪悪感を感じてしまう。

 

「ぎりぎり気づいてよかったよ」

「そうね」

 

 これも嘘だ。本当は俺も綾小路も前から気づいていた。そして堀北を試していた。堀北を騙してることにも罪悪感を感じる。

 仕方ない。また明日一之瀬に膝枕をしてもらって癒されよう。

 

「それで明日なのだけれど、伊吹さんにどうやって私がリーダーだと気づかせるの?」

「そうだな。明日、最後の食料探索をするようだから伊吹を連れ出してその時に気づかせるか」

「具体的には?」

「状況を見て判断しよう」

「わかったわ」

 

 これでこの試験も無事に終えることが出来そうだな。

 堀北が意外に従順で助かった。

 それより堀北はいつまで俺にしがみついてるのだろうか。

 

「そういえば風邪はもう大丈夫なのか?」

 

 俺はこの質問を何回してるんだろうか。

 

「え、ええ。……いえ」

 

 どっちだよ。

 

「まだ寒気がするの。……だからもう少しこのままでいてもいい?」

「え」

「その……温かく感じるから」

 

 顔を真っ赤にしながら堀北が言う。なにこの子。可愛すぎて抱きしめたくなるんですけど。

 

「……わかった。もう少しだけな」

「ええ」

 

 長時間このままだと俺の理性が崩れちゃうからね。

 堀北は俺の上着を掴んだまま、顔を胸に埋めてきた。

 それにしてもさっきの堀北の泣きそうな顔……可愛かったな。たまに見せる笑顔もいいけれど、堀北には泣き顔の方が似合うのかも。

 ……いやいや、俺は何を考えてるんだ……。

 結局、30分ほどこの状態が続いた。ていうか最後は抱きつかれていた。一之瀬ほどじゃないけれど胸の感触がやばかった。

 

 

 




堀北が従順になった分、重たくなってますね


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29話 IPPAI OPPAI ボク元気


俺の読んでるラブコメ漫画が次々にアニメ化されていく


 特別試験6日目の朝。昨日は事件があったせいで走れなかったので今日は走るぞ。クラスが微妙な雰囲気だけどそんなの関係ない。

 俺は須藤と三宅を連れて浜辺に向かった。ちなみに平田は不参加だ。リーダーとしてキャンプ地から離れるわけにはいかないと思っているのだろう。

 浜辺に辿り着くと、Bクラスの面々が既に揃っていた。

 

「よう界外! 昨日はどうしたんだよ?」

 

 柴田が早速聞いてきた。

 どうやら一之瀬と神崎はクラスメイト達にDクラスにトラブルがあったことを伝えてないようだ。まあ、内容が内容なだけに当たり前か。

 

「少しトラブルがあってな。平田は今日も不参加だ」

「そっかー。ま、仕方ないか」

 

 俺の説明に納得してくれたようだ。

 

「おはよう、界外くん!」

 

 少し遅れて一之瀬がやって来た。

 俺は準備体操をしながら返事をする。

 

「おはようさん」

「今日は走るんだね」

「ああ。それに明日で最後だからな」

「そっか。明日で試験終了なんだよね……」

 

 初めての無人島生活なので不安はあったが、楽しく過ごせたと思う。なぜなら……

 

「今日も二人で会える?」

「もちろん」

 

 毎日一之瀬と二人きりで過ごせる時間があるからだ。寂れた神社の本殿。そこが俺と一之瀬のアナザー○カイ。

 

「おーい! いちゃついてないでそろそろ走ろうぜー!」

 

 一之瀬と話してると柴田が大声で叫んできた。

 

「い、いちゃついてないし! それじゃ行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」

 

 柴田たちがいるスタート地点に小走りで向かう。

 

「悪い、待たせた」

「どうせ午後にいちゃつくんだから朝くらいは我慢しろよな」

「……待て、柴田。午後にいちゃつくとかどういう意味だ?」

「ん? 一之瀬と二人で会ってるんだろ。うちのクラスはみんな知ってるぞ」

 

 うそーん。Bクラス全員知ってるのかよ。

 

「ち、ちなみに誰から聞いたんだ……?」

「誰からも聞いてないぞ。一之瀬が一人でベースキャンプを離れるとしたら界外に会うくらいしか理由がないだろ」

 

 いや、それ以外にも理由ありそうな気がするんだけど。

 

「やっぱ一之瀬と付き合ってたのか?」

 

 三宅が質問をしてきた。

 

「いや、付き合ってないから」

「説得力ないぞ」

「本当なんだけどな……」

 

 確かに俺が三宅の立場だったら同じく信じないだろうな。

 事実ではないので否定はしてるけど、正直なところ一之瀬と恋人と思われるのは気分が良い。

 

「長谷部に聞いた話だと、掲示板でもお前たちのこと噂になってるようだぞ」

「長谷部? 三宅って長谷部と話すんだ」

「そこそこな」

 

 長谷部が教室で男子と話してるのを見たことがなかったので意外だった。

 俺の知らないところで色々な交友関係があるんだな。

 それより掲示板で噂になってるのか……。

 

「よし、行くか」

 

 柴田の掛け声で一斉に走り出す。

 柴田と須藤とデッドヒートのすえ、今日もなんとか1位でゴールインした。

 俺は案の定ガス欠になってしまったが、一之瀬の膝枕を堪能できたので後悔はしていない。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 ふらふらになりながらベースキャンプに戻り、シャワーを浴びた。

 シャワールームから出て、空を見上げると、どんよりとした曇り空になっていた。今日は天気が荒れそうだ。

 調理場にいくと、既に堀北と櫛田の姿があった。

 

「おかえり、界外くん!」

 

 笑顔で出迎える櫛田。

 

「ああ、ただいま。今日は二人とも手伝ってくれるのか?」

「私だけで十分だと言ってるのだけれど……聞き入れてくれないのよ」

 

 堀北が不満そうに答える。

 

「でも二人より三人で作った方が早いよね?」

「それは……」

 

 珍しく櫛田が堀北を押している。まあ、櫛田の方が正論を言ってるので仕方ないけれど。

 

「早速作るか」

「ええ」

「うん」

 

 今日はいつもより豪華な朝食を作った。理由は簡単。これで少しでもクラスの嫌な雰囲気が払しょくできればと思ったからだ。

 朝食を支給すると、池が大げさに騒いでいた。恐らく池なりにこの雰囲気を何とかしようと思ったのだろう。

 

 朝食後、平田は大勢の生徒を集め激励を飛ばしていた。そして今日を乗り切るための最後の食料を探しに行く班分けを始める。

 ちなみに定例になっているBクラスとの情報交換だが、今日はなしになった。作戦通り俺と堀北が食料探索に参加するためだ。特に交換するほどの情報もないしね。

 

「須藤くんと池くんは引き続き魚を獲って貰いたいんだけどお願い出来るかな?」

「任せろ。座禅をした後の俺の引きは凄いぜ?」

「座禅は関係ねえよ健」

 

 平田の指示に素直に従う須藤と池。座禅ってそんな効果もあったのか……。

 

「ありがとう。それじゃ食料捜しのグループを作っていこう」

 

 次々にグループが作られていく。俺は堀北、櫛田、佐倉、綾小路の組み合わせになった。山内が参加しそうになったが作戦の邪魔をしそうなので違うグループに参加して貰った。

 この余り者が多いグループで櫛田がいるのが珍しい。理由は王さんが女の子の日で体調を崩して、櫛田以外のグループの子が付き添ってるとのことだった。

 

「ねえ、界外くん」

 

 櫛田がそっと俺に耳打ちをしてきた。

 

「なんだ?」

「みーちゃん、この前界外くんの名前を言いながら鼻血を出してたの」

「え」

「何か知ってる?」

「知らないけど……」

 

 心当たりはあるけれど櫛田には言えない……。

 

「なあ伊吹。おまえも一緒に来ないか?」

 

 作戦通り綾小路が伊吹を誘った。

 

「私が?」

「今日で試験も最後だしな。嫌なら無理強いはしないが」

「……そうだな。Dクラスには借りがあるから……わかった、手伝う」

 

 よし。さすが綾小路。堀北を見ると彼女も一安心しているようだった。

 こうして6人になったグループは森の中に足を踏み入れた。

 

「界外くん。今日はなに作るの?」

 

 食べ物を探しながら歩き続けてるが、やたらと櫛田が俺に話しかけてくる。

 

「うーん、釣れた魚によるけど塩焼きにしようと思う」

「また大量に釣れるといいね」

「そうだな」

 

 別に話しかけられるのは構わない。ただ俺と櫛田が話してると、とある女子の機嫌がすこぶる悪くなるのだ。

 

「櫛田さん。私たちは食料捜しに来てるのよ。もう少し集中したら?」

 

 ほらね。ちなみに櫛田の名前しか呼んでないが俺のことも睨んでくる。俺は話しかけられてるだけなのに理不尽だと思う。

 

「ごめんね。界外くんとお喋りするの楽しいからついつい」

 

 櫛田の言い訳に更に堀北の顔が不機嫌になる。綾小路から聞いてお互いに嫌ってるのは知ってるけど、もう少し仲良くしてくれないだろうか。

 それより思ったより櫛田が俺から離れないな。俺は綾小路に目配せする。

 

「櫛田、ひとまずこの辺りを中心に探さないか?」

 

 すぐに綾小路は動いた。

 

「そうだね」

「一人だと危険だから二人で行動しよう」

「界外くん。行くわよ」

 

 綾小路の指示が飛んだ瞬間、堀北が俺の腕を掴んでグループから離れる。

 

「あっ……」

 

 後ろで後を追いかけてきた櫛田が肩を落とすのが見えた。作戦のためなんだ、悪いな櫛田。

 ペアは俺と堀北、綾小路と佐倉、櫛田と伊吹の組み合わせになった。

 俺と堀北は伊吹の位置を確認する。ここからなら十分見えるだろう。

 

「堀北、やるぞ」

「ええ」

 

 小声で堀北に指示を出す。作戦開始だ。

 

「堀北、キーカードを見せてくれないか?」

「いいけれど。……どうするつもりなの?」

 

 恐らく伊吹には聞こえないだろうけど、念のため演技をする。

 

「実は他のクラスでカードらしきものを持ってる生徒を見かけてな。それがキーカードなのか確かめたい」

「わかったわ」

 

 堀北はそう言うと、そっとカードを取り出した。俺はそれを受け取り、まじまじと見る。

 よし、ここから俺の演技力にかかってる。集中しろ俺。

 

「これと同じようだな。ありがとう」

 

 俺はカードを返すふりをして、手元からそれを地面へと落とした。

 

「あっ!!」

 

 俺は注目を浴びるよう大きな声を上げた。堀北は急いでカードを拾い上着にしまった。

 

「どうしたのー?」

 

 櫛田が少し心配そうにこちらを見ていた。伊吹も同様だ。

 

「いや、何でもない。虫がいたから驚いただけだ」

「そっか。界外くん、虫が苦手なんだね。可愛い」

 

 男が虫が苦手だと可愛いのか。初めて知ったぞ。

 

「俺って可愛いのか」

「冗談に決まってるでしょう。何を本気にしてるの?」

 

 俺が呟くと、堀北に睨まれてしまった。

 

「……それより上手くいったかしら?」

「恐らく。綾小路に後で確認しておく」

 

 綾小路は伊吹を見ておくようにお願いをしている。

 あれだけ大声を出したんだ。堀北もカードを拾うのを少し遅らせていた。

 これで伊吹は堀北がリーダーだと気づいただろう。後はどうやってカードを撮影させるか。

 

 お昼前、俺たちは収穫なくベースキャンプに戻ってきた。太陽が出ていなくても森の中は想像以上に暑い。現に食料捜しから帰ってきた生徒たちが大勢シャワールームに並んでいる。俺も一之瀬に会う前にシャワー浴びたいんだけどな……。

 

「界外くん、ちょっと」

「ん?」

 

 堀北は俺の腕を掴み、ベースキャンプから離れた。……俺、何回堀北に腕を掴まれてるんだろうか。

 

「伊吹さんにカードを撮影させる方法を思いついたわ」

「……教えてくれ」

 

 さすが堀北。やる時はやる女だ。

 

「シャワー室が混んでるのを理由に川に水浴びに行くわ。その時に着替えと一緒にカードも岩場に置いておく」

「なるほど。それなら自然に水浴びに行けるか」

「ええ」

「でも風邪は大丈夫なのか? 水浴びなんかしたら悪化するんじゃ……」

 

 昨日も寒気が治まらないと言っていた。現に今も俺の上着を着ている。

 

「大丈夫。上着は念のため着ているだけだから」

「でもな……」

「お願い。やらせて」

 

 真剣な眼差しで俺を見つめる堀北。

 

「……わかった。悪化したらすぐに言ってくれよ」

「看病してくれるのかしら?」

「男子のテントでいいならな」

「それは遠慮するわ」

 

 そりゃ汗臭い男子のテントなんて嫌だよね。

 

「そういえば水浴びするのはいいけど、水着持ってきてるのか?」

「一応ね」

 

 ほーん。堀北も海やプールで遊ぶことを想定していたってことか。

 

「なにその顔は?」

「あ、いや。何でもない」

「……ならいいけれど。それじゃまた後でね」

「ああ」

 

 堀北はそう言うと、自身のテントに入っていった。恐らく水着に着替えるのだろう。堀北の水着姿を見ておきたいがそろそろ昼食の準備に取り掛からなければいけない。

 

 30分後。昼食の準備をしてると堀北が戻ってきた。表情は明るい。どうやら上手くいったようだ。

 

「恐らく上手くいったわ。着替えの周りの足跡が増えていたから」

「そこまで見てたのか……」

 

 よく足跡なんて確認してたな。綾小路の評価は低いけど、やはり堀北は優秀だと思う。

 

「後は伊吹がいなくなれば確認を得られるな」

「そうね」

「伊吹がDクラスから離れやすくなるタイミングを作ってあげないとな」

「その顔だと方法は思いついてるみたいね」

「まあな」

 

 でも俺が考えてるやり方はあまり好ましくない。クラスの雰囲気がより悪くなるだろう。けれどもう今日は試験6日目。明日にはクラスメイトも笑顔になっているはずだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 昼食を終えた俺は一之瀬と合流し、いつもの神社へ向かった。

 

「明日でいよいよ試験も終わりだね」

 

 隣を歩く一之瀬が言う。ちなみに今日も彼女の要望で手を繋いで歩いてる。

 

「だな。意外とあっという間だった」

 

 そう感じてるのは一之瀬との時間があったからだろう。この試験のおかげで一之瀬との距離が縮まったと思う。

 感傷に浸ってるうちに神社に辿り着いた。いつものように本殿の扉を開けようとした瞬間、違和感を感じた。

 扉がきちんと閉まっていない。昨日帰る際にきちんと閉じたはずだ。もしかしたら俺たちが帰った後に誰か来たのだろうか。

 

「どうしたの?」

 

 扉を開けずに固まってると、一之瀬が心配そうに顔を覗きこんできた。

 

「いや、今日で最後だと思うとちょっとな」

「だね。ここにはお世話になったもんね」

「ああ」

 

 俺たち以外にも使用する生徒はいるだろう。俺は気にせず本殿の扉を開けた。

 中に変わった様子はない。一人で来たら不気味と感じる雰囲気のままだ。

 いつもの場所に腰を下ろし、一之瀬と他愛もない話をし始める。

 お喋りに夢中になっていると、気づいたら14時半を回っていた。

 

「もう14時半か。そろそろ帰るか」

「え、早くない?」

「今日は天候も悪いからな。雨が降らないうちに帰った方がいいと思う」

 

 本当は二人でもっといたいけど、一之瀬を雨に濡らすわけにはいかない。

 

「そうだけど……今日で最後なんだよ? もう少し一緒にいたいよ……」

「わかった。もう少しここにいるか」

「うん!」

 

 さすがチョロさに定評がある俺。でも仕方ないよね。一之瀬に涙目でお願いされたら断れるわけないじゃん。

 

「あのね」

「ん?」

「試験が終わったら一週間は船の上でしょ」

「そうだな」

「よかったら一緒に色々見て回らない?」

「いいぞ。来るときはずっと部屋に閉じこもってたからな」

 

 博士と二人でずっと氷菓を見てただけだったな……。

 

「そうなんだ。なら残りの一週間は豪華客船を満喫しなきゃだね!」

「だな」

 

 一之瀬と客船デートか。……やばい。今から楽しみすぎる。勉強もしないといけないのでうまくスケジュールを組まないといけないな。

 

「そういえば金田の様子はどうなんだ?」

「うーん、リーダーは見抜かれてないと思うんだよね」

「そうか」

「このまま平和で終わるといいんだけど」

 

 苦笑いをしながら言う一之瀬。

 もしかしたらこの後に何か起きるのか危惧しているのかもしれない。

 

「学級委員長だと気が抜けなくて大変だな」

「そんなことないよ。現に今だって界外くんと一緒にいれるわけだし」

「つまり俺と一緒にいる時はリラックス出来てるってことか」

「うん、そうだよ」

 

 そう言って、一之瀬は甘えるように体を寄せ、頭を俺の肩に預けてくる。

 

「い、一之瀬さん……!?」

「この前お昼寝した時思ったんだけど、この体勢が一番リラックス出来るんだよね」

 

 一之瀬がリラックス出来ても俺が出来ないんだが。いつの間にか腕組みされ、いつものけしからん感触が伝わってくる。

 

「……また昼寝するのか?」

「さすがに今日はしないかな。でも少しこのままでいていい?」

「いいよ」

 

 彼女に甘えられると何でも言うことを聞いてしまう。

 どうやら俺は一之瀬帆波という美少女に完全に首ったけのようだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 一之瀬に甘えられてから1時間後。彼女をBクラスのベースキャンプに送り届け、俺はホームに戻った。

 キャンプ地に辿り着くと、櫛田が駆け寄ってきた。

 

「界外くん、やっと帰ってきてくれた!」

 

 櫛田は俺を見て、安心した表情を見せる。

 

「何かあったのか?」

「うん。実はマニュアルが燃やされちゃったの」

「マニュアルが!?」

 

 俺は驚いた表情をわざと浮かべる。マニュアルが燃えたのは知っていた。なぜなら俺が綾小路にお願いしたからだ。理由は単純明快。伊吹にDクラスから抜け出すチャンスを作る為だ。

 櫛田は事件の詳細と伊吹がいなくなったことを説明した。どうやら計算通りに伊吹は動いてくれたようだ。

 

「それでクラスの雰囲気が悪くなっちゃって……」

 

 これも予測していた。下着泥棒事件に続いて放火事件だ。これで雰囲気が悪くならない方がおかしい。

 

「須藤くんがみんなを元気づけようとしてくれてるんだけど……」

 

 ここで須藤の名前があがってくるなんて。どうやら入学当初の須藤は完全にお亡くなりになったようだ。

 

「そうか」

「あのね、こんなこと言いたくないんだけど……」

「どうした?」

「えっとね、あの……」

 

 櫛田が言い辛そうに口ごもる。

 

「伊吹さんなんだけど、このタイミングでいなくなるって……」

 

 櫛田もどうやら伊吹がスパイだと勘付いてるようだ。

 

「もしかしたら伊吹はスパイだったのかもな」

「界外くんもそう思う?」

「ああ。マニュアルを燃やして、タイミングを見計らって逃げたんじゃないか?」

「やっぱりそうなのかな……」

 

 明らかにショックを受けたように肩を落とす櫛田。

 

「それより他のみんなは?」

「テントで過ごしてるよ。小雨降ってるしね」

 

 雨が降ればテントに退避するのは当たり前か。それと今の状況だとテントに引きこもってた方がいいかもしれない。

 そういえば一之瀬と帰る時に雨で下着が透けて見えてしまった。指摘した時の一之瀬の慌てようが可愛かった。あと青いブラも可愛かった。

 

「櫛田はテントに入らなかったのか?」

「うん。界外くんが戻ってくるのを待ってたんだ」

 

 なぜ雨に濡れてまで俺の帰りを待ってたのだろうか。

 

「そうか。遅くなって悪かったな」

「ううん。私が勝手に待ってただけだから」

 

 何が狙いなのだろう。俺の好感度を上げたいのか。櫛田が何を考えてるのかよくわからない。

 

「それよりシャワー浴びたら? けっこう濡れてるよ?」

「そうだな。着替え持って浴びてくるよ」

「うん。それじゃ私はテントに戻るね」

「あいよ」

 

 本当に櫛田は何がしたいんだろう。

 それより堀北は大丈夫だろうか。さすがに女子のテントまで行って様子は見れないからな。

 俺は堀北の体調を気にしながら自分のテントに向かった。

 

 シャワーを浴び終えると、綾小路に森へ連れ出された。

 あの、俺シャワー浴びたばかりなんですけど……。

 

「櫛田から聞いてると思うが上手くいったぞ」

「みたいだな。放火魔さん」

「お前が指示したんだろう」

 

 俺の冗談を不満そうに返す綾小路。

 綾小路はそのまま伊吹の後をつけたこと、伊吹が龍園とAクラスの葛城と接触していたことを教えてくれた。全く気付かれずに追跡するとは……。綾小路ならミスディレクションをマスター出来そうだな。

 

「堀北の様子はわかるか?」

「わからない。ずっとテントの中にいるからな」

「そうか……」

 

 堀北と同じテントには松下がいる。堀北の具合が明らかに悪ければ俺に報告してくれるはずだ。

 

「それより綾小路に聞きたいことがある」

「なんだ?」

「この試験が始まってから櫛田にやたらと絡まれる。何でだと思う?」

「オレに聞かれても困るんだが……」

 

 綾小路は困ったような表情をまったくしないで答える。

 

「櫛田と一番仲良いのは綾小路だろ?」

「あいつは誰とでも仲が良いぞ」

「そうかな……」

 

 櫛田の本性を生で見たのは綾小路だけだ。

 まさか自分から胸を触らせる痴女だとは思わなかった。

 

「とりあえず気をつけろとだけ言っておく」

「全然為にならないアドバイスどうもありがとう」

 

 気をつけろか。既に料理を教える約束しちゃってるんだよね。お願いされた時は嬉しくて即答してしまった。

 まあ、いい。櫛田がどんな人間か直接確かめられるいい機会だ。

 櫛田桔梗。

 俺たちの力になってくれるのか、障害になるのか。

 それより桔梗ってかっこいい名前だな。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は18時半。俺はこの数日間歩いた森の中を堀北を背負って進んでいた。目的地はもちろん船だ。

 

「まさかあなたにこうしておぶられる日が来るなんてね」

 

 息を切らしながら堀北が言う。

 

「俺も堀北をおんぶする日が来るなんて夢にも思わなかったよ」

 

 結局、堀北は水浴びをしたせいで風邪を悪化させてしまった。歩けないほどではないが、雨で地面がぬかるんでるので、念のため俺が彼女を背負っている。

 

「結局、最後まであなたの上着を借りることになってしまったわね」

「別にいいよ。洗濯しなくていいから試験が終わったら返してくれ」

「あら。そんなに私の匂いを嗅ぎたいのかしら。この変態」

「おい」

 

 さっきから堀北が饒舌すぎる件。

 

「冗談よ。……ねえ、重たくない?」

「全然。軽すぎて不健康じゃないかと心配になるくらいだ」

「そう。一応、運動はしてるから」

「運動ってランニングか?」

「ええ。毎朝ね」

 

 堀北も体型を維持するために努力してるんだな。

 

「そうだ。俺も寮に帰ったら毎朝走ることにしたんだ」

「そうなの?」

「秋に体育祭があるだろ。それに向けて体力を戻しておかないとな」

「……そう。よかったら一緒に走らない?」

「いいけど。多分堀北を置いていくことになるぞ」

 

 堀北も体力はあるんだろうけど、さすがに男子には勝てないだろう。

 

「構わないわ。距離は私の方が短いだろうし」

「そっか。それじゃ一緒に走るか」

「約束よ」

「ああ」

 

 堀北と一緒に勉強とランニングか。堀北と過ごす時間が増えたな。

 それより堀北は気づいてるだろうか。密着が高まりすぎてることに。俺は堀北の胸の触感を楽しめるのでウェルカムなんだけど。

 

「界外くん」

「ん?」

「私、あなたの役に立てた……?」

 

 先ほどとは打って変わって、静かな口調で堀北が問う。

 

「当たり前だろ」

「そう。ならよかったわ」

 

 そんな健気なこと言われるとキュンキュンしちゃうんだけど。

 やっぱ堀北って尽くすタイプなんだな。

 

「それと今回の試験で思い知ったことなのだけれど」

「なんだよ?」

「私には協調性が全くない」

「今更だろ」

「そうね。でもこのままじゃこれからの試験で苦戦するのは確実よ」

 

 だろうな。堀北が優秀なのは間違いないが、俺しか頼れる人がいないのは大きなハンデになる。

 

「だから、その……もう少し人と関わろうと思うの……」

「え」

「もちろん自分からは無理。けれど相手から歩み寄って来てくれたら……受け入れようと思う」

 

 まさか堀北がこんなこと言うなんて。

 

「堀北。もしかして高熱で頭が回らないんじゃ……」

「失礼ね。私は正常よ」

 

 そりゃ失礼しました。でもその変わりようは一体……。

 

「界外くんを見て思ったの」

「俺?」

「ええ。今回の試験であなたは男女間のバランサーになっていた」

 

 バランサー。カッコいい響きだな。

 

「あなたがいなかったら初日から険悪な雰囲気になっていたと思うわ」

「そうでもないだろ。平田だっているわけだし」

「平田くんは駄目よ。決断力に欠けるわ」

「そ、そうなのか……」

 

 綾小路も堀北も他人への評価が厳しいような気がする。

 

「だから今回の試験で一番貢献したのは界外くん。あなたよ」

「なんだか照れるな……」

「照れるのはあなたの専売特許じゃない」

「そんな専売特許はいらない」

 

 確かに堀北に手を握られるだけで照れてしまう男だけれども。

 

「だから私はそんなあなたを見て……自分を変えようと思ったの」

 

 変わるのではなく変える。なんかそんな歌詞の曲があったような。最近音楽聞いてないから忘れちゃったよ。

 

「そうか。でも無理はしなくていいと思うぞ」

「ええ」

 

 堀北の嬉しい変化を感じ、目的地に辿り着いた。

 桟橋にかけられたタラップを上り、俺は船のデッキへと辿り着いた。

 

「ここへの立ち入りは禁止だ。失格になるが……病人か?」

 

 教員の一人が駆け寄ってきた。

 

「はい。彼女が熱を出してしまって。すぐに休ませて下さい」

 

 状況を伝えると、教師は指示を飛ばし担架を持ってこさせた。そこへ堀北を寝かせる。俺の背中から離れる際に名残惜しそうにしていたのは気のせいだろう。

 

「君はリタイアということでいいんだな?」

「はい」

 

 教師の問いかけに堀北が答える。

 

「それとこれをお返しします」

 

 堀北はポケットから取り出したキーカードを教師に手渡した。

 

「それじゃ俺は試験に戻るな」

「ええ。……勝ってきてね」

「任せろ」

 

 俺は雨が降りしきる中再び浜辺へ降り立った。

 そして意外とボリュームがあった堀北の胸の触感の余韻に浸りながらキャンプ地に戻った。




次回で無人島編完結です
堀北ってDカップあるんですよね。一之瀬と佐倉が大きすぎるだけで堀北もナイスおっぱいだと思うんです
王さん、腐女子にしてごめんなさい


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30話 ふたりなら

誤字脱字報告いつもありがとうございます!

無人島試験編完結です
またちょいエロ描写ありますのでご注意を

9巻のあらすじきましたね
一之瀬やばい……


 8月7日。色々あった無人島生活がついに終わりの時を迎える。

 終了時間とされていた正午になっても、まだ周囲には先生たちの姿はない。遅刻はよくないですよ先生方。

 

『ただいま試験結果の集計を行っております。暫くお待ちください。既に試験は終了しているため、各自飲み物やお手洗いを希望する場合は休憩所をご利用下さい』

 

 そんなアナウンスが流れ、俺は速攻で休憩所に向かった。

 休憩所に辿り着くと、そこには俺の大好きなカルピスが置いてあった。

 

「五臓六腑に染み渡る……」

 

 一週間ぶりのカルピスを味わう。こんな長い間飲まなかったのは初めてだったので、いつもより美味しく感じた。

 

「お疲れ様。この一週間色々ありがとう。本当に助かったよ」

 

 平田が労いの言葉をしながら現れた。

 

「お疲れさん。平田こそリーダーのお勤め大変だっただろ」

「そんなことないよ」

 

 謙遜するなって。荷物持ちなど嫌な役を率先して引き受けて帝人的にポイント高かったぞ。

 

「そういえば堀北さんや高円寺くんは客船に乗ったままみたいだね」

「ああ。昨日は事後報告になってわるかったな」

「理由を聞いたら責められないよ。それにしてもCクラスは異常だね……別次元だ」

 

 Cクラスの生徒は2日目に殆どリタイアしたため、この場には姿がない。スパイの伊吹と金田の姿も見受けられない。いるのは龍園ただ一人だけ。

 

「どうして龍園くんだけはリタイアしていなかったんだろう?」

 

 平田と遠巻きに様子を伺ってると、その視線に気づいたようでこちらを振り返った。

 そしてゆっくりと距離を詰めてくる。周りに緊張が走る。

 

「よう猿野郎」

 

 いきなり猿呼ばわりされてしまった。俺はサイヤ人じゃないぞ。

 

「なんで俺が猿野郎なんだよ」

 

 俺は不満げな表情で返す。

 

「ククク。俺は知ってるんだぜ」

 

 龍園はにやにやしながら俺を見据える。

 

「なにを?」

「毎日、神社の本殿で一之瀬とよろしくやってたことをよ」

 

 龍園の発言により周囲がざわめきだす。

 もしかして俺たち以外に本殿に入った痕跡があったのって……。

 

「……何のことだかわからないな」

「とぼけんじゃねぇよ。毎日2時間以上も中にこもってたじゃねぇか。随分お盛んなこって」

 

 龍園が嘲笑いながら言う。

 そして一斉に好奇の目が向けられる。

 こいつ、俺と一之瀬を辱めるのが目的か?

 一之瀬は大丈夫だろうか。周囲を見渡すと一之瀬の姿が見受けられた。彼女は視線に耐え切れなかったのか俯いていた。俺の隣に立つ平田は右手で顔を覆い天を仰いでる。

 平田のリアクションが気になるが冷静に状況を判断する。ここで反論しても状況が悪化するだけだろう。

 なら龍園。お前も俺と同じ視線を味わって貰うぞ。

 

「俺と一之瀬のことはお前には関係ないだろ。それにクラスメイトの女子を殴る奴にとやかく言われる筋合いはないな」

 

 俺の発言により更に周囲がざわめく。

 

「何のことだか知らねぇな」

 

 わざとらしくとぼける龍園。

 

「お前が伊吹を殴ったのはDクラス全員が知ってることだぞ」

「不良品のDクラスの証言じゃ信用性がねぇな」

 

 どうやらこの場では認めるつもりはないようだ。

 

「その不良品の―――――――――――」

 

 俺の言葉は拡声器のスイッチが入る音に遮られた。どうやら俺の反撃はここまでのようだ。

 音が鳴った方を見ると、真嶋先生が立っていた。

 慌てて列を形成しようとする一年生だったが、それを真嶋先生が手を制止させた。

 

「そのままリラックスしていて構わない。既に試験は終了しているので、今は夏休みの一部のようなものだ」

 

 そんなこと言っても試験結果が発表されるんだろう。リラックスなんて出来ないと思うんだけど……。

 

「それではこれより、特別試験の結果を発表したいと思う」

 

 真嶋先生の言葉により、一気に緊張感が走る。

 

「なお結果に関する質問は一切受け付けていない。自分たちで結果を受け止め、分析し次の試験へと活かしてもらいたい」

「だそうだ。すぐに一之瀬に慰めてもらえよ?」

「ならお前はガッツ石崎に慰めてもらえ」

 

 龍園の安い挑発を受け流す。

 

「僕らはボーナスポイントを含め140ポイント残した。立派だったと思ってるよ」

 

 平田は龍園の挑発に苛立ちを感じたようだ。平田の言葉に龍園は吐くような仕草を見せて呆れかえった。

 

「はっ。その程度のポイントで満足できるなんて、雑魚の神経が羨ましいな」

「何を言っても構わないけれど、Cクラスのポイントが0なことに変わりはないよ」

「勝手に決めつけてんじゃねえよ。確かに俺は300ポイントを全て使い切った。だがな、この試験の追加ルールを忘れてるんじゃねえか?」

「……クラスのリーダーを当てることを言ってるんだよね、それは」

「そうだ。俺は紙に書いたぜ? お前らDクラスのリーダーの名前をな」

 

 俺は龍園の言葉を聞いて、笑うのを必死にこらえた。平田も顔に出ないように努めている。

 

「そしてAの連中も同じように書いた。これがどういうことだかわかるか?」

 

 わかってるよ。わかってるから必死に笑いを押し殺してるんだよ。

 

「ではこれより特別試験の結果を発表する。最下位は―――――Cクラスの0ポイント」

「……0だと?」

 

 龍園は事態が理解できない様子だ。

 ククク、ピエロ役ご苦労さん。……笑い方が被ってしまった。

 

「続いて3位はAクラスの120ポイント。2位はBクラスの160ポイントだ」

 

 どよめきが起こる。誰も想定していなかった順位、そしてポイント。

 そういえばBクラスはリーダーをリタイアさせたのかな。後で一之瀬に確認したいところだが、この状況で話しかけていいものだろうか。

 

「そしてDクラスは……」

 

 一瞬、真嶋先生の言葉が硬直した。正直な反応どうもありがとうございます。

 

「……240ポイントで1位となった。以上で結果発表を終える」

 

 結果発表を終え、俺と平田は顔を見合わせて笑い、ハイタッチを交わした。

 平田と綾小路以外のDクラスの生徒たちは、いまだに何が起きたのか理解していない様子だった。王さんが鼻血を出して、櫛田に抱きかかえられていたが気にしないでおこう。

 

「どういうことだよ葛城!」

 

 反対側の休憩所から、そんな声が届いた。Aクラスの生徒が葛城を取り囲んでいる。

 

「何かがおかしい……。どういうことだ……」

 

 別におかしくはない。お前が俺たちに負けただけだ。

 

「うぉぉぉぉぉ! やったぜ! ざまぁみろぉぉぉぉ!!」

 

 池の叫び声と共に、Dクラスの生徒たちは一斉に集まりだす。

 

「界外、平田。これは一体どういうことなんだ?」

 

 須藤が落ち着いた口調で説明を求めてくる。

 

「……向こうで説明するよ。それじゃ龍園くん、僕はここで失礼するよ」

 

 意味深な言葉を残し、平田は須藤たちを連れ船に向かい歩き出す。

 よし。Dクラスの勝利により雰囲気が一気に変わった。これならみんな、俺と一之瀬のことも忘れてくれるかも。

 俺もついていこうとした瞬間、茶柱先生と星之宮先生が姿を現した。

 

「一之瀬と界外は私たちに付いてこい。お前たちに聞きたいことがある」

 

 俺の微かな希望は一瞬で崩れ去った。この教師陣は気配りと言う言葉を知らないのだろうか。

 またしても晒し者になった俺と一之瀬は、先生たちに連れられて船に上がっていった。

 Dクラスの面々が心配そうに俺を見送ってくれたのがせめてもの救いだな。男子の大半は俺に殺意を向けていたけど……。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「事情はわかった。あまり誤解されるような行動はしないように。もう帰っていいぞ」

 

 茶柱先生の事情聴取を終え、俺と一之瀬は部屋を後にした。ちなみに星之宮先生はにやにやしているだけだった。その笑顔壊したい。

 先生方の部屋を出て、自室に戻ろうとするも、一之瀬は俯いて立ち止まったままだ。

 

「一之瀬……?」

「……ごめんね」

 

 声を震わせながら一之瀬が謝った。

 

「私があそこに連れ出したから……界外くんに迷惑掛けちゃった……」

 

 顔を上げた一之瀬の目には涙が浮かんでいる。

 

「私のせいでみんなに変な目で見られちゃうよね。……ほんとごめん」

「一之瀬が謝る必要ないだろ」

「でも……っ!」

「悪いのは龍園だ。俺と一之瀬は何もやましいことはしてないんだから」

 

 そうだ。龍園が全て悪い。俺と一之瀬は楽しく過ごしていただけだ。

 

「そ、そうかもしれないけど……。でも変な目で見られるんだよ……嫌じゃないの?」

 

 恐らく旅行期間中は好奇な視線に晒されるだろう。ならば俺と一之瀬は一緒にいない方がいいのかもしれない。けれど……

 

「そうだな。確かに好奇の目に晒されるのは好きじゃない。……それでも俺は一之瀬と一緒にいたい」

 

 龍園のいいようにやれるのはまっぴらごめんだ。

 

「もちろん一之瀬が嫌なら無理強いはしないけど……」

「……ううん! 私も一緒にいたい! 周りの目なんて関係ないもん!」

 

 はっきりとした口調で一之瀬が言う。

 よかった。これで一之瀬に距離を置こうとか言われたら俺だけ意気込んで恥ずかしいところだった。

 

「でも意外かも」

「なにが?」

「界外くんのことだからさ、私を気遣って、距離を置こうとか言われると思ってた」

 

 軽く頭を掻きながら苦笑いする一之瀬。

 

「そうだな。最初はそうしようかと思ったんだけど。……一之瀬なら周りの目を気にせずに堂々としようって言うと思ってな」

「……そっか、そうだよね。私ならそう言うよね」

「ああ」

 

 どうやら涙は完全に引っ込んだようだ。いつもの明るい表情に戻っている。

 

「それじゃ改めてよろしくね」

 

 一之瀬はそう言うと、満面の笑みを浮かべながら右手を差し出してきた。

 俺は少し差し出された彼女の手を見つめる。

 一之瀬に一緒にいたいと力強く言った俺だけど、不安な気持ちがないわけではなかった。

 好奇の目に晒されるのは中学で嫌と言うほど経験してきた。ただあの時は羞恥心がなかったので気にせずにいられた。今の俺はどうだろうか。

 そんな少しばかりの不安を抱いていたが、彼女の笑顔を見て一瞬で消え去った。

 

「こちらこそ」

 

 俺はしっかりと彼女と握手を交わした。

 

「それじゃとりあえず部屋に戻ろっか」

「そうだな」

「シャワー浴びたら一緒に船を回らない?」

「そうするか。約束してたもんな」

「うん」

 

 彼女と一緒ならば耐えられる。根拠はないけれど俺は確かにそう感じた。

 

「はい!」

 

 一之瀬は俺の隣に立つと、またも右手を差し出してきた。

 どうやら無人島生活の時と同じように、手を繋ぐのがご所望のようだ。

 

「本当に一之瀬は強いな」

 

 俺は彼女の右手を、左手で握る。そして歩き出す。

 

「そうでもないよ。ただ……」

「ただ?」

「界外くんと一緒ならいつもより少しは強くなれるかも」

 

 これまで何度彼女の笑顔にやられてきただろうか。もう数えきれないくらい一之瀬の笑顔に魅了されていると思う。願わくばその笑顔をこれからも見続けていたい。彼女の一番近くで。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 部屋に戻ると、ルームメイトの綾小路、平田、博士の3人が迎えてくれた。3人ともシャワーを浴びたようで髪が若干湿っている。

 

「お疲れ様。それと大丈夫だった?」

 

 平田が一番に声をかけてきた。俺と一之瀬が呼び出されたことを心配してくれているのだろう。

 

「ああ。処分は科されなかったよ。やましいことはしてないしな」

「そっか。それはよかったよ」

「心配掛けて悪かったな」

「ううん。……そっか。セフレならセック○するのはやましいことに入らないんだね」

 

 平田がボソッと言う。何を言ってるのか聞き取れない。

 

「それより龍園くんに見られたのはついてなかったね」

 

 本当についてない。しかも一之瀬を辱めやがって。次の試験でもボコボコにしてやる。

 

「それと僕のアドバイスがいけなかったのかもしれない」

「え」

「ほら、前に一之瀬さんとのことで他の人に見られないように注意したことだよ」

 

 指しゃぶりの件か。あれは平田のアドバイスは的確だったと思うんだけど。

 

「いや、平田のせいじゃないだろ」

「そう言って貰えると助かるよ。……それと本当に一之瀬さんとは付き合ってないんだよね?」

「ああ」

 

 あんな噂流れてるので大抵の人は信じてくれないよね。

 

「つまり一之瀬氏と付き合ってないけど、突き合ってる仲ということでござるか」

「お前は黙ってろ」

「ぐぇっ!」

 

 博士がふざけたことを言ったので手刀で喉を潰した。

 

「ぼ、暴力反対でござる……」

 

 喉を押さえながら博士が訴えてくる。

 

「今のは博士くんが悪いと思うよ」

「そうだな」

「そ、そげな……」

 

 平田と綾小路に責められ、落ち込む博士。

 

「とりあえずシャワー浴びてくるよ」

「うん。いってらっしゃい」

 

 久しぶりにまともなシャワーを浴びた。水圧がウォーターシャワーとは全然違った。

 頭を乾かして部屋に戻ると、綾小路以外の2人が熟睡していた。疲労と試験を無事乗り越えたことによる安堵感で眠気が襲ってきたのだろう。

 

「綾小路は寝ないのか?」

「眠気を感じないからな」

「タフだな」

「そうか? それよりスマホが鳴っていたぞ」

 

 綾小路に言われ、スマホを確認する。スマホを弄るのも一週間ぶりだ。画面にはチャットの通知が表示されていた。差出人は堀北だ。

 

『試験お疲れ様。少し話したいのだけれど時間ある?』

 

 一之瀬との待ち合わせまで40分以上あるので問題ないだろう。

 

『あるぞ。ただよからぬ噂が流れてるので俺と会うのは好ましくないかもしれないぞ』

 

 一応、堀北に警告しておいた。

 

『そんなの関係ないわ。それじゃ今からラウンジに来て』

 

 ま、堀北ならそう言うと思ったよ。堀北に了承の返信を送る。

 

「綾小路。堀北から呼び出されたので行ってくる」

「わかった」

「そのまま一之瀬と遊ぶ予定だから当分帰ってこないのでよろしく」

「……一之瀬と遊ぶのか?」

 

 綾小路が驚いたように聞き返してきた。

 

「ああ」

「そうか。どうやらオレはお前たちの精神力を再評価しないといけないようだ」

「メンタルに関しては一之瀬はトップクラスだと思うぞ」

 

 俺はそう言い残し、ラウンジへと向かった。

 5分ほど歩き、目的地に辿り着くと、既に堀北がテーブルに座っていた。

 

「お疲れ様」

「おう、お疲れさん」

 

 堀北の目の前に座り店員にドリンクを注文する。

 

「風邪はもう大丈夫そうだな」

「ええ。一晩寝たら回復したわ」

「それはなにより。それで俺に聞きたいことがあるんだろ?」

「ええ。なぜ全て私の手柄にしたのかしら?」

 

 そう。堀北の言った通り、俺と綾小路は今回のDクラスの完全勝利をすべて堀北の手柄にした。伊吹をスパイと見抜いたこと、AクラスとCクラスのリーダーを当てたことは全て堀北の功績になっている。

 ちなみに堀北がリタイアした理由は、功績の代償で体調が悪化したことになっている。これなら功績者の堀北のリタイアを責める生徒はいないだろう。

 

「堀北なら聞かなくてもわかるんじゃないか」

「……そうね。あなたのことだから、私がクラスに溶け込むきっかけを作ろうとしたのでしょ?」

「正解」

 

 試験6日目の夜。堀北は自分を変えると俺に宣言した。このことを綾小路に報告した時は随分驚いていた。

 そして俺と綾小路は相談した結果、全て堀北の功績にすることを決断した。

 

「あなたは本当に過保護ね」

「そうでもないだろ。俺はただきっかけを与えたに過ぎない。それを活かすかどうかはお前にかかってる」

 

 自分を変えると言うのは難しいことだ。特に堀北は何年間も他人を拒み続けていた。俺と親しくなったのは奇跡と言っていいかもしれない。

 

「わかってるわ。だから、その……」

 

 急に俯きもじもじし出した。

 

「これからも……私を見ていてくれる……?」

 

 堀北はそう言うと、テーブルの上に置いてあった俺の右手に自身の左手を乗せてきた。

 彼女の顔は照れてるのが一目でわかるように、頬が赤く染まっていた。

 

「……ああ。見てるよ」

「ありがとう」

 

 俺がそう答えると、満足そうな表情を浮かべた。

 

「それともう一つ聞きたいことがあるのだけれど」

 

 表情を一変させ、俺を睨んできた。さっきまでの優しい表情は何処に……。

 

「な、なんでしょう……?」

「あなたが言ってたよからぬ噂についてなのだけれど……」

 

 どうやら堀北の耳にも入っていたようだ。

 

「どうなの?」

「俺と一之瀬はやましいことはしてない。龍園が尾ひれをつけただけだ」

「……そう。ならあなたと一之瀬さんはやましいこともしてなければ、付き合ってもいないのね?」

「ああ」

 

 さてさて堀北は信じてくれるだろうか。

 

「わかった。あなたの言うことを信じる」

「さすが堀北。俺のことをわかってくれてるな」

「え、ええ……。わ、私と界外くんの仲だもの……」

 

 またもや顔を紅潮させる堀北。俺の前だと表情が豊かだな。

 

「ねえ、この後なのだけれど……一緒に船を回らない?」

「悪い。この後は先約が入ってるんだ」

 

 一之瀬との船内デートなんだよね。

 

「そう……」

 

 そんな寂しそうな表情しないでくれ。罪悪感を感じてしまうだろうが。

 

「……明日はどうだ?」

「え」

「明日は特に予定入ってないから。勉強する時間以外は堀北に付き合うぞ」

「ほ、本当に……?」

「ああ」

 

 さすがに一之瀬も二日連続で俺と遊びまわることはないだろう。

 

「それじゃ明日、一緒に回ってくれる?」

「あいよ」

「約束よ」

 

 堀北が笑顔を浮かべながら言う。くっそ、可愛いなこの野郎。

 さっきまで一之瀬にときめいていたのに、すぐに他の女の子にときめいてしまう。

 俺って本当にチョロすぎじゃないだろうか……。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 堀北と別れた俺は一之瀬との待ち合わせ場所に向かった。

 向かう途中に何人かの生徒とすれ違った。どの生徒も予想通りの視線を向けてきた。ちなみに男子からは嫉妬、女子からは侮蔑の視線が多かった。

 

「界外くーん!」

 

 待ち合わせ場所に辿り着くと、一之瀬が元気よく手を振ってきた。

 

「悪い。待たせたか?」

「ううん。私も今来たところだから」

 

 一週間ぶりの一之瀬の制服姿。そして生足。眼福眼福。

 

「それじゃ早速いこっか」

「ああ」

 

 俺と一之瀬は船内の様々な施設を見て回った。

 今回は一通り施設を見て回り、後日に行きたい場所に二人で行く予定になっている。

 一之瀬は口には出してないが、高級スパに興味があるようだ。俺も興味あるんだけどさすがにスパは一緒に行けないので友達と行ってきてくれ。俺は一人で行く。

 途中で見て回るだけじゃ味気ないということで、ビリヤードをすることになった。ビリヤードは二人とも初体験だったので中々に酷い結果になった。ちなみに一之瀬が玉を突く際、胸をこれでもかと強調する姿勢になっており、非常に眼福だったことは内緒である。その場に俺以外の男子がいなくてよかった。

 ビリヤードを終えた俺たちはカフェでくつろいでいる。

 

「初めてやったけど、やっぱり難しいね」

 

 アイスコーヒーを飲みながら一之瀬が言う。

 

「そうだな。思ったより難しかった」

「でも最後の方は凄かったよ。やっぱり界外くんってスポーツ全般得意なんだね」

「そうでもあるな」

「にゃはは。認めちゃうんだ」

 

 だって事実だもの。はぁ、バスケやバレーをしてた頃の俺を一之瀬に見せたかった。……いや、駄目だ。赤司や影山をトレースしてた俺なんて怖すぎる。現に活躍しても女子に声をかけられることはなかった。

 

「そういえば秋には体育祭があるよね」

「だな。今から楽しみだ」

「運動神経ある人はいいよね。私は普通だから少し憂鬱かも」

 

 そういえば前にも運動神経に自信がないことを言ってたな。

 

「意外だよな」

「そう?」

「ああ。一之瀬って見た目は勉強じゃなくて運動が出来る方に見えるから」

「それって私が勉強が出来ない子に見えるってこと……?」

 

 ジト目で睨まれてしまった。ジト目の一之瀬も写真に撮っておきたいくらいに可愛い。

 

「冗談だよ。たまに言動がアホの娘みたいに思えるけど」

 

 たまに言動が猫娘みたいになるもんね君。

 

「ひどーい! 今日の界外くん、少し意地悪じゃない?」

 

 今度は頬を膨らませながら睨んできた。ほっぺつんつんしたい。したいと思うだけで実行出来ないんだけどね。

 

「悪い。試験が終わって浮かれてるのかもしれない」

「そっか。一週間も無人島で生活してたからね」

「ああ。ルームメイトなんて熟睡してたぞ」

「私のルームメイトもだよ」

「女子には特にストレスが溜まる生活だっただろうからな」

 

 本当みんなよく耐えたと思う。堀北なんて風邪を引きながら6日間も生活してたからな。

 

「そういえばお祝いするの忘れてたよ」

「お祝い?」

「うん。今更だけど1位おめでとう!」

 

 一之瀬が天使の微笑みを浮かべながら祝ってくれた。

 

「ありがとう。……Bクラスの学級委員長がそんなこと言っていいのか?」

「大丈夫大丈夫。Dクラスとは協力関係だからね。それに界外くんのおかげで私たちも2位をとれたことだし」

「一之瀬たちの力だと思うけどな。……そういえばリーダーはリタイアさせたのか?」

「うん。金田くんが6日目の夜にいなくなってたから。見破られたと思ったからリーダーの子にリタイアしてもらったよ」

 

 Bクラスも見破られたのか。うちのクラスはわざとだけど。

 それにしてもリーダーを見破るとは金田は意外に優秀なのかもしれない。いや、優秀だからこそスパイとして送り込まれたんだろう。

 しかし一つだけ疑問が残る。俺が金田はスパイだと忠告して、一之瀬と神崎があれだけ警戒していたのにBクラスのリーダーがそう簡単に見破られるだろうか。いくら金田が優秀な生徒だとしてもにわかに信じがたい。もしかしたらBクラスに裏切者がいるのかもしれない。例えば一之瀬か神崎を好ましく思っていない生徒が龍園や葛城と組んでいる可能性もある。……いや、考えすぎか。

 

「界外くん?」

「え」

「どうしたの? 凄い難しい顔してたけど」

 

 一之瀬が心配そうに見つめてくる。

 

「いや、今回の試験を振り返ってただけだ」

「そっか。ならいいんだけど……困ったことがあったら相談して欲しいな」

 

 さすがに一之瀬にBクラスに裏切者がいる可能性があるとは言えない。

 

「ああ。何かあったらすぐに相談するよ」

「うん。……それより」

 

 一之瀬が目をあちこちの方向に動かした。

 

「人、多くなってきたね」

「だな」

 

 人が多い。つまりそれだけ俺と一之瀬に向けられる好奇な視線が多くなっているということだ。

 

「居辛かったら部屋に戻るか?」

「ううん。界外くんと一緒にいたいから戻らないよ」

 

 嬉しいことを言ってくれる。もしかしたら人生で一番幸せな時間を過ごしてるのかもしれない。

 

「界外くんは大丈夫?」

「ああ。……けど男子たちに殺されないか心配だな」

「え、なんで?」

「いや、一之瀬みたいな可愛い子とあんな噂流されたら嫉妬されるだろ?」

「か、可愛い子……」

 

 嫉妬から生まれる殺意に要注意。

 

「や、やだ。どうしよう……」

「ん?」

「ごめん。ちょっとお手洗い行ってくるね!」

「あ、ああ……」

 

 一之瀬はそう言うと、駆け足でトイレに向かった。

 俺はトイレに駆け込む一之瀬の姿を追ったが、嫌でも彼女に向けられる不快な視線に気づいてしまう。

 好奇な視線だけなら我慢出来る。けど男子から一之瀬に向けられる性的な視線だけは我慢出来そうにない。

 思春期の男子の妄想力は逞しい。くわえて龍園のせいで一之瀬にはいかがわしい噂が流れている。その内容は男子共の妄想を捗らせるには十分なネタだ。

 他の男子たちに妄想とは言え、一之瀬が汚されてると思うと腸が煮えくり返りそうだ。

 ならいっそ、俺が現実の一之瀬を汚してしまえばいいのではないだろうか。……駄目だ。マイナスな感情が支配して思考がおかしくなってる。さっきまで楽しく過ごしてたのに……。

 落ち着け、俺。こういう時は夏目の名シーンでも思い出すんだ。そうすればドス黒い感情が浄化されるはずだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 駆け足でトイレに駆け込んだ私は個室にこもっていた。

 なぜ急いでトイレに逃げてきたかと言うと、彼にはとうてい見せられない顔をしているからだ。

 

「どうしよう……。ニヤニヤが止まらないよ……」

 

 顔の緩みが治らない理由は単純明快。

 

 可愛いって言って貰えた可愛いって言って貰えた可愛いって言って貰えた。

 可愛いって言って貰えた可愛いって言って貰えた可愛いって言って貰えた。

 

「駄目。嬉しすぎて死んじゃいそう……」

 

 彼が私の容姿を評価してくれているのは知っていた。けれど面と向かって言われたのは今回が初めてだった。

 好きな人に可愛いと言って貰えるだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるなんて……。

 やばい。暫く個室から出れそうにないや。頑張って表情治そうとしても、どうしてもにやけてしまう。

 でも仕方ないよね。彼に可愛いって言って貰えたのだから。

 

「けっこうお店混んでるね」

 

 扉が開くとともにそんな声が聞こえてきた。

 

「ね。それより龍園くんが言ってたの本当らしいよ?」

「一之瀬さんと界外くんのことでしょ」

「そうそう」

 

 知らない声なので恐らく他クラスの女子だろう。

 早速私と彼のこと話題にしてくれてるんだ。

 

「しかも一之瀬さんが神社に連れ込んだんだって」

「うっそ。一之瀬さんって肉食系だったんだ」

 

 確かに私は肉食系なのかもしれない。

 神社の本殿で寝てる彼の頬にキスをしたり、首を吸ったりした。起きるか心配だったけれど彼は熟睡してるようで全く起きる気配がなかった。

 それをいいことに私の行為はエスカレートしていった。一緒に横になって、彼の腕を掴み、私の胸を触らせた。夢の中でもいいから直接掌で私の胸を感じて欲しかった。そのまま彼の手を動かして胸も存分に揉ませた。

 徐々に興奮していった私は、彼の手を自身の下半身に持っていこうとした。長い無人島生活で溜まりに溜まった私の性欲が爆発してしまった。

 けれど調子に乗り過ぎた私に天罰が下った。彼の手を下半身に動かそうとした瞬間、胸を鷲掴みされたのだ。驚いて彼の顔を見たが、彼は熟睡したままだった。

 そして私の胸に激痛が走った。彼が力強く胸を握りしめてきたのだ。私は何とか彼の手を引き離そうとしたがひ弱な私の腕力ではどうすることも出来なかった。そのまま胸を握りつぶされると思った私は涙ながらに彼を起こそうとした。けれど彼は起きなかった。球技で鍛えられたであろう彼の握力は凄まじかった。彼が寝言で「僕に跪け」と言っていたので、私は「跪くから離して」と懇願したが彼に私の声は届かなかった。

 私はその痛みに必死に耐え続けた。徐々に私の体は彼から与えられる痛みに慣れていった。そして痛みと同時にある感覚が私を支配していった。それは『快感』。私は痛いのに気持ちいいと思ってしまったのだ。

 結局、10分ほどして彼は私の胸から手を離してくれた。離れた時は少し残念な気持ちになってしまった。

 なんだろう。彼とは付き合う前なのに、喉奥に指を突っ込まれ嘔吐させられそうになったり、胸を握りつぶされそうになったり、色々開発されてる気がする……。

 私が回想してる間も、彼女たちのお喋りは続いている。

 

「意外だよねー。てか、試験中なのによくやるよね」

「確かに。しかも時間が2時間以上って生々しいよね」

「それが毎日だもんね。どんだけ盛ってるんだっつーの」

「「あはははは!」」

 

 女子がトイレでどんな会話をしてるのか、男子が知ったらショックを受けるんだろうな。

 実際、学校のお手洗いでも似たような話を耳にすることはある。

 私を含めて目立つ女子は、私たちがいないところで結構悪口を言われてたりする。

 ちなみになぜ私がそれを知ってるかと言うと、学校のトイレでもよく個室にこもってるからだ。個室にこもってる理由は、スマホに保存してる彼の写真を見たり、彼の位置情報を見て、何をしてるのか妄想したりする為だ。

 彼に可愛いと言って貰えたおかげで、今晩は妄想が捗りそうな気がする。

 

「ま、でも彼氏がいるのは羨ましいかもね」

「確かに。あの2人って入学当初から仲良かったよね?」

「うん。毎朝一緒登校もしているようだよ」

「ラブラブじゃん。私も早く彼氏が欲しいなー」

「私も私も」

 

 彼女たちは、願望を口に出しながらトイレから出て行った。

 顔の緩みも収まったことだし、状況を整理しようかな。

 まず私と彼と親しくない人たちは、間違いなく私たちが恋人だと思ってるだろう。ていうか今回の噂で淫乱カップルって思われてそうだよ……。

 そして彼は好奇な視線に晒されても私と一緒にいたいと言ってくれた。これは確実に彼から私への思いが強くなってる証拠だ。

 やっぱり無人島での2人きりの時間が大きかったのかな。あれで距離がぐんと縮まった気がする。

 神社の本殿で私たちは毎日楽しく過ごしていた。他愛もないお喋りをしたり、身を寄せ合ったり、お昼寝したり、寝てる彼に悪戯したり、天罰が下ったりして本当に楽しかった。

 まさか龍園くんに本殿に入るところを見られてるなんて思わなかったけどね。

 

 龍園翔。Cクラスのリーダー。

 彼には1学期散々苦しめられてきた。

 そんな彼の言動により、特別試験結果発表の場で、私と彼は晒し者にされた。

 あの時は本気で潰してしまおうかと思った。なぜなら私を気遣って彼が私から距離を置こうとするのが予想できたから。結果、私と彼の絆はより深まった。

 なので今の私は龍園くんにとても感謝している。まさか天敵だった龍園くんに感謝をする日が来るなんて。人生何が起きるかわからないよね。

 

 試験6日目に愛しの彼に質問したことがある。もし私が龍園くんに酷い目にあわされたらどうするか。彼は龍園くんを半殺しにすると言った。

 その答えは冗談でも、アニメネタでもなく、本気で言っていた。彼は本気で龍園くんを半殺しにするつもりだ。

 もちろん彼を停学や退学にさせるわけにはいかないので、龍園くんとトラブルにならないよう気をつけていくつもり。

 けれど万が一、私と彼の関係が思うように進展しなかったら……。その時は龍園くんを利用させて貰おうかな。

 だからもう少し彼に潰されないように気をつけてね。

 私と彼の為に。

 

 それと今回の件で、私に失望したクラスメイトがいるかもしれない。

 でもそんなことはどうでもいい。

 私と彼の関係が進展したのだから。

 それに何人か私に不満を持ってくれる生徒がいた方が、彼と結ばれた時に学級委員長を辞めやすくなる。

 そう。私は彼と恋人になったら、学級委員長を辞めるつもりだ。

 彼と付き合えたら、もう一之瀬帆波というブランドは必要ないから。

 学級委員長を辞めればクラスの為に費やしてた時間を、彼の為に使えるようになる。

 もちろんBクラスの人たちと敵対するつもりはない。出来るだけ一緒にAクラスを目指すつもり。けれどあくまでBクラスの一生徒としてだ。学級委員長の一之瀬帆波としてじゃない。

 私が学級委員長を辞めても、神崎くんがクラスを引っ張ってくれると思う。千尋ちゃんもいるし、私と学級委員長の座を争ったあの子もいる。だから大丈夫。

 

「……あ、もうこんな時間……」

 

 スマホで時刻を見ると、トイレに駆け込んでから10分以上経っていた。しまった、彼を10分も待たせてしまった。

 私は急いで彼の元に戻った。何故か彼は「ニャンコ先生」と呟いていた。一週間もアニメが見れなかったので禁断症状でも起こしてるのか心配になった。

 私が声をかけると、いつもの彼に戻っていた。

 結局、カフェには2時間以上もいた。本当はファミレスみたいに彼の隣に座りたかったけれど、真正面にしか椅子がなかったので我慢した。

 カフェを後にした私たちは、自室に戻ることにした。

 道中、須藤くんたちと遭遇した。山内くんの私を見る目が物凄く気持ち悪かった。私はすぐに彼の背中に隠れた。そんな山内くんを嗜めたのは、愛しの彼ではなく須藤くんだった。須藤くんは以前と雰囲気が全然違った。あんな爽やかで落ち着いた人だったっけ。

 山内くんからいやらしい視線を受けた私だけど、カフェでもラウンジでも通路でも同じような視線を受けた。

 もちろん彼以外にそんな視線を向けられるのは不快だ。けれど彼との仲を深めるためだと思えば我慢出来た。

 それに今日は彼が隣にいる。彼が隣にいてくれればどんな視線だって耐えられる。

 彼は私の部屋まで送ってくれた。本当はこのまま部屋に連れ込みたかったけれど個室じゃないので泣く泣く諦めた。

 

 その日の夜。久しぶりのふかふかのベッドを味わいながら私は横になっていた。

 そんな私は、一人の女子生徒のことを考えていた。

 堀北鈴音さん。彼と同じDクラスの子。そして私が一番嫌いな子だ。

 試験2日目の朝。BクラスとDクラスの情報交換の場で、私は初めて堀北さんと言葉を交わした。

 彼女から若干敵意を感じた。向こうも私を嫌ってるようだった。実際、神崎くんの言葉には反応するのに、私の言葉には反応してくれなかったからね。

 別に無理に彼女と仲良くするつもりはないので気にしていない。

 私が気になったのは彼女が彼のジャージを着ていたことだ。

 わざとだろうか。彼女は必要以上に上着を指で掴んでいた。もしかして私を挑発していたのかもしれない。私の前で彼の上着を着ている自分を見せつけるために。

 もしかして彼女も私と同じように、彼の衣服を抱いて、夜な夜な自分を慰めてるのだろうか。

 冗談はさておき、もしあれが私に対する挑発だったなら、彼女は自分の気持ちに気づいたということになる。

 彼に恋心を抱いていると自覚した堀北さんはどんな行動に出るのだろうか。

 予想はつかないけれど不安はない。

 だって私は彼女に負けるなんてこれっぽっちも思ってない。

 彼に依存している堀北さんだけれど、彼が私のものになったらどうするのだろう。

 寄生先がなくなった寄生虫は生きていけるのだろうか。

 私はそんなことを思いながら、意識を手放した。

 

 




なんかバカップルの話になってしまった
それと実は一之瀬に天罰が下ってました

次回タイトル「堀北鈴音:ライジング」


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31話 堀北鈴音:ライジング


完全に堀北視点の話です
9巻出番あるといいな


 特別試験7日目の早朝。昨晩に試験をリタイアした私は客船の自室で横になっている。体調はまだ万全ではないけれど、普通に動けるまでは回復した。

 

「結果発表は確か正午だったわね」

 

 恐らく今回の試験はDクラスの勝利に終わるだろう。私の計算が正しければ試験終了後にDクラスのクラスポイントが327になる。Cクラスは変動せず342。完全に射程圏内だ。

 

「思ったより早くCクラスに昇格出来そうね」

 

 今回の勝利の立役者は彼だ。もちろん綾小路くんの助力もあったかもしれないけれど。

 早く彼に労いの言葉をかけたい。……違う。ただ単に私は早く彼と会いたいのだろう。

 まさかこの私が人恋しくなるなんて思いもしなかった。入学当時の私に言っても信じてくれないだろう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 国内屈指の名門である高度育成高等学校。私は兄さんを追ってこの学校に入学した。

 中学時代に兄さんを失望させてしまった私は、並々ならぬ覚悟を持って高度育成高校の門をくぐった。

 優秀な成績を残して、兄さんに認めて貰おうと目標を設定した私だけれど、入学早々つまずいてしまった。

 この学校はAクラスから順に優秀な生徒が割り当てられるようになっている。そして私は最底辺のDクラスに配属してしまったのだ。

 

 Dクラスに配属されたことに納得がいかなかったけれど、Aクラスを目指すため、いち早く学校のシステムに気づいた彼に協力するよう申し出た。意外にもすぐに彼は了承してくれた。ただ情報提供の対価として手作り弁当を要求されたのは正直驚いた。結局、白米だけのお弁当を渡してしまったのだけれど……。

 この時の私は彼を優秀な駒くらいにしか思っていなかった。

 

 中間テストで私は勉強会を開くことにした。目的は退学者を出させない為。けれど私は中学の時と同じように、クラスメイトと衝突してしまい、勉強会を崩壊させてしまった。

 その日の夜。私は入学してから初めて兄さんと接触した。Dクラスに配属されてしまった私を兄さんは認めることはなく、退学を迫られてしまった。もちろん退学など受け入れることは出来ず、拒否したところ、案の定兄さんは私を躾けようとしてきた。

 躾。

 私は今まで兄さんに何回も躾を受けていた。人によっては折檻と思われるような痛みを受けてきた。けれど私はそれを受け入れていた。私が不出来な妹だから仕方がない。そう思うことで自然と痛みに耐えれることが出来たのだ。

 だからその時も同じように痛みを受け入れるつもりだったけれど、彼と綾小路くんの二人によって、私が兄さんから躾を受けることはなかった。

 彼は背後から兄さんの急所を蹴っていた。あんな顔の兄さんを見るのは初めてだった。

 不意打ちとは言え、兄さんをダウンさせた彼に私は興味を持つようになった。

 その後、彼と綾小路くんの説得により、勉強会を再度行うことが決まった。

 結果、須藤くんが英語で赤点を取ってしまったが、私と彼と綾小路くんで点数をポイントで買い取り、須藤くんの退学は取り消しになった。

 その際に私は彼にポイントを提供するようお願いをした。彼の手を握りながら。何故あの時の私は、自分が女であることを武器にしたのだろうか。今でもよくわからない。

 

 中間テストが終わり一週間が過ぎた頃、私は彼に手作り弁当を作った。

 これは彼が須藤くんの点数購入の為に支払ったポイントの対価だ。

 さすがに連続で白米弁当は可哀相だと思ったので、きちんとした弁当を彼に作った。

 彼は非常に美味しそうに食べてくれた。私の作った料理をあんな美味しそうに食べてくれる人は彼が初めてだった。

 恐らく私はそんな彼を見て嬉しかったのだろう。だからまた弁当を作ることを申し出たのだ。

 申し出た際に、私は彼に額を触られた。どうやら私が風邪を引いたと思ったようだ。あまり人に触れられるのが好きではない私だけれど、彼に触れられるのは不思議と不快ではなかった。もしかするとこの頃から彼に惹かれていたのかもしれない。

 

 初めて彼にお弁当を振る舞った日から、私は彼と二人で昼休みを過ごすようになった。

 場所は部室棟近くのベンチ。人通りが少ないその場所は、教室よりも静かだった。

 二人で並んでお弁当を食べる。食べ終わった後は各々好きなことをして時間を過ごす。そんな彼と過ごす昼休みはとても居心地がよかった。

 彼と過ごす時間が増えていく毎に、私は一人でいる時間が少し寂しく思うようになっていった。

 

 7月に入るとDクラスにトラブルが発生した。須藤くんの暴力事件だ。

 クラスメイトは須藤くんの無実を証明するため目撃者捜しを行っていたが、私と彼は拒否した。彼はなぜ私が協力しないかわかっているようだった。恐らく彼も私と同じ理由で協力しなかったのだろう。

 協力するのを拒んだ私だけれど、佐倉さんが目撃者であることを彼と綾小路くんたちに伝えた。特に協力したつもりはなく、たまたま気づいたことを報告しただけだ。

 週が明けると、彼が目撃者捜しに協力することを申し出ていた。その心変わりように私は訝しみ、心変わりした理由を聞いたけれど、誤魔化されてしまった。

 その後、目撃者は佐倉さんしか見つからず、DクラスとCクラスで審議をすることになった。

 そして私はその審議の場で、無様な姿を彼と兄さんに見せてしまった。兄さんの前で極度に緊張した私は、審議の場にも関わらず一言も発することが出来なかった。

 あまりの不甲斐なさに私は茫然自失の状態に陥ってしまった。

 審議の日の夜。私は彼の部屋を訪れた。そして我ながら馬鹿なお願いを彼にした。兄さんの前で私が緊張したら頭をはたいてもらう。

 私はそんな馬鹿なお願いを、ドア・イン・ザ・フェイスを駆使して、彼に了承して貰った。

 なぜ彼にはたいて貰うようお願いをしたのか。なぜ緊張状態から覚醒させるのに痛みに拘ったのか。今ならわかる。私は彼に兄さんと同じ行為をして貰いたかったのだ。つまり彼に不出来な私を躾けて貰いたかった。

 私と彼はそのままファミレスで夕食をとることにした。

 そしてその場で初めて私と彼は龍園くんと接触をした。その後、何故かスラムダンクとやらの話になってしまい、私は眠たい目をこすりながら彼の熱弁を聞く羽目になったのは余談である。

 

 彼に兄さんの前で緊張したら頭をはたくよう約束を取り付けたけれど、その機会は思ったより早く訪れた。

 昼食を済ませ、理科準備室から出ようとすると兄さんと鉢合わせしてしまったのだ。

 私は当然審議の失態を指摘され、無能だと罵られてしまった。

 ただでさえ兄さんの前だと緊張するのに、このような状況に陥ったことにより、私は全身の震えが止まらなくなっていた。

 私はすがるような目で彼を見た。

 彼は決心してくれたようで、勢いよく私の頭をはたいた。

 思いのほか彼の一撃は痛かった。けれど痛みだけじゃない何かを私は感じた。兄さんの躾では感じられない何か。

 

「……そういえば、あれから一度もはたかれてないわね……」

 

 シャワーを浴びている私は、彼にはたかれた箇所に手を置く。

 あれから兄さんとは接触していないので、彼に頭をはたかれることもなくなっていた。

 だからその『何か』を私はわからないでいる。

 もう一度、彼にはたいてもらえばわかるかもしれない。ならば近いうちに兄さんと接触する機会を作らなければならない。

 決して私はマゾヒストではない。

 ただ彼に痛みと一緒に与えられた『何か』が気になるだけだ。その『何か』がわかるなら、多少の痛みなら耐えられる。それが彼から与えられる痛みならなおさら……。

 ふと、彼にもっと強く頭をはたかれる自分を想像してしまった。

 急にあそこが熱くなるのを感じた。

 まさか彼に頭をはたかれるのを想像して濡れてしまったのだろうか。

 その液体が気になり、恐る恐る秘部に触れてみる。

 秘部に触れた手には無色透明で粘性のある液体が付着していた。

 

「……嘘でしょ……」

 

 言葉を失ってしまった。

 まさか彼にはたかれる自分を想像して、性的興奮をしてしまうなんて……。

 

「……違うわ。体調が悪いから、変に分泌されただけ……」

 

 そうに違いない。私がそんな特殊な性癖を持つわけがない。

 私は自分にそう言い聞かせ、部屋に戻った。

 

「まだ8時。……まだ4時間もあるのね……」

 

 髪を乾かした私は、特にすることもないので再度ベッドの上で横になっていた。

 改めて彼と過ごした時間を振り返る。

 

 兄さんと遭遇し、彼に頭をはたいてもらった日。

 教室に戻る際に彼と手を繋いだまま、教室に入ってしまい、注目を浴びてしまった。

 私は冷静さを装っていたが、内心は恥ずかしくて仕方がなかった。

 私と違い友人が多い彼は、色んな人からからかわれていた。

 私との仲をからかわれている彼を見るのは楽しい気分になれた。

 

 須藤くんの事件が解決したDクラスは、期末テストに向けて勉強会を実施することになった。

 私は中間テストに引き続き、3馬鹿と呼ばれる須藤くんたちに勉強を教えることになった。

 勉強場所は前回の図書室ではなく教室。これは宣戦布告してきたCクラス含め別のクラスとトラブルを起こさない為だ。

 ……違う。本当は彼の近くにいたかったから。そして頑張ってる私を見て欲しかったからだ。

 勉強会2日目。彼は松下さんたちと楽しそうに雑談をしていた。まだ開始時刻前なので雑談をするのは問題ない。けれど私は女子と楽しそうに雑談をしている彼を見て苛立ってしまった。この頃から私は嫉妬という感情を持つようになった。

 私たちDクラスは、赤点の生徒を出さずに無事に期末テストを終えた。ちなみに私は学年で2位の好成績だった。

 

 一学期の最終日。私は彼に夕食を振る舞うことにした。これは頭をはたいてもらう対価として私が提案したことだ。

 彼のリクエストはオムライスだった。

 私は少しでも彼に美味しいと思って貰えるよう、いつもは購入しない有料の食材を購入した。

 普段ポイントを消費しない私だけれど、彼の美味しそうに食べる顔を見られると思うと、躊躇いもなくポイントを消費出来た。これからも彼に喜んで貰えるならいくらでもポイントを消費してしまうだろう。

 スーパーで買い物を終え、寮のエレベーターに乗ろうとしたところ、綾小路くんと鉢合わせた。

 綾小路くんは私と彼を見て、夫婦みたいだな、とからかってきた。

 以前の私なら罵倒していたと思う。けれどその時の私は、怒るどころか嬉しいと思ってしまった。

 

 その日の夜。料理をほぼ作り終えた私は彼を部屋に呼び出した。

 初めて彼を部屋に上げるので少し緊張したのを覚えている。

 彼は私の作った自慢の一品をとても美味しそうに食してくれた。また彼があまりにも私の料理を褒めるものだから照れてしまった。

 彼が私の料理を美味しそうに食べる姿を見て、自分の心が満たされていくのがわかった。

 もっと私の手料理を美味しそうに食べる彼を見ていたい。その欲望を満たすために、私はまた手料理を振る舞う約束を交わしていた。勉強会を行う日限定ではあるけれど。

 そう。私は夏休みに彼と会う口実を作るため、二人の勉強会を提案していた。彼はすぐに了承してくれてた。これで夏休みも彼と過ごせる。

 素直にお願いが出来ない私は、このような口実を作らないと彼を誘うことが出来なかった。

 

 そして現在7日目を迎えている特別試験。

 無人島に向かう船の中で私は風邪により目的地に到着するまで自室で安静にしていた。本当なら彼と船内を見て回りたかった。

 島に辿り着くと、真嶋先生から豪華旅行ではなく特別試験が行われることを告げられた。

 無人島に辿り着いた私は憂鬱だった。原因は風邪による体調不良、慣れない団体生活だ。クラスメイトと一緒に寝泊りするなど、私にとって拷問でしかなかった。彼と二人きりならよかったのに……。

 けれど風邪を引いた私を彼が気遣ってくれたのは嬉しかった。寒気が止まらない私に上着まで貸してくれたのだ。その上着は今も私の手元にある。

 

「洗濯して返すべきよね」

 

 鞄から彼から借りている上着を取り出す。

 そんな上着を何故だか愛しく思い私は思わず抱きしめた。

 一週間も着続けた上着。本来なら汗臭くて、ましてや風呂上がりの状態で触れるようなものではない。けれど私はそれを抱きしめている。

 昨晩リタイアをするまでずっと身にまとっていた。この上着を着てる間は彼に守られてるような感覚がしたのだ。だから私は寒気が治まっても上着を着続けた。

 

 無人島生活はストレスが溜まる日々が続いた。彼に認めて貰いたくてついリーダーを受けてしまったり、櫛田さんにやたら話しかけられたり、軽井沢さんと衝突したり、龍園くんにセクハラまがいの発言をされたりした。また櫛田さんはやたらと彼のことを聞いてきた。軽井沢さんとは些細なことで言い争いをした。ほぼ私が論破して彼女を言い負かすのだけれど。

 試験中に落ち着いて過ごせたのは彼と一緒にいた時だけだ。一緒にBクラスと情報交換をしたり、クラスメイトに料理を振る舞った。

 その彼との時間を邪魔した人物がいる。櫛田さんだ。彼女も料理にそれなりに自信があるようで、手伝いを申し出てきた。もちろん私は断った。彼のパートナーは私だけで十分なのだから。なので後日櫛田さんが彼と一緒に調理しているのを見た時は嫉妬で狂いそうになった。

 そんな嫉妬にまみれた私を更に不機嫌にさせた人物がいた。綾小路くんだ。綾小路くんと二人で話すのは久しぶりだった。そんな綾小路くんからの話は私を苛立たせるものばかりだった。私がクラス間争いに役立ってないこと、彼の足を引っ張っていること、いずれ兄さんと同じように彼にも見捨てられてしまうこと。挙句の果てに綾小路くんは私を彼の金魚の糞だと言い放った。

 私の心は一気に怒りで埋め尽くされた。なぜ綾小路くんにそんなことを言われなけばならないのか、綾小路くんが私の彼の何を知っているのだろうか。私はそう反論したが彼は聞く耳を持たず、私を置いてキャンプ地に戻っていった。

 その日の夜。私は綾小路くんに言われたことを思い出していた。今でも思い出すと怒りで震えが止まらない。

 綾小路くんは何もわかっていない。彼が私を見捨てるはずがない。いったい何度、私が彼の前で無様な姿を晒してきたと思っているのか。彼は兄さんと違って不出来な私でも寄り添ってくれる。

 

 特別試験5日目。事件が起きた。彼と軽井沢さんの下着が盗まれたのだ。盗んだのはCクラスから送り込まれたスパイの伊吹さんだった。まさか異性の下着を盗むなんて……。やはりCクラスにはまともな生徒がいないようだ。

 Bクラスとの定例報告を終えた私は、彼を海に誘った。誘った理由は彼と静かな場所で二人になりたかったからだ。彼は話が終わるとすぐに帰ろうとしたので、腕を掴んで引き止めた。久しぶりの彼との時間を早く終わらせなくなかった。

 特別試験の彼は人気者だった。入学当初は私と同じ一人ぼっちだったのに、いつの間にか彼の周りには多くの人間が集まるようになっていた。だからこうして二人きりになれる時間を私は大切にしたかったのだ。

 海を眺めながら私と彼は一時間以上も雑談をした。やはり彼との時間は居心地がいい。

 

 その日の夕方。私は彼に大切な話があると森の中に連れてこられた。

 彼の話に期待を膨らませた私だったが、その期待は大きく裏切られることになった。

 彼は私にリタイアするようお願いをしてきたのだ。

 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

 そして綾小路くんから言われた言葉を思い出した。

 彼に見捨てられる。兄さんと同じように見捨てられてしまう。

 そう思った私は彼にしがみつき、必死に理由を問いただした。

 彼から理由を聞き、私は安堵した。

 やはり彼は私が不出来だからと言って、見捨てるような人じゃなかった。

 私は彼からの願いをすぐに了承した。彼の役に立てるならリタイアすることもすぐに受け入れられた。

 

 翌日。伊吹さんに私がリーダーだと悟らせるための作戦が始まった。

 まず食料探索の為森に入った。彼以外の人間と行動するのは苦痛だったが、作戦のためなので我慢した。

 作戦は彼が私から渡されたカードを落とし、大声を出すと言う単純なものだったが上手くいった。

 問題なのはいかに自然に伊吹さんにカードを撮影させる機会を作るかだった。

 結局、私が岩場に着替えとカードと置き、水浴びしている間に撮影させることにした。

 体調不良の私を気遣って、彼はその作戦に難色を示したが、何とか説得した。

 結果は上々だった。これでまた彼の役に立てた。人の為に役に立てることがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。だからといって彼以外の為に役に立ちたいとは思わないのだけれど。

 

 その日の夕方。体調を悪化させてしまった私は彼に背負われて、リタイアする為に船に向かっていた。

 彼の背中は逞しくて温かかった。気づくと私は彼を背中からギュっと抱きしめていた。

 彼の頬が赤くなっていたのを覚えている。私に抱きつかれて照れていたのだろう。私を女として意識してくれる彼を見るのは楽しかった。そう言えば彼はCクラスのキャンプ地の視察帰りに私を美少女と評してくれた。今までは自分の容姿に興味がなかった私だけれど、嬉しかった。

 道中、彼と一緒に早朝ランニングをする約束を取り付けた。これで毎朝彼と一緒にいられる。そうだ。レモンの蜂蜜漬けを作って、運動後の彼に食べて貰おう。きっと喜んでくれるはずだ。またポイントを消費することになるけれど、彼が喜んでくれるならそれでいい。

 移動中、私は彼と話しながらずっと考えていた。

 それはどうすればもっと彼の役に立てるか、どうすれば彼が喜んでくれるかを。

 今の私では料理を振る舞うことくらいしか彼を喜ばすことが出来ない。

 なので私は自分を変えることにした。

 その第一歩として彼以外の生徒とも関わるよう決意した。今の私は誰からも頼られない。入学当初から他人を拒み続けてきたのだ。仕方がない。だから私はこれから他人を受け入れようと思った。そして彼のように徐々に友人を作っていき、彼のようにクラスメイトから頼られる存在になろうと思った。目標は女子のリーダーになること。男子のリーダーは平田くんになっているけれど、いずれ界外くんに変わるだろう。この特別試験を見て私はそう確信した。現に平田くんも彼に頼っている部分が大きい。私のクラス内での立場が良くなれば今後このような試験があっても、今より彼の役に立てるはずだ。

 もちろんこれらは全て彼の役に立つため。彼以外の人間と関わるなんて苦痛以外の何者でもない。けれど我慢する。……彼の隣に立って戦いたいから。

 船に辿り着いた私たちは、先生にリタイアすることを告げた。彼の背中から離れる瞬間、とても切ない気持ちになってしまった。それまでは彼と一緒にいられるだけでいいと思っていたのに、彼ともっと触れ合いたいと思うようになった。

 

「まさか私が恋をするなんて……」

 

 彼と過ごした日々を思い出し、うっすら笑みを浮かべる。

 今まで兄さんに認めてもらうためだけに生きてきた私は、当然恋をすることなんてなかった。この学校でも恋愛をするつもりなどなかった。なのに……

 

「こんな簡単に恋に落ちてしまうなんて……私って単純なのかしら……」

 

 このような性格なので男子に詰め寄られることはあっても、言い寄られることはなかった。

 だからこんな私が恋をしているなんて、今でも不思議に感じてしまう。

 いつから彼に恋心を抱いたのかは正直わからない。けれどタイミングなんてどうでもいい。私が彼を好いてるのは事実なのだから。

 最初は優秀な彼を利用しようとした。それなのに今では私が彼に尽くしたいと思っている。入学して四か月で随分な変わりようだ。

 変わったのは彼への思いだけではない。

 いつしか私の中で兄さんの存在は小さくなっていった。もちろん尊敬はしている。けれど今は兄さんより彼に認めて貰いたい気持ちが圧倒的に強い。

 恐らく今の私なら兄さんの前でも緊張することはないだろう。でもそれは彼に隠さなければならない。何故ならそれを言ってしまえば彼にはたいてもらえる機会がなくなるからだ。

 もし私と彼が恋人になれば、はたいてもらえる機会も増えるのだろうか。

 けれど私と彼が恋人になることはないだろう。何故なら……彼には想い人がいるから。

 一之瀬帆波さん。

 Bクラスの学級委員長で、学年でも有名な生徒。

 一度だけ、彼と一之瀬さんが一緒に登校しているのを見たことがある。その時の彼は、とても幸せそうな表情をしていた。それて見て、彼が一之瀬さんを好いていることはすぐにわかった。

 そんな彼女と今回の特別試験で初めて顔を合わせた。

 一之瀬さんは不愛想な私と違い、愛嬌もよく、皆に慕われていて、スタイルもよくて、思春期の男子の理想を具現化したような存在だった。

 彼女に対する劣等感と、一之瀬さんと楽しそうに会話をする彼を見て、私の心はマイナスな感情に埋め尽くされてしまった。

 だからだろう。私は彼の上着を着ていることを、一之瀬さんに気付かせるように、ぶかぶかな上着の色んな箇所を何度も掴んでは離した。

 それで少なからず優越感に浸った。

 なんて小さくて惨めな女なんだろう。

 でも彼女に笑顔を向ける彼の傍にいるには、そうすることでしか、心を保つことが出来なかった。

 そんな惨めな私だけれど、もっと優越感に浸れることを思い出した。

 恐らく彼と一番親しい女子は一之瀬さんだろう。けれど彼女はBクラス――敵だ。今回の試験では協力関係を継続したけれど、今後もこの関係が続くとは限らない。私たちがCクラスに昇格すれば協力関係は終わるかもしれない。そうすれば彼の横に立てるのは私だ。私だけなのだ。一之瀬さんは彼の敵になることは出来ても、彼の力になることは出来ない。試験での彼の隣は私の居場所なのだ。

 私と彼で一之瀬さんと対峙する。

 それを考えるだけで、今までに味わったことがないほどの優越感が私を包んだ。

 彼の恋人にはなれない。けど彼のパートナーになれるのは私だけ。

 私は改めて彼の力になれるよう成長することを決心した。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 いつの間にか私は彼の上着を抱きしめたまま眠ってしまったようで、気づいたら正午を回っていた。

 デッキに出ると、茶柱先生に連れてかれている彼と一之瀬さんの姿を見た。

 その瞬間、胸が締め付けられるように息苦しくなった。

 なぜ二人で先生に連れてかれているのだろう。

 彼は私に気づかずにそのまま船内へと入っていった。

 

「……」

 

 仕方がない。後でどういうことか聞こう。

 

「堀北。体調はもういいのか?」

 

 彼の後ろ姿を眺めていると、須藤くんが話しかけてきた。

 

「そこそこね。まだ万全とは言えないわ。それにリタイアをしてしまったもの……」

 

 いくら勝利する為とはいえ、私のリタイアによりポイントが30も減ってしまった。その責任は大きいだろう。

 

「そんなの気にするなよ。1位だったんだしよ。そういえばなんで1位を取れたんだ?」

 

 須藤くんが平田くんに問いかける。

 

「それは……軽井沢さん。まず君から堀北さんに話すべきことがあるんじゃないかな?」

 

 そう言って、篠原さんたちの後ろで俯いている軽井沢さんに声をかけた。

 

「……堀北さん、ちょっといい?」

「ええ。あなたは私に話すべきことがある。そうでしょう?」

 

 小さく頷く軽井沢さんを見て私は目を閉じた。彼女とは些細なことで何度も衝突してきた。半分は私の八つ当たりも入っている。恐らくリタイアした私を咎めるのだろう。

 

「ごめん」

「え」

「私と界外くんの下着を盗ったのは伊吹さんだったんでしょ。堀北さんが気づいたって界外くんから聞いた」

 

 罵倒されることを覚悟していた私は、彼女の謝罪に困惑してしまった。

 

「それとAクラスとCクラスのリーダーを見抜いたのも堀北さんなんでしょ? それで無理がたたって体調を崩したって……。だから、いろいろごめん」

 

 そう言って、軽井沢さんは女子たちの下へ戻っていった。

 

「ありがとう堀北さん。君のおかげで僕たちの圧倒的勝利で終わったよ」

 

 なぜ私の手柄になっているのか、すぐにわかった。

 彼だ。

 彼が私にチャンスをくれたのだろう。自分を変えるチャンスを。

 本当に彼は優しい。そして甘い。

 

「堀北さんチョー凄いじゃん! マジ天才!」

「リタイアした時はどうなるかと思ったけど、結果オーライだね!」

 

 いつの間に多くのクラスメイトに囲まれてしまった。

 こんなの不愉快でしかないけれど、彼が与えてくれたチャンスを潰すわけにはいかない。

 

「そう。みんなの役に立てたようで何よりだわ」

 

 自分が発した言葉に反吐が出そうになる。

 今なら櫛田さんの気持ちもわかるかもしれない。自分が思っていないことを言葉にするのはこんなにもストレスが溜まるものだと初めて知った。

 でも我慢するしかない。こうすれば彼は喜んでくれるはずだ。

 結局、私がクラスメイトから解放されたのは20分を過ぎた頃だった。

 

 自室に戻ると、松下さんから声をかけられた。彼女はDクラスで私の次に彼と仲が良い女子だ。他のルームメイトは熟睡している。

 

「堀北さん、ずっと体調悪かったのによく6日も持ったよね。凄い凄い」

「……気づいていたの?」

 

 驚いた。彼以外に気づいてる人がいるとは思わなかった。

 

「まぁね。ただ私が気遣ってもあしらわれるだけだと思ったから」

「そんなことは……」

 

 ある。彼だから素直に体調不良であることを告げることが出来た。

 

「あー、そういう気遣いは無用だから」

「そ、そう……」

「それより界外くんが、なんで茶柱先生に連れてかれてたのか気になるんじゃない?」

「それは……」

 

 気になる。その場にいた彼女は理由を知っているのだろう。なぜ彼と一之瀬さんが一緒に連れてかれているのかを。

 

「教えてあげる」

 

 彼女はそう言うと、彼と一之瀬さんが先生に連行された理由を説明してくれた。

 その内容は私の心に苦痛を与えるには十分なものだった。

 彼と一之瀬さんが逢瀬していたのは薄々感じていた。けどまさか毎日密室で会っていたなんて……。

 

「どうせ界外くんのことだからお喋りしてたくらいだと私は思うんだけどね」

「え」

「だって彼ヘタレでしょ」

 

 確かに彼はすぐに照れたりするけれど。……ヘタレは言いすぎじゃないだろうか。

 

「まあ一之瀬さんから襲ってたらわからないんだけどね」

「……」

「それじゃ私は寝るから。後は本人から直接聞いてね」

「……ええ」

 

 松下さんはそう言うと、横になりすぐに眠りについた。

 なぜ彼女は私に話しかけてきたのだろうか。

 もしかして彼に言われて、私に声をかけるようお願いされていたのだろうか。

 そうとしか考えられない。けど彼に問いただしても誤魔化されるだけだろう。

 

「本当に優しいのね」

 

 ポケットからスマホを取り出す。そして彼へこれから会えないかとチャットを送った。

 10分ほどすると彼から返信が来た。

 

『あるぞ。ただよからぬ噂が流れてるので俺と会うのは好ましくないかもしれないぞ』

  

 彼らしい。彼に気遣われるのは嬉しい。けれど今回はその気遣いは不要だ。

 

『そんなの関係ないわ。それじゃ今からラウンジに来て』

 

 そうチャットを送り、私は髪を整え、部屋を後にした。

 久しぶりに彼と会える。

 彼と別れてから1日も経っていない。それなのに久しぶりと言ってしまうほど、私は彼に依存しているらしい。

 でもそれも悪くない。だって彼に依存すればするほど私の心は満たされていくのだから……。




次回から原作4巻に突入します
キミスイのOPヘビロテしてます


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32話 一之瀬は耳が感じやすい


ハッピーシュガーライフとぐらんぶるの落差が激しすぎる


 無人島での特別試験が終わってから3日。俺は好奇の視線に晒されながらも、それなりに豪華客船の旅を満喫していた。

 午前中と夕方以降は茶柱先生におねだりして手に入れた個室で勉強。日中は博士と綾小路と一緒に氷菓を見たり、一之瀬、堀北と船内の施設で遊んでたりしている。

 サバイバル終了直後は、大半の生徒がこれで特別試験が終了したと思っておらず、学校側が何か仕掛けてくると踏んでいた。だがまるでその気配がない。その為、3日目の今は大半の生徒がリラックスして楽しい旅行を満喫している。

 

「本当にもう試験は行われないのか」

 

 カフェでアイスコーヒーを飲みながら呟く。

 

「界外くん、心配しすぎじゃないかな。もう3日も何もないんだし大丈夫だと思うよ」

 

 テーブルを挟んで向かい側に座る櫛田が言う。

 俺はカフェで櫛田と穏やかなティータイムを過ごしていた。

 

「そうだな」

 

 確かに心配しすぎもよくない。今は勉強と青春を謳歌することに集中しよう。

 それより今の俺の状況で櫛田が誘ってくるとは意外だったな。

 

「なあ、櫛田」

「なに?」

「俺なんかと一緒にいていいのか?」

 

 一之瀬や堀北と違って、俺と櫛田は親しくはない。彼女に話しかけられるようになったのもつい最近だ。なのでこの状況で俺と一緒にいる理由が見当たらない。

 

「大丈夫だよ。だって界外くんと帆波ちゃんはやましいことしてないんでしょ?」

「そうだけど……」

 

 帆波ちゃんって。一之瀬と櫛田は仲良かったのか……。

 

「なら私は堂々としてればいいと思うな」

 

 堂々としてても櫛田の評判は大丈夫なのだろうか。俺はもう慣れたので大丈夫なんだけど。

 

「いや、櫛田の評判を気にしてるんだが……」

「私の……?」

「俺といて櫛田にまで悪い噂が流れたら困るだろ」

 

 みんなの人気者である櫛田の立場を考えれば、俺と一緒にいるのはデメリットしかないはず。

 

「私の心配してくれてるんだ。……嬉しい」

「え」

「でも大丈夫だよ。私、他のクラスの友達にその噂はデマだって言ってるから」

 

 まさか櫛田がそんなことをしてくれてるとは……。

 

「昨日もCクラスの子たちと遊んだんだけど、私が言ったら信じてくれたよ?」

 

 龍園のクラスの子かよ。龍園より櫛田の言うことを信じるのか。

 

「そ、そうか。ありがとな」

「ううん。私が好きでしてることだから」

 

 満面の笑みを浮かべる櫛田。裏の顔があるとわかっていても可愛いと思ってしまう。

 

「それよりこの後プールに行こうよ」

「プール?」

「うん。無人島じゃ界外くんと一緒に泳げなかったし……どうかな?」

「そうだな……」

 

 一之瀬とも堀北ともプールに行かなかったし。一回くらい行ってみるか。

 俺が返事をしようとした瞬間、俺と櫛田の携帯が同時になった。

 キーンという高い音。それは学校からの指示であったり、行事で変更などがあった際に送られてくるメールの受信音だった。ちなみにマナーモード中でも音が強制的に出るようになっている。

 

「なんだろうね?」

 

 櫛田が不思議がるのも無理はない。入学してから重要メールが届いたことは一度もないのだから。

 ほぼ同時に、船内アナウンスも入る。

 

『生徒のみなさんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合には、近くの教員に申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れがないようにご注意ください。繰り返します―――――――――』

 

 どうやら俺の嫌な予感があたったようだ。

 

「……今届いたメールのことだよね?」

「それしかないだろ」

 

 携帯を操作してメールを開くと、そこには次のことが書かれていた。

 

『間もなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋に、指定された時間に集合してください。10分以上遅刻した者にはペナルティを科す場合があります。本日20時40分までに206号室に集合してください。所要時間は20分ほどですので、お手洗いなどを済ませ、携帯をマナーモードか電源をオフにしてお越し下さい』

 

「やっぱり特別試験じゃないか……」

 

 試験内容はメールに記載がなかったので、集合場所で説明を受けることになるのだろう。

 ……龍園、今回もお前を叩きつぶしてやるよ。

 

「界外くんの嫌な予感、当たっちゃったね」

 

 苦笑いしながら櫛田が言う。

 

「だな」

「界外くんはどんな内容のメールが届いたの?」

 

 そう言ってきたので、櫛田に画面が見れるように携帯をかざす。

 

「私と時間も集合場所も違うね」

 

 櫛田も俺に携帯の画面を見せてきた。確かに時間と集合場所が違う。

 

「なんでこんな変な呼び出し方するんだろうね?」

「さぁな。それも時間になればわかるのかもしれない」

 

 また勉強をする時間が減ったらどうしよう……。本番まで2週間くらいなのに。

 ため息をついてると、堀北からチャットが届いた。

 

『今学校からメール届いた?』

『届いたぞ』

『私は20時40分からに指定されていたわ。界外くんは?』

『俺も同じだ。ちなみに櫛田は時間も場所も違ってた』

『なぜ櫛田さんのメールの内容をあなたが知ってるの?』

 

 何だろう。チャットから怒気を感じるんだが……。

 

『一緒にお茶しているからだけど』

『そう。仲が良いのね』

 

 なんか怒ってるっぽい。俺が櫛田に対して警戒がなさすぎると思ってるんだろうか。

 

『警戒はしてるから大丈夫だぞ』

『もういいわ。集合場所に行くときは一緒に行きましょう。行くときに連絡するから』

『わかった』

 

 堀北と一緒か。綾小路はどうだろうか。後で聞いてみよう。

 

「界外くん?」

 

 チャットに集中していた俺の様子が気になったようで、櫛田が心配そうに声をかけてきた。

 

「悪い。他の生徒から情報を聞いていた」

「そっか。さすが界外くんだね。行動が早いなー」

 

 向こうからチャットが送られてきただけなんだけどね。

 

「櫛田」

「なに?」

「今晩二人で会えないか?」

「…………え?」

 

 恐らくいくつかのグループに生徒を隔離して試験開始を告げるのだろう。

 別グループに割り当てられた櫛田から色々情報を仕入れたい。

 

「ふ、二人でって……」

 

 いつの間にか櫛田の頬が紅潮していた。

 

「……うん、いいよ。二人で会おっか」

「ああ。21時には終わるだろうから、終わったら連絡するな」

「うん」

 

 部屋に戻ったら平田と博士のメールも見させて貰おう。

 今回の試験、もし頭を使うようなものならこっちのものだ。なぜなら俺は氷菓を見て頭が冴えてるから。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は20時25分。俺は平田を連れて、堀北との待ち合わせ場所に向かった。

 

「界外くんと同じ組で心強いよ」

 

 隣を歩く平田が嬉しいことを言ってくれてる。

 

「そうか。ま、力を合わせて今回の試験も勝利しようぜ」

「そうだね」

 

 ちなみに俺と平田は先に説明を受けた生徒から話を聞かされて、試験内容を理解している。

 待ち合わせ場所に着くと、堀北の姿が見受けられた。

 

「待たせたか?」

「いいえ。私も今来たところ」

 

 ちなみに堀北も先に説明を受けた松下から話を聞いてるらしい。どうやら宣言通り、徐々に自分を変えていってるようだ。

 

「界外くんに聞いてると思うけど、僕も一緒の組なんだ。よろしくね、堀北さん」

「ええ。こちらこそよろしくお願いするわ」

 

 堀北が平田とまともに会話をしている。1学期じゃ見られない光景に俺は少し感動してしまった。

 

「それじゃ行きましょうか」

 

 堀北が歩き出す。俺と平田も彼女の後を追うように歩き出した。

 階段を降りて、説明会が設けられている2階に着いた。

 そこには壁にもたれている生徒、携帯を弄りながら座り込む生徒、ヨガをしている生徒など、今から説明を受けるとは思えない者の姿もあった。

 

「全員同じグループ……ではなさそうだよね」

 

 平田が周りを見渡して言う。

 ざっと見えるだけでも10人近くいる。もしかして部屋に居場所がない生徒たちが集まってるのかな。

 すれ違う俺たちに視線を向け、彼らはすぐに携帯を操作し何か打ち込んでいるようだった。……もしかして裏掲示板に俺のことを書き込みしてるのでは……。

 つーか、知らない生徒ばかりだな。一応、各クラスの重要人物は覚えたつもりなんだけど。

 

「平田は知ってる生徒いたか?」

「ヨガをしてるのはAクラスの森宮くん。エレベーター近くにいるのはCクラスの時任くんだね」

 

 さすが平田。平田も櫛田と同じく他クラスに友達が沢山いるんだろうか。

 

「他クラスの生徒の情報もこれから必要になってくるかもしれないわね」

 

 堀北が呟く。

 

「だな。俺と堀北じゃ他クラスの顔見知りが少なすぎる」

「そうね」

 

 Bクラスなら一之瀬含めて何人も友達がいるんだけどね。ちなみに試験終了後に柴田と連絡先を交換している。つまり柴田も友達にカウントしてオッケーということだ。

 目的の場所に着くと、数人の男女が扉近くに集まっていた。誰か知り合いがいないか期待したが誰もいなかった。

 

「もし俺の勘違いでなければ、20時40分組じゃないか?」

 

 Aクラスを統率する双頭の一人、葛城が声をかけてきた。

 こいつ本当に高校生だろうか。老けすぎじゃないか。

 

「そうだよ。同じグループとしてよろしくね葛城くん」

 

 平田が爽やかスマイルを浮かべながら応えた。

 

「こちらこそよろしく頼む。平田、堀北、界外」

「よろしく」

「ええ」

 

 俺と堀北も挨拶を返す。

 以前の堀北なら無視していただろうに……成長したな。

 

「君たちとは、一度改めて話したいと思っていたところだ」

「話をしたかった? 俺たちDクラスと?」

 

 俺は皮肉の意味を込めて言った。

 

「ああ。正直俺は今までDクラスの存在は眼中に入れてなかった。しかし前の試験の驚異的な結果を見れば、注目しないわけにはいかないだろう」

 

 確かにDクラスがあれだけ圧勝すれば注目せざるをえない。

 俺は別の意味でも注目を浴びてしまってるんだけど……。

 

「もしこれから先いつかはわからないが……DクラスからCクラスに上がってくるようであれば、Aクラスは容赦なく君たちを叩くだろう」

「そうか。それじゃ来月から俺たちは容赦なく叩かれるわけだ」

 

 俺の発言に周囲が少しざわめく。

 そしてなぜか堀北が袖を掴んできた。堀北の顔を見ると、満足そうな表情を浮かべていた。どうやら俺の言動を褒めてくれてるようだ。

 

「大した自信だな。だがあまり調子に乗らない方がいいと思うが」

「調子に乗っているタイミングを見逃すなという茶柱先生の教えがあるんでね」

 

 そんな教え受けたことないけどね。あの人何も教えてくれないし。個室を与えてくれたのは助かったけど。

 

「そうか。しかしたまたま自らの戦略が一度成功したくらいで調子に乗らない方がいい。クラスポイントの差が今も歴然であることは忘れないでもらいたい」

 

 確かにAクラスとのクラスポイントの差は開いたままだ。

 

「確かにクラスポイントの差は開いたまま。けれどまだ1年の夏休みであることも忘れないでもらいたいわね」

 

 俺の袖を掴んだまま堀北が堂々と言う。

 

「確かに堀北の言う通りだ。俺たちBクラスにもAクラスを追い抜くための時間はたっぷり残っているということだ」

 

 神崎の声が後ろから聞こえてきた。

 振り向くと神崎と俺の知らない男女の生徒が立っていた。……一之瀬はいないのか。残念無念また来週。

 

「神崎も20時40分組か?」

 

 神崎に問う。

 

「ああ。よろしく頼む」

「こちらこそ」

 

 神崎とは無人島で情報交換の場や早朝ランニングで共に時間を過ごしてきた。どうやら今回の試験でも一緒にいる時間が多くなりそうだ。

 いつのまにか堀北の隣に俺、背後に平田と神崎がおり、傍から見ると堀北が逆ハーレム状態で葛城と対峙する構図になっていた。

 

「クク。男を3人も従えるなんてよ、やるじゃねぇか。鈴音」

「龍園か」

 

 冷静だった葛城の声色が、少しだけ険しくなった。

 

「おまえもこの時間に招集されたのか?」

「ああ。残念なことに、お前らと同じ時間のようだな」

 

 龍園は後ろに3人の生徒を従え歩いてきた。

 

「なるほど。この組は学力が高い生徒が集められていると思っていたが、お前とそのクラスメイトを見る限りそうではないかもしれないな」

「学力だ? くだらねーな。そんなものには何の価値もない」

「それこそ残念な発言だ。学業の出来不出来は将来を左右する最も大切な要素だ。日本が学歴社会であることを知らないのか?」

 

 ふざけた態度に葛城が正論をぶつける。

 俺たちは置いてけぼりである。暇なので堀北の綺麗な黒髪を眺めて時間を潰すとしよう。

 

「……なに?」

 

 俺の視線に気づいたのか、顔を横にしながら堀北が聞く。

 

「いや、暇だから堀北の綺麗な黒髪でも眺めてようと思って……」

 

 小声で素直に答えた。

 

「……そ、そう。べ、別に見るだけなら好きなだけ見てもいいけれど……」

 

 堀北は髪を触りながら頬を赤らめた。

 

「俺はお前の非道さを許すつもりはない」

「あ? 非道さ? 身に覚えがねーなあ。具体的に教えてくれよ」

「……まあいい。今回同じグループになったとしたら、ゆっくり話す時間もあるだろう」

 

 こいつらまだ話してるのかよ。

 

「負け犬同士仲良くしろよな」

 

 俺がそう呟くと両者から睨まれてしまった。思ったよりボリュームがあったようだ。……無人島でも同じようなミスをした記憶がある。

 

「はっ、言ってくれるじゃねえか。猿野郎」

「先ほどの俺の忠告を既に忘れているようだな。案外記憶力がないのか?」

 

 龍園と葛城が俺に言う。君たち仲良いね……。

 

「界外くん、負け犬の相手をしていても時間の無駄よ。行きましょう」

 

 龍園たちに向かって、冷たい一言を言い放つと堀北は俺の手を取り髪をなびかせて歩き出した。

 後ろから鋭い殺気を感じるが無視してその場を後にした。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「これより特別試験の説明を行う」

 

 指定された部屋に入室してから5分。真嶋先生より特別試験の説明が行われる。

 俺たち3人はある程度の試験内容は聞いているが、漏れがないように真面目に説明を聞く姿勢をとっている。

 

「今回の特別試験では、1年全員を干支になぞらえた12のグループに分け、そのグループ内で試験を行う。試験目的はシンキング能力を問うものとなっている」

 

 『シンキング』。考える力、考え抜く力といった意味合い。つまり今回は頭を使う試験ということ。

 続けて真嶋先生は、シンキングについて丁寧に説明してくれた。この先生、話が長いんだよな……。

 

「ここまでで何か質問は?」

 

 真嶋先生に聞かれ、平田は俺と堀北に確認する。

 

「特にありません。説明を続けて下さい」

「よし。続いてグループについて説明をする。グループは1つのクラスで構成されることはなく、各クラス3から5人ほどを集めて作られるものになる」

 

 そのグループが葛城や龍園と同じってわけだ。なんで一之瀬がいないんだよ……。どうやって決めたのかわからないけど、星之宮先生が気を使って別のグループにしてくれたのかもしれない。

 

「君たちの配属されるグループは『辰』。ここにそのメンバーリストがある。これは退室時に返却させるので必要性を感じるのであればこの場で覚えておくように」

 

 渡されたハガキサイズの紙。そこにはグループ名と合計14人の名前が記載されていた。

 

 Aクラス:小野田道坂 葛城康平 西川亮子 的場信二

 Bクラス:安藤紗代 神崎隆二 津辺仁美

 Cクラス:小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔

 Dクラス:界外帝人 平田洋介 堀北鈴音

 

 一人弱虫ペダルにいそうな名前の人がいるのが気になる。

 それと龍園って名前は翔って言うのか。案外可愛い名前じゃないか。

 

「今回の試験では、大前提としてAクラスからDクラスまでの関係性を一度無視しろ。そうすることが試験をクリアするための近道だ」

 

 クラスの関係性を無視ね。今のアドバイスは重要そうだ。

 

「今から君たちはDクラスとしてでなく、竜グループとして行動をすることになる。そして試験の結果の合否はグループ毎に設定されている」

 

 竜か。十二支大戦で大戦前にリタイアしてた双子と同じじゃないか……。不吉なグループに割り当てられてしまったな。

 

「特別試験の各グループにおける結果は4通りのみ。例外は存在せず必ず4つのどれかの結果になるように作られている。分かりやすく理解してもらうために結果を記したプリントも用意してある。ただし、このプリントに関しても、持ち出しや撮影は禁止されている。この場でしっかり確認するように」

 

 3人分用意された紙は少しくしゃくしゃになっていた。なんだか嫌な気分になる。

 書かれてある基本ルールは以下の通りだった。

 

『夏季グループ別特別試験説明』

 

 本試験では各グループに割り当てられた『優待者』を基点とした課題となる。定められた方法で学校に解答することで、4つの結果のうち1つを必ず得ることになる。

 

 ○試験開始当日午前8時に全員にメールを送信し、「優待者」に選ばれた者にはその事実を伝える。

 ○試験の日程は明日から4日後の午後九時まで行う(1日の完全自由日を挟む)。

 ○1日に2度、グループごとに所定の時間と部屋に集まり1時間の話し合いを行うこと。

 ○話し合いの内容はグループの自主性に全てを委ねる。

 ○試験終了後、午後9時半~午後10時の間のみ、優待者が誰であったかの答えを受け付ける。なお、回答は1人1回までとする。

 ○解答は自分の携帯電話を使って所定のアドレスに送信すること。

 ○『優待者』はメールにて解答する権利はない。

 ○自身が属するグループ以外の解答は無効。

 ○試験結果の詳細は最終日の午後11時に全生徒にメールにて伝える。

 

 これが基本的なルールとして目立つように書かれていた。

 真嶋先生が言っていた定められた『結果』も記載してある。

 

 ○結果1:グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合、グループ全員にプライベートポイントを支給する。優待者は100万プライベートポイント、優待者以外の者は50万プライベートポイントが支給される。

 ○結果2:優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合、優待者には50万プライベートポイントを支給する。

 

 2つしか書いてないじゃん。裏にでも書いてあるのだろうか。

 

「表に記載してある2つの結果は理解したか? 問題ないようなら残りの結果がプリントの裏に記載されているのでめくってくれ」

 

 真嶋先生に言われるがままにプリントの裏をめくる。

 そこには残り2つの結果が記載されていた。

 

 以下の2つの結果に関してのみ、試験中24時間いつでも解答を受けつけするものとする。また試験終了後30分以内であれば同じく受け付けるが、どちらの時間帯でもペナルティが発生する。

 

 ○結果3:優待者以外の者が試験終了を待たずして正解した場合、答えた生徒の所属するクラスのクラスポイントに50ポイントを得ると同時に、正解者には50万プライベートポイントが支給される。また優待者を見抜かれたクラスは-50クラスポイントのペナルティを受け、グループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが正解した場合、解答を無効とし試験は続行される。

 ○結果4:優待者以外の者が試験終了を待たずして不正解だった場合、答えを間違えた生徒の所属するクラスは-50クラスポイントのペナルティを受け、優待者は50万プライベートポイントが支給されると同時に、優待者の所属クラスは50クラスポイントを得る。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、解答を無効とし試験は続行される。

 

 よし。これで優待者を沢山見つけ出してCクラスに昇格してやる。

 

「今回学校側は匿名性についても考慮している。試験終了時には各グループの結果とクラス単位でのポイント増減のみ発表する。つまり優待者や解答者の名前は公表しない」

 

 なるほど。優待者の人がカツアゲされちゃう可能性もあるからね。

 

「望めばポイントを振り込んだ仮IDを一時的に発行することや分割して受け取ることも可能だ。本人さえ黙っていれば試験後に発覚する恐れはない。もちろん隠す必要がなければ堂々とポイントを受け取っても構わん」

 

 堂々とポイントを受け取ったら隣人の女子にまた無心されてしまう。

 

「3つ目、4つ目の結果は他の2つとは異なるものだ。よって裏面に記載した。これにて今回の試験の説明は完了する」

 

 やっと終わったか。櫛田に連絡をして情報を聞かねば。

 

「君たちは明日から、午後1時、午後8時に指示された部屋に向かえ。当日は部屋の前にそれぞれグループ名の書かれたプレートがかけられている。初顔合わせの際には室内で必ず自己紹介を行うように。室内に入ってから試験時間内の退室は基本的に認められていない。トイレ等は済ませていくように。万が一我慢できなかったり体調不良の場合にはすぐに担任に連絡し申し出るように」

 

 昼食後と夕食後の時間帯か。眠たくなりそうだな……。

 その後、禁止事項も軽く口頭で説明され、解散となった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は9時半。俺はラウンジで櫛田とテーブルを挟んで向かい合っていた。

 

「こんな遅い時間に悪いな」

「ううん。それで私を誘った理由ってなにかな?」

 

 そんなの櫛田のグループの情報を得るために決まってるじゃないか。

 

「櫛田のグループについて教えて欲しいんだけど」

「……だよね。うん」

 

 櫛田ががっかりしたような顔をしている。もしかして遊びたかったのだろうか。

 

「えっと、話が終わったら二人で適当にぶらぶらするか?」

「……いいの?」

「いいも何も俺から誘ってるんだけど」

 

 逆に今の俺と一緒にぶらついていいのかと俺が聞きたいくらんだけど。

 

「そ、そうだよね。うん、話が終わったら遊びに行こっか」

「ああ。それで櫛田は蛇グループなんだよな」

「そうだよ。爬虫類は苦手なんだよね」

 

 てへっと笑う櫛田。可愛いけど今はやめてね。

 

「そっか。それでグループの生徒はわかるか?」

「うん。部屋にメンバー全員を書いたメモがあるよ」

「後で写させてもらっていいか?」

「もちろん。界外くんのグループはどんな人たちがいるの?」

 

 櫛田に聞かれ、竜グループ全員の生徒の名前を説明した。

 

「なんか凄い人ばかりだね……」

「だな。各クラスのリーダー格ばかりだ」

 

 他の生徒で竜グループにいてもおかしくないとすれば一之瀬と坂柳くらいだろう。後は櫛田も入るか。

 

「だよね」

「だからDクラスに俺や堀北がいて、櫛田がいないのも少し疑問だな」

「そ、そんなことないよ……。私、自分がリーダーだなんて思ってないし……」

「櫛田が思ってなくても、実質女子のリーダーはお前か軽井沢の二人だと思うぞ」

 

 松下がそう言ってたし。堀北はスペック高いけど女子の友達一人もいないしね……。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいかも」

 

 頬を指で掻きながら照れる櫛田。

 

「それじゃそろそろ行くか」

「もういいの?」

「ああ。試験始まってからも話聞かせてくれると助かる」

「うん。全然話すよ。界外くんが都合いい時に誘ってね」

「助かる」

 

 俺と櫛田はラウンジを後にして、1時間ほど船内の施設を回りながら時間を潰した。

 時折、好奇な目が向けられるも、以前より大分減ったと思う。特別試験が始まることも影響しているのだろう。

 

「送ってくれてありがと。おやすみ」

「おやすみ」

 

 櫛田は胸元で手を振りながら自室のドアを閉める。

 送り届けたのはいいけど、ここって女子の部屋しかないフロアなんだよな。……よし、すぐ帰ろう。

 

「あ、界外くんだ!」

 

 誰にも見つからないうちに帰ろうとしたところ、一之瀬に声をかけられた。

 

「……一之瀬か」

「やほー。こんなところで何してるの?」

「櫛田と試験について話しててな」

「桔梗ちゃんと? 珍しい組み合わせだね」

 

 一之瀬も櫛田を下の名前で呼んでるのか。

 

「一之瀬は櫛田と友達なのか?」

「うん。言ってなかったっけ?」

「ああ。仲良さそうだな」

「お互い下の名前で呼ぶくらいにはね」

「そうだったのか。ま、仲良いのは何よりだな」

「だよね。……界外くん、この後少し時間ある?」

 

 まさかこの時間で一之瀬から誘われるとは。

 

「あるけど……時間大丈夫か? もう10時過ぎてるぞ」

「私は大丈夫。よかったら界外くんと話したいなと思ってね」

「そっか。それじゃカフェでも行くか」

「うん!」

 

 この時間じゃカフェくらいしかないよね。

 そういえば一之瀬も遊びの帰りだったのだろうか。まさか櫛田を送り届けて、一之瀬と遭遇するとは。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 10分後。カフェにやって来た俺と一之瀬はカウンター席に座っている。テーブル席も空いてるんだけど……。

 

「綾小路くんから聞いてるかな? 私、兎グループなんだよね」

 

 あいかわらず距離が近い。腕がくっついてる。

 

「聞いてる。俺は竜グループだ」

「神崎くんから聞いたよ。竜グループの人たち凄いよね。各クラスのリーダーが集まってる感じかな」

「ああ。……もしかしたら星之宮先生が気を使って、一之瀬を兎グループにしたのかもな」

「にゃはは。星之宮先生はそんな気遣い出来ないよ」

 

 そうなのか。一之瀬の星之宮先生に対する評価が案外辛辣で驚いた。

 

「でも私も竜グループがよかったな。界外くんがいるから」

「そ、そっか……」

 

 そんなストレートに言われると照れちゃうよぉ。……俺キモイな。

 

「界外くんは私がいなくて寂しい?」

「……そうだな」

「えへへ、嬉しいこと言ってくれるねー」

 

 俺が素直に答えると、一之瀬は非常に満足げな表情を浮かべている。

 そしてカウンターに乗せている俺の左手に、自身の右手を重ねてきた。

 

「……寮に帰ったら、またいつもの打ち上げしようね?」

「そうだな」

 

 そういえば無人島試験が終わったが打ち上げしてなかったな。

 

「それと……今回の試験は負けないからね」

 

 そう言うと、好戦的な目を向けてきた。

 

「俺も負けない。この試験でCクラスになる予定だからな」

 

 今回は無人島試験と違う。協力関係を結んでるBクラスとも戦うことになりそうだ。

 

「お互い頑張ろうね」

「ああ」

 

 好戦的な目を向けてくる一之瀬だけれど、重ね合った手がいつの間にか握られていた。しかも恋人繋ぎで。

 表情と手の動きが一致してないんだけど……。

 

「……一之瀬」

「なに?」

「手、指絡められて少し恥ずかしいんだけど……」

「え」

 

 一之瀬はゆっくり視線をカウンターに移す。そして……

 

「わああっ!?」

 

 どうやら無意識でやっていたようだ。無意識で恋人繋ぎされるとは……。

 

「ご、ごめん……」

「いや、別にいいんだけど。ただかっこつけた状態で手を握られるとは思わなかっただけだ」

「うっ……。界外くんがいじわるしてくる……」

 

 そりゃいじわるもしたくなる。きりっとした表情で、甘えるように手を握ってくるのだから。

 

「一之瀬は甘えん坊さんなのかな?」

「や、やめてよぉ……」

 

 からかい続けてると、一之瀬が涙目になってしまった。そろそろやめておこう。

 

「悪かった。冗談だよ」

「むぅ。界外くん、船に戻ってからちょっといじわるだよ!」

 

 頬を膨らませながら怒る一之瀬。可愛いだけで全然怖くない。

 

「だからごめんって。許してくれ」

「やだ」

 

 やばい。さすがにやり過ぎたかも……。

 

「……許してほしい?」

 

 ジト目で一之瀬が言う。

 

「ほしいです」

「それじゃ私の頭撫でて」

「え」

「私がいいって言うまで撫でてくれたら許してあげる」

「……ここで?」

「ここで」

 

 周りをゆっくり見渡す。幸い店内には数人の生徒しか見当たらない。

 

「……わかった」

 

 俺はそう言い、一之瀬の頭に手を乗せる。

 

「ん」

 

 一之瀬は頭を一撫でされて、気持ちよさそうに目を細めた。

 そういえば無人島では、俺が一之瀬に頭を撫でられたな。

 そう思い返しながら、彼女の綺麗な桃色の髪を薄硝子の人形でも撫でるようにそっと撫で続けた。

 

「……く……んぅ……んぁ……っ」

 

 指が耳に触れるたび、一之瀬が甘い声をあげる。

 やばい。エロい……。

 

「……もういいよ」

 

 何分撫で続けたのだろう。途中から撫でるというより、髪を弄っていただけなような気がする。

 

「ありがとう……」

 

 甘い吐息を吐きながら言う。

 

「界外くんにしてもらうの……すごく、気持ちよかったよ……」

 

 言い方に気をつけて! それだと誤解されちゃうから!

 

「……そっか」

「うん。そろそろ帰ろっか」

 

 なんで頭撫でたり、髪を弄っただけで、そんなエロい雰囲気醸し出してるんだよ……。いや、理由はわかってるんだけどね。恐らく一之瀬は耳が感じやすいんだろう。

 一之瀬を部屋の前まで送り届けたが、彼女は最後まで蕩けた表情をしていた。

 




4巻は主人公活躍させるつもりです
Aクラスのあの子も出るかも


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33話 彼女と見る星空


今日から3日連続投稿!


 朝食の時間。昨晩も訪れたカフェ『ブルーオーシャン』の奥のテーブル席に俺は座っていた。ほとんどの生徒はビュッフェに行ってるようで、店内は数人の生徒しかいない。

 

「おはよう」

 

 堀北が颯爽と現れた。

 

「おはよう」

「待たせてしまってごめんなさい」

「いや、約束の時間まで10分あるし大丈夫だぞ」

 

 俺も今来たばかりだしね。

 

「そう。それじゃ朝食を頼みましょうか」

「そうだな」

 

 俺と堀北は店員を呼び、モーニングセットを注文した。

 

「朝食が来るまで、昨日の続きを話しましょうか」

 

 昨晩の試験の説明後、俺と堀北と平田は試験について少し話をしたが、櫛田との約束があったので中断になっていた。

 

「まずグループの割り当てなのだけれど、あなたはどう思う?」

「まず竜グループにリーダー格を集めるよう仕向けているのは間違いないと思う」

 

 恐らく先生方は話し合って決めたのだろう。

 

「そうね。Bクラスの学級委員長である一之瀬さんは担任に気遣われ、他のグループになったと見ていいかしら」

「だろうな」

 

 一之瀬曰く、星之宮先生はそんな気遣い出来ないとのことだけどね。

 

「そろそろ所定の時間ね。本当にメールは来るのかしら」

 

 時刻が午前8時を迎えると、同時に互いの携帯が鳴った。すぐに届いたメールを確認する。ほぼ同時に内容を読み終え、互いに携帯の画面を見せ合う。

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人して自覚を持って行動し試験に挑んでください。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。竜グループの方は2階竜部屋に集合して下さい』

 

 俺と堀北の文章は全く同じだ。

 

「どうやら二人とも優待者には選ばれなかったようね。喜ぶべきか悲しむべきか」

「どうだろうな」

「この試験……優待者に選ばれたかどうかは大きな差よ。優待者以外の生徒は全員、優待者を見つけるために奔走しなければならない。それと学校側はデメリットがないと言っていたけれどそれは嘘。優待者が自分のクラスにいなければ、他のクラスと差が開く可能性は大きいもの」

 

 確かにDクラスが何も出来なくてもマイナスにはならない。しかしクラスポイントで大きな差をつけられることになってしまう。

 

「……あなたは、この試験の結果が見えていたりする?」

「まだ。まずは情報を集めないとな」

 

 とりあえず全グループのメンバーリストが欲しい。これは平田と櫛田あたりにお願いすれば集められるだろう。問題なのは優待者だな。うちのクラスに何人かいてくれればいいんだけど……。

 

「そうね」

「ま、今の俺は氷菓を見てるおかげで頭が冴えてるからな。期待しててくれ」

「期待する理由に根拠がないのだけれど……」

 

 どうやら俺がアニメにどれだけ影響を受けるのか堀北はまだわからないようだ。

 

「いい天気だな鈴音」

 

 不敵な笑みを浮かべながらやって来た二人組。

 Cクラスの龍園と伊吹だ。

 

「気安く名前で呼ばないで。それから……久しぶりね。下着泥棒の伊吹さん」

 

 堀北が挑発するように言う。

 

「……」

 

 挑発された伊吹は不服そうにしている。下唇を噛んでるのを見ると、龍園から噛み付かないよう命令されているのかもしれない。

 

「龍園くんも彼女に気をつけたほうがいいわよ。彼女、男子の下着を盗む変態だから」

 

 堀北が耐えている伊吹に追い打ちをかける。

 

「この……っ!」

 

 その露骨な挑発に、伊吹は苛立ちを隠せず詰め寄った。……なぜか俺に。

 

「お前の下着なんか盗んだ覚えはない!」

「つまり無意識に盗んでしまったと。そんなに俺のことが好きだったのか」

「殺してやる!」

 

 更に伊吹が詰め寄ってきたが、直前で思いとどまったようだ。

 無人島ではわからなかったけど、どうやら短気な性格のようだ。以前の須藤と同様に扱いやすそう。

 

「女にモテるな猿野郎。今日は鈴音と朝食か。一之瀬に飽きたのかよ?」

「言ってろ。それより何の用だよ?」

 

 朝から龍園の顔を見ることになるとは。

 

「昨日の様子を見ると、葛城は随分お前たちを警戒している様子だったな」

「無理もないわ。彼はDクラスの私たちにそれだけの力があるとは思っていなかったようだから」

 

 俺と堀北は社交性と協調性がないからDクラスなだけだ。それ以外のスペックはAクラス……いや、Sクラス並だと認識しておくんだな葛城。

 しかしAクラス、Bクラスとかって幽遊白書の妖怪のクラスみたいだな。個人的に躯の活躍をもっと見たかった……。

 

「だろうな。それに葛城のやつは敗因もわかってないだろうよ」

 

 つまり龍園はわかっているということか。

 

「なら説明してもらっていいかしら。正解していたら答えてあげるわ」

 

 堀北がそう言った。龍園は不敵に笑う。……不敵に笑うの好きだなこいつ。

 

「試験終了時、俺はお前の名前を書いたが結果は違っていた。その理由はただ一つ、試験終了前の段階でリーダーが別の誰かに替わっていたってことだ。これ以外にはない」

「それで看破したつもり? そんなことは少し考えれば誰でもわかることよ」

「続きを聞けよ。恐らくそこの猿野郎が企んだんだろ。伊吹に鈴音がリーダーだと認識させたことも、リーダーを替えたこともよ」

 

 大正解。本当はもう一人協力者がいるんだけどね。

 

「……正解よ」

 

 堀北が淡々を答えた。

 

「龍園。お前は二つミスを犯した。一つ目はスパイをDクラスとBクラスだけに送り込んだこと。二つ目は俺をCクラスのキャンプ地に招いたことだ」

「……ちっ、無線機か」

 

 今のでよく気づいたな。今回の試験は葛城より龍園の方が厄介になりそうだ。……いや、神崎もいるんだよな。厄介な敵ばかりじゃん。

 

「無線機ってどういうこと?」

 

 伊吹が聞いてきた。

 

「伊吹が隠していた無線機と同じものが龍園の近くに置いてあったんだよ。もちろんスパイだと気づいたのはそれだけじゃない。堀北に伊吹の鞄にデジカメが入っていたことも確認している」

「……は?」

 

 本当は漁ったのは綾小路なんだけど。ここは俺じゃなく同性の堀北の方が嫌悪感が少なくてすむだろう。

 

「クラスを追い出された生徒がデジカメを持つわけがない。持つとしたら理由はただ一つ」

「キーカードの撮影よ」

 

 俺の説明に堀北が続く。

 

「伊吹さんはまんまと私たちの作戦にはまってくれたってわけ」

「く……っ」

 

 またも悔しそうな表情を見せる伊吹。

 

「そしてなぜキーカードの撮影が必要だったのか。龍園に教えるだけなら撮影なんて必要ない」

「そうね。わざわざスパイまでして嘘の情報をクラスのリーダーに教える意味がないもの」

「堀北の言う通りだ。だから俺はAクラスとCクラスの関係を疑った。AクラスだけにCクラスの生徒が保護されていないのも気になっていたからな」

「つまり伊吹さんがキーカードを撮影したのは、Aクラスの人に証拠として見せるためだと考え付いたわ」

 

 ほとんど綾小路の手柄なんだけどね。

 

「なるほどな。だが一つ疑問が残る。Aクラスのリーダーをどうやって見抜いた?」

 

 龍園が問う。確かの今の説明だと不足している点だ。ちなみに堀北には、偶然綾小路がキーカードを持っている生徒を見たということにしている。

 

「別に見抜いたわけじゃない」

「あん?」

「見抜かなくてもリーダーがわかる方法が一つあるだろ。その方法こそお前が得意な戦法だと思うんだけどな」

「……坂柳派か?」

「ご名答」

 

 本当は全然違うんだけどね。恐らく龍園にもそのうち嘘だとばれるだろう。だがこれでいい。坂柳派が俺に自クラスのリーダーを密告した。この情報によって少しでもAクラス内の対立が激しくなればいい。俺の言ったことが嘘だとわかってても疑念は残る。これから先お互いの派閥が密告するとのではないかと。最初は小さなヒビかもしれない。だが徐々にヒビが広がっていけば崩壊する。ただでさえ入学当初から派閥争いをしているAクラスだ。他のクラスより効果的だろう。

 

「面白ぇ。俺が好む不意打ちやだまし討ちの類、その戦略を取って来る意外性。……気に入ったぜ猿野郎」

 

 お前に気に入られても嫌なんだけど。

 

「ククク。今回の試験も俺を楽しませてくれよ」

「なんで俺がお前みたいなクズを楽しませなきゃいけないんだよ。死ねよ」

 

 龍園と絡むと口調が汚くなってしまうな……。

 

「つれねぇこと言うなよ。葛城と一之瀬相手じゃつまらねぇと思ってたんだ」

 

 その言い方だと、一之瀬に手を出すことはなさそうだな。……計画通り。

 

「だったら坂柳はどうなのさ」

 

 そう言ったのは、俺ではなく伊吹だった。

 どうやら伊吹は、龍園の優先順位を知りたいようだ。

 

「あの女は最後のご馳走。今食うにはもったいないってだけだ。いくぞ伊吹」

 

 龍園は、伊吹を引き連れて去っていく。

 

「朝から嫌なやつに絡まれたな……」

「お疲れ様」

 

 俺がため息をつくと、堀北が労ってくれた。

 その後、朝食を済ませ俺と堀北は自室に向かっていた。

 

「もしかしたら俺たち、行動を見張られていたのかもしれないな」

「え」

「合流するにしてはタイミングが良すぎるだろ」

「……確かにそうかもしれないわね」

 

 見張りまでさせてるとなると、完全にDクラスを潰しにかかっているのかもしれない。

 ……もしかして、昨日の一之瀬との船内デートも見張られていたのか? 頭なでなでしてるの見られてたらどうしよう……。

 

「話し合いは部屋で行った方がいいわね」

「そうだな」

「あなたが茶柱先生に与えられた個室はどうかしら?」

「あの部屋は駄目だ。あくまで勉強部屋として与えられている。勉強以外の使用や他の生徒を招きいれるのは禁止されてるんだよ」

「……そう。ならお互いの部屋で話すしかなさそうね」

 

 俺の部屋はリーダーの平田、暗躍者の綾小路、自称データベースの博士がいる。話し合いをするならもってこいの面子だ。

 

「話し合いをする時は俺の部屋にしよう」

「ええ」

 

 その後、堀北を部屋まで送り届け、俺は自室に戻った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は12時50分。指定された部屋に入室したところ、誰もおらず一番乗りのようだ。

 室内には円卓のように並べられた椅子が見受けられる。テーブルは部屋の端っこに置いてあった。

 

「席順の指定もないようだから適当に座っていいみたいだな」

「そうね」

「そうみたいだね」

 

 俺がそう言い、椅子に腰をかけると堀北と平田も順に座っていく。

 この椅子、座り心地が悪い。お尻が痛くなりそうだな……。

 

「もう来てたのか。早いな」

 

 俺が椅子に不満を抱いてると、神崎たちBクラスの三人が入室してきた。

 

「さっき来たばかりだ。神崎たちとそう変わらないぞ」

 

 神崎は「そうか」と言い、俺の右隣の椅子に腰を下ろした。ちなみに左隣には堀北と平田が順に座っている。またもや堀北逆ハーレムの構図が出来たぞ。これで葛城が堀北の正面の椅子に座ってくれれば完璧だな。

 

「界外。お前はこの試験どう見る?」

 

 神崎が聞いてきた。

 

「情報がなさ過ぎて何とも言えないな」

「そうだな。……それより大丈夫なのか?」

 

 どうやら神崎も俺と一之瀬の悪評の件を心配してくれてるようだ。

 

「問題ない」

「ならいいんだが。一之瀬の方は心配しなくていい。クラスの数人の女子が守ってくれている」

 

 白波さんと網倉さんのことかな。その二人が傍にいれば大丈夫だろう。

 その二人がいなくなる試験時が心配だ。後で綾小路に聞かないと。

 

「そっか。迷惑かけるな」

「謝る必要はない。お前たちは悪いことをしたわけじゃないんだ」

 

 やだこの人イケメン過ぎる。そう言えば佐藤がうちのクラスの女子に神崎狙いがそこそこいるって言ってたな。

 俺が神崎に見惚れてると、続々と竜グループのメンバーが入室して来た。葛城と龍園は俺を一瞥して椅子に座る。どうやら大分俺を意識してくれてるようだ。

 

『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』

 

 簡潔で短いアナウンスが流れる。……いや、短すぎない? もう少し指示出してくれよ。

 案の定、状況も周りのメンバーもよくわからないグループ内で誰も率先して話そうとしない。

 

「えっと、とりあえず学校からの指示通りに自己紹介はした方がいいんじゃないかな」

 

 その嫌な空気を変えようと平田が声を発した。けれど皆の反応が悪い。

 

「平田の言う通りだな。この部屋に監視カメラは見当たらないが、音声を拾うマイクがセッティングされてる可能性もある。不利にならないよう最低限自己紹介だけでもした方がいいと思う」

「確かにその可能性はあるな。葛城、龍園、どうだ?」

 

 俺が平田の援護射撃をすると、神崎が同調し、葛城と龍園に問う。

 

「……そうだな。自己紹介だけはしておくか」

 

 葛城がそう言う。自己紹介だけということは、会話する意思はないということだろうか。

 

「面倒くせぇな」

 

 龍園がぼやく。しかし顔を見る限り、渋々受け入れてるように見える。

 平田との自己紹介を皮切りにぐるりと一周自己紹介が始まった。と言ってもほぼ全員が名前を言うだけの非常に寂しい自己紹介になってしまったわけだけど……。

 自己紹介が終わり、再び静寂の時間が訪れた。誰か進行してくれないだろうか。

 

「平田、この後どうする?」

 

 無音に耐え切れず、平田に問いかける。

 

「そうだね……。僕としてはみんなと協力し合って、結果1を追い求めたいと思うんだけど、どうかな?」

 

 ちなみに平田の発言は嘘だ。俺たちDクラス三人に優待者はいなかった。なので俺たちは結果3を追い求めることにした。つまりクラスポイントを獲得を目指すということだ。

 

「俺は平田の意見に肯定だ。グループとして組む以上協力するのは必須だろう」

 

 神崎が平田に賛同する。後二人のリーダーはどう答えるやら。

 

「確かに平田の言う通りだろう。だが俺たちAクラスは全員沈黙させてもらうことにする」

 

 葛城は本当に自己紹介以外に会話に参加する気がないようだ。

 

「葛城くん、それはどういう意味かな?」

「俺は余計な話し合いをせず試験を終えることが最善だと思っている」

 

 葛城が堂々と言う。

 

「この試験で絶対に避けたい結果は、裏切り者を生み出すことだ。裏切り者が正解しようと失敗しようと、どちらにせよ敗北だ。だがそれ以外の答えの場合はどうなる?」

「……マイナス要素が存在しない、ということかしら」

 

 葛城の問いかけに堀北が答える。

 

「そうだ。残り2つの結果にはデメリットがない。クラスポイントが詰まることも開くこともない。そのうえ大量のプライベートポイントが手に入る。下手に話し合い、周囲の面々を優待者と疑い、過ちを犯す方がよほど危険だと思わないか」

「ある程度の有効性は認めるわ。けれどどこかのクラスに優待者が固まっていたら? 数百万のポイントがそのクラスに流れ込むことになるわ。クラスポイントには影響ないけれど、プライベートポイントの重要性はみんな気づいてるはずよ」

 

 俺は静かに葛城と堀北のやり取りを聞いている。

 

「少し考えればわかることだが、学校が不公平な振り分けを行うはずがない。試験開始前に公平性を嫌というほど、強調していた。前の試験でも公平さは保たれていただろう。 どのクラスも平等なスタートであることは疑う余地がない」

 

 話が長い……。

 

「あー、もういい。ようはAクラスと他のクラスとの差を縮めて欲しくないだけだろ」

「それは――――」

「卒業までに、何回特別試験が行われるかわからない。試験のたびに葛城が提案した作戦を続けたら、最終的なクラスの位置も変わらない。俺たちは貴重なチャンスを棒に振るつもりはないぞ」

 

 特別試験以外にクラスポイントを増やす機会もあるんだけど黙っておく。

 

「俺も同意見だ。Aクラスに逃げ切りを許すつもりはないからな」

 

 神崎が続く。俺たちよりBクラスである神崎がこの中で一番Aクラスを追い越したい気持ちが強いだろう。

 

「なら反対というわけか。先に言っておくが、既にAクラスの方針は固まっている。話し合いには応じない」

 

 坂柳派も同じなのだろうか。後で確認しないと。……確認事項ばかり増えて嫌になってくるな。

 

「はっ、前回の試験で惨敗してビビっちまったのか?」

 

 龍園が挑発するように言った。

 

「そう捉えてもらって構わない」

「つまんねぇ奴だな。そんなんじゃ坂柳に勝てないぜ?」

「……お前には関係ないだろう」

 

 冷静を装ってる葛城の眉間に一瞬皺が入ったのを俺は見逃さなかった。どうやら坂柳と葛城は俺が思っている以上に犬猿の仲のようだ。

 

「龍園くんはどうかな?」

「俺は人に指示されるのが好きじゃねぇんだ。喋りたいときに喋る」

 

 平田の問いかけに、だるそうに龍園が答える。

 

「そっか。それじゃ発言したいときは遠慮なく発言してくれると助かるよ」

 

 勝者の余裕だろうか。平田が大人の対応を見せる。

 

 結局話にまとまりが生まれることもなく、1時間が経過した。自由にしてよいというアナウンスが流れ解散可能な状態となる。

 

「先に失礼する」

 

 すぐにAクラスの面々は固まって部屋を後にした。

 龍園たちCクラスも続けて部屋を出ていく。

 

「僕たちも帰ろうか」

「そうだな」

 

 平田に促され俺たちDクラスも部屋を後にする。

 神崎たちはまだ残るようだ。

 

「とりあえず作戦会議でもするか」

「そうね。場所はあなたの部屋でいいのよね?」

 

 隣を歩く堀北が問う。

 

「ああ。正確には俺たちの部屋だけどな」

「……どうやら他の人たちも来るみたいだよ」

 

 携帯を弄りながら平田が言う。今は少しでも情報が欲しいので助かる。それに平田と櫛田にお願いすることもある。

 部屋に戻ると既に綾小路と博士が戻っていた。そして二人と同じグループの幸村もいる。ちなみに博士は堀北の姿を見て小さく悲鳴をあげていた。

 5分ほどして櫛田も部屋にやってきた。

 

「ごめんね。遅くなっちゃった」

「そんなことないよ。来てくれてありがとう」

 

 平田がイケメンスマイルで言う。

 

「呼び出して悪かったな」

「ううん。私も界外くんたちに報告しようと思ってたから、気にしないで」

 

 櫛田はそう言うと、ベッドに座っている俺の右隣に腰を下ろす。左隣に座る堀北から怒気が感じられるのは無視しよう。

 

「それじゃ面子も揃ったことだし、始めようか」

 

 Dクラスの一部の生徒による作戦会議が開始された。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「なるほど。どうやら葛城の言ってたことは本当のようだな」

 

 幸村から兎グループのAクラスの面々も話し合いに参加しない方針であることが明かされた。

 

「蛇グループも同じだよ。全く会話に参加する意思はない感じだね」

 

 櫛田のグループも同じ。無人島試験で失敗を犯した葛城だが、どうやら統率は取れているようだ。

 けれど葛城の底は知れた。恐らく前回の失敗を踏まえて作戦を立てたのだろう。過去の失敗を引きずる奴なんて俺の敵じゃない。

 対して龍園は前回の失敗を気にしていない。むしろ楽しんでいると言ってもいい。……龍園を敵にするのは案外疲れるかもな。

 

「界外くん。あの場ではみんなで協力し合うと言ったけど、優待者を探し出して、他のクラスなら裏切るという方向でいいんだよね?」

 

 平田が確認してきた。

 

「そうだな。確かに大量のプライベートポイントも大事だが、一番大事なのはクラスポイントだ。目標は今回の試験でCクラスに昇格することだ」

「俺も界外の意見に賛成だ」

 

 珍しく俺と幸村の意見が一致した。

 

「前にも言ったと思うが、俺は一日でも早くAクラスに昇格したい。なので今回の機会を棒に振りたくない」

 

 お、今回の幸村はなんか頼りになりそうな予感。

 

「そうね。私も界外くんの意見に賛成よ」

「拙者もでござる。Aクラスで卒業して、ラノベ作家になって、声優と結婚するでござるよ!」

 

 堀北、博士と続けて同調する。

 それよりAクラスで卒業すれば好きな出版社と契約出来るのだろうか……。

 

「みんな結構野心的なんだね」

「櫛田さんはどうかな?」

 

 平田が櫛田に問う。

 

「うん。私もAクラスになれるならなりたいし……界外くんに賛同するよ」

 

 俺の顔を覗きこみながら微笑む櫛田。

 確かにこんな笑顔を見せられたら池が惚れるのも仕方ないな。

 

「綾小路くんはどうかな?」

「オレもみんなと同意見だ」

 

 平田の問いに綾小路が答える。

 

「それじゃみんなの意見が確認出来たということで、今回はこれでお開きにしようか」

 

 平田がそう言うと、幸村と堀北はすぐに部屋を後にした。

 

「それじゃ私も部屋に戻ろうかな」

「櫛田はちょっと待ってくれ」

 

 立ち上がろうとする櫛田の裾を引っ張り制止する。

 

「実は櫛田と平田にお願いしたいことがあるんだ」

「僕たちに?」

「なにかな?」

 

 平田、櫛田が順に聞いてくる。

 

「Dクラスの優待者に名乗りをあげるよう呼びかけしてもらいたいんだ」

 

 葛城の言うとおり、平等であればDクラスにも3~4人は優待者がいるはずだ。その優待者がわかれば、他のクラスの優待者が誰なのかわかるだろう。優待者を導き出す法則が必ずあるはずだ。

 

「わかった。チャットで呼びかけてみるよ」

「私も」

「助かる。それと平田は女子に、櫛田は男子に呼びかけてくれ」

 

 そっちの方が名乗り出る人が多そうな気がする。

 

「わかったよ。幸い女子なら堀北さん以外の連絡先ならわかるから」

「私も男子なら全員知ってるよ」

 

 さすがトップクラスのコミュ力を持つ二人だ。

 

「優待者がわかったら界外くんに報告すればいいかな?」

 

 櫛田が問う。

 

「そうだな。よろしく頼む」

「うん! 私、頑張るね!」

「お、おう……」

 

 呼びかけするだけだからそこまで頑張らなくてもいいと思うけど。

 

「それじゃ部屋に戻るね」

 

 櫛田はそう言い、自室に戻っていった。

 残ったのはこの部屋に割り当てられた四人。

 

「さてと、博士わかってるな?」

「もちろんでござる」

 

 作戦会議は終わった。これから優待者を探すため頭を使って考えなければならない。ならば俺たちがやるべきことは一つ。

 

「氷菓の続きを見よう」

「でござるな」

 

 俺たちがそう言うと、平田が思いっきりずっこけた。綾小路はやれやれという表情をしている。

 

「な、なんでアニメを……」

「愚問だぞ平田。今回の試験は頭を使う。なので氷菓を見て頭をもっと冴えるようにするんだ」

「ぐふふ。拙者、気になるでござる」

 

 博士がそれ言っても萎えるだけだな。

 平田が心配そうな顔で見てくる。

 

「そう心配するなよ。優待者がわかれば、すぐに法則性がわかるはずだ」

「拙者はデータベースなので答えは導きだせないので界外殿に任せるでござるよ」

「そ、そう……。それじゃ僕は軽井沢さんに呼び出されたから行ってくるよ」

 

 平田は困り顔をしながら部屋を後にした。

 

「綾小路も一緒に見るか?」

「……そうだな。やることもないから見させてもらうか」

「あ、思い出した! 綾小路に聞きたいことがあったんだ」

「なんだ?」

 

 俺は綾小路に一之瀬の様子を伺った。彼女はあの噂を気にすることもなく進行役をしているとのことだった。どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。

 その後、夕方まで三人で氷菓を見続けた。氷菓の主人公と綾小路って少し似てるよね。無気力男子って言えばいいのだろうか。

 途中、櫛田から自分が優待者だとチャットが届いた。あの場で言ってもらってもよかったんだけど……。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は夜8時10分。

 Aクラスは2度目の集まりでも話し合いには一切参加しなかった。全員腕を組んでだんまりを決め込んでいる。俺みたいに本を持ち込んで読書でもすればいいのに……。

 

「界外。さっきから何の本を読んでいるんだ?」

 

 神崎が本を覗き込みながら聞いてきた。

 

「北欧神話の本だよ」

「北欧神話?」

「ああ。10月から禁書3期が放送されるから、予習みたいなものだ」

 

 禁書には北欧神話が欠かせないからね。3期の範囲にはあまり関わらないかもだけど。

 

「禁書?」

「アニメだよ」

「そ、そうか……」

 

 どうやら引かれてしまったようだ。左隣の堀北もため息をついている。くそ、この場に一之瀬か博士がいてくれたら、「最近は雷神トールが熱いよね」とか盛り上がるのに……。

 

「はっ、まさかアニメオタクだったとはな。気持ち悪い野郎だぜ」

「そんなアニオタに惨敗したのは誰だろうな負け犬の龍園くん」

「あ?」

「お?」

 

 不良とアニオタが睨みあう。人の趣味を貶しやがって。てめぇは早く髪の毛切って、バスケ部に戻りやがれ。

 

「界外くんも龍園くんも不毛な争いはやめるんだ」

 

 平田に注意されてしまった。……安い挑発に乗ってしまった。

 

「……わかったよ」

「ちっ」

 

 龍園も引いたようだ。次にアニメを馬鹿にされても我慢しよう。

 そんなこんなで1時間が経過した。今日も試験が終了するとすぐにAクラスは部屋から出て行った。Cクラスも続けて出て行く。

 

「まったく進展がないね」

「そうだな。思ったより大変な試験になりそうだ」

 

 平田と神崎がため息をつきながら言う。

 

「恐らくこのまま単純に話し合いを続けても、誰も素直に優待者とは認めないだろう。このまま平行線が続くようなら、最悪Aクラスの思惑通りに動くのも一つの手かもしれない」

「神崎くんの言う通りだね。でも諦めないで頑張ろう」

「ああ。とりあえず今日は終わりだ。先に失礼する」

 

 神崎はそう言うと、他の二人を連れて部屋を出て行った。

 

「僕たちも帰ろうか」

「そうだな」

「そうね」

 

 部屋に残ってもすることがないので、俺たちも神崎に続いて部屋を後にした。

 部屋に戻る途中で松下と遭遇したが、目を合わすだけでお互い話しかけることはなかった。理由は、事前に松下から人前で話しかけないよう言われてるからだ。今の状況の俺と話してると変に目立ってしまうからね。こういう松下のドライなところ結構好きだったりする。

 

 夕食とシャワーを済ませ、俺は勉強部屋にこもっていた。

 

「呼びかけに応じたのは櫛田と南だけか……」

 

 そう。俺は夕食後に櫛田から南も優待者であると報告を受けていた。ちなみに櫛田と南が優待者と知っているのは同部屋の三人と堀北のみ。堀北も俺と同様に法則性を考えると言っていた。

 優待者。後一人か二人はいると思うんだが、名乗り出ないのであれば仕方がない。

 とりあえず法則性は導きだせた。けれど二人だけだと心許ないんだよな……。せめて五人は欲しいけど、他のクラスの優待者が教えてくれるはずないしな。

 ……いや、ここは勇気を出して攻めるべきか。

 

「難しいな……」

 

 そうぼやいてると、携帯に学校からの通知が届いた。

 まさかもう裏切り者が出たのか!?

 

『猿グループの試験が終了いたしました。猿グループの方は以後試験に参加する必要がありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動して下さい』

 

 俺はすぐに猿グループのメンバーリストを確認する。そこには真っ先に裏切りそうな生徒が一人いた。

 

「高円寺か」

 

 もちろん高円寺がメールを送ったのを見たわけではない。けれどこんな行動を起こせるのは高円寺だけだ。

 恐らく拘束されるのを嫌ったのだろう。

 もし猿グループが結果3になれば、高円寺は優待者の情報もなく、この法則性に辿り着いたということになる。……高円寺も協力的ならあっという間にAクラスにいけそうな気がするんだけどな……。嘆いても仕方ない。

 今頃、全生徒が驚いてることだろう。まさか初日から裏切り者が出るなんて誰も思わなかったと思う。 

 

「……そうだよな。守りに入ってもしょうがないよな」

 

 そうだ。何をびびっていたんだ俺は。守りに入った葛城を酷評してたじゃないか。

 もし間違っていても150クラスポイントなら挽回できる。

 明日、綾小路たちに報告しよう。

 

「さて部屋に戻るか」

 

 ベッドから起き上がった瞬間、再度携帯の着信が鳴る。堀北から電話だ。

 

「もしもし」

「通知届いた?」

「届いたぞ。恐らく高円寺だろう」

「……彼ならやりかねないわね」

 

 納得したような諦めたような口調で堀北が言う。

 

「そういえば堀北は法則性わかったか?」

「恐らく」

「それじゃ明日答え合わせをしよう」

「界外くんもわかったのね」

「まぁな」

 

 綾小路も恐らく法則性を導きだしてるだろう。あいつは俺より頭が切れる。

 

「それじゃまた明日な」

「ええ。おやすみなさい」

 

 堀北との通話を終え、勉強部屋を出る。

 時刻はもう11時半。そろそろ寝ないといけない。

 ……今日は一之瀬と会えなかったなぁ……。

 

「ま、試験中だから仕方ないか」

 

 俺はそう自分に言い聞かせ、自室に向かった。

 部屋に戻ると平田は電話の対応に追われていた。恐らくクラスメイトから問い合わせが沢山入ってるのだろう。

 博士は既に眠りの世界に旅立っている。

 

「大変そうだな、平田」

「ああ。もう20分以上あのままだ」

 

 平田に聞いても、平田が裏切ったわけじゃないから意味ないと思うんだけどな。

 

「綾小路はまだ寝ないのか?」

「そろそろ寝ようと思っていたところだ」

「そっか。……法則性はわかったか?」

「一応な。その様子だと界外もわかったようだな」

「まぁな。ちなみに堀北もわかったようだぞ」

「……そうか。堀北も」

 

 少しだけ目を見開く。堀北だってやれば出来る女の子なんだぞ。

 

「これからどうするかは明日話すよ。俺も眠いからもう寝る」

「わかった。おやすみ」

「おやすみ」

 

 俺と綾小路は同時にベッドに横になった。

 ……駄目だ。眠れない。携帯の画面を見ると0時半を過ぎた頃だった。何でこんな寝付けが悪いのだろう。一之瀬不足なのだろうか。

 

「……気分転換に夜の海でも見に行くか」

 

 皆を起こさないようにそっと部屋を出る。

 船外のデッキに着くと、そこには満天の星空が、視界一杯に広がっていた。

 

「綺麗だな」

 

 この星空を一之瀬と一緒に見たかった……。

 周りを見渡すと少数ではあるが男女の生徒が手を取り合ったり肩を組み合ったりして同じ星空を見上げていた。

 

「寂しい……」

 

 この場に一人でいるのが虚しくなってきた。……帰ろうかな。

 

「あれ? 界外くん……?」

 

 踵を返そうしたところで、声をかけられた。

 

「その声は……櫛田か?」

 

 闇から浮かび上がってきたのは櫛田だった。驚いた顔で俺を見ている。

 

「そうだよ。界外くんは一人?」

「ああ。なんだか眠れなくてな」

「私も一人だよ。二人とも独り身だね。ちょっと肩身が狭かったから嬉しいかも」

 

 櫛田はそう言いながら、傍に寄ってきた。

 お風呂から上がって間もないのか、心地よい香りがする。

 

「櫛田が一人なんて珍しいな」

「そうかな?」

「いつも誰かしらと一緒にいるイメージがある」

 

 櫛田が一人で行動してるのを始めて見たかもしれない。

 

「私もたまには一人で行動するよ。それにこんな時間だしね」

 

 時刻は0時半。大半の生徒は寝ている時間帯だ。俺も通常なら眠りの世界の住人になっている。

 

「そっか。……あれだな。綺麗な星空だな」

「うん。こんな素敵な光景を見れただけで、旅行に来た甲斐があったかも」

 

 微笑みながら櫛田が言う。けれどその笑顔はいつもよりどこか儚げに見える。

 

「そうだな。東京じゃこんな夜景見ること出来ないもんな」

「だよね。もしよかったら暫く一緒に夜景を楽しまない?」

「いいぞ」

 

 俺は櫛田は並んで夜空を見上げる。

 

「……私たちもカップルに見えるのかな?」

「男女が一緒に夜景を見てたら、そう見られる可能性は高いだろうな」

 

 どうせ他のカップルたちは自分たちの世界に入って、周りなんて見えてないだろう。

 

「ま、俺とカップルに見られても困るだろうけど」

「そんなことないよ!」

「え」

「そんなことない」

 

 櫛田が俺を見据えて力強く言う。

 

「そ、そっか……。ありがとう」

「ううん。大きな声出しちゃってごめんね」

「いや、別にいいけど……」

 

 なんか気まずい雰囲気になってしまった。……そろそろ帰るか。

 

「櫛田。眠たくなってきから部屋に戻るよ」

「え」

「また明日な」

「ま、待って―――――――――――――」

 

 何を思ったのか櫛田が胸元に飛び込んできた。ジャージ越しとはいえ豊満な胸の感触を感じる。

 

「……ど、どうしたんだ?」

 

 なんで櫛田に抱きつかれてるのだろう。理解不能な展開に困惑する。

 

「……ごめん。なんか急に、その……一人になるのが寂しくなっちゃったのかも」

 

 胸元で櫛田が囁く。何分経っただろう。櫛田は無言で俺の胸元に顔を埋め続けた。そしてゆっくりと距離を取る。

 

「ご、ごめん。界外くんに抱きついちゃったりして……」

「あ、ああ……」

 

 暗がりで櫛田の顔色は伺えなかったが、心なしか赤いような気がする。

 俺が櫛田を見つめてると、彼女はポケットから携帯を取り出した。

 

「……界外くん、私、そろそろ行くね。今からCクラスの人と会うことになっちゃった」

 

 今からかよ。遅すぎるだろ。

 

「そうか。あんま夜更かししないようにな」

「うん。……界外くんも一緒に来る?」

「いや、なんでだよ」

 

 なぜ俺も一緒に会わないといけないんだろうか。

 

「あはは、だよね。それじゃおやすみなさい」

「おやすみ」

 

 櫛田はゆっくりと歩きだし、デッキを後にした。

 取り残された俺は、櫛田の胸の余韻に浸った。

 それよりさっきの櫛田の表情……

 

「なんか泣きそうな顔してたな……」

 

 恐らく俺の気のせいだろうけど。恐らく眠たくてあくびでも我慢していたのだろう。

 その後、部屋に戻る途中で綾小路と遭遇した。綾小路も眠れなかったようだ。




クラスポイント一覧

Aクラス:1124
Bクラス: 823
Cクラス: 342
Dクラス: 327


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34話 綾小路は影が薄い

祝20万UA突破!
いつもありがとうございます!


 翌朝。俺はビュッフェレストランに足を運んでいた。

 店内には多くの生徒で溢れかえっている。そんな店内の中で俺は一人ぽつんと寂しく朝食をとっている。

 昨日、一緒に朝食をとった堀北は松下たちと朝食を食べている。あの堀北が他の女子と飯を食べる日が来るなんて感無量である。

 しかし、昨日は驚いた。まさか櫛田に抱きつかれるとは……。櫛田のおっぱいのせいで余計寝付けなくなってしまった。正直眠たくて仕方がない。

 

「界外くん、おはよー!」

 

 顔を上げると、トレイを抱えた一之瀬が立っていた。

 

「お、おはよ……?」

「なんで疑問形なの? 一緒に朝食食べよ」

 

 一之瀬はそう言うと、向かいの椅子に腰を下ろした。

 まさか朝一で一之瀬と話せるとは思ってなかった。おかげで眠気がすっ飛んだ。

 

「いただきまーす」

 

 両手を合わせながら一之瀬が言う。

 

「うん! 美味しい!」

 

 本当に美味しそうな表情をする。いつか俺の料理で同じ表情をさせたいものだ。それより……

 

「いいのか?」

「なにが?」

「いや、今試験中だろう。他クラスである俺と一緒にいていいのかと思って……」

 

 てっきり試験中だから昨日俺と会わなかったのかと思ったんだけど。

 

「それって今更じゃない? 無人島試験なんて毎日一緒にいたでしょ」

「確かに」

「本当は昨日だって会いたかったんだよ? ただ、試験初日なこともあってクラスメイトの相談に乗ってたら、いつの間にか深夜になっちゃって……」

 

 明らかにしょんぼりとした表情をする一之瀬。

 

「だから今日は界外くんと一緒に朝食をとろうと思って。……駄目だった?」

 

 一之瀬が不安そうに聞く。

 

「全然駄目じゃない。むしろ朝から一之瀬と話せて元気が出たまである」

「ホント? よかった。それじゃ明日も一緒に朝食とろっか?」

「クラスメイトはいいのか?」

「うん。むしろクラスメイトから勧められたというか……」

 

 そう言いながら苦笑いする。誰か勧めたのかわからないけど感謝する。あなたに神のご加護がありますように。

 

「そうだ。昨日の猿グループの試験終了の通知来たよね?」

「もちろん」

「まさか初日から裏切り者が出るなんて予想外すぎるよー」

 

 だろうね。予想外の男、その名は高円寺。

 

「龍園と葛城も驚いてるだろうな」

「あの二人の驚いてる姿は想像出来ないけどね」

 

 葛城は無人島試験の結果発表の時に物凄い驚いた表情をしてたけどね。

 

「そういえば界外くんはその二人と同じグループなんだよね」

「ああ。その二人が全く話し合いに参加しないから困ったもんだよ」

 

 ま、その話し合いも今日で終わりだけどな。

 

「そっか。でも界外くんなら、何かしらの方法で優待者を見つけだすんじゃない?」

「期待に応えられるよう頑張る」

「にゃはは。今回ばかりは頑張って欲しくないかも」

 

 悪いな、一之瀬。今回も頑張らせてもらうぞ。

 それより相変わらず視線が気になるな。試験中なので少しは落ち着くかと思ったけど……。やはり二人一緒にいると注目されてしまうのか。

 

「どしたの?」

「いや、何でもない」

「そう? ならいいんだけど……」

 

 あまり納得していない表情だな。ここは話題を変えるか。

 

「一之瀬。実は昨日眠れなくて深夜にデッキに行ったんだけどさ」

「うん」

「綺麗な夜空が見れたんだよ」

「そうなの?」

「ああ。……もしよかったら今夜一緒に見ないか?」

 

 昨日夜空を見ながらずっと思ってた。一之瀬と一緒に見たいと。

 

「見る!」

 

 大きめの声で一之瀬が答えた。

 

「ちなみに界外くんは一人で見たの?」

「…………ああ」

 

 本当は櫛田と二人で見たんだけど。ここは一人で見たと言った方がいい気がする。

 

「なに今の間は?」

 

 ジト目で一之瀬が見てくる。

 

「何でもないぞ」

「ホントに?」

「ああ。カップルばかりで肩身が狭かったし」

「……わかった。それじゃ今夜は一緒に夜空を見ようね」

 

 どうやら信じてくれたようだ。ひと安心ひと安心。

 一之瀬と甘い時間を過ごしていると、昨日と同じ男が近づいてきた。

 

「よう猿野郎。今日は一之瀬か。女をとっかえひっかえして、いいご身分だな」

 

 龍園だ。一人不気味な笑みを浮かべて近づいてくる。

 

「ああ。負け犬のお前と違っていいご身分なんだよ」

「だそうだ、一之瀬。この男に捨てられないように気をつけろよ」

「ご忠告ありがとう。龍園くんも彼に負けないように気をつけてね」

 

 龍園の挑発を挑発で返す。

 

「噂通りのバカップルのようだな。それより優待者を見つけ出す算段はついたか?」

「どんな考えを私がしてるにせよ、龍園くんに聞かせるつもりはないよ」

「それは残念だな。猿野郎はどうだ?」

「同じくお前に聞かせる理由はない。……それとも自分じゃ考えられないから、俺の考えが聞きたかったのか?」

 

 歪んだ笑みを浮かべながら言う。……やべぇ、一之瀬の前でやっちゃいけない表情をしてしまった。

 

「かもな。……ただ、その様子じゃ優待者の絞り込みは進んでないように見えるな」

「その言い方だと、龍園くんは優待者が誰なのかわかってるように聞こえるけど」

 

 龍園はその言葉を待っていたかのように余裕の笑みを見せた。

 

「優待者の正体は既に分かり始めている。そういえば信じるか?」

 

 つまり龍園はクラスの優待者を把握しているということか。独裁者の龍園が優待者を確認する方法。龍園が平田や櫛田みたいに呼びかけして優待者が名乗り出るのを待つとは思えない。なら思い当たる方法は一つだ。

 

「……お前、クラス全員のメールを見ただろ?」

「ご名答」

「え、そんなのあり?」

 

 一之瀬が驚きながら言う。

 

「ありだな。もちろん他クラスの生徒の携帯を無理やり見たなら禁止事項に触れる。けど同じクラスなら問題ない。誰も訴えさせないようにすればいいだけだ」

「ククク。俺のことよくわかってるじゃねぇか。お前、本当は俺と同じ人種だろ?」

 

 馬鹿言え。俺は女子を殴ったりしない。……頭をはたいたことはあるけど。

 

「お前と一緒にするな」

「どうだろうな。てめぇも本当は独裁者なんだろ? 俺にはわかるんだぜ」

 

 確かにバスケとバレーをしてた時はそうだったかもしれない。

 

「そういえば猿グループが昨日終了したけど、そのことについて思うことはないのかな?」

 

 話題を変えるように一之瀬が問う。

 

「特にないな。雑魚どもが何をしていようと知ったことじゃない。またな猿野郎」

 

 龍園はそんな言葉を残して去っていった。

 

「二日連続で朝食で龍園に絡まれるとは……。不幸だ……」

「昨日も絡まれたの!?」

 

 またもや驚いた表情で一之瀬が聞いてきた。

 

「ああ。どうせ話し合いでも顔を合わせるんだから。あいつ、俺のストーカーなのかな?」

「それは笑えない冗談だよ……」

「だよな。一之瀬も悪かったな」

「ううん。ていうか龍園くん、私は眼中になかったと思うよ」

 

 確かに挨拶も俺にしかしてなかった。どうやら俺は龍園に完全にロックオンされたようだ。

 言葉は悪いが一之瀬が龍園の眼中にないのはいい傾向だ。このまま一之瀬に手を出させないまま、龍園を潰す。そしてCクラスに昇格する。

 朝食を済ませた俺たちは、お互いの部屋へと戻っていった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 一之瀬と別れてから30分後。俺は自室に堀北を呼び出していた。

 

「答え合わせの前に聞かせて。猿グループの試験を終わらせたのは高円寺くんで間違いないのよね?」

「うん。彼の同室の幸村くんに聞いたんだけど、幸村くんの目の前でメールを送ったらしいよ」

 

 堀北の問いに平田が答える。

 

「……そう」

「ま、優待者が当たってることを願うしかないな」

 

 高円寺もそこまで馬鹿じゃないだろう。優待者の法則性を導き出してメールを送ったに違いない。……多分。

 

「そうね。それじゃ本題に入りましょうか」

「本題ってなにかな?」

 

 そういえば平田にはまだ言ってなかったんだった。

 

「多分だけど、優待者の法則性がわかった」

「本当かい!?」

 

 平田が驚きながら言う。

 

「ああ。堀北もわかったみたいだから、答え合わせしようと思って、呼び出したんだ」

「そうだったんだ。……教えてくれるかな?」

「わかった。俺から言っていいか?」

「ええ」

 

 堀北の了承を得たので説明を始める。

 

「まずなぜ干支の動物で12グループに分けたのか」

「それは一番メジャーだからじゃないかな」

「平田の言う通りだ。ただ他にも十二使徒とかあるだろ」

 

 むしろ十二使徒の方が中二病的にカッコいい。……いや、もう卒業してるんだけどね。

 

「最後の晩餐だっけ?」

「ああ。それにグループを分けるならアルファベッドや数字でもよかったはずだ」

「確かにそうだね」

「だから俺は干支の動物で12グループに分けた理由を考えた」

 

 そこに何かしらの理由があるはずだと俺は思ったのだ。

 

「そして真嶋先生が言っていた言葉。『クラス分けの関係性を忘れろ』と言っていたのを覚えているか?」

「もちろん覚えているよ」

 

 平田の記憶力なら当然だな。愚問だった。

 ちなみにさっきから俺と平田ばかり話してるが、綾小路と博士も部屋にいる。綾小路は相変わらずの傍観者スタイル。博士は苦手な堀北がいるので沈黙を貫いている。

 

「俺はそのアドバイスを2つの意味で捉えた。一つはクラス間の争いを忘れて協力すること。もう一つは……これだ」

 

 そう言い、平田に蛇グループのメンバーリストを記載した紙を渡す。

 

「これは……そういうことだったのか!」

 

 俺が渡した紙には蛇グループのメンバー全員が記載してある。クラスを無視した名前順で。

 

「干支の動物の順番と割り振られた生徒たちの名字が、優待者を探し出す鍵だったんだね」

「そうだ。蛇グループの名前順で6番目は櫛田。だから蛇グループの優待者は櫛田だったんだ」

 

 俺は前髪を弄りながら説明を続ける。

 

「ちなみに馬グループの優待者は名前順が7番目の南。これも説明した法則性に当てはまる」

「よく導きだせたね! 凄いよ!」

 

 平田が興奮しながら言う。

 

「ちなみに堀北はどうなんだ?」

「私も同じよ。……ただ、優待者が二人しかわからないのが心許ないわね」

 

 それな。けれどこの法則性がわかったおかげで、もう一人の優待者を確認することが出来る。

 

「平田、お前にお願いがあるんだけど」

「なにかな?」

「この法則性からすると兎グループの優待者は軽井沢だ。彼女に確認してくれないか?」

 

 彼氏の平田にならすぐに教えてくれるだろう。

 

「わかった。早速聞いてみるよ」

「よろしく頼む」

「任せて」

 

 平田はそう言うと、携帯を持ってトイレに入っていった。別にここで電話してもよかったんだけど。

 

「綾小路と博士はどうだ? 何か意見はないか?」

「拙者はないでござる」

「オレもだ。よくわかったな」

 

 白々しい。綾小路だって気づいていただろうに。そもそも綾小路にはチャットで既に知らせてあるから。同部屋なのにチャットで会話とは最近の若者って感じがした。

 

「お待たせ。軽井沢さんも優待者だって確認取れたよ」

 

 平田が携帯をかざしながら戻ってきた。……よし。これでデータは三人。

 

「ありがとう。……それじゃこれから試験をどうするかなんだが」

「攻めにいくつもり?」

 

 堀北が問う。

 

「ああ。上手くいけば450クラスポイントが得ることが出来る。みんなはどう思う?」

「私は賛成よ。一気にBクラスに昇格出来るチャンスだもの」

 

 すぐに堀北が賛同してくれた。

 

「……僕はもう少し慎重にいった方がいいと思う。優待者がわかっているのは3グループのみ。他のグループも同じ法則性とは言い切れないよね?」

「そうだな。平田の言う通りだ。Dクラスが優待者のグループだけが、この法則性の可能性も考えられる」

 

 平田が慎重になるのも当たり前だ。だからそんなに睨まないでやってくれ堀北。

 

「綾小路はどう思う?」

「オレも平田の意見に賛成だ。リスクが大きすぎる。もし間違えていたらクラスポイントを450も失うことになる」

「博士は?」

「拙者はデータベース。答えを導き出せないでござる」

 

 いや、意見を聞いてるんだけど……。

 綾小路と博士の言葉を聞いて、堀北がますます不機嫌になっている……。

 

「……そうか。わかった。確かに9つのグループの優待者を当てにいくのはリスクが高すぎるな」

「界外くん!?」

 

 動揺するな堀北。反対されるのはわかっていた。けれど俺には交渉材料がある。

 

「なら三人まで。三人までなら優待者を当てにいっていいか?」

「なんで三人なのかな?」

 

 平田が疑問に思うのも当然だろう。なぜ三人にしたのか。それは優待者を三人まで間違えても、2学期で損失したクラスポイントを賄えるからだ。

 俺は堀北以外に黙っていた、クラスポイントを150ポイント得る方法と可能性について説明した。

 

「……わかったよ。そこまで交渉材料を提示されたんじゃ反対出来ないね」

 

 平田が納得してくれたようだ。……さっきから綾小路が睨んできてる。黙ってて悪かったよ。サプライズしたかったんだよ。もちろん報連相は大事だけど、たまにはサプライズするのも大事なんだよ。

 

「だから茶柱先生から個室を借りていたでござるか」

「ああ。ここで勉強したらお前たちにばれるからな」

「言ってくれたらよかったのに」

 

 苦笑いしながら平田が言う。

 

「私は知っていたけれど」

 

 堀北が自慢げに言う。ま、堀北の部屋で勉強してたから教えるしかなかったからね。

 

「それでどのグループの優待者を狙うのかな?」

 

 平田が聞いてきた。

 

「まずは俺が責任を持って裏切る。他はCクラスが優待者のグループに狙いを絞ろうと思う」

「Cクラスを突き放すつもりね?」

「ああ」

 

 ただ今朝の龍園の言葉が気になる。クラス内の優待者を把握しているなら、あいつもこの法則性に気づいている可能性もある。もしくは……

 

「誰にお願いするかは界外くんに任せるよ」

「いいのか? リーダーは平田だろ」

「別に僕は自分のことをリーダーだと思ったことないよ。……ただみんなの役に立ちたかっただけだから」

 

 健気なことを言う。本当、なんで平田がDクラスなんだろうな。いつかその理由を知る機会はあるのだろうか。

 

「……わかった。夕方までに考えるよ」

「夕方ということは今日中に3つのグループの試験を終わらせるってこと?」

「そうだ」

 

 堀北の問いに即答する。

 

「……あ、そうだ。お前らにお願いしたいことがあるんだ」

「なに?」

「なにかな?」

「なんだ?」

「なんでござるか?」

「軽井沢が優待者だってことは俺たちだけの秘密にして欲しい。絶対に他の人には言わないでくれ。軽井沢にも他の奴に言わないよう釘を刺しておいてくれないか?」

 

 全員の了承を得ると、俺は気分転換の為に船内を探索することにした。堀北もついて来ようとしたが、先約が入っていたらしく渋々部屋に戻っていった。

 

「さてさて、どんな結果になるのか」

 

 結果によっては、上手くいけばCクラスを徹底的に叩くチャンスを得られるかもしれない。

 本当に今の俺は頭が冴えわたっている。やはり氷菓を見たおかげだろう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 午後になり、竜グループの俺は再び同じ部屋にやってきた。

 ……やってきたのはいいが、眠たい。船内の探索なんてしなければよかった。仮眠しておけばよかった。

 

「まだ誰も来てないわね」

 

 堀北がそう言いながら椅子に座る。今座ったら寝そうだな……。

 

「……座らないの?」

 

 椅子の前に立ち尽くしていると俺に堀北が聞いてきた。

 

「座るよ」

 

 ゆっくりと腰を下ろす。……駄目だ。絶対に寝るパターンだこれ。

 

「早く来すぎたかな?」

「他のクラスが遅いだけだと思うけれど」

 

 平田と堀北がなにか喋ってるな……。

 

「そっか。……今日も葛城くんと龍園くんは、会話に参加しないつもりかな?」

「でしょうね」

「堀北さんはどう思う?」

「どうとは?」

「他のクラスの人たちも法則性に気づいてるのかな?」

「……わからないわ。ただ気づいていれば龍園くんなら既に試験を終わらせてるはずよ」

「そうだね」

 

 駄目だ。頭に入ってこない……。もういいや。話し合いしても意味ないし……。

 俺は眠気に抗うことを諦め、ゆっくりと目を閉じた。

 

「――――――くん、界外くん」

 

 誰かが俺の名前を呼んでいる。

 

「界外くん、起きて」

 

 ……この声は堀北だ。そうか。俺は話し合いの前に寝てしまったのか。

 

「……おはよ」

「おはよう。気持ちよさそうに寝てたわね」

 

 確かに堀北が言ったとおり、ずいぶん長く眠った感覚があり、体全体が心地よく痺れている。

 

「ああ」

 

 ゆっくりと周りを見渡す。Aクラスは既に全員退室したようだった。神崎と龍園は何か話している。

 

「寝過ぎよ。話し合いが終わってから20分近く経ってるわ」

 

 マジかよ。熟睡しすぎだろ俺……。

 

「話し合いはどうだった?」

「DクラスとBクラスが話をするだけだったわ」

 

 前回と同じか。恐らく神崎は龍園に話し合いに参加するよう説得しているのだろう。

 

「平田は?」

「軽井沢さんに呼び出されたようでさっき出て行ったわ」

「そうか」

 

 俺はそう言い、神崎と龍園に声をかけた。

 

「よう。何の話してるんだ?」

「界外か」

「今頃起きたのかよ。猿野郎」

 

 どうやら龍園の中で俺のあだ名は猿野郎に定着したようだ。

 

「随分眠たそうじゃねぇか。昨晩は一之瀬とお楽しみだったのか?」

「お楽しみは今晩だよ」

 

 龍園の挑発にもだいぶ慣れてきたな。

 

「はっ、どうやら開き直ったようだな」

「それで何の話してるんだ?」

「なーに。俺が全クラスの優待者を把握していることを教えてやってるのさ」

 

 やはり龍園も優待者の法則性に辿り着いていたのか。それとも……

 

「嘘に決まっているわ」

 

 堀北も既に話を聞いてるようで、切り捨てるように否定した。

 直後、扉が開く音がした。

 

「お、お邪魔しまーす……」

 

 扉の方を見ると、恐る恐る入室する一之瀬の姿があった。後ろには綾小路もいる。

 

「なぜあなたがいるの? ここは竜グループの部屋なのだけれど」

 

 堀北が強い口調で一之瀬に問う。

 

「様子を伺いにね。それともう試験の決まりである1時間は過ぎてるから大丈夫だと思うよ」

 

 確かに試験以外の時間に出入りするのは自由だろう。禁止事項にも記載していなかった。

 一之瀬の答えに、堀北は不満の表情を浮かべる。……仲良くしてくれないかな。

 

「やっほ、界外くん」

 

 一之瀬はそう言いながら、俺の右隣に座った。どうやら神崎は昨日と違う椅子に座ってるらしい。

 

「お、おう……」

「もしかして寝てた?」

「……なんでわかったんだ?」

「界外くんのことだからわかるよ」

 

 そう言い、俺の顔をじっと見つめる。寝起きに一之瀬の顔を見ると眠気が吹っ飛ぶな。

 

「クク。わざわざ愛しの彼に会いに来たのか?」

 

 龍園が小さく笑いながら言う。

 

「それもあるけど。……葛城くんの説得と、竜グループの偵察が目的だよ。それと時間外に何を話していたのか興味あるな」

 

 俺を愛しの彼と言われて、否定しない一之瀬。いいぞ龍園。もっと言え。

 

「そりゃそうだろうさ。本来ならお前が神崎とこの場所にいると思っていたからな。ところが蓋をあけてみればお前は別のグループ。それも、凡人だらけのチンケなチームに振り分けられてるなんてな。それとも、お前はそこまでの人間だったのか?」

「やだな龍園くん。戦略もなにも、学校側が決めたことだし詳細はわからないよ。それとも学校側は意図してグループ分けしたってこと?」

 

 意図してグループ分けされたことは明らかだろう。……もしかして一之瀬が兎グループになったのって、綾小路を警戒されたからなのか。綾小路の異常な入試の成績は教師陣は全員知っているはずだ。

 

「気づいてないようなら教えてやるよ。今回の全てのグループ分けが、意図を持って教師連中によって決められたのは明らかだろ? となれば、Bの筆頭であるお前が外れた理由はなんだろうな」

「それは龍園くんが原因じゃないかな?」

「はっ、あの事かよ。担任が気遣ってお前と猿野郎を別グループにするよう仕向けたってわけか」

 

 一之瀬曰く星之宮先生にそんな気遣いは出来ないとのことだけどね。

 

「確かにそれくらいしか理由は考えられねぇな。悪かったな、俺のせいで猿野郎と離れ離れにさせちまってよ」

 

 まったく悪びれずもせず謝る龍園。

 

「別にいいよ。話し合い以外の時間でも会えるからね。それより何の話をしていたのか教えてくれると有難いんだけどな」

「いいぜ、教えてやるよ。俺が全クラスの優待者を把握してることを話してたのさ」

「……ホントに?」

「嘘に決まっているでしょう。それなら既に試験を終わらせているはずよ」

 

 一之瀬の問いに堀北が答える。

 

「信じるかどうかはお前たちの勝手だ。それじゃ俺は帰らせてもらうぜ」

 

 龍園は立ち上がり部屋を出ようとする。

 

「なんだ、お前。いつからいたんだ」

 

 どうやら綾小路が部屋にいたのに気づいていなかったようだ。

 

「そうとう影が薄い奴もいるもんだな」

 

 龍園はそう言い、立ち去って行った。

 

「そんなにオレは影が薄かったのか……」

 

 綾小路が呟く。

 

「龍園くんのことだから、挑発を込めてそう言ったんだと思うよ」

「だといいんだがな」

「龍園の言うことは、あまり気にしない方がいい」

 

 Bクラスのトップたちにフォローされる俺の相棒。

 

「それじゃそろそろ帰るか」

 

 部屋に帰ってから誰に裏切ってもらうか考えないといけない。

 全員で竜部屋を出た後、すぐに解散となり俺と堀北は自室に戻って行った。

 綾小路は一之瀬に呼び止められ、兎グループであろうBクラスの面々とどこかに行ったようだ。

 一之瀬が綾小路にどのように仕掛けるのか興味あるので、部屋に帰ってきたら聞いてみよう。

 それより愛しの彼か。……龍園もいいこと言うじゃないか。

 ほんの少し俺の中で龍園の評価が上がったのだった。





次回Aクラスのあの子が登場


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35話 ラスボスっぽい人登場

すっかり秋ですね


 特別試験2日目の午後3時。俺は気分転換をするために船内をうろついていたところ、一人の男子生徒に声をかけられていた。

 

「よう。久しぶりだな」

 

 男子生徒がそう言う。久しぶりって初対面だと思うんだけど。……新手の詐欺だろうか?

 

「おいおい、俺のこと忘れたのかよ。正義だよ、正義。橋本正義」

「橋本正義……? あー、お前、ジャスティスか!?」

「そのあだ名はやめてくれ」

 

 思い出した。橋本正義。サッカークラブでチームメイトだった男子だ。俺が司令塔でジャスティスがストライカー。結構いいコンビだったと思う。

 

「悪い。橋本でいいか?」

「正義でいいよ。……本当に久しぶりだな、帝人」

「そうだな」

 

 正義と最後に会ったのが小三なので、会うのは6年振りか。

 まさか正義が同じ学校に通ってるとは全然気づかなかった。いや、気づかないのは当然だ。なぜなら……

 

「お前、なんだその髪型は……」

 

 金髪で後ろ髪を結んでいる。さらに両サイドは刈り上げている。

 

「お洒落だろ。高校入学を機に染めたんだぜ」

 

 高校デビューかよ。この学校って頭髪や服装に関しては緩いんだよね。

 

「そのせいでお前が同じ学校にいるなんて全然気づかなかったよ」

「俺は帝人がいるのは知ってたぜ」

「ならもっと早く声をかけろよ」

 

 もう入学してから4か月経ってるんですけど……。

 

「悪い。クラスのことで色々と大変だったんだよ」

「どこのクラスなんだ?」

「Aクラスだ」

 

 マジかよ。こいつ、運動だけじゃなくて勉強も出来たのか。

 

「そうか。サッカーは今もやってるのか?」

「いいや、中学で辞めたよ。今はテニス部に入ってる」

「テニスか」

「一応、中学では全国までいったんだぜ」

「凄いじゃないか。ジュニアユースか?」

「違う。部活サッカーだよ」

 

 こいつの実力ならジュニアユースに入団出来たと思うんだが。

 

「引越し先の家の近くに強豪の私立の学校があってな。そこに進学したんだよ」

「なるほどね。……それで俺に試験のことで何か用があって話しかけてきたんじゃないか?」

「……なんでわかった?」

「タイミングだよ。旧友に声をかけるのが目的なら特別試験が始まる前にいくらでも時間があった。なのに特別試験中に声をかけてきたってことは、俺に用があるってことだろ」

 

 俺がそう言うと、正義は諦めたかのように話し始めた。

 

「ご名答。帝人の言う通りだ。……実は俺のボスがお前に会いたがっててな」

「……坂柳か?」

「そうだ。この後時間あるか?」

「あるけど……何の用なんだ?」

「なーに、悪い話じゃないさ。ついてきてくれ」

 

 正義に導かれるがまま通路を歩き続ける。

 辿り着いたのは、とある部屋の前。

 

「ここって男子部屋じゃないのか?」

「そうだ。坂柳さん以外は誰もいない」

 

 人払いは済んでるということか。

 

「坂柳さん。帝人を連れてきました」

「入ってきてください」

 

 正義の声かけに坂柳が応える。

 そして扉を開け、正義に続いて部屋に入る。

 そこには右手に杖を持った一人の美少女が椅子に座っていた。

 

「お呼び立てして申し訳ありません。どうぞ座ってください」

「あ、ああ……」

 

 坂柳に促され、彼女の正面の椅子に腰を下ろす。

 

「橋本くん、ありがとうございました」

「それじゃ俺はこれで失礼します」

 

 正義はそう言うと、そそくさと部屋から出て行った。

 ていうか坂柳に対して敬語なのね。

 

「初めまして。坂柳有栖と申します。以後お見知りおきを」

 

 坂柳有栖。Aクラスの双頭の一人。

 銀髪で肌は色白の美少女。まるでお人形さんみたいだ。

 

「界外帝人。よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 Aクラスのトップが俺に何の用なんだろう。それより杖が気になる。カッコいいな……。

 

「これが気になりますか?」

 

 俺の視線に気づいたのか。坂柳が軽く杖を持ち上げる。

 

「ああ。カッコいいデザインだな」

 

 禁書3期の放送も近いので、ついつい意識してしまう。

 

「ふふ、面白い方ですね。初対面の方に杖のデザインを褒められたのは初めてです」

「そ、そうなのか」

「ええ」

 

 博士も杖のデザインを褒めそうだな。

 

「なぜ私が杖を持っているかと言いますと、先天性疾患を患っているからです」

「……そうなのか」

 

 大変だな。ま、俺が同情しても意味がないので普通に接するけど。

 

「それで俺に用とは?」

「はい。……実は界外くんに、葛城くんを潰してほしいのです」

 

 なるほど。そういうことか。

 

「無人島試験に続き、この試験でも失態を犯させ、葛城派閥の勢力を衰えさせたいんだな」

「はい。さすが界外くんですね。理解が早くて助かります」

 

 いや、考えなくてもこのくらいすぐにわかるでしょ。

 それより潰すということは、Aクラスの優待者を全員当てるということだろう。

 

「それで葛城を潰すとして、俺にメリットはあるのか?」

「もちろんです。こちらもただでお願いをしようとは思っていませんから」

 

 だよね。大量のポイントでもくれるのだろうか。

 

「Aクラスの優待者二人の情報の提供と10万ポイントを譲渡します」

「……好条件すぎないか?」

 

 Aクラスの優待者二人がわかれば、合計五人の優待者がわかる。

 

「そうでしょうか? 私は正当な対価だと思います」

「いや、坂柳がそれでいいならいいんだけど……」

「その言い方ですと、引き受けてくれるということでいいのでしょうか?」

「もちろん。断る理由がない」

 

 これでDクラス以外の全グループの優待者を当てにいけることが出来るんじゃないか。

 

「ありがとうございます。交渉成立ですね。もし不安なら誓約書を用意致しますが」

「いや、そこは坂柳を信用するよ」

「そうですか。ちなみに界外くんは、優待者をどのくらい把握していますか?」

「把握しているのは自分のクラスの優待者のみ。ただ法則性は導きだせたと思う」

 

 もちろん優待者を三人しか把握していないので、少しばかり不安がある。

 

「それでは竜グループの優待者は誰だと思いますか?」

「葛城だ。……坂柳も気づいているのだろう?」

 

 俺が法則性を導き出したことを言っても、まったく反応がなかった。

 

「正解です。……ええ、私も気づいていました。試すようなことをしてしまい、申し訳ありません」

「いや、それはいいんだけど」

「恐らく界外くんは、法則性は導きだせましたが、優待者の情報が三人しかない為、心許ないとでも思っていたのでしょうか?」

「よくわかったな……」

 

 まさかこの子、学園都市第五位と同じ超能力を持ってるんじゃないだろうか。

 

「ええ。先ほどの条件を出した時の反応と、法則性を導き出せたと"思う"という発言からわかりました」

「発言?」

「ええ。界外くんは、法則性を導き出せた、ではなく、法則性を導きだせたと思う、と発言しました。"思う"と最後に付け加えるのは、自身の答えに少なからず不安を抱いている証拠です」

 

 それだけでこんな読み取ることが出来るのかよ。なんかこの子がラスボスっぽく見えてきたぞ……。

 

「合っておりますか?」

「ああ。坂柳の言う通りだ。……まいったな」

「私は運動が出来ない分、こういったものが得意なのです。では、Aクラスの優待者二人の情報をお送りしますので、連絡先を交換して頂けませんか?」

「もちろんだ」

 

 まさかAクラスのリーダーと連絡先を交換するとは思わなかった。

 

「証拠として優待者のメール画面のスクリーンショットを添付致します」

「助かる。その画面を見せればクラスメイトを説得できる」

 

 それを見せれば平田と綾小路も納得するだろう。

 その後、連絡先の交換に続いて、ポイントも譲渡して貰った。

 

「ポイントは成功報酬じゃなくていいのか?」

「はい。界外くんなら間違いなく結果を残してくれると信じておりますので」

「そ、それはどうも……」

 

 可愛い子に信じてるとか言われると、照れるんですけど。

 

「最後に界外くんに質問をしてもよろしいですか?」

「もちろん」

「界外くんは、綾小路くんをどう評価していますか?」

 

 なんでそこで綾小路の名前が出てくるんだ。

 綾小路は入試以外は目立つ成績も言動もしていないはずだ。それで綾小路の名前が出てくるということは……

 

「正直、底が知れないしか言えない。なにせあいつの本気を見たことがないからな」

「……そうですか。なぜ素直に答えてくれたのですか?」

「それは坂柳が綾小路のことを知っていると思ったからだ」

 

 恐らく坂柳と綾小路は知り合いなのだろう。そうじゃなければ坂柳の口から綾小路の名前が出るのはおかしい。

 

「お前らは知り合いなんだろ?」

「いえ。私が一方的に知っているだけです」

「あれ……?」

 

 知り合いじゃなかった……。恥ずかしい!!

 

「……私は綾小路くんに勝ちたいのです」

「綾小路に?」

「はい。凡人がいくら努力しても、天才には勝てないことを証明したいのです」

「それはどういう……」

 

 坂柳は綾小路が凡人と言っているのだろうか。

 

「彼のプライベートも関わりますので詳しいことは言えません」

「なら仕方ないな。それじゃ俺はそろそろ部屋に戻るよ」

「お時間いただきましてありがとうございました」

「こちらこそ。葛城は責任を持って潰しておくから」

「お願い致します。なにせ誰かさんが私の派閥の生徒が、DクラスにAクラスのリーダーを密告したという嘘の情報を流したようで、以前より対立しているものですから」

「す、すみませんでした……」

 

 やはりばれていたのか……。思ったより早く話が広まっていたようだな。

 

「そ、それじゃ帰ります……」

 

 一気に気まずくなったので帰ろうと腰をあげた瞬間、携帯に学校からの通知が届いた。

 まさか二日連続で裏切り者が出るとは……。

 ポケットから携帯を取り出し、受信したメールを開くと……

 

『羊グループの試験が終了いたしました。羊グループの方は以後試験に参加する必要がありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動して下さい』

 

 羊グループに裏切り者が出た。

 坂柳を見ると、彼女も怪訝な表情で携帯を見ていた。

 この羊グループの裏切り者により、Dクラスのクラスポイントが-50になるとわかったのは、これから30分後のことだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「いやー、悪い悪い。つい勢いで送っちまったよ」

 

 山内が全く反省していない顔で謝る。

 

「でもこういうのって勢いが大事だろ?」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。周りを見ると綾小路、平田、博士、堀北の四人も信じられないようなものを見る顔をしていた。

 羊グループの裏切り者はクラスメイトの山内だった。

 なぜ裏切り者が山内だとわかったと言うと、優待者を見つけ出したと言い、須藤と池の前でメールを送ったらしい。須藤と池は止めようとしたが間に合わなかったようだ。その後、須藤と池が平田と堀北に報告して今に至る。

 

「これで当たってたら50万ポイントだぜ。それじゃ俺は部屋に戻るから」

 

 山内はそう言い、部屋から出て行った。

 

「まさか高円寺くんに続いて、裏切り者が出るなんてね……」

 

 平田が苦笑いしながら言う。

 

「最悪ね。彼の答えを聞いたけれど、優待者を間違えていたわ」

 

 堀北がため息をつく。

 山内の解答はCクラスの生徒で、正解はBクラスの生徒である。

 

「つまりクラスポイントが50ポイントひかれるのか……」

 

 俺もため息しか出ない。高円寺以外でスタンドプレイする生徒がいるとは想定外だった。

 けれど俺の彼女の関係を考えると、これでよかったのかもしれない。もしBクラスの優待者を全員当てていたら……彼女の立場を危うくしていた可能性もあった。

 

「山内殿に優待者が間違ってることは言わないでいいのでござるか?」

「いいんだ。あいつに言ったら絶対周りに言いふらす」

「た、確かにその可能性は否めないでござるな……」

 

 どうやら博士の山内に対する評価は綾小路と同様に低いようだ。

 

「ま、過ぎたことを気にしても仕方ないか。今は誰に裏切って貰うか決めないとな」

「そうね」

「まさか坂柳さんと協力することになるなんてね」

「平田殿の言う通りでござるな。まさに青天の霹靂!」

 

 山内が部屋に来る前に俺は、坂柳から葛城派を潰す為に優待者の情報提供とポイントの譲渡があったことを説明していた。

 

「それじゃ裏切り者を決める前に内容をおさらいしよう」

 

 俺がそう言うと、全員が頷いた。

 

「まず優待者を教えるのは裏切り者にだけだ。他のDクラスの生徒には言わない。知らせるのは試験終了後。これはなるべくDクラスが裏切ったと他のクラスに悟らせない為だ」

 

 つまり俺以外の裏切り者になる7人にのみ優待者を教えることになる。

 

「正解者に支給される50万プライベートポイントは、Dクラスの生徒で分けること」

 

 今後の保険用にポイントをクラスで貯めておくか考えたけれど、うちのクラスじゃまだ無理そうだな。

 以前、一之瀬のプライベートポイントを見てしまったことがある。あの時はわからなかったが、恐らく一之瀬は保険用に各生徒からポイントを徴収していたのだろう。それならあの大量のプライベートポイントも説明がつく。

 

「ちなみに高円寺が優待者を当てていた場合だが、あいつがクラスメイトにポイントを分けてくれるとは思わないので、高円寺の分は数に入れないことにする」

 

 俺がそう言うと、全員が納得したように頷いた。

 

「なので予定通りいけば350万ポイントをクラスメイトで分けることになる。裏切り者には、この約束事を納得してもらったうえで、裏切ってもらう。以上だ」

「Dクラスの優待者にもポイントを分け与えるのかしら?」

 

 堀北が質問してきた。

 

「そうだな。結果2と4になった場合でもポイントは分け与える」

「わかったわ。それでいつ学校側にメールを送らせるつもりなの?」

「今日の9時20分だ。裏切り者には話し合いが終わったら、すぐに部屋に戻ってもらって、所定の時間にメールを送ってもらう」

 

 試験中にメール送ったら、Dクラスが裏切り者だってばれちゃう可能性が高いからね。

 その後、堀北以外から質問がなかったので、俺たちはいったん解散することになった。堀北は自室に戻り、平田と博士は誰かに誘われたようで堀北と一緒に部屋から出ていった。結果、部屋に残っているのは俺と綾小路の二人だけになる。

 

「久しぶりに二人きりになれたわね」

「気色悪いぞ」

「冗談だよ」

 

 ふざけて女言葉で言ってみたら、綾小路に物凄い嫌な顔をされてしまった。

 

「それで裏切り者は決まってるのか?」

「大体は」

「そうか。それにしてもまさかAクラスの優待者二人の情報を得られるとはな」

「ラッキーだったよ。これで恐らくCクラスに昇格出来るだろう」

 

 当初は11月にCクラスになる予定だった。まさか2か月も前倒しになるとはね。

 

「個人的にCクラスになるには少し早いような気もするが……」

「綾小路の気持ちはわかる。けれど今のDクラスの雰囲気がいい。1学期と比べれば大分まとまっている」

「そうだな。……ま、プライベートポイントが増えるからよしとするか」

 

 軽いな……。いや、俺もプライベートポイントが増えるのは嬉しいけど。

 

「兎グループはどうなんだ? 優待者の軽井沢を守り抜けそうか?」

「一之瀬が厄介そうだ」

 

 一之瀬か。今日一緒に夜空を見る約束してるんだよな。楽しみ楽しみ。

 

「ま、頑張ってくれ。軽井沢の相手は大変だと思うが」

「そうでもない。軽井沢はAクラスの男子にべったりだからな」

「え」

 

 彼氏がいるのに他の男子にべったりしていいのだろうか。

 

「それより綾小路は龍園の言っていたこと、どう思う?」

「全クラスの優待者を把握していると言っていたことか」

「そうだ。本当だと思うか?」

「わからん。もし龍園が言っていることが本当ならば考えられるのは二つ。一つはオレたちと同じく優待者の法則性を導き出せたこと。もう一つは各クラスから優待者の情報を得ていることだ」

 

 試験と違う、本当の裏切り者。

 

「界外はどう思う?」

「俺も綾小路と同じだよ。……あくまで俺の勘なんだが、Bクラスには裏切り者がいると思う」

「無人島試験でリーダーを当てられたからか?」

「ああ。一之瀬と神崎には、金田がスパイだと説明していた。金田がいくら優秀な生徒でも、あの状況でBクラスのリーダーを探し出すのは難しいと思う」

 

 人のいい一之瀬は考えてないかもしれないが、神崎は俺と同じことを思っているかもしれない。

 

「それなら金田を6日間もBクラスに潜らせる必要はなかったんじゃないか?」

「逆だよ。Bクラスの生徒が、金田と話をしていても不自然じゃない状況を作るのに、時間が必要だったんじゃないか?」

 

 恐らく元々6日目の夜にリタイアすることを決めていたのだろう。

 

「なるほど。それならわざわざ人目がつかない場所に呼び出さなくても、クラスのリーダーを伝えられるということか」

「ああ。……あくまで俺の予想だけど」

 

 一之瀬のことを考えると、裏切り者がいないことに越したことはない。彼女が傷つくのはあまり見たくない。

 

「さて、そろそろ氷菓の続きを見るか」

「博士がいないがいいのか?」

「俺も博士も何回も見てるから大丈夫だ」

「……何回も見ていて、面白いか?」

「面白いよ。本当に面白い作品は、何回見ても飽きないからね」

 

 もちろんそれなりに時間は空けてるけどね。

 その後、裏切り者を部屋に呼び出すまで、俺と綾小路は氷菓を見続けた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 夕食前。俺たちは部屋に6人のクラスメイトを呼び出していた。目的はもちろん裏切り者になってもらうようお願いする為だ。

 呼び出したのは、松下、佐藤、篠原、小野寺、須藤、三宅の6人。

 この6人を裏切り者に選んだ理由は、単純にお願いしやすい間柄だから。小野寺は水泳の授業でよく話しかけられて少しは話すようになった。ちなみに彼女が水泳部だったので、Freeを布教したのは内緒である。

 俺はこの6人に、各グループの優待者がわかったこと、部屋に呼び出したのは裏切ってもらうようお願いするためであることを説明した。

 

「凄いじゃん! 全グループの優待者を見つけ出すなんて!」

 

 佐藤が興奮しながら言う。

 

「私たちを呼び出した理由はわかったけど……なんで私たちなの?」

 

 松下が聞いてきた。

 

「それは俺が話しやすいのと、お前たちなら信用できると思ったからだけど」

「……そっか」

 

 俺がそう言うと、松下と三宅以外の4人が照れてしまったようで、顔が少し赤くなっている。須藤の照れとか誰得……。

 

「それで協力してくれるか?」

「いいよ。9万近くポイントが手に入るわけだし、断る理由はないかな」

 

 松下が即答してくれた。さすが松下。お前ならポイントに釣られて引き受けてくれると信じてたよ。

 

「なんか今失礼なこと考えなかった?」

「考えてません……」

 

 なんでわかったんだよ……。女の勘ってやつだろうか。怖い……。

 

「私もやる!」

「松下さんと佐藤さんがするなら私も引き受けるよ」

「私も。Free教えてくれた恩もあるからね」

「界外からのお願いなんだ。俺もやるぜ!」

「俺もいいぞ」

 

 松下に続いて、全員が了承する。

 難色を示す人が少しはいるかと思ったが、余計な心配だったようだ。

 

「それでいつメールを送ればいいの?」

「9時20分よ。話し合いが終わったら、部屋に戻って、誰にも見つからないようにメールを送ってほしいの」

 

 松下の問いに堀北が答える。

 

「わかった。さすがに話し合いの場でメール送るわけにはいかないもんね」

「ええ。理解が早くて助かるわ」

 

 堀北と松下が普通に話している。平田の時も同じこと思ったけど、堀北が俺と綾小路以外のクラスメイトと会話してるのを見ると新鮮に思える。

 

「そろそろ夕食の時間じゃない?」

 

 篠原が時計を見ながら言った。

 

「それじゃいこっか。堀北さんも一緒に行こう!」

「え、ええ……」

 

 佐藤が堀北の腕を掴む。

 そのままいつもの三人と堀北は部屋を出ていった。続けて小野寺たちも部屋を後にする。

 

「まさか堀北さんが他の女子と一緒にご飯を食べる時がくるなんて……」

 

 平田が俺と同じようなことを言ってる。

 

「これでよりクラスの結束も深まるような気がするよ」

「だといいけどな」

 

 後は櫛田と軽井沢のリーダー格と上手くやっていけるか。

 それと不安がもう一つ。松下の軽井沢に対する不満が爆発しないか。

 

「平田、ちょっといいか?」

「なにかな?」

「軽井沢のことなんだが……」

「軽井沢さん?」

 

 恐らく彼氏の平田からお願いすれば言うことを聞いてくれるだろう。……関係が冷めてなければ。

 

「ああ。1学期に他の女子からポイントを借りてただろ。まだ返してないみたいでな」

「そうなんだ……」

「名前は言わないが、それを不満に思ってる生徒がいる。今回の試験で9万近くポイントが入るから、返すよう言っておいてくれないか?」

「わかった。僕から言っておくよ」

 

 いくら借りてるのか知らないが、9万もあれば充分足りるだろう。

 

「ごめんね。迷惑掛けちゃって」

「俺は迷惑掛かってないぞ」

 

 これでポイントを返してもらえたら松下の不満もなくなるだろう。

 松下には堀北や同じグループの佐倉の面倒を見るよう色々お願いしてるからアフターケアしてあげないと。……ま、二人の面倒を見て貰う代わりに、また食事をおごる約束をしてるんだけどね。




ひよりの出番をどうするか悩み中です


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36話 私の性欲は半端ない


いよいよよう実9巻発売ですね!
一之瀬帆波は犯罪者だ。
このネタこの作品でも使える!


 時刻は夜の9時過ぎ。4回目の話し合いを終えた俺たちは急いで自室に戻ってきた。

 俺は携帯を片手にベッドに腰を下ろしている。そんな俺に寄り添うように堀北が隣に座っている。

 

「一気に7つのグループの試験が終了したらみんな驚くだろうな」

「驚くどころじゃないと思うわ」

 

 初日に猿グループが試験終了してあれだけ動揺してたんだ。2日目にまさか8つのグループが試験終了するなんて誰も思っていないだろうな。

 

「なんだか緊張してきたね」

「平田が緊張してどうするんだよ」

「そうなんだけどね」

 

 あははと苦笑いする平田。

 

「そういえば博士は?」

「トランプに負けたのが悔しいからストレス発散しにいくと言っていたぞ」

 

 少し遅れて部屋に戻ってきた綾小路が答える。兎グループはトランプで遊んでいるのか。羨ましい。

 

「俺も将棋持ち込んで神崎と対局すればよかったな」

「なんで神崎くんなのかしら?」

「将棋できそうな顔してるから」

 

 ついでに袴も似合いそうだよね。あのイケメンくん。

 

「私でよかったら今度対局をしてもいいけれど」

「堀北、将棋指せるのか?」

「ええ」

「それじゃ旅行から帰ったら対局してくれるか?」

「いいわよ」

 

 やった。やっと対局してくれる人が見つかったよ。

 

「将棋もアニメの影響なのか?」

「ああ。3月のライオンに影響されてな。綾小路、一緒にアニメ見るか?」

「面白いのか?」

「個人的に。夏目を見終わったらどうだ?」

「そうだな。正直、お前たちとアニメ見る以外やることないからな」

 

 意外と綾小路が寂しい夏休みを過ごしているんだが……。

 

「なら今度僕たちで遊びに行かないかい?」

「……いいのか?」

「もちろん。界外くんと綾小路くんとは前から遊んでみたいと思っていたんだ」

 

 お、綾小路が嬉しそうな顔してる。

 

「そうか。それじゃよろしく頼む」

「うん。界外くんもいいかな?」

「いいぞ。ただ試験が終わってからにしてくれ」

「どっちの試験のことを言ってるんだ?」

 

 綾小路が野暮な質問をしてきた。

 

「あっちに決まってるだろ」

「そうよ。彼は大事な試験を控えているの。あまり邪魔をしないでちょうだい」

 

 そんなきつい言い方しなくても……。櫛田の件といい、堀北は少し過保護なところがあるな。

 

「もちろん試験の邪魔はしないつもりだよ」

「平田が邪魔するとは思ってないぞ。……そろそろ20分だな」

 

 優待者の名前は既に入力している。後は送信ボタンを押すだけ。

 

「これで晴れて2学期からCクラスだ」

「そうね。思ったより早く上がれそうね」

 

 5月のクラスポイント0だったもんね。よく短期間でここまで上がってきたと思うよ。

 

「20分だ。送信するぞ」

 

 俺はそう言い、迷いなく送信ボタンを押した。

 直後、携帯に学校からの通知が届いた。

 そのままメール画面を操作し、受信メールを開く。

 

「……どうやら全員、言った通りにメールを送ってくれたようだ」

 

 受信したメールは7件。鼠、牛、虎、竜、鳥、犬、猪グループの試験が終了した。

 

「多分、平田あたりに問い合わせが沢山来ると思う。面倒だと思うけれどよろしく頼む」

「面倒だなんて思わないよ。……ただ、みんなに嘘をつくのはしんどいかもね」

「平田の性格からすると当然だな。……ま、これからの試験、嘘をつく必要がある場面も出てくるかもしれないから、予行練習だと思って割り切ってくれ」

「そうするよ」

 

 恐らくDクラス以外のリーダーたちにも問い合わせが殺到するだろう。

 ……あれ? それって一之瀬にも問い合わせが殺到するってことだよね?

 もしかしたらその対応に追われて星空見に行く時間がなくなっちゃうんじゃ……。

 

「いきなり意気消沈したような顔をしてどうしたの?」

 

 堀北が顔を覗きこんできた。どうやら心配してくれているようだ。

 

「いや、なんでもない……」

「なんでもないような顔には見えないのだけれど」

 

 試験終了させるの明日にすればよかった……。今さら遅いのでどうしようもないけど。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 多くのグループの試験が終了してから1時間後。部屋には俺と綾小路の二人の姿があった。

 

「界外、お前に聞きたいことがある」

「なんだ?」

「お前は軽井沢と話したことはあるか?」

「あるけど」

 

 まさか綾小路から軽井沢について聞かれるとは思わなかった。

 

「お前の知ってる範囲でいい。軽井沢はどんな人間だ?」

「うーん、借りてるポイントを返さないだらしない女子って感じだな」

「他には?」

「……そうだな。無人島試験の時にやたらボディタッチして来たのを覚えている。彼氏いるのにあれでいいのだろうかと思った」

 

 そう言えば、今回の試験でもAクラスの男子にべったりしてるんだっけか。平田というイケメン彼氏がいるのに……。

 

「そうか」

「急に軽井沢のことを聞いてどうしたんだ? 利用でもする気か?」

「そうだ」

「え」

 

 冗談で言ったつもりが、真顔で返されてしまった。

 

「もしかしたらいい駒になるかもしれん」

「そ、そうか……」

「今は何とも言えない。進捗があったら報告する」

「お、おう……」

 

 よくわからんが綾小路の報告を待つことにしよう。それより……

 

「連絡来ないな……」

「誰からのだ?」

「一之瀬。今日、一緒に星空を見る約束してるんだけど」

 

 さすがに今日は無理か。無理そうだったら明日以降にしようとチャット送っておこう。

 ため息をつきながら携帯を操作し、一之瀬にチャットを送る。

 

「本当に仲が良いな」

「そうだな。綾小路は佐倉とはどうなんだ?」

「なぜそこで佐倉の名前が出てくる?」

「いや、綾小路が一番仲良い女子って佐倉だろ」

 

 佐倉と櫛田の二人しか知らないんだけどね。なんか堀北とは険悪そうな雰囲気だし……。

 

「そうかもしれないな。佐倉とは仲良くしてるつもりだ」

「そっか」

 

 この調子だと佐倉の気持ちには気づいてないだろうな。

 

「界外は櫛田とも最近仲が良いようだな」

「櫛田が一体何を考えてるのかわからない」

 

 この前なんて抱きつかれたからね。……しまった。また櫛田の胸の感触を思い出してきた。

 

「案外、ただ仲良くなりたいだけかもしれないな」

「そうだとしても……綾小路と堀北から櫛田の本性を聞いてると、警戒してしまうんだが……」

「警戒するに越したことはない。引き続き気をつけて対応するんだな」

「それしかないよな……。よし、シャワー浴びてくる」

 

 その後、シャワーを浴び終えた俺は勉強をするため、個室に移動した。

 1時間ほど勉強し、時刻は11時を迎えた。

 

「いまだに一之瀬からの返信はなしか……」

 

 一之瀬の立場を考えれば仕方ない。仕方ないけれど、寂しいものがある。

 

「部屋に戻って寝るか」

 

 そう思い、椅子から腰を上げた瞬間、携帯にチャットが届いた。

 すぐに携帯の画面を確認する。

 

『遅くなってごめん。起きてる?』

 

 愛しの一之瀬からだった。

 チャットの返信でこれだけ喜んだのは生まれて初めてかもしれない。

 

『起きてる。問い合わせの対応に追われてたんだろ?』

『うん。今、落ち着いたところ』

『お疲れ様。今日どうする?』

 

 一之瀬も疲れてるだろう。なら無理に連れて行くつもりはない。連絡があっただけで十分だ。

 

『行きたい。もちろん界外くんがよかったらだけど……』

『疲れてるのに大丈夫か?』

『疲れてるからこそ界外くんに会いたいの』

 

 やばい。一之瀬からのチャットが届くたびに顔がにやけてしまう。

 

『わかった。それじゃ今から行くか?』

『うん。ラウンジで待ち合わせしよ』

 

 一之瀬とのチャットを終え、俺は勉強部屋を後にした。

 待ち合わせ場所のラウンジに辿り着くと、既に一之瀬がいた。

 

「やほー」

「おっす」

 

 いつも通り元気に挨拶してきた一之瀬だが、その表情には少し疲れの色が見える。

 

「ごめんね、遅くなっちゃって」

「一気に7つのグループに裏切り者が出たんだ。仕方ないだろ」

 

 そもそも俺のせいだしね。謝るのは俺の方。

 

「そう言ってくれると助かるよ。……それじゃいこっか」

「ああ」

 

 俺の返事を聞いて、一之瀬が足を踏み出した。

 

「これで残ったグループは3つだけだね」

「だな。一之瀬の兎グループも残ってるんだよな」

「うん」

 

 一之瀬の隣を歩きながらデッキに向かう。

 通路は誰の姿も見受けられなかった。

 5分ほど歩き、デッキに辿り着く。そこには……

 

「凄い。綺麗……」

 

 昨日と同じく、美しい光景が広がっていた。

 昨日と違うのは、俺たち以外に人がいないことだ。

 

「凄い凄い! 千葉でもこんな綺麗な星空見れないよ!」

 

 一之瀬が興奮しながら言う。

 

「そうだな。昨日これを見て、一之瀬にも見せたいと思ったんだ」

「そうなんだ。……嬉しい」

 

 一之瀬はしばらく星空を見上げていた。

 そんな彼女の横顔は、星空に負けないほど綺麗に見えた。

 

「くしょんっ」

 

 一之瀬の横顔に見惚れてると、彼女は可愛らしいくしゃみをした。

 

「思ったより涼しいね。上着を着てくればよかったよ」

 

 苦笑いしながら両腕をさする。

 俺は自身の上着を脱ぎ、一之瀬に手渡した。

 

「え」

「風邪ひくといけないから。よかったら着てくれ」

「いいの?」

「もちろん」

 

 一之瀬に風邪をひかせるわけにはいかないからね。試験も残ってることだし。

 

「ありがとう」

 

 上着を受け取り、それを着始める。

 

「えへへ、ぶかぶかだね」

 

 上着を掴みながら、体を回転させながら一之瀬が言う。

 

「ま、俺の上着だからな」

 

 堀北が着た時もぶかぶかだったな。

 

「ちなみに洗濯してあるから安心していいぞ」

「そうなんだ。別に洗濯してなくても大丈夫なんだけどね」

 

 一之瀬が大丈夫でも俺が大丈夫じゃないのです。

 

「界外くんは寒くない?」

「ああ」

 

 嘘。本当はうっすら寒い。我慢出来るレベルだから問題はないけれど。

 

「そう? 上着を借りてる私が言える立場じゃないけど、風邪ひいちゃやだよ?」

「大丈夫大丈夫」

「うーん、念のためこうしてよっか」

 

 一之瀬はそう言うと、体を密着させ、腕を組んできた。

 

「これなら少しは温かくなるんじゃないかな」

 

 温かくなるどころじゃない。熱くなってしまう。どこがとは言わないけど。

 久しぶりに俺の腕が一之瀬の胸に挟まれている。……やはり一之瀬のおっぱいが至高か。

 

「ていうか、人が全然いないね」

「昨日は沢山いたんだけどな。みんな、それどころじゃなくなったんだろうな」

「7つのグループが一気に試験終了したらそうなるよね」

 

 お互い苦笑いする。

 

「ま、おかげで一之瀬と二人きりになれたからよかったよ」

「……うん。私もそう思う」

 

 ぎゅっと俺の腕を挟む力が強くなった。

 

「あのね」

「ん?」

「明日はインターバルで試験はないでしょ?」

「ああ」

「一緒に遊ばない?」

 

 驚いた。まさか試験中に遊びに誘われるとは思わなかった。

 

「俺はいいけど……いいのか?」

「うん。うちのクラスはそういうの自由だから」

「そうか……」

 

 でも一之瀬はBクラスの学級委員長だ。試験中に遊んでるのを好ましく思わない生徒もいるのではないだろうか。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。試験は真面目にやるから」

「ならいいけど」

 

 そこまで言うなら、一之瀬を信じるしかない。

 

「界外くんの方こそ大丈夫なの?」

「なにが?」

「ほら、私って一応Bクラスの学級委員長だし。試験中に他のクラスの人と仲良くしてて、何か言われたりしてないのかなって」

「言われたことないな」

 

 確かにこれだけ試験中に接触していれば言われそうなもんだけど。

 

「そうなんだ」

「ま、あんな噂が流れてるんだから今さらなんじゃないか」

「……そうだよね。今さらだよね」

 

 一之瀬はそう言うと、そのまま肩に頭を乗せてきた。

 

「クラスの子が言ってたんだけど、私たちなんて言われてるか知ってる?」

「知らない」

「淫乱カップルだって」

「え」

「裏掲示板ってあるでしょ。そこに好き放題書かれてるらしいよ」

 

 そういえば三宅が掲示板に俺と一之瀬のことが書かれてると言ってたな。

 

「淫乱カップルって失礼しちゃうよね」

「だな。……一之瀬はそういう掲示板とか見たりしてるのか?」

「ううん。ただお節介な友達が見せてくる感じかな」

「なるほど」

 

 女子ってそういうゴシップ好きそうだもんね。

 

「あと伊吹さんが界外くんの下着盗んだことも書いてあるよ」

「あっ」

「濡れ衣なのに可哀相だよね」

 

 そうだ。一之瀬と綾小路の二人には本当のことを言ってるんだった。

 伊吹が盗んだのは、軽井沢の下着だけであることを。

 

「でも軽井沢の下着は盗んだわけだし……」

「それはそうなんだけどね」

「クラスの雰囲気を悪化させないためには仕方なかったんだ」

「うん、わかってる。……界外くんってだいぶ変わったよね」

「変わった?」

「うん」

 

 俺の何が変わったんだろ。一之瀬と堀北のおかげで女子に触られても平気になったことかな。

 

「ほら、前はクラスの為にそこまで頑張ったりしなかったでしょ?」

「……確かに」

「私はいい傾向だと思うよ」

「そうなのか?」

「うん。……クラスの為に頑張ってる界外くん、カッコいいと思うし」

 

 薄暗いのでよく見えないが、なんとなく一之瀬が照れてるのがわかる。

 

「あ、ありがとう……」

「ううん」

「つーか、一之瀬こそカッコいいだろ。入学してからずっとクラスの為に頑張ってるし」

「……そう見える?」

「見える」

 

 逆に見えなかったら俺の目がおかしいことになってしまう。

 

「ありがと。そう言って貰えると嬉しい」

 

 噂だとBクラスも最初は今みたいにまとまってなかったと聞いてる。一之瀬や神崎あたりが頑張ってクラスをまとめたのだろう。

 

「……もしも、もしもだよ?」

「うん?」

「もしも私が頑張ることに疲れちゃって、学級委員長を辞めたら……界外くんはどう思う?」

 

 一之瀬が思いつめたような顔で質問してきた。

 

「うーん、お疲れ様って感じだな」

「え」

「今までお疲れ様。後は他の人に頑張ってもらえって声かけるかな」

「え、え……?」

 

 どうしたんだろう。一之瀬が戸惑ってるようだ。

 

「それだけ?」

「それだけとは?」

 

 もっと労えこの野郎って言いたいんだろうか。

 

「だって途中で学級委員長辞めちゃうんだよ? 無責任だとか思わないの?」

「思わないけど。そもそも同じ人が学級委員長を続けなきゃいけないわけじゃないだろ」

「そ、それは……」

「ライフなんか学期ごとに委員長変えてただろ」

 

 確か学力テストで男女1位の人が学級委員になってた気がする。

 

「それに自分勝手な考えで申し訳ないけど……」

「なに?」

「一之瀬が学級委員長辞めたら、もっと遊ぶ時間が増えるかもしれないと、よこしまな考えを持ってる」

 

 自己中心的すぎる考えで申し訳ない……。

 

「……そっか、そうなんだ」

 

 そうなんです。ていうか、ぶっちゃけすぎたかもしれない……。

 

「うん、なんだかすっきりしたかも」

「そ、そうか……」

「うん。界外くん、ありがとう!」

 

 笑顔で礼を言う一之瀬。先ほどの思いつめた顔が嘘のようだ。

 

「それじゃそろそろ帰ろっか」

「そうだな。明日の為に寝ないといけないしな」

「うん」

 

 携帯を見ると0時を過ぎた頃だった。早く寝ないとお肌が荒れちゃう。

 

「いこ?」

「いこって……腕組んだまま?」

「うん。誰も見てないないから大丈夫だよ」

「そうか。大丈夫か」

「大丈夫大丈夫」

 

 二人同時に足を踏み出す。

 どうやら今日は寝るまでに相当時間がかかりそうだ。

 だって俺の腕がずっと一之瀬のおっぱいに挟まれてるからね。しかも歩くたびに胸で擦られてる感じがするし。今夜は悶々コースに決定。

 その後、一之瀬を部屋まで送り届けたが、誰にも遭遇することはなかった。

 

「今日は遅くまでありがとな」

「こっちこそだよ。遅くなってごめんね」

「一之瀬が謝る必要ないから。それじゃ明日な」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」

 

 彼女は名残惜しそうに扉を閉めた。

 ……なんか忘れてるような気がする。なんだろ……?

 あっ、上着を貸したままだった。……仕方ない。明日返して貰おう。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 彼と別れてから30分。私は彼の上着を抱きしめながらトイレにこもっていた。

 くんくん。

 彼の匂いがする。

 無人島試験では堀北さんがずっと着てたようだけど、洗濯してくれたおかげで、彼だけの匂いがする。

 

「帝人くん、帝人くん」

 

 小声で彼の名前を連呼しながら、上着に顔を埋める。

 ちなみに普段は名字呼びだけど、私一人や心の中ではいつも名前呼びをしている。早く名前で呼び合いたい。

 

 今日は色々なことがあった。羊グループが試験終了したと思ったら、夜に7つのグループが一斉に試験終了したのだ。

 一気に7件も学校から通知が来たときは、驚きより残念な気持ちが勝っていた。

 なぜなら彼と星空を見る約束が果たせなくなるかもしれなかったから。

 一斉に7つのグループが試験終了したら、みんな困惑する。結果、私と神崎くんに問い合わせが殺到する。

 実際、初日に猿グループの試験が終了した時も、私と神崎くんに問い合わせが殺到した。

 優待者捜しの相談ならわかるけど、私が裏切ったわけじゃないのに、裏切り者が誰かなんて私に聞かれても正直困る。

 

 クラスメイトからの相談が全て終わったのは11時を過ぎた頃だった。

 彼はいつも11時には寝ているので、駄目元でチャットを送った。結果、彼は起きていて無事に約束を果たせることができた。

 彼と一緒に見上げた星空は凄く綺麗だった。多分、隣に彼がいたのも影響したと思う。彼と一緒なら曇り空でも綺麗に見える気がする。

 そんな彼だけど、私の横顔をじっと見ていた。もしかしたら私に見惚れてくれてたのかも。……嬉しい。

 

 夏といえど、夜の海上は涼しかった。半袖でデッキに来てしまった私は、若干寒気を感じた。そんな私を気遣って、彼は上着を貸してくれた。

 ……ごめん。本当は彼の上着を貸してほしくて、わざと半袖でいました。だって堀北さんにだけ、彼の上着を着させるなんて許せなかったから。

 彼の上着に包まれた私は、幸せのあまり、勢いで彼の腕に抱きついてしまった。彼の腕を胸で挟んだけど、反応はイマイチだった。もしかしたら私の胸の感触に慣れてきたのかもしれない。……付き合う前から胸の感触に慣れさせるなんて、私はなにをやってるんだろ……。

 

 彼の肩に頭を乗せ、星空を見上げながら、しばらく雑談を続けた。

 裏掲示板に私たちのことが書き込まれていたり、無人島試験での出来事などを話した。

 彼には淫乱カップルくらいしか言わなかったけれど、本当はもっと酷いことが書き込まれてる。

 私が中学の時に暴力沙汰を起こしたり、援助交際したり、窃盗して補導されたり、薬物使用で施設に入れられていたり、私が彼にBクラスの情報を流してる、など。……ほとんど私のことばっかりだっ!?

 証拠はないけれど、誰が書き込んでいるかは予想はついてる。裏掲示板はデマが多いので、今のところ私に対する中傷を信じてる生徒はいない。けれど試験の結果によっては、私が彼にBクラスの情報を流してるというデマを信じる生徒が出てくるかもしれない。

 もしそうなったら、潔く学級委員長を辞めるつもり。もちろん否定はするけどね。本当は彼と付き合えたら辞めるつもりだったけれど、仕方がない。それに私が学級委員長を辞めても、彼から失望される心配もなくなったし。

 本当に彼の考えは面白い。あの雰囲気でアニメを例えに出すかな……。ま、そんな彼が大好きなんだけどね。

 

 0時を過ぎた頃に私たちはデッキを後にした。

 彼との愛しの時間を終えた私は、彼と腕組みをしたまま部屋に向かった。道中、誰とも遭遇しなかったのは残念だった。私と彼の仲を見せつけたかったのに。……主に堀北さんと桔梗ちゃんに。

 

 今日、彼は私に一つ嘘をついた。それは昨日、一人で星空を見たと言ったこと。

 私、知ってるんだよ。本当は桔梗ちゃんと二人で見てたんだよね。しかも桔梗ちゃんに抱きつかれてたよね。私、全部知ってるんだから。

 あの日の夜、神社の本殿で彼に胸を握られた感触を忘れずにいた私は、みんなにばれないように夜中にトイレで自分を慰めていた。無人島ではずっと我慢していたので、溜まりに溜まった性欲を満たすため、30分以上はトイレにこもっていたと思う。

 自慰を終えた私は、ふと彼が何をしているのか気になり、携帯を操作して彼の位置情報を確認した。寝てると思ったけど、彼は船内を移動していた。

 彼がこんな遅い時間に何をしているのか気になり、私は果てた体を何とか動かし、彼の後を追った。

 辿り着いた先はデッキ。どうやら気分転換で夜空を見に行ったようだった。私は偶然を装って、声をかけようとしたけれど、私より先に彼に声をかけた女子がいた。桔梗ちゃんだ。

 そのまま二人は一緒に星空を見上げていた。私はカップルが沢山いる中、一人で彼と桔梗ちゃんの様子を伺っていた。

 暫くすると桔梗ちゃんが彼に抱きついた。

 さすがにその光景には私も驚いた。いつの間に桔梗ちゃんは彼を好きになったのだろう。もちろん桔梗ちゃんの口から聞いたわけじゃないけど、あんな抱き付き方は好きな異性にしかしないはず。

 

 櫛田桔梗ちゃん。

 

 私とは下の名前で呼び合う友達。私以外にもBクラスに友達が沢山いて、社交性なら学年で一番と言っていいかもしれない。成績もよくて運動神経もいいと聞く。まさに絵に描いたような優等生。

 そんな桔梗ちゃんだけれど、私は彼女の本性を知っている。

 あれは中間テスト間近の5月。

 テスト勉強の息抜きをするため私は、屋上に行った。そこで面白い光景が目に入った。

 あの優等生の桔梗ちゃんが、暴言を吐きながら柵を蹴っていたのだ。

 私はそっと死角に移動して、しばらく桔梗ちゃんの様子を伺った。

 どうやら桔梗ちゃんは堀北さんの態度が気に入らないようで、ずっと堀北さんの悪口を言っていた。

 暫くすると綾小路くんがやってきた。桔梗ちゃんはパニくったのだろう。綾小路くんに自分の胸を揉ませ、脅した。内容はこのことを言いふらしたら、綾小路くんが桔梗ちゃんをレイプしたと報告するとのこと。

 正直、笑ってしまった。テンパった桔梗ちゃんの対応もそうだし、綾小路くんにビッチ扱いされ怒り狂う桔梗ちゃんが面白くてしょうがなかった。

 彼女の本性を知ってしまった私だけれど、意外と桔梗ちゃんのことは好きだったりする。

 だってあんな人間臭い女の子なんて珍しいもん。 

 そんな桔梗ちゃんが、まさか彼を好きになるなんて……。ノーマークだったので、経緯が全然わからない。

 桔梗ちゃんのことだから、私が彼に手を出して―――彼と仲が良いことは知ってるはず。なので彼を狙うのなら私と争うことになることはわかっているはず。だからみんなの人気者を演じてる桔梗ちゃんが、彼を狙うとは思ってもみなかった。

 桔梗ちゃんについてはこれから情報収集しないといけない。……もちろん、私の敵じゃないけどね。ただ油断は大敵。彼の特別になるため私は人事を尽くすだけ。

 ちなみに私は彼に嘘をつかれたことについては怒っていない。むしろ嬉しいと思ってる。だって私に桔梗ちゃんと二人で星空を見たことを隠したってことは、私に他の女の影を見せたくなかったってこと。私をただの友達と思ってるなら素直に言ったはず。けど彼は嘘をついた。つまり私を完全に異性として意識しているということだ。

 ていうか、あれだけ好き好きアピールしてるんだから、意識してくれないと困る。それにさすがの彼も私の気持ちに気づいてくれてると思うんだけどなぁ……。

 ま、彼が私に好意を抱いてるのは間違いないから、これからも頑張ってアピールしていくしかないんだけどね。 

 

「明日もデート出来るから、頑張らないと」

 

 そう。明日はインターバルで特別試験はお休み。なので彼を遊びに誘った。彼はまだ試験が終了していない私を気遣ってくれた。本当に優しいんだから。

 明日はなにして彼と遊ぼうか。彼が私に内緒にしている個室にこっそり遊びに行っちゃおうかな。そこなら無人島の時みたいに二人で一緒に昼寝出来るかも。

 ……駄目だ。またあの時のこと思い出しちゃった。

 初めて男の子に胸を揉まれた。と言っても無理やり私が揉ませたんだけど……。

 そんな貴重な初体験で、私は握りつぶされるくらい強く胸を揉まれた。どれくらい強かったと言うと、3日間握られた跡が消えなかったほど。

 痛くて痛くてしょうがなかったのに、気持ちよく思えちゃうなんて……。

 

「……んっ、もうこんな時間なのに」

 

 身体が疼き始めてしまった。

 どうしよう。携帯を見ると時刻は0時半。

 明日は彼と船内デート。それに朝食も一緒に食べる予定。だから早く寝たほうがいいんだけど……

 

「駄目だ。我慢できないや」

 

 私は本能に従って、ゆっくりジャージとショーツを下ろした。

 左手で彼の上着を顔に押しつけ、右手を秘部に触れさせる。

 

「ごめんね、帝人くん」

 

 彼の上着を汚してしまうことはわかっていたので、彼に謝罪をしてから自分を慰め始めた。

 

 私がベッドに戻ったのは1時半を過ぎた頃だった。

 案の定、彼の上着を汚してしまった。主に私の唾液で……。

 でも仕方ないよね。声を出さないようにするのに、口の中に入れるしかなかったんだから。

 それに時間が経てば乾くだろうし、彼にはばれないだろう。

 明日、上着を返すけれど、彼は洗濯しないで着てくれるだろうか。

 私の唾液が染み込んだ上着を彼が着るのを想像する。

 

「……駄目駄目。また眠れなくなっちゃう……」

 

 自分を戒める。さすがにもう寝ないと。これ以上変なこと考えちゃ駄目だ。

 私は自分にそう言い聞かせ、目を閉じる。後は寝るのを待つだけ。待つだけなのに……

 

「……もうやだ……」

 

 再度トイレに向かう。

 結局、私が眠りについたのは、それから1時間後だった。

 さすがに今回は自分の性欲の強さが嫌になった。

 付き合う前からこれで、彼と付き合ったら私はどうなってしまうんだろう。

 裏掲示板に書き込まれてるとおり、淫乱カップルになってしまうんじゃないだろうか。

 そんな心配をしながら、私はゆっくりと眠りについた。




また明日!


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37話 ヘアピン


夏アニメがどんどん終わっていく
ちおちゃんの通学路を見てノーパンで登校もいいなと思いました


 試験のインターバルとなる日。俺は一之瀬と一緒に朝食をとっているのだが……

 

「一之瀬、眠たそうだな」

「界外くんも眠たそうな顔してるよ」

 

 お互い酷い顔をしていた。

 昨晩、一之瀬に腕を抱きつかれたり、腕組みをしながら歩かされたりして、理性を保つのが大変だった。

 彼女と別れた後、すぐにベッドに入るも、歩くたびに腕が彼女の凶器とも呼べる豊満な胸に挟まれながら擦られる感触が忘れられず、寝つけなかったのだ。

 一之瀬はいい加減、自身のグラマラスな体を自覚した方がいいと思う。

 

「俺は中々眠れなくてな。一之瀬は?」

「……私も中々眠れなくて」

 

 頬を染めた一之瀬が目を逸らす。なんでそこで顔を赤くするのかな?

 

「今日どうする? 二度寝してから遊ぶか?」

 

 時刻は7時半。仮眠して午後から遊んでも時間はたっぷりある。

 

「ううん。予定通り午前中から遊ぼうよ。明日は試験あるから遊べないだろうし」

「そうだな。それじゃ予定通り10時待ち合わせでいいか?」

「うん!」

 

 ま、一之瀬と遊んでれば眠気も吹っ飛ぶだろう。

 

「それと……これ返すね」

 

 一之瀬はそう言うと、綺麗に畳まれてるジャージを渡してきた。

 

「ああ、これな」

「うん。昨日着たままだったから。……ごめんね?」

「いや、いいよ」

「界外くんの上着、凄く暖かかったよ」

「お、おう……」

 

 嬉しいこと言ってくれるのはありがたいんだけど、場所を考えてね。隣のテーブルの男子たちが凄い睨んでるから。

 

「昨日は半袖で寝たの?」

「ああ」

 

 そりゃ一之瀬に上着貸してたからね。

 

「そっか。今晩は涼しいみたいだからちゃんと上着着たほうがいいよ?」

「そうなのか?」

「うん。界外くんに風邪引いてほしくないから。ほら、試験終わったら映画館行く約束もあるし」

 

 そうだ。試験が終わったら念願の一之瀬との映画館デートだ。見る映画は恋愛映画じゃなくヒロアカなんだけど、映画館デートには変わりはない。

 

「そうだな。お互い夏風邪には気をつけような」

「うん。でも万が一、界外くんが風邪をひいたら看病してあげるね」

「それはありがたいな」

 

 一之瀬に看病されるなら風邪をひくのもありかもしれない。

 

「私が風邪ひいたら、界外くんが私を看病してね?」

「わかった」

「約束ね」

「あいよ」

 

 その時は、俺の自慢のおかゆでおはだけさせてやるよ。……いや、風邪ひいてるからおはだけさせちゃ駄目か。それより今日は……

 

「どしたの?」

「いや、龍園が絡んでくるんじゃないかと心配になって……」

 

 今日も絡んできたら、俺のこと好きすぎるだろう。

 

「にゃはは。今日は試験もお休みだし、さすがにないんじゃないかな」

「でも昨日、8つのグループが試験終了してるし……」

「あっ、そうだったね」

 

 結局、この場で龍園が俺たちの前に現れることはなかった。なので一之瀬と楽しい朝食タイムを満喫出来たのだが、隣のテーブルの男子たちの殺意だけが怖かった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 一之瀬と別れて部屋に戻ると、平田の姿があった。

 

「早いな。もう朝食食べ終えたのか?」

「うん。でも眠たいから、二度寝しようと思っててね」

 

 だろうね。沢山問い合わせきてたもんね。

 

「昨晩は大変だったもんな。寝とけ寝とけ」

「そんなことないよ。界外くんは、今日は予定あるの?」

「一之瀬と船内デート」

 

 改めて言葉に出すと照れるな。

 

「そ、そうなんだ。……一之瀬さんと」

「ん?」

「えっと、もし、どうしてもしたかったら……この部屋使っていいからね?」

「え、なにを?」

 

 平田は何を言ってるのだろう。

 

「ここなら誰にも見られないと思うから。博士くんと綾小路くんには僕からも言っておくから」

 

 そうか。平田は俺と一之瀬を気遣ってくれてるのか。俺と一之瀬が好奇な視線に晒されてるのを知ってるから。……なんて優しい奴なんだ。

 

「ありがとう、平田。でも大丈夫だ」

「え」

「俺も一之瀬も誰に見られても平気だから。むしろ見てくれって感じだ」

 

 俺も一之瀬も周りの目を気にしないと宣言したからな。男子たちの殺意だけ気をつければいい。

 

「み、見てくれって……」

 

 平田が動揺してる。なるほど。俺と一之瀬のメンタルに驚いてるのか。綾小路も俺たちのメンタルに驚いてたからな。

 

「き、君たちがそこまで変態だったなんて……」

 

 平田が顔を赤くしながらぶつぶつ言ってる。声が小さすぎて聞き取れない。

 

「ごめん。僕はそろそろ寝るよ」

「ああ。ぐっすり寝ろよ」

「ありがとう。それじゃおやすみ」

「おやすみ」

 

 5分ほどして、寝息が聞こえてきた。

 よほど疲れていたのだろう。とても気持ちよさそうに寝ている。

 

「俺も少し寝るかな」

 

 一之瀬との待ち合わせは10時。まだ8時なので十分時間がある。

 俺はアラームをセットし、ゆっくりまぶたを閉じた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は9時30分。俺は一之瀬との待ち合わせ場所に着いて、彼女を待っている。

 約束は10時だからまだ30分もある。けれど彼女を待つこの時間も結構楽しかったりする。

 

「よう、帝人」

 

 一人のチャラ男が声をかけてきた。正義だ。

 

「よう」

「こんなところで一人で佇んでどうしたんだ?」

「一之瀬を待ってるんだよ」

 

 僕、これから一之瀬とデートなの。羨ましいでしょ。

 

「なるほど。本当に仲が良いんだな」

「まぁな」

「Aクラスでもお前たちのことは話題になってるぜ」

「……だろうな」

 

 龍園のせいで嫌でも話題にされてるだろうね。

 

「いや、話題になってるのは前からだ」

「そうなのか?」

「ああ。なにせ二人ともAクラスにいてもおかしくない生徒だからな」

 

 どうやら正義は俺と一之瀬を高評価してくれてるようだ。

 

「そりゃどうも」

「おう。そうだ、試験が終わったら久しぶりに二人で遊ぼうぜ」

「そうだな」

 

 正義と遊ぶとしたら、小三以来になるのか……。

 

「もちろん一之瀬との約束優先でいいからな。空いてる時に誘ってくれ」

「言われなくてもそうするつもりだよ」

「この野郎!」

 

 軽く肩を殴られてしまった。お、なんだか青春してる感じがするぞ俺。

 

「いいねぇ、彼女持ちは」

 

 彼女じゃないんだけどね。

 

「俺も早く彼女欲しい……」

「Aクラスにいい人いないのか?」

「Aクラスは派閥争いもあるからな。あまりそんな雰囲気じゃないんだよ」

 

 なるほど。違う派閥の女子と仲良くなれる雰囲気じゃないのか。

 

「同じ派閥の子はどうなんだ?」

「うーん、顔は可愛いんだけど、性格がきつそうなんだよな」

 

 堀北みたいな女の子かな。Aクラスの女子は坂柳以外わからないんだよな。

 

「そっか。ま、お互いまだ高一なんだし、ゆっくり探していこうぜ」

「なんかお前に言われるとムカつくな」

 

 なんでだよ……。俺は年齢=彼女いない歴の童貞だぞ。

 

「ま、いっか。それじゃそろそろ行くわ」

「おう。またな」

「ちゃんと連絡してくれよ」

 

 正義はそう言いながら、去って行った。

 暫くすると、俺の目の前に天使が舞い降りた。

 

「やほー。お待たせ」

「おう」

 

 笑顔と制服姿が眩しい。朝の眠たそうな顔も吹き飛んでる。

 

「界外くん、二度寝したでしょ?」

「なんでわかった?」

「髪の毛、寝ぐせついてるよ」

「え」

 

 しまった。鏡で髪型チェックするの忘れてしまった。いつもならチェックしてるのに……。

 

「酷いのか?」

「ううん。少し横がはねてるくらい。……よかったらヘアピンつけてあげようか?」

「ヘアピン?」

「うん。嫌だったらいいけど……」

 

 ヘアピンつけたらチャラく見えそうだけど……一之瀬がつけてくれるなら、いっか。それに絶園のテンペストとニセコイの主人公もつけてたし。

 

「それじゃお願いしようかな」

「……うんっ! それじゃつけるね」

 

 ブレザーのポケットからヘアピンを取り出し、俺の髪を指で挟み、ヘアピンを留める。

 

「うん。これで大丈夫かな」

「ありがとう。一之瀬はヘアピン持ち歩いてるのか?」

「一応ね。あまり使わないけど、何かあった時の為に念のため持ち歩いてるんだ」

 

 そうなのか。ヘアピンしてる一之瀬も見てみたいな。

 

「それじゃいこっか?」

「だな」

「まずはシアターだよね?」

「ああ。この時間ならスタンド・バイ・ミーが上映されてるはずだ」

 

 この豪華客船のシアターでは、新旧の名作映画が上映されている。

 アニオタな俺だけど、母親の影響で洋画を沢山見てきた。恐らく名作と言われる映画は見尽くしてると思う。

 一之瀬から昔の名作を見たいと要望があったので、まずはシアターで映画を見ることになった。

 無料で利用できる施設なので、当然チケットを購入することもなく、すんなり館内に入れた。

 

「ここら辺でいいか?」

「うん」

 

 見やすそうな座席に腰を下ろす。館内は俺たち以外に数人の生徒しかいなかった。みんな、昔の映画は興味ないのだろうか。

 

「スタンド・バイ・ミーって30年前の映画なんだよね?」

「ああ。俺が初めて見た洋画だ」

「そうなの?」

「母親がやたらと昔の映画を見せてきたんだよ」

「そうだったんだ」

 

 逆に俺が母親にアニメを見せようとしても、全然見てくれなかった。理不尽です!

 

「界外くんはいいの?」

「なにが?」

「だって前に見たことあるんでしょ? つまらなくなったりしない?」

「大丈夫だ。もう10年近く見てないから。それに一之瀬と一緒に映画見れるしな」

「……そっか。私も界外くんと一緒に映画見れて嬉しいよ?」

 

 一之瀬はそう言うと、手を重ねてきた。

 

「これから沢山、映画を一緒に見ようね」

「そうだな」

 

 既にヒロアカ、キミスイ、夏目は確定してるしね。

 最新の映画だけじゃなく、レンタルで借りて部屋で二人で見るのも悪くない。むしろ二人きりで見たい。

 やがて、映画の上映が始まり、俺たちは一切会話をすることもなく、真剣に見入った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「面白かったー」

「だろ」

 

 映画を見終えた俺たちは、レストランで昼食をとっていた。

 

「私、昔の映画ってあまり見たことなかったんだけど、あんなに面白いとは思わなかったよ」

「そうか」

 

 満足してくれたようで何より。

 

「……よかったら、お勧めの映画色々と教えてくれる?」

「もちろん。レンタルで借りて二人で見るのもいいかもな」

「うん! そうしよう!」

 

 一之瀬が前のめりになり、興奮しながら言う。

 

「旧作なら100ポイントで借りられるから借り放題だね」

「だな」

 

 ケヤキモール内になるレンタルショップ。敷地内にはそのお店しかレンタルショップがないので、新作は借り辛いのが難点だ。

 

「旧作なら新作と違って借りられてる可能性は低いだろうしな」

「だね。うーん、早く試験終えて、寮に帰りたくなってきちゃった!」

 

 俺も寮に帰りたい。2週間分アニメが溜まってるから、消費が大変そうだ。

 でももう少し一之瀬とこの旅行を楽しみたいと思う。

 

「よう」

 

 楽しみたいのになんでお前が来るかな……。

 

「龍園」

「デート中邪魔してワリィな」

「そう思うなら消えてくれ。俺の前から永遠にな」

「クク。なら俺を退学させるしかねぇな」

 

 退学にならない限り、俺の前に現れるってか。

 

「龍園くん、私たちデート中なの。邪魔しないでくれるかな?」

「すぐ終わるさ。5分くらいいだろう?」

 

 驚いた。一之瀬がまさか怒るなんて……。

 

「昨晩、7つのグループが同時に試験が終了したのは知ってるよな?」

「ああ」

 

 当たり前だろ。俺が当事者なんだから。

 

「それを仕向けたのは……テメェだろ?」

「……さぁな。俺かどうかは結果が発表されればわかるだろう」

「肯定も否定もしねぇんだな。……まぁいい。邪魔したな」

 

 龍園はそう言い、踵を返す。

 

「龍園」

 

 俺は彼の背中に向けて声をかけた。

 

「あん?」

「お前じゃ俺に勝てない。諦めろ」

「……ぶっ殺す。次はお前たち二人まとめて潰してやるよ」

 

 俺と一之瀬を殺さんばかりの視線を向け、龍園は店を後にした。

 ……ちょっと待て。なんで一之瀬までターゲットにされてるんだ……。

 

「にゃはは、どうやら私も標的にされちゃったみたいだね」

 

 苦笑いしながら頬を掻く一之瀬。……いや、笑いことじゃないんだけど。

 

「でも仕方ないよ。私はBクラスで、龍園くんはCクラス。普通に考えれば標的にされるのは界外くんじゃなくて私の方なんだよ」

「ま、確かにそうだけど……」

「だからそんな顔しないでよ。こうなったのは界外くんのせいじゃないから」

 

 いや、俺のせいかもしれない。俺が余計な挑発をしなければ……。あれでより俺だけにヘイトを集めれると思ったのに……。

 

「一応、私だってBクラスの学級委員長だよ? そんな簡単にやられたりしないから大丈夫」

「……そうだな」

「それに……何かあったら、界外くんが助けてくれるんでしょ?」

 

 彼女は俺を見つめながら、そっと俺の右手を両手で包み込んだ。

 

「そうだな。前に言ったもんな」

「うん。頼りにしてるね」

「ああ」

 

 好きな女の子に頼りにされて頑張らない男なんていないだろう。

 

「もうこの話はこれで終わり。せっかくのデートなんだから楽しもう!」

「だな」

 

 一之瀬もデートと思ってくれてるのか。やばい、凄い嬉しい。

 その言葉を聞いただけで、さっきまでのどす黒い感情が消え去った気がする。

 

「午後はゲームコーナーだよね?」

「ああ」

「……アニメの影響でしょ?」

「うっ」

 

 さすが一之瀬。俺のことをわかってらっしゃる。

 

「でも格闘ゲームなんてあるのかな?」

「博士に聞いたらあるって言ってたぞ」

「そうなんだ」

「でも二人で一緒にやれるゲームもあるみたいだから、そっちで遊ぼう」

「……いいの?」

「ああ。一人でゲームするより、一之瀬と二人でゲームした方が楽しいだろうし」

 

 俺がそう言うと、一之瀬は満面の笑みを浮かべながら手をにぎにぎしてきた。

 

「えへへ」

「……なに?」

「なんでもにゃーい。ただ嬉しいこと言ってくれたから、喜んでるだけ」

「そっか」

 

 無邪気な笑顔を見せる一之瀬。たまに見せるエロい表情とのギャップが凄い。

 その後、俺と一之瀬は夕方までゲームコーナーで夢中で遊んだ。

 遊んでる最中、不快な視線を感じたので、視線の元を辿ると、山内がいた。

 どうやら相変わらず下衆な考えをしながら、一之瀬を見ていたようだ。……お前って佐倉が好きなんじゃなかったけ?

 とりあえず近くにいた須藤にチャットを送り、山内を連れてその場から立ち去ってもらった。

 一之瀬も山内の視線には気づいてたらしく、山内がいる間はずっと俺の背中に隠れていた。

 ゲームコーナーを後にし、俺と一之瀬の船内デートは終了した。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「軽井沢を駒にした?」

 

 時刻は夜の10時。場所は勉強用に与えられた個室。茶柱先生との約束で他の生徒の入室は禁止されてるが、綾小路は許可を貰ったらしい。

 大事な話があるとのことなので、綾小路の言葉を信じ、部屋に招き入れて今に至る。

 

「ああ」

「この前の冗談じゃなかったのか」

 

 なんで軽井沢を駒にしたのだろうか。

 

「本気だ。軽井沢は学力はないが、支配力はある」

「一応、女子のリーダーだからな」

「あいつは使える」

「軽井沢がねえ」

 

 あまり想像出来ない。俺の中では借金のイメージしかない。

 

「それでどうやって駒にしたわけ?」

「軽井沢のプライバシーが関わることなので詳しくは話せない」

「そっか」

「……気にならないのか?」

「ああ」

 

 正直、軽井沢のプライバシーなんて興味ないからね。松下に借金さえ返してくれればどうでもいい。

 

「……お前はオレと似てるかもしれない」

「なにが?」

「他人を何とも思わないところだ」

「いやいや、めっちゃ思ってるから」

 

 特に一之瀬のことね。俺、一之瀬の為ならどんな拷問も耐えられると思うよ。

 

「そうか……。とりあえず報告は以上だ」

「お、おう……」

「そのうちお前にも紹介する」

「いや、結構です」

「そう言うな。オレ的にはお前と軽井沢が連携してくれると助かるんだ」

 

 俺と軽井沢が連携とか勘弁してくれ。

 綾小路の報告を終え、俺たちは自室へ向かった。

 

「そういえば櫛田はどうだ?」

 

 隣を歩く綾小路が問う。

 

「うーん、明日遊ぶ予定だけど」

「櫛田から誘われたのか?」

「当たり前だろ」

「……そうか」

「ちなみに堀北とも遊ぶ予定だ。午前中は櫛田、午後は堀北」

 

 三人で一緒に遊ぶか考えたけど、俺の胃がもたないので諦めた。

 

「忙しいな」

「勉強もしたいんだけど、断ると二人とも泣きそうな顔するんだもん」

「するんだもんって……」

「綾小路も佐倉を誘ってやったらどうだ?」

「いや、オレは試験があるんだが」

「そうだった」

 

 すっかり忘れてた。綾小路も一之瀬と同じ兎グループだった。

 

「んで軽井沢は守れそうなのか?」

 

 兎グループの優待者は軽井沢。一之瀬たちが優待者の法則性にまだ気づいてなければいいんだが……。

 

「どうだろうな。とりあえず作戦は思いついてる」

「そうか。ま、頑張ってくれ」

 

 それしか言えない。俺は綾小路が真面目に試験を受けてる間、美少女たちと戯れてるよ。

 ……あれ? 櫛田もまだ試験終わってなくない?




次回で船上試験編完結です!


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38話 特別試験終了

原作4巻分完結です!
感想少ないとやらかしてしまったのかと不安になっちゃう……


 試験最終日に突入した。と言っても俺のグループは2日目で試験が終了しているので3日目以降とやることは特に変わらない。

 それより残り3つのグループの試験終了の通知が届いていない。龍園のことだから日付が変わる0時に最低2つのグループの試験を終了させると思ったんだけどな……。

 

「最後までやらせるつもりなのか。それともやる気がなくなったのか」

 

 俺の予想が正しければ龍園はDクラスの優待者の情報を得ているはずだ。なので試験を終了させることは出来るはず。

 

「……ま、考えても仕方がないか。シャワーでも浴びよう」

 

 その後、シャワーを浴び終えた俺は制服に着替え、ビュッフェレストランに向かった。

 

「おはよう、界外くん!」

「おはよう」

 

 レストランに着くと、一之瀬が挨拶をしてきた。

 今日も一之瀬と一緒に朝食をとることになっている。

 お皿に適当に料理をよそい、空いてる席に座る。

 

「やっと試験最終日だね」

 

 パンをかじりながら一之瀬が言う。

 

「ああ。あっという間の2週間だった」

「私もあっという間に感じだよ。多分楽しかったからかな」

 

 だろうね。楽しいと何で時間を早く感じるんだろうか。

 

「界外くんも楽しかった?」

「楽しかったぞ」

 

 一之瀬と一緒に過ごす時間が多かったからね。

 

「またこういう旅行があるといいね」

「なるべく試験なしでな」

 

 あってもいいけど、他クラスと交流できる試験でお願いします。

 

「にゃはは。この学校にそういうのは期待しちゃ駄目だよー」

「だよな」

「それに旅行なら……卒業したら二人で行こうよ」

「え」

「……駄目かな?」

「全然駄目じゃない」

 

 まさかの一之瀬から二人きりの卒業旅行のお誘いである。

 

「よかった。と言ってもまだ二年半もあるんだけどね」

「二年半か」

 

 その頃には俺たちDクラスはAクラスまで上がっているのだろうか。

 今は目の前の特別試験に集中しているけれど、これからは先のことを考えながら試験に挑まないといけないだろうな。

 

「……そうだ。これ返すの忘れてた」

 

 ポケットからヘアピンを取り出す。

 

「昨日はありがとな」

「ううん。また寝ぐせある時に貸してあげるね」

「その時は頼む」

 

 その後、朝食をすませた俺は一之瀬と別れ、部屋に戻った。

 

「櫛田との待ち合わせは9時半だったか」

 

 この日は、午前中に櫛田、午後に堀北と遊ぶ予定になっている。櫛田は試験が残ってるのに大丈夫だろうか。

 暫くベッドでゴロゴロしていると、綾小路が戻ってきた。

 

「よう。遅かったな」

「試験の為に準備をしてきた」

「準備って昨日言ってた作戦か?」

「ああ」

 

 作戦か。俺は優待者の法則性を導き出した後に、自クラスの優待者を守る方法を考えていた。

 しかし、龍園がDクラスの優待者の情報を得ているようだったので、櫛田と南にその方法は伝えなかった。その方法とは……

 

「携帯を交換したのか?」

「正解だ。よくわかったな」

 

 恐らく綾小路は結果1に導くよう見せかけ、メールの見せ合いをさせるつもりなのだろう。優待者を綾小路か幸村に見せかけ、裏切り者を出させて、結果4で試験を終了させる狙いだ。

 

「履歴やデータは移動させてるんだろ?」

「ああ」

 

 それで大丈夫だろうか。一之瀬がどれほどの切れ者かわからないけど、端末の交換なんて見抜く人がいそうな気がする。

 ……いや、綾小路のことだ。そんな単純な作戦で試験に挑むわけがない。

 

「……そうか。SIMロック解除をして、二重に端末を交換したのか」

「今思いついたのか?」

「ああ。お前が端末の交換だけなんて単純な作戦で試験を乗り切るとは思わなかったからな」

 

 学校支給の携帯のSIMカードは端末ごとにロックされており、入れ替えても通話は出来ない。入れ替えて使用するにはポイントを払って『SIMロック解除』をする必要がある。

 

「ちなみにSIMロックの解除やカードの入れ替えについては博士から教えて貰ったことがある」

「博士か」

 

 博士って勉強は出来ないのに、ハッキングや機器に関しては膨大な知識を持ってるんだよな。

 

「綾小路も前に頼ったことがあっただろ?」

「監視カメラだな」

「ああ。博士も結構頼りになるんだぜ」

「そうだな」

 

 そういえば氷菓を持ってきたのも博士だ。博士が氷菓を持ってこなかったら、俺も優待者の法則性を導きだせなかったかもしれない。今回のMVPは博士か。

 

「界外」

「ん?」

「端末の入れ替えについてはお前の指示で行ったことにするがいいか?」

「いいよ。ていうか俺か堀北の指示ってことにするしかないもんな」

 

 綾小路は暗躍したいボーイだからね。表に出てきちゃ駄目だもんね。

 

「助かる。それじゃ少し出てくる」

「どこに行くんだ?」

「軽井沢と軽く打ち合わせだ。……お前も来るか?」

「いってらっしゃい」

 

 どうやら綾小路は俺と軽井沢をどうしても接触させたいらしい。

 

「行ってくる」

 

 綾小路はそう言い、部屋を後にした。

 その後、俺は予定通り9時半に櫛田と合流し、午前中いっぱいプールで遊んだ。ちなみに櫛田の水着は黒のビキニで中々エロかった。

 午後は堀北とシアターで映画鑑賞をした。ちなみに作品は『ショーシャンクの空に』だった。

 映画を見終わった後は、カフェで2時間ほど雑談をし、解散した。……いや、雑談長すぎだろ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は午後9時。試験終了時刻だ。

 

「みんな、上手くいったかな?」

 

 平田が心配そうに言う。

 

「どうだろうな。とりあえず綾小路と博士が戻ってくるのを待とう」

 

 試験終了後はすぐに自室に戻らないといけないようなので、そろそろ帰ってくるだろう。

 

「ただいまでござる」

 

 直後、博士が戻ってきた。

 

「お疲れ様、博士くん」

「お疲れ。綾小路は?」

「綾小路殿は、一之瀬殿と何か話してたようでござるよ」

 

 一之瀬とか。もしかしたら作戦を見破られたのだろうか。

 

「……どうだった?」

「恐らく綾小路殿を優待者と勘違いしてくれたと思うでござる」

 

 どうやら作戦は上手くいったようだ。

 

「まず端末の交換に気づいたのが一之瀬殿でござった。最初はフェイクで拙者が優待者とみな信じていたでござるが、一之瀬殿が綾小路殿に電話をしたのでござる」

「それで博士の携帯が鳴ったわけだ」

「さよう。結果、綾小路殿が優待者という認識で解散したのでござる」

「そっか。なんで一之瀬と綾小路が残ってるか知ってるか?」

「知らんでござる」

 

 だよね。知ってたら聞く前に教えてくれるよね。

 

「ふぅ。疲れたでござる」

 

 博士はそう言い、ベッドに腰を下ろす。

 その直後、携帯に学校からの通知がほぼ同時に2件届いた。

 

「蛇と馬グループに裏切り者が出たようだね」

 

 平田が携帯の画面を見ながら言った。

 

「もしかして優待者を見抜かれたでござるか?」

「それは結果発表をされないとわからないだろ」

 

 博士の問いに答えるが、恐らく見抜かれているだろう。

 少し時間が経って、再度携帯に学校からの通知が届いた。

 

「兎グループも裏切り者が出たか」

 

 他の2グループより遅いタイミング。これで兎グループの裏切り者がCクラスじゃなければ、俺の嫌な予想が当たることになる。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 深い闇夜の海に浮かぶ船は、どこか寂し気な様子だった。

 しかし午後11時が近づくにつれ段々と人の気配が増えていく。気がつけば静まり返っていたカフェは大盛況を見せ次々と席が埋まっていく。

 早い段階の元で6人席を確保していた俺と綾小路の元に、一人の少女が近づいてくる。

 

「……お待たせ」

 

 遠慮がちにやって来たのは、借金ガール軽井沢だった。なんか表情がいつもと変わってる気がする。

 

「遅い時間に呼び出して悪かったな」

 

 綾小路が全然悪くなさそうに言う。

 

「ううん、それはいい……界外くんもこんばんは」

「お、おう……」

 

 しおらしい軽井沢にたじろいでしまう。

 

「……ねえ、本当に上手くいったの?」

「問題ない。間違いなくAクラスの生徒がオレの名前を書いてメールを送ってる」

 

 軽井沢の問いに堂々と答える綾小路。

 

「試験お疲れ様三人とも。座ってもいいかな?」

 

 平田が微笑みながら近づいてきた。

 

「もちろんだ」

 

 なんか平田が来てから軽井沢が居心地悪そうだな。

 

「遅くなってごめんなさい」

 

 平田に続いて堀北もやって来た。

 

「佐藤さんに捕まってしまって遅くなったわ」

「そうか。仲良いようで何よりだ」

「一方的に絡まれてるだけよ」

 

 ぶっきらぼうに言う堀北。

 

「それよりも、2件同時に届いたメールだけれど……」

「多分Cクラスがメールを送ったんだろうな」

 

 堀北の問いに答える。

 

「なんでCクラスなの?」

「龍園が俺に言ってきたんだよ。全クラスの優待者を把握してるって」

「ウソっ!?」

 

 俺の答えに驚愕する軽井沢。さっきのしおらしい態度は何処へ……。

 

「だから俺は早めに優待者を見つけ出し、クラスの皆に裏切ってもらったんだ」

「あれってうちのクラスがメール送ってたの!?」

「ああ。……そっか、軽井沢は知らなかったのか」

「知らなかった」

 

 そう言えば軽井沢はあの場にいなかったもんね。知らないのも当然だ。

 

「ていうか、どうやって優待者を見抜いたわけ?」

「それは後で説明するよ。そろそろ結果発表のメールが届く時間だよ」

 

 俺の代わりに平田が答えてくれた。

 

「11時だ」

 

 俺がそう言うと、一斉に携帯にメールが届く。

 俺たちは結果を知るべく視線を落とした。

 

鼠―――結果3

牛―――結果3

虎―――結果3

兎―――結果4

竜―――結果3

蛇―――結果3

馬―――結果3

羊―――結果4

猿―――結果3

鳥―――結果3

犬―――結果3

狸―――結果3

 

 以上の結果から本試験におけるクラス及びプライベートポイントの増減は以下とする。

 cl、prという単位がポイントの後ろについてあるが、これはそれぞれクラスポイントとプライベートポイントの略称である。

 

Aクラス……マイナス200cl 変動なし

Bクラス……マイナス50cl プラス50万pr

Cクラス……マイナス50cl プラス100万pr

Dクラス……プラス300cl プラス450万pr

 

「うちのクラスの圧勝……?」

 

 信じられないような表情をしながら軽井沢が呟く。

 

「これで2学期からCクラスね」

 

 反対に堀北は満足そうな表情をしている。

 

「やったね、界外くん」

「ああ」

 

 無人島試験と同じように平田とハイタッチを交わす。……綾小路が羨ましそうに見ている。

 

「ほら、綾小路も」

「お、おう……」

 

 綾小路も俺、平田とハイタッチを交わす。

 

「これでクラスポイントは627になるわ。Bクラスが773clだから射程圏内と言ってもいいわね」

「つまり近々Bクラスに上がれるかもしれないってわけ?」

「ええ」

 

 軽井沢の問いに堀北が凛として答える。

 

「ま、誰かしら問題起こしてクラスポイントを減らさなければの話だけどな」

 

 今のクラスなら大丈夫だろう。須藤も夏目のおかげですっかり人格が変わったからな。

 

「結果もわかったことだし、俺は戻る。夜更かしは肌荒れの原因だからな」

「肌荒れの原因って……」

 

 軽井沢が何か呟いているが無視する。

 この試験が始まってから寝る時間が遅くなってるんだよ。睡眠不足で肌の調子が悪い気がする。

 

「待って。私も行くわ」

「ん。それじゃおやすみ」

 

 俺はそう言い、堀北と連れてカフェを後にした。

 

「まさか2学期からCクラスに上がれるとは思ってなかったわ」

 

 隣を歩く堀北が言う。

 

「ああ。特別試験が2回もあったおかげだな」

「それもあるけれど、界外くんが優待者を見つけ出したからでしょ?」

「……堀北も法則性は導き出してただろ」

「そうだけれど」

「なら堀北も今回の勝利の立役者だと思うぞ」

 

 もしかしたら堀北の方が早く優待者の法則性を導き出してたかもしれない。

 

「そ、そうかしら……」

「ああ」

 

 それに今回は坂柳の協力が大きい。運もよかった。

 

「病み上がりなのに頑張ったな」

「あっ」

 

 やばい。つい勢いで堀北の頭を撫でてしまった。

 

「悪い」

 

 すぐに手を引っ込める。

 

「……別に怒っていないわ。むしろもう少し撫でてもいいのだけれど」

「え」

「私、頑張ったのよね?」

「あ、うん。でも人前ですることじゃないから……」

「なら人がいないところに行きましょう」

 

 堀北はそのまま人気のないところに俺を連れ出した。

 

「ここなら問題ないわよね?」

「そんな撫でて欲しいの?」

 

 俺の問いかけに顔を赤くしながら頷く堀北。

 もしかしたら兄貴や両親に褒められたことがないのかもしれない。なら俺がしっかり褒めてやらなければ。

 

「それじゃ……」

 

 ゆっくり堀北の頭に手を乗せる。そして優しく撫で始める。

 

「んっ……」

 

 やっぱり堀北の髪って綺麗だよな。ちゃんと手入れもしてるんだろうな。

 

「撫でるの上手ね」

「そうか?」

 

 一応、一之瀬の頭なら2回撫でたことあるからね。……そういえば、堀北も耳が弱いのだろうか。少し触ってみるか。

 撫でてる手をゆっくりと耳の近くに移動させる。

 

「……んぁっ……」

 

 小指が堀北の耳に触れた瞬間、彼女の体がビクンと反応した。

 どうやら堀北も耳が弱いようだ。

 

「あっ……あぅ……」

 

 そろそろやめよう。これ以上堀北の変な声聞いてると、今夜も眠れなさそうだ。

 

「もういいだろう。そろそろ部屋に戻ろう」

「あっ……」

 

 堀北が名残惜しそうにこちらを見るが心を鬼にして無視する。

 

「…………そうね。もうこんな時間だものね」

 

 髪をかきあげ、吐息を漏らしながら堀北が言う。……エロい。

 

「ああ。……それと明日寮に戻ったら俺の部屋に来てくれないか?」

「いいけれど」

「大事な話がある」

「……わかったわ」

 

 堀北にも伝えておかねばならないだろう。うちのクラスに本当の裏切り者がいることを。

 

 堀北を部屋に送り届け、自室に向かう途中に葛城と遭遇した。

 

「よう」

「……界外か」

 

 酷い顔してるな。仕方ない。無人島試験に続いて、今回の試験も惨敗したんだ。

 

「悪いが今回も一人勝ちさせてもらったぞ」

「そのようだな。……だが2学期以降はこう上手くいくとは思わないことだ」

 

 強がりを言いやがる。冷静に装ってるつもりだろうが、その目は何だよ。弱弱しすぎるぞ。

 

「だろうな。2学期以降はAクラスに勝利するのは難しくなるだろ。なにせ……坂柳が指揮するんだからな」

 

 俺がそう言うと、葛城は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。

 

「葛城。お前は2回も特別試験で結果を残せなかった。同じ派閥の生徒からの信頼も相当薄まったんじゃないか?」

「お前には関係ないだろ」

「関係あるさ。なにせ今後の葛城の立場によって、潰すか潰さないか検討しないといけないんだからな」

「お前に俺が潰せるとでも?」

「思ってるさ。実際、お前は無人島試験でも今回の試験でも俺に勝てなかった」

 

 本当は綾小路と坂柳の助力があったから勝てたにすぎないんだけどね。

 

「そういえば無人島試験の結果発表の時のお前の顔、傑作だったな」

 

 坂柳からの依頼は葛城を叩き潰すこと。ならサービスしておいてやろう。 

 

「なんだと……っ!?」

「希望から絶望に叩き落とされるその表情……最高にいい気分だった」

 

 うーん、今の俺って悪役にしか見えないだろうな。

 

「今回の試験の結果発表、クラスメイトと見てたんだが失敗したな。お前の近くにいればよかったよ。お前の近くにいれば、もう一度絶望に叩き落とされた顔が見れたんだからさ」

「下衆め……っ!」

「下衆? Cクラスと手を組んで、結果を残せずにクラスに迷惑を掛けた無能なリーダーに言われたくないな」

 

 ごめんね。坂柳からの依頼だから仕方なく心をへし折ろうとしてるだけなんだ。

 

「……気づいていたのか?」

「ああ。ま、素人にスパイみたいな真似をさせた龍園の無能っぷりも笑えたけどな」

「どうやら俺は完全に見誤ってたようだ。他クラスの最大の注意人物は一之瀬や龍園でもない。界外、お前だったようだ」

 

 いや、見誤ってないと思うぞ。一之瀬は相当頭切れるみたいだし、龍園はなんかしつこそうだ。ガンダムXのフロスト兄弟なみにしつこそう。

 

「それはどうも。クラスメイトにも言っておくんだな」

 

 俺はそう言い残し、葛城の横を通り過ぎていく。

 気分は某大罪の団長さんだったけど、上手くいったようだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 翌朝。俺は朝食をとるため、カフェ『ブルーオーシャン』のテーブル席に座っていた。

 

「今回もDクラスの一人勝ちだったねー」

 

 テーブルの向かい側に座る一之瀬が言う。

 

「悪いな」

「ううん、全然悪くないよ。真剣勝負の結果なんだから」

「そう言ってくれると助かる」

 

 ま、一之瀬がそんなことで怒るとは思ってないけど。

 

「それにしてもやられたよ。まさか2日目で優待者全員把握してるなんてさ」

「氷菓見て、頭が冴えてたからな。すぐに優待者の法則性を導き出せたぞ」

「それ他の人に言っちゃ駄目だよ」

「なんで?」

「私は界外くんが本気で言ってるのがわかるからいいけど、他の人が聞いたら馬鹿にされてると思うからだよ」

 

 そうなのか。事実を言ってるだけなのに……。

 

「ただでさえ、私たちって悪目立ちしてるじゃない?」

「そうだな……」

「だからそこら辺は気をつけたほうがいいかなって。必要以上にヘイトを集めないって言えばいいのかな……?」

 

 一之瀬が言いたいことはわかる。けど昨日葛城にやらかしてしまったんだよね。

 

「……わかった。気をつけるよ」

「うん。なんか偉そうなこと言ってごめんね」

「いや、心配してくれたんだろう。ありがとな」

「……うん」

 

 頬を染め、軽く視線を落とす一之瀬。

 

「それと界外くんに確認したいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「今回の試験でDクラスはCクラスに上がるでしょう?」

「夏休み中問題を起こさなければな」

 

 今のところ問題起こしそうなのは山内くらいか。

 

「Bクラスとの協力関係についてなんだけど。……私は界外くんたちがCクラスになっても続けたいと思ってる」

「俺もだ。もちろん今回の試験のように戦う時は戦うけど」

「よかった。Dクラスとは必要以上に争いたくないからね」

 

 一之瀬は優しいな。ただその優しさにつけこむ輩がいるかもしれないから気をつけてほしい。

 

「後で平田にも言っておくよ」

「うん!」

「それじゃそろそろ戻るか」

「え……待ってっ!」

 

 立ち上がろうした瞬間、一之瀬に袖を掴まれた。

 

「ここで朝食をとれるの最後なんだよ。……もう少し一緒にいよ?」

「そうだな。なんだったら港に着くまでここにいるか」

「うん! そうしよっ!」

 

 冗談で言ったのに本気にされてしまった。

 まあ昼前には着くみたいだからいっか。

 それより相変わらずの俺のチョロクオリティ。

 一之瀬の上目遣い+涙目のコンボには勝てなかったよ……。

 

「この2週間、色々あったよね……」

「そうだな」

「界外くんとも沢山思い出が作れたと思う」

「そうだな」

 

 俺も一之瀬との思い出が沢山作れた。指をしゃぶられたり、膝枕されたり、一緒に昼寝したり、変な噂流されたり、性感帯を見つけたり、腕組みしたりと色々あった。

 

「学校に戻ってからも沢山思い出作ろうね」

「ああ」

 

 卒業まで二年半もある。これからも沢山一之瀬との思い出は作れるだろう。けれどその為には邪魔な人間を排除しなければならない。

 一之瀬をターゲットにすると公言した龍園、そしてクラスの裏切り者。裏切り者の意図はわからない。けれどそれが俺の邪魔をするようなら全力で排除するしかない。

 俺と彼女の学校生活を脅かす存在は駆逐してやる。……本当、俺ってアニメに影響されやすいな……。




クラスポイント一覧

Aクラス: 924
Bクラス: 773
Cクラス: 292
Dクラス: 627

次回は久しぶりの橘先輩メイン回になります!


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39話 可愛い先輩

13話以来の橘先輩の出番です

9巻の一之瀬めっちゃ可愛かったですね
次作品は原作の一之瀬を活かしたのやりたいですねw


 2週間の豪華旅行を終えた翌日。俺はケヤキモールに足を運んでいた。

 夏休みということもあり、モール内は大変賑わっている。

 

「相変わらず人が多いですね」

 

 隣を歩く橘先輩が言う。

 そう。なぜ俺がケヤキモールに来ているかというと、橘先輩にランチを誘われたからだ。

 どうやら試験で好成績を残したご褒美にご馳走してくれるらしい。

 

「基本、遊ぶ場所がモール内に集中してますからね」

「そうですね。それと試験を終えた一年生たちが羽を伸ばしてるのでしょうね」

 

 それは間違いないだろう。名前はわからないが、さっきから船上で見かけた顔と何度もすれ違ってる。

 

「あ、着きました」

「ここですか」

 

 辿り着いたのは、橘先輩行きつけの蕎麦屋。橘先輩は蕎麦が大好物なようで、俺にこのお店を紹介したかったらしい。

 店内に入ると、店員がすぐに個室まで案内してくれた。

 

「個室もあるんですね」

「はい。なので人が多くてもゆっくりお話が出来るんです」

 

 なるほど。それはいい。今度一之瀬も連れてこよう。

 

「橘先輩、お勧めはどれですか?」

「そうですね……。界外くんは男の子なので、ボリュームを考えると、天ぷらそばでしょうか」

「じゃそれで」

 

 常連の橘先輩の言うことなら間違いないだろう。

 ちなみに橘先輩はシンプルにもり蕎麦を頼んでいた。

 

「界外くん、Cクラス昇格おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 控えめに乾杯する。

 

「まさか今年初めての特別試験でここまで結果を残せるとは思っていませんでした」

「運がよかったのもありますよ」

 

 綾小路の存在と坂柳が協力してくれたおかげだろう。

 

「運だけじゃここまで結果は残せないですよ。もしかしたら2学期中にBクラスになれるかもしれませんね」

「なれるよう頑張ります」

「はい。でも頑張り過ぎないようにしてくださいね」

 

 微笑みながら橘先輩が言う。

 久しぶりに橘先輩と話すけど、やっぱ癒されるな……。

 

「そう言えば橘先輩、今日は生徒会お休みなんですか?」

「はい。今日は完全オフです」

「そうですか。なんか俺のために休みを潰させてしまったようで、すみません」

「そんなことないですよ。そもそもお食事に誘ったのは私ですから。それに界外くんは私の可愛い後輩なので」

 

 可愛い後輩か。

 

「それじゃ橘先輩は可愛い先輩ですね」

「か、可愛い……っ!?」

「はい」

「か、可愛い……」

 

 しまった。一之瀬を弄る感じで接してしまった。

 

「わ、私が……可愛い……」

 

 もしかして言われ慣れてないのだろうか。完全にゆでダコ状態になってらっしゃる。

 

「か、界外くん……っ!」

「はい?」

「あまり先輩をからかっちゃ駄目ですよ!?」

「いえ。事実を言ったまでなのですが……」

 

 俺がそう言い返すと、橘先輩の顔がより赤みを増した。

 

「お、お手洗いに行ってきます……っ!」

 

 そう言うと、橘先輩は慌てた様子で個室を出て行った。

 数分後、橘先輩が戻ってきた。どうやら落ち着きを取り戻したようだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ご馳走様でした」

「いえいえ。美味しかったですか?」

「はい」

 

 昼食を済ませた俺たちは、本屋を目指し、ケヤキモール内を歩いていた。

 

「すみません。私用に付き合わせてしまって」

「いえ。俺も買いたい本があったので、ちょうどよかったです」

「そうですか。界外くんは何の本を買うんですか?」

「ラノベです」

 

 旅行にいってる間に、発売したラノベを購入しなければ。

 

「ラノベですか。前に図書室で扱うよう直談判してたジャンルの本ですね」

「はい……」

 

 そう。俺は1学期に橘先輩を通して、ラノベを図書室に置いてもらうようお願いしたことがある。結局、生徒会長に却下されてしまったが……。

 

「本当に好きなんですね」

「そうですね。橘先輩は何の本を買うんですか?」

「私は大学関連の本です」

「と言うことは大学進学するんですか」

 

 ま、橘先輩なら妥当なところか。頭良さそうだし、名門大学に進学するんだろうな。

 

「はい。外国語を学びたいので、外語大学に進学したいと思っています」

「外語大学?」

「……その、私、通訳になりたくてですね……」

 

 もじもじしながら橘先輩が将来の夢を語ってくれた。

 

「英語は話せるんですけど、他の外国語も学びたくて……」

「英語話せるんですか?」

「はい。……まあオーストラリアに住んでいたので話せるのは当たり前なのですが」

 

 橘先輩は頬を掻きながら苦笑いをした。

 

「帰国子女だったんですね。知りませんでした」

「界外くんには言ってませんでしたからね」

「それじゃ留学も視野に入れてるんですか?」

「はい。なので交換留学のプログラムがある大学が志望校になりますね」

 

 橘先輩が留学。……なんか心配になってきた。橘先輩って人が良すぎるから外国人に騙されたりしちゃうんじゃ……。

 

「どうしたんですか?」

「い、いえ。何でもありませんっ!」

 

 しまった。見過ぎていたか。

 

「そうで―――――――――ひっ」

 

 急に橘先輩の体が大きくビクンとした。いったいどうしたんだろう?

 

「橘先輩、どうしたんですか?」

「あ、あそこに犬が……」

「犬?」

 

 橘先輩が指さした先を見ると、確かに飼い主にリードで繋がれているラブラドールが一頭いた。

 

「先輩、犬苦手なんですか?」

「い、いえ。苦手じゃないです……っ!」

 

 いや、思いっきり足震えてるし。生まれたての子鹿並に震えてるから。

 

「た、ただですね、その、人間を襲ってくる可能性を考えてですね……」

 

 どんだけびびってるんだよ。小さい頃に犬に追いかけられてトラウマでも持ってるんだろうか。

 

「大丈夫ですよ。何かあったら俺が守りますから」

「…………はい」

 

 橘先輩が俺の袖を握ってきた。……年上の人に頼られるのも悪くないな。

 とりあえず本屋に行くためには犬の傍を通らないといけない。

 

「ほら、行きますよ」

 

 なるべく橘先輩を犬から遠ざけるような位置にして通り過ぎる。

 橘先輩、急ぎたいのはわかるけど、袖を引っ張らないで! 伸びちゃうから!

 

「先輩、もう大丈夫ですよ」

 

 犬から5メートルほど離れた場所で声をかける。

 

「……ありがとうございます」

「いえいえ。まさか先輩が犬が苦手だなんて驚きでした」

「うっ……」

 

 どっちかと言うと、動物好きに見えるしね。

 

「ま、苦手なものは誰にでもありますからね」

「……界外くん」

「はい?」

「このことは誰にも言わないで下さいね……?」

 

 涙目でお願いしてくる橘先輩。

 

「もちろんです」

 

 加虐心を少しくすぐられたが我慢する。

 さすがに面倒を見て貰っている先輩に、一之瀬や堀北と同じことは出来ない。

 その後、本屋に着いた俺たちは別行動することになった。

 

「界外くんだ」

 

 購入する本が決まり、レジに並ぼうとしたところで一人の女子に声をかけられた。

 

「松下か」

「久しぶり。て言っても2日ぶりか」

「そうだな」

「界外くん一人?」

「いや。橘先輩と一緒。昼飯奢ってもらったんだよ」

 

 俺がそう言うと、松下がゴミを見るような目で見てきた。

 

「界外くん、いつか後ろから刺されるよ」

「なんでっ!?」

「無自覚なのが余計にタチが悪い」

 

 松下が辛辣すぎる。生理で機嫌が悪いんだろうか。

 

「ま、私には関係ないからいいんだけどさ」

「お、おう……」

「そういえば佐藤さんが今度お勧めのアニメを教えてって言ってたよ」

「佐藤が?」

 

 佐藤がアニメとか想像出来ない。

 

「ポイントをあまり使わないで暇つぶしが出来るからだって。ほら、9月1日までポイント入らないでしょ」

「なるほど」

「そのうち連絡来ると思うからよろしくね」

「ああ」

「それと例の約束も忘れずにね。日にちは連絡するから」

 

 船上試験で堀北と佐倉の面倒を見てもらったお礼の件。

 

「わかったよ」

「それじゃまたね」

「またな」

 

 松下はそう言うと、本屋を後にした。

 

「界外くん」

 

 橘先輩が本を片手にやって来た。

 

「お待たせしました」

「いえ」

「今の子はクラスメイトですか?」

「はい」

「随分と仲良さそうでしたね」

「それなりに」

 

 松下は隣人で何かとお願い事をしている仲だからな。

 

「そうですか。あ、レジに並びましょうか」

「ですね」

 

 二人で仲良くレジに並び、無事に欲しい本を手にした俺たちは喫茶店に向かった。

 橘先輩曰く、純喫茶風で落ち着くお店らしい。

 そのお店は飲食店エリアの一番奥に店を構えている。

 店内に入ると、優しそうなマスターが迎えてくれた。お客さんもちらほら見受けられる。

 

「ここも私の行きつけなんです」

「そうなんですか」

 

 今日は橘先輩のお気に入りのお店ばかり案内されるな。

 マスターにコーヒーを2つ注文すると、数分後にコーヒーが来た。

 

「美味しいですね」

 

 コーヒーが得意でない俺でも、自然と体に染み入ってくるような自然な味わいだった。

 

「気に入ってもらえたようで何よりです」

 

 俺の感想に満面の笑みに応える橘先輩。

 

「それと橘先輩が言ってたとおり、落ち着いた雰囲気もいいですね。ここなら読書も捗りそうだ」

「そうなんですよ。私も読書をする時は自室かここと決めてるんです」

 

 橘先輩も読書好きなのか。堀北と話が合うかもな。

 

「そういえば佐倉さんは元気ですか?」

「佐倉ですか? 元気だと思いますよ。試験も頑張ってましたし」

 

 佐倉も堀北と同じく人付き合いが苦手な子だ。慣れない団体生活を強いられて大変だったと思う。

 

「そうですか。実はたまに佐倉さんと遊んだりしてるんですよ」

「え」

 

 それは初耳だ。あの審議以降仲良くなったんだろうか。

 

「実は今日、佐倉さんも誘ってたんです」

「そうだったんですか」

「ただ予定があったみたいで……。なので界外くんに佐倉さんのこと聞いちゃいました」

 

 もしかして俺がいるから来にくかったのかもしれない。

 

「今度は三人で遊びましょうね」

「ぜひ」

 

 多分、無理だろうけど。

 その後、橘先輩との雑談は一時間ほど続いた。

 

「もうこんな時間ですか。界外くん」

 

 橘先輩は真剣な表情で俺を見据えた。

 

「最後に一つ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「生徒会に入りませんか?」

「え」

 

 まさかのスカウトである。

 

「これは私だけでなく、堀北会長からの願いでもあるんです」

「生徒会長の?」

「はい。……私たちは2学期で生徒会を引退します。その後の生徒会を界外くんに任せたいんです」

 

 つまり俺が次期生徒会長と言うことだろうか。

 

「恐らく私たちが去った後の生徒会は2年の南雲くんが引っ張っていくことになるでしょう」

 

 確か金髪のチャラ男だっけ。博士がそんな風に言ってた気がする。

 

「ただ南雲くんは危険なところがありまして……。会長はそれを危惧しているんです」

「危険なところですか」

「はい」

「つまり俺を南雲先輩の対抗馬にしようとしているんですね」

「言葉が悪くなりますがそうですね」

 

 生徒会か。そういえば前に一之瀬に興味があるか聞かれたことがあったな。

 正直、橘先輩に期待されるのは嬉しい。けれど俺は……

 

「すみません。自分は生徒会に入るつもりはありません」

「理由を聞いても?」

「えっと、クラスのこともありますし……それと学校のことより大切にしたい子がいるのでお受けできません」

 

 万が一生徒会に入ったら一之瀬との時間が減ってしまう。

 

「……そうですか。わかりました。急に無理を言ってすみませんでした」

 

 橘先輩が頭を下げてきた。

 

「いえ。期待に応えられなくてすみません」

「界外くんが謝ることはないです。……ちなみに大切にしたい子というのは、一之瀬さんのことですか?」

「な、なんで……っ!?」

 

 まさか橘先輩もあの噂を聞いているんじゃ……。

 

「お二人のことは三年の間でも有名ですよ」

 

 やっぱり……。龍園め半殺しにしてやる!

 

「入学早々仲良く登校してましたからね」

「え」

「大体、カップルが出来るのは中間テストの後くらいからが多いんですけど。お二人は入学当初から仲良かったですよね」

「まあそうですね」

 

 たまたま電車に一緒になったのがきっかけだった。

 

「でもそれくらいで上級生の間で有名になりますか?」

「なりますよ。だって一之瀬さん可愛いじゃないですか」

 

 それは激しく同意。俺が出会った女子の中で一番可愛い。

 

「可愛い新入生って言うのは上級生の注目の的になるんですよ」

「な、なるほど……」

 

 そういうところは他の学校と変わらないということか。

 

「噂だと一之瀬さんを狙ってる男子も多いみたいです」

「え」

「だから気をつけて下さいね」

「き、気をつけるも何も、俺たちは付き合ってないんですけど……」

 

 俺がヘタレなせいなんだけどね。

 

「付き合ってないんですか?」

「はい」

「そうですか。意外です」

「よく言われます」

 

 三宅に本当のことを言っても信じて貰えなかったからな。

 

「えっと、界外くんは一之瀬さんのことがす、す、す、す、好き……なんですよね……?」

 

 顔を真っ赤にしながら橘先輩が聞いてきた。

 

「ま、まあ……好きです」

「で、ですよね……っ」

「は、はい……」

 

 やばい。恥ずかしくなってきた。

 

「え、えっと、界外くんは、その……今の関係が壊れるのが怖いと思ってませんか……?」

 

 橘先輩の言葉が容赦なく胸に突き刺さる。

 どうしようもないほど図星だった。

 

「……そうですね」 

 

 素直に質問に答える。

 もしかしたら橘先輩に失望されたかもしれない。

 

「ふふっ」

 

 急に橘先輩が笑い始めた。

 

「橘先輩……?」

「すみません。仲間を発見したと思って笑っちゃいました」

「仲間ですか?」

「はい」

 

 なんとなくわかったかもしれない。

 

「じ、実は私も……その……好きな人がいまして……」

「生徒会長ですか?」

「ひゃうっ!?」

 

 さっきまでの笑みはどこへやら。橘先輩の表情が一変した。

 

「なるほど。橘先輩も中々踏み出せずにいると言うことですね」

「は、はい……」

「それと俺を仲間だと」

「そうです……」

 

 つまりヘタレ同志ということか。

 

「橘先輩は思いを告げないんですか?」

「恐らく告げないと思います。……今の私が堀北会長と釣り合うとは思えません」

「そんなことは……」

「ありますよ。私……私たちがどれだけ堀北会長の負担になってきたか。もう対等な存在にはなれないほど迷惑を掛けてきたんです」

 

 3年のAクラスは生徒会長のワンマンチームだったということだろうか。

 

「だから私なんかが堀北会長に告白するなんておこがましいです」

 

 悲しそうに笑顔を見せる橘先輩。

 

「生徒会の書記として堀北会長の力になれるだけで十分なんです」

「……橘先輩は一つ勘違いしてますよ」

「勘違いですか……?」

「はい」

 

 あの堅物な生徒会長も男だ。だったら……

 

「大抵の男は可愛い子になら迷惑を掛けられてもいいと思ってるんですよ」

「え」

「それが橘先輩みたいな美少女なら尚更。むしろ迷惑を掛けてほしいまである」

「び、びしょ……っ!?」

「年下の俺が偉そうなこと言える立場じゃないのはわかってるんですけど、一回そういう面倒なの抜きにして、自分の気持ちと向き合ったらいいんじゃないですかね」

「び、びしょ、びしょ……」

 

 駄目だこりゃ。全然聞いてない……。

 

「橘先輩」

 

 再起動させる為、肩に手を置く。

 

「は、はひ……」

「俺は橘先輩に沢山面倒を見てもらいました。だから橘先輩には後悔とかして欲しくないです」

「か、界外くん、か、顔が……」

「大丈夫。橘先輩の顔は美少女の部類に入ります」

「ふぇっ!?」

「だから自信を持っていいと思います。……いや、ほんと俺が言える立場じゃないんですけど……」

 

 後は橘先輩の意思に任せよう。俺が告白するよう説得するなんておこがましい。

 

「すみません。それじゃそろそろ行きましょうか」

「は、はぃ……」

 

 ふらふらしながら立ち上がる橘先輩。

 その後、危なっかしい橘先輩を寮まで送り届けて、俺たちは解散した。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「まさか橘先輩と恋愛話をするとは……」

 

 自室に戻った俺はベッドの上で仰向けになりながら、純喫茶での出来事を思い出していた。

 まさか俺と一之瀬のことが上級生の間で噂になってるとは思わなかった。

 確かに一之瀬ほどの美少女なら学年問わず注目の的になるだろう。

 橘先輩は一之瀬を狙っている男子がいると言っていた。

 

「もしかして掲示板に何か書いてあったりして」

 

 携帯を操作して裏掲示板にアクセスする。ちなみにURLは博士に教えてもらった。博士はあまり見ない方がいいと言っていたけど……。

 

「色んなスレ立ってるんだな」

 

 学年別、可愛い子ランキング、イケメンランキングなど色々なスレッドが立っていた。

 とりあえず学年別の3年のスレッドを開いてみる。

 

「特に書き込まれてないな」

 

 一之瀬含め1年生に関する書き込みは見当たらなかった。続いて2年生のスレッドを開くも、同じく1年生に対する書き込みは見当たらない。

 勢いそのままに1年生のスレッドを開く。そこには……

 

「なんだこれ……」

 

 そのスレッドには大量の誹謗中傷の書き込みがされていた。

 暴力沙汰、援助交際、窃盗、薬物使用、妊娠中絶、自傷癖とあらゆるネガティブ情報が書き込まれていた。それも特定の人物を対象に。その人物とは……

 

「なんで一之瀬ばかり書き込まれてるんだよ」

 

 ほとんどが一之瀬に対する誹謗中傷だった。

 

「だから博士はあまり見ない方がいいって言ってたのか……」

 

 確かにこれは見ない方がよかったかもしれない。

 一之瀬は知ってるんだろうか。……いや、一之瀬も掲示板はあまり見ないと言っていた。友達がよく見せてくると言っていたが、友達もわざわざこんな内容の書き込みを見せることはないだろう。

 俺も見なかったことにしよう。変に気遣って一之瀬に怪しまれるのもよくない。

 しかし書き込みしてるのはどういう奴なんだろう。

 

「他のクラスの女子か、同じクラスで一之瀬を嫌ってる女子か」

 

 俺は内容から書き込んでる人物は女子だと推測した。

 以前、松下に言われたことを思い出す。女子は男子が思ってるより陰湿だと。

 まさにこれは陰湿の極みだろう。

 書き込みのレスポンスを見る限り、反応はあまりされていないようだった。

 

「ま、これなら噂されるレベルじゃないか」

 

 よし。もう裏掲示板は見ないようにしよう。見ても何もいいことがない。

 それに明日は一之瀬と念願の映画館デートだ。こんな陰湿なものに気分を害されてる場合じゃない。

 明日を思いっきり楽しむ。今はそれだけを考えればいい。

 

「……いや、勉強しないと。無人島で一週間出来なかったのを取り戻さないと……」

 

 結局、2時間ほど勉強してから就寝した。




明日は一之瀬メイン回です。

4.5巻部分はほぼオリジナル

①橘先輩
②一之瀬
③堀北
④櫛田
⑤色々
⑥一之瀬2
⑦原作通りプール回

こんな感じでやってこうと思います


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40話 夏の風物詩といえば?

アライブ表紙の堀北の絶対領域の肉のはみ出し具合がたまらないです


 念願の映画館デート当日の朝。寮の玄関ホールで俺は愛しの一之瀬を待っていた。

 私服で一之瀬と出掛けるのは今日で二回目だ。

 昨晩はクローゼットの前で一人ファッションショーをしていた。

 結局、黒いTシャツにチノパンとシンプルな格好にした。

 

「おかしくないよな」

 

 急に不安になってきた。

 友達と彼女がいたことがなかったので、今まで私服に気を使うことなんてなかった。

 恥ずかしいけれど、私服はほぼ母親が購入してきたものを着ていた。

 けれどそれには理由がある。

 母親がメンズファッション誌の編集者をしているからだ。

 さすがにファッションに興味がない俺もしまむ○で購入してきたものを着る気はない。

 その道のプロの母親が購入してきたものだから安心して着てきたのだ。

 安心して着てきたはずなのに……何でこんな不安になるのだろう。

 あれ? 前に私服で一之瀬と遊んだ時って何の服着てたっけ?

 

「お待たせ、界外くん」

 

 顔を上げると、そこにいたのはとびきり可愛い女の子。

 水色のチュニックに、落ち着いたデザインのショートパンツを穿いて、肉付きのよい太ももを惜しげもなくさらしている。

 圧倒的な可愛さに胸を撃ち抜かれていると、一之瀬が躊躇いがちに俺を見つめてきた。

 

「どう……かな?」

「とても……可愛いと思います」

「ありがとう。界外くんに可愛いって言ってもらいたくて奮発して買ったんだ」

 

 嬉しそうにはにかんだ一之瀬の破壊力53万。

 

「界外くんもカッコいいよ」

 

 よかった。やはり母親のファッションセンスに間違いはなかった。

 

「あ、ありがとう」

「ううん。それじゃ行こっか?」

「そうだな」

 

 そうして一之瀬とのデートが始まった。

 

「ねえ、100万部限定の漫画は手に入るかな?」

 

 一之瀬が言ってるのは、100万人限定の入場者プレゼントである漫画のことだ。

 

「どうだろうな。公開して2週間経ってるからな……」

「だよね……」

 

 そもそも敷地内の映画館に漫画自体用意されているのかも疑問だ。

 

「ま、なくても映画と同じ内容だろうから大丈夫だろ」

「うん! そうだよね!」

 

 限定で配布される漫画を気にするあたり、一之瀬もやっぱオタクなんだなと思ってしまう。

 俺もオタクだから大歓迎なんだけどね。

 

「旅行の疲れはとれたか?」

「うん。そもそもそこまで疲れてなかったしね」

「そっか。後半は船上だったもんな」

「そうそう。溜まったアニメは消化出来た?」

「ぼちぼちだな」

 

 2週間もアニメから離れたのは生まれて初めてだった。……正確には船で氷菓を見てたから完全に離れていたわけじゃないけど。

 

「私もあんまり見れてないからネタバレしないでね」

「もちろん」

 

 ネタバレなんて言語道断だ。

 そうこう話してるうちにケヤキモール内にある映画館に着いた。

 館内はそれなりに賑わっていた。

 券売機を操作して、チケットを購入する。

 本当は一之瀬の分も購入しようとしたが、隣の券売機で購入してたので諦めた。

 ドリンクを購入し、ヒロアカが上映されるスクリーンに向かう。

 

「結構空いてるね」

「だな」

 

 ヒロアカのスクリーンはそこまで人は多くなかった。

 公開して2週間も経っているので、こんなもんだろう。

 ちなみに限定本はゲット出来なかった。

 

「界外くんはここ来るの初めて?」

「そうだな。一之瀬は?」

「私も何回か来てるよ。友達に映画好きの子がいるから」

 

 うちのクラスにも映画好きはいるんだろうけど、今のクラスポイントじゃ何回も来るなんて無理だろうな。

 暫くして照明が暗くなった。

 俺も一之瀬も自然と無言になる。

 他の映画の予告を見てると、一之瀬がさりげなく手を重ねてきた。

 チラッと一之瀬を見るが、彼女はまっすぐスクリーンを見ている。

 仕方ない。ここは甘んじて一之瀬の柔らかい手の感触を受け入れよう。

 結局、映画が終わるまで手は重ねたままだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 次に足を運んだのは同じくケヤキモール内にあるフードコート。

 二人ともファーストフード店でハンバーガーセットを注文した。

 

「美味しいね」

「だな」

 

 ファーストフードを食べるのは久しぶりだった。

 特に美食家というわけではないけれど、アスリートだったので自然と避けていたのかもしれない。

 

「うーん、幸せ」

 

 本当に幸せそうに食べる一之瀬。見てるだけでお腹いっぱいになりそう。

 そんな一之瀬に見惚れてか、あの噂のせいか、先ほどから視線が気になる。

 これで龍園が絡んできたら、あの船の再現になるな。

 

「この後はどうしよっか?」

「適当にモール内をぶらぶらしてからカラオケに行くか」

「うん、そうしよっか」

 

 結局、龍園も来ることなく俺たちは軽めの昼食を済ませ、フードコートを後にした。

 その後、ウィンドウショッピングを満喫した俺たちは、いつもお世話になっているカラオケ店に入った。

 三人くらいが適正人数であろう狭い個室に入り、ソファに並んで腰を落ち着ける。

 

「それじゃ乾杯しようか」

「そうだな」

 

 お互いドリンクバーを掲げる。そして……

 

「乾杯!」

 

 恒例の二人だけの打ち上げが始まった。

 

「まさかこんな早く界外くんたちに追いつかれそうになるとは思わなかったよ」

「運も味方したからな」

 

 俺たちDクラスは特別試験を経て、クラスポイントが627まで上がった。Bクラスは773。完全に射程圏内だ。

 

「でもAクラスが200もクラスポイントが下がったのも驚きだったよ」

「そうだな」

 

 坂柳が完全に葛城を潰しに掛かってますからね。恐らく200程度のクラスポイントなど痛くもかゆくもないのだろう。

 

「今回の葛城の失態で、Aクラスは坂柳が主導権を握るだろうな」

「私もそう思う」

「お互いAクラスも狙える位置にいる。龍園だけでなく、坂柳にも気をつけないとな」

 

 船上試験で協力して貰ったが、2学期以降は完全に敵だ。

 

「坂柳さんか」

「どうした?」

「実は一度だけ、坂柳さんと遊んだことがあるんだよね」

「マジで?」

「うん」

 

 まさかAクラスとBクラスのリーダーが遊ぶ仲だったとは。……いや、一度だけと言うんだから仲良いわけではないのか。

 

「坂柳さんって可愛いよね」

 

 一之瀬の言う通り坂柳は美少女だ。ロリコン四天王がいたら格好の餌食になっていただろう。

 

「界外くんもそう思うでしょ?」

 

 以前の俺なら「うん」と返事をしてしまっただろう。だが経験を積んだ俺は一味違うぜ。

 

「俺は一之瀬の方が可愛いと思う」

「えっ!?」

 

 女の子の前で、違う女の子を褒めてはいけない。これは最近読んだラノベに書いてあった。

 

「……あ、ありがと。……嬉しいけど、恥ずかしいよぅ……」

 

 一之瀬は真っ赤な顔を両手で隠した。

 こうして素直に可愛いと言えるんだ。ヘタレな俺も少しは成長しているのかもしれない。

 

「トイレに行ってくる」

「う、うん……」

 

 少しの間一之瀬を一人にさせよう。そうすれば照れもなくなるだろう。

 5分ほどして部屋に戻ると、予想通り一之瀬の顔の赤みはなくなっていた。

 

「おかえり」

「ただいま。そろそろ歌うか」

「うん。歌おう」

 

 雑談を交えながら夕方まで俺と一之瀬は歌いまくった。

 一之瀬は俺のリクエストしたアニソンを沢山歌ってくれた。

 ちなみにお気に入りは中川かのんのキャラソン。歌声がそっくりなんだよね。

 

「あ、そうだ。二人で写真獲ろ?」

 

 部屋から出ようとしたところ、一之瀬が携帯を片手に言ってきた。

 

「いいぞ」

「それじゃ界外くん、もっとこっち来て」

「このくらい?」

「ううん。このくらいだよ」

 

 腕に抱きつかれてしまい、その体の柔らかさに照れてしまう。

 これってカップル仕様の距離感だよね。

 片手を前に突き出し、携帯を構えた一之瀬が満足げに微笑む。

 

「はい、チーズ!」

 

 パシャリとシャッター音が鳴り、二人で携帯の画面を確認する。ちなみに腕は抱きつかれたままである。

 

「うん。いい感じじゃない?」

「そうだな」

 

 俺も自然に笑えてる感じがする。最初は酷かったもんね。

 

「界外くんにも送っておくね」

「ああ」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は午後5時半。少し早めの夕食をとるため俺と一之瀬はいつものファミレスに来ていた。

 店員に四人用のテーブル席を案内されると、案の定一之瀬は俺の隣に腰を下ろした。

 

「なに食べよっかな」

 

 鼻歌を歌いながらメニューを見る一之瀬。

 

「俺はペペロンチーノでいいかな」

「それじゃ私はミートソースにしようかなー」

 

 どうやらお互いパスタに決まりのようだ。

 店員を呼び、ペペロンチーノ、ミートソース、ドリンクバーを注文する。

 

「飲み物入れてくるよ。何飲む?」

「カルピスで」

「質問するまでもなかったね」

 

 一之瀬が苦笑いながら席を立った。

 ドリンクバーに向かう一之瀬の後ろ姿を眺めてると、急に肩を叩かれた。

 

「おっす」

 

 振り返るとそこには正義の姿があった。

 

「よう」

「一之瀬とデートか?」

「ああ」

「羨ましいねぇ」

「お前は?」

 

 見たところ一人のようだけど。

 

「友達と食べてたんだけど、急用で先に帰ったんだよ」

「お互い早い夕食だな」

「そうだな。それじゃそろそろ行くわ」

「おう。またな」

 

 なんか正義って俺と会う時、いつも一人のような気がする。

 もしかして友達がいないんじゃ……。

 

「はい、カルピス」

 

 一之瀬がコップを両手に戻ってきた。

 

「ありがとう」

「ううん。今の人ってAクラスの橋本くんだよね?」

「知ってるのか?」

「うん。界外くん、知り合いなの?」

「サッカークラブのチームメイトだったんだよ」

 

 あの頃の正義は坊主で可愛かったのに……。何であんな風になってしまったんだろうか……。

 

「そうだったんだ。幼馴染と高校で再会するなんて凄くない?」

「そうだな。俺も再会した時は驚いたよ」

「だよね」

「一之瀬は高校で知り合いはいなかったのか?」

「……一人だけいるよ」

 

 一之瀬もいるのか。なら再会した時は嬉しかっただろうな。

 

「へえ。誰なんだ?」

「今はまだ言えないかな」

「まだってことはそのうち教えてくれるのか?」

「うん。……そのうちね」

 

 なんか意味深な感じがするけど気のせいだろう。

 その後、夕食を済ませ、食器を下げられた後も俺たちは店内で駄弁っていた。

 

「クラスメイトともプールに行くことになったのか」

「うん。界外くんは私以外とプールに行く予定ないの?」

「それがないんだよな」

 

 そもそもクラスメイトはプールが開放されること自体知ってるのだろうか。

 

「そっか。……よかったら一緒に来る?」

「Bクラスの面子と?」

「うん。みんな界外くんの知ってる人だし、気まずくはならないと思うんだよね」

 

 俺の知ってる人だと神崎や白波さんあたりか。

 

「いや、遠慮しておくよ。顔見知りでも部外者であることに変わりはないからな」

「そっか」

 

 俺の返事に一之瀬は少し寂し気な表情をした。

 

「それに一之瀬と二人で行く予定があるからな。それで十分だよ」

「……うんっ!」

 

 今の言葉で元気を取り戻してくれたようだ。

 

「そういえば界外くんは水着持ってるの?」

「いや。今度買いに行く予定。一之瀬は?」

「私も千尋ちゃんたちと買いに行く予定だよ」

 

 これがハーレムラノベなら一緒に水着を買いに行って、試着室でラッキースケベが起きるんだろうな。……羨ましい!

 

「なんで悔しそうな顔してるの?」

「え」

 

 やばい。一之瀬がジト目で見てる……。

 

「……えっと、轟の出番が思ったより少なくて残念だったなって……」

「なんでいきなりヒロアカの話なの!? それに出番多かったよね!?」

 

 さすがに苦し紛れ過ぎたか……。

 

「まあいいけど……。そろそろ帰ろっか」

「ああ。あ、帰りにレンタルショップに寄っていいか?」

「うん。何借りるの?」

「それは見てのお楽しみだ」

 

 ファミレスを後にした俺たちは、レンタルショップに足を運んだ。

 店内は大勢の人たちで賑わっている。

 

「人多いねー」

「レンタルならポイントをそこまで使わず暇つぶしが出来るからな」

「なるほどね」

 

 そういえば佐藤にアニメお勧めしないといけないんだった。

 佐藤のことだから四月は君の嘘やあの花が合いそうだな。

 

「それで界外くんは何を借りるつもり?」

「こっちだよ」

「アニメじゃないの?」

 

 アニメコーナーを通り過ぎるとそこには……

 

「心霊特集……?」

「ああ。夏と言えば心霊番組だろう」

「界外くんってこういうの好きだったんだ」

「大好きだ。幽霊にはロマンがある」

「ロマンって……」

 

 一之瀬が呆れてるようだけど構わず続ける。

 

「昔は心霊番組が多かったんだけど、最近は夏休みに特番を数本やる程度になってしまったんだ。だからレンタルで借りて不足分を補うんだよ」

「そうなんだ」

「一之瀬は苦手か?」

「…………苦手じゃないよ」

 

 ならなぜ目線を逸らす。

 

「苦手じゃないのか」

「全然」

 

 少しからかってみよう。

 

「そっか。ならこの後一緒に見るか?」

「え」

「元々一之瀬が苦手じゃなかったら誘う予定だったんだよ」

「……そうなの?」

「ああ。どうする?」

 

 一之瀬って雷や幽霊が苦手だったり、案外子供っぽいところがあるよね。

 

「…………見る。一緒に見るよ」

「……いいのか?」

「もちろん。界外くんの部屋で見るんだよね?」

「そうだな」

 

 一之瀬の部屋でもいいんだけど。でもブルーレイ見れる環境がないか。

 

「それじゃ今夜は心霊映像見て涼もっか」

「ああ」

 

 本当に大丈夫だろうか。少し不安だけど本人が見ると言ってるんだから仕方ないか。

 心霊映像のブルーレイを3枚借り、店を出た俺たちは帰路につく。

 寮に着いた俺たちは、一旦解散することにした。

 一之瀬が部屋にやってくるのは21時の予定になっている。

 

「まさか本当に一之瀬と見ることになるとは」

 

 からかってみるもんだな。

 これで怖がる一之瀬が見れる。それに寝間着姿も見れるチャンスだ。

 まさか悪戯心からこんな有難い展開になるとは思わなかった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 約束の時間になり、一之瀬がやって来た。

 そんな彼女は、白いTシャツにショートパンツと完全に寝間着姿だった。

 しかも昼間のショートパンツより明らかにショートなパンツだ。

 

「寝間着で来ちゃったんだけど変かな?」

「全然変じゃないです」

 

 むしろありがとうございます。素晴らしいものを見させて頂きました。

 

「上がってくれ」

「はーい」

 

 一之瀬を部屋に上げる。

 風呂上がりだからだろう。髪は若干湿っており、シャンプーのいい香りがする。

 

「オレンジジュースでいいか?」

「うん」

 

 一之瀬をお客さん用のクッションに座らせ、ジュースを用意する。

 

「胸も生足もやばいな」

 

 コップにオレンジジュースを注ぎながら呟いた。

 あれは本当にやばい。薄着なので胸はいつもより強調されてるし、生足も私服以上にさらけ出してる。

 

「お待たせ」

「ありがとう」

 

 テープルにコップを置き、ベッドに腰を下ろした。

 

「一日たっぷり遊んだけど、眠たくないか?」

「全然。界外くんは大丈夫?」

「ああ。……それじゃ早速見るか」

「……う、うん」

 

 ディスクをレコーダーに挿入する。

 明らかに一之瀬の顔が強張ってるのがわかる。

 

「……見づらいから移動するね」

「ん?」

 

 一之瀬はそう言うと、俺の隣に移動してきた。

 

「……一之瀬?」

「あ、あそこだと見づらいから……。ここが一番見やすいかなって……」

 

 いや、そんな変わらないと思うんだけど。

 

「なら俺があっちへ行くよ」

「だ、駄目っ!」

 

 腕を両手で掴まれてしまった。

 

「こ、ここで一緒に見よ……?」

「わかった」

 

 少し意地悪しようと思ったけど、涙目でお願いされたら言うことを聞くしかない。

 一之瀬の涙目+上目遣い。これは絶対遵守の力と同じと言っても過言じゃない。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ひぃっ!」

 

 心霊映像を見始めて30分が経った。

 俺の隣に座る一之瀬は、幽霊らしきものが映る度に悲鳴を上げている。ちなみに俺の右腕は彼女に抱きつかれて完全にロックされている。

 

「今のはけっこう怖かったな」

 

 今の映像は単身赴任している父親に向けて撮ったホームビデオだった。公園で母親が子供を撮影していたのだが、後ろにメリーさんっぽい幽霊が映りこんでいた。最後は子供の真後ろまで来ており、幽霊の顔がアップに映って映像は終了した。

 

「そ、そうだね……」

 

 一之瀬は完全に涙目になっている。

 

「もうギブアップするか?」

「し、しないよっ!」

「……そうか」

 

 なんでそこまで意地を張るんだろう。

 怖がってる一之瀬を見るのは楽しいからいいんだけどね。

 その後も心霊映像を見続け、気づいたら夜の10時半を過ぎていた。

 腕に抱きついてる一之瀬は涙目はもちろん、震えが止まらない状態になっている。

 

「今日はこれくらいにしておくか」

「……うん」

 

 俺がそう言うと、一之瀬はほっとした表情を浮かべた。

 ディスクを取り出そうとしたところ、一之瀬が小さな悲鳴を上げた。

 

「どうした―――――――タオル出すから待ってろ」

 

 ジュースをこぼしてしまったようだ。上着に思いっきりかかっている。

 

「ご、ごめんね……」

 

 箪笥からタオルを取り出し、一之瀬に渡そうとしたところで、俺はとんでもないものを見てしまった。

 

「えへへ、ドジっちゃった」

 

 完全にブラが透けて見えてる。

 

「い、一之瀬……」

「なに?」

「その……透けてる」

「え」

 

 タオルを渡しながら指摘する。一之瀬がゆっくりと目線を下にずらしたところ……

 

「や、やだ……っ。ご、ごめん……!」

 

 慌てて透けてる部分をタオルで隠した。

 今日のブラは青か。無人島試験の時も青だったな。一之瀬は青色の下着が好きなのかもしれない。

 

「いや、大丈夫だ」

 

 むしろありがとうございますだ。今日だけで何回一之瀬にお礼を言ってるんだろう。

 

「着替え用意するよ」

「ありがと……」

 

 クローゼットを空けて、一之瀬が着られそうなものを確認する。

 

「あ、着替えならこれでいいよ」

「ん?」

 

 一之瀬は、ハンガーに掛けられた学校指定のYシャツを指さした。

 

「これ学校のYシャツだぞ?」

「うん。私これがいい。この涼しさなら長袖の方がいいかなって」

「涼しいならエアコンの温度上げるけど」

「大丈夫だよ」

「そっか。それじゃこれ」

 

 一之瀬にYシャツを渡す。

 

「ありがと。着替えてくるね」

 

 彼女はそれを受け取ると、脱衣所に駆け込んで行った。

 数分後、俺のYシャツを身にまとった一之瀬が脱衣所から出てきた。

 

「にゃはは。やっぱYシャツも大きいね」

 

 やばい。これはやばすぎる。何がやばいかと言うと、Yシャツの丈が長いので、ショートパンツが完全に隠れてしまってる。つまり下に何も穿いてないように見えているのだ。

 

「どうしたの?」

「いや、何でもない……っ!」

 

 やべえ。これが裸Yシャツというものか。なんて破壊力なんだ。私服、寝間着、裸Yシャツと一之瀬が完全に俺を殺しに来てる……。

 

「そう……?」

「ああ。……それよりブルーレイも見終わったことだし、そろそろ解散するか」

「え」

「その格好じゃ帰りづらいだろうから、ジャージも貸すぞ」

 

 さすがにその格好で外に出たら、一之瀬がエッチな女の子に見られてしまう。それにこんな姿の一之瀬を他の男子に見せたくない。

 

「え、えっと……」

「どうした?」

「あのね……お願いがあるんだけど……」

 

 なんか嫌な予感がしてきたぞ。

 

「その、恥ずかしいんだけど、一人で寝るの怖くて……今日泊まってもいいかな?」

 

 嫌な予感が的中した。俺の天使がお泊りをご所望だ。

 

「やっぱ苦手だったんじゃないか」

「うっ」

「意地張らないで見るの止めればよかったのに」

「だ、だって……」

 

 一之瀬は反論しようとして、口ごもってしまった。

 

「それに泊まるなら女子の友達を頼ればいいだろ?」

「……こ、この時間にお願いしたら、迷惑掛かっちゃうし……」

 

 俺なら迷惑を掛けてもいいと思ってるのか。それは嬉しい。

 

「それに……かっこ悪いところ見せたくないし……」

 

 Bクラスの頼れる学級委員長だもんね。

 

「……お願い」

 

 またもや一之瀬は涙目+上目遣いで懇願してきた。

 

「……わかったよ」

 

 結局、絶対遵守の力には勝てなかったよ……。

 了承をしたのはいいけれど、俺の理性が保つかどうか。最悪、また風呂場で寝るしかない。

 

「あ、ありがと……っ!」

「どういたしまして。それでどうする? 寝るか?」

「うーん。界外くんは眠い?」

「いや」

 

 一之瀬の透けブラと裸Yシャツで完全に目が覚めたぞ。

 

「それじゃ一緒にアニメでも見ない?」

「心霊映像の続きでもいいぞ」

「そ、それは……遠慮しておこうかな……」

「そうか」

 

 11時半まで俺たちはハッピーシュガーライフを見た。

 一之瀬は今期これが一番好きらしい。

 

「絵は可愛いけど、内容は怖いよな」

「うん。でも主人公の気持ちは少しわかるかも」

 

 わかっちゃうのかよ。もしかして一之瀬は可愛い幼女がタイプなのだろうか。

 とりあえずここは深く掘り下げないようにしておこう。

 

「それじゃ寝るか。一之瀬はベッド使っていいぞ」

「界外くんは?」

「俺はまた風呂場で寝るよ」

「だ、駄目だよ……っ!」

 

 またもや一之瀬に腕を掴まれる。

 

「界外くんがベッド使って。私は床でいいから」

「いやいや、女の子を雑魚寝させるわけにはいかないだろ」

「……それじゃお言葉に甘えて。でも風呂場はやめて。私の近くにいてほしいの」

 

 風呂場も近いと思うんだけど。

 

「その、怖いから、私を一人にしないで欲しいの……」

「風呂場じゃ遠いと?」

「うん。……実は、前に金縛りにあったことがあって……」

 

 マジかよ。羨ましい。俺なんて一回もないのに。

 

「だからお願い。一人にしないで」

「わかったよ。それじゃ俺は雑魚寝するから、一之瀬はベッドで寝てくれ」

「ごめんね。……何だったら一緒にベッドで寝る?」

「いや、さすがにそれは……」

 

 無理だ。絶対に理性が崩壊する。ただでさえ刺激的な恰好してるのに。

 

「だよね。ごめんごめん」

「もう寝ようぜ」

「うん」

 

 電気を消して、横になったけど、まったく寝れる気がしない。

 

「久しぶりの界外くんのベッドだ~」

 

 すぐ近くて美少女が寝てるんだもの。気になって仕方がない。

 

「これで二回目だね」

「だな。あの時は驚いたぞ」

「にゃはは。私も驚いちゃったよ。あんな熟睡しちゃうなんて」

 

 あの時は制服だった。絶妙に下着が見えないスカートに視線を奪われたのを覚えている。

 

「……ねえ」

「ん?」

「今日のデート、楽しかったね」

「そうだな。楽しかった」

 

 まさかデートの後にお泊りという一大イベントがあるとは思わなかったけど。

 

「えへへ。また行こうね?」

「そうだな。プールの前にまた遊びに行くか」

「うん!」

 

 会話が途絶え、数分経つと、一之瀬は規則正しい寝息をたてた。

 どうやら、一之瀬は異性の部屋だからといって、緊張はしていないらしい。

 その後、俺も何とか眠りについたが、何度も目を覚ました。どうやら浅い眠りを繰り返してるようだ。

 

「……3時か」

 

 体を起こし、冷蔵庫に向かう。カルピスを飲もうとして、扉を開けたが、あいにくカルピスは切らしていた。

 

「自販機に買いにいくとするか」

 

 一之瀬は熟睡してるようだし、起きないだろう。

 それに丑の刻も過ぎてるから、幽霊も出ないだろうし。……多分。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「うわっ、びっくりした」

 

 自販機でカルピスを買い、自室戻ると、玄関に一之瀬が立っていた。

 

「……どこ行ってたの?」

 

 何だろう。口調に怒気が混じってるような気がする。

 

「喉が渇いたから、カルピス買いに行ってた」

 

 俺がそう答えるが、一之瀬からの反応がない。顔も俯いたままだ。

 

「……一人にしないでって言ったのに……」

「あ、いや、それは、丑の刻過ぎてるから大丈夫かなって……」

「一人にしないでって言ったっ!!」

 

 一之瀬が声を荒げる。

 やばい。完全に怒ってる。

 

「……私、さっき金縛りにあったんだよ……?」

「え」

「……なのに、界外くん、いないんだもん……」

 

 なるほど。金縛りになった時に頼りにしたかった俺がいなかった。だからこんなに怒ってるのか。

 

「凄い怖かったんだからっ!!」

 

 一之瀬は顔を上げ再度声を荒げた。

 やばい。完全に泣いてる。そんなに怖い思いをしたのか。

 

「ごめん」

 

 とりあえず謝るしかない。約束を破った俺が悪い。

 

「……抱きしめて」

「え」

「本当に悪いと思ってるなら私を抱きしめて」

「……それはどういう……」

 

 なぜその流れで一之瀬を抱きしめることになるんだろうか。

 

「私が安心できるまで抱きしめてよ……」

 

 そういう意味か。チラッと一之瀬の顔を見る。潤んだ大きな瞳を俺を見つめている。

 

「……抱きしめて……」

 

 しょうがない。ここは覚悟を決めて一之瀬を抱きしめるしかない。

 

「わかった」

 

 恐る恐る腕を広げて、包み込むようにして彼女を抱きしめた。

 

「んっ」

 

 生まれて初めて女の子を抱きしめた。

 今まで一之瀬と堀北の二人に抱きつかれたことはあったが、自分から抱きしめるのは初めてだ。

 一之瀬も俺の背中に手を回してきた。

 

「……もっと強く抱きしめていいよ……」

 

 そう言われ、少し強めに抱きしめる。

 

「痛くないのか……?」

「うん。大丈夫。……ていうか、少し痛いくらいがいい」

「え」

「その方が……抱きしめられてるって感じがするから」

 

 そういうことか。一瞬、一之瀬がマゾなのかと勘違いしそうになった。

 

「だからもう少し強くしていいよ?」

「こうか?」

 

 ギュっと更に力強く抱きしめる。

 

「……んっ……」

 

 一之瀬に言われるがままに抱きしめてるけど、胸がやばいことになってる。

 俺の胸板で、一之瀬の胸が完全に押し潰されてる。おっぱいは柔らかいから潰されても痛くないのだろうか。

 何分くらい抱きしめ合ってるのだろう。恐らく30分以上は経ってるはずだ。

 

「一之瀬、そろそろいいか?」

「まだ駄目」

 

 まだ安心しきれていないようだ。

 ……やばいな。ずっとこの状態だと、俺の息子が反応してしまう……。

 

「……悪い。一之瀬」

「……なに?」

「立ちっぱなしがきついんだ。足に限界がきてる」

 

 本当はきてないんだけどね。

 

「……きついの?」

「ああ」

「わかった。それじゃこっちに来て」

「え」

 

 一之瀬に腕を掴まれ、ベッドまで連れてこられた。

 

「ここ座って」

「お、おう……」

 

 ゆっくりベッドに腰を下ろす。

 どうやら俺の足を気遣ってくれたようだ。

 

「これなら足疲れないよね」

 

 一之瀬はそう言いながら、跨ってきた。

 

「一之瀬……っ!?」

「言っておくけど……まだ安心しきれてないから」

 

 そのまま、両手両足で抱きつかれてしまった。

 

「界外くんも早く抱きしめて」

 

 やばい。さっきよりまずい体勢になってる!!

 

「早く」

「はい」

 

 言われるがまま、彼女を抱きしめる。

 これってだいしゅきホールドってやつじゃないか。

 

「これ凄いね」

 

 一之瀬が耳元で囁く。体勢を変えたことにより、距離感も近くなってる。

 

「……もっと強く抱きしめていいよ……?」

「わかったよ」

 

 思いっきり強く抱きしめてみた。

 

「……あっ……」

 

 一之瀬が何か声を漏らしてるが気にしない。

 特に何も言われないので、このくらいの強さなら問題ないのだろう。

 

「これで安心出来るのか?」

「うん。出来るよ」

 

 そうなのか。俺が一之瀬と堀北に抱きつかれた時は、ドキドキして安心は出来なかったけど。

 

「こうやって抱きしめられてるとね、守られてる感じがするの」

「そうなのか」

「うん。だから今は界外くんに守られてる感じがして安心出来そう」

 

 そう言ってくれるのは嬉しい。

 

「……んんっ……。界外くん、少し苦しいよ……」

「あ、悪い……」

 

 どうやら無意識に強く抱きしめてしまったようだ。

 

「ううん。……もう少しこのまま抱きしめてくれる?」

「一之瀬が安心しきるまで抱きしめる約束だろ?」

「そうだったね。それじゃ私がいいって言うまで離さないでね?」

「あいよ」

 

 ベッドの上で一之瀬を抱きしめてから30分が経っただろうか。

 一之瀬は離れるどころか、頬ずりをしたり、胸を擦り付けたりしている。

 このままではやばい。また俺の息子が反応してしまう。

 今は頭の中で萎える映像を思い浮かべてるがそれも限界だ。……そろそろ一之瀬を本格的に離れさせなくては。

 どうやって一之瀬を離れさせようか。この体勢で出来ることは限られる。……そうだ。一之瀬の弱点を責めよう。

 

「一之瀬」

「なーに?」

「髪撫でてもいい?」

「いいよ」

 

 まずは彼女の綺麗な髪に右手を添える。

 

「……ん……」

 

 暫くの間、髪を撫で続ける。

 

「私、界外くんに撫でられるの好き」

 

 おっふ。そんなこと言われたら、朝まで撫で続けてしまいそうになるからやめてくれ。

 よし。そろそろいいだろう。

 髪を撫で続けてる手を、そっと耳に触れさせる。

 

「……んぁっ……」

 

 少し触れただけでこの反応。やはり一之瀬の弱点は耳に間違いない。

 俺はそのまま小指を上下に動かし、耳の裏側を刺激する。

 

「ひぁっ、んんっ」

 

 よしよし。思った以上の反応だ。

 

「か、界外く……んっ……にゃに……をっ……!?」

 

 一之瀬が問いかけてきたが無視して責め続ける。

 

「やっ、だ、だめっ……!」

「嫌だったら離れてくれ」

 

 俺はそう言い、一旦耳責めをストップする。

 いよいよ交渉開始だ。

 

「……な、なんでぇ……?」

「色々とやばいので離れてくれないと困る。離れてくれれば耳に悪戯はしない」

 

 さすがに本人に耳責めとは言い辛い。

 

「……つまり、私が離れるまでそれをし続けるってこと……?」

「そうだ」

 

 頭のいい一之瀬ならどっちが賢明な判断かわかるだろ。

 

「……わかった」

 

 ようやく解放される。

 

「離れない」

「え」

「私、絶対離れないから」

 

 なんでだよ。もう十分抱きしめたでしょ。

 

「……わかった」

 

 一之瀬の返事を聞き入れ、耳責めを再開させた。

 耳の裏は十分責めたので、そこより敏感そうな耳殻を親指と人差し指で挟みながら刺激を与える。

 

「……んはっ……あぁううっ……!」

 

 一之瀬の体が少しだけびくびくと震える。

 

「あ、あ、ああっ、ん……っ!」

「どうだ? 時間も時間だしそろそろ離れて寝ないか?」

「ね、ねな……ひぃ……んっ……!」

 

 一之瀬が耐えながら答える。

 俺は責めるスポットを耳殻から耳たぶにチェンジした。

 

「やっ! っだ……そこっ……ふぁああぅっ」

 

 先ほどより明らかに体が震えている。どうやら耳たぶの方が感じやすいようだ。

 

「ふむ」

「なにが、ふむなのっ」

「べつに」

 

 一之瀬の質問を流し、耳たぶを責め続ける。

 

「……ひぁ……んんっ……やぁんぅぅ!」

 

 耳たぶをくすぐったり、軽く押し潰したり、引っ張ったりするたびに一之瀬の腰が跳ねる。

 

「なあ、そろそろリタイアしてくれないか?」

「し、しない……よぉ……んぁんっ、んンンっ!」

 

 懸命に耐える一之瀬。俺はそんな彼女を見て屈服させたいと思うようになった。

 

「……後悔するなよ……」

 

 彼女の責め続けてる耳元で小さく呟く。

 

「……ふぇ……?」

 

 小指を伸ばす。そして……耳の内側に挿入した。

 

「ひゃぁぁぁっ! や、やめっ、んんッ!」

 

 初めて一之瀬が拒否反応を示した。

 

「あっ、あっ、やっだぁ……!」

 

 敏感な耳珠を強く擦りつける。

 俺自身は何も刺激を与えられていないのにゾクゾクと背筋を駆け上がるものがある。

 

「やっ、だっ、だめっ! んんっ、これ、いじょはぁ、あ、あ、あぁ……ンッ!」

 

 一之瀬の腰がいままでになく強く跳ねた。

 

「……んくぅ……ふぁ……」

 

 そして脱力したかのように体重を預けてきた。

 

「一之瀬……?」

「……ぜ、絶対に……離れないからぁ……」

 

 息を切らしながら一之瀬が言う。

 これだけ責めても折れないのかよ……。

 

「……わかった。俺の負けだ」

「……え?」

「一之瀬が満足するまで好きにしてくれ」

 

 俺がやれることは全てやった。あれだけ責めても一之瀬は折れなかった。俺の完敗だ。

 

「……もうしないの?」

 

 今の一之瀬の一言で気づいてしまった。

 どうやら俺は勘違いをしていたようだ。

 性感帯を責めても気持ちよさを受け入れられてしまってはギブアップするわけがない。

 つまり俺の行為は一之瀬を気持ちよくさせていただけだった。

 

「もうしない」

 

 これ以上しても一之瀬を気持ちよくさせるだけ。彼女が折れて俺から離れることはない。

 

「……そっか。残念……」

 

 一之瀬が何か呟いてるが聞こえちゃいけない気がする。

 

「それじゃ言われた通り、好きにさせてもらうね」

 

 結局、俺と一之瀬は早朝まで抱きしめ合った。

 お互い眠気には勝てず、名残惜しさを感じつつも、俺と一之瀬は離れた。

 ちなみに一之瀬が一緒にベッドで寝るよう誘ってきたが、理性が崩壊しそうだったので断った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「界外くん、起きて。もう10時だよ」

「ん……」

 

 なんで一之瀬が俺を起こしてるんだろう?

 ……そっか。昨晩、心霊映像を見て一人で眠れなくなった一之瀬を泊めたんだった。

 

「おはよ」

「……おはよう」

「気持ちよさそうに寝てたのにごめんね」

「いや、起こしてくれて助かった」

 

 休日でも基本6時起きなので、こんな時間まで寝てるなんて久しぶりだ。

 寝る前に堀北にチャットを送っておいてよかった。早朝ランニングをさぼったと思われるところだった。

 

「ならよかった。……昨日は感情的になっちゃってごめんね」

「え」

「泊まらせてもらってる立場のなのにあれはないよね。……本当にごめんなさい」

 

 一之瀬が頭を下げてきた。

 

「いや、俺が約束を守らなかったのが悪いんだし。……それに俺も一之瀬に変なことをしてしまったし……」

「あっ」

 

 一瞬で一之瀬の顔が赤く染まる。恐らく俺も同じ状態になっているだろう。

 

「い、嫌だったよな……。ごめん……」

「嫌じゃないよ!」

「え」

「嫌だなんて全然思ってないからっ!」

 

 必死に否定する一之瀬。

 

「……本当に?」

「本当だよ。そもそも嫌だったら抱きしめたりしないし……」

 

 手をもじもじしながら顔を逸らす。

 

「そうか」

「うん」

 

 朝から微妙な雰囲気になってしまった。

 

「と、とりあえずこの話はもう終わりだ! 朝食にしよう!」

「あ、なら私が作ってもいい?」

「いいのか?」

 

 マジかよ。一之瀬の料理が食えるなんて……。

 

「うん。泊まらせてくれたお礼っていうか」

「それじゃよろしく頼む」

「任せて。後洗濯も私がするから」

「いや、そこまでしなくても……」

「するから!」

「お、おう……」

 

 そこまで強く言われたら従うしかない。

 

「エプロン借りてもいいかな?」

「ああ。……これ使ってくれ」

 

 壁にかけてあったエプロンを一之瀬に渡す。

 

「ありがと」

 

 それを受け取ると、一之瀬はエプロンを身につけた。

 

「エプロンもやっぱ大きめだねー」

 

 おっふ。裸Yシャツ風にエプロンをつけると、こんな破壊力を増すとは……。

 

「界外くんは適当にくつろいでてね」

「あいよ」

 

 一之瀬が料理をしてる間、俺はアニメを見て時間を潰した。

 20分ほど経つと、一之瀬が朝食をテーブルに運んできた。メニューは食パン、ウインナー、スクランブルエッグだった。

 簡単なもので一之瀬は申し訳なさそうにしてたが、朝食なのでこのくらいで十分だろう。

 味は一之瀬補正もあったがとても美味しかった。

 

 朝食を食べ終えると、洗濯するからと言って、着替えさせられた。自室なので寝間着のまま過ごそうとしたが、寝てる間に汗をかいたので着替えるよう促された。

 洗濯をしてる間は、二人で録画したアニメを見続けた。

 やがて洗濯が終わり、ベランダで洗濯物を干す一之瀬の姿を俺は見つめていた。

 

「なんか同棲してるみたいだな」

 

 俺の視線に気づかない一之瀬は、鼻歌を歌いながら洗濯物を干している。なんでそんな楽しそうにしているんだろうか。

 

「よし、終わり」

 

 洗濯物を干し終えた一之瀬が部屋に戻ってきた。

 

「悪いな。洗濯物まで干させて」

「ううん。私がしたいからしてるだけだから」

 

 笑顔でそう答える一之瀬。……結婚したい。

 

「そっか。…………あれ?」

「どうしたの?」

 

 おかしい。ふと物干しハンガーを見ると、あるはずの洗濯物がそこにはなかった。

 

「パンツがない」

「え」

「おかしいな。カゴに入ってなかったか?」

「う、うん。……入ってなかったよ?」

「そうか」

 

 でもそれでよかったのかもしれない。彼女じゃない女の子にパンツを干させるなんてありえないもんね。

 

「あれじゃない?」

「ん?」

「無人島試験でパンツを粗末にしたから。パンツの神様が怒って、神隠しにあったのかもしれないよ」

 

 いや、パンツの神様って……。一之瀬は何を言ってるんだろうか。

 

「なんちゃってね」

「なんだ、冗談か」

「当たり前だよ。私だって高校生なんだから」

「だよな」

 

 本気で言ってたら心配するところだったよ。

 

「それじゃそろそろ帰るね」

「わかった。ジャージ穿いて行った方がいいぞ」

「え」

「その格好で外出るのはやばいから」

 

 裸Yシャツにしか見えないからね。こんな姿で俺の部屋から出るところ見られたら、またとんでもない噂が流れてしまう。

 

「……そうだよね。それじゃ貸してもらってもいいかな?」

「ああ。学校のでいいよな?」

「うん」

 

 一之瀬にジャージを渡すと、彼女は脱衣所に入っていった。さらば一之瀬の生足。また会う日まで。

 その後、一之瀬はYシャツにジャージという奇妙な恰好で帰って行った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 自室に戻った私は、彼のYシャツを着たままベッドで横になっていた。

 

「……今朝は凄かったなぁ……」

 

 昨晩。私は彼の部屋に泊まった。

 心霊映像を見て怖くなったので泊まらせてほしいと彼にお願いをした。最初は渋っていた彼だったけど、上目遣いでお願いしたらすぐに了承してくれた。

 ちなみに幽霊が苦手なのは本当。以前、心霊映像を見た日の夜に金縛りにあったことがある。それ以来そういった類のものは避けてきた。

 だけど彼から一緒に心霊映像を見るよう誘われたら受けるしかない。彼の誘いを断るなんて私の選択肢にはなかった。

 最初は不安だったけれど、彼の部屋に泊まれるいい機会だとすぐに気持ちを切り替えた。

 

 自室で夕食とシャワーを済ませてから、彼の部屋に向かった。

 そして一緒に心霊映像を鑑賞した。もちろん彼の隣のポジションを確保してね。

 久しぶりに心霊映像を見たけど怖かった。でも隣に彼がいたので少しは恐怖を和らげたと思う。

 

 心霊映像を見終わった私は、わざとジュースを上着にこぼした。理由はもちろん彼の服を借りるためだ。

 彼から学校指定のYシャツを借りて身に纏った。これも前からやりたかったことの一つ。

 いわゆる『彼シャツ』というものだ。

 脱衣所の鏡で彼シャツをした自分を見たけれど、なかなかエッチな格好だった。多分彼も興奮してくれたと思う。なぜならチラチラ私の下半身を見てたから。

 

 就寝した私だけれど、以前と同じように金縛りにあってしまった。でも今回はそこまで怖くはなかった。近くに彼がいたから。

 数分経つと金縛りが解けた。すぐに彼に声をかけたが一向に返事がない。

 そう。彼はいつの間にかいなくなっていたのだ。

 5分後。彼が帰ってきた。

 私は裏切られた気分になり、彼を怒鳴ってしまった。彼はすぐに謝ってくれたが、私の怒りは収まらなかった。私がここまで怒るとは思わなかったのだろう。彼は完全にうろたえていた。

 そんな彼に私は、自分が安心出来るまで抱きしめるよう要求した。

 経緯はどうであれ、彼は私を始めて抱きしめてくれた。彼の胸元に顔を埋めながら抱きしめ返す。

 彼からは他の女の匂いはしなかった。どうやら私以外の女と会ってたわけではなさそうだった。それがわかると私の怒りは一気に静まった。

 そっか。私以外の女と逢瀬してたのか不安になったから、あんなに感情的になってしまったんだ。

 

 暫く抱き合ってると、彼が離れるよう言ってきた。どうやら足が限界らしい。当然私は離れる気はなかったので、彼をベッドに座らせた。彼は休めると思ったのだろう。安心したような顔をしていた。

 違うよ。もっと私を感じて貰うために座らせたんだよ。

 私は腰を下ろした彼に跨り抱きしめた。彼は戸惑っていたけれど、私を抱きしめるようお願いをすると素直に従ってくれた。

 いま思うととんでもない体勢で抱きしめあってたと思う。

 だって対面座位にしか見えないもの……。

 

 ドキドキしながら抱きしめ合ってると、彼が私の髪を撫でてきた。私は彼に撫でられるのが好きだ。彼に撫でられると安心する。

 そんな安心してた私に衝撃が走った。

 なんと彼が私の耳を責めてきたのだ。

 密着したままだと色々やばいということで、彼は離れるよう要求してきた。私が離れないかぎり、耳責めをし続けるとのことだ。

 私は離れる気はなかったので、すぐに断った。それから彼の執拗な耳責めが始まった。彼は耳の色んな箇所を責めた。私は喘ぎながらも必死に耐えた。

 けれどそんな耐えも長くは続かなかった。

 彼が私の耳の内側に指を入れた瞬間、自分の身体に電撃が走ったのがすぐにわかった。

 彼はそのまま耳の内側を責めた。私は止めるよう懇願したが、している間にイかされてしまった。

 まさか耳だけでイかされるとは思わなかったよ……。しかも一人でするより気持ちよかった。

 彼はどこであんなテクニックを覚えたのだろう。

 ともかく彼にイかされた私だけれど、ギブアップはしなかった。

 何度やられても彼から離れるつもりはなかったから。結局、彼が折れて、私たちは早朝まで抱き合った。

 

「……ていうか私喘ぎすぎだよね。付き合う前に喘ぎ声を聞かせちゃうとかどうなの……」

 

 私の喘ぎ声を聞いて、彼は興奮してくれただろうか。

 いや、してくれなきゃ困る。あれだけ乱れた私の面子がなくなる。

 耳だけで乱れちゃうとか。また彼に開発されてしまった……。

 もう私は彼なしでは生きていけない身体になっているような気がする。

 耳だけであんな気持ちよくしてくれるのだ。もし彼とエッ○したら、どれだけ気持ちよくしてくれるのだろう。

 

「まだお昼なんだ」

 

 置き時計を見ると12時を過ぎた頃だった。

 

「でも……いいよね」

 

 今から行う行為を誰からも邪魔されないように携帯の電源を切る。

 そしてテーブルの上に置いてある、彼の下着を手に取った。

 

「私も堕ちるところまで堕ちちゃったなぁ」

 

 もちろんYシャツとジャージと違って、彼に借りたわけではない。

 彼の部屋から盗んできたのだ。

 洗濯籠に入っていた下着なので、恐らく洗濯前だろう。

 

「ごめんね、帝人くん。私、こんなに変態で」

 

 彼に謝罪をしながら、行為に及んだ。

 

 何度果てただろう。気づいたら夕日が落ちる時間になっていた。

 

「はぁ……本当は溜まったアニメを消化しようとしたのに……」

 

 これも帝人くんのせいだ。

 帝人くんが私を壊していくから。

 付き合う前から私のことを壊しすぎだよ。

 帝人くんに壊されてることを自覚してる私だけど、彼はどうなんだろう。

 今回、初めて彼からしてくれた。

 今までの彼ならあの場面で耳責めなんてするはずがない。

 もしかして彼も壊れているのだろうか。

 もしそうなら、彼を壊しているのは私だ。

 堀北さんでも櫛田さんでもない。

 私が彼を壊してるんだ。

 いいよ。

 お互い壊し合おうよ。

 砕けるくらい壊し合って、お互いの破片をくっつけて、一緒になろうよ。

 

「愛してるよ、帝人くん」

 

 彼の下着を抱きしめながら愛を囁く。

 そういえば彼はいま何をしているのだろうか。

 私のことを考えてくれてるのかな。

 考えてくれてるといいな。

 だって私がこんなに帝人くんのことを考えてるんだもん。

 だから……

 

「他の女のこと考えちゃ駄目だよ帝人くん」




今回やり過ぎちゃったかもしれないけど気にしない
一之瀬の私服は4.5巻のカラーイラストと同じです
彼シャツも漫画の扉絵見て思いつきましたw


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41話 堀北は保健体育も勉強熱心

とうとう禁書3期が放送ですよ!
7年も待たせやがって……


 8月某日。特別試験終了後から日課になっているランニングを終えた俺と堀北は、寮の近くにあるベンチで一休みしていた。

 

「はい」

 

 堀北がレモンのはちみつ漬けを渡してきた。

 

「今日も作ってきてくれたのか」

「ええ」

 

 堀北は必ずレモンのはちみつ漬けを作ってきてくれる。疲労回復に最適なので非常に助かる。

 

「いただきます」

 

 早速タッパーを開け、レモンを口に入れる。

 

「どうかしら?」

「うん。今日も美味しいぞ」

「そう」

 

 嬉しそうに微笑む堀北。

 

「あれだな。堀北は意外とマネージャーに向いてるかもな」

「そうかしら?」

「ああ。気配り上手だし、料理も美味いだろ」

「そんなことないけれど」

 

 堀北の照れ顔は相変わらず可愛い。

 

「それより今日は学校に行くのよね?」

「ああ。生徒会に外出申請書を提出しないといけないからな」

 

 敷地外に出るのは4ヶ月ぶりになる。

 

「私も行ってもいいかしら?」

「え」

「その……兄さんに用事があって」

 

 堀北が生徒会長と会う。つまり例の約束を果たさなければならないということ。

 

「……どうしても生徒会長と会わないといけないのか?」

「ええ。……駄目かしら?」

「用があるなら仕方ないだろ」

「ありがとう。それでまた頭をはたいて貰いたいのだけれど……」

 

 やはりお願いされてしまった……。

 

「……わかった。約束だからな。ただこの前みたいに生徒会長の前ではたくのはしたくない」

 

 さすがに実の兄貴の前で何回もはたけない。

 

「ええ。人目がつかないところでお願いするつもりよ」

「そうか」

「それと昨晩お願いしたことだけれど」

「漫画喫茶に連れていってほしいんだろ」

 

 昨晩、堀北から漫画喫茶に連れて行ってほしいとチャットを通じてお願いをされた。

 

「それじゃ学校帰りにそのまま行くか」

「そうね。……でも、その……勉強は大丈夫かしら……?」

「心配しなくていい。夜に2時間くらい復習するだけで十分だ」

「そう」

 

 安心したような表情を見せる堀北。

 

「それで何の漫画が見たいんだ?」

「スラムダンクよ。以前、界外くんが教えてくれたでしょ」

 

 ファミレスで龍園に初めて絡まれた時か。懐かしいな。

 

「スラムダンクか。31巻もあるから一日じゃ難しいと思うぞ」

「大丈夫。一日で読み切るつもりはないから」

「そうか」

 

 その後、堀北と一旦別れ、11時に待ち合わせをすることになった。

 ところで堀北とのランニングで、レモンのはちみつ漬け以外に楽しみにしていることがある。それはブラ透けだ。早朝とはいえ真夏なので走れば大量に汗をかく。ちなみに今日は黒だった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「学校に来るの久しぶりだな」

「そうね」

 

 堀北と合流した俺は、1ヶ月ぶりに学校に足を運んでいた。

 玄関で上履きに履き替え、生徒会室に向かう。

 

「界外くん、こっちよ」

 

 堀北はそう言うと、俺の腕を掴み、生徒会室近くの人気がない場所に連れてきた。

 

「ここなら監視カメラもないし、人通りも少ないから大丈夫よ」

「そうか」

「それじゃ早速お願い」

 

 堀北が目を閉じた。

 

「……堀北ははたかれてるのが怖くないのか?」

「特に」

 

 いやいや、少しくらい恐怖感を持てよ。

 

「自分からお願いしておいて怖いと思うなんて界外くんに対して失礼でしょ?」

「そういうもんかな」

「そういうものよ」

 

 ま、変に怖がってるよりマシか。

 

「いつでもいいわよ」

 

 何だろう。堀北をはたくのはもちろん嫌だけれど前より嫌悪感を感じていない。2回目だからだろうか。

 

「それじゃいくぞ」

「……ええ」

 

 右手を振りかざす。そして堀北の頭部をめがけて、一気に振り下ろした。

 

「……あぅ……っ!」

「やべっ」

 

 力を入れすぎたのだろうか。はたかれた衝撃で堀北が壁に激突してしまった。

 

「……っ」

「わ、悪い! 大丈夫か!?」

 

 しまった。久しぶりにはたいたから力加減を間違えてしまった。

 

「……ええ」

 

 倒れた堀北に手を差し伸べる。

 

「力入れすぎたみたいだ。ごめん」

 

 堀北は首を横に振り、俺の手を握った。

 

「いいえ。私が踏ん張り切れなかっただけ。力加減は前回と同じだったわ」

「そ、そうなのか……?」

 

 堀北を起こしながら、質問する。

 

「ええ。私の方こそ、心配掛けてしまってごめんなさい」

「いや、それはいいんだけど……。壁に頭をぶつけたりしてないか?」

「大丈夫よ。それより先に行っててくれる?」

「え」

「お手洗いに行ってくるわ」

 

 俺が「わかった」と返事をすると、堀北は近くのトイレに入っていった。

 

「怪我してなくてよかった……」

 

 歩行も問題なさそうだ。

 それよりはたいた時の堀北の声、可愛かったな。……って俺は何を考えてるんだよ!

 俺は邪念を振り払い、生徒会室に向かった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「はい。確かに申請を承りました」

 

 俺から外出申請書を受け取った橘先輩が言う。

 

「外出許可証は当時に茶柱先生から渡しますね」

「わかりました」

「当日は茶柱先生と共に行動をして貰います」

 

 さすがに生徒一人だけに行かせるわけないか。

 

「詳細は当日に茶柱先生から説明しますね」

「はい」

 

 今日も橘先輩は可愛いな。見てて癒される。

 

「どうしたんですか?」

「いえ。真面目に仕事してる先輩、カッコいいなと思いまして」

「そ、そうですか……」

 

 一気に顔を赤くする橘先輩。

 

「界外」

「……何ですか生徒会長」

 

 ゆでタコ状態の天使を見つめてると、堀北兄から声をかけられた。

 

「調子はどうなんだ?」

「問題ないですね。当日に受験会場に辿り着けないトラブルが起きない限り、合格は間違いないと思いますよ」

「ふっ、大した自信だな」

「どうも」

 

 そういえば生徒会って橘先輩と堀北会長の二人しか会ったことないな。

 

「それと特別試験もご苦労だったな。まさかクラスポイントを500以上も上げるとはな……」

「運がよかったんですよ」

「運だけで勝てるほど甘くないと思うがな」

「なら相手に恵まれていたのかもしれませんね」

 

 言葉を選ばないと、会長から直接生徒会に誘われそう……。

 

「そんなことないですよ。界外くんの実力です!」

 

 橘先輩。褒めてくれるのは嬉しいけど余計なこと言わないで!

 

「さすが私の後輩です!」

 

 一応、1年全員橘先輩の後輩だからね? 俺だけが後輩じゃないからね?

 

「だそうだ」

 

 クククと笑う堀北会長。その笑い方やめろ。龍園を思い出す。

 

「それより鈴音はどうした?」

「お手洗いに行ってます。そのうち来ると思いますよ」

「そうか。……鈴音はどうだった?」

 

 恐らく試験での堀北のことを聞いてるのだろう。

 

「クラスに貢献してましたよ。特に船上試験では優待者の法則を見抜いてましたから」

「ほう」

「それに友達も何人か出来ました」

「……鈴音が?」

 

 驚いたように目を見開く堀北会長。

 

「ええ。食事もクラスメイトととってましたし」

「……そうか」

 

 なんだ。堀北会長も優しく笑えるんじゃないか。

 

「なので堀北を褒めてやって下さい」

「……検討しておこう」

「駄目ですよ! 妹さんが頑張ったんですから。お兄さんである堀北会長が褒めてあげないでどうするんですか!」

 

 橘先輩が援軍になってくれた。ていうか堀北会長に対して強く言えるんだな。

 

「わ、わかった……」

 

 よし。これで堀北も喜ぶだろう。

 

「それじゃ俺はこれで失礼します」

 

 生徒会室を後にした俺は、廊下で堀北を待つことにした。

 5分ほど経つと、堀北がやって来た。もじもじしながら。

 

「遅くなってごめんなさい」

「いや。……っ」

 

 なんだ。堀北の様子がおかしい。

 

「どうしたの?」

 

 堀北が聞いてきた。

 

「な、なんでもない……」

「そう?」

 

 吐息を漏らしながら俺を見つめる堀北。妖艶な雰囲気を醸し出してる。

 

「あ、ああ。それより生徒会室に行って来たらどうだ?」

「そうね。すぐに用を済ますからここで待っててくれる?」

「わかった」

 

 俺の返事を聞くと、堀北は生徒会室に入っていった。

 

「……なんであんなエロい雰囲気になってるんだ……」

 

 トイレに行ってる間に何があったんだろうか。私、気になります!

 生徒会室に入った堀北だったが、1分も経たないうちに部屋から出てきた。

 

「もう終わったのか?」

「ええ。界外くん、お願いがあるのだけれど」

「ど、どうした……?」

 

 部屋から出てきた堀北だが、相変わらずエロい雰囲気を醸し出してる。

 

「来る途中で汗をかいてしまって。一度寮に帰ってシャワーを浴びたいのだけれどいいかしら?」

「わかった。それじゃ寮に戻るか」

「ごめんなさい」

 

 俺が歩き出すと、堀北が横にピタッとくっついてきた。

 

「なあ、顔赤いけど大丈夫か?」

「そんなに顔赤いかしら?」

「ああ。夏風邪じゃないよな?」

「そんなに心配なら触ってみる?」

 

 堀北は前髪をあげ、おでこを出してきた。

 

「いや、堀北がそう言うなら信じるよ」

「……そう」

 

 残念そうな表情をしながら、前髪を下ろした。

 その後、寮に向かう道中で堀北からの視線を何度か感じたが無視した。だってあんな蕩けた表情で見つめられたら動揺してしまうし……。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ここが漫画喫茶なのね」

 

 時刻は13時。一旦寮に戻った俺たちは、ファミレスで昼食を済ませてから漫画喫茶に来ていた。

 

「ああ」

「どういった料金コースになるのかしら?」

「何時間パックでいくらって感じだな」

 

 入口付近の壁に貼ってある料金コース一覧を見る。

 

「そう。3時間パックでいいかしら?」

「それでいいと思う」

 

 コースを決めたところで受付に向かう。

 

「いらっしゃいませ。会員証はお持ちですか?」

「これで」

 

 携帯でQRコードを表示させ、専用の端末に携帯をかざす。

 

「会員証もデジタル化が進んでるのね」

 

 堀北が感心したように言う。なんか年寄りみたいに見えるぞ。

 

「お時間はどうなさいますか?」

「3時間パックでお願いします」

「かしこまりました。お部屋は?」

 

 部屋か。これは個室二つでいいだろう。

 

「このカップルシートというのでお願いします」

 

 隣に立つ堀北が店員に言う。

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

「おい、なんでカップルシートなんだよ? 個室二つでいいだろ?」

「駄目よ。私は初めて漫画を読むのよ。何か質問したいときに近くにいてもらった方が効率的でしょ?」

「な、なるほど……」

 

 そうか。堀北は漫画を読んだことがなかったのか。

 

「お待たせしました。ドリンクバーはあちらになりますので」

「ありがとうございます」

 

 ドリンクバーコーナーでコップにジュースを注ぎ、割り当てられたスペースへ向かう。

 そこは備え付けのソファとデスクトップのパソコンが一台。それからヘッドホンが二人分用意されている。

 そして狭い。非常に狭い。

 本当にギリギリ二人が入れるくらいのスペースしかない。

 

「これがカップルシートか」

「界外くんはカップルシート初めてなの?」

「当たり前だろ。漫喫は博士としか来たことがないんだ。博士とカップルシートとか拷問だろ」

「そう。初めてなのね」

 

 嬉しそうに微笑む堀北。

 

「それより漫画持ってこようぜ」

「そうね」

 

 小さめのテーブルにコップを置き、漫画を取りに行った。

 目的の漫画を確保し、俺と堀北はソファに腰を下ろした。

 距離が近い。肩が触れ合ってる。7月まで使用してた部室棟近くのベンチより距離が近い。

 

「漫画だとどのくらいのスピードで読めるのか計算出来ないわ」

「読んだことないからな。じっくり読んだ方がいいぞ」

「そうね」

 

 お互い持ち込んだ漫画を読み始める。

 堀北は当然スラムダンク。俺はばらかもん。早く2期やってくれないかな。

 時折、ジュースを飲みながら漫画を読み進める堀北。

 

「ねえ」

 

 30分ほど読み続けてると、堀北が声をかけてきた。

 

「ん?」

「界外くんがバスケを始めたのは、この漫画の影響かしら?」

 

 漫画に関する質問かと思ったら、俺に関することだった。

 

「いや。俺は黒子のバスケだな。スラムダンクを読んだのはその後だ」

「そう」

「2巻まで読み終わったようだけど……どうだ?」

「そうね。面白いと思うわ。主人公がどういったキャラなのか理解できるし、話の展開も丁寧で読みやすいわね」

「そっか」

 

 よかった。これでつまらないとか言われたら熱弁振るった俺の立場がないところだった。

 その後も堀北は、真剣な表情でスラムダンクを読み続けた。

 反対に俺は眠気に襲われ、意識を手放してしまった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「……ん……」

 

 ゆっくり目を開ける。どうやら寝落ちしてしまったようだ。

 

「起きた?」

「……ああ」

 

 堀北の声が聞こえた。体を起こそうとしたが、寝起きで意識と肉体が上手につながっていないので、体が思うように動かない。

 

「…………あれ?」

 

 体を起こそうとした? 確かここはカップルシートで二人しか座れないスペースだったはず。ということは……

 

「どうしたの?」

 

 見上げるとそこには俺を見下ろす堀北の顔があった。

 

「……悪い」

「それは何に対する謝罪かしら?」

「いや、寝落ちしたのと……膝枕して貰ったことです……」

 

 俺は堀北に膝枕をして貰っていた。しかも堀北はミニスカートなので、色々とヤバイような気がする。

 

「別に謝る必要はないわ。膝枕をさせたのは私だもの」

「え」

「最初は肩に寄りかかられたのだけれど、それだと漫画が読みづらいから、横になって貰ったのよ」

「そうだったのか……」

 

 しまった。漫画喫茶に連れて来て、それを妨害するような行為をしてしまうとは……。

 

「それは悪かった」

「別に構わないわ。それでどうするの?」

「なにが?」

「起き上がる気配がなのだけれど。私の膝枕をもう少し堪能したいのかしら?」

 

 堀北にそう言われ、すぐに起き上がった。

 

「ふふ。そんな焦らなくてもいいのに」

「あまり苛めないでくれ……」

「ごめんなさい」

 

 くすくす笑いながら謝罪をする堀北。

 

「それで今何時なんだ?」

「14時半。まだ1時間半残ってるわ」

「そうか」

 

 どうやら1時間近く寝てしまったようだ。

 

「堀北は何巻まで読み終わったんだ?」

「今6巻目よ」

 

 どうやら全巻読むのは数日かかりそうだな。

 

「もし続きが気になるならレンタルショップ寄るか?」

「いいえ。自室だと小説優先で読んでしまうと思うから。だからここでいいわ」

「そうか」

「また付き合ってくれる?」

「もちろん」

 

 スラムダンクを勧めたのは俺だ。責任を持って最後まで付き合わないといけない。

 

「ありがとう。今日は10巻までは読み終わりそうね」

「なら3日間くらいかかるな」

「次は界外くんの試験が終わってからでいいわ」

「わかったよ」

 

 結局、堀北は11巻まで読み終わった。内容に関しては大変満足しているようだった。

 漫画喫茶を後にした俺たちは、カフェに寄り、数時間雑談をしてから寮へ帰った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は夜の10時。シャワーを浴び、髪を乾かし終えた私はベッドで横になっていた。

 

「今日は久しぶりにはたいて貰えたわね」

 

 彼にはたいて貰った箇所を触りながら思い返す。

 彼から生徒会室に行くと聞いた私は、自分も連れていくようお願いをした。

 兄さんに用事があると言って、ついていったけれど、本当は用事なんてなかった。実際兄さんと会ったけれど、簡単に近況報告をしただけだった。

 彼についていった理由は一つ。彼にはたいて貰うためだ。

 彼にはたいて貰って、痛みと一緒に与えられる『何か』を確認したかった。

 計画通り、私は彼に頭をはたいてもらえた。

 彼の一撃は思ったより重く、私は勢い余って壁に吹っ飛ばされてしまった。彼には前回と同じくらいの強さだと説明したが、前回よりも明らかに強くはたかれた。

 でも彼を責めるつもりはない。そもそもお願いをしてるのは私。私は彼に『躾』をして貰っている立場なのだから。

 そして私は、痛みと一緒に与えられる『何か』を確認することが出来た。その『何か』を私は薄々気づいていた。ただ認めなくなかっただけ。けれど今日、彼にはたかれたことで、認めざるを得なかった。痛みと一緒に与えられる『何か』

 それは……快感だった。

 彼に頭をはたかれて、自分のあそこが濡れているのがわかった。

 彼に断りを入れて、お手洗いに行き、個室で恐る恐る陰部を確認した。その箇所は、自分が思っていたよりもぐっしょり濡れていた。

 その時、私は自覚した。

 私はどうしようもないほどにマゾヒストなのだと。

 あれだけ否定していたのに、すんなりと自分の性癖を受け入れることが出来た。これだけ濡れていては認めざるを得ない。だからすんなりと受け入れることが出来たのだと思う。

 恐らく長い間兄さんに、肉体的精神的苦痛を与えられ、私の中の被虐性欲が育ったのだろう。それを彼が目覚めさせてくれた。

 自分の性癖を受け入れた私は積極的だった。

 体の疼きを鎮めるため、自分を慰めた。

 生まれて初めての自慰だった。

 別に私は性に興味がなかったわけではない。自慰をする同級生を軽蔑したりもしない。ただ必要性を感じなかっただけ。いずれ異性に興味を持てばするのだろうと考えていた。まさか初めての自慰が学校のトイレになるとは思わなかったけれど。

 何とか体の疼きを鎮めた私は、彼と合流した。そして兄さんに簡単に近況報告をした。

 その後、彼に汗をかいたので漫画喫茶に行く前にシャワーを浴びに寮に帰りたいことを伝えた。もちろん彼は了承してくれた。

 私は彼に嘘をついてしまった。シャワーを浴びたい理由は汗をかいたからではない。下着がびしょびしょだったので取り換えたかったから。

 そして彼に寄り添うように寮へ帰った。

 道中、私は彼の顔を見ながら、彼に痛めつけられる自分を想像していた。そして想像するたびにまたも秘部が濡れるのがわかった。彼は私の方を全く見てくれなかった。恐らく普段と雰囲気が違う私に戸惑ったのだろう。

 自室に戻った私はすぐにシャワーを浴びた。そして漫画喫茶で体が疼かないよう、しっかり性欲処理を行ってから彼と合流した。

 

 漫画喫茶ではカップルシートを指定し、彼と密着することが出来た。

 個室に彼と二人きりであるシチュエーションに興奮しそうになったが、漫画に集中したおかげで理性を保つことが出来た。

 漫画を読んでると、彼が寄りかかってきた。勉強とランニングで疲れていたのだろう。彼は気持ちよさそうに寝ていた。

 私はゆっくりと彼の頭を、膝の上に持ってきた。彼を膝枕しながら、漫画を読む。至福の時間だった。ただ寝てる彼が気になってしまい、彼の顔をついつい眺めてしまった。

 1時間ほどして彼が起きた。寝起きの彼は膝枕をされているの気づかなかったようで、膝枕をしていることを教えた時は驚いていた。

 

 漫画喫茶を後にした私たちは、カフェに立ち寄った。

 アイスコーヒーを飲みながら、彼と2学期以降の学校生活について話をした。9月から私たちはCクラスになる。彼には言わなかったけれど、いずれBクラスとも戦うことになるだろう。

 つまり彼と一之瀬さんが戦う。そして彼の隣に立つのは私。

 想像するだけで信じられないほどの高揚感を得られた。

 けれど彼の隣を狙う女子が一人いる。

 櫛田桔梗。

 私と同じ中学出身で、私を嫌う女子。無人島試験から櫛田さんは彼に積極的に接触するようになった。

 理由はわからない。けれど櫛田さんが彼に好意を抱いてるのは明らかだ。

 ただ彼女の好意も虚しい結果になるだけ。

 彼には一之瀬さんがいる。

 だから私は彼の恋人ではなく、彼のパートナーになることを決意したのだ。櫛田さんは彼の恋人にもパートナーにもなれない。

 それに私は櫛田さんの過去と本性を彼に伝えている。彼が櫛田さんに好印象を抱くことはないだろう。

 だから櫛田さんがいくら頑張ろうと無駄なのだ。

 櫛田さんは私に勝てない。私が一之瀬さんに勝てないように。

 

「ふふ、惨めな考えよね」

 

 つい自虐的な自分を笑ってしまう。

 でも仕方がない。

 どんなに惨めでも、かっこ悪くても、彼の隣にいれるならそれでいい。

 2学期になったら、また兄さんに会いにいこう。彼にはたいて貰うために。

 ……いいことを思いついた。彼にはたかれる直前に体勢を変えれば、顔をぶってもらうことが出来るかもしれない。

 そうだ。次は顔をぶってもらおう。頭をはたいてもらうだけじゃ満足出来ない。

 彼には私をとことん痛めつけて貰いたい。

 当分は想像で我慢するけれど、現実でも痛めつけて貰えるよう努力しないと。

 

「……彼がサディストならいいのに……」

 

 そうすれば私がそこまで努力をしなくても、いたぶって貰えるのに。

 恐らく彼は一之瀬さんに酷いことは出来ないだろう。

 なら代わりに私に酷いことをすればばいい。ストレスのはけ口でも構わない。

 

「……まあ彼がそんな性的嗜好を持つとは思えないけれど……」

 

 やはり自慰をして性欲を満たすしかないようだ。

 彼以外の人間にいたぶって貰うことも出来るが却下。

 彼にいたぶって貰わないと意味がない。

 私をいたぶっていいのは彼だけ。

 兄さんでもない。

 彼だけなのだ。

 彼にならどんなことをされたって構わない。

 

「……んっ……」

 

 駄目だ。体が疼き始めてしまった。

 シャワーは浴び終えているし、洗濯物も既に干してある。

 恐らくこのまま自慰をすれば汗をかくし、下着も汚してしまうだろう。

 効率的に考えれば、我慢した方がいい。

 けれど……

 

「我慢するのは体によくないわよね」

 

 それらしい理由をつけて、私は自分を慰めた。

 学校で一回、彼と出かける前にもしているので、今日で三回目だ。

 一日で三回は多いのかもしれない。しかも私は今日初めてオナ○ーを覚えたばかりだ。

 でもこんなものなのかもしれない。

 性に目覚めたいやらしい牝が性欲に溺れていくのはよくあることだ。ソースは私が呼んできた小説。

 だから何も恥じることはない。

 それに好きな人を想って性欲を満たすことの何が悪いのだろうか。

 

「彼はこんな私を見たらどう思うのかしら……?」

 

 そんなことを考えると、余計に指が動いた。

 翌朝。日課になっているランニングをするため、彼と顔を合わせた。

 昨晩の痴態を思い出し、彼の顔をまっすぐ見れなかったのは言うまでもない。

 




堀北も堕ちました


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42話 櫛田との恋人のような一日

よう実9巻に禁書3期。俺は人生のピークを迎えてるのかもしれないです


 敷地外に出た翌日。俺は櫛田と共に、いつもお世話になっているスーパーに来ていた。

 

「本当に肉じゃがでいいのか?」

 

 目的は櫛田に料理を教えるために使用する食材の調達だ。

 

「うん。界外くんは肉じゃが嫌い?」

「好きだぞ。つーか肉じゃが嫌いな人なんてそうそういないだろ」

「あはは。だよね」

 

 食材を調達した後、俺の部屋で櫛田に料理を教えることになっている。

 

「なんか全体的に野菜が高くなってるよね」

「だな」

 

 それでも敷地外の店舗より安価だろう。

 櫛田は次々と食材をかごに入れていく。

 

「後は牛肉だけかな」

「ああ。二人分だから100グラムで十分足りるだろう」

「うん」

 

 食材を調達した俺たちは、スーパーを後にして寮へと向かった。

 

「ごめんね。袋持ってもらっちゃって。重たくない?」

「全然。むしろ軽いまである」

 

 堀北によく米を持たされてるからね。

 

「界外くんって女子の扱い慣れてるよね。さりげなく荷物持ったり」

「いや、普通だろ。俺以外の男子も櫛田相手なら持つと思うぞ」

「なんで私限定なの?」

「そりゃ櫛田がクラスで一番人気の女子だからだよ」

 

 わかって聞いてきてるな。なんてあざとい女なんだ。

 

「い、一番……。またそんなこと言って……」

「ん?」

「な、なんでもない……っ!」

「そうか」

 

 櫛田が慌てふためくの珍しいな。これも計算で演じてるのだろうか。もしそうならたいした演技力だ。

 

「えっと、界外くんは試験が終わってから何してたの?」

「うーん、勉強したりアニメ見たりだな。普段と変わらない。櫛田は?」

「私はほぼ毎日友達と遊んでたよ」

「ほぼ毎日……。やっぱ友達多いと大変なんだな」

 

 毎日遊ぶなんて疲れるだろう。俺には無理だ。毎日一之瀬と遊ぶならウェルカムだけど。

 

「そうでもないよ。色んな友達と遊べて楽しいよ?」

「そっか。だから自分からお願いしておいて、俺への連絡が遅かったわけだ」

「うっ……。ご、ごめんね……?」

 

 指摘されしょんぼりする櫛田。

 

「冗談だよ」

「本当に? 怒ってないの?」

「本当。そんなんで怒るわけないだろ」

「ならよかったぁ。界外くんに怒られたらどうしようかと思ったよ」

 

 いかんいかん。櫛田にも意地悪してしまった。慎重に接しなければ……。

 

「そもそも俺は怒らないからな」

「それは嘘だよね。須藤くんとAクラスの男子に怒ってたよね?」

 

 俺の顔を覗きこみながら櫛田が言う。

 

「……そんなこともあったな……」

 

 懐かしいね。もう俺が須藤を怒ることはなさそうだ。

 

「あの時の界外くん、怖かったよ」

「まあ怒ってるのに怖くないのはアレだからな……」

 

 怒ると言えば、一之瀬のマジ切れは怖かったな……。

 いつも怒る時はぷんぷんしてる感じだったから余計にびっくりした。

 

「櫛田も怒ったら意外と怖いんじゃないか?」

「えー。私はそんなことないよっ」

 

 いやいや櫛田の本性知ってるから。あざとい攻撃俺には効かないからね。

 

「普段温厚な奴ほど切れたら怖いって言うし」

「私、切れたことないもんっ」

「そうなのか?」

「うん。だって怒るのって凄いエネルギー使うでしょ?」

「そうだな」

「なら怒るより笑ってエネルギーを使った方がいいでしょ?」

 

 よくそんなくさい台詞言えるね君。

 

「そうだな」

「だよね。あ、そういえばこのみーちゃんがね――――――」

 

 その後も雑談をしながら、寮まで歩き続けた。

 

 俺の部屋に着くとすぐに櫛田はエプロンを身につけた。

 堀北のシンプルなデザインと違い、動物のイラストが描かれてる可愛らしいデザインのエプロンだった。

 生まれて初めて他人に料理を教えるので、多少熱が入って指導したけれど、櫛田は文句を言わずに真面目に調理し続けた。

 そんな櫛田についつい見惚れてしまった俺はやはりチョロかった。

 

「よし。後は弱火で15~20分煮れば完成だな」

「うん」

 

 今回は特に小細工はせずに基本に忠実に調理した。

 

「しかしこれくらいなら櫛田一人でも作れたんじゃないか?」

 

 櫛田の腕前も相当なものだった。恐らく小学生の時から料理をしていたのだろう。

 

「そんなことないよ。界外くんがしっかり教えてくれたから」

「そうか……?」

「うん」

 

 まあそう言われたら悪い気はしない。

 

「煮終えるの待ってる間に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「いいぞ」

「えっと、特別試験のことなんだけどね、優待者を見抜いたのって界外くんなんだよね?」

「ああ。それと堀北もだ」

「堀北さんも見抜いてたんだ。……なんでわかったの?」

「じっちゃんの名に懸けて推理したから」

 

 本当は氷菓を見て頭が冴えてたから。

 

「もうっ! 真面目に聞いてるんだよっ!」

「悪い。……ま、頭が冴えてたからしか言いようがないな」

「……そっか」

「それと櫛田がクラス内の優待者に名乗り出るよう呼びかけてくれたのも大きかったな」

「私……?」

「ああ。俺が優待者の法則性がわかったのも、三人の優待者の情報を得たからだ。その情報がなければ他のクラスの優待者はわからなかった」

 

 最終的に五人の優待者の情報を得られたんだけどね。

 

「それじゃ私、界外くんのお役に立てたのかな……?」

「当たり前だろ。これからも櫛田の力が必要になると思うから頼りにさせて貰うよ」

「うん……っ! 私、頑張るねっ!」

 

 嬉しそうに答える櫛田。頼られるのが嬉しいのだろう。今の櫛田はとても演技をしてるようには見えない。

 

「……しかし、なんで櫛田と南は優待者だと見抜かれたんだろうな」

「それは……ごめんね」

「いや、責めてるわけじゃないんだ。同じグループに観察力が優れた生徒がいたんだろうな」

「多分ね。上手く隠せたと思ったんだけどね……」

「仕方ないさ。優待者だと隠し通せれば50万ポイントもらえたのに残念だったな」

 

 ちなみに櫛田にも9万プライベートポイントが付与されてる。これは特別試験でクラスで得た大量のプライベートポイントを均等に割り当てたからだ。

 

「そうだね。でも今さら気にしてもしょうがないから。それにクラスポイントが大分上がったし」

「2学期中にBクラスに行きたいな」

「行けるの?」

「特別試験の結果次第だ。ま、何回行われるかわからないんだけどな」

 

 そうこう話してるうちに15分が経った。

 煮終わった肉じゃがをお皿に盛りつけ、白米と合わせてテーブルに並べる。

 

「それじゃいただきます」

「いただきます」

 

 二人同時に手を合わせる。さて出来栄えは……

 

「……うん! 美味しいっ!」

 

 俺と一緒に作ったんだから美味しいに決まってる。

 

「今までで一番美味しく出来たかも」

「大げさだな」

「ううん、本当だよ。こんな美味しい肉じゃが初めてっ!」

 

 次々に肉じゃがを口に運ぶ櫛田。幸せそうな表情をしている。

 俺たちは10分ほどかけて、完食した。

 

「洗い物は私がするから界外くんはくつろいでてね」

「いや、俺もやるぞ」

「いいからいいから」

 

 立ち上がろうとしたが肩を押さえられ座らせられた。

 

「そうか。それじゃお言葉に甘えて」

「うん」

 

 テレビを見ながら、時折櫛田をチラ見する。

 楽しそうに洗い物をしている。……料理に関しては本当に好きなんだろうな。

 数分経ち、洗い物を終えた櫛田が戻ってきた。

 

「この後どうしよっか?」

 

 え? 料理も食べ終えたし解散じゃないの?

 

「うーん、特に考えてないな」

「あのね……よかったら二人で出掛けない?」

「あー、ならもう少し経ってからでいいか? 食後にすぐ動くのは体に悪いから」

「うん、もちろんだよ」

 

 正直暑いので外出したくない。けれど櫛田の二人で出掛けるのは初めてだ。櫛田のことを探るいい機会になるかもしれない。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 1時間後。俺と櫛田はケヤキモールに足を運んでいた。

 

「相変わらず人が多いな……」

「夏休みだからね」

 

 クラスメイトと遭遇しなければいいんだが。特に男子共。

 

「櫛田は行きたいところあるのか?」

「うん。クレープ屋さんに行きたいんだけど……いいかな?」

「いいぞ」

「ありがとっ!」

 

 櫛田に導かれるようにクレープ屋に向かう。

 

「夏休みにオープンした新しいお店でね、女の子に大人気なんだって」

「ほーん。女子は甘いもの好きだもんな」

「うん。界外くんは?」

「俺も好きな方だぞ」

 

 そのうちオーブンレンジ買って、ケーキ作りする予定だし。

 

「よかったぁ」

「でも大人気なら混んでるんじゃないか?」

「かもね」

「それでも食べたいんだろ?」

「うんっ」

 

 満面の笑みを浮かべながら返事をする櫛田。……くそ、可愛いじゃないか。

 

「ま、時間もあるし付き合うよ」

「ありがとっ!」

 

 櫛田はそう言うと、腕に抱きついてきた。

 

「……クラスメイトに見られたら困るんじゃないか?」

「大丈夫だよ?」

「いや、ほら、クラスの男子とかさ……」

「別に彼氏がいるわけじゃないから問題ないよ?」

 

 いやいや、みんなの人気者ポジションを失うかもしれないんだぞ。

 

「こうしてればカップルに見られるでしょ?」

「そりゃそうだろ」

「それが狙いなの」

「……ん?」

「えっと、何処にでもナンパする人っているでしょ?」

「いるのか?」

「うん。そういう人たちって男子の友達と一緒にいても声掛けてくる人もいるの」

 

 マジかよ。凄いなナンパ野郎。

 

「でもこうして恋人がいることをアピールすれば引きさがってくれるんだよ」

「なるほど」

 

 さすが櫛田。これも計算した上での行為というわけか。

 

「もし知り合いに見られても私から後で説明するから。だからこのままでいいかな?」

「……わかった」

 

 説明してくれるならいいか。これも人助けの一環だ。

 クレープ屋に着くまでの10分間、櫛田と腕を組みながら歩き続けた。

 道中松下たちと遭遇して、またもやゴミを見るような目で見られてしまった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「美味しいね!」

 

 満面の笑みでクレープを頬張る櫛田。

 

「そうだな」

 

 確かに美味しい。これなら週一で食べてもいいと思う。けれど……

 

「男子が全然いないな……」

 

 周りと見渡す限り俺しかいない。カップルが少しはいるもんだと思っていたが。

 

「そうだね。やっぱ男子は入りづらい雰囲気なのかな?」

「だろうな。俺だって櫛田がいなきゃ入れなかったと思う」

 

 このお店に男一人で入店出来る猛者はいるのだろうか。

 

「そっか。ならまた一緒に来ようね」

「そうだな」

 

 しかし櫛田もよく食べるな。これでクレープ2個目だろ。きっと栄養は全部おっぱいにいってるんだろうな。

 

「界外くんは2つ目頼まないの?」

「俺はいいよ。櫛田はよく食べるね」

「……沢山食べる女子、苦手だったりする?」

 

 櫛田が不安そうに聞いてきた。

 

「いや。沢山食べる女子好きだぞ。特に俺の料理を美味しそうに食べてくれる女子」

「そ、そうなんだ。……よかったぁ」

 

 何がよかったんだろうか。

 

「今度、界外くんの手料理食べてみたいな」

「いつでもいいぞ」

 

 俺の料理を食べてくれるのは大歓迎。一度でも俺の料理を口にしてしまえば、お前の胃袋は俺に完全に掴まされることになるぜ。

 

「ほんとっ!?」

「ああ」

「ありがとう。それじゃ今度お願いするねっ」

「あいよ」

 

 どうやら次に俺の料理の虜になるのは櫛田になりそうだ。ちなみに綾小路と堀北は既に堕ちている。

 

「ご馳走様でした」

 

 櫛田がクレープを完食する。

 

「そろそろ帰ろっか」

「そうだな。もう寄るところはないか?」

「うん」

「それじゃ帰るとするか」

 

 お店を後にした俺と櫛田は、寮に向かっていた。

 ちなみに櫛田はまたもや俺の腕に抱きついてる。

 

「帰りも必要なのか?」

「必要だよ。どこでナンパされるかわからないからね」

「さいですか」

 

 帰りもクラスの男子に会わないといいんだけど……。

 

「お、界外と櫛田じゃねえか」

 

 寮まであと5分というところで須藤と鉢合わせてしまった。

 

「こんにちは、須藤くん」

「よう」

「おう。なんだ? デートか?」

 

 にやにやしながら聞いてくる須藤。

 

「クレープ屋に付き合っただけだよ」

「でも腕組んでるじゃねえか」

 

 嫌なところ突いてきやがる。

 

「これはねナンパ防止のためにして貰ってるんだよ」

「そうなのか?」

「うん」

「なるほど。さすが界外だぜ」

 

 なぜさすがなのかわからないが、櫛田の説明に納得してくれたようだ。それより気になることが一つある。

 

「なあ須藤」

「なんだ?」

「なんでニャンコ先生の縫いぐるみを抱いてるんだ?」

 

 鉢合わせしてからずっと気になってたよ。

 

「そりゃニャンコ先生は俺の用心棒だからな。バスケの試合がある時はいつもベンチに置いてあるんだぜ?」

 

 マジかよ。ベンチにニャンコ先生とかシュールすぎるだろ。

 

「これって何の縫いぐるみなの?」

 

 櫛田がニャンコ先生について質問をして来た。

 

「ニャンコ先生も知らないのかよ櫛田」

「ご、ごめんね」

「今どきのJKなら知ってるのが常識だぜ」

「そ、そうなんだ……」

 

 あははと苦笑いする櫛田。

 

「これは夏目友人帳に出てくる妖なんだ」

「な、夏目友人帳?」

「アニメだよ。須藤はそのアニメにはまってるんだ」

 

 須藤の説明に補足する。

 

「須藤くんがアニメ……?」

「おう! 夏目のおかげで人生が変わったぜ!」

 

 人生というより人格が変わってると思うぞ。

 

「そういえば綾小路も見てるんだよな?」

「ああ。博士と三人でよく見てるよ」

「綾小路くんもアニメ見てるんだ……」

 

 櫛田が驚いた様子で呟く。

 

「それじゃ俺はそろそろ行くぜ」

「どこに行くんだ?」

「この時間だぜ。座禅に決まってるだろ」

 

 いや知らんけど。座禅する時間帯ってあったのかよ。

 

「いい座禅スポットを見つけたんだよ。一緒に来るか?」

「行かない」

「そうか……」

 

 俺の回答にしょんぼりする須藤。

 

「それじゃーな」

「またね須藤くん」

 

 須藤に別れを告げ、再度寮へと向かった。

 道中、櫛田が夏目友人帳について聞いてきた。どうやら少しは興味を持ってくれたようだ。

 その後、櫛田を部屋まで送り届け、俺は自室でくつろいでいた。

 

「……結局、櫛田から情報を引き出せなかったな……」

 

 単に一緒に料理をして、クレープ屋に行っただけで終わってしまった。……なんだか櫛田と恋人のような一日を過ごしてしまった。綾小路なら上手く情報を引きだせたのかもしれない。

 

「とりあえずなぜ櫛田がクラスを裏切ってるのか理由だけは知りたいよな」

 

 櫛田桔梗。

 うちのクラスの一番の人気者で優等生。他のクラスにも友人を多く持つコミュ力の申し子だ。

 だがそんな彼女には裏の顔がある。

 中学時代にクラスを崩壊させたこと。

 仮面を被ってること。

 そして船上試験でCクラスに情報を流したこと。

 旅行の後半で行われた船上試験。

 俺たちDクラスの圧勝に終わったが、二人の優待者をCクラスに当てられてしまった。

 その二人の優待者が見抜かれたことにより、俺は櫛田がCクラスに情報を流していると確信した。

 もし龍園が優待者の法則を見抜いていたなら、もう一人の優待者である軽井沢も同時に当てられていたはずだ。

 つまり龍園は櫛田と南が優待者であることは把握していたが、軽井沢に関しては把握していなかったことになる。

 櫛田と南が優待者であることを知っている人間。

 軽井沢を優待者と知らない人間。

 この二つに当てはまるのは……櫛田しかいないのだ。

 うちのクラスの裏切り者は櫛田だと判明した。だが動機がわからない。

 綾小路曰く櫛田を退学に追い込むのは簡単ということだが、櫛田が退学になるとクラスがパニックになる可能性が非常に高い。

 なので俺と綾小路は櫛田が退学させず、裏切り行為をやめるよう方法を模索しているのだ。

 その為には動機を知る必要があるんだが……

 

「なかなか難しいな……」

 

 もう少し泳がせるしかないようだ。

 理想は櫛田に二重スパイになって貰うことだ。

 別に禁書3期が始まるから、金髪グラサン陰陽師を見習って二重スパイになって貰おうと思ったわけではない。

 俺と一之瀬が龍園に宣戦布告されてから一週間以上経ったが、今のところ何か仕掛けてくる様子はない。恐らく2学期以降に仕掛けてくるのだろう。

 なので櫛田に二重スパイになって貰い、Cクラスの情報を仕入れたいんだが、そう上手くはいかない。

 俺が一番怖いのは龍園が腕力にモノを言わせて来ることだ。

 非力な一之瀬では全く勝ち目がない。更にBクラスに腕に自信がある生徒がいるのかわからない。神崎は完全に知略タイプだ。柴田は運動能力は高いが、喧嘩をするタイプには見えない。逆にDクラスには俺、綾小路、堀北、須藤、三宅と腕に自信がある生徒が多い。高円寺も強そうだけど頼りにならないからな。

 

「レンタルで短期間Bクラスに移籍出来ないだろうか」

 

 軽く現実逃避した直後、携帯の着信音が鳴った。

 携帯の画面を見ると、綾小路からのチャットが届いていた。

 

『PSYCHO-PASSの続きを見たいんだが今から行っていいか?』

 

 どうやら綾小路は、昨日見せたPSYCHO-PASSにはまってくれたようだ。

 

『いいぞ。夕食もご馳走してやる』

『すぐに行く』

 

 返信早いな。早く来ても夕食出すのは早くならないぞ。

 

「さて、ブルーレイを準備しておくか」

 

 考えるのは今日はもうよそう。

 綾小路と二人でPSYCHO-PASSを楽しもうじゃないか。

 ブルーレイをレコーダーに入れる瞬間、ふと思った。

 

「綾小路って人殺しても犯罪係数上がらなさそうだな」

 

 もちろん本人には言えないけどね。

 その後、綾小路と寝るまでPSYCHO-PASSを見続けた。




明日は松下と佐藤のお話


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43話 松下はドライすぎる


まさかの超電磁砲3期決定!
よう実も2期やってくれないかな……


 8月某日。時刻は午前11時。俺はケヤキモールに足を運んでいた。

 最近ケヤキモールに来すぎなよう気がするが、買い物する場所が少ないので仕方がない。

 

「お待たせ」

 

 背後から声をかけられる。振り向くとそこには買い物袋を持った松下が立っていた。

 

「おっす」

「待った?」

「いや、今来たところ。……買い物してたのか?」

「まぁね」

「するならもっと早く待ち合わせてもよかったんだぞ。荷物持ちくらいならするのに」

 

 松下には日頃お世話になってるので、それくらいはお安い御用だ。

 

「いや、界外くんが入れないお店で買い物してたから」

「俺が入れないお店?」

「ランジェリーショップ」

 

 おっふ。確かに俺が入れないお店だ。

 

「……そうか。それじゃ行こうか」

「うん」

 

 松下がランジェリーショップで買い物。つまりあの袋には松下の下着が入ってるということか。

 

「今日も焼肉でいいのか?」

「もちろん」

 

 行き先を確認し、歩き出す。

 松下に焼肉を奢るのは今日で2回目だ。前回は一之瀬の誕生日プレゼント選びに付き合ってもらったお礼に焼肉を奢った。

 

「肉好きだな」

「うちのクラスの女子は肉好き多いよ」

「そうなのか?」

「うん。恋愛に関しては肉食はいないけど」

 

 そういえばうちのクラスで恋人がいるのって平田と軽井沢だけらしい。

 

「松下は肉食系に見えるけどな」

「どうだろうね」

「はぐらかすねぇ。狙ってる男子いないのか?」

「いないかな。まずうちのクラスの男子はないでしょ」

 

 ないのか。綾小路と三宅あたりはいいと思うんだけどな……。

 

「それとこの学校だと、他のクラスの子と仲良くなるのって難しいでしょ?」

「そうだな」

 

 俺は一之瀬と親しくしてるが、たまたま通学中に出会ったからだ。櫛田のように他クラスに友達が多い生徒は珍しいだろう。

 

「年上と付き合うにしても、卒業されたら、私が卒業するまで会えないわけじゃない」

 

 この学校は卒業するまで敷地外に出るのはもちろん、外部と接触するのを禁じている。

 

「だから恋人を作るには難しい環境だと思うんだよね」

「……そうか。うちのクラスの男子にもいいのがいると思うんだけどな」

 

 さりげなく相棒をアピールしておこう。

 

「そう? 彼女持ちの平田くん以外誰かいる?」

「いるだろ」

「まさか自分とか言わないよね?」

「ち、ちがわいっ!」

 

 どうやら松下の俺への評価は大分低いようだ。思わず方言で否定しちゃったよ。

 

「うーん、他に誰かいるかな? ……綾小路くんは顔はいいけど暗いしねぇ」

 

 綾小路はそんな風に思われているのか。確かに口数は少ないけど……。

 

「沖谷くんは中性的過ぎるでしょ。三宅くんも綾小路くんと同じで暗そうだし。幸村くんは感情的になりやすいのが駄目でしょ」

 

 次々とクラスメイトが駄目だしされていく。

 

「三馬鹿と外村くんはあり得ないし。高円寺くんは性格がアレだし。……いなくない?」

「そうですね……」

 

 そっか。男子が思うカッコいいと女子が思うカッコいいってけっこう違うんだな。

 でも綾小路は容姿は褒められてるんだから、もう少し明るくすればモテるんじゃないだろうか。

 

「あ、そういえば松下は俺と二人でいて大丈夫なのか?」

 

 船上試験で俺と一之瀬が龍園のせいで注目を浴びた時、人前で話しかけないよう言われていたのだ。

 

「うん。試験が終わってから一週間以上経ってるしもう大丈夫でしょ」

「ならいいけど」

「なに? 気遣ってくれてるんだ?」

「当たり前だろ」

「ふーん。そっかそっか」

 

 松下が悪目立ちしたくないのは知っている。それと彼女は上手く自分のポジションを確立させている。俺と二人でいるのせいでそのポジションを崩壊させたくはない。

 

「さすがすけこましだね。気遣い上手だこと」

「誰がすけこましだ! 彼女いない歴=年齢だぞ!」

「……そうなの?」

 

 松下が驚いたような顔で聞いてきた。

 

「そうだよ」

「中学の時いなかったの?」

「いない。むしろ友達もいなかった」

「……意外。界外くんってぼっちだったんだ」

 

 しまった。つい中学時代のこと話してしまった。

 

「ぼっちはぼっちでも孤高のぼっちだ」

「なにそれ」

 

 くすくす笑いながら松下が言う。

 

「ま、私もぼっちだったけどね」

「前に言ってたあれか」

「そう」

 

 無人島試験の時に、松下から中学時代に苛めにあっていたと聞いている。

 今の松下からは想像出来ない。彼女が上手く立ち振る舞うよう気をつけてるのは、中学時代の苛めが原因なのかもしれない。

 

「それじゃ今日は元ぼっち同士仲良くしよっか」

「そうするか」

 

 なんか今ので松下との距離が縮まった気がする。

 入学当初、松下を見てビビってた自分が懐かしい。まさかこうして二人で食事に行くほど親しくなれるとはね。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ふぅ。美味しかった」

 

 昼食を終えた俺たちは、ケヤキモール内の休憩スペースでくつろいでいた。

 お互い腹いっぱいになるまで肉を食べつくしたので、すぐに寮には帰らずここで休憩することにした。

 

「人の奢りだと余計に美味しく思えるよね」

「さいですか」

 

 俺は友達に奢ってもらったことがないからわかりません。

 

「あ、そうだ。佐藤さんからチャット来たよね?」

「ああ。明日俺の部屋に来るそうだ」

「なんで界外くんの部屋なの?」

「俺の部屋にブルーレイレコーダーがあるから」

 

 佐藤の部屋にはDVDは見れるが、ブルーレイを見れる環境がないとのことだ。

 ちなみに見せるアニメは四月は君の嘘。恐らく佐藤なら気にいるだろう。

 

「なるほどね。私も行っていい?」

「いいけど……松下も金欠なのか?」

「まぁね。ていうかうちのクラスの大半の生徒は金欠でしょ?」

「だろうな」

 

 特別試験で得たクラスポイントとプライベートポイントは9月1日に振り込まれるようになっている。プライベートポイントだけでも早めにくれればいいのに。

 

「篠原も来るのか?」

「わかんない。後で聞いておく」

「わかった。ちなみに9時集合だぞ」

「なんでそんな早いの?」

「アニメが22話あるんだよ。朝から見ないと見終わらないだろ」

 

 主題歌も好きだったからオープニングとエンディング飛ばしたくないんだよね。

 

「一日で全部見る気なんだ?」

「ああ。他の日は予定入ってるんだよ」

「ふーん。ちなみに誰と遊ぶ予定があるの?」

「一之瀬、堀北、櫛田、橘先輩と佐倉、綾小路と平田と博士だな」

 

 おや。俺を見る松下の目が変わってきたぞ。

 

「佐倉さんにまで手を出してるとはね……」

「……いや、それは誤解だ。俺は佐倉に手を出したりしてない」

「そういうことにしておいてあげる」

「待って! 話を聞いて!」

 

 俺は必死に佐倉と遊ぶことになった経緯を説明した。

 

「そうなんだ。佐倉さんが生徒会書記の先輩とねぇ」

 

 どうやら松下も佐倉が上級生と交流を持っていることに驚いたようだ。

 

「いい先輩だね」

「だろ」

 

 橘先輩が褒められると嬉しい気分になる。

 

「そういえば船上試験で佐倉の面倒を見ててくれたんだよな」

「たまに声掛けしてあげるくらいだけどね。あの子、私が話しかけると驚いて逃げちゃうからさ……」

 

 確かに松下は見た目気が強そうなので、佐倉が苦手なタイプと言えるだろう。

 

「佐倉さん、眼鏡外せば、凄い人気出るのにね」

「あまり目立ちたくないんだろ」

「グラビアアイドルなのに?」

「なにか事情があるんだろ」

 

 確かに佐倉が眼鏡を外せば、一気に佐倉は人気者の女子になるだろう。ただしあくまで男性目線だけどね。

 

「事情か。なら私がそこまで気にする必要はないね」

「そうだな。……そろそろ行くか」

「そうしよっか」

 

 休憩スペースを後にした俺たちは、寮に帰って行った。

 自室に戻ってから一時間ほど経った頃に、松下からチャットが届いた。内容は篠原は夏風邪をひいてるので明日は来れないとのことだった。

 見舞いに行かなくていいのか、と返信をすると、風邪を移されたくないから無理、と松下から返信があった。……クールドライ松下健在である。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 翌日9時過ぎ。軽く部屋の掃除を終えた俺がアニメ鑑賞をしていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 玄関のドアを開けると、そこにいたのは予想通りの二人の女子。松下と佐藤だ。

 

「おはよう。今日は一日お邪魔するね」

「お邪魔するなら帰ってください」

「朝から私の扱いが雑なんだけど!?」

 

 これも親しくなった証拠だよ佐藤。

 

「とりあえずお邪魔します!」

「お邪魔します」

「お邪魔されます」

 

 佐藤と松下を部屋に案内する。

 最近女子ばかり部屋に上げてる気がする。

 

「意外と綺麗にしてるんだ」

 

 佐藤が部屋を見渡しながら言う。

 

「意外とは失礼だな。俺は綺麗好きだぞ」

「みたいだね。掃除は毎週してるの?」

「もちろん」

 

 松下の問いに答える。

 

「適当に座ってくれ」

 

 二人を来客用のクッションに座らせ、俺もベッドに腰を落ち着ける。

 

「界外くん、朝からアニメ見てたんだ」

 

 アニメが一時停止されてる画面を見ながら佐藤が言った。

 

「本当に好きなんだ」

「なんだ疑ってたのかよ」

「別に疑ってたわけじゃないけど。それで何を見せてくれるんだっけ?」

「四月は君の嘘。実写映画したこともあるアニメだよ」

 

 佐藤との問いに丁寧に答える。

 本当に漫画原作の実写化多いよね。

 

「あー、山崎○人が出てたやつだよね?」

「そうそう」

 

 佐藤と話しながらディスクをセットする。

 ちなみに四月は君の嘘のブルーレイは全巻持っていたので、レンタルする必要はなかった。

 セットを完了しリモコンの再生ボタンを押す。

 

「飲み物何か飲むか?」

「うん。私オレンジジュースで!」

「私はアイスコーヒーをお願い」

 

 松下め。気を使って「私もオレンジでいいよ」とか言えないんだろうか。

 

「わかった」

 

 まあ松下には逆らえないので素直に用意するけど。

 台所に行き、飲み物を用意する。今日は一日かけてアニメを観るので、飲み物はそれなりに用意してある。

 

「あいよ」

 

 コップを二つテーブルに並べる。画面を見るとオープニングが始まったところだった。

 

「ありがとう」

「アイスコーヒー置いてあったんだ。ありがと」

 

 置いてないと思ってたのかよ。俺だって来客用にアイスコーヒーくらい用意するんだからね。

 

「全部で22話あるから、夕方までには見終わると思うぞ」

 

 9時から観れば、17時前には終わるだろう。

 夜は綾小路と遊ぶ予定なので、今日は予定がびっしり詰まってることになる。

 15年の人生で一番濃い夏休みを過ごしてる気がする。

 

「けっこうあるんだね」

「半年放送されてたからな」

「ふーん。半年だとそんなもんなんだ。それを考えると少ないかも」

 

 確かに佐藤の言う通り、半年で22話は少ない方だ。2クール放送だと24~25話の作品が多いだろう。

 そういえば禁書は26話あるんだっけ。希望としては3クール放送してほしかったけど仕方ないか。

 

「へえ、けっこういい曲だね」

「そうだろ。アニソンもけっこう馬鹿に出来ないんだぞ」

「別に馬鹿にはしてないけど……」

 

 松下が不満そうに言う。ごめんね。曲を褒められて嬉しくて調子乗っちゃったんだよね。

 

 アニメを見始めて2時間が経過した。

 佐藤は最初こそ携帯を弄ったりしていたが、今は真剣に画面を見入ってる。松下も表情を見る限り真剣に見入ってるようだ。

 俺はそっと立ち上がり、昼食の準備をし始めた。外食するか考えたが、それだけのために炎天下の下、外に出るのが面倒だったので、自分で昼食を用意することにした。

 ちなみに今日作る料理は、『そうめんの焼きビーフン風』だ。これなら暑さで食欲がなくても食べれるだろう。それに一皿で主食と野菜やお肉がいっしょに取れるので、洗い物も少なくてすむ。

 

「昼食作ってくれてるの?」

 

 調理をしてると、松下がキッチンにやって来た。

 

「ああ。外出るの暑くて嫌だろ」

「うん。何か手伝うことある?」

「それじゃお皿を用意して貰っていいか?」

「わかった。適当にとっていい?」

「ああ」

 

 チラッと佐藤を見る。どうやら俺が料理してるのを気づかないほど、アニメに集中してるようだ。勉強もそれくらい集中してくれると嬉しいんだけど。

 

「ここ置いとくね」

「悪いな」

「ううん。こっちこそ面倒かけさせてごめんね」

「いや。料理好きなだけだから気にしないでくれ」

「わかった。それじゃ私戻るね」

 

 松下はそう言うと、元にいた場所に戻っていった。

 俺は再度調理に集中する。中華スープの素を入れて味をなじませて、醤油を入れる。

 

「よし。完成だ」

 

 出来上がったそうめんの焼きビーフン風をお皿に盛りつける。

 

「昼食出来たぞ」

 

 皿をテーブルに並べる。我ながら美味しそうだ。

 

「え? 昼食作ってくれたの?」

「さっきから作ってたじゃん。佐藤さん、気づいてなかったの?」

「全く……」

 

 それだけアニメに集中してたってことだ。

 

「なんかごめんね。手伝いもしないで……」

 

 佐藤が申し訳なさそうに言う。

 

「気にしないでいい。それに佐藤に手伝って貰ったら不味くなりそうだし」

「朝から私の扱いが酷いんだけど!?」

「腐った魚の腸みたいになりそうだ」

「ねえ私何かしたっ!?」

 

 うんうん。佐藤はこれくらい元気じゃなきゃ。友達を気遣えるなんて俺も成長したな。

 

「界外くん、さすがに言いすぎだと思うけど」

「え」

「だよね? 女の子に対して酷いんですけど!」

 

 どうやら成長したのは俺の勘違いだったようだ……。

 

「まあいいけど。……そろそろ食べてもいい?」

「あ、ああ。もちろん。……あっ、おあがりよ!」

「「は?」」

「すみません。何でもありません」

 

 やはりこの二人にも通じなかった。それと女子二人に睨まれると怖い。

 

「それじゃ頂きます」

「頂きます」

「どうぞ召し上がれ」

 

 佐藤も松下もちゃんと両手合わせて言えるんだな。帝人的にポイント高い。

 

「あ、美味しいっ!」

「うん。美味しい」

「なんかビーフンみたいな味わいがする」

「そりゃそうめんの焼きビーフン風だからな」

「なんでビーフンみたいになってるの?」

「野菜をササッといためてからめるとビーフンの様な味わいになるんだよ」

 

 佐藤の質問に答える。他にも色々アレンジしてそーめんを作ったが、一番合うのがこの料理だった。

 

「へえ。界外くんって本当に料理上手なんだね」

「まぁな。俺に勝てる生徒はこの学校にいないだろう」

 

 なにせ第一席だからね。最近櫛田が第三席になりました。一之瀬は朝食だけだったので保留。

 

「あ、うん……」

 

 なんか佐藤が引いてるようだけど気にしない。

 

「そういえば二人は料理はどうなんだ?」

「私はまったく……」

「私は人並み程度には」

 

 佐藤は予想通り料理は苦手なようだ。松下の人並みがどれくらいか気になる。

 

「そっか」

「とりあえず2学期に家庭科の授業があったら、界外くんと同じ班の方がいいよね?」

「確かに」

 

 佐藤の問いに答える松下。家庭科の授業あったら嬉しい。

 お喋りをしながら、昼食を食べ終えると、松下と佐藤が洗い物をしてくれることになった。

 俺は横になりながら、洗い物をする二人を見る。

 うん。女の子が洗い物をしてるのを眺めるのっていいよね。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「……うぐ……ぐっす……」

 

 とある学生寮の一室。

 そこには号泣する少年少女の姿があった。

 ていうか少年は俺だった。

 

「なんで界外くんも泣くかな……」

 

 佐藤を慰めてる松下が呆れ声で言う。

 

「……いや、だって……」

 

 仕方ないじゃないか。感動しちゃったんだから。

 

「……ひっぐ、うっ……」

 

 佐藤も嗚咽を漏らしてる。

 まさかここまで感情移入をしてくれるとは思わなかった。

 

「佐藤さんもいい加減泣き止んでよ……」

「だ、だっでぇ……か、かをりちゃんがぁ……」

 

 やばい。俺も涙が止まらない。

 四月は君の嘘を見るのは3回目なのに、こんな泣くとは思わなかった。しかも女子の前で……。

 

「いや、面白かったけど、泣きすぎでしょ」

 

 その後、泣き止まない俺と佐藤を捨てて、松下は帰って行った。せめて佐藤を持ち帰ってよ……。

 結局、俺と佐藤が泣き止んだのは、松下が帰ってから10分後のことだった。

 

「お互い酷い顔してるな」

「ふふ、だね」

 

 俺も佐藤も泣き腫らした目をしている。

 

「かをりちゃんが死んだのはショックだったけど面白かったよ」

「そう言ってもらえてよかったよ」

 

 予想通り佐藤に四月は君の嘘はドンピシャだった。

 

「またアニメ教えてくれる?」

「もちろん。今度は冷血な松下を省いて二人で見るか」

「そうしよっか」

 

 俺の冗談に佐藤が笑いながら応える。

 

「それじゃ私もそろそろ帰るね」

「ああ」

「今日はありがとう。またね」

「またな」

 

 玄関で佐藤を見送る。

 俺が佐藤を泣かせたという噂が流れたのは翌日のことだった。

 どうやら俺の部屋から出た佐藤をたまたま山内が目撃したようで、男子と女子たちに言いふらしたようだ。

 いつか山内を粛正しよう。俺はそう決意した。




次回は一之瀬とプールデート回


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44話 嫉妬


フライのイラスト好きなんですけど、アニメのキャラデザインがそのままで羨ましい
よう実もトモセイラストに忠実で見てみたかったかも


 8月某日。俺は学校のプールに来ていた。

 そこは授業で使用しているプールではなく、普段は水泳部専用として使われている施設だ。

 普段は部活動で使用される大型のプール施設が今日はまるで様相を違えていた。大勢の生徒で賑わっているのも当然ながら売店までもが展開されている。

 

「一之瀬まだかな」

 

 まあ待たせるのは女性の特権だから仕方ないよね。

 それより自分の身体は一之瀬に見られても恥ずかしくない肉体だろうか。

 中学二年までスポーツをやっていたが、中学三年からずっと帰宅部なので、すっかり筋肉も落ちたと思う。水泳の授業で見たけれど、綾小路と高円寺と須藤に比べると明らかに見劣りする体なのは間違いない。

 

「お待たせー!」

 

 突然背後から声をかけられ、ビクンと肩を震わせつつ振り返る。そこには天使の姿があった。

 

「ど、どう、かな……?」

 

 ほんのり頬を染め、恥じらいながら後ろで手を組む一之瀬は、フリフリとリボンがついたオレンジのビキニを完璧に着こなしていた。

 

「やばい」

「それはどっちの意味かな?」

「いい意味で」

 

 水着は可愛い系でも胸のサイズが反則なので結果的にエロスな感じに仕上がっており、包み隠しきれない色気が溢れ出してしまっている。

 大きな胸とお尻のコラボが相乗的にエロさを倍増させている。 

 俺はこの身体を抱きしめてたのか……。

 周囲の視線を釘づけにしているその身体を独り占めしていたことに優越感を抱いてしまう。

 

「それなら素直に可愛いって褒めてほしいよ……」

「凄い可愛い。他の男に見せたくない」

「ば、ばかっ」

 

 素直に褒めたのに怒られてしまった。女の子は難しい。

 

「とりあえずプールに入るか」

「そ、そうだね」

 

 二人でプールに入り、水に浸かる。

 

「冷たくて気持ちいいねっ!」

「そうだな」

 

 本来なら準備運動をしてから入るけど、息子が立ちそうだったので、早めに水に浸かった。水中ならばれることはないだろう。

 

「なあ髪飾りって水に濡れても大丈夫なのか?」

 

 一之瀬のエロい水着姿に注目ばかりいっていたが、彼女は花の髪飾りをしていた。

 

「大丈夫だよ。……学校のプールなのに気合入れすぎちゃったかな?」

「そんなことない。似合ってるよ」

「えへへ、ありがと」

 

 そう言うと、一之瀬は俺の右腕に抱きついてきた。

 よくある展開だが、今の彼女は水着姿で刺激がいつもの比じゃない。

 体の柔らかさとか、すべすべの肌の感触とか、悩ましい誘惑に股間がトランザムしそうになる。

 

「あ、あれだな……。人多すぎて、あまりはしゃげないな」

「うーん、確かに」

 

 プールには大勢の生徒が入っており、二人で思いっきりはしゃげるスペースは皆無だ。遊泳禁止区域ばかりの千葉の海を思い出す。

 

「それじゃ今日はずっとくっついていようよ」

 

 一之瀬は耳元でそう囁くと、腕をギューッとして甘えてきた。

 

「……駄目かな?」

 

 場所を考えれば駄目だと言うべきだろう。ここは公共の場だ。

 それに美少女に抱きつかれてる俺に、男子生徒からの殺意に満ちた視線が襲ってくる。

 けれどそれを払拭させるほどの気持ちよさが彼女の身体にはあって……

 

「駄目じゃない。ずっとくっついてるか」

 

 一之瀬の誘惑に勝てなかった。

 

「うんっ!」

「でも少しは泳ごうな」

「スペースがあったらね」

「それな」

 

 この人数じゃ泳ぐのは難しそうだな。競泳コースがあるけれど、一之瀬を置いて泳ぐわけにはいかないし……今日は諦めるか。

 

「どうしたの?」

 

 一之瀬が顔を覗きこみながら聞く。

 

「いや。水中なら一之瀬の水着姿を他の男に見られる心配はないと思って」

「……またそんなこと言って」

 

 水着のせいか言動も開放的になってる気がする。

 

「本当は私も界外くん以外の男子に水着姿見せたくないんだよ?」

「え」

「でも界外くんに私の水着姿見せたかったから。今日だって恥ずかしいけど頑張ったんだよ?」

「そ、そうなのか……」

 

 やばい。嬉しすぎて昇天しそうになる。身体が熱くなってプールの水がお湯に感じてきた。

 

「うん。だから褒めてほしいな?」

「……つまり頭を撫でろと」

「正解。……あ、耳は禁止だからね!?」

 

 ジト目で一之瀬が言う。

 

「いや、さすがに人前でアレはしないから」

「あはは、だよね。私も人前であんな姿見せられないからね。……あぅ」

 

 お互い自分で言いながら照れてしまった。

 

「と、とりあえず撫でるか?」

「お、お願いします」

 

 そっと一之瀬の頭に右手を乗せる。

 彼女が目を閉じたタイミングで撫で始める。

 思いっきり濡れてる髪で、いつもと感触が違うのがすぐにわかった。

 

「……ん……」

「なんか濡れてるから変な感じがするな」

「撫でづらい?」

「いや」

 

 公共の場だったので、数分で撫でるのをやめた。

 一之瀬が名残惜しそうな顔をしていたが、人前ということもあり、渋々了承してもらった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 2時間ほどプールで遊んだ俺と一之瀬は、プールサイドの椅子に腰を下ろし昼食をとっていた。

 売店でジャンクフードを数品購入したのだが、接客していたのは上級生だった。どういう仕組みなのか気になる。

 

「うん、美味しいね!」

 

 フランクフルトを頬張る一之瀬。

 

「だな。出店だと余計美味しく思える」

「だよねー」

「この後どうする?」

「うーん、特に決めてないんだよね。界外くんは行きたいところある?」

「そうだな……」

 

 俺も特に決めてないんだよな。一之瀬の水着姿見られたから今日のミッションは終了したし。

 

「Yシャツとジャージを買いに行きたい」

 

 先日一之瀬に貸したのだが、洗濯中に破けてしまったようで、それらは俺の手元には返ってこなかった。

 

「あ、そっか。もう二学期始まるもんね」

「ああ」

「それじゃ買いにいこっか。私が買うからね」

「自分で買うから大丈夫だ」

「私が破いちゃったんだから私が買うよ」

 

 一之瀬が有無を言わさぬ口調で言う。

 

「……わかった。お言葉に甘えるよ」

「うん。食べ終わったら行こうか」

「そうだな」

 

 その後、10分ほどかけて昼食を食べ終えた。

 俺は一之瀬の水着姿が見えなくなることに名残惜しさを感じつつもプールを後にした。

 

 時刻は午後1時。俺と一之瀬はケヤキモール内のとある売り場に来ていた。

 この店は制服やジャージなど、学校に関する衣類が販売されている。

 

「初めて来たな」

「私もだよ」

 

 店内には俺と一之瀬しか客がいなかった。

 だがこのお店の売り物を見れば空いてるのもわかるだろう。制服やジャージを買い替える機会はそうあるものではない。そもそも制服に関しては学校から二着も支給されている。それでもお店があるということは、少なからず購入する生徒がいるということだろう。

 お店をぐるりと一周し、お目当てのYシャツとジャージをかごに入れる。

 

「これでばっちりだね。他に買うのはない?」

「ないな。一之瀬は?」

「私もないよ。それじゃお会計してくるね」

 

 一之瀬はそう言うと、かごを持ちレジに向かっていった。俺はなんとなく一之瀬についていった。

 

「すみません。これお願いします」

 

 店員が一之瀬からかごを受け取りスムーズに対応していく。

 ちなみに値段はYシャツが1500ポイント、ジャージが1000ポイントだった。

 

「はい」

 

 一之瀬がショップ袋を差し出してきたので受け取る。

 

「悪いな」

「ううん。気にしないで」

 

 何だろう。店員が訝しむ目で俺を見てるような……。もしかして一之瀬に貢がせてると思われてるのだろうか。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。行こうか」

「うん」

 

 店員の視線を背後に感じながらお店を後にした。そしてこのお店にしばらく来ないようにしようと心の中で決めた。

 

「まだ帰るには早いよね?」

 

 お店を出ると一之瀬が言う。

 

「そうだな……。雰囲気がいい喫茶店を教えてもらったんだけど行ってみるか?」

「行く!」

 

 一之瀬の返事を聞き、橘先輩に教えてもらった喫茶店に向かう。

 向かう途中でクラスメイトの池と山内と遭遇したが、特に話すこともないので挨拶程度で会話を切り上げた。

 

「池くんと山内くんって仲良いよね」

「そうだな」

 

 そういえば旅行中もゲームコーナーで遭遇したっけ。

 あの時は山内の一之瀬を見る目がやばかったな。今回は須藤がいなかったが、池がいてくれて助かった。

 

「親友っていうのかな? ああいうのいいよね」

 

 そう言う一之瀬だが、今回も山内は一之瀬をものすごいエロい目で見ていた。あからさまな視線を送る山内を池が嗜めてくれたが、一之瀬は不快だっただろう。

 

「界外くんが一番仲良い男子は綾小路くんか博士くんかな?」

「そうだな。後は平田と今度遊びに行く約束してるな」

 

 しかし男子三人でどこに遊びに行けばいいんだろう。カラオケとゲーセンくらしか思いつかない。

 

「そうなんだ。平田くんってうちのクラスの女子にも人気だよ」

「だろうな。イケメンだし性格もいいし」

 

 本当に何で平田がDクラスなんだろうか。俺たちには見せない闇でもあるのだろうか。

 

「……界外くんって他人を素直に褒めるよね」

「そうか?」

「うん。そういうところ素敵だと思う」

「……ありがとう」

 

 一之瀬も他人を素直に褒められるよね。そういうところ大好きです。

 そうこう話してるうちに喫茶店に辿り着いた。

 窓際の席に座り、マスターに注文を告げる。

 二人ともコーヒーを頼んだ。

 ほどなくして注文したコーヒーが運ばれてきた。

 

「あ、美味しい。そして飲みやすい」

「だろう。俺もコーヒー得意じゃないんだけど、ここのは飲みやすいんだよ」

 

 どや顔で説明する俺。

 

「うん。私も今度千尋ちゃんとか連れてこようかな。界外くんは誰にこのお店教えてもらったの?」

「三年の橘先輩」

「橘先輩って生徒会の?」

「そうだよ」

 

 橘先輩が卒業するまで色んなお店教えてもらいたいな。

 

「……そうなんだ。仲良いんだね」

「まあな。色々面倒見てもらってるんだ」

「ふーん」

 

 しまった。一之瀬が不機嫌になってる。もしかして嫉妬しているのだろうか。

 

「その橘先輩から言われたんだけど、俺と一之瀬のこと知ってる人が多いらしい」

「え、私たちのこと?」

 

 キョトンとした顔で聞いてくる一之瀬。

 

「そうだよ。入学して早々に一緒に登校してたのが話題になったらしい」

「そ、そうなんだ……」

 

 一之瀬が嬉しそうな表情をしてる。これで機嫌が直っただろう。

 

「先輩たちからも知られてるんだね」

「みたいだな。てっきりあの件で噂になってるかと思ったけど違ったよ」

「あー、龍園くんの。……今でも友達にからかわれるんだよね」

「そうなのか?」

「うん。もちろんふざけてだから不快じゃないんだけど」

 

 恐らく白波さんか網倉さんあたりだろう。柴田も言いそうだな。

 

「界外くんはからかわれたりしない?」

「試験以降会ってるのが綾小路と博士くらいだからな。その二人はからかったりしてこないな」

「そっか。確かに綾小路くんは人をからかうタイプじゃないよね」

 

 その言い方だと、博士は人をからかうタイプに見えると言ってるようなもんだぞ。

 

「綾小路くんとは何して遊んでるの?」

「アニメ見るだけ」

「アニメだけ?」

「ああ。最近はPSYCHO-PASS見てるぞ」

 

 どうやら来年に新プロジェクトが始まるみたいだから目が離せないな。

 

「綾小路くんがアニメってあまり想像つかないな」

「本人曰く俺とアニメ見る以外はやることがないそうだ」

「そ、そうなんだ……」

 

 あまりの無趣味っぷりに一之瀬が軽く引いてる。

 

「……綾小路くんといえばさ、船上試験で一緒のグループだったんだけどね」

「ああ」

「携帯のすり替え、指示出したのって本当に界外くん?」

 

 まさかこのタイミングでそれを聞かれるとは思わなかったな。

 

「そうだ。優待者を守るにはそれしか思いつかなかったんだ」

「……そっか。変なこと聞いてごめんね?」

「いや。……急にどうしたんだ?」

「ううん。綾小路くんの話題が出てきたから、ついでに聞いただけよ」

「そっか」

 

 今の一之瀬、一瞬だが顔つきが変わった。あれがBクラスのリーダーとしての彼女の姿なのかもしれない。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「一之瀬、もういいか?」

「やだ」

 

 場所は変わりケヤキモール内の人通りが少ない通路。

 そこで俺は一之瀬を抱きしめていた。

 

「人来るかもしれないだろ」

「やだ」

 

 一之瀬を抱きしめてから20分。一向に解放してくれない。

 なぜこのような状況になってるかというと、喫茶店を後にした直後に尿意に襲われた俺は一之瀬を置いてトイレに駆け込んだ。

 そして俺がいない間に、一之瀬はガラの悪い男二人に言い寄られてしまった。いわゆるナンパである。

 一之瀬曰く、言葉ではっきり断ったようだが、しつこく話しかけてきたらしい。暫く無視していたが、無視を決め込んだ一之瀬に男たちが苛立ち、腕を掴んで無理やり連れて行こうとしたようだ。

 俺が戻ってきたのは、まさにそのタイミングだった。一之瀬に声をかけると、彼女は男たちの手を振り払い、俺に駆け寄ってきた。

 男たちはターゲットが男連れとわかり、ナンパするのを諦めたようで、悪態をつきながらその場を去っていった。

 そして現在に至る。

 

「……怖かった……」

 

 確かにあんな男たちに言い寄られたら恐怖を感じるだろう。

 

「そうだよな。怖かったよな」

 

 いまだに震えている彼女に優しく言う。

 

「……怖かったし、痛かった……」

 

 どうやら結構な力で腕を掴まれたようだ。

 

「一人にしてごめんな」

 

 謝罪するが、彼女は俺の胸に埋めた顔を横に振るだけだ。

 

「とりあえず帰ろうか」

「……やだ……」

 

 恐らく一之瀬は、この前と同じように抱きしめられて安心感を得たいのだろう。ならば俺が彼女にかける言葉は……

 

「帰ったら一之瀬が満足するまで抱きしめてあげるから」

「……本当?」

 

 涙を零しながら一之瀬が見上げてきた。

 

「本当。だから早く帰ろう」

「……わかった」

 

 涙を拭いながら答える。

 ……なんか最近女子の泣いてる姿ばかり見てる気がする……。

 

 自室に着くと、すぐに一之瀬が抱き付いてきた。

 玄関先だったが、部屋に上げると、この前と同じ体勢をするよう求められる可能性があったので、玄関先で俺たちは抱きしめあった。

 

「……あのね……」

「ん?」

「前にも同じようなことがあったの」

「そうなのか?」

「うん。中学生の時なんだけどね、その時も腕を掴まれて無理やり連れてかれて……」

 

 どうやら以前にもガワの悪い男にナンパをされたことがあるらしい。一之瀬の容姿なら仕方ないのかもしれない。

 

「その時はどうなったんだ?」

「同い年くらいの男の子が助けてくれたんだよね」

「……そうなのか」

 

 胸がチクリと痛む。

 

「うん。だからなんともなかったよ」

「それはよかった」

 

 何だろう。今の話を聞いて若干イライラしている自分がいる。

 

「だからかな。男の人に無理やり腕を掴まれると、その時のことを思い出しちゃうんだよね……」

 

 駄目だ。一之瀬の話が頭に入ってこない。

 俺は彼女と出会う前の、彼女のヒーローに嫉妬しているのかもしれない。

 

「ごめんね。またわがまま言っちゃって」

「気にするな」

 

 本当ならもっと気の利いた言葉を彼女にかけてやりたい。

 けど駄目だ。彼女を助けたヒーローが気になってしょうがない。

 

「ありがとう。……ねえ、もう少し強く抱きしめて?」

 

 一之瀬が言ってるのは俺と彼女が出会う前の話だ。だから俺以外の人間が、彼女を助けたとしても仕方ないわけで……。

 

「界外くん……?」

「ん?」

「あの、もう少し強く……」

「あ、ああ……」

 

 言われるがままに強く抱きしめる。

 

「……んっ……」

 

 やめよう。俺の知らない人間に嫉妬してもしょうがない。自分を苦しめるだけだ。

 大切なのは現在と未来。

 俺が一之瀬を守っていけばいい。

 とりあえず一之瀬に言い寄った男二人の顔は覚えた。恐らく上級生だろう。近いうちに一之瀬を泣かした罰を受けてもらう。

 一之瀬を泣かしていいのは俺だけなのだから。




一之瀬の思惑通り主人公が少しずつおかしくなってくるかも


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45話 一之瀬にスクール水着は反則

原作4.5巻分完了です


 夏休み最終日の前日。俺は自室で綾小路とアニメ鑑賞をしていた。

 PSYCHO-PASSを見終えた俺たちは、現在DARKER THAN BLACKを見ている。

 綾小路と二人でアニメを見始めてから何週間か経つが、アニメを見ている時はお互い無言である。最初は博士も参加していたが、無言の時間が苦痛だったようで途中から参加しなくなった。

 

「切りがいいからそろそろ夕食作るよ」

 

 停止ボタンを押し、綾小路に声をかける。

 

「わかった。ならオレはシャワーを浴びてくる」

「俺が料理してる間も見てていいんだけど」

「それだと調理の音が気になって集中が出来ない」

「そ、そうか……」

 

 こいつ……夕食を作って貰っている立場だということを忘れているのだろうか。

 まあそれだけアニメに集中してくれるのは嬉しいんだけどさ。

 

「今日は何を作るんだ?」

「お肉が安かったから和風おろしハンバーグ」

「そうか。いつも作って貰って悪いな」

 

 クールに振る舞ってる綾小路だが、涎を手で拭っていた。一瞬だったが、俺の目ははっきりと見ていたぞ。

 

「別にいいよ」

「そんなお前に日頃の感謝の気持ちを込めて、プールに招待したいと思う」

「……は?」

「期間限定で水泳部が使用しているプールが一般生徒に開放されているのを知ってるか?」

「知ってるもなにも、一之瀬と行ってきたけど」

 

 俺がそう答えると、綾小路が固まってしまった。

 

「もう行っていたのか……」

「ああ。それで明日プールに行くのか?」

「そうだ。面子はオレ、須藤、池、山内、櫛田、佐倉の六人だ」

 

 綾小路、佐倉を誘ったのか。佐倉は嬉しかっただろうな。

 

「界外も来ないか?」

「そうだな。行かせてもらうか」

 

 明日は夏休み最終日だ。みんなで遊んで締めくくるのもいいだろう。

 

「わかった。それとお前に誘ってほしい人物がいる」

「誰だ?」

「堀北だ。須藤がどうしても堀北とプールに行きたいようでな……」

 

 そういえば須藤って堀北のことが好きなんだっけ。もう夏目と座禅のイメージしかないや。

 

「堀北ね。だめもとで誘っておくよ」

「助かる」

「明日は何時待ち合わせなんだ?」

「朝8時半にロビー集合だ。夕方には解散予定になっている」

 

 早いな。朝から遊んで、夕方解散って途中で飽きるパターンだろ。

 

「わかった」

「それじゃシャワーを済ませたらすぐに戻る。和風おろしハンバーグ期待しているぞ」

 

 クールな顔でそんなこと言うとは、綾小路もユーモアに溢れてるよな。

 

「おう。また後でな」

「ああ」

 

 綾小路が部屋を後にしてすぐに、堀北にチャットを送った。

 送信してすぐに携帯の通知音が鳴り響く。画面には堀北からの返信が表示されていた。

 

『行くわ。それで明日は何時にどうすればいいの?』

 

 意外とノリノリのようだ。もしかして前からプールに行きたかったのかもしれない。

 

『朝8時半にロビーに集合だ』

『了解。界外くんと二人ということでいいのかしら?』

 

 しまった。プールに誘っただけで、面子を送るのを忘れていた。

 

『面子は三馬鹿、綾小路、櫛田、佐倉だ』

『……そう。わかったわ』

 

 どうやら大人数でも来てくれるようだ。

 

『櫛田さんも一緒なのね。大丈夫なのかしら?』

『プールで遊ぶだけだ。問題ないだろ』

『そうね。でも気をつけて。彼女は裏切り者なのだから』

 

 特別試験の最終日。寮に帰った俺は堀北を自室に呼び出して、櫛田がクラスの裏切り者であることを告げた。

 櫛田が龍園に情報を流していたことに、堀北は大変驚いていた。

 櫛田が裏切り者だと知っているのは、俺、堀北、綾小路の三人だけだ。

 

『わかってるよ。それじゃまた明日な』

『もう少しチャットしない?』

 

 何だろう。珍しく暇してるのだろうか。

 

『今から料理作るのと、綾小路と遊ぶからまた今度な』

『わかったわ。おやすみなさい』

 

 いや寝るの早すぎでしょ!? まだ夕方6時だぞ!

 堀北からのチャットを終え、俺は夕食を作り始めた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 そしてあっという間に翌朝を迎えた。夏休み最後のイベントの始まりだ。

 準備を終え、部屋を出ようとしたところで、来客を知らせるインターフォンが鳴った。

 玄関ドアを開けると、そこには堀北の姿があった。

 

「おはよう」

「おはよう。どうしたんだ?」

「界外くんが寝坊してるか不安だったから迎えに来たわ」

「そ、そうか……」

 

 おかしいな。寝坊したことないんだけど。いつから堀北の中で俺は寝坊キャラになったのだろうか。

 

「準備は出来てるみたいね」

 

 玄関に置いてある鞄を見ながら堀北が言う。

 

「ああ。ちょうど出ようとしたところだよ」

「そう。それじゃ行きましょうか」

「ああ」

 

 部屋を出たのは8時20分。ロビーに降りると櫛田と佐倉の姿があった。

 

「界外くん、堀北さん、おはよう!」

「おはよう」

 

 櫛田が満面の笑みで挨拶をしてきた。堀北は相変わらずのスルー。クラスメイトを受け入れることを宣言した堀北だが、櫛田は対象外のようだ。

 

「お、おはよう。界外くん」

「おはよう佐倉」

 

 やや怯えながら顔を覗かせた佐倉が挨拶をかけてくれる。佐倉と会うのは橘先輩を入れて三人で遊んだ時以来だ。

 橘先輩の話をしたかったが、佐倉の性格上、他の人に聞かれたくないだろうと思い、踏みとどまった。

 

「界外くんも来てくれたんだね」

「綾小路に誘われてな」

「そうなんだ。今日は思いっきり楽しもうねっ!」

 

 櫛田は朝から元気がいいな。

 

「朝からテンションが高いわね。もう少し抑えたらどうかしら」

「だってこうしてみんなで遊ぶの楽しみなんだもん。堀北さんは楽しみじゃないの?」

「わ、私は別に……」

 

 櫛田にそう言われ、そっぽを向く堀北。どうやら櫛田の勝利のようだ。

 

「佐倉も綾小路に誘われたのか?」

「うん」

「よかったな」

「ふぇっ!?」

 

 佐倉のダイナマイトボディで綾小路を悩殺してやれ。

 

「うっす」

「おっす」

 

 佐倉をからかってると、須藤と池が降りてきた。

 

「後は綾小路と山内だけか」

 

 綾小路のことだから時間ぎりぎりで来るんだろうな。

 そして俺の予想通り、綾小路は8時半ちょうどにやって来た。

 

「綾小路、もう少し時間に余裕を持って行動しろよ」

「まだ約束の時間まで……10秒くらいあっただろ」

「5分前行動は常識だぞ」

「そうか。5分前行動が常識なのか……」

 

 今日も綾小路に一般常識を教えてやったぜ。これで綾小路も常識人に一歩近づけたな。

 

「山内は?」

「知らん。死んだんじゃないか」

「勝手に殺すなよ……」

 

 綾小路が呆れたように言う。

 池が山内に電話するが出ないようだ。

 

「俺部屋まで行ってくるよ」

 

 池はそう言うと、エレベーターに乗り込んで行った。池って意外と気が利くんだよな。そして行動力もある。

 

「あれれー? 界外くんだ。おっはよー!」

 

 ロビーで山内の到着を待っていると、一之瀬、白波さん、網倉さん、小橋さんの四人組が降りてきた。一之瀬の手には先日も見たカラフルなビニール袋にバスタオルが顔を覗かせていた。

 

「もしかして界外くんたちもプールに?」

「正解」

「私以外と行く予定ないって言ってなかったっけ?」

 

 ジト目した一之瀬が睨んでくる。

 

「綾小路に誘われたんだよ」

「……そうなんだ。ならせっかくだし一緒に遊ぼうよ。どうかな?」

「俺はいいけど」

 

 他の面子はどうだろうか。

 

「もちろん歓迎だぜ。ここで偶然出会ったのも何か意味があるのかもしれねぇ。出会いの一つ一つを大切にしないとな」

「え、あ、うん……」

 

 まさか須藤からそんなスケールが大きい言葉が来るとは思わなかったのだろ。一之瀬が珍しく困惑している。

 他の面子も賛同のようだ。……堀北だけ険しい顔をしていたのは見なかったことにしよう。

 

「ただ悪いんだけど、一人寝坊してるみたいでな。そいつ待ちなんだけど、いいか?」

「りょーかいっ」

 

 まさか最終日も一之瀬と遊ぶことになるとは。

 

「これでプールで遊ぶの二回目だね」

「だな。最終日だし思いっきり遊ぶか」

「だね。界外くんたちは何時まで遊ぶ予定なの?」

「夕方までだ。一之瀬たちは?」

「私たちは特に決めてないよ。女子四人だから飽きたら帰る感じだと思う」

 

 だよね。朝から夕方までって飽きるよね。

 

「帆波ちゃん、久しぶりっ」

「桔梗ちゃん、久しぶりだね」

 

 俺が一之瀬と話してると、櫛田がやって来た。

 

「今日はよろしくねっ」

「こちらこそだよ」

「うん。帆波ちゃんは今日がプール初めて?」

「ううん。界外くんと二人で行ったことがあるよ。だから今日は二回目かな」

「そうなんだ」

 

 笑顔なのに櫛田から負のオーラが発されてるような気がする。

 

「一之瀬さんと二人で行ったことがあるのね」

 

 今度は堀北が近づいてきた。

 

「あ、ああ。……堀北は初めてか?」

「ええ。前に佐藤さんに誘われたけれど、人が多いのは苦手だから断ったのよ」

「そうなのか。今日も混んでると思うけど大丈夫か?」

「問題ないわ。と言いたいところだけど、もし体調が悪くなったらよろしくね?」

「お、おう……」

 

 体調が悪くなったら保健室に連れていけってことだよね。

 

「体調悪くなったら私に言ってよ。色々と薬持ってきてるからさっ」

 

 一之瀬が鞄を軽く叩きながら言う。

 

「ごめんなさい。市販の薬はNGなの。だから気持ちだけありがたく受け取っておくわ」

「そっか。桔梗ちゃんは人多いところ大丈夫?」

「うん。私は全然だよ。帆波ちゃんは?」

「私も大丈夫。あまり多すぎるのは嫌だけどね。界外くんと二人で行った時は、人が多すぎて遊べるスペースがなかったしさ。ね?」

 

 そこで俺に振らないでよ一之瀬。

 

「そうだな。でも今日みたいに朝一で行けば、前より空いてるかもしれないな」

「だといいんだけどね」

 

 一之瀬たちとの会話を終え、俺はそっと綾小路の元へ向かった。

 

「山内はまだ来ないのか?」

「池から連絡があった。もうすぐ来るそうだ」

「そっか」

 

 なんだか朝から疲れてしまった。早くプールに行って、一之瀬たちの水着姿で癒されたい。

 

 学校の傍に併設された水泳部専用である『特別水泳施設』へと足を運ぶ。

 このエリアに関しては特別に制服を着用しなくても入れるように配慮されている。最終日ともあって人が非常に多い。ただ来る時間が早かったので、一之瀬と二人で来た時よりは少なく感じる。

 

「それじゃみんな20分後にこの場所で集合ってことで」

 

 プールへと続く廊下を指差し一之瀬が言った。最近は甘えん坊な一之瀬しか見てなかったので、まとめ役をしているのを見ると新鮮に感じる。

 女子たちと別れ、更衣室に入るなり池と山内は一目散に一番奥のロッカーに陣取った。

 

「俺たちにとって今日は特別な日になる。そんな予感がする!」

「ああ、俺たちは伝説になるんだっ!」

 

 なんか大声で恥ずかしいこと言ってるんだけど。

 

「こいつらどうしたんだ?」

 

 須藤が聞いてきた。俺に聞かれても困る。

 

「さあ。中二病でも発病したんじゃないか」

「なるほど。童心に帰ってるわけだな」

「お前、言い回しが優しいな」

「まあな。夏目見てて、汚い言葉を使えるかよ」

 

 ごめんね。夏目好きなのに汚い言葉使ってて……。

 綾小路の方を見ると、携帯を弄っていた。

 

「わりぃ。トイレに行ってくる」

「ああ。俺は先に行ってるよ」

 

 須藤はトイレに、俺はプールに向かうため更衣室を後にした。

 やはりプールに行くときはあらかじめ水着を着用するのが楽だな。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「誰も来てないか」

 

 男子で一番先に更衣室を出たんだ。当たり前か。

 しかし池と山内の様子が変だったな。女子の水着が見れるのに興奮しているのだろうか。

 

「やー、今日も凄い人だかりだねー」

 

 スクール水着姿の一之瀬が姿を現した。……廊下にいる男子たちの視線を一斉に集めながら。

 

「……だな」

 

 これは反則だろう。一之瀬のグラマラスな体にスクール水着。この組み合わせは犯罪臭がする。

 

「他の人たちは? 男子ってもっと早いと思ってたよ」

「トイレに行ったり、携帯を弄ったりしてた」

「そうなんだ」

「一之瀬は早いな」

 

 この前はもっと時間がかかってたはずだ。

 

「あはは。実は水着を着てきたんだよね」

「俺も同じだ」

「界外くんも着てきたんだ。一緒だねっ」

「だな」

 

 スクール水着じゃなくて競泳水着だったら完全に七咲だった。

 

「てか、今日はスクール水着なんだな」

「うん。この前も言ったでしょ。あの水着は界外くんと二人で遊ぶ時だけだって」

 

 ということは来年まで見られないってことか。

 

「そうだったな」

「うん。だからね……もし界外くんが見たいなら着てもいいよ?」

「着てもいいって今日で夏休みは終わりだぞ」

「知ってる。だからね、界外くんの部屋で……私の水着姿見せてあげる」

 

 一之瀬が妖艶な笑みを浮かべながら言う。

 

「ま、マジで……?」

「マジだよ。……どうする?」

「……お願いします」

「うん。見たい時に言ってね」

 

 部屋であんな姿を見せられたら理性を失いそうだけどもういいや。あの水着姿を見られるなら獣になってもいい気がしてきた。

 

「そういえばこの前も思ったんだけど」

「ん?」

「界外くんって無駄に筋肉を付けてない細身の理想的肉質だよね」

 

 一之瀬はそう言うと、人差し指をピンと立てて俺の腹をつついてきた。

 ツンツンツンツンと遠慮なく触り、二の腕やら肩にまでそのアクションを繰り返される。

 

「一之瀬、くすぐったいんだけど……」

「やめてあげないよ。この前の耳責めのお返し」

「お返しって……気持ちよくなってたくせに」

「にゃっ!?」

 

 あんなに喘いでたくせにお返しとかよく言うよ。

 

「一之瀬がやめないなら、俺もここで耳を弄ろうかな」

 

 不敵な笑みを浮かべながら一之瀬に言う。

 

「だ、駄目だよ……。こんなところで……」

「一之瀬が声を我慢すればいいんじゃないか?」

「我慢なんて出来ないよ……」

 

 顔を赤くしながら一之瀬が言う。

 そんな彼女を見て、加虐心をくすぐらされた俺は右手を彼女の耳に近づけた。

 

「あっ……。だ、だめぇ……」

 

 俺の攻撃に耐えるために、ぎゅっと目をつぶる。

 俺は一之瀬の耳に近づけた右手を、元の場所に戻した。

 

「……あ、あれ……?」

 

 一之瀬が恐る恐る目を開ける。

 

「こんな場所でやるわけないだろ。一之瀬はお馬鹿さんだな」

 

 ふふふ、勝った。俺から主導権を握ろうなんて百年早いぜ。

 

「むぅ」

 

 頬を膨らませた一之瀬が俺を睨む。

 

「そんな可愛い顔で睨んできても痛くもかゆくもないぞ」

「……やっぱり界外くんってSなんだ」

「心配するな。自覚はある」

「自覚あるんだっ!?」

 

 前から薄々気づいていた。それが一之瀬や堀北の泣いてる顔を見て確信へと変わっていったのだ。それでもライトなSだと自分では思う。

 一之瀬と駄弁ってると女子たちが続々やって来た。

 

「あれ? 男子は界外くんだけ?」

 

 櫛田が周りを見渡しながら言う。

 

「ああ。どうやらうちのクラスの男子は恥ずかしがりやのようだ」

「そんなわけないでしょ」

 

 俺の冗談に堀北が突っ込む。

 

「まあそのうち来るんじゃないか」

「まさか女子の方が早いとはね」

 

 ため息をつく堀北。そんな堀北は白のビキニを着ている。スレンダーでいい身体をしていると思う。櫛田は黄色のビキニを着ている。エロい。佐倉はラッシュガードを着てるので、どんな水着を着てるかはわからなかった。

 数分後、綾小路たちがやって来た。遅すぎだろう。

 

「それじゃ行こっか。とりあえず奥の方が空いてそうだし」

 

 まずは休憩できる拠点の確保に動く。ここでも先導するように一之瀬が歩き出した。そして一之瀬に合わせて櫛田も。すると真後ろにいた池と山内が陣取る。どうやら目当てはプリプリと揺れる一之瀬と櫛田のお尻のようだ。……よし殺そう。

 

「池、山内」

 

 二人の背後に陣取り声をかける。

 

「ん?」

「なんだよ?」

 

 振り向いたところで、二人の水着を掴む。

 

「今すぐ一之瀬を視界から消せ。さもなくばこのまま水着を破く」

「「ひぃっ」」

「どうする? 大人しく言うことを聞くか? 恥を晒すか?」

 

 俺は自分でも驚くような冷淡な声で問いかけた。

 

「わ、わかったっ! 見ない! 見ないからっ!」

「あ、ああ! 俺たちが悪かった! だからやめてくれっ!」

「……わかった」

 

 二人の返事を聞き、水着から手を離す。

 

「……次、同じことをしたら……」

「「したら……?」」

「ミミズを耳の中に入れて飼わせてやるよ」

 

 俺がそう言うと、二人は小さな悲鳴をあげ、走って先に行ってしまった。

 

「あ、駄目だよ。走っちゃっ」

 

 一之瀬が注意するが、二人はそのまま走り去ってしまう。

 

「あれ一之瀬たちじゃん。そっちも今日来たんだ」

 

 スペースを探し歩いてると、一之瀬が三人の男子生徒に声をかけられた。そのうち二人には見覚えがある。神崎と柴田だ。

 

「やっほー。柴田くんたちじゃない」

「おう。なんか楽しそうな集まりだな。俺たちも混ぜてくれよ」

「私は全然オッケーなんだけど……いいのかな?」

「悪いな柴田、このプールは12人までしか入れないんだ」

「なんでだよっ!? それといつからスネ○キャラになったんだよ!?」

 

 ふむ。柴田も突っ込みが鋭い。どうやらサッカー部は突っ込みキャラが多いようだ。

 

「界外くん、あまり苛めちゃ駄目だよ?」

「そうだぜ。イジメかっこ悪い」

「いや、苛めてないから」

 

 結局柴田たちも加わり合計15人の大所帯となった。

 

「それで何して遊ぶ?」

 

 柴田が聞いてきた。

 

「うーん、プールでバレーやってみない? こっちは柴田くんたちを入れて7人、そっちは8人だからお互い交代しながらさ」

 

 折角プールに来たんだからと一之瀬が提案した。真っ先に賛同したのは池だ。

 

「やるやる! 俺小さな巨人になってやる!」

 

 それは絶対無理だが殆どの生徒は賛成のようだ。

 

「あ、あの。私は運動が苦手なので……見てます」

 

 明らかにバレーをやりたくない様子で佐倉が言う。運動好きじゃなさそうだもんね。

 

「私も乗り気じゃないわね」

「堀北さん、逃げちゃうのかな?」

 

 笑いながら一之瀬が、挑発するように言った。

 

「たかが遊びに逃げるもなにもないわ」

「確かに遊びだよ。でもクラスの縮図ではあるよね。どっちが意欲的でどっちがチームワークに優れているか。ある意味クラス対抗戦の模擬って感じかな? それとも私たちとは戦いたくない?」

 

 一之瀬にしては珍しく好戦的だな。

 

「それに界外くんのバレーしてる姿見たいでしょ?」

 

 一之瀬が堀北の耳に顔を近づけ何か喋り続けてる。

 

「……いいわ。やりましょう」

 

 おお。まさか堀北にやる気を出させるとは。

 

「それから試合を盛り上げるためにさ、勝った方が相手のランチを全額負担する。こんなオマケくらいあってもいいんじゃないかな」

「その条件も受けるわ」

 

 こうしてコートの申請をした俺たちは、空きが出来るまでの間各自作戦を練ることになった。

 試合のルールは1セット15点の3セットマッチ。先に2セットとった方の勝ちで決まる。サーブ権はローテーションで得点を取った方が再びサーブ権を得る。

 

「これって私たちの勝ちは決まったようなものじゃないかな」

「どういうことだ桔梗ちゃん?」

 

 櫛田の発言に池が問う。

 

「だって界外くん全中ベスト4のセッターだったんだよ」

 

 そう言えば櫛田に前に聞かれて教えたんだっけ。

 

「マジかよっ!?」

「お、俺もインターハイでベスト4だったんだぜ!」

 

 山内よ。中学の大会にインターハイなんてないんだよ。

 

「そうね。なら楽勝かしら?」

「そうだな。バレーは2年前までやってたから負ける気はしない。ただ……」

「ただ?」

「水上バレーだからジャンプサーブがうまく出来るかどうか……」

 

 久しぶりにやってみたいのに。体育の授業でバレーやらないかな。

 

「ジャンプサーブは駄目でしょ。試合が成立しなくなるわ」

「堀北さんの言う通りだと思うな。少しはラリーも楽しみたいし」

「……わかった。ジャンプサーブはしない」

 

 美少女二人に言われては、言うことをきくしかない。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「うげっ!?」

 

 俺の高速トスに合わせるように、須藤が高々と飛び上がったが、ジャストミートせずボールは明後日の方向に飛んでしまった。

 

「須藤ボゲェ!」

 

 影山をトレースした俺は須藤に暴言を吐く。

 

「テメェが高速トスを要求してきたんだろうが! もうトス上げてやんねーぞ!?」

「わ、わりぃっ! 次は絶対決めるからよ!」

「ボゲェ!」

 

 そんな俺たちのやり取りを櫛田が苦笑いをしながら見つめてる。

 

「界外くん、無理に高速トスをしなくていいと思うの。普通のトスを上げれば須藤くんもスパイクを打てると思うわ」

「あ?」

「ひっ。……ご、ごめんなさい……」

 

 しまった。つい堀北を睨んでしまった。

 

「そ、そうよね。界外くんは真剣にプレイしてるのよね。出しゃばったことをしてごめんなさい」

「あ、いや……」

「もっと私を罵っていいのよ……?」

 

 堀北は何を言ってるんだろう。顔も赤くなってるし。

 

「……須藤。次がラストだ。次決められなかったら高速トスはもう上げない」

「……おうっ!」

 

 覚悟を決めたような表情で須藤が返事をした。

 

「お前の彼氏怖すぎだろ?」

「あはは。まだ彼氏じゃないんだけどね。バレーであんな人が変わるとは思わなかったかな」

 

 柴田と一之瀬がなにか話してる。

 

「次ポイント取りましょう」

 

 堀北がみんなを鼓舞するように言う。

 スコアは7対5とDクラスがリードしている。

 

「来るわ!」

 

 一之瀬が放ったサーブを堀北が打ち上げる。

 

「ナイスレシーブだ堀北」

 

 ボールの落下地点に瞬時に移動し、須藤に目で合図を送る。

 

「もってこーいっ!」

 

 須藤は既にネット近くで高々と飛び上がってる。

 そして須藤のギリギリ届く高さへトスを送る。

 

「おりゃっ!!」

 

 須藤がボールを叩くと、弾丸のような鋭い球が相手陣地を襲う。

 Bクラスの面々は俺と須藤の変人速攻に反応できず、一歩も動けずにいた。

 

「しゃっ!」

 

 須藤がガッツポーズを決める。

 直後、ギャラリーから歓声が湧き上がった。

 

「へへ、やったぜ!」

「そうだな。次も上げるぞ」

「おう!」

 

 まさか本当に俺の高速トスに合わせるなんてな。どうやら須藤の運動能力は俺が思ってる以上のようだ。

 

「にゃはは。凄いね。全然反応出来なかったよ」

 

 ボールを渡すため近寄ってきた一之瀬が苦笑いをしながら言う。

 

「素人があの速攻に反応出来たら怖いよ」

「だよね。……これは勝てる見込みないかも」

「一之瀬も俺がバレーやってたの知ってただろ」

「知ってたよ。だから勝負を申し込んだの。……界外くんのバレーしてるところ見たかったから」

 

 頬を紅く染めながら一之瀬が言う。試合に集中出来なくなるからやめて!

 

「そ、そうか……。とりあえず試合中だから後でな」

「うん」

 

 ボールを受け取り、ポジションに戻る。

 

「界外くん、凄いねっ!」

「ありがとう。櫛田もレシーブが上手くて凄いと思うぞ」

「そ、そうかな。褒めてくれて嬉しい」

 

 櫛田も照れてしまったのか、顔を赤くし始めた。

 

「今は試合中よ。集中して」

 

 堀北が俺と櫛田を嗜める。

 

「悪い」

「ごめんね堀北さん」

 

 試合を再開したが、結局Dクラスの圧勝で終わった。スコアは1セット目が15対8、2セット目が15対3だった。……もう少し楽しくやればよかったかも。

 

「にゃぷー。負けたよ。惨敗」

 

 プールから上がると、一之瀬が近づいてきて言った。悔しがってるようには見えない。

 

「界外くんと須藤くんのコンビで勝ったようなものだけれどね」

 

 素直に褒める堀北の近くで須藤が顔を赤くしている。お前まで赤くなるなよ……。

 

「やっぱ全中ベスト4は伊達じゃなかったね」

「当たり前でしょう。それに最優秀セッターなのよ」

 

 なぜか堀北がドヤ顔で説明している。

 

「界外くん、本当にバレーも凄いんだね」

「まあな」

 

 櫛田が尊敬の眼差しで俺を見る。

 

「そこまで筋肉あるように見えないのに。なんであんな凄いトス出せるのかな?」

 

 櫛田が俺の腕をぷにぷにしてきた。くすぐったいからやめて。

 

「あ、でも固いや。こういうの細マッチョって言うのかな?」

「マッチョって響きは嫌いだから、違う言い方にしてくれ」

「ちょっと、公共の場で何をしてるの。櫛田さん、場所を考えなさい」

「ごめんっ。それじゃ場所を変えて界外くんの身体を堪能しようかなっ」

「……は?」

 

 櫛田の発言に、眉を顰める堀北。

 

「だって場所を変えればしてもいいんだよね?」

「私はそんなこと言ってないけれど」

「言ったと思うんだけどなー」

「言ってないわ」

 

 なにこの二人怖い。ここは一之瀬が止めてくれるのを期待するしかない。

 

「そうだよ。私みたいに二人っきりの時にした方がいいと思うよ」

 

 一之瀬が爆弾を投下しやがった。

 

「一之瀬さん、あなたまで何を言ってるの?」

「何か問題あるかな堀北さん?」

「ええ。人前でふしだらな発言は自分の価値を下げるだけよ」

「別にふしだらな発言じゃないと思うけど。……堀北さん、頭固すぎじゃないかな?」

「なっ!?」

 

 堀北対櫛田の次は、堀北対一之瀬になってる。

 

「友達の身体や筋肉をチェックするくらい普通だと思うよ。ね、桔梗ちゃん?」

「うん。それに堀北さんって水泳の授業の時に界外くんと綾小路くんの肉体見てたよね? 本人たちにスポーツしてるかも聞いていたし」

「あ、あれは、その……」

 

 どうやら堀北の負けのようだ。

 

「えっと、そろそろお昼にしないか?」

 

 空気を変える為、提案する。

 

「そうだね。そろそろお昼にしよっか。約束も果たさないといけないからね」

 

 みんなで売店に向かう。俺の隣には一之瀬と櫛田がピタッとくっついてる。堀北はやや後方。

 周りから注目されてる気がするのは、バレーで活躍したからなのか。それとも美少女たちと一緒だからかわからない。

 程なくして売店前まで辿り着くと、一之瀬が振り返った。

 

「約束通り好きな物、好きなだけ食べていいからね」

「よっしゃ! それじゃ遠慮なく!」

 

 池と山内が一目散に駆け出していく。その姿を一之瀬は微笑ましく見ていた。

 

「もしかして一之瀬が全額負担するのか?」

「うん。私が言い出しっぺだからね」

 

 確かに言いだしたのは一之瀬だが女の子一人に負担させるのはどうかと思う。

 

「柴田、神崎、浜口。お前らって将来ヒモになりそうだよな」

 

 たっぷり皮肉を込めて言う。

 

「うっ。……わ、わかったよ。俺も負担するよ! すればいいんだろ!」

「そうだな。さすがに一之瀬一人に負担させるわけにはいかない」

「僕も払います!」

 

 こいつらチョロいな。神崎までチョロかったのはショックだけど。

 

「え、いいよいいよ。私が払うってばっ」

「帆波ちゃん、払ってもらおうよ」

「うん。私たちも払うからさ」

「そうそう」

 

 白波さんたちも払ってくれるようだ。

 こういうのを見ると、Bクラスの仲の良さがよくわかる。

 俺たちDクラスじゃ見られない光景ですね……。

 

「……それじゃお言葉に甘えようかな」

 

 一之瀬の言葉を聞いて、俺はお目当ての売店に向かう。

 

「凄いね界外くん」

 

 隣を歩く櫛田が言う。

 

「なにが?」

「帆波ちゃん一人に負担させないよう、ああやって言ったんでしょ?」

「まあな。さすがに女の子一人に払わせるには心苦しいし」

「そうだよねっ。私もそう思う」

 

 ていうかバレー経験者の俺がいる時点で反則のようなものだよな。

 

「櫛田。何が食べたい?」

「え?」

「俺が奢ってやる」

「界外くんが? なんで?」

 

 可愛らしく首を傾げながら櫛田が問う。

 

「今日頑張ったご褒美」

「ご、ご褒美……」

 

 いかん。子供扱いされたと不快に思ってしまっただろうか。

 

「……いいの?」

「いいよ。ほら、何でも好きな物買っていいぞ」

「ありがとっ!」

 

 満面の笑みでお礼を言う櫛田。……裏の顔をわかっていても可愛いと思ってしまう。

 

「……私には奢ってくれないのかしら?」

 

 いつの間にか隣に立っていた堀北がジト目で見てきた。

 

「堀北には手料理振る舞ってやる」

「……約束よ?」

「ああ。ただ今日は疲れたから今度な」

 

 堀北にそう言うと、背後から視線を感じた。

 振り向くと、佐倉と並んでる綾小路が俺を見ていた。

 ……わかったよ。お前にも手料理振る舞うよ。だからそんな目で俺を見るな。

 俺が目でそう伝えると、納得したようで佐倉を連れてテーブルに向かっていった。

 

「……でも綾小路って特に頑張ってなかったような……」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 閉館時間が近づくと一之瀬が混みだす前に帰ろうと提案し全員が賛同する。

 更衣室で着替えを終え、待ち合わせ場所に向かった。10分ほどすると全員集まり、帰路に就いた。

 

「ねえ帆波ちゃん、アイス食べたいなって思うんだけど。どうかな?」

 

 網倉さんが一之瀬に提案をする。

 

「そうだねー。確かに食べたいかも」

 

 アイスか。たまにはいいかもしれないな。

 

「良かったら少し寄り道して帰らない?」

 

 一之瀬は近くのコンビニを見てそう言った。全員喉が渇いていたのだろう。反対意見は出なかった。全員で店内に入るとアイスコーナーに駆け寄るメンバーたち。堀北は飲み物にするか悩んでいるようだ。

 

「界外くんはなに買うの?」

「カルピスアイスバー。一之瀬は?」

「私はアイスキャンデーだよっ!」

 

 なぜかドヤ顔で商品を見せつけてきた。

 

「それ美味しいのか?」

「美味しいよ。後で一口あげようか?」

「……いや遠慮しておく」

「そう。残念」

 

 さすがにみんなの前じゃ無理だ。

 購入を終えて外に出ると、全員集まりコンビニの空いたスペースで食べ始めた。袋を丁寧に破いて、カルピスアイスバーを口の中に運ぶ。

 

「これは……美味しい……」

 

 久しぶりにアイスバーを食べたが、最高だった。

 

「そんなに美味しいの?」

 

 隣に座る一之瀬が聞いてきた。

 

「ああ。やはりカルピスが最強か」

「本当に好きだよね。……妬けちゃうかも」

「え」

「あはは、冗談だよ。さすがにアイスに嫉妬したりはしないから」

 

 どう返せばいいか困るんだけど。

 

「ねえ」

「ん?」

「明日から学校だよね」

「そうだな」

 

 いよいよ2学期の始まりだ。どういう試験が待ち受けているのか。

 

「多分、龍園くんが何か仕掛けてくると思うんだ」

「だろうな」

 

 夏休み中は特にトラブルは起きなかった。

 

「お互い気をつけないとね」

「ああ。……何か困ったことあったらすぐに言えよ」

「うん。界外くんも言ってね?」

「わかった」

 

 正直龍園がなにを仕掛けてくるかわからない。

 けれどやるべきことは決まっている。

 

「界外くん」

「なんだ?」

「2学期も沢山遊ぼうね?」

「ああ、もちろんだ」

 

 彼女を守ること。

 そして一之瀬帆波の笑顔を俺以外の人間に曇らさせないことだ。




来週からは体育祭編スタートです
綾小路の出番多くなるかも


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46話 2学期スタート

閲覧注意ほどじゃないけど今回は主人公が一之瀬に酷いことをします


 9月1日。とうとう2学期が始まった。

 ショートホームルームの時間になり、茶柱先生がやって来た。

 

「おはよう。早速クラスポイントを発表する」

 

 茶柱先生はそう言うと、大きな紙を黒板に貼り付けた。

 そこには、いつもと同じように各クラスのクラスポイントが書かれている。

 俺たちDクラスは627。Aクラスが924。Bクラスが773。Cクラスが292

 よかった。夏休みに問題を起こした生徒はいなかったようだ。

 

「おめでとう。今日からお前たちはCクラスだ」

 

 直後、多くの生徒から歓喜の声が上がった。

 

「よっしゃー!」

「Cクラスに昇級!」

「今日は一段と座禅が捗りそうだぜ」

 

 いつもなら大騒ぎする生徒たちに眉を顰める茶柱先生だが、表情はとても柔らかく見える。

 茶柱先生なりに俺たちの努力を認めてくれたのかもしれない。

 

「2学期でDクラスがCクラスに昇級したのはお前たちが初めてだ。よくやった」

 

 まさか素直に褒めてくれるとは……。明日は大雨かな。

 失礼なことを考えてると、松下に肩を叩かれた。

 

「やったね」

「だな。俺を称えてもいいんだぞ」

「うざっ」

 

 冗談で言っただけなのに酷い。

 最近松下の俺への扱いが雑なような気がする。

 

「9時10分から体育館で始業式がある。遅れないように」

 

 茶柱先生はそう言うと、教室を去っていった。

 生徒たちは大量のポイントが手に入ったためだろう。何を買うか、どこに出かけるかなど話をしているのが聞こえた。

 

「界外くんは何か買うの?」

 

 松下が訪ねてきた。

 

「オーブンレンジを買う予定だ」

「オーブンレンジ?」

「ああ。ケーキやお菓子を作ろうと思って」

「相変わらず女子力高いね」

 

 松下が呆れたように言う。

 

「何だよその顔は?」

「別に。作ったら食べさせてね」

「あいよ。松下は何か買うのか?」

「洋服かな。大きな買い物はしないよ」

 

 意外だ。お金=ポイント大好き松下なので、高い物でも買うのか思ってた。

 

「ほら、貯金しておいた方が何かあった時のために便利でしょ?」

「そうだな。前に茶柱先生はポイントで買えないものはないと言っていた。つまりトラブルがあった時もポイントで解決できる可能性もあるというわけだ」

「ま、問題は起こさないようにするけどさ」

 

 確かに松下なら問題を起こす可能性は低いだろう。ただトラブルに関しては巻き込まれる可能性もある。その為にもポイントの貯蓄はしておいた方がいい。

 

「松下から佐藤や篠原にも言っておいてくれよ」

「もちろん。佐藤さんなんて無駄遣いしそうだしね」

「私がなに?」

 

 佐藤と篠原がやって来た。篠原を見るのは特別試験以来だ。

 

「佐藤さんが無駄遣いしそうだから注意しておけって界外くんに言われたの」

「おい」

「ひどーい! 私だって貯金くらいするから!」

 

 佐藤が非難するような目つきで見てくる。

 

「言ったのは松下だから。俺は佐藤と篠原に注意するようお願いしただけ」

「つまりそれって私たちが無駄遣いしそうと思ってたわけでしょ?」

 

 篠原がジト目で睨んできた。

 

「……トイレに行ってくる」

 

 分が悪いのでトレイに逃げ込むことにした。

 まさか2学期初日から安息の地に向かうことになるとは思わなかった。

 

 午後の授業は2時間ホームルームになっている。

 茶柱先生がやってくると淡々と説明を始めた。

 

「2学期は9月から10月初めまでの1ヶ月間、体育祭に向け体育の授業が増えることになる。新たな時間割を配るから大切に保管するように。それと体育祭の資料も配るから、先頭の生徒はプリントを後ろに回していくように」

 

 体育祭という言葉を聞いた途端一部から悲鳴が上がる。恐らく運動が苦手な生徒たちだろう。

 

「……だる」

 

 隣人の松下も体育祭は好ましくないようだ。

 

「先生、これも特別試験の一環なんですか?」

 

 クラスのリーダー平田が挙手した後に質問をする。

 

「どう受け止めるのかもお前たちの自由だ。どちらにせよ各クラスに大きな影響を与えることに違いはない」

 

 そう言って肯定とも否定とも取れない曖昧な答え方をする茶柱先生。相変わらず意味深な発言が好きですね。

 

「それでは体育祭について説明する。今回は全学年を2つの組に分けて勝負する方式を採用している。お前たちCクラスは赤組に配属が決まった。そしてBクラスも同様に赤組として戦うことになっている。この体育祭の間はBクラスが味方というわけだ」

 

 まさかBクラスと協力どころか共闘することになるとは。俺としてありがたいけれど。

 

「まずは体育祭がもたらす結果に目を通せ。何度も説明する気はないからな、一度でしっかり聞いておくように」

 

 茶柱先生はプリントをペシペシと叩きながら要チェックポイントを伝えていく。要チェックや!

 耳を傾けつつプリントへと視線を落とす。そこに書かれてあるのは以下の通り。

 

・体育祭におけるルール及び組分け

 全学年を赤組と白組の2組に分け行われる対戦方式の体育祭。

 内訳はBクラスとCクラスが赤組。AクラスとDクラスが白組。

 

・全員参加競技の点数配分

 結果に応じて1位15点、2位12点、3位10点、4位8点が組に与えられる。

 5位以下は1点ずつ下がっていく。団体戦の場合は勝利した組に500点が与えられる。

 

・推薦参加競技の点数配分

 結果に応じて1位50点、2位30点、3位20点、4位10点が組に与えられる。

 5位以下は2点ずつ下がっていく(最終競技のリレーは3倍の点数が与えられる)

 

・赤組対白組の結果が与える影響

 全学年の総合点で負けた組は全学年等しくクラスポイントが100引かれる。

 

・学年別順位が与える影響

 総合点で1位を取ったクラスにはクラスポイントが50与えられる。

 総合点で2位を取ったクラスにはクラスポイントは変動されない。

 総合点で3位を取ったクラスにはクラスポイントが50引かれる。

 総合点で4位を取ったクラスにはクラスポイントが100引かれる。

 

「簡単な話、気を抜かず全力で競技する必要があるということだ。負けた組が受けるペナルティはけして軽くない」

 

 確かにクラスポイントが100引かれるのは大きい。それと勝った組にポイントは与えられないのだろうか。

 

「あの先生。勝った組は何ポイント得られるんですか? 記載がないみたいなのですが」

 

 さすが平田。俺が聞きたいことをすぐに先生に聞いてくれる。

 

「何もない。マイナスという措置を受けないだけだ」

「うへー。全然おいしくないじゃん」

 

 教室内が騒がしくなるのも無理がない。今までは大きなリスクと同時に大きな見返りが用意されていた。なのに今回の体育祭はそれが見当たらない。

 

「クラス別のポイントもしっかり計算されることになっているから注意するように。仮にBクラスが飛びぬけて活躍してお前たちの属する赤組が勝利したとしても、Cクラスの総合点が最下位だった場合には100ポイントのペナルティを受けることになっている」

 

 つまり相手のクラスに頼って勝利しても損をするということ。両方のクラスが活躍しないといけない。

 プリントを引き続き見ると、特別ボーナスのようなものが見受けられた。

 

・個人競技報酬(次回中間試験にて使用可能)

 各個人競技で1位を取った生徒には5000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で3点に相当する点数を与える(点数を選んだ場合他人への付与は認められない)

 

 各個人競技で2位を取った生徒には3000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で2点に相当する点数を与える(点数を選んだ場合他人への付与は認められない)

 

 各個人競技で3位を取った生徒には1000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で1点に相当する点数を与える(点数を選んだ場合他人への付与は認められない)

 

 各個人競技で最下位を取った生徒にはマイナス1000プライベートポイント(所持するプライベートポイントが1000未満になった場合には筆記試験でマイナス1点を受ける)

 

・反則事項について

 各競技のルールを熟読の上遵守すること。違反した者は失格同様の扱いを受ける。

 悪質な者については退場処分にする場合有。それまでの獲得点数の剥奪も検討される。

 

・最優秀生徒報酬

 全競技でもっとも高得点を得た生徒には10万プライベートポイントを贈与。

 

・クラス別最優秀生徒報酬

 全競技でもっとも高得点を得た学年別生徒3名には各1万プライベートポイントを贈与。

 

 個人ボーナスに関してはあまり魅力を感じないな。これが1学期なら喜んでいただろうけど。

 その後も茶柱先生の説明は続いた。

 学年別で点数が下位10名の生徒にペナルティを科すこと。これは博士が心配だな。

 種目も説明され、全員参加種目が9つ、推薦参加種目が4つと全13種のラインナップだった。全員参加の種目の多さに生徒たちが不満の声を上げるも当然種目が減られることはなかった。

 種目の説明が終わると、先生に提出する参加表について説明をされた。参加表には全種目の詳細が記載されており、生徒たちで各種目にどの順番で参加するかを決めるようだ。また参加表の受理後に順番の変更は認められないとのことだった。

 また堀北からの質問で、当日に欠席者が出た場合の対応についても説明を受けた。『全員参加』の種目は失格となるが、『推薦競技』の場合は10万ポイントを払えばメンバーチェンジは可能とのことだ。

 

「説明は以上だ。次の時間は第一体育館に移動し、各クラス他学年との顔合わせとなる。以上だ」

 

 時計を確認して茶柱先生が続ける。

 

「まだ20分授業時間が残っている。残りの時間は自由に使っていいぞ。雑談するなり真面目に話し合うなり」

 

 茶柱先生がそう言うと、俺の下へ堀北と櫛田が集まってきた。

 

「界外くん、作戦会議よ」

「界外くん、私と二人三脚出ようよっ」

 

 櫛田の発言に堀北が噛み付く。

 

「櫛田さん。彼と二人三脚をするのは私よ」

「なんで決めつけてるのかな?」

「私の方が櫛田さんより足が速いもの」

「二人三脚は足の速さよりパートナーとの相性が重要だと思うな」

 

 人前で喧嘩はやめて! 松下も笑ってないで止めて!

 

「えっと、とりあえずクラスの話し合い次第じゃないか。俺たちだけで決めても仕方ないだろ」

「……そうね」

「そうだね。でも界外くんと一緒に二人三脚出たいなっ」

 

 櫛田はそう言うと、俺の手を握ってきた。堀北はそれを見て眉を顰める。

 笑顔の櫛田。櫛田を睨む堀北。この光景は体育館に移動するまで続いた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 2時間目のホームルーム。全学年の顔合わせのため俺たちは第一体育館に移動していた。

 体育館へと集められたのは、総勢400名以上にも及ぶ大勢の生徒と教師。

 集められた生徒たちが床に座ると、3年Bクラスの生徒が赤組の総指揮を執ることが発表された。

 その生徒からありがたいアドバイスを頂いた後、各学年で集まって話し合いをするよう指示をされた。

 指示を出されたがCクラスの生徒は動こうとせず、座ったままでいると、一之瀬と神崎が歩み寄ってきた。

 

「やっほー、界外くん」

 

 右手を軽く挙げ、一之瀬が声をかけてきたので腰を上げる。

 

「おっす」

「今回はよろしくね。力を合わせて頑張ろう!」

「そうだな」

 

 でもうちのクラスのリーダーは平田なんだよね。その平田はというと……

 

「平田くんもよろしくねっ」

「こちらこそ」

 

 いつの間にか俺の隣に立っていた。全然気づかなかったぜ……。

 

「界外、平田、よろしく頼む」

「こちらこそ」

「神崎くん、よろしくね」

 

 今日も神崎はイケメンだな。うちのクラスの女子が何人か顔を赤くしてるのが見える。

 

「とりあえず近いうちに話し合いをしよっか。どうかな?」

 

 一之瀬が訊ねる。

 

「そうだね。団体競技もあるし話し合いは必須だと思うよ。界外くんはどうかな?」

「だな。個人競技はともかく団体競技があるからな」

「だよね。それで界外くんにお願いがあるんだけど……」

「なんだ?」

「体育祭は界外くんが仕切ってくれないかな?」

 

 なぜ俺が……。もしかして平田は疲れているのだろうか。

 

「一之瀬さんも僕より界外くんの方がやりやすいでしょ?」

「え、わ、私……っ!?」

「うん」

「そ、それは、その……」

 

 顔を赤くしてあたふたする一之瀬。超可愛いんですけど。

 

「神崎くんはどう思う?」

 

 平田が問う。

 

「そうだな。界外の方が一之瀬のやる気が出るだろうな」

「ちょっと神崎くんまでからかわないでよっ!」

「すまん」

 

 まったく悪そうに思ってない神崎。もしかして一之瀬はクラスで弄られキャラなのかもしれない。

 

「界外くん、どうかな?」

 

 平田が再度訊ねる。

 

「わかった。俺でいいなら人事を尽くすよ」

「ありがとう。もちろん全力でサポートするから頑張ろう」

「ああ。というわけでよろしくな」

 

 一之瀬に手を差し出す。

 

「……うん。よろしくね」

 

 俺の手をぎゅっと握る一之瀬。やばい。このまま抱きしめたい。

 

「話し合いをするつもりはないということか?」

 

 少し離れたところから、おっさんのような声が体育館に響いた。何事かとみんなの視線が集まる。

 その声の主はAクラスの葛城だった。どうやら体育祭は葛城がAクラスを仕切るようだ。坂柳は運動が出来ないようなので今回も静観するみたいだ。

 

「こっちは善意で去ろうとしてんだぜ? 俺が協力を申し出たところでお前らが信じるとは思わない。時間の無駄だろ?」

「……そうか。わかった」

「それじゃーな」

 

 龍園は笑い、Dクラスの生徒たちを率いて歩き出す。

 

「向こうは大変そうだね」

 

 一之瀬が龍園たちを見ながら言う。

 

「そうだな。俺たちはBクラスと共闘出来てラッキーだったよ」

「こっちこそだよ。一緒に頑張ろうね?」

「うん、頑張る」

「お前たちはいつまで手を握り合ってるんだ?」

 

 神崎が俺と一之瀬を見て指摘してきた。

 

「……ごめんっ」

「いや、俺の方こそ」

 

 慌てて手を引っ込める俺と一之瀬。人前で恥ずかしいことをしてしまった。

 

「と、とりあえず話し合いの日程についてはまた今度決めよっか」

「そうだな」

 

 そのままお互いのクラスは体育館を後にした。

 一之瀬とは団体競技以外にも龍園について話し合わないといけない。

 けれどそれは明日以降だ。何故なら今日は映画館デートだから。以前から約束していたキミスイの映画を観に行くのだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 放課後。俺は一之瀬と映画館に足を運んでいた。

 公開初日ということもあり、館内には大勢との生徒が見受けられる。

 俺たちは混雑することを予想し、事前にネットで予約していたので、スムーズに館内に入れた。

 

「人多いね」

 

 隣に座る一之瀬が言う。

 

「だな。ネット予約しておいてよかっただろ?」

「うん。アニメだからそこまで人入らないと思ってたんだけどね」

 

 確かに実写よりは宣伝は少なかった。けれど内容は最近のJKが好きそうなものなので、俺は混雑すると予想していた。

 

「カップル多いね」

「……確かに」

 

 一之瀬の言う通り館内には男女で来ている観客が多い。俺と一之瀬もカップルに見られてるだろう。

 

「私、泣いちゃう気がする」

「その時は慰めてやるよ」

「うん。慰めて」

 

 一之瀬の表情が切なく紅潮している。

 

「もし界外くんが泣いたら、私が慰めてあげるからね?」

「……その時は頼むよ」

「頼まれましたっ」

 

 今度は明るい表情で敬礼のポーズをとる一之瀬。表情がコロコロ変わって面白いな。

 やがて館内が暗くなり始めた。上映の時間が来たようだ。

 俺は暗くなるとすぐに一之瀬の手に、自身の手を重ねた。

 

「……っ」

 

 一之瀬が驚いたように俺を見てくる。

 この前は一之瀬にやられたからな。今回は俺からしてやったぞ。

 そして今回は手を重ねるだけじゃない。こちらを見る一之瀬を無視して、手をにぎにぎする。

 にぎにぎしてるうちに一之瀬は受け入れたようで、横を向くのをやめてスクリーンに顔を向ける。

 

 上映終了後。館内に涙を流す少年の姿があった。ていうか俺だった。

 

「界外くん、大丈夫……?」

 

 涙目の女子に慰められ、涙が止まらない男子。

 

「……うん……」

 

 ハンカチで目からあふれ出る液体を拭うが、まったく止まらない。

 

「よしよし」

 

 そんな俺を見て、一之瀬が頭を撫でてきた。

 おかしいな。上映前は俺が一之瀬を慰めるつもりだったのに。

 

「界外くんは感受性が高いんだね。だから涙が止まらないんだと思うよ」

 

 慰めるだけじゃなくフォローもしてくれるなんて。いい子すぎるんだけど。

 

「私、界外くんのそういうところ……好き……」

「……っ!」

 

 泣いてるときにそんなこと言わないでくれ。照れてそっぽを向こうとすると、顎を掴まれる。一之瀬の白く柔らかい指が肌に食いこんできた。

 

「や……あっち向いちゃ駄目だよ……こっち見て」

「……あ、あまり、泣き顔を見せたくないんだけど……」

「だーめ。界外くんだって私の泣き顔何回も見たでしょ……?」

 

 4,5回は見てるかな。最初は一之瀬が泣いてる姿を見たくないと思っていたけれど、最近は泣き顔を見るとそそられるようになってしまった。

 

「だから私にも界外くんの泣き顔見せてよ」

「俺の泣き顔を見てもしょうがないだろ……」

「ううん。しょうがなくないよ。……えいっ」

 

 突如一之瀬に抱き寄せられる。そして顔を豊満な胸に埋めさせられた。

 

「むぐっ」

「上映前に言ったでしょ。界外くんが泣いたら、私が慰めてあげるって」

 

 やばい。ちょっと苦しいけど、柔らかくてたまらん。

 

「次のお客さん入るまで時間あるから。こうしてよ?」

 

 一之瀬にそう言われ、10分以上顔を埋めただろうか。いい加減息が苦しくなってきた。

 そろそろ限界だと思い、首を横に振る。

 

「……あんっ……う、動いちゃ駄目……」

 

 そんなこと言われても。もう限界なんです。

 抗議する一之瀬を無視して、ゆっくりと彼女の胸から顔を離す。

 

「あ、もう……」

 

 俺が離れたのがご不満なようで、口を可愛らしくすぼめている。

 

「悪い。息苦しくなってきてな」

「そっか。それなら仕方ないよね」

「ああ」

 

 やっぱり巨乳って時に凶器にもなるんだな。

 

「そろそろ行こうぜ」

「……まだ私が慰められてないから駄目」

「もう泣き止んでるだろ」

 

 俺がそう言うが、一之瀬はいやいやと首を横に振る。

 

「ほら行くぞ」

「や」

 

 なんでこの子、俺の前だと子供になっちゃうんだよ。体育館でのカッコいい一之瀬はどこに行った。

 

「寮に帰ったら慰めてあげるから」

「……ほんと?」

「本当。だから行くぞ」

「……うん」

 

 ようやく一之瀬を立たせることが出来た。

 映画館をあとにし、寮に向かい歩き続けるも、一之瀬が腕に抱きついてるせいでペースが非常に遅い。

 

「一之瀬、歩きづらいんだけど」

「私は歩きづらくないよ」

 

 いやいや、絶対歩きづらいでしょ。

 

「とりあえずモール内はやめないか?」

「なんでモール内はだめなの?」

 

 それは松下が今日ケヤキモールに遊びに行くと言ってたから。一之瀬に抱きつかれてるところを見られたら、またゴミを見るような目で見られてしまう。

 一之瀬に抱きつかれるのは嬉しい。けれど松下の好感度が下がり、今後堀北と佐倉のフォローなどに協力してもらえなくなると非常に痛いのだ。

 

「何でも。いいから離れろよ」

 

 少し強めの口調で言ってみた。

 

「……………………え?」

 

 俺がこんな態度をとると思わなかったのだろう。一之瀬は信じられないような顔を向けている。

 

「……か、界外……くん……?」

「さっさと離れろって」

「……そ、そんな怒らないでよ……」

 

 映画を観て涙腺が緩くなってるのか、一之瀬が泣き始めた。

 

「うっ……。ぐすっ……」

 

 俺はそんな彼女を見て、罪悪感を覚える。だがそれはすぐに形を変えて、やがて加虐心をくすぐり始めた。

 泣きながら俺の腕に抱きついてる一之瀬を振り払う。

 

「……や、やだぁ……」

 

 拒絶反応を見せられたのがショックだったのか、涙を拭いながら俺の腕に縋り付いてくる。

 やばい。そろそろやめないと歯止めがきかなくなる。

 とりあえず謝ろう。

 そう思い一之瀬に声をかけようとしたところ、鋭い視線を感じた。視線の元を辿ってみると、そこには……

 

「最低」

 

 またもや俺のことをゴミのような目で見る松下の姿があった。

 

「あ……」

 

 固まってる俺をひと睨みし、松下は去っていった。

 失敗した。腕組みより見られてはいけないところを見られてしまった……。

 

「……ごめんなさい……嫌いにならないでぇ……」

 

 隣には一之瀬が体を震わせながら嗚咽を漏らしていた。

 気持ちを切り替える。松下は明日釈明すればいい。まずは一之瀬を何とかしないと。

 

「えっと、俺の方こそごめん。その怒ってないから」

「……ホントに?」

「本当」

「ならなんで、あんなこと言ったの……?」

 

 涙を拭いながら一之瀬が問う。

 

「……いや、その……一之瀬を苛めたくなって……」

「え」

「わ、悪かった……」

 

 謝罪はするけどこれからもやらかしてしまうだろう。それほどまでに俺の加虐心が強くなってしまっている。

 

「……酷いよ……。私、本当に嫌われたのかと思ったんだよ……っ!」

「それはない。俺が一之瀬を嫌うことは絶対ないから」

 

 それだけは神に誓って言える。

 

「……っ。ひ、卑怯だよ……」

「何が?」

「ひ、酷いことしておいて……。そんなこと言うなんて……」

 

 むすっとした表情で一之瀬がそっぽを向く。

 

「これじゃ怒るに怒れないし……」

 

 よかった。これ以上怒られることはないようだ。

 

「本当にごめん」

「……うん」

「とりあえず帰ろう。寮に帰ったら慰める約束もあるし」

 

 一之瀬が頷いたのを確認し、再び歩き出す。

 

「……ねえ」

「ん?」

「腕組んでもいい……?」

「……いいよ」

 

 さすがにここで嫌とは言えない。逆に仲良く腕組みしてるところを松下に見せたほうが釈明しやすいかも。

 

「ありがと」

 

 恐る恐る俺の腕に抱きつく一之瀬。

 

「えへへ、よかった……。寮に帰るまでこうしてるからね」

 

 泣き腫らした顔で笑みを浮かべる一之瀬。泣いた後の笑顔もそそられる。

 

 寮に辿り着き、エレベーターに乗り込むと一之瀬が真正面から抱きついてきた。どうやら部屋まで我慢出来なかったようだ。今日は一之瀬に酷いことをしたので、彼女好きにさせようと思い、されるがままに抱きつかれた。

 部屋に入ると、ベッドまで連れていかれ、あの夜と同じ恰好で抱きしめるようお願いをされた。

 ベッドに座り、一之瀬が膝に跨る。なんかもう息子が反応してるのがばれてもいいような気がしてきた。

 今回は制服同士だったので、前回より肌の温もりは感じられなかった。

 だが一つだけ問題が発生した。一之瀬が耳責めを要求してきたのだ。耳責めは慰める行為と結びつかないことを説明するも彼女は聞き入れず、結局耳責めをすることになった。

 行為中にまたしても加虐心がくすぐられてしまい、一之瀬を泣かしてしまった。行為を止めるよう懇願する彼女を無視して責め続けた。

 謝っては慰めて泣かせる。

 それを何度も何度も繰り返した。

 彼女の喘ぎ声で興奮してしまったのだろう。最後は彼女の耳を思いっきり引っ張ってしまった。……痛かっただろうな。けれど一之瀬は大きく喘ぐだけだった。

 もしかして一之瀬はマゾなのだろうか。それなら俺の歪んだ性癖を受け入れてくれるかも……。いや、楽観的な考えは止めよう。

 行為を終えた一之瀬の顔は、涙と涎でグッチャグチャだった。あんな下品な表情の彼女を見るのは初めてだった。そんな一之瀬を見てまた加虐心がくすぐられそうになったが我慢した。

 その後、泣き腫らした顔の一之瀬を外に連れ出すわけにもいかず、コンビニで二人分の弁当を買ってきて夕食を済ましてから一之瀬と別れた。

 今日わかったことが二つある。一つ目は一之瀬の泣き顔が可愛いこと。二つ目は自分がライトどころかドSになっていることだ。

 こうして俺の非常に濃厚な2学期初日が終了した。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 彼と別れた私は、洗面所の鏡で泣き腫らした自分の顔を眺めていた。

 

「ふふ、酷い顔」

 

 今日は彼に沢山泣かされた。そして鳴かされた。

 映画館デートの帰り。彼の腕に抱きついていたら、離れるよう彼に言われてしまった。もちろん離れる気はなかったので、抱きついたままでいたら、彼に怒られてしまった。

 初めて彼に拒絶された。

 その瞬間、私の頭の中が真っ白になった。

 

 彼に嫌われてしまう。

 彼に捨てられてしまう。

 

 絶望的な未来が瞬時に頭の中によぎった。

 涙があふれ出た。映画を観て涙腺が緩くなっていた影響もあったと思う。涙が止まらなかった。

 そんな泣いた私を彼は冷たくあしらった。

 涙を拭いながら彼に縋るも、彼は冷ややかな目を私に向けるだけだった。

 もう限界だった。

 私は彼に謝りながら嗚咽を漏らし続けた。

 

 やがて彼が私に謝ってきた。

 どうやら私を苛めたかったらしい。

 酷い。

 私は本当に嫌われたのかと思ったのに。

 私は彼を非難しようとした。

 だがその気持ちはすぐになくなった。

 なぜなら彼が私を嫌うことは絶対にないと言ってくれたからだ。

 彼は卑怯だ。

 そんなことを言われたら、私の心は幸せに満ち溢れるに決まってるのに。

 案の定彼を怒ることは出来なくなってしまった。

 

 寮についてエレベーターに乗った瞬間、彼に抱きついた。すぐに彼の温もりが欲しかった。

 幸い彼の部屋がある階まで、エレベーターが止まることはなかった。

 

 彼の部屋に着いて、私は彼にあの夜と同じように私を抱きしめるようお願いをした。

 私を泣かしたことに罪悪感を抱いていたのだろう。彼はすぐに了承してくれた。

 彼をベッドに座らせ、膝の上に跨り、しばらくの間抱きしめあった。

 

 前回はショートパンツだったが、今回は制服なのでスカートを着用していた。そのため私のショーツが彼のズボンと触れ合ってるいる。

 そのことに気づいた私は、性的興奮を催してしまった。

 私は思い切って彼に耳責めするようお願いをした。

 彼は最初は断ったが、私がしつこくお願いをすると、渋々了承してくれた。

 そしてあの夜の続きが始まった。

 彼は私の耳の色んな箇所をネチネチといやらしく責めた。

 やがて耳の内側を責められた私はイってしまった。

 一回で終わると思ったけれど、彼はすぐに耳責めを再開した。

 私は何回もイかされてしまった。途中で彼に止めるようお願いをしたが聞き入れてもらえなかった。逆に泣きながら懇願する私を見て、彼の耳責めは激しさを増していった。

 きっと泣いてる私を見て、彼も興奮してきたのだろう。

 だって証拠にあそこが反応してたし。

 もちろん私もあそこをぐしょぐしょに濡らしていたけど。

 恐らく下着越しに彼の制服にも染みが出来たと思う。

 30分ほど責め続けられて私は解放された。

 すぐに彼が謝ってきた。

 もちろん私は彼を許した。なぜなら彼は悪くない。悪いのは耳責めをお願いをした私、イきそうだからって途中でやめるよう懇願した私が悪いのだ。

 数分抱きしめあい、耳責めを再開するようお願いをした。

 そして私は彼に何度も鳴かされ続けた。

 最後は思いっきり耳を引っ張られて、派手にイってしまった。

 愛撫されるより乱暴にされる方が感じるなんてやばいかも……。

 行為を終えた私の顔は涙と涎で酷いことになっていたと思う。

 

 行為を終えると、彼がコンビニでお弁当を買ってきてくれた。きっと泣き腫らした私を外に連れ出したくなかったんだろうね。

 夕食を食べ終え、彼の部屋を後にした。

 

「今日は幸せだったなぁ」

 

 彼は私と同じで歪んだ性癖を持っている。

 これからも私は彼に泣かされるだろう。傷つけられることもあるかもしれない。

 でもそれでいい。

 やっと私に欲望をぶつけてくれるようになった。

 こんなに嬉しいことはない。

 愛しの彼の欲望を受け止める。

 なんて幸せなことなんだろう。

 恐らく今日は抑えていた方だと思う。

 もっと泣かしてもいいんだよ。

 もっと傷つけてもいいんだよ。

 彼になら何をされても構わない。

 それほどまでに私は彼を愛してるのだ。

 

「だから早く私を傷物にしてね、帝人くん」




主人公がこうなったのも一之瀬のせいなのです


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47話 とある2人の進化目録


祝☆通算UA30万突破
祝☆よう実コミカライズ7巻来月発売


 体育祭に向け本格的な準備が始まった。週に1度設けられる2時間のホームルームは自由にして構わないとのお達しがあり、時間の使い方はクラスの判断に委ねられた。

 まず最初に決めなければならないのは2つ。全員参加の種目に出る順番の決め方。そして推薦競技で誰が、何の種目に出るかだ。

 平田から仕切りを任された俺は教壇に立っていた。

 

「とりあえず全員参加の種目の順番の決め方と推薦競技の参加者を決めたいと思うんだけど」

 

 教室の一番後ろにいる茶柱先生のプレッシャーが凄いな。

 

「少しでも勝率を高めるために、能力の高い人を最善の配置にする方法でいこうと思うんだけど……どうだろうか?」

 

 みんなが楽しく参加するなら挙手制の方がいいだろう。ただそれでは勝率は低くなる。

 

「俺は界外の意見に賛成だぜ!」

 

 予想通り須藤が賛同してくれた。

 

「俺は勉強じゃ役に立たないからよ。運動くらいはみんなの役に立ちたいんだよ」

 

 須藤が健気なことを言ってる。そのおかげでみんなの反応は上々だ。

 

「確かに。私も勉強苦手だから……。体育祭くらい役に立ちたいかな」

 

 須藤に続いて小野寺が言う。ちなみに実家は洋菓子屋らしい。和菓子屋じゃないのが残念。

 

「平田はどう思う?」

 

 ここで普段リーダーを務めてる平田に振る。

 

「うん。いいんじゃないかな。僕も界外くんの意見に賛成だよ」

 

 予定通り平田が賛同した。平田には前もって俺の意見に賛同するようお願いをしていたのだ。これで俺の意見に反対し辛い雰囲気を作り出すことが出来た。

 

「ありがとう。えっと、この方法に不満を抱く人もいると思う。運動が苦手でも3位以内に入ればプライベートポイントが得られる可能性があるわけだからな」

「そうだよ。俺もプライベートポイント欲しいぜ」

 

 山内が不満そうに言う。お前この雰囲気でよく言えるな。メンタル凄すぎだろ。

 

「だよな。でもプライベートポイントは夏休みの特別試験でたっぷりゲット出来ただろ?」

 

 笑みを浮かべながら言う。

 

「うっ……。た、確かにそうだけど……」

「今月は全員クラスポイントとプライベートポイントを合わせて15万ポイント以上得たはずだ」

「そうね。5月の0ポイントから考えられないほどポイントを得られたわね」

 

 さすが堀北。みんなを誘導しやすいように補足してくれる。

 

「だから今回は我慢してほしい。……よろしくお願いします」

 

 ここで頭を下げる。これでみんなも納得してくれるはず。

 

「か、界外くん。頭を下げる必要ないよ!」

「そうだよ。特別試験勝てたの界外くんのおかげなんだから!」

「氷菓のおかげでござる」

 

 予想通りの反応で笑いそうになる。それと博士、余計なことを言うな。

 頭を上げて、教室中を見渡す。みんなの顔を見るかぎり、作戦は上手くいったようだ。後は保険でサービスもしておこう。

 

「それじゃ今回は勝つために能力制でいかせてもらう。その代わりと言っちゃなんだけど、もし俺が最優秀生徒に選ばれたら、みんなに夕食を奢るよ」

 

 ふふふ。これでみんな俺の言うことを聞いてくれるはず。

 

「マジでっ!?」

「本当かよ!?」

 

 うん。やっぱりうちのクラスの生徒は単純な人が多いな。これも反応が予想通りすぎる。

 

「本当本当。打ち上げも兼ねてって感じだな。まあ俺が最優秀生徒に選ばれたらの話なんだけど」

「界外なら絶対選ばれるぜ!」

 

 さっきから須藤のよいしょが凄いな。こんなに人から信じられるの生まれて初めてだぞ。

 

「お、おう……。それじゃ時間まで詳細を詰めようか」

 

 その後、堀北の補足提案により、運動能力がある生徒は優先的に好きな推薦競技に参加出来ること、全員参加の競技は運動能力がある人とない人の組み合わせで参加することが決まった。

 また、テストの点数を不要と感じる生徒が上位を取って得たプライベートポイントと最下位を取った生徒が失ったポイントを相殺すること。特別試験と同様にポイントの増減をクラス全員で分担することも合わせて決まった。

 堀北の補足提案に不満を言う生徒はもちろんいなかった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 体育祭までは、競技参加者を決める以外にもやることが沢山ある。

 そしてその大半は体育祭を円滑に行うための準備が占めている。行進や競技の入場から退場までの練習を繰り返し行う。正直だるくてしょうがない。体育の授業は自由時間が多く割かれることになり各自が各々練習したい競技に取り組む許可が出されていた。

 

「借りてきたよ」

 

 翌日の体育の時間。平田が学校に申請し握力測定器を入手してきた。目的はもちろん各生徒の握力を測るため。男子が参加する競技には純粋に力を必要とするものが少なくない。今回の測定で力自慢の生徒を集める作戦だ。

 

「悪いな」

「ううん」

「それじゃ順番にやっていくか。測るのは利き腕だけでいいだろう。2台あるから効率よく測るぞ。結果は俺と平田に申告してくれ」

 

 男子全員を2列に並ばせる。そして先頭の沖谷と博士に1台ずつ渡す。

 10分ほどかけて全員の測定が終了した。結果は82・4キロの数値を出した須藤が1位だった。次に70.5キロの俺が2位。3位は綾小路の60キロ。恐らく綾小路が本気を出せば須藤より高い数値を出しただろう。

 男子全員の測定が終了したので、測定器を堀北に渡した。女子にも男子と同様に力を必要とする共通競技があるので測定は必要だ。

 俺は集計した結果を元に推薦競技の枠を埋め、ノートにまとめた。

 

「四方綱引きは俺、須藤、綾小路、平田の4人だな」

「おう。ところで四方綱引きってなんだ?」

 

 須藤が訊ねる。

 

「四方で綱を引き合う競技みたいだ。4クラスで選抜された4人ずつの計16人が一斉に網を引き合う勝負だな」

「お?」

「これは駆け引きが重要な競技だな」

「お?」

 

 須藤。お前はいつから”お”しか言えなくなったんだよ……。

 

「なー界外。俺たちが出れそうな競技ってないのか?」

「池。推薦競技の項目をよく見ろ。一つだけあるだろ」

「……借り物競争か?」

「正解。これは運が重要だからじゃんけんで決めるか」

「よっしゃー!」

 

 一つくらい運動能力がない人でも参加する競技があってもいいだろう。運動能力がない生徒にも参加するチャンスが与えられたことにより雰囲気もよくなるはずだ。

 公平なじゃんけんの結果、借り物競争の参加者は俺、綾小路、池、幸村、森、小野寺の6人になった。

 

「なんでオレが……」

 

 綾小路が肩を落としてる。

 

「諦めろ。運がよかったんだ」

「運がないの間違いじゃないのか?」

「いいや。……なあ綾小路」

「なんだ?」

「取引をしよう。もしお前が本気を出すなら一週間手料理を振る舞ってやるぞ」

「……なん……だと……」

 

 俺の魅力的な提案に綾小路が驚愕する。

 

「しかも毎日お前の食べたい料理を作ってやる」

「オレの食べたい料理……」

「ああ」

「しかし活躍すると目立ってしまう」

「そうだな。ただ目立つのは期間限定だ。体育祭で活躍したからといってずっと注目されるわけじゃない」

 

 つーか高校生なんだから足が速いくらいでちやほやされたりしないだろ。

 

「最優秀生徒に選ばれれば話は別だが、各競技で1位を取ったからといって、そこまで目立つことはないぞ」

「……そうなのか?」

「ああ。足が速くてモテるのも小学生までだからな」

「…………いいだろう。お前の取引に応じてやる」

 

 落ちた。俺の料理の虜になっている綾小路を落とすのは簡単だった。

 綾小路との取引を終え、俺は全ての競技、生徒個人個人の出番がどこかを決め終えた。そしてそれを書いたノートをクラスメイトに回す。

 もちろんこれはあくまで暫定的なものであり、今後の練習や他クラスの情報次第で変更する可能性もある。……いや、必ず変更する。

 

「今取り決めた情報は重要なものだから他クラスに知られないように気をつけてくれ。ノートが回ってきたら自分の番とパートナーだけをメモして残してくれ。撮影も禁止だ」

 

 まあ変更するから撮影してもいいんだけど。万全を期した風に言わないと怪しまれるからね。

 

 次のホームルームからは体育祭に向けて自主的に練習していくことが決まった。

 休み時間の間に、体操服に着替えてグラウンドに出る。

 

「うお、ちょいアレ見てみ?」

 

 露骨に嫌そうな顔をした池が校舎を見つめる。すると教室から顔を覗かせる生徒が何人もいた。

 

「あそこってAクラスだよな。早速偵察か?」

「隣のBクラスも偵察してるようでござるな。我の力は隠さねば」

 

 博士の力を隠してもしょうがないと思うんだけど。

 

「早速始まったわね」

 

 着替えてきた堀北も好奇の視線に気づいたようだ。

 

「そうだな。Dクラスは俺たちに興味ないようだな」

 

 他のクラスと違い龍園率いるDクラスは、誰一人目を向けていない。

 

「そうね。……何か企んでるのかもしれないわね」

「例えば?」

「他のクラスの生徒を買収して、生徒たちの出場種目の情報を入手していたり」

 

 確かにその可能性はあるな。実際CクラスとBクラスには裏切り者がいるからね。

 

「界外くん、参加表なのだけれど、そのまま茶柱先生に提出はしない方がいいと思うわ」

「わかってる。既に茶柱先生にはもう一枚参加表を貰ってる」

「そう。私が言うまでもなかったわね」

「そんなことないだろ」

 

 前から堀北のスペックは高いと思ってたけど、船上試験以降成長が著しい。更に佐藤を含め堀北を慕う女子生徒も増え始めている。近いうちに女子のリーダー格まで上り詰めるかもしれない。

 

「堀北。龍園が仕掛けるとしたら他に何が考えられると思う?」

「そうね……。競技中の妨害かしら? 一番可能性が高いのは騎馬戦。事故を装って運動能力に優れた生徒を怪我させること。……私が考えられるのはこれくらいね」

 

 これくらいって俺もそれくらいしか考えられないぞ。

 

「そうだな。つまり堀北が狙われる可能性が高い。怪我しないように気をつけてくれ」

「あ、ありがとう……」

 

 ここ最近の堀北はすぐに頬を紅く染めるな。素直にお礼が言えるのはいいことなんだけど。

 

「界外くんも気をつけてね……?」

「ああ。お互い高得点を狙わないといけないからな。怪我なんてしてられない」

 

 運動能力に優れた堀北は、推薦競技に出場する予定になっている。

 

「期待してるからな」

「ええ。期待に応えてあげるから楽しみにしてなさい」

 

 なんて頼もしいんだ。こんな自信に満ち溢れた表情をする堀北を見るのは久しぶりかもしれない。

 

「ああ。楽しみにしてるよ」

「なんの話してるの?」

 

 櫛田が近寄って話しかけてきた。

 

「お互い怪我しないように気をつけようって話してたんだ」

「そうなんだ。確かに怪我には気をつけないとねっ」

「櫛田も推薦競技に参加するんだ。怪我しないでくれよ」

「うん。堀北さん、一緒に頑張ろうねっ」

「ええ。それじゃ私は練習してくるから」

 

 堀北はそう言うと、トラックに行ってしまった。彼女のあからさまな態度に苦笑いしてしまう。

 

「界外くん、二人三脚なんだけど……」

「堀北から話を聞いてる。タイムが速い方と組めばいいんだろ?」

「うん。よろしくねっ」

「こちらこそ。それと櫛田、お前に聞きたいことがあるんだけど……」

「なに? 何でも聞いてっ」

 

 近い近い。顔そんなに近づけないでいいから。

 

「他のクラスの運動能力に優れた生徒の情報を教えてほしい」

 

 俺が知ってるのって柴田と正義だけなんだよね……。

 

「任せて。それとよかったらなんだけど、土曜に一緒に偵察に行かない?」

「偵察?」

「うん。もちろん情報はすぐに教えられるけど、界外くんも実際その人たちを見たほうがいいかなって思って。どうかな?」

「土曜ってことは部活中の生徒を偵察するってことか?」

「うん。私が知ってる人たちってみんな運動部に所属してる人なんだよね」

 

 確かに実際に見たほうがいいかもしれない。体育祭だけでなく球技大会にもその情報を活かせるだろうし。

 

「わかった。一緒に行ってくれるか?」

「うん。それじゃ詳しい時間は前日に決めよっか」

「ああ。……悪いな。休み潰させてしまって」

「ううん。むしろ界外くんと一緒に休日を過ごせてラッキーって感じだよ」

「そ、そうか……」

 

 ここまで言われるのは生まれて初めてだな。櫛田の本性を知らなかったら、この子俺のこと好きなんじゃないかと勘違いして告白してたまである。

 

 室内での簡単なチェックの後は、本格的な適性を見極めるための練習が始まった。

 強制参加は促さなかったが、高円寺以外の生徒は全員参加していた。……俺って意外と人徳があるのかも。

 

「おい、大丈夫かっ!?」

 

 走ってる最中に転倒した女子生徒に向かう男子が一人。

 

「あ、ありがとう。須藤くん」

 

 座禅の須藤だ。いや、この時間に限っては救急箱の須藤にチェンジしている。

 

「膝を擦りむいてるようだな。水道で洗ってから、消毒した方がいいぜ」

「え、たかが擦り傷で大袈裟じゃない?」

 

 転倒した女子生徒こと小野寺が言う。

 

「馬鹿野郎。傷口から黴菌が入ったら大変だろうが。それに小野寺は女の子なんだぜ。傷跡が残ったらどうするんだよ」

「あ、うん。……ごめんなさい……」

「へっ、こけたのは小野寺が一生懸命走ってた証拠だ。謝る必要なんてないぜ」

 

 おいおい、小野寺が顔を赤くしてるよ。まさか須藤にも春が来るのか!?

 

「凄いね、須藤くん」

 

 いつの間にか隣に来た平田が感心したように言った。

 

「そうだな」

 

 なぜ須藤がみんなのサポートをしているのかいうと、自身は部活動で運動を十分しているので、体育祭の練習はサポートに専念するとのことだった。

 サポートに専念してくれるのはありがたいが、リレーや二人三脚など連携が必要な種目もあるので、それらは練習に参加するよう指示を出している。

 

「高円寺くんのやる気がないのは痛いけど、これなら体育祭もいい成績が残せるんじゃないかな?」

「ああ。まさか須藤がクラスの雰囲気を良くしてくれるなんてな。一学期が嘘みたいだ」

「あはは、そうだね」

 

 人が変わった須藤に、最初は戸惑っていた生徒たちもようやく慣れてきたようで、今では須藤を温かい目で見守っている。

 

「ちっ、消毒液が切れそうだ。保健室に行ってくるぜ」

 

 忙しそうに救急箱を抱えながら走り回る須藤。意外といい運動になってそうだな。

 須藤の手当てを受けた小野寺がこちらに歩み寄ってきた。

 

「小野寺、大丈夫か?」

「うん。足擦りむいただけだから」

「でもプールに入ったら染みるんじゃないか?」

 

 小野寺は水泳部に所属している。ちなみにFreeでは遥推しのようだ。

 

「これくらい大丈夫だよ。……それに須藤くんがすぐに手当てしてくれたから」

「須藤くんの手当ては適切だね」

 

 平田が小野寺の膝に当てられてるガーゼを見ながら言う。

 

「確かに見事だ」

「え、えっと、そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」

 

 しまった。男子二人で女子の膝をガン見してしまった。

 

「ご、ごめんっ!」

「悪い」

「ううん」

 

 その後、小野寺は早めに練習を上がった。小野寺も水泳部で毎日運動しているので須藤と同様に連携が必要な種目だけ練習すればいいかもしれない。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

「堀北さん、楽に足を速くなる方法教えてくれない?」

「そんなのあるわけないでしょ……」

 

 クラスにいい雰囲気を与えてるのは須藤だけではない。

 室外での練習を始めて2日目。

 堀北は自身を慕う女子生徒たちに囲まれ、質問攻めにあっていた。

 

「そこをなんとか!」

「佐藤さん、人の話を聞いてるかしら?」

 

 こめかみを押さえながら佐藤に対応する堀北。これも一学期では考えられない光景だ。

 

「堀北さん、変わったよね」

 

 隣に立つ松下が言う。

 ちなみにケヤキモールで一之瀬を泣かしてたところを見られた俺だったが、何とか誤魔化して、以前と同じように接してくれるようになった。

 

「だな。でも堀北と一緒にいると佐藤がより馬鹿に見えるな」

「うん。それは否定できないかも」

 

 俺のなかで佐藤はアホの娘になりつつある。

 

「松下は運動得意なのか?」

「普通かな。やる気はないけど最下位を免れる程度には頑張るつもり」

「そ、そうか……」

 

 つまり最低限は頑張るってことか。松下が頑張るって似合わないな。

 

「界外くんさ」

「ん?」

「最優秀生徒に選ばれたら本当にみんなに奢るつもりなの?」

「そうだけど」

 

 俺がそう答えると松下は不満そうな顔を浮かべる。

 

「10万ポイントもあったら欲しかったバック買えたのに……」

「おい俺はお前の財布じゃないぞ」

 

 とうとう焼肉だけじゃ満足できなくなったようだ。今度松下にお願い事する時は契約書を用意した方がいいかもしれない。

 

「ねえパパ。秋の新作が発表されたの」

「誰がパパだ」

「……うん。私、このノリ苦手みたい」

「でも様になってたぞ。さすが経験者だな」

「は?」

「すみません冗談です許して下さい」

 

 怖い怖い。ケヤキモールで最低と言われた時と同じくらい怖い顔してるよ……。

 

「今ので傷ついたから、カフェ奢ってね」

 

 全然傷ついてないだろ。でも怖いから言うことを聞かないとね。

 

「……わかった」

「今日の放課後よろしく」

「今日かよっ!?」

「だって私予定ないし」

 

 俺の予定は確認しないんですかそうですか。

 なんか付き合ってないのに松下の尻に敷かれてるような……。




本気出す綾小路、進化した堀北、夏目を見た須藤、櫛田のおっぱい
体育祭で負ける要素がありません


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48話 性癖抑制剤

祝お気に入り3000人突破!
アライブ表紙の一之瀬が可愛すぎる
しかもレムとペアとか俺得


 土曜日。今日は櫛田と二人で部活動を見て回ることになっている。目的はもちろん他クラスの生徒たちの偵察だ。

 約束の10分前に待ち合わせ場所に行くと、櫛田が先に到着していた。

 

「おはよう界外くん」

「おはよう」

 

 私服の櫛田と会うのは3回目。今日の櫛田は白いブラウスに青のタイトスカートと清楚なコーデだ。

 

「服、櫛田に合ってるな。可愛いぞ」

「えっ!?」

 

 きっと櫛田は自分に合うファッションを理解しているんだろうな。

 

「え、あ、その……ありがとう」

「おう」

 

 頬を紅潮させ櫛田が言う。

 

「界外くんも、その、私服……カッコいいよ?」

「ありがとう」

 

 そりゃ母親が買ってくれた服だからね。……冬服は持ってきてないから何着か買わないといけないんだよな。どうしよう……。

 

「それじゃそろそろ行こうか」

「そうだな」

 

 二人が寮を出て向かったのは学校のグラウンド方面だった。

 朝10時を過ぎたグラウンドは、既に多くの生徒たちで賑わっていた。

 

「サッカー部は偵察しなくていいんだよね?」

「ああ。サッカー部は平田から情報もらえるからな」

「うん。それじゃ陸上部から偵察しようか」

「おう」

 

 グラウンド周りのトラックで練習をしている陸上部に目を向ける。

 

「部活を偵察して他クラスの生徒の情報を掴む。なんだか諜報員みたいでドキドキするね」

「スパイ映画でも見たのか?」

「見てないけど。そんな感じしない?」

「まあ、そんな立派なものじゃないけどな」

 

 得られる情報はたかが知れてるだろう。ただ偵察をしないよりはましだ。

 

「えっと、陸上部に所属してる1年生は5人。要注意なのは短距離専門の安西くんかな」

「安西ってどれだ?」

「あれだよ。今走ってる人」

 

 櫛田が安西という生徒を指差しながら言った。

 

「あいつか。……確かに速いな」

 

 俺の50メートル走のタイムは6秒ジャスト。ある程度の生徒には勝てそうな気がするが……。

 

「都大会でも上位入賞したことがあるみたいだよ」

「マジか……。同じ組にならないことを祈るか」

「界外くんでも勝てそうにない?」

「……俺帰宅部だから」

 

 毎朝走ってるし、足の速さには自信があるけど、本業の生徒相手では厳しいかもしれない。

 

「そっか。でも界外くんなら勝てそうな気がするなっ」

「櫛田の期待に応えられるよう人事は尽くすよ」

「うんっ」

 

 ここまで期待されては頑張るしかない。一之瀬の前でもカッコいいところ見せたいしね。

 俺と櫛田が話してると、平田と柴田がこちらに近づいてきた。

 

「二人ともおはよう。こんなところに来るなんて珍しいね」

「界外、桔梗ちゃん、おはよう。……界外は今日は桔梗ちゃんとデートかよ」

「残念ながらデートじゃないんだな」

 

 予想通り柴田がからかってきた。

 

「今日はどうしたの?」

「界外くんと一緒に偵察だよ。他のクラスの生徒たちをチェックしてるんだよね」

 

 平田の問いに櫛田が堂々と答える。

 

「おっ。てことはこの快速柴田マンはバッチリマークしてくれたか?」

「いや。サッカー部は平田から直接聞くから。陸上部を見てた」

「おい! 俺の華麗なプレイを見てろよ!」

 

 だってお前が足速いの知ってるし。これ以上何を見ろと言うんだよ。

 

「うん。それじゃ次は柴田くんのことチェックさせてもらおうかな」

「おう! 要チェックしといてくれ!」

 

 お前は湘北の一年坊主かよ。

 陸上部の練習を見終えたら野球部を見に行こうとしたが、櫛田が柴田に偵察することを宣言してしまったため、しばらく俺たちはここにとどまることにした。

 

「ごめんね。勝手にあんなこと言っちゃって」

「気にしないでいい。時間はあるからな。櫛田は大丈夫なのか?」

「うん。今日は界外くんと偵察する以外に予定は何も入ってないから」

 

 意外だ。櫛田のことだから午後に友達と遊ぶ予定でもあると思った。

 

「そっか。偵察が終わったら一緒にランチでも行くか。奢るよ」

「いいの?」

「今日のお礼だ」

「それじゃお言葉に甘えようかな」

 

 櫛田と駄弁りながらサッカー部の練習を見る。

 紅白戦をしており、柴田と平田は同じチームでプレイしている。二人とも1年ながらレギュラー組でプレイしてるようだ。

 だが一番活躍したのは控え組でプレイしてる2年の南雲先輩だった。あの実力ならスタメンだと思うんだが……。

 

「南雲先輩が気になるの?」

 

 櫛田が顔を覗きこみながら聞いてきた。

 

「よくわかったな」

「うん。さっきから南雲先輩のこと目で追ってたから」

 

 よく俺のこと見てるな。

 

「なんであんな上手いのに控え組でプレイしてるのかと思ってな」

「多分、生徒会と兼任してるからじゃないかな? サッカー部は優先度が低いのかも」

「なるほど」

 

 確かに生徒会は基本部活動の兼任を許可していない。もしかしたら練習に参加してるだけなのかもしれない。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 時刻は11時半。偵察を終えた俺たちは櫛田の希望によりケヤキモール内のピザ屋に来ていた。

 

「どう? 美味しい?」

 

 ピザを頬張る俺に櫛田が聞いてきた。

 

「……予想以上に美味しい」

 

 俺が食べているのはマルゲリータ。生地が柔らかく、少し厚めだから生地のふんわり感と外側のカリカリ感の両方が楽しめる。

 またチーズの味が濃厚で、表面がこんがり焼けていてチーズの旨味が増している。

 

「気に入ってくれたようでよかったよ。紹介したかいがあったかな」

「ああ。櫛田は美味しいお店結構知ってるのか?」

「どうだろう。ただ色んなお店には行ってるよ」

 

 俺は冒険しないタイプだからな。一之瀬とはファミレスばかりだし……。

 

「そうか。また美味しいお店があったら教えてくれ」

「もちろんだよ。また二人で来ようね?」

「ああ」

 

 これで一之瀬に美味しいお店を教えることが出来る。

 その後、昼食を済ませた俺たちは、櫛田の提案によりパフェ店に足を運んだ。

 

「美味しい」

 

 幸せそうにパフェを口に運ぶ櫛田。

 ピザを食べた後によく食べれるな。スイーツは別腹ということだろうか。

 

「櫛田って本当に美味しそうに食べるな」

「うん。だって本当に美味しいからねっ」

 

 前にこんなやり取りを堀北としたっけ。

 

「界外くんは食べないの?」

「俺はいいよ。美味しそうに食べる櫛田を見るだけで十分だ」

「ふぇ……っ!?」

 

 きっと堀北も俺を見て同じ気持ちだったのかもしれない。

 

「へ、変なこと言わないでよっ」

「悪い」

 

 変なこと言ったつもりないんだけど。むしろいいことを言ったつもりなのに……。

 

「もう……。そういうの他の女の子に言っちゃ駄目だよ?」

「駄目なのか?」

「駄目。わかった?」

「わかった」

 

 理由はよくわからないけど駄目なのか。ひとつ勉強になったぜ。

 

「そういえば櫛田って本当に友達多いんだな」

「そうかな?」

「ああ。偵察するたびに声をかけられてただろ?」

 

 そのたびに俺は睨まれていたんだけどね。

 

「そうだね。確かに他の人より友達は多いかもしれないね」

「この学校のシステム的に他のクラスに友達を作るのは難しいと思う。お前は凄いよ」

「あ、ありがとう……」

 

 今度は怒らないで顔を赤くするだけだった。

 この調子で色々探ってみるか。

 

「これだけ友達多いと、人付き合いも大変なんじゃないか?」

「そんなことないよ。普段学校でしか会わない人もいるし」

「そうか。でも男子からデートの誘いとかないのか?」

「うーん、どうだろう」

 

 はぐらかすねぇ。お前みたいな美少女がデートに誘われないわけないだろ。

 

「男子とは基本複数で遊ぶかな。変に噂が立つと相手に迷惑だからね」

 

 なるほど。つまり俺には迷惑を掛けてもいいってことか。

 

「だから男子と二人で遊んだのは界外くんが初めてだよ……?」

 

 上目遣いで櫛田が見つめてきた。

 ごめんなさい。上目遣いは一之瀬で慣れてしまったので、号泣して泣き腫らした顔で出直してきて下さい。

 

「そうか。てっきり綾小路とデートしてるのかと思ったよ」

「なんで綾小路くんと?」

「いや、他の男子より仲良い感じがしたから」

「……それはないよ。界外くんの気のせい」

 

 そんな強く否定しなくても……。綾小路だってイケメンじゃないか。

 

「私が一番仲が良い男子は界外くんだよ?」

「お、おう……」

「界外くんは……」

「ん?」

「ううん、なんでもないっ」

 

 一瞬悲し気な表情を浮かべたかと思ったが気のせいだろうか。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「あんな美味しいピザ食べたの初めてかもしれないな」

 

 櫛田との偵察を終えた俺は自室に戻っていた。

 今日の偵察で1年の注意人物の運動してる姿は一通り見れた。全員運動能力に秀でてるが、高円寺のような化物がいなかったのは幸いだった。

 

「……体育祭と球技大会が終わるまで脂っこいものは控えるか……」

 

 後でネットでスポーツ栄養学をググろう。体育祭と球技大会にフィジカルをピークに持っていくよう食事管理しなければならない。

 綾小路に好きな食事を作る約束をしてるので、自分用のを別に作らないといけないな。面倒だけど仕方がない。

 

「とりあえずテンション高めるためにハイキューでも見るか」

 

 棚からブルーレイを取り出し、レコーダーにセットする。

 ハイキューといえば、二学期の体育の授業でバレーがあるという噂を聞いた。噂が本当であることを祈ろう。

 

 暫くハイキューを見ていると、携帯の通知音が鳴り響いた。

 画面を確認すると綾小路からのチャットが表示されている。

 

『櫛田との偵察はどうだった?』

 

 隣の部屋なんだから直接聞きにくればいいのに。

 

『聞きたかったら部屋に来たらどうだ?』

『それじゃ今から行かせてもらう』

 

 チャットを受信して数分後。綾小路が部屋にやって来た。

 

「お邪魔する」

「あいよ」

 

 いつも通り来客用のクッションに綾小路を座らせる。

 

「今日はカルピスで頼む」

「お、おう……」

 

 最近俺の部屋に入り浸ってるせいか、ジュースを指定するようになってきた。

 カルピスを注いだコップをテーブルに置いて俺も腰を下ろす。

 

「それで偵察の成果はどうだ?」

「実際に運動してる姿を見れたのがよかったくらいだ」

「そうか。櫛田とは偵察を終えてすぐに別れたのか?」

「いや、食事をしてから別れたけど」

 

 なんでそんなことを聞くんだろう。

 

「そうか。……実は夕方に櫛田と遭遇してな」

「櫛田と?」

「ああ。やたら上機嫌だったので何かあったのかと気になったんだ」

「そ、そうか……」

 

 つまり綾小路は、俺とランチしたから櫛田が上機嫌になっていると言いたいのだろうか。

 

「聞きたかったのはそれだけか?」

「ああ」

 

 それだけかよ。もっと真面目な話でもするのかと思ったよ。

 

「……もう18時か」

「そうだな」

「そろそろ夕食の時間だな」

「あ、ああ……」

「お腹が減ってきた」

 

 こいつ……まさか夕食を集りに来たんじゃ……。

 さっきから俺のことチラチラ見てくるし。

 

「……よかったら食べてくか?」

「ああ。お言葉に甘えさせてもらう」

 

 こいつ俺の料理どんだけ好きなんだよ。

 その日の夕食は生姜焼き定食を振る舞ってやった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 9月下旬。体育祭の練習が始まってから数週間が経った。

 堀北とのランニング以外に毎日の日課が増えた。

 それは毎朝夏目友人帳を一話見ることだ。

 目的は一之瀬を苛めたいという黒い感情を薄めるため。ケヤキモールで一之瀬を泣かしてから、加虐心が強くなっていくのがわかった。正直、夏目を毎朝見てる今でも一之瀬を泣かせたいという衝動に駆られることがある。ただ夏目を見ているおかげで少し意地悪をする程度で収まってるのだ。

 

「界外くん、おはよう」

 

 待ち合わせ場所である玄関ホールで彼女を待ってると、一之瀬がエレベーターから降りてきた。

 

「おはよう」

「今朝は涼しいね」

「だな。もう秋って感じだ」

 

 いつも通り二人で寮を出て学校に向かう。

 二学期が始まった当初は無人島試験の一件の影響で、彼女と登校するだけで注目を浴びていたが、今は好奇な視線は感じられなくなった。

 

「そういえばもうすぐだね」

「もうすぐとは?」

 

 体育祭のことだろうか。確かに本番まで二週間を切っている。

 

「夏目の映画のことだよ」

「……そっちか」

「体育祭のことだと思ったでしょ?」

「まあな」

 

 そうだ。夏目の映画が今週の金曜に公開されることになっている。

 

「公開初日行くよね?」

「ああ。一之瀬は予定空いてるか?」

「もちろんだよ。キミスイ以降の映画館デートだね」

 

 キミスイか。あの時に俺は一之瀬をわざと泣かせてしまったんだよな。しかも泣かせた直後は罪悪感を感じなかった。

 

「そうだな。……夏目だから見終わった後は、温かい気持ちになるんだろうな」

 

 その日は朝に夏目を見なくても大丈夫そうだ。

 

「うん。楽しみだね」

「一之瀬のクラスメイトで見に行く人っているのか?」

「アニメ好きの子たちはみんな見に行くと思うよ。そっちは?」

「須藤が綾小路と一緒に見に行くようだ」

 

 須藤といえば、体育祭の練習のサポートのおかげで、今やクラスの人気者になっている。行動もそうだが、表情が柔らかくなってるのも好かれてる原因の一つだろう。

 

「須藤くんって夏目好きなんだよね?」

「ああ。俺より好きになってるかもしれん」

「あの須藤くんが……。意外だよね」

「だろうな」

 

 特に一之瀬は、須藤と初めて絡んだのが図書室でCクラスの生徒と揉めてた時だからな。余計そう思うのだろう。

 

「いやー、夏目の力は偉大だねー」

「本当にそう思うよ」

 

 俺も夏目見てないと一之瀬に酷いことしちゃいそうだからな。

 夏目の話をしてるうちに学校に着いてしまった。

 今日は夏目の話しかしなかったな……。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 10月上旬。ついに体育祭まで一週間となった。各々の練習はもちろん、Bクラスと合同で団体競技の練習を行ってきたので、個人としてもクラスとしても順調に仕上がってると思う。

 この日のホームルームは、俺の考えたそれぞれの種目の出場者と順番を発表することになっている。俺が教壇に立ち、堀北が黒板に向かってチョークを立て準備を万端に整える。

 

「これから、全種目全競技の最終組み合わせを発表する」

 

 今日が参加表の提出期限だ。毎日クラスの記録を取り続けた結果が集約されたノートを元に、俺が考えた出場者と順番を順番に話していく。

 そしてそれぞれが自分の役割に決まった競技と順番をメモしていった。特に揉めることなく進行していく。

 

「――――最後の1200メートルリレー、アンカーは俺ということで」

「当然だぜ!」

 

 須藤が予想した通りの反応を見せる。他の生徒たちの反応を伺うが、俺がアンカーであることに反対する生徒はいないようだ。

 リレーの出場者は俺、須藤、綾小路、堀北、小野寺、櫛田の六人だ。当初は綾小路でなく平田が出場する予定だったが、本気を出した綾小路の方が速かったため、綾小路が出場することになった。つーかクラスで一番速かった……。

 

 放課後。

 参加表を職員室にいる茶柱先生に提出した俺と堀北は、教室に戻るべく歩いていた。

 

「本当ならアンカーは綾小路がやるべきなんだけどな」

 

 アンカーは通常一番足が速い生徒がやるべきだ。だが綾小路はアンカーだけは勘弁するようお願いをしてきたのだ。本気を出すことを約束した綾小路だが、必要以上に目立ちなくないのだろう。

 

「まさか彼があんな運動神経がいいなんて」

 

 隣を歩く堀北が言う。

 

「それより参加表は本当の順番を記入した方を提出したのよね?」

「当たり前だろ。……明日、みんなに怒られるんだろうな」

 

 ホームルームで発表した各種目の順番はフェイクだ。理由は櫛田の裏切り対策のため。これで櫛田が龍園にクラスの情報を流しても、被害を防ぐことができる。更に教室で発表した順番を逆手にとって、Dクラスの組み合わせや順番を予想した上で参加表を提出したので、上手くいけばDクラスの点数を抑えることが出来るかもしれない。

 

「みんなにはなんて言うつもり?」

「参加表を無くしたので順番を入れ替えて提出した、と説明するつもりだ」

「そう。私も一緒に謝るわ」

「いいよ。俺だけで十分だ」

 

 堀北まで責められる必要はない。

 

「いいえ。私も一緒に謝る。これは決定事項よ」

「お、おう……」

 

 決定事項なのか……。なら仕方ないな。

 

「ねえ」

「ん?」

「久しぶりに私の部屋で夕食を食べない?」

「作ってくれるのか?」

「ええ」

 

 久しぶりに堀北の手料理が食べれるようだ。

 

「嬉しいけど、どうしたんだよ?」

「あなたがこの頃頑張っているから……ご褒美よ」

 

 なるほど。確かに慣れないことを自分なりに頑張ってたと思う。

 

「そっか。それじゃありがたく頂こうかな」

「帰りにスーパーに寄るから付き合ってね」

「了解」

 

 この日、久しぶりに堀北の手料理をご馳走になった。彼女の料理は相変わらず絶品だった。

 そして翌日。参加表を無くして、順番を入れ替えて提出したことをクラスメイトに伝えた。

 責められると思ったが、思ったより責められることはなかった。自分の順番をメモし直すのが面倒だと不満の声が上がったくらいだ。

 恐らく元々俺一人で決めた順番だったのが幸いだったのだろう。

 順番を入れ替えて参加表を提出した旨を説明した際、櫛田の顔が不意打ちに合ったような驚愕の色が見えた。そして彼女の顔色がみるみる青ざめていく。

 俺の前でそんな表情を見せちゃ駄目じゃないか櫛田。……苛めたくなってくる。




性癖抑制剤は夏目でした……
結局櫛田がロックオンされたけど


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49話 ミスディレクション

あの男が実力の片鱗を示します


 ついに体育祭当日を迎えた。ジャージを身にまとった全校生徒一同が練習通り行進して入ってくる。行進と言っても大半の生徒は普通に歩いてるだけなんだけどね。

 

「五和のおっぱいがたまらんでござるな」

 

 真後ろを歩く博士が興奮気味に言う。

 

「だから言っただろ。五和は隠れ巨乳設定なのに隠れてない巨乳なんだよ」

 

 俺たちは真面目に歩くふりをしながら禁書について語り合っていた。

 

「お前たちは何を話してるんだ……」

 

 綾小路が呆れたように言う。

 

「仕方ないでござる。禁書は拙者と界外殿を二次元の世界に引き込んだ作品でござるからな」

「そうそう」

「そうか」

 

 なんて興味なさそうな顔をしやがるんだこいつ。

 博士と話しながら整列するとやがて開会式が始まった。グラウンド周辺には見物客の姿が見受けられる。恐らく敷地内で働く大人たちだろう。親交のある生徒がいるのか、笑顔や手を振る様子も見られる。

 一方星之宮先生以外の学校の教師たちは笑顔ひとつなく生徒たちを見守っていて、医療関係者と思われる大人の姿も見受けられた。また20人ほど入れるコテージが作られている。ちなみに競い合う赤組と白組はトラックを挟みあって向かい合うようにテントが設置されている。そのため競技中以外は接触出来ないような作りになっている。

 

「用意周到ね。結果判定用のカメラまで設置されているわ」

 

 堀北の言う通り、最初の100メートル走に備えてゴール地点と思しき場所にカメラが見受けられる。

 

「本当だな。さすが国立」

「そうね。ここまで用意されてるとは思わなかったわ」

 

 だろうね。これじゃ競馬と同じだよ。ハナ差やクビ差でも勝敗をつけるんだろうな。

 

 開会式が終わると、俺たち1年男子はすぐに競技のためグラウンドに向かった。

 100メートル走などの競技は全て1年生から順番に行う。1年の男子から始まり3年の女子まで走って一つの種目が終わる。途中休憩を挟んでからは、1年の女子から始まり3年の男子で終わる逆パターンに切り替わる。各クラスが事前に提出した参加表を基に決められた組み合わせ通り競技がスタートしようとしていた。各クラスから2人ずつ選出された計8人が一直線に並ぶ。俺の出番は6組目。1年男子は全部で10組だ。

 1組目を走る平田の出番が来た。Dクラスの生徒が固唾を呑んで見守る。

 

「平田は大丈夫そうか?」

 

 須藤が心配そうに言う。

 

「大丈夫だろう。俺の情報が正しければこの組に平田より足が速い生徒はいない」

 

 恐らく平田がミスをしなければ1着でゴール出来るだろう。

 結果、平田は圧倒的大差でゴールをした。出だしから身体一つ抜け出し、そのまま突き放すように駆け抜けていったのだ。

 

「すげぇな。圧勝じゃねえか」

「だな。まあ組み合わせに恵まれたのもあるけどな」

 

 俺たちが感想を言い合ってるとすぐに次の組のスタート合図がされる。合図は20秒間隔くらいで行われる。

 2組目がスタートしたので、3組目がぞろぞろとスタート地点に入る。

 3組目には神崎と葛城の姿が見受けられた。

 神崎と葛城が戦うことになったか。

 俺たちCクラスの3組目には高円寺を割り当てたはずだが姿が見受けられない。

 

「界外、あれ」

 

 須藤が指さしたのはコテージの方角。室内で髪を整える高円寺の姿が見えた。

 

「不参加のようだな」

 

 開会式には参加していたが、結局競技には不参加のようだ。

 まあ高円寺が不参加なのは想定内なので驚きはしない。ただ最下位でも貰えるはずの点が入らないのは痛い。

 スムーズに競技は進行していった。

 次々と組が消化されていき、あっという間に6組目の出番がやってくる。

 4コースに入った俺と、その隣5コースの博士。その他のメンバーにはBクラスの的場がいたが、あとは殆ど面識のない男子だ。要注意人物も見当たらない。

 この日のためにコンディションを整えてきた。これで負けたらしょうがない。

 スタートの合図がされた。

 俺はスタートダッシュを決め、独走態勢に入る。そして周りを突き放したままフィニッシュした。博士は案の定最下位だった。

 

「博士、大丈夫か?」

 

 息切れする博士に声をかける。

 

「……ふぅふぅ、回復魔法をはよ……」

「それくらいふざけられるなら大丈夫だな」

 

 俺と博士は急いでコースから出てテントへと戻る。

 1年男子の100メートル走が終わった。1位でフィニッシュしたのは俺、平田、綾小路、須藤の4人だった。上々の滑り出しだ。

 席に戻った大半の男子たちは食い入るように女子たちの走りに注目をしていた。

 

「おっぱい! 揺れるおっぱい!」

 

 性欲丸出しの山内が叫んでる。

 山内の処理を須藤に任せ、俺はコテージに向かった。

 

「高円寺、怪我でもしたのか?」

「今日は体調不良でね。迷惑をかけないために辞退したのさ」

 

 体調不良ねぇ。絶対仮病だろうな。

 

「そうか。なら競技は俺たちに任せて、お前はワインでも飲みながら優雅にくつろいでてくれ」

「ふむ。そうさせてもらおうか」

 

 そうしちゃうのかよ。未成年飲酒は駄目だぞ。

 

「界外ボーイ」

 

 コテージを出ようとしたところ、高円寺に呼び止められた。

 

「なんだ?」

「随分らしくないことをしてるようだね」

「……らしくないとは?」

「君なら力でねじ伏せて従わせる方が合ってるんじゃないか?」

「……どうだろうな」

 

 力でねじ伏せて従わせるか。小学生の時にやってたけど、高円寺は知ってたのだろうか。

 

 テントに戻ると、ちょうど5組目の堀北がコースに入るところだった。

 

「他の組はどうだった?」

 

 平田に問う。

 

「小野寺さんが1位。櫛田さんは2位だったよ」

「そうか」

 

 女子の方も上々の滑り出しだ。

 堀北を見てると、競技を終えた櫛田が戻ってきた。

 

「ごめんね。1位取れなかったよ……」

 

 申し訳なさそうな顔で謝罪する。

 

「2位だったんだろ。十分だぞ」

「そ、そうかな……?」

「ああ」

「ありがと。私の走ってるところ見ててくれた?」

「悪い。高円寺の様子を見に行ってて見てないんだ」

「……そっか」

 

 俺の答えを聞いて明らかに沈んだ顔をする櫛田。

 

「……次はちゃんと見てるよ」

「ほんと?」

「本当。だから今はクラスメイトを応援しようぜ」

「うんっ」

 

 今度は満面の笑みが浮かべる。コロコロ表情が変わる櫛田を見るのは面白い。

 そして裏切り者の櫛田の心がどうなってるのか考えるのはもっと面白い。

 俺が順番を変えて参加表を提出したと告げた時の櫛田の顔を思い浮かべると今でもゾクゾクする。あんな青ざめた表情を見せてくれる女子は初めてだった。

 櫛田がクラスを裏切るのはこれで2回目だ。どうやら一度裏切ったやつは何度でも裏切るから信用するな、と言うのは本当らしい。

 

「次は堀北さんだね」

「そうだな」

「堀北さんなら相当足が速いから1位取れるんじゃないかな」

 

 櫛田はどんな思いで嫌いな人物を褒めているのだろうか。

 実はものすごいストレスを抱えてるのかもしれない。

 

「組み合わせ次第だろうな。櫛田は同じ組に運動部に所属してる女子がいたのか?」

「うん。陸上部の子がね……」

 

 仏の顔も三度まで。俺は綾小路と櫛田の処理について改めて話し合った。もし櫛田が次も裏切り行為をするようなら、無理やりにでも裏切り行為をやめさせる。もちろん退学もさせない。卒業までクラスに貢献してもらう。

 

「それはついてなかったな」

「だね。次は1位取れるように頑張るねっ」

「ああ。お互い頑張ろう」

 

 櫛田がクラスを裏切る理由が少し気になるが仕方ない。

 

「櫛田。堀北と同じ組で足が速い女子っているか?」

「うーん、運動部に所属してる子は何人かいるけど、足の速さまではわからないかな」

「そっか」

「ごめんね」

「謝る必要はないぞ」

 

 俺と櫛田が見守るなか、堀北の組がスタートした。

 堀北は好スタートを切り、綺麗なフォームで加速していく。中盤でBクラスの女子に並ばれそうになったが、そのまま逃げ切り見事1位でゴールインした。

 

「堀北さん、1位とったねっ」

「そうだな」

 

 1年の100メートル走を終えたところで、お互いが結果を報告しあう。

 この場所にはノートも携帯もない。ある程度競技の結果を口頭で伝えあったとしても全てを把握するのは難しい。つまり他クラスの状況を把握するのはもっと難しい。

 俺はテントに戻ってきた堀北に声をかけた。

 

「危なかったな」

「……そうね。スタートダッシュは文句なしだったのだけれど、まさか追いつかれるとは思わなかったわ」

「でも1位だ。よくやったな」

「ありがとう。……後でちゃんと褒めてね」

 

 期待を込めたまなざしで俺を見つめる。恐らく頭を撫でて欲しいのだろう。

 

「昼休みな」

「ええ」

 

 約束を取り付けたことに満足したのか、堀北は松下たちの下に向かった。

 堀北がいなくなったので、間もなく始まる3年生の競技に目を向ける。

 お目当てはもちろん橘先輩だ。3組目でスタートを切った橘先輩は3位でゴールしていた。

 真面目に走る橘先輩可愛いなぁ……。

 全学年で100メートル走が終了すると、その集計に入った。

 次の競技が始まる前に赤組白組最初の点数が発表される。

 赤組1891点、白組2011点。

 赤組負けてるし。2,3年の赤組もっと頑張れよ……。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 2種目の競技はハードル。この競技には2つのルールがあり『ハードルを倒す』『ハードルに接触』の2つにタイムのペナルティが付けられる。ハードルを倒した場合は0.5秒。ハードルに接触した場合は0.3秒ゴールしたタイムに加算されてしまう。

 この種目では、俺は最後の組でスタートすることになっている。

 

「リラックスしていこうぜ」

 

 運動が苦手な生徒たちに笑顔で声をかける。

 

「最下位をとっても俺たちが点数を稼ぐから安心していいぞ。特に須藤は運動でしか貢献出来ないからな」

「おうよ!」

 

 なに嬉しそうな顔をしてるんだこのゴリラは。

 

「安心なされ。拙者には秘策があるのでござる」

「秘策?」

「名付けてブルドーザー作戦!!」

「……あー、うん。無理に跳んで怪我するよりマシだな」

「その憐れむような顔はやめるでござる!」

 

 ならそんな下らないことを言うなよ。まあ博士のおかげでみんなリラックス出来てるようだけど。

 

「博士」

 

 審判に呼ばれた博士に声をかける。

 

「なんでござるか?」

「体育祭が終われば禁書の放送が待ってるぞ」

 

 今日は金曜日。つまり禁書の放送日だ。

 

「……何だかやる気が出てきたでござる」

「おう。頑張って来い」

 

 苦しみを乗り越えた先にアニメの放送が待っている。それだけでアニオタは頑張れるのだ。……いや、俺と博士だけかもしれないが。

 結局博士はハードルを全て手で倒しながら最下位で完走した。「拙者の肥満体に常識は通用しねえ」と叫びながら。まだアニメ放送前のネタだよ博士……。

 

「お、次は綾小路と神崎の対決か」

 

 なかなか魅力的な組み合わせだ。二人とも100メートル走では圧勝してたからな。

 結果は僅差で綾小路の勝利だった。ただレース終盤は流していたように思える。今後の競技に向け体力を温存したのだろう。

 

「今のところいい組み合わせだね」

「そうなのか?」

 

 他クラスをよくしった平田が組み合わせを見ながら言った。

 

「うん。特にDクラスの足が速い生徒たちがいる組には、言葉は悪いけどうちのクラスは運動に自信がない生徒たちが同じ組が多いよ」

「なるほど」

「それとDクラスのそれなりに足が速い生徒たちがいる組には、僕たちがいる」

 

 僕たちとは、Cクラスの運動能力に優れた生徒たちのことを言ってるのだろう。

 

「だからDクラスは思うように点数を稼げていないってことか」

「そうだね。……もしかしてこれを狙っていたのかい?」

「狙っていたとは?」

「参加表を紛失させたことだよ。わざとDクラスの教室の前に落としたんじゃないかと僕は考えてる」

 

 まさか平田に見破られるとは。ただ惜しいな平田。参加表はシュレッダーにポイしただけだ。

 

「……正解だ」

「そっか」

「平田にとってはあまり好ましくない戦法かもな」

「ううん。リーダーは界外くんなんだ。君のやり方に文句を言うつもりはないよ」

「助かる。この体育祭でDクラスを突き放しつつBクラスに迫るぞ」

「そうだね!」

 

 審判に呼ばれた俺は平田との会話を終わらせコースに入った。4コースにはガッツ石崎の姿があった。

 

「よう界外」

「久しぶりだな。元気してるか?」

「そこそこな」

 

 噂によるとガッツ石崎はクラスで孤立しているようだ。審議で自分のクラスを裏切ったのだ。当然の結果だろう。

 

「雫――佐倉は元気か?」

「ああ。楽しく学校生活を送ってると思うぞ」

「そうか」

 

 それを聞いた石崎はとても穏やかな表情を浮かべた。……まさかこいつも夏目を見てたりしてないよね?

 

「とりあえず今はハードル走に集中しようぜ」

「おうよ。俺のガッツ見せてやるぜ!」

 

 結果は俺が1位でガッツ石崎は7位だった。お前のガッツ見せてくれるんじゃなかったのかよ……。

 テントに戻った俺は女子の競技を注視する。ハードルも100メートル走と同じように次々にスタートされていく。

 結果、Cクラスで1位を取った女子生徒は堀北、小野寺、櫛田の3人だった。

 

「界外くん、1位とったよっ」

 

 息を切らしながら櫛田が戻ってきた。

 

「ああ。凄かったぞ」

「ありがとう。次のレースも頑張るね!」

 

 裏切り者の櫛田だが、競技は真面目に参加してるようだ。

 櫛田の運動能力があるのは皆が知ってるので、恐らく手を抜けないのだろう。

 

 次の競技は『棒倒し』シンプルながらも荒々しく少々危険な競技だ。男子も女子と同じ玉入れがよかった……。

 

「Dクラスの連中がばれないように暴力を振るってくるかもしれないから怪我だけには気をつけよう」

 

 俺は反対側にいるDクラスの連中にも聞こえるように大声でCクラスとBクラスの男子に注意喚起をした。

 

「界外の言う通りだ。競技は『棒倒し』だけじゃない。無理はしないでいこう」

 

 隣に立つ神崎が言った。

 

「神崎、作戦通り頼むぞ」

「任せろ」

 

 試合のルールは2本先取した組の勝ち。俺と神崎は事前の話し合いで、オフェンスとディフェンスをクラス毎に交互にすることを取り決めていた。その方がわかりやすいし連携もとりやすいからだ。

 Cクラスが先に攻撃陣に回り、Bクラスが棒を守る役目を引き受ける形だ。この攻守の形で先制を取ることに成功した場合は流れを優先し攻守を変更しない予定になっている。

 

「綾小路、頼んだぞ」

「善処はする」

 

 この『棒倒し』と来週の球技大会のため、綾小路にある技を取得してもらった。

 相手のAクラスとDクラスの生徒たちには、体格がいい生徒が多い。恐らくフィジカルではこっちが不利だろう。だが勝ち目がないわけではない。

 そのための綾小路である。

 

「須藤、三宅、博士は思いっきり暴れてくれ」

「おうよ!」

「わかった」

「わりぃが、こっから先は一方通行でござる! 大人しく尻尾巻きつつ泣いて、無様に元の居場所に引き返しやがれでござる!!」

 

 うん。競技が始まってから言おうね。

 心の中で博士に突っ込んでると試合開始の合図が鳴った。

 

「いくか」

 

 対戦相手であるAD連合もこちらと同じく攻撃と守備でクラスが綺麗に分かれていた。

 1戦目、本陣の棒を守るのはAクラスのようだ。目の前にはAクラスの連中が待つ。

 ちなみに攻撃陣と攻撃陣がぶつかり合うことは禁止されている。

 あくまで攻撃陣は防御陣へ攻めなければならないのだ。

 

「ニャンコ先生! 俺の勇姿を見ててくれ!」

 

 ニャンコ先生にアピールしながら須藤が相手防御陣に突っ込んでいった。続いて三宅と博士も突っ込んでいく。

 

「止めろー! 須藤を止めるんだー!」

 

 そんなAクラスからの叫びに合わせディフェンス一部が須藤一人を取り囲む。

 

「争いはやめろー! 俺たちは話し合えばわかりあえるはずだー!」

 

 支離滅裂なことを言いながら須藤が防御陣を切り裂いていく。三宅と博士は上手く須藤をサポートしている。

 防御陣が須藤たちに注目していくなか、一人の生徒が防御をしているAクラスの生徒たちに捕まることなく、ひょろひょろと棒に近づいていく。

 

「やべえぞ界外! Bクラスが! 山田何とかってハーフが大暴れしてやがる!」

 

 池の声に振り返ると、Bクラスの守る赤組の棒が少しだが斜めに傾きかけていた。

 

「大丈夫だ。問題ない」

「問題ないって?」

「あれを見ろ」

 

 白組の棒を指差す。刹那、ホイッスルが鳴る。

 

「……え? いつのまに……?」

 

 そこには無様に倒れた白組の棒があった。

 

「予定通りだ」

 

 Dクラスの山田アルベルトがこの競技で脅威になることはわかっていた。Bクラスの生徒たちで太刀打ち出来ないこともわかっていた。だから速攻で試合を終わらすことにしたのだ。

 

「お疲れさん」

「ああ。思ったより使えるな」

「だろ」

 

 綾小路は新たに取得した技に手応えを感じたようだ。

 

「綾小路が倒したのかっ!?」

「ああ。運がよかった」

「運で倒せるもんなのか……?」

 

 倒せないよ。綾小路の実力と存在感のなさがあったからだ。

 そう。綾小路に取得してもらったのは『ミスディレクション』

 黒子のバスケの主人公の技だ。

 まさか現実で『ミスディレクション』を見れるとは思わなんだ……。

 

「怪我したくないから2本目もさっさと終わらせよう」

 

 俺はそう言い、Dクラスの生徒たちがいる方を向く。Dクラスの生徒たちもあっさり決着が着いたことに信じられないような顔をしている。

 そしてそのクラスをまとめるリーダー、龍園は後方から俺を睨んでいた。

 俺はその睨みを不敵な笑みで返す。

 

「あまり挑発しない方がいいんじゃないか?」

「そうだな」

 

 綾小路に言われ、素直に従う。

 

「なあ、オレまで龍園に目をつけられることはないよな?」

「大丈夫。龍園はお前の敵じゃないよ」

「そういうことじゃなくてだな……」

 

 確かに綾小路が目をつけられる可能性はあるかもしれない。ただ龍園の標的は俺と一之瀬。俺たちを潰さないかぎり他の生徒を獲物にすることはないだろう。

 

「俺が潰されないかぎり大丈夫だ。だから次も頼んだぞ」

「……明日の夕食は親子丼で頼むぞ」

 

 明日の夕食のリクエストを言いながら、綾小路は元のポジションに戻っていった。ちなみになぜ今晩でなく明日の夕食をリクエストしたかというと、今日は一之瀬と打ち上げをするためだ。前もって綾小路に今晩は夕食を振る舞えないことは説明している。

 結局2本目も綾小路のおかげで赤組の勝利で終えた。

 試合終了後、神崎と柴田に話しかけると、Dクラスの生徒から反則すれすれの肘打ちなど浴びせられたと告げられた。

 

「そうか。よく守ってくれたな」

「いや。すぐに試合が終わったからな。そこまで大変じゃなかったさ」

「俺も一度でいいから攻撃したかったぜ……」

 

 柴田が不満そうに呟く。

 

「仕方ないだろ。勝ったんだから我慢をしろ」

「へいへい」

 

 神崎が諭す。どうやら神崎は男子たちの保護者的役割も果たしてるようだ。

 

「それじゃまた後で」

「ああ」

「競技で一緒になったら容赦しないからな!」

「俺も負けるつもりはないぞ」

 

 なるべく柴田とは同じ組になりたくないな。

 陣営に戻ると、綾小路が男子たちにもてはやされていた。

 

「凄いよ、綾小路くん」

「本当だぜ」

「まさか綾小路殿が幻のシックスマンだったとは」

 

 綾小路は相変わらず無表情な顔で受け答えをしている。

 暗躍したい綾小路には好ましくない状況だろうけど、俺は素直に嬉しく思った。




Cクラスのクラスポイント計算間違ってて修正しました
正しくは627でした


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50話 いちゃいちゃと激おこ


夜冷えるから風邪には気をつけましょうね!
東京喰種のカットの嵐が凄いw


 時刻は10時半過ぎ。体育祭の種目は順調に消化されていった。女子限定の玉入れ、男女別綱引きを終えた俺たちは障害物競争を迎えていた。

 

「やっとお前と戦えるな!」

 

 俺の隣で準備体操をしている柴田が言う。

 

「柴田とはやりたくなかったよ」

「そんなつれないこと言うなよ!」

 

 痛い痛い! 競技前に肩を叩くな!

 

「……ま、単純な走力ならお前の方が上だと思うけど、障害物競争なら負ける気はしない」

「言ってくれるじゃんか」

「それに一之瀬も柴田じゃなくて俺を応援してくれてるだろうし」

「お前ムカつくなっ!」

 

 だって事実だもの。無人島でのランニングでもそうだったけど、好きな女の子の前でかっこ悪いところは見せられない。

 

「お前を倒して最優秀生徒に選ばれるのは俺だ」

「俺だっつーの」

 

 睨みあいながらスタート位置につく。

 そして前の走者たちが走り終えたことで、俺たちの組のレースが始まった。

 俺と柴田は共に好スタートを切り一番最初の障害である平均台へと向かう。バランス感覚は俺の方が勝ってたようで、柴田より早く渡り終えた。

 直後の短距離で並ばれてしまったが、網くぐりで再度突き放した。最後の障害物であるズタ袋に両足を入れて飛び跳ねる。背後から迫る柴田が距離を縮めてきたが、そのまま逃げ切り1位のテープを切った。

 

「くっそー! 負けたー!」

「惜しかったな。俺相手によくやったと思うぞ」

「上から目線もムカつくー!」

 

 危なかった。走力はやはり柴田が上だったか……。

 

「お疲れ様」

 

 テントに戻ると平田が労ってきた。

 

「おう。お互い1位を取れたな」

「うん。綾小路くんと須藤くんも1位だったし、今のところ順調だね」

「そうだな」

 

 俺、綾小路、平田、須藤の4人は今のところ3連続で1位を取っている。団体競技も全て赤組が勝利しているので、順調すぎると言っていいくらいだ。

 男女別綱引きでは龍園が早々に試合を放棄していたので楽勝だった。

 少し休憩をとり、俺たちは二人三脚のための準備に入った。その間も1年女子の障害物競争は着々と進んでいた。

 

「堀北も1位をとりそうだな」

「そうだね」

 

 堀北も俺たちと同じく3連続で1位をとれそうだ。堀北の高い運動能力もあるが、組み合わせに恵まれたことにより後続を引き離している。一緒の組の佐倉は4番手で頑張っている。

 堀北はそのまま1位でゴールイン。佐倉も前の走者が転倒したことにより3位入賞を果たした。

 

「佐倉さん、凄いね」

「ああ。……綾小路、佐倉が帰ってきたら褒めてやれよ」

「なぜオレが?」

「親子丼」

「わかった」

 

 まさかそんな素直に言うことを聞いてくれるとは思わなかったよ。俺に餌付けされすぎだろ……。

 

「次は櫛田さんと王さんだね。それに一之瀬さんもいるよ」

「お、おう……」

 

 親切に出場生徒を教えてくれる平田。一之瀬のことは気にしているから気づいてたよ。特にこの種目はね。

 スタートすると知らない女子が抜け出し、櫛田が2番手で追走する。一之瀬は4番手。そのまま順位は変わらずズタ袋に辿り着こうとしている。

 最後の50メートルを全員が全速力で駆け抜ける。櫛田は2番手のまま。一之瀬は3番手に順位を上げている。だが一之瀬の様子がおかしい。後ろから迫る生徒が気になるのか、チラチラと後ろを小刻みに振り返る。そのせいか、その生徒に並ばれる一之瀬。次の瞬間、抜き去るべく走っていた一之瀬と追いついた生徒が絡まるようにして共倒れする。

 

「平田、一之瀬と一緒に倒れた生徒が何組かわかるか?」

「……え? ああ、斎藤さんだね。確かDクラスだったと思うよ」

 

 Dクラス。つまり龍園が仕掛けてきたってことか。……あまりにも予定通りで笑えてくるな。

 

「それがどうかしたの?」

「いや」

 

 結局一之瀬はそのハプニングが響き7位でフィニッシュした。一緒に倒れた斎藤は怪我をしたようで競技続行不可能ということで最下位に終わった。

 テントに戻った一之瀬はクラスメイトに心配されてるようだった。足は引きずっていないので怪我はしてないようだ。

 俺は一之瀬に目配せをして、テントから少し離れた場所に移動した。その後一之瀬もすぐにやって来た。

 

「お疲れ様。怪我はしてないか?」

「うん。少し擦りむいたくらいだよ」

「そっか。……それで上手く出来たか?」

「もちろん。……界外くんの役に立ちたいから」

 

 頬を染め上目遣いで一之瀬が見てくる。

 

「お、おう……。でも一之瀬がこの作戦に乗ってくれるとは思わなかったよ」

「龍園くんにはうちのクラスの子が何人も傷つけられてるからね」

「なるほど。クラスメイトの敵討ちってわけだ」

「そうそう。あ、これどうしよっか?」

 

 一之瀬はそう言うと、ポケットからある物を取り出した。

 

「一之瀬が持っててくれ。いつ必要になるかわからないからな」

「りょうかいっ」

「それと休み時間になったら保健室に行って、手当てをしてもらった方がいい」

「わかった。界外くんも一緒に来てくれる……?」

「いいぞ」

 

 ドSになった俺だけど、相変わらず一之瀬の上目遣いには弱いままだった。

 

「それじゃまた後で」

「うん。この後の競技も頑張って。応援してるね」

「他クラスの生徒を応援してもいいのか?」

「Bクラスの学級委員長としてじゃなくて、一人の女の子として応援するから大丈夫だよっ」

 

 やばい。愛しすぎて保管したい。

 一之瀬との話を終え、俺は次の競技二人三脚の準備に入った。

 

「一之瀬さん、大丈夫そう?」

 

 遠目に様子を確認していたのだろう。平田が心配そうに声をかけてきた。

 

「大丈夫だ。擦りむいた程度だって」

「そっか。それはよかったよ」

 

 紐を結び合いながら、そんな風に小さい会話を繰り返す。

 程なくして1年男子の二人三脚が始まった。続々とスタートを切っていく。

 この体育祭は学校の徹底管理もあり無駄なく競技が進行している。プログラム表の予定時刻ともほぼ差異がない。

 二人三脚は必然的に2人1組となるため、一度に走る人数は4組と少ない。

 

「そろそろ僕たちの出番だね」

「ああ。1位をとるぞ」

「もちろん」

 

 その言葉と共に平田とスタートを切った。同じ組でめぼしい面子もいなかったので、後続を大きく突き放し、1位でゴールインした。

 

「きゃー! 平田くんかっこいい!」

「ついでに界外くんも!」

 

 俺はついでかよ。まあ一之瀬が応援してくれてるから別にいいけど。

 それから女子の二人三脚が始まり、2組目の堀北小野寺ペアが準備を始めた。

 Cクラスの女子でトップクラスの運動能力を持つ2人だ。練習でも好タイムを出していたので、転倒しなければ1位をとれるだろう。他の生徒たちも俺と同じことを思っているのか、安心した様子で見守っている。

 スタートダッシュを決めた二人は、後続をどんどん突き放していく。

 

「いけ堀北、小野寺!」

 

 須藤が大声で声援を送る。ちなみに須藤はテントにいる間はずっと声援を送っている。今日は応援団長も兼ねてるようだ。

 

「楽勝だな」

「おうよ!」

 

 結果は俺の予想通り堀北小野寺ペアの圧勝で終わった。2位に5秒以上も差をつけての圧倒的勝利だ。このペア下手したら男子より速いかもしれない。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 10分間の休憩時間になり、各々トイレや水分補給を行う。俺は一之瀬と校内へ向かった。目的は保健室で一之瀬の手当てをしてもらうためだ。

 保健室に入ると星之宮先生が迎えてくれた。

 

「あら、二人してどうしたの? 保健室デートかしら~?」

 

 にやにやしながら俺と一之瀬を見てくる。……うざい。

 

「い、いえ。私が転倒して膝を擦りむいてしまったので。……彼は付き添いです」

「ふ~ん。それくらいの怪我で付き添うなんて、界外くんは優しいのね~」

「はい。俺は優しい男なんで」

「自分で言っちゃうんだ……」

「それより一之瀬の手当てをしてくれません?」

「あ、そうだったわね。一之瀬さん、ジャージ捲ってくれる?」

「はい」

 

 治療をしている星之宮先生は珍しく真剣な表情をしている。初めて星之宮先生の真剣な顔を見たかも……。

 数分で手当てを終えた俺たちは、星之宮先生に礼を言って、保健室を後にした。

 

「それじゃテントに戻るか」

「その前にちょっといいかな……?」

「ん?」

「こっちこっち」

 

 一之瀬に腕を引かれて廊下を突き進んでいく。辿り着いた場所は廊下の踊り場だった。

 

「こんなところに連れて来てどうしたんだ?」

「えっと、作戦通りに出来た私を褒めて欲しいなって……」

「頭を撫でればいいのか?」

「えっと、その、……抱きしめてほしいです……」

 

 チラチラ俺を見ながら一之瀬がお願いをしてきた。

 

「時間少ししかないけど……」

「少しでもいい。……駄目かな?」

「……わかったよ」

 

 俺はそう言いながら、優しく一之瀬を包み込んだ。

 

「……私、頑張ったよ……?」

「そうだな。よくやった」

「うんっ!」

 

 俺に褒められて上機嫌な一之瀬。先ほどの愛しい感情が復活し、抱きしめる力が強くなる。

 

「あっ」

「苦しいか……?」

「ううん。もっと強く抱きしめて……?」

「大丈夫か?」

「大丈夫。私が苦しくなるくらい強く抱きしめて」

 

 やっぱ一之瀬ってマゾなんじゃ……。そう思いながら彼女を思いっきり抱きしめようとしたところ……

 

「なにをしてるんですかっ!?」

 

 聞きなれた天使の声が耳に入ってきた。

 恐る恐る振り向くとそこには、顔を真っ赤にした橘先輩の姿があった。

 

「か、界外くん……っ!?」

「た、橘先輩……」

 

 どうやら後ろ姿では俺だと気づかなかったようだ。

 

「あ、あなたは学校で何をしてるんですっ!?」

「す、すみませんっ!」

 

 橘先輩に怒鳴られ、一之瀬を引き離す。

 

「え、えっと、すみませんでした……」

 

 恐る恐る俺の隣に並ぶ一之瀬。

 

「二人ともそこに並んでください」

 

 もう並んでるけど俺と一之瀬はそれに突っ込むことはしなかった。

 

「まったく二人は何をしてるんですか! ここは学校ですし、今は体育祭中ですよ!」

「お、仰るとおりで……」

「すみません……」

 

 やべえ。橘先輩が激おこぷんぷん丸でござる。

 

「……いいですか。別に二人にいちゃつくなとは言いません。ただ時と場所を考えて欲しいんです」

「はい」

「特に校舎では誰が見てるかわかりません。二人を好ましく思わない生徒が発見したら、大変なことになるかもしれませんよ」

 

 どうやら橘先輩は、校則というより俺たちの身を案じてくれてるようだ。

 

「界外くんは、彼女さんをそんな目に合わせたくないですよね?」

「は、はい……」

 

 確かにその通りだ。一之瀬をそんな目に合わすのは俺だけでいい。

 一之瀬をチラッと見ると「彼女」と顔を赤くしながらずっと呟いてる。

 

「ならいいです。大声を出してしまいすみませんでした」

「い、いえ。俺たちが悪いので。謝らないで下さい」

「……わかりました。……もう休憩時間も終わりですね。私からのお話も終わりです。二人とも、グラウンドに戻りますよ」

「はい」

「は、はぃ……」

 

 橘先輩の頼もしい背中を見ながら俺と一之瀬はグラウンドに向かった。

 橘先輩に怒られたのはショックだったが、それ以上に俺たちのことを思ってくれてるのがわかって嬉しかった。

 

 休憩時間が終わると競技の順番が一時的に逆転し、女子騎馬戦が幕を開ける。1年の女子たち全員がグランドの中央に集まる。当然ここもBC連合対AD連合の対決だ。

 騎馬戦のルールは男女ともに同じ時間制限方式だ。3分間の間に倒した敵の騎馬と残っていた騎馬の数に応じて点数が入る仕組みだ。騎馬は4人1組。それぞれのクラスから4つの騎馬が選出され8対8の形になる。1騎馬につき50点、クラス毎に1騎馬だけ大将騎が存在し大将は100点を保持している。これは生き残っても入る点数で、相手のハチマキを奪うことでも同じ点数が手に入る。ちなみにCクラスで騎手を務める一人は堀北。下を支えるのは小野寺、小宮、近藤と機動力としては悪くない。他の騎手には櫛田、軽井沢、佐藤が選出されていた。

 問題は運動が苦手な生徒たちで構築された佐藤の騎馬だろう。狙われれば真っ先に敗れる可能性が高い。あえてその弱い騎馬を大将とすることで戦いに参戦はさせず、それを守る形で3つの騎馬が囲む作戦を展開するようだ。攻めてきた相手を返り討ちにする狙いだろう。

 試合の合図とともにAクラスとDクラスの騎馬が静かに距離を詰める。

 

「おいおい何だよあれ!?」

 

 隣に立つ池が叫んだ。

 

 Dクラスは俺たちCクラスを相手にせず、Bクラスの大将騎である一之瀬の騎馬だけを取り囲んだ。どうやら一之瀬潰しは障害物競争だけじゃないようだ。

 4つの騎馬が一之瀬に襲いかかる。

 

「完全に一之瀬さんに狙いを絞ってるね」

「そうだな」

 

 平田が心配そうに言う。いつも心配してくれてありがとう。

 

「龍園くんの指示だよね……?」

「だろうな」

「障害物競争みたいにトラブルが起きなければいいけど……」

「本当にな」

 

 もし一之瀬に大怪我でもさせてみろ。お前の肩を脱臼癖にさせてやる。

 

「軽井沢さんたちが救援に向かったね」

 

 軽井沢だけじゃなく、佐藤の騎馬を守るフォーメーションを保ちながらCクラスの面々が一之瀬の救援に向かった。既にBクラスの騎馬も救援に向かっており、大分混戦になっている。

 

「すっげーな!」

 

 歓声が沸く。最初は4つの騎馬に取り囲まれた一之瀬だったが、機動力と味方の救援のおかげで、包囲網を突破しAクラスの大将騎のハチマキを奪取したのだ。

 堀北、軽井沢も敵の騎馬のハチマキを1枚ずつ奪っている。

 AD連合と違いBC連合の騎馬はしっかり連携が取れている。これも合同練習の賜物だろう。

 そして試合終了の笛がなった。BC連合は2騎失っただけで、AD連合は全滅。つまりBC連合の圧勝である。

 満足げな表情で女子たちが陣地に戻ってきた。

 

「お疲れさん」

「ありがとう。思ったより弱かったわね」

 

 堀北が対戦相手を酷評した。

 

「お前たちが強かったんだと思うぞ」

「……そ、そうかしら……?」

「ああ」

「界外くん、やったよっ」

 

 俺と堀北が話してると、櫛田が乱入してきた。

 

「櫛田もお疲れ様」

「うん。堀北さんもお疲れ様」

「ええ」

 

 櫛田が話しかけた途端、面白くない表情をする堀北。

 

「界外くんも頑張ってね!」

「ああ。勝ってくるよ」

「気をつけていってらっしゃい」

 

 櫛田と堀北に見送られながらグランドに向かう。

 男子の騎馬戦が始まる。俺は大将騎の騎手を務める。構成は右方に綾小路、左方に平田、須藤が真ん中で俺を支える。前方と後方がいれば神の右席なのに惜しい……。

 

「神崎、よろしくな」

「ああ」

 

 Bクラスの大将騎の騎手を務める神崎に声をかける。

 

「とりあえずAクラスから攻めるか」

「そうしよう。龍園の騎馬は後回しでいいだろう」

「だな。しかしあれだな」

「どうした?」

「龍園って悪ぶっててもこうして普通に競技に参加するんだな」

 

 俺がそう言うと、全員吹き出してしまった。

 

「……そうだな。ああ見えて真面目な男なんだろう」

「だよな。無人島試験でも一人で頑張ってたし」

 

 龍園も俺と同じで勝負事には人事を尽くすタイプだと分析している。ただ一之瀬潰し関しては私情を挟んでるように見えるが……。

 

「それじゃ行きますか」

 

 試合開始の合図と共に、俺と神崎の指示の下、BC連合はAクラスの騎馬たちに襲いかかる。

 相手はいきなりの攻撃に戸惑ってるようだ。Dクラスが救援に来る様子はない。

 先手必勝。

 俺、神崎、柴田の騎馬が1枚ずつハチマキを奪い取った。Aクラスの残り1騎はDクラスがいる方に逃げていく。

 

「よし。次はDクラスとAクラスの生き残りだ」

 

 Dクラスの面々へ向かっていくBC連合。騎馬の数は7対5で俺たちが有利だ。

 

「よっしゃー!」

 

 柴田が騎手を務める騎馬が先陣を切った。俺たちもそれに続く。Dクラスの騎馬は龍園を守るように囲っていたが、次々と撃破していった。ちなみにAクラスの騎馬は騎手がお腹が痛くなったようでリタイアしたようだ。

 残った敵は大将騎、龍園のみ。一方でこちらは俺、神崎、柴田の3騎が生存している。

 

「これで3対1だぜ! この勝負は貰ったな!」

 

 須藤が興奮しながら言う。

 俺は神崎と柴田に目配せをし、騎馬3つで龍園を囲んだ。1つハチマキを奪っているところを見ると、龍園もただ守られてたわけじゃなさそうだ。だが多勢に無勢だ。

 だが龍園に慌てる様子は見られない。むしろこのピンチを楽しんでるように見える。

 

「確か須藤とか言ったな」

「あん?」

「知ってるか? 馬を見下ろすのは中々気持ちいもんだぜ」

「そうか。馬に乗ってる方が偉いとは限らないけどな」

「へぇ……だったらタイマンでもしなきゃ意味ねーな」

「お?」

「いや、お前が3対1じゃなきゃ俺に勝てないって言うなら仕方ない。だが『勝ち』ってのは基本的にタイマンで勝ってこそ意味がある。挟み撃ちで勝って気取る気か?」

「お?」

 

 須藤を挑発させタイマンに持ち込むつもりか。だが残念だな。今の須藤は昔の須藤じゃない。何故なら夏目を見てるからな!

 

「さっきから何言ってんだこいつ? タイマンより仲間と力を合わせて勝った方が意味あるじゃねえか。な?」

「…………あん?」

「そもそもチームスポーツをしてる俺に何を言ってんだ?」

「…………………」

 

 須藤の正論に黙ってしまう龍園たち。

 

「須藤、いいこと言うじゃねえか!」

「だろ?」

 

 柴田は須藤の言葉に共感したようで、笑顔でサムズアップをしている。

 

「悪いな龍園。今の須藤にそれは通用しない」

「チッ」

 

 龍園は諦めたようでなんと騎馬から降りてしまった。観客からは奇妙な光景に映っただろう。

 刹那、試合終了の合図が鳴った。

 仲間たちとハイタッチを交わし、テントに戻ろうとすると龍園に声をかけられた。

 

「ようすけこまし野郎」

 

 猿野郎からすけこまし野郎に呼び名が変わったようだ。誰がすけこましだコラ。

 

「……何だよ?」

「そう邪険にすんなよ。……なあ参加表を無くしたのはわざとか?」

「いや。本当に無くしたんだよ。俺って落とし物が多いからさ」

「……そういうことにしておいてやるよ」

 

 そう言うと龍園は去っていった。どうやら俺がわざと参加表を無くしたと疑ってるようだ。いや確信してるのかもしれない。

 テントに戻ると女子たちが笑顔で迎えてくれた。

 

「お疲れ様。これで騎馬戦も男女とも圧勝ね」

「ああ」

「界外くん、お疲れ様っ」

「お疲れさん」

 

 堀北、櫛田が順に俺を労う。

 

「二人とも怪我はしてないか?」

「ええ、もちろん」

「大丈夫だよ」

「そっか」

 

 男女とも主力メンバーに怪我もなくここまできている。

 順調だ。恐らく俺たちの一番の敵は油断だろう。ただでさえうちのクラスは調子に乗る生徒が多い。後でクラスメイトに油断しないよう注意してもらおう。

 それと一番気になるのが一之瀬。龍園は完全に一之瀬を潰そうとしている。Cクラスに関してはリークされた順番と違う時点でターゲットから外したのだろう。

 そうだ、昼休みに一之瀬にBクラスの点数を聞いてみよう。Cクラスと同じようにBクラスの参加表がリークされてるかもしれない。




何気に主人公が最初におっぱいの感触を味わったのは橘先輩


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51話 相棒が女子を脅して利用してる件


よう実も禁書も可愛いキャラ多くて困りますね


 午前最後の種目である200メートル走が始まった。俺は6レース目で自分の番が来るのを待ちながら綾小路と話していた。

 

「界外」

「どうした?」

「約束通り弁当は作ってきたか?」

「作ってきたよ」

「そうか」

 

 俺の回答に満足げな表情を浮かべる綾小路。もしかしたらこの男は俺の料理なしでは生きられない身体になっているのかもしれない。

 

「でも俺の弁当でいいのか? 今日は高級弁当が無料で配布されるらしいぞ」

「その高級弁当がお前の弁当より美味しい保障はないだろ?」

「そうだな」

 

 確かに俺の弁当の方が美味しいだろう。学校に大量に配布される弁当に俺の弁当が負けるはずがない。

 

「この200メートル走が終われば昼休みだ。最後にひとっ走り頑張ろうぜ」

「ああ。まあ頑張らなくても1位はとれるがな」

「そ、そうか……」

 

 こいつナチュラルに頑張ってる生徒たちを馬鹿にしたぞ……。

 

「しかしまいったな」

「なにが?」

「今のところオレは全種目1位だ」

「そうだな」

 

 Cクラスで全種目1位を達成してるのは俺、綾小路、平田、須藤、堀北、小野寺の6人だ。

 

「午後の競技も負けることはないだろう」

「お、おう……」

 

 俺は自分のことを自信家だと思っているが、こいつはそれ以上だな。

 

「このままだと最優秀生徒に選ばれる可能性もある」

「確かに」

「それは避けたい。なので1種目だけ2位でもいいか?」

「……いいよ」

「助かる」

 

 綾小路は必要以上に目立ちたくないもんね。こればかりは仕方ない。それに綾小路が脱落してくれたら俺が最優秀生徒に選ばれる可能性が高くなる。

 綾小路と歓談を続けてると、自分の番がやって来た。

 

「それじゃ行ってくる」

「ああ」

 

 スタートラインに立つ。特に強者は見当たらない。結局200メートル走も1着でゴールインした。

 

「お疲れ様」

 

 先にレースを終えた平田が労う。

 

「おう。これで午前のプログラムは終わりだな」

「そうだね。午前中だけで種目を大分消化したけど、体力の方はどうかな?」

「問題ない。毎朝堀北と(ランニングを)やってるおかげで体力がついたからな」

「……………………え?」

 

 俺が堀北との日課を明かすと、平田がきょとんとしてしまった。

 

「ま、毎朝、堀北さんと、やってる……?」

「ああ」

「一之瀬さんじゃなくて……?」

「堀北とだけど。なんで一之瀬の名前が出てくるんだ?」

「え、いや、だって……」

 

 平田が困惑しているようだ。一体どうしたんだろうか。

 

「そ、そんなに体力がつくものなのかい……?」

「ああ。毎日二人とも汗だくだぞ」

「そ、そんなに激しくやってるんだ……」

 

 ぶつぶつ言ってる。こんな状態の平田を見るのは久しぶりだ。

 

「堀北さんまでセフレだったなんて……」

 

 何言ってるか聞き取れない。平田は何を言ってるんだ。

 

「僕、顔を洗ってくるよ」

「おう」

 

 平田はそう言うと、ふらふらしながらテントを後にした。

 

「平田の様子がおかしいようだが、どうしたんだ?」

 

 レースを終えた綾小路が聞いてきた。

 

「わからん。毎朝俺と堀北が走り込んでるのを教えたらあんな状態になった」

「そうか」

「朝から沢山の種目をこなしてるんだ。疲れてるのかもしれないな」

 

 昼休みを利用して体力の回復に努めてもらおう。

 女子の種目も問題なく終わり、昼休憩となった。

 俺と綾小路が移動しようとしていると、堀北と櫛田が現れる。

 

「界外くん、お昼にしましょう」

「界外くん、一緒にお昼食べよっ」

 

 そう言って俺に声をかけてきた。綾小路もいるんだけど彼女たちには見えていないのだろうか。ミスディレクション発動しちゃってるの?

 

「いいけど、綾小路もいるからな」

「いたのね」

「いたんだ」

 

 おかしい。今のところ全種目1位というヒーロー級の活躍をしてる綾小路がこの扱い。この世界は間違っている。

 

「……俺の友達にそういう態度をとるのはあまり好きじゃない。綾小路、二人で食べよう」

「「え」」

「いいのか?」

「いいよ。それじゃーな」

 

 さすがに今のには、むっとしたので彼女たちを置いて歩き出す。

 

「ご、ごめんなさい……。い、今のは冗談なの……」

「ごめんね。つい悪ふざけしちゃって……」

 

 暫くの間フリーズしていた堀北と櫛田が、俺たちを追いかけながら謝ってきた。

 

「だそうだ。どうする?」

「どうするも何もオレはどうも思ってないが」

 

 綾小路は気にしていないようだ。それともこの二人のことをどうも思ってないという意味だろうか。

 

「それじゃ四人で飯食べるか」

「え、ええ。……その、本当にごめんなさい」

「綾小路くん、ごめんね?」

「気にしてないからいい」

 

 それから適当に陣取りブルーシートを敷いて昼食が始まった。途中から松下、佐藤、篠原の三人も合流し7人の男女グループが出来上がった。暫く食事に興じていた俺たちだったが、やがてポツポツと食べ終わる者たちが出始めたところで佐藤が寄ってきた。

 

「ねえねえ」

「ん?」

「綾小路くんって運動神経よかったんだね」

 

 どうやら佐藤は綾小路に注目しているようだ。

 

「ああ。足ならクラスで一番速いぞ」

「そうなんだ……。てっきり読書好きの文学少年かと思ってた」

「つーか、綾小路はリレーに選ばれてるだろ。それで足が速いってわからなかったのか?」

「えっと、リレーの出る人たち把握してなくて……」

 

 おい。この女はホームルームで何を聞いてたんだよ。

 俺がジト目で見ていると、佐藤が弁明を始めた。

 

「ち、違うの……。私が出ない種目だから興味がなかっただけで……」

「おい」

「お、応援はするから! ね?」

 

 応援はするから見逃してくれってことだろうか。

 

「ま、別にいいけど」

「さすが界外くん。太ももが太い!」

「懐が深いだろ……。佐藤ってここまで馬鹿だったっけ?」

「馬鹿じゃないし。今のは似てるから間違えただけだから」

 

 どこが似てるんだよ。

 それより佐藤が綾小路のこと聞いてきたってことは、女子にも注目される存在になってきたってことだ。

 

「それでいいよ。それで綾小路がどうしたんだ?」

「ううん。少し興味持っただけ」

「そっか」

 

 喜べ綾小路。お前に興味を持った女子が現れたぞ。……アホだけど。

 

 昼食を食べ終えた俺は、一之瀬と体育館裏に来ていた。

 

「昼休みに悪いな」

「ううん。それで話ってなにかな?」

「一之瀬は自分のクラスの点数は把握してるか?」

「ある程度はね。さすがに正確な点数は把握してないかな」

 

 だろうな。あんな短時間で次々と種目が消化されていく中で、自クラスの点数を正確に把握するなど不可能に近いだろう。

 

「そうか。自クラスの種目の組み合わせはどう思う?」

「うーん、普通かな。予想が外れて1着を取れそうな子が取れなかったりすることもあるけど」

「なるほど」

 

 どうやら龍園は種目の組み合わせはCクラス用に配置したようだ。つまり龍園はBクラス全体ではなく、一之瀬個人を攻撃しているということか。

 用件が済みテントに戻ろうとしたところで、Bクラスの女子が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「あ、いたいた。一之瀬さん、少し話があるんだけどいいかな?」

「冴木さん、どうしたの?」

「えっと……」

 

 冴木という女子が俺の方がチラチラ見てくる。どうやら邪魔のようだ。

 

「それじゃ俺はテントに戻るよ」

「待って」

 

 一之瀬に腕をぐっと掴まれた。

 

「彼も一緒に話を聞いてもいいよね?」

「えっと……」

「いいよね?」

「あ、うん……」

 

 怖い。一之瀬怖い。笑顔という名の圧力で冴木を頷かせたぞ……。

 

「それで話ってなにかな?」

「……あのさ、一之瀬さんと接触して倒れた斎藤さん大怪我したみたいなの。今は起き上がれないほど酷いみたいでさ。それで……斎藤さんが一之瀬さんを呼んで欲しいって言ってるみたいなんだ」

 

 体育祭が終わってからだと考えてたが、思ったより早く呼び出しがかかったな。

 

「そっか。斎藤さんは今どこかな?」

「保健室だよ」

 

 そんなやり取りがなされ、冴木は俺の腕を掴んで離さない一之瀬を連れて保健室の方角に足を向けた。

 保健室に辿り着くと室内には星之宮先生がいた。

 

「一之瀬さん、せっかくの昼休みにごめんね~。界外くんとデート中だった?」

「いえ。デートは放課後にする予定です」

「そうなんだ~。青春ね~」

「あ、あの先生……」

 

 冴木が星之宮を急かすように言う。

 

「あ、ごめんごめん」

「一体どういうことなんですか?」

 

 先ほどからカーテンで仕切られたベッドから女子のすすり泣くような声が聞こえている。少しだけカーテンを開けてくれた星之宮先生。その奥に見えたのはベッドの上で横になっていたDクラスの斎藤だった。すぐにカーテンを閉めると、俺と一之瀬を廊下に連れ出した。

 

「一之瀬さん、障害物競争で斎藤さんと接触して転んだの覚えてるかな~?」

「もちろんです」

「そのことなんだけどね……斎藤さんが言うには一之瀬さんが意図的に転ばせたと言ってるのよね」

「そんなわけないです。偶然の事故です」

 

 一之瀬がはっきりとした口調で否定する。

 

「私もそう思いたいのよね~。けれど状況が悪いのよ」

「状況とは?」

「斎藤さんが言うには、まず走ってる最中に一之瀬さんが繰り返し自分を気にして振り返ってたと証言してるの。検証のためにビデオを確認したんだけど、確かに一之瀬さんが3度斎藤さんの位置を確認してるのよね~」

「そ、それは……斎藤さんに繰り返し名前を呼ばれたからです。それで振り向いたんです」

「……なるほどね~。しかしけっこう問題が大きいのよね。強く一之瀬さんに脛を蹴られたと言っててね。事実、後の競技は全て欠席してるのよ。実際に斎藤さんの怪我の状態を診たんだけど酷い状態だったのよね。それも作為的なものを感じるような」

「私は何もしてません。事実無根です」

「もちろん先生は一之瀬さんが無実だと信じてるわよ~。ただ状況を考えると審議に入る可能性が高いのよね」

「そ、そんな……」

 

 ここにきて戸惑いを見せる一之瀬。……演技上手いな。

 

「斎藤さんは学校側に訴えると言って聞かないようなの。映像や証言を聞く限りでは取り下げることは出来そうにないわ。向こうにしてみれば泣き寝入りになるものね。これがどういうことかわかる?」

「……悪魔の証明ですか」

 

 地球上に魔術師がいる、と証明するには地球上のどこかで魔術師を一人見つけるだけでいいが、地球上に魔術師がいないと証明するには地球上をくまなく探さなければならず、事実上不可能だ。それを悪魔の証明という。魔術師といえば今夜は禁書の放送日だ。一之瀬と打ち上げして帰宅したら仮眠するか。

 

「それよりなぜこの場に冴木さんがいるんですか?」

「私斎藤さんと同じ部活なんだ。……休憩の合間に様子を見に来たら、話を聞かされたんだよね」

「そうなんだ」

 

 同じ部活か。それなら冴木が事情を知ったうえで一之瀬を探しに来ても違和感はない。

 

「えっと、斎藤さんと話せますか?」

「どうかしら。今は情緒不安定だからね~」

「お願いします」

 

 一之瀬が頭を下げると、冴木さんも同じように頭を下げた。それより一之瀬はいつになったら俺の腕を離してくれるのだろうか……。

 

「わかったわ。少し話を聞いてみようかしら」

 

 星之宮先生の許可を貰ったところで、龍園が保健室に向かって歩いてきた。両ポケットに手を入れて歩くと転んだ時に大変だぞ。

 

「随分と大変なことになってるみたいだなぁ」

「龍園くん……」

「お前もいんのかよ。すけこまし野郎」

 

 だから誰がすけこましだコラ。星之宮先生も笑ってないで注意してくれよ。

 

「いちゃ悪いかよ。お前こそなんでここにいるんだ?」

「斎藤から相談を受けて飛んできたところだ。まさかあの怪我が意図的だったとはな」

 

 そう言い、横を通り抜け保健室に入っていく。俺たちも後を追う。保健室に入るなり龍園は斎藤がいるベッドのカーテンを開いた。

 

「おう斎藤。大丈夫か? 随分と酷い目にあったそうだな」

 

 龍園の姿を見るなり斎藤は怯えに拍車が迫り、露骨に体を震わせた。

 

「足を怪我したんだって? ちょっと見せてみろ」

 

 そう言って龍園はシーツの下に隠された斎藤の包帯を巻かれた痛々しい足を引っ張りだした。

 

「こりゃヒデェ。よくまぁこんなことが出来たもんだなぁ」

「ごめん……。私頑張ろうとして次の競技にも参加しようとしたんだけど……でも足が言うことを聞かなくって……それで……っ!」

「自分を責めるなよ斎藤。お前が二人三脚に出ようとしたのは知ってる」

「龍園くん……」

 

 こいつら演技上手すぎだろ。もしかして練習でもしたのだろうか。だとしたら爆笑ものなんですけど。

 

「斎藤さん、私を呼び出したってことは、私に言いたいことがあるんだよね?」

 

 茶番を見せられ続けて痺れを切らしたのか、一之瀬が二人の会話に割り込んだ。

 

「一之瀬さん……倒れた私に言ったよね……絶対に勝たせない、って……」

「私はそんなこと言ってないよ」

「一之瀬さん、競技中に後ろを随分気にしていたわね。どうして?」

 

 星之宮先生が改めて同じ疑問を投げかけた。

 

「後ろから斎藤さんに何度も名前を呼ばれたからです。最初は無視してたんですけど、明らかに様子がおかしいので振り向いたんです」

「そうなの斎藤さん?」

「私、一度も呼んでませんっ」

 

 星之宮先生の確認にも、斎藤は全く認めず否定した。

 

「……ぷぷっ、もう駄目だ……」

 

 笑いを堪えるのも限界だ。つーか早く終わらせてくれないと貴重な昼休みが終わってしまう。

 

「何笑ってやがる?」

 

 龍園が眉を顰め聞いてきた。

 

「いや、お前たちがあまりにも滑稽に見えたからさ。……一之瀬、もういいだろ」

「……そうだね。斎藤さんの証言も聞けたわけだし……そろそろいいかな」

 

 俺と一之瀬を全員が怪訝そうに見てくる。

 

「星之宮先生、先ほどは言ってなかったんですけど、証拠はあるんです」

「証拠って?」

「斎藤さんが私の名前を呼んでいた証拠です」

 

 一之瀬はそう言うと、ポケットからICレコーダーを取り出した。

 

「これは……?」

「ICレコーダーです。競技中にずっとつけてました。これに斎藤さんが私の名前を読んだ音声が録音されてます」

 

 刹那、俺と一之瀬以外の全員が驚愕の表情を浮かべた。

 

「ICレコーダー……」

 

 斎藤が弱弱しく呟く。

 

「……待てよ。斎藤が一之瀬の名前を呼んだからってどうした。一之瀬が斎藤を怪我させていない証拠にはならないだろ」

 

 らしくないな龍園。普段のお前ならここで引いてるんじゃないか。

 

「つまり他にも証拠があれば納得してくれるのかな?」

「あ?」

「例えば……龍園くんが斎藤さんに私を巻き込んで転倒するよう指示した音声データとかさ」

 

 一之瀬の発言に再び驚愕の表情を浮かべる一同。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 話は3日前にさかのぼる。

 

「面白い情報が手に入った?」

 

 自室で夕食を食べ終え、食器を片付けようとしたところ、綾小路から「面白い情報が手に入った」と言われたのだ。

 

「ああ。これを聞いてくれ」

 

 そう言うと、綾小路は携帯を操作し始めた。

 そして携帯からどこかで録音したかのような、雑多の混じった音が聞こえてきた。

 

『いいかお前ら。Bクラスの一之瀬帆波をハメるために、潰すためにはどうすればいいか、その策を受けてやる。一之瀬にムカついてる奴も多いだろ。面白いものを見せてやるよ』

 

 それは龍園の声だった。体育祭で実行する戦略を練っている時の会話だろう。それより……

 

「待て。どこに行く気だ」

 

 立ち上がった俺の腕を掴む綾小路。

 

「龍園を潰してくる」

「落ち着け。まだ一之瀬は手を出されていない」

「出す前に潰す。半殺しにしてやる」

「だから落ち着け。お前がここで暴走しても仕方ないだろ」

「……わかった」

 

 危ない。完全に思考がぶっ飛んでいた。どうやら一之瀬のことになると理性がぶっ飛んでしまうのは変わっていないようだ。

 

『障害物競争でお前は一之瀬と走って接触しろ。何でもいいから転倒するんだよ。あとは俺が怪我を負わせてあいつからポイントをぶんどってやる。土下座のオプション付きでな』

 

 落ち着いた状態で録音を聞く。とうとう龍園が仕掛けてくる。

 

「録音はこれで終わりだ。櫛田のことも話してくれればよかったんだけどな」

「……これ誰が録音したんだ?」

「Dクラスの真鍋だ。少し脅して言うことを聞かせている」

 

 何この人怖い。もしかして軽井沢も脅されてるんじゃ……。

 

「そ、そうか……。なんで俺に……?」

「一之瀬のことだったからな。もし一之瀬が龍園がにやられたらお前は暴走すると思った。だから録音を聞かせた」

「一之瀬に教えていいんだよな?」

「ああ。正直Bクラスを助けることになるが……。お前の暴走を止めるためには仕方ない」

「……ありがとう」

 

 その後、すぐに一之瀬を部屋に呼び出して録音を聞かせた。

 綾小路は気を利かせて自室に戻っていた。

 

「……これって……」

「ああ。この音声データをどう利用するかは一之瀬の判断に任せる」

「これ、誰が録音したの……?」

「Dクラスの協力者だ。名前は言えない」

 

 綾小路の貴重なスパイだ。いくら一之瀬だからといって名前を明かすわけにはいかない。

 

「……そっか。界外くん」

「ん?」

「教えてくれてありがとう」

 

 一之瀬は俺にゆっくりと近づき、そして抱きついた。

 

「私のために色々頑張ってくれたんだね」

 

 彼女の淡い髪の香りがそっと俺の鼻を打つ。

 

「嬉しいよ。本当にありがとう」

 

 俺は何もしてないので、こんなに感謝されると心が痛い。

 

「いや」

「わかっていたけど、私ってDクラスの人たちから結構恨まれてるんだね」

 

 1学期はBクラスと旧Cクラスのいざこざが多かった。龍園の策を一之瀬が破る。そのたびに使いの生徒は龍園に怒られていたのかもしれない。それなら一之瀬を恨むのもわかる。

 

「Bクラスのリーダーだからな。仕方ないだろ」

「うん」

「それでどうする? 龍園の策にはまったふりして、この音声データを提出すれば、停学に追い込めるかもしれない」

 

 リーダーが停学なればDクラスのダメージは計り知れないだろう。

 

「……そうだね。その作戦に乗るよ」

「いいのか? 先手を打って先生に音声データを提出するのも一つの手だぞ」

 

 そうすれば本番で一之瀬に手を出してこなくなるはずだ。

 

「ううん。折角のチャンスだもん。利用させてもらうかな」

「……わかった。無理はするなよ」

「うん。……もう少しこのままでいていい?」

「いいぞ」

 

 そのまま二人で抱きしめあった。さすがにこの雰囲気で一之瀬が耳責めを要求してくることはなかった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「一之瀬さん、どういうこと?」

 

 星之宮先生が問う。

 

「そのままの意味ですよ。斎藤さんは龍園くんの指示で私を巻き込んで転倒したんです」

「ほ、本当なの……?」

「はい。それと斎藤さんに怪我をさせたのは龍園くんです。これも音声データを聞けば確認できます」

「……そう。その音声データはICレコーダーに入ってるのかしら?」

「いえ。SDカードに入ってます」

 

 一之瀬は携帯からSDカードを抜き、ICレコーダーと一緒に星之宮先生に渡した。

 

「ありがとう。これとICレコーダーは大切な証拠品として預からせていただくわね」

「よろしくお願いします。……それじゃ戻ろっか?」

「そうだな」

 

 一之瀬と共に保健室を後にする。

 

「……携帯持ってきてたのか?」

「うん。昼休みに仕掛けてくるかもと思ってね」

「なるほど」

 

 一之瀬と話しながら廊下を歩いてると龍園に呼び止められた。

 

「待てよ」

「……何だよ?」

「喜べ。お前らのおかげで俺は停学になりそうだぜ」

 

 相変わらずクククと笑いながら龍園が言う。

 

「よかったな。これで石崎と停学コンビの仲間入りだ。仲良くしろよ」

「ほざけ。……まさかうちのクラスに裏切り者がいるとはな」

「気づかなかっただろう。俺のエージェントは優秀だからな」

 

 俺じゃなくて綾小路のエージェントなんだけどね。

 

「誰だ?」

 

 いやいや教えるわけないでしょ。どうやら龍園は相当動揺してるようだ。

 

「俺と関わったことがあるCクラスの生徒なんて限られてるだろ。……例えば俺の下着を盗んだ女子とかな」

「伊吹か?」

「本人に聞いてみてくれ」

「……はったりか。つくづくムカつく野郎だぜ」

「そろそろ行っていいか?」

「……この借りは必ず返させてもらう」

 

 ここでお前には無理だとか言ったらまた怒るんだろうな。

 

「楽しみに待ってるよ」

「ぶっ殺す」

 

 結局怒られてしまった。何を言えば正解なんだよ……。

 

「界外くん行こっ」

「あ、ああ……」

 

 一之瀬に腕を引っ張られ再び歩き出す。暫く背中に龍園の視線が感じられた。

 

「界外くん、大丈夫?」

 

 下駄箱で靴に履き替えながら一之瀬が言った。

 

「何が?」

「龍園くんのこと。……そろそろ暴力に訴えてくるかもしれないよ」

「……大丈夫だろ」

 

 心配なのは俺じゃなくて一之瀬なんだよ。

 

「前みたいに無茶しちゃやだよ」

 

 そう言いながら俺の手を握ってきた。

 抱きついてこなかったのは橘先輩に注意されたからだろうか。

 

「佐倉さんを助けた時みたいな無茶はしないで。約束」

「わかった。一之瀬も無茶しないでくれよ」

「うん。何かあったらすぐに言う。前に約束したもんね」

「ああ」

 

 俺たちは暫くの間見つめ合い、テントに戻っていった。

 一之瀬成分を補充したので午後の競技も頑張れそうだ。




次回で体育祭編完結です
久しぶりにあの元グラビアアイドルが活躍します


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52話 風が強く吹いている

今期の嫁は五和とSSSS.GRIDMANのアカネですね
どっちもけしからん体をしている


 チャイムが鳴り、体育祭後半戦がスタート。推薦競技の時間を迎えた。まずは借り物競争。出場するのは各クラス6人ずつ。クラス1人ずつが走ることになっており4人一組で1レースとなる少数競技だ。

 

「綾小路、2位だからな。3位以下は駄目だぞ」

「こればかりは運によるだろ」

「運も実力のうちって言うだろ?」

 

 運も俺の味方のはずだ。なにせ勝利の女神に応援されてるんだからな。

 一之瀬がいる方を見てると、競技前審判たちから説明が入った。

 

「借り物競争では高い難度のものも設定されている。その場合は引き直しを希望することもできるが、次に引き直すまで30秒の待機が必要になる。希望者は競技中クジを引く地点いる審判に申し出るように。また3名がゴールした時点で競技は終了となる。以上だ」

 

 そんな補足説明を受け、3レース目に出場する俺は準備に入った。ちなみに綾小路は2レース目だ。

 程なくして1レース目が始まった。他クラスは運動神経の良い生徒を持ってきているようで池がスタートで出し抜かれる。

 とはいえ肝心なのは借り物の中身。最下位で箱まで辿り着いた池がクジを引いて中身を確かめる。上位陣は既にグランドを離れて指定された借り物を探しに動く。

 

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 叫びながら池が、スタート地点まで逆走してきた。

 

「綾小路! 左足貸してくれ左足!」

 

 いきなりカニバリズム的なことを言ってきたでござる。

 

「左?」

「靴だよ靴」

 

 どうやらクジの中身は『シューズ(左足)』のようだ。

 

「いや、オレが貸したらオレが走れなくなるだろ」

「げっ!?」

 

 どうやらクジの中身を見て考えなしに逆走してきたようだ。

 池は慌てて陣営へ駆けていった。他の生徒たちは借り物に苦戦してるようで、まだゴールに向かうものは見えない。結果、クジ運で勝機を見出した池が1位を飾る波乱の幕開けとなった。

 1レース目が終わるなり2コースの綾小路たちのスタートが鳴る。

 綾小路はクジの中身を確かめる。そして陣営に駆けて行った。

 

「さて中身は何やら」

 

 綾小路は陣営に辿り着くと佐倉に声をかけた。

 佐倉はあたふたしてる。なんか癒されるな。

 そして眼鏡を取り外すと、綾小路に渡した。

 

「眼鏡か」

 

 池に続いて綾小路もクジ運に恵まれたようだ。

 再びグラウンドに目を向けると、既にゴールに向かっている生徒がいた。龍園だ。

 あいつ、借り物競争にも出てたのかよ。……意外とイベント事が好きなのかな。

 結果は龍園が1位、綾小路は2位だった。

 

「次は俺か」

 

 スタート合図が鳴った。スタートダッシュに成功した俺は1位でクジ引きの場へ。

 

「さてさて、何が書かれてるんだ……」

 

 置かれた箱に手を入れる。中にはそれなりの数の紙が入ってるようだ。複数引かないように気をつけながら取り出す。四つ折りにされた紙を開くと……

 

『ヘアゴム』

 

 中身を見てすぐに陣営に向かって走る。他の生徒たちも俺に続いて陣営に駆けている。

 

「佐倉」

 

 陣営に着くとすぐに佐倉に声をかける。

 

「界外くん、なに?」

 

 久しぶりに眼鏡を外した佐倉を見た。……とてつもない美少女だ。思わず見惚れてしまう。俺以外の男子生徒も見惚れてるようだ。

 

「あ、あの……」

「あ、悪い。ヘアゴム貸してくれないか?」

 

 クジの紙を見せながらお願いをする。

 

「う、うん。いいよ。外すから待ってね」

「ああ。助かる」

 

 よかった。断られたらどうしようかと思ったよ。

 

「クジ運に恵まれたようね」

「他の生徒たちもまだゴールに向かってないから1位とれるかもよっ」

 

 佐倉がゴムを外すのを待ってると、堀北と櫛田が話しかけてきた。

 

「そうだな。Cクラスはクジ運がいいらしい」

「お待たせっ!」

 

 佐倉がヘアゴムを渡してきた。

 

「ありがとう。レースが終わったらすぐに返すな」

「うん。頑張ってね」

「うん。頑張る」

 

 俺がそう言いった瞬間、二人の女子から冷気が放たれた。堀北と櫛田だ。俺が佐倉に鼻の下伸ばしてるのが気に入らないようだ。

 でも仕方ないと思うんだ。だって元グラビアアイドルだぞ。一之瀬級のおっぱいの持ち主なんだぞ。

 ほら見てみろ。あの平田でさえ、眼鏡を外し、髪を下ろした佐倉に見惚れてるんだぞ。……いや、平田だけじゃない。Bクラスの男子たちも佐倉に見惚れてる。

 

「おいなんでお前らがここにいんだよ!?」

 

 山内が誰かに叫んでる。声をした方に目を向けるとそこには……

 

「お前らDクラスだろ!」

 

 Dクラスの石崎、小宮、近藤、金田の姿があった。

 敵陣営のテントによく来れたなこいつら……。

 

「可愛い」

「天使だ」

「なんで俺はCクラスじゃないんだっ!」

「う、美しい……」

 

 石崎以外は龍園の配下じゃねえか。こんなことして龍園に怒られるぞ。

 

「ひっ」

 

 男子たちの熱い視線に怯えた佐倉は俺の背中に隠れてしまった。

 

「君たち、何をしてるんだ!!」

 

 今度はDクラスの担任である坂上先生がやって来た。審議のメンバー全員集合じゃないか。

 

「早く自分たちの陣営に戻りなさい!」

 

 そう言いつつ、佐倉をチラチラ見る坂上先生。

 うん、気持ちはわかるよ。佐倉可愛いもんね。眼鏡外したら美少女とかどこの100%さんだよ。いや眼鏡かけてても可愛いけど。

 

「……松下、佐倉をお願いしていいか?」

「はいはい」

 

 松下はだるそうに返事しながら佐倉を背中に隠す。佐藤、篠原も佐倉を守るように囲い込む。

 ひと安心した俺は急いでゴールに向かう。他の生徒は借り物捜しに手こずってるようで、俺以外にゴールに向かってる生徒は見られない。

 そのまま1着でゴールイン。2着はBクラス。3着はDクラスだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ふーっ……なんとかDクラスに勝てたね」

「ああ」

 

 大天使雫たんの加護を得た俺たちCクラスは、四方綱引きを1位という最高の結果で終えた。

 

「このままいけばクラス別で1位はとれそうだね」

「そうだな。ただ2,3年の赤組が情けないから、赤組としては負けそうだけどな」

 

 3年の堀北会長、2年の南雲先輩。二人ともAクラスなので当然白組だ。恐らくこの二人が学年トップの運動能力の持ち主だろう。最優秀生徒はこの二人と争うことになりそうだ。

 

「こればかりはどうしようもないね」

 

 苦笑いしながら平田が言う。

 

「だよな……。とりあえず次の男女二人三脚を頑張るか」

「うん」

 

 陣営に戻り一休みするため腰を下ろす。

 

「界外くん、お疲れ様。はいこれっ」

 

 櫛田が労いながら俺の水筒を渡してきた。

 

「ありがとう」

「次の二人三脚頑張ろうねっ」

「もちろんだ」

 

 そう。男女二人三脚は櫛田と組むことになった。堀北とのペアよりコンマ数秒程度の差だったが櫛田とのペアの方がタイムがよかった為だ。

 

「……っ」

 

 そんな俺たちの様子を悔しそうな表情で堀北が見てくる。

 そんな目で見ないでくれよ。俺が櫛田を選んだわけじゃないんだぞ……。

 一休みし、俺たちは次の競技の準備に移る。

 

「よう界外、桔梗ちゃん」

 

 そう言ってやって来たのは柴田。そして網倉さんの二人だった。

 

「わー強敵だね。二人が一緒に組むなんて……」

「そんなことないよ。むしろ強敵はそっちでしょ」

「おい俺は強敵だぞ!」

「うっさい」

「……ごめんなさい」

 

 どうやら柴田は網倉さんの尻に敷かれてるようだ。なんか親近感が湧いてきたぞ。

 

「それより界外くんは男女別二人三脚出ちゃうんだ」

「え」

 

 網倉さんが非難したような目で言う。

 

「そりゃ界外は最優秀生徒を目指してるんだから出るに決まってるだろ」

「これだから男子は……」

「な、なんだよ……」

「別に」

「二人とも仲良いねっ」

「「どこがっ!?」」

 

 息ぴったりじゃねぇか。俺と一之瀬みたいに素直に仲良くすればいいのに。

 

「界外くん、もう結んじゃっていい?」

「オッケーだ」

 

 俺の返事を聞くと、櫛田はしゃがみ込み俺の足に紐を結びつける。

 

「もうちょっと待ってね。もうすぐ結び終わるから」

 

 何だろう。櫛田が俺に跪いてるようでゾクゾクしてきた。

 

「うん、これでよし!」

「ありがとな」

「ううん。絶対に勝とうねっ」

「ああ」

 

 紐を結び終えた俺たちだが開始までまだ少し時間はある。

 

「そういえば櫛田ってDクラスにも友達いるのか?」

「いるよ。どうして?」

「ほら、Dクラスって俺たちにいいようにやられてるだろ。なんか言われたりしないのかと思ってな」

「……あー、そうだね。特に文句や不満は言われたことないよ」

「ならいいんだ」

「心配してくれたんだね。ありがとっ」

「いや」

 

 悪いけど櫛田の心配はまったくしていない。裏切り者の心配をするほど俺は聖人じゃない。聖人はねーちんで十分。

 櫛田の様子を探りながら、俺たちは二人三脚に挑んだ。

 結果は1位。僅差の2位が柴田・網倉ペアだ。大接戦だった。体育祭で一番苦戦したかもしれない。

 

「やったね。1位だよっ」

 

 陣営に戻りながら櫛田が笑顔で言う。

 

「ああ。それと最下位はDクラスだった」

「え、うん、そうだね」

「これでDクラスを突き放すことが出来そうだ」

「……やたらDクラスに拘るね。なんでかな……?」

 

 そりゃお前が龍園と組んでるからね。

 

「今俺たちCクラスはBクラスとDクラスに挟まれてる状態だってわかるよな?」

「うん」

「だからだよ。上を目指すために下を突き放しておきたいんだ。ある程度余裕があれば上を目指すのに集中出来るだろう」

 

 もちろん嘘である。いくらクラスポイントが離れていようと龍園をノーマークにするわけがない。

 

「なるほど。確かにDクラスとはポイント差が大きいもんね」

「ああ。この体育祭でもっとDクラスを突き放したいんだ」

「そういうことだったんだね」

「このままいけばクラス別でCクラスは1位をとれると思う」

「みんな頑張ってるもんね」

「そうだ。それと一之瀬から嬉しい情報が手に入ったんだ」

「帆波ちゃんから?」

 

 悪い一之瀬。少し名前を利用させてもらうぞ。

 

「どうやら龍園が近々停学になるようだ」

「え」

 

 俺から告げられた衝撃の事実に櫛田の顔が強張る。

 

「龍園くんは何かやらかしたのかな……?」

 

 櫛田はすぐに表情を戻した。

 

「詳細はわからない。ただこれでDクラスは終わりかもな」

「……そうなの?」

「Dクラスは他クラスからクラスポイントが大きく離されてる。競技大会でも最下位が濃厚。そしてリーダーの停学。もう終わりだろ」

「……そうかもね」

 

 お前は組む相手を間違えたんだよ。いや、そもそもクラスを裏切ること自体を間違えてる。俺や綾小路を出し抜けると思ったのか。

 

「だからこれから先Dクラスの友達とやらに何か言われるかもしれない。気をつけてくれ」

「ありがとう。……もう私のこと心配しすぎだよっ」

 

 軽く肩を叩いてくる。

 

「櫛田は必要な存在だからな。心配もするよ」

「……私……が……必要……」

 

 これで裏切り行為を止めてくれるといいんだけど。

 小さく何かを呟いてる櫛田を連れて俺はテントに戻った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 後半戦の最後、体育祭を締めくくる1200メートルリレーが始まろうとしていた。

 Cクラスは綾小路が1番手、2番手以降は須藤、堀北、小野寺、櫛田の順で、アンカーは俺の編成だ。

 上級生も入り混じった12人同時スタートの究極リレー。12人分のレーンを用意することが出来ないので、スタートは横並び。抜け出した人間からインコースを取って構わないルールになっている。つまり大切なのは最初の位置取り。そのため綾小路を1番手に編成したのだ。

 各学年、各クラスから選りすぐられた精鋭たちがグラウンドの中央に集まる。その中には堀北会長、南雲先輩の姿もある。

 

「綾小路頼んだぜ!」

 

 須藤が綾小路に激を飛ばす。陣営からも応援する声が響いた。相変わらずのクールフェイスでコースに入る綾小路。1年生は若干有利に出来ているようで、Cクラスは内側から2番手。3年のAクラスがもっとも外側という並びの配置だ。

 恐らく俺たち赤組は体育祭での勝ち目はほぼないだろう。ただクラス別としては1位をとれる可能性が非常に高い。そのため1年の他クラスには負けてはならないのだ。

 スタートを告げる音と共に、綾小路は好スタートを切った。

 必要以上に注目をされるのを嫌がりアンカーを辞退した綾小路だが、一歩目から11人を出し抜く勢いを見せては、嫌でも注目を浴びてしまうだろう。つーか浴びてる。

 

「すげっ、はやっ」

 

 隣で観戦する柴田も感心するほど、綾小路は圧倒的な走りを展開していた。

 2年、3年の男子たちは混戦に巻き込まれ位置取りに苦労している。その隙にどんどん突き放した綾小路が須藤にバトンを渡す。

 

「後は任せろ!」

 

 好リードに湧き上がるCクラス。

 運動能力だけ秀でてる夏目大好き野郎は、綾小路と同様に圧倒的な走りを見せる。

 次々と後続の生徒が後を追うが、開いた差は殆ど詰められることなく、計画通りのリードを保ったまま3番手の堀北へ。問題があるとすればここから。堀北を追走するのは男子生徒ばかり。足が速い堀北だがさすがに男子には適わない。リードが確実に詰められた状態で小野寺にバトンが渡った。

 やはり上級生は強い。1位でバトンを受け取った小野寺だが、すぐに3年Aクラスと2年Aクラスの生徒に抜かれてしまう。そして他クラスの生徒たちに続々と迫られる。

 3年Aクラスと2年Aクラスが頭一つ抜き出る形になった。周囲の予想通りの展開だろう。だが体育祭にハプニングは付き物。5番手へとバトンを繋いでいた3年Aクラスの女子が、次の走者まで後50メートルほどというところで躓き転倒してしまう。慌てて立ち直すも、その隙をついて2年Aクラスがトップに出るとたちまち猛烈な差が生まれてしまった。

 そしてCクラスにもハプニングが発生した。4番手で櫛田にバトンを渡そうとした小野寺だったが、焦ったのかバトンを落としてしまった。すぐに拾い櫛田にバトンを渡すも6番手まで順位を落としてしまった。あわよくば表彰台を狙えればと思ったが、厳しい戦いになってしまった。1年が上級生に苦戦してる中、Bクラスだけは3番手として懸命に食らいついていた。

 Bクラスのアンカーを務める柴田が興奮した様子で出番を待っている。

 

「この勝負は俺たちの勝ちっスね堀北会長。出来れば接戦で走りたかったっス」

 

 なんだこのキセキの世代の完璧模倣野郎みたいな口調は。

 

「総合点でもうちが勝ちそうですし、新時代の幕開けってところですかねー」

「本当に変えるつもりか? この学校を」

「今までの生徒会は面白味がなさすぎたんですよ」

 

 確かにうちの生徒会のメンバーは男子ばかりでつまらない。生徒会は女子4、男子1の構成でいいんだよ。女子オンリーでも可。

 南雲先輩が堀北会長に伝統がどうのこうの、新しいルールを作る、究極の実力主義の学校を作るとか言ってる。

 そのまま南雲先輩はバトンを受け取ってゴールに向かい旅立つ。

 それから程なくして柴田も2位という絶好の状況でバトンを受け取った。

 

「後は任せてちょんまげ!」

 

 下らないギャグを言いながら柴田が南雲先輩を追いかけるように駆けだした。

 間にいた生徒が抜けたことで、俺は堀北会長と目が合った。

 

「お前がアンカーか」

「一番速いのは綾小路なんですけどね。彼目立つの嫌いなんで」

「そうか。そういえばお前と戦うのはあの夜以来になるな」

「あれは戦いと呼べるんですかね……」

 

 俺が奇襲して金的を蹴っただけなんだが……。

 

「……ふむ。確かにそうだな。なら最後にお前と戦ってみるか」

「え。体育祭中にいきなり殴り合いとか勘弁なんですけど……」

「違う……」

 

 近づいてくる仲間の方に視線を向ける堀北会長。間近に迫ってるのに助走をする様子がない。

 そして身体をこちらに向けた。

 

「何してるんですか……?」

 

 クラスメイトが戸惑ってますよ。バトンを渡すために必死に走ってきたのに可哀相。

 

「ご苦労だった」

「え、あ、え、ああ……」

 

 5番手の走者からバトンを受け取り労う堀北会長。

 堀北会長の奇妙な行動にギャラリーたちの殆どが彼へと視線を向けただろう。3位だった3年Aクラスは次々と後続に抜かれ、ついにはCクラスの櫛田が俺に近づいてくる。

 

「仲間の頑張りを無駄にするとか最低ですね」

「自覚はある」

「後で橘先輩に説教されて下さい」

「わかった」

 

 堀北会長を嗜めてる俺だが、正直嬉しく思っている。ここまでして俺と戦いたかったのか。元アスリートの血が騒ぐ。

 

「……それじゃ勝負ですね」

「ああ」

 

 互いに笑みを浮かべながら助走に入る。

 

「界外くんっ!」

 

 櫛田から渡されたバトンを受け取り、俺は一気に駆けだした。

 そういえば今期陸上のアニメやってたな。

 俺のその映像を浮かべながら全速力で駆け前の走者へと距離を詰めていく。堀北会長も並走している。

 

「ウソだろっ!?」

 

 抜き去る際に生徒が度肝を抜かれた声を出していたが、スルーする。

 気持ちいい。

 楽しい。

 風が強く吹いている。

 まるでゴールまで後押ししてくれてるようだ。

 朝の日課のランニングとは違う。

 人と競いながら走るのがこんなに気持ちいいと思えるなんて久しぶりだ。

 隣を走る堀北会長との一騎打ち。

 俺は笑みを浮かべたままゴールに向かっていった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「お疲れ様」

 

 競技を終えて戻ると堀北が労ってきた。

 

「ああ。まさか棚ぼたで3位入賞できるとはな」

 

 俺たち2人の驚異的な追い上げに慌てた3位の走者が転び、堀北会長の目の前の進路を塞いだ。堀北会長は避けたもののその僅かなロスは大きく、その間に俺は前に行ったのだ。

 

「嬉しくなさそうね」

「そんなことないけど……」

 

 確かに不完全燃焼だ。あんなハプニングで勝敗がついてしまったのは納得が出来ない。

 

「界外くん、お疲れ様っ」

 

 堀北に続いて櫛田もやって来た。

 

「凄い速かったねっ」

「そ、そうか……?」

「うん。堀北会長と競りながら走ってるのを見て興奮したよ!」

 

 堀北会長の方を見る。どうやら橘先輩に説教されてるようだ。

 やがて続々とクラスメイトが俺たちの下に集まってきた。

 みんなが笑みを浮かべるなか、一人だけ沈んだ表情を浮かべる生徒がいた。

 

「みんな、ごめんね……」

 

 小野寺だ。だいぶ自責の念に駆られてるようだ。

 

「私がバトンを落とさなきゃ1位を取れたかもしれないのに……」

 

 微かに目に涙を浮かべ、震えながらも謝る小野寺。

 

「そんなことないって小野寺ちゃん」

「そうそう。3位入賞したんだから十分だって」

「泣かないで」

 

 そんな小野寺を慰めるクラスメイトたち。その光景を見て俺はよりCクラスが好きになったような気がする。

 

「確かに小野寺が落としてなきゃなー」

 

 一人の心ない発言で場が凍り付く。発言者は……

 

「何言ってんだ春樹!」

 

 山内だ。こいつの辞書には思いやりという文字はないのだろうか。

 山内の一言で小野寺が声を詰まらせてむせび泣いてしまう。

 

「お前はこっち来い!」

 

 池が山内を嗜めながら離れたところに連れていく。

 

「彼には困ったものね……」

 

 堀北が呆れたように言う。

 

「そうだな」

「私が言えたことじゃないのだけれど、彼はもう少し思いやりを持った方がいいわね」

「まさか堀北から思いやりという言葉が聞けるとは……」

 

 入学当初の堀北に聞かせてやりたい。

 

「う、うるさいわね……」

「冗談だよ。ま、小野寺は須藤に任せておけば大丈夫だろ」

「……そうね」

 

 俺は小野寺に近づていく須藤を見ながら言った。

 

「小野寺、謝る必要なんてないぜ」

「……須藤くん……」

「バトンを落とすなんて誰にでもあることなんだ。今日はたまたま小野寺だっただけだ」

「でも……」

「それに小野寺は男子相手に頑張ってたじゃねえか。確かにお前はバトンを落としたけど、小野寺が頑張ってくれなければ3位入賞もなかったんだぜ」

 

 あいつは人を慰めるプロなんだろうか。須藤の言葉をメモして置こうかな。

 

「それに小野寺はアスリートだろ。なら大事なのは泣いて謝ることじゃなくて、今日の敗北を無駄しない為に何をすべきか考えることじゃねえのか?」

「……うん」

「それにリベンジする機会はすぐくるぜ」

「球技大会だね」

「ああ。今度こそ1位をとってやろうぜ!」

「そうだね。私、頑張るよ」

「へっ、小野寺は既に頑張ってるじゃねぇか」

「そ、そうかな……」

 

 須藤と小野寺のやり取りを温かい目で見守るCクラスの生徒たち。

 

「そろそろ結果が発表されるそうよ。行きましょう」

「ああ」

 

 閉会式と共に、結果が発表される運びになっている。

 生徒全員が巨大電光掲示板に目を向けた。

 

「それでは、これより本年度体育祭における勝敗の結果を伝える――――」

 

 赤組と白組に分けられた電光掲示板の数字がカウントを始め、数値が増え始める。

 全13種目のトータル得点点数。勝った組は……。

『勝利白組』の文字と共に点数が発表される。

 非常に競った試合だったが、AD連合の白組が勝利を収めた。

 

「続いてクラス別総合得点を発表する」

 

 学年毎のクラス別に分けた表示が一斉にされ、各クラスの得点が表示されていく。

 

 1位 Cクラス

 2位 Bクラス

 3位 Aクラス

 4位 Dクラス

 

「……ふぅ、よかったよかった」

「そうね。お疲れ様」

「堀北もお疲れさん」

 

 もし1200メートルリレーで3位入賞してなかったらBクラスに負けてたかもしれない。運がよかった。

 

「けど1位とったけどクラスポイント引かれるんだよな……」

 

 俺たちCクラスは総合1位により50ポイントを得たが、赤組の敗北から差っ引いてマイナス50ポイント。Bクラスはマイナス100ポイント。赤組として勝利したAクラスは3位なのでマイナス50ポイント。最下位のDクラスはマイナス100ポイントと、全クラスが後退する結果になった。

 

「報われないわね」

「だな」

 

 なんか結果を聞いてドっと疲れが押し寄せてきた気がする。

 

「続いて最優秀選手を発表する」

 

 学年別が最後なのか。……そっか。最優秀選手に選ばれた生徒は学年別優秀選手に選ばれないからか。

 俺は1200メートルリレー以外はすべて1位の結果を出した。この結果なら選ばれてもおかしくないと思うが……。

 

 最優秀選手賞 1年C組 界外帝人

 

 俺の名前が電光掲示板に表示された。

 

「……やった」

 

 もちろん狙っていたけど本当に選ばれるとは。てっきり全種目1位であろう堀北会長か南雲先輩かと思ったのに。もしかして最後のリレーの追い上げがいいアピールになったのだろうか。

 

「おめでとう」

 

 堀北が笑みを浮かべながら言う。

 

「……ありがとう」

「やったぜ界外!」

 

 須藤が背中を叩いてきた。痛いからやめて!

 須藤に続いて次々とクラスメイトに祝福される。殆どは無料で飯が食べれるから喜んでるんだろうな。

 

「ステーキ! 焼肉! すき焼き! しゃぶしゃぶ!」

 

 おい俺はそんなに奢らないぞ池。

 

「続いて学年別最優秀選手を発表する」

 

 学年別か。候補は平田、須藤、柴田、綾小路あたりだが果たして……。

 

 1年最優秀賞 1年C組 平田洋介

 

 イケメンランク2位の名前が電光掲示板に表示された。

 クラスの女子たちが平田に群がる。

 綾小路を見ると、ほっとした表情を浮かべている。

 綾小路を見続けてると、一人の女子が彼に声をかけてきた。

 坂柳の側近の神室という女子だ。

 どうやら神室に呼び出しを受けたようだ。恐らく坂柳の使いで来たのだろう。

 閉会式が終わり続々と生徒たちが帰路につく。

 教室に戻り携帯を見ると一之瀬からチャットが届いていた。

 

『下駄箱で待ってるね』

 

 この後は恒例の二人きりの打ち上げだ。

 汗をかいたのでシャワーを浴びたいが仕方ない。俺は制汗スプレーを思いっきりかけて待ち合わせ場所に向かった。




クラスポイント一覧

Aクラス: 874
Bクラス: 673
Cクラス: 577
Dクラス: 192

次回は帝人が一之瀬に襲われます


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53話 変態でも好きでいてくれますか?


タイトルでお察し下さい


 下駄箱で落ち合った俺と一之瀬は、ケヤキモール内にあるカラオケ店に入った。

 いつもの狭い個室と違い、6人くらいが適正人数の大きめの個室に入り、ソファに並んで腰を落ち着かせる。

 

「今日は広いな」

「うん。大きめの部屋を予約しておいたんだ」

 

 大きめの部屋をわざわざ予約してくれた一之瀬だが、俺にぴったりとくっついてる。……大きめの部屋にした意味なくない?

 

「そっか。とりあえず乾杯するか」

「うん」

 

 大好きなカルピスで乾杯をする。コップを軽く合わせると、心地いい音が鳴り響く。

 

「最優秀選手賞おめでとう!」

「ありがとう」

「先輩たちを抑えて選ばれたんだから凄いよ!」

 

 一之瀬がべた褒めしてくれる。クラスメイトに沢山褒められたが、一之瀬から褒められるのが一番嬉しい。

 

「ま、一之瀬が応援してくれてたからな」

「あはは、私のおかげってことかな?」

「そうだな」

「そんな素直に言われると照れるよ……」

 

 一之瀬の横顔がほんのりとピンクに色づいた。

 

「そういえばなんでカラオケにしたんだ?」

「今日って体育祭じゃない? 学力テストの時より打ち上げする人が多いと思ってファミレスじゃなくてカラオケにしたんだよね」

「なるほど」

 

 確かに学力テストより体育祭の方が打ち上げする人が多いだろう。

 

「Cクラスの打ち上げはいつするの?」

「明日だよ」

「私たちと同じだね。Bクラスも明日するんだ」

 

 明日は土曜。お互い今日はゆっくり休んで明日はしゃぐつもりなのだろう。

 

「そっか。同じ店だったら面白いな」

「だね。あえてお店は聞かないでおくね」

「そうだな。そっちの方が面白そうだ」

「だよね」

 

 Cクラスはランチの時間にバイキングレストランを予約している。一人1500ポイントで1時間半食べ放題のお得コースだ。

 

「一之瀬は今日の成績どうだったんだ?」

「2位が一つで、後は4位と5位ばっかり」

 

 苦笑いしながら答える一之瀬。

 

「そっか」

「そんな微妙そうな顔しないでよ。……なんか私って運動神経いいイメージ持たれてるみたいなんだよね」

「だろうな」

「レース中に私を意外そうな顔で見てくる子多かったんだよ」

 

 でも一之瀬が運痴なのは仕方ないかもしれない。そんな立派なものを二つ持ってらっしゃるんだもの。

 

「そうだ。とりあえず一曲いっとく? それとも歌う元気ないかな?」

「そうだな……。今日はまったりするか」

「うん。眠たかったら寝ていいからね。その為に広い部屋予約したんだから」

 

 なるほど。確かにこのソファの大きさなら横になって寝れる。

 

「界外くん、疲れてるからさ」

「ん?」

「最初は打ち上げしない方がいいと思ったんだよ。でも二人で打ち上げしたくて。……ごめんね?」

「謝る必要ないぞ。俺も一之瀬と二人で打ち上げしたかったし」

「ほんと?」

 

 寄りかかり上目遣いで聞いてきた。

 

「……本当」

 

 やっぱクソ可愛いなこの子。一之瀬の上目遣いに慣れてきた俺だけどドキッとしてしまった。もしかして純粋だったころの俺に戻ってるんじゃ……。

 

「嬉しい。私と同じこと思ってくれてたんだ」

 

 そのまま腕に抱きつかれてしまった。もちろん豊満な胸の感触のオプション付きで。

 

「えへへ。来週も二人で打ち上げしようね」

「そうだな」

 

 来週は球技大会がある。月曜のホームルームで茶柱先生から詳細が明かされるだろう。

 

「そういえば球技大会って種目なんだろうね?」

「わからん。バスケかバレーがあるのを祈るよ」

 

 小6でバスケを辞めた俺だが、体育の授業で須藤を1on1で倒せたので他の生徒たちにも勝てるだろう。

 バレーは中2までしていたので、誰にも負けるつもりはない。

 

「それじゃ私も祈ってるね。バスケかバレーしてる界外くん見たいからっ」

「お、おう……」

 

 危ない。今思いっきり抱きしめたくなってしまった。だってこの子天使すぎるんだもん。

 

「ちなみに私は球技も苦手だから期待しないでね!」

「お、おう……」

 

 どうやら夏目を毎朝見てるおかげで俺の性癖は矯正されているようだ。いい傾向いい傾向。

 

「ちょっとトイレ行ってくるよ」

「うん。いってらっしゃい」

 

 上機嫌でトイレに向かう。トイレに入ると見知った顔と出くわした。

 

「よう帝人」

「なんだ正義か」

 

 橋本正義。Aクラスの生徒で俺の幼馴染。

 

「なんだとはひでぇな。一之瀬とデートか?」

「正解。正義は?」

「俺もクラスメイトの女子とデートだ」

「へぇ。彼女候補か?」

 

 俺と出くわす時はいつもぼっちだった正義だが、どうやらぼっちは脱却したようだ。

 

「どうだろうな。これからの付き合い次第だな」

「ほーん」

 

 なんだかモテる男が言いそうな台詞だな。

 

「そういえば最優秀選手おめでとさん」

「ありがとう。正義はどうだったんだ?」

「俺も1位と2位ばかりだったから学年別最優秀選手に選ばれるかと思ったんだけどな」

 

 残念。うちの平田が選ばれてしまいました。

 

「まさかCクラスに独占されるとは思わなかったぜ」

「うちのクラスを甘く見ちゃいかんぜよ」

「見てねえよ。坂柳さんも最大の脅威と認識してる」

「認識してんじゃねえよ」

「どっちだよ」

 

 坂柳に警戒されるとやばそう。なんか俺が考えつかない策略練ってそうだし。

 

「んじゃ俺はそろそろ行くわ」

「おう。またな」

「おう」

 

 正義と会話を切り上げた俺は用を足し、部屋に戻っていった。

 中に入ると一之瀬が不満そうな顔で俺を見てくる。

 

「もう遅いよー」

「悪い。正義と会って話し込んでた」

 

 謝りながら腰を下ろす。下ろした瞬間に寄りかかれる。

 

「橋本くん?」

「そう。あいつも女の子と来てるみたい」

「そうなんだ。橋本くんモテそうだもんね」

 

 そうなのか。確かに奇抜な髪型はしてるが顔は悪くない。

 

「……そうかもな」

「でも私は界外くんの方がカッコいいと思うよ」

 

 肩に頭を乗せながら一之瀬が言う。

 

「あ、ありがとう……」

「うん。……今日の界外くんも凄いカッコよかったよ……?」

 

 いかん。一之瀬の表情が蕩けてきた。

 

「……まあ、一之瀬が見てたから。かっこ悪いところは見せられないし……」

「……私?」

「私」

 

 カルピスを飲みながら一之瀬の問いに答える。

 

「そ、そっか、そうなんだ……。私のために頑張ってくれたんだ……」

 

 正確には自分のためなんだけどね。一之瀬のこういう反応が見たかったから。結局自己満足なのかもしれないな。

 

「それじゃ私も界外くんの為に球技大会頑張るね」

「無理しない程度にな」

「うん」

「そういえば昼休み以降は龍園に絡まれなかったか?」

 

 龍園の一之瀬潰しは失敗に終わった。龍園の処分も週明けにはわかるだろう。

 

「絡まれてないよ」

「ならいいんだが」

 

 本人曰く停学処分のようだが果たして。……いい加減諦めてくれないかな。くれないよね……。

 

「そうだ。それもお礼を言いたかったんだ」

「お礼?」

「うん。龍園くんから私を守ってくれてありがとう」

 

 ほとんど綾小路のおかげなんだけどね。俺一人じゃどこまで出来たかわからない。

 

「……どういたしまして」

「これからも守ってね……?」

「ああ」

 

 至近距離で見つめ合う二人。このままキスしそう……あれ? 眠たくなってきたぞ……。

 

「……どうしたの?」

「あ、いや。なんか眠たくなってきて……」

 

 どうやら知らぬ間に疲労がピークに達したようだ。

 

「そっか。なら寝ていいよ。まだ2時間以上時間あるし」

「でもな……」

 

 俺が寝てしまうと一之瀬が一人になってしまう。

 

「大丈夫。ほら無理しないで寝て寝て」

「……わかった」

 

 ここはお言葉に甘えて寝よう。今夜の禁書の放送を考えるとここで睡眠をとったほうがいいかもしれない。

 

「時間になったら起こすから」

「悪いな」

「悪くないよ」

 

 ソファで横になりまぶたを閉じる。欲を言えば一之瀬の膝枕で寝たかった……。

 そんな希望を心の中で言いながら俺は眠りの世界に旅立った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「寝ちゃった」

 

 私は今愛しの彼と二人でカラオケに来ている。

 そんな彼は私の隣で気持ちよさそうに寝ている。

 

「これすぐに効くんだ」

 

 私はポケットからとある薬を取り出した。

 睡眠導入薬。

 もちろん違法薬物ではなくドラッグストアで購入したものだ。

 私が購入した睡眠薬は『超短時間作用型』というもので、即効きはじめて2~4時間で効果がなくなるようだ。

 

「まあ体育祭の疲れもあったんだろうけど」

 

 この睡眠薬を彼がトイレに行ってる間に飲み物に混ぜたのだ。幸いカルピスを飲んでいたので、白い粉を混ぜても見た目でばれることはなかった。

 

「とりあえず鞄を漁らせてもらおうかな」

 

 彼の鞄を膝の上に乗せる。最近は教科書を教室に置いてきてるようで軽い。

 鞄を開けて中身をテーブルに順に並べる。彼の鞄にはジャージ、体操着、靴下、制汗スプレー、ハンドクリーム、リップクリーム、カードキーが入っていた。

 なんで靴下が入ってるんだろう。

 疑問に思った私は靴下を確認すると穴が空いてることに気づいた。なるほど。穴が空いちゃったから靴下を履き替えたんだね。彼の足を見ると真っ白で綺麗な靴下を履いてるのがわかる。

 

「わざわざ替えの靴下を用意してたのかな?」

 

 まあ理由はどうでもいいや。私は彼のジャージ、体操着、靴下を順に自分の鼻に押しつけて臭いを堪能した。

 

「それじゃ靴下頂くね」

 

 どうせ穴が空いてる靴下だ。捨てるなら私が貰っておかずに利用した方がいいだろう。本当はジャージも体操着も貰いたかったけれど、さすがに私が盗んだと彼にばれてしまうので我慢した。穴が空いてる靴下だけなら無くなっていてもそんなに気にしないだろう。

 

「さてさて、獲物もゲットしたことだし、帝人くんの可愛い寝顔を見させてもらおうかな」

 

 靴下を自分の鞄にしまい、彼の寝顔を見つめる。

 今回、睡眠薬を使ってまで彼を寝かせたのは寝顔を見つめるためじゃない。

 彼に悪戯をするためだ。

 なぜ彼に悪戯をするのか。

 それは彼がまったく私を苛めてくれないからだ。

 あのケヤキモールの一件以降、彼に苛められていない。たまに意地悪なことを言われるくらいだ。

 学校には毎日一緒に登校してるし、放課後や休日に遊んだり、さっきみたいにいちゃいちゃもしている。

 彼に大事にされていると実感もしている。

 それは嬉しい。嬉しいんだけど……

 

「大事にしてくれるだけじゃ満足できないんだよね」

 

 キミスイの映画を観た帰りに私は彼に冷たい態度を取られた。

 その時は、彼に嫌われたのかと思って絶望したけど、それは彼自身の欲望を満たすための行為だった。

 私が彼に嫌われることはない。

 それがわかってから、彼の私を見る冷たい目を思い出すと、ゾクゾクするようになった。

 あの目で見られながら、罵倒されたり、乱暴にされたりする自分を想像すると自慰が捗るのだ。

 もちろん彼とは仲良くいちゃいちゃしていたい。けれどたまには乱暴にされたい。

 女の子は複雑な生き物なんだよ。

 

 それと私の身体は彼に色々と開発されている。

 指を喉奥まで突っ込まれたり、胸を70キロもの握力で握り潰されたり、耳だけでイかされたり。耳を引っ張られたのも痛くて気持ちよかった……。

 

「帝人くん、私を使って自分の欲望を満たしていいんだよ?」

 

 私はソファで仰向けに眠る彼の上に跨り、体重をかける。

 彼は眠りが深いタイプのようで、これくらいじゃ起きないのは検証済だ。

 

「帝人君が私に気持ちを伝えてくれれば、私に何したっていいのに」

 

 つー……と、彼の頬を撫でる。

 にきび一つもない綺麗な肌。これも彼の努力の賜物だろう。十分な睡眠、適度な運動、化粧水と乳液による肌のケア。彼って意外と女子っぽいところがあるんだよね。そこが可愛い。

 私は指を焦らすような速度で頬から唇に移動させた。

 そのまま口内に指を入れ、軽く唾液を吸い取ってからまた離す。

 

「ふふふ」

 

 次に私の唾液をつけ、再び彼の口内に指を入れる。

 

「えへへ、間接キスだね」

 

 唾液の交換という、付き合う前からまたもレベルの高いプレイをしてしまったような気がする。

 でも仕方ない。一人じゃ性欲を満たすのには限界がある。だからこうして彼の身体を使って性欲を満たすのだ。

 

「帝人くんがいけないんだよ? 私を苛めてくれないんだもん」

 

 彼のワイシャツの第2ボタンを外すと、彼の鎖骨が姿を現した。

 

「なんだか身体が火照ってきちゃった」

 

 自身のブレザーを脱ぎ捨てる。リボンを外し、ブラウスのボタンも外した。

 もしこの状態で彼が起きたら完全にアウトだ。

 寝ている自分を襲う痴女だと思われるだろう。

 でもそのスリルがたまらない。

 秘部が熱くなってきた。

 

「愛してるよ帝人くん」

 

 それから2時間彼の身体を堪能しながら性欲を満たした。

 もちろんドア付近からは見えないよう死角になってるところで行為に及んだ。

 下着がぐちょぐちょに濡れてしまったので、寝ているの彼の近くで履き替えたけど、興奮してしまい結局新しい下着も濡れてしまった。

 

「うぅ……気持ち悪いよ……」

 

 寮に帰るまで濡れた下着で我慢するしかない。

 それよりそろそろ彼を起こさないと。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「界外くん、起きて。もう時間だよ」

 

 俺の耳に聞き慣れた声が吹き込まれた。

 体がぐらぐら動いている。どうやら体を揺さぶられてるようだ。

 

「……おはよ」

 

 パチリと目を開くと、一之瀬と目が合った。

 

「おはよう。ぐっすり寝てたね」

「本当に2時間寝てたのか」

「うん」

 

 彼女一人置いて何してるんだか。反省反省。

 

「……悪い。眠気覚ましにトイレ行ってくる」

「あ、それじゃカウンターで待ってるよ。界外くんの鞄も持ってくから」

「ありがとう」

 

 ボーっとしながらトイレに向かった。向かう途中で体の異変に気付いた。

 まず顔、首、手がびっちょりしている。耳の中も湿ってるようで違和感を感じる。寝てる間に大量の汗をかいてしまったのだろうか。

 それと指とズボンの股間あたりがカピカピしてる。

 ……夢精したわけじゃないよね?

 不安に駆られながらトイレの個室に駆け込んで確認したが大丈夫だった。

 手を洗いながら鏡を見ると首に赤い箇所があった。どうやら虫に刺されたようだ。一之瀬も刺されてないか心配だ。

 

「お待たせ」

 

 カウンターで待ってた一之瀬に声をかける。

 

「ううん」

「んじゃお会計してくるから待っててくれ」

「え、いいよ。割り勘にしようよ」

「10万ポイント入ったんだからこれくらい奢らせてくれ」

「……わかった。ありがとね」

 

 さすが付き合いが長い一之瀬。すぐに引き下がってくれた。

 お会計を済ませカラオケ店を後にする。

 

「あ」

 

 お店を出た瞬間に気づいた。

 

「どうしたの?」

 

 一之瀬が不思議そうに聞く。

 

「……夕食食べてない」

「あ」

 

 本来ならカラオケで夕食を済ます予定だった。

 だが俺が熟睡してしまったことにより、夕食を食べるのを忘れてしまったのだ。

 

「どうする? ファミレス寄るか?」

「えっと、今日はもう疲れたし、お弁当屋さんで買ってかない?」

「そうだな。そうするか」

 

 もう少し一之瀬といたかったのに残念。

 お弁当屋で俺は鮭弁、一之瀬は焼肉弁当を購入し帰路についた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 彼と別れた私は、すぐにシャワーで体を綺麗にし、湯船に浸かっていた。

 

「ふぅ、いい気持ち」

 

 今日は体育祭があったのでいつもより疲れた。競技多すぎだと思う。そのおかげで彼のカッコいい姿を沢山見れたからよかったけど。

 体育祭の彼は本当にかっこよかった。出る種目は全部1位だったし、団体競技でも活躍していた。

 そんな彼を牝の顔をして応援する女子が私以外に二人いた。

 堀北さんと桔梗ちゃんだ。

 特に桔梗ちゃんは彼と男女二人三脚に彼と出場していた。

 羨ましい。彼と密着しながら競技に参加出来るなんて……。

 ちなみに私は男女二人三脚には参加しなかった。もともと運動神経に自信がないのもあるけど、彼以外の男子と密着するのは嫌だったから。

 本当は彼にも男女二人三脚に参加して欲しくなかったけど、こればかりは仕方ない。

 なので心の中で桔梗ちゃんを罵倒しました。

 

 桔梗ちゃんに嫉妬した私だけれど、彼に怒りを覚えることはなかった。

 だって彼は龍園くんから私を守ってくれたから。

 とうとうこの体育祭で龍園くんによる私への攻撃が始まった。

 今回はクラスの女子に障害物競争で私を巻き込んで転倒させ、私から仕掛けたように見せて、冤罪に追い込む作戦だったようだ。

 この龍園くんの策は彼によって打ち破られることになる。

 彼はDクラスに協力者がいるようで、私を潰すための作戦会議をしている時の音声を入手し、私に提供してくれた。

 その音声データのおかげで、私の無実が証明できたのだ。

 作戦を企てた龍園くんは停学処分を受けるようだ。

 多分龍園くんは私を潰して、彼を怒らせて本気にさせたかったんだと思う。

 それほどまでに龍園くんは彼に執着している。彼に全敗してるんだからいい加減諦めてほしいけど無理だろうなぁ……。

 恐らく龍園くんは停学が明けたらなりふり構わず彼を潰そうとするだろう。それに私を利用する可能性も高いと思う。そろそろ龍園くんの得意分野の暴力を振るってくるかもしれない。今まで以上に気をつけて行動しないといけない。

 

 放課後。彼と恒例の打ち上げをするためにカラオケ店に行った。

 いつもの狭い個室と違い、大きめの部屋を予約した。

 理由は寝ている彼を襲うためだ。

 睡眠薬を使用し、彼を寝かしつけた。

 仰向けに寝ている彼に跨り、お互いの服をはだけさせた。

 ちなみに今日の私の下着の色は黒。青や白などが多い私だけど、今日は自分から攻めると決めていたので、大人っぽい色の黒を選んだ。

 

 まず彼と唾液の交換をした。いわゆる間接キスである。……ちょっと違うかな?

 続いで顔や耳の中などを舐めて私の唾液を彼の細胞に染み込ませた。それから首筋と鎖骨にキスマークを作った。

 

 上半身の攻めを終わらせると、彼の両腕を掴み、自身の胸を下着越しに揉ませた。ちなみに直に揉んでもらうのは付き合ってからと決めている。

 無人島試験の時みたいに寝ぼけて胸を握ってくれるかと期待したけれど、今回は握ってくれなかった。残念。

 もちろんそんなことをしていれば、あそこが濡れるのは当然で、疼きを収めるためにショーツ越しに彼の股間に秘部を擦りつけた。

 激しく動かすと彼が起きてしまうので、ゆっくりとしたリズムで擦りつけた。

 やがて彼に完全に覆いかぶさり、首筋を舐め、胸も秘部と同様に彼の身体に擦りつけながら、性欲を満たした。

 凄く気持ちよかった。一人でするのと気持ちよさのレベルが違う。

 そんな状態になれば自然と喘ぎ声が出てしまう。時間が経てば喘ぎ声が大きくなるのはわかっていたので、声が漏れないように彼の靴下を口の中に突っ込んだ。

 彼が一日中穿いていた靴下。

 それを口に入れただけで、愛液がどんどん溢れていくのがわかった。

 身も心も快感の波に呑まれ流された私は、時間ぎりぎりまで彼の身体を堪能した。

 

 退室の時間が近づき、彼を起こした。

 まさか自分が寝てる間に、私の性欲処理のために自身の身体を使われていたとは思いもしないだろう。

 帝人くんは私がこんなに変態だとは思っていないんだろうな。

 だから私を苛めるのを我慢してるのかもしれない。

 私がアブノーマルだと知れば、私を苛めてくれるかもしれない。

 でも付き合う前に性癖を打ち明けるのは勇気がいる。

 やっぱり彼と恋人になったら打ち明けよう。

 私がどうしようもない変態だってことを。

 

 彼はこんな変態な私でも好きでいてくれるだろうか。

 いてくれるよね。

 だって私をこんな変態にさせたのは帝人くんだもん。

 私がこんな下品で淫らな女になったのは帝人くんのせいなんだから。

 だから早く恋人になって、二人で性欲に溺れる生活を送ろうね。




次回はオリジナルの球技大会編です

フレ/ンダのシーン、丁寧に描写しすぎだろ……


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54話 球技大会①


オリジナルの球技大会編です
コミカライズ7巻の表紙は一之瀬と軽井沢ですね


 月曜日のホームルーム。今日は球技大会の種目別の参加メンバーを決めることになっている。

 

「先週の体育祭はご苦労だった。学年で1位だ。よくやった」

 

 2学期初日と同様に素直に褒めてくれる茶柱先生。心なしか表情も1学期より穏やかになってるような気がする。

 

「今週は球技大会がある。スポーツイベントが続くがみんな頑張ってくれ」

 

 俺みたいにスポーツ好きの生徒にとっては嬉しいだろうが、運動が嫌いな生徒には地獄だろうな。

 

「それでは球技大会の資料を配るからよく目を通すように。質問がある生徒は挙手しろ」

 

 前の席からプリントが回ってきた。すぐに目を通すと以下の内容が書かれていた。

 

・球技大会の種目

 男子:バスケット、ソフトボール

 女子:バレーボール、ソフトテニス

 

・大会方式

 学年別の総当たりのリーグ戦

 

・順位が与える影響

 各球技で1位を取ったクラスにはクラスポイントが50与えられる

 各球技で2位を取ったクラスにはクラスポイントが30与えられる

 各球技で3位を取ったクラスにはクラスポイントが10与えられる

 各球技で4位を取ったクラスにはクラスポイントは変動されない

 

「球技の詳細なルールは裏に記載してある」

 

 ふむふむ。バスケは1ゲーム2クォーターか。1クォーター10分だから1ゲームで20分。1日で3試合と考えると妥当か。

 

「体育祭より分かり易いだろう」

「先生質問いいですか?」

 

 一つ気になることがあるので今のうちに質問しておこう。

 

「界外。なんだ?」

「今回は体育祭と違って最優秀選手賞とかってないんですか?」

「ない。今回はチームスポーツだからな」

 

 ということはプライベートポイントの付与はなしってことか。

 

「わかりました。ありがとうございました」

「他にいないか?」

 

 茶柱先生が問いかけるが他に質問がある生徒はいないようだ。

 

「よし。それじゃ次に球技別の参加者を決めてくれ。参加表の提出は大会前日までだが早くメンバーを決めて球技別の練習に専念した方がいいぞ」

 

 球技大会まで5日間しかない。1日2時間の授業が割り当てられるが、メンバーは今日中に決めたほうがいいだろう。

 

「界外くん、堀北さん。今回は2人が仕切ってくれないかな?」

 

 平田が席を立って言ってきた。今回も俺かよ。平田はそんなに疲れていたのか……。

 

「……わかった。堀北は?」

「構わないわ」

 

 そう言い、俺と堀北は教壇に立った。教壇に立つと身長が大きくなったような気がして少し優越感を得られるのは内緒だ。

 メンバーの割り当てはスムーズに決まった。男子はバスケットに運動能力に優れた生徒が集まった。女子は均等に分かれたようだ。ちなみに男子バスケのメンバーは俺、綾小路、平田、須藤、三宅、池、本堂、博士の8人。博士は安西先生のポジションを希望のようだった。

 

 ホームルーム2時間目。俺を含めたバスケに参加する生徒は体育館に来ていた。

 

「まずみんなの実力を確認したい。バスケ経験者はいるか?」

「おう!」

 

 須藤が元気よく挙手した。知ってるからお前は手を挙げなくていいんだよ。

 

「……いないか」

 

 経験者は俺と須藤の2人だけだった。まあ綾小路、平田、三宅の3人は運動能力に優れているので問題ないだろう。

 

「それじゃ基礎練習から始めるか」

「基礎練習でござるか?」

「ああ。とりあえずボールハンドリングからだな」

 

 ボールハンドリング。簡単に言うとボールを手に馴染ませることだ。ボールハンドリングをたくさん練習することでドリブルやシュート、パスなどが自分のイメージした通りにボールを扱えるようになる。

 

「須藤は俺と一緒にみんなのをチェックしてくれ」

「わかったぜ」

 

 ボールハンドリングの練習法は大きく分けて5種類ある。最初にみんなに行って貰ってるのは『ボディーサークル』。ボールを頭・お腹・足の順にグルグル回す。重要なのはなるべく体を動かさずにボールを回すこと。

 

「うん。博士以外はオッケーだな」

「むほーんっ!」

 

 博士が奇声をあげてるが無視する。

 結局、1時間ずっとボールハンドリングの練習に費やした。

 

「ドリブルやパスの練習はしなくてよかったのかい?」

 

 教室に戻る途中で平田が聞いてきた。

 

「ああ。ドリブルやシュート、パスなどのレベルを上げるためにはまず、ボールのコントロールが必要だからな。次回からはドリブルやパス練習をするつもりだ」

「そっか。何事も基礎が大事ってことだね」

「そうだ。基礎がしっかりできていないと試合で力を発揮することは難しいからな。サッカーも同じだろう?」

「そうだね」

「まあ平田は十分基礎出来てるから個別に練習してもらいたいメニューがあるんだけど」

 

 チラッと平田を見ながら言う。

 

「するよ。球技大会に勝つためだからね」

「部活は大丈夫なのか?」

「うん。それで僕は何をすればいいのかな?」

「それはだな―――――――――――」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 昼休み。俺はいつものように堀北とベストプレイスで昼食を共にしていた。

 

「堀北はバレーだったか」

「ええ」

 

 もしソフトテニスがシングルスのみだったらソフトテニスを選んでいたのかな。

 

「お互い1位が取れるといいな」

「何を言ってるの。そっちは楽勝でしょ」

「どうだろうな。バスケ経験者が2人しかいないからな」

 

 謙遜したが堀北の言う通り負ける可能性は低いと思う。他のクラスにもバスケ部の生徒がいるが須藤より優れた選手はいない。その須藤に1on1で勝てたのだ。体力も堀北とのランニングのおかげで大分戻っている。後は試合勘だけだ。

 

「そう。……実は界外くんにお願いがあるのだけれど」

「なんだ?」

「あなたバレー経験者でしょ」

「そうだけど」

「手が空いた時で構わないから、私たちを指導して欲しいのよ」

 

 バレーの指導か。確かうちのクラスにはバレー部が一人もいないんだっけか。

 

「わかった。バスケの練習が優先だから、あまり時間は取れないがそれでいいか?」

「ええ。よろしくお願いするわ」

 

 よろしくお願いされました。しかしバスケとバレー同時に指導か。今週も疲れそうだ……。

 

「もちろん対価は支払うから」

「また手料理でも作ってくれるのか?」

「ええ。どうかしら?」

「よろしくお願いします」

 

 堀北の手料理は最近ますます磨きがかかってるからな。俺も追いつかれないように頑張らないと。

 

「それと一つ聞きたかったのだけれど」

「なんだ?」

「あなた、いつまで綾小路くんにお弁当を作ってあげるの?」

「今週までだ」

 

 綾小路に球技大会も本気を出すようお願いをしている。対価は俺の手作り弁当だ。

 

「……そう。彼も随分と餌付けされたものね」

「言い方」

 

 俺の料理が出来上がるのを待ってる綾小路を見て、犬みたいだと思ったことが何回があるけれど。

 

「ねえ」

「ん?」

「今回もクラスで打ち上げするつもりなの?」

「……いや。土曜にしたばかりだし、今回はしないつもりだけど」

 

 さすがに2週連続はないでしょ。疲れるし。

 

「そうね。……土曜は予定空いてるのかしら?」

「空いてるけど。漫画喫茶でも行きたいのか?」

 

 問いかけると堀北はゆっくりと頷いた。

 

「わかった。付き合うよ。今度は何の漫画を読みたいんだ?」

「幽遊白書よ。前に界外くんが勧めてくれたでしょ」

「そうだったな」

 

 スラムダンクに続きジャン○黄金期の漫画か。

 

「それじゃ約束よ」

「ああ」

 

 そういえば堀北会長は漫画読まないのだろうか。共通の趣味が出来れば仲良く出来ると思うんだよな。

 

 放課後。俺は球技大会の練習用に開放された第2体育館で自主練習に励んでいた。館内には俺と平田の2人しかいない。平田は俺に命じられたスリーポイントシュートの練習をしている。

 

「平田、まだ初日なんだから無理しなくていいからな」

「うん。でもコツが掴めてきたような気がするんだ」

「え」

 

 まだ初日なのにもうコツ掴めそうなの? これだからハイスペック野郎は……。

 

「サッカーでもロングパスが得意なんだ。それと少し似てるかもね」

 

 そういえば平田はボランチでプレイしてると言ってたか。恐らく守備より攻撃に秀でたボランチ。ロングパスが得意ということは、中盤の底で長短のパスを使い分け試合を司ってるのだろう。

 

「そっか。確かに似てるかもしれないな」

 

 手と足じゃ全然違うけどね。本人がそう感じて上手くいってるのなら問題ない。

 1時間ほど練習をし、俺は体育館を後にした。平田に声をかけたがもう少し練習するとのことだった。

 

「やほー。お疲れ様」

 

 更衣室に向かうと、一之瀬が待っていた。

 

「お疲れ。もしかしてずっと待ってたのか?」

「まあね。はい」

 

 一之瀬はそう言うと、タオルとスポーツドリンクを渡してきた。

 

「あ、ありがとう……」

「えへへ。なんだかマネージャーっぽいね」

 

 一之瀬みたいなマネージャーがいたら、どんな部員も毎日練習頑張れそうだ。

 

「そうだな。着替えるからもう少し待っててくれ」

「うん」

 

 タオルで汗を拭い、スポーツドリンクを飲み干してから着替える。制汗スプレーを思いっきりかけ更衣室を出た。

 

「お待たせ」

「ううん」

「タオル洗って返すよ」

「私が洗濯するからそのままでいいよ」

「え、でも……」

「いいから返して」

「は、はい……」

 

 今の一之瀬ちょっと怖かった……。

 

「それじゃ帰ろっか」

「ああ」

 

 体育館から下駄箱まで移動し靴に履き替える。

 

「ふふーん♪」

 

 鼻歌をしながら履き替える上機嫌な一之瀬。

 

「何かいいことあったのか?」

「なんで?」

「何か機嫌がよさそうだから」

「……うん。いいことあったよ」

 

 満面の笑みを浮かべて答える。

 

「バスケをしている界外くんが見れたから」

「……俺?」

「そうだよ。……カッコよかったよ」

「そ、そっか……」

 

 好きな子にカッコいいと言われると照れるな。何回言われても照れる。

 

「球技大会も楽しみにしてるね」

「ああ。一之瀬はバレーとテニスどっちに出るんだ?」

「バレーだよ」

 

 一之瀬がバレー。何だろう。急におっぱいバレーっていう映画を思い出してしまった。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもないっ」

「そう? そろそろ出ようよ」

「そうだな」

 

 一之瀬に促され玄関を出て寮に向かった。

 いつも通り彼女の歩幅に合わせて歩いてると、急に一之瀬が首を突いてきた。

 

「な、なんだよ……?」

「それ。虫に刺されたの。消えないね」

「あ、ああ。そうだな」

 

 一之瀬とカラオケに行った時に虫に刺されたのだが跡が消えない。寝てる時に引っ掻いたのかもしれない。

 

「カラオケの部屋に悪い虫がいたんだろうね」

「そうだな。一之瀬は刺されなかったのか?」

「うん。……本当は私も刺されたかったんだけどね」

「……なんで?」

「界外くんとお揃いになるから」

 

 にへへと笑みを浮かべながら言う。一之瀬の愛らしさにメロメロしてしまう。

 

「お揃いって……。馬鹿なこと言うなよ」

「あはは。ごめんごめん」

 

 うん。今日も一之瀬を苛めたいという衝動はやってこない。いい感じだ。

 

「それより10月ってイベントが続くよね」

「そうだな。体育祭、球技大会、中間テストもあるな」

「その中間テストなんだけどね」

「ん?」

「また二人でテスト勉強しない?」

 

 一之瀬と二人きりのテスト勉強か。期末テストの時もしてたけど、一之瀬が無防備な姿を晒したり、熟睡して泊まらせてしまったり、色々あったな。

 

「どうかな?」

「いいぞ。またクラスの勉強会が終わった後になると思うけど」

「うん。それじゃよろしくね」

「あいよ」

 

 そんなわけで、一之瀬との勉強会が決まったのだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ふんふーん♪」

 

 その日の夜。私は鼻歌を歌いながら帝人くんコレクションをベッドに並べていた。下着、ワイシャツ、ジャージ、靴下、そして今日収穫したタオル。

 

「帝人くんの汗が染み込んだタオル……」

 

 昼休みにチャットで彼から放課後に体育館で球技大会の練習をすると聞いてすぐにタオルを用意した。運動部に所属していない彼の使用済タオルを手に入れる。こんなチャンスは滅多にない。毎朝彼と一緒に走ってる堀北さんならチャンスはあるだろうけど、彼女は私みたいな変態じゃないから思いつかないだろうな。

 

「お風呂入っちゃったけど、少しくらいなら……いいよね?」

 

 風呂上がりなので我慢しようかと思ったが、我慢するのは身体によくないもんね。

 そんな言い訳をしながら、私は彼の使用済タオルに鼻を押し当てた。

 

「ん……」

 

 1時間以上バスケの練習をしていたからだろう。しっかりと彼の汗の香りがする。

 

「なんだろ、下着じゃないのに……これも変な気持ちになる……」

 

 ぼーっと頭が熱くなって、体がふわふわするような奇妙な感じだ。

 

「……帝人くん、帝人くん……帝人くぅん……っ」

 

 こんな風に匂いを感じてると、大好きな帝人くんに抱きしめてもらってるみたいで、幸せな気持ちになれる。

 

「まあ、エッチな気持ちにもなっちゃうんだけど」

 

 どうしよう。入浴中に3回しちゃってるし、今日もやめておこうかな。でもムラムラしてきたし……。

 

「……うん。やっちゃおうっ!」

 

 結局、1時間後にもう一度お風呂に入ることになった。

 お風呂からあがり、髪を乾かし、洗濯物を干し終えると時刻は11時を過ぎていた。この時間だと彼はもう寝てるだろう。

 

「私と付き合っても寝る時間は変わらないのかな」

 

 ちなみに私は毎日0時に就寝している。時折彼を思って自分を慰めたりして1時や2時に寝ることもある。夜更かししても肌は荒れないので今までは気にしていなかったけど、彼と付き合ったら彼の就寝時間に合わせないといけない。だって毎日彼の部屋で寝ることになるから。

 

「またテスト勉強中に寝たふりして泊まろうかな」

 

 今日は彼と中間テストの勉強会の約束を取り付けた。1学期の期末は4位だったので、今回は2位を取れるように頑張ろうと思う。でも彼と一緒だと勉強に集中出来ないんだよね。彼はどうなんだろう。私と一緒にいても勉強に集中出来てるのだろうか。

 

「今回も色々と攻めてみようかな」

 

 前回は谷間や透けブラを見せたけど、今回は別の方法で攻めようと思う。テスト勉強が始まるまでに考えないとね。

 

「……そうだ。画像フォルダの整理をするの忘れてた!」

 

 いけないいけない。彼と先日カラオケに行った時の写真をPCに取り込むのを忘れていた。写真の内容は眠ってる彼の画像が100枚ほど。半分は下着を晒した私と寝そべってる写真だ。これを堀北さんと桔梗ちゃんに見せたらどんな反応するんだろう。

 

「まあしないんだけどね」

 

 そんなことをしたら彼に私が変態だとばれてしまう。私が変態だと暴露するのは彼と付き合ってからだ。そうすれば彼も遠慮なく私を苛めてくれると思う。ドSの彼とドMの私。絶対相性抜群だよね。

 

「帝人くん帝人くん」

 

 彼の名前を連呼しながら画像をPCに取り込む。内臓HDD以外にバックアップ用に外付けHDDにも画像を保存する。中学時代の画像を合わせると容量は10GBを超えていた。これが彼への愛の容量だ。付き合ったらもっと容量は大きくなるだろう。

 

「久しぶりに中学時代の彼の画像を見ようかな」

 

 0時までまだ1時間はある。今日は昔の彼を目に焼き付けてから寝ようっと。

 中2の終わりから中学卒業までの彼を順に見ていく。上条さんの真似や金木くんの真似をしていた頃の彼を見る。……さすがに白髪はやり過ぎだと思う。カッコいいからいいんだけど。

 

「もしかして彼が髪を綺麗に手入れしてるのって、髪ダメージを気にしているからかな」

 

 ネットで調べたけど彼は小学生時代に髪を赤く染めてたようだ。そして中学で白髪。だいぶ髪を痛ませたと思う。だから高めのシャンプーやトリートメントを使ってるのかもしれない。

 

「本当帝人くんは可愛いところあるよね」

 

 この前はデート中にシアバターが配合されてるハンドクリームを買ってた。彼曰く凄くしっとりしていて匂いもいいようだ。そこら辺の女子より美容に気を使ってる……。

 

「肌スベスベだったなー」

 

 カラオケで彼の肌を堪能した。私の唾液も染み込ませたのでより綺麗な肌になってると思う。私も彼に舐められたい。もちろん顔だけじゃなくて色んなところを。……しまった。想像したら涎が垂れてきちゃった。

 この日は寝るまでに5回も果てたので、布団に入ってからは体が疼くことはなかった。

 明日からBクラスも放課後に球技大会の練習を始めるのでよかった。

 でも練習に集中は出来ないだろうな。だって近くで彼が練習してるんだもん。絶対彼に目を奪われてしまう。

 練習に集中してなかったら冴木さんに怒られそう。

 冴木さん。

 Bクラスの裏切り者。

 彼女が龍園くんと繋がってると気づいたのは無人島試験の時だ。

 金田くんと冴木さんが二人で行動してるのを気づかれないように後をつけたのだ。1年以上ストーカーをしている私にとって尾行はお手の物だ。

 冴木さんが私を嫌ってるのは入学当初から知っていた。

 彼女は私と学級委員長を争った仲で、投票で私が学級委員長に選ばれたのがいまだに納得していないんだろうね。後は彼女の大好きな神崎くんと一緒に行動してるのも気に入らないのだろう。

 もちろん私は愛しの彼がいるので、神崎くんに恋愛感情はない。けれど恋する乙女にはそんなのは関係ないのだ。私も恋する乙女だから彼女の気持ちはわかる。

 なので彼女に関してはしばらく静観するつもり。龍園くんにうちのクラスの情報を流す程度なら許してあげる。

 ただ私と彼の仲を邪魔するなら容赦はしない。

 その時は退学に追い込んであげるから気をつけてね。




球技大会編は次の話で終わりです


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55話 球技大会②

最近朝比奈先輩も可愛く見えてきました


 金曜日。球技大会の日がやって来た。この5日間は色々なことがあった。赤司モードでメンバーを鍛えたり、女子バレーの指導をしてる時にサーブが堀北の顔面に直撃したり、茶柱先生に煙草臭いと指摘し傷つけたりした。

 本当に色々なことがあった。

 

「界外、どうしたんだ?」

 

 物思いにふけてると須藤が声をかけてきた。

 

「何でもない。それより早く着替えて体育館に行くぞ」

「おう」

 

 毎日2時間の練習に放課後の自主錬。人事は尽くした。負ける気はしない。

 

「界外くん、みんな着替え終わったよ」

 

 平田が報告してきた。

 

「よし。それじゃ行こうか」

 

 不敵な笑みを浮かべみんなを率いて体育館に向かう。

 体育祭と違い球技大会に開閉式はない。試合以外の時間は自由行動も許されている。もちろん試合以外の時間は体を休めることは必須なので、俺のチームに試合後に遊びまわる馬鹿はいない。

 体育館に着くと俺たちに視線が集中する。体育祭で1位だったので注目されているのだろう。

 

「なんだあいつら」

「雰囲気がやべぇぞ」

「界外以外全員ピリピリしてるぞ」

 

 周りが何か言ってるが集中してる俺には聞こえない。

 コートを見るとBクラスとDクラスの試合が行われていた。Bクラスの面子で俺が知ってるのは的場だけだ。どうやらBクラスはソフトボールに力を入れたらしい。対してDクラスはバスケ部の小宮と近藤、ハーフの山田と強力な面子が揃っている。

 

「Dクラスが勝ちそうだね」

「そうだな。平田、みんなにアップをさせておいてくれ」

「試合見なくていいの?」

「問題ない。これくらいなら事前情報がなくても十分戦える」

「わかったよ」

 

 女子バレーが行われてる隣のコートに向かった。我がCクラスとDクラスが戦っている。Cクラスのメンバーは堀北、櫛田、軽井沢、小野寺、篠原、森の6人だ。点差を見ると15-8でCクラスがリードしている。1セット21点の1セットマッチなので、このままいけば勝てそうだ。

 

「俺もアップするか」

 

 バスケのメンバーがいる場所に戻り入念にアップをする。アップを怠ると怪我に繋がるから全員に入念に行うよう言ってある。

 アップを終え全員集合させる。

 

「それじゃ1試合目のスタメンを発表する」

 

 安西先生ポジションの博士がやりたそうな顔をしてるが無視する。

 

「俺、須藤、平田、三宅、本堂。最初はこの5人で行く」

 

 ポジションは以下の通り。

 

 PG 界外

 SG 平田

 SF 三宅

 PF 本堂

 C  須藤

 

 綾小路は点差関係なく中盤に出場させる予定だ。

 

「界外」

 

 須藤が係員から受け取った黄色のビブスを渡してきた。番号は4番。以前練習で違う番号のビブスを着ようとしたら須藤に怒られてしまったことがある。4番以外のビブスを切るのは須藤にとって許せないことらしい。

 

「ありがとう」

「おう」

「もうすぐ出番だな」

 

 最初の相手はAクラス。コートの反対側を見るとAクラスの面々が集まっている。正義や葛城など俺がしる生徒はいない。正義と戦ってみたかったのに残念だ。

 試合終了のホイッスルが鳴った。結果は21対46でDクラスの勝利だった。

 係の生徒が急いでモップをかける。

 

「Aクラス、Cクラスの出場選手はコートに入って整列してください」

 

 審判に促されコートに入り、整列をする。

 刹那、赤司をトレースする。

 練習で素の状態でプレイしたが、赤司をトレースした時と比べると散々な出来だったので、赤司をトレースした状態でプレイすることに決めた。

 

「洋介、健、明人、健太。僕の期待を裏切るなよ」

 

 赤司をトレースしてるのでチームメイトを下の名前で呼んでいる。ちなみに健太は本堂の名前だ。最初はみんな名前呼びに驚いていたが、今は慣れてくれたようだ。

 

「おうよ!」

 

 須藤が元気よく返事をする。他の面子も表情を見る限り問題なさそうだ。程よい緊張感を持っている。

 対してAクラスは俺たちを見て戸惑っているようだ。なんでだろう。

 まあいい。今は試合に集中だ。

 試合開始の笛と共に始まるジャンプボール。須藤が競り勝ち、ボールが俺の下に渡る。

 

「行くぞ」

 

 刹那、須藤と三宅が前線へと到達する。相手は試合開始直後に速攻されるとは思わなかったようで面を喰らっている。

 俺は対峙するAクラスの生徒を巧みにボールを操り、手を返すと、体を回転させ、華麗に抜き去った。

 そして前線に走り込んだ須藤にパスを供給する。

 

「おっしゃー!」

 

 丁寧にレイアップを決める須藤。

 

「先制だぜ!」

 

 須藤が笑顔で自陣に戻って来る。

 

「健」

「おう!」

「なぜダンクをしなかった?」

「え」

「最初にダンクをかましておけば相手チームにもっと動揺を与えられたはずだ。球技大会だからって手を抜いたか?」

「あ、いや……。わりぃ」

「わかればいいんだ。次は頼んだぞ」

「おう」

 

 俺に注意をされ須藤の表情が沈む。チームメイトはそんな須藤を慰めたりはしない。なぜならこの5日間で見慣れた光景だからだ。

 やるからには全力で勝利を掴む。

 中途半端なプレイをする者はコート上に不要。

 練習中に何度も言った言葉だ。

 

「この試合一気に決めるぞ」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「そんな……」

 

 Aクラスの生徒が呟く。

 1Q終了まで1分を切っていた。スコアは31-7でCクラスがリードしている。

 俺のゲームメイク、平田のスリーポイント、須藤のゴール下、三宅の器用貧乏、本堂の平均的なプレイでAクラスを圧倒していた。

 

「くそ、なんなんだよっ!」

 

 マッチアップする生徒に対し距離を詰めた厳しいチェックをする。抜かれるリスクは高まるが、冷静さを失っている相手には有効なディフェンス。

 焦って俺を抜こうとする生徒からボールを奪取する。

 

「あっ」

「雑だな。焦っても僕は抜けないぞ」

 

 一気に前線の三宅にボールを放り込む。すぐに相手が詰め寄ってきたが、冷静にフリーの平田にパスをする。

 平田がスリーポイントシュートを放つ。美しい放物線を描いたボールがゴールに吸い込まれた。

 直後、1Q終了のホイッスルが鳴る。

 スコアは34-7でCクラスが圧倒的リードをしている。

 

「ふぅ。思ったより大したことないでござるな」

 

 ベンチで堂々と座っている博士が言う。

 確かに予想より楽に試合を運べている。秀でた選手も見当たらない。

 

「洋介」

「なんだい?」

「最初の3分はお前にボールを集める。あいつらの心をへし折ってやれ」

「わかったよ」

 

 試合が進むにつれて相手チームのマークが緩くなっている。

 バスケは走りっぱなしの過酷なスポーツだ。更にAクラスは大量の点差をつけられている。体力的にも精神的にもきつい状況だろう。

 

「もうへし折れてそうだけどな」

「かもしれない。だがまだディフェンスをする気力はある」

「おいおい。ディフェンスをする気も起きないほどへし折るつもりかよ……」

 

 三宅が呆れたように言う。

 

「全力で相手を叩きつぶす。明人もスポーツをしているならわかるだろう」

「いや、俺弓道部だから」

 

 そういえばそうだった。昨日弓道のアニメが放送してるのを教えたな。

 

「清隆。健太と交代だ。2Qの頭から出ろ」

「わかった」

「健太、よくやった。次の試合も頼んだぞ」

「お、おうっ!」

 

 本堂も経験者じゃないのによくやってくれた。

 

「さああと10分だ。僕たちの力を観客を含め全員に示そう」

 

 いつの間にか観客が増えていた。Cクラスの女子はもちろん、一之瀬の姿も見受けられる。

 ただ赤司をトレースしてるのではしゃぐことは出来ない。この状態でいつものように一之瀬とイチャイチャしてたらキャラが崩壊してしまう。まあ試合が始まれば嫌でも集中するので問題はない。

 

 そして第2Q目が始まった。

 1Q目と同じく須藤がジャンプボールを競り勝つ。

 

「このままやられるつもりはないぞ!」

 

 交代で出場した生徒が俺に吠える。どうやらまだ諦めていないカッコいい野郎がいたようだ。

 

「そうか。だが前半とは同じと思わないことだ」

「……え?」

 

 俺はノールックでパスを出した。

 

「誰もいないぞ! どこにパスを出して――――」

 

 生徒の声が途切れる。理由は、すでにゴール下の須藤の手にボールが渡っていたからだ。

 いったい何人の生徒が気づいただろう。綾小路のミスディレクションを駆使した中継によるパスを。

 フリーでボールを受けた須藤がダンクを叩きこむ。

 ど派手なプレイに観客が湧いた。

 

「ダンクだ! すげぇ!」

「つーか今のなんだったんだ? いつの間に須藤がボールを持っていたぞ!」

「黒子のバスケじゃね?」

 

 最後のやつ正解だ。

 

「よし。どんどん清隆を使うぞ」

 

 一発目から綾小路を使えたのはよかった。Aクラスの生徒たちが激しく動揺している。

 相手ボールからのリスタートだが、明らかに集中を欠いていた。

 

「甘いな」

 

 死角から忍び寄り、スティール。ボールがはじけ飛んだ先には平田が待っている。

 

「綾小路くん、ナイスだよ」

 

 落ち着いてスリーポイントを決める。これでスコアは39-7。30点差がついてるがCクラスに油断している生徒はいない。全員すぐに自陣に戻り、ディフェンスに集中する。

 そこからはCクラスの独壇場だった。いや、虐殺ショーと言っても過言じゃない。

 あさっての方向に放たれたパスを綾小路が軌道を変更する。ノーマークの味方にボールが渡り、次々と得点を重ねていく。

 いつの間にかAクラスの選手と応援する生徒たちは、まるでお通夜を連想させるほど肩を落としていた。

 そして試合終了のブザーが鳴る。

 スコアは69-9。Cクラスの圧勝で終わった。

 

「ありがとうございました!」

 

 整列を終え、コートの外に出る俺たち。本来ならクラスの女子たちが労ってくれるはずだが、雰囲気がおかしい。……もしかして引かれてる?

 

「とりあえずクールダウンしようか」

 

 平田がみんなに声をかける。

 

「そうだな。次の試合は30分後か」

 

 体育館の時計を見ながら三宅が答える。

 

「それじゃいったん外に出ようぜ。ここじゃ邪魔だろ」

「だな」

 

 須藤に同調する綾小路。

 誰一人勝利を喜んでる者がいない。

 勝って当たり前。

 そんな雰囲気を俺たちは醸し出している。

 ……そうか。おかしいのはみんなじゃない。俺たちなんだ。どうやらみんなの意識を高めすぎたかもしれない。しかし今さらもとに戻すことは出来ない。

 球技大会終了まで後2試合。このままやっていくしかない。

 

「お疲れ様界外くん」

「お疲れ様っ」

 

 体育館を出る直前に堀北と櫛田が声をかけてきた。

 

「そっちもお疲れ様。お互い初戦勝利だな」

 

 バレーで奮闘していた二人を労う。

 

「……なんだよ?」

 

 二人が不思議そうな顔で俺を見ている。

 

「いえ。試合中と大分雰囲気が違ったから」

「うん。さっきまで凄い怖かったけど、今はいつもの界外くんだね」

「……そんなに怖かったのか……」

 

 確かにリアルに赤司みたいなのがいたら怖いか。だから小学生の時に試合に勝っても黄色い声援を浴びなかったんだろうな。

 

「う、ううん! 怖いって言っても私は大丈夫だからねっ!」

 

 櫛田が焦ったようにフォローする。

 

「大丈夫だ。相手に威圧感を与えれるし、そう思ってもらった方が好都合だ」

「そ、そうなの……?」

「ああ。それよりそろそろ試合じゃないのか」

 

 女子バレーを見るともうすぐで試合が終わりそうなスコアだった。

 

「うん。それじゃ行ってくるねっ」

「ああ」

 

 櫛田が駆け足でCクラスの女子たちが集まる場所に向かっていった。

 

「堀北は戻らないのか?」

 

 そんな櫛田をよそに堀北はずっと俺を見つめたままだ。

 

「……私は好きよ」

「え」

「試合中のあなたの顔。……いいと思うわ」

 

 マジか。堀北は赤司みたいなのが好みだったのか。

 

「そ、そうか……」

「ええ。それじゃ行ってくるわね」

「いってらっしゃい」

 

 堀北は小さく手を振り、櫛田の後を追いかけていった。

 

「まさか堀北がね……」

 

 そういえば思い当たる節がある。

 堀北会長だ。あの人は堀北を見る時はいつも冷たい視線を向けていた。

 なるほど。赤司モードの俺を兄貴と重ねてるんだな。まったく拗らせたブラコンだぜ堀北は。

 

 2試合目のBクラスとの試合も俺たちCクラスの勝利で終わった。スコアは67-6で圧勝だ。

 試合中の動きを見た限り、運動能力に秀でた生徒はおらず、バスケは捨てているように感じた。恐らく一之瀬ではなく神崎の指示だろう。ソフトボールはBクラスの勝利の可能性が高そうだ。

 Bクラスとの試合を終え、引き上げようとすると周りから無慈悲という言葉が聞こえてきた。

 無慈悲。

 周りからしたらそう見えてしまうのだろう。だがスポーツで試合中に手を抜くのは相手に失礼にあたる。それが球技大会だとしても。だから無慈悲と言われようが俺たちは全力で相手を叩き潰すのみだ。

 

 次の試合まで40分以上時間があるので、クールダウンを終えた俺は体育館裏にこっそり設置されているベンチに腰を下ろしていた。

 今日の試合を振り返る。

 久しぶりにバスケの真剣勝負が出来るのは嬉しい。けど物足りない。相手が弱すぎる。先週の体育祭は楽しかった。特に堀北会長との1200メートルリレーだ。どうやら今日はそれ以上に興奮することは出来なさそうだ。

 

「あ、いたいた」

 

 声ですぐわかる。俺の勝利の女神だ。

 

「一之瀬か」

「はろはろー。お疲れ様」

「お疲れさん」

「隣座っていい?」

「もちろん」

 

 了承すると、一之瀬が俺の隣に腰を下ろした。

 

「バスケ凄いね。2試合とも圧勝だね」

「まあな」

「うちのクラスもボロ負けしちゃったね」

 

 苦笑いしながら一之瀬が言う。

 

「Bクラスの男子はソフトボールに力入れてるんだろ?」

「やっぱわかっちゃった?」

「そりゃ試合すればわかるよ」

「そっか。あ、私の判断じゃないからね?」

「それもわかる。神崎の判断だろ」

 

 慎重な神崎らしい判断だ。俺たちもソフトボールは捨てたようなものだしね。

 

「うん。私が界外くんが小学生の時にバスケで全国優勝したことを教えたら、凄い警戒しちゃってね」

「そっか」

 

 予想通りの答えが返ってきた。

 

「一之瀬は調子どうなんだ?」

「私はチームの足を引っ張らないように必死な感じかな」

「一之瀬は運痴だもんな」

「また私を馬鹿にしてる!」

 

 頬を膨らませながら肩を叩いてきた。

 

「悪い悪い。それより試合は大丈夫なのか?」

「うん。まだ30分あるから。……だからね」

「ん?」

「少しこうしてていいかな?」

 

 そう言うと、一之瀬は俺の肩に頭をのせて寄りかかってきた。

 

「また橘先輩に怒られるぞ」

「これくらいなら大丈夫だよ。いいでしょ?」

「わかったよ」

「やった。ありがとっ」

 

 今度は手を握ってきた。甘えん坊モード炸裂である。

 

「界外くん」

「どうした?」

「あのね、もし私たちBクラスの女子バレーチームが優勝したら、お願いを一つ聞いてほしいの」

「お願い?」

「うん。もちろんCクラスの男子バスケチームが優勝したら、私も界外くんのお願いを一つ聞くつもり」

「俺も……?」

「そうだよ。何でもいいよ……?」

「な、何でも……」

 

 何でもお願い事を聞いてくれるのか。……なんか興奮してきたぞ。

 

「うん。……どうかな?」

「……わかった」

「ありがと。私、次の試合頑張るねっ!」

「俺も頑張るよ」

 

 さて一之瀬は俺にどういったお願いをしてくるのだろうか。願わくば俺の加虐心をくすぐらないお願い事であって欲しい。

 

「うん。……あ、そういえば界外くんに聞きたいことがあったんだけど」

「お願い事の次は聞きたいことか。なんだ?」

「……私、いつ水着姿見せればいいの……?」

「あ」

 

 それね。うん。完全にお願いするタイミングを見失ってしまったんだよね。

 

「もしかして忘れてた……?」

 

 ジト目で一之瀬が見てくる。

 

「忘れてない。タイミングを逃してしまっただけだ」

「タイミング?」

「ああ。もう少し後にしようと思ってたら10月に入ってしまってな」

「うん」

「さすがにこの季節に水着にさせると風邪引くだろ?」

 

 季節は10月の中旬。夜も少しは冷えるようになってきた。

 

「大丈夫だよ。だって部屋の中だし」

「え」

「だから早く言ってよ。私、水着を箪笥にしまわないで待ってたんだよ?」

「うっ」

「それとも界外くんは私の水着姿見たくないの……?」

 

 一之瀬が潤んだ目で見つめてきた。もちろん上目遣いのオプション付きで。

 

「……見たいです」

「ほんとに?」

「本当」

「……よかった。それじゃ今日見せてあげるね」

「今日っ!?」

「うん。……嫌なの?」

「嫌じゃないです」

 

 久しぶりに一之瀬にマウント取られてるな。これも俺の性癖が矯正されたからだろう。

 

「ふふふ。それじゃ今日は水着姿で打ち上げしよっかな」

「……つまり俺の部屋でってことか?」

 

 さすがに水着姿でファミレスやカラオケで打ち上げはしないだろ。

 

「うん。帰りにコンビニで飲み物やお菓子買おうよ」

 

 お菓子か。まあ球技大会も終わるし、たまにはいいか。

 

「わかった。……本当に水着姿で打ち上げするのか?」

「するよ。私の今年最後の水着姿堪能して欲しいな」

 

 艶めいた笑みを浮かべながら一之瀬が言う。

 わかりました。思いっきり堪能させていただきます。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 一之瀬との魅力的な約束を終えた俺は、最終戦であるDクラスとの試合に挑んでいた。

 DクラスはA、Bクラスより確実に強い。だが俺たちには勝てない。

 試合当初は須藤がゴール下でアルベルトに苦戦していたが、体格だけでは須藤に勝てなかったようだ。

 試合中盤の今では須藤を全く止められていない。

 小宮と近藤はバスケ部だが特に秀でたところはなく、俺たちの脅威にはならなかった。

 スコアは41-12でCクラスがリードしている。

 

「清隆、出ろ」

 

 本堂との交代で綾小路がコートに入る。

 そしてミスディレクションを駆使したプレイで更にリードを広げていった。

 またもや周りの生徒から無慈悲という言葉が聞こえてきたが気にしない。

 

 試合終了まで後3分。勝敗は明らかなので観客も盛り上がっていない。だがこの状況の中、Dクラスに諦めない生徒が二人いた。小宮と近藤だ。意外と根性があるんだなと感心したが、こいつらが頑張ってる理由は観客を見てすぐにわかった。

 佐倉だ。

 珍しく眼鏡をしていない佐倉が応援している。恐らく綾小路を応援してるんだろうけど。

 小宮と近藤は佐倉にいいところを見せたいのだろう。その気持ちは十分わかる。俺も一之瀬の前ではカッコいいところを見せたい。

 けれど勝負は残酷である。

 小宮と近藤が全くいいところを見せないまま、試合終了の時間が迫っている。

 そんな時だった。

 俺は自陣でボールを後ろにいた綾小路にパスをした。

 違和感を感じたのはパスを出した直後だった。

 なぜボール運びをしないで後ろにパスを出した。

 そもそも中継役である綾小路がなぜ俺の後ろにいるんだ。

 

「確かこうだったか」

 

 背中がゾクッとした。

 待て。綾小路は何をしようとしてるんだ。

 確認しようと後ろを振り返るとそこには……

 

「……っ!」

 

 俺のパスを手のひらで押し出そうとする綾小路の姿だった。

 そして綾小路の手から尋常ならざるスピードのパスが放たれた。まるでレーザービームのようなパスがゴール下に走り込んでいる須藤の元へ突き進んでいく。

 

「……駄目だっ! とるなっ!!」

 

 ボールを受けるため、手を出そうとした須藤に大声で指示を出す。

 その声に反応し、須藤は伸ばしていた手を引っ込める。

 受け手を失ったボールは、そのまま壁に激突した。

 直後に激しい衝突音が館内に鳴り響く。

 そして衝突音の次に待っていたのは、静寂。

 綾小路のイグナイトパスに試合を見ている全員が放心してしまっている。

 それほどまでに強烈なパスだった。

 

「……清隆、凄い目立ってるぞ」

「失敗したか」

 

 こんなパスを出せば目立つに決まっている。

 目立ちたくない綾小路に心情の変化でもあったのだろうか。

 試合が終わったら聞いてみよう。

 結局試合は53-15でCクラスの圧勝で終わった。

 試合後にボールが激突した箇所を見てみると、思いっきり凹んでいた。

 もしこのパスを須藤が受けていたらと思うとゾッとする。

 この日初めて俺は相棒に恐怖感を抱いた。

 

 球技大会は全球技無事に終了した。

 各球技の結果は以下の通りだ。

 

・男子バスケ

 1位 Cクラス

 2位 Dクラス

 3位 Aクラス

 4位 Bクラス

 

・男子ソフトボール

 1位 Bクラス

 2位 Aクラス

 3位 Dクラス

 4位 Cクラス

 

・女子バレー

 1位 Bクラス

 2位 Cクラス

 3位 Dクラス

 4位 Aクラス

 

・女子ソフトテニス

 1位 Aクラス

 2位 Bクラス

 3位 Cクラス

 4位 Dクラス

 

 球技大会の結果を踏まえての獲得クラスポイントは以下の通り。

 

 Aクラス……プラス90cl

 

 Bクラス……プラス130cl

 

 Cクラス……プラス90cl

 

 Dクラス……プラス50cl

 

「やっぱりBクラスは強いな」

 

 放課後。俺は教室で黒板に貼りだされた結果が記載された紙を見ていた。

 

「そうね。Aクラスとの差も縮められなかった」

 

 隣に並ぶ堀北が腕を組みながら不満げに言う。

 

「けれどあなたが得た150ポイントが加算されるから私たちは」

「ああ」

「来月からBクラスね」




ぶっちゃけ綾小路のイグナイトパスがやりたいだけでした


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56話 堀北のストレス発散方法


東京喰種、アニメでセッ○スシーンやりやがりましたね
原作見てたからやるかもとは思ってたけど


 

 放課後。先週と同じく下駄箱で一之瀬と落ち合った後にコンビニに向かった。そこでお菓子とジュースを多めに購入した。買い物を済ませ、寮に戻り打ち上げの準備をする。一之瀬は水着を自室に取りに行くため一旦別れた。

 20分ほどして紙袋を持参した一之瀬が部屋にやって来た。

 

「お待たせ」

「いや。準備は出来てるぞ」

「ありがとう。私も準備してくるね。脱衣所借りていい?」

「……本当に水着になるのか?」

「なるよ。それじゃ着替えてくるね」

 

 そう言い、一之瀬は脱衣所に入って行った。

 まさか水着姿の美少女と自室で飲み食いするイベントが発生するとは夢にも思わなかった。

 

「……」

 

 クッションに腰を下ろすが落ち着かない。自室で一之瀬が水着に着替えてるのだ。落ち着けるわけがない。

 

「……大丈夫だ。水着姿を見ても興奮するだけだ」

 

 彼女の泣き顔を見るわけではない。だから嗜虐心は刺激されないはず。

 ここ二週間は青ざめた表情の櫛田に嗜虐心が刺激されただけで、一之瀬に対しては欲望は抑えられている。

 だから今日だって大丈夫だ。

 そう自分に言い聞かせながら一之瀬が着替え終わるのを待った。

 

「お待たせっ」

 

 脱衣所から現れた一之瀬は、あの日と同じオレンジのビキニを完璧に着こなしていた。

 

「久しぶりの水着姿どうかな?」

 

 身体を回転させながら一之瀬が聞いてくる。

 たった一枚の布で支えられた大きい二つの乳房、桃のような大きなお尻をこれぞとばかりに見せつけてくる。特に回転してるのではちきれんばかりの双丘は激しく揺れている。

 

「え、えとぉ……界外くん? もしもーし?」

 

 すぐ目の前にある、わけわからんくらいエロい存在。

 久しぶりに見た最愛の人の水着姿に、俺は言葉を失ってしまった。

 

「……あ、ああ。……うん、綺麗だな」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら、何とか感想を言う。

 

「あ、もしかして……界外くん、照れちゃってる?」

 

 こちらの胸の内に気づいたらしい一之瀬が、問いかけてくる。

 素直に答えるのが悔しいので、沈黙する。それが答えになってしまった。

 

「……ふーん。そっかそっか。私の水着姿を見て照れてくれてるんだ」

 

 一之瀬は口角を上げ、妖艶な笑みを浮かべる。

 

「今日は本当に界外くんの為だけの水着姿だよ。だから……たっぷり堪能してね?」

 

 一之瀬は前かがみになり、挑発するように近づいてくる。

 このままではマウントを取られると思った俺は、テーブルの上の携帯を手に取る。

 ホーム画面のアイコンをタップし、カメラアプリを起動。

 そして一之瀬の水着姿を撮影した。

 

「……なんで撮ったの?」

「堪能しろと言われたから」

「そ、そっか……。ほ、本当に堪能しちゃうんだ……」

 

 どうやら一之瀬はエロいことを想像しているようだ。

 

「それよりそろそろ打ち上げ始めようぜ」

「え、あ、そうだね」

 

 カルピスを注いだコップを一之瀬に渡し、乾杯をする。

 喉が渇いていたのか、ごくごく飲む一之瀬。

 俺は動作するたびに揺れ動く彼女の胸にどうしても目がいってしまう。何とか目を逸らそうとすると、彼女の膝に貼られた絆創膏が目に入った。それは先週の体育祭でDクラスの生徒に巻き込まれ転倒した際に負った傷だ。

 

「一之瀬、膝大丈夫か?」

「膝? あー、これね。うん、大丈夫だよ」

「でも絆創膏張ってあるけど」

「これは水着姿で傷跡見せたくなかったから。もう治りかけてるから安心して」

「……そっか」

 

 まあ擦り傷なので跡は残らないだろう。しかし女子とはいえ、俺以外の人間に一之瀬が傷を負わされるのは気に入らない。……駄目だ。矯正できたと思ったけど根本的な部分が直ってない。これは時間が掛かりそうだな。

 

「心配してくれてありがとねっ」

「いや」

 

 自分の性癖に嫌気が差しながらも打ち上げは続いた。

 最初は対面に座っていた一之瀬だったが、時間が経つと寄り添うように隣に座ってきた。

 

「あのね界外くん」

「なんだ?」

「Bクラスの女子バレーが優勝したの知ってるよね?」

「ああ」

 

 わがCクラスの女子バレーは惜しくも2位だった。一之瀬のおっぱいバレーには勝てなかった。

 

「約束覚えてる? 優勝したらお願いを一つ聞いてくれるって」

「もちろん。俺も男子バスケ優勝したからお願い事していいんだろ?」

「うん。それでね……先に私のお願いを聞いてほしんだけど……いいかな?」

 

 肩に頭を乗せ、上目遣いで聞いてきた。

 櫛田よ。俺をドキドキさせたいならこれくらいのことをしてくれなきゃ駄目なんだぞ。

 

「……ねえ」

「ん?」

「今他の女子のこと考えなかった?」

 

 ひぇ。まさか一之瀬は学園都市第五位さんだったのか。

 

「考えてない。水着の一之瀬に寄りかかれて他の女子のこと考えるわけがないだろ」

 

 ごめんなさい。うちのクラスの問題児のこと考えてました。

 

「そ、そう? えへへ……照れちゃうな」

 

 頬を染めながら一之瀬が笑う。

 

「それでお願い事って?」

「……うん、それなんだけどね」

「ああ」

 

 一之瀬のお願い事って何だろ。また耳責めを要求されるんだろうか。水着姿であんな体勢で抱きつかれたら秒で昇天しちゃうんだけど。

 

「私のこと……名前で呼んで欲しいの」

「名前で?」

「うん。もう付き合いも長いし、そろそろいいかなって……。どうかな?」

 

 まさかそんな純粋なお願い事だとは。

 

「いいぞ」

「ほんと?」

「ああ」

「やったっ。……それと私だけ名前で呼ばれるのもアレだから、帝人くんって呼んでもいいかな……?」

「……っ!」

 

 やべえ。一之瀬に名前で呼ばれたよ。女子に名前で呼ばれたのなんて幼稚園以来かもしれない。

 

「いいよ」

「あ、ありがとう……帝人くん」

 

 一之瀬に名前で呼ばれるだけで胸が熱くなる。

 

「それじゃ……私のことも帆波って呼んで?」

 

 情感を込めた声でお願いをしてくる。

 

「……帆波」

「帝人くん」

「帆波」

「帝人くん」

 

 なぜかお互いの名前を連呼し出す俺と帆波。二人とも壊れちゃったかな。

 

「……慣れないな」

「そのうち慣れるよ。帝人くん」

「だといいんだけど」

 

 今日は青春ポイントが大分溜まったな。これで帆波が水着姿じゃなければ爽やかな青春ものだったんだが。

 

「帝人くんっ」

 

 帆波が俺の名前を呟きながら腕に抱きついてきた。

 水着越しの胸の感触が腕に伝わる。強く抱きついてるので、帆波のたわわな果実が形を変え、押し潰したビーズクッションみたいになっている。

 

「えへへ」

 

 帆波も俺と同じく名前で呼び合うことに幸せを感じてるようだ。

 

「あ、そうだ!」

「ん?」

「帝人くんのお願い事ってにゃにかなー?」

「うーん、そうだな……」

 

 特に考えてなかった。球技大会中はほぼ赤司モードだったからな……。

 

「なんでもいいよ。私、帝人くんのお願いなら何でもするよ?」

 

 ん? 今何でもするって言ったよね?

 ……ネタは置いておいて。さて、どうするかな。あまりエッチなお願い事は出来ないからな……。

 

「……決めた」

「なになに?」

「耳掃除をお願いします!」

「いいよ。それじゃ今からやる?」

「お願いします」

 

 棚から耳かきと綿棒を取り出し、帆波に渡す。

 

「それじゃここに頭乗せてくれる?」

 

 帆波はそう言って、俺の頭をゆっくりと自分の太ももの上に導いた。

 俺は帆波の両足の間に頭を置く形で体を横たえた。左耳が上に向くよう顔を傾けると、顔の右側が柔らかい感触に包まれた。

 無人島試験でも膝枕をしてもらったけど感触が全然違う。帆波はあの時ジャージを穿いていた。今回は水着姿。つまり帆波の生足に頭を乗せている。正直たまらん。

 

「かゆいところあったら言ってね」

 

 そう言い、耳かきが左耳に挿入された。

 帆波の太ももを堪能しながら、耳の中が掃除されていく。どうやら大分耳垢が溜まっていたようで、次々と耳垢が取り出されていった。

 

「気持ちいい?」

「気持ちいい」

 

 特に太ももが。帆波の肉付きのいい太ももは膝枕として最高級だ。

 

「そっか。よかったら定期的に私が耳掃除してあげよっか?」

「いいのか?」

「うん。この溜まり具合を見る限り、帝人くんは自分で掃除しないでしょ?」

「そうだな」

 

 するとしたら耳の中がガサガサした時くらいだな。

 

「だから私がしてあげる」

「それじゃお願いするよ」

「お願いされましたっ」

 

 可能であれば水着姿で耳掃除されたい。もちろんそんなことは言えずに帆波による耳掃除が終わった。

 耳掃除を終えると、俺と帆波は録り溜めたアニメを一緒に消化した。そして夜の10時ごろになると帆波は自室に帰っていった。

 

 風呂から上がり携帯をチェックすると帆波からチャットが来ていた。

 

『今日は楽しかったね。今度は私も耳掃除して欲しいな』

 

 どうしよう。帆波に耳掃除したら大変なことになりそうな気がする。けれど俺だけして貰うのも何だかな。

 

『わかった。して欲しい時は言ってくれ』

 

 帆波の喘ぎ声が自室で響いたのは翌日のことだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 2学期が始まってから1ヶ月以上が経とうとしていた。

 他人を受け入れ始めた私を慕ってくれる生徒が増えていた。特に松下さん、佐藤さん、篠原さんの3人組と一緒に行動することが多い。

 彼以外の人と親しくなるのは非常にストレスが溜まるが、彼が喜んでくれるので我慢した。

 それにストレスを発散する方法も見つけた。

 自慰。

 自分がマゾヒストだと自覚してから毎日行っている。

 毎日入浴中に自分を慰めてから就寝している。

 ストレスの発散方法は人それぞれだろうけど、私には自慰がストレス発散に最適だった。

 

 自慰以外に性欲を満たす行為を毎朝行っている。

 それは日課の彼とのランニング後のストレッチだ。正確にいうと柔軟体操。私は体が硬く、彼にいつも激痛が走るまで背中を押して貰っている。

 本当は頭をはたいてもらいたいのだけれど、2学期になってから彼に一度お願いをしたら強く拒絶されてしまったので、控えているのだ。

 その為、彼から痛みを与えてもらう方法を考え、運動後の柔軟体操にいきついたのだ。

 ランニング後の疲労困憊してる体に痛みを与える。

 それも彼から痛みを与え貰えるのだ。

 私は毎日至福の時を感じている。

 ストレッチが終わると私はあそこを濡らした状態で彼と寮に戻る。それを毎日繰り返している。

 

 朝の柔軟体操と夜の自慰行為。

 この二つがあるから今の堀北鈴音は成り立っている。

 

 2学期はスポーツのイベントが続いた。

 まずは体育祭。本番の1ヶ月前から体育祭のために時間割が変更されるほど大がかりなイベントだ。

 体育祭では平田くんの指名で私と彼が仕切ることになった。入学してから初めて平田くんに感謝した。

 私が女子を仕切ることに軽井沢さんは少し面白くなさそうな顔をしていたが、面と向かって不満や文句を言われることはなかった。

 また体育祭ではBクラスと同じ赤組になった。

 Bクラスと手を組む団体競技があったので、Bクラスの学級委員長である一之瀬さんと彼や神崎くんを交えて何回か打ち合わせをした。

 その打ち合わせの時間は、無人島の時と同様に私を惨めにした。

 明らかに彼と一之瀬さんの距離が縮まっているのがわかった。彼女に勝てないのはわかっていたが、やはり嫉妬してしまう。

 そんな劣等感を払拭すべく練習に打ち込んだ。

 彼のパートナーとして戦えることに満足しようと思った。

 けれどクラス内でも私を嫉妬させる人物がいた。

 櫛田桔梗。

 私と同じ中学出身でクラスの裏切り者。

 彼女は私を押さえて彼の二人三脚のパートナーに選ばれた。もちろん私は彼のパートナーに立候補したが、タイムで負けてしまい、櫛田さんが彼と二人三脚に出場することになったのだ。

 クラス内で彼の隣は私の場所だ。私の居場所を奪った櫛田さんが憎くて憎くて仕方がなかった。

 彼は櫛田さんのことを何とも思っていないようだが、それでも彼の隣にいるのが許せなかった。

 

 彼の二人三脚のパートナーに選ばれなかった夜。

 私は試しに自分を傷つけてみた。

 けれど痛みを感じるだけで、気持ちよさは感じられなかった。

 結局、その日は早朝まで残虐非道な彼に乱暴にされる自分を妄想しながら自分を慰めた。

 

 体育祭の一週間前。この日は参加表の提出期限だった。櫛田さんが参加表をDクラスに流出させると予想した彼と私は、ダミーの順番をみんなに発表した。

 翌日。参加表を無くしたことを理由に、順番を変更したことをクラス全員に発表した。その時の櫛田さんの顔は傑作だった。あんな青ざめた表情をする彼女を見るのは初めてだった。

 

 10月上旬。体育祭が開催された。私たちCクラスは順調に得点を重ねていった。また櫛田さんがDクラスにダミーの参加表を流出してくれたおかげで、Dクラスの得点を抑えることにも成功した。

 上級生が不甲斐なかったせいで、赤組としては負けたけれど、学年別で私たちCクラスは1位になった。

 また彼は最優秀生徒賞に選出された。出場した個人種目は全て1位だったし、最後の1200メートルリレーでも6位でバトンを受け取ったにも関わらず3位入賞を果たした。兄さんとの激闘は今後も語り継がれると思う。

 

 体育祭から一週間後には球技大会が開催された。私はバレーに出場することになった。体育祭と違い一週間しか練習期間はなかったが、最善は尽くしたと思う。バレーの練習では彼にコーチをお願いした。彼は快く引き受けてくれた。

 彼にコーチをお願いしたのには理由が二つある。一つは純粋に技術的指導。もう一つは私の欲望を満たすため。レシーブ練習で彼に強めサーブをお願いし、わざと顔面で受けたのだ。間接的だが彼に痛めつけられ幸せだった。

 大会は90clを獲得し2位で終わった。Bクラスには突き放され、Aクラスとの差は縮まらなかった。……球技大会の結果だけならば。

 恐らく11月のクラスポイントが発表されれば全員驚愕するだろう。なにせ私たちがBクラスに昇格するのだから。Cクラスに降格する一之瀬さんの顔を見てみたい。

 

 スポーツイベントはこれで打ち止めだろう。今後は学力による特別試験が行われると予想している。

 私たちCクラスは学業優秀な生徒がAクラスより少ない。1学期の期末では学年1位から3位を独占したけれど、須藤くんを筆頭に勉強が苦手な生徒もいる。彼らの平均点を伸ばすことが重要になるだろう。

 もちろん私自身の点数も伸ばすつもり。前回同様学年2位を目指す。彼とのワンツーフィニッシュ。学力では一之瀬さんに負けたくない。

 

「だから勉強に集中したいのだけれど」

 

 私は自室で予習をしているがいまいち集中できないでいた。

 原因は彼だ。

 バスケの試合中の彼の目が忘れられない。自分以外のすべての人間を下に見るような冷たくて強い目だ。

 試合中はずっと彼の目を見ていた。

 あの目で罵倒されたい。蔑まれたい。暴力を受けたい。

 精神的にも肉体的にも傷つけられたい。

 私は球技大会中ずっとそう思っていた。

 彼は私に優しいので、私が彼にあんな目を向けられることはないだろう。

 あんな目を向けられるのは彼を怒らせた人間だけ。

 わざと彼に怒られるようなことをすればいいのだろうか。そうすれば私にあの目を向けてくれるかもしれない。

 けれど怒らせて嫌われるのは嫌だ。

 彼に嫌われたら私は生きていけない。

 今勉強してるのだってテストで2位を取るためもあるけれど、一番の理由は彼に褒められたいからだ。

 彼に怒られたい自分と褒められたい自分がいる。

 恋愛は複雑だ。

 

「……駄目ね。今日はもう寝ましょう」

 

 枕の下に彼の写真を入れる。これは以前漫画喫茶で彼が寝ていた時に撮影した写真だ。

 この写真を枕の下に入れると、高確率で彼の夢を見る。それも彼に犯される夢だ。

 現実では無理だからせめて夢の中では彼に犯されたい。

 

「今日も犯してね」

 

 そう願い事を口にしながら私は眠りについた。




次回から櫛田メインの話が暫く続きます


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57話 裏切り者の末路


しばらく櫛田が酷い目にあいます!


「協力関係を解消するってどういうこと、龍園くん」

 

 木曜日の放課後。

 私は人気のない屋上で、Dクラスのリーダーである龍園くんに詰め寄っていた。

 

「そのままの意味だよ。俺はお前に今後協力はしない」

 

 龍園くんは小さく鼻で笑うと、手にしたペットボトルを口に含んだ。

 

「だからその理由を聞いてるの!」

「そりゃ桔梗、お前の利用価値がなくなったからだ」

「…………は?」

 

 私に利用価値がない? 彼は何を言ってるんだろう。

 

「ふざけないで。私はあんたの指示通に情報を提供した。船上試験でも体育祭でもね」

「そうだな。だが体育祭では何も役に立たなかった」

「それは参加表を紛失したから。順番が入れ替わったのは仕方ないでしょ。私の責任じゃない」

「はっ」

 

 私を馬鹿にしたような笑みを浮かべる龍園くん。さっきから鼻につく。

 

「本当にそう思ってるのか?」

「え」

「あのすけこまし野郎が本当に参加表を無くしたと思ってるのか?」

「……もしかしてわざとってこと?」

 

 確かに界外くんがそんな単純なミスをするとは考えにくい。

 

「そうだ。恐らく最初に発表した参加表はダミーだったんだろうな。俺とお前はまんまと騙されたわけだ」

「……ちょっと待ってよ。とすると界外くんはクラスに裏切者がいるって気づいてるってこと?」

「だろうな。じゃなきゃこんなことしねぇだろ」

 

 もしかして彼は私が裏切り者だって気づいてる? いや、それなら私と二人で行動したりしないはず。……違う。裏切り者の私の様子を見ていたってこと?

 

「ククク」

「な、なに笑ってるの……?」

「そりゃお前が面白い表情してるからに決まってるだろ」

「……っ!」

 

 しまった。こいつの前で動揺した顔を見せてしまった。

 

「まさか桔梗のそんな顔が見れるとは思わなかったぜ。最後に面白いもの見せてもらったな」

「最後って……?」

「だから言ったろ。お前にもう利用価値はない。お前とこうして話すのも最後だろうよ」

「ふーん。……それで私の協力がなくて彼に勝てるの?」

「あ?」

「龍園くん、彼に全戦全敗だよね。私、あんたが彼に勝てる姿が想像出来ないんだけど」

 

 言われっぱなしなのはムカつくので軽く挑発をしてみる。

 

「言ってろ。……それより桔梗。お前には最後に大仕事をやってもらうぜ」

「言ってる意味がわからないんだけど。私との協力関係は終わりでしょ」

「ああ。まあ楽しみに待ってな」

 

 龍園くんはそう言い残し、屋上を後にした。

 使えない。あれだけ情報を提供したのに龍園くんは彼に一度も勝てなかった。

 これからどうしよう。

 堀北鈴音を退学させるにはどうすればいいか。

 堀北鈴音。

 私と同じ中学出身で、この学校で私の過去を知る唯一の人物。

 そして他人を見下し、自分を高尚な存在だと自負しているクソ女。

 

 私は堀北を退学させるために、龍園くんと協力関係を結んでいた。ついさっきその関係は解消されたわけだけど。

 あの女がいる限り私の心に平穏は訪れない。

 あいつの性格だと私の過去を他人に言いふらすことはないだろう。けれど可能性はある。可能性がゼロじゃないかぎり私は安心出来ない。

 だから私は堀北を退学させる。

 どんな手段を使っても。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 翌日の金曜日。

 寝坊してしまい、いつもより10分遅く学校に着いた。昨晩はストレスが溜まり、なかなか寝付けなかった。そのせいで寝坊してしまったのだ。

 

「おはようっ」

 

 いつもの笑顔で教室に入る。

 

「お、おはよ……」

「あ……」

 

 おかしい。いつもならみんな元気よく挨拶を返してくれるのに。それに私を見て困惑しているようだ。

 

「寛治くん、おはよっ」

「え、ああ……」

 

 なんだコイツ。私が挨拶したのに苦笑いしてるし。いつもなら気持ち悪い笑顔を浮かべながら挨拶して来るくせに。

 

「ねえ櫛田さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 珍しく軽井沢さんが私に話しかけてきた。

 

「軽井沢さん、おはよっ。どうしたの?」

「櫛田さんがクラスを裏切ってるって本当なの?」

「……………………え?」

 

 なんで軽井沢さんがそんな質問をしてくるんだろう。

 

「き、急にどうしたの? ちょっと言ってる意味がわからないよ」

「学校の掲示板に櫛田さんがDクラスに情報を提供していたって書き込みがあるんだけど」

 

 掲示板に書き込み? もしかして龍園くんが……。でも書き込みだけなら問題ない。対応できる。

 

「そうなんだ。掲示板はよくわからないけど、私はみんなを裏切ったりしないよ」

 

 笑顔を浮かべて否定する。ここで動揺しちゃ駄目だ。いつもの笑みで堂々と返事をすればいい。

 

「……ふーん。それじゃこの音声は何なの?」

 

 軽井沢さんはそう言うと、携帯を操作し、音声データを流し始めた。

 

『Cクラスの優待者を報告すればいいんでしょ。わかってる』

『ククク。頼んだぜ』

『その代わり例の約束果たしてよね』

『もちろんだ』

 

 それは私と龍園くんの声だった。これは船上試験の初日に私と龍園くんが交わした会話だ。

 

「これ櫛田さんと龍園くんの声でしょ」

「あ、それは……」

 

 音声データをアップロードしたのは龍園くんだ。

 あの男の仕業だと気づいた瞬間、腸が煮えくり返るほどの怒りがこみ上げてきた。

 

「ち、違うの……。これは私が……」

 

 完全に虚をつかれ、上手く返せない。

 どうやってこの状況を抜けられるか。

 そんなことを考えてるうちに、私を見るクラスメイトの疑いの目がどんどん増えていく。

 

「違うって何が違うの?」

 

 軽井沢さんが私に詰め寄って来る。

 

「そういえば船上試験って櫛田さんと南くんの二人が優待者だってDクラスに見抜かれてたよね」

「……そ、そうだよっ。だから優待者だって見抜かれてる私がみんなを裏切るわけないよ」

 

 必死に否定する私を無視して軽井沢さんは再度携帯を弄る。

 

『そうだ。私、50万ポイントも損するわけだから、それくらいの見返りがあってもいいよね?』

『はっ、食えない女だ。いいだろう。とりあえず30万ポイント与えてやる』

『……いいよ。今回はそれで手をうってあげる』

 

 そうだった。見返りについても船上で話していたんだった。

 

「これでよく違うって言えたよね。櫛田さん」

 

 どうする。どうすればこの状況を切り抜けられる。教室を見渡す。全員が私を責めるような目で見てくる。こんな目を向けられるのは中学生以来だ。

 

「ねえなんで私たちを裏切ったの? 理由を教えてよ」

「……そ、それは……」

 

 私が言いよどんだ瞬間、教室のドアが開かれる音がした。

 

「全員席に着け。SHRを始めるぞ」

 

 担任の茶柱先生だ。先生がやって来たことにより、軽井沢さんは私を睨みながら自席に戻っていった。私も恐る恐る自席に向かった。

 

 昼休み。私は一人で寂しく食堂で昼食をとっている。

 そんな私を見ながらひそひそ話をする同級生たち。その中には私と親しい子たちもいた。どうやら私が裏切り者だという情報は他のクラスにも行きわたってるようだ。

 あれから休み時間になる度に軽井沢さんが追及してきた。私が否定しても誰も信じてくれない。仲良くしてあげてるみーちゃんも心ちゃんも私を信じなかった。また普段なら荒事を好まない平田くんも軽井沢さんを止めようとしない。まるでクラス全員が私を敵と認識してるみたい。

 

 放課後。私は屋上に龍園くんを呼び出した。彼は山田くんを引き連れてすぐに屋上にやって来た。

 

「よう桔梗。昨日ぶりだな」

「なんのつもり?」

「何がだ?」

「とぼけないで。掲示板に音声データをアップしたの龍園くんだよね?」

「そうだ」

 

 笑いながら答える龍園くんに私は激しく詰め寄る。

 

「なんでこんなことしたわけっ!?」

「だから言っただろ。最後にお前に大仕事をして貰うって」

「大仕事……?」

「退学だよ。退学」

 

 私が退学? 龍園くんが何を言ってるのかよくわからない。

 

「今お前はクラスで孤立してるだろ?」

「……誰のせいだと思って……っ!」

「ククク。このままいけば裏切り者のお前に居場所はない」

「私を退学まで追い込むつもり……?」

「正解。クラスの人気者だったお前はこの状況を耐えられるか?」

 

 恐らく耐えられない。私は誰よりも人に好かれることに優越感を得ていた。けれどこの状況ではクラスで私を好いてくれる人はいないだろう。

 

「1学期に須藤の馬鹿を退学させようとしたんだが失敗してな」

「須藤くんの代わりが私ってわけ?」

「そうだ」

 

 ふざけるな。なんで私があんな不良の代わりにならないといけないのよ。

 

「許さない」

「あ?」

「絶対あんたを潰してやる」

「そうか。楽しみにしてるぜ」

 

 龍園くんは高笑いしたまま屋上を後にした。

 屋上に残された私は怒りで体の震えが止まらないでいた。

 

「ふざけんなっ! なんで私がこんな目にあわないといけないのよっ!」

 

 ガシガシっと柵を蹴る。

 ここで少しでもストレスを吐き出しておかないと私は駄目になる。

 

 龍園くんと別れてから30分後。私は自室に戻っていた。

 

「このままじゃ中学の時と同じになる」

 

 それだけは駄目だ。

 何とかして状況を好転させないと……。

 

「……そうだ。界外くんに助けて貰えばいいんだ……」

 

 彼は今日風邪で学校を欠席していた。だから今日は一度も彼に会っていない。

 

「今から部屋に行ってお願いしよう。彼なら私を助けてくれるよね」

 

 根拠はないけれど私は確信していた。

 彼とは無人島試験以降仲良くしている。私が積極的に彼にアピールした結果だけれど。彼も私の好意には少なからず気づいてるはず。帆波ちゃんがいるのに私を拒まなかったんだ。少なからず彼も私に好意を抱いてくれてるはずだ。

 

「……でも裏切り者だと知っていて私を仲良くしていたかもしれないんだよね……」

 

 もうそうなら彼に助けて貰えないかもしれない。

 

「……行くしかない……」

 

 それでも彼の部屋に行くしかない。この状況を変えられるのは彼だけだ。

 制服姿のまま私は彼の部屋に向かった。彼の部屋に行くのは夏休みに料理を教えて貰った時以来だ。

 彼の部屋の前に辿り着き、恐る恐るインターフォンを押す。

 風邪で寝込んでるようだけど、無理にでも部屋に上がらせてもらう。

 数秒待つとドアが開いた。ドアの向こう側にいたのは彼じゃなくて……

 

「堀北さん……?」

 

 私の大嫌いな堀北鈴音だった。

 

「櫛田さん? 彼に何か用かしら?」

「なんで堀北さんが界外くんの部屋にいるの?」

「看病よ。彼高熱を出して寝込んでいるの」

「……そうなんだ。少しでいいから界外くんと話がしたいんだけど……」

「無理ね。とても人と会話できる状態じゃないわ」

「そこをなんとかならないかな……?」

 

 なんで私が堀北に許可を取らないといけないのよ。ほんとこの女ムカつく。界外くんじゃなくてあんたが寝込んでいればいいのに。

 

「彼の体調が回復するのを待つしかないわ。……そもそも裏切り者のあなたが彼に何の用なの?」

「……っ」

「彼じゃなくて龍園くんに助けて貰った方がいいんじゃない?」

 

 堀北が龍園くんと同じように私を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 

「それじゃ」

 

 堀北はそう言いドアを閉めた。

 

「……ざけんな」

 

 自室に戻った私は縫いぐるみに拳を突き刺していた。

 

「龍園も堀北も死ね! 死んじゃえ! 私を下に見やがって!」

 

 怒りを爆発させる。もしかしたら隣の部屋に聞こえてるかもしれない。それでもこうしないと私の気が収まらない。

 

「彼に一度も勝てない雑魚のくせに大物ぶりやがって!」

 

 龍園に協力関係を持ちかけたのは失敗だった。あんな無能と手を組んだのがそもそも間違いだったんだ。

 

「何が看病だよ! 彼女面しやがって! どうせあんたも帆波ちゃんに敵わないくせに!」

 

 やはり私は堀北が大嫌いだ。堀北も龍園と一緒に絶対退学にさせてやる。

 

「……明日、界外くんに電話しよう……」

 

 今日は堀北のせいで彼に会えなかった。でも幸い今日は金曜日。土日のうちに彼と接触できればいい。接触さえできれば何とかなる。

 恐らく彼は私に少なからず好意を抱いてくれてる。じゃなきゃ帆波ちゃんがいるのに私と親しくなるわけがない。

 だからその好意を利用すればいい。

 体を使ってでも私を助けさせる。

 あわよくばそのまま肉体関係を続けて、帆波ちゃんから彼を奪えば……。

 

「そうだよ。焦る必要なんてない。彼を利用すればいいんだ」

 

 けれど日曜の夜になっても彼と接触することは出来なかった。

 携帯にかけても電源が入っておらず繋がらない。部屋まで行ってインターフォンを押したり、ドア越しに呼んだりしたけれど反応は全くなかった。

 

「なんでなんでなんでっ!?」

 

 このままじゃ状況が変わらないまま月曜が来てしまう。

 私の今の状況を打破できるのは彼しかいない。

 その肝心の彼に接触できない。

 

「もしかして私見限られた……?」

 

 頭が切れる彼なら私が助けを求めるのは予想出来ただろう。

 そして私を助ける方法も思いついてるはずだ。私だって思いついたのだから。

 

「……どうしよう。彼に接触できるまで学校を休む……?」

 

 駄目だ。ますます状況が悪化する。それに私が学校を休んだら龍園が喜ぶ。そんなの許せない。

 駄目元でもう一度彼に電話をしてみよう。

 そう思った瞬間だった。

 手に持っている携帯に着信が入った。ディスプレイを見ると表示されてる発信者は―――――彼だった。

 

「も、もしもし……っ」

「櫛田。今時間大丈夫か?」

「大丈夫だよっ」

「堀北から色々話は聞いた。悪いな。ずっと風邪で寝込んでてさっき体が動かせるようになったばかりなんだ」

「そうだったんだ。ごめんね。体調悪いところ」

「いや。それより俺に何か用があるんだろ?」

「……うん。今から部屋に行ってもいいかな……?」

「いいぞ。ただシャワー浴びたいから30分後でいいか?」

「わかった。それじゃ30分後にお邪魔するね」

 

 よかった。やっと彼と接触が出来る。どうやら彼は本当に風邪で寝込んでいたようだ。

 

「……私もシャワー浴びないと」

 

 彼と交渉をするために自分の体を綺麗にしておく必要がある。

 服装も露出が多い方がいいだろう。

 30分後に私の今後の学校生活が天国か地獄か決まる。




原作より言葉遣い汚いかも……


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58話 欲望の捌け口


櫛田ファンの皆さんごめんなさい!


「お邪魔します」

 

 電話を終えてから30分後。櫛田が部屋にやって来た。部屋に上げる際に彼女からシャンプーのいい香りがした。恐らくシャワーを浴びてきたのだろう。また櫛田はカラフルなパーカーにショートパンツと暑いのか寒いのかよくわからない恰好をしている。

 

「ごめんね。こんな遅くに」

「気にするな」

 

 お客さん用のクッションに櫛田を座らせる。

 

「風邪はもう大丈夫なの?」

「ああ。明日は学校に行くつもりだ」

「そっか。よかった」

 

 櫛田は心からそう思ってることだろう。なぜなら俺が学校に行かなければ、櫛田の状況が変わらないから。

 

「さっそく本題に入ろうか」

「……うん」

「大体の事情は把握しているつもりだ。まず船上試験と体育祭の際に龍園に情報を流したのは本当か?」

「本当だよ」

 

 櫛田がまっすぐ俺の目を見て答えた。

 少しは誤魔化すかと思ったが、彼女はあっさりと認めた。

 ここで誤魔化そうとしても自分の立場を悪化させるだけだと櫛田はわかってるんだ。

 

「船上試験で私と南くんが優待者であること、体育祭では参加表の情報を龍園くんに流した」

 

 事実確認をするように櫛田が続けて言った。

 

「……そっか。それで櫛田は何のために俺に接触しようとしたんだ?」

「嫌だな。界外くんなら、質問しなくてもわかるでしょ?」

「まあな。俺に助けて欲しいんだろ?」

「うん、そうだよ」

 

 櫛田のクラスでの立場は、たった一日で大きく変わってしまった。

 堀北の話だと普段親しくしている王さんと井の頭さん、櫛田に恋愛感情を持っている池も彼女と距離を置いてるとのことだ。

 王さんと井の頭さんはともかく、池ならクラスの雰囲気に流されず櫛田を庇いそうだと思ったが違ったようだ。

 また休み時間のたびに軽井沢に厳しく追及されたと報告も受けている。女子のリーダーである軽井沢の行動が、櫛田を庇う生徒が現れない大きな要因だろう。

 

「私を助けて」

 

 この言葉が帆波が発したものなら即答しただろう。だが助けを求めてるのは帆波じゃない。

 

「返事の前に櫛田に聞いておきたいことがある」

「うん」

「なんで龍園にクラスの情報を流したんだ?」

 

 ここで素直に答えてくれるかどうか。もしここで嘘をつくようなら櫛田を切り捨てる。俺はそう決めている。

 

「……堀北さんを退学させたかったから……」

「堀北を……?」

「うん」

「なんで堀北を退学にさせたいんだ?」

「それは……」

 

 ここで初めて櫛田が言い淀んだ。中学でクラスを崩壊させたことを俺に知られたくないのか?

 

「もしかして櫛田が中学の時にクラスを崩壊させたことと関係あるのか?」

「……知ってたんだ?」

 

 驚いたように目を見開きながら櫛田が問う。

 

「ああ。堀北から聞いた」

「……そっか。堀北さんから……。うん、界外くんの言う通りだよ。堀北さんは私と同じ中学出身で、私の過去を知ってるから退学にさせたいんだ」

 

 現在進行形か。どうやら櫛田はこの状況でまだ堀北を退学させることを諦めていないようだ。

 

「自分の過去を知ってる人間が同じ学校にいると不安だから。だから堀北を退学にさせたいんだな?」

「うん」

「やたら堀北に絡んでいたのもそれが理由か。過去を知ってる堀北を自分の管理下に置きたかった」

「さすが界外くん。そこまでわかってるんだ」

 

 俺の予想は当たってたわけだ。

 堀北の性格なら櫛田の過去を暴露したりはしない。でも自分の過去を知ってる人間が同じ学校にいるのは不安でしょうがない。だから堀北を退学にさせたかった。

 櫛田は自分を安心させたかったんだ。

 ただそれだけのためにクラスを裏切った。

 

「もう一つ。中学の時に何が起きたのか詳しく教えてもらえないか?」

「詳しく教えたら私を助けてくれるの?」

「お前を助けるために少しでも情報が欲しいんだ」

「ずるい言い方だな。それじゃ教えるしかないじゃん」

 

 折角のチャンス。櫛田の過去を丸裸にさせて貰う。

 

「いいよ。私が中学の時に犯した過ちを教えてあげる」

 

 櫛田はそう言うと、中学三年時にクラスを崩壊させた事件の詳細を語ってくれた。

 まず自分が他人より強い『承認要求』に依存していること。小学生の時は勉強と運動でそれを満たすことが出来たが、中学にあがると勉強と運動で1番になれず、欲求を満たすことが出来なくなったこと。その代わりに誰よりも優しく、誰よりも親身になり、クラスで一番の人気者になることで欲求を満たしたこと。そして自分の欲求を満たすためにやりたくないことをやり続けたことにより大きなストレスを抱えたこと。そのストレスを解消するために匿名のブログで吐き出したことを語った。

 

「ブログでストレス発散か」

「うん。でもある日、偶然私の匿名ブログがクラスメイトに見つかったの。幾ら登場人物の名前を伏せていても、書いてる内容が事実だから気づかれても仕方なかったと思う。クラスメイト全員の悪口を見つけられたんだから、嫌われるのも仕方ないよね」

「それが事件の発端か」

「そう。翌日にはクラスメイト全員にブログの内容が拡散しててさ、全員が私を責め立てた。今まで散々私に助けられてきたのに、全部の手のひら返して。身勝手だよね。私に告白してきた男子は私を突き飛ばしてきた。ブログで気持ち悪い、死んでほしいって書いてたから無理もないけど。とにかく私は身の危険を感じた。30人以上いるクラスメイト全員が敵に回っちゃったから」

 

 そのブログ見てみたい。まだ消してないかな。後で聞いてみよう。

 

「それで櫛田はどうやってその状況を打破したんだ?」

「クラスメイト全員の秘密をぶちまけただけ。誰々は誰々が嫌いだとか。ずっと気持ち悪いと思っていたとか。ブログにも書いてなかった真実をね」

 

 もしかしてうちのクラスも櫛田に秘密を打ち明けてる生徒がいるかもしれない。

 

「そしたら私に向かってきた刃の殆どが、憎い相手に向けられるようになった。男子は殴り合いを始めたり、女子も髪を引っ張り合ったりしてね。あの時は凄かったなぁ」

 

 今の話を俺ガイルの主人公が聞いたら、鼻で笑いそうだな。

 しかし櫛田の過去話が思ったより長い。まだ終わらないのかな。……自分から聞いておいてなんだけど。

 

「クラスの人間関係の内情を全部暴露されたんだから、そのクラスはもう機能しなくなるよね。私も当然学校から責められたけど、やったのは匿名でブログに悪口を書いただけ。それにクラスメイトに真実を話しただけだから学校も処分には困ったみたいだね」

「だろうな」

「自分のストレスの捌け口をインターネットにしてしまったのは失敗だね。不特定多数の人に見られちゃうし、情報は永遠にデータとして残ってしまうから。だからブログはやめた。今はストレスを言葉で吐き出すことで何とか我慢してる状態」

 

 それをたまたま綾小路に聞かれて、自分の胸を揉ませたうえで彼を脅したわけだ。

 

「不器用な生き方してるんだな」

「まぁね。でもそれが私の生きがいだから。皆から尊敬され、注目されることが何よりも好き」

「だからか?」

「え」

「だから人前で俺へのボディタッチが多いのか?」

「え、えっと……」

「例えば、夏休みにケヤキモールに行った時に腕を組んできただろ。あれもバカップルとして見られることで注目を浴びたかったのか?」

「……そ、そうだよっ! わ、悪い……っ!?」

 

 なにこの子。急に逆切れしてるんですけど。自分の立場わかってるのかな。

 

「別に。疑問が解消出来てすっきりした」

「そ、そう……。えっと、私からも聞きたいことがあるんだけどいいかな……?」

「いいぞ」

「ありがとう。……界外くんは、私が裏切り者だってわかってた……?」

「ああ」

 

 知ってたよ。じゃないとわざと参加表無くしたりしないから。

 

「い、いつから……?」

「船上試験の結果発表の時からだな」

「なんでわかったか聞いてもいいかな……?」

「簡単な話だ。うちのクラスの優待者を見抜かれたのが櫛田と南の二人だったから」

「ど、どういう意味かな……?」

「もう一人の優待者である軽井沢は当てられなかった。つまり龍園は優待者の法則性がわからなかった、若しくは信じられなかったと推測出来る。そして櫛田と南の二人が優待者であること、軽井沢が優待者だと知らない人物は一人しかいない」

「それが私だってこと……?」

「そうだ」

 

 2回目のクラスでの話し合いの時に、1回目の面子から櫛田だけ呼ばなかった。軽井沢が優待者だと俺たちがわかったのは2回目の話し合いの時だ。

 

「ちなみに櫛田が龍園と繋がってるのは結果発表前から薄々感じていた」

「なんで……?」

「一緒にデッキで夜空を見た時があっただろ」

「……うん」

「あの時、櫛田は旧Cクラスの"人"に会うことになったと言っただろ?」

「言ったね」

「自分では気づいてないと思うけど、櫛田は普段他クラスの生徒のことをクラスの"子"と言ってるんだよ。でもあの時はクラスの"人"と言っていた。だから親しくはない生徒と会うのかと推測したんだ。親しくない他クラスの生徒と会う理由。異性から告白されるか、もしくはポイントを見返りに自クラスの情報を流すか。だから俺はお前がクラスを裏切ってるんじゃないかと思っていた」

 

 結局俺の嫌な予想は当たっていたわけだ。

 

「まいったな。そこまで界外くんが頭が切れる人だとは思わなかったよ……」

「他に質問はないか?」

「最後に一つ。……私を助けてくれるの……?」

 

 真剣な表情で俺を見つめながら櫛田が聞いてきた。いつもならあざとい上目遣いで聞いてくるのにさすがに今回は控えたようだ。

 

「ああ。助けてやる」

「ほ、本当……?」

「その代わり条件が二つある。一つは堀北と俺を退学させるのを諦めること」

「ま、待ってっ。界外くんを退学にさせるつもりなんてないよ……っ!?」

 

 焦りながら否定する櫛田。

 

「でも俺も櫛田の過去を知ってるんだぞ。俺も堀北と同じだろ?」

「あ、いや、そうなんだけど……」

「まあいい。二つ目はもう二度とクラスを裏切らないこと。これが条件だ」

 

 後は櫛田がこの条件を飲んでくれるかどうか。立場を考えたら飲むしかないんだけどね。

 

「……それだけでいいの?」

「ああ」

「わかった。条件を呑むよ。だから私を助けて」

 

 イエス、マイロード。……立場は俺の方が上だから違うな……。

 

「了解」

「具体的にはどうするつもりなのかな……?」

 

 櫛田を助ける方法。そんなのは簡単だ。櫛田がクラスを裏切ったという事実を捻じ曲げればいい。そして俺だからこそ助けられる方法。

 

「櫛田は俺の命令で龍園に情報を流していたことにする。ようは二重スパイみたいなもんだな」

「二重スパイ……?」

 

 別に禁書3期が放送してるから言ってるわけじゃないんだからね。勘違いしないでよね。

 

「ああ。今まで櫛田が龍園に情報を流したのは、船上試験と体育祭の2回だ。間違いないな?」

「うん」

「船上試験では龍園の信用を得るために優待者の情報を流したことにする。幸い優待者の一人が櫛田だ。自分のプライベートポイントを増やすチャンスをなくしてまでクラスに貢献しようとした。どうだ?」

「で、でも南くんはどうするの? それに見返りに30万ポイントを貰ってるよ……?」

 

 そうなんだよね。南のプライベートポイントを増やすチャンスを潰してるんだよな。見返りのポイントのやり取りは録音にしっかり入っちゃてるし。でも問題ない。

 

「南に関しては問題ない。既に話をつけてる。見返りの30万ポイントはまだ残ってるか?」

「うん。私、無駄遣いしない方だから」

「ならそのポイントは俺の命令でクラスのために貯めてあると言えばいい。今から俺にポイントを譲渡しても怪しまれるだけだから、櫛田がそのまま貯めておいてくれ」

「わかった。それで参加表は?」

「それはもっと簡単だ。もともと俺はダミーの参加表をみんなに発表していた。Dクラスを潰す為にな」

「つまり参加表も界外くんの命令で龍園くんに情報を流したとことにするんだね……?」

「正解。これで櫛田は裏切り者から人気者に戻れるわけだ」

 

 戻れるだけじゃない。自分を犠牲にしてまでクラスに貢献していた。以前より櫛田の地位は確固たるものになるだろう。

 

「……やっぱり凄いや。龍園くんが勝てないわけだね」

「だな。櫛田は手を組む相手を間違えたんだ」

「そうだね」

 

 これで櫛田の問題も解決出来そうだな。やはりクラスに裏切者が居続けるのは対処が大変だからな。今のところ実害は船上試験でクラスポイントを100失ったくらいだ。

 

「話は終わりだな。明日は俺と一緒に学校に行こう。SHRの前にみんなに説明する」

「わかった。……でもいいのかな?」

「なにが?」

「裏切り者の私が何の罰もなく助けて貰えるなんて……」

 

 いいに決まってるだろ。ラッキーだと思えばいいじゃないか。

 

「……ごめん。やっぱり無理」

「え」

「片方だけがおいしい思いをする取引なんて信用出来ない」

「……どういうことだ?」

 

 なんか面倒臭い展開になってきたぞ。

 

「だってそれって界外くんの気が変わったら、どうにでもなっちゃうよね? もしかしたら私を途中で切り捨てるかもしれない」

「……可能性はないとは言えないな」

「だよね。……だからお互い公平な取引をしようよ……」

 

 櫛田はそう言うと、ベッドに腰を下ろしている俺にゆっくり近づき、跨ってきた。

 

「……何のつもりだよ?」

「今、私が取引の材料として使えるのは二つだけ。一つは私が知ってるクラスメイトの秘密。でも界外くんはそんなの興味ないよね?」

「ないな」

「だよね。だから私が界外くんに捧げられるのは、私の身体だけ」

 

 櫛田は俺に抱きつき、豊かな乳房を押し当てながら、耳元で囁いた。

 

「私の身体を好きにしていいよ。だから私を助けて欲しいな」

「……不安なのか?」

「不安だよ。界外くんの提案は魅力的。普通なら受け入れるだろうね。でも私は不安なの。界外くんがいつ私を切り捨てるか。このまま助けて貰ったら、私はそんな不安を抱えたまま、学校生活を送っていくことになる。そんなのは嫌」

「俺が何を言っても信じられないよな……?」

「うん。だから界外くんが私を切り捨てない確かなモノが欲しいの」

「それが"これ"か……?」

 

 もしかしたら櫛田は軽度な不安障害を抱えてるのかもしれない。クラスを裏切ってまで堀北を退学させるために龍園と手を組んだくらいだ。彼女は不安で不安で仕方なかったのだろう。そして今は俺に見捨てられないか不安がっている。

 

「そうだよ。……界外くんって帆波ちゃんともうヤったの……?」

 

 なんで帆波との関係を聞いてくるんだ。もしかして童貞だと馬鹿にするつもりか。でもここで変な嘘をつくと……。

 

「……してないけど」

「そっか。なら私を使って練習すればいいよ」

「…………は?」

「界外くんが帆波ちゃんと付き合ってなくても恋仲に近い関係であることはわかってる。だから帆波ちゃんとセックスする前に私で練習しようって言ってるの」

 

 練習って。櫛田の貞操観念が凄いことになってる件について。

 

「もちろん帆波ちゃんには言わないから安心して。それで一度試してみて、私の身体気に入ってくれたら、セフレになろうよ」

「せ、セフレ……?」

「うん。いつでもどこでも抱いていいよ……?」

 

 妖艶な笑みを浮かべながら言う。

 

「私は界外くんに助けて貰える。界外くんは都合のいいセフレが手に入る。これってお互いにとっていい取引だと思わない?」

「……確かに魅力的な提案ではあるな」

「でしょ。前に私のことクラスで一番可愛いって言ってくれたよね。そんな子を好きなだけ抱けるんだよ。だから……ね?」

 

 きっと中学時代の俺なら了承していただろう。

 櫛田は美少女だ。そんな櫛田をセフレに出来るなんて夢のようだ。けれど俺には帆波がいる。帆波を裏切るわけにはいかない。

 

「……お前の提案は受け入れられない」

 

 抱きついてる櫛田の身体を押して遠ざける。

 櫛田は眉を顰めながら問いてきた。

 

「……なんで? もしかして帆波ちゃんに悪いと思ってる?」

「ああ。あいつを裏切ることは出来ない」

「付き合ってないんだから裏切りじゃないと思うな」

「それでもだ」

 

 俺のDTは帆波に捧げると決めてるのだ。いずれは右手とサヨナラさ。

 

「……そっか。抱いてくれないんだ……」

 

 ぶつぶつ言いながら櫛田が立ち上がった。

 

「本当はこんなことしたくなかったんだけど……仕方ないよね?」

 

 櫛田がパーカーのポケットからカッターナイフを取り出した。

 そして俺の目を見ながら、ギギギと刃を出していく。

 ……あれ? いつ櫛田ヤンデレルートに入っちゃったの……?

 

「……ごめんね。界外くん」

 

 そう言うと、櫛田はパーカーを脱ぎ捨て、その下に着ているTシャツを思いっきり切り裂いた。

 

「な……っ!?」

 

 無残に切り裂かれたTシャツが床に落ちていく。そして櫛田の可愛らしいオレンジ色の下着が現れた。

 

「下も脱いじゃった方がいいよね」

 

 そう言いながら、ショートパンツを脱いでいく。

 

「あはは、結構寒いね」

 

 下着姿の同級生が苦笑いをしながら言う。

 

「……なんのつもりだ?」

「そんな怖い顔しないでよ。結構いい身体してるでしょ。あ、界外くんは私の水着姿見てるんだから知ってたか」

 

 なまめかしい微笑を浮かべながら俺に近づいてくる。

 

「抱いて」

「一度断ったはずだが」

「抱いてくれなきゃ界外くんにレイプされそうになったって他の部屋に駆け込むよ?」

 

そう来たか。清隆の時と同じパターンか。それだけ櫛田が追い詰められてるってわけか。

 

「……参った」

「諦めが早いね」

 

 再度俺に抱きつき、首に手を回しながら櫛田が言った。

 

「まあな。まさかここまでするとは思わなかった」

「私を甘く見てたってことだね」

「そうだな。……二つ聞いてもいいか?」

「いいよ」

「本当に一之瀬には内緒にしてくれるんだよな?」

「もちろん」

 

 信用出来ない。自分を守ってくれる人に想い人がいる。これも櫛田にとっては大きな不安要素だろう。だから俺と帆波の関係を壊し、俺を自分だけの駒にするつもりじゃないだろうか。

 

「もう一つ。好きでもない男に抱かれてもいいのか?」

「私、界外くんのこと好きだよ」

「え」

「だって顔もいいし、頭もよくて運動もできる。それにCクラスの頼れるリーダーだしね」

 

 リーダーは平田なんだけど。最近俺が仕切ること多いけどさ……。

 

「だから抱かれるなら界外くんが一番いい」

「……そうか」

「うん」

 

 ……駄目だ。もう我慢の限界だ。悪いけど櫛田には欲望の捌け口になって貰おう。

 

「とりあえず風呂場に行こうか」

「風呂場?」

「ああ。ここだと部屋が汚れちゃうだろ」

 

 櫛田の腕を掴み立たせる。そのまま風呂場の方へ連れて行く。

 

「……も、もう、汚しちゃうってそんな激しくするつもりなの……?」

「そうだな」

「一応、私も初めてなんだからね。優しくして欲しいな」

 

 マジか。こいつ処女だったのかよ。てっきり経験豊富だと思ってた。

 

「悪いけど優しくするつもりはない」

「え」

 

 脱衣所の前に立ち止まる。このまま櫛田を風呂場に連れ込めば彼女を好き放題出来る。けれど……

 

「やっぱいらないな」

「…………え?」

 

 体の向きを変え、腕を掴んだまま玄関に向かう。

 

「え、か、界外くん……? ど、どこに行くの……?」

 

 戸惑う櫛田を無視して玄関のドアを開ける。

 

「界外くん……?」

「俺の言うことを聞けない駒はいらない」

 

 そして下着姿の櫛田を廊下に放り出した。

 

「きゃっ!」

 

 いきなり廊下に掘り出された櫛田が勢いよく倒れる。

 

「い、いったぁ……。な、なにするの……?」

 

 戸惑いや非難を込めた目を俺に向けてきた。

 

「櫛田。お前は必要ない。じゃーな」

「……………………え?」

 

 そのまま玄関のドアを閉め、施錠した。

 

「え、ちょ、待ってよ……っ! 開けてよ! 開けてってばっ!」

「うるさいぞ」

「人来ちゃうってばっ!」

「そうか。そしたら俺にレイプされそうになったって言えよ」

「な……っ」

 

 下着姿で外に放り出してやったんだ。都合良いだろう。

 

「櫛田が言ってたじゃないか。抱くのを断ったらレイプされそうになったって他の部屋に駆け込むって」

「そ、それは……」

「このまま人が来るのを待ってもいいし、他の部屋に駆け込んでもいいぞ。隣の綾小路なら部屋にいるだろうし」

「……」

「ちなみに櫛田が学校に訴えても無駄だぞ。なにせ俺の部屋には監視カメラが設置してあるからな」

「か、監視カメラ……?」

 

 櫛田が何か仕掛けてくると予想して、博士協力の下、昨日設置したのだ。

 

「ああ。残念だったな。お前はただ俺に下着姿を披露しただけってことだ」

「そ、そんな……」

 

 櫛田は今どんな表情をしてるのだろうか。それを想像するだけでゾクゾクする。

 

「……お願い。開けて」

 

 それは弱弱しい口調だった。声量も大きすぎず、ドア越しの俺に聞こえる程度の音量で櫛田が懇願した。

 

「嫌だ」

「お願い。……え、エレベーターが上がってきてるの。お願い早く……っ」

「頭がいい櫛田なら何を言えば開けてもらえるかわかるだろ」

「……界外くんの提案を素直に受け入れる。だから開けて……」

 

 櫛田の言葉を聞き、玄関の施錠を解除し、ゆっくりドアを開けた。

 刹那、櫛田が部屋の中に駆け込んできた。櫛田が部屋の中に入ったのを確認してドアを閉める。

 振り返ると櫛田はキッチンの近くで、自分の身体を両腕で抱きしめるようにして、ひとしきりに震えている。

 さすがの櫛田も今のは堪えたようだ。

 

「……酷いよ」

「ん?」

「な、なんで……あんなことしたの……?」

 

 か細い声で櫛田が問う。

 

「なんで? それはお前が俺の言うことを聞かなかったからに決まってるだろ」

「……っ。……ひ、人が来たらどうするつもりだったの……っ!?」

「人が来たら櫛田にとって好都合だっただろ。俺にレイプされそうになったって言うつもりだったんだから」

「そ、それは……っ!」

 

 櫛田は俺を責めるように言う。……気に入らない。怒ってるのは俺の方だ。そもそもお前が素直に俺に助けられてればよかったんだ。そうすれば俺に惨めな姿を晒さなくてよかったのに。

 

「で、でも酷いよ……。下着姿の女の子を外に放り出すなんて……」

「酷いねぇ。酷いのは自分のためにクラスを裏切ったお前だろうが」

「……っ」

 

 本当に櫛田は酷い奴だ。せっかく普通に戻れたと思ったのに。このまま帆波と付き合えると思ったのに。

 俺の嗜虐心を刺激させやがって。

 ちくしょうちくしょうちくしょう。

 

「お互いが対等な取引じゃないと安心出来ない? お前の心情なんてどうでもいいんだよ」

「うっ……」

「それと一つ勘違いしてるようだから言っておく」

 

 俯いてる櫛田の髪を掴み、顔を上げさせる。

 

「い、痛い……っ」

「さっき俺の提案を受け入れるって言ったよな。あれは提案でもお願いでもない―――――――命令だ」

「ひっ……」

 

 恐怖で怯えた表情をする櫛田。目に涙を浮かべている。演技でも何でもない。自分の感情を表す素の表情。

 

「わかった?」

「……わかった。わかったから……離して……」

 

 ぱっと掴んでた髪を離す。そうすると櫛田は再度俯いて、すすりあげるようにして泣き始めた。

 ベッドに腰を下ろし、5分ほど待ったが、櫛田は一向に泣き止む様子がない。

 

「いつまで泣いてんだよ」

 

 櫛田の近くまで行き、ゴミ箱を軽く蹴り飛ばす。

 直後、櫛田の身体がビクンと大きく反応した。

 

「早く帰ってほしいんだけど」

 

 櫛田は涙を頬にへばりつかせたまま、恐る恐る俺を見上げた。

 

「いい加減泣き止んでくれない?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 そう言いつつも、大粒の涙と鼻水が溢れ続けている。

 残念だな、櫛田。俺に泣き顔を見せても余計酷い目にあうだけだぞ。

 

「もう一度外に放り出されたい?」

 

 櫛田の腕を掴み無理やり立たせる。

 

「や、やめて……っ。す、すぐに泣き止むからっ」

 

 いやいやと首を横に振りながら櫛田が言う。

 

「……もういいや。部屋に帰ってからゆっくり泣き止んでくれ」

 

 別に櫛田が泣き止むのを待つ義務はない。

 泣きながら部屋に帰ってもらえばいい。

 

「……はい」

 

 櫛田の返事を聞き、腕を掴んだまま部屋に連れ戻す。

 

「界外くん」

「ん?」

「着替え、貸してくれないかな……?」

「着替えねぇ。パーカーとショートパンツあるだろ」

「ぱ、パーカーは小さめのやつだから、上着がないとちょっと……」

「そんなの知らねぇよ」

 

 どうせ俺を誘惑するためにそんな服装で来たんだろう。

 

「……お願い……」

「……ジャージでいいか?」

 

 俺の提案にこくりと頷く。箪笥からジャージを取り出し櫛田の足元に放り投げる。

 それを拾い上げ、櫛田はすぐにジャージに着始めた。

 改めて櫛田の身体を鑑賞する。確かに帆波ほどじゃないが肉付きがいい身体をしている。大きな胸とお尻。けどくびれはしっかりある。自分で言うだけあって魅力的なプロポーションだ。

 

「……それじゃ私帰るね。明日何時にどこで待ち合わせすればいいかな……?」

「そうだな。8時10分にロビーで待ち合わせしよう」

「そんな遅い時間でいいの……?」

「なに? 俺に指図するつもり?」

「ご、ごめんなさいっ」

 

 結局、櫛田は泣き止むことなく、自室に帰っていった。

 予想はしてたが、まさか女子に迫られるとは思わなかった。

 俺に迫った櫛田は全く震えてなかった。処女のくせに大したものだ。

 俺なんて賢者タイムじゃなければ危なかったかも。もし抱きつかれた時に息子が勃起したら……完全に説得力なくなってたし。

 しかし久しぶりに女子を苛めたけどすっきりした。やっぱり俺ってドSなんだな。櫛田には悪いことしたかも……。いや、俺の嗜虐心を刺激した櫛田が悪い。

 だから櫛田には責任を取って貰おう。

 帆波と違って、櫛田を苛めてもそれほど罪悪感に苛まれなかった。

 きっと俺は櫛田のことを大切に思ってないのだろう。

 だから思いっきり虐められる。

 櫛田には助けたお礼として、暫く俺の欲望の捌け口になって貰おう。

 櫛田はクラスを裏切ったんだ。少しくらい酷い目に遭っても仕方ない。

 俺はそう自分に言い聞かせ、相棒に結果報告をするために携帯を操作し出した。




櫛田は帝人に助けて貰えることになった
帝人は苛めるのにちょうどいい女子を手に入れた

win-winですね!


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59話 歪な関係の始まり


櫛田が本格的にヒロインレースに参戦


 翌朝。俺は久しぶりに登校中に注目を浴びていた。原因は隣を歩く女子生徒。

 

「ごめんね。私のせいで界外くんまで変な目で見られちゃって」

 

 櫛田桔梗。

 我がCクラスの人気者だったが、今は裏切り者のレッテルを張られている少女だ。

 昨晩。俺は櫛田を部屋に招き入れ、なんだかんだあったが彼女を助けることになった。そのため帆波ではなく櫛田と一緒に登校をしている。

 

「別に。好奇な視線を向けられるのは慣れてる」

「そっか。帆波ちゃんとのあの噂だね」

 

 懐かしい。無人島試験の際、俺と帆波が神社の本殿でよろしくやっていたと龍園がホラ吹いたせいで、暫くの間注目を浴びることになってしまった。

 そのおかげで帆波との距離が縮まったので結果オーライともいえるけど……。

 

「そうそう。つーか普通に接してくるんだな」

「え」

「昨日結構酷いことしたと思うんだけど」

 

 昨日。俺は下着姿で迫ってきた櫛田を廊下に放り出したり、髪の毛を掴んで凄んだりしてしまった。

 

「……そうだね。あんな酷いことされたの初めて」

 

 だろうね。櫛田は人に好かれるよう努力してきた人間だ。あんな仕打ちを受けたのは初めてだっただろう。

 

「DVされる女性の気持ちが理解できたかも」

「おい」

「ごめんごめん。冗談だよ」

 

 クスクスと笑う小悪魔。どうやら昨晩の件は引きずっていないようだ。

 

「……また泣かしてやろうか?」

「いいよ。ついでにベッドの上で鳴かしてもらいたいかな」

 

 なんて下品なんだこの女。……いや、彼氏でもない男に胸を揉ませる女だ。以外と下ネタ好きなのかもしれない。これは処女と言ってたのも疑わしいですね。

 そうこう下らない話をしてるうちに学校に辿り着いた。上履きに履き替え教室に向かう。廊下でも好奇な視線に晒されたが、気にせず歩き続ける。やがて教室に着き、扉の前で立ち止まった。その際に櫛田の顔が少し強張るのがわかった。

 

「緊張してるのか?」

「少しね」

 

 朝のSHRが始まるまであと5分。その5分間で櫛田の今後の学校生活が決まる。緊張するのは当たり前だろう。

 

「まあ泥船に乗ったつもりで安心しな」

「それ全然安心出来ないよね? それとも私と一緒に退学してくれるってこと?」

「なんでそうなるんだよ」

 

 退学なんてするわけないだろ。帆波と離れ離れになっちゃう。

 

「開けるぞ」

「……うん」

 

 ガラガラと扉を横に開く。そしてゆっくりと足を踏み入れた。

 

「あ、界外くんじゃん。おはよう」

「おはよう、佐藤」

「風邪治ったんだ?」

「まあな」

「そっか。だったら今週一緒にアニメを――――――――」

 

 佐藤の言葉が途切れる。俺に続いて教室に入ってきた櫛田が視界に入ったのが原因だろう。

 

「悪い。その話は後でな」

「う、うん……」

 

 俺が櫛田と一緒に教室に入ったことにより、生徒たちがざわめきだした。

 教壇に向かおうとすると、予定通り一人の女子が立ちはだかった。

 

「なんで界外くんが裏切り者なんかと一緒に来てるわけ?」

 

 軽井沢恵。清隆の協力者。そして今は櫛田救出作戦の仲間でもある。

 

「それを今から話すよ」

「ふーん。わかった」

 

 櫛田を睨みつけながら軽井沢は自席に戻っていった。

 あの子、こういう役似合いすぎでしょ。

 

「えっと、みんなに聞いてほしいことがあるんだけどいいか?」

 

 教壇に立ち、教室内を見渡しながら言う。生徒たちの顔を見ると、高円寺以外は俺の話をきちんと聞いてくれるようだ。

 

「聞いてほしいことって櫛田さんのことかな?」

 

 平田が挙手しながら聞いてきた。

 

「ああ。みんなの誤解を解こうと思ってな」

「誤解?」

「そうだ。櫛田はクラスを裏切っていない」

 

 俺の言葉に先ほど以上に教室内がざわめきだす。

 

「でも音声データがあるだろ。あれで裏切ってないとか無理あるんじゃないか?」

 

 幸村が眼鏡をくいっとしながら言った。

 

「それは仕方ないさ。実際櫛田はクラスの情報を龍園に流してたんだからな」

「だったら……」

「ただし俺の命令でな」

「……命令?……どういう意味だ?」

 

 眉を顰めながら幸村が問う。いつもなら質問者ポジションは池だが、今日は質問しないで大人しく聞いてる。想い人の櫛田が苦境に陥ってるので無理もないか。櫛田苦境。……なんちゃって。

 

「そのままの意味だ。俺が櫛田にCクラスの情報を流すよう指示したんだ」

 

 またまた教室中がざわざわし出した。茶柱先生もいつもこんな光景を見てるんだな。

 

「なんで桔梗ちゃんにそんな命令をしたんだよ?」

 

 池が不満げな表情を浮かべる。

 

「櫛田にDクラスをスパイするようお願いしたからだ。櫛田は他クラスに友達が多い。だから他のクラスの生徒と接触しても違和感がない櫛田に協力をお願いしたんだ。まず船上試験では龍園の信用を得るために優待者の情報を与えた。ちなみに知ってると思うが優待者の二人とは、櫛田と南の二人だ」

「あ、ああ……。それは知ってるけど……」

「櫛田は50万プライベートポイントを手に入れるチャンスを犠牲にしてまで俺に協力してくれたんだ」

「……そ、そうだったのか……」

 

 さすが池。単純すぎるぞ。他人の話を信じすぎる。

 

「ちょっと待ってよ。確か櫛田さんって龍園くんから30万ポイントを譲り受けてたよね?」

 

 またしても軽井沢が櫛田を追い詰める。

 

「ああ。けどその30万ポイントは手つかずだ。なにせクラスのために使用するポイントだからな」

「クラスのため?」

「ああ。この学校ではポイントで買えないものはないのは知ってるだろ?」

「まぁ……ね」

「だから俺と櫛田はクラス用にポイントを溜めることにしたんだ。今のところあまり溜まってないけどな」

「そうだったんだ……。でもなんで金曜にそのことを言わなかったわけ?」

 

 当然疑問に思うだろう。その場で櫛田が事情を説明していれば、この状況は防げたはずだ。

 

「それは私から言うね」

 

 隣に立つ櫛田が言う。

 

「私が事情を説明しなかったのは、界外くんとの約束があったから」

「約束……?」

 

 首を傾げる軽井沢。……今の動作、ちょっと可愛いじゃないか。

 

「うん。私がDクラスのスパイをしようとしたことは、界外くんと二人だけの秘密だったの」

 

 おい言い方を変えろ。これじゃ俺と櫛田が親しい間柄みたいじゃないか。

 

「だから界外くんに確認する前に、事情を説明することが出来なったの」

「……そっか」

 

 軽井沢は納得したように視線を下にずらした。

 これで櫛田はクラスのために50万プライベートポイントを諦め、いくら自分が攻められようが、俺との約束を守った健気な女子と認定されたはずだ。

 

「後、体育祭の参加表無くしただろ? あれわざとだから」

 

 クラスメイトたちから「は?」と聞こえた。

 俺はみんなの反応を無視して話を続ける。

 

「最初に発表した順番はダミーなんだ。櫛田に龍園に偽の順番の情報を流してもらうためにな」

「なるほど。それでCクラスはDクラスに勝利した個人種目が多かったのね」

 

 堀北が補足する。ちなみに堀北も今回の作戦の仲間だ。

 

「ああ。つまり櫛田が龍園に情報を流してくれたおかげで、俺たちは学年1位になれたわけだ」

「そ、そうだったのか……」

 

 櫛田の信者であろう男子たちが反応する。

 

「なので櫛田は龍園にクラスの情報を流したが、裏切ってはいない」

「みんな、混乱させちゃってごめんね」

 

 櫛田が申し訳なさそうな顔をして謝罪した。それは今回の件なのか、今までクラスを本当に裏切っていたことに対するものなのか、それは彼女にしかわからない。

 

 俺たちの話が終わると、すぐに始業開始のチャイムが鳴った。

 朝のSHRが終わると、クラスメイトが次々に櫛田の席に向かい、謝罪をし始めた。特に櫛田と仲が良い王さんと井の頭さんは泣きながら謝っていた。当然櫛田は二人を責めることはなく、二人を優しく抱きしめていた。

 これで櫛田の学校生活は安泰だろう。……今後も裏切ることがなければだが。

 

 裏切り者から再び人気者になった櫛田とは反対に俺は櫛田信者共から文句を言われた。クラスのアイドルを利用したのだから仕方ない。だが俺の作戦のおかげで試験を勝ち続けられていることを説明すると、引きさがってくれた。やはり世の中結果が全てだ。

 櫛田信者共が去ると、清隆がやって来た。ちなみになぜ名前呼びしてるかというと、平田が球技大会後に名前で呼び合わないかと提案してきた為だ。反対する者はおらず、俺たちバスケメンバーはお互いを名前で呼ぶことになった。

 

「お疲れさん、帝人。どうやら上手くいったようだな」

「ああ」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 話は先週の木曜の夜にさかのぼる。夕食を食べ終え、一人でアニメ鑑賞をしているとインターフォンが鳴った。玄関のドアを開けると、そこには思いがけない人物が経っていた。

 

「……軽井沢?」

「夜遅くにごめん」

 

 なぜ軽井沢がこんな時間に俺の部屋にやってきたんだろう。

 

「どうした?」

「いきなりあいつに界外くんの部屋に行くように言われたんだけど……」

「あいつって清隆のことか?」

 

 俺の問いに軽井沢が頷く。

 

「人に見られると嫌だから上がっていい?」

「……いいけど」

 

 失礼な奴だな。俺だって彼氏持ちの女子を部屋に上げるなんて嫌なんだからな。

 軽井沢を部屋に上げ、適当に座らせる。

 

「……本当にアニメ好きなんだ」

 

 テレビ画面を見ながら軽井沢が呟いた。エッチなアニメじゃなくてよかった……。

 

「まぁな。それで肝心の清隆は?」

「そのうちくるんじゃない」

「そっか」

「うん」

 

 ……………………。

 駄目だ。会話が続かない。ギャルなら佐藤で慣れてるなずなのに……。

 

「あ、あのさ……」

「ん?」

「あいつから私のことってなんか聞いてたりする……?」

「いや。軽井沢が清隆の駒になったことくらいしか知らない」

「駒って……。あいつ、やっぱムカつく……」

 

 どうやらいいように利用されて清隆にぷんぷんな様子だ。

 

「それより彼氏いるのに男の部屋に上がっていいのか?」

「え」

 

 俺の質問にキョトンとする。

 

「……本当に何も聞いてないんだ」

「ん?」

「まあ、界外くんなら言ってもいいかな」

「なにが?」

 

 勝手に話進めないでくれる? つーか早くアニメの続きを見たいんだけど。

 

「私、洋介くんとは付き合ってないんだよね」

「………………は?」

「ある事情で付き合ってるふりをしてもらってるの」

 

 つまり軽井沢と洋介はニセコイカップルだったってことか。俺も以前に帆波となりかけたが、まさか他にニセコイしてる人たちがいるとは思わなんだ。

 

「だからか!」

「なにが?」

「前に洋介に聞いたことがあるんだ。軽井沢に(指を)しゃぶってもらったことがあるかって」

「な……っ!?」

「答えはなしだった。僕たちはピュアな関係と言ってたからさ。そういう意味だったのか」

「し、しゃぶるって……。変態っ!!」

 

 軽井沢が顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。なんだこの女。いきなりヒスって怖いんだけど。

 

「どこが変態なんだよ。しゃぶる方は真面目にしゃぶってるだけなんだぞ」

「さ、さっきから何なの……っ!?」

「お前が何なんだよ……」

「も、もしかして一之瀬さんにやってもらってたりするわけ……?」

「ああ。してもらったけど。無人島試験の時に森で」

「森でっ……!?」

 

 あわあわと軽井沢がテンパりだした。こいつ見てて面白いな。

 暫く軽井沢を鑑賞してると、清隆が部屋にやって来た。

 

「悪い。遅くなった」

「遅い! 界外くんからセクハラされまくって大変だったんだけど!」

「俺がいつセクハラをしたんだよ!」

 

 この女。今度は狂言しやがった。そろりそろりと部屋から出やがれ。

 

「そうか。それはよかったな」

「「よくない!」」

「二人とも学校の掲示板は知ってるな?」

 

 反論する俺たちを無視して携帯を操作する清隆。

 

「あ、ああ」

「うん。知ってるけどそれが何なの?」

「今すぐ掲示板を見て欲しい」

 

 清隆に言われ、携帯を操作し掲示板のページを開く。

 掲示板を見るのは久しぶりだ。前に見た時に、帆波の中傷が酷かったので、それ以降見るのは控えていた。

 1年生専用のスレッドを表示させ、中身を見ると帆波に対する書き込みは少なくなっていることがわかった。かわりに俺に対する書き込みが増えていた。

 

「界外くんって生徒会の書記と佐倉さんにも手を出してるの?」

 

 掲示板の内容を見たであろう軽井沢が質問してきた。

 

「してない。一緒に遊びに行っただけだ」

「ふーん。他にも色々書いてあるよ。何人の女の子に手を出してるわけ?」

「だから出してないっつーの」

 

 物理的に手を出したのは堀北一人だ。

 

「それより最新の書き込みを見て欲しいんだが……」

 

 俺と軽井沢のやり取りに呆れた様子の清隆が言う。

 

「最新のね……。これか?」

「櫛田桔梗はDクラスに自分のクラスの情報を流してる?」

 

 俺と軽井沢は同じタイミングで清隆が見せたかった書き込みを見つける。そのレスには書き込みだけでなく、音声データが添付されていた。ダウンロードし、再生をすると櫛田と龍園の会話が聞こえ始めた。

 

「……これって何なの?」

「櫛田が龍園にクラスの情報を流してる音声だな」

 

 軽井沢の問いに淡々と清隆が答える。

 

「もしかしてこれ書き込んだのは龍園か?」

「だろうな。龍園以外にこの音声データを持ってるものはいないだろ」

「そうだな」

 

 清隆の言う通り、龍園以外に櫛田との会話を録音したデータを持ってる生徒はいないだろう。

 しかしこれで櫛田も終わりか……。これが全員に知れ渡れば、櫛田の居場所はなくなるだろう。

 

「……ねえ、なんで櫛田さんはこんなことやってるわけ?」

 

 軽井沢が当然に疑問に思うことを声に出す。

 

「わからん。その理由をこれから調べるつもりだ」

「調べるってどうするの?」

「帝人が調べてくれる」

「俺かよ……っ!?」

「櫛田も帝人になら教えてくれるだろう」

「確かにそうかもね」

 

 清隆と軽井沢のその自信満々で言える根拠を教えて欲しい。

 

「これは櫛田の裏切り行為を止めさせるいいチャンスだ。上手く行けば櫛田も駒に出来る」

 

 "駒"というワードが耳に入った瞬間、軽井沢が清隆を睨んだ。清隆はそれを気にせず、淡々と話を続ける。

 

「まずは一度櫛田を徹底的に追い詰めよう」

 

 清隆の作戦はこうだ。まずクラスの皆に掲示板の書き込みを見て貰う。翌朝、教室で軽井沢が櫛田を糾弾する。女子のリーダーである軽井沢が櫛田を裏切り者と罵れば、彼女をフォローする女子はいなくなず手筈だった。

 

「まず櫛田を孤立させる。恐らくすぐに帝人に助けを求めるだろう」

 

 俺は清隆に翌日は欠席するよう言われた。そして日曜の夜まで櫛田との接触を避けることもお願いされる。頼りになる俺と接触させないことで、櫛田の精神をすり減らさせるようだ。

 そして日曜の夜遅い時間に櫛田と接触する。その際に助ける代わりに色々と情報を仕入れること。これが今回の俺たちのミッションだ。

 

「ねえ、櫛田さんをどうやって助けるの……?」

「それは帝人が答えてくれる」

「自分で答えろよ……。つーか軽井沢も少しは自分で考えてみろよ。簡単だから」

「いいから早く教えてよ」

 

 この女は……。すぐに他人に答えを求めるから馬鹿なんだぞ。

 

「俺が櫛田に命令してクラスの情報を流していたと言えばいいんだよ」

「……は? それじゃ界外くんも櫛田さんと同じになっちゃうじゃん」

「違う。Cクラスの今までの特別試験と体育祭の結果を思い出してみろ」

「……全部勝ってる?」

「そうだ。船上試験では龍園の信用を得るために情報を流した。体育祭ではわざと偽の参加表の順番を伝えたことにすればいい」

 

 これは船上試験で他クラスの優待者を見抜き、体育祭でクラスを仕切った俺しか出来ないことだ。

 軽井沢の顔を見ると、かみ砕けていないようだったので、清隆に後は任した。

 清隆が軽井沢に説明してる間に、堀北に電話をして、今回の作戦内容を伝えた。櫛田を助けることにあまり納得はしていないようだったが、堀北も協力してくれることになった。

 

 金曜の夜。清隆の予想通り、櫛田が部屋にやって来た。携帯の電源をずっと切っていたので、業を煮やして俺に会いにきたのだろう。俺の看病のふりをした堀北が対応し、櫛田は渋々自室に戻っていった。櫛田を追い返した時の堀北の満足げな表情は今でも忘れられない。ちなみに堀北は夕方から夜遅くまで俺の部屋にいて、ずっと将棋を指していた。

 土日も携帯の電源は切ったままにした。そして日曜の夜に櫛田に連絡し、部屋に招き入れた。

 結果、櫛田が裏切った理由も聞けて、作戦は上手くいったと思う。櫛田に肉体関係を求められたことはみんなに内緒にしている。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 しかし櫛田の下着姿やばかったな。凄い柔らかそうな身体をしていた。

 

「帝人、ぼけっとしてどうした?」

「んぁ?」

 

 しまった。櫛田のあわれもない姿を思い出してしまっていた。

 

「な、なんでもないっ!」

「そうか」

 

 危ない危ない。俺には帆波という心と体に決めた女の子がいるというのに。

 櫛田め。俺の心を乱しやがって。また苛めてやる。

 

「界外くんっ」

 

 そう心に決めた直後に櫛田がいつもの笑みを浮かべてやって来た。どうやら生徒たちの謝罪タイムは終わったらしい。

 

「……なんだよ?」

「えっと、その……」

 

 服屋らしき買い物袋を抱えてもじもじし出した。

 

「こ、これ……」

 

 櫛田はそう言うと、買い物袋を俺に渡してきた。……何だか嫌な予感がしてきたぞ。

 買い物袋を受け取り恐る恐る中身を取り出す。袋の中身は……

 

「ジャージか?」

 

 清隆が呟く。

 

「昨晩はありがとう。界外くんの匂いがして、気持ちよく寝れたよ」

 

 頬をこれでもかというくらい赤く染めて櫛田が言った。

 直後、教室内が黄色い歓声と怒号に包まれた。

 

「きゃー!!」

「界外!! おまえなにしてくれてんのぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 うるさいうるさい。この女の演技に気づけよ。陰でこの女に馬鹿にされてるのに気づけよ。

 

「界外くんに抱きしめられてる感じがしたよ」

 

 このクソアマなに爆弾を投下してくれてんの。

 おかげで堀北と松下から冷たい視線を浴びせられてるんだけど。清隆はいつの間にかいなくなってるし。

 

「……ちょっとこっち来い」

「うん」

 

 だからいちいち頬を赤く染めるな。

 俺は櫛田の腕を掴み、廊下に連れ出した。

 

「何のつもりだよ?」

「うーん……昨日の仕返し的な?」

 

 顎に手を当て首を傾げながら櫛田が言う。

 

「そのあざとい動作もやめろ」

「あざといって酷いな。鬼畜DV野郎くん」

「黙れ処女ビッチ」

「処女ビッチって酷いな。昨晩抱きしめあった仲なのに……」

 

 悲しそうな表情を浮かべる。本当にあざとい。

 

「お前が抱きついてきただけだろうが」

「そうだっけ? ……もうそんな睨まないでよ。調子に乗ったのは謝るから」

「……お前、自分の立場わかってる?」

「わかってるよ。だから界外くんに捨てられないように頑張ってるんだよ」

 

 ずいっと顔を近づけてくる櫛田。

 

「だから気が変わったらいつでも抱いていいんだからね」

 

 耳元でボソッと言った。

 ちょうど他のクラスの生徒たちが歩いてきたタイミングで。

 

「これで他のクラスの人たちにも私と界外くんの関係が怪しまれるようになるかな?」

「はっ。夏休みに腕を組んでるところを見られた時点でそう思われてるぞ。だから櫛田の今の行動は全くの無意味だ」

「え、そ、そうなの……?」

 

 ざまぁみろ。……あれ? ぜんぜんざまぁみろじゃないじゃん。むしろ櫛田の思惑通りじゃん。

 

「そうなんだ……」

 

 なんだ? 今度は素で照れてるように見えるぞ。……よくわからん。

 

「それじゃ教室に戻るから」

「あ、待ってよっ」

 

 袖をつまみながら櫛田が後をついてくる。

 

「おいやめろ」

「なにが?」

「……本当にお前はいい度胸をしてるよ」

「だからなんのことかな……?」

 

 あれだけ酷いことをすれば大人しくなると思っていた。けれど櫛田は以前より俺との距離を縮めようとしてくる。どうやら逆効果だったようだ。

 なんであんな酷いことをされたのに、俺と親しくなろうとするんだろうか。俺とこれ以上親しくしても櫛田にメリットがあるとは思わない。

 まさか本当に俺に恋愛感情を持っているのだろうか。

 やっぱり女の子が何を考えてるのか理解するのは難しい。

 

「ねえ、何のことかな?」

 

 櫛田がほくそ笑みながら聞いてくる。

 ちょっとムカついたので脛を軽く蹴った。

 

「いたっ……。な、なにするのっ!?」

「ムカついたから蹴った。後悔はしてない」

「女の子を蹴るなんて最悪なんだけど」

 

 うるさいな。櫛田なら多少乱暴に扱っても大丈夫だと思ったんだよ。

 

「だったら俺の機嫌を損ねるようなことはしないことだな」

「……本当最低」

「お前がな」

 

 今思えば、この時から俺と櫛田の歪な関係が始まったのかもしれない。




積んでる本を消化したいのでしばらく週一で投稿になります
基本土曜0時なのでよろしくです


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60話 ハンドクリーム


タペストリーの一之瀬可愛すぎですね
10巻イラストで使われると思うから、色々と妄想が膨らむ


 11月1日。今日は月一のクラスポイント発表日だ。いつも通りチャイムが鳴ると茶柱先生が教室に入って来た。

 茶柱先生は挨拶を終えると、すぐに黒板に大きな白い紙を貼りつけた。

 その大きな白い紙に各クラスのクラスポイントが書かれている。

 各クラスのクラスポイントは以下の通りだ。

 

 Aクラス: 964

 Bクラス: 803

 Cクラス: 817

 Dクラス: 242

 

 CクラスがBクラスを逆転している。つまり俺たちは……

 

「おめでとう。今日からお前たちはBクラスだ」

 

 茶柱先生がお祝いの言葉を述べた直後、クラスメイトたちが喜びの声を上げた。

 

「やった!」

「俺たちBクラスだってよ!」

「すげぇよ!」

 

 寛治たち調子乗りグループはもちろん、女子たちも騒いでいる。

 それよりDクラスだけ置いてけぼりだな……。

 

「でもおかしくないか?」

 

 ここで寛治が疑問の声を上げた。

 

「球技大会でBクラスに負けてたよな?」

「確かに」

 

 球技大会で俺たちのクラスは、一之瀬率いるBクラスより結果を残せなかった。つまり球技大会だけの成績を見れば、俺たちがBクラスに昇格することはありえないのだ。

 

「今回は特別にポイントの内訳を教えてやる」

 

 生徒たちの疑問を解消をすべく茶柱先生が説明し始めた。

 

「まず体育祭で-50ポイント。球技大会で90ポイント。そして界外が気象予報士試験に合格したことにより150ポイントが加算されている」

 

 そう。俺が気象予報士試験に受かったことにより、クラスポイントが150ポイント加算されたのだ。

 試験は8月下旬に行われたのだが、合格発表が10月だったため、クラスポイントに反映されるまで時間がかかった。ちなみに俺が国家試験を受けたのを知ってる生徒は、堀北、清隆、洋介、博士の4人だ。

 

 クラスメイトたちは驚きを声を上げて、俺を見つめている。

 ククク。尊敬してもいいんだぞ。

 

「ちなみに界外には、国家試験を合格したことにより、150万プライベートポイントが与えられている」

 

 刹那。隣人の金の亡者がとてつもない圧をかけ始めた。

 先生、余計なことは言わなくていいんですよ。

 クソ。SHRが終わったらちやほやされようと思ったのに、すぐにトイレに逃げなくては。俺が頑張って稼いだポイントが貪られてしまう。

 

「それではSHRを終わりにする」

 

 茶柱先生がそう言った直後、俺は教室のドアに向かって駆けだす。そして扉に手をかけようとすると……

 

「行かせないよ、界外くん」

 

 佐藤が立ちはだかった。反対側のドアには篠原がいる。

 どうやら松下の指示で出入り口を塞いだようだ。

 

「佐藤、どいてくれ」

「それはできないし」

 

 佐藤はか弱い女の子だ。力づくでどかせることも出来るが、そんなことはしたくない。

 なので俺は佐藤の弱みを利用することにした。

 

「涎」

「……っ」

 

 たった一言で、佐藤は顔を真っ赤にしながらドアを開けた。

 そして俺は、佐藤の横を通り、教室を後にした。

 

「佐藤さん、何してるの!?」

 

 篠原が佐藤を嗜める声が背後から聞こえたが、無視してトイレに駆け込んだ。

 なぜ佐藤が素直に退いてくれたのか。

 それは俺に弱みを握られてるから。

 あれは9月の出来事だった。俺の部屋でアニメ鑑賞してた佐藤が寝落ちをしてしまい、テーブルの上に涎の海を作ってしまった。このことを誰にも話さないよう涙目の佐藤にお願いをされた。もちろん誰にも話すつもりはないが、今回のように困った時は、脅しで使わせてもらってるわけだ。

 

 学校で一番落ち着ける場所でくつろいでると、男子生徒たちの話し声が聞こえた。

 

「あーあ、今日からCクラスか……」

「だな。でも僅差だしすぐにBクラスに戻れるさ」

「だといいんだけどな」

 

 どうやらCクラスの生徒たちのようだ。

 俺たちのクラスがBクラスに昇格したのは喜ばしいことだ。だが一つだけ懸念点がある。

 帆波だ。

 学級委員長である帆波に、クラスメイトから不満をぶつけられるのではないかと俺は考えた。比較的いい人が多い帆波のクラスだが、他人に不平不満をぶつける輩も少しはいるだろう。それに帆波は俺と仲が良い。俺との関係を突っ込まれる可能性も考えられる。

 

「どうしたもんだか」

 

 恐らく神崎や白波さんたちがフォローをしてくれるだろう。ただ俺がいないところで帆波に傷ついてほしくないので、どうしても気になってしまう。

 

「様子を見るしかないか」

 

 もし帆波がCクラスに落ちたことにより、責任を取らされるようなことになっても、他クラスの俺が出来ることはないだろう。

 だから様子を見るしかない。

 やっぱり帆波と同じクラスがよかったな……。

 俺は大きくため息をつきながら教室に戻った。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 昼休み。俺はベストプレイスで堀北と一緒に昼食をとっていた。

 

「今日は人気者ね」

 

 卵焼きを口に運びながら堀北がからかうように言った。

 

「まぁな。人生でピークを迎えているかもしれない」

「そう。……次はいよいよAクラスかしら」

「どうだろうな。Cクラスとは僅差だし、そう上手くはいかないだろう」

「でもあなたがいればAクラスも敵じゃないと思うわ」

 

 それは買いかぶりすぎだろ。実際Aクラスとは100ポイント以上離されている。

 

「……まぁ、頑張るよ」

「ええ。もちろん私も全力を尽くすわ」

「一緒にAクラスを目指す。堀北との約束だもんな」

「……うん」

 

 頬を紅潮させた堀北が可愛らしく頷いた。

 いつも返事は「ええ」なのに、たまに言う「うん」にドキッとさせられてしまう。

 

「ねえ、今日の放課後暇?」

「あー、松下たちとケヤキモールに行くことになってる」

「そう……」

 

 いや、そんな落ち込まなくても……。つーか、堀北も後で誘われるんじゃないか。

 

「堀北も行くか?」

「行くわ」

「お、おう……」

 

 即答だった。

 

「奢るの?」

「違う違う。なんか佐藤が俺の愛用してるハンドクリームを気に入ってさ。購入した店舗を案内するだけだよ」

「そうなの。……ちなみに今そのハンドクリームはあるかしら?」

「あるぞ」

 

 鞄からハンドクリームを取り出し、堀北に渡した。

 

「つけてみてもいい?」

「いいぞ」

「ありがとう」

 

 お礼を述べた堀北は、ゆっくりと蓋を開けた。そして両手に塗り始める。

 

「けっこういい匂いね」

「だろ。それと匂いだけじゃないんだ。シアバターが配合されていて、保湿性も抜群なんだぞ」

「そ、そうなの……?」

「ああ。俺、乾燥肌ですぐ荒れちゃうからさ。保湿性いいやつじゃないと駄目なんだよ」

 

 真冬の皸はきついんだよな。皸があるだけでやる気が100は削がれてしまう。

 

「本当に女子力高いのね」

「そうか。まいったな」

「なぜ嬉しがってるのかしら」

「いや、女子力高い男子ってモテるらしいから」

「……モテたいの?」

 

 冷気を放ちながら堀北がジト目で訊ねる。

 

「あ、いや、その……」

 

 そりゃモテないよりモテる方が嬉しいだろう。でも素直に言ったらヤバそうな雰囲気なので濁しておく。

 

「どうだろうな」

「……もういいわ。それより櫛田さんの様子はどう?」

「相変わらずしつこく絡まれるくらいだな」

「拒絶すればいいのに」

 

 君たち相変わらず仲が悪いね。

 

「人前では拒絶しにくいんだよ。二人きりの時は、きちんと言ってるぞ」

「二人きり……?」

「あ」

「どういうことか詳しく説明してもらえる?」

 

 怖い怖い。それに顔が近いよ堀北。

 堀北との問答は昼休みが終わるまで続いた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 放課後。俺たちは佐藤の買い物に付き合うため、ケヤキモールに足を運んでいた。

 最初は5人で行く予定だったが、最終的に10人の大所帯になっている。面子は俺、堀北、松下、佐藤、篠原、櫛田、王、井の頭、軽井沢、森。

 あまり話したことない女子もいるんだけど……。

 

「私も界外くんと同じハンドクリームなら買おうかなっ」

 

 隣を歩く櫛田が上目遣いで言ってきた。

 

「乾燥肌ならお勧めだぞ」

「界外くんも乾燥肌なんだ。私もだよ。同じだねっ」

 

 いつものあざとい笑顔を見せる櫛田。

 それより近い。近すぎる。腕くっついてるから。

 

「櫛田さん。界外くんが歩きづらそうにしてるわ。少し離れたらどう?」

 

 さすが堀北。俺が言いたくても言えないことを、言ってくれる。

 

「……歩きづらいの?」

「……少しな」

「そっか。ごめんねっ」

 

 ようやく櫛田が離れた。人前ではあっさり引き下がるんだよなこいつ。

 

「ねー、界外くん」

「ん?」

 

 今度は佐藤が話しかけてきた。

 

「買い物終わったら暇だったりする?」

「本屋行く予定だけど」

「そっか。週末にアニメ見たいんだけど、またお勧めの教えてくれる?」

「いいけど。……また俺の部屋で見るのか?」

「うん」

 

 いい加減ブルーレイプレイヤー買いやがれ。ポイントは十分溜まってるだろうが。

 

「ブルーレイレコーダー買おうか迷ったんだけど……。界外くんが無駄遣いするなって言うから」

 

 俺が原因だった。なら強く言えないな。

 

「そっか。わかったよ」

「やった。それじゃ土曜お邪魔するね」

「午後からでいいか?」

「うん。午前中は予定あるの?」

「橘先輩がご飯奢ってくれるんだよ。Bクラスに昇格したお祝いに」

 

 刹那。松下と軽井沢が、苦虫を噛み潰したような顔で俺を見てきた。

 堀北と櫛田もなんか睨んできてる。

 なるほど。デートなのに男子が奢って貰うなということか。

 

「ちなみに佐倉も一緒だからな。三人でご飯に行くんだ」

 

 これで橘先輩とのデートじゃないとわかってくれるだろう。

 

「うわっ」

 

 再び松下と軽井沢が、ゴミを見るような目で俺を見てきた。

 他の人たちも引いてるような気がする。

 おかしい。どこで俺は間違えたんだろう。

 仲良しの先輩に奢って貰うという、よくある話なのに……。

 

「佐倉さんって眼鏡外してから人気凄いよね」

「そうだな」

 

 佐倉は橘先輩のアドバイスにより眼鏡を外した状態で学校に来ている。

 恐らく橘先輩に恋愛相談でもしたのだろう。

 佐倉が眼鏡を外したことにより、他のクラスの男子共が、俺たちBクラスにやってくることが多くなった。もちろん教室に入る勇気ある生徒はおらず、遠巻きから眺める程度だ。

 

「佐倉可愛いもんな」

「は?」

 

 一瞬、櫛田がドスのきいた声を出したような気がした。

 

「なにか言ったか?」

「何も言ってないよ」

 

 唇に人差し指を当てながら、可愛く傾げる櫛田。

 どうやら気のせいだったようだ。

 

「だよね。だてにグラビアアイドルやってないよね」

「そうだな」

 

 おかしい。佐藤と話すにつれて、雰囲気が重たくなってる気がする。

 特におかしい会話はしてないはずなんだけど。

 何とか雰囲気を変えようと思った時だった。

 

「よう、すけこまし野郎。今日は大量に女連れてるじゃねぇか」

 

 龍園とエンカウントしてしまった。

 龍園が現れたことにより、女子たちに緊張感が走る。

 佐藤は龍園が怖いようで、俺の背中に隠れてしまった。

 

「いい加減名前で呼んで欲しいもんだな。俺には界外帝人って名前があるんだからさ」

 

 やっぱり龍園と話すと、喧嘩腰になってしまう。

 

「気が向いたら呼んでやるよ。それと桔梗、久しぶりだな」

「久しぶりだね、龍園くん」

「どうやらこいつに助けて貰ったようだな。股でも開いたか?」

 

 半分正解。股開くつもりはあったぞこの女。

 

「やだな。なんのことかな」

「……まぁいい。それじゃな」

 

 龍園はそう言い、あっさり去っていった。

 どうやらたまたま見かけたから声をかけてきただけのようだ。

 

「……あー、怖かった……」

 

 涎女がなんか可愛く振舞ってる。

 

「佐藤は龍園が苦手なのか?」

「だって怖いじゃん。私、ヤンキー苦手なんだよね」

「……意外だ」

 

 見た目からしてヤンキーの彼女っぽい雰囲気を醸しだしてる。

 

「意外とか失礼だし」

 

 確かに中身は普通の女の子だもんね。ちょっとアホなところあるけど。

 

「それよりさっさとお店に行かない?」

 

 軽井沢が急に仕切り出した。

 そういえばなんでこいつもいるんだろうか。

 

「そうだね。行こうか」

 

 隣人の松下が促すように佐藤と篠原の背中を押しながら言った。

 

 30分後。無事にハンドクリームを購入し終えた俺たちは、コスメショップに来ていた。

 女子たちが色んな商品を漁っている。当然俺はコスメショップに用事はないので、先に本屋に行こうとしたら、櫛田に待つように止められてしまった。

 

「……暇だな」

 

 楽しそうに買い物をする女子たちを見ながら呟いた。ちなみにこういうお店に興味なさそうな堀北も、佐藤たちと一緒に店内を回っていた。

 

「暇そうだね」

 

 一足先に買い物を済ませた櫛田が戻って来た。

 

「だったら本屋に行かせてくれよ」

「駄目だよ。これだけ可愛い子がいるんだから騎士さんが一人はいないとね」

「騎士って……」

 

 ランスロット・アルビオン用意してくれたら喜んで騎士になるぞ。

 

「ていうか、龍園ムカつく。死ねばいいのに」

「急に本性を現すな」

 

 あの事件以降、時折櫛田が俺に本性を見せるようになった。大体愚痴を聞かされてるだけなんだが……。

 

「早くあいつを退学にさせてよ」

「無茶言うなよ……」

「龍園を退学にさせたら、界外くんの性奴隷になってあげるから」

 

 セフレからパワーアップしてるんだけど……。

 それでもなって"あげる"ってところに櫛田のプライドの高さが見られる。

 

「はいはい」

「酷いな。女の子の勇気を出した告白を受け流さないでよ」

「そんな勇気は捨ててしまえ」

 

 寛治なら喜んでオッケーするんだろうな。そういえば寛治は篠原といい感じだが、櫛田はもう諦めたのだろうか。

 

「それとさっきのはなに?」

「さっきの?」

「佐倉さんが可愛いって話」

「……事実を言っただけだが」

 

 なんて顔で睨んできやがるんだこの子は。

 

「ふーん。帆波ちゃんといい、界外くんは胸が大きい女の子が好きなんだね」

「嫌いじゃないな」

「ちなみに私も大きい方だと思うんだけど」

 

 櫛田はそう言うと、腕に胸を当ててきた。

 

「そうだな。大きいと思うぞ」

「でしょ。揉みたいと思わない?」

「揉んだら通報されそうだから思わない」

「そんなことしないよ。ほらほら」

 

 櫛田は誰も見てないことをいいことに、胸を押し当ててくる。

 

「服越しで押し当てられてもな」

「…………は?」

 

 帆波に水着越しで押し当てられてますしおすし。

 

「わかった。買い物終わったら界外くんの部屋に行くから」

「来るな。いい加減諦めろ」

 

 櫛田は俺と肉体関係を結ぶのを諦めていない。

 どうやら変に意地を張ってしまってるようだ。

 

「嫌だったら前みたいに引っ叩いて説教でもすればいいよ」

「うぐっ……」

 

 3日前。再びあられもない状態で迫ってきた櫛田を俺は説教した。もちろん上条さんと違い、殴ったりはせず、軽く頬を叩いたくらいだ。

 結局、俺の言葉は何も響かなかったようだが……。

 

「私、界外くんになら殴られても蹴られても平気だから」

「人をDV彼氏みたいに扱わないでくれない?」

 

 また風評被害が広がっちゃう。

 

「……ん……」

 

 櫛田が急に内股でもじもじしだした。

 

「さっきから何なんだよ?」

「こ、これは違うから……っ」

「何が違うんだよ。たまに俺の前でそうしてるけど、なんか意味あるのそれ?」

「そ、それは……内緒だよ……」

 

 蕩けた表情をしながら櫛田が答えた。

 こいつ頭がおかしいんじゃないだろうか。

 俺が呆れてると、他の女子たちも買い物を終えたようで戻って来た。

 

「それじゃ私たちはこれで」

「またね」

 

 軽井沢と森は、本屋とレンタルショップに用はないようで先に帰っていった。

 櫛田、王、井の頭は、他に寄りたいお店があったようで、三人ともここで別れることとなった。

 残ったのは俺、堀北、松下、佐藤、篠原の5人。

 この面子なら恥ずかしい表紙のラノベを買っても問題ないな。

 そう判断した俺は、本屋を目指して歩きだした。

 

 本屋に着くと、俺は真っ先にラノベコーナーに向かった。堀北は一般小説。松下たちはファッション誌を立ち読みして、時間を潰すようだ。

 今日は11月1日。つまりスニー○ー文庫の発売日だ。

 早速お目当ての物をゲットし、他に買い忘れてるラノベがないかチェックをする。

 

「なさそうだな」

 

 いい加減図書室にもラノベを置いて欲しい。でも堀北会長はオッケーしてくれないんだよね。

 

「界外くんじゃないですか」

 

 背後から声をかけられた。振り向くとそこには……

 

「橘先輩。こんにちは」

「はい、こんにちは。ラノベ買いにきたんですか?」

 

 俺が手に持ってる本を見ながら橘先輩が訊ねた。

 

「はい。橘先輩がこのコーナーにいるって珍しいですね」

「界外くんの後ろ姿が見えたので」

 

 後ろ姿で俺ってわかるのか。……照れるな。

 

「そうですか。橘先輩も本買いにきたんですか?」

「はい。今日は好きな作者さんの新刊が出るので」

 

 嬉しそうに話す橘先輩。やっぱこの先輩天使だわ。

 

「界外くんはお一人で来たんですか?」

「いえ。クラスメイトと。橘先輩は?」

「私は一人ですよ。あまり本好きの友人いなくて」

 

 あははと苦笑いしながら答える。

 やばい。抱きしめたい。

 

「そうだ。今度私にお勧めのラノベを教えてもらえますか?」

「え」

「実は本を読みつくしてしまって。なのでラノベを読んでみようかと思いまして」

「も、もちろんです。ラノベなら大量に持ってるので貸しますよ」

「本当ですか? ありがとうございます」

「よかったら俺の部屋に来て下さい」

「へ、部屋にですか……?」

「はい」

 

 部屋に誘ったら橘先輩の顔が赤くなってしまった。

 付き合ってもない異性の部屋に上がるのはハードルが高いことなのか。最近女子たち+清隆が入り浸ってるせいで麻痺してるのかもしれない。

 

「そ、それじゃお言葉に甘えて……」

「は、はい……」

 

 そんな赤くしながら答えないで。誘った俺まで恥ずかしくなってくる。

 

「い、行くときは事前に連絡しますねっ!」

「お願いします」

「そ、それと、土曜日の件も連絡しますね!」

「はい」

 

 橘先輩は、顔を赤くしたまま、「それじゃ」と言い、本屋を後にした。

 ……あの先輩、本買ってなくない?

 

 本屋で買い物を済ませた俺たちはレンタルショップに移動した。

 俺と佐藤はアニメコーナーに。堀北たちは適当に見て回るようだ。

 

「それで今回はどういうのが見たいんだ?」

「うーん、恋愛もの!」

「それは清隆に恋してるからか?」

「う、うるさいっ!」

 

 佐藤が頬を紅潮させながら肩を叩いてきた。

 今日は照れる女の子が多いな。

 

「それで他に条件は?」

「ハッピーエンドのものがいいかも」

 

 なるほど。それじゃスクールデイズでいいか。……絶対怒られるな。

 

「2クールものでもいいか?」

「いいよ」

「それじゃ……これかな」

 

 とらドラのパッケージを指差す。

 少女漫画原作ものは、読んでそうだしな……。これくらいしか思いつかないな。

 

「それじゃこれ借りてくるね」

「ああ」

 

 佐藤はディスクをパッケージから抜いて、そのままレジに向かった。

 

「……佐藤もアニオタ化してきたな」

 

 とらドラは全24話あるので半日じゃ見終わらないだろう。

 どうやら今週は佐藤と土日を過ごすことになりそうだ。




切実によう実のギャルゲが欲しいです


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61話 櫛田桔梗:ライジング


新たなる変態が爆誕


 最初は彼のことを顔がいいだけのオタク野郎だと思っていた。

 入学当初の私は、彼がクラスを引っ張る存在になるとは微塵にも思っていなかった。

 

 クラスメイト全員と仲良くしようとした私だけれど、彼とは積極的に関わらなかった。

 なぜならすでに帆波ちゃんが彼に手を出してたから。

 入学して一週間でBクラスの友人が出来た。その友人から、帆波ちゃんと彼は恋人に近い関係だと聞いた。

 なので私はBクラスのリーダーである帆波ちゃんと友好的な関係を結べるよう彼と関わらないようにした。

 なぜ帆波ちゃんが彼を好いてるのか疑問に思ったが、あまり考えないようにした。

 その時は同じ中学出身の堀北鈴音のことで頭が一杯だったからだ。

 

 彼に強く興味を持ったのは、須藤くんがCクラスの人たちと揉めて事件を起こした時だ。

 私と須藤くんたちが、綾小路くんの部屋で、事件について話し合いをしている時に、彼が訪れてきた。

 そんな彼に須藤くんが悪態をついてしまった。

 帆波ちゃんのことを悪く言われ、彼の様子が豹変した。

 普段は温厚なのに、あんな冷たい表情をするんだと、彼に見惚れてしまっていた。

 恐らく彼の二面性に自分と似たようなものを感じたんだと思う。

 この頃から、私は彼に強い興味を抱くようになった。

 

 無人島に向かう船上でも彼のもう一つの顔が見れた。

 Aクラスの生徒が、綾小路くんと松下さんを倒してしまい、それに切れた彼が、Aクラスの生徒をねじ伏せたのだ。

 彼の放つ異様な雰囲気に、怖がる女子もいれば、うっとりと見惚れていた女子もいた。

 ちょうどこの頃だったと思う。

 みーちゃんが腐女子であることをオープンにしだしたのは……。

 

 Aクラスの生徒たちがデッキからいなくなった後、私は彼に話しかけた。

 彼は旅行中に何か試験が行われるのではないかと予想していた。

 そんな彼の予想は見事的中した。

 

 無人島試験が始まってからも積極的に私は彼に絡んだ。

 私が彼に絡むと堀北が嫌な顔をするので余計絡みたくなってしまった。

 まさかあの堀北が男に惚れるとは。

 でも彼には帆波ちゃんがいる。

 堀北じゃ帆波ちゃんには勝てない。

 私はずっと「ざまぁみろ」と心の中で思っていた。

 

 堀北を馬鹿にしていた私だったけれど、彼の一言で、私も堀北と同じ立場になってしまった。

 彼は私のことをクラスで一番可愛いと言ってくれた。

 嬉しかった。

 私のことを可愛いと言ってくれる人は沢山いた。でも"一番"可愛いと言ってくれた人は誰もいなかった。中学の時に告白した人も、高校でちやほやしてくれる人も、私を一番可愛いとは言わなかった。

 でも仕方ない。

 実際そうなのだから。

 私は自分の容姿に自信がある。けれど私より可愛い子なんて沢山いる。Dクラスにだって、堀北、佐倉さん、長谷部さんと私より可愛い人が沢山いる。

 でも彼は私がクラスで一番可愛いと言ってくれた。

 彼の中で一番は帆波ちゃんだってわかってる。クラス内という小さな枠組みの話だってこともわかってる。

 けれど嬉しかった。

 久しぶりに私を一番にしてくれた彼に私は恋に落ちてしまった。

 なんて単純な女なんだろうと思う。

 でも仕方ないじゃない。

 好きになっちゃったんだから。

 

 彼に恋愛感情を持つようになってからは、彼の前では今まで以上に、可愛く振る舞った。

 水着姿で彼にアピールしたり、一緒に料理を作ったり、精一杯彼に自分の存在をアピールした。

 

 私の高校生活を大きく左右した無人島試験が終わりを迎えた。

 結果は私たちDクラスの勝利だった。

 この無人島試験から彼がクラスを引っ張るようになった。

 

 無人島試験が終わり、船に戻ってからも、特別試験は続いた。

 私は堀北を退学させるため、Cクラスの龍園くんと手を組むことにした。

 そんな暗躍をしながら、私は彼との距離を縮めるべく、努力した。

 二人でお茶したり、娯楽施設を見て回ったり、プールで遊んだりした。彼は人並みに性欲はあるらしく、私の胸ばかり見ていたのを思い出す。

 体育のプールの授業で、私をいやらしい目で見てくる男子たちに吐き気をした私だっただけれど、彼にいやらしい目を向けられても、嫌な気持ちはまったくなかった。

 むしろもっと私を見て欲しいと思った。

 もしかしたらそれが"今の"私に繋がってるのかもしれない。

 

 彼との二人の時間を満喫した私だったけれど、一番楽しかったのは、二人で夜空を眺めたことだ。

 彼とデッキで会ったのは偶然だった。なぜなら本当なら私は龍園くんと落ち合う予定だったから。

 この時は少しばかり運命を感じてしまった。ずっとこの時間が続けばいいと思った。

 彼が帰ろうとした時は、寂しくなってしまい、彼に抱きついてしまった。そしてあろうことか、自分がクラスを裏切っていることを、告白しそうになってしまった。

 彼なら暴走する自分を止めてくれるかもしれない。

 ううん。

 きっと彼に止めて欲しかったんだと思う。

 

 龍園くんに優待者の情報を与えたけれど、船上試験もDクラスの勝利で終わった。

 無人島試験に続いて、圧勝だった。どうやら彼が他のクラスの優待者を見抜いたらしい。

 ますます彼に惚れてしまった。

 本当恋する女って単純だ。

 

 特別試験が終わり、残りの夏休みが二週間になった。

 私は彼に料理を教えてもらった。

 二人で台所に立って、料理してる間は、人並みの幸せを感じた。きっと同棲したらこんな感じなんだろうなと思った。

 彼に教えてもらって作った肉じゃがは、私が作った料理の中で一番の出来だった。

 私の肉じゃがを美味しそうに食べる彼の顔は今でも鮮明に覚えている。

 

 気持ちが高ぶった私は、クレープ屋に向かう途中に変な理由をつけて、彼の腕に抱きついた。

 人前でこんなことしたら目立ってしまう。きっと帆波ちゃんの耳にも入るだろう。面倒事になる可能性は高い。

 それでも私は止めなかった。

 他の人たちに私が彼と親しいんだとアピールしたかった。もちろん彼にも、私を意識してもらえるよう、胸を押し付けた。少しだけ顔を赤くしていたので、アピールは成功したと思う。

 

 夏休み最終日。

 私は惨めな思いをした。多分堀北も同じ思いをしたと思う。

 彼と含めたDクラスの人たちとプールに行こうとしたところ、帆波ちゃんたちと偶然会ってしまった。

 流れで帆波ちゃんたちと一緒に遊ぶことになったのだけれど、これがいけなかった。

 彼と帆波ちゃんが二人で話すのを見るたびに胸が痛くなった。あんな楽しそうな彼を見るのは初めてだった。

 帆波ちゃんといる時はあんな顔をするんだ、と思った。

 私といる時と全然違う。

 帆波ちゃんには敵わない。

 わかっていたことだけれど、胸が痛くて仕方がなかった。

 

 2学期になるとすぐに体育祭の準備が始まった。

 私は船上試験に続いて、龍園くんにCクラスの情報を提供した。今回提供したのは参加表。各種目の出場する生徒や順番が記載されているものだ。

 けれど予想外のことが起きた。彼が参加表を提出する前に紛失してしまい、順番を変えて参加表を提出したのだ。

 その時は焦った。

 結局、それが原因で、体育祭で堀北を潰す予定だったけど、見送ることになってしまった。

 体育祭の結果は赤組としては負けたけれど、クラス単位では学年で1位だった。

 龍園くんは船上試験に続いて彼に負けたことになる。

 

 体育祭の翌週は球技大会が行われた。

 2学期はスポーツのイベントが続いた。

 球技大会でも彼は活躍していた。

 ……ううん。活躍しすぎていた。

 彼が率いた男子バスケチームは全試合圧勝で大会を終えたんだけど、強すぎてみんな引いてた。それに彼を含めて、試合に勝ってもメンバーの人たちはあまり喜んでいなかった。

 勝って当たり前。

 そんな雰囲気を醸し出していた。

 試合中の彼は怖かったと思う。時折見せる冷たい目を、試合中はずっとしていた。私を含め、何人かの女子は見惚れていたのは内緒。

 

 球技大会の翌週。

 私は高度育成高等学校に入学してから最大のピンチを迎えてしまった。

 龍園くんが私を見限り、協力関係を結んだ時の音声データを掲示板にアップしたのだ。

 私がそれを知ったのは掲示板にアップされた日の翌朝だった。

 教室に入ってすぐにみんなの様子がおかしいことに気づいた。挨拶をしても誰も私の目を見てくれない。疑問に思ってると軽井沢さんに、私がクラスを裏切ってることを問われた。すぐに否定したけれど無駄だった。

 だって音声データがあるんだもん。

 結局、私は裏切り者のレッテルを貼られてすぐに孤立していった。

 普段私をもてはやす男子たちも、仲が良い女子たちも私を信じてくれなかった。まぁ本当に裏切ってるから仕方ないんだけど……。

 

 私はこの状況を打破するために、彼に助けを求めることにした。

 彼はその日、風邪で欠席していたので、直接部屋に出向いた。けれど彼の部屋から出てきたのは、私が一番嫌いな女子だった。

 堀北鈴音。

 私と同じ中学出身の生徒。

 堀北は彼の彼女面して、私を追い返した。

 この時は本当にムカついた。いつか仕返ししてやるんだからあの貧乳女め。

 

 彼は風邪が長引いたようで、彼と接触できないまま日曜の夜を迎えてしまった。

 私は焦った。

 このまま月曜を迎えてしまったら、手遅れになると思った。だから彼から連絡が来た時は、ほっと胸をなでおろした。

 

 彼に助けて貰う。

 ただそれだけでよかったのに、欲張りな私は悪手を打ってしまった。

 

 彼の部屋に出向く、事情を説明した。

 意外なことに彼は私を助けてくれると言ってくれた。思いのほか、事がうまく運んだことにより、私は調子に乗ってしまった。

 私を助けてくれる対価として、肉体関係を結ぶよう提案したのだ。

 彼も思春期真っ只中の男子。

 私みたいな美少女を好きに抱けるんだから断るはずがないと思った。彼には帆波ちゃんがいるけど、それでも自信があった。

 けれど彼は私の提案を断った。

 プライドを傷つけられた私は、なりふり構わず、彼に迫った。カッターナイフでパジャマを自ら切り裂き、彼に私を抱かなかったら、レイプされそうになったと周りに言うと脅迫した。

 自分でも馬鹿なことをしてると気づいていた。でも暴走する私を理性は抑えてくれなかった。

 

 彼はやっと私を抱いてくれることを了承してくれた。

 下着姿まで曝けだしたんだもん。当然だよね。

 けど違った。

 彼は私を浴室に連れていくふりをして、廊下に放り出してしまった。

 下着姿の私を。

 その時の私を見下ろす彼の目は一生忘れることはないと思う。

 まるで生ごみを見るような目で私を見下ろしていた。

 

 私はすぐに彼に部屋に入れるよう懇願した。

 けれど彼は入れてくれなかった。

 逆に他の部屋に駆けこむよう進言してきた。

 確かに脅しで言ったけれど、そんなこと出来るはずがない。

 下着姿を彼以外に見せるなんて嫌だ。

 

 彼にドアを開けるようお願いをしてると、エレベーターが上がってるのがわかった。

 私は必死になって懇願した。

 このままじゃ他の人に、私のあられもない姿を見られてしまう。

 

 今思うと、"このこと"が、今の私に繋がってるんだろうね。

 

 結局、私は素直に彼に助けられることを約束し、部屋の中に入れてもらった。

 部屋の中に駆けこむと、すぐに彼を非難した。

 けれど彼は謝るどころか、私を非難した。そして彼は、蹲る私の髪を掴んで、無理やり顔を上げさせたうえで、あの冷酷な目で私を見下ろしながら言った。

 私を助けるのは提案でも、お願いでもなく、命令だと。

 私は彼に恐怖を感じ、涙を零してしまった。この時の彼は本当に怖かった。

 男の子にあんな恐怖を感じたのは生まれて初めてだった。

 

 彼の恐怖が拭い去れない私は泣き続けたんだけど、そんな私に彼は苛立ったようで、ゴミ箱を蹴飛ばしてきた。

 そして早く部屋から出るよう私に言ってきた。

 私は謝ったんだけど、彼は私を無理やり立たせて、再度部屋の外に放り出そうとした。

 なんて酷い人なんだろう。

 結局、私は彼のジャージを借りて、泣きながら自分の部屋に戻った。

 

 部屋に戻ってからも、私は泣き続けた。

 彼に対する怒り。

 辱められた悔しさ。

 色んな感情が混ざり合って涙を零し続けた。

 そして気がついたら、私は泣きながら自分の秘部を弄っていた。

 彼に酷い仕打ちをされた自分を思い出しながら、あそこを弄り続けた。

 私は初めて自分の性癖に気づいた。

 

 私ってドMの変態なんだ。

 

 どちらかというとS寄りだと思ってたけれど違ったみたい。

 自慰にふけってるうちに、彼への怒りはなくなっていた。

 かわりに彼にもっと虐められたいと思うようになった。

 

 翌朝。

 私は普段通り彼と接した。彼は意外そうな顔をしていた。あんな仕打ちをされた女が、明るく接してきたら驚くに決まってるよね。

 彼と一緒に登校をして、教室に入った。そして約束通り、彼は私を助けてくれた。

 彼のおかげで、私は今まで以上に人気者になった。私を利用したということで、彼は男子たちから非難された。ちょっとだけざまぁみろと思った。

 そして私は彼に爆弾を投下した。

 昨晩彼に借りたジャージを返した。クラスメイト全員が見てる前で。私が彼のジャージを寝間着にしたことが明らかになり、クラスメイトはみんな驚いていた。

 彼はすぐに私を廊下に連れ出した。

 当然私は彼に問い詰められた。私はわざとあざとい動作をしながら答えた。

 もちろん彼を怒らすためだ。

 普段の彼は温厚なほうだけど、本性は違う。平気で私を睨んだりするし、中傷したりする。教室に戻る際なんて、私を蹴ってきたんだから。

 口では非難したけど、本当は気持ちよくて仕方がなかった。

 

 それから私と彼の歪な関係は始まった。

 彼は私の誘いを断るので、彼の部屋に何度も押し掛けた。

 時折下着姿になって、彼に迫ったりするんだけど、全然抱いてくれない。

 どうやら彼の帆波ちゃんへの思いは本物らしい。

 まぁ、抱いてくれなくても、説教と合わせて頭をはたいてくれるからいいんだけど。

 一度だけ彼に頬を引っ叩かれたことがあった。

 私が下着姿で抱きついても、彼はアニメに夢中で私の相手を全然してくれなかったので、ムカついてテレビの電源を切った。そしたら彼はいままで一番声を荒げて怒りだした。そして説教をしてから、私の頬を引っ叩いた。最後に「その幻想をぶち殺す」とか意味わからないこと言ってたけど、痛くて気持ちよかった。

 引っ叩かれてすぐにあそこが濡れてるのがわかった。

 

 多分、彼は私のことをクズだと思ってるんだろうね。

 だから平気で私に手をあげることが出来るんだと思う。

 彼と恋仲になれないのは悔しいけれど、今はこれでいいや。

 彼は私を叩いてストレス発散するだろうし、私は性欲を満たせる。

 とてもいい関係を結べてると思う。

 

 そんな変態になった私だけれど、彼のせいで、目覚めた性癖がもう一つある。

 

 露出狂。

 

 きっかけはもちろん彼に下着姿で廊下に放り出されたことだ。

 あの時は他の人に見られるんじゃないかと本当に焦った。

 それでもその日の晩。

 廊下に放り出されたことを思い出しながらオナ○ーをしてる時に、嘘みたいに胸がドキドキしてしまったのだ。

 恥ずかしく思う気持ちとは裏腹に開放的な気分になってしまった。

 

 それから3日後。

 体育がない水曜日に試しにノーパンで学校に来てみた。

 誰かに下着を穿いていないとばれてしまうというスリルを感じて、すごく気持ちよかった。

 もちろん彼以外に見せるつもりはない。

 けれどそのスリル感が病みつきになり、ノーパンで学校に通うのをやめられなくなってしまった。

 彼の部屋で下着姿になるのも、私のあられもない姿を見て欲しいからだ。もちろん説教されて叩かれたい気持ちもあるけど。

 

 どうしようもない変態になった私だけれど、変態行為にメリットはあった。

 ストレスがすぐに発散できるようになった。

 今までは部屋で叫んだりしてストレスを発散していたけど、それは十分じゃなかった。

 でも今は違う。

 彼に叩かれたり、ノーパンで通学すると、嘘みたいにストレスがなくなっていく。

 もう発散ってレベルじゃない。

 ストレスが完全にゼロになるのだ。

 これならもっと早く変態に目覚めればよかった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「界外くん、界外くん、いい加減エッチしようよ」

 

 私は彼の部屋に押しかけ、下着姿で彼に迫っている。

 彼は面倒くさそうな顔をしながら、ラノベを読み続けてる。

 

「ほらほら、今日はオレンジ色の可愛い下着だよ。今なら中身も見れるよ」

 

 今日も私は彼に怒られるため。

 そして彼に叩かれるため。

 恥ずかしい姿を晒しながら。

 彼を求める。

 いつか本当に抱いてくれる日を夢見て。




原作の一之瀬押しが凄いですね


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