東方十能力 (nite)
しおりを挟む

第一部一章 青年の幻想
零話 幻想へ


どうもniteです。
こちら処女作ではありますが頑張って参ります。

注意点

初めてなので駄文です

原作と違う点があります。

ではどうぞ











街の至るところから声が聞こえる

 

それは喜び、焦り、悲しみなどの何種類にもおよび、街全体を覆っている

 

 

 

「こっちに確かあるはずだよ」

「ちょっと待って!」

「ん?どうしたの?」

「歩くの速いよ!」

「え?あ!ごめんね。近くにあるって書いてあったからさ」

「もう、そんな焦らなくても良いのに」

 

 

「そろそろ寝ようかな。あそこに行けるだろうしね」

「こことはまた違う刺激的な場所だから楽しみ」

 

 

「まだ改良がいるなぁ」

「教授はこんな弾幕アプリなんて何に使うんだろう」

 

 

 

この世には現実と幻想の力がある

 

電力や磁力などの科学、すなわち現代の力

 

そして

 

霊力や妖力などの幻想の力である

 

普通交じり合わない筈の二つの力はこの街にて入り交じっている

 

そしてこの街の片隅には幻想の能力(ちから)を持ってしてなおも一般人に紛れて生活する人間がいた。

毎日を平凡に過ごす彼はもうこの街のれっきとした住人であった。仕事上色んなところに出かけていることが多い彼だが、周囲の人からの印象は一般的な青年であった。

 

しかし彼にとってこの日は人生を変える日だった。

 

 

 

「これでやっと仕事も終わりかな。今日はもう寝てしまおうか」

 

 

 

周囲から見れば普通の人にしか見えない彼にはとても不思議な幻想の友人がいた。

 

 

突然、家の中に目玉がたくさんある謎の空間が開かれる。

 

 

「ん?この妖力は…」

 

 

普通の人では気絶してしまいそうなこれに対し、彼は不思議なことなど無いように話しかける。

するとこの空間から一人の女性が現れて応える。

 

「ねえそろそろこちらに移り住んではどうなの?」

 

「そうかぁもうそんなに経ったか」

 

「ええ、貴方のその能力をもっと強くしない?」

 

「弱いと思ったことは無いが…でもこっちにも友人いるんだけど…」

 

「こちらに来れば忘れ去られます」

 

「そうなのか……まあいいか、ならお前の頼みだしそろそろ行くか」

 

「心残りなど無いのですか?」

 

「この街にも世話になったしもうする事も無いわ。というか自分から訊いといて止めようとするなよ」

 

「それもそうね、ならこちらで待っていますわ。明日になったらお迎えに来ますわね」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「それまでに準備しててくださいね」

 

「分かってるよ」

 

「それでは…」

 

空間が閉じられ静寂が訪れる。

 

「んじゃ準備すっかな…さらばこの街よ。つってもいつかまた帰って来る気もするんだよな」

 

そう言って彼は荷造りに取り掛かる

 

次の日、この世界からとある一人が幻想となった。

 

そして新たな歴史が紡がれていく

 

それは今までとは違う不思議な歴史

 

 

彼が創る一つのとある物語

 

そう、これは、彼が生み出すエンターテイメントである。

 

 

 

 

東方十能力

幻想郷に新たな人物が舞い降りる

 

 

 

 

 

 

 

 




今回がこの書き方なだけなので、次回はもう少し読みやすい筈です。
これからも投稿していくつもりなので良ければ読んでください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一話 到着











「ふー、意外にあの中は気持ち悪いな」

 

丘の上に降り立った彼は文句を口にする。

 

「あれは他の奴らに力を示すためなのよ」

 

その横には空間(スキマ)を開いて頬杖をつく女性。

そしてその前には広大な自然があった。

見える範囲だけでも大きな山や、湖、竹林などが挙げられる。

 

「にしても凄い眺めだなこりゃ。まず家の場所でも探すのか?」

「いいえ、まず神社に向かいます」

「何で神社なんだ?家の方がいい気がするんだが」

「ここに来たら最初に行くべき場所なんですよ」

「ふーん、まあ俺はここについて分からんしお前が言うなら行くか」

 

そうして二人はもう一度スキマに入っていく。

 


 

二人は大きな山の麓に来た。青年は降り立った目の前にとても長く、若干木々がはみ出してきているような階段があることに気付く。その上には神社の象徴とも言える鳥居が立っている。

 

「あれが神社なのか?」

「ええそうよ」

「なら何であそこに開かないんだ?」

 

女性は若干困った顔をしつつも弁明を行う。

 

「巫女と少し話をしないといけないの。だから先に行ってるわね」

「えー面倒くさいなぁ…話があるなら早く行けよ紫」

 

紫と呼ばれた女性はスキマに戻っていく。

 

そして青年は目の前にある長い階段を見て呆然とする。

歩いて登ると何分もかかりそうな階段がそこにはある。登れば筋肉痛も視野に入ってしまう階段からは圧すらも感じる。

 

「マジでここ登るの?冗談抜きでヤバイんだけど」

 

そして彼は疲れた顔をしながらもこの長い階段を登り出した。

 


 

数分かけて登った神社には二つの声が響いていた。

 

「ここ参拝客来るのかよ、つか紫はまだ言い合ってんのか。一応神社だし参拝しとくか」

 

青年は文句を言いながら賽銭箱に近付く。

賽銭箱の前に立ち財布を開ける。

 

「紫に両替して貰ったけど何がどんくらいの価値なのかは昔の日本と同じなのかな?」

 

そこには千円札などではなく銭が入っていた。青年は頭の中からレートを引っ張りだしいくら出すべきか計算をする。

 

「確か一文二十円だっけか、そんじゃたまには十文分いれとこうかな」

 

そして賽銭箱に十文(二百円)入れた。

すると奥の方から凄い勢いで突っ込んで来る人影が…

 

「とうとう参拝客が来たのね!」

「うわっ吃驚した」

「ちょっと霊夢待ちなさい!」

 

紫に霊夢と呼ばれた少女は青年の肩を掴んで言う。

 

「貴方ね!」

「え?まあお金入れたのは俺だけど」

「それならちょっと来て!話したいことがあるの!」

 

そのまま引きずられて行きそうな様子に青年が反論する。

 

「全然状況が分からないんだが」

「あら、定晴早かったわね」

 

紫に呼ばれた青年…定晴は手を払いのける。

 

「とりあえず説明してくれ!」

「ちょっと待ってて…霊夢、彼がさっき言った人よ」

 

すると霊夢の動きが止まる。

 

「ふーん貴方がねぇ」

 

霊夢が定晴の全身を見た後暫く考えて提案する。

 

「まあ、それでも一度入ってちょうだい?」

 

そう言われたら入るしかないので定晴は霊夢に連れられて中に入った。

 

三人は畳の上に座る。

 

「とりあえず貴方、自己紹介しなさい」

「えっと紫、これは…」

「言うとおりにしなさい」

 

紫から感じるプレッシャーに負けて定晴は自己紹介を簡単に行った。

 

「わかった、えっと、堀内定晴だ」

「ねえ貴方からなんか特別な力を感じるんだけどそれって…「おーい霊夢ー!アリスと遊びに来たぜー!」…はぁ」

 

向こうから突然箒に乗った二人が飛んできた。

前に乗っているのは完全に魔女の格好をした女の子。後ろに乗っているのは西洋の服、洋服を来ている。

ここには洋服と和服が混じりあっているのかな?と定晴は思う。

 

「本当に魔理沙はタイミング悪いわねー」

 

霊夢が不機嫌そうに呟く。

魔女の女の子が降りて霊夢に弄るような口調で問いかける。

 

「お!?誰だぜそいつは、恋人か?」

「何でそうなるのよ!外来人に決まってるでしょ!」

 

霊夢の剣幕に押されたのか、箒に乗っていたもう一人の少女は霊夢を落ち着かせることにした。

 

「まあまあ霊夢、魔理沙だって冗談で言ったんだしそんな怒らなくても…」

「外来人なのか、ならあれも知らないんだな」

 

言い合う三人しばらくすると魔女の服を着た少女…魔理沙が定晴に近付いてきた。

 

「よし、ならやろうぜ!」

「何を?」

「弾幕ごっこだぜ!」




なんだかベタな展開になっているのは作者も知っています



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話 マスターな弾幕のスパーク













突然魔理沙に境内に連れ出される。手水場以外は特に特筆すべきものもない広い場所だ。

正直急展開感が否めない。

 

「さあ、始めるぜ!」

 

しかも当の本人も凄いヤル気満々だし。

これはやらないといけない感じなのかなー、ひとまず霊夢に助けを…

 

「神社は傷付けないでよー!」

 

おい、助けを求めたかったのだが。

ならば紫に…

 

「こっちに来たらスキマに入れるから安心しなさい」

 

止める気なんか無いんだなわかったよ。

 

「取り敢えずルールだけは教えてくれ」

「弾幕をかわして相手に弾を飛ばすんだぜ。スペルカードってのもあるが…まあ今回は私にまともな攻撃を当てれたら勝ちでいいぜ?」

 

つまり弾幕をかわすだけの簡単なお仕事と言うわけだな。

弾幕の張り方なんて俺は知らないからかわすだけになるのか。俺の攻撃手段もろくに知らないだろうから奇襲は仕掛けやすそうだな…まあどこまで許されるのかわからないのだが。

しかしそんな事お構い無しに魔理沙が空に飛び上がった。箒を使っているにも関わらず素早く飛び上がるその姿は、確かに魔法使いという言葉がよく合うな

 

「よしいくぜ!」

 

そう言うと魔理沙は大量に弾を飛ばしてきた。

なかなか弾幕も濃いな。外の世界でも弾幕ゲームというのはやってきたが自分で動くのとは勝手が違うので俺も自分が持っている能力でかわす。

 

「なんか風が凄い乱れていて飛びにくいぜ!お前の能力か?」

 

突風に魔理沙が驚いているが俺には関係無い。そもそも風の発生源は魔理沙のご名答で俺である。魔理沙が箒を使って飛んでいるのなら風を使えば飛びにくくなるという算段だ。

魔理沙が飛ばしてきた弾幕は紙一重で避けていく。慣れないからか少し難しいが一応一度も被弾することなく躱しきることに成功した。

 

「お?今のをかわすのか、なかなか筋がいいな」

「俺に能力を使わせる魔理沙も凄いな!」

 

外で使うとすれば車に轢かれそうなときぐらいだろうか。

そんな俺が今使っているのは一つの能力でという能力である。

 

「ムムム、ならばこれでどうだ!魔符【スターダストレヴァリエ】!」

 

魔理沙が何か叫んでいるかと思えば突然弾幕の動きが変わって被弾しそうになる。美しく、それでいて高密度の弾幕である。

 

「あぶねっ!」

 

とっさにかわしたが少々マズイ状況である。

俺は思考を巡らせ出来ることを探す。正直ズルい気もするが俺も勝負事では負けたくないのでしょうがない。

俺は能力輝剣を使う。

 

「なんだそりゃ?あ!」

 

魔理沙が驚く、何故なら俺は剣で弾を斬ったからである。輝剣は持っている訳ではなく宙に浮いている状態で使っているため間違えても被弾する心配はない。手を使わずに使っているため中々に使い勝手が良いのはこっちの話だ。

魔力の塊である弾は核があるのでそれを狙って斬ればかき消すことも可能ということだ。

 

「ズルいぞ!」

 

やっぱりそうだろうな。しょうがないから剣は片付けて風を纏って空に逃げる。避けることしかできないのにズルイってのもどうかとは思うが、幻想郷に来てまだ一日と経っていない。文句を言われてもこちらにはどうしようもない。

 

「待てー!」

 

魔理沙が追ってくるが止まらずに逃げる。俺とスピードは互角な感じ…いや、魔理沙の方が少し早いくらいか。俺も相当の速さのはずだが、魔理沙も相当早いな。

 

「止まれー!」

 


 

神社の縁側で二人が話し合う。

 

「ねえ紫?」

「何かしら?」

「彼の能力って何なの?」

「私も全ては知らないのだけどね…」

「そうなの?」

「ええ、あまり彼は能力に頼らないから私も全部は見たこと無いのよ」

「前置きは良いから彼の能力の名前を教えなさい!」

「前に確か彼はこう言っていたわね」

 

十の力を操る程度の能力

 


 

 

くそ、魔理沙はいつまでついて来るつもりなんだ。いい加減諦めてもいいような高度まで上がったぞ。

 

「いい加減諦めろよ!」

「嫌だぜ!」

 

まあ、そんな気はしてたし諦める方が変ではあるけども。

多分魔理沙は諦めが悪い性格をしている。人に言われた程度で信念を曲げたりしないタイプであると雰囲気が物語っている。

 

「くそー!これでもくらえ!恋符【マスタースパーク】!」

 

「のわ!」

 

魔理沙の取り出した小さい箱から太いビームが発射された。

かわそうと思ったけど…こりゃ間に合わんな。

しょうがねぇ、弾幕ゲームでは反則に近い技であるがやるしかない。前もって駄目だと言われなかったのだという子供っぽい言い訳を準備して放つ。

 

「おらっ!」

 

そして目の前に巨大な結界が出現してビームを止めた。

これは俺の能力結界という力である。

 

「それは反則だぞ!」

 

結界を片付けながら移動する。

外の世界で使うことなど殆ど無い力で…輝剣や結界などが何に使えるかと聞かれたら犯罪者を捕まえるくらいとしか言えない。

そもそも剣なんて持っていたら銃刀法違反で逆に自分が捕まってしまう。仕事の都合上違反ぎりぎりのことを度々していたので感覚が狂っているが、これは外の世界では犯罪なのである。

 

「魔理沙!そろそろ終わらせるぞ!」

「何?」

 

なんとなく観察して弾幕ごっこがどんなものか分かった。弾幕と聞くと密度が高くて避けるのが難しいイメージがあるが、本来弾幕は綺麗なものでもある。並んで飛んだり交差したりして見る人を楽しませるのも弾幕の醍醐味の一つであると俺は思う。

そして魔理沙が宣言してたところを見るとそういう宣言しないといけないというルールがあるのだと思う。

つまり…

 

魔術【五つの属性】!」

「何!?とわー!」

 

ずっと俺を追っかけていたからかスピードを落とせずそのまま突っ込んで俺の弾幕に被弾する。

ちなみにこれは霊力とかではなく能力の一つである魔術を使い創ったものである。

そうこうしているうちに魔理沙が落ちていく。そして気付く、()()()()()調()()()()()()

 

「魔理沙!」

 

俺は急いで追うが、落ちていくスピードが早すぎる。このままでは俺が助ける前に地面にぶつかってしまう。そう思っていたら狐の尻尾を持っている人が現れて魔理沙をキャッチした。

俺も地面に降りてその人物に話しかける。

 

「えっと貴女は…」

「ああ、私は八雲藍という。宜しく頼む」

 

狐の女性である。しかも見たところ九尾。ここまで成長するのには相当な努力と時間が必要になる。

それに八雲という姓は…

 

「俺は堀内定晴だ。八雲ってことは…紫の家族か?」

「紫様の式神なんだ。君の事は紫様に聞いているぞ」

「成る程な」

 

俺は藍と一緒に中に入る。

中から霊夢が出てきた。その横には知らない人が立っている。

 

「もう、魔理沙ったら無理して!」

「いつもの事じゃない」

 

霊夢ともう一人が魔理沙を運んでいく。あの人の周りを人形が浮かんでいるが魔法で浮いているのだろうか。

 

「藍ありがとう。定晴、お疲れさま」

「ああ、疲れたよ」

 

久し振りに激しく動いたから体が微妙に痛い。正直早く家帰って寝たい。それにしても…ここに住むということはもっと運動すべきなのだろうか。

そんな事を考えていたら、霊夢が近付いてきた。

 

「定晴さん?貴方に興味が沸いたわ。貴方の事を詳しく聞かせて頂戴?」

 

俺はまだまだ寝ることは出来なさそうだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話 関係しかない

少し説明多いです。












霊夢に連れられて座布団に座る。

凄い緊張感が張り詰める中、霊夢が話し出すのを待つ。

 

「貴方の能力について紫に聞いたわ」

「そうなのか」

 

あまり話してほしくはないのだが…まあ紫が信頼している相手なのだろう。問題はないと思う。

 

「戦いの最中も解説を聞いてきたのだけど、今私が分かっているのは、輝剣・結界・風・魔術の四つよ。紫が言うには他にも六つもあるらしいじゃない。それらを教えてくれはしないかしら」

 

いきなり核心をついた質問をされた。

確かにこの能力は強力である。四つだけでも攻撃も防御も出来るし魔法を扱う事も空を飛ぶことも出来る。しかし他にも六つあると言われると気になるのはしょうがない。 しかし…

 

「すまないがあまり手の内を明かす事はしたくないんだ」

「それは分かっているのだけど、やっぱり知りたいじゃない。それでも駄目かしら?」

 

霊夢の顔が曇る。それもそうだ、紫に話を聞いたら霊夢は今のこの地を安定させてきたのは霊夢の先代である博麗神社の巫女らしいし、霊夢もその仕事を受け継いでいる。それに、異変と呼ばれる事件が起こった時もその解決をするのは博麗の巫女らしい。

つまり、外の世界で言うところの警察と似たような立場にあたるのだ。警察が怪しい人物を警戒しておくのと同じ様に霊夢も今からここに住む俺を警戒しているのだ。

だからこそ俺は今要注意人物となっているのかもしれない。

しかも、俺は魔理沙を倒した。魔理沙は幻想郷では知らない奴はいないぐらいの実力者らしい。そんな人を俺は初見で倒してしまったのだ。警戒するのも当然である。

しかし、先程言った通り手の内を全て明かす事は出来るだけ控えたいのも事実。そこで俺は少しだけ明かす事にした。

 

「分かった。教えることにしよう」

「それなら…」

 

霊夢が少し前に出た。

だが次の俺の一言で霊夢は苦い顔をする。

 

「でも全ては明かせないんだ自己防衛の為にもな」

「っ、まあしょうがないわね。分かったわ」

「よし。じゃあ先ずは…」

 

話そうとしたら突如横から物音がする。どうやら魔理沙が起きたようである。随分と回復が早いな。

隣で看病していた人魔力を感じるから彼女も魔女だろうかが止めようとしている。

 

「無理しちゃダメよ魔理沙。貴方弾幕に被弾して落ちたんだから」

「何?そうだっけ?……そうか思い出したぞ!やい、定晴もう一回勝負だ!次は負けないぞ!」

「ちょっと魔理沙。今いいところだったのに!」

 

なんかまた言い合いが始まった。それを見て紫、藍と共に苦笑いをする。

二人からすればこれもいつもの光景なのだろう。

 

「なあ、そういえば定晴とババア紫は仲が良いのか?」

「確かにそれも気になるわね。というか先に皆自己紹介しない?多分初めての人ばかりだろうし。」

 

霊夢が言った一言で俺達は自己紹介し合う事になった。

 

魔理沙

「私は普通の魔法使いの霧雨魔理沙だぜ!私の十八番の技をかわした定晴に興味津々だぜ!」

 

普通の魔法使いとはなんなんだろうか。突っ込んだら負けだろうか。それにしてもあのビームは凄かった。もろに喰らったら人溜まりも無いだろう。

火力という面では相当な強さを持っているのは戦っている中でも分かった。

 

霊夢

「私は博麗の巫女の博麗霊夢よ。私も貴方の能力がとても気になっているわ」

 

まあそうだろう。魔理沙に途中で邪魔されたのだから。

霊夢は自己紹介中もどこか警戒しているように思える。俺自身霊力量や魔力量が多いから警戒されているのはなれている。

 

アリス

「私はアリス・マーガトロイドよ。私は魔理沙と違ってれっきとした魔法使いよ。幻想郷の人から見れば元は魔界人になるのかしら。人間ではあるのだけどね」

 

…魔界か。少し気になる場所ではあるが行き方が全く分からない。なんとなく魔物みたいなのがうじゃうじゃいるようなイメージが…いや、幻想郷も妖怪がうじゃうじゃいるしあまり大差はなさそうだ。

 

「私は八雲藍だ。今は紫様の式神をしている。種族は九尾の狐だよ」

 

紫は式神を取っているなんてさっき藍に言われて初めて知ったのだが。それにしても九尾を式神にするだなんて紫はやはり凄い妖怪であることを認識しなくてはならないだろう。

 

「私は八雲紫よ。定晴とは友人関係よ。唯一無二のスキマ妖怪で、幻想郷の管理人として周囲には通しているわ」

 

やっぱりそんな感じに自己紹介をするんだな。にしても自分で唯一無二とか少しイタイと思う。悪いとは言わないがどうも紫の性格からすれば変な感じがするのは俺だけだろうか。

 

定晴

「俺は堀内定晴、普通の人間だ。フツウノニンゲンハソンナチカラモッテナイんん、とりあえず宜しく」

 

少し邪魔も入ったが俺の紹介はこれくらいでいいだろう。

取り敢えずここにいる人達は全員紹介し終えたはずだ。

 

「さて、俺で終わりだな。で、俺の能力についてなんだが…」

 

 

そして俺は能力について話しだした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話 能力と力

忘れていましたが、これの時系列は天空章の後です。












俺の能力を説明するにあたってまずは俺の能力名を知っておくべきだろう。勿論正式名称とかではなく、俺が勝手に言い始めたものだが。

そもそも紫から聞いた話だと幻想郷に住む妖怪たちの能力も自己申告制らしいので、大雑把なのは多いことだ。俺とて例外ではない。

 

「まず俺の能力名なんだが、魔理沙やアリスにも言っておくと【十の力を操る程度の能力】て言うんだ」

「なんか聞くだけだと凄そうな能力だぜ!」

 

魔理沙が声を大きくして言う。俺も実際使ってて『凄いなー』って思った事は何度もある。個々が強いのは勿論だが、なにより同時展開が可能なのが強い。強いものほどその代償で何かを失い、いくつかの能力の複合能力の場合大半は同時展開不可というケースが多い。しかし、俺は何故か同時展開できる。その代わり代償に何を失っているのかというと、【能力の使用中は霊力が漏れる】これだけだ。他にもありそうだが、現時点では俺は気付けていない。

とここで俺はひとつ疑問が浮かんだ。そういえば皆の能力は何なのだろうかと。

 

「そういえば私の能力を言ってなかったわね。私は【空を飛ぶ程度の能力】よ」

 

まるで心を読んだかのように、霊夢が自分の能力を言う。幻想郷では空を飛べる人は結構いるようで、霊夢の能力はそこまで強くないように見えるが、きっと俺が知らない特殊な力もあるのだろう。

勿論実際はどうなのか知らないし、能力なんて自己申告らしいから詳しく聞いたところで返事があるとは思えない。

霊夢の能力が分かったんで魔理沙たちにも聞いてみると…

 

「あー、私とアリスの能力は【魔法を使う程度の能力】だぜ!」

「私はたまに【人形を操る程度の能力】って言われたりするわね」

 

流石は魔法使い。能力があるから魔法使いなのか、魔法使いだからその能力なのかは分からないが、能力名に魔法と使うという言葉が入っているということはやはりそれなりに強いのだろう。

それにしてもアリスの能力の別名…アリスの周囲を飛んでいる人形がいるのだが、それも現在進行形で動かしている物なのだろうか。

魔理沙とアリスが言った事で流れができて、藍も自分の能力を明かす。

 

「なら私も言っておこうか。【式神を操る程度の能力】だ」

「ん?式神なのに式神を操るのか?」

「藍にはねぇ、()っていう可愛い可愛い式神がいるのよ。」

「紫様!今橙は関係無いです!」

 

式神の式神というのはどういう位置づけなのか分からないが、その橙という名の妖怪はいつか紹介してもらおう。

ここにいる皆の能力は教えてもらった。一度に言われて混乱しそうだが…よし覚えた。人形はやはりアリス特有なんだな。それにしても皆もなかなかに使い勝手の良さそうな能力を持っているな。

紫なんてその筆頭で、【境界を操る程度の能力】とかいう俺より強い能力を持っているし、その他の皆もそれぞれに特有の能力を持っていて俺よりも強そうだ。紫は俺の方が強いって言うけどな。

ここで霊夢が俺の方を向き、少し威圧するような感じで問いかけてきた。

 

「さて、これで私達の事は話したわ。次は貴方の番よ。貴方の能力は何?」

 

すっかり忘れていた。ここまで聞いたら俺の事も話すのが筋ってものだ。手の内を晒すようなことはしたくないが、ここまで皆の話を聞かせてもらってはこちらも答えざるをえない。

 

「俺の能力はさっき霊夢が言った通り、輝剣・風・結界・魔術の四つの他に六つある」

「流石に全部は言わないとして、いくつ位教えてくれるのかしら」

 

よく分かっている。霊夢はいままでにも俺みたいな能力を持つやつに会ったことがあるのだろうか。俺の能力にもそこまで驚いてはいなかったようだし、結構年の割に色々と体験しているのだろうか。

 

「とりあえず半分の三つ教えようと思う。再生・浄化・空間だな。」

「再生と浄化は何となく分かるけど空間ってなんなんだぜ?」

「まあまあ待て待て。その前に二つの説明をするぞ。再生はそのままの意味で、傷や欠損を治す力だ」

 

怪我をしたら少し癒してすぐに治せるし、もし俺が医者になっていたら凄いことになっていたかもしれない。もしかしたら俺が実験台になりそうだが。外の世界では能力などを持っていると言っている人は中二病か、それを拗らせている人が大多数を占める。

だがその中で本当に能力を持っている人もいる。持っている本人は世間にバレたらまずいのを自分で感覚的に分かるので言い触らしたりはしないのだが。

俺が浄化の説明をしようとしたら先に霊夢に言われてしまった。

 

「浄化は毒とか汚染物質を浄化出来るのよね?」

「ああそうだ、霊夢の言った事で間違いない。他にも闇の力とかも浄化出来る。ただ、空間だけは少しややこしくてな」

「霊夢や魔理沙は私が使っているスキマと同じようなものだと考えてくれればいいわ」

「でも俺のは、紫が使っているスキマのような力はなくて、見えない所に物を出し入れ出来る程度なんだ。いつでも出し入れ出来るが」

 

浄化というのはその名の通り、負のエネルギーを浄化することができる。そして世界の歪みを直す。なんて規模の大きいことだってできる。歪みというと凄いことを想像しそうだが、ぶっちゃっけ目の前にいる藍や紫たち妖怪だって人間の空想と想像で生まれた世界の歪みだ。だから妖怪に対してこの能力はとても効果が高い。

しかし空間だけは自分でもよく分かっていない。限界や容量もそうだが、空間だけは不可視なのも不思議だ。もしかしたら俺の使い方が悪いのかもな。

ここまで説明して霊夢は大きな声を出した。

 

「それだけあれば、だいたい何でも出来るじゃない!」

「霊夢。実はそれだけじゃないのよ」

「え?まだ何かあるの紫?」

「実はね…」

 

紫がもったいぶる。俺が残している能力のことではないようだし、俺ができるまだ言ってない事と言えば…あれだろうか。

魔理沙が待ちきれない様子で声を出す。

 

「早く言うんだぜ紫!」

「定晴はね……家事なら何でも出来るし、家一軒現地で造る事も出来る万能な人間なのよ!」

 

おい待て紫、その言い方は止めろ。それじゃあまるで未来から来た猫型ロボットみたいじゃないか。俺は空間から万能な道具を出したりはしないぞ。

 

「なんだその一家に一人欲しいやつは!」

「私も家に欲しいぜ!」

「あら?結婚とかすれば家に来るわよ?」

「う、ならやめとくぜ」

 

おいこら紫。年頃の少女になんて事言っているんだ。魔理沙を見ろ。顔が赤くなっているじゃないか。多分それなりにそういう知識はあるのだろう。魔理沙だって人間なんだし、まだ未成年だ。紫はもう少し自重を知ってもらわないとな。

 

「まあいいわ、ねえ貴方は家を何処にするかもう決めたの?」

 

また忘れてた。もう年かもなー。まだ二十歳ぐらいなはずなんだが。

霊夢に言われ思い出したが、俺は未だに家の場所も決まっていない。これから紫とスキマを使って見に行く予定なのだ。

 

「いや、まだだが、これから紫と主要な場所をまわるんだ」

「そうね…じゃあ定晴、そろそろ行きましょう?」

「分かった…じゃあな皆、また会おうぜ」

「まだ定晴と再戦してないぜ!」

 

そう言えば魔理沙との闘いをしてなかった。今日の俺は結構ぼけている。確信した。

闘ってやりたいのはやまやまだが、俺だって流石に野宿は嫌だから家の場所も決めたい。

 

「次またやってやるから待っててくれ」

「それなら次また弾幕ごっこしようぜ!」

 

俺が提案すると、魔理沙はあっさりと素直に次会ったときでも良いとと言ってくれた。他にもアリスや藍、霊夢も声を掛けてくれる。

 

「私も出来るだけサポートさせて貰うわ」

「私は紫様の所にいるから、紫様がなんかしたら言ってくれ。紫様はたまに暴走することがあるからな。定晴なら紫様を一人でも止められるとは思うが、何かあったら教えてくれ」

「私は基本的にこの神社にいるから聞きたい事があるなら賽銭入れて来なさい。相談くらいなら乗ってあげるわ」

 

賽銭は神への信仰心の表れなのだからそんな卑しく人に入れろと頼む物では無いと思うんだが、霊夢にとって賽銭が一つの判断基準らしい。

 

「さあ行きましょう」

「ああ、分かった」

 

こうして霊夢達にあらかた説明して疲れた体で俺は家の場所を決めにいく。幻想郷は広いと紫は言っていたし、色々と良い土地があると踏んでいる。

 

それにしても説明が長くなったせいで太陽が斜めに傾いているのだが、はたして夜までに決まるだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五話 幻想郷巡り











紫に続いて俺もスキマから出る。俺の目の前には博麗神社が建立されていた山の何倍もある巨大な山があった。一部には岩肌が見えているが、滝も遠目から見える。

また近くの山からは煙があがっていた。まさか幻想郷にも火山があるのか?

 

「とりあえず定晴に幻想郷をざっくり案内するわね」

「あ、ああ宜しく頼む」

 

確かに家を建てる場所を決めるのには手っ取り早い方法だ。その土地がどんな特徴を持っているのかを知ることでどこがベストなのかも分かるし、俺も判断しやすくなる。

 

「まずここは幻想郷で一番大きな山で妖怪の山っていうのよ」

「妖怪のっていうことは妖怪が沢山いるってことなのか?」

「ええ、ここでは天狗が大きなコミュニティをつくっているの。だから基本的にここの中には入れないの」

 

じゃあ何故俺をここに連れてきて紹介したのだろうか。山に入れなければ家を立てるとかそういう話ではなくなるだろう。

 

「勿論コミュニティの中の幹部や大天狗と仲が良かったら入れるかもしれないけど。因みにちゃんと天狗以外もいるわよ」

「どのみち選択肢からは除外だな。そもそも山の中に建てると行き来が面倒だし」

 

よく見ると空を飛んでいる影がちらほらと見えるから、紫が言ったように見回り等がいるのだろう。でもそんな場所だからこそ入りたいという願望もある。だめだよと言われると入りたくなるあれだ。

どうにかして入ってみたい場所ではある。

回りを見渡して見ると大きな湖が背中側にあることに気付いた。

 

「なあ紫、向こうに見える大きな湖はなんだ?」

「あれは霧の湖っていっていつもは霧で覆われているのだけどね、今日は晴れているわね」

「見通しが悪そうだから却下かなー」

 

湖が近いと水には困らない。なんせ幻想郷には水道がないので水源が必要になるのだ。最悪奥の手もあるが無闇に使う必要はない。

しかし見通しが悪いのは少し厄介なのでボツ。

というか向こうからとてつもなくデカイ魔力や妖力を感じるから出来るだけ避けたいのである。でも夏とか涼しそうだ。

 

「まあ家を建てるなら人里がいいんじゃないかしら」

 

なんだ人里があるなら最初から言って欲しい。そりゃ周りに人がいるならそれに越したことはない。

 

「ならそこに行ってくれ」

 

そうして二人でスキマに入る。でも人里よりは森とかの方が刺激があるかなとは思う。まあ住みやすい方が楽だろうけど。

 


 

妖怪の山の山頂近く、天狗の長がいるその場所にて…

 

「天魔様!」

「なんだ?」

「先程賢者様が麓に来られたのですが、同時に巨大な霊力が感じられました」

「博麗の巫女では無いのか?」

「博麗の巫女は只今神社に居ると射命丸から報告がありました」

「ふむ、その霊力には警戒しておけ」

「分かりました」

「犬走、他の者にも連絡しろ」

「はい!」

 

 


 

人里に来た俺達はそこをまわることにした。

人間たちが活気溢れる様子で仕事をしている。商いの人に誘われ通りがかった女性は足を止める。外の世界の商店街とそこまで変わらないな。

人里以外に家を立てることになっても売買はここですることになりそうだ。

 

「確かに平和な場所だな」

「顔が知れている妖怪も入ることが出来るのよ。まあバレるといけないのだけど」

「へー」

 

しかし、妖怪だけではないようだ。さっきから自然エネルギーを感じるし、少しだが神力も感じる。つまり紫が目指した人妖が共存出来る世界を具現してるわけだな。

 

「待て!」

「ん?」

 

突如後ろから止められる。後ろを振り返ると一人の女性が立っていた。青い髪をした人間…?少し違和感があるのはなんだろう。

 

「お前、見ない顔だな。紫殿、こちらは誰なんだ?」

「彼は私の…彼氏よ♪」

「おい!嘘つくな!あー、俺は堀内定晴。紫の友達なんだ」

 

紫が変なことを言うので否定しておく。紫はこうしてたまに俺のことをイジってくるのでそれだけは辟易してしまう。

 

「私は上白沢慧音だ。すまないな威圧的な態度をとってしまって。紫殿が同行してるということは何か問題があるのかと思ってしまってな」

「いやいや、その様子だと守人かなんかだと思うし。知らない人を警戒するのは当たり前だ」

 

慧音の謝罪は不要なものだ。人間をまとめるにはある程度の警戒も必要であるということは俺も理解している。

俺が気にしていないことに安堵した様子で俺達に質問をしてきた。

 

「何の用で、ここに来たんだ?」

「住む場所を決めようと思って」

「うーむ、そうか…」

 

そう言うと黙ってしまう慧音。もしかして悪いタイミングだったのだろうか?

 

「実はな…」

 

慧音から現在の人里についての状況を聞かされた。

慧音の話をまとめるとこんな感じで…

 

・今人里にはそもそもあまり場所がないこと。

 

・今人里は工事している所が多いこと。

 

・今人里に入ってくる外来人が多いこと。

 

・そのせいで今住める場所がないこと。

 

ざっとこんな感じだ。

 

「じゃあ必然的に除外か…」

「本当に申し訳ない。その分人里に来たときは手助けさせてもらうよ」

「いや、いいんだ」

 

さてどうしたものか。やはり霧の湖にするべきなのだろうか。他に良いところが無いかと周囲を見渡してみる。するとここから博麗神社のある山は見える事に気付く。よし!

 

「なあ紫、ここと博麗神社の間のどこかにしてくれないか?どちらにも行きやすいようにな」

「それでいいの?」

「ああ。折角だし刺激を求めて森の中にしてみるよ」

「ならいいわ。霊夢と仲良くしてね♪」

 

こうして俺は、博麗神社と人里の間の森に住むこととなった。妖怪もいるというのである程度間引く必要がありそうだな…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六話 引っ越し

誤字報告ありがとうございます











博麗神社と人里の間に住むこととなった俺は、森の散策をすることとなった。森とざっくり決まっただけで具体的な場所は未だに決まっていないからだ。

家を建てる為には出来るだけ平地が良いと思っているが、実際木ばかりで何処にするにしても整地が必要そうだった。

散策をしていたら横の茂みから物音がした。

 

「なんだ!?」

「ばるる!」

 

いきなり犬型の妖怪が現れた。

慧音曰く、ここは結構野生化している妖怪が多いらしい。群れを成して動いているらしいが、一匹しかいない事から群れを離れてしまったようだ。

 

「がう!」

 

突然飛びかかって来たので軽く避ける。

そこで輝剣を召喚し受け流す。妖怪は躱され振り向ききっていないので、俺は妖怪の背中を斬る。

驚いたのか、森の奥の方に逃げていった。

 

「ここで住むならああいう妖怪とも仲良くすべきなんだろうなー」

 

勿論そのためには凄い骨が折れそうだがするしかない。わざわざ相手をしていては体力が保たない。餌か何かを使って餌付けをするのが最も手っ取り早いだろうか?

 

「そういえばここ結構いいな」

 

少し丘になっていて見た目もいい。ちょっとだけ整地すれば直ぐに家を建てられそうだ。早速浄化を使って邪気を払い、輝剣と結界を同時に使用し地面を平らにしていく。剣を振って地面を平らにする人なんて何処にもいないだろう。

 

「おーい!紫ー!」

「はーい」

 

平らにしたら、紫を呼んで家を持ってきてもらう。向こうからずっとスキマに入れっぱなしだったのだ。なんでも収容できる紫さをマジパネェっす。

 

ズドーン!

 

そして目の前に俺の家が現れる。

俺の家は、一人暮らしにしては大きく洋風な家である。何故なら元は両親も住んでいたのだが、俺が中学の時に事故で他界してしまったからだ。元々三人用に造ったので、二階建てで寝室の他に台所や風呂、リビング等一人では余ってしまう程広い家なのだ。それ故に外の世界では友人達はよく俺の家に集まっていた。

 

「ありがとな紫」

「どういたしまして。といっても私としては、貴方がここに住んでくれるだけで嬉しいの。感謝しなくてもいいのよ」

 

そう言って紫はスキマの中に帰っていった。

 

「さてと…」

 

ここからは俺の仕事である。引っ越しする時にダンボールの中に色々適当に詰めたのだ。つまりそれを出さねばならない。手伝ってくれる人もいないので一人で作業を始める。

 


 

容れるときには気にしなかったが、整理の時に色々面白い物が見つかった。以下に例をあげておくとする。

 

例えば、何故か家にあった日本刀。戦闘用だったので、空間の中に入れている。

 

買って使っていなかった謎の機械。殆どが紫に没収された。

 

いつ買ったのか覚えていない非常食。こちらも空間の中に入れている。

 

他にも沢山あった。その大体は紫か俺のスキマ及び空間の中に入れている。元より要らないやつは紫に回収してもらうことになっているので俺の空間に入れているのは少ないのだが。

 


 

あらかたダンボールを開けた所で、玄関のチャイムがなった。こんな時に誰だろうと思って玄関の扉を開けるとそこには藍がいた。手にはそれなりの大きさの袋がある。

 

「やぁ定晴殿、 引っ越しの作業は終わったのか?」

「まああらかたな」

「一応引っ越し祝いとしてこれを持ってきた」

 

藍が持っていたのは、食材だった。とても新鮮でみずみずしく美味しそうだ。きっと気をきかせて持ってきてくれたのだろう。

これは余談だが、紫は家にいるとよく目の前に現れる。外の世界ではドアの前に立つと目立つかもしれないが、幻想郷に来たのだからチャイムをちゃんと鳴らして欲しい。さっき要らない物を回収しに来たときも空のダンボールを潰しながら登場してきた。

 

「上がっていくか?」

「いや、今日は紫様が少し仕事を溜めていてね。その手伝いをしないといけないんだ」

 

藍も紫の式神として幻想郷の管理を手伝っているらしい。幻想郷の管理って何をしているのかは分からないが、そう簡単なものではないのは確かである。

 

「そうなのか。まあ、頑張れよ」

「ああ、そっちも最初は大変だろうけど頑張ってくれ」

 

そして藍はスキマを通って直ぐに帰っていった。というか、紫は仕事があるのに家に来たのか。

その後は特にどうということもなく一日過ごした。予想以上に本が貯まっていたのでそれを読みながら暇を潰した。寝ていると、虫の音が聞こえてきて心地よかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七話 訪問者

今回は少し長めです。


幻想郷に来てはや三日、俺もだんだん生活に慣れてきていつも通りソファに座って本を読んでいたときの事。突然家の中に自宅でしか聞かないであろう来客を示すチャイムが鳴り響いた。

 

ピンポーン

 

「ん?客か?珍しいこともあるもんだ」

 

俺がそう思う理由は三日前から紫以外誰もここに来ていないからだ。藍は仕事で忙しいだろうし、紫の場合は直接スキマを通って家の中に入ってくる。俺は野良妖怪対策に色々としているのだが、それを無視して入ってくる紫に少しばかり苛立ちを…まああいつらしいからいいのだけど。

閑話休題

誰であろうと待たせるのは相手に失礼なので本を置いて立つ。

誰だろうかと扉を開けてみると、魔理沙が箒を持って待ちくたびれたように立っていた。

 

「定晴、久し振りだな!今日こそ、弾幕ごっこで勝ってみせるぜ!」

 

開口一番それかよ。というか魔理沙は決定的な勘違いをしている。俺は弾幕ごっこがなんたるかを知らない。それを魔理沙に伝える。

少し興奮しているようなので落ち着かせるためにもちょっとだけ声を張り上げる。

 

「ちょっと待てくれ魔理沙!先ず俺は弾幕の放ちかたを知らない。取り敢えずそこを教えてくれないか?」

「むむむ。なら、霊夢のとこにいくぜ!早く準備してくるんだ!」

「え…はぁ、分かったよ」

 

半ば強引に魔理沙が提案してきた。魔理沙の口振りから察するに、霊夢が教えてくれるようだ。しかし、紫が前に言っていたが霊夢は相当めんどくさがりらしいからすんなりいくかは分からない。

ささっと準備をして家を出る。戸締りをすることを忘れてはいけない。俺の家には金目の物も魔術的な価値のあるものもないので盗られて困るわけではないが。

 

「よし魔理沙、準備できたぞ」

「なら今すぐ行くぜ!」

 

魔理沙は箒に、俺は風を使って飛ぶ。

その後しばらくの間ずっと一緒に並走していたのだが、どうやら問題があったらしく魔理沙が不満を口にした。

 

「なあ定晴、もう少し風を抑えてくれないか?煽られて飛びにくいんだ」

「そうか…うーん…」

 

どうやら俺の風のコントロールが悪いらしく周囲にも風が漏れているらしい。一先ず俺は力を抑えてみる。だが今度は力が足りないようで俺が落ちそうになってしまう。落ちる前に出力を上げて立て直したが今度は魔理沙がふらついた。これでは鼬ごっこだ。

元々外の世界では使うことのほとんど無かった能力なので、あまりコントロールの練習とかをしてこなかったのだが、まさかこんなところで仇になるとは思わなかった。

 

「すまない魔理沙、もうちょっとだけ我慢してくれ。次は飛ぶときは練習しとくからさ」

「んー、しょうがないな。分かったぜ」

 

幻想郷には飛べる人や妖怪が多いらしいし、今みたいに一緒に飛ぶこともあるかもしれない。それに一人で飛ぶにしてもコントロール出来なければ余計霊力とか使って疲れるだろうしな。

 


 

その後五分程度で神社に到着する。神社の裏の方にまわってみると、霊夢の他に二つの影があった。一人は二つの角がついている妖怪で、もう一人は周囲に比べて断然小さい女の子だった。背ではない。体全体の話である。

 

「おーい!霊夢!お前の愛しの定晴を連れてきたぜー!」

「違うって言ってるでしょ!」

「おー。私が知らない所でそんなことが…」

「こら!萃香!信じない!」

「ふへへー。私も元の大きさに戻ったら…」

「針妙丸は変な妄想しない!」

 

霊夢が角の付いた妖怪と小人に叫ぶ。どちらも顔を赤くして変な事を考えているみたいだ。なんとなく角のついた方は酒に酔ったような赤だけど

 

「よお霊夢」

「ええ久し振りね」

 

とりあえず霊夢と軽く挨拶を交わす。その横から俺は凄い強い視線を感じた。さっきから酒を飲んでいたと思われる角の生えている妖怪だ。

 

「んー」ジー

 

きっと鬼なのだろう。その鬼がずっと俺の事を見ている。頬は赤いが表情は真剣そのものだ。だが妙に酒臭い。やはり呑んでいたのだろう。

 

「えーと、何か?」

「おっと、まず名を名乗ろう。私は伊吹萃香。見ての通り鬼さ」

「あっ、私は少名針妙丸。今は訳あって、この大きさですが、元はもっと大きいですよ!因みに種族は小人です」

「堀内定晴だ。宜しく」

 

というか、元は大きいのに種族は小人って矛盾してるように思えるのだが気のせいだろうか。俺の問いに萃香は答えず、手に持っていた瓢箪に口を付けた。その瞬間周囲に酒の匂いが充満する。あれか、酒が入っているのは。いかにもな見た目をしている。

 

「何しに来たの?」

「ああ実は…「定晴は弾幕を撃ち方を知らないから霊夢に教わりに来たぜ!」…ということだ」

 

魔理沙に割り込まれたが、一応用件はそれだけなので言葉に同調しておく。

 

「ふーん、そう。本当は面倒だけど、覚えておかないとここじゃ生きていけないし、しょうがないから教えてあげるわ」

「すまない、助かる」

 

先程俺が立てた予想とは裏腹に意外にもすんなり教えてくれることとなった。まあ確かに霊夢が言うことは最もだと思う。実際弾幕ごっこが出来なければここでは生きていけないだろうしな。ここの生活原理の一つが弾幕ごっこなのだと紫も言っていた。

 

「その代わりだけど、今日の昼食は定晴さんが作りなさいよ?」

「そんなの御安い御用だ」

 

交換条件はどんなものかと思えば、昼食を作るだけなら容易い。あいつなら、俺の持っている剣とか欲しがりそうだな。それより教えてくれることとなったのなら、早速始めようと思う。俺は境内に出て霊夢の目の前に立つ。

 

「とりあえず弾の作り方よ。これが出来なきゃ何も出来ないわ。目の前に自分の中にある力を集めるように集中するの」

 

言われた通りやってみる。すると、目の前に中くらいの弾が出現した。やり方は輝剣を出現させる時と似ているから思ったより簡単だった。やはり似た感覚を前もって知っていると上達も早いのだろうか。

 

「あら、筋がいいじゃない。あとはそれを押すようにすれば勝手に飛んでいくわ」

「おー凄いな」

 

確かに目の前にあった弾が遠ざかっていく。これを沢山出せば弾幕が形成されるわけだな。威力こそ弱いのだが、加える力の量や種類によって色が変わるようだ。成程…これは綺麗になりそうである。

 

「速さは自分で調節してね。それをいっぱいだせば基本的に弾幕ごっこは大丈夫よ。威力を高めすぎないように気をつけなさい」

 

これが通常弾となるのか。なるほど…

 

「なら次は魔理沙が叫んでいたやつを…」

「その前に、弾幕ごっこのルール…というか原則を教えるわよ。この紙を見てちょうだい」

 

そう言うと霊夢はどこからか一枚の大きめの紙を取り出した。

 


 

命名決闘法案

妖怪同士の決闘は小さな幻想郷の崩壊の恐れがある。

だが、決闘の無い生活は妖怪の力を失ってしまう。

そこで次の契約で決闘を許可したい。

理念

一つ、妖怪が異変を起こし易くする。

一つ、人間が異変を解決し易くする。

一つ、完全な実力主義を否定する。

一つ、美しさと思念に勝る物は無し。

法案

・決闘の美しさに名前と意味を持たせる。

・開始前に命名決闘の回数を提示する。

体力に任せて攻撃を繰り返してはいけない。

・意味の無い攻撃はしてはいけない。

意味がそのまま力となる。

・命名決闘で敗れた場合は、余力があっても負けを認める。

勝っても人間を殺さない。

・決闘の命名を契約書と同じ形式で紙に記す。

それにより上記規則は絶対となる。

この紙をスペルカードと呼ぶ。

具体的な決闘方法は後日、巫女と話し合う。

 


 

「なんでこんな紙持ってるんだぜ?」

「紫に渡されたのよ。一応持っときなさいって」

 

霊夢達がなにやら喋っているが、俺は紙を読むのに集中する。

要は、妖怪と人間を対等にするための決闘方法ということか。確かに素手で闘わないなら、種族による強さの違いも無いはずだ。そこでふと疑問に思った事を口にする。

 

「これって能力も使用していいんだよな?」

「当たり前でしょ。自分が持っている強さは存分に使っていいの。能力もその一つなんだから」

 

つまり、種族よりは能力で勝敗が分かれそうだ。勿論相手のことを考えた上で、というのが能力の使用前提にはなっていそうだけど。

幻想郷の強者は何かしら能力を持っているらしいし、面白そうなゲームである。

 

「で、さっき言ったスペルカードっていうのが、魔理沙が持っているこの紙ね。ただの紙だけどこれを宣言することではっきりとした勝敗がつくようになるわ。その法案の一番下に書いてあるやつが、宣言することで決闘とするってやつよ」

 

その紙には、恋符【マスタースパーク】と書かれている。成る程、これを魔理沙は戦闘中叫んでいたのか。

 

「霊夢や萃香も持っているんだよな?」

「勿論、私も結構沢山持っているのよ」

 

そう言って、霊夢は懐から何枚かスペルカードを取り出した。そこには、霊符【夢想封印】とか霊符【封魔陣】等が書かれていた。

 

「その紙ってどこでもらえるんだ?」

「紫に貰ってないの?勿論私も何枚か持ってるけど…」

 

そう霊夢が言った瞬間、霊夢の後ろにスキマが開いた。そしてその中から紫が現れた。明らかに渡し忘れただろ。こいつ。

 

「ごめんなさい定晴、渡し忘れていたわ。はい、どうぞ」

「はぁ、まあいいや。サンキュー」

「そこにスペルの名前を書くの。この紙に書いている通り、綺麗な字体じゃないといけないとかは無いから気にしないで。まあ貴方は資格を持つくらい字がキレイなのだけど」

 

俺は空間からペンを取り出し名前を書こうとすると、更に横から紫が注意してきた。

 

「名前は自由だけど、回避出来ないやつと当たったら確実に死ぬようなやつは駄目よ。殺し合いじゃないんだから」

 

ならば、と俺は何枚かスペルに書き込んでいく。何となく構想は練っていたので創るのは早い。ささっと文字を書いて保持しておく。

 

「とりあえず何枚か出来た。魔理沙、やろうぜ」

「待ってました!」

「ちょっと待って」

 

やっと戦う事ができると魔理沙が喜んでいると、またもや俺を見つめていた萃香が口を挟む。

 

「あんたから凄い力を感じる。人間にしては異質な力をね…その正体を私は知りたいんだ。相手してくれるかい?」

 

これは戦いたい意思表示だ。魔理沙に前々から言われていたし、先に済ませておきたい気持ちもあるのだが…

 

「そうか?魔理沙どうする?」

「なら先に萃香がやってくれ。私はそれを見ながら定晴のスペルを研究するから」

 

どうやら魔理沙は俺の対策を立てた上で戦うつもりのようだ。性格とは裏腹に慎重だ。魔法使いの気質なのだろうか。

 

「分かった。なら萃香、やるぞ」

「いいよ!久し振りに強い奴とやれるね!」

 

魔理沙の許可も出たので萃香と共に外へ出る。

こうして俺は、萃香と闘う事となった。俺も練習がてら先程書いたスペルカードを準備する。俺のスペルカードルールの初戦だ。気を引き締める。

 


 

「そういえば魔理沙、前弾幕の研究してなかった?」

「ああ、本にまとめたやつか」

「そうそう、グリモワール…魔理沙だっけ?」

「それはただの本の表紙に書いた著名だぜ」

「それはどうしたのよ」

「前に一回本として完成させたあと一応、丁礼田舞までまとめたんだが、あの隠岐奈だっけか、あいつが見つからなくて…」

「まだ続けていたのね」

 

 

 




弾幕ごっこのルールについては、pixivから引用


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八話 ミッシングな弾幕のパワー

「さて、始めるかい?」

「ああ、いつでもどうぞ」

「なら…」

 

言い終わらない内に萃香が突然消えた。

 

「なに!?」

 

さすがに驚く。鬼にこんなことが出来るなんて話は聞かないので、きっと萃香特有の能力なのだろう。しかしこれでは分が悪い。炒り豆でも持っていればよかっただろうか。効くかは分からないが。

 

「早速これ!」

「後ろか!」

 

しかしそこに萃香はいない。その代わり霧のみが浮いていた。

『あれは攻撃予兆か?』

そう思っていたら、突如霧の中から弾幕が飛んできた。

 

鬼符【豆粒大の針地獄】

 

「くそ!」

 

早速俺もスペルを取り出し宣言する。

俺がスペルカードを宣言すると同時に俺と弾幕の間に壁が形成される。

 

連射【連続劣界】

 

これは、正しい結界ではなく、脆い劣界を沢山出現させるスペルである。普通の戦いでは直ぐに壊れてしまうので意味がないが、弾幕ごっこでは弾の大半は相殺されるので少し避けるだけでいい。

 

「ならば!」

 

鬼符【ミッシングパワー】

 

弾幕が出てきた所にまたもや霧が出来てる。よく見てみると、霧から弾が出ているようだ。そして俺は理解する。

 

「そういうことかよ!」

 

萃香の戦い方が分かったら、あとはこのスペルをぶつければ勝てるはずだ。だが弾幕が濃すぎて近付けない。

魔理沙にはずるいと言われたが、これも能力なのできっと大丈夫だろう。

 

剣術【五月雨切り】

 

輝剣を召喚し…相手の弾を斬っていく。

そして霧に近づいて…

 

「なな!冥界の剣士でもそんなこと出来ないよ!」

 

冥界の剣士が誰かは知らないが、まあ斬れないだろう。

だって剣を持ったままの体勢じゃ弾のエネルギーが剣を伝って自分に流れてくるからな。能力で剣を浮かさないと、少し危険な技である。

 

「というかこっち来るなー!」

 

鬼神【ミッシングパープルパワー】

 

萃香の攻撃が激しくなる。だから俺も激しくする。

 

奥義【大回転五月雨斬】

 

輝剣が俺の周囲を片っ端から斬っていく。そしたら周囲の弾幕は霧散霧消して道が開ける。そして霧の近くまで来たときに、別のスペルを発動して畳み掛ける。妖怪が多い幻想郷だと、とても相性がいいスペル。

 

聖地【極楽浄土】

 

「ふぎゃー!」

 

萃香が霧状から元に戻る。妖力が俺の力によって浄化されてしまい形を保てなくなってしまったのだ。

その隙をついてトドメのスペル。

 

包囲【袋の鼠】

 

このスペルは早く脱出しないと、逃げにくくなる。極楽浄土のスペルが効いて動きが鈍った萃香には、到底無理なわけで…

 

「ぎゃーす!」

 

こうしてこの戦いは俺の勝利で幕を閉じた。

 


 

「イヤー、強かったねー!」

「萃香もな」

 

戦いが終わって漫談する俺達。しかし魔理沙は難しい顔をしていた。

それを疑問に思ったのは霊夢も同じようで、俺が質問するよりも先に霊夢が質問してしまった。

 

「どうしたのよ魔理沙」

「展開が早くて研究できなかったぜ」

「なによそれ」

 

成る程、魔理沙が望むような結果が出せなかったのか。俺は元から仕事を素早く終わらせることがモットーだから仕方ないと言えば仕方ない。

横から萃香が質問してくる。

 

「なんで私の正体が分かったの?」

「ああ、あれか。最初はスペルの予兆かなって思ったんだけど霧が移動するし、よく見ると霧から弾が出てたから」

 

俺がそう言うと萃香は感心したような声を出した後に笑いだした。そして一通り笑ったところで萃香が話し始めた。

 

「大体の奴は最初全く分からなくて被弾するもんなんだけど。そもそも、最初から霧が見える奴はなかなかいない」

「そうなのか」

 

つまり最初は何も無い所から弾が出ているように見えるわけだ。それは避けにくいだろうな。どこから出てくるのか、どんな弾が出てくるのか全く分からないということだ。戦闘において無知とは時に牙を剥く。

そんなやりとりをしていたら霊夢が俺に声をかけようか悩んでいる様子だった。だがそれも一瞬で、霊夢は普通に質問をしてきた。

 

「ねえ、定晴さん?」

「?どしたの霊夢」

「あの極楽浄土って…」

「あれは俺の能力使った純度百パーセントの聖なる力だぞ」

「やっぱりそうなのね」

 

なにやら難しい顔をしながら霊夢が紫と話している。

というか紫は仕事どうしたのだろう。藍に全て丸投げでは可哀想だ。本当にそうなのなら後日藍にとって最高の食事を作ってやらないとな。

 

「ねえ定晴?」

 

話し合いは決着したらしく俺への設問てをある

 

 

「なんだ紫?」

「浄化の力はあまり弾幕ごっこでは使わないでちょうだい」

「なんでだ?」

「もしかしたら私達、消えちゃうかもしれないから」

 

成る程、確かにそれは嫌である。妖怪は聖なる力が苦手なのでこの力は少々…いや、随分危険なものなのかもな。紫には分かったと言って俺は次に魔理沙に近づく。

 

「次は魔理沙の番だぞ」

「お。そうか。ならやるぜ!」

 

そして俺は魔理沙と弾幕ごっこをすることになる。

つまりは連戦というわけだ。萃香といい魔理沙といい幻想郷では強い方と言うらしいから俺も強い方だと設問するしかなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九話 スターダストな弾幕のレヴァリエ

「さあ、こっちはいつでもいけるぜ!」

「そうかい…」

 

正直あまり乗り気ではない。先程萃香と闘ったばかりで、体力もまだ完全ではないからだ。正直既に疲れている。

まあ、闘うのであれば勝ちを狙っていくけど。大人気ないと言われても、勝負事には勝っていきたいのだ。

 

「じゃあ俺からいくぞー」

「来い!」

 

魔理沙が構える。先程の闘いを魔理沙は見ていたので、あまり同じスペルは使いたくない…まあ良く分からなかったとは言っていたが…という訳で、まず小手調べでスペル発動。

 

突風【まきあがる風】

 

「簡単だぜ!」

 

余裕で魔理沙が避けていく。しかし、そんな簡単なスペルを俺が作るはずが無いだろう? やるからにはしっかりと作り込むのが俺の理念だ。

 

「なに?!」

 

魔理沙が大声を出す。それもそのはず、弾幕が魔理沙の周りを回りだし、魔理沙に近づいていく。このスペカのイメージは竜巻だ。周囲のものを巻き込みながら最終的には中心で衝突し、吹き飛ばす。そんなイメージで設計した弾幕だ。

中にいる時間が長ければ長いほど不利になる弾幕、我ながら良いできである。

 

「くそー!」

 

一瞬の隙を縫って、外に飛び出す。魔理沙が俺の方を見ていないので俺は、すかさずもう一枚スペルを発動する。不意打ちではないが、宣言をキャンセルされるのも面倒だ。

 

再生【大地の恵み】

 

このスペルを使ったとたんに俺の周囲には緑色の弾が飛ぶ。それと同時にさっきの闘いの疲れがとれていく。これは俺にとってはありがたい回復なのだが、魔理沙にとっては毒でしかない。毒と薬は紙一重、ってな。

 

「いい加減にするんだぜ!」

 

恋心【ダブルスパーク】

 

魔理沙も堪らずスペルを発動。二本の極太レーザーが弾幕をかき消す。そして俺の回復も終わる。魔理沙のスペルは、攻撃特化型なのかな?

 

「喰らえ!」

 

魔符【スターダストレヴァリエ】

 

とうとうこちらにも弾幕が飛んできた。しかし俺は、あまり動かず全てを避ける。弾幕を見極めて攻撃を凌ぐことであまり動かずに回避が可能となる。具体的には避けにくい弾には結界をぶつけることで相殺、もしくは輝剣によって弾く。

どうもこのスペルカードには俺を狙ってくるレーザーはないようで、弾くことが容易だ。まあレーザーを撃ってきても躱すことはできるのだが。

 

「ふざけんな!」

 

恋符【マシンガンスパーク】

 

沢山のレーザーが俺を襲う。だがレーザーは真っ直ぐしか進まないので避けるのは簡単だ。しかして魔理沙よ、そんな連続でスペルを使っても大丈夫なのだろうか。

今回の闘いにおいてスペルの枚数は特に決めてはいないのだが、スペルは有限である。それでも俺より沢山魔理沙はスペルを持っているので、全然余裕なのだろうが。

 

結界【三重結界】

 

びゅんびゅん飛び回る魔理沙の行動範囲を狭める。このスペルは三角形を描く様に弾が飛ぶものだ。

結界によって囲まれているのでそう易易と飛ぶことはできない。小回りがきくように地上で走り回った方が躱せるかもしれないな。

 

「な、壁が邪魔だぜ!」

 

一気に畳み掛けることにする。密度が高い技をかければ、試合終了だろう。

俺は輝剣を手に持ち焦っている魔理沙目掛けて…一閃。

 

剣術【一閃斬】

 

「ぬわー!」ピチューン

 

魔理沙は箒から落ちて勝負あり。俺の勝ちだ。今回は低空飛行をしていたので魔理沙も特に問題なく背中から落ちる。衝撃はあるだろうが怪我をするような高さでもない。

 

「大丈夫か?」

「いてて、定晴!」

 

心配してあげたら大声で呼ばれた。何かやらかしてしまったかと心配するが、魔理沙の顔に浮かんでいるのは笑み。

 

「何だ?」

「楽しかったぜ!」

「そりゃ良かった」

 

こうして、俺と魔理沙の勝負は終わりを迎えた。魔理沙とて手を抜いているわけではないのだろうが、俺とはどうも相性が悪いようである。

 

「ねえ、定晴さん、魔理沙?」

「な、なんだ霊夢?怖い顔して」

「神社に傷がはいったんだけど?」

「あー…逃げろ魔理沙ー!」

「了解だぜ定晴ー!」

「待ちなさーい!」

 

霊夢に悪いことしたな、と今は反省しています。後悔はしてません。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十話 幻想郷

今回で、一章終わりです。


魔理沙、萃香と闘ってから二日たった。

昨日は色々霊夢のところで仕事をさせられて一日を過ごした。

霊夢に俺の料理を食べさせたところ、毎日作りに来なさい!って言われたので丁重にお断りしておいた。

今日は少し周囲の散策をしようと思い、家から出てきた。武器もあるし、妖怪に襲われても大丈夫だろう。

そして家を出てから三十分たった。

特にこれと言ったものはなく、ただひたすらに森を歩く。基本俺は空を飛ぶより地面の上を歩きたい派なので、能力を使わずに歩く。広い幻想郷じゃ飛ぶことが多くなりそうだがな。

暫く行くと、横の茂みの方から物音が聞こえてきた。

 

がさがさ

がさがさ

がさがさ

がさがさ

がさがさ

 

「何だ!」

 

凄い勢いでなにか近付いてくる音がする。しかも、確実に俺の方に向かってきている。素早く輝剣と結界を出し、臨戦態勢を取る。

 

がさ

 

出てきたのは、黄色い髪にリボンを付けた女の子だった。しかし感じるのは、確実に妖力。妖力を持つというのは妖怪である証。一部例外もあるが、幻想郷で妖力を持つ存在に会えば大体妖怪だと思って問題ない。

それにしても小さな妖怪だ。人里の子供と同じくらいの背である。妖怪は人間とは違う成長の仕方をするうえ、妖力量によっても変動する。彼女は生まれたばかりの妖怪なのだろうか。

 

「とても美味しそうな霊力なのだー」

 

俺の霊力を嗅ぎ付けて来たのか。

確かに霊力の量には自信があるのだが、それを妖怪に渡すつもりはない。それにしても、直ぐに襲ってこないところはそこら辺にいる獣みたいな妖怪とは違うようだ。

まずは会話をしてみる。俺は断じてコミュ障じゃないからな。

 

「なあ」

「ん?何の用なのだー?」

「いや、お前って妖怪でしょ?」

 

いつまで経っても襲ってこない彼女に質問。妖怪というのは基本的に人間を襲う。そこを否定しては妖怪としてどうなのだろうという意見だ。

 

「うん、そうなのだー」

「そして俺は人間だぞ?」

「それも分かっているのだー」

「じゃあ何で襲わないの?」

「へ?」

「へ?」

 

変な空気が流れる。

いや、だって、妖怪だよ?普通人間を襲うものだし、そんな疑問形で返されても困る。

 

「あ!あなたは食べて良い人間?」

「いや、駄目だけど」

「そうなのかー」

 

思い出したように聞いてきたが、俺が断ると直ぐに諦めた。いや、待て。それで良いのか妖怪。

 

「なあ、名前何て言うんだ?」

「私はルーミアっていうのだー」

「じゃあルーミア、そんな風に簡単に諦めても良いのか?それじゃ生きていけないんじゃないのか?」

 

これは人間である俺達、特に現代に住む人間にとっては分かりにくいものだが、妖怪の元となる妖力は人を驚かせるとかの感情もそうだし人間自体を食べることでも増える…が妖力が増えるだけではなく空腹が満たせるのだ。逆に言えばそうでもしないと食料は手に入らない。

 

「人里に行けば食べ物は手にはいるのだー。それに…」

「それに?」

「…いや、なんでもないのだー」

 

あそこは平然の如く妖怪が歩いているしな。ルーミアみたいな妖怪はけっこう多いのかもしれないな。人間のご飯で妖怪も腹を満たせるのか疑問ではあるが、そういうものなのかもしれない。俺は妖怪の生態を調べているわけでもないし、そこまで詳しいことは知らないのだ。紫に訊けば判明しそうな気もするけども。

 

「向こうから美味しそうな匂いがするのだ。それじゃ、ばいばーい。えっと…「堀内定晴だ」…定晴ー!」

「あ、ああじゃあな」

 

こんな優しい妖怪もいるんだな…優しいんだよな?

紫が目指していた【人間と妖怪の共存】には、人間を積極的には襲わない妖怪も必要なのだろう。紫自身も人間を襲うことは少ない(神隠しとかは普通にする)のでそこらへんは如何に本能を抑えられるのかがかかってくるのかもしれない。

俺も特に襲ってこなければ反撃するつもりは無いし、幻想郷には弾幕ごっこという老若男女出来る決闘方法がある。まだそこまで経験があるわけではないが、殺し合いというわけでもないしただの遊びとしてやってることも多いと聞く。

 

「外の世界とは大間違いだな…」

 

外の世界の醜さを思い出して一言。人間同士ですら滅ぼし合うのだ。幻想郷にそれが一切ないとは言わないが、人間同士で殺し合いなんてことにはなっていない。

 

 

散策した結果はルーミアに会ったぐらいで、それ以外には特に面白い物は無かった。案外俺の家の周囲は平和なのかもしれない。

刺激を求めるなら遠くに行くべきなんだろうなー。遠くにある山…とかな。

そんな事を思いながら家に向かった。




これにて一章終了です。
これから多くの住人と絡めていくつもりです。
これからも読んでくださると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章 幻想郷探索
十一話 人里にて






現在俺は人里に来ている。

先日ルーミアに会った俺は人里が今どんな状況か気になったのだ。俺が家を立てる場所を探しにきたときに断れたあと殆ど訪れていなかったので今どのような状況なのかイマイチ分かっていない。

人里には比較的すんなり入れたが、慧音が言っていたように人里は人口が増えているようだ。商売の声や子供の遊び声などなど…。とても活気付いていて、人里が平和な感じがよく分かる。人口増えすぎ問題以外は特に平和そのものだ。

 

「おや、定晴じゃないか」

「慧音か。どうしたんだ?」

「いや、まあ、その…あの後、家に行けなくてすまなかったな。折角人里に来てくれたのに…」

 

もし俺が普通の人間であれば慧音は多少無理をしてでも人里に引き止めたのだろうが、紫を連れている人間が普通の人間であるはずがないという判断で断ったそうだ。

俺を見たときに霊力量が多かったことも一因しているらしい。

 

「別にいいんだ。特にこれといって問題なかったしな」

「最近寺子屋への加入が多くてな。あまり他のことに時間を割けないんだ」

 

慧音は寺子屋をやっていたのか。人里の守護もやっているのに大変だな。人里の平和を守りつつ子供達の面倒を見るとは…さすがに一人で寺子屋をやってるわけではないだろうが相当な負担になっているはずだが…疲れてはいるが嫌そうな気配はしない。自分の仕事に誇りを持っているのだろう。

 

「それで?人里には何の用で来たんだ?」

「今の人里はどんな感じなのか気になってな」

「見ての通り活気溢れているよ。一気に店とかも増えて凄く経済的にも発展している」

 

商人が声を張り上げ子供が駆ける。現代の外の世界ではもうあまり見ることができない光景が、確かにここにあった。

ついでにちょっとタブーな質問もしてみる。

 

「妖怪達は?」

「いつも通りぶらぶら歩いているよ。例えば、ほらそこに…」

 

そう言って慧音が子供集団を指さした。妖怪であるとバレず、人間に人里内で手を出さないならば妖怪もチラホラと人里の中にいる。

 

「「「「こんにちはー!」」」なのだー」

「うお!元気だな~。俺はもうそんなに大声だせるほど元気無いわ」

 

丁度通りかかった子供達が俺達に挨拶してきた。

バリエーションも豊かで、羽が付いている妖精や鳥、虫、そしてルーミアだ。先日森で会ったばかりなのだが、無事人里で食事にありつけたようである。

 

「おー、定晴なのだー」

「なに?ルーミア、この人間と知り合いなの?!」

「そうなのだー」

 

ルーミアが俺を見て反応したのを見て水色の子供がルーミアを見る。この力は…妖精か?珍しいものだが、幻想郷には結構いるらしい。とはいえ基本的に悪戯くらいしかしてこないので人里にいるのは不思議なのだが。

 

「チルノちゃん、いきなり[この] 扱いは酷いと思うよ?」

「大ちゃんが優しすぎるんだよ。あたいより弱いのは確かなんだから、下に見ても大丈夫大丈夫」

「でも…」

 

子供一人一人の名前を覚えないとな。最初は一番近くにいるチルノと呼ばれた子供から順番に声を掛けていく。皆は仲良しなのか、いつも固まっているようである。妖怪と妖精のコンビというのは変な感じだ。

 

「君たち、名前を聞いてもいいかな?」

「あたいはサイキョーの妖精チルノよ!」

「大妖精です…」

「ルーミアなのだー」

「リグル・ナイトバグです」

「ミスティア・ローレライです」

 

いや、名前知ってるしルーミアには訊いていないのだが…まあ良い。リグルって子やミスティアって子は苗字まであるように感じるのだが、ルーミアやチルノには無いのかな?いや、ミスティアたちのは種族名の可能性もある。妖精は一つにまとまったものではないからチルノたちにはないのかもしれない。

 

「俺は堀内定晴だ。宜しく」

「あなた礼儀正しいわね!あたいの部下にしてあげる!」

「いや、いいかな」

 

急に傘下への参入を打算されたが丁重にお断りする。残念ながら俺は年下の子供に偉そうにされて喜ぶ性癖は持ち合わせていない。

だがチルノはそれが気に入らなかったのか…

 

「あたいの折角の誘いを断るのね!なら此処で始末してあげる!」

「えぇ…」

「来なさい!」

 

半ば強引にチルノに引っ張られてしまった。見かけに寄らず力が強いな。勿論この程度ならば簡単に振り払えるのだが、子供を怒らせてもあまりいいことが無いからな。とりあえず言われたとおり一緒に行くことにした。

 


 

チルノに引っ張られた先は空き地だった。

 

「さあ、勝負しなさい!」

「いや、別にわざわざ勝負しなくてもよくね?」

「なにー!」

 

戦いといってもなぁ、未だに力の調整の加減が難しくて妖精相手じゃ消滅させてしまう恐れがあるのだ。流石に全力で、なんてことにはならないけど少し自信がない。

妖精だからしばらくすれば復活するから良いのだけど、人里でやりたいこともあるのであまり時間をかけて戦闘はしたくない。

 

「チールーノーちゃーん!」

「どうしたの大ちゃん?」

 

怒った顔をしている大妖精。それを見てチルノはきょとんとした顔で応える。何故この状況で疑問に思えるのだろうか。

 

「どうしたの?じゃないよ!初めて会った人なのに突然戦闘仕掛けちゃ駄目じゃん!」

「だって、こいつあたいの誘いを断ったのよ!」

「チルノちゃんのバカー!そんな些細な事でこんなことしなくても良いじゃん!」

 

至極ごもっともなことを言うな、大妖精。言いにくいし大ちゃんでいいか。いやいや、彼女らの中での愛称だし俺が言うのも変か。

あの子供グループの中で一番まともなのは大妖精なのかな?リグルやミスティアとは話していないから性格は分からないが、あまり大妖精ほど積極的に行くタイプでもないようだ。

大妖精の気迫に怯むチルノだったが、負けじと言い返そうとするが大妖精の言葉は止まるところを知らない。悪口にも聞こえるが、大妖精は随分と口が回るんだな。

 

「でも…」

「でもじゃないよ!自分の私情で初めて会った人に迷惑掛けちゃ駄目なんだよ!慧音先生に教わったでしょ!…すみません定晴さん、チルノちゃんの」

 

チルノの代わりに大妖精が謝った。本当によくできた妖精である。

 

「別に気にしてないから大丈夫だよ」

「行くよチルノちゃん!」

「むー、ここは大ちゃんに免じて助けてやるけど、いつかやっつけてやっつk…「早く行くよ!」…むー」

 

大妖精はチルノの保護者みたいな役回りなのかな?

随分と手慣れているみたいだったし、ルーミア達もこの一連の流れを慣れたように振る舞っていたからな。

今後チルノに会ったら毎回戦いを挑まれるのか…面倒だな。何度も相手するのは不必要だ…

 

「ばいばーい」

 

別れ際にルーミアたちが手を振った。一番の問題児がチルノといったころか…

子供達と別れた後、人里で料理に使う食料と面白そうな食材を買って家に帰った。

色々と珍しい食べ物があったので買ってみたのだが、苦かったり、辛かったり、硬かったり…しかも極端。

そりゃ外の世界から忘れ去られるわ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二話 霧の湖にて

すみません、完全に寝込みました。季節外れの病気って恐ろしいですね。


俺は今迷っている。幻想郷では大方が整備されていないので迷いやすいのだが、やはりここは極めつけだな。

かくいう俺は今霧の湖という所に来ているのだが、思いの外霧が濃かった。能力で風を起こして霧を晴らすのだが直ぐに元に戻ってしまうから、絶賛迷子中である。

この湖、遠くから見たらあまり大きく見えなかったんだけどなー。色々と考え事していると、横から声がした。

 

「そこにいるのはチルノちゃん?」

「ん?この声は確か…やっぱり大妖精か」

「あれ?定晴さんじゃないですか」

 

霧の奥から出てきたのは先日人里で会った大ちゃんこと大妖精である。チルノを探しているということは、もしかしてチルノとはぐれたのかな?こんなところではぐれてしまうと再開するのは至難の業のような気がするが…

 

「大ちゃんはチルノとはぐれたのか?」

「違います。今皆と隠れん坊しているんですよ」

 

皆ということは先日人里に来ていたあの集まりのことだろうか。

にしてもこの霧の中隠れん坊とか結構チャレンジャーだな。隠れることに徹したら延々と逃げ続けられそうだ。

 

「なあ大妖精、この近くにあるでっかい屋敷がどっちの方向にあるか知らないか?霧の中に入ったら見失ってしまったんだ」

「それなら向こうですよ。できるだけ真っ直ぐ進まないとまた迷ってしまうので気をつけてくださいね」

 

即答する大妖精。何も見ずに方向が分かるということは自分が今どっちを向いているのか常に把握できているのだろう。

 

「ありがとな、見つけられるといいな。それじゃ」

「はい、また」

 

俺は大妖精と別れる。

最初は屋敷から流れてくる力を頼りに進んでいたのだが、この霧には少しばかり妖力やら何やらがぐちゃぐちゃに混じっているらしく、途中で方向が分からなくなってしまう。

しかし、方向さえ分かればあとは進むだけである。正面に僅かに風を起こしながら、注意しつつ進む事にした。

 


 

意外にも、あの場所から近いところに在った。屋敷の近くにチルノと思われる後ろ姿を見たが今はどうでも良い。また大妖精に会うのは無理だし、俺が報告したところで面白くない。

さて、この屋敷の感想なのだが、これは…色を決めた人の趣味が悪い。大きいこともさることながらその全てを紅く塗っているのは些か目に悪い。時計塔や窓の縁も紅く塗っている。きっとここの主の好きな色なのだろうが、限度を知らないのだろうか。

俺は出来るだけ紅を目にいれないように、門に近づく。

流石大きい屋敷。大きな門の近く、そこには門番が居るのだが…

 

「zzz」

 

門番只今睡眠中。

そんな警備で大丈夫なのだろうか。別に無理に入ろうとか攻撃しようとかは思っていないが、いざという時に動けないのではなかろうか。仕方ないので起こそうとした時、突然門番の頭にナイフが刺さった。いや、実際には被っている帽子の真ん中にきれいに刺さった。でもその位置、確実に脳天入ってるよな…

起きた門番の隣にはメイド服を着た女性が立っていた。

 

「こら!美鈴、客の前で寝ていないの!」

「あうー、すみません」

「ああ…えっと…」

 

突然の事なので俺もびっくりしてしまう。瞬間移動かなにかだろうか。門番からは妖力を感じるのだが、メイドさんからは霊力を感じる。何故妖怪より人間の方が強いのだろうか。いや霊夢は弾幕ごっこなら敵無しというし、案外人間にも妖怪より強い存在というのはザラなのかもしれない。

 

「すみません、お見苦しいところを見せてしまって。紅魔館に御用でしょうか?」

「最近幻想郷に来たから挨拶に来ようと思って来たんだが…」

 

お隣というわけでもないし、というか距離的にはそれなりにあるので近場というわけでもないが、一応挨拶だ。大きな妖力の不安を早めに断っておきたいという意味も込めている。

 

「そうでしたか…私は十六夜咲夜と言います」

「私は紅美鈴です。この紅魔館の門番をしています」

「俺は堀内定晴と言う。宜しくな」

 

軽く自己紹介を終える。成る程、名前の通り真っ赤である。やはり何度見ても目に悪い。というか何度も見れないような紅さだ。住んでいたら慣れるものなのだろうか。

 

「ここの主に挨拶をしたいのだが…」

「ならこちらに…「ちょっと待って下さい!」…何よ美鈴」

「この人からとてつもない霊力を感じます。それに…魔力?妖力も感じます。只者じゃありません」

「そうなの?すみません、定晴様それってどういう事ですか?」

 

何故か美鈴の口調が強い。幻想郷には色々な力を同時に持っている人はいないのかな?だから俺のことが怪しいと…

 

「それは俺の能力が関係しているんだが…俺の中にある妖力も感じ取れるなんて流石だな」

「そういう能力なので…にしても、妖力を持っているなんておかしいです。能力だとしても、その力の量だと紅魔館も危険な可能性があります」

「ああ、そういうこと…」

 

少しずつ俺が怪しまれていってるような気がする。確かに霊力の他に妖力や魔力を持っているなんて人間としてはおかしいかもしれない。それにしても怪しみすぎではないだろうか。

 

「それならここを通す訳には行きませんね」

「はい!此処で引き返してもらいます!いえ…私と戦ってください!」

 

これでは戦闘になってしまう、どうにかして弁解せねば。だがどうも美鈴の様子がおかしいが…

 

「俺はここに被害を及ぼす気はない。だから通してくれ」

「ならば勝ってみてください!」

 

そのノリだと戦闘は必須っぽいな。あまり闘いはしたくない。此処で引き返しても良いのだが、誘われたのならこっちもきっちりやろうではないか。売られた喧嘩は買う主義なのだ。

なんだかんだ言って、結局俺は美鈴と闘う事となった。

 

「ねえ美鈴?もしかして戦いたかっただけってわけじゃないわよね?」

「へ?ま、まさかぁ〜」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三話 彩虹の弾幕な風鈴

戦闘描写キツイ…











「宜しくお願いします!」

「ああ…」

 

美鈴が構える。名前が明らかに中国語の読み方だからだろうか、拳法のような構えを取る。中国拳法なのだろうか。

一方俺は、そんな大それたものなど習ったことないので立ったまま霊力を解放する。構えは元より型もない。

 

「やはり、異常なまでの霊力…」

「自分で鍛えたからな」

「弾幕ごっこでも良かったのですが、この際直接攻撃をしてもよろしいでしょうか?」

 

今の幻想郷ではあまり認められない直接攻撃。なんか喜々としている気がするし、美鈴は本当に俺と戦いたかっただけなのではと疑ってしまう。

外の世界では何度も直接対決をしてきた。というか弾幕ごっこという制度がなければ妖怪と人間の戦闘など直接な殴り合いにしかならない。

 

「特に問題ない」

「では…いざ、紅美鈴参ります!」

 

カラフルな弾幕が展開される。魔理沙のスペルと違ってとても綺麗だ。魔理沙には悪いが、美鈴の弾幕はカラフルなので魔理沙よりも見応えがある。勿論一つ一つは殺傷性のある攻撃なのだが。

美鈴はその隙にこちらに走ってきている。弾幕ごっこではないので殴り合いで決まることになる。

このまま接近戦はジリ貧となるので自分の場を用意する。その為にもまずは弾幕をどうにかしなければならない。直接な殴り合いとなっても飛び道具は有用なのである。

折角だし外の世界の漫画に出てきたネタを使って障壁を展開する。弾幕ごっこ用のスペルカードだが問題ないだろう。

 

巨壁【五十メートルの進撃の壁】

 

宣言の必要はないのでそのまま展開。大きな壁が出現して弾幕を全て受け止める。しかし一発の威力が高いのかあまり持ちなさそうだ。

しかも美鈴はその壁を避けて今も尚近付いてくる。妖怪相手に素手は厳しいので、俺の八つ目の力を使うこととする。

…身体強化。

名前の通り自分の身体能力を高くする力だ。ただその効果は生易しいものではない。

 

「はあ!」

 

美鈴が拳を繰り出す。

しかし俺はその拳を…

 

「ふんっ!」

 

見事に受け止める。完全に威力を殺して受け切ったのだ。

 

「まさか!?」

 

流石に美鈴も驚く。それもそのはずただの人間である俺が、素手で妖怪のパンチを止めたのだ。元来より妖怪というのは人間よりも腕力がある。原因は不明だが、人間の妖怪への考えがそう反映されているのだろう。

この力は正確にいうと鬼以上の力を出せるようになる。鬼の力があれば止めることなど容易だろう。

 

「ならば!せい!」

 

近距離で弾幕を撃たれた。なんというか殺しはしないけど気絶はさせるといった感じの威力だ。門番なのに寝ていたし実力はどんなもんかと思ったが、やはり武人であることには変わりない。むしろ寝ていても侵入者には気付くのかもしれない。

ここで俺は風と身体強化を使い素早く移動して美鈴の後ろに回り込む。

だが流石は近距離を得意とする武人だ。結構な速度にプラスして人が視認しにくいように移動したのだが反応されてしまう。

だが俺は武人ではなくただの人間だ。美鈴が構える前に輝剣を召喚し一気に横に薙ぎった。

 

剣術【一閃斬り】

 

「うわ!」

 

美鈴は吹き飛ばされて地面を転がる。防御していたので切り傷はないようだが、身体強化もかけたうえで全力で斬ったので衝撃は大きいだろう。

少々やりすぎてしまったと思い俺は美鈴の元に駆け寄り再生をかける。美鈴にあった擦り傷が直ぐに癒えた。

 

「うーん……はっ!」

「大丈夫か?」

 

頭を打ったのか少しだけ唸っていたがすぐに復活。耐久力や回復力では人間と妖怪には大きな差がある。

 

「私は…負けたんですね」

「すまないやり過ぎた」

 

美鈴の手を引き立ち上がらせる。

美鈴の手は女性らしいものではなく武道家らしい手で、今でもちゃんと鍛錬はしていることを暗に示していた。

 

「いえいえ、動揺して油断してました」

「お疲れさん美鈴」

「そちらこそ、定晴さん」

 

こうして俺と美鈴の闘いは終わった。中々の武人だったし、俺ももう一度相手をしたいところだ。

 

 

「傷を治してくれるって事は、貴方は悪い人では無さそうですね」

「最初からそう言ってたんだが」

 

まあいい。今更俺の言葉に意味がないことは俺が一番分かっている。アポなし突撃がまずかったのだ。

するとメイドが声をかけてきた。

 

「定晴様?」

「えっと…咲夜だっけか、どうした?」

「いえ、先程はあんな事を言ってしまいすみませんでした」

 

あんなこと?なんだっけ?

だがまあ何にせよ俺は気にしないから構わないが。

 

「気にしてないし良いよ」

「闘い中ずっと周囲に被害がでないようにしていました。なので貴方を信じてみることにしますね」

 

とりあえず入る事は許された。

なんともまあ目に悪い館へと俺は足を踏み入れた。

 

「本当に戦いたかっただけじゃないのよね?」

「まだ言うんですか。違いますって!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十四話 紅魔館にて

「そういえば定晴さん?」

 

館に続く庭を通っていたら美鈴が言おうか言わないか迷っているような様子で聞いてきた。

 

「ん?何だ美鈴?」

「此処が誰の館か分かっていますか?」

 

誰の館か…こんなに大きな館を持つくらいなので貴族かもしれないが、どのみち俺は事前情報無しでここに来ている。ここは正直に答えておこう。

 

「いや。幻想郷ではデカイ建物だから来たんだ。興味があるからな」

「そんな興味本位でこういう所に来るのは今後やめといた方が良いですよ」

「何故だ?」

「此処はお嬢様…レミリア・スカーレット…吸血鬼の館です」

 

咲夜が美鈴の代わりに答える。

まあ確かに興味本位で気軽に行けるような場所は幻想郷には殆ど無いと聞く。なんせ行った先に大妖怪、なんてこともザラにあるからだ。

それにしても吸血鬼か…今まで会ったこと無い種族で逆にテンションが上がってきた。どれだけ危険であろうとも好奇心には勝らないのだ。

吸血鬼、国によってドラキュラだとかヴァンパイアだとか言われている種族。人の生き血を吸って生活している。血を吸われた人はその吸血鬼の眷族になるとか。勿論どれも文献からの情報なのでどこまでが正しいのかは不明だ。今から確認できるけれども。

吸血鬼と言うと危険な存在の一例として挙げられがちだが、俺には浄化の力があるのでもしもの時はその力を使って逃げれば良い。印象は悪くなるだろうが、命を捨てるほどのものでもない。

 

「今お嬢様は睡眠中です。起こされると大層不機嫌になられると思いますが」

「あー、そうか昼間だもんな」

 

吸血鬼は太陽の光に当たると灰になるとか聞いたことある。だから昼間は寝ていて、夜になると行動を開始するらしい。本当に吸血鬼がそんな存在であったとは。

つまりここには真夜中にしか挨拶することが出来ないのか。それではいつまで経っても会うことが出来ない。真夜中に幻想郷を移動するのは流石に遠慮したい。

 

「ただあと三十分程で起きられるのでもうしばらくお待ち下さいませんか?」

 

おっと、意外にも早起きらしい。どうやら幻想郷で生きるためには昼間に行動できる方が良いと判断したため昼から夜にかけて起きているらしい。

 

「もう起きてるわよ。咲夜」

「おや?」

 

気が付いたら館の扉の前に幼女が立っていた。身長は外の世界の小学生と同じくらいだろうか。しかしその身に宿る妖力はただの幼女ではないことを物語っていた。

 

「お嬢様!どうされましたか?」

「とても大きな霊力を感じて起きたのよ。霊夢かと思ったら違うのね。まあ霊夢の霊力とは似ても似つかないのだけど」

 

もしやこの子がレミリアなのか?メイドである咲夜がお嬢様と呼んでいたのできっと間違いないだろう。館の方から感じていた大きな妖力とは彼女のものだったらしい。

 

「ねえ、貴方は誰かしら?幻想郷でそんなに大きな霊力を持っているのは霊夢位なのだけど?」

 

疑問をぶつけられる。俺の霊力ってそんなに不思議なものなのだろうか。自分では分からない。

 

「俺は堀内定晴だ。あんたがレミリア・スカーレットか?」

「ええそうよ。定晴?聞いたこと無いわね。新入りかしら?」

「そうだ。なんせ一週間とちょっとくらい前に幻想郷に来たばかりのもんでな。逆に知ってたらビビるわ」

 

幻想郷にはテレビ等の電子機器がないからそんなに早く情報が出回るとは思えない。そういえば紫が新聞は有るって言ってたな。何が幻想入りして何が幻想入りしていないのかが不明すぎる。

 

「ふふふ、はははは!貴方まだ一週間しか幻想郷に居ないのにここに来たのね?その勇気は凄いわ!」

 

すると笑いだしたレミリア。知りたいことはとことん知りたくなる質なのだ。

 

「実は此処が吸血鬼の館だなんて知らなくてな…」

「普通の人は私達が出す魔力に耐えられなくて近寄らないわ!だから今までここに来る人間は霊夢と魔理沙くらいのものだったけど…ふふ、貴方気に入ったわ!ちょっと来なさい、貴方の霊力の謎も気になるし」

 

とりあえず主にも許可を得たので紅魔館の中に入ることとする。紅魔館という名に恥じない色の扉を開けると、そこにはまたもや紅い光景が広がっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十五話 きゅっとしてどっかーん

「広いなぁ」

 

中も外観と同じく紅い。だがまだ目には悪くない程度の紅さである。天井からシャンデリアがぶら下がっていて、壁にはこれまた綺麗なライトが付いている。

問題は思わず呟いてしまうほどの広さだ。館と言うだけあってやたらと広い。というか外からの見た目と中の広さが同じではないような…?

 

「幻想郷でも随一の大きさがあるのよ。見た目も、中もね」

「へー」

 

確かにこの大きさの建物、幻想郷には中々ないだろう。そもそもこんなに大きな建物を作る技術が幻想郷にあるのかも疑わしい。

この館も俺の家と同じように外の世界から持ってきたのだろうか。

やはりどうしても見た目と中の広さが合っていないように感じたので尋ねてみる。

 

「なんか外から見たより広く感じるのだが」

「咲夜の力で空間を引き伸ばしているのよ」

 

聞くところによると、咲夜の能力は時間を操る程度の能力。どうやら時間だけでなく空間すらも操れるらしい。流石に紫ほどではないが、このように空間拡張ができる時点で凄い能力だ。

 

「なんだそれ。めっちゃ使いやすそうな能力だな」

「といっても、時を止めることと早める事しか出来ないのですが…」

 

しか、と言うがそもそもその二つ、特に時を止めるということが中々のチートである。そんな事出来たなら戦闘ではほとんど無敵で、奇襲も不意打ちも受けることが無いだろう。

弾幕ごっこでは回避出来ない弾幕は禁止だから駄目だが、外の世界なら近くで銃を撃てば殺人は簡単だし、窃盗や不法侵入等も余裕である。そして何よりそれをされても時が止まっている俺たちはそれに気付くことができない。

もしそんな事をしようものなら、警察も対策おおわらわでその人は完全無敵の超人に成れるだろう。悪人でも、善人でも。

 

「ん?ここにはレミリア達以外にも居るのか?」

「あら、よくわかったわね。確かにここには私の友人も住んでいるわ」

 

確かに地下の方から強めの魔力が感じる。きっとこれがレミリアの友人の力なのだろう。

しかし…

 

「それ以外にも居るんじゃないか?」

「あら、どうゆうことかしら?」

 

少しレミリアからの魔力が濃くなった。僅かばかりの怒気も含まれているような気がする。

これは地雷かとも思ったが、変に言い淀むよりもズバッと訊いたほうが後のためだろう。

 

「ここにはレミリアの親族も居るんじゃないか?親か、もしくは兄弟姉妹とかな」

「ふーん、やっぱりわかるのね」

 

どこにいるのかは分からないが、確かに感じる妖力。レミリアと似ている妖力。そしてレミリアと同等の力がある妖力。

紅魔館の中であることは確実だ。レミリアの反応からしてもやはりいるのだろう。

 

「ねぇ、貴方の霊力の多さはなんなの?魔力も含まれているみたいだし、貴方は本当に人間なの?魔理沙や霊夢なら分かるけど、外の世界から来たのにその量はおかしいわ」

「少しばかり不思議な存在ではあるんだが、俺は正真正銘人間だ。少しだけ妙な能力を持ってるだけだ」

 

にしても、俺の魔力を感じ取れる奴が多い気がする。幻想郷に来て少なからず強くなったのかなぁ。

レミリアが俺のことを注視している間、俺は今も尚感じている妖力の居場所を見つけようとした。そして気付く、すぐそばだ。

 

「定晴様、貴方の能力って…「危ない!」…っ!」

 

咲夜が声にならない悲鳴をあげる。それもそのはず…

俺の体を貫くように大きな剣が刺さっていたからだ。どれだけ慣れていようとも急に目の前の人の体に剣が刺されば驚きもする。

 

「大丈夫ですか!」

「…余裕」

「そんな訳無いじゃないですか!」

 

咲夜が素早く治療をするための包帯等を持ってくる。いや、気が付いたら持っていた。これも時を止める能力によるものなのだろうか。

勿論俺は大丈夫なんかではない。もう少しずれていたら臓器に当たっていた。しかしそれでも身体から血が出ているし、その状態で吹き飛ばされて壁に強く打ち付けられた。

 

「ちょ、ちょっとフラン!」

「なーに?お姉さま」

 

廊下の奥から現れたのは身長がレミリアと殆ど同じの吸血鬼。さっきまで感じていた怪しい妖力は彼女のものだったようだ。

レミリアが声を荒げる。

 

「これでも彼は客なのよ!」

「あれ?知らない人だった…?」

 

これ扱いとは酷いな。とりあえず咲夜を静止させて剣を抜く。そして身体中に再生能力を流す。傷が完全に回復したくらいでフランと呼ばれたこれまた幼女が謝ってきた。

 

「ごめんなさい!でっかい霊力を感じたからてっきり霊夢辺りが遊びにきたのかと思ったの!」

「ああ、全然気にしていないし大丈夫。」

「本当にごめんなさい!」

 

ちゃんと謝ってくれた。

レミリアと同じような妖力、そして背中にはキラキラと光る羽。レミリアの羽とは違って、なんとも綺麗に輝いている。宝石なのだろうか。

 

「なあ、レミリア。もしかしてこの子って…」

「はあ、もうバレたら仕方ないわね。この子はフランドール・スカーレットって言って、私の妹よ」

 

吸血鬼の妹…吸血鬼っていうのは姉妹とかの関係もあるんだな。なんというか一人孤独な存在をイメージしていたので少しだけ驚く。

 

「よろしくね!フランって呼んで!」

「ああ、分かったよフラン」

 

なるほど…フランとレミリアの妖力をしっかりと感じてみれば、確かによく似ている。流石姉妹といったところだろう。血縁関係であれば力のパターンが似るというのは人間でも妖怪でも同じだ。

 

「ねえねえ!私と遊んで!さっきのはレーヴァテインっていって私の武器なんだけど、炎の剣だから当たったら大丈夫じゃないものなのに、直ぐに治しちゃった!強いと思うから遊んで!」

 

フランは早口で剣についての感想を言ったあと遊んでほしいとせがんでくる。

そんな危険な代物を投げつけられるとは…これ本当に霊夢だったとしてちゃんと回避できたのだろうか。霊夢は俺と違って再生能力は無いようだったしきちんと回避しなければ即死もありうる攻撃だったように思える。

 

「いや、さっき美鈴と戦ったばかりだから疲れてるんだけど…」

「美鈴と戦って大丈夫だったなら良いよね?早く早く!」

 

フランが飛び上がる。動作は可愛らしく微笑ましいものではあるのだが、子供とはいえ吸血鬼だ。体にくるダメージが大きそうだがこっちを見てくるフランの目に負けて戦う事にした。再生能力で身体欠損を治したのであまり霊力が残っていないのが不安だ。

 

「はあ、どうなっても知らないからな!」

「そっちがコンティニューできないのさ!」

「残念ながら、コンティニューするほど失敗する気はないんでな!」

 

フランが飛び上がり俺と距離をとる。

どうやら普通の弾幕ごっこというわけにはいかないようだ。なんとか生きてこの館を出られればいいのだが…

 

 

そう言えばふと思い出したが、外の世界の東方プロジェクト好きの友人が吸血鬼の妹やべぇとか言ってた気がする。まさかフランではないよ、な…?

 

 

 

 

 

 




外の世界において東方はゲームになっているので、知っている人は知っています。
定晴は友人からその話を聞いてはいましたが、やったことはありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十六話 フォーオブな弾幕のアカインド

少しばかりのグロ描写注意











「行くよー!」

「はいはい」

 

フランが笑顔でこちらに手を振っている。それに対して俺は適当に返す。さあ、戦闘開始だ。

 

「よーし!早速行くよー!禁忌【クランベリートラップ】!」

 

早速フランのスペカが宣言された。

そこまで高密度というわけではないので輝剣でいなしながら回避を続ける。

 

「ムムムー」

 

「禁忌【カゴメカゴ…「魔術【五つの属性】!」…ひどい!」

 

フランが新しいスペルを唱えようとしたので、俺が先にスペカ発動。勿論スペルを両方が同時に発動できないという制約は無いのだが、大声で叫ぶことによって相手をひるませて宣言の阻害をするということは可能である。

それに相手のスペルカードが出ている状態で自分もスペルカードを宣言できるほど俺の弾幕は甘く作っていない。

 

「あわわわっ」

 

フランが逃げ惑う。しかしそんなこともお構いなしに俺はどんどん追い打ちをかけていく。俺の戦闘スタイルは速攻、決めれるならば相手に隙を与えず一気に攻めたてる。

 

結界【二層結界】!」

「ひゃ!何でこんなところに壁が…これ、結界!?」

 

このスペルは相手の左右に結界で壁を創るもので、フランは今上下にしか動けない。箱状にするアイデアもあったのだが、完全に相手を動けなくしてしまっては問題があるし、このような結界となった。

だが弾幕ごっこにおいて上下にしか動けないというのは中々に致命傷ではある。

 

「もう!禁忌【フォーオブアカインド】!」

「なに!?」

 

スペルを唱えたとたんフランが四人になった。

しかもその四人のフランはただの分身というわけではないようで、一斉にスペルカードを宣言した。

 

禁忌【カゴメカゴメ】

禁忌【レーヴァテイン】

禁忌【恋の迷路】

禁忌【フォービドゥンフルーツ】

 

これでは避けるなんて無理に等しい。僅かに隙間があるので、霊夢など弾幕ごっこに慣れた者達なら出来るかもしれないが、俺には無理である。

だから俺もスペルの同時使用を行う。ひたすら防御に徹することで時間を稼ぎスペルカードが終わるまで耐えるという戦法だ。早速俺の速攻というスタイルからは外れてしまったが、致し方ない。

 

結界【重盾】

【輝剣召喚】

 

このスペルは同時使用すると、端から見れば騎士のように見えるだろう。鎧は着てはいないが、この盾にはそれなりの防御力がある。そして何よりこの盾は俺の意思である程度自由に動かせる。

盾で弾幕を防ぎつつ、剣で少しずつフランに近付く。そして四体の内の一体を凪ぎ払う。どうせ偽物だ。全力で振っても構わないだろう。

 

ひゅん

 

予想通り綺麗に消えていった。

これを繰り返せば本体に当たるはずだ。どのみち弾幕の密度が低くなるので狙いは間違っていないだろう。

 

「あー、やったな!」

「これだとスリーオブアカインドだよー」

「頑張らないと!」

 

一人一人が話していく。正直聞きにくい。聖徳太子は本当に何人も同時に話を聞けていたのか甚だ疑問である。

そんな事を言っていたら、レーヴァテインを持っていたフランが突っ込んで来た。俺は輝剣で受ける。どうやらレーヴァテイン自体が熱を持っているらしく、輝剣を握っている方の腕が熱い。

元々レーヴァテイン及びレヴァティーンは北欧神話において神器や巨人の武器として出てくるものである。流石に本物ではないだろうが、もし普通の剣で受け止めていたらその剣が折られていたかもしれない。どのみち熱があるせいで鈍らでは溶かされてしまうかもしれない。

俺が一体を抑えていても、それに構わず周りの二体が弾幕を撃ってくる。

均衡していては埒が明かないので輝剣を大きく振ってレーヴァテインを弾き、その勢いで周囲を飛んでいるフラン(分身)の一人に狙いを定める。

 

剣術【斬撃波】

 

輝剣から衝撃波を飛ばして二体の内一体を消す。更に目の前のフランを素早く斬って残りは一体。頑張った方だが、未だに相手の数は最初のときと変わっていない。

しかし増えた三体とも消えたので若干の焦りが見えるのも確かだ。

 

「あわわ」

「さあフランこれで終わりだ」

「まだだよー!QED【495年の波紋】!」

 

一気に密度が濃くなる。フランの通常弾幕もなかなか避けにくいのだが、スペルはパターンが突然変わってしまってそれに拍車が掛かる。

だがフランの疲れている様子からしてきっとこれが最後のスペルだろう。これ以上は俺も体力が持ちそうにない。また筋トレをして体力を付ける必要があるかもしれないな。

 

「はあ、はあ…」

「疲れているようだし、これで終わりにしよう」

 

浄化【消毒霧】

 

「え、あ、あぁ…」

 

フランの弾幕が消えていく。これは紫に言われて出来るだけ出力を弱めたもので、魔力で創られている弾幕は浄化されてしまう。俺の能力を弱めて使うというのが中々なかったので苦労したが、紫からこれくらいの威力なら問題ないだろうと認可を貰えたスペルカードだ。

 

「う、」

 

フランが突然落ちていく。俺は下にまわって受け止める。

気絶しているというわけではなさそうだ。むしろ元気というか…とレミリアと咲夜が声を上げた。

 

「待って!定晴!」

「お待ち下さい!定晴様!」

「ん?何で…」

 

グシャ

 

俺が疑問に思い理由を聞こうとしたら俺の腕から変な音がした。いや、正確には変な音と共に腕は吹き飛んだ。

フランの目がいつの間にか開かれ、俺を見ている。そこに先程までの無邪気な雰囲気は少しも感じられなかった。俺はこの目を知っている。

 

…狂気だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十七話 秘めた狂気

久しぶりの投稿、本当に申し訳ないです。


俺はフランを手放し直ぐ様後ろにステップする。

すると突然正面に弾幕が展開される。それを避けてフランの顔を見ると、俺の方をじっと見つめていた。

 

「ハハハ、モットアソビマショ!」

「ちょっと待て!」

「イヤーダ、ハハハ!」

 

吹き飛ばされた腕を拾って再生する。

完全に消し飛ばされると時間が掛かるのだが、残っているのなら少し無理すれば一瞬で治る。回復ではなく再生であるということが重要だ。身体欠損程度なら十分に再生可能なのである。

 

「レミリア!説明しろ!」

「フランの中には元々狂気が住み着いているの。最近は落ち着いてきていたのだけど、遊びで負けるとたまにこうなるのよ!」

 

そう言ってレミリアは大きな槍を構える。レミリアもフランも専用の武器を持っているのか。俺の輝剣も俺専用なわけだが…槍というのはリーチが長くて場合によっては剣よりも使いやすそうだ。

 

神槍【スピア・ザ・グングニル】!」

 

とても強い妖力が込められた槍だ。やはりレミリアの趣味なのか紅いが、その威力は侮ることができない。当たればただの怪我では済まないだろう。

レミリアはその槍をフランに投げるが、フランはレーヴァテインを取り出して槍を弾き飛ばした。あの槍を吹き飛ばすなど相当なことだ。その証拠に、グングニルが刺さった場所には少々大きな穴が開いてしまっていた。

それにしても狂気か…懐かしい響きだな。まあフランのはとてつもなく質の悪いものだが。しかし…もしかしたらあれができるかも知れない。フランが妖怪なので少し難易度が高いが…

フランが近づいてきたので思考を打ち切り俺も応戦させてもらう。どういう原理かは分からないが、また腕を吹き飛ばされてしまっては大変だ。

 

剣術【辻斬り】!」

 

流石のフランもバックステップで距離をとった。。俺はその隙を見て追撃。

 

魔術【火と水の乱舞】!」

 

魔術というのは火と水、雷と土など相性の悪い組み合わせが存在する。そのおかげで防御魔術も生まれたわけだが、基本的にこういった組み合わせは同時に発動すると相殺されてしまう。

だが俺の魔術はちょっと違う。こういった相反する属性であっても交じりあって混合魔術となるのだ。レーヴァテインで振り払おうとしたようだが、レーヴァテインが纏っていた炎は水の魔術によって威力が弱められそのまま火の魔術がフランに直撃した。

 

「アウッ!コノオオオオッ!」

 

ダメージを与えるも束の間いきなりフランが目の前に現れた。怒りでいつも以上の力が出ているのか、それともこれが本来のスペックか。

それは分からないが俺は輝剣を振る間もなく吹き飛ばされた。

 

「ぐはっ」

 

ただし輝剣は浮いているので俺は吹き飛ばされながらもフランに輝剣を振った。しかし狙いも定まらないまま振った剣はそのまま虚空を斬り裂いた。

 

「妹様!どうか落ち着いてください!」

「サクヤ?シズカニシテテネ?」

「きゃっ!」

 

フランが咲夜の前に移動する。

咲夜とて人間だ。時を止めようとしても、その前にやられては意味がない。耐久力という意味では人間と妖怪には天地ほどの差があるのはこういうときに痛感する。実際に痛いわけだけど。

 

「咲夜!」

 

俺は咲夜を突飛ばし、フランの前に出る。

なんとか結界を張ったことでで直接攻撃に当たりはしなかったが、攻撃が重すぎてまたもや吹き飛ばされる。

このままではフランに勝つことなど出来そうにない…

 


 

やられてるなんて珍しいな。

 

たまには手伝ってやろうか?

 

俺もお前も同じなんだから。

 

たまには暴れさせろよ。

 

 

魂装【狂気】

 

 


 

……はは。

 

「?」

 

俺の気配が変わったことでフランドールが首をかしげる。

俺も出てきたのは久しぶりだから、力が弱くなってるかもな。だがまああまり問題ではない。

 

「さあフランドール。楽しもうぜ?」

 

フランドールの目の前に移動。そして一気に剣で叩く。いつもの俺ならしないであろう乱雑な攻撃。しかし狂気相手ならこっちの方が手っ取り早い。

 

「おらおらっ!剣術【乱れ打ち】

 

フランドールが倒れる。身体強化も同時に使用して輝剣で何度も叩きつけたのだ。フランドールのような華奢な体では耐えられるものではない。

正直止めを刺したいところだが、俺に怒られるからしないでおく。まだ暴れたりないが今日のところはこれくらいにしておいてやろう。

 

「解除…」

 

……俺もやりすぎだよな。フランが複数の傷を負って倒れている。

さて、ここからが執念場だ。少しでもミスったら、フランが消えかねない。妖怪としての力と狂気という感情の境目を意識しながら…

 

感情血清…」

 

外の世界でもたまにしていた俺の秘術。感情の中にある不安定なものを取り除ききれいな状態にする浄化の力の応用術。

フランから黒い何かが出ているのが俺には見えた。きっと他者には見えていないだろうけど。

 

「あ…れ…?」

「大丈夫か?フラン」

 

再生も掛けてあげたことでフランの目が覚めた。

キョロキョロと周りを見渡して不思議そうな顔をしている。

 

「うん。確か定晴と戦って…そうだ!狂気!狂気は?」

「俺が消しといた。これで多分大丈夫だ」

「そう、なの?」

「ああ」

 

妖怪相手に浄化の力を使うということで少し大変ではあったが無事助けることが出来た。

あとはそこで口を開けているレミリアと疑問顔の咲夜に説明しないとな。

まだもう少し時間がかかりそうだ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十八話 魂の秘密

「何したのよ?」

 

暫く放心状態だったレミリアが口を開く。

 

「そ、そうですよ。何をしたんですか?」

 

それにつられて咲夜も口を開く。

俺には黒い影みたいなものも見えていたが、普通は見えない。そもそも黒い影も別に絶対悪というわけでもない。

 

「だからさっき言ったろ?フランの狂気を浄化したんだ」

「貴方みたいな奴に出来る訳が…」

 

信じられないと声を出す。

 

「出来たならもう良いだろ?」

「そうだけど…」

 

そもそもレミリア達がもう少しフランの為に尽力を注げば良かったのだ。レミリア達を悪く言うつもりは無いのだが、フラン自身で狂気をコントロール出来たらこんなことにはならなかったのだ。

とはいえレミリア達でも手につけれなかったのだろう。俺が浄化しなければずっとこのままだったかもしれない。レミリアの口ぶりからするにたまにしか発狂しなかったらしいが。

 

「お兄様ー」

「へ?なんて?」

 

ん?

 

「だからお兄様ーって」

「いやいや待て待て」

 

おかしい。会ったのも今日なのだ。流石に心を許し過ぎではないだろうか?

 

「私を助けてくれたならもうお兄様だよ?」

「いや、その理屈はおかしい」

「良いじゃん!」

 

なぜか怒られた。理不尽だ。

 

「ちょっ、貴女の上は私だけよ!」

「お姉様がいるならお兄様がいてもいいじゃない?」

 

なんだかんだフランに言われた結果、俺はフランの義兄になったようだ。見た目的にはそうかもしれないが、実際には何百才も違うだろうに。

 

「ねぇお兄様。一回妖力が異様に増えていたけど、何をしたの?」

「ああそれか、実はな…」

 

ではここで俺の話はしよう。

俺の体は少し異常なのである。

能力を持っていたからかは分からないが、俺の魂は介入が可能である。俺が昔発狂しそうになった時に生まれた魂がある。それがさっき表に出てきた〈狂気〉である。

普通なら自分が狂気に呑まれて暴走したりするのがアニメや漫画のテッパンなのであるのだが、特にそんな事はない。こればっかりは自分でも理由が分からない。

フランにも分かりやすいようにこれを説明する。

 

「へー。よくわかんない!」

「まあそうだろうな」

 

俺自身にもよくわかっていないのだ。俺にわからないことをそう簡単に分かられても困る。

 

「でも私に似ているんだね!」

「まあそうだな」

「ねえねえさっきのやつに会いたい!」

 

さっきの奴…とは狂気のことか。似た者として親近感でも湧いたのだろうか。

 

「んーちょっと今は無理かな」

「えー」

 

残念だが今は狂気が久し振りに目覚めたから魂が不安定なのだ。もう少し待って欲しいと思う。幻想郷にいるからもっと早く安定するだろう。

 

「定晴様?お身体は大丈夫ですか?」

「ん?余裕」

「それなら良いんですが…」

 

そう言うと咲夜は黙ってしまった。

 

「そういう咲夜は大丈夫なのか?少し無理に押してしまったと思うんだが」

「はい。私は特に」

「レミリアは?」

「別に私も大丈夫よ」

 

さっきから咲夜の顔が赤い気がする。

体調を崩してしまったのかもしれない。気を付けないといけないな。

 


 

 

私だって霊夢や魔理沙とあまり変わらない年齢なのだ。

だから目の前にちょっといい男性が現れたらちょっとときめいてしまうのは仕方の無い事で。

更にその人が私のことを護ってくれるともっとドキドキしたりするのは…

 

 

紅魔館メイド長十六夜咲夜、まだまだ年頃の女の子。

 

 


 

 

「ねえ定晴?御礼をしたいんだけど…」

「いや、いいよレミリア。別にそんな事のためにした訳じゃないし」

 

そもそも安全なためにやったことだ。今後副作用みたいなのが現れることもあるだろう。

 

「えー。お兄様もう帰っちゃうの?」

「んー。暫くは用がないからな。今日は挨拶しにきただけだしな」

 

まあここの地下にいるというレミリアの友人には会えていないが、今はまだ大丈夫だろう。

 

「別に貴方ならいつでも来ていいわよ。美鈴にも言っておくから」

「そりゃありがたい」

 

挨拶を終わらせてフランと戦い狂気を払って…

最終的にフランの兄となった。幻想郷とは中々に面白い体験ができるものだ。

 


 

「ねえレミィ?」

「何パチェ」

「さっき誰が来たの?霊夢や魔理沙じゃ無いみたいだったけど」

「そうね。幻想郷では珍しい男性だしね」

「ふーん。誰なの?」

「そうねぇ。彼は…フランのお兄様よ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十九話 幻想郷上空にて

「寒い…」

 

俺は今ある場所を探して幻想郷の空を飛んでいる。

魔理沙に言われて能力の練習をして風の荒れはある程度直せたのだが、風の荒れが無くとも標高が高い場所だと自然の風が当たって寒いのだ。

幻想郷は日本内、東側に存在する。詳しい場所は®†£®[]5*¡:にある…とまあこのように紫の検閲があるので伝えることが出来ないが、ともかく幻想郷の冬は比較的寒い。

 

「ん?」

 

ふと、遠くの方で楽器の音が聴こえた。

幻想郷にも楽器が有った事にも驚きだが、それを弾くことが出来る人が居たことにも同様に驚く。どうやらトランペット、ピアノ、バイオリンの三種類による演奏のようだが姿が見えない。

さてさて折角なので演奏しているその張本人を探してみる。妖力だとか霊力だとかでは、幻想郷には色んな力が混在しているのであまり当てになら無い。

 

「あ、居た」

 

確かに向こうの方を飛んでいるのは見つけた。三人組で固まって飛んでいる。だがまあ空を飛んでいること自体は幻想郷では不思議ではない。妙なのはその演奏方法だ。

しかしそいつらは楽器に手を触れていない。アリスも人形を魔法で操っていたから同じ様な物なのだろうか。

 

「おーい!」

 

こっちから声を掛けてみるが返事はない。まあそりゃ楽器の音で聞こえないだろう。もう少し近くに行かなければ声すらも届かないだろう。

勿論そいつらに興味があるので挨拶に行く。幻想郷において友好関係は大事だからな。人間だろうと妖怪だろうと、それなりの友好関係があれば幻想郷で生きて行くのに困らない。

 

「おーいそこの人達ー」

「ん?誰かしら?」

 

結構近付いてやっと一人に気がついてもらえた。

 

「最近幻想郷に来たんだが、堀内定晴という。あんたらは楽団か?」

「へー、私はルナサ・プリズムリバーって言ってね、姉妹でプリズムリバー楽団として演奏しているんだよ」

「私がメルランで、こっちがリリカよ」

 

やはり楽団であったか。キーボード、トランペット、バイオリン…中々面白い組み合わせだ。しかし先程から曲を聴いているとどうも気分がおかしくなるように思えるのは気のせいだろうか。

ともあれ折角会えたので俺が訊きたかったことを尋ねる。

 

「三人とも宜しくな。早速なのだがある場所を知りたくてね」

「幻想郷の色んな所で演奏してるから道案内は得意よ。どこかしら?」

「冥界って言うところなんだが…」

 

冥界…

それは死んだ者が行き着くとされている場所で、紫によると今は紫の友達が管理をしているらしい。

普通は死ななければ行くことが出来ない場所なのだが、流石は何でもござれの幻想郷。どうやら結界さえ越えれば簡単に行くことが出来るらしい。

ただし普通の人は気分が悪くなる場所だから気を付けた方がいいとのこと。死後の世界というのに興味があるし、紫の友達にも会ってみたい。なので今日は冥界へと向かっていたのであった。

 

「偶然ね、冥界なら私達も今から行くところなの。一緒に来る?」

「本当か!ありがたい」

 

どうやら今日の俺は運がいいようである。にしても冥界でも演奏するなんて、彼女たちは本当にどこででも演奏するようだ。

俺がお礼を言うと、ルナサから注意がはいった。

 

「ただあまり生者にはオススメしないわよ」

「そんなのは百も承知だ。そういうお前たちは大丈夫なのか?」

「私達はポルターガイスト、騒霊だから大丈夫なの。既に死んでいるようなものだからね」

 

なんと反応していいか分からないことを言われる。幻想郷には彼岸なんてのもあるらしいし、死の境目が分かりにくくなっているのか朗らかに死んでいることを教えてきた。

 

「そうか、とりあえず道案内頼めるか?」

「ええ、任せときなさい!」

 

俺はルナサ達についていく。移動する間も楽器を弾くのをやめない。どうやら楽器に触れないからか、移動しながらでもちゃんと演奏が出来るようである。

暫くすると大きな結界が見えてくる。

 

「これ…あまり結界の役割してなくないか?随分綻んでて結界が強く機能してないぞ?」

「前に春が来ないっていう異変が起きたときに、一度ここの結界が緩んでね。博麗の巫女や紅魔館のメイド、白黒魔法使いがこの結界を通っていったんだけど、異変が終わった後も賢者様は結界を組み直さずに放置した結果なの。私達も通りやすいから助かってるんだけどさ」

 

そんな適当でいいのかと思うが、紫も冥界の管理人も気にしていないのであればさしもの大きな問題というのは起きていないのだろう。現世と冥界の境があやふやに…と書くと大問題のように見えるが、実際のところ困ったことは起きていない。

 

「じゃあ元々は通れなかったのか?」

「実は上の方に結界の端があってそこを越えていけば行けたのよ。まあ結構高い場所にあるんだけどね」

「そんなものなのか」

 

結構適当な扱いに紫の考え方がよく分からなくなったところで俺達は結界を越えた。紫に聞こうにもこの季節は体質なのか眠っていることが多くて会うことが難しいのだ。

結界を越えて五分程度したらだんだん肌寒くなってきた。そして目の前には…

 

博麗神社より長い階段があった




定晴「また階段か…鬼畜かよ」
ルナサ「飛んでけば楽でしょ」
定晴「飛んでも遠いだろ」
リリカ「いつもここを私達は通って行ってるのよ?」
定晴( ;´・ω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十話 白玉楼にて

プリズムリバー達とくそ長い階段を飛ぶこと五分ほど。

 

「やっと着いた…」

「お疲れ~」

 

此処がそんないい所じゃ無かったらもう来る気はない。こんな長い階段を何度も登るのは御免だ。空を飛ぶというのも疲労を伴うものなのだ。永遠に飛び続けられるわけではないのだ。

ざっと周囲を見渡してみる。綺麗な場所ではあると思う。人があまり来ないから然程荒れないのだろう。所々置いてある灯籠が幻想的に光っていて、その光を受けた霊魂達も淡く光っている。いや、もともと霊魂たちは光っているのかもしれない。

何より目を引くのが前にある大きな木である。幹の時点でとても太く、枝先は遠くまで伸びている。そしてその前にあるのは教科書に出てきそうな和風の屋敷だ。

 

「なかなか良い所じゃないか」

「定晴さん、こっちー」

 

リリカが呼んでいる。この大きな屋敷に入ろうとしているみたいだ。となると、ここに紫の友達がいるのだろう。見渡す限り他に家っぽい建物は見る事ができないので、紫の友人は一人暮らしだろうか。

 

「失礼しまーす」

 

門を開けて中に入る。プリズムリバー達は皆先に入って行ってしまったようだ。

俺も追いつこうと走りだそうとした瞬間…殺気を感じて回避行動。綺麗な枯山水を荒らさないようにその場から飛び退く。

俺が先程までいた場所には剣筋が伸びていた。

 

「外しましたか…」

 

いつの間にいたのか、塀の上にいた少女突然斬りかかられた。

外の世界ではそれなりに平和とは遠い生活をしていたこともあって殺気に敏感になっていてよかった。もし遅れていたら背中を斬られていた。再生能力もあるので死にはしないが、動けなくなることは必須だろう。

 

「貴方は誰ですか。ここは生きているものは来てはいけない場所。それにその霊力…怪しいです」

 

またもや俺の霊力が原因で疑われた。

美鈴にもこの霊力のせいで疑われたのだが、そんなに俺怪しいだろうか。ちょっと悲しい。だが霊力がちょっと特殊なのは自覚があるので言い返せない。いい加減に霊力をコントロールの術を学ぶか。

 

「よう、俺は堀内定晴だ。いきなり背中を斬るなんて流石に酷いんじゃないか?」

「私は魂魄妖夢です。幽々子様の従者をしています。すみません、どう見てもプリズムリバーさんたちに着いてきた不審者にしか思えなくてですね」

 

軽く挨拶を交わす。しかし、妖夢と名乗った少女は構えを解かない。俺の輝剣と違って軽くしなっている刀を俺に向けたまま警戒の態勢だ。

 

「なあ、通してくれないか?」

「いいえそれは出来ません。お帰り頂けませんか?後追いはしませんので」

 

どうやら妖夢は俺をこの屋敷に入れる事を嫌がっているようである。

確かに何の許可もなく入れるとは思っていなかったが、プリズムリバー付き添いなら…というのは高望みだったのだろうか。

 

「正直階段をこれ以上往復するのは嫌なものでね」

「そうですか、では力ずくで帰ってもらいます」

 

それはおかしくないか。事情を訊くとかそういった段階は踏まないのか。

俺の疑問を無視して妖夢はスペルカードを宣言した。

 

断命剣【冥想斬】!」

 

妖夢が構えていた剣に妖力が溜まり、それを振ると強力な斬撃が飛んできた。

しかしこのぐらいの腕前なら外の世界にも結構いる。中には何の気も込めてないにも関わらず空気を斬るだけで目の前の木を切り倒すなんていう技術を会得している人もいた。

 

「ふっ!」

 

そしてそれに慣れている俺はスペルを使わずとも受け止めることが出来るということだ。輝剣は壊れることがない剣なので、衝撃があっただけで完全に封殺することができた。

 

「なん!?」

 

妖夢が驚きの声をあげる。

しかし妖夢は少しの間硬直しただけで、直ぐにもう一振りを俺に向けてくる。

俺の輝剣の能力で創れるのはどうしても一つだけなので、普通なら結界を張って受け止めるしかないのだが、試したい事もあるのでちょっと試してみよう。

 

「おらっ!」

「へ!?」

 

流石の妖夢も驚く。それもそのはず…

 

「いつからお前は俺が剣を一つしか持っていないと錯覚していた?」

「なん、だって…」

 

言ってみたいセリフランキングの上位に入っている言葉を言えて満足すると共に俺は手元を見る。

そこには家の掃除の時に出てきた刀がある。調べてみると俺の一家に伝わる家宝であると分かった。それなりに頑丈に造られている上に戦闘にも使えるらしい。模造刀とは違い人を斬ることもできる本物の刀だ。

何故家の片隅にあったのかは今は言及しないでおく。そもそも俺が知らなかったのだ。先祖の誰かが変なところに片付けたに違いない。

 

「その剣は…いや、今はそんなことより貴方を止める事に集中しましょう」

「そろそろ諦めろ!」

「嫌です!」

 

うーむ。なかなか妖夢が諦めない、まあ俺がもう一度アポをとってからくれば良いだけなんだけど。

妖夢が距離をとりもう一度俺に切りかかろうとしたところで急に周囲に音が響いた。

 

パンッ!

 

手を叩く音を聞いて妖夢が動きを止めた。それと同時に女性の声がどこからともなく聞こえてくる。

 

「はい!おしまいよ妖夢」

「ゆ、幽々子様!」

 

先程の妖夢の自己紹介にあった幽々子様という女性のようだ。あの妖力量…きっとあれが紫の友人だな。

幽々子は妖夢の方を向いて話しかけた。

 

「彼は悪い人じゃ無いわよ。紫の友達なんだから」

「え…」

 

妖夢は長く溜めた後…

 

「えぇーー!」

 

冥界一番の叫び声が上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十一話 冥界

すみません。暫くさぼ…休んでいました。本当に心底謝罪します。




「すみませんすみません!」

「いやもう、俺も悪かったからさ」

「それじゃあ私の気が収まりません!」

 

ここは白玉楼の一室。畳の上に座る俺と妖夢、そして幽々子。

目の前では絶賛妖夢が俺に対し平謝りするという謎状況が引き起こされていた。

俺も本当に悪かったと思っている。なんせアポは取らずに急に来たのだ。だから妖夢には気にしなくて良いと言っているのに、剣士たる由縁なのか非があったのは自分だと謝り続ける妖夢。

このままだとずっと謝罪をしそうだ。そこで幽々子が助け船を出してくれた。

 

「ほら妖夢、定晴さんも困っているからもう止めたら?」

「しかし幽々子様…」

 

それでも妖夢は渋っている。

 

「そもそもちゃんとした自己紹介もしてないじゃない?」

「はっ!」

 

そういえばそうだった。戦闘前に軽く名前を教えあっただけだ。白玉楼に入ってからずっと妖夢が謝っていたので忘れていた。

 

「私は西行寺幽々子よ。この冥界を管理しているの。私自身が亡霊なんだけどね。貴方のことは紫から聞いているわ」

 

ゆったりとした話し方で話す幽々子。少しふよふよしているのは亡霊だからといった理由以外もありそうだ。

 

「私は魂魄妖夢です。ここの庭師と共に幽々子様の剣術指南役も担っています。」

 

対してこちらはきっちりとした喋り方で、性格は幽々子とは正反対のように思える。幽々子のふわふわとした部分を補うためにしっかりとした従者になったのだろうか。

 

「俺は堀内定晴だ宜しくな。紫の友人がいると聞いてここに来たんだ」

「まあそうだったの!私も会いたいな~って思ってたのよ~」

 

紫から話を聞いてると言っていたが、果たして紫は何て言って俺を紹介したのだろうか。

話題もなくなりまたもや妖夢が謝罪の態勢になるのを感じたので俺が矢継ぎ早に話題を追加する。

 

「妖夢、その剣はなんなんだ?随分と使い慣れているようだったが…」

「こちらはですね長い方が楼観剣で、短い方が白楼剣です。家の家宝なんですよ。定晴さんが持っていたのは…」

 

妖夢が俺を見るが、今の時点ではどちらも装備していない。家宝の剣は幻空に入れてあるし、輝剣は召喚しなければ存在しない。

 

「光っていたのが輝剣っていう俺の能力で創った剣で、もう一つは家の倉庫にあった。家宝らしいんだけどな」

「えっと…定晴さんの能力って剣を創る能力何ですか?」

「いやいや、剣は一つしか創れない。その代わり他にも色々出来るけどな」

 

たまに勘違いされるのだが、剣を創ったり結界出したりするのをまとめて能力としているのだ。紫に一度ズルいと言われた事がある。俺からするとスキマを操る方が断然ずるいと思うんだがな。俺の十個の力を使っても本気の紫には勝てそうにない。

とそこで妖夢が何かを言いかける。

 

「あの…」

「ん?」

 

深呼吸。

 

「よろしければ私に剣術を教えて下さい!」

「え?」

「この二振りは私の叔父から譲り受けた物なんですけど、私自身の腕はまだ全然駄目で、叔父にもっと近付く為にもっと腕を上げないんです。聞いたところによると定晴さんの二振りは特殊な力があるというわけでもないのに普通に私の攻撃を受け止めていて…」

 

確かにこの世…正確に言えば幻想郷のような裏の世界には魔剣とも呼ばれる武器がある。魔法を使えたり何でも斬れたり…そういう意味で言えばフランのあれも魔剣かもしれないな。

そして俺の剣はどちらもただの固いだけの剣である。まあ輝剣にはある程度の浄化作用があったりもするのだが…

 

「あぁ…いや別に良いけどさ」

「そうで…え!?良いんですか!」

「うん。こっちに来て俺も時間ができたからな。俺は暇な時であれば」

 

教えるのは俺としても全然構わない。白玉楼に来るのが面倒だから移動は紫に頼むかもしれないが。それにしても…

 

「俺で良いのか?」

「はい!私のスペルを普通に受け止めれた貴方なら不足はありません!」

「そ、そうか」

 

妖夢が良いのなら良いんだが。納得のうえの合意であればこちらとしても文句はない。

妖夢とそんな会話をしていたらスキマから紫が現れた。

 

「丁度良いところで来たな紫、実は…」

「そんな事より定晴!彼が来たわ!」

 

俺と紫の両方が知っていて、尚且つ紫が慌てる相手となれば…あいつしかいないだろう。

 

「え、まじで?なにそれ面倒だなぁ…」

「え?え?」

 

幽々子は笑っているが、きっと妖夢と同じような気持ちだろう。そりゃ突然話を遮られたら驚くだろうな。

きっといつか二人も知ることになるだろう。俺と紫二人がかりでも苦労するあいつの存在を。

 

「すまない妖夢。この話はまたいつかってことで。用事が出来たんだ」

「は、はい。それは別に構わないのですけど」

 

妖夢に断りを入れてから立ち上がる。

 

「よし、行くぞ紫」

「ええ」

 

こうして俺らはあいつが来た場所に行くことになった。

多分全世界を探しても一番厄介で、一番面倒な存在はあいつだけなのだろう。さっさと帰ってもらうためにも行かねばならない。

 


 

幻想郷の端、博麗大結界の近く。そこにはつい先ほど特別な方法でむりやり幻想入りをした青年が立っていた。

 

「ここが定晴が来たところか。初めて来たが紫も凄いことをするよなぁ…俺もこういうの作ってみようかな…」

 

定晴と同じくらいの身長の青年は白いフードを被って森の奥を進んでいった。

 




オリキャラ二人目登場です。オリキャラは大体四人くらいになると思います(多分


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十二話 時空神

お詫びの二話目です。


「ここか?」

「ええ、その筈なんだけど…」

 

紫に案内されるままスキマを通り、俺達は森の中に立っている。

 

『おい定晴』

『狂気どうした?』

『後ろだ!』

「!?」

 

突如後ろから流れてくる神力。この神力はどう考えてもあいつの…いや、今はまず…

 

「くそが!【全方位結界】!」

 

何故ここで俺が後ろではなく周囲に結界を張るのか、それは今までの勘とわずかな殺気を感じてからのことだった。

 

合作【パーフェクトスパーク】

 

周囲に魔方陣が現れるのも束の間。魔理沙のマスタースパークのようなビームが一斉に俺を撃つ。威力もさることながら、その密度が高い。弾幕ごっこであれば回避不可能としてルール違反となってしまうだろう。

 

「流石だなー、俺の事をよく分かってる」

「おいおい、最近見なかったけどどこに居たんだ?」

「ちょっと面白い時空があったから遊んでた」

 

からからと笑いながらこちらに歩いてくる一つの影。俺も紫も警戒しながら奴が出てくるのを待つ。下手に動くと的にされるのを分かっているのだ。

 

「久し振りだな、定晴」

「お前もな、ミキ」

 

そこには何ら変わらない人間の姿の俺の友人が立っていた。身長は俺と同じくらいの黒髪。白いフードを被り、見えにくいが背中には二本の剣を装備していることだろう。

 

「ちょっと!突然攻撃なんて酷いじゃない!」

「まあまあそんな怒るなよ紫。ここに定晴を連れてきたのはお前だろ?それくらいは感知しておくべきだよなぁ?」

 

こいつの名前はミキ。俺の友人で人間だ。しかし、色々とあったらしく転生のようなものをして今は神。しかも全時空を纏めることが出来るという時空神である。因みに頑張れば…頑張らなくとも一瞬で地球が滅ぶ力を持っているらしい。

最初はミキの方から接触してきた。ミキが俺に会いにきたのは、東京で珍しい力を感じたからだという。紫と会った理由がこいつの紹介だから、この三人は意外に昔からの知り合いだ。

ミキはこの世界の出身ではなく、どこかの並行世界の人間だ。そのため俺や紫ではそう易易と居場所を発見することが出来ないのでいつ来るのか分かったものではない。

 

「何しに来た?」

「暇だから遊びに来た」

「お前の原動力は暇か?」

「ああそうだよ」

 

こいつが暇しているのは分かった。こいつが幻想郷で面倒を起こした場合は俺と紫が対応することになるのでさっさと仕事作って帰ってもらいたいところだが…

 

「定晴の家に連れてってくれない?」

「何で?」

「お前で暇潰しするために決まっているだろ?何を聞いているんだ」

 

なんか鼻で嗤われた。まあ暫くは家にいないし、別に良いけど。何日もここに滞在するなら俺も奥の手を使って追い出す他ない。

 

「じゃあ連れてってやる」

「よっしゃ!」

「はぁ…」

 

俺の生活がこいつのせいで十割増しで五月蝿くなる。ミキの家は元々別時空にあるため来るのはたまにだろうが。

 

「この世界のルールは分かっているのか?」

「ああ、さっき氷精と魔女が闘っているのを見たからな。ある程度は紫から話も聞いてる」

 

それってチルノと魔理沙じゃないだろうか。ミキの弾幕がどんなものなのか、気になるところではあるが今はそれは置いておいて…

 

「問題を起こすなよ」

「問題を起こしたら俺が他の仲間から叩かれる。精神的に」

 

実はこいつ、意外にも結婚をしているという。ミキと年齢はさほど変わらない魔法使いらしい。なんだかんだ言って頼れる存在ではあるので、そういうところに惹かれたのだろう。

他にも仲間がいるようなので、この事はそいつらに任せよう。

 


 

「着いたぞ」

「向こうのやつを持ってきたのか」

 

ミキが俺の家を見ながら呟く。向こうとは外の世界のことだ。わざわざ外の世界に置きっぱなしにするのも気が引けたのでそのまま持ってきたのだ。持ち家なので権利問題は発生していない。

 

「住み慣れている方が良いからな」

「じゃあここをポイントにしたから、今日はもう帰るわ。どっかで遊びに来るからな」

 

ポイントとは、ミキが時空移動するときのチェックポイントみたいなものだ。時空神とはいえ、どんなところでも移動できるというわけではなく知らない土地の場合はこのようにポイントを設定しないと移動出来ないらしい。

無理に移動すると座標がズレたり体がズレたり世界がズレたりするらしい。ぶっちゃけよく分からないけど。

 

「そんじゃ」

「ああ、じゃあな」

 

また俺の生活を五月蝿くするやつが増えて今日は終わった。

あまり有意義と言えないが、いつ来るのか不安要素を残しておくよりもいいだろう。幻想郷にとって敵でも味方でもないのだ。面倒事を残しておく必要はない。

 

 




七話において、定晴が言っていた「あいつなら剣とか欲しがりそう」の台詞のあいつとはミキの事です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十三話 妖怪の山へ

妖夢と戦闘をしたあの日の以降、俺は定期的に紫のスキマによって白玉楼に行き妖夢に剣術を教えることとなった。紫が忙しい時は藍が送ってくれるらしい。どのみちスキマを通るだけなので誰が送ろうが変わらない。

そんなこんなでその翌日…俺は家でゴロゴロしていた。掃除とか洗濯とか、家事を終わらせて手持ち無沙汰である。

 

「なんかやることあるかなー」

 

つまり俺は暇なのである。幻想郷で主要な場所は行ったしもう行く場所はないかな~っとここで俺はまだ到達できていない場所を思い出した。幻想郷に来た初日に見たものの、未だに入ることすら出来ていない領域…

 

「妖怪の山に行ってないな。でもあそこ紫が言うには簡単に入れそうにもないし…まあ行ってみるか」

 

これで今日の予定が決まった。帰りに人里で買い物をすれば夕食の準備も出来るっていう算段だ。これで予定を一度に終わらせることが出来る。

 


 

「やっぱり妖怪の山だけ他の山より断然大きいよなぁ…シンボルマークみたいなものか?」

 

幻想郷、霧の湖上空。そこからでも見えるその山は明らかに周囲の山より大きく、また妖力も多く感じ取れる。この距離からも妖力を認識できるって相当だぞ。大妖怪のほかに、弱い妖怪たちも住んでいるため妖力溜まりとなっているのだろう。

今日は霧が晴れているようで、湖で遊ぶチルノ達がここからでも見える。いつもの皆と鬼ごっこをしているようだ。霧がなければただの追いかけっこである。

 

『妖精にしてはなかなか強い力を持っているんじゃないか?』

 

狂気がそんな事を話す。ミキと再会した日から狂気の力が安定したようで、たまにこんな風に話し掛けてくる。狂気との会話は心の中で思ったことが伝わるので、周りから見ても変な人には見えない…はずだ。何で安定したのかは俺でもよく分からん。多分神力に当てられたんだろうけど、実際は不明である。

 

『チルノはここら辺の妖精のリーダーのようなものらしいぞ』

『氷は使い方によってはとても強い力を発揮するから、妖精たちをまとめやすいだろうし適役だと思うな。まあ奴はそれを計算したわけではないのだろうがな』

 

狂気はその個体が持っている力を感知するのがとても上手い。だから狂気がいる限り不意討ちを受けるつもりはない。勿論ミキみたいに真後ろに直接出てくるのは感知不可能だが。

チルノの勢力構造を少し考察したあと俺は妖怪の山の麓へ向かった。

 


 

その後は特に何もなく妖怪の山に到着した。勿論力を抑えている。だって力を出したままだと毎回怪しまれるから。これ以上戦闘するのも面倒なので空いた時間で霊力制御の練習をした甲斐があるというものだ。

俺は山の麓にいるわけだが、なるほどこりゃでかい。前来たときは紫と一緒だったし、直ぐにここは離れたからよく見ていなかったのだ。

 

「入れるかな…」

 

とりあえず山の中に入っていこうとする、がそこで待ったの声がかかる。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

やっぱり止められるよな。分かり切ったことだったけど。紅魔館や白玉楼よりも警備は厳重だと聞いている。

声は後ろからする。俺はゆっくりと体の向きを変えながら声の主と会話する。

 

「貴方ここが何処か分かっているの?」

「そりゃ妖怪の山だろ?」

「そうよ。沢山の妖怪がいて危ないから帰りなさい」

 

振り返るとそこには一人の少女がいた。なんか距離が遠いけど。

会話するのには問題ないかもしれないが、社会的にはあまり推奨されない距離だ。なんとなく相手に失礼な印象を与えかねないとして嫌われている距離感だ。

 

「何でお前はそんな遠いところから話しているんだ?」

「私が近付いたら厄に見舞われるのよ。だからこの距離から喋るの」

 

中々面白い話だ。外の世界だと被害妄想だと笑われるが、この幻想郷では基本的に本当のこととなる。

 

「となるとお前は…厄人形か厄神なのか?」

「まあそんなところね。取り敢えず早く帰りなさいよ。そろそろ見回りの天狗が来ちゃうわよ」

 

この子はどうにかして俺を帰したいようだ。しかし俺もこのままだと暇するので山には入りたい。暇だから俺は刺激を求めている。

ということで少女の言葉を無視して入ろうとしたら弾幕撃たれた。

 

「話聞いてた!?何で入ろうとするのよ!」

「だってこのままだと俺暇になるからな」

「暇潰しに入ろうとするって…」

 

山に入るにはこの子を説得しないといけなさそうだ。

という訳で会話しやすいように俺は厄神に近付いていく。厄神だか厄人形だか知らないけども、俺にとってそれは些細なことでしかない。

 

「ちょ、ちょっと何で近付いてくるのよ」

「遠いと互い話しにくいからな」

 

俺が尚も近付くと少女は後退りをしながら焦った声を出す。

 

「でもそれじゃ貴方に厄が移っちゃう」

「そんなこと、()()()()()()()()

 

少女の言った通り、少しずつだが俺の周囲に厄が集まってきてるのを感じる。その瞬間俺は能力を使う。浄化の力だ。すると厄がどんどん消えていく。

 

「嘘。今までこんなこと無かったのに、な、何で…」

 

少女は竦んでしまっているのかその場で止まってしまい、とうとう俺は少女の前まで来た。

 

「なあ、どうしても俺はこの山に入りたいんだ。お前はもしかしたら見張り役みたいなものなのかも知れないけど、それを承知で頼む。駄目かな」

「あ、う…」

 

狼狽えている。怖がっているのだろう。そりゃそうだ。妖怪と人間は基本的には分かりあえないとされているし、急にこんな風に接近されれば怖くなる。

俺は今、所謂圧迫面接みたいなことをしている。

 

「ねえ、貴方名前は何て言うの?」

「俺か?俺は堀内定晴だ。そっちこそ名前なんだ?」

「雛。鍵山雛、よ」

 

そこまで言って雛がうつむく。少し耳が赤いのは怖いからだろうか、それとも考え事をしているのか。

もしかしたら人間に慣れていないのかもしれない。妖怪の山は有名だろうし、人里のやつらもそう易々と近づかないだろうしな。

 

「も、もうどうなっても知らないんだから!」

 

そう言うと雛は走っていってしまった。

取り敢えずは大丈夫、かな?行っていいよとは言われなかったが、俺を止めずに走っていってしまったのだから実質許可されたようなものだ。

そして俺は妖怪の山に足を踏み入れた。

 


 

そりゃ、人間相手にだってあまり会話しないしあそこまで異性に接近されるのなんていつぶりだろう。同性にすら近寄ってもらえないし近寄ろうとも思わない。それなのに彼はあんなに近くまで…

 

「~~~~!もう知らない!」

 

こんな簡単にドキドキしてしまうのは、慣れていないから。だからと言って他の人にあそこまで近づくなんて危険すぎる。そもそも男性の知人なんて男の天狗か香霖堂の店主だけだ。

でももう一度彼に会いたいなんて…そんなこと…もっと話を…

 

「~~~~~!」

 

自分の家でそうやって床をボフボフしてた厄神がいたとかいなかったとか…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十四話 妖怪の山にて

雛と別れて五分ほど。

とうとう天狗に霊力を嗅ぎ付けられたらしく、山全体の妖力が色んな所を動いているのを感じる。妖力の数が多すぎて正確な場所が逆にわからない。

 

「とりあえずこの先の神力を目印にして来た訳だが…」

 

妖力の動きが活発になったせいで神力が分かりにくくなった。僅かばかりの神力は感じることが出来るのだが、この程度だと集中を切らしたら直ぐに分からなくなってしまう。

 

『今日は戻った方が良いんじゃないか?』

『いや、ここまで来たら捕まるまで動く!』

 

狂気に止められるが、ここまできたら戻るのも面倒なのでそのまま進む。見つからなければ問題はないだろう。

俺は気を引き締めて歩みを進めるべく足を前にだす…

 

「おや?こんなところに霊力?」

 

…前に声に気付いて良かったと思う。

しかし声の主であろう妖怪は俺の方に近付いてきている。

 

「霊夢かなー。それとも…いや、魔理沙なら魔力を感じるか。誰だ!ぴえっ!」

 

突如草が開かれたと思うと、大きなリュックを背負った妖怪が現れたら。しかも俺を見るなり尻餅ついたし。

 

「し、知らない人だったぁ」

「だ、大丈夫か?」

「あ、うん…」

 

そして俺とこの妖怪との間に気まずい空気が流れる。なんとも言えない沈黙がとてもいたたまれない気分にさせる。

 

「えっと…名前は?」

「に、にとり。河童の河城にとり」

「堀内定晴だ。宜しくな」

 

ニトリか…なんか:お!値段以上♪:みたいなCMが脳内再生される。幻想郷に家具屋があると聞いたことはないので多分関係ないだろう。

 

「何でこんなとこにいるのかな?」

「散策でここに来たんだがどうも妖怪、特に天狗が慌ただしく動き回っているぽくてどうしようかなー、って考えてたとこだ。とはいえ捕まるまでは帰るつもりもないんだけど」

 

俺がそう説明したらにとりは笑い出した。

 

「あはは。天狗がいること分かってて山に入ったの。そりゃまた凄いことするねー」

「俺を追い返したりしないのか?」

「本当はすべきなんだろうけど、その勇気に免じて実力行使とかはしないよ。それに人間は盟友だからね。それに前に霊夢たちを相手にして痛い目を見てるんだ。どうも私はあんたには勝てそうにないみたいだし」

 

なるほど。人間が盟友とな。幻想郷の妖怪には意外と友好的な奴が多いから助かる。まあ敵対してきても返り討ちにするけど。

にとりが勝てそうにないと評価したのは俺の霊力を見たからだろうか。強さは霊力量よりも能力の相性のほうが関係するのであまり見た目だけで強さを判断することはできない。地力が弱くとも試行錯誤によってはジャイアントキリングだって可能となる。

 

「登るにしても降りるにしても定晴次第だけどね、登るなら気を付けてよ。丁度近くに天狗達の住処があるから」

「りょう…「見つけたぞ!」…かい」

「「あ」」

 

返事している途中で見つかる。どうやら俺たちが話していたこの場所は角度によっては頭上から丸見えだったようである。

まずいまずい。凄い勢いで妖力が近付いてきてる。

 

「とりあえず頑張って」

 

そう言うとニトリは茂みの中に入っていく。

 

「生きて戻ってね。死なれるのは気分が悪いから」

 

顔だけ出してニトリはそう言うと、そのまま隠れて見えなくなってしまった。

まさか捕まっただけで殺されたりはしないだろう。しない…よな?どうもにとりの口ぶりからするにそれも可能性の内に入っているような気がするのだが。

 

『どうする?吹き飛ばすか』

『やめてくれ。なお更反感を買う』

 

そんな会話をしていたらいつの間にか囲まれていた。いつでも俺を捕まえる準備ができていることの見せしめか?

隊長と思われる天狗が俺に問うてきた。

 

「さあここで戻るか、それとも捕まるか。選べ」

「それはそれは。答えは…」

 

体に風を纏わせて、身体能力も上げる。

知らない土地で敵は未知数。少なくとも百体以上は存在するだろう。

 

「にーげるんだよー!」

「待て!」

 

包囲網の隙間を見つけて駆け出す。急に加速した俺に反応することができなかった天狗たちは俺の逃走を止めることができなかった。俺の後ろを追いかけてきている。

こうして俺と妖怪の鬼ごっこが始まった。

 

にしてもこいつらが天狗なのか?絵巻物のように鼻が長くて下駄を履いているのかと思っていた。ちらりと後ろを見ると、なるほど、確かに下駄は履いている。天狗だ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十五話 定晴捕まる

風、そして身体強化を併用して妖怪の山を走る最中に思う。結構天狗って速いんだな。

風刺画とかでも天狗は風の扇子とか扇を持っていて、いかにも速そうなのだが実際そうであった。

さっき天狗相手に勝てると思っているのか!って言っていたから天狗本人も自らが速いことを自負しているのだろう。

俺は能力を結構全力で使っているので普通の天狗よりちょっと速いくらいの速度で逃げているので未だに捕まってはいない。

でも…

 

「こんなにいるとは聞いてねー!」

 

後ろから感じる力から考えるに三十人はいる。

ちょくちょく前方から気配を感じたりするので軌道を変更しながら逃げる。どうにかして撒きたいのだが、まるで常に場所が分かっているかのように先回りしてくるのだ。

しかも…

 

「あややや。また別の道に行くのですか」

 

さっきから明らかに他の天狗より速く移動する天狗がいるのだ。よくそんな速さを出していて事故が起きないなと感心する。

なんとか追手を巻きながら休めるところはないかと走り回る。さてさて、いつまで逃げ切れるものか…

 


 

「さあ観念しろ!」

「……」

 

一言で言うと捕まった。なんだかんだ最後は五十人位で追っかけて来たので、包囲されてしまったのだ。空まで覆うような包囲をされれば俺とて逃げ出すことはできない。

その後は押さえ込まれて紐で縛られてこうなる。

 

「さあ、目的を言え」

 

目的…ただの観光だ。妖怪の山があった、見ようと思った、以上。

正直に言っても全然構わないのだが、ふざけるな!とか言われそうだし…

俺が目的を言わないことに痺れを切らした天狗が再度詰問しようとしたら、天狗たちの後ろからざわざわし始めた。

 

「随分と派手なことしたねー。どんな奴が侵入してきたんだい?」

 

ん?この少し酔っているような声は…

 

「っ!伊吹様!」

 

そして伊吹という名前…

幻想郷にて何人いるのかは分からないが、ありきたりな名前ではない。

そして天狗たちが自ら道を作り、そこから出てきたのは…

 

「その呼び方は嫌いだって言っただろ?さてさてどんな奴が…あれ?定晴?」

「萃香じゃないか!」

 

そこには博麗神社に居た鬼。伊吹萃香がいた。

片手には酒瓶を持ったまま困惑顔だ。

 

「なっ、知り合いなのですか!?」

「静かに!…こんなとこで何やってんのさ」

 

凄いな…萃香が一喝しただけでざわざわしていた天狗たちが一斉に静かになった。萃香が恐れられているのか、はたまた鬼か…なんにせよ萃香はこの山においてある程度の権限というか、地位があるようである。

 

「この山から神力を感じたから調査を…後暇だったから」

 

俺が素直に答えたら萃香が笑いだした。

 

「ははは!そんな理由で入ってきた奴は定晴が初めてだよ」

「そんな笑わなくても」

「あはは!…ふぅ。お前達、定晴は怪しい奴じゃ無いよ」

「え!?」

 

ひとしきり笑ったあと、萃香は天狗たちの説得をしてくれた。ありがたい限りである。

その最中、萃香から質問をされた。

 

「にしてもどうやって捕まったんだい?ちょっとやそっとじゃあんたは捕まらないだろ?」

「まるでずっと見られてるように先回りばっかされて、最後は多勢に無勢。逃げ道が無くなったんだ」

 

まさか幻想郷にGPSのような技術が…?いや、流石にそこまでの科学技術は存在していないだろう。

となれば誰かが常に遠くから俺のことを監視していたのだろうか。遠見の魔術なんかもあるのでそちらのほうが可能性は高そうだ。

 

「じゃあ沢山で挑めばあんたにも勝てるのかな?」

「全力で逃げるときは、妖怪相手なら浄化の力をフルに使わしてもらうし、人間なら暴風出せばなんとかなるだろ」

「やっぱりそう簡単には勝てないかー」

 

大体こんな感じで会話をする。妖怪が相手なら全力の浄化でたいていなんとかなるのだ。

にしても誰も縄をほどいてくれない。それに萃香も気がついたようで…

 

「おーい。誰かほどいてって言ってるじゃん」

 

しかし誰も動こうとはしない。天狗の代表者が意見を述べる。

 

「伊吹様、やはり今回のは完全に侵入です。これはこちら側で決めますので…」

「むむむ、そうか。ごめんね定晴」

 

別に萃香が謝ることではないであろうに、意外と律儀なんだな。

 

「いや良いんだ。ありがとう」

「じゃあ来い」

 

俺は引っ張られて連れてかれた。

 


 

結局俺は無罪放免となった。やはり萃香が権力を持っているのかそこまで追及されることはなかった。しかし妖怪の山には今後入ってくるなと言われた。それと神力の正体はここの近くにある神社らしい。それに山を通らない参道があるらしく、用事があるならそこを通れとの事。

 

「お疲れ~」

「萃香。待ってたのか」

「うんうん。何やら神社に用があるっぽいから案内しようかなーと思って」

 

そういう神社があると聞かされただけで場所も教えてくれなかったのでありがたい。先程から萃香には助けられてばかりである。

 

「そりゃ助かる。頼む」

「よしきた。任せて!」

 

俺は神社に向かうため萃香に付いていく。ここからは神社らしき建物は見ることができない…中々に遠い気がする。

 


 

妖怪の山某所、ずっと侵入者の監視をしていた一人の妖怪は今しがた休憩時間に入った。

 

「文さん、あの人は萃香さんについていきました」

「そうなのね。あんな人が幻想郷にいるなんて聞いてなかったわ」

「風を使っているようでしたが、知り合いですか?」

「いやいや、全く知らない人よ。いつか取材しないとね」

「前に麓にいた霊力の持ち主は彼なのでしょうか」

「見てないの?」

「そのときはにとりさんと将棋をしてました」

「ふーん」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十六話 守矢神社

「あそこだよ!」

「待ってくれ萃香…何でそんなに…体力があるんだ」

「鬼ともあろう私がこんな山道に負けられないからね」

「ふぅ…よし。で、どれだ?」

「あそこに見えているのがそうさ」

 

萃香と共に参道を歩くこと五分ほど。やっと神社が見えてきた。

それにしても萃香は歩くのが早い。俺も色々と力仕事をしてきたからそれなりに体力はあるはずなのだが、その数倍は体力がありそうだ。やはり能力を使わないと鬼には一生勝てないな。

ここからでも見える大きな神社は、博麗神社よりも新しく、かつ整備されているように思える。それに博麗神社よりも大きそうだ。

 

「なかなかこっちの神社も綺麗じゃないか」

「博麗神社より新しい物であるのは確かだね。実際にいつ出来たのかは知らないけど」

 

あまり幻想郷に来て歩いて無かったからか足がすでに痛い。が、ゴールも見えてきたことだし身体強化を使ってラストスパートをかける。

 


 

「とうちゃーく、お疲れ定晴」

「おう、そうか」

「元気ないね、どうしたの?」

「いや何でもない」

 

俺は今テンションが低い。達成感に浸ることもできそうにない。

実を言うと一度不注意で崖から落ちそうになってからこんな感じなのだ。もし落ちても飛べるから良いのだが、やはり少しばかり怠さがある。確かに俺の不注意ではあるのだが、もし人間が落ちたらどうするつもりなのだろう。

やる気を出してすぐだったためテンションが下がってしまったのだ。

 

『そんな事で心配をかけさせてんじゃねえ』

『ああ、そうだな』

 

それと狂気にも心配をかけてしまった。狂気にも言われたのでテンションを戻す。見知らぬ土地に来たのだ、楽しまなければ。

さてさて肝心の神社だが、やはり博麗神社に比べて綺麗だし広い気がする。にしてもどっかで見たことあるような気がするんだよな。まあ神社は大体作り方が同じだから結構似た様な神社を見たのかもしれない。

博麗神社はそのみすぼらしさから親近感というか、落ち着ける場所となっている。だがこちらは完全に神社といった感じ。博麗神社のように信仰する神が分からないようなとことは違うのだろう。

 

「萃香さんこんにちは!」

「やあ早苗。神様たちもいるのかな?」

 

俺が神社を見ていたら、萃香がこの神社の巫女さんっぽい人と話していた。

 

「神奈子様はいますけど、諏訪子様は湖に釣りに行ってますよ」

「ふーん、まあいいや…あとは大丈夫だよね。私は友人と酒飲んでくるから。じゃあまたね」

「ああまたな萃香」

 

萃香はそのまま帰っていってしまった。取り敢えず巫女さんっぽい人と話すとしよう。

それに萃香の話していた内容からすると神様も見えるようだ。さすが幻想郷だな。外の世界で見えないものが全部ここでは見えるのだろうか。

 

「こんにちは。ここの巫女さんかな?」

「はい。守矢神社にようこ…?」

「ん?俺の顔になんかついてるか?」

「いえ、ただ…」

 

そう言うと巫女さんは考え込んでしまった。

しかしそれも三秒程で、すぐに顔を上げると自己紹介をしてくれた。

 

まあそんなこと無いよね。私はこの神社の巫女。東風谷早苗です。ここは守矢神社といって、幻想郷で一番人気がある神社ですよ!」

「えっと、博麗神社は…」

「あそこは重要な場所ですが、人気はこっちの方が高いですよ!」

「そ、そうか」

 

ドンマイ、霊夢。まあこっちの方がまだ参拝しやすいけどな。妖怪の量的にはあまり差はないけど、話せば分かるっていう妖怪が向こうより多い気がする。勿論それは天狗たちの守護あってのことだろうけど。

 

「えっと、名前は…」

「おっとすまん。堀内定晴だ」

「えっ…」

 

俺の名前を言ったら、サプライズを受けたかのように驚く。そこまで驚くような名前か、俺?堀内なんて名字なら外の世界にもいっぱいいるだろうに。

 

「さ、定晴、さん?」

「え?ああそうだが」

「もしかして…」

 

そう言うと早苗はとある町の名前を出してきた。

確かに前は住んでいたこともあるが、何でこんな女子高生位の女の子が…早苗は幻想郷で生活しているのに俺の住んでいた場所を知っているんだ?

 

「私ですよ!私!近くにあった神社の」

「ん?いや、でも。確かあの神社は守矢なんて名前じゃなかった気が…」

「はい!向こう側はまた違った名前でしたから」

「いやしかし…」

 

どう考えても計算が合わない。俺があの町に住んでいたのは三年ほどだったが、二年ほど経った時に神社が壊されたか何かで無くなった。

元々その神社にはほとんど行かなかったしあの町で交流があったのは仕事仲間位で、友好関係はあまり広くない。それなのにこんな子が俺を知っているはずがない。そもそもあの神社には神主は巫女はおらず、ほぼ放置状態だった気がするが…

その後も早苗が一生懸命俺に説明するのだが、俺はあまり腑に落ちない。

 

「こーらー!うちの早苗を困らせているのは誰だ!」

 

考えてたら突然の怒号。その方向を見ると、目の前には巨大な木。そう、建築で使うあの柱の大きさをした木である。それがいつのまにか目の前に…

 

「あ!ダメー!」

 

早苗がなんか叫んでいるが、時すでに遅し。俺にその大木がぶつかる。

そして俺は吹き飛ばされた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十七話 旧友

「ちょっと神奈子様!何やっているんですか!」

「いやだって、早苗が襲われていたから」

「何をどう見ればそう見えるんですか!」

「え?もしかして勘違い?」

「あぁ。神奈子様の御柱にぶつかった定晴さん…こんなとこでお別れなんて」

 

なんか遠くで俺を哀れむ声が聞こえる気がする。死んでないし…勝手に哀れむのはのはやめてくれ。

 

「びっくりさせないでくれ。一瞬反応が遅れちまっただろ」

「あ!定晴さん!大丈夫なんですか?」

「一応な」

 

木がぶつかる直前、なんとか間に合った身体強化のおかげでなんとかなった。もし間に合わなければ首と胴体が分裂し、見るも無惨な状態となっていたことだろう。幻想郷に来てからこんなことばかりだ。

 

「私の柱を受けて無事だなんてなかなか強い力を持っているんじゃないか?」

「いやー…これはただの能力のお陰だ」

 

実際ぶつかる寸前に身体向上を掛けなきゃヤバかった。俺だからよかったものの、並の妖怪であれば即死だったのではないだろうか。これが幻想郷流だと言われたら俺は流れを変える運動をせざるを得なくなる。

さて本題の早苗の件についてだが…

 

「やっぱり早苗、多分俺はお前を知らないんだが…」

「いや、そんなはずはありません!私はあの時助けられた恩を覚えています!」

「助けた…?」

 

あの町は他の町に比べると確かに治安が悪かった。だからちょくちょくワルガキとかに絡まれてたり、ひったくりにあっていたりするのを見かけはした。しかし助けた奴に名前は教えてないはず…それにそんなことで助けられた程度で覚えているというのも変な話だ。

 

「あの町で異形の妖怪に襲われたときの!」

「うーむ…あ!もしかして…神社の近くにあった森で襲われてた少女か?」

「はい!あの時はありがとうございました!」

「でも俺の名前って教えたか?」

「いえ。でもポケットから名刺が落ちたのでもしかしたらと…」

 

あの神社の近くにはまあまあ大きい森があった。その森から妖力を感じていたので、危ないなと思っていたけども正体を見つけることができなかったので放置していたのだ。しかし、この神社で行われた御祭りの時に近くに妖力を感じていたので、森の中に入ったら一人の少女が襲われていたので助けたのだ。

俺の記憶ではあの神社には巫女がいなかったと思うのだが、もしかしたら一応存在はしていたのかもしれない。

 

「あの時は全然霊力とか感じなかったけど…」

 

今や霊力が増えている。量としては霊夢と同等、質で言うならば霊夢以上かもしれない。霊夢と違って鍛錬をしているのがわかる。

だが、それ以上に神力が感じられるのだ。これは面白い。

人間は基本的に霊力しか持たない。妖怪であれば妖力だけ…と決まっているのだが、神力とな。神力はその名の通り神様しか持たないはずだが…

 

「お前神にでもなったのか?」

「いえいえ私は現人神なんですよ。人間であり神に近しい存在なんですよ!珍しいですよね!」

「あ、ああ」

 

すまない早苗、残念だが俺の友達に人間なのに時空神とか言う頭おかしい奴がいるからあまり驚けない。

 

「さっきはすまなかった」

 

早苗の隣にいた神が頭を下げた。

こちらからは霊力はなく純粋な神力を感じる。本物の神様なのだろう。

 

「私は八坂神奈子といって、この守矢神社の神だ。まさか早苗を助けてくれた人だとは思わなかったから…謝罪といってはなんだが、お前ならいつでも神社にきていいぞ?」

「まあ気にしてないし大丈夫だ。神社の巫女が困ってたらそりゃ怪しむよな。にしても何の神なんだ?」

 

神には…日本の神は何かを象徴していることが多い。それに合わせて権能と呼ばれる凄い力を持っていたりする。

 

「私は簡単に言うと天気等を操れるんだ。疲れるから基本的にしないけどな」

「そして私が洩矢諏訪子っていって、大地を操れるんだ!」

「うおっ!」

 

いつの間にか後ろにも神様がいた。

目が付いている帽子を被った背の低い神様だ。しかしその神力は神奈子と比較しても謙遜なく、相当な格を持つ神様なのが人目でわかった。

そんな彼女は釣り竿と籠を持っていた。

 

「諏訪子様お疲れさまでした。どうでしたか?」

「あまり大きいのは釣れなかったね。残念」

 

先程萃香と早苗の会話で出ていた諏訪子というのが彼女のようである。

釣りと言っていたが、なるほど、確かに籠の中には魚が数匹見受けられた。

 

「いつの間に後ろをとったんだ?全然気付かなかったぞ」

「甘いねー。まだまだだよ定晴。話は聞いてたから身構えなくてもいいよ」

 

俺も外の世界ではそれなりに経験を積んでいるのだが…こっそり近付くという点に限って集中すれば神様ならば俺を欺けるのかもしれない。

 

「そういえば定晴さん!そろそろお昼なんですけど食べていってもいいんですよ?」

「いやいいよ。他にも予定あるからな」

「そうですか…」

 

早苗が肩を落とすが、厄介になるのも悪いからな。申し訳ないが辞退する。

 

「それじゃあな早苗、諏訪子、神奈子」

「それでは!」

「またきてよ?」

「バイバーイ」

 

俺は守矢神社を後にした。まあまあ距離があるので次に来るのはそこまで近くないと思われる。妖怪の山に入るのも少々面倒だしな。

 


 

「早苗は彼が好きかい?」

「はい!」

「それはライクかいラブかい?」

「え、あ、う…」

「ははは!それじゃあ私達は協力しないとね!」

「他の女の子に負けるな!」

「「おー!」」

「ま、待ってください!諏訪子様神奈子様!」

 

その日、妖怪の山の神社には恋い焦がれる巫女とそれを応援する二柱の神がいたという。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十八話 準備

「宴会?」

「そうだぜ!定晴みたいな強い奴が来たときと異変の後は宴会をするのが幻想郷の掟なんだぜ!」

 

ここは俺の家。今日は本当に何も用事がないので紅魔館にでも遊びにいこうかなと思っていたら魔理沙が訪ねてきた。

取り敢えず魔理沙を家の中に招き入れて話を聞いてみると、どうやら宴会の招待をしにきたらしい。

 

「にしても何で今更?」

「定晴の家に来てもいつも居ないから伝えられなかったんだぜ。計画自体は前からあったんだぞ」

「あー…成る程」

 

確かに最近ずっと幻想郷の要所や有名な場所を巡っていたからな。朝と夜位しか家に居ないので魔理沙が会えなかったのも頷ける。

 

「で、いつなんだ?」

「準備万端だからいつでも始められるぜ!」

 

どうやら酒や料理なんかは即席で用意したり作ったりするらしい。酒は保存もきくので準備だけはしているのだろう。料理の分の材料も用意しており、あとは作ってしまうだけのようだ。

どうやらそれなりに待たせてしまっているようだし早いに越したことはないだろう。

 

「じゃあ今日とかは?」

「大丈夫だぜ!」

 

本当に準備は完了しているようである。

 

「なら今日でいいか?」

「いいぜ!そしたら夕方ぐらいに博麗神社に集まるから来いよな!」

「了解」

 

そこまで言うと魔理沙は箒に跨がり飛んでいった。随分と上機嫌だったのは宴会が楽しみだからなのだろう。

さて…魔理沙曰く今回の宴会では俺は特に準備することもないとのこと。折角だし幻想郷の歴史でも振り返ってみるか。

 

「確かここら辺に…あったあった」

 

本棚から取り出したのは一冊の本。人里の本屋である鈴奈庵で買った幻想郷の歴史書である。

幻想郷の人々は皆あまり歴史とかに興味がなく読まないから売れ残ったらしく、安くで手に入った。

この本を買ったときに看板娘の小鈴という少女から物好きですねと言われたから本当に歴史に興味が無いんだろう。

どうやら慧音は大好きらしいのが。歴史について語らせるとずっと話し続けるらしいし、もしかしたら人里の歴史嫌いを促進させているのではないかと疑っている。

 

「幻想郷は昔、賢者八雲紫と博麗の巫女の二人によって大きな結界が張られた場所である。人間と妖怪の共存を願った賢者様が長い時をかけて造られているため、元を辿れば何千年も幻想郷は存在している…と」

 

これが序章の始まりの部分の要約。結構分厚い本なので、宴会が始まるまでに流し読み程度しか出来ないだろうが、住んでいる場所の歴史を知ることは大切なのである。

更に読み進めていると異変に関する記事を見つけた。そこには俺も知っている場所の名前も書かれていた。

 

「さてさて…幻想郷には昔から多くの異変と呼ばれる事件が発生してきた。その大半が妖怪が力を知らしめるためや自らを守るために起こした身勝手な異変が多い。昔起こった異変で有名なのは紅霧異変と呼ばれるもので、今ある紅魔館が起こした異変である。他にも春雪異変やオカルトボール異変等多岐にわたる…」

 

レミリアたちもはた迷惑なことをしたんだな。

大体俺が廻った場所は異変に関連しているらしい。しかしそれは全て博麗の巫女やその仲間によって解決しているとのこと。

 

「さて次は…幻想郷においてスペルカードルールが使われるようになったのは、歴代最強とも唱われている博麗霊夢によるものである。妖怪と人間が平等に闘えるように発案されたもので、今こうして幻想郷が壊れるような大きな異変が起きないのはこのルールが適応されているからである」

 

霊夢が考えたスペルカードルールが凄い役立っているらしい。美しさで勝敗を決めるというのは中々芸術的というかなんというか…珍しい決闘方法であることは言うまでもない。

その他にも幻想郷の各地について、紫に関する噂(実は複数人いるなんてのも書かれていた。別世界を含めなければ彼女は一人だ)など内容は多岐に渡った。暇潰しには最適だっただろう。

その後はこの本を夕方になるまでずっと読んでいた。

 


 

「さてそろそろいくか」

 

時間は午後六時。タイミングはジャスト。俺は準備をして家を出た。

魔理沙が言うには場所は博麗神社。この家からも近いしすぐに到着する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十九話 宴会【歓迎】

「結構沢山来るんだな」

「定晴が短い期間で色んなやつと交流したから、集めるのは結構簡単だったんだぜ」

 

夕方六時半ごろ、博麗神社で待っていたら続々と人妖が集まってきた。というか大半が妖怪で、ちらほらと人間と妖精がいるって感じだな。知り合いで最初に見つけたのは紅魔館組だった。向こうもこちらに気付いたのか、早速フランが突っ込んできた。

まるでミサイルのように。

 

「お兄様ー!」

 

明らかにフランが殺す気で追突してくる。俺はそれを受け身をとりつつ倒れこみながら抑え込む。

なんとか受け身をとり、フランも俺も怪我なく止まった。

 

「こんばんは、フラン」

 

軽く挨拶をしたかったのだが、正直めっちゃ痛い。もしもの時の為に身体強化をしたにも関わらず体が痛い。あの鬼の突進を受け止めたほどの力なのに。

 

「元気だったか?」

「うん!」

「狂気は?」

「大丈夫!」

 

フランは元気よく返事をする。あれから狂気は出て来てないようで、毎日レミリア達と仲良く楽しく過ごせているらしい。それなら俺もあんだけ頑張った甲斐があったってもんだ。

フランと話していたらレミリアたちが優雅に歩いてきていた。

 

「咲夜も久し振りだな」

「は、はい」

「大丈夫か?顔が赤いけど」

 

若干頬が赤くなっている…ような気がする。

俺がそれを指摘すると咲夜は慌てたように答えた。

 

「へ!?い、いえ大丈夫です!」

「無理するなよ?」

 

咲夜はたじろぎながら挨拶をする。あまり会話も無かったからか緊張しているのかもしれない。そもそも咲夜はメイドという立場なのだ。あまり話すのは気が引けるのかもしれない。

ということで俺はレミリアに話しかける。

 

「レミリアも久し振り」

「ええ。貴方のお陰でフランもとても安定しているの。お礼を言わせて頂戴」

 

レミリアのこの喋り方は本来のものなのか、それとも作ったものなのか。どのみち相手に威圧感を与えるのには丁度いいだろうな。俺は別になんとも思わないけど。慣れてるし。

 

「いや、あの時こうしてなかったら俺が殺されてたかもしれないからな」

「それでもよ。いつかは一人でも幻想郷を飛び回れるようになるかもしれないわ。まだ少し心配だから紅魔館の近くにしか行かせてないけどね」

 

レミリアは雰囲気を崩さないように優雅に挨拶をする。これはカリスマとか言われるやつだろうか。霊夢によると最初会った時はカリスマを感じていたけどいまじゃカリチュマらしい。やはり俺には効かない。慣れてるから。

 

「行こ!」

「おう」

 

フランに引っ張られて宴会の中心部に連れてかれる。そこにはこれまた沢山の料理が所狭しと並んでいる。この中には俺が作ったやつも少し混じっている。時間があったので料理の手伝いをさせてもらったのだ。

 

「そういえば美鈴は?」

「美鈴は門番だから滅多なことがない限り宴会には参加しないわ。年末とかのでかい宴会のときは荷物持ち代わりに参加させるんだけどね」

 

ドンマイ美鈴。その仕事に就いたときからこの運命は決まっていたのだろう。大人しくお留守番だな。まあ門番として一番仕事の必要性があるのはその家に誰もいなくなった時だろう。仕方のないことである。

 

「どうかしら、定晴さん?」

「霊夢か?賑やかで良いと思うぞ」

 

霊夢の声がする方向からして後ろにいるのだろうが、フランに引っ張られているため振り向くことが出来ない。

そのまま引っ張られ続けて会場の端の方で座らされた。

 

「はい!ここに座ってて!料理取ってくる!」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

フランが料理があるところに突っ込んでいった。そして其処らへんで会話していた妖精をピチューン。可哀想に…

 

「ハロー定晴?」

「紫か。hello」

 

紫が英語で話しかけてきたので俺も英語で返答する。これでも四カ国後くらいなら喋れる。そうでなければいけない仕事でもあったしな。

 

「やっぱり貴方発音良いわね…まあいいわ。初めての宴会はどうかしら。楽しい?」

「ああ。賑やかだし楽しいぞ」

 

俺がそう答えると紫は途端に嬉しそうな顔になり声も幾分か嬉しそうになった。

 

「なら良かったわ!隣良いかしら?」

「ああどうぞ」

 

紫は隣に隙間を開いた後、元から座っていたかのように姿を現した。フランは反対側に座れば良いだろう。

そう考えていると早速帰ってきた。じゃあ紫の逆側に…

 

「ただいまー!」

「おかえりフラン。隣に…うわ!」

 

フランが俺の膝の上に座ってきた。それもさぞ当然のように。嫌じゃないけど動けなくなるし料理も取れない。できればどいて欲しいと言いたいのだが…

 

「隣じゃなくてここがいい!あれ…賢者さん、こんばんは」

「ええ、こんにちは」

「はい!お兄様、料理!」

 

見事な即答と高速拒絶。分かってたけどね。我慢するしかないか…

紫に挨拶した時の声色だけやたらと落ち着いたようになって淑女のようになったので驚いた。教育でもされているのだろうか。

フランは咲夜と一緒に料理を持ってきたらしく、目の前の机の上には色んな料理が広がった。

フランが欲しそうにしたものを取ったり俺も食べたり色々と忙しいが楽しいので問題はない。

 


 

しばらくしてから…

 

「遅れたー!でもまだ定晴の隣が空いてるよ!」

「ほら行ってらっしゃい早苗!」

「え、えっと…」

 

紅魔館組と紫、紫が呼んだ藍と共に料理を食べていたら遠くの方で守矢神社組が話し合っているのが見えた。なんて言っているのかは分からないが、二柱の神が早苗に何か言っているらしい。暫くすると三人とも近付いてきた。

 

「こ、こんにちは。あれ?こんばんは、かな」

「そんなの気にしちゃ駄目だよ」

「こ、こんばんは!」

「お、おう。こんばんは」

 

早苗が顔を赤くしながら挨拶する。咲夜といいなぜ皆顔が赤いのだろうか。もしかして俺、病原菌とか撒き散らしている?浄化は基本的に常時発動系の力なのに…狂気か?狂気のせいか?

 

『勝手に俺のせいにするんじゃねぇ』

『すまん冗談だ』

 

今のは完全に俺が悪かった。魂には俺が意識しない限り考えていることが筒抜けなのだ。まあ俺自身でもあるわけだし当然といえば当然だが。

 

「隣、良いですか?」

「ああ構わないが…大丈夫か?顔が赤いが」

「へ!?あ、う、はい。大丈夫です…」

 

早苗はそう言いながら隣に座る。さて、こうなると更に周囲が全員女子になってしまう。遠くにいる男性妖怪からの視線が痛い。不可抗力なので俺に罪はありませんよーっと。

 

「こんばんはー!」

 

突如空から声がしたかと思うと。空から一人の女の子が降ってきた。親方!空から女の子が!とか思ってみる…言わないけど。というか幻想郷では飛べるやつが多いので空から誰かが来るなんて日常茶飯事だ。わざわざ取り立てて言う事でもあるまい。

 

「どうも!清く正しい射命丸文です!この宴会の主役である定晴さんはどこにいますか?」

「ここにいるわよ」

 

紫が返事をする。俺からだと丁度藍がいるため清く正しいという文の姿が見えないのだ。

 

「ほー。貴方が…って、貴方は妖怪の山に侵入してきた人じゃないですか!」

「ん?あの場にいたのか?」

 

あの場には大量の天狗がいたのだ。あそこにいたところで不思議ではないだろう。あれってどれくらいの人数が追っていたのか、気になるところではある。

 

「私と速さが同じぐらいの超人さんじゃないですか」

「もしかして、あやややとか言ってたのはお前か?」

 

なんか一人だけずば抜けて速い天狗がいた。確かになんとなーく声が同じような気もする。なんとなくだがな。

 

「はい!まあ今はそんなことは置いといて…取材をさせてもらっても良いですか?」

「「「止めといた方が良い(わ)(です)」」」

 

ここにいる奴等が口を揃えて拒絶する。そして口々に文の取材について批判していく。外の世界のSNSもこんな感じだったなぁ…

 

「この烏天狗はありもしないことも書くから」

「本当のことも書きますよ」

 

どうやらこの天狗、誇大したりなんだりと少々癖のある新聞を書いているらしい。

 

「じゃあ嘘のことも書いているんだな?」

「そ、それはー…」

 

一言で論破された文。ここまで言われると可哀そうだしなぁ…それに誇大されたところで俺は構わないし…

 

「まあ良い。取材は受けよう」

「良いんですか?定晴様」

 

咲夜が心配そうにしているが問題ない。何かあれば直接文句を言いに行くだけだ。逃げられても多分追いつけるだろう。

 

「別に構わない」

「では!早速…」

 

素早くメモとペンを取り出した文の質問に俺が応えていく質疑応答スタイルで取材は進んだ。新聞記者としては中々に上手なようで、取材はスムーズに進んだ。幻想郷にも速記の技術はあるようである。俺が知っている書き方ではないので何を書いているのかは分からないが。

その後暫くの間取材をしたのち、満足したのか文は帰っていった。

 

「良かったんですか?」

「ああ全然構わない。変なことかいたら俺が焼き鳥にするだけだから」

「そうですか…」

 


 

射命丸の取材メモ

 

名前…堀内定晴

 

能力…十の力を操る程度の能力

詳細…輝剣・風・結界・魔術・身体強化・浄化・空間・再生、他のものは教えてくれなかった

 

年…数えてないが、十九歳から二十一歳らしい。雰囲気は二十をとうに超えている気もする

 

特徴…黒い髪に六尺位の背丈、顔は整っていて性格も優しい。ただし妖怪の山侵入の経歴あり

 

追記…この男性はとてもモテる、というか周囲の反応が分かりやすい。見た感じ十六夜咲夜、東風谷早苗などが疑わしい

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三章 青年の日常
三十話 男性の友人


なぜ幻想郷には女の子が多いのだろうか。勿論幻想郷の総人口を比べたら同じくらいなのだろうが、俺が言っているのはそこではない。力を持っているのがなぜ全員女の子なのかを問うているのだ。

妖怪の賢者、博麗の巫女、さいきょーの妖精、寺子屋の先生、その他諸々。知り合った人妖はそのほとんどが女子なのだ。

つまるところ俺は男性の友達が欲しい。人里の人達にも何人かいるが、人里の中でしか話すことが出来ない。こう、なんというか…人里ではないところでの出会いというのを求めている。

前置きが長かったが、俺は男性の友達を探すために幻想郷の空を飛んでいる。

 

「あちー…アイスが欲しくなるな」

 

幻想郷の夏はともかく暑い。都心の方はもっと暑いが幻想郷の暑さは、久しぶりに田舎に帰ってきたときの暑さと同じように蒸し暑いのだ。

しかも俺は空を飛んでいるので通常よりも多くの日差しを浴びており、しかも太陽にも近い。なぜイカロスは太陽の近くまで飛ぼうと思ったのか。暑いだろ絶対。

 

「まだ七月だぞ。もっと暑くなるんだろうな…」

 

それにしても本題の友達探しだが一向に見つからない。

というか探し方もよく分かっていないから適当に空を飛んでいる。幻想郷の地理を完全に把握しているわけではないのでこうやって徒然と飛ぶしかないのである。

 

「おや?」

 

そこは魔法の森の入り口。人里側の方に一軒の建物を見つけた。大きさはそれほど大きくないし周囲もごちゃごちゃしていているが、洗濯物が干してあるところを見ると、未だに誰かが住んでいるらしい。人間ではないだろう、なんせ人間ではここで生活するのは少々厳しすぎる。

俺は建物の前に降り立つ。建物には看板が立て掛けられていて、屋根のところにも同じように看板が付いていた。

 

「香霖堂?」

 

入り口の上にはでかでかと店名を主張するように香霖堂と書かれていた。所々掠れて消えているが間違いないだろう。一応立て掛けられていた看板に物の修理、製作やっています。と書かれているので店なのは分かる。ということはこの周囲のものも売り物か?

俺は扉を押して中に入った。

カランカランと心地のよいベルの音は鳴るのだが、店の中は凄いことになっていた。壁にも天井にもところ狭しと物が並んでいて、塔のようになっているところもあった。インテリアにしては少し過激ではなかろうか。

 

「いらっしゃい。初めましてかな」

 

そして店の奥から出てきたのは…俺が今まで待ち望んでいた男性だった。感じる力は妖力と霊力。どうやら慧音と同じ半人半妖であるようである。

 

「ようこそ。香霖堂へ。僕は森近霖之助、ここの店主をやっているよ」

「俺は堀内定晴、宜しくな」

 

ヤバい。ちょっと泣きそう。どんだけ店が汚くても俺にとっては男性の知り合いが増えるだけで十分なのだ。適当に飛んでいても目的地にはつけるものなんだな。

 

「君が定晴なんだね」

「俺を知っているのか?」

「天狗の新聞に書いてあったよ。取材に応じてくれる優しい人だってね」

 

文はそんなことを書いていたのか。流石に自分が載っている新聞を読むのはこっ恥ずかしいので今回の新聞は読んでいないのだ。変な事を書かれていないかチェックすべきなのだろうか。

 

「はは、そんなに俺は優しい奴じゃないよ。さて、折角だしなんか買っていきたいんだが」

「君はやはり優しい人だ。霊夢や魔理沙はここで何も買っていかずにのんびりしているからね」

 

店に来て何も買わずにダラダラするだけなんて迷惑行為以外の何ものでもない。博麗の巫女としてそれはどうなんだ霊夢…魔理沙は諦めてくれ。

 

「この店には外の世界の物が沢山置いてあるんだな」

「うん。そういえば君は外来人なんだってね」

「ああそうだ」

「じゃあちょっと頼みを聞いてもらえるかい」

 

ふむ、まあ折角の男性の友人だ。仲良くするためにも依頼は達成するとしよう。

 

「店に置いてあるのは僕が拾ってきた物なんだが、使い方が分からなくてね。僕にも能力があるんだけど、物の名前と用途しか分からないんだ。早苗とかにも聞いているんだが生憎彼女は幼くてね、流れ着くのが一昔前の物だから彼女じゃ分からないものが多いんだ。だから教えてもらえると助かるんだが…」

 

一気に色々言われた。要は外の世界から流れ着いたものの使い方を教えてくれというわけだな。

 

「使い方を教えるくらい御安い御用だ。」

「それは助かる。例えばこれ。名前…ラジオ、用途…音を聴く」

「ああこれか。よりにもよって幻想郷でこれか…。これは幻想郷では使えないんだ」

 

俺がそう言うと霖之助は不思議そうな顔をする。

 

「これは外の世界に流れている電波をキャッチして音を聴くからな。幻想郷には電波がないから。一応電池が入ってるぽいから、こうすれば外の世界では声が…」

 

俺はダイヤルを回す。これは小さいラジオで、外の世界でも昔に使われていたやつだ。確かに早苗はこれ知らないだろうなぁ…

まあ元々幻想郷じゃ使えない…

 

『ど…そうきょ…です。』

 

ん?声が聞こえてきた…?急いでダイヤルを合わせる。霖之助は声が聞こえたことに驚いているようだ。

 

「幻想郷では使えないんじゃ無かったのでは?」

「そのはずなんだが…」

 

実は幻想郷にも電波があったのかもしれない。しかし、ラジオを持っている人なんてなかなか居ないから、ラジオをしても意味無い筈だ。

ダイヤルを回していたらとうとうはっきり聞こえるようになった。

 

『こちら司会はゆかりんでお送りしています。幻想郷ラジオ、次はお便りのコーナーにいきましょう』

 

「こ、これは…」

「この声は八雲紫だね。どうしてこんなことをやっているのだろう」

 

しかもどうやら今回に限った話では無いらしく、紫はお便りを読んでいる。もしかして紫以外にもラジオをしているのだろうか。

 

『次は厄神さんからのお便り。どうもこんにちは。はいこんにちはー。いつも楽しく聞いています。ありがとうございます。最近楽しいことがありまして、私は訳あって他の生き物と触れることが出来なかったのですが、最近私の厄を気にしないで接することができる人が出来たんです。私も他の人と触れあえるのは嬉しいです。ゆかりんさんは嬉しくなった体験はありますか?とのこと。いやーまずはおめでとうございます。で、私の嬉しかった事なんですけど、私の式神がケーキを焼いてくれたんですよ。それがとても美味しくて、もう嬉しかったですね!』

 

とても感度が良い。凄くはっきりと声が聴こえる。だがそれにしても何故ラジオをやっているのだろうか。

 

「なあ霖之助、誰かにラジオを売ったことはあるか?」

「ん?ああ、河童に一度売ったことがある。河童は科学技術が凄いからね。修理したのかもしれない」

「なるほどな」

 

そういえばにとりも河童だったな。河童の科学技術がどんなものかは知らないが、ラジオを修理できるのか。もしかして量産したことにより幻想郷でもラジオ放送をしているとか?

にしてもラジオか。家にあったっけなぁ…幻想郷じゃテレビを見れないのでラジオを聞くというのもいいかもしれない。

 

「このラジオ買って良いか?」

「ああ。僕も使い方が分かったし、少し安くして…このくらいで良いかな?」

「よし。買った」

「うんありがとう。さて他にもあるんだが…」

 

俺達はこの後も色んなもの説明をして過ごした。

男性の友人が増えるのは本当に良いことだと思うよ。うん本当に。周囲に女性ばかりというのは疲れるのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十一話 剣術指南

最近サボりぎみですね、本当に申し訳ございません。


今日は妖夢に剣術を教える日である。言われたときも思ったのだが、俺はそんなに上手ではない。偶々能力の中に輝剣の力があったから覚えただけで、人(妖夢は半人半霊だが)に教えるほど練習したわけでは無いのだ。

俺より断然ミキの方が剣術は上手いからな。特に二刀流剣術はミキの得意分野だから、俺に教わるよりあいつに教わったほうがいい気がする。そもそも俺の二刀剣術の師がミキなのだ。

まああいつは中々見つけることが出来るものではないし、いつも幻想郷にいる俺の方が都合がいいのだろうけど。

 

「よし、そろそろだな」

 

約束により練習開始時間は十時からで、一時間した後に昼食を食べて二時間ほど、計三時間のスケジュールだ。どれくらいが丁度いいのか分からなかったので軽めから始めて追加していこうというスタイルをとる。

事前に紫に話しているので、冥界まで自分で飛ばずとも紫がスキマで送ってくれる手筈となっている。やはり俺より断然能力的には強いと思うんだけど紫は俺の能力が強い言う。あれがあるからかなぁ…

 

「はーい、スキマ輸送サービスの時間よー」

 

家の中に紫の声が響く。それと同時にスキマが開く。準備は先にしていたので、迷うことなく俺はそのままスキマに入った。つかそんなサービス名初めて聞いたんだが。

 


 

スキマを通ること一秒。そこには大きな桜の木と屋敷が鎮座していた。生きた心地がしない、というとなんだか変な感じがするのだが冥界とはそういう場所である。

 

「どうもこんにちは。定晴さん!」

「妖夢、今日は宜しくな」

「はい!もうこちらも準備は出来ているので、いつでも始められますよ」

 

妖夢はやる気満々のようだ。まあ、ずっと妖夢は叔父から教えてもらった剣術を反復していたようだし、新しい剣術を習えるとなったら興奮するか。

俺も新しいことに挑戦するときは怖がるよりもワクワクするタイプの人間なので気持ちはとても分かる。

 

「じゃあ早速…、つっても一度剣を交えただけじゃ実力なんて分からないから、もう一度勝負といこうぜ。スペルカードルールではない、普通の剣勝負だ」

「分かりました!」

 

俺は立て掛けてあった木刀を手に取り、妖夢に二本渡す。再生の能力で大体の傷は治せるが痛いし面倒なので木刀での模擬戦だ。

妖夢は構えをとる。前々から言っているが、俺は構えなど知らない。もう既にこの点で妖夢には見た目で負けているのだ。とりあえずそれっぽいポーズをして妖夢と対峙する。

 

「では…魂魄妖夢、参ります!」

「堀内定晴…受けて立つ!」

 

…勝負は十分程で決着がついた。

 

「ま、負けました…」

「なんとなく妖夢の実力はわかったよ」

 

最初はある程度互角に戦えていたが、純粋な剣での勝負にはなれていないのか、経験の差というのが出ていた。ただそれ以外にも色々と問題点があったようにも思える。

俺は早速妖夢に俺が闘っていて感じたことを色々教えていく。

 

「まず妖夢の良いところだ。妖夢はとても素早い。短い距離なら瞬間移動のようにも見える。しかしそれに伴うデメリットもある。素早い動きなのは良いんだが、そのスピードのまま剣筋を止められると体勢が崩れてしまっている」

「成る程たしかに…しかしどうすれば?」

 

とはいえ俺は剣士でも師範でもないのでパッと答えが出せるものではない。

 

「それを今から考えるんだよ。そうだな…今よりもっと力強く刀を握れないのか?」

「すみません。私は見た目通り筋力があまり無いんですよ。だけどこれ以上筋力をつけてしまうと今できる技のバリエーションが減ると思うんです」

「なるほどな…」

 

それから俺達は色々方法を考えた。当たる直前にスピードを落とすという案があったのでやってみたら止まりきれずぶつかってしまった。その時妖夢が顔を真っ赤に染めていたのでこの案を没にした。

 

「妖夢ーご飯ー」

「あ、はーい。では一度ここで終わりですね。食事はここで食べていくんですよね?」

「ああ。一々戻るのも面倒だしな」

 

そもそも紫には行きと帰りにしか頼んでいないので、この時間にはスキマは開かない。まあ呼べば来るのだろうけども。

 

「では腕によりをかけて作りますね!」

「俺も手伝うよ」

「よーむー、早くー」

 

妖夢が作った食事は、外の世界の料理人が作ったように美味しかった。そのまま料理人として店を立ち上げてもいいぐらいの味だった。従者というのはみんな料理が上手いのか?

妖夢の主である幽々子が大食いなので、美味しく、しかも沢山を短時間に作るという中々の高等テクニックを披露していた。

で、重要な剣技の方だが…結局ご飯を食べたあともいい案が生まれずその日は解散となった。これからも妖夢の問題を一緒にきちんと考えていかないとな。

 


 

定晴が帰ったあとの白玉楼。その縁側にて…

 

「妖夢ーどうだったのー?」

「残念ですがいい技が…」

「違う違う。そんなことは聞いてないわよ。定晴さんとの男女関係はどうだったの、って聞いてるの。彼、ずっとつきっきりでやってくれたんでしょ?」

「へ!?いえ別に、私は定晴さんに対してそんな感情など…」

「いいじゃんいいじゃん。彼はとても良い物件だと思うわよ?」

「うー…」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十二話 太陽の花畑

「暑いな…」

「ええ、そうね…」

 

俺は博麗神社に来ている。魔理沙はおらず萃香は妖怪の山に、針妙丸はアリスに連れられて人里に行っているらしい。故に実質今ここには霊夢と俺の二人だけだ。

実を言うと俺と霊夢はあまり会話をする方ではなく…というかそこまで頻繁に博麗神社に来るわけではないので、若干気まずい。

仕方ないので霊夢でも答えられる話題を振ってみる。

 

「なあ霊夢、夏っぽい場所とかないのか?」

「残念ながらそんな場所無いわ。強いて言うなら霧の湖で水浴びするか、太陽の花畑で…あー、あそこは絶対行っちゃダメ」

 

水浴びか…夏らしいと言えば夏らしいが、生憎俺はそこまでして涼しくなりたい訳じゃない。それに霧の湖で泳いでいたらチルノに凍らされるような気もする。

俺が気になったのはもう一つの太陽の花畑だ。絶対に行ってはいけないとはどういうことだろうか。

 

「霧の湖は分かるが太陽の花畑ってなんだ?」

「あそこには沢山の花が咲いていて綺麗ではあるんだけど、そこを管理している妖怪がなかなかの戦闘狂でね、あそこに行ってもただの時間の無駄にしかならないわ。今日は行かせないわよ?貴方のことならすぐに行こうとするでしょ?」

「そ、そんなことは…」

「少なくとも今日は行かせないわよ」

 

どうやら霊夢が相当に面倒だと思うくらいには厄介な妖怪がいるらしい。妙に釘を差されてしまったので、俺は魔術で氷を作り涼むことにした。

 


 

次の日、俺は太陽の花畑に向かって幻想郷の空を飛んでいた。昨日はずっと霊夢に監視されていたのと、()()()行かせないと言われたのでその通りにしていた。逆らっても良いことはないし、昨日は特段暑かったからな。

しかしそれに次の日は含まれない。場所は事前に地図で探していたので大丈夫である。

 

「夏は歩いて向かった方が良いかな…」

 

高いところを飛ぶせいでもろに受ける太陽の光とセミの声に苛立ちを覚えつつ空を飛ぶ。高度が高ければ気温は下がるはずなのだが、夏の暑さを打ち消すにはもっと高く飛ぶ必要があるらしい。

 

「あややや、定晴さんどこに向かっているんですか?」

「ん?文か。今太陽の花畑ってとこに向かっているんだ」

 

飛んでいたらいつの間にか文が後ろにいた。暑いせいで注意力が散漫となっているらしい。

俺がどこへ向かっているのか伝えると文は突然慌てだした。

 

「太陽の花畑ですか!?あそこは駄目ですよ。流石の定晴さんでも生きて帰って来れるかどうか…」

「ははは、じゃあ帰って来た時は祝賀会でも開いてくれ。なあ、花畑ってあそこか?」

 

俺は目の前にある向日葵畑を指差す。明らかに幻想郷の他の場所と色彩が違う。

 

「あそこの黄色で埋め尽くされている所ですが…本当に大丈夫何ですか?」

「そんなに心配すんなって。もしもの時の隠し技も用意しているからさ」

 

俺は文から離れるようにスピードを上げて離れていく。文はあそこから更に近づくつもりはないようである。

 

「本当に無事に帰って来て下さいね!」

 

遠くの方で心配する声が聞こえた。そんなに心配なら一緒についてきてくれれば良いのに。だがまあ一人の方が楽と言えば楽なので俺は意気揚々と花畑の近くに着地した。

 


 

「いやー絶景だな」

 

目の前に広がるのは沢山の向日葵達。ここは本当に太陽のように黄色く染まった花畑である。名前にも納得である…というかそれ以外に名付けようがない気もするが。

俺が花畑の中にある道に入ろうとしたとき、突如後ろから大きな妖力を感じた。

 

「誰だ!?」

「答える必要は無いわ。貴方は気付いたら三途の川の辺りにでもいるでしょうし」

 

言うが早いかビームが飛んできた。俺は咄嗟に避けて後ろを向く。花畑に害が出ないように攻撃をするのはなかなかの業だと思う…が今は厄介でしかない。

今その妖怪は煙に紛れてしまって見えなくなっている。煙が晴れるとそこには傘を持ちスカートを履いている…ん?

何処かで見たことあるような…

 

「その傘…もしかして幽香か?」

「あら?私の事を知っていてわざと名前を訊いたの?ええそうよ、私は幽香。ここの管理をしているわ。そう言う貴方は……えっ…さだ、はる?」

「ああ、久し振りだな」

 

霧が晴れて彼女の姿が露わとなる。

妖力、服、日傘…どれも俺の記憶にある通り。そこにはフラワーマスターの称号を冠する少女、風見幽香が立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十三話 花の妖怪

「え、本当に、定晴、なの?」

「ああ、少なくとも偽物じゃ無いぞ」

「う、嘘…」

「ほんとだ」

 

幽香は未だに信じられてないのか固まったまま口だけ動かして会話をする。そこまで驚くようなことだろうか。

暫くすると少しずつ歩いてきて…

 

「会いたかった!」

 

思いっきり抱き締めてきた。目には一筋の光が見える。そこまで寂しかったのだろうか。妖怪にとっちゃ長い長い人生の中の短い出来事だったろうに。

 

「ど、どこ行ってたのよ?」

「ん?俺は人間だからな。そんなに長い間都市から離れられない。友人もいるしな」

 

その友人は幻想入りした俺のことを忘れているだろうけど。

 

「それでも、それでも!ちゃんと別れの言葉は言って欲しかったわ」

「お前のことだから言ったら絶対引き留めようと聞かないだろ?」

「そりゃそうよ。貴方ほど大切な人は居ないから。本当にまた会えて良かった」

 


 

所変わってここは幽香の家である。中には花が至るところに置いてあって、とても幽香らしい。

さて、俺と幽香の関係性だが実は二年ほど前に会っている。

それはある森の中で、開けた所にあった大きな花畑。俺がとある仕事の依頼で妖怪の退治をしてくれと頼まれたときだ。聞いた話だと、花畑に近付くだけなら何も問題はなかったのだがある業者の人が花を摘むようになってから近付くだけでも突如攻撃されるようになったらしい。因みに依頼者は小さな農村。

俺は闘うことしか脳がない奴は排除してきたが、話が出来る奴は基本的に話し合いで解決してきた。俺は出来る限り犠牲は少なく迅速にをモットーにしていたため、基本的に俺の妖怪退治のときの対処法はこの二つしかない。

花畑の近くに住んでいたのがこの風見幽香で、花を摘まないでと言っても聞いてくれないため実力行使に出たようであった。

幽香は話し合いが出来る妖怪だったので話し合ったのだが、人間の言い分は信じられないらしく暫く一緒に過ごしたのだ。今思うと幽香も幽香で凄い決断だと思う。それで、一週間ほどだったのに気付いたらこんなに信頼されていた。信頼していなければすぐに抱き締めて来ないだろう。

 

「せめてメモぐらい残してくれれば良かったのに」

「その時紙を持ち合わせてなくてな。半年後に戻った時にはもう居なくなってたし」

 

俺と幽香が一緒に過ごした古い民家がもう一度訪れたときは葉や草で覆われていたときは流石に苦笑してしまった。

 

「当時は既に幻想郷に住んでいて、ちょっとした遠征気分でそこにいたら貴方と会ってしまったのよ。すぐに帰る予定だったのに帰ろうにも帰れなくなって…」

 

しばらくあそこにいたのはどうやら俺が原因だったらしい。紫と会ったのもそれくらいなので幻想郷に住んでいても何らおかしくない。因みにミキと会ったのは三年位前である。

 

「ねえ、また一緒に暮らさない?」

「残念ながら俺には家があってね」

 

完全なオレの持ち家というわけではないが。

 

「なら私と付き合ったら…」

「俺より断然良い奴が絶対いるからな」

 

俺なんてそんなに優しくないのに俺と付き合うなんてだめだ。幽香は戦うことは好きだが、花が好きだし美人だ。人間であろうと妖怪であろうと隔てなく接してくれる誰かがきっといるはずである。

俺がそう言うと幽香は顔を下に向けてボソッと俺に聞こえない声で何かを呟いた。

 

「貴方が一番なのに」

「ん?どうした?」

「別に何もないわよ!それよりさ、貴方の家って何処なの?」

「人里と博麗神社の間の森だ。あそこら辺は俺の家だけだから分かりやすい筈だ」

「ふーん…いつか行くわね」

 

どうやらいつか俺の家まで幽香が押しかけてくるらしい。まあ俺もこれといって忙しいというわけではないし、全然来てくれて構わない。幻想郷散策で家にいない可能性はあるので事前に連絡してもらえると尚助かる。

 

「ああ、でも料理位しか出来ないぞ」

「貴方の料理は凄く美味しいじゃない。絶対行くわよ!」

「お、おう」

 

なにやら凄まれた。別に人並み以上にはできるというだけであって、咲夜や妖夢のような人達の作る料理の方が美味しかろうに。

その後は日が沈むまで色々話した。知っている妖怪と会えるということは嬉しいものだな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十四話 対時空神

俺が部屋でくつろいでいたら目の前の椅子に突然ミキが現れた。紫と似たようなものなので驚きはしない。というかこれで驚いていたらこいつと付き合うことなど絶対に出来ない。

 

「どうもー」

「どうした」

 

軽い挨拶をしたら前置きをすっ飛ばして用件をすぐに伝えてきた。分かりやすくてありがたい。

 

「たまには戦闘しようぜ!」

「弾幕ごっこか?」

「いや、普通に肉体を使った勝負だ」

「良いぜ」

 

どうやら俺と勝負がしたいらしく、折角だし乗ってみることにした。幻想郷に影響が無いようにしないとな…

 


 

「そんじゃ先に倒れたら負けな」

「りょ」

 

周囲に被害が及ばないようにミキが大きく結界を張り、準備が整った。俺は既に輝剣を召喚し右手に、家宝の一振りを左手に装備している。

俺と向かい合うように立っていたミキは、俺が返事をすると同時に攻撃をしかけてきた。

 

合作【パーフェクトスパーク】!」

 

俺の周囲、全方位に魔方陣が出現すると同時に極太レーザーが放たれた。その一本一本が魔理沙のマスタースパークとほぼ同程度の威力を持っている。

 

【完全結界】

 

そこに俺の結界の力をふんだんに使った箱を作り出し迎え撃つ。例えミサイルがぶつかっても壊れない防御力を持つ箱によってレーザーを全て受け止めることに成功した。

 

「それって魔理沙のマスタースパークとチルノのパーフェクトフリーズを合わせたやつだろ」

「そうだな。だから題が合作なんだ」

 

ミキは一度見たものを模倣するという技を使える。どうやら時空神としての権能で空間模倣というらしいのだが、詳しい理屈はよく分からん。こいつに理屈を求めては負けなのだ。知っていることと言えば、模倣したやつの威力が落ちるといったことのみ。

なぜ俺がチルノのスペカを知っているのかというと、一度チルノと闘ったことがあるからだ。最初会った時には闘いまではしなかったのだがその後勝負を仕掛けてきたので勝った。その時見たスペルとビームの挙動が同じだったのだ。

ミキは俺から離れるようにバックステップをしたあとに詠唱を始めた。俺は輝剣を飛ばして詠唱を中断できないか試みたが輝剣が届くより先に詠唱は完了した。

 

崩壊破壊の別名なり。永劫の鉄槌は我がもとに下れ!エクスプロージョン!」

 

超規模な大爆発。

すると俺が出していた完全結界にヒビが入ってしまう。ミサイルより破壊力があるらしい。守ってばかりでは仕方ないので反撃にでる。

 

加速【追い風】

剣術【五月雨斬り】

 

連続で技を発動させ、ミキに斬りかかる。加速をしているため相当な速さのはずだがミキは二刀流で難なく刃を止める。

俺の二刀流はミキから教わったものだ。俺にできることはミキにもできる。

というわけで剣術以外の面で攻めるしかあるまい。俺は輝剣を投げ飛ばし右掌をミキへと向けた。

 

魔術【火炎焦熱】!はぁ!」

 

詠唱を無くし炎を出す。広範囲を焼き尽くす上級魔術だ。

本来であれば俺レベルでは扱えないとされているが、それは制御が難しく誤れば味方を巻き込むからだ。しかし今は周囲への配慮は必要ない。存分に使える。

しかし放たれた炎に慌てることなくミキは一言。

 

縛道の八十一【断空】…」

 

よく分からなかったが俺の魔術が一瞬で消え去った。きっとそういう効果の技なのだろう。

更にミキは詠唱を開始する。

 

ファイアボルト!」

「ぐっ…!」

 

目の前にそれなりの規模の爆発が起きた。結界を張りながら俺はミキと距離を取る。どうも先程から使ってる技全て違う魔法体系に基づいているらしく、全然解析が出来ない。

俺はこの距離からでもミキを狙える技を選択しすぐさま放出する。

 

恋符【マスタースパーク】

 

これは魔理沙のスペルなのだが、秘密は俺の能力にある。能力の一つに模写というものがあるのだが、その効果は登録した技を瞬時に発動するというもの。同時に三つまで登録でき、登録した技はいつでも使える。条件としては、俺が直接見たものしか登録出来ないところだろうか。

本来はミニ八卦炉を使わなければ安定しないこの技を模写を使えば素手で使うことができるのだ。

 

縛道の八十一【断空】!」

 

又もや断空を使われる。しかし意外にも掻き消されることなくミキに当たった。どうやら一定以上の威力の技を無効化することは出来ないようである。

 

「よしっ」

「油断禁物ってな」

「な!?」

 

俺の背後からミキの声がした。いつの間に後ろを取られたのか。全く気配を感じなかったのでもしかしたら空間跳躍でもしたのかもしれない。

 

「はああああ!スターバーストストリーム!」

 

ミキの持つ二振りが超高速の連撃となって俺の背中に叩き込まれた。俺は結界を張るもその威力を弱めることができず、近くの木まで吹き飛ばされた。俺がぶつかった衝撃で木は折れてしまっている。

 

「俺の勝ちで良いか?」

「ああ、良いよ」

 

剣をしまったミキが歩いてきながらそう言った。

結局負けてしまった。今まで一度も勝ったことがない。こいつの能力が規格外過ぎるので、とある奥の手を使わないと止めることが出来ないのだ。どうやら幻想郷では()()()()()()()()()()と言って通しているらしい。どうやら司っているのは時空と人間の本質だけらしいけど。

こんな相手と比べるのはおかしいかもしれないが、いつかは正々堂々と勝つつもりでいる。それが叶うのはもう少し先になりそうではあるがな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十五話 祭り

夏ですねー、という訳でこの話です。


「夏祭り?」

 

ここは俺の家。いつものごとくスキマから突然現れた紫からとある説明を受けていた。

 

「そうなの!外の世界ではこの時期に御祭りを開催するらしいじゃない?だから此方も博麗神社とその参道で御祭りを開催することにしたの!」

 

いつにも増してテンション高めな紫がそう言う。どうやら今回は紫の思うような祭りがあり、いつもは霊夢たち任せているお祭り行事を紫が執り行うらしい。

 

「待て待て。参道ってことは…俺の家はどうするんだ?」

「祭りの期間中はスキマの中に入れておくわよ。その日は一日外に出てもらうけど貴方は慣れているでしょ?」

「はぁ…まあそうだけど」

 

でもこれだと祭りが終わってもすぐに帰れそうにない。まあそれを言っても紫は一度決めたことは曲げないし意味ないだろうけど。片付けを手伝う必要がありそうだ。

 

「いつする予定なんだ?」

「一応明後日にしてるけど。何か予定ある?」

 

一応それなりに前からある程度の準備はしてきたらしく、結構すぐにでも出来るようだ。家を取っ払われる俺になぜもっと早く言わなかったのかは謎ではあるが。

 

「予定はないし、そもそも俺が参加しなくても問題…「大有りよ!」…何で?」

「私の浴衣姿を貴方に見せるのも目的の一つなの!」

「ああそう…」

 

紫はこういう季節の行事関係の服装は律儀に見せてくる。何が楽しいのかは知らないが、外の世界に住んでいた頃から何度も紫は服を見せに来ていた。

 

「……ここまで言っても何も思わないなんて鈍さは折り紙つきね。という訳で絶対参加してね!私はすることがあるからこの辺で、またね」

「ああ、頑張ってくれ」

「ああそれと祭り当日は浴衣を着てきてよ!よろしくね!」

 

そう言うと終始テンションの高かった紫はスキマの中に入っていった。このあと二日の間、外の世界の資料を読みまくるに違いない。

にしても浴衣か。家に置いてあったかな?もしなければ買いに行くしかないが…ここで着ていかないなんて選択肢は無い。ああいう時の紫の指示に従わなかった相当不貞腐れるし、まあ祭りというのならこちらもその空気に慣れなければならないだろう。

とりあえず家の倉庫と能力の一つの空間の中を探してみる事にした。それとこの空間、呼びにくいから今度から幻空と呼ぶことにしよう。目に見えない幻の空間だから幻空だ。

幻空には勿論入ってなかったので倉庫を探す。すると一着、真新しいおとなしめな色の浴衣が出てきた。これ貰い物だな…

 


 

次の日。祭りの前日なのに紫に家から追い出された。どうも準備するためには俺の家が邪魔なんだという。だから早くスキマの中に家を入れたいらしい。

浴衣なら幻空の中に入れてあるから良いのだけど、これでは今日寝る場所がない。紫に聞いたら「本当は私達の家に泊めてあげたいけど今準備のせいで家がごちゃごちゃしてるから」的な事を言われた。既に藍が掃除しているとは思うが。

野宿は流石に嫌なので一日泊めてくれる場所を探す。

女子達の家に上がり込むのは俺としては嫌なので、まずは香霖堂に頼んでみる事にしたのだが、泊めることが出来る程スペースが無いらしく断られてしまった。となると本当に女子達の家に上がり込む事になってしまう。

一軒家等は妙に罪悪感が生まれるので、それを考慮して駄目元で紅魔館に行ってみた。すると意外にもオッケーを貰った。

 

「お兄様泊まっていくの!?」

「ええそうよフラン。まあこの広さだし男性一人泊めたところで問題ないわ。ただ地下には行かないでちょうだい。パチェ…私の友人が実験してるから」

 

紅魔館にレミリアの友人が住んでいるのは初めて知ったが、まあ会うのはまた今度でいいだろう。どうやら地下には幻想郷一の蔵書数を誇る大図書館があるらしい。そこで住んでいるとなると…魔法使いとかそこらへんか?

取り敢えず今日は紅魔館に泊まることとなった。折角なので明日の祭りに一緒に行くことになった。

 


 

そして今日は御祭り当日。いつもは鬱蒼としている参道は綺麗に整備されていて両脇には屋台が並んでいる。屋台がなくともこれくらい綺麗であれば博麗神社にも参拝客が来ると思うのだが…

更に上には提灯がぶら下がっていて、森を明るく照らしている。河童製か外の世界製か知らないが、スピーカーから祭りっぽい曲も流れている。なかなか紫も本気を出したらしい。

その証拠に参道には人妖が入り乱れて思い思いにお祭りを楽しんでいる。

 

「凄いねー!お兄様!」

 

横にいるのは吸血鬼姉妹と咲夜である。三人とも浴衣を着ていて、フランは帽子じゃなく髪飾りを付けている。

 

「なかなか浴衣が似合ってるじゃないか」

「咲夜が選んでくれたんだよ!」

 

フランはフランらしい明るいオレンジの浴衣を着用している。フラン用に少し動きやすくなるように工夫もされているようだ。

 

「レミリアも大人っぽい感じで良いじゃないか」

「そう?ありがとう」

 

レミリアはこれまた紅い浴衣。ただ目に優しい方の紅なのでまあ浴衣としては綺麗だ。

 

「咲夜もなかなか可愛いぞ?」

「へ!?あ、ありがとうございます」

 

咲夜は従者らしい無地の浴衣。私は必要ないと言っていたが、フランがどうしてもと言うので遂に咲夜が折れて浴衣を着用している。

なお美鈴は今日も今日とて門番としての仕事中だ。多分、寝てなければ。

 

「お祭り楽しみ!」

「はしゃいでぶつからないようにするのよフラン」

「分かってる!」

 

俺達三人は参道を歩きながら本会場の博麗神社に行くことにした。どうせなら本格的にしようということで下駄を履いているのだが、紫の手によって舗装されなおしたこの道なら普通に歩くことができる。

道中色々な食べ物やゲームの屋台にフランが目を輝かせていたので、綿菓子を買ってあげることにする。それにしても綿菓子機なんてどこで手に入れたのだろうか…紫は出店の方はノータッチと言っていたので河童か?

 

「ふわふわで、それなのに口の中に入れるとすぐ溶けちゃう。でもとても甘くて形も面白ーい!」

「な、なかなか食レポが上手いな」

 

フランが楽しそうに綿菓子を食べていると前方にアリスと魔理沙を見つけた。

 

「よう魔理沙、アリス」

「ん?定晴か。どうだ!私の浴衣姿は。これで祭りに来ている人里の男どもも悩殺だな!」

 

魔理沙はいつも被っている帽子から髪飾りにして、浴衣には白と黒が混ざっている。やっぱり白と黒が好きなのだろうか。どうやら一部からは白黒魔法使いって呼ばれているらしいからなぁ…

 

「アリス、人形達にも浴衣を着せたのか」「おい!無視かよ!」

 

後ろで魔理沙がなにやら騒いでいるが、まずアリスに話しかけた。

 

「ええ、折角だから新しく浴衣の衣装を作って上げたのよ。なかなか苦労してね…あまり寝てないのよ」

「寝なくても大丈夫じゃないのか?」

 

魔法使いとは魔力を自在に操れる。そしてこれが結構何にでも使えて、食事など人間が生活に不可欠なものを無くすこともできるらしい。それが出来れば俺も仕事が捗っただろうが、生憎と俺の魔術適正は悪い。

魔法使いはみんなそのようにして研究などしているのかと思っていたのだが、アリスはこう答えた。

 

「大丈夫ではあるんだけど、あまり生活リズムは崩したくないから、毎日食事も睡眠もとっているわ」

「へー、そんな魔法使いもいるのか」

 

考え方も色々とある。妖怪とて必要のない食事でも楽しいから美味しいからという理由で摂ったりするのでそれと似たようなものだろうか。

そんなアリスはピンク色の浴衣を着ていて、小さなリボンを付けている。周りに浮かんでいる人形達も色は違えど姿はアリスとあまり変わらない。こうも浮かんでいるとやはりカラフルだな。

アリスはヨーロッパ系の顔つきなのだが、結構浴衣も似合うな。ちゃんと自らに似合うようなデザインの浴衣を作成したのだろう。

俺とアリスが話していると魔理沙がフランの持っていた綿菓子に気が付いた。

 

「お?フラン。なんだぜその食べ物は?」

「これは綿菓子っていってお兄様が買ってくれたの!」

「お兄様?ああ、定晴のことか」

 

そこで疑問に思うのは仕方ない。

だがその後に悪巧みを思いついたかのような笑みを浮かべるのは解せない。

 

「となると…定晴!私にも綿菓子を買ってくれ!」

「えー…まあ良いけど」

「断るなら私も…って良いのか!?」

「要らないのか?」

「欲しいぜ!」

 

魔理沙に頼まれたので魔理沙の分も買う。放置しておけば更に面倒なことになるのは目に見えている。言うなればチルノタイプなのだ。どうやら人様に迷惑をかけた回数も多いようなので強ち間違いでもないだろう。

 

「アリスは要るか?」

「別に良いわ。私はどっかの魔法使いみたいに誰かに奢って貰う程図々しく無いの」

「なんだと!」

「別に魔理沙とは言ってないじゃないの」

 

魔理沙は怒っているが、アリスは楽しそうに笑っている。聞いた話によると魔理沙とアリスってそこまで仲が良くないらしいのだが、異変を二人で解決したこともあるらしいし案外うまく付き合えているのかもしれない。

魔理沙が美味しそうに綿菓子を食べ始めると同じくらいにフランは食べ終わったようだ。

 

「美味しかった!」

「そうかそうか。じゃあそこのゴミ箱の中に捨ててくれ」

 

俺は道の脇にあるゴミ箱を指差した。祭りというのはどうしてもゴミが大量に出てしまうので、こういった対策もしていかなければいけない。もし博麗神社付近や参道にゴミを捨てようものなら霊夢から怒られること間違いなしだ。

 

「えっと…?二つあるけどどっちに入れれば良いの?」

「赤い方が燃やせるごみで、木とか紙とか入れる。青い方が燃やせないごみで…プラスチックとかかな」

「じゃあ赤い方だね!えい!」

 

こういう日常生活の中でもフランが学べる機会が多い。意外に博識らしいが、読むのとやるのじゃ全然違う。紅魔館では分別作業は咲夜がしているだろうし、生活の中で大切なことも学べていけるとフランにもいい影響となるだろう。

 

「あ!こっちにも楽しそうな物がある!お姉様行こ!お兄様もまた後でね!」

「ええ。それじゃあ定晴も楽しんで」

「では失礼しますね」

 

フランはまた面白そうなものを見つけたらしく人混みの中へと消えていった。元気だが、迷子にならなければいいのだが…

三人と別れた俺は一人で行動しようと思ったらすぐに後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには守矢神社の巫女が。

 

「こ、こんばんは、定晴さん」

「よう早苗」

 

風祝の服と似たような配色の浴衣に、ワンポイントの赤い花を頭に付けている。幻想郷の人々は基本的に同じ服装ばかりなのでこういった珍しい服というのは新鮮だな。

 

「ど、どうですか?浴衣は」

「巫女服とは違って新鮮で似合っているぞ」

「えへへ…ありがとうございます」

 

俺が感想を述べたら嬉しそうに照れる早苗。

いつも早苗と諏訪子と神奈子は一緒にいるイメージなのだが、今日は二柱の姿は見えない。

 

「あの神達は?」

「御二人なら先に博麗神社に行きました。で、その、もし、良ければ…「定晴ー!」…きゃ!」

 

早苗が何か言いたげだったが、紫が現れたせいで上手く聞き取れなかった。人と話している時に割り込むのは良くないことだと教わらなかったのだろうか。藍に指導してもらうか…?

 

「どう?どう?私の浴衣姿は」

「怪しくてなんだか詐欺師みたい」

「酷い!」

 

俺がそう言うと頬を膨らませて怒る紫。賢者モードのときは本当に威圧感などを感じるのだが、日常の中だとこんな風に少女らしい一面を見ることもできる。

 

「冗談だよ。似合ってるぞ」

「ありがと!」

 

紫がいつもの胡散臭い笑みではなく、普通に嬉しそうな笑みを浮かべた。やはりこういうところはとても少女らしい。

 

「あ、そうそう。ちょっと守矢の巫女と話があるから先に行ってて頂戴」

「わ、わかった」

 

だが少女らしい笑みから一転、何やら紫からどす黒い妖力を感じたが気のせいだろう。流石に早苗になにか変なことしないよな?

 

 

「ちょっと貴女!」

「な、何ですか紫さん」

「貴女が定晴と一緒に祭りをまわるなんて許さないわよ!定晴は私の彼氏になるんだから!」

「なっ!いいえ、私の彼氏になってもらいます!」

「ふふふ…まあ、向こうは全然私の気持ちに気付いてないみたいだけどね。はぁ…」

 

 

歩いていたら妖夢を見つけた。幽々子はおらず一人で博麗神社の向かって歩いている。

 

「妖夢じゃないか」

「あ、定晴さん」

 

妖夢は白を基調とした浴衣を身に纏っている。その背と腰には妖夢の愛刀の二振りを装備している。

 

「浴衣似合ってるぞ」

「へ!?あ、ありがとうございます」

 

あ、さっきまで何度も似合ってるか聞かれたから普通に言ってしまった。妖夢に驚かれてしまって気まずいので話題を転換する。

 

「幽々子は?」

「紫さまの手伝いで先に博麗神社にいます。そろそろ時間なので、私も先に博麗神社に行ってますね」

「ああ、後でな」

 

妖夢は走っていった。振り袖を揺らしながらパタパタ走る姿は何故か地元の子供を連想させた。大人びたところがある妖夢だが、たまに子供のように見えるんだよなぁ…

更に暫く歩くと、ミスティアの屋台を発見した。折角だし寄ってみる。実は人里で初めて会った後に、ミスティアが夜の屋台を出している見つけて軽く飲んだことがある。ヤツメウナギとお酒の相性がとても良くて少々飲みすぎてしまったほどだ。

 

「ようミスティア」

「あ、定晴さん。どうですか?祭りの時でも八ツ目鰻は好評ですよ。おひとついかがですか?」

「じゃあひとつ貰おうかな」

「毎度あり!」

 

ミスティアから鰻を買う。香ばしい香りと丁度よい焼け色が食欲を唆る。

すると横からも声が。

 

「ミスチーあたいにも!」

「私にも」

「欲しいのだー」

 

横にいたのはチルノ、大妖精、ルーミア、そして慧音だ。どうやら三人の付き添い役をしているようである。

 

「久し振りだな慧音」

「おや、定晴か」

「三人を連れて来たのか」

「ああ。浴衣の授業も兼ねて着せてきた」

 

チルノは水色、大妖精は緑、ルーミアはオレンジの浴衣を着ている。デザインはどれも同じなので、人里の呉服屋かどこかで借りてきたものだろう。

また慧音も同じデザインで大人用の浴衣を着用していて、チルノの浴衣に似た水色だ。慧音の髪色とマッチしていて中々に似合っている。

 

「似合っているぞ慧音。三人もな」

「そうかありがとう…チルノ、ここで買っていったら他のが買えなくなるぞ」

 

慧音がチルノを注意する。しかしチルノはどうしてもミスティア印のヤツメウナギが食べたいようだ。

 

「でもあたい欲しい!定晴。出して!」

「じゃあ慧音。ここは俺が出すよ。四人分だな。ミスティアよろしく」

「りょうかーい」

 

俺が四人分のヤツメウナギを頼んだら慧音が慌てだした。

 

「ちょっと待ってくれ!良いのか?というか私のは…」

「構わない、お金もまだ余裕があるしな」

 

魔理沙のときもそうだったが、どうもさっきから頼んできたのに驚かれてばっかりだ。頼んだのはそっちなんだから驚くことなかろうに。

暫く待つと八ツ目鰻が出てきた。

 

「はいどうぞ。八ツ目鰻四人分」

「はい、お金」

 

俺がお金を渡すとミスティアは数を数えた後に戻してきた。合っているはずだが…

 

「定晴さん、今回は四人分以上買ったらちょっとだけ安くしてるんですよ」

「そうなのか?じゃあこれくらい」

「はい。毎度あり!」

 

俺達はミスティアの屋台を離れる。チルノたちはヤツメウナギを美味しそうに頬張っていて、嬉しいそうだ。なんだか餌付けした気分である。

 

「本当に良かったのか?」

「良いって言ってるだろ。気にすんな」

「分かった。今回はお言葉に甘えるとしよう」

 

そう言って慧音達と別れる。

そこは博麗神社の階段の下。また長い階段を登らないといけないかと思ったら、そこに【本会場】と書かれた看板とスキマがあった。その横には紫の式神である藍の姿が。

 

「藍?なにやってるんだ?」

「定晴か。見張りだよ。こんなところで暴れるやつはいないだろうけど一応ね」

 

博麗の巫女を始めとした名だたる強者たちが犇めくこの会場で暴れる勇気があるやつは果たしているのか。なんせ今回は紫の管轄でもあるのでここで暴れれば最終的に紫が出てくるわけだ。

 

「ふーん。入って良いか?」

「ああ、ご自由に」

 

俺は紫のスキマの中に入る。一応一般向けにスキマの中の目玉は無くなっていた。そういった配慮が出来るのは流石と言えるかもしれない。

 


 

出たらそこには実際外の世界にあるのか分からないが、大きな物見櫓と太鼓が置いてあり、その周りには提灯がぶら下がっている。アニメやドラマ等でしか見たことなかったものが目の前にある。

博麗神社の方に行くと霊夢が笑顔でいた。霊夢も浴衣を着ているが頭のリボンは変わっていない。

 

「よう霊夢。楽しそうだな」

「ええ、誰かが御賽銭を入れたらそれに便乗して色んな人が御賽銭を入れてくれるの」

 

霊夢の住むこの博麗神社では賽銭箱が仕事をすることがほとんどない。なので今日は仕事をよくやっている賽銭箱に対して霊夢は笑みを浮かべている。

 

「成る程な。ずっとここにいるのか?」

「まあ少しは回ったけどね。やっぱり値段が高くてあまり買えないのよ」

 

この御祭りは外の世界と同じ様にちょっと高めに値段が設定されている。いわゆるお祭り価格だ。

とはいえ浮かれていると判断力が鈍って少しばかり値が張っていても買ってしまうから儲けも出ていることだろう。貧乏な霊夢では手が出せない状態になってしまったようだが。

 

「なら俺が買ってあげようか?」

「良いの!?」

「いいよ」

「やったー!ありがとう!」

 

その後は霊夢の為に買い物をした後に盆踊りが行われていたので紫に半強制的に参加させられて踊った。盆踊りなど数年前に一度踊ったきりだったのであまり覚えていなかったが、楽しく踊れたのではないかと思う。




初めて四千文字になりました。疲れた。

追記:三年ぶりに推敲したら七千文字になりました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十六話 竹林

「なかなか凄い竹林だな。外の世界じゃお目にかかれないぞ」

 

俺は今大きな竹林の前にいる。幻想郷には規格外の大きさのものが多いからか俺も()()()と言うことが増えている気がする。

それにしても大きすぎやしないか?中には霧が張っていて、簡単に迷いそうだ。しかもそれだけでなく妖怪や魔術の類いの気配がめっちゃ感じるから一度入ったらなかなか出れないだろう。流石、迷いの竹林の名前を冠しているだけのことはあるな。

さてさて、この中に入ってみたいが無計画に入ると出れなくなりそうだし…と思っていたら横から声をかけられた。

 

「ん?貴方はこの竹林に入りたいのかい?」

「誰だ?」

 

全身を構成する配色が赤と白のどちらかという少女。長い髪もまた白なので本当に白か赤しかない。

 

「私は藤原妹紅、この竹林の道案内みたいなのをしているんだけど…」

「俺は堀内定晴だ。この竹林の中に何かあるのか?」

「あれ?知らないできたの?この中には永遠亭っていう…薬屋?病院?があるよ」

「よく分かってないじゃないか」

 

ただどうやらこの中に建物があるのは分かった。なぜこんなところにとは思うが…まあ今は気にしなくてもいいだろう。

 

「入りたいの?それなら案内するけど」

「折角だし行こうかな」

 

妹紅はモンペを着ていてどこか古めかしさを感じる。それでも真っ白な髪はサラサラしているようで、風が吹くと綺麗に靡く。

妹紅は俺の返事を聞くと、分かったと言って竹林の中に入っていく。俺も後ろから竹林に入る。

 


 

竹林は意外に暗くて、光が差し込んでないところもちらほらある。俺は上を見上げると、疑問に思ったことを口にした。

 

「ここって空飛んでいったら駄目なのか?」

「貴方飛べるの?まあどのみち空にも霧が掛かっていて、ある一定範囲内だと空でも迷っちゃうんだけど」

「そこまで霧が濃いようにはおも…!?」

 

ドゴ

 

「うわ!」

 

突然落とし穴が開き、それにともなって俺の体も宙に浮く。典型的なトラップである。

 

「やーい!引っ掛かってやんの」

「あ!てゐ!」

「さてさて落ちて間抜けな姿を拝むとしようか…あれ?いない」

 

落ちた俺を見に来たのだろう。いや、正確には落ちるはずだった俺を。

 

「お前か、落とし穴を作ったのは」

「え!?いつのまn痛い痛い痛い!」

「このいたずらウサギめ」

 

実は俺は落ちる前に風を使って穴の上から逃げていたのだ。そして今犯人の後ろに回り込み耳を引っ張っている状況だ。獣タイプの妖怪には獣耳があることが多いのだが、引っ張られると結構嫌な気分になるらしい。

俺が耳をグイグイしていると妹紅が駆け寄ってきた。

 

「大丈夫か、定晴」

「ああ、俺は今少々怒っているだけだから」

「痛いよー!誰か助けて!」

 

なんだか妙にイラッとする声だ。本当はあまり痛いと思っていなさそうだしもう少し強めに…

 

「もうそれくらいにしてあげて、一応ここの案内人の一人だから」

「案内人がこんなんじゃ駄目だろ。はぁ、仕方ない…」

 

俺はうさぎの耳を離す。すると軽やかに数歩、クルッと振り返りうさうさしている。何を言っているか分からないかもしれないが、今の状態はうさうさしているとしか言えない。

 

「お前、ていって言うのか」

「いや、私はてゐだよ」

「ん?ていじゃないのか?」

「違う違う。てゐだよ」

「???」

 

妹紅が呼んでいた名前で尋ねてみたが違うと言われた。ていが言うように言っている筈なのに何故か訂正される。

 

「定晴が言っているのはていでしょ。いは、ゐって書くんだ。普通の平仮名じゃなくて旧字体の」

「ああ、成る程な…でもていもてゐも同じに聞こえるけどな。まあ人によっては貴方と貴女が聞き分けられるらしいし…」

 

それにしてもてゐってのも不思議な名前だ。幻想郷で名前について議論しても仕方ないがな。

 

「永遠亭に行くんじゃないの?」

「ああ、そうだった」

 

妹紅に考えを中断させられる。別に構わないが。

歩き出そうとしたら、てゐが話し掛けてきた。

 

「二人とも永遠亭に行くの?」

「ああ、そのつもりだが」

「じゃあ二人に幸運な力を…はい。これであと一分も歩けば着く筈だよ」

 

特に見た目も霊力も変わらない。だがてゐが俺達に何かしたようだ。

 

「なんだそれ?」

「私は人を幸運にする能力を持っているんだ!」

 

その力使えば宝くじ涙目だろうな。しないけど。

どうやら幸運にも俺たちはあと一分くらいで着くらしい。どれだけ幸運であろうと俺たちの歩く速度が変わらない以上到着時間は変わらないような気もするが…いや、それも幸運という一言で納得させることができるのかもしれない。

取り敢えず俺達は永遠亭に向かってまた歩き出した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十七話 永遠亭

「これはまた凄いお屋敷であることよ」

 

迷いの竹林の奥、どっしりと構える日本家屋に舌を巻く。

妹紅からは治療所だと聞いていたのだが、こんなにデカイ屋敷とは思わなかった。紅魔館といい白玉楼といい幻想郷の建物は少し、いやかなりスケールが違う…似たような事を最近思ったことある気がする。

 

「こっちだよ」

 

永遠亭の入口らしき所に立ち俺を手招きする妹紅。どうやら中まで案内してくれるようだ。

 

「あ、ああ。ここって誰が運営しているんだ?」

「え、ええと…人間?と、妖怪?」

 

どうも煮え切らないような答えをする妹紅。俺はもう少し掘り下げてみる。そもそも幻想郷でそこまで医療技術が高い者がいるとも思えないのだが…

 

「何で疑問形なんだ?」

「この際だから言うけどね、ここにはウサギと月の民がいるんだよ」

「ま、待ってくれ!月の民?」

「うん。文字通り月に住んでいる人のことだよ。正確には住んでいた、かな?」

 

月の民って、俺が思っている月の民でいいのだろうか。だとすれば何故こんなところに…そもそも奴らは地上にはほとんど干渉しないようにしているはずなのだが…しかも妹紅は()()()()()と言った。つまり調査に来ているなどという事では無いということ。考えても分からん。直接聞くしかないと言うことか。

 

「どうしたの?」

「いや、ちょっと考え事をしていただけだ。気にしなくていい」

「ま、調子悪くてもここの医者が治してくれるでしょ」

 

カラカラと笑いながら歩みを進める妹紅。どうも俺がここの特殊な雰囲気に酔ったと思っているようである。

考えがまとまらないまま俺は永遠亭のドアを叩く。月の民とはどういうことなのか、俺は頭を悩ませた。しばらくして出てきたのはウサミミを生やした女の子。これは…制服?月の奴らはこんなの着ていなかったと思うし永遠亭の制服だろうか。

 

「はーい。どちら様ですか?あ、妹紅さんと…すみませんどちら様でしょう?」

「私が案内してきたんだ。定晴って言って人間だよ」

「そうでしたか。私は鈴仙・優曇華院・イナバです。何か怪我か病気ですか?」

 

名前が長いなー、何て呼べば良いのだろうか。俺は基本的に混同しないように名字ではなく名前で呼ぶようにしているのだが…取り敢えず鈴仙でいいか。

俺は鈴仙にここに来た目的を告げる。

 

「いや、ただ竹林に建物があるって聞いて入った。それに目的がさっき増えた」

「そうですか。折角なので案内しますよ。妹紅さんはどうしますか?」

「私はいいや、あのクソ姫もいるだろうしね。定晴は大丈夫?」

 

妹紅がクソ姫という相手が誰なのかも気になるな。その姫も月の民なのだろうか。俺の知っている月の姫は二人なのだが…はてさてどうだろうか。

 

「ああ、取り敢えず大丈夫だ。またな」

「うん。またね」

 

俺は…鈴仙に連れられて中に入った。そういえばこんな間近でウサミミを見たことなかったが、近くで見てみるとちょっと興味深いな。あまり見ると失礼なのでちょっと確認する程度だけど。

中は外観からも想像出来る和風な造りだった。白玉楼程では無いがここにも立派な枯山水があり、とても雅だ。あとここも見た目以上に広い。咲夜のような能力者がここにもいるのだろうか。しかし俺の頭の中は月の民のことでいっぱいだった。目の前の鈴仙に聞いてもいいんだが、あまり勇気がない。

 

『これは月のウサギの反応だ』

『それくらいに分かってる』

 

狂気に言われなくても分かっている。玉兎であることは目の色や妖力からも把握できる。でも勇気がでない

ここで勘違いしてほしくないのが、俺はあくまで月の奴等の反感を買うようなことがしたくないのであって、ヘタレじゃないということだ。というか幻想郷で出会う人みんな女性なわけだし今更ヘタレることもないだろう。

しばらく歩くと鈴仙が一つの部屋の前で立ち止まった。

 

「こちらが師匠の部屋です」

「お、おう」

 

扉を開いて中に入る。どんな奴がいるのかと俺は中を注視した。

そこには椅子に座ってこちらに背を向けて座っている人。そしてその力の性質は…月の民。

 

「あら?お客さん?いらっし…!?」

「すまないな。まず簡単に質問に答えてくれ」

 

輝剣を構えて威圧する。流石の彼女も咄嗟に反応できなかったのか硬直している。

 

「え、ええ」

「し、師匠!?ちょっと何するんですか!?」

 

鈴仙が声を荒げる。だがしかしここで鈴仙に構っている暇はない。もしかしたら今ここで戦闘する可能性もある。

 

「すまないが少し黙っててくれ…質問だ。お前は誰だ?」

「や、八意永琳よ」

「なら、月から何しに来た?」

「姫様の付き添いで逃げてきたの」

 

逃げてきた。月の民が月から逃げてくる理由など罪を犯すくらいしかないのだが…それも訊くか。

 

「最後、何をしたんだ?」

「姫様と一緒に不老不死になる蓬莱の薬を飲んだわ」

 

月において不老不死は結構な重罪だったはず。ということはこいつは普通に犯罪で逃げてきただけか。特に嘘をついているようには見えないな。

俺は輝剣を消して威圧を解いた。永琳はホッと息を吐く。

 

「いや、まじですまんな。そうか…あんたが依姫とかに八意様って呼ばれてたやつか」

「…」

「大丈夫ですか、師匠?それに貴方、依姫様を知っているの?」

「ああ、実はな…」

 

「俺は月に行ったことがあるんだよ。」

 

 

 

 




リクエスト作品をこちらに書くと、どうも色々面倒なことがあったので、≪if東方十能力≫という名前の別作品として分けております。リクエストはそちらの方に…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十八話 月の物語①

俺の言葉を聞いて永琳が困惑したかのような声を出す。いや、実際混乱しているのだろう。

 

「貴方が月に?」

「ああ、といっても住んだ訳じゃ無いけどな。少しだけ月に、月の裏側に行ったことがあるっていうだけだ」

 

それを聞いて永琳がさらに怪訝な顔をする。そもそも地上の人間は月の裏側に行けない。というか表側に行くとしても宇宙飛行士でもない限り不可能だ。それに月の裏側の情報は秘匿されているので通常知る方法はない。

 

「もっと詳しく聞かせて頂戴」

「ああ、そのつもりだ。ちゃんと説明するよ」

 

これは今から二年程前、依頼で森の中に入ったときの事だ。

 

 


 

 

「ここら辺に獣が出るんだっけ?おーい!猪か熊か分からないけど出てこーい」

 

依頼内容は森の獣討伐。最近森の中に変な影が見えたと思って近付くと、その周辺が荒らされているらしい。ここら辺は妙に掘った後が多いからここら辺だと思うんだが…獣にしては掘り方がどうも人工的な気がするしもしかしたら人間かもしれないな。影しか見てないというし。

 

「おーい!」

 

森の木々に反響して返ってくる声、他にも鳥や葉っぱの音が反響しているため変に聞こえるし、鬱蒼としていて薄気味悪い。オカルトの類いは俺がこんな力を持っているから全然怖くないのだが、こう悪寒がするようなのは嫌いだ。だから早く依頼を終えたいのだが…

 

がさがさ

 

今遠くの方で音が聞こえた。もしかしたら犯人かもしれない。俺は走って音のした方に走った。俺が近付くと離れるように音も遠ざかっていく。逃げているのかと思いきやどうもある方向に向かって直進しているらしい。

数分後、音が止まったのでそこまで行ってみると…

 

「なんだあれ?」

 

音がした場所に生き物はいなかったが、その代わり歪んだ空間があった。確かめるために近付くとどうもそれは少しずつ動いている事が分かった。生き物ということはないだろうが、不安定な空間であることは確かだ。

試しに歪んだ空間の中に石を投げ入れてみると消えてしまう。霊力の糸を創り、投げ入れてみると、奥に続いているようだった。一体どこに繋がっているのかは分からないが、これが犯人というわけではないだろう。きっとこの先に犯人がいるはずだ。俺は依頼を達成するためにも思い切って空間の中に飛び込んでみることにした。

 

「っと、ここは何処だ?」

 

気付けばそこはさっきまでいたところとは全く風景が違っていて、空には星が浮いていた。そして目の前に浮かぶのは我らが故郷の地球。どうやらあの空間の先は宇宙だったようである。

それにしては息が出来るし不思議な感覚だ。足元にはさっき投げ入れた石と糸があるが、後ろを見ても先程の歪んだ空間は見当たらない。ふーむ、どうやら帰れなくなったようだな。

 

「帰れないならしょうがないか。ちょっと探索しよう」

 

もしかしたら近くに同じ様なのがあるかもしれないと思って俺は歩き始めた。まさか一方通行の歪みなんてのは思うのだが…まあ事故だったとしてあの空間が自然に生まれるはずがないしきっとどこかに犯人もいることだろう。

歩くこと数分、俺は一つ結論付けることにした。

 

「もしかして…いや、もしかしなくてもここは月だな?」

 

俺がその結論に至った理由は三つ。

 

・地球が目の前に見えること

・遠くの方にクレーターの様なものが見えること

・ミキから色んな所に別の世界へと繋がる道があると聞いたこと

 

唯一分からないのが空気があることだが…それはおいておこう。

ここが月であるということが九十%ほど確実になった頃近くで声が聞こえた。幻聴では無い。となるとここにも生き物が住んでいるのは確実なものになった。俺は声がする方に走ると、そこにはうさみみを付けたのが三人と一人の女性がいた。ウサミミは被り物ではないように見えるが…

うさみみを付けた子達はぼろぼろで、女性の方は何か考え事をしている。取り敢えずうさみみ達を助けるべきだと思い近付くと、女性が驚いた顔でこちらを見てきた。

 

「貴方、なんでここにいるの?」

「それより先にこいつらを…」

「答えなさい。貴方は何故ここにいるの?」

 

突然声が強くなり、威圧的に言われた。

それにしても…何故、か。変な空間を説明して納得するかな?いや、しないだろう。でもそれ以外の言い訳も思い付かなかったので正直に話すことにした。

 

「変な空間を通ったらここに着いた。それだけ」

「変な空間?」

「ああ、森の中にあったのに入ったらここに着いたんだ」

 

変な空間の正体もその犯人も分からないので不確かな情報しか伝えることのできないのが歯痒い。というかこれで納得してくれるか?

 

「そう…それはこちらがわのミスね。なら今すぐ帰してあげる」

「おお、それはありがた…「冥界にね」…あちゃー…」

 

そんな気はしてたよ。最初からずっと殺気に近しいものを感じてたもん。となると戦闘か…と思っていたら謎のビームが放たれた。瞬発的に避けた俺はさっきまで倒れていたうさみみ達が起き上がっていることに気づく。なんだブラフだったのか?

 

「今のをかわしたの?そんなことしたら後ろを見て絶望しちゃうわよ?」

「後ろ?……っ!?」

 

ビームが通った後は…地面が消えていた。元から無かったかのように抉れている地面はそのビームの威力がどれ程恐ろしいものか物語っていた。ここが月だとして地面を抉る攻撃は如何なものかなのかと思うが…どうやらここはこいつらの領域らしい。月に住人がいるなんて話聞いたことないぞ!

 

「成る程な…」

 

更にビームが放たれる。次は結界を出現させて受け止めようとする。しかし結界は一瞬で消え去り急いで回避。またもや地面が抉れた。

 

「しょうがない…悪く思うなよ!俺も死にたくないものでね!」

「あら?強気ね。触っただけで消えるレーザーがこちらにはあるのに」

 

つかそんなレーザーの開発者は一体何を考えていたのかね。しかもなんか気軽に撃ってくるし。

そんな兵器があるとこちらは勝ち目がない。さらにビームが撃たれる。今までより太い。しかしそんなものは関係ない。俺は呟く…

 

……術【無力】

 

自分自身の声はレーザーの音に邪魔されたせいで聞こえなかったが、技はしっかりと発動したらしい。その証拠に…

 

 

目の前のレーザーは跡形もなく消えていた

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十九話 月の物語②

最初らへんの話を加筆修正しました。各話二百から三百文字ほど増えました。内容は変わってないので無視してくれて構いません。
遅れた言い訳はこの辺にして今回の話です。どうぞ。

2021/12の追記
ここらへんの話も加筆修正しています。各話八百から千文字ほど増えてます






「何を、したの?」

「ただちょっとだけ、本気出しただけだ」

 

あんなビームを直接受けたら死んでしまう。もしかしたら死ぬ以外の効果もあるのかもしれないが、そこの女性が冥界などと不吉なことを言うので安全策を取らせてもらった。その名も…

 

「撃ちなさい!」

 

おっとその前にエネルギー弾を撃たれた。今度は輝剣を使って弾いていく。霊力消費が激しい技だから可能な限りは普通に抵抗させてもらおう。

しかしいい加減面倒なので一気に畳み掛ける。能力をふんだんに使って敵を斬っていく。まあ身体強化をしながら結界と輝剣を同時に使用しているだけだがな。

 

「そんな…地上の人間に…」

「地上の人間なめるな。さて、ここがどんな場所なのか吐いてもらおうか」

 

適当に捕まえた奴等に詰め寄る。しかし、なかなか口を開かない。喋ったとしても秘密だからの一点張り。しょうがないから紐で縛ったまま連れ歩く事にした。所謂捕虜ってやつだな。まあこの現地の人々からすれば俺が犯罪者のようにしか見えないのだけどね。

そして足を一歩踏み出そうとしたらその瞬間俺の体が動かなくなる。先ほどの力の副作用というか反動のようなものだ。この力は強力だが、代償として使った後五秒ほど動けなくなるのだ。まあ、この力を使ったら十秒は稼げるが。

その後も暫く歩いたら大きな建物を見つけた。というか都。月にこんな立派な場所があるとは思わなかったが…多分普通に衛星とかで探しても見つけることができないようになっているのだろう。

入り口には大きな門があり、そこには見張りが立っている。俺がこいつら (ウサギ達)を連れているところ見られると絶対襲われる。しかし帰り方が分からない以上行くしかない。取り敢えずウサギ達はここに置いておいて…

出来るだけ自然に振る舞えば…いや、やめておこう。とりあえず軽く…

 

「何だ!貴様は!後ろにいるのは…貴様、どうやって来たか知らないがここで死んで貰うぞ!」

 

話し掛ける前にやられた。まあ知ってたけど。埒が明かないので都に入ることは諦めて、ついでにウサギ達もそこに放置することにして…

 

「にーげるんだよー」

 

俺は奥に見えている森に向かって全力で飛んだ。見張りはSFに出てくるような光線銃を撃ってきた。月に都がある時点で十分SFか。

 


 

「大丈夫ですか?依姫様」

「え、ええ」

「どうされたんですか?」

「うちに撃たれたら勝手に元いた場所に帰るレーザーみたいなのあるじゃない?それを撃ったら全部避けられた挙げ句捕まっちゃった」

「な、何故そんなものを…普通に帰してあげればよろしいのに」

「だって素直についてきてくれなさそうだったのよ。それにそっちの方が面白いじゃない?」

「は、はぁ…」

 


 

さてどうしたものか。幸い追っ手は来ていないようだが隠れる場所が悪かったな。ここの森(なぜ月に森があるのかはこの際気にしないことにする)は木が結構規則正しく並べられているため意外と見通しがいい。散歩するときには気持ちいいのだろうが隠れる身からすれば不利であると言わざるを得なかった。

とはいえここから動くことができるかと問われれば否だ。流石に飛んで地球に戻れるわけがないので何かしら帰還方法を見つけることが先決だな。とても興味深い場所だし探索したいのはやまやまなのだが、まあ諦めるとしよう。命大事に。

 

「にしてもどうしたものか…」

 

思わず口に漏れてしまう。今の誰にも聞かれていないよな?この森は比較的綺麗に整備されていて、ここの住民がいても全く不思議ではない。

それにウサギ、というか動物って基本的に人間よりも耳がいいと言われているわけだし変に何か物音を出すだけで怪しまれる可能性がとても高い。

 

「そこに誰かいるの?」

 

そう。結論を言ってしまえば、一発でばれる。ここにある木々は葉の枚数が少なく、隠れるのに適していない。しかし隠れなければ見つかってしまう。そんな中俺が導き出した答えは…

 

「誰ー?ぐふっ…」

 

相手を気絶させる事だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十話 月の物語③

お待たせしました!


木の上で悩む。はてさてどうしたものか。

彼女を気絶させることは出来た。格好がさっきの奴等に似ているのでここの住民であることは確かだろう。つまりこいつにとって俺は敵である。起きたら直ぐに捕まってしまうだろう。だからこそ俺は今すぐにでもここを離れなければいけないのだが…

 

「う、う~ん…」

 

気絶したまま呻き声を出す女性が、俺の良心を縛っていた。気絶させたのは俺だし罪悪感を覚えている暇はないのだが、どうしても罪なき人を叩いたというのが俺に躊躇いを生んでいたのだ。

そんな葛藤をしていたため俺は油断していた。だからだろう、俺の後ろに知らぬ間に誰かいたことに気付かなかったのは。

 

「お前、何者だ?」

「ん?」

 

肩に手を置かれて俺は一瞬思考が停止する。そして肩に手を置かれている状況を理解した俺は…思考を全て置き去りにして、ついでに罪悪感も捨てて逃走を試みた!

 

「さらば!」

「貴様、待てーい!」

 

勿論肩を掴まれた状態で逃げることができるはずもなく。もう俺の人生も終わりか…今からきっとさっきのレーザーに撃たれるんだろうな~ははは…

 


 

って思ってた時期が俺にもありました。その後連行されて連れていかれた所はとある一室。都の中にある牢獄じみた場所だ。とはいえ中は清潔だし、というか監禁用の部屋であるだけでベッドやらシェルフやらはしっかりと手入れされている。

目の前にはこのさっきまで捕まえていた女性と、森で気絶させた女性。前者は依姫後者は豊姫というらしい。なんとこの都の姫だというのだから驚きだ。つかそんな身分の高い人が堂々と前線やら森やらを歩いているのはどうなのだろう。

 

「そんなに緊張しなくても良いわよ?」

「いや〜その〜…」

 

こんな場所にいきなり連れ込まれた挙げ句尋問か。そして目の前には姫がいる。展開が早すぎて俺の脳が追い付いていないためコミュ症のような話し方になってしまう。 別にコミュ障ではない。俺の仕事に仲間はいないので依頼人と直接話すのは俺だというのにコミュ障ではやっていけない。

 

「貴方の名前を聞かせて頂戴?」

「ほ、堀内定晴だ。地球から来た」

 

そもそもこいつらの喋り方に少し威圧感を感じているのだ。もしかしたら本当に牽制目的なのかもしれないな。俺は質問にきちんと答えて、ついでに地球から来たことも伝えておく。

 

「ねぇ、どうやってここまで来たの?」

 

豊姫が至極普通な質問をする。依姫も同じこと言っていたからもしかしたら、ここに来ることは簡単では無いのかもしれない。俺としては気がついたらとしか言えないので簡単だったかどうかは分からない。

別に秘密にしておく理由もないため事の顛末を話す。話終えたら豊姫は苦虫を擂り潰したような顔をしていた。

 

「そ、それは本当?」

「ああ、依姫にも同じ事を言ったんだが…撃たれた」

「ん?どういうこと?」

 

俺が依姫からレーザーを放たれたことを話すと豊姫は更に驚いた顔になった。あれ、意外と侵入者にレーザーをすぐさま撃つって不当行為なのか?

俺が不思議そうにしていたら依姫は少し気まずそうに言った。

 

「そ、それは…ほ、本当の事を話すとあれは当たったらここの記憶が何もかも無くなって元いた場所に戻るレーザーなのよ」

「え!?」

 

何だそれ!じゃあ俺はあれに当たっとけば良かったってことか?いや、あれに当たるとか勇気いるだろ。無茶すぎる。だって地面抉れてたし。あの抉れた地面も地球に飛んでいったのだろうか…

そもそも他の方法は無かったのだろうか。

 

「何でそんな手荒な真似しか出来ないんだ?」

 

少々きつい言い方になったが伝えたい事を簡潔に言うとこうなる。

 

「あまりここの事を知られたくなかったからよ。それに貴方素直についてきてくれなさそうだったから」

「理由言ってくれればついていくのに」

 

結局のところ全てが徒労に終わったわけか。それを知ったら妙に疲れてきた。行動が無駄なことだと知ると途端に疲れてくるこの現象に名前はあるのだろうか。

 

「なあ、俺の知りたいことを訊いていいか?」

「まあ、良いけど。どのみち帰る頃には記憶なくなるわよ?」

「別にそれでいい」

 

そして俺は二人に多くの質問をした。それで分かったのがここが月の都でウサギ達は玉兎と呼ばれる元からいた先住民。そして目の前にいるのは都でも名の通った有名な姫であるということ。他にもエトセトラエトセトラ。

 

「これで満足した?」

「ああ充分だありがとう」

 

少し長い時間付き合わせてしまったので感謝の意を込めて微笑む。一応悪いのは俺なわけだしな。

 

「あ、え、えっと、こっちからの質問なんだけど良いかしら?」

「おう、良いぞ」

「さっきも言った通り私達は地球人達の穢れから逃げてここまで来たの。なのに貴方から全く穢れを感じないのよ。どうしてかしら?」

 

先程の質問の中で俺はなぜ月人は月に来たのかという質問をした。その中に穢れという概念があったのだ。俺にはよく分からなかったが地球にはそれが溢れていて、人間は誰しもが穢れを持っているらしい。しかし俺からその気配がないのだと言う。

 

「ああそれか。それは俺の能力が関係しているんだが…」

「能力!?」

「あ、ああ、そう言えばそのまま言っても分からないよな。え、えーと…」

 

月の国に異能力持ちが居るのかは定かではないが、俺の能力を説明するのは少々面倒なものである。しかし、俺の予想に反して依姫が口を開いた。

 

「もしかして空飛べたりも出来るの?」

「まあそれなりに」

 

あくまで応用だが。

 

「それって[○○程度の]って付く?」

「そう言えばそんな事を聞かされたような…」

 

確か聞かせてきたのは八雲紫…

 

「なら私達と似ているのね」

「え?」

 

似ているとはどういうことか。それはこいつらも能力を持っているということ。

 

「まじで?」

「ええ、詳しい事は話せないけど」

 

俺も能力に関しては詳しく話せないし理解できる。そもそも他人の能力について根掘り葉掘り聞くのは禁忌に近い。

 

「にしても地球にそんな力を持っている人間なんてあまりいないと思っていたわ」

 

なにやら分析顔で思案する依姫。考え込んでしまったので俺は豊姫にそもそもの質問をした。

 

「なあ、俺って帰してもらえるんだよな?」

「あ、そうそう。その事なんだけどね、ついてきて?」

 

豊姫が席を立って部屋の入り口で手招きをしている。この際全部言われた通りにしてやろうではないか。俺はそう思って依姫と共に部屋を出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十一話 月の物語④

スマホがデストロイしていたため二ヶ月も間が開きました申し訳なく思っております。


さて、俺の目の前ではとある二人が言い争っている。方や月の都のお姫様。方や都の重鎮の…名前の知らない誰か。地球へ行くための装置について言い合っているようである。

 

「だ・か・ら、早く使わせてって言ってるでしょ!?」

「しかし今日は使用されないと言ったので今日は…」

 

融通が効かないあたり月の民も人間なのだと実感する。

重鎮曰く予定にない使用は認められないとのこと。姫様も月の民の中ではそれなりの地位だと思うが、それでも認めることができないらしい。

 

「予定が入ったのよ!そんな事も分からないの!?」

「いい加減されてください!許可なく使うことは許されていません!」

「それで地上の民を残しておくって言うの!?」

 

俺としては正直めっちゃ迷惑がかかっていると思うんだが。というか依姫達が威厳たっぷりで歩いてたから手筈は整っていると思ったんだが、そうではなかったらしい。

結局五分ほど言い合った後に依姫が次の言葉で折れた

 

「これはそれなりに危ない物なのですよ!そこの奴から穢れを感じないのならば何処かの部屋にでも明日まで隔離しておけば良いじゃないですか!」

 


 

そして俺は連れられるままにとある密室に連れてかれた。窓はあるが開かず、ドアも外から鍵を掛けられた。連れてこられた後に豊姫が「ごめんなさいね」とは言っていたから若干の罪悪感的なものは感じているのだろうが、どのみち今すぐ帰れないなら一緒だ。

まぁ一応殺されたりはしないようだから安心…とまでは言えないが、少なくとも希望の光は見えた気がする。地球に帰れず月で死すとか訳わからんにも程がある。

 

「定晴さん、食事を持ってきましたよ」

「ん?ああ、ありがとう」

「そんな、だって貴方完全にとばっちりみたいじゃないか」

 

依姫が申し訳無さそうな顔をする。

持ってきてくれた料理は俺も見たことないものばかり。豪華ではないがある程度配慮して作られたものであろうことがわかる。

 

「まあ、これも一つの結果だったと言う事で。そういや一つ思ったが俺に撃ってきたレーザーって使えないのか?」

「あれは今別の所が使っているから無理なんだ。申し訳ない…」

「姫がそんな簡単に頭下げちゃったら駄目だろ?ほら、顔上げろ」

「でも…」

 

ウジウジ言っているが結局俺の責任の方が大きいと思うから、依姫達にはほとんど責任は無い。そもそも馬鹿正直にビームを躱していなかったら今頃困惑しつつも地球にいた筈なのだ。

依姫がなかなか顔を上げないので俺はしびれを切らし無理矢理首に手を持っていって上げさせる。

 

「ほら、くよくよしない!そんなに申し訳なくされても俺が困るだけだ。だからここでは笑顔を見せて欲しい。少なくとも俺はそう思うぞ」

「ああ、そうだな」

 

そう言って俺は素早く食事を始める。だから俺は気付かなかった。今の依姫の顔が真っ赤に染まっていたことなんて。

 


 

次の日、俺はやっとこさ帰れる事となった。昨日来た部屋に連れてこられ機械に乗せられる。

 

「これは帰還と共に記憶を消す装置よ?一応辻褄が合うようにはなるとは思うけど…保証はしないわ」

「マジかよ。まあ、ありがとな豊姫、依姫もな」

 

豊姫は笑顔だが依姫はなぜか少し俯いている。ふむ、体調でも悪いのだろうか。

 

「え、あ、はい。そのー、えっと」

「あら?元気無いわね。どうしたのよ」

 

簡単に別れを告げた後直ぐにそこにいたうさ耳が報告をする。昨日の重鎮ではなく下っ端のうさぎのようだ。あれだけ厳重に管理されていたのでただの下っ端、というわけではないだろうが。

 

「準備完了、三十秒後に起動、転送します」

「それじゃあさよならだ」

「ええ…」

 

顔を俯いたままの依姫は静かに俺に近付き…

 

「定晴さん!」

「え?」

「あらー…うふふ」

 

俺は困惑するのだが、豊姫はまるで全て知っていたかの様な顔をする。因みにうさ耳は作業に集中していて気付いていない。

 

「これを飲んでください」

「なんだこれ?」

「記憶が消えないまま帰れる薬です」

 

どうやらこの薬を飲むことで俺は記憶を消されぬまま地球へと戻ることができるらしい。まあ月での経験はそれなりに面白かったから忘れるのはちょっと惜しいなとは思っていたが。

 

「そんな事したら重罪になっちゃうし…大丈夫なのか?」

「その、私達の事を憶えておいて欲しいですし…もう一度会って話がしたいのです。貴方の強さは、また会いたいと思えるものでした」

 

依姫が力強く言う。その顔は…微笑んでいた。

 

「残り十秒!」

「早くお飲み下さい」

「あ、ああ!」

 

素早く蓋を取り中身を一気に飲み干す。飲んだ瞬間体の中にトロトロした何かが入ってきた感覚がした。うーん、ゼリーに似たような薬だ。

 

「転送、開始!」

 

うさ耳がそう言ったら機械が重い音をたてて動き出す。そして俺の目の前がどんどん白くなっていく。転送装置なんて使うの初めてだが、こんな感じなのか。体を粒子に変換して到着地点で再変換…というよく言われるプロセスなのだろうか。

 

「それじゃあまたな」

「はい!お元気で」

「またね〜」

 

豊姫は扇子で口は隠していたが目は確かに笑っていた。対する依姫は微笑んでいながらも目は少し潤んでいた様な気がする。ふむ、そこまで名残惜しいか?

こうして俺は我らが地球へと戻って来たのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十二話 月からの物語

「これが事の顛末だ」

 

俺は三十分程かけて月においての物語を話した。永琳は手を当てて考えていて、鈴仙はポカンとしている。

 

「それって…本当?」

「嘘を言ってどうする?」

「それも…そうよね」

 

永琳はまたも考え始めた。永琳としては俺が月に行ったことある事が相当衝撃だったのだろう。地球人が月へと行くには相当苦労する。なんせ普通にロケットで行ったところで月の裏側はバリアがあるので見ることすらできないからな。

 

「あのー…」

「ん?」

 

ここでやっと正気に戻った鈴仙が口を開いた。頭の中で色々と処理を終えたらしく落ち着きを取り戻している。

 

「その事って誰にも言わなかったんですよね?」

「ああ勿論。あいつらが記憶を消そうとした位だからな。それ相応の秘密があったんだろうな。それにそもそも信じてもらえるはずもないだろ?外の世界では科学的証明こそ全てみたいな風潮があるんだ。月の裏側の、未だに観測されていない世界があるだなんて戯言としか思われない」

 

俺がそう言うと部屋には静寂が訪れる。永琳も鈴仙も何かしら考えているらしく口を開こうとしない。かといって話題を振ったのは俺なのでこちらから新しいことを言うのも憚れる。居心地の悪い無音が部屋を満たしていた。

一分程に感じられた静寂を破ったのはまさかのスキマの音だった。そしてそこから紫が現れる。どうやら俺の話をスキマ越しに聞いていたらしい。理由は分からないが少々不機嫌そうである。俺の話に何か不満な点があったのだろうか。

 

「ねぇ?定晴、今までそんな話聞かなかったんだけど」

「だから、秘密があったかもしれないから月人とか関係者にしか話さなかったんだよ。」

「あら、私は一回月に大規模攻撃したことありますけど?」

 

紫がねっとりした声で喋る。若干の嫌味も込められていてとても不愉快な気分になる。つか紫のその話こそ初めて聞いたんだが。なんだよ月に大規模攻撃って。幻想郷って外の世界に基本的に不干渉じゃなかったのか?

 

「お前、何でそんなに不機嫌なんだよ」

「そりゃぁ、だって…秘密にされてた事があるのが嫌なんだもん…

「は?」

「とにかく!私が嫌いな月人の事をこれ以上話すのは止めて頂戴!依姫たちはともかく普通の月人ったら私達のことを見下してるのよ!?」

 

何を言ったのかは聞き取れなかったが、紫は月があまり好きじゃないらしく月人達と交友を持った俺に対し少し怒っているようだ。ふーむ、これに関しては理不尽と言うよりほかない。

 

「それなら紫は永琳達も嫌いなのか?」

「そういう訳じゃないわ。私はただ、妖怪の事を下に見てる上にその事を嘲笑ったりする人が嫌なの!だから幻想郷が好きで、妖怪の事も理解してくれている月人は嫌いじゃないわ」

 

だから依姫たちは良いのか。紫は結構妖怪であることを誇りにしているらしいし、幻想郷を愛しているので馬鹿にされるのが堪らなく嫌なのだろう。

 

「そうか…なら良いんだ」

「取り敢えずそういう月人関係で何かあったら私にも言いなさいよ!」

 

そう言って紫はスキマに飛び込んで行った。言いたいことだけ言って去って行ったな。いやはやまったく、まるで嵐のような奴だ。

そしたら俺達の会話を傍観していた永琳が突如俺に話しかけてきた。

 

「今日の所は帰ってもらっていいかしら?私達も色々用事があるし、さっきの話も整理しないといけないもの」

 

俺も突然斬りかかったし仕方ない。

 

「ああ、分かったよ。じゃあまたな」

 

俺は鈴仙に連れられ部屋を追い出された。

出会い頭そうそう少し険悪ムードになってしまったが大丈夫だろうか。そんな不安を抱えながら俺は永遠亭の出口に着いた。

 

「えっとー、今日はこんな雰囲気ですが師匠…あ、永琳さんの事です…師匠も突然の事で少し気が動転してるだけなので、また来てください。次来てくれたときはちゃんと出迎えることもできますので」

「ああ、俺の方こそ悪かったな。またいつか来るよ」

 

こうして俺は永遠亭を後に…

 

「帰り道分かりますか?」

「…」

「妹紅さん呼びましょうか?」

「すまない頼む」

 

俺は妹紅と共に永遠亭を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十三話 神社に住まう狛犬

俺が家で本を読んでいた時。突然玄関のチャイムが鳴った。前も同じような事があったなとか思いながら玄関のドアを開ける。今回も魔理沙かと思っていたらそこに立っていたのは同じ魔法使いのアリスだった。

 

「珍しいな、アリスが来るなんて」

「じゃんけんで負けて呼びに来たのよ。お菓子作ったから霊夢と魔理沙達とどう?って」

 

お菓子を作ったのは口ぶりからしてアリスだろう。それなのにじゃんけんでアリスを伝言役にするのは如何なものか。霊夢と魔理沙相手だと案外普通のことだったりする。

 

「そういうことか。折角だし貰うよ。博麗神社か?」

「ええ、先に行っとくわよ」

「分かった。すぐに行くよ」

 

アリスはそのまま博麗神社の方に飛んでいってしまった。俺も素早く準備を整え風を使って博麗神社に飛んだ。言うて財布くらいしか持っておく必要があるものはないのだけど。

 


 

俺が博麗神社に着くといつもの三人と針妙丸と萃香、更に今まで一度も会ったことが無い犬耳を生やした女の子が座っていた。既に六人。そのうちの四人が妖怪であることは明らかで、博麗神社が妖怪神社と呼ばれるのも納得できる。

 

「遅いわ!」

「早くここに座るんだぜ!」

 

俺が到着すると霊夢と魔理沙が急かしてくる。それをアリスが宥める。見た目からして三人の年齢はそこまで変わらないと思うのだがどうにも漂うアリスのお姉さん感…

 

「こらころ二人ともそんなに急かさないの」

「お菓子は逃げませんよ」

「そそ、酒さえあれば待てるんだから」

 

上から順に霊夢、魔理沙、アリス、針妙丸、萃香だ。

いつも通りの雰囲気に穏やかな気持ちになりつつも、一度も見たことのない犬耳の少女が気になる。

犬耳を付けているし妖怪かと思ったら、どうやら妖力よりも他の力の方が強そうで、妖怪と括るのには無理があるのかもしれない。

 

「ちょっと待って下さい」

 

そこで犬耳の子が断りを入れて俺に近付いてきた。そして丁寧にお辞儀をしてきた。なんか幻想郷でここまで丁寧に対応されるのは久しぶりだな。雑ではないのだが幻想郷の挨拶は素っ気ないものが多い。

 

「初めまして!高麗野あうんと言います。ここで守神みたいなことしてます!居候ですが」

「俺は堀内定晴という。宜しくな」

「霊夢さんから色々聞いてますよ。何やらとても強いそうで」

 

最後の言葉に俺は引っかかりを覚える。もしや彼女も戦闘好きなのだろうか。霊夢の友達はなんか強い人が多い気がするのは気のせいだろうか。霊夢自身も強いのだし、強ち間違っていないのかもしれない。

俺の不安を感じ取ったのかあうんが一言付け足す。

 

「あ、私は戦ったりしませんよ。萃香さんや魔理沙さんとは戦ったようですが」

「え、ああ。そうしてくれると助かる」

 

戦わないなら助かる。外の世界でも出会い頭に戦いを挑まれたことも一度や二度じゃないからな。なんで戦闘に巻きこまれる回数が外の世界と幻想郷で大差ないのかと思いたくなるが、まあ仕方ない。

ただし俺は戦闘が嫌いというわけではない。単純に必要のない戦闘を避けたいだけだ。相手が少女だと男性として少し情けなく思えてくるし。皆全然強いけども。

 

「話は終わった!?早く食べたいんだけど!」

「ああ、悪い。もう大丈夫だ」

 

霊夢に急かされて俺は机の周りに座る。するとアリスがカゴの中から袋に入ったクッキーを取り出した。綺麗な焼き色とクッキーから香る匂いが食欲をそそる。普通のクッキー以外にもチョコチップクッキーのような特殊なものも交じっている。アリスはお菓子作りが得意なんだな。

 

「さあ、召し上がれ。これが普通のでこっちが色んな味を混ぜたやつね」

「「「いっただっきまーす!」」」

 

言うが早いか一斉に皆がクッキーに手を伸ばす。俺も一枚取り口の中に放り込み噛みしめる。

クッキーの独特なサクサクとした触感と、口の中に広がる甘い匂い。そしてなによりほのかな甘さに思わず舌鼓を打つ。アリスは料理が上手だと前から聞いていたが、まさかここまでとは…

 

「うまい!」

「えへへ、そう?ありがとう」

 

魔理沙の隠すつもりのない賞賛にアリスも堪らず照れる。

これは外の世界の下手な菓子職人より美味いかもしれない。俺も料理はできるのだが幻想郷では材料や設備が足りず暫く作っていなかったのだ。久し振りに作りたくなってきた。

ちなみに足りない設備というのが上等なオーブンだ。あまり必要としなかったため外の世界で買わなかったため、簡易的なものしかできない。対するアリスはどうやって焼いたのだろうか。

 

「アリス、どうやってクッキーを焼いたりしたんだ?」

「あら?魔法を使えば直ぐに出来るわよ?調整は大変だけど」

「ああ、そうか。魔法の事すっかり忘れてた。魔法ってなんでもできるんだな…」

 

なるほど…魔法ね。よし、今度一度作ってみよう。外の世界でも幻想郷でも魔法を使う機会がほとんどないので焦がしてしまいそうだけど。

それにアリスは普通にオーブンを持っているらしい。一体どこから…と思ったらどうやら備え付けらしい。オーブンの技術を再現できる建築家、ってなかなかのセンスの塊だ。

その後は何の問題もなくあうんや霊夢達と一緒にクッキーを楽しんだ。

博麗神社で食べることも見越してお茶と合うような味に仕上げたアリスには感服するばかりだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十四話 紅魔館…再び

コン コン コン

 

『おい!客だぞ!起きろ!』

「ああー?」

 

狂気にたたき起こされて目を開ける。

ドアがノックされているのは確かに客が来た証拠だろう。どうも最近は来客が多い気がするなと思いつつ伸びをしながら玄関に向かう。魔理沙、アリスと来れば次は霊夢あたりだろうかと思い扉を開けるとそこには咲夜が立っていた。

 

「咲夜?珍しいな、どうした?」

「はい、突然来て申し訳無いのですが、今から紅魔館に来て頂けませんか?」

 

あくまで恭しいまま俺に紅魔館に来るように提案をしてきた咲夜。わざわざ呼びに来るだなんてと少しばかり警戒してしまう。

 

「ん?何かあったのか?」

「実は最近妹様が遊びたいと暴れておりまして…どうやら定晴様との遊びを期待しているらしいのでこうして足を運びました」

「マジかよ」

 

遊びたいからってフランが暴れているのはなんとも子供らしい…と言っていいのだろうか。というか俺にフランの暴走を止めることができると期待するのは流石にお門違いである。多分フランの事だから夜になるまで遊び続けると思うのだがどうだろう。

 

「それで…」

「分かった。取り敢えず行くけど、どうなっても知らないぞ?」

「あ、ありがとうございます。では、先に行っておりますね」

 

咲夜は懐から懐中時計を取り出すと…気が付いたら姿がなくなっていた。あれか、時間を止めて移動したのか。

俺は一度扉を閉めて素早く準備に取り掛かる。こんな事もあろうかと前もって用意していた()()を持って。

 

 

紅魔館まで飛ぶこと十数分。博麗神社近くに住んでいる身からすれば霧の湖近くにある紅魔館はちとばかし遠い。

 

「やっと着いた。俺の家からだとやっぱり時間がかかるな…」

 

眠っている美鈴を一瞥したあと門をくぐる。ざる警備とかそんなレベルじゃないのだけど大丈夫だろうかこの館。

 

「おーにーいーさーまー!」

「ん?ぐはっ!?」

 

門の中に入ったら早速吸血鬼魚雷が飛んできた。俺は身体能力強化をしていたはずなのに二メートル程吹き飛ばされる。おかしいなぁ…純粋な鬼にも力負けしないというのにどうしてフランは余裕で俺を吹き飛ばすのだろうか。

 

「よ、よう。フラン。元気だったか?」

「うん!元気過ぎて有り余っちゃうくらい!」

「あ、ああ、そのようだな」

 

フランがピンポイントに鳩尾に飛び込んできたため俺の腹が悲鳴を上げている。しかし、仮にもフランから兄として認識されている俺が痛がっている様子を見せる訳にはいかず、必死に隠す。取り敢えずバレないように再生をかけておこう。

 

「大丈夫?」

「ああ、全然平気さ」

「そう?」

 

フランがちょっとだけ心配するような顔をしたので俺は嘘をつく。すると安心したのか更にフランは強く抱きしめてきた。子供とはいえ吸血鬼。一言で表すとしたら…死にそう。うん、かわいいのだけどもっと力を弱めてくれてもいいんだぞ。

 

「わ、分かったから、離してくれ。頼む」

「分かった!」

 

そしてやっとフランは離れた。妖怪の腕力により搾られた俺の体に撃墜が走っている。痛すぎて再生能力が間に合わないレベルで。

するとにっこりしたままフランは早速遊びの体勢に移行した。

 

「取り敢えず弾幕ごっこしよ!」

「ああ、分かったから少し休憩を…」

 

俺が休憩をとろうとしてもそれを無視してフランはスペルカードを宣言した。

 

「よーし、行くよー!禁弾【スターボウブレイク】!」

「マジかよ!?」

 

返事も聞かずフランはスペカを発動。元気なのはいいことなのだが迷惑っちゃ迷惑だ。というかこんなところで弾幕ごっこなどしようものなら紅魔館のきれいな庭園が乱れに乱れること必須である。ここの世話をしているという美鈴が涙目になる前に止めなければいけない。

 

「一度落ち着け!剣術【五月雨切り】

 

フランが放った弾幕の悉くを斬りフラン自身を剣の峰で叩く。

 

「ふきゃん!!」

 

弾幕が途切れ、頭を押さえながらちょっと涙目のフラン。そこに俺が諫めるように言葉をかける。

 

「一度落ち着けフラン。お菓子も持ってきてるから」

「お菓子あるの!?頂戴頂戴!」

 

お菓子という単語が出た途端、先ほどまでの涙目は嘘のように消し飛びキラキラとした目をしだした。やはりお菓子は偉大か。

ぴょんぴょんと飛び跳ねるフランを手で抑えながら紅魔館の中に誘導する。

 

「はいはい。取り敢えず中に入ってからな?」

「はーい!それじゃ行きましょ、お兄様!」

 

紅魔館に入るまでの短い間でここまで体力を持っていかれるとは…フランの元気が原因か、それとも紅魔館の雰囲気か…どのみち帰るころには無事とはいかなそうだな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十五話 おやつ

レミリアに挨拶しようかと思ったら咲夜曰く準備中とのことなので応接室に通された。レミリアの準備にはまだ時間がかかるようだしフランの不満が爆発してはいけないので先に食べさせてもらおうか。

 

「失礼します。定晴様、妹様」

「ありがとな」

「ありがとー」

 

咲夜からお茶を貰い俺とフランはお菓子を食べ始める。フランと会うということになるときっとスイーツが役に立つと思っていたが、間違いでは無かったようだ。現にフランは目の前で俺が作ったクッキーを嬉しそうに頬張っている。きっと咲夜の作った物には劣るだろうが、それでもフランは美味しそうに食べてくれている。

何度か不思議な顔をしていたのでどうしたのだろうかと思っていたらフランから質問が飛んできた。

 

「お兄様!今まで食べたこと無い味!何を使っているの?」

「ああ、そういうことか。フルーツの果汁を混ぜてるんだ」

 

クッキーの生地を作るときと焼き上げた後にそれぞれ果汁をかけている。そこまで多くは混ぜていないので気付かないかもしれないとも思ったがフランはちゃんと気が付いたようだ。

 

「へー!咲夜ー!今度作ってー!」

「はい、かしこまりました。定晴様、後日でよろしいので作り方を教えてくれませんか?」

「ああ、勿論」

 

もしかして果物の果汁を使った料理って幻想郷じゃあまり広く普及してないのかもしれない。というか、料理上手で完璧メイドの咲夜が知らないとなるとその可能性は高い。外の世界と違ってここではインターネットもないのでアレンジレシピなんてのは広まらないのかもしれないな。

クッキーもあと三分の一になったあたりでフランが尋ねてきた。

 

「ねえ、お兄様はここの地下の図書館には行ったの?」

「図書館?初耳なんだが」

「そうなの?お姉様が何か言ってなかった?」

「いや、全く?」

 

というか広い地下があったことすら驚きなんだが。フランが長い間地下にいたことは知っているが、それは地下牢程度の小さいものだと思っていたのだが…意外に紅魔館は俺が思っているより広いのかもしれないな。聞いた話によると咲夜が空間拡張をしていて、見た目よりも広いのは紅魔館に立ち入るだけで分かるのだが…

俺がそんな思考を巡らせていたらフランが突然叫んだ。

 

「ちょっとー!おねーさまー!どういう事なのー!お兄様に秘密にするなんて酷いよー!」

 

しかも姉批判。それをいち早く察知したのか、直ぐにレミリアがやって来た。どうやら準備を終わらせてきたらしい。咲夜がまだレミリアは寝ていると先ほど言っていたので起きて着替えて身なりを整えて、としてきたのだろう。髪ハネ一つない優雅なたたずまいである。

 

「よう、お邪魔してるぞ」

「貴方なら全然構わないわ。それよりも別に秘密にしてた訳じゃ…」

「言ってなかったなら一緒でしょー!」

 

レミリアの反論も一言で撃沈。姉弱し。

このままではレミリアがフランに負かされかねないと思いフランを宥める。

 

「まぁまぁフラン、その辺にしといてやれ」

 

特に俺自身「秘密にされた」みたいな感覚が無いから気にしていないし。

フランを鎮めてレミリアに詳細を問う。気にしていないが気になりはするのだ。

 

「なあレミリア。図書館って?」

「ふふ、幻想郷でも一番を誇る蔵書数が自慢の大図書館よ。管理は私じゃ無くて、親友のパチェ…パチュリー・ノーレッジがしているけど」

 

ああ、レミリアにも親友がいたのか。なんというか一匹狼というか、逆張りするイメージがあったからな…

 

「お姉様、ニヤニヤしてきもーい!」

「いくら何でも酷すぎない!?」

「こらフラン!あまり姉を苛めない!」

「はーい」

 

流石のレミリアもフランの暴言により涙目になっていて、とても高貴な吸血鬼には見えず可哀想に思えてくる。

まあそんなことは置いておくとして、大図書館には興味があるな。幻想郷に来てからは冒険じみたことを繰り返しているのであまり暇がないが、俺は結構な本好きなのである。はてさて案内してもらえるだろうか。

 

「なあ、レミリア、大図書館って案内してもらえるか?」

「それは別に構わないけど、本を読んだり借りたりするならパチェに聞いてね。ちょっと借りるって言葉には敏感かもしれないけど」

「ああ、了解した」

「じゃあついて来て」

 

俺はレミリアについて行く。レミリアの言葉にひっかかりつつも、本が沢山あるであろう図書館に期待しながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十六話 魔法大図書館

連れてこられた大空間で俺は大きく顔を上げた。

 

「ほぅ、ここが…」

 

目の前に広がるのはとても大きな本棚群、そしてその中に入っているのは数え切れない程の本。しかもそれが天井まで届くまでの高さがある。思わず声が出てしまうのも無理はないだろう。

 

「パチェー!ちょっと紹介したい人がいるんだけどー!」

 

この大図書館の主であるという友人をレミリアが大きな声で呼ぶ。こんな広い所で見つかるのだろうかと思っていたら、案の定直ぐに本棚の向こうから返事が聞こえてきた。

 

「こっちですよー!」

「了解よ。定晴、ついて来て」

 

レミリアはズンズンと奥に入って行く。レミリアと並んでフランも一緒に奥へ進んでいく。ここではぐれたら大変だと俺も直ぐについて行く。

流石に迷路のようになっているわけではないのだが、ともかくその規模が大きい。ここも咲夜の能力で空間拡張をしているのだろうが、紅魔館のどの部屋よりも広い。絶対レミリアの部屋とかよりも大きいだろ。

本棚の間を二分程度歩いた所で大きめの机がある開けた場所に出た。机の横には悪魔のような見た目の女の子が立っていた。あれがレミリアの友人なのだろうか。

 

「パチュリー様ならもう少しで戻って来ると思いますよ」

「あら?また何か作ってるの?」

「まあそんなところです」

 

その少女は小悪魔と名乗った。どうやらレミリアの友人の使い魔的な立場らしい。

本人を待つ間レミリアやフランと談笑していたら、更に奥の方から爆発音が聞こえてきた。

 

「な、何だ!?」

「いつもの事よ。もう少し待ってて頂戴…」

 

レミリアが苦笑混じりにそんなことを言う。研究者というのは実験に失敗してばくはつさせないと気が済まないのだろうか。そういうことをするのは漫画の中だけだと思ってたんだがな…

暫くすると暗がりから一部が焦げている服を着た女の子がやって来た。

 

「お客って誰?」

 

そして俺と目が合い、硬直。俺が声をかけるよりも先に動き出して出て来た道を猛ダッシュで戻っていった。そして奥の方から有らん限りであろう声で叫んだ。

 

「ちょっとレミィ!!」

「どうしたのよパチェ!逃げないでよ!」

 

本棚越しの会話。ここが個人の図書館でなければ司書に怒られているの間違いなしの声量で会話は続く。

 

「男性なら先に言っておいてよ!」

「別にパチェなら気にしないかと思って…」

「気にするわよ!レミィの馬鹿!」

「ばっ!?」

 

口喧嘩をした挙句レミリアが言い負けてしまったようだ。隣でフランがクスクスしており、一応笑いを堪えようとしているのか、真顔を保とうとしているが肩がとても大きく上下に揺れている。

しばらくすると比較的綺麗に整えられている服を着た状態で女の子がやってきた。先ほどまでの焦げた服は着替えてきたのだろう。

 

「い、いらっしゃ~い。パチュリー・ノーレッジよ」

「俺は堀内定晴だ。よろしく」

 

彼女がレミリアの言っていたパチュリーらしい。全体的に紫のゆったりとした服を着ているが、えげつない魔力量を持っている。俺なんか比じゃないレベルで。

魔理沙も多くの魔力を持っていたが、彼女はマスパを何発も一気に繰り出せる量だ。これほどの魔力を持つのであればそうとう色々なことができるに違いない。

 

「パチェってそんな異性のこと気にするものだったっけ?」

「あのねぇレミィ、普通初対面の人に薄汚れた格好で会うものではないでしょ?」

 

なんというかレミリアのコミュニケーション能力が分かるな。紅魔館には咲夜がいるからほとんど自分で準備などしていないのだろう。

俺はなんとも言えないレミリアを横目で見つつ要件を話した。

 

「なあ、一つ頼みたいんだが…ここの本を借りてもいいか?」

「ふーん、借りる、ねぇ…」

「だめか?」

「うーん」

 

なんとも煮え切らないような答えを返すパチュリー。

もしかして昔に本を貸したときに嫌な思いでもしたのだろうか。それだとしたら悪いことをしたかもしれないな。

俺が謝ろうとしたら突如天窓が開き、一人の少女が矢の如く飛んで入ってきた。

 

「パチュリー!また借りてくぜ!」

「あ、魔理沙!待ちなさい!」

「仕方ないなぁ、一秒待つぜ…待ったぜ!」

 

入ってきたのは高火力弾幕少女魔理沙だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十七話 本泥棒

図書館の奥へと飛んでいく魔理沙を追いかけながら呼びかける。

 

「魔理沙ー!」

「ん?お!定晴じゃないか!どうしたんだ?」

 

特に減速することもなく飛び続ける魔理沙に並走しつつ話す。これ、結構疲れるな。

 

「魔理沙こそ、何しに来たんだ?」

「私はここの本を借りに来ただけだぜ!」

 

借りに…か。なんとなくパチュリーがこの言葉を嫌がっていた理由が分かったような。というか魔理沙が本を借りるというだけでそこはかとなく不安感に襲われるのはなぜだろう…

そう思っていたら俺のさらに後ろからパチュリーが追いかけてきた。

 

「魔理沙は盗んでいくだけでしょー!」

 

やっぱりな。借りると言ってずっと返さない、いわゆる借りパクをしている訳だ。そりゃ貸すのも嫌になるよな。

パチュリーの言葉に魔理沙は笑顔のまま大声を出した。

 

「人聞き悪い事を言うな!私は死ぬまで借りているだけだぜ!」

「魔理沙、それは盗んでいるのと同じだぞ?」

 

まあ魔理沙が種族としての魔女ではなく人間の魔法使いだから言えることだろうけど、それにしたって基本的には六十年くらいは先である。幻想郷は文化レベルが外の世界よりも低いとはいえそれでも何十年も先まで借りるのはどうなのだろうと思う。

 

「定晴もパチュリーの味方をするのか。ならば…魔符【スターダストレヴァリエ】!」

「おい止めろ!」

 

まさかの室内弾幕。魔理沙を中心として周囲に弾幕が拡がる。この図書館が異常に広いからなんとかなっているものの、他の本にダメージがあるかもしれない。

俺は結界と剣で弾を避けつつ魔理沙に近付き…

 

障壁【衝撃板】!」

「ふぎゃっ!?」

 

結界で創ったまな板のような形をしている板で魔理沙を叩く。少しネタ要素を入れたスペカなのだがその威力は高く、あの魔理沙でさえ高度が落ちてふらつく。まあぶっちゃけ板ぶつけてるだけだしな。

 

「くっそー!こうなったらもう一…「魔理沙ー!私も交ぜてー!」…うげ!フラン!」

 

ここで参戦フランドール・スカーレット。持ち前の素早さと武器のレーヴァテインを手に魔理沙に突っ込む。流石の魔理沙もこれには焦ったのか早口でスペルカードの宣言をした。

 

「ちょっ!ストップストップ!彗星【ブレイジングスター】!」

 

フランから反対側にミニ八卦炉を使って逃げる魔理沙。しかしその先には先回りしておいたこの俺がいる。

 

「よっ」

「へ!?定晴!?いつの間に!」

 

身体強化をしてからそのまま突っ込んできた魔理沙を捕まえる。

 

「サンキュー、フラン。さて、魔理沙?図書館から盗んだ本を返せ」

「私が《借りている》んだ。そんな人聞きの悪い言い方は止してくれ」

「いや、ここの管理者が《盗んでいる》って言うなら盗んでいるんだろ。ほら、本を持ってこい」

「くー、今日のところは諦めるぜ…」

 

魔理沙は観念したのか入ってきた窓から出ていった。寒いから閉じてほしいのだがな。

魔理沙が返しに来なかったら霊夢に家を聞いて直接乗り込むとしよう。そもそもパチュリーの様子を見た感じ借りること自体も無許可らしいからそれくらい構わないだろう。

さて、追いかけてきたパチュリーに向き直る。

 

「う、嘘…本当に本が返ってくるのね」

「やりましたね!パチュリー様!」

「ありがとう定晴。さっきの話だけど、良いわ。好きな本借りていって良いわよ。一週間後にちゃんと返してね」

 

ちゃんとというところを強調しながら借りることの許可を貰えた。きちんと一週間後に返しに来ますよっと。

欲しいのは魔術の本と剣術の本だ。この二つは俺の攻撃の軸だからな。図書館の大量の蔵書の中から見つけるのには少々手間取ったが、小悪魔が手伝ってくれたおかげでなんとか目的の二冊を借りることができた。家に帰って読むのが楽しみである。

 

「へー、魔理沙が本を返してくれるのね」

「そうなのよレミィ。これで本の整理が進むわ」

 

本を借りた後最初の部屋に戻るとレミリアと咲夜がティータイムの準備をしていた。俺とレミリア、フラン、パチュリーの四人分だ。そして咲夜が作ったクッキーが置いてある。

 

「さ、定晴様。次は私の作ったクッキーです。お食べ下さい」

「ああ、ありがたく頂くとしよう」

 

というか、咲夜が凄い心配そうに見ているけど別に命に関わるような事でも無かろうに。

クッキーを一つ食べる。齧るとカリッとした食感と仄かな甘み。その甘みに合う美味しい紅茶。どれもが良い相性で、とても美味い。やはり本業にしているだけのことはある。

 

「うん、良い味だ。紅茶ともよく合うし、やっぱり咲夜の方が料理は上手だな」

「いえ!そんな事無いです!定晴様の方が美味しくできていたと思いますよ」

「そんな謙遜することないのに…」

 

紅魔館は賑やかで楽しいな。今後も何度も訪れることになるだろうし良い関係を続けることができればいいと願うばかりである。

 

 

「あとで弾幕よお兄様!」

「少し休ませてくれ…」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十八話 オセロ閻魔

「今日も平和ねー」

「霊夢、流石に怠けすぎじゃないか?」

 

俺達は今博麗神社の縁側で寝転がっている。暇を弄んでいるわけだ。特別凄いことが起きるわけでもなく只々寛いでいる。若干吹く風が通り抜けてとても気持ち良いのだ。

 

「境内の掃除したんだからそれだけでも褒めてほしいものだわ」

「そりゃ失礼。お疲れさん」

 

こんな感じの会話をかれこれ三十分は続けている。魔理沙はさっきまでいたのだが、用があると言って帰ってしまった。萃香も俺たちの後ろで寝てるし、神妙丸は出掛けている。あうんはそこで蝶を見ている。

何もしない一日というものが幻想郷に来てから増えたけど、ここまで何もしない一日は初めてかもしれなかった。外の世界にいる頃は基本的に仕事があったから休む暇もあまりなかったのだ。

しかし、そんな怠惰な生活を送っていると当然天罰が下るのである。

 

「博麗霊夢。また貴女はそのように怠けているわけですね?」

「ん?うげ。閻魔じゃない」

「人を見て嫌そうな顔をしない!博麗の巫女ならば、もっと規律を正しなさい!」

 

霊夢に大声で怒鳴ってきたのは背は霊夢と同じぐらいの女の子だった。帽子を被り、手には板を持っている。何かしら凄い物だろうから板と言ってしまっていいものなのかは分からないが。

 

「別にすること無いから寝てても良いじゃない!」

「はぁ、もういいです。今日はそっちの青年。堀内定晴。貴方に用があって来たんです」

 

そう言うと、手に持っていた板をこっちに向けてきた。姿勢といい話し方といい、丁寧なのに威圧感があるのは何故なんだろうか。

それになんとなく嫌な予感がする。まるで面倒なものに絡まれたような…

 

「何のようだ?」

「いえ、最近幻想入りした人物がいると聞いてやって来たんです。ふむ…まだ能力の使い方が甘いですね。それだとここで生活する時に苦労しますよ。それに貴方は外の世界でこそ仕事をしていたけど、ここに来て仕事をしなくなっている。それだと生活費が足りなくなりますよ。また、仕事をしないという事は怠惰な生活をするという事。早く仕事を見つけ、その生活習慣を直しなさい。それに…」

「分かった善処する。もう良いから」

「いえ、まだです。貴方には言いたい事が沢山あるんですから」

 

やばい、超面倒くせえ。これは確かに霊夢が嫌う訳だ。超真面目そうな彼女と基本だらけている霊夢。明らかに正反対の性格だ。

 

「そういえば名前を聞いていないんだが?」

 

少し面倒で雑な聞き方になってしまう。だが彼女はそれでも律儀に自己紹介をする。

 

「おっと、そうですね。私は四季映姫・ヤマザナドゥといいます。彼岸にて閻魔をしています」

「閻魔って…あの死者を裁くあの?」

「はい。私の【白黒はっきりつける程度の能力】で、誰にも惑わされずに裁判を行っています」

「白黒はっきりって…オセロみたいだな」

 

ということはオセロをすると四季には絶対勝てない訳だ。まあ、幻想郷にオセロというものがあるのかどうかは知らないが。今度人里の店にでも立ち寄るか。

いや、オセロは関係ないか。ただなんとなく連想ゲームでオセロが出ただけで映姫は別にオセロを嗜むわけではないだろう。

 

「それではさっきの続きですが…」

 

マズイ。またさっきの長い話が始まってしまう。どうすれば逃げられるか…心苦しいが、ここは一芝居といこう。

 

「なあ、四季。俺今から約束があって行かないといけないんだ」

「約束?誰とですか?」

「紫と。冬の間寝てる事が多いだろ?で、起きた日には俺の作った料理が食べたいと言われててな。そろそろ紫の家に行かないとなんだ」

「そうですか…約束を破るのは御法度です。良いでしょう。それでは」

 

逃げることができた。言われてたのは本当だし大丈夫だろう。いつに、という指定はなかったので今日である必要もないのだが。四季は俺に背を向け霊夢の方を向いた。そして霊夢は俺を恨めしそうに見ている。

申し訳ないが、俺も説…お話は嫌なので我慢してもらおう。多分映姫は相当話が長くなる質だ。一日を説教で潰してしまうのは実に持ったいない。

四季にバレないように急いで紫の家に向かった。

 

奇跡的に紫が起きていたので藍に変わって料理を振る舞ってあげた。喜んでいたので良かったが霊夢には後で夢想封印でも叩きつけられるだろうな。

 




閻魔と魔女の会話

「すみません…」
「ん?誰だ?うげ。閻魔か」
「最近やってきたという青年に会いたいのですが…」
「それをあんたに教える義理はないぜ」
「そうですか…ならば貴女に少しお話を…」
「博麗神社にいるぜ!」
「ありがとうございます」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四章 惰眠異編
四十九話 惰眠を謳歌する幻想


随分と最近は暖かくなってきたように思える。紫はまだ寝ているのだろうが、幻想郷にも春が来たという事なのだろうか。

春というにはなんというか少し早い時期であるようだが…何かこう、違和感を感じるというか…まあ、突然暖かくなることはたまにあるし、特に問題は無いか。

 

「うーん…」

「というか霊夢は起きておけよ。急に何かあったら動けないだろ」

「失礼ね、起きてるわよ。ただ、異様なまでに眠いのよね…」

 

俺は最近博麗神社にいることが多くなっている。そもそも幻想郷内で行くところと言えば基本ここか紅魔館か白玉楼の何処かに絞られるのでどうしようもない。未だに幻想郷の地理を把握していないのであまり遠くに行きたくはないのだ。不定期に幽香には会いに行ってはいるのだが。行かないと幽香が拗ねてしまい暫く口すら聞いてくれなくなるからな。

 

「れーいーむー…」

「おい、魔理沙。大丈夫か?随分とフラフラしてるじゃないか」

「今までに無い程に眠気に襲われているんだぜ…研究しようにも全然手につかないからこっちに来たんだが…魔法の森が原因じゃないか…」

 

足取りはおぼつかないし、話し方にもいつものような覇気が無い。つか、どうしてそんな状態でここまで来たのか…魔理沙の家からここまでの道中で落ちなかったのを褒めるべきだろうか。

と思えば魔理沙は無理やり片腕を上に突き上げて宣言した。

 

「さあ!眠気を吹き飛ばす為に弾幕ごっこだぜ!」

「そんな状態ですると怪我するぞ」

「痛みで眠気を制す!」

 

だめだなこりゃ。俺は警告したからな。後で何かあっても俺は知らないぞ。

ただどうやらやる気があるのは魔理沙だけらしく霊夢は起き上がる気配すらない。それでいいのか博麗の巫女。

 

「嫌よ面倒くさい。そんなにしたいなら定晴さんとでもすれば良いじゃない」

「最近したばかりだからな!他のやつともしたいんだぜ霊夢!」

「なら萃香やアリスとしなさいよ」

 

霊夢が弾幕ごっこの誘いを拒否。まあそうだよな、霊夢は必要があること以外は基本しないし。逆に霊夢が乗ってきてくれると思った魔理沙の方が不思議である。

霊夢の返答が気に食わなかったのか不満を隠すことなく魔理沙は言葉を続ける。

 

「二人とも起きないじゃないか!」

「ふーん、そう。他の人は?」

「皆寝てるんだぜ。春だからってだめだよなぁ」

 

もう既に霊夢の返答が適当になっている。というか皆寝ているだと?確かに今日は暖かくて眠たくもなるが、皆が皆寝ているのはおかしくないか?魔理沙の運が相当無かったんだろうな。

 

「皆って何よ?早苗とか咲夜とか、起きてそうな人は一杯いるじゃない。一部の意見で全体の意見のように話すのは悪い考え方よ」

「それが本当に皆寝ているんだぜ。咲夜は単純に応えてくれなかっただけだけどな。あいつが寝ているところを見たことがない…でも、妖怪の山の奴らは大体寝てたぜ!あそこで起きてるの見たのは白狼天狗位だし、そいつも眠たそうにしてたぜ!ふらふらしてたし見てて危なっかしかったぜ」

 

因みに言うと先ほどのお前も飛んでいる姿が危なっかしかったぞ。

咲夜はそうだろうと思ったが…早苗とか天狗の奴らは仕事とかあるし起きていると思ったんだがな。本当に不思議である。

なんて考えていたら、突然魔理沙が声を張り上げて言った。

 

「は!そうかこれは…異変だぜ!」

 

異変だとなんでもかんでも決めつけるのはどうかとも思うが…

今まで色んな異変が起こってきたと本には書いてあったが、その殆どは博麗の巫女が解決していたはずだ。となると今回の異変とやらも霊夢が解決するのか?

 

「へー、なら解決してきてよ。私別に困ってないし。このまま仕事もなければ私は楽していられるわー」

「異変って博麗の巫女が解決するもんじゃないのか?」

 

なんとも適当な答えを返す霊夢に問いかける。

 

「誰かがお礼として何かくれるのなら考えるけど、特に困ったことも無いなら放置してるわ。実際魔理沙や咲夜とかが解決した異変とかもあるしね」

 

それって業務放棄って言うのでは?まあ見返りが無いのであれば動きたくない気持ちも分かるのだが、もう少しやる気を出した方が良いんじゃないか?博麗の巫女ってそういう打算的な考えでやるものではないと紫に聞いたような気がするのだが…まあ当代の霊夢がこの調子なら案外やる気はなくてもいいのかもしれない。

しかし魔理沙はじゃあどうするのかと聞いてみたらなぜか魔理沙は俺の腕を掴んでいる。

 

「なら、いいぜ!私がスパっと解決してやるからな!定晴!来い!」

「え!?俺?」

「霊夢が動かないなら定晴に手伝ってもらうぜ!」

 

えぇ…それって完全にとばっちりなのでは?とも思ったが、魔理沙は聞いちゃくれないだろうしスルー。ここは流れに任せるままに魔理沙に協力するとしよう。

 

「そんじゃ行くぞ!」

「霊夢もやる気が出たら来いよー」

「出たら、ね」

 

こうして俺と魔理沙はこの幻想郷に蔓延している睡魔の原因を調べることになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十話 欲求の塊

とうとう五十話になりました!


異変解決に乗り出したものの、どうしたらいいのだろうか。俺の知り合いに眠気を放出するやつなんていなかったと思うんだけどなぁ…まあ俺の幻想郷での知り合いなどそこまで多くはないのだけども。

 

「魔理沙、まずはどこに向かうんだ?」

「取り敢えず怪しいやつを手当たり次第にぶっ飛ばすぜ!」

「ちょっと待て」

 

中々の暴挙である。

そんなもの、何もしてない人達からすれば只のとばっちりでしかない。魔理沙が平然の如く言いのけたところから察するに、今までも同じ様な解決法をとってきたんだろうな。それで実際解決された異変があるのだから強くは言えないが、俺が同行しているからにはもっと平和的に解決させる。

 

「魔理沙、まずは情報収集だ。誰が起きてるって言ってたっけ?」

「ちぇ…近い所で言えば、咲夜は起きてたと思うぜ。あいつが寝ているところをそもそも見ないからな」

「じゃあ紅魔館に行くぞ」

 

魔理沙の不満など気にしない。平和的に終わらせられるのなら、それに越したことはない。紅魔館で何かわかればいいのだけど…

 

「おーい!美鈴ー!」

「起きろー!!」

 

まあ、こいつは寝てるよな。

飛ぶこと約数分。紅魔館へと到着していた。博麗神社からあまり遠くないからありがたいな。

逆に幻想郷中が寝ている中、美鈴が起きていたら驚きだ。そもそも美鈴は睡眠欲の塊だ。俺が来たとき起きていたことは数えられる程度にしかないのだ。咲夜が手を焼く理由が数回来ただけで分かった。

美鈴は俺達が呼び掛けても返事すらしない。俺はいつでも入れるんだが…魔理沙はどうなんだろう。本を返したといっても未だに盗人じみたことはしてるし、元から紅魔館では魔理沙を要注意人物として取り扱ってきたはずだ。そう簡単に通してもらえる気がしない。

そこのところ美鈴に確認したいのだが…

 

「はぁ…せめてお客様の前でぐらい起きてなさいよね」

 

門の奥から咲夜が現れた。寝ている美鈴の姿を見てため息をついている。

 

「いらっしゃいませ定晴様、と魔理沙」

「何で私は様付けじゃないんだぜ!」

「今までの行いを胸に聞いたら?」

 

やはり咲夜は魔理沙に対して強気だな。これは俺の予想が当たっていたと言う事で良いんだろうな。まあ見た目年が近いからそれだけ砕けて話せるのかもしれないが。

 

「どういったご要件でしょうか?お嬢様も妹様も就寝中なので御座いますが…」

「いや、用があるのは咲夜の方だ」

「わ、私ですか!?え、えっと…」

 

咲夜が目に見えて慌てだした。いつもはお淑やかに、冷静に物事を進める咲夜なだけあって物珍しさがある。そんなに俺が悪いやつに見えるか。

…悪いやつってのは少し違うか。

 

「実はな、今幻想郷中が睡魔に襲われているらしいんだ。魔理沙が言うには、大体の人が寝ているらしいんだが、咲夜は何か知っているかと思ってな」

 

俺がそう訊ねると咲夜は一気にテンションを元に戻した。もしかしたら咲夜が予想していた質問とは別だったのかもしれない。ただ咲夜が予想できるような質問を俺は持っていないが…まあ今はいいだろう。

 

「え、あ、そのことですか。なるほど…どうりでお嬢様達が中々起きてこないのね。定晴様、私は特に変わったことは見てませんよ」

「咲夜は?何で起きていられるんだ?俺も実際眠たくて眠たくてしょうがないんだが」

「私はショートスリーパーなんです。短い睡眠で大丈夫なんですよ。それに、日頃から仕事をこなしていれば多少の睡魔には勝てます」

 

ぐは。現在進行形で無職の俺には痛い言葉。というか、咲夜はショートスリーパーだったのか。確かに咲夜が寝ていて会えなかったことは無いのだが…例えそうだとしても、たまには十分に寝てほしいところだ。いや、咲夜が言うままに捉えると二時間とかの睡眠でも咲夜からすれば熟睡なのだろうか。

咲夜から情報は得られなかったか…次はどこに行こうかね。せっかく起きている人に会えたのだし一応の聞き込みはするとしよう。

 

「なあ、他に起きてそうなやつは知らないか?」

「そうですね…妖夢なら起きているかもしれません。他には早苗とか?」

「早苗は寝ていたことを確認済みだぜ!」

 

どうやら俺のところに来る前に魔理沙はある程度独自に調べていたようだ。

 

「そう…なら妖夢のところに行ってみては?妖夢なら何か知っているかもしれません」

「妖夢か…分かった」

 

こうして俺達は紅魔館を後にして、妖夢のいるであろう白玉楼に向かうのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十一話 欲求の偏り

誤字報告ありがとうございましたm(_ _)m


暫く飛ぶと、前方に人影が見えた。大半のやつが空を飛ぶ事ができるから飛んでいることは不思議では無いのだが、今はその大部分が寝ている。そんな中起きているやつがいるということは…怪しいな。

 

「おーい!」

「あら?誰かしら?でも、隣にいるのは魔理沙じゃない」

 

俺が呼びかけると人影はその場に停止しこちらを向いた。どうやら魔理沙は知り合いらしい。

 

「ん?あ、えーと…そう!レティ・ホワイトロックだ!たしかそんな名前だった気がするぜ!」

 

ホワイト?随分と見た目通りの名前なんだな。白い服と白い帽子、周囲には雪が舞っていて冬そのものを体現しているようだ。さながら雪の精霊と言ったところだろうか。今のところ幻想郷で精霊に会ったことはないが多分どこかにいるはずだ。

 

「で?隣のカッコいい男性は誰かしら?魔理沙の彼氏?」

「なんでそうなるんだぜ!」

 

男性と女性が並んでたらカップルと間違われるというか、カップルではないかと冷やかすのは外の世界でも幻想郷でも変わらないらしい。

 

「お前、霊夢に同じこと言ったこと忘れたのか?俺は堀内定晴だ。よろしくな」

「私はレティ・ホワイトロックよ。冬の妖怪みたいな存在なの」

 

また、随分とアバウトな表現だなぁ。自分自身のことぐらい把握しておけよ…って言っても俺も自分のことを全て把握している訳じゃないしなぁ。狂気など全く意味が分からない。

 

『おい。俺のおかげで暴走せずに済んでるんだぞ。もっと敬え』

 

ああ。分かってるって。狂気が抑えているおかげで俺が怒ることは殆ど無い。狂気はそういう存在なのだという。

 

「それで?何の用なのかしら?」

「え?ああ。実は幻想郷中が睡眠欲に包まれるっていうよく分からん異変が起こっているらしいんだ。そんな時に起きているのは怪しいなと思ってな」

 

現在の幻想郷で起きている人物は大体怪しいと見ていいだろうと考えている。まさか犯人も寝ているなんてオチはないと思うし…もしそうであれば多分永遠に見つからない。

 

「私は冬以外に活動することなんて殆どないのよ。だから冬にずっと眠っているなんて勿体ないことできないわ」

「なるほど…何か知っていることは無いか?」

「ごめんなさい。何も知らないわ」

 

冬しか行動しない妖怪もいるのか。まあ、動物でもある季節しか動かないやつとかいるし似たようなものか。妖怪にも得意なもの、苦手なとのがあるわけだしレティは暑いのが苦手なのかもしれない。

特に有力な情報は手に入らなかったし、レティと別れて俺達はまた冥界に向かって飛び始めた。

 


 

結界を超えて階段の上を飛んでいく。しばらくしたら俺が妖夢に剣術を教えている白玉楼が見えてきた。今日は練習日じゃないから俺の来訪に驚くかもな。

 

「ん?ええ!?何で定晴さん来てるんですか!あれ!?練習日間違えたかなぁ…」

「いや、間違えてない。別の用事だ」

 

うん。予想通りだったな。幽々子に聞いたんだが、妖夢は怖がりらしい。勿論自分自身が幽霊だからお化けとかは怖くないらしいのだが、ドッキリや正体不明のよく分からないやつとかは怖いのだという。ついでに心配性であることも聞いた。幽々子が俺にこの話を振ってきたということは、俺に妖夢を怖がらせろって言う事なんだろうが俺は女子を怖がらせて楽しむような性格じゃないので却下だ。

 

「な、なんの用事ですか?」

「実はな?今幻想郷で眠くなるっていうよく分からん異変が起きているらしいんだ。何か知らないかと思ってな」

 

冥界は厳密に言えば幻想郷の外となるので同じ異変が適応されているのかはわからないが、まあ知らないなら知らないでもいいだろう。

 

「特に怪しいものは見てないですけど…幽々子様なら何か知っているかもしれません。幽々子様ー!」

 

妖夢が大きな声で幽々子を呼ぶ。すると奥の方からゆっくりと幽々子が出てきた。その手にはドーナツが握られている。既に何個か食べたのか、口には汚れやカスが付いている。客人を前にして隠す気のない食い意地だ。俺たちは今更不快な思いになることもないけど。

 

「話は聞いていたわぁ。そうねぇ…私はよく分からないのだけど、あの閻魔なら今の堕落している幻想郷を見て何かしら行動を起こすんじゃないかしら」

「閻魔って、映姫のことか?」

「そうよぉ」

 

紫に食事を作るとかなんとか言って霊夢に擦り付けたあの閻魔かよ。次会ったら今度こそ長い説教…もとい、ありがたいお話が延々と続くこととなるだろう。一度聞けば収まるかとも思ったけど、あんな性格のやつが一回で終わるとも思えんしなぁ。

 

「取り敢えず彼女に聞いてみればぁ?」

「何か今日の幽々子はいつにも増してフワフワしている気がするなぁ」

「気のせいよぉ」

 

もしかしたら、異変の影響が幽々子にも出てるのかもな。妖夢はシャッキリしているが、内面は幽々子と同じように眠たくてフワフワしているんじゃなかろうか。

 

「幽々子様、このペースで食べたら食糧難に陥ってしまいます」

「なら妖夢、買ってきてよぉ」

「何でですか!たまには自分の足で動くことも重要だと私は思います!」

「えー…」

 

おっと、幽々子と妖夢が漫才じみたことを始めてしまった。このままここで見ていても良いのだが、隣の魔理沙がいい加減不機嫌だ。そろそろ誰かしらと戦わせないと面倒なことになるかもしれない。レティには申し訳ないが、冥界からの帰り際にでも戦ってもらうとするか。

 

「よし、魔理沙。次は映姫に会いに行くぞ」

「本当に会いに行くのか?」

「ああ、もちろん」

 

魔理沙は映姫と会うことを嫌がっているが仕方ないだろう。俺もあまり会いたくないが、異変解決のためにやむなしである。

俺達二人は冥界を後にした。

 

 

 

 




妖夢「我が家のエンゲル係数がぁ…」
幽々子「良いじゃないそれくらい」
妖夢「ああぁ…」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十二話 欲求の欠如

とうとう5000UA行きました!
本当にありがとうございます!


白玉楼を飛び立って幻想郷の上空を移動していたら魔理沙が突然話しかけてきた。

 

「で、定晴はどこに向かって飛んでいるんだ?」

「え?映姫を探して…」

「場所は分かっているのか?」

 

そういえばそうだな…魔理沙の疑問は最もだ。閻魔という肩書がある位だから地獄か?でも映姫自身が解決のために動いているとしたら地獄じゃない幻想郷のどこか…人が多くいるであろう人里かな?

 

「多分人里にいるだろうからそこに向かうとしよう」

 

こんなに広い幻想郷の中じゃ映姫を探すのも大変だろうし虱潰しに頑張るか。もし会えなくても…幻想郷中を飛び回ればどこかで犯人を見つけることもできるだろう。

 


 

そのころ幻想郷の端にあるとある神社にて…

 

「…」

「グー」

「はぁ…」

「ムニャ…ん?」

「全く…貴女は何故ここで寝ているのですか?」

「そりゃ眠いからに決まってるでしょ?そっちこそ、今日の仕事はどうしたのよ」

「今日は休みです。貴女は博麗の巫女でありながら異変が起きているにも関わらず寝ている…」

「定晴さんと魔理沙が解決に行ってるんだから良いでしょ」

「はぁ…これは一度お灸を据える必要があるようですね」

 


 

人里に来るのは四日振りかな?博麗神社とそこまで距離は変わらないのだが、人里に来る用が無い。

というのも、買い物は食料ぐらいだし、幻空に入れておけば通常より長く持つ。つまり、追加の買い出しとか無いので他人に比べて買い物回数が少ないのだ。

人里に入ると近くにいた慧音に映姫を見ていないか聞いてみるが…

 

「閻魔様か?今日は見てないぞ」

「そうか、ありがとな慧音」

 

人里には来てないのか?あの閻魔なら眠りこけて仕事をしてない人に説教…ありがたいお話をするために人里に来ると思ったんだがな。

あくまで映姫の話はありがたーいお話らしいのだが…いや、あれは只の説教だろうなぁ。置き去りにされた霊夢が今から説教を食らう子供のように面倒くさそうな顔をしていたし。

 

「定晴、どうするんだ?」

「そうだなぁ…映姫を捜すのは後回しにして俺達も異変解決のために動くか」

「正直私は、あんな面倒くさい奴に会いたい意味が分からないんだ」

 

それは一理ある。だか、映姫が異変の重要な情報を握っていた場合解決が遠退いてしまう可能性があるため、そう易易と無下にはできないのだ。映姫のことだから全くの無知というわけでもないだろうしな。

俺も面倒なことになるのは厄介だがな。異変解決するためだと言えば逃げられるのだろうか。その時は、解決した後にコッテリと絞られそうだが。

 

「それじゃあ何処に…ん?」

 

魔理沙が話してる途中に突然上を見上げた。釣られるように俺も上を見上げると、そこには眠たそうに飛ぶ霊夢とその霊夢を叱る映姫の姿があった。よく魔理沙は気が付いたな。

 

「おーい!映姫ー!霊夢ー!」

「ん?」

「ほら、二人が解決のために動いているんだから私は寝てて良いじゃない」

「それが駄目だと言うのです」

 

何か言い争いしながら降りてきたぞ…閻魔に対して口応えとは、霊夢も怖い者知らずだな。

魔理沙は心底嫌そうな顔を一瞬したが、映姫が睨むとすぐに作り笑いをした。

 

「よう、映姫」

「貴方は今、この睡眠、いえ、惰眠異変を解決するために動いていますね?」

 

映姫はこちらに向き直り俺に確かめるように言葉を投げかけた。

 

「ああ、そうだ。その様子から察するに、神社で眠っていた霊夢を起こして仕事をさせるために動かしていた、って感じか?」

「ええ。博麗の巫女でありながらも、仕事を他人に任せる浅はかな考えに少しばかりお灸を…といった感じです」

 

霊夢は…これは映姫が何を言っても真面目に働かないだろうな。全身から怠そうなオーラを出している。もしやこれが気というものなのか…お灸を据えたというものの霊夢は嫌々ついてきているだろうし俺たちの異変解決を手伝ってくれる様子はない。

霊夢を無視して映姫のことを見る。すると映姫は懐から一枚の紙を取り出した。

 

「それでですね…今回の異変のポイントを調べました」

 

なるほど…博麗神社に来る前にも色々と廻ってきたらしいな。幻想郷ではあまり目にすることのない上等な紙には今回の異変についての詳細が書かれていた。

それによると、今回の異変では仕事熱心な人ほど眠らず働き、霊夢のように楽をしようとする人ほど眠るらしい。その原理ならば、幽々子は仕事熱心だということになるが…あれは例外かな?

それと、今回の異変は空気中に舞っている粒子が引き起こしているらしい。それが埃なのか花粉なのかは分からないけど、粒子の正体が分かれば異変は解決しそうだな。

 

「因みにですが、仕事熱心な方でも寝ている人もいます。例えばですが、妖怪の山の天狗などは眠っていました。ので、私が刺激を与えて眠気を覚ましてあげました」

「映姫は眠くならなかったのか?」

「今の幻想郷で眠っている暇があったら私は仕事をします。眠らなくて死んだという履歴は幻想郷では今のところありませんし、何より私は閻魔です。多少ハードなことでも対応出来ます」

 

そう言って霊夢を睨む映姫。だが霊夢はこっちのことなどそっちのけで魔理沙と話している。気持ちは分からんでもないが、映姫は怒ると何をしでかすか分からないし注意しておいたほうがいいと思うぞ。

というか、眠らないって…お前はどこの社畜かっつうの。閻魔はやっぱり他の生物とはかけ離れているんだな。

 

「私はこの巫女に仕事のなんたるかを教えておきますので貴方は粒子の正体でも探して来てください」

「りょーかい」

 

あまり映姫と関わっていると面倒だからサッサと退散させてもらおう。霊夢だってあまり映姫と関わりたくないだろうから途中から異変解決のために動くだろう。

魔理沙と共に俺は人里を飛び出した。そして早速背後から映姫の説教の声が聞こえてきた。何も人里で、しかも博麗の巫女の説教をしなくてもとは思うが霊夢の自業自得でもあるので頑張ってほしいところである。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十三話 欲求の発散

いつもよりちょっと長め


人里を飛び立ったのはいいのだが、なにしろ目的地が決まっていないためほとんど彷徨っている状態だ。何かしらヒントはないものか…魔理沙は何か謎の粒子について知っているだろうか。

 

「さっきの映姫の話を聞いて何か思い当たることはないか?」

「そうだなぁ…うーん、粒子って風に乗って浮遊していくだろ?だから…風関係?」

「風を操る…俺か!?」

 

まさか魔理沙が俺のことを疑っていたとは…映姫の話を聞いた時から俺のことを犯人ではないかと思っていたのだろうか。

 

「定晴のことなんか疑ってないぜ。というか風を使ってる奴なら何か知ってるんじゃないかってことを言ってるんだぜ。風を使う使うやつは別に粒子を作り出す能力なんかないだろ」

「あ、俺じゃなかったのか。無駄にドキッてしただろ」

 

まあ俺は犯人ではないということを自分で分かっているのでドキッてする理由もないのだが。

 

「疑うもなにも定晴が言うまでお前が風を使って飛んでいることを忘れてたぐらいだぜ。風の使い方上手くなったよなぁ」

 

最初は魔理沙に風が乱れて飛びにくいって言われたから必死に特訓した成果が出たわけだな。練習した甲斐があったってもんだ。

おっと、脱線してしまった。風を使う幻想郷住民って誰かいたっけか…

 

「風を使うといえば文だな。あいつは風を使って加速したりしてるから何か知ってるかも知れないぞ。私も文には追いつけないんだ」

「でも妖怪の山のやつらは寝てるって言ってたじゃないか」

「別に動けなくなってるわけじゃないんだから。無理やりにでも起こせばいいんじゃないか?」

 

ゆっくり眠っていたのに叩き起こすのは少し可哀想な気がするが…おっと狂気がやる気になってやがる。基本何もしないし狂気と言うにしては静かなこいつだが、やはりこういったことには興味が沸くのは狂気としての性だろうか。

まあ今の俺たちにはちょっとの情報も欲しいし、目的地を探していたところだ。魔理沙の案に乗ってみるのもいいかもしれないな。

 

「よし、じゃあ妖怪の山に行ってみようか」

 

ちょっと日が傾いてきたな。まあ異変解決に二日以上かけてはいけないという決まりはないので今日で無理やり終わらせる必要はないのだが、影響が大きそうな異変なので早めに終わらせたいところだ。

 


 

いつもより急いだお陰でいつもの三分の一くらいの時間で着くことができた…のだが無断で山に侵入したというのに、すぐに飛んでくるはずの天狗の姿が一切見えない。映姫が言っていたことは本当のようだが、映姫に叩き起こされたという一部の天狗は何処に行ってしまったのだろうか。

まさか睡魔に負けてしまってもう一回寝てしまったなんてことは無いだろうか。そんなことしたら映姫にどうされるのか分からないぞ。もしそうだとしても同情はしない。

 

「魔理沙、天狗たちがどこにいるのか知ってるか?」

「麓に近いところは下級妖怪が住んでいることが多いぜ。天狗みたいに役職とかがある妖怪は山の頂上の付近に住んでいるはずだぜ」

 

どうやら妖怪の山の中でのカーストの三角形がそのまま妖怪の山の高度に関係してくるようだ。なんとも上下関係がはっきりしている妖怪社会である。

 

「なるほど。じゃあ登山すればいいのか?」

「今は哨戒天狗が飛んでないから頂上まで一気に飛んでいっても良いと思うぜ。とはいえ文はそこまで幹部ってわけじゃないから中腹くらいに住んでいると思うけどな」

 

ならば飛んでいこう。それに魔理沙と一緒の場合だと天狗と会っても弾幕で吹き飛ばしてしまいそうだし、何より今は異変解決のために動いている。多少強引にしても問題ないだろう。

 

「よし、じゃあ行くぞ。魔理沙、もし邪魔してくるような妖怪がいたら吹き飛ばしてもいいぞ」

「やった!ついにこの八卦炉が火を噴く時がきたぜ!」

 

魔理沙もやる気になったみたいだ。今まで調査ばっかだからそろそろ溜まったストレスを発散させないと、暴れだしそうで正直怖い。魔理沙には勝ったことがあるが、あれは不意打ちやら急襲やらが上手くいったからで、もう一度戦ったら対策されていてボコボコにされる…なんてこともあるかもしれないしな。この山の妖怪たちには犠牲になってもらおう。

 

「定晴!早く来い!」

「はいはい」

 

全く、魔理沙は少し子供っぽいところがあるな。あんだけ物静かな霊夢とは対照的で、霊夢と同年代だとは思えない。霊夢は霊夢で子供っぽいところが無いわけではないが、魔理沙のようにここまで分かりやすく発現することはない。二人は環境が違うから当たり前といえば当たり前ではあるのだが。

ただ総じて二人とももう少し落ち着きがあればいいのだがと思ってしまうのは俺だけだろうか。

 


 

たまに出てくる眠そうにしている妖怪を吹き飛ばしつつ(にとりのような姿が一瞬見えたが魔理沙が吹き飛ばした。一言も発することもできずに吹き飛ばされる妖怪たちを少し不憫に思うものの異変解決中の魔理沙の前に出てしまえば戦闘になるのは必須のはずなので申し訳ないが諦めてもらう。

そんな中山を登っていると魔理沙の弾幕を避けて近づいてくる一匹の妖怪と出会った。若干眠そうであるもののその動きには他の妖怪と違ってキレがあり魔理沙の適当に放っている弾程度なら問題なく避けることができている。

 

「ちょ…ちょっと待ちなさい…」

「お?あ、お前は白ワンコ!」

「犬じゃなくて狼です!それに椛っていう名前もちゃんとあります!」

 

魔理沙の言葉に反論する椛。狼…白狼天狗だろうか。白い毛で覆われた狼であれば白狼に違いない。まさか灰にまみれているというわけでもないだろうし。

天狗は動物型のやつもいると聞いたことがあるが、実際見てみると…動物好きなやつが見たら襲っちゃいそうだな。分かりやすく立っている尻尾。それでいて剣と盾を装備していて、臨戦態勢といったところか。

 

「あー、何か今の突っ込みで眠気が覚めた気がします。よし、よし…さあ!行きますよ!」

「よっしゃ!来い!スペルカードは三枚だぜ!」

 

魔理沙の使用スペルカード枚数の宣言と共に二人が構える。

 

山窩【エクスペリーズカナン】!」

魔符【スターダストレヴァリエ】!」

 

おっと、早速弾幕ごっこが始まったか。魔理沙も随分と楽しそうだし、雑魚ばっかじゃ飽きてきただろうから良いタイミングだ。俺は離れて戦いを見守ることにした。美しさを勝負する弾幕勝負で乱入というのは無粋なのである。

 

 




定晴は狂気がノリ気の影響で考え方が少し過激になってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十四話 天狗の家

意外にも…ということもなく予想通り、決着は比較的早くついた。魔理沙が放ったスペルカードが椛に直撃し気絶。そのまま森に落ちていきそうなところを受け止めた。狼とはいえ天狗の仲間なんだし、文の居場所を知っているかもしれない。

とはいっても気絶したままだと会話もできないので能力で回復させる。目覚めた時にまた攻撃してきたら今度は俺が気絶させるけどな。うまい具合に拘束できるようになれないだろうか…

 

「う、う~ん…」

「お?起きたな」

 

数秒再生をかけ続けたらすぐに起きた。気絶程度ならすぐに回復させることができるのはとても使い勝手の良いと感じている。

 

「負けた…?」

「魔理沙との弾幕ごっこで見事にスペルが当たって気絶してたんだ」

「へー、そうなんで…!?」

 

少し眠気眼で周囲を見回していた椛だったが、俺に気づくと突然顔を赤くして飛び起きた。俺って何かしたっけ?って思ったけど、今思えば挨拶すらしてなかったな。会ってすぐに弾幕ごっこを始めてしまったから自己紹介すらしていない。流石に喋ったことがない人に抱えられては嫌なのは当たり前か。

 

「すまん、俺は堀内定晴だ。回復させてもらった」

「へ?あ、私は犬走椛です」

 

魔理沙が椛のことを犬だとからかっていたが…苗字に犬という漢字が入っているのであながち的外れな揶揄いでもないように思える。

 

「起きて早速で悪いんだが、文の居場所を知らないか?」

「え?いや、侵入者に教えるわけにはいきません!」

「そうか…」

 

教えてくれないなら仕方がない。また襲ってこられても困るし、もう一回気絶させておくか。

 

魔術【五つの属性】

 

今度は俺が放ったスペルが椛を襲う。俺から急いで離れた椛は必死になって弾幕を避けながら叫ぶ。

 

「分かりましたー!教えますから止めてくださいー!」

「ん?そうか…スペルブレイクっと…」

 

荒い息をしながら椛がこっちにやってくる。睨んでるようにも見えるが気のせいだと信じたい。

 

「文さんは自分の家で寝てますよ。家は向こうの方です。ここから近いのですぐに分かると思います」

「ありがとな。最初から教えてくれれば戦闘しなくても済んだのに」

「業務上侵入者は追い払わないといけないんです。私が定晴さんたちを通したと知られたらめちゃくちゃ怒られるだろうなぁ…」

 

椛が遠い目をしている。だがそんなこと知ったこっちゃない。こっちだって異変解決の為に動いているから多少の犠牲は払おう。今回は関係なさそうなやつの犠牲だが。

幻想郷流の決闘方法とはこういう外の世界では毎回文書で提出しないといけないようなことをすぐにその場で解決できるという点で非常に優れている。まあ力ずくと言うとそこまでだが。

 

「取り敢えず文の家に向かうか。魔理沙、行くぞ」

「了解だぜ」

 

椛と別れて俺達は文の家に向かって飛んだ。

 


 

山に沿って飛んでいるとポツポツと建物が増え始め、しばらく行くと文の家を見つけた。途中から一軒一軒標識を確認するという手間のかかる作業となったが、六軒目でやっと射命丸文の文字を見つけた。

家の前に立ち、魔理沙が大声で名前を呼ぶ。

 

「おーい!文ー!いるかー!?」

『……は~い?』

 

扉の反対側から文の声が聞こえる。ずっと寝ていたのかいつもより声が延びているように感じる。

少しずつ足音が近づいて来て、ガチャの音と共に扉が開かれる。

 

「はいはい、どちら様ですか?」

「よ!烏天狗!」

「おはよう、文」

 

やはり寝ていたのだろう。髪の一部には寝癖がついており、服はゆったりとしていて、顔もどこか眠そうだ。いつもの文は元気があって言葉もハキハキと話すだけあっていつもとのギャップがすごい。

 

「あー、魔理沙さん。と…さ、定晴、さん?」

「ん?どうし…」

 

言い終わる前に扉を閉められてしまった。

しかも、それはもう強く閉めすぎて風が発生している位だ。流石天狗…なんて言っている場合ではない。

そういえば俺は天狗に嫌われているんだったな。侵入の前科持ちだし。警戒対象となっていてもおかしくはない。

扉の前でしばらく待っているとドタバタと物音が聞こえ、もう一度扉が開く。

 

「は、はーい。何の用ですか?」

 

今度の文は服装と身嗜みを整え、幻想郷でよく見る姿で登場した。まだ少しだけ髪が跳ねているところもあるが、そういうところはご愛敬である。

若干の焦りも見えるが…多分取材に行こうと思っていたが異変のせいで寝過ごしてしまい、急いで準備した…といったところか。

 

「文、今幻想郷で異変が起きていることは知っているか?」

「え?あー、はい」

 

一瞬何のことか分からないという顔をしたが、こんな時間まで眠ってしまったことこそ異変かと気付いたのか肯定の意を返した。

 

「それでな、映姫によると空気中に粒子が浮いていて、それが原因で引き起こされているらしいんだが分かるか?風に乗ってるんじゃないかと思ってな」

「粒子…」

 

文は俺の話を聞き少し考える。粒子の正体が分かれば万々歳なのだが、文は粒子を操る能力ではないらしいし、駄目元で質問していることを忘れてはいけない。

数秒ほど待っていたら文が口を開いた。

 

「粒子が何なのかは分かりませんが、風に飛ばされているのだとしたら向こうからですかね。分かりにくいですが弱い風が向こうの方から流れてきています」

 

そう言って文が指さしたのは人里…の更に向こう側だった。人里の奥にあるものとすれば…

 

「迷いの竹林か太陽の花畑か…」

 

月の人々が住む竹林と花の妖怪が住む花畑の二箇所である。永琳や鈴仙とは気不味い別れ方をしたため当分は会いたくない。が、犯人がその二人を含む兎集団だったら行かなければならないことになる。

ただ太陽の花畑が原因だったらほぼ確実に幽香が犯人ということになる。まさかあいつが異変を起こそうと思っているとも思えないのだが…

 

「定晴?なんでそんな思いつめたような顔をしているんだ?」

「ん?いや、な。どっちに行こうかなと…」

 

俺は今嘘をつきました。只々永琳達と会わずに済む方法を模索していただけだ。ま、そのおかげで取り敢えず向かう先は決まった。

まずは太陽の花畑に向かう。そこが原因だったら終了。花畑が違ったならば竹林に向かう。が、大方は魔理沙に任せる。竹林も違ったならば更にその奥の行ったことのない場所まで足を運ぶ必要があるのだが…その時に考えればいいか。

 

「よし、魔理沙。まずは太陽の花畑に向かうぞ」

「花畑って…幽香がいる所か?」

「ああ、そうだが」

「そ、そうか…」

 

魔理沙の声に覇気が無い。というか全体的にさっきより元気が無い。どうしたのかと聞いてみたら魔理沙は幽香にボコボコにされたことがあるらしい。しかも魔理沙の十八番のマスタースパークで。

幽香がマスタースパークを使えることにも驚きだが、あの魔理沙をボコボコにって…もしかしたら俺も負ける可能性が出てきたな。霊夢であれば勝てるのだろうか。彼女は今映姫にコンコンと説教されているところだろうけど。

 

「それ、行くぞ魔理沙。文、情報ありがとな」

「は、はい。え、えっと…さっき見たことは忘れてくださいね?恥ずかしいので…

「ん?なんだ?」

「いえ!別に大丈夫です!それでは私は取材に行ってくるので!それでは!」

 

なんとも慌ただしく飛び出していったな。そこまで取材に命掛けるとは…流石ジャーナリストと言ったところか。

それはともかく。まずは魔理沙と共に花畑に向かうことにしたのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十五話 花畑へ

魔理沙と共に花畑へ向かう。前回訪れた時は冬の終わりで、幽香が少し眠そうにしていた時のことだった。冬にも咲く花はあるので幽香は活動するが、やはり他の季節に比べると種類も少ないので幽香は穏やかなのだ。花畑に入っても荒れる心配がほとんどないので幽香と遊びたいなら冬がおすすめ。

そして冬も過ぎて今は春の始め辺り。ここ幻想郷でも桜やら梅やらが至る所で咲き誇り、春の訪れを感じる季節だ。幻想郷中に花が咲いているため幽香も飛び回ってるのではないだろうか。

いなかったらいなかったで彼女の大切な花々を傷付けないように調査するだけだがな。

 

「幽香って幻想郷でも上位に入るほどの強さだぞ?戦って勝てるのか?」

「大丈夫じゃないか?勝てなさそうなら交渉してみるけど」

 

一緒に住んでいたときも戦闘はしなかったのだが、幻想郷において幽香は恐怖の対象になっているのだろうか。そういや最初花畑に行こうとした時も文に止められたな。結構心配してくれたのだが、俺からしてみれば幽香なんて可愛いものだ。どういうわけか長いこと生きている妖怪は人間らしい習慣を会得するみたいで、幽香も紫も普通の人間と同じような生活をしている。となればあとに残るのはただの少女要素だけである。

仕事の関係上、もっと凶暴かつ話し合いもできないような妖怪なんて飽きるほど見てきた。幽香以上にやばい奴なんかいっぱいいる。というか意思疎通ができるというだけでイージーに感じる。幻想郷では意思疎通ができる妖怪が多いので幻想郷住民にはあまり実感できないのかもしれないが、意思疎通ってすごい大事。

しばらく飛べば花畑は見えてくる。あの近くに幽香の家もあるはずだ。

 

「お、見えてきたな」

「定晴が危険そうだったら私がマスタースパーク撃ってやるからな!安心してくれ!」

 

幽香と共に俺もスパークされそうなんですが一体…魔理沙はパワータイプだし、俺が巻き込まれる可能性があるなぁ…あまり話を掘り下げても面倒になるだけだし適当に返事しておく。背後から撃たれても大丈夫なように結界でも張っておくかな…

さて、問題はここからなのだが、ここが元凶となっているとは決まった訳ではない。即ち、調査をする必要があるのだ。

幽香に訊くのが一番簡単で、一番早い解決方法だと思う。幽香が悪意を持ってしている場合は嘘をつくかもしれないが、幽香がそんな悪い妖怪ではないと信じている。呼び出して確認してみよう。

幽香の家の前に立ち、中に向かって呼びかける。しかし、待てども待てども出てこない。寝ている可能性もあるのだが、外出しているかもしれない。俺と幽香が出会った時もそうだったが、風見幽香という妖怪は植物さえあれば何処にでも行ってしまうのだ。特に今の季節は芽吹こうとしている植物が多くて、幽香もすることがあるのではなかろうか。

魔理沙と相談していたら、意外にも後ろから声がした。

 

「あれ?二人とも、どうしたのよ」

「幽香じゃないか。やっぱり外出してたんだな」

 

いつもの服装とは少し違いガーデニング用の服装に着替えた幽香がそこに立っていた。どうやらここらへんの花壇を整備していたようである。

本人がいるのなら無理矢理綺麗な花畑の中や家の中を調べなくて済む。早速ここまでの流れを要約し幽香に説明。その流れで事情聴取もする。

 

「粒子ねぇ…ここで出る粒子なんて花粉か料理に使ってる調味料ぐらいね。でも調味料は普通に使うやつだし…あっ」

「ん?何か思い出したか?」

「えっと…」

 

俺が尋ねると幽香は突如として黙り込んでしまった。これは怪しい行動ととっていいのだろうか。

俺が怪しんでいることに気付いたのか、焦ったように話し始めた。

 

「こ、ここには何も無いわ。他を当たって頂戴」

 

そう行って奥の方をチラチラ見る幽香。隠す気を感じることができないのだが、幽香はあれで隠しているつもりなのだろうか。

 

「なあ幽香、ちょっとこっち見ていいか?」

「え!?なんで!?別にいいじゃない。さあさあ、他の場所に行きましょー。まだ花が満開じゃないから定晴にはその時に見てほしいなーって思うのだけど」

「まあまあ、そんな硬い事言うなよ。少しだけだよ、ほんのちょっぴり見るだけだからさ」

 

俺が怪しいと感じている場所へ移動しようとすると幽香はワタワタと手を振って通せんぼする。俺は幽香の手が届かない場所を上手い具合に通過し、阻まれることなく裏に回った。幽香は少しばかり動きが遅いので身体強化を使わずとも体の動かし方次第で幽香くらいなら簡単に避けることができる。

家の裏側の見えずらいところにあった花壇。ここも幽香がこまめに整備しているのだと分かる広めの場所。

そこにあったのは…大量の花粉を振りまく花だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十六話 明らかな勘違い

これを見た俺の率直な感想…

 

「何だこれ。」

 

無論、これらが全て花だということは理解している。その上でこの感想だ。

目に見えるレベルで大量にばら撒かれる花粉が、花から三メートルほど離れた辺りで空気中に溶けていく。そして幻想郷中に散らばっていくといったことか。

というわけで異変の犯人は幽香でしたーパチパチ。幽香というか花?植えたのは幽香だろうから結局犯人は幽香になるのだが。

 

「これ何だ…?」

「眠り草よ。今が丁度繁殖期だからこうやって花粉を大量に放出するの。対応出来ない生物は皆寝てしまうのだけど、定晴が起きているなら大丈夫ね。」

 

俺は他の人間に比べたら明らかに歪だし、俺を基準にして考えるのは如何なものか…そもそも幽香は俺の能力を知っているし分かっていると思ったんだがな。

取り敢えず異変の原因は分かったわけだ。それ即ち…

 

「よし。この花どうにかするか。」

「ちょっと!何するつもりよ!」

「花粉をどうにかするだけだ。魔理沙も手伝ってもらって…」

 

と俺が振り返ると魔理沙はそりゃもうグッスリと寝ていた。今までも眠たかったが、異変解決という目標のために気力で起きていたのだろうな。それが今花粉を大量に直接吸ってしまって寝てしまったのだろう。

俺は浄化の能力が常に発動しているからどれだけ近付いても大丈夫だ。幽香も能力のお陰で影響を受けていないのだろう。魔法の中にそういった類の魔法もありそうなものだが…

まあ寝てしまった魔理沙はこの際放置だ。俺がきちんと解決するだけだし。

早速花に近付き触ってみると後ろから怒鳴るような声が聞こえた。

 

「もしかして花を抜くつもりじゃないでしょうね!」

「え、そういうわけじゃ…」

「いくら定晴でもそれは許さないわ!」

 

そう言って幽香は攻撃を仕掛けてきた。毎度感心するのだが、よく花々を傷付けずに攻撃ができるものだ。相手にダメージが入るほどの高威力で弾幕を張るのだが、花には一切危害が加えられない。もしかしたら幽香の能力で多少は花を操っているのかもしれないのだが、それでも花の可動域など僅かだし、やはり凄い。

それよりも、だ。幽香の攻撃を躱しつつ考える。

俺は花を傷付けずに解決する方法を考えていただけなのに幽香は話も聞かずに攻撃してきた。昔から花のことになると周りが見えなくなる彼女だが、それは今でも健在のようだった。やはり幽香は変わっていないなと思いつつ、どう状況を収束させようか…

まず一つ目は無理矢理花の花粉をどうにかする事だが、そんな事して花に影響が出てしまうとそれこそ幽香に殺されかねない。却下。

元々そんな事が起きないように考えてきていたのだが幽香が先に攻撃してきたので意味は無かったようだ。

そして二つ目だが、幽香に話を聞いてもらうこと。これが最善手なのだが、今の幽香はほとんど話を聞いてくれない。なので自ずと三つ目に移行される。

それは…

 

魔術【五つの属性】

 

幽香と真っ向から勝負をして無理矢理にでも話を聞いてもらう他ない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十七話 幻想郷の弾幕の開花

戦闘描写をできるだけ削る暴挙
なのにいつもより長いという謎


攻撃には取り敢えず魔術を使う。

元より俺には魔術への適正がほとんどないのでどうしても簡単なものしか撃つことができないが、牽制には十分の働きをしてくれる。尚一番適正があるので剣術である。

それに対し幽香は一点集中型の攻撃的な弾幕を仕掛けてくる。レーザーみたいなやつだ。しかもそれが多数。

一点集中で大量とか、本当に鬼畜だと思う。思いの外躱すのが難しくて結界やら魔術やらを使いながら逃げる。

流石にそう長い間撃ち続けることはできないようで、しばらく躱していたら攻撃が止んだ。すると次は傘の先端から細かい弾幕が飛び出してきた。どうやらあの日傘は杖的な役割も果たすことができるらしい。

 

「細かく来るんだったらこっちだって!連射【連続劣界】!」

 

幽香の放った弾幕を大量の脆い結界で相殺していく。しかし相殺()()しか出来ていないため、攻撃を仕掛けるにはどうにかして近付く必要がある。幽香はどちらかと言ったら魔理沙タイプで、俺よりも攻撃力が高いため俺の持つスペカでは剣術系でしか対抗できない。

さっきも言ったが俺は魔術との相性はそこまで高くない。さっき使った魔術スペカもすぐに幽香のレーザーによって掻き消されてしまった。幻想郷に来て多少は適応しつつあるのだろうけど外の世界との威力の違いは今一つ分かっていない。適性がないので伸びしろもほとんどなかったのだろう。

おっと別の事を考えていたら幽香が今の状況に耐え兼ねてスペカを発動してきた。戦いに集中しないとな。考え事をしてしまうのは悪い癖だ。

 

「幽香ー!そろそろ諦めないかー!?」

「この綺麗な花々に危害を加えようとするやつは誰であろうと許さないわ!」

 

まじで話を聞かないな、このフラワーマスターは。別に危害を加えようとしてるわけではないのに全く信じてくれない。というか俺がやろうとしてることすら話せてないというのに。

 

「この花達は私が丹精込めて育ててきた大事な子達なの!こんな所で散らせてたまりますか!」

 

幽香め…勝手にヒートアップしやがって。いい加減イライラしてきたぞ。

俺が輝剣を召喚しようとした時、横から何かが突っ込んできて、俺にレーザーを放った。素早く結界を張り防御する。

突っ込んできたそいつは俺と幽香の間で止まって、幽香に対して攻撃を始めた。

 

「定晴!私に許可なく弾幕ごっこを始めるなんてズルいんだぜ!」

 

一人で先に寝ていた奴が何を言う。というかそれなら俺じゃ無くて幽香にマスパを撃ってくれ。何故敵じゃなく俺に撃ったのかとても疑問に思う。注意を惹かせるのであれば最初に突っ込んできた時点でその目的は達成されているのだが。

 

「後は私に任せるんだぜ!」

「何よ貴女!突然割り込んで来るんじゃないわよ!」

 

魔理沙に大量の弾幕が降り注ぐ。流石数多なる異変を解決してきた身のこなしで軽く躱していく。

俺は巻き込まれないように離れた所で傍観させてもらおう。俺がいなくなっても気付かないようだし。

折角だし、幽香がどれほど強くなったかを客観的に見るとする。

俺と初めて会った時もそれなりに妖力を持っていたのだが、今では紫並に持っている。戦闘中は分からなかったが、いざ幽香を調べてみると中々に強くなっているのが分かる。それに結構戦闘慣れしているのか魔理沙が動くであろう方向に分かりづらいように罠の様なものを張っている。魔理沙は魔理沙でそういうところは気を付けているようで、殆ど当たっていないのだが。

俺は単調な弾幕か一撃必殺のような弾幕しか撃てないため幽香のようにテクニカルな攻撃が出来ない。まあ俺の能力の内複雑な弾幕を撃てそうなのが魔術だけだし、それに適性が無いという慈悲の無さ。

弾幕ごっこでは反則だが、結界で檻を創ってそこに剣術【一閃斬り】を叩き込めば大抵のやつらは殺れる。例外があるとすれば結界を割れる奴か転移が出来る奴。もしくはミキのようにそもそも効かない奴だろうな。弾幕ごっこではないガチの殺し合いであれば俺にも分があるのだけど。

さて、魔理沙達の戦闘については未だにどちらも決定打を決められず膠着状態だ。魔理沙がレーザーを放ち、幽香が躱しす。その後弾幕を張るが、魔理沙も避けていく。これがずっと続いている。二人とも飛んでいるため全方位に逃げられるのが原因だろうか。それにしても長いが。

そろそろ魔理沙と代わらせてもらうか。見ているだけじゃつまらないからな。

 

「お〜い!魔理沙ー!交代だー!」

「な、まだだぜ!」

「隙ありー!」

 

魔理沙がこちらを見た隙きを見て幽香が魔理沙にレーザーを放つ。反応出来ないままレーザーに飲み込まれ落ちていく魔理沙。可哀想ではあるがしょうがない。別に俺はこれを狙ったわけではないよ?

魔理沙を回収した後再度幽香に対峙する。長い戦闘時間と、魔理沙の強烈な弾幕のお陰か幽香は荒く呼吸をしている。

こちらは既に準備が完了している。まあ霊力を回復させただけではあるが。

 

「さて、幽香。終わらせる」

「ッ!」

 

幽香が身構える。それもそのはず俺は霊力を全力で出してわざと警戒させているのだから。逆にこれで何の反応も示さなかったら凹む。霊力量には自信があるのでね。

 

「な、何する気よ」

「ちょっとしたことだ…躱せるものなら躱してみな!奥義【四方三千斬】!」

 

高速で動き幽香の展開している弾幕を斬りつつ俺の弾幕を展開していく。反則にはならない程度に薄くはしているがそれでも中々に厳しい量だ。さらに幽香が新たに出した弾も斬っていくという徹底さ。

幽香は弾を出すのを諦め妖力を溜めだした。確かに輝剣ではレーザーを斬ることが出来ない。そう()()()()

 

「はあああ!」

 

幽香が色んな方向にレーザーを放つ。高速で動いている俺に的確に当てるのは困難だと判断した結果なのだろうけど、そのせいで一つ一つの威力は多少なりとも落ちてしまっている。

俺がレーザーを撃たれても平気で高速で動く理由。それは…

 

「消えろ!」

 

俺が手を振るとレーザーが雲散霧消した。これが俺の十個目の力【無効化】だ。ほとんどのものを無効化できるこの力は代償として使った後に硬直時間とリキャストを要する。今の幽香は妖力の量もあまり残っていないため硬直している俺に攻撃するだけの気力はないようだがな。

 

「な、何よそれ!卑怯よ!」

「はいはい何とでも言え。今更感しかないから気にしないぞ。それと幽香」

「何?」

「後ろ」

「へ?きゃっ!」

 

先に撃っていた弾に被弾し落ちていく幽香。それを素早く支える。こうしてとうとう幽香との戦闘が終わった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十八話 状況把握

「お〜い。起きろ〜。」

 

魔理沙は比較的早く起きたのだが、幽香が中々起きない。剣術系だから威力調整が難しいのだが、十分以上も気絶してしまうようじゃ弾幕ごっこに使うスペカにしたは少々危険だろうな。因みに魔理沙は俺のせいで負けたとご立腹の様子で口を聞いてくれないので落ち着くまで放置することにしている。

 

「…」

「起きねえ…」

 

直接輝剣振ったのではなく置いといた霊力弾に当たっただけだというのにこの威力…幻想郷に来て能力が強化されたのはいいけど断然操作が難しくなってる。いい加減本気で練習しないと弱い妖怪とかは殺してしまいそうだ。

 

「ん、んん…」

「幽香?お〜い。」

 

反応があったがそれでも起きない…となればあとはショックを加えれば…って弱ってるやつに浄化掛けたらまじで消えそうだし止めよう。

 

「あ…れ?定晴…?」

「お〜幽香。おはよう。」

「どんくらい寝てた…?」

「十分ちょいぐらい。」

 

少しずつ覚醒してきたな。幽香も起きたことだしそろそろこの状態を解くか。

 

「ほら、頭を起こしてくれ。俺が動けないだろ。」

「え、どういう…ん?待って。寝ている私の目の前に顔があるということは…!?」

 

突然ガバッと起きて立ち上がる幽香。吃驚して転びそうになった。

まあこんだけ早く動けるんなら安心だな。ずっと地面で木の下で膝枕してたせいで少し足も痺れてきたし、そろそろ起きたかったから丁度良い。

俺が痺れた足でなんとか立ち上がると、幽香が顔を赤くして怒鳴ってきた。

 

「な、な、な、何で膝枕なんてしてんのよ!」

「だって地面に寝かせておくのは衛生的にもよくないし、頭は少し上げておいた方が健康上問題ないし…」

「違う!そういうことじゃない!」

「えぇ…」

 

幽香が何に怒っているのか全く分からん。幽香の家には鍵かかってるから入れないし、人里とかは遠いからここで寝かせておいただけなのに何故怒るのか。

あれか。弾幕ごっこで負けた上に膝枕されて悔しいみたいなところか。まあ負けた相手に情けをかけられるのは嫌だなぁ。今回は仕方ない理由があったので特に気にしはしないが。

 

「はぁ…本当に貴方っていつまで経っても鈍感ね。」

「何がだよ。妖怪が来るのを察知する速度は紫より早いんだぞ。」

「そういうことじゃ…はぁ。もう良いわよ。」

 

なんか呆れられた。何故か色んな奴に鈍感だと言われるのだが、俺自身全く鈍感だと思っていない。敵や目標を見つける速度は紫より早いし、反射神経もそれなりにある方だ。それなのに鈍感とは一体…もしかして裏で秘密裏に何かしているのを気付けていないのかな。

 

「それにしても私…負けたのね。」

「ああ。そうだ。取り敢えず話を聞け。」

「仕方ないわ…花を抜くなり枯らすなり好きにしなさいよ。」

「別にそんなつもりは元より無いぞ。」

「え!?」

 

そんな驚いた声を出されても…俺は最初から話し合いで住ませたかったのに幽香が早とちりして攻撃してきたのが悪い。魔理沙とも話し合いで済むんだったらそれが良いと話していたのに、話し合う時間すらくれないとか。

 

「じゃ、じゃあどうすんのよ。」

「まあまあ聞け。幽香は外の世界に行くことが稀にあるんだな?」

「あのスキマが許してくれたら行くこともあるけど…」

「じゃあビニールハウスを見たことがあるか?」

「ビニール…?」

 

幽香に俺が考えたことを伝える。

俺が考えたのは花をまるごとビニールハウスで覆ってしまうことだ。ビニールハウスは元々野菜などの作物を一定の温度で保ち、急激な気温変化にも耐えられるようにする道具だが、作り方や使い方を変えれば多少は応用が効く。

実際構造さえ変えてしまえば花粉は幻想郷中にばら撒かず、生態にも寄るが植物の育ちは良くなる。いわゆるWin-Winの関係ってやつだな。

 

「でもどうやってそのビニールハウスってやつを造るのよ。」

「外の世界で多くの仕事を転々としてきた俺を嘗めるな。道具と材料さえあればすぐにでも造れるぞ。道具は俺の家にあるが材料かぁ…」

「あのスキマは寝てるしあの九尾に頼んで見れば?」

 

藍かぁ…流石に紫の許可なく動くことは出来ないだろうなぁ。かといって俺が勝手に幻想郷出たら怒られるだろうし、どうにか幻想郷内部だけで手に入らないものか。

思案しているとずっと機嫌が悪かった魔理沙が口を開いた。

 

「なあ、そのビニールハウスってやつの材料って何なんだ?」

「ん?基本は骨組みになる鉄とビニールだな。まあ鉄は代用できるし何とかするが。」

「ビニールって自然にあるのか?」

「いや、化合とかで作る人工物だな。あまり科学技術を持ち込まない方が良いんだが場合が場合だし。」

「じゃあさ。河童達に頼ってみるのも良いんじゃないか?」

 

河童だと?そういや初めて香霖堂に行ったときに霖之助が河童は凄い技術を持っていると言ってたな。なんでも外の世界のラジオを使って何かしているとか、いないとか。

 

「そうね。外の世界にしか無いものは持ち込んじゃいけないけど幻想郷内部で作ってしまえば問題無いらしいわよ。」

「そんな緩いのか。まあいい、河童達は妖怪の山か?」

「じゃあ私が案内してやるぜ!」

「了解。ということだから幽香、もうちょい待っててくれ。その間できるだけ花粉を撒かないようにしてくれると助かる。」

「まあ負けてしまったししょうがないわね。」

 

幽香に一度別れを告げ魔理沙と共に飛び立つ。目的地は河童のにとりや巫女の早苗がいる妖怪の山だ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十九話 河童の科学力は…

UAが6000人を突破いたしました。ここまで書いていられるのも皆さまが見てくれているという喜びのおかげです。本当にありがとうございます。


「河童達がいるのはこっちの方だぜ。」

 

魔理沙の案内で妖怪の山を進む。天狗は大半寝ている筈なので大丈夫だとは思うが…映姫が起こしたついでに叱ったとか言っていたけど、それに驚いてバリバリ仕事しているとかないよな?

確認の意味も込めて魔理沙に訊ねてみる。

 

「この道なら天狗に会わないのか?」

「あまり会わないな。そもそもここら辺は妖怪自体が少ないから天狗達もあまり警戒してないんだろ。さっき山に来たときに倒したから犬っころも来ないだろうし。」

「犬っころ?ああ、椛か。」

 

あいつ大丈夫だろうか。上司に凄い怒られていたりして。まあ戦闘で負けてしまったのだからどうしようもないのだが。

 

「定晴、そろそろだぞ!」

「ん?」

 

突如山の向こうから黒いものが立ち昇っているのが見える。

煙だ。

 

「おいおい!魔理沙、火事じゃないのか?」

「いつも上がってる煙より濃い気がするな。行くぞ!」

 

急いで煙の原因があるであろう場所に向かう。

 


 

そこには数本の木が音をたてて燃えていた。近くに数人河童っぽいのがいるが、実験しているのではなく完全に予定外の事故のようだな。怯えている者、立ち尽くしている者、逃げ出している者もいる。それに泣いている者も。

 

「魔理沙!水の魔法は使えるか?」

「パチュリー程じゃないが多少はできる!」

 

そして二人がかりで水を消していく。が、魔術のあまり精通していない人間と多少できる程度の人間二人では明らかに水圧が足りていない。

俺たちが苦戦している間にも少しずつ周囲の木にも燃え広がっていく。そうとう火力があるらしく俺たちが放った水の一部が途中で気化してしまう。

 

保護【アクアシェル】

 

取り敢えず火傷しないようにプロテクトをかけて少し近付く。それでもまだ足りない。

水を出し始めてから一分ほど経っただろうか。後ろから大きな声が聞こえた。

 

「お前ら退けろおおお!」

 

その声と同時に大量の水が降り注ぐ。雨では無い。妖力が籠もっている謂わば妖術だ。そして水の出どころは俺たちの丁度後ろ。大きなノズルのようなものから放出されている。それを持っているのは俺が知っている人物のようだ。

さっきまで俺たちが苦戦していた炎が一気に消火されていく。水がかけ始められてからたったの十秒、炎は完全に消火されていた。

俺達は声をあげた張本人…河城にとりに近付いた。

 

「ふい〜疲れた。」

「おう、にとり。久しぶりだな。お疲れ様。」

 

俺が話かけると、こちらを見て驚いたような声をあげる。いや、実際驚いているのだろう。

 

「ほへ~定晴じゃん。てっきり天狗に捕まって面倒なことになったのかと思ったけど…まあこうして元気な状態で再開できたのならいいか!」

「なあにとり。さっき水を出す時に使っていたノズルみたいなのは何なんだ?」

「ああ、あれ?あれは私が作った【超水圧向上にとりちゃん二号】だよ。」

 

ネーミングセンスは置いといて水圧向上とな。掻い摘んで説明すると、にとりの能力【水を操る程度の能力】を使ってノズルの元が差し込んである機械に注入する。そしてスイッチをいれるとよく分からない機械が動いて水の勢いが増すらしい。よく分からない機械っていうのはにとりが説明していることが理解できなかったのでよく分からないということにしている。経験上それは多分ポンプだろうけどな。

ちなみに何故二号なのかというと、一号は水圧が高すぎて操作しきれなくなり家の屋根を破壊したため、らしい。それを改良して二号というわけだな。

 

「よくこんなもの作れるな。」

「そりゃあ!河童の科学力は幻想郷一!だからね。」

 

どこかで聞いたことのあるセリフを言うにとり。さしずめ外来人の誰かがそこらへんの知識を教えたんだろうな。

 

「さて、頼みたいことがあるんだが…」

「その前にちょっと待ってくれるかな。もう少ししないといけないことがあるみたい…」

 

にとりはそういうとさっきからずっと泣いている河童の元に行った。泣いている子を助けてあげるとは、よくできている子だと実感する。外の世界じゃ泣いている子がいても無視が多く、正面から助けてくれる人はほんの一握りしかいない。昔ながらの習慣が残っている幻想郷だから生まれた光景なのだろうか。外の世界でもこんな人がいっぱいになればいいのにな。

 

「水は消したの?どうしたの?」

「違うの!さっきの火事の中に、友達が、友達が…」

「え!?そんな!早く助けないと。」

 

魔理沙に合図を出し素早く行動する。目的は勿論その子の捜索だ。怪我をしていなければいいのだが、さっきの火事の真っ只中にいてそれは不可能に等しいだろう。火傷などをしていれば早く治療してあげなければ、例え生きていたとしても痕が残ってしまう可能性がある。

魔理沙とにとり、更にそこらへんにいた他の河童たちと一緒に探すこと五分。魔理沙の方から声があがった。どうやら河童の友達が発見されたらしい。

直ぐにその場に駆け付けると、体の半分近くが焼けている河童が地面に寝そべっていた。脈を測り生存を確認すると素早く能力の再生を行使する。この再生は体力の回復はそれなりにしかできないが、体位欠如の修復や状態異常の治療にすごく効果がある。毒とかは浄化を使うが。

 

「大丈夫かな…」

「分からん。一応処置はしているが最悪の場合体の一部が動かなくなったり痛みが残ったりするかもしれない。その時はちゃんと看病してあげろよ?」

 

能力を使って一分。分かりやすい傷などは治ったが、それ以外の見えにくいところや妖力の消耗などは治っていない。そもそも神聖系の力を妖怪に使っても大丈夫かという疑問が残るが、美鈴に使って大丈夫だったのだし問題ないだろう。

ずっと気絶していた河童だったが、治療をしたことで呼吸もそれなりに安定し、目を覚ました。

 

「ん…んん?」

「あ、あ…うわーん!よかったよー!」

 

さっきまで泣いていた子が火傷していた河童を強く締め付ける。そして俺に向かって何度もお礼を言ってきた。

これで一つの小さな命が救われた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十話 河童工房

河童を助けた俺たちはにとりの工房に案内された。

なんでも、仲間の河童を助けてくれたお礼がしたいとか。丁度いいので俺の依頼を伝えてしまおう。

 

「さっき頼み事があるって言っていたよね?凄いお金がかかるやつ以外なら基本何でも作ってあげるよ」

「それは助かる。実はな…」

 

今までのあらすじと俺が欲しいものを伝える。するとにとりは少し難しそうな顔をした。やはり河童でも難しい依頼だろうか。

 

「う~ん、それは難しいかもねぇ。化学合成しているんでしょ?私たちも合成したりして新しい材料を創ったりしているけどね、それにはやっぱりそれなりに時間がかかるんだ。いつかはできるだろうけど、二、三日では完成する確率は低いだろうねぇ」

「じゃあ代わりになるものはないか?ビニールじゃなくても俺がさっき言った案に代用できそうなものだ」

 

花粉が止まってくれることはないので今日中に必要なものだ。待つことはできない。

今回の作成にあたって、素材として必要な要素は主に三つだ。

一つは耐久性。これは固いということではなく、少々の衝撃にも耐えることが出来る丈夫さを示す。二つ目は柔軟性。柔らかくなければハウスの形に合わせることが出来ない。そして三つ目は汎用性。今回はハウスを作るだけだが、もしこれが新しい素材として有能ならば、他のことにも使うことが出来たら素晴らしいだろう。勿論絶対に必要というわけではないので、最後のはおまけだ。

 

「じゃあちょっと待っててくれる?他の河童たちと話し合ってくる」

「すまないな。ありがとう」

「いいってことよ」

 

そう言い残してにとりは奥扉のに入って行った。その奥がどうなっているのかは分からないがさしずめ河童たちの工房か研究室ってところだろう。河童はほとんど皆科学力がすごいらしいので不安はない。

のだが、やはり外の世界の知恵が幻想郷に広がってしまうのはいかがなものなのだろうと思ってしまう。紫的にはセーフを出してくれるかもしれないが、明らかに異物な気がしてならない。河童は外の世界のものよりも優秀なものを作ってきそうでちょっと怖いのだ。

待つこと五分。思ったより早くにとりは帰ってきた。

 

「話は固まったよ。最近ビニールってやつに代用できそうな素材を作ったやつがいたんだ。植物に影響は与えないだろうし大丈夫だろうって話だったんだけど、いいかな?」

「ああ、もちろんだ。助かるよ」

 

そしてまたもやにとりは奥の扉に入っていく。今度は制作、もしくは譲り受けるんだろうな。まあ元となるのがあるんだったら大丈夫だろう。

なので時間もあまりかからないと予測する。そうしないと隣でずっと寝ている魔理沙を叩き起こすことができないからな。本当にこいつは…戦闘以外は興味がないのだろうか。そういえば研究は好きなんだっけ?

俺の予想通り、比較的早くにとりが透明な物体を持ってきた。

 

「こんな感じだよ?いい?」

「よく見せてくれ」

 

そして俺はにとりからそれを受け取る。

触った感じはまんまビニールのようだが、透明度が高く光の反射によっては見えない時もあるぐらいだ。柔らかいのでハウスの形に形成することもできるだろうし、頑丈そうなので花への被害をなくす効果もあるかもしれない。

これは…使える。

 

「これでいい。大丈夫だ。助かった」

「ふふふ、こんなこと河童にとっては造作もないね」

 

どや顔をするにとり。確かにこの素材を作れるのならば幻想郷で科学力が一番あるというのは嘘ではないようだ。

 

「思った以上にいいのが来たしありがたいよ」

「いいよいいよ。これが河童を助けてくれたお礼なんだから」

 

そう言ってくれるのであればありがたく頂戴させてもらいますかね。

 

「まっ!河童たちは定晴のことは歓迎するからさ。いつでもおいでよ」

「何か頼みたいことがあれば覗きに来るよ」

「おいでおいで。私たちはいつでも進化しているからさ」

 

河童たちならば化学調味料も作れてしまうのだろうか。そうだとしたら必ずもう一度来るだろうな。外の世界にしか売っていないものを作ってもらうのにちょうどいい。

今回は異変解決のために来ているので、幽香のもとにさっさと帰ってしまおう。

魔理沙を起こし建物を出ようとしたら、後ろからにとりが話しかけてきた。

 

「そうそう、それの名前を教えてなかったね」

「名前があるのか?」

「勿論!それはね…『強化河童硝子』又の名を『幻想ビニール』さ!」

「幻想ビニール…」

 

外の世界ではなく幻想郷で作られたから幻想ビニール…安直ではあるが分かりやすいし何となく響きが良い。ありがたく使わせてもらおう。というかその名前は俺がさっきビニールというものを教えてから付けた名前だろう。

 

「そんじゃねー!」

「またな」

 

材料も手に入ったし、魔理沙をたたき起こしたらすぐに幽香の元へ帰るとしよう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十一話 組み立て

最近少し投稿ペースが早いのには理由が…


にとりと別れた俺たちは急いで幽香のもとに向かう。が、俺の家に寄って先に道具を手に入れなければならない。組み立てをするのに必要だからだ。

河童のところで借りようとしたが、俺が知らないような道具や幻想郷でしか使わない道具など、分からないことが増えてしまったので諦めて自分のものを使うことにした。

まあ、慣れた道具の方が作業が進むっていう話も聞くし問題ないだろう。

 

「定晴の家来るの久しぶりな気がするぜ」

「基本俺の家じゃなくて博麗神社で会うことが多いからだろ」

 

家に着くと早速入り、倉庫にしまっている道具を探す。建築業の仕事をしたのはここ一年ではなかったな。去年か一昨年くらいに一度バイト要員として参加したような気がするがあまり覚えてはいない。

 

「道具無しじゃ出来ないのか?」

「流石にきついところがある」

 

といっても使う道具はよくあるありふれた物ばかりだ。金槌、定規、テープ…などなど。

それなりに使うことの多いような道具だから倉庫の入口の方にあると思ったが思いの外見つからない。もしかして別の所に収納しているのか?

幻空の中には入っていなかったことはさっき確認済みだし…かといって家にある収納スペースといえばあとは…階段下の物置か?あそこは出しにくいから物は出来るだけ入れないようにしているのだが、もしかしたら間違えてそこに収納している可能性があるな。

倉庫の扉を閉め階段下の物置部屋に向かう。家は俺が暇なときに掃除しているから全体的はきれいなのだが、倉庫や物置はどうしても掃除が行き届かないことが多い。まあ何が言いたいのかというのかと、物置部屋の埃っぽさが凄い。病原体がいたら嫌だから入る前に浄化能力を使って部屋を一通り洗浄する。

 

「その力は便利だなー」

「掃除ができるわけじゃないけどな。消毒みたいなもんだ」

 

五分ほど探したらお目当てのものは見つかった。どうやら本当に間違えて収納していたらしい。まあこれで取り敢えず準備ができたので魔理沙を呼んでもう一度空を飛ぶ。俺の家から太陽の花畑はそれなりの距離だが、妖怪の山の方が遠いことを考えるとそこまでだなと感じる。

 

「おーい!持ってきたぞー!」

「やっと帰って来たわね。全然帰ってこないから、少しだけ心配したわ」

 

幽香は人との関わりを持たず、他人のことには興味のないような印象があるが、それなりに親しくなると幽香も楽しそうに話し出す。別に俺だけじゃなくて、例えば人里の花屋の店主とか、もしくは紫とか。共通の話題があったり古くからの友人だったりすると比較的話してくれる。

話が逸れたが、到着してすぐに作業を始める。作業着も持ってはいるが幻空から出すのが面倒だし、着替えるのもあれなので、この服装のまますることにした。特に汚れ作業とかも無いし、それこそ突然土砂降りにでもならない限りそこまで汚れない仕事だ。

今日は皆眠たくなるほどの晴天。雨に見舞われる心配はないだろう。

 

「それを花たちの周囲に置くのね」

「ああ、そうだ。実際は囲うだけだが」

 

幽香が河童のビニールを見て呟いた。

さて、作業を始める。まずは骨組みだが、これはにとりのところで貰ってきた『普通の状態ならば柔らかいが、魔力や妖力を込めると固くなる』という幻想郷ならではの素材がある。霊力を流す技術が必要なので、外の世界で扱える人はほとんどいないだろう。

これで難しい作業をしなくても、簡単に花を傷付けずに覆える骨組みが完成する。

続いて幕だ。これもついさっき貰った新素材『幻想ビニール』を使う。幽香と魔理沙に手伝ってもらって一気に被せてしまう。被せたらビニールと骨組みが離れてしまわないようにテープなどで固定する。

これでビニールハウスが完成したので、あとはこれを花に傷をつけないように被せる。一つ一つ被せるのではなく、花壇全体を覆うように骨組みを作ったので、作業自体はそこまで大変ではない。

よし、完成だ。

 

「おー!すげー!」

「確かにこれなら成長を妨げず、更に花粉が遠くまで飛んでいくことも防ぐことが出来る…」

「まあ本当は内部の温度を操作するためのものなんだけどな。周囲への影響をなくすことにも使えるだろ」

 

こうして異変の元凶をとうとう断った。これでもう解決したも当然だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十ニ話 依頼

「本当に花粉が一切でてない…」

「まあこれでまき散らしてたら河童の所に押しかけに行くだけだがな。」

 

ビニールハウスを作り一件落着。幽香によれば、まだ幻想郷中に花粉が飛んではいるがしばらくすれば自然消滅して問題なくなるだろうとのこと。今より少し薄くなったら寝ていたやつらはすぐに起きるから怠惰郷が幻想郷に完全に戻るのもあと少しだろう。

それにしても幽香の強さと河童の技術には驚いたな。前戦った時はそこまで幽香に対して強いイメージが無かったのだが、いつの間にここまで強くなっていたのだろうか。幽香は別に花が増えれば増えるほど強くなるっていうベタな能力ではないにも関わらずこの強さだ。そりゃ魔理沙や文が怖がるわ。俺だって能力無い状態で戦えって言われたら素直に負けを認めるだろう。それほどの強さだった。

河童の科学力は本当に凄かった。そもそも幻想郷はそこまで資源が豊富ではないだろうに、よくあそこまで作れるものだ。勿論持ち前の妖力や魔力で魔法や妖術を使って補ってはいるのだが、今回使った幻想郷ビニールはほとんど普通の素材だ。妖力が籠ってるから頑丈ってだけの。これはもし外の世界に放り出されても問題なく生活できるだろうし、逆に外の世界の科学者に技術を教えることになってるかもしれない。それはそれで素敵だと思う。

 

「さて、俺は帰るとするか。」

「その前に霊夢に報告しないとだぜ!この魔理沙様が華麗に異変を解決したと!」

「あんた私の弾幕食らって泡吹いてたじゃない。」

「あれは定晴が悪いんだ!」

 

あれは申し訳なかったと思う。魔理沙が幽香の妖力と体力を良い感じに削ってくれたのは確かだし、それで勝てたのも事実だ。実際魔理沙がいなかったら俺も疲れていて負けていたかもしれない。

 

「すまない、そしてありがとな、魔理沙。」

「な、突然気持ち悪いぜ!早く行くぞ!」

 

魔理沙が飛び出し俺もそのあとを追う。幽香はしばらく花の経過観察をするというのでまた二人で空の旅だ。目的地は勿論霊夢がいるであろう博麗神社だ。

 


 

博麗神社に着くと俺たちの予想通り霊夢がいた。映姫の姿が見えないが帰ったのだろうか。まあそれならそれでいいのだが。今まで散々映姫のお説教を回避してきた俺だが、流石に次会ったら口実を探すのが大変で…

 

「異変解決御疲れまでした。」

 

博麗神社の奥から現れたのはオセロ閻魔こと四季映姫だ。そう、あの、説教好きの…

 

「じゃあな魔理沙。あとはよろしく!」

「まあまあ待ちなさい堀内定晴。」

 

ここで映姫自身からストップがかかる。これで話しかける前に逃げるという選択肢は消えたか…ならば…いや、ここは敢えて話を正面から聞こうではないか。実際時間がかかるうえに回りくどいが、内容はとても為になるはずだ…多分。

 

「何を身構えてるのですか貴方は。最初から貴方に説教などするつもりはありません。異変が解決されたらここに戻ってくるだろうと思って待っていただけです。」

「そ、そうか?俺は別に身構えてたりしてないぞ?」

 

それならいいんだ。それなら。異変終わって戦闘やら色々して疲れている体を休ませられないとなると流石にきつかったからな。能力の再生は傷や欠損は治せるけど体力は戻らない、これは共通認識でいてほしい。前にチルノが疲れたとかいって回復を求めてきたが、俺にはその疲れを治すことができない。どこかマッサージしてくれるようなところでも行ってくれ。と言ったら何故か怒られた。最初から俺が何でも治せると勘違いしているからこんなことになっているのだ。いっそのこと言い触らすか。俺は体力は戻せませんよーって、ダサいな止めよう。

 

「取り敢えず異変解決お疲れ様でした。まあ異変というほど被害はありませんし、きちんと働いている人は働いているのです。心のどこかに怠けたいという気持ちがあるから寝てしまうのです。そもそも常日頃軽快していれば花粉なんぞに影響されるはずもないのですよ。それに…」

「また始まってるわよ~」

「おっと失礼。私はそんなことを言いに来たのではありません。実はですね、少し貴方に依頼をしたいのです。」

 

依頼だと?何か外の世界を思い出すな。外の世界では基本何でも屋みたいな立ち位置だったから各地を転々としながら仕事をするような生活だった。その生活の中で友人や技術を得たりしたのだけれど…話が逸れたな。

 

「依頼内容は至ってシンプルです。この駄巫女の監視を頼みたいのです。」

 

監視、か。しかも霊夢の。確かにいつも堕落したような生活をしている巫女は映姫にとって気になるのだろうけど監視はやりすぎではないだろうか。それに霊夢もなんだかんだ言って決まった時間に起きてご飯食べて掃除して…といったように基本の生活はできているのだ。だからあまり俺は強く言いたくないのだが…と思っていたら霊夢が怒鳴った。

 

「はぁ!?私そんなの聞いてないんだけど!」

「そりゃ貴女に言ったら止めようとするでしょう?だから直接本人に話しているのですよ。」

「止めるわよ!それに何で定晴さんなわけ!?魔理沙とかアリスとか他にもいるでしょ!?」

「神社に一番近く、尚且つ貴女にも交流がある…一番の適役は彼かと。勿論異性ですので気になることもあるでしょうけど、今までだらけてきた罰だと思いなさい!」

 

映姫が言い切った。そりゃスパンと。その言葉に霊夢は泣く泣く座り込むしかなかった。

こうして俺は霊夢の監視役という仕事を得たわけだ。って、ん?

 

「待て。それ俺にメリット無くないか!?」

「貴方も今は仕事をしていないのでしょう?確か半霊の指南をしているとは聞いていますが、それもこれも変わりません。」

 

そしてその言葉に俺も泣く泣く仕事を押し付けられることになったのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十三話 宴会【惰眠異変】~準備~

さて、異変が終わったら宴会をするのが幻想郷のしきたりだ。宴会好きの萃香や霊夢に訊いてもいつこんな習慣がついたのか分からないらしい。ま、さしずめ騒ぎたくなった鬼とかが妖怪集めてしたのが発端ってところだろう。幻想郷の妖怪や人間が総じて宴会好きなのはきっとそういう時代背景があったりするからなのではないだろうか。逆に霖之助みたいな奴が貴重、とかありそう。

でだ、俺は現在宴会に持っていく料理を作る。基本は酒に合うようなものを作ってやると萃香みたいなやつらは簡単に喜ぶ。そこに甘いものも追加して作るとアリスみたいに酒も飲むけど料理を楽しむのがメインのやつらにとって良い筈だ。更に更に摘まめる簡単なものを作ると酒は基本飲まずに会話を楽しむことがメインのやつらに良い。

幻想郷の人妖は基本この三つのグループのどれかに属するので、全部のグループ向けに作れば誰も不満を言わない。因みに俺は二つ目と三つ目の間ぐらいだろうか。霖之助も大体同じ感じ。男性より女性の方が大酒呑みっていうのもどうかと思うが、未成年の霊夢や魔理沙が飲んでる時点でツッコミなど意味を為さないのである。

 

「こんな感じでいいかな。」

 

作った料理は素早く幻空にいれるのを繰り返している為、どの料理も出来立てのままで食べられるはずだ。やっぱり一番美味しいのは作りたての時だよな。幻空があるおかげで作って一日は保てるのでとても助かっている。ただ俺の幻空、魔力とか霊力を応用して出し入れしてるためそこまで内容量は多くないし、疲れ果てると…正確には地力が尽きると幻空の中のものを出せないし、いれることもできない。ミキは常に時空で出し入れできるからその点だと劣っていることになる。まあ俺があいつに勝ることと言ったら無効化ぐらいだけど。

 

「宴会のスタートは七時から、か。」

 

現在時刻は五時。あと二時間程度あるが、集合時間など幻想郷にはあってないようなものだ。各々が好きな時間に集まって好きな時間に始めて好きな時間に終わる。外の世界とは違って時間にそこまで強く縛られていない幻想郷ならではの文化だと思う。

そういえば霊夢は早めから宴会の会場設営とかして頑張ってるんだっけ。魔理沙はそれをさせられるのが嫌で集合時間までは行かないと決めているらしいのだが、それでは霊夢が不憫だ。勿論霊夢だって宴会では騒ぐのだが、それにしたって霊夢だけ仕事量が多すぎる気がする。早めに行って手伝うとするか。

 

「は~い!定晴ー!おはよう!」

「紫か、もう冬眠終わりか?」

「ちょっと仕事が多いから幻想郷を回らないだけよ。ずっと寝てるわけじゃないわ。」

 

紫は冬、寒くなってくると姿を全く見なくなる。元々寒さは苦手だそうだしそれは良いのだが…前藍が紫は寝過ぎだと不満を漏らしていた気が…気のせいだよな?

 

「今から博麗神社に行くのよね?送ろうか?」

「それはありがたい!頼む。」

 

そして俺は紫のスキマを使って神社に向かう。

霊夢と合流し設営。皆がやってきだしたのは六時半ぐらいからだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十四話 宴会【惰眠異変】

一度集まりだすとその速度は異常なほど早い。集合時刻の三十分後にはほとんどのやつらがやってきていた。この宴会の始まり方も幻想郷特有と言えるだろう。

そして思い思いの場所で酒盛りを始める。これが幻想郷の宴会スタイルだ。

 

「お兄様ー!!!」

 

早速の後ろからのタックル。声が聞こえた瞬間、振り向きざまに出力高めで身体強化を使用。だがその努力も虚しく軽々と俺の体は吹き飛ばされた。身体強化により怪我こそ無いものの痛みを感じる。

俺は痛みを堪えつつフランを諭す。

 

「フラン…少しは加減しような…?」

「だって私のレーヴァテインを受け止めたお兄様だもの!こんくらい平気でしょ?」

 

あれは受け止めたと言えるのだろうか。というかフランはフランの武器より身体能力の方が断然強い。…そういえば以前レミリアに何故素手で戦わないのか聞いたことがあるのだが、素手で戦う必要がある戦闘も無いし、あまり美しく見えない。弾幕ごっこが主な決闘法である幻想郷ならではの感性だろう。純粋に手を汚したくないといった女性の感性もあるのかもしれない(手を汚すは言葉通りの意味)

他にも武器なら完全に防げるけど素手だとガードしても少なからずダメージが入ってしまうなど、色々な方面で嫌だと言っていた。まあ俺も身体能力強化持ってるけど輝剣とか出すし、似た様なものだろう。俺の場合は武器の扱いの方が慣れているからだ。

 

「こんばんは、定晴」

「こんばんは定晴様」

 

フランの後ろから付いてくるのはいつも通りのレミリアと咲夜である。咲夜は…今回は顔が赤くないな。やはり前回の宴会では熱があったのではないか。それなのに主についていくメイドとは流石である。

…本当は色々と心構えしていたから顔に出てないだけで心の中はグチャグチャなのだが、定晴は知る由もない…

 

「またフランに吹き飛ばされたのね?そろそろ慣れなさいよ」

「俺の能力だと最大出力でも吸血鬼の力に勝てないのですが一体…」

「鬼の力止めたんでしょ?なら行けるでしょ。」

 

今だから言うが絶対あの時萃香は力を抜いていた。それとも吸血鬼は鬼より力が強いのだろうか…流石に片手で巨石を持ち上げる腕力がある鬼に吸血鬼が腕力で勝るとは思いたくないが、吸血鬼も鬼という漢字が入っているので浅い考えも出来そうにない。

 

「お兄様こっち!」

 

またもや前回と同じように引っ張られる俺。だが今回は前回と違い少しすることがあるので先にそれを終わらせることにする。なのでフランには先に行っててもらおう。

 

「フラン、先行っててくれ。俺は料理を並べてこないといけないからな」

「それだったら私がしましょうか?」

 

そこで名乗りあげたのは咲夜だ。咲夜も楽しみたいだろうにそこまで仕事の精神を貫くとは…ん?これ仕事病じゃないか。というか仕事病になるまで仕事を…

 

「ダメだよ!折角の宴会なのに、咲夜だけ働いたら!だって咲夜お兄様のことすk」

「!?何いてっるんですかぁ!?」

「咲夜凄い噛んでる…」

 

おっと考え事していて全く聞いていなかった。それよりも咲夜にさせるのは男としてダメな気がするし、自分で並べることにした。

咲夜には出来るだけ宴会を楽しんで貰いたいしな。

三人と別れて大テーブルに近付く。別にテーブルに触れて置く必要はない。ただその場所に集中さえしていれば幻空から直接机上に置くことが出来る。なので俺は一切動かずに机の上に料理を並べていく。

宴会で好きなように食べられるようにポテトフライや枝豆など、宴会向きの料理だ。幻想郷ではジャンクフードの文化が無いようで、ポテトはそれなりに好評だ。

 

「美味しそうな匂いじゃな~い!」

「幽々子様!釣られるのが早すぎますよ!」

 

お、妖夢と幽々子だ。俺が置いた料理の匂いに釣られて現れたっぽい。これ、幽々子簡単に罠とか引っかかりそうなんだが、冥界の主がそれでいいのだろうか。もっと周囲に警戒しておかなければ…というかこのままだと妖夢の仕事が悲しいことになる。既に幽々子のお守りがメインと化している妖夢には同情の念を送らずにはいられない。

 

「あ、定晴さん。こんばんは」

「あら~こんばんわ~」

 

挨拶しながらも料理への歩みを止めようとしない幽々子。幽々子は大食いらしいし足りるだろうか…紫に引き取ってもらうか?紫は暖かくなるまで寝るくせに、宴会の前日に起きた。

そもそも妖夢も最近の訓練のおかげで随分と力は上がってるハズなのに何故ここまで成すすべなく引きずられているのだろう。練習の質より量の方がいいのかなぁ。

一応大変そうなので幽々子に声をかけておく。

 

「他の皆の分もあるんだから食べ過ぎんなよ」

「大丈夫よ~」

 

本当に大丈夫だろうか。

これ以上俺が言えることもないし二人に別れを告げフランの待つ机に向かう。

そこにはどうやら紅魔館三人組以外にも誰かいるようだ。見てみると、慧音とバカルテット。それに知らない子が二人。

 

「どうしたんだ。こんなに人がいっぱいいるなんて珍しくないか?」

「あ、お兄様!皆紹介するね!私のお兄様よ!」

 

チルノたちは知ってるが、その後ろにいる背中に矢印みたいなのが付いている少女と閉じた目を付けた少女はあったことが無い。

よく見ると前者は現在進行形で妖術を使ってるようだ、しかも幻惑系。俺は浄化とか使うから幻惑や幻覚をみることはない。それこそ脳に直接強いダメージを与えない限りは。

一人はムムム…といった顔でこちらを見ているがもう一人は俺の周囲をグルグル回っている。子供相手になんだが、少し鬱陶しいので俺の周囲を歩き回っている閉じた目を付けた少女に話しかける。

 

「どうした?服に何か付いているか?」

「わあ!見えるんだー!」

「お兄様スゴーイ!」

 

何が凄いのか。もしかしてこれ見えたら呪われてしまうとかそういう類のものなのか?いや浄化のおかげで(以下略

 

「私は古明地こいし!よろしくね!」

「向こうが封獣ぬえっていうの!ぬえちゃん、お兄様には幻術とか効かないよ?」

「なら早く言ってよー!何の反応も示さないから気持ち悪かったのよねぇ」

 

聞くところによるとこいしが覚り妖怪、ぬえが鵺らしい。覚り妖怪といえば心を読むことだが彼女もできるのだろうか。何となく瞳が閉じているやつが気になるのだが…

鵺といえばやはり京都を混乱させたあの事件だろう。まあ正直幻惑が効かない俺にとってはただの一個体に過ぎないのだが。ぬえが鵺とは名前に捻りが無い様に感じるけど、名前に対して文句を唱えるのはナンセンスである。

それにしても覚り妖怪か…

 

「ちなみに私は心読めないからねー。というか読みたくないって感じ」

「なんでだ?」

「まあ、簡単に言うと心読んでも良いことが一つも無かったからかなぁ…」

 

なにやら訳アリのようだが、あまり詮索するのもよくないな。

前回は紫や藍など比較的大人の女性が多かったのだが、今回は慧音と咲夜ぐらいだ。慧音は子供たちの引率っぽいし、酒は飲まないだろう。俺も無理やり飲ませたりはしない。

咲夜は…微妙なラインだな。一応仕事中ってことになるのか?

 

「あら、ちびっ子が沢山じゃない」

 

そこに現れたのは幽香。今回の異変の首謀者である。異変が終わったら犯人も被害を受けた人も解決した人も、皆まとまって騒ぐのが幻想郷流である。

そして子供たちと慧音、咲夜と吸血鬼姉妹、そこに幽香を加えた奴らと一緒に今回の宴会は過ごした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 誕生日

私事ではあるのですが、本日6月21日が誕生日なのです。というわけでSSをポイ。
ちなみにyonkouさんのリクエストでもあります、誕生日会


「「「ハッピーバースデー!定晴!」」」

「うお!?吃驚したぁ…あ、ありがとう。」

 

ある日。家に帰ったら突然クラッカーが鳴り響いた。

そして消していた電気が点灯する。そこには俺の友人の霊夢やら魔理沙やらが満面の笑みで待っていた。

ちなみに紙吹雪は俺にかかったままだ。

 

「うお、お前らありがたいけどどうやって家に入った。」

「そんなの私の力に決まってるじゃない。」

 

紫か…なんとなくそんな気はしてたけど。にとり辺りがピッキングして入ったと言われたら流石に叱るし。その辺は幻想郷の少女たちも心構えしているのだろう。まあピッキングとかいうものが幻想郷にあるのか謎なのだが。

 

「さあ、今日は貴方の誕生日を祝うために来たのよ!主役の貴方は思う存分楽しみなさい!」

 

霊夢の言葉を合図にキッチンの方から沢山の料理が運び込まれてきた。持ってきたのは妖夢や咲夜などの料理担当になることが多い奴らだ。まあ家事なら何でも来いみたいなやつだから頼まれるのは必然なのだろうけど。

 

「ほらほら、定晴はこっちに座るんだぜ!」

 

そして一番周囲が見える机の前に座らせられる。俺の家は大きいが、流石にここまで大所帯となると少し狭いな。まあチルノとかは天井近くを飛んでいるが。

 

「取り敢えず食事にしましょう。皆席について。」

「「「はーい!」」」

 

紫の指示で皆が席に着く。皆目の前にある豪華な食事を早く食べたそうにウズウズしている。

 

「定晴さんが言ってくださいな。」

「任せろ。よし、俺の為にこんなことしてくれてありがとな。それじゃあ…頂きます!」

「「「頂きます!」」」

 

そして食事を食べ始める少女達。俺も目の前にあった料理に箸を伸ばすし、口に運ぶ。作ったことは無いが、これは多分パエリアだな。一見ただのチャーハンのように見えるが、きちんと思考を凝らして作られている。美味い。

 

「こらフラン。そんなにバクバク食べるんじゃないの。ゆっくりと食べるのがレディなのよ?」

「こんなに豪華な食事は屋敷でも滅多に出ないもん!それに、そういうお姉様だって皿に一杯盛ってるじゃん!」

「ふふ、最初から自分の好きな物だけ取っておくのが最良なのよ。」

「お二人共好き嫌いしないで下さい。」

 

紅魔館組はいつもと変わらないな。好きな物だけ食べている姉妹に見かねて咲夜が人参を皿に盛る。それを見て二人とも嫌そうな顔をしている。

こう見ると完全に親と子だな。咲夜は実際将来良い婿が来るだろう。因みに美鈴とパチュリーはいない。まあこれは予想していた通りだ。

それにしても…卓上ににんにくを使った料理がないのは二人のためなのだろうか。吸血鬼の弱点がにんにくっていうのは本当なのか?それにレミリアが取ってる料理にトマトが多いのも…真偽の程は定かではないが、少なくともそんな風に見えるな。

 

「幽々子様!そんなに一気に食べないで下さい!他の人の分もあるんですよ!」

「いいじゃないの妖夢〜そのために沢山作ってあるんでしょう?」

 

こっちもか。妖夢は最近鍛錬の成果が出てきたのか、動きが素早くなっている。幽々子によると妖夢は料理も素早くなっているらしい。剣術が他のことにも応用されているのは喜ばしいな。

というか幽々子はおかしいだろ。明らかに食い過ぎに見えるのだが、隣にいる紫に聞いてみたがあれでも少ないらしい。育ち盛りの男子も引くレベルで食べていく幽々子。それを止める妖夢。ここもいつも通りだな。

 

「フフ、私も呼んでもらえるなんてね。」

「あんたも定晴さんと昔から関係あるんでしょ?なら呼ぶわよ。」

 

幽香は霊夢と話している。どうやら霊夢と幽香はそれなりに前から知り合いらしい。なんでも幽香が一度異変を起こして霊夢が退治したとかなんとか。

今回幽香、というか幽香の育てた花が異変を起こした。まあ、霊夢ではなく俺たちが解決したんだが。それのせいで霊夢の監視役にされたりと色々あったのだが、先日の宴会で既に流している。

 

「ねぇ?定晴?今夜は一緒にいましょ?」

「ん?寝れないのか?」

「もう鈍感通り越してただのバカな気がして来た。」

 

何かブツブツ言ってる。幽香は昔から突然一緒にいよう的なことを言ってきて、俺がそれについて聞き返すとブツブツ言いだす。そのくせは直した方が良い気がするんだが、幽香自身は気にしていないようだし本人にその気がないならそれでもいいだろう。

 

「さて、皆良い感じに腹が膨れたところでお待ちかねの…」

「ケーキね!」

 

霊夢が速攻で食いついた。やはり少女はケーキなどの甘いものが好きなのだなぁ。それにしてもたまに思うのだが、ケーキやクッキーは洋菓子だ。それでいて外の世界でも今なお作られている。そんなものを幻想郷内部で作るってのは大丈夫なのか。というかどうやって幻想入りしたし。紫が持ち込んだか外来人が持ち込んだかの二択なのだが、基本は後者だ。そもそも賢者である紫が結界を弱まらせるようなことをしなければいけないのかという問題だ。

 

「さあ、火を消して。定晴。」

 

紫に言われ息を吹きかける。そして火は消え、一時的に部屋が真っ暗になる。この暗い空間ってのも実は好きだったりする。突然訪れるこの静寂が心地よい。

 

「はい、電気つけたよ。」

「あー!幽々子様暗闇で食事しましたね!」

「だったら何よ。私が食べれる位置に置いとくのがいけないわ。」

 

幽々子の食事スキルが高すぎる。なんだその荒業。最悪溢してしまうし、中々に大変だと思うのだが…

 

「さあ、誕生日プレゼントよ~」

 

紫がスキマから取り出したのは両手で持てる程度の大きさの箱だ。見た感じ軽そうだが何が入ってるのだろうか。それを考えながら開けるのも一つの楽しみ方だ。

中に入っていたのは鞘だった。丁度輝剣が入る大きさである。ということは…

 

「ミキに協力してもらって作ってみたわ。それに入れたまま能力を使えば霊力の消費が著しく下がるらしいわ。デザインは私たちで考えたのよ。」

「ありがとう…大切にするよ。」

 

これは嬉しいプレゼントだ。勿論何貰っても嬉しいのだが、やはり日常で使うことが出来るものが一番うれしいし使いやすいと思う。

俺が感銘に浸っていると、霊夢や魔理沙からも箱が渡された。今度は片手で持てるサイズだ。

 

「私たちも…その…まあ、お礼って感じ?で渡すことにしたの。はい!受け取りなさい!」

「さあ、この魔理沙様が渡したそれをきちんと使ってくれよ!」

「はい。料理とかを一緒に作ってくれるお礼。上海とかの手入れもたまにしてくれてるみたいで嬉しいわ。」

 

霊夢、魔理沙、アリスからそれぞれ貰う。中身はどれも使いやすい俺が欲しいと思っていたものだった。アリスはアリスらしくプレゼントと一緒にクッキーも入っている。三人の中で一番料理が得意なだけあるな。

他にも色んなやつから貰った。どうやら紫が俺と交流関係を持っているやつらに会いに行ってプレゼントを受け取って俺に経由されてくるわけだな。

そして俺の予想していなかった俺の誕生日パーティーは夜遅くまで続いた。プレゼントも貰ったし、料理や片付けも咲夜や妖夢は関係ないけどのに手伝ってくれる。これは本当にありがたい!俺一人だけだったらそうとう量をこなせるぐらいになってからではないと真夜中まで続くことになる。咲夜や妖夢が片付けを手伝ってくれるからこそ俺は早めに寝られるわけだな。

こうして俺は、幻想郷に来て一年が経つと共に一年分歳をとってしまうのだった。

自分が老けて行ってる感覚があるから嫌いだったのだが、これはこれで楽しかったので良いかなと感じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十五話 異変の被害

ちょいとだけ後日談を投稿します…


俺はてっきり異変による被害は幻想郷全体で睡眠時間が長くなった程度かと思っていたのだが、霊夢に聞いたところ俺が思ってる以上に被害…というか影響は大きかったらしい…

そもそも一日眠って過ごすということがどれほど影響があるのか。外の世界で手伝いをしたことあるが、農民にとって一日はでかい。それこそ収入が大幅に減るぐらいに。

映姫に異変解決は最後まで、と言われ俺は被害が出た場所に向かっている。

 

「ああ、定晴。来てくれてありがたい。私だけではどうしても限界があってな。」

「よし、早速始めよう慧音。」

 

最初は俺の家から博麗神社と同じくらい近い人里だ。ここではほとんどの人が寝たことで、近くにいる妖怪達が畑や田んぼを荒らしてしまったようだ。

荒らされたのは村民がなんとかするから、妖怪の方は戦えるやつがどうにかしてくれという依頼だ。

強い妖怪は霊夢が大体退治してしまったから、残っているのは村民を襲って調子に乗っている奴らばかりだ。つまり…

 

聖地【極楽浄土】

 

「グギャァァァァ」

 

浄化の能力を使ってしまえば一掃だ。

実はこの力、強い力を持つ妖怪…例えば紫や幽香だが…は、浄化を使ってもあまりダメージを与えられないことがある。特に紫なんかはスキマで守るせいで無効化されてしまう。

幻想郷ではこの能力は対妖怪で使うのはできるだけ控えろと紫に言われているし、外の世界に残っている妖怪は強いやつが多いのが厄介だ。

まあ、何が言いたいのかというとこの能力、使う機会がほとんど無いのだ。折角幻想郷に来たというのにあまり強化されていない能力の一つでもある。

輝剣は動きが良くなったし、結界は頑丈になった。なのにこれだけ変わらない。ありがたみがあまり感じられない能力だ。

実際は多少なりとも変わってはいるんだろうけどな。

 

「いやー、定晴がいるとどんどん妖怪が去っていくな。」

「まあ、ここら辺の奴らはいつもは大人しくしているくせに異変に便乗して騒いでる奴らだ。そんなこと言ってる慧音だって見た感じ余裕そうじゃないか。」

「人里を守ってきて何年だと思ってるんだ。このくらいどうってことないさ。」

 

その後も妖怪を倒すこと十分程、ここら一帯で暴れていた妖怪がいなくなった。一応殺したりはしてないが、俺の浄化に抵抗がほとんどないやつは消えたり弱ってそこらへんに転がったりはしているが。

 

「ありがとな。定晴。この後もどっか手伝いに行くのだろう?」

「ああ、そのつもりだ。魔理沙や霊夢と同時に動いてはいるが、いつ終わるか分からないしさっさと行かないといけない。」

「私も人里が一段落ついたら近辺の手伝いに行くよ。」

 

ありがたい言葉だ。慧音がいてくれれば、周囲や人里の問題はすぐに解決するだろう。聞いた話によれば、妹紅が慧音と同時進行で援助に当たっているらしい。里の人たちに厚い信頼と友好がある二人ならば里の人たちも安心できるというものだ。

慧音と別れ空を飛ぶ。次の目的地は異変解決に一役買ってくれた河童達も住んでいる妖怪の山だ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十六話 山と厄神

到着。

一年を通して彩られてるこの山は、多くの妖怪が住んでいる。その筆頭といえば、異変中はほとんど見ることがなく、異変が終わった今ではその分を埋めるように山の周囲を哨戒している天狗だ。

この山の統率を取っているのは天狗の長だ。名前は知らないけどな。そもそも妖怪の種族名はあっても個体名はないことが多い。種族名というのは、妖精、天狗、河童などのことだ。個体名というのが、チルノ、文、にとりといった名前のことだ。種族名は人間が勝手に呼んでいるもので、個体名は妖怪たちが勝手に名乗っているものだ。

それに対し紫は同じ種族がいない唯一無二の妖怪だ。そして種族名もない。他からはスキマ妖怪と呼ばれているし、人間からも同じように呼ばれているが、真名というものは無く紫自身もよく分かっていないらしい。

まあ紫は突然変異で生まれた個体で、能力が強すぎた故にそう呼ばれているからもしかしたらどっかで同じような妖怪が生まれてるかもしれない。まあ確認する術がないから分からないけどな。

話が逸れてしまったが、ここでの依頼は哨戒天狗の援助だ。

一度俺を罪人として扱っている天狗たちが俺に依頼を頼んでくるとは驚きだが、それほど手が回っていないんだろうな。

人里でもそうだったが、一日休むだけでこんなにも影響があるものかと驚かされる。もし外の世界の行政機関が幻想郷のように一日でも休んだら日本は終わるだろうな。そう考えさせられるほどの影響力だ。

依頼内容は簡単で、暴走状態の妖怪の鎮静と哨戒だ。人里と同じく今回の被害の大半は眠らなかった弱い妖怪たちの暴走のようだ。眠らずとも活動できる妖怪は寝ていない。というかいつも寝ていない妖怪、の方が正しいか。天狗たちも寝なくても良い筈なのに寝ていたというのはそれが原因だろう。

山の周囲を飛びながら下を見ていたら一人で歩いてる人影を見つけた。

 

「お、さっそく発見。」

「ん?」

「妖怪じゃー!狩れー!」

「キャー!」

 

俺が見つけたのは、暴走状態の妖怪ではなく…

 

「いったーい…久しぶりに会ったと思ったら突然襲ってくるなんてひどいじゃない。」

「雛がボーっとしてるのが悪いんだろ?」

 

鍵山雛。妖怪の山に来た時に最初に会った子だ。見た目は俺より幼そうだが、幻想郷において見た目など全く意味を為さない。それは俺もよく実感した。

だってフランやレミリアなんて幼稚園生か小学生レベルの背の低さなのに五百歳近くあるんだぞ。それほど見た目というのは当てにならない。

 

「何しに来たの?聞いたわよ、貴方あの後山に入って天狗に捕まったんだって?」

「萃香に助けてもらったよ。天狗全員を吹き飛ばすなんてしたくなかったしな。ありがたい限りだ。」

 

そして雛は俺を上から下までじっくりと観察する。因みに今は前回程近くは無く、かといって遠すぎると感じない程度の絶妙な距離で話している。流石にあれは脅すような距離だった。後悔はしていない。

俺を観察し終わったのか雛は少し思考している。

何の種族なのかはよく分からないが、厄を受け取って身を清め、周囲の人たちに不幸ができるだけ訪れないようにするのが本元だろう。

そのせいで雛の周囲には厄が常に溜まっており、近づくだけで自らも厄を受け取ってしまうから雛は自発的に離れて会話をしていたといったところか。

前回は考察をしなかったが、考察してみると新たな発見や思い出すこともあるから知らない妖怪に会ったらこうして考察するのが俺の密かな楽しみである。

考えがまとまったのか雛は顔をあげ俺に尋ねてきた。

 

「貴方って人間なのよね?霊力で動いているのは分かるわよ、分かるんだけど何か霊力が随分と他の人と違うから…」

「人間だ。霊力に混ざってる色々っていうのは多分俺の能力の影響だ。例えば今は厄を払うために浄化を使用しているから霊力にも多少そういうのが混じる。」

「ふーん。前回は逃げちゃったけど、なんか人間より妖怪みたいな感じがして来たからもうそんなに怖くないわ。」

 

やっぱり怖がっていたのか。突然来て、山に入れるよう。脅すやつなんて怖いに決まってる。あの時は暇つぶしで来たから、あれで駄目だったら引き下がっていたが。

 

「今回は何しに来たの?」

「天狗たちの援助、どうやら色々面倒ごとが起きているようだからな。」

「そう。頑張ってね。」

 

前回あんなことをしてしまった割には随分と友好的に話してくれるなと驚きつつ、雛と別れ山を登ることにした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十七話 秋の神と初夏の出会い

前回の題名を書かずに投稿していたようで、それに気づかず数日…すみませんでした。



今回は山に入っても良いよという天魔からの許可を貰ってるため、コソコソしなくても自由に行動できる。やはり自由というのは気持ちのいいものだ。

頭上では絶えず天狗たちが哨戒しているため、俺は歩いての移動となる。なにせ妖怪の山は木で覆われているため空から見ても分からない箇所が多々あるのだ。天狗たちはあまり歩くのは慣れていないようで歩くと結構早い段階でバテテしまうらしい。ので、体力のない天狗に代わって俺が歩いて妖怪を探している。

しばらく歩くと正面に煙が立ち昇っているのが見えた。そこまで遠くはない。

 

「山火事か!」

 

急いで煙の根源に向かうと、そこでは二人の少女が魚を焼いていた。結構多く煙を排出しているが、周囲の葉などはどかしてあるため安全には気を付けているようだ。

ひとまず山火事ではなかったのに俺は安堵した。なにせ異変の時に河童が一度火事に巻き込まれているのを間近で見てしまうと、どうしても心配になってしまう。

それにしても…この二人は河童や天狗ではないようだし、そもそも妖力を感じない。そしてその代わりに感じるのは神力。つまり、彼女たちは神様、もしくは神に準する者だということを示している。

取り敢えず挨拶をする。こんなところにいる理由も聞きたいしな。

 

「よう。何を焼いているんだ?」

「キャ!突然後ろから話しかけないでよ。吃驚するじゃない。」

「おっと、それはすまないことをした。」

「というか貴方人間でしょ?何でこんなところにいるのよ。危ないから山を降りなさい。」

 

この山の住民というのはまず最初に何で俺が、というか人間が山に立ち入っているのかを聞いてくる。

それが迷子なら麓まで案内しないとだろうし、不法侵入者なら排除しなければいけないからだろう。排除といっても殺すわけではなく気絶させて強制的に山から降ろすだけだろうけどさ。そもそも妖怪に襲われるかもしれないから規制をかけているんだし。殺してしまっては元も子もない。

それにしても彼女たちは何を焼いているのだろ。直火で焼いているのでは無く、葉で包んだ状態で焼いている。いわゆる包み焼きという方法で焼いているようだ。旨味や熱が逃げにくく、匂いも閉じ込め食材に風味を付ける効果もあるので色んな食材で応用できる万能な焼き方だ。

その代わり俺は何を焼いているのか分からないのだが。直接訊いてみるとあっけらかんと答えた。

 

「魚よ。そこで釣れた。」

「この時期の川魚といえば…サクラマスか?」

「魚の名前なんて知らないわよ。取り敢えず食べられるようだったから焼いているだけ。焼けたら食べるわ。」

 

どうやって名前も知らない魚が食べることができると知ったのだろう。ここら辺は川が多くいので、そこらへんの川で生活している妖怪にでも訊いたのだろうか。

というか名前すら知らない魚をよく食べる気になったな。正体不明の食材を食べるのはやはり勇気がいるものだが…

そこで、俺は挨拶をした後に自己紹介をしていないことに気付く。

 

「俺は堀内定晴っていう。よろしくな。」

「私は秋穣子。」

「秋静葉です。姉妹なんです。」

「そして秋の実りの神なのよ!」

 

穣子が誇らしげに胸を張る。それにしても秋の実りとな…服は紅葉らしき柄がかいてあるし、名字が秋だからなんとなく秋関係の神様だとは思っていたが、秋の実りとなると結構多くの人に信仰されていそうだな。

にしても秋か…

 

「秋の神様は出てくるには早くないか?今初夏だぞ?」

「神だってその季節以外は消えてるなんてこと出来ないのよ。リリーホワイトやらレティ・ホワイトロックやらだって春や冬だけってわけじゃないでしょう?それと同じ。私たちも秋以外はここら辺でひっそり生活してるのよ。」

 

なるほど…確かにごもっともだ。聞いた話によるとレティは彼女たちと同じように妖怪の山にある涼しい洞窟で生活しているらしい。冬を象徴するような妖怪ではあるが、冬以外だって生活をしないといけないだろうからそうやって自分に都合のいい場所を選んで生活をするのは、一つの生存本能のようなものなのだろう。

だがリリーホワイトってのは誰のことなのだろう。多分まだ会ったことがないはずだ。静葉の口振りからして春の象徴の妖怪なのだろうけど、今年の春は何かと忙しくてあまり幻想郷をまわれていないから会えていないのかもしれない。レティもリリーもホワイトが名前に入っているのは単なる偶然か。

この二人は特に問題はなさそうだが、それでも俺は尋ねるべきことがある。

 

「一つ質問いいか?何か困ったことは起きていたりしないか?それか困ってる奴とか見てたり…」

「何故?」

「今回は臨時で呼ばれてるからさ、ここで自分が有能なことを知らせればまた呼んでもらえるかなって思ったからだ。」

「ふ〜ん。姉さん、何か見た?」

「そうねぇ…」

 

それから二人は思い出そうと頭を捻ったが、返ってきた答えは【知らない】というものだった。まあ無理やり困ってる奴を作れとは言わないし、問題事がないなら無いで安心できる。問題事があり過ぎてもこっちが困ってしまうからな。平和に過ごせているのならこちらから言うこともないだろう。俺は映姫じゃないので説教をしたりする気も無いし。

起こっている問題について有力な情報は得られなかったし、二人はこれから食事をするだろうから俺はさっさと立ち去ることにした。

 

「そうか。ありがとな。二人とも気をつけてな。」

「山の上の神程ではないけど、私たちもそれなりに力はあるから心配しなくても大丈夫よ。」

「ならいいか。それじゃあな。」

 

秋の神と別れ初夏の暖かいと熱いの中間くらいの空へ飛び立つ。

でだ。何で俺があんな質問をしたのかには色々と理由がある。さっきも言った通り名を挙げたいというのもその中の一つである。他の理由はそれなりに信頼を得たいというのもある。というのも、前々から分かっていたことだが最近になって金銭的な問題が発生したからだ。それなりに貯蓄があるし、妖夢の剣術指導でもお金を貰っているから今すぐに深刻化する問題でもないのだが、幻想郷では何が起きるか分かったもんじゃないからな。金銭はあったに越したものはない。

幻想郷のお金は外の世界とは違うから、幻想郷でのいくらが外の世界での何円分なのかもパッと計算出来るわけではないが、少なくとも外の世界のお金に換算して百万程度は貯蓄しておきたい。

百万欲しいと言うと周囲からは強欲に見えるかもしれないが、日常的な生活を何不自由なく送るにはこの程度の金を貯めておくのが万が一何か起きたときも対応できるから丁度いいのだ。ちょくちょく霊夢たちが食事しに来るからそのためにも貯めとかなければならないしな。

とどのつまり、何かしら仕事が欲しい。外の世界ではなんでも屋みたいなことしてたし、幻想郷で広く知られて手に職を付けたい。経験だけはあるから幻想郷でどんな仕事に就けるのか楽しみだ。

まあそういうことなので、仕事を得るためにも今回の異変の後始末だって無駄にはできないのだ。名を挙げて仕事を得るために俺は妖怪の山を歩いて援助が必要なことを探す。

 




アンケート終了は後日談が終わって三日後ぐらいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十八話 失敗は付きもの

四話【能力と力】に関して、見た人から分かりにくいという意見がありましたので、推敲を再度行い説明と設定を増やしました。
定晴の能力がいまいち分からなかった人は確認をしてください。


山を歩くこと数分、俺は遠くから声が聞こえるのに気が付いた。

どうやら声の主は右前方にいるようで、内容はあまり聞き取れないが何かを叫んでいるようで、声の声量や感情からしてそこまで緊急ではなさそうだが、何をしているのか気になるし悪い妖怪が何かをしようとしているのなら止めなければならない。

今度は歩かずに目的地まで一直線に飛ぶ。

 


 

声がした方へ来てみると、河童が木にぶら下がってブランブランしていた。体に紐が巻き付けられ、その紐は結構太い枝に固定されている。いわゆる蓑虫状態だ。紐に拘束された状態で自分一人でほどくことはまず無理だろう。

 

「あ~、誰か止めて~」

 

どうやら結構長い時間宙ぶらりんの状態が続いていたらしく、叫んではいるがどことなく気が抜けた声になってしまっている。遠くから聞いたら分からないが、近くでその様子を見ると緊急性がそれなりに高いことに気付く。

 

「おい、大丈夫か?」

「ふぇ~?誰か分からないけど助けて~」

 

顔は向こうを向いているから分からないが、にとりや異変の時に河童の工房近くにいた子ではなさそうだ。

取り敢えず助けを求めているということだったので、少々強引だが枝と河童の間の余分な部分を輝剣で切った。すると河童は重力に従って地面に落ちた…というか叩きつけられた?ずっと不可抗力で浮いていたから着地に失敗したようだ。

 

「いてて~」

「大丈夫か?」

「あ、うん…よいしょ。」

 

河童は自力で立ち上がる。立ち上がった瞬間少しだけよろけたが、それでもなんとか立て直して体を安定させることができたようだ。

立ち上がって自由が利くようになったからか、河童は俺の方を向いてきた。一瞬人間が助けてくれたことに驚いた表情を見せたが、しばらくすると自己完結したようでお礼を言ってきた。

 

「ありがとね~人間。君のことは他の河童から聞いているよ。」

「ん?他の河童から聞いているだと?」

 

他の河童ということはにとり達異変を手伝ってくれた河童のことを言っているのだろうか。

正直河童に対して俺は何もできなかった。火災だってにとりが消火してしまったし、火傷をしていた河童を見つけたのは魔理沙、俺も治療をしてはいるがこれは正直その場にいた奴らの中にも同じことが出来る妖怪はいただろう。それこそ発明品なんかを出して俺より更に効率的に回復させることができたかもしれない。感謝こそされたがあれは俺の手柄ではない。

まあ、少なくとも河童に協力した、という事実が残っているようだし知られていても不思議ではないがな。

 

「なにやら妖怪に臆することなく友好的に接してくれる人間なんだとか。河城が今まで会った盟友の中でも相当友好的な部類に入るって言ってた。」

 

成程…友好的な人間ときたか…確かに初めて会う妖怪でも攻撃してこなければそれなりに友好的に接するけどさ、霊夢だって妖怪に…あ、だめだな。あれは友好的なのではなくただ面倒ごとを減らしたいからだ。魔理沙も霊夢よりかは友好的なのだろうが、それでも最初に妖怪を吹き飛ばすなんてこともあるようだ。

その点魔理沙をよく一緒にいるアリスはどうなのだろう。そこまで気性が荒そうには見えない、というか人里の子供たちには人形劇を見せたりもしているようだが、妖怪に対してはどう接しているんだろう。

それはそうと、この河童。なんでこんなことなったんだろう。

 

「それを訊かれてしまうと…少し恥ずかしいんですけど、新しい発明品である【紐掛けフッ君】を試そうとしたところ暴発してしまい、自らが紐に掛かってしまった…というわけです。もし攻撃的な妖怪が来ていたらどうなっていたか分かったもんじゃないですね。」

 

それもそうだな。全体的に見ると友好的…というか非攻撃的な妖怪が多いイメージのある妖怪の山だが、攻撃的な妖怪もたしかに存在している。それらはいつもなら天狗たちに成敗されているのだが、今日は天狗たちが一日の遅れを取り戻すべく色々なところを奔走しているぐらいである。攻撃的な妖怪に一匹や二匹、見逃していたとしても不思議ではない。

 

「私が発明品に引っかかってた原因なんてどうでもいいんですよ。ここをこう調整してしまえば…ほら!この通り暴発しないはず!」

「この通り、って言われても見た目では何も判断できないんだが。」

「それもそうだね。よかったら試用、見ていきます?」

 

急いでいるわけではない…というと少し語弊があるが、少なくとも今すぐにどうこうしないといけない、といった話ではないし折角誘われたなら見てみようではないか。

河童に軽く返事をして少し後ろに下がる。

狙いの的は目の前五メートルぐらいのところにある木の枝だ。

河童は機会を構えて…引き金を引き発射!したのだが…何故か紐が出てこない。河童が発射口をのぞき込む。そんな風に不用心に確認するからさっきみたいな事態に陥ってしまうのだろうけど、俺が今それを言ったところで河童は聞いちゃいないだろう。

河童が【紐掛けフッ君】を振る。するとやっと紐が飛び出した。あろうことか俺に向かって…

 

「どわ!?」

 

躱そうとしたがどうやら追尾機能があるらしく足に絡まり、そのまま木の枝に引っかかる。今度は俺が蓑虫状態ってことだな。この状態、見た目より数倍きついんだな。よくこの状態でずっと待っていたな。

というか…

 

「うひゃー!すみません!ちょっと待ってください、解除しますから~」

 

どうして俺の方を向いてしまったのだろうか。勿論わざとしたとは思いたくないが、それにしても人がいる方向に向けてはいけないのは常識だろう。外の世界でもエアガンや細長い棒状のものもそうだが、学校では輪ゴムやシャープペンシルを向けても怒られる。人に向けて武器を向けるというのは、即ち攻撃対象と見なしている、ということの表れだからだ。それに単純に危ないしな。国家間で同じ事をしてみたら、一度しただけで戦争に発展んしかねない。それほど注意が必要な行為なのだが…

というか解除に時間がかかりすぎている。もうこの際また切ってしまうか。河童には悪いが、どのみちもっと改良を加えなければいけないのだし、紐はまた調達してもらおう。

ということで俺は躊躇せずに紐を切る。手で触れていなくても操ることができる輝剣はこういうときに凄い役に立つ。

 

「あ、切っちゃいましたか。結局制作し直しのようだし良いんですけどね。」

 

少し河童の顔が曇る。悪いことをしたとは思っているが、後悔はしていない。することに後悔はしないのが俺のモットーだ。

さて、これでもうこの河童は大丈夫だろう。

俺は他に困っている人を知らないか、秋姉妹と同じように訊いてみる…すると

 

「あー、さっきから結構色んな天狗が飛んでいるみたいで、それもあまり急いではいないようだったからもしかしたら一段落着いたのかもね。」

 

やはり天狗は対処が早い。もう終わったのか。俺の株価を上げる目的はほとんど達成できなかったが、無理やり問題ごとを引き起こしたいわけではないし、大人しく別の場所に行くことにしよう。

 

「分かった、ありがとな。じゃあ俺は別の場所に行かないとな。」

 

だが、その前に天狗たちのトップ、天魔に話を通さなければいけないだろう。一応依頼をしてきたのは天狗側なのでその報告に行かなければいけないわけだ。

天狗たちの話だと天魔の住宅兼仕事場の御所は山の山頂近くにあるらしい。一応山の斜面を見ながら天魔の御所を目指すのが一番効率的だろう。

というわけで俺は妖怪の山を離れるためにも一度天魔の御所に向かうことにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十九話 異変完全解決

最近3000文字近くいくことが増えてきました


山の斜面を登っていく。特に声は聞こえないし、困っていそうな妖怪や人間も見当たらない。これは本格的に終了した合図だろうか。

どのみち俺の行き先は天魔のいる御殿だし、終了なのであればすぐに別の場所に行くのだが。

妖怪の山の後は太陽の花畑だ。幽香は今回の犯人だし、ぶっちゃけ被害は全く出ておらず花畑近くの妖怪が寝た事で荒らされる心配がなかったらしいので明らかに行く必要はないのだが、幽香本人に呼ばれたことを映姫に伝えたところ…

 

「異変解決の後始末として纏めて終わらせてきてください。」

「マジですか…」

「マジです。そもそも風見幽香と対等に話す事ができる人妖は幻想郷でも数少ないのです。被害のあった場所の対処と共に対応してきて下さい。」

 

と言われ向かうことになっている。幽香が何に困っているのかわからないが、多分ビニールハウスに関してだろう。あくまで推測だが。

 


 

結局その後も特に問題はなく、天魔に報告したところ山に入るのは遠慮してもらいたいが、もし入ったとしても突然襲ったりはしないとのこと。

前回は暇潰しで侵入したが、正直これから山に立ち入ることなど依頼を受けた時ぐらいだろう。無理やり侵入することもないだろうしな。自由に行動できる範囲が広いのは俺としてもありがたい事なのだが。

まあそんなこんなで妖怪の山を出発した俺は太陽の花畑へ向かう。

妖怪の山から太陽の花畑を見ることが出来る(幻想郷で一番高い山だし当然といえば当然であるのだが)のだが、距離は見た目以上に遠い。行く過程で何か揉め事や厄介ごとがあれば順次解決していく方式でいいだろう。

 

「思いのほか平和だ…」

 

順次解決方式をとったはいいけど、結局何もなかった。妖怪も人間も誰一人として見なかった。異変の後始末のために各々で動いているんだろうけど、それにしても誰もいない。もしかしたら幽香の妖気に当てられて逃げたか?そこまで好き放題妖気を放つようなやつではないと思うんだがなぁ…まあ何故か幽香は幻想郷において恐怖の対象になっているようだし、単純に怖くて逃げたのではなかろうか。

しばらく飛べば、遠くに見えていた小さい黄色い点が大きく、そしてその正体が向日葵だったことに気付く。未だ満開とまではいかないが、それでも向日葵らしい大きな花を無数にのぞかせている。

そして依頼主である幽香は、最近手に入れたビニールハウスの近くに立っていた。農家のような麦わら帽子と作業服を着て。

 

「おーい幽香ー、来たぞー」

「あら?定晴、やっと来たわね。遅いわよ。」

「ここってそれなりに距離あるから、色んなとこ行ってから来たんだよ。」

「最初に来てくれなきゃ、私またビニールハウス取っ払って花粉まき散らすわよ。」

「それは止めてくれ…」

 

見れば、目に見えるレベルで花粉をまき散らしていた眠り花たちは静かになっていた。きっと受粉の時期が過ぎて成長段階に入ったのだろう。幽香の脅しもあくまではったりのようだ。

そもそも幽香は戦闘好きではあるが、その根源にあるのは花を大事にする思いである。花々に何もしなければ何もしてこないし、こちらが花を大切にしていれば幽香の方から歩み寄ってくることもある。花畑に近付くだけで攻撃されるっていうのは、今ままで近付いてきた奴等が大体花を踏んだり茎を折ったりするやつで、それを警戒してのことだという。幻想郷でも初期の頃はそういったやつが多かったのだろう。所謂経験則だ。

 

「で、依頼ってのは何だ?」

「私たちが戦った場所の整地よ。あそこは戦って分かったけど、結構いい土壌らしいのよ。だから次の畑はそこにしようと思って。」

「あれ、幽香って作物も育ててるんだな。てっきり花だけかと。」

「まあ、そう思うだろうけど、作物育てるのも結構面白いものよ?今日のこの格好だって農作業用の恰好だしね。」

 

戦闘中に土壌の良し悪しを判断するとは、さすがフラワーマスターである。能力は花を操ることではあるが、花を大切にする彼女が花を無理やり動かしたりすることはなく、もっぱら花の調子を調べることに使っている。

今回はその応用で、戦ってた土地に育っていた植物の状態を判断して土壌の調子を診たのだろう。本当にこういうことに関しては器用なことをする。

幽香として、できるだけ植物には適した環境を作りたいのだろう。だから今回依頼という形で俺に手伝いを頼んだわけだ。ちなみに依頼報酬は終わったあと決めるとのこと。時価でっていうのはあれだが、友人なんだからタダでして!って人もいるのだし、ここは良しとしよう。

そもそも幽香が用意できる報酬など、大体予想はできるのだが…

それはともかく、テキパキと作業をする準備を整えていく幽香。俺はどこに何があるのか知らないので傍観するだけだ。

と、準備が終わったらしく声がかかる。

 

「さ、やるわよ。定晴。」

「まずどうすりゃいい?」

「私が土壌を整えておくから、貴方は柵を立てておいてくれる?つる植物が育つように、全方向にお願いね。」

「はいはい。」

 

予想していた事ではあるが、幽香の悩みは異変関連ではない。しかし、魔理沙や霊夢たちが他の場所の解決に行ってくれてるのでここで作業をしていても特に問題はないだろう。

幽香に言われたとおり、枠で区切り柵を立てていく。畑の守護用ではなくつる植物が育つための比較的細く長い柵だ。それに柵と言っても名ばかりで、木を軽く組んだだけのものに近い。それなりに頑丈ではあるが、突風などが吹いたときはどうするのだろうか。幽香のことだし何かしら策は練ってると思うが。次ここに来る頃までには何かしら対策をしているだろう。

グルッと一周柵を立て、後は内部を四つに区切るだけとなった時、幽香から声が掛かった。

 

「定晴、今回の依頼報酬に関してなんだけど…」

「その時決めるって聞いたが?」

「考えてみたんだけど…ここで出来た食材ってのはどう?」

 

なるほど…俺は現在今のように依頼をして手に入れた報酬と外の世界から持ち込んだ財産で生活しているが、いつかは尽きてしまうだろう。今は何でも屋として依頼を受けて生活しているが、そろそろ定期的に収入が入る仕事を探そうと思っていたところだ。その中で食費や生活費に所持金を割いてしまうのは出来るだけ避けたい。だから幽香のこの提案は正直凄いありがたい。

俺は幽香の提案に快く応じた。

 

「なら決定ね。いつになるのかは分からないけど、別に定晴がすぐに幻想郷を出て行くわけではないんでしょう?」

「まあその予定だ。少なくとも数年でどっか行くということはないだろうな。」

「それでいいのよ。もうこれ以上あまり離れたくないし。」

「ん?何か言ったか?」

「ほんと、都合のいいんだか悪いんだか分からない耳ね。」

 

幽香の声が小さくて何て言っているのかは分からなかったが、それよりも今は仕事だ。

四方に区切った柵の内部を四つに分けていく。育てる作物で分けるそうだ。

実は同じ土壌で育てているのだから区切ってもそこまで意味はないのだが、それでも柵があれば何を育てているのか分かりやすいし問題はない。

更に看板を立てていく。そこにはまだ何も書かれていないが、何をするか決まった時にでも書くのだろう。人里の愚かな人間がこの畑に手を出そうとしても、看板に幽香の名前が書いてあれば勝手に引くだろうと言う算段だ。

そもそもここら辺に人間が来ることは滅多にないし、来たとしてもそれは畑狙いではなくて幽香との勝負だとか迷った時とかで、わざわざ自ら藪をつつくようなことはしないだろう。

一通り終わり、時刻は五時半。流石に暗くなってからでは危険度が増すし、きっと今頃ほとんどの問題ごとは霊夢や魔理沙が解決しているだろう。あの二人のことだから解決方法は聞いてはいけない。

取り敢えず今日の分のお礼ということで幽香の家で夕飯を食べることとなった。といっても作るのは俺だが。幽香は俺の料理の腕を知っているので任せたのだろうが、俺より上手い人なんて世の中には溢れ返っているだろうけど。何度言っても幽香は俺が一番美味しいと言う。それは嬉しいのだが、切磋琢磨して磨いてきた料理人もいるのだし、実際俺はそういったところで依頼を受けたこともある。だから俺としては複雑な心境だ。

結局その夜は幽香と一緒にご飯を食べて別れた。帰る途中に慧音と話して、霊夢たちが問題ごとを解決したと聞いた。つまり異変の後始末は一日で終わったわけだ。

これで今日は不安もなく寝れる。昨日だって不安があったわけではないのだが。

これで異変は晴れて、全て解決したのである。

 




すみませんグダグダと…今回で異編は終了です。
次回からはアンケートで多かった方で話を展開していきますので、よければ投票してください。
締め切りは8/11の三時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五章 地底編
七十話 地底へ


新章です。どのくらい長くなるのかは自分でもよく分かっていません
それとアンケートは締め切っています


異変解決から数週間後。既に外は熱くなっており、家には扇風機が設置されていた。

勿論幻想郷には電気が通電していないので、俺の持ち前の魔力や霊力で動かしている。どれもこれも生活を快適にするためだ。

前々から言っている何でも屋以外の定職については進展なしだ。幻想郷での仕事などそこまでバリエーションがないように思えるが案外そうでもない。人里の人々は確かに選択肢がすくないかもしれないが、俺みたいに人里から離れ妖怪達とそれなりに交友を持っている者は妖怪たちの仕事に就くこともできるのだ。河童の機械工学なども仕事としてすることができるというのだから驚きだ。

閑話休題

さて、そんな快適な暮らしをしている俺には本日予定があった。今でこそ家にいるがそろそろ出かける時間なのである。行き先は地底。紫が言うには、地底で少し面倒なことがあるから行ってくれとのこと。

自分で行けよと言ったのだが、紫は地底がそんなに好きではないとのこと。どうやら鬼が多いらしく、紫はそのテンションに付いていくのが大変だと言う。

そういや先日の宴会で会った古明地こいしという子は地底から来ている子供だったはず。フランと仲良かったらしいが、どうやって知り合ったのかは聞いてなかったな。しかも後から聞いた話だとこいしは地底の主の妹らしい。妹繋がりで仲良くなったのかとフランに訊いたのだが、姉同志はほとんど関わりがないらしいのだ。謎は深まるばかり…

というか、だ。地底と地上はそこまで仲良くないと紫に聞いていたのだが、その件についてはどうなったのか。理由は聞いてないが、地上の、しかも人間の俺が地底に行っても大丈夫なのだろうか。最悪の場合一方的にボコボコにされて追い返されるのではないか。

そんな心配をしても意味がないことは分かっているが、それでも考えてしまうのが人間である。杞憂であることを信じたいのだが…

取り敢えず準備だな。戦闘になるかもしれないからな。できるだけしたくないのは事実だが、こんな状態だし攻撃されるのも考えて置かなければ。

さて、準備をしつつ地底に関する教えてもらった知識を思い出す。勿論紫情報だ。

まずは場所。これは地底という名前から想像できるように地下にある。問題はその入口なのだが、どうやら博麗神社と妖怪の山の二か所が主な入口らしい。博麗神社の入口は地底の中心に近く、地底の主と呼ばれるこいしの姉が住んでいる場所の近くに出るらしい。妖怪の山の入口はその反対で、地底の外れたところに出るらしいのだが、その穴は厳重に管理されており、それなりに信頼がないと近づくことさえできないという。入るなど以ての外だ。今回は紫から話を回してもらっているので厄介なことは起きないだろうが、地底の主に会うためにも今日は博麗神社の入口から入る予定だ。

で、その地底の主というのは覚り妖怪だろう。直接誰かに聞いたわけではないが、こいしが覚り妖怪ならばその姉も覚り妖怪でないとおかしい。というのが俺の結論だ。妖怪の生まれる経緯は色々あるのだが、姉妹というのはどういう生まれ方をするのだろう。スカーレット姉妹もそうだが、親というものがいるものなのだろうか。今までも数多くの妖怪を退治したり浄化したりしてきた俺だが、その中に血縁関係のある妖怪ははたして何人いただろうか。それを知ることは到底叶わないが。

話が逸れてしまったが、ともかく先ずは博麗神社に向かって地底に降りることを第一目標と決める。紫が言う地底の面倒事とは一体何なのかは分からないが、この依頼を成功させてくれたらそれなりに豪華な報酬をくれるらしい。今の生活にそこまで不便さを感じていないから食料とかでいいのだが。いや、貰えるなら貰うけども。

第二目標は地底の主と面会することだ。紅魔館の主と面会するのは比較的簡単だったが(美鈴と戦闘することにはなったが)今回も同じように上手く事が進むなんてことはないだろう。それに紅魔館と大きく違うことはやはり接点の無さだろう。紅魔館は地上にあるため挨拶という名目で行けるが今回はそうとはいかない。なにせ向こうは地底だ。決定的に置かれている状況が違う。

紫も地底の主に連絡を前もってしたようだが、連絡をしたくせに来るのは地上の人間となると向こうも警戒するのは当たり前だろう。門番とかいるのかは不明だが、今回は戦闘せずに済むように穏便に話をしようと思う。

そうそう、言い忘れていたが俺はしばらく地底に滞在する予定らしい。どこに泊まるのかは分からないが、毎日毎日地底と地上を行き来するのは面倒だからだろう。スキマ使えば一瞬のはずなのに紫はそういった小さいことをめんどくさがる。それで藍の仕事が少しずつ積み重なっていくのだが、当の本人はその状況を変えようとしない辺り藍には同情の念しか出ない。俺から言っても特に改善されるような見込みはないし、紫がやる気を出す時まで藍には努力してもらうほかない。来るのかすら不明だが。

さて、とうとう時間が来た。といっても手荷物はなく、至って軽装だ。幻空の中に物を入れる事ができるからこその軽装なのだが。一応非常食や水のペットボトルを入れてはいるが、これを使うことが無いように思う。幻空と言っても一つの空間でしかないので、水をいれると水浸しになる。まあ幻空の中だと時の流れがとてつもなく遅くなるので濡れるのにも相当時間はかかるが。

さて、時間だ。俺は家を出る。そこで鍵を閉めるのを忘れない。何日程度家を空けるのか分からないからいつも以上に念入りに戸締りを確認する。ついでに家の周囲の守護結界も強化しておく。これで無理やり通るには魔理沙のマスパを全力で撃つぐらいの勢いがないと通れないようにした。結界の解除をしようとしれば俺が感知できるので、実質不可能。結界が破られたときも分かるから、正直家に入ろうとした奴は全部俺が感知できるのだが。一応吸血鬼姉妹や魔理沙が来た時のために張り紙でも貼っておくか。

 

「しばらく地底に行っています…っと。これでいいな。」

 

最後にもう一度確認をして博麗神社に向かう。外の天気は曇り。雨が降るかもしれないが、地下である地底には関係のないことだろう。

そして俺は幻想郷の下層へと出発したのであった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十一話 黒猫

博麗神社へとやってきた。幸いな事に未だに雨は降っていない。

地底に降りる穴がどこにあるのか分からないため霊夢に訊きたいのだが、どこを見ても霊夢は見つからない。もしかして入れ違いになってしまったか?その場合紫を呼ぶのだが…

とそこへ、一匹の黒猫が奥の方からやってきた。猫特有の鳴き声を発しながら寄ってくる様はいつ見ても可愛らしいものだが、霊夢は猫を飼っていたのだろうか。

よく見ると尻尾が二つに分かれている。これはこの黒猫が妖怪であることを示している。尻尾が分かれている猫妖怪といえば代表的なのはやはり猫又だろう。猫又関係の話ならいくつもあるのだが、そのほとんどが見間違いや焦りからくる幻影だったりする。その代表的なのは徒然草のとある話。

とある人間が黒い影に襲われ逃げまどってるうちに川に落ちてしまう。その近くを通りかかった別の人に自分は猫又に襲われたのだと言い、その付近ではその話が広がったらしいのだが、実は黒い影は追われた青年の飼い犬で、帰ってきた主人に甘えただけだった。というのがこの話の大まかな流れである。

バカのような話だと思うかもしれないが実際にこういうことは結構起こりうる。特に夜はそういった勘違いというのは起こりやすい。やはり眠気や疲れなどで正常な判断ができなくなってるのかもしれない。

閑話休題

その黒猫は俺の履いているズボンに体を擦り付けてきた。妖怪なのは明らかなのに可愛らしいと思えるのはやはり猫だからだろうか。

その猫はしばらくスリスリしたあとに俺から離れ、奥へ走っていく。茂みの前まで行くと走るポーズで固まりこちらを振り向く。もしかして付いてこいと言っているのだろうか。霊夢がこの猫を捕まえて伝言でも頼んだのだろうか。

俺が付いてくることを察したのか黒猫は茂みに飛び込んだ。俺も追って茂みに飛び込む。そこにはそれなりに大きな穴があった。これが地底への道なのだろうか。案内を終えた猫は穴の傍で座っている。

これは…中々に恐怖心を煽る。試しに覗き込んでみるが全く底は見えない。比喩ではなく本当に一寸先は闇状態だ。試しに石を投げ入れてみても全然音は響いてこない。相当深いのだろう。

勇気を出して飛び降りる。勿論能力を使ってゆっくりだ。すると穴の傍に座っていた筈の黒猫は俺より断然慣れた様子でさっさと穴の奥へと下っていった。しかも案内などではないようであっという間に先の見えない闇の中へと溶け込んでいった。

俺の周囲も段々と暗くなってきたので魔術で明るくする。それでも全然底は見えないのだからこの穴も大概だ。

俺は猫のように素早く降りることは出来ないので慎重に下った。

 


 

数分かけてやっとの事で底に着いた。

するとそこには博麗神社で俺を案内した黒猫が座ってまっていた。置いていった訳ではなかったのか。多分一本道だから大丈夫とかそういう考えだろうか。確かに横道はほとんど無く、あったとしても細くてとてもではないが通りたくはない状態だった。

それにしても道中と違って底はそれなりに灯りが点いているんだな。簡素な作りではあるがしっかりと明るくなっている。

俺が着地したのを確認したのか黒猫は横穴へと走っていく。それに俺も付いていくのだが、地面が舗装されておらず走りにくい。かといって飛ぶには少し天井が低い。ということで頑張って走った。

そして走ること一分程度、開けた場所に出た。天井ではなく空と言えるほど頭上には空間がある。目の前には塀だ。なんの塀かは分からないが、取り敢えず塀である。

黒猫は左へ曲がり、塀に沿うように歩いていく。それに俺も付いていく。今度はそれなりに地面が均されているので、比較的歩きやすい。というか猫。お前少し遊んでないか?塀の上に登ったり突然走り出したり止まったり…段々誘導が面倒になってきたのだろうか。 

二回程角を曲がったところでとうとう塀が途切れる。入口のようだ。紅魔館のように大きくはないが、それなりに立派な作りの門のようだ。その横には表札。そこに【地霊殿】の文字。こいしが言っていたこいしの…そしてその姉、地底の主の家である。

黒猫は門の隙間を縫って勝手に入っていった。いや、流石にそれはどうかと思うぞ。それにどのみち俺は入れない。幻想郷のやつらは飛べるやつばかりだから門というのはさして意味などない。しかし、それでも門の前で開くのを待つのが礼儀というものである。

そして待つこと数分。奥の方から二人の少女がやってきた。

 

「ようこそ、地霊殿へ。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十ニ話 既に地底と…

少し書き方を変えました。不自然ではないようならこのまま行きます


「ようこそ、地霊殿へ」

 

そう言って出迎えたのは、開いている目を付けた少女だ。背は然程変わらないが、十中八九こいしの姉だろう。

 

「はい、私がこいしの姉で古明地さとりと言います」

 

うお、本当に心を読めるのか。いや、だからどうこうするわけじゃないけど。

 

「あら、気にしないんですね」

 

当たり前だ。変な事を考えてるやつらには毒かもしれないが、最悪の場合能力使うし。あ、これ考えたらアウトなやつか。

 

「はい。残念ながらあなたがどういった能力を持っているのかはっきりと分かっちゃいました」

 

あちゃー。まあいいか、ぶっちゃけミキも心どころか魂まで入ってくるから対処には慣れてる。というか絶対あいつ狂気のこと知ってる。

それはそうと、さとりの隣に並んでる猫耳を付けた少女は…

 

「あ、ほらお燐も挨拶」

「はいはい私が火焔猫燐、お燐って呼んでね!さとり様のペットなの」

 

名前長いなぁ…鈴仙の方が長いか。

にしても燐か。猫って隣よりも膝の上にいることの方が多い気が…いや、懐いてないと乗ってくれないか。ということはさとりにとっては火焔猫膝上だな。

 

「ふふ、今まで色んな人の心を読んできましたがお燐をそんな風に呼んだ人は初めてです」

「にゃ!?なんて呼んだのお兄さん!」

「言わなくていいですよ、こういうのは…ふふ。」

 

あー、こんな風に人を弄るのは覚り妖怪だな。こいしはやはり目を閉じているからか覚り妖怪さはなかったな。

 

「そういえばこいしとはどこで…ああ、先日の宴会で…御世話になったようで…」

 

あ、これ楽だ。とそういえば俺の自己紹介してないな。さとりは知ってるだろうがお燐は知らないだろうし。

 

「俺は堀内定晴という。紫に頼まれて地底に来た」

「はい、紫さんに話は伺っていますよ。どうやら霊夢さんが予定があるとかで神社を空けるということだったのでお燐に案内を頼んだのよ」

「あ、あれお燐だったのか」

 

お燐とさっきの黒猫を思い出して見比べ…確かに似てるな。お燐が着ているゴスロリ服はあの黒い毛並みと関係あるのかな。

 

「ここではあれですしこちらへ」

「お邪魔します」

 

俺が入ると門が閉まる。後ろを見ると門の影で門を操作しているであろうペットの一匹がいた。鳥だ。人型ではなく、動物のまま嘴をうまく使ってレバーを上げ下げしているようだ。頑張れ、名もわからない鳥。

 


 

地霊殿の中はとても綺麗で清潔感がある。そして暖かいのも特徴だ。紅魔館とは違い色鮮やかな窓…ステンドガラスだろうか…や落ち着いた色の壁で構成されている。やはり紅魔館は目に悪い。屋敷というのは地霊殿のように落ち着いた色なのが良い。

ただ、間取りは紅魔館に近いようで屋敷の扉を抜けた先は広間になっていて、階段と左右にも通路。紅魔館は咲夜が能力で拡張しているらしいので見た目より断然広いが、ここにも同じように空間を操れる能力者がいない限り外観と同じ広さだろう。

広間の中心には見知った影が一つ。

 

「ん?あ、定晴だー。やっほー」

「こいしか。よう、元気か?」

「元気元気!」

 

先日の宴会で会った覚り妖怪(妹)のこいしだ。こちらは読心の目(俺が勝手に名付けた)を閉じていて心は読めないし読みたくないらしい。

 

「あらこいし。こんなところにいたの」

「来客があるって聞いていたから待っていたんだよー。まさか定晴だとは思わなかったな〜」

 

おや?さとりはこいしとは直接会話するんだな。あれか?家族だから会話を大切に…とかそういうやつか?

 

「あ、いえ定晴さん。そういう訳ではなく、単純に私はこいしの心を読めないので」

 

ここに来て心を読めないときた。姉なのに妹の心が読めないとは…やはり読心の目が閉ざされていることが関係しているのだろう。

 

「それで…定晴さん。泊まる場所とかって決めているんですか?」

 

今日来たばかりだし決めてなどいない。いい場所があるなら紹介してほしいところだが…地底の主権限とかで…

 

「管理こそしていますが権限などないですよ。それと宿泊地を決めていないのならここに泊まるといいですよ」

 

ここってまさか地霊殿か?確かに広いだろうがそんな風に男性を招き入れるのも…それともそういう趣味があるのだろうか

 

「まさか。何を突然言い出してるんですか。私は善意で提供してるんですよ?地底の問題を解決してくれるそうですし、私も私なりにお礼をと思いまして…」

 

そうか…なら言葉に甘えようかな。ここなら地上に行く時もそれなりに早く行けそうだからな。うん、そうしよう。

 

「ではペットに準備させておきますね。部屋に案内したいところですが先に地底で起きている問題について知ってもらいたく…こちらへ」

 

そして案内されたのは大きめの机が置いてある…応接間だろうか。

さとりはソファに座り俺を正面に座るように促す。こいしはさとりの隣で足をパタパタさせている。お燐はというと俺が応接間に向かう途中で猫になって何処かへ走っていった。

俺が座ったことを確認するとさとりの口から今現在地底で起きている厄介事について話し出した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十三話 問題

一度書いたものが間違ってページ更新して消し飛びました、泣きそうです



「まず定晴さん、地底についてどのくらい聞いていますか?」

 

どのくらいと言われてもなぁ…地底の場所は教えてくれたけどあとは何も聞いていないし、紫の言う厄介事というのが何なのかも知らないままここに来たのが現状だ

それこそこいしが地底に住んでて、地底の主の妹ということくらいしか知らなかったわけで、さとりがどういう性格で、見た目で、能力なのかすら知らなかった

 

「そうですか…なら本当に何も知らないんですね」

「恥ずかしながら…」

 

俺が悪いわけではないんだろうけど、少なからず悪いことをした気になってしまう。それこそ俺が罪悪感を抱くぐらいに

いや、俺が全く悪いわけではないのかもしれない。地底に来ることをしたのはなにも今日昨日の話ではなく、それなりに前から決めていたのだ。出発が今日のあの時間だっただけであり、準備する期間はそれなりに存在していたはずなのに俺はそれを蔑ろにしてしまっていたようだ。そう考えるとやはり罪悪感を抱いてしまう。本で調べるなど方法はいくらでもあったはずなのに…な

 

「そう自分を卑下しないでください。別に怒ったり呆れたりしているわけではないんですから」

「そうかもしれないけどさぁ…やっぱり俺にも非があったなと思うと…」

「では少し地底について話しておきますね。地底というのはその名の通り幻想郷の地下にある大空間のことです。元々は弱い妖怪や動物の一部が住み着いていただけなのですが、途中で地上の一部の妖怪が地底にやってきて上下関係をはっきりさせました」

 

妖怪が幻想郷の地下を開拓して作ったわけではなかったのか。幻想郷の少女たちは特別な力を持っていることが多いから地下に空洞を作ることなんて容易なのだろう

俺が気になるのはもう一つの方だ。地上から妖怪が流れてきた?地上の方が生活しやすそうなものだが…

 

「地上の妖怪の一部…ほとんどは鬼ですが。彼らは元々地上の人間を好いていたのですが、最初は正面から戦っていた人間が罠や集団戦など姑息な手を使い始めたあたりで鬼たちは人間たちに見切りをつけて地下へとやってきたんですよ。私たちは単純に心を読めるから気持ち悪いと人間だけでなく妖怪などにも言われ傷ついたからだったりします。こいしが心を閉じているのもそれが原因なんです」

 

なるほど…人間は元々好きだったが、地上の人間たちが段々と姑息な手を使い始めたから地下に入ったと…

妖怪でもやはり鬼は別格の存在らしいな。面白いことを聞いた

 

「それでですね、今地底で起こっていることはそれも関係してくるんですよ。一部の妖怪が地上の人々を襲撃しようと企てているらしいんですよ。それも相当な量が。鬼は既に地上の人々の事を無視する事にしているらしく、主犯格は鬼ではないようですがその尻尾すらも掴めていません」

「簡単に言うならばそれを止めろと?」

「そんなところです。その間は地霊殿に滞在してくれて結構ですので…また地上から色々来られても大変ですからね」

 

そういえば地底は一度異変を起こしたことがあるらしいな。それを霊夢と魔理沙が解決したとか。二人とも、この異変は服を一つ捨てる必要があった、と言っていたが…そこまで地底の妖怪が強かったのだろうか

 

「それでですね…地上の、しかも人間である貴方が行くと騒ぎになるかとは思いますが人間がまた地底の妖怪を抑えた場合それが抑止力になると思いまして…」

 

抑止力云々は置いておくとしても、地上としても侵略を謀る妖怪が攻めてくるのは避けたいのでこちらとしても協力したい

にしても前回も人間が止めたはずなのに何故また…

 

「前回の異変、実はそこまで地底で浸透してないんですよ。そこまで地底に影響がないことが一番の要因ですね。いつもより熱くなった程度でしょう」

「というか前回の異変って何なんだ?詳しいことは聞いてないんだよ」

「でしたらこちらへ」

 

さとりに案内されて部屋から出る。こいしを俺の後をついてくる

前回の異変について教えてくれるのだとしたら…図書館とかだろうか

しばらく歩くと他の場所より断然熱い場所に来た。部屋というわけではない、中庭だろうか。中心の床には鉄製の床扉がある

さとりは扉に近付き俺を手招きする

 

「ここ、結構熱いですから気を付けてくださいね」

「なんか対策しないと大変な事になるかもね〜」

「二人揃って…そんなにか?」

 

生憎だが俺は耐熱服なんて持ってないぞ

日本全国で仕事をしてきたが、北海道用に買った耐寒服はあっても耐熱服は買ってない。そもそも耐熱服が必要になる程熱い場所なんて日本では稀有だろう。それこそ火山の中とか…

一応幻空の中に水の入った水筒なら入れているが…熱いと暑いは微妙に違うし、意味があるものかどうかは分からない

 

「開けますよ?」

「いいぞ」

 

さとりが扉を開ける。その瞬間扉の奥から途轍もないほどの熱気が溢れてくる

ぐわっ、本当に熱い。温度計があったら一瞬で上限までいくかもしれない

 

「流石に中に入るのは危険なので、ここで待ってください。おーい!お空!」

「誰かこの中にいるのか」

「うん。お空はここの管理をしてるんだよー」

 

誰だか知らないが、お空、恐るべし

この熱気の中で活動するなど、俺からしてみれば正気の沙汰ではない。すぐに倒れてしまうだろう

さとりが呼びかけてからおよそ一分弱。扉の奥からひょっこりと顔を出す影が一つ

 

「なんですか、さとり様」

「しばらくの間地霊殿に泊まることになった人を伝えておこうと思って」

 

さとりがそう言うと、お空と思われる人物は俺をまじまじと観察する。信頼できる人なのか確かめているのだろう

 

「ふ〜ん。私は霊烏路空、お空って呼んでね」

「地霊殿は灼熱地獄跡の上に建てられているわけですが、その灼熱地獄跡を管理しているのが熱を操れる地獄鴉のお空なんです。前回の地底の異変はお空が八坂神奈子に貰った核融合の力で暴走したのが原因なんです」

「地上では間欠泉が湧いたり、その間欠泉にお燐が乗せて地上に行った怨霊が現れたり大変だったらしいよ〜」

 

さとりとこいしが説明してくれる

なるほど。霊夢が間欠泉異変って言っていた意味がこれか。今は幻想郷を飛んでいても間欠泉を見ることはないし、全部鎮静したのかな

つか神奈子…何やってんだ

 

「人間?」

「おう。人間だ」

「む〜」

 

なんかお空が睨んできた…いや、当然か。ここが地底であることもそうだが、一度人間相手に負けているとなると自ずと嫌悪感というのは増すというもの

 

「まあいいや、さとり様達に手を出さないのなら」

 

いいのかよ

嫌悪感は気のせいだったのか…?いや、多分単純に興味がなくなったのだろう。外の世界では仕事柄誰かに恨まれたりすることもあった。その時感じた嫌悪感と似ていたのだ

 

「さとり様に手を出したら核融合で吹き飛ばすからね!」

「核融合?」

 

俺の呟きは聞こえなかったのか、俺に釘を刺して扉の中に戻っていった。そう何度も言わなくたって手は出さないから安心しろ

にしても核融合か…聞き慣れない言葉ではあるが、核と言っているからには相当強力なのだろう。核は基本大量の熱を放出するのだし、そんな能力を持ったやつが暴走したらそりゃ水分が一気に沸騰して間欠泉が湧くわ

 

「お空は初対面の人に対してちょっと高圧的なんですよ。気にしないでくださいね」

「大丈夫だ。俺だってそんな短気じゃない」

「すみません…」

 

さとりが謝る。こいしは横で周囲を見渡している。どうやらこいしは全く気にしていないらしい

姉妹だけどこの二人は結構性格が違うんだな。スカーレット姉妹はなんとなく似たような部分はあったが、古明地姉妹は一切そういったものが感じられない。目を閉じたか否かが変えているのだろうか

 

「さて、今回の問題。貴方風に言えば依頼、受けてくれますか?お空はもう地上侵略をするつもりも無いようですし、邪魔はしませんので…」

「任せろ。依頼は断らない主義なんだ」

「そう言ってくれると思ってました」

 

簡単に言えば暴動起こしている、若しくは起こそうとしている妖怪を成敗してやればいいのだろう?

前置きが色々と長くなったが依頼受理完了だ。早速行動を起こしたいが…

 

「まあその前に部屋に向かいましょう?多分お燐が準備してくれているはずだから」

「分かった」

 

さとりに案内されて部屋に向かう。こいしも一緒だ

地底のことを知らないとな。部屋で準備をしようじゃないか

俺はしばらくお世話になる部屋に向かった




長くなりました…途中で切るべきだったでしょうか…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十四話 地霊殿の自室

さとりの案内で部屋に向かう。地霊殿は紅魔館程ではないにしても広いので迷わないか心配だ。念の為狂気に憶えさせて…

 

『お前が憶えられなくて俺が憶えられるわけないだろ』

『できる限りでいいからさぁ…』

 

狂気は俺を残忍にして身体能力を上げたような存在だ。逆に言うとそれ以外は然程変わらない。暗記力とか能力とか。

と言っても二人分いることには変わりないので記憶力は二倍になったと考えてもいいだろう。

 

「ここが定晴さんの部屋です。それにしても…魂の方も中々楽しそうですね」

「それも聞こえんのかよ。というか背後も聞こえるのか」

「普段は聞こえませんけど、こうやって思考が少ない状態だと聞こえますね」

 

物体が音を発する時と同じような感じなのだろうか。音源が遠ければ遠い程音が小さくなり、小さい音にだと大きい音に紛れてしまう。

集中すれば小さい音も聞こえるだろうが、それはカクテルパーティー効果だからまた別のはずだ。

外の世界ではパーティー会場で仕事をすることもあったが、会話をすることはほぼ無かったしあまりそういった体験がないからなんとも言えないのがむず痒い…

 

「ふふ、貴方が思ってる通りで結構です。それで…ですが…はぁ…」

 

さとりが俺の部屋の中を見て溜息をつく。いや、正確には俺の部屋に置かれているベッドを見て。

ベッドの上には二又尻尾の黒猫が…お燐である。

部屋が片付いているのを見るときちんと仕事はこなしたようだが、眠気に負けたのかはたまた猫の本能か。ベッドの上で猫特有の丸まり方をして眠っている。

ベッドメイクまでしたのかシワなく広がっているシーツだが、お燐が寝た所の下は毛だらけではなかろうか。

 

「こらお燐。人様の部屋になるんだから勝手に寝ちゃだめでしょ」

 

さとりがお燐を揺する。しかし中々お燐は起きない。

しかもあろうことかさっきまで俺の隣にいたこいしがお燐の隣で眠ってしまった。

 

「はぁ…定晴さんのベッドなのに…」

「まあいいんじゃねえか?俺が寝る時に退いてくれていれば」

「なんかすみません…」

 

猫が暖かい所で眠りたくなるのは本能のようなものだし仕方無いだろう。こいしも眠いなら寝ればいい。夜に眠れなくなるかもしれないがな。

そもそも地底に時間の感覚があるのか微妙なところだが。

 

「時間の経過はちゃんとありますよ。夜になると周囲が暗くなります」

 

なるほど。俺が地上に戻った時に時間感覚が狂っていたらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂のようだった。

 

「申し訳ないですが、広間の方で休憩してもらっていいですか?」

「ああ。構わないよ」

 

こいしとお燐は部屋に残して広間に向かう。

さっきまでさとりと話していたのが応接間で、さとりの部屋がその隣。離れた所に俺の部屋があって、反対側に広間…憶えられるだろうか。

紅魔館は住人が少ないため空き部屋もそれなりに多かったのだが、ここはペットが多くいるためその分使われている部屋が多い。

まあ部屋にはほとんど何も置いておらず、寝るときは自由な場所で寝るらしいが。

 

「ここが広間です。食事も基本ここで食べますので、食事の時間になったらここに来てください。それと外食をする時は黒い小鳥のような子達に伝えてくれれば連絡ができますので、その他伝言がある時もその子達に伝えてくださいね」

「ペットを街中に散らしているのか?」

「お話しした通り色んな所で騒動が起きていますので、その監視を兼ねて自由に放っているんです」

 

ペットを使って監視しないといけない位には多発していると考えていいだろう。

俺が動いたら騒動が大きくなりそうだが、それも含めて鎮めろといったところだろう。紫も時間がかかりそうな依頼を俺に持ってきたものだ。

 

「それで…」

「さとり様ー!」

「何ですかお燐?」

 

さっきまで俺の部屋で寝ていたはずのお燐が猛スピードで走ってきた。しかしお燐は喋らない。きっと心の中で話しているのだろう。喋るという労力がないため多少は効率的…なのかな。

 

「嘘!?こんな時に…」

「どうした?」

「街でまたもや騒動です。こんな昼間からよくやりますよ」

「そんじゃ向かいますか」

 

いくらペットやらなんやらが止めて自然鎮圧されるからと言って無視するわけには行かない。俺の依頼だ。きっちりこなす。

 

「では早速仕事をしてくれます?」

「勿論だ。お燐、案内してくれないか?」

「了解だよ!こっち!」

 

お燐が走っていく。

地底初仕事、はてさてどうなるかな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十五話 地底の初仕事

地霊殿を抜けて外へ出る。

ここからは飛んだ方が早いな。

 

「お燐!飛ぶぞ!」

「分かったよ!」

 

風を使って飛ぶ。地底だからか少し安定しない。

そもそも地底で発生する風など微力なものなのだろう。それを能力で増大させて操っている。いつもより疲れる作業だ。一部は狂気にさせよう。

 

「そこだよお兄さん!」

「結構ドンパチやってるんだな」

 

妖怪達が街中で乱闘している。しかも結構派手で、弾幕ごっこではなく普通に殴り合いだ。

どうやら街をただ歩いていただけの妖怪も巻き込んでいるようで、明らかに戦闘向きではないような妖怪ですら戦闘に参加している。

その戦闘の中心部には鬼と敵対する妖怪。

 

「オラァァァァ!!」

「てやっ!」

 

鬼が突っ込み、それを捌いていく妖怪。相当な手練のようだが…

そんなことより、いつまでも観戦している場合ではない。しかし、どれが地上侵攻派でどれが保守派か分かったものじゃないな。

言葉で収まるような状況ではないのは明白だが…まずは気を引いて少しでも落ち着かせる必要がありそうだ。

飛びながら全体に響くように大きな声で叫ぶ。

 

「待て!お前ら!」

 

いつもより少しだけ殺気を乗せて、俺の声が聞こえる範囲の妖怪が全員俺を認識するように仕向ける。

計画通り場にいる妖怪達の視線がこちらを向いた事を確認して大きな声で話す。

 

「俺はお前らの争いを止めに来た!」

「なんだてめぇはああああ!」

 

気が短い妖怪が俺に向かって突っ込んでくる。

結界を張り衝撃を防御。そして輝剣で叩く。依頼は制圧ではなく抑制なので傷付ける必要はない。

俺が争いを止めた、若しくは止めようとしたという事実が大事なのだ。

 

「なんだこいつ!この!」

 

結界を全力で殴る妖怪。鬼ならまだしもそうでない妖怪が衝撃を与えたところで結界にはヒビすら入らない。

殴っても無駄な事に気付いたのか周囲の妖怪に呼びかける。賛成して俺に向かってこようとしたところを鬼が捕まえ殴る。

俺に意識を向け過ぎたせいで近くにいた鬼という脅威を無視してしまった結果だな。

特に俺が戦うことはなく鬼とその仲間によって争いは鎮圧された。

 


 

「ひゃ〜流石だねお兄さん」

「俺は何もしてないぞ?というかお燐どこにいたんだ」

 

争いが終わった街にて。

道が広かったおかげで建造物には被害がほとんど無いが、その代わり怪我人が多い。

束縛された妖怪は放置し、守ろうとしてくれた鬼共々を回復してあげた。俺に感謝をしつつもその目は疑っていて、直接訊いてくることこそなかったが、少し離れた所で噂をしているらしい。

そうやって復旧作業をしていると、後ろから大きな妖力が二人。しかも片方は知っている。

 

「こりゃまた酷くやってんねぇ〜」

「勇儀がもっと早く来ればなんとかなったかもしれないけど…ありゃ?こんな所で会うとは奇遇だね定晴」

「奇遇っちゃ奇遇だな。萃香」

 

博麗神社で戦い、妖怪の山では助けてもらった俺のよく知る鬼の萃香だ。

その友好関係の広さには驚く他ないが、そもそも鬼ということは地底で生活していたはずである。地底にいてもなんらおかしくない。

 

「なんだ、知り合いかい?」

「地上で一戦交えたことがあってね、その時にさ」

「それってもしかして前に話していた力勝負で押されていたっていう?」

「そうだよ」

「よし、私と勝負だ!」

 

何故そうなる。

いや、鬼が戦いと酒が好きなことは知っている。それこそ生きている内の殆どをそれらに費やすほどには。

しかし、この復興作業が行われているここで戦おうとは、被害を大きくさせたいのだろうか。

 

「待て待て。復興が先だろ?まずはそっちを手伝ってくれないか?」

「ふむ…じゃあ先にそっち、やっちゃおうか。萃香、手伝って」

「ほいさ〜」 

 

なんとか抑えて援助を頼む。どちらも成功したようで、一安心だ。

萃香によると彼女の名前は星熊勇儀。力だけ見れば萃香よりも強く、よく二人で遊んで(闘って)いるようだ。勇義も酒に強く、地底でも一、二を争う酒好きであるとは萃香の弁。

今まで滞っていたゆっこう作業だが、勇義と萃香が参加した瞬間一気に進みだした。

萃香が小さく分裂して小さいものを大量に運び、勇儀は大きいものを運ぶ。

 

「この調子ならすぐに終わるだろうな」

「終わったら一戦してねー」

「私との再戦もお願いねー」

 

何故かお願い増えてないか?というか俺の仕事はこれで終わりなのだが…地霊殿に帰るのはもっと先になりそうだ。

その後十分程度、復興作業も終わり人も散って…とはいかず、俺と勇儀の試合を見るために未だ観衆が残っている。というか増えている。

 

「やれー!」

「吹き飛ばせー!」

「どこのどいつか知らないけど頑張れー!」

 

観衆のやつらが力を探知できるほどの実力者じゃなくてよかった。俺が人間だとは分かっていないようだ。

流石に勇儀は俺が人間だと分かっているようだが、地上で戦ったことを聞いた時に同時に説明を受けたのだろう。まあ萃香の親しい友人となれば信頼できるだろう。

 

「さあ、いくよー!」

 

取り敢えず勇儀との戦闘に集中だ。

折角地底で俺の力を知ってもらうチャンスだ。名前だけでも広まってくれればそれなりに動きやすくはなるだろう。

できるだけ努力するとしよう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十六話 三歩で弾幕の必殺

リアルが色々と忙しく一ヶ月空きました…申し訳ありません
それと前回の勇儀の漢字間違ってましたねすみません…


俺は隙を見つけて攻撃する戦闘スタイルを主に使う。

これは簡単に言うなら結界や回避をして戦う耐久タイプのことだ。だから耐えられない攻撃や躱せない攻撃には弱い。勿論対攻撃特化の対策もしているが、あまり使うことのないものと化している。

理由は簡単、そこまでの攻撃力を持つ者が外の世界には稀だからだ。元々外の世界での戦闘といえば対妖怪ばかりだ。というか対人戦闘は法律が許してくれない。俺の活動範囲はあくまで国内だ。外人に頼まれることはあっても国外には出ない。 

話を戻すが、俺の戦闘スタイルは基本能力の結界に頼りっぱなしとなる。それこそ躱すことより結界を貼ることがメインになるくらいに。

 

「こんなの紙も同然だね!」

「な、」

 

だから俺は目の前の勇儀がとても苦手だ。

戦いが始まって勇儀が踏み込む動作をしたのを見て素早く結界を張ることは良かった。鬼の力を考えて四重にして張った。それなのにこの有様だ。

勿論多少減速するのでその間に身体強化を施し構える。この距離では躱せないと判断したうえでの苦肉の策だ。それでも勇儀は俺を数十メートルも吹き飛ばした。

殴られたところだけではなく身体全体が痛い。

 

「まだまだ!」

 

勇儀が追撃してくる。数十メートルも吹き飛ばされたおかげで時間はある。輝剣を召喚して構える。勿論身体強化は持続だ。

霊力の消費が激しいがこれくらいしないときっとまた吹き飛ばされる。結構足がきつくなるのでなんとしてでもそれは避けたい。

輝剣自体にもそれなりに耐久能力があるというのに勇儀は俺をまた吹き飛ばす。

これはまずいな…このまま壁に追い詰められてタコ殴りなんてされたらそれこそ負けるのは目に見えてる。勝負であるからには勝つ。

勇儀がまたもや腕を振るってきたので幻空の中から家宝の剣を出して二刀流で迎え撃つ。輝剣は召喚する時に淡い光を出すので分かりやすいのだが、幻空は一瞬で出せるため不意を付きやすいのだ。

俺の思惑通り、何もない所から、しかも眼の前に剣を出した事で少し拳が乱れる。その拳を捌く。そしてしゃがみ込んで…

 

「殴る!」

「ごふっ、」

 

わざわざ剣を捨ててでも殴る理由は一つ。

勇儀に満足してほしいからだ。鬼は喧嘩が好きで力比べが大好きな種族だ。だから剣ではなく敢えて力で訴える。萃香より力が強い勇儀には圧倒的に力足らずだろうが構わない。きっと勇儀はそれを望んでいる。力で対抗してくることを。

 

「いいじゃないか。確かにこれなら萃香も押されるかもしれないねぇ」

 

そう言う割に勇儀は結構余裕そうだな。というか耐えた。流石に全力で能力を掛けているわけではないのだが勇儀相手では全力でかけても意味は無いと考えられる。

それでもノーダメージというわけではないので俺が倒れてしまう前により多く強打を与えれば勝機はある。

輝剣や結界は出来る限り防御や移動のみに使いたい。

勇儀はバックステップをとり俺から離れる。

 

「いいねぇ…そんじゃこれはどうかな!」

 

鬼符【怪力乱神】

 

勇儀とその周囲に鱗のような弾が現れる。そして…散開。

二刀流で捌きつつ、なんとか勇儀に近付こうとする。しかし様々な方向から来るため回避は出来ても接近は難しい。

 

【全方位結界】

 

こうなったらごり押しだ。

多少脆くなるが全方位に結界を張り身体強化で駆け抜ける。そろそろ俺の体自体がきつくなってきた。身体強化は力を向上させるというシンプルな能力だが、対象はあくまでも普通の体だ。能力慣れしているしそれなりに鍛えているがそれでもずっと掛けていては限界はくる。

最初から全力で掛けていたらきっと今頃倒れているだろう。いや、今の状態も続けていては倒れる。

万全の状態で身体強化のみをしていたら一時間程度は余裕なのだが、輝剣召喚に結界、幻空の活用など同時に行うとなると話は別。せいぜい二十分、能力を更に使えばその分短くなる。

身体強化はできて後五分から十分といったところ。全方位結界を使用しているため今も少しずつ短くなっている。勝負は短期決戦派なのだ。そろそろ終わらせる。

大量の弾幕を食らったことで結界は壊れるが、勇儀に近付くことは成功した。

右手のみ全力で身体強化をする。

 

「食らえ!」

「グフっ」

 

一発、勇儀に叩き込む。そして掴む。

 

「おらぁ!」

「こんのぉ!」

 

投げようと試みるが、勇儀が抵抗して中々上手くいかない。もともと身体ががっしりとした勇儀を投げられるのは難しいのだ。

結界を使い三点で支える。結界も使えば勇儀は少し持ち上がった。そこを全力で投げる。

 

「とりゃぁ!」

 

動作一つ一つを全力でしないといけないとはどういうことだろう。

それでも勇儀を叩きつけることに成功。俺の腕力プラス重力で叩きつけたからダメージは大きい筈だが…

勇儀は起き上がる。

まじかよ、今ので未だにピンピンしてるんだが。

 

「面白かったよ!」

 

勇儀がそう言うと同時に腹部への強い衝撃、そして俺の意識は沈んでいった。




定晴、敗北


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十七話 目覚めるとそこは…

目覚めると、知らない天井だった。

嘘付いた、天井を見てなかっただけでここは地霊殿の俺の部屋だ。

隣にはさとりが座っている。

 

「おはようございます。勇儀さんと戦うなんて無茶しましたね」

「頼まれたことは断らない主義なんだ。それよりあの後どうなった?」

「勇儀さんと萃香さんが定晴さんを連れてきてくれました。面白かったからつい本気で殴ってしまったと謝っていましたよ」

 

勇儀は満足したようだが萃香には悪いことをしたな。確か萃香は俺との再戦を望んでいたはず。それを破ってしまった。また会った時にでも埋め合わせをさせてもらうとしよう。幻想郷にいるならどこかで会えるだろうし。

 

「定晴さんの能力の影響なんでしょうかね、一時間ほど前にこの部屋に運んできたというのにもう起き上がるとは」

「再生の能力だろうな、身体欠損ですら治せてしまうような力だ。自己治癒力が相当高くなっているんだろう」

 

さとりなら俺のことを大半分かるだろうに、わざわざ疑問形で話すなんて面白い性格しているな。

さとりの言っていることで正しい。俺の治癒力は他の人よりも数倍も高くなっている。しばらくすれば身体欠損ですら治せてしまう。初めて紅魔館に行った時にフランに吹き飛ばされた腕が治ったのも偏にこの再生力のおかげだ。

俺の職業柄怪我が多いのは仕方ないことだったので、その積み重ねもこの再生力に影響しているのだろう。勿論身体欠損は稀ではあるのだが。

 

「お腹は空いていますか?一応夕飯の時間ではあるのですが…」

「運動したし空腹だ。ありがたく夕飯を食べさせてもらうとするよ」

 

それにしても俺が出かけたのは昼前で、勇儀と戦って負けたのは体感からして三時程度だと思う。それが今は夕食時か。俺は大体三時間程度寝ていたという事か。勇儀はどんだけの力で俺を殴ったんだ。腹にダメージが入ったことは憶えているが、そこから先は全くもって憶えていない。

鬼の萃香が言うほど勇儀は力が強いんだ。俺みたいな人間が身体強化したところで衝撃で気絶してしまうのかもしれない。そもそも地面に叩きつけたというのに全然元気だったのだし、その程度のことは造作もないのだろう。

 

「夕食は食堂で食べますので準備ができたら来てくださいね」

「分かったそうさせてもらおうよ。すまない」

 

食堂はここからそれなりに距離のある。建物の中で距離のあるなんて表現をするのも不思議な話だが、実際紅魔館や地霊殿はそれほど広い。なんだかんだ言って白玉楼だって広いのだし、幻想郷は広い建物が多い気がする。

ところで夕食いうものは集まって食べるものだ。いや、俺がそう思っているだけではあるのだが。

集まって食べるということは地霊殿に住んでいる者全員ということなのだろう。ということは初対面で悪印象だったあのお空とも食べるということだろう。

随分と俺に対して敵対心を持っていたが、食事の時は大丈夫なのだろうか。

俺は一抹の不安を胸に食堂へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十八話 夕飯

昼間に案内してもらった食堂へとやってきた。

紅魔館とは違い、落ち着いた色合いとゆっくりできるような暖かさである。というか紅魔館が全体的に目に悪すぎるのだ。レミリアの趣味を改善させるべく従者や同居人には頑張ってほしいのだが。

閑話休題

椅子に座っているのはさとりとお燐、それにお空。他にも見知らぬ人型の獣耳を付けたさとりのペットと思われる人達だ。あ、無意識に除外してしまいそうになるがこいしもいる。能力のおかげで幻惑や催眠系の能力は効かないのだが、それすらも超えて無意識下にしてしまいそうになるこいしの能力は中々のものだ。

さとりによると最近は結構分かりやすくなったらしく、こいし自身での制御も上手く出来ているという。どうやら地上では間欠泉異変とも呼ばれるお空の暴走による異変で霊夢達と交流したりで能力が安定したらしい。

俺が席に座ると獣耳の子が料理を運んできた。地底の料理が口に合うのか分からなかったが、地上の料理と然程変わりはないようだ。ただし少しアルコールの匂いがする。お酒好きな鬼達が満足できるように料理にもお酒を入れるのだろうか。鬼ではないさとりたちがそんな酒をガブガブ飲むとも思えないし、きっと料理用の調味料自体にお酒でも入っているのだろう。

さてさて、机の上に料理が並べられていく間お空はずっと俺を見ていた。睨んでいたという方が正しいか。

今日来たばかりであること、それも人間であること、ついでに言うならば地上の人間であること。どれもが警戒対象になり得る要素ばかりだ。きっと俺がさとりたちに何かしたらすぐさまお空は俺を攻撃するだろう。核融合の力というならば俺を地上まで核爆発で吹き飛ばす可能性もある。

多分さとりたちと話すことは大丈夫だが、触ったりしたら俺は攻撃対象になる。なんとなく俺を見つめるお空の目がそう言ってる気がする。

 

「ふふっ」

「あ、」

 

さとりに笑われた。というか俺が色々と悩み事しているというのにそれを堂々と読むとは人道的にどうなのだろ。いやまあ覚り妖怪がそういう種族なのは知ってはいるが。

俺が覚り妖怪について考えるとさとりは顔を俯かせた。もしかして恥ずかしいのか?まあ自分の種族に関して色々考えられるとむず痒いのかもしれない。人間は人間同士で考察や検査などしているため人間について考えているのを見ても不思議ではないが。

 

「さとり様、こいし様、これで全部です」

「ありがとう。それでは頂きましょうか」

 

さとりは手を合わせる。こいし達も手を合わせる。こういう文化は地上となんら変わらないんだな。

俺も手を合わせて…

 

「「「いただきまーす」」」

 

食事の前に言う言葉も同じ。

地上と分け隔たれているのに地上と生活の様式は変わらないようだ。

 

「元々私達も地上に生きていたんですよ?現在の地上の文化が入らなくとも昔から続いている文化でしたら地底も地上も変わらないかと」

 

さとりが説明してくれる。俺はすぐ疑問に思ったことを考え始めるからさとりは思考読みたい放題だろう。別に疚しいことや見られて困ることを考えたりしないからいいのだけど。

というかさとりは常日頃無限にも等しい思考の数々を読んでいるのだし疲れてそうだ。あまり俺は考えないで心を無にして生活した方がいいのだろうか。

 

「そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。私は慣れてますので。あ、こらこいし。食べ物で遊ばないの」

「ふぁーい」

 

妹の世話もきちんとできているし本当にさとりは良い子だよな。年齢など妖怪基準で言われても分からないが、地底の妖怪は総じて身体付きが良く、さとりのような華奢な見た目をしている妖怪がよく地底の管理人ができるものだ。そもそもさとりは見た目は幼く、性格はしっかりとしているが、初めて会った人には嘗められそうなものだが…

 

「そ、そんなことはないです。あの…あまり私のことは考えないでくれます?恥ずかしいので…」

 

おっとさとりに悪い事をしたな。

さとりが狼狽えたような表情をしたことがきっかけになったか、ずっと傍観していたお空が声をあげる。

 

「定晴!さとり様を困らせないよう言ったじゃん!吹き飛ばすよ!」

「まあまあお空。私は気にしてないから」

「む〜」

 

お空が俺を睨む。それは次したら殺すと暗に言われているようで、誰が見ても険悪であることが分かるほど憎悪の念が出ているような気がする。

 

「そもそもお空が戦っても勝てるような相手じゃないわよ」

「な、」

 

おっとさとりそれを言ってはいけない。そんなことを言うとこういう性格のやつは…

 

「戦え!定晴!どっちが強いか証明してやる!」

 

ぶっちゃけて言おう。知ってた。

俺のことを警戒しているやつに戦闘能力系のことを言うと戦闘に巻き込まれるのは外の世界でも幻想郷でも変わらないらしい。

 

「それより早く食べてしまいましょ?」

「食べ終わったら勝負だ!」

 

半ば強引に戦闘に巻き込まれる。

食事のあとすぐに運動するとお腹が痛くなるが…まあそれはどちらも同じか。

結局食事が終わったらお空(と何故かこいし)に連れ出されお空と戦うことになった。しかも昼間に見た旧灼熱地獄跡で。

 

「お空は人間のことを嫌っているわけではないんです。単純に地霊殿に住まれることが嫌らしいので、上手く説得してください」

 

さとりにそう言われ俺はお空と一戦交えることになった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十九話 ペタな弾幕のフレア

リアルが落ち着きました。執筆頑張ります


さて、今回の相手は核融合を操るお空だ。

能力名からして明らかにヤバそうな能力だが、流石に地霊殿が近くにあるのだし大爆発なんかはしないだろう。

幻想郷に来てから弾幕ごっこを多くするようになったが、初戦の相手の能力が体積変化の能力であることを考えると中々にハードになっているのではないか。

魔理沙の魔法、美鈴の気道、フランの破壊、チルノの氷結、妖夢の剣術に幽香の植物。

幻想郷にはほんとにあらゆる能力者がいる。そして今、俺の目の前には核融合の力。幻想郷は世界征服でもするつもりなのだろうか。

 

「侵入者めー!覚悟ー!」

「今回に関しては紅魔館や白玉楼みたいにアポなしってわけじゃないんだぞ」

 

アポ取りなんてどうすればいいのか知らない。というか幻想郷にアポイントメントなんて言葉があるのかすら定かではない。

 

「くらえ!爆符【ペタフレア】!」

 

突然のスペカ。

しかも中々に火力が高い。素早く結界を取り出し防御。もしものための輝剣も召喚しておく。輝剣が核の力に勝てるのかは知らないが。

流石に外の世界に核融合の力を持つ生物などいない。多分俺みたいなフリーターじみた人間よりも、もっとプロフェッショナルの専門的な力を持つ団体なんかが対応しているんだろう。

というわけで俺の能力がどれほど核の力に対抗できるのか未知数だ。もしこれで輝剣が壊れたらどうしよう。輝剣は壊れるものではないとは思っているんだが…取り敢えず家宝らしき刀は無理だな。確実に壊れる。

ちなみにこの刀。家宝で残したという文献はあるのだが、それ以外の証拠がなく未だに「かもしれない」の領域を抜け出せていない。

 

「こんのぉー!爆符【ギガフレア】!」

 

お空の弾幕の密度が上がり、見た感じ威力も上がっていそうだ。そろそろ防御を突破されそうである。防戦一方なのも癪ではあるが、スペカの効果が切れるのを待たねば近付くことすらままならないだろう。

こちらもスペカを発動してもいいのだが、俺のスペカではこの高威力・高密度の弾幕を突破できるとはとても思えない。

お空のスペカが残り何枚あるのかは不明だが、無理矢理突破して近付いたところをスペカで撃墜されたりしてはそれこそ目も当てられない。

ここは耐えねばならない。流石の高威力に結界にもヒビが入ってしまうが修復。壊されそうになればすぐまた回復。輝剣で弾こうにも勢いのせいで仰け反ってしまいうまくいかない。

俺の戦闘スタイルに合っていると言っても、ここまで防戦一方になることは中々ないのだが今は耐える。

そして…

 

「ぜぇ…はぁ…」

 

チャンス到来。長い間攻撃をし過ぎたせいか、核融合により大量の熱が溜まってしまったようだ。お空の手にはめられている筒のようなものから白いものが立ち昇っている。核融合は強い力を持つが、その分大量の熱を生み出すことが欠点となる。化学兵器というものは熱との戦いでもあるのだ。

俺の戦闘スタイル【耐えて隙を突く】がここにきて真価を発揮する。素早く近付き輝剣を構える。

お空は俺に標準を向けようとするが、熱の影響か身体がうまく動かないようだ。ここでお空が満身創痍になって地底の熱の管理がままならなくなっても困るので、後で回復させるのは確定なのだが、今はまだ戦闘中だ。そんなことは今考えることではない。

ここで決着をつけさせてもらう。スペカは敢えて使わない。現在のお空にスペカを使うと本当に倒れてしまいそうだから。慈悲ということではない。今後のことを考えたうえでの判断だ。

輝剣を振りかぶり…

 

一閃

 

お空にダメージを与える。核融合の反動と俺の斬撃によるダメージが重なり、お空は落ちる。地霊殿の中庭へと。自らが慕う主人がいる場所へと。

お空はさとりとお燐に支えられ地面に降りる。そしてがっくりと頭を垂らして…

 

「はーあー、また人間に負けた」

 

お空が負けを認める。

耐えてばかりの戦闘。一度は負けるかもしれないとも思ったこの戦い。きっと火力勝負では明らかに俺が負けるのだろう。それでもこの戦いでは…

俺は核融合の力を相手に辛勝という結果を残した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十話 核融合の地獄烏

「ふぅ…」

 

大きく息を吐いて地上に降りる。熱さもそうだが、結界の展開と修復を繰り返したおかげで霊力は尽きそうだ。

色んな所で霊力で注意と警戒を受けたため抑える練習をしたのだが、抑えたままだと本気を出せないため戦闘時は開放している。家の周囲にいる妖怪なら霊力開放で基本的には逃げてくれるので楽だ。

閑話休題

お空がフラフラしている。気絶するほどの攻撃をしていないため倒れることはないのだが、妖力の枯渇が見られるな。流石に妖力の回復は俺には出来ないが、傷や体力の回復ならば能力でなんとかなるためお空に能力をかけて癒やす。

 

「んにゅ、ありがと」

 

お空が素直にお礼を言ってくる。さとりが言うには元々俺に対して敵対心のみで接していたわけではないというので、戦闘をして認めてもらったのだとしたら嬉しい。

俺に戦いを挑む姿勢や態度からも読み取れるが、お空のさとりたち主人やお燐たち仲間への思いは人一倍強そうだ。まあそれで戦闘を挑んでくるというのもどうかとは思うが、主人への思いからの行動だと考えると本当に気持ちが強いのだと思う。こいしに聞いた話だが、地霊殿のペットたちは総じてさとりのことが好きらしい。こいしはどうなんだと訊いてみたのだが、さとりが好かれている理由の一つに心を読む能力が関係しているらしい。普通の人間だけでなく、妖怪に対しても言語の理解をしてもらえず不本意のことをさせられるため、心を読んできちんと意思疎通ができるさとりのことを信頼しているらしい。そのためさとりが信頼している人物にも基本的には信頼をおくらしい。さとりは心を読めるのにそれでも信頼できるとなると本当に裏表がない人など一握りしかいないのだろう。少しでも邪な気持ちがあればばれるし。

 

「さとり様、仕事もどります」

「え、あ、うん。頑張ってね」

 

そしてお空は灼熱地獄跡に戻って行った。基本的にはそこにいるのかな。

何日も管理がされないとすぐに地底がリアル灼熱地獄になるのだろう。まあ地底の妖怪は皆それなりに実力があるらしいので、そう簡単に倒れたりはしないのだろう。

 

「お疲れ様でした。夕食後結構すぐでしたけど大丈夫でしたか?ああ、慣れてるんですね」

「話さなくてもいいのは本当に楽なんだな」

 

既に何度も心の中で話したことをくみ取ってもらっているので、分かり切っていることではあるのだが、それでもやはりこういったことには気付かされる。流石は覚り妖怪。心を読むのが早いのである。

外の世界の伝承では、覚り妖怪は人の心を読んでそれで弄ぶという性格が元になり話が作られている。実際起きたことなのか、ただの噂話なのか、誰かが適当に言った法螺話なのか定かではないのだが。

実際の覚り妖怪であるさとりはそんなことはなく、普通に接してくれている。お燐が言うにはたまに人の事をいじって遊ぶこともあるらしいが、不快にさせるほどのものではなくあくまで世間話の一環らしい。こいしに至っては目を閉じており、性格は無邪気。能力の弊害でたまにフラフラとどっかに行くこともあるらしいが、人のことを弄って楽しむような子ではない。

総じて覚り妖怪がこんな性格ではないのだろうが、幻想郷の覚り妖怪は優しいらしいというのが地底で二人のことを見て思った感想である。

 

「あの…前も言ったと思いますが…あまり私達のことを目の前で考えられると恥ずかしいのですが…」

「あー、すまん。つい癖で」

 

俺が言う癖というのは勿論職業での経験上の結果である。

外の世界で騒動を起こしたりする妖怪やら異形やらを相手にするため、相手の能力や行動パターン、特徴などを深く思考してしまうのだ。

この癖は正直治るとは思っていないし、さとりには諦めてもらったほうが早いかな。

 

「むぅ…しょうがないですね。定晴さんはお風呂にでも行ってみては?」

「ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」

 

なんとなく素っ気無い感じもするが、さとりに勧められたのでお風呂に行くことにした。

結論から言えば…俺はとても運が無いんだと思う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十一話 日本人なら風呂だ。風呂。ただし一人に限る

風呂、特に浴槽がある風呂というのが日本での主流である。大体の家にはシャワーと共に浴槽があり、住人はそこで思い思いの時間を過ごす。曲を聴いたり、ストレッチをしたり。あるいは本を読む人もいるだろう。風呂の時間というのは食事や睡眠に並ぶほど至福な時間だと思う。

それは俺も例外ではない。

元々睡眠は少なめで良いし、食事なら自分で大体なんとかなる。しかし風呂だけはどうにもならないのだ。なので風呂というのは俺にとって貴重な時間なのである。魔法が満足に使えるならば良かったのに。

 

「風呂場はこっちで合ってるよな?」

 

迷いそうだ。看板でも立ててもらいたいぐらいだ。勿論その願いは叶いそうにないが。

一度道を間違えたが、なんとか風呂場に到着。

まさかの混浴。というかペットにオスメスの判断はないのか。紅魔館は女性しかいないから大丈夫なのだろうが、地霊殿には【多分】男性がいる…いるよな?

取り敢えず中に誰かいないかを確認してから入る。

扉を叩いて呼びかけもしたが反応無し。多分誰もいないだろう。

脱衣所に入り服を脱ぐ。着替えなどは幻空に入れてきているので問題ない。他人の家の風呂に入るのでエチケットの意も含めバスタオルを腰に巻く。

待望の浴場へ。やはり内部は広く、大浴場と言っても過言ではないだろう。

広めの浴槽とサウナというシンプルな構成。その代わり熱源は全て灼熱地獄の地熱であることを考えると単なる風呂ではないことは明白だ。

いつものように体を洗い、水をかけて泡を落とす。

風呂に入るときは一度浴槽のお湯をかけてから入れば熱に多少慣れるため体に悪くない。特に微温湯から熱めの湯に入るときなど、大きな熱の差ができるときはかけてから入らないと最悪体調が悪くなる。そうでなくとも立ちくらみのような感覚を覚える。

さて、入浴といこうか。

まあまあ熱め。だがそれがいい。俺は熱い風呂の方が好きなのだ。風呂に入っているという確かな感覚をかんじることができるからだ。

テレビで見た番組に憧れて一度はドラム缶風呂に入ってみたいと思っているのだが、中々その機会に恵まれずにいる。確かに自然の中で生活を強いられることもあったのだが、生憎ドラム缶というのはどこにでも転がっているものではないため、なんとか火の魔術を使い沸かしたお湯を被る程度のことしかできない。

閑話休題

風呂でリラックスをしていたら突然足に重みが。

なんだろうかと伸ばしていた足を上げてみたらそこにはこいしが。

もう一度言おう、こいしがいた。

 

「ぬわぁ!」

「ひゃあ!突然大きな声出さないでよ!」

 

こいしが怒る。

俺だってさすがに驚く。俺が入った時には誰もいなかったのに、気が付いたらこいしがいた。これがこいしの能力の真髄か。

というか俺はタオルを巻いているのに対し、こいしは裸である。だからといってどうすることもないのだが、男性の前だというのにそれでいいのか少女よ。

 

「もー、吃驚したじゃん」

「いやー、悪かった悪かった。こいしがいるとは思わなくてな。いつ入ってきたんだ?」

「最初からいたよ。返事はしなかったけどね」

 

なん…だと…

てか返事しろよ。なんのための確認だと思っているのか。こんなふうに混浴状態にならないように再三確認したというのに、それが無駄だったなんて…

こいしは自然に俺の隣に座り温まる。

 

「どう?地霊殿のお風呂気持ちいいでしょ。フランちゃんの所と違って入浴剤が入っているわけじゃないけど、その分少しだけ体に良い天然の成分が混じってるんだよ」

 

なんと。これは温泉だったか。

言われてみれば確かに効いているような気がしなくもないが…こいしの言うとおり本当に【少し】なのだろう。

家の風呂が温泉とはなんと贅沢な…とは思うが、やはりこういったところが地底の主の屋敷の特権なのだろう。それとも地底の家は大体が温泉なのかな。

こいしと共に風呂に入っていると、確実に面倒になる声が聞こえてきた。

 

「んにゅ。でもお燐、あいつなんだか信用ならない」

「大丈夫だって。さとり様やこいし様に手を出したりしないって」

 

まずい…第三者から見て今の状況は明らかに【手を出してる】ことにならないか?

どうしよう。出入り口はあそこしかないし…こうなったら…

 

「すまん!今俺が入っているんだ!」

 

素直に言って退出してもらおう。こいしはいない。俺しか入っていないのだと思わせるためにも自然な感じで…

 

「二人も来なよ!気持ちいいよー」

 

おいこらこいし!

まずい、非常にまずい。お燐とお空が俺とこいしの両方の声が風呂場から聞こえてきて困惑している。その困惑のままどっかへ行ってくれ。

しかし俺の願いは届かなかった。

 

「まさかこいし様、お兄さんと一緒に…にゃぁ!」

 

お燐に見られた。詰んだ。お空も来た。四面楚歌である。

お燐とお空はまだ服を脱いでいなかったのか服を着たままであるが、こいしは裸。その隣には俺。結論は…

 

「さとり様ー!大変ですー!」

「待って、待ってくれお燐ー!」

「やっぱり信用ならなった。ここで殺す」

 

お燐が猫モードで走り去り、お空が殺意増し増しで弾幕を展開しようとしている。

それをこいしは楽しそうに笑って見ている。

 

「こいし!なんとかしてくれ!」

「んー。じゃあ…きゃーお空!定晴に襲われちゃったー!」

 

まさに火に油。殺意の炎をメラメラと燃やしながら弾幕を展開するお空。俺はタオルのみのため、素肌とさほど変わらない痛みが襲う。

今度からは風呂のときも幻空に服を入れておくことを心に留め、再生を乱発して回復する。

流石にこいしもやりすぎたと思ったのか、ストップをかけた。

 

「ご、ごめん!お空やめて!」

「いいえ、こいつは私が殺します。こいし様は危ないので下がっていてください」

 

全く止まる気配のないお空。

こいしが少しオロオロしだした。さっき悪ノリしたせいで明らかに関係性が悪くなったことを感じたこいしは強硬手段にでる!

 

「やめてー!」

 

弾幕の展開。

まさかこいしから攻撃されるとは思っていなかったお空はその弾幕を避けきれず直撃。気絶。

 

「あ、どうしよう、これ」

 

こいしの困惑した声。確実に狼狽えているのが目に見て分かる。

すると丁度いいタイミングでさとりを連れたお燐が戻って来た。

 

「ほら!こいし様とお兄さん!これはだめです!」

「もうお燐。ちょっと落ち着きなさい」

 

そういってお燐を宥めると俺をじっとみつめて…

 

「なるほど。こいし、男性が風呂に入ってるときはちゃんとタオルを巻きなさい。それにきちんと返事をすること」

「う、うん」

 

今の惨状を見てこいしも素直に頷く。

地霊殿に来て一日目だというのにこの有様。この先どうやって生活すればいいのだろうか。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十二話 旅は道連れ

お風呂騒動から数日。何かと騒動について気にしていたこいしがお空達に説得し、なんとか事なきを得た。その後は比較的彼女らとは友好的な関係を築けている。

数日間は地霊殿の住人達と仲良くなるために地霊殿の中で一日中生活していたのだが、そろそろ地底全体の見回りやらなんやらを含めて地霊殿の外に出掛けてみようかなと思った。ありがたいことに前回の暴動の後一度も暴動は起きていないという。そのお陰で地霊殿のみんなと良い関係が作れたのだから感謝せねばなるまい。

さて、そういった理由も含めて外出の準備を進めている。因みに隣にはこいしがいて、俺が準備しているのを眺めているのだがその行為の何が楽しいのか俺には理解できない。まあ地霊殿の住人は基本的に外に出ることがないため珍しいのかもしれない。

そろそろ準備を終えようとしたら、こいしが俺に質問を投げかけてきた。

 

「ねえねえ、目的地はどこー?」

「ん?そうだなぁ…取り敢えずは旧都って所かな。時間があればそのまま奥に行って妖怪の山に繫がっているっていう縦穴まで行こうかなと思っているんだが」

「私も付いていっていい?」

 

ふむ。そうきたか。

俺としては別に構わないのだが、多分問題視するのはさとりだろう。ああ見えて結構妹思いな彼女は何かとこいしに対して過敏に反応する。

俺がこいしを連れ出したら怒られそうだなぁ。さとりは心を読んで納得するかもしれないが、問題はペットズだ。お風呂の一件があって一度は険悪な雰囲気になってしまった彼女らとの関係をもう一度壊すなど自殺行為の他ならない。

 

「だめだ。また俺がお空たちに誤解されるだろ?」

「えぇ〜。しょうがなぁいなぁ〜」 

 

何故か間延びした声で話すこいし。と思ったら部屋から出ていく。なんとなくわざとらしい話し方だったが、諦めてくれたなら問題ない。

そう考えていた数分前の俺を殴りたい。

部屋から出て、地霊殿の出入り口に行くとそこには何故かこいしが。さとりも一緒である。

嫌な予感がしてさとりのもとへ向かうとこいしが寄ってきて。

 

「まあ心中お察ししますが、こいしを連れて行ってあげてください」

「おいおい、てっきりさとりなら拒否すると思っていたんだが?」

「こいしが案内役をするという条件付きです。何か変なことをしたら帰らせてもらってかまいませんので」

 

さとりがレミリアのような考えだと思っていたのだが、どうやらさとりは妹に対して結構自由にしているらしい。 

フランが狂気を持っていて、なにかしらトリガーが引かれると狂気モードに入ってしまうため扱いずらいからできるだけ紅魔館内だけに、とレミリアが話していたのだが、こいしには狂気がない。放浪癖…というよりかは能力の弊害ではあるが、そういったものを持つこいしにも同じような判断なのかと思っていたのだが…

 

「フランさんのは誰でも止められるわけではないですが、こいしの無意識は声をかければ簡単に止められるので」

「なるほどな」

 

となると俺がこいしを連れて行くことを拒むと逆に面倒になる可能性が高くなってきた。やはり連れていくしかないか…

 

「分かった。さとりがそう言うならばこいしを連れていく」

「やったー!」

 

そこまで付いて来たいか少女よ。

さっき間延びした声で分かった〜などと言っておきながらその実さとりに相談しにいっていたに違いない。 

なんと自由で油断できない少女だろうか。

 

「よーし、旧都探索へしゅっぱーつ」

 

こいしが声高らかに宣言する。

そんなこんなで俺はこいしと共に旧都へ向かうのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十三話 旧都

「ここが旧都でーす」

 

こいしがそう言って立ち止まる。

前回は飛んでいたから気付かなかったが、旧都の入口には立派な門があった。と言っても扉はなく門というよりゲートという方が正しい。

こいしはずんずん入っていく。俺もそれに付いていく形で追っていく。

ゲートの外から見たときから分かっていたし、前回旧都に来たときもそうだったのだが、とても栄えている。主体は鬼だが、それ以外の妖怪もちらほらいて大体が酒を飲んでいる。その他喧嘩してる妖怪や呼び込みをしている妖怪。何か怪しそうな露店で何やらよく分からないものを売っている妖怪など各々の目的は多岐にわたる。

こいしはその中を平然の如く歩いている。俺も隣に並んで歩くが、周囲の身長が高いため気付いていないのか誰一人として俺達に注目しない。

こいしと見知らぬ人間となれば自ずと視線を集めそうなものだが、何がどうして全くもって視線を感じない。なのに歩行者は俺達を避けていく。これは一体どういうことなのかこいしに訊いてみたのだが、

 

「んー?それはねー私が能力を使っているからだよ。基本的に自分にしか掛けれないんだけど、定晴が凄い近くにいるから私と一緒に無意識下にあるんじゃないかな?」

「じゃあこの能力が効いているうちは素早く移動できるってことか?」

「うん」

 

なんてことないように返すこいし。実際こいしにとってはどうでもいいことで当たり前のことなのだろう。俺からしたら周囲が無視をしていないのに無視をしているような感覚になる。

言葉で表すのは難しいのだが、本当に無意識下というのは面白い能力である。

他にもこいしは能力について教えてくれる。

 

「私ならそこら辺の人にぶつかってもなんか当たったみたいな感覚にしかならないけど、定晴がいると多分一瞬でばれるから気を付けてね」

「それは俺がこいしの能力に便乗する形を取っているからか?」

「まあそうなるね〜」

 

こいしはフラフラと右に左にと動き回りながら歩く。たまに人に当たりそうになるのだが、流石は無意識。通行人は無意識の内にこいしに当たらないように避けている。本人には避けている感覚どころか避けようとすら思っていないのだろうが。

基本的にこいしにしか掛からないこの能力は今でこそ俺も便乗するように掛かっているが、やはり俺とこいしでは勝手が違うようだ。

とは言ってもこいしも強くぶつかったり、強く意識されたらバレるのだからそこまで大差があるような制約ではないのだが。

分かりやすく言うならば、風呂場で俺の足に乗っかってきたこいしに対して重いという感覚を覚えその部分に意識を集中させて探知したような感覚だろうか。

俺の能力の一つである浄化が干渉系能力を無効化してくれるのだが、こいしの能力は無効化というよりかは分かりやすくしてくれているような感じでしかない。幻惑や毒物などは完全にシャットアウトしてくれるのだが、無意識に関しては俺の直接的な意識が関係してくるからそうもいかないのかもしれない。以前の宴会にてこいしのことを気付けたのは気配と妖力を感じたため少し警戒を強めていたからだ。それのおかげでこいしと仲良くなれたのだから結果オーライといったところだろう。

 

「定晴ーお腹空いたー」

「あー、じゃあ飯にするか。良いお店とか知っているか?」

「どこにどんなのがあるかは分かるけどどこが美味しいとかは知らないなぁ」

 

やはり外食をしないからだろうか。さとりの言動からしてそこまでこいし達は外食をしないのだろう。それでも外出をしないわけではないからこんな不思議な現象が起きるのだろう。俺が思考した時にさとりが否定しなかったため多分間違っていない。地霊殿、というよりかは地底での生活の疑問はさとりの前で思考するだけでさとりが教えてくれることが多い。いわゆる答え合わせってやつになるのかな。

 

「じゃあ適当なところに入ろう。お金ならそれなりにあるから何か食べよう。露店がいいならそこでもいいぞ?」

「露店は食べることもあるから店に入ろー」

 

人混みが少なく、かといって閑散としていない丁度いいお店を探す。昼飯だしそこまでがっつりとは食べないだろう。こいしが物足りなければ追加や俺の分を少し分けることも吝かではない。

 

「じゃあここにしよう」

 

そういってこいしと俺は焼き鳥屋に入ることにした。

こいしもワクワクしているようだし俺も腹を満たす目的を果たすべく、俺達は入店した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十四話 居酒屋【酒豪】

「いらっしゃいませえええええ!」

 

怒号ともとれるほど声量が凄い挨拶と共に入店。

店内は外の世界の居酒屋とそれほど違いはなく、焼き鳥屋と名売ってはいるが、実質居酒屋みたいなものだ。焼き鳥屋を名乗っているので焼き鳥は美味しいことを期待しよう。

店員に案内され空いている席に座る。さすがに店内で気付かれないのは困るのでこいしには意識的に能力を切ってもらっている。偶発することもあるらしいが、その時は浄化の能力で俺だけでも認識阻害されないようにすればいい。

 

「焼き鳥♪焼き鳥♪」

「随分と嬉しそうだな。好物なのか?」

「ううん、違うよ。ただ家だとお空達鳥類のペットがいるから鶏肉は食べないんだ」

 

確かにそれもそうか。目の前で同族を食べるのを見たいなんて酔狂なやつはそうそういない。同族嫌悪の影響で気にしないやつもいるらしいが。少なくとも俺は目の前で人間が食べられるところを見たくはない。

 

「焼き鳥三本!」

「そんじゃ、店員ー」

 

店員を呼び注文をする。

こいしには焼き鳥を三本、俺は焼き鳥一本と豚バラ一本、つくねを一本だ。飲み物で酒を勧められたが、返事はNO。代わりに烏龍茶を頼んだ。

 

「お腹空いたー」

 

隣でこいしが足をバタバタさせている。お昼時だからか客はいっぱいで、店先には並んでいる人も見える。どうやら俺達が絶妙なタイミングで入ったらしい。

 

「つくねと豚バラお待ちどう!」

 

大きな声とは裏腹に結構丁寧に置かれた料理。焼き上がったばかり特有の熱気とタレがかかった肉がとても食欲をそそる。

こいしは隣で涎を垂らしそうな雰囲気を見せているが、さすがは飲食店。タイミングというものを分かっているのだろう、食欲が増した時に丁度よく焼き鳥を出してくる。俺が頼んだつくねと豚バラによって促進された食欲がこいしを襲う。

 

「いただきまーす!」

「いただきます」

 

こいしが焼き鳥にかぶりつく。すぐさま三本とも食べてしまい、追加注文。焼き鳥ばかり食べられても腹は満たしにくいため、俺はサイドメニューのご飯物をオススメしておく。

さて、俺も食べてみよう。まずは焼き鳥から…

 

「こ、これは」

 

なんだこれ。外の世界の焼き鳥の数倍旨い。

まず程よくかかったタレが美味しい。

幻想郷が内陸部で海が存在しないためか塩という調味料は基本的に流通していない。紫が持ってきたり、外の世界から迷い込んで来た人々が再現した塩っぽいやつが流通したりすることはあるが。

とにかく幻想郷の料理に塩という選択肢がないのだ。すると自然に品質改良は塩以外のものへと向けられる。焼き鳥の場合は基本的にタレが挙げられる。

タレは店によって作り方が全く異なり、材料や時間など可能性は無限大である。そんなタレの品質改良に力を注げば、それは塩とは別の明らかな違いが出る。

それを今俺は食しているのだ。外の世界では食べたことのない味。多分焼き鳥用の改良だ。とても合う。

 

「ハムハムハムハム」

「そんなに急いで食べると喉に詰まるぞ」

 

こいしが高速で焼き鳥を消費していく。するとここで登場ご飯物。ご飯の上に肉が乗っていて、牛丼というよりかはビビンバに近い見た目である。

それをこいしが食していく。そんなに腹が減っていたのか、はたまたそんなに食べたくなるほどこの店の料理が美味いのか。俺としては後者も含まれているのではないかと睨んでいる。

 

「ごちそうさまー!」

 

こいしがそう言ったのは食べ始めて数十分後のことだった。高速で食べてはいたが、幽々子のように大食漢なわけではないようで、すぐに限界がきていた。

対する俺も何本も食べていると少しずつ腹に溜まっていき、今では満腹の状態だ。

 

「いらっしゃいませー!!!!!」

 

またもや店内に大きな声が響く。その後、聞いたことのある声が。

 

「はいはいお邪魔するよー、と」

 

勇儀である。萃香は一緒でなく、数人の友人と思われる人々と共に入店したようだ。

勇儀が来るくらいだし、ここは相当人気のお店なのではないか。並んでいるくらいだし。俺達は本当に運が良かったようだ。

 

「お?定晴じゃないかい!」

 

見つかった。こいしは咄嗟に無意識状態になる。これでこいしをしっかり認知しているのは俺だけとなる。

 

「先日はごめんねー、久々に血が滾っちゃって力み過ぎちゃったよ」

「いや、いいんだ。構えていなかった俺が悪い」

 

この場合俺も勇儀も悪くないのだが、勇儀が謝ったのならばこちらも謝るというのは日本人として自然な流れである。

 

「何してんだい」

「地底の探索をな。なんかいいとこあるか?」

「いいとこねぇ…特に思いつかないねぇ」

 

勇儀に感謝の気持ちを伝え、お金を払って店を出る。

 

「じゃあ次は地底の端っこに行ってみよー!」

 

食事を摂り、腹が満たされたこいしは元気溌剌である。

こいしの誘導のもと地底の端っこへ向かってみた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別話 新年SS

去年書き損ねたので書きました。
今年もどうかよろしくお願いします!

それと時系列は気にしないで下さい


「今年も一年良い年でありますように」

「それならそれなりのお金を寄越しなさい?」

 

元日。俺は初詣として博麗神社に来ている。賽銭を入れて二礼二拍手一礼をする。これが正しい礼儀作法だ。日本古来から続く伝統の行事、神が実際に存在している幻想郷では御利益も大きいのではないだろうか。

 

「それと面倒な神様に絡まれませんように」

「お?定晴にそんなことする神は俺が斬ってやるぞ?」

 

他にあるとすれば、行き帰りに道の真ん中を通るのもよろしくない。真ん中は神様が通る場所だからだ。まあ外の世界の初詣は人がわんさか押し寄せて真ん中なんて開けてられないけどな。 

 

「ほほう?俺のために道を開けるなんてすばら…「うるせえ!」…お、おう」

「面倒な神様ってお前の事だミキ!それと霊夢!がめついぞ!」

「何よ。わざわざ表に出て接客してあげてんのよ?それ相応の見返りがあるのは当然でしょ?」

 

貪欲巫女と疫病神め。二人とも本気を出せば有り難られるのに、基本だらけてたりするから駄目なんだ。あ、でも最近ミキは[I can do it. But I don't do it.]とか言ってたな。できるけどしないとか…要するにこいつは怠惰という事か。

俺の思考が自己完結したところでいつもの聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「れーいーむー!おーとーしーだーまー!」

「何で私が魔理沙にあげないといけないのよ!魔理沙が私に寄越しなさいよ」

 

お年玉か。人里でも多くの子供が親に対してお年玉を頂戴しているところだろう。親としては無駄な出費だから嫌なんだろうけど、正月といえばお年玉みたいな構図が子供の脳内では完成しているため拒絶するのも面倒なものである。かくいう俺も出費だから嫌なんだが…魔理沙が俺の存在に気付くとニヤリとしたあと俺の方に近付いてきた。

 

「なあ、定晴ー。お金持ってるんだろー?」

「まーりーさー?」

「へ、脅しになんか負けないぜ。さあ、お年玉!」

「はぁ、しょうがないな。ほら」

「へ?あ、やったぜ!」

 

お年玉をあげたら一瞬固まった。俺だってこんな事になることは想定済みだ。だから魔理沙の分も用意している。それに…

 

「ほら、霊夢にも」

「え?良いの?」

「ああ、勿論」

 

俺の返事を聞くが早いか霊夢は自分の懐にすぐさま仕舞う。それはまるで洗練された職人のようで…って馬鹿にしているみたいだな。やめよう。

簡単に言うならば無駄に洗練された無駄のない無駄な動きといったところだ。

俺が霊夢と魔理沙にあげると、つられるようにミキが寄ってきた。

 

「俺には無いのかよ定晴ー?」

「お前は俺とほとんど歳変わんねえだろ。そもそもお前は金要らねえだろうが。俺よりも金持ってるくせによく言うぜ全く」

「まあ、そうだけどさ。まあいいや。んじゃキリトのとこ行ってくるわ」

「迷惑かけんなよー」

 

ミキはその場で消えてしまった。瞬間移動って羨ましいよなー。俺にできないことの一つだ。出来たところでどうこうするわけでもないが。自分の足で歩いたり飛んだりして道中を楽しむのが俺の密かな楽しみだったりするのだが…

魔理沙は満足したのか、一度帰ると言って飛んで行ってしまった。霊夢も上機嫌で俺にお茶を勧めてきた。折角だし御馳走になろうかと歩き出したらこれまた聞き覚えのある声が階段の方から聞こえてきた。

 

「定晴ー!あたいにお年玉を寄越せー!」

「わはー!」

 

チルノとルーミアだ。そして、この二人がいるという事は…

 

「失礼します」

「お邪魔しまーす」

「明けましておめでとうございまーす」

 

俺の予想通り、大妖精とリグル、ミスティアの三人がやって来た。チルノと大妖精が離れていることはほとんど無いし、そこにルーミアがいるとなればそりゃリグルとミスチーも一緒にいるだろうな。所謂バカルテットとかいうやつだ。外の世界のやつらはそう呼んでいたが、実際問題児なのはチルノぐらいだろう。ルーミアもなんだかんだ言って普通だし。

 

「よう、いつもの五人組」

「こんにちはー。明けましておめでとうございます。定晴さん」

「おー。大妖精は礼儀正しいな。それじゃあご褒美にお年玉をあげよう」

 

そう言って俺は大妖精にお年玉を渡す。それを他の四人が羨ましそうに見ている。なんだ?お前らは挨拶してないじゃないか。ああそっか、リグルとミスチーもきちんと挨拶はしていたな。ならば二人にもお年玉を渡そう。お年玉を受け取ると三人はとても嬉しそうな顔をした。こいつらなら慧音に言っても貰えそうなもんだが…もしかしてもらった後だろうか。

そして受け取っていないのはチルノもルーミアの二人となった。

 

「えっと…ルーミア、さっき大ちゃんは何て言ってた?」

「確か…裂けましておめでとうございます!」

「裂けてどうする。明けまして、だ」

 

年が丁度分かれるという意味ではあながち間違いでもないかもしれないが、子供には正しい挨拶を教えておかないと将来大変なことになるからな。妖精が成長するのかは知らないけど。というか前言撤回だ。ルーミアも中々に問題児である気がして来た。

 

「「明けましておめでとうございます!!」」

「元気でよろしい。ほら、お年玉だ」

 

お年玉を受け取ると服のポケットに仕舞った。よく見ると他にも袋が見える事から、やっぱり慧音あたりに先に貰ってきたのだと推測する。

 

「よっしゃー!次行くぞー!」

「行くのだー!」

 

二人は元気よく飛び出していった。その後を大妖精がオロオロしながら追いかけていく。途中で思い出したように振り返り…

 

「後で参拝しにきますねー!」

「はいはーい。私は一日神社にいるからいつでもいいわよー」

 

そして大妖精は飛んでいってしまった。最後まで礼儀を欠かさない模範的な妖精だと感心する。チルノ達もこれなら楽なんだがなぁ…まあチルノ達も子供らしいといえば子供らしいけどな。

俺は後に残ったリグルとミスチーに声を掛ける。

 

「お前らは追いかけなくていいのか?」

「私達はたまたま会ったから一緒に来ただけなので」

「ちゃんと参拝していきますよ」

 

なんだ、てっきり五人は基本一緒にいるのかと。まあミスチーやリグルはあの三人に比べて少し歳月を重ねていそうだが。それに妖精じゃないし。あ、ルーミアも妖精じゃないか。

二人は参拝し、飛び立っていった。さて、ここで俺はすることがなくなった。頂戴と言われればあげるが、自分から渡しに行くことはしない。勿論途中で知り合いに会った場合に頂戴と言われるかもしれないので予備は準備してある。ここのやつらは基本俺よりも年上なので言われることもあまりないだろうが。

萃香や針妙丸あたりは出会ったら欲しがりそうだな。

そういえば数日前会った時にフランがお年玉を欲しいと言っていたな。レミリアに貰えるのか分からないから確実に貰えるようにしておこうという魂胆なのだろうが…あのシスコンレミリアのことだからきちんと準備はしているだろうけどな。

折角の新年なのだし、新年の挨拶がてら行ってみるか。他にも挨拶をすべき場所は沢山あるのだし、順々に巡って行こう。

そうして俺は飛び立った。新年という新しい空気を感じながら…

 




フラン「お兄様ー!あけましておめでとー!」
定晴「ああ、おめでとう。フランが言っていた通りお年玉を持ってきたぞ」
フラン「大事にするね!」
レミリア「いや、使いなさいよ」
パチェ「消費するもの貰って大事にするって言っちゃうことよくあるわよね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十五話 嫉妬と橋

正月忙しくて更新滞ってました。更新再開します


こいしがスキップをしている。そんなに外に出たのが嬉しいのか、はたまた別の理由か。

こいしが言っていた地底の端っこというのは地霊殿の近くにある入口の反対側にある妖怪の山と繋がる穴があるところのようだ。

地霊殿近くの出入り口は博麗神社に直で繋がっているので頻繁に通ることは難しい。霊夢の機嫌的な意味で。

なので基本的に連絡通路には妖怪の山と繋がる穴を使っているらしい。間欠泉異変の後、地上地底間の行き来が前よりも多くなった事で使われる回数が増えたためかそれなりに整備されているらしい。逆に言うと地霊殿近くの穴は整備されていない。だからこそ来るときに俺は能力を使ってゆっくり降りることを余儀なくされたわけだが。

 

「そろそろ旧都を抜けるよー」

 

こいしがそう言って正面を指差す。

そこには旧都の出入り口である証拠の門があった。地霊殿から旧都に来た時に通った門と同じデザインで、少しこちらの方が大きい。出入りが多い分こちらの方が大きいものを運んだり大人数が通ったりするためだろうかと思ったりなんだり。

こちらの門の近くはとても栄えていて、露天や飲食店だけでなく宿やジムのようなものもある。人通りが多く、間違えるとこいしを見失ってしまいそうだ。

 

「こっちだよー!」

 

気付いたらこいしは門の下にいた。いつの間にか本当に見失っていたようだ。こいしは俺の前を先導するような形で歩いているためどうしても離れてしまう。人通りが多い場所ではできる限り近くにいないといけないな。これでこいしを迷子にさせてしまってはさとりに顔向けできない。こいしのことだから気付いたら帰ってきていそうだが。

なんとか人混みを抜けてこいしと合流。

 

「門を抜けるとぱったり人がいなくなるんだな」

「そりゃ旧都の外に用ないもん」

 

確かに。旧都の外は言い方は悪いが荒れている。明かりの整備や道の整備はしているがそれ以外はほとんど手つかずだ。

 

「こっち!」

 

こいしが手を引く。フラフラとしているようだが、きちんと案内役という自分の任を全うしているようだ。

こいしに連れられ橋の上へと来た。どうやらこちらの入口には小川が流れているらしい。幻想郷のやつは基本的に飛べるのに、しかもこの程度ならば飛べないやつも跳び超えることは可能だというのにわざわざ橋を架けてあげているというのは地底の人々のマメな一面ということか。

橋を渡り切るとそこには妖怪の少女が一人。こちらを睨んでいる。

 

「あら、私はこちら側にいたのに旧都の方から渡ってくるなんて妬ましい。しかも男連れなの?大層な身分ね妬ましい。しかも人間じゃない妬ましい」

「定晴気にしなくていいよ。この妖怪はそういうものだから」

「無視を決め込むの?妬ましいわね。この妖怪じゃなくて私は橋姫の水橋パルスィよ」

 

妬ましいと言いつつ自己紹介をしてきたパルスィ。

しかし驚いた。少し見られただけなのに人間だと分かるとは。もしや旧都にいる妖怪よりも力が強いのでは?

 

「パルスィはいつもここにいるんだよ」

「ただここで見回りをしてるだけよ。暇みたいに言わないでちょうだい」

 

橋姫だから監視役にされたのかな。旧都で活動している妖怪は鬼を主体にしているが、旧都から離れたところでは色んな妖怪がいるということか。

 

「地底の端にでもいくのかしら」

「そうだよー、定晴の案内」

「人間を案内するなんて酔狂ね。巫女や魔法使いにはしてなかったじゃない」

「霊夢や魔理沙は案内することもなく突っ込んできたからね」

 

二人は地底で何をしたんだ。異変解決とはいえ突っ込んできたと言われるほどには猪突猛進だったのだろうか。俺からすればこいしも中々に猪突猛進だと思うのだが。

 

「あ、堀内定晴だ。地上から依頼で来ている」

「仕事熱心なことね妬ましいこと」

 

高速で嫉妬心をぶつけられる。なんでもかんでも嫉妬しているのはやはり橋姫という種族だからこそか。

橋姫というのは元々橋の守り神の妖怪、というより人間であった。橋姫にまつわる伝承は多く、話によって嫉妬に狂う女性、愛する人を待つ女性、橋を守る女神など多岐に渡る。

妖怪というのは人間の恐怖や想像を実体化した存在なのでパルスィが元々人間だったというわけではないが、最初は橋を守る女性だったというのが一般的であり、嫉妬心や愛する人を待つといった伝承は直接橋に関連したものではなく、人物の呼び名が橋に由来していたりしてそれが混同してできたのが橋姫という種族の妖怪である。

パルスィは嫉妬の女性というのが前面に出ているが、それは多分幻想郷の人間や地底の妖怪の考えが『橋姫は嫉妬をする妖怪』という固定概念のようなものがあるからだろう。

悪さを好んでするような妖怪ではないため戦闘経験こそ少ないが、橋が架かっている場所では結構周囲にいることが多いので外の世界でも何度か見たことがある。何故か全体的に嫉妬心に憑りつかれているようではあったが。

 

「今日はどういうわけか通行人が多かったわ。どこにいったのかは知らないけど気を付ける事ね」

「おう、ありがとな」

 

意外にも優しい一面もある。橋姫というのは面白い種族なのかもしれないな。幻想郷では色んな種類の妖怪に会えるため俺自身の経験にもなっていい。別に妖怪のこと調べているわけではないが。

 

「それじゃまたねー」

 

こいしが別れの挨拶をし、俺もそれに便乗して挨拶。

地底というのも中々悪くない場所だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十六話 地底の端

リアルが色々と立て込んでまして、なんとか体に鞭打ち書いている次第です。間隔は空きますが、更新を続けたいと思ってますのでよろしくお願いします。
短いですがどうぞ


「着いたよー!」

 

なんやらかんやらありつつも無事に地底の出入り口に辿り着いた。

多少明るくされているが足元は心許なく、仕方ないので俺が使える魔術の内の数少ない補助魔法で足元を照らしながら進む。

 

「見上げてみてー」

 

こいしにそう言われ上を見上げる。

そこには大きな穴とその先にある全てを飲み込んでしまいそうなほどの暗闇があった。

 

「この上は地上なんだよな?」

「うん。そうだよー」

「じゃあなんでこんなに暗いんだ?」

 

地上と繋がっている穴にしては暗すぎる。

確かに俺が地底に来たときもそれなりの距離を降下したが、それにしたって真上が真っ暗なのはよく分からない。

 

「この穴はね、微妙に曲がってるんだよ。それに横穴も沢山あるし、私達のような妖怪が住んでいることもあるからね」

 

なるほど…って誰だよ。

振り返るとそこには茶色い服を着た少女が立っていた。

 

「やあ、私はヤマメ。この大穴の途中に住んでいるんだ」

「俺は堀内定晴だ。よろしくな」

「私は古明地こいし」

 

こいしも挨拶をする。ということはこの二人の間には面識がないということか。さとりの名は知られていても妹の方はあまり地底でも知られていないようだし、直接会話した相手としか面識がないのかもしれない。

となると何故パルスィと会話したことあるのかが気になるところではあるのだが…

 

「よかったら家にでも寄っていく?」

「わーい」

 

こいしが喜んでついていく。

ヤマメが悪意を持って関わってきたという可能性もあるというのにこいしのなんと無邪気なことか。

幻想郷では凶暴な妖怪といっても知能があれば大抵は即死なんてことにはならない。しかし確実に思考し罠にはめ、その上で狩る利己的で知能的な妖怪だっているのだ。幻想郷において俺が出会った妖怪で初っ端から襲ってきたのは俺の家付近にいた妖怪のみ。一部は残っているがその大半は俺に恐れをなしたか別の場所に移動してしまった。あいつらは知能がなく本能的に動いている妖怪だ。

では知能がある妖怪はどうだろう。明確に俺を食料だと認識したのはルーミアのみ。しかもその後普通に人里で食事を摂るという。正直そこまで敵意を剥き出しにしてくるものではなかった。

幻想郷は基本的に妖怪も優しいのだ。そのせいで忘れてしまうが、幻想郷にも知能的な他の生物を食料として見ている妖怪がいる。

妖怪であるこいしとて例外ではなく、妖怪同士の戦いや捕食なども当然ありうる。だからこいしもそんな不用心に進むのもどうかとは思う。

俺はさとりからもこいしのことを見ておけと言われてるため常に周囲の注意をしておかないといけないのだが…

 

「ここだよーゆっくりしていってね」

 

まあこいしは実は強いらしいから問題ないか。俺も紫レベルのやつが出てこない限り大丈夫だろう。慢心はいけないがヤマメの様子を見る限り大丈夫そうだな。

俺とこいしはヤマメの家にお邪魔してみることにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十七話 土蜘蛛ハウス

お気に入りが五十件いきました!ありがとうございます!


ヤマメに連れられ家に入る。

横穴に作られているせいか壁や床はボコボコで、家具は大体が木製でキッチンだけが石造りである。

ヤマメに勧められ席に着くとお茶が出てきた。地底はお酒を水と同じ感覚で飲んでいる節があるからお茶が出てきたことに安堵する。

 

「あ、そうそう。実はそろそろ私の友達も来るから」

「ん?じゃあ俺達はお邪魔じゃないのか?」

「いいよいいよ。友人が増えれば私達も嬉しいし」

 

ふむ…中々器が広い妖怪のようだ。まあ幻想郷は基本的にウェルカムな雰囲気なので、余所者排除という意識が強いのは妖怪の山くらいだ。そこでも河童たちのような奴らもいるし第一印象で決めてはいけない。

 

「そろそろかな…」

 

ヤマメがそう言うと同時にドアを叩く音。

どうやらその友人が来たようだ。

ヤマメがドアを開けて出ていく。その後もう一度戻ってきた時には手に一つの桶を抱えていた。

 

「紹介するね。私の友達のキスメだよ」

 

と言って桶を出す。

もしや無機物が友達なのかと一瞬不安になるが、ゆっくりと桶の中から人影が現れた。

 

「ど、どうも」

 

緑色の髪をした女の子が中から出てきた。

白い服と小柄な体型。さながら幽霊のような風貌をしているが、感じる力は完全に妖力。桶に入っている時は全く感じることが出来なかったということはこの桶も普通の桶ではないということか。

明らかに質量的に入れないと思うが…謎が多い。

 

「キスメは人見知りなんだよね。でも私より残忍だから気を付けてね」

 

紹介される時に残忍だと形容される気持ちは如何に…

話を聞くところによるとキスメは釣瓶落としという種族で、井戸や縦穴などから出てきたり落ちてきたりという妖怪のようだ。

残忍というのはキスメというより種族全体的に残忍なようで、井戸から出てきて子供を連れ去り食い殺すのだとか…多分由来は井戸に子供が落ちたとかだろうけど。

妖怪というのは人間の恐怖心や創造性が生んだ生き物であり、存在ある無しに関係なく噂されると生まれるらしい。

ということでキスメ自身が残忍かどうかは分からないという事で…だから一人食べてきたみたいな話は聞こえない。全くもって聞こえない。

 

「俺は堀内定晴だ」

「古明地こいしだよ」

「古明地って、地霊殿に住んでるっていう?」

「そうだよ〜」

 

ヤマメは反応が無かったが、キスメはどうやら地霊殿のことを知っているようだ。ヤマメはこんな雰囲気だし分かっていてスルーなのかもしれないが。

 

「ほら座って、お菓子あるよ。定晴たちも遠慮せずに食べてね」

「すまない。ありがとう」

「いただきまーす」

 

出てきたのは見たことの無いお菓子。地底独自のものだろうか。少し黒っぽい。

齧ってみるとほんのり甘く、少し歯応えがある。この味は…羊羹?羊羹だと思ってみてみるとなんとなくそんな気もする。

形こそ整っていないが、味や匂いは羊羹である。

 

「これって羊羹か?」

「うんそうだよー。よくわかったね。食べたことあった?」

「いや。蒸し羊羹は初めてだ」

「おおーそこまで分かるんだ」

 

やはりか。羊羹といっても種類があり、寒天の量で名称が変わる。多ければ煉羊羹。少なければ水羊羹といったように。

俺たちが食べているこれは蒸し羊羹というもので、寒天を使わず、小麦粉などを加えて作るもので蒸し固めて作っている。

形が整っていないのは単純に型が無いからだろう。それなりの器があれば作れるが、このように不格好な見た目になってしまう。

そしてあまり作られずマイナーなお菓子となっている蒸し羊羹を作った理由はきっと寒天がないからだ。地上と交流することがそれなりに増えた今でも流通はそこまで良くないのだろう。未だに地底に寒天がなくとも不思議ではない。 

 

「いやー初見で分かるなんてね。料理はする方?」

「それなりにな」

「え!作って!」

 

意外にも食いついてきたのはこいし。

どうやら地上の料理も色々食べてみたいらしい。地霊殿でもそれなりに色々な料理が出てくるが、それでは物足りないのだろう。たまに宴会にも参加しているこいしなら尚更だ。

 

「じゃあ機会があれば作らせてもらうか」

「やったー」

 

ふむ…あれだけ大きな地霊殿だ。キッチンの様子は見ていないがそれなりに広さがあるだろう。材料さえあれば大体なんでも作れると考えていいだろう。

 

「あの、定晴は地上の人?」

「あー、えっと…」

 

これは言ってもいいのだろうか。人間だからといって騒ぐような妖怪ではないと思うが、万が一それで何かあったら後始末が大変だし…

 

「うん!そうだよ!」

「あ、おい」

 

こいしがサラッと暴露。とてつもなく解せない。

だがこいしがそう言っても特に反応はなく、純粋に知りたかっただけなのだろう。

この様子だと案外地底の奴等に言っても何とかなる気がするが、油断は禁物だ。

しばらくヤマメの家で談笑していると、突如爆発音がした。旧都の方からだ。

 

「うひゃぁ」

「今日もやってるのかな」

「あの音は地上侵略したいって奴らのか?」

「そうらしいね」

 

となると俺の仕事の時間か。こいしには悪いが目的地まで来たし、今日はこの辺で終わりとして仕事に移るとしよう。

 

「すまないこいし。仕事の時間だ」

「りょうかーい。私も付いていっていい?」

 

これは慎重な判断がいるな。先に地霊殿までこいしを送る時間はないかもしれない。しかし一人で帰らせるわけにもいかない。地上侵略派の妖怪が暴れだしたとなると安全に帰ることができる確証はない。

かといって連れて行くのも危険ではある。勿論俺がいる限りはこいしに手出しをさせる気はないが。もしものことがあるとさとりに示しが付かないからな。

 

「私は能力でできる限り認知されないようにしておくからさ」

 

確かに意識が戦闘に向けばこいしを認知することはほぼ不可能だろう。となれば俺が戦闘に注意を如何に引かせるかが重要になってくるな。

 

「じゃあ俺は戦闘するかもしれないが、誰かに見られたと思ったらすぐに隠れろよ」

「はーい」

「ヤマメ、キスメ。楽しかった。ありがとう」

「また来てねー」

 

ヤマメに別れの挨拶をしてこいしと共に飛び立つ。

家から出ると旧都の方から音が響いてくる。どうやらそれなりに規模が大きいようだ。これは急ぐべきだろう。

 

「こいし、急ぐぞ」

「あいあいさー」

 

こいしと俺は更に加速して戦場に向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十八話 大規模騒乱

遅くなりました。申し訳ありません…


現場に到着。様々な妖怪が旧都で暴れている。

建物を壊そうとする者、それを止めようとする者、それを阻害しようとする者。

ごちゃごちゃしていて分かりにくいが、どうやらどの妖怪が仲間でどの妖怪が敵なのかを理解しているようだ。

この状況でも認知できるとは中々空間探知能力が皆高いようだ。

こいしが安全なところに隠れたことを確認した後俺はできる限り大きな音を立てて着地する。

前回は来て間もなかったうえ状況把握も完全ではなかったため正体を隠していたが、元々俺に依頼した理由に地上の人間の方が強いという認識を持たせるという事柄も含まれている。そのため結局人間であることを晒すことになる。それが早いか遅いかの差でしかない。

つまるところ俺はここで人間だということを明言しておく方が効率的だと考えた。

 

「争いはやめろ!」

 

大声を出してこの場にいる全ての妖怪の注意を引く。

 

「俺は依頼により地上より来た人間だ!依頼とは即ち、お前たち地底の妖怪の騒乱を止めることである!」

 

俺が公言すると周囲…いや、地底全体がどよめき始めた。

状況を素早く判断したか、反乱勢力であろう妖怪が襲いかかってくる。一人が動いたことを察してか数人がほぼ同時に襲いかかってきた。

 

完全【全方位結界】

 

結界を貼る時に多少速度を付けて吹き飛ばすようにしたため周囲が開けた。襲い掛かってきていた奴らは反作用で大きく吹き飛ばされ遠くに飛んでいく。

周囲の妖怪から大量の殺気が溢れる。それは俺が妖怪を吹き飛ばしたこと、地上から来た事、人間であることなどなど…多くの要因から生まれたものだろう。

 

「地上の人間が何しに来やがった!」

 

どうやら話し合いをする気に…いや、これは返答を聞きその後問答無用で殺すのだろう。

 

「だから言っただろう?俺は地底の争いを止めに来たんだと」

「誰の差し金だ!」

 

さてこの質問。正直に答えてもいいのだろうか。依頼相手はさとりではなく紫なのだ。勿論さとりが紫に話して俺に依頼を回してきたような形だから実質的に紫ではなくさとりなのだが問題はそこではない。

ここで紫と答えれば即刻この争いは止まるだろう。幻想郷で紫の名を知らぬ者はおらず、存在が疑われているほどではあるがその実力がどれほどのものかは知っている。それを相手にしても得は無いと判断して争いをやめるのは明白だ。しかしそれでは根本的な解決になっていない。解決とはすなわち不安の原因を取り除くことである。目の前の脅威が去ったところで意味はないだろう。

ではここでさとりと言うのはどうだろう。その場合矛先は確実にさとりたち地霊殿へと向かう。最悪暴動と共に地霊殿へと押しかけてくるだろう。そうなればさとりたちの命の危険がある。

となれば…

 

「そんなことはどうでもいいだろう?依頼を受けた者は依頼主を秘匿するものだ」

 

黙秘に限る。依頼を出す受けるの関係の中で依頼主のことを話すのはタブーだ。クライアントと請け人の間でトラブルが発生することもあるからな。

だが殺気を含んでいる相手に対して黙秘を貫くのは煽りに近いものだ。当然先程までより殺気の量は多くなる。

 

「ここに来たということは当然死ぬ気なんだろう?」

「んなことあるわけないだろ。地上に家あるし、友人だっているわ。残して死ぬ気なんてさらさらない」

 

戦闘に身を置くものとして死を覚悟することは当然ではあるのだが、俺はこう見えて結構多くの友人がいる。紫が言うには幻想郷に来た時点で外の世界からは忘れられているというのだが、それも本当か分からない。なにせ俺の能力は強力故に副作用というか弊害というかそういったものも多いからな。そのうちの何かが作用して忘れられずに幻想郷に来ているという可能性もある。

 

「そうかい。じゃあ死ぬ覚悟もできずに殺してやるよ!」

 

目の前の妖怪から大量の妖力があふれ出す。これが地底の妖怪の実力か。俺という人間を殺すために本気になっているようだ。

そもそも俺が相手になめられないように高圧的に話しているのも起因しているかもな。

 

「てめえら。先にこいつを殺すぞ」

 

先頭の妖怪の掛け声とともに一斉に動き出す。

1vs多数の戦闘が始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十九話 極楽で弾幕な浄土

全方位から妖怪が一斉に襲い掛かってくる。

この量だと流石に全方位結界では耐えられないな。そもそも全方位結界の仕組みは結界を同時に展開しているに過ぎないうえ、いつもより多くのものを操るという点があるためその耐久性の面ではいつもの結界よりも弱いのだ。

簡単にやられるほど軟ではないが、どうしても対強敵には弱い。

タイミングを見計らって上昇。

飛びあがった先にも妖怪がいるため輝剣で叩き落す。斬れなくとも浮いてるやつを落とす程度のことは容易だ。

 

「数でゴリ押せー!相手は一人だけだー!博麗の巫女でもないし、さっさとやっつけろー!」

 

リーダー各のような妖怪が集団の後ろの方で大声をあげている。相手より自分たちの方が優れているのだと主張することは味方全体の士気に大きな影響を与える。中々優れている妖怪じゃないか?

輝剣で弾きつつ結界を張ってできる限り相対する妖怪が減るようにする。本当は結界を大きな壁のようにして一体ずつ倒せるようにしたいところだが、俺の能力の一部なのでどうしても威力減少は避けられない。結界を能力として使うより自身の力で使う方が威力があがることは当然なのである。

霊夢のように日頃から結界を使い慣れている人と競っても俺の結界は明確な差が出る。相手は手作業でして、俺は機械を使っているようなものだ。機械ではそのものをバージョンアップしなければ限界にたどり着く。俺の能力は多く使う事ができる代わりに質が落ちるのである。

 

「傷ついたやつは下がって体力を回復しろ!相手に休憩の隙を与えるな!」

 

ほんと、あの妖怪は指揮官として優秀だ。これだけの人数が統制をとり、フレンドリーファイアがないのはあの妖怪のおかげなのかもしれないな。

そもそも妖怪は集団で動くものの方が少ない。この地底にいる妖怪の割合は分からないが、集団戦に慣れている妖怪は少ない筈だ。ならば統制を執ることを得意とする妖怪が現れるのは当然だったと言える。

 

剣術【五月雨切り】

 

数が多いと複数を同時に相手することになるため範囲攻撃を多用してしまう。

ゲームをしたことがある人なら分かるかもしれないが、対複数のときに一体に集中して攻撃する方がいいのか複数を同時に攻撃する方がいいのか迷うことがある。攻撃するまでヘイト…集中が向かないならば一体ずつ倒す方が効率的だが、今回のように攻撃対象が一人に向いていて複数いる場合は同時に相手にしなければ不意打ちが多発する。俺は目がいくつもあるわけではない。

 

魔術【五つの属性】

 

そして相手は多種多様な種族である。共通の属性などない。

俺が使える魔術は少なく、一般的な魔術である火・水・地・風・空の五つだけしか使えない。その中で能力に風を操るものがあるため風属性は使いこなせるが他は放出や凝縮することしかできず、混ぜたりなんだりはできない。

パチュリーやアリスは更に多くの魔術を同時に使うことができるらしいが、俺には夢のまた夢な話である。魔理沙のように一つや二つの属性を極める方が俺に向いているのだろうが、これまた能力のせいでそれができない。紫は俺の能力が強力だと言うが、俺からすれば多くの弊害を持つ難しい能力である。

 

「いけー!」

「やっちまえー!」

「負けんなー!」

 

周囲がざわざわとうるさくなってきた。野次を飛ばし、囃し立てている。

地底では遊戯が少なく、娯楽と言えば喧嘩か酒か。そんな世界なのだとこいしが言っていた。まあずっと閉塞的な場所に住んでいるのだ。外の世界のように技術が発展しない限り弾幕ごっこなど従来の遊びしか生まれないのだろう。

そこでこの騒動だ。地底の住民からすれば楽しい娯楽だという意識なのだろう。治安を守る者からすれば困りものでしかないというのに。

 

聖地【極楽浄土】

 

一掃

種族が何であれ妖怪は聖なる力に弱いというのは昔からの伝承だ。

浄化は魔術ではなく俺の能力として使うため威力もなかなか。そもそも幻想郷には神聖力を扱うものが少なく、巫女や風祝などの聖職者に限られる。そのため妖怪も神聖力に対して弱いのだろう。あの紫に止められたほどだ。幻想郷では単純に脅威なのだ。

ならば何故ずっと使わなかったかというと、この技、効果範囲が狭いのである。

だからこそ周囲が囃し立て、妖怪達の前のめりになり俺に最も集まるこの瞬間を待っていたというわけだ。妖怪達は倒れた。死んではいない。一応威力には気を付けている。

奥の方で司令塔として活躍していた妖怪が逃げ出した。ここで追ってもいいのだが、今日はこいしがいる。俺のことを警戒しているだろうし、追跡はまたあとでいいだろう。

 

「こいしー」

 

元の場所に戻りこいしを呼ぶ。

しかし返事がない。どこかに隠れているのだろうか。

 

「こいしー!帰るぞー!」

 

少し強く言う。それでも返事がない。

しょうがないので俺の知っているこいしの妖力を探して…

 

「いない…?」

 

例え無意識を操るのだとしても妖力を感じ取れない理由にはならない。

ということは…逃げたか。帰ったか。それとも…

こいしの能力は生半可なものではない。俺に注目が集まっていた先程まででこいしのことを認知するのは不可能に近い。

俺はこいしがいないという現実にただ茫然と立ち尽くしてしまっていた。




定晴のスペルを題名にいれたのは初めてだったりします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十話 無意識少女の回想

今回少し話を外れ、文字だけとなっております。読みにくいかとは思いますがご了承ください。それと結構長めです。


突然だけど私は地上が好き。

 

確かに私達のことを忌み嫌って迫害する人達もいるけど、それ以上に優しくて楽しい場所だから私は地上が好き。

お姉ちゃんはあまり地上に出たがらないけど、私は出来る事ならみんなで地上に行って楽しいことをしたいなって思う。かけっこしたり、空を自由に飛び回ったり。きっと地底より開放感があって皆も楽しめると思うんだけどなぁ…

あっと、話が逸れちゃった。

 

それで最近地上に出かけたの。勿論お姉ちゃんたちには話しておいたよ。ちょっと友達の所に遊びに行ってくるねって。それなのにお姉ちゃんったら地上に行った事を怒るんだもん。私はちゃんと伝えましたー!

 

それでそれで地上に行ったら宴会ってのをやってたの。地底だと鬼たちが毎日のように…というか毎日お酒を飲みまくってるから別に特別なことじゃないように思えたけど、幻想郷じゃ宴会をするのは異変の後っていう決まりがあるみたい。

今回の異変は…睡眠?惰眠?異変ってやつで、幻想郷の人達が皆揃って寝ちゃったんだって。原因は花粉。眠り粉ってやつなのかな。地底に花粉なんて中々流れてこないからあまり私達には関係なかったようだけど。

 

その宴会の存在を私は知らなかったんだけど、友達のフランちゃんが誘ってくれたから行くことにしたの!行く途中でぬえちゃんにも会ったから三人で仲良く話しながら向かったんだ。

 

前も間欠泉が沸きだしちゃったときに地底異変として宴会に参加したことあったけど、やっぱり宴会って楽しい!友達とワイワイしながら好きな料理を食べてジュース飲んで、たまに弾幕ごっこしたりして。

 

でも今回の宴会はちょっと違ったんだ。どうやら今回の異変を解決したのは霊夢や魔理沙じゃない別の人間なんだって!霊夢は異変の影響かそれともいつもの性格か分からないけど異変解決に向かわなかったみたい。博麗の巫女なのに…

 

私は興味が沸いてフランちゃんに色々その人について訊いてたんだ。ぬえちゃんはあった事なかったみたいだけど、フランちゃんたち紅魔館の人達は結構交流があるみたい。人間で紅魔館と交流があるなんて…って思ったけど話を聞いたところによるとその人は特別な力を持ってるんだって!なんでもフランちゃんの狂気を払ったらしい!

 

これにはさすがに私もぬえちゃんも驚いた。霊夢たちや私達と交流するようになって随分と抑えられてた狂気だけど、たまに発症しちゃう状態で私達もどうすることもできないなぁって諦めたのに!のに!人間が払っちゃうなんて!

 

狂気ってそもそもなんなんだろうって疑問は残るけど、フランちゃんにどうやって払ってもらったか訊いたんだけど、その人は浄化っていう能力で狂気そのものを消しちゃったらしい!浄化ってあれだよね…汚染されてるやつとかウイルスとかを消す…じゃあ狂気って汚染物質…というより病気みたいなものなのかな。

 

その人…定晴っていうみたい…には言ってないけど、まだ完全に払われたわけじゃなくって少し残ってるみたい。でももう発作みたいにはならないみたい。これでフランちゃんともっと安全に遊べるね!

 

っていう話をしてたら本人登場!しかも私の姿が見えるときた。これは本当に凄い能力持ちだね。霊夢は私の居場所を勘で当ててくるけど、この人は本当に見えてるみたい。周囲のことを警戒しすぎず、かといって緩すぎずの境で保たないと私の姿は見えないんだけど…戦闘経験が豊富なのかも。

 

本名堀内定晴。能力は十の能力を操る程度の能力。てっきり浄化系の能力かと思ったら、それ以外に九個も能力を使えるなんて。私なんて存在をぼかす程度しかできないのに。暴発しなくなったから良い方なのかな。

 

結局その宴会はずっとフランちゃんたちと定晴と一緒に過ごしちゃった。定晴は凄い経験豊富で、元々外の世界から来たとか何とか…凄い人間なんだってことは分かる!あの八雲紫と知り合いっていうしね。

 

私は疲れて帰ったけど定晴のことも知れたしいい宴会だったと思う。フランちゃんたちと遊べただけでもいい成果だしね。でももう少し定晴のことも知りたいなぁ…凄い能力を持ってる人って気になるよね!こういうもっとその人のことを知りたいっていう感情を興味っていうのかな。

 

それでしばらく地霊殿で生活していたらお姉ちゃんに来客があるって言われた。どうやら人間で、地底の騒動を鎮めにくるみたい。ということは魔理沙じゃなくて霊夢の方だね!

 

って思ってたらまさかの定晴!依頼を達成するために来たみたい。お姉ちゃんになんで霊夢じゃないのって訊いたら、博麗の巫女じゃない人間も強いってことを示すためだって。魔理沙や霊夢みたいに一度地底に来ている人間以外がいいんだって。

 

お姉ちゃんと一緒に案内する。どうやらしばらく地霊殿にいてくれるみたい!その間も色んな話を聞かせてもらうんだー

 

その夜は楽しかった!少しやりすぎちゃったなって反省はしてるけど、定晴と一緒に入るお風呂は楽しかった!まあさすがに女性として裸を見られるのはどうなんだって話だけど…ちょっと恥ずかしかったくらいかな。楽しさの方が勝ったってことだね!

 

そして今日。私は定晴の案内役として地底を案内することにした!お姉ちゃんみたいに引きこもってないから地底の案内なんて朝飯前~

 

そこでも色んな妖怪と会ったりして友達もできた!中々地底の端っこなんて行かないから新鮮だ!まあ元々地底を誰かと一緒に歩くなんてことないからそれだけでも新鮮なんだけどね。

 

そこで会ったヤマメって妖怪とキスメっていう妖怪と一緒にお茶会をしてたら旧都から爆発音!どうやら定晴の仕事の時間が来たみたい。

 

折角だから私も付いていきたい!って言ったら悩んだ挙げ句連れて行ってもらえた!断られてもしょうがないと思っていたのに一緒に行けてラッキー!ただし危なくなったら帰れってさ。さすがの私も危険と好奇心をはかりにかけたりなんかしないよ。

 

しばらく定晴が戦ってるとこを見てた。戦ってるとこを見るのは初めてだったけど…フランちゃんが言うように凄かった! 

 

でも何故か私の事をみてる妖怪がいる気がするんだよね…認識出来ないはずなんだけど…そもそも定晴が注意を引いてくれるって手筈だし大丈夫大丈夫!だから心配する必要なんてない!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十一話 絶望への転落

こいしが地霊殿に戻っていることを信じて急いで地霊殿に戻る。もし何かあったとしても素早く行動に移ることができるように武装解除はしないままだ。

 

「こいしは帰っているか!」

 

地霊殿に入り開口一番で叫ぶ。俺の声に反応し、数匹のペットを連れたままさとりが出てきた。しかしさとりは俺が考えていた最悪の事態を悟っているような顔をしている。

 

「いいえ、こいしは帰ってきていません。少し心を覗かせていただきます」

 

さとりが心を読むときに許可を取ってくるなんて珍しい。もっともさとりは能力を切ることは出来ないから俺を見た瞬間に心を読み状況を把握するのだろうけど。

 

「そうですか…ペットたちを総動員して捜索します。お燐!」

「はいはいさとり様。どうされました?」

「こいしが消息不明よ。旧都にいるペットたちにも声をかけて一緒に探して」

「っ!…了解しました」

 

さとりはいつになく凛とした声でお燐に命令する。最初こそ気軽な感じで話していたお燐もさとりから事情を聴いた瞬間真面目な声色で返事をする。

こいしがいなくなることは前の地霊殿ならよくあることで済んでいた。そのころはこいしも能力の制御が難しかったうえ、お空が地上侵略を考えていたにせよ旧都自体は比較的平和だったからだ。

しかし今回は違う。こいしが今になって能力の暴発で無意識状態になりフラフラ彷徨う事は考えずらい。そもそも今の旧都は騒乱だらけである。無意識状態でなかったとしても街を一人で出歩くことが危険な状態であることには変わらない。

 

「定晴さんのせいではないわ。あなたも戦っていたのだもの。それにしても…」

 

さとりが疑問に思っている事は多分こいしが見つけられていた場合。

正直どうしてこいしを狙うのか、という疑問も残るがそれ以上にこいしのことを認知出来たことへの疑問が強い。

別にこいしの能力は姿を消すわけではないためぶつかれば分かるだろう。しかし今回こいしがいたのは乱戦から少し離れた傍観者側の陰だ。もし戦闘で吹き飛ばされてもこいしにぶつかることなどあるまい。

ではこいしのことをずっと認知していたとしたらどうか。俺とこいしは高速で飛行し旧都に戻った。その途中を見られていて、ずっとつけられていたとしたら。だが集中していたとしても見逃すような能力だ。俺だって浄化による幻惑系能力の無効化が無ければ認知は難しい。それをあそこにいた妖怪が成功するのか…?確かに地底の全妖怪を把握しているわけではないが、地底でそんな芸当ができる妖怪なんているのだろうか…

 

「定晴さん。取り敢えず旧都に戻ってこいしの捜索を。定晴さんの推測が正しければこいしは危険な状態である可能性が極めて高い」

「すまない。俺が付いていながら…」

「戦闘中だったのです。それに乱戦時はさすがの定晴さんもこいしにばかり気を付けておくことは不可能でしょう」

 

さとりに励まされるが、明らかに今回は俺が悪い。

そもそもあの場にいてもいいと許可を出したのは俺だ。地霊殿に帰すということもできた。それなのに俺はその選択をしなかった。俺に落ち度があるのは明白だろう。

ここで突然お燐が走って戻ってきた。

 

「分かったわ。定晴さん。地底の端、大きめの建物が並ぶ通りの緑の屋根をした建物に向かってください。どうやらそこに人が集まっているようです。だというのにコソコソと行動しているようで、そこにこいしがいる可能性が高いです。いなかったとしてもまた何か騒乱が起きる可能性があります」

「分かった。向かってみよう」

 

こうして俺はできる限り早く飛び、緑の屋根の建物を探すのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十二話 捜索

こいしがいると信じて緑の屋根の建物へ急ぐ。

今回こいしをこのようなことに巻き込んでしまったのは完全に俺の責任だ。さとりはああ言ってくれたが、自分自身で納得できていない。俺は俗にいう調子に乗っていたのである。こいしの能力もあるし、自分ならばこいしのことを守ることができると過大評価していた。しかし実際はどうだ。こいしは失踪し、俺はこのように捜索している。

そもそも地底で一度勇義に負けている。あの時は身体強化を重点に使っていたとはいえ、俺よりも勝る者がいたというのに。相手方にそういうやつがいる可能性だって断然高いというのに。

と、反省はここまでにして目的地に到着した。

上空からも分かる妖力の多さ。そして全体的に実力者である。

 

「お燐」

 

近くにて待機していたお燐に声をかけ、今回の作戦を伝える。

こいしがいた場合は救出を最重要とする。後手に回り、人質にでもとられたら厄介だ。俺としてもこいしが怖い思いをするのは出来る限り避けたい。

いなかった場合はここの状況を確認したのち臨機応変に行動する。というのも、ここが別に敵の拠点である保証はないのだ。ただ集まっているだけかもしれないし、もしかしたら味方がこいしを保護している可能性もある。そのためまずは自然に振舞いここの状況を知る。

 

「にゃーん」

 

俺は心が読めないから分からないが、これは了承したという判断でいいのだろうか。

お燐と別れ建物の前に立つ。外観は普通の住宅のような佇まいだ。ドアは締め切られていて、普通に入っても確実に怪しまれる。そのため窓から…といきたいところだが、窓はどこにもない。会合為に作られた建物みたいだ。防犯は完璧といったところだ。

変身魔法とか盗聴魔法とか使えたらいいのに、俺はそういった特殊な魔法への適正はからっきしだ。

仕方ないので物陰に隠れて誰かが出てくるのを待つ。透明化とか偽装系魔法は使えないが、隙間から覗いて中の様子を見ることは出来るかもしれない。

待つこと十分、中の妖力に変化。どうやら二人外に出てくるのかドアに近付いてきた。これはチャンス。

 

「おう。それじゃ手筈通りにな」

「最近来たって言う人間には見つかるなよ。そしたら地上侵略ができなくなるからな」

 

どうやら敵の会合現場で間違いなさそうだ。

しかも多分侵略を考えているやつらの司令塔的な人達ではないだろうか。今回の集まりは企画会議みたいなもんだったのだろうか。

さて、となるとこいしがいないにしても突入することは可能だということだ。

では失礼して…

 

「どうもー、地上から来た人間です」

「どうやってここが分かった!?」

 

今回はこいしの捜索をするためにさとりのペットたちに手伝ってもらったわけだが、ここまで妖力が漏れていたら周囲を歩いていたら否が応でも気付くに決まっている。せめて妖力を誤魔化すように抑えるとか幻術系の妖術をかけておくとかしておかないいけないだろう。

 

「ちっ、お前ら、やるぞ」

「「「おう」」」

 

場に集まっていたのは六名程度。周囲の建物から妖力を感じないところからすると、付近には誰もいないようだ。

ということは、多少派手にやってもいいよな?

輝剣を召喚。周囲に結界を張り準備完了。

 

魔術【五つの属性】

奥義【大回転五月雨斬】

 

同時スペル使用。輝剣を浮かせたまま周囲を斬り続けるスペルである奥義技にプラスして魔術で五つの属性を打ちまくる。ここで注意してほしいのはあくまで建物を破壊するつもりではなく、一度にまとめて倒すための方法であるということだ。内装はぐちゃぐちゃになってしまうが、幸いここは会議に使っていたであろう椅子と机しか置いておらず棚すらないため作り直すことは可能だ。

この合体技でスペルを作ってもいいのだが、消費魔力及び霊力が相当多く最終奥義になるだろう。というかこれをスペルにできるほど威力調整が容易でないため実現するのはかなり後になるだろう。

 

「ふぅ…」

 

僅か数十秒で相手を全員倒し、一番近くにいたやつを無理やり起こして事情聴取。

 

「色々と聞きたいことがあるが、取り敢えず1つ目、こいしがどこにいるか知っているか?」

「こいし?誰だそりゃ。そこら辺の道端にでも転がってるやつ拾っていけばいいだろ」

 

なめている様子なので輝剣を喉に突きつけ、さらに霊力を放出することで相手に危機感を与える。

 

「2つ目、お前らはここで何を話していた?」

「そんなもんお前に言うはずが…ひ!?」

 

少し喉に強く輝剣を当てる。

血が出ているが構わない。そもそもこいつらは地底でコソコソしている奴らだ。優しくしてやる必要はない。

 

「3つ目、仲間は他にどこにいる?」

「そんなもん言ったら他のやつに殺されちまうって」

 

ふむ…まあそれは確かにそうだが…全くもって情報が聞き出せなかった。得た情報はこいしがここにいないということだけだ。

もう一度衝撃を与えて気絶させ、他の奴等も合わせて全員縄で縛る。縄は幻空から出したちゃんとしたものなので、弱っている妖怪では千切られる心配はない。

 

「さて…どうしたもんか…」

 

妖怪共を旧都の自警団に渡し思案。

なにも連れされたことが確定しているわけではない。が、すぐに帰ってこないことを考えるとすぐ戻ることが出来ないなにかしらの理由があると考えられる。

 

「ふーむ…取り敢えず地霊殿に戻って他に怪しい所がないか訊くか」

 

こいしを見つけることができないまま俺は地霊殿へと帰ることにした。

 


 

地底某所。

そこでは地上侵略を謀る妖怪達が集まり会議をしていた。

 

「人員の数は」

「地上を侵略し制圧するための人数分には到達しています」

「人質は」

「地霊殿の娘が一人。それと旧都を歩いていた鬼の子供二人と地上の妖精一匹です」

「決行するまでには」

「3日もあれば十分かと」

 

決着まで、あと数日…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十三話 消息不明

地霊殿に戻りペット達に情報を聞きその場に行って確かめる。

一連の動作は何度も繰り返され、いくつかのことが分かった。

まず一つ。敵(地上侵略に関する妖怪達)はいくつかの会合場所を確保しており、そこを転々としながら会議をしているらしい。その場所は普通の建物だったり横穴だったり地下通路だったりと、多岐に渡っているため今まで見つからずにいたのだろう。

こいしを捜索するための動員数がとてつもなく多いため情報が集まるのが早く、奴らが移動する前に到着できるからこそ分かったことだろう。

二つ目はその会合に出席している妖怪は皆下っ端であり、陽動役として動いているに過ぎないということだ。

誰に訊いても幹部の居場所は知らないといい、どうやって情報伝達をしているのか訊くと途端に気絶したり異常なほどに震えだしたりと、何かしらの脅迫か妖術をかけられているような素振りを見せた。

そして三つ目、どれだけペットや俺が探しても幹部が隠れている場所を見つけることができなかった事から幹部達は地底ではないところにいる可能性が高いということ。

地底は広く、全てを探したわけではないから推測に過ぎないが、俺以上に地底を知っているはずの地霊殿ペットズがこいしや侵略派の足取りを全く掴めないとなると地底にいる可能性は低いと言える。

 

「取り敢えず今日はこのぐらいにしましょうか…」

 

さとりの一声でペット達は地霊殿に戻ってきた。

皆主の命令を守ることができなかったからか、それともこいしを見つけることができなかったからか、それともその両方か…暗い顔をしている。 

 

「俺は多少寝なくても大丈夫だからもう少し探索を…」

「定晴さんも内心疲れているんでしょう?私の前で隠し事は無理ですよ。こいしも自衛できるくらいには力がありますので…」

 

こいしは大丈夫だというが、内容とは裏腹に語気は弱い。さとりだって心配でずっと探していたいだろうに、周囲を安心させるように振る舞う。こういうところが地霊殿の主としての力量ということだろうか。

 

「心が読めると言っているじゃないですか…あまりそういうこと言わないで下さい」

 

そして俺がさとりを褒めると何故か嫌がる。多分褒められ慣れてないだけだろうが、それよりも今はこいしを探索する方が先決である。明日は朝早くに起きて捜索しよう。

魔術には探知系もあるらしいのだが、パチュリーに訊いたところ俺にはできないとのこと。どうやら適正が全くと言っていいほどないらしい。魔理沙やアリスもそこまで適正が高くないらしいし(アリスの場合は人形を操って探させるためそこまで問題ではない)俺の知り合いにも探索が得意なやつはいないので、ここはペットたちの力を借りつつ今日と同じ方法で探していくしかないだろう。そもそもいたとしても簡単に地底に来させてくれるかと言われたら紫が許さない気がする。最近は結構寛容らしいけど。

 

「そんじゃ今日は寝るよ。おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 


 

「~~~!!」

 

地底某所。誰も人が来ないこの場所には数人の妖怪たちが捕まっていた。

皆子供であり、とても頑丈なロープで縛られている。しかもそのロープにも妖術が仕掛けてあるようで、並の鬼でも切ることは出来ない。そして喋ることができないように口にも道具が付けられ呻き声すら逃がさない。

その妖怪達の周囲は誰もいないように見えるが、実は数人の妖怪が隠れている。どの妖怪も手練れであり、まったくと言っていいほど妖力を感じさせることができない。それもそのはずここで隠れている妖怪は隠蔽能力だけなら地底のどの妖怪よりも優れている者たちである。

音がほとんど出ず周囲に人気がないとして人質が暴れるのは面倒であり彼らにとって不都合である。そのため騒ごうとするたびに隠れている者の一人が妖術をぶつけ黙らせているのだが、いつまで経っても静かにならない妖怪が一人いるせいで彼らは定期的に妖術を使わないといけないことになった。

 

「~~!!!」

「いい加減黙れ」

 

隠れていることが分からないように限りなく無音に近い声量で話す。

 

「やはりこの妖怪だけは少し違うのか?」

「でもこいつって…」

 

地底某所。彼らは疑問が解けないまま隠れ続ける。上の者が動く、その時まで…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十四話 今日の作戦

早朝。

狂気に起こしてもらい食堂に向かう。今すぐこいしの探索をしたいところだが、腹が減っては仕事は出来ない。

仕事柄空腹状態が数日続くことはあるが、それはあくまで耐えているだけであり万全のコンディションとはお世辞にも言えない。昨日と同じ方法で探すのだとすれば戦闘も続くだろうし、出来る限り状態はよくしておきたい。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

食堂に行くとさとりが挨拶をしてくれた。どうやら俺よりも早く起きたらしい。

素早く朝食が準備され頂く。

 

「実は昨日寝る前に少し考えたのですが…」

 

食べながらさとりが話しかけてくる。どうやら捜索をスムーズに行うために少し方法を変えるらしい。

 

「まずペットたちは昨日と同じく地底全体に広げます。今日は地底の端のほうなど人気が無い場所を重点的に探します。そしてお燐だけは定晴さんについていってもらいます」

「どうしてだ?」

 

お燐も疑問顔である。お燐は猫モードで食事を摂っているためニャーと鳴くだけだが。

 

「昨日は定晴さんに毎度地霊殿に戻ってきてもらいましたが、それでは往復に時間がかかりますし、今日は地底の端なので昨日以上に時間がかかると思われます。なので今日はお燐に随時場所を聞きながら怪しい場所をまわってください」

 

どうやらペットたちの中にも情報網のようなものがあり、結構ペット間の情報交換は早いらしい。そのためお燐に常に情報がまわるようにすれば俺は怪しい場所に直接移動することができるというわけだ。

 

「しかしこの方法だと問題点が二つあります」

「二つ?」

「まず一つめは怪しい場所を探しているペットたちの移動が多くなることです。定晴さんたちは常に移動し続けるわけですからペットたちもその分移動しなければなりません。二つ目の問題点は定晴さんが連戦になる可能性が高いことです。怪しい場所全てに敵がいるとは限りませんが…いや、俺は大丈夫って言われても…」

 

おっと心を読まれてしまった。

妖怪退治は慣れているし、多くの妖怪を敵に連戦することなどは結構あったためそこまで俺は不安要素として見ていない。

昨日だって最後まで戦い続けることができたし、移動は風を使って浮くためそこまで疲れるものではない。そのため俺は連戦になっても問題ないと思うのだが…

 

「そういうわけにもいきません。昨日はたまたま下っ端ばかりでしたが、今日もそうとは限りません。相手の戦力がどれほどかは分かりませんけど、ここまで探しているのに見つからないということは誘拐されたとみていいでしょうし、こんなときに誘拐する相手となると地上侵略軍しかありません。旧都内にいた下っ端はほとんど倒してしまいましたし、今日は位が高い妖怪が増えても不思議ではありません」

 

さとりは俺が油断していると言いたいのだろう。

別に昨日楽に倒すことができたからと言って今油断しているわけではないのだが、多分さとりは俺の心の更に奥を見ているのだと思う。俺が心の奥底では油断しているのだと言っているのだ。

 

「そういうことです。私は能力を切ることは出来なくとも強くすることは出来ます。表層意識じゃないとこまで見る事が出来るのです。あまり私を心配させないでくださいよ」

 

少し茶目っ気を含んでいうさとり。今回の依頼主は彼女である。目の前で失敗することなど許されない。ここはいつも以上に警戒しつつ仕事に臨むとしよう。

 

「ええ、それではよろしくお願いします。お燐、のどに詰まらせない程度に早く食べて準備をして」

「にゅー!」

 

お燐からもやる気を感じられる。

こいしはさとりと違ってペットたちの心を読めないためお燐のように人の姿に化ける事ができない妖怪のことは分からない筈なのだが、どうやらそういった妖怪からも好かれているという。さとりが言うにはペットたちが好いてくれるのは心が読めるからだと言っていたがどうやらそれに限った話でもないようである。お燐以外の妖怪達もやる気を出しているようだ。

 

素早く食事を終わらせ準備を整え地底にくりだす。

 

「お燐、まずどこだ」

「向こうだよ!」

 

お燐は俺に一言いうと猫になり俺の前を走りだした。どうやら移動だけなら猫の姿の方が速いらしい。

お燐に先導してもらい最初の場所に到着する…が…

 

「どうしたのお兄さん?ここは強い妖力が集まってるから怪しいと思うけど」

 

俺が立ち止まったことでお燐に不思議がられる。しかしここは、先日こいしと共に着た場所である。

 

「ここ…ヤマメの家だぞ」

「あれ?知り合いの家なの?」

 

なんとなく移動してる時に勘づいていたが、やはりここにたどり着くんだな。確かにこいしも言っていたが、地底の端に住んでいる割には妖力が強いのだ。もしかしたらヤマメも…あれ?

 

「妖力が五つ?友人でも呼んでいるのかな…」

 

それにしてはおかしい。起きたのは早朝だが、ペットが探したり移動時間があったりで大体の妖怪は起きている時間である。それにしては妖力は移動しないし、そのうちの三つは弱弱しくなっている。

 

「まさか!」

 

扉を開けて中に入る。

勘違いであってくれと願いながら中を覗く。しかし俺の願いは届かず中にいたのは二人の屈強な妖怪に捕まり気絶しているヤマメ、キスメ、パルスィの姿だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十五話 怒りに身を任せ

「なんだお前!」

 

二人の妖怪のうち一人が俺に話しかける。

しかも彼は関与していないとされていた妖怪の…鬼だった。

 

「お前らが三人を気絶させたのか?」

「ああそうだよ。ここは今日から俺たちの寝床に…」

「変な事言うなお前!」

 

俺の質問に答えた鬼ではない妖怪が鬼に殴られる。彼らが侵略軍に入っているのかは定かではない…が、これは明らかに略奪行為である。

室内には争った形跡があり、家具の一部は破損しており壁も一部が破壊されている。

 

「ここはヤマメの家だ。立ち去れ」

「あぁ?うるせえよ。ここは俺らのものだって言ってんだろ」

 

どうやら引くつもりはないらしい。

返事すると同時に殴りかかってきた。それを結界で弾いてバックステップ。

 

『いいぜ。完全に飲まれるなよ』

 

使うのはフランが狂気状態になったとき以来。

俺の中に狂気と交代。狂気の忠告は最もである。今の精神状態だと狂気に飲まれてしまうかもしれないから。気をしっかり保ち平常心。

 

「そんじゃ行くぞ」

 

結界、輝剣、魔術、身体強化…俺が持ちうる技を駆使し相手を傷付ける。

確かに俺は勇儀に負けたが、さとりによると勇儀は鬼の中でもトップとも言える腕力であるらしく、俺の身体強化だけではパワー不足だったらしい。

逆に言えば普通の鬼なら身体強化でも勝てるということだ。俺はそもそも身体強化を使う事自体珍しいのだが、鬼と対峙すると大体力比べとなるため鍛えておいてもいいかもしれない。

風といい身体強化といい、幻想郷に来てから自分の能力にもまだまだ伸びしろがあるのだと気付かせてくれる。人と一緒に飛ぶなんて外の世界ではまずあり得ないし。

 

「こいつ!最近来たっていうやつか!」

「ここに来たことを後悔させてやる!」

 

二人がかりで襲いかかってくるも、狂気によって霊力が上昇し能力をフルに使う俺には勝てない。

狂気というのは俺の中にいつの間にかいた存在で、本人が言うには俺が負の感情を重ねるほど強化されるらしい。今の俺は目の前で友人が倒れ、怒りという狂気に近い感情を持つため狂気の力は相当上がっている。

狂気に体を預けるというのは普通の人間からすれば自殺行為だが、魂としての狂気はどうやらそこらへんを上手く加減しているようで俺が意識を失ったり負の感情が爆発したりしない限りは安全らしい。

フランと戦ったときは不安定だった狂気も、幻想郷に慣れて安定したのか今は基本的に起きている。そのため狂気と交代してもあまり負荷はない。

フランが会いたいって最初言っていたし、地底の仕事が終わったら一度会いに行くのもいいかもな。

 

聖地【極楽浄土】

 

戦いながらもこういった思考が出来るのは狂気に身を任せているからであり、逆にこういうことを考えておかなければ…例えば無心になったりすると…狂気に飲まれやすくなるから注意が必要だ。

 

「ぐ…この…」

 

地底の鬼といえど妖怪。

聖なる力には強くない。対妖怪のスペルとして現在最強格である極楽浄土を喰らってはさすがに動けないか。

狂気と交代し体に戻る。

 

「さて…あんたらのトップの場所を教えてもらおうか」

「知らねぇよ」

 

こいつらも下っ端ということか。

取り敢えず紐で縛って拘束。今までもあったのだがこいつらも縛っている間に気絶。泡を吹いて倒れてしまった。きっと上層部による工作だろうと見ているが、方法が分からない。

 

「お兄さん大丈夫だった?」

 

お燐が入ってくる。

お燐はあまり戦闘向きではないためドアの陰にでも隠れていたのだろう。実際俺は狂気に代わり戦闘をしていたためそちらの方が安全だったかもしれない。

気絶した妖怪二人をお燐に運んでもらい、俺は傷付き倒れているヤマメ、キスメ、パルスィに再生をかける。

体力や妖力は回復しないが、痛みや傷といった外傷部分は治るためかけておいて損はない。

相当酷くやられたのか中々起きなかったため地霊殿まで連れて行く。ここにいてはまた襲われるかもしれないからだ。その分地霊殿の方が幾分かは安心できる。

起きたら知らせるようにさとりに言い出発。三人の内一人くらいは話を盗み聞きしていたかもしれないという希望にかけている。

そしてお燐と共に再度撃破に向かう。その後も何度も戦闘を重ね、地霊殿に帰ってきたのは夜の日を跨ぐギリギリの時間だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十六話 事情聴取

予定よりも長くなってしまいましたが、もう少しで地底編終了です


そこはかとない疲労と共に地霊殿に戻ってきた俺たちを出迎えたのは、さとりとヤマメだった。

どうやら俺たちが地底の端で戦闘している間にヤマメは目を覚ましたようだ。

ヤマメによるとキスメとパルスィも目を覚まし部屋にいるとのことなので、襲われた経緯とかなんか知っていることは無いか聞くために一度他の二人もいる部屋に訪問することにした。

 

「失礼するぞー」

「あ…」

 

随分と怯えきった顔をしているキスメと表情こそ前に出会った時と同じように見えるが、どことなく動揺を感じるパルスィがいた。

元々キスメは他人に対して警戒心が強い子ではあるが、ここまで怯えているとまるで俺が悪いような気がしてくる。

 

「二人とも。気分はどうだ」

「悪い…」

「最悪よ…」

 

そう答える二人の語気は弱い。

相当衰弱しているようだ。そもそも俺が助けた時ですら妖力が随分と減少した状態だった。たかだか数時間寝ただけでは完全に回復しなかったのだろう。それに、体力は妖力は回復しても心の傷が癒えるわけではない。

ヤマメも交えて三人に話を聞いてみたところ、三人は元から知り合いであり、今日は三人でお茶会をしていたらしい。少し珍しいお菓子が手に入ったということで、パルスィも呼んで三人で話していたところ突然来客があり、ヤマメが玄関を開けると同時に襲われたという。

現代社会ではインターホンなど扉を開けずとも誰が来たのか分かるが、幻想郷にそんな文化は伝わっておらず流れてくる力でその種族を判断するぐらいしかできない。その結果といえよう。河童に頼めば作ってくれそうな気もするが…

話を戻すと、襲われた後三人は妖力にて攻撃を行い追い払おうとしたらしい。相手は明らかに弾幕ごっこのようなお遊びレベルで済むような相手ではなかったので、最初から妖術をフルで使い応戦したらしい。

しかし三対二という数の利があったにも関わらず抑え込まれ気絶させられたという。

部屋の中が荒れていたのは戦闘の痕跡で間違いなさそうだ。

あの二人が休んでいたところを考えると物色はせずにそのままにしていたといったところか。ヤマメの言うところによるとそこまで重要なものは置いていないから物色されても大丈夫だと言うが。

 

「起きたらここで寝かされていたって事よ」

「私たちは家に帰れるの…?」

 

キスメが不安げな声で聞いてくる。

一応現状の脅威は俺が倒したにせよ、未だに危険なのは変わらない。

ここで家に帰してまた襲われでもしたら大変なことになる。これ以上行方不明者を増やすべきではないだろう。

三人だって別に弱い妖怪ではなく、そこらへんの妖怪相手なら一対一でも勝てる程度の妖力は持っている。それでも負けた様な相手だ。あと何人そういったやつらが残っているのかも未知数であるのに何もせずに帰すのはよろしくない気がする。

ここは取り敢えず三人の意見を聞いてみる。

結果として

 

「私は…ここにいます」

「私は帰りたい…けど…」

「私はどっちでもいいわ」

 

上からヤマメ、キスメ、パルスィの順番だ。

キスメも帰りたいという意思はあるが、また襲われる可能性も考えるとあまり安易に行動はできないという警戒心を感じる。

ヤマメはここに残りたいと言っているし、さとりに聞いてここで泊まれるかを聞いた方がよさそうだな。パルスィもその判断で良さそうだし、キスメだって二人が残るとなれば残るようにするだろう。

その後はさとりに話をつけ三人はしばらく地霊殿で休息することになった。

 


 

また殴られた。

本日何度目だと言うのだろうか。それでも抗うのはやめない。

私はここにいる。ここで待ってると。

一緒にいた皆は既に静かになっており、騒ごうとしている私を傍観するだけだ。

ここに連れ去られて二日程度。

きっと助けに来てくれることを信じて…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十七話 進軍

どうやら今回で総投稿数が100らしいです。ここまで書き続けていられているのも読者がいらっしゃるおかげです。ありがとうございますm(_ _)m


ヤマメたちを救出して三日ほど。

ペットたちの情報が全て敵の情報というわけではないので連戦連戦というわけではないので疲労度合いはそこまでだが、その分得ることも少なかった。

そもそもこの三日間一度としてこいしの情報を得ることができなかったのだ。

さすがにここまで動けば相手も俺たちの目的を知って、俺たちに情報を渡さないように画策したのかもしれない。

俺たちは毎日会議をして、どうすれば見つけられるのかを話し合っていたがまともな案も出ず、実は地上にも捜索の範囲を広げていたが地上部隊からの報告は皆無だった。

そして今日。既に恒例となっている作戦会議に赴くために食堂へと向かう。朝食を食べながら会議をして、食べ終わったらすぐに準備ができるようにしているのだ。帰ってきたら夕飯を食べながらの会議、昼食は食べない時の方が多く食べたとしても情報を整理しつつという全く余裕がなかった。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

さとりたちとは挨拶をするだけ。

地底に来たときは他愛のない世間話などもしていたが、こいしがいなくなってからはしなくなった。それだけ精神的な面で疲れているのだろう。

さとりとて地霊殿で待っているだけではなく、ペットたちに指示を出したり自らも周囲の捜索をしたりで俺と同じ、若しくはそれ以上疲れている。

 

「それでは今日の会議を…『定晴はいるかー!?』」

 

さとりがいつものように始めの言葉を言おうとしたら地霊殿の玄関から俺を呼ぶ声がした。

この声は俺を気絶させた勇儀のもので違いないだろう。

さとりの声は確かに小さい方ではあるが、ここから玄関ホールまではそれなりに距離がある。それでもさとりの声をかき消すとは相当な声量の持ち主だな。

いつの間に向かったのか、しばらくしたらお燐が勇儀を連れてきた。俺に用があるらしいが…

 

「定晴。私としては再戦したいところだが、今はそれどころじゃなくてね。旧都に…地上侵略派の軍勢が急に現れた。数千…一万以上いるかもしれない。こちらとしても変なことして地上の奴らに目をつけられたくないし止めようとしているのだが、どうも数が多くて…」

「さすがの俺も数千単位の敵を相手にするのは不可能だ。第一俺の能力は対軍に向いてない」

「それは分かってる。私達も協力はするから、できる限り手伝ってもらえないかい」

「こちらも一人ではないなら…取り敢えず現場に向かおうか」

 

どうやら旧都に突然の出現。

フラッシュモブのように少しずつ増えたのか、パッと急に現れたのかは定かではないが、よく数千の軍勢を誰にもバレずに仕込めたもんだ。

 

「こっちだよ!」

 

勇儀の案内で移動する俺たち。

というのも何かあった時のために残したペット数匹とさとり以外の全員が向かっていた。俺と鬼たちだけでは防ぎきれない。そう思ったからこそのさとりの配慮だ。俺の心を読んで合わせてくれたのかもしれないが。

地霊殿にいたヤマメたち三人も同行してくれるようで、旧都がめちゃくちゃになったり地上から目をつけられて四六時中監視されるのは嫌だとのこと。

 

「うわぁ…」

 

そう声を漏らしたのは誰だっただろうか。

しかし目の前には声を漏らしたくなるほどの惨状が広がっていた。

ここは既に軍団が通ったあとなのか道はボロボロになり、止めようとしたのであろう妖怪たちが道端に倒れている。

同行しているペットの内数匹を介護にまわし道を突き進む。どれだけ隠してきたにせよ、多くの兵を内包する軍が通る道は一つしかない。

地底と地上を繋ぐ、妖怪の山に存在している穴。パルスィがいたあの橋やヤマメたちの家があるあの縦穴だ。

あそこを行くのであれば色々と合点が付く。

まず地底の端の隠れていた敵の数の多さ。彼らはきっと見張りだったのではないだろうか。俺たちのような通行者を監視し、問題があれば報告する。そんな仕事を持つ奴らだったのではないか。

また、ヤマメたちの家を乗っ取ろうとした妖怪二人組。彼らはきっと休息地点を作る係だったのではないか。あの縦穴には多くの横穴がある。大きな縦穴を昇ることはそれなりに大変なことであるし、もし敵に襲われたときのためなどに休む場所を作ろうとしたのだろう。

きっと俺たちが見つけたのはたまたまで、他の横穴も別の妖怪が身を潜めていたのではなかろうか。

 

「なんて酷いやつらだ…」

 

隣で飛ぶ勇儀が歯を食いしばりながら悔しそうな顔で呟く。

地底でも相当な実力者がなぜ俺のところに来たのかと言うと、確実に俺に連絡するためだそうで、途中でやられでもしたら俺たちは気付かずに、ペットと一緒にこいし捜索をしようとした時に全てが終ったあとの地底を見るだけだっただろう。

そんなことしたら依頼を受けた者として紫に合わせる顔がない。

 

「お兄さん、あれ!」

「あれか!」

 

お燐が声をあげる。どうやら軍の最後尾のようだ。

しかしここで戦うわけにはいかない。後ろを攻撃したところで最前線の妖怪たちは先に進むだろうから。

軍団の頭上を飛行し無視する。一部俺たちに気付いて撃ち落とそうとした妖怪もいたが、最後尾にいるのは所謂下っ端でありそこまで強くない妖怪だ。

俺たちを撃ち落とすことが出来ず、逆にペットたちからの攻撃によって気絶させられた始末。しかも前の妖怪たちにも期待されていないのか振り向くことすらされず放置された。そのお陰で俺たちは見つかることなく飛んでいくことができた。

 

「あれが先頭かな…?」

「そうだろうよ…一部鬼が混ざってるな」

 

さとりの話では鬼は力を貸していないとのことだったが、やはり全員が全員そういった思考ではないため一部侵略軍に手を貸した鬼もいるようだ。

勇儀も悲しそうな顔をして先頭集団を眺めている。

 

「一番前に躍り出て止まれって言うか?」

「一応他の鬼たちもここら辺に待機させてある。呼べば来るだろうが…」

 

はたしてそれで敵う相手なのだろうか。

しかし援軍を呼びに行く暇はない。というよりも呼ぶ援軍がない。

現在この地底では三つのグループに分かれていて、侵略派、穏便派、傍観派の三つだ。そして侵略派はここにいる奴らでほとんどだろう。そして穏便派、俺達のことだが、ここら辺に待機している妖怪と既にやられた妖怪の二組に分けられる。傍観派に援軍は見込めないだろうし、穏便派は既にここにいる。

この状況で更なる援軍は望めそうもなかった。

 

「俺が…行くよ…」

「定晴…私たちも後ろで待機しとくからな」

「頼む」

 

今なお進軍している妖怪たちの前に降り立つ。

すると軍団の先頭は足を止め俺を見た。

さすがにここまでの数を相手にしたことはなく内心冷や汗をかいている。しかしここで怯むわけにはいかない。ここで弱気になれば瞬く間に飲み込まれてしまうだろうから。

 

「やはり来たか。地上の者。お前なら来ると思ったよ」

 

軍のリーダーのようなやつが話す。

俺のことはとうの昔に調べられ、俺のことは正直眼中にないという。

 

「お前の武器は知り尽くしてる。諦めて指をくわえて見ているか、俺達によって殺されるか。選べ」

 

多分、前者を選択しても俺は死ぬのだろう。

眼中にないとはいえ、勇儀と力比べでそれなりに拮抗した俺はそれなりに脅威としているらしい。そもそもそうでなければ俺のことは調べないだろうけど。そんな奴らが俺の事を放置するだろうか?まあ前者をとるという選択は元より俺の中にはないが。

 

「引かない、ということは死にてえようだな。お前ら、俺達の脅威をこの世間知らずのガキに教えてやんな」

 

リーダーは動かず、周囲にいた砲撃隊と思われる妖怪たちが妖力を集めだした。

どうやら多くの妖怪の妖力を一点に集めて放出する技のようだ。先頭集団にいるのはエリート。素早くチャージを終え俺に向かって射出される。

その速度、威力、範囲、どれをとっても最高級。

そして俺は刹那の内にその砲撃に飲み込まれたのだった。




お待たせしました。きりがいいところで終わろうとしたら3000文字となりました。申し訳ない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十八話 全てを打払う

少しだけ書き溜めましたので三日に一回更新します


「ざまあねえな。少しは抵抗すると思ったのにこの程度か。まじでなんも知らないガ…キ…?」

 

最初は嘲笑するように話していたリーダーだったが、砂埃が晴れていくと同時に彼の言葉は弱くなっていった。

 

「なんで無傷なんだよ…」

 

驚くような声をして俺を見る。

そう。俺は全くの無傷。多少吹き飛んだ石の破片は砂によって視界が遮られたが問題はない。

それは俺の能力。かつて月において極太レーザーから俺の身を守り、また今回も俺の身を守った力。それが無効化。幽香の時も役に立ったが、やはりこれは使い勝手が良い。

例えどんなものであっても無効化し、なかったことにする力。かつてミキの空間魔法、及び紫のスキマにも使ったがその両方を無効化に成功している。

勿論デメリットも多く、霊力を多く使う。生死や存在などには干渉できない。使ったあと三秒程度硬直する。などがあり、その中でも対象は一つだけ。というのが最も厄介で、もし彼らが妖力を一つにせず各々がフルスロットルで弾幕を張っていたら俺は結界と輝剣で弾くしかなかっただろう。あいつらが態々一点に集中させ一つの攻撃にしてくれたおかげで成せた技でもある。

またあいつらが油断していたおかげで連射してこなかったのも救いだ。三秒というのは日常的には些細で僅かな時間だが、戦闘において三秒もあれば二人は人を殺せる。

長時間撃たれたとしてもその間は無効化が発動するためいいのだが、連射されると一発毎に無効化が切れてしまい硬直が発生する。この技は賭けでもあるのだ。

 

「残年ながら俺には全く効かなかったな。どうした、その程度か?」

 

少し相手を威圧、煽るように話す。

こいつらもさすがにこの技が全く通用しなくて驚いているのか焦りが見える。きっと今まで負けてこなかった連中なのだろう。負けなければ、勝ち続けてしまえば、彼らは自分は絶対に勝つものだと誤認してしまい成長しなくなる。そのため自分の技が全く効かない相手が出てくれば当然狼狽してしまうということだ。

 

「っ…は、ははは」

「何がおかしい?」

「いや、なんだ。確かにあんたは化け物だったよ。当たり前だよな。態々地上から来る人間がただの人間であるわけがない。もっと強い可能性を考えておくんだった。でもな、あんたは既に俺達には手を出すことが出来ない」

「なんでだ?」

「お前ら、もってこい」

 

リーダーが周囲のやつらに指示し、檻のようなものを持ってこさせる。

その中に閉じ込められていたのは…

 

「こいし!それに…チルノ!?」

「あ!定晴!助けて!」

 

こいしは大きな声をあげて助けを求める。しかしチルノは不思議なくらい静かで、いつもの様子はどうしたんだというほど寡黙で微動だにしなかった。

 

「周囲にも隠れているんだろ?鬼さんよぉ…しかしこっちには子供の妖怪もいる。さて?どうするのかな?」

 

まずい…戦いでまず大事になってくるのは情報戦だ。

相手の得意なこと、苦手なこと、技、弱点、その数は多岐に渡りこれらを知っていれば知っているほど直接ぶつかった時に有利となる。

彼らは先に俺たちのことを調べ、弱点となる人質を手にしている。これでは迂闊に動くことができない。

旧都の子供を殺してでも叶えたいことなのだろう。勿論すぐに殺されることはしないだろう。そのために捕まえてから今までずっと隠していたのだから。逆に殺してしまえば俺たちを抑制するものがなくなる。

かといって俺たちが迂闊に動けばそれこそ殺されるのだろう。そのための人質だ。俺たちが動けなくなるようなものを用意しておくのも情報戦での定石だ。

 

「この檻は妖力を封じ込め、使えなくする。お前らが道を開けてくれるというのなら殺さずにこの一件が終わったあとに開放してやる」

 

さて、それも本当かは分からない。もし彼らが地上を侵略することに成功すれば、次は人質を使って俺たちを束縛し駒のように使うのだろう。侵略者がよくやる方法だ。何も真新しいことではない。しかしそれが残っているのは、それがとても有効な手だからであろう。

しかし…どうにも腑に落ちない点がある。喉に引っかかるように俺に違和感を与えている。

 

「こいつらは妖力を制限されているため一切力を使えない。使えば無駄に妖力を削り弱まるだろう。現にこの地霊殿の娘は何度も妖力を使ったせいで弱まっている。それでもお前らはこいつらを更に弱まらせるつもりか?」

 

なるほどね。

幻想の力というのはいくつも存在している。基本的には霊力、魔力、妖力の三つが主であり人間は霊力を、妖怪は妖力を生まれた時から持っている。その後特殊な環境で育ったり特殊な訓練をすることで魔力が付いたり霊力や妖力などの地力が増える。しかし人間から霊力が無くなったりすることはない。それは妖怪然りである。生まれた時から持っている霊力や妖力は言わば命と同じだ。そのせいで妖力を縛るあの檻から逃げることが出来ないのだろう。

では人間や妖怪以外の生物は何を持って生まれるのか。魔女であれば魔力を持ち、魔力が命となる。アリスやパチュリーがその例だ。魔理沙は先述した特殊な訓練をした人間だから魔力を持つだけで、魔力=命ではない。

また神であれば神力を持って生まれ、神力が命となる。神奈子や諏訪子がこれだな。早苗も魔理沙と同じく特殊な環境のため持つだけで彼女は霊力=命である。

では精霊は?これまた精霊のみが持つ精霊力というものがある。これはチルノや大妖精、その他多くの精霊がこれだ。妖精は精霊と同じように生まれるため同じ力を持つ。逆に精霊たちは妖力を持たない。

あの檻は聞いた感じ妖力しか縛り付けていないようだし…さて、これは賭けだな。

ここで引いたら大変なことになる。ならばこの賭けにのらなければいけないだろう。

前提として、あの檻が俺の想像以上の効果がないことと、チルノが思っていることが合致していることが条件となる。

さて、吉と出るか凶と出るか…

 

「残念ながら俺は引かないぞ」

「ほう?人質を見捨てるというのか。今ここで人質を見捨てても俺たちにお前らが勝てる確率はないと思うが?」

「確かにそうかもな…」

 

頼む。ちゃんと反応してくれよ…

 

「ただ俺は人質を見捨てるなんて言ってない!チルノ!」

「よく分かってんじゃん!褒めたげる!」

 

その瞬間周囲には極寒の冷気が立ち込めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十九話 吹き荒れるは冷気

4000文字…だと…


「なんだ!?」

 

軍の誰かが声をあげる。

俺の呼び声に反応したチルノがずっと溜め込んでいた冷気を周囲に撒き散らす。

近くにいる俺も寒いが、チルノもチルノなりに制御しているのか敵の様子を見るに敵は凍えるような寒さに見舞われているのだろう。

 

「あんた…定晴!檻壊しちゃって!」

「任せろ!」

 

あいつらが寒さで震えている間に素早く檻に近付く。

やはりチルノに近付けば近付くほど寒くなるが、チルノも頑張っているのだろう。なんとか冷気を制御しているようだ。

 

「壊れろ!」

「やめ、」

 

俺を止めようと俺の邪魔をしようとする妖怪たち。しかし寒くなれば反応速度が落ちるのはどの生物でも共通であり、身体強化を使っている俺に寒さで震えているこいつらが間に合うはずもなく、俺は檻に向かって輝剣を叩き付ける。

どうやらチルノの冷気によって脆くなっていたようで、頑丈そうな見た目とは裏腹に簡単に砕け散った。

 

「ちっ、妖精は縛れなかったってのかよ」

 

妖怪は妖力を縛られるというのは命を縛られているのと同義だ。しかし妖力を持たない妖精にとってはただの檻でしかない。彼らは妖精という種族を知らなさすぎるな。あの檻を使ったのは誰だか知らないが、捕まえるのならもっと色々と縛れるようにしておくべきだろう。それとも使ったやつは妖怪を捕まえておくことしか前提になかったというのに指示した奴が無能でそのことを知らなかったか。

どちらにせよ相手側の失敗であり、こちらからすればありがたいこの上ない。

 

「くそ、こうなったらお前ら!やっちまえ!」

 

指示で一斉に襲い掛かってくる敵軍。

さすがに多勢に無勢すぎるな。人質に解放はできたしここは一度引くべきだろう。

こうして俺たちは人質の解放に成功し、一時撤退をしたのだった。

 


 

「さすがね。あたいのこの完璧な作戦に合わせるなんて」

「まあな」

 

はたしてこれがチルノが前もって考えていた作戦なのかは不明だが、まあいいだろう。

今回人質を救出し、このように一時撤退ができたのはチルノのおかげだ。感謝の気持ちもこめてチルノを優しく撫でた。

 

「ありがとな」

「ま、まあね。あたいにかかればこんなもんよ」

 

強気で喋るチルノ。力が縛られていないからと言って彼女自身もずっと檻に閉じ込められていたはずだ。しかも力を少しでも使うとあいつらにバレて対策されてしまうかもしれないという恐怖もある。

チルノが何歳かは知らないが、そんな状況にずっとおかれていたのでは彼女自身への精神への負荷も相当なはずである。きっとこの数日間大変だったろうに。それを表に出さないで強気でいられるというのもまた一つ彼女の才能なのかもしれない。

 

「定晴ー」

「こいしも大丈夫だったか?」

「取り敢えずはねー」

 

こいしもこいしでいつもの軽い口調で話す。

チルノとは違いずっと妖力を使ってなんとかしようとしていたとリーダーのあいつは言っていた。

そのせいか見ると妖力はほとんど空だし体の節々には傷がある。きっと静かにさせるために監視していたやつが暴行でも加えたのだろう。本当に…くそどもだ。

 

『落ち着け』

『ああ、すまん』

 

狂気は俺の負の感情に敏感だ。俺が怒りすぎないようによく注意してくれる。たまにはこいつにもお礼をしたいところだがどうすればいいのだろうか。

こいしとチルノの他に捕まっていた妖怪の子供も見知った顔があったか大人の近くで泣いている。きっとこれから警護のもと家に送り返されるだろう。

となると問題はこいしとチルノだ。正直こいしは今すぐに返してあげたいところなのだが、どうもすぐに返せる状況ではないしチルノに至っては地上への道まで遠く大変だ。二人を送り返すのはあとにしたほうが良いだろう。その間はペットたちに近くで守ってもらいつつ、になるがなんとかなるだろう。

なにせペットたちの目的は侵略派の撃退ではなくこいしの保護だ。きっと完璧にこなしてくれるだろう。

 

「定晴、これからどうする?」

 

勇儀が難しい顔をして近寄ってきた。

ここでは妖怪のリーダーは彼女だろう。対大軍には弱くとも彼女は筋金入りの力持ち。鬼のリーダーを務めるには最適だろう。

その彼女が難しい顔をして俺に話しかけたという事はそれだけ事が重大であることを意味する。

俺たちが撤退し逃げ込んだのは少し離れた大穴。あいつらも俺たちを深追いすることにあまり意味がないことを知っているのか数十秒したら戻っていったため今のところは安全である。

 

「このままだとあいつらは確実に地上へと進軍する。あいつらは地上を知らなさすぎるんだ」

「勇儀は地上に行ったことあるのか?」

「行った事あるよ。萃香に誘われてね」

 

どうやら地底人の中にも地上に行ったことある人は多いらしい。いや、地底に住む妖怪の総数からすればまだまだ少ないのかもしれない。

そもそも地底と地上には不可侵条約があり、行き来は本来ないはずだった。それが間欠泉異変で霊夢や魔理沙が行き来したため自然に緩くなったのだろう。

そもそも地底に移り住んだ理由が、地上が嫌だからってことらしいし条約が緩くなっても地上に行きたがらない妖怪は多いのかもな。

 

「地上がいいところだと知れば進軍を止めてくれるかもしれないけど…」

「問題はそれをどうやって伝えるか。だな」

 

そもそも地上を忌み嫌うことになった経緯を知らないといけないかもな。

どれだけ地上のいいところを言ったところで地底の妖怪にとって嫌な部分が残っていたら納得してくれないだろう。変なことを言って反感を買うようなことはしたくない。

 

「あいつらが地上を嫌っている理由はなんだ?」

「それは妖怪によって様々だね。ただ結構な数は地上というより人間を嫌っている」

「そのこころは?」

「鬼は人間と勝負することが好きだったんだ。でも真っ向勝負で勝てないと分かってからはズルや闇討ちなど卑怯な手を使うようになった。人間の利点はそういった頭が回ることだとは分かっているけど鬼はそういうのが大嫌いなんだよ。逆に定晴みたいに真っ向勝負してくれるような奴は結構好かれるぞ。多分前に戦ったときも定晴が人間だと分かった奴はいたけど真っ向勝負に水を差すのは野暮だと思ったんじゃないかな」

 

勇儀が鬼の概要を教えてくれた。

その言葉に続くようにこいしが他の妖怪のことも教えてくれる。

 

「私たち…というか私とお姉ちゃんはそもそも他の生物自体がそこまで好きじゃなくて、できる限り人目につかないところに住もうと思って。まあ他の生物が好きじゃない理由は能力のせいだけどね」

「ペットたちは?」

「あの子たちは違うよ。だって心を読まれても気持ち悪がらないし、逆に普通の人は分かってくれないことまで理解してくれるから私達のことを好いてくれるから私達も大丈夫なんだ。まあその分私よりもお姉ちゃんの方がペットに好かれてるけどね」

 

少し寂しそうな顔をして話すこいし。

でもこいしを捜している時のペットたちの様子を見るにこいしも相当好かれている。自覚がないだけだ。

こいしが話し終えるとお燐が横から付け加える。

 

「アタイ達ペットは別に地上も人間も嫌ってないです。そもそも地上で会って着いてきた動物もいますので」

 

その後も待機していた穏便派の妖怪やペットたちが補足や追加情報をくれる。

ほんとに妖怪それぞれ嫌う理由は様々で、人間に住処を奪われた。日の光が嫌い。湿度が高くないと生きていけないなどなど。

つまり地上がいいところであるという部分を主張するのは無理があるかもな。

ならば実力行使か…?でもそれでは根本的な解決になっていない。なんとかして再発防止をしなければ。

 

「こうなったら実力行使もやむを得ないんじゃないかい?」

「再発防止はあとにして取り敢えず今の状況をなんとかしないと」

「しょうがない。取り敢えずこの騒動を止めないとな」

 

勇儀とお燐の言葉で取り敢えずは目の前の問題をなんとかしないといけないということで意見が固まった。

しかし明らかに人数不足。これでは数の暴力でこちらが返り討ちにあってしまう。どうにかして数を増やさねばならないが…

 

「じゃあアタイが地上まで行って連絡しようか?」

「お燐、行けるのか?」

「猫になって地霊殿の近くの穴を進めばいけると思う。運がよければ博麗のおねーさんとかに会えるかも。ただ時間がかかるからその間進軍しないようにできる?」

 

倒すわけではなく足止めをするだけならなんとかなりそうだな。地理ならここらへんに住んでるヤマメたちに聞けばなんとかなりそうだし…

 

「よしお燐。頼む」

「こいし様。通る道の途中に地霊殿がありますので帰りましょう?」

「えー」

 

お燐が帰ろうと提案すると何故かこいしは嫌そうな顔をした。

今なら侵略派の妖怪はほとんどが地上に向けて進軍し、旧都にはほとんどいないはずだ。お燐が一緒ならもしものときも安心だと思うのだが、何が不満なのか。

 

「私も戦う!定晴の役に立ちたい!」

「こいし様。遊びじゃないんですよ?さとり様も心配してますし帰りましょう?」

 

お燐は立場故かあまり強くは言わない。あくまで判断をこいしに委ねるようだ。

対してこいしは帰ることを嫌がりここに残ろうとしている。こうなってはお燐が無理やり連れて帰ることは出来ないだろう。

こいしは拒否の意思を伝えようというのか更に強く言う。

 

「定晴の近くの方が安心できるし安全だよ!」

「しょうがないですね…何かあったらアタイすぐに連れて帰りますからね」

「やったー。ありがとねお燐」

 

こいしにそう言われ若干嬉しそうな顔をした後に猫の姿になって走り去っていった。

あの速度ならすぐに博麗神社につきそうだ。

 

「そんじゃこっちはあれの進軍を足止めする話し合いを始めようか」

「目的は足止めだ。止めるわけでも壊滅させるわけでもない。それを注意していてくれ」

 

俺の言葉に周囲を妖怪達が頷く。

チルノは分かっているのか分かっていないのか曖昧な頷き方だったが、こいつだって今回人質解放に凄い役に立ってくれた。心配しなくても大丈夫だろう。

こうして俺たちはお燐が援軍を連れて来てくれるまでの時間稼ぎの話し合いを始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百話 足止めと援軍

長いけど一気にすすむのと、短いけど何話も区切るの。
皆さんはどちらがいいのでしょうか


正直アタイはこの事件がどうなろうと地底にはあまり関係ないと思っている。

猫になって走っているのも実は結構どうでもよくて、こいし様がおにーさんの役に立ちたいって言ったから走っているに過ぎない。

別にアタイはおにーさんに思い出があるわけでも、恩があるわけでもない。あくまで主のさとり様とこいし様がおにーさんに協力しているから従者としてそれに従っているだけだ。

このまま地上を侵略軍が侵略しても多分問題ない。地上には強い人いっぱいいるからね。地霊殿からすれば侵略に成功しても失敗しても何も変わらない。

正直最初さとり様から堀内定晴という人を連れてきてと言われたときはどんな人間なのだろうと期待したのだけど…性格も倫理観も正直普通。外の世界ではあんな感じで妖怪と対等に話す人は特別なのかもしれないけど、幻想郷じゃあよく見る光景。

確かにアタイも地上に行くまで人間と妖怪があんなふうに生活してるとは思ってなかったけど。博麗のおねーさんとか白黒のおねーさんとかと話していくうちに慣れてしまった。

おにーさんは能力は強い。けどそれだけ。

幻想郷にはもっと強い能力者がいるし、別に不思議なことじゃない。まあ外の世界から来てる外来人で、賢者さんと友人なのは凄いけど。博麗のおねーさんも賢者さんとよく話してるし驚きはしない。

そうこうしてるうちに地霊殿に到着。でもそのままスルー。縦穴を通って博麗神社へ。

この穴。あまり知られてないし出口は博麗神社。アタイたちのような博麗のおねーさんと関わりがある人しか使わないであろう出入り口。

でもアタイはここを通りなれてるし苦もなく登る。お空みたいに飛べればもっと早く着くのだけど。アタイの場合飛ぶというより跳ぶに近い。妖力で浮遊することもできるけど、お空が飛んだ方が速い。そりゃそっか。あれは鳥だもんね。

そんなことを考えてたら地上に到着したようだ。

いつものように博麗のおねーさんを捜して…あれ?留守かな。

 

「お?地底の猫じゃん」

 

そう言って近寄って来たのは白黒の魔女。

結構乱暴に撫でてくるからあまり好きじゃないのだけど…まあこの際しょうがないかな。

猫の姿から人へ。

 

「ねえねえ。ちょっと手伝ってくれない?」

「ん?何をだ?」

「異変解決」

「よし!この霧雨魔理沙に任せなさい!私にかかれば異変解決なんてすぐだぜ!」

 

よし。作戦成功。

白黒おねーさんは異変解決と言えば動いてくれる。でも一人じゃ足りないかな…もう少し人員補充をしないと…

 

「博麗のおねーさん知らない?」

「霊夢か?最近見てないんだよなぁ…どこで何をしてるんだか。なんだ?私じゃ不満ってことか?」

「いやいやとんでもない。ただできるだけ多く連れてきてって言われてるからね」

「んー。ならアリスとか連れて行くか。ちなみに何異変だ?」

 

異変の名前か…正直まだ地底だけの問題だし異変と言ってもいいのか微妙なところだけど。ここで変にはぐらかしたらこの人は多分帰っちゃう。それらしい名前じゃないとね。

そうだな…分かりやすく…

 

「侵略異変」

 

その名前を聞いた白黒のおねーさんは目を爛々と輝かせていた。

 


 

お燐が帰ってくるまでの間、俺たちはなんとしてでも時間を稼がなければいけない。

そのための第一作戦、決行。

 

「準備はいいよ」

「よし。合図で落とすぞ」

 

この作戦はシンプルかつ強力。成功すればそれなりに時間を稼ぐことができるだろう。

この作戦はヤマメたちの案内によって横穴をあみだ籤のように進み、やつらよりも早く上に先回りをして準備した岩を落とすというもの。

この岩は勇儀たち鬼の怪力によって削り出された岩で、それなりの重量と大きさがある。

正直油断してたらこれだけでも死にそうなものだが、今回の目的は足止め。下まで岩を落として攻撃するのではなく、岩によって道を塞ぐ。

壊すにしても回り道をするにしても時間がかかるだろう。ここら辺の横穴、そしてそれに繋がる縦穴は結構複雑に入り組んでいる。やつらもそれなりに探索しているだろうが、日頃ここで生活しているヤマメたちには敵わない。確実に先回りをして足止めを繰り返せば良い。

妖力を多く使うため先程俺に撃ったやつも使わないだろう。もし使ったら使ったで別の作戦も考えているし問題ない。要はあいつらに出来るだけ妖力を使わせることができれば後々俺達のことだがも楽になる。例え地上への侵入を許したとしても妖力が少ない相手ならばなんとか凌ぐこともできるだろう。

軍を進ませるにはそれなりに大きな道が必要なため多分岩を破壊するだろうが、なにしろあの量だ。それなりに時間を稼げるだろう。

 

「よし…3…2…1…今!」

 

俺の合図で鬼たちが一斉に岩を落とす。

すると岩は栓をするように穴を隠した。どうやらうまくいったようだ。あいつらが岩に手間取っているうちに第二作戦の準備を…

 

「壊せ!」

 

その一言で俺たちが落とした岩は木っ端微塵になり爆散した。

岩の欠片と砂埃が晴れたその先頭に立つは鬼。どうやら侵略派の鬼たちが一斉に攻撃したことで一瞬で岩を粉砕したようだ。

どうやら俺たちが考えるよりも向こうは上手のようだぞ。

そして俺たちはその後も第二、第三の作戦を実行し出来るだけ遅くなるように足止め作戦を繰り返した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百一話 前を見れば敵。後ろを見れば打撃

何度も何度も、進軍を遅らせるために作戦を立てては実行、実行、実行…

奴等も俺たちが妨害工作をしているのは分かっているので、前もって妖力で防護していたり、ために横穴に入ったり…俺たちを攪乱させようとしているのが目に見えて分かった。

俺たちと奴等の攻防は始まってから既に三十分が経過していた。元々の進軍速度を見るに本当なら既に地上に到達していてもおかしくない時間だ。だが地上まだ先。どうやら俺たちの妨害工作が功を奏しているようだ。

しかし俺たちの妨害工作の作戦も段々底をついてきた。

俺たちがいるのは地底と地上を結ぶ穴の中心より少し上、地上よりの場所にいる。そのせいか地盤が柔らかい所も多く、下手に大きな振動を発生させれば地盤崩壊で穴が崩壊する可能性がある。

なので俺達も派手な妨害をすることが出来ず、地上に近付けば近付く程有効な手立てを打てなくなっていった。

 

「そろそろ地上が近付いてきたよ」

「分かってる」

 

ここまで来たら罠などのアイテムを使うのではなく自分たちで止めに行くしかないだろう。

となると誰が行くのかということで…

 

「あたいが行ってあげる!」

 

そう言って手を上げたのは地上の妖精チルノ。この作戦を理解しているのかどうなのか、そろそろ技で止めに行こうと俺が提案した瞬間チルノが真っ先に手を挙げたのだ。いつもこいつは余裕綽々な顔で自信満々に名乗り出るイメージがある。自分が最強であることを疑っていないようだ。

 

「あたいに任せればどんな奴でもカチコチに凍らせれる!」

「大丈夫か?チルノ。お前の力を信用していないわけではないが正直言ってお前の冷気では…いや待てよ」

 

そう言えば人質救出の時にチルノが出した冷気によって奴らは動きが鈍くなり、行動が出遅れていた。俺達も冷気に晒されれば動きが遅くなるが、それにしたってあまりにもな低速化だった。

そこで地底の妖怪に思いついた質問を投げかける。

 

「なあもしかして地底の妖怪って寒さに弱いのか?」

「地中はあまり気温変化がないからなぁ…」

「お空のおかげで年中温かいことが多いんだ」

 

そう答えたのはこいしと勇儀。

どうやら地底の妖怪はあまり寒さへの抵抗がないのかもしれない。ならばチルノでも十分足止めをすることが出来るかもしれない。チルノの冷気で奴らの動きを鈍くするだけでも進軍速度は低下する。

だがチルノ一人では不安だな。俺もついていこうかと考えていたらまた手を上げる者が。

 

「じゃあ私も行く!」

「こいし?」

「私の能力で敵を撹乱すればもっと効果的だと思うんだ!」

 

なるほど。確かにこいしの能力ならば敵を撹乱できるかもしれない。しかしこいしは能力を使っていても一度捕まっている。きっとこいしを捕まえるために何かしらの用意をしていたのだろう。そのため俺としてはあまりこいしを戦闘にいれたくないというのが正直なところだが…まあ今回は俺達も見ている中でだし気が付いたらいないなんてことはないとは思う。

万が一危険な場面になったら俺たちが出て援護する。また捕まって人質にされたりしたら目も当てられない。 

 

「よし。チルノ、こいし、頼むぞ」

「ほいさー」

「任せなさい!」

 

そしてチルノが奴らの正面に現れる。こいしは能力を使って端っこの方へ。どうやらまだ気付かれていないようだが…

俺が行った時もそうだったが、どうもあいつらは何かが正面に現れた時は警戒して一度立ち止まるようだ。そのおかげで進軍も遅れているわけだからこちらとしても嬉しいが。奇襲が出来ないのが難点だな。

 

「あんたらよくもあたいを長い間閉じ込めたわね!あたいの冷気をくらいなさい!」

 

そう宣言するが早いか早速チルノは冷気を放出。

チルノが冷気を放出することができるのは人質解放の時に分かっていたため皆妖力で自らを包み防寒しているようだ。

しかしそこに突然の弾幕。冷気には耐えれるが弾幕には耐えられるようにしていなかったのだろう。被弾した者から落ちていく。

弾幕の主はこいし。チルノの冷気という存在のおかげで誰にも気づかれずに近寄ることができたらしくそれなりに近距離から弾幕を張っている。

能力を使っていてもこいしを見る事ができるやつがいるのかやはりすぐに気づかれる。しかしこいしに近付くことは出来ない。なぜならチルノがいるから。

こいしに集中しようとすればチルノによって凍らされてしまう。

チルノの冷気はとてつもない威力で、耐性が低い妖怪や妖力が少ない妖怪などはすでに一部を凍らされている。妖精といえど侮ってはいけない相手なのだ。

その様子を見ていた勇儀が俺の隣で小さく呟く。

 

「これで何分稼げるかねぇ…」

「たとえどんな生物であっても慣れというのがある。そろそろチルノを下げて別のやつが前に出よう」

「誰が行くんだい?」

「俺だ」

 

俺が言ったように、既に慣れ始めている妖怪がいるのか他の妖怪よりも素早く動いている個体がいる。しばらくすればチルノへの反撃を始めそうな雰囲気だ。そろそろだな。

 

「チルノ!」

「なによ定晴!」

「代われ!」

 

チルノの腕を掴み後方へと投げる。ついでにこいしも近くにいたので同じように後方へ投げる。二人は鬼たちによって安全に着地することができたようだ。

さて。次は俺の番だ。

いつものように結界を使う。今回は広範囲に、薄く、ばれないように…

そして俺は地底にて大人数相手の時用のスペルを使う。

 

散開【バウンドマジック】

 

俺が魔法を放つ。小さいものを複数。一つ一つの威力もそこまで高くなく一見脅威にはならない。

速度は遅い。そのため避けられる。しかしこのスペルの名前。【バウンド】とちゃんと書いてある。

その魔法はそのまま広範囲に展開していた結界に触れ…反射する。

まさか避けた魔法が戻ってくるとは思わなかったか被弾している者も多数。それでも俺は魔法を使うのをやめない。それがしばらく続けばどこから飛んでくるのか分からない弾幕の完成だ。

原理は簡単で、結界に魔法反射の効果を付与しただけだ。ちなみにこれ、魔法だけじゃなくて妖力も反射する。つまりあいつらが反撃しようとして撃ちだした弾も全てやつらを襲う攻撃になる。

とても強く感じるスペルだが欠点が多く、範囲を広くすればするほど制御が難しい。威力が高いものを受けると簡単に壊れる。物理攻撃に弱い。

今は反射してくる弾を警戒してか結界近くには近寄っていないようだが、鬼なんかが殴れば簡単に壊れる。それにずっと使っておくには俺の魔力量が足りないため、綻びが出る前に回収せねば…

そこに俺たちがずっと待っていた声が聞こえた。

 

「おにーさーん!」

「お燐!」

 

後ろを振りむけばお燐が地上の皆を連れているのが見えた。

さて、俺はいつも戦闘するときは周囲を常に警戒し不注意な行動をしないように心掛けているのだが、今回はずっと戦い続けてやっとの援軍が来たためか少し不用心だった。そう俺は、お燐を確認するために後ろを見てしまったのである。

後ろを向けば弾幕が途切れるのは当然の理。さすがは地上を侵略しようと集まった妖怪達だ。その隙を逃さず俺の背後をとった。

そして殴ってきたのは…鬼だったのだろうか。俺は確認することもできず強烈な打撃によって意識を暗闇に落としたのだった。

 


 

「定晴!」

 

お燐の呼び声に反応したせいか後ろを振り向いちゃった定晴が鬼の一撃で落ちていく。

まずい。私じゃ間に合わない。こういう時に私の能力は本当に使えないと実感する。心を読もうと無意識を操ろうと、目の前の人を助けることもできない能力なんて…

 

「さーだーはーるー!」

 

そう思っていたら私の横を高速で何かが飛んで行った。

あれは…魔理沙だ!

魔理沙は落ちていく定晴に追いつき、敵の攻撃を掻い潜りながら戻ってきた。さすが今まで色んな戦闘を繰り返して慣れているだけある。敵の攻撃を軽々避けて戻ってくる様は蝶のような軽やかさだった。

 

「おう!こいし!元気だったか?私は元気だったぜ!」

「定晴は!?」

「気を失ってるだけだな…普通鬼の攻撃を身に受けたら何かしら外傷とかあるはずなんだが、まあ定晴は本当に頑丈だな」

 

そう言って魔理沙は笑う。

それは本当に私もそう思う。だけど気絶している以上あまり放置しておくのも良くない。確か魔理沙は回復魔法みたいなのは苦手って言っていたしなんとか出来ないかな…

 

「大丈夫です。その内目が覚めます」

「えっと…」

「私は魂魄妖夢。定晴さんはしばらくすれば起きます。常に自分に再生が付いてて自然治癒力はとても高いと自分で言ってましたので」

 

どうやらお燐は結構な人数を連れてきたみたい。

しかしその中に純妖怪はいない。人間を抑止力にするという話は覚えていたらしい。

でもその中に霊夢はいない。いつも博麗神社でゴロゴロしている霊夢に会えないなんてことあるのかな。もしかすると抑止力に博麗の巫女は意味がないと連れてこなかったのかもしれない。後でお燐に聞こっと。

視線を定晴に移すと何故かもう怪我した部分の手当てがされている。目の前に私がいるのにどうやって…

 

「なるほど。これは確かに多い…けど問題はないわね」

「咲夜?お前いつ来たんだ。私が誘っても来なかったじゃないか」

「それは魔理沙の誘い方の問題よ。定晴様は紅魔館にとっても大事な人。関わっていると言えばお嬢様もすぐに許可してくれるわ」

「そりゃわるーござんした」

 

咲夜さんだ。フランちゃんの所に遊びに行ったときにいつも仕事をしていたことを思い出す。どうやらフランちゃんを助けた恩をここで返すらしい。

確か能力が時を止めるとか操るとかなんとか。それを使って一瞬で手当てを終えたのだろう。さすがメイド。

 

「取り敢えずこの軍を消しちまえばいいんだろ?」

「剣を教えてもらった時に話してたんですが、定晴さんは大軍を相手に戦ったことがあまりないとのことで」

「その分私達は異変解決の時に嫌というほど妖精とか他の妖怪が便乗して襲ってくるから大軍にも慣れてるし、適任ってことね」

 

そして魔理沙たちが大軍に突っ込んでいく。

やはり相手は人間だとなめているのか、妖怪たちは余裕の表情を見せている。

しかしやつらのその顔は次の瞬間、余裕から焦りへと変わったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百ニ話 軍団退治

近くで戦っている音が聞こえる。鬼たちか?そう言えば気絶する直前にお燐から呼ばれたような…

最近毎日戦い詰めだったツケが回ったか体は未だに怠く、起きたくない欲に駆られるが今はそれどころではない。

ゆっくりと目を開ける。すると目の前にこいしの顔が…

 

「あ!起きた!定晴ー良かったー」

 

そう言うとこいしは抱きついてきた。未だに痛い部分もあるからやめてほしいのだけど、抵抗する気力もないため放置だ。

近くにはお燐が立っていて、戦闘音がする方向を見ている。良かった。気絶する前に聞いた声は幻聴じゃなかった。お燐に戦況を聞いた方が良さそうだな。

 

「お燐。今の状況は?」

「取り敢えず連れてきた三人と鬼たちが前線で食い止めてる感じだね。今のところ戦線は動いてないよ」

 

どうやらこちら側と向こう側の戦力が拮抗しているようだ。こちらには勇儀もいるし地上から連れてきた人もいるから向こうは相当手練の集まりということだな。

 

「なら俺も行くよ」

「だめ!定晴はもう少し休んで!」

「俺はもう結構休んだ。魔力も霊力も回復してるし大丈夫だって」

「なら私も行く!」

 

俺が気絶して落ちていくのを見てトラウマにでもなったか?どうやら俺を相当心配しているらしい。まあこいしも連れていくという選択肢があるならそれを取ろう。お燐は戦闘に加わるつもりはないようで、ここからずっと行く末を見るようだ。

お燐にこいしのことを注意して見てくれと頼んで戦線へ。そこにはお燐が連れてきたのであろう地上の三人が戦っていた。

 

「お、定晴やっと起きたか」

「定晴さん。おはようございます」

「定晴様、容態は大丈夫でしょうか?」

 

魔理沙、妖夢、咲夜。この三人なら心強い戦力だ。

霊夢がいないのは博麗の巫女がいたら意味が無いからだろうか。お燐もあれで結構話は覚えていたようだ。

 

「ああ。大丈夫だ。俺も参戦する」

「よっしゃ!行くぞ、定晴!」

 

三人と俺、こいしをいれて五人で軍に向かって集中砲火。さすがのやつらもここまでの猛攻は予想していなかったか、どんどん落ちていく。

躱すことができないスペルが禁止なため一人一人の攻撃には穴がある。しかし五人もいればその穴は別のスペルにて無くなる。向こうからすれば壁と称しても問題ないような攻撃に見えていることだろう。

 

「こんなことが…許される筈が…」

「地上に侵攻した罰だぜ!喰らえ!恋符【マスタースパーク】!!」

 

リーダーに近づいての超近距離マスタースパーク。これは奴も防ぐことが出来ずになすすべなく落ちていく。

そして十分。軍団はそのほとんどが気絶、若しくは逃亡し壊滅した。

さて、取り敢えずの問題は解決した。大きな問題がまだ残っているが。

攻めてきたこいつらを説得し、今後地上侵略を行わないようにしなければいけない。そうでなければまたいつか同じようなことが起きる。

 

「お前たち!聞いてくれ!」

「なんだよ…殺すんならさっさと殺しやがれ」

 

皆妖力を使い果たしたか攻撃してくる気配はない。

鬼はまだ余力があるようだがリーダーが倒れた今傍観に徹するらしい。

 

「単刀直入に言う!地上に攻めてこないでくれ!お前たちが各々の理由で地上を嫌っているのは知っている!けど地上にもいいところがあるんだ!だから一度、侵攻ではなく観光として地上を見てくれはしないだろうか!それで満足出来ずに不満が残るやつもいるだろう!その時は俺が相手になってやる!」

 

声を張り上げ言いたいことを言う。

まずは奴らに地上も変わったことを伝えなければいけない。そのためにもまずは地上を自由に見てほしい。

後ろからお燐が地上との交流は…と言っているが、まあそこらへんは俺から紫に話そう。交渉が難しい部分もあるだろうが、まあその辺りは美味しいお菓子でも作ってなんとかしよう。

 

「こんだけ数がいたのに、たかだか数人の人間風情に壊滅させられちゃあ意味ねえわ」

「すまないな。にしてもなんで突然こんなことをしようと思ったんだ?」

「その話は明日する。一応俺がリーダーだからな。明日地霊殿に寄るよ」

「随分と聞き分けがいいな」

「かも…な…」

 

妙に元気がないリーダーの妖怪。何かあったのだろうか。

ともかく地上侵略する可能性は無くなった。これにて依頼達成だな。

 

侵略軍は各々自分の住処に帰っていった。そして俺たちも帰ることにしたのだが…

 

「定晴?地上に帰らないのか?」

「ああ、少し話し合うこともあるし地霊殿に荷物を置いてる。明日には帰るよ」

「えぇ!?」

 

そんなやり取りをしてからこいしの機嫌が悪い。というか不満そうなのである。

俺が依頼で地底に来ていることは最初に言ったろうに。何を今更になって不満そうにするのか。乙女心は全く分からない。

因みにチルノは魔理沙たちについて行かせた。どうやら地底の妖怪に冷気が効いたことが随分と気に入ったようで、こいしとは対照的にとてもご満悦な様子で帰っていった。今回チルノがいなければ人質すら助けられなかったこもしれないし、大活躍だったな。後日何か適当にお菓子をあげよう。

魔理沙は魔理沙で久々に大暴れしたと満足そうだったしよかった。咲夜に妖夢と仕事もあるだろうに来てくれたのだからこの三人にも後日お礼をしないとな。魔理沙はお菓子よりも俺が持ってる使わない道具とかをあげたほうが喜びそうだ。

こうして地底反乱は収束し、俺たちは地霊殿に帰るのだった。

 


 

「地底反乱、失敗しました」

「やはり地底の妖怪程度では影響すら与えられなかったか。まあいい、次の作戦に移るよ」

「了解しました」

 

 




次回、地底編終


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三話 依頼達成報告

次の日。昨日話してた通り侵略軍リーダーが地霊殿に訪ねてきた。そのまま応接室へと通され、今後について話し合う。相手が一人だけなら大丈夫だろうが、何かあった時のために近くには数匹のペットが控えている。

 

「さて、何から訊こうかね。取り敢えず何で突然侵略しようと思ったのか聞こうか」

「実はな、数週間前に突然念話みたいなので誰かに話し掛けられたんだ」

「誰か?」

「会ったことはない。声も変えてるようで、少なくとも俺が知る奴じゃない。そいつがな、地上侵略を勧めてきたんだ。俺も最初は断った。でもな、そいつと話している内に段々と意欲が湧いてきちまって…」

 

なるほど…催眠の類だろうか。相手と話して少しずつ意識に影響を与え操る。暗示のようなものだ。

それによって地上侵略をしようと決めたリーダーは仲間を集めるために動いていたらしい。どうやら彼以外にも同じような経験をした奴がいたらしく、そいつらを筆頭に仲間を増やしていったらしい。

 

「そいつが随時命令するんだ。ああしろこうしろってでも俺たちは何の疑問も持たないで従ったんだ。変な話だよな」

「相当無意識に働きかける暗示だったんだな。その指示に従って動いてたわけか」

「ああそうだ。人質の誘拐も、合体妖術の開発も、侵攻日時も全て決められた。でもな、作戦決行を指示されてからは全く指示されなくなった。多分話し掛けられることが暗示のトリガーだったんだろうな。侵攻すればするほど地上侵略がどうでもよくなっちまって」

 

ふむ…そこが一番の謎だな。指揮官は軍の采配を決める大事な役割。そんな奴が最も大切な工程を無視するだろうか。

考えられる原因としては二つ。地上侵略をしないことにしたのか、指示出来ない状況になったか。

前者の場合更に不思議なことになる。侵略を決行させるだけさせて、その後にやめる。相当な気分屋でもない限りこんなことにはならないだろう。第一その時は進軍をやめるような指示を出す筈だ。

 

「となると、その指示してた奴は何かしらトラブルがあって指示する事ができない状況になったと考えるのが妥当だな」

「そうとしか考えられん。これが俺たちが地上侵略しようとした理由だ。今後について話したいのだが…」

「ああ、その件は呼んである」

 

指揮官が指示を放棄した理由も気になるが、先にこちらの問題を片付けてしまおう。

この問題は地底だけでは解決できない。なので地上代表として来てくれるように前もって連絡しておいた。

 

「紫ー」

「は〜い」

 

そして開くスキマ。中の目がいっぱいある空間を見て侵略軍リーダーの顔が引きつる。

出てきたのは幻想郷創設者、そして賢者とも呼ばれる八雲紫だ。スキマの奥から藍の妖力も感じるし何かあった時のために待機させているのかもしれない。

 

「さてさて、あなたが今回の首謀者ね?」

「あ、ああ、そうだ」

「彼らの不満を解決するためにも地上と地底を結ぶ道の公共化を頼みたいのだが…」

 

紫が難しい顔をする。

それでこそ最近になって地上地底間の行き来があるにしても、それまでの幻想郷が出来てから今まではずっと不可侵を守ってきたのだ。それを今更になって覆そうとしている。正直言って無謀だ。

 

「まあそうねぇ…それに関しては書類を用意したのよ。藍、持ってきて」

「はい、紫様」

 

そしてスキマの中から藍が出てきた。どうやらこのために呼んでいたらしい。

藍は書類を机に置いたあとまたもやスキマに戻っていった。

 

「それが新しい地上地底間の条約よ。よく読みなさい」

 

そしてリーダーは書類に目を通していく。

読み終わると同時に彼は絶句した。

 

「本当に、これで、いいんですかい?」

「ええ、交換条件よ。昨晩古明地さとりとの話し合いで決めたの」

 

俺が頼んだのは夕方。どうやら紫たちはすぐに用意をしてくれたようだ。ありがたいこの上ない。

俺も書類に目を通す。そこに書いてあったのは次の三つだ。

一つ、地底にて地上及び幻想郷に害を及ぼすと思われる行為を禁ずる。

二つ、地上地底間の移動に制限はかけない。その代わり地上から時々監査役を送り、地底の様子を確認する。問題があった場合は移動に制限をかける。

三つ、地上代表を堀内定晴とし、地底代表を古明地さとりとする。問題があればこの二人を通して話し合いを行う。

 

「っておい!なんでいつの間にか俺が地上代表になってるんだ!」

「あら、今のところ地上の人々の中で最も地底の民と密接に過ごしているのは定晴よ。問題はないわ」

 

だめだ。反論するものがない。

まあ地上代表となれば地底へも気軽に来れるだろうし、まあなんとかなるだろう。

 

「あんたに感謝するぜ。定晴さん。これで俺たちも自由に行き来出来る。地底で問題が起きそうになったら俺が止める。あまり責任を負わせないようにするぜ」

 

そう言って書類に調印するリーダー。

こうして地底の民は地上にも気軽に行けるようになったのだった。

紫とリーダーは帰り、俺は荷造りをする。といっても大半は幻空に入れるため問題はない。

どちらかといったら問題は俺の部屋のベッドで転がっている少女にある。

 

「定晴まだ地底にいようよ!」

「そういう訳にもいかないって、何度も言ってるだろ?俺だって地上の生活があるんだ。帰らないといけない」

「こらこいし。我儘言わないの」

 

昨日からずっと不満そうなこいしである。

彼女は夕飯の時一言も喋らず、今の今まで会話はなかった。だというのに俺が荷造りを始めたのを見て抗議を始めたのである。まるでおやつを買ってもらおうと駄々をこねる子供だな。

 

「定晴さんはずっと言ってたでしょ」

「でもやだー!もっと一緒にいたいー!」

「はぁ…いつからこの子はこんなに我儘になったのかしら…」

 

俺の部屋で駄々をこねるこいしを見てさとりが説得させるために来てくれたのだが、それでも未だに文句を言い続けている。

どうやら相当遊びたりなかったようだな。たまに一緒に弾幕ごっこしたりしていたのだが、その後は捕まってしまったしこいしからすれば遊び足りないのも無理はない。

 

「また来るからさ。そのときに遊ぼうぜ」

「そういうことじゃないのー!」

 

本当に乙女心は分からない。

いや、姉であるさとりもお手上げ状態なのだしこいしに限った問題かもな。だが俺には何が不満なのか分からない。

 

「もう。お別れなんだから、あまり定晴さんに心配かけさせないの。嫌われるわよ?」

「え、あ、う、それは嫌」

「なら転がってないでちゃんと挨拶しなさい」

「むぅ…」

 

おお、さすがは姉。きちんとこいしに言って宥めた。まだこいしは不服そうだが、騒ぐことはなくなった。

荷造りを終えて大広間へ。来たときと同じ道を通って地上に戻る。案内はこれまた来たときと同じお燐だ。

 

「そんじゃ、またな」

「ええ。定晴さんのおかげでなんとかなったわ。ありがとう。ほら、こいしも」

 

さとりがこいしの肩を叩く。

当の本人はいつもの活発さはどこへ行ったのか。静かでしおらしくしている。

 

「むぅ………また、来るよね?」

「ああ、また来るよ」

「絶対だよ!絶対だからね!」

「分かってるって。それじゃあな、こいし」

「うん!またね!」

 

さっきとは打って変わってとても元気そうなこいし。やはり俺には乙女心はわからないな。どうなるのかイマイチ理解出来ない。

 

「じゃあお燐、案内頼むな」

「任せてー」

 

そして大広間を出る。

そしてお燐の案内で地底から地上へ。この道は侵略軍が進んだ道と違って枝分かれが多く、道が分かりづらい。お燐の案内なしでは地上へ辿り着けないだろう。

その道中、お燐が話しかけてきた。

 

「おにーさん、地底は、地霊殿はどうだった?」

「ああ、地上となんら変わらない。ここもここで生きているんだなって思ったよ」

「さとり様たちは?どう思った?」

「さとりは大人な感じだな。あれなら今後もやっていけるだろう。こいしは妹みたいな感じだな」

「そうですか」

 

そう言ってお燐は喋らなくなった。

その後は会話もないまま地上へと到着。別れ際、お燐が一言。

 

「おにーさんはモテるんだから。ちゃんと乙女心、分かる努力してあげてくださいね。それでは!」

 

そう言ってお燐は地底へと帰っていった。

さとりも、こいしと、お燐も、誰の一人の乙女心も分からない俺はただ困惑するしかなかった。

 

定晴がいなくなった地霊殿、大広間。そこには泣く声が響いていた。

 

「こいし。泣かないの。また会えるじゃない」

「なんで泣いてんのか私も分かんないの。なんでこんなにも定晴と別れたくないと思うのかも分からない」

「ふふ、まさかこいしが私よりも先にその感情を持つなんてね」

「どんな感情?私この感情嫌い!無意識になれない!」

「その感情は大切になさい。こいし」

「なんでよ!この感情は何なの!」

「それは自分で探しなさい。きっと分かるわ」

 

そう言うとさとりは自分の部屋に戻る。こいしは未だに泣いたままだ。

自分の部屋に帰ると既にお燐がいた。中々の仕事の早さだと驚くさとり。そして自分の椅子に座る。

その様子を見てお燐は主に質問する。今周囲には誰もいない。

お燐は敢えて声に出して質問する。

 

「さとり様、何かありました?嬉しそうですね」

「お燐も気付いているんでしょう?こいしのこと。相当定晴さんのこと、好きだったんでしょうね。人質から助けられてからはそれが一層強くなった。私、今ならあの子の心が読める気がしたの。ただ読まなくても分かる、きっと…想いで溢れているでしょうね」

 

 

 

 

 




これにて地底編終了です。次回からは新章です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六章 式
百四話 久しぶりの我が家


地底から帰ってきて空を見上げる。凄い眩しい。

地底ではお空が管理する灼熱地獄跡の熱と街灯の明るさによって環境自体は変わらなかったが、地底であるため太陽は見えない。数週間ぶりに見る太陽はとても眩しい。

その足でそのまま博麗神社に行き霊夢に挨拶しようと思っていたのだが霊夢は留守にしていたため保留。地底に行くときも霊夢はいなかったし中々に運が悪い。

結局誰にも会わずに自分の家に到着したのだった。

家の鍵を開けて中に入り室内を確認。家の周囲には結界を張っているし、俺以外の人が鍵を開けた場合は俺に通知が来るように設定しているため基本的に問題ないはずだが、ここは幻想郷。何が起きるか分からない。多分紫とかはこの家入り放題だし…

見て回っていると机の上に大量の保存食と手紙。

 

「えーと…いなかったようだから保存食だけ置いてくから適当に食べろ。ミキより…ただの押し付けじゃねえか」

 

保存食とはいえ賞味期限が存在する。

嫌な予感がしつつ保存食の裏に表記されている賞味期限を見ると…明後日。ミキがここに置きに来た時は多少日数に余裕があったのかもしれないが、生憎その時俺は地底だ。ここに来れるはずもなく、ずっと机の上に放置されたまま日が経ち残り二日。

 

「今日は誰か呼んで保存食を食べきらないとな」

 

そう呟き保存食を戸棚にいれる。幻想郷には保存食という文化はないと思うし、誰を呼んでもきっと楽しんでくれる。後でもう一度博麗神社に寄って、霊夢がいなかったら魔理沙あたりでも誘おう。

机の上に大量の保存食が放置されていた以外は特に変化はなく、俺はソファに腰かけた。ここ最近の地底は心を落ち着けるタイミングがなく精神的にも疲れていたのだ。このソファは安物だけど、自分の家にあるというだけで俺は心を落ち着けることができる。やはり自分の家っていうのはいいな。

今の時間は午後二時過ぎくらい。幻想郷が日本にある故に外の世界で使っていた壁掛け時計を使い続けることができたのはよかった。俺が慣れている時間感覚で生活することができる。

閑話休題

この時間から何かを始めるには遅いが、何もしないで家にずっといるのもどうかと思う微妙な時間だ。一応テレビゲームも持っているが幻想郷にいるせいか、新しい機種は調子が悪い。香霖堂で昔のゲーム機でも買おうかなと思っていたとき、玄関のベルがなった。

はいはいと玄関のドアを開けると立っていたのは藍。

 

「どうした?」

「紫様が地底に行っているので私が来たのだが、何か問題はないかな。地底と地上は環境が違うため人によっては体調を崩すこともあるんだ」

「俺は大丈夫だ。もっと過酷な場所に行った事もあるのでな」

「そうか。ならいいんだ」

 

地底は妖怪たちが多く住んでいるため断然生活しやすい環境だった。俺はもっと大変な場所なのかと思っていたので拍子抜けした程だ。

俺は日本でしか仕事をしていなかったが、それでも過酷な場所は存在する。まあ俺が過酷だという環境に身を置くのは妖怪退治の時ばかりだ。誰もいない場所が多いので能力をフルに活用しつつなんとか耐えてきたというわけ。

用はそれだけだったようで帰ろうとした藍にそういえばと声をかける。

 

「ミキに大量の保存食を貰ったんだ。賞味期限があと少しだから食べきりたくてね。藍、紫たちも呼んで今日は俺の家で食べるっていうのはどうだ?」

「ふむ…私はあまり保存食は食べないのだが…まあたまにはいいだろう。分かった。紫様も呼んでくるよ」

「ああ、助かる」

 

そして藍は帰って行った。

もう一度霊夢に会うために博麗神社へと行くがこの数十分では帰ってこなかったかやはり留守。まあ霊夢はまた別の機会にでも誘おう。

その後は魔理沙の家に向かう。すると魔理沙から「それが地底でのお礼か?」と訊かれたため違うと答えたら来るとのこと。どうやら魔理沙は食事よりも別の物をお礼としてほしいようだ。分かっていたことだが。

魔理沙を誘うついでにアリスにも声をかけたが、返事はノー。香霖堂で何かいいものは無いかと探してるときに霖乃助にも聞いたがこれまたいい返事は返ってこなかった。

結局集まったのは紫、藍、魔理沙。そして…

 

「前々から紹介しようと思っていたが中々時間がとれなくてね」

「藍様の式神の橙です!お願いします!」

 

見た目は結構お燐に似ている。ただ妖力の量はどうも橙よりもお燐の方が多そうだ。

藍の説明によると確か橙は式神の式神。どうしても力の量が減ってしまうのもしょうがないのかもしれない。そもそも藍が式神を扱えるのは能力の式神を使う程度の能力によるものらしいし式神を使えているだけ凄いと言っていいだろう。

 

「俺は堀内定晴だ。よろしくな」

「藍様や紫様から聞いています。なんか色々凄いお方のようで…」

「別に凄くなんかない。幻想郷では一般的な方だ」

 

確かに十の能力を使う程度の能力って誤魔化してはいるが、一人が十個能力を持っているようなものだ。幻想郷でも珍しい存在なのかもしれないが、多くの能力を使うせいでどれも熟練度が低いうえ効果も高くない。

幻想郷では俺よりももっと強いやつがいっぱいいるだろう。現に一度勇儀に負けているのだし。

 

「さて、今日は取り敢えず保存食をアレンジしながら普通の料理も作る…のだが、皆苦手なものはあるか?」

 

俺が尋ねると一同首を振る。どうやら橙は辛いものは無理なようだが、今日作る予定のものに辛いものは入っていない。せいぜい七味唐辛子を使う程度だろう。

俺が調理に入ろうとしたら魔理沙から声があがる。

 

「折角ならキノコ料理をいれてくれ!それが美味しかったら定晴を私専属の料理人にしてやってもいいぜ?」

「専属料理人にはならん。が、キノコ料理なら作る予定だ。安心しろ。他にも藍のために油揚げも買ってある。あと橙が好きっていうから魚も」

 

橙が来ることは藍から連絡を受けていた。魔理沙がキノコ料理を好きな事も知っていたし、来る人が確定してから人里にて買ってきたのである。

早速調理開始。外の世界では移動が多い生活だったため、いつも幻空の中に保存食とか調味料を多少いれていた。保存食をアレンジすることは結構多かったのだ。今日は紫たちに飽きさせないためにも色々とアレンジを加えないとな。

料理開始から三十分。大半の料理が完成したため暇つぶしに外で弾幕ごっこをしていた魔理沙と橙を呼び、家の中で談笑していた藍と紫に声をかけて料理を並べていく。今日は人数が多かったしそれなりに色々と試すことができた。嬉しい限りである。

 

「さてさて、定晴はミキに渡された保存食をどうアレンジできたかしらね」

「食べてからのお楽しみだ、紫。取り敢えず頂くぞ」

「「「「いただきます」」」」

 

早速近くにあるものから口に運ぶ。

これは鯖缶を使ったパスタだな。麺もミキから貰ったやつ。思いのほか鯖缶の味が強かったため調味料を使って味を調えた一品だ。

他にも缶詰やその他冷凍食品のようなものなど色々アレンジした料理を多く並べている。

紫たちも美味しそうに食べているので成功と考えていいだろう。

 

「藍様が定晴さんの方が料理が美味しいと言っていたのですが…」

「そんなことないだろ。まあ俺は藍の料理は食べたこと無いが、俺はそこまで料理が上手いわけじゃないぞ?」

「あら、私は結構定晴の料理は美味しいと思っているのだけど」

「紫は何を言うか。式神を褒めろ。俺は実際レパートリーこそあるが料理の腕はそこそこだ」

 

当の藍はというと俺の料理を美味しそうに食べている。作ったものが美味しそうに食べられているのを見ると嬉しくなるもんだ。

しかし紫は食事の間は嬉しそうに食べるのだが、たまに窓の外を見ると難しい顔をしている。

 

「紫、何かあったのか?」

「え?あ、別に」

「そういや紫さー、霊夢がどこにいるか知らないか?最近見てないんだけど」

 

む?魔理沙も霊夢を見てないのか。

となると別に俺が霊夢に偶々会えていないのではなくずっと博麗神社を留守にしている可能性が高いな。

魔理沙の質問に紫は…

 

「うーん。今どこにいるのかは知らないわね」

 

多分嘘だ。

境界を操る程度の能力を使えば時間がかかりはするが確実に見つけることができるという。霊夢は幻想郷でも博麗の巫女という重要な役職。そんな彼女を見失ったとなれば紫にとっても問題だろう。

紫は何かしら理由があって霊夢の場所を明かしていない。さてさて、紫が霊夢の居場所を隠すほどの理由は…

ここで突然玄関のドアが叩かれる。その音を聞いたら紫は安心したような顔になった。

俺がドアを開けて叩いた誰かを確かめる。しかし俺は紫がなぜ安心したのか理解できなかった。

そこに立っていたのは博麗霊夢。どこに行っていたのかは知らない、がその姿は安心とは遠くかけ離れた姿だった。

ボロボロになった巫女服、ただの紙切れと化した博麗のお札、死ぬ寸前ぎりぎりまで減少した霊力…

そんな彼女が開口一番に発したのは、確かに不安ではないものかもしれない。

 

「定晴さん!美味しそうな匂いがするわ!食事を寄越しなさい!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五話 ボロボロの霊夢

「ん〜!これも美味しいわね!」

 

ボロボロの衣服のまま俺が作った料理を食べていく霊夢。元より余れば冷蔵保存とかしようと思って多めに作っているためこれで俺たちの分がなくなるとかそういったことは起きない。

しかしボロボロのまま食事をする姿はなんとも言えない有様だった。

 

「なぁ霊夢ー、ずっと何してたんだー?」

「妖怪退治よ。妖怪退治」

「ま、霊夢のことだから上手くやったんだろ?にしても今回は随分とボロボロじゃないか」

 

魔理沙の質問に霊夢が答えるといった形で会話は進んでいく。俺が訊きたいことは殆ど魔理沙が代わりに質問してくれたので俺たちは口を挟むことが出来なかった。

一通り質問に答えた後霊夢は満足そうにソファに寝転がった。

 

「ふ〜…紫ースキマ博麗神社まで繋げてー」

「私の能力を道具みたいに使わないでちょうだい」

「ケチー」

 

俺の家から博麗神社までそこまで距離はない。紫にスキマを頼んだのはいつもの面倒くさがりか、疲れからか、それとも別の理由か…

霊夢のおかげで準備した料理は全て食べ尽くされてしまった。保存するものがないが、まあミキに貰った保存食ならまだ多少なりとも残っているのでそれを食べることにしよう。

特に俺の家ですることもないため藍と橙、魔理沙は早々に帰っていった。食事には満足して貰えたようだし今回は成功と見ていいな。

しかし紫と霊夢は帰ろうとする素振りが見れない。

 

「紫、霊夢。帰らないのか?」

「そうね…霊夢?今回の妖怪退治、成功したのよね?」

「……残念だけど私じゃ無理だった」

 

まさか。博麗の巫女の霊夢ですら倒せなかった相手が地上にいるというのか。退治依頼がされるくらいだから良い妖怪ではないのだろう。

霊夢より強い悪い妖怪…そんなものが人里などを襲ったら大事件となる。

 

「やはりそうだったのね…」

「私は魔理沙に質問されたやつには正直に答えたわ。でも魔理沙ったら私が妖怪退治に成功したと思って話してたから成功とか失敗とかの話はなかったわね」

 

確かに魔理沙は霊夢に退治の成功についての質問はしてなかった。魔理沙は霊夢が妖怪退治を成功したことに何の疑いも持たなかったのだろう。

ここ幻想郷において霊夢以上に強い人間はいない。魔理沙も霊夢に追いつこうとしているが、霊夢の方が強いことは分かっている。その霊夢が失敗するなど夢にも思わなかったのかもしれない。

 

「となると…まずいわね…」

「霊夢で勝てない相手となると…紫たち妖怪が行った方がいいんじゃないか?」

「それは…」

 

そう言って押し黙る紫。

霊夢に訊いたところどうやら霊夢より先に妖怪が行ったが、誰一人戻って来なかったという。身体能力自体は妖怪よりも劣る身でありながらも生還した霊夢はまだいい方だったのかもしれない。

 

「定晴…地底から戻ってきて早々悪いんだけど…いえ、やっぱり忘れて。まだ私は地底での依頼のお礼すら払えてないのに」

「まあ依頼料については後払いでもいいよ。紫は確実に払ってくれるからな」

「あら、定晴さん地底行ってたの?」

 

そう言って疑問顔になる霊夢。どうやら全く知らなかったようだ。

地底で何をしていたのかを軽く説明する。霊夢も魔理沙も地底に行ったことがあるのでさとりたちとも面識がある。多少なりとも気になるところがあったのだろう。

 

「で?霊夢は何を倒しに行ってたんだ?」

「…これ言っていいの?」

 

紫に確認をとる霊夢。どうやら相当秘密裏の行動だったらしい。魔理沙たちに何も言わずに数週間ほど留守にしていたことを考えると当然と言えよう。

紫は何も言わずに頷くと霊夢は事の顛末を話しだした。

 

「まず私は紫自身から妖怪退治の依頼を受けたの。多分定晴さんが地底に行ってほしいって紫に言われた日じゃないかしら。で、私は早速対象を見に行ったの。何故か紫は教えてくれなかったからね。そこで、何を見たと思う?」

「もしかして死体が沢山転がってたとか…?」

「いいえ。その方が犯人も分かりやすかったのだけど。私が紫に言われた所に行ったらね、暗かったのよ」

 

洞窟か?それとも深夜に向かったのだろうか。 

まあどのみち動きにくいことは確かだが、それを態々俺に質問するだろうか。

 

「多分定晴さん洞窟とか夜とか思ったでしょ」

「うお、なんで分かった」

「勘よ勘。残念ながら私が向かったのは日中、そして屋外よ。別に建物に入ったり森に入ったわけじゃないわ。なんならあそこは平原だったしね」

「つまり…どういうことだ?」

「妖術、しかも相当広範囲のでその地点一帯が闇に落ちてたってわけ。さすがの私も怪しいって思うわけよ。それで私は霊力で明るくしようとしたの。でも闇に吸い込まれちゃうのよね。地面近くで照らしても地面が照らされることはなかった。まあ結論を言うとね、犯人はルーミアよ」

「ルーミアが?」

 

ルーミアと言えば俺が知ってる限り比較的温厚な性格だったはずだ。妖怪故人間を殺す事に抵抗は一切なく、なんなら人間を食べようという意識があった。

しかし一々目立つようなことはせず、空腹も人里の色々で満たしている。第一俺が見た感じルーミアはそこまで広範囲を闇にするほどの妖力はなかった。

 

「ルーミアってそんなに強くないって思ったでしょ」

「勘か?」

「ええ、勘よ。何でか知らないんだけどね、どうやら封印が外れてるみたいなのよね」

 

ルーミアの封印と言えば頭に付いていたリボンだ。自分では触れないと言っていた筈だし、誰かが故意か不注意か外してしまったようだ。

多分封印の中には妖怪としての本能も封印されていたのだろう。封印が外された今、自分の領域を作り周囲の物を喰らおうとしてるのではないだろうか。

 

「私は闇の中で結構頑張ったのだけど、結局やられちゃってね。こうして戻って来たってわけ。あのままだったら殺されてそうだし」

「じゃあルーミアの闇の領域はそのままか?」

「一応結界は貼っておいたけど、あの強さだったらいつ突破されても不思議じゃないわ」

 

つまり急がないとルーミアの闇の領域は更に広くなるということか。多分上空から見ればはっきりと分かるのだろう。誰かが巻き込まれていなければいいのだが…

 

「さて、本題よ。定晴さん、どうする?」

「さてさて、今回紫が依頼主となりそうだが…俺は行ってもいい、が被害が出るまでは積極的に動くつもりはない。紫、どうする?」

 

紫は困った顔をして黙り込む。どうやら相当悩んでいるらしい。

正直なところ俺は明日にでも行っていい。なんなら今からでも問題はない。しかし俺は依頼を受けてこその仕事だ。ただ働きを繰り返しては俺の身が保たない。

勿論紫はきちんと報酬を渡してくれるだろうが、紫としては連続で依頼するのは申し訳ないとでも思っているのだろう。外の世界では同じ人に五回程度連続で頼まれたことがあるから特に気にしないのだが。

 

「はぁ…分かったわ。定晴、依頼よ。ルーミアを倒して頂戴。出来れば封印という形が望ましいけど、あの子はそのままだと相当強いから最悪倒してしまっても構わないわ」

「よし、その依頼、承った」

 

俺は紫から第二の依頼〈ルーミアの封印〉を受諾した。

因みに紫がやれば良いという意見はなしだ。紫とて忙しいからな。俺が代わりをするということだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六話 残り香

ルーミア退治の依頼を正式に受けたからにはこちらも全力で挑まねばいけない。

ルーミアのことは知ってる…が、封印が解けている今俺の予想を上回ることも多いだろう。被害を増やさない為にも早急に、かつ情報収集で確実に。俺の仕事での指針だ。

 

「霊夢が行ったという平原ってどこにあるんだ?」

「うーん。あれ平原って言って正しいのかよく分からないのだけど、場所は太陽の花畑の北東部。博麗大結界にもそれなりに近い場所よ。森の中にちょっとした空間みたいなのがあって…そこよ。昔とある妖怪が暴れて木が生えなくなったとかいう噂があるけど、まあそんなことはおいといて、詳しい場所なら幽香にでも訊きなさい。その空間丸ごと闇に落ちてるから分かりやすいと思うわ」

 

大きさはどれほどかは分からないが、妖怪が暴れることが出来る程には広いようだ。木が生えないようにする妖怪など聞いたことないが、妖怪が暴れた結果そこに妖力溜りが出来て異常現象が発生するようになったという話なら聞いた事がある。きっとそこにも妖力溜りがあるのだろう。

では、妖力溜りがあるということがどういった事象を引き起こすのか。

まず妖怪が集まりやすくなる。妖怪は皆妖力を増やして力を振るう生物だ。自由に使える妖力があれば集まってくるのも当然と言える。

問題はここから。妖怪たちがその妖力溜りで妖力を蓄えるとその分強くなる。溜まっている妖力にも限界があるためいつかは無くなるだろうが、本人がいなくなっても残るほどの量だ。水を撒いた時に多ければ多いほど蒸発するまでの時間が延びるのと同じ原理である。

強化されている妖怪が中々無くならない妖力溜りに居座っているということは人間からすれば厄介なもので、場所という制限はあるもののその妖怪が純粋に強くなるのだ。戦闘するとなると尚更よそ見は出来ない問題である。

 

「となるとこちらもきちんと準備してからの方がいいな」

「ええ、そうして頂戴。霊夢がこれほどまでやられる相手よ。定晴だってそう簡単に勝てる相手ではないと思うの」

 

紫が心配そうに声を掛けてくる。

幻想郷でも屈指の実力者である霊夢がボロボロになり、命からがら帰ってきた相手だ。慢心していては即座に返り討ちにあうだろう。

よし、では今日のところは休んで体力を回復させる。同時進行で対ルーミアのスペカ開発をしてもいいな。霊力は体力とは直結していないため、無くならなければ倒れたりすることはない。

 

「分かった。今日は休むよ」

「今日の夜ご飯の片付けは藍にさせるから。定晴は休みなさい」

「んじゃお言葉に甘えて…」

 

そう言って俺は自室に向かう。

地霊殿で一日休んでいるにせよ疲労はそう簡単にはとれない。時間がある時に休息していざという時のために体力は残しておく方が得策だ。

 


 

その夜。珍しいことに狂気の方から話しかけてきた。

 

『定晴、今回のは少し警戒しておけ』

「その心は?」

『今回の敵は…どうも正気とは思えない』

 

狂気がこんなことを言うなんて珍しいな。もともと狂気は俺の行動には口出しをすることはなく、サポートに徹してくれている。これのどこが狂気なのかって言われると困るのだが、狂気とて安定していればそこまで脅威になるものではない。

狂気は普段相手から負の感情を読み取っている。全ての負の感情はどれも根本には狂気があるとか言っていたが、俺には全く感知ができないためイメージもできない。

しかし今回はまだルーミアと会っていない。それなのに負の感情を読み取るとはこれいかに。

 

『微妙に霊夢に残っていた。妖力と同じで狂気も強ければその分そこに痕跡を残す。それの結果と言えるな』

「それだけ狂気が強かったってことか?」

『簡単に言うとそういうことだ。ただ感情が他者に付着するなんて中々無い事だ。その中々無い事が起きたってことは相手はそれが起こせるほどの能力を持ってるということ。気を付けろよ』

 

奇跡というと誇張表現だが、滅多に起こらないということを実現させたルーミア。封印時はあまりそういった雰囲気は感じなかったが、随分と強大になったものだ。

そんなルーミアを封印したという人には尊敬の念を持たざるを得ないな。

にしても封印を解いた奴は何を考えていたのだろうか。封印自体はルーミアに直接触れているからその封印を解いたやつもルーミアに襲われたのだろうか。

 

『或いはルーミアは封印を解いた奴の影響を受けているという可能性もあるな。正気で無くなればそれほど他者からの影響を受けやすい』

「直接ルーミアに会わないとそこらへん分からないな」

 

明日にはルーミアの元に出向く。

様々な考えを巡らせながら俺は眠りについた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七話 実験with闇

朝、いつもと同じ時間に起きて朝食を摂る。

今日は情報収集目的で近付いてみる。そもそも正確な位置も分かっていないため場所が近いという太陽の花畑にいる幽香にでも聞いてから移動しなければならない。ルーミアと対敵する以外にも色々と時間が必要なのだ。

今は少しでも時間が惜しい。移動しながらでも食べる事ができるパンを手に取り食べながら向かうとしよう。行儀は悪いが幻想郷では飛びながら飲食するなんて結構日常茶飯事だ。幻想郷代表のような立ち位置の霊夢ですらたまに空を飛びながら食べ物を食べていたりする。

食パンとジャムを手に取り家を出る。向かう場所は太陽の花畑だ。夏はほとんどを地底で過ごしてしまったため時は既に残暑の季節。一面の向日葵を見る事ができるのは来年になりそうだな。

家から真っすぐ飛ぶこと二十分程度。未だに残っている向日葵の黄色が見えてきた辺りで高度を下げる。変な所に降りて花を踏んだりしたら幽香からの攻撃が大量に飛んでくる。

幽香は花の世話をするために前から結構早起きなためこの時間なら問題なく起きていると思うが…

 

「あら、誰かと思ったら定晴じゃないの。何の用かしら?私に会いに来てくれたの?」

「残念ながら違うんだ。霊夢に聞いたんだがここらへんに大規模な闇が発生してるところがあるらしくそれがここから近い所の森が開けているところらしいんだが…」

「そこへ行くの…?」

 

俺が事情を説明すると途端幽香の表情が曇った。何があるのかは知らないが現在そこは危険区域となっている。幽香がどこまで知っているかは知らないが元々妖力が溜まっている場所だとしたら耳にしたことくらいはあるだろう。幽香は努力の甲斐あってか妖力量はとても多いため妖力溜まりに頼る必要が無いためあまり縁はないだろうがな。

 

「異変を感じて見に行ったわ。あそこは危険よ。まあ定晴だからこそ行くのだろうけど一応確認するわ。大丈夫なのね?」

「危ないと思ったら戻ってくるさ。今日だけで解決するつもりはない。一日で解決するなら俺は出る幕が無いからな」

 

一日の間で終わるものなら霊夢でも十分対処できるものだと俺は思っている。勿論霊夢にも向き不向きがあるだろうからその限りではないだろうが霊夢だって今まで多くの異変解決や妖怪退治をしてきた。持ち前の実力で大体のことならなんとかするだろう。

俺の返答を聞いて安心したか幽香は少し考えた後に一度頷き口を開いた。

 

「分かったわ。それじゃついて着て頂戴」

 

そう言うと日傘を持ち直し飛び立った。その後ろを追随するように追いかける。

幻想郷の少女は空を飛ぶことを前提に衣服を選んでいるため飛んだからといって下着が見えたりすることはない。勿論見ようと下に行ったりするともれなく吹き飛ばされる。最近も妖怪の山在住の天狗の一人が吹き飛ばされたとかなんとか。

閑話休題

幽香について飛んでいくこと十分。突如目の前に真っ黒い塊が現れた。ルーミアの闇である。

霊夢に言われた広い平原は全く見ることができず、見えるのは球状に広がった闇。外からは中を見ることはできない。ルーミアの闇は一般の[暗い]とは違うのだ。ルーミアの闇はすべてのものを取り込む最強の闇。その闇の中では光もすべて吸収されてしまい手元すらも見ることができないという。

目の前に広がる大きな闇を見て幽香が呟く。

 

「前に見たときから移動した…いえ、大きくなってるわね」

「範囲が拡大してるってことか?」

「ええ、全方向に少し大きくなってる。闇は球体状なのだから当然といえば当然ね」

 

どうやらルーミアの闇は現在も拡大中とのこと。そういえばここは本当に妖力溜りなのだろうか。これは俺のただの予想に過ぎないので違う可能性もある。外の世界での経験上そういう場所に妖怪が集まるという考えの結果なのだが…

 

「ええ、その理解は正しいわ。確かにここは妖力が溜まっている。元々ここにいた妖怪たちはどこにいったのでしょうね」

 

多分だがこの闇の中に飲まれている。妖怪同士で殺し合い食い合うみたいなこともあるのだし、既にルーミアに食べられているかもしれない。そもそもルーミアは人間を食べることに対しても嫌悪感のようなものは感じていないようだし、最初に会ったときも温厚な様子だったからよかったものの人里で食べ物が手に入らないとなるとルーミアが容赦なく人間を食い殺すのだろう。

 

「それで?ここまで案内したはいいけどここからどうするつもりかしら?あの闇の中では明かりなんて無いようなものよ。あの空間内の花達とも連絡がつかなくて私は心配なのだけど、そんな風に外との連絡すらも遮断する効果もあるみたいよ。定晴はどうするつもりかしら?」

 

色々と試してみたいことがある。ルーミアの闇は確かルーミアを中心に広げるものだったはずだ。ということはこの球体の中心にいると考えて問題ないだろう。勿論強化されている今ルーミアが自在に操れるようになって全然違うところからこの闇を発生させているという可能性もあるが。

取り敢えずできることから試してみよう。全部だめだったらいっそのこと中心に向かって突っ込めばいい。

 

聖地【極楽浄土】

 

対妖怪用スペルの最高位、極楽浄土。妖力で構成されているものだったら大体消し飛ばすことができるのだが…

結果報告。多少は飛んだ。しかしこのスペルはあまり長時間攻撃するものではなく、闇をすべて消し飛ばすことは無理そうだ。吹き飛ばした端から修復されるため明らかに攻撃速度が足りない。

では次は輝剣を試すとするか。この剣には光の効果がある。この剣自体がひとつの光源となるのだ。光源が無効化されるためこれを光源に移動しようとは考えない。これで広範囲を切ることができれば…

 

剣術【五月雨斬り】

 

広範囲の剣術技。これで多少は闇を切れないかと試してみたんだが…ふむ。あまり効果はないか。先程試した極楽浄土とほとんど結果は変わらない。

あまりスペルを無駄打ちするわけにもいかないのでここらへんで少し休憩。スペルを撃つには霊力や魔力が必要なのだ。いざ戦闘するときになって枯渇してるなんてことになったら笑えない。

因みに俺が色々と実験している間幽香はずっと近くで見ていた。多分花の状態が気がかりなんだろう。この暗闇の中の生物がどうなっているのかは全く分からない。確認しようにも中では一切の視覚が働かないから触るぐらいしか方法がないのである。

 

「これは…やはり突撃しかないだろうか…」

「だめよ!危ないじゃない」

 

俺がもういっそのこと突撃しようかと呟いたら幽香に全力で止められた。まあ何があるのかすらわからない暗闇だ。突撃にはそれ相応の危険が伴うのは分かっているが…

実はこの暗闇を確実に払う方法を一つ思いついている。俺の持つ能力で最も効果があるという確信がある力、無効化だ。暗闇はこの一個体なので多分使ったら一瞬で全ての闇が払われる。しかしそれを使うとルーミアも俺が闇を晴らしたことに気が付くことになる。無効化は使用後に微妙な硬直時間があるせいで反撃されると困る。それに…

 

「幽香、戻らないのか?」

「あら、私がいたら迷惑かしら?私は定晴が危険な目に合わないように周囲を警戒しているだけよ」

 

幽香には無効化の力を見せたことが無い。そもそも使う回数すらそこまで多くない。霊力を多く消費する技だ。連発するわけにはいかない。

俺がこれを他の人に教えないのはこの能力の欠点を知られるわけにはいかないからだ。ミキと紫には実験に協力してもらった手前変に誤魔化すことはできないだろうと思い明かしている。そもそもあいつらならそう易々と秘密を言うことはない。あいつら自身のことすら秘密だらけだって言うのに。

しかし幽香は違う。信用していないということではなく、必要が無いのに能力を教えることは結構リスキーだからである。必要のない賭けはあまりしたくない。

幽香は相当信頼できる人の部類に入る。しかし必要のないことまで教えるつもりもない。幽香が言い触らすとは思っていないが、変に怪しまれるのも嫌だからな。

なんとかして幽香に去ってもらうか…

 

「…なんだか私がいたら不都合そうね。ちゃんと帰ってくるっていう約束をするんだったら私は帰るわ」

「約束する。無傷とはいかないだろうがな」

「死ななければいいのよ。手当なんて私がしてあげるわ」

 

そういうと幽香は花畑に戻っていった。これで問題はないはず…近くで誰かが見ていないという確証はないが、近くで見られない限り俺が何かしたなんて分からないだろう。

無効化を発動したら硬直が発生するが身を守るのであれば前もって結界を張っておけばいいことだ。俺が霊力を流して維持するものではなく、結界自身に霊力を込めて独立させる方法で結界を張れば俺が硬直しても結界はそのままだ。

霊力を高めていく。魔力との相性がそこまでよくない俺は全てを霊力任せにしている。どうしても魔力では補いきれないのだ。いつか魔力を使っても問題なくなれば霊力と魔力の併用とかできて便利なんだけどなぁ…

霊力が高まった状態で無効化を発動する。周囲から見ても俺が能力を発動したことなんか分からない。見た目で言えば全く変わっていない。客観的に見て分かるのは精々霊力が高まったことくらいだろう。

無効化を発動したままで…触れる。

その瞬間目の前に広がってきた闇が消えた。そして俺に襲い掛かる硬直。前もって結界を張っているので攻撃されても大丈夫だと思いたいが…

 

「あれ?」

 

硬直がおさまってから口を開く。暗闇を消したにも関わらず全く反応がない。

先程と違い新しく暗闇が生成されている様子はないからもしかして首謀者が逃げたか?この場合首謀者はルーミアになるわけだが。

先程まで闇に覆われていた場所には何もない。妖怪の姿はなく、植物は元のままだろう。普通に茂っている。幽香の不安事はこれで解決されたわけだが…?

 

「っ!」

 

輝剣を背後に振る。別に何かが見えたわけではない。そもそも背後を見る方法は俺にはない。しかし俺は半ば本能のように輝剣を振った。

特に何かに当たった気配はない。だが俺は後ろに何かがいることに確信を持っていた。

俺は後ろを振り返る先程出した結界を移動させて身を守るようにしながら。

俺の背後にいたのは…服装や見た目はルーミアにそっくりな俺が知らない妖怪だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八話 問答

「あら、どうしたのかしら?驚いたような顔をして」

 

ルーミアとよく似た女性が話し掛けてくる。この状況を見てもあれがルーミアであるのは間違いないだろう。しかし俺のお腹辺りまでしか無かった背丈が俺と同じくらいになり、話し方や放つ雰囲気が全然違う。

なによりその妖力の質が桁違いだ。妖力は妖怪の強さを決める。紫や幽香などは相当な妖力を持っているため大妖怪と呼ばれている…だが目の前のルーミアが持つ妖力は紫に匹敵するほどの量がある。この量をあんなリボン形の封印でずっと抑えていたなんて昔ルーミアを封印した人には脱帽だ。

 

「まあ仕方無いわね。でもこれが私の本当の姿。そして私は妖怪であなたは人間。これがどういうことだか分かるかしら?封印状態では妖力の消費も少なくて人間を食べなくともどうってことなかったけど今は違う。霊夢は逃しちゃったけど、今度は逃さない。私のご飯?逃げないでね」

 

俺はとてつもない悪寒がしてその場から飛び退いた。俺がさっきまでいた所が一瞬にして闇に飲まれる。ルーミアの闇には攻撃性能は無かったはずだ。しかしルーミアは初撃で闇を放ってきた。今のルーミアには俺が知っている知識は通用しないと考えた方が良さそうだ。

 

「逃さないわよ」

 

闇の向こうからどす黒い声が聞こえると同時に周囲に闇と共に人を殺す事ができる威力を持った弾幕が展開された。

さすがに一撃死というわけではないが、当たるとまずいな。結界と輝剣、更には幻空の中から家宝の剣を出して凌いでいく。だが数が多い。このままではジリ貧だ。

逃げることなら可能か?今は昼間で周囲はさっき無効化を使ったお陰で晴れている。結界と二刀剣術なら攻撃を防ぎつつ逃げることができるかもしれない。

何も初対面で倒さなければいけないということはない。作戦を立てることも必要だろう。俺が知っているルーミアとは何もかもが違うため初見で戦うにはあまりにも不利だ。

 

「あら。逃げようとしてるわね?でも残念…あなたは既に籠の中」

 

ルーミアの声が響くと俺の周囲に闇が展開される。俺自身に浄化の能力が常に働いているからまだ手元などは見えるが、もしなかったら今頃一寸先も見えない闇の中に閉じ込められていたであろう。

勿論手元が見えた所で外が見えない闇の籠の中に閉じ込められているのは変わらない。どうやら相当厚く広がっているようで輝剣で斬っても外を見ることは叶わない。

闇の中から突然の弾幕。更にはルーミアのものであろう爪が伸びてきて俺を切裂こうとする。流石に見えてから俺に当たるまで二秒と無い状況ではいくつか被弾してしまう。

 

「ルーミア!お前の目的はなんだ!」

 

逃げようと闇に突入しても何も認知することなく俺は殺されるだろうから唯一当たるまで猶予があるここでルーミアに呼び掛ける。逃げるという選択肢は既に俺には残っていない。

 

「目的?人間を食らうこと。そして幻想郷を闇に落とすこと?」

「なんで疑問系なんだ!」

「これは私にも分からなくてね…ま、そんなことどうでもいいでしょ。妖怪の行動原理なんてどうでもいいものばかりよ」

 

ルーミアはそう言うと攻撃を再開する。

幻想郷を闇に落とす…言葉通りルーミアの持つ闇を操る程度の能力で幻想郷全体を闇で覆うことだろうか。それを紫が許すとは思えないが、ルーミアが疑問系で返事したところを見ると妖怪の本能とかそういう類のものなのだろう。意味を求めてはいけない。空腹時に何かを食べたいと思う欲求と同じだ。

 

「その封印はどうやって解いた!協力者がいるのか?」

「…」

 

この質問には答えてくれないらしい。ルーミア自身では封印に触ることは出来ないらしいし誰か違う人に解除してもらったのだろうか。

妖怪の力を長い間封じ込めていた封印だ。人里の人間のような一般人に解けるとは思えない。そもそも俺がしても解けるとは思えなかった。最初見たときに封印であることは分かったものの、その構造は全くもって理解出来なかった。時間をかけてすれば多少は進展するだろうが、多分一週間以上かかる。そんなに長い間色々していたら変に思われるだろうからそんなに時間は掛けていないはずだ。となると封印に長けていて尚かつルーミアの封印を解くことにメリットがある者となる。

 

「ルーミア以外に封印が解けて暴れてるやつはいないのか?」

「それは知らないわ。私以外に変な現象が起きてないってことはそういうことなんじゃないの?」

 

こっちは曖昧にだが答えてくれた。となると協力関係の何か隠しておきたいことがあるようだな。まあ十中八九封印を解いた奴のことだろうがな。

しかしここでずっとルーミアと問答していても仕方無い。ルーミアと会話している間も俺は少しずつ体力が減り被弾していっている。もし俺がここで気絶したらすぐにでもルーミアのご飯になること間違いなしだ。

なんとかこの状況を打破したいが、俺の声が届く範囲に俺を助けてくれる奴が通らなければ難しいだろう。幽香が一番確率として高いが、先程家に帰らせてしまった。戻ってくる確率は五分五分といったところ。

霊夢はボロボロでまだ神社で転がっているだろうし、何よりここは博麗大結界の近くだ。普通の妖怪ではここを通ることすらないだろう。妖怪の山は少し遠いし、ここら辺は先程見た感じ森しかなかった。ここを誰かが通ることなど殆どないだろう。やはり自分の力で切り抜けなければいけないようだ。

状況を打破するために頭の中で作戦を立てると同時に時間稼ぎの意味も込めてルーミアに更なる質問をかける。

 

「なんであんな大きな闇を展開していた!」

「あれを見て不思議そうな顔をしながら人間やら妖怪らやが来るのよ。私としても久しぶりに人間を食べるのだし色々と試したくてあんな風にしてたのよ。それに現状定晴という新たな食事も連れたしね」

「残念だが簡単に俺を食えるとは思うなよ!」

 

思いの外色々と話してくれるルーミア。隠すことに意味がないと思っているのか話してしまっても大丈夫なのだという自信があるのか…どちらにせよルーミアが優位なのは変わらないのだから本人に取っては取るに足らないことなのかもしれないな。

 

「なんで人間を襲う?」

「それは私が妖怪だからよ」

「でも前のルーミアは人間を食べることなんてあまり考えてなかったように思えるぞ」

「あれは…気が変わっただけよ」

 

不自然の間の後に言い訳のように話すルーミア。もしかして封印状態の自分を覚えていないのかとも思ったが、先程俺のことを名前で呼んでいたことを思い出し思考を中断する。

ルーミアの何度も問答しているが俺は未だに突破口を見つけられずにいた。このままではルーミアの餌食となってしまうが何も解決策が見つからないまま俺には疲労とダメージが溜まっていく。後十分ほどで霊力も切れて結界と輝剣が使えなくなる。いや輝剣は実体のある武器なので使えなくなるわけではなく浮かせたり移動させたりということができなくなる。

 

「ルーミア、お前はなんでこんなことをするんだ。幻想郷のこと嫌いじゃないんだろ?」

「でも幻想郷は私を嫌うわ。闇を操り全てを闇に落とす私なんて…勿論受け入れるのでしょうけど」

「じゃあルーミアは誰にも好かれてないと言うのか?」

「ええそうよ。私を好ましく思う生き物なんていないのよ。闇は常に闇。現実から忌み嫌われる存在なの」 

「でも俺はルーミアのこと好きだぞ?」

「っ」

 

俺がそういうと途端に攻撃が止んだ。俺はそのままの意味でルーミアのことは嫌っていないと言ったのだが、もしかして効果があったのか?

 

「こんな時に苛つくことを言ってんじゃないわよ!」

 

突然怒りを含んだ叫び声が響き俺の周囲を大量の弾幕が覆う。どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。

回避不可、弾いてもその奥に配置されている弾が当たる…絶体絶命とはこのことか。

全方位に結界を貼り輝剣と家宝の剣で弾く…が所詮焼け石に水であり、俺を大量の弾幕が襲う。至る所に被弾して少しずつ意識が遠くなる。

この意識を手放したら死ぬ…が我慢できない…このままでは…

 


 

定晴が目の前で落ちる。とうとう意識を手放したのだろう。だが私の手はなぜか動こうとしない。

なぜ…?

どうして…?

目の前に大量の霊力を持つ人間が無防備で落ちているのに…頭の中に先程定晴に言われた言葉が反響する。

「でも俺はルーミアのこと好きだぞ?」…なによ。こんなのただの逃げの一言であって私はただの妖怪。人間なんて誰でも問答無用で食べる。実際霊夢にも何度か躊躇いなく噛み付いた。

でも…

でも…

 

「……あーもう。今は食欲がないのねきっと。良かったわね。命拾いしたわね定晴」

 

気絶して聞いてなどいないだろうけど。

はぁ…人間の一言でここまで動けなくなるなんて私もまだまだね。

そう思った後私は落ちていく定晴を捕まえて安全な場所にねかせてあげたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九話 幽香の心配事

目覚めると目の前に見えるは知らない天井だった。天井?表現として正しいか分からないな。

どうやら俺は洞窟の中で眠らされていたようだ。ルーミアの攻撃で気絶したとこまでは覚えている。その証拠に俺の衣服は未だにボロボロのままだ。

しかし俺はまだ生きている。もしかして死後の世界なのかと一瞬思ったけどそれにしては意識がはっきりしすぎだし狂気も普通に魂にいる。

となると誰かに助けられたのだろうか。あのルーミアのことだから気絶したら速攻食らってくるだろう。それなのに生きているということは誰かが助けてくれたに他ならない。通りがかりの妖怪か、はたまた様子を見に幽香が戻ってきたか…いや、幽香の場合洞窟に放置なんてことはしないだろう。ということは誰かが通りかかって助けてくれたということだ。誰だか分からないが感謝だな。

洞窟から外に出る。既に外は暗くなっていて月は殆ど真上に来ている。どうやら真夜中のようだ。

助けてくれたのが幽香ではないとすると当の幽香は相当心配しているのではなかろうか。あそこまで俺に無事に帰ってこいと言ったのだ。この時間になっても戻ってこないとなると心配しているかもしれない。案外忘れて寝てるかもしれないけど。

取り敢えず幽香の家に向かうとしよう。どうやらこの洞窟は先程までルーミアと戦っていた場所から然程離れていないようで、高く飛べばすぐにどちらに行けばいいのか分かったのが幸いだ。

幽香の家に着くと未だに家の電気は点いていた。どうやらまだ起きているようだ。

 

「幽香ー俺だー」

 

ドアを叩いて呼ぶ。もしかしたら電気を点けたまま寝てる可能性もあるが、この幻想郷で使われている電気というのは大体が妖力を元に点けているため寝ると勝手に消えるという。俺の家の電子機器と同じだな。

俺がドアを叩いて数秒後。ドタドタと家の中から音がすると同時に扉が開け放たれ幽香が飛び出してきた。その勢いで俺を抱きしめる。

 

「よかった!!」

「ぐお。苦しい…」

「あ、ごめんなさい」

 

幽香は見た目少女と言えど大妖怪であることには変わらない。俺は能力を使用するために体もそれなりに鍛えているから大丈夫だが、一般人なら既に骨がニ、三本折れているところだ。

 

「でも本当よかったわ。全然帰ってこないし現場に行っても誰もいなくなってるし。入れ違えたかなと思ってずっと家で待っていたけどその間ずっと私心配してたのよ?」

「悪かったよ。気絶させられて近くにあった洞窟で眠ってたんだ。誰かが助けてくれたようなんだ」

 

幽香が早口で話すのを制止させて俺の状況も話す。どうやら相当心配させてしまったようだ。反省。

俺が助けられたことを言うと何故か不思議そうな顔をした幽香だが、すぐに元の笑顔に戻って話し始める。そんなに俺が助けられたことが珍しいのだろうか。

 

「定晴はご飯食べた…わけないわよね。夜ご飯食べていかない?定晴も疲れてるでしょ?というか食べないなんて言わせないわよ」

 

幽香の有無を言わさない威圧感に押され頷く。するも幽香は嬉しそうな顔をして奥に入っていった。それに俺もついていく。

幽香は早速キッチンと思われる場所で料理を始めた。河童の発明のおかげで妖力だけで電気を発生させたり火を起こしたりできるらしい。俺もにとりに頼んで霊力で起動できるものを作ってもらおうかな。

料理はものの数分で終わった。メニューはパスタだ。山菜がほどよく入っていていい匂いがする。海のない幻想郷ではツナをいれるとか出来ないため山菜中心のメニューになりやすい。健康的でいいとは思うが魚介類からしか摂れない栄養素もあるしなんとなく健康的ではないような気もする。

味は言わずもがな美味しかった。俺がパスタを食べる間ずっと見られていたのがなんとも落ち着かなかったが、とても嬉しそうに見てくるため俺も強くやめろとは言えなかった。

食後、幽香の出してくれたお茶を飲みながら今後について話す。

 

「ルーミアがどこにいったか分かるか?」

「いいえ。全く。でも平原にあった巨大な闇の塊は無くなっていたわね。まだ他に闇の塊ができたという話は聞いてないから今はどこかに隠れているんじゃないの?」

「ルーミアと話して分かったが、今のあいつは断然妖怪感が増している。人間を食らうことを積極的にしているようだ。元より人間を食うことには抵抗が無いらしいが、大妖精に聞いた話だとあまり積極的には動かず、食えたらラッキー程度にしか思っていなかったらしい。だが今は積極的に動いている。ルーミアの能力は一般人には厄介極まりないものだし、被害が出ると大変なことになる。早めに何かしら対処したいものだが…」

「まあ私も人間を食うとかに抵抗はないわ。あまりしたくはないけどね。定晴みたいに大切な人だと尚更…ね」

 

妖怪はその生存本能故誰もが人間を食らうことには抵抗がないように見える。人間を驚かせることが目的の妖怪は人間がいなくなると困るため抵抗があるらしいからその限りでもないのだが。

兎にも角にもルーミアは早めになんとかしたい。出来る事なら封印をしたい。ルーミアを気絶させることが出来れば前と同じようにリボンを付けて封印することもできるだろう。戦うことは今回しょうがないものとする。でなければ妖怪退治など誰にもできない。

 

「あの子は闇を操るんだからどこかの洞窟とか森の中を彷徨ってるんじゃない?」

「そうだな。明日は捜索することにしよう」

「じゃあ早く寝ないといけないわね。どう?私の家で寝ない?」

 

幽香が流れるように寝泊まりをおすすめしてきた。流石に女の子と同じ屋根の下で寝るのは些か抵抗があるな。

断ろうとしたら幽香がとても悲しそうな、寂しそうな顔で見つめてきた。そこまで眠らせたいか、俺を。

なんか朝ご飯は作るからとか色々と言われたし、ここから家に帰るのも若干億劫なので今回は俺が折れるとしよう。幻空に寝間着など入れているわけないからこの服のまま寝ることになりそうだ。まあ俺が寝るのはソファだ。幽香はベッドを譲ってきたが流石にそこまでは出来ない…というか普段幽香が使っているベッドを使うのは少し抵抗がある。

私服のままベッドを使うのも申しわけないので俺はソファで眠ることにした。俺が寝られるほど広いソファで助かった。  

俺は昼間の疲れと明日への準備のために早く寝た。今の今まで洞窟で寝ていたというのにすぐに寝れたのは我ながら驚いた。

 


 

…定晴が私の家にいて、更に目の前で寝ている。疲れが溜まっていたのか既に意識は夢の中のようだ。

昔は私も定晴と寝ていた。あの頃は全く定晴のことも信用出来ず、同じところで生活していても全く意識していなかった。

が、その時もだけど定晴ってば変に気配りが出来すぎているのよね。普通気付かないようなところにも目を配っているし、優しいし…気が付いたら私は定晴のことが好きになっていた。一週間とちょっとで嫌いだった人間を好きになるなんて私もチョロいようだけど、それだけ定晴には魅力があったということだろう。

 

「…ふふ、定晴…」

 

私が定晴のことを好きだと自覚したのは定晴と別れてしばらくしてからだった。なんというか…定晴のことを思い出すとドキドキするのだ。今だってそう。私ったらホント惚れてるなぁなんて思うけど、それは感情の問題だから仕方無いわよね。

でだ。私はベッドで寝るということになっている。正直私も人を好きになるなんて経験ないから添い寝とか…は恥ずかしくてできたものではないけど。

というか同じ屋根の下にいるのだと意識するだけでも顔が熱くなるのだけど。定晴は昔から鈍感だから本人にその意識はないだろうけど。

私だけドキドキするなんて不公平だとは思うが、まあ、こういうのもたまには悪くないかなって…そう思う。

…定晴は寝ているのだし…いえ…でも…気付かれないわよね…よし。

私はベッドに向かう…けどその前に…寝ている定晴の頬に一回だけ…口付けをして…

 

「おやすみ、定晴…好きよ、いつかは…貴方に直接言えたらいいのだけど…」

 

そして私はベッドに潜る。中々火照った顔は収まらないけど…どうしようもない幸福感があったのは…やはり私はホント惚れている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十話 押し付け問答

朝は幽香に起こされた。俺もそれなりに早起きの部類に入ると思っていたのだが、植物の世話を欠かさずしている幽香は俺よりも早く起きて色々としているらしく、一時間以上前に起きていたことには驚いた。

どうやら疲れていることを考慮したのか俺を起こしたのは朝食が完成した後。幽香に作ってもらった朝食を食べながら軽い会話をする。

さて、この後はどうしたものか。探索に行くのは当然なのだが、どこに行くのかさえ決まっていない。

 

「ならまずは昨日の場所に行ったらいいんじゃないかしら?」

「でも闇の塊は出現していないんだろう?」

「もしルーミアが隠れようとしているのなら出現しないのも当然よ。よく言うでしょ?犯人は現場に戻るって」

 

確かにそうだな…昨日いなくなったのは居場所が俺にバレたからであって、未だに妖力をためているのかもしれない。どれも可能性の範囲でしかないが、今のところ行く場所なんてないので最初はそこに向かうとしよう。そこで何も見つからなかったらその時はその時だ。また何か考えればいい。

朝食後、俺は昨日の平原に向かう…その時

 

「私も行くわ」

「え?今日は捜索がメインだから別に一人でも大丈夫だぞ?」

「また帰ってこなかったら嫌だし…それに人が多かったら捜索だって楽でしょ?私なら周囲の花たちと会話できるから貴方よりも捜すのは得意だと思うけど?」

 

と丸め込まれてしまったので幽香も同行することになった。

どうやら俺が帰ってこなかったら心配になるらしいので、今回の事件中は夜までには顔を出すことにしよう。さすがに連日泊めてもらうわけにもいかないので、顔を見せるだけだが。

 

「ここよね…」

「ああ、そうだ。別になんともないな」

 

現場に到着。しかし周囲には変な妖力を感じず、妖力溜りもそのままだ。特に強い妖力が宿った妖力溜りではその妖力の影響で近くの草花や生物が妖怪となったり妖力体となって妖力を発するようになるため、しばらくすれば元の状態に戻る。そのためここは一晩の内に減った妖力はほとんど回復し、あまり変化はなかった。

強い妖力であればあるほど隠すのが難しいため、封印が解かれたばかりのルーミアでは昔は上手く扱っていたにせよ今はそう簡単に隠せるとは思えない。なんとかルーミアが妖力を完全に扱えるようになる前に解決したいところだ。昨日の時にあれでは本気のルーミア相手では正直負けると思う。

 

「周囲の花たちもルーミアは見てないって言ってるわ。帰ってこなかったのかしら」

「幻想郷は妖怪が多いせいで妖力溜りも多い。別の場所に移ったのかもしれない」

 

俺が考え事をしている間に幽香が花たちに聞いていたようだ。

さとりにも言われたが俺は少々考え事が多いな。だがまあそれのおかげで常に冷静な判断をすることができるので今のところ問題視はしていない。

 

「となると次は妖力溜りを探してみていく感じなのかしら?」

「そうだな。といっても俺は幻想郷の妖力溜りなんてどこになるのか分からないから…幽香、頼めるか?」

「案内ね、任せないさい!」

 

そう嬉しそうに返事をする幽香。頼られたのが嬉しかったのだろうか、昨日の無効化を使う時に少し無理やり帰してしまったからそれで少し怒っていたのかもしれない。

その後幽香と共に色々な場所を見て回ったが、一度もルーミアの姿を見る事はなく有力な情報を得ることもできなかった。

そして時間が経ち夜になる。捜索自体は夜でも可能だが、妖怪にとってはベストコンディションの時間。幽香ならまだしも俺だと今のルーミアに夜の戦闘で勝てる気がしない。見つかったとしてそのまま襲ってきたら俺はひとたまりもなく死ぬだろう。

そのため今日の捜索はここで打ち切りとなり、帰宅することになったのだが…

 

「なんでよ!別に私の家でもいいでしょう!?」

「いや、だから二日連続で泊めてもらうのは悪いって。今は時間も大丈夫だから俺は自宅に…」

「別に私は迷惑に思ってないわよ!」

 

とまあ、こんな感じでずっと問答を繰り広げているのであった。

俺は元々今日は自分の家に帰る予定だったのだが、どうやら幽香は違ったらしく今日も俺を家に泊めてくれるらしい…のだが、今日は夜遅いわけでもないし、なんなら夕食の時間のちょっと前だ。別に幽香の家に泊まる理由はない。幽香の善意を無碍にするのもどうかとは思うが、俺は俺で二日連続で女性の家に泊めてもらう気にはならなかった。

そしてその問答を繰り返して既に十分が経過していて、未だになんの進展もしていない。

 

「俺は困るって、二日も連続で泊めてもらうのは気分的によくない」

「私が許可してるのよ?別にいいじゃない」

 

幽香はずっと私は大丈夫の一点張り。議論が進展しない理由はそこにあるのだが、それを断る俺の理由も気分的に乗らないだからさて困った。

俺が純粋に嫌だと言えば引くだろう。幽香は人の嫌がることは積極的にしない。しかし、それは同時に幽香に傷をつけてしまうこになりそうで俺は怖いのだ。

このままではずっと問答が続くことになるだろうし、そろそろ何かきっかけが欲しいところだが…

 

「あら、あんたたち何してるのよ?」

「あら、霊夢じゃない。聞いてよ、定晴ったら私の家に泊まってくれないのよ」

「別に普通じゃない?妖怪でしかも女性でありながらそんなぐいぐい行く貴女の方が異常なんじゃないかしら」

 

霊夢特有の誰であろうと関係ないはっきりとした意見。霊夢が悩み事なんてするのはお金と食事だけって魔理沙が言っていたのだが、このずばっと切り込む感じ…映姫に似ているところがあるかもしれない。霊夢は映姫を嫌っているから否定するだろうけどな。

霊夢の意見を聞いて幽香が途端静かになる。なんだろう…なんとなく嫌な予感が…

 

「もういいわよ!知らない!定晴なんて死んじゃえばーか!」

 

と捨て台詞を吐いて太陽の花畑の方向にすっ飛んでいった。

なんというか…とばっちりじゃないか?意見を言ったのは霊夢であり、俺がはっきりと断ったわけでもないのに幽香は俺だけを罵倒して帰ってしまった。

その様子を見て霊夢が一言。

 

「あら、思いのほか聞き分けがいいのね」

 

霊夢よ、それはお前の言い方が悪いのもあったんじゃないか…?

口に出すことは出来なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十一話 忠告とお願い

翌日、自分の寝室で起きた俺はやはり自分の家はいいなということを再確認しつつ(幽香の家が悪いわけではないが落ち着かない)朝食を摂るためにリビングへ。

今日の朝食は素早く済ませるために前もって準備していた冷凍のものを温めて食べる。俺の魔術は全体的に弱いためこういった何かを温めると言うだけの方が扱いやすいと言う利点がある。要は電子レンジが必要ないのである。

冷凍庫から料理を出して魔術に当てる。熱量的言えば電子レンジ程度にはあるのだが、人体に影響が出ない安心設計。魔術での熱なので有害なものが出ないのも安心できる。

 

「それって今日の食事かしら」

「ああ、そうだ」

「私も貰っていい?」

「ダメに決まって…!?」

 

魔術を中断し後ろに飛び退く。

生憎と後ろには棚がありぶつかってしまったが、それよりも…

 

「ルーミア?」

「ええ、おはよう。定晴」

 

何故か俺の家にルーミアがいた。

いつ入ってきた?俺の家には入ると勝手に警報のようなものが俺に届く結界が張ってある。それ自体には音はないため侵入者は俺に連絡が行っていることに気付かないまま…というのがこのシステムの狙いなのだが…結界を探る。反応はなし。

この結界は俺が寝ていようが外出していようが張られ続けている。そもそも結界の陣を家の中に敷いているからだ。それをすり抜けられるのはミキや紫など一部の能力者に限られる。

例えルーミアが強くなったところで瞬間移動は闇とは違うから使えるはずがないのだが…

 

「なんで入れた、みたいな顔をしているわね。簡単よ、闇に紛れて入ってきた。私は闇となって光と同じタイミングで入る。でも私自身はそこに存在しているようで存在していないようなものだから結界に探知されない…ま、感覚的なものもあるから言葉じゃ分からないでしょうけどね」

 

俺の疑問をくみ取ってルーミアが答えてくれるのだが…まさか存在を消していたというのだろうか。確かに外の世界のアニメには影に入るとか影の中を移動するみたいな能力者が描かれることがあるが…まさかルーミアはその域に達しているのか?

だとしたら俺たちはルーミアを捕まえるのは途端に困難になる。外の世界では広い部屋に誘い込んで光を当てるみたいな方法で倒していたような気がするが、ここは幻想郷。森も茂みも沢山ある。それに伴い影なんて見渡す限りどこにでもあるのだ。

平原など一部の場所ではその限りではないが、ルーミアがほいほいそこに誘い込まれてくれるとは思えない。明らかな罠だからな。俺だって近寄ろうとしない。

 

「もう、あなたまた考える癖が出てるわよ。私が目の前にいるというのに随分と余裕なのね」

「あ、ああ、すまん」

「謝られるところじゃないのだけど…」

 

何故かルーミアが呆れた顔をしている。いや、何故かってのはおかしいか。原因は俺以外にあり得ない。考え事をしている間に攻撃されても対応できる自信はあるのだが、確かにこう対面したまま会話しているにも関わらず考え事に耽るのは失礼にあたるな。

少しの間ルーミアは呆れた顔をしていたが、しばらくすれば大人モードのルーミア特有の怪しい笑みに変わった。

 

「それで?こんな朝早くに俺に何の用だ?」

「まあ、せっかちね。ま、いいけど。今日はちょっとした忠告よ。貴方に対するね」

「忠告?」

 

ルーミアが今から攻撃を始める…とかは忠告しないか。そもそも目の前に本人がいるというのに一々忠告してから攻撃するなんてことはしないだろう。

となるとルーミア以外の…

 

「こーら。いい加減叩くわよ?よく聞きなさい」

「ぐ」

 

まるで触手のように動いた闇は俺の頭を押さえて無理やりルーミアの方へ向かせた。だめだな、俺はどうしても考え事をする癖が抜けないようだ。

 

「私からの忠告ってのはね。私のこの封印を解いたやつの事よ」

「え?でもそれって前聞いても答えてくれなかったじゃないか」

「あんなところで聞くからでしょ。この家の中は結界が多重に張られているおかげで賢者みたいな奴以外には盗聴される可能性がないから安心できるの。いい?私のこの封印を解いたやつは封印を解いたあと私に言ったの。堀内定晴を殺せってね」

「じゃあルーミアは犯人とグルってことか?」

「レディの話は最後まで聞くものよ。私は確かに一度定晴を殺そうとした。平原に闇の大結界を張るという方法でね。まあ先に博麗の巫女がかかっちゃって面倒なことになったけど、一昨日やっと貴方を捕まえることができた。その時は殺す気満々だったのだけど…色々あって殺すのはやめてそこらへんの洞窟に放置しておいたわ。ちゃんと誰かにやられないように闇の結界も張ってね」

 

まさか、ルーミアが助けてくれていた…助けてくれたというのはおかしいか。見逃してくれていたというのか。

確かにあそこらへんはお世辞にも安全な場所であるとは言えない。普通の人間があんなところに放置されたところで寝ているところを別の妖怪に襲われて終わりだろう。

あの当時何の疑問にも思わなかったが、誰にも襲われていないのはルーミアのおかげだったというのか。洞窟を出てすぐに幽香の家に向かったため気にしなかったが、振り返れば闇の結界の一部くらいは探知できたかもしれない。

 

「それを奴…私の封印を解いたやつは見ていた。そいつは強大な力を持っていて、私一人じゃ勝てないの。だから昨日は弁明に必死で貴方に会うことができなかったわ。そんで奴が寝ているはずのこの時間にやってきたってわけ。あいつは定晴、貴方を狙っている。確信的な殺意を持っている。それが何故だかは知らないけどね」

「ルーミアよりも強いんだろ?俺に勝てるとは思えないのだが…」

「大丈夫、貴方は私よりも強いわ。それにまだ何か隠しているんでしょ?」

 

まさかルーミアは俺のあれに気が付いたというのだろうか。

だがあれは一度も幻想郷で使っていないし、外の世界でも片手で数えられるほどしか使っていない。ルーミアが知る由もないし、俺を狙っているという奴も知る方法はないはずだ。それとも俺がそれを使った時から俺のことを狙っていたというのか。

 

「ま、私の忠告はここまでよ。そして次はお願い」

「お願い?」

「ええ。私の事を捜すのをやめてもらえるかしら?」

「ほう?」

 

ここに来てルーミア本人からの捜索中止願い。

俺が受注しているのは紫、そして霊夢からなので俺の一存で決める事ができないのだが…取り敢えず理由を聞いてみる。すると

 

「私があなたに会うと私は貴方と戦うことになる。貴方は霊夢よりも強いから私としても無駄な消耗は避けたいってのと…個人的に貴方とは…戦いたくないの」

「でもルーミアが受けているのは俺を殺せって事だろ?それって契約違反みたいなものにならないか?」

「確かにこれは私の封印を解いた対価の交換条件みたいなものなのだけど…別に殺せとは言われたけど捜せと言われているわけではないから、問題ないと思うわ。それに別に破ったところで問題は無いしね。多分私はそいつに殺されるだろうけど」

 

悲しそうにそう呟くルーミア。

屁理屈のようにも聞こえるが、筋はまあ通っている。そいつがこれで頷くとは思えないが。

なぜルーミアが個人的に俺と戦いたくないのかは知らないが、まあもしもの時のために俺も体力を温存しておきたい。多分今回の事件での最終決戦はそいつとの戦闘になるだろうからな。

 

「話は以上よ。本当は私もうここで隠れていたいのだけど…それだといつかあいつにバレると思うから。私はもう行くわね」

「え、ああ。分かった。お前からの願いも忠告も聞くことにするよ。今日からは黒幕の捜索だな」

「いや、その心配はないさ。堀内。闇妖怪は裏切ったとなれば私は行動するに限る。もう回りくどいことはしない。狂気も…反乱も…封印解除も…」

 

その声が響くと同時に俺の家の壁が吹き飛ぶ。

そして土埃の中から一つの人影が現れるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十ニ話 真犯人

ルーミアがさっと臨戦態勢を取る。

姿は未だに見えない。しかし先程の口振りから察するにルーミアが言っていた警戒すべき相手…今回の黒幕であるのは明らかだった。

相当大規模に破壊したのか土埃は中々晴れない。今日は風が殆どないのかあまり流れないのも一つの原因だろう。近付けば相手は分かるが何をされるか分からないのでこうしてここから見ていることしか出来ない。

 

『は、はは』

『どうした、狂気?』

『てっきり俺は霊夢に付いていた狂気はルーミアのものだと思っていた…が、犯人はあいつだ。ルーミアを経由した上で未だに霊夢に残るとか…どんだけ狂気に満ちてんだよ…』

 

呆れたような、或いは絶望したような声を出す狂気。

感情の念が他のものに付着するなんてことは滅多にないと先日狂気は言っていた。だというのに奴は一人を経由した上で残るほどの強い狂気を持っている。そして多分…この狂気の当て先は俺だ。

 

「堀内、僕からすれば初めましてではない。勿論君だって初めましてというわけじゃない。まあ君の事だから忘れているだろうけどね」

 

口調は丁寧…だというのに言葉の節々から怒りに似た負の感情を感じる。まるで俺と話す事すら嫌悪しているかのように。

 

「もういいさ。失敗してもどうてことはない。堀内、君の中に眠るものを…開放してみな」

 

その声が聞こえた瞬間…俺の中にある魔力、霊力、果てには魂の根幹から何かを引っ張り出そうとするような感覚が俺を襲った。

体中が震え、霊力の暴走を止める事ができない。なんとかして止めなくてはと思ってはいるのだがいつもなら普通にできている制御が今は全くきかず押さえつける事しかできない。

なんとか抑えようと体を抑える…と、腕が弾けた。左腕が肩の部分からまるで水風船を割るように中から吹き飛んだ。

フランの時も腕は吹き飛んだが、あの時は切り落とされるような吹き飛び方だった。そのため再生の能力を使えばそれなりに早く回復することができたのだが、今は違う。どうしても無くなってしまったものを再生させるには時間がかかるのだ。

 

「うーん…姿を見せたくないから敢えて埃を残しているのだけど、多分今の音はどこか吹き飛んだかな?その姿が見れないのが残念だよ」

 

若干笑いながら言う犯人。

せめてあいつの姿を見る事ができれば今後の犯人捜しにも簡単になるのだが、今は得意な風の魔法すらも使う事がままならない。多分今使ったら魔力暴走を抑えきれずに今度こそ全身が吹き飛ぶだろう。

 

「こんの!」

 

ルーミアが奴に向かって攻撃をする。ルーミアからすれば俺を討つには大変良い状況だと思うのだが、もしかしたら助けてくれているのかもしれない。

しかしルーミアの攻撃は当たらなかったようでルーミアは苦い顔をする。もしかしたら今までも何度か攻撃しているが一度も成功したことがないのかもしれない。

 

「うーん…じゃあ君には僕の手助けをしてもらおう。僕はさっさと堀内を殺したいんだ」

「誰があんたの手助けをするか!私は私の道を行くわ」

「あらら、でもさ、なんで君は堀内を助けるんだい?彼は人類の敵だし妖怪の敵なんだよ?ここで僕と一緒に奴を殺せば君にとっても良いことのはずだ。なんなら手伝ってくれたらその後君の事は優遇しよう。僕が他の事をすることになっても君には危害を加えない事を約束しよう」

 

何故ルーミアが俺を助けようとしているのか分からないが…いや、ルーミアとしてはあいつに従いたくないだけだろうが…奴が俺のことをそこまで殺そうとしている理由が分からない。

自慢ではないが俺は俺に依頼してきた依頼主の事は大体憶えている。だが俺の記憶に奴が依頼したという覚えはない。それに俺はずっと外の世界で仕事をしてきたからこのように能力を使う事ができる人間から依頼を受けたことはない筈だ。魔力や強い霊力など特殊な力を持っていたら俺か狂気が気づくからな。

奴が良待遇を取引に持ち出しても未だに首を振らないルーミア。とうとう奴はしびれを切らしたかルーミアを誘うのをやめた。

 

「はぁ…複数人を同時にするのは無理なんだけどな…まあいいや、僕のことを攻撃対象と見るならば君も排除しなければならないね。どっちかに滅んでもらおうか」

 

奴がそう言うと俺を襲っていた謎の力が収まった。

と同時に今度はルーミアが苦しみだした。その顔は歪み苦しむような、しかし悦に入るような表情をしている。

 

「あ、ぐ…ふふ…ぐう」

「君には強制的に手伝ってもらう…いや、これは僕の手伝いではないね。ただ堀内の敵になるだけだ。堀内を殺したら僕の事も狙うだろうし今日はここで退散させてもらうね。どちらが死んでも僕は構わないのだけどどちらかと言うとルーミアに頑張ってもらおうか」

 

そういうと奴の気配が消えて土埃が消える。そこに奴の姿はない。どうやら土埃も奴がわざと発生させていたようだ。

しかしルーミアが苦しんでいるのは変わらない。俺が近づき助けようとすると…

 

「あ、はは…はははは!」

 

突如として笑い出すルーミア。その表情に苦痛の色は見えない。どうやら苦しみからは解放されたようだ。しかし何かがおかしい。

ルーミアは笑いを抑えるとこちらを向いて隠すことも無く大量の殺気を飛ばしてきた。

 

「はぁ…いいご飯があるじゃない…」

「ルーミア?どうしたんだ」

「ふふふ…人間は餌…誰でも…ね」

 

そういうとルーミアは俺に闇を飛ばした。当たれば確実に死ぬであろう攻撃だ。一昨日戦った時の闇の力とは比べ物にならないほど強くなっている。ルーミア自体の妖力は然程変わっておらず、妖力を開放してはいるものの総量自体は変化がなさそうだ。となるとこれがルーミアの本気ということになる。

先程のルーミアの説明から察するに一昨日は全く本気ではなく、むしろ割り増しで力を抜いていたようだ。

しかし今は全力で俺のことを殺そうとしている。原因は言わずもがなさっきの奴がやった何かだろう。ルーミアが苦しんだ後逆に喜ぶような表情をしているのもそれが原因だろう。

 

『突然狂気がマックスになった。感情全てが狂気と憎悪にまみれている。対象は人類全て、幻想郷だろうが外の世界だろうが関係なく全ての人間のことを恨み憎んでいる。普段はここまで分からないんだが、まったく隠すこともないようだ。相当憎悪が強いんだろう』

 

狂気が冷静に説明する。

どうやら先程奴がしたのはルーミアに憎悪を植え付ける事のようだ。ということは奴の能力は干渉系の…植え付けるとかか?しかし俺を襲った謎の力が分からない。暴走状態の植え付けだろうか。

狂気の言った通り殺意も憎悪も全く隠す気が無いルーミア。しかも周りもほとんど見えておらず俺を狙う攻撃もいくつか全然違う方向に飛んでいる。どうやら半混乱状態でもあるらしい。

 

「さあ!死になさい!人間!」

「ルーミア!落ち着け!」

「煩いわねぇ…あんたのことなんか知らないわ」

 

どうやら俺の事も憶えていないらしい。いや、憶えていないと言うよりも俺を攻撃していることを意識していないということだろうか。人間全てに憎悪を持つというルーミア、俺はただの一人の人間でしかなく敵でしかない。ということなのだろう。

このルーミアを放置していたら幻想郷に住む人間は蹂躙されてしまうだろう。ここで俺が止めるしかないわけだ。

 

「しょうがない…少々痛いが我慢しろよ!ルーミア!」

「人間風情が抵抗?生意気ね!」

 

崩壊した自宅…そこで俺は生死を、そして幻想郷の未来をかけた戦いを開始するのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十三話 ダークサイド弾幕オブザムーン

ユニークアクセス15000突破!ありがとうございますm(_ _)m


ルーミアの攻撃を結界で弾きながらたまに輝剣や魔術で対抗する。

先程まで限界まで暴走していた魔力も霊力も今は完全に落ち着いており、普段通りに使う事ができる。それにルーミアが半狂乱であるため攻撃を避けるのもそこまで難しくはない…が、苦戦を強いられる。

ルーミア自身が強くなっているのもそうだが、なにより今の俺は左腕がない。戦闘中に腕を再生できるほど俺の能力は強くないし、なにより戦闘中でなくとも一度無くなってしまった腕を完全に再生させるには最低でも三日程度かかる。

そのため俺は攻撃手段が限られてしまっているのだ。

俺が騎士モードなんて密かに呼んでいる輝剣を右手に、結界を左手に持つという形態は使う事ができない。左手に持つ結界は左手を媒体に結界を展開しているため浮かせて張るよりも消費霊力は少ないのだが、今はそれができないため浮かせた結界で対応している。そのせいかいつもより霊力の減りが早いのも問題である。

 

「逃げないで!」

「避けてるだけだ!」

 

いやまあ同じと言えば同じだが。

ルーミアは未だに周囲が見えていないようで全方向にがむしゃらに弾幕を撃っている。

威力は致死量だし密度も申し分ない。しかし適当に撃っているせいで俺の方に来る量が少ないおかげで何とかなっている。これを何度も弾くとなると結界も保たないだろう。

まあ俺の事を認識しているためか俺の方に飛んでくる量はそれなりに多いが。

冷静さを欠いているらしくスペルを使う様子もない。まあ通常弾幕でこれなんだ。スペルを使ったところで然程意味は無いのかもしれないが。

元よりスペルというのは霊夢の考えたスペルカードルールにおいて相手を殺さないように、そして弾幕を美しく見せるためのものだ。人間を素手で殺す事が可能な妖怪からすれば枷以外の何物でもない。

 

「いい加減に、しろ!」

「どっちが!」

 

現在は均衡状態。だがもしルーミアの錯乱が治り本気で殺しに来れば俺は為すすべなく殺されるだろう。

今のルーミアは俺の方に飛んでくるものが多いにせよ適当に弾をばら撒いているに過ぎない。だがそのせいで近付くことが出来ずただただ体力と霊力を消費していっている。

多分だが総量で言うと俺の霊力よりもルーミアの妖力の方が多い。となると持久戦を続けると負けるのは必然的に俺となる。

なにかルーミアの気をそらすとか均衡状態を打破する一手を打つことができればいいのだが…

 

「人間は私の食料!抵抗せずに食われなさい!」

「この自然界のどこに無抵抗で食べてくれという獲物がいるか!」

 

一応会話は可能…なのだが、話す事は基本的に同じこと。

ルーミアがどうしてこの状態になったのか原因を突き止めてなんとかすれば均衡は崩れるだろう。だがその時人間に対する憎悪が残っていたらルーミアを助長するだけになってしまうが。

理想はルーミアの妖力を再封印すること。だが前のようにリボンを付けるというのはあまり現実的ではない。この猛攻を避けつつルーミアの頭にリボンを付けるなど難易度が高すぎる。

だからと言ってこのルーミアを遠隔で封印できるかと言われるとそれもまた難しい。今のルーミアは全身に闇を纏っているのだ。元々ルーミアが操っていた闇には当たり判定は無かった筈だが、今の闇にはばっちり当たり判定がある。多少の封印や攻撃は弾いてしまうだろう。

誰かが気が付いて援軍に駆け付けてくれれば良いのだが…生憎の早朝。通行人は期待出来ない…

 

霊符【夢想封印】!」

「きゃあ!」

 

突如ルーミアを襲うカラフルな弾幕。

このスペルカードを使う事ができるのは幻想郷には一人しかいない。

 

「定晴さん。大丈夫かしら?爆発音が聞こえたから起きちゃったんだけど、ラッキー…だったのかしらね」

 

一度神社に帰ったことで衣服である巫女服こそ綺麗ではあるが、未だに身体の傷は癒えていない霊夢だ。

全身の至るところに傷が残っており絆創膏やら包帯やらが巻かれている。

確かに霊夢のおかげでルーミアの不意打ちには成功した。しかし今の霊夢がルーミアの弾幕に一発でも当たったら確実に落ちる。

俺はそれを霊夢に伝えるのだが…

 

「あら、助けてあげたのに定晴さんは酷いわね。まあ言いたいことは分かるわ。でも私だって負けっぱなしは嫌なのよ。危ないと思ったら自分の判断で帰るしいいでしょ」

 

とまあ一方的に決めつけ残る霊夢。

先程霊夢のスペルカードが直撃したルーミアは全然元気にしている。やはり纏っている闇が攻撃を弾いているようだ。しかし無傷というわけにはいかず少しだけ呼吸頻度が増している。

霊夢が来たのであれば…もしかしたら行けるのか?

 

「霊夢、前までルーミアを封印していたやつって作れるか?」

「うーん…一時的に封じることが出来るやつなら出来るけどずっと効力があるのは無理ね。まあ一時的にでも止めれれば退治でもなんでも出来るだろうけどね。どうする?」

「よし。俺は時間を稼ぐから霊夢は準備を頼む」

 

よし。これならなんとかなる。

ルーミアを退治することが出来るならば…依頼は、成功だ。だが、俺の中でまだ少し腑に落ちていない部分もある。このまま退治していいのだろうか。

半永久的に封印することができないのならここで倒すしかない。しかしこの倒す、は気絶させるではなく文字通り再起不能の状態にする。言い換えれば殺すということになる。

このルーミアを放置すれば幻想郷の全ての人間を襲うのだろうという予想は簡単にできる。そして現在それ以外の方法はない。

多分幻想郷の人間の中で最も結界術に精通しているのは霊夢だ。早苗はどうだか知らないけど妖怪の山は遠いから呼びに行く暇はない。

その霊夢でも一時的に力を抑え込むという方法しかできないのならきっとそれが最善手なのだろう。だがそれでいいのか。ルーミアだって封印が解かれただけなら俺のことを助けるほどには思考することが出来た。

奴がルーミアに何か変な事をしたせいでルーミアはこんな事になっている。今のルーミア自身は本望のように話しているが…

 

「だから…女性を目の前にして考え込む癖、なんとかならないの?」

「…え?」

「………まあ人間はご飯よね」

 

今ルーミアはなんと言った?

確かさっきの台詞はルーミアがおかしくなる前に、俺に忠告した時の言葉だ。しかもルーミアは最初に「だから…」と言った。つまり先程までの俺のやり取りを覚えている…?というか俺を俺として認識したのか…?

 

「ルーミアお前さっき…」

「……食料に言っても仕方ないわ!さあ、狩りの再開よ!」

 

そう言ってルーミアの目には狂気の色が宿る。

妖怪の、ルーミア特有の赤い目だ。

 

『さっき…一瞬だが狂気が飛んだ気がした』

『狂気がそう言うならそうなんだろう。なあ、またなると思うか?』

『それは分からん。だが可能性はある。特に霊夢がこのまま封印を上手くかけることができた時に狂気が抑えられて話すこともできるかもしれない』

 

ならばやはり耐久戦。そして今度は退治だけの選択肢ではない。

もしかしたら…可能性の一つで確率も低いものだが…ルーミアを退治せずになんとか出来るかもしれない。

ルーミアを止めるため、そして霊夢の封印の準備が整うまで…俺とルーミアの耐久戦が続く。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十四話 妖怪封印術

さっきの衝撃のせいかは分からないが何故か弾幕の密度が上がり俺の方に飛んでくる弾幕の量が増えている。

ただその目は未だに狂気に染まっているし、思考もまた混乱状態になっている…んだと思う。

だが、時折ハッとなるような素振りを見せ、しばらくしたらまた狂乱するという謎の行動が起きている。先程俺に投げかけてきたのは突発的なものではあったが、少しずつルーミアもあいつがしたよく分からないものに抵抗しているのかもな。

封印の準備をさるという霊夢は一度博麗神社に帰った。最初はここらへんで済まそうとしたようだが、俺とルーミアはずっと戦闘しているし、封印用の道具やらなんやらは神社に置きっぱなしだということで神社でしっかりと準備を整えたら戻ってくると言っていた。

つまりこの戦闘は霊夢が戻ってくるまでの時間稼ぎでよい。そう考えれば幾分か気持ちにも余裕が生まれるというもの。先程よりも損傷が少ないまま霊夢が去ってから十五分が経過していた。

この戦い方ならまだそれなりに耐え続けることは可能だが、出来る限り早くルーミアを楽にさせたい。なので霊夢には頑張れという念を飛ばし始めた頃に霊夢は手に今までルーミアが付けていたリボンより一回りほど大きいリボンを持って俺の近くに着地した。

霊夢は手に持つリボンを俺に見せびらかすように持って説明をする。

 

「このリボンは妖怪の力全般を封じることが出来る効果があるわ。ただこのルーミアは風見幽香くらいには強そうだから動きを止めるとか抑えつける程度しか出来ないと思うわ」

「それで?どうやってそれをルーミアに付けるんだ」

「簡単よ。今のルーミアはどうやら定晴さんばかり意識して他の事にはあまり注意していないみたいなの。だから定晴さんはそのまま戦っていて、私が後ろから無理やりにでも付ければ成功よ」

 

つまり俺は囮ということだな。

霊夢は作戦を伝えるとさっさと飛び上がりルーミアの背後の茂みに飛び込んだ。だがルーミアは気付いていないようだ。

このままスペルの一つでも発動させればきっとルーミアは俺に全意識を向ける。そこが狙い目だ。

適当に魔術のスペルを発動させる。威力も範囲も劣ってはいるが、現在ルーミアが意識しているのは【俺がスペルカードを使った】ということだけだろう。

ルーミアの攻撃が全て俺に向いたのを確認した後…霊夢が飛び出した。慎重に、でも大胆に。

そのままリボンを付けることができるかと俺がちらりと霊夢を見た瞬間…霊夢が倒れた。

まさか攻撃されたのかと思ったが、霊夢に攻撃が向いている様子はない。だが霊夢はルーミアの攻撃で倒れたと言ってもいいかもしれないな。

霊夢は腹部から血を流していた。

今すぐに介抱すべきなのだろうが、俺が霊夢の元に移動するだけで霊夢をルーミアの攻撃下においてしまう。誰か通り過ぎないかとも期待したが、生憎魔理沙が来るのももう少しあとの時間帯だ。

だがこのまま霊夢を放置すれば悪化する可能性もありえる。となれば…

 

「ぬおおおおお!」

「ヒッ」

 

突然の俺の大声にルーミアが一瞬驚く。

その瞬間俺は霊夢の元に駆け出し、ルーミアに背を向ける形で霊夢を抱きかかえ茂みに隠れる。

そして茂みに隠れつつ奥の方へ移動し、霊夢を木に腰掛けさせる。片腕が欠損しているせいで運び方が雑になってしまったが、その間はずっと再生をかけていたのでチャラということにしていただきたい。

霊夢が起きる様子はない。幻空から布を出して出血部をやや強く押し付けながら巻く。所謂圧迫止血だ。

他にも外傷はないかと確認したが、目で見える範囲では視認出来なかった。流石に相手が女子なので怪我しているからといって服を脱がすわけにはいかない。幸い命に大きな影響があるような怪我の具合ではないので今回はこの手当てで終わりにしよう。

ルーミアとのあれこれが終わればいくらでも再生をかけるタイミングはある。先にそちらを片付けてしまおう。

 

「さてと…」

 

元の場所に戻ることにしたのだが、現在俺は茂みの中にいる。ここからならばルーミアにバレにくい状態で相手を見極めることができると考えたのだ。

ルーミアは俺を探しているのか周囲をキョロキョロ見回している。

リボンは回収しそこねた為先程霊夢が倒れた場所に落ちているままだ。だがリボン自体の封印はきちんと効果を発揮しているらしく、ルーミアは触ることが出来ないようだ。

ここからの流れは…よし。

リボンを走りながら回収し、そのままルーミアに付けるというのが理想的のようだな。片手でリボンが付けられるのかは分からないが、もしもの時は結界も使って無理矢理にでも固定させるしかあるまい。

ルーミアがこちらに背を向けた瞬間、俺は茂みを飛び出した。霊夢の時とは違いなぜかルーミアは俺にすぐ気付き弾幕を展開してきた。

だが一拍遅い。リボンを回収することに成功したら、身体強化と風を使い一気に距離をつめてルーミアに接近。

そのままの勢いでルーミアの頭にリボンをタッチすることに成功したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十五話 半覚醒と…

「あぐぅ!?」

 

リボン型の封印をルーミアにつけた瞬間にルーミアが変な声を出す。どうやら効いているようだ。どこまで力を抑えることが出来るのかは分からないが、この隙に気絶なりなんなりさせるとしよう…と思っていたらルーミアから弱った、でも先程までとは違うしっかりとした意思を持つ声が聞こえた。

 

「あ…さだ…はる…私…」

「ルーミア…?」

 

少し前に起きたことと同じだ。やはりこれはルーミアの意識が一時的に出ているのだと見て間違いないだろう。

ルーミアの苦しそうな声を聞いて反射的に返事をしてしまう俺を見てルーミアが弱々しく笑う。

 

「…私ってば…弱いわよね…こんな簡単に…意識を本能に乗っ取られるんだから…」

「ルーミアは弱くない。今だって頑張ってるじゃないか」

 

ルーミアは強い。それは妖怪としての能力ではなく、意識の問題だ。今も苦しみながらも俺に言葉を紡いでいる。条件反射、無意識的なものなのかもしれないが、俺にルーミアの意思は伝わっている。

しかし当の本人の意思は弱く、あまり意味のあるものになるかは分からない。

 

「やるなら…はやくやりなさい…消し飛ばすなりなんなり…定晴にはできるんでしょ…」

「できる、けどしない。ルーミアにも生きていて欲しいから」

「だからあなたは優しいのよ。妖怪である私にもそんな風に優しく接して…あぐっ…」

 

またもやルーミアが若干苦しみだす。

封印が弱まるには早すぎるんではなかろうか。霊夢が即興かつ簡易的に作ったものではあるが、霊夢は博麗の巫女だし封印自体も相当高等な部類のものだ。ルーミア用の封印とも言えるこれが高々数分で解除されるとは思えない。

 

「早く…しなさいって言ってるでしょ…あ、ははは…違う!…人間は…餌…違う…定晴は…餌…違う…友人…チガウ…違わない!」

 

どうやらルーミアの中で本能と理性がせめぎ合っているようだ。

どちらもルーミアの声である筈なのに、本能と思わしき声はどこか異質。なんとなく背筋が凍るような声というか、相手を畏怖させるような声をしている。

狂気が取り乱すほどの感情だ。相手を恐怖させることは簡単にできるのだろう。

 

「あなたは…私は…ルーミアよ…ただの妖怪じゃ…フフフ…ワタシハ…やめて!…ワタシニキオクガアルカラ…やめてってば!…ケシテシマエバ…嫌、いやぁ…」

 

ルーミアが崩れる。そしてその瞬間、ルーミアの意識が乱れ、姿勢も安定していない今、ここで…対妖怪の最終手段を取る。

 

【浄化】

 

銘はない。そもそもスペルカードですらない。

俺が元々持っている浄化能力をルーミアの中心…魂に向かって撃った。

魂というのはその存在を大きく左右させる。人間の恐怖や思念の塊である妖怪にとっては人間のものよりも大切なものとされる。

 

「ナニヨアナタ…定晴、続けて…ヤメテ!イタイヨ!…これは私じゃないの…ヤメテヨ!サダハル!…うるさい!」

 

ルーミアの本能の声がする。

本能が悪いというわけではない。妖怪にとっては、特にルーミア程の知能がない妖怪にとっては大切な判断基準であり判断方法なのである。

だが人間側からすれば問題しかない。言っても聞かず、ただ淡々と一方的に食らいついてくる妖怪。それを良しとするはずがなかった。

人間サイドである俺は人間側の判断しかできない。相手の気持ちになって、などというのは到底不可能なのである。それぞれが一個人なのであるのだから協調というのは無理なのである。

だがそれは魂レベルまで行くとそうでもない。魂というのは生きとし生ける者全てが持つものであり、その存在は変わることはない。それ故魂に直接影響すれば…もしかしたらルーミアも…

 

「フ、フフフ…嫌だ…フフフフ…やめて…ハハハハ!…あ、ははは…あぐ…」

「ルーミア!しっかりしろ!」

「あ、ははは!はぁ…大丈夫よ…もう、全部ね…」

 

先程のように苦しんでいる様子はない。しかしルーミアの声は明らかに異質。

その声を聞いているだけで不快な気持ちにさせられるというか、その声を体が拒絶しているような…とにかくルーミアの何かがおかしくなっている。

 

「はぁ、はぁ…そろそろ…幕引きよ…人間!」

「そうだな!」

 

一気に浄化の出力を上げる。

最大出力と言っても過言ではないほどの浄化。この威力では紫ですら苦しむ。だと言うのに…

 

「残念ね!…そんな風に浄化しても私が闇を放出する方が早いわ!」

 

浄化作用は俺を中心に放出されている。いわば水を流しているのと同じであり、ルーミアがその速度よりも早く闇を出してしまえば俺の浄化作用は押し戻され逆に俺がルーミアの攻撃を喰らってしまう…なんとかしなければ…そうだ。今までしたことはないが、試してみる価値がある作戦。上手くいくかは分からないが今は取り敢えず実行!

結界を使って浄化の力を封じ込める。浄化の力には物質的な質量はないが、ものとしてそこに存在している。それを遮断する結界を使う事で浄化の力すらも抑え込み封じる事ができるのだ。

そして結界という箱に包まれた浄化の力を…全力投球。

 

「キャア!?」

 

ルーミアにヒット。この結界に攻撃能力はない。しかも妖力を封じる力もないため今のルーミアのように強い力を持つ妖怪に当たればすぐに雲散霧消してしまう。

しかしそのおかげで中に入っていた浄化の力が超至近距離で解き放たれルーミアに直撃する。これは…強力だが弾幕ごっこで応用できそうだな。これが終わったらスペル名でも考えておくか。

流石に放出する闇では間に合わなかったか妖怪の弱点である浄化の力を諸に喰らいよろめくルーミア。

 

「…そうよ…そのまま…私の中の固まった、闇を…ヤメ、やめなさい人間!」

「さっさと元に戻してやるよ。ルーミア!」

 

やはりと言うべきか。今はまだルーミアの闇の部分というか、裏の部分が勝っているようだが、未だにルーミアの正気の部分は抗っているらしい。

しかしこのような魂に関わるものは魂そのものをすり減らすことになる。長引かせればその分ルーミアは精神的にも、妖怪的にも衰弱してしまうだろう。

先程の浄化はルーミア全体を対象に行った攻撃なので特別な攻撃であるわけではないが…繰り返すには芸がないしルーミアも対処できるようになってしまうだろう。

俺の結界は専ら防御に優れている。そのため多分そこら辺の妖怪ですら結界で封印したりすることはできない。しかし今のルーミアを封じることができるのはひたすら攻撃するか結界を使うしかない。

今もルーミアは自分自身と戦っているのだからできる限り手荒なことはしたくない。そこが俺の甘い部分なのだろうが、俺としてもできる限り戦闘はしたくないのが俺の思いだ。

これはいわば魂の問題…狂気になら何とかできないだろうか。

 

『残念ながら無理だな。ミキみたいに特殊なやつならまだしも基本的に一つの魂に別の魂を入れることはできない。それは妖怪だろうが神だろうが関係ない。今俺がお前の中にいるのも能力の影響であるのを忘れるなよ。まあ俺の場合はお前の中の狂気でもあるのだから多少特殊なのだがな』

『そうか。じゃあ俺の魂から何かしら働きかけるってことはできないのか?』

『それも無理だな。魂はそれを個体として確立されているものだ。他者からそう簡単に影響を受けるものではない。それは魂同士だとしても変わらん』

 

八方塞がり…今回の問題はルーミアの中の問題。俺が出る幕ではないのかもしれない。だがこのまま放置していてもいい問題ではないため無視は出来ない。

なんとかしてルーミアの力を抑える事ができれば…

 

『考えすぎだ。取り敢えず一つの問題に絞って解決策を探せ。そう一度に何個も対処しようとするから悩むんだろうが。一番の問題はなんだ。こいつが力を暴走させて危険な状態であることだろうが。ならまずそれを解決する方法を探せ。魂だかなんだかはその後でも問題ない…とは言い切れないが今は重要なものでもないだろ』

 

…やっぱり狂気には助けられてしまう。

狂気は俺みたいに現在進行形で戦闘をしながら考えているわけではない。そのため人によっては何もしてないくせになんて言いたくなるかもしれない。

だがそのお陰で俺が見えない所や考えが及ばない所まで見れていて、尚且つ客観的な意見を言う事ができるという点では俺よりもよっぽどましだろう。

狂気の言う通りだ。まずはルーミアの暴走状態を止めなければいけない。そのためにはまず何をするべきか。

気絶させるか…?いや、根本的な解決には至らないだろう。多分目を覚ますとまた暴走状態になるだろう。ルーミアが暴走する原因を取り除くか暴走しても大丈夫なまでに力を押さえつけるしかないだろう。

俺の結界ではルーミアの力を押さえつけるには不十分だ。押し返される。今ルーミアはこの中途半端な状態に維持させることができているリボンの作成者、霊夢もまだ回復した様子はない。

しかし原因が分からない。原因を探すのと力を押さえつける、どちらがはたして早いだろうか。いや、時間的な問題ではないな。どちらかと言えばどっちの方がより確実か、だな。

早苗を呼べばもしかしたら封印してくれるかもしれない。だが俺はここを離れることは出来ないし、霊夢以外にここを通る人物はいない。なんなら近くにルーミア以外の妖力も霊力も感じない。人間は普段ここを通らないことはここに住んでいる俺が知っているし、妖怪はルーミアな強力な妖力を感じて逃げでもしたのだろう。誰かが助けに来てくれる可能性は低いな。

 

「食らえ!」

「あぐ」

 

二度目の投擲。

なんとか時間稼ぎはしているが…先ほども言った通り長引かせることは出来ない。多少博麗神社に向かう人が増える昼までは持たないだろう。

その時浄化の力によってまたもやルーミアの正気の声が聞こえた。

 

「私を…式神に…しなさい…」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十六話 式神の儀

式神。

身近にいる例としては紫の藍、そして藍の式神の橙。橙に至っては式神の式神という複雑な立場である。

式神は主に二つのパターンに分けられる。紙など無生物を媒体にして簡単な命令を聞かせるという方法と、生き物を媒体に高度な命令を聞かせる方法だ。前者は多少の力があればそれなりに容易に可能だが、後者は生きている者を使うため結構な技量と強さがいる。今回の…ルーミアを式神にするというのは言わずもがな後者である。

俺は式神を作ったことがない。生き物もそうだが、紙で作ったものですら式神にしたことがない。俺の身近に式神を使う人がおらずあまり意識していなかったというのもそうだし、俺の仕事の関係上複数のものを連れ立つというのが向いていなかったのも理由の一つだ。

まあ紙の式神に関しては命令を遂行したあとはただの紙に戻すことも可能だし一度くらいは経験しておくべきだったかもな。

ルーミアは何を持って式神に…いや、筋は通っている。

式神というのは多少自由があるものの、主に比較的従う。それは主からの力の制限なども同様なのである。普通は式神が戦う時に力の制限を外し、通常は式神から攻撃されたりを防ぐために多少の制限をしている。

要はそれを俺とルーミアの間で行い、ルーミアの力を俺が抑えつけることが出来れば良いのである。

だが俺にできるのだろうか。さっきも言ったが俺は紙を媒体にした式神ですら作ったことが無い。だというのに最初から生き物、しかも相当な力を持つ妖怪を式神に…全くできる気がしない。

 

「あんたなら…力は十分…」

「ルーミア…」

「早くやりなさい!」

 

叫ぶルーミア。

力は十分…か…俺は正直言って強い方だとは思っていない。負ける時は普通に負けるしルーミアにだって勝てやしない。

いわばルーミアは俺よりも格上。格上の相手を従えるというのは相当に難しいと聞く。

そもそもどうやって式神にすればいいんだ。方法が分からない。流石にルーミアだって方法は知らないだろうし、霊夢なら知っているかもしれないが気絶中。さてさてどうしたものか。

 

「お困りかな」

「なっ」

 

背後から声が聞こえ振り返る。

そこに立っているのは式神のプロフェッショナル八雲藍。自らが式神でありながらも自らもまた式神を扱い式神を扱う程度の能力とまで言われている。

確かに藍は確実に知っている。経験も何回もあるだろう。

 

「式神というワードが聞こえたので、紫様に言われて参じました。式神の儀について、でいいかな?」

「ああ、俺にできるのか?」

「可能です。ですが今はあまり時間もないようなので素早く終わらせましょう。私がルーミアの気は引いておきますので私が説明するように動いてください。いいですか」

「分かった」

 

すると一瞬のうちに俺とルーミアの間に藍が割込みルーミアの注意を引いた。全く目視できなかった。藍も相当強いのが分かるな。

俺は攻撃態勢を解き藍の言葉に集中する。

 

「方法は色々ありますが、取り敢えず力を抑えるだけですので仮契約程度にしておきましょう。紙はありますか?それに契約の陣を書きます。私の言う通りに書いていってください」

 

幻空から紙とペンを出し藍の言う通りに書き結んでいく。

俺には分からない単語の数々。そもそも日本語ですらなく象形文字のような記号が多いのだが、藍が言う通りに書いていく。どれも正しいものだとははっきり言って言えないのだが、それでもなんとか書き終えた。

 

「仮契約では普通しないのですが、今回は相手が強いのと陣が正確ではないので血を使います。ナイフのようなもので指先を切り少しだけ血を陣に垂らしてください。その時に霊力を込めるのを忘れずに」

 

ナイフは持ってないため輝剣を出して指先を切る。普通に西洋剣ではあるが、能力のおかげで多少浮かせることができるので切りすぎないように注意しながら切る。

霊力を多めに含んでいる血が陣に垂れて陣の持つ効力が強まるのを感じる。よかった、一応は陣として活用することができているようだ。

 

「そしたら契約相手のことを強く意識しながら契約文を唱えます。今回の場合は…これです!」

 

そういうと藍の方から小さい紙が飛んでくる。スキマを使って出したのだろう。

その紙には契約するときに使うのであろう文言が書かれている。何度も使われた形跡があることから紫とか藍が練習するときに使ったものなのだろう。もしかしたら橙にさせようとして使ったのかもしれない。

その紙に書かれている文字を一言一句間違えないように、ルーミアのことを意識しながら唱える。

 

「我、汝を式として認め契約を結ばん!」

「はう!?」

 

ルーミアに霊力が繋がる。妖力を持つ妖怪と霊力はあまり相性が良くないのだがなんとか繋がったようだ。しかし契約が成功した感覚がない。初めてだから分からないだけで成功しているのか?

いや、違うな。まだルーミアの力を抑えれている感覚がないしルーミアも暴れているままだ。

 

「やはりルーミアの力が強すぎるようですね。妖力は扱えますか?」

「人間である俺が妖力を持っているはずがない。当然無理だよ」

「いえ、持ってる持ってないは関係ありません。扱う事ができるのかどうかです。それともしたことがありませんか」

「ない」

「では!」

 

その時俺にとても強い妖力が当たった。

藍の妖力だ。それが俺に当たっても雲散することなく漂っている。もしかしてこれを動かせと言っているのだろうか。しかし妖怪同士だとしても相手の妖力を操ることはできない。どうしろと言うのか。

 

「簡単です。その妖力をあなたの妖力にしてしまえばいいのです」

「俺のに?」

「その妖力に書き換わらない程度にあなたの霊力を混ぜてください。丁度いい所で止まればあなたの気質を持った妖力になるはずですよ」

 

言われた通りにする。

先程から藍の言う通りにしか動いてないな。まあしょうがないのだが。

霊力を少しずつ混ぜていく。やりすぎると反発しあって消えてしまうため慎重に、ゆっくり…

妖力が、徐々に、動くようになってきた。ああ、これか。藍が言っていたのは。確かに俺自身が妖力を持っていなくとも妖力を操ることは出来るようだ。

 

「なるほど。ここまでとは…流石紫様に認められているだけはあるか…では妖力を操って同じように式神の儀を行って下さい。陣はそのままでいいので今度はその妖力を込めて血を垂らしてください」

 

もう一度指先を切る。

もし俺が剣を浮かせることができなければ片腕がない今の状態では指先を切ることすらできなかっただろう。能力に感謝である。

血を垂らすと今度は先程とは違う形で力が強まる。そして先程の言葉をもう一度読み上げる。

 

「我、汝を式として認め契約を結ばん!」

「あ…」

 

すると今度はルーミアの動きが鈍くなった。

俺の操っている妖力がルーミアと繋がり…結ばれていく。目で見えるものではないのだが、感覚として絡まっていくのが分かる。これが式神の儀か…

 

「よし!では定晴殿、ルーミアに強く命令してください。今はルーミア自身も比較的受け入れようとしているようです。ルーミアの中の別の意識が妨害できないくらい強く!」

「ルーミア、止まれ!」

「ヤメロ…ダマレ…あうう…」

 

だめだ。ルーミアの中の何かに妨害されてしまう。

もっと強く、確実に、魂に働きかけるように…

 

『手伝ってやる』

 

狂気のバックアップ。魂としての強さが高まる。

 

「式神の命令で大事なのは意志です!自分は相手より強いのだとはっきり意識してください!」

 

ルーミアは俺よりも強いのは明白だ。そのせいで俺はなんとなくルーミアに気後れしていたのかもしれない。

意志の強さ。魂の強さ。俺はそれがルーミアよりも強いのだと強く意識する。

俺は仮ではあるがルーミアの主となるのだ。強く、意志を命令に込める。

 

「ルーミア、落ち着け」

「あ…う…」

 

先程とは違い強く言いつけるのではなく優しく、だが込めた意識は先程の比ではない。

ルーミアに言い聞かせるように、ルーミアの中の何かに邪魔されないように、ルーミア自身に言う。

それのおかげかルーミアの暴走状態が収まってきた。

俺が安心しかけると藍が俺にもう一言。

 

「まだです。儀式はきちんと終わらせないといけません。ルーミアに近付いて、今度は霊力で十分です。ルーミアに自分が主なのだと意識させてあげてください。方法はなんでもいいですが、絶対自分を意識する方法でやってください」

「絶対に意識する方法…」

 

ルーミアに近付く。

暴走状態は静まり弾幕もなくなった。普通に歩いても大丈夫である。

ルーミアの前に立つ。

…絶対に意識させる方法ってなんだ?ただのタッチでは足りないと言う事なのだろうが…さて何が必要なのか。攻撃?いや、最悪逆効果になる。俺がルーミアの主であると意識させる方法。というよりは俺の霊力をルーミアに意識させる方法だな。

妖力と霊力は反発する。ただ流すだけでは足りない。

そういえば昔誰かが言っていた気がする…確か確実に相手に気持ちを伝え中にある力を流す方法。…正直気恥しいし申し訳ないが…手っ取り早く終わらせるとしよう。

 

「ルーミア」

「え…あ…」

 

意識が朦朧としているようだ。藍が意識させろと言っているのはこれが原因かもしれないな。

顔をルーミアの正面まで下げて…

 

「?!」

 

口づけをした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十七話 目覚め

経口で霊力を流す。

皮膚を介するわけではないため直接相手の中まで力が届く。昔あった人はそんなことを言っていた。

正直相手は女性だし俺も何度もキスしたことあるわけではないので気恥しい。しかしだからと言って悩んでいたら問題が長引いてしまう。元々長引かせてはいけない戦いだ。少々強引だがキスさせてもらった。

 

「さ…定晴…?」

「悪いな」

 

ルーミアが一言呟くとそのまま気絶した。

暴走の反動だろう。この様子ではしばらくは起きないだろうな。

ルーミアを抱きかかえて藍のもとに向かう。

 

「えっと…驚きました。まさかキスをするとは…」

「昔誰かが一番確実なのだと言っていたのを思い出したからさ。だめだったか?」

「いえ、その…十分というか、十分すぎるんですよ。私が渡したのは仮契約の言葉で仮契約の陣なのです。でも、キスは相手との力を強く持ちすぎる。今ルーミアは仮契約という体のまま本契約と同じだけの関係があります」

「え、まじで?」

 

なんか悪いことをしたみたいだ。

中途半端な状態にしてしまったようだ。もしかしてやり直しの必要があるのだろうか。契約には成功しているようだけど。

 

「いえ、やり直しは必要ありません。ただ…本契約をあとでしたほうがいいかもしれません。そのままではあなたにもルーミアにもメリットがありませんので」

 

とのこと。

取り敢えずは大丈夫のようだ。

ルーミアはこれでいいとして…次の問題は霊夢だな。

霊夢はもう起きたのだろうか。俺を助けようとして途中で力尽きてしまった霊夢。木の下に寝かせるようにしていたが大丈夫だろうか。ありがたいことにルーミアと俺の戦闘の影響で未だに周囲に妖怪の気配はないため襲われたということはないだろうが…

 

「では行きましょう。霊夢もルーミアも博麗神社で寝かせて置けばいいでしょう」

 

そして霊夢の元へ。

未だに霊夢は寝息を立てながら俺が離れた時と同じ姿勢で寝ていた。俺はルーミアを抱いているので霊夢の方は藍に任せて博麗神社に向かう。

その道中…

 

「にしても藍たちはずっと俺たちの様子を見ていたのか?」

「ルーミアが暴走状態になってからですね。突如妖力が大きくなりましたから私達でも気が付いたんです」

「じゃあ俺の家を壊したやつのことは分からないか」

「すみませんが…家の方は紫様に言えばなんとかしてくれると思いますので後で伝えておきます」

「ああ、助かる」

 

そもそもルーミアがここまで苦しむことになったのはあいつが原因だ。

あいつが変なことをしたせいでルーミアは暴走状態になった。それは明白だ。

俺たちの戦闘を見ていたのだろうか。だが奴は自分も敵対されると判断して逃げた。ということは既に遠くまで行ってしまったのだろうか。幻想郷は広いわけではないが狭いということはない。捜し出すのは骨が折れるだろう。

博麗神社に着き裏に回る。ここにいつも霊夢や萃香が寝ている場所がある。

今日は生憎あうんも萃香もいなかったようだ。あうんは守ることが役目だろうにどこに行っているのだろうか。

 

「ここに寝かせておきましょう。ルーミアは隣の部屋でお願いします」

「分かった」

 

扉を開けて隣の部屋へ。

布団を敷いてルーミアを寝かせる。妖力は随分と減っているし狂気が言うには結構魂も衰弱してしまっているようだが、顔色はいい。妖力が安定すれば目を覚ますだろうとのこと。

 

「私は一度報告のために紫様のもとに帰ります。その時定晴殿のことも伝えておきますので依頼報告はしなくて大丈夫です。今は二人の傍にいてください。多分厨房などは自由に使っていいと思います」

 

そう言って藍はスキマを開いて帰ってしまった。

そういえば俺は朝食を食べていなかったな。朝食を食べようとしたらルーミアに話しかけられそのままやつが現れて腕を失いルーミアとの戦闘になった。

意識したら腹が減ってきたな。幻空の中に非常食を少しいれている。後で霊夢には食材を返すことを心に誓い博麗神社の厨房を使う事にした。

 


 

…ここはどこだろう。

確か定晴と話して、そのあと私の中の憎悪が私の意識を奪おうとして…そして…

っ!!!

意識したら、なんというか恥ずかしい。あそこで記憶がなくなっていたら楽なのに私の頑丈な妖怪の体はそんなことはなく、その時のことを鮮明に思い出せる。

奪われた…ファーストキス。

別に私は人間と違ってそういった感情に振り回されることはない、と思っていた。のに、意識すればするほどドキドキして、体は火照っていくのを感じる。悪い兆候だ。妖怪である私が人間相手に特別な感情を抱くなんて…

いや、でも今彼は私にとって特別な関係にある。主と式神、か。まさか私が式神に、しかも人間の式神になるなんて思ってなかったけど…意識すれば定晴との関係が分かる。

う~ん…この霊力と妖力が混ざり合ってる特殊な力の糸は私の主が近くにいることを物語っている。そういえばいい匂いがするな…料理中だろうか。

そういえば私の封印はどうなったのだろうか。リボンは付けられたけど、私でも分かるくらいあの封印術では不足していた。多分霊夢だと力不足だったのだろう。まあ幻想郷の人間の中で最強と言われているけどあれでもまだ少女だ。妖怪からすれば些細な時間しか過ごしていない。故に経験が足りなかったのだろうけど。

…そろそろ目を開けるかな。気分的にはまだまだ寝ていた気分だけどそもそもあまり睡眠を必要としない妖怪だ。一度起きてしまえば二度寝をするなんてのは難しい。諦めてゆっくり目を開けていく。

ここは…博麗神社かな。そういえばご主人様の家は吹き飛んだったのだと思い出す。ん?今変な感覚がしたな。まあいいか。

そのままゆっくり体を起こす。そして周囲を見渡す。どうやら私は博麗神社の一部屋で寝かされていたようだ。このとてつもなく綺麗に敷かれている布団。犯人は確実にご主人様。あれ、いや、そんなはずはない。

私が起きたのに気が付いたのか部屋の扉が開いて…

 

「ルーミア、起きたのか」

「ええ、ご主人様」

 

あ。

…私今素でご主人様って呼んだわよね。私式神の儀にここまで影響があるなんて知らないんだけど。そういえばさっきから意識の中でもそう呼んでいる気がする。

なんとかしないと、他の人がいるまで呼びそう。

 


 

ルーミアの部屋から物音が聞こえたので様子を見にいったらやはり目を覚ましていた。流石妖怪だな。まだ俺の料理も完成していないというのに目覚めてしまった。

しかし俺はその後に驚くことになる。

それは俺がルーミアに声をかけたとき。

 

「ルーミア、起きたのか」

「ええ、ご主人様」

 

ご主人様…?

いや、確かに式神からすれば俺は主なのだから関係的には不思議ではない。しかしルーミアは今までずっと俺のことを名前で呼び捨てにしていた。

それが突然ご主人様に変わるなんてことあるだろうか。別に俺は何も命令していない。命令したのはルーミアを落ち着かせたあれ一度きりだ。

どうやらルーミア自身も驚いているようでご主人様のまの形で口が固定されている。本人が意識していないというのに呼び方が変わるなんて随分とおかしな話だ。

 

「…忘れなさい。意識してないとそう呼んじゃうってだけよ」

「あ、ああ」

 

なんとも言えない沈黙。

聞こえるのは先程まで俺は料理していたものの煮る音だけであり…ん?

 

「やっべ」

 

急いで火を止める。

煮過ぎてしまうところだった。もう既に昼前の今では朝食にしては足りないと判断し、幻空の中にあった肉を神社にあった調味料を使って煮ていたのだ。そこにじゃがいもをいれて…肉じゃがだ。

一応俺、ルーミア、霊夢の分を作った。見た感じ霊夢はまだ起きていないようだし先にルーミアと俺で食べてしまうか。食べるかな。

 

「頂くわ」

「了解した」

 

皿に盛りつけて二人分を準備する。

どうにも式神と主という関係になったせいかルーミアと二人きりだと落ち着かなくなってしまった。

もしかしたら先程ルーミアにご主人様と呼ばれたのも原因かもしれないな。忘れろと言われたが衝撃的過ぎてしばらくは忘れられそうにない。

 

「いただきます」

「……いただきます」

 

俺が言ったあと一拍遅れて言うルーミア。やはりルーミアにも気まずさみたいなのがあるのだろうか。

黙々と、食器と食器が触れ合う音のみが響きその他は静寂が広がる。

なんとか場を持たせないといけないな。この空気は俺が苦手なやつだ。まあこの空気が好きな人なんてそこまで多くないだろうけどな。

 

「体は大丈夫か?」

「ええ、なんともないわ。そもそも貴方が優しくしてくれたおかげで身体的にはそ損傷はほとんどないからね」

「精神的な面ではどうだ?」

「まだぐちゃぐちゃしてる…けど今は貴方が抑えてくれてるから大丈夫…」

 

そこまで言うと何かを口ごもるルーミア。

まだ何か問題があるのだろうか。精神的な部分は他者から見て分かるようなものじゃないので言ってくれないと分からないのだが…と思っていたらルーミアが口を開いた。

 

「…その、ありがとね。助けてくれて」

「そんな、これは依頼だ」

「じゃあ依頼じゃなかったら?」

「その時は私情で助けてるよ」

「…やっぱりお人よしじゃない。そんな風に言われると私も勘違いするわよ?」

 

勘違い?なんのことだろう。

それに俺はお人よしではない。必要のないことは基本的にしないからな。したいことをするだけだ。

その後は無言の時間が続き、食べ終わる。その間も霊夢は目を覚まさなかった。再生の能力はかけたから傷はふさがっているはずだが、相当疲れていたのだろう。無理をさせてしまったな。

 

「それでルーミアはこれからどうするんだ」

「そうね…取り敢えず力の封印をしないとね。妖力消費多いし何より今までみたいに気軽に人里に入れないじゃない」

「じゃあリボンがいるのか。前に使っていたのはどうしたんだ?」

「封印を解かれたときに朽ちちゃった」

 

まあルーミアも相当昔から生きている妖怪のようだし、ずっと封印の形をとって保っていたのだろう。封印が解けて役目が終わったら流石にリボンも朽ちるか。

だがだとすればどうすればいいのだろうか。幻想郷のどこかにはルーミアの力を再封印することができる人がいるのだろうか。

 

「そのことなんだけどね…定晴にやってもらえないかしら」

「俺に?俺は封印なんてできないぞ」

「いえ、私の…ご、ご主人様なんだからできるはずよ。私の力を抑えている今の状態を強くしてリボンに込めればいい筈」

 

今は俺が直接ルーミアに力の一部を流して落ち着かせている。きっと俺の命令の効果もあるのだろうが、この力が途切れたらどうなるか分からない。だからその役目をリボンにさせるということか。

できるか分からないけど、一度やってみるか。

 

「じゃあお願いね」

「おう、任せろ」

 

そしてその日からルーミアの頭には今までとは違う、少し柄がかわいらしくなったリボンが付くようになった。因みにこのリボンはルーミア自身でも触ることができる。そのため着脱可能であり、やろうと思えば力を開放した大人モードに任意でなれるということ。

周囲から見た感じの感想は「ルーミアがあのリボンを触ったりしているときはどことなく嬉しそう」だそうだ。勿論それは定晴もルーミアも知らない。

 


 

「なんだ、どっちも倒れなかったのかよ。堀内の力が増しただけ…やっぱりしばらくは表に出ない方が良さそうって事だね」

 




式編、終


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七章 新しい日常
百十八話 朝食


ここからしばらくまた日常編です


朝、いつもの通りに起きて朝食を摂りにキッチンへ。

奴が破壊したせいで一度はボロボロになった俺の家だが、紫が手伝ってくれて元のように修繕された。どうやら俺が博麗神社で色々している間に手を回してくれていたようで、俺がその日の夜に家に戻ってくる頃には新築のようにきれいになっていた。

ルーミアが言うには幻想郷で土木作業をするには鬼がいいらしく、最近は地底との関係性が強まったおかげで多少鬼たちも地上に出てくれるようになったらしい。

因みに現場監督は勇儀や萃香など地上との親交が強い人が選ばれているらしい。今回俺の家の修繕の監督をしたのは萃香らしい。どうやら入れ違いになっていたようだ。俺の家を直接見たことが無い勇儀には難しかったか。

閑話休題

トースターでパンを焼いている間に目玉焼きを作る。同時にベーコンも焼く事で効率化だ。そして朝食を焼いている俺の前にひょっこりと現れる顔。

 

「私の分は?」

「…もう俺は突っ込まないぞ。いるか?」

「うん。頂戴」

 

何故か結界を張り直してもルーミアは家の中に侵入できるようになっていた。本人曰く、定晴の考えてる事は分かる、だそうだ。それでなぜ入れるのかは分からないのだけど。

ルーミアは外では前と同じように子供モードで口調も幼くなるのだが、俺と二人っきりの時は素で接するようになった。演技をするのも疲れるらしい。前は封印の影響で半強制的に口調が幼くなっていたのだが、今の封印にはそのような効果はなく力を抑える効果しかないので演技をする必要があるらしい。幸いと言うべきか長い間幼い口調で話していたため意識すれば簡単に口調は変えられるらしいが。

 

「ルーミア、皿取って」

「はいはい」

 

最近は毎朝とまではいかないがよく朝食の場に現れるようになった。そのためルーミアも俺の家の家具の配置程度ならば憶えている。~を取ってと言えば取ってくれる。

準備を終え椅子に座る。向かいにはルーミア。理由は知らないがルーミアは俺の正面に座りたがる。隣に座った時より正面に座った時の方が嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「「いただきます」」

 

ルーミアは美味しそうに俺の料理を食べてくれる。俺自身そこまで料理が上手いとは思っていないが霊夢も魔理沙も俺の料理を美味しそうに食べるので幻想郷基準では上手い方なのかもしれない。

そういえば霊夢はというとあの後あまり目を覚まさなかったため永琳に来てもらい診断したところ若干貧血になっていたらしい。輸血をしてもらいやっと起きたのだと藍は言っていた。まああそこまで出血していたのだ。当然だろう。無理をさせてしまったなと度々思ってしまう。

あうんはと言うと守矢神社にいたらしい。霊夢の状態は見てあわあわしていたのを覚えている。それを見ながら霊夢が苦笑していたのもな。

 

「ごちそうさま」

 

俺よりも早く食べ終わったルーミアが汚れた食器を持っていく。

これももう毎度のことで見慣れたものになった。この光景を見るとあの慌ただしい生活が終わり平和になったのだと、そしてルーミアが式神になったのだと強く意識する。まだ俺の家を破壊したやつの行方など問題は残っているが取り敢えずの問題は解決したと言っていいだろう。

 

「ごちそうさま」

 

少し遅れて俺も食べ終わり皿洗いの時間だ。

皿洗いもルーミアが手伝ってくれる。最初は別に無理しなくていいんだと伝えたのだが、ルーミアはその時

 

「私は定晴の…し、式神だから…手伝うのは当然でしょ」

 

と赤くなりながらも言ったのでそれを無碍にするのもどうかと思いその日から皿洗いはルーミアに手伝ってもらっている。

式神になったのは半分しょうがないものではあったが、ルーミアが言い出したこともあってルーミア自身も式神として色々しようと考えているようだ。俺は別に式神だからと言って束縛したり命令したりするつもりはないが、本人がしたいというのならば今はそうさせようと思っている次第だ。

皿洗いを終わらせソファに座る。食事用の机と生活用の机は分けていて、それに伴い椅子は食事用、ソファは生活用といった風に分けている。食事用に椅子を使っているのはあまり食事のときに姿勢を悪くするのもだめだよなという個人的な考えの元だ。ルーミアもそのことは分かっていて、別に食事のときに椅子に座りたがらないなんてことはない。

俺がソファに座るとすぐ横にルーミアが座る。ソファに座った時の定位置だ。

 

「そんでルーミア、今日の予定は?」

「別にないわ。ごしゅ…定晴は?」

「俺も特にないなぁ。道具が劣化しているってことはないし、食材も最近買ったばかりだ。久しぶりに幻想郷探索でもしようかと思ってはいるが」

「幻想郷探索?」

 

俺が幻想郷に来たばかりのときに幻想郷の色々なところを適当に歩いていたあれのことだ。

香霖堂を見つけたり幽香と出会ったり…幻想郷は色んなものがあるから歩くだけでも中々に面白いのである。因みに未だにあの一件の後永遠亭には行けていない。どうもどんな顔をすればいいのかも分からずに放置してしまっている。ヘタレと言いたいなら言えばいい。だがだからと言っていく気にはならないのだが。

 

「ふーん、そんなことしていたのね」

「まあ適当に歩くだけだ。何か面白いものでもないかと探しながらな」

「それさ、私も付いて行っていい?」

「まあそれは構わないけど、別に絶対何か起きるってわけじゃないぞ」

「別にいいの。私としては一緒に…いえなんでもないわ」

 

ルーミアも同行という事か。じゃあどこ行こうかね。

妖怪の山付近にもまだ何かありそうだが、あのあたりは比較的訪れる場所だしなぁ…太陽の花畑の先にでも行ってみるか。

幽香の話だと花畑より先には三途の川があるらしい。三途の川というと亡くなった人などが渡ると言われるあれだ。それを生きたまま見るというのも不思議な気分だが、折角だし見てみたい。

三途の川の更に向こうには閻魔たちが裁く場所があるらしい。映姫の仕事場である。生きた人がそこに行くのはそれなりに疲れるらしいが暇があれば行ってみるとしよう。死ななくとも行けるらしいし。

 

「よし、じゃあでかけよう」

「私はこのままでも大丈夫よ。ごしゅじ…定晴は早く準備してらっしゃい」

「別に呼び方は無理しなくてもいいんだぞ?」

「恥ずかしいのよ。二人っきりだと何か気が緩んじゃって呼びそうになるだけよ。誰か別に人がいる時はこんなことないの」

 

そんなルーミアの弁解を聞きながら俺はでかける準備を進めるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十九話 犠牲の塚

ルーミアとともに空を飛ぶ。

ルーミアに三途の川についてのことを色々聞いたのだが、大体のことは俺が知っていることと同じだった。

新しく知ったこと…というか思い出したことと言うべきか。閻魔たちが働いているのは彼岸であり、冥界とは違うまた別の死後の世界だという。

まあ妖怪にとっては基本的に縁のない場所だ。人間のための場所だといっても過言ではない。

 

「ずっと飛んでるのもあれだから太陽の花畑からは歩くけどいいか?」

「ん、いいよ。私は基本的に反論する気ないし」

 

ルーミアの了承を得て地上に降りる。

地底でのあれこれをしている間に向日葵が見事に咲き誇る季節が過ぎてしまった。見れるのは来年だな。

季節的には…秋なのかな。段々と分からなくなってきた。まあ秋真っ盛りになれば秋姉妹も活動しだし山々は紅く染まるのだろう。日本ならではの光景だな。幻想郷は異質な感じがするため分からなくなりがちだが、四季があったり日本家屋であったりを見るとやはり日本なのだなと感じる。

 

「三途の川はこっちだよ」

「ほう…」

 

夏の盛りを過ぎて元気の無くなった向日葵を背にすると見えるのはなんとも殺風景な道。なんとも言えない空気が流れている。

なんというか…本当に死んだ様な錯覚を得る道だな。花畑が近いせいか更に殺風景に見える。

俺が立ち止まっているとルーミアに腕を引かれる。

何も言わないルーミアだが、早く行こうという気持ちを伝えようとしているのか。

俺とルーミアはその殺風景の道をあるき出した。

そしてなんとなく開けた所に出ると、突然獣型の妖怪が俺を襲ってきた。開けた所で待ち伏せだなんて…とは思うが何故かここは若干霧が出ていて姿が見えにくいというのも事実。普通の人間ならば奇襲をかけられて死ぬだろう。そう、普通の人間ならな。

 

「おらっ!」

「がふぁ!?」

 

輝剣を召喚し斬る。

群れで動いている妖怪のようで、霧の中から現れたのは五匹。問題はないが少し面倒だな…そうだ。

 

「ルーミア、手伝ってくれないか?」

「私は…あなたの式神よ。そんな風に疑問系じゃなくて、命令をしなさい」

「え、えっと…ルーミア、やれ!」

「ふふっ、了解!」

 

ルーミアが弾幕を展開する。

今の封印はそこまで強いものではないから開放状態の時と同じように闇は操れるという。力が抑えられているから致死性のものは出来ないらしいが、弾幕ごっこが主流となっている幻想郷ならば問題ないだろう。

また目の前にいる弾幕ごっこを理解する事のできない妖怪もいるにはいるのだが、その程度の妖怪にルーミアは負けないので封印の有無はあまりルーミア自身重要視していないようだ。

ただ…

 

「ふふふ…ほらほら、避けないと死ぬわよ?」

 

なんか戦っているときのルーミアが怖い。

狂気の色は見えないのだが、なんとも言えない悪寒が走る。

相手はそこまで強くない妖怪が数匹、多いため面倒ではあるが俺一人でも問題なく対処が可能な相手。そのせいかルーミアはずっと弾幕を撃って踊らせている。死ぬとか言ってるけど致死性じゃないよな?致死性のは封印状態じゃ撃てないって前言ってたよな?

数分もすれば相手も体力がなくなり弾幕に次々とヒット、気絶してしまう。一応俺は人間だから妖怪退治という名目で息の根を止めてしまってもいいのだが、今回は見逃してあげよう。必要以上の殺生はしたくないのだ。

妖怪達を隅の方に移動させてから思っていたことをルーミアに伝える。

 

「ルーミア、戦っているとき性格変わってないか?」

「大丈夫よ大丈夫。日頃のストレスとかをあれで発散してるだけよ。チルノたちがいる前ではあんなことしないし、ご主人様が安全だと判断したうえよ」

 

性格が変わっていることは否定しないルーミア。

いや、あれは性格が変わっているのではなく素に戻っているのかもしれない。ルーミアの素がいまいちまだ分からないのだが、まあ妖怪らしいと言えば妖怪らしいのだろうか。

落ちついたルーミアがここの説明をしてくれる。

 

「ここは無縁塚よ。色々なものが外の世界から流れてくるの。物だったり、人だったりね」

「人?」

「ええ、幻想入りした人間の運によってここに流れてくるの。ただもう一か所の流れつきやすい博麗神社周辺より人は断然少ないし、妖怪の強さもこっちの方が強いからまず生きてられないでしょうね。たまに香霖堂の店主がここに来るから運よく見つけてくれればまだ可能性はあるけどね」

 

そうか…やはり幻想郷でも流れ着きやすいのは博麗神社だけじゃなかったか。

幻想郷の端に存在する博麗神社はどうしても外の世界からの外来人が多く流れ着く。そのため霊夢も慣れているのだ。

俺はそのことを初めて聞いたとき、それならば幻想郷に流れ着いても大丈夫だ、と思っていた。しかし実際は幻想郷のどこに流れ着くかは分からないし、こういった流れ着きやすい場所も一か所ではない。故に幻想郷による神隠しが度々起こっているのだろう。

霖之助が運よく見つけてくれればいいのだが…

 

「なんというか…あまりいたくない場所だな」

「でしょ?だからあまり外来人も見つけられないのよ。三途の川はもう少し歩いた所よ。行きましょ」

 

ルーミアに腕を引かれる。

俺が数歩歩くと何か硬いものを踏んだのを感じた。

俺が足をどけて見てみると割れたおもちゃの指輪。割れているのは俺が踏んだからであろう。

だがこんなものを持ってここに来るような人は幻想郷にはいないだろう…ということは…

俺はおもちゃの指輪を見ながらこれを持っていた子供か、それとも子供のために買ったものかは分からないが…静かに黙祷した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百二十話 三途の川

ルーミアに腕を引かれながら歩く。

地面はお世辞にも整えられているとは言えないためこの状態だと歩きにくいのだが、俺が拒絶するとルーミアがショックを受けそうだからずっと言えないでいる。

歩くこと十分程度、とうとう川が見えてきた。

 

「ここか?」

「ええ。ここが三途の川よ」

 

三途の川。

死後訪れる場所として死神が幽霊となった死者たちを彼岸へと運ぶ場所。長さはその者が生前にしたことや得たものを総合して決まり、悪いことをした者はその分長く運ばれることになる。

当然だが対岸は見えない。霧なのだろうか、川の上は微妙に見えにくくなっているためどういう原理で川の長さが変わるのかもわからない。

 

「死神ってのも実体を持ってるのか?」

「そうねぇ…多分聞いた話だとそこらへんに…いた」

 

ルーミアが指を刺した先には人影。どうやら岩の上で寝ているようだ。

まさかあれが死神だとでもいうのだろうか。あそこまで無防備で寝ているので全くと言っていいほど死神としての風格がない。

強いて言うならば岩に鎌が立てかけており、死神ってやっぱり鎌を持ってるかとか思っていたらルーミアが岩に近付く。

 

「あ、定晴ー」

「ん?」

「今から起こすから話は定晴がしてね」

 

俺が返事をする前にルーミアは妖力弾を寝ている人物にぶつける。

それって起していいやつなのか?体調が悪いとか休憩時間であるという可能性はないのだろうか。ただルーミアがまたかみたいな顔をしているのに少々引っかかるが。

妖力弾によって叩き起こされた人はそのまま周囲を焦って見渡す。

 

「はいはい!四季さま!寝てないですよ!寝てない…あれ?確か…ルーミアとか言ったっけ?なんでこんなところにいるんだい?」

「私じゃなくて定晴なのだー」

 

一瞬にしてルーミアが口調を変える。手慣れたもんだな。

ルーミアに対して関心していたら寝ていた彼女が俺の方に近付いてくる。

 

「あんた、人間かい?まさか自殺かい!?やめときな、ここで死ぬとめんど…後々厄介だからさ」

「別に自殺じゃない。というか今面倒って言わなかったか」

「言ってない」

 

赤い髪に青い服を着た女性。

結構身長は高め。外の世界でイメージされている死神とは似ても似つかないが、鎌の扱い慣れてる感じは多分彼女が死神なのだろう。

 

「今適当に幻想郷を見ててな。三途の川はまだ来てなかったから来ただけだ。俺は堀内定晴。外来人だ」

「あたいは小野塚小町。死神だよ」

 

やはり死神か…なんというか面と向かって死神だって言われても実感が湧かないものだな。俺が死んだわけではないからかもしれないが。

そういえばさっき起きた時に気になることを言っていたな。聞いてみるか。

 

「さっき四季様って言ってたよな。それって映姫のことか?」

「おや、四季様を知ってるのかい。そうだよ四季様はあたいの上司なんだ。今頃彼岸で死者を裁いてるんじゃないかねぇ」

「小町は何してたんだ?休憩時間なのか?」

「そうさ。仕事が一段落着いたからね…」

「何を言っているのですか小町」

 

高い声がして小町の後ろを見るとそこには小町の上司、四季映姫の姿が。

いつもの帽子を被り板を持っている。そういえばこの板の名称をまだ聞いていなかったな。何か特別な意味があるものなのだろうか。

映姫は怒ったような…というか完全に怒っている表情で小町を睨みつけている。

 

「小町、あなたは何をしているのですか。あなたの仕事は寝る事でも嘘をつくことでもなく、霊をこちらに運ぶことです」

「あたいは定晴に話掛けられてやむを得ず話しているわけで…」

「話は聞いていましたよ。貴女、寝ていたとかいうじゃないですか。どういうことでしょうね?」

「あ、ははは…」

 

残念だが全て聞かれていたようだ。

映姫は小町が仕事をせずに休んでいたことにご立腹のようだ。小町の仕事が滞れば映姫の仕事にも支障が出るためこうして気が付いて叱りに来たのだろう。

 

「まあ貴女の処遇は後に決めます。早く仕事に戻りなさい!」

「はいぃぃ!」

 

小町が若干涙目になりながら川の方へ走っていく。

映姫はというと俺の方を向いて話し始める。

 

「さて、貴方はこんなところで何してるんですか?」

「ちょっとした幻想郷巡りだよ」

「ほう。あら?」

 

そう言ってルーミアを見る。

俺が振り返ってルーミアを見るとバツが悪そうな顔をしている。何かあったのだろうか。

暫くルーミアを凝視していた映姫だったがその後俺の方へ向き直り話す。

 

「どうやら…式神にでもなったのでしょうか」

 

まさかの映姫にバレてしまった。

普通は相手を見ただけでは式神かどうかが分からないはずだ。藍や霊夢などその方向にそれなりに知識のある人であれば多少見分けを付ける事ができるらしいが、映姫が式神の知識を得ているとは思えない。力の波長でも読み取ったのだろうか。

因みに俺は分からない方の人間だ。ルーミアと一度契約したにせよ流石に分からない。そもそも藍が言っていた本契約というのをまだしていない。方法すら知らないのだが、どうやらこれにはルーミア自身もいろいろ準備があるらしく、ルーミアだけは藍に方法を教えてもらっているらしい。

 

「私は人々を裁いているのです。多少の力の繋がりならわかるんです」

「なんだ。そういうことか。てっきり映姫が式神でも作ったのかと…」

「閻魔は式神を作れないのです。力の質が違いすぎるのでね」

 

そういえばそうか。

ルーミアと契約するときも力が合わなくて藍に妖力を一部を譲ってもらったのだった。それなりに妖怪との接点が多い人間の霊力ですらあまり合わないというのに映姫のような特殊な力が他の種族に合っているとも思えない。

そういえば俺に合わせた妖力ってどうなったんだ?

 

『知らねえのか?ルーミアと契約した影響で常に一定量保持するようになったぞ』

『え?まじで?』

『定晴自身は妖力を生み出せないがルーミアから一部供給してもらってる感じだな。だが本契約ではないせいか供給が不安定だな』

 

ということは俺は今妖力を扱えるということなのか?

ルーミアの力を抑えているだけの契約であるはずだが、藍が言ったとおりキスがいけなかったということか。

狂気と話していたら映姫に変な目で見られた。

 

「まあ…貴方は不思議な人ですね。まあ観光目的で来たというのであれば軽く説明してあげても構いません。小町の仕事の邪魔をされるよりましです」

「お、おう」

 

とても申し訳ない感じがする。

小町と話したのは流れだったし元々小町が寝ていたのが問題なのであって、それを起こした俺達に非は無いはずだ。強いて言えば小町と一切話さずに仕事へ送り出すことだったのかもしれないが、小町と会ったのは初めてだし三途の川に来ること自体初めてな俺に察しろと言うのは少々酷ではないか。

 

「三途の川は見ての通り死神の職場と言っても構いません。死後霊魂だけとなった者たちを裁くために彼岸へ運ぶのですが、その要所がここです。なので先程のように死神が仕事をサボっているとそれがそのまま我々閻魔の仕事に影響します。彼岸は我々閻魔の職場です。その者が生前どんなことをしたのかによって死後の行く末が決まります。大体は冥界に行ってもらって次の転生を待つのですが、生前多くの罪を犯したものは暫く地獄に行き労働してもらいます。地獄もいいところですよ?労働内容はそれなりに大変ですが、労働環境はいいですしきちんと罪を償えば転生することができます。あ、因みにですがこの川の幅はその人によってまちまちなのですが、たまに死神に突き落とされる魂があって…まあ相当な罪人だけですけどね。この川は浮力が発生しないので気を付けてくださいね、落ちたら上がれないので」

 

早口で説明する映姫。

なんかところどころ不穏な単語が混ざっていたりもしたが、大体説明は分かった。流石日頃色んな人に説教して回っているだけあるな。説明が分かりやすい。

 

「まあ概要は以上です。質問は?ない?それならいいのです。ここは特に面白いのもないので他の所がいいですよ?例えば…命蓮寺にでも行ってみてはいかがですかね。それでは私は仕事に戻ります。それでは」

 

質問を聞いておきながら返事を聞かないというのはどういうことなのだろう。それだけ急いでいるってことなのかな。

俺に一通り説明し終えるとさっさと三途の川を超えて戻っていった。

命蓮寺か…そういえば人里にそんな建物があったとかなんとか聞いたことある気がするな…

なんとなくこれ以上お前はここにいるなと暗に言われたような気がして居心地が悪いので離れることにしよう。

 

「ルーミア、行くぞ」

「…まさか閻魔にばれるなんて思わなかったぁ…」

 

ルーミアはルーミアで緊張していたようだ。

俺も吃驚したし、多分まだ映姫には凄い力があるに違いない。

その映姫が言った命蓮寺。日はまだ高いしこのまま行ってしまうことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百二十一話 人里への道中

「ルーミア、命蓮寺ってどんなところなんだ?」

「そうねぇ…お墓があるとこね。名前の通り寺よ。仏教って言えばいいのかしら?その寺にも妖怪が住んでいるから挨拶すると良いわ」

 

寺に妖怪…?確かに中国にはキョンシーとかいうのがいるとは聞いたが…それって祓われる対象じゃないのか?

幻想郷では妖怪と共存しているからこそかもしれないが。

三途の川から人里まではそこまで遠くはない。二人で並んで歩く。俺は元々飛ぶよりも歩く派なのでいいが、ルーミアは大丈夫なのだろうか。無理をしているようには見えないが…

 

「あー、ルーミア?歩くのが辛いなら言ってくれよ。俺だって強要してるわけじゃないしさ」

「別にそれに関しては問題ない…のだー」

 

ルーミアが突然口調を変える。

俺が顔を前に向けるとそこにはいつもの二人組。チルノと大妖精だ。そういえば幽香がたまに妖精の相手をしているとかなんとか言っていた気がする。

太陽の花畑に向かう途中なのだろう。

 

「お、部下を二人発見!」

「チルノちゃん。そんなこと言ったらまた消されちゃうよ?」

「前回はたまたま運が悪かっただけ。次はあたいが勝つに決まってる!任せて大ちゃん!」

 

チルノの謎の自信とそれに困惑する大妖精の二人組。いつもの光景だな。場合によってはここにリグルとミスティア、更にはルーミアも混じるのだが…そういえばこの時にルーミアは演技だったな。大変だっただろう、特にチルノに合わせるのは。

チルノはそのまま俺たちにずんずん近づいてきた。俺たちが二人でいることには何も疑問に感じていないようだ。

そしてチルノは俺に見下した態度のまま話しかける。

 

「さあ!今度こそボコボコにしてやるからかかってきなさい!」

「あーはいはい。今日は俺の負けでいいから終わりでいいよ」

 

ここで変に時間を取られるのも面倒だし軽くあしらうとチルノは俺が負けを認めたにも関わらず不満であったのか攻撃してきた。

 

「いいから戦いなさーい!凍符【パーフェクトフーズ】!」

「ちょ、チルノ!」

 

チルノの十八番、パーフェクトフリーズ。

全体に弾幕が広がり尚且つそれが壁のように動きを阻害するためとても面倒なスペルだ。

しょうがない。一撃でチルノを気絶させてやろう。元より俺は勝負を素早く終わらせるタイプだ。即効性の高い技で…

 

「食らえ、剣技【一閃斬り】!」

「ふみゃあ!?」

 

突然俺は攻撃に出たせいかチルノは反応することができずクリーンヒット。見事に一撃必殺が決まった。

そしてそのままチルノは少し吹き飛ばされ地面に転倒。気絶。

気絶して起きられないチルノに大妖精が慌てて駆け寄る。

 

「もう~だから言ったじゃんチルノちゃん!」

「ふにゃらへにゃ~」

 

チルノはまともに話すことができないようだ。まあここまですれば暫く喧嘩を吹っかけてくることも無いだろう。今後の事も考えた上での最善手といえよう。

取り敢えず軽く再生をかけてあげる。これでしばらくすればチルノも目が覚めるだろう。そもそも妖精は例えオーバーキルしたところでどこからかまた復活するのだから多少のやりすぎは問題がないとされている。確かチルノは既に霊夢や魔理沙に何度か吹き飛ばされているとか聞いたことがあるが…

にしても本当に妖精って不思議だな。外の世界では会わなかったし基本的には隠れているんだろうな。いつか妖精の生態について研究するのも面白いかもしれない。

面倒なチルノを片付けて歩き出す。すると大妖精の横を通る時に話しかけられる。

 

「そういえば何で今日は定晴さんとルーミアちゃんは一緒にいるんです?そこまで親しい間柄じゃなかった気がするんですけど…」

 

うーん、やっぱり大妖精には疑問か。

そりゃそうだよな。大妖精はチルノたちとは違って断然大人びている所があるしいつもの遊び仲間の中でも一番の常識人なのだろう。

俺が返答に困っているとルーミアが代わりに答えてくれる。

 

「たまたまなのだー」

 

うん、それが一番無難だな。

どうも俺はあまり誤魔化すのが得意ではないようで嘘をすぐに見破られてしまうので助かった。

だが大妖精はそれを聞いてもまだ少し納得していないようだ。どうしたのかと思っていたら大妖精の方から話してくれた。

 

「うーん、それにしてはルーミアちゃんが気を許しすぎてる気がするなぁ…何かありました?」

 

おっと、大妖精が思いのほか鋭い。

俺もルーミアが前よりも俺に気を許しているのを感じている。ただチルノたちと会ってからはほぼルーミアは話していないしどこで気が付いたのだろう。

その疑問をまたしてもルーミアが訊いてくれる。

 

「どうしてそう思うのだー?」

「だって…ルーミアちゃんいつも私達と遊んでいる楽しいっていう気持ちよりも幸せって気持ちの方ができている気がするんだもん。それに距離も近いし…」

 

ルーミアの気持ち?なんでそんなことが分かるのだか。もしかしてさとりと同じような能力が…いや、ルーミアたちが言うには大妖精は固有の程度の能力は持っていないという。

妖精として瞬間移動したりなんてことは出来るがそれは妖精で力があるやつならそれなりにできる妖精も多いというし、特別強いわけでもないらしい。

 

「気のせいなのだー」

「そっか、まあいっか。私はチルノちゃんのこと見ときますので気にせず行って下さい。申し訳ありません、毎度毎度チルノちゃんが迷惑をかけて」

「いや、いいよ。こういうのは慣れっこだ」

 

それにチルノはこういうことを俺以外にも普通にしてるというし別に驚くことではない。

それよりもこんなことが起きるたびに謝罪役に回る大ちゃんが可哀そうだ。大妖精は大妖精で妖精の本能なのか悪戯は普通にするらしいが、多分大妖精はチルノの保護者としての役の方が強い。

チルノの看病をすることになった大妖精を後目に歩き出す俺たち。

にしてもルーミアと俺の関係って傍から見ても分かりやすいものなのだろうか。

俺は人里に向かいながら考えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百二十二話 命蓮寺

遅れました。すみません。


人里に到着。

チルノたちが花畑に向かっていたことからも分かるが今日は寺子屋は休みのようで、慧音が門番として立っていたので命蓮寺の場所を聞くために近付く。人里の構造を完全に把握しているわけではないので人に訊くのが手っ取り早いのだ。

 

「ん?定晴か。どうした?」

「命蓮寺ってどこにあるんだ?映姫に教えてもらったので訪れようと思ったのだが」

 

そう言ったら慧音が不思議そうな顔をする。

俺が映姫と知り合いだったのが意外だったのだろうか。ただ映姫はたまに幻想郷に顔を出すらしいし別に不思議な事でもないような気がするが…と思っていたら

 

「いやな、まだ命蓮寺に行った事なかったのが驚きだっただけだ。お前のことだから人里は全部回ったのかと思っていたからな」

「あーそういうことか。実は買い物に来るだけで人里についてはあまり詳しくないんだ」

「お前らしいな」

 

そう言って朗らかにほほ笑む慧音。

こんな顔ができる人だから人里でも信頼されているのだろう。人気になる理由もよく分かる。

慧音が人里の向こう側を指で指しながら言う。

 

「命蓮寺は向こうだ。多分今日も入口で掃除している妖怪の響子ってやつがいるから聞くといい」

「分かったありがとな」

 

慧音に言われた方へルーミアと共に歩く。

人里と言えど妖怪はよくここに遊びに来るというらしいし何より慧音が半妖なのだから今更人里の人々は俺がルーミアと一緒に歩いていても何も言わない。というかこいつらのことだから俺は妖怪よりの人間だと思われていそうだ。

あとルーミアと一緒だというのにいつものように食材を売ろうとするのやめろ。後でまた買いに来てやるから。

商売根性を見せつけてくる店主たちを避けながらしばらく歩いたところで寺のようなものを見つける。あれが命蓮寺だろうか。方向とかは合っているのだが…人里に命蓮寺以外に寺があるなんて聞いたこと無いからきっとそうなのだろう。

入口のところに立っている妖怪に話を聞く。慧音は言うには確か響子って言ったけな。

 

「あのすまないんだが…」

「はい?」

「ここって命蓮寺で合ってるか?」

「あ、はい!そうですよ」

 

やはりそうか。

見た目は…少し煌びやかだな。ルーミアも命蓮寺には殆ど来ないのでどんな建物か知らないって言うし、ここは俺自身の目で色々見ないといけないな。

俺が建物を見ていると妖怪、響子が自己紹介をする。

 

「こんにちは!私が幽谷響子って言います!」

 

耳がキンキンするくらいの大声で。

吃驚した。これがこの妖怪の特徴なのか、それともこの命蓮寺の掟みたいなものなのか分からないが、取り敢えず吃驚した。

 

「いつもなら妖怪として人間を襲うのですが今日は先程ご飯を食べたばかりなので襲いません!よかったですね!」

 

なんか不吉なワードが聞こえたのだが…まあそれいいとして。

一言一言の元気がいい子だなぁ…なんとなくこの妖怪特有な気がする。

 

「響子、ここの寺の代表とかいるか?」

「代表ですか…えっと、教えを説いてる人がいます。人間ですよ!」

「その人って今会えるか?」

「ん〜…あ、今なら大丈夫です!呼んできますね!」

 

そう言って寺の中に入っていく響子。掃除を邪魔してしまったが、結構この敷地内は綺麗だ。多少なら問題ないだろう。

程なくして響子が出てきた。その後ろには一人の女性が付いてきている。彼女がここの教えを説いている人だろうか。

 

「彼がそうです!私は他のところ掃除してきますね!」

 

箒を持ってどこかへ行く響子。多分俺達が話しやすいように場所を空けてくれたのだろう。食べるとかなんとか言っていたが多分根は優しい子なのだろうか。

残った女性が話しかけてくる。

 

「貴方が命蓮寺に興味があるという方ですか?」

「ああそうだ。堀内定晴だ、よろしくな」

「私は聖白蓮。ここで皆に教えを説いています」

 

なんとも落ち着いた雰囲気の女性だ。

映姫のような堅苦しさは無く、どちらかと言えば優しい感じの落ち着きだ。映姫は話し方や立ち姿がとてもきっちりしているのでこちらが落ち着かなくなるのだが、聖はそのような感覚を与えない。

 

「入信者ですか?」 

「入信というか、ここでは何をしているのか気になってな」

「なるほど。興味があれば気軽に入信してください」

 

宗教者には大体当てはまるのだが、宗教勧誘に抜かりがない。

あれ、でも今まで過ごしてきて霊夢に宗教勧誘されたことないな。賽銭頂戴とは言われたが信仰してとは言われてないなぁ…そもそも霊夢は博麗神社に何を祀ってるのかも知らないとか…

俺が博麗神社について考え事をしていたら聖が説明を始める。取り敢えずは目の前の命蓮寺についてだな。

 

「ここはそれなりに最近出来た寺社なんですが、存在は昔からあって妖怪と共に生きることを教えとしてきました。昔は外の世界にあったのですが、色々とあって幻想郷に来たんです。私自身最近まで長い間寝ていたので俗世はあまり詳しくないのですが、何かあったら相談事にも乗りますよ」

 

元々外の世界に…か…

外の世界では昔から妖怪は退治するものだとされてきた。妖怪は人を驚かし、時に食らう。人間からすれば完全に天敵だろう。

そんな妖怪と共存したいなんていう教えは外の世界では理解されなかったことだろう。それは妖怪にも、人間にも。

これまで相当努力してきたはずだ。幻想郷では元々このような妖怪と人間がそれなりに協力関係であるため受け入れられやすかっただろうが、幻想郷でも共存をのぞまない人が一定数はいるだろう。中々に大変なことであったのは違いない。

あと最後の長い間眠っていたという言葉。多分だが…聖は封印か何かをされていたのだろう。原因はその思想。

人間は昔から異端児を排除しようとする傾向にあるので、敵である妖怪と共存しようなんていう考え方を不快に思われ封印された、といったところか。

 

「外の世界ではあまり入信者がいなかったのですが、幻想郷ではそれなりにいるんですよ。どうです?定晴さんも入信してみては?どうやらその子とも仲がいいようですし」

 

その子というのはルーミアのことだろうか。確かに今の俺とルーミアの関係は良い。式神になってから随分とルーミアが懐くようになった。

聖の考えは幻想郷においては比較的常識的な方だと思う。俺もその考えには賛同するし妖怪とは共存したいと思っている。

だが…

 

「すまない。仲のいい妖怪もいるのだが仕事柄今までも、それにこれからも妖怪退治を積極的に行う立場になるだろう。だから俺は入信ということはできない。ただ聖の考えは凄く同意できる。俺もいつか妖怪と人間が協力して生活できたらなって思うよ」

「そうですか…失礼ですがお仕事は何を?」

「一言で言うなら何でも屋。依頼されたらそれをこなす分かりやすい仕事だよ。幻想郷では大々的に言うつもりはないが、依頼してくれる人がいるのなら応えようとは思っている」

 

既に紫から二回依頼されている。だがその二回だけだ。

人里の人々など多くの人は俺がそんな仕事をしているなんて知らないだろう。だがそれでいいのだ。幻想郷での依頼先は博麗神社、仕事を奪うわけにはいかない。昔から人里の人々にとって博麗神社に困りごとを相談するのは一つのしきたりになっているのだ。霊夢は出来る限り楽したいからそれなりに対価を持ちださないと動かないんだけどな。

 

「大変そうな仕事ですね。じゃあそちらのルーミアさんも…?」

「私はたまたま定晴に会ったからフラフラしているだけなのだ~」

 

まあ今の仕事の説明したあとで妖怪が後ろにいたらまるで助手のように見えるだろうな。

一応ルーミアを式神として俺が使役することはできるのだが、よっぽどな事が無い限りは呼ぶつもりはない。どうやら式神のスペカを使えばルーミアを呼ぶことは出来るみたいだけどな。それで藍も橙を呼ぶらしいしな。

 

「まあ仲はよさそうなので私からは何も言いませんが…ではルーミアさんは入信は…」

「人里では襲わないけど外で会ったら堂々と人を襲うよ?」

「そうですか…まあ気になったら来てください。妖怪の保護もしてますし」

 

ルーミアがさらっと少し怖いことを言う。

妖怪にとって人間とはそれくらいの認識なのだ。多分この寺に通っている妖怪も本質的にはそういう認識なのだろう。さっき響子だって空腹だったら人間を食べるとか言ってたしな。

どうも幻想郷には比較的友好的な妖怪も多いから感覚が麻痺しがちなのだが、妖怪は全般的に内心人間への認識は餌だ。ただ人間がいなくなったら妖怪も困るのでむやみに襲ったりすることが少ないと言うだけで。

妖怪は人間の恐怖心などが具現化した存在である。人間がいなくなればご飯とかそういった問題の前に存在そのものが消えてしまう。妖怪が幻想郷に多く流れ着いているのは外の世界ではほとんどが妖怪を信じていないため妖怪の存在が消えているからだ。

外の世界で生きている妖怪はそのものの力が強い者か、未だに存在を有名にしている者だ。前者は紫のような存在、後者は一反木綿や河童など広く存在が知られている者だ。ルーミアのような種族ではなく個体として存在している妖怪は外の世界では長い間生きていられない。今は俺の力供給があるからルーミアなら外の世界に行くこともできるだろうが。

 

「まあこの寺の説明は以上です。何か質問はありますか?」

「えっとじゃあ…あそこに立てかけられているのって…」

「私のバイクです。整備されたところで走るのは気持ちいいですよ?」

 

それを聞いてその日一番の驚きが俺を襲ったのは言うまでもない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百二十三話 冥界門

…時が経つのって早いですね(投稿遅れてすみません)


「おはよう~」

 

ルーミアが二階から降りてきた。

前はそこまで無かったのに最近になってルーミアが寝泊まりすらここでするようになってしまった。理由を聞いても特にないって答えるだけだし…まあ問題行動を起こすような素振りはないし何か起きるまでは放置でいいか。正直真っ向勝負で弾幕ごっこじゃたい試合だったらルーミアに勝てる気はしないし。

今日の朝食は白米、焼き魚、みそ汁、漬物というジャパニーズスタイル、和食である。

ルーミアはどの料理もおいしそうに食べてくれるのでこちらとしても作り甲斐がある。結構ルーミアは大食いで、多めに作っても食べきってくれる。しかし幽々子とは違ってお腹空いた~って言ってくることは少ない。量に不満を持っている様子もないし、あるから食べるとかその程度の認識なのだろう。

 

「いただきまーす」

「いただきます」

 

あと最近ルーミアが緩い。寝起きだからだろうが…何はともあれリラックスできているのなら良しとしておこう。なんか言って機嫌を損ねる理由はない。

 

「そんでご主人様〜今日の予定は〜?」

 

間延びしたルーミアの声。俺の呼び方を訂正する動きもない。人間も朝はどうしても正常は判断はしにくいし、妖怪も同じようなものと思っても差し支えないのだろう。

 

「今日は妖夢の剣術指南の日だ。最近忙しくてあまりできなかったしな」

 

というより地底にいる間は地上に一度も来なかったのでしなかったという方が正しいか。一応妖夢にはしばらくできないかもっていう話はしていたので大丈夫ではあったが。

今日は出来そうだったので先日一度白玉楼に行って剣術指南を今日することを幽々子に伝えている。あちらも色々と準備があるだろうから数日前だ。

俺の予定を聞いてルーミアが黙りこむ。どうしたのだろう。

 

「ねえ、それ私も行っていい?」

「それは別に構わないが…正直見てる方はつまらないと思うぞ?霊夢のとこに行ってご飯でもねだった方がいいと思うが…」

 

彼女がそんな簡単に人に食材をあげるとは思ってないけども。

悪口ではないし俺もその雰囲気が好きっていうところはあるのだが、冥界は本当に何もない。せいぜい霊魂たちがフヨフヨとそこらへんを飛んでいるだけで、特に何かすることがないのならつまらないところだ。

そこは幽々子たちも理解しているらしく、たまに何か作ろうかしら〜とボヤいているのを見たことがある。

 

「それでもいいわ。私も特に予定はないし、ならもう定晴と一緒にいようかなって」

 

最近のルーミアは一週間に三回から四回程度の頻度で行動を共にする。

しかも何をするわけでもなくそこにいるだけ、飽きないのだろうか。

あとどうでもいいことだが俺の呼び方が名前になってたな。そろそろ眠気も覚める頃だろうか。

 

「まあいいか、出かけるのは一時間後だから何かすることあったら早めにしておけよ」

「はーい」

 

ルーミアが部屋に戻る。

空き室は残っているし、一人で住むにしては大きいので部屋を一室あげた。倉庫としてあるわけでもないので特に困ることはない。

それから色々として暇を潰して一時間後、準備を終えて白玉楼に出発。ルーミアは特に必要なものはないし、俺も輝剣と家宝の剣の状態を確認したら終わりだ。

妖夢が使うのは二刀流、俺もそれに合わせて二刀流にしなければいけないのは厄介だが、まあ今まで輝剣だけで戦って来たし二刀流というのも新鮮でいいものだ。二刀流の扱い方自体はミキに無理矢理教えられたので一応できる。それを妖夢にうまく伝えることができないのが問題と言えよう。

 

「んー?定晴、何かいるのだー」

 

何か人影を見たらすぐに幼少モードになれることには舌を巻く。だが一々変えるくらいならずっとそのままにしておけばいいのに…まあ封印が解除されて無意識に幼少モードになれなくなったので仕方ないといえば仕方ないのだが。

近付いて確認してみると人影は三つ。俺が初めて白玉楼に来た時に会ったプリズムリバー三姉妹だ。今日も今日とて楽器を奏でながら飛んでいる。方向は冥界とは逆だ。冥界で演奏してきたのだろう。こんな朝っぱらにも演奏するんだなぁ…

 

「よう、三人とも」

「あ、定晴さん。おはようございまーす」

「私達今冥界で演奏してきたんですよ。もう少し早く来れば聞かせてあげられたのに…」

 

残念がる三人。

確かに時間通りにいかないといけないわけじゃないし早めに行ってもよかったな。

今日は紫が寝ているらしい(藍から聞いた情報なので確か)のでスキマ送迎は帰りのみらしい。行く時間はこちらが決めれたのだし早めに家を出て寄り道なりなんなりすればよかったな。

 

「あれ?ルーミアさんがいるとは珍しい。どうしたんですか?餌付けでもされました?」

 

そう言って首を傾げるリリカ。

まあルーミアは普通他の人といるような妖怪ではないらしいし不思議に思うのはしょうがないことだろう。他の人がルーミアを連れていたら俺でも気になる。

しかし幼少モードのルーミアは普通に、自然な口調で答える。

 

「定晴が剣の修行をした後に食事があるからそれを貰うのだー」

 

…これ、多分嘘ではないな。

幽々子が食べる量が多いため食材は多めにあるらしいし、なんなら俺はせめて俺が修行に行ってる時くらいは補助をしてあげようと幻空の中に食材をいれている。

ルーミアが増えても問題はないと思う。

ルーミアの答えに納得したのか三人が別れを告げ去っていく。

そこでルーミアに真意を聞くと…

 

「え?嘘じゃないわよ。メインは定晴の修行に付き合うことだけど、食事も楽しみだし」

 

…やっぱりな。

冥界の門を潜り白玉楼へ向かう。

とても長い階段は飛んでいないと絶対足が棒になる。

階段の横には灯篭が置かれていて道は明るい。しかし博麗神社へ登る階段よりも長い階段は誰のための階段なのだろうか。

霊魂は空を飛ぶし普通の人間がここに来ることはほとんどない。もしも来た時に対応できるようにするための対策なのだろうか。それにしてはもっといい方法はなかったものかと思うが。

そして白玉楼に到着。

 

「お待ちしてました!定晴さん!」

 

そこには俺の弟子という立場あたる魂魄妖夢が準備万端な様子で待っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百二十四話 傍観ルーミア

ごしゅ…定晴が妖夢と一緒に修行を始めた。

妖夢は二刀流で戦う剣士。能力も剣術を扱うというもの。弾幕ごっこが決闘方法として主流の幻想郷で近接の剣術なんてあまり強くないと思ってたけど、定晴の戦い方を見て剣術もなめれるものではないと知った。

そもそも定晴は剣で弾幕を切るということを平然としているが、普通はそんなことできない。弾幕というのは高密度の力の塊であり、切る場所やタイミングを間違えると爆発する。それを平然とやってのける定晴は化け物だと言えるかもしれない。

妖夢はまだそこまでいけないようだが、もし同じように剣で切り裂くことができるようになれば…遠い話でも無いだろう。

見ると定晴は結構細かいところまで正確に注意しているのがわかる。何を言っているのか妖力で戦う派の私には分からないが、まあ大方体の動かし方だろう。言われたとおりに動けるようになればいつかは…それに妖夢は自分自身が置いた弾幕であれば切れるらしい。あくまでそういう噂を聞いただけだけど、あの剣の説明をされると大概切れぬものはほとんど無い、みたいなことを言われる。弾幕がそのほとんどの中に入っているかは不明だが。

…はっ。

だめだめ。何見惚れてるのよ。

キスをされてから変に意識するようになってしまった私は定晴の前だと妙にドキドキしてしまうようになってしまった。

流石に私は人里で売ってる少女向けの小説のように分からないわけじゃない。伊達に何年も生きてるわけじゃない。ここまでドキドキしたのは生まれて初めてだけど。

これは恋だ。いや、式神になって、キスをされたから衝動的なものでいつかは元に戻るのかもしれないけど。

私は普通の少女のように恋をしている。人間は食料であって、また美味しい料理を出してくれるだけの生物だと思っていたのだけど…

あの私の封印を解いた奴に感情をグチャグチャにされて、他の生物を下等生物にしか感じなくなった時。定晴は私のことを必死に助けようとしてくれた。今でこそ再生しているけど、当時は左腕を無くしていたはずだ。だというのに…

そのせいか暴走状態の私の思考の中にもスッと入ってきた。定晴の能力に浄化や結界があったのも功を奏したのかもしれないけど、定晴のことはちゃんと認識できた。

私があの日の朝、定晴のところに行ったのはほんの気まぐれだ。定晴は謙遜しているけど、正直私より定晴の方が何倍も強い。そんな相手と真っ向勝負したところで負けるのは目に見えている。最悪殺される可能性もあったので戦わないように言いに行ったのだけど…こう、その後好きになってしまったら、まるで好きな人とは戦いたくなかったみたいになってしまう。

違うのだ。あの時は料理上手な人間としか思っていなかった。宴会の時に食べる紅魔館のメイドの料理に負けず劣らずの味を常に提供してくれるので信頼をしていたのは事実だけど、感覚としては博麗の巫女と同じくらいにしか思っていなかった。のに…のに…

…あまり考えないことにしよう。定晴のことを考えると変にドキドキして熱くなってしまう。私は妖怪だ。人間と結ばれるなんて…あれ、でも慧音先生とか香霖堂の店主って半人半妖で…ということはその親は人間と妖怪が結ばれていて…つまり私と定晴が結ばれても問題はないということで…ってだめだめ。考えないって決めた傍から考えてどうするのよ。却下よ却下。

あ、定晴と妖夢が模擬戦を始めた。

定晴って色々と美しいよねぇ…これは好きになる前から思っていたことだったけど。

いつぞやのチルノ対定晴の時も、先日の私と戦った時も、定晴は綺麗な戦いをしている。なんとなく演舞を見ているような気持ちになるのもそれが原因だろう。

鬼のように多少の被弾でも怯まずに突っ込んでくるわけではなく、魔法使いのように遠くからチマチマと陰湿に攻撃するわけでもなく、弾幕を避けつつ攻撃をする。

その点で言えば弾幕ごっこにおける戦い方は霊夢や魔理沙みたいな異変解決組と似ているだろう。弾幕を避け、相手が倒れるまで、またはスペルの時間が切れるまで自分の攻撃を撃ち続ける。

弾幕ごっこは元よりその美しさを競う決闘方法だ。その判断基準は一般的には弾幕に向けられているが、私はその弾幕を張る人自身の美しさも必要なのではないかと思う。

 

「おーいルーミア。そこにいても暇だろ?少し手伝ってくれ」

「ん、分かったのだー」

 

妖夢がいるので幼少モードで話す。

定晴がいなければ意識せずとも話せることが多いのだが、どうしても定晴の前だと気が緩んでしまって意識しないと普通の口調で話してしまいそうになる。

どうやら私と妖夢の模擬戦らしい。といっても普通に勝負するわけではなく、私が一方的に弾幕を張り妖夢がそれを避けていくというもの。剣術の構えを戦闘中でも崩さないようにするためらしい。

適当に弾幕をばら撒く。それを妖夢が剣で捌いたり転がったりして避けていく。少し意地悪で軌道を描くように撃つと妖夢が反応出来ずに被弾。

まだまだね。これくらいなら余裕で避けてくれないとやりがいも無いというもの。

何度か繰り返したら私は下げられ定晴の指導が再開される。

意識しているわけではないのだけど、何故か定晴を目で追ってしまう。だめだめ、こんな分かりやすい恋なんて私らしくないわ。

ただ、話を聞くところによると定晴って結構鈍感らしいのよね。どうやら過去の出来事がきっかけで自分に向けられている好意に気付けないらしいけど、あまりその辺の話は知らない。いつか定晴自身の口から聞いてみたいところだけど。

最近私が同居するようになって定晴と会話することも増えた。そのお陰でそれなりに定晴については知っている。

なんで私が同棲しているかと言うと、それは…その…一緒に…あーだめ。心の中ですら言えないわ。いつか直接、なんて思うけど少なくとも今の状態じゃ無理ね。恋に振り回されている今じゃ。

ただ説明する分には問題ない。本命は、出来るだけ近くに…っていうのだけど、他にもご飯を調達しなくてもいいとか、毎晩ベッドで寝れるとか、衛生面での問題を気にしなくてもいいとか利点はいっぱいだ。

周囲から見れば私が定晴と一緒にいるのは不思議だろうけど、そこはもう妥協するしかないわね。なんとか誤魔化して、少なくとも絶対にあの文屋には見つからないようにして生活するほかない。

多分しばらくすれば慣れる。もしくはこの感情がなくなる。今までこんな想いを持ったことがない私が人間相手に恋だなんて、そこらへんの妖怪に聞けば愚かだなんて言われるでしょうね。多分私もその立場だったら同じように言うだろうし。

ただいざ自分が言われる立場になると言われても良いみたいに思ってしまう。というのも、やたらと私は今幸福なのだ。

日々色んな刺激に触れ、食事は美味しく、睡眠もばっちり。風呂に入ろうと思えば入れるし、読む本だってある。何より好きな人といられる。ここまで幸せなことはないだろう。

まあ正直に言うと妖怪の私に睡眠だとかは必要ないし、一番お腹が膨れるのは人間を喰らうか驚かすかした時なので前半分はあまり意味がない。風呂は気持ちいいし本だって多少読むからそちらはいいのだけど。

やはり一番大きいのは…定晴と…ご主人様と…一緒に…こんな人を食べられるわけがない。というか式神である私に主を食べるなんてできるはずが無いのだけど、それ以上に好きな人を食べれるほど私は無感情ではない。なんなら好きな人は出来るだけ一緒いたいと思う方だ。

ただ定晴は私の式神化は不可抗力だったから、封印出来るとなれば式神解除しちゃうんだろうなぁ…あ、だめ。なんか悲しくなってきた。まだそんな話は聞かないし確定したわけでもないのに変にシュンとしてしまう。

捨てられる、という表現は適切ではないのかもしれないけど…捨てられないようにしないと。自慢ではないけど、封印解除した私はそれなりに強い。闇を操る能力は定晴みたいに浄化能力を使える人に対しては滅法弱いけど、その力を持たない相手なら相当いい勝負ができると自負している。

大丈夫よ、私。戦闘に役立つと知れば定晴だって私を式神のままでいさせてくれるはずだわ。式神になると主から力の供給がある代わりに色々と面倒なことがあって、並の妖怪なら解除して欲しいと願うはずなのに。どうしてこうも私は定晴の式神でいたいのか。式神でなくとも定晴にアプローチしたりはできるというのに。

まあ理由は純粋に定晴とのつながりが消えるということに対する恐怖心なのだけどね。今は定晴に惚れてるのでこれに関しては今のままだと進展は無さそうだ。

あ、修行が一段落着いたみたい。奥から幽々子が現れる。その手に持つのは団子…おやつだ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百二十五話 団子と守り

どうやら昼ご飯の前の間食に前もって団子を用意していたようだ。

ルーミアがそれにつられて少しずつ幽々子に近づいて行く。やはり食事が目当てか。

 

「まあ団子くらいならいいだろ。妖夢、一度休憩にしよう」

 

ずっと鍛錬し続けても体力の限界で動けなくなるのがオチだ。そうなっては満足に鍛錬は出来ないし、そもそも鍛錬の意味がなくなってしまうだろう。

妖夢に声を掛け休憩を促す。

 

「分かりました。ただ…幽々子様?その団子、今日の分にしては少し多くないですか?」

 

妖夢がそう言って幽々子が持ってきた団子を指差す。どうやら妖夢が用意していた量よりも多かったらしい。妖夢はいつも幽々子と家計のことを考えて量を管理しているため数え間違いということはないだろう。

 

「定晴さんだけでなくこの妖怪も来たのだもの。増やさなくちゃね♪」

 

そう楽しそうに言う幽々子。

まあ言い分は分かる。食べる人数が増えたら量を増やすのは道理であるのは確かかもしれない。しかし妖夢はそれも込みで色々と管理している。なので…

 

「幽々子様!おやつを増やすなら先に私に言ってくださいと何度も言ってるじゃないですか!」

 

妖夢が怒る。

そしてそれを聞き流す幽々子。

妖夢から聞いた話だと、これが結構いつものやり取りらしい。妖夢はほとほと参っているが、当の本人である幽々子は実に楽しそうである。半分は食欲だが、もう半分は楽しくてわざとしているのではなかろうか。

またお金の管理を…と嘆いている妖夢に多少のフォローはしてあげよう。こうなることは分かっていたからな。

 

「妖夢、俺が家からいくつか間食になりそうなものを持ってきたからそれで勘弁してやってくれ」

「あうぅ…すみません…」

 

そのまま元気がないまま団子に手を伸ばす妖夢。

あ、それでも食べるんだ。そういうところは女の子らしい。 

人によっては女性に戦闘をさせるなんて、といった風に話す人もいるのだが幻想郷では強いのは軒並み女性ばかりだし、そもそも女性といえど戦闘ができないわけではない。妖夢が庭師でありつつも剣士であるのも全く不思議ではない。女の子だからと未来の幅を狭めるのはよくない傾向だと俺は思う。

 

「んー!美味しい~♪」

 

ルーミアが美味しそうに頬張る。幽々子も妖夢も美味しそうに食べるので相当食べるのだろう。一応これは俺たちのために増やされたのだから俺も一つ食べてみることにしよう。残りは全部三人に譲る。

団子は一口サイズ。特に何もついていないシンプルな白玉団子だ。

では早速一口…おお!これは美味い!程よい弾力と、団子本来の味が引き立っておりいくらでも食べる事ができそうだ。

人里ではここまでの味の団子を売っているという話は聞いたこと無いし…もしかして妖夢が自分で作ったのだろうか。少し気になって聞いてみると…

 

「はいそうですよ。最近作ってとっておきました。作ってる最中に既に幽々子様が団子を見て涎を垂らしていたので作ってる側だけでも大変でしたよ…」

 

苦笑しながらそういう妖夢。

凄いな。妖夢はここまで料理が上手なのか。俺も何度か団子は作ったことあるが、ここまで上手にできる自信はない。団子は見た目はそこまで難しくないように見えるが、実際作るとなるとそれなりに大変で上手に作るとなれば相当慣れていないと難しい。

妖夢の剣術は叔父から教えてもらったものだと言っていたし、料理も叔父からだろうか。どのみち妖夢は料理も剣術もできるのだから凄い。

 

「幽々子様はあまり食べないで下さいね。増やしている分はルーミアさんの分なんですから。ルーミアさんは好きに食べてくれていいですよ。さあ、定晴さん再開しましょう」

「妖夢のいけず~」

 

講義の意志を伝える幽々子。

まあ日頃から食費だけで妖夢を泣かせている幽々子のことだ。団子以外にも色々と食べるのだろう。妖夢の知らない所で食べたせいで後々妖夢に怒られるまでがテンプレートだと幻想郷の住民は言う。

 

「最近うちの妖夢が酷いのよ~」

「んー?」

 

モグモグと団子を頬張るルーミアに愚痴を言う幽々子。だがそれは自業自得というものだ。諦めろ幽々子。

視線を前に戻すと妖夢は既に剣を構えいつでも戦えるように準備していた。

 

「団子の後は模擬戦でしたよね。やりましょう!」

「よし、やろうか」

 

俺も二振りを持ちだし剣を構える。

実は言うと妖夢は基本的に戦闘自体は一刀で行う。二振り使えればそれだけ強いというわけでもない。慣れていなければ逆に二振りもあっては邪魔だろうし弱くなることは間違いない。

どうやら妖夢が言うには二刀で戦えたらカッコいいからだという。何となく他にも理由はあるような気配がしたが、あまり人のことは詮索しないで行きたいところ。

永遠亭で脅迫紛いのことをしてしまったのを少し反省しているのだ。俺は何で月の民が地上にいるのかが気になっただけなのだが…いやまあ少し怒りがあったのも事実なのだが。

 

「そんじゃルールを確認するぞ。スペルカードは俺は一枚だけで妖夢は三枚まで。基本的には剣で戦い、俺は三分間有効打を貰わない。逆に妖夢は三分間のうちに俺に有効打を与えることが勝利条件だ」

「分かりました」

「じゃあ行くぞ!」

 

合図と共に俺はタイマーをスタートさせる。だが既に試合は始まっている。正直俺がストップウォッチを操作している今が一番隙がある時と言ってもいいだろう。

だがそのことは俺も分かっている。今回俺は輝剣以外の能力は使用することができない。だが俺の輝剣は…浮く!

 

「っ!」

 

妖夢の一振りを弾き返してから手元に戻す。俺も二刀剣術で勝負だ。

妖夢に合わせて…という意味もあるが、俺自身二刀流の練習になる。輝剣は十分に強いが、慢心するわけにはいかない。

妖夢には悪いが、彼女はまだ常時二刀流という戦闘形態に慣れていない為かはっきり言って弱い方だ。練習相手になってもらう。

ひたすら攻め続ける妖夢。それに対して俺は避けたり弾いたり、色々な方法で攻撃を凌いでいく。その俺の守りに妖夢も負けてはいない。俺が教えた攻撃や動き方、我流の剣術、さすがに俺も何度か当たるのではないかとひやひやした場面が多々ある。

そして、現在の拮抗状態を変える一手が繰り出される。妖夢のスペルカードだ。

 

人智剣【天女返し】

 

そして妖夢が構えを取る。普通の戦闘ならば隙になるが、今回はルール上俺は妖夢に攻撃できない。

妖夢が動いt…!?

見えなかった。俺も多くの戦闘で経験を積んでいたが…なるほど、妖夢の持ち味の速さというのは受ける側だとこんなにも違うのか。他の物に対して練習したりしているのは見たことあるのだが、この速さの攻撃を受けるのは初めて。正直驚いてしまった。

だがまあここは経験則で受け止めることに成功。構えから比較的切り筋が見えやすいのが欠点だな。

 

断命剣【瞑想斬】

 

連続スペカ。

まずい。先程の剣、防ぐことは出来たが体勢を崩された。この状態でスペカを受け止めきれる自信はない。

…仕方がない。俺には一枚しか与えられていないが、負けるのは剣の師として情けない。折角だし妖夢に剣での防御の方法も見せてやろう。

 

剣術【五月雨斬り】

 

俺の前方に輝剣と家宝の剣を高速で振って生まれた壁ができる。

俺に近付こうとしていた妖夢もこれには白旗をあげたか、後退し様子を見るようだ。

俺のスペルカードと妖夢のスペルカードの時間はあまり変わらない。結果として、妖夢のスペルカードが切れたとほぼ同時に俺のスペルカードも切れた。

 

「なるほど、斬撃の壁ということですか。攻撃こそ最大の防御だと師匠も言っていましたが…こういうことでしたか」

「輝剣以外の能力が使えずとも剣だけで攻撃を防ぐ方法はいくらでもあるってことだ。妖夢だってあの速度が出るのならできる筈だぞ」

「後でしてみますね!」

 

言うと同時に攻撃してくる妖夢。

確かに会話をしていると警戒心が緩くなりがちだ。そこを狙ったのは良かったが、俺は今までの経験上会話が一番危険なものだと思っているため簡単に防ぐ事ができた。

その後も妖夢はスペルカードも交えつつ攻撃を繰り返したが、俺に有効打を与えることはできなかった。

 

そして剣術指南後、ルーミアを連れて白玉楼を出る。結局こいつはずっと団子を食べながら俺達のことを見ていただけだ。何がしたかったんだろう。

 

「本日もありがとうございました!」

「また来てね〜」

 

妖夢がお辞儀をしながら、そして幽々子は緩く別れの挨拶をする。

次の剣術指南の日程も決めたし、また近々来ることになるのは分かっている。妖夢が納得するまで、若しくは俺を超えるまでこれは続くのだろう。正直言って妖夢の方が剣術だと上だと思うんだがな。それ以上を望むならミキにでも教えてもらった方が確実だと俺は思うぞ。 

白玉楼を離れ並んで飛ぶ。

 

「ルーミア、結局何がしたかったんだ?」

「んー?秘密よ。あ、でもそうねぇ、妖夢の団子は美味しかったわ。またするときは付いていくわね」

「食べすぎると妖夢が泣くからやめてあげろ…」

 

幽々子に負けず劣らずの食いしん坊であるルーミア。やはり日頃の食事が足りないのかと聞いても別にそうでは無いという。

どうやらいっぱい食べることが出来るのは認めるけど、ルーミアは幽々子と違って量より質を求めるタイプのようで、俺の料理はどれも美味しいから不満など無いのだという。

料理担当の俺からすれば嬉しい限りだが、なんというか…いや、本人が大丈夫だと言っているのだから俺がとやかく言う必要もないな。

ルーミアは妖怪だ。その食事の本質は人間、そして人間が妖怪に抱く恐怖心。俺の作る普通の食事では生物的に足りないだろうに、我慢させてはなかろうか。

俺からの妖力供給を少し増やそうと思った今日この頃である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百ニ十六話 紅魔館(n回目)

お気に入り登録件数が100を超えました、ありがとうございますm(_ _)m


さて、今日の目的地は紅魔館。魔力の扱いをパチュリーに教わりに行くのだ。というのも、パチュリーから借りた本は内容こそ理解出来るが、実際やるとなれば剣術ならまだしも魔術の方はからっきし実践できなかった。俺の経験不足だろうとのことで本を返しに行った時に約束してもらったのだ。

魔理沙に何度も盗まれていたせいか俺が本を返すというだけで少し機嫌が良さそうだったのも約束してくれた理由の一つかもしれない。

本日ルーミアはチルノと遊ぶらしいので不在。なんでも最近は氷鬼が流行っているらしく、チルノが鬼でタッチされてなくともチルノの射程圏内に入ったら凍らされるという理不尽な鬼ごっこらしい。子供らしい遊びをしてほしいものだ。いや、これも子供らしいと言えば子供らしいのか…?

それはともかく、今日の俺は一人で目的地に向かう。最近はルーミアが一緒にいることが多いので一人でいるこの感覚は久し振りだ。外の世界では基本的に一人で毎日過ごしてたから常に騒がしい幻想郷に慣れるとなんだか寂しく感じる。

霧の湖を飛ぶこと数分。いつもの真っ赤な館が湖の畔に現れる。門の前に降りて門番に挨拶する。門を超えていくと魔理沙に間違えられて攻撃されることがあるらしいとは霊夢の談。

さて、ではその肝心の門番はと言うと…

 

「…むにゃ…」

「寝てる…」

 

知ってた。

そもそも惰眠異変の時に寝ていたのはいつものことが続いていただけであり、異変が終わろうともこの門番は起きることはないのである。今日は紅魔館に来ることを前もって連絡しているので、それを待つために起きているかなとも思っていたけど、俺の期待はあえなく粉砕されたのであった。

さて、正直連絡はしているし紅魔館の連中とは全員と面識があるので無視しても問題はないだろうけど…多分そろそろ俺が来た事を確認して銀の…

 

「みぎゃああああ!」

 

…ナイフが美鈴の頭に刺さった。

妖怪であってもナイフが頭に刺さるのは間違いなく致命傷。それを何度もされているのに生きているので美鈴は強い妖怪であると認識せざるをえないが、ナイフを刺した張本人は人間なのであるのだから力の関係図はどうなっているのか分からない。

 

「はぁ…いつもいつも駄門番が申し訳ありません。次寝ていたら定晴様も容赦なく頭に輝剣なり浄化魔法なりぶつけて構いませんので…」

「流石にそこまでの勇気はない」

 

美鈴なら大丈夫だろうが、無抵抗の妖怪を攻撃するのは何でも屋で妖怪を何度も退治している身であっても気が引ける。

さて、美鈴を起こしながら瀟洒に登場したのは十六夜咲夜。やはり信頼すべきはメイド長であるか。正直毎度毎度寝ている門番を置いといて意味はあるのかと思うが、まあずっとここに配属されているのならそれなりに功績でもあるのだろう。もしかしたら左遷の可能性もあるが。

 

「いらっしゃいませ定晴様。準備はできてますのでご自由にお入りください。私はこの問番の問題をこってりと説きますので」

 

いつものことなので突っ込まない。

紅魔館からすれば俺は信頼できる相手なのか、最初こそ咲夜に案内されたが最近は俺は一人で館に入り、咲夜は美鈴を叱るという構図ができあがっていた。

俺もそれに慣れて美しく整えられた庭を横目に見つつ館に入る。と同時に腹に衝撃が走る。

 

「お兄様ー!」

 

言わずもがなフランだ。

フランは必ず一回はどこからともなく俺の腹部に向かって高速で突っ込んでくる。問題はそれがいつどこからなのかが分からないことだ。そのせいで館の扉を開ける前からフランが突っ込んでくるまでずっと身体強化をかけていなくてはならない。

唯一の安心点はフランが庭で突っ込んでくることがないということだ。庭はあまり影がないし、日傘を持っていると俺にバレるため庭ではしないことに決めているそうで、身体強化は館の扉を開ける直前で良い。どのみち持続させ続ける必要があるので正直あまり大きな差はないが。

 

「はぁ、フラン。今日定晴が来たのはフランと遊ぶためじゃなくてパチェに魔術を教えてもらうためよ。離れなさい」

 

そして階段を下りてくるレミリア。

レミリアは階段を下りながら話すという構図が気に入っているのか分からないが、俺が来ると必ず入ったタイミングで階段を下りながら話しかけてくる。まさか俺が来るまで階段の脇で隠れているとは思えないし、咲夜に俺が来た事を教えてもらったら急いで階段の近くで待ち伏せているのだろうか。そう考えるとなんだか笑えて…笑うとレミリアからグングニルが飛んでくるので笑わないが。

フランも前もって今日の俺の目的は知っていたはずだが、それでも文句を言うフラン。

 

「パチュリーずるい!」

「あなたはいつも遊んでもらってるじゃない!今日くらい我慢しなさい」

「定晴は私と遊ぶのー!」

 

なんというか子供っぽい部分が抜けきらないのがフランの特徴だ。

レミリアとは五歳しか変わらないのにここまで性格に差があるのはなぜなのだろう。狂気の影響なのか…しかし狂気は俺が払ったはずだし…少しだけまだ残っている?…いや、だがそんな素振りは…

どれも憶測の域を超えないし、本人に訊いても分かることではないだろうから保留。

取り敢えずフランのご機嫌取りのためのスイーツを渡そう。

 

「ほら、フランとレミリアにスイーツを作ってきたから落ち着け」

「わーい!これは…?」

「どら焼きだ。あんこ以外にもクリームだとかフルーツだとか色々な味がある。二人が食べられないものは咲夜とか美鈴にあげてくれ。その分多く作ってるから」

 

どら焼きなんて作るのは初めてだったが、なんとか能力やら人里の人の協力を借りて作ることができた。一応何度か挑戦して美味しくできるようにはなったので満足してもらえるだろう。因みにあまり美味しくできなかった試作品の数々は問答無用でミキの腹の中に叩きこんだ。

どら焼きの入った袋を受け取ったフランがレミリアの元にかけていく。

 

「お姉さまー!青い狸貰ったー!」

「どら焼きでしょ」

 

なぜそれを知っている。

まさか幻想郷にもドラ〇もんが流れ込んで…外の世界で忘れ去られたわけではなかろうな。きっと香霖堂とかに偶々紛れ込んだのだろう。青い狸が忘れ去られたとしたらそれなりに大問題だ。

レミリアが袋の中を確認して満足そうに微笑むと俺に向かってお礼と共に案内をしてくれる。

 

「いつもありがとね。あまり日本のものは食べないからこういうのはフランにもいい刺激になるわ。パチェは魔術訓練のために裏庭にいるわ。そこらへんに小悪魔がいるはずだから案内してもらいなさい」

「分かったありがとう」

 

フランの意識は既にどら焼きに移動したようで、特に邪魔されることなく進む。

レミリアが言う通り近くに小悪魔を見つけたので案内されながら進む。

そして連れてこられたのは裏庭。そこには既にパチュリーが大きな魔方陣を書いて待機していた。

 

「定晴さん。これから魔術適正を見させてもらうわね」

 

どうやら教練の前に診断をするらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百ニ十七話 魔術適正

「ほら、そこに立って」

 

パチュリーに促されるまま魔法陣の中心に立つ。

魔法陣の節々からは魔力を感じるし、外の世界では魔術を使う人に会ったことがないのでここまで本格的な魔術初めてだ。一番よく話す魔法使いは火力ばかりのレーザーぶっぱ少女だから本格的なことに少し興奮している。

しばらくするとパチュリーから魔力が送られだし、魔法陣が起動する。

それと同時に俺の中を得体の知れないものが流れていくのを感じた。どうやら俺の中の魔力の一部を奪い調べているようだ。

パチュリーから何の指示もないのでこのまま立ち尽くす。少々手持ち無沙汰だが、パチュリーのことだしすぐに終わらせるだろう。

俺が思っていたとおり診断は三分もせずに終わった。微妙な顔をしているパチュリーに結果を聞く。

 

「えーと、分かりきってはいたけど適正は風。能力の中に組み込まれているくらいだから当然ね。風ほどではないけど光にも適正があったわ。浄化能力の影響かしら。ただ…」 

「ただ?」

「それ以外の適正がほとんどないわ。全くないと言ってもいいかもしれないわね。普通の魔力を持たない人間よりもこの二つ以外の適正がないわ。どういうことよ?魔術という能力なんだからもっと色々と適正があるのだと思っていたのだけど?」

 

なんとなく分かっていたことではある。

というのも俺の魔術は同時に何種類も展開できる代わりに個々の力がとても弱い。葉っぱに火を付けたりタオルを濡らしたり、その程度のことしかできないのだ。

紫は幻想郷ならそれぞれの能力が強くなると言われたのだが、どうも魔術だけは全く変わらなかったらしい。なんとなく使える種類が増えたような…いや、変わらないか。

取り敢えずパチュリーの質問に答える。といっても推測に過ぎないものだが。

 

「多分俺の適正、風を百としたらそれ以外は一くらいしかないだろ?俺の魔術は特殊でな、様々な属性が使える代わりにどれも弱いんだよ。それのおかげで普通なら相殺される属性同士も同時に使えるんだけどな」

「知れば知るほど分からなくなるわね…貴方は…」

 

うーん。自分でも分からんのだししょうがないとは思っている。

というのも俺の能力がいつ生まれていつから使い出したのか、そういった能力関係の記憶が全く無いのだ。狂気に聞いても知らんと首を振るだけだし…

俺の知らないところで俺を憎んでいる俺とルーミアを攻撃したあいつが後々関係してくるのだろうか。絶妙にベクトルが違う気もするが。

俺が魔法陣の中央で立ち尽くしているとパチュリーから指示される。

 

「もう降りていいわよ。まあ、そうねぇ…貴方みたいな人は正直適正のあるものを上達させるべきだと思うのだけどどうする?」

「パチュリーが良いと思う方法で頼む。自分は魔術に詳しくないのでね」

 

俺がそう言うとパチュリーはそう。と言って魔法陣を片付け始めた。どうやら即席で作ったものだったらしい。確かにこれが裏庭にずっとあるわけもないし当然か。

 

「そんじゃ魔術の練習をしましょうか。何か風の魔術を使ってみて」

「了解」

 

パチュリーに言われた通り風を使う。いつも移動に使っている俺の周囲を風で覆い浮く魔術だ。慣れてくれば高速で動けるし地上でも使用可能。ただし地上の場合は調整を間違えると飛んでしまったり地面にぶつかる可能性もあるそれなりに難易度の高い魔術。

俺の魔術を見たパチュリーが何かを考えだした。いつまでこの魔術は続ければいいんだ?

この魔術はよく使うし外の世界でも色々と役に立ったので魔力消費は最低限になるまでは使い慣れている。そのため数時間使い続けても影響は然程ないが…

思考が終わったのかパチュリーは俺に顔を向けて今後について話し出す。

 

「そうね…風は相当相性がいいみたいね。私が知っている風魔術ならどれでも使えるようになりそう。後で光属性も見せてもらうけど、取り敢えず風は貴方が覚えたいって言ったやつをすることにするわ」

 

確かに俺の能力の一派である風を使えば風魔術はどれでも覚えられそうだ。簡単なものならば他の属性魔術とも同時使用ができるだろうし、戦略が広がるというもの。喜ばしい限りである。

その後光属性魔術も見せたが、こちらはあまり強くないそうで簡単な初級から覚えることになりそうだ。一応適正からすれば中級魔術までならば使えるようになりそうとのこと。他の属性は初級でもあまり覚えられないというのだから驚きだ。

ここで少し魔法使いの話をしよう。

魔法使いは俺とは違って、多少の得意不得意はあれどもどの属性にも一定以上の適正がある者のことを言うらしい。その中でも魔法を極めて探求し、老いやライフラインの殆どを魔法で補う者を種族としての魔法使いと呼ぶ。前者は魔理沙、後者はアリスやパチュリーだな。

魔理沙は魔法使いとなる素質は十分にあるらしく、パチュリーはともかくアリスは魔理沙が魔法使いになると決めれば補助をするらしい。しかし魔理沙はライバルの霊夢に合わせる為なのか頑なに人間であることをやめないのだと言う。勿論理由はアリスたちの予想ではあるのだが、いつもの様子を見ていたら大きな相違はないだろうとのこと。

対して俺は自分自身なることができない存在として見ているが、パチュリーが言うには能力に魔術を使うことが入っているのなら可能性は零ではないらしい。というのも魔理沙もアリスもパチュリーも、詳しい部分や正式名称は違えどどれも魔法を使う程度の能力としてまとめられるとかなんとか。そのため魔術が使えることを能力にしている俺にも素質は素質は十分にあると考えていいそうだ。魔術には瞬間移動とか念話とか色々と使えたら便利そうなものがあるし使えるなら使ってみたいものだ。

閑話休題

今後のことも考えるため今日は教練はしないと言われた。その分待ちぼうけでいるであろうフランと遊んであげてというのは小悪魔の弁。

特にすることも無くなってしまったのでフランと遊ぶためにいつも姉妹が食事などを摂る部屋に向かう。途中で妖精メイドが像にぶつかってしまい倒れそうになった像を支えてあげたり(妖精メイドはぶつかった衝撃でピチュンした)しながら部屋に到着した。

中から話し声が聞こえる。あまり時間も経っていないしまだどら焼きを食べているのだろう。

ドアをノックして一応の確認。

 

「入っていいかー」

「あ、お兄様!いいよ!」

「あ、ちょっ」

 

レミリアの声が聞こえたが既にドアを開けている。

そこには楽しそうなフランと顔中粉まみれのレミリアがいた。

笑ってはいけない。もう一度念じる、笑ってはいけない。

 

「小麦粉があったから少しだけ取って置いといたら見事にお姉様ったらコケちゃって!あはは、変なの〜」

「あんたのせいでしょフラン!」

 

…顔中が粉まみれの状態で怒るレミリアが面白くて…

 

「…っくく」

「な!?」

 

笑ってしまった。

ああ、紅魔館は今日も平和だな〜…

グングニルが飛んできたのは言うまでもない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八章 go to the outside world
百ニ十八話 go to the outside world


遅れました!
新章でございます!


響く騒音、行き交う人々、走る自動車…

俺は今外の世界に来ていた。こんなところにいるのは紫に適当な所に放り出されたからである。別に幻想郷から追い出されたわけではない。時は数日遡る。

いつものように仕事を探しつつ人里を歩いていたら紫から連絡が入った。俺が応答するとすぐにスキマが開き紫の家に到着。

そこには紫の他に霊夢もいて一体何事かと事情を聞いてみたところ、どうやら次期博麗の巫女探しをする必要があるらしい。

俺も早すぎるのではないかと思ったものだが、霊夢とて小さい頃から色々と教育を先代から受けていたところ先代が妖怪との戦闘における怪我で引退。急遽霊夢が引き継いだのだという。

今は永琳がいるから多少の病や怪我であれば簡単に対処できるが、弾幕ごっこが主流となった今でも凶暴な妖怪は多々おり、それとの戦闘で命を落とすことも考えられるという。なんならまだ少女である霊夢は大人よりも命を落とす可能性があるなんて紫は言っていた(霊夢はそんなこと無いと抗議していたが)

なので紫と霊夢が幻想郷内で候補を。俺が外の世界で候補を探すということになった。外の世界から連れてきてもいいのかと俺は言ったのだが、俺の時もそうだが幻想郷に入れば忘れ去られるため問題ないという。所謂神隠しで処理できるというのだから恐ろしい。やっていることは拉致そのものである。

まあそんなことがあって俺は幻想郷の外に来ていた。幻想郷から出ても突然皆の記憶やデータに復活するなんてことは無いが、俺の事を知っている人と接触するとその人の中においてのみ思い出されるという。幻想郷の結界はわけ分からないので理屈は知らない。

それで紫に外の世界に放り出されたのだが、実は付き添いが一人。

 

「そんで?定晴、どうするのよ」

「うーん…ルーミアは外の世界は初めてか?」

「現代の外の世界は初めてよ。幻想郷が出来る前の世界なら知ってるけどね」

 

ルーミアがいる。しかも身長が高い大人モード。

聞いたところによると俺が外の世界にいると繋がりが弱くなりルーミアの力が不安定になるかもしれないと言われて連れてきたのだ。

外の世界であれば妖怪の力は弱まるうえ俺が近くにいればまず問題はないだろうとは藍の言葉。

ルーミアには俺が式神との繋がりを利用した封印を込めたリボンを渡しているため外の世界でも問題は無いだろうが…

周囲の目線がルーミアに集まっている。まあ並の人間には彼女が妖怪であることにも気が付けないだろうが、注目されるのはあまりよろしくない。

だが仕方ないと言えば仕方ないのも事実。幻想郷の少女たちは皆、美少女、美女ばかりなのだ。外の世界ならモデルなどをしていてもおかしくない外見の人ばかりなので注目されるのも当然といえば当然だろう。

だがここにずっといてもしょうがないし、ルーミア狙いで変な勧誘があるかもしれない。俺は慣れているが、ルーミアは現代は初めてらしいので注意が必要だ。まあ弱められているとは言え式神の繋がりがあるルーミアを一般人がどうこうできるとは思えないがな。

そんなわけでルーミアと一緒に次期博麗の巫女探しだ。

紫が出した条件は主に三つ。

一つ目は未成年の少女で、親元がない人物。この時点で相当絞られるが、親元がいたり成人していると整合性が取りにくくなるからとのこと。捜索隊が組まれても幻想郷が見つかる心配はないが、面倒なことを態々する必要もない。15歳以下、つまり中学生以下がベストとのこと。なんでそこにこだわるのかと聞けば、それくらいの歳の子なら変に探られることもないからだと言う。

二つ目は特殊な能力は無い方がいいとのこと。博麗の巫女は存在が特別で、巫女になるとそれだけで色々と力を扱う必要が出るらしく能力があると力が不安定になることが多いらしい。

三つ目は虐待、いじめなど今までに辛い経験がある、若しくはされている人が良いとのこと。そういう人物の多くは消えたいと思っているため幻想郷に入っても影響が出にくいらしい。そういった人物は孤独でも生きられるような術を持つことが多いので妖怪と対峙しても問題ないという。

以上が条件だ。

普通に生活する人間からすればこんな子は現代にいないと思うかもしれない。しかし俺は知っている。職業の都合で色々な場所に出向き、そこで一人で生きている子供がいることを。

ここは俺が幻想郷に行く直前まで生活していた街…ここにもいるのは確実だ。発展していない街よりもここのように人通りが多く、一見豊かそうな街ほど貧富の差は激しく貧困状態の人は多い。

さて、捜すのはいいのだが…ルーミアはどうしようかな。ルーミアも現在は精神も見た目も大人なのであまり気にしなくてもいいとは思うが…外の世界に不慣れなので問題を起こさないかが心配だ。よくローファンタジー…いや、ファンタジーものではよくあることだが、知らないものにホイホイと触り問題を起こすという描写がある。

ルーミアは子供じゃないし、怪しいものにはそう簡単に触るとは思えないがもしもということもあるし…しばらくは俺と行動を一緒にしたほうがいいかな。

 

「ルーミア、しばらくは俺と一緒にいてくれ。外の世界に慣れたらルーミアにも探索を手伝ってもらうから」

「了解了解」

 

よし、それじゃあ取り敢えずはどうしようかな…早速捜し始めてもいいのだが…正直言って期限も特に決まってないし見つからなかったら紫を呼べばいつでも幻想郷に帰ることができる。まあ頼まれた以上は何でも屋として達成しないと気が済まないということもあるし諦めるわけにはいかないんだが…

先ずはルーミアにある程度慣れさせた方がいいかな。にとり達河童が機械を作ってるからそんな何でもかんでもに驚くということもないだろうしな。

 

「よし、ルーミア。少しここらへんを歩くぞ。外の世界に慣れるためだからな」

「ん?ええいいわよ。それって…デートのお誘いかしら?」

 

そう言ってほほ笑むルーミア。こんなところで冗談はやめてくれ。ルーミアにそんな気持ちはないだろうに。

まあ今はそういうことにしてももいい。近い身長の大人の男女二人が歩いていたら傍から見ればデートに見えるだろうしな。

 

「行くぞ」

「はいはーい」

 

そういうわけで俺らは外の世界の都会へとくりだした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百二十九話 遊園地

まずはどこへ行こうか。

できるならば情報を集めながらルーミアが楽しめるところがいいが…いや、そんな都合がいいところはないな。情報集めならばあとでもできるだろうしルーミアが楽しめそうなところを探すとしよう。

ルーミアが好きなものと言えば…食べ物だろうか。妖怪なので主食は人間になるのだろうが、普通の料理も食べる。妖力は増えないけど腹を満たすだけなら問題ないらしい。

となれば外の世界の俺が作れない料理を食べさせてあげたいところだ。俺が作れないものは、技術的に足りない職人技が必要なもの、幻想郷では材料が足りず物理的に作れないもの、そもそも知らないものの三つだ。

料理人の仕事をさせられたことが何度かあるので和洋折衷フレンチイタリアン色々作れるが、西洋のデザートはレシピを知らないものも多い。

となれば俺がルーミアにしてあげられるのは昼食はジャンクフード、おやつにデザートという算段。

では残った時間は何が良いだろうか…

 

「…だ晴!定晴!」

「え?あ、なんだルーミア?」

「はぁ…いくら言ってもその考え事する癖はなおらないわね…」

 

呆れるルーミア。

確かにこれでもう何度目か分からない注意である。俺がこうやって考え事するのは通常は一人で行動しているからだ。ルーミアがいることは最近多いので少しずつ慣れなければ…って前も同じ気持ちになったような…

 

「それで?どこ行くの?」

「捜索は明日。まずはルーミアに外の世界に慣れてもらうために遊ぶぞ。遊園地だ」

「遊園地…?」

 

まあ知らないのも無理はない。幻想郷では一切似たような施設がないからな。

人工物による人間を楽しませるための場所だが、雰囲気とかもあるしルーミアも楽しめるだろうと踏んだうえでの選択だ。

俺は人混みをルーミアと離れないように手を繋いで歩いた。まあ離れても分かるけどね。

そしてバスに乗り到着するはこの街一番の遊園地。昨今では遊園地を楽しむ人が減り、外の世界では遊園地の数が減っていると聞いたがまだここは残っていたようだ。ここで三週間程スタッフをしていたので施設の場所も覚えている。案内するにしてもうってつけなのである。

チケットを買って入園。ルーミアを一時的に子供モードにして…ってのも出来たけどそんな黒いことはしない。金に困ってるわけでもないからな。

入園ゲートという時点で若干ルーミアは戸惑っていたが、遊園地の中はもっと人工物で溢れかえっている。ルーミアはあまり河童とは関わらないと言っていたので機械、科学技術には疎いのだろう。実際河童以外の幻想郷の住人は皆科学技術に疎いような気がする。霖之助なら多少は触れたことがあるかもしれないが。

入園してまず飛び込んできたのは遊園地の騒音。そして華やかな装飾だった。

遊園地の賑やかな音と共にキラキラした園内アトラクションはルーミアの目にどう映っただろうか。幻想郷では見る事が無い光の数々。弾幕ごっこは綺麗だが、それとは別の綺麗な風景が遊園地の中に広がっていた。

そして俺も若干気圧される。そうか、遊園地はこんな所だったな。スタッフとして園内にいた時はあまり周囲の景観を楽しむことはなかった。季節の移り変わりは装飾を見て楽しんでいたが、このように客として遊園地に入るとまた別の景色が見えるんだな。

少し興奮した様子でルーミアが尋ねてくる。

 

「それで、まずはどこに行くのかしら。私は遊園地なんて知らないし」

「それもそうだな。今日は平日、学生や社会人は少ない筈だ。ルーミアが乗りたいと思ったやつでいいぞ」

 

といってもルーミアは疑問顔。

それもそうか。俺たち外の世界の住人であればあれが何のジャンルのアトラクションかなんてすぐにわかるが、そもそもそれが何なのかすら知らない幻想郷の住人には見て判断するなんてできそうにない。

となればここは元スタッフとしてオススメに連れて行くのが筋だろう。勿論あのころからリニューアルしたり増えたり、逆になくなったりしたアトラクションもあるだろうが手持ちのパンフレットをもとにルーミアに合いそうな場所に連れて行くことにしよう。

正直妖怪であるルーミアに対して幽霊屋敷みたいなものは意味がないだろう。機械で動いているせいで妖力を感じたりはできないが、ルーミアなら問題ないような気がする。一応時間があれば連れて行くことにしよう。

となれば行くべきは…幻想郷ではできない体験ができるものではなくてはな。熱いとか寒いとかそういったアトラクションは妖怪ならば慣れているだろう。幻想郷には炎を操る人も冷気を操る人も寒気を操る人もいるからな。どれも正真正銘の人間ではないけど。

となればやはり鉄板のジェットコースターだろうか。早い動きは俺も慣れているが、意外に高速された状態で自分が意図する動きをしないというのは結構怖いものだ。

 

「よし、ルーミア。ジェットコースターに乗ろう」

「ジェットコースター?」

「ああ。ここからでも見えるぞ。あれだ」

 

そして指さすは正面、少し上に見えるレール。

人が少ないといえ人気のジェットコースターから聞こえる悲鳴は遊園地を盛り上げる要因の一つと言えよう。これが無くては遊園地に来た感じがしない。

この遊園地には正面にあるもの以外に四つほどある。普通のもの、反対向きに進むもの、垂直落下するもの、速度が早いことで有名なものの四つだ。

さてさてルーミアにはどれに乗ってもらおうかな。入園するときにフリーパスも買ったからどれでも乗り放題だ。その分お金を使うことになったが、紫に俺のお金を換金してもらうと同時にそれなりの資金も貰っている。遊ぶための物ではないとは思うけど、ルーミアのためだ。是非も無し。

ルーミアに説明したら反対向きに進むものがいいという。

確かに反対向きに飛ぶなんて俺たちでもしない。その点で言えば中々しないことということで楽しめるだろう。

平日であるお陰で順番はすぐに回ってきた。並んで座る。運がいいことに一番前、いや後ろ向きだから一番後ろということになるのだろうか。正面に座席がない所に座った。

 

「…大丈夫よね?壊れないわよね?流石にこれがぶつかってきて無傷でいられる自信はないんだけど」

「安心しろ。俺たちが乗って壊れるのならこのジェットコースターは既に何度も事故っているはずだ。それがないというのなら問題ないだろう」

 

妖怪が乗ったかどうかは定かではないが、わざわざ不安を煽る必要もないだろう。

後ろ向きに進みだす。この時点で若干ルーミアは怖がっているようだ。かくいう俺も若干引き攣った笑みになる。やはり進む方向が見えないって怖いんだな。

そして頂点。遊園地全体が見えるここでルーミアの顔を見ている。

若干泣きそうだった。

そしてそのまま後ろ向きに落ちる。他の客が叫ぶ時ルーミアは…

 

ジェットコースターってのもたまにはいいな。楽しかった。

そしてルーミアはというと…

 

「普通に怖いじゃない!グス」

 

少し泣いていた。そもそも落ちた時には既にルーミアも叫んでいた。他の客に煽られたのもあるのだろうが、ルーミアが想定していたよりも恐怖が勝ったのだろう。

今も涙目のまま俺の腕を掴んで歩いている。少し休んだ方がよさそうだな。このままでは他のアトラクションを楽しむことはできないだろう。

 

「ほら、少しベンチに座るぞ」

「え、ええ。いいわ」

 

口調は強いが未だに涙目のルーミア。

こう言ってはなんだが、いつも大人モードのルーミアは落ち着いているのでこんな風に大人モードで泣いている様子を見るのはギャップが凄い。

飲み物を買ってきてルーミアに渡す。ペットボトルの開け方が分からず四苦八苦していたが、それのおかげで若干恐怖も和らいだようである。

その後恐怖から回復したルーミアが滝を落ちるようなアトラクションでまたもや少し涙目になり、妖力を感じ取れず、というか力云々が一切感じられない機械の幽霊により何度も驚かされルーミアは遊園地に対してどことなくトラウマを植え付けられたようだった。

なんとなくやっていたイベントを見て帰る。外の世界で過ごす間寝泊まり等をする借り家である。厳密に言えばアパートの一室だが。

紫によってそれなりの家具が揃えられ中も綺麗のままだ。俺とルーミアが同じ部屋で寝ることになったので紫は不満そうだったが、心配せずとも俺はルーミアに何もしない。

一通り確認した後に食事をして睡眠。明日からは本格的に探し始める。しっかり休まねば。

…遊園地により発生した若干の筋肉痛を治すためにも。

 


 

暗い街の中。一人の少女がフラフラと歩く。

見た目はどことなくみすぼらしくて、家がないのは一目瞭然である。

今日も警察から逃げていた彼女は呟く。

 

「…お姉ちゃん。私もそっちに行きたいよ…」

 

先日、ついに力尽き車に引かれた姉を想う。

天を仰ぎながら、心中は死にたいと思いつつ、それでも姉の最後の言葉「生きて」を思い出して歩く。

彼女に光は訪れない…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十話 捜索

UIが二万を超えました。圧倒的感謝!


よし、街にくりだそう。

朝の準備…朝食等…が終われば本格的に捜索開始だ。なんとか筋肉痛も治った。というよりかは再生能力も並行させて治したの方が正しいかもしれない。

街のマップは俺の脳内に入っている。俺が知っている街に紫が送ってくれたからこその知識だな。これで知らない所だったとしてもパンフレットか何かを見て把握はするが。

今回探すのはどちらかと言えば貧相な人、死に際の子供だ。となれば行く場所は自ずと限られてくる。

保護された親元を離れた子供ではいけない。それでは条件を達成できないからだ。保護元すらいない子供でなくては。誘拐に近いのは仕方がない。世間一般からすればこれは神隠しということになるのだから。といっても幻想郷に入れば基本的に誰にも認知されなくなるのだが。

 

「ルーミア、行くぞ」

「はいはい」

 

取り敢えず俺の脳内マップを頼りに子供が隠れられそうな場所を探す。警察というのは孤児からすれば怖い存在なのか、保護されない子供というのは警察から逃げていることが多いのだ。

何より生きるために盗みなどをしている子が多く、捕まると思って逃げていることが多い。であれば隠れる場所があるはずである。勿論保護する人達もそういった場所は常日頃見ているだろうから、そんな人たちが知らないような、気づかないような場所を探す必要がある。

ということでここでルーミア(少女バージョン)の出番だ。ルーミアが少女形態になれば子供目線として色んな場所を見る事ができる。適材適所…とは違うかもしれないが、ともかくルーミアに見てもらった方が抜け道などは探しやすい。

 

「つうわけでルーミア、リボン付けて」

「分かったわ」

 

そう言ってリボンを付けるルーミア。このリボンは俺が作った物で付けているだけでも効果がある。リボンを外しておくと外の世界でも大人状態で行動ができるが、まあ少女モードの方が力を必要としないから低燃費であるのは言わずもがなである。

ルーミアが少女になったのを確認して出発。ビルの裏路地や隙間、廃屋などを調べていく。ルーミアは闇に溶け込めるようになったので移動がしやすく裏路地などはすぐに調べられるのは利点であった。こうなったのはルーミアの元の封印が解除されたからだが。

そしてその日は街全体の内の三割ほどを調べ終わった。見つけたのは猫とかばかりで子供はいなかったという。まあそう簡単に見つかるはずがない。俺も霊力を探しながら歩いていたが、結果は芳しくなかった。

ルーミアと共に拠点に戻り作戦会議。今度は反対側を調べる。中央の部分は人通りも多く、捜している人がいるという可能性が低いのだ。故に今度は反対側の人が閑散としている場所を調べることにした。

そして次の日。同じように捜す。こちら側は住宅街が多いので比較的交通量も多かったが、誰も住んでいない場所が多かったので、俺が入ると怪しまれるという可能性も踏まえてルーミアに全部入ってもらった。闇で隠れながら移動すれば誰も住んでいない建物の中に入ることくらいはルーミアにとっても容易であったらしく、捜索は結構早い段階で終わった。

しかし未だに見つける事ができないでいる。となれば残るは中央…果たして本当にいるのだろうか。とはいえ相手も移動している。俺たちから逃げているという考えも出来るし見つけられない理由など多くある。

というわけでルーミアと共に中央街へ。ここで見つからなければ少し作戦を考え直す必要があるな。

それとここに来て分かった問題が一つある。それは中央街の人通りが多く、また慣れていないことが祟った症状で…

 

「ちょっと、定晴、休みましょ…」

 

ルーミアの人酔いである。

幻想郷にはこれほどまでに人々が密集している場所はない。ルーミアも多少なりとも覚悟はしていたようだが、外の世界の人口密度に敗北してしまったらしい。 

探索を中断しルーミアをベンチに座らせる。アルコールによる酔いであれば浄化でなんとかなるのだが、精神的な酔いは本人の自己回復を期待するしかない。何もできないのがもどかしいが、ここは我慢である。

 

「にしても見つからないわねぇ…」

「まあそう簡単に見つかるもんじゃない」

 

少し遠くを見ながら喋るルーミア。どうもこの人口密度にだいぶ参っているようだ。

かく言う俺も久しぶりの外の世界に若干気持ち悪くなっている。ルーミアほどではないだろうが、どうやら俺も相当幻想郷に慣れすぎていたようだ。

空をぼんやりと眺めながら考える。

まだ探していないのはどこだろうか。路地裏は結構見た。廃墟…廃ビルなんかも回ってみた。まあ俺が知りうるものだけなので案外奥の方にはまだ未探索の建物があるのかもしれないのだけど。

後は…そういえばここには地下通路があるなんていう噂を聞いたことがある。下水道ではないちゃんとした道だ。だがあくまで噂、本当にあるのかは分からない。

そもそも誰にも見つかっていないということは完全に埋め立てられており誰にも入れなくなっている可能性がある。妖怪のルーミアと能力者の俺なら地面に穴を掘るくらい簡単にできるが、一般人がコンクリートに穴を開けるなんて工事用の道具を使わないと不可能だろう。もしかしたら腕力で開けれる人がいたりするのだろうか。

 

「………」

「…」

 

無言の時間が続く。

行けそうだったらルーミアから言ってくるだろうから俺は待っている必要がある。俺が喋らないから機会を逃しているのかとたまにルーミアの方を見るが言おうとしている素振りはない。

ではもう少し考えよう。ルーミアに注意されたように深い思考には入らないように…

この街で人通りが多いのはこの時間帯だ。情報収集には最適だが、今回の場合そこらへんを歩いている人に聞いてわかるような内容ではない。そういった筋の知り合いもいないし…うーん…

…待てよ?そういえばその子たちが行動するのは夜じゃないか?確かに真っ暗の中を歩くのは難しいが、その子たちなら慣れている。それにわざわざ警察に見つかりやすい時間帯に出歩くとは思えない。行動するなら夜じゃないのか。夜ならルーミアを妖怪として多少力が増すし俺も能力を使いやすい。誰にもバレないからな。

俺だってこんな能力を持っているとなれば科学者にどんな実験をされるか分かったものじゃない。俺も警察にはあまり関わりたくない派の人間だ。犯罪を犯しているわけでもないけど…そういや輝剣も家宝の剣も銃刀法違反だって前に言った気がするな。

まあそんなことはいい。作戦を変えよう。

 

「ルーミア。一度帰るぞ」

「あら。まだ探しきってないわよ?」

「そもそもが間違ってたんだ。夜に探しに出るぞ」

 

そう言うと若干だがルーミアの目が妖怪の目になった。やはり妖怪として夜というのは興味…というか気分が乗るのだろう。

そして夜、俺たちは行動を開始した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十一話 夜の路地裏

昼間の喧騒はなんだったのかというほどに静かになった夜の街。時間は深夜…丑三つ時。飲み屋街であればまだ活気もあるだろうが、今回の目的地はそこではない。どちらかと言えば誰もいない、近寄らない場所が目的だ。

ルーミアに能力を使ってもらいながら俺も風の能力や身体強化の能力を使って捜索する。ここで必要なのは捜索対象にできるだけ勘づかれないようにすることである。最終的には話し合いをすることになるが、拉致というわけにはいかない。いや、紫であれば拉致して連れてくるのだろうが。

未成年の少女、無能力者、辛い経験があって消えたいと思っている。二つ目に関しては外の世界で当たることなどほとんどないだろうから心配していないが、そも見つけることができていないので心配をする以前の問題だったりする。

 

「いたか?」

「…あっち」

 

そういってルーミアが路地裏の奥を指さす。

そこには弱弱しくも確かに霊力を感じた。どうやらこの先に誰かがいるようだ。ルーミアに訊いてみたところ少女だったという。今は蹲って寝ているらしいから近寄るにはチャンスだと言うが…

ルーミアと目を合わせて合図し奥へと進む。そこは都会の中なのかと問いたくなるほど暗く静かな場所だった。誰も存在に気付いていないのかゴミすら落ちておらず、その雰囲気は一人でいれば気分も落ち込んでいたことだろう。俺は森の中や洞窟などで依頼を受けていたので慣れているけど都会の人々にとっては正真正銘未知の領域と言っても過言ではないだろう。

ルーミアに案内されるまま暗い道を進む。魔術でほのかに明るい魔力弾を生み出して更に奥へ。ここはビルが密集している場所のようでさながら迷路のようでもあった。確かにここならば警察から逃げることもできるだろう。

歩くこと数分、見つけた。ビルの側壁に背を預けるようにして体操座りの姿勢で顔を埋めて寝ている。しかし、あれは警戒している。雰囲気、霊力の動き、環境、様々な面から見たところあの少女は寝てはいるが何かあれば、近くに誰かが近づけばすぐに逃げ出せるようにしている。その証拠にとても見えにくいが細くて透明な糸が地面スレスレの所に張ってある。ここからは見えないがその先端は音が鳴る装置が付いているのだろう。

どうしたものか。見た目からすれば十歳前後、能力者かは分からないが外の世界で能力者など稀有なので問題ないだろう。経験については聞くしかない。三つ目の条件である感情の部分は拉致しても分からない部分でもある。俺が問答無用に拉致をするような性格じゃないと分かって紫はこの条件を付けくわえたのだろうか。紫が外の世界の人間に向き合う、なんてことはないだろうからな。

 

「どうする」

「…私が向こう側に行って逃げられないようにするからご主人様はこっちから」

「了解」

 

小声で作戦会議、ものの数秒で完了。

ルーミアが頭上を通って向こう側に行ったのを確認したあとに俺が透明の糸を超える。多分近付くだけでも起きる。慎重に、慎重に…

少女まであと数メートルというところでとうとう少女が起きた。顔をあげて俺の方を見るとすぐさま起き上がり反対側に逃げ出す。その動きは今までも何度もそうしてきたように手慣れたものだった。

少女は前方にルーミアがいることを視認してもその足を止めることはない。だが今回はただの保健所の大人ではない。幻想郷の能力者と妖怪だ。

ルーミアは闇を練り上げて壁を生成。俺に攻撃した時に実体化した闇が生成されていたがそれの応用だろう。殺傷能力がない普通の壁である。しかし高さは六メートルほどはあるか、少女には超えることもできないだろう。石の壁などであれば壁の凹凸を掴んで攀じ登ることもできただろうが、今回の壁は闇により練り上げられた凹凸が一切ない真っ黒の壁である。そもそも光を吸収するためシルエットにしか見えない壁が突如目の前に出現したら驚くしかない。

少女は壁に触れるが登れない事を確認すると今度はこちらを向き走り出した。どうやら壁が登れないと判断し俺の方を抜けようと思ったのだろう。だが残念、俺とて散々外の世界の妖怪と追いかけっこをしてきた身だ。紫みたいなデタラメ能力でもなければ超えられない。

 

巨壁【五十メートルの進撃の壁】

 

ネタの気持ちで作ったスペルカードだったが予想外のところで役に立った。巨大な結界が俺と少女の間に出現する。ルーミアの壁よりも薄いだろうが、その分広い。強度に関しても大人が全力で殴ってもびくともしない折り紙付きである。

少女はその結界に触れると登れないと判断し諦めた…と思ったら次はビルの側壁を登り始めた。相当捕まりたくない理由でもあるのだろう。ロッククライマーも驚く速度でビルの側壁を登っていく少女。流石に俺たちもあそこまでの速さで壁を登ることなどできそうにない。

飛ぶけどね。

風の能力で飛翔し一瞬で少女に追いつく。流石に空を飛ぶとは思っていなかったようで顔が驚愕に染まっている。それもしょうがないだろう。俺だって一般人だったら人が道具も無しに空を飛ぶなんで思わない。

ビルの側壁に捕まったまま静止する少女。数秒ほど空を飛ぶ俺と見つめあうと遂に諦めたか地面に降りた。

勿論結界と闇の壁は残っている。こうなれば袋のネズミである。俺とルーミアが近づく。少女の顔は苦渋に染まり目は反抗的な、憎悪の目をしている。過去に相当大人と色々あったのだろう。この年で大人とのいざこざとなれば十中八九親だろうけど。学校の先生という可能性もあるが、そもそもこの時間にこんなところに一人でいる時点で明白と言ってもいい。

 

「すまんな。こちらも依頼でね」

 

俺が話しかけても口を開かない。きっと保健所とか少年院の人とでも思っているのだろう。依頼という言葉を聞いて探偵みたいな役職を思い浮かべているかもしれない。しかしそのどれもが外れである。

 

「俺は堀内定晴、んでこっちがルーミア。俺たちは幻想郷っていう所から来た能力者だ」

 

そういうと目が怪しむ目になる。それもしょうがない、普通ならその反応だ。俺も能力者じゃなかったら紫の話を信じなかったかもしれない。あの時は紫は空間にぽっかりと開いたスキマから話かけてきていたらから信じないということもできなかったかもしれないが。

このままいっても埒が明かないのでさっさと説明を続ける。そもそもスペカも闇の壁もそれぞれ霊力、妖力を消費し続けている。存在を維持しているだけなのでまだ少ない方だがいつかは切れてしまう。勿論数十分で切れるほど俺たちの霊力量、妖力量は少なくないのだが。

 

「聞かせてもらっていいか、なんで大人から逃げているのか…とその前に名前は?」

「…」

 

うーん、俺ってば少女と話すの下手すぎ。

こうなれば…ルーミアに任せるとしよう。

 

「ルーミア、リボン」

「え、私なの?定晴がやりなさいよ」

「俺は説明が下手なんだよ。概要は知ってるだろ」

 

溜息をつきながらリボンを頭に装着するルーミア。すまん、後でお詫びに何かしてやるから。

リボンを付けたことで背が縮んでいくルーミア。その様子に少女は驚きを露わにする。空を飛んだり凹凸が無い壁を作ったり背が縮んだりとこれだけあれば能力者ってのも信じてくれてもいいと思うんだが。背が縮むと言うだけであればコ〇ンでもあるか。

少女モードになったルーミアが少し幼く話し始める。

 

「私達はあなたを捕まえにきたわけじゃないのだー。実は人員不足で重要な役職の跡取りを探しているのだ。だからそれに適しているかを見極めたいから話してくれないかー?勿論条件に合ってるからって問答無用で連れて行ったりしないのだ」

「…ふーん」

 

初めて口から声を発する。口は開けていないけど。

今度は俺たちを凝視し始めた。話せる相手か見極めているのだろう。

暫くした後に少女は今度は口を開いて話し始める。

 

「私は水那、姓はありません。あなたたちは本当に保健所の人じゃないんですね」

 

そこから話し始めた過去の話に俺達は頭を悩ませることになる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十二話 トラウマ

「私は四人家族だったの。両親とお姉ちゃん、そして私。私が小学生になる前に両親が離婚。父に連れてかれた私とお姉ちゃんは毎日…」

 

水那の口から出るのはトラウマレベルの…いや、実際トラウマであろう日々。

離婚を機に性格が変わった父親、壊れていく体、学校ではイジメに遭い不登校に。姉に持ちかけられて家を出た水那たちはこの世界の厳しさを味わった。

生きる為に犯罪も犯している。大人に捕まりたくない理由もそれらしい。窃盗、不法侵入、器物破損…挙げられる犯罪は少年法に守られているとは言え軽いものではない。殺人や暴行はしたことないというからマシなのかもしれないが。

そして先日、とうとうずっと支え合っていた姉が逝った。警察から逃げる途中で転倒、道路上で転んだためそのまま通った車両に轢かれたらしい。死体も何も見ることができないまま走り去ったという。それは姉が最期に遺した言葉…

 

『生きて、水那』

 

ただその一言だけを糧に今日まで生きてきたという。

何度も死のうと思ったし、捕まってしまおうかとも思った。だがそれを己が許さない。

…壮絶である。紫の言う条件には適している、がこれはなんと言うか連れて行っていいものなのか。

例え血縁が狂った親だけになろうとも、血を分かつ姉がいなくなろうとも、たった一人になろうとも…彼女はここで生きてきた。そんな彼女が幻想郷なんて来たいと思うだろうか。

紫から連れてこられない少女には出来る限り幻想郷のことは言わないで欲しいと言われている。そもそも外の世界では東方Projectは架空の存在なのだから信じる人も多くはないと思うが。

 

「ルーミア、どうする?」

「どうするも何もこの子でいいんじゃない?賢者さんに言えば?」

 

まあそうか。この子は適任だと言えるな。

早速簡単に概要を伝える。凄く訝し気な顔をしていたが今はそれでいい。そう簡単に信じられる話じゃないからな。説明したのは俺たちが欲している博麗の巫女とその役割についてだ。幻想郷については話していない。

博麗の巫女と言うと東方を知っている人ならばすぐに反応するだろうが、水那は反応を示さない。きっと話を聞いた限りそういったものに触れる機会もなかったのだろう。そもそも小学校に入るくらいの子が知っているようなコンテンツではないのだが。

水那に来ないかと言ってみたところ…

 

「まあ行く分にはいいんですけど、それならしたいことはしてもいいんですよね」

「したいこと?」

「言うならば思い残しです。今すぐにってわけでもないんですよね?」

「ああ、そうだ」

 

思い残しか…この子には色々とありそうだ。かくいう俺も実は外の世界でやりのこしたことはある。この子がやり残したことをしている間に俺もそれを終わらせてしまおうか。

どのみち俺のことは後でいいので先に水那のしたいことを終わらせてからでいいか。早めに終わらせる手伝いくらいならできるだろう。

 

「水那、俺たちも手伝えることがあるなら手伝うぞ」

「別にいいです。一人でできるので…そもそも貴方たちも犯罪者になりますよ?」

「別に構わん。だって俺は銃刀法違反してるし、殺人紛いのこともしてきたからな」

 

といっても人の姿をした妖怪を退治しただけなのだが。昼間は近所にいい顔をして夜は話しかけてきた人間を喰らうという質の悪い妖怪だった。俺がしたことは妖怪退治だったが、そいつは人間の姿で死んだため傍から見れば殺人ということになる。

輝剣はあるだけで銃刀法違反だし、意外に俺も犯罪者である。

 

「でもいいです。一人でできるので…あ、でも…」

 

そう呟くと水那は思案顔になる。案外表情がコロコロ変わって面白い子だな。いつもはここまで無いんだろうが、俺たちが怪しすぎるというのもある。いい話をして誘拐するという可能性もあるというのに…といっても先程の能力を見ては普通の人間ではないのは見て分かるというものか。

 

「…すみませんが一つだけ犯罪を犯してくれませんか?」

 

おう、なんというか凄い誘い文句だな。俺達じゃなかったら頷くやつなんて一人もいないだろう。

水那に言われたのは彼女の姉の死体の捜索。一度戻ってみたけどどこにもなかったため警察が回収したと思われる。そのため警察から奪いたいと言うのだが…うん、犯罪だねこれ。場合によっては血縁関係がある人物などは受け取ることができるのだが、今回の場合姉が犯罪を犯しているというのが厄介で俺たちが受け取りに行ってすんなりいくとは思えない。姉も少年法に守られているため逆に保護者側が面倒になるのである。

ともかく死体を受け取り自分で埋葬したいとのこと。

 

「よし、任せろ。連絡手段はあるか?」

「スマホなんて持ってないですよ。当然ですが」

「じゃあ…」

 

藍に教えてもらったばかりの式神の出番だ。紙を媒体に、連絡が取れるように…

出来た。念じながら話しかければ声が届く。動作確認も良好。一度式神のプロに教えてもらったとはいえ外の世界でも使う事ができたのでよかった。とはいえ二、三県を跨ぐと声が届かなくなるので注意だな。

そこらへんを説明して水那に渡す。これで何かあっても大丈夫だろう。

 

「ありがとうございます。じゃあもう少し寝てていいですか?」

「え、あ、そうだな。そういや夜だったな。俺達は取り敢えず去るから事が終わったら連絡してくれ。姉は俺たちに任せてくれ」

 

そこまで話したら水那が眠りについた。俺たちも立ち去る。

 

「そうだルーミア。ここから出るとこ見られたくないから俺も闇に混ざれないか?」

「残念だけど無理よ。だってあなた常に浄化の力が出てるから攻撃に使うような密度の闇じゃないと届かないのよ」

「そうか…」

 

では諦めて静かに行動するとしよう。路地裏から出てきたところを見られれば変な目で見られるのは当然というもの。

さっさと移動してしまおう。

帰り道は特にアクシデントも無く部屋まで戻って来れた。では早速作戦会議と行こう。水那の姉を回収するのだ。

だがどこに行けばいいのだろうか。こういった場合検視され死体は警察が回収することになっているらしい。しかし姉が死亡したと思われる日は結構前であり、検視は終わっていると考えていい。血縁者が受け取りに来なかった場合は血縁者に理由を聞いて受け取るかどうかを判断させるらしい。今回の場合は母か父、しかし聞いた話だとあんな父が受け取るとは思えない。母は母でどこにいるのか不明。

死体を受け取る人がいない場合はその市区町村長が受けとり埋葬などの行為をするらしい。そしてその全ての情報は役所に記録されていると思われる。

となれば最初の目的地は役所だな。強行するならば侵入なんてこともできるが、死体の行方を聞くだけならば普通に手続きをすればいいだろう。きっと死体の所在くらいなら聞ける。多分。

ということで俺達はしばらく水那の手助けをすることになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十三話 No data

朝。素早く朝食を終えた俺たちは始業時間を数分過ぎたあたりで役所にやってきた。あまり他の人には聞かれたくないうえ、関係ない人が聞いて心地よい話ではないからだ。

ルーミアも俺も正直言うと死体には慣れている。そもそもルーミアは死体を作る側だから当然といえば当然なのだけど。かく言う俺も死体処理は何度かしたことがある。慣れているとは言ったが何も思わないわけではないが。

水那に教えてもらった情報を元に姉の行方を探る…が、一行にそれらしい情報が見つからない。誰かに引き取られた云々の前にそもそも姉の死体の情報がない。ここにはまだ来ていないのか?

ともかく見つからないと判断した俺たちは役所を後にする。

うーむ…では死体はどこに行ったのか。何かしら悪意ある者若しくは何かしら理由がある警察ではない人が持っていった?可能性はゼロではない。ゼロではないが正直言って低い。もしかして俺たちみたいな、幻想郷以外の所の…ってそれはないか。そんなとこ紫に言われたことないし。

さて…取り敢えず事故があったという場所に向かってみるか。案外遺留品などが残っているかもしれない。

 

「…」

「…ないわね」

 

と思ってきたのだが、見事に何もなかった。警察が片付けてしまったのだろうか。

そもそも姉が轢かれたということは轢いた側もいるということ。轢いた側がきちんとその場に止まり警察に対応した場合は大きく発展せずに死体処理だけされて終わったということになる。なればこれは犯人の死亡として姉の死体は処理されるのだろう。

血痕などは残しておくと周囲の人間に不安を与えてしまうためすぐに処理されて元通りにされることが多い。となれば既にここには特に何も残っていないのか…?

 

「…?」

「ルーミア、どうした」

 

何かにルーミアが気づいた様子。

近付いてルーミアの足元を見る。それはただの石、ただの石なのだが…

 

「なんだこの違和感」

「分かんないわ」

 

なんというか奇妙な感じがする。

落ちているのは道路の脇。街中とはいえ小石などいくらでも落ちているしなんら不思議ではない。注意していなければ気にも留めないだろう。それこそ古明地の方のこいしのように。

だが、なんだか違和感を覚える。どんな違和感なのかと言葉に表すことはできない。というよりなぜこんな違和感を感じているのかすら俺にも、ルーミアにも分かっていない。だが何かがおかしい。

ルーミアが闇を流して石を包む。だがルーミアの顔は未だに不思議そうだ。何も分からなかったらしい。

俺も浄化や輝剣で叩くなどしてみるのだがただの石だ。だが何かがおかしい。それはルーミアと俺の共通認識である。

よく分からないまま石を持ち帰る。これが姉の関連したものなのかも定かではないが、関係がないにしてもどうしても気になってしまう。

石を幻空に入れるでもなく持って帰る。周囲からはどう思われるのだろうか。いや、もし自分が周囲の人物だとして手に石を持っていようが本を持っていようが特に何も思わないだろう。他人が何を持っているかなど目立たない限り気になりはしない。

だがなぜか視線を感じる。いや待て、これ俺に向けられている視線じゃないな。

ちらっとルーミアの方を見る。本人は全く気にしていないようだが、これはルーミアに向けられている視線だ。そのせいで相対的に俺にも一部の視線が向けられているようだ。

まさか先程の闇を操る場面を見られてしまったか。

気になったのでルーミアにすらバレることなく身体強化で聴覚をあげる。聞こえてきたのは…

 

『あの人すごい美人…』

『あれは彼氏か?お前少し声掛けて来いよ』

『あんなの前にしてまともに話せるかよ』

 

…そういやルーミアって子供モードにせよ大人モードにせよ美人だったな。

最近は結構近くにいることが多くて忘れていたが外の世界ではモデルとかしてそうな見た目だ。というか幻想郷の少女は基本的に美人な事が多い。賢者の紫からして気に留めたことは無いが外の世界では噂になるほどの美貌なのだし…なんだろう、幻想郷には女子を綺麗にする魔法でもかかっているのか。

それはともかく変に視線を集めるのは嫌だな。そも俺達はあまり目立つべきではないのである。

 

「ルーミア、こっち」

「どうしたのよ」

 

取り敢えずルーミアを連れて少しそれた裏路地に入る。ビルの隙間と違ってきちんと整備されている道だが、人通りはとても少ない。夜になれば多少飲み屋に入るための客が通るのかもしれないが未だに太陽は頭の上。

俺たちは結構朝早くから行動しているため昼食の少し前って程度の時間である。飲み屋はランチタイムは基本的に営業していない。

さっさと裏路地を進む。特にゆっくり歩く必要はないからな。

あとルーミアは視線のこと、まったく気にしていなかったらしい。というか興味がないと言った感じ。あまり周囲の評価などを気にしているような感じは話していて感じないし誰がなんと思おうと気にしないタイプのようだ。

俺もあまり気にしないけど目立つのは避けたい。仕事柄あまり目立つのはよろしくないのである。まあ宣伝系の依頼の場合は逆に極端に目立つこともあるのだけど。

そして裏路地を進んでいると急に横から誰かが出てきた。

速足ではあったが走っているわけでもないので余裕を持って止まる。こんな時間にこの道を通っているとは…店の支度だろうか。

とその人影を見ると…あれ、背が低い。子供か?

視線を下げる。それは二人組、黒い帽子を被った少女と白い帽子を被った少女。

 

「あれ、蓮子とメリーか?」

「え?……定晴さん?」

「本当だー」

 

今の間は思い出すのにかかった時間だろう。そもそも忘れられた存在だったので思い出すにしても時間がかかる。

秘封倶楽部なるサークルに入っている少女の登場である。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十四話 秘封倶楽部

不定期とはいえ空き過ぎました。申し訳ありません


黒い帽子の方は宇佐見蓮子。秘封倶楽部なるサークルの会長をしている。そして白い帽子がマエリベリー・ハーン。呼びにくいとのことで俺たちはメリーと呼んでいる。こちらも秘封倶楽部所属。

二人と出会ったのはほんの数年前。とある依頼にて妖怪退治のために山に行ったらこの二人がなぜか追われていた。そのおかげで俺は妖怪を不意打ちの形で倒すことは出来たが、なんでこんなところにいるのか問い質した。その後ナシ崩し的に話すようになったわけだ。その理由は能力によるものが大きい。

二人は特殊な能力を持っている。と言っても蓮子の方は才能というか天才の域に近いけど。

蓮子は月と星を見るとそれぞれ場所と時間が分かり、メリーには結界を見ることができる能力がある。メリーの能力はどうやら強くなっていってるらしく、聞いた話によると月まで行ったとかなんとか。アポロ11号もびっくりの瞬間移動だ。俺も人のこと言えないけど。

 

「こんなとこでなにしてるんだ?」

「最近ここらへんでよく物が突然消えるって噂を聞いて…」

「メリーと一緒に来たというわけ」

 

よく秘封倶楽部は怪奇現象が起きた場所に行っている。その時怪奇現象の情報を集めてくるのは蓮子、メリーはそれに連れ回されるというパターンが多い。今回も蓮子が前を進んでいたということはきっとそうなのだろう。

ふと気づいたらメリーが俺の持っている石を凝視していた。何か気になることでもあったのだろうか。

 

「ねえ蓮子、もしかしたら物が消えちゃう事件の謎分かったかも」

「本当!?」

「うん、まあ謎の手がかりって感じだけど。定晴さん、その石はどこで?」

 

やはり何か石に俺たちが分からないものがあったらしい。メリーが気づいたということは結界だろうか。いや、メリーはそういう類のもの以外もある程度認識できるとかなんとか蓮子が言っていたな。

それはともかく、この石を拾った場所を言うとメリーはそこに向かって歩き出した。俺達も気になったのでついていく。もしかしたら水那の姉に関する情報を得ることもできるかもしれない。

着いたのは先程の場所。メリーが周囲を見渡している。そしてとある一点、ビルの隙間にある一見するとただの壁にしか見えないところで動きが止まった。メリーがゆっくり近づいていく。

俺も近付いて壁を触るがなんともない。だが違和感がある。石を見つけた時と同じ変な感覚があった。

その壁を暫く触った後メリーが俺に話しかけてきた。

 

「この壁って前からありましたっけ」

「さあ、どうだかな。そもそも壁なんぞ注視しないからな」

 

というか最近は幻想郷でしか生活してないので壁がいつできたかなんぞ知らない。そのことを言うわけにはいかないけど。

 

「この壁、超えられますか?」

「任せてメリー!私が登るわ!」

「え、ちょっと待って蓮子!」

 

メリーの静止の声も聞かずに壁を登り始める蓮子。アグレッシブだなぁ…

しかしこの壁はコンクリート、結界や闇の壁ほどツルツルではないにせよ登ることはできない。蓮子も早々に諦めてしまった。

さて、この壁かぁ…道路沿いから少しだけ入ったところにあるにせよ比較的…先ほどまでいた路地裏よりかは…目立つので能力は使えない。というか派手な動きはできない。

人払いの結界は使い慣れているが、ルーミアのせいで現時点で若干注目されている。人払いといえど既に見られているのでは意味がない。人払いは見えなくなるわけでも意識が行かなくなるわけでもなく、無意識に避けるようになるだけだ。見られている状態とはわけが違う。

取り敢えず人払いは張るがやはり目線が気になる。

 

「ルーミア、なんとかできるか?」

「うーん、見ているのは私なんだっけ?じゃあこうしましょ」

 

そういうとルーミアは俺たちから離れて違う方向に歩き出した。

ルーミアには悪いが、ここは仕方がない。目線を感じなくなったので良しとしよう。

誰も見ていないうちに身体強化。脚力上昇。そしてジャンプ。

俺の背丈の三倍ほどあった壁を軽々超えて壁の上に着地する。壁の厚さは約一メートル。反対側には何もない。

 

「メリー、特に何もないぞー」

「そう…何かこの壁から変なのを感じるんだけど…いつもみたいにはっきりとした力じゃないのかいまいち分からないの…」

 

弱い力…増幅させることは出来ないのか。

壁から降りて石を壁に近付けてみるが特に反応は示さない。結界の能力で色々と試してみるが芳しくない。どうしたものか。

そうこうしているとルーミアが戻ってきた。視線は…ない。

 

「ルーミア、見ている人たち全員撒いてきたのか?」

「ええ、路地裏の闇に紛れて逃げて来たわ。一度注目が外れれば人払いの中なら大丈夫だと思って戻って来たわ」

「ああ、問題なさそうだ。それとルーミア、この壁に何かできないか?」

 

我ながらとてつもなくアバウトな問いだな。何かって何だよと心の中でセルフツッコミをしてしまう。

だがルーミアは俺の適当な問いに応えようとしてくれているのか妖力と共に壁に触れる。その瞬間…

 

「まぶし」

「キャッ!」

「ヒャア!」

 

壁が光り出した。いや、壁だけではない。俺達の周囲が光っている。あまりの光量に目も開けられない。そしてやっと収まったかと瞼の裏で確認したのち目を開ける。

するとそこは…

 

「どこだ…ここ」

 

全く知らない、荒廃した街の中だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十五話 異界

見渡す限り生物の反応はない。

荒廃した土地にどこか違和感のある建造物。昔は人間がいたのだろうか。

 

「すごーい!流石メリーね!」

「見て蓮子、私の知らない物質みたい!」

 

しかしこんな状況だと言うのに秘封倶楽部の二人は焦るどころか楽しんでいる。俺は結構焦っているのだが…二人はこういう経験は俺よりも多いみたいだしいつものこと、で処理できるのだろうか。

転移したのは秘封倶楽部の二人と俺、そしてルーミア。人払いをしていたとはいえある程度近くに他人がいたのだが、その人たちは巻き込まれていないみたいだ。その点を言えば幸運だったと言えよう。

帰るのは…紫を呼べるだろうか。あいつが来れるのなら自由に行き来ができるし結構余裕が持てるのだが。

まあそれに関しては後で調べよう。まずはここの調査だ。もしここに水那の姉が巻き込まれているのだとすれば…例え当時生きていてもここには植物も生えていないので餓死してしまっている可能性が高い。

 

「二人ともーあんまり遠くまで行くなよー!」

「「わかってまーす!」」

 

あの二人の『分かってる』は信用ならんが…目が届く範囲にいればいいか。

俺は周囲を見渡しつつ霊力を広げてこの世界についてわかる範囲で調べる。

地面、石、建築物…そのどれもが俺の知らない物質。植物は…一応地面に微量に存在している。だがこれを食べることは出来ないだろう。

空を見上げる。

太陽は…見えない。あるのかどうかも不明。そもそも昼夜の概念があるのか?太陽は見えないのに肉眼で遠くまで見えるほど明るい。といっても夕方くらいの明るさだが。

どうも単に転移しただけではなさそうだ。まさか星を繋いだ転移なぞ…紫みたいな反則級能力持ちならばまだしもそんな存在がポンポンと現れても困る。事後処理的な意味で。

それはともかく、ここは本当に俺が知らない所のようだな。ルーミアが触れて反応したということは妖怪か…はたまたどこかの誰かが妖怪を捕まえるために設置したトラップか…どのみち厄介なことには変わりない。

それにしてもあんな街中で…妖力を持つ人間など基本的にいないし、いたとしてもそれは純人間ではないだろう。俺も含めてな。

 

「定晴さーん。なんか落ちてます」

「ん?」

 

また特殊な人工物か?この世界にあるものはどれも知らないものだぞ…と思いながら蓮子の足元を見る。

それはお菓子の袋。なぜ一目で分かるのかと言うと、それが俺達の世界のものだったからだ。

これは…ポップコーンだな。俺達が捜している人物か、それとも別の人か。どちらにせよ救出する必要があるだろう。水も何も無い場所だ。食料を奇跡的に持っていたにせよそう長くは生きられまい。

 

「定晴、このポップコーンからどこにいったか分からない?」

「そんな犬みたいなこと出来るわけ…いや待てよ。霊力を辿れば行けるか?」

 

霊力を辿る。

それは強い霊力でないと普通は出来ない。しかし、霊力というのはその人を構成している部分であり言わば分身ともなる存在だ。故に霊力から感情を読むこともできる。

 

『狂気、行けるか?』

『そうだなぁ………生存本能…よし分かった。行ける』

 

流石狂気だ。

狂気はある程度は狂気以外の感情も読めるという。といっても詳しく判断し、また制御することができるのは狂気だけなのだが。どうも生存本能も一定のラインを超えれば死に物狂いと言うように若干の狂気が混じるらしい。

この世界はそもそも通常の世界ではない。俺たちの世界の住人がこの世界に飛ばされて生きようと思えばそれは確かに死に物狂いにもなるだろう。それを狂気は読み取ったのだ。感情の起伏に彼は敏感なのである。

 

「こっちだ」

「流石定晴ね」

 

正真正銘俺の力かと言われたらそうじゃないので少し反応に困るが…まあいい。

秘封倶楽部の二人も連れて狂気の言う通りに進んでいく。未だに生物の反応はない。こんな世界でよく植物は育つことができると思う。勿論十分に育っているとは言えないけども。

進むこと約十分、とうとう前方に人影が見えた。俺たちと同じ方向に歩いているようだ。手には何も持っていない、だがリュックを背負っている。きっとあれに食料などが入っているのだろう。

近付くと相手はすぐに気が付いた。

 

「誰!」

 

そしてこちらに向けるのは銃…銃!?

いやいや待て。何故一般人であると思われる彼女が銃を持っているのだ。まさか軍人か?

流石に銃を向けられると秘封倶楽部の二人も少々焦る。俺も焦る…結界を使えば防げるけど。

彼女から出る圧倒的殺意。俺達は少しの間動くことができなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十六話 脱出

「貴方たちは誰。私をここに呼んだのは貴方たちなの?!」

「違う。俺達じゃない。俺達だって巻き込まれた側だ。だから銃を下げてくれ」

 

銃を向けられたままの問答。緊張が凄い。

銃は幻想郷の住人からしても脅威となるはずだ。俺達がどれだけ頑張っても弾を銃弾ほど早く飛ばすことは出来ないからだ。例えそれが人殺しを目的とした弾だとしてもな。

だがそもそも幻想郷には銃という概念が広まっていないのだろう。ルーミアは銃になんも驚くこともなく彼女に近付いていく。

 

「あら、彼は私の大切な人なの。それに武器を向けるなんて、分かっているのかしら?」

 

そう言って彼女と向かい合うルーミア。きっと大人モードの時限定の怪しい笑みを浮かべていることだろう。しかし現時点ではそれは逆効果にしかならない。

案の定彼女はその銃を下げるどころかルーミアの頭に標準を合わせている。あれは…相当慣れている口だな。標準がブレることも無く正確な所に撃つことができるだろう。彼女はそのまま引き金を引いて…

 

「あらあら、そんなもの。私達に効くと思っているのかしら」

 

弾が消えた。

銃声は確かに聞こえた。現に銃の衝撃により少しだけ彼女も反動を受けている。だがルーミアに当たった様子はない。外したか?しかしあの構えとあの距離で外すとは思えない。

彼女もそれには思うところがあるようで焦りながらもルーミアに問う。

 

「なんで!なんで当たってないのよ!」

「それ、多分銃でしょ?話に聞いたことはあるわよ。弾を私達にはできないくらいの速度で撃つことができるって。でもね、その弾が私に届かなければ意味が無いのよ」

「おかしい!だって、私はちゃんと…」

「ええ、確かに弾は飛んで来たわ。見る事は出来ない速度でね。それで私は回避できないと思って弾を闇に落として消した。それだけのことよ」

 

闇に落として…消した?そんなことができるのか?

ルーミアって、実際戦いたくない相手一位かもしれない。無効化の能力がどれだけ通じるだろうか…紫も戦いたくない相手一位だな。同率一位である。

 

「闇に…どういうことよ!」

 

これはだめだな。ルーミアが彼女を益々激昂させてしまっている。

俺はルーミアと彼女の間に割りこんで強引に話を中断させる。このまま続くと事態が悪化するだけであるからだ。

 

「まあまあ落ち着いてくれ。ルーミアも、あまり相手を煽るようなことをするな」

「あら、私は煽ったつもりはないのだけど?」

「無自覚かよ…それはともかく、ルーミアは下がってくれ」

 

ルーミアを下げて彼女に向き直る。未だに銃を上げたまま、今度は俺の眉間を狙っている。正直に言うと銃を向けられること自体は慣れているのだが。

 

「あー、銃を下げてくれないか?あんなこと出来るのあいつだけで、残りの二人が怖がっているからさ」

「貴方たち、名乗りなさい」

「俺が堀内定晴、さっきのがルーミア。怖がっているのが宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンだ」

 

訝し気に後ろの秘封倶楽部の二人を見る彼女。勿論銃は上げたままだ。

二人が本気で怖がっていることを確認したのちに銃を下げた。

 

「私は空那よ。姓は無いわ」

「その名前…姓は無い…あんたが水那の姉か?」

 

その名前に反応する空那。これはビンゴだな。奇跡的にこのわけ分からない空間で捜していた人を見つけることができたようだ。

俺が水那の名前を知っていることを怪しく思ったのかまたもや銃を俺に向けて問う。

 

「あなた、水那に会ったのね?どこで?あなた、もしかして孤児院とかの人?」

「違う。俺は水那に頼まれて姉の行方を捜していた人だ。水那が別れも言えずに悲しんでいたからな。俺達のためにも水那の姉を捜していたんだよ」

「ふーん…それを信じるも信じないも後にするわ。私は向こうではどうなっているのかしら?」

「役所内でどうなっているのか分からないが少なくとも死亡扱いではないし死体も見つかっていない。水那は死んだと思っているけどな」

 

実際には死亡扱いとしているのかもしれないが、死体の情報とかが見つからなかったのならきっとそうなのだろう。

空那は銃を降ろして思案顔。どうも何か思うところがあるようだ。

 

「てっきりここは死後の世界と思っていたのだけど…轢かれた怪我もあるし痛みとかもあるから純粋にここは違う場所ってだけだったのね。謎が解けたわ」

 

轢かれてよく生き残ったなと思ったが、どうやら轢かれて体が大きく跳ねたらしい。そしてあの壁にぶつかったと同時に転移。轢かれた後の衝撃はゼロになり車にぶつかった衝撃のみが空那に怪我を負わせたらしい。どうりで生きているわけだ。

だがそれだけでは疑問が残る。そう、ここに来る方法だ。ただ壁にぶつかっただけでは足りない。ルーミアのした方法以外にないのだとしたらそこには妖力という力が働く必要があるのだ。

 

「あー、そういうことね。なんだ。貴方たちも同類なんじゃない。私は能力があるの」

「能力だと?」

 

初耳だ。少なくとも水那の会話の中で姉が能力を持っているなんて話は聞いたことが無い。

彼女は少しだけ躊躇った後に能力名を告げた。

 

「私の能力は、【妖力を操る程度の能力】よ」

「待った。今程度の、って言ったな?まさか…」

「私は一度妖怪に会ったの。その時に妖力を貰ってね。そいつが私の能力名をこう呼んだから私もそう名乗っているだけ。操る力も妖力も貰い物だから水那には能力は無いわ。なんで程度なのかは分からないけど…まあ操るだけだし程度って言ってもなんら不思議は無いわ」

 

きっと空那が会ったと言う妖怪は幻想郷を知っている。まさか妖怪が外の世界での創造物とされている東方projectに触れあったとも思えないし実際にそいつが幻想郷もしくは紫と接触したのだろう。相手に能力を授ける事ができると言うことは相当強い妖怪に違いない。

まさか…だが彼女が生きているということはその妖怪は空那を襲わなかったことになる。外の世界の妖怪は生きることにすら必死となり一人でいる人間であればすぐに喰らうのだが…やはり何者にも例外があるということだろうか。

 

「まあそういうわけよ。それで?私は元の世界に帰れるのかしら?」

「え、ああ。ちょっと待ってくれよ…」

 

どのみち俺達も帰らなければいけないのだから帰ることは出来るだろうが…空那は最悪無視するとして蓮子とメリーに紫の姿やスキマを見せるのはまずい。

色々と考えていたら俺達の左側から足音。

 

「あらら?こんなところで貴方たちは何を…んー?」

 

そこには赤い服に長くて白い髪をした女性が立っていた。

人間…に見えるのだがなぜか違和感がある。これまた石を拾った時と同じ違和感だ。つまり彼女はここの世界の人…もしくはこの世界にずっといた人ということになる。

 

「あー、俺は堀内定晴だ。あんたは…」

「私は神綺、ちょっと散歩をしていたのだけど…」

 

そういって秘封倶楽部の二人を一瞥し、ルーミアに視線を移す。なんだか不思議そうな顔で、若干微笑みながら空那も見て俺に近寄ってきた。

そして耳元で囁かれる。

 

「貴方、紫のお友達?」

「っ!?」

 

驚いてバックステップをしてしまう。

その反応を見て神綺は面白そうに笑っている。くそ、弄ばれた感じがする。

もう一度全員を見てから少し考えて、神綺は発する。

 

「帰り道が知りたいのかしら?いえ、定晴さんは知ってるけど少し困りごとがあるのね?」

「え、えっと…」

「まああの人の友達ならあの人の存在に関して困っているのでしょう。ふふ、人間なんて見るの久しぶりだわ~」

 

そう言いながら神綺は何かしらの魔法…だろうか。力が流れて俺とルーミア以外の三人が倒れた。いや、寝かされた。

 

「これでいいかしら?」

「え、あ、ああ。ありがとう。紫ー!」

「はーい、朝から晩まで。貴方のためなら喜んで、紫さんよ…なんでこんなところにいるのよ定晴。外の世界に送ったはずでしょ。あら、神綺じゃない」

「困っているようだったから手伝っていたのよ。皆を帰してあげて?」

 

紫が不思議そうな顔をするので説明をする。

外の世界で良い人を見つけたこと。連れてくるために約束をしたこと。捜している途中でここに迷い込んだこと…などなど。

一通り話を聞いて納得したか紫は頷いてスキマを開いた。

 

「その壁は危ないから後で塞いでおくわね。あとそこの三人からここでの記憶は消して…ああ、その妖力を持ってる子だけは残しておかないといけないのね。あとここについては…まあ時間がある時にでも聞きに来なさい。もしくは人形遣いの子にでも聞いてみると良いわ」

「人形使い?アリスのことか?」

 

その名に反応する神綺。何かアリスはここと関係がありそうだ。色々と謎は残るがまずは良しとしよう。気になればあとで実際に聞きに行けば良い。

俺とルーミアで三人をスキマの中に入れる。

 

「じゃ、いい結果を期待しているわね。それにしても何でそんな面倒なことしているのかしら」

 

何か紫が呟いているが俺達もスキマに入る。この奇妙な空間だが、安全であることは証明済みだ。

こうして俺達はこの謎の空間から抜け出すことに成功したのである。目的も達成したし、あとは水那に会うだけだ。

 


 

スキマが閉じたあと、幻想郷の賢者と魔界の神が会話をする。

 

「にしてもまさか定晴がここに来るなんてねー」

「定晴さんってやっぱり紫の知り合いなのね?どういう関係?」

「永遠の愛を誓い合った彼氏とかの…」

「ふーん、友人なんだー」

「なんでよー!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十七話 生き返り(元より死んでない)

スキマから出た先は元いた壁の前だった。人払いの結界が張られているのは紫の計らいだろう。

しばらくすれば三人が起きてあたりを見渡す。どうやら本当に秘封倶楽部の二人だけ記憶を消されたようだ。きっとスキマの中でしたのだろうが…あの中だと紫に好きなようにされるという点で言うとあそこは安全ではないのかもしれない。無闇に人を食べるような奴ではないけどな。

さて、蓮子は不思議そうにあたりを見渡しているがメリーは例の壁を凝視している。紫とてそんなすぐに閉じれるわけではないだろうしまだ何か違和感があるのだろう。というか異世界に紛れ込む前に戻っただけなのでそれも当然と言えよう。

しかし俺の方を振り返り何度も壁と俺に視線を移動させた後俺が何もしないので取り敢えずは諦めたようだ。きっと後日またここに来るのだろう。だがその時はルーミアも空那もいないから移動出来ず…そもそも紫が閉じているだろうから違和感がなくなって…可愛そうだが仕方がない。

 

「えっと…蓮子、メリー、俺達は用があるからまたな」

「ん?ああ、うん。分かったー」

 

蓮子が未だに不思議そうな顔と声で返事をする。記憶はどこから消されているのか分からないが、不自然にならないように配慮はされているはずだ。二人はそのまま駅の方へ向かった。まだある程度日は高いしこれから昼食でも食べて新たな冒険にでも出るのだろう。

空那を連れて水那と最後に会った場所へ向かう。水那の用が終わっているのかは分からないが、待っていれば来るだろう。

人目を避けつつ移動。こういう時人払いは便利だ。日陰を歩く時はルーミアの補助により相当暗くなって見えにくくなるしこの状態の俺達を見つけるのは能力者でもないと無理だろう。

予想通り誰にも見つかることもなくビルの隙間に入り込む。水那は…いた。前に水那が寝ていたところで座っておにぎりを食べていた。盗品だろうか。それを咎める立場も理由もないので特に何も言うことはないが。

水那がその気配探知により俺達の方へ目を向ける。そして空那に視線が移った時、その目は大きく見開かれた。

 

「お、ねえ、ちゃん…?」

「そうよ…水那…」

 

対する空那も感極まったのか若干の涙目だ。

邪魔しちゃ悪いと思って俺とルーミアはこの場を後にした。数十分後にくればいいだろう。

ルーミアの能力を使って誰にも見られることもなくビルの裏から出て自動販売機でジュースを買い、近くのベンチで休憩することにした。俺の後に続いてルーミアが隣に座る。

 

「ねえ定晴、これでよかったの?」

「どういうことだ?」

「だって姉に会っちゃったら水那は外の世界に残りたがるかもよ?」

 

それは最もな意見だ。多分水那が幻想郷に…俺達に着いてきてくれると言ったのは空那が死んだと思い、殆ど外の世界に対して未練が無かったからだろう。だがその姉が生きていると知れば残りたくなるかもしれない。

だが約束は守ってもらわねば。紫に言えば空那を一緒に連れてくることも出来る…と思う。まだ不確定要素だが、悪い結果にはならないよう祈るしかない。

暫くルーミアと適当に会話してから元の場所へ。これくらい待てば…話したいことは話しただろう。一応水那に今後の説明も頼んでいるから伝わっていればいいのだけど…

 

「…定晴さん」

「なんだ?」

 

戻ってきて最初に話しかけてきたのは空那の方。

どうやら表情を見るに、水那の移動の話を聞いて思う所があったのだろう。逆にそれ以外で俺に話しかける理由など無い筈だ。

 

「水那を連れて行くの?」

「一応その予定だ。勿論本人が嫌なら別口を探すことになるが…姉を見つけるという任務を完了すれば付いて来てくれるという約束を事前にしたから今更違われたくないな」

 

俺がそう言うと空那は水那の顔を見た。

対する水那は顔を伏せていてどんな表情をしているのかは分からない。元々は死んだと思っていた人が生きていて、尚かつ未だに自由意志にはならないものの選択肢がある。どうすればいいのか決められないのだろう…と思っていたら、水那が顔を上げて宣言した。

 

「うん、お姉ちゃん。私は行くよ」

「そう…」

 

水那のはっきりとした宣言。その顔に迷いはない。

空那が少し顔を俯かせる。悲しいような、寂しいような、それでいて若干喜んでいるような表情。

 

「水那、私はねあなたにもっと幸せになってほしいの。でもそれ以上にあなたの選択を邪魔したくない。今まで自由な選択肢なんて無かった生活だったから…だから私はその決断に異を唱えたりしない。だから…その……いってらっしゃい」

 

やはり寂しさが抜けきらない顔で、それでも姉が妹を送り出す時の優しい表情で空那は言った。

対する水那も若干涙目になりながら頷く。さて、これでミッション完了だ。

 

「紫ー」

「はーい、妖怪の案内人、八雲紫よ」

ぬるっと俺の横でスキマから顔を出す紫。若干奇妙だが、まあそれはいい。

紫に準備が出来たことを報告、紫もそれに了承しスキマを開いた。この先には幻想郷の原風景が広がっているのだろう。

水那の前に俺が入ろうとしたら紫から待ったがかかった。

 

「ん?どうした?」

「定晴はちょっと待ってて。先に水那ちゃんを送っちゃうから」

 

そう言ってスキマを水那の頭上に移動。頭から被せるようだ。

しかしなぜそんなことをする?まるで逃げられないようにしているみたいで、さながら虫を網で捕まえる時のように…

 

『無効化!』

 

急に狂気が能力を使用した。対象は水那の頭上に展開されているスキマ。俺の無効化によって紫のスキマは跡形も無く吹き飛んだ。

狂気とて俺であるのだから能力は使える。疲れるからしないが、狂気に結界を張ってもらいつつ俺が魔術詠唱をする、なんて真似も出来る。

しかし普段はそんなことはしない。そもそも狂気が能力を俺に断りもなく使うなんてありえないはずだった。

 

『おい、あのスキマには俺達が変な世界から戻ってきた時に通ったスキマと同系統の術の気配を感じたぞ』

『同系統…?まさか…記憶消去か?』

 

言葉は発さずとも狂気が頷いているのが分かる。

魂の中からでは周囲とコミュニケーションすら取れない狂気の代わりに俺が問う。

 

「紫、何のつもりだ」

「…そちらこそ、何のつもりなのかしら」

 

双方共に大量の怒気を含んだ問いかけ。

まさに一触即発であったのは言うまでもない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十八話 殺し合い

紫と俺の視線が交差する。傍から見ても険悪な雰囲気であるのは分かるだろう。

 

「私のスキマを無効化するなんて…どういうつもりなのかしら?」

 

再度紫が問うた。

それに俺はきっぱりと、言い淀むことなく答えた。

 

「お前、今記憶消去術式を使っただろ」

 

紫が記憶消去をする時、特殊な機械などは必要ない。記憶消去をするという意思を持ってスキマを通して『記憶の境界』を弄れば好きなように記憶は変えられる。

幻想郷に住む者にはある程度抵抗したり、俺や神達のように全く効かない人もいる。だが外の世界にそんな稀有な者はいない。

こいつは今、水那の記憶を消去、若しくは変更しようとした。流石にノータッチでは変えることが出来ないのでスキマを展開したからこそ俺は、狂気は気付くことが出来た。

俺の言葉に紫は何も無いように…実際紫にとって何でもないものなのだろう…驚くことを口にした。

 

「だから何?」

「は?」

「外の世界の記憶は別に必要ないでしょ?それに幻想郷の記憶があれば困らない」

 

こいつ…!

俺も幻想郷に来てから忘れがちだが、妖怪にとって人間とはその程度のものなのだ。記憶、強さ、経験…どれにしても妖怪からすれば取るに足らない人間。その記憶をどうしようとも妖怪は何とも思わない。思うはずが無い。それが妖怪だから。

だが俺は人間だ。記憶も、想いも…例え何にせよ妖怪に好き勝手される筋合いはない。

故に俺は反発する。妖怪と人間の散々繰り返されてきた方法で。

 

「あら、私とやるってことかしら?堀内定晴」

「ああそうだ。水那の、水那と空那の姉妹の記憶…お前に好き勝手はさせない。八雲紫」

 

紫に妖怪の笑みが灯る。人間を見下し、食らう者の目だ。

紫がどれだけ人間と共に生き、共存を望み、実際に世界を作ろうとも。妖怪の本能が消えるはずがない。紫とて妖怪と人間は同等などと言うことはないのだろう。

 

「では場所を変えましょうか」

 

誘うようにスキマを開け紫が中に入った。俺もそれに続く。

罠という可能性は極めて低い。彼女はこういったときに騙し討ちをする性格ではないし、そもそも騙し討ちをする必要があるほど弱くないのだ。

スキマを抜けた先はどこかの平原。俺と紫が戦うのであれば周囲への配慮など出来ようもない。なんせ相手は幻想郷でも最強格の一人、唯一無二の妖怪・八雲紫だ。配慮などしていては速攻で勝負が決まる。

こんなことで殺されることなどないという思い上がりは捨てる。妖怪退治において命のやり取りがないのは弾幕ごっこ以外ありえない。そして今回、紫の目は弾幕ごっこのそれとはわけが違っていた。

きっと博麗の巫女を作り、幻想郷を存続させていくことは紫にとって最重要事項なのだろう。だが…それでも俺は水那(人間)のために堀内定晴(人間)として八雲紫(妖怪)を倒す。それが、外の世界の何でも屋である俺の務めだ。

 

「さあ定晴?久しぶりに殺り合うとしましょう?弾幕ごっこじゃない…本当の勝負だから殺す気で掛かってきてね?私も…本気よ」

 

最後の一言。明らかに異なる気配を滲ませ紫が動く。俺の足元にスキマが開いた。移動用ではないスキマが一体どこに続いているか分からないが、物を入れておける謎空間だ。もしここに落ちると、ミキが言うには「時空の狭間に取り残される」だと。

俺は身体強化と風で跳び上がり別の所に着地。牽制として魔術を使う。

弾幕ごっこと違って決まったルールなど存在しない。急に始まったせいで出遅れはしたものの身体強化を使うことには成功した。妖怪との戦闘では常時身体強化である。霊力の消費がとてつもないが、致し方ない。

何の合図も無しに弾幕ごっこではない…本当の殺し合いは戦闘開始と同時に過激さが増した。最初からクライマックスってのも案外間違っていないかもしれない。それほどまでに激しく、壮絶。

当然のことながら無効化は連発。使いどころを…などと考える暇はない。唯一紫のスキマを完全に消し飛ばす能力だ。反動の硬直も考えつつ的確に消していく。

昔戦った時に気が付いたのだが、どうやら紫のスキマ空間は一つの別世界としてスキマ同士は繋がっていてスキマを一つ消すとその時出現していたスキマは全てまとめて消えるようだ。勿論紫のスキマは無制限かつクールタイムも無し。一度消したところでコンマ数秒でまた現れる。

対して俺の無効化は霊力を多く使い、硬直三秒。実は硬直中にもう一発、なんてこともできるのだがその場合は硬直時間の三秒がリセットされる。三秒、六秒、九秒といった風に伸びるわけではないのでその点で言えばまだましな方だが、実際に三秒がリセットされるということも連続して硬直する時間が増えていることに変わりはない。戦闘中において三秒がとても不利となる。紫ならば一瞬で決着が着くだろう。

幸いにも出していた結界や輝剣が消えるというわけではないのでそれで前もってガードなどをしておけば回避方法は一応存在する。付け焼刃、焼け石に水としかならないが。

 

「紫!なぜ記憶を軽んじる!妖怪であるお前らだって記憶の大切さは知っているだろ!」

「ええ、確かに記憶は大切よ。でもね、博麗の巫女という役職には必要無いの。逆にその記憶のせいで困惑することも多いでしょう。だから私が記憶を弄って生活に困らないようにするの」

 

…だから妖怪と人間が最終的に相いれないのだ。

紫とて普通の幻想入りをした外来人にはそのような手法は取らないだろう。幻想郷の中に外の世界の知識が入るのは色々と問題も起きやすいのだが、そこらへんは取捨選択して調整しているに違いない。そもそも機械関連はよほど高度なものでなければ河童たちが作成するであろうことも分かっている。外の世界の全てをシャットアウトするなんていうのは、全てを受け入れるという幻想郷には合わない。

紫が心配…考えているのはやはり博麗の巫女という特殊な役職。霊夢がどこから来たのかは知らないけど、そう易々となれるものでもないのは明白だ。それこそ特殊な試練やら訓練やらがあっても不思議ではない。実際霊夢はある程度しなければならない修行をサボっていると魔理沙に言われたことがある。映姫も同じようなことを言っていた。霊夢はそれを天性の才能で補っているのだ。

勿論水那も外の世界の子供にしては中々の身体能力があるのは確認済み。しかしそれは幻想郷の中でも通用するとは限らない。いや、通用などしないだろう。

そもそも幻想郷では飛行することが前提となる場合が多い。人里の人間も飛べないが、それは幻想郷の中に住む人間という括りがあり人里に住んでいるからこそだ。博麗神社に住み、妖怪を退治するのとはわけが違う。

きっと空を飛ぶための修行もあるのだろう。霊夢は空を飛ぶ程度の能力を使っているのだろうが、水那は能力無しだ。紫の口ぶりから察するに水那にも何かしら能力が与えられるのだろうが、それを邪魔するのが外の世界の記憶ということだろう。

だが…消さずに済む方法だってあるはずだ。

 

「はあ!」

「甘いわよ。定晴。昔と違って私だって色々と経験して強くなったんだから」

「それは…こっちも同じだ!」

 

魔力の練り上げ。上手くいくかは分からない。そもそもこれはパチュリーに言われて気付いたものだ。

光属性の適正。それを聞いたとき俺は浄化の能力による影響だと考えていた。光魔法には退魔系統の魔法が多いので、俺はそう勘違いしてしまった。

だが違うのだ。そもそも浄化能力とて副産物に過ぎない。それを言うとどれも副産物なのだが…今はどうでもいい。これは俺も分かり切っているものではない。

この浄化能力は元々輝剣のものだ。輝剣、輝く剣。実際輝いているわけではない、しかし俺はこの剣を輝剣と呼んでいる。それはこいつの力が原因だ。

これは光の集合体なのだ。故に触らずとも動かせるし、いつでも出現させることができる。俺が輝剣と呼んでいるものは一本しかないし、実体があるうえ金属の性質がある。だが光の集合体であることは変わらない。

なら…俺自身で光の魔術を使って、練る。構成、造形、投射…完了。

俺の前にもう一本。輝剣と同じ性質、同じ形、同じ大きさの剣が現れた。これは模造品であるために戦闘用で使うと一撃で壊れてしまう。耐久性で劣るのなら…物量だ。

 

「複製!」

 

紫の頭上に輝剣が大量に出現する。

紫はそれに反応し、スキマを展開。今あれを撃っても全てスキマの中に消えるだろう。だからそれは、陽動だ。

 

「全方位!」

 

俺の発言と共に紫の周囲。全方位に輝剣が出現した。弾幕ごっこでは規則違反だが、今やっているのは弾幕ごっこではなく殺し合いだ。ルール違反などありはしない。

紫の反応速度を上回る速度で展開。

 

「射出!」

 

そして紫は大量の輝剣によって姿が見えなくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三十九話 話し合い

輝剣による攻撃が晴れ、紫は未だに浮いていた。

だが体の節々に怪我をしているせいか態勢が少し変だ。それに妖力も少ない。しかし撃墜まで至れなかったのもまた事実。

輝剣を生成には相当な魔力を消費した。いや、空になった。魔術はもう使えない。それに俺の魔力量だと足りなかったので霊力すらも使い生成した。

俺の残存霊力は…残り僅か。辛うじて立っていられる分しか残っていない。勝算は、既に無い。足掻けるとこまで足掻きはするが、これは俺の負けだろう。

と思ったら…

 

「ふふ、あははは!はぁ…やっぱり定晴は強いわねぇ…私の負けだわ」

「どういうことだ?」

「だって、そこまでの本気を見せつけられて、まだ嫌がるなんて子供みたいじゃない。こんな風にされたのだから私の負けよ」

 

うーむ…そう言われると俺も子供っぽいみたいになるが…人間としての責務を果たしたのだ。水那には辛い記憶もあるだろうが、それから逃げるなんてしてはいけない。外の世界の記憶は保持したままにしてもらおう。

 

「というわけで、定晴の言い分は飲ませてもらうからその代わり手伝いなさい。博麗の巫女という役職になるにあたって面倒なことではあるのは確かなんだから」

「そんくらいはするさ。それは紫と戦う時は分かっていることだ」

 

スキマで元の場所に戻る。俺たちが戦った跡地は悲惨なことになっているが、誰もいない場所を選んだだろうし紫が後で元に戻すだろう。

水那が心配そうに見つめている。というか俺の傷を気にしている。紫の攻撃は殺傷性が高いわけではないのでそこまで傷は負っていないが、戦闘後に無傷というわけにはいかない。体の方はあとで再生するとして衣服は…買い直すか作り直すか。折角外の世界に来ているのだし買いたい物を買ってから帰るのも一つの手だな。今着ているものは俺でも作ることは出来るけど、材料が足りない。

ルーミアは…若干涙目になってないか?確かに式神なのに紫との戦闘に連れて行かなかったのはショックかもしれないが、例え本気モードのルーミアでも紫のスキマには相当苦戦するだろう。ルーミアには怪我してほしくないし、これは人間と妖怪の問題だったので妖怪のルーミアは水那と共に置いていった。

紫が溜息混じりに口を開く。

 

「じゃあ水那ちゃんは今から博麗神社っていう所に連れて行きます。定晴とルーミアも来てね」

「了解」

「空那ちゃんって言ったかしら?妹に酷いことはしないって約束するから安心なさい」

「分かり…ました。水那、頑張ってきてね。行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます」

 

二人の最後の挨拶も済み俺達四人はスキマの中へ。一度決めた約束は破らないから心配はしていなかったが、狂気も今回のスキマは普通の移動用のスキマだと言う。俺たちで完全に判断することはできないが、問題ないだろう。何かあったらミキにも頼んで二人で紫を殴ることにしよう。

移動時間僅か五秒。外の世界から幻想郷の物理的な距離は分からないが、結界など色んなものが間にあるというのにそれらに一切の影響を与えず一瞬で移動することができるスキマ能力は本当に厄介だ。しかもこの使用方法は本来の使用方法ではないのも驚きだ。俺に比べて汎用性がどれだけ高いのかがわかるだろう。

スキマが消えて目の前にあるのは博麗神社。そこには霊夢の他に藍、橙、それに俺が知らない赤い服を着た女性もいる。

 

「ふーん…この子ねぇ…私よりも随分と小さいし…それにまだ私には必要ないでしょ。跡取りなんて」

「あのねぇ、何度も言ったでしょ。何が起こるか分からないんだから備えておくのは大事なのよ。霊夢だってその年齢で博麗の巫女やってるじゃない」

 

確かに紫の言う通りだ。

水那よりも大人と言えど霊夢はまだ少女の部類に入る。先代の巫女が何歳だったのかは知らないけど、今の霊夢が博麗の巫女をするぐらいだ。霊夢に何かあって水那が霊夢くらいの年齢で博麗の巫女を継ぐ可能性もある。その場合は今の水那の年齢から修行などは始めておいたほうが良いだろう。

紫から順に水那に自己紹介をしていく。

 

「改めて、私が八雲紫よ。幻想郷の賢者…管理人みたいなことをしているわ」

「私が八雲藍だ。紫様の式神で主に紫様の補助をしている」

「私が橙です!藍様の式神で補助をしています!」

「そして私が博麗の巫女をしている博麗霊夢よ。あなたからすれば先代に当たるけど、今は全然現役でさせてもらってるわ」

 

四人が挨拶をすると次は赤い服を着ている女性が水那、そして俺にも視線を向けて挨拶をする。

 

「貴方も初めましてですね。堀内定晴さん。茨木華扇です。修行の身ではありますが仙人です」

 

仙人か…長い白髭を垂らしてご年配の男性がフォッフォッフォとか言っているようなイメージがあったが…そもそも幻想郷では大体の重要な役職とか特別な職業の人は女性だし今更だろう。未だに人里以外の男性の友人は霖之助だけだ。外の世界のゲームでも女性ばかりだったのでまさかとは思ったが、本物も同じような見た目ばかりだ。一度外の世界で販売されているゲームをして皆のことを理解するのもいいかもしれない。ネタバレになるだろうが幻想郷内の厚い本を読むよりも効率的に知ることができるだろう。

閑話休題

五人の挨拶が済んだところで水那も挨拶をし返す。俺も便乗して華扇に挨拶をする。

 

「水那です。姓はありません。よろしくお願いします」

「名前を知っているようだが、俺が定晴だ。よろしくな華扇」

 

ルーミアは…華扇とは面識があるようだな。話したことはあまり無さそうだけど、初対面っていうわけでもなさそうだ。

華扇は雰囲気がとても映姫に似ている。なんとなく説教好き…とは違うだろうがそういう類のことを霊夢によく話していそうだ。勿論これは俺の偏見である。

水那が紫に連れられ神社の中へ。俺もそれについていく。ルーミアはストップがかかり霊夢と話すことにしたようだ。どうやら先日のルーミアの事件からまともに会話していなかったようで色々と霊夢も話すことがあるようだ。

紫がスキマから石のようなものをだす。これは…霊夢が持ってる陰陽玉だな。大きさも殆ど同じ。

 

「さて、これは水那ちゃんの練習用の石よ。取り敢えずは渡しておくわね。使うのは空を飛んだりできるようになってからでしょうけど持っておいて損は無いわ。定晴、手伝って」

「何をすればいい?」

「水那の周囲の境界を弄って幻想郷に慣れさせるから負荷が無いように無効化を使い続けて。霊力は…ルーミアにでも貰いなさい。妖力の変換もできるようになったんでしょう?」

 

そう言って紫は水那の周囲の境界を弄りだした。目に見えるものではないが、何かしらの違和感が生まれるため俺でもいつ始まったのかくらいは分かる。

存在の境界を弄るのはその者に大きな負荷を与えるため、俺はその負荷のみを無効化する。反動がないというのは物理的にはとても不思議な現象だが、俺の無効化は…というより幻想郷では物理現象などという常識は通用しない。空を飛んでいる時点で物理などあってないようなものだ。

ルーミアとの繋がりを利用してルーミアから妖力を貰い無効化に使う。無許可だが…繋がりを見ても嫌がっている様子はないのでそのまま使わせてもらおう。今は封印状態だからそこまでの量を貰うわけにもいかないしなるべく俺の残存霊力と併用する。残ってる量などたかが知れているので意味ないか。

時間にして三十秒。俺の霊力もルーミアの妖力も丁度切れた所で紫の儀式が終わった。

 

「はい、取り敢えずこれで大丈夫だから。力の使い方とかは霊夢や華扇に修行を付けてもらう中で身につけなさい。定晴もお疲れ様。今日はもう休んでいいわよ。水那への説明は私達が済ませちゃうから」

 

そう言われ俺は神社を出る。これ以上働けと言われたところで働くことなどできないのだが。

ルーミアも妖力を吸われた影響で少し疲れている。何もしていないのに疲れるなど不思議な体験だろうけど、今日はルーミアもゆっくり眠らせることにしよう。後で家の中で封印を解いて溜まっている妖力を体内に巡回させればルーミアもある程度復活するだろう。

後ろから紫たちの説明する声が聞こえる。きっと早速明日から水那は博麗の巫女としての修行を始めるのだろう。空を飛べないと移動は不便だし、先程紫が言った力の使い方について調べていくに違いない。

 

こうして幻想郷の住人がまた一人増えた。ここで外の世界の話は終わり、舞台はまたも幻想郷に戻る…

 


 

地下深く。幻想郷では旧地獄とも呼ばれている地底で一人と一匹…

 

「我慢ならないし会いに行っちゃおー」

「それで怒られるのあたいなんですけど…はぁ…」

 

館の主に秘密で二つの影は地上への移動を開始した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九章 波乱の日常
百四十話 一週間後


調子に乗って書いてたら5000字を超えました…


朝、自分の家で起きる。

外の世界でやり残したこと…というよりしたかったことは残っているが、まあ別の機会でも問題ない。

水那が幻想郷に来てから一週間が経った。初めの頃は外の世界の癖故か警戒心を露わにしていたが、最近はある程度打ち解けた。まあ怪しい人物であるのは変わらないし、一定以上の警戒心は親しい中にも持っとくべきだ。霊夢はまだしも紫に完全に心を許すのはよろしくない。いつかミキのことも紹介するが、紫以上に警戒すべきな奴だしいつかでいいや。多分だけど俺から紹介せずともミキが博麗神社に突撃するだろうし。

 

「おはようルーミア」

「お〜はようご主人様〜」

 

若干間延びした声で欠伸混じりの返事。寝ぼけてる時は流石のルーミアも人前で俺のことを呼び間違えそうだし気をつけておかなければ。ただ誰かに関係がバレてそこまで困るのかと言われたら…天狗たちにネタ扱いはされるだろうがそこまで困らないような気がする。ルーミアが隠そうとしているので俺から晒そうなどという考えはないけど。

今のところルーミアが式神であることを知っている、若しくは気付いているのは紫、藍、橙、霊夢、そして映姫。多分だがそれなりの実力者ならば、もしくは神などの高位存在ならば俺とルーミアの関係に気付けるのだろう。霊夢は紫から説明を受けているので俺とルーミアの関係も知っている。なので諏訪子や神奈子には分かっても早苗には分からないということにもなりそうだが…それは今は置いておく。

朝ごはんの準備をしつつ今日の予定を思い出す。

今日は霊夢に博麗神社まで来るように言われている。どうも水那の修行を一部見てほしいとのこと。俺にアドバイスなど出来そうも無いが、霊夢が修行しているところを見たことが無いのでどんな修行をしているのかは気になっていた。見学出来るのなら見学させていただこう。

魔理沙によると若干だが飛べるようになってきているとのこと。今思えば風を使わず霊力だけで飛ぶ方法を俺は知らないのでそれこそ見学すべきものだったかもしれないが、過ぎてしまったものは仕方がない。またの機会に見せてもらおう。

霊夢の所で修行を見たあとは慧音に依頼された寺子屋での臨時講師だ。

どうやら午後にどうしても外せない用事が出来てしまって、わざわざ預けて貰っている子を帰すというわけにもいかず悩んでいたところを依頼してくれたようだ。

俺の何でも屋は本当に大体のことは請けるので寺子屋程度問題はない。ただし慧音ほど人里で知名度があるわけでもないし、子供たちとのコミュニケーションという点では問題があるかもしれない。まあ人里の子供たちに交ざってチルノたちも授業を受けると聞いているのでそこから話を広げていけばいいか。

兎にも角にもまずは博麗神社だな。の前に朝食だな。腹が減ってはなんとやら…幻想郷だと事ある毎に弾幕ごっこに巻き込まれるので空腹だとまずい。かと言って食べ過ぎるとそれはそれでという…調整難しい。

 

「ほらルーミア。こっち」

「ん〜はいは〜い」

 

ソファでボーッとしていたルーミアを呼んで椅子に座らせる。

元々妖怪の主戦場は夜。しかも深夜だ。太陽が昇ったばかりの朝に弱いというのも存外に不思議とは言い切れない。

どうやらルーミアは俺の生活リズムに合わせてくれているようだ。理由を訊いても式神だからの一点張りなので多分俺のことを気にしているのだろうけど…

 

「「いただきます」」

 

だがそんなルーミアも朝ごはんを食べればある程度目が覚めて元気が出る。

軽く伸びをしてからルーミアの目が覚めて妖力が若干強まる。実のところ本契約と呼ばれるものは未だに出来ていない。どうやらそろそろ冬になる影響で藍が紫の身辺整理に駆り出されているせいでこちらに手が回っていないのだそうだ。

 

「ご主人様、今日は博麗神社と寺子屋?」

「ああ、水那の様子を見たあとに寺子屋で臨時教師だ。宣伝したことはなかったが、慧音が噂として俺が何でも屋をしているのを聞いたらしい。それで俺が仕事としてやるんだ」

「ふ〜ん…………今日はご主人様に教わるってこと?」

 

そうか、ルーミアも一応寺子屋メンバーの一人だったな。どうやら封印状態だったルーミアがある程度の力と知力、そして面識を得るために。また、幼少化したため遊ぶ相手を求めるため寺子屋に通っていたらしい。それは今でも続いている。

俺が頷くとルーミアが微妙な顔をした。当然だとも思う。正直なところ俺とルーミアは生活様式からしても身内の感覚でしかないのだ。言うならば…親とか兄弟に教わっているような感じだろうか。正しい表現なのかはここでは置いとくにせよ。

 

「んじゃ俺は博麗神社に行ってくる」

「私は人里にいるから、何かあったら呼び出しなさい」

 

呼び出すっていうのは連絡を取る等のことではなく式神のスペカを使って召喚しろという意だが、俺は基本的に呼ぶつもりはない。

ルーミアと別れて博麗神社へ。家の鍵はルーミアが出掛ける時に閉めてくれるだろうから安心だ。俺も幻空の中に鍵は入れてあるので閉め出されるという問題は起きない。

家から博麗神社までの道のりは短い。そもそも人里と博麗神社の間に建てた家だ。それで遠かったら人里からの来訪者など来るわけがない(現時点でも来訪者などいないのだが)

博麗神社の長い階段を飛ぶ。一番最初にここに来たときは紫が霊夢と話す時間を確保するために俺はここを一段一段登らされた。今となっては懐かしい記憶だが、今でも思う。この階段は登りたくない。そうなると必然的に飛べる人しかここに来なくなるわけで…あれ?もしかして博麗神社って参拝客を呼ぶ気が無いのか?

 

「いらっしゃい定晴さん」

「こんにちは、定晴さん」

 

階段を上がりきって出迎えてくれたのは現博麗の巫女の霊夢と次期博麗の巫女の水那だ。どちらも博麗の巫女の正装と思われる赤い巫女服とリボンを付けている。守矢神社が白、青、緑の巫女服…正確に言うと早苗は風祝らしいが…なのでこの二つの神社は対照的である。

 

「修行中だったか?」

「いいえ、今は休憩中よ。朝ごはんの時間だから」

「そうか…良かったら俺が作ろうか?」

 

俺の提案に目を輝かせる霊夢。水那は俺の料理を食べたことないので特に反応はない。霊夢の中では咲夜や妖夢と並ぶ料理上手として俺が挙げられているようだ。俺は色々作れるだけで、料理の上手さならば和食は妖夢、洋食は咲夜に軍配が上がるだろう。

 

「じゃあ私達は縁側で休んでるから〜」

 

そう言って手をひらひら振りながら去っていく霊夢とそれに付いていく水那。思っていたよりも二人の仲は良さそうだ。水那は初対面でも物怖じせずに話してくれるので緊張だとか気まずさとかを苦手とする霊夢には丁度いい相手なのかもな。

さて、俺は料理と行こう。博麗神社の裏手にある調理場には霊夢が使う予定だったのだろう食材が並べられていた。白米、漬物、味噌、豆腐…見事に和食の献立だ。幻想郷では中々手に入らないがここに魚も入れれば栄養バランスも良くなるだろう。

修行は結構体力を使うだろうし、出来る限りタンパク質は摂らせてやりたいが…肉は朝には重いし難しいか。一応豆腐にも含まれているのでそれで妥協して…あ、卵焼き作るか。

献立を決めたら後は料理をするだけだ。これらは何度も作ってきたので慣れた手付きで進めていく。あまり待たせると霊夢が怒りそうなので手早く丁寧に…

調理時間はおよそ十分ほどだっただろうか。ご飯が前もって炊けていたのが良く、短い時間で終わらせることが出来た。ザ・和食と言えるメニューの数々だ。霊夢は豆腐の味噌汁が好きなのだろうか。

 

「出来たぞー」

「持ってきて〜」

 

あの怠惰巫女め。映姫や華扇が怒る理由もよく分かるというもの。

仕方ないので往復しようかと思ったら縁側の方から水那がパタパタと歩いてきた。どうやら手伝ってくれるらしい。霊夢よ、お前の弟子…になるのかは分からないが…は手伝ってくれているぞ。博麗の巫女はこういった気配りも必要なのではないのか?

口に出しても霊夢には一つも響かないだろうし反感を買わないためにも心の中にだけ留めておく。

 

「霊夢さんも動いてくださいよ」

「嫌よ面倒くさい」

 

水那が代わりに言った…がそれでもスルー。

それにしても水那の霊夢への呼び方はさん付けなんだな。あまり霊夢にさん付けしている人も珍しいが…そういえばあうんは霊夢さんって呼んでいた気がする。

 

「はい、あんがとね定晴さん。楽できたわ〜」

「なあ、料理とか掃除とか水那に任せっきりで怠惰になってるとかないよな?」

「大丈夫です。一応そういった神社の仕事とかはきちんとしてます。掃除をしないと一日が始まった気がしないんだとか」

 

水那も縁側に座り霊夢と並んで食べる。机はないけど…まあ大丈夫だろう。

朝の少し涼しい時間。まだ冬とは言えないが秋の風を感じることで冬が近付いていることを暗に示してくれる。

 

「定晴さんは?」

「俺はもう食べてきたんだ。それよりあうんは?」

「あうん、階段の近くにいなかった?」

 

ふむ、見落としただろうか。

あうんの分をすっかり忘れていたが…一応材料は余っているし幻空に入れている非常用の食材と合わせれば比較的良いものが作れるだろう。

あうんを捜すために階段へ。

階段と鳥居の間、及び鳥居と狛犬の間は結構近い。階段近くってことは必然的に鳥居の近くもとい狛犬の近くになるのだが…

 

「あ、いた」

「ほえ?あ、定晴さんこんにちは〜」

 

守護の役はどうしたのか。鳥居から少し離れたところで虫と遊んでいた。この時期の虫は夜行性が多いから昼間はあまり見つけられないだろうに…と、そんなことはどうでもよくて。

 

「あうん、朝ごはんだ」

「へ?もうそんな時間ですか。今行きますね〜」

 

あうんが神社の裏へと走っていった。

それに合わせて俺もあうんの分を追加で調理。完全して持っていくとあうんが霊夢の分を少しだけ貰っていた。どうやら自分の分が無いと思ったらしく、若干涙目だった。

三人が食事をしている間に少し神社の周囲を散策。隠れた所にある地底への道。裏手の大きな木。博麗神社は周囲も結構妖怪に囲まれているのが分かる。

また途中に封と書かれた御札が貼ってある扉らしきものも見つけた。なにやら何か強いものを封印しているような重々しい雰囲気…後で思い出したら訊いてみよう。

その後数十分。霊夢たちの所に戻ると全員食べ終わって談笑していた。

 

「なあ水那。現状はどんな感じだ?」

「えーと空を飛べるようになりました。ただあまり速くは飛べませんが。あと小さいながらも霊力弾を作れるようになりました!」

「大体そんなもんよ。後は試しに二枚だけスペルカードを作らせたわ。私や魔理沙、妖夢たちが使うような攻めるスペルカードよ」

 

水那の説明に霊夢が情報を追加してくれた。

霊夢や魔理沙、妖夢…きっと咲夜や早苗なども含まれるのだろう。所謂自機組である。霊夢たちもまさか自分たちが外の世界のゲームとなっているだろうとは思っていないだろうが、確かに霊夢たちは外の世界で自機として登場する。名前が有名なのはそれが原因だろう。

友人からの受け売りなので誰が自機なのかはスペルカードを見て思い出している感じなのだが、水那のスペルカードもわかりやすく攻めるものと言っていた。

攻めるスペルカード…それは俺もよく使う攻撃力重視のスペルカードのことだろう。俺で言えば輝剣関係、霊夢なら霊符、魔理沙なら恋符といったところか。水那も博麗の巫女となるなら守るのではなく攻めるスペルカードを使うことになるのは分かりきっている。それを考慮したうえでの提案だったのだろう。

 

「まあ外の世界の影響がどんなものか分からないし、今日定晴さんに来てもらったのは水那がどんな感じかの確認のためよ。私も水那も大丈夫だって言ったんだけど紫が煩くて」

 

要は半強制的に見られることとなったのだろう。紫が最初に言った方法ではなく俺が紫との話し合いで決めた方法を取っているのでどんな影響があるのか紫も気になっているのだろう。

 

「じゃあ早速見せてもらおうかな」

「よし来た!水那!私とやるわよ!」

「ええ!?霊夢さんとですか!?私そんなに…」

「つべこべ言わない!行くわよ」

 

水那を引きずって境内に連れて行く霊夢。そんな強引にせんでもとは思うが、まあ仕方ない。霊夢が珍しく少しやる気になっているのだ。止めるというのも野暮というものだ。

 

「そんじゃ始めるわよー」

「俺はここから見てるな」

「私もここから見てますね。頑張ってください水那さん、霊夢さん!」

 

俺の隣にあうんが座ったのを確認した後霊夢が札を構えた。水那も同じ札を持っている。

現博麗の巫女対次期博麗の巫女…ファイ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四十一話 現対次

間違えて予約し忘れてそのまま投稿しちゃったので土日にもう一本上げます


まず霊夢が飛び上がった。その時も水那に対して弾幕を張るのを忘れない。

今回二人には俺たちのことは気にせず全力でやってくれと頼んでいる。俺とあうんの身は俺が結界を張ることで守っているし、弾幕ごっこ程度の威力では周囲にもそんなに影響はない。

霊夢は守る弾幕も使えたはずだが、今回は攻める弾幕を主力として周囲に細かい弾幕を張っている。攻められにくいが攻めやすい、いい陣形だな。水那相手には少々過剰な気がするが…

そんな俺の考えが顔に出ていたのかあうんが隣で補足説明をしてくれる。

 

「どうやら水那さんって霊夢さんタイプみたいで…」

「と言うと?」

「なんていうか…天才?というか弾幕ごっこっていう戦い方が合ってたみたいで…」

 

見ると水那も霊夢程安定した物は出せないようだが、霊力を飛ばして弾幕の代わりにしている。実体が朧げなので美しさは無いが、存在はしているので当たれば判定はあるのだろう。

だが弾幕ごっこは単に戦うだけではなく美しさも評価基準だ。純粋な力では妖怪には勝てないから…と弾幕ごっこを作った霊夢が言っていたが、それもそうだろう。

俺は結構な経験を詰んでいるのと能力の補助のおかげで紫のような大妖怪とも戦える。魔理沙も、霊夢も、小鈴のような子だって能力持ちは存在する。しかし実戦で戦えるかと言われると…そうではない。魔理沙も魔力ではパチュリーやアリスに劣る。霊夢は鬼と純粋な力比べでは足元にも及ばない。小鈴など言わずもがな戦闘すら向いてない。

そんな彼女たちが妖怪と戦う術が弾幕ごっこだ。経験ではなく力量と創造力。如何に美しく魅せるかを重視した決闘方法。相当稀有なパターンだな。

 

「ほらほら!水那!綺麗じゃないわよ!」

「まだ綺麗に霊力弾を出せないと言ったばかりじゃないですか〜!」

 

霊夢の攻撃に水那が紙一重で躱し続けている。

多分霊夢のある程度は加減しているのだろうけど…傍から見ていじめにしか見えない。

水那がスペルカードを手にとった。どこから出したと疑いたくなるが、どうやらあの巫女服は見た目より断然物が入るらしい。霊夢も懐から御札を出しているようだし、身体的差異によりサイズこそ小さくなっている水那も巫女服も容量や収納スペースはそこまで変わらないようだ。

尚俺はスペルカードは全部幻空から出しているので容量とかいう心配は今のところない。

 

「行きます!瞬光【サテラレーザー】!」

 

水那の周囲から白いレーザーが放たれる。スペルカードというのは事前に力をある程度溜めておいたカードを発動させることで決められた弾幕を貼れるというものだ。故に通常よりも奇怪かつ多彩な攻撃がスペルカードによって使用可能になるのだが…今回は水那の弾に色を付けるのが精一杯だったようで特殊さは無い。その代わりと言えばなんだが色が付いてはっきりと実体化したので多少の華やかさが出た。

 

「甘い!」

 

霊夢がその尽くを避ける。流石は異変解決のプロ、グレイズもしつつ見事な回避をやってのけた。

水那のスペルカードの効果が切れる。その瞬間を狙って霊夢がスペルカードを使用した。

 

「とりゃあ!霊符【夢想封印】!」

 

霊夢の十八番、夢想封印…ってこれホーミングじゃないっけ?確か俺みたいに斬ったり魔理沙のような手練じゃないと避けれないっていう…

 

「きゃー!」ピチューン

「「「あ」」」

 

俺とあうん、霊夢の声が重なる。

弾幕が晴れて落ちてくるのは気絶した水那。素早く下に移動して支える。

これは…クリーンヒットだな。諦めているような姿勢で落ちたところを見るに霊夢の夢想封印の効果を知っていて、水那は避ける術が無いので出来る限り威力だけでも落とそうとしたが間に合わなかった、といった感じ。

そもそも幻想郷に来て未だに一週間の水那が追尾系弾幕を避けられるはずがないのだ。浮遊するのだってある程度の高さと速度でないと無理だというのに…

 

「霊夢さん、やり過ぎだと思います」

「う、うっさいわねー!確かにちょっと力み過ぎたけど…」

「ちょっと?」

「……定晴さん、再生をかけておいてくれるかしら?」

 

なんともまあ傲慢というか…気絶させたのは霊夢なのに傍観者である俺の能力を使えと言う。

霊夢はこういった使えるものは使うの精神が根強い気がする。紫がいれば移動はスキマで〜と言うし、異変解決も誰かが勝手にやってくれたらそれはそれで楽〜という感じに他人に任せられる時は任せるのが霊夢だ。空を飛んだり家事のあれこれなどは比較的好きなようでそれは進んで…とは言わずとも文句は言わずにしている。

まあここで拒否する理由も無いし霊夢の言うとおり再生を掛けておく。無かったことになるのではなくあくまで癒えただけなので気絶などの類が直ぐに覚めるというわけではないが、暫くすれば自然と目が覚めるだろう。

 

「……まあこんな感じ。どうだった?」

「どうだったと言われてもなぁ…水那はそもそもの霊力量も少ないようだしそこは注意していかないといけないな。後は弾幕の実体化。この二つを重点的に教えていけばいいんじゃないか?」

「ふ〜ん、ま、いい意見にはなったわ。ありがとね」

 

そう言うと霊夢は俺から水那を受け取り母屋の裏手に運び込んだ。いつも霊夢たちが寝泊まりしている場所だ。こんな季節に外で寝かせておくと十中八九風邪を引くので建物の中で寝かせておこうということだろう。

水那を寝かせた霊夢が戻ってきた。霊夢にトテトテと近付いたあうんの頭を撫でている。こう見ると守り神と巫女というよりペットと飼い主だな。口には出さないけど。

 

「なんか失礼なこと考えなかった?」

「いや別に」

 

…博麗の勘恐るべし。

あうんが撫でられて満足したのか鳥居の方へ歩いていく。きっとそこが基本的な定位置なのだろう。狛犬って撫でたらご利益とかあったっけ。霊夢が狛犬を撫でて…いや、勘は運というより一つの才能だから違うか。

 

「それで、定晴さんはこれからどうするの?水那が起きたら水那と戦うのもいいけど」

「一度気絶してるのに起きたらすぐかよ…」

「あら、結構幻想郷だとよくある光景よ。特に氷妖精たちは」

 

まじかよ…怖いな幻想郷。気絶したんだからその日は休むべきだと思うんだがなぁ…

水那と戦うのも吝かではないが、今のところ弟子…と呼んでいいのかは分からないが…は妖夢だけで十分だし、水那がもっと慣れてから手合わせはしてもらうことにしよう。

そのことを霊夢に伝え、ついでに寺子屋に向かうことも伝える。何かあったら呼んでくれれば、行かないこともない。ただし依頼の形を取った紫以外からの初仕事なので変に印象を持たれるのもよくないし出来る限り対処はそちらでしてもらいたい。まあ俺を呼ぶようなことなど博麗神社には無さそうだが。

 

「じゃあ私は水那のとこに戻るからあんたも頑張ってきなさい。私から仕事を取りすぎるのは許さないけどね」

「へいへい…」

 

霊夢が背を向けると同じく俺もまた霊夢に背を向け鳥居を潜る。階段にあうんが座ってたので一声だけかけてから俺は博麗神社を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四十二話 臨時教師

タイトルの空白の大きさがまちまちなのはスマホの時とパソコンの時で全角と半角の違いがあるからです。バグじゃありません


人里に入る。確か俺の割当は午後の始めからで、午前の間は慧音がやっているらしい。寺子屋の中とか授業内容とかを確認するから昼休みよりも前には寺子屋に来ててくれと言われている。

今は…十一時を少し過ぎた辺りだろうか。昼休み前にしても少し早い気もするが、迷惑ということも無かろうからそのまま寺子屋へ。

途中でいつも野菜などを買ってる店の店主に野菜のおすすめをされたのでちょっとだけ足を止めて購入。幻空に入れておけば寺子屋で仕事をしていても何の心配もない。キャベツと、人参と、じゃがいも…キャベツは保存して人参とじゃがいもは今日の夕飯でカレーを作ることで使うとしよう。

そんな風に献立を考えていれば寺子屋にはすぐに到着した。慧音の声が聞こえるのでまだ授業中だろう。俺は建物を迂回して裏手から、慧音のような先生や妹紅のような来客用の入口から入る。

扉を潜れば直通で職員室代わりとなっているとある一室に入れると慧音から事前に聞いていた。

部屋の中は簡素。大きな机が一個と椅子が五つほど置いてあり、その内の三つは重ねて並べられている。二つ出ているのは俺が来るからだろう。

机の上は沢山の紙と道具が乱雑に置かれていた。どうやらどれも慧音が授業で使う、若しくは使ったものらしい。中には保護者宛の書類もあり、ここが外の世界の学校の縮図になっているのは一目瞭然だった。

壁際にある棚にはカップと…コーヒーメーカー?なぜ幻想郷にこんなものがあるのだろうか。昔ながらの手動式だ。最近の外の世界では電動のものの方が主流となっているので忘れられた…というよりかは幻想郷に流れ着きやすくなったといった感じだろうか。面白いものは香霖堂に置かれて霖之助の懐へと収まるのだろうから、コーヒーメーカーもまた同じように香霖堂で売られていたものなのかもしれない。

待つこと数分。壁の向こうから子供達の話し声が聞こえてきた。時間から見ても昼休みの時間なのだろう。この時間で俺と慧音は入れ替わることになっている。

暫くすれば慧音が部屋に入ってきた。

 

「おお、定晴早かったな。私は昼休みの終わり辺りで抜けなければいけない。代わってくれて助かったよ。正直なところ知識面で信頼できる人というのは人里でも限られてるから定晴に頼むしかなかったんだ」

「それは構わない。これが仕事だ」

 

その後慧音から授業内容を教えてもらう。

午後は二時限あるらしく、算数と地理。算数は扇形の図形の線分と面積。地理は…地底か。俺にとっても地底は記憶に新しいので比較的丁寧に教えられる気がする。中心部よりも外側、地底の外れの方が詳しいのはこの際目を瞑るしかあるまい。

そこに慧音から注意事項が。

 

「どうやら子供たちは地理な苦手なのか嫌いなのか分からないが眠くなるらしい。寝ていたらちゃんと起こしてやってくれ」

 

眠くなるとな。地理は…苦手な子は苦手なのだろう。経緯などなんだの言われても結局のところが記憶が殆どの教科だからな。

慧音はここで昼食を摂ってから出掛けるらしい。俺のことは既に子供達に伝えてあるからと言われているので後々の不安はそんなに無い。

慧音は近くで買ったのであろう弁当を急いで食べている。俺も昼は食べないといけないが…慧音が食べている弁当はきっと弁当屋のものだ。俺の記憶違いが無ければ人里にコンビニなどという大層なものは無い筈だからな。

 

「慧音。弁当屋ってどこにあるんだ?」

「ここを出て右に曲がったところにある。ここを出たら既に見えているから迷うこともないだろう」

「サンキュ」

 

俺も弁当屋で弁当を食べることにしよう。昼飯を作る時間も場所も無いしな。

慧音の言う通り弁当屋はすぐ近くにあった。結構メニュー数があるな…無難に焼き魚弁当にするか。

寺子屋に戻ってきて慧音の向かいに座って弁当を食べる。作り置きではなく毎度毎度作ってくれているようでまだ温かい。外の世界では冷えても美味しいなどと謳っている商品もあるが、添加物が含まれていることもあるのであまり好きではないのだ。素材の味で勝負してくれる人里の弁当は安心もできる。

子供たちはきっと親に作ってもらうかして弁当を食べているのだろう。慧音の話に給食という制度はなかったからそうなっている筈だ。しかしその場合妖怪達はどうなのだろう。持参か、それとも弁当屋か…俺とは違って皆寺子屋の制度には慣れているだろうし今更心配する必要もないか。

俺と慧音が食べ始めたのは違う時間だったのだが、食べ終わるのはほぼ同時だった。慧音が食べるのが遅いのか俺が食べるのが早いのか分からないけど。

 

「ふぅ…時間までまだあるな。定晴、子供たちと触れ合うためにも一緒に遊んできたらどうだ?」

「俺は子供たちの遊び相手には向いてないぞ」

 

だがまあどういう子たちなのかは知っておくに越したことはないだろう。

寺子屋の裏手の庭に出る。慧音が言うにはここでいつも子供たちが遊んでいるという。食後によくそんな激しい動きができるな。

 

「こっちこっちー!」

「待ってー!」

 

今遊んでいるのは鬼ごっこか。鬼が二人いて、タッチされたら代わるというシンプルなやつだ。鬼が一人だといつまでも鬼が変わらず鬼側も逃げる側も楽しくないという結果になるので鬼が複数いる方が楽しめるのだろう。純粋に人数が多いというのもあるのかもしれない。

男女人妖関係なく遊んでいるのには微笑ましいものがある。幻想郷の人妖関係ない精神というのはこうやって受け継がれているのだろう。勿論ある程度の境目は必要なのだが、そこら辺は霊夢たちが線引きしているのだろう。友好的な妖怪、非友好的な妖怪、色々いるしな。

俺が影で見ていると隣に慧音が並んだ。

 

「良いものだろう。これは。私は半人半妖だから普通は人間にも妖怪にも嫌われるような存在なのだ。それでもここで先生をしていて、人間と妖怪がはっきりと分かれている皆が楽しそうに笑っている。賢者様の意向はこういう所で現れているんだなってよく思うよ」

「そうだな。人里は人だけの里じゃないってことだもんな」

 

暫く遊んでいる子供たちを無言で眺める俺と慧音。半人半妖、苦労もいっぱいあったのだろう。霖之助が人里とは違う離れた場所で過ごしているのもそういった境遇が影響した結果なのかもしれないな。

 

「私はそろそろ行くよ。皆ー!午後の授業を始めるぞー!定晴が来ているからちゃんと言うことを聞くようにー!」

 

慧音の一声で皆が戻ってきた。いや、チルノが戻ってこないな。大妖精が腕を引っ張っているけどチルノは動こうとしない。

 

「慧音先生に呼ばれたでしょー!」

「どうしたんだチルノ」

 

近付いて話しかける。こういうのは待っていても仕方が無いのだ。

 

「あたいは定晴に教えてもらうわけにはいかない!部下に教わるリーダーはいない!」

 

なるほど。つまり俺に教わるのが不服というわけか。まあ俺も教養はあるけどあまり表に出すってことはしないし、臨時の先生だから信頼性も無いのだろう。

だが知識があることを言っても意味が無い。言い分は部下に教わりたくないだからな。

故に俺はこう切り返す。きっとチルノも納得する。

 

「実はなチルノ。部下に教えてもらうってのは凄いことなんだぞ。だってそれは部下が優秀ってことだ。そして部下が優秀ということは…?」

「あたいが優秀!よし行こ、大ちゃん」

「わわ、引っ張らないでー!」

 

うん。ちょろいな。やはりチルノにはこういう満足させるような言葉が合っているのだろう。

実際部下が優秀だから上も優秀というのは基本的に当てはまらないのだけど。むしろ上をカバーするために部下の方が優秀になるというパターンの方がありうるのだ。それを言うとチルノはまた足を止めるのだろうから言わないけど。

 

「では私は予定通りに出かけてくる。頼んだぞ定晴」

「おう、依頼は完璧にこなすさ」

 

慧音が出かけた。

まずは算数だな。扇形って何年生の分野だっけか。外の世界では教養水準が上がって年々教わるのが早くなっているとかなんとか聞いたことがあるのだが、実際の適した年齢はないのかもしれない。

無難に、分かりやすく教えよう。慧音の授業スタイルを見て置けばよかったかと少し後悔するが、人には人の慣れた方法がある。俺が慧音の授業スタイルをまねたところで意味はあまりないだろう。逆に慧音に引っ張られて分かりにくくなってしまう可能性もありうるしな。

生徒たちは…結構皆優秀。あと意外にもチルノは理解力はあるようだ。よく頭脳は嘗められているチルノだが、実際はあまりバカというわけでもないのかもしれない。紫も部分的におバカになることがあるからそういう類なのかもしれないけども。

一時限目はすぐに終わった。四十五分を一区切りにして十分休みを挟んでもう四十五分という仕組みだ。外の世界の小学校とシステムは同じということなのだろう。

休み時間になったら質問してくる子供もちらほらといる。その中には大妖精の姿もあるが、チルノは隣の席のルーミアと話しているようだ。この差が大妖精とチルノの役回りを決めているのかもしれない。

十分休みも終わって午後二時限目。地理、地底の話だ。

慧音には言われなかったが休憩時間中の子供たちの会話から察するに慧音は地理の話はほとんどが歴史の話になってしまうらしい。しかも事細かく説明されるもんだから子供たちも睡魔に襲われるといったところか。慧音よ、お前が言う苦手なのは地理ではなく歴史のようだぞ。しかもお前のせいで苦手になっている節がある。

俺はきちんと説明を織り交ぜるとしよう。正直幻想郷の歴史など事細かに説明されたら俺でも寝る自信があるからな。慧音に後で言っておこう。子供たちは多分慧音に言うのがこわいのだろうし。

授業を始めるために皆が席に戻り俺が始めようとしたら玄関から何者かが突っ込んできた。一体何が起きたのかとそちらを向けば…

 

「定晴ー!遊びに来たよー!!!!」

「うにゃぁ…」

 

それは地底の主の妹とそのペットの豪快な乱入であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四十三話 突撃こいし隊

地底の説明を幻想郷の住人にしろと言われたら大体の場合地底の入口、旧都、地霊殿が話題に挙がる。どれも言うならば観光名所みたいな所だ。名を挙げない方がおかしいだろう。もう少し詳しく説明するならば旧地獄だとか灼熱地獄跡だとかいう単語も聞こえてくると思われる。

さて、そんな地底だが一応は不可侵条約というのは残っている。そもそも地底の妖怪たちは地上に出たがらないのでそこまで懸念するものでもなかった。地底と地上の境目は間欠泉異変の後もある程度残っているはずだった。

しかし例外もいる。

 

「こいし!?」

「遊びに来たよー!」

 

地霊殿の人々(さとりを除く)である。

こいしは度々地上に遊びに来るし、お燐やお空はたまに博麗神社で動物状態で霊夢と共に日向ぼっこをしているという。なんとも自由な生活をしていると言っても過言ではない。元より地上と地底の仲が悪いため作られたものだし、霊夢が折り合いを付けた結果前よりもコミュニケーションが増えた今ならば条約など必要ないのかもしれないけれど。

さてさて、こいしが遊びに来たことに関してはこの際目を瞑るしかあるまい。だがなぜこいしが俺の所在を知っているのかを問いたださなければなるまい。こいしに直接質問したら…

 

「んー?霊夢に聞いたよー?」

 

…今後の予定を話したのは失敗だっただろうか。

兎も角、こいしが来たからと言って依頼を放り出すわけにはいかない。ここはこいしたちに御退場した頂くとしよう。暫く一緒に生活したのでこいしの性格は分かっている。言葉で言ってもきかないのだ。

 

「ふぎゃ!」

「ふみゃ!」

 

故に物理的に結界を使って分断する。申し訳ないが防音なので何か叫んだところで聞こえない。子供達の意識がいかないようにこちらからこいしたちを見る事もできなくなっている。

少々複雑な結界のせいで霊力消費も多いのだが、授業終わりまでは保つだろう。残存霊力によっては歩いて帰ることにもなりそうだが…とここでルーミアが妖力を流してきた。一応俺の事を気遣ってくれたようだ。

そしてこのまま授業開始。子供達は終始落ち着かないようだったが、その分寝る人はいなかった。

 


 

授業後。慧音に言われた通り机の上にあったプリントを配布し、見送った。人里はそこまで治安が悪い訳ではないので大丈夫だろう。ずっと人里に住んでいる子供達だ。そこら辺は用量も分かっていることだろう。

ルーミアは皆と別れて寺子屋に残った。遊びの約束もチルノの誘いも特に無かったらしいので俺と一緒に帰るつもりらしい。もうすっかり慣れてしまっているが、一応ルーミアも式神になる前、そして式神なって少しの間住んでいた場所がある筈なのだが…もしかして野宿だったのだろうか。妖怪だしあり得る話である。

閑話休題

結界を解く。こいしはどこかへ行ったかと思っていたが、どうもずっとここにいたらしい。こいしはフランと面識があるようだし、ぬえとも仲が良さそうだった。紅魔館は少々遠いけど、命蓮寺は結構…というより人里にあるので目と鼻の先にあるのに行かなかったのか。俺といてもそんなに楽しいことなど無いだろうに。

それでいて俺が構わなかったせいかこいしは隅で蹲って拗ねていた。申し訳ないとは思うが、こちらも仕事なのでね…

 

「こいしー」

「………は〜い」

 

呼びかけると暫くの沈黙の後間延びした声が返ってくる。

それこそ全身で不満を表していますと言わんばかりの態度に少しばかり笑いそうになるが、ここで笑うと本当に許してもらえなくなりそうなので自重。

?…

「…私も申し訳ないとは思ってるけど、せめて中に入れさせて欲しかったなぁ〜…」

 

文句と共になんだか達観したような口調で話すこいし。急に来るのも問題ではあるが、対処方法が雑だったのは俺なのであまり強くは言えない。

しょうがないのでお燐に説明を頼む。

 

「えっと…これを聞いても送り帰さないで欲しいんだけど…」

「つまり送り帰されるようなことなんだな?」

「うにゃぁ…実はさとり様に何も言わずに来たんだよあたいたち」

 

さとりに何も言わず…となるとこのままだと妹思いのさとりが発狂する可能性があるということなので…

送り帰したい。お燐にああ言われてもこれはやはり帰すべきなのではなかろうか。そもそもこいしはまだしもお燐はよくさとりに気付かれずにここまで来れたものだ。こいしの能力は対象をして使うようなものではなかったはずなのでお燐の身のこなしだけでさとりの…サードアイの目を躱してきたということだろう。

 

「というかお燐はこういう時止める立場じゃないのか?」

 

確かにお燐はさとりのペットであり、それはこいしのペットでもあるということ。だがそれはペットが主に従うという意味ではない。

特にお空やらお燐やらは妖怪化して喋ったりなんだりが可能になっている。地霊殿には普通の猫や鳥もいたので全員が全員妖怪化して人型というわけでもないのだろう。

その点を踏まえてもお燐やお空はその意思の元危ないときはこいしやさとりを止める必要がある。従者の努めというものだろうか。咲夜も妖夢も藍も日頃自分たちの主に手を焼いているらしいし、従者は抑止力の一端を担っているのかもしれない。

 

「あたいは…止めたんですけど…こいし様が聞かなくて…一人で行かせるくらいならぁ…なんてぇ…」

 

後ろになるに連れて語気が弱まっていくお燐。

まあこいしは人の話を聞くようなタイプではない。俺は地霊殿の風呂での出来事はまだ忘れていないぞ。さとりがいなかったら俺はあの場でお空とお燐によって消し炭にされていた可能性もあるからな。

お燐が言い訳を続けているとこいしが起きた。

 

「そういうわけで!私は暫くここで過ごします!定晴ー、家泊めてー」

「何がそういうわけで、なんだ。泊める分には構わないが、さとりに連絡はしておくぞ。お燐のこともな」

「…はい」

「えー」

 

お燐は少し諦めている表情だ。帰ってさとりに何をされるのか想像しているのか目にハイライトが無い。

それに対しこいしはいつものテンション。ペットと主は似るとよく聞くが、この場合は主の抑止力になるため反対になったと考えるべきだろうか。

いや、お燐はさとりに似たのだろう。さとりとこいしの性格は対極の位置に存在しているのである。

 

「泊めてくれるのは決定なんだねー?」

「はいはい、泊めてやるから。帰れと言われたらすぐに帰すからな」

 

不満そうなこいし、納得しているお燐。やはり性格が違いすぎる。お燐はさとり似だな。

仕方があるまい。あとでどうにか連絡するとしよう…ルーミアじゃない式神の練習にもなるだろうし。紙を媒体として動かすものだ。

こうして暫くの間居候が増えたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四十四話 居候

土日の間に筆が乗って何話か書けた場合は水曜日にも投稿します


霊夢の補助の元さとりに連絡を出した。霊夢も巫女として式神の補助くらいならできるらしいが、俺も霊夢も未だに一人で式神を使役するのは無理そうである。いや、紙の式神程度ならば霊夢でも使えるだろうけど。

式神のプロである藍が言うにはルーミアを使役できるのだから紙など容易だろうとのこと。経験数が少ないかつルーミアのやつも例外に含まれるような事柄なので逆に紙だと感覚が掴みづらいのだ。

しばらくすればさとりから返事が返ってきた。今回の式神に与えた命令は[さとりの元まで行き連絡し、返事を書いてもらったら帰ってくる]というもの。こうすることでさとりに負担を掛けずに連絡を取り合うことが可能になるのだ。いくつかの命令を与えるというのはこちらの負担にもなるしな。多少複雑でも一つにまとめた方が上手くいくことは結構多い。

さとりからの返事は「仕方ないから一週間までは許す」というものだった。さとりも大体の場合はこいしは強く言っても話を聞いてくれないことを理解しているのだろう。さとりもさとりで苦労しているなと同情しつつ俺はこいしとお燐に返事を伝える。

 

「一週間までなら許すそうだ。その間は俺が様子を見るからな」

「はーい!」

「…じゃああたいは戻ってもいいのかな?」

「ああ、こいしの様子は俺が責任を持って見ておく。地底のようなことにはさせないよ」

 

地底のような、っていうのはこいしが誘拐されたやつだ。

あれは完全に俺の不注意で起きた事件だったので責任問題は俺にある。さとりは責めなかったが、自分自身あまりあのことは許せていない。

今回はルーミアがいるので俺が離れる必要があるときはルーミアに見てもらうことにする。幼女ルーミアも今ではある程度の力が出るし、本気を出せば大妖怪でもないと勝負にすらならないだろう。あの霊夢が敗北を喫したくらいだしな。

 

「あとお燐に伝言で、[帰ってくるときは明日の昼過ぎから]だそうだ。何があるのか知らんが、夜に移動するのはあまりよろしくないからとかそんな所だろう。妖怪とて女性が夜に一人で出歩くのは良くないからな」

「じゃあ今日はここで泊まらせてもらうことにするよ。寝る場所は気にしないで。動物状態になればソファの方が落ち着くから」

 

お燐がそう言うならソファで寝てもらおう。猫が寝る位置はベッドの掛布団の上か、ソファの上か、炬燵の下だと相場が決まっている。この家には床暖房もありはするので(霊力や妖力で動かせるように改造済み)夜の間はそれで温めておくとしよう。ソファと言えど冬の始めは寒いのだ。お燐のためにも少しでも温めおく必要があるだろう。地霊殿とここではそもそも平均気温が違うわけだし。

こいしに部屋を割り当ててついでに気になったことについても聞いておく。

 

「こいし、荷物何も持ってないけど大丈夫なのか?」

「へ?……そういえばそうだった!!」

 

まさかのノープランかつ手ぶら。一体何をしに来たのだろうか。

着替えとかもそうだし、女子なら必要なものが色々とあるだろうに何も持ってきていないというのも驚きである。泊めてと言ってきたのだから最初から泊めてもらいに来たのだろうけど、それにしても準備が無さ過ぎる。もう少し準備をしてから来ればよかったものの…いつもの突発行動なのだろう。

 

「うーん…お燐ー持ってきてー」

「えぇ…さとり様からも言われましたけど今日はもう帰れないんですよあたい。というかあたいも何も持ってきてないんですけど」

 

二人揃って頭を抱える。お燐もこういうところは少し抜けている部分があるな。こいしに何も説明されることなく連れてこられた可能性も捨てきれないが…というかそちらの方が可能性が高いけど。

 

「しょうがないから今日はあたいもこいし様も同じやつを着て寝ましょう。明日あたいが持ってきますから」

「りょうかーい」

 

なんとかまとまったようである。家にある女性服などルーミアの服しかない。こいしはまだしもお燐の体格ではルーミアの服は着れそうにない。大人ルーミアの服はあくまで幼女モードの時の服を妖力を込めて大きくしているだけらしい。

 

「よーし!話がまとまったから遊ぶぞー!今は…三時!おやつ食べるぞー!」

 

遊ぶとはなんだったのか。時間を見た瞬間に予定を変更した。臨機応変とは違う。子供特有のすぐに視線が目移りしてしまうあれだ。

というかおやつか。何の準備もしてないぞ。俺もルーミアもおやつを食べないし、食べるとしても人里で適当に買って食べている。やむをえない…

 

「こいし、おやつの準備をしてないから…」

 

そこまで言ってこいしの顔が悲しみに染まる。そこまで分かりやすく凹まれても困る。だがその表情は次の一言で喜びに変わった。

 

「…俺が今から作るがいいか?」

「いいよー!」

 

地霊殿にいる頃こいしにも料理を食べてもらったことがある。俺が料理下手じゃないのは分かっているだろう。

おやつ…多分三時に遊んでいたりしない限りはこいしは律儀におやつを食べようとするだろうから特殊なのは出来ない…あと今が丁度三時なので時間がかかるものも作れない…ドーナツでも作るか。

先日ドーナツを作った時の余りの材料があったはずだ。その時のドーナツは俺とルーミアが残さず食べてしまっていたので残っていないが、材料さえあればそこまで時間をかけずに作ることもできるだろう。

冷蔵庫や棚から必要なものを取り出し、ついでにチョコレートも取り出す。先日のドーナツはノーマルタイプだったので、ルーミアが飽きないように今日はチョコレートをかけることにしよう…っとその前に、

 

「二人とも、アレルギーはあるか?」

「無いよー」

「あたいも無いよ」

 

食べる側の食材的な問題を気にかけるのは料理人の務めだ。それを怠ってアレルギー反応が出てしまったら、確認不足のこちらのミスとなる。前もってメニューに書かれている場合はその限りでもないのだが。

こいしがソファに座ってルーミアとお燐と話している。こいしは紅魔館に行ったことがあるので霧の湖でチルノやルーミアとも会った事があったのだろう。チルノたちと身長はそこまで変わらないし、一緒に遊んだこともあったのかもしれない。

対する俺はドーナツを作り始めるとしよう。家にはなぜかドーナツを作れる機器も置いてあるので(過去にオークションで買ったのが放置されていた)こういった特殊なものも作ることができるのだ。

女性陣の会話をBGMに俺はドーナツを作り始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四十五話 無意識少女の突撃記録

正直言うと定晴よりも少女たちの心情書いている方が楽しいです


実は私はルーミアちゃんとはあまり話したことが無い。チルノちゃんによく遊びに誘われるのだけど、正直チルノちゃんとすらあまり話したことが無い。

そんなわけで私古明地こいしは友達を一人増やしたのである。そんなわけでっていう言葉便利だよねー、さっき定晴にも言われたけど何がそんなわけだっていう話なんだけど説明を省けるのがこの言葉の利点なのだ。説明などする気は元よりない。

かく言う定晴はキッチンでドーナツを作っている。定晴の料理は美味しいからね!太鼓判を押すよ!楽しみ!

 

「そういえば二人は何で急に地上に来たのかー?」

「んー、定晴に会いたかったから!」

 

これは私の正直な気持ちだ。

最近妙に定晴のことが気になったのでいっそのことってことで地上にやってきた。でも家なんて知らなかったからいつものように博麗神社に行ったら霊夢に寺子屋で授業しているって聞いて人里で寺子屋を見つけたから突撃したってわけ。

折角私が来たって言うのに追い出されたときには吃驚した。まさか定晴にもこんな冷淡な部分があったなんて思わなかったからだ。結局その後は授業終わりまで放置されちゃったし…凄い寂しくなっちゃった。

まあ家に泊まれたし、しかも意外にもお姉ちゃんに許可を貰えたからこれは合法的ってことになるよね。ラッキーって言うには幸運すぎるよねぇ…まあ紫さんに見つかったら強制送還されそうだけど。定晴は確か紫さんとも知り合いだから…でも冬だし大丈夫だよね。

 

「その服着ていたくないならお風呂からあがったら私の服を着てもいいのだー」

「その服?」

「この服でもいいけど私も普通に寝間着は持ってるぞー?」

 

なるほど…確かにルーミアちゃんと私は体格が殆ど変わらない。多分着れるとは思うけど…お燐が可哀そうだね!でも私の服と違ってお燐の服は飾りも少ないし寝る分にはあまり気にしなくてもいいのかもしれないなぁ。

うーん、よし!ルーミアちゃんの服を着せてもらおう!珍しい体験というのはいつでもするべきなのだ!珍しいことは積極的にせよっていう古明地こいしという偉い人が言った名言もあるもんね!流石私!

 

「じゃあお風呂入る時は言ってくれたら脱衣所に着替えを置いておくのだー」

「ありがとー」

 

私達がこんな風に話している間お燐はずっと落ち着かない様子。

お燐は私と違ってあまり他の人の家に押しかけるっていうのはしないし地霊殿じゃないからだろうけど、そんなに緊張しなくてもいいのに。っていう私も何故か他の人の家に行くのと同じなのに定晴の家に来てから妙にそわそわする。

うーん、なんか知らないけど定晴が絡むと妙にソワソワする…知らない間に定晴に毒でも盛られたのかな。定晴がそんなことする人じゃないってのは分かってるけど。

そうこうしてたらドーナツができたみたい。霊力とか使えば普通よりも早くできるんだってー、凄いね。私あまり妖力をそんな風に日常生活に利用するって出来ないから尊敬するなー。

ドーナツ実食!美味しい!

チョコレートの甘みもそうだけど、チョコのサポートをするような若干の甘みを持ったドーナツが程よく混ざってとても美味しい。なんて食レポみたいなことをしてみる。地底に天狗の新聞は届かないけど博麗神社に置いてある新聞なら読んだことがある。そこには食レポの記事が書いてあったのだ。

私達がドーナツを楽しんでいたらドアのチャイムが鳴った。

 

「はいはーい」

 

定晴が開けに行った。

ルーミアちゃんが一瞬隠れるような素振りをしたけど私達を思い出したのか普通に座り直した。…そういえば何でルーミアちゃんは普通にここにいるんだろう。とても自然にいるし、というかあれここに住んでるの?あれぇ…?怪しい…

 

「たのもー!」

 

私が怪しんでいると玄関から大声が聞こえた。

この声は魔理沙だ。今日も元気だなぁ…何お燐あなたに言われたくないみたいな顔して。

どうやら魔理沙はキノコを手にお菓子を求めてやってきたみたいだ。キノコで作るのではなくキノコは定晴に渡す対価みたい。ちゃんと食べられるキノコを選別して持ってきてるみたいだし、毒でも定晴には効かないけどそこらへんは律儀だなって思う。

魔理沙がキノコを定晴に渡して家の中に入ってきた。

 

「あれこいし?それに…お燐だっけ?それとルーミア。何してるんだ?」

「「遊びに来たー」」

「お!ドーナツじゃないか!いただきまーす」

 

魔理沙は私達の返答に反応することなく定晴が作ったドーナツに興味が移動したみたい。私達<ドーナツっていう構図は正直ちょっと納得できないけど…仕方ないかな。今日の魔理沙のお目当てはドーナツなんだし。

それにしても…なんかルーミアちゃん遊びに来たって感じじゃなくない?定晴もルーミアも普通にしてて違和感が無かったから何も思わなかったけど、ルーミアちゃんの寝間着が普通に置いてあるのっておかしくない?家が無いのかな…なんとなくルーミアちゃんの遊びに来たって返事も嘘みたいな気がする。無意識の妖怪の私から無意識下の判断を誘うなんて二人とも結構やるじゃん…

 

「はぁ…あ、魔理沙。前に持ってきたキノコの中に俺が知らないのが混じってたぞ」

「どれだー?」

 

魔理沙はドーナツを食べる手を止めてキッチンへ向かった。

ドーナツ<キノコ…?じゃあ私達<キノコ…なんかうーん、負けた感じがするなぁ。

 

「んー?新種だ!じゃあな定晴!ドーナツ美味しかったぜ!私は帰ってこれを調べるぜ!」

 

そう言って魔理沙は浮足立って玄関から外に飛んで行った。新種♪新種♪って小声で言っていたから本当にうれしいんだろうなぁ…それに負けるドーナツと私達。魔理沙の優先順位はよく分からない。

その後私達はドーナツを食べながら他愛無い会話をして過ごした。会話の中にちょっとルーミアちゃんと定晴のことで探りを入れてみたりもしたんだけど何かどれもはぐらかされてしまった。後でルーミアちゃんの部屋に突撃するとしよう。フランちゃんもそうだけど私達は突撃は得意なのだ!

お風呂の時間になったから私はお風呂に入った。一人暮らしにしては大き目なお風呂だったけど、その分ゆっくりできた。流石に地霊殿とか紅魔館にあるお風呂よりは小さいけどね。

お風呂から出たらルーミアちゃんが持ってきたであろう寝間着が置いてあった。やっぱり大きさに問題はないみたい。ただ…ルーミアちゃんって服の上からじゃ分かりにくいけどスタイル良いんだなぁ…胸周りとか少しスカスカする。負けた!

夕飯もそのまま食べて後は寝るだけ!でもその前にルーミアちゃんの部屋に突撃するしかない!

 

「ルーミアちゃーん!突撃ー!」

「わあ!」

 

ドアにカギはかかってなかったけど敢えてドアを吹き飛ばしながら突撃。壊したわけじゃないよ。

ルーミアちゃんは驚いてるけどいつもとそんなに変わらない。ただ…昼間から感じてたけどやはりルーミアちゃんはここに住んでるみたい。私の部屋と違って完全にこの部屋はルーミアちゃんの私物となっているようで、ルーミアちゃんの私物と思われる物が置いてある。

ここは単刀直入に聞くしかない!ドアはちゃんと閉めて…

 

「ねえルーミアちゃん。単刀直入に聞くね」

「な、なんなのだー?」

「ルーミアちゃんって…定晴の恋人かなんか?」

 

それを口に出して少し胸がズキってしたのは気のせいだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四十六話 闇妖怪の弁明記録

昨日一話投稿しています。読んでいない方はそちらを先にどうぞ


恋…人…へ?いや、違う違う!私は別に定晴にそんな感情抱いてなんか…なんか…くぅ、今更言い訳などできそうにもない。そもそも白玉楼で定晴と魂魄妖夢の立ち合いを見てる時に自覚してしまったのだ。私はご主人様…定晴のことを好きなのだと。

ただ恋人なんて…そんな…妖怪と人間の恋が成就しにくいのは知ってる。だから私はそこで線引きをしているのだ。ともかく今はこいしに返事をしないと…

 

「恋人なんかじゃないのだー」

「でも凄い定晴のこと信頼してるよね。しかも部屋も宛がっているみたいだし…」

 

この妖怪、結構察しが良い。

確かにご主人様のことは多分誰よりも信頼している。式神が主を信頼するのは当然だと自分の中で決めつけているけど、実際のところ多分恋してるからなんだと思う。

でも今日会ってから私とご主人様の信頼度を見るところなんてなかったはずだ。戦闘とか会話があるのならまだしも、正直今日は寺子屋から後はあまりご主人様とは会話していない。そういえば前大ちゃんに距離が近いとかなんとかで疑われたような記憶がある。もしかして私って意外と自覚してないだけで無意識にご主人様の傍にいようとしてるのかな。

こんなことなら昔寝泊まりしてた所で寝ればよかったかなぁ…まだ一応あっちにも服は置いてあるし、風呂とかそういうものはないけど人里で弁当を買っていけば一週間くらいは生活できるだろう。正直今更この生活から離れるなんてできそうにないけど。多分起きた時定晴がいないのにご主人様って呼んじゃいそう。空しい。

いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃないのだ。なんとか言い訳しないと。

 

「い、居候なのだー。皆には秘密だから魔理沙には遊びに来たって言ったけど…」

「ふーん…」

 

全然納得してくれない!

やっぱり今日の雑談の中で感じていた探りってのは気のせいじゃなかったのだ。ご主人様も私もそれに気付いて色々と話して躱したと思ったのだけど、やはりこいしは納得してなかったみたい。あのお燐っていう愛称がついてる死体運び妖怪は納得してくれていたのに!

 

「…ルーミアちゃん。やっぱり何か隠してるね」

「隠し事なんて無いのだーわはー」

「前チルノちゃんたちと話してた時より喋り方に違和感がある。前はちゃんと無意識だったのに今は意識してる感じ…」

 

何この妖怪こわ!

嘘でしょ。私の話し方は前にずっとやってた影響で少し意識するだけで前と同じ幼い口調ができるから殆ど無意識みたいなものなのに、その少しの差を感じ取ったってこと!?無意識妖怪ってそういうところに敏感なのかな…

これ逆に変なところまで勘づかれそう。ちょっとだけバラシてしまった方が安全かもしれない。ご主人様に迷惑かけたくないし。

 

「実は前に定晴に救われたから信頼はそれが影響なのだー。喋り方は気のせいじゃないかー?」

 

必殺【気のせい】

スペルカードみたいになったけどこの際気にしない。気のせいっていうのは言われたらそっかって言わざるを得ないのだ。得ない筈なのに…

 

「気のせいじゃないよ!分かるもん!」

 

えぇ…ここまで来るともう私も言い訳するのが至難になってきた。

何でもかんでも気のせいだと言ってしまうとそれはそれで疑われることになるし、かといって式神の話や封印解除の話をできるはずもない。こいしはまだそこまで信頼できると判断できない。霊夢とか紫さんとか閻魔様とかそういった特殊な立場の人なら勝手に言い触らしたりしないと分かってるけど、他の人にはできない。特にチルノみたいな妖怪には絶対にしてはいけない。文屋にでもした暁には一日で幻想郷中にこの話が広がってしまうことだろう。

 

「じゃあ質問なんだけど…」

「うん」

 

唾を飲み込む。

こいしが第三の目を閉じていてよかったとこんなに思った事はない。彼女の姉に会ったら漏れなく…私の恋心も含めて…バレてしまうのは目に見えている。姉の方は会ったことないけどさとり妖怪だしあまり信用できない。あくまで私の偏見だけど。

こいしからの質問はいたって単純なものだった。

 

「定晴のこと何て呼んでる?」

「定晴」

「嘘」

「へ?」

 

いやいや、確かに定晴って呼んでる。その呼び方はこいしも昼間の間で聞いているはずだ。それを嘘だと言われるのは流石に私も驚くしかない。

 

「ルーミアちゃん、いつもは別の呼び方してるでしょ」

「なんでそう思うのだー?」

「ルーミアちゃん、凄いその呼び方意識してるみたいだもん。喋り方以上に」

 

…こいしって実は大妖怪なんじゃないの?もしくは第三の目が実は閉じているんじゃなくて薄目を開けているとか…

確かにこの呼び方は相当意識している。喋り方は前から慣れたものだから良かったが、呼び方に関しては元々私は定晴と呼んでいたはずなのに意識しなければご主人様と呼んでしまう。思考内では何度意識してもご主人様って呼んじゃうくらいだから式神の影響は大きいようだ。藍さんとか橙は名前に様付なのになぜか私はご主人様固定。仮契約なのに本契約をしている影響なのかもしれない。その場合は原因はご主人様のキ、キ、キスにあるとしか思えない。未だにあの時を思い出すと熱くなるのはどうにかならないものか。

 

「…よし!」

 

何がよし!なのか。そういえば先日外の世界に行った時にそんなことを言っている猫を見た様な気がする。確かあれは結局何に対してよし!なのか分からないっていう画像だったと思うけど…

 

「定晴ー!ルーミアちゃんと恋人なんだってねー!」

 

何に対してよし!って言ったの!

 

「違う!そんなこと言ってないじゃん!私とご主人様はそんな関係じゃ…」

「ほうほう…ご主人様ねぇー?」

 

あ、終わった。

ごめんなさいご主人様。私はダメな式神です。私から関係のことは秘密にしようと言ったにも関わらず私から言ってしまいました。

そもそもドアが挟んでいるうえさっきの黒猫はお風呂。定晴は冗談であるのが分かっているだろうに私は変に焦って無意識に呼び方をいつものようにしてしまった。無意識を操るってこういう能力じゃない筈なんだけどなぁ…でも気付かなくするっていうのも能力なんだろうし、案外私はいつの間にか能力の影響を受けていたのかもしれない。

 

「ねえルーミアちゃん、説明してくれる?」

「…定晴ー…」

 

ドアを開けてご主人様を呼ぶ。はぁ…どう言い訳しようかな。

 

「どうした?」

「実は…」

 

やってきたご主人様に事のあらましを説明する。どうやらさっきのこいしの声も聞こえていなかったようだ。そうなると私が焦ったのは本当に意味のない墓穴だったみたいだ。本当にごめんなさい…

 

「なるほど、ルーミアやらかしたな」

「はい、やらかしちゃいました…」

 

もう言い訳の一つもできやしない。今回に限ってはいつもはフラットに話しているご主人様に対しても敬語になってしまう。

 

「仕方がない…こいし、実はな…」

 

ご主人様は私の代わりに説明してくれる。

私のこと、式神のこと、その後のこと…式神にした経緯を説明するには私が暴走した話をしなければならないので最終的には殆どを説明することになった。

 

「なるほどー納得ー!」

「まあ大体はこんな感じだ。こいし」

「んー?」

 

ご主人様がこいしの方に手を置いて顔を近づける。

 

「このことは誰にも言うな。お燐やさとりにもだ。こいしはさとりの能力が効かないからな。いいな?」

「う、うん…」

 

ご主人様の出す威圧に押されて固くなるこいし…あれでも何か威圧されてって感じじゃなさそう…

 

「んじゃまた何かあったら言えよ」

 

そう言ってご主人様は部屋を去っていった。

そこでこいしに私から質問を投げかける。そう、顔を赤くしているこいしに。

 

「ねえこいし?もしかしてご主人様のこと…」

「っへ!?何!っていうか私も気になるんだけどさっきのだとルーミアちゃんがそんなに信頼する理由が分からない!」

 

露骨に話題を変えたこいし。もう秘密を知られたのだからこいしに対しては口調や呼び方を変えなくてもいいのは楽だ。だからって他の人に知らせるつもりはないけど。

 

「こいし、そんなに顔を赤くして…」

「違うの!その、その!えっと…あーもう!何か定晴に近付かれてすっごいドキドキする!」

 

どうやら私と違ってこいしはまだ自覚していないようだ。

教えないでいれば私のポジションは確固としたものになるだろうけど、ここで何も教えないで想いに気付かないままってのもかわいそうだ。

仕方がない。先輩ってわけじゃないけど気持ちの名前を教えてあげないと。

 

「こいし、それが恋よ」

「こい?池を泳いでる?」

「それは魚の鯉」

「誰かの意志による?」

「それは判断の故意」

「濃淡?」

「それは強弱の濃い…ってベタなネタをしてるんじゃないわよ!」

 

おっと、少し強くいってしまった。

ただこいしの反応が少女漫画で見たことあるような反応だったので流石に私も突っ込まざるを得なかった。

 

「恋って…うう~…ねえ、なんでそんなことが…あー、信頼ってそういうことなんだ」

「な、なによ…」

「はは、私もルーミアちゃんも定晴に対する想いは同じなんだね」

 

勘づかれた。ヒントは無かったと思うけど。

でもまあこの際それはもういい。同じ恋心を持ってるのなら…もう…

 

「はぁ…これが恋かぁ…ドキドキするよ…」

「しばらくすれば慣れるわよ」

「ドキドキしなくなるの?」

「え、いや、ドキドキもするし…表に出さなくなるってこと」

 

現に私も同じようにご主人様に近付かれたらドキドキして顔が熱くなる自信がある。

表に出さなくなるのは日頃のドキドキだけだ。多分ご主人様の方から何かされたらドキドキするし、私みたいな妖怪になって何を言うんだって話だけどキュンキュンもする。ご主人様は女たらしだと思う。

 

「それでこいしは何が原因で好きになったの?」

「実は…」

 

二人でその夜は色々と話した。

多分最近会った妖怪の中で一番仲良くなったと思う。

 




こいしを家に呼んでからここまでは全部12/13に書き上げてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四十七話 四人の朝

一つ質問がありましたのでここで答えておきます
時系列についてですが

定晴幻想入り…0年目春の終わり

霖之助や妖夢との出会い…0年目夏

惰眠異変…0年目冬の終わり

地底生活…1年目夏

外の世界…1年目夏の終わり

現在…1年目冬の始め

となっております。
軽く流していますが定晴は既に幻想郷で一年過ごしています。


次の日。いつも通り起きていつもより多く朝食を作る。

多く作るなら早めに起きればいいのではと思うかもしれないが、別にそれぞれバラバラに作ってるわけではないから一度に作る分には起きる時間は関係ない。多少手間が増えるだけだ。

次に二階から降りてきたのはお燐。この家では客人用の空き部屋は全て二階にあるので見ていなくとも足音や階段の音でも誰か判断することができる。

 

「うにゃぁ〜」

「お燐、おはよう」

「おはようお兄さ〜ん」

 

眠気眼を擦りながら椅子に座るお燐。朝には結構弱そうだ。それでもルーミアたちよりも早く起きてきたのはさとりの従者のしての生活によるものだろうか。

俺はそれを横目で見つつ料理を続ける。朝ご飯程度ならば多少目を離していても問題なく調理は出来るが、そんなところで手を抜くのは料理人として許されない。

 

「おはよ〜ご…定晴〜」

「おう、おはようルーミア」

 

次に降りてきたのはルーミア。元々ルーミアは俺に合わせるように最近は起きていたのでお燐との差はそこまでない。

昨日の夜にこいしには説明することになったものの、お燐はその事実を知らないわけだしルーミアもそれを思い出して言い直した。朝は危ないかもと思っていたが、俺の杞憂だったのかもしれない。昨日の出来事のせいで少々意識が強いのかもしれないけど。

ルーミアがいつもの席に座る。元々椅子は四つ出しているのでお燐がルーミアの所に座る可能性もあったのだが、お燐はその四分の一を引かなかったようだ。

ルーミアが降りてきてから数分後。料理が完成する間際でこいしが降りてきた。俺が地霊殿に居たときはそれこそ朝食の時間になって呼びに行くまで起きてこなかった日も多いので、こいしにしては随分と早めの起床だ。やはり慣れない環境での睡眠はぐっすりとは行かなかったのだろうか。

 

「おはよー定晴ー」

「おはよう、こいし」

 

こいしが席に着いたら朝食の準備は完了だ。

今日の朝食は洋食で、パンにオニオンスープ。ベーコンとスクランブルエッグだ。地霊殿では洋食も和食も、なんなら中華も出ていたので見慣れないものというわけではない。

 

「「「「頂きます」」」」

 

地上だろうが地底だろうが食事の挨拶は同じだ。

幻想郷が日本にある時点で幻想郷の地下の地底にも地上のマナーなどが入ってくるのは当然だったと言えよう。

いつもルーミアと二人で話す時もこの時間はその日の予定について話すことが多い。

 

「お燐は何時に戻るんだ?」

「長居するのもどうかと思うからあたいはこの後博麗神社に行って正午あたりに戻るとするよ。昼食はあたいでなんとかするからお兄さんは準備しなくて大丈夫だよ」

「了解」

 

お燐はたまーに博麗神社で日向ぼっこしている姿を目撃されてある。狛犬のあうんは猫であるお燐に威嚇したりすることは無いようである。

さとりには苦労をかけることになったな。今回は俺に一切非は無いけども。こいしが勝手に地上に飛び出てきただけで、被害が出ていないのはさとりにとっても朗報となるだろう。フランほどでは無いにせよこいしも暴れると困る相手だからな。

そんなこいしの予定も聞いておく。

 

「こいしは今日の予定は?」

「…」

「こいし?」

「……」

 

あれぇ…?返事がない。なんとなくボーっとしているようにも見えるし、もしかしたら無意識状態なのかもしれない。それにしては食事で動かす手には迷いが無いように思えるが。

こういう時は多少強引にでも戻してあげてと前にさとりから言われている。

 

「こいし!」

「ふひゃあぁ!?なに!」

「大丈夫か?返事が無かったが…」

「え?う、うん!凄い元気!」

 

空元気な感じが否めない。

見た感じ体調が悪いというようには見えないし、やはり能力による弊害なのだろう。

尚こいしは俺の対角線の位置にいる。そして俺の正面にはルーミアがいて、二人は隣り合うように座っているのだが俺に聞こえない声で何か話している。身体強化を使えば聞けないこともないが、態々それでプライバシーを侵害する理由はない。

 

「気にし過ぎよ」

「なんか自覚したら変に考えちゃって…」

「はぁ…先が思いやられるわね…」

 

話が一段落着いたのか正面に向き直った二人。

ルーミアはやれやれと言った風な表情をしているが、一体全体何を話していたのだろうか。気になるところではあるが、ルーミアが俺に聞こえないように話していた事だ。女子だけの秘密ってやつなのだろう。

 

「えっと…それで定晴、何?」

「ああ、今日の予定は何かあるか?」

「ううん。特に何も無いよ。定晴が出掛けるならそれに付いていこうかなーって」

 

ルーミアも予定がない時は俺の行く先にフラフラと付いてくることがある。共通点などないように見えて意外と気が合う二人なのかもしれない。そういえば昨日俺が寝ようと思って寝室に向かっていたらルーミアの部屋から二人の声がしていた。何を話していたのかは知らないが、何かしら盛り上がる共通の話題でもあったのだろう。

さて、となるとこいしの予定はイコールで俺の予定となるのか。今日はルーミアも俺に付いてくるというので実質お燐以外の予定は全て俺に収束する。

うーん…折角こいしがいるしフランも交えて遊ぶか。パチュリーによる魔術教練もしないといけないわけだし、行き先は紅魔館で良いかな。俺は紅魔館に一週間に一度行くか行かないかくらいの常連である。二週間あれば必ず一度は顔を出すくらいには頻度が高い。

 

「じゃあ紅魔館に…」

 

と俺が言おうとして玄関のドアが叩かれた。

こんな時間に来るとは相当急ぎの用なのだろうか。

俺は朝食を中断して玄関に向かう。ルーミアが同棲しているのは秘密なのでいつも玄関で出迎えるのは俺の役目だ。その間にルーミアは隠れられる所に隠れるというのがいつものパターン。今日はこいしもいるし、お燐は事情を知らないので隠れる逆に怪しまれるのだが。

ドアを開けるとそこにはいつぞやの黒い羽。

 

「あやや、やっと会えましたよー。定晴さんは新聞記事でもないのに朝早いんですね〜」

「文か、どうした?」

 

幻想郷最高峰、妖怪の山の支配者の天狗。その内の一人、烏天狗の射命丸文だ。自称幻想郷最速らしいが、本当のところは俺もよく知らない。

 

「実は面白い話を早苗さんから聞きましてね?それで早苗さんと一緒に外の世界について取材をさせてもらおうかなと思いまして…」

 

外の世界についての取材か。前に文の書く新聞記事はあまり信用ならないと教わったが、取材される分には全く問題がない。

しかしそれでは俺に付いてくるという二人の行動が…

とここでルーミアとこいしが近付いてきて耳打ちをしてきた。

 

「私達は気にしないで頂戴。私も外の世界については気になるわ」

「私も。だから気にしないで定晴」

 

ふむ、二人からそう言われては断ることも難しくなる。

俺は文に取材を受けることを告げて約束の時間を取り決めた。今日の昼前、十一時から守矢神社で行うらしい。前に妖怪の山に行ってから守矢神社には顔を出していない。ここからだと移動だけでもそれなりに時間が掛かってしまうから仕方ないといえば仕方ないのだが。

文に呼ばれて中断していた食事を再開し、完食。片付けは皆が手伝ってくれたおかげでいつもの何倍もの速度で終わらせることができた。

 

「じゃあお兄さん、こいし様のこと宜しく頼みますね」

「おう、任された」

 

お燐がすぐに家を後にした。博麗神社に向かったのだろう。

昨日の夜に随分と親しくなったようで、ルーミアとこいしは楽しそうに話している。秘密がバレてルーミアが演技をする必要がなくなったのはルーミアにとっても決して悪いことではないだろう。

 

「ルーミアちゃんは本当に口調だとか雰囲気を切り替えられるんだねー」

「まあ慣れてるもの。ご主人様がいるとちょっと気が抜けていつもより意識しないとなんだけど」

 

出発まではある程度の猶予がある。俺から外の世界についての話を聞くにせよ二人は精神的に疲れてしまうだろうから今は休ませておこう。

かく言う俺は新しく調理器具を取り出した。

 

「あれ、ご主人様何か作るの?」

「守矢神社にな。折角だし手土産の一つでも持っていこうかと」

 

そこまで守矢神社とは接点がない俺だが、だからといって蔑ろにする理由にはならない。俺は覚えていなかったが、早苗と俺は外の世界で会っていたらしいしな。全くの無関係というわけでもあるまい。

 

「ルーミアちゃんはその呼び方恥ずかしくないの?」

「まあ…こいしがいるから少し恥ずかしいけど…ご主人様と二人の時は慣れたかな」

 

ルーミアとこいしの会話から俺も知らない話が聞けるかもしれないと思い若干耳を傾ける。

その後クッキーやらなんやらを作っていたら時間になってしまった。俺はルーミアとこいしを連れて家を出るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四十八話 質疑応答

俺たちが家を出る頃にはお燐も地霊殿へと出発していたので、しっかと家の鍵を閉めてから出る。紫とかミキとか、最近だとルーミアも鍵を無視しだしたのであまり幻想郷でも意味はないかもしれないが…鍵を閉めておけば誰かがうっかりで入るのを防ぐことができるし無いよりマシだろう。

俺たち三人は地面と平行に飛んでいく。

妖怪の山の山頂付近にある守矢神社に向かうならば直線での移動も可能だ。だが、周囲に何もない高い空を飛ぶとこの季節だと寒すぎるのだ。ある程度時間はかかるが、そこまでギリギリの出発ではない、というか結構余裕を持って出発したので問題はない。

こいしは飛びながらもうろちょろしている。地上の風景は地底と違うので色々と見てて面白いのだろう。

こいしは地上でも普通に行動できる。相当強い力を持った人物でないとこいしに気付かない(見えないのではなくあくまで気付けない)ので、地上を歩き回るだけならこいし一人で可能だ。

それでも楽しそうに見えるのは、俺やルーミアがいるからだろうか。自惚れでなければいいけど。

 

「お!紅魔館が見える〜!フランちゃ〜ん!」

 

そう言って遠くに見える紅魔館に向かって手を振るこいし。いくら吸血鬼という種族が身体能力の高さを売りにしていたとしてもここで手を振ったところで見えないだろう。

しかしそんなことにはお構いなく手を振るこいし。いつもよりテンションが高いのはこういうところでも顕著に表れるということだろうか。

 

「こいし、こっちだ」

「ん?あ、ごめーん」

 

このままだとずっと振ってそうだったので声をかけて先に進む。

妖怪の山の登山道に入っても終始こいしはふらふらしていた。どうやら妖怪の山の山頂付近にはあまり近寄らないらしい。

尚この正規の登山道は天狗を含めて妖怪の山に住む妖怪達のテリトリーから少し離れた場所に作られており、この道は人里の人間も通ることができる。一応天狗の哨戒内ではあるので危険なことにはならない…はず。

ともかくその登山道を進むこと約十分。やっと守矢神社が見えてきた。前回は徒歩かつ萃香の案内がいたので色々と鬼の道楽にも付き合わされたのだが、今回は全編を通して飛行で進んだので誰一人危ない目にあうことなくここまでたどり着くことができた。途中で分かりにくい分岐路もなかったし、守矢神社の布教の熱心さ故か等間隔に案内看板が置かれたいたので迷う危険性もなかった。それでも参拝客が少ないのはやはり立地なのだろう。

 

「お、来ましたねー。定晴さん。それにお二人も」

「文、二人も俺の話を聞きたいっていうんだけど取材に同席してもよかったか?」

「私の取材の邪魔さえしてくれなければ大丈夫ですよ」

 

二人を追い返す方が面倒だと判断したのかすぐに返事はもらえた。

文は人間に対しても友好的な妖怪だと本で読んだことがある。新聞記者として妖怪だけでなく人間に対してもきちんと対応することが大切だと考えているのか、妖怪にも人間にもその対応は変わりない。文に連れられ奥に入ると早苗、諏訪子、神奈子の三人が円卓を囲むように座って待っていた。

 

「こ、こんにちは!定晴さん!」

「定晴いらっしゃ~い」

「お茶くらいしか出せないけどいらっしゃい」

 

三者三様の挨拶をしてくる。早苗が緊張しているように見えるのはやはりこれから行われるのが取材だからだろうか。

文は役者は揃ったと言わんばかりの表情をして俺の挨拶も待たずに話し始めた。

 

「今日は外の世界について取材をしたいと思います。一度早苗さんには聞いたことがありますが、定晴さんというもう一人の外来人についてどうやら話があると風の噂に聞いたので今回取材をさせていただこうと思いました。一応神の二柱にも一緒に聞いてもらおうと思います。本日はよろしくおねがいします」

 

前回俺が宴会で文に取材された時とは丁寧さが違う。それについて文句を言うわけではないが、神にも同席してもらってるっていうのが文にも緊張させているのかもしれない。この二柱…というか神奈子には早苗と話しているだけで吹き飛ばされた経験があるので、変なことをすると神奈子から御柱が飛んでくることを警戒しているのかもしれない。

 

「それでは早速…早苗さんと定晴さんはどういった関係なのですか?」

「友人だ」

「へ!?え、あ、友人です…」

 

なぜそこで早苗が落ち込むのか。

文は短くメモ帳にペンでスラスラと何かをメモした後、次の質問をかけてきた。一問一答形式ならこちらも回答しやすいというものだ。

 

「二人は外の世界で会ったことがあるんですよね?それはどういった出会いだったのですか?」

 

早速、と言える質問だな。多分文はそこらへんを上手い具合に脚色してゴシップ記事のようにしたいのだろう。【文々。新聞】でもそういった感じの記事を見かけるのでそれに騙される人もそうそういないとは思うが。尚新聞は週刊を取っているのではなく、人里の本屋で気まぐれに買って読んでいるに過ぎない。

 

「出会った時の話は俺も早苗に言われるまで忘れていたんだが、俺が外の世界で何でも屋として依頼を受けていた時に早苗が俺の退治対象に襲われていたことがあったんだ。それを助けたってだけで特に面白い話はないぞ?」

「ふーむ…早苗さんからは何かありますか?」

「えっと、概ね同じ感じです。強いて言えば定晴さんの名前は名刺が落ちてたから知ったのでその後はあまり接点が無かったってだけですかね」

 

文が少々長めの文章をメモ帳に書き連ねている。この短い話の中に何を見つけたのか知らないが、文章量はページ一枚を超えたらしい。

一通りメモをしたら文は二柱に向かって質問を投げかけた。

 

「この話はお二人は知っていたんですか?」

「んー、確かに当時妖怪に襲われた後はあったのに泣いてる様子もなかったから変だとは思ったけどそういう話をされたのは幻想郷で定晴に会ってからだね~」

 

諏訪子が若干ゆったりとした口調で文の質問に答える。

妖怪に襲われたりしたら普通言うものだが…当時既に早苗は神社で風祝をしていたから言わなくても分かるだろうみたいな風に考えていたのかもしれない。妖怪という存在を知っている立場からすれば妖怪に襲われるのもそこまで驚くに値するものではない。

 

「なるほどなるほど…ではお次に、外の世界の文化について…」

 

文の質問はそこから外の世界の一般的な話になった。

早苗よりも俺の方が年上なので俺の方が若干古い話になったので早苗やこいし達は楽しそうに聞いていた。幻想郷に流れ着く外の世界のものは基本的には外の世界で忘れられた物なので、俺が子供の頃に遊んでいたものなどの一部は幻想郷にも流れ着いているらしいことが分かった。

それにしてもやはり文の新聞記者としての実力というか、姿勢というのは見習うべき部分もあるな。俺は誰にでも分け隔てなく接してはいるが、丁寧さで言うと全く持って足りない。なにせ指摘されるまでは敬語を使わないのだから。ちなみに言うとこれは癖だし、正直なところ直すつもりはない。

和やかに進む質疑応答。時折それに因んだエピソードなども含めつつ早苗と共に答えていく。そしてその空気は最後に崩れ去ることになる。

 

「それでは最後の質問です。定晴さん…あなたは何者なのですか?」

 

今までの空気は何だったのか。

文の今までとは違う声色と共に聞かれた質問はルーミアたちも含めて全員の意識を俺に向けさせたのだった。

 

 




年内最後の投稿となります。既に最後まで物語の構想は練っておりまして、その間にどれくらい私の書きたい小話や日常系を挟めるかを考えながら書いております。
今年は去年よりも投稿数を二倍くらいにして執筆してきました。今年もありがとうございましたm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四十九話 温かいうどん

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。


俺が何者か…ね。

「俺は人間だぞ」

「それは知ってます!定晴さんの生まれや成長過程を聞いているんです。定晴さんの生態は普通の人間のそれではありません!」

 

まあそうだろうな。俺はどちらかと言えば妖夢やミキや妖怪たちの成長過程の方が気になるが、だがまあ周囲からすれば俺も奇怪なのだろう。

だが、ここで正直に話す必要はない。これは誰にも言えないのだ。ルーミアとかであってもな。

 

「それは秘匿情報だ。知りたいのなら…ミキにでも聞くんだな」

「つまり無理ってことですね!あの人は会おうと思って会えるわけじゃないんですよ!」

 

まあそういうことだ。俺だってミキと任意で会うことなど出来ないのだから文が俺の人生を知ることは無い。少なくとも今は。

このことは心の奥底にあるのでさとりでも能力を強くしなければ見る事も出来ないだろう。個人的にさとりに知ってほしくはないのだけど。

 

「というか俺が何者か、なんて本人に聞いたところで分かるわけ無いだろ。文、逆に聞くけどお前は何者だ?」

「っ…ええ、分かりました。取材はこれで終わりです。ありがとうございました」

 

文が不満を露わにしつつも守矢神社を去っていった。これから取材した内容を整理しなおして記事にするのだろう。何が書かれるのか分からないし一応今回のは人里で買っておくとしよう。

文が去った後、早苗が俺の方に乗り出してきた。

 

「なぜさっきの質問をはぐらかしたんですか?」

「はぐらかした…どちらかと言えば答えられなかったと言った方が正しい」

 

俺の人生を説明する分には簡単だ。普通の人が成長過程を説明するのとなんら変わりはない。

問題は俺も俺の能力の全てを知らないことだ。パチュリーに魔術適正を調べてもらってから初めて知ったこともあるのだし、俺の能力は未だに謎が多い。正直なところ狂気なんて謎の塊だ。

 

『おい』

『本当のことだろ』

 

それにこの十の能力だって、正しく言うならば十の力と言った方がいいのだ。能力と力の違いは何かと言われたら若干困るのだが、実際そうなのだから仕方がない。

 

「まあまあ早苗。こいつは…定晴は私達神からしても中々奇妙なもんさ」

「神奈子様がそういうのなら…」

 

俺が説明する前に神奈子によって態勢を戻した早苗。

沈黙が流れる…とここでこいしが声を発した。

 

「昼ごはん食べよ!」

「あ、もうそんな時間なんですか。定晴さん、折角なので食べていってください!こいしちゃん達の分も作るからねー」

「わーい!」

 

取材を始めた時から結構時間が経っている。思い出やらなんやらを話していたらやはりそれなりに時間がかかってしまうな。

 

「早苗、俺も手伝うよ」

「え、いや、私が一人で…」

「いつもより人数が多いんだろ。一応宴会用の大人数向け料理とかも作ったことあるし、手伝ったほうが良いだろ。もてなしされるだけっていうのは若干居心地が悪い」

「うーん…分かりました。こちらです」

 

早苗の後を追って俺も台所へと向かった。

 


 

こうして残ったのは四人。神二人と妖怪二人である。

 

「うーん、私が先に訊いても良いかな神奈子」

「はいはい、好きにしな」

「はーい…んじゃあまず古明地こいし。何で地上にいるの?」

 

諏訪子からの鋭い質問。神として無意識か意識的か、威圧感がありこいしに緊張を与える。

 

「遊びにきただけだよー」

「ふーん、まあ最近は不可侵条約もよく分からないものになってるし、神奈子が地下センターなんて作ってるからそれに関しては私たちもとやかく言えないや」

 

こいしは何とか声を出し、諏訪子を納得させることができた。

定晴は知らないことだが、過去の間欠泉異変の時にこの二柱は地霊殿の地獄鴉である空の核融合炉のエネルギーを新エネルギーにしようと専用の施設を作っているのだ。

諏訪子は次にルーミアに向いた。

 

「んじゃ次、君はルーミアとか言ったっけ?妖力の質が随分と変わったね。しかも定晴と力で繋がっていると見える。何があった?」

 

神というのは名ばかりだけではない。例えそれが専門外のものだとしても力の繋がりや広がりなどは巫女よりもよく分かる。これは諏訪子だけでなく神奈子も感じて気になっていたものだ。

 

「うーん…繋がりはあるよ。妖力の質も変わった。でもこれは私が勝手に話していいものじゃないから。後で定晴に聞いてよ」

「ふーん、これはそこの妖怪にも聞かせてよかったの?」

「こいしにはもう話してるから」

 

尚既にこいしに話すことになった出来事はルーミアの中で恥ずかしい記憶となっている。こればかりはルーミアを出し抜いたこいしが一枚上手だったと言えよう。

 

「まあいいや。いつか定晴に訊けばいいことだしね。ご飯ができるまで時間かかるだろうし本でも読む?そこに本が置いてあるよ」

 

神の威圧感が消え失せ見た目に相応な口調と雰囲気に変わった。このようなオンオフの切り替えが素早く的確にできるのはやはり神としてもそれなりに力があるからである。ミシャグジさまの力は半端なものではないのである。

 


 

「はーい、皆さん。お昼ご飯ができましたよ」

「意外に早かったね」

「寒いですし温かいうどんです!」

 

早苗と一緒に作ったのはうどんだ。折角ならと天ぷらを揚げてうどんと一緒に食べることができるようにしてみた。

ついでに卵も持ってきている。月見うどんにしたい人はどうぞ、という配慮だ。

 

「あ、そうだ定晴」

「なんだ諏訪子?」

「今日じゃなくてもいいから、その妖怪との話をさせてね」

 

諏訪子が首の動きで示したのはルーミアだ。やはり神は式神の繋がりを見分けることくらい造作でもなかったようだ。

ルーミアもルーミアで勝手に話さないと決めているのか俺の許可が下りるまでは勘づかれても説明しないスタンスにしているようなので、俺達が料理をしている間に何かしらひと悶着あったのだろう。険悪な雰囲気になっていないのであまり心配はしていない。

俺たちはうどんを食べた。結構美味しかったので、早苗に麺をどこで買っているのかを聞いた。温かいうどんは標高のせいもあってか一段と寒い守矢神社で冷えた体に染み渡った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五十話 魔界の人形遣い

守矢神社へ向かった次の日。朝食を終えて特にすることもなくソファでこいしとトランプをしていた時のこと、俺は少し気になったことを思い出した。

 

「ルーミア、外の世界で水那たちと一緒に迷い込んだ世界のこと憶えてるか?」

「ええ、神綺とかいう人がいた場所でしょ?それがどうしたの?」

 

あの時俺が神綺にあの場所のことを聞いてもその時には教えてもらえなかった。後日紫か人形遣い、アリスにでも聞けと言われたわけだが…

紫は現在とても活動時間が短い。大体寝ているのが紫の冬の生活で当たり前のこととなっている。冬の間は紫の活動が少ないのは幻想郷の住民も知っていることだろう。

というわけで紫に訊くのは少々難しい。ということで…

 

「少し気になることがあるからアリスの所に行ってみようと思う。ルーミアたちはどうする?」

「うーん…定晴と遊びたいけど私はその迷い込んだ場所って知らないからなぁ~」

 

そう答えるのはこいし。

こいしは俺たちが外の世界で何をしていたのかも知らない筈だ。もしかしたら霊夢の所で水那が修行している姿を見て何が起きたのかはある程度察しているかもしれないけどな。

 

「じゃあ私と遊ぶ?ご主人様は人形遣いに話を聞いてきなさいよ。私は大まかな内容さえ知れればそれでいいわ」

「いいのか?」

「ええ、こいし、今日は紅魔館に行かない?」

「お!いいねー」

 

ルーミアの誘いにこいしも予定が決まったようだ。

であればルーミアにこいしの見守りも任せつつ、俺はアリスに話を聞きにいくとしよう。紅魔館であれば危険なこともないだろう。紅魔館の連中がフランの友人でもあるこいしを危険な目に合わせるようなことは許さない筈だしな。

 

「その前に定晴、カード引いて!」

 

現在俺とこいしはババ抜きをしていた。ルーミアは既にあがっている。

俺がカードを揃えることができれば勝ちという終盤である。二枚の内片方はババ、そして片方は俺が狙っているカード。

俺はカードを引いた…

 

「じゃあ行ってくる」

「「いってらっしゃーい」」

 

二人に見送られて家を出た。

罰ゲームとして二人にお菓子を買うことになったのは余談である。

 


 

アリスの家は魔法の森の中にある。といっても魔理沙よりも外に近い位置にあるのだが。アリスの家に魔法の森で迷った人が訪ねてくることもあるというし、一つの妖怪と人の間の壁になっているのかもしれない。

魔法の森は胞子だったり妖怪だったりの影響で人間に悪影響のある瘴気が出ている。俺の浄化能力があれば特段気にすることでもないのだが、瘴気のせいで若干見晴らしが悪い。それでもなんとかアリスの家に到着することができた。

ドアをノックする。すると中で音もせず扉が開いた。出迎えてくれたのは上海人形だ。

 

「ありがとな上海」

 

そして上海人形はふよふよ飛びながら奥へと飛んで行った。きっとその先にアリスがいるのだろう。

 

「いらっしゃい定晴さん。私の家に来るなんて珍しいけどどうしたのかしら?」

「ああ、実は気になった事があるからアリスに聞きに来たんだ」

 

上海人形が用意してくれたお茶の前に座る。

尚先程から上海人形が〜と言っているが、操っているのはアリスなので主語は正確に言えばアリスである。

俺の知り合いの人形遣いといえばアリスしか知らないけど、もしかしたら違う可能性もある。本題から入るのではなく少し探りとして質問してみるか。

 

「アリスは神綺って名前を聞いたことあるか?」

「ちょ、ちょっと待って?定晴さん、神綺様に会ったの?」

 

やはりアリスで間違いないようだ。それに神綺に様付け…紫と知り合いだったり俺も分からない力で状況把握をしたりと相当な人物だとは思ったが…どうやらアリスから様を付けられるほど位が高いようである。

アリスに聞けば分かるというのも本当のようである。ここはアリスがあの場所を知っているとして話を掘り下げてみるか。

 

「実は先日ちょっとしたトラブルで異界みたいなとこに辿り着いてな。そこで神綺っていう白い髪の女性に会ったんだ」

 

掻い摘んで説明をする。アリスに話す事はこれくらいしかない。

アリスはウンウン言いながら若干考えた後にあの場所を説明してくれた。

 

「そこは魔界ね。なんで魔界へのゲートが開いているのかは不明だけど。えっと…私が最初の自己紹介で言ったでしょ、あの魔界よ」

 

そう言えばアリスは魔界人だとかなんだとか言っていたな。当時は魔界というのだからもっとおどろおどろしい世界かと思ったが、箱を開けてみれば理解できない物質と理解できない世界が広がる全くの別世界であることが分かった。

俺は研究者ではないので未知の物質だからと言って何かをするわけでもないが、魔界にはもう一度行ってみたいと思う。紫のスキマも自由に使えるようだし、魔物みたいなやつは見た感じいなかったから大丈夫だろう。

 

「それにしても…神綺様ってあまり人間と関わらないのだけど…でもまあ散歩中の気紛れなら何でもありか…」

「そうそう、その神綺って何者なんだ?どうも紫と同等くらいのように思えるんだが…」

 

そもそも紫と個人的な付き合いがある時点で只者ではない。俺や魔理沙のような軽い友人としての付き合いがある者もいるが、幽々子しかり霊夢しかり大体が幻想郷の主要メンバーなのである。

そしてアリスから返ってきた答えは…

 

「えっと…あの世界の創造神?みたいな」

 

創造神だった。

確かにそれならあの世界で自由に人を眠らせたりすることも簡単なのだろう。そうなると俺あっちと神綺が遭遇したのも案外偶然ではなく神綺が気になって見に来ただけなのかもしれない。

ついでに言うと紫と知り合いなのも頷ける。あそこが幻想郷なのかどうかは謎だが、月も幻想郷ではないが月の民の知り合いが紫もいる。特殊な力…特殊な世界…そういった所は全て紫も見て回ってきたのだろう。紫のスキマが開けない所などそうそうない。

 

「私は幼少の頃魔界で過ごしてたけど、一応人間…元人間よ。今は区分だとパチュリーと同じ魔女になるけど」

「なるほどな。魔界ってのもまた行ってみたいものだ」

「なら…いえ、やめといた方がいいわね。霊夢に怒られるわよ」

 

何故霊夢に怒られるのだろう。やはり幻想郷と何かしら関連がありそうだ。

冥界やら彼岸やらも特殊な結界で分かたれているし、もしかしたら魔界もどこかに入口があるのかもしれない。少なくとも霊夢は魔界について知っているようだ。後で怒られない程度に話を聞いてみよう。

その後は魔界のちょっとした話をした。パチュリーに俺が魔術を習っていると話したらアリスもある程度興味がわいたらしく魔術についての話をした。

 


 

「ただいまー」

 

日が傾いてそろそろ夕飯の支度をしようと思って帰ってきた。

 

「「「おかえりー」」」

 

すると奥から三人の返答が…三人?

ルーミアとこいしは帰ってきているのだろう。二人もある程度の力があるから大丈夫だとは思っているけど、出来るだけ暗くなる前に帰ってきてほしいとは言ってある。

ではもう一人は誰かというと…

 

「こんばんは!お兄様!」

 

今日二人が遊びに行ったであろう紅魔館の主の妹、フランドール・スカーレットだった。




書いてる途中でこれが150話なのに気が付きました。軽く流しかけました…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五十一話 突撃遠めの晩御飯

「お兄様ー!」

 

フランが突っ込んできた。いつものように身体強化を全身にかけて受け止める。

 

「なんでフランがいるんだ?」

「折角こいしちゃんもいるしお兄様の家に遊びに行きたいなーって」

 

理由になっていないような気もするが…

兎も角フランがここにいるという状況で最初に確認することがある。こいしが地上に遊びに来たときも同じような確認をしたが…

 

「フラン、レミリアや咲夜に許可は貰ったな?」

「美鈴に言ってきたよー。寝てたけど」

 

つまりは無許可。

何故こいしといいフランといい責任者に言わずに遊びに行くのだろうか。さとりやレミリアに同情の念を抱かざるを得ない。なにせ知らない間に妹がどこかに出かけているのだから。しかも二人とも少々厄介事を持っているというのも頭を悩ませるに値する。

責めるのは違うとは思うが…

 

「ルーミア?」

「……知らない」

 

そっぽを向いた。確信犯だな。

まあルーミアには後で話すとして咲夜かレミリアのどちらかに話をしておかなければならないだろう。美鈴は多分許可とか出せる立場じゃないというか勝手に許可出したら咲夜とかに怒られる立場だろうし。

 

「はぁ…仕方がない。ルーミア、紅魔館に伝言してもらえるか」

「…了解なのだー」

 

仕方がないから今日は晩御飯をこっちで食べるから晩御飯の後に帰すという旨を伝える。

フランは吸血鬼だし夜の行動でも問題ないだろう。昼間よりも自由に動けるので夜間に帰す方が楽なのである。

 

「えー!私ここで一泊したいー。というかこいしちゃんがいるなら私もここでー!」

「ダメだ。こいしは住んでいる所が少々面倒な所だから良いがフランはすぐだろう」

 

不貞腐れるフラン。そんな風にしょぼくれられても困るのだが仕方がない。癇癪を起して暴れられると大変なのでルーミアに交渉をしてもらうとしよう。レミリアはさとりよりもシスコン気質な部分があるからどこまで大丈夫なのかははっきりさせておかなければな。

 

「俺は晩御飯を作って待ってるからルーミア頼んだぞ」

「はーい」

 

ルーミアなら大丈夫だろう。今は本人の意志で力の封印は解けるわけだし。俺が式神の繋がりを使ってルーミアの制限をかけているとは言っても暴走しないようにという抑制なだけなので俺と最初に戦った時くらいのことは可能な筈だ。

というわけで俺は料理を開始するとしよう。フランが来ると先に言っておけば色々他の準備もしたというのに…せめて俺には伝えてほしかったもんだ。

冷蔵庫の中などを確認して余っているものが無いかを探していると奥からフランとこいしの会話が聞こえてきた。

 


 

「そういえば私お兄様の家に来るの初めてなんだよねー」

「そうなんだ。意外」

 

お兄様の家でこいしちゃんと雑談するなんてすごい新鮮。そもそもこいしちゃんは毎度能力を使ってこっそり地上に来ているからそこまで頻繁に会える相手でもないよいうのが正直なところだ。

ルーミアちゃんには悪いことをしてしまった。美鈴が寝ているのが悪いんだよ!それにお姉さまならお兄様の所で夕食を食べることを許可してくれるに違いない。私の狂気の騒動のおかげでお姉さまもお兄様にはそれなりに信頼をしているようだし。ただ一泊する要求が通るか分からない、お兄様の…異性の家に泊まるのは流石に許してくれないかもしれない。

 

「そういえばこいしちゃんの所にお兄様って泊った事あるんだよね?」

「そうだよー数か月前にね。一緒にお風呂にも入ったよー」

 

え?お兄様とこいしちゃんが?こ、混浴!?

 

「それは俺が誰も入ってないなと確認したのにお前が返事をしなかったからじゃないか。危うくお空たちに消し炭にされるところだったんだからな」

「えへへー、ごめんね!」

 

あー吃驚した。

そうだよね。お兄様はそういうモラルの部分はきちんとしてくれるから混浴なんて相当な事情が無いとしないよね。

お空っていうのはこいしちゃんの話だと確か核融合の力を持ってる鳥って聞いている。お兄様だから核の力に負けるとは思わないけど。だってあの賢者にも勝てるっていう話を魔理沙から聞いたことがある。私も魔理沙もそれを見たわけじゃないから噂の域をすぎないけど、お兄様は結構強いし実際本当なことな気もする。

でも能力にも相性があるからなー。妖力とかそういう部分だとルーミアちゃんより断然強いけど闇の中に隠れられると姿が見えなくてキュッって出来ないからいつもの戦い方ができない。弱点が見えなければ私の能力は通用しないのだ。

 

「そうそう、地底での定晴は凄かったんだよ!捕まった私とチルノちゃんを逃がして相手が撃ってきたレーザーをかき消したの!」

 

うーん、こいしちゃんは私と違って気になる所も全部すっとばして話すからツッコミたい所は色々あるけど…この際捕まっていた云々の話はスルーしておくとしよう。お兄様は多分だけど誰かを守りながらの戦い方は苦手なんだと思うし、不覚を取られてこいしちゃんが捕まってしまうこともあるだろう。

それよりもレーザーをかき消した方が気になる。パチュリーも多分だけど食いつく内容だと思う。

 

「ねーねー、何であれについて教えてくれないのー?」

「あれは基本的に秘密だからだ。そんなに聞きたければ紫にでも聞くんだな」

「つまり無理じゃん!」

 

こいしちゃんも詳しいことは知らないみたいだ。

私も今まで色んな本を読んできて核とかのことは知っているけどレーザーをかき消す力は知らない。妖力で練り上げたレーザーであればお兄様でも浄化の力をフルパワーで使えば私の狂気と同じように消せるのかもしれないけど…お兄様の浄化は反動がある。例えば妖力の壁で潰された場合お兄様の浄化の力では浄化する前に潰されてしまう。

うーん、十個の力全部を教えてもらったわけじゃないから私も知らない力によるものなのかもしれない。

 

「むー…定晴、夜ごはん何ー?」

「寒いから鍋だ。フランが来ることは予定してなかったから少し具材を増やすけどな」

 

お兄様には先に言っておくべきだったかな。でもお兄様は魔法の森に行ってるって話だったし連絡できなかった!つまり私に非はない!…私が急にここに来たことが問題だと言われたら私に十割で非があるんだけどね。

でもまあそれでもお兄様は私を責めるわけでもなく受け入れてくれるから好きだなー。霊夢と似てる部分があるような気もする。霊夢もなんだかんだ言って無理に追い払われたりしないから優しい。博麗の巫女としての役割の面からすれば妖怪と人間の境界を一番曖昧にしているのは問題なのだろうけど。

その後も色々と話してたらルーミアちゃんが帰ってきた。

 

「ただいまなのだー。夜ごはんの許可は貰ったぞー」

「ああ、ありがとうルーミア」

「一泊は…一泊だけならいいって言ってたぞー。その代わり明日の夕方までには帰してって言ってたのだ」

 

つまり今日と明日の夕方までは皆と一緒!それは朗報だ。

やはりお姉さまもお兄様にはある程度信頼しているからだろう。この許可もその証明と言える。

お兄様が困ったような顔をしているのは何でだろう。私と一緒にいれるんだから嬉しがってほしいところだ。勿論手を上げて喜ぶ…なんていうのは私が急に押しかけた時点で無理だったんだろうけど。

 

「そろそろできるからお前たち席に座れー」

「「「はーい」」」

 

ルーミアちゃんは今お兄様の所に居候してるって言ってたしこいしちゃんも一泊してるから二人の動きは早かった。

何でルーミアちゃんが居候しているのかは知らないけど他者の色々には深く追求しちゃだめってお姉さまも言っていたし気にしないことにしよう。

 

「「「いただきまーす」」」

「召し上がれ」

 

紅魔館ではあまり鍋とかは食べる機会がないからこうして皆で鍋を囲んで食べるっていうのはそれだけでちょっと楽しい。

後でこいしちゃんの部屋に突撃するとしよう…の前にお風呂。

…こいしちゃんが一緒に入ったなら私も入っていいよね?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五十二話 だからお風呂は一人だと言って…

食事も片付けも終えてまったりタイム。

幻想郷ではテレビもスマホも使えないので本を読むことが多いのだが…

 

「フランちゃん骨折で一回休み!」

「ひどい!」

 

この騒がしい二人もいるのでルーミアも入れて四人で人生ゲームをしていた。ボードゲームの定番ともいえるこれは幻想郷でも流れ着いていたらしい。しかもどこかの誰かさんが作ったこれは幻想郷版だと言う。しかも霊力や妖力などを操れる能力者向けだという。人里に住む普通の人間たちには相応の人間用があるらしい。

そう言われると確かに外の世界では見ないようなマスも見かける。妖怪に襲われて一回休みだとか博麗の巫女に脅されて十万失うだとか…妖怪目線なのか人間目線なのかよく分からないな。

また特殊なマスとして異変マスというのがあり、異変カードというものを引いて書いてある課題をこなすと成功になるらしい。失敗したときの代償もカードによって様々だ。

 

「はいこいしちゃん、異変カード引いてー」

「はーい」

 

っとそこでこいしが異変カードを引いた。

内容は、直径三ミリ以下の弾を生成すること。成功すれば五マス進めて、失敗ならば三マス戻る。制限時間は三十秒だ。

妖力だけでなく霊力や神力などは小さい弾を生成する方が難しいとされている。扱い方が下手な人は小さく作ろうとしても弾を破裂させてしまうのだ。イメージとしては…小さい箱にそれより若干大きい風船を詰める感じだろうか。

こいしは達成できず三マス戻った。

俺達が動かしている駒も普通の駒ではなく、魔法使いや博麗の巫女、翼が生えている吸血鬼のようなものなど幻想郷順守なものとなっている。あくまでそういう姿をしているというだけで顔などが書いているわけではないが、見た目の特徴からして魔理沙、霊夢、レミリアなど幻想郷でも有名な人物をモデルにしているのだろう。

そこで音が鳴った。

 

「風呂が溜まったな。遅くなるといけないから一旦中断するぞ」

「「「はーい」」」

 

意外と素直に聞いてくれた。こいしはともかくフランは変な事をするとすぐに帰されると思っているのだろうか。

 

「じゃあ俺が先に入ってくるからお前らは準備でもしておいてくれ」

 

女子は多分だけど色々と準備もあるだろう。俺はすぐに風呂に入れるが、三人は時間もかかるに違いない。そういう配慮で俺は先に風呂場へ向かった。

 


 

自分の部屋のタンスから寝間着を持ってきて脱衣所へ。

それにしても俺の家にルーミア以外に二人も女子が泊まることになろうとは思わなかった。別にここは宿でも何でも無いのだが…二人とも結構な身分、従者的に言うなれば『妹様』になるから俺の家みたいな一般的な家の方が二人は新鮮なのかもしれない。

こいしの時は色々と隠そうとして失敗した反省を踏まえたのかルーミアはフランに前もって居候であることを伝えたらしい。だがルーミア曰くその時のこいしの洞察力は凄かったらしいので前もってしていたら誤魔化せていたかは少々疑問だ。

 

「ま、そこらへんは自由にしてくれればいいか」

 

俺はそう決めつけて風呂に入る。

シャワーを使って体と髪を洗う。この家の浴槽はやたらと大きく、二人や三人くらいなら一緒に入ることができる。そのせいで銭湯のような感覚になり、桶で浴槽からお湯を掬って使うというのに慣れないからシャワーを使っている…が、俺は後に浴槽の中を見ておけばよかったと後悔する。

 

「ん?」

 

浴槽に足を入れてから、浴槽の中に何かあることに気付く。

金色の…ってこれは!?

 

「ざっばーん!お兄様!」

「フラン!?」

 

…圧倒的なデジャブ感。

どうしてどいつもこいつも浴槽の中に隠れているのだろうか。妖怪とは言え俺が身体を洗っている間息を止めておくのも大変だろうに。

 

「というかフラン、タオル巻けよ!」

「え〜、こいしちゃんも一緒に入ったんでしょう?なら私も良いわよね!なんて言ったって妹なんだから!」

 

その妹は血縁関係のあるものではない、というかフランが勝手に呼んでいるものだ。そう言っても聞かないだろうけど。

多分だけどフランはこいしが一緒に風呂に入ったことを聞いて自分もやってみようと思ったのだろう。なぜそういった部分の行動はやたらと早いのだろうか。少女の生態は謎が多い…

 

「どうしたの〜?」

 

そして前回の元凶こいしも現れた。

こいしの声に反応してフランが声を上げる。こいしもお燐たちに声を上げていたけど、どうして自ら事態を悪化させていくのだろうか。これレミリアとかだったら本当に心臓を五回ほどグングニルされているところだ。

 

「こいしちゃ〜ん」

「!!!…私も入る〜!」

 

そしてこいしが脱衣所でゴソゴソしたかと思ったら浴室に入ってきた。

 

「だからお前らタオルを巻けって!」

 

もう少し少女としての自覚をするべきだと俺は思う。

外の世界だと犯罪になりかねない今の状況は俺のせいではないし、どうこうするつもりではないけど俺が悪い人だったら二人とも性犯罪の的にされているところだ。そんなことはないと俺を信頼しているのかもしれないのだけれども。

こいしはささっと体を洗って浴槽に入ってきた。

 

「…」

「お兄様どうしたのー?」

「呆れているところだ」

 

よし、風呂から出よう。今この家には他にルーミアしかいないし、まさか天狗も風呂場を覗くなんてことはしないだろうから非ぬ誤解を受ける心配はないが、個人としてあまりこの場にいたくない。

 

「俺は出るからな」

「「えー」」

「入っていたいなら二人はまだ入っとけ。のぼせるなよ」

 

それだけ言い残し風呂場から出る。

水気を拭き取り霊力式ドライヤーで髪を乾かしたら服を着る。見ればフランの服は巧妙な場所に隠されており、こいしの服は脱ぎ散らかされている。多分こいしの時も隠してあったのだろう。あの時は態としてたわけじゃないだろうし(返事をしなかったのは態とだろうが)何か隠したいものでもあったのかもしれない。

いたたまれなくなって出たが、温まってはいるので良しとしよう。

リビングに向かったらルーミアが若干ニヤニヤしてこちらを見てきた。

 

「随分と騒がしい風呂だったようね?」

「知ってたな?」

「さぁね〜」

 

絶対知ってた。

どうもこいしともフランともそれなりに仲が良い様子のルーミア。あの二人関連のことでは隠していることがあるような素振りを見せるし、多分だが俺はルーミアに弄ばれている。

 

「まあまあ、はいホットコーヒー」

「…さんきゅ」

 

騒がしい二人が風呂に入っているであろう中、俺とルーミアはコーヒーを飲んで落ち着いていた。

 


 

風呂場に入ったらすぐに定晴は出て行っちゃった。

 

「むぅ〜」

「仕方ないよこいしちゃん。お兄様はあれでいて結構そういうところ気にしているみたいだし」

 

一度私と一緒に風呂に入ったんだし、今日は怒ってくるお空達もお姉ちゃんもいないのに…まあ異性の裸を見ることが気になるんだろうけど。

因みに私はルーミアちゃんに気持ちとか想いを教えてもらってから一緒に風呂に入った、ないし裸を見られたってことを考えてしまうと恥ずかしくなってしまうようになった。意識していない間は問題ないけど、一度意識してしまうともう恥ずかしくなってしまうのだ。少女のように振る舞いたいって気持ちと女性として見てもらいたいって気持ちが両方あるせいだと思うけど…

 

「それにしてもフランちゃんは思い切ったね」

 

これ以上考えると脳内で地雷踏みそうだったから思考を変える。フランちゃんが何でこんなことをしたのか…もしかして定晴に気が、なんて。少しだけ思ってたりもするけど。

 

「えへへ、裸見られるのは恥ずかしいけど一緒に入りたかったし」

「…定晴が兄だから?」

「まあそうかなぁ」

 

妹として兄とか姉とかと一緒にいたいという気持ちは分かる。フランちゃんにとって定晴は正直なところ他人ではあるけど、私にもフランちゃんにも血の繋がった姉がいる。分からない話ではない、と思う。

ついでに…でもこれ聞くのはなぁ…いやいや、折角二人っきりなんだしこの際だから!

 

「あのさ、フランちゃんは、その、定晴のこと好き?」

「ええ、好きよ。恩人だもの!」

「そ、それってさ、恋愛的な意味?」

 

そう聞くとフランちゃんが固まってこちらを見てきた。

いざ聞いてみると緊張して言葉が詰まっちゃうけど、ここはフランちゃんの返答を待たないければ。

 

「…どうなんだろう?私はまだお兄様に甘えてる立場だし、気持ちの部分はよく分からないの。でもお兄様は素敵な人で一緒にいると少しドキドキするってことはあるかな」

 

フランちゃんは凄い。気持ちがちゃんと分かってる。

私なんてルーミアちゃん相手にベタなボケをしてしまったわけだし、その時点で私とフランちゃんには壁がある。でもフランちゃんと違って私ははっきりと自覚した。ルーミアちゃんのおかげではあるけど。

 

「それを聞くってことは…こいしちゃん、お兄様に恋した?」

「ふみゃあ!?」

「やっぱりそうなんだ…」

 

吃驚して変な声が出ちゃった。

まさかフランちゃんがそこをストレートに聞いてくるとは思わなかったから驚いた。というか友達相手に直球で聞けるのがまず凄い。

 

「…うん、応援はしないよ。だって私のお兄様だもの…ああ、こういう独占欲みたいなのは私がお兄様を異性として見てるからなのかな。分かんないけど、私がお兄様のことをお兄様としてではなく定晴さんとして好きになったら。その時は恋バナに交ぜてね」

「う、うん」

 

そうして私達は風呂から出た。

全然気持ちは落ち着かなかったし定晴と一緒に入れたのは少しだけだし、フランちゃんに乗せられた感じもするし…やっぱフランちゃんは地下で本を読んだりなんだりの経験があるからか、私よりも数段上の女の子って感じがする。

それに対して私は定晴のことを余計な時に考えると落ち着かなくなってしまうわけだし…でもこの気持ちが好きってことだろうから嫌な気分ではなくて…なんか熱くなってきちゃった。

風呂とは違う時に熱くなってしまう私だった。ある意味ではのぼせているのかもしれない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五十三話 弾幕ごっこのお誘い

今日でこいしの泊まりも折り返しの四日目だ。

そして俺は毎日少女たちの行動によって疲弊してしまっている。俺も若い方だとは思うし、実際年齢的に言うならフランもこいしも俺よりも何百年も長く生きているはずなのだが、どうしてか俺は俺よりも小さい子供を連れているように振り回されっぱなしだ。

 

「おはよ〜お兄様〜」

 

いつもよりも間延びしている声と共に起きてきたのはフラン。

ルーミアは既に起きていてソファで本を読んでいる。こいしはまだ眠っている…フランは吸血鬼としての生活よりかは幻想郷一般の時間に合わせているようなので朝に起きるというのもおかしくはないのだが、夜の間が強いと思うし朝ももっと元気があるかと思っていた。

あれ、でも、フラン達吸血鬼からすれば俺達にとっての朝は吸血鬼にとっての夕方となるやけだし眠いのは当然なのか?分からなくなってきた。

 

「今日は簡単に作れたからもう出来てしまったな。ルーミア、こいし呼んでくれ」

「ラジャー」

 

ルーミアが廊下の奥に消えた。そして声を上げているようだ。

こいしの寝起きは衣服がよく乱れているので、多分深い眠りと激しい寝相なのだろう。無意識能力のこいしが一体どんな夢を見ているのか、気になるところではあるが他人の夢を見るなんて芸当は出来ないので想像するしかない。

ルーミアが三回ほど声をかけて戻ってきた。その数分後、こいしが下りてきた。やはりと言うか寝間着が乱れていて髪も荒れている。相当深い眠りだったのだろう、こちらからすればきちんと眠れているようです一安心といったところ。

 

「こいし、座れ」

「ん〜」

 

[う]と[ん]の間のような声で返事をするこいし。こいしは朝がやたらと弱い。

 

「「「いただきます」」」

「…いただきますー」

 

こいしが一拍遅れて食事の挨拶を行う。

まあ別に俺は一々マナーでとやかく言うようなことはしないし、そもそもマナーでしつこく言えるような生き方はしていないので大丈夫なのだが、さとりとかに注意はされないのだろうか。

今日の朝はパンだ。それに卵。他にも色々あるけど、どれもシンプルな朝食だ。フランは逆にこういったシンプルな朝食は食べないだろうという判断のもとこの献立になった。

いつもの通り朝食中にスケジュールを確認する。食べながら話しているわけではない。

 

「お前ら。今日はどうする?」

「お兄様と遊ぶ!」

「定晴と遊ぶ!」

「…じゃあ私もそれでー」

 

朝食の効果かこいしが元気に返事をする。

ルーミアは完全に場に流されているが、もとよりこいしとフランの二人が俺といるのならルーミアも一緒にいた方がいいだろう。自衛能力があるから一人でどこかに遊びに行っても心配ないのだけども。

 

「俺と遊ぶって…何するんだ?」

「「弾幕!」」

 

弾幕…弾幕ごっこの事だろう。

弾幕ごっこは元々霊夢が人と妖怪の間のしがらみを解決するために作ったものだが、こうして子供たちの遊び道具としても優秀だ。霧の湖ではよく妖精たちが遊んでいる姿を見る事ができるのもそれが原因の一つだろう。

人間とて誰でも弾幕を扱うことができるわけではないが、老若男女問わず楽しめるeスポーツ感覚で見ているだけでもそれなりに面白い。なにせ見た目の綺麗さも弾幕ごっこのルールの一つだからな。

閑話休題

 

「じゃあ後でやるか」

 

そういえばフランと弾幕ごっこをするのはそれなりに機会があるのだが、こいしと弾幕ごっこをするのは初めてだな。地底にいたときは地底探索の名目でこいしとぶらぶらすることもあったが、弾幕ごっこは案に上がらなかった。観光ではなく依頼として地底にいたのだし正しいと言えば正しいのだけど…

 

「…じゃあ私が片付けしておくから定晴は弾幕ごっこの準備をしておくのだー」

「ああ、助かるルーミア」

 

ルーミアはこういうときに率先して色々とやってくれるからありがたい。式神としての役割も板についてきたといった所だろうか。別に俺は今のところ強制的に何かさせたことはないのだけど。

 

「あ、でも…」

 

そこでフランが何か心配そうな顔で声を出す。何か問題があったのだろうか。

 

「この時間じゃ私日傘持ったままじゃないといけないや」

 

そういえばそうだった。フランは吸血鬼の特徴である日光に弱いという面がしっかりと出ている。

日傘などで防げば問題ないらしいが、それでは弾幕ごっこをやりにくいだろう。もし日傘が弾によって弾かれてフランが直射日光を浴びたりしたらレミリアに何て言われるか分かった物じゃない。それにある程度の傷ならば俺が再生を使えば治せるのだが、アニメで見るような当たった瞬間灰になるみたいなことになるとそれこそ取り返しがつかなくなる。

何とかして日を遮ることができればいいのだが…

 

「ルーミアちゃん、何とかできない?」

「私の闇は…」

 

今のルーミアなら屋根のように闇を展開することも可能だ。しかしそれは封印が外れているからこそ。

元々のルーミアは闇は自分の周囲にしか展開することができなかった。しかも展開しているルーミア自身周囲の様子が分からないという果たして意味があるのかという能力。こいしは教えたからいいが、フランは事情を知らないのでそういった特殊な能力を見せるのもあまり得策ではない。

ルーミアが言い淀んだのを見てこいしも何かを察したかそれ以上の追求をやめた。こいしは何かと察する能力が高いように見える。無意識を操るっていう能力も未だによく分からない部分があると言うしやはり何かしら影響があるのだろうか。

 

「うーん…」

「じゃあ取り敢えず私としよ!フランちゃんのは後で考えよう!」

 

こいしがそう提案する。

確かに俺とこいしがやっている間に二人に考えてもらっていた方がいいかもしれないな。

 

「じゃあ取り敢えずやるかこいし」

「やったー!」

 

こいしが外に駆け出す。

 

「…食休みしてからな?」

「…はーい」

 

俺も食べた後にすぐ動くのは気持ち悪くなるのだ。仕方がない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五十四話 無意識の弾幕の遺伝子

こいしに連れられ外に出る。こいしは相当期待していたようだ。

俺の後ろからルーミアと日傘を持ったフランが出てきた。

フランとルーミアには家の前で待っていてもらって、俺とこいしは少し離れた場所へ。弾幕というのは基本的には全方位に拡散されるのである程度距離を取らなければ流れ弾があたってしまうのだ。元より非殺傷の弾を使うのがルールなので当たったところで気絶が限度ではあるが、痛いのは変わらない。

 

「よーし、いくよー!」

「へーい」

 

こいしは元気一杯で声を出す。そして飛び上がった。

実を言うと弾幕ごっこを空中で行わなければいけないルールはない。元より人間対妖怪という形式で作られたものだ。人間とて全員飛べるわけではないし、妖怪贔屓とならないためのルールだろう。

空中の方が有利だと一概に言えるわけでもない。なんせ空中だと上や下からくる弾も避けなければいけないからだ。回避できる方向が増えればその分弾が飛んでくる方向も増えるということである。

 

「スペルカードは三枚ね!」

「了解」

「それじゃあ…」

 

そう言ってこいしが力をためる。何とも分かりやすい予備動作である。

 

「とりゃあああ!」

 

開幕から濃密な弾幕。一応規則性があるから通常弾としては全然構わないのだが…こいし、テンション上がってるなこれ。

俺は輝剣を召喚し、いつものように弾を斬ったり弾いたりしながらこいしに近付く。俺のスペカはどうにも近距離向けなのである程度近付かなければいけない。いつものことだけど。

 

表象「夢枕にご先祖総立ち」

 

俺の左右にビームのような、ウェーブのような攻撃。

そしてこいしの後ろに行ったら次は俺に向かって飛んできた。先祖の霊…みたいなものだろうか。幻想郷では幽霊も比較的見る事ができる身近な存在なので特に不思議ではないけど、多分本物ではないだろう。

ただこの攻撃は輝剣では斬れないな。弾が大きすぎて被弾覚悟で行かなければ切れ込みをいれるだけにとどまってしまうだろう。

俺は小さい弾は斬り、大きい弾は回避するという方法でスペルカードを攻略していく。分かりやすいパターンなのでこれはスペルカードを使わずとも攻略できそうだ。一定時間が経ち俺はスペルカードを使うことなく攻略を達成した。こいしはまたもや通常弾へと切り替えるが、俺はそれより先にスペカを使用する。

 

結界【緩衝散破】

 

この結界は一つ一つが通常弾ほどくらいの大きさしかないので一見すればあまり変わってないようにもみえるが、これの肝はそこではない。

 

「あ!弾が!」

 

俺の結界によって作られた弾…結界弾とでも呼ぼうか…がこいしの弾に当たった瞬間こいしの弾をかき消したのだ。

そう、このスペルカードは弱い攻撃を沢山する相手にほどよく効く。勿論強い攻撃に当たれば逆にこちらの結界が破られ消えてしまう。普通の弾幕ごっこでは双方の弾幕は基本的に干渉し合わないのでこういった事は起きないのだが、このスペルカードを使用していると俺の弾よりも弱ければ消え強ければ俺の弾の方が消えるという現象が起きる。奇跡的に俺の結界と同等の強さの弾だった場合はどちらも消えて、いわゆる相殺というのが起きるわけだが。

こいしの通常弾ではどうしても威力が足りなかったのか二枚目のスペルカードを使用してきた。

 

本能「イドの解放」

 

こいしから放たれるのは…ハートか?

ハート型の弾幕のようだ。どうもそれなりに力が凝縮されているようで俺の結界はあっさりと砕けて俺のスペカが攻略された。

それにしてもハート型のせいか若干回避しずらい。普通の弾とは違って出っ張りや凹みがあるのが災いしていつもの回避では被弾しそうになってしまう。その分輝剣を使えば一部を切り取って消すことはできるみたいなのでそれを利用して回避する。

そしてなんとかスペルカードを攻略した。こいしは若干疲れているようだ。多分スペルカードの名前に解放とあったのでそれなりに疲れるのだろう。別にスペカ名がそのまま体を表すわけではないのだけど。

 

「むー…前に魔理沙に勝ったこともあるんだけど…」

「それは俺と魔理沙の戦い方の違いだな。魔理沙は持ち前の速度で回避するが俺は輝剣を使って切り伏せるタイプだからな。苦手なスペカなども色々と違う」

 

魔理沙は弾の火力や迫力は霊夢や俺よりもあるが、霊夢のようにホーミングしたり俺のように弾に干渉するタイプではないので大きく動く必要があるスペルカードには弱いのだろう。あと性格の面もあるだろうが多分細かい動きをする必要がある弾幕も苦手と見た。

だがそうだとしてもこいしは魔理沙に勝てるほどの実力があるということだ。魔理沙は俺よりも断然歴戦のプレイヤーだ。そうそう負けることなどないだろう。

 

「ぐぬぬ…」

「現在こいしが二枚、俺が一枚。こいしは若干被弾しているし、次俺がこいしのスペカを一枚以内で攻略できれば俺の勝ちってのでどうだ?」

「望むところ!」

 

こいしが最後のスペルカードを取り出し宣言した。

 

「サブタレイニアンローズ」

 

こいしから円状に弾幕が展開された。綺麗に円状に並んでいる弾に何かが重なっている…これは薔薇か。赤い薔薇と青い薔薇がそれぞれ違う方向で弾に沿って移動している。

小さい弾を斬っても薔薇が消えることはなく、薔薇自体は斬ることもできない。こいしの最後の攻撃といったところか。

時間が経つにつれて段々と薔薇と薔薇の間が狭くなっていき密度が増していく。このままではまずい…

小さい弾はある程度まっすぐ飛んできており人一人が回避できるだけの隙間しか空いていない。だがこの隙間があれば…

俺は左手にスペカを構えて宣言できる準備をする。このスペカに必要なのは速度と集中。ずっと動いていなければいけない弾幕ごっこの中では中々に発動条件が揃いにくいスペカなのだが…

使用するタイミングも重要で、このように横からも攻撃が来ている弾幕には実は言うと弱い。俺は弾を斬るのをやめて後ろに剣を下げ構える。

小さい弾幕と大きい薔薇。とても濃い密度。それでもその隙間からこいしの姿を確認すると同時にスペルカードを宣言する。

 

閃光【一】

 

俺の能力をフルに使用して加速。そのままこいしの背後まで一気に斬り抜ける。

途中で小さい弾に一発だけ当たってしまったがそれでも構わず突撃しこいしを切り伏せた。

 

「ふにゃぁ…」

 

こいしの弾幕が消えて落ちたので下に降りて支える。

 

「うーん…強いねー定晴」

 

何とか有言実行。俺はスペルカードを一枚だけ使いこいしの最後のスペカを攻略したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五十五話 人間友好度

こいしを立たせてあげて次はフランに向く。

 

「それでフランは何か方法思いついたか?」

「…またどこかの夜にやりあおうね!」

 

思いつかなかったのだろう。だがまあいつかするという約束を取り付けたのでその時にフランとは戦うとしよう。

多分こいしは起きたらもう一回…いや、もう何回も再戦を希望するだろうから今の内に休んでおくことにしよう。俺とて人間だし、再生の力も体力回復に使うことはできない。何だかんだ言っても霊力がばかにならないからな。

 

「にしてもお兄様はいつの間にスペカを増やしているのかしら?」

「あー、作りたいと思ったときに」

 

そもスペカは言うてただの紙切れでしかない。そこに名前を書いて弾幕ごっこの時に宣言することで決闘になるのだ。

だが俺は自分の弾幕など覚えてられないし、スペカに予めある程度の霊力を込めている。そうすることで発動もスムーズになるのだ。連続で何度も使えないという欠点はあるものの色々と俺にとっては都合のいいように作っている。

こんな弾幕面白そうだなと思ったときに作っているが、作ろうと思って結局作ってないスペカも何個もある。

ただ剣術系のスペカは例外で、攻める弾幕…というか技なので霊力の込めようがないためこればかりは覚えている。大体はいつもの剣技に名前を付けているだけなので忘れることはそうそうない。

「でも定晴の技はどうにも弾幕ごっこ向きじゃないのだー」

 

そう言うのはルーミア。

一応申し訳程度の小弾は撃っているが、確かに弾幕ごっこ向きではない。何せ元より殺傷能力がある技を敢えて殺傷性を無くして弾幕ごっこに落とし込んでいるだけなので閃光【一】なんて攻撃性能しかなく弾幕とすら呼べない。斬った跡には弾を残しているが、そもそもこの技は奇襲用なのだ。先に宣言する、回避不能のものは禁止という弾幕ごっこのルールがあるため先に宣言し回避不能ではないだろうという意味でしかない。

 

「やっぱりお兄様には弾幕ごっこより普通の殺し合いの方が向いてるんだろうね」

「やっぱりってなんだよ」

「え?もしよかったら弾幕ごっこじゃない殺し合い、やってもいいかなって思っただけ」

 

そう言って微笑むフラン。だがその笑みは若干狂気地味ているような気がして…大丈夫だよな?狂気が何も言わないから突っ込まないぞ?

 

「むにゃ…は!定晴、もう一戦!」

 

こいしが起きて予想通り再戦を希望してきた。

こいしとチルノは根の部分では全く違うが、表面上はとても似ているので扱いやすさで言うとフランよりかは扱いやすい。弾幕ごっこに負けた後再戦を希望してくるところもチルノと同じだ。

 

「連戦で大丈夫か?」

「そんなこと言ったら定晴だって連戦だし!ちょっと痛むけど問題なし」

「問題あり、休め」

 

こいしを強制的に家の前に座らせる。

この時期は木陰だと寒いので日が当たる場所で休んでもらった方がいいという判断だ。こいしは不満そうにしているが致し方あるまい。変に怪我とかされてしまうとさとりに怒られてしまうしお燐達に殺されてしまう。

 

「まあまあこいしちゃん。私と話しましょ?」

「はーい」

 

フランがいい感じに宥めてくれた。ナイスフォローである。

俺とルーミアも会話に参加して雑談していたら誰かが近付く気配がして立ち上がる。

 

「おや、珍しいと思ったが本当に珍しい。吸血鬼の妹に地底の妹、それに闇の妖怪か。どういうパーティーだい定晴?」

「霖之助!?」

 

いつも香霖堂の中で引き篭もり出掛けたかと思えば漂着物探しをしているという森近霖之助がこんな所に現れた。いつもの服装で歩いてきたようで、手にはビニール袋をぶら下げている。袋も漂着物だろうか。

 

「僕は博麗神社に服を届けに行くんだ」

 

そう言って霖之助が袋から出したのは紅い着物。巫女服ではないようだが色からして霊夢用であることは一目瞭然だ。

霖之助はぐるりと俺の周囲の妖怪たちを見渡して再度俺に尋ねる。

 

「それで、これは何の集まりだい」

「地底からこいしが来たから弾幕ごっこをしていたんだ残りの二人は見てただけだよ」

 

俺がそう言うと霖之助は思案顔になる。霖之助は考え事をしているときの表情がわかりやすい。数秒間考えた上で俺に更に質問をぶつけてきた。

 

「どうやって仲良くなったんだい。吸血鬼の妹はそれはそれは恐ろしくあらゆる物を破壊して楽しみ、さとり妖怪の妹は無意識で様々な所に行き正体不明とまで言われ、闇妖怪は日常的に人間を襲い誰かと一緒であることなど殆ど無い…そして人間友好度は皆無、極低、低だ。勿論稗田家の調査が完全に正しいとは思わないがそれでもある程度に参考とすべき値であると思っている。定晴は強いから何ともないだろうがどうして仲良く出来ているのかは僕としては興味がある」

 

霖之助が少々早口気味に言う。

まあ確かに三人共に人間友好度の面だとそこまで高くないのかもしれない。稗田家のってことは人里に住んでる阿求のとこで書かれてる幻想郷縁起の内容のことを言っているのだろう。

幻想郷縁起の実物を読んだことは生憎無いのだが、書いてある内容は実際に本人に聞いたりして書かれた正確なものらしく天狗たちの新聞とは全然違うらしい。そこには人間友好度なる項目があり、阿求の定めたものではあるがある程度の指標になることは確かだろう。

だが…

 

「詳しい内容は省くが今の所三人に危険な部分が出ないようにしている。強いていうならずっと危ないが俺は問題なく生活できてる。ま、危険って言ったってフランやこいしがレミリアやさとりを吹き飛ばすわけではないしルーミアだって妖精に混じって遊ぶことがあるってことだ」

「つまり定晴の能力によって三人に何らかの対処をしている。また友好度が低いとは言え姉もいるし仲良くなればある程度は安全といったところか。そう言えば紅魔館のメイドがたまに来るけど彼女は人間だったね。そういうことか…」

 

察しの良い友人とは時にすごくありがたい。

霖之助はまたも数秒考えた後顔を上げて話しかけてきた。

 

「うん、まあ霊夢たちも同じように妖怪と仲良くしてる様子はあるし何事も例外はあるってことか。ありがとう参考になった。それでは僕はこれで…」

 

そう言って霖之助は博麗神社の方へ歩いていった。あいつも半人半妖だし飛ぼうと思えば飛べると思うのだが…いや飛べないのかもしれない。飛びたくないだけかもしれないが。

休憩もいいところだし続きをしようと後ろを振り向くと三人とも何か微妙な表情をしていた。

 

「どうしたお前ら」

「いや、その…」

「なんでも…」

「…」

 

なんだか様子がおかしい。俺と霖之助の会話の中で何か思うところがあったのだろうか。

三人を代表してルーミアが話し始めた。

 

「私達の人間友好度が低いのは私達も承知の上だしそもそもそういう妖怪だからそれはあまり気にしていないんだけど、やっぱそれって定晴たち人間から見れば変なのかなーって…」

 

ルーミアが何を気にしているのかが分からない。それこそ今更だし霖之助が言った通り霊夢は萃香やら針妙丸やら色々と神社で寝泊まりさせているし咲夜も紅魔館で働いている。俺が妖怪といたところでそれと何ら変わらないような気がするのだけど…

 

「…霊夢は立場上人間側であることがはっきりしてる。咲夜は逆に主に仕える者として妖怪側であるんだと思う。でも定晴は、定晴はどちら側かはっきりしてない。それって両方から敵視されることになるんじゃないかなって…私達みたいに危険な妖怪といえば人間からすれば妖怪側なのだと思われるだろうし、人里で色々していたら妖怪から人間側だと思われるかもしれない。それって両者から敵対されて定晴一人に…」

「馬鹿かルーミア」

「はえ?」

 

ルーミアが変な声を出す。

 

「俺は基本的には人間側だ。だが俺が三人と遊んでいるところを見て人間側が敵対するんだったらそれはそれで害をなしてきた奴に対抗するだけだ。誰がなんと言おうとそいつらの勝手だし、妖怪と共存してもいる幻想郷では慣れてるやつも多いだろう。それでも俺と敵対して襲ってくるんだとしたら…」

 

その時は幻想郷を去る。だがそれを言葉にすることはしなかった。

俺の話を聞いてフランが不安そうな声を出した。

 

「お兄様は迷惑じゃない?」

「ああ勿論だ。敵対してくる奴らとお前らは別だよ」

「…定晴は強いね。私達は一部の人間の影響で人間全部を恐れて地底に逃げたのに。そこをすっぱり切れるのは凄いと思う」

 

そう言うのはこいし。

地底の妖怪達は人間から逃げるために地底に移り住んだと言われている。当時も妖怪と分け隔てなく生きる人間、聖のような人もいたことだろう。だが一部の…その当時は大多数だっただろうが…人間によって皆人間に対して恐怖心を持ってしまった。そのせいで今でも地底には人間と絶対関わりたくない妖怪も多くいるという。

 

「だがまあそんなことを話しても仕方ねえよ。今はそんなこと起きてないしな。三人とも人間に対して思うところがあるのだろうが俺は気にしないからお前らも気にすんな」

 

しばしの沈黙。そして…

 

「…悩んでも仕方ない!定晴続き!」

「はいはい」

 

こいしが吹っ切るように声をあげて弾幕ごっこの続きを促した。

三人とも人間との色々はあることだろう。俺はそこに関わることは出来ない。だが式神のルーミアにだけはある程度の理解をしてもらっていた方がいいだろう。俺はそう決めて地面を蹴った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五十六話 地底へ帰還

それから数日が過ぎてこいしが帰る日になった。

こいしは二日ほど前から帰りたくないと駄々をこねだし宥めるのが大変だったのだが、また地底に遊びに行くことを約束して一応は納得してもらうことにした。こいしの性格はさとりも分かっているだろうが、約束を違えることはこれ以上してはいけない。

 

「んじゃ行ってくる」

「またねルーミアちゃん」

「ええ、また会いましょ」

 

こいしが泊まっていた一週間。度々こいしとルーミアは同じ部屋に集まり話していたようですっかり二人は仲良くなっていた。どうにも共通の話題があったらしいけど、それについては二人とも教えてくれなかった。

今日は元々お燐が迎えに来る予定だったのだが、急遽お燐の仕事ができてしまい他にこちらに来させることができないということで俺が地霊殿まで送ることになった。こいしは放浪癖(無意識でふらふらするので放浪とは少し違うが)があるので一人で地霊殿まで帰すのは不安だという俺とさとりの意見が一致したのでこうなった。

正直に言うとさとりに会うとルーミアとの関係がバレてしまうのであまり会いたくはないが、まあルーミアのことを考えなければ問題ないだろう。最悪無効化を使えばなんとかなる。

 

「じゃあ行くぞこいし」

「はーい」

 

博麗神社の近くにある間欠泉跡が地底に繋がっているので帰りはそこを通って帰る。来るときもここをこいしは通ったらしく迷うことはないそうだ。

博麗神社に着くと霊夢と萃香とあうんがいた。どうも萃香が何かをまき散らしたようでそれを霊夢とあうん、怒られた様子の萃香が片付けていた。一応挨拶だけはしておくか。

 

「霊夢」

「あら定晴さん。こいしが帰るのね」

「…一応聞くが萃香は何をしたんだ?」

 

俺がそう聞くと霊夢は集めていたものの一つを拾い俺に見せてきた。

これは…豆だろうか。大豆の大きさの豆のようだ。

 

「萃香が神社に置いてあった豆を酒のつまみとして持って行こうとしたの。でもあうんがそれに気づいて萃香に声をかけたら萃香ったら驚いて全部落としちゃったのよ。それで私は萃香を叱って掃除させているところよ」

 

霊夢に酒と一緒に食べるから頂戴などと言ったところで貰えない事は萃香も分かっていたのだろう。それで内緒に持って帰ろうとして落としたのか。結局豆は誰の口にも入ることなく捨てられることになるだろうしもったいない。

 

「ま、残念だったな萃香」

「うー…」

 

しょんぼりしている萃香。

可哀そうだが自業自得でもあるので特にフォローはしない。会話もほどほどに俺とこいしは間欠泉跡へと向かった。

 

「ここを通ってきたのか?」

「うん、ここだよー」

 

地面にぽっかりと開いた穴。底が見えないのは妖術でものんでもなく純粋に日光が届いていないだけであり、それだけでこの穴が如何に深いのかを物語っている。

空を飛べるのであれば何ら怖いこともないが、もし空を飛ぶことのできない人がこの中に落ちたらと思うと…子供が巫山戯て柵を乗り越えたりしないことを祈るしかあるまい。

俺とこいしは同時に飛び降りた。俺が魔術で周囲を明るく照らす。空を飛べるとは言え壁面には凹凸があるので誤ってぶつからないようにするための処置だ。

 

「楽しかった〜」

 

降りる途中、こいしがポツリと呟いた。

 

「今までは日帰りだったっていうのもあるけど…それ以上に色んな人と関わったのが楽しかったな。私、あまり認識されないから」

 

無意識でふらふら、意識的にもふらふらしているこいしは基本的に能力が発動している。無意識に発動していることも多々あり、そのせいで道行く人に認識されないのだ。

勿論消えているわけではないので会話したりぶつかったりすれば気付けることもあるが、それでもここまで他人と触れ合うこともなかったのだろう。

 

「それにフランちゃんと同じくらいルーミアちゃんと仲良くなれちゃった」

「結局何が二人を結びつけたんだか」

「秘密ー」

 

顔を赤らめつつそう言うこいし。乙女の秘密とやらだろうか。あまり踏み込むと嫌われるのでここらへんで打ち止めにしておこう。

 

「ちゃんとさとりに感謝しろよ。そもそも無許可なんだし」

「でも一週間の外泊は認めてくれたよ。もういっそのこと地上に戻ればいいのに。もう昔みたいに私達のことを忌み嫌う人は少なくとも幻想郷にはいないのに…」

 

こいしも本気で言っている訳ではないだろう。さとりには地底の仕事があるわけだし、今更地上に戻ることなど出来そうもない。だがそれでもこいしの声が、表情が寂しげに思えたのは、後半の部分は本気で思っているからだろう。

 

「ほらこいし。到着だ」

「はーい」

 

こいしが地面に着地し俺もその隣に降りる。

地底に足を着けるのは久し振りだ。だが忘れたわけでもないので覚えている道に出れば地霊殿まではすぐだった。

地霊殿の入口にはさとりとお燐が立っていて、こいしの帰りをまっていた。

 

「こいし様おかえりなさーい」

「おかえりこいし。迷惑はかけてないわね?」

「ただいまー!」

 

こいしが二人に抱きついた。何だかんだ言って寂しかったのだろう。

さて、これで俺の仕事は終わりなので地上に戻ろうとしたらさとりに呼び止められた。

 

「定晴さん、休んでいきません?え、あっ…話も聞きたいですし」

 

何か知らんが心を読まれたようだ。さとりがどこまで心を読めるのかは知らないけどさとりの前だと心の中まで意識しておかないといけないから緊張する。

 

「定晴!休んでって!」

 

こいしまでそう言うので少しだけ休むことにした。

地霊殿は紅魔館と違ってメイドや執事のような使用人はおらず、ペットが多くの場合仕事をしている。お燐やお空もペットの内の二匹だ。

その影響もあってか地霊殿には紅魔館ほど飾り付けがないので例えこいしがふらふらしていても危ないことはない。ペットたちからすればヒヤヒヤするものなのだろうけど。

 

「お燐、温かいお茶を用意して」

「分かりました〜」

 

お燐がパタパタと走っていった。

こいしが俺の隣に座る。最初こそ朝食の席順が固定だったのだが、こいしは四日目の朝あたりからコロコロと席を変え始め最終的に俺の隣に座っていた。こいしが言うには落ち着くらしい。

 

「へぇ〜?」

「さとり?」

「んっん…何でもありません」

 

咳払いをするさとり。さとりは現在進行系で心を読んでいるのだろうけど、何か思うところがあったのだろうか。

 

「それで…一週間ほど泊めていただいてありがとう御座いました。こいしったら何時の間にかいなくなってて地上に行っていたものだから…」

 

まあそれはこいしの癖みたいなものだろう。今回はお燐がついていながらっていう前置きがあるのでその限りでもないが。

 

「ええ、お燐にはきつく言っておきました。こいしはどうでした?」

「特に問題を起こすこともなく生活してたぞ。妖怪の山とかにも連れて行ったがマナーは守っていた…と思う」

 

ルーミアもついていたし大丈夫だろう。少なくともこいしは今回怪我らしい怪我はしていないはずだ。弾幕ごっこで多少気絶したくらいだろうか。

 

「お茶ですよー」

 

お燐がお茶をくれた。言い方がリリーの春ですよ〜に似ていた。

オリン・ブラック…なんて、服の色の話で腹黒いとかではない。

 

「っふふ…」

「どうしましたさとり様」

「いや…定晴さんはたまに変なこと考えますよね」

 

どうもオリン・ブラックが妙なツボに入ったらしい。声を押し殺しながらも笑っているのが目でわかる。

お燐は何でさとりが笑っているのかも分からないまま疑問顔で立ち去った。仕事でもあるのだろう。

 

「ふぅ…さて、じゃあ地上での話でも聞きましょうかね」

 

そして俺とこいしの二人がかりで地上での思い出を話し始めたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五十七話 一週間が過ぎて

結局その後一時間ほど居座ってしまった。

まだ遅い時間というわけではないので大丈夫ではあるが、日帰り…というか元々こいしの送迎だけのはずだったので遅くなるとルーミアに心配されるかもしれない。なので俺は地上に戻ることにした。

 

「本当にありがとう御座いました。あと御迷惑をおかけしました」

「気にするなさとり。こいしが遊びに来るだけなら喜ぶやつも多いからな」

 

流石に宿泊するのは初めてだったろうが、今までも勝手に地上に来てフランと遊んでいたりするので出てくるだけならば問題はなかったりする。

とここでさとりは俺が避けていたことを聞いてきた。

 

「そう言えば定晴さん、ルーミアさんに対して何とも言えぬような感情が…何があったのですか?」

 

 

「定晴さん?」

 

 

「…定晴さんは心を無にするのも得意なんですね」

「すまないがこれは秘密だ」

 

よく考える癖があると言われるが、別に考えてないと死ぬわけでもないので心を無にしておくことも余裕だ。

結局さとりは俺の心を読むことは出来ず、俺は帰る準備が整った。

 

「それじゃまたなこいし」

「…うん」

 

どうにもこいしの元気が無い。まあ仕方の無いことかもしれないが。だがずっと地上にいるわけにもいかないのは事実。こいしのためにも今日はここで退くとする。

さとりからは次こいしが地上に行った時も同じように連絡をしてほしいと頼まれている。今度も同じ対応をさとりがするかは分からないが、所在不明よりよっぽどマシだ。こいし誘拐事件は俺とさとりの中で根付いてしまっている。

 

「…定晴!」

「ん?」

 

こいしが俺の名前を呼ぶ。

そして俺が振り返ると同時にこいしが抱きついてきた。

 

「……またね」

「おう」

 

こいしの頭を撫でるとこいしは満足したのかさとりの元に戻っていった。今生の別れというわけでもなかろうに。

 

「また地霊殿に泊まりに来てねー!」

 

こいしの元気が戻ったし大丈夫そうだな。

俺は地を蹴り来たときと同じ穴から俺がいるべき地上へと戻った。

 


 

なんだか少しニヤついてしまう。まさかこいしが大胆な行動をするなんて。

 

「こいし、最後のは…」

「無意識だもーん。へへへ…」

 

そう言いつつも顔を赤らめながら笑うこいし。どうも地上で心境の変化があったようだ。定晴さんが困惑していたので想いを伝えたってわけではないだろうが、ある程度こいしがこいし自身の気持ちに気付く原因があったようである。

最初、地霊殿で寝泊まりしていた定晴さんを送った時は自覚無く泣いてしまっていたこいしが今や抱きつくまでに至っている。相当地上で面白いことでもあったに違いない。

人間嫌いが集まる地底で人間である定晴さんのことを異性として気になっているこいしは地底からすれば異常にも見えるだろう。確かに定晴さんは人間としてありふれつつも達観しているので良い人だとは思うが…流石に妹の恋敵になるつもりはないし私はどうしても人間のことを異性として意識することは出来そうにない。元より心が読めるので恋なんてしたところで面白くもないが。

 

「ほら、入るわよこいし。もっと地上での思い出を聞かせて?」

「うん」

 

こいしを連れ立って歩く。

私と違ってこころを閉ざしてしまった妹。私でも心が読めない妹。それでいて人間に恋をした妹。私とは正反対。

恋がしたいわけじゃない…

でも少しだけ羨ましいと思うのは、勝手だろうか。

 


 

地上に戻ってきた。地底もどういうわけか全体的に明るいのだが、やはり天の光とは全く違う。地底での経験があると植物が求めるのもなんとなく分かるというものだ。

 

「おかえり〜」

 

博麗神社にもう一度よると掃除を終えた霊夢、あうん、萃香の三人がまったりお茶を飲んでいた。いや、萃香が飲んでいるのは酒だな。

地底から戻ってきた俺を見て萃香が呟く。

 

「私もちょくちょく地底に降りて勇儀たち鬼と酒飲むんだけどさ、若干遠いのがネックだよねぇ〜瞬間移動の妖術とかないのかねぇ〜」

「あんたは霧になって移動するから比較的楽でしょ」

 

そして霊夢にツッコまれた。

そう言えば萃香は能力で霧になるまで細かくなったり、逆に凄く大きくなったり出来るんだったな。霧になるってどういう感覚なのかは少し気になる。

 

「定晴さんもお茶飲む?あうんが何処からか貰ってきたらしいのよね」

「いや、さっきも地霊殿で雑談ついでに頂いてきたから遠慮する。んじゃまたな」

 

霊夢の誘いを断り家に帰る。霊夢がお茶に誘うなど中々無いことだが、地底でも結構飲んでしまったので喉は乾いていない。

博麗神社から家は結構近いのですぐに到着した。

 

「おかえりご主人様」

「おう。家に二人っきりってのは久し振りだな」

 

こいしが一週間泊まり、フランも一泊していったこの家で俺とルーミアの二人しかいないというのは一週間振りだ。こいしの側には必ず俺かルーミアがいたしこいしの遊びに付き合うために大方外に出ていた。こうやって家でまったりというのもまた久し振りなのであった。

 

「もう夕方だけど…買い物にでも行く?」

「いや、夕飯の材料は足りてる。ルーミアもこいしと遊んで疲れただろ。休んどけ」

 

俺がそう言うとルーミアは起こしていた体をソファに倒した。やはりルーミアも多少なりとも疲れていたようだ。

 

「今日はシチューだ」

「分かったー」

 

ルーミアはそう返事したら睡魔に負けたようだ。背もたれで隠れて見えないがその裏から寝息が聞こえる。

俺はそれを聞きながら夕飯の準備を始めた。こいしとの一週間はこれにて終わったのだった。




この章はこれにて終了です。次章の予告をするならば…

「またお前らか!本当に数多いな!」

「それじゃうちの子は渡せないね」

「ご主人様!待って!」

大体こんな感じです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十章 黒異編
百五十八話 流行りの病


人里で買い物をしていたら声をかけられた。

 

「定晴さん。新聞きてますけど買います?」

「ん?ああ、そうしようかな。小鈴、一部ちょうだい」

 

声をかけてきたのは本屋の看板娘の小鈴。

俺はたまにここで本を買ったり借りたりして幻想郷の知識を増やしているのだが、それを繰り返しているうちに小鈴とも仲良くなったのだ。その結果こうして声をかけてくれるまでになっている。

 

「はい、いつもの料金ね」

「ほい丁度」

「うん、丁度ね。ありがとうごさいました〜」

 

買ったのは天狗の…というか文の人里向けに書かれた新聞。誇張表現などはありはするものの幻想郷で何が起きているのかを知るには丁度いいのだ。

妖怪の山内部で流通する妖怪向け新聞とは違い人間に向けた内容が多く、能力があるとはいえ専ら人間側での活動が多いので妖怪向けよりこちらの方が色々と都合が良い。

 

「さて、一面だけでも見てみるかっと…ふむ」

 

流石に歩きながら読むのは危ないし迷惑なのでそんなことはしないが表紙となる一面だけはチラッと見ることにしている。

そこには[妖怪の山で流行?謎の病気・黒病]と書かれていた。

 


 

「ただいまー」

「おかえりなさい」

 

買ってきた食材を戸棚や冷蔵庫に仕舞う。

夕飯の準備をするには早い時間なので俺はソファに座るルーミアの隣に座って新聞を手にとった。ついでにルーミアに訊いて見る。

 

「なあルーミア。黒病って知ってるか?」

「なにそれ?人里でまたなんか流行り始めたの?」

 

ルーミアは知らないようだったので軽く説明をすることにした。

 

「いや、実は流行っているのは人里ではなく妖怪の山らしい。どうやら天狗だけでなく河童やそれ以外の妖怪にも感染るらしくてな。感染すると目の下に深い隈ができるのと皮膚の一部が黒くなることが名前の由来らしい。全身疲労と妖力の乱れを発症し改善の方法は分かっていないが、合計で百数人がかかって誰も死亡していないらしい。人間にも感染るかは分からないってさ」

 

そんなことが新聞の一面に書いてあった。

感染経路、なんて言葉を天狗たちが知っているとは思わなかったが(文が書いているので文だけが知っている可能性もある)天狗たちの医療技術では原因も感染経路も不明らしい。

 

「でもそれってご主人様には関係なくない?」

 

そう、俺には浄化の能力がある。その影響でウイルス性若しくは細菌性の病気などしたことがない。

だがそれは俺だけの話であり…

 

「ルーミア、お前には関係あるだろ」

「まあ…そうだけど」

 

ルーミアは浄化の能力は持っていない。

見たところこの病気は妖力の量や強さに関係なく感染するらしいのでルーミアとて慢心することはできない相手だ。ウイルスなのかは分からないけど目に見えない敵というのはいつの時代も面倒なものだ。

 

「どうやって感染するかは分からないけどマスクはしておいた方がいいかもな」

「でも面倒なんだけど」

「この家は浄化作用が働いてるから良いが外に出たときは付けたほうがいいと思うぞ?俺の傍にいるなら浄化も効くかもしれないが…」

「じゃあ私ずっとご主人様といる」

「そういうわけにもいかないだろ」

 

どうも話が進まない。

にしても黒病か…死亡者はいないにせよ知り合いにかかると心配だな。それに病状を見るに黒病にかかった人が怪我などをするとそのまま衰弱死する可能性がある。妖怪の回復力の源は勿論妖力だ。それが乱れるのであればいつもの回復力は望めないだろう。

 

「取り敢えず注意はしておけよ。人間にかかった場合は浄化で消し飛ばせるが妖怪にかかったやつを消そうとすると妖怪ごと消し飛ばす可能性があるから」

俺の浄化能力の欠点。それは対象だけを指定するってことが出来ないことだ。

例えば俺の目の前にルーミアがいて、その直線上に敵の妖怪がいるとしよう。もし俺が浄化能力を付与した弾を撃ち出して敵に当てようとすればルーミアも巻き込まれることになる。俺の式神たとしても妖怪である以上浄化能力の的となってしまうのだ。外の世界で仕事に使う分には何も困らないだろうが、妖怪が大半である幻想郷では問題でしかない。

言うなれば敵味方関係なく吹き飛ばす爆弾のようなものだ。紫に使用を制限するように言われたのはこのあたりも原因であろう。

 

「…」

「ルーミア?」

「…なんでもない」

 

そう言うとルーミアは自分の部屋に戻っていった。

自分の部屋と言ってもルーミアはそこを寝る時くらいしか使わない。先日まではこいしと話す時に使っていたようだが、こいしが地底に帰った以上ルーミアの部屋はただの寝室に逆戻りだ。

そんな部屋に戻っていったと言うことはルーミアは何か思い悩むことでもあったのだろうか。そんなにマスクをしたくないのだろうか…

 


 

ああ、私は本当にだめそうだ。

まさか、そんな…病気にかかったらご主人様が看病してくれるかな、なんて…

不純だ。マスクをつけたくないのは面倒だから、それは嘘偽りない言葉だ。でも話しているうちにご主人様に看病されるのも良いかなって思い始めてしまった。そしてそれを想像した。

途端幸せな気持ちになってしまったのだ。

いつか消えるだろうと思っていたこの想いはかえって日々強くなっている。それこそ最近では劣情すらも抱いてしまうほどに。

 

「はぁ…」

 

彼のことを見ているだけで揺れ動くこの心は、頭は途中から話なんて聞いていなくて…

黒病のことなんてすっかり消え去っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五十九話 調査依頼

UIが三万を超えました!感謝です!


次の日。俺は霊夢に呼ばれて博麗神社に訪れていた。霊夢が俺を呼ぶなんて今までなかったことだし何か重要なことでも話すのだろうか。

 

「いらっしゃい定晴さん。取り敢えず中に入って」

 

霊夢に促されて裏手に回る。神社の正面は参拝などをする場所だが裏手は霊夢の生活スペースになっているのだった。そこには萃香、針妙丸、水那に加えていつもならこの季節は眠っているはずの紫がいた。

 

「紫?」

「久しぶりね定晴。なんて言っても数週間前に外の世界絡みで会ってはいるけど」

 

水那の記憶関係で紫と戦った時の事だろう。俺にとってもスキマというのは厄介なので本当にシコリを残すこと無く終わってよかったと思う。

それはそれとして俺の呼びつけた理由は何なのか。俺が机の周りに座るのを確認すると紫と霊夢は目配せをして話し始めた。

 

「定晴さん、黒病って知ってるかしら?」

 

つい昨日新聞で見た内容だ。まさかこんな所でその話を聞くとは思わなかったが…いや、だが妖怪と人間のバランスを崩す可能性があるものだし皆無ってわけでもないか。

 

「ああ、昨日新聞で読んだ。妖怪の山で流行っているらしいな」

「ええ、確かに感染者数が多いのは妖怪の山よ。でも感染者は幻想郷中にいるわ」

 

まああり得る話だろう。妖怪の山は完全に封鎖しているわけではない。外との出入りもあるだろう。そんな状況で感染が広がらないなんてことはないのだ。感染源が妖怪の山なのか別の場所から運ばれてきたのかは不明だが。

 

「この病気は実は人間にも感染するの。いえ、これは感染というより発症ね」

「というと?」

「これは別にウイルス云々の話ではないのよ。言うなれば急に流行り出した体調不良みたいなものね。どうもどこかに強い妖力を持つ妖怪がいてその妖力に当てられて体内の力が不安定になってるらしいのよ。まあ不安定になる原因は他にもあるから必ずしもそうとは言えないのだけど…」

 

なるほど…確かにそれは発症と言うべきだろう。

強いものに引っ張られて弱い方はバランスが悪くなるというのは実際結構よくあることだ。我らが地球の引力だって太陽や周囲の惑星の影響で歪んだ形をしているからな。

しかしそれでは問題がある。

 

「じゃあ目の下が黒になるのは何が原因なんだ?」

「そっちは分からないのよねぇ…」

 

そう小さく呟いたのは紫。さすもの紫とて医者ではない。というより幻想郷には超優秀な医者である永琳がいるのだ。紫とて話を聞きに行ったことだろう。それで分からないとなれば身体的なものではない可能性が高い。

それともう一つ…

 

「その強い妖怪をどうにかしてしまえばいいんだろう?そっちはどうなっているんだ?」

「それが不思議なんだけど、何故か妖怪の山の多くの妖怪を麻痺させるほどの妖力を持っているはずなのに全然見つからないのよ。妖力が漏れているからこそこんな風になっているはずなのに全然分からないのよね。どこかに隠れているのかそれとも狙って妖力を開放しているのか…そうだとしても解放した時に分かるはずなんだけど…」

 

紫も色々とやったうえで分からなかったようだ。紫の移動能力はすさまじいので幻想郷中を見て回ること簡単だろうに、それが分からないのだとしたら相手は相当のやり手の可能性がある。

 

「そういうわけで後はもう生身でひたすら探すしかないわけよ。ここまで言えばわかるわよね?」

「なるほど。それを俺に探せって言ってるわけか」

「そういうこと。今回は霊夢と水那にも参加してもらって三人でお願いするわ。霊夢と水那は博麗の巫女としての仕事だからあれだけど、定晴は依頼ということにするわ。いいかしら?」

「任せろ」

 

霊夢と水那と俺。三人もいれば幻想郷で強い妖力を持っている妖怪を探すことは結構容易に思える。実際紫が見つけきれなかったのだから簡単にはいかないだろうが。

 

「見つけた場合対話が可能なら連れてきてもらってもいいかしら。それが不可能なら退治をしてくれて構わないわ」

 

シンプルだ。説得ができるなら平和的に、無理なら暴力的に。幻想郷らしい分かりやすい内容で俺もありがたい。

 

「私は病気について他にも調べてみるわ…実はというとこれで藍が倒れたのよ…」

「藍が!?」

 

あの狐の中でも最高の九尾の妖怪である藍すらも不安定にさせるほどの妖力。そんなに影響力があるのに未だに見つかっていないというのはやはり何かあると考えて良さそうだ。

多分紫も藍が倒れて仕事に影響が出てしまったから解決しようとしているのだろう。藍は紫の式神だ。なので幻想郷管理の仕事の一部も担っているというその藍が倒れた時の影響は思っているよりも大きいだろう。

 

「それじゃあ頼んだわよ」

 

そういうと紫はスキマで帰っていった。

俺たち三人は立ち上がって伸びをする。いや、水那はどうも緊張しているようだ。

 

「ほら、しっかりしなさい水那。初の博麗の巫女の仕事よ」

「だから緊張してるんですよ!うう、私がその妖怪に会ったとして私でどうにかできるんでしょうか…」

 

そうか。水那にとっては初仕事になるのか。それは確かに緊張するかもしれないな。

霊夢は針妙丸と萃香に留守番を頼んで外に出た。それに俺達も付いていく。

 

「じゃあ早速始めるわよ。私は妖怪の山付近を探すわ。そこが一番可能性が高いから。水那は人里近くを頼むわ。人里には友好的な妖怪がそれなりにいるから何かあっても大丈夫でしょ。定晴さんはそれ以外の場所を全面的にお願いするわ。霧の湖は私が見るから…三途の川方面を頼むわ」

 

こうして俺たちの方針が決まった。

俺だけやたらと範囲が広いような気がするが、多分霊夢は唯一報酬を貰うんだからそれ相応の仕事量をしてもらおうってところだろう。

霊夢と水那が飛び立った。俺は少し待ってから階段を下りて繋がりに妖力を込めた。仮契約の状態は継続中、だが本契約と同じ効力を持つのなら…

 

「はいはい。お呼びかしらご主人様?」

 

式神召喚。こんな感じなのか。

ルーミアに簡単な概要を説明し俺とは違う方向を見てもらうように頼む。ルーミアは頷いた後に飛び立った。

俺も行動開始だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十話 調査録

博麗神社から三途の川に向かおうとすると必然的に太陽の花畑を通る必要がある。折角なので幽香に顔を出してついでに情報収集をするとしよう。

この季節の太陽の花畑は空から見ると何とも味気ない。勿論この季節にしか咲かない花が咲くように植えられているのは幽香のこだわりだろうが、それでも夏の向日葵の派手さには遠く及ばないだろう。

 

「幽香ーいるかー?」

 

俺が家の前に立って幽香を呼ぶと中からドタバタ聞こえた後にドアが開いた。

 

「は、はーい。どうしたのかしら定晴?」

「あー…不都合だったら出直すぞ?」

「そんなわけじゃない!気にしないで」

 

焦った様子の幽香。明らかにさっきの音は何か作業をしていたか何かの途中で中断したような音だったが、本人が気にしないでと言っているのなら俺も気にしないことにしよう。

 

「誰ー?幽香ー?」

 

と思っていたら幽香の後ろから少女が出てきた。

黄色の髪で身長は妖精たちと同じくらいの少女だ。その傍にはアリスのように人形が浮いている。彼女も人形遣いなのだろうか。

 

「やっぱ誰かいるんじゃないか。邪魔したな」

「ちょ、ちょっと待って!メディスン。少し待っててちょうだい」

 

名前はメディスンと言うらしい。メディスン…薬だろうか。植物で薬を作ることもできるし幽香と接点があるのは不思議ではない。まあ名前がそのまま存在を表しているわけではないだろうけど。

ともかく幽香がやたらと話を聞きたがるから簡単に内容を説明する。わざわざ客人がいるのに俺のために時間を作るというのは変な話だが、幽香はあまりそういった話を聞いてくれない。

俺が説明をすると幽香は少し考えた後に顔をあげた。

 

「ごめんなさい。私は知らないわね。メディスン、何か知ってるかしら?」

「特に何も知らないわ。私あまり妖怪の山の方に行かないもの」

 

という返答があった。

その後も少し話をして彼女の名前がメディスン・メランコリーということが分かった。どうやら浮いているのはアリスとは少し違う仕組みらしい。

その後少し幽香と雑談してから三途の川へ向かった。その時幽香から

 

「また危険な依頼なのね…あなただって不死身ではないんだから…」

 

と心配された。幽香は俺が外の世界で次期博麗の巫女を探していたことを知らないので、彼女からすれば俺の一個前の依頼は対ルーミアの時となる。確かにあれも危険なものだったわけだし幽香が心配になる気持ちもわからんでもないのだ。

だがまあ…これは俺の仕事だ。外の世界でやっていたときからその在り方は変わっていない。紫や霊夢のある程度のサポートもあることを考えれば待遇はむしろ改善されていると言える。それだけ外の世界は…いや、やめておこう。俺は今は幻想郷にいる。

 

「さてと…三途の川では何か見つかるかな」

 

呟きながら三途の川に向かう。

だが正直言って期待はしていない。なんせ死神やら閻魔やらが通る場所だ。もし異変の黒幕がいても何かしらの対処がされるに違いない。それに三途の川に近寄る妖怪もいないわけで、黒病が広がるにしては不可解だ。

岸に降りて周囲を見渡す。前は小町がいたりしたわけだが、今日はきちんと仕事をしているようだ。いや、見えないところでサボっている可能性もあるのだが。

冬、特に年が変わる前のこの時期は彼岸花の開花シーズンである。やはり彼岸が近いためか彼岸花が多く咲いている。九月に咲いて翌年の五月頃に枯れるというのだから生命力は中々のものだ。

…彼岸に近いところで生命力だなんてあまり笑えない話だな。

 

「うーん…取り敢えず無縁塚の方にも行ってみるか。霖之助とかがいるかもしれないし」

 

三途の川からもそれなりに近い無縁塚へと足を向ける。

霖之助とて半人半妖だから行けるだけで普通の人間にとってはまあまあ危険な場所だ。妖怪が身を隠す場所にしては丁度いい気がするが…

無縁塚に到着し周囲を見渡すと一匹の妖怪がいた。

 

「ぐるるるる…」

「おっと。獣妖怪…普通の妖怪だな。関係なし」

 

妖力量、姿形、状態共に標準。狼のような姿をしている普通の妖怪だ。異変に関係しているとは思えない。

そいつが俺を敵と判断したのか餌と判断したのかは知らないが襲いかかってきた。人型の妖怪は全体的に対話が可能ではあるのだが、たまにこういった理性のないような獣もいる。多分だが無縁塚に流れ着く色々を食べているのだろう。

突進を輝剣で弾く。このような妖怪たちに弾幕ごっこは意味がない。だが弾幕ごっこをしなくても勝てるような相手であるというのが実情である。

二度目の突進を再度弾き輝剣を斬り返した。それだけで妖怪の顔には傷が付き怯ませることができた。普通ならここで逃げるなりする筈なのだが、怪我を顧みずにまたもや突進をしてきた。

よほど空腹だったのだろう。何か妖術を使うような素振りもないので簡単に人間にやられてしまうのだろう。そのためここで食事をしていたらしいが、俺が何も見つけることが出来なかったようにこの妖怪もまた、何も見つけることが出来なかったと見える。

だが、襲いかかってきた以上そこに慈悲はない。

 

「ふん!」

 

輝剣を握り強く振った。すると妖怪の体は二つに裂けて鳴き声をあげることなく絶命した。無為に妖怪を殺したくはないが、空腹時の妖怪はそれこそ死ぬまで追いかけてくるのでここは思いっきりやらせてもらった。無縁塚に流れ着くものと共にこいつも土に還ることだろう。

俺の輝剣は浮かせて動かすことが大概だが、それでは力に限界がある。振る速度も身体強化した時よりも遅い。浮かせるよりも握った方が丁度良いこともある。

 

「にしてもこちらは発見無し、か…」

 

別方向に霊夢、水那、ルーミアの三人が向かっている。そこで何かを見つける事が出来たら御の字なのだが、あの紫すら見つけられなかった相手だ。そう数日で見つけられるとは思っていない。

俺は探索を中断し博麗神社へ帰った。だが俺の考えとは裏腹に事態は急変するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十一話 ボロボロの水那

風の能力で飛んで博麗神社に帰還する。

この能力。実は結構厄介なことがあって、嵐のように風が強い日は空を飛ぶことができないのだ。なにせこの飛行方法は風を纏っているだけであって、霊力や妖力で浮いているのとはわけが違うのだ。風だけで何で浮けるのかと言うと俺にも分からないのだけど。

それはともかく、こうして博麗神社に戻った俺はその後に戻ってきた霊夢と共に情報交換をすべく水那を待っていた。人里の近くだしそこまで時間はかからないと思ったが、どうにもそういう訳にはいかなかったようで二十分も待つことになった。

そして帰ってきた水那は…かつてルーミアに敗れてボロボロになった霊夢と同じような状態で気絶していた。

 

「人里の近くの森の中で倒れていたんだ」

 

そう話すのは慧音。実際に発見したのは森の中を巡回していた人間だったらしいが、水那の姿を見て只事ではないと分かり慧音が連れてきてくれたようだ。博麗の巫女は人間側。水那は知らぬ間に人里との交流をしていたようである。

 

「妖力とか感じなかったのか?」

「いや…申し訳ないが気付かなかった。見習いとはいえ博麗の巫女である水那がここまでやられる戦闘であれば気が付くと思うのだが…」

 

水那はまだまだ修行をサボっている霊夢にも届かないほど未熟だ。そも記憶改竄をしないまま外の世界から連れてきたから馴染みにくいのだと紫がたまに愚痴るのだが(少なくとも俺の目が届く時にそんなことはさせないし弾幕ごっこではない戦いで一応の決着もついてるので呟く程度)それでも水那はよくやっている。それをここまでするとは何者なのだろうか。

だが…

 

「目覚めてから何があったか聞けばいいでしょ」

 

霊夢の言う通り水那が目覚めてから聞けば良いのだ。意思が無いのか将又ミスか、水那は重傷を負っていながらも生きている。何が起きたのかを聞くくらいならば容易だろう。

俺と霊夢は慧音にお礼を言い慧音は人里へと戻った。慧音が人里から離れるのも少々問題なのだが、博麗神社までの道を陸路で進むとなるとそれこそ大変なので慧音に頼るしかなかったのだろう。本当に感謝だ。

 

「そうだ。霊夢、一応ルーミアにも捜索を頼んでいる。危ない時は封印解除しても良いと言っているんだが…」

「それ、また暴走しないでしょうね?」

「大丈夫だ。そもあれは俺が常に意識を向けている必要をなくすためのものだし、何かあればすぐに分かる」

 

現在のルーミアがつけているリボンは単なる封印の術がかけられているのではなく俺の式神の主としての力を込めている。なんならポケットにでも入れておけばある程度の効果は発揮する。本人はリボンがないと落ち着かないらしく専ら頭につけてはいるが。

そもそも前回霊夢が反撃された時のあれはルーミアとどこぞの野郎の約束によるものだ。また、ルーミアが暴走したのもそいつが何らかの力によってルーミアを暴走状態にしたまでに過ぎない。実際のところ封印が無くともルーミアが暴走することはないはずなのだ。

 

「…普通式神とは遠く離れてても連絡ができるんだけどそれは?」

「そうなのか?俺はできないが」

 

…そろそろ式神の契約をしっかりとするべきだろうということは分かっている。だが妙に忘れてしまって俺もルーミアも家にいるときその話題が生まれないのだ。

 

「ごしゅ…定晴ー」

「別に私はあんたと定晴さんの関係は知ってるから気にしなくていいわよ」

「私が気になるの」

 

それでも素の口調で話すルーミア。流石に俺のことをご主人様と呼ぶのは恥ずかしかったのだろう。藍は紫の事を紫様と呼んでいるわけだし、橙とて同様。藍が仮契約での不安定さ故とも言っていたしルーミアと契約をきちんとしなおせばある程度は直せることだろう。

 

「ルーミア、何かあったか?」

「こっちは何も。そこで水那が倒れてるってことは人里近くが当たりだったってことじゃないの」

「まあ別の妖怪にやられたって可能性もないこともないけどな」

 

だがその場合慧音が気づかないのはやはり謎だし、そもそも水那をあそこまで出来る妖怪が人里近くにいる場合誰かしら先に気付いている。

水那がいつ起きるのか分からないけど、このまま放置しておくのも行けない気がする。

 

「霊夢、霊夢は水那の様子を見ておいて俺とルーミアが人里近くを見に行くのはどうだ?」

「そうねぇ…そっちの方が効率がいいか。私は水那のことを見ておくだけでいいしそれで行きましょ」

 

霊夢の認証も得たので俺とルーミアは人里に向かって飛び出した。

水那をここまでする妖怪がどういう姿なのか、目的は何か、能力は何か。一つでも情報を多く得ることが最重要として俺とルーミアは気持ちを入れなおした。

 




キリがいいので短いですがここで切ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十二話 破裂

俺とルーミアが並んで飛ぶ。周囲から見れば…というか最近俺とルーミアがよく一緒にいるところを見ているチルノたち妖精やフランが見れば俺とルーミアの関係性も気になるかもしれないが、今回は緊急なので諦める。

人里は博麗神社からも結構近いところにあるので、移動時間はそこまでかからない。博麗神社と人里の間には妖怪も多く住んでいる森があるが、空を飛んでいる俺達にとっては障害にすらならない。たまに森の中から妖怪が飛んでくることもあるのだが、今日はそういったこともなくスムーズに人里に到着することができた。

だが今回調査するのは人里の中ではなくその周辺だ。水那をあの状態にして尚且近くの人里にいた慧音に存在を気付かれないほどの妖怪。ただ純粋に妖力が多いとかそういう問題ではないだろう。

 

「ルーミア、左回りで見てくれ。俺は右回りで確認する」

「了解」

 

俺とルーミアは人里の入口で左右に別れる。

水那が発見された当時犯人の妖怪は近くにいなかったのだという。もしかしたら近くで隠れていたのかもしれないが、どのみち森の中で隠れていることだろう。

水那を倒したあとに人里に逃げ込んだ可能性もある。人里に妖怪…勿論人間に有効的な…が入ってもそれが堂々と妖怪であると分かるような状態でなければ問題にならない。要は変装もとい変化の術などで人間に化けている時は人里に逃げ込んだとしてもバレないのだ。

だが…妖力の強い妖怪が人に化けたところで内包する力の大きさを隠せるわけではない。水那を倒せる妖怪が変化して…なんてのは…

 

「おーい!定晴ー!」

「ん?」

 

横から俺を呼んだのはチルノだ。大妖精と一緒に、手にお菓子を持っているところから察するに人里で手に入れたものだろう。

 

「慧音先生から聞いたぞ!なんか探し物をしてるらしいじゃないか!仕方ないからあたいも手伝ってやる!」

 

そう意気込むのはチルノ。チルノはよくこんなふうに話すのだが、素直にいれてと言うのは恥ずかしいのであくまでチルノが仕方なくという体を取ろうという分かりやすい作戦だ。

だが生憎と今回ばかりは危険なので…

 

「悪いがダメだ」

「んな!あたいの誘いを断ろうっての!?いい度胸じゃない!ここでどちらが上かもう一度わからせる必要がふぎゃん!」

 

そこに弾が炸裂した。チルノの後頭部にクリーンヒットである。さすがに手加減はしていたようでそれで気絶することはない。

 

「もう!先生に邪魔しちゃだめって言われてたじゃん!すみません定晴さん」

「あー…気にしないのでくれ。ただ今回のは本当に危険だから知らないフリをしててくれないか?」

 

俺がそう言うと大妖精は頭を下げた後にチルノを連れて行った。チルノは抵抗していたが大妖精は意外と力があるようで、そのまま連れて行かれた。チルノは何だかんだいって優しいので大妖精相手に暴力ができなかったというのもあるだろう。

 

「チルノの乱入で何を考えていたのか忘れてしまった…」

 

だがまあ考え事は俺の癖なのでまた同じことを考えるときもあるだろう。緊急を要することは特になかったはずなので俺はそのまま人里周辺を飛ぶ。

そうしているとルーミアの方から妖力を感じた。微細かつ分かりにくいが、ルーミアの妖力だ。まるで何かに遮られているようにも感じるが、式神の繋がりがこうして役に立った。

俺は一直線にルーミアの方へと向かう。

 

「ルーミア!」

 

見るとルーミアの左手が負傷している。何者かによって負わされたのだろうか。

かく言うルーミアは何もない地面を見ながら呆然としている。俺が近付いたことにも気が付いていないようだ。俺は横に並んでから声をかけた。

 

「ルーミア、何があった」

「…妖怪が…破裂した…」

 

破裂しただと?しかし目の前には何も残っていない。

未だにルーミアは地面の一点を見つめているから破裂したという妖怪はそこにいたのだろう。

 

「人里近くを飛んでたら妖力を感じたの。弱い妖力だったから違うだろうと思ったけど一応近付いた。それは特に意志も持たない妖怪で…急に、それこそ体内の妖力が乱れるくらいの妖力になって…そして破裂した。外の世界にあった風船みたいに…」

 

ルーミアは外の世界で風船を見ている。ルーミアを一度外の世界に慣れさせるために遊園地に行ったからだ。とある子供がルーミアのすぐ近くで風船を破裂させてしまいそれにビックリしてたルーミアは可愛らしかったが…

 

「私、今は大丈夫だけど…その時は妖力が乱れて腕で体を庇うしかなくて、それで怪我したの。これくらいならすぐ治るから安心して」

 

ルーミアはそう言うが俺は再生能力をかけた。みるみる怪我が治っていく。浄化能力では妖怪相手だと危険が伴うが、再生では人間妖怪関係なく治すことができる。

 

「水那も同じようになったのか…?」

「それは聞かないと分からない。けど…いえ、まだ分からないわね。ご主人様、一度神社に戻ろ」

「…そうだな」

 

もしこれが、これまでの事件の原因がこれだとしたら…

妖力の乱れの原因は妖力の破裂、紫が犯人を見つけられなかったのは妖怪が破裂して消えたから。

だが謎が残る。黒病は目の下に隈ができる。だがこの発生方法では目の隈などできそうにない。それに妖怪が破裂して消えているのなら連続で起きる理由が分からない。そして何より、妖怪が破裂する意味がわからない。

俺は複数の謎を残したまま博麗神社へと帰還した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十三話 跡形もなく…

博麗神社に戻るまでの間ルーミアと俺との会話は殆どゼロだった。ルーミアはどうか知らないが、俺にとっては情報を整理するためにもありがたかった。

多分だがルーミアの言う破裂した妖怪は直接的な犯人ではないだろう。他者によって強制的にされたのならむしろ被害者だろうが…そこはまだ分からない。

妖精でもないのに消えて跡形もなくなるなんてあるのだろうか。今までも破裂して妖力を撒き散らしていたと考えると色々と辻褄か合うのだ。紫が見つけられなかった理由、妖力による乱れの理由…引っかかるところも多々残っているが。

今は取り敢えず情報が必要だ。水那が起きていれば良いのだが…

 

「そういえばルーミア」

「…ん、何かしら」

「破裂して発生した妖力溜まりはどうした?あれって自然に出来たものとは違って近くの妖怪の妖力を回復することなく逆に乱すんだろ?」

 

自然にできたと言ってもそれも妖怪が多く残っていた名残ではあるのだが、そちらはある程度の加減はされていて妖力回復ポイントとなっている。

 

「それならすぐに闇で吹き飛ばしたわ。妖術って呼べるものは使えなかったからただ能力と妖力で相殺して飛ばしただけだけど」

 

それを聞いて俺はルーミアに対して頷いた。ただでさえ人里に近い場所だ。少々手荒だったとしてもルーミアの判断を間違っていると断言することは出来ない。

俺とルーミアがそんな会話をしていたら博麗神社に到着した。俺とルーミアの力を感じたのか霊夢が外に出ている。その隣には気絶状態から復活したのであろう水那が立っていた。

そして俺が地面に立つと同時に博麗神社から出てくるもう一つの影。

 

「今の所は大丈夫そうよ。何かあったら呼んで頂戴」

 

迷いの竹林の奥で病院をやっている不老不死、八意永琳だ。俺は永遠亭に行かないので…というか凄いギクシャクしてるので行きたくないので会話はない。出合い頭で剣を突き付けたしな。

永琳は俺に気が付くと軽く会釈をして帰っていった。一応こうやって出張することもあるんだなと思いつつ水那に向き直る。

 

「大丈夫か水那?」

「はい。霊夢さんが定晴さんが帰ってきてから話を聞くと言ったので待っていました。定晴さんこそ、何かありませんでしたか?」

「それは一緒に話すとしよう」

 

俺の言い回しで何かあったことに気付いたか霊夢が若干難しい顔をした。

霊夢の後ろに付いていく形で博麗神社の中に入る。その途中で水那がルーミアを見てから質問してきた。

 

「ルーミアさんも手伝ってたんですね」

「まあな。人手は多い方が良いだろと思って。実際それが成功だったわけだが…取り敢えず座ろうか」

 

水那は元々外の世界でルーミアと俺が一緒に行動しているところを見ているので霊夢と同様に関係性は知っている。天狗とかに何か言われると面倒だから口封じも添えて。

俺と水那、ルーミアの三人が座ったことを確認した後に霊夢が口を開いた。

 

「じゃあまずは水那。何があったの?」

 

対する水那の返答は俺とルーミアが経験したことと大差はなかった。ただ俺たちと違うのは、ルーミアは妖力に気が付いて自ら近付いたのに対して水那は気付けなかったためすぐ近くで妖怪が破裂したことに咄嗟に反応できず妖力爆発を至近距離で受けたようだ。

俺が補足は追加の質問を交えつつ話を進めたが、俺が知り得た情報とそこまで変わらない。どちらかと言えば気絶しなかったルーミアの方が得た情報は多かったほどだ。

やはり水那の方も妖怪が破裂したようである。何とも恐ろしい話である。言うならば自爆テロだ。その大きな妖力で周囲に影響を与えるとなると毒物の方が近いかもしれない。

 

「霊夢、取り敢えず紫に報告しよう」

「ええそうね。紫ー!!!!」

 

そんなに大声で呼ばなくとも紫は来るだろうに…

 

「はーい\(^o^)」

 

…なんか顔文字が幻視出来たような…いや気のせいだろう。

紫の後ろには藍も付いている。どうやらある程度は回復したようだ。いや、未だに足取りは覚束ない。

霊夢が紫に分かったことなどを報告した。紫は紫で色々と仕事をしているらしい。冬の間は寝たいのだそうが、今年の幻想郷はそれを許さないようだ。毎年冬になると紫は殆どの仕事を藍に任せて自分は寝るのでそのツケが回ってきたとでも思えばいいだろう。

 

「…なるほどね、まあそれなら退治目標は一つ。その妖怪を破裂させている奴よ。このままだと妖怪と人間のパワーバランスが崩れるわ。早急に」

 

そう言い残して藍を連れて帰っていった。紫は人間のことも妖怪のことも好きだし、幻想郷の存続のためにパワーバランスを特に気にしている。紫のストレスになるまえに片付けた方が良さそうだ。

 

「犯人か…また手当り次第にする?」

「…いや、人里及び妖怪の山周辺を捜そう。そいつの目的は分からないが、人間と妖怪の双方に被害を出すつもりなんだろう。それなら人間が集まっている人里と妖怪が集まっている妖怪の山の二点を狙うはずだ」

「分かったわ。水那、行ける?」

「はい。回復したので大丈夫です」

 

水那が素っ気なく答える。水那は以前の外の世界での生活の関係上感情の起伏があまり無い。素っ気なく感じても彼女にとってはそれが素なのだ。年齢不相応なのかもしれないけどな。

今度は人里を霊夢と水那が、妖怪の山を俺とルーミアが担当することになった。さっさと犯人を見つけてしまおう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十四話 何の成果も得られませんでした

妖怪の山で捜索するときに大切なのは天狗たちのテリトリーに入らないことだ。といっても妖怪の山の全域にかけて天狗は哨戒をしているから難しいところではあるのだが、守矢神社周辺など一部は問題ない場所もある。

というわけで守矢神社の参道沿いを進むことにした。ルーミアは外周を見てもらうことにした。ルーミアなら妖怪の山をふよふよ飛んでいても怪しまれないからだ。なんせ封印状態の彼女は闇を纏って適当にフラフラする妖怪なのだから。

 

「逆に俺はちゃんと目的があるように参道を歩かないといけないんだけどな」

 

苦笑しながら呟く。

参道の上を飛んで移動しようものなら天狗に見つかる。早苗や神奈子たちは飛んでいてもなんら不思議ではないだろうけど、俺は妖怪の山にとっては部外者だ。妖怪の山で神社をやっている彼女らとは大きく立場が異なる。俺が空を飛んでいても別に問題はないだろうけど変に警戒させるわけにもいかない。

せっかくだし早苗にも手伝ってもらおうかな。彼女も一応異変解決の経験はあるらしいし、風祝とはいえ巫女のようなものだし異変解決に動いてくれるだろう。霊夢が嫌がるような気もするけど。いや、絶対嫌がるけど。

霊夢は異変解決のことになれば途端にやる気になるという。普段ものぐさな性格の霊夢も博麗神社の、ついては博麗の巫女としての仕事だけはしっかりとしている。それを邪魔されたくはないのだろう。

俺が見てきた資料に書かれていた異変解決メンバーは霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢、早苗の五人だ。妖精が大暴れしたときはあのチルノが色々とやったらしいが、魔理沙から聞いた話だから眉唾である。

彼女らが霊夢と協力もとい競争をして異変解決をしていたらしい。いつも五人が出たわけではなく時に応じてではあるが。因みに魔理沙と霊夢は紅霧異変から皆勤賞である。

 

「うおっと…」

 

突風。

この参道は時として崖近くを通ることもあるので突風には常に注意していなければならない。もし風で煽られて落ちてしまったりしたら…空を飛べなきゃ最低でも重傷だ。

ただ厄介なのはこの突風、発生源は上空を哨戒中の天狗だったりするのだ。哨戒天狗の全員がそんな突風を起こすわけではないが、それでも数が多い。自然に発生する風よりも強く、頻度が高い。妖怪の山には多くの木々が生い茂っているが、なんせ発生源が真上のため防風林としての役割は果たしてくれそうにない。

そういうわけで俺は身体強化を風が来ると同時に使うことでなんとか耐えているのであった。

そうして歩くこと数十分、やっと守矢神社に到着した。博麗神社と違い守矢神社は布教活動を人里で行っているので人間の信者もいるとは思うが、博麗神社同様参道までの道のりが険しいので結局神社には妖怪が多くいた。どういうわけか博麗神社然り守矢神社然り命蓮寺然り…宗教系の建物なのに人間より妖怪が多い。

 

「おや珍しい、こんなところに何の用だい」

 

鳥居を潜ってすこし進むと諏訪子が現れた。

そもそも何故俺が普通に守矢神社に来たのかと言うと情報収集のためだ。前に惰眠異変の節である程度の信頼を天狗の長である天魔から得たのだが、現在天狗たちは黒病対策として体制を整えている。無闇に侵入するべくではないという判断だ。

でも犯人がいる可能性があるため情報収集はしたいということで守矢神社にやってきたのだ。ここならある程度妖怪の山の情報も集まってくるだろうしな。

そういったことを諏訪子に話した。

 

「ふーん、私はなんも知らないけど早苗なら知ってるかもね。奥で掃き掃除してるよ」

 

そう俺に言うと山を降りていった。釣り竿を持っているので霧の湖かどこかで釣りをするのだろう。妖怪の山には川もあるので川釣りかもしれない。

そんなことを思いつつ諏訪子が話していた通りに奥へ進む。正面からは見えないが確かに早苗は掃き掃除をしていた。丁度一段落ついたところだったらしく早苗のすぐ脇に落ち葉が山を形成していた。

 

「よう、早苗」

「ん?…っふぁ!?あ、えっと…おはよう…ございます」

 

後ろから話しかけたからか驚かせてしまったようだ。

 

「え、えっと…何のよ…あ、いえ!守矢神社へいらっしゃいです!」

 

パニック状態であるのは目に見えて分かる。妖怪退治などには不意打ちもあるだろうに、こういったところは霊夢に比べて劣っていると言えるのかもしれない。

 

…勿論これは定晴が相手だったからこその現象であり、いつもはこんなことは起きない。それを定晴は察することもできないのだが…

 

早苗に取り敢えずの要件を伝える。そう言えばルーミアとの関係について早苗は知っているのだろうか。前にここで文に取材されたときに神々は勘付いているようだったが、早苗はその時俺と一緒にうどんを作っていたのでよく分からない。まあ気にしているならそれらしい動きを見せるだろう。

要件を伝えたら早苗が黙り込む。何か知っているのだろうか。

 

「うーん…私も知らないんですよね。ただ中々その黒病が治らないからって祈祷を一回しましたけど…なんせうちの神様は回復の権能があるわけではないので特に変化ありませんし…その人影?もいれば天狗の皆さんが気付くと思うんですよ」

 

まあ正直そうなのである。破裂する妖怪にせよその原因となっている奴にせよ妖怪の山で怪しいところにいたり怪しい行動をしていれば百パーセント見つかる。

それでも発見されていないなら妖怪の山でも怪しまれない動きをしているかそもそも妖怪の山にいないかのどちらかだ。

 

「まあ分かった。ありがとな」

「い、いえ!お役に立てなくてすみません…私も捜索の手伝いをしたいところですがまだ風祝の仕事が…」

「いや気にしないでくれ。仕事頑張れよ」

「は、はい!」

 

守矢神社はハズレ…ルーミアとの繋がりも特に変化がないからあっちも何の成果も得られないだろう。

霊夢たちが見つけられていればいいのだが…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十五話 その頃霊夢は…

定晴さんたちが妖怪の山に行ったので私と水那は人里周辺を探ることにした。

博麗の巫女という立場からしても妖怪の山を見回るより人里を見回る方がよいのでこちらの方が都合がよかった。定晴さんがそこまで考えていたのかは知らないけど。なんとなく適当に決めてた気がする。

人里というというと幻想郷では慧音が守護しているここしかないわけだが、だからと言ってとても大きい町となっているわけではない。規模からしても村の域を抜けないだろう。勿論幻想郷に住む殆どの人間を囲んでいるので小さいというわけでもないのだが。

水那は左回りで、私は右回りに人里の周囲をグルっと回る。また水那に気絶されても困るので水那には気絶等何かあったら分かるようなお札を持たせている。一応私も持っているけど…使う事はないだろう。

水那は博麗の巫女としてはそれなりに素質があったのだと思う。空を飛ぶ練習も何度かしただけで飛べるようになったのだから相当だ。まだ私ほど早く飛ぶことはできないが、その私も魔理沙には飛行速度で若干の遅れを取っているのだからそこは私はあまり気にしていない。結局どれだけ早く飛べたところで紫のようにそもそも飛んで移動する必要が無い場合や、三途の川の死神のように距離を操る場合は関係無いからだ。弾幕ごっこでも早い移動よりも繊細な動きの方が戦いやすいので私は水那にそっち方面で教えている。面倒だから大体は自主練に任せているのだけどね。

 

「とあああああ!」

「きゃあ!?」

 

何かが横からぶつかってきた。

いや、何かではない。昔から腐れ縁となっている魔理沙だ。

 

「よう霊夢!何してるんだ」

「そっちこそ何してるのよ!わざわざぶつかってこなくてもいいじゃない!というかあんた親との色々の影響で人里には来ないんじゃなかったの?」

「何となくこの魔理沙探偵の勘が働いたんだ。面白いことが起きてるってな!」

 

ということは魔理沙は黒病のことを知らずに勘だけで私のところを探し当てたのだろう。どれだけ魔理沙の勘というのが当たるのかは知らないけど、面白いことが起きそうという予感で私のところに来たということは定晴さんの方は外れということになる。

 

「あんた、黒病って知ってる?」

「なんだそれ?甘いやつか?」

「それは黒糖!はぁ、大雑把に説明するとね…」

 

軽く説明した。魔理沙は商売敵ではあるが、まあまだ許せる範囲だ。なんせ教えなくても結局魔理沙は首を突っ込んでくるのは分かり切っているから。どちらかと言えばここで魔理沙を振り切る方が面倒である。

 

「ほうほう…それでその妖怪破裂事件の犯人がここらへんにいるんだな!?」

「いる可能性があるってだけよ。そもそも犯人がいるのかどうかも定かではないんだから本当にバラバラな妖怪、若しくは同一個体の妖怪が破裂して迷惑を掛けている可能性もあるんだから」

「どのみちそれが黒病と繋がってるんだな!」

 

魔理沙は断言するが、何となく直結ではない気がする。妖怪達の妖力が乱れているのは確かにこの妖怪破裂が原因な気がするけど、そもそも黒の原因にならない。

 

「なら私も手伝うぜ!…って犯人がどんな形状か分かるのか?」

 

それも問題だ。まあ私も魔理沙も今までの異変では手あたり次第に弾幕ごっこで倒す戦法を取ってきた。

 

「いつも通りよ」

「よっしゃ。手あたり次第だな!」

 

それだけで伝わってしまうのが私と魔理沙の腐れ縁の証拠だろう。純粋に今まで場数を多く踏んできたというのもあるだろうけど。

レミリアの異変に始まり定晴さんが来る前に起きた隠岐奈の異変まで。春に起きた惰眠異変では私が惰眠を貪っていたらいつの間にか終わっていたので私は関わっていない。私はあまり困ってなかったから動かなかったのだけど、そのあと華扇に怒られた。

あと私は知らないのだけど地底でも定晴さんは何か巻き込まれてたらしい。なぜ私じゃなくて定晴さんなのかを事後に訊いたのだけど紫は博麗の巫女だとだめだからと言っていた。正直なところ意味が分からない。

 

「んー、じゃあ霊夢。あいつはどうだ」

 

そう言って魔理沙が指さしたのは森の中で妖怪に術のようなものをかけている…って

 

「絶対あいつじゃん!」

「何!?私が先に仕留めるぜ!」

 

魔理沙がスタートダッシュを決めた。先ほど早くても意味はないと言ったが、異変解決競争という面ではその意味も全然ありそうである。

 

彗星【ブレイジングスター】ああああ!」

 

スペルカードを宣言しながらの突撃。弾幕ごっこは一応決闘なのだけど…まあ異変の犯人に奇襲もなにもないか。

ただ奇襲という意味なら魔理沙のは完全に悪手である。なんせ叫んでいるせいですぐに気づかれて…ほら気付かれた。せめてもっと近づいてから宣言しなさいよと思うけど後の祭りである。余裕をもってそいつには避けられた。

 

「…博麗の巫女と白黒魔法使い。異変解決のプロフェッショナルが二人とも揃っているとは僕も中々運が悪い」

 

そういうと犯人は先程まで術をかけていた妖怪に手のひらを向けた。

何をしているのかもわからないけど、勘で咄嗟に魔理沙と妖怪の間に結界を張った。その瞬間…妖怪が破裂した。

 

「あらら、博麗の巫女の勘というやつかな。うーむ、ゲームでも思っていたけどやはり勘ってのは怖いね」

 

ゲーム?何を言っているのだろうか。

取り敢えずこいつが妖怪破裂の犯人であることは分かった。となれば…弾幕ごっこで倒すのみ!

 

「魔理沙、さっきの破裂に気を付けながらやるわよ!」

「了解!」

 

突然異変の犯人と対戦が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十六話 ブレイジングな弾幕のスター

私がアミュレットを、魔理沙が魔法弾を撃ちだした。

私のアミュレットは追尾機能がある。しかしその分威力に劣るという点がある。逆に魔理沙の魔法弾は真っすぐにしか飛ばないけどその分威力が高い。私と魔理沙が組めば死角はないと言ってもいい。

この所謂通常弾に属する弾幕の特徴はそのままスペルカードにも現れる。魔理沙のスペルカードは基本的に直線的。流線型のもあるけど決められた動きをする高火力型。

対して私はランダム性の高いものが多い。どちらも撃ちなれているからこそこういった特徴として現れるのだろう。

例外として定晴さんはどうやらスペルカードの紙に霊力を込めていると聞いた。この方式なら慣れてるとか関係なく撃てるからいいのかもしれない。一々霊力を込めるなんて面倒だからしないけど。

 

恋符【マスタースパーク】!」

 

魔理沙の十八番、マスタースパークが犯人と思われる男に向かって放たれる。いや、というか犯人確定なのだけど。

男は動かない。何のつもりかと観察していたら急に横から妖怪が飛び出しマスタースパークを体で受け止めた。式神…?でもそのようには見えない。

 

「あんたの脳力は妖怪を操ることかしら?」

「残念、不正解。博麗霊夢、もっと頭を使うといいさ。勿論体もね」

 

男がそう言った瞬間私は咄嗟に高度を上げた。そして先程まで私がいた場所をレーザーが通り抜けた。弾幕ごっこ用ではない、完全に殺すための威力で。

 

「っ!魔理沙!本気出して!」

「はあ!?私はいつでも本気だって!」

「違う!気持ちじゃない!威力の方!」

 

弾幕ごっこの弾はどれだけ威力を高くしたとしてもルール通りにするならば気絶させるのが限界だ。そしてそれは私が決めたし、幻想郷の決闘ルールとして広く伝わった。意志のない…というより理解するほどの知能がない妖怪には残念ながら適用されないが、今では幻想郷では殺す殺されるの戦いはほとんど起きない。例え紫レベルの大妖怪だとしても弾幕ごっこルールで負けたら素直に負けを認めるという取り決めだからだ。

だが、こいつは違う。確実に殺しに来ていた。今のレーザー、撃ったのは男ではなく死角にいた妖怪。何らかの方法で手懐けているのだろう。殺気が男の方に向くことはない。元々妖怪というのは人間を喰らう。これは知能あるなしに関係することではない。

なんせ紫だって人間は喰らうし、今では定晴さんの式神となってしまったルーミアも人間は普通に喰らって生きていた。

だからその殺気は、技は人間を殺すに値する。もし今のレーザーが体を直撃していたら…私は即死していただろう。最低でも満身創痍となり動けなくなっていた筈だ。足に当たっていたら足が吹き飛んでいただろうし、私の勘と瞬発力には感謝するしかない。

 

「くっそ!霊夢!後ろ支えてくれ!」

 

そう言うと魔理沙のミニ八卦炉が光り輝き出した。どうやら魔理沙も相当本気で行くようだ。先程のレーザーを見たからだろう。

魔理沙の持っているミニ八卦炉は霖之助さんが作った物で、一応相当な火力を出せるという。火力重視、派手さ重視の魔理沙にはとってもお似合いの道具であることは確かだ。そしてこの八卦炉、やろうと思えば博麗神社程度の広さなら焼き払えると魔理沙は言っている。まあそこまですると八卦炉自体も破壊されるらしいし、そもそもそんなことが本当にできるのかという時点で私は疑っているのだけど。

そんな八卦炉、いつもは変わらないのだが魔力を一杯込めると光りだす。今のように。

 

「くらええええええ!!」

 

私が後ろで支えていても後ろに少しずつ後退してしまう。それほどの威力なのだ。

男もこれほどの威力は想定していなかったのか余裕を崩して逃げた。

 

「魔理沙!追うわよ!」

「がってん!」

 

私達が男を追い始めると横から数匹の妖怪が現れた。

 

「邪魔!」

 

お札をばら撒いて妖怪の視界を遮る。

だがその選択はよくなかったのか…そのうちの妖怪の一匹が煙幕を口から噴出した。見た感じだと毒性の成分は含まれていなさそうだが、吸ってしまって倒れたら水那の二の舞だ。

 

霊符【二重結界】!

 

すかさず結界を張って吸い込むのを防ぐ。しかしこのままでは男を逃がしてしまう。

 

「とりゃあ!」

 

魔理沙がミニ八卦炉を煙幕に向けて風を発生させた。

どうやら今もなお煙幕を妖怪が噴出しているらしい、風で飛ばしてもすぐに視界が煙幕で覆われてしまう。魔理沙には風を起こし続けてもらって、私は問題の妖怪を始末してしまおう。

私は懐からお札の代わりに針を取り出した。これは妖怪の力を封じる力があり、普通の妖怪でも刺されば動けなくなる特注品だ。お札と違っていっぱい用意できないのが問題だけど。

 

「はぁ!」

「きゃん!」

 

犬のような声を出して動かなくなった。それと同時に煙幕の発生も止まる。視界が遮られてて目標は見えずとも勘と記憶から当てることができた。こういう事ができるから修練なんて必要ないと華扇には言っているのだけど…

 

「ちっ!逃げられたぜ」

「そうみたいね…水那たちを呼ぶわ。追跡はそのあとにしましょう」

 

今ここで追ったところでまた妖怪に邪魔されるのは分かっている。定晴さんがいれば強行突破もできるだろうし、今はここまでが限界だろう。

それにしてもあいつの目的は何なのか。人間からすれば厄介な妖怪を減らしてくれてありがたい、のかもしれないが、人間だけが生き残るなんていうのは幻想郷では認められない。なんせここは妖怪と人間が共存できる紫の理想郷なのだから。

 

「魔理沙、博麗神社に戻るわよ」

「了解だぜ」

 

…定晴さんとルーミアは一緒に戻ってくるのだろうけど、魔理沙になんて説明しようかしら。まあ本人たちに丸投げすればいいか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十七話 博麗会議

霊夢から貰った連絡用のお札に合図があった。どうやら何か見つけたらしい。

ルーミアに合図を出して博麗神社に戻る。犯人は水那のときから変わらず未だに人里神社近くに潜伏していたらしい。ということは次の狙いは人間ということなのだろうか。

未だに犯人の目的が分からないのが不気味である。妖怪側にここまでの被害を出しておきながらそれ以外の行動は見られない。何かしたの準備なのか、ただただ妖怪や人間たちを体調不良にすることが目的か…

どちらにせよ迷惑であるには変わりないので止めるけど。

 

「霊夢ー、と魔理沙?」

「おう定晴!元気そうだな!ルーミアもいるのか、お前も元気そうだな!」

「わはー」

 

ルーミアの幼少モードが発動した。

魔理沙が何でいるのかは分からない…けどまあ魔理沙のことだから霊夢が面白そうなことしてそうとかそんな感じの理由で適当についてきたのだろう。

 

「定晴さん、一応聞くけど妖怪の山は何かあった?」

「いや、特になにも見つける事ができなかった。状況が状況だから天狗たちがいつもよりピリピリしてるくらいだな」

「そ、ならいいわ」

 

どうやら霊夢たちは敵と戦ったようだった。

妖怪に術をかけていたらしい。きっとその男性が犯人なのだろう。強い意志を持たない弱い妖怪を使役して身を守ったというが…強い意志がないとは言え妖怪は妖怪。使役して操ることはそう簡単なことではない。暴走状態だったルーミアと契約するよりかは簡単ではあるけど。

それにしても男性、そして破裂か。今回もやはりルーミアの時のあいつが絡んでいるのだろうか。どうもあいつは俺にそれなりの怨念がありそうなので、今回の妖怪たちの体調不良も俺を倒すための策略なのだろうか。

 

「あら定晴さん、何か今の話で思い当たることでもあった?」

 

あまり顔に出したつもりではないのだが霊夢にバレた。

なので簡単にルーミア事件の時の話をする。あの時は砂埃によって姿を確認することができなかったので話だけでは分からないが、声は聴いているので俺かルーミアがそいつに接触することができれば同じ人物かは判断することができるだろう。

まだこれが奴にとって準備段階なら俺たちの前にそう姿を見せることはないだろうけど。逆に言うとなぜ霊夢たちに見つかったのだろうか。破裂を目撃されたし逃げたりなんだりというのは自分が犯人であると自供しているようなものだ。

 

「ま、何はともあれ撃退しないといけないことには変わらないってことだろ?次会ったら今度こそマスタースパークをお見舞いしてやるぜ!」

「あんたねぇ、それだからあんたは敵に逃げられるのよ。相手の手数とてあれで全部というわけではないでしょ。次は物量で飲み込まれるかもしれないわよ?」

 

同時に何体まで妖怪を使役することができるのかは不明だが、際限なくというわけでもなかろう。魔理沙の高火力なら物量くらいはどうにかしてしまいそうな気もするが。

 

「そうだ、魔理沙。破裂を近距離で受けたんだろ?大丈夫なのか?」

「何がだ?見ての通り私はピンピンしてるぜ」

 

うーむ、水那も特に影響を受けている様子はなかったしもしかしたら妖怪にしか効かない技なのだろうか。だとしたら人里近くで術を使う意味はないように思えるが…人里にいる妖怪など慧音など一部に限られる。妖怪の山で術を使った方が影響力はあると思う。

もしかしたらまだ効果が無いことに気が付いていないのかもしれないが。だとしたら好都合だ。少なくとも影響が出るまでは人里を狙うだろうし、効果が無いと気が付くまでの時間は待ち伏せをすることもできる。

 

「んじゃあまあ人里で待ち伏せを…」

 

俺が方針を言おうとしたら背後から妖力を感知した。凄い速さで近付いてくる。

 

「文!」

 

霊夢が声をあげる。俺と違って霊夢は俺の背後に視点が向いている。すぐに気が付くことができただろう。それにしても文がこんな時に博麗神社に来るなんて一体どういったのだろうと俺が振り返ると文は俺が思っていた以上に顔色が悪かった。

 

「文、お前それ黒病じゃ…」

「定晴さん、今はそれどころじゃありません!大変です、妖怪の山で、黒病にかかっていた、妖怪が、暴れ出して…」

 

文の息が切れているのはただ急いで来たからというだけではないだろう。黒病は妖怪たちの体内の妖力を乱すと言うある程度回復したということだろうが、それでもいつもより飛ぶのが大変であることには変わりないだろう。

文の息切れは中々回復せずずっと肩で息をしている。だが状況は分かった。

 

「霊夢、どうする」

「…これが奴の狙いなのかは分からないけど妖怪の山でも何か異変が起きているのは確かね。でも多分まだ奴は人里近くにいる…」

 

ここは二手に分かれるしかないだろう。

水那は怪我をしているので出来れば暴れた妖怪との戦闘は避けたい。となると水那は人里。残りのルーミア、俺、魔理沙、霊夢をどうするかを決める。

 

「…魔理沙、定晴さんと妖怪の山に行って。私と水那は人里でやつの捜索。水那離れないでよ」

「は、はい!」

 

霊夢が素早く役割を決める。

霊夢が飛び出しその後ろを水那が、そしてその後ろを魔理沙が追随する。

 

「ルーミア、文の対処を任せていいか。必要があったら式神として呼ぶから」

「ん、了解。行ってらっしゃい」

 

小声でルーミアに指示を伝えて俺と魔理沙は妖怪の山へ。

先程までは暴れている様子などなかったのに俺が博麗神社に来ている間に妖怪の山で何が起きたのか。それを調査する必要もあるだろう。

 

「行くぞ定晴!妖怪退治だ!」

「おう!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十八話 功名な罠

妖怪の山に近付くだけで異変に気が付いた。

木々で生い茂っている部分が燃えているのだ。それも至る所で。

 

「どうやら火を使う妖怪が暴れたみたいだな」

「また水を消すのかー?あれはもうこりごりだぜ」

 

と言うのはしばらく前の惰眠異変の時。河童たちの集落で火事が発生したのを俺の魔術と魔理沙の魔法で消火の手伝いをしたのだ。

正直なところ消火活動の手伝いなどはした方がいいのだろうが…

 

「今回は申し訳ないが頼まれた時以外は無視しよう。そもそもあの時も俺と魔理沙の二人だけだと消しきれなかったんだ。こんなに広範囲に広がってしまっては俺達だけじゃ手に負えない」

「それもそうだな。私達は火を消しに来たんじゃなくてその火をつけた奴を倒しにきたんだぜ」

 

ここからでも分かる位置に暴走している妖怪が数匹ほど。まだまだいるだろうからそれ以上の相手をする必要がある。相手にとって不足はないが、速攻で倒しきらなければ妖怪の山が禿山になってしまいかねない。

 

「魔理沙!別れて行動するぞ!暴れてるやつがいれば片っ端から倒せ!」

「がってん承知だぜ!」

 

魔理沙が一番近くにいた天狗に特攻していった。魔理沙の攻撃は高火力かつ広範囲なので暴走状態の妖怪を数体同時に攻撃に巻き込むことができればその分鎮圧も早くなるだろう。

さて、俺も早速妖怪を倒しに行きたいところだが、その前に確認することがある。

 

『狂気、起きてるか?』

『俺に寝るっていう概念はねえよ。言わなくても分かる。あいつらの狂気の状態確認だろ?』

 

あの妖怪たちが暴れている原因がはっきりと分けるわけではないが、自分の意志でやっているのか否かくらいの判断は付けることができる。

狂気の感情に対してはとても敏感であるこいつは暴れている妖怪の狂気がどこから来ているのかを判断できるのでそれに頼ったというわけだが、さて結果は…?

 

『単刀直入に言うとありゃ外部からの干渉だな。だがその狂気を自らの不満だとかの悪感情に結び付けたことで自分の意志で暴れているようなもんだ』

『つまり…外部からの悪感情を自分のものとして感じてるってことか?』

『そういうことだ』

 

外部からの感情を自分のものとする…催眠術とかの一種だろうか。

しかし催眠術だとしてかけた方法が分からない。なんせ今の妖怪の山は厳重な警備体制がしかれている。守矢神社の参道や敷地内以外に侵入する何者かがいた場合はすぐに通報される。

それとも妖怪の山内部の犯行なのだろうか。それならば妖怪の山の犯行も人里にいるのも分かる…が霊夢たちが人里近くで見たと言う男は人間にしか見えなかったという。妖怪の山に住んでいる人間は早苗くらいなもので、普通妖怪の山で生活などできない。

この謎を解くためにも取り敢えず暴れている妖怪を鎮圧するとしよう。

剣を取り出し魔理沙が戦っている相手とは違う相手に攻撃をしかける…

 


 

ご主人様や霊夢たちが飛び立ったので私は文を境内の中に連れて行く。文も暴走する可能性もあるが、その時はある程度出力を上げて気絶させよう。何か様子がおかしかったら速攻昏倒させればいいだろう。寝ていた方が回復も早まることだろうし。

 

「うう、すみませんね」

「寝とくといいのだー」

 

文を中に残したままもう一度外に出る。

ここからでは角度的に妖怪の山を見る事はできない。だがそこでは妖怪が暴れご主人様と魔理沙、そして大丈夫な妖怪たちがその鎮圧をしているはずだ。

 

「それにしても妙よね…」

 

ボソっと呟く。

今回の犯人が私の封印を解いてご主人様の腕を吹き飛ばしたあいつと同一であった場合、妖怪を暴れさせて終わり。なんてことはないだろう。

奴は確実に何らかの理由でご主人様を恨んでいる。それが何かは分からないし、ご主人様も思い当たることがないので憶測を立てることもできないのだけど。いじめている側はいじめている意識もないし記憶にも残らないとは言うけど、そういうことなのだろうか。ご主人様が彼をいじめていたとは思えないけど。

 

「でも最終目標は多分ご主人様を殺すこと。でも妖怪が数匹暴れたところで…数匹…じゃなくて…大量に…だったら…?」

 

ご主人様は一対一だと正直最強だと思っている。ミキとかいうふざけている神様は人間じゃないわけだし、純粋な人間という意味ではご主人様が最強だろう。

でも、対軍となると話は変わってくる。だってご主人様には広範囲の高火力攻撃がないから。模倣の能力を使ってもコピーできるのは三つまで。剣で戦うご主人様に大軍相手では分が悪い。

では今行っている妖怪の山は…?妖怪のたまり場だけど別に全員が敵というわけでは…なんだろう凄い嫌な予感がする。

その時後ろから確実に殺すための弾が飛んできた。

 

「…なるほどね。これは…まずいわね…」

「…後ろからの攻撃を躱すなんて普通の子供妖怪はできないわ。いつまでフリを続けているつもり?」

 

殺気を纏っている文。

この感じは、私が暴走させられた時と同じあの感覚。

 

「…まあここまできたら仕方ないわね。相手してあげる」

 

不敵に笑う天狗の妖怪。

治ったっていうのも、はたまた[かかっていない]のも嘘。どうやらご主人様は…私達は敵の罠にはめられたようである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六十九話 裏切り

素早く一人を撃退する。魔理沙もいるし妖怪の山の連中もいるのだからこれなら場はすぐに収まりそうである。

だというのに違和感を覚える。俺がここまで早くやれたのだ。同胞とは言え見慣れている相手に対してここまで妖怪の山の連中が手間取るだろうか。

その答えは俺の方に飛んできた魔理沙の反応で返ってきた。

 

「定晴!逃げるぞ!」

「な、え?」

「ほら早く!」

 

魔理沙に腕を掴まれる。

バランスを崩して地上に落ちるわけにはいかないので体勢を立て直し魔理沙と同じ方向に飛ぶ。その最中での情報収集も忘れない。

 

「どういうことだ魔理沙!」

「守谷に行くぞ!」

 

質問をしても答えてはくれない。どうにも相当切羽詰まっているようだ。魔理沙がここまで慌てるなんて魔理沙に何があったのだろうか。

 

「どうしたんだよ魔理沙!何があった!」

「グルだ!妖怪の山の全妖怪が!」

 

更に追求を重ねようとしたが、その後俺たちを襲った弾幕によってその必要がなくなった。

 

「なっ!?」

「堀内いいい!」

 

よく知らない妖怪が俺の事を狙って襲いかかる。

しかも暴走個体ではない。先程まで暴走を抑えようとしていた者だ。それを皮切りに今まで暴走してた妖怪、抑えていた妖怪、傍観していた妖怪関係なく俺たちを襲った。

数体は俺の名前を呼びながら、大半は人間に対して憎悪を持ちながら襲いかかる。

これは…十中八九あの野郎のせいだ。洗脳、のようなものだろう。あいつの狂気を受けた奴が自分の憎悪としたのが人間に対して憎悪を持っている妖怪、狂気を素直に受けて深い洗脳状態なのが俺の名前を呼んでいる妖怪といったところか。

 

「それで何で守矢神社なんだ!」

 

もし妖怪の山全員がグルで俺達を…というより俺を襲っているというのなら妖怪の山の中にある、敵に囲まれる位置にある守矢神社こそ危険地帯であるのではないだろうか。

その俺の疑問には早口で焦りながら魔理沙が答えた。

 

「どう考えても原因はあの体調不良だろ!?ならその様子が見えなかったっていう早苗たちなら大丈夫だろ!それに見た感じ人間はあれが効いてない!なら問題ないだろ!私達だけじゃ戦力が足りない!」

 

魔理沙の後ろについていくように高速で守矢神社へと向かう。

その間も妖怪たちには襲われるが、まだ問題が置きそうな妖怪は相手に出てこない。輝剣で攻撃を捌きながら守矢神社へと向かう。

妖怪の山は幻想郷でも一番大きい山である。外周をぐるっと回るだけでもそれなりに時間がかかるのである。しかし魔理沙は霊夢よりも飛ぶのが早い。俺も付いていくのが大変だが風の力を全力で使って飛んでいるので結構すぐ守矢神社を視界に捉える事ができた。

 

「早苗ええええ!」

「魔理沙ちょっと待て!」

 

横から飛んできた妖怪を身体強化で固めた拳で吹き飛ばす。

 

「ひゃっ!何ですか魔理沙さん。それに定晴さんも」

「妖怪の山が今やばいんだ!可能性として早苗も狙われるかもしれない!」

「え?え?」

 

早苗が困惑している。

魔法使いだからか、俺に説明した時は高速の頭の回転によって分かりやすく説明してくれたが早苗への説明は雑である。

なので俺が掻い摘んで事情を説明した。と言ってもこちらも何か重要なことが分かっているというわけではないのだけど。

 

「…分かりました。じゃあ一度妖怪の山から離れて…」

「ちょっと待ちな」

 

横から横やりを入れてきたのは諏訪子。それにその後ろに神奈子も構えている。

 

「どうした?諏訪子、神奈子」

「諏訪子様、神奈子様、どうされたんですか?」

 

俺と魔理沙を若干険悪な雰囲気で睨んでいる二人、というか二柱。

諏訪子が覇気を出しながら口を開いた。

 

「それじゃあ早苗を連れて行くことはできないよ」

「…どういうことだ?」

 

諏訪子に対峙する俺。

俺の後ろでは魔理沙が早苗に対して更なる説明をしている。とはいえ先程俺がそれなりの説明はしていたのでそこまで新しい情報もないとは思うだろうけど。

 

「ここも危険性があるのは分かるだろ?」

「んにゃ、狙いは定晴。あんただろ?ならうちの子を巻き込ませるわけにはいかない」

 

…だが、戦力が欲しい。多分これは最悪妖怪の山の妖怪全員が俺を狙って襲ってくる可能性がある。俺、魔理沙、霊夢、水那、ルーミアだけでは数が足りない。早苗も異変解決の実績がある。ここはどうしてももっと戦力が欲しい。

 

「…ふん。早苗は連れて行かせないよ。見な、周囲を」

「見ずともわかるさ。大量の妖力だな」

 

囲まれている。俺たちが連れて来たのか元々進軍予定だったのか。

 

「私達はここでどうすべきかな…?」

「…」

 

周囲の妖怪の視線は明らかに俺へと向いている。敵はあくまで俺であるというのが妖怪達の認識であるのは明確である。

 

「妖怪を攻撃するのと定晴を攻撃するの。どちらが安全かなぁ?」

 

諏訪子の力を感じる。明らかな威圧。このままではまずい。

なんせ妖怪相手なら最後の手として浄化の力で範囲攻撃も可能なわけだが、神相手では浄化の力は使えない。諏訪子も神奈子も弾幕ごっこではない戦い方にも慣れていると見える。となれば今の状況は絶体絶命。それにこのまま早苗も相手に加わるのなら流石に…

 

「神奈子様諏訪子様わたs…」

 

早苗が何かを言おうするがその前に妖怪達が攻撃を開始した。

 

「くそが!」

 

浄化の力の使用、身体強化、結界を張り、輝剣を召喚。

フル装備で迎え撃つ。どうやら魔理沙も俺と一緒に戦ってくれるようだ。しかし…

 

「早苗!下がってな!今回は妖怪の手助けだ!」

「行くよ神奈子!」

 

神二柱は完全に妖怪側。

早苗は二人に何かを言おうとしているようだが戦闘の喧騒がそれを許さない。

俺と魔理沙の死に物狂いの戦いが始まった。負けたら…殺される。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七十話 必死の抵抗

送れましたすみませんm(__)m


幻空から家宝の剣も召喚し二刀流へ。結界を周囲に浮かせて攻撃が来る方向を狭める。全方位の攻撃は流石に捌けないが、一方向の攻撃ならば捌ききれる。

ミキから教わった二刀流の戦闘法。早く、ただ早く剣を振る。

弾幕ごっこの温い弾ではなく確実に殺すための攻撃。どうやら暴走状態のルーミアと似た様な状態になっているらしい。残念ながらこの量を式神にできるわけもなく、ついでに言うとあの時は藍がいたからできただけで一人でできるわけではない。

俺と魔理沙は全力で弾を回避し時に弾きながら妖怪の山の領域の外へと走る。

諏訪子と神奈子は俺を殺す気はないのだろう、なんとか弾ける範囲の攻撃しかしてこない。それが唯一の救いでもあった。今ここで二人に本気を出されていたら確実に死んでいたことだろう。

俺に便乗して魔理沙も妖怪たちへ攻撃をしたからだろうか、魔理沙にも致死性の弾幕が向かう。魔理沙とて殺し合いの戦闘には慣れていないようで俺が補助をしながら回避を重ねる。

 

「ヴァァァァ!」

「ちっ、もう妖怪というよりただの化け物だな!」

 

狂気が驚くほどの感情を持っていた奴に当てられて正気を失っている妖怪もチラホラと見受けられる。理性などない、ただ目の前の敵を屠る為の化け物。

 

「行くぞ定晴!マスタースパアアアアアアク!!」

 

魔理沙の十八番マスタースパーク。それがスペルカードルールの枠を超えた威力で放出される。流石に妖怪を消し飛ばすほどの威力ではないもののその範囲、威力共にいつものやつとは段違いだ。

相手の撃ちだした弾すらも吹きばしながら確実に妖怪の山の外への道を開いた。

諏訪子と神奈子は妖怪たちに襲われないために俺達を攻撃しているはずなので妖怪の山にまで追ってくることはない筈だ。ならばここは全力で…

 

「魔理沙!少し近付け!」

「は?まあいいけど…」

 

魔理沙が近づいたことを確認したら全力で風の力を行使。いつもは俺一人を押し出してくれる風は近くにいる魔理沙すらも押し出して妖怪の山の外へと吹き飛ばしていく。速度が上がった事を確認したら魔理沙の箒に捕まりさらに加速。

そして…

 

「「ひゃっほーう!!」」

 

こんな時でありながらそのスリリングな体験に思わず声が出る俺達。

見事妖怪達の包囲を抜けて妖怪の山を脱出したのであった。

 

「定晴、ここからどうする?」

「博麗神社に戻る。多分この様子だと文もグルだ」

 

とはいえ文くらいの相手であればルーミアは負けないだろうが。封印状態でもある程度の出力で闇を操れるようになった上、封印解除ももしもの時はしてもいいと許可を出している。封印解除をすると俺の体にそれなりの負荷がかかるのが分かるのでどうやら封印解除はしていないようだが。

 

「霊夢たちは大丈夫だと思うか?」

「さあな。ただ見た感じやはり人間にはあの洗脳は効かないみたいだから人里の奴らに襲われる、ってことはないだろう。博麗神社が集合場所のようになっているし、博麗神社に出来るだけ早く飛ばしてくれ」

「あいあいさー!」

 

そのまま風の力で魔理沙の箒を押しながら俺と魔理沙は博麗神社へと向かった。

 


 

ここは妖怪の住処、妖怪の山の中にある神社。

先程までの騒がしさはどこへ行ったのか、今は神二柱と神社の風祝を務める人間一人だけが取り残されていた。

 

「……」

「…」

「…」

 

三人の間に流れるは沈黙。

しかもどうやら風祝の少女は大層機嫌が悪いようだ。しかも自身の進行対象であるはずの神二柱に対して怒っている。

 

「なあ早苗…」

「…」

「神奈子、ちょっと待って。ねえ早苗、私達も定晴が悪いとは思ってないさ。あの状況で定晴が何かしてああなったとは思えない。でもあそこで定晴に加勢していたら私達だって危なかったかもしれない。最悪神社が壊される可能性もあったんだ。だから…」

「…」

 

洩矢諏訪子が弁明を重ねてもなお東風谷早苗は目を合わせない。完全にお怒りの様子であった。

早苗とて妖怪たちと敵対しないようにしたことは悪いと思っていない。むしろそうすべきであったとも思っている。想いを本人に伝えてはいないにせよ好意を抱いている定晴の助けをすることができなかったのは心苦しいが、流石にあの状況で大一番をする気にはなれなかった。なれなかったのだが…

 

「…じゃあ何で定晴さんたちを攻撃したんですか。あのまま引き下がればよかったじゃないですか。神社の中にいればよかったじゃないですか」

 

如何にも「私怒っています」という声色で話す早苗。お怒りの様子であることは態度で一目瞭然なのだが、声に出すほどに不機嫌である証拠であろう。

早苗は定晴を助けなかったことに怒っているのではない。定晴、そして魔理沙を攻撃したことを怒っているのだ。

早苗は一切攻撃に参加はしなかった。助けられないのが嫌でしかたがなかったがずっと攻防を傍から見ていた。しかしそれでも攻撃はされなかった。定晴たちにも妖怪達にも。

戦闘が始まる前に神奈子たちは言っていた。妖怪を攻撃するのと定晴を攻撃するの、どちらが安全なのかと。二柱の中にどちらにも関与しない中立であるという選択肢が無かったのは明確だ。

なんとも血気盛んな神様たちだろうと早苗は思う。本来闘いの神ではないのに戦神なんて呼ばれたこともある神奈子と鉄を使った武器を用意している諏訪子。確かに血気盛んである。

 

「…ええ、まあ、お二人にとっては定晴さんはたかが人間の一人のなんでしょう。咄嗟に攻撃対象にするのもまあ分かります。でもですね、あの状況で攻撃して、もし定晴さんが、魔理沙さんが倒れていたらどうするつもりだったんですか?」

「どうって…」

「私の奇跡でも人の蘇生、なんて大事はできないのは知っているでしょう」

 

三人ともわかっていた。いや、戦っている途中で、見ている途中で分からされた。あそこで定晴たちが倒れていたら、確実に妖怪に殺されていただろうということは。というより倒れた時がそれこそ死んだ時だ。

そう確信できるほどの威力と密度があの妖怪たちの攻撃にはあった。流石にまずいと思ったか神二柱でも途中から攻撃の威力と間隔、範囲を弱めたほどだ。知り合いの、しかも自分たちのかわいい風祝の想い人を目の前で殺されるのは…二柱以上に早苗にとって最悪のトラウマとなるだろう。それだけは避けなければいけなかった。

 

「…いいです。お二方は神社で休んでてください。定晴さんは優しいのでお二人にも、更には妖怪達にもあまり強い打撃は加えていないようです。きっと再起不能になった妖怪はただの一人もいないでしょう。あの攻撃の中それを実行するなんて本当に凄いことです…ですがあの人は今仲間を欲しています。あの様子では仲間は魔理沙さん、霊夢さん、それに博麗神社に新しく来た水那ちゃんくらいのことでしょう」

「あんたまさか…」

 

神奈子が狼狽えるように早苗を見る。

しかし早苗の目はもう既に決意で固まっていた。

 

「私は定晴さんの助けに行きます。すぐに追えば博麗神社で会えるでしょうし。それでは行ってきます」

 

いつもの平和な雰囲気と優しい声はどこへ行ったのか。神二柱に別れを告げて早苗は博麗神社へと飛び立った。

私達の努力はなんだったのか。二柱は早苗を思う。しかしその努力が早苗の決意を固めたのは言うまでもない。二柱は自らの社で、ただ茫然とするしかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七十一話 作戦会議と開戦

博麗神社に到着するといつもより威圧感が強いルーミア、気絶している文。そして困った顔で文を見る水那と考え顔の霊夢がいた。しかも紫も霊夢の近くにこれまた悩み顔で座っている。

 

「ルーミア、文は…」

「急に襲ってきたから返り討ちなのだー」

 

魔理沙がいるので幼少口調のルーミア。魔理沙に知られたら吹聴されそうだから仕方ないけど、でもそろそろ限界な気がしてならない。

 

「霊夢はそっちはどうだった?」

 

取り敢えず霊夢に尋ねる。とは言えこの状況では結果が芳しくないのは見て取れるわけだが。

やはり返答もだめだったの一言。人間たちに襲われる、なんて最悪な事態にはならなかったようだがそれにしても成果が無いのは辛い。

俺が紫にここに来た理由を聞こうとしたら先に紫が顔を上げた。

 

「定晴、この状況、どう思う?」

「どう、っていうのは?」

「妖怪たちへの集団催眠のようなものよ。藍もなんだか様子がおかしかったからスキマの中に隔離してるくらいだし、九尾の大妖怪にすらも効果がある謎の力は明らかに異常よ。幻想郷のパワーバランスを崩しかねない。とはいえ…狙いはどうもあなたのようだけど?」

 

紫の目が怪しく光る。

多分…俺が死ねば問題が解決する。勿論この全体催眠を使って幻想郷を支配、なんていうことも奴は出来るのかもしれないが取り敢えず俺だけにヘイトが向き俺と関わると危険が及ぶなんていう状況からは脱せられるはずだ。

 

「なに思いつめた顔してるのよ定晴。私があなたを敵に差し出すとでも?確かに幻想郷は大切だけど、貴方も大切なの。あんな奴らに幻想郷も貴方も渡さないわ」

 

そう意気込む紫。

流石にスキマを使って妖怪の山に強制送還とかされたら終わるので紫が敵対しないだけましだ。

それにしても戦力が足りない。紫は超広範囲の攻撃は苦手だし、魔理沙は直線、霊夢は攻撃が自動追尾なので集団戦はあまり得意ではないのだろう。俺も対軍の攻撃はないので妖怪の山の妖怪全員で、なんてされたら俺達はひとたまりもない。

 

「でもま、やることは一つね。どこに行ったのか知らないけど、犯人の男を倒せばそれでおしまい!」

「つっても霊夢、紫がここにいるってことはスキマでも見つからなかったってことだろ?私達が探して見つけられるものなのか?」

「そんなもん勘よ勘。なんなら出会う妖怪全員敵の可能性があるならもれなく倒せば問題ないでしょ。要はいつものよ、いつもの」

 

霊夢が人里の方を見る。きっと人里からは離れたのだろう。人間には効果が無かったと言うことに気が付いて。

俺は妖怪の山の方をふと見た。早苗たちは大丈夫なのだろうか…っと何かが飛んできているのに気が付いた。まさか妖怪の山を出ても追いかけて来たのかと輝剣を召喚した、がそれは必要ないことが分かる。飛んできていたのは早苗だったのだ。

 

「早苗!?」

「ふぅ、やっと追いつきました定晴さん!私も手伝いますよ!」

「いや、でも、諏訪子たちが…」

「あんな二柱は知りません!少なくとも今回の異変が終わるまでは反抗期です!」

 

どうも早苗はあの二柱に対して怒っているようだった。何が原因かは知らないけど、多分諏訪子達が俺と魔理沙に敵対したことを怒っているのだろう。その証拠に早苗は戦闘中一切攻撃をしてこなかった。

早苗は今回の異変中は俺達に協力してくれるようだ。諏訪子があれだけ嫌がっていたので少しあとが怖いが…まあその時はその時だ。

 

「霊夢、敵の勢力ってどれくらいだと思う?妖怪の山全部だと思うか?」

「…その可能性が高いわね。天魔とかがどう出るのかは知らないけど、定晴さんに対してしか影響が出ないとなると困るものじゃないし…正直言って全部、とは言わないけど殆どは敵でしょうね」

「そういえばあうんは?いないのか?」

 

いつもなら鳥居の近くで空を眺めてたり縁側で休んでいたりするのだが、どうも今日は姿が見えない。彼女は守護が目的なのでそう易々と消えられても困るのだが…

 

「あうんなら今命蓮寺にいるわよ。私がそっちに行けって言ったの。もし今ここが襲撃されることがあればあうんじゃ抑えられないからね」

 

一応霊夢なりの優しさらしい。戦力にもならないから邪魔だみたいな思考だったら悲しいけど。

それにしても敵はどれだけ増えるのだろうか。もし増え続けるのなら気絶だけではなくなるかもしれない。俺も別に無駄に殺生したいわけではないからできればそれは避けたいのだけども。

フランたちや幽香たちは大丈夫だろうか。今思えば地底のあれも奴の仕業だったのかもしれない。あの集団洗脳じみたものに似ている、とすれば地底の妖怪も無事なのかは分からない。

敵の勢力は定かではないが、もう限界が近い。こちらの戦力は事足りない状況で敵はどんどん増え続ける。ここもいつかは襲撃されるかもしれない。とはいえ先に攻撃されるとするなら俺の家が先なのだろうけど。

幻想郷には人間もいるが殆どの種族は妖怪だ。その全てが敵に回れば…個々が妖精並の力しかなくとも物量で押し切られる。物量というのは単純かつ凶悪なのである。

 

「っ!なにか来る!これは…妖怪………まずいわね」

 

霊夢が見上げた方向に俺も視線を向ける。沢山の天狗と妖怪の山にはいない種族の妖怪まで。

 

「おっと、臨戦態勢ってところだな」

「ほら魔理沙、無駄口叩いている場合じゃないわよ。妖怪と人間のパワーバランスを戻してやるわ」

 

二人の他もすぐさま攻撃態勢を取る。

七人対大量の戦闘が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七十二話 七対軍

群れの戦闘の妖怪がレーザーを撃ってきた。

俺はそれを結界で弾いたらそれが開戦の合図になったか霊夢たちが飛び出した。俺も輝剣を召喚して幻空からも剣を取り出して装備。群れに突っ込む。

そもこういった場合の戦いというのは後退しながら数を減らして敵の数が減ったところを攻撃するというのが常套手段なのだが…

 

「おりゃああああああ!」

「たああああああああ!」

 

こいつらに言っても無理そうだ。そもそも突撃隊のような人々なのだ。今までもそれで異変を解決してきたわけだし、今更後退しながら…なんてのは出来そうにない。

それに俺達の後ろには博麗神社がある。奴らの狙いが俺だからと言って射線上に神社があればどうなるかは分かったものではない。不確定要素が多い今回の異変、迂闊に動けないのが歯がゆいところである。

 

「ふん!」

 

紫がスキマを開くと中からまさかの電車が出てきた。外の世界で線路を走る時くらいの速度で妖怪たちに突っ込んでいく。この形は…山手線とかそこらへんの車両のようだ。新幹線などとは違い正面が平坦で横から見ると比較的きれいな長方形である車両は妖怪たちからすれば壁のように見えるのだろう。進行方向上にいた妖怪たちは散り散りになりながら躱していく。間に合わなかった者はそのまま電車と共に遠くまで運ばれる。

流石に電車をそのまま地面に衝突させる…なんてことは幻想郷大好きの紫はしないと思うが、そもそも激突のエネルギーだけでも相当なものだ。車両に轢かれた妖怪たちは少なくともこの戦闘の間に復活することはないだろう。

 

「とりゃああああ!」

 

俺の隣ではルーミアが弾幕を展開している。弱そうに見えてその実威力が高く、妖怪たちはそう簡単に近付けない。あくまで妖怪たちの狙いは俺なので、俺を袋叩きにすることが出来ればあいつらの勝ちだ。そんな状況を作らないためにルーミアがいる。

俺に近付けずに攻めあぐねていると横から霊夢たちに攻撃されて気絶させられる。運良く弾幕を避けて俺に近付いたとて数体なら俺でも容易に対処可能である。

突撃隊のような形相でありながらもしっかりと戦略的に戦闘出来ているのは上々であろう。

 

「ルーミア、大丈夫か?」

「…当たり前じゃない。ご主人様を守るためだもの」

 

俺にしか聞こえない声量で呟くルーミア。ルーミアが暴走したあの時から何かルーミアの中で変化があったように思える。

式神だから、とルーミアはいつも言っているが、だとしても前までのルーミアはずっと俺といるなんてしなかったはずだ。勿論封印状態だったということもあるが、そも幻想郷のどこかをフラフラ飛ぶ妖怪のルーミアなので一点に留まることもなかったはずである。なんとなくルーミアにとって大切な何か、芯が生まれたように思う。

 

「霊夢!そこをどけええ!」

「ちょっ、きゃっ!」

 

霊夢がいたところを魔理沙の極太レーザーが通り過ぎる。霊夢の奥にいた妖怪を攻撃したかったのだろうが、少しでも遅れていたら霊夢もまとめて吹き飛んでいたところだ。

それでも彼女たち二人の連携というのは危うく見えてばっちりであり、腐れ縁と言っていた霊夢の言葉も分かると言うものだ。どこか二人は互いを信頼しているようにも思えて、特に心配するようなこともない。

 

「水那!そっち!」

「は、はい!」

 

普通ならこんな大軍に対して物おじするのも仕方ないと思えるのに怖がること無く霊夢の指示に合わせて攻撃する水那も中々だ。外の世界でずっと警察やらなんやらに追いかけれてきたのだろうその経験がこういった状況でも焦らず怖がらずの精神を作りだしたのだろう。

彼女もこの場において一つの戦力として機能している。妖怪たちも脅威の一つとして捉えたのだろう。一部は水那への攻撃もある。それを冷静に対処して反撃すらもしている水那を育成している霊夢も相当であろう。

 

「とりゃああ!うりゃああ!せやあああ!」

 

奇声とも呼べる声を上げながら妖怪へと攻撃している早苗。今思えば早苗が戦闘しているところを見るのはこれが初めてである。

霊夢の仕事敵をしているだけあって対処は一流。今までの異変解決の経験もあるというし、霊夢同様特に心配することなく任せる事ができる。

それにしても俺と関わったのなんて外の世界で一回、幻想郷でも数回というのに何故早苗はこうも手伝ってくれるのだろうか。諏訪子たちに対して怒ったようだがそれも怒るほどのことだっただろうか。諏訪子たちに敵対されたのは悲しいことであるが、あれは神社と早苗を守るための選択だったはずでそれを早苗が怒る理由も分からない。

 

「どこかへ行きなさい!」

 

紫は電車攻撃を止めてスキマに直接妖怪を入れてどこかへ送っている。

幻想郷の外に送るのは紫もしないので多分幻想郷の辺境だろう。三途の川の近くとか幻想郷の大結界の近くとかそんな辺りだと予想できる。空を飛べるとは言えそんなところまで飛ばされてしまえば戻ってくるまで相当な時間がかかる。

紫のスキマがどこに開くもかもわからないため妖怪達も容易に近づけず軽く要塞のような状態になっている。どう考えてもこの場において最強は紫だ。紫を倒すことができる妖怪など相手の中にいないだろう。

 

「ふっ!」

 

輝剣で一閃、目の前の妖怪が墜落。

やはりというべきか俺への攻撃が一番激しい。結界、身体強化、輝剣に風、それに…

 

『右!』

 

狂気も手伝ってくれる。俺の負の感情を受け止めていると言う狂気は実際のところ俺の周囲がどうなっているのかどう把握しているのか俺も分からない。ただどうも俺の見えていないところも見ているような節があるのがなんとも…

 

『こいつら全員、野郎の狂気に影響されてんだ。感じれるのは当たり前だろ?』

 

ふむ。納得だ。

狂気の援護すらも受けつつひたすら攻撃を加えていく。

なんとか数も減ってきただろうと思ったところで…

 

「まっず、あんたたち!増えるわよ!」

 

霊夢が叫ぶ。俺がそちらの方向を見れば妖怪の山以外の方向からも援軍が飛んできていた。

そういえば奴はこの時間も常に仲間を増やし続けることができるようで…まずいな。このままではじり貧だ。相手はひたすら交代して攻撃してきている。いつかはこちらが先に尽きることになるだろう。

 

「やべっ!」

「魔理沙!」

 

魔理沙に攻撃が当たり仰け反ったところにレーザーが向かう。

霊夢の結界も間に合いそうにない。かく言う俺も結界の展開も風での援護も間に合わない。紫は違う方向を向いていて気付いている様子は無いし早苗やルーミアも援護に入れない。

 

「魔理沙ああああ!」

 

霊夢が必死に飛ぶが間に合わない。そしてレーザーが魔理沙に当たりそうというところで…

 

「っ!?」

 

レーザーが別の方向から飛んできてそのレーザーを相殺した。いや、そのまま押し返してレーザーを発射した妖怪を飲み込み吹き飛ばした。

 

「なんだ?」

 

俺がそちらを向けば空から日傘を差した一人の妖怪が降りてきた。

 

「雑魚の分際で定晴に手を出そうなんて…!」

 

フラワーマスター、幽香だ。ど怒りである。

 

「幽香!」

「大丈夫、定晴?また何かに巻き込まれたんだろうと思ってメディスンを置いて飛んできたのよ。そしたらやっぱり何かに巻き込まれているみたいだし…紫?最近定晴への扱いがひどくないかしら?」

「う、うるさいわね!私とて頼みたくはないんだけど私が全面信頼できるのは霊夢とか定晴とか少ししかいないのよ!隠岐奈が動いてくれるなら私だって苦労しないわ!」

 

隠岐奈とは誰のことだろう。

それはともかくこちらにも援軍だ。嬉しい限りである。

 

「あ、そうそう定晴」

「なんだ幽香?」

「折角だからもう少し援軍を呼んできてあげたわよ。あとでいっぱい感謝して…ついでに…まあその…私t「定晴ー!」…妖精…!」

 

チルノが飛んできた。その後ろに大妖精とかミスティアもいる。

 

「あたい達が助けに来てやったぞ!」

「定晴さん、微力ながら手伝いますね」

「あとでヤツメウナギ買ってね!」

 

三人が攻撃を開始。遅れて飛んできたリグルも攻撃に参加した。

更に…

 

「定晴さん!」

「あらあら、紫に呼ばれて来てみれば…」

 

妖夢に幽々子だ。

妖夢との戦闘訓練は今も継続中であり、最近の妖夢は最初の頃より断然強くなった。何より前よりも断然早くなり、数発ならば飛んできた弾を斬ることもできるようになった。

幽々子が戦闘しているところは見たことが無いが、どうも幽々子も戦闘に参加してくれるようである。

 

「呼んだ…って私がスキマで連絡しても来てくれなかったじゃないの!」

「まあそうねぇ…そこのフラワーマスターさんが来て思い出したのよ。行こうとは思ってたのよ?本当に」

 

スキマは連絡にも使えるのか。もしかしたら俺たちが妖怪の山や人里に行っている間に紫は幽々子のところなどに行っていたのかもしれない。

 

「定晴様」

「うおっ、吃驚した」

 

後ろにいつの間にか咲夜が立っていた。

 

「お嬢様たちに行けと言われまして…妹様が行こうとしていましたが昼間ですので私だけです。微力ながら私もお手伝いさせていただきます」

 

咲夜の投げナイフが宙を舞う。まるで舞踏を見ているかのような動きと演舞を見ているようなナイフの技。咲夜も異変解決に一役買ったというし戦力として十分だ。

 

「ふふ、まあこの短時間だったからこれくらいが限界なんだけど…」

「いや、本当に助かったよ幽香。ありがとう」

「!!…ええ、どういたしまして」

 

これでこちらの人数は十五人。

これならば…

 

「ねえ定晴?」

「なんだ幽香?」

「今回もいるんでしょ?敵が、倒すべき奴が」

 

幽香はいつになく険しい顔で話す。俺が頷くと幽香が俺に提案をした。いや、言い方や状況を考えれば命令とも取れるかもしれない。

 

「行きなさい、定晴。私達は大丈夫よ」

「なっ」

 

ここは皆に任せろと言うのか。完全に俺が巻き込んだ形だというのに…

 

「でも場所が…」

『実はな定晴、分かるぞ。今なら。あの野郎仲間を増やすために術を使っているみたいだがそのお陰で狂気の場所がはっきりとわかる。あれほどの負の感情だ、分からない筈がない』

 

狂気がそんなことを言う。

それに…

 

「私達は大丈夫よ!」

「あとは頼んだぜ!」

「任せてください!」

 

霊夢、魔理沙、早苗すらそんなことを言う。それに紫たちもこちらを見て頷く。

ああ、いい仲間に恵まれたものだ。

 

「…ご主人様」

「…ああ、行くぞルーミア!」

「っ!…ええ!」

 

ルーミアを連れて狂気が言う方向に飛ぶ。

俺の後ろを妖怪達が追ってこようとするが…

 

「ここは行かせませんよ!」

「定晴さんへ、いつも師事してもらっているお礼を!」

「最強のあたいたちを無視しようなんて百万年早いのよ!」

 

皆が足止めしてくれる。

俺はそのまま森の中へ。皆の助けを受けながら、奴との決戦へ…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七十三話 黒幕

「ご主人様!場所分かるの!?」

「ああ!狂気が察知してくれたみたいなんだ!」

 

森の中を飛ぶ。妖怪達にバレないように。

まだ妖怪達は俺が博麗神社にいると思っているのか全員博麗神社へ向かって飛んでいく。妖怪達は奴の洗脳を受けているようなものなので奴の命令が博麗神社へ行くことなのだろう。とすればまだ俺たちが向かっていることに気付いていない筈だ。

森の中を素早く駆け抜ける。たまたま出くわしてしまった妖怪は一撃で沈めて静かにしてもらう。もし報告、なんてことをするようであればこの奇襲作戦は水泡に帰すことになるからだ。

 

『もう少しだ!』

 

思いのほか近くにいたようである。遠くにいても援軍を送った時にすぐに到着しないからだろうか。それともここら辺の妖怪は霊夢を恐れないようなある程度の強さがある妖怪ばかりだからだろうか。どのみち面倒なわけだが…今はそれは考えない。

 

「ルーミア、止まれ」

 

ルーミアに指示して草むらに隠れる。視線の先には奴がいた。前回は姿が砂埃によって見えなかったが今回はそんなことはない。

黒い髪、身長は俺より少し低いくらいだろうか。特に武装している様子はないし、霊力もそこまで強いようには思えない。ただその周囲にはまるで奴を守るかのように妖怪が警戒している。いや、実際に守っているのだろう。俺たちが奇襲しようとしてもすぐにばれてしまう。

 

「どうするご主人様?」

「…」

 

もし奴と一対一になったときに俺は勝てるだろうか。見えるだけでならば、多分余裕で勝てる。なんせ奴が自分の身で戦っているところを見たことは無いが、いつも妖怪を何とかして雲隠れしている所を見るときっとひとりで戦えないのではなかろうか。

妖怪を使役できるだけの人間が相手ならば身体強化に輝剣を合わせて使えば十分である。そのはずなんだが…

 

「っ!」

 

目が合った。

こちらは草むらに隠れているし俺もルーミアも力を抑えている。あんなに周囲に妖怪がいる状況ならばこちらに気付きようがないのに。明らかにこちらを見ている。

 

「フフフ…来たんだね堀内。まさかあの巫女たちをおいて一人で…いや二人で来るなんてね。幻想郷に来てから何かあったのかな?それとも…それが君の素なのかな?あーあ、あっちに送った嫌がらせが無駄になっちゃった」

 

俺たちに向かって語りかける奴はルーミアの存在にも気づいているらしい。

なんとも恐ろしい話だ。俺でもあの状況で見つけられる気がしないというのに…霊力や妖力には敏感なのだろうか。

 

「出ておいでよ、さしでやろう。心配なら君の浄化で周囲の妖怪を吹き飛ばしてくれても構わない。どのみち無能の使えない奴らだからさ」

 

一対一?奴は一人でも戦えるのだろうか。それにこちらにはルーミアがいる。この際奴の要求を呑む必要はない。俺とルーミア二人で飛び出して囲む。周囲の妖怪もいるがあれくらいならば片手間でも対処が可能だ。妖怪の山で魔理沙と共に襲われたあの時の方が断然大変だったと言えよう。

 

「ルーミアはここで待っていてくれ」

「でもっ!」

「何かあったら援護を頼む」

 

草むらから出て奴と対峙する。

本当に周囲の妖怪には何もさせる気がないのか妖怪たちは離れた場所に移動してこちらを虚ろな目でじっと見つめている。強い妖力を持つ妖怪ではなかったのだろう。完全に洗脳状態である。

 

「うんうん、君なら出てくれると思ったよ」

「何が狙いだ?」

「そうだねぇ…」

 

その瞬間奴の周囲の温度が変わる。

大きすぎる殺気とそれに反応した周囲にいたまだ洗脳されていない妖怪が逃げていく音。

 

「恨みは果たさせてもらおう」

 

急激な体への負荷。

これはまずい。重力魔法とかそういうものではない、何か内側から迫ってくるような圧倒的な力。身体強化などでは防ぎようがない。

やむなく無効化を使う。動けなくなるが、ここで倒れるわけにもいかない。これを一度無効化すれば後は身体強化で攻撃を耐える。硬直時間が消えればすぐさま輝剣を使って奴を死なない程度に斬る。

 

「なるほどなるほど…僕もそこまで能力が強いわけじゃないからね…さあ耐久勝負と行こうじゃないか」

 

無効化をしたらまたもや同じ力が襲い掛かる。実のところこの硬直三秒=能力使用不可というわけではない。なんなら無効化も連発しようと思えば全然できる。紫との殺し合いの時もその力を使ってなんとか戦っていた。

しかしここで連発はしない。勘でこれ以上は危険だと思ったら無効化をする。一度解除されるとその力もゼロに戻るらしく、俺の無効化が使える限り問題はない。しかし今日は既に何度も戦闘をしている。霊力とてもうあまり残っていない。となればこちらが使える攻撃の手は…

 

「ルーミア!」

「せい!」

 

ルーミアの作った闇が鋭くなり奴の体を突き刺す。

致命傷かと思われたが闇はすぐに霧散してしまいそこまで深くは刺さらなかったようだ。だがそのお陰で俺の体を襲っていた謎の力が無くなった。

 

「ふーん?僕が君の封印を解いてあげたの忘れたわけじゃないよね?」

「あんたの事なんか忘れたわ。さっさと死になさい!」

 

妙にルーミアがイライラしている。

ルーミアの闇は一瞬は奴の体を飲み込むがすぐさま霧散。きっと能力によるものだろうが…今はまだ絡繰りがよく分からない。ルーミアの攻撃に合わせて俺も攻撃。

 

「おっとっと、君たちが一対一の構図を壊したんだ。僕も同じように壊させてもらうよ」

 

周囲で待機していた妖怪たちが俺たちを襲う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七十四話 爆発と逃亡

戦闘時間は僅かの十分程度であっただろう。

疲労が蓄積してきたが周囲の妖怪は粗方対処した。その時に数体は絶命させてしまったが、まあ人間が妖怪を殺してしまうのはありがちなことだと自分を納得させておく。

 

「いやまさか、堀内また強くなったのかい?これは…僕もまた頑張らないといけないようだね」

「次はねえよ。これで終わりだ」

「いや、今日はもう退かせてもらう。きっとそろそろ…時間だ」

 

俺たちの背後から爆発音が響いた。

方向は博麗神社。奴に警戒しつつ後ろを一瞬振り返る。悪い予感に駆られながら見れば、博麗神社があった場所から黒煙が上がっている。

 

「てめえ!」

「ご主人様…逃げられた…」

 

見れば奴がいたところには妖怪が放出した煙が充満していた。

 

『狂気、何か感じられるか?』

『いや…どういうわけか突然負の感情を感じなくなった。あんだけの感情があるのにゼロにしたなんて考えられないが…』

 

どうやら狂気ですら見失ってしまったらしい。あの煙には感情をかき消す力でもあるのだろうか。

ここで追ってもいいが、場所が分からなくなってしまったのであれば仕方がない。一度博麗神社に戻る。出来る限り急いで。

紫をはじめ幻想郷でも中々の強者が集まっているのだ。きっと大丈夫だろう。そう自分に暗示をかける。

だが少なくともあの爆発から守っていないなら神社の建物は倒壊してしまっているだろう。紫が怒り狂ってなければいいのだが…

博麗神社についた俺達。神社は…無事だ。それに皆も…大妖精達がいない?

周囲を見渡せば鳥居の近くでまとまって休んでいた。妖怪の山の妖怪たち相手によく頑張ってくれたと労いつつ紫に話しかける。

 

「爆発が見えたが何があった?」

「…ある妖怪が爆弾を持ってたの。しかも素人が作ったやつじゃない、戦争で使うようなやつよ」

 

外の世界で買ったのだろうか。日本ではそんな爆弾買えないが、何らかの方法で持ち込んだのだろう。警察に追われたとて幻想郷の中に入ってしまえば追いつかれないし、そもそも幻想郷に入った時点で警察は記録や記憶があやふやになるだろう。幻想郷とはそういう場所なのだ。

 

「撤収したのか?」

「いえ、気絶させてるだけよ…」

 

幽香にも疲労の色が見える。あの量の妖怪を相手にしていたのだ。疲れも中々のものだろう。

 

「それにしても何で定晴は狙われてるのかしら?」

「どうやら犯人は俺に恨みがあるらしい。どんな恨みなのか教えてくれなかったけどな」

 

もし俺と深い関わりがあるのなら顔を見れば分かると思ったのだが、残念ながら見知らぬ人物であった。なんでも屋時代の依頼主の顔なら思い出せる自信があるので、それより前に会ったのか奴が俺のことを一方的に知っているかのどちらかだろう。

 

「紫、取り敢えず邪魔な妖怪たちはスキマでどっか適当に置いてきてくれ」

「妖怪の山にでも送っとくわ。また来られたら困るから深い催眠と一緒にね」

 

紫がそう言うとスキマが開き妖怪たちが強制送還された。

紫のスキマの性質上大きく開くと俺達も巻き込んでしまうので妖怪一人一人に対してスキマが開かれている。視野外であろうにも関わらずスキマを展開できているところを見ると、どうやら紫はここらへんの妖怪の把握は完璧なようである。

 

「なんとも煮え切らないけど、敵襲はおしまい。でも犯人は未だに逃亡中だし黒病が治ったわけでもないわ」

「つっても霊夢、どうすんだ?」

 

奴は現在も幻想郷の内部にいる。強力な能力があっても幻想郷を覆う大結界を越えるのは簡単ではないのだ。基本的には紫のように外に直接出口を作るか、俺のように結界自体を無効化するかどちらかになる。

奴はスキマのような能力や瞬間移動、無効化系の能力は持っていないようだった。あの妖怪を使役している方法や俺に内部から攻撃を与えている方法は分かっていないので、絶対とは言い切れないが。

 

「そうねぇ…っ!?回避!」

 

霊夢が結界を張りながら横っ飛びで回避した。霊夢が声を上げた時には皆も回避行動を取っていた。その直後に俺達に向かって放出される極太レーザー。先程幽香が相殺したレーザーの比ではない。

 

「なんなのよ!」

 

俺達が視線を上に向ける。

そこにはなんとも奇怪な黒い影が浮いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七十五話 影

俺達の頭上には不定形の黒い影が浮いていた。確実に太陽光を妨げているにも関わらず俺達が隠されることはない。眩しいとは感じないのに太陽に照らされているという感覚になるから不思議である。

闇といえばルーミアだ。俺の隣で影を見ているルーミアに尋ねる。

 

「ルーミア、あれ何か分かるか」

「…分かんない。私の能力の範疇じゃないから」

 

影はぐにゅぐにゅと揺らめきながら浮いている。目は無いと言うのにまるで俺たちが見られているような感覚に陥る。生物なのかもわからないのになぜここまで威圧感を覚えるのだろうか。

そも意識するまでいたことも感じなかったほどだ。いつ現れたのだろうか。

霊夢が何を感じたのか急に叫んだ。

 

「来る!」

 

その瞬間今までは揺らいだままだった影だったのに急に触手のように伸びてきて俺の足元を穿った。霊夢の声と今まで戦ってきた中で得た勘によって回避行動をしていたので俺は無傷だ。どうやらあれも俺のことを狙っているようだ。ということはあれも妖怪の一種なのだろうか。

 

「紫、あれなんだ」

「私に訊かないでちょうだい。知らないわ。定晴こそ外の世界で何か似たバケモノ見たとかないの?」

「あったら訊いてねえよ」

 

ともかく奴も敵だ。

魔理沙が先手必勝とばかりにマスタースパークを放った。だが影に効いているようには思えない。端っこで寝ていた大妖精がいつの間にやら目を覚まし魔理沙の攻撃について報告する。どうやら大妖精の位置からは影の上の空も見えているらしい。

 

「影が吸収しています!」

 

どうやら貫通、素通りというわけではなく影自体が魔理沙の攻撃を吸収してしまったようだ。魔理沙のマスタースパークは光と熱の攻撃もそうだが衝撃を伴っている。衝撃力という点で言えば今ここにいる誰よりも反作用が大きいだろう。それを全て、影を崩すことなく吸収しきってしまったのだ。ただものではない。

 

「大妖精!チルノたちを連れて離れてくれ!」

「えぇえ!?」

「どうもこいつは今までとは一味違うみたいだ。危ないから離れてくれ」

 

大妖精たちに注意喚起。妖精はもしピチュンしても自然の力とやらで復活するらしいのだが、ミスティアたちは妖精ではないし、なにより魔理沙のマスタースパークを吸収したのだ。妖精の力とやらも吸収されてしまう可能性がある。

 

「では子供たちは人里近くにごあんな~い」

 

紫がスキマを開き大妖精たちを連れて行った。

大妖精はルーミアのことを気にしている様子だったが、ルーミアは戦力として欲しい。それを言えばチルノたちもれっきとした戦力ではあるのだが、先程の戦いで気絶してしまうようならもう休んでもらった方がいいだろうという判断だ。

 

「さてと…紫、一応聞いてみるがあれってスキマ収納とかできないか?」

「無理ね。あれはなんだか境界があやふやなのよ。時間かければいけるかもしれないけどすぐには無理よ」

 

まあ紫のスキマ送りとてその問題を先延ばしにしているだけだし、退治する分はささっと退治してしまおう。

輝剣を召喚。光を吸収するのか、それとも力を吸収しているのか。まずは奴の能力を見極めなければいけない。これで触れたもの全てを吸収するなんていう能力では迂闊に動くと自分たちが丸ごと吸い込まれてしまう。

またもや影が形となって攻撃してきたのでそれを避けて一気に接近。接近する間にも触手が伸びてきたが、霊夢がお札で吹き飛ばした。どうやら影全体を攻撃用の触手に変形することができるようである。とは言え攻撃は単調。避けることも容易い。

 

「おら!」

 

輝剣で斬る。だがまるで水を切っているかのような感覚。それに攻撃を与えたという感覚もしない。輝剣は吸収されることなく形を保っているが、なんとなく輝剣が当たる瞬間に自ら裂けて攻撃に当たらないようにしたという感じがする。

一度距離を取って魔術を発動。スペルカードルールではないので宣言する必要はない。その代わりちゃんとした魔術を使うという意味で技名を言う必要はあるのだが。

 

フレアアイスウィンド!」

 

基本属性火、水、風。その基本的な魔術だ。

外の世界で魔術を使うためにちょっとだけ裏情報で学んだ魔術だ。その方法では中級魔術までしか知ることができなかったうえ、悲しいことに俺は初級魔術しか使うことができなかった。パチュリーの図書館で上級以上の魔術や禁忌なんて魔術が書いてある本を見つけたので時間があれば読んでみるだけでもしてみようと思っている次第だ。パチュリーに教われば中級くらいまでなら使えるとは思うし。パチュリーが手伝ってくれるかは分からないけども。

閑話休題

この影はどうやらこの三属性も吸収してしまったようだ。影の大きさが変わったようには見えないし、衝撃があったようにも思えない。こいつにダメージを与える方法が全く分からない。

 

タイフーン!」

 

俺に適正のある風、その中級魔術だ。ダメージを与えられないなら影ごと吹き飛ばしてしまおうと考えたわけだが…

 

「効果なしか…どうすっかなこれ」

 

どうにもこいつは魔術にも物理にも耐性があるらしい。耐えているというか吸収しているので耐性という言い方が正しいのかは分からないけども。

 

「定晴さん!」

 

霊夢が俺の名前を呼ぶ。

俺がこうして時間を稼いでいる間に早苗と霊夢は結界を作っていたらしい。魔払いの結界のようである。

 

「いきます!」

 

早苗の声で結界が起動した。範囲は博麗神社の境内上空百メートルまでの範囲。

影の様子は変わらない。どうやら魔払いの結界が効いていないようである。

いや、どうも効いてはいないようだが形が変わってきた。不定形だった影が少しずつ恐竜のような形になっていき…

 

「きゃあ!」

 

幽香の近くに着地。幽香は急いで回避したようだ。

さきほどまでは当たり判定などないかのように見えたのに、今はティラノサウルスのような見た目で重力の影響も受けているようだ。だがそんな形をしているにも関わらず体からは触手のようなものが伸びてきて攻撃を仕掛けてきた。先ほどと違い上からではなく横からなので少しだけ避けにくい。

変形した理由が結界のせいなのかそれとも他の要因なのかは分からないけど狙いやすくはなった。

触手を躱しつつ一気に接近。今度は妖夢も一緒に接敵する。俺と妖夢は同時に敵を切り刻む。しかし先程の同じように斬った感覚はしなかった。地面に立っているので当たり判定も生まれたかと思ったが、どうやらそこらへんは自由にできるらしい。触手が横から腕を振るように飛んできて俺も妖夢も躱しきれずに直撃する。今は俺と妖夢に触れているからと輝剣で斬ってみたが、この触手にも当たり判定は存在していないようだ。

吹き飛ばされている間に体勢を立て直して妖夢を支えて地面に立つ。

 

「大丈夫か妖夢」

「あ、ありがとうございます」

 

基本的にやつの狙いは俺なので吹き飛ばされている間も攻撃される。だがこうして安全に着地できたのは他のみんなのサポートがあったからだ。結界を霊夢や早苗が張って触手を防いでくれている。

それに…

 

「スパーク!スパーク!スパアアアアク!」

 

魔理沙が伸びる触手を吹き飛ばしている。どうやら触手よりも太い魔理沙のレーザーは吸収できないようである。

ということは…

 

「伸びた触手を斬れ!」

「はい!」

 

妖夢に指示。剣の先端が反対側から出るほどの細さの触手ならば切り落とせるようである。

好調かと思われたその時、影に変化が起きた。

 

「きゃ!」

「ぐぅ…」

 

触手が伸びて霊夢と魔理沙を捕まえた。

 

「霊夢!魔理沙!……っ!」

 

途端に俺を襲う謎の力。これは…

 

「やあ堀内、やっとのチャンスだ。君を始末しにきたよ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七十六話 展開

「てめぇ…」

 

無効化で謎の力を弾きつつ対峙する。

 

「そいつが…」

 

紫が奴を睨みつける。と、最初に動いたのは幽香だった。

 

「巫山戯るんじゃないわよ!」

 

幽香の傘の尖端から放たれる極太レーザー。どういうわけか幽香は魔理沙と同じくマスタースパークを撃てるのでそれだろう。

弾幕ごっこ用のお遊びのものではなく、威力も高くみえた。だが奴は余裕で回避し、影に近付いていく。

 

「うぐっ…」

 

それと同時に幽香が胸を抑えた。俺にやっていたあの力を幽香に掛けているのだろう。幽香がどれくらい耐えることができるのか分からないので早め早めに無効化で幽香にかかっている負荷を消しつつ奴に向かって走る。

 

「おっと、それ以上近付くなら…僕を攻撃しようと言うのなら彼女たちを殺す。だが安心してくれ、君が死んでくれたら彼女たちはすぐに開放する」

「それを信用できると思うか?」

 

こいつの言うことは何も信用出来ない。相手を惑わすために嘘と本当を混ぜて喋る…ならば全て信用しなければそれまでだ。外の世界での経験、他者は信用するなの鉄則である。

 

「まあ信用は出来ないか…とはいえ元より堀内がすんなりと自殺してくれるとも思ってないし、必死に抵抗してみなよ」

 

声色が変わる。黒く、深く、闇を感じさせるはっきりとした殺意が俺を襲う。

瞬間、恐竜型の影が霊夢と魔理沙を捕えたまま形を変え始める。

 

「さあ、悲しい影の妖怪よ…その怨念、開放しなよ」

 

奴がそう呟いたのを聞いたのは俺だけだっただろう。他のみんなは視点が影に向いていた。

恐竜のような形だったものが、少しずつ小さくなって人形を形成していく。変化が収まったとき、俺達の三倍ほどの大きさの巨人へと姿を変えていた。

巨人が腕を振るう。確実に俺を狙っていることが分かったので回避行動を取ろうとする。しかしそのタイミングを見計らってから奴が俺にまたもや謎の力を与えてきた。そのせいで回避が遅れる。

 

「てや!」

 

ルーミアが闇を固めて壁にする。拮抗したのは一瞬で、すぐさま腕は壁を崩壊させて俺達へと迫ってきた。謎の力を無効化で解除、ルーミアが作ってくれた隙に結界を展開。

 

「ぐはっ」

「うぐっ」

 

俺とルーミアは仲良く吹き飛ばされ木に激突した。結界を使っていたにも関わらず中々の衝撃だ。

俺達が吹き飛ばされている間に呆けていた妖夢たちが戦闘を再開した。霊夢と魔理沙は未だに囚われている。触手に捕まっていたはずだが、今は左手の中にいる。そのせいで太さが増して妖夢の剣では長さが足りないようだ。あれでは霊夢たちを救出できない。

 

「うっあああ!」

 

魔理沙が声を荒げる。どうやら今も少しずつ手を握りしめているようだ。戦闘が長引けば長引くだけ魔理沙たちが苦しむことになる。

 

「…ルーミア」

「なに?ご主人様」

「俺の浄化能力で悪影響がある奴を連れて離れてくれ」

「っ!」

 

影の発見当初は妖怪なのかも分からず、無闇に霊力を使うことも避けたかったので実行しなかったが、奴は先程確実に妖怪であると名言した。ならば俺の浄化は効くはずである。幸いなことに捕まっているのは霊夢と魔理沙の二人、どちらも純正な人間なので浄化の能力を受けても悪影響はない。

ルーミアに指示して幽々子たちを離れたところに移動させる。紫がスキマを開いてくれたので移動は早そうである。

 

「んー?ああ、堀内の浄化かな。無駄だよ、堀内の浄化能力は影全てを覆い尽くせないだろう?君達も気付いている通りこいつはその体よりも小さい攻撃は全て吸収する」

 

聞いてもいないことをペラペラと話す。そういうのは映画とかでも三下の悪役が言うセリフなのだ。

 

「終わったわよ」

「ルーミア、お前も離れてくれ」

「…ええ、後ろで見とくわ」

 

後ろ…後ろかぁ…俺の背後、気配からすれば十メートルほどは離れているだろうか。しかし今から使う技の範囲内である。式神だから大丈夫とかあるのだろうか。

 

「俺は詠唱をするからルーミアはその間守ってくれないか?」

「っ!!ええ、任せて!」

 

いつになく張り切るルーミア。しかし小声で「ご主人様が詠唱?」と首を傾げている。

確かに俺は技の詠唱をしない。なんせ俺の戦闘スタイルは結構決着を早くつけるものだからだ。詠唱など時間がかかるものは使えないし、何より外の世界での戦闘は全て俺一人だったので詠唱をしている間に攻撃を受ける可能性があるというのなら詠唱などしない。

しかし今回使うものは詠唱が必要だ。なぜならば完全にオリジナルではないから。あのミキが俺にオススメしてきた技、それを俺流にアレンジしなおして使用する。

練習では一度だけ成功したのだが、今回は練習のときよりも範囲を広くする必要がある。成功するにせよ失敗するにせよ霊力が減るには変わりない。

 

天の衣 空駆ける剣 大地を満たすは退魔の光…」

 

巨人の腕が振るわれる。ルーミアが全力で止めてくれた。闇の壁を何枚にも重ね、自らの体すらも盾の代わりにして。やはり最近のルーミアは何かが変わったように思える。

 

「その詠唱を止めないとすぐに彼女たちを潰すぞ!」

「…我は聖典の指揮者 我は狂い沈む調停者 我は反するものの選定者…」

 

あからさまに霊夢と魔理沙の顔に苦痛の色が見える。だがここでやめるわけにはいかない。それに霊夢と魔理沙なら耐えられるはずだ。そう信じている。

 

「…流れろ力 裂けよ混沌 苦痛を払い 輪廻を巡り 異端なる者を掻き消せ!

 

光が高なる。

最後に咄嗟にルーミアの腕を掴み後ろに投げ飛ばす。

 

「ご主人様!」

 

ルーミアはどうやら昂っている時は口調などが崩れるようである。こいしの件でやらかしているのに改善されたようには見えない。

 

三千世界…」

 

そして俺を中心に博麗神社は姿を変える。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七十七話 三千世界

久しぶりの水曜投稿です


俺を中心として光が溢れる。そしてその光は巨人の影も、奴も飲み込んで博麗神社を覆い尽くしていく。ギリギリのラインではあったがルーミアは範囲外に投げ飛ばせたようだ。

 

「なっ、まさか!」

 

奴が狼狽えるかの如く声を出した。

土壇場での発動、そして範囲強化、そのために詠唱が少し伸びてしまったが致し方ない。成功しただけでも良しとしよう。

ミキが好んでいるその長い人生をフルに使える模倣技の無限剣製というものは、魔術のジャンル分けをした時固有結界というものになると言っていた。

固有結界とはその個人が使える秘術の一つ、世界を塗り替えて自らの世界に染めあげる。大規模な魔術なので消費する魔力は多いし、継続時間も短い。それが固有結界の決まりである。俺は魔力の代わりに霊力で発動しているのでまだ活動限界ではない。魔力の何倍も霊力は持っているのである。

この固有結界の効果は簡単、範囲内の異物の力の抑制である。異物というのは俺、つまり人間以外のものの事を指すので人間のエゴの塊とも言えよう。俺の浄化の力は別に妖力だけを払うのではなく毒とかそういう色々なものを消し飛ばすのでどうしても固有結界にしても人間以外への効果にしかならなかったのだ。捕まったのが霊夢と魔理沙であって良かった。幽香とかが捕まっていたら少々面倒なことになっていたのだ。

 

「クソ!堀内、まだ奥の手を!」

「知った事か。まあお前は人間のようだから効果は薄い…と思うなよ?」

 

力の抑制というのは実は固有結界のサブ効果に過ぎない。

この固有結界には俺の能力で適するものを全てつぎ込んでいるのだ。この結界、この空間には無効化も働いている。この結界内では…俺は指定した奴の能力は一切発動できなくなる。能力を無効化しているのだ。

なぜ今までこれを使わなかったかというと、本当に奥の手だからだ。なんせこの結界、使用後は俺が動けなくなる。ルーミアは今頃結界の外側で待機しているはずだから戦いが終わったら運んでもらうしかあるまい。紫もいるのでスキマ運送を頼ることもできそうだ。

 

「っ!力が…」

「残念だったな!おら!」

 

素早く接近し輝剣で奴を斬る。そのまま跳躍し妖怪の腕も切断。対妖怪として強いこの結界内では腕よりも短い斬撃でも切ることができた。それに伴い霊夢と魔理沙も解放される。

 

「ありがと定晴さん」

「助かったぜ!」

 

俺の指定した能力以外は普通に使えるので霊夢や魔理沙は通常通り戦う事ができる。人間の仲間と共に妖怪と戦うというシチュエーションでは最高のコンディションを作り出す結界だ。式神と戦えないのが残念ではあるが、ミキに相談してなんとか改良できないか試してみるとしよう。

 

「くそ!…くそ!!なんでだ!お前はやはり妖怪というものを理解しない!人間贔屓のくそ野郎だ!なんでお前が幻想郷にいるのかさっぱり理解ができない!」

 

初めて奴が声を荒げた。それほどまでに癪だったのだろうか。奴の気持ちはよく分からない。

さて、霊夢と魔理沙は解放できたわけだし、この妖怪には退場してもらう。紫たちが誰も分からなかったということは外部から持ち込んだ妖怪なのだろう。全てを受け入れるという幻想郷なので紫はこの妖怪も受け入れるのだろうけど、俺は許さん。殺すまでは行かなくとも相当な弱体化はしてもらう。

 

「ふん!」

 

浄化発動。妖怪の体のほとんどを吹き飛ばし小さいボールみたいな形にまで縮小した。これで当分は問題ないだろう。剣でも普通に向こう側まで剣先が届くまでに小さくなったのだ。結界外でも問題なく対処できる。しかし浄化で吹き飛ばしても声を出さないし、そもそも巨人の姿になっても顔とかが無かったので本当に謎の妖怪である。

この固有結界は世界を上から塗り替えているので今ここは外部と直接繋がっていない。紫ならば入って来れるだろうが、入らなければ外から中の様子は分からないだろう。勿論中から外の様子も分からないし、後できちんと報告する必要があるだろう。

 

「さて、んでお前はどうするんだ?ここで動けなくなるまで切り刻んでもいいわけだが…?」

「……ああ、堀内。君はそうやって…いや、今はやめておこう。次だ、また次に会う時に…」

「次はねえよ。ここで決めるんだ」

「いや、あるさ。僕の力を甘く見ないでくれ」

 

異変が起きた。こいつの体の中に変な力の移動を感じる。

まさか能力を使用したというのか、この固有結界の中で。そんなことができるはずはないが…

 

「次に会う時は君を確実に殺す。仕方ないけど君の周囲の奴らも全員皆殺しだ」

 

憎悪に染まった声を出す。

 

「僕は不動。憶えておきなよ。もしかしたら君が犯した罪も思い出せるかもね?」

 

その瞬間、不動の姿が掻き消えた。この現象は知っている、萃香が霧になった時と同じ現象だ。しかし萃香の霧と違って完全に消えたように思える。なんせ霊力を全く感じることができないからだ。

 

「…消えたみたいね。定晴さん、結界を解除して頂戴」

「…あいよ」

 

固有結界を解除する。

世界が歪み、それが戻った時にはいつもの博麗神社だった。

 

「おかえりなさい定晴、それで?奴は?」

「逃げられた。どういうわけか萃香のように掻き消えたんだ。どこに行ったかは不明だが、幻想郷内にいるだろう」

 

しかし奴が残した黒病異変はまだ残っている。未だにあいつらが襲ってくるとなると面倒ではあるのだが…

 

「あややや…んー?なんか変な気分ですねー」

「あら、起きたの?それで?弁明はあるかしら?」

「なぜ霊夢さんそんなに怒っているのですか!?…ん?私何か変なことした気がしますね…んー…なぜ私はルーミアさんを襲ったのでしょうか?」

 

どうも記憶はありながらも混濁が見れるよう…しかし催眠状態が解けている。他の妖怪も同じように解けているかは分からないが、文が解けたのだから解ける事だろう。

 

「はぁ…なんかよく分からないけど異変解決でいいのかしら?」

「むむ、私は何も活躍できていない気がするぜ」

 

霊夢と魔理沙が困ったような顔をする。

だが霊夢の言った通り一応の解決ではいいのではないだろうか。異変の経緯も、原因も不明だし、何より犯人は逃亡してしまったが。

 

「定晴ー!」

「おわっ!幽香、どうした!」

「何よ。折角助けてあげたのだから私の要求くらい呑みなさい」

 

何故か幽香に抱き着かれた。よく分からないがまあ今は放置でいいか。

 

「なんで貴方はここまでして顔色を変えないのかしら?」

 

幽香が不満そうである。

ともかくこれで異変は解決でいいだろう。この小さいボールとなってしまった妖怪は幻想郷内に逃がすとしよう。

 

「よーし!鬱憤晴らしも兼ねて、異変解決の宴会だぜ!」

 

魔理沙がいつもの調子で宴会開催を宣言した。

俺も助けに来てくれた幽香達にお礼をする必要があるだろう。不動がどこに行ったのかは不明だが、取り敢えず犠牲もなく日常を取り戻したのであった。

 


 

幻想郷の()()()

足を引きずりながら歩く一人の青年の姿があった。

 

「くそ!また失敗だ!」

「大丈夫ですか?」

「…ああ、次は君にも出てもらう。いいね?」

「はい」

 

その隣には一人の妖怪の姿があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百七十八話 宴会【黒病異変】

執筆前のメモ:多分5000文字超える

執筆後のメモ:案の定超えたしなんなら6千もある。


異変解決から一夜が明けた。一度寝るくらいでは疲れが取れないものの、幻想郷は既に平常運転らしく朝から文が俺の家に訪ねてきた。

 

「おはようございます定晴さん」

「おはよう。どうした?」

「伝言ですよ。今夜には宴会をするらしいです。場所は博麗神社ですよ」

 

博麗神社で戦闘があったにも関わらず、紫が守るように動いていたため建物は無事。宴会はいつも通りの場所で開催するらしい。

 

「それと…個人的に定晴さんに質問がありまして」

「なんだ?取材の時に話しただろ色々と」

 

確かにあの時から随分と時間が経ったので話すことがないもないというわけでもないが…と思ったらどうやらメインは俺ではないらしい。

 

「ええまあ、ただ…ルーミアさんってここにいません?どうも私の記憶が正しければルーミアさんが定晴さんのことをご主人様と呼んでいたような気がしましてね?それでそこらへんについて質問をしたく…」

 

こいつ起きていたのか。

だがまあ文を気絶させるためにルーミアは結構能力を使ったらしい、違和感を覚えるには十分だったであろう。

 

「宴会の時に話すよ」

「おお!これは特ダネの予感!期待していますよ」

 

そう言って文は飛び去って行った。

面倒なことになったものだ。さっさとルーミアとの本契約を済ませておくべきだったな。紫がこの時期はよく休眠するので藍が忙しく後回しになっていた。あとで時間がある時に頼むとしよう。紫は今回の異変のせいで起こされたらしく暫くは休眠することができないらしい。

 

「ん…おはよ、ご主人様」

「おう、おはよう」

 

ルーミアが寝ぼけ眼を擦りながら起きてきた。

 

「ルーミア、どうもお前の発言が文に聞かれてたらしいぞ」

「はつげん…?」

「俺を呼んだ時既に文は起きていたらしい」

「呼ぶ…?ご主人様を…?えーと…っ!?」

 

あ、目が覚めた。

 

「えっ…それどうするのよ!っていうかなんて言ったの?」

「宴会のときに話すって。どうせ異変のことについても文に聞かれるんだからそれと一緒に話しちゃおうかなって。俺もうそろそろルーミアのこと隠しておくの難しいと思うんだが」

「それは…!そう…!だけど…!」

 

そう言えば明確にルーミアから理由を聞いたことがなかったと思い出す。前に聞いたときも大雑把というか、理由になってるかってものだったのでもう一度聞いてみるか。

 

「なあ、なんでそこまでバレたくないんだ?」

「それは…だって経緯も恥ずかしいし…き、キスとか…それに…」

 

それに…の後は聞き取ることが出来なかったが、要はルーミア個人の気持ちの問題なのだろう。流石に不動の力の影響はもう受けていないだろうから案外式神解除をしてもいいとは思うけど、それを提案するとルーミアが万が一を押してくるのでルーミアには気持ちの整理を付けてもらうしかない。

 

「え…本当に言うの?」

 

不安そうにこちらを見てくるルーミア。ルーミアがこんな表情をするのはレアである。

 

「うー…うー…はぁ、私も覚悟を決めるしかないわね」

「でもルーミアが思ってるほど騒がれないと思うぞ?霊夢たちだって普通に許容してるし」

「そこじゃないのよご主人様。ご主人様は女性の感情の機微に疎いし仕方ないか…」

 

なんか溜息つかれた。乙女心はわけが分からん。

 

「それで?宴会のときに持っていく料理は?」

「藍から今回は休んでいいと言われたがそれだと申し訳ないから簡単におにぎりとか持っていくつもりだ」

「私も手伝って…あ、でもご主人様のやつと比べられるか。んー、必要があるなら呼んで。買い出しとかなら行ってくるから」

 

おにぎり一つで出来を比べられるなんてことはないと思うが…それに宴会料理など食べれればいいみたいな考えの奴らばかりだ。そこまで味とか見た目を意識する必要はないと思う。

とはいえ海苔が若干足りなさそう、というか足りたとして今後必要なときに使えなくなるので海苔と一部調味料を買ってくるように頼んで俺はおにぎりを作り始めた。

 


 

さて、宴会の始まりというのはいつもマチマチだ。一応一斉に騒ぎ出す前に一言乾杯の音頭などはあるのだが、それより先に萃香たちは酒を飲むし腹が減ってる奴は飯を食う。自由なのはいいことだが協調性はどうしたのか。幻想郷とは凄いバランスの上に成り立っているとつくづく実感する。

 

「おーい、霊夢来たぞー。おにぎりも持ってきたぞー」

「あら、今回はいいって言ったのに。まあ作ってくれたなら食べないわけにはいかないわね。あの台の上に置いておいてくれないかしら」

 

霊夢が指さした台の上におにぎりを置く。と同時に感じるおにぎりを狙う気配!

素早く手刀で出てきた影を叩いた。

 

「ひぎゃん!」

「もーチルノちゃん。だから無理だって言ったじゃん。すみませんね定晴さん、チルノちゃんがイタズラをすると聞かなくて…」

 

出てきたのは毎度お馴染みチルノと大妖精。二人も危険なときに駆けつけてくれたわけだし今日のところは許しておいてあげよう。つまみ食いは許さないが。

ミスティア達も含めてお礼をしたいところだがはてさて何をすれば喜んでくれるだろうか…あとで考えておこう。

ついでに好奇心まじりで大妖精に質問する。

「大妖精はイタズラとかしないのか?」

「普通にしますよ?ただチルノちゃんと違って無謀なことはしないだけです。定晴さんとか霊夢さんにイタズラ仕掛けても返り討ちにあうだけですし」

 

なんともまあ引きどころが分かっている妖精だ。というか猪突猛進なチルノよりも質悪くないか?要は出来ると思った相手を集中して狙うということで…大妖精が非道なイタズラをしていないことを祈ろう。というかこの性格で非道なことしてたらイメージ像が崩壊してしまいそうだ。

 

「あ、定晴さーん。話を聞きに来ましたよ!」

「待て、まだだ」

「いけずー!」

 

文は早速ネタ集め。とはいえ文々。新聞の一面は異変のことになるだろうし、今は細々したネタ集めといったところか。

結局文は催眠状態から脱した後普通に活動を再開した。どうも記憶のあやふやな部分は残っているようだが特に問題はないとは紫の弁。

不動は撃退されたあと回復するためなのかはたまた効果が切れたのか分からないが幻想郷中に掛けられていた催眠を解いたらしい。そのおかげで永琳が作っていた薬が無用の長物と化したという。とはいえ永琳が作った薬の一つに妖力の乱れの解消なんてのもあるので何の意味もなかったというわけでもなさそうだ。

 

「は〜い、定晴さん」

「こんばんは定晴さん」

 

幽々子と妖夢がやってきた。妖夢は大きな風呂敷を抱えている。どうやら色々と食材が入っているのだろう。大きいと侮ることなかれ、これ全て幽々子の腹の中に消えるのだから。

妖夢たちもまた助けてくれた人々の内の一人だ。お礼をせねばなるまい。妖夢は謙虚だから断りそうだから食材でも差し入れるか。いつもより多く。幽々子も料理を作ってあげれば喜びそうだ。とはいえ実際に何が欲しいかは分からない。ミスティアたちが来たら皆まとめて要望を訊くとしよう。

 

「こんにちはー、定晴さん!」

「よう早苗」

 

着々と人が集まってきた。早苗は元気そうだが、神奈子と諏訪子は若干気不味そうである。俺と魔理沙を攻撃したことを気にしているのだろうか。俺は全然納得しているし構わないんだが…まあ何かあれば早苗が気にかけるだろう。

 

「こんばんは、定晴さん」

「水那か。手伝おうか?」

「いえ、お構いなく」

 

水那がせっせとシートを運んでいる。

宴会は基本的に地面に座る方式なのだが、シートがよく敷かれている。土が服に付くことを嫌う人もいるわけだし、当たり前といえば当たり前だ。最終的にシートの上に料理を置くので台も仮置場みたいなものだし。

そういえば水那は宴会が初参加となる。霊夢たちは普通にお酒を飲むし水那にも勧めるだろうけど…大丈夫だろうか。霊夢たちも外の世界の法律で言えばアウトなんだが、水那は法律云々よりも健康状態への心配がある。霊夢が抑えてくれることを祈ろう。何かあれば俺が割って入るしかあるまい。

 

「おにーさまー!」

「ぐっ…よう、フラン」

 

声が聞こえた瞬間に身体強化をしてよかった。これがなければ即死だった。フランは突撃してくるときに声を出すのでマシだ。こいしはたまにサイレント突撃をしてくるので気付かなければ腹痛に苛まれることとなる。

 

「久し振りね定晴。咲夜は期待に沿えたかしら?」

「ん?ああ、助かったよ。感謝する」

「だったらまた何か変わり種のデザートを作ってもらえるかしら。フランが貴方の料理も食べたいってたまに言うのよ」

 

今回はレミリアから先にお礼として出来そうなことが提示された。料理は趣味の範疇なわけだし幻空に入れておけば家から自由に持ち出せるので楽なお願いである。

と思っていたらレミリアが近付いて耳打ちをしてきた。

 

「それと咲夜にも個人的なお礼をしてあげてちょうだい」

「そのつもりだが…改まってどうした?」

「いえ、それだけよ」

 

よく分からん。最近の身近な女子達の思考はよく分からん。いや、レミリアは五百年は生きているらしいし女子というより普通に大人か。

 

「やあ久し振り定晴」

「にとり?久し振りだな」

 

河童のにとり。にとりも妖怪の山に住んでいる妖怪なので催眠状態であっただろうけど、今回博麗神社に襲ってきた軍の中に姿が見えなかったので何をしていたか訊いてみたところ…

 

「確かになんか使命感?みたいなのがいつの間にかあったような気はするけど、私の発明が佳境だったからね。そっちを優先したんだ」

 

恐るべし開発欲求。妖力を介した催眠を、自分の発明を開発したいという気持ちで上回るなんて面白い話だ。確かに思い返してみると妖怪の中に河童の種族は少なかった。まさかにとり以外も開発欲求の方が優って研究していたのだろうか。

 

「同胞が迷惑かけたみたいでごめんね」

「気にするな。お前らのせいじゃないし」

 

妖怪の山では今朝の段階で事の顛末がある程度語られたようだ。とはいえ俺と面識のある妖怪はそう多いわけでもなく、語られた部分は体調不良の原因と解決報告。直接俺を襲った妖怪にはもう少し詳しく話をしたようである。にとりはどこかで盗み聞きでもしたのだろう。盗聴道具も簡単に作ってしまいそうだし。

 

「ほらほらー定晴さん。そろそろ始めるから前に立って頂戴」

「俺か?」

「貴方以外誰がいるのよ。まあ私達的には解決だけど貴方にとってはまだシコリがあるわけでしょ?複雑だとは思うけどよろしくね。それに…ルーミアのことも話すらしいじゃない?」

 

俺は紫と藍にルーミアのことを話すことを先に伝えておいた。多分霊夢にも話が回ったのだろう。

俺はルーミアを連れて賽銭箱に背を向けて立つ。少しだけ高くなっているここからなら境内の様子が一目で分かる。俺の後ろにいるルーミアに怪訝そうな目を向けている人もチラホラと見受けられる。宴会において壇上扱いをしばしばされているのがこの賽銭箱前である。

 

「えっと、乾杯の音頭をする前に軽く異変について話すのと一つ報告がある」

 

俺の報告という言葉で少しざわめき出した。萃香が籍でもいれたかと笑っている。籍に入れたとして宴会の場で言う事はない。

 

「まず異変なんだが、霊夢や魔理沙、妖夢たちのおかげで無事黒病は治った。だが犯人は逃してしまって今も逃走中なんだ。まあ警戒してくれってことだな。んでこれは異変とは関係ない報告なんだが…しばらく前にルーミアが式神になった。以上。んじゃ乾杯の音頭を…」

「「「ちょっとまてーい!」」」

 

軽く行こうとしたら止められた。流れるような報告作戦失敗。

だがここで長話しても面倒なので…

 

「詳しく聞きたい奴は俺のところに来い。だから文は身を乗り出すな」

「ここで身を乗り出さずしていつすると!?いやはや今日はちょっと気まずいので参加を控えようかなとも思いましたがやはり定晴さんは面白いネタを提供してくれますね!」

 

文がカメラで俺とルーミアの写真を撮りながら興奮したかのように話す。

ええい、埒が明かない。

 

「ほらいくぞ!乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 

乾杯をしたらささっと移動する。出来るだけ境内の端っこの方に。宴会が続いて盛り上がってくれば俺とルーミアのことなど忘れてしまうだろう。

 

「なんて思ってませんよね?しっかりと取材は受けてもらいます!」

 

文からは逃れられない。仕方ないので受けるとしよう。

また、文につられてやってきた奴もチラホラと。そこに…

 

「やっぱりお兄様とルーミアちゃんはそういう関係だったんだね!」

「ん?どういうことだ?」

「前にお兄様の家に泊まったじゃない?その時になんでルーミアちゃんは居候してたのかなって疑問に思ってて」

 

フランはいつもは無邪気ではあるが、実際のところ紅魔館で大量の本を読み、そもそも五百年近く生きている。ああ見えて鋭いところは鋭いのだ。

 

「お姉様があまり他所の事には追及はしないようにって言ってたからね」

「なんというか…フランは大人だな」

 

フランとこいしは仲良いと聞くが、精神年齢ではフランの方が高い気がする。言うこと聞かずに突撃してくるのは変わらないけど。

 

「それじゃ説明お願いしますね」

 

文に聞かれて仕方なく事の顛末を話す。まあキス云々はそれこそはネタにされるから言わないが。結構掻い摘んで省略しながら話したので説明は十分程度で終了した。

 

「なるほど…いやー特ダネをゲットしちゃいましたよ。それにしても…話を聞く限りルーミアさんが居候する理由は分からないんですけど…ルーミアさん?」

 

文の一言でビクッと体を揺らすルーミア。これは、俺も、よく分かってない。確か式神として…とかなんとか言っていたが。藍や橙がその主と基本的に一緒にいるのであまり不思議にも思わなかったのだ。

 

「それは私も不思議だったのよね。まあルーミアがしたいふうにすれば良いと思ってたし特に気にしなかったんだけど」

「ふーん、魔法では使い魔って基本的に一緒にいるから私は不思議と思わないぜ」

「そうね、パチュリーの所の小悪魔も一緒の空間で生活してるものね」

「魔理沙とアリスの言う通りよ。使い魔と式神は、召喚するか元からいるかの違いくらいだし私も式神が一緒にいることに違和感は覚えないわ」

 

どうも魔法陣営は思うところがない模様。紫や藍も不思議そうな顔をしてないので式神使い的にも問題ないようだ。巫女は式神も使えるときくが霊夢は特に使わないのだろうか。

 

「私も、まあ分かるけどね」

「フラン?」

 

フランは何故か納得してレミリアがフランを不思議そうに見ている。

 

「ちょっと待ってフランちゃん?…」

「さあなんのことー?」

 

ルーミアとフランの間で謎の会話が起きる。ルーミアが狼狽えているがフランはどこ吹く風である。本当に謎だ。

ルーミアの話をする時に実は強い力を持っているということは便宜上仕方なかったのだが、口調の話はしていない。ルーミアが変えるというのなら話すのだが…

 

「どうする?」

「別にしなくていいわ。今更普通で話すの、恥ずかしいもの」

 

ということでルーミアの口調はそのままだ。

 

「なるほど…定晴さんと同居ですか…」

「早苗あんた何する気だい」

 

早苗たちが何かを話し合ってる。何かはよくわからないけど。

文は満足気な顔をして酒を飲み始めた。明日には新聞となって幻想郷中に配布されるだろう。文とは秘密の会話っていうのが出きなさそうだ。すぐに知るところになってしまう。

 

「そういえば定晴殿。式神の本契約はしないんですか?」

「ああ、藍。毎回しようと思ったら色々面倒事が重なってしまって言えなかった。近日中に出来ないか?」

「でしたら三日後に行きますよ。明日明後日は紫様の手伝いをする必要がありますので」

 

ということは三日後にはもう少し強い力が俺達の間に働くということか。もうちょっと具体的に場所が分かるようになったり力の受け渡しが多くなるらしい。俺がもう少し多く妖力を持つようになるということだな。

俺と藍のやりとりを見て霊夢が藍に質問を投げかけた。

 

「なんであんたは定晴殿って呼び方なわけ?」

「紫様の友人だからだ。霊夢たちとは呼び方を変えているんだ」

「でももう幻想郷の仲間よ。普通に呼んであげればいいじゃない」

 

どうも霊夢は俺が殿付けされているのが気持ち悪いようだ。俺は特に気にしないんだが、まあ一応俺も言っておくか。

 

「藍がそう呼びたいなら良いが俺は別になんて呼ばれても気にしないぞ」

「まあ年上の吸血鬼にお兄様って呼ばせてるくらいだしね」

 

霊夢からツッコまれた。そこは俺もなんとも言えん。フランのよく分からん感性によって俺はお兄様呼びなのだ。俺が呼ばせているわけではないとだけは言っておく。

 

「むむむ…では定晴さん、でいいですか?」

「構わない。自由に呼んでくれ」

「呼び捨てでいいじゃないの」

「それは流石に…」

 

どうやら紫と前からの友人というのが藍にとって気にするところらしい。霊夢たちも紫の友人ではあるのに何が違うのだろうか。

 

「んじゃ聞きたいことも聞いたし後は飲むぜ!ほら定晴酒を持て!」

「はいはい。んじゃ改めて乾杯」

 

そして夜は更けていく。

俺を襲った妖怪も俺を守ってくれた妖怪も一堂に会してさわぎは続いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一章 二人の日常
百七十九話 式神として…


宴会から二日後。俺は家で本を読んでいた。パチュリーから借りた魔術についての本だ。

その隣でそわそわしているのは俺の式神のルーミアだった。

 

「どうしたんだルーミア」

「な、なんでも!ただ明日にはご主人様と本契約するって思うと…」

 

よく分からんが式神視点では緊張するものなのか。いや、本来であればこちらも緊張すべきなのかもしれないが、生憎と俺は特に緊張していない。

藍に軽くどういったことをするのか訊いてみたのだが、別の術を使うことで新しく契約し直すようだ。仮契約なのにキスまでしたので簡単なのだと前も言っていた。やはりキスは過剰だったか…恨むぞ外の世界の友人。

 


 

本契約…本契約!何をするかはある程度聞いてるし、またキスをするなんてことはないと思うけど…またキスすることになったら正気を保てそうにない。

未だに私はご主人様のことが好きなままだし、というか体内の力もとっくの昔に落ち着いたというのにずっと式神続けてるし、私は一体どうしてしまったのだろうか。これが恋の力?

 

「んじゃルーミア、俺は買い出し行ってくるから」

「え?ああ、いってらっしゃい」

 

そしてご主人様が外出した。

私も鍵を貰ってるので自由に外出はできる。本気を出せば鍵を強奪されることもないだろうというご主人様の判断だ。もし私から強奪できるほどの力があるならそもそも私を襲わずに家まで押しかけているだろう。

でも最近の私は結構な頻度で家にいる。なんというかここは居心地が良いし、本もそれなりに揃ってる。今まではここまで深く考えて行動することもなかったし、そもそも私は本を読まなかったからあれだっただけで…今は読書もするようになった。

ただ今日は少し本を読む気にはなれない。

そんな私は今日どうしようかと悩む。することないし、明日のこと考えると何も手につかなさそうというのが私の感想。うーん、知り合いに会ったら面倒そうだけど少し近場を歩こうかな。

 

「いってきまーす」

 

誰もいないけど挨拶。

鍵をかけて外に出る。幻想郷では空を飛べる者は空を飛んで移動するのが普通なのだが、ご主人様は出来る限り歩いて移動する。その影響で私も歩く事が多くなってしまった。なんだがご主人様に少しずつ毒されているような…嫌ってわけじゃ、ないけれど。

 

「ううっ…さむ…」

 

季節は冬の中ほど。もう少しで大掃除とかの季節にもなってくる頃合いだ。去年もご主人様は家の大掃除をしたらしいから今年は私も手伝うことにしよう。

 

「こんにちはルーミアさん」

 

取り敢えずいつもの博麗神社。今日はあうんがいるみたい。彼女は結構な確率で大切な時に不在である。彼女が言うには守矢神社とか命蓮寺とか色々行っているみたいだが、ホームはここの筈だしきちんと守ってほしいところ。

 

「あら、定晴さんは来てないわよ」

「それは知ってる。定晴は今買い物中だからー」

 

裏に回れば霊夢が縁側でお茶を飲んでいた。

その横には萃香が寝てて、その腹の上に針妙丸がこれもまた眠っている。よくこの寒い中で眠れると思う。

 

「あ、そうそうルーミア」

「んー?」

「あんたの封印リボン、あの時は私しかいなかったから出来なかったけど今は定晴さんのおかげであんたが落ち着いてるし水那もいるから早苗呼んで手伝って貰えれば作れるのよね」

 

つまり式神でなくても良くなるということだ…けどまあここまできてその選択肢は無い。私自身今後もご主人様のことを支えていくつもりだし。

断ろうとしたら先に霊夢に先を越された。

 

「まあ式神っていう立場も結構気に入ってるようだし今すぐ付けろとは言わないわ。ただ一応スペアとして持っておきなさい。定晴さんだって死ぬかもしれn…」

「死なない!死なせない!」

 

あ、つい叫んじゃった。

なんかこうご主人様って何しても死なないような気はするけど…そういう想像をすることすら嫌だ。とても不愉快な気分になる。

それに、胸のあたりが…切なくなる。

 

「分かってるわよ、彼自身凄く強いしあんたの本気も強いから並大抵のことじゃ死なないことは。でもそもそも妖怪と人間じゃ寿命が違うのよ。いつかは別れるものよ」

 

…霊夢は正しい。例え私が大妖怪だったとしても寿命を覆すことは出来ない。私の闇を操る程度の能力ではどうしようもない。

 

「ま、取り敢えず持っておきなさいってことよ。時間がある時に作るから定晴さんの家に持ってけばいいのかしら?」

 

いつもはめんどくさがりの霊夢がこうも働こうとするなんて珍しい。霊夢とて巫女の仕事などは積極的にするのだが、と私が疑問に思っていたのに勘付いたのか霊夢から訊いてないのに答えがきた。

 

「これも巫女の仕事の一つよ。危ない妖怪を放置は出来ないしずっと定晴さんを頼りきりなのはいけないもの」

 

霊夢はそれだけ言うとまたお茶を飲み始めた。

私が…ご主人様と離れる時…いつか来るのは知っているけど。

…私ってばいつの間にこんなに彼の事を想っていたのかしらね。彼のことを考えると前はドキドキの方が強かったけど今はなんというかポカポカする。ただキスという行為によって生まれた一時的なものではなく、私自身が彼のことを好きであると自覚ができる。

数ヶ月前の私にあなた本当に惚れるわよって言っても信じないだろう。前にご主人様に同行して付き合った妖夢の剣術修行、あの時の私はここまではっきりと、しっかりとした気持ちなんて無くていつかは消えるだろうと思っていた。

でも今は…彼を求めている。純粋に彼を、ご主人様を想っている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十話 本契約

誤字脱字報告感謝です。

活動報告にも書きましたが、現在初期の方に投稿した話を推敲しなおしてます。設定などは変わらず、平均文字数が二千文字程度増えるくらいしか変わりません


式神の本契約をするために紫の家にやってきた。既に藍は準備を始めているらしく出迎えは紫と橙がしてくれた。

紫の家は幻想郷内にはあるものの直接赴くことができないので紫のスキマを通る必要がある。紫がスキマを開けてくれないとここに来ることも出来ないので陸の孤島とも言えるかもしれない。

 

「来ましたね。定晴さん」

「おう藍、今日はよろしく頼む」

 

式神契約において藍の存在は欠かせない。なんせ俺もルーミアも式神について何も知らないからな。紫が藍を式神にしているところを見ると紫も式神のノウハウを知ってはいるんだろうが、式神の能力を使う藍の方が適任かと思い今回依頼した。

それにルーミアの契約したときも藍に手伝ってもらっているので、本契約もそれに合わせたほうがいいだろうという気持ちもある。

 

「じゃあ定晴さん、ルーミア、そこに座ってください」

 

俺達が座ると藍は何かが書かれている紙と瓶を取り出した。俺には何が書いてあるのかよく分からないが、前にルーミアと契約した時に藍に渡された紙に似ている。

あの時のやつは仮契約用と言っていたので今回のものは本契約のものということだろう。仮契約のもので本契約並みの契約方法をしたので今こうして複雑なことになっているのだ。

 

「それでは二人とも、向かい合ってください。そしたらこの瓶に入ってるやつを一口ずつ飲んでください」

 

俺は藍に言われたとおり実行していく。

普通に本契約というのであれば実はここまでする必要はない。俺とルーミアの契約がおかしいのでまずはそこを正す必要があると事前に聞いている。

仮契約から本契約にするよりも一回で本契約にする方が簡単だなんて変な話だ。まあこれは全部、全部俺のせいなんだけど。

 

「では定晴さん、これを読んでください。そして読んだらルーミアにまたキスしてください」

 

ん?

 

「き、ききき…キス!?なんで!?」

「ルーミア、落ち着きなさい。それは契約の時にキスをしたからです。あれと同等以上の方法でもしないと書き換えれないんですよ」

 

俺のせいですね。本当に申し訳ありません。

 

「因みにキスが嫌だとなるとそれ以上は…」

「わ、分かってるわよ!…定晴…」

 

ルーミアがこちらを向いて目を閉じた。

非常に罪悪感があるし、さっと終わらせよう。でなければ俺もこの空気に耐えられない。

藍に渡された紙に書かれていた文字を読み上げてルーミアに向かい合う。藍は気を利かせてくれたのか後ろを向いてくれている。ルーミアは緊張と羞恥心から顔を赤くして待っている。そこに俺は顔を近づけて…

 

「んっ…」

 

軽くキス。これでも大丈夫なはずだ。あの時もディープキスというわけではなかったからこれでも同等以上と見なせるはず。

 

「どうだ、藍」

「…はい、大丈夫そうです。繋がりを確認してみてください」

 

藍に言われてルーミアとの妖力の繋がりを確認する。確かに先程までとは違い多くの量の妖力が俺とルーミアの間を行き来しているようだ。ルーミアにも霊力が多めに流れているらしく、双方共に力全体の容量が増えたようである。

 

「お疲れ様でした。一応定晴さんは式神に対して多少強引に命令を聞かせることができるので何かあったら活用してください」

 

ルーミアに無理やり命令するときはルーミアが暴走した時以外はないだろう。そして今のルーミアなら滅多に暴走することはない。俺が式神主権限を使う事は今後もないだろうと思う。

俺とルーミアは藍たちに感謝を述べて家へと帰った。お礼としてまたご飯を作って欲しいと紫が言っていたのでまたここにご飯を作りに来ることだろう。

 


 

「ふぅ…」

 

式神の契約は結構緊張した。でも無事に終わって良かったと私は思う。これで暴走する危険はさらになくなったわけだし…うん、まあそれくらいよ。またキスすることになるなんて思わなかったけど…あれで恥ずかしくなったり焦ったりするくらいには乙女ということなのだろうか。恋しちゃってる時点で乙女か。

 

「そういえばルーミア、契約が安定したから無意識に俺のことを名前ではなく呼ぶ現象はなくなったらしいぞ。藍が言うにはこれからは好きなように呼べばいいってさ」

 

…確かに意識せずとも今なら名前で呼べる気がする。最近は他の人の前では名前で呼んで二人の時だけはご主人様と呼ぶ習慣に慣れてしまっていたのであまり意識していなかった。

これで私は他の人に聞かれると少し恥ずかしいご主人様呼びから解放されたわけだけど…なんだかなぁ、この気分。

呼び方は自由であり、わざわざ変える必要もない。何で私が定晴のことをご主人様と呼ぶことに何の抵抗もなくなっているのかは謎だけど…

 

「二人の時は普通にご主人様って呼ぶわよ。いい?」

「ん?別にいいが…いいのか?」

 

要はこいしの時みたいに事故で呼んじゃうことがなくなったということだ。とはいえ私が定晴の式神であるということは既に天狗に知られているわけだし、情報が伝わっていないのは地底くらいだろう。如何に天狗と言えど勝手に地底に入ることは許されていないようだし、かくいうご主人様も勝手には入れない。こいしが口を滑らせるか、何かしらの原因で地上の情報が地底に伝わるまでは私が式神であることも知られないままだろう。

 

「いいのよ。私がそう呼びたいんだから」

「ふーん、まあ勝手だから俺は何も言わないが。んじゃ俺は昼ごはんの買い出しに行くが、何がいい?」

「あ、私も行く」

 

私が本契約しても、そもそも式神になったときだってご主人様は対応を変えない。普通の日常で、普通の日々。

ずっと一人で、はっきりとした家もなく、人間を喰らって生きてきた私にとって人間である彼がそんな風にしてくれることがこのうえなく嬉しいのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十一話 特別な朝食

朝起きたら珍しく俺より先にルーミアが起きていた。

ルーミアはキッチンで何かをしているようである。キッチンですることなど料理以外は掃除くらいしかないのだけど。

 

「おはようルーミア。はやいな」

「…ご主人様こそ早いじゃない。折角朝ごはんを作って吃驚させてあげようかと思ったのに…」

 

俺は外の世界で生活していた時から朝が早い。というよりも睡眠時間が短い。自分からショートスリーパーだと言うつもりはないが、もしかしたら一般からすればショートスリーパーなのかもしれない。サバイバルなんてこともしたことあるので睡眠時間が長いと命の危険すらあったのである。

 

「ほらほらご主人様は座ってて。今日は全部私が作るから!」

「大丈夫なのか?」

「当たり前じゃない。どれだけ貴方の料理を手伝ってきたと思ってるのよ」

 

朝はルーミアが起きてくるのが遅いので皿を出すとかしか手伝わないが、昼食及び夕食はルーミアが料理を手伝ってくれることも多い。

そのおかげか今もルーミアの手付きは安定していてスムーズだ。なんの心配もなく見ることができる。ルーミアに拒否されたので俺は文の新聞を読む。

ルーミアの料理の音を聞きながら読むのも新鮮なものだ。文にとっては既に遅い情報ではあるが、今のトレンドはルーミアらしい。本来の力や封印についてなどを考察して新聞に乗せている天狗も多い…が、どれだけ考察しても真実が分かるわけではないしルーミアに訊いて分からないことは誰にもわからない。

俺とてルーミアの封印云々はあまり知らないのでお互い様だ。ルーミアが話したくなるまでは訊くことはない。

 


 

粗方載っていることは読んだ。外の世界の新聞が流れ着いたのかクロスワードパズルがあったのでそれを解いていたらルーミアから声がかかった。

 

「ほら完成、今日は洋食でオムレツとベーコンとロールパンよ。ソースも作ってみたから」

「へぇ…ソースなんて俺あまり作らないのにいつ覚えたんだ?」

「え?それは…秘密よ」

 

ルーミアも結構料理が上手になったものだ。見た目もきれいだし、香りもばっちり。

 

「「いただきます」」

 

うん、美味しい。そこまで本格的な料理は俺が作れないのでレパートリーこそ少ないが、見た目や味については文句なしだ。いっそルーミアの趣味の一つになるとそれもまた面白いかもしれない。

あと食事で思い出したことが一つある。

 

「なあルーミア」

「ん?何かしら?」

「人間驚かすとか食べるとか、そういう妖怪らしいことしなくていいのか?」

 

妖怪にとっての真の意味での食事は人間を喰らうことだ。実際ルーミアは隙があるなら人間を襲って食べていたらしい(面倒だったらしいが)し、食べないにせよ驚かせるなどしないと妖力が増えない。

俺の質問にルーミアは困った顔をしつつ答えた。

 

「今更?そりゃ食べたりする方が燃費はいいんだけど…今はご主人様の力もあるし、こうやって料理を食べてる方が楽しいから」

 

どうやらルーミアは味を求めるようである。人間がどんな味なのかは知らないが(勿論俺はカニバリズムではない)料理したものの方が美味しいのだろう。

もしかして妖怪の美食家は人間料理などするのだろうか。まあ人間も肉なのだし豚肉や牛肉のように…いや、この想像はよろしくない。非常に。

 

「元々人間を襲うのも面倒だったし…今はご主人様から教えてもらった料理の術もあるから」

 

ルーミアが人間料理を始めないことを祈るばかりである。少なくとも俺と暮らしている間は大丈夫だろうけど。

朝にいっぱい食べるというわけでも無いので朝食はそこまで時間がかからない。話しながらでも十数分で食べ終わった。

 

「片付けも私に任せてちょうだい」

「ん?そうか?まあそう言うなら…」

 

何故かルーミアがやる気を出している。気怠げに生活しても妖怪にとっては毒なので別に構わないのだが、ルーミアにしては珍しい。前も思ったことだが、やはり式神としての期間がルーミアに変化を及ぼしているようだ。多分今も。

後片付けをしているルーミアが鼻歌を歌っている。なんとも上機嫌だ。

 

「…ねえご主人様」

「どうしたルーミア?」

 

ふとルーミアが手を止めて俺の方を向いた。何やら言いたげな様子である。

 

「ご主人様はこれからも幻想郷にいるの?」

「そうだなぁ…まあ外の世界でやることもないし、俺の能力とかも考えてやはり幻想郷に定住するかなとは思ってる。まあ旅もしてみたいがな」

 

元々俺は便利屋してたから日本全国を巡っていたし、都会から農村まで幅広く活動していた。そのおかげで色んな場所を見て回ることができ、その影響で結構な旅好きにもなっている。

とはいえ幻想郷にはまだまだお世話になるつもりだが。

 

「なんでだ?」

「…私…」

 


 

これからもずっと一緒にいたい。なんて…

口には出せなかった。どうしても、言葉には出来なかった。先日霊夢にも言われた寿命という壁、いつどうなるかも分からないという状況、私はどうしてもあと一歩先に行けない。

 

「な、なんでもないわ!ただ、まあ旅に行くなら私もついていくからね」

 

それだけをなんとか捻り出し片付けに戻る。

告白ができればそれこそ楽なんだろうけど。私にその勇気はない。

丁度片付けを終わらせようとした時に玄関のチャイムが鳴った。

 

「誰かなぁ、っと」

 

ご主人様が玄関の扉を開ける。本来は従者の私がすべきなんだろうけど今は手が離せない。

ここからも誰が立っているのかは分かった。

緑と青を主にして、髪にはトレードマークの蛙のアクセサリー。妙に気合の入った様子で彼女は立っていた。

 

「早苗!?」

「えへへ、おはよう御座います定晴さん!」

 

これはまあ私の勘ではあるのだけど…

多分あれは私の恋敵になると思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十二話 それでも私は勇気が出ない

「どうしたんだ。こんな朝早くに」

 

チャイムが鳴ったので扉を開けると早苗が立っていた。いつもの巫女服…風祝の服を着ていて、特に変わった様子も見られない。

ただ若干そわそわしているようにも思える。なんとなくだから気のせいかもしれないが。

 

「えっと…」

「早苗?」

 

一瞬顔を赤らめたと思ったらバッと離れて俺と距離を取った。

 

『勢いで来ちゃったけどどうしよう…』

「早苗ー?」

「はい!?はい!」

 

なんか凄い慌ててるように見えるなぁ…大丈夫かなぁ…

何はともあれ用件を聞くとする。

 

「早苗がこっちに来るなんて何か用があるんだろ?」

「え、えっとぉ…ル、ルーミアさんに!用事が!」

 

凄い強調された。ルーミアに用があるのも珍しいものだが、まあ俺がわざわざ尋ねることでもないだろう。ルーミアを呼んで早苗が用があると伝えた。

 


 

事の始まりは数日前。黒病異変の宴会にて。

まさか定晴さんが式神を作っていたなんて思わなかった。それにその式神がルーミアさんだなんて。前にルーミアさん関連で事件があったのは知っていたが、私が動く前に異変は定晴さんが解決してしまっていた。まさかその時に式神にしていただなんて。

でも問題はそこじゃない。まさかルーミアさんが定晴さんと同居してるなんて!

白状しよう…こんなものは私の嫉妬だ。やっと会えた憧れの人、なのにあまり関われなくて…ただ嫌だった。

一目惚れだろうと何だろうと好きになってしまったのだ。ずっと会えなくて、とうとう見つけたのだ。この幻想郷はどういうわけか女子率がやたらと高いので奥手ではいけないと分かっている…のに…

 

「ル、ルーミアさんに!用事が!」

 

結局私は定晴さんにではなく同居しているルーミアさんを呼び出した。でも無駄というわけではない、これも重要なプロセスだ。

宴会の時の距離感と雰囲気、定晴さんは気付いていないようだけどこれはまさかと思い確認をしようとは思っていた。

 

「…なんなのだー?」

「えっと…少しだけ家から離れて話しましょう。多分あなたにとってもそれがいいです」

 

ルーミアさんが疑問を浮かべながら私に付いてくる。定晴さんの家は博麗神社と人里の間の参道に隣接してはいるが、そもそこの参道はあまりきれいにされていないので人通りはない。今回の話をするには丁度いい。

守矢神社は妖怪の山という立地や妖怪相手の信仰活動ということもあって舗装されていないが、ここまでではない。人間相手の商売をしている博麗神社がいつまで経っても繁盛しないのはここらへんが原因であるのは明白だ。

閑話休題

私が立ち止まるとルーミアさんが苛立った声でもう一度尋ねてきた。

 

「で、なんなのだー?」

 

ここでクッションを挟むべきか一瞬考えたが、正直私のこれは確信に近い。ここは一度一気に踏み込むべきだろう。

 

「……単刀直入に聞きますけど…ルーミアさんって定晴さんのこと好きですよね?」

「っ…それはご主人様だからなー…」

「そうではなくて、異性として。あと喋り方も普段通りで大丈夫ですよ。どうも無理をしているようですし。封印関係は私達の得意分野ですよ」

 

こんなところに呼び出してわざわざこんな事を聞くなんて私も好きであることを言っているようなものだ。なんだかこういうシチュエーションが学校とかでもあったような…いや、あれは小説の中だけか。

折角なので言いたいことを全部言っておく。ルーミアさんの封印が変わったおかげで私にもなんとなくルーミアさんが相当強い妖怪であると分かった。そして幽香さんみたいに昔からいる妖怪であることも。

 

「ねえ…私ってそんなに分かりやすいかしら?」

 

ルーミアさんがそう不安そうに質問してきた。

分かりやすいかと言われると…多分分かりにくくはある。ただし私みたいに定晴さんのことが好きで定晴さんの周りの女性のことを気に掛けていると普通に気付けるようなものだ。

そのことを包み隠さずに伝える。

 

「そう…そうなのね…」

 

先程で否定しなかったということはルーミアさんは定晴さんの事が好きなのだろう。よくもまあそれで同じ家に住んでいて通常通りに過ごせるものだ。

 

「もしかして既に気持ちを…」

「なっ、まだよ!いえ…私は気持ちを伝える気はないわ。だって私は妖怪で、式神だもの。定晴だって私に対してそんな気持ちになるとは思えないし」

 

なんとなく言わんとすることは分かる。幻想郷には半人半妖とかもいるし、人間と妖怪が共存する世界だからあまり意識することがないが…いや、だからこそ意識する必要があるのかもしれないが、妖怪が人間とか人間が妖怪にとかそんな風に想いを抱くこともある。

別に変ではない。妖怪とはいえ女の子なわけだし恋心など持つことになんの罪があるだろうか。

ただルーミアさんはそこに関して少し距離を取ろうとしている。自分の気持ちを自覚しつつ、そしてそれが冷めることもなく定晴さんに仕えようとしている。私には真似できない。

 

「でもまあ私が定晴のことを好きなのは否定しないし、貴女のことを応援はしないわよ。言うならばライバルなわけだし…」

「それは分かってます!さっと定晴さんを惚れさせて落としちゃいます」

 

なんて言葉にしたところで勇気は出ないけど。

 

「…他の人に取られるくらいなら…」

「ルーミアさん?」

「…ふふ、やっぱり定晴はモテるわねぇ…」

 

つまり私とルーミアさん以外にもいるということか。定晴さんのことが好きな人が。妖怪なのか、人間なのかは分からないけども。

皆、恋敵だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十三話 封印リボン

しばらくしたらルーミアを連れて早苗が戻ってきた。何を話していたのか…

 

「…これからもよろしくおねがいしますね、定晴さん!」

 

突然早苗から挨拶をされた。謎だ。

 

「ま、定晴はいつも通りしてればいいわよ」

 

そしてルーミアが通常の口調になってる。本当に一体全体何を話していたんだろう。女性同士の会話内容を尋ねるのは流石に遠慮するが。

 

「ルーミアと話しにわざわざ来たのか?」

「あ、いえ!実は霊夢さんに呼ばれてルーミアさんの封印リボンを作りに来たんですよ」

「封印リボン?」

 

封印リボンというのは、今のルーミアが付けている式神リボンではなくて前に付けていたリボンのことだろう。

今のリボンは式神の力を抑えるという効果を付与して俺が作ったリボンだ。元々のやつはルーミア自身が触れなかったので(妖怪の封印という意味では全く変ではないが)ルーミアが自分で外せるようにもなっている。リボンがなくとも俺が無理やり抑えればいいのでそういう設計となっている。

にしても封印リボンか…

 

「もしもの時のために持っときなさいって霊夢に言われたの」

「そうだったのか」

「はい!なので私も手伝うんですよ。ルーミアさんをきちんと封印するのって結構大変なんですねぇ…最初に封印した人は相当な手練だったんでしょうね」

 

早苗がそんな感想を呟く。

ルーミアに訊いても憶えてないと言われたのでどうしようもないが、きっと何百年も前の人物だろう。少なくとも霊夢が産まれる前なのでスペルカードルールがなかった時代。その当時に妖怪と渡り合える人物となると相当なものだ。日本で有名な存在として挙げるならば安倍晴明などだろうか。

 

「私は定晴の式神辞めるつもりはないからね?」

 

念押しするかのようにルーミアがそう言った。つい先日本契約をしたばかりだというのにここで辞めると言われたら驚くほかない。

 

「そうだ。定晴さんも来ます?結界の力が使えるんですよね」

「俺の結界は戦闘用に使う障壁のやつで、普通の封印術とかは出来ないぞ?」

 

俺の結界は結界とは名ばかりで、実際のところただの壁だ。結界=壁と言い切ってしまうとあまりよろしくないので俺の結界はモドキと言えるかもしれない。

勿論その壁で囲って中に浄化の力を流す…なんてことも出来ないことも無いが、霊夢や早苗が使うような結界とは少し変わってくる。俺はそう説明したのだが…

 

「うーん…」

「何か不満か?」

「いえ、不満というより…本当にそれだけなんですか?そもそも壁のように結界を張るというのも立派な使い方の一つです。それにそもそもそれだけしか出来ないはずがないんです。だって定晴さんは例の黒い影を倒すときに使った術があったじゃないですか」

 

影のあいつ…となると俺の固有結界である三千世界のことだろう。

確かにあれは結界の力を元にして展開している。なんせ固有結界という名前の通りそんな風に展開しなければ発動すらしないのだ。

だがあれは言わば無理やりしているに過ぎない。固有結界ではない術であのように結界の力を使おうとしても安定しない。固有結界という術に俺の力の殆どを注ぎ込んでこそ展開できるものなのだ。

 

「あれはちょっと特殊だからな…期待しないでくれ」

「そうですか…でもまあ今のルーミアさんの主として立ち会ってください!」

 

早苗が先程から妙に俺が一緒にいることを推してくる。まあ今日は昼から霖之助のところに行くくらいで、この時間に予定は一切ないから別に構わないのだが。

 

「んじゃルーミア、行くか」

「…分かったわ」

 

俺は財布と鍵だけ持ち、ルーミアは何も持たずに家を出る。俺の持ち出す、は幻空の中に入れるだけなのだが。何も持たずと書いたがルーミアも家の鍵は持っていることだろう。そも幻想郷で生活する上で常に持ち歩く必要があるものもない。ルーミアが化粧をするのであればもう少し必要な物も多かったのだろうか。

 

「では出発です!」

 

早苗が声たかだかに宣言する。出発と言っても俺の家から博麗神社はぶっちゃけ近い。空を飛べば一分もかからないくらいだ。

三人ほぼ同じタイミングで飛びあがる。前は乱れて飛びにくいと言われた風も今では一切の漏れもなく扱えるようになった。幻想郷に来てからも何故か戦闘がやたらと多いのである程度日頃から訓練しておかなければ非常時に使う事ができないと思い妖夢の剣術修行の途中で俺も自分自身の特訓をしていたりする。

 

「ふふーん♪」

 

早苗は上機嫌だ。鼻歌すら歌っている。

幻想郷に来てから結構な数の女の子に会ったが、未だに乙女心というのは分からない。男性には一生分かるものではないのだろう。ある意味では男性にとっての幻想なのかもしれないが。

ふとルーミアを見てみると何やら思い悩んだような顔をしている。

 

「どうしたルーミア?」

「へっ!?な、何でもないわ。気にしないでちょうだい」

 

絶対何かあると思うが、本人が気にするなと言っているのだから俺からは何も言わないでおこう。女性の悩みを追及しすぎると嫌悪感しか抱かれない。

 

「本当に定晴さんの家と博麗神社は近いですねー」

 

早苗がそう呟く。確かにもう俺たちの正面に博麗神社が見えていた。

霊夢が境内の掃き掃除をしていて、あうんがそれを眺めている。

 

「よう霊夢」

「あら、定晴さんもいらっしゃい。早苗、さっさと準備しなさい。向こうに置いてあるから」

 

早苗が霊夢にそう言われて神社の裏へと走っていった。

俺はそれを眺めた後に境内を見渡す。ここでは黒病異変の時にそれなりに激しい戦闘があったはずなのだが、それの痕跡は一切見当たらない。戦闘終了時点で既にあまり傷は無かったのだが、わずかにあった傷すらも無くなっている。きっと紫が修繕したのだろう。紫にとってこの神社は大切なものなのだ。

 

「定晴さんも手伝ってくれるのかしら?」

「いや、俺に手伝えることはないんだ。早苗に立ち会ってくれと頼まれてな」

「ふーん?ま、いいけど」

 

そう言うと霊夢は集めた落ち葉を回収し箒を置いて早苗の向かった場所へと歩いて行った。

俺とルーミアもそれについていく。早苗が待っていたところには前にルーミアが着けていたリボンとよく似たものが置かれていた。同じものではない。

 

「懐かしいわね…一年も経ってないはずなんだけど」

 

ルーミアの暴走は今年の夏の少し前。去年は結構気楽な生活を幻想郷で送ったが、今年は一年の内容が濃すぎて確かに懐かしい。

 

「それじゃ始めるわよ」

 

霊夢がそういうと霊力の流れを感じることができる。早苗と霊夢の両方から強い霊力が放出され、リボンの周囲を囲っていく。

二人掛かりでの作業だが、それでも若干苦しそうに見える。

 

「…霊力のサポートは必要か?」

「ちょうだい!」

 

霊夢がそう言うので俺も霊力を放出しリボンの周囲を囲う。

すると霊夢が一気に力を込めた。リボンに封印術を施したのだろう。数秒もすればあれだけ溢れていた霊力が収まり、リボンだけが残っていた。

 

「はい、一応これは渡しておくわね」

「ルーミアが触っても大丈夫なのか?」

 

たしか前のリボンはルーミア自身では触ることができず、だからこそルーミア自身では解くことができなかったのだが…

 

「触れるわよ。というか私達二人でもそこまでの強い封印は出来なかったわ。定晴さんの式神ではなくても封印ができるというだけよ」

 

霊夢がそういうのでルーミアもリボンを受け取った。今ルーミアが着けているリボンは俺が作った物で、デザインも違う。ルーミアはどちらの方がお気に入りなのだろうか。

俺の視線に気が付いたのかルーミアが少し恥ずかしそうにボソっと言った。

 

「ご主人様のに、決まってるでしょ…」

 

霊夢と早苗には聞こえていなかったようだ。

ルーミアの可愛らしいところを見て俺も少し嬉しくなるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十四話 聖夜

こちら以前にifで投稿したクリスマスの話を改変したものになります。
ifの方にあった話は削除しました

季節外れですけど仕方ないよね


もう十二月も終わりかけ、クリスマスの季節だ。

 

「おー、寒いな…空を飛ぶのもこの季節は嫌だぜ…」

「そりゃ冬だからな、諦めろ」

 

俺は今魔理沙と共に幻想郷の空を紅魔館に向かって飛んでいる。理由は簡単、今日の夜そこでクリスマスパーティをするから俺達に手伝ってもらいたいと咲夜たちに言われた。魔理沙は嫌々だったが、手伝わないと参加させないと霊夢と咲夜に言われたため付いて来ている。

パーティをするにあたってその準備の手伝いをするのは当然だと思っているので、魔理沙には諦めて素直に手伝ってもらうとする。

 

「何で私が手伝いなんか…私は皆を盛り上げる役で全然十分じゃないか。私がいるだけでパーティは楽しいものになるんだぜ?」

「だぜ?じゃねえよ。確かに魔理沙は盛り上げるのが上手かもしれないが、パーティが始まらなければ意味ないだろ?早く準備を終わらせて始めた方が魔理沙だって楽しいだろ」

 

魔理沙が俺の言葉にムムムと唸っている。

そもそもクリスマスなんて何もしなくても皆気分が上がるものだ。魔理沙が盛り上げなくても、勝手に進んでいくので魔理沙が無理やりに盛り上げる必要はないのだ。それに今日は魔理沙以外にも盛り上げ役に適している人材は多い。魔理沙一人楽するわけにはいかない。

 

「ほら、見えてきたぞ」

「うへー」

 

門番をしていた美鈴(今日は珍しく起きていた。やはり幻想郷の低い温度の中で眠るのは危険らしい)と挨拶をして俺は厨房、魔理沙は会場である大部屋に向かう。魔理沙はキノコ料理しか上手く出来ないので、俺が厨房で咲夜、妖夢と共にケーキや肉料理などのパーティ料理を作ることとなった。

なぜあそこまでキノコ料理が上手に作ることができるのだろうか。咲夜たち料理上手組ですらキノコ料理に関して言えば魔理沙に及ばないと言う。謎だ。

 

「あ、こんにちは!定晴さん」

「いらっしゃいませ、定晴様」

 

俺が厨病に到着すると既に咲夜たちは下準備を進めていた。流石に本格的に料理を作りだしてはいないようだが、今すぐにでも始められそうな気配だ。

確認のためにも一応二人の進捗を聞いてみる。

 

「よう、二人とも。どんくらい進んだ?」

「材料、道具、全て揃っています。今すぐにでも始められますがどうします?」

 

咲夜の手元には今夜使う予定の食材が並んでいた。

パーティということで大人数で食べることができるパーティ料理だ。立食形式で自由に食べれるようにということでそんな料理を作ることになった。

幻想郷の宴会は皆が自由な場所で好きなように食べたり飲んだりするのが主流なので、コースみたいなものよりもこちらの方が好まれるらしい。紅魔館でやる理由は、冬に外でやるのは流石に寒いからとのこと。寒いのが得意なのはチルノとかレティとかそこらへんの冬好きの妖怪くらいだろう。

俺は時計を確認した。パーティ開始予定まで一時間…

 

「早い事に越したことはない。早速取り掛かろうか。早く完成しても咲夜の能力でどうにでもなるだろ?」

「ええ。じゃあ始めましょうか」

 

こうして三人の料理が始まった。

妖夢が食材を剥いたり切ったりし、咲夜が煮たり焼いたり…そして俺が仕上げの部分をしながら二人のサポート。正直に言おう、ものすごく大変であった。

 


 

実際料理が終わったのはパーティを始める十分前だった。後はこれを会場に運ぶだけなのだが、ここで俺の幻空が役に立つ。あら不思議一回運ぶだけで全て持っていけるのです。咲夜の時止めを使った配膳は周囲から見れば一度に全てを持ってきたように見えるが、実際のところは咲夜が何度も往復をしている。俺の幻空に入れて持ち運ぶ方法の方が負担が少ないのは見るからに明らかだ。

俺は料理を全て幻空に詰め込んで会場に向かう。会場の扉を開けると最初に飛び込んできたのはやや大きめのクリスマスツリーだった。葉の部分には多くの装飾が施されていてとても眩い。ツリーの頂点には一際大きな星が輝いている。

 

「おーい、机はこっちよー!」

 

俺がツリーを見ていたら横から霊夢の声がかかった。

 

「よう、霊夢」

「さあ、早く美味しい料理を出しなさい!」

「はいはい」

 

用意されていた大きめの机の上に料理を並べていく。ケーキ、七面鳥、サラダ、ピザなどなど。出すごとに美味しそうな匂いが周囲に広がりお腹が空いてくる。匂いに釣られたのかどこからともなくフランとレミリアがやって来た。それに幽々子も。妖夢は先にこちらに来ており幽々子を抑えていたのだが、どうやら料理の匂いに負けたようである。

 

「美味しそうな料理!まだ食べちゃだめなの?」

「まだよ、フラン。もうそろそろで全ての準備が終わるからもうちょっと待ちましょう?」

「はーやーくー!」

 

レミリアが窘めているが、フランはもう我慢の限界らしくその場でぴょんぴょん跳び出した。外の世界の子供達となんら変わらない反応をしていてとても面白い。幽々子も似た反応なのは解せない。紫が言うには幽々子は紫と古くからの付き合いというので相当な年を生きてきているはずなのだが…

 

「お疲れ様、定晴」

「ルーミアもここで皆の手伝いをしてたんだろ?お疲れさん」

 

ルーミアが横に来て俺を労ってくれた。

ルーミアを含むチルノ筆頭の子供たちも来たいと言っていたのでその対応をルーミアに任せていた。チルノたち…というかチルノは大人から指示をされるより大妖精のように同じ子供たちから言われたことの方が話を聞いてくれる。そのため大妖精はストッパー役になれているわけだが、それはともかくルーミアも(見た目は)同じ子供としてチルノたちと一緒に手伝ってもらった。チルノたちは今は準備を終えて余った飾りつけなどで遊んでいる。

 

「頼まれてた箱だよー」

「それはそこに置いておいてくれ」

 

早苗と諏訪子、神奈子が大きな箱を持ってきていた。藍が三人に指示をしているのだが、そんな四人を興味深そうに見ているのはフランたち子供だ。

実はあの箱にはプレゼントを入れる予定なのだ。今は何も入っていないのでフランたちが開けたところで何も手に入れることができないが、いざプレゼント開封の時間になったら紫がスキマを使ってプレゼント箱の中に物が送られるという算段だ。その箱のラッピングを三人はしていたようである。

ふと部屋の端を見ると霊夢と水那が話していた。

 

「…」

「ほら水那、あんたも楽しみなさいよ」

「えっ、いえ、その…こういうのは初めてなので…」

 

話の内容は聞きとれないが、どうやら終始無言の水那に霊夢が楽しむように言っているようだ。宴会にも何度か参加したが、未だに水那はそういった騒ぐという場面に慣れない。落ち着いた性格というのは元からのようだが、やはり楽しむという行為に中々馴染めないようである。外の世界でずっと楽しむとは離れたことをしていたので当然ではあるが、幻想郷流の楽しむ方にも博麗の巫女として慣れる必要があるだろう。

 

「それじゃ皆さん、始めますよ〜」

 

妖夢の緩い掛け声と共に、全員の手元に小さなクラッカーが現れた。

 

「ほら、皆このクラッカーを持って」

「紫?いつからいた?」

 

準備の間は知らないが、紫は俺が来たタイミングではいなかったように思える。だが紫はどこからともなく現れるのでそんな情報は無意味なのだが。

 

「あら、失礼ね。ツリーの木の準備とかしてて忙しかっただけよ」

「おっと、そりゃ失敬」

 

やはり紫はいつの間にか来ていたようだ。因みに従者の藍はというと、俺達は料理の方に回ってほしかったが、それではこちらの無邪気組を抑えられないと判断しこちらで会場の準備を手伝ってもらっていた。フランの様子を見るとそれが正解だったように思える。

紫からクラッカーを受け取り前方に構える。皆も同じように構えて…

 

「掛け声は定晴がして?」

「え、俺かよ!えーと、皆は別に宗教とか気にして無いだろうし、今日は取り敢えず盛り上がろう!それじゃあ…ハッピークリスマス!」

「「「いえーい!」」」

 

クラッカーが一斉になり、パーティが始まる。

 

「ん〜美味しいわ〜」

 

そして誰よりも早く料理に動いたのは幽々子。

食に関して言えば子供よりも子供っぽい彼女は妖夢を振り切って既にピザを食べていた。

 

「お姉様、プレゼントは?」

「まだよフラン。もう少し待ってなさい」

 

日本の場合は寝ている間に枕元…というのが主流だが、海外の場合は寝ている間にツリーの下に…が主流だ。ただ今回はそのどちらでもなく、パーティの間にプレゼントをあげる時間を設けている。それまではお預けだ。

五歳しか変わらないはずだが、レミリアには無くてフランにはプレゼントがある。レミリア自身特に欲しいものはないし、大人っぽくいきたいのだそうだ。

 

「騒がしいわね…」

 

ルーミアが呟く。

ただ俺はこの騒がしさが幻想郷の美点であると、そう思うのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十五話 年越しに、片付けを

「ご主人様、これはー?」

「…ダンボールにいれてくれ」

 

今日は大晦日前日。

家の中を掃除していた。幻想郷に来てあと数ヶ月で二年が経つ。一年目に比べて二年目は中々にハードというか濃密というか…ずっと一人暮らしだったのが、ルーミアが来て二人になったのが一番の変化だろうか。

 

「ご主人様、これも剣?」

「まあそうだな。それは模造刀だ、こっちに置いておいてくれ」

 

幻想郷に来てからもちらほら、外の世界から持ってきたもの多数…去年は億劫で出来なかったが、今年はルーミアに言われて重い腰をあげた。

ルーミア自身の私物は、この家に住むようになってから多少増えはしたものの少なくすぐに終わらせ俺の手伝いをしてくれている。幻想郷に来たときにある程度は片づけたのだが、倉庫の奥からまたもや未開封のダンボール箱が出てきた時は驚いた。

ルーミアが大きな布を広げて首を傾げた。

 

「…?」

「ああ、それは裁縫用の布だ。あとで持っていくからそこに置いてくれ」

 

俺は手芸も出来る。今ルーミアが付けているリボンだって俺が作ったものだし、頑張れば服なんかも縫える。昔仕事で裁縫をすることになって必要になった布が今頃出てきたのだろう。

 

「…ふふっ」

「どうした?」

「何でもないわ」

 

何かルーミアが俺から見えない位置に隠した。何やら気になるところだが、ルーミアのことを信じることにしよう。うん、なんか凄い嫌な予感がするけど。

この時ルーミアは俺の幼い頃の写真を隠していた。それを俺が知るのはもう少し後になる。

 

「ふぅ…で?ご主人様はいつ永遠亭に行くのかしら?」

「うっ…」

 

…精算しなければと思いながらも放置してきた問題。

どうにも俺は月の民と関わるのが苦手なようで、どうしても後回しにしてしまう。ルーミアに言われなければまだまだ放置していたに違いない。

最近俺が嫌だと思ってることや後回しにしていることをルーミアに言われることが増えた。おかげで俺は今掃除をしている。

 

「はぁ…ご主人様は外の世界で交渉人みたいな仕事も掃除屋もしてたんでしょ?なんで今更嫌がるのかしら」

「仕事なら責任と信頼があるからだ。私事と仕事は別なんだよ…」

 

俺が外の世界でやっていたなんでも屋みたいな仕事は、信頼がなければやっていけない。勿論それはどの仕事でも言えるのだが、なんでも屋というアバウトな職業だと近寄ってきてすらくれないのだ。基本どんな依頼も受けて達成しなければ続かない。

 

「もう…私も付いていくから、今から行くわよ」

「えっ、ちょっ…」

「ほーら!早く準備してきなさい!」

 


 

掃除も中程で永遠亭に行くことを強要された。

今は迷いの竹林を歩いている。今日の案内役はてゐである。

 

「いやー、まさかあの月の人達と険悪になる人がいるなんてねー。賢者様でも姫様たちと比較的いい感じに付き合えてるのに」

 

紫は過去に月へ侵攻をしたことがあるらしい。そのため紫自身は月に対してあまり良い印象を持っていないだろうと思っていたが、案外仲良くやっているようだ。

 

「今日は悪戯はなしか?」

「今日は忙しいのでな〜し。本当は案内をする暇もないんだけど仕方なくね〜」

 

飄々としながら質問に答えるてゐ。てゐはこの竹林にいる沢山のイナバたちの管理などもしているらしく、今日はイナバ全員に渡すものがあるらしい。何を渡すかは知らないが、この竹林で自由に生活しているイナバ一匹一匹を見つけて渡すのはさぞ大変だろう。

妹紅の所にいったのだが、貼り紙に人里へ行っている旨が書かれており、こちらとしても仕方なくてゐに頼んでいる。道を覚えることが出来ればいいのだろうが…

 

『どうだ狂気、覚えられそうか?』

『…広いし分からん』

 

とのことなので少々難しそうである。

てゐと雑談をしながら歩くこと数分、永遠亭までやってきた。

 

「んじゃ私は面倒事になるまえに退散するからねー、帰りは鈴仙にでも頼んでねー」

 

そう言うとてゐは竹林の中に消えてしまった。

俺達が竹林に入るときはたまたま外にいたから良いものの、竹林の中にいるてゐを探すのは難易度が高すぎる。

 

「っ…」

「ほーら、行くわよ定晴」

 

俺の背中を押すルーミア。

どうやら誰が聞いてるかも分からないから周囲に人影がなくとも名前で呼ぶという風にルーミアは決めたらしい。そのおかげで今は家の中でのみご主人様と呼ばれている。

 

「あー…失礼しまーす…」

「はぁ…」

 

くそ…気が動転していたとはいえ初対面で剣を突き付けた過去の俺を殴りたい。依姫や豊姫のような人もいるのは分かっているが、どうしても月の民に対して過剰に反応してしまうのだ。

 

「あら、珍しいわね。もう来ないと思っていたわ」

「よう、永琳」

 

何かしらの液体が入った瓶を手に持ったまま歩いてきた永琳。その後ろには永琳の弟子である鈴仙もいる。

 

「えっと…」

「まあ貴方が気まずくなるのは分かるわ。だって初対面で斬りかかられたのだもの。でも話を整理してある程度は理解したし、そもそもあれもう一年以上前の話よ?そんなに気にしてられると困るんだけど」

 

永琳にそう言われて申し訳なく頭を下げる。

幻想郷で一番の診療所はここだと聞くし、そこの医者と険悪なのはいけないと思っていつつも放置してきたが、俺が考えているよりきちんと情報整理をしてくれていたようである。

 

「それでね、今日は貴方に会ってほしい人が丁度来ているの」

「え?」

「相手にはずっと秘密にしていたのだけど、折角だから今日合わせてあげようと思って」

 

それだけ言って永琳は廊下を歩いていく。鈴仙が手招きしているので俺とルーミアも付いていく。

 

「ちょっとここで待っててちょうだい」

 

永琳にそう言われて立ち止まる。永琳はすぐ横の部屋へと入っていった。この部屋の中に俺に会わせたい人がいるのだろう。

 

『貴女たちに会わせたい人がいるわ』

『私たちに?』

『そうなのよ。入ってきていいわよー』

 

永琳に呼ばれたので部屋へと入る。

永琳は二人の女性の前に座り笑っていた。その二人の女性と言うのは…

 

「嘘っ…」

「さ、さだ…はるさん?」

「依姫、豊姫!」

 

月のお姫様だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十六話 二人の姫様+@1

「な、なぜ貴方がここに!?」

 

依姫が声を出す。永琳を見るとまるでしてやったりという顔だ。実際に俺がここにいることを教えずに俺をこの部屋に通したのだろう。驚かれるのも当然だ。

 

「っていうか…ああ、薬はちゃんと効いたのですね…」

「久しぶりね、定晴さん」

 

永琳に事情を聞く。どうやら二人は俺が幻想郷に来る前に起きた異変で霊夢たちと争ったようである。その後は幻想郷にたまに降りてくるようになったという。前に俺が永遠亭に来た時点で度々二人は幻想郷に降りてくるような生活だったらしい。

 

「ん?穢れとやらはどうしたんだ?」

「月の技術だって進化するものなのよ。と言っても堂々と来ることもあまり出来ないから地上へ来るときの七割はお忍びなんだけど」

 

それでいいのか月の姫。

依姫を見ると何かを言いたそうにしている。しかし口をパクパクさせるだけで何も音にはなっていない。

 

「ほら依姫、前にまた話したいって言っていた人が目の前にいるわよ?」

「あっ…えっと…お久し振りです」

 

どうも依姫は緊張してるようだ。

突然昔の知人が現れたら驚きもするだろう。どうもそれだけではないようにも思えるが、今は取り敢えずいいだろう。

 

「貴方は知らなかったのでしょうけど、人里にも普通に月のウサギがいるわよ?団子屋をやってるわ」

 

永琳が補足で説明してくれた。

俺も人里全てをまわったわけではない。むしろ買い物の時以外は人里には赴かないので滞在時間は少ないと言える。未だに人里全てを把握できていないのはそれが原因だろう。そろそろ本格的に人里探索もする必要があるかもしれない。

 

「まあそういうわけで貴方が思っているより幻想郷は月と近いのよ。そんな気まずくそうにしなくても良いわ」

 

永琳にそう諭される。

確かに俺の方から距離をとっていただけなので、もっと早くここに来ていればもっと気楽になれていたかもしれない。ここに引っ張り出してくれたルーミアに感謝だ。

俺が見ていたことに気が付いたのか、ルーミアが耳打ちしてきた。

 

「ご主人様はあまり嫌われるようなタイプじゃないんだから、もっとどっしりしていなさい」

「あ、ああ」

 

嫌われるとか嫌われないとかは個人の感想なのでは?

まあいい、幻想郷の人々と仲良くなっていて損は何もない。

 

「んじゃまあ私は席を外すから二人は好きなように定晴と話していなさい」

「ありがとうございます」

 

二人ともとても綺麗な所作で礼をした。

前に月で戦ったときは依姫は武闘派の印象を受けたのだが、やはり姫としての美しい所作も身につけているようだった。

 


 

二人と話して十数分、ルーミアを式神にしたことを話していたら突如扉が開いた。永琳か鈴仙か、それともてゐか…と思ったらそのどれでもない人物だった。

 

「聞いたわよ!貴方ね、初対面で永琳に剣を突き立てたのは!」

 

身長は低め、一昔前の平均身長くらいだろうか。外の世界での一昔前というのは幻想郷での通常かもしれない。

 

「輝夜様、落ち着いてください」

「何よ依姫、邪魔しないでちょうだい。永琳に剣とか…幻想郷じゃありえないでしょ!」

 

まあ、そうだな。今の幻想郷では戦いは基本的に弾幕ごっこだ。

外の世界の水那関連で紫と殺りあった時は弾幕ごっこではなく、普通の殺し合いとなったが大体は弾幕ごっこで終わらせる。スペルカードルールのもと、負けたらちゃんと負けたことを受け入れて決闘を終わらせるのが常だ。

それを俺は無視し、永琳に斬りかかった。

…冷静でいられないとはこんなにも…

 

「落ち着きなさい輝夜、私は怪我してないし剣で斬られたところで死なないわ」

「でも痛いじゃない!」

「あなたが妹紅と殺りあってるときの方が痛いでしょうに」

 

永琳がため息をつく。

にしても輝夜…月の国の輝夜?それってもしかしてあの有名な竹取物語のかぐや姫だろうか。

俺の思考を読んだのか永琳が本人の代わりに紹介してくれた。

 

「彼女が蓬莱山輝夜、月の姫で貴方が思っている通り日本で有名なかぐや姫本人よ」

 

まじかよ。なんでもありだな幻想郷。

もしかして幻想郷には日本の伝説がいっぱいいるのか?今度捜してみようかな…いやいや、伝説ということは力もそのまま、俺では襲われても対処できない可能性がある。じゃあルーミアを連れて行くというのも…

 

「定晴、また考え事」

「え、ああ、すまん」

 

ルーミアに注意された。

だめだな。いくら意識していても考え事をしてしまう癖が抜けない。戦い中なども体は自然に動きながら考え事をしてしまうので、どうすれば癖をなくせるのかわからない。

 

「そこの二人は今も月に住んでるけど、輝夜は地上に住んでるの。外に出たがらないからあれだけど、出会ったら優しくしてあげてね」

「優しくなんてしてもらわなくて結構よ」

 

どうやら中々にわがままというか、面白い性格のようである。

 

「失礼なこと考えてない?」

「いや、何も?」

 

睨まれた。

 

「うーん、そろそろ帰ろうかしらね」

 

豊姫が時計を見てそう呟いた。今は昼が過ぎて二時くらいを短針が差していた。

豊姫たちも長居するわけにはいかないのだろう。今日がお忍びの日なのか、公務の日なのかは知らないがずっと地上にいるというのも難しいのだろう。

 

「じゃあ豊姫、依姫、またな」

「ええ、またね」

「また話しましょう。私はもっとあなたと話したい事があるんです」

 

そう言うと二人は永遠亭の奥へと歩いていった。

この建物も紅魔館のように時空が歪んでいるような感覚がする。ミキが来たらどう思うのだろうか。

もう既にいない二人のあとをルーミアが睨んでいる。

 

「どうした?」

「…なんでもないわ」

 

二人に対して何か思うことがあるのだろうか。

 

「定晴たちは鈴仙に付いて行って竹林を出なさい。今から薬を人里に売りに行かせるから」

 

そう言えば人里でよく効く薬を売ってる人がいると噂を聞いたことがある。

…人?

 

「何か?」

「なんでもない」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十七話 宴会…そして爆弾投下

前に序盤を推敲したあと平均文字数が二千ほど増えると書きましたが、推敲前と推敲後の文字数差が各話で六百ほどあるんですよね…これ二千文字で済まないかもしれないと思ってます


今日は大晦日、年越し三時間前だ。

幻想郷のやつらは何かあれば理由をつけて騒ぎたがるので、今日も今日とて宴会だ。本日の宴会は始まってから既に三時間が経過していた。

年越ししても宴会は続くだろうから今回は九時間くらいの長さになることが予想される。

 

「定晴、飲まないの?」

「幽香は飲みすぎじゃないか?」

 

俺は今幽香と飲んでいた。

目の前には俺が作ってきた宴会料理が置かれており、幽香のそばには既にビール瓶が三本ほど転がっている。全部幽香一人で飲んだものだ。俺はまだ一本分も飲んでいない。

 

「幻想郷に慣れるとね、自然と飲む量は増えるものよ。定晴もたくさんの酒に慣れなさいよね」

「いやそれは慣れてはいけないやつだろう…」

 

幽香の戯言(酔っているのか真面目なのかいまいち分からない)に付き合いつつ自分のペースで酒を飲んでいた。

宴会のピークは勿論年越しのタイミングだ。だがこの時間でも結構人がいて、空き瓶も増えてきている。果たして最後までこの熱は持つのだろうか。

 

「んだと!」

「やんのか!」

 

とまあこのように酔った妖怪同士が急に弾幕ごっこを始めることもある。俺も流石にこれには慣れたので流れ弾には当たらないが、料理に弾が当たるのは勘弁してほしい。俺の周囲に結界を張り防いでいるが、何度もあると鬱陶しくなってくる。

 

「イライラしないの、これが幻想郷流よ」

「俺はこの風潮を作ったやつを張っ倒したいよ」

 

まあ本当にイライラしているのは俺よりも俺の中の狂気なわけだが。

 

「ほら、酒を飲めば気にならなくなるわ」

 

幽香がやたらと酒をおしてくる。こんなに酒が好きなやつだっただろうか。

 

「そうだー!飲め飲めー!」

「飲むんだよ!」

 

いつもの鬼、萃香と地底から上がってきた勇儀も酒をおしてきた。この二人はいつも通りだ。萃香なんて宴会じゃなくとも酒を飲むことをおしてくるのだ。気が弱い人であればすぐに酔いつぶれてしまうだろう。

 

「なあ幽香ってもう酔ってるだろ?」

「そうねぇ…ふふ、どうかしらね?」

 

絶対こいつ酔ってる。

まあ今はふわふわしてるだけっぽいし放置でいいだろう。寝てくれたりしてくれれば楽だが、まあ暴れたら気絶させるなりなんなり出来ることもある。

 

「定晴も酔いなさいよ〜そしていつも言わないことも言っちゃえ〜」

「お前そんなキャラじゃないだろ!」

「ふふふ〜知らないわよ〜」

 

段々キャラが崩壊してきた。今までの宴会でもここまで酔ってる姿は見たことがない。年越しということではしゃぎ過ぎたのだろうか。

 

「…」

「幽香?」

 

なにやらボーッとしだした。眠たいのだろうか。

と思ったら急に真剣な顔になって話しだした。

 

「今から真剣な話をするわよ」

 

酔っているやつに真剣もなにもないとは思うのだが。

 

「定晴は…妖怪と人間の恋愛が成就することがあると思う?」

 

幽香がその質問を口にした瞬間、周囲にいた妖怪たちが反応した。やはり妖怪としては気になる…意識せざるをえない問題なのだろう。例え色恋沙汰に興味がなくとも、人間と妖怪の人間関係について興味を持っている妖怪も多いのではないだろうか。

人間と妖怪の恋愛…成就しないということはないだろう。霖之助だったり慧音だったり…生まれは分からないが、なにかしらあって人間と妖怪のハーフとなっている。であれば人間と妖怪がどこかで交じったことに他ならない。

だがそれを見て成就すると決めつけるのは早計だろう。だって大多数の人間にとって妖怪は恐怖の対象だ。むしろそうでなくては妖怪もその姿を保てないように思える。なぜなら妖怪は人間に恐れられて生まれるものだからだ。

それでも妖怪に意思はある(例外もあるが)ので人間に焦がれることもあるのだろう。さてさて、それが果たして成立するかというと…

 

「するんじゃないか?そういう種族を越えても想い焦がれるのなら、人間がちゃんと理解をしてくれたら、成就することもあるだろう。まあ全体の一割にもならないだろうがな」

 

俺がそう意見する。

結局のところ当人の問題だ。そして総数がいくらあるか知らないが、たくさんあれば実現することもあるだろう。ならば結論としては成就する、こともある、なのだと思う。

 

「ふーん…」

「にしても何で急に?もしかして幽香好きな人間でもできたか?」

 

俺がそう訊くと幽香は黙り込んだ。

流石に今のはデリカシーがなかったな。友人同士とはいえ人間関係について追求するのはよろしくないな、反省。

と、幽香が顔を上げて深呼吸を始めた。どうした急に。

 

「ね、ねぇ…」

「なんだ?」

 

そして爆弾を投げた。

 

「私の好きな人はあなたよ。定晴」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十八話 踏ん切り

「は?ちょ、は?」

 

突然のことで驚いた。

 

「えっと…冗d…」

「定晴はこういうとき冗談だろうって流す癖があるの分かってるんだから」

 

…何が急にどうしてこうなったか分からない。

 

「幽香、やっぱり酔ってるだろ」

「…ああもう!貴方の過去に何があったかなんて知らないけど、私は真面目よ!貴方のことが好きなの!何か文句がある!?」

 

今までは小さい声で話していたが、幽香が声を荒らげたせいで周囲にも聞こえたようだ。視線が一気に俺たちの方に向くが、幽香はお構いなしと続ける。

 

「まあ付き合う云々は別に今すぐ返事を頂戴とは言わないわ。どうやら他にも…いえ、それはともかく貴方にも考える時間が必要だもの」

 

そこまで言うと幽香は立ち上がった。どうやら帰るようである。

幽香はアリスと話していたメディスンに先に帰ることを告げてから俺の方に向き直った。

 

「それじゃ、またね定晴」

 

それだけ言って幽香は飛び去った。

その間俺は放心状態である。まったくもって意味が分からない。俺が…幽香に告白された?酒の勢いなのだろうか…いやしかし…

 

「「「ヒュ〜!!」」」

 

幽香の姿が見えなくなった途端に周囲の妖怪がうるさくなった。主に男の妖怪が騒がしい。冷やかすような奴や恨みがましい目で見てくる奴など色々いる。鬱陶しい。

近付いてくる妖怪たちの中を最速で飛んでくる影が一人。

 

「定晴さーん!」

「文は引っ込んどれ!」

 

文の周囲の風を乱して墜落させる。文は風を操り加速しているので俺が風を乱すとそのまま横の森の中に落ちていった。妖怪だし問題ないだろう。

しかし俺が文に構っているうちにもう一人に近付かれていた。

 

「いいねぇ〜!」

「魔理沙か…」

 

ガヤそのニ、霧雨魔理沙。

 

「酒の勢いで…ってのはあれだが、熱意ってのを感じたぜ。ああいうの、中々できないし…面白くなってきたぜ!」

「お前は面白がってるんじゃねえよ」

「ああでも、定晴はきちんと考えてやれよ?私は別に恋心だとかは分からんが告白ってのがとても勇気がいるもので大切なのはわなるからな」

 

一応ある程度の理解は示してくれている。だが…

 

「私達はそれを見て楽しむだけだから」

 

やはり幻想郷住民はあまりこういったことで信用することは出来そうにない。

魔理沙め…というか幻想郷住民は面白いことがあるとすぐ飛びついて楽しもうとするからな。

きっと明日には天狗の新聞に載ることだろう。幽香が赤面するのも時間の問題だろうな。なぜわざわざこのような如何にも見せつけているかのような場所で告白をしたのか。確実に明日には幻想郷中で噂になっていることだろう。

幽香は幻想郷では結構恐れられている存在なわけだし、そんな彼女が告白だなんてネタにされるに決まっている。

まあそれでも幽香は勇気を出したのだろう…けど…恋愛は、俺には出来ない。

 


 

告白した。とうとう告白してしまった。

酒の勢いではあったかもしれない。でもあれは私の本心だ。きっと明日には天狗にネタにされるだろうが…私にロマンチックな告白なんて出来そうになかったし、勇気も出ないだろうから酒の力を借りた。

見る感じ私が告白一番乗りといったところか。守矢の巫女や定晴の式神よりかは早い。こういうのは相手から…とか期待してたら終わっちゃうのが尽きなのだ。

先手必勝、先に告白した方が印象に残るし…

 

私、告白したのよね。告白しちゃったのよね…あ、ああ、ああああ恥ずかしくなってきた。というか顔が熱い。人間を好きになるとかそんなのはもう受け入れているからいいけど、直接言うのは…酔いが覚めてきたから羞恥心が、というかあんな大勢の前で…天狗がネタにするなんて当然じゃない!バカじゃないの!

 


 

私の目の前で風見幽香が告白した。

妖怪が人間に、告白した。私が色々悩んでいたことをそのままご主人様に尋ねてそのまま告白した。ご主人様が人間と妖怪の恋愛についてあまり問題視していないことが分かったのはいいけど…ムズムズする。

…ムズムズなのだろうか。これは、嫉妬?告白してない私が、告白しただけの幽香に対して嫉妬?何をバカな…

でもこれは…

 


 

っ…

まさか幽香さんに先を越されるなんて…でも諦めませんよ。まだね…

 


 

もうその後の宴会はずっと俺を冷やかすような奴ばかりにからかわれた。

俺に恋愛なんて出来ない。

俺は誰かと一緒にいると、ダメなのだ。

 




 

『誰だ、お前は』

『ふふ、もう少し待っててね』

『あ、おい!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八十九話 縛られない人生

年越しを終えた俺とルーミアは家に戻っていた。一部妖怪はこのまま朝まで飲むらしいが、俺はそんなつもりもなく家に帰った。年越しとはいえ朝までオールナイトはしない。体力的には問題ないが、気分的にあのテンションを続けるのはハードなのだ。

 

「ふぅ…やっぱり多めに飲んじゃったな。ルーミア、大丈夫か?」

「…」

「ルーミア?」

「へ!?大丈夫よ」

ルーミアも酔っているようだし眠くなったのだろうか。

さっさと風呂に入って俺も眠ることにしよう。

 


 

ご主人様が風呂場に向かった。酒を飲んだばかりで風呂というのはどうなのかとも思うけど、鬼たちは風呂酒なんてこともしているようだし妖怪とかはするのかもしれない。

私の酔いはとっくに覚めている。どれだけ酔おうともあんな告白を耳にすれば酔いなどどこかに行ってしまう。

幽香は途中私をチラッと見ていた。あと早苗とか数人を。いつの間に気がついたのだろう。私なんてほとんど会っていないというのに。早苗にも言われたけど私って分かりやすいのかなぁ…

 

「…どうしようかしらね」

 

まあ別にご主人様が誰と結ばれようが構わないし、私は式神を続けるだけだし…

あーあー、もう、私はいつからここまで惚れ込んでいたのか。ご主人様が誰か他の女性と一緒に生活してるところなんて、不快だ。

 

「他の人の動きも見てみないと分からないわね…」

 

そうボソッと呟く。

ありがたいことに私はご主人様と一緒に住まわせてもらってるのでチャンスは他の人の何倍もある。少なくとも一回は顔を合わせて話をする事ができるのだ。時間は多い。

これを期に他の女性の動きをチェックするのもいいかもしれない、私はそう考えて風呂の準備を始めた。

 


 

「ふぅ…」

 

風呂に入り声が漏れる。

だがあまりリラックスできているようには思えない。幽香からの告白で頭がいっぱいだ。

俺は恋愛が出来ない。誰かとずっと一緒にいるというのが出来ない。

原因は…性格だろうか?俺は昔から一人が好きだった。そして能力を得て一人でも十分に生きていけるようになったらすぐに親元を離れた。それが大体高校の三年くらいだろうか。ちょっとだけ無理やりに高校を卒業という形で中退し、一人で生活し始めた。

最初は楽しかった…と思う。誰にも縛られない生活というのは子供なら、大人でも誰もが夢見るものだろう。俺の場合は能力を上手く扱えるようになるまで練習しつつバイトなんかをして生活をした。俺が持っている様々な知識や技能はそこで身につけたものだ。

能力を上手く扱えるようになり、お金にも余裕が出てきたらネットを使って仕事を始めた。それがいわゆるなんでも屋である。

さて、高校を無理やり卒業してから起業するまで俺はずっと一人であった。するとどうなるか…誰かと合わせることが出来なくなる。恋人、いやそうでなくとも親しくなった人と一緒に生きるなんてのが難しくなった。ルーミアはというと特に俺が合わせなくてもよく、本当にただの居候のようなポジションなので困らないが…

 

「つかまあ俺に完全に合わせることが、俺が追いかける必要がある人はミキだけだよなぁ…」

 

あいつは特例だ。紫もそうだ。

二人とも次元移動くらいなら簡単にできてしまう規格外であり、ミキに関しては本気で戦っても一度も勝てたことが無い。

だがそのぶんあいつらは自由だ。何にも縛られないとは言え現代社会で生きるならお金や信頼など様々なことに制約がつく。それがはっきりと分かったのは起業してからだが、一度始めたことをやめることもできず続けていた。まあ幻想郷に来るにあたってホームページに営業終了の文字をいれてきたがな。

 

『なあ定晴』

『どうした狂気』

『お前…なんか変な魂取り込んでないよな?』

 

何を言っているんだこいつは。魂を取り込むなんてことすら俺は知らない。

そういえば狂気のやつはいつの間にかいた。俺が仕事をやってイライラし始めた時、こいつがいつの間にか現れていて俺はその後イライラしなくなった。どうやらこいつが俺の狂気的な部分を肩代わりしているらしい。

 

『ああそうだ。しかし取り込んでいないとしたらあいつは…』

『どうしたんだ、珍しい』

『…今はいい。何かあったらお前にも伝える』

 

狂気がこうも焦っているのは珍しい。俺の魂に何かあったのだろうか。

そういえば、俺は他人にあまり過度な好意を抱かない。そして過度な好意に気付けない、らしい。

俺は一人が好きで、これまでの事情があったからなのだと思っていたのだが、狂気曰くそれでもある程度は持つようになるから流石に異常だとのこと。

もしその原因が分かって、俺も好意を抱くようになれば、もしかしたら告白を受けていい返事もできるのかもしれない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九十話 ハルノヒ

遅くなりました


正月が過ぎて一月も中旬。まだまだ寒い日は続くが、なんとなーく春の気配も感じるような…いやまだあまり感じない、そんな季節。

俺の部屋には一匹の妖精が来ていた。

 

「春……」

「流石に気が早いだろ」

 

春の妖精、春告精であるリリー・ホワイトである。

春告精という種族だからか彼女はとても春が好きらしい。それこそ春の季節には興奮しすぎて弾幕をばら撒くくらいには。

そんな彼女がなぜこの家に来ているのかと言うと…

 

「なんとかできませんか…?」

「何でもとは言え自然の摂理を動かすという依頼は出来ないなぁ…」

 

どうやら俺のなんでも屋の話をどこからか聞いたらしく、春をなんとか出来ないかと言い出した。

今までも色んな仕事をしてきたが、春を来るようにしてなんて言われたのは初めてである。なんというか…世の中にはまだまだ知らない仕事があるなと思った。これを仕事の一つにカウントしてもいいのかという疑問にはノーと答えざるを得ないが。

 

「せめて春らしい何かとか出来ないんですか〜」

「春らしいことなんて春が来たらするだろ。そりゃ五月とか六月になっても春が来てないと言われたら調査するが、まだ一月だぞ?ずっと一年待ってたんだからもう少し待てないのか?」

 

そういえば過去に起こった春雪異変は確か春が来ないとかで霊夢たちが幽々子を倒しに行ったんだよな…でもまあ今年は始まったばかりで、まだまだ雪も降る季節。さしもの幻想郷も旧暦で読んではいないだろうから皆も冬の気分だろう。

 

「うぅ〜」

「こればかりは流石に無理だ。ミキにでも頼めばいいかもな」

 

とは言え奴を捕まえるのは難しい。紫のスキマを使ってもコンタクトをスムーズに行うことは不可能なのだ。妖精が頑張ってできる話ではないだろう。

 

「分かりました…」

 

しょんぼりしながら飛んでいくリリー。

出来ないことは出来ないと言うようにしているのでこればかりは仕方の無いことである。

 

「んじゃルーミア、ご飯にしようか」

「分かったわ」

 

 

「面白い話を聞いたぞ」


 

次の日…

 

「なっ…桜!?」

 

博麗神社の周囲及びその参道に桜が咲いていた。俺の家も参道の途中にあるので俺の家は現在桜に囲まれている。

冬の早咲きとかそういうレベルではなく満開である。それになんとなく気温も高くて…

 

『幻想郷ラジオのお時間です。本日は異常気象が発生しており、幻想郷全体が春の陽気に包まれ…』

 

香霖堂で買ったラジオからは知らない妖怪がニュースを伝えている。

すると俺の家の外から声が聞こえた。

 

「定晴さーん!春ですよー!」

「リリー!」

 

俺は扉を開けた。

そこにはとても嬉しそうなリリー・ホワイトと、明らかな今回の犯人である男の姿が…

 

「またお前かミキ!」

「またってなんだよ。まだ幻想郷じゃ騒ぎ起こして無いだろ」

 

ミキにとっては季節をまるまる変えることなど造作もないことだ。紫も季節の境界を弄れば季節を変えることができるだろう。

紫は最近になって落ち着いてきたが、こいつはいつまで経っても問題を起こす癖がある。本人曰く神は暇だからというが、神奈子や諏訪子とて暇だからとポンポン問題を起こすことは無いだろう。ただこいつがうざいだけなのである。

 

「まあまあ落ち着けや。リリーには言ったがこの春の陽気は一日限りで、紫には既に話を通してる」

「…この季節の紫に?」

「寝てたから枕元にメッセージを残してきた」

 

それは絶対に話を通したとは言わない。

完全に事後承諾を取ろうというか、そもそも許可を取るつもりもなかっただろう。こいつに迷惑をかけないという言葉は通じないのだろうか。

 

「リリーがこんなふうに喜んでんだから今更戻せと言うなよ?」

「はぁ…本当に一日だけなんだな?」

「そそ、じゃ、あとよろしくぅ!」

 

そう言うとミキはどこかへ転移した。きっとどっかで花見でもするつもりなのだろう。

リリーは博麗神社の方へと飛んでいった。そっちへ行くと問題起こしたとかで霊夢にボコボコにされないか心配である。

 

「私、あのミキってやつが話してるの見るの初めて見たけど、ウザいわね。なんであんなのと友人やってるのご主人様?」

「あれでも頼れる時は本当に頼れるやつなんだよ…」

 

それに度が過ぎたことをすればあいつの妻が止めに来るはずなので、今回のはセーフなのだろう。あいつの中では。

 

「仕方ない…今日は特別な春の日ってことで桜餅でも作ろうか…」

「あらそう?じゃあ私は餅でも買ってくるわね」

 

季節が飛ぶとかは幻想郷ではたまにあることらしい。

…俺は少し幻想郷が怖くなった。




ミキ「いやー、春は良いねぇ」
定晴「お前勝手に来て勝手に餅食うなよ。自由過ぎるだろ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九十一話 魂封石

「噂になってるじゃないか定晴。いや、事実と言ったほうが正しいか…あのフラワーマスターが告白したとね」

 

香霖堂に入って最初に言われたのがそれだった。今年になって初めて会うのだから相応の挨拶もあるとは思うのだが、一番先に出たのが俺と幽香のこととは…

あの宴会以来幽香とは会えていない。なんだか気まずくて自分から花畑の方へ行く勇気がないのだ。これは…ヘタレだな。

 

「そうそう定晴。面白いものを入荷したんだ」

「面白いもの?」

「君にぴったり…かもしれない一品さ」

 

そう言って霖之助は棚に並んでいたものを取ってこちらに見せてきた。

それは一つの石のようなもので大きさは手の平に乗る程度、形は歪だが緑色の光沢を放っている。何かの鉱石なのだろうか。

 

「名前は魂封石。用途は魂を納める…魂なんて僕には分からないし、魔法使い達の研究に使われるのがオチかとも思ったけど君が魂に関する力を持っているのを思い出してね。一応とっておいたのさ」

 

なるほど。魂のことを知らなくても名前と用途が分かる能力があれば何に関するものなのかが分かるのは便利なのかもしれない。

さてさて、それにしてもこの石…なんとなく気配が…

 

『おい、これ既に何か入ってるぞ』

 

狂気がそう忠告してきた。

果たして何の魂が封印されているのか。だがまあ封印されたということはそれ相応の脅威があったのだろう。危険なものだと言って処分した方がいいかもしれない。

と思いきや狂気が更に助言をしてきた。

 

『どうやらそういう危ないやつじゃないみたいだぞ』

『どういうことだ?』

『封印されているのは確かだが、狂気的な感情は何も感じねえ。むしろ優しさとかそういう類のもんだ。俺とは正反対で気持ちがわりい』

 

どうやら危ないものではないらしい。

ふむ…霖之助からすれば価値のないものなのか値段は全然高くない。ミスティアの屋台で何本か串物を食べた方が高くつく値段である。痛い出費というわけではないし、知的好奇心という面では惹かれるので…

 

「よしそれ買い」

「分かったよ」

 


 

香霖堂から真っ直ぐ帰ってきた。俺が持っても何も反応を示さない魂封石は幻空の中である。

一応俺が持っている本でこの石に関する文献がないかだけ調べてみることにする。とはいえ俺は大体の本を読破しているため石の名前を聞いてもピンとこなかったので書いてある可能性は限りなく低いだろう。

 

『どうするつもりだお前』

『さあね』

 

どうするかは未定だ。狂気曰く危険ではないらしいし解放してみるのも面白いかと思うんだが…

 

『異変を起こすつもりか?』

『異変が起きるような代物なのか?』

『危険ではないことと異変レベルの何かが起こらないことはイコールじゃないんだぞ』

 

まあ最悪俺の魂の中に取り込んでしまえばいい。危険ではないなら魂の中に入れてしまうことは問題ないだろう。

俺の魂は狂気という部分と俺自身という部分がある。元を辿ればどちらも同じ堀内定晴という人間なのだが、魂の力のおかげである程度他者の魂も取り込めるのだ。一度だけ外の世界にいた魂を俺の中に取り込んで対話することで依頼を解決したこともある。なので必ずとは言えなくとも成功する確率は高いと言える。

 

「ただいまー。ご主人様、それなに?」

 

するとそこで買い出しに行っていたルーミアが帰ってきた。俺が頼んだもの以外も袋に入っているため私物も色々と買ってきたのだろう。

 

「おかえり。これは魂封石って言うらしい。取り敢えずその荷物置いてきたらどうだ」

「ええ、そうするわ」

 

ルーミアがキッチンに食材を置き、残りをルーミアの部屋に持っていった。

俺はササッと食材を戸棚や冷蔵庫など所定の場所に収納し、ついでに本も本棚に戻した。やはり魂封石という石はどこにも書かれていなかった。

魂を封じる、と簡単に言うが実行するのは困難を極める。相当手練の術者が特殊な媒介を用いなければ完全に封印などできない。それにわざわざ封印するということはそれ相応の理由があったはずなので、大体は文献として残ってることが多いのだが…

 

「パチュリーのとこ探せばあるのかねぇ…」

「戻ったわよ」

 

ルーミアが戻ってきた。

何かあったらルーミアにも助けてもらうとして、封印を解除してみるとしよう。

魂の力と結界の力を併用して魂の在り方を定義…まあ難しいことは俺自身もよく分からん。狂気の補助があってのこれだからな。

 

「せいっ!」

 

封印が解けた。魂封石から魂が出てきて、一時フワフワと浮いている。ルーミアには見えていないだろうから、俺が処理しなければならない。

魂を誘導して俺の中に取り込んで見る。中から暴れられたらまずいが、狂気の言うことを信じて進める。魂が俺の中に入った。

と同時に俺は気を失った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九十二話 魔女の魂

遅くなりました


「っ…」

 

頭がぼんやりする。

未だに思考も定まらないまま周囲を見渡した。そこは何もない白い空間。

 

「起きたか」

「うわっ!」

 

そして俺に瓜二つの男が立っていた。唯一違うのは髪の色だけだ。いや、よく聞くと声も俺の方が若干高く、部分的に違うところもあるということなのだろう。

 

「狂気か…?」

「ああ。まさかお前がこっちに来るとは思わなかったがな」

 

俺の鏡写しみたいな姿をした狂気がそう言う。狂気がいるということは、ここは魂の中…ということなのだろうか。俺の意識がここにあって現実ではどうなっているか心配だが、ルーミアもいるしきっと大丈夫だろう。

 

「んで、お前が呼び覚ましたのが奴だ」

「…」

 

大きな石。しかしそこから漏れ出す魔力量は通常のものを遙かに凌駕し、もしかしたらパチュリーまでとは行かずとも魔理沙くらいの魔力を有している。

 

「どうせあの石によって引きずり込まれたんだ。さっさと封印を解きやがれ。俺は最初止めたからな」

「分かってるよ」

 

俺は少し不機嫌な狂気に苦笑しつつ石に近付く。どうやら魂の中にいても俺の力は扱えるらしい。結界、そして無効化の力を使い石に掛かっている最後の封印を解いた。

 

「っ…!」

 

閃光。

目も眩むほどの光が去ったあとには石があった場所には一人の女性が立っていた。白い服に白い髪、身長は女性の平均ほどだろうか。俺や狂気よりも随分と低い。

 

「…」

「えーと…」

「…ふふ、大丈夫です。魂の中に取り込まれた時にある程度状況は把握しました。あなたが定晴様ですね」

 

どうやら俺の中に入ったためか知識などが俺と同程度まで同期したらしい。そのため俺が説明せずともこの場所のことや俺のことは理解できるらしい。しかし俺はこの女性と同期していないので説明を求めた。

 

「私は魂の端くれ。元の体では自分で言うのもなんですが凄い魔法使いでした。私は人助けのみをしてきましたが、この魔力量を恐れた者たちによって封印されました。私もいつかはこうなると分かっていたので抵抗しませんでした」

 

その後何度か封印を解く者はいたものの、その体や魂の器が足りずに崩壊していたという。パチュリーほどの魔法使いでもなければ封印を解くこともできないだろうし中々壮絶な経験であろう。

 

「封印が解かれた以上私はここにいるので魔力もどんどん使っちゃってください」

 

そして俺はその魂を受け入れることに成功したため俺の魔力量が増えたらしい。どれくらいかと言えば、普通の魔法使い(魔理沙を指すのではない)程度には。

 

「…定晴。魂に変化があってお前でも結構楽にここに来れるようになったから。寝る時にでも試してみろ」

 

狂気からの一言。

どうやら俺は更に人間らしさから離れてしまったようである。元より普通の人間を名乗るわけにもいかないような感じではあったが。

 

「んじゃ意識しろ。現実を。そうすりゃ戻れる」

 

狂気がぶっきら棒ながら説明してくれた。

俺は現実へ、魂の外側へと向かうように意識を強める。段々と頭の中がすっきりとしていき…

 


 

「っ…」

「ご主人様!」

 

目が覚めるとルーミアが俺の顔を覗き込んできた。なぜか大人状態だが、とても心配そうにしているのが分かる。俺は大丈夫であることと魂で起きたことをルーミアへと説明した。

 

「…なるほどね。ご主人様、また力を抑える練習をした方がいいわよ。魔力が凄いことになってるから」

 

今までの魔力であれば問題なかったが、魔法使いレベルにまで昇華された魔力は抑えきれていないのだろう。早めに対策しなければ幻想郷に来たばかりの時と同じ経験をするハメになるであろう。

 

「はぁ…急に倒れるから驚いたじゃない。子供の状態だったら支えにくいから大人状態になって…」

 

ああ、だから大人の姿になっているのか。まあ大人と言うよりもお姉さんと呼ばれるくらいの見た目だが。

 

『…ん…繋がりました』

「うおっ」

「どうしたの?」

 

急に声をかけられて口に出してしまった。

ルーミアになんともないと伝えて魂に意識を切り替える。

 

『これで私も狂気さんと同じようにここから情報を伝えられます』

『そんなこともできるのか。それで…お前のことはなんと呼べばいいんだ?』

 

確か生前の名前もあるはずである。話を聞いた限りではヨーロッパ方面の出身のようであるので、フランたちのような名前だろうか。

 

『…いえ、私の事は魔女とでもお呼びください』

 

どうやら生前の名前は嫌いらしい。

というよりも今はもう生前の名前を使えないと思っているらしい。そして結局人に封じられたから自嘲気味な魔女という言葉。幻想郷では魔女も普通の存在なので特に軽蔑的な意味を為さないが。

 

「ご主人様、料理できる?」

「あー…」

「よし、私が作るからご主人様は座ってて」

 

俺がどうしようかと悩んでいたら俺が答えるよりも先にルーミアが決断してしまった。そしてルーミアは備え付けのエプロンを着けて楽しそうに料理を始めた。最近はルーミアも料理を楽しいと思えるようになってきたようで嬉しいばかりである。

 

『それじゃあこれからよろしくおねがいしますね、定晴様』

 

従者…とは違うだろうけど、俺は密接な仲間をまた手に入れたようである。

 

 

…魂封石は粉々になっていた。パチュリーの知的好奇心を揺さぶれるかとも思ったけどうまくいかないものだな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二章 幻想郷包囲網
百九十三話 堕ちていく


今日はお兄様が紅魔館に来てくれた。今日はルーミアちゃんは一緒じゃないみたい。事情を聞いてみると、どうやら式神としての繋がり云々で八雲さんのところに行っているみたい。

こいしちゃんも来てないし、今日はお兄様を独り占めできる!最近ルーミアちゃんが一緒にいることが多いのでちょっと嬉しい。ルーミアちゃんはあれかな、私に睨みでもきかせてるのかな。別にお兄様を異性として意識したりしないって。

まあそんなわけでお兄様一人なので今回は私の部屋に招いた。地下の方じゃなくて地上の方の普通の部屋だ。わざわざ地下の方にお兄様を連れて行きたくないっていうのが本音。

 

「んで、何するんだ?てっきりまた弾幕ごっこかと思ったんだが」

「最近咲夜が買ってきてくれたボードゲームがあるの。一緒にやりましょ?」

 

咲夜が香霖堂で見つけてきたボードゲームは双六みたいなやつ。外の世界のものが流れ着いたらしく、お兄様は懐かしそうにしていた。

本当はもっと大人数でしたいんだけど…なんだかお姉様や咲夜たちの様子が変なのだ。お兄様が来ても作り笑いみたいな顔で、抑揚もない声で話す。私には普通なんだけどお兄様に対してだけ変なのだ。咲夜なんていつもはお兄様が来る度にソワソワしてるのに…

怖いから今日は咲夜でもこの部屋にいれないようにしてる。先月もお兄様は事件に巻き込まれたばかりだし、妙な気を使わせたくない。

 

「妹様、定晴様、お飲み物をご用意しました。クッキーもありますよ」

「扉の所に置いておいてー!」

 

やっぱりお兄様のことを呼ぶときは突然感情が抜け落ちたような声をしている。お兄様もそれに気が付いたのか怪訝そうにしているけど…あまり気にしないことにしたようだ。

私は扉を開けておぼんに乗った飲み物とおやつを部屋の中に運び込んだ。私は分からないけど毒とか入ってたりしないよね?まあお兄様には毒は効かないみたいだし、そんな小細工はしてこないか。

怖いなぁ…

 

「どうしたフラン?」

「な、なんでもないよお兄様!」

 

気を遣わせちゃった。自分のことはあまり関心がないのに人のそういう部分にはすぐに気が付いてくれる。そんなところに少しドキドキしてみたり?なんかそんなのがパチュリーの持ってた本に書いてあった気がする。意外と彼女は小説好きであったりもする。

受け取ったクッキーはなんの変哲もない普通のクッキーだった。味もいつも通りだし毒もない。私の気にし過ぎなのかな…でもなんとなく嫌な予感というのを私は感じていた。

ボードゲームはお兄様の勝ち。やはり元々ルールを全て把握していることが勝敗を分けた。今思えば私、あまりお兄様に勝てた記憶がないな…弾幕ごっこでは私を満足させるためか負けず勝たずの戦いをしてくれてるし…いつか本気で勝ってみたい。そんな思いが湧いてきた。

 

「それじゃあお兄様、次は…」

 

っ…!

今私は何を感じた。なんだか嫌な予感を、悪い部分だけをぶつけられたような感覚が私を襲う。そしてそれはお兄様にも感じられるものだったらしい。

 

「…フラン、一度扉を開けてみようか」

「…うん」

 

私は扉に近付いて動かそうとした。しかし動かない。どうやら外から固定されているようである。でも…なぜ?やはりお姉様たちの様子がおかしかったのが原因なのだろうか。

 

「…ごめんねお兄様」

「なんでフランが謝るんだ」

「また事件に巻き込んじゃったみたい」

 

そもそも今日の来訪は私が求めたもので、私が我慢してたらこんなことにならなかったのに。お兄様がまた傷付くかもと思うと心がキュッとなってしまう。そのままドカンとはできないけど。私も流石に実体のない概念的な部分をドカンはできない。

なので実体のあるものをドカンとさせてもらう。

 

「ドッカーン!」

 

私の部屋の扉を粉砕した。私を閉じ込めたいなら素材に一切の目がない壊れないものを用意することね。

扉が吹き飛ぶと同時に妖精メイドたちが弾幕を放ってきた。しかも妖精ができるような密度ではない。強化魔法…?

 

「フラン!」

 

お兄様が結界を張ってくれて全て凌いでくれた。でも扉から外に出るのは大変そう。むむむ…仕方ないよね。咲夜も変だったしあとで許してもらえるはず!

 

「ドッッカーン!」

 

窓を粉砕。お兄様でも通れるような大きさの穴が開いた。

外はまだまだ陽射しが照っていて私には危ないんだけどお兄様が結界でなんとか陽射しを遮ってくれるらしい。日傘は玄関ホールに置いてあるし今はお兄様に甘えよう。

 

「行くぞフラン」

「うん」

 

離れないようにお兄様が私のことも運んでくれるみたい。でもここでお姫様抱っこを選択するのってこれお兄様の素なのかな。わざとならそれはそれで恥ずかしいけど素ならもうこれは天然の女誑しだ。ああ、色んな人がお兄様に惚れている理由が何となくわかった気がする。

お兄様に抱きかかえられたまま森を抜けて霧の湖に出た。そして一瞬、誰かの姿が木の後ろに見えたと思った瞬間…メザメタ。

 

「あっ…ううう…」

「フラン?大丈夫か!」

 

っ…フフフ…なにこれ。お兄様に浄化して消してもらった狂気の残留思念みたいなのが凄い活発になって…テンションが変にナル。体の奥底から変なキブンにナッテきて段々とタノシクなって…

 

「だめっ!」

「フラン。落ち着け、どうした!」

 

私は…モウ…っ!!!

サダハルが…ニクイ…うっあ…お兄様は大切な人だから…コロシタク…違う。私のじゃない誰かの狂気が混じって…アハハ、ハハハハ!

 

「コロシチャウ!」

「なっ」

『定晴!狂気だ!離れろ!』

 

サダハルヲ……オニイサマ、を…殺す…なんで…?

 

「うっ…!」

「フラン!」

「私は…オイテッテ…このままじゃお兄様に迷惑を…カケチャウから…」

 

苦し紛れになんとか声を出す。既に自分を保つのも限界だ。

お兄様が苦しそうに、私を置いて行ってくれた。もう私は………ダレ?ワタシノイシキに入ってきてるのは?

 

「…サダハルよりも、先にアナタよ」

 

もうモドレナイところまで堕ちた思考と、最後の本当の想いが混じり…ワタシハコノキョウキノモトヲサガス。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九十四話 追跡者

なんとか紅魔館から脱出。狂気と魔女の助言によりフランを日陰に置いてきてしまった。

 

「お待ち下さい定晴様、どこへ行くつもりですか?」

「っ!」

 

霧の湖の畔を走っていたら呼び止められた。

完全瀟洒メイドの咲夜だ。しかしその目はどこか虚ろで声にも抑揚がなく気持ちが悪い。そして彼女の両手にはナイフが。言うまでもなく臨戦態勢である。

 

「いいのか?フランを木陰に置いてきたぞ?」

「……」

 

どうやら都合の悪いことに関しては無視するつもりのようだ。まるで子供の駄々である。

黒病異変の時は一緒に戦ってくれた咲夜も敵か…こりゃどうやら相当によろしくない展開であると言わざるを得ないな。

咲夜がナイフを投げた。召喚した輝剣で弾き、身体強化を用いて距離を…っ!目の前を全力で切り裂く。

キンッ、という甲高い音を立ててナイフが弾け飛んだ。時間停止を用いて目の前に投げ置いたのだろう。殺気と、俺の経験則から来る勘でぎりぎりの反応となった。

それでも咲夜のナイフは止まらない。さながら雨だ。そして勿論ナイフの雨を完全に防ぐ傘なんてものは存在しないのである。

とはいえ投擲されたナイフ自体はなんてものはなく、咲夜の投擲術は一流であるものの鬼が石を投げたときのような速度は出ていない。

俺は一瞬の隙を逃さずに結界を展開、囲うのは俺だけではなく俺と咲夜の二人。咲夜の力では俺の結界を壊すことはできないので、俺と咲夜の二人を囲ってしまえば行動範囲を狭めることができるという算段だ。不意打ちもされにくいし…

 

「はあああ!」

 

身体強化マックス、輝剣と家宝の剣を装備し全力で斬り結ぶ。時を止めることが出来ようとも、当たってしまえばこちらのものだ。咲夜には申し訳ないが、容赦はしない。

 

剣術【五月雨斬り】!」

 

咲夜を倒して、身体強化を保持したまま森を走り抜ける。紅魔館の移動速度最速は咲夜だが、それは能力のおかげであって身体能力という面だけを見れば美鈴の方に軍配があがる。先程の戦闘はさっさと終わらせたが霊力消費も激しいし連戦は避けなければいけない。

ふと、思い出したので先に…

 

「…ルーミア」

 

御札を取り出して式神を呼ぶ。藍は日頃からしているみたいだが、俺は初めてである。元よりルーミアを束縛するつもりもなかったわけだしな。

御札から霊力と妖力が漏れ出し、気が付けばルーミアがそこに立っていた。しかしその姿は封印を解いた本気モードで、それでも服の一部などが破れている。

 

「ご…主人様…」

「ルーミア、どうしたんだ。まさか藍に?」

「ええ、なんだか最初から変な感じはしてたんだけど…急に襲われて…」

 

どうやら藍もいつの間にか咲夜たちと同じ状態になっていたようである。紫は…寝てるのだろうか。起きていたら大変なことになっていた。

ルーミアが随分と落ち込んでいる。俺とて無傷というわけではないわけだしそこまで落ち込むこともなかろうに。とはいえ…どうするか。

雰囲気が違うのであの堕ちている状態なのかはすぐに分かるが…味方はいるのだろうか。ルーミアは多分あの状態にはならない(俺と霊力と妖力が繋がっているからルーミアを堕とすためには俺もあの状態にする必要がある)ので問題ないが、それ以外は分からない。

そしてこれ、確実に犯人は不動である。黒病異変では一部の妖怪のみだったが、今回は人間ですら操れるようになったということなのだろうか。

 

「となると安全な場所は…くっ!」

 

攻撃を視認して回避。

森の奥から出てきたのは野良の妖精たち、そして大妖精である。やはり彼女も虚ろな様子で、俺たちを攻撃してくる。

 

「息づく暇もねえ!」

 

輝剣で弾を弾きつつルーミアを連れて森を駆ける。俺とルーミアの力であれば妖精の追跡は振り切ることが出来るのが救いだったな。

 

「はぁ…はぁ…」

 

なんとか森を抜けて俺達は家の近くまで来た、のだが…

 

「俺の家包囲されてんな…」

 

よく俺の家の周りで走り回ってる獣型の妖怪が数匹。特に強いわけではないので蹴散らすことは容易だが、きっとあれは俺が家の中にいるもしくは家の周囲にいることを確認するためだろう。

不動は一度俺の家を壊している。俺が家に入れば生き埋めにでもする気なのだろう。それで死ぬつもりはないが、面倒なので家から少し離れるとしよう。

 

「さて…どうするか…」

 

拠点なし、味方不明、敵は多数…現在信頼できるのはルーミアだけときた。先に言っておくと、ミキはこういうことに不干渉…というか楽しんでいるので助けてはくれない。紫は寝ている、と思う。

取り敢えずどこか身を隠せそうな場所を探さなければいけない。さしもの俺でも休憩なしで戦い続けられるほどの能力はない。なにも不可能、というわけでもないけど。

 

「お困りのようね」

「誰だ!」

 

いつの間にか背後にいた人物に剣を突き付ける。

 

「…貴方に剣を向けられたのはこれで二度目ね」

「永琳?」

 

そこにはなぜか永遠亭に住む月の叡智、八意永琳が立っていた。その目はしっかりとしていて、敵意を持っている様子はない。

 

「なぜ永琳がここに?」

「そうねぇ…貴方を保護、というとあれだけど捜しに来たのよ。薬売りから帰ってきたうどんげの様子がおかしかったから調べてみて、なにやら貴方に関係することだったから…先日の黒病だって最終的には貴方関連だったわけだし話を聞くついでに永遠亭に連れて行ってしまおうと思って」

 

俺と接触しなかった人物はいつもと特に変わりないようにしか見えないのだが、永琳はどうやって鈴仙の状態の判断をしたのだろうか。依姫曰く、永琳は大体の薬を作ることができるというので検査薬でも作ったのかもしれない。だとしたら薬学って凄い。

今ここで話に乗るのは良い判断だ、と思う。俺とルーミアは頷き合い、永琳に付いていくことにしたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九十五話 触診

永琳の案内により無事永遠亭に到着した。道中でリグルに襲われたのだが、ルーミアが叩いてどっかに吹き飛ばした。あれでは本当にただの昆虫のような…いやいや、そんなことより。

 

「師匠、おかえりなさい!」

「ただいま。応接室を使うから準備しておいてくれる?」

「了解です!」

 

鈴仙はこちらに一礼したあとにパタパタと廊下を小走りで行ってしまった。鈴仙が向こうへ行ったということは応接室はこの廊下を直進なのだろうが、永琳は右に曲がって俺達についてくるように言った。応接室に行くのはまだのようである。

連れてこられたのは…手術室?

 

「さてと、定晴は上半身を脱ぎなさい」

「えっ」

「貴方の霊力を起点として人々を操ってる可能性もあるのよ。取り敢えず貴方の霊力情報とか身体情報だけ取らせてちょうだい」

 

永琳にそう言われ俺は上を脱いだ。患者に優しい設計となっているのか、この季節でも寒くはない。むしろ暖かいくらいだ。暖房器具の類は見当たらないのだが、果たしてどんな原理で暖まっているのやら。

聴診器などのよくあるものから、霊力測定器なる俺も知らないようなものまで、色んな器具で体を精査された。その全てが終わった時、永琳は何やら難しそうな顔をしていた。

 

「…貴方って本当に…いえ、今はいいわ。貴方の霊力に異常はないし体の方にもなんら影響はないわ。健康体そのものよ」

 

まあ浄化の力でウイルス由来の風邪などはひかないし、体とて丈夫だからな。

すると次はルーミアの方を向いて…

 

「貴女もよ。式神なんだし、変な反応が起きててもおかしくはないもの」

「分かったのだ」

「ほらほら、女子が服脱ぐから定晴は応接室で待ってなさい」

 

言われなくてもそうする。

ルーミアは封印が解けている状態なのだが、永琳はそれに特に言及しなかった。ルーミアであることは認識しているようだし気にならないのだろうか。

俺が手術室から出ると鈴仙が既にスタンバイしており、俺の事を案内してくれた。

応接室とは前に豊姫と依姫がいた部屋のようである。広さがあり家具も高級そうな部屋で、幻想郷の建物も大概こんな感じだなと再確認。

 

「師匠が来るまでここで待っててください」

 

鈴仙はそう言って部屋を後にした。

そういえば俺に対する話し方が普通だったな。確か鈴仙の様子が変だったから永琳が気づけたんだよなあ…

俺が頭を捻っていると俺の視線に気が付いて鈴仙は軽く説明してくれた。掻い摘んで言うと、永琳が特殊な手術を施すことによって洗脳状態が解けたらしい。医学ってすげぇ…

 

「はい、こっちも特に変わりないわよ」

 

永琳がルーミアを連れてきた。俺が手術室を出たときは大人モードのルーミアだったが、今は頭にリボンを付けているいつもの状態である。たしかこっちの方が妖力の消費が少ないなんて言っていたな。

 

「さて、これからどうするのかしら?私が直接処置すれば治せるけど、洗脳状態を解除する薬を作るのは時間がかかるわ」

 

それでも作れるのか。これはやはり月の技術云々ではなく永琳の技量が凄いのだろう。

 

「それでも正直言ってその薬もあまり良い案とは言えないわ。だって今の幻想郷では殆どの人妖が貴方の敵となっている。それだけの数を製薬するのは流石に不可能よ。主要な人物や強い妖怪たちを仲間にするのはできるけど、それまで。元を絶たなければいけないわ」

 

幻想郷から逃げるという選択肢を存在しない。なぜなら奴は…不動は多分だが幻想郷大結界を越えることができる。俺は幻想郷に一度も来たことがないのに、あいつが幻想郷内にいたことが理由だ。

となればやはり不動は倒してしまわなければいけない。未だになぜ俺があいつから憎まれ攻撃されているのかは不明だが、まあ多分どっか外の世界での仕事絡みだろうし。

 

「ただ不動は今もどこかに隠れているんだろう。どこにいるのか…」

 

俺の予想だが、奴は先程までは霧の湖、乃至紅魔館の近くにいたはずだ。フランの突然の発狂、あれはルーミアが見せた暴走の仕方と酷似していた。どういう方法なのかが分からないので対策できていないが、あれもなんとかせねばなるまい。

 

「人目がつかない場所にいるんじゃない?例えば…三途の川の近くとか」

 

永琳がそう提案してきた。

なるほど…確かにあそこは人通りはないし、あったとしても不動に危害を加えるようなやつではないだろう。

 

「ルーミア、行ってみるか」

「…ええ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九十六話 好きだから

そもそもこの小説は不定期投稿なので土日に投稿しなくてもよくねという開き直り(すみませんでした)


鈴仙の案内で竹林から出た俺とルーミアは三途の川に向かって歩いていた。

竹林を歩く最中にてゐ率いる因幡集団がイタズラを仕掛けてきたので返り討ちにした。どうやら洗脳されて襲ってきたわけではなく普通にてゐが発案したイタズラ作戦だったらしく、洗脳されてるのかと思っていつも以上に強く吹き飛ばしてしまったのは反省。迷いの竹林には洗脳効果が効いていないようである。永琳がなにか手を打ったのだろうか。それとも元々迷いの竹林がそういう場所なのか。

定かなことでは分からないが、迷いの竹林内部は現状において俺とルーミアにとっては安全圏ということになる。

さて、そんなこんなで俺とルーミアは安全な場所を発見することができたわけだが、まずは不動の居場所を見つけることが先決だ。

未だにあいつの能力はわかっていない。ただどうやら見ている限りでは相手に影響を大きく及ぼすことができるものらしい。昔ルーミアが暴走した時に俺の腕を吹き飛ばしたあの謎の力。あれを何とかしなければ発見することができても相手を倒すことは難しいだろう。

 

「ルーミア、また妖精だ」

「はぁ…」

 

そんなことを考えていたら襲撃。

どういうわけか、今このあたりに妖精が多く集まっているらしい。イタズラ妖精っていつも攻撃してくるので、これが洗脳によるものなのか自分の意思でやっているのか…ただなんとなくいつもより威力が高いような気がしなくもない。

妖精は消えたとしても一回休みになるだけでしばらくすれば復活するから手加減する必要がなくて楽なのだが、こうも数が多いと俺には面倒だ。しかし…

 

「せいっ!」

 

ルーミアが妖力を高めて腕を一振り。それだけで闇が形となって妖精を襲い、一瞬ですべてを消し飛ばした。

現在のルーミアは半覚醒状態だ。どういうことかというと、ルーミアの力を抑制するための式神リボンを軽く解いた状態で身につけているのだ。それで何が変わるのかと思ったのだが、永琳曰く形というのもその影響に大きく関わるものだから何かしら変化があるだろうとのこと。あまりそういった概念的な部分は理解できていない事も多い。

 

「てやっ!ふぅ…」

 

まあそんな感じで俺もよくわからないままリボンを解いた状態で身につけたらルーミアは半覚醒状態となったのだ。見た目は子供の姿そのままに、ある程度闇を実体として操ることができるようになっている。

というのも、どうやらルーミアは俺の知らないところで何気に特訓をしていたようである。いつの間に…と思ったが、その結果が今の高精度な闇操作に表れているいるのだから凄いものだ。

 

「大丈夫かルーミア」

「前にも言ったと思うけど、この姿は燃費がいいの。ご主人様はもしもの時のために力を温存しといて」

 

不動の能力が分かってない以上、戦闘になったら無効化を連発することになるかもしれない。そうなれば生半可な霊力ではすぐに枯渇してしまい殺されてしまう。対策を…

 

「っ!はぁ!」

 

ルーミアが咄嗟に周囲を闇で吹き飛ばした。

 

「毒よ!」

 

ほう、毒か。毒相手だとルーミアは辛いかもしれない。俺に毒は効かないし、ちょっとばかし俺が戦闘をするか。

茂みの中から出てきたのはメディスン・メランコリー。前に幽香の家で見かけた妖怪だな。毒を操る能力か、それとも元来持っているものか分からないが、毒というものは俺に一切の影響を与えない。

俺は輝剣を召喚しメディスンに向かって飛ばした。しかしメディスンが躱し続けので中々当たらない。結構身のこなしが軽く、この距離では避けられてしまう。近付くとメディスンは距離をとり、常に一定の距離を保つように飛んでいる。

この周囲には幽香の育てている花があるので大規模な攻撃をすることはできない。厄介なことにメディスンは花のすぐ近くばかり飛んでいるので魔術なんて撃てばすぐに花を巻き込んでしまう。俺が派手に攻撃できないのを分かってそこを飛んでいるのならば質が悪い。

 

「せい!」

 

ルーミアも毒の影響外から攻撃するが、やはり距離があるため避けられてしまう。どうしたものか…

と、その瞬間メディスンは極太レーザーに飲み込まれてどこかに吹き飛んでしまった。これは…魔理沙のマスタースパーク?だがその割には攻撃が繊細で、花には傷一つついていない。

 

「定晴!」

 

俺がレーザーの発射された方向を見ると、そこには幽香がいた。幽香もマスタースパークを使えたのだろうか。

 

「あー…よう、幽香」

 

あの宴会以降初めて顔を合わせたので若干気まずい。

というか幽香は洗脳されていないのか?気配や雰囲気はこちらに有効的で目も虚ろというほどではない。しかしそれでも目には濁りがありいつもの凛とした目つきはしていない。

 

「うっ…」

 

そこで幽香がへたり込んだ。どこか苦しそうである。

 

「大丈…「来ないで定晴!」…」

「なぜか知らないけど今の私、とても人間が憎いの…それでも私、貴方のことが好きだから…だから見逃してあげるから早く行きなさい」

 

これまた不動の仕業だろう。

俺は周囲に気をつけつつ幽香と距離をとり三途の川方面へと向かった。最後にちょっとだけ振り向いて…

 

「また来るからな」

「ええ、その時は返事もお願いね?」

 

辛そうに、それでも笑顔な幽香に別れを告げる。

 


 

「ご主人様、さっきのは確実に不動の影響よ。私が暴走したときも人間がわけもなく憎くなったから」

「…不動の能力は憎ませること…?」

 

だが俺の腕を吹き飛ばしたりなんだりの説明がつかない。俺のようにいくつかの力に派生していたりするのだろうか。

そんなことを考えていたら三途の川へ到着した。

 

「なんだこれ!?」

 

そこでは、妖怪たちが魂を襲っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九十七話 魂襲撃

暴走している妖怪が三途の川の水辺で人間の魂たちを襲っていた。それをいつもは船頭をしている死神たちが抑えようとしている。しかし魂を守りながらなので死神たちはじり貧そうである。

 

「ルーミア、加勢だ!」

「分かってるわ!」

 

身体強化で急接近、輝剣で何度も妖怪を切り裂いていく。だが本命は俺ではなくルーミアだ。闇が一度に何体もの妖怪を飲み込み、気絶させていく。

俺とルーミアという新しい脅威に気が付いた妖怪が最初こそルーミアに攻撃しようとしていたものの次第に逃げ出す者が現れ、最終的に全ての妖怪が気絶、もしくは逃げ出していた。

 

「ふぅ…大丈夫か?」

「いやー、助かったよ。あんた強いんだねぇ」

 

返事をしたのは死神の一人である小野塚小町。今日はサボらずにここにいたようだが、妖怪にやられたのか服が少々破れている。他の死神も同じくボロボロとなっており、それなりに激しい戦闘であったことを物語っている。

死神たちの目は正常だ。やはり只者ではない者達には不動の力も通じないということだろう。

 

「小町、ここらへんに俺と同じくらいの男性がいなかったか?」

「今日かい?うーん…」

 

どうも心当たりがなさそうだ。ここははずれか…

前回の最終局面では狂気が探知してくれたが、今は探知することができないという。どうもあいつの影響で狂気にのまれてるやつが多すぎて分からないらしい。どうせあいつは俺が幻想郷の妖怪たちに襲われて死ぬのを笑いながら待っているに違いない。奴も何かしら行動しているのは確かなのだが。

 

「じゃあ小町、さっきの妖怪たちの動きで不審だったことは?」

「不審?そりゃ全部不審さ。だってそもそもここには滅多に妖怪なんて来ない。なんせ妖怪は精神生命体だからね。ここみたいに魂とかなんとかが集まるところに並の妖怪が来れば体調を崩す。さっきみたいな弱い妖怪だと最悪命に関わるんだ。それでもここで魂を襲ってたってことは何かしら相当なことがあったと思うよ。ただ一つ思うのは、妖怪にとってただの人間の魂はまともなご飯にもならないってことさ」

 

どうやら先程の妖怪の襲撃は稀な出来事らしい。

あと小町の話の中で気になったことが、ここにいると妖怪は体調が悪くなるらしいのだが…ちらりとルーミアを見てみても特に気分が悪そうな様子はない。

ルーミアが俺の視線に気付き補足してくれた。

 

「私は定晴との式神の繋がりがあるから存在が結構安定しているの。それこそ八雲紫に境界を弄られるとかしない限り私が精神生命体としての部分で体調を悪くすることはないから気にしなくていいわよ」

 

どうも式神の繋がりというのは俺の思っていた以上にルーミア自身へのカムバックも多かったようである。俺とルーミア共にある程度地力が増えているわけだし、式神契約をして正解だったと改めて思う。ルーミアが全く嫌がっていないのも嬉しいことだ。

小町は溜まっていた魂たちを送り始めた。それに伴って他の死神たちも皆それぞれの持ち場へと散っていく。

 

「どうする?ご主人様」

「…不動を見つけるのと永琳のように協力してくれる人を探すのとどちらの方がいいと思うか?」

 

正直言って今の俺達の戦力は乏しい。永琳たちとて戦闘に参加してくれるわけではないだろうから、もし戦闘になった場合俺とルーミアしかいない。前回は霊夢たち複数の協力があったからこそあのように出来ただけであり、今回のように不動が逃げつつとなると俺達はまともに戦闘することも出来ない。

では協力者を見つけるというのはどうか。これには一つ明らかな課題がある。もし既に堕ちている場合話しかけるとそのまま戦闘になりかねないということだ。永琳の言っていた治療を施すことも出来るだろうが、その場合戦闘は避けられない。かと言って洗脳されていない者を遠目で判断するのは難しい。

 

「そうねぇ…正直どちらもあまり得策とは言えないわ」

「それは分かってる。だがこれ以外の選択肢なんて…」

 

動けない。状況は結構絶望的である。

選択肢はなく、はっきりと選ぶことも…

 

「お困りですか」

「ん?映姫…」

 

いつの間にやらそこには閻魔の映姫が立っていた。どうやら先程の襲撃騒動を聞いてこちらに見に来たらしい。

俺達が妖怪たちを鎮圧、その後の小町との会話で俺達が困っていることを察して話を聞きに来てくれたようだ。

 

「貴方に私の能力については話しましたっけ?」

「確か白黒はっきりつけるとかなんとか…」

 

初めて会った時に能力名だけは聞いたことがある。だがそれがどんなものかは分からない。

 

「この能力は迷いなく二つの事柄のうち一つを選択できるというものです。勿論必ず正しいものを選べるというわけではありませんが貴方の一助にはなるでしょう」

 

どうやら映姫はその能力を使って判断してくれるようだ。

俺は映姫に頼むと言って判断してもらうことにした。不動を探すか、協力者を探すか。

 

「それでは、貴方たちがこれからするべきは…」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九十八話 a…天界人

誤字脱字報告感謝です


「仲間を探しなさい。私の予想にはなりますが、天界の少女が手伝ってくれると思います」

 

そう映姫に言われた俺達は、その少女がよく現れるというポイントに来ていた。見た目の特徴として青くて長い髪、帽子を被った女性らしい。

俺は天界人には洗脳が効かないのかと尋ねると…

 

「天界はとても清い空間、精神干渉はおろか妖怪が容易に入ることもできません」

 

とのこと。

まあ映姫が言うのであれば間違いないだろうし、その少女と会って見ることにした。名を比那名居天子、とある特殊な理由で通常とは違う天界人になった少女らしい。まあ俺は普通の成り方も知らないがな。

ついでとばかりに映姫にはその理由も訊いてきた。襲われることはないにせよ会ったことの無い俺に協力などしてくれるとは思えないと。

 

「そうですね…彼女は過去に異変を起こした経歴がありますが、その動機は暇潰しという単純なもの。今回も暇潰しになるとチラつかせれば協力を得ることもできるでしょう」

 

ふーむ、天人とは結構適当だな。いや彼女が特殊なのかもしれないが。

 

「来たわよ」

 

他の関係ない妖怪に見つからないように茂みに隠れること十分、映姫に言われた通りの特徴を持った少女が現れた。

 

「ねえ衣玖ー、なんだかみんな今日おかしくない?」

「なんとなく空気がおかしい気はしますね」

 

御目付役…というよりなんとなく天子の暇潰しに付き合わせてるような女性もいる。幻想郷の女性の中では高身長、ヒラヒラした服を身に纏っている。

 

「よし、いくぞルーミア」

 

俺達は茂みを出て天子の前に立った。突然現れた俺達に対して二人は怪しげな顔をしている。

 

「あー…俺の名前は堀内定晴。比那名居天子、協力してほしいことがあるんだ」

 

単刀直入に話を進める。なんせ時間をかけているとどこからか妖怪が飛んできて攻撃される危険性があるからな。

 

「協力してほしいことねぇ…一応聞いてあげるわ」

「今幻想郷全体にとある洗脳が掛かっている。犯人は分かっているが、どこにいるのかが分からない。そいつを捜すのを手伝ってほしいんだ」

 

俺が要件を伝える。すると天子は少し考えたあとに返事をしてくれた。

 

「暇潰しになりそうだからいいわよ。それに幻想郷全体に洗脳をかけれるってことは相当な術者、強者ってことでしょ?暇潰しに丁度いいわ」

「いいのですか総領娘様?」

「いいのよ衣玖。貴女はどうする?別に無理に付き合わせるつもりはないわ」

 

どうやら天子の隣の女性の名は衣玖と言うらしい。立場的には天子よりも下、といったところか。ただ衣玖から感じるのは妖力で、どうも天子は天人だが衣玖は妖怪のようだ。まだ洗脳されていないだけ、なのか。それとも洗脳されない何かがあるのか。

 

「私は戻ります。総領娘様、災害のようなことは起こさないでくださいよ」

「分かってる分かってる。もう博麗神社倒壊させるようなことはしないって」

 

そう言えば映姫から天子が過去の異変で何をしたのか聞いていなかったな。博麗神社を倒壊させる…って本気でしたのだろうか。あの神社は幻想郷の要点で紫が大切にしてる場所だが…

 

「定晴って言ったっけ?詳細を教えなさい」

「犯人の名前は不動。黒髪で俺よりも少し身長が低いくらいの人間の男性だ。幻想郷で人里以外に人間がいることはほとんどないから見ればすぐに分かると思う」

 

不動、奴は今どこにいるのか。今も俺のことを嘲笑しているのか。絶対に倒してみせる。

 

「いいわ、それじゃ私は妖怪の山の方に行くから」

 

それだけ言って天子は飛んでいった。天子から霊力をあまり感じない…これは神通力か?なんだか天界という場所にも少し興味が湧いてきた。この異変が終わったら行ってみよう。妖怪には毒な空間らしいが、浄化の力を持つ俺にはなんら影響のない空間だろう。

 

「私達も行きましょ」

「ああそうだな。博麗神社に…行ってみるとするか」

 

もし霊夢が洗脳されていたら…とても厄介だ。永琳が作っているという薬を使うハメになるかもしれない。だがそれでも一度確認しておかなければならない。

俺達は博麗神社へと向かった。

 


 

「あっ…」

「どうしました姫様?」

「…まあ次ここに戻ってきたら確かめましょうか」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九十九話 b…捜索続行そして

大変お待たせしました


「…犯人探しをするのがいいでしょう。今現在貴方達に協力してくれる者を捜すのは一苦労します」

 

映姫にそう言われ俺たちは妖怪の山にやってきた。やはり奴が隠れているとするならこの場所が最も怪しい。

俺達は哨戒している天狗に見つからないように慎重に山を登る。多分不動に近付くことが出来れば狂気が不動の存在を感知することが出来るだろうと踏んでいる。そのため天狗たち他の妖怪にバレないように妖怪の山をぐるっと回ることができればここに不動かいるのかいないのかがはっきりする…と思う。

 

『俺は万能レーダーじゃないからな』

『分かってるって』

 

まあ今回ばかりはレーダーとして働いてもらおう。

先日魔女が新しく来たので俺も出来ることが増やせるのではないかとパチュリーから借りている魔術書を再度読んで手数を増やしてきた。とはいえ火力の面では今尚不安が残るので補助系統を多く覚えたのだが。その中に探知魔法があり、対象のことを知っていれば基本的に分かるとのことなので怪しい場所では使っていくことにしよう。

 

「隠れろルーミア」

 

目の前を河童の一団が通った。それなりに大きい装置を何人かで運んでいる。表情から察するにこれから試験運用といったところか。

ハンマーのような形をしていて、純粋な妖力が込められているようだ。誰の妖力でもない、言うなれば真っ白な妖力である。ああいう妖力は乱れた妖力を落ち着かせたり出来るのだが、はてさて何に使うのやら。

 

「行くぞ」

 

河童たちが通り過ぎて、周囲には誰も残っていないことを確認して道なき道を進む。

大体は茂みの中を進んでいるのだが、山という地形上川や山道といったものが存在する。幻想郷では飛べる者が大半なので山道の方は少ないのだが、川の方は結構あってしかもそこには河童などの妖怪がいることが多い。

 

「ルーミア、こっちだ」

 

面倒なことになりそうな場所、開けた場所を避けつつ妖怪の山を進む。今のところ狂気も俺の探知魔術も反応を示さない。もしかして妖怪の山にはいない…?

 

「っ!」

 

と思った瞬間、狂気が騒いだ。俺も感じる。場所は…背後!

 

「しっ!」

 

輝剣を召喚し攻撃を弾く。結界を出す暇もないとは殺気高いな。

そこにいたのは鉈を持った女性。長くて白い髪をしており、見たことないような服をしている。まあ幻想郷でごく普通の服装をしている存在の方が稀有なのだが。

目は淀んでいて洗脳済みなのが分かる。

 

「あんた人間だべな?」

「そうだ」

 

いつもはここで名乗ることもあるのだが、今はもう大体の妖怪は信用できないので名乗ることはしない。これ以上やつに情報の一つも渡したくはない。

 

「坂田ネムノっていうだ」

「なぜ急に襲ってきた?」

 

輝剣を構えたまま警戒しつつ尋ねる。咲夜と比べてまだ話もできそうな雰囲気なので会話を試みる。もしかしたら何か不動に繋がるヒントがあるかもしれない。

 

「なんかそういう気分になっちまっただよ。普段は人間を襲うのもあまり無いんだけども…」

 

洗脳の深度は人によって違う、ということなのだろうか。

見ればネムノの手は少しばかり震えている。もしかして抑えつけている…?しかし一体何を…

 

「はぁっ!」

 

ルーミアが突然真上に攻撃。

見るといつの間にやら上に見知らぬ女性の妖怪が。天狗…ではないようだな。翼は生えておらず、幻想郷では見たことのない妖怪だ。

 

「不動さんのために、あなたには死んでもらいます!」

「ちっ!」

 

鋭い攻撃。

目が淀んでいるわけではなく、不動の存在を認知している。つまりこいつは協力者ということか。あいつ一人にできることにも限度はあるだろうから協力者もいるだろうとは思っていたが…まあ今はそれどころではない。

 

「ルーミア!山降りるぞ!」

 

一度離脱するしかない。ネムノは一応攻撃しようとする素振りはないので上空の妖怪に注意しておけば天狗くらいなら撒けるだろう。

 

「せい!」

 

ルーミアが上空の妖怪と撃ち合っている。どっちも見るからに致死性のある攻撃であり、気を抜けば死にかねない。

なんとか攻撃を掻い潜りながら山を降りる。開けたところまで出ることが出来ればあとはルーミアを抱えて身体強化と風の併用で高速ダッシュができる。ただ飛ぶよりも断然早く移動できるのだ。

 

「ふふふっ…」

「…?………っ!ご主人様!」

 

上を注視しすぎたせいで足元の穴に気が付かなかった。いつの間に…罠、か…

バランスを崩し妖怪の攻撃を弾くことにも失敗、急所には当たらなかったが足に直撃。そのまま穴に落ちてしまう。

ルーミアの声を聞きながら、俺は穴を落ちていき…

 


 

「っ!」

「姫様?」

「……今のは…」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百話 a2…聖域結界

筆がのってきました
話数カウントが200になりました(投稿数でいうなら既に越えてる)


「…」

「ご主人様?どうしたのよ」

「いや、なんでもない」

 

俺とルーミアは天子と協力することが出来たので博麗神社へと向かっていた。もし霊夢も洗脳されていたら…とても悲しいことではあるが気絶でもしてもらうしかない。

 

「未だに洗脳条件、ってのが分からないんだよなぁ…」

 

映姫や小町は超越的な存在だからまあ分かる。幽香は洗脳されつつも自らの中から湧き上がるものを抑え込んでいた。永琳は…あいつはなんで初期から洗脳されていなかったのか、それは永遠亭のある迷いの竹林の中には洗脳の効果がいかないから。

ただ竹林の中に効果がなかったのが距離的なものか、術式的なものか、それとも純粋に不動の力不足なのかは分からない。分からないことだらけでまともに行動ができない。

 

「…」

 

博麗神社の姿が見えた。

博麗神社は幻想郷の要であり、その巫女である霊夢もまた重要人物とされている。もし霊夢も洗脳されていたら…幻想郷が危うい可能性もある。

俺とルーミアは鳥居の下に降り立った。その瞬間に分かった…空気が違う。

殺気などではない。むしろとても清廉で、俺の浄化の力をも超えているかもしれない。まさかこれを霊夢が…?

 

「ルーミア、大丈夫か?」

「え、ええ。なんだかよくわからないけど…特に不快感もないわ。ご主人様の力のおかげかしら」

 

ルーミアには現在も俺の力が流れている。ルーミアの力も俺に流れているのでお互い様のような関係だが、俺の力がルーミアに与えるであろう効果は大きい。まず第一に浄化の力は既にルーミアには効かなくなっている。この聖域と化している境内に入ってもなんら問題なさそうなのがそれを証明している。

紫と式神である藍が紫のスキマ能力を使用することができることから察するに、もっと長い間ルーミアと主従関係を結んでいれば俺の幻空の能力も使えるようになるのだろう。俺が生きている百年程度でそれが起きるのかは不明だが。

閑話休題

 

「よし、行くぞ」

 

この結界は何に対するものなのか。そして霊夢は無事なのか。確かめなければいけない。

俺はいつも霊夢が生活に使っている縁側へと回り込んだ。やはりここにも結界が張られており、大妖怪であろうとここを何事もなく通ることはできないだろう。ルーミアを除いてな。

障子は閉まっているが、中からは霊力を感じるので霊夢はこの中にいるのだろう。俺は障子に手をかけて一気に開け放った。その瞬間乱れうちされる弾幕…これ結構威力高いぞ!?

ここまで高度な結界を狭い範囲で張られていては俺程度だとその中で結界を張ることができないので輝剣を召喚して弾をはじきながら後退。

 

「霊夢!俺だって!」

「……なんだ。攻撃して損したわ」

 

そこにはいつもと変わらない様子の霊夢がいた。目は濁っておらず、むしろ結界の効果かとても澄んでいる。いや、目だけではない。霊夢のその存在自体がどうにもここにいるようでいないようにも感じる。別次元に存在しているかのような、そんな感覚だ。

 

「あら?なんで闇妖怪がここに入れているのよ」

「多分定晴の影響よ」

「あっそ。別にいいけどね。入って頂戴」

 

霊夢に促されて俺たちは居間へと入った。

座布団の上に座り霊夢が持ってきたお茶を飲む。そういえば今日全然飲食をしていないな。

霊夢も座りこちらを見る。早く事情を言えとばかりの表情だ。霊夢に機嫌を損ねられても困るのでさっさと説明してしまう。

数分後、俺の話を聞いた霊夢は妙に納得したような顔をしていた。

 

「なるほどね~。私、朝から悪い予感がしてこの結界を張ってたのよ。そのおかげでその洗脳とやらにもかかっていないんでしょうね。まあもしかしたら元々洗脳状態だったけど結界で払われたというだけなのかもしれないけど」

 

やはり霊夢は洗脳されていなかった。これはとても大きな進歩だ。天子がどうなっているのかはわからないが、協力者は増えれば増えるほど良い。特に霊夢は幻想郷でも大きな役割を持っているので人間と妖怪の調停者として最適だ。

 

「なあこの結界は何なんだ?」

「そうねぇ…簡単に言うなら私の能力をフルに使った究極の邪気払いかしらね」

 

霊夢の能力といえば【空を飛ぶ程度の能力】だ。しかしそれとこれにどういう関係があるのか…

 

「今の私は他の存在から飛んでいる、要は他者の影響を受けないのよ。私の空を飛ぶってのはただ単に飛行するだけの能力じゃないのよ?」

 

俺は一番最初、幻想郷に来てすぐに霊夢から能力を聞いてそこまで強力なものではないと考察した。概念に対して飛ぶことができるのであればそれこそ俺や紫でも止めれないと。だが実際にそうだったようだ。多分今の霊夢に攻撃をしてもダメージを受けないのだろう。弾幕ごっこでは有利すぎるのでスペルカードで宣言するときは数秒に留めているらしいが。

 

「にしてもあの男、またちょっかいを出しに来たのね。洗脳だなんて人間と妖怪のバランスを崩すつもりなのかしら」

 

幻想郷の力のバランスは絶妙に成り立っている。一人の人間が多数の妖怪を操ることができればその瞬間その均衡は崩れることになるだろう。不動の目的は幻想郷の破壊ではなく俺への復讐だろうが。

そういえば動機も未だに分からない。俺が分からないことに対しても不動は苛立っていたように思えるが…

 

「まあいいわ。状況が分かれば手の打ちようはある。一先ずは永遠亭にでも向かえばいいのかしら」

「そうだな。もしかしたら薬とやらも完成しているかもしれない」

 

霊夢は聖域結界(勝手にそう名付けた)を解除して空に飛び立った。俺とルーミアもそれに追従する。




霊夢「そういえばあんたに浄化効かなかったらどうすればいいのよ」
ルーミア「暴れないわよ」
霊「分からないじゃない。まあ今の所はあんたの主に縛らせればいいのだろうけど」
ル「…その時はよろしくね、定晴」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百一話 a3…輝夜の気付き

霊夢と共に迷いの竹林へ入る。

するとすぐにどこからともなく因幡が現れて俺達を永遠亭に案内してくれた。因幡たちは竹林にいる普通のうさぎで、ぴょんぴょん跳ねて誘導してくれる姿がとても可愛らしい。てゐとは大違いだな。

しばらくすれば永遠亭が見えた。

 

「えーりーん!来たわよー!」

 

霊夢が大きな声でそう呼びかけると中から鈴仙が現れた。やはり出迎え役は鈴仙なのだろう。下っ端として苦労しているという話は本当だったか…

 

「霊夢は無事だったのね」

「私を舐めてもらったら困るわ鈴仙」

 

鈴仙についていく間に霊夢と鈴仙が話していた。

今回の洗脳が霊夢に効くのかは分からない。だがこうして無事だったわけだし、永琳があとは何とかしてくれるのではないだろうか。例の特効薬的なやつがどこまで効くのかはわからないが、永琳のものだし生半可な効果のものではないだろう。

鈴仙に連れられて到着した薬を色々と置いている部屋に永琳はいた。机の上には十本くらいの薬が置かれていた。もしやこれが…?

 

「分かったようね。そうよ。一応鈴仙を実験体にしながら作ったから妖怪には効くわ。人間相手はデータがないからわからないけど…」

「ふーん。これが定晴さんの言っていた薬とやらね」

 

さらっと言われた実験体の名前にご愁傷様という念を抱きつつ話を聞く。人間相手には効くかわからないのなら使うとしたら妖怪に限定にした方がよさそうだな。

霊夢もこれが何なのか一目でわかったらしい。博麗の勘、なのだろうか。

 

「ただこれ…いえ、憶測で話す必要はないわね。相手に飲ませればいいわ」

 

…この試験管に入っている薬を飲ませるって結構難易度高くないか?

幽香のようにある程度の理性を保っている妖怪相手ではないと隙を突くを必要があるが…果たしてそんなことが可能なのか。洗脳状態のやつはどうやら力のセーブも適当になっているのか致死性の攻撃を平気で放ってくる。今の幻想郷で死ぬことがあるような戦闘はご法度なのだがさっさと不動を倒してしまわない限り続くだろう。

 

「それじゃこの薬を持って行って…」

「ちょっとまってちょうだい永琳。いえ、定晴」

 

俺が薬を幻空の中に入れてもう一度不動探しに行こうかと思ったところ奥から一人の女性が現れた。長い髪と厚い着物…十二単なのだろうか…を羽織った輝夜だ。

なにやら永琳ではなく俺に用事があるようだがどうしたのだろうか。

 

「先に私の能力を言っておくと【永遠と須臾を操る程度の能力】というものなの。まあ言葉だけだとどんなものかはわからないだろうけど、簡単に言えば時間系の干渉知覚魔法を使えるとでも思ってくれればいいわ」

 

咲夜の劣化版…いや、逆だな。咲夜の上位互換といったところか。簡単に説明を聞くと老朽化しなくなったり永遠に生きることができるようになったりするらしい。うーん、魔法一つで不老長寿とは恐ろしいものだ。だがそれが今の状況に何の関係があるのだろうか。

 

「永遠の力の方はいいのよ。単純だし。今気になっているのは須臾の力の方よ。これを応用すると別の時間に存在を持てるの」

 

因みに須臾はしゅゆと読み、ほんの僅かで知覚すら難しい瞬間のことを指す。これを応用すると別時間に存在とは一体…前に咲夜に時止めの力について尋ねてみたが簡単に聞いただけで理解不能になったしこれも同じパターンだとして理屈は聞かないようにしておく。

 

「ねえ定晴、分からないならわからないでいいのだけど…他の世界線に存在していたりしないかしら?」

 

 

「まあ詳しくは聞かないけど…あなた、まだ皆に言っていない能力があるわね?」

「ま、全く誰にも言っていないってわけじゃない。紫には言ったし、お前らが会ったかは知らないがミキってやつにも言っている。まあその二人にこの能力を隠すのは不可能だしな」

 

あとついでに言うと全部ではないがルーミアにも少しだけ話した。もうルーミアも完全に信頼できる側の妖怪だしな。一応制約としてそれを他者に言えないようにはしているけど。

 

「ふーん。なら私の予想はそこまで外れてなさそうね…」

 

そう呟くと輝夜は体の向きをくるりと変えて、最後に一言。

 

「別の世界線は、確かに違う世界ではあるけど同じ幻想郷よ。それを分かっていてね」

「それは俺だってわかってるよ」

 


 

霊夢と共に永遠亭の外に出る。薬は俺と霊夢が五本ずつ持っている。

 

「それじゃ、私が妖怪の山に行けばいいのね?」

「ああそうだ。頼む」

「まさか天子が絡んでいるとは思わなかったけど…あいつ意外と不器用だしちょっとお助けしてくるわ」

 

そういうと霊夢は鈴仙に連れられて竹林の外に出て行った。もれなくてゐによる幸運バフ付きだ。確かにあの力をかけられると早く外に出られるのだが、あれ絶対幸運とかそういうものじゃないだろ。

俺たちは鈴仙が戻ってきてから別の方向から竹林を出る。それなりに竹林が大きいので無駄な回り道は危険なのである。

ルーミアが俺の手を引っ張った。

 

「ねえ、私もご主人様の能力のすべては知らないけど…大丈夫なのよね?」

「安心しろ。さっさとこんな状況打ち破ってやるから」

 

それでも未だに心配そうにこちらを見てくるルーミア。前はあまり他の人を気に掛けるようなことはしなかった気がするのだが、何か心変わりがあったのだろうか。

霊夢を案内し終えた鈴仙に連れられ俺たちも竹林を出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百ニ話 c…花畑、人里それぞれにて

竹林を出て、まず私たちは幽香のもとへ向かった。彼女には薬を渡して楽にしてあげたいという気持ちがあるし、冷静に薬を飲んでくれることだろうとご主人様は言っていた。

幻想郷に住む妖怪の大方はいまだに洗脳状態であるので空を飛んで移動することはできない。式神になる前の私であれば空を飛ぶことができない現状にもやもやしていたことだろう。今ではご主人様と一緒にいる中で歩くことにも慣れたので別に気にならないのだが。

 

「またメディスンがいるかな…?」

 

花畑についた私たちは周囲に気を付けながら進んだ。夏には背よりも高い向日葵によって視界が大幅に阻害されるのだが、春前の今ならそんなことはない。ただそれは相手からも丸見えということなので警戒は怠らない。

ありがたいことにあの毒妖怪はいないようなのでそのまま幽香の家まで向かう。ご主人様から薬を渡してもらい一人で扉の前に立った。さっき見た幽香の状態から考えるにご主人様は近づくことができない。例え攻撃されないとしても精神に深い傷を作る可能性があるからだ。そのためまだマシだろうということで私が薬を渡す役を引き受けた。

 

「幽香ー!いるんでしょー!開けるのだー!」

 

なんだかもう意味ない気がする幼い口調を使いつつ返事を待つ。しかしいくら待てども返事はない。

気になってドアノブに手をかけてみると鍵が開いている。幽香の家の中には外に植えられている花とは別に特別幽香が大切にしている植物があるのでいつもは鍵をかけているのだが…あの幽香に限ってうっかりということもあるまい。しかも今のこの状況、ただごとではない。

 

「ご主人様ー!」

「どうした」

「幽香、いない。鍵が開いてた…家の中に入ってみない?」

 

呼びかけたらすぐに来てくれたご主人様を連れて家の中に入る。

特に荒らされている気配はないし、変な力も感じない。ただし幽香の妖力も感じることができない。彼女の妖力は私の本気の状態に匹敵するので全く感じさせないということは難しい。それこそ私のように封印されない限りは。

 

「随分前から幽香はいないようだな。鍵をあけっぱにするなんてあいつらしくないが…」

 

ご主人様は家の中に入って私と同じ結論に至ったみたいである。

残念ではあるが幽香は後回しということだろう。家を出た私たちは次なる目的地について話し合った。その時、周囲から殺気…

 

「せいっ!」

 

全方位からのレーザー、それを防ぐため闇で壁を作る。だがどうも強度が足りなかったようで攻撃は貫通してきた。

ご主人様も結界を張るがそれすらも貫通して…

 


 

定晴さんと協力して敵を打倒。そのために天子の援護…をするまえに私は人里に来ていた。

実は遣いとして水那を人里へやったのだが戻ってきていないのだ。定晴さんが博麗神社に来たときにそのことを言おうか迷ったが、水那がすぐに戻ってくるか分からなかったため伏せていた。事情を聞いた今では水那がその洗脳とやらの被害を受けている可能性が考えられたので様子を見に来たのである。

なお私はずっと浄化の札を発動した状態だ。幻想郷にいると問答無用で洗脳される、というわけではないだらうがトリガーがわからない以上洗脳無効化は常に使わなければならない。霊力の消費が激しいが…最悪夢想転生でも使って周囲一帯から浮くとしよう。

 

「人里は…普通ね。ただ確かに目が淀んでいることもないかもしれないわね」

 

ただ博麗の勘がなんとなくここは危ないことを伝えてきた。こういうときの勘って当たるのよねぇ…まあ私の勘はそもそも的中率高いけど。博麗の勘っていうのは侮ってはいけないのだ。

 

「慧音ー」

「ん?霊夢じゃないか。どうした」

 

人里で起きた出来事ならばそのほとんどは把握しており、人里での些細な事件の解決にもあたる慧音。彼女であれば人里に来ている水那のことも分かると思ったのだが…

 

「水那?いや、今日は見ていないぞ」

 

もしかして人里に来ていない…?

博麗神社と人里の距離はそこまで離れてはいない。すぐ近くというわけではなく、定晴さんの家を建てるスペースなどはあるもののそれでも人里への移動にはそこまで時間はかからない。元より博麗神社は人寄りのものであるためそれも当然だろう。

だがその間で水那がやられたのだとしたら…いえ、決めつけるのは良くない。一度見てみるとしよう。

 

「水那ー!おーい!」

 

最悪の展開として、洗脳されてどっかに誘導された可能性がある。定晴さんや永琳の話から考えるに、この洗脳には完全な操りの効果はなく思考誘導程度しかできないものと思われる。

それでも浄化の札を使わなければ博麗の巫女の防御を貫通するくらいの威力はあるので油断ならないが、それでも危険性はそこまで高くない。

最悪の可能性を考慮しつつ妖怪の山へ向かいましょうかね。もしかしたらそっちの方に行ってる可能性もあるし…そもそも私は天子の援護のために来たのだ。拗ねてなければいいけど…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三話 c2…失態

さて、特に攻撃をされることもなく妖怪の山に到着した。

天狗たちが騒いでいる様子はないけど天子はどこにいるんだろう。あいつのことだからこそこそと行動するのは向いていないはずだし、行動しているのなら天狗たちが騒いでいてもおかしくはないのだが…

 

「考えても仕方ないわね」

 

取り合えず守矢神社まで飛んでみることにする。あそこの神とか早苗が無事かを確認することも無益なことではないはずだ。もし襲って来れば昔のように打ち負かしてしまえばいいだけだしね。

妖怪の山の斜面に沿って山頂方面へ飛んでいく。たまーに哨戒天狗が飛んでくるのでそいつらはその都度落としながら。定晴さんたちはどこに行くにしても戦闘を避けて隠密行動をしているらしいけど、そんな面倒なこと私はしたくないし結局どこかでばれるのなら最初から攻撃して邪魔なやつを減らしておく方が楽だ、と私は思うけどね。

 

「霊夢さん!なんの用ですか。哨戒天狗をどんどん落とされると困るんですけど」

「なによ犬っころ。あいつらが攻撃してきたのが悪いんじゃない」

 

たしかこいつの名前は犬走椛とかいっただろうか。今は既に懐かしいものとなっている守矢神社が幻想郷に来た時も邪魔してきた妖怪だ。

 

「それは貴女が侵入してきているからではありませんか!それに私は狼です!」

「同じようなものよ」

 

やはり私には見ただけで彼女が洗脳されているかは分からない。聞いた話だと定晴さんとか定晴さんに積極的に協力している人物以外にはいつもと変わらない様子で接しているらしい。あれ、永琳はどうやって洗脳のことを知ったのだろう…

 

「あ、そっちは…」

「ん?」

 

喋りながらも私は構わず移動していたためいつの間にやら違うところに来ていたようだ。そして何故か椛が倦厭しているように見えるが…

 

「そっちは山姥の範囲なので私たちは…」

「あら、なら都合がいいわ。これ以上私に構わないで頂戴」

 

そのままその範囲を突っ切る。やはり天狗は入ってこれないようだ。どうもそういう侵入をしてはいけないみたいな制約でもしているのだろう。

ただ天狗の代わりにここに住んでいる妖怪が襲ってくると思っていたのだけど…いないわね。

 

「あら、この木見覚えがあるわね…ああ、ここあの山姥の領域なのね」

 

名前はあまり覚えてないわねぇ…たしかあうんが覚醒した時の異変で戦った気がする。

ただ領域内に来たら結構すぐ接触してきたような気がするのだけど…今はいないのかしら。それはそれでむしろ有難いのだけどね。さっさと頂上の方へ飛んでしまいましょう。

 


 

守矢神社の三人は不在だった。一体どこに行ったのかしら。

定晴さんが言っていた協力者の天子も姿が見えない。もしかしてもう妖怪の山にはいないのかしら。

 

「っ!霊符【夢想封印】!」

 

突然の攻撃。それを夢想封印で迎え撃つ。

私の夢想封印は攻めるための弾幕。魔理沙のマスタースパークと同じように相手の攻撃のほとんどを消し飛ばす。打てる数には制限があるしこういった攻める弾幕は使わないほうが弾幕ごっこにおいて評価が高いからあまり使わないのだけど…

 

「なっ!?きゃっ!」

 

まさか夢想封印で一つも消し飛ばすことができないとは思わなかった。ちょっとグレイズしちゃって乙女っぽい声が出てしまった。

 

「…!」

 

グレイズした部分、巫女服が破けてしまっている。

弾幕ごっこでも服は破けることはある。弾の威力は完全に均一というわけではないし、数多く打たれたら破れたりもする。そもそも頭とかに直撃すれば気絶することも多いものだからね。

ただしグレイズしただけでそこがズタズタになることはない。これは…当たると死ぬわね。

森の中から更に撃たれる弾幕。高密度というわけではないが一発一発の威力はどれも異様に高い。こいつ、弾幕ごっこを知らない妖怪かしら?

 

「隠れてないで、出てきなさい!」

 

私もちょっと威力高めで大きな弾を撃つ。ついでに左右からホーミングアミュレットも撃っておく。もし逃げても御札が追ってくれるから追跡が容易なのだ。邪魔するやつは片っ端から倒させてもらうわ。

御札が進行方向を変えた。動きからしてこちらに近付いているようだ。いいわ。その姿を収めてそれで私のために倒れてもらうわ。

飛び出てきたのは白い髪に洋服を着た女性の妖怪。天狗のような翼は生えていない。幻想郷でも洋服の文化はあるが、製造工程的な理由であまり人里では着られておらず、魔理沙たちも霖之助さんのところで洋服は仕入れていると聞いた。ただそれでも霖之助さんの作れる洋服には限界があって、外の世界で忘れ去られた洋服を参考にすることしかできない。なので幻想郷で手に入る洋服は外の世界で言う中世のものとなるのだが…

 

「貴女、あの不動の仲間ね?」

 

この妖怪が着ていたのは菫子や定晴さんが着ているような現代服で、幻想郷で手に入れたものではないように見える。十中八九不動が外から引き入れた妖怪だろう。

幻想郷はとても大きな二つの結界によって守られており、そこを越えることは基本的にはできない。それなのにこのように博麗大結界を越えてきているということは…博麗神社に帰ったら一度結界の状態を確認する必要がありそうね。水那を捜す必要もあるし大変だわ。

 

「それで?私になんの用かしら?」

 

先程の質問にも答えないまま黙り込んでいる妖怪にもう一度声をかける。

それにしてもなんだか異質な妖力ね。まるで無理やり増やしたみたいな感じだわ。足りないからと言って力の器を無理に大きくすることは、皿に粘土をくっつけて大きくしたようなもの。長くは続かないし、デメリットも大きいはずなんだけど…

 

「あなたもあの人と同じく邪魔をするのですか」

「あら。邪魔をしているのはそちらではなくて?私は幻想郷の安寧を願っているだけよ」

 

先代も、そのまた先代も…ずっと前から博麗の巫女の仕事は変わらない。博麗大結界の維持、そして幻想郷の人妖のバランス調停。妖怪側の代表が紫なのだとすれば人間側の代表は博麗の巫女だろう。

私は、まあいつも怠そうにしてるけど…幻想郷が好きだ。一応この仕事にも誇りを持っている。幻想郷を壊そうとするなら、博麗の巫女として、霊夢として止めなければならない。

 

「あなたは分かっていない。存在してはならないのはあの男の方だというのに…!」

 

なんだか酷くお冠な様子。でも関係ないわ。

 

「もしそうだとしても、異変を起こしたなら私に成敗される。それがセオリーってやつよ」

 

そして私は、この正体不明の妖怪と戦闘を開始した…

 


 

「博麗の巫女、面倒な相手でした」

 

妖怪の山に落ちている亡骸を見て呟く妖怪が一人、世界の調整に気付かぬまま主の元へ飛び立った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四話 a4…式神の矜持

竹林を出て私たちは幽香のところへ行こうとした、が…

 

「…いや、幽香のところは後回しにしよう」

「なんで?」

「うーん、なんとなくとしか言えないが…まああそこに行っても収穫はない」

 

なんとなくで話している割には随分と言い切るのね。

きっと先ほど輝夜が言ってきたご主人様がまだ言っていない能力が関連しているのだろう。私はご主人様から『なんとなく良い方向に行くことができる能力』と聞いている。それがどういう原理でどういう作用があるのかまでは分からない。ただ先ほど輝夜が話していた並行世界の存在、そして能力の詳細を知っているのが共に空間系能力の賢者さんと時空神。つまりご主人様は並行世界に起こりうる事象を観測することができる?

 

「行くぞルーミア」

「え?あ、うん…」

 

何も聞いてなかった。

どうやらご主人様も妖怪の山へと向かうようだ。さっきまでは妖怪の山は天子と霊夢に任せるという話だったはずだけど…並行世界で妖怪の山に何かあったのだろうか。聞いても、いいのだろうか。

 

「あ、あの、ご主人様」

「ん?」

「えっと…」

 

ただの式神がその主の秘密に迫ってもいいのか。それが私の枷となって次の言葉をせき止める。そもそも何て聞けばいいのか。なんだか何も考えられなくなってきて全然考えがまとまらない。式神としての矜持とルーミアとしての好奇心がせめぎあって気持ち悪い。

 

「ご主人様の能力は、秘密なの?」

 

そして結局こんな質問しか出すことができない。私らしくもないけど…ご主人様に急に接近されたときもドキドキして何も考えられなくなるので案外私は土壇場での思考力はあまり無いのかもしれない。これはちょっと違うかな?

 

「そうだなぁ…できればあまり人に知られたくはないな。紫とミキに能力の詳細を話しているのはあいつらが信用できるっていう以上にあいつらの能力上隠すことができないからだしな」

 

やはり並行世界、時空とかそういう話なのだろう。きっと私には理解することもできないような力をご主人様は持っているのだろう。それでもしご主人様が苦しいのであれば、私はそれを支えてあげたい。そう思うのは私の我儘なのだろうか。

 

「ルーミア、隠れろ」

 

ご主人様に押されて茂みの中へ入る。

今の幻想郷では行動するときこんなことばかりだ。洗脳されているか分からないため誰かいたらすぐに隠れるという行動方式。幻想郷の人口密度は外の世界ほど高くないにせよ誰かと遭遇する確率は高い。毎回こうやって隠れていては時間がかかりすぎるが…霊夢たちと違って私たちは見られただけで攻撃されるので連戦を避けるためにこうするしかないのだ。

 

「よし、行くぞ」

 

そんな風に何度もやりすごしながらなんとか妖怪の山に到着した。

 

「それで、どこに行くの?」

「慎重にしても何度も死ねるとこだ」

 

…?

何を言っているのか分からないがご主人様には目的地がぼんやりとはいえわかっているようだ。何度も死ねる場所ってどういうことなのだろうか。その言葉通りとすればご主人様でも死ぬ確率が以上に高い場所ということになるが…妖怪の山でそんな場所あっただろうか?

そして飛ぶこと数分、なぜか誰にも会わないままとあるポイントでご主人様は静止した。

 

「ここ?」

「ああ、そうだ」

 

ご主人様は森の中を注視しながら誰かを待っているようだった。

そして数十秒、山頂の方から霊夢が飛んできた。

 

「あら、定晴さん?なんでここにいるのよ」

「次のステップに行くためだ」

 

ご主人様がそう言ったと同時に森の中から攻撃。ご主人様は焦ることなく結界を展開して攻撃を防いだ。まるでどこからどんな攻撃が来るかを知っていたかのように。

 

「よう、出たな妖怪」

 

森の中から出てきたのは女性の妖怪。天狗ではないようだけど…なんの妖怪かまでは分からない。

彼女はご主人様を強く睨みつけている。不動の仲間、なのだろうか。

 

「何度も何度も殺しやがって…霊夢、ルーミア二人とも手伝え。そろそろ面倒なこいつを処理する」

「おかしいですね、私は貴方と初対面のはずなのですが」

 

やはり別の世界での体験、だろうか。でもそんな能力があるならご主人様は絶対負けないはずだし何かしらデメリットか代償が必要となっているはずだ。それが何か、分からないけど…

 

「ふっ!」

 

女性の妖怪が攻撃を開始した。

それに伴いご主人様と霊夢も戦闘開始。私もそれに続いて攻撃をする。多分、何度目かの初めての戦闘を開始した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五話 正しき道は

予約投稿間違えました

土日にちゃんともう一本出します




既に戦闘を始めて十分ほどは経過しただろうか。俺とルーミア、霊夢による即席チームで目の前の妖怪と戦っているものの未だに致命傷らしい致命傷を与えられないでいた。

彼女のことはうっすらとしか分からない。分かるのは、妖怪の山というこの場所で俺は彼女に何度も敗北し殺されているということだ。俺の能力は俺に痛みを伝える。痛みを通してその経験を繋ぐのだ。動物を調教するときにムチで叩いて従えるという方法があるが、あれは痛みが記憶の保持に役立つからだ。痛みというものから逃れるために痛みを与えられないことを覚えていく。俺の能力はそうやって別の世界から記憶の一部を引き継ぐ…こともできる。

 

「鬱陶しいですね!」

 

致死性の弾幕を展開する奴の動きを阻害しているのはルーミアの闇と霊夢の結界だ。二人ともがいることで初めて奴の動きを阻害できるというのは何とも言えない気分になるが、そもそも奴は今現在もバックアップを受けている、らしい。これもまた別の世界での記憶だ。

だがそろそろ奴に殺されるのも限界だ。そもそも一撃必殺的なもので死ぬことができないので痛みがじくじくと体を蝕むのだ。慣れている俺とてずっと耐えることはできない。ここらへんで、この世界で奴を仕留めさせてもらう。

 

「ふぅ……」

 

輝剣を構えて息を整える。一点集中。奴は霊夢たちによって大きく動くことはできない。

これは殺し合いだ。弾幕ごっこではない。だから俺は本気でこの剣を振るう。宣言もなく、一撃で。

 

「疾!」

 

攻撃の中にある小さな隙間。何度も経験したからこそ見つけることができる隙を突いて奴の体を裂く。

そのまま俺は反対側まで切り抜ける。不用意に追撃はしない。そのタイミングは逆に俺の隙となるからだ。俺が警戒しながら振り向くと血を流す奴の姿。しかし今なお空を浮かび攻撃を続けている。

 

「残念でしたね、これで…!」

 

大きく力を溜めている。妖怪の格で言うなら普通レベルだというのに大妖怪並の攻撃ができるのも不動がバックアップをしているからだろうか。まずい、ここから先は知らないぞ。そもそも奴に輝剣を直接当てることができたのも初めてなのだ。

結界を張り二振りを構える…がそれで防げるとは思えなかった。そして奴の力が溜まりきり、またもや記憶を継承するかと思われたとき…

 

「どっせええええええい!!!」

 

空から何かが降ってきた。これは…石?その上に乗っていたのは俺が協力をしてくれるように頼んだ天子だ。一体今までどこにいたのだろうかという答えは妖怪の山の空だったようである。

ふと下を見てみるとその大きな石に潰されて墜落していく例の妖怪。どうやら衝撃は相当なものだったようで、この石が一撃必殺となり気絶してしまったようだ。ルーミアに回収を頼んだあとに俺は天子に視線を移した。

 

「天子、何してたんだ?」

「あら、あの妖怪がやばそうな感じしたから戦いの準備をしていただけよ。まあ準備が終わるころにはあなたたちが戦っていたからついでとばかりにこの要石で降ってきただけだけど」

 

どうやらこの石は要石らしい。要石とはその場所を支える大切な石などの総称で、地震を抑えるとかなんとか言われている。どうやら天子の一族はそういった地面に関する力があるようで今回はその石で攻撃をしたらしい。実態はただの石とはいえその大きさ、重さは相当なものでありこれで降ってきたらそりゃ気絶するだろう。

 

「うーん、すっきりしたわ」

「そりゃよかったよ」

 

結構ピンチだったから天子の一撃はとても助かった。初めての展開ではあったがどうも良い選択がなされたようである。

待っていたらルーミアが例の妖怪を闇で縛りながら浮上してきた。未だに気絶しているようでちょっとだけかわいそうに思える。まあこちらとしてはありがたいのだがな。

 

「そいつは永遠亭に連れて行こう」

「大丈夫なの?」

 

霊夢が心配そうに声を上げる。まだ直接戦ったことはないが永琳は強者だ。それにあいつらは不老不死でもある。霊夢が結界を張ってこいつの力を抑えておけば大事にはならないだろう。そう説明すれば霊夢も納得したのか頷いて永遠亭の方向へ飛び始めた。

 

「で、私はあとはどうすればいい?」

「ああ、そうだな…」

 

一応の目的である『問題の妖怪の退治』は達成した。となればあとは不動の捜索となるわけだが…俺の記憶の中に不動との遭遇記録がない。つまりこの時点まででどの世界線でも俺は不動と会っていない。どこかに全力で隠形でもしているのだろうか。うーむ、あの妖怪を尋問すれば情報が手に入るだろうか…

 

「一度永遠亭に来てくれ。もしそこで黒幕の居場所が分かればすぐにでも突撃する」

「了解よ」

 


 

永遠亭に戻った俺たちは、気絶したままのこいつを借りた部屋の中にいれて霊夢に結界を張ってもらった。実はここまでの道中で一度目覚めそうになったのでもう一回天子が要石で頭を打ったのである。ルーミアの闇で縛っているとはいえ暴れられても面倒だから致し方なかったのである。

一応永琳にも控えてもらいつつ俺は妖怪に再生をかけた。傷を治さず意識だけ、なんていう高度なことはできないので普通に再生させる。数秒もすれば妖怪の意識が戻ったので再生は終了。傷は残っているものの会話は十分にできそうだ。暴れようとも現在進行形で闇で縛っている。ルーミアのこういう部分はすごく便利そうだなぁ…

暴れても無駄だと判断したか彼女は動きを止めた。しかし何も話すつもりはないように口は堅く閉ざされ声をかけても返事一つくれない。うーん、情報を引き出すのは難しいだろうか。

 

「自白剤も用意しているわよ?」

「一般的に使われる自白剤って…」

「あら、私にかかれば妖怪に正真正銘自白させるための薬だって調合可能よ」

 

これは驚いた。俺は永琳にそれを持ってくるように頼んで、ついでに霊夢の結界を補強しておく。

外の世界で自白剤として使われているのはドラマに出てくるような何でも自分の意思とは別に正直に話してしまうようなものではない。基本的には判断能力を低下させるとかそういう類の薬であり、自白を促す効果でしかない。しかし永琳はちゃんとした自白剤を用意しているらしい。やはり月の頭脳は伊達ではないということか…

 

「な、なんだ!?」

 

しばらく待っていたら永琳が来る前に妖怪は震えだした。しかもとても顔色が悪い。咄嗟に再生の力を行使してみるが顔色がよくなる気配はない。身体的なものではない何かが原因となっているということか。霊夢も結界を使っているがやはり何かが変わるような気はしない。

そのまま数十秒、その後妖怪はまるで糸が切れたかのように脱力をして動かなくなった。震えは止まっている。その様子に霊夢は目を見張っている。何か気が付いたのだろうか。

 

「この子、式神だったのね」

 

式神というフレーズにルーミアが反応する。だがそれだけで終わりではないようだ。

 

「しかも強制使役…なんか媒介を埋め込まれて動かされた感じね」

「動かされていた?」

「ええそうよ。言うなればアリスの人形みたいなものよ」

 

糸が切れたように、ではなく本当に糸が切れたらしい。どうやらさきほどのタイミングで体の中に埋め込まれた媒介を破壊したようだ。核が壊れてしまっては自白させるどころかそもそも一人で行動することも難しいだろうとのこと。少し遅れてきた永琳にも同じように説明する。

 

「せっかく実験体になってもらおうと思ったのに」

「臨床実験してねえのかよ!」

「いなばたちで実験はしているから効果は確かよ?」

 

ちょっと残念そうにそう言う永琳。まあどこかで妖怪に直接使う必要があるのは分かっているが…まさかここでそれを使おうとしていたとは少々、いや結構驚きだ。

目が覚めたのか妖怪は顔を上げてきょろきょろしている。

 

「…」

「大…丈夫…か?」

 

声を出さずに頷く彼女。どうやら意思を喪失してしまったわけではないようである。

だが言葉を発することができなくなっているようで式神化の後遺症が現れている。これで情報調査はできなくなったな…自白剤を使われる前に切り捨てた、ということだろうか。不動はどこまで罪を重ねるつもりなのだろうか。

 

「水那…」

「霊夢?」

「その、実は…」

 

霊夢から今朝がたに出て行った水那が戻ってきていないことを聞いた。確かに不安だ。しかし水那は純粋な人間なわけだし式神化させられているということはないのではないのだろうか?と聞いてみると案外そうでもないらしい。どうやら人間を式神として使役することも可能なのだそうだ。だがそれには専門の知識が必要らしいが…

 

「もしかして、不動は陰陽師、なのか…?」

 

今までも式神やら妖怪を操るやらしてきたあいつが陰陽師だとすれば何かと辻褄が合う部分もある。だがもしそうだとしたら水那は危険らしい。博麗の巫女が式神化、なんてそんなことがあれば幻想郷のバランスが崩れることになる。できる限り早く助け出さなければいけないが…肝心の不動の居場所が分からない。

 

「どうするのよ。ここで待ちぼうけなんてのは御免よ」

 

天子が不満を募らせる。

まあ俺もここにずっといるつもりはない。行動はしなければいけないが…

 

「その子はしばらくここで預かっておくわ。もしかしたら私の薬で治せるかもしれないし」

「そうか。なら頼む」

 

永琳に名前も分からないこの妖怪を預ける。

 

「式神化したとしてもそこまで遠くで操れるわけじゃないわ」

「じゃあ妖怪の山にいる可能性が高いということか…」

 

ルーミア、霊夢、天子、そして俺の四人で妖怪の山に向かうことにした。どうかそろそろ不動が見つかりますように。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六話 多勢に無勢

予約投稿をミスったので火曜日に一本投稿しております


妖怪の山に到着した。そこで気づいたことについて訊いてみる。

 

「天狗たちが全然いないがどこにいったか知ってるか?」

 

いつもなら妖怪の山の近くに少なくとも一人は飛んでいる哨戒天狗の姿を見つけることができない。既に範囲で言うならば妖怪の山の天狗の領域に入っている。いつもならここで「進入禁止だぞ」のようなことを言われて追い返されるのだが…天狗が近づく気配もない。

 

「さっき椛には会ったわよ。あとちょっとの天狗たち。それでもいつもより全然数が少ないのは私も感じたけど」

 

どうやらゼロではないらしい。だが今はまだ誰の姿を見つけることができないな。そういえば先ほども戦闘している間に天狗が近付いてくることはなかったな。もしかしたら霊夢が見たという天狗が最後の可能性があるな…

 

「どうする?頂点の方行ってみる?」

「何があるんだ?」

「妖怪の山のさらに上の有頂天のところに天界があるわよ」

 

何気なく言う天子。なるほど、天人というから空に住んでいるとは思っていたが…ここからは見えないくらい上に存在するのだろう。とても清い空間でルーミアは入れないと思っていたが博麗神社の一件でルーミアが浄化の力に対して大丈夫になっていることが確認できたからもしかしたら二人で見に行くこともできるかもな。

閑話休題

多分だが霊夢と天子の二人で妖怪の山の表面は大体回ったと思うんだよな。となれば表面ではなく…内側。

 

「定晴さん。もしかして地底のことを言ってる?」

「地底とまではいかなくともその道中にたくさんの横穴があるだろ?そこに隠れてるんじゃないかって思ってな」

 

俺たちの仮定が正しければ不動は陰陽師としての力を持っている。俺の外の世界の知り合いの一人に陰陽師がいるが、そいつは遠見の術というもので千里眼紛いのことをしていた。本当のことを言うと式神を通して外の様子を見るものなのだが、あそこまで式神の扱いに長けている不動がそれを使えないとは思えない。むしろ今現在も見られているかもな。

 

「でもそれこそたくさんあるのよ?時間がかかりすぎるわ」

「穴の入口からでかい弾でも撃ち込んでみればいいんじゃないか?あまり横穴は入り組んでいないし反応の有無は分かると思うんだが」

「貴方って意外にごり押しタイプなのね…」

 

天子に驚かれたけどまあこの際仕方ない。時間がかかるというのは本当のことだし如何に時間をかけずに行くかという話で言うならば多分これが一番早いと思います。若干脳筋戦法なのも是非もなしなのだ。

 

「まあすぐに別の方法も思いつかないからそれでいくわよ」

 

霊夢がそう決めたので俺たちは地底に続く大穴の入口へ移動する。

ゆっくりと降りながら横穴を見つけたら弾を撃ち込んでいく。俺はそこまでの広範囲攻撃をオリジナルで持っていないので模写の力でマスタースパークを撃ち込む。うーん、この技は使い勝手がいいなぁ…模写しているので若干霊力と魔力の消費が多いが、それを抜きにしてもやはり使い勝手がいい。そういえば魔理沙自身に俺がマスタースパークを模写したことを言っていないな。もし知ったら一体どんな顔をするだろうか。この技は魔理沙の十八番だし。

降りること数十メートル。未だに反応のある横穴を見つけることはできていない。まあいないという可能性もあるから落胆してもいられないのだが…と、体に痛み。運命分岐…?これは…下か!

 

「横穴に入れ!」

「な、なによ」

「いいから天子、入るわよ!」

 

なにか霊夢も感じたのか天子以外は文句も言わずに横穴に入る。その数秒後、縦穴の底からレーザーが放たれた。これは、どこかの世界線で幽香の家の近くにて俺とルーミアを焼いたやつだな。防御をして吹き飛ばされたという記憶をもとに回避したが間違っていなかったようだ。

 

「おやおや、急に外を見ることができなくなったと思えば、堀内じゃないか」

 

そして底の方から大きな妖怪に乗って現れたのは不動。どうやら横穴のどこかにいた中継用の妖怪を俺たちは知らないうちに倒していたようだ。もしかしたら妖怪ではなく紙とかで作った式神で、だからこそ気付かなかったという可能性もある。とにかく不動を見つけることに成功した。

 

「彼女は強いし操りやすかったんだけどねぇ…君はやはり妖怪に対して躊躇がないようだ」

 

後半の言葉の節々に怒りを感じる。不動が俺を憎む理由は過去の外の世界での依頼にまつわることであるのはほぼ確実なのだろうが…やはり分からない。

彼女、というのは永遠亭で保護をしている女性の妖怪のことだろう。やはり霊夢の言っていた通り不動が式神化させて操っていたようだ。もしかして藍や紫も同じことができるのだろうか…それはともかく。

 

「いい加減にしてもらうぞ不動」

「それはこちらのセリフだよ堀内。そこにいる協力者共々滅ぼしてあげよう!」

 

不動が乗っていた妖怪が弾幕を展開する。ここでは戦いづらいので上に向かって逃げつつ迎撃を行う。不動の下の妖怪も式神となっているのか不動が落ちてしまうことはない。というか不動は空を飛べないのか。

なんとか妖怪の山の穴から脱出。その後ろを不動が追いかけてくる。

 

「もう逃げ隠れしなくていいのか?!」

「準備は整ったからね。彼女がいないのは予想外だけど…まあこちらも手駒の用意はできている」

 

その不動の言葉と同じくして妖怪の山の森の中からたくさんの天狗が出てきた。もしやこれ全部が敵かよ。前回博麗神社で戦った時でももっと人数がいたのに、俺と霊夢とルーミアと天子の四人だけで勝てる気がしない。

それに戦力はそれだけではないようだ。

 

「っ…」

 

霊夢が悲しそうな顔をする。不動のさらに後ろから地底への穴を通って出てきたのは水那。なにやら変な髪飾りを付けているが、もしやあれが洗脳装置か?他の妖怪たちに付いているようには思えないので博麗の巫女にはあれほどしなければ洗脳できないということなのだろうか。

それに虚ろな目をした妖怪たちが妖怪の山とは違う方向から飛んできているのが見える。紅魔館のやつらも、野良妖怪も、いっぱいいるようだ。物量戦だろうか。フィクションでは大量の兵士が強大な兵器一つで吹き飛ばされることが多々あるが、実際のところ物量というのは戦略としてとても有効だ。

 

「どうするのよ。私負ける未来しか見えないわよ」

 

天子がそう呟く。俺も確かに負ける未来しか見えないし、なんなら別世界線でも数十秒耐えて終わりのようだ。リンチされるせいで能力の反動による痛みが凄まじい。あくまで幻肢痛のようなものなのでしばらくすれば痛みは消えるが…これはどうしたものか。

 

「ちょっとだけ待ってくれ」

 

四の五の言ってる暇はない。痛みを覚悟で能力を行使する。俺の能力はこういう場面こそ強く、確実に作用するはずなのだ。数多の痛みが体を通り声が漏れる。そして数秒、内臓を潰された痛み(どこかの世界線では潰されているので比喩とは言えない)に耐えながら声をかけた。

 

「全員、ここから東に逃げるぞ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七話 特大レーザーの届け物

すごい…めちゃめちゃに筆が乗る…(一週間で一万文字を書いた時の高揚感)


ここで戦闘をしたところで案の定死ぬことは確定しているらしい。となれば俺たちが取るべき選択は逃げることだ。ではどちらに逃げるべきか。それをひたすら探したのだが…どうやら東に行くことが良いらしい。ただしそれで必ず生き残ることができるかは分からない…

 

「いいわ。さっさと逃げちゃいましょ」

 

霊夢が先陣を切って東へ向かう。それに釣られるように天子やルーミアがついていく。俺もそれに追従するかの如く飛んでいく。後ろからは不動の…既に軍と言っても過言ではなかろうが…集団がおいかけてきている。俺たちを狙うように弾幕を展開しているようで近づくとそれだけで殺されかねない。どうやらここまで来たら俺たちを逃がすつもりはないらしい。厄介なことだ。ずっと俺たちは探していたというのにその時は出てこず、むこうの準備が終わるまで待たされたという事実が若干俺を苛立たせる。今回の事件、俺たちはずっと後手後手に回っている。

 

「それで?こっちには何があるの?」

 

正面から飛んでくる妖怪もいるのでそいつらは都度迎撃しつつ天子が尋ねる。実は言うとこの先には何かあるというわけではない。むしろ何もない。今の俺たちにとっては何もない空間の方が戦いやすいし、ありがたいのだ。ついでに言えば能力で感じた結果この方角以外に逃げても普通に死ぬのだ。

 

「どこかであいつらまとめて迎撃しないときりがないわよ」

「分かっている。一応考えてはいるんだが…」

 

案の一つとしてルーミアに全力を出してもらって巨大な闇の空間を形成するというもの。俺たちも手出しはできないがその中にいるやつらはルーミアの闇の餌食となるはずだ。だが不動の謎の力は未だに不明だし水那も向こうにいる。この作戦がきちんと機能する可能性は五分五分といったところだ。

 

「方角は違うけど迷いの竹林に戻るのはどうなのよ。あそこはだめなの?」

 

天子がそう言うが、少なくとも今はだめだ。まず不動にあそこの迷いの効果が効かない。どういうわけか知らないがあいつは迷いの竹林の迷いの要素を消せるらしい。あそこは竹がずっと続くという環境と常に出ている霧、そして永琳が仕掛けた少しの術式によって構成されているわけだが、どうも不動はそのすべてを無視できるみたいだ。

迷いの竹林には永琳達がいるから逃げ込む分にはいいだろうが、先にあの数をどうにかしなければ物量で押し負ける。俺たちの未来がほとんどにおいて死ぬ結果となっているのはあの物量のせいだ。逆言えばあれさえどうにかなれば逆転の一手となるかもしれない。

 

「でもあれをまとめてやるなんてどうすれば…」

 

霊夢がそう呟いた瞬間正面から高速で何かが近付いてきた。敵かと思えばそのまま俺たちの後ろに行って…

 

「どでかいのをプレゼントしてやるぜええ!スパアアアアアアク!」

 

敵の軍に対して言葉通りどでかいレーザーをお見舞いした。こんなことをする人物は一人しかいない。

 

「魔理沙!?」

「ちょっと魔理沙どこにいたのよ!」

 

霧雨魔理沙、普通の魔法使い。しかしその火力は軍に少なからず損害を与えたようである。軍の侵攻が止まり様子を窺っている。こちらに来れば魔理沙が来ることを予想していたわけではないが…死なない運命を掴みそうな気がしているのは俺だけか?

 

「どこって、私は普通に家にいたぜ。こんな面白いことになっているなら呼べよな!」

「だって洗脳されているか分からないし…」

「魔法使いならこれくらいの洗脳は反魔法でどうにでもなるぜ」

 

あの、紅魔館の魔法使いとか人形遣いとか洗脳されてるっぽいんですが。

 

「なに?あいつら平和ボケしてんじゃないか?またこの魔理沙さんの方が強いってことが証明されちまったな」

 

同じ魔法使いとして洗脳されたことに若干呆れているようである。というか洗脳に対する反魔法なんてのもあるんだな。反魔法とは対抗用の魔法のことで、例えば炎の攻撃に対して水の障壁を張るなどが当てはまる。結界は魔法ではないが、分類でいえば反魔法と同じものに含まれるだろう。

 

「むむ?結構でかいのぶつけたんだがあまり効いてないな」

 

魔理沙がもう一発を撃ってこないと分かると軍はまたもや動き始めた。

 

「堀内、いい加減諦めたらどうだい?」

 

妙に広がって聞こえる不動の声。拡声器を使っている様子もないしそういった魔術を使っているのだろうか。それとも陰陽道に同じことができる術が存在しているのだろうか。どちらにせよ不快になる声だ。

 

「取り敢えず距離をとるわよ」

 

霊夢が動き出す。

俺たちに並走するように飛ぶ魔理沙に事情を説明する。ついでに打開策がないかを訊ねてみた。

 

「打開策ぅ?そんなもん紫でも起こせば解決するんじゃねえか?」

 

そういえばあいつ今寝ているんだったな。だがルーミアの話を聞く限りその式神である藍は洗脳されているようである。藍も強大な大妖怪であるわけだが紫はそれとは比べ物にならないくらいの化け物級大妖怪であるわけで、はてさて彼女は洗脳されているか否か分からない。自由意志をまるっきり奪われるわけじゃないようだからなんとか能力を使って自分自身を検査してもらえば洗脳されていてもなんとかなるような気もするが…この状況で紫が敵側に回るとそれこそ死ぬ未来は確定することになる。

 

「うーん、じゃあ定晴の友達っていうミキはどうだ?」

「あいつは別の時空が干渉してくるみたいな事件でもない限り物事には関わらないようにしているからな…」

 

まあそれはあいつ自身が言っていたことだけど。幻想郷でも先日リリーの願いを聞いて春日にしていたしあいつの中でどこまでが「関わらない」なのかいまいち分からない。俺が死ぬようなことになっても傍観するとは言っていたけど…まあいいや。あいつのこと考えても無駄になるし。

 

「んじゃ打つ手なしだな☆」

「ちょっと!」

 

魔理沙がウィンクしながらそう言う。霊夢がそれに怒っているが…俺たちも打開策が思いつかないので魔理沙を怒る権利などない。

 

「こう言ってはあれだが私たちもあいつに加担してやれば終わるんじゃないか?」

「それは論外よ。そもそも今定晴さんが死んだところであいつが幻想郷に関わらなくなる保証は一切ないんだから。あんな風に人間も妖怪も関係なく洗脳して操れるとか心配事の種にしかならないわ。そもそもスペルカードルールを無視してくる時点で面倒なんだから!」

 

不動は普通に殺し合いを挑んでくる。今の幻想郷では霊夢が考案し広めたスペルカードルールで決闘をすることを決まりにしているため殺し合いをしようとする不動は本来の幻想郷の在り方からしても面倒なようである。

 

「衣玖に手伝ってもらうように頼む?」

「今更一人増えたところでどうしようもないだろ」

 

天子の一言に魔理沙が反論する。衣玖というと確か最初に天子と会った時一緒にいたやつだよな。天子が言うには竜宮の使いらしいが…まあ一人増えたところでどうしようもないっていうのは賛成だな。やはり紫に頼ることになるか…?

 

「定晴さんの秘密の…いえ、本当の能力でどうにかならないのかしら?」

 

霊夢がそんなことを言う。博麗の勘か、それとも憶測か…俺の能力の秘密についていつか自力でたどり着きそうだな。だが本当の能力というのは少し語弊があるな。

俺の【十の力を操る程度の能力】も本当の能力であることに変わりはない。なんせ能力名は自己申告制だからな。それに十の力を使えるのは間違いないわけだし。ただそれ以外にも能力があるというだけで。

今回の異変において何度も使ってきた他の世界線を元に未来へと続く道を知る力もその能力の一部である。そんでもってその能力で今の状況はどうのかできるかというと…どうにもならない。以上閉廷。

 

「なによそれ。打つ手なしじゃない」

 

霊夢の独り言。だがその通りなので俺たちの中に沈黙が流れる。

途中で一度だけ方向転換し南下。もちろん何かが変わるわけではない。ただひたすらに逃げているだけだ。だが結界を張ったり迎撃していても後ろからは致死性の弾幕が常に追いかけてきている。疲労の影響もあってかみんな結構ボロボロの様相となっていた。このままではいずれ落ちるだろう。

そして逃げ続けること十分。戦況は一気に変化することになる。そのトリガーは俺たちの真下にあった森から聞こえた声だった。

 

「ミツケタ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八話 思わぬ援軍

筆が乗りまくったので五千文字あります(しかも予約投稿


突如俺たちの後ろの軍の一部が爆発した。どうやら撃っていた弾が破裂したようだ。それと同時に下から出てきたのは吸血鬼の妹。片手には炎の剣であるレヴァティーンを持っている。

 

「フラン!?」

「フラン、何してるんだぜ!」

 

俺が最初フランを連れて紅魔館を出たときは照っていた太陽もいつの間にやら雲の中に隠れていたので地上に日光が届いていなくてよかった。ただあの時、フランは狂気に吞まれていたのでフランの頼みもあって置いていったのだが…

 

「あれ、おかしいなぁ。彼女は特に僕と共鳴して戦力になってくれると思ったのに」

 

不動がそんなことを言う。やはりあの突然の発狂は不動の仕業だったか。不動の狂気にあてられて戻ったのか…それとも俺が狂気を完全には消せておらずそれがまた増幅されて目覚めたのだろうか。だとしたらフランやレミリアたちに申し訳ないな。

 

「サダハルハ憎いけど…先にアナタヲコワシテアゲル」

 

どうやら不動の影響もあるがそれ以上に不動への憎悪の方が強いようである。なにがあったのか分からないがこれは好都合だ。ただここでフランと共闘っていうのは少し無理があるな。フランの中に俺への憎悪も確かにあるようなので攻撃に巻き込まれる可能性がある。敵の敵は味方なんてのもあるが基本的には敵の敵は新たな敵であることが多い。

 

「うーん、まあいいや。君も死んでもらおう」

 

不動はやはり妖怪の上に乗ったまま余裕を崩さずに命令を下す。するとその軍の中から複数の影が出てきてフランを守るように立ちふさがった。

 

「フランを攻撃するのなら事情は変わるわよ?」

「妹様には手を出させません」

 

紅魔館の面々だ。俺への憎しみを植え付けることはできたようだがさすがにフランへの憎しみは無理だったようである。というかそもそも不動はフランに対しては憎悪を持っていない。不動がどういう術を使ってみんなを洗脳しているのかは分からないが、不動が持っていない感情を植え付けることはできないだろう。

 

「仕方ない。まとめてやっちゃって」

 

不動が再度命令を下す。しかし動きは先ほどに比べて格段に遅い。やはり俺以外にはヘイトを向けることができないのだろう。むしろ何がそこまで俺に憎しみを生んでいるのか未だに俺は分かっていないのだけどな。

 

「今のうちに迷いの竹林に逃げちゃわない?」

「確かにそうだな。行こう」

 

フランたちを盾にするのはこの際致し方ないものとして割り切ることにする。距離をとってしまえばこちらのものだし不動に追いつかれることもないだろう。追撃してくるやつらくらいならば俺たちだけでも撃墜できるし、フランたちが大半を受け持ってくれて助かった。フランの目的が不動なので不動自身が追ってくることもない。

一つ懸念事項となるのがフランたちが殺されてしまう可能性だ。吸血鬼は体がタフなわけだしそう易々とやられないとは思うが…不安ではある。

それでもなんとか俺たちは迷いの竹林に到着する。しかしここで別の問題が発生した。

 

「いなばたちはどこに行ったのよ」

 

霊夢が言う通り本来俺たちを案内してくれるはずのいなばがいないのだ。なおてゐのことではなく一般うさぎだが、永遠亭までの道のりを案内してくれるように永琳が常駐させてくれていたのだが…

 

「おーい!うさぎー!出てこないとウサギ鍋にするわよー!」

「霊夢、逆に出てこなくなるぜ」

 

まずいな…少しではあるが追ってはいるし、フランたちだけで不動がなんとかなるとは思えない。なんとか早めに永遠亭に到着して永琳の助力を乞いたいのだが…仕方ないか。

 

「お前ら、少し離れてくれ」

「何するのよ」

 

霊夢の声は無視して竹林に向かって手を伸ばす。流石に標準なしではきついな…目標、竹林。対象、概念:迷い。簡易化…無効化実行。

俺がきちんと狙いをつけて無効化を発動した。すれば竹林の中の霧は消滅し、迷いという概念を感じなくなった。これで今ならばまっすぐ飛ぶだけで永遠亭に到着できるはずだ。

 

「おいおい、なんだよそれ。何をしたんだ?」

「迷いを無くしただけだ。魔理沙、これは結構裏技だから他の人に言うなよ?そもそもこれも後で永琳に術をかけなおしてもらわないと不動が入ってきちゃうしな」

 

俺の無効化は概念にもその効果を及ぼすことができる。勿論「竹林を無効化しなかったことにする」なんてのはできない。それは存在への干渉だからだ。だが迷いを消すことはできる。俺は使ったことないが緊張してる人に無効化を使って緊張を消すこともできるだろう。まあわざわざそれをするほど低燃費な能力じゃないんだがな。

 

「鈴仙ー!永琳ー!」

「あ、霊夢さん。それに魔理沙さんも?無事だったんですね」

 

鈴仙が永遠亭の前で掃き掃除をしていた。永遠亭は竹林に囲まれているので笹の葉が溜まるのだ。逆に普通の木は少ないので落ち葉が溜まることはあまりない。

鈴仙に話を通して永琳の元へ。そしてそこで事情を説明していると奥から輝夜が歩いてきた。

 

「ちょっと貴方、その謎の能力連発したでしょ。いくつもの世界線が発生、消滅して気持ち悪いんですけどー」

「姫様の体調が優れなかったのはそれが原因ですか?」

 

どうやら俺の能力の副作用が輝夜に現れていたようだ。外の世界でも何度か使ったのだが、その時も輝夜は体調を崩したのだろうか。まあ俺じゃなくとも紫やミキが時空に干渉したという可能性もあるので俺以外の要因もありそうだが。

 

「消滅って?」

「あー…また今度な」

 

ルーミアに疑問をぶつけられて問題を先送りする。俺の能力簡単に語れるものではなく、それでいてあまり人に知られるわけにはいかない。ルーミアにはいつかミキや紫を交ぜて話すとするか。

 

「それで霊夢、私たちに何をしてほしいのかしら?」

「貴女のことだから例の薬をもっと作ってるんでしょ?それを寄越しなさい」

 

霊夢は永琳に迫る。俺たちがここを発ってからそれなりの時間が経過している。それに既に時間は夕方。永琳が一日中研究していたと仮定するとそれが進展している可能性は高い。

 

「それはあなたの勘かしら?」

「いいえ確信よ。貴女ならあの程度の薬で満足なんてしないでしょう?」

 

俺も今持っているが、これをあ「あの程度」と言うのか。確かに永琳の今までの功績にしてみれば簡易的なものだが、事件発生が今日の昼頃だったことを考えると全然早い。ウイルスとは違って実体を持たないわけだしそれに対する薬を作るのであれば難易度はとても高いはずだ。もしかして彼女なら鬱病にしっかりと効く特効薬なんてのも作れたりするのだろうか。

 

「さ、どうぞ。かけるだけでいいわ」

 

永琳が持ってきたのは前回の奴よりも幾分か濃い色をした薬。なんと飲ませる必要がないときた。これで結構状況は好転するのではないだろうか。

 

「皆さーん!なんか来ましたよー!」

「不動か…」

 

永遠亭の外に出てみると妖怪たちがわらわらと竹林から出てきていた。永琳に術のかけなおしを頼んだわけだが、あまり意味はなかったようである。

ただなんだかやたらとボロボロだな。フランたちとの戦闘をした怪我ではなくまるで穴に落とされたような…

 

「むふー、私主導でいなばたち総出のトラップ作戦を結構したのです!」

「てゐ?」

「洗脳されているからか注意力が散漫になっていて罠に嵌めやすかったウサ」

 

どうやら妖怪たちの体に付いている土やらなんやらはてゐによる罠の産物だったようである。そもそもてゐの罠は他人を気絶させるほどのものではないから数が減るとかはないだろうが、時間稼ぎとまとまって来ることはなくなった。いたずら好きに助けられるとはよくわからんものだ。

 

「しかもしかも!一つだけ落とし穴の底にうどんげのパンツが!」

「ちょっと!?」

 

鈴仙が悲鳴をああげる。そして一部の男性妖怪が竹林へと戻っていった。おい、それでいいのか。

鈴仙の尊い犠牲によりさらに数が減ったので俺たちは薬を妖怪たちにかけていく。かけられた妖怪はそのまま気絶するのでそこらへんに転がしておく。一々永遠亭に運び込んでいたらキリがないからな。

 

「あー、くそっ。だからここは嫌いなんだ」

「不動」

 

遅れて出てきたのは不動だ。水那はまだ竹林の中にいるのだろうか。

不動も不動で若干土が服に付着している。何気にここまでダメージを与えたのはてゐが初めてではないだろうか。やはり初歩的なトラップがこういうときは有効なのだろうか。いや、多分落ちるだけとか引っかかるだけみたいな罠のせいで危機察知能力があまり役に立たなかったのだろう。多分穴の底に針だとか炎だとか設置すれば察知されてしまう。

 

「まあいいや。周囲の奴らは関係ない。堀内、僕と向かい合った時点でアウトだよ」

「なに?…うぐっ・・」

 

途端に俺の中から膨れてくる謎の力。しかも今までよりも断然早い。

なんとか無効化にて防ごうとするがすぐに破裂寸前まで行ってしまい動けないし、この速度で無効化を使っていては霊力が持たない。そもそも今日は既に何度も戦闘をし一度無効化も使っている。霊力はそもそも尽きかけている。

 

「何してるの、よっ!」

 

ルーミアが闇を使って攻撃する。今のルーミアの封印段階は大体元々の半分程度。威力は落ちるものの子供の姿のまま闇を自在に操れる状態だ。というか基本的にはルーミアが何も言わない限り封印状態はこの段階にしている。ルーミアから封印に対してできるのはリボンを外すか否かなので、リボンをつけた状態での封印状態はこちらから指定してあげる必要があるのだ。

 

「邪魔」

 

しかしルーミアの闇は雲散させられてしまう。魔理沙や霊夢、天子なども攻撃するがそのどれもが力を散らされてしまい不動まで攻撃が届くことはない。前回はあそこまでのことはできなかったし俺にかかる力も増えているのできっと不動も不動で何かしら特訓でもしたのだろう。

 

「おっ、らっ!」

 

なんとか幻空から薬を取り出して不動に投げつけてみる。不動はそれを躱して平然な顔をして立っている。

 

「今更それくらいのに当たると思ってるの?」

「い、いや。だが分かった、こともある…お前の能力、がな」

 

攻撃を散らすという派手な行動が逆に俺にヒントを与えた。未だに腑に落ちない部分もあるが不動の能力は多分が俺が思っている部類だろう。なんせ陰陽師とはいえ力を散らすことはできないからな。せいぜい封印とか結界で抑えるのが限界だ。

 

「【発散させる程度の能力】、とかそんな部類だろ?」

「ああそうさ。まあもっと早く気が付いてもよかったと思うけど…僕の能力は【開放する程度の能力】。対象に関係なく開放することができる。例えば憎悪の心とか、体の中の圧力とかね?」

 

つまり今俺にかかっている力の正体は、常に体の中で保たれている圧力を開放しようと外側に押し広げられている力ってことか。不動は俺の能力の詳細を知らないはずだ。そもそも無効化に関しては紫ですら全容は知らない。何を対象として何を使っているのかが分かれば…さっきも言ったが俺は概念であろうと無効化できる。

…目標、体内圧力。対象、負荷…ついでに付随している能力にかけてまとめる…無効化、実行。

俺が能力を発動すれば体内からかかる力は無効化され、また俺の体内に対する不動の能力の使用もまとめて無効化した。俺が一度に無効化できる対象は一つだが、今回の場合のように繋がるものがあればまとめて無効化できる。概念に対しては無効化をただ単に使うだけでは足りないので時間がかかるが俺の体が破裂する前に無効化することができた。

 

「ん…?堀内、何をしたんだい」

「悪役がよくする能力を自分から話すっていうやつに乗じて対抗策を打っただけだ」

 

俺はにやりと不動に笑う。

不動はそれがいたく気に入らなかったようで不動は苛立ちを分かりやすく表情に出している。

 

「…じゃあこうしよう。ここにいる奴らすべてを狂わせて君を攻撃する」

「は?」

 

その瞬間不動から異様な気配。とても気分が悪くなる。

 

『なんつう狂気だ。おい、浄化全力にしとけ』

『魔力障壁も補助しておきますね』

『了解狂気。ありがとな魔女』

 

一応言われた通りしてみるとなるほど、気分が多少マシになった。浄化で負の感情も消せるからいいよなぁ…

だがそんな俺とは対照的に霊夢たちはとても苦しそうだ。

 

「な、なにこれ…」

「ぬうう、私の魔力障壁すらも無視してくるぜ…!」

「天人の私にここまで…うう…」

 

霊夢たちを浄化するが治まらない。そもそも俺も狂気自身が負の感情を吸収してくれているから無事なだけだ。

このままでは霊夢たちも…仕方ない。

 

「せいっ!」

 

輝剣でみんなを昏倒させる。悪く思わないでくれよ。ありがたいことにやはりルーミアは平然としているのでルーミアは一緒に戦ってもらおう。

 

「いいかルーミア?」

「ええ、勿論。いつでもいいわよご主人様」

 

他の妖怪がいるのに敢えて俺をそう呼ぶルーミア。とても心強くて助かる。

俺は幻空からもう一本の剣を取り出して構える。

 

「お前は、ここで倒す不動」

「殺してあげるよ」

 

そして俺は最終決戦を始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九話 最終決戦

あけましておめでとうございます。今年もがんがん小説を書かせていただきます


横から妖怪が突撃してきたので魔術で撃ち落とす。後ろから攻撃されたので結界で弾く。不動が術を行使しようとしたので物を投げつけて妨害する…

今日の連戦という連戦により霊力は本来の三分の一にまで減っている。もう無効化の連発などはできそうにないし、魔術やら結界やらを使うにしても効率的に行使しなければならない。さもなくばジリ貧で押し負けてしまう。不動もそれが分かっているのかチマチマとした攻撃しかしてこない。厄介この上ないな。

 

「ルーミア!」

「せいっ!」

 

ルーミアに都度声をかけて闇を使ってもらう。

ルーミアもルーミアで今日だけで何度も戦闘している。だが俺のように多大な力を必要とするような技は使っていない。なので俺が後衛、ルーミアが前衛になって俺が再生やらで補助をしてやるのが理想的なのだが…俺の狙った通りにはさせてくれないのが不動。全方位から攻撃をしかけてくるせいで前衛後衛を分ける暇すら与えてくれない。

斬る、斬る、斬る、斬る…霊力が尽きかける。

 

「そろそろ諦めてもいいんじゃない?こっちも面倒なんだよね」

「残念だが死ぬわけにはいかないんだよ」

 

こんなやつに殺されるわけにはいかない。

しかしこのままではいつか死ぬ。殺される。能力なんて使わなくともその未来は分かり切っているのである。

せめて不動の後ろにいる水那をなんとかできれば向こう側の補助も消せるのだが…一か八か行ってみるか。今のルーミアは浄化が効かないので例え水那に浄化結界を張られても問題ないはずだ。今思えば俺の三千世界でも問題ないかもしれないな。まあなんかあったときが怖いからしないけど。

 

「ルーミア、隙をついていけるか?」

 

何にとも何がとも言わない。俺の視線と思考をきちんとくみ取ってくれたのか返事もせずに頷くルーミア。よし、あとは俺がその隙を作るわけだが…霊力もギリギリで身体強化も切れそうだが…この際仕方ない。ルーミアに託すとしよう。

 

「でっかく壁をどうぞっと!」

 

今となっては懐かしい美鈴との初戦で俺が使ったスペカをそのスペックを大きさに全振りした結界だ。妖怪の突進を数回受けただけで崩壊するだろうが、今は目くらましになってくれてさえいればいい。

ルーミアが駆けて水那に近づいた。水那は浄化結界を張るがルーミアには一切の影響を与えない。今のルーミアは俺の浄化の力を常に若干受けているので半分は清浄な存在となっている。妖怪の本質の部分に影響しているけどルーミア自身は特に気にしていないというか、問題なさそうなので大丈夫だろう。

ルーミアの闇が水那を吹き飛ばした。流石に闇は若干浄化されるようだがそれでも攻撃性を持ったまま水那を吹き飛ばすことに成功している。

水那は吹き飛び、ルーミアは一時的に戦線離脱。周囲にいた他の妖怪も大体気絶させた。今この場にいるのは俺と不動のみ。とうとう一騎打ちとなった。

 

「不動、お前のことは許せない。だが殺しはしない。どうしてお前が俺を憎んでいるか知る必要があるからな」

「そうかい。ここに来ても余裕だね堀内」

 

身体強化と風で高速接近、そして輝剣で不動の腹に剣を突き刺そうとする。だがその寸前に俺は少しバックステップを踏まざるを得なかった。不動が俺との間に爆弾らしきものを投げたのだ。

閃光…

どうも火力よりも目眩ましのための爆弾だったようだ。であれば問題はない。目眩ましにかまけてこれ以上逃げられるわけにはいかないのだ。未だに目は眩んでいるが気配でなんとなく分かる。俺は光の中に飛び込んだ。

不動は三歩先にいる。ナイフか何かを持っているかもしれない。だがここまでくれば引くことはできない。即死でなければ再生をフルに使って生きながらえることもできるだろう。俺はそのまま剣を振って、確かに肉を切り裂いた。

 


 

不動…本名は不動成(ふどうなる)。彼には昔妖怪の友達がいた。いや、対外的には友達だったがその実その妖怪は不動の恋人であった。

それはとある森の中。誰にも見つかるはずのない場所にその妖怪はいた。たまたま森の中で迷子になってしまった不動は最初その妖怪を美しいと思った。そう思ってしまうほどにその妖怪は神秘的で、迷子となり心が折れかけていた不動にとって女神とさえ思えた。なにせ不動はその当時妖怪という存在を知らない。想像物であると思っていたのだ。故に彼女が妖怪であることも知る由もなかったのである。

不動はゆっくりと近付いて声をかけた。彼女は不動の方へ向き微笑んだ。不動はそれだけで恋に落ちたのだ。その微笑みは[獲物]に向けてのものだとは知らずに。

ある程度の距離まで近付くと彼女は不動に飛びかかった。そして首元に喰らいついた。それは妖怪の身体能力で起きたもので、不動にとっては何があったのか理解することもできなかった。そのまま不動は気を失ったのだ。

数時間後、不動は生きていることを知った。知らない家屋の中で目が覚めたのだ。その隣には飛びかかってきたはずの妖怪がいた。首元はまだ痛むものの不動は彼女にまた話しかけた。

 

「あなたは…何者ですか?」

 

誰か、の前に何者か、を訊ねた。それが不動が妖怪という存在を知る原因となったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百十話 とある幻想を知った男の話

彼女はその名をチヌであることを伝えた。そして妖怪であることも。不動は聞いた瞬間こそ信じられなかったが、首元の痛みと頭の中にある光景がそれを真実であると認めさせた。

不動はチヌに対してなぜ自分は生きているのかを訊ねた。妖怪が人間を食らうという話はそれなりに有名なことで、一部の例外を除いて妖怪と人間は相いれない存在。妖怪は人間を襲い、陰陽師などがそれを祓う。それが不動が知りうる妖怪についてだった。

 

「お前の力が気に入ったのでな。生かして利用することにした」

 

どうやら善意で助けられたのではなく打算的な目的で助けられたことは気配から分かり切っていたことだが、その要因となった力とやらが分からない。当時の不動は普通の大学生で頭の良さもそこそこ。運動神経にはある程度自信があったが、妖怪を満足させることができるものだとは到底思えなかった。

 

「気付いておらんのか?お前には力がある。とても強力な力がな」

 

ただしチヌはその詳細までは語らなかった。自分で気付けということだろうか。それとも利用しやすいように正確な情報は伝えない気なのか。どちらにせよ不動が自らの持つ力に対して色々と悩んだのは言うまでもない。

その間…大体三日間ほど…不動はその小屋から出ることはできず、食事はチヌが持ってきてくれた簡素なものを食べるのみだった。

ここで少し時間を戻してなぜ不動が森にいたのかを語ろう。と言っても大学の友人と共に山登りに来ていつの間にやら不動のみがはぐれてしまい遭難したというのが事の顛末なのだが。不動が、遭難したのがチヌの力によるものであると知るのはもっと後のことである。

話を戻そう。そういう理由もあって不動はなんとか友人たちに連絡を取ろうと思ったがチヌを相手に逃げることができるとも思えず、スマホの電波も届いていなかったため八方ふさがりとなっていた。不動は初日にしてチヌに逆らう気はなく生きるためにもチヌの命令には従おうと思っていたが、やはり大学への連絡やら友人への連絡ができず自分が行方不明扱い、ひいては捜索依頼を出されることは避けたかった。しかしチヌが大学を知っているかを疑わしく、そもそも妙に行動を起こそうとすると襲われるのではないかという恐怖があったため何もできずにいた。

そして三日後、不動はチヌに連れられ山の中を歩いていた。どうやら今から人間を襲うらしい。それの手伝いをせよということであった。未だに不動は自らの力を自覚していないが、ともかくやれることをやろうと思った。

 

「お前はここにおれ。私が合図したらその紐を引けばよい」

 

まだ力を扱うことができない不動のために普通の罠を仕掛けたようであった。

自分が助かるために誰かに犠牲になってもらおうなんていうのは流石に不動とて抵抗はあったが、自分の命と知らない誰かの命を天秤にかけて知らない誰かの命を取れるほど不動は聖人ではなかった。不動は悪人ではない。だからといって聖人でもない。一般的な大学生だったのだ。

チヌは道の途中にある石を腰を掛けた。不動がそうであったようにチヌの美貌に惹かれてやってきた人間を捕まえるのだろう。正直なところ普通の人間がチヌを腕力から逃げおおせるとも思えないので罠など必要ないように思えたが不動は口に出さなかった。

程なくしてやってきたのは一人の男性。着ている服は不動とて実物は見たことがなかった装束。どうやら妖怪にとって天敵となる祓う者のようだった。確かにこれが相手ならチヌとて無事では済まないかと思いつつ不動は罠を発動させる構えに入った。目の前では二人がなにやら会話をしている。

 

「やっと見つけたぞ妖怪め」

「私ってば人気者やねぇ」

 

チヌがカラカラと笑う。まるで油断のようにも見えるが、三日間同じ時を過ごした不動はその目の奥が笑っておらず目の前の敵を警戒しているのが分かった。もしかしたら今までも何度か出会ったことがあるのかもしれない。装束姿の男がチヌに少しずつ近づいていく。そしてある一点を超えた瞬間、チヌが不動に視線を飛ばした。

恐らく警戒を緩めなかっただろうがその視線はとても冷たく不動は一瞬硬直してしまった。それでも紐を引くことには成功し、紐は木を上を通り装束男の足元でその体を拘束するための罠となる。残念ながらその罠に男が引っかかることはなかったが体勢を崩している。その隙を見逃さずにチヌが男に接近し、そのまま勢いと妖怪の腕力を使って男を吹き飛ばした。男は木を一本折ったうえでその先に木の幹にぶつかり静止した。既に指一本動かすことができないようだがそれでも気絶はしていないのは妖怪退治を生業としている者の意地だろうか。だがここで気絶していた方が男にとっては良かったのかもしれない。

 

「やっとお前を食えるよ」

「くっ…」

 

チヌは抵抗させる間もなく男を食った。腕や脚が裂かれる度に男から悲鳴が上がる。

その姿を不動は遠いところから見ていた。確かに男が徐々にその形を崩していくのは見るに堪えなかったが、それ以上に不動はチヌを見ていた。チヌが男を殴った時の、ただ乱暴なだけではない美しい一撃…

狩りの帰り道、不動はこんなことを言ってしまった。

 

「きれい、でしたよ」

 

それを聞いたチヌはその目を丸めながらも少し面白がるような表情になった。

 

「そうかいそうかい。じゃあもっと私の役に立っておくれよ」

 

チヌにとって不動はただの道具であった。しかし不動はその役割の是非を問うこともなくチヌの指示に従った。

開放する程度の能力を身に着けたのはチヌと出会ってから二か月ほど経ってからであった。その時には不動は既に大学のことも友人のことも忘れ森の中でチヌと共に生活していた。人間を狩り、動物を狩り…流石に不動もカニバリズムを究めることはなく普通に兎肉などを食べた…そして不動がチヌと出会ってから一年が経過した。

 

「今日の目標は正体不明の女性の妖怪ね…」

 

その日森にやってきた男は不動やチヌが仕掛けた罠を悉く抜けてほぼ無傷のままチヌの元まで辿り着いた。

チヌもその男のことを今までで一番警戒しているのが不動にも分かった。チヌは不動に森の中で待機しているように告げた。

能力が開花してからというもの、不動はチヌと共に道に出ることが多かった。不動が妖怪に襲われているように見せれば獲物は不動を助けようとする。そして獲物が不動に背を見せたときに不動が攻撃。狩りも随分と余裕になっていた。幻想郷など知らない外の世界の聖職者たちにとって妖怪と人間が協力するなどありえない話だったからだ。

不動が出るのを止めたのはなんとなくチヌが嫌な予感を察知したからだったのだが…その男、堀内定晴は既に狂気が中にいた。妖怪が本気で襲っているわけではないと察知されて諸共にやられていたのは確かだった。チヌの機転によりこの時不動は助かったのだ。

 

「罠に嵌めねばな、不動」

「分かったよ、チヌ」

 

いつの間にか名前で呼び合うようになっていた二人はそれぞれの持ち場についた。

不動はいつも通りチヌの合図で罠を発動させた。時にはいくつもの罠を同時に発動させることもあった。しかし一度も男に攻撃が当たることはなく、そしてチヌは攻撃を受けた。そこからは不動が介入することができない世界であった。人間が到達することができないはずの妖怪の身体能力、それに対抗するかの如く互角に戦う男。しかもその男は手数が多く、気が付けばチヌは瀕死になっていた。

不動は駆けだそうとした。そして足を一歩踏み出したとき、死にかけのチヌと目が合った。彼女は最後に、声を出すことなく口を動かした。

 

『に・げ・ろ』

 

不動はそれでも駆けだしたかった。あの愛しい妖怪が目の前の男に殺されるところを見るのは我慢ならなかった。だがチヌはこちらを見つめている。もう口は動かさない。長い付き合いでの信頼で、その目はずっと不動を見ていた。確かに今出たところで不動がその男にできることなどなにもない。自らの開放する能力もどこまで通用するか分からない。

チヌにとって不動はただの道具であった。それは今でも変わらない。ただ、それでも、チヌの目の前で不動が死ぬのは嫌であった。奇しくも二人はそれぞれに目の前で死んでほしくないと思ったのだ。

不動は駆けだした。チヌとは反対方向の、森の奥へと。

その後チヌがどうなったのか不動は知らない。だがなんとかその男の情報については知ることができた。何でも屋、堀内定晴。妖怪殺しの経験も多数…

不動は今までに狩った陰陽師や祈祷師から服を借り、道具を借り、そして残ってメモなどから人脈を借りた。全てはあの男に復讐するため。あれほど狩った聖職者の力を身に着けて、能力を研ぎ澄ませて、そして…狂気と嫌悪を振りまきながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百十一話 嫌いじゃなかったよ

深夜テンションで調子に乗って書きすぎました


定晴の輝剣は不動の腹を裂いた。その衝撃で不動は吹き飛ばされ竹にたたきつけられる。見るからに致命傷。不動の持つ陰陽師の力も、開放する能力も、その傷を癒すには全く役に立たなかった。

 

「終わりだ、不動」

「堀内いいい!」

 

最後のあがき。腹の傷を顧みることなく不動は隠し持っていた短いナイフを突き出しながら定晴の体に突っ込んだ。吹き出す血。不動が通った跡ははっきりと血だまりとなって残っている。

全力の、最期。不動がひねり出したその攻撃は…

 

「私のご主人様に何してるのよ」

 

ルーミアの闇によって弾かれた。再度竹にぶつかる不動。もう体を動かすこともできないようだ。まるで不動が今までに狩ってきた人々のように。

不動は目の前の二人が近寄ってくるところを見た。自分は殺されるのだろうという確信を持って、最期に何かしてやろうという意識もなく、そして不動の視界は黒く沈んでいった。誰かの声を、脳内に反響させながら。

 

「まったく、私の道具は好き勝手する」

 


 

目の前で不動は倒れ伏している。まだ息はしているようだがこのままでは確実に死ぬであろう。その横には見慣れぬ妖怪…それでも知っている妖怪の姿があった。

 

「まったく、私の道具は好き勝手する」

 

そしてその隣には寝坊助も寝坊助。こんな大事件が起きていながらもいつも通りの大遅刻をした大妖怪の姿。

 

「はあ、探すのに手間取ったわ」

「紫、起きたのか」

 

藍と橙の姿はない。気絶させたのか、はたまたどこかに隔離しているのか。紫の力であれば、スキマの能力であれば洗脳程度は簡単に解除できるのかもしれない。だとすればどこかに待機しているのか。どちらにせよ彼女を紫は連れてきたのだろう。どうやら不動とこの妖怪は知り合いのようであった。

 

「本当は定晴の方に援護に行きたかったのだけど…不動がこうして動けなくなるのを待っていたのよ。定晴ならできるって、私信じてたからね」

 

だとしてももっと何かできなかったのだろうか。俺の能力をフルで使ったせいで俺の霊力は底をつきかけている。と、ルーミアが妖力を流してきた。どうやら俺の霊力の少なさに気が付いて力を分けてくれたらしい。霊力ほどではないが妖力も使えるようになった今なら再生の力も行使できる。自分自身と、そしてルーミアに再生の力を使う。ずっと戦闘と隠密ばかりで気が付かなかったが俺もルーミアも見た目は既に満身創痍だったのである。

ずっと不動の近くにいた妖怪が立ち上がりこちらを向いた。

 

「最後に会ったのはあの時以来だね」

「そうだな。知り合いだったのか?」

「そうさ。不動は私の道具で、大切な人なのさ」

 

彼女の名はチヌ。俺が外の世界で出会い、倒し、そして()()()妖怪の一人である。

 


 

不動が立ち去ったあと、チヌは定晴の方へと向き直った。

 

「さあ、一思いにやりな。苦しむのは嫌なんだ」

「散々人間のことを苦しめながら殺したっていうのに何を言っているんだ」

 

確かにとチヌは内心で笑った。今まで何度も苦しめながら人間を食らったというのにここで苦しみたくないとはなんと傲慢で滑稽なことか。チヌの全力を出しても勝てなかった相手に何を求めようというのか、チヌはもう分からなくなっていた。

 

「さっき向こうに人間の気配がしたが…獲物か?」

「いや、ただの人間だよ。気まぐれで助けてあげた、ね」

 

定晴はその言葉に驚いた。報告によればチヌの元へと向かった人間は誰一人として帰ってこず、また式神での通信も来なかったことから危険度は最高とされていたのだ。そんな彼女が人間を助けるなど…定晴はとある考えが浮かびさらに質問を投げかけた。

 

「陰陽師のやつか?」

「まさか。ただの青年さね。森に迷い込んだらしい、一年前にな」

 

つまり彼女は一年前にその人間を助けた後ずっと一緒にいたということだ。

確かに危険度は最高。戦闘力も今までに定晴が相手にしてきた中でも強者の部類であったのは間違いない。戦闘の初めの方で罠が発動していたのはその青年の助力があったからだろう。そのやり取りに、なんとなく無理やり従わせているわけでもないようであると定晴は感じた。定晴は最後の質問をした。

 

「人間と妖怪の間に信頼関係は生まれると思うか?」

「さあね」

 

要領を得ない答え。しかしチヌは、だが…と続けた。

 

「少なくとも彼は私を信用してくれていたようだよ。私も…彼を信頼していたのかもね」

 

他の妖怪のことは知らない。他の人間のことは知らない。どこかの誰かの関係など知るはずもない。それでも、身近にいた人のことは知っているとチヌは言った。私たちの間であれば信頼関係もあったのだろうと、そう告げた。

 

「だからなんだって言うんだい」

 

定晴は答えず頭上に視線を向けた。それにつられてチヌも頭上を見上げた。するとそこにはいつの間にか大きな裂け目があった。強大な妖力の気配を感じたチヌはその肌がびりびりしていることにも気が付いていた。チヌとは比べ物にならないような妖怪のお出ましである。

 

「どう思う、紫?」

 

定晴は裂け目に向かってそう声をかけた。すると裂け目は大きく開き、中からその妖力の正体である大妖怪が姿を現した。

 

「ええ、合格よ。私もすべての妖怪と人間が信頼関係を築けるとは思っていないわ。それでも誰かと信用しあえる、そのことを知っているのなら大丈夫でしょう」

 

チヌには何か分からないやり取りが交わされる。分かることと言えば、彼らがどうやら人間と妖怪の信頼について重きを置いているということだけであった。

 

「貴女には二つの選択肢があるわ。ここで殺されるか、幻想郷という場所に来て生きるか」

 

幻想郷という場所がどこのどんな場所であるのかは分からない。目の前の大妖怪はなぜか妙に胡散臭いようにも感じる。だが与えられた選択肢は大きく言えば生きるか死ぬか。ただただここで黙って殺される、というのはちょっとばかしチヌにはできなかった。チヌは差し出されたその手を、苦笑いしながら取ったのである。

定晴と紫、特に定晴の方は外の世界で幻想郷に送ってもいいような妖怪を探すのも目的としていた。外の世界にいる妖怪は大半が残忍で人間を食料としか思わず殺すことに喜びを感じるような奴ばかりだ。それでも中にはこうして人間のことをある程度なら信頼できる妖怪も存在する。そんな妖怪であれば幻想郷で生きることもできるだろうと紫と協力しながら探していたのである。それは犠牲を出したいわけではない定晴と、人間と妖怪の共存を望む紫の両者の願いを叶えるためのものであった。

 


 

まさかあの時の青年が不動だったとは。流石に何年も前のことだし霊力の気配など覚えているはずもない。不動が俺に何度も言っていた罪というのはチヌ関連のことだったわけだが…思い出すのは無理がある。

 

「お前、堀内って言ったね。不動を回復してやってくれないかい。事情は紫から聞いている。お前にたくさんの迷惑をかけたのは分かっている。それでも殺すのは…」

「当たり前だ。元より俺は最初から言ってる。殺すつもりはないってな。幻想郷じゃあ常識だ」

「そうよチヌ。幻想郷に来ても端っこの森の中で過ごしていた貴女には実感があまりないでしょうけど、幻想郷じゃ殺し合いっていうのはあまり認められないわ」

 

宿敵であるというのに殺すつもりはないと断言した俺と紫に苦笑するチヌ。やはり彼女は人間を信頼することができる側の妖怪だ。

俺は残った力で少し不動を再生する。気絶から復帰するほどではないが、少なくとも死んだりすることはないだろう。どうやらチヌも傍にいてあげるようだしな。

さて、不動の問題はこの際後回しにしよう。チヌがいるのであれば問題はない。先にしなければならないのは事後処理だ。俺が気絶させた霊夢たち共々、妖怪たちが竹林の至る所。なんなら幻想郷のあちこちに転がっているはずなのである。フランたちの状態も気になるし回復しなければならないのは確かなのだが…

 

「定晴、あとは任せなさい。大妖怪の本領を見せてあげるわ。隠岐奈ー!見てるんでしょー!手伝いなさーい!」

 

俺が知らない妖怪の名を呼ぶ紫。どうやら妖怪たちの回収は紫たちが担当してくれるようだ。俺もルーミアも再生したとはいえ全力ではないし、力も足りなかったので所々に傷が残っている。代わりにしてもらえるというのであれば任せることにしよう。

俺が休憩すべくルーミアと共に影で休んでいたら一人こちらに近づいてきた。先ほどまで不動によって操られ、ルーミアによって吹き飛ばされた水那だ。どうやらルーミアも手加減したからか他の誰よりも早く目が覚めたようである。俺が声をかけようとするとその前に水那は深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい。私、また油断しちゃって…」

 

どうやら不動に操られたことがショックだったようである。確かに博麗の巫女が敵に操られるなどあってはならないことではあるかもしれない。だが今回の場合はほとんどが操られていたのだ。そこまで責められることでもないと思うのだが、そうではないらしい。

 

「私、いつまでたっても博麗の巫女としての務めが果たせなくて…悔しいです」

 

水那は泣いていた。不動に操られたことも含めて自分が未熟であることが不甲斐ないと思っているようである。水那の頑張りは俺たちも分かっているのだが…霊夢が天才肌過ぎるのがいけないのかもしれない。少ない練習量と直感で霊夢は技を使ったりできるからな。その霊夢と比較してしまい落ち込んでいるのだろう。

 

「…今は休め。話はいくらでも聞いてやるし、霊夢たちも水那を責めたりはしない。宴会の時にみんなも交えて今後のことを話そう」

 

どうせ今回も誰かが主導して宴会をやるのだ。異変の主犯も解決者も全員を交えて騒いで、そして信頼するのだ。それが今の幻想郷の在り方だ。水那をここに連れてきたのは俺だ。ここのルールに従いながら、水那を導いてやらないとな。霊夢も水那のことを気にかけてくれるだろうが、俺も見守らなければ。

水那は俺の隣、ルーミアの反対側に座った。気づけばそこらへんに転がっていた魑魅魍魎たちは回収されてしまっている。一体どこに飛ばされたのだろうか。スキマの中はある程度の空間になっているようだし少しずつ送り出して永遠亭で治させるつもりなのだろうか。だとすればしばらくは永琳が眠れないことに…不老不死って眠る必要がなかったりするのだろうか。でも不死とはいえ病気にかからないというわけではないような気が…分からん。

 

「定晴、これからどうする?」

「俺たちも協力しながら怪我人の治療だな。あと不動をどうするか。多分チヌが死んだと思っていたからこその行動だと思うんだが…」

「私もそう思うよ」

 

カラカラと笑いながらいつの間にかすぐ近くにいたチヌ。全然足音も気配もなかったな。森の中で獲物に逃げられないようにするには必須のテクニックなのだろう。

その背には不動。未だに気絶したまま目を覚まさないようだ。チヌが不動の方をちらりと見て言った。

 

「本当に、馬鹿なやつさ」

「にしても不動は度々幻想郷に来てたんだぞ?会わなかったのか?」

「さっき言われたけど私は端っこの森の中で生活してたんだ。こっちの方に不動が来てれば気配で私に気が付くこともあったかもしれないけど…まあ過ぎてしまったことは仕方ないさね」

 

さっきから思っていたが特徴的な話し方だ。方言でもなく、かといって訛りなのかというとそうでもないような…妖怪の在り方を決めるのは人間なので多分どこかの誰かがこの口調であると思ったのだろう。普通に生活していれば出会うことのなさそうな言葉遣いだが…どこかの集落ではこういった口調だったのかもしれない。どうやらチヌはそれなりに昔から生きているようだしな。今後も幻想郷で生き続けるのなら大妖怪になることもあるかもしれない。暗黙の了解として、迷い込んだ人間は食ってもいいらしいし。

 

「よければ不動は私のとこで保護しとくよ。また昔みたいに二人で過ごすのもいいかもねぇ」

「不動のことが気に入っているのか?」

「少なくとも…嫌いじゃなかったよ」

 

朗らかな顔をして言うチヌ。それは一年という妖怪にとっては短い、それでも長い月日を過ごしたからこその笑みだろう。

しばらく何も言わずに休んでいたら紫がスキマから現れた。どうやら回収作業が終わったようである。

 

「吸血鬼の妹が少しやばそうよ。定晴、来てくれる?」

「はいよ」

 

紫に言われてスキマを通ればそこは永遠亭の一室。ここは…救護室だろうか。

そこにフランが横たわっていた。全身傷だらけで、息は細い。狂気に支配されていたからか無茶なこともしたらしく火傷跡や打撲痕も残っている。見るからに痛々しい様相だ。だがそれでも生きている。紫に訊ねてみると、どうやら森の中で他の紅魔館の面々共々気絶していたらしい。誰も死んでいないようでなによりである。

俺はルーミアに妖力を分けてもらいながらフランに再生を行使した。しかも魂にいる魔女が魔力の補助もしてくれたのでその余力で浄化も使う。元々静まっていた狂気を不動によって開放されたようなのでもう一度浄化するのは簡単だった。一応俺や狂気が感じ取ることができるものは浄化したのだが…多分まだ残っているのだろう。これはフランたちと話しながらした方がよさそうだな。

 

「流石ね定晴。あとは藍達にも手伝ってもらいながら事後処理といきましょ」

 

さあ、異変完全解決まであと少しだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百十二話 二つを繋ぐもの

その日はもう太陽も沈み俺たちも疲労が溜まっているだろうからと一度家に帰った。何日も離れていたわけではないのにやたらと久しく感じるのは、昨日がとても濃かったからだろうか。俺もルーミアも自分の部屋には戻らずそのままリビングルームで横になった。ルーミアはソファ、俺は床に。

 

「はぁ、大変だったわね」

「だな…」

 

今までは極限状態だったため気が付かなかったが、いざ意識してみると体は鉛のように重く霊力は底をついている。自分でもよく生きてたなという感じなので客観的に見ても満身創痍なのは間違いないだろう。疲れもあったからか段々と眠くなってきた…

 

 

っ…今何時だ。気が緩んで眠ってしまった。

 

「あ、おはようご主人様」

 

目を覚ますと目の前にはルーミアの顔。どうやら俺は寝かされているらしい。所謂膝枕というやつだ。なんでこの体勢なのかは些か疑問ではあるが、きっとルーミアが床で寝ている俺に気を使ってくれたのだろう。俺がこうしている間はルーミアは眠ることもできなかっただろうに…

起きようとすると体を押さえつけられて霊力もない今の俺には起き上がることもできないので、膝枕のこの状態でルーミアと話す。なんか恥ずかしいな。

 

「今何時だルーミア」

「今は夜中の十時よ。あまり家に食材がなかったからおにぎりくらいしかないけど食べる?」

 

どうやら俺を膝枕する前におにぎりまで握っておいてくれたらしい。なんだか最近ルーミアが丸くなったように感じる。優しくなったというか…周囲を配慮するようになった印象だ。多分封印から自由になったとかそれだけのことではないのだろう。

俺がルーミアにおにぎりを食べることを伝えるとやっと膝枕から解放してくれた。なんだか名残惜しそうに見えるし膝枕をしたかったのだろうか。

俺は申し訳程度に沢庵やら梅干しやらが入っているおにぎりを食べながら今後の予定について考える。取り敢えず今日はこのまま寝るとして、明日の朝永遠亭に向かうのがいいだろう。紫は事後処理に追われているだろうから呼べば出てくるだろうし、永琳には特に俺を言う必要があるからな。永琳がいなければ今回の事件で俺は不動に殺されていたことだろう。数時間で薬を作ってくれたことだし月の頭脳は伊達じゃなかったな。どこかで依姫たちに話すとするか。

それと天子にもお礼を言う必要がある。あまり一緒に行動はできなかったがあの状況での貴重な戦力だった。あの正体不明の妖怪との戦闘では頭上から要石を落としてくれたからこそ勝てたわけだからな。…あの正体不明の妖怪は操られた状態から解放されて今も永遠亭にいるだろう。あの子のことも話し合わないといけないな。

不動との戦闘で死者こそいなかったもののフランのように重篤になってしまった妖怪も少なくない。失ったものはないがやらなければいけないことは多く残っている。まあ少しずつ片付けていこう。

 


 

朝。

俺とルーミアは永遠亭に来ていた。朝と言っても早すぎると迷惑かもしれないので日は完全に昇りきっている。不老不死な月人が運営しているのでコンビニ営業かもしれないが、昨日は大変だったし流石に寝ただろう。というかお互いに休憩できるように昨日は解散したわけだから休んでくれてないと困る。

 

「おはよう鈴仙」

「あ。師匠ー!定晴さんが来ましたよー!」

 

俺が声をかけると大声で永琳のことを呼ぶ鈴仙。彼女はいつも永遠亭の前で掃き掃除をしているのだが、別の仕事もあるんだよな…?少なくとも行商とかしているはずなのだが…

鈴仙が呼びかけてから永琳が出てくるまで数分とかからなかった。永琳もそれなりに準備して待ってくれていたのだろう。俺たちはそのまま永琳に連れられてある一室へと到着した。

そこは昨日正体不明の妖怪を保護した部屋であった。今彼女はベッドで眠っている。

 

「結局会話はできなかったわ。意思の疎通は可能だけど…私じゃ原因が分からなかったのよ。身体的な要因ではないと思うのだけど…」

 

うーむ、分からないことが多すぎるな。一応あとでチヌを通して不動に質問してみるか。答えてくれるのかは定かではないが。彼女をこの状態にしたのは不動なので落とし前は不動につけてもらおう。

 

「フランはどうだ?」

「あっちは大丈夫よ。昨日の時点では結構やばそうだったんだけど、貴方の再生をかけてもらってからは全然問題ないわ。よければまた再生をかけてあげてちょうだい。暇しすぎて暴れそうなのよ」

 

流石の永琳もフランに暴れられるのは困るらしい。物質とか大きさとか関係なく破壊するフランの能力には手を焼くようだ。俺も無効化がなければあまり善戦できる気がしない。

多分再生をかけてあげることよりもフランのストレスをどうにかしてほしいという方が真の願いだろうからフランの病室にも訪れる。到着すると俺たちよりも先に一人来ていた。

 

「咲夜、お前は動いて大丈夫なのか?」

「ええ。妹様以外は既にある程度治療が終わっていますから」

 

紅魔館のメイド、十六夜咲夜。メイドの仕事のために永遠亭まで主張中。

昨日怪我がひどかった咲夜とレミリアを除いて紅魔館の面々は帰宅。レミリアも夜の間の吸血鬼パワーにより回復して残りはフランだけということだ。吸血鬼という種族の力で夜の間であれば自然治癒力が大幅に上昇するらしいのだがフランの傷はそれだけで癒せなかったのだろう。もしかしたら狂気の影響もあるのかもしれないが。

 

「フラン、調子はどうだ?」

「…元気」

 

というには随分と返事が弱々しい。枕に顔をうずめたままこちらを見ることもなく寝ているフラン。

 

「狂気に呑まれてしまったことと不動に負けたことがショックだそうです」

「ちょっと咲夜!」

「怒るのであればせめて定晴様の方を向いて話してはどうですか?」

 

フランは元々狂気に呑まれやすかったわけで、しかも不動にその狂気を開放状態にされたのだから抗うのも無理だったような気がする。そしてこれはフランの戦いを見ていないので憶測だが不動とフランの能力は相性が悪い。フランは自分の能力のことを話すときに『きゅっとしてどっかん』という言葉を使うことがある。実際フランに原理を説明してもらったが、実在する物質が必ず持っている目と呼ばれる弱い部分を手の中に移動させて握りつぶすことで破壊しているらしい。まあ要は弱い部分を握りつぶしているわけだ。

不動がその部分を開放してしまえば握り潰すことはできない。握りつぶすという行動に対して開放しているという状態が付与されるのだ。言葉で説明するのは難しいがフランは握りつぶそうとしても握りつぶしたという事実に至れないという状況に陥るということだ。

 

「だってー、冷静さを失っていたとはいえあそこまで負かされるのはやっぱり嫌なんだもの」

 

昨日と違って傷が何もない不満顔で呟くフラン。夜の間に小さい傷は全て癒えたのだろう。永琳曰く昨日は骨が折れていたらしい。足を少しパタパタしているところを見ると骨は癒着したようだがまだ安静に、ということだろう。

 

「あ、あと…お兄様、ごめんなさい」

「え?なんでだ?」

「私またお兄様に攻撃しそうになっちゃって…」

 

確かにフランは狂気に呑まれて冷静さを失い俺たちを攻撃しそうにもなっていた。しかしフランは不動の攻撃を優先し、結局俺たちには何の被害もなかったので特に何も気にする必要はない。と説明したがどうやらフラン自身それ以外にも思うところがあるようだ。

 

「お兄様が昔私の狂気を浄化してもらった時、まだ少し狂気が残ってること言わなかったの。もっとちゃんとしてたら私もお兄様に協力できたのに…」

 

フランは自分の中にある感情、概念の部分を感じ取れるのか。まあ制御はできないようだが、しかし俺に言わなければいけなかったというわけでもあるまい。

というか俺に言ったところで浄化できない可能性が高い。フランと狂気を完全に引き離すのは多分不可能だろう。紫とかミキみたいな反則的な人物でもない限り無くすことはできないに違いない。だってフランはずっと狂気と共に生きてきたはずだから。

 

「そんなに気にするな。結局フランの奇襲のおかげで俺たちもこうして生きてるわけだし。俺以上にフランは怪我をしたからな。そう卑下するもんじゃないぞ」

「うん…えへへ、ありがとお兄様!」

 

ちょっとは元気も戻った様子。行かないといけないところもあるしここらへんでお暇させてもらおうかな。

 

「じゃあ安静になフラン」

「うん!ばいばーい!」

 

手を振るフランに別れを告げて次に向かうのは…不動のところだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百十三話 幻想郷の端(未だにどこかは分からない)

ルーミアを連れて不動の元へ。永遠亭にいなかったので所在を聞いてみれば、永琳曰くチヌの家にいるとのこと。しかし俺はチヌの家を知らない。どうやらずっと幻想郷の端に住んでいたそうなので家もそこにあるのだろうが…幻想郷の端ってどこのだよ。

幻想郷は何かの形を成して形成されているのではない。山だとか森だとかを覆うために博麗第結界などは半球状に張られているらしいが、地形の関係上認識やらなんやらに干渉する結界は歪んでいるのだ。まあもし半球状だとしたらそれはそれでどこの端なのか分からないのだけども。

居場所が分からなければどうしようもない…とならないのが幻想郷。あまり借りを作りすぎると後々面倒なことになるのだが、今日は仕方ないので理不尽その一を呼ぶ。

 

「紫ー!」

「はいはーい。昨日から処理に追われて眠れていない紫さんよ♪労わってくれるのかしら?」

 

なんだか一晩眠った俺たちに罪悪感を植え付けるかのようにスキマから飛び出してきた幻想郷の賢者。紫の言葉にルーミアも微妙な顔をしている。

 

「チヌのところに送ってくれないか?俺たちは場所を知らなくてな」

「そんなこと?はいはーい、二名様ごあんなーい」

 

紫が手を翳すと目の前にスキマが現れる。奥には気持ちの悪い目玉ばかりが広がっているがまっすぐ進めば不動とチヌの場所へと行くことができるのだろう。

俺がスキマを通ろうとすると後ろから紫が呟くように言ってきた。

 

「労わりもしてくれるわよね?」

「全部終わったらな」

 

それだけ言って俺とルーミアはスキマの中に入った。

スキマの中に地面らしい部分も何もないがそこで歩くこと数秒、スキマ空間が突然消え去り目の前には一軒の木造りの家が建っていた。簡素だが意外としっかりとした作りであり台風程度であれば余裕で耐えることもできそうだ。チヌが作ったのか前からあるやつを借りたのかは分からないが製作者は中々に建築関係の知識があったらしいな。

流石にインターホンみたいなものはないので(幻想郷でインターホンがある家は俺の家やアリスの家くらいだ)、普通にドアをノックする。幻想郷の人々はあまりインターホンを使い慣れていないのか魔理沙などは屡々インターホンを押さずにノックをしてくる。

しばらくすれば扉が開いた。出迎えてくれたのはチヌではなく不動であった。

 

「ああ、堀内か。入ってくれ」

 

そしてそそくさと中へと戻っていく不動。

中も外見と同じく木造りなものの中には洋風な家具なんかも置いてある。どうやら木造りの椅子よりもソファの方が座り心地がよかったようで、ソファが置いてある脇に乱雑に椅子が置かれている。

 

「よう来たね。取り敢えず座り」

 

チヌは既に座ったまま待機しており、こういうところで不動とチヌの上下関係が分かる。とはいえ別に雑に扱っているわけではないようだけど。

俺とルーミアが座ったことを確認すると先にチヌが口を開いた。

 

「まあ要件は分かっとる。そこにいる不動のことだろう?」

 

そう言うとチヌは不動を睨みつけるかのように視線を移した。中々の眼光だが不動が何も感じていないところを見るとこれがデフォルトなのかもしれない。

俺がそうだと言えばチヌはさらに言葉を続けた。

 

「私もまあ色々とそいつに聞いた。なんだか情けないよ。こんな奴のこと、さっさと忘れちまえばいいってのに」

「そんなこと…」

 

チヌの言葉に不動が反応する。チヌからすれば親しい人間程度の認識なんだろうが、不動からすればやはり大切な人なのだろう。

 

「もちろん落とし前はつけさせる。既に幾人かには謝らせている。ちゃんと迷惑をかけたやつらには謝罪をさせよう」

 

不動も既に行動原理がなくなった、というか毒気が抜かれたかのようで、チヌの命令はしっかり守っているようである。まあ死人は出ていないし、謝罪でなんとかなるのが今の幻想郷だ。恨みだのなんだのでまた諍い事が起きるのは博麗の巫女である霊夢も本望ではないからこそ今の幻想郷があるのだ。

 

「それで?他に要求があるのかい?」

「ああ、ある妖怪のことなんだが…」

 

二人に永遠亭で保護されている妖怪について説明をした。彼女の状態と状況を掻い摘んで話している間、不動は無言だった。

 

「永琳曰くああなったのは不動が長い間操り状態にしていたからだと言うが…」

「…僕としても驚きだ。あれは言わば思考誘導に近い。なんでもかんでも操れるわけではないし、力の供給をしていたのは事実だが元より彼女はそれなりの知識と力があったはずだ。僕も原因は分からない」

 

不動の目を見るが嘘をついているようには見えない。まさか不動でも分からないか…やはり紫に確認してもらったほうがいいかもしれない。紫のスキマの力であれば精神の境界を操ることもできるので不動に操られる前の状態に戻すこともできるかもしれない。

 

「それで?堀内は僕たちに彼女を保護してほしいと言うのかい?別に、それくらいであれば構わないが」

「いや、それは別に求めてない。彼女の状態を改善する方法が分かればと思って聞いただけだ。幻想郷には式神のプロフェッショナルもいるからな。どうにでもなる」

 

藍が了承してくれるかは分からないが。

今のところ俺は彼女を誰かしらの式神にするのが良いと思っている。勿論操るとかそういうのはなしだ。多分あのまま放置するとそこらへんの妖怪に共食いされて死んでしまう。ある程度自衛のための弾幕を使えるようになるまでは誰かの庇護下にある方がいいはずだ。まあ誰もいなければ最終的に不動に面倒を見てもらうけど。

 

「幻想郷じゃ異変を起こしたところでそれがちゃんと解決してくれれば首謀者だろうがなんだろうが許すことになっている。しばらくすれば宴会のお知らせが来ると思うからちゃんと参加しろよ」

「ふむ、たまーにあった宴会のお知らせは異変解決のものだったか」

 

そう呟くチヌ。いや、純粋に飲みたい奴らが人を集めていることも多々あるので一概に全部が祝いの宴会というわけではないぞ。

 

「まあ安心せえ。不動の面倒は私が見るからな。もうこれ以上変なことはさせんよ」

「ああ、頼むぞ」

 

若干不動が気まずそうにしているのを無視して俺とチヌは頷きあったのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百十四話 宴会【傀儡異変】

そして数日、俺たちは後始末に動いた。基本的には負傷者と操られたという事実に憤慨して暴れている妖怪の処理だ。前者は俺が再生をかけたり永琳が治療をしたりすることでなんとかなるのだが、後者は如何せん動機に同情できてしまうので厄介だ。幻想郷のルールをちゃんと飲み込ませて対応してもらっている。

そして数日後、とうとうあのイベントが始まった。

 

「宴会だー!」

 

魔理沙が大声で叫んでいる。宴会は始まったばかりだというのに既に結構酔っているようだ。外の世界では魔理沙くらいの年齢だと飲酒などもっての外なのであるが…なんとなくその理由もわかるというもの。普通のビールの味は子供には向かないと思うのだが、幻想郷では小さいときからでも宴会に参加するようだし慣れなのだろうか。

 

「ほーら、定晴ー、労わりなさいよー」

「労わってやるからそんなにくっつくな」

 

既に酔っている紫が俺の右側から何度も軽く頭突きをしてくる。構ってほしいときの猫かお前は。いやまあ橙とかお燐に頭突きされても困るけど。

いつもなら眠っている時期なだけに疲れも多かったらしい。一応撫でつつ紫を窘める。酔っているやつに窘めなんてものが効果ないのは知っているが、そこまでくっつかれると流石に鬱陶しい。頑張ってくれたのは事実なので素っ気なくするのはできないし正直手に余ってしまう。

 

「ちょっと八雲紫。定晴にあまり迷惑をかけないでよ」

 

すると料理とお酒を持ってきたルーミアが紫に注意した。いつもなら紫を抑えてくれる藍は裏方をしているらしいし、霊夢も向こうの方で魔理沙たちと飲んでいるので対応してくれる人がいなくて困っていたのだ。とても助かる。

だが紫も酔っているので、いや酔っていなくても言うのかもしれないがルーミアに反論した。

 

「なによー。貴女はいつでも家でくっつけるんだしこういう時くらいいいじゃないー」

「な!?く、くっついてなんかないわよ!」

 

因みにルーミアが家にいるときはもっぱら読書をしているのでくっついてくることなんかしない。

うーん、素っ気なくするのは違うがこれはこれで面倒だな。ちょっと酔いを醒ましてやるか。

魔術で小さい水の弾を形成。紫の頭上に持って行って、投下。

 

「つっめた!」

 

紫が飛び起きた。成功だ。

前はこんな風に細やかな制御はできなかったのだが魔女の魂の影響で結構魔術も自由に扱えるようになってきた。そもそも魔力量が随分と増えたので今まで出来なかった複合魔術なんかもできるようになっている。もう一回パチュリーのところで適正を調べたら前とは違った結果になるかもしれないな。多分上級魔術くらいまでなら使用できるのではないだろうか。

 

「ちょっと!酷いじゃない!」

「酔いすぎてるからだ」

 

宴会が始まって一時間程度だというのに顔を真っ赤にして酔っているのが悪い。幻想郷のやつらって酒癖は悪くないんだがその分宴会のときの飲酒量が異常なのだ。常日頃からでも酒を飲んでいるのは…鬼の奴らくらいだな。萃香なんていつも酔ってるし。

 

「いつの間にそんな操作ができるようになったの?」

 

俺の魔術を見てパチュリーがやってきた。それに釣られるようにアリスと魔理沙もやってきた。魔術は魔法使いを呼ぶ、のだろうか。

 

「どうしたー?」

「定晴さんが繊細な操作もできるようになっていたから気になったのよ」

「なんだか魔力量も増えてない貴方?」

 

魔法使い三人衆。やはり魔の付く技術には興味をそそられるようである。

魔女のことを言ってもいいのだろうか。狂気という前例があるのでパチュリーは知っているが、アリスや魔理沙は魂のシステムを知らない。っていうかシステムなら俺も分からないけど。ともかく、魔女の魂を説明したときの悪影響は…

 

『そんなに気にしないでいいわよ。魔法使いなんてあまり他者に興味なんてないから』

 

と魔女が言ったので普通に説明するとしよう。

俺の話を聞いて最初に動いたのは魔理沙。どうやら霖之助に対して不満があるようだ。

 

「なんでそんなものがあるって言わなかったんだ香霖は!」

「壊されると思ったんじゃないか?」

 

霖之助曰く霊夢と魔理沙は何も買わないくせに店に損害を与えるとかなんとか。店に来ればお茶を請求し、適当な話をして帰るという…いわゆる迷惑客なのである。

パチュリーはというと魂封石に興味を持ったようである。俺の予想通りだが、残念ながら石は既に崩壊してしまったことを伝える。

 

「うーん…破片とかはないのかしら?」

「一応残してるが魔女曰く既に性質は失っているらしいぞ?」

「それでもいいわ。研究には使えるだろうし、触媒にはなるだろうから」

 

そういえば宝石魔術なんていう種類の魔術もあると聞いた。パチュリーも使えるのだろうか…ちなみに俺が初めてその魔術を知ったのはミキ経由なのだがあいつは宝石魔術を見せてくれなかった。触媒となる宝石が貴重だからそう簡単に使えるわけではないらしい。

閑話休題

 

「パチェが宴会で本を読んでないのは珍しいと思ったら定晴のところにいたのね」

「あ、レミィ。ちょっと興味がわいちゃって」

 

後ろから歩いてきたのはレミリア。片手には優雅にワイングラスを持っている。

 

「あら、フランはいないのかしら?」

「ん?来てないが?」

「私たちのところにいなかったからこっちにいるのかと思ったのだけど…どこにいるかしら」

 

どうやらフランが行方不明のようである。まあどこかにはいるのだろう。ああ見えてフランは友達を増やしているのでどこかで集まっているに違いない。

とそこで水で目を覚ませた後俺に無視されて泣いていた紫がやっと起き上がった。

 

「もう定晴なんか知らないもん!霊夢のとこに行っちゃうから!」

 

大妖怪だとは思えないような、というか普段の様子からは思えないような語尾をつけて紫は行ってしまった。霊夢たちに迷惑をかけなければいいが…水、口の中に突っ込んでやる方がよかったかな。

 

『れーいーむー!』

『げっ、なんでこっちくるのよスキマ!』

 

うん、仲良くやれているから良しとしよう。例え紫が霊夢の弾幕によって吹き飛んでいたとしてもそれは全然問題のない平和な光景なのである。

 

「定晴の平和は少しずれてるように思えるのだけど…」

 

魔法使い三人衆がいなくなったそう呟くのはルーミア。ふむ、幻想郷に限っていえばあれは全然平和な光景になると思うのだが…まあ感じ方は人それぞれか。今日は疲れてるので宴会場の端っこの方で飲んでいるので喧噪に巻き込まれることもなくゆっくり酒を飲むことができている。

 

「ルーミアはどこかに行ってきていいんだぞ?」

「別に気にしないで頂戴。疲れてるのは私も一緒よ」

 

ルーミアも俺の隣で酒を飲んでいる。元々俺もルーミアも酒をがぶがぶ飲むような性格ではないので減る量もゆっくりだ。ルーミアが持ってくる料理が俺の好みなものばかりなのはルーミアが気を利かせているのだろうか。そういえば最近物の好みが俺に似てきたとか言っていたような気もするな…

 

「なんじゃお前さんはここで飲んでるのか」

「ん?」

 

俺の後ろからチヌと不動が現れた。なぜ後ろから…今来たのだろうか。

 

「なあ定晴よ、少し手伝ってほしいことがあるのだが」

「なんだ?」

「不動が気まずくて出ていけぬと言っていてなぁ…」

 

どうやら不動はこの中に交じって酒を飲むのが気まずいらしい。まあ異変の首謀者が宴会に参加するときは結構起こりうることだ。いつもはそういうとき霊夢が主導して誘うのだけど…今回の異変は完全に俺に関することだったわけだししょうがないから手伝うか。

 

「こっち来い不動」

「すまないね堀内」

 

そう言いながらついてくる不動。チヌと過ごして随分と丸くなったな。いや、こっちが不動の本来の性格か。元々喋り方が丁寧のやつなわけだしあの感情的なやつは本当にチヌのことを想っていたからこそのものだったのだろう。

 

「おーい、お前ら!」

「「「なーにー!」」」

 

俺が不動を連れているのを見て今から何をしようとしているのか察してくれたようでノッてくれる参加者たち。

 

「こいつが寂しいっていうんで酒を飲ませてやってくれー」

「な、おい堀内!」

 

これが幻想郷流だ不動よ。俺の声で一番最初に立ち上がったのは萃香。よしきたと言って勇儀も後ろから酒を持ってきた。それに釣られるように何人も立ち上がり…

 

「んじゃあとは楽しめ不動」

「あ、おい!」

 

人々に流されるように消えていった不動を見送る。宴会参加者に捕まれば宴会が終わるまで離してはくれない。どうせここにいるほとんどの奴に不動は謝りに行っただろうし蟠りを無くすのならこれが一番手っ取り早い。不動のことは奴らに任せるとしよう。いい感じに揉まれてくるに違いない。

 

「あれが幻想郷流なのか?」

「少なくとも不動には合ってるだろうな」

 

チヌの手元には小さい酒瓶が一本だけ。見た目だけ見れば美麗なチヌはあまり酒を飲まないようだ。そういうところは見た目通りなんだな。

 

「なんかちょっと失礼なこと考えてないか?」

「そんなことない」

 

めっちゃ鋭い目つきで睨まれた。なんかあれだな、綺麗な人を怒らせると無性に怖く感じるあれだな。

 

「不動はこのあとどうするかねぇ」

「チヌと一緒に住むんじゃないのか?」

 

俺がそう言うとチヌはなんだか微妙な顔をする。どうやら不動の今後について思うところがあるようだ。事情を聴いてみると幻想郷に住むのは如何なものかと。というのも一応不動は大学に在学中になっているらしい。ただもう一年以上休学しているし扱いがどうなっているかは分からないな。

チヌからすれば不動にはまず普通の生活を送ってほしいと思っているようである。外の世界で聖職者を食らっていた妖怪とは思えない発言に少し笑みが零れてしまう。

 

「なんか変か?」

「いんや、妖怪としては妙ではあるけど変とは思わん」

 

やはりチヌは不動に少し甘いところがあるな。というか優しい。

チヌの言いたいことはとてもよくわかるし俺も普通に大学生活はしたほうがいいと思う…が不動は多分もう戻る気ないんだろうなぁ…

 

「ま、宴会終わったら存分に話し合うといいだろ。多分だけど不動は戻らんが」

「はぁ、私もそんな気がするよ」

 

まあこればかりは当人たちの問題だし気にしないでいいだろう。

と俺とチヌが話していたら後ろから何かに激突された。

 

「お兄様ー!」

「定晴ー!」

「フラン!それになんでこいし!?」

 

レミリアが探していたフランとそれに加えて何故かこいしがいる。どうやらこそこそと俺の後ろに二人で回り込んだらしいが今はそれはどうでもいい。

 

「またこいし抜け出してきたのか?」

「違うよー、今日はお燐とお空も一緒だよー」

 

…さとりは?

これ絶対こいしが二人に無理を言って連れてきてもらってるやつだ。二人ともペットという立場上こいしに対して強く出ることができない。そのためこうやって二人に連れてきてもらったという名目で無理やり外に出てくることがあるとかなんとか…今までその作戦でさとりが「それなら仕方ないか」となったことがないと聞いたのだがなぜ何度も繰り返すのか。

 

「むむむ…フランちゃん!定晴が信じてくれない!」

「信じるとかじゃなくて日頃の行いのせいだと思うけど」

 

フランがずばりと言い切った。それに対しこいしはヨヨヨと泣き崩れている。なんともまあ演技力が高いことよ。

 

「…なんだか定晴、また変なのに巻き込まれたんだね」

 

妙に神妙な顔で話し始めるこいし。

 

「私はあまり定晴に無理をしてほしくないんだけど…」

「今回のは俺にも若干責任があるし仕方ない」

 

チヌも一応それは認識しているのか若干苦笑いだ。誰もあの森での事件のあとに不動に連絡をしなかったので俺もチヌもある程度の責任はある。やはり放置するのはよくないな。

 

「でも…私は…」

 

こいしが何かを言いかけた時。

 

「くっ…堀内!チヌ!こいつらをなんとかしてくれ!気絶するまで飲まされる!」

 

奥の方で不動の悲鳴が聞こえた。幻想郷の住人、特に鬼に大量の、しかも度が強い酒を飲まされているらしい。ここから見えるだけでも既に不動の顔は結構赤い。あのままいけば二日酔い確定の今なら頭痛と酩酊のおまけつきになるのは間違いないだろう。

 

「チヌ、助けてやったらどうだ?」

「ここから不動が情けないところを見るのも悪くないが…ま、いいだろう」

 

チヌが笑いながら不動のところへ移動した。

 

「すまんな。こいし、なんだ?」

「え?あ、いや!全然気にしないで!」

 

こいしは取り繕ったような表情を浮かべて手を横にパタパタと振った。話の途中で中断されたときほど気まずいことはない。申し訳ないことをしたな。

 

「お兄様って、そういうところ本当に悪い男よね」

「はい?」

 

なんかフランに罵倒された。まあ反論できないことを今まさに証明してしまったわけだが。

 

「ねえ定晴、もう事件に巻き込まれたりしないよね?」

「今までの異変も大体は不動の仕業だったみたいだししばらくは大丈夫だろう」

 

驚いたことに地底でのあれこれなんかも不動の仕業だという。地底の妖怪たちの地上への憎しみを開放してやったというが…開放する能力って本当に厄介だな。

 

「…それならいいんだけど」

 

なんか今日のこいしはいつにもまして妙だ。こいしにしては心配しすぎな気もするし何が気になるというのだろうか。

こいしとフランはそのあとそのまま人込みの中へ消えてしまった。言いたいことだけ言って去っていったみたいな感じで後味は悪いが、何かあれば向こうから話してくれるだろう。

俺は幻想郷の住人たちと早くも馴染めそうなチヌと不動のやり取りを遠めに見つつ宴会の夜は更けていった。




ここで一段落…なのですが、物語全体の大体四割くらいって言ったら、どうします?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二部一章 進む日常
二百十五話 ユズ


ここから第二部ということで、要望もありオリキャラの軽い紹介を置いておきます

堀内定晴
…本作の主人公。【十の力を操る程度の能力】持ち。式神にルーミアがいる。黒髪の男性でモテるが非常に鈍感

博麗水那
…次期博麗の巫女。外の世界で家無しのまま生きていたところを定晴が保護。巫女修行中の身だが、巫女になってから負けが多いことを気にしている

不動成
…第一部の黒幕。【開放する程度の能力】持ち。現在はチヌと幻想郷の端っこで同居中

チヌ
…正体不明の妖怪。高度な術などは持たないが純粋な力では大妖怪レベル。現在不動と共に同居中

???
…不動に使役されていた妖怪。詳細不明

空那
…水那の姉。幻想の力との親和性が高い。現在は外の世界で頑張ってる

ミキ
…定晴の友人。時空神。既婚者。詳細は作者の別の作品を見ればわかります


不動とのあれこれも終えて俺は久しぶりの休暇を家で過ごしていた。ルーミアはいつものように本を読んでいる。題名は【ヒト種はなぜ妖怪に勝てないのか】である。なんだか難しそうな題名だし、その本って本来人間が妖怪対策として読むものではないのだろうか。ルーミアが読んだらそれこそ人間が妖怪に対してどんなことをしているのかとか筒抜けになるわけだし…まあ最近は人間を襲っていないようだし大丈夫かな。

かくいう俺は何もせずに椅子に座っていた。いや、客観的に言えば何もしていないのだが実際は魂の二人と話している。これを機に二人のことを知るのもいいかと思ったからだ。とはいえ狂気とは今まで散々会話をしてきたし魔女はあまり自分自身のことを言いたがらないのでほとんど収穫などなかったが。

そろそろ昼食でも食べようかと思った時、チャイムが鳴った。

 

「へーい」

 

ルーミアが立ち上がろうとしたのを制して自分で出迎える。

先日のこともあって鍵も結界も厳重にした家の玄関を開ける。幻想郷に来て俺も相当力が強くなったからできる限りの結界を施したのだが、ミキと紫は平然と侵入してきた。しかも同時に。お前らが敵じゃなくて本当に良かったと思ったのは仕方ないだろう。

閑話休題

扉を開けた先にいたのは水那であった。いつもの霊夢とお揃いである巫女服を身に纏い礼儀正しく立っている。服装も身長もそこまで違うわけではないのになぜここまで受ける印象が違うのだろうか。やはり立ち姿か…それとも内なる性格の部分が出ているのか…

 

「定晴さん?」

「え、ああ。すまん。何の用だ?」

 

怪訝な目をされたので思考をどっかに放り投げて水那に向かい合った。

 

「霊夢さんが呼んでるので、私が伝えに来ました」

「霊夢が?」

 

この際水那がパシリにされているのはツッコまないとして、どうして霊夢が俺を呼ぶのだろうか。あの霊夢が呼んでいるということは多分あまり利益になるようなものではないだろうな…でも断ったらあとで面倒そうだし、仕方ないか。

 

「分かった。先に戻っててくれ。すぐに準備して行くから」

「はーい」

 

そう言うと水那は飛んで行ってしまった。幻想郷に来た頃は飛ぶのにも難儀していたというのに成長速度が半端じゃないな。聞くところによると霊夢よりも少し早く飛べるという。俺は風を使って飛んでいるので分からないのだが、どうして飛ぶ速度が変わるのだろうか。霊力の質か?

 

「ご主人様、出かけるの?」

「ちょっと博麗神社に行ってくる。ルーミアはどうする?」

「私はここで待ってるわ」

 

そう言うと本に視線を戻したルーミア。どうやら結構読んでいる本が面白いらしい。妖怪と人間の生態系は違うようだし案外興味深いのかもしれない。人間にとって妖怪とは基本的に恐怖の対象となるが、妖怪にとって人間は脅威でもなんでもないので面白く見ることもできるのだろう。

俺はさっさと準備を終えて博麗神社に飛び立った。

博麗神社に到着すると水那と霊夢、そしてあうんが待っていた。

 

「萃香たちは寝てるだけだから気にしなくていいわ」

「そうか…」

 

幻想郷のグーたら生活の最たる例は萃香なのだろう。霊夢はめんどくさがりではあるものの朝早くに起きて境内の掃除はしっかりしているようなのでグーたらとは言えない。幻想郷の文化レベルは一部を除いて江戸時代あたりのものなので早朝に起きて生活するというスケジュールもそのままなのだろう。

 

「それで、何の用だ?」

「ええ、定晴さんに面倒ごとを押し付けようと思って」

 

オブラートなど知らないとばかりに直球で要件を伝えてきた。霊夢が面倒ごと扱いしているということはこちらからしても面倒なのは間違いないのだが、それがなぜ俺に回ってきたのだろうか。

 

「拒否権はないわよ。簡単に言えば彼女を預かってもらいたいと思って」

 

霊夢がそう言うと奥から出てきたのは不動に操られていた反動で言語能力を失っていた正体不明の妖怪だ。確か彼女は藍のところに預けようみたいな話になっていた気がするのだが…

俺の表情を読み取ったのか俺が訊く前に霊夢が答えた。

 

「今の藍は忙しいのよ。定晴さんも知ってると思うけど博麗神社はお金がないし、かといって不動のところに預けるのは不安が残る…というわけで貴方よ。今や幻想郷頼れる人ランキング、紫よりも高いんだから」

 

なんだそのランキング。

まあ事情があるというのなら仕方ない。不動にああ言った手前無下にしたくはないしな。とはいえ女性なので世話はルーミアにしてもらった方がいいだろうか。

 

「よろ…しく…ねがい…ます…」

「お?」

「一応ある程度言語能力は回復させたらしいわ。とはいえ聞いて通りまだまだ拙いからそこらへんはサポートしてあげてね。できれば日常会話ができるくらいには回復しているのが望ましいのだけど」

 

ここにきて霊夢から追加注文。まあ頑張ってみるけどさ。

 

「今日の要件はこれだけよ。なんかあったら聞きに来ていいから」

「へいへい」

 

妖怪を連れて飛び立つ。まだ飛ぶことも少し不安定だが、まあ数日でこれなのだししばらくすれば安定して飛ぶこともできるようになるだろう。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい…ってなんでその子がいるのよ」

「霊夢に押し付けられた」

 

本人の前でそういうのもどうかとは思うが、まあいいだろう。

 

「藍が落ち着くまでって話だから。それまでな」

「ふーん、まあいいけど。女性だし私が世話するわよ?」

「ああ、頼もうと思ってたところだ助かる」

 

率先して世話してもらえるならありがたい。無理にさせるのは俺にもルーミアにもよくないからな。それに彼女にも…

 

「そういやお前名前はないのか?」

「…ない」

 

うーん、名前がなければ流石に呼びにくいな。ない、と言っているからには霊夢たちに仮名をつけてもらってもいないということだろう。勝手に名前を付けてもいいのだろうか。

 

「いいんじゃない?どのみち呼び方がないと困るでしょ」

「それもそうか…じゃあユズってのはどうだ?まあ冬だからっていう理由しかないけどさ」

 

年明けてまだ一か月も経過していない。まだまだ冬の真っただ中だ。ユズというのは不思議なもので冬だけの果物でもないのだが、まあそれは今は置いておこう。ちなみに数ある冬の果物の中でもなぜユズなのかと言うと最近柚子湯に入っているからだ。連想しやすかったというのが簡潔であろう。

 

「それで…いいです…」

「よし。それじゃあ俺は昼食の準備をするからルーミア、ユズの案内をしてやってくれ。空いている部屋ならどこでも使っていいぞ」

 

そうして俺はキッチンに立った。

 


 

ご主人様が新しい子を連れてきた。名前はさっきついたばかりでユズというらしい。

ユズは警戒しつつも興味深そうに部屋の中を見ている。私はユズの部屋まで連れてきていた。ご主人様の家は明らかに一人で住むには大きすぎるうえ部屋もたくさん残っている。物置と化している部屋も片付けることができればもうあと二部屋くらいは空き部屋を作ることができるだろう。

八雲藍が忙しくなくなるまで…と言っていたけど、この子どうしようかしら。別に退行しているわけではなさそうだし日常生活を送る分には問題ないだろうけど、如何せん言語能力が拙いのがネックだ。一応現在の幻想郷では弾幕ごっこさえできれば何とかなることが多いのだが、それもどうか危うい。まずは発声練習と弾幕ごっこの練習をさせる方向で…

 

「ルーミア…さん…」

「なにかしら?」

「ありがと…ます」

 

途中不自然に言葉が切れたが、きっと感謝の言葉を述べられたのだろう。私も式神じゃなければ関係のない妖怪など放置するが、今はご主人様の下にいるしこれくらいはなんてことない。まあ少し言うとすれば、ご主人様と二人っきりじゃなくなって…少し寂しいかも。

ご主人様の優しい部分は非常に好ましいけど、これ以上厄介ごとは増やさないでもらいたい。特にもう命に危険が及ぶようなことには首を突っ込んでほしくないのだけど…きっと無理なんだろうな。ユズを前にしてそんなことを思うのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百十六話 買い物道中

ユズのことはルーミアに任せて、俺は人里に来ていた。なんだかんだ言ってしばらくの間買い物をしてなくて必要なものがあまり家に残っていなかったのだ。これからは食材なんかは三人分となるので備蓄も多めに買っておく必要があるな。因みにユズが必要そうなものは別の日にユズと一緒に買いに来る予定だ。

 

「おお定晴さん。どうだい、このカブは。今なら安くしとくよ?」

「そもそもの値段が高くないか?」

 

幻想郷における物価は外の世界の物価と大きく異なる。農作の規模も効率も外の世界に比べて断然良くないので当然ではあるが、そもそも使う硬貨からして外の世界で一般に使われているものではないのだから考え方もちょっと変わってくる。

幻想郷で外の世界のような造幣局はない。実際には違うが、寛永通宝のようなものを使っていると思ってくれて問題ない。そのため物価の違いを厳密に比べることはできないのだが…お金を作ること、そして管理することが外の世界よりも大変だというところからある程度推し量るべし。

 

「実は今年はあまり野菜の出来は良くなくてね…」

「不良だったのか?」

「純粋に収穫量が少なかったんだよ。前の騒動で畑が一部荒れちまってねぇ」

 

うーむ、前の騒動となると不動の一件だろう。不動は幻想郷の住人の負の感情を開放し暴走させていた。そのせいで俺とは関係ない場所にいるやつはただただ暴走していたらしい。その影響で畑が荒れたとしてもなんら不思議ではない。

原因の発端は俺なので申し訳ないし買わせてもらうか。

 

「まいどー!」

 

勝った野菜はすぐさま幻空の中に放り込む。たくさんの野菜を買おうとも俺が荷物に苦しむことはないのだ。

さらにしばらく歩いていたら人里においては珍しい姿を見つけた。

 

「さとり?」

「あ、定晴さん」

 

地霊殿の主、古明地さとりだ。なぜか一人で地上の人里歩いている。さとりは能力のこともあるし、地霊殿の主として堂々と不可侵の条約を破るわけにはいかないと思うのだが…

 

「ええ、その通りですよ」

 

ああそうだ。口に出さなくてもさとりには筒抜けとなってしまうんだったな。あまりさとりと話す機会がないので忘れてしまっていた。心の声を聴くかはさとり自身で決めることができないと言うし、人里なんて場所ではうるさくて仕方ないと思うのだがどうしてこんなところにいるんだろうか。

 

「ふふっ、貴方のその考えてしまう癖、まだ治ってないんですね。実はこいしを探しに来たんです」

「こいしを?」

 

こいしと言えば数日前の宴会に来ていたはずだ。俺は姿を見ていないがお燐やお空とも一緒だと言っていた。さとりの許可は取ってないだろうと思っていたが、そのあとどうなったかは分からないな。

 

「ああ、やはり地上には来ていたんですね。実はその数日前からこいしが帰ってきていないのです。地獄の管理があるからとお空は戻ってきたのですがお燐も戻ってきていなくて…」

 

なるほど。それでこいし探し要員もいなくなったからさとり自らが地上まで探しに来たということか。だが地霊殿にはお燐たち以外にもたくさんのペットたちがいたと思うんだが…

 

「あの子たちはあまり地上に慣れていないんです。それに話すことができない子も多いですし、仕方ないんです」

 

地霊殿の主も大変だな。

それにしてもこいしか…流石に寝る必要もあるし変な森の中にいることもないと思うが…可能性としては紅魔館とかだろうか。紅魔館にいなかったとしてもフランが何かを知っているかもしれないしな。

 

「実はもう行ってきたところでして。フランさんは何も知らないようでしたよ。実際宴会が終わってからは一回遊んだきりで、そのあとは会っていないようでしたし」

 

さとりが事情聴取をすると嘘に惑わされることなく確実で正確な情報だけを得ることができるからその点においては能力も便利だな。もし外の世界で警察になったら超敏腕として名を馳せることになるだろう。覚り妖怪の本質として相手を惑わすことも得意そうだしな。

 

「その警察の仕事は随分と大変そうですね。というか貴方本当に様々な仕事をやっていたんですね…」

「資格とかは色々持っていたからな。しかし、こいしはどこに行ったのか…」

 

こいしとよく遊んでいるイメージがあるのはやはりフラン。それ以外となると魔理沙とか、もしくは…そういえば昔、宴会でこいしとフランの他にもう一人いたことがあったな。確か名前は…封獣ぬえ。どこにいるかは分からないが彼女が知っている可能性もあるか。

 

「彼女は今は命蓮寺にいるはずですよ。彼女は仏門に入っていますから」

「え、そうなのか」

 

前に聖と会った時にぬえとは会わなかったが、まさかあそこにいたとは思わなかった。鵺という妖怪の本質は正体が分からず、人間を惑わせることだと思うのだが何がどうなって仏門に入るのだろうか。

 

「聖さんの教えに感動して仏門に入る妖怪も幻想郷では少なくないんです」

「へぇ…」

 

幻想郷の妖怪はやはり外の世界の妖怪とはちょっと違うようである。もしかしたらここと同じようにある程度人間と共存できる妖怪もいるのかもしれないが、少なくとも俺は出会ったことがない。いや、だがチヌのような例も存在するか…

 

「昔そんなことが…」

「勝手に納得しないでくれ」

「ふふっ、聞こえてしまったものですから」

 

さとりの前であまり過去のことを思い返すのはやめた方がいいんだよな…

 

「貴方はその考え事をする癖を治した方がいいと思いますよ?今も会話しながら頭の中で別のことを考えているみたいですし、コストパフォーマンスがあまり良くないかと」

 

さとりがコストパフォーマンスという言葉を知っていたことに驚きながらも同意する。考え込んでしまってルーミアに注意されたことも一度や二度ではない。

 

「ふぅ、少し話し込んでしまいましたね。私はこれから命蓮寺に行ってみようと思います。こいしを見つけたら捕まえておいてくれませんか?」

「了解」

 

さとりは命蓮寺の方へ歩いて行った。

こいしのストッパー役としてお燐もいるはずなのだが、今のところお燐がしっかりとストッパーとして機能しているのを見たことがない。というか多分ペットという立場上こいしに強く言えないから人選ミスなんだと思う。ペットの中でももっとこいしにも強く言える人がお目付け役になった方がいいと思うのだが…いや、お燐がそういう性格だからこそこいしは言い訳のために連れて行っているのだろう。

 

「大変だな…」

 

俺はさとりを労うように呟いた。

 


 

買い物を終えて家に帰ると来客がいた。

 

「やっほー定晴ー!」

 

こいしと話しつつこっそり紙の式神を飛ばしさとりに連絡。そのまま連れて帰ってもらった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百十七話 言語能力

「ご主人様、皿を片付けておくわよ」

「ああ頼む」

 

晩飯であったパスタを食べ終わり、俺たちは片付けをしていた。

ルーミアはユズが家に来ても俺の呼び方を変えなかった。俺には分からないがルーミアの中にも判断基準があるのだろう。ユズが来たことは呼び方を変える理由に足りえなかったようである。

 

「定晴…さん…お風呂…」

「溜めておいてくれたのかありがとな」

 

対してユズは俺のことを名前で呼ぶ。まあこちらは普通の呼び方だ。俺のことを名前で呼ばないのはルーミアと不動くらいだ。ルーミアの呼び方が例外中の例外なのは当然だが、俺のことを名字で呼ぶ人も中々にレアだ。元々不動は名前でなく名字で呼ぶようにしていたらしいので俺のことも名字で呼ぶらしい。

 

「ご主人様、先にお風呂に入ってきていいわよ」

「んじゃ先に失礼するぞ」

 

ユズも片付けができないというわけではないのだがあまり筋力がないというか、力を入れることができないらしく皿を落とすことがあったのだ。なのでユズの筋力が戻るまでは別のことをしてもらっている。妖怪の筋力はどれだけ弱い妖怪でも人間の成人男性くらいはあるからちゃんと力が戻ればもっと色々できるようになるだろう。

そしてそれはルーミアに一任している。

 


 

ご主人様が風呂に入りに行ったので私たちも行動を開始する。ユズに言語能力を身につけさせようの会である。

現在のユズはゆっくりと話すことしかできない。元々こうなのであればそのケアをするために行動するのだが、本人曰くそうではないらしい。喋ることは苦手でも頷いたり首を振ったりができるので意思疎通が可能なのでそれで分かったことなのだが、どうやら不動に捕まる前は普通に話したりなんだりができる普通の妖怪だったらしい。

 

「知能とかは問題なさそうだからその言葉に詰まってしまう原因が分かればなんとかなると思うんだけど…原因に心当たりはある?」

「…」

 

首を横に振るユズ。

私も別に人体に詳しくない、というかあの永琳が原因を特定できなかったのだから私ができるとは思えないのだけど…まあ仕方ない。

 

「あーって言い続けられる?」

「あーーーーーー」

 

長音を話す分には何の問題もなさそう。ならやはり言葉を繋ぐときに止まってしまうということ。ユズ自身は話そうと思った時には脳内でちゃんと言葉を順序立てて作っているのにいざ話そうとすると詰まってしまうようだ。うーん、肉体が関係しているのだけど…

 

「正直私じゃどうしようもないし…明日体内の状態について調べてくれそうなとこに行こうか」

「…」

 

コクコクと頷くユズ。身長は本来の私の姿のちょっと低いくらいで顔もきれいなので無言のままだと凄い人形みたい。今はご主人様が持ってた女性服(女装癖があるわけではなく純粋に仕事で使うためのものらしい。何の仕事なんだろう)を着ているから見た目だけはただのかわいい妖怪だしご主人様に惚れないようにしないとなぁ…

 

「うーん、永琳のところで分からなかったなら次はそれこそパチュリーに魔術的な検査でもしてもらうしかないかな…」

 

不動の、陰陽師の力の影響によるものなので霊夢に聞くという手もあるが…やっぱりよく分からない。というか治るものなのだろうか。リハビリを続ければ次第に治っていくものなのか、それとも現状が限界なのか。

 

「ご主人様に報告して明日紅魔館に行きましょうか」

 


 

そして次の日。事情を話せばご主人様は快く了承してくれた。まあこの程度のことでこちらの行動を制限するような人ではないのだけど。

ただアポなんかは取ってないので取り敢えず美鈴に話を通さなければ。多分今日も門の前でいつも通り寝ているだろうと…

 

「あれ、起きてる」

「ルーミアさん、失礼じゃないですか?」

 

いや、この評価は何も不思議なところも変なところもない真っ当なものだと思うが。

 

「正直なことを話すと起きたんですけどね。変な気の人が近付いてきたので」

 

そう言ってユズを見る美鈴。もしかして何か分かるのだろうか。

 

「何かわかるのかー?」

「そうですねぇ…気力が弱い、と言いましょうか。あ、一般的に言われる気力じゃなくて純粋に気の力のことなんですけどね。妖力とかは正常なのに気力が弱いせいで体が上手く機能していないみたいですね」

 

まさか美鈴に助けられる時が来るとは思わなかった。

美鈴の言葉を分かりやすく言うならば、燃料は足りているのに着火剤が足りていない状態、だろうか。妖怪としての妖力は足りているのに気力とやらが弱いせいで本来の力を出せずにいるらしい。人間で言えばお腹が空いた状態なのかな。

 

「強くする方法はあるかー?」

「一応私が知っている療法の一つにありますよ。ただ気力ってそもそも本人の内側から出るものなので、この子が変わらないと続かないでしょうねぇ…」

 

ふーむ、まだ私たちの知らないユズ自身の問題も残っているようである。とはいえ解決策がここで見つかるとは思わなかった。気を操るってどんな能力なのかとずっと思ってきたけど、こういう体の内側に作用するものだったのか…

 

「一応その療法を試してもらってもいいかー?」

「咲夜さんに一言伝えてくれれば大丈夫ですよ。ツボ押し式なので準備も必要ありませんし」

 

私は早速咲夜のところに行って事情を伝えた。咲夜も美鈴がそんなことができるなんて知らなかったようで驚いていたが、美鈴のマッサージは効果があると言っていた。やはり体に作用するような事柄に対しては得意な部類なのだろう。

 

「それじゃあ始めますよ」

 

簡易的なマットを敷いてその上でマッサージを始めた。見ている分には分からないけど、ユズには何か分かるのだろうか。気力ってどんなものなのかちょっとだけ説明してもらったけど何もわからなかった。体の内から沸いてくる生物の根源の一つ、らしいのだけど…そもそも根源って一つじゃないのだろうか。

マッサージをすること十分ほど。最後に強めに体を圧した美鈴が顔を上げた。

 

「はい、これである程度は正常な流れになりましたよ。たださっきも言いましたけどきちんとした状態に戻すにはユズさんの内面の何かを解決しないといけませんからね」

 

内面の何か…ご主人様に報告して解決策を模索してみよう。

 

「ありがとうございました」

「はい、どういたしまして。お礼はまた定晴さんにお菓子を作って持ってきてもらうってことで」

 

ユズも流暢に話せるようになっている。それだけでもすごい進歩だ。

どうしてもコミュニケーションで詰まってしまうと中々調査というのは進まないし、ユズに事情聴取をするときにスムーズにできるようになるというだけでも全然違ってくるだろう。

 

「よし、一度帰りましょ」

「…ルーミアさん、その、私…」

「話なら定晴がいるときに聞くから」

 

ユズの状態にも少しだけ光明が見えてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百十八話 入山記録

ユズが流暢に話せるようになって戻ってきたことはとても喜ばしい。だがユズ自身がまだ心の準備ができていないのか話そうとしないことがあるので、今はちょっとだけ待ってあげることにする。

そんなわけで今日は一人で妖怪の山に来ていた。現在の妖怪の山のトップである天魔に呼ばれたのだ。なにやら謝罪があるとかなんとか…不動の異変に関することだろうが、別に俺は気にしていないのだけどなぁ…とはいえ無視するわけでにもいかないので妖怪の山を登ろうとしたら見覚えのある姿を見つけた。

 

「雛か?」

「ん?ひゃっ!さ、定晴さん!」

 

鍵山雛。俺が一番最初に妖怪の山に来た時に色々と警告してきた少女だ。あの時は暇つぶしがしたかったというのもあって圧をかけて雛を追い払った。雛は厄神らしく近くに寄るだけで厄をもらって不幸になるらしい。俺には浄化の力があるので関係ないのだけど。そりゃ純粋に日常生活の中で降りかかる幸運だとか不幸だとかは浄化の力でもどうにもならないが、厄というのはある程度実体があるらしい。俺には見えないが実体があるなら俺に害するものであれば浄化できるのだ。

 

「前も言ったが遠い」

「貴方に厄が移らないのは分かったけどそもそも近距離で話すのは苦手なのよ」

 

距離にして大体十メートルほど。厄が移り始めるのが大体六メートルくらいからだと言うから雛からすればこの距離はベストなのだろう。こちらからすれば話しにくいことこの上ないが。

 

「今日は何の用で来たの?貴方が来ても止めないように椛から言われたんだけど…」

 

どうやらここらへんを行動範囲としている雛にも連絡が来ていたようである。別に隠すことでもないので正直に要件を話した。急いでいるわけではないのでここで雛と駄弁っていても問題ないだろう。

 

「へぇ…私はその日ちょうど厄払いのために別のところにいたのよね」

「厄払いをするのか」

「私に溜まった厄を払って、また新しく厄をため込む。そうすることでまた皆が不幸にならずに済むの」

 

聞いているだけだとなんだか悲しい話である。ただ当の本人はその役割について満足そうにしているし、俺が口をはさむのは野暮だろう。幻想郷には色んな種族、色んな仕事をしている者がいる。それぞれの仕事には時に辛い部分や悲しい部分があるが第三者がそのことを言うのは違うのである。

 

「さ、私はもう行くから貴方も行きなさい。用事があるんでしょう?」

「ああそうだな。じゃあまたな」

 

雛と別れて山を登る。

妖怪の山の斜面に沿って飛ぶと天狗から何度も警告される(今日は理由もあるので説明すれば通してもらえるが)のは面倒なので普通に歩いて登る。外の世界では何度も山歩きはしたし富士山を登った回数だって一度や二度ではない上、身体強化を使えば疲労することなく山を登ることができるので山登り自体は嫌いではない。

しばらく歩いていれば河童の集落が見えてくる。天狗たちはもっと高いところに住んでいるので目的地はまだ先だが折角だし寄ってみるのもいいだろう。

 

「誰かいるかー?」

「ぴゅいっ!…あー、たしかにとりの盟友さん?」

 

見たことない河童が反応した。見たことはない、がにとりと俺の関係は知っているらしい。あまり河童と関わらなかったからきっと惰眠異変の時にその場にいた誰かだろう。惰眠異変も随分昔に感じてしまうな…

 

「にとりを呼んできましょうか?」

「あー、いや、まあ暇そうにしてたらで良いよ。特段用があったというわけじゃないからさ」

 

俺がそういうと河童の少女はパタパタと走っていった。なんかジェットブーツみたいなので加速しながら。

その子がさっきまで触っていたものを見てみれば何やら奇怪な装置が置いてある。ボタンやレバーらしきものは見えるが何に使うものなのかはさっぱり分からない。河童の発明品って俺じゃ理解できないものも多いんだよなぁ…

 

「やあ定晴、久しぶりだね」

「にとりか久ぶ…!?」

 

にとりが、なぜか、銀色になっていた。ただの銀ではなく、所謂メタルってやつだ。はぐれメタルと融合でもしたのだろうか。

 

「驚かせてしまってごめんね。ちょっと実験で失敗しちゃって体が光沢を放つようになっちゃったんだ。しばらくすれば治るから気にしなくていいよ」

 

気にしなくて、と言われても気になるものは気になる。どんな実験を失敗すれば体全体が銀色になるのだろうか。やはりはぐれメタルの研究でもしていたのではなかろうか。多分はぐれメタルを頭から被ればこんな感じになるはずだ。

 

「それにしてもここにいるのは珍しいね。どうしたんだい?」

 

雛にした説明と同じ内容を話す。

天魔直々に俺を呼び出したという点には驚いていたがすぐに興味は薄れたらしく、すぐに俺の話題になった。

 

「河童に作ってほしいものとかあるかい?賢者様に怒られない程度のものなら外の世界のものだって再現しちゃうよ?」

 

賢者とは紫のことであり、紫に怒られない程度というのは現在の幻想郷にも適した科学技術のことを指す。

例えばスマホはNGだ。まあスマホが完成したところでネットワーク環境が整っていない幻想郷では無用の長物と化すが、それでもだめである。理由は、今の幻想郷には過ぎた技術だから。現代ではスマホは大人から子供まで幅広い年層で所持率が高いが、実際のところスマホがここまで普及したのは十数年前のことである。文明レベルで言えば精々明治時代が限界となる幻想郷ではスマホはまだ早い。

しかしながらゲーム機なんてのは問題なかったりする。まあ最新ゲーム機ではなくゲーム&ウォッチくらいの古いゲーム機だが。ここらへんの基準は幻想郷に流れ着いているかどうかで決まる。そして流れ着いたかどうかは基本的に香霖堂の商品でわかる。

 

「うーん、正直今の生活で苦しいとか大変だとか思ったことないんだよなぁ…元々外の世界でも現代技術で謳歌するような生活はしてこなかったしな」

 

仕事柄、野宿や狩猟は当たり前。狩猟免許を持っていて、なおかつこの能力がなければ野垂れ死んでいただろう。勿論スマホなどのデバイスは持っていたが使用頻度もそこまで高くなかった。今の幻想郷の生活と利便性は然程違いはない。

 

「あ、じゃあシャワーノズルかな。今使っているシャワーノズル、もうガタがきてて水の出が悪いんだ。今日は無理だが明日にでも持ってきて修理もしくは新しく作ってもらうことは可能か?」

「そんなこと余裕だよ。じゃあ明日待ってるからね」

 

にとりはそのままキラキラしたまま自分の工房へと戻っていった。周囲の河童たちもにとりのことを奇妙な目で見ているし、やはり気にしないなんて出来ない。

ともかくにとりと約束した俺は元の道に戻りさらに足を進めた。そして歩くこと二十分ほど。やっと天狗たちの長、天魔がいる屋敷へとたどり着いた。

 


 

天魔からの言葉は予想通りであった。前にも同じ事象で天狗たちが操られ俺に迷惑をかけたのに再度同じ過ちを繰り返しうんたらかんたら。

あの時は天狗だけではなく幻想郷中の妖怪が洗脳されていたのだから天狗だけが悪いわけではない。と俺は説明したのだが納得してもらえず、俺は結局妖怪の山の入山証をもらった。これを見せることで天狗たちに説明する手間なく妖怪の山に入ることができるらしい。中々に便利そうなものだったので俺は素直に頂くことにした。貰えるもので態度を変えるのもいかがなものかと思うが、まあ向こうは謝罪のためにこれを用意したのだし俺は悪くないはずだ。多分。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百十九話 とあるフラワーマスターの一日

不動とやらが起こした異変から一週間以上が経過した。年末の宴会、そして異変中の定晴との邂逅。そのどちらもで私は今思い返すと顔から火が出そうなことを口走ったため、こうして会いに行くこともできず花たちの世話をしていた。

とはいえこの時期に咲く花はそう多くない。幻想郷は日本の中の東側に位置しているため冬の間は当然雪が降る。その雪に負けないで咲こうとする花は大切にするが、この期間を雪の下で待っている種子たちを急かすつもりもない。私はフラワーマスター。どんな時でも花は愛するのである。

 

「幽香ー買い物行こうよー」

「私は昨日食材を買ってきたばかりなのだけど?何か欲しいものでもあるの?」

「暇だもーん」

 

私が植物の世話をしていると後ろから声をかけられた。

メディスンはたまに家に来る妖怪。毒の能力持ちだけどそこまで警戒する必要はない。メディスンが警戒する相手は人間であり、それ自体は妖怪全般に言えることではあるが、メディスンはそれ以上に人間への執着が強いようである。過去に捨てられただとか言っていたけど詳細は私も知らない。

 

「というか幽香はあの定晴ってやつの所に行かなくていいのー?まああっちはあっちで幽香を放置しているから同じか」

 

メディスンから定晴の名前が出た途端心臓が飛び跳ねる。びっくりさせないでほしい。

それは確かに会いたい。会いたいけど…やはり先ほど言った通り今会うのは恥ずかしい。それに今の定晴は先の異変の後始末の延長戦で一人妖怪を匿ったせいで忙しいというし…女性がまた定晴の周囲に増えるのはあまり喜ばしいことではないけど、幻想郷はなぜか女性の比率がやたらと高いので諦めるとしよう。

 

「もー、名前出しただけで顔を赤くするくらいなら変なこと言わなければいいのに」

 

メディスンに指摘されて初めて顔が火照っていることに気付く。あまり感情は表に出さないようにしているのだけど…やっぱり恋愛感情ってよくわからないわね。もう長いこと生きてきた私ですらこうやって振り回されている。そもそも人間に対してこんな感情を持つ事例も少ないから他の妖怪がどうなのかは知らないけど。

 

「あまり揶揄わないでちょうだい」

「いつも感情的にならない幽香を弄れるネタができて私は楽しい」

 

ニコニコと言い切ったメディスン。

酒に酔った勢いというのもあるけど宴会の中で告白したせいで噂がやたらと高速で広がってしまったせいでメディスンも知るところになっているのは不本意である。天狗を前にゴシップネタだなんてすぐに広まるに決まっているというのに。

 

「…あ、そうだ!またね幽香ー」

 

急に立ち上がり家を出て行った。絶対にろくな事を考えていないだろうけど問いただす前にいなくなってしまった。嫌な予感をひしひしと感じるものの今の私にはどうしようもできないのだった。

 


 

メディスンが家を出て行ってから二十分ほどが経過した。

私はこの時期に咲いているであろう花を探すべく外に出ていた。そもそも私はあまり定住をするタイプではない。春になれば春の花が咲く場所へ、夏になれば夏の、秋になれば秋の…そうやって私は各地を転々としながら渡り歩くのだ。幻想郷の外に出れないこともないのでたまーに外に出て花を探しに行くこともあるが、日本という地と妖が集うという性質のせいで色んな花が咲き誇るようになったここから動くことは減った。その代わり私は幻想郷内を渡り歩く。今日も今日とて花たちに会うために。

 

「あら、早咲きしちゃったのかしら。一か月くらい前にあった温暖化現象のせいで一部の花が狂い咲きしてるのは問題よね…」

 

原因はミキとかいう神様。そんな神、幻想郷にいたかしらと思ったらどうやら紫の友人で外から来たらしい。全く迷惑極まりない。花たちには花たちそれぞれに適した環境と気候サイクルがある。自然に暖かくなったりする分には仕方ないが、人為的な行為であるならば許すことはできない。もしミキとかいう人物に会ったらレーザーの一発や二発は辞さない。外の世界から来た、しかも男性なら手加減なんかする必要ないわよね。

 

「こっちも早咲きしてる…」

 

神様許すまじ。

 

「あ、幽香ここにいたのね」

「メディスン?」

 

家からそこまで離れたところにいたわけでもないからメディスンに見つかった。なぜ急にどっか行ったのかを問い詰めようと振り返ると、彼がいた。

 

「えっと、急にメディスンに呼ばれたんだが…何か用か?」

 

定晴と目があった瞬間に、顔が一気に熱くなった。傍から見て顔が真っ赤になっているであろうことが鏡を見ずとも分かった。

メディスンがとても悪い顔をしながらニコニコしている。どうせ定晴を適当な理由で呼び出したのだろう。やはりあの時に無理やりにでも追いかけて捕まえればよかったと後悔するが時すでに遅し。

 

「あ、えっと、あ…」

 

定晴を前にして全然言葉が出てこなくなる。いつもはある程度心の準備をしてから会っていたため猶更今の私は滑稽に見えることだろう。

 

「…もしかしてメディスン、お前…」

「あ、バレた。じゃあお二人ともバイバーイ」

「おい!」

 

私が何も言えずに固まっていたらメディスンが逃げた。追いかけて りつけたいところだけど私の体は思うように動いてくれない。私は大妖怪だというのに好きな人を前にするとこうも動けなくなるものだろうか。大妖怪には天敵がいないとされているけど、ある意味では好きな人は天敵なのかもしれない。

 

「はぁ、大丈夫か幽香?」

 

名前を呼ばれると心が跳ねる。前はここまでなかったというのに急にどうしたと言うのだろう。

もしかしたら私は今定晴のことを意識しすぎているのかもしれない。前はただ想い相手だった定晴は、今は告白の返事待ちの相手となっている。こんな時にこんなことで返事をするような人ではないと分かっているものの、どうしてもあの時のことを思い返してしまいまともに思考することができない。でも、そのことが自己判断できるくらいには思考速度がある。

 

「幽香?」

「へぁ…大丈夫よ。メディスンがいたずらで呼んだだけなのよ。ごめんなさいね」

 

一瞬変な声が出てしまったがなんとか立て直し状況を説明する。このまま硬直していてもどうしようもないので取り敢えず掻い摘んで説明して今日の所は帰ってもらおう。このままの状態で定晴と会話するとか今の私にはできそうにない。

 

「ああ、なるほど…じゃあ幽香、大丈夫なんだな?」

「ええ。一体なんて言われて連れてこられたの?」

「え?あー…いや、気にしないでくれ。それじゃあな」

 

定晴はそう言うと来た道を戻っていった。なんだかはぐらかされたように思えるけど…あとでメディスンを説教するときに聞きましょう。

そして私は数分でメディスンを捕まえて家に戻ってきた。

 

「それで?あなた、定晴になんて言ってついてきてもらったの?」

「えっと……幽香があなたに会いたいって言ってるから…って…」

 

 

「っ~!このばか!!!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百二十話 博麗の家

最近の水那はよく頑張っていると私は思う。そもそもまだ水那からしても先代が私になるのだからそこまでやる気も出ないだろう。自身の正確な年齢は正直分からないけど水那とあまり年の差はないと思うし、そんなほとんど自分と同じ年齢の子が先代だなんて紫は何を考えているのかしら。

 

「ふぅ…」

「お疲れ水那。お茶をいれてあるわよ」

 

今日の特訓を終えた水那を縁側で出迎える。

先日の不動の異変から水那はさらに強くなろうと心掛けているように思える。まあ理由は私も分かるけど。水那は不動の操られて私たちに牙を剥いた。あの時は妖怪のほとんどが洗脳されていたし正気を保っていたのも身内に近い人たちしかいない。天子はあまり興味がないみたいだったし水那を責める人物は一人もいなかった。

それでもやはり水那からすれば耐え難い事実だったようである。

 

「もっと…強く…」

「…」

 

私は自分が天才であることを理解している。まあ天才とまではいかなくとも、人よりも少ない練習量で他の人よりも高い結果量が出ることを知っている。私がこの年で博麗の巫女という大役を担えているのはそれが起因していたりもする。

だから私は水那にかける言葉が見つからない。私から何を言おうとも水那にとってはプレッシャーにしかならないだろう。なんせ私は実際に水那の苦労があまり分からないからだ。スペルカードルールを幻想郷に浸透させたとき以上の苦労はしていないし、それも結局紫の力によるものが大きい。まだ私は努力しないと越えられない壁ということにぶち当たったことがないのである。

 

「ふぅ…あれ、お茶変えました?」

「華扇のやつが持ってきたのよ。甘いものにあうって言うんだけど、ここにそんな贅沢品があると思ってるのかしら」

 

そう言いながらいつもながらの煎餅を頬張る。段々湿気てきたわねこの煎餅…

水那はさっさと煎餅を食べ終わって神社を飛び出していった。私と違って人間や妖怪を大切にしようとしている水那は度々幻想郷を飛び回って依頼をこなしているらしい。所謂相談屋のようなものだ。私は向こうから関わってこない限りは不干渉でいたいので私からすれば水那は苦労人としか思えない。その苦労も自分自身で生み出しているのだから私には関係ないのだけど。

 

「お、霊夢。やっぱりだらけていたな」

「なによ魔理沙」

 

私は寝転がっていたら気が付いたら傍に魔理沙がいた。私の顔を見てにやにやしているが、随分と失礼な奴だ。

 

「水那が飛び出て行ったのが見えてな。あいつは努力しているのに霊夢と言ったら…と思って」

「お節介よ。水那はちゃんとお礼の品も貰って帰って来るから実は前よりもそれなりに生活が安定しているのよ。だから私はここで寝転がってるってわけ」

「はぁ、水那がかわいそうだぜ。こんなのが先代だなんてな」

 

こんなので悪かったわね。

まあ水那は依頼をするのと同時に練習をしているわけだし私が口を出す理由はない。色んな人から色んな依頼を受けるから特殊な状況での練習になると前に水那が言っていたが私にはよく分からない。

 

「それで?魔理沙は何しに来たのよ」

「私がここに来る理由なんて一つしかないだろ?お茶しにきただけだぜ」

「あのねぇ、ここは茶屋じゃないのよ。お茶しか出さないからね」

 

それで十分だぜと箒を置いてどかりと座り込む魔理沙。そして勝手に机の上に置いてあった煎餅を食べだす。お茶しか出さないって言ってるのに…まあその煎餅は湿気ているから別にいいんだけどね。後で私はもっとパリパリで美味しい煎餅を食べるだけだ。

 

「ん?ていうか今お前だけか?」

「ええ。あうんは裏手の山でわさわさしてるの見たけど他の奴らはいないわ」

 

あうんが守護を放棄して茂みでわさわさしていたのは何とも言えないが、彼女の存在に気付いたのも数年前だ。別に自由に行動していてもいいだろう。実際守矢神社に行っていたり白玉楼に行っていたりするらしいし。

 

「そういうあんたも今日はアリスと一緒じゃないのね」

「私がアリスと一緒にいるのは正直なところあまりないんだぜ。パチュリーといいアリスといい私に恨みがあるみたいだからな」

 

それは勝手に物を盗っていったり壊したりするからじゃないかしら。

今では神社から最寄りの家となった定晴さんのとこも今日は来ないし、久しぶりに魔理沙と二人っきりね。そういえば最近二人っきりになるのなかったような…

 

「二人っきりなのは久しぶりだな」

「あ、やっぱり?私もそう感じてたのよ」

 

魔理沙もそう感じているのならやはり久しぶりなのだろう。魔理沙は霧雨魔法店があるはずなのに働いているところはあまり見ないし、私も私で最近の異変だと役立たずになっているので暇なら結構あったはずなのだけど…

 

「ま、たまにはいいか。煎餅おかわり」

「もうないわよ」

 

私の言葉に不満そうにする魔理沙。勝手に食べたのはそっちだろう。むしろそっちが何か出しなさいよ。アリスと違って魔理沙が持ってきたものはいまいち信頼できないから食べるつもりはないけど。

 

「久しぶりに二人で弾幕ごっこでもするか?定晴が来てから[ごっこ]の弾幕をあまりしてないからな。私は準備ばっちりだぜ」

「そうね、久しぶりに魔理沙をボコボコにするのもいいわね」

「おい!」

 

特に最近の異変はどうも攻撃的すぎた。あんなのはただの殺し合いで、今の幻想郷には合わない。

魔理沙に続いて私は飛び立った。日頃の鬱憤を晴らすために。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百二十一話 空腹店主

僕は森近霖之助。香霖堂という自分自身の店でこの土地では物珍しいものを売っている。売れる量は多くないがそもそもの原価が限りなく低いので全体的に言えば収益も出ている。

だがたまにでかい支出があるのも事実だ。特に霊夢や魔理沙が来たとき、もしくは幻想郷の賢者が来たときだ。後者であれば依頼に対しての相応の報酬もあるのでいいが…前者は言わずもがな僕に損害を与えてくる。

要は何が言いたいのかと言うと、僕はたまにひもじい生活を強いられるのだ。

 

「まさか店に行ったら霖之助が倒れているなんて誰が想定できるんだ」

「すまないね定晴、ご馳走してもらって」

 

僕は半人半妖であり、普通の人間よりかは体が丈夫だ。なので何も食べない期間が長くとも人間よりも生きていられるのだが…今回に関しては目測を誤った。僕の体は思いのほか限界が来ていたようで香霖堂で作業をしていたら気を失ってしまったのだ。定晴が来ていなければ餓死していた可能性もある。

定晴の再生の力で気を取り戻したあと定晴は香霖堂に備え付けている料理場で食事を作ってくれた。定晴は宴会料理も作っているらしいが僕はあまり宴会に行かないのでこうしてしっかりと定晴の食事を食べるのは初めてなのだが、これがとても美味しい。人里には食事処もあるのだが、そこに負けず劣らず…というか全然定晴の料理の方が美味しかった。

 

「つかそんなに何も食べてないのかよ」

「ああ、実はちょっと依頼が入ってね。ある物を作ってくれと言われたんだが、その作業を連日連夜していたら障子を摂るのを忘れてしまってね」

 

これだけ言うとまるで魔法使いのようだ。とはいえあちらはそもそも食事を摂る必要がない体なわけだし食事に対する向き合い方も違うわけだが。

 

「ふぅ…さて、今日は何の用だったんだい。そのために店に来たんだろう?」

 

定晴がただの雑談目的で店に来ることはあまりない。ゼロではないが霊夢たちほどではない。まあ用がないと言うのであればそれでいいが、食事を振舞ってもらった以上お礼はちゃんとするべきだろう。

 

「ああ、ちょっとしたことなんだがな。泡立て器があれば欲しいと思ってな」

「泡立て器?それだったら…」

 

僕は椅子から立ち上がり一つの棚に近づく。

僕の店の陳列棚はお世辞にもきれいに並んでいるとは言えないものではあるが、店主である僕はどこに何があるかを把握できている。仕入れる商品からして全く同じものが手に入ることはほとんどないので陳列が適当になってしまうのも致し方ないと思う。

ただまあある程度同じジャンルで固めてはいるのでこの料理関連の棚に…あった。

 

「これでいいかい。魔力で動かすやつは河童が持っているだろうけど…」

「いや、その手動のやつでいい。いくらだ」

「これくらいなら今日のお礼ということで譲るよ」

 

特殊な機械というわけでも、初めて見るものでもないからね。僕の能力で見ても使い方が分からないものというのは多々あるけど、泡立て器ほど分かりやすいものも中々ない。

ただこの泡立て器、少し名前が違って出る。用途はそのまま混ぜるものと出るのだが、名前はホイッパーである。どうやら外の世界でも商標というもののせいで名称が定まらないのか泡立て器とは出てこない。

 

「いいのか?」

「いいさ。外の世界で電動が増えたからか古い料理道具っていうのは案外流れてくるんだ」

 

幻想郷に流れ着くものは例外を除いて忘れ去られたものになる。外の世界の主流は自動化らしく手作業を伴うものは結構流れ着きやすいのだ。外の世界の技術進化の速度はわからないが、この先百年は電動器具は流れてこないだろう。

 

「じゃあこれは貰おうかな」

 

定晴が泡立て器を手に取り幻空とやらにいれた。僕にもその能力があればもっと店内もきれいに…ならないか。どうせ僕のことだし拾ってくる量が増えるだけだ。

 

「あ、あとこれは今じゃなくていいんだが、魂封石に似たようなものを拾ったら教えてくれないか?」

「ん?それは構わないけど、一つじゃ足りなかったかい?」

「いや実はな…」

 

そして定晴からあの石についての事の顛末を聞いた。

まさか本当に魂が封じられていて、しかも今は定晴の中か…紅魔館の魔女の研究材料にしたいのことだが、あれほどのものは流石の幻想郷でもそうそう手に入るものでもない。幻想郷に流れ着くものの中でも例外というやつだろう。きっと外の世界で隠蔽をされ続けて歴史の闇に葬られて、元からなかったことにされたものに違いない。忘れ去られているわけではないが実際大多数の記憶に残っていないからこそ流れ着いたのだろう。

 

「僕は石よりも君の魂の構造の方が興味深いけどね。魔女たちも実はそっちの方が気になってるんじゃないかい?」

「あー…その可能性はある」

 

定晴は今や幻想郷での注目人物の一人だ。定晴は情報に疎いというので知らないだろうが新聞には幾度となく彼の名前が載っている。異変解決の功績もあるので当然と言えば当然だが彼のことだから言えば驚くことだろう。

 

「んじゃ用はそれだけだ」

「ああ、本当に助かったよ。またのご来店を」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百二十二話 初の人里

あっ…予約投稿ミスってる…(今気づいた)


定晴さんが私に必要だからと人里に連れ出してくれた。

私はユズ。冬に保護されたからユズ。果物の方を意識していたらしいし柚子って書いてしまってもいいかもしれない。今の私は定晴さんのところに保護されているただの妖怪だ。

しばらくの間上手く体を動かすことができなかったけど紅魔館の美鈴さんにマッサージをされてからは調子がいい。まだちょっと定晴さんたちに言わないといけないことがあるのだけど、待ってくれると言うから少しだけ甘えさせてもらおう。

あれからもたまに美鈴さんの所に行ってマッサージを受けさせてもらっている。あの人のマッサージは的確で、効果が出ているのがはっきりとわかる。私もああいうことができればもっと役に立てるのかな…

 

「さて、買い物もそうだが人との関わりだとかそういうのも諸々含めて人里に来てみたわけだが…大丈夫そうか?」

「はい、問題ないです」

「んじゃ俺は予定もあるし、ルーミア頼んだ」

 

そういって定晴さんはどっかへ行ってしまった。どうやら仕事をしているみたい。

男性が一緒だと大変だろうからと今日はルーミアさんと一緒になった。別に私は定晴さんなら気にしないのだけど…

 

「じゃあ行くぞー!」

「あ、はい!」

 

ルーミアさんは外では幼い性格をするらしい。なにやら不動さんが色々と関わっているって言ってたけど、あまりここに来る前のことは思い出したくないので分からない。ただ、いつもはクールな感じなのに外では子供の言動をしているものだからなんだかギャップがすごい。ギャップ萌え、なのかもしれない。

 

「と、言ってもどこに行く?って初めて来て何があるかも分からないか」

「すみません…」

「謝ることじゃないよ。うーん、私なら大体ご飯屋に行くんだけど…何か欲しいものとかある?」

 

欲しいもの、欲しいものかぁ…正直言って今の私に必要な物なんて何もないんだけど。

服とか日用品とかは前に買ってもらったし、本だってなぜか定晴さんの家にはいっぱいあるから今のところ困ってないし…

 

「まあじゃあ適当に歩けば何か欲しいものが見つかるのだー」

 

そう言ってずんずん進みだすルーミアさん。やっぱりギャップ萌えである。

一応人里の中にはあまり妖怪は入らないようになってるらしいけど、ちらほらと妖怪らしき姿も見る。案外人間と妖怪の境目なんてどうでもいいのかな。

 

「あっちで妖怪が暴れてるってよ」

「慧音先生を呼べ!」

 

と思ったら走ってる人間たちがそんなことを言った。どうやら人間に害をなすかどうかで決めているらしい。私は定晴さんについてきただけで人里に入れたけど、それは定晴さんが信頼されているからだろう。門番の人にも明らかに私が妖怪であるとバレていたようだけど何も言われなかったし。

あ、さっきの人間たちが走っていった方向から光が。これは…定晴さんの霊力だ。きっと暴走していたという妖怪を鎮圧したのだろう。私自身もそれなりに強いと思っているのだけど…不動さんに操られていない状態だとどうなるかな。

 

「なんだか今日も平和ね」

「え?」

 

向こうで爆発があったにも関わらずこの光景を平和だと言い切るルーミアさん。なんというか肝が据わっている。こういうところは定晴さんにも似ているのかもしれない。

ルーミアさんが爆発などなかったかのように進むので私も気にしないようにしつつ道を進む。道中本屋やら食事処があったけど、やはり欲しいとは思わない。ふと、ルーミアさんが足を止めた。

 

「ごめんけどここに寄ってもいいかー?」

「はい、構いませんよ」

 

むしろルーミアさんに付いて適当な店に入った方がいいものが見つかるかもしれない。ルーミアさんが入ったのは服屋。幻想郷には元々呉服屋しかなかったらしいのだけど、最近は洋服を着る人も増えたおかげでこうして普通の服屋も存在している。

どうやらルーミアさんはおしゃれに気を使っているらしい。私は最近来たばかりだから分からないけど、どうやらルーミアさんがおしゃれを気にしだしたのはここ数か月かららしい。前はほとんど同じ服しか着ていなかったと聞いているし、実際ルーミアさんの部屋にある服は同じデザインのものばかりだった。しかしそれとは別にルーミアさんは普通の服を集めているのも私は知っている。

きっと定晴さんに意識してほしいんだろうなと思うけど口には出さない。ルーミアさんが封印を解くと大人状態になるらしいのだけど、その時のために大人用の服も集めているのがなんともかわいらしい。どうやら元々ルーミアさんが着ていた服であれば体の大きさが変わっても大丈夫らしい。特殊な服、ということなのだろう。

 

「うーん、良いのがなかったのだー。ユズは何か見つけたかー?」

「特にありませんね」

 

確かにかわいい服というのは女性として興味がないわけではないが、今は定晴さんが用意してくれた服で満足している。定晴さんはスタイリストをした経験もあるらしく凄いかわいい服を揃えてくれた。なんか本当に何でもできるんですね、あの人。

 

「じゃあ次だー」

 

ルーミアさんは気を落とした様子もなく道を歩き出した。

しばらく歩いていたら正面から定晴さんと一人の女性が歩いてきた。定晴さんは戦闘があったはずなのに全然汚れていない。

 

「あ、ユズ、挨拶しておけ。人里の守護者だ」

「そんな大層なことをしているともりじゃないんだが…私が上白沢慧音。君がユズだな?」

「は、はい!ユズと言います」

 

さっき通行人が言っていた慧音先生とはこの人のことだったのか。まさか女性だったとは思わなかったけど今思えば幻想郷の強者は女性であることが多い。

定晴さん曰く人里で過ごすなら必ず世話になるである人物らしい。あまり人と触れ合うのは得意じゃないのだけど…と思ったらこの人妖怪?

 

「ふむ、その顔はなぜ妖力を持つ私が人里にいるのかといった顔だな。私は半人半妖なんだ」

 

半人半妖…狼人間みたいなやつだろうか。私の知っている人物に当てはまりそうな人がいないので詳細は分からないものの、半人半妖だからこそ人間にも妖怪にも慕われるのだろうと思う。

 

「さて、私はこれから寺子屋で用事があるからな。定晴はどうする?」

「んあ?慧音がもういいってんなら俺はフリーになるが」

「じゃあユズと一緒にいてやれ。ルーミアもなんだかんだ顔が知られているが定晴がいたほうが対外的にも好印象だろう」

 

どうやら定晴さんの用事は慧音さんに関係することだったらしい。もしかしてさっきの暴走妖怪に関係しているのかな。

それにこれからは定晴さんが一緒に来てくれるらしい。なんだか嬉しい。

 

「んじゃ行くか。邪魔だと思ったら言えよ?」

「そんなことないです!」

 

ちょっと強く言い返してしまった。

その後は私とルーミアさん、そして定晴さんの三人で人里を巡った。結局欲しいものは見つからなかったけどなんとなく楽しかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百二十三話 進歩、停滞

定晴さんと修行を始めて何か月経っただろうか。定晴さんの教え、というか指摘は的確でそれなのに伸び悩んでいるのはやはり私の努力不足だろう。それでも一応始めた頃に比べて純粋な剣戟で定晴さんに食いつけるようになったのは成長、なのだろうか。

 

「どうしたの妖夢そんな難しい顔して…お腹が減るわよ~?」

「それは幽々子様だけです。今日は定晴さんとの剣術修行じゃないですか」

 

幽々子様はなぜかやたらと食事をする。亡霊の体のどこにあれだけの量が入っていっているのか甚だ疑問ではあるのだけど、残すよりはよっぽどいい。食べるというのなら従者として食事を作るのみである。ただ幽々子様に対する食費のせいで白玉楼のエンゲル係数が常に常軌を逸する値になっているのは頂けない。

 

「ああ、定晴さんとの関わり方ね?大丈夫よ~妖夢は魅力的だから~」

「そうじゃありません!」

 

それと事あるごとに私と定晴さんをくっつけようとするのはやめてほしい。まだまだ半人前の私が恋模様なんかに現を抜かしている暇などないし、定晴さんも最近やたらと忙しそうだし…というか仮に私が誰かと婚約したら幽々子様はどうするつもりなのだろうか。少なくとも幽々子様の従者である以上誰かとそういう関係になることはないだろう。

 

「あ、彼が来たみたいよ~」

 

幽々子様の声で顔を上げると白玉楼の入口に紫様のスキマが開いていた。そしてそこから出てきたのは定晴さん、と…誰だろう、あの女性。身長は私とほとんど変わらないし髪色も私と同じ白色。それでいて髪が長いからなんとなく儚い印象を受けるけど…

 

「彼女はユズ。訳あって今は俺の家で保護してるんだ。修行の様子を見たいって言ったから連れてきた」

 

前に定晴さんに付いてきたルーミアさんみたいなものかな。あの時はまだルーミアさんが定晴さんの式神になってたことは知らなかったけど、もしかして彼女も式神に…?いやでも保護してるだけみたいだし…うーん?

 

「修行を始めようか」

「え、あ、はい」

 

ユズさんが幽々子様に連れられて縁側の方に移動した。あれ、幽々子様はどうやらユズさんのことを知っているみたい。ユズさんの方は困惑しているみたいだから幽々子様が一方的に知っているだけなんだろうけど…あまり他人に興味を示さない幽々子様が知っているなんてもしかして何かやらかしちゃった人なのかな。どうにも年末年始は冥界が忙しいのであまり幻想郷の方の情報は入ってきてないんだけど…

 

「んじゃ今日は前回課題になってた弾く動きからしようか」

 

定晴さんの指導が始まったのでユズさんのことは一旦置いておき、修行に集中する。

弾く動きとは所謂パリィ、らしい。多分外の世界ならわかりやすい言葉なんだろうけど、私からすれば普通に弾く動きと言った方が分かりやすい。実際定晴さんがそう説明したときに私が困惑顔を浮かべたものだから定晴さんも困ってしまってたし。

コツは敵の攻撃に完璧に合わせること。そして攻撃の意図を把握すること。どこにどう攻撃してくるのかを予め予測し構えることができれば文さんの攻撃ですら簡単に弾くことができるらしい。弾幕を斬るのは結構邪道とされているけど、定晴さんは結構その技術を多用している。

 

「斬るにしても弾くにしても攻撃に当たっているにも関わらずそれをなかったことにするわけだから相手にあまり良い印象を与えないのは理解しとけよ。だが実際先日の戦いで弾を斬ることで身を守ることもできたのは事実だ」

 

どうやら私が知らない間に定晴さんは異変に巻き込まれていたらしい。じゃあユズさんもそれに関係しているのだろうか。

 

「んじゃ俺が弾撃つから弾いてくれ。斬るなよ?」

「斬れませんって。どういうか、だめ、なんですか」

「後々のことを考えた結果だ。今は気にしなくていい」

 

よく分からないけど、練習にも段階があるからそれが関係しているのだろう。どのみち私は静止した弾じゃないと斬ることもできないからどうしようもない。

定晴さんが生成した弾は大体私の顔と同じくらいの大きさ。弾速はそこまであまり早くないので普通に弾く。弾く、弾く、弾く…あいたっ。

 

「緩急にも対応しろー」

「ぬうぅ…」

 

もう一度楼観剣を構えなおして弾をはじ…あいたっ。

どうやら見た目は変わらないけど密度が違う弾が混じっているようである。他のやつと同じように弾こうとしたら捌ききれずに腕に当たってしまった。

 

「はぁ…定晴さんよりも長い間剣術をしているはずなのに…自信無くすなぁ…」

 

ポロっと弱音を吐いてしまう。

私の先代、祖父はいともたやすく様々なものを斬っていた。斬れないものはあまりないこの剣だけど、やはり使い手の私が未熟だからか思いのほか斬れぬものが多い。祖父から聞いた話だといつかは時すらも斬ることができるというけど…先は長いなぁ…

 

「どうした?」

「あ、いえ、続けてください」

 

よし、弱気タイム終わり!

結局のところ続けるしかないのだ。剣術は時が解決してくれるようなものではない。私が成長しようとしなければ、ただ停滞のまま数十年、数百年が経過してしまう。私とて半人前とはいえ剣士なのだから中途半端のまま終わらせるつもりはない。それにわざわざ来てくれている定晴さんにも悪いし。

 

「はぁ…はぁ…」

 

その後約三時間ほど。完全に身に着けることができたわけではないが、ある程度形にはなった。

 

「お疲れ様です二人とも」

 

ユズさんが疲れた私の代わりに水を持ってきてくれた。今はそれに甘えてコップに入った水を一気に飲み干す。ふう、まだまだ寒い季節でありながら何時間もの運動で火照った体に冷たい水がしみわたる。

今まで何回か異変解決にも動いたことがあったけど、半人前を抜けるにはまだまだ時間がかかりそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百二十四話 油揚げ愛好家

「む?油揚げが枯渇してきたか…」

 

ここは世界の隙間、幻想郷に限りなく近い幻想郷ではないどこか。紫様が住んでいる屋敷である。

今日の昼ご飯にきつねうどんを食べたら油揚げの在庫が少なくなってしまった。昔から狐の好物として油揚げが例に挙がるものだが、私もその例に漏れず油揚げが好きなのである。

 

「少し出かけてまいりますね」

 

寝ている紫様に一応の声掛けをしてから家を出る。

紫様はその強大な力を保持するためか一日に眠る時間が異様に長い。そして冬眠もする。二月になっても紫様はずっと眠っている。本来はこの時期になればそれなりに活動的になるものだが、やはり定晴さんが巻き込まれた異変の後始末で隠岐奈様と一緒に色々と能力を使ったのがきいているのかもしれない。

 

「ちぇーん!」

「はい、藍様!」

 

人里に行く途中でマヨイガに寄って橙を呼ぶ。ここは幻想郷内のいわば猫の溜まり場である。橙はそこで猫のリーダー的な役割をして日々式神としての力をつけさせているのだが…まだまだ精進が必要そうだな。

とはいえ橙のことを私は大切に扱っているので急かす理由はない。今のところ猫の手も借りたいような状況にはなってないので橙にはゆっくり成長してもらいたい。

 

「今日は一緒に夜ご飯を食べようか」

「やったー!」

 

油揚げを買うついでに夜ご飯の材料も買うべきか。冬眠中の紫様が起きるのは三日に一度くらいなもので、それ以外は基本的に私一人でご飯を食べている。私とて九尾の狐なので数日食べずとも活動は可能だが、私が倒れるわけにもいかない。

さて、人里に到着したらまずは油揚げ。嵩張るものでもないので先に買ってしまう。

 

「いつもの量だけ、油揚げを頼む」

「はいよ」

 

人里でも油揚げを売っている店はいくつかあるが、その全てを食べ比べした結果ここの油揚げが一番私の口に合っていた。それ以来ずっとここで油揚げを買っている。

 

「はいお待ちどう」

 

お金を渡して油揚げを受け取る。

先程嵩張るものではないと言ったが、実のところ私が一度に買う量はそれなりに多いため全く邪魔にならないというわけでもない。まあ気にする量でもないだろう。

 

「ん?藍と橙か?」

「定晴さん、なんだか久しぶりですね」

 

ふと声をかけられた方を見るとそこにはルーミアと定晴さんがいた。私の主である紫様のご友人であり、本人は謙遜するもののそれなりの力の持ち主。

また隣りにいるルーミアもそれなりの力を持つ妖怪だった。それは昔の異変で明らかになり、その後は一緒に住んでいるというが…毎日ではなくともよく橙と一緒にご飯を食べたり寝泊まりをしたりするのでちょっとだけ親近感がわく。定晴さんとルーミアの関係は私達と同じく主と式神だから尚更私達は似ている。

 

「うお、なんだその油揚げの量」

「家のストックが減ってきたので買い出しです。定晴さんもお一ついかが?」

 

油揚げが好きな人が増えるのは喜ばしいことなので定晴さんにも一つ御裾分けしようかと提案する。しかし定晴さんは首を横に振り拒否をした。どうやら昨日既に油揚げを味わったらしい。

 

「そちらも買い出しですか?」

「ああ。食材じゃなくて布だけどな」

 

定晴さんは家事全般をこなす。そして家事以外のことも大体できる。外の世界で様々な仕事を経験し、またなんでも屋としての活動での経験もあってかどれもプロレベルの成果を出す。料理に関しては前に私も食べさせてもらったが、外の世界の現代料理においては私も負けを認めざるを得ない味だったのを覚えている。

 

「そういえば定晴さんは動物霊というのをご存知ですか?」

「動物霊?」

「はい。最近増えているようなのです」

 

紫様が眠っている間は幻想郷の管理を私がしているのだが、その中でよく動物霊を見るようになった。基本的には死んだ動物たちが成仏せずにふよふよ浮かんでいるもののことだ。

幻想郷には彼岸が繋がっており、三途の川も直結している。そのため幽霊がよく幻想郷を浮いているのが確認されている。幽々子様が冥界の管理をしているはずなのだが、春雪異変のあとはなぜか紫様が結界を放置しており冥界の方から流れてくるものもたまにいる。

動物霊も人魂もその多くは私達に害はなく、その力の矮小さ故に物に取り憑くなんてこともできないはず。しかし量が多いのも困るのでなんとかしたいところ…

 

「原因は分かってるのか?」

「どうやら地獄の向こうから流れてきているとだけ…私とてあまり向こうには行きたくないので…」

 

ただもしこれ以上に増えるのであれば霊夢を遣わせる必要もあるのではないかと考えている。もしくは定晴さんでもいいが…先日酷い戦闘もあったばかりだし今回は休んでもらいたいところ。

 

「おにいちゃーん!」

 

そんなことを話していたら寺子屋から出てきた子供たちが定晴さんに集まりだした。どうやらたまに寺子屋の先生をしているらしく子供たちも定晴さんのことを信頼しているのが見て取れる。

そういえばと定晴さんが子供たちに意識を向けているうちにルーミアに話しかける。

 

「ルーミアはバレンタインに何かするのか?」

「へ!?あっ…えっと…まあ、一応…ね?」

 

どうやら定晴さんは全く気付いていないようだが、ルーミアは多分定晴さんのことが好きである。

幻想郷ではそこまで主流のイベントではないので知名度はあまりないが、バレンタインでチョコを渡すという人もいる。かくいう私も紫様のために当日はチョコケーキを作る予定だ。

ルーミアが料理をできるのかわからないが、どうやら計画中らしい。なんというか…ふむ…ああ、外の世界でいう青春というものか。ルーミア自身はそれなりに長く生きているらしいのだが、こういうところで初々しいものが見れて少し楽しい。

 

「っとすまない藍。話の途中だったな」

「いやいや、こちらこそ邪魔をしてしまって悪かったな」

 

定晴さんたちと別れて買い出しの続き。

まだまだ寒いし、今日は鍋料理にしようか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百二十五話 昼夜睡眠

時間よし。体調よし。寝る準備よし。

 

「さ、寝るとしましょ」

 

私の名前は宇佐見菫子。今日も今日とてベッドの中で刺激を求めて目を閉じる。

私は夢を通じて幻想郷という不思議な世界に入り込むことができる。実際に入ろうとすると巨大で強大な結界のせいで弾かれてしまって中々難しいのだけど、ちょっと昔に私が起こした色々の結果こうやって夢で入ることができるようになった。まあ少し危険な部分もあるんだけど。

超能力者の私は人間の中でも特別であり、ただの学校生活なんて退屈だ。授業中でも幻想郷に来るためによく寝ているから態度の評価は酷いことだろう。成績は落としていないから全然問題ないんだけどね。ちゃんと学校を卒業さえできれば周囲の目とか興味ないし。

今日は一日休みの土曜日。実のところ夜の間の夢でも幻想郷に行くのだけどまあこっちでも起きないと体に悪いってことで一応の朝ごはんだけを食べてまた眠る。二度寝なんて私にとっては初歩である。

 

「ん…あ、博麗神社だ」

 

いつ眠ったのか分からないが、気が付いた時には博麗神社の鳥居の下にいた。奥の方から霊夢の声がする。

 

「いつまでそこに突っ立ってるのよ」

「え?」

「ん?ああ、今来たのね。失礼したわ」

 

どうやら少し前からずっと私はここにいたらしい。

私の幻想郷に入るプロセスは幻想郷の賢者をもってしても異常らしいが、幻想郷にいる間の私もまた異常だ。なんせ私本人が幻想郷に入っているのではなく幻想郷にいる私のドッペルゲンガーに憑依しているのだから。まあ憑依っていうのもちょっと違うけどね。

 

「お茶でも飲んでく?」

「あ、飲む飲むー」

 

霊夢に呼ばれたので私は速足で縁側の方へ。霊夢がお茶を用意してくれているところを横目で見ながら今日のメンツを確認する。あうんちゃんと魔理沙、そして…誰?

 

「お?見ない顔だな」

「それはこっちのセリフよ。あんたこそ誰よ」

 

向こうも私を知っているわけではないようなので本当に初対面である。幻想郷で男性の知り合いだと香霖堂の店主さんくらいなんだけど…見た目は一般の日本人といったところ。霖之助さんもそうだけど顔が整っている。幻想郷の住人はみんなかわいいとかかっこいいばかりだから顔に自信のない私はちょっとだけ羨ましくもある。

 

「こいつは堀内定晴。私よりも強い純人間だぜ、多分」

「へー魔理沙よりも…魔理沙よりも!?」

 

私ほどではないが魔理沙も中々の実力者。私とて何度も負けている相手であり、そんな魔理沙が負ける相手など霊夢くらいしか思いつかないんだけど…

 

「というか多分ってなんだよ多分って」

「だってお前本当に人間なのか?私は甚だ疑問だぜ?」

「れっきとした人間だ」

 

どうやら魔理沙からしても人間離れした能力持ちということらしい。まあ彼も特別っていうことだろう。私には超能力があるから彼にも負けないだろう。魔理沙の戦闘スタイルはひたすらの火力だから相性というものもあるだろうし。

 

「あ、定晴さんに喧嘩をうるのはやめておいた方がいいわよ」

 

と思っていたら霊夢にまで警告をされた。

あうんちゃんは懐いているようだけど二人とも妙に警戒しすぎじゃない?ここまで警戒されているのって紅魔館の妹吸血鬼くらいしか思い当たらないのだけど。

 

「あなた、何したのよ」

「いや別に」

 

一応訊いてみたけど別に嘘をついているようには見えない。

 

「別に定晴さんが危険ってわけじゃないわよ。ただ私たちみたいな物量を持たない人だと相性が悪すぎるってだけよ」

 

物量?魔理沙も物量タイプなのではないのだろうか?

いまいち要領が掴めないまま霊夢が用意してくれたお茶を飲む。ああ、美味しい。

 

「少なくとも弾幕ごっこじゃない本当の戦闘においてなら今のところ幻想郷最強は彼かもね」

「そんなに?」

「俺だって勇儀みたいな純粋な力相手だと不利だぞ」

 

霊夢の言葉に定晴さんが反論する。しかしその反論は逆を言えば純粋な力ではない者相手であれば余裕ということか…なんだか妙に腹が立つ。他の人間をなめているんじゃなかろうか。

 

「確かに弾幕ごっこで言えば彼は中の上くらいよ。だってどういうわけか今の幻想郷で弾幕ごっこの経験の方が乏しいのだもの」

 

霊夢がそんなことを言う。現在の幻想郷では決闘方法が弾幕ごっこであり、それ以外の戦いはあまり行われていない。私とてあまり弾幕ごっこ以外はしたくない。鬼とかどれだけ重いものを飛ばしても無視して突っ込んでくるのだから恐怖以外の何物でもない。

 

「あなたって…変な人?」

「直球ありがとう。変ではない」

「変じゃないけど奇妙だよな!」

「それは変ということでは…?」

 

魔理沙の言うとおり奇妙な人なのだろう。

うーん、珍しく純人間ではあるけどあまり関わりたくないタイプだ。霊夢たちのようないわゆる異変解決組っていうやつだろう。

 

「なんで俺は初対面の人に警戒されなきゃならないんだ?」

 

そりゃ霊夢さんと魔理沙さんが警戒してるんだから私も警戒するでしょ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百二十六話 チョコレゐト

「あ、あの…ご主人様…」

 

朝、ごはんを食べ終わったらルーミアから声をかけられた。いつもと違い随分と緊張しているようである。どうしたのだろうか。

 

「えっと…これ…」

 

ルーミアがどこからか出したのは包装された小さめの箱。少しばかり甘い匂いがするがこれは…チョコレート?

 

「今日はバレンタインデーでしょ?それで、あげようかなって」

 

そういえば今日は二月十四日、外の世界でのバレンタインデーだ。

バレンタインデーにチョコを送るという文化自体日本独特のものではあるのだが、贈り物というものは海外でも行う。幻想郷は別世界のようになっているとはいえ日本の中にあるのでチョコを渡す文化も存在しうるのかもしれない。

 

「ありがとな、受け取るよ」

「日頃のお礼よ。些細な、ね」

 

それだけ言ったらルーミアは席を立ち部屋へと速足で戻っていった。いつもは部屋なんて使わないのに珍しいな…と思っていたらユズからも声をかけられた。

 

「一応ルーミアさんの手伝いで私もチョコを作ってみました。受け取ってください」

「ああ、ありがとう」

 

どうやら俺の知らない間に二人とも手作りでチョコを用意してくれていたようだ。幻想郷に来てからは俺が家にいる時間も増えたが、それでも外で活動する機会も多いので家を空けがちにしている。俺が出かけている時間に作ったのだろう。道具とか材料とか動かした痕跡に俺が気付かなかったということは相当隠すための努力をしながら作ったと思われる。

 

「そういえば去年は幽香から押し付けられたんだよな…」

 

思い返すのは去年のバレンタインデー。あの頃はまだルーミアが式神ではなかったし、そこまで外に出なかったので家に直接押しかけてきた幽香と紫くらいからしか貰わなかった。告白されたあとに思ってみると幽香にとってバレンタインデーは逃せないイベントだったのだろう。幽香はたまに外の世界に出ているというしそこでバレンタインデーのことも知ったのだろう。

今年はどうだろうな…ちょっとまだ気まずい感じではあるんだけど…まあ自分から行くようなものでもないから待っておくことにするか。

ユズも部屋に戻って俺一人になったリビングルームでコーヒーを飲んでいたら少し顔が赤いままのルーミアがやってきた。

 

「別に特別な意味はないんだけど、恥ずかしいわね」

「まあそういうものだろバレンタインデーなんて。というか幻想郷にはそういう文化は広まってるのか?」

 

俺が尋ねてみると、どうやら広まり方はそれなりといったところらしい。幻想入りした人間というのは俺だけではないのでそういった人が伝えることもあるし純粋に外の世界の文化に興味を持った妖怪がなにかしらの経路でバレンタインのことを知ることもあるらしい。ルーミアの場合は幻想郷にやってきた外来人から聞いたらしい。

 

「まあご主人様のことだからいっぱい貰うだろうけど」

「それは期待しすぎじゃないか?」

「…それなら、いいんだけど…」

 

それだけ言うとやっぱり部屋に戻っていった。

今にして思えばバレンタイン以外にもハロウィンとかクリスマスとか、本来の日本にはない文化が幻想郷に流入しているのは結構あるのでバレンタインが流入していても不思議ではない。

と、そこでドアが叩かれた。インターホンならあるがまああまり使ってもらえない。

ドアを開けてみるとそこには紫の姿が。

 

「紫?」

「ほら、今日ってバレンタインでしょ?だからチョコレートよ!」

 

どこか緊張した様子の紫。いつもならスキマを家の中に直接開いてやってくるというのにドアから入ってきて、インターホンを知ってるのにノックをしているあたりあまり冷静ではなさそうだ。

 

「ありがとう紫」

「ええ!ええ!私の気持ちよ!」

 

それだけ言ったら紫はスキマの中に逃げ込んでしまった。ルーミアといい紫といい、必要なことだけしたらさっさと退散してしまう。そんなことで俺はなんとも思わないので全然構わないのだが。

ふと上から声が聞こえた。

 

「ふむ、やはりリア充はここにあったか…」

「うわっ!ミキ、いつの間に…」

「紫がここに来たときくらいかな。メイドたちからチョコ貰いまくって疲れたからお前の様子を見に来た」

 

いつの間にやら屋根の上に座っていたミキ。その手には従者から貰ったのであろうチョコレートがある。ミキは俺の幻空など比べ物にならないくらいの空間を作れるのできっとそこに他のチョコも置いてあることだろう。

 

「何の用だよ」

「見に来ただけだって。まああとはからかいに来た」

「帰れ!」

 

そしてそのまま姿を消したミキ。どうせまだどこからか見てるのだろうけど気付くことができないのでどうしようもない。

俺の声に驚いたのかユズが後ろから声をかけてきた。

 

「えっと、大丈夫ですか?」

「ああ心配いらない。害虫を追っ払っただけだ」

 

ユズとそんなやり取りをしていたら近くに人の気配がした。そちらを見てみるとおずおずとした様子の幽香が立っている。

 

「幽香?」

「えっと…分かってると思うけど、はいチョコレート。もちろん貴方にだけのね」

 

きれいにラッピングされているチョコレートの箱は可愛らしくデコレーションされており、幽香が手間暇かけて作ってくれたことがよく分かる。

 

「それじゃ私はそれだけだから。返事、待ってるわよ」

 

そしてそのまま日傘を差して飛んでいってしまった。

なんというか、こういうことをされると返事に困ってしまう。今の俺は恋愛などできそうにないし正直なところこれ以上幽香を困らせないためにも断る方がいいと思うんだが…

と、思っていたらすぐ横で幽香を見ていたユズが俺の服を引っ張った。

 

「ちゃんと考えて。しっかり」

 

諭されるように…いや、実際のところユズからの軽い説教なのだろう。もっとよく考えろってことか…

 

「定晴さんは妖怪と人間の恋愛は成立すると思いますか?」

 

ユズからポロッと口にした言葉。あの日の宴会で幽香が俺に問うてきた質問。

なぜユズが…と思うが、きっとたまたま思っただけだろう。しかしそのたまたまが今、俺の言葉を奪ったのだった。

 


 

ご主人様にチョコレートを渡すことができた。そして今は恥ずかしさのあまり寝るとき以外滅多に使わない自分の部屋のベッドの上で固まっている。

 

「ふふっ…」

 

羞恥心はマックスだというのにご主人様からの言葉を思い出しては笑顔になってしまう。ああもう!私はそんな乙女な妖怪じゃないでしょうに!

と、足をバタバタしていたら気がついた。なんだか外の雰囲気がおかしい。なんというか不純物が混ざっているような…

なんとなく胸騒ぎを覚えつつ、ご主人様の言葉を脳内で反芻させたためにそんなことすぐに忘れてしまうのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章 鬼形獣
二百二十七話 賽の河原


バレンタインも終わり数日後、俺は珍しく霊夢に呼ばれて博麗神社に来ていた。

 

「いらっしゃい定晴さん」

「こんにちは定晴さん」

 

俺が居間で待っていたら霊夢と水那が現れた。そして霊夢の隣に見慣れないものが浮いている。これは…幽霊だろうか。妖夢のいる冥界にいる幽霊とは違うような気がするが…

俺が疑問に思っていたら霊夢が口を開いた。

 

「こいつのことも含めて説明させてもらうわね」

 

紫もいないのは本当に珍しいなと思いつつ、霊夢の説明を聞く。

曰く、霊夢の隣に浮いているのはカワウソの霊だと言う。現在非常に多くの動物霊が三途の川の更に奥にある地獄から幻想郷を支配するために侵入してきているらしく、このカワウソの霊はその暴走を止めるためにここに来たようだ。霊がよく見られるようになったというのは藍から聞いていた話であるし、少なくとも幻想郷に多くの動物霊が攻め込んできているというのは本当なのだろう。個人的になんとなくこのカワウソは胡散臭いのだが、こいつ以外にソースもないので取り敢えず今は信じるとしよう。

霊夢はこれからその三途の川の向こう側に乗り込むので俺にも同行してほしいそうだ。なお水那は緊急要員として博麗神社で待機とのこと。

 

「貴方がいれば私はそれなりに楽できるしね。式神のルーミアも連れてきていいけど…ユズのこともあるからその点はそちらに任せるわ」

 

地獄には今もふよふよ浮いているカワウソの霊が案内してくれるらしい。

霊相手だし俺の浄化の力を使えばそこまで苦はしないような気はするが…ルーミアたちには留守番してもらおうかな。ユズはまだそこまで戦闘できるわけではないし、ルーミアが傍にいてくれた方が心強いだろう。なんというか、久しぶりの弾幕勝負なのでちょっと緊張気味。

 

「まああまり心配しないでちょうだい。私がいるんだから」

 

博麗霊夢、博麗の巫女。異変解決のプロフェッショナル…確かに心配するような要素はないな。

異変解決なんだからもっと人員を増やしてもいいとは思うのだけど、霊夢曰く魔理沙たちは競争相手らしい。じゃあなんで俺はいいのか聞いてみると俺には依頼の形にしておけば最終的な手柄は霊夢に回るからだという。外の世界ならいざ知らず、幻想郷では別に名声を欲しているわけではないし全然いいのだが…なんとも打算的というか…霊夢らしいと言えば霊夢らしいのかもしれない。

 

「今日中には出発するわよ。三十分以内に準備を整えて三途の川のところまで来なさい」

 

地獄に行くにはいくつか世界を跨ぐ必要があるらしく、まずは三途の川から向こう側まで飛んでいかないといけないらしい。三途の川は飛んで渡れないと聞いていたが、カワウソの霊がいるからだろうか。

いつもとは違い早速準備を始めた霊夢を横目で見つつ俺は一度家へと戻った。

 


 

「と、いうわけで俺はちょっくら地獄なるところに行ってくる」

 

家に戻ってすばやく要件を二人に話した。

 

「一応聞いておくけど、異変関係かしら?」

「ああそうだ。ルーミアにはユズの傍にいてほしいからここで留守番な」

 

ユズは首を傾げているが、ルーミアには伝わったようだ。ルーミアがいれば大体なんとかなるし、この家自体にも結構な術を施しているから簡単には襲われない。ユズは戦闘慣れしていないわけだしルーミアには護衛として役立ってもらうつもりだ。とはいえ俺も数日空けてくつもりはなくすぐに戻ってくる予定だけど。

 

「というわけで俺はもう出るから」

 

だって必要なものは大体幻空の中に入れてるし。

 

「ええ、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃいませ定晴さん」

 


 

飛ぶこと十数分。三途の川へとやってきた。今日は…小町が寝ている様子はないな。

 

「あ、こっちよ定晴さん」

 

妙にぽわぽわしている霊夢に声をかけられて近くに降り立つ。あれ、霊がいないな。

 

「カワウソは今の私に憑依してるの」

「それ大丈夫なのか?」

「力も上がったしなんも問題ないわ、なんか気分がふわふわするけどね」

 

いつもの霊夢の鋭利さがない。狐憑きも性格が豹変するというしカワウソの霊が憑依したことで性格に影響を与えたと考えていいだろう。霊夢は神降しができるというし憑依程度のことで問題が起きるということもないだろう。

 

「にしてもここは苦手だわ」

「そうか?俺は少なくともこの景色は好きだけど」

 

霧がかって向こう側が見ることができない三途の川。映姫や小町は地獄の方から来ているというし普通に陸があるのは確かなんだろうが…

と、霊夢がある方向を指差した。

 

「あれ見える?」

 

そこでは数人の少女がせっせと小石を重ねていた。ここは三途の川であるし、ということはあそこが賽の河原…

 

「死んだ子供たちが小石を積んで、でも途中で崩れて…その繰り返し。見ていてなんとも言えない気分になるの」

「それは…そうだな…」

 

三途の川は元より冥界も本来は生きている者が入ることはできない。幻想郷はそのどちらも繋がっているので奇跡的に見ることができるだけだ。死んだ後の世界がどんなものか、それを知ることができるのははたして良いことなのだろうか。

 

「む、定晴さん。三途の川を渡る前にちょっと体を動かすわよ」

 

見れば動物霊がふよふよ浮いている。まだなんかしたわけではないが…増えすぎても困ると言うし浄化させていただこう。

 

「定晴さん、浄化の力は抑えめにね」

「分かってる」

 

そして同時に弾幕を展開する俺と霊夢。それに反応したのか動物霊たちも弾幕を撃ってきた。

いつものように弾を躱しつつ攻撃を繰り返す。俺たちがこんなところで弾幕ごっこをしてしまっているが積石は大丈夫だろうか。

戦闘時間は約五分。動物霊を追い返したところで近くに別の気配を感じた。

 

「よくも子供たちの作品を…!仇をとってやる!」

 

出逢って早々、怒り心頭である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百二十八話 取り敢えず倒す精神

現れたのは福耳を持った少女。随分とお怒りの様子だが、言葉の内容から察するにどうやら流れ弾が子供たちが作っていた積石にぶつかってしまったらしい。

 

「あら、あんた誰よ」

「私は戎瓔花。こんなところで弾幕だなんて迷惑だと思わないの?」

「思わないわ。だって必要なことだもの。邪魔するっていうならあんたも倒す!」

 

霊夢と瓔花が衝突した。

こういうときの弾幕ごっこは一対一が基本なので俺は距離を取る。ついでにこれ以上積石に被害が出ないようにそっちの方向に結界を張っておく。

そういえば霊夢の異変解決法を見るのは初めてだな。怪しい奴も邪魔する奴も黒幕も全部ぶっとばすが霊夢や魔理沙の異変解決方法らしい。戦闘の回数が増えるわけだし霊力も消費すると思うんだけどよく今までその方式でなんとかなってきたなと感心してしまう。

瓔花がスペルカードを宣言した。だが対する霊夢は特に苦労する様子も焦る様子もなく淡々と弾幕の隙間を搔い潜っていく。なぜか弾幕ごっこの回数が少ない俺だが、素人の俺から見ても霊夢の躱し方は美しい。弾幕ごっこはその美しさを最も重要視しているので霊夢はやはり弾幕ごっこのプロフェッショナルなのだろう。

 

「鬱陶しいわね」

 

霊夢もスペルカードを宣言。十八番である夢想封印が炸裂した。色とりどりの大きな弾は瓔花に吸い寄せられるように飛んでいく。

霊夢は通常攻撃の時点で敵を追尾する。昔飛ばしているお札の名前を訊いたことがあるが、ホーミングアミュレットと言っていたしデフォルトである効果なのだろう。絶対に逃しはしないという意思なのか狙いをつけるのが面倒だからなのかは分からないが、追尾式なのは戦闘が早く終わる要因の一つとなっているだろう。

 

「ふきゃっ!」

 

その証拠に、瓔花が今墜落した。多分今回の異変にはなんも関係ないんだろうけど、霊夢に喧嘩を売ってしまったのが悪かったな。

 

「さあ行きましょ」

 

ボロボロとなった瓔花を無視したまま進もうとする。三途の川はあまり妖怪が来ないからと言って放置するのはどうなんだろうか…一応軽く再生をかけて傷を癒してあげたあとに霊夢についていく。俺は地獄への行き方を知らないので霊夢に置いて行かれるわけにはいかないのだ。

瓔花にちょっと申し訳なく思いつつ俺たちは賽の河原を後にしたのだった。

 

「どこから行けばいいのかは分かってるのか?」

「一応ね。流石の私の地獄に直接行くのは初めてだから聞いておいたの。もうちょっと向こうよ」

 

賽の河原を抜けて向こう側へ。

三途の川といえば少し考えていることがある。三途の川に端はあるのか否か。

幻想郷に海がないのは幻想郷内でも周知の事実だし、紫が秘密裏にしていない限り今後も繋がらないだろう。しかし川というのであれば確実にどこかへ流れているはずだ。一応俺も昔興味本位でひたすら同じ方向に川岸を進んでみたことがあるのだが行けども行けども同じ光景が続いており帰れなくなる前に引き返したのだ。明らかに幻想郷の幅を超えていたような気がするが、ここはある意味一つの別世界と化しているのでそこはあまり疑問ではない。

俺の仮定としてもしかしたらめちゃくちゃに横に長い湖だったりするのではないかと考えている。罪の重さと特殊な金銭に応じて死神が霊を運ぶ距離が変わるというのは事実らしいので案外伸縮自在の湖である可能性も否めない。形が変わった時に変形した分の水は一体どこに行っているのだろうかという疑問は残るが…不思議な力だからと考えるのをやめるのはしたくないので機会があれば映姫とか小町に訊ねてみようと考えている。

閑話休題

 

「ここよ。行きましょ」

「了解」

 

霊夢が立ち止まり三途の川の上を飛び始める。

俺は未だに霊夢に憑依しているカワウソの霊を信じることができていない。霊夢も霊夢で全てを信じているわけではないようだし多分博麗の勘的にも何か怪しいものがあるのだろう。カワウソからは今のところ嘘とわかる情報は貰っておらず、残りは確かめようのないものばかりなのでどうしようもない。しかし多くの真実の中に嘘を一割混ぜることでその嘘すらも本当のように思わせるという話術も存在するので油断はできない。

 

「定晴さん、飛んでくる動物霊たちは適宜ぶっとばしましょ」

「だな」

 

三途の川の上をなぜ霊が飛べているのかは不思議だが死者の霊というわけでもないようだし普通の霊とは違うのかもしれない。やたらと多く飛んでくるので俺もやりすぎない程度に浄化させていく。

俺たちは霊じゃないのでどれくらい飛べばいいのか分からないが霊夢が何とも言わないので多分大丈夫だろうと信頼し霊たちを浄化。しばらく飛んでいると前方に何やら人影を見つける。

 

「霊夢、止まれ」

「分かってるわ。こんなところに人だなんて怪しいの一言ね」

 

それを言うと俺たちも全然怪しい人たちになるんだが。

 

「ほう、こんなところに人間ねぇ。こっちは彼岸だから幻想郷に戻りなさいな」

「そういうあんたは…牛鬼かしら?残念ながら私たちの行先は彼岸で合ってるから通しなさい」

 

近付くことでその姿をはっきりと視認することができた。

赤い角に黄色い服。霊夢がなぜ一目で牛鬼だと判断できたのかは分からないが、まあ霊夢が言うのだから間違っていないのだろう。

牛鬼は日本全国で文献として残っている妖怪の一人だ。ただその内容は場所により大きく異なり、人間を襲うところがあれば神聖な生き物として崇められていることもある。俺はまだ交戦経験はないが、名前に入っている通り鬼の如き怪力を持つらしいので勇儀と相性があまり良くない俺は牛鬼とも相性が悪いかもしれないな。

 

「流石に渡らせるわけにはいかないでしょ」

「ふーん、邪魔するのならあんたも水の中に落としてあげる」

「上等よ。遠慮なく古代魚たちの餌にしてあげる!」

 

瓔花との戦闘の直後だと言うのに始まる戦闘。霊夢の邪魔するなら問答無用でぶっとばすの精神が影響しているようだ。ただ、霊夢は憑依されている影響で性格が少し穏やかになっているので口調がいつもより穏やかな気もする。

取り敢えず俺は戦闘に巻き込まれないように。あと先ほどのような事故が起きないように周囲に結界を張っておく。一応今回の俺の役割は霊夢の補助なので事後処理が面倒にならないように配慮しておくべきだろう。

俺がそんなことを考えている間に牛鬼と霊夢の戦闘が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百二十九話 彼岸

結果で言えば当然のように霊夢が勝利した。ただの一発も当たることなく綺麗に全ての弾幕を避けた姿はやはり博麗の巫女と言ったところ。

牛鬼の名前は牛崎潤美というらしい。人を襲うわけでもなく三途の川で採れたものを売ったりして生活しているらしい。三途の川で採れるものがあることにも驚きだが、それ以上に買ってる人は誰なのだろう。

霊夢によって鎮圧された潤美を越えて(再生はしてあげた)とうとう俺たちは彼岸へとやってきた。別に特別な景色というわけではなく、幻想郷側の川辺とあまり変わらない。

 

「んでここからは?」

「こっからは降りるわよ。地獄行きってやつね」

 

それは悪いことをした人に対してのみ使う慣用句じゃなかろうか。まあ俺も悪いことを一切していないとは言うつもりはないけど。

霊夢に導かれるまま歩いていると正面に人影を見つけた。また戦闘になるのかと警戒して近付いてみると、そこにいたのは妖夢だった。

 

「あれ?なんで妖夢がここにいるんだ?」

「ん?あ、定晴さん。それに霊夢。それはこっちのセリフですよ。なぜ二人がここに?」

 

事情を聞いてみると、どうやら妖夢も俺たちと同じように動物霊絡みの異変解決に来ているらしい。確かに幽霊の問題ではあるから冥界の妖夢が動くというのも頷ける話である。

 

「私はこれから閻魔様に会おうかと思いまして」

「映姫か?」

「特に指定はありません。まあ四季さんなら他の閻魔に比べて知己なので楽ではありますが」

 

閻魔というのは一人ではない。というか映姫一人で死者を佐幕ことなどできはしない。ある時に映姫からヤマザナドゥという役職であることを教えてもらったが、きっとそんな感じの役職が他にも存在するのだろう。ただ閻魔であれば大体は動物霊のことも知っているはずだろうから妖夢は特に指定もしていないのだろう。

流石に彼岸に来てすぐに閻魔と会うのは難しいらしく妖夢はここで待機していたようだ。

 

「あんたねぇ、そんな面倒なことしなくても元凶をさっさと叩きに行けば解決するじゃない」

「そうは言ってもさすがに半人半霊の私が許可なく地獄に行くのは難しいんですよぉ…」

 

というか普通は許可とか関係なく地獄に飛んでいくのは難しいとは思うのだが、そこは幻想郷の感性の違いだろう。

霊夢はここで待機している妖夢のことは放置し先に進むことに決めたらしい。なにか分かったらあとから教えるようにと念を押しているのは霊夢らしい。

 

「地獄は罪人でなければそこまでではありますが、それでも地上よりは過酷な場所なのでお気をつけて」

「妖夢も、な」

 

俺たちは妖夢に別れを告げてしばらく歩いた。すると途中で不思議な場所を抜けて、気がついたら地獄の入口に立っていた。霊夢もここに来るのは初めてらしくキョロキョロしている。

地獄というと血の池だとか針山だとかが思いつくが、既に地霊殿のある旧地獄で何日も過ごしているのでさほど恐怖は感じていない。

俺たちの目の前にはちょっとした建物があり、それが門のようになっている。そしてそこには見慣れる姿の妖怪が一人…

 

「あなたたちもここから先に行くのね?」

「ええそうよ。というかあんた誰よ」

「私は庭渡久侘歌。ここからは先は動物霊たちが占拠していて危険だから引き返すことっ!」

 

黄色い髪と黄色い服。鳥の妖怪…なのだろうか。髪の中になぜかひよこらしき姿が見えるし、人形かと思ったら普通に啼いている。髪の中に動物を飼うとは珍しい飼育方法だ。

 

「それは私が博麗の巫女だっていうのが分かった上で言ってるの?だとしたらぶっとばすわよ」

 

すごい不穏な言葉だが、「(弾幕ごっこで)ぶっとばす」という意味なので実際に血みどろの闘いになることがないのが安心材料である。やはりどうしても俺の輝剣などは過度に人を傷つけてしまうから大変だ。俺からも妖夢に弟子入りして剣を使った弾幕ごっこのやり方でも教わったほうがいいだろうか。

霊夢の言葉で何かを思い出した様子の久侘歌。

 

「ああ、あなたが……閻魔様から話は聞いています。ここから先でも通用するか存分に試しなさいってね!」

「ふーん、いいわ。思う存分負かしてあげる」

 

どうやら久侘歌は一種の門番らしい。霊夢の力がここから先でも問題ないかを試すようである。さて、今回も俺は観戦かな…

 

「えっと、そちらの人は?」

「彼は堀内定晴っていう人間よ。でも腕は立つわ」

「あ、でしたら私達が戦っている間に動物霊たちが幻想郷側に行かないようにしてもらってもいいですか?」

 

それだけ言うと霊夢と久侘歌は空へと飛んでいった。どうやら今回は俺もただ観戦しているわけにはいかなそうである。

久侘歌が去ったのを見計らったのか動物霊たちが門を越えて幻想郷に飛んでいこうとする。

 

「たかが人間相手、なんて思うなよ?」

 

輝剣を召喚。ついでに結界で入口も封鎖してしまう。これで動物霊たちは俺を倒さなければ出ていくことができなくなってしまった。

 

「地獄で浄化なんて使ったらどうなるか分からないから陰陽式でいくぞ」

 

俺は純粋な浄化の力を使えるので能力だけで妖怪や霊を抑えることができるが、昔いた陰陽師などはそんな力を持っていない。それでも鬼やらなんやらと渡り合えたのはその陰陽術があったからこそだ。俺もなんでも屋としての一環で陰陽師のことを調べたので動物霊相手なら調伏くらいは可能である。

 

「取り敢えず動けなくなるくらいにやってやるよ」

 

霊夢たちが上空で綺麗な戦闘を始めたとき、地上ではお世辞にも綺麗とは言えない戦闘が始まったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十話 現地獄

約六十体。俺が霊夢と久侘歌の戦闘中に調伏した動物霊の数である。上空にいる霊夢たちに影響しないように戦う必要があったため実のところ地上に逃げた動物霊が全くいないというわけではないのだが…誰かが向こうでやってくれるだろう。妖夢もいたしな。

 

「さ、これで通っていいでしょ?」

「地上の人間たちってみんな強いんですかぁ…?」

 

なんだかやけにボロボロとなっている久侘歌が地に足をつけた。俺は戦闘を見れていなかったが、もしかして結構ド派手なことをしていたのだろうか。

 

「心配しなくていいわ。私がスペルカードを使っただけだから。夢想封印を回避できなかったこいつが悪いのよ」

 

霊夢の夢想封印はホーミングだから回避できないのではと思うが、まあ久侘歌も納得しているようだし言わぬが花か。

霊夢はどんどん進んでいくが、俺は久侘歌に少し気になったことを訊いた。出会ってからずっと気になっていたことだ。

 

「もしかして俺たち以外にも来たのか?どうも別に一回戦っているような口ぶりだから…」

「数十分くらいまえに白黒の魔法使いがここを通りましたよ」

 

つまり俺たちよりも先に魔理沙がいるのか。魔理沙も異変解決のプロフェッショナルなわけだし、霊夢が黒幕に辿り着くのが先か、魔理沙が先かといったところ。魔理沙は魔理沙で探索をしているのですぐに黒幕のところまで行けるわけではないだろうが、それは俺たちも変わらないわけで…

 

「聞いたか霊夢」

「ええ、なんとなく予想していたわ。別に先に倒したからどうというわけではないけど、魔理沙に負けるのは癪ね。定晴さん、急ぎましょ」

 

そう言うと霊夢は速度を上げた。それに合わせて俺も風を強くして速度をあげる。

久侘歌がいた関所を過ぎれば一気に様相は変わってくる。どこに何があるのかは分からないが、意外と開けているのでなんとかなるかもしれない。

 

「まずどこから行く?」

「そうねぇ…」

 

霊夢が周囲を見渡す。色んなところに動物霊がいるうえ、それを全部浄化していてはキリがないので今はどうしようもないが…と、少し違和感を覚えた。なんというか、知らない場所ではあるものの決定的におかしいと思えるような…

 

「ねえ定晴さん、人間の霊を見なかった?」

「…いや見てないな」

 

違和感の原因はそれだ。ここは地獄であり、人間の魂が罪を償うためにある場所である。動物霊がいっぱいいるので妙な気分になったが、本来は動物霊ではなく人間の霊がいるはずなのである。

 

「たしか動物霊は幻想郷を支配するために動いてるんだよな?霊って他の霊に攻撃できるのか?」

「私達にすら攻撃してくるんだからそりゃできるわよ。ただここまでいないとなると変ね。もしかして黒幕が動物霊の侵略の邪魔にならないように捕まえてるのかしら」

「そんなことして閻魔たちは動かないのか?」

「さあ?」

 

閻魔たちは魂の管理者ともいえる存在なので人間の霊がいなくなればすぐに気付くと思うのだが…もしかして内部犯だろうか。どちらにせよ人間の魂がある場所に黒幕がいる可能性も高いというわけだ。

 

「目星はついたな」

「そうね。ちょっと私のこと守ってくれないかしら。術を使ってどこか探るから」

 

そう言うとお祓い棒を構えた霊夢の体から濃い霊力が溢れ出した。それに反応したのか先程までふよふよしていただけの同たちが霊夢に集まってきている。

何の返事も聞かずに術を行使するのは霊夢らしいが…すぐさま俺は戦闘態勢をとる。霊夢の邪魔をしないように今回も派手な技はなしだ。徹底的に調伏させてもらう。

 


 

地獄に来てから約数十分。私、霧雨魔理沙は未だに地獄を彷徨っていた。

 

「ここ、広すぎるぜ…」

 

そんなことをぼやいてしまう。

妖怪の山から行ける旧地獄の広さもとんでもないものであったし、そもそも旧都だけで相当な広さを持っていた。現在の地獄がそれよりも狭いはずがあるわけもなく、広い空間を彷徨うことになるだろうとは予想していたものの、体感では旧地獄の二倍以上は広さがあるように思える。

 

「きっと霊夢が動き出す頃だ。さくっと異変解決してやるぜ」

 

最近は定晴にばかり功績が行ってしまい私も霊夢もメンツがない。ここらで一つどかんと実績を積み上げてやろうと思っているのだが…

 

「むっ?」

 

突然私の後方から大きな霊力の波を感じた。そのせおで少しだけ体勢が崩れてしまう。

魔法使いな私は魔力を高めることばかりを注視してきたので霊力には鈍いのだが、そんな私でも感じ取れる霊力は霊夢に違いない。というか霊夢の霊力であれば間違いようもないのでこの霊力の正体は紛れもなく霊夢である。

 

「まずいな…早くしないと霊夢たちが追いついちまう…」

 

焦燥に駆られる私だが、なにか糸口を見つけられたわけでもない。この術は霊夢の探知のものだろうからちんたらしていたら本当に霊夢に先を越されてしまう。こんなところまできて霊夢に負けるのは非常に癪である。

 

「なにか…なにかないか…?」

 

必死に黒幕へと繫がる何を探す。だが見つからない。

しかしここで私は幸運に恵まれた。

 

「あれ?景色が変わった?」

 

いつの間にか暗い地獄からまた一つ世界を跨いでしまったようだ。そこには先程はほとんど見ることがなかった人間の霊が浮いており、動物霊たちは少なくなっている。

 

「もしかして大当たりじゃないか?」

 

私はニヤリとして人間の霊が集まっている方向へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十一話 案内人

「分かったか?」

「ええ、こっちに沢山の霊力の反応があったわ」

 

霊夢に示されたのは地獄のさらに奥。なぜそんな場所に集まっているのかは全くもって分からないが、行けばわかることもあるだろう。霊夢に導かれるままに地獄の空を飛び始めた。

 

「にしても今回の黒幕っているのか?動物霊全員が意思疎通してっていう可能性は?」

「それはないわ。だって言うて霊だもの。誰か霊に命令することができる人物が何かを企んで幻想郷に送り込んでこない限り動物霊があんな動きをしないわ。そもそもそれがあり得るなら今の今まで発生しなかったほうが変よ」

 

霊夢の言葉は俺を納得するのに十分だった。

それにしても動物霊を送り出した人物は何を考えているのか…ああ、幻想郷の支配という目的はあるようだが…動物霊だけで幻想郷を支配することができるなら既に誰かが支配しているに決まっている。そもそも紫を動物霊だけで倒すなんていうのは不可能である。

 

「ま、怪しきものは罰する。邪魔するやつを全員ぶっ倒せばいつか解決するわ」

 

外の世界の法律の真逆をいく霊夢の行動指針はある意味で分かりやすい。

近づいてくる動物霊の悉くを浄化しながら飛んでいたら俺たちが向かっている方向から大きめの力を感じた。この魔力は…魔理沙だろう。どうやら俺たちの先客である魔理沙は先に誰かと戦闘をしているらしい。

 

「地獄ってそんなに人がいるのか?」

「そうねぇ…取り敢えず地獄の管理者がいるのは確実。ついでに閻魔もいるかもしれないわね。ただこの状況だしまともなやつがいるとは限らないわよ」

 

入口には久侘歌がいたものの、今の地獄の警備管理は緩くなっているらしい。どうやら動物霊がいろんな悪さをしているようである。

 

「ま、行ってみれば分かるでしょ」

「だな。急ぐか」

 


 

到着してみるとそこにはボロボロの様子の魔理沙がいた。

 

「大丈夫か魔理沙!?」

「定晴?なんでここにいるんだ?霊夢は相変わらず動きが遅いな!」

「うるさいわね。それで?もしかしてあんた負けたの?」

 

霊夢の視線の先には何やら角やら尻尾やらがついている女性が浮いている。そしてその奥には人間の魂。更に奥に向かって集団で移動しているようである。ということは更に向こう側ということか…

 

「少しの腕試しだったのですが…」

 

女性は思案顔。一体こんなところで何をしているのだろうか。

 

「あなたたちは動物霊の討伐にしたのですよね?」

「ええそうよ。あんたは誰?敵?」

 

相手の返事を待たずして霊夢が臨戦態勢。お祓い棒の先を女性へと向けていつでも勝負ができる状態だ。

 

「私は吉弔八千慧。畜生界への案内をしようと思ったのですが…」

 

どうやら俺たちの案内役らしい。ではなぜ魔理沙がここまでボロボロなのかというといつもの『怪しき者は罰する』の理論で魔理沙が八千慧に勝負を挑んだからだそうだ。普通に案内してもらえばいいのに…

 

「罠かもしれないし結構よ。どいて」

「えぇ…」

 

霊夢の言葉でうっかり声を漏らしてしまう俺。その声でやっと気付いたのか八千慧が俺の方を向いた。

 

「博麗の巫女は分かりますが…あなたは誰でしょう?」

「補助だよ。霊夢の」

 

なんか面倒なことになりそうな気配がしたので名乗らずに霊夢の補助ということにする。間違ったことは言ってない。

さて、そんな風にしていたら八千慧は俺への興味をなくしたのか霊夢へと向き直った。どうやらこのまま弾幕勝負になりそうな雰囲気である。

 

「魔理沙、回復してやるからちょっと端っこに寄ろう」

「あ、ああ。分かったぜ」

 

霊夢たちに巻き込まれない位置に移動した瞬間、霊夢たちの弾幕が始まった。先程から霊夢は連戦のはずだがよくバテないものである。

その隙に俺は魔理沙に再生をかける。

 

「ふぅ…助かったぜ定晴」

「それはいいが…魔理沙があそこまで負けるのは珍しいな。どうしたんだ?」

「なんか集中できなくて…戦ってる最中ずっと逆らう気が起きなくてあまり高火力を撃てなかったんだぜ」

 

いつもは傍若無人の魔理沙が他人に対して気迫で負けるとは…それともそういう能力でもあるのだろうか。もしそうなら霊夢も危ういと思うが…

 

「まあでも霊夢なら大丈夫だと思うぜ」

「なんでだ?」

「能力だろうがなんだろうが他人に縛られないのが売りだからな。霊夢をずっと束縛するなんてのは無理な話だし、もし私と同じ状態になってもしばらくすれば慣れると思うぜ」

 

霊夢のことを見ながら誇らしげに、そして悔しそうに話す魔理沙。ライバルとしては色々と思うところがあるのだろう。

確かに霊夢は縛られたりするタイプではないことがよくわかる。長い間博麗の巫女としての立場を維持しているのは霊夢の性格を考えると珍しいことのような気もしてくる。霊夢は博麗の仕事にある程度の誇りを持っているそうなので中途半端に投げ出したりすることはないだろうが。

 

「まっ、しばらく私たちは観戦ってことで」

「そうだな」

 

一応流れ弾による被害がないように俺と魔理沙の周囲を結界で囲んでおく。ここらへんは動物霊もあまりいないので久侘歌のときのようなことはしなくてもいいだろう。

俺と魔理沙は霊夢と八千慧の勝負を解析しながら弾幕ごっこの観戦をしていた。数分後、霊夢は一発被弾してしまったものの魔理沙のようにボロボロになることなく勝負に勝ったのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十ニ話 浄化能力付き結界

俺と霊夢、そして完全に回復した魔理沙は八千慧の案内で畜生界なる世界へとやってきていた。ここは地獄の更に奥、更に下に存在する世界らしく霊夢も詳しいことは知らないらしい。幻想郷は広くなく狭くない世界だと思っていたのだがそれ以上に広いような…あ、ここは幻想郷じゃない?

霊夢曰く三途の川からこっち側や冥界などは厳密には幻想郷ではないそうだ。本来は分かつための結界があるのだが三途の川は行き来のために存在せず、冥界と幻想郷の間の結界は春雪異変以降ずっと修復していないそうだ。結界の修復担当は紫のはずなんだが…まあ紫自身は幻想郷に住人が増えることを喜んでいるようだし放置を決め込んでいるのであれば俺たちは何も言うまい。というか言ったところで動くかどうかわからないし。

 

「本当にこっちなんでしょうね」

 

霊夢が怪訝な顔で八千慧に問いかけた。ずっと風景が変わらないから罠に嵌められたのかと思ったのかもしれない。それに対する八千慧の返答は淡泊なものだった。

 

「すぐです」

 

この地獄のときも思ったが似たような場所が多いためどうしても距離感が分からなくなる。勿論移動をしているのは体感で分かっているから変な術にかけられてさえいなければ今のところ順調と言えるだろう。

ただすぐだと言う割に目的地らしきものは見えないし、暇なので疑問を一つ魔理沙にぶつけておく。

 

「そういえば魔理沙」

「ん?なんだ定晴」

「魔理沙はどうやってここまで来たんだ?」

 

彼岸には妖夢もいたが、彼女は半人半霊なので多分存在も曖昧なのだろう。こっち側にいてもあまり不思議ではない。しかし魔理沙は魔法使いを名乗っているものの種族的には人間だ。普通に生きている者は基本的にこちら側に来ることができないと思うが…

 

「実は私のところにオオカミの動物霊が来て助けてくれーって言うからさ。私も未だに実態は把握してないが、面白そうだから来たんだぜ。因みにそいつは今私に憑依している」

 

どうやら方法は霊夢と同じだったようである。確かカワウソの霊は自分のことを他の動物霊とは違いいい動物霊なんだと言っていたようだが…まあ同じ思想を持つものをいくつかの場所に分けて配置し戦力を集める足掛かりにするというのは比較的分かりやすい手である。

カワウソやオオカミの動物霊の目的が戦力となる人間を集めることだとすれば霊夢にも魔理沙にも会うことができたのは上々であったと言えよう。

 

「この先です。ここからは私は行きませんので」

「なんでだ?」

「それが仕事だからです」

 

なんとも淡泊というか…まあずっとこの調子だしいいか。

ふと魂の声が聞こえてきた。この声は…安心と信頼の狂気だな。いやまあ狂気が声をかけてきているといいうことは安心できる状況ではないのだけど。

 

『どうしたんだ?』

『そいつ。まあまあ負の感情を溜め込んでるぞ。案外黒幕の一人かもな』

 

淡泊に見えるのは負の感情を隠しているから…?よく分からないし俺は何とも思えなかったが狂気が言うのであれば気を付けておこう。ここで別れるようだからあまり気にしなくてもいいのかもしれないが。

 

「じゃあ魔理沙、定晴さん、行きましょ」

 

霊夢が先陣を切り俺たちがそれに追随する。

振り返ると既に八千慧の姿はなく、代わりに動物霊が複数追ってきていた。非常に厄介である。

 

「二人とも、後方注意だ」

「それくらい言われなくても動物霊がいるのには気が付いているわ。定晴さん、よろしく」

 

なぜか霊夢に丸投げされた動物霊の処理。まあ仕方ないので軽く返事をしてそれを承り俺は結界を展開した。幻想郷には強い力を持つ妖怪も多くいるのであまり目立つことがない結界だが、動物霊に対しては効果がありいい感じに囲うことでいくつかの箱を形成した。中にはそれぞれ追ってきていた動物霊とついでに近くにいた動物霊を巻き込んでいる。

結界には俺の霊力が流れ続けているのでサブ端末のような扱いができる。俺は結界に浄化の力を付与して、その後強めに浄化の力を流すことにした。人間からすれば何ともない空間だが、妖怪のように浄化の力に弱い者からすれば突然毒沼の中に落とされたようなものだ。みるみるうちに中にいる動物霊たちは浄化されていき、最後には何も残らなかった。

 

「これでどうだ?」

「なんというか…惨いわね定晴さん」

「幻想郷の中でそれを使うと確実に危険人物認定されるから注意しておけよ!」

 

霊夢と魔理沙両方から微妙な表情を頂いた。やはり妖怪と密接に暮らしている二人からしてもこの結界はやりすぎだろうか。今の出力でやっても紫とか幽香相手だと動きを封じる程度にしかならないし、なんなら結界を弾き返すくらいならできる気もするが…まあ大妖怪レベルがそんなにぽんぽんいるわけではないし気をつけろってことかな。基本的には人も妖怪も相手を完全に殺してしまうのはよくないことだし。

 

「でも魔理沙のマスタースパークでも似たような結果にならないか?」

「私のやつは破壊力に重点を置いているからな。生命相手であれば消えてなくなるってことはないはずだぜ」

 

マスタースパークを撃ったあとの地面は抉れて何も残っていなかったような気がするが…流石に地中にいるミミズやらなんやらに対しては考慮していないのだろうか。というか破壊力があるなら猶更妖怪だけでなく人間にも効果がありすぎるような気がするのだけど…

俺はなんとも言えない気持ちになりながら二人のあとについていった。




定晴くんはもたらす結果はあまり変わらないのに浄化の力だけ疎まれることが不満らしいです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十三話 ハニワ

しばらく飛んでいるとなんとも不思議な場所に出た。分かれ道が多くどれが正解の道かが分からない。別に分かれ道自体は不思議ではないのだが、不思議なのは八千慧の指示通りに来たにもかかわらずまっすぐ進めなくなったからだ。

 

「まっすぐってどっちよ」

「こっちじゃないか?」

「魔理沙、それ来た道から九十度曲がってるわよ」

 

全方向に道は伸びているものの八千慧によればまっすぐ進めばいいと言う。であれば来た道から見て正面にある二本の道、そのどちらかが八千慧が言うまっすぐなのだろう。

 

「こういう時は二手に別れよう」

「だな。霊夢と定晴は一緒でいいんだろ?だから私が先に選んで…左に行くぜ」

「いいわ、じゃあ定晴さん。私たちは右に行きましょ」

 

俺の提案で二手に別れて魔理沙とは別行動。魔理沙も異変解決は競争の一種と言っていたし別行動の方が二人共やりやすいのだろう。尚俺は霊夢のサポートとして来ているので霊夢についていく。

 

「ま、どっちが当たりでもいいけど」

「そう言うな。どっかで合流する可能性もあるしな」

「そうだったら私はここの設計をした人に文句を言うとするわ」

 

ここを設計した人って誰だろうか。閻魔か神か…はたまた鬼か…なんにせよ上位者に対して喧嘩を売りに行くと確実に面倒なことになるのでやめてもらいたい。ここは幻想郷の外だから普通に霊夢が罰せられる可能性も高い。

 

「にしてもこんなに広いなら水那も連れてくれば良かったわ」

「留守を任せているんだろ?」

「まあそうなんだけどね。日頃まともな用事で来る人なんていないからあうんだけでも全然構わないのも事実よ」

 

博麗神社がどういう状況なのかがよくわかる言葉に憐れみを覚える。霊夢と水那は確実にいるうえ時によって萃香やあうん、針妙丸もいるのだが、はたして博麗神社の貯蓄は大丈夫なのだろうか。多分それなりに紫から支援をしてもらっているだろうけど…もしかしたら経営状況は白玉楼といい勝負かもしれない。

 

「あら、これ…ハニワ?なんでこんなところに?」

 

しばらく飛び続けているとなぜかハニワが現れるようになった。しかもたくさん置かれている。しかも何故か知らないがたまに飛んでくるので撃ち落としておく。

ハニワ…埴輪とは古墳時代に作られた土器であり魔除けなどの意味を持つ人形みたいなものである。似たものに土偶というものがあるがそっちは縄文時代のものなので別のものだ。

にしても畜生界がどんなものかは知らないがハニワがポンポン置いてあるような場所ではないだろう。

 

「あら?見るからに怪しいわねあなた」

 

霊夢が見ている先に一人の女性が浮いていた。武士…いや、将軍みたいな服装だが、多分あれはハニワの衣装だろう。彼女を中心としてハニワが広がっているようなのでハニワを置いたのは彼女だろう。

さてと、いつも通り戦闘かな…ん?

彼女がいる方向とは別の場所から妙な気配を感じた。これは…神の力だろうか。幻想郷には普通に神がいるが、ここはそういう場所ではない。もちろんこの場所を統治している神かもしれないが、だとすればこんな奥にいるのも不思議だ。地獄から繫がるのであれば妖夢がいたあの場所にも誰かしら神がいなければ変である。

霊夢はこのまま戦闘になるようだが…うん、霊夢一人でも大丈夫だろう。ここらへんには動物霊もほとんどいないようなのでいい感じに倒してこっちに来るだろう。

俺は道を逸れて霊夢とは別行動をすることにした。単独行動の方が俺は向いているしな。

 


 

定晴さんが他の方向に飛んでいった。何かを見つけたのだろうが私に何も言わずに行くのはどうかと思う。まあ別にいいけど。依頼内容から逸脱した行動だったってことで報酬を減らせばいいだろう。定晴さん優しいから納得してくれるだろうし。

 

「さあ、弾幕勝負よ」

「生身の人間がこんなに強いなんてね。埴輪兵士はどうしたの」

「ん?もしかして適当に飛んできてたやつ?定晴さんが撃ち落としてたからわからないけど…あれ弱すぎるんじゃない?」

 

あれ攻撃だったのかと納得。ただ弱すぎるという意見は正直に言う。定晴さんそこまで集中してなかったというか片手間に撃ち落としてたみたいだしね。多分私も何発か御札を当てれば撃ち落とせる。

ただその意見に彼女…杖刀偶磨弓はひどく怒っている。さっき名前を聞いたけどここに来てからというもの妙な名前にしか会わないわね。

 

「埴輪兵士をばかにするなんて!」

 

激昂したらそのまま弾幕を撃ってきた。それなりに威力が乗っているので一発でも当たれば気絶しそうだ。仕方ないので結界を自分の身を護るように展開してから私も攻勢に出る。

磨弓が攻撃するのに合わせてハニワが飛んでくるのだけどやはり容易に撃ち落とせる。私は定晴さんみたいに飛んでくる弾をなんとかする技術はないけどハニワ程度ならなんとかなる。というかやっぱり弱すぎるでしょ。旧地獄にいる妖精の方がまだ強いわよ。

取り敢えずこっちはなんとかなりそうね。定晴さんが良いものを見つけてきてくれたら報酬の話はなんとかしてあげてもいいかもしれない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十四話 人間霊の神

ちょっと狭くなっている道を飛んでいく。ここらへんにもハニワがいて俺に向かって飛んでくるので撃ち落としておく。一応壊れないように加減はしているのだけどたまに崩壊させてしまう。安全のことを考えると全部壊してしまうのがいいのだろうけど多分さっき浮いていた少女のものだろうし少し躊躇われる。

俺の結界を破るほどの威力はないようなので進行の邪魔になる場所に飛んできたハニワ以外は無視。しばらく進めばハニワの姿はなくなり別の世界みたいな場所に到着した。ここが畜生界の中心だろうか。先ほどのところに比べて装飾もあるのできっとそうだろう。

 

「あれ、定晴さんじゃないですか」

「ん?妖夢?」

 

声がする方を振り返ってみるとなぜか妖夢が立っていた。妖夢は地上のところで話をしていたはずだが…何か進捗でもあったのだろうか。

 

「私はある程度話を聞いてみるとここに人間の霊がいっぱい集まっているって聞いたので来たんですが…霊夢はどこへ?」

「霊夢は途中にいたハニワ総大将みたいなやつと戦ってる。俺はちょっと怪しいなと思ってこっちに飛んできたんだ」

 

やはりここが目的地で間違っていないようだ。人間の霊もいるが動物霊もいるな。人間の霊が動物霊に攻撃されて一目散に同じ方向に逃げている。そっちの方向に何かあるのだろうか。

 

「折角ですし行動を共にしましょうか」

「だな。何が出るか分からないし警戒はしておけよ」

 

戦闘スタイルが剣術の俺と妖夢だが一応妖夢は剣撃みたいなの撃てるから遠距離も大丈夫だろう。妖夢自身は近距離が苦手で俺も剣術指南の時にそれは分かっているのでこういう場では近距離は俺が対応するとしよう。たまにあとは実践で試せと言う師匠が物語に登場したりするが、俺はそういうやり方は好まない。まだできることがあるのでそこを詰めないまま実践に駆り出されるというのも酷だしな。

 

「取り敢えず人魂たちのことを追ってみましょうか」

「道中飛んでる動物霊は基本的に成敗で」

 

俺たちは短く方針を話し合いまずは人間霊が集まっている場所に向かってみることにした。動物霊は俺たちのことも攻撃してくるが今の妖夢と俺がいれば何の問題もない。動物霊の弾はそこまで早くないので妖夢でも普通に捌けているので危なげなく進んでいく。

 

「そういえば妖夢はどこからここに来たんだ?」

「閻魔様に送ってもらいました。今から畜生界というとこに送りますって突然言われて飛ばされたんですけど…定晴さんがいて安心です」

 

映姫ぇ…説教は長いのに説明は短いとはこれ如何に。

ともかくだ。妖夢という戦力を手に入れたのはとても良いことではある。魂である狂気や魔女のサポートがあるとはいえ体は一つしかないのでどうしても死角が生まれてしまうのを妖夢で補うことができる。

 

「妖夢って異変解決に来るのは初めてか?」

「いえ、今までも何度か…ただ、定晴さんから剣を習ってからは初めてですね。そういう意味では定晴さんの前で無様な姿を見せないようにしたいと思います」

 

軽い発表会、みたいな…まああまり緊張しすぎるのも良くないのでほどよくな。

 

「動物霊への攻撃は大丈夫か?」

「私の剣は霊に対してはとても効果がありますからね。霊でも斬れる剣と霊を斬るための剣。この二振りがあればなんとかなると思います。それに冥界にはもっと沢山の霊魂が浮いてますし」

 

白玉楼における妖夢の仕事は聞いたことあるが、冥界における妖夢の仕事は聞いたことがないな。妖夢は一応庭師らしいが冥界にある植物なんて白玉楼の中かでっかい西行妖くらいなものだし妖夢の仕事はないように思える。

紫曰く冥界の仕事は主に幽々子が対応するらしいから妖夢はサポートかな?幽々子だけに任せておくのは些か不安だし。

 

「定晴さん、正面を見てください」

「お、誰かいるな」

 

しばらく飛んでいくと人間霊が集まっている中心地らしきところに到着した。そしてそこには緑色の服を着た女性が浮いている。この気配、神だな。

 

「ほうほう、こんなところに生きた人間が二人…いや、一人は半分は死んでるのかな」

 

こちらに気付きなにやら呟いている。俺も妖夢…半人半霊の生態はとても気になるところではあるが今はそれどころではない。

 

「私は埴安神袿姫。無断で神域に入ってきたことも含めて、何か用事?」

「ああ、まあお前が犯人ならいいんだが…」

 

俺は地上で起きていることと動物霊のことについて話した。

途中までは何とも無しに聞いていたようだが、八千慧の名前を出すと途端に表情を変えた。

 

「こっちの方に動物霊のボスがいるって聞いたの?」

「ああそうだが」

「私は人間霊を保護しているだけよ。動物霊は、まあ人間霊を尊重できるなら共存してもいいけど…無理でしょうね。ともかく、私はどちらかといえばあなたたちの味方なんだけど」

 

人間霊がそれなりに集まっているし、確かにここらへんには動物霊がいないので少なくとも人間霊を保護しているっていうのは本当のことらしい。

ただなんか人間霊のことを支配しているようにも見えるのだが…まあこの際良いだろう。どうやら人間霊が呼んだ神様らしいし。それで苦しんでいるのなら過去の過ちを悔いてくれって話だ。

 

「どうします定晴さん?」

「そうだなぁ…一回霊夢のところに戻ってもいいが…」

 

俺と妖夢が相談をしていたそのとき。

 

「ん?なに?」

「どうしたんだ袿姫」

「なんか揺れているような…」

 

袿姫の言葉で俺も周囲に意識を巡らせる。飛んでいるので気付かなかったがどうやら空間自体が揺れているようだ。

 

「妖夢、こういうところでも地震って起きるのか?」

「そんなはずありませんよ。これは…」

 

妖夢が言葉を言い終わる前に…

 

俺たちの真上の岩盤が降ってきた。




やっとオリジナルの展開に持っていけます。ここまでは前座です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十五話 知らない運命

結界を展開。妖夢と袿姫に被害が及ばないようにしてから輝剣で岩石を全力で切り裂く。身体強化を併用してなんとか破壊し、安全を確保。ただ未だに地響きは続いておりここにいるのは危険かもしれない。

 

「妖夢、安全な場所はどこだ?」

 

俺はここの地理に疎い。一応映姫の案内でここまで来たという妖夢なら何か知っているかもしれないと声をかけてみるが…

 

「すみません、私もここに来るのは初めてで…」

 

どうやら妖夢は存在こそ知っていたものの実際にここまで来たのは初めてらしい。ここは妖夢たちが管理している冥界とは完全に別の区画らしく、同じ人間の霊魂であろうとも地獄側の人間霊に関わることは少ないらしい。なぜそんな複雑な管理になっているのかは甚だ疑問ではあるものの、今はそれどころではない。

 

「こっち!入って!」

 

袿姫が俺たちを呼んでいる。罠である可能性も考え…一蹴。ここまで案内してきた人々が言っていた犯人とやらは袿姫らしいのだが、話を聞く限り袿姫は動物霊の保護を目的としていたようである。先ほど見かけたハニワの少女は袿姫の部下だと言うし…ふむ、どれが嘘かは分からないがまあなんとかなるだろう。

俺たちは袿姫に導かれるままに横穴へと入った。勿論人間霊も保護しつつだったが、頑張って結界を広げて道を確保することができたのでなんとかこちら側には被害なく逃げることができた。

しかしまだ問題は何も解決していない。

 

「袿姫、原因はわかるか?」

「そうねぇ…ここは地獄から繋がっているとは言っても完全に地続きというわけではないし、地上とも格別された空間だからただの地震ではないことは確かよ。ただそれ以上は分からないわ」

 

現在の状況については分からなかったが、一応袿姫自身に動物霊の問題についても質問しておく。

袿姫は今回俺たちを案内してくれた八千慧とは敵対関係らしい。というのも八千慧は動物霊たちの上司にあたるらしい。ではなぜ今回俺たちをここまで案内したのかと言うと、俺たちに代わりに袿姫を倒させる目論見だったそうだ。勿論これは袿姫から聞いた話なのでどっちが本当なのかは分からないが…なんとなく勘ではあるが、袿姫の言ってることが正しいような気がする。

 

『多分正しい。そいつから負の感情はあまり感じないからな。嘘はついてないだろう』

『私も正しいと思うわ。私のは経験からね。嘘をついているような反応ではないから。これで嘘をついているなら…流石神様ってところかしら』

 

狂気と魔女の両方からお墨付きももらえたし、今のところは袿姫が本当のことを言っていると仮定して話をすすめよう。もし違ったときは俺が責任をもって袿姫を打ち負かせばいいだけだしな。

 

「定晴さん。霊夢たちと合流した方がよいのではないですか?」

「そうだな…実は言うと魔理沙もいるんだ。ただそっちは結構前に別れたから合流できるかは半々ってところだな。取り敢えず霊夢がいるところに行ってみよう。ハニワの少女の場所だ」

「それなら私が分かるわ。ついてきて」

 

俺がここに来るまでとは違うルートで霊夢のところへ向かう。移動している最中も揺れが収まる気配はなく、この道も崩壊する可能性があるのでできる限り急いで移動。やはりここは複雑な迷路になっているらしく、袿姫はどうやっているのか分からないが迷うことなく進んでいく。

 

「それとずっとあなたが言っているハニワの子は杖刀偶磨弓っていう名前よ」

 

移動中にしれっとハニワの少女の名前を袿姫が教えてくれた。ハニワを使役して戦うなんて不思議な戦い方をするものだと思ったが、脳裏にちらつく人形遣いの少女…アリスだって人形を操って戦うのだからあまり不思議なものでもないかもしれない。

アリスの夢は自立人形を作ることらしいのだが…あのハニワって自立しているのではなかろうか。磨弓がハニワたちに攻撃を指示していた様子はなかったし、磨弓から離れた後もハニワたちは攻撃してきていた。あれがどういう原理で動いているかは計り知れないが、アリスといい感じに仲良くなれるかもしれないな。

 

「この先です!」

 

袿姫に案内されるまま道が開ける場所に出た。そこは確かに先ほどまで霊夢と一緒にいた空間。未だにハニワは何体も残っているものの、結構な数が消えているのは戦闘による消耗だろうか。しかし…

 

「霊夢ー!いないのかー!」

 

そこにはハニワの少女…磨弓も、霊夢も姿がなかった。

霊力の反応…妖力の反応…神力の反応…すべて無し。遠くで争っているのだろうか。弾幕ごっこはその性質上大きく移動することが必要となる。この空間も広くなってはいるものの弾幕ごっこに十分な広さがあるとは言い難い。なので別の場所に移動しながら戦っている可能性もあるが…

 

「定晴さん、本当にここで霊夢と別れたんですよね?」

「ああ、その通りだ」

「ではなぜ…ここに霊力の反応がないんですか?」

 

そう、そうなのだ。霊夢の霊力は人間の中でも極上のもの。その霊夢が少なからず戦闘をしているのであれば確実のその跡が残る。ここで戦闘があったのはハニワの状況からしても確実だろうが、霊力がない理由がまったく分からない。

 

「袿姫、何かわかるか」

「分からない…分からないわ!こういうのは初めてよ!」

 

少しパニックになっているのか先ほどよりも声を荒げている。

なぜ霊夢の力を感じないのか。残っているはずのものがないという時、基本的には二つのパターンしかない。元々なかったか、誰かに持ち去られたか。前者の場合は話は簡単だが…あの雰囲気の霊夢が戦闘をしていないはずがないので却下。となると後者の可能性だが…はたしてそういうことができる人物はいるのだろうか。

 

「定晴さん…」

「…妖夢、どうにかして映姫と連絡は取れるか?」

「え?そうですね…この畜生界の入口までいけばなんとかなるかもしれません。ただ私は裏道を通ったのでどこが入口か分からなくて…」

「じゃあ私が案内する」

 

袿姫がすぐさま反応した。パニック状態からすぐに落ち着いたのはさすが神様ということだろうか。

 

「定晴さんは?」

「俺はこのまま捜索をする。映姫が来てくれればなんとかなるかもしれないが、魔理沙もいるしな。案はあるからなんとかする」

 

妖夢には軽く説明して映姫と連絡してもらう。人間霊は途中で安全なところに置いておくらしい。人間霊を支配するような立場であるものの、人間霊を守るという約束で召喚されたのだからその契りを破ることはできないらしい。

 

「じゃあ頼んだぞ妖夢、袿姫」

「はい!定晴さんもご武運を」

「道案内は任せてちょうだい。私もあの子のことは心配だし、異変が早く終わる分には損はないわ」

 

人間霊を引き連れた妖夢と袿姫が畜生界の入口に向けて飛んで行った。未だに揺れは収まっていないが妖夢なら大丈夫だろう。袿姫の実力がどれほどのものかは知らないが、神様と呼ばれているくらいだしこれくらいは大丈夫であると信じたい。

対する俺はというと…

 

「本当は使いたくなかったんだが…」

 

幻空の中から一枚の紙を取り出した。仰々しい…とまではいかないものの特殊な文字が書かれた紙。そこに霊力を込めて、念じる。

 

『すまないが、手伝ってくれ』

『ええもちろん。私はあなたの…式神よ?』

 

一気に霊力を開放。そして妖力も使い力の流れ、繋がりを意識する。

 

「来い、ルーミア!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十六話 式神召喚

紙から光が放出され、収束。その光の中から現れたのは俺の式神であるルーミアだ。リボンを付けたままの少女の姿である。

周囲をキョロキョロと見まわしたあと俺の方に向き直った。

 

「ご主人様、何の用かしら?」

 

一々確認するくらいなら普通に名前で呼んでくれていいのにと思うがルーミア自身が望んでやっていることなので言わないでおく。

 

「実は異常事態が発生していてな。目下だと霊夢が消えた。その捜索と魔理沙との合流をする」

 

ルーミアに簡潔に事情を説明する。また俺が変なことに巻き込まれたと呆れられたが、別に俺は何も悪くなかろう。俺としては霊夢を置き去りにした挙句霊夢が消えたとなれば依頼された側として大問題なので気が気でないのうえ、霊夢のことだから最終的にただ働きにされそうで怖い。

 

「私は何をすればいい?」

「ここは随分と入り組んでいるから俺とは別れて霊夢や魔理沙のことを探してくれ。あとハニワをいっぱい従えている少女を見つけたらその子も」

 

俺とルーミアの二人だけではそれでも人では足りないが…ユズを連れてくるわけにもいかないし。

 

「ユズには説明してきたか?」

「家にいるのもあれだからちょうど博麗神社で水那と話してたのよ。だからユズは彼女に預けてきたわ」

 

水那は博麗の巫女としてはまだ実力不足の面があるが博麗神社自体が結構大きな聖域であるわけだしユズだって自衛はできるから大丈夫だろう。あそこなら何かと面識がある人間や妖怪が訪れる可能性も高いしな。何かあったとしても対応してくれるだろう。最悪な場合は藍にでも頼もうかと思っていたので行幸である。

 

「それじゃルーミアはあっちを。俺はこっちの道を進む」

「了解。気を付けてね」

 

ルーミアと別れて妖夢たちが進んだ道とは別の道を進む。本当にここは道が入り組んでいるせいでまともに道を覚えようとしたら一朝一夕では済まないだろう。袿姫は迷いなく進んでいるようだったがもしかしてずっとここで生活していたおかげで道を覚えたとかそういう類なのだろうか。

 

「地震、止まらないなぁ…」

 

勿論これがただの地震でないことは明白であるし、そのようなことを妖夢たちも言っていた。そもそもこれが地震だった場合揺れが長すぎるというのもある。こんなにここが揺れていて地上に影響はないだろうか心配になるが、揺れ自体はそこまで強くないので案外妖精が楽しんでいるかもしれないとも思う。

ふと、地面に何か落ちているのを見つけた。周囲に同化して見えずらいが、どうやらハニワが落ちているようだ。ハニワといえばあのハニワの少女を思い浮かべるが…

今までのハニワは周囲にも同じようにハニワがいる所でしか見なかったが、このハニワは一人でここに落ちているようである。なぜこんなところに…と思ったらハニワが少し震えた。地震の影響で震えているわけではなくハニワ自体が震えているようである。もしかして何か手掛かりになるかもと思い霊力を流し込んでみる。

 

「うおっ」

 

するとすぐにハニワが起き上がり俺のことを見つめ始めた。攻撃するでもなく動くわけでもない。無機質な目とはたまに言う言葉ではあるが本当に無機質の目でじっと見つめられるとは思わなかったので俺も戸惑ってしまう。

秒針が時計を半周するくらい経ったらハニワは俺に背を向けてゆっくり進みだした。どこに行こうとしているかは分からないが、ハニワは磨弓が作ったものだろうし、もしかしたらこの先にハニワ少女がいるのかもしれない。

ただこのハニワの移動速度に合わせていると日が暮れてしまいそうなのでハニワを抱えて移動する。少し持ちにくい形をしているものの知能みたいなものはあるようで、分かれ道で間違った方向に行こうとするとハニワが震えて教えてくれるので道案内として最適であった。

しばらく飛んでいると広い空間に出た。元々ハニワがいっぱいいた空間に似ているが…しかしここにハニワはなく、また霊夢たちの姿もない。俺が止まろうとするとハニワが震えたのでどうやら目的地はもっと先らしい。ハニワを抱えてもっと先へ。

さらに飛んでいると奥から大きな音が聞こえた。何かが爆発したような音が空間を震わせる。ハニワが震えているので道は違うらしいが俺は音がした方へと移動した。

 

「こいつらっ!多すぎだぜ!」

「魔理沙!」

 

またもや現れた広い空間。そこには魔理沙の姿があった。津波のように魔理沙に押し寄せているのは動物霊らしく、魔理沙が何度も魔法を使って追い払おうとするが一向に数が減る様子はない。

 

「おらっ!」

 

動物霊の塊に向かって輝剣を投げる。この剣は消してもう一度手元に召喚できるからこそ出来る芸当である。そうでもなければ剣は動物霊の波に揉まれてしばらく使えなくなるだろう。

俺が剣を投げたことで動物霊も俺がいることに気が付いたらしく、一部が俺の方に向かって飛んできた。これで魔理沙の負担も減るだろう。俺は輝剣に浄化の力を上乗せして動物霊を斬っていく。ハニワを持ったままなので輝剣は浮かせたままである。結界を使って一気に多数を相手取らないようにしているので冷静に対処していれば問題ない。

俺が動物霊を処理し終わるころには魔理沙も動物霊を吹き飛ばし終えたらしい。疲れた様子だったが特に致命傷を負っている様子も見られない。

 

「ふぅ…助かったぜ定晴」

「魔理沙が無事でよかった。早速なんだが問題が起きていて…」

 

魔理沙に詳細を説明する。ついでにこのハニワのことも。魔理沙は磨弓に遭遇していないと思うから説明していないとハニワを破壊しそう…と思うのは偏見だろうか。

俺が説明し終えると魔理沙は腕を組んで難しい顔をしていた。

 

「なるほど…その磨弓とかいうやつはどうでもいいし、霊夢がそんな簡単にやられるとも思えない…つまり何の問題もなしだぜ!」

 

魔理沙を頼りにするのは金輪際やめにしようと思う。

 

「ちょ、ちょっとそんな顔はしないでくれ!問題はないが対処した方がいいのは確かだぜ。この天才魔法少女の魔理沙さんに任せてくれ!」

「本当に大丈夫なんだろうな?」

「二人ともどっかで弾幕ごっこしているに決まってる、って思わないか?」

 

まあそんな気がしなくもないけど。

一応魔理沙はルーミア同様俺とは別行動をしてもらう。ルーミアとは式神の繋がりを使えば連絡が取れるのだが魔理沙との連絡手段はどうしようかな…と思っていたらルーミアから連絡が来た。

 

『霊夢発見』

「ふむ…」

「どうしたんだ?」

「連絡が来た。どうやら霊夢が見つかったらしい。折角だから一緒に向かうぞ」

 

一度別行動を中止し魔理沙と共に霊夢の元へ移動することにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十七話 気絶した巫女

ルーミアが伝えてきた場所はここからそう遠くはない場所であった。俺が抱えているハニワが震えっぱなしなので磨弓は霊夢と一緒にいないということだろう。このハニワも磨弓のところに行きたいだろうから離してあげたいのは山々だが手掛かりがこれしかないのでしばらく我慢してもらう。

 

「あ、ごし…定晴!」

 

魔理沙の姿が見えた瞬間呼び方を変えるルーミア。それ疲れないか?

ルーミアの足元には霊夢が倒れていた。どうやら意識を失っているようで、それ以外に目立った異常はない。怪我をしているわけではなく、巫女装束も俺と別れた時とそこまで変わらない。弾幕ごっこをしたのならある程度服も乱れていると思うのだけど…

 

「ルーミア、霊夢はここにいたのか?」

「私が見つけたときは既に気を失ってて…」

 

ルーミアは特にめぼしい発見もなく適当に飛んでいたところ霊夢が倒れているのを見つけたそうだ。動かそうにもどこに連れていけばいいかなど分からないので式神の繋がり経由で俺に連絡してきたらしい。

 

「む、そういえばルーミアは定晴の式神になったんだったな。すっかり忘れてたぜ」

「えへへ、そうなのだー」

 

宴会のときに公表し、文が新聞で大々的に報告したこともあってルーミアが式神になっているということを知っている人は多い。しかしルーミアといえば一人で暗闇から人間を襲う妖怪という感覚が抜けきれないからかそのことを忘れてることもこれまた多かったりする。

かく言う俺も式神を持つことになるなんて思わなかったから最初の頃はルーミアが家にいるという感覚が妙な感じがしてた。流石に今は慣れたしユズだっていうからもう何とも思わないけどな。俺の家は一人暮らしするには少々大きすぎたからちょうどいいと思っている。

 

「れーいーむ!おーきーろー!」

 

魔理沙が霊夢のことを揺さぶりながら大声で声をかける。しかし霊夢は唸るばかりで目を覚ますような気配はない。

 

「うーん、霊力が足りないのかもな」

 

しばらく色々と試した結果魔理沙はそう結論を出した。俺も確認のために集中して霊夢の中にある霊力の量を確認してみると、普段は桁違いな霊力量があるにも関わらず今は一般人よりも少ないくらいの霊力しかない。人間は霊力が力の根源にあるのでこれが少なくなると霊力欠乏症となって動けなくなってしまう。霊力がなくなろうとも死ぬことはないのだが今の霊夢のように気を失ってしまうことがほとんどである。

取り敢えず俺が持っている霊力を霊夢に流しておく。ついでに再生の力もかけて回復量に拍車をかけることとする。一応いつもの霊夢の霊力量の三分の一くらいにはなったのでしばらくすれば目を覚ますことだろう。いつものように動くのは難しいかもしれないが仕方ない。

 

「魔理沙、霊夢をその箒に乗せてくれるか?」

「私が支えることになるから面倒なんだが…まあ仕方ないから特別だぜ」

 

目を覚ますまでここで休ませてもいいのだが可能ならもっと探索をしたいところだ。まだ磨弓を見つけてないし、俺が持ってるハニワは未だに震え続けている。なんというか手に持てるサイズで震える人形と言うと外の世界でたまにある安い人形を思い出す。

 

「このハニワが示す方向に行くぞ。その先に磨弓がいるかもしれない」

 

何があってもいいように…というか今はこのハニワくらいしか手掛かりがないので今度は魔理沙、ルーミアの二人とも一緒に行動する。ハニワの震えがさっきよりも大きいような気がするのは目的地に何かあったからなのか俺がやっと目的地に向かうことへの抗議か。

 

「霊夢には早く起きてもらって自分で飛んでもらうしかないな。邪魔だぜこいつ…太ったんじゃないか?」

 

霊夢の体を支えながら飛ぶ魔理沙が愚痴る。いつもアリスと一緒に博麗神社に来るときはアリスを箒に乗せているような気がするのだけど…やはり支えというのは十分な負担になるようである。このままだと魔理沙の場合どこかに放置するみたいな判断をする可能性があるので霊夢には早く起きてもらいたいものである。

 

「段々ハニワの震えが大きくなってきたな。もしかしたらもうすぐなのかもしれないぞ」

「そのハニワの原理が気になるなぁ…アリスの人形は解体させてくれないからそっちのハニワを解体してみようかなぁ…」

「これも人のだぞ」

 

パチュリーのところから本を奪う魔理沙に人のものがなんたるかを説いたところで意味がないのは知っているけども。というかこいつアリスの人形を解体しようとしたのか…アリスの人形は半自立らしいから自衛手段くらいはアリスの命令なしでもこなしそうである。同じ意味で言うとこのハニワも磨弓の指示がなくとも飛んで攻撃してくるのだけど…突っ込んできてたまに弾を撃つくらいだから魔理沙だと気にせずに解体しそうなものである。磨弓に会ったら注意してもらうように言わないといけないかもしれない。

 

「ここじゃないか?」

 

たどり着いたのは一つの大部屋。ここから繋がる道はないのでここが目的地なのだろうけど…一見すると何も見えないのでハニワを離してみる。ゆっくりとはいえ目的地までふわふわ飛んでいこうとしていたから何かわかるかもしれない。

ハニワはゆっくりと部屋のひとつの隅へと飛んでいく。ハニワを追い越し岩陰を見てみると…

 

「動物霊だと?」

 

他のものより一回りも二回りも大きい動物霊が鎮座していたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十八話 過激な起床方法

なぜこんなところに動物霊がいるのだろうか。というかハニワが飛んでいく方向だから磨弓がいると思っていたのだが…ハニワも何がなんだか分からないといった様子でふらふらしている。

 

「おいおい、ただの動物霊じゃないか。そのハニワ壊れちまってるんじゃないか?」

 

魔理沙が動物霊を見ながら呟く。確かにハニワはあんだけ数がいたし、このハニワに関しては道に落ちていた個体なので壊れていてもおかしくはないのだけど…

 

「動物霊ってこんなにでかいのか?」

 

この動物霊、規格外というほどに大きい。動物霊と言うのだからその大きさは魂に比重しているはずであり、では魂は何から構成されているかと言うと人間なら霊力、妖怪なら妖力といったような地力である。一介の動物霊がここまで肥大化しているなんて不思議な話である。大きいからか分からないが俺たちが目の前に来ても動く様子はない。まあ目はないのだけど。

 

「私は霊に関しては分からないなぁ…妖夢とかそれこそ眠り込んでるこの巫女ならわかると思うが」

「右に同じー」

 

魔理沙は魔法使いなのでこっち方面に関しては知らないようである。ルーミアは最近よく本を読んでいるけど霊魂に関する知識は併せ持っていないようだ。俺はと言うと人間霊ならまあ分からなくもないが動物霊に関してはよく分からない。

 

「進まないからこの巫女叩き起こしてもいいか?」

「え?ああ…まあ、いいぞ。怒られても知らないけどな」

 

魔理沙が霊夢を起こすというので離れておく。魔理沙のことだからまともな方法で起こさないのは分かり切っているので結界も張って身の安全を確保しておく。ルーミアも結界のこっち側にいる。

 

「そんな逃げなくてもいいってのに…じゃあ、彗星【ブレイジングスター】!」

 

やっぱりあぶねえじゃねえか。

そもそも帽子の中からミニ八卦炉を取り出した時点で怪しかったんだ。だってミニ八卦炉を魔理沙が使うときに高火力だったことがないから。どうやらミニ八卦炉は調整することでコンロの火くらいの火力も出せるようだが果たして魔理沙はそのような調整したことがあるのだろうか。

彗星と化した魔理沙は勢いそのままに霊夢に直撃した。そして霊夢が吹き飛ばされて地面を転がる。おい、あれ大丈夫なのか?

と思ったら霊夢の腕がピクリと動いた。よかったと思うのも束の間、霊夢が懐からお札を取り出して…

 

「なにすんのよ!霊符【夢想封印】!」

 

魔理沙に対して弾幕を放った。しかもホーミング性能付きの霊夢の十八番である夢想封印。魔理沙はまだ勢いが落ちていないのでそのまま夢想封印の弾の中に突っ込んでいく。

 

「うぎゃああ!」

 

ピチューン。

魔理沙が勢いそのままに墜落した。まあ自業自得なので再生だけかけて放置しておく。

 

「おはよう霊夢」

「まったく…おはよう定晴さん。魔理沙のこと止めてくれてもよかったのよ?」

「俺の言葉で止まるようなやつじゃないのは霊夢の方が知ってるだろ?」

 

魔理沙の我が道を行くスタイルは今に始まったことではない。俺の言葉で止まってくれるような聞き分けの良い性格は魔理沙に全く似合わない。

取り敢えず霊夢に現在の状況を伝える。ついでになぜ気を失ったのかを尋ねる。

 

「突然頭がふらふらして、それと同時に磨弓の方もふらふらしててね。あ、磨弓ってのはあのハニワのやつの名前よ。それでそのまま倒れちゃったのよね」

 

ふらふらしたのは急速に霊力を失ったことが原因だろう。磨弓は妖怪でも人間でもないので何の力かは分からないのだが磨弓の方も同じく力を急速に失ったことが原因であろうことが分かる。

 

「そんなに激しく弾幕ごっこをしたのか?」

「そんなわけないじゃない。そもそも私がふらふらになるまで弾幕ごっこをしようと思うならそれこそ一日中してないといけないわよ」

 

まあそうだろうな。弾幕ごっこのプロフェッショナルが今更弾幕ごっこのやりすぎで気絶するなんてことはないだろう。猿も木から落ちるとは言うものの…まあ現在の状況を見る限り霊夢と磨弓以外の何かが原因で力を失ってしまったと考えるべきだろう。

さて、霊夢を起こしたのは状況説明をしてもらうのもそうだがもう一つ、この動物霊を見てもらうためでもある。俺たちが話している間も動物霊は動く様子はなく、一応のために監視役にしたルーミアは暇そうにしている。

 

「ふーん、随分とまあ太ってるわねぇ…うーん…うーん?」

「何かわかるか?」

「こいつから磨弓と同じ力を感じるわね。あいつの配下かしら」

 

霊夢は袿姫と出会っていないから知らないことではあるが磨弓は動物霊と敵対関係であるはずだ。となると動物霊が磨弓の力を持っているのは一体…

 

「こいつからはこれ以上のことは分からないわね。ただ言えるのはこいつはただの貯蔵庫になってるってことね」

「貯蔵庫?」

「力の貯蔵庫よ。磨弓から拾った力を一時的に溜め込んでいる状態ね。だからこいつ、私たちが近くにいても動かないのよ。こいつ、どんだけ力を食ったんだか…」

 

なんだか謎が増えるばかりである。しかし動物霊自身が力を溜め込んでおく理由は分からないし、一時的ってことは後で誰かに…

 

「なあ霊夢、こいつって何かの術に縛られてるのか?」

「ん?縛られてるわけじゃないみたいよ。ただ別に動けないってわけでもないみたい。本当にただの貯蔵庫として存在してるって感じ」

 

ここで一つの仮説が浮上する。この力を溜め込むように指示した存在がいるかもしれない。そして動物霊に指示することができるのはこいつらの上司、つまり俺たちをここまで案内したやつらになるわけだが…

 

「そういえば霊夢、憑依していた霊はどうしてる?」

「…いないわね。私を置いて逃げてったのかしら」

 

なんか段々と分かってきた。

 

「磨弓のことは分からないけど情報が欲しいな。一度地上まで戻るぞ。霊夢、魔理沙を起こしてくれ」

「はいはい」

「ルーミアはその動物霊を縛ってくれ。持ち運べたりするか?」

「暴れたりしなければ大丈夫。持っていけるわ」

 

霊夢が魔理沙と同じく弾幕で過激に目を覚まさせ、ルーミアが闇で動物霊を縛った。抵抗らしい抵抗も見せないので人形を相手にしているような気分になるな。

 

「先行してる二人がいるからそこまで行くぞ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百三十九話 隔離

定晴さんと別れてから数分。私と袿姫さんとの間に会話はなかった。

そもそも私はそこまで社交性が高い方ではない。幽々子様の元に訪ねてきた人物については案内することもあるが、それも案内までだ。私が知り合ってはっきりと友達であると言えるのは霊夢や魔理沙、咲夜さんとか早苗さんあたりだろう。あ、あと買い出しで顔見知りになった八百屋の人とかもかな。

ともかく、私は初対面の人と突然会話ができるというわけでもない。別に人見知りではないのだけど、話す必要もないときに会話はしないという質なだけで。

 

「そろそろよ」

 

やっと袿姫さんが口を開いた。やっと出入口の場所まで近づいたらしい。確かにここらへんは先ほどよりも明るいし空気も澄んでいる。私は映姫さんに送られてさっきの場所まで行ったから分からないけど、定晴さんたちはここを通ってきたのだろうか。

 

「それにしても、あなた閻魔とどう話をするつもり?」

「元々調査のためにこっちまで来てますので。報告だって言えば来てくれるはずです」

 

映姫さんが私の話を聞いてどう動くのかは分からない。もしかしたら沈黙するかもしれないけど…せめて地響きの原因だけでも突き止めてほしいものだ。地殻変動の部類なので閻魔様の範囲外かもしれないけど、局所的なものだとしたら閻魔様たちでもなんとかなるかもしれない。

 

「はい、ここが入口よ」

「案内ありがとうございました」

 

袿姫さんにお礼を言ってから懐から一枚の紙きれを取り出す。

実のところ私は閻魔様への連絡手段を持っている。このお札だ。ただ先ほどの場所では使えなかった…というか予想以上に閻魔様と距離があったせいで私だと霊力が足りないのでここまで来ることになったのだ。私以外の力だと反応してくれないので仕方ない。

まさか私の霊力が足りないなんて思わなかったけど、まさか閻魔様が私の霊力量を間違えるとも思えないし地響きが原因だと思われる。あれのせいで世界の境界が不安定なものとなっているのだろう。幻想郷と冥界を分かつ結界と同じような感じにならなければいいけど。というか紫様はいつになったらあれを直すのだろう。

それはともかくお札に霊力を込める。ちゃんと繋がれば感覚で分かるはずなんだけど…

…あれ?

…つながらない?

 

「どうしたのよ」

「いえ、その…繋がらなくて…」

 

わざわざこんなところまで来たというのに距離が変わったような気が全くしない。元々の距離が遠すぎて畜生界を移動しただけでは意味がないとでも言うのだろうか。しかし定晴さんたちは飛んできているからそこまで遠いはずがない。

 

「畜生界を出てもいいですか?」

「いいけど私はついていけないわよ。ここの人間霊を守るために召喚された神だから、その契約は破れない」

 

袿姫さんは来れないようだけど、繋がらないから仕方ない。

 

「まっすぐ進めばいいんですよね?」

「ええ」

 

なんとなく結界を感じる場所を進もうとして…

 

「ふぎゃっ」

 

壁に激突した。

 

「な、なんで壁になってるんですか!袿姫さんだましたんですか!?」

「ちょっと待ってよ。それは私も知らないわ!」

 

触ってみると、確かに結界はとても分厚く展開されており進むことはできない。私の剣を使えば斬れないこともなさそうだけど…結界というのは基本的に完全な一枚のものなので私がこの部分だけ斬ってもほかの場所に影響があるかもしれない。

 

「なぜこんなところに結界があるんですか?定晴さんたちはここを通ってきたんですよね?」

「こんな結界は知らないって言ってるじゃない。地上からここまで来るにはここを通るしかないからあの人たちがここを通ってきたのは確かなんだけど」

 

つまり一方通行の結界?しかし一方通行にしては結界が分厚すぎる。しかも袿姫さんが知らないとなると本来はこんな結界はないのだろう。それにこういう結界があるならば定晴さんは気づいているはずだし、定晴さんがここに来たときは霊夢も一緒にいたはずだから結界に気が付かないなんてことはあり得ない。なのに何の情報もなかったのは…

もしかして私たちは既に何者かの罠に嵌っている?袿姫さん曰く出入口はここだけ、となると私たちは現在畜生界に隔離されていることになる。それはまずい。非常にまずい。この結界がどれくらいの範囲まで影響しているかは知らないもののそこまでちゃちなものではないだろう。閻魔様に連絡が取れないのもこの結界のせいであると考えると色々と辻褄があう。

 

「袿姫さん、私たちはここに閉じ込められたかもしれません」

「え、どういうこと?」

 

袿姫さんに私の仮説を教える。勿論私の憶測でしかないものの、そこまで的外れなことでもない気がする。となると定晴さんが探しに行った霊夢や魔理沙の安否が気になるところである。

 

「それは…困ったわね。私は神だから正直なところ何も食べなくとも生きていけるのだけど、あなたたちは違うんでしょ?自慢じゃないけどここには食料なんてないわよ?」

 

本当に自慢にできない。ここに幽々子様がいなくて本当に良かった。もしかしたら幽々子様ならなんとかできるのかもしれないけど。

畜生界は一つの世界であり、それが丸々隔離されてしまうというのは結構な一大事であるはずだ。紫様が気が付いてここに来てくれればいいのだけど…今の時期はまだ紫様は眠っていることが多い。巷では冬眠と言われる紫様の長期睡眠はたまに起きて活動する程度なので起きてる可能性もあるけどあまり期待しない方がいいだろう。

幽々子様曰く紫様は定晴さんのことが好きらしいのでどこからか嗅ぎつけて来てくれることもあるのだろうか。

 

「取り敢えず…どうしましょうか」

「あの人たちと合流した方がいいんじゃない?」

 

私は結界に詳しくないので定晴さんか霊夢に見てもらった方がいいのは明確だ。もしかしたら何かわかるかもしれない。

私たちは定晴さんと合流するために来た道を戻った。霊夢たちが見つかっていればいいのだけど…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四十話 情報整理

予約投稿ミスってましたすみません


たまに迷いながらも来た道を戻る。そうすれば妖夢たちと別れたところまで行くこともできるだろう。あそこからなら俺も入口までの道が分かるし、どこかで妖夢たちに会うこともできるかもしれない。

現在この世界は非常に危険な状態である可能性が高い。未だに地鳴りは続いており焦燥に駆られるが、冷静に状況判断をする必要があるだろう。

先程発見した動物霊。霊夢曰くそれは力を溜めるためだけのものとなっていた。しかもその力は元々磨弓が持っていたものだという。

動物霊は命令を受けていたというからには命令した誰かがいるはずだ。それが誰なのかは未だに分からないが…

 

「絶対にまずいことになってる」

「んなこと言われたって分からないぜ」

 

霊夢に吹き飛ばされ気絶した影響か少しふらふらしている魔理沙が言う。

そもそも俺たちはここに来るのが初めてなのである。ここの状況やら近況やらが分かるわけがないし、この地響きがどう関係しているのかも分からない。だがこの地震にも似たずっと続く揺れはここでイレギュラーな事象であり、袿姫ですら知りえない何かが起きているのかはわかる。

 

「妖夢たちに会ったところでどうするのよ」

「どちらかと言えば目的は地上まで行くことだ。妖夢が何らかの方法で映姫に連絡をしているはずだから何か対応があるだろう。何をすればいいのかも分からないこの状況で迂闊な行動によって被害を拡大させたくはない」

 

俺たちは計り知れないことではあるがもしかしたら地上にも既に影響が出ているかもしれない。幻想郷の周辺の空間の繋がり方がどうなっているのかは分からないけど畜生界が崩壊したらよくないことが起きることくらいは分かる。というかそもそも空間自体に影響があれば少なからず被害があるのは分かり切ったことである。

なんかこう見てみると俺って分からないことばかりだな。まあ霊夢や魔理沙も似たような状況だろうけど、やはり情報って重要だなと考える。

しばらく飛べば入口に近づき袿姫の力を感じることができるようになった。伊達にも神様だからかある程度離れていても力を感じることができるのは助かる。この力を参考にしつつ入口に移動した。すると入口に到着する前に袿姫たちと合流した。

二人とも表情は暗く困惑しているようにも見える。さすがに表情が気になり先に質問をした。

 

「どうした?」

「いえ、実は…」

 

妖夢から状況を聞いた。どうやら映姫と連絡ができず、外に出ることもできないようである。妖夢が、というか映姫が連絡用お札なんてものを所持しているなんて思わなかったが現在の状況では無用の長物と化しているようである。なんともまあ使い物にならない。

妖夢たちに案内されて入口の方へ。移動しつつこちらの状況も共有しておく。

 

「磨弓…あの子どこ行ったのかしら…」

 

袿姫が不安そうになっている。うーん、不安要素が多すぎてこちらもどう声をかけていいのか分からないな。

 

「定晴さん、これです」

「確かに頑丈な結界だな…」

 

妖夢に案内されて到着した畜生界の入口には見るからに分厚そうな結界が張られていた。俺の結界の能力はその名の通り陣などを介さずに結界を展開するだけなので俺が見たところで結界の詳細が知れるわけではない。ということでここは専門家にバトンタッチ。

 

「これ…相当な結界じゃない。それこそ、世界を隔てるくらいには強力な結界よ。流石の私もこれを今すぐ解除するのは無理ね。紫ならまだなんとかなのかもしれないけど私がやるにはそれなりの準備が必要だわ。ただここにはそういうのがないから実質不可能ね」

 

霊夢の見解、無理。

となるとこの結界を解除するには術者及び結界の元となる部分を断つしかないだろう。こんなに巨大な結界なのだから術者はずっと展開し続けているかもしくは何かしらを起点に…起点…?

 

「なあ霊夢。もしかしてこいつの起点ってさっき見つけた動物霊だったりしない?」

「え?うーん、可能性はないこともないけどさっき見たときは本当にただの貯蔵庫だったのよ?まあでもあんな感じで貯めておいてスペア的に使う予定なのかもしれないわ。少なくとも途中で力の補充しないといけないレベルの結界であるのは間違いないしね」

 

やはりさっきの動物霊は滅却しておいた方がよかったかもしれない。本当は磨弓に返してしまうのがベストなのだが敵に使われてしまうとなれば消滅させてしまった方が有益である。

 

「ルーミア、さっきのとこまで行ってあの動物霊を消滅させてきてくれないか?」

「了解なのだー」

 

そしてルーミアはふわふわとさっきのところまで移動し始めた。俺たちが見えないところまで行ったら闇の能力で加速することだろう。

俺たちは本格的に敵を討伐することを目的にした方がよさそうである。

 

「きっと何かしらヒントがあるはずだ。情報を一度整理しよう」

 

俺たちはこの状況から脱するために作戦会議を開始した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四十一話 突破口

現在の状況を整理するとこうだ。

・畜生界の入口は結界で閉ざされ外部と連絡することはできない

・磨弓は行方不明。ルーミアが磨弓の力を持っている動物霊を倒しに行っている

・原因不明の地響きは継続中。畜生界全体が揺れていると思われる

 

うーん…情報が少なすぎるな。作戦を立てる上で最も重要になるのは情報である。現代の争いと言うと情報戦が先行し、また情報戦での優劣がそのまま結果に繋がることも多い。

 

「じゃあどうする?敵の親玉をぶっとばせば勝ちでしょ?」

「それはそうだ。だが相手の目的が分からない。動物霊を使った幻想郷侵攻は目的の一つだろうが…俺たちをここに封じ込めておく理由が分からない」

 

幻想郷での争いごとをなんとかするのは博麗の巫女というのは幻想郷を知るものであれば比較的常識である。しかしながら霊夢を抑えることができれば幻想郷で覇権を握れるのかと言われるとそうではない。そもそも霊夢は人間の中で最強格というだけであって、幻想郷に生きる者という括りで見ればもっと強い人などたくさんいる。

 

「もし俺たちを倒したいというのであれば本人やら部下やらがここまで直接来てくれるだろうが、もし閉じ込めること自体が目的ならば親玉はひたすら逃げ続けるだけで目的は達成される」

「つまり、相手の出方によっては脱出できないと?」

「そういうことだ」

 

妖夢の質問を肯定する。

それに倒したいという場合でも、本当に殺したいというのであれば出てこなくても俺たちはいつかここで餓死することになるだろう。元より霊魂たちが住んでいる場所だ。人間のための食糧などたかが知れているだろう。

 

「じゃあどうするのよ」

「どうするかなぁ…」

 

もちろんこれで相手が出て来てくれればいいのだが、今のところその様子はない。俺たちが単独行動しているときに各個撃破すればバレずに倒せそうなものだからタイミングとしてはそこくらいだったのだが誰もそのような人物とは遭遇していないと言う。

 

『定晴、動物霊を除去しといたー』

『ああ、ありがとうルーミア』

 

ルーミアが動物霊を倒したらしい。やはり抵抗らしい抵抗も見せずにルーミアの闇に貫かれて消えていったらしい。勝手に霊を消し去ると映姫とかに怒られそうだが…まあ仕方ない。たまには説教されてみてもいいかもしれない。

ルーミアの方でも誰かが妨害してきたとかそういったことはなかったらしい。となればやはり問題は相手の目的だな。俺たちを閉じ込めておくことが目的だったとして、それで完結する話ではないだろう。だからと言って先ほど言った通り俺たちが閉じ込められているからと言って幻想郷を征服できるわけでもあるまい。

 

「なあ定晴」

「なんだ魔理沙?」

「こういうときにあのスキマを呼べないのか?あいつが超えれない境界なんてないんだろ?」

 

ふーむ、紫か。寝てないかなぁ…

 

「紫ー!おーい!」

 

 

「ああ、紫にとてもとても会いたいなー!」

 

 

「…だめみたいだな」

「使えないなぁ…いや、この場合使えないのはスキマ妖怪の方か」

 

幻想郷の中、紫が起きているときであれば会いたいと言えば基本的にすぐに来てくれる。なんでそんなにすぐ反応できるのかは全くの謎ではあるが、役に立つこともしばしばだ。しかし今はその反応がない。分厚い結界と言えども紫が超えられないはずがないから多分寝てるのだろう。まだ二月は紫的には冬眠の範疇らしい。バレンタインの時とかはきっちり起きるというのに…

 

「じゃああの時空神とかいうあいつは?」

「ミキこそ俺は呼べないぞ。まあたまたま俺のところに遊びに来ることを願うしかないな」

 

あいつの行動はいつも思い付きばかりなので、俺と遊びたいと思えば世界を隔てても遊びに来る。はた迷惑なやつだが今来てくれると好都合だ。

 

「じゃあどうすればいいのよ!こんなところで足止めなんて面倒でしかないのよ!本当なら今頃さくっと解決して帰ってたのに!」

「そんなに怒らないでよ霊夢」

「そうだぜ。怒っても何も変わらないだろ?」

 

霊夢の癇癪を妖夢と魔理沙が宥める。しかしそれで収まるわけもなく、袿姫のことを吹っ飛ばそうとか言って袿姫が怯えてしまっている。このままだとわけもなく袿姫が霊夢によって撃破されてしまいそうなので急いで案を考える。

取り敢えずここから出てしまうのが手っ取り早い解決方法だろう。となればこの分厚い結界をどうにかしないといけないわけだけど…

 

「実は言うと結界を消し飛ばす方法はあるんだ。俺がちょっとしたことをすればそれだけで結界は消え去る」

 

単純に無効化の力を使えば結界はその形を維持することができずに消滅してしまうだろう。ではなぜそうしないかと言うと、本来の解除方法ではないのでどんな悪影響があるかが未知数という問題があるからである。

 

「なあ霊夢、この結界を問答無用で消し去った場合はどうなる?」

「それって定晴さんのよくわからない力を使うってことでいいわね?そうねぇ…この結界がこの畜生界を全部覆っていた場合は一気にこの世界が吹き飛ぶくらいはあるかもしれないけど…まあ問題はないわ」

「問題大ありじゃないか!そんなの私たちがこの世界諸共消し飛ぶじゃないか!だめだだめだ、定晴。何をするつもりなのかは知らないけど却下だ!」

 

霊夢は何をもって問題ないと言ったのだろう。

俺の無効化の力は一部分にだけ作用させるとかそういった汎用性の高い、使いやすい能力ではないので結界の一部、入口部分だけを無効化するといった技ができないので仕方ない。

 

「ただいまー」

「おかえりルーミア。早かったな」

 

そうこうしている内にルーミアが任務から戻ってきた。残念ながらルーミアが行って帰ってくるまでの間に進展はなかったぞ。

 

「袿姫!あんた神様なんだからなんとかしなさいよ!」

「できるならしてるわよ!神だからってなんでもできるわけじゃないのよ!」

 

神奈子や諏訪子だって神だからといってなんでもできるわけではない。神とは万能でも全知でもないのである。まあミキは極めて全能に近いけどな。

 

「うーん…」

「うーん…?」

 

だめだ。何の案も出やしない。八方ふさがりである。

紫になんとかしてもらうしかないのだろうか…と、そんな希望的観測を考えていたら大きく世界が揺れた。

 

「なに!?」

 

俺たちは今なお浮かんでいる状態なので問題はないが、明らかに大きく一回揺れた。断続的に続いている揺れが大きくなったわけではなく、爆発が起きたかのように大きく揺れたのである。内部では何も変化を感じることはできないので外部…この結界の外側で何かが起きたと考えるべきだろう。

 

「何か来るかもしれない!構えろ!」

 

敵か味方か、はたまた大きな天変地異か。一応結界を全員の正面に展開して衝撃に備える。

その後も何度か爆発するような揺れが発生し、そしてそもそも揺れ自体が止まった。永遠に続くかと思われた地響きがぴったりと、何事もなかったかのように止まったのだ。

 

「なんだ…?」

 

もしかして紫、もしくは藍がなんとかしてくれたのかと身構えて…入口が開いた。そこから出てきたのは…

 

「やれやれ、こんなところに捕まってるなんて情けないねぇ」

「なっ…不動!?」

 

これを敵とみなすか味方とみなすかは大きく判断が分かれるところだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四十二話 概念への作用

俺たちを見て呆れる不動のその後ろからチヌとして映姫が現れた。

 

「こりゃどういう組み合わせだ?」

「私が呼んだのです。彼らは先の異変で色々と問題を起こしていますからね。その挽回のための機会を与えたのです」

 

俺の質問に映姫が答える。

どうやら不動たちが起こした事件の償いをさせているようである。映姫は生きている者が地獄に行くことがないようにしていると聞いたことがある。説教しているのもそのままでは地獄に行ってしまうからだと聞いたが…はてさてどこまでが本当のことだろうか。

 

「堀内。僕は君の能力のことも調べたから知ってるけど、ここから脱出するのだって容易だろう?なぜこんなところで足踏みしてるんだい」

「不確定なことが多すぎる中思い付きで動きたくないからだよ」

 

皮肉にも聞こえる不動の意見に反論しつつ不動が開けたと思われる穴から畜生界を脱出する。袿姫はついて来ないらしい。元々ここで暮らしていたから当然か。畜生界の中で未だに行方不明となっているハニワ少女を探すらしい。無事に見つかってくれればいいのだけど…

 

「ほれ、はよ行くぞ」

「僕は正直言って単独での戦闘能力は低いからね。チヌにここまで連れて来てもらったんだ」

 

そう言って笑う不動。でも例の体内の色々を開放させる技を使えば大体なんとかなるんじゃないのか?霊相手だと…魂の開放って考え方をすればそのまま消し去れそう。

結界を通るときにふと気になったことを訊ねた。

 

「なんで結界を通る時だけ穴が開くんだ?」

 

畜生界を覆っていると思われる大結界。俺が無効化するとすべてを一気に消し去ることになって危険だから正しい手順で解除しないといけないのだと思っていたのだが…

取り敢えず地上に出るために移動している途中で不動が答えてくれた。

 

「僕の能力は結構概念的でね。実のところ能力は結界には使っていない。君たちに対して閉鎖空間からの開放をしただけだから結界には影響がない」

 

なんだその屁理屈。そういう使い方ができる能力は羨ましい。俺の無効化、どんな力でも消せるけど全部まとめて消し飛ばしてしまうからなぁ…汎用性のある能力、いいなぁ…

 

「あなたの能力だって汎用性の塊じゃない」

「霊夢、心を読む能力があるのか?」

「さとりじゃないんだからあるわけないでしょ。勘よ、勘」

 

博麗の勘により心の内を読まれて若干恥ずかしくなる。勘って便利な言葉だな。まあ霊夢は本当にただの直感で俺の心を読んだのだろうけど。

 

「さてと、雑談はこれくらいにしましょ。あんたたち、地上は今どうなってるのかしら?」

 

霊夢が真面目な表情になって映姫たち三人に訊ねた。畜生界をそのまま覆うことができるほどの力を持った敵だ。さぞかし動物霊の侵攻も激しくなっているのだろう。

そう思ったのだけど…

 

「特になんともないよ」

「そうなぁ…ちょっと動物霊が増えたかもしれんな」

「死者の量が増えたなどといったことはありません。幻想郷は平和な状態です」

 

どうやら俺たちがこっちに来た時とあまり変わっていないらしい。わざわざ畜生界に俺たちを閉じ込めたのだからその間に行動を開始したのかと思っていたのだけど…もしかしたらまだ準備期間であり、俺たちが出てくるのが相手の想像以上に早かったのかもしれない。不動は比較的最近幻想郷で生活を始めた口だからもしかしたら敵は不動のことを考慮していなかった可能性がある。こっち側には不動の異変の影響もなかったようだしな。

なんとも言えない気持ちになっていると霊夢も同じことを思ったらしい。

 

「拍子抜けね」

「私たちの力が相手を上回ったってことだぜ!」

「魔理沙は今回何の役にも経ってないでしょうが」

 

霊夢の言葉で魔理沙が怒り、二人が喧嘩を始めてしまった。魔理沙が今回したことは…あれ?出会った時の勝負にも負けてたしその後も大きなことはしていないような…霊夢を起こした?いや、あれは俺やルーミアでも可能なことではある。そうか、魔理沙今回何の役にも経ってないなぁ。

 

「定晴!その顔をやめるんだぜ!」

「いや?何も?」

「その慈しみを持った顔をやめろおお!」

 

可哀そうに、みたいなことを思いながら魔理沙を眺めていたら次の標的は俺になったようである。魔理沙からポカポカ殴られるが、魔理沙程度の女の子に叩かれたところで俺は痛くもなんともない。

しばらくしたら地上へと到着した。確かになんとなく動物霊の数が増えているような…増えていないような…ちょっと差があまり分からないな。

 

「さて、地上にも出たことだしそろそろ本命をたたくわよ!」

「そうは言うけど霊夢は場所分かってるの?」

「分からないけど勘で飛べば到着するでしょ。妖夢あんたも探すの手伝いなさいよ」

 

自由の身になった霊夢はまたもや行き当たりばったり戦法を取るようである。魔理沙も同じ方法を取るようで準備運動らしきことをしている。お前らは飛んでいくのだから特に体は動かさんだろう。

 

「俺はどうすればいい?別行動か?」

「そうねぇ、なんかもう既に私の言うこと聞かずに行動してるし好きにしなさい。報酬はほとんど払わないわよ。お茶一杯くらいね」

「へいへい…」

 

普通にタダ働きにまで降格されそうである。うーん、もっと霊夢の性格とか考え方を尊重した行動をすべきだっただろうか。

 

「私はここで仕事がありますので戻りますが、二人はきちんと償いをしなさい。いいですね?」

「分かっとる分かっとる」

「もちろん。分かってますよ」

 

映姫はこのまま仕事に戻るらしい。なんとも真面目…というか純粋に今は忙しいのだろう。動物霊がどういう扱い方をされているのかはわからないが霊である以上は何かしら処置をしてるだろうし。

俺たちが幻想郷側にすぐに帰れるように小町が岸で待機していた。小町の能力を使えば距離なんて関係なく三途の川を渡れるのだとか。

映姫と別れるとき、映姫から助言をもらった。

 

「強い力を持った存在が三途の川を渡り幻想郷へ向かったのを確認しています。その後どこへ行ったかは不明ですが、注意してください」

 

きっとそれが今回の犯人だな。既に幻想郷へ向かってしまっていたか。不動がいなければあの閉鎖空間で立ち往生することになっていたというわけだから、助かったと思うべきだろうか。

 

「そんじゃそろそろ、異変解決といこう」

「「「了解」」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四十三話 地上に戻って

小町に送られて幻想郷側に戻ってきたら、俺はルーミアを連れて博麗神社へと向かった。水那に預けっぱなしとなっているユズを返してもらうからだ。動物霊が博麗の巫女を狙って閉じ込めていたのだとしたら博麗神社に動物霊が向かう可能性も高い。霊夢たちは黒幕探しに行ってしまったので俺は裏方に回るとしよう。

 

「ご主人様、私も一緒に行く必要ある?」

「このままルーミアはユズと一緒に待機だな。水那と一緒に待っていてくれると助かる」

 

なぜか知らないが水那は幻想郷に来てからやられっぱなしだ。水那は鍛錬不足であると嘆いているが、多分あれは相手が悪いだけである。何も役に立てていないと思っているようだが、結構助かっている場面も多い。霊夢がそれを言うことがあればいいのだけど、あまりそういうの言わない奴だしなぁ…

飛ぶこと十数分。流石に三途の川から博麗神社は距離があるなと思いながら境内に降り立った。

 

「あ、定晴さん。大丈夫でしたか?というか霊夢さんは…」

「まだ異変解決できていないんだ。霊夢は黒幕探し中だ」

 

水那はユズと弾幕ごっこをして遊んでいたようである。決闘方法ではあるものの子供でも楽しめるように設計されているのでまだまだ実戦不足な二人にはちょうどいいだろう。俺が知らない間にユズはそれなりに弾幕ごっこで遊べるようになっていたらしい。

 

「あら定晴ね!ここで会ったが九百年!あたいが成敗してくれるわ!」

「チルノちゃん!出会ってすぐに喧嘩をしようとするのやめてよー」

 

水那と話していたらなぜか博麗神社の中からチルノと大妖精が出てきた。いつも通りチルノは俺と戦おうとしている。今のところチルノは俺に一度も勝てたことはないのだが…まあ負けず嫌いな性格だしずっとこれかな。

 

「二人とはさっきまで遊んでたんです。やっぱり人によって弾幕が全然違うので勉強になりますよね」

 

水那はこの二人とも弾幕ごっこをしていたらしい。チルノの弾幕はチルノの能力によって突然動きが停止したりするので物珍しさがある。大妖精がどんな弾幕を放つのかは知らないけど普通の妖精よりは強いらしいからきっとそれなりに手ごたえのある戦いができることだろう。

 

「じゃあルーミア。俺の代わりにチルノと戦ってくれ。俺はまだ仕事があるからな」

「えぇ…まあ仕方ないのだー」

「頼んだぞー」

 

チルノと大妖精も決して弱くはない。動物霊たちが攻めてきても問題はないだろう。未だに博麗神社には動物霊が近づいている様子はないのだけど…もしかして神社という聖域のおかげで迂闊に近づけないのかもしれないな。それなら安心。俺も浄化の能力で結界を張っておこうかとも思ったが、萃香やら針妙丸やらなんやらかんやらの妖怪が集まる場所でもあるからやめておいた方がいいかな。

ルーミアたちと別れて俺も黒幕探しへ。といっても積極的に探すわけではなくどちらかと言えばパトロールである。一応動物霊でも数が多いと危険なことがあるので襲われている人がいれば救出する。もしかしたらどっかでお礼が貰えるかもしれないのでそれを今回の給料分としよう。打算的だが霊夢から貰える報酬が少なくなったので仕方ない。

 

「お、早速いるな」

 

誰かが襲われているわけではないが動物霊が集まって移動しているのを発見。近くに他の妖怪がいないことを確認した後に広範囲の浄化で動物霊を除霊する。霊というのは一定の場所に集まっているというだけで周囲に影響を及ぼすことがある。浄化したとて完全に消えるわけではなく地獄かどっかに行くと思われるのであまり心配する必要はない。

 

「これを繰り返しておけば霊夢たちの補助的な役割もできるし焦った黒幕が出てきてくれかもしれないな」

 

特に強大な敵というのに遭遇していないので敵の戦力の大部分は動物霊だと思われる。この動物霊の軍を壊滅状態にしてしまえば黒幕、そうでなくても幹部クラスのやつらが出て来てくれる可能性が高い。

ということで動物霊を見かけたら片っ端から浄化していく。今回の騒動に巻き込まれたと思われる霊もついでに浄化しておく。多分幻想郷内にいるよりも彼岸へと送り返してしまう方が映姫だちも動きやすいだろう。

そんな作業を続けること約三十分。そろそろ日も傾いてきて、時間は分からないが多分午後四時くらいになった頃。動物霊に襲われている少女を発見した。

 

「やめてください~!私は食べられませんよ~!」

 

動物霊が何を食べるということはないのでその点は心配しなくてもいいのだが…少女が動けなくなって動物霊がかたまっている間にまとめて除去してしまおう。動物霊が邪魔なせいで人間なのか妖怪なのか、はたまた別の存在なのか分からないので浄化の力は使わずに輝剣を使って調伏しようか。

 

「せいっ!」

 

俺が剣を横薙ぎに振るえば二、三体の動物霊をまとめて吹き飛ばした。それに気が付いて一部の動物霊が俺の方へと向かってくるものの、久侘歌と霊夢が戦っている間に沢山の動物霊を効率的に倒す方法を編み出した俺にとっては何の問題にもならない。ものの数分で少女に群がっていた動物霊を吹き飛ばすことに成功した。

 

「大丈夫か?」

「ううっ…はい、ありがとうございました…」

 

長めのおさげに笠を被り、灰色の服を着ている。なんだかお地蔵様みたいな見た目だな。感じる力は魔力…あれ、この子もしかして魔法使いか?

 

「私は矢田寺成美と言います…少ない相手ならよかったんですが、数が多くて逆に返り討ちになってしまって…」

「俺は堀内定晴だ。それは災難だったな。怪我はないか?」

「大丈夫です…」

 

見たところ外傷もなさそうだし問題なさそうだ。動物霊って数が多くて厄介なところはあるけど、攻撃力はそこまでだし攻撃手段も弾幕を撃ってくるくらいしかないので正直なところ脅威にならない。一時的に幻想郷に混乱を招くことはできるだろうが…

 

「なんか今日は霊が多くありませんか?」

「一応これでも異変中なんだ。霊夢たちが黒幕を探しに行ってるから俺はそのバックアップって感じかな」

 

俺の行動がどれくらい霊夢たちに影響するかはよく分からないものの…まあ無意味なものではないと信じたい。

 

「異変ですか…関係があるかは分からないんですけど、東の方から変な気配を感じました」

「東か…状況提供ありがとな」

 

成美に別れを告げて東へと進路を変更する。霊夢たちに連絡することができればいいのだがルーミア以外の人々とは連絡手段がないのでどうしようもない。スマホという最先端技術を駆使した機器は幻想郷内では使用できないのでどうしようもないな。連絡用のお札みたいなのを作っておくべきだろうか。

ざっくりと東と言われてもその正体が何なのかを見つけることができるかは別なので気楽に構えよう。

そう思っていたのだが、案外目的の人物はあっさりと見つかった。黒い髪と黒い翼。それに…カウボーイハット?一体どこで調達してきたのだろうか。

 

「ほうほう、一番最初にここに来たのは人間か…厄介だぞ…」

「見ない顔だな。異変の関係者とみていいのか?」

「驪駒早鬼…幻想郷を支配しにきた!」

 

どうやら大物…というか完全に黒幕を釣り上げたようである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四十四話 鬼畜生弾幕の所業

今日は火曜日ですが投稿します。作者の誕生日ですので(関係ない)


「まさか幻想郷を支配できるなんて考えてないだろ?」

「そのまさかだ!博麗の巫女やらなんやらを畜生界に閉じ込めたと聞いてこっちにやってきたというわけさ」

 

おや?

 

「博麗の巫女を抜きにしても強いやつらなんかいっぱいいると思うのだが」

「それでも今の幻想郷で最強なのは彼女だと聞いているぞ」

 

おやおや?

 

「つまりお前は動物霊とお前の力で幻想郷を本格的に支配しようと」

「そうだ!」

 

…なんか色々敵のことを考察していたのが馬鹿らしくなってきたな。これはあれだ、あまり深く物事を考えずに行動に移すタイプの妖怪だ。なんだか好戦的な雰囲気も感じるし、多分あまり知的ではないのだろう。とても失礼だけど。

 

「お前は博麗の巫女がいないだけで幻想郷を支配できると思っているのか?」

「当り前さ。地上の妖怪なんて敵じゃないね」

 

よし、もういいや。俺は深く考えるのをやめた。

多分早鬼は地上のことをあまり知らない。このまま放置していても紫とか幽香とかそのあたりに吹き飛ばされて終わるような気がするが…まあ長引かせてもメリットは何もないのでここで引導を渡してあげよう。

 

「面倒になったから俺が相手だ」

「ほう?いいだろう!」

 

うん、好戦的。それでいて単純。

カウボーイって渋くて頭が回るみたいなイメージがあるのだけど…まあカウボーイハットを被ってるだけだしなぁ。幻想郷ではこういう特殊な服装を集まっている店は今のところ見たことがないのだけどどこかにあるのかな。でも地上のことをあまり知らないようだし自作したのかな。

 

「いくぞー!」

 

早鬼が弾幕を展開した。一つ一つは当たれば気絶では済まないほどの威力がありそうだ。

 

「スペルカードルールはどうした!?」

「なんだそれ。知らないぞ!」

 

うーん、仕方ないのかなぁ。でもまあある意味俺が相手をすることになって正解だったかもしれない。チヌや不動ならまだしも霊夢や魔理沙はあまり殺し合い的な勝負に慣れていないようだからな。妖夢にもそろそろ弾幕ごっこではない正真正銘の真剣勝負を教える方がいいだろうか。

スペルカードルールでないなら俺も自由にやらせてもらおう。輝剣を召喚し飛んでくる弾を切り捨てる。見た感じ彼女は妖怪の類らしいから近距離で浄化を使えば無力化できるだろう。流石にこの距離だと弾が邪魔で無効化の力が届かないので近づく必要があるな。

 

「ちっ」

 

しかし弾幕が濃い。スペルカードルールに則っているものではないので多分回避不能みたいな弾幕も混じってる。俺は剣で斬ったり結界ではじいたりできるのでどうにでもなるがやはり霊夢たちでは厳しかったかもしれないな。

 

「火!」

 

ずっと防戦一方では埒が明かないのでこちらも魔術で火でも飛ばして攻撃する。といっても相手には簡単に躱されてしまう…が、一瞬でも隙があれば距離を詰めることができる。今のところ後退させられるほどの攻撃ではないので少しずつ近づけば浄化の射程範囲内になるだろう。

 

「氷!」

 

術に名前はない。声に出したものを高速で射出しているだけである。パチュリーから借りた本の中には特殊な魔術だったり強い魔術もあったのだがこの戦いの中で唱える暇はない。そもそも魔術とは誰かに守られた状態もしくは安全なエリアで唱えるものだ。弾幕ごっこのようにクールタイムのような隙がある戦いであればパチュリーのように魔法、魔術に精通した者であれば唱えることもできるだろうが普通の戦闘ではまずその隙はない。それに俺は魔術が使えるだけで精通しているわけではないのでどうしても時間がかかる。

 

「水!」

 

とはいえ種類だけならばたくさん使えるので邪魔になるように撃っていく。たまに弱点属性みたいなものがあったりするのでそれが見つかればいいのだけど…相手はただの動物系みたいだし意味ないかな。妹紅とかチルノみたいにはっきりとした属性があればいいのだけどそれも無さそうだし。

 

「土!」

 

まあ生理的に嫌いとかあるかもしれないから色々試すとしよう。初見の相手にはとにかく手数で有利になる点を探すのが基本だ。ゲームなんかでもボス相手に急所を探すのが基本となるが、そこは現実でもそんなに変わらない。

 

「さっきから鬱陶しい!」

「くそっ…」

 

攻撃が激しくなった。一応精神的な攻撃にはなったようだ。こちらは弾いたり回避したりしているだけなのであちらの方が先に力尽きるだろう。これは近づいて何かするよりもここで安全に回避していた方がいいだろうか。

 

「ふぅ…ふぅ…」

 

と、ここで早鬼が地面に降り立った。早くも体力が尽きたのだろうか。俺は警戒したまま空を飛んでいる状態を崩すことはない。戦闘において高さというのは多くの場合有利に働くからだ。

早鬼はそのまま深呼吸して少し身を下げると…走りで一気に距離を詰めてきた!俺の身体強化での走りとは比べ物にならないくらい早い。なんという脚力だろうか。しかもその脚力でこちらまでジャンプしてきた。

咄嗟に剣を正面に構えて攻撃をガードする。攻撃方法は単なるパンチだったが、そもそも人ならざる者のパンチだ。超級の脚力も加わっているのでその衝撃は鬼にすら匹敵するだろう。身体強化も施したにも関わらず数メートルほど吹き飛ばされてしまった。

 

「それがお前の基本的な攻撃スタイルか!」

「一応地上のやつらの戦い方を参考に弾を撃ってたんだけどね。面倒になったというわけよ」

 

一応地上の弾幕ごっこを参考にはしていたのか。それなのにスペルカードルールを知らないとは…

早鬼はその後も脚力任せに突っ込んでくるのでそれを何度も裁いていく。パンチの時に接近できているので浄化を使えないこともないのだけど、その場合ガードなしでこのパンチを食らうことになる。身体強化を使っているとはいえかすり傷では済まないだろう。

どうにかしてこのラッシュを止めなければいけないが中々隙がない。脚力がすごいせいで早鬼が踏み込んでからこちらまで飛んでくるまでの時間がとても短いのだ。迎撃すらままならない。

 

千閃残滓!」

 

弾幕ごっこ用ではない真剣の剣技を使う。空を飛んでいる状態で全方位を斬り刻む技だ。五月雨斬りに近いが、こちらは当たれば大抵肉を断つ。これを使えば如何に凄い脚力を持っていようとも俺に近づくことはできない。最初は早鬼に近付くことを目的にしていたというのに今は遠ざけようとしているなんて不思議な話だ。

俺が剣を振り回して牽制していると流石に我慢できなかったのか攻撃手段を弾幕へと切り替えた。チャンスだ。弾幕はどうしても密になるまで時間がかかるので近付くなら今である。

 

「ふっ!」

 

身体強化、家宝の剣も召喚、正面に結界。一気に突っ込む!

少しばかり掠ってしまったが致命傷にはならない。そのまま二振りの剣で早鬼を切り結び、吹き飛ばす。そして衝撃で硬直している間に浄化を軽く使う。

 

「ぎゃああ!」

 

うん、致命傷。やっぱり準備も何もなく浄化できる力は幻想郷では強いことを再確認する。

こうして俺は今回の異変の首謀者である早鬼を無力化することに成功したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四十五話 詰問

「ぐっ…うっ……幻想郷で最強なので博麗の巫女じゃなかったのか…?」

「はぁ…お前には色々と幻想郷での常識を教える必要がありそうだな…」

 

ただ先に霊夢たちを呼ばなければいけない。結局黒幕を俺が倒してしまったが…また何か霊夢に色々と言われそうである。黒幕を先んじて倒すことは逸脱行為になるだろうか…既に霊夢の機嫌を損ねているわけだし今更考えたところで意味はないか。

動けないようにしているものの縛っているわけでもないので早鬼が逃げ出さないように見張りつつ札を一枚取り出した。幻空の中にロープでもいれておけばよかっただろうか。でも幻想郷の妖怪でも縛れるようなロープって何だろうか…

 

『ルーミア』

『はいはーい。もしかして解決しちゃった?』

『そうだ。霊夢を幻想郷の東によこしてくれ。具体的にどこって言えないからあれだけど霊夢なら勘ですぐにやってくるだろ』

 

俺はここを動けないのでルーミアに連絡。式神としか連絡できないとはいえこれは本当に便利だな。藍なんかは沢山の式神を使役していると言っていたし、幻想郷内で情報伝達をスムーズに行うなら必要なものだろう。

 

『霊夢たちより早く解決しちゃうなんて流石定晴ね。でも後で何か言われるんじゃないの?』

『それは俺も気にしていることだ。今から頭が痛いよ』

 

この式神通信は別に思念で連絡しているわけではない。あくまで電話のような使い方しかできない。なのでルーミアの傍にいるであろうチルノたちに注意するために俺への呼び方が名前呼びというわけだな。

 

『そんじゃ頼んだ』

『任せて』

 

とはいえ少し小声で話しているようだし口調はいつもの(俺にとってのいつもの)口調なので実際にチルノたちに聞かれているわけではないのだろう。じゃあ呼び方もいつも通りでいいのではないかと思うのだけど、それはルーミアが決めることなので何も言うまい。

お札を幻空の中に収納してから早鬼に向き直った。霊夢たちが来るまで時間がかかるだろうし、今のうちに幻想郷について話しておこう。また霊夢が不在の時を狙って幻想郷侵略なんてされても面倒なだけなので霊夢や俺よりも強いやつなんかいっぱいいるんだぞってことを教えておかなければ。

博麗の巫女についてや幻想郷について、スペルカードのことなどを早鬼に教えた。それにしても早鬼の部下たちはスペルカードルールについても知っていそうな感じだったし何故早鬼は知らなかったのだろうか。

説明の途中、俺たちが畜生界に行った経緯を話していたら早鬼がとある名前に反応した。

 

「ん?鬼傑組の組長に会ったのか」

「なんだそれ」

「お前が言う吉弔八千慧が組長をやっているところさ。あれは別に部下でもなんでもない。私は勁牙組の組長なのでな」

 

八千慧は部下でも何でもないのかよ。なんか俺が思っていたよりも面倒な構図になっている気がする。ただどちらの組も袿姫が倒されることを望んでいたようなのでその企みは阻止できた…のかな?

動物霊を使って幻想郷を支配しようとしてたのはどちらの組も同じらしい。早鬼曰くこの二つの組は敵対してるものの幻想郷を支配するという点、畜生界を支配するという点では協力していたらしい。なんだか裏の世界の怖い人たちみたいな関係だな。

そんなこんなで二十分ほど暇つぶしをしていたら霊夢と妖夢が到着した。

 

「はぁ、結局定晴さんに美味しいところを持っていかれるのね…」

「なんかすまん…あと魔理沙はどうした?」

「魔理沙はまだどっかを飛んでると思うわ。妖夢はたまたま会ったから連れてきただけだし」

 

可哀想な魔理沙。既に異変が終わっていることも知らずに犯人探しを…早鬼が動物霊たちに撤退命令を出してくれるというのでしばらくすれば気が付くだろう。

 

「流石定晴さんですね…」

「まったくよ。これじゃあ私は何も得るものがないじゃない」

 

報酬のない仕事というのは往々にしてブラックだと言われるが、博麗の巫女も案外ブラックなのだろうか。霊夢があまり積極的に仕事をしないから博麗神社は貧相なのかと思っていたけど、原因は他にもあるのかもしれない。勿論仕事をしないのも原因の一つだろうけど。

 

「ルーミアはどうした?」

「私に伝言を伝えて帰っていったわ」

 

ルーミアはこちらに来てないのか。まあユズの傍にいてくれればこちらも安心できるしいいか。まあでも異変が解決されたわけだしユズが危険に晒されることはないだろうけど。

 

「あーあ!最近は誰かのお節介のせいで住人が増えて出費が嵩むのになー!」

「そう大声で言わないでくれよ。分かった分かった、ご飯でも作りに行くよ」

「三日よ!三日間は来なさい!」

 

結局霊夢からの報酬はなしで、俺が出費することになりそうだ。あとで紫に色々と立て替えてもらうか。俺も仕事したのに結果として出費が増えるのは解せないからな。

 

「まあその話はいいわ。問題はあんたよ」

 

霊夢が早鬼に詰め寄っている。ここからは霊夢たちに任せても良さそうかな。なんだかんだ言って毎回異変をいい感じに終わらせているので俺よりも向いているだろう。

だから早鬼は霊夢の剣幕にビビってこちらを見てくるのをやめてほしい。異変を起こしたのはそちらなのだから甘んじて怒られなさい。あとで映姫からも説教されそうだが…うん、諦めろ。

 

「…依頼完了」

 

もう依頼がなんだったかもわからないが俺はそう締め括った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四十六話 宴会【鬼形獣】

異変解決から二日後。いつものように宴会が開かれていた。動物霊異変?語呂が悪いな…動物異変?なんか幻想郷の野生動物が暴走したみたいになったな。

異変に関わってなかったやつらが参加して騒ぐのはいつものことだが、一応異変を起こしたやつらを快く迎え入れるためのなんちゃらを兼ねているので異変関係者は大体参加している。異変関係者というか、霊夢や魔理沙にぶっとばされたやつらの被害者の会みたいなものだけど。

 

「妖力が…妖力が…」

「どうしたんだ早鬼」

「なるほど…確かに妖力が強いやつらがいっぱいだな」

 

料理を作って少し遅れて参加したら早鬼が青ざめているのを見かけたので声をかける。一応強いやつらはいっぱいいることを先日伝えているはずなのだが…信じてなかったのか。

 

「これは動物霊だけじゃどうしようもなかったか…」

「そういうことだ。そもそも動物霊でなんとかなってた場所なんてなかったと思うんだが」

 

敢えて言うとすれば人里だろうか。あそこに住む人々なら動物霊だけでもなんとかなったのかもしれない。しかし人里の守護者である慧音以外にもなんだかんだ人里に愛着を持っているミスティアみたいな妖怪もいるので結局だめだったと思う。

 

「まあでもそもそも当初の目的は畜生界だったんだけど」

「あれ、そうなのか?」

「少なくとも八千慧のとこはそっちを目的にしてたみたいだぞ。その目論見は外れたみたいだけど」

 

どうやら霊夢を使って袿姫を倒してもらって畜生界を支配するという算段だったらしい。だから幻想郷に送り込まれた戦力が小さかったのか。本気で幻想郷を支配しようとしたのは早鬼だけらしい。

 

「因みにその八千慧はどこにいるんだ?」

「さあ?」

 

早鬼は知らないらしい。あの大結界について聞きたいのだが…

 

「あ、こんにちは定晴さん」

「袿姫、それに磨弓もいるな」

 

俺たちと別れたあと、袿姫は磨弓を見つけることができたらしい。霊夢同様ぐったりしているところを見つけて必死に神力を流し込んで助けたようだ。

 

「袿姫はこっちに来れたんだな」

「動物霊の侵攻が止まったからね。人間霊たちを守るというのが無くなったわけじゃないけどある程度は自由になったわ」

 

畜生界はじめじめしてたしあそこにずっといるのは精神に悪いだろう。幻想郷はこれでも日本の原風景なわけだしリラックスできたらいいな。人間霊はこれからも袿姫が力を集めるために利用されるだろうけど、頑張ってくれとしか言えない。

俺が袿姫と話しつつ、まだ言葉を交わしたことがなかった磨弓とも会話していたら横から別の神様の声が聞こえた。

 

「おうおう!あんたが新入りの神様だね?」

「私は洩矢諏訪子。こっちのでかいのが八坂神奈子。幻想郷の先輩神様として色々と教えてあげよう!」

 

守矢神社の二柱が新人に絡みに来たようだ。言動とか動きが新人アルバイターをいじめる先輩みたいな構図になっててなんとも言えない気分となる。外の世界で様々なバイトに関わってきたためこういう出来事も少なくはなかったのだ。

 

「え、私は…」

「まあまあ、取り敢えず話そうか」

 

神奈子に引っ張られて袿姫が連れて行かれた。その後ろを磨弓を引っ張っている諏訪子がついていく。明らかにカツアゲの構図だが、二人は悪い神じゃないから大丈夫…と信じたい。これがミキ相手なら問答無用で吹き飛ばすのだがなぁ…

 

「あはは…すみません、話してる途中にお邪魔してしまって…」

「早苗…まあ神様ってそう簡単に増えるもんじゃないし久しぶりの同族でテンションが上がってるんだろう」

「そうなんですよ…」

 

あの二柱はまあまあ我儘の部類である。早苗は日頃苦労しているのだろう。霊夢に比べて布教活動やら奉仕活動も積極的に行っていると聞いているので早苗にかかる負担は大きい。それでも諏訪子たちを敬愛し信奉しているのは、やはり信仰心がそれだけ強いということだろうか。

神奈子と諏訪子に詰め寄られタジタジとなっている袿姫と磨弓を後目に早苗に話題を振る。

 

「早苗は今回異変解決に参加しなかったのか?」

「ほら、妖怪の山って哨戒天狗がいるじゃないですか。なので私達のところまで動物霊が来ることがなくて…異変ということに気が付きませんでした…」

 

しょんぼりして答える早苗。収入源の一つである異変解決が出来なかったのは相当ショックだったのだろう。

因みに報酬についてだが、霊夢、魔理沙、妖夢にはそれぞれ映姫から支払われた。普通に金銭である。なぜ映姫が払うのかと思ったのだが、本来死者である動物霊の暴走を留めることができず幻想郷に影響を与えてしまったことは彼岸側の不手際だと映姫は判断した。彼岸が悪いというわけではないだろうけど、映姫のオセロ能力…もとい、【白黒はっきりつける程度の能力】によって下された判断なので映姫が意見を変えることはないと分かり普通に受け取ったのだった。

なお俺への立て替えは今日払われるらしい。三月にも入ろうというこの時期にやっと紫は活動的になるので今日が都合がいいらしい。はてさて何で払ってくれるのやら。

 

「しかも今回の異変関係の人たちって明らかに信仰に興味がない人たちじゃないですかぁ…布教活動はしますけど…」

 

それでもめげずに布教活動をしようとするのはとても勤勉だし、霊夢に見習ってほしいところである。そういえば先日水那から布教活動をしてみたいけど博麗神社が何の神社か分からなくて出来ないと相談されたな…霊夢にしっかり考えてもらわねばならないかもしれない。

 

「ということで私はあの二人を助けてから話しかけてみますね…」

 

少しだけ重そうな足取りで神奈子たちの元へ向かう早苗。幻想郷では宗教戦争みたいなのが起きているらしいから諦めずに頑張ってほしいところだ。

 

「あいつは大変ねぇ…」

「霊夢がその大変から逃げてるんじゃないのか?」

 

いつの間にか近くにいた霊夢が早苗を見て呟く。それに俺は嫌味を言うが、当の霊夢はどこ吹く風である。

 

「私はこうやって異変解決の宴を開くための場所を貸してるんだから、それだけで大変よ」

「でも霊夢は騒ぎたいだけだろ」

「知らないわね」

 

そのままお酒を持って魔理沙の方へ走っていってしまった。果たして博麗神社はこのまま存続できるのだろうか。紫がサポートをしなければ今頃荒廃しているのではなかろうか。紫にとっても大切な神社なのでそんなことは起きないだろうが。

 

「ねえ定晴」

「どうした?」

 

俺の後ろでずっと黙っていたルーミアが話しかけてきた。因みにユズは水那のところに行っている。この異変の間ずっと遊んでいたので仲良くなったのだろう。

 

「あの八千慧ってやつ、ここにいないわね」

「ふむ…宴会は嫌いかな」

 

結局八千慧は畜生界に案内されて別れたあと一度も姿を見かけることはなかった。宴会にも来てないというし、動物霊の侵攻が止まったとはいえ反省してるっぽいのは早鬼の方だけみたいだし…まだ何かしようと言うのだろうか。

八千慧の能力は聞いていないのでわからないが、あの大結界を張ったのが八千慧なら結界系の能力だろうか。動物霊をまとめる組長をやってるわけだから普通の妖怪よりも強いのは確定しているので自力で張ったのか…

 

「能力で探してくれたのか?」

「見えない範囲は私からすれば闇だもの。ある程度は認識できるわ。まあ最近できるようになったのだけど」

 

どうやらルーミアも強くなっているらしい。というかそれ死角がないということでは?索敵するならルーミアに任せた方がいいかもしれない。狂気の索敵でも敵は分かるのだが、狙いが俺じゃなかったり狂気といえるほどの殺意がなければ反応しないからな。

 

『むしろ嫌嫌やってるやつは恐怖心で狂いそうになってるからわかるんだけどな』

『魔力があればある程度私が分かるわよ。そこの使えない狂気とは違ってね』

『ああっ!?』

 

なんか魂の二人が喧嘩しだした。俺の霊魂に傷を付けないようにな。

 

「どうする?探す?」

「いやいい。何か仕掛けてきたら反撃しよう。隠れることを徹底された場合見つけるのは至難の業だ」

 

不動のときがそうだった。幻想郷は広すぎるというわけではないものの、原風景がそのままなので隠れることができる場所は多いのだ。誰かの土地だと決まっている場所も少ないので穴を掘ったりされると肉眼だと分からない場合もある。

 

「いいさ。本当に宴会が嫌いなだけかもしれない」

 

俺の友である霖之助も騒がしいのが苦手なので滅多に宴会には参加しようとしない。あいつと呑むときは基本的にサシだ。

そういう場合もあり得るのでまだなんとも言えないのだ。とはいえ八千慧に関しては嫌な予感がするのだが…まあ死ぬ未来は今のところ見えないので大丈夫だろう。

 

「さ〜だ〜は〜る〜!」

 

遠くからこちらを呼びかけてきたのは紫だ。既に顔は赤く染まっており、その横で藍が紫の近くにある料理を動かしている。落としたり溢したりしないようにするための配慮だろう。よくできた式神である。

 

「どうした紫」

「報酬よ報酬〜」

 

俺が一応警戒しつつ近付いて要件を聞くと、今回の異変の報酬についてらしい。まさか今日そのことについて話されるとは思っていなかったので少しばかり驚いてしまう。しかしこんな酔った状態で話しても大丈夫なのだろうか。

 

「えへへ〜、よく頑張ったわね〜」

「あー…うん、そうだな」

 

酔った奴の話には基本的に肯定をしろ。外の世界で学んだ教訓である。変に指摘しようものなら理不尽な怒鳴りが俺の時間を奪うのはよくあることである。

それにいいとこ取りみたいなことはしたものの、頑張ったのは嘘ではない。

 

「じゃあ今回の報酬を発表します…ダララララ……」

 

そのドラムロールは本当に必要だろうか。というか報酬の発表にドラムロールってなんだよ。外の世界で言うと給料を渡される前にドラムロールをされるようなものだぞ。何が来るのか警戒してしまうのも無理はないと思う。

 

「ダララララ……すぅ…ダララララ…」

「長い!」

 

呼吸を一度挟まなければいけないならするな。

そしてやっと紫のちょっと下手なドラムロールが終わった。

 

「だん!」

「…」

 

空白。

 

「……私が彼女になってあげます!」

「藍、連れて行って水にでも沈めろ」

「御意に」

 

訳分からんことを言い出した紫を酔い醒ましのために水の中に叩き込むことを提案する。その案に即答で肯定を返してくれる藍。本当によくできた式神である。

 

「ちょっとちょっと!酔ってなんかないわよ!」

「そんな顔を赤くした状態で言われても…」

「じゃあちょっと待って……はい!どう!?」

 

体内の酔いに関する境界でも弄ったのか、その顔はいつもの色になっている。

 

「その上で言うわ。私が彼女に…」

「こちとら家に俺含めて三人いるんで食料か現金でお願いします」

「なんでよー!」

 

というかそれ報酬じゃないだろ。流石の俺も紫からの好意にはある程度気付いている。だが、彼女になるほどのものでもないだろう。取り敢えず面倒事を増やさないでほしい。

 

「私は本気よ?あのフラワーマスターが先んじて仕掛けたから焦ったわけじゃないんだからね!」

 

そんなツンデレみたいなことを言われても…

 

「ちょっと紫、私の返事もまだなのにそんな訳のわからないことを言ってるんじゃないの」

「あら、誰かと思えば幽香じゃないの。別に私が定晴と付き合ってもいいじゃない」

 

あかん、これはあかん。身の危険を感じるし、なんか俺の周囲が殺気立っているような気がする。紫と幽香だけではなく、ルーミアやら近くの妖怪やらも気配が強くなっているように思える。

 

「待ってたって意味ないのよ。定晴には強引なくらいがちょうどいいの」

「これは強引すぎるじゃない。待つことは誠実さよ」

 

なんかヒートアップしてきたな。ああ、これはあれか…だから周囲の妖怪たちはテンションが上がってるのか。大妖怪と大妖怪だから。

 

「もういいわ!弾幕勝負よ!」

「望むところ!」

 

紫に続いて幽香が空に飛び上がり、暗くなった空を色彩で染めあげる。宴会って大体誰かが途中で弾幕勝負をしだすんだよなぁ…殴り合いよりかはマシか。

 

「つから俺の意見を聞けよ」

「今の二人に声が届くと思ってるの?」

 

俺の意見はルーミアに却下された。解せぬ。

 

「すみません定晴さん、私も紫様があんなことを言うなど思ってもおらず…」

「いいよいいよ。藍のせいじゃないし」

 

藍が平謝りをしてくるが、今回のは完全に紫が悪いので気にしなくていい。毎日こんな紫に付き合ってるなんて藍は偉いな…橙も一緒に巻き込まれているのだろうか…

 

「あー…定晴さん、あれは放っておいて、私達で飲みません?」

「だな。ルーミアも一緒でいいか?」

「ええ」

 

俺たちは空で争う二人を極力視界にいれないようにしつつお酒と料理を楽しんだ。

だって「定晴には自分しかいない」とか「一番は私」とか平気で言うんだもん。公開処刑かよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三章 心動く日常
二百四十七話 恋愛観


「それで?どうするのよ」

 

宴会の次の日の朝。朝食を食べていたらルーミアから突然質問を投げかけられた。ただ何のことだか全然分からない。

俺が分かりやすく表情を作ったからかルーミアは少し声を大きくして言った。

 

「そりゃあの二人のことよ!昨日あのまま有耶無耶にしたけど、そういうのは流石に誠実さが足りないんじゃないの?」

「うっ…うーん…」

 

少し昨日のことについて話そう。

紫と幽香は今までにないくらい本気で弾幕勝負をしたせいで両方とも気絶。随分と長いこと戦ったせいで宴会の方もお開きの空気となっていたのでそのまま再生だけかけて藍に丸投げしてきたのだ。

 

「ねえ、なんでそう先延ばしするのよ。ご主人様らしくない」

「まあ、な…」

 

今の俺は優しい断り方を考えている最中だ。多分幻想郷に永住することにはならないと思っており、拠点をこことして仕事をするようになる気がする。であれば彼女だとかは作っていられない。

元々は紫に誘われてこっちに来て、確かに幻想郷は楽しいということが分かった。ただの平穏というわけではなく、たまに刺激的なことが起きるのがなんとも俺に向いている。しかしそれでも…

 

「定晴さんは…彼女が欲しくないんですか?」

「え?」

 

無言で俺たちの話を聞いていたユズが口を開いた。

 

「欲しい…欲しい?うーん…今のところそういうのはないなぁ…」

「でしたらすぐに断れば…いいのでは?」

 

たまにユズの言葉が詰まるのは考えながら話しているからだろう。言語能力の低下ではないと信じたい。またマッサージを受けてもらう必要があるだろうか。

 

「ご主人様。別のこと考えてるでしょ。だめよ。ちゃんと向き合って」

「っ…」

 

ルーミアに俺が別のことを考えているのをあてられた。

逃げているわけではない。恋愛というのは勿論生命の営みとしてよくあることであるということは分かっているし、紫や幽香が本気で俺に向き合おうとしているのも分かってる。分かってるのだ。そんなことは。

 

「…ねえご主人様」

「…」

「…っ…ちょっと私の部屋で話さない?ユズ、片付けを頼める?」

「あ、はい!」

 

俺はルーミアに腕を引かれて部屋へと引っ張られた。提案のはずが俺に拒否権はなかったようである。

ルーミアはベッドに腰かけた。隣を手でポンポンしているところを見ると、隣に俺が座れということだろう。部屋に来てから一言も発さないルーミアに妙な恐怖心を抱きながらルーミアの隣に座った。

 

「ご主人様、恋愛は嫌い?」

「嫌いとかそういうのじゃないんだ。苦手だ…」

 

随分と前に、幽香に告白されたあとの風呂の中で自分の恋愛観について振り返ったことを思い出す。誰にも深く接することなく生きてきた人生で、俺は他者に合わせるということができなくなった。現代社会では空気を読むことがとても重要とされているので今の俺が中小企業に入ろうとしても多分無理だろう。

俺のこの性格は俺自身に影響はない。なんせ俺は自己完結しているからな。だが相手からすれば違う。相手からすれば俺のことが不快になると思う。

 

「それってさ、人間と妖怪だからとかそういうのじゃないのね?」

「それはない。前に幽香にも言ったが俺は人間と妖怪の間での恋愛だとか友情だとかは全然あると思っているぞ。不動とチヌの例が最近現れたしな」

 

現代社会では人間の世界となっているが、昔はそうでなかったという。勿論妖怪が人間を襲うという構図は共通認識だったのは間違いないのだが、半人半妖という存在がある以上何かしら人間と妖怪を敵対関係以外で結びつけるものがあったと思われる。現代にそれがあったとしても何の不思議もありはしない。

 

「そう、取り敢えず安心したわ。ご主人様が人間と妖怪の恋愛なんてないって思ってたとしたらあの二人に勝ち目はないから」

 

本当に安心したような表情を見せるルーミア。なんだか最近ルーミアがとても大人に見える。中途半端な生き方をしてきた俺とは違って、ずっと大人だ。まあ生きている年数が違うと言えばそうだろうけど、それだけではないのも確かだ。

 

「それで?じゃあ何がだめなの?」

「相手のことを推し量れないからな、俺は。息苦しいだろそんなの」

「……それってさ、相手のことを考えたから?それとも、自分が嫌われたくないから?」

 

そう問われて、言葉が詰まった。自分のことを好いてくれている相手を嫌な気分にさせたくないという気持ちは本当だ。だが、自分のためではないのかと言われると…

 

「ふふ、ご主人様ってたまに子供っぽいわね」

「俺はいつだって子供っぽいよ。俺が大人だって胸を張って言えたことなんて一度もない」

 

人間は利己的な生き物だ。常に相手のことだけを考えてなんていられるはずもない。自分の命が危ういとしても他者を助けることができるなんて、そんなのは物語の中の登場人物でもないとありえない。

 

「でもご主人様は大人だと思うわよ私。あなたの傍は安心できるから…」

 

なんだか少し気恥ずかしいセリフだ。遅まきながらそれにルーミアも気付いたのか少し顔を赤らめている。恥ずかしくなるくらいなら言わなければいいのに。

 

「こほん…まあ、あれね。ご主人様の恋愛観はなんとなく分かったわ。恋愛観というか…人の付き合い方って感じだけど。じゃあ質問なんだけど、どうして私とユズは家に置いてくれてるの?」

 

やはりその質問か。ここまで話せばそれも訊かれるだろうと予想していたので大して時間をあけることもなく答える。

 

「それはお前らは合わせてくれてるからな」

「そう?結構好き勝手してるように気がするんだけど」

「そういうことじゃないんだ。空気を合わせてくれてるっていうか、俺にはできないことをしてくれる」

 

ルーミアたちが空気を読んで生活しているわけではないと思っている。それなら辛い生活を強いているので反省せねばなるまいが、反応を見るに多分それはない。だからこそ俺は気を楽にしていられる。

 

「それがあの人たちにもできないなんて思ってないわよね?」

「あの二人は元よりあまり空気を読まない性格だ。それに…相手が好きな人だったら妙に気を回そうとしたりするだろ?」

「ふーん…つまり、私は式神という立場で、私がご主人様に対して複雑な感情を抱いていないから大丈夫だと、そう思っているのね?」

 

どうしても人間は自尊心と共に承認欲求がある。別の生き物とはいえ姿かたちが似通っていて、大体の部分は人間と同じ考えである紫たちのような妖怪も同じだろう。承認欲求というのは時に通常ならしないようなことまでさせる。外の世界でも犯罪行為を動画に撮ってインターネット上にアップロードするような人が存在する。流石にそこまではないにせよ、少しの狂いを生み出すことはあり得る話だ。

俺の回答にルーミアは不満そうだ。ただその不満は俺の回答自体というよりも前提状況への不満というか…

 

「うーん…うーん……」

「ど、どうした?」

「正直言って私があの二人を助けるメリットは全くない。というかデメリットですらある。でもここでご主人様を放置したくないなぁ、っていう…」

 

ルーミアが何を言っているのかいまいちわからない。そんなに俺の考え方はおかしいだろうか。少なくとも似たような考えをしている人はどこかにいると思うのだが…

 

「はぁ…ふぅ…」

「ルーミア?」

「……いい?心して聞きなさいよ」

 

なぜかルーミアが決心した。何に対して決心をしたのか分からない。

 

「っ…本当は言うつもりじゃなかった。もう自分では認めているけど、私はこのままでいようってずっと思ってたの」

 

ルーミアが独白を始めた。しかし未だに話の先が見えてこない。というかさっきまでと話の流れが違う。緊張感が部屋に漂い、俺も無意識にルーミアの言葉に身構える。

 

「でもここであなたのことを放置していたら多分ご主人様はこの先大変だから」

「…」

「だから…ここで一つはっきりさせておくわよ」

 

ルーミアの言葉を黙って聞く。そして数秒の間が空いた。

 

「私は…ご主人様…堀内定晴さん、あなたのことが好きです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四十八話 恋心

なんか日常編はどうしても文字数が増えますね…(4750文字)


「ええ…ずっと前から。あなたのことが好きでした」

 

ルーミアからの告白に一瞬頭が真っ白になる。

何を…どういう…いや、そうではなくて…ルーミアが、俺を?

 

「そんな変な顔しないでよ。私をこの気持ちにさせたのはあなたよ?暴走状態だった私を無理やりキスで…あぁ、ちょっと恥ずかしいわね。あの時から私はあなたのことを意識している。そりゃ勿論妖怪が人間のことなんて、って最初は思っていたわ。こんなのはすぐに消えるだろうって。でも違った。あなたと触れ合って、あなたと生活して、あなたとただの日常を過ごして…どれだけ時間が経てどもあなたのことを想う気持ちは消えなかった」

 

ルーミアの独白は続く。しかし突然の告白で今の俺はあまり頭が働かない。ルーミアの言葉も頭を通り抜けていくばかりだ。申し訳ないとは思うものの、頭の中を整理することすらできない。

 

「でも私はあなたに可愛いところを見せようとか、もっと親密になりたいとかそういうのはないの。あなたと朝のおはようで始まって、同じ行動をしたり別の行動をしたり、それでも最後はここに帰ってきてただいまって言ってもらえる。おかえりって言ってもらえる。それだけで私は幸せだったから…それに、他のあなたのことが好きな人たちよりも断然親密なのははっきりしていたしね」

 

少しだけ顔を赤らめながらルーミアは言い切った。

 

「えっと…その…」

「ふふふ、ご主人様って精神的な突然のことに弱いわよね。これもあなたが外の世界で一人で生きてきたからかしら」

 

確かにそうだ。誰とも触れ合ってこなかったから胆力はあるが、精神的な攻めにはそこまで強くない。

 

「さて、さっきの話に戻るわよ」

「え、いや、ちょっと待ってくれ…」

 

話題の急転換に頭が追い付かない。

 

「なによもう…さっきご主人様は相手のことが好きだからなんちゃらみたいなことを言っていたけど、そんなのは関係ないのよ。というかそもそもご主人様は女たらしなんだから今更恋愛感情なんかで慌てないでほしいわ」

「は?俺が女たらしって…」

「普通はあまり関わりのなかった妖怪にキスなんかしないのよ!」

 

顔を真っ赤にしたルーミアに怒られた。そして何も言わなくなってしまった。多分俺の考えがまとまるのを待ってくれているのだろう。そして俺の返事を。

この際ルーミアからの告白は無理やり飲み込むとしよう。そうしないと頭の整理がつかない。今までそんな素振りはなかったのにルーミアに告白されるとは思わなかった…

少し落ち着いてきたので言葉を発する。

 

「…ああ、確かに、逃げなのかもしれないな。この考え方は」

「別にだめとは言ってないわよ。ただ私みたいなのもいるってことを知っておいてほしいだけ。こうでもして衝撃を与えないと言い聞かせられないから…」

 

ルーミアはとてもとても勇気を振り絞って告白をしてくれたのだろう。恋敵となるであろう紫と幽香のために、ちゃんと向き合えと俺に発破を欠けているのだろう。

 

「でも俺は他の人に恋愛感情を抱くことは…」

「それはなんで?やっぱり人間不信かしら?」

「それは…なんでだろう…」

 

理由は定かではないが、やはり他人と一緒にいることに息苦しさを覚えてしまうタイプの人間だからだろう。女性を見てかわいいなと思ってもそれが恋愛感情まで発展することはない。現に、紫や幽香のことを恋愛対象として見れていないのがその証拠だ。

 

「なら…『おい!定晴!おい!』…とかどう?」

「あ、ごめんルーミア。魂のやつが…」

 

ルーミアの言葉が狂気によって妨げられた。魂のやつらの声は頭の中に直接響くような感じなので、大声を出されるとどうしても聴覚を通した音は掻き消えてしまう。大切な話をしているというのにどうしたのだろう。

 

『こっち来い!早く!』

『なんだよ』

『無理やり眠らせるぞ!』

『は?ちょ、まて…』

 

何がなんだか分からないまま俺は魂の中へと吸い込まれてしまった。

 


 

魂というのもなんだかよくわからないものである。つい先日の異変で動物霊と人間霊の両方を見たが、いまいち良く分からない。死んだものだけかと思えば妖夢のような存在もいるので謎は深まるばかりだ。

 

「来たな定晴」

「なあ、俺が今めちゃくちゃに大事な話しているって分かったうえで連れてきたんだな?」

「そうだが」

「よし殴る」

 

身体強化もつけて狂気を全力で殴る。外の世界では冗談のように使われる表現は幻想郷では確たる未来として定義されるのだ。

 

「ちょ、待て待て。お前のパンチは痛いから!」

「うるせえ!」

 

ルーミアが勇気を出して告白をしたというのに俺は魂に吸い込まれるなんて格好が悪い。それにまるで逃げたみたいになっている。目を覚まそうにも狂気に引っ張られたままなので目を覚ますこともできない。

 

「あはは!」

「あ?」

 

知らない声が聞こえたので怒りを抑えずに振り返る。今の俺は結構キレているのだ。

そこには俺をそのまま女性にしたような体、黒髪でロングヘアーの女性が立っていた。狂気も俺に似ていて狂気は俺から生まれたので多分こいつも同じ経緯だろう。しかしなぜ今…?

 

「私はあなたの恋愛感情から生まれたの。そうだなぁ…愛とでも呼んでね!」

「狂気、なんだこの変態」

「酷くない!?」

 

知らないものは知らない。俺と同じような顔なのに女子高生のようにキャピキャピしているのはとても不愉快な気分である。共感性羞恥だろうか。

 

「昔あなたがあの幽香ちゃんに告白されたときに私は生まれました!でもそこの狂気が怖くてすぐに消えて隠れたんだよねぇ」

「怖くて悪かったな」

「でも今、また恋愛感情に挟まれたから私はこうして現れたのです!」

 

言動が一々うるさいしうざい。俺が苦手とする人種だ。恋愛感情をもとにして生まれたからこんなにコミュニケーション能力が高いのだろうか。

ふと、疑問が湧いてきたので質問する。

 

「狂気は俺の狂気的感情を抑制しているんだよな。ということは…」

「いえす!私が定晴の恋愛感情を抑制していたのです!たらー!」

 

へたくそなファンファーレと共に重大な答えを返してきた愛。つまり俺は恋愛ができないということなのでは?

 

「あ、わかった?でもこれはあなた自身が求めた結果こうして魂の力を元に感情を抑制する魂が生まれたんだよ」

「俺が?」

「他者を遠ざけたい。一人でいたいという気持ちが私を生み出したのだー!」

 

というか本当にこの言動はどうにかできないのだろうか。先ほど女子高生みたいだと思ったが、この感じだと小学生のノリのような気がする。中学生を飛ばして小学生の印象を与えてきた言動には驚くばかりである。

 

「あなた大変ね。こういうことが起きるなんてとても好奇心がそそられるわ」

「魔女か。こいつなんとかしてくれ」

「嫌よ」

 

無理ではなく嫌と来たか。できることならこいつは今までと同じように消えてもらって一言も喋らないまま生涯を終えてほしい。普段はここまで相手に対して嫌悪感だとか持たないのだが、こいつは格別である。ルーミアとの話を強制的に中断させられて連れてこられたことも起因しているかもしれない。

 

「こいつどうする?定晴なら一応消滅させることも可能だぞ」

 

確かに魂とはいえひたすら輝剣で斬り続けたらいつかは消えるだろう。そんじょそこらの魂ではなくしっかりとした人格がある以上魂の強度も高いだろうが然程問題ではない。しかし…

 

「いや、こいつが生まれたということは何かあるんだろう。それに消したところでまた生まれるような気がする」

 

俺の心の底の願望を反映して生まれたというのであればそこをなんとかしない限りこいつは生まれ続けるだろう。問題を先送りにしているわけでもなく、ただ無視をしようという考えは通用しない。

 

「分かった。じゃあこいつが暴れないように俺が抑えとく」

「ありがとう狂気。帰っていいか?」

「構わん。急に呼んで悪かったな」

 

気にしていない、とは言わない。ルーミアに悪いと思っているし不快な気持ちが消えたわけでもない。狂気が愛のことをどこまで抑制できるかによって許してやろう。

俺は現実へと意識を向けて、目を覚ます。

 


 

「あ、目が覚めたわねご主人様」

「ああ…話の途中で悪かったな」

「大丈夫よ。ご主人様のことは分かっているつもりだから」

 

ルーミアの優しさが心に沁みる。幻想郷縁起ではルーミアは狂暴な人食い妖怪で人間友好度は低かったような気がするが、実際のところは長く生きてきたうえでの落ち着きだとか達観してる部分がある。

前回魂の中に吸い込まれた時のように膝枕されていたので起き上がる。なんだか残念そうな顔をしているが…気のせいではないだろう。ルーミアの心の内はさっき聞いたばかりだ。目を逸らしはしない。

ルーミアには魂の中であったことを話す。ルーミアは今のところ一番信用できる妖怪だ。能力について隠すようなこともない。紫も信用はできるが…何をしでかすか分かったものではないのであまり秘密を打ち明けようとも思えない。むしろ藍の方が信頼して相談できる。

 

「ふーん、魂の中でそんなことが…」

「ああ。どうやら俺は今は恋愛できないらしい」

「でも恋愛できないのはその魂のせいじゃないでしょ?むしろその魂はあなたの問題を分かりやすくしてくれたわ。これで私たちの方針も決まった」

 

ルーミアが思いついたような顔をする。俺には分からないが、女性にしか分からないこともあるのだろうか。

 

「私たちはご主人様にきちんと信頼してもらわないとね」

「え?信頼はしているぞ?」

「そうじゃないの。近くにいてリラックスできるとか、気にしなくてもいい間柄になるってことよ。要はちゃんとご主人様に意識してもらうことが重要ってことね。愛ってやつはご主人様が一人でいたいっていう願望を具現化しているわけだから、一人じゃ嫌だって思えるように。一緒にいたいって思えるようにするってこと…要するにご主人様を惚れさせれば私たちの勝ちね」

 

なんかもう分からん。恋愛のことに関してだと理解力が低下するのも愛が生まれた影響なのだろうか。というか自己紹介で愛って言うの結構イタイやつだろ。やはりこいつはあまり信頼できない。自分自身であるはずなのにな。

 

「じゃ、話は終わり!ご主人様はいつも通りにしてくれていいわ」

「あ…うん…」

「じゃあ出てって出てって!乙女の部屋に長居は禁物よ」

 

ルーミアに押されて部屋を追い出された。でもなんだか気持ちは持ち返したような気がする。多分紫たちのアピールを無視するなってことだろう。ちゃんと向き合わないとな。ルーミアに感謝しながら俺はリビングへと戻った。

 


 

言った…言っちゃった!

言わないでおこうと考えて、胸の中にしまっていたのに。でも、スッキリした気持ちもある。好きな人に好きな気持ちを隠して生きることの心苦しさを今になって実感する。

私たちの目標はご主人様を落とすこと。うん、わかりやすいし恋愛らしい目標になった。ご主人様の気持ちというか願望の問題であるならなんとかなる。この情報は私だけの…いや、フェアじゃないな。あのスキマとフラワーマスターにも教えてあげるべきだろう。施しとかそういうわけではないが、ちゃんとご主人様には一人一人に向き合ってもらわないといけないから。

それにしても心がポカポカすると同時に顔が熱い。今の私は顔を真っ赤にしてベッドでバタバタしている。ご主人様と一緒にいるときは隠していたけど、ずっと私はドキドキしていた。告白したときにご主人様の見たことない表情が見れたからそれで良しとしよう。

悩んで、悩んで、ちゃんと人を好きになってほしいというのは私の願いだ。私を選んでほしいけど、相手を蹴落とすほど非情にはなれない。

 

「…本当に…好きです…」

 

ベッドの上で、誰にも聞かれない声量で呟く。声に出すと一気に体の熱が上がる。こと恋愛においては私は随分昔にご主人様に落とされている。これは反撃なのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百四十九話 二人目

ルーミアに告白されてから数日が経過した。告白されたことでルーミアを見る目が何か変わるかとも思ったが、特にそんなことはなかった。これも恋愛感情を抑制されているからだろうか。幽香のときもそうだったし…むしろ告白されたのにドキドキもしないので申し訳なくなってくる。

 

「もうっ、気にしなくていいって言ってるじゃない」

「しかしな…紫たちとも会えてないし…」

 

ルーミアは俺の抱えている状況を紫たちにも共有したらしい。まああの二人なら特に問題ないだろうと思っている。ただ、話を聞いたあとに詳細を聞きに来るかなと身構えていたのにどちらも来なかったので少し拍子抜けした。

 

「私は私であなたに異性として見てもらうように頑張るだけだもの」

「アピール続けるのか?」

「ええ。本来はそんなつもりなかったけど告白した以上はやるわよ。本気で好きだもの」

 

俺の反応がどうしても薄くなるからこそルーミアはこうも強気に恥ずかしくなるようなセリフが吐けるわけだ。言うたびに顔を赤くするくらいなら言わなければいいのに…もし俺が敢えて演技で恥ずかしがってみたらどうなるだろうか。うーん、なんとなく面白いことにもありそうだったけどやめておこう。

 

「んで今日はユズか」

「はい…先にルーミアさんと話しておいたので…私のことをあなたにもお話します…」

 

ユズが言語能力を落としている理由、そのことを教えてくれるらしい。前もってルーミアに相談していたのもいいことだ。やはり判断というのは二者の間だけで行うようなものでもないからな。俺の魂たちは基本的に俺と同じ思考なのであまり頼りにならないし。ああでも魔女ならまだ第三者目線で意見をくれそうだ。

 

「では…えっと…先に言っておきますけどお二人のことは嫌いではありません。むしろとても好ましく…思ってます。こんな私でもちゃんと…世話をしてくれるので…とてもありがたいと思ってます…そのうえで…私は…誰もが怖いんです。記憶はないのに体が覚えているんです。自分の体なのに自分の意志で動かせない恐怖が…体に…」

 

不動の術のことを言っているのだろう。無理やり式神を使役する術であり、西洋風に言えば黒魔術とかそんな感じのやつだ。俺はそういった方面には弱いので未だに藍から教えてもらった契約式での式神しか使えないのだが、陰陽道を習得していけばどこかで出会うことになるのだろう。所謂文化の闇の部分である。

 

「だから…他の人が怖いんです…それで…恐怖で…声が…」

「でもマッサージで喋れるようになってるんだよな?」

「美鈴が言うにはあれは体内の気を動かして心象を和らげてるらしいわよ。私も詳しいことは分からないけどユズの中の負の部分をうまく捌いてるみたい」

 

ルーミアが捕捉をいれてくれた。美鈴は門番としてはあまり役に立っていない印象だがそれ以外ではとても優秀なのだ。幻想郷では規格外が多いだけで美鈴とて武術の達人レベルであるし、聞いた話だとメイドの仕事もちゃんとこなせるらしい。なのになぜ門番ができないのか…人には向き不向きがあるというが、あそこまで行くとレミリアの人選ミスな気がしてくる。

 

「ただあのマッサージも…怖いんです。私じゃない誰かに私の体の中を弄られている…ので…」

「確かにそうだな。それで…ユズはどうしたいんだ?」

「私も…人に慣れて…ちゃんと話せるように…なりたいです」

 

明らかに先ほどよりも途切れる回数が増えている。嫌なことを思い出させたせいで悪化しているのだろう。

 

「私は…お二人のことを一番信用しています…あとあのお医者さんも…」

 

多分ユズを保護したときにしばらく預かっていた永琳のことだ。鈴仙やてゐも手伝いをしたとは思うのだけど、残念ながら印象には残らなかったようである。

 

「だから…私を…今後も…ここに住まわせてください!」

「当たり前だ。ここでお前を放り出すわけないだろ?」

「うぅ…ありがとうございます…」

 

泣き出してしまった。やはりユズにとってはとても強烈なトラウマなのだろう。精神的負荷になっているのは声が出なくなっていることからもよくわかる。これを解消するなら俺やルーミアにまずは慣れてもらう必要があるな。

 

「安心してユズ。私のご主人様はやると決めたら最後まで責任をもってやってくれるわ」

「はい…ルーミアさんも…ありがとうございます…」

 

とはいえ霊夢と水那にもある程度協力してもらった方がいいかもしれない。どうしてもユズの声が安定しない理由がこれだけじゃない気がする。そのためにも原因となった術についても調べるしかない。

 

「というわけで…前段階として…私を式神にしてください…」

 

そういえば藍にも話を聞いた方がいいかもしれないな。あいつも術式には詳しいはずだ。今ユズが言ったように式神についても…ちょっと待て今なんて?

 

「はい?」

「あぅ…私も…式神にしてください…だめ…でしょうか…?」

「いや、別に構わないが…なぜそうなった?」

 

式神にする分には構わない。式神を一人増やすくらいの余力は全然あるし問題はないのだが…そもそもなぜ前段階が式神になることなのだろう。

 

「私から提案したのよ」

「ルーミアが?」

「ええ。式神の繋がりってとても分かりやすいの。今だって意識すればご主人様の力を感じることができる。この繋がりって直接的なものだしユズが人に慣れるのに手っ取り早いかなって思ったのよ。先輩式神からのアドバイスってことね」

 

俺とルーミアの間には結構強い繋がりが出来上がっている。随分と繋がりって強いんだなと思ったが、多分ルーミアが意図的に俺に意識させるために妖力を多く流している。本人から聞いたわけではないがこれもアピールの一種なのかもしれない。式神契約をしたときからこんな感じだったのでルーミアの無意識かもしれないけど。

この繋がりよりかは数段劣るとはいえ式神の繋がりはしっかりと相手のことを認識することができる。それを使って慣れさせようという魂胆なのだろう。

 

「まあなんとなく考えは分かった。でもいいのか式神なんて?」

「定晴さんなら…信頼できますし…」

 

ユズに信頼してもらえて嬉しい限りである。水那たちとも遊ぶことがあるユズだが、多分誰と接していても無意識的な恐怖は存在するのだろう。もし俺がそんな状況になったら…魂に恐怖の抑制するやつが生まれて終わる気がする。

 

「じゃあ式神契約するから床に座ってくれ」

「はい…」

 

藍から教わった通りに契約を結ぶ。ルーミアのときは色々と俺がやらかしたせいでキスなんていう手段を取らざるを得なかったが今回はそんなことはない。ちゃんと術を使って繋がりを作りさえすればいい。今のユズにキスとかすると恐怖心がマックスになるのは確実である。

 

「はい終わり。俺からできることは特にないから分からないことがあればルーミアに聞いてくれ。藍の説明を一緒に聞いてたから基本的になんでも答えられるはずだ」

「分かりました…ルーミアさん、お願いします…」

「はいはい任せなさい」

 

ユズを連れ立ってルーミアが部屋へと戻った。まあ何か異変があれば繋がりを通して分かるだろう。

折角繋がりができたので少し妖力を分析してみる。というのもユズは未だに何の妖怪なのかわかっていない。紫ですら分からないという結果なので分析したところで分からないのだけど、どういう出自なのかとかは分かるかもしれない。

妖力は人によって違う。それは同じ種類の妖怪とてそうだ。例えば天狗。妖怪の山にいる天狗は様々な種類がいるが、同じ烏天狗でも個人個人で妖力は変わる。だからといって全く違うというわけでもない。似ている…とでも言うのだろうか。力の質をしっかりと判別する基準もないので感覚的なものでしか言えないが、烏天狗同士は妖力が似ていたりする。ついでに言うと文を基準にするとさとりよりも椛の方が似ているといった系統ごとに類似だったりもある。

ということで前置きが長くなったが、要はユズの妖力を解析して似たような妖力を探せば種族が分かるかもしれないのだ。勿論紫のように完全に唯一の種族である可能性も頭に入れておく。

さて、繋がりで妖力チェック。

 

「うーん…?」

 

少なくとも幻想郷でよく会う妖怪たちに似ている感じはしないな。不動が言うにはユズは外の世界にいた妖怪らしいので幻想郷にはまだ来ていない一派かもしれないな。

外の世界に行くことは正直に言えば簡単なのだが…まあユズが今のところ同種族がいなくて困っている様子はないから後回しでいいだろう。内心ではやはり同種がいればある程度は心休まると思っているが、まあ妖怪ってなんだかんだ複雑な事情があるからあまり口を出すのもやめておいた方がいいだろう。

 

「まあ契約したとはいえ式神で呼び出すのはルーミアでいいかな」

 

ルーミアが結構式神として呼んでもらいたがっているというのが分かったので今後も要件があればルーミアに頼めばいいだろう。

なんだか少し盛り上がっているルーミアの部屋から漏れる音を微かに聞き取りながらそう思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十話 八雲家会議

厳密にはカウントしてない話があったりするので違うのですが、話数カウントが250に行きました。長らく読んでくださりありがとうございます。


その日、八雲藍は悩んでいた。自分の主がしばらく部屋から出てこないことに…!

とまあ前置きはいいとして、私の主は部屋から出てこなくなってしまった。やはり定晴さんにあの勢いに任せた告白をスルーされたことが効いたのだろうか。あれを無視できる定晴さんもどうかと思うが、酒の勢いに任せて告白してもあまり真剣に受け止められないのも分かる。

紫様は部屋に籠りながらも仕事はきちんとしてくださっているので文句は言えないのだが…不健康なのでたまには外に出ていただきたい。食事は自室で食べることを許可しているのでここ数日は顔すら見ていないのだけども。それとも部屋の中から直接外にスキマで出ているのだろうか。

 

「藍様ー!買い物してきましたよー」

「おかえり橙。おやつを用意してあるよ」

 

敢えて紫様の部屋の前で紫様にも聞こえるような声でおやつの話をする。大体の場合はデザートの話をすれば紫様は出てきてくれるのだが…なんの返事もない。やはり部屋にはいないのだろうか。紫様の部屋には特殊な結界が張ってるので私の一存で入ることはできない。

 

「紫様は出てこないですかー?」

「そうだね…出てこないなら紫様の分も食べてしまおうか」

 

揺すりをかける。これでも私は長いこと生きて九尾に至った大妖怪だ。対人での関わり方、理想の結果を出す方法を熟知しているつもりだ。これで出てこなくてもかわいい橙のおやつが増えるだけなので特に問題もない。

そう思いながら居間に戻ったら用意していた三つのケーキの内一つが消えていた。まるで元々なかったかのように消失したケーキに私は首を傾げ…ることもなく急いで来た道を戻る。

 

「紫様!!デザートは居間で食べるという約束ではありませんか!!色々と悩むことがあるのは分かりますが橙を前にして約束事を破るようなことはしないでいただきたい!!」

 

怒声を浴びせる。橙はまだまだ発展途上で精神的にも幼い面が残る。きちんと今の内に教育をしておかなければ将来が大変だ。なのに私の主は堂々と約束事を放棄してケーキを盗み食いした。到底許されるべきものではない。いくらか罵声を繰り返すととうとう部屋の中から物音が聞こえた。

そしてしばらくした後に扉が開く。そこにはなんともげっそりした顔の主、紫様が立っていた。

 

「ゆ…紫様……」

 

思っていた以上に酷い顔なので私も何も言えなくなってしまう。もしかして私が知らない間に定晴さんにフラれてしまったのだろうか。そうであれば流石の私も慰めをしなければいけないのだが…

 

「…悪かったわ」

「えっと…」

「話があるの」

 

そのまま重い足取りで居間へと向かった紫様。ちゃんとご飯は食べていたというのにやつれ具合は酷すぎる。それでもちゃんとケーキを食べ終わっているのはなんとも紫様らしい。

 


 

最初にあの闇妖怪から聞いたときは何を馬鹿なことをと思った。あの妖怪が定晴に気があるのは分かっていたから私達を遠ざけるために言っているのかとも思った。しかし本当に本当らしい。

 

「恋愛ができない…ですか…」

「それ以上にここまで付き合いがあって…それでもまだ定晴に一人でいたいって気持ちが強く残ってたのが…ショックというか…」

 

足りなかったのかな、とか定晴のことを考えられてなかったのかなとかそういう思いが頭を過る。定晴は人付き合いにおいて嫌がるような素振りは見せないから…

 

「…?藍様、私にはよくわからないです…」

「そうだなぁ…橙には少し難しいかもしれない…」

 

今の定晴は妙な状態だ。定晴自身が恋愛は出来ないものと考えているのもそうだし、本心では一人でいたいというのも相まってそっとしておいた方がいいような気さえしてくる。しかしあの闇妖怪に言われたのだ。「定晴を惚れされば勝ち」だと。一番信頼しているであろう式神に真っ向から攻撃されたら定晴とて安心してはいられないだろう。

 

「それでしたら紫様は早く定晴さんのところに行くのがよいのでは?私は恋愛事は分かりませんが…こういうのって早ければ早いほどいいのでは?」

 

藍からの忠告。とても明快だし的確だと私は思う。こんなところで悩んでいるくらいなら少しでも定晴との間を詰めておくのがいいのだろう。一般的には。

 

「でも藍…私はこれ以上どうすればいいのよ…今までももう、あのルーミアよりも長い間関わりがあったのに…これ以上何を詰めればいいのよ…」

 

私は幻想郷にいる誰よりも定晴と長く付き合いがある。そりゃ勿論最初の頃は恋愛感情なんて無かったけど、自覚してからはそれなりにアピールもしてきたつもりだ。定晴が鈍感すぎて伝わっていなかっただけで。結構攻めたこともやったのに伝わらなかったらこれ以上どうしろと言うのだ。

 

「でも紫様は定晴さんに好きだと伝えたのですよね?」

 

あの宴会での一言はそのつもりである。どうしても宴会のノリみたいな感じで言ってしまったが、幽香だって同じように宴会で伝えたわけだし一緒だろう。

 

「あの…紫様…」

「何かしら橙」

 

藍も一緒になってどうすべきか考えていたら橙から一言。状況もよくわかっていないだろうけど一応かわいい橙に免じて意見を聞いてみる。

 

「私もあの宴会で聞いてましたけど…紫様って好きって伝えてませんよね?」

「え?」

 

思い返してみよう。私は仕事の報酬として私と定晴が付き合える権利をあげた。多分これが一番宴会のノリみたいな空気を生んだ原因だろう。しかし私は結構真面目に本気であることも伝えた。そしたらあの風見の幽香が突っかかってきて弾幕勝負になった。そして気が付いたら宴会は終わっていた…あっ。

 

「私好きって言ってないわ!」

「紫様、すぐに行きましょう。気まずいだとか言ってる場合じゃありません。定晴さんは今も本気に考えていない可能性があります!」

 

藍からの忠言を聞きつつ定晴の家にスキマを繋げる。家の中に直接入ろうとすると無効化の力が乗った結界に阻まれるので家の前に。前は直接家の中に入れたのだけど、先日の異変で畜生界を覆う結界なんてものを見たせいか家全体に無効化付与の結界を張るとかいう規格外をさせられた。定晴曰く固定型だから使い勝手は悪いらしい。

さっとスキマを通ればすぐに定晴の家の前。幻想郷ではここだけしかないインターホンを押して定晴が出てくるのを待つ。藍たちはついてきていない。気を使ってくれたのだろう。

 

「どちらさま…ってスキマ妖怪じゃない」

「えっと…定晴はいるかしら?」

 

出てきたのはルーミアだった。本当はここで言えたらよかったのだけど…定晴を待つ時間が長ければ私の鼓動は早くなっていくばかりである。なんだか寿命が縮んでいる気がする。

 

「顔を真っ赤にしているところ悪いけど残念ながら定晴は留守よ」

「うっそぉ…」

 

どうやら私は顔が赤くなるほど緊張していたようだ。大妖怪にあるまじき失態。もっと堂々としないといけないわね。

それにしても定晴は留守か…どうしようかな…藍も言っていたけど早く行動しないといけないのだけど…

 

「どこに行ったのかしら?」

「買い物よ。人里にね」

 

よしチャンス。なんか重要な事柄ならば一度帰るしかなかったが買い物であれば今すぐ突撃してしまおう。私のスキマはこういうときのためにあるのだから!

 

「ありがとう。今すぐ行くわ」

「今すぐって…あ、ちょっと!」

 

すぐにスキマを展開して中に入る。そして能力を使いながら人里のどこにいるのかを探す。私の能力は索敵だとか探査に使えないから少し不便だ。

とはいえ人里はそこまで広くないのですぐに見つけた。すぐ傍に行きたいところをグッと我慢して人里の入口にスキマを開く。人里の中に直接スキマを開くと村人たちが驚いてしまうからやめてほしいと人里の守護者から言われている。

スキマから出たら定晴の場所へダッシュ。境界を操る能力に頼ってばかりで身体能力はそこまで高くない私からすれば結構疲れる距離だ。もっと運動した方がいいかしら。

そして走ること三分ほど。たかが三分で既に息も切れ切れな私はか細い声で定晴を呼んだ。

 

「…定晴!」

「紫?」

 

後ろからだったが気が付いてくれた。か細いと言っておきながら思いのほか大きい声が出たのでそのおかげだろう。

 

「はぁ…はぁ…」

「お前がそんなに急いでるなんて珍しいな。何があった?」

 

警戒をする定晴。確かに私がこんな風になるときは基本的に一大事のときだから無駄に警戒させてしまった。ごめんなさい、とても私事です。でもとても重要なこと。

 

「よく聞きなさいよ」

「あ、ああ…」

「先日の宴会で言い忘れてたから、今言うわ」

 

なんとか息を整える。まだ涼しい時期だから汗はあまりかいていないのが幸いだ。

 

「定晴、私はあなたのことが好きよ。とても、とてもね。だからあの付き合ってっていう言葉も酒のノリでも宴会の冗談でもなんでもないわ。ええ、だから…私と付き合ってほしいの!」

 

直接言った途端に一気に体の熱が上がっていく。人里の真ん中であるにも関わらず告白をしてしまったのは早計だろうか。いや、ルーミアがある程度のことは伝えてくれていたらしいから定晴は分かっていたのかもしれない。でも無駄だとは思わない。

 

「あ、返事は結構よ。ルーミアから色々と聞いているから」

「え、あ、うん」

「それじゃ!」

 

結局私は人里の中でスキマを開いて家に帰った。周囲のことも考えられないくらい頭が茹だってしまって逃げ出したくなったのだ。

あとに残ったのは茫然とした定晴だけだった。

 

「言ってきたわ!言ってきたわよ!」

「お疲れ様です紫様」

 

なんとか告白は出来た。あとはもっとアピールをして惚れさせれば…アピール…結局最初の問題に戻ってきてしまった。

 

「色々と考えたのですが…一応告白したので流石の定晴さんもある程度は意識するのではないかと思いました。故に今まで通りのことを取り敢えず続けてみてはどうでしょう?それでなんとかならなければ次の案を考えましょう。私たちは紫様の恋路を応援いたします!」

「そうね…ありがとう藍!最高の式神よ!」

 

私に発破をかけてくれたり仕事は丁寧にしてくれたり…本当によくできた式神だ。古今東西探しても藍ほど優秀な式神はいないだろう。

 

「方針が決まればあとは動くのみ!やるわよー!」

 

声に出して、自分自身を勇気づけた。




定晴「なんか道端で紫に告白された。あのあと周囲からの煽りが…」
ルーミア「やっぱりそうなのね…お疲れ様…」
ル『なんかって言われているうちは大変ね…先は長いわ…』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十一話 痴情

幽香視点の話はありません。彼女は既に色々と自分の中で整理できているので。


先日の宴会から紫の調子がおかしい。いや、先日までは姿も見えなかったのだけどここ数日で一気にテンションがおかしくなった。そして口を開けば定晴さんのことばかり喋っている。

 

「恋愛事は面倒!あのハイテンション紫はどうにかならないの!?」

「霊夢さん、落ち着いてください」

 

水那に言われても私のイライラは止まらない。紫ったらあんな甘い空気を出しといて…こっちの気分も考えなさいよ!

 

「水那、あんな風になった霊夢は放置しておくのが吉だぜ。変に絡むと飛び火するから私たちはあっちでお茶でも飲んでおこう」

「えっと…そうですね。分かりました」

 

水那と遊びに来ていた魔理沙が離れる。周囲にいるのは昼間っから酒を飲んでいる萃香くらいだ。彼女が持っている瓢箪の中には特殊な虫が入っていて美味しい酒を絶えず分泌しているという。そのおかげで萃香は酒がなくなることなく永遠に飲み続けられるのだが…もし萃香に一週間禁酒を命じたらどうなるのだろうか。

 

「まあまあ霊夢ー、イライラするのは仕方ないけど諦めなよー。結構前から紫はあんなんだったよー」

 

紫は巷では怪しい正体不明の妖怪とされているが、残念ながら私や萃香みたいに特に親しい間柄の前だとただの少女でしかない。そして定晴さんの前だと妙にかっこつけようとしている乙女でしかない。大妖怪の威厳だとかなんだとかを日頃言っているものの私も萃香もあまり彼女を大妖怪らしいとは感じていないだろう。萃香の言う通り昔から大妖怪らしさから離れた妖怪なのである。

 

「あんたとしてはどうなのよ。最近の紫は」

「え?そりゃぁ…よかったなぁって思っているよ。いいじゃないか。一人の人物に懸想するのは大事なことだよ。特に精神生命体でもある妖怪にとっては、特にね」

 

どうやら萃香は紫の恋路を応援するタイプのようだ。因みに私は誰も応援しない派。強いて言うならルーミアかしらね。前々から想っていた紫を押しのけてぽっと出のルーミアが定晴さんを射止めたら面白いことになるのは間違いなしだ。

 

「たしか今定晴に告白したのって三人だっけ?」

「紫がそう言ってたわね。幽香と紫とルーミア。幽香も定晴さんが来てから妙に優しくて気持ち悪いわ」

 

彼女も定晴さんに懸想する一人である。花に何かする者は容赦なく潰しほとんど他者と関わることがないあのフラワーマスターがなぜあそこまで定晴さんを好いているのか。一応出会いについて聞いてみたけど…正直言ってあれだけで幽香が定晴さんを好きになるとは思えない。それとも昔はもっとちょろかったのだろうか。

 

「でもさぁ、正直言って告白していないだけで定晴のことを好きな人ならもっといるよねぇ」

「そうね。少なくともこいしは確実よね。フランはどうかしら…兄として慕っているのはそうだろうけど…それに咲夜もね。でも最近は結構落ち着いてきたし一時の迷いだったのかしら。あとは妖夢?彼女のことどう思う?」

「私は彼女とあまり接点ないからねぇ」

 

恋愛的に見ているのは誰かと言われるとそれは本人にしか分からない。フランは本当に兄としての定晴さんを好きなだけなのか、その実異性として見ているのか。そういえば早苗ははっきりと定晴さんのことを好きだと言っていたわね。随分前に相談されたのを思い出す。

私からすればトラブルホイホイにも程があるんだけど…みんなどこを好きになっているのかしら。

 

「恋愛観が分からないというなら霊夢だってそうじゃないか。本当は他の子に嫉妬してるんじゃないのぉ?」

「残念ながらそれはないわね。劇的な救出劇でもない限りはあの人のことを好きになることはないわ」

「そういうのフラグって言うんだよ。定晴はトラブルを呼び込むんだから霊夢が捕まってしまうとかそういう展開もあるかもしれないだろ?」

 

うーん、あり得そう。でも正直言って私が救出劇程度で人のことを好きになるとも思えない。誰にも分け隔てなく接することを理念にしているので一人に対して目をかけるとかそういうのもあまり想像できない。

 

「ははっ!さて、雑談にも付き合ってあげたんだし今日はご飯をもらっていくよ」

「別に何もしなくてもご飯食べていくじゃない」

 

笑いながら萃香は魔理沙たちの元へ向かった。そして私は一人になる。雑談ばかりに意識がいって中途半端な掃除をさっさと作って昼食を作らなければ。めんどくさがりな私が珍しいと言われるくらいに真面目にやっている掃除を再開した。

 


 

「水那ちゃんはどうだい?巫女には慣れた?」

「あ、はい。おかげ様でなんとかやれてます。力不足を認識してばかりですが…」

 

私が幻想郷に来てはや半年以上が過ぎている。確か私がこっちに来たのが夏の終わりだったから…大体九か月くらいだろうか。幻想郷ではあまり暦を数える風習がないのか何月かは分かるけど何日かは分からない。正確な時計もないようだし、そもそも誰かが疲れるまで宴会というアバウトな時間設定なので多分幻想郷流。

 

「霊夢にこき使われてないか?なんだったら私が霊夢を星の海に沈めてもいいんだぜ?」

「大丈夫です。なんだかんだ霊夢さんも今までの仕事はしていますし」

 

初めの時こそ掃除とかを私に任せていた霊夢さんだったが、何もしないというのも逆に落ち着かなかったらしく朝の掃除だとかたまのご飯作りとかはやってくれている。ただ専ら依頼された分は私が行っているけど。

 

「そうだ。霊夢が掃除を終えて料理を作るまで時間があるんだろ?私と弾幕勝負しないか?」

「私と魔理沙さんで、ですか…?」

「最近じゃチルノとかと遊んでいるらしいじゃないか。私とも良い勝負になると思うぜ」

 

あれは子供の遊びの範疇だからである。魔理沙さんとやるとなるとガチ勝負になりそうだし、そんな魔理沙さんを相手に勝てる気が全くしない。うーん、もっと実践経験が欲しい…定晴さんなら手加減してもらいながら相手になってくれるだろうか。

 

「さあやるぞ!」

 

どうやら魔理沙さんは本気のようである。既に箒にまたがり空を飛んで準備万端。私が飛び立てばすぐにでも枚数指定がなされて弾幕勝負が始まるのだろう。掃除したばかりだから荒らすのはやめてほしいのだけど。

 

「はぁ、二枚で終わらせますよ」

 

どうせ霊夢さんもそこまで手が込んだ料理はしない。故に掃除の終わりが弾幕ごっこの終わりと捉えても構わないわけで、長引かせて霊夢さんを不機嫌にするのも本望ではないので先んじてルールを決める。

 

「水那さんも馴染んできましたねぇー」

 

さっきまで寝ていたあうんさんがいつの間にか起きてこちらを見ている。守護はどうしたのだろうか。

でも確かに私は随分と馴染んだと思う。外の世界よりも全然快適なので困ったこともない。ちょっとした幸福感に浸りつつ私は地面から足を離した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十二話 そろそろ塗り替えてやろうか

久しぶりに紅魔館へとやってきた。一応たまに来ないとフランが不機嫌になるので一週間に一度くらいは来ているのだが、最近は忙しくてあまり来ることもできていなかった。ただたまに買い物の途中で会う咲夜曰くそれで不機嫌になっているということはないようだ。そろそろ俺離れだろうか。

今日はルーミアとユズの両方を連れてきている。ユズは美鈴にマッサージをしてもらうという目的もあるし、これを機にフランとも仲良くなってくれたら嬉しい。狂気が落ち着いたフランはただの少女なのでやはり同性で遊んでいた方が気も楽だろう。

 

「よう美鈴」

「こんにちはー。ユズさんは先にマッサージしておきます?」

 

美鈴は起きていた。最近はあまり美鈴が眠っているところを見ていないような気がする。若干肌寒いし流石に眠りにくいのだろうか。

ユズは美鈴のマッサージを先に受けるらしい。ユズにはルーミアに付き添ってもらうとして、俺は本館の方へと向かう。もう既に数十回は来ているのに未だにこの真っ赤な館に慣れる気がしない。どっかで紅魔館を奇襲して落ち着いた色に塗り替えてやろうか。フランたちにもあまり好評じゃないみたいだし。

 

「いらっしゃいませ定晴様」

「お疲れ咲夜」

 

入口では咲夜が待ってくれている。ここらへんはいつも通りである。因みにだが予め今日紅魔館に来ることを伝えているわけではない。レミリアたちは特に忙しくしているわけでもないのでいつ来ても大体いるのでそれでも問題ないのである。ではなぜ咲夜が入口で待機してくれているかと言うと、俺が来たことを確認したら時間を止めて入口まで移動しているという。メイドの鑑であることは間違いない。

咲夜に案内されてレミリアの元へ。フランからは先に私のところに来ればいいのに云々を言われているが、流石に紅魔館の主を無視しているわけにもいかない。寝ているのであれば別だが最近は吸血鬼姉妹はほとんど人間と同じ時間帯で生活しているらしいから俺が来たときに寝ているというのも稀である。

 

「いらっしゃい定晴」

「お兄様ー!」

「二人とも、こんにちは」

 

咲夜に案内されてとある一室に来た。レミリアたちがお茶をするときに使う部屋である。

レミリアのところにフランがいた。実のところこれも最近はよく見る光景である。俺が先にレミリアのところに行くのであればフランもレミリアのところにいればすぐに遊べると考えたらしく、俺が来たときに二人が雑談していることも多い。姉妹仲が良好なようで嬉しいばかりである。

 

「あれ、ルーミアちゃんたちもいるんじゃないの?」

「今美鈴にユズのマッサージしてもらってるから今はいないな。あとで来るよ」

 

一体咲夜はどこで俺たちのことを確認しているのだろうか。俺は結構視線には敏感なのだが、咲夜がこちらを見ていることに気が付くことはとても少ない。気が付いたとしてもたまたま咲夜がいる方向を見ていたとかそういう理由でしかない。やはり殺気とか強い興味とかがない視線には気が付けないのだろうか。そういえばルーミアに恋愛的な視線にも気が付けないとか言われたな。咲夜に限ってそれはないと思うが、もし咲夜が殺し屋だったら一度か二度ほど殺されているかもしれないな。

 

「今日のプレゼントはこれだ」

「「わーい!」」

 

俺が幻空から抹茶のムースを取り出した。レミリアとフランの反応が同じであるあたりやはり二人は姉妹なのだと実感する。幻想郷では他に古明地姉妹もよく見知っているが…あっちはこの二人ほど似ている印象はないな。あっちは見た目がこの二人よりも似ている印象である。

 

「紫が物流を回したおかげでゼラチンとかが幻想郷で手に入るようになったのはでかいな」

「そうですね。私も色々とレパートリーが増えて嬉しいです」

 

紫は外の世界の電子機器なんかは断固拒否しているが、食材に関しては結構寛容というか積極的に取り入れようとしている。多分それは紫自身がデザートが好きだからだろう。外の世界から迷い込んでしまってそのまま幻想郷に住むことになった外来人だとかが紫が持ってきた食材を販売していたりする。

 

「美味しいー!」

 

まだおやつの時間ではないが二人は食べ始めている。それについて咲夜が怒ることはない。その分本来の時間に出てくるはずのデザートが出てこなくなるだけである。自分で作ったものを喜んで食べてくれるのはやはり嬉しいな。

 

「それで今日は何して遊ぶー?」

「あ、待ちなさいフラン。フランはユズとルーミアの遊んでいてちょうだい。ちょっと定晴の話があるのよ」

「お姉さまずるーい!」

 

話とはなんだろうか。フランの俺離れについてかもしれない。というかそれくらいしか思いつかないのだけど…

レミリアはなんとかフランを説得してフランはユズたちに合流するために部屋を飛び出していった。食べるの早いなぁ…

フランが出て行ったのを見たのちにレミリアと向き合った。

 

「で、話ってなんだ?」

「そんな硬くならなくていいわ。ちょっとしたことよ」

 

レミリアは身長こそフランとあまり変わらないが、その威圧感はやはり大妖怪と言ったところ。一対一で向かい合うとどうしても少し強張ってしまう。紫相手だとならないのだけど…レミリアと向かい合うという機会が少ないからだろう。戦闘中とかなら気にならないが、こういう日常の中で大妖怪と向かい合うと緊張してしまう。

 

「一週間後に何があるか、忘れてないでしょうね?」

 

現在は三月の頭である。まだ少しだけ涼しい風が吹くものの日によってはポカポカの陽気が幻想郷全体を照らすことになる。今日はまだ少し肌寒い日だが、一週間もすれば肌寒さも遠くに流れていくだろう。ただレミリアが言っているのはそういうことではないのは分かる。

 

「ホワイトデーだな。ちゃんとみんなへのお返しも用意する予定だよ」

「それは心配してないわ。ちゃんと美味しいお菓子を返してくれるって思ってるから」

 

先月のバレンタインデーでは幽香や紫からチョコを貰ったあと、実はフランたちからもチョコを貰っている。咲夜に手伝ってもらいながら作った力作だったようで、その出来と作ってるときの報告を楽しそうにするフランにほっこりした。

 

「でもお嬢様はチョコをお渡しになっていないのでは?」

「えっ…」

「どうせ片方に渡しても喧嘩になるからでかめのを二人分ってことで渡すよ」

 

多分レミリアはいつも通りプライドが云々のせいでチョコを渡さなかったのだろうと思われる。フランからはレミリアはチョコを渡していないのにとか文句が飛んでくることになるだろうが、まあそこはお返しに味で黙らせよう。

 

「あー…えっと…そのことなんだけど」

「ん?何か問題があるのか?」

「もし喧嘩になりそうだったら私は要らないわ。フランには個別にちゃんと渡してあげて頂戴」

 

どうやらレミリアはフランに個人で渡すことを求めているようだ。まあレミリアが要らないというのであればそれに従うまでだが、デザートとかに目がないレミリアにしては珍しいな。

 

「いいのか?」

「ええ。まあもし貰えるのだったら小さめでもいいから私にもくれると嬉しいけど」

「じゃあ分かった。それぞれ個別に渡すよ」

 

紅魔館へのデザートのプレゼントは二人分まとめてあげることが多い。そちらの方が効率的だし不平等とかそういう問題もないからだ。スカーレット姉妹は仲がいいものの些細なことでも喧嘩してしまう幼さもあるのでそこらへんを配慮しないといけないのだ。基本的にじゃれあいで喧嘩は収まるのだが、万が一ガチ喧嘩になってしまった場合は紅魔館周辺が更地になりかねない。

 

「話は以上よ。フランたちのとこへ行ってらっしゃい」

「ああ、わかった」

 

わざわざフランがいないところでする話でもなかったような気がするが、特に訝しむ部分もないのでフランのところへ遊びに行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十三話 レミリアの配慮

書きたいことを書いているだけで三千文字近くになってしまう…自分は空き時間に手軽に読める小説を目指しているのですが、読者は長いのと短いののどっちがいいのでしょう(´・ω・`)


「よろしかったのですかお嬢様?」

「ええ、フランのためだもの」

 

定晴との付き合いももうそろそろで二年となる。その中で私は定晴は信頼に足る人物であると判断した。まあ一番最初にフランの狂気をなんとかしてくれた時点私の信頼はそれなりにあったのだけど。

定晴はこの長い期間の間に何度も異変に巻き込まれた。その中には私たちが巻き込まれたものもある。特にフランがまた狂気を発症してしまったときは肝が冷えるかと思った。フランの狂気は私でも長い時間かけて対応しないと落ち着かないものだ。それが部外者に治されたとあると少々姉として悔しい気分もあるが、なによりフランが無事でよかったと心から思えるのも事実である。

また、その異変の中でフランが定晴のことを単に義理の兄として以上に見ていることにも気が付いた。フランはずっと定晴のことをお兄様と呼び続けているが、多分それがストッパーになっているせいで彼女自身がそれに気が付いていないのが問題なのである。

私は横にいる腹心に目を向ける。

 

「そろそろパチェがご飯を欲しがる時間よ」

「そうですね。失礼します」

 

時を止めてこの場から消える咲夜。彼女も問題だ。

咲夜も咲夜で結構定晴のことを意識しているのを私は気が付いている。多分男性への免疫があまりないのに定晴から色々と優しくされたのが効いたのだろう。ただ咲夜もまた自分の気持ちに気が付いていない節がある。最近では自分が少し定晴への反応が変であることに気が付いて瀟洒であろうとできる限り無感情でいようとしているのを私は知っている。

私の最愛の妹と最大の腹心の両方が定晴に奪われるとなると心中穏やかにはしていられないが、まあ定晴には他にも女性との付き合いがあるので気持ちにすら気が付いていない二人が定晴をものにすることはないだろう。

ただその気持ちを放置していていいのかと私は思っている。今後もメイドとしてやっていってもらわないと紅魔館がまずいことになるので咲夜には申し訳ないが援助をしないとしても、フランには幸せになってもらいたい。今回定晴にフランには個別に渡せと頼んだのもそれの一環である。

いつも定晴は私たちに配慮して二人分まとめてデザートとして渡してくれる。それのおかげで喧嘩になることは極めて少ないのだが、それのせいでフランはただただ喜んでいるだけに留まっている。

個別にプレゼントを用意されると喜びは格別なものになることを私は知っている。パチェに個人的なプレゼントとして本を貰ったときは本当に嬉しかったものだ。その本は今尚私の部屋に愛読書として置いてある。

フランにもそれを受けてもらいたい。私や咲夜がプレゼントをすることは今までもあったのだが、やはり好きな人から個人的に貰うのであればそれこそ喜びは桁違いだろう。私に好きな人がいないのでその喜びは分からないが、多分とても良いものだろう。

勿論私が能力で少し運命を弄ればフランと定晴が結ばれるようにすることも可能だろう。私の能力は絶対的なものではないにせよ、ある程度、例えば定晴とフランが出会う回数を増やすくらいのことはできる。ただそれではだめだ。姉としてそんなものでフランを手助けするのは自分で許せない。

 

「でも結局フランが気が付かないと意味ないわよね…」

 

フランは気が付いているのだろうか。定晴がフランを見ていないとき、フランは定晴を乙女な顔で見ているということに。鏡でも見せればわかるかもしれないけど、吸血鬼に突然鏡を見せるのは危険なのでそれはできない。太陽の光が反射したりすると致命傷になるからだ。

明らかにフランは定晴に対して兄としてではなく異性としての気持ちがある。どうやらフランは過去にルーミアに対してそんな感情はないだのとほざいていたようだが、私としては早くその気持ちに気が付いてほしいばかりである。

 


 

「あ、お兄様!」

「来たぞフラン」

 

フランは庭で美鈴もいれて遊んでいた。さっきまでマッサージを受けていたからかユズの調子もよさそうである。庭に咲いてる花を見て楽しんでいるので淑女という感じが強い。フランは日傘をさしているので特にそのイメージが強くなる。いつもは快活なフランが落ち着いて花を見ているのはなんともギャップがあるな。

美鈴がここのガーデニングもしているらしく、花の説明とかをしていた。淑女感が強いとはいえフランなので、ただのきれいな花よりも匂いが強いだとか特殊な形をしているだとかそういう普通じゃない花の方が人気のようである。俺も途中から説明を聞いていたが、俺が来る前に粗方説明をし終えていたらしくすぐに美鈴の案内は終わってフランたちは庭探索を始めた。

すると美鈴はこちらに近寄ってきた。

 

「定晴さん定晴さん」

「なんだ?」

「ユズさんに何かありました?完治には程遠いですが、少し気に変化がありましたよ」

 

美鈴は気を使うという能力でユズのマッサージをしているという。そしてその気とやらに変化があることを敏感に察知したらしい。ユズが変化するとなれば考えられる理由は一つしかないのでそれを軽く説明してあげた。

 

「なるほど…気の持ちようって言葉がある通り考え方というのは気に影響を与えます。恐怖感があるとはいえ前向きに考えられるようになったなら確かにあの変化は順当なものでしょうね」

 

俺には全く気というのは分からないが、ユズには美鈴が納得できるほどの変化があったようである。俺よりも美鈴が対応した方が良い結果を生むのではないかとも思ったが、ユズは俺とルーミアを信頼して式神契約も結んだのでユズの問題はこちらで受け持つしかあるまい。美鈴にはマッサージの中で途中経過を確認してもらえばいいだろう。

 

「今後もユズ関連で頼りにすることになるだろうけど頼んだ」

「いえいえ。お礼も貰っていますので今後もよろしくお願いします」

 

お礼というのはデザートや戦闘のことである。美鈴もデザートは好きらしく、しかし門番という立ち位置のせいで自分のところにそれが回ってくることは少ないというので手軽に食べられるデザートを作ってあげることにしている。パックにいれてストローで飲めるようにしたゼリーなんかは特に喜ばれた。また、戦闘というのはその名の通り模擬戦のことである。俺も身体強化をしてたまに美鈴と訓練をしているのだ。俺も武術の心得だとかを教わっているのでこちらは一方的なお礼にはなっていないが、美鈴は満足しているらしく今後も続けていく予定である。

 

「お兄様!こっち!」

「はいよー」

 

フランに呼ばれたのでそちらへ移動する。どうやらフランは美鈴の説明をしっかり聞いていたようで俺が聞けなかった花の説明をしてくれた。こうして時間を過ごすのもたまにはいいものだな。




空き時間があったからすごい筆が進みましたのでここからしばらか二日か三日おきの更新になります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十四話 お返しの白

レミリアに釘を刺されたホワイトデーである。言われた通りフランとレミリアの分は別々にしている。ついでに咲夜もバレンタインのときはフランのことを手伝ってくれただろうから咲夜に分も準備している。送るものによって意味があるとかないとか聞いたが、インターネットもないここでそれを調べることもできないので全員一律でクッキー(チョコソース付き)ということにしている。

今日行くべきなのは紅魔館の他に、紫、幽香、あと早苗と魔理沙と妖夢、それにチルノである。魔理沙に関してはお返しを期待したうえでバレンタインのチョコを貰ったが、キノコの形をしているという妙に芸術点が高い代物だったので普通にお返しをあげる。あとチルノ…というかチルノ含めた大妖精たちは普通にチョコが欲しいだけらしいのでバレンタインでチョコを貰ったわけではないが渡すことにした。あとで文句を言われて喧嘩を売られるよりもチョコで買収した方が楽だと考えた結果だ。

あと後日でいいからこいしにもチョコを渡してほしいとお燐が一度連絡に来た。地底にもバレンタインだとかホワイトデーだとかの風習があることに驚いたが、言われたので渡しに行くとしよう。距離の関係上今日中には無理だが、明日にでも地底に行くとしよう。尚紫から地底行き来の自由券と書かれたチケットを昔貰ったので問題はない。書類に残した方がいいと言われたが、出来に関しては子供がおじいちゃんとかおばあちゃんに渡す肩たたき券くらいのものなので実際どれくらい効力があるかは不明。

さて、出かける前に先に二人だ。

 

「ルーミア、ユズ、二人にお返しだ」

「ふふっ、ありがとうご主人様」

「ありがとうごさいます定晴様!」

 

ユズは式神になってからというもの俺のことを様付けで呼ぶようになった。別に今まで通りでも良いと思ったのだが、ルーミアがそこらへんを前もって決めておいたらしい。まあもう別に構わないのだけど。ルーミアのご主人様呼びからして俺からすると特殊なのでもう慣れた。

 

「あら、クッキー?」

「ルーミアはクッキー嫌いか?」

「いえ、でもクッキーは外の世界であなたとは友達みたいな意味だからね。まあご主人様がそういうの気にせずに作ってるのも分かるけど、紫あたりは真に受けるじゃない?」

 

そういえばそうだったような気もする…うーん、幻想郷ではそういうのは広がっていないと思うけど一応渡すときに一言言っておいた方が良いかもしれない。紫とかはルーミアの言う通り真に受けそうだし。

それにしてもルーミアが意味を知っているのに驚いた。ああいうのって具体的な出典とかはないだろうし中々身につく知識でもないと思うのだが…一体どこで知ったのだろうか。

 

「今日はみんなに配るんでしょ」

「ああ。紫とか幽香にも返事関係なく渡すよ」

「行ってらっしゃい」

 

ルーミアの声を聞きながら俺は家を出た。

 


 

最初にやってきたのは霧雨魔法店、つまり魔理沙の家である。魔法の森の中に居を構える彼女の家は俺の家から一番近い。俺の体は一つなので効率的に回らねば日が暮れてしまうので家に近いところから回ってしまおう。

 

「魔理沙ー」

「はいはい泣く子も黙る天才魔法使い魔理沙さんは私のことだ…って定晴じゃないか。何の用だ?」

「はい、クッキー」

 

どうやら魔理沙は今日がホワイトデーであるということを失念していたらしい。まあ魔理沙は貰えるなら貰うの精神でお返しを期待したようだしそこまで重要な日でもないのだろう。後々の紫とか幽香の時に面倒なことになりそうな気がしてならないのでこんな風に淡泊に対応してくれたらこちらもありがたい。

 

「お、もうそんな時期か!ありがたく貰っておくぜ」

「んじゃ俺はもう行くぞ」

 

魔理沙にはクッキーを渡すだけで用事終わり。この店には何かと不思議なものもあるうえ、危険度であれば香霖堂以上なのであまり長居したくないというのが本音である。魔理沙と話していたら話の流れでえわけのわからないキノコを食べてみてくれだとかよく分からない魔道具を試してみてくれなんて言われるものだから距離を置きたくなるのも仕方ないと言えるだろう。

滞在時間僅か五分という短さで俺は霧雨魔法店を後にした。

 


 

次にやってきたのは霧の湖である。紅魔館は対岸にある…だろう。霧のせいであまりよく見えないがなんとなく向こう側に建物の影があるように思える。

さて、紅魔館に行く前にここに来たのはチルノたちに渡すためである。一体何人が食べることになるのか分からないので多めに作っているが…足りなくなるということもあるかもしれない。まあそこはチルノと大妖精のリーダーシップで喧嘩にならないように分配してくれるだろう。

 

「チルノー!大妖精ー!」

 

しかしながらチルノたちがここに確実にいるというわけでもないだろう。一応数日前に大妖精に会ったときに今日お菓子を渡しに行くから霧の湖にいてくれと頼んでおいたのだが、チルノに振り回されて別のところにいるという可能性もある。もし今日中に渡すことができなかったら後日渡せばいいだろうが、まあそのときはただのおやつだな。幻空に入れておけばいつでも取り出せるとはいえやはり今日渡すことに意味があると思う。まあチルノたちは食い意地によるものだからそこまで神経質にならなくてもいいだろうけど。

探すこと五分ほどでチルノを見つけた。特に遊ぶこともなく待ちぼうけしている。しかも珍しいことに大妖精を含め他に誰もおらずチルノだけが湖の畔の倒木に腰かけていた。

 

「チルノ」

「え、あ…来たわね!」

 

一瞬困惑したような表情を浮かべたがすぐにいつもの調子へと戻った。ただそれだけでいつものチルノを知る俺からすれば疑問点ばかりである。

 

「はいクッキー」

「…ありがと」

「大妖精たちはいないのか?喧嘩したとかじゃないだろうな?」

 

チルノと大妖精は特に仲がいい印象だ。喧嘩をすることがあってもすぐに仲直りできるし、そもそも仲直りができなくなるほどの喧嘩をしない。大妖精も大とついているように妖精の中ではチルノに並べるくらいの実力者なのでいい感じに距離感を保てるのだろう。

 

「違う。ただ、今日はあたいだけで貰った方がいいって言われて」

「ん?まあ妖精ズがいたら取り合いになるだろうしそっちの方がいいかもしれないな」

 

実のところ我儘というか言うことを聞かないレベルであればチルノたちよりもそこらへんの野良妖精の方がよっぽどである。あいつらはすぐにいたずらをするし、加減は知らないし、ピチュンしても一回休みになるだけだから何度もやってくる。チルノはお菓子をあげておけば急ないたずらをしてくることはないので断然いい子ちゃんである。

 

「さ、定晴」

「どうした?」

「これって…ホワイトデーのお菓子なのよね。本当はバレンタインにチョコを渡した方が、よかったのよね?」

「別に気にしなくてもいいぞ。お前らがこういうのを欲しがるだろうことは予想できたしな」

 

俺はそう言うがチルノはなぜかもじもじしたまま何かを言おうとしていう。時間もあるので急ぎたいところだがこのチルノを放置できるほど薄情でもないので俺はチルノが何か言うのを待つしかない。時間にして長針が一周するかしないかといったあたり、チルノが意を決して口を開いた。そして倒木の後ろから小さな包みを出してきた。

 

「これ…その…一応チョコ。あたいが作ったから…味わって食べなさい!」

「へぇ…ありがとな。ちゃんと味わうよ」

「じゃあもう行きなさい!」

 

チルノに追い払われるようにして霧の湖を横断し始めた。このまま紅魔館に向かうためである。まさかチルノがチョコを用意するなんて思わなかったが、彼女も彼女なりに何か大妖精に言われたのだろう。多分一方的なのはだめだからせめて少しでもお返しをとかなんとか。それともチルノが自主的に用意したのであれば…チルノは俺が思っていたよりも大人で配慮ができるということだな。まあここらへんを聞くのは無粋であろう。

 


 

紅魔館へと到着。今日の美鈴は寝ていた。美鈴が寝ているか寝ていないかで賭け事ができそうである。

一応美鈴に声だけかけて中に入る。今まで通ってきた中で似たような経験は何度もあるので普通にしていれば何の問題もない。似たような経験が何度かあるというのは美鈴の仕事態度的にどうかとも思うけど。

中に入ればいつも通り咲夜が待っていた。ふーむ、やはりどこから咲夜が見ていたのか全く気が付かなかった。もしかしたら時を止めている間に目視したのかもしれない。それなら気が付かなくてもなんも不思議ではないのだが…

 

「いらっしゃいませ定晴様。お嬢様はいつもの部屋に。妹様は自室におられます」

「そうなのか…先にレミリアから渡そうかな。フランは長引きそうだし」

 

ついでに咲夜に今のうちに渡しておく。とても驚かれたが嬉しそうにしているので多分大丈夫だろう。姉妹を差し置いて咲夜に先に渡してしまうのは問題があるかもしれないが、正直なところ渡す機会もそんなにないだろうし誰も見ていないならいいだろう。

俺は長い廊下を歩きいつもの部屋に入る。そこにはレミリアが優雅に紅茶を飲んでいた。この匂いは…ダージリンティーだろうか。確かクッキーにもよく合う紅茶だったはずだ。

 

「レミリア、クッキーだ」

「ありがとう。ただもう少し気の利いたセリフは言えないのかしら?」

「生憎とそういうのは得意じゃなくてね」

 

演劇の経験もあるし、そういった役柄を演じた経験もあるが、実際にリアルで言うとなると何を言えばいいのか分からない。ああいうイケメンポジションのやつらはよくあんなポンポンと歯の浮くような言葉を吐けるものだ。

レミリアとの挨拶もほどほどにしてフランの元へと向かう。フランの部屋の場所は知っているので問題はないのだが、咲夜はついて来なかった。どうやらあのままレミリアの給仕をするらしい。まあフランの相手をするのは疲れるし懸命な判断だろう。まだまだ行く場所はあるのでできる限り素早くフランを満足させてここを去らなければ…

 

「フラン」

「あ、お兄様!」

 

フランは人形で遊んでいた。俺が昔持ち前の裁縫スキルで作ってあげたレミリア人形である。狂気に侵されていた時期はどの人形もバラバラにしてしまっていたようだが今は力のセーブによって壊すことなく遊べているらしい。見た目相応の遊びといった感じでほっこりするな。中身は五百歳近いけど。

 

「ホワイトデーのお返しだ。はい、フラン」

「…」

 

フランはなぜか俺の顔を見て固まった。俺の顔とクッキーの間を何度も視線が移動している。

 

「フラン?」

「…あっ!うん!ありがとうお兄様!大事に食べるね!」

 

声を掛けたらハッとして元に戻った。チルノといいフランといい何やら変な反応である。もしかしてクッキー苦手なのだろうか…いやいや、日頃よく食べているのを俺は知っているのでそれはない。

 

「あー…えっと…お兄様はまだ行くところあるんだよね!ほら、行って行って!」

 

フランに部屋を追い出された。そのままフランの顔を見ることもなく扉は閉められた。確かにまだ行く場所はあるし対応が短くていいのは助かるのだが…フランらしからぬ反応で気になるところだ。うーん、まあ問題があったらあとで咲夜かレミリアから何か報告があるだろう。

俺はそこまで時間をかけることなく紅魔館をあとにした。その間美鈴は一度も起きる気配がなかった。

 


 

次はこのまま早苗のところだ。早苗からも直球なチョコを貰った。ハートの形だったのは…いや、バレンタインデーだからだろう。そこまで深い意味はないに違いない、と俺は思っている。

妖怪の山の斜面を浅めに飛んで守矢神社へと向かう。あまり高く飛ぶと哨戒天狗に捕まるし、地面は木やら石やらのせいで歩きづらいのでこれくらいの高さで移動するのがベストである。妖怪の山の歩き方、ってな。

 

「早苗ー!」

「あ、定晴さん!こんにちはー!」

 

早苗はいつもの霊夢と同じく境内の掃除をしていた。博麗神社は桜の木が周囲にあるのでよく落ち葉があるのだが、守矢神社も周囲は木々なので同じくらい落ち葉がある。毎日掃除しないといけないというのは大変だろう。

 

「はい、お返しだ」

「わあー!ありがとうございます!」

 

俺のお返しを手に取るととても喜んでくれた。しかし中身がクッキーであることに気が付くと途端に顔を曇らせた。

 

「クッキー…ずっと友達…」

「ああ…別に選んだお菓子に意味は込めてないから気にしないでくれ。作りやすかったってだけだ」

 

早苗は外の世界の出身なので当然お返しのお菓子の意味も知っていた。ただ別に拒絶する意味でもないのになぜ早苗はそこまで落胆したのだろうか。俺にはいまいちよくわからないが、乙女心というやつなのだろうか。

 

「二柱はどうした?」

「二人とも出かけていますので今はいません。待ちます?」

「いや、このまま幻想郷の反対側まで行く必要があるから挨拶はまた今度だな。二柱によろしく言っておいてくれ」

「分かりましたー」

 

早苗へのプレゼントも返したので妖怪の山周辺での用事が終わりである。そんでこのあとは冥界まで行く必要がある。今思えば妖夢には人里あたりに来ておいてくれればよかったかもしれないが、今になっては遅い。今日はホワイトデーのお返しで回っているので紫のスキマ便に頼ることもできないので頑張って飛ぶしかあるまい。

俺は手を振る早苗に手を振り返してから妖怪の山を後にした。

 


 

さて、冥界に行くまえに訪れるのは太陽の花畑である。冥界への入口は中途半端なところにあるので幻想郷内にある幽香のところには先に行っておこうということだ。先ほどは早苗に先に言われたが、今回は俺が先に幽香に意味は込めていない旨を伝えなければいけない。幽香も大半は幻想郷にいるとはいえ外の世界での生活の経験もあるので何か気にするかもしれないので注意しておくべきだ。知らなければ知らないで一件落着となるので俺が先に伝えてしまえば問題は起こるまい。

 

「幽香ー」

「あ、来たわね定晴」

 

家の前で呼びかけてみればすぐに幽香は姿を現した。あと数ヶ月で夏になるし、その前に春は植物がいっぱいなので幽香はこの時期はガーデニングをしていることが多いのだが、今日は家で俺が来るのを待ていたらしい。律儀なことである。

 

「お返しのクッキー。別にお菓子に特別な意味は込めてないぞ」

「分かってるわよそれくらい。あなたがこういうときに返事をしないこともね」

 

確かに告白されたらホワイトデーにお返しと共に返事をするのも一つの手なのだろう。しかしながらお菓子を食べたいという人が多いのでここで男女のなんやらかんやらをしている暇はないのである。それに現在俺は複数人に同時に告白されている状態なので時期は選ばなければいけない。ルーミアたちが俺の愛に関することを考えているというのでこちらから無理に働きかける必要はないだろう。俺はいつも通り過ごしてくれってルーミアに言われているしな。

 

「紫にはもう渡したの?」

「いや、最後にしようかなって」

「でもどうせ今もきっと見てるわよ。後回しにされたらいじけちゃうんじゃないの?」

 

だがこういうときの紫は恥ずかしがりやなので呼んでもすぐには出てこない。先日の人里の中心で愛を叫ぶ事件でそれに更に拍車がかかったようにも思える。どうせどこで呼んでも反応してくれるなら一番遠い冥界で呼んだ方が効率がいい。冥界で何度も呼びかければ八雲家へのスキマを開いてくれるだろう。

 

「ふーん、まあ別にいいんじゃない?このクッキーは味わって食べるわね」

「ああ、そうしてくれ」

 

一応気持ち程度にルーミアと紫と幽香のクッキーは少し量を多めにしている。まあ量の比較なんて他に一緒に食べることがあるルーミアとユズしか分からないだろうから本当に気持ち程度である。俺もちゃんとお前らのことを考えているぞと言う意思表示である。

 

「それじゃ」

「ええ、またね」

 

幽香は終始笑顔で俺を見送ってくれた。うーん、幽香は何を考えているのかあまり分からないなぁ…

 


 

さて、冥界である。一番最初にプリズムリバー楽団と一緒に来たときはその道のりの長さに辟易したものだが、今回も長い長い階段を飛んでいくことになる。なぜこんな階段があるのかは謎だが、謎だらけの幻想郷に今更突き詰めても意味はないだろう。

幽香の家から合わせて数十分ほどかけてやっと白玉楼にたどり着いた。ここからでも見える大木西行妖は今日も見事に何も咲いていない。確かあれが咲くと大変なことになるとかなんとか…

 

「妖夢ー」

「はーい、定晴さん、いらっしゃいませー」

 

そういえば剣術の修練以外で白玉楼に来るのは随分と久しぶりである。バレンタインデーの日は修練がなかったので会えなかったが、後日妖夢からチョコを貰った。妖夢らしいかわいらしい装飾が施されていて、バレンタインデーで貰ったチョコの中では一番の出来だった。やはり日頃から料理をしていると違うな。

さて、妖夢にクッキーを渡すわけだがここで注意することが一つ。妖夢に渡す前に幽々子に渡すことだ。妖夢に先に渡してしまうと最終的にいつの間にか幽々子の口の中に収まっているという超常現象が発生する。妖夢もそれが分かっているので幽々子に先に渡したとしても文句が出ることはない。

 

「幽々子に先に渡しておくぞ。量産型チョコだ」

 

幽々子に渡すのはクッキーではなくチョコである。ただ板チョコを湯煎して大きめの型に入れて氷の魔術で冷やしただけの量産型。ただ幽々子に対しては質よりも量で勝負した方がいいということは俺も今までの生活で分かっているのでこの策に妥協はない。

 

「ありがとう定晴さん!さっすが、わかってるわー!」

 

そして大き目の袋に入ったそれを幽々子はそのまま持って行った。実のところ今回のお返しの中で一番お金がかかっているのは幽々子である。妖夢に渡そうとしただけなのに幽々子にお金を持っていかれるのはなんとも解せないが、同じような生活を毎日続けている妖夢への手助けの意味も込めているので仕方ないと割り切ろう。

 

「そんじゃ妖夢、はい」

「ありがとうございます定晴さん。定晴さんのお菓子は美味しいので嬉しいです」

 

幽々子が姿を消したのを確認したうえで妖夢にクッキーを渡す。流石の幽々子も従者のものはとらない…と思えったらそうでもないらしく、美味しいものであれば妖夢から奪いとることもあるのだと言う。なので妖夢もすぐに食べてしまうようだ。

つくづく妖夢の幽々子への忠誠心には驚かされる。妖夢の実力であればもっと色んなことができるだろうし、他の館で即戦力として働くこともできるだろう。それでもここで働き続けているのはすごいことである。

 

「この後の予定は?」

「紫を呼んで紫に渡せば今日は終わりだ」

 

妖夢に渡したので俺は白玉楼から離れる。妖夢にはしっかりクッキーを味わってもらえることを願いつつ俺は紫を呼ぶ。誰にも見えていないところなら紫も出て来てくれるだろう。

 

「紫ー!紫ー!!」

「…はーい」

 

少し恥ずかしがりながら返事があった。しかし姿は見えない。俺の目の前にスキマが開かれたのでこれを通って行けと言うことだろうか。どこまでも恥ずかしがり屋である。

 


 

通った先は紫の家。幻想郷内というわけでも外の世界というわけでもない奇妙な場所に建っている一軒家である。確かここは藍と紫が住んでいて、橙は別のところに住んでいるって話だった気がする。今日は紫の他に藍と橙も一緒にいるが。

 

「紫、はいお返しだ」

「え、ええ…ありがとう…」

「別にお菓子の種類に深い意味はないからな」

 

忘れないように注意しておく。

それにしてもここまでしおらしい紫を見るのも随分と久しぶりだ。相当な失敗でもしない限り紫は反省の色を見せないので俺もこういう紫を見るのは新鮮な感じがする。

 

「紫様は恥ずかしがって何も言わないので私から代弁いたしますと、本日は一緒に夕食を食べないかということで…」

「うーん、ルーミアとユズを連れてきてもいいか?」

「もちろんですとも」

 

俺と藍が話している間も紫はうーうーと唸っているだけであった。ただその視線は藍の方を向いていて、恨みがましい顔つきをしている。代弁されるのが嫌だったら自分で話せということなので自業自得だ。俺と紫の関係が今までで一番変な感じになっているのも分かるけどな。

取り敢えず今日の予定はこれで終了だ。昼食を食べてから出かけたわけだが、既に日は赤くなり山に隠れようとしている。暗くなる前に終わってよかったな。

 

「じゃあルーミアたちを連れてくるから」

 

俺はスキマを使って家に戻った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十五話 反応は赤

定晴が去ってから約一分後。チルノの周りには他の妖精たち、そして大妖精が集まっていた。定晴は気が付かなかったことだが実はすぐ近くの茂みの中に妖精たちは隠れていたのである。自然のエネルギーから生まれた妖精が自然の中に全力で隠れるとたとえ定晴でも簡易探知では姿を捉えることもできないのである。

 

「びっくりした…チルノちゃん、チョコなんて用意してたの?」

「ええ、まあね」

 

実はチルノがクッキーを用意していることは大妖精すらも知らないことだったのである。近くで見ていた大妖精からしてもサプライズだ。

チルノの手の上には未だに定晴から貰ったばかりのクッキーが置かれている。周囲の野良妖精たちはそれを食べようと手を伸ばすのだが、チルノがとても大切そうに逃げるため未だに誰の口にもクッキーは入っていない。

 

「チルノちゃん…クッキー…」

「あ、えっと…」

 

チルノは手元のクッキーを見た。あの定晴から直接手渡されたクッキー、他の妖精たちに分けるために多めに入っているそのクッキーをチルノはなぜか他の妖精にあげたくなかった。あの大妖精に対してもだ。

 

「んー…いや、でもチャンスかも。みんな、あとでちゃんとお菓子は渡すから今日はちょっと二人だけにしてくれないー?」

「えー」

「クッキー!」

「お菓子ー!」

 

大妖精の提案に周囲の妖精から口々に文句が放たれる。しかしそれくらい大妖精には織り込み済みで、大妖精は懐から秘密兵器を取り出した。

 

「このすっごいキラキラしてる石、欲しくないー?」

「キラキラー!」

「光ってるー!」

「よーし…行ってらっしゃい!」

 

大妖精は全力で森の中に向かって石を放り投げた。それにつられて周囲の妖精たちは森の中へと消えていった。もう既にクッキーのことなど頭からなくなっているはずだと大妖精は安心する。

あの石は実のところ普通の石ではない。魂封石のような特殊なものでもないのだが、光反石という名前がある。もしも大切なときに妖精を追い払うために大妖精が昔香霖堂で購入したものである。光るだけの石で、しかも香霖堂にはまだ在庫があるという安上がりなものだが買っておいてよかったと大妖精は思った。

そしてチルノに向き直る。

 

「チルノちゃん、少しはなそ?」

「大ちゃん…?」

 

先ほどまでチルノが座っていた倒木に二人で腰掛ける。定晴さんは既に紅魔館までたどり着いて吸血鬼の二人にクッキーを渡しているところだろうかなんてことを考えながら。

 

「チルノちゃん、今の気分は?」

「よくわかんない。ただ、このクッキーはあげたくない」

「ふふっ、取ったりしないから大丈夫だよ」

 

お母さんのような優しい声でチルノと話す大妖精。その間もチルノは大妖精とは反対側の手でクッキーを持っている。

 

「定晴さんからのプレゼント、嬉しい?」

「う、嬉しい。なんでかわかんないけど今までで一番嬉しい…」

 

大妖精は自分のこともよくわかっていないだろう親友の姿を見て笑みを深めた。いつの間にかチルノちゃんは私よりも大人になって…そんなことを考えている。大妖精からすれば置いてかれているという気分ではない。妖精たちから見てもチルノという存在は特別なので精神的な成長をするならチルノからだろうとなんとなく皆思っていたことでもあったからだ。

 

「チルノちゃん、今度一対一で定晴さんと話してみよ?」

「定晴と?それは…それは、なんだかすごい緊張する…」

 

自分の気持ちを自覚しないままの親友を誘導するのはよくないことだと大妖精は思いながら、今のままでは出遅れてしまうだろうからとお節介を焼く。大妖精と一番長い付き合いのある妖精であり、友達だ。多分チルノちゃんじゃ定晴さんのお眼鏡にかなうことはないだろうけど、子供たちの内の一人から一人の少女として見てもらえるように手伝うおうと大妖精はまんざらでもなく思った。

 

「取り敢えずチルノちゃんは全部そのクッキーを食べていいよ。味わって食べてね」

「大ちゃんは?」

「私は自分で作るよ。皆の分も作らないといけないからね」

 

もしかしたら誰かは大妖精の口約束を覚えていて、お菓子をあとでねだってくる可能性もある。そのときにちゃんとお菓子を出せなければ弾幕によってボロボロになるのが目に見えるので大妖精は今のうちに準備しておくことにした。

 

「それじゃあねチルノちゃん」

 

大妖精は森の中に入っていった妖精たちとは違う方向に飛んで行った。人里の方向なので大妖精は人里でキッチンを借りてお菓子を作る予定なのが分かる。

チルノは一人で手元のクッキーを見て、袋を開けた。甘い匂いがチルノの食欲をわきたてる。しかしそれでも一気に食べるなんてことはしない。チルノは一枚一枚味わって食べた。これをくれた人を頭の中に描きながら。

 


 

お兄様が部屋から出て行った。なんとか顔を見られることはなかっただろう。試しに部屋にある鏡を見てみると見事に私の顔は真っ赤になっていた。

 

「なんで!なんで!」

 

クッキーを机の上に置き私はベッドに飛び込んだ。そしてそのままゴロゴロジタバタ。

お兄様からクッキーを貰って、お兄様の顔を見たとき、思考が停止した。急に喜びが爆発して、お兄様の顔を見れなくなった。なにこれ!なにこれ!

お兄様からお菓子を貰えることは一カ月前から分かっていたことだ。どんなお菓子が来るのかな、とか、クッキーを食べながらどんな話をしようかな、とか、そういうことを昨日は考えていた。

しかし実際はどうだ。私はクッキーを貰ったら早急にお兄様を部屋から追い出してしまった。これでは失礼かもしれないけど、お兄様はなんだかんだ許してくれるだろう。それくらいの信頼関係が私たちの間にはある。

 

「うう…あぁ…」

 

先ほどの優しそうなお兄様の顔を思い出すと一気に頭が沸騰しうめき声が漏れる。想定していた事態ではないことは明白だ。病気にでもなってしまったのだろうか。

私は部屋の外にお兄様がいないことを確認したのちパチュリーのところへ飛んでいく。こういうときの博識パチュリーの出番だ。お姉さまはそういうところ頼りないけど、パチュリーなら安心できる。きっと今回もいいアドバイスが貰えるだろうと相談したのだが…

 

「あらあら、それは大変ね。私にも分からないわ」

「絶対分かってるでしょ!教えてよ!」

 

なぜかパチュリーは分かり切った顔をしているにも関わらずはぐらかした。絶対に私が求めている答えを持っているのに教えてくれなくてイライラする。パチュリーはたまにこういうところがあるから完全に好きにはなれない。信頼はしてるんだけどねぇ…

パチュリーは私の質問に答えないままぶつぶつと何かを呟いている。

 

「レミィの言った通りになった…?でもフランがこのままどうするかは私が決めることじゃないしレミィも運命を弄ったりはしていないと言っていたし…」

「パチュリー?」

「ああ、いえ、なんでもないわ。そうね、フランがその謎の正体を探りたいなら定晴と仲良くなるといいわ。今まで以上にね」

 

一応アドバイスはしてくれるようだ。ただもう既に私とお兄様は非常に仲がいい。これ以上となると私もルーミアちゃんと同じように同居するくらいしか…

…起きたらお兄様がおはようって言ってくれて…お兄様が作ったご飯を食べて…遊ぶだけじゃなくてただお話したり…そしてお兄様から…

 

「はうっ!」

「あ、爆発した」

 


 

現在の幻想郷の状況を見ると私は明らかに他の人よりも出遅れている。そもそも私の神社から定晴さんの家まで遠いのがいけないのだ。博麗神社じゃなくて守矢神社の近くに建ててくれればもっと私もサポートできたのに…

私は定晴さんからお返しとして貰ったクッキーを食べながら神社の境内で一人考える。本来は境内での飲食は風祝としてあるまじき行為ではあるが、定晴さんのクッキーがとても魅力的だったので我慢できなかったのである。

 

「はぁ…」

 

私がクッキーに込められた意味に言及したところ定晴さんは不思議な顔をしつつ注意をいれてくれた。特に深い意味がないのはいいのだが、まあ大体拒絶の意味でもないのに私が言及した理由が分からないとかそういうところだろう。

確かに私はあまりアピールをしてきていない。そもそもなぜあそこまでガンガンいけるのか分からない。自分が淑女だとかそんなことを言うつもりはないが、宴会の中で告白とか酔っていてもできる気がしない。

 

「美味しい…」

 

相変わらず定晴さんの料理はプロレベルの美味しさだ。外の世界で料理屋でもすれば一週間で軌道に乗ることだろう。それくらい定晴さんの料理は安定して美味しい。

外の世界…外の世界かぁ…私が幻想郷に来てもう何年も経っているけど、外の世界での思い出も多く残っている。私は自分で言うにもなんだけど結構美人だから学校ではよく告白されていた。でも誰かと付き合うことはなく、ずっと断り続けてきた。それは定晴さんのことが頭にあったわけだからだけど…ここで定晴さんに告白することもなく終わるのであれば今までの私はなんだったのだろうか。

 

「よしっ…もっと頑張ろう…」

 

私は自分で自分を励ました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十六話 水那の能力

予約投稿の時間ミスってました


四月、ともなると思いっきり春である。一昨日も昨日も、そして今日もリリーは幻想郷中の空を飛んで春の到来を伝えている。一月にはミキによって疑似的な春を楽しんでいた彼女だが、やはり本当に春が来たとあればテンションが高ぶるらしい。高ぶりすぎてたまに弾を撒き散らしているらしい。迷惑な話だ。

そんな今日は博麗神社に来ている。別に宴会というわけではないが、花見をしたくなった人が勝手に花見をして騒いで帰るという場所となっているので人の出入りが激しい。俺はルーミア、ユズと共に境内の一角で花見をしていた。

 

「桜を見てるとミキを思い出すんだよなぁ…」

「どうして?」

「あいつの得意属性、光と神と桜なんだよ…」

 

そんな感じで他愛もない会話をしていたら水那が歩いてきた。宴会ではないので酒や料理を持っていることはない。ただし何か話したがっているようだ。

 

「定晴さん、少しいいですか?」

「ああ、構わない」

 

ルーミアたちに聞かれても問題ないことなのだろう。霊夢には聞かせられないことということだろうか。もしかして霊夢の誕生日…?そういえば霊夢たちの誕生日とか知らないな。正確な暦を記録してないだろうし季節が廻れば数えているのだろうか。

閑話休題

 

「私の能力についてなんですけど」

 

現在の水那は能力なしである。紫から外の世界から博麗の巫女として連れてくるときは能力がない人がいいと言われたのでその人材である水那には何も能力がなかったはずだ。しかししばらく幻想郷で過ごしていれば能力も出てくるだろうとも聞いていた。能力というのは自己申告制なので特に強くなったものや得意なことを能力にしてもいい。幻想郷では外の世界で信じられていないものの力が強くなるので俺の能力も強くなっているわけだし。

もしかして?

 

「なんか、能力って言っていいのか分からないんですけど、見つかったかもしれないです」

「へぇ、おめでとう。なんて能力だ?」

「【聖具を扱う程度の能力】って霊夢さんは言ってました」

 

聖具というのは様々な特殊な効果付きの道具のことを指す。例えば俺の輝剣も分類上は聖具である。俺専用だが浮かせたりなんだりできるというのは聖具としての力だからだ。あとは霊夢の陰陽玉も聖具である。あちらも俺の輝剣と同じように浮かせることができるうえ、あれは神社の家宝なわけだから聖具なのは納得だろう。

とはいえ陰陽玉を使えるという点で言うのであれば水那も霊夢も同じなのでは?

 

「実は華扇さんに陰陽玉の扱いが霊夢さんより上手だと言われたんです」

「華扇にか…」

 

確か華扇というのは霊夢の修行の師匠とかなんとか。仙人として長いこと生きてきたので霊夢の陰陽玉の扱い方も熟知していることだろう。そのうえで霊夢よりも水那の方が陰陽玉の扱いが上手だと言うのであればその通りなのは間違いない。

 

「それに霊夢さんが動かせなかった倉庫のものを動かせたので…」

「だから聖具を扱うってことか…」

 

水那は何かと物を丁寧に扱うのでそれに応えてくれているのかもしれないが、それで聖具を上手く扱えるのであればそれは確かに能力と言っても過言ではないだろう。聖具というのは簡単に見つかるものでもないが、とても希少というわけでもない。幻想郷では特に過去の遺物なんかが流れてくるわけだし水那が扱えるものも多い可能性がある。

 

「いいんじゃないか?それを伝えにきたのか?」

「はい。ただこれで本当にいいのかなって思いまして…」

 

確かに博麗の巫女としてはパッとしないかもしれない。霊夢の【空を飛ぶ程度の能力】は文字通り受け取るのであれば自由に空を飛ぶだけなのだが、その実態は世界の理から飛んでしまうという主人公らしい能力だ。しかし水那の【聖具を扱う程度の能力】はそれ以外にない。勿論聖具に対する理解だとかは早いだろうけどそれだけだ。もしそれを気にしているのなら…

 

「それなら俺の【十の力を使う程度の能力】だって同じようなものさ。気にすることでもない」

 

むしろ際限なく色んな聖具を扱えるのなら俺よりも応用の幅が広いだろう。しかし水那は訝し気な表情を浮かべた。

 

「私は最近定晴さんのその能力も怪しいと思ってますけどね。あなた前に並行世界だとかなんだとか言われてませんでした?十個の力の中にそんなのないですよね」

「確かに私もそれは思ってた」

「私も…」

 

あれー?いや、当然か。

不動の異変のときに俺は何度も死なない未来を探そうとした。それは確かに十個の力の中に入っていない。そう、俺はまだ能力がある。未来視っぽいやつはそれの派生みたいなものだ。抽象的すぎるが大体合ってる。

 

「じゃあどこかでルーミアには教えるよ」

「分かったわ」

「定晴さん…私は…?」

「ユズはまず自分の問題を解決しよう。俺のも中々面倒だから考えることを増やしたくない」

 

ついでに言うとこの能力の名前を言うとユズが俺のことを信頼してくれなくなる可能性がある。犯罪的なものではないけど反則的ではあるので。

ユズに信頼してもらうには俺もユズのことを信頼しなければいけないのは明白だ。しかし俺の中でユズよりもルーミアの方が信頼できるという認識があるのも事実。ユズにもいずれ話すつもりではあるが…でもこれでユズが俺たちに不信感を抱いてもよくないんだよな…うーん、考えておこう。

 

「取り敢えず水那の話が先だ。不満がないなら今後はその能力を名乗っていけばいいぞ」

「そうですね…分かりました。じゃあ私の能力は【聖具を扱う程度の能力】です」

 

こうして水那の能力が決まった。大々的に言うような場面はないので訊かれたら答える程度のものではあるが、博麗の巫女として何か答えられる方がいいだろう。

あ、そうだ。

 

「水那、祝いとしてこれをプレゼントだ」

 

俺は幻空から一つの髪飾りを取り出す。白く淡い光を放っているヘアピンみたいなものだ。

 

「祝われるようなものでもないですが…これは?」

「これも聖具らしい。らしいってのは俺が使えなかったからだが…霊力の循環を早めてくれるらしいぞ」

 

要は回復速度の向上だ。何かと負けることが多い水那が早く立ち直れるようにという祈願である。水那も弱いわけじゃないんだけどなぁ…相手がなぁ…

 

「ありがとうございます。ちゃんと使いこなしてみせます」

「そうしてくれ」

 

随分昔に手に入れて、俺は使いこなせないまま霊力量が増えて必要なくなったので幻空に入れっぱだったものだ。特に必要なものでもない。倉庫ではなく幻空にいれていた理由は小さくて倉庫に入れていたら失くしそうだからである。

 

「まあ、頑張ってくれ」

「はい!」

 

水那は珍しく元気に返事をした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十七話 ウーバークッキー

さて、今日は地底に行く。こいしのところへクッキーを届けるためだ。本当は先月に行くことができていればよかったのだが、地底ともなると日帰りはまあまあ大変なので二日空ける必要があり中々この二日間を取ることができなかったのだ。春も盛りとなり紫が活動的になったため俺の仕事が増えたという事情がある。おかげで懐が潤ったのだが、こいしが拗ねていないか不安だ。一度博麗神社に来ていたお燐に四月になってからになることを伝えたが、まあこいしは不満だったろうことは伺える。

というわけで俺は現在博麗神社の近くの入口から地底へと向かっている。泊まりになるしこいしも一緒に来てと言っていたらしいのでルーミアとユズも一緒である。

確かこちらは地霊殿のすぐ近くが出口だったはずだ。お燐が博麗神社に来るときもこの道を通っていると聞いている。元々は妖怪の山に山中にしか入口はなかったらしいのだけど、なぜここに入口ができたのだろうか。因みにもう一年くらい前になるが初めて地底に行ったときに通ったのもこの道だ。あの時はお燐に案内してもらったんだよな…懐かしい。

大体どんな構造なのかは分かっているのでほとんど自由落下で落ちている。壁や岩に当たりそうになったときに風を使って軌道を変えたり剣で壊したりしているのみだ。最後は身体強化と風の併用できれいに着地…あぶねっ、あまり整えられていない地面だったから転びかけた。

 

「大丈夫?」

「問題ない」

 

底についたら細い道を通って、そこを抜けたら目の前に地霊殿である。その昔霊夢が地底での異変を解決する際は妖怪の山の入口から様々な妖怪と戦いつつ最終的に地霊殿のお空と戦って終わったらしい。そのときはこの入口はなかったのだろうか。あれば速攻でお空までたどり着けただろうに。

 

「いらっしゃいませ、定晴さん、ルーミアさん、ユズさん」

「おう、久しぶりだなさとり」

「こんにちは」

「こ、こんにちは…」

 

前もってお燐を通じて今日俺たちが来ることを伝えてもらっている。お燐は結構な確率で博麗神社にいるので連絡係としては最適なのだが…縁側でよく寝ているけど地霊殿での仕事はちゃんとしているのだろうか。

 

「お燐はちゃんと仕事をしてから行ってますよ」

「ならいいんだ」

 

口に出さないまま会話が続くこの感覚も久しぶりだ。こいしはなぜかたまに地上に遊びに来ているので会うこともあるが、さとりはずっと地底にいるので中々会う機会が少ない。というかさとりと会うのは俺が関わった地底での事件以来ではなかろうか。いや待てよ、そういえば随分前にこいしが無許可で地上に来たときにこいしを地底に送るときに会ったな。それでももう何カ月も前のことだけど。

 

「そうですね…それにしても未だに定晴さんのその考え癖は治らないんですね」

「ああ、うん。ルーミアにも言われてるんだけどな…」

「注意してもすぐ考え込むんだから」

 

癖というのは中々抜けきらない。ただ俺は考えて自己完結で物事を処理することも多いので実のところさとり相手が一番話しやすいのではないかとも思っている。

なおさとりには隠し事とかできないのでルーミアは普通の口調である。別に俺は日頃からこの口調でもいいと再三言っているのだが、ルーミアは中々首を縦に振らない。

 

「悟り妖怪相手が一番楽って変ですよ。それに定晴さんの悩みは今は解決できそうにありませんね。さて、中に入りましょ」

「ああ、そうだな」

「一体何を考えていたのよ…?」

 

さとりの後ろについて地霊殿の中に入る。

地霊殿では動物たちが自由に過ごしている。こういうところも前に来た時とあまり変わらない。妖怪化している動物もいるし、ただの動物もいる。妖怪化している動物たちは働いているが、動物たちは本当に気楽そうである。外の世界で働きづめの人々を動物にしてここに入れればとても大きなリラックス効果がありそうである。

 

「私が知らない間に地上でも色々あったみたいですね。お燐から聞いています」

「そうだな。地上はこの一年はとても大変だったよ」

 

不動が特に。

というかお燐は地上での情報収集も担当しているのか。じゃあ縁側で寝ているのも実はただ寝ているだけではなくて霊夢たちの会話から地上での情報を集めていたり…

 

「いえ、縁側で寝ているときは普通に寝ています。情報収集は猫の姿で人里を歩いたりして行っているみたいですね」

 

いつの間にかこちらを向いていたさとりが答えてくれた。そうか、あれはただの休憩か。

さとりの第三の目が向いていなければ心は読まれないのでさとりの死角でなら問題はない。さとりに心を読まれなければあんなことやこんなことでも考えることができる。

 

「あの…そういうのは、私が前に向き直ってから…うぅ…」

「おっとすまん」

 

俺はあんなことやそんなこととぼかしたがさとりにはちゃんと光景が映ったらしい。中々大変そうな能力だとこういうときに実感する。まあ今さとりに迷惑をかけたのは俺の責任だけど。

 

「ここにこいしがいますので、私は自室に戻りますね」

「一緒にいないのか?」

「はい。よろしければあとで残り物でもくれると嬉しいです」

 

そう言うとさとりは歩いて行ってしまった。残り物というか、ちゃんとさとりの分も用意してきている。さとりはあまり甘くない方がいいかと思ってこいしのものとは別に分けているので後で渡すことも全然問題ないのだが。

 

「あ、私もここで待ってるわ」

「はい、私もここで」

 

どうやら二人もここで待っているらしい。随分とこいしに気を遣っているなみんな。

妙にニコニコしたルーミアと何かを察してルーミアの隣に立っているユズを尻目に俺は部屋へと入った。

 

「よう、久しぶりこいし」

「あ、定晴!やっほー!」

 

こいしはソファで足をバタバタさせていた。部屋には本も置いてあるけどそれを読んだ形跡はない。いつからここにいたのかは知らないが暇ではなかったのだろうか。

 

「ほら、こいし、クッキーだ」

「えへへ、ありがと」

 

はにかみながら笑うこいし。少女らしいというよりも女性らしい笑みである。俺と出会ったときはこのような表情は浮かべなかったと思うのだが、こいしも精神的に成長しているということだろうか。

 

「こいしはクッキー好きか?まあ作る前に聞くべきことだったかもしれないが」

「好きだよー。定晴が作ったクッキーならもっと好きー」

 

こいしにクッキーを作ってあげたことなんてあっただろうか。覚えていないけど前に地霊殿でしばらく生活していた時にクッキーくらいは焼いたかもしれない。

 

「ねえねえ定晴」

「ん?」

「色んな人に告白されたんでしょー?モテモテだねー?」

 

なぜかこいしが爆弾を投げてきた。今の俺には結構デリケートな話題である。魂のことについて説明してもいいのだけど、こいしがちゃんと理解できるのかも分からないし、こいしには関係のない話だ。

 

「まあな」

「…ルーミアちゃん来てる?」

「え?ああ。ユズっていう妖怪もいるぞ」

「今はどこに?」

「この部屋の前にいる。なぜか知らないけどさとりも二人もこいしに気を遣っているようだ」

 

どことなくホワイトデー前のレミリアのような感じもする。結局レミリアの意図もよく分からないままだが、レミリアはどこか満足そうだったので何かが上手くいったのだろう。ということは現在もあの三人にしか分からないことが進行中ということなのだろうか?

 

「ちょっと二人と話したいことがあるからさ、定晴はお姉ちゃんと話してきてよ」

「え?まあいいけど」

「すぐ終わるから。終わったら迎えに行くねー」

 

こいしに部屋から追い出された。俺が部屋を出たらこいしが二人のことを呼んだので俺と入れ替わりで二人が部屋に入った。一体なんだっていうのだろう…

俺はなんとなく疎外感を覚えながらさとりの部屋に向かった。さとりにはうっすらと笑われながら災難でしたねと言われた。本当になんだっていうのだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十八話 無意識少女の相談

こいしに呼ばれて部屋に入った。ご主人様は追い出されるように部屋から出ていきそのままさとりの部屋へ向かったようである。今頃ご主人様は疎外感を覚えているだろうけど、こいしの気持ちを考えると我慢してほしいと思ってしまう。

ご主人様が遠くに行ったのを足音で感じると、その途端こいしの顔が赤くなった。一気に沸騰したところを見るとご主人様からクッキーを貰った時点で我慢していたようである。今度から沸騰石を飲んでおいた方がいいのではなかろうか。

 

「わあ!え、えっと…こいしさん、大丈夫ですか?」

「う、うん…あと私はこいしって呼び捨てにしてくれていいよ」

「では私もユズって呼んでください…」

 

こいしが真っ赤になったせいで慌てるユズ。そういえばこいしとユズは初対面となるのか。どちらもご主人様に対して少し拗らせている二人である。

 

「え、えっとさ、ルーミアちゃん」

「何かしら?」

「告白…したの…?」

 

急にぶっこんで来るわねこの子。一体ご主人様と何を話していたというのだろうか。というか私が告白したことを知っているのはごく一部で、燐経由で情報を得ていたというこいしは知る由もないのだけど…

 

「お燐から妖怪の賢者さんとフラワーマスターの大妖怪が定晴に告白したって聞いたんだけど、ルーミアちゃんは…?」

「ああ、そういうことね」

 

こいしは私が告白したかどうかは知らず、二人がご主人様に告白したという知らせを聞いて私がどう動いたのか気になっているようだ。このままこいしを悶々とさせていても面白いけど、多分こいしは既にいっぱいいっぱいとなっているので正直に答えてあげよう。

 

「ええ、したわ。直接ね」

「ひゃぁぁ!」

 

こいしが変な声をあげてソファに座っていたにも関わらず少し跳ねた。そういえば昔に私は告白する気はないということをこいしに伝えたから、その分も驚いたのかもしれない。

 

「え、で、どうなの?どうなったの!?」

「落ち着きなさいな。ちゃんと説明するわ」

 

紫と幽香が告白して、そして私が告白したこと。ご主人様の魂に愛とかいうわけわからないのが生まれたこと。そして告白が成功となるにはご主人様を惚れさせればいいことを話した。昔こいしがご主人様の家に泊まりに来たとき、私とこいしがこの気持ちを共有したときに私のことも大体話してしまっているのでいつもの口調でいいのは気が楽だ。

 

「え、じゃあ定晴はルーミアちゃんのこと放置してるの?」

「まあそうなるわね。別に不誠実とかじゃないわよ?それとも幻滅したかしら?」

 

複数人から告白されているのに本人はいつも通り生活しているなんて外の世界では幻滅されてしまってもいいくらいだ。紫と幽香は長年の積み重ねによる信頼があって、私は私でご主人様のことで幻滅することなんて今更ありえからこんなことになっているだけで。

 

「ううん。幻滅なんてしないよ。今も…クッキーを貰って舞い上がっちゃってるくらいだから。それに定晴に助けてもらった時のことは、今も思い出せるし」

 

こいしは元々結構ご主人様に対して好意的だった。恋愛感情はなくとも、少なくとも頼れる兄のような、フランと同じような感じで見ていたらしい。ただ地底での事件でこいしが捕まって、それをご主人様が助けたときに、惚れてしまったという。聞いた話によるとこいしが捕まったのはご主人様のミスでもあるからマッチポンプなのではとも思うけど、でもまあ今の私なら同じ場面に遭うとそれこそ数日は頭の中がそのことしか考えられなくなりそうだし分からなくもない。

 

「私も告白した方が、いいかな…」

「こいしが定晴に対してちゃんと向き合いたいなら、ずっと一緒にいたいって思うなら告白した方がいいと思うわよ」

 

ライバルが増えると言うのは本来は危惧すべきことだ。しかし今回は相手があのご主人様である。一人がひたすらアピールしたところで簡単に落とせるような人ではない。複数人でまずは異性そのものを意識させる必要がある。ならば手数は多くても問題はない。

 

「告白…うー…好きって、定晴に?」

「ええ。まあ私は話の流れで自然に言えたけど…それでも気を抜いたら脳が爆発しそうなくらいドキドキするし何も考えられなくなるから気をつけなさいよ」

 

所謂先輩からのアドバイスってやつだ。ご主人様は好意というものに非常に鈍感だ。だから私たちが本気でご主人様にアタックするならまずは私たち自身がこの気持ちを全力で伝えられるようにしなければいけない。こいしがご主人様争奪戦に参加したいというのであれば告白は初歩の初歩である。

 

「でも私って結局のところ地底に住んでるし…定晴と会いたくても中々会えなくて…」

 

こいしが寂しそうに言う。地底と地上はそこまで遠くないと言えども近いわけでもない。今回私たちが一泊するのがその証拠でもある。こいしは片思いの遠距離恋中なのである。毎日ご主人様と生活することができる私とは全然境遇が違う。しかし地底と地上の間には不可侵条約が一応あるので頻繁に行き来することもできない。ご主人様は紫に許可を貰っているからと言っていたが、閻魔に見つかったら普通に怒られると思う。

 

「寂しいな…」

 

こいしは結構姉思いであり、地底に住んでいてもさとりがいれば大丈夫だと思われている。だが実際のところ今こいしが一番近くにいたいのはご主人様のところであり、さとりは二番目になってしまっている。今思えばフランも同じような感じになっている気がする。

 

「地上で生活できるようにならないかな…」

「流石に難しいと思うわよ」

 

だが、正直言って地底の妖怪が地上で生活することのデメリットは全くない。元々こいしたちも地上の妖怪で、人間やらなんやらから逃げるために地底に移住した子たちである。こいしが地上にいたいと願っているのなら、紫への直談判でなんとかならないだろうか。

こうなってくると一番の障害は閻魔な気がしてくる。幻想郷担当の四季映姫は時々幻想郷に訪れて不意打ち説教をしてくる。こいしの能力はあの閻魔ですら欺けるらしいけど、閻魔の能力はその曖昧な存在にするこいしの能力と非常に相性が悪いので閻魔がちゃんとこいしを探せばすぐに見つけることは間違いないだろう。ということは閻魔を避けるのではなく説得する必要があるけど…

 

「まあ私も色々考えてみる。定晴の近くに、いたいし」

「それ、定晴に直接言った方が良いわよ?こいしの好意に気付いていないのは間違いないだろうし」

「直接言えたら苦労はないよ!」

 

非常に共感。告白したとはいえ私も真っ向からご主人様に気持ちを伝えるのはやはり恥ずかしい。

 

「はぁ…あとは寝る前にでも話そうか。定晴のこと迎えにいかないとね」

「そうね」

 

一泊するので時間はまだまだある。その間にこいしの方針を決めてしまうのがいいだろう。こいしの反応を見るに諦めるという選択肢はないようだし、私も一応応援しないといけない。

私はユズが迷わないように手をつなぎながら部屋を出て行ったこいしの後について行った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百五十九話 再戦

低評価がつきました…精進します…


こいしが迎えに来てからはしばらくこいしと遊んでいた。最近地底で流行っているというカードゲームはとても盛り上がったので地底で買って帰ってもいいかもしれない。

そして地霊殿の中で遊んだあとは旧都へ出かける。こいしが俺たちと地底を歩きたいと言うのでルーミア、ユズも一緒に四人で旧都の散策だ。尚俺はお燐がこいしを監視するように尾行していることに気付いている。多分ルーミアも気が付いているが、まあこいしは誘拐歴があるので厳重になるのも仕方ないだろう。未だにあの時のことは反省している。

 

「定晴、行きたいところあるー?」

「特にないなぁ…こいしって日頃どこに行ってるんだ?」

 

こいしは何かと放浪していることが多い。さとり曰く今はもうそこまでふらふらすることもないが、いつの間にか出かけていていつの間にか帰ってきてるというのはあるらしい。能力で誰にも気づかれることなく外に出ているのだろうが、その行き先の一つは地上なので動物のみんなにはもっと頑張ってほしい次第である。

こいしはしばらく考えたあとに答えを口にした。

 

「どこって決めてないかなぁ。地上なら行く場所もあるけど地底だとねぇ…」

「それもそうか…」

 

地底にはシンボル的な建物はほとんどない。地霊殿くらいだろうが、こいしはそこの住人なので目的地になることはない。となればあとは具体的な名前が決まっている場所となると…旧都の入口の橋か?見るものはないが確かパルスィがいたはずだ。

それにその更に外側、郊外とも言えないくらいの辺境にヤマメたちがいたはずである。彼女たちとはそれこそ前に地底に来たとき以来繋がりもないので忘れられている可能性があるな。一回しか会っていない妖怪もいるわけだし。

 

「じゃあ旧都で買い物しよー!ルーミアちゃんたちもお土産ほしいでしょ」

「そうね。じゃあチルノたちにでも買っていってあげようかしら」

「私は…日頃の感謝を込めて美鈴さんに…」

 

ルーミアと話した結果地底ではもう何か隠し事する気はないようである。そもそも地上での一般的なルーミアのことを知っているのは地霊殿の中の少数と勇儀くらいだろうし、そこまで神経質になってまで隠すものでもないとのことだ。なら地上でもそれでいいのではと思ったけどそれはだめらしい。乙女心は分からん。

 

「じゃあ地底のお店に行こうかー。支払いは定晴お願いね」

「はいはい」

 

こいしはお小遣いとか貰っていないのだろうか。まあ貰っていたとしてもこんなところで貴重なお金を使わせるつもりもないのだけど。俺は一応先日の紫からの報酬としてある程度の金銭を貰ったのでお金には問題ない。例の紫が付き合ってあげる権みたいなやつの代わりである。

見た感じ地底で使われているお金は地上のものと同じのようなので支払うことも問題ないだろう。造幣局とか幻想郷にはないと思われるのだけどどこから流通しているのだろうか…いや、河童が造幣局を作っててもおかしくはないな。地底への入口は妖怪の山にもあるわけだし、河童がお金を作っているのなら辻褄も合いそうだ。

 

「前に来たときはあまり買い物をしなかったけど、地底の特産物ってあるのか?」

「えー?うーん…お酒?」

 

地底には地上と同じく様々な妖怪がいるが、その中でも多いのは鬼たちだ。そして鬼は戦いと酒が大好物。少し耳をすませばどこからか喧嘩をしている声が聞こえる旧都では、戦いと酒の需要が高い。供給を間に合わせるために酒が特産物のように流通しているのだろう。

 

「こいしはお酒を飲むのか?」

「宴会のときは飲むこともあるけどジュースの方が好きかなぁ。あ、でもフランちゃんのところで貰ったワインってやつは美味しかったよ」

 

流石にビールは口には合わないようである。まあ俺も浄化がある以上酔う必要があるときは酔うことを目的にして飲むしかないのでわざわざビールを選ばなくてもカクテルなんかで事足りるので気持ちはわかる。ただ幻想郷のビールって今までの宴会の経験があるからか作り方がいいのか妙に美味しいんだよなぁ…

 

「まあたまには家で酒を飲んでもいいか…ルーミアとユズは酒飲むか?」

「私はあまり飲まないわね」

「私も…普通にジュースがいいです…」

 

じゃあまあ少なめに買えばいいか。俺が果物を使って果実酒だとか普通のジュースを作った方が喜ばれそうである。

 

「お、定晴じゃないか!おーい!」

「誰だ?」

 

酒屋ばかりの道を物色しながら歩いていたら店の中から声をかけられた。誰だ、と問うたものの旧都で俺の名前を知っている妖怪なんてそう多くないし、酒飲み通りで俺に声をかけてくるなんて一人しかいない。

 

「勇儀、久しぶり」

「久しぶり!」

 

ここは飲み場ではなく酒屋のはずなのになぜか勇儀は酔っていた。確か勇儀には萃香同様どこでも酒を飲める手段があったはずなのでそれでここでも飲んでいたのだろう。もしくは試飲でもしていたのかもしれない。

 

「いやぁ、気が付いたら地上に帰ってて私はショックだった!」

「地上でも会っただろ」

 

萃香はよく博麗神社にいるが、そこに鬼仲間・酒飲み仲間として勇儀がいることがある。勇儀は地底の妖怪のはずだがお燐と同じように勝手に地上に来て酒を飲んでいるらしい。開けたところで酒を飲むのもまた美味いとは勇儀の言。

 

「いやでもね、私は思ったのさ。また戦わないかってね」

「あー…」

 

昔勇儀と地底で戦ったことを思い出す。萃香と違って生粋のパワー型である勇儀は鬼らしく力で俺をねじ伏せたのだった。そういえばあの戦いが幻想郷に来てから初めての敗北だったような気がするな。自分の力を過信していたわけではないのだが、身体強化をフルに使っても尚力が足りないこともあるのだと驚かされた記憶がある。

 

「どうだい!?再戦と行こうじゃないか!」

「いや、今日はこいしたちと出かけてるし時間もないのでまた今度ということで」

「えぇ!?」

 

地底は行くところが少ないとはいえこんなところで時間を潰す理由もないのである。ここの妖怪たちにとっては酒の肴となるのは間違いないだろうが、わざわざこいしを連れている今に私事で時間を使うのも忍びない。

 

「また地上で会ったらやってやるよ」

「ここで鬼に囲まれてやるのが楽しいのに!」

 

俺は勇儀に別れを告げて道を歩き出す。俺の後ろを三人が追いかけてきた。

 

「よかったの定晴?」

「いいよ。戦いはいつでもできるし、こいしに案内してもらう方が優先だ」

「えへへ…」

 

どうしてもここでしたいというのであれば喧嘩のために地底に来てもいいのだが…まあ機会があれば考えておこう。どうせ一度戦ってだけで満足するような質の妖怪でもないのだ。

一応途中で見つけた酒屋でよさそうな酒を買い、また露店で売っていた髪飾りを三人に買ってあげた。それにしても本当に観光名所がないなここ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六十話 夜の会議

ところ変わって私の部屋。定晴よりも先に風呂に入ってルーミアちゃんを呼んだ。地上に遊びに行って風呂に乱入したときはまだよかったけど、今日はとうとう乱入しようとしたら恥ずかしさが勝ったので乱入はなしだ。地底にいる間にも想いが募ったせいでもうあの時ほど少女らしい行動はできそうにない。

 

「じゃあ定晴の前で無邪気な感じで話すのやめたら?」

「急に変えたら変かなって…それに女性らしい話し方だって分かんないもん…」

 

ベッドに座ってルーミアちゃんと隣り合って駄弁る。内容は専ら定晴のことばかりだ。既に定晴に告白しているルーミアちゃんに恋愛相談なんておかしな話ではあるが、こんなことを相談できるのはルーミアちゃんしかいないししょうがない。お姉ちゃんに相談したらお姉ちゃん作の小説のネタにされかねないし。

 

「ルーミアちゃんのことも教えてよ。それにいつも通りご主人様って呼んであげていいんだよ?」

「呼び方は敢えて定晴の前でやってることだから本人がいないのに呼んだりしないわよ。私のことねぇ…」

 

既にある程度、特に告白の話は詳しく聞いている。私には分からないけど、話しているときのルーミアちゃんが珍しく顔を真っ赤にしていたので本当に精神的にやばいんだろうなと思う。

 

「私のことで話せることなんてもうないわよ?これ以上はただの日常だもの」

 

ルーミアちゃんは定晴との何気ない日常が一番大切だと言っていた。ただ日頃生活の中でおはようだとかおやすみだとかを言ってもらえることがとても嬉しいのだと言う。定晴の式神になるまではそこらへんの妖怪と同じように適当なところで寝て適当な食事をして一人で生きていたらしいから、定晴が一緒にいてくれることが本当に嬉しいのだろう。そのことを話しているルーミアちゃんの顔がすごく幸せそうでかわいらしいものだったから同性ながらドキッとしたものだ。

 

「まあでも私にとっては日常でも、こいしにとっては非日常かもね」

「うん…定晴と一緒の家…いいなぁ…」

 

ルーミアちゃんの話を聞いて同じ家で過ごすことを想像してみる。今思えば昔定晴の家に押し掛けたときの生活をもっと楽しめばよかった。そういえば私の気持ちをはっきりさせたのはあの日のルーミアちゃんだったな…

 

「まあ一緒に過ごすのは私だと逆に耐えられなさそうだからいいとして、告白はしないとなぁ…」

「そこはもう勇気ね。こういう言い方は嫌いだけど、既に何人か定晴に告白しているからそこまでハードルは高くないわよ」

 

確かに嫌な言い方だ。一番最初に告白したのは確かフラワーマスターこと幽香だったはず。あまり接点はないけどその姿は見たことがあり、気品溢れるというのはああいうことを言うのかと思ったことがある。あんな人が恋敵なんて勝てる気がしない…

 

「何勝手に気落ちしてんのよ」

「やっぱり無理だよぉ…他の人たちが強すぎて勝てる気がしないよ…」

 

今は私とそこまで身長が変わらないルーミアちゃんだけど、本来は霊夢くらいの身長になることができるのは一つのアドバンテージだ。私にはこの姿しかないからどれだけやっても子ども扱いされる未来しか見えない。

 

「そんなことないわよ」

「え?」

「定晴に隠れてこっそり手に入れた情報によるとチルノとフランにも変化があったみたいだし」

 

あの二人が?チルノちゃんは稀に遊ぶくらいだからよく知らないけど、フランちゃんは前にそういう感情はないって言われたはずだ。でもそういえばドキドキはしてるって聞いたような…兄への信愛が恋まで昇華したということなのだろうか。私と同じように子供らしい一面があるフランちゃんだけど、実際には淑女らしい振る舞いだってできるちゃんとした女性だ。フランちゃん相手でも勝てる気はしない。

 

「それどこからの情報?」

「私にも色々あるのよ」

 

ルーミアちゃんの交友関係についてはあまり知らないけど、あまり誰かと一緒にいるイメージはない。チルノちゃんたちと遊んでいるらしいけど、逆に言えばそれくらいだ。最近は基本的に定晴の傍にいると思うからどこから得た情報なのかは気になる。

 

「私、その二人にも勝てる気がしない…」

「はぁ…そんな弱気になるなら告白なんかしない方がいいわよ。絶対に辛いから」

 

そもそも私だけ地底住みというだけで土俵が違う。この違いをなくすためにはやはり閻魔様を説得して私だけでも地上に住むことができるようにしてもらわないといけないけど…でも私一人だけで生活できる気がしないし定晴の家に住まわせてもらうのも申し訳ないし…あれ、結構私終わってない?

 

「さとりに相談してみたら?あの黒猫とか」

「お姉ちゃんは恋愛に関しては初心だから何の参考にもならないよ。お燐も同じく…というか地底でまともに恋愛してる妖怪なんていないよ。鬼の恋愛なんて強ければいいみたいなのだし」

 

妖怪が人間に恋をするという事例が地底では初めてだ。なんせ地底には人間はいないから。まあ地上でもそんなに多くない事例ではないのは間違いないだろうけど。

恋かぁ…難しいなぁ…想いは溢れて、地底にいる間もことあるごとに定晴のことを思い浮かべてしまって一緒にいたいっていう気持ちは強くなっているけど、その願いを叶えるための障害が多すぎる。

 

「焦らなくてもいいのよ。恋愛なんて焦ってもいいことないし」

「知ったようなこと言ってるけどルーミアちゃんも初恋なんだよね?」

「それは言わなくていいのよ。焦ってもいいことないのは何事もでしょ」

 

顔を赤らめながら訂正するルーミアちゃん。今は少女の姿をしているけど恥ずかしそうにしている姿はどこか少女らしさを感じない、大人の女性といった雰囲気を醸し出している。あれ、もしかしてあまり見た目って関係ないのかな。

 

「段々夜も遅くなってきたし寝る準備をしましょ」

「うん…ルーミアちゃんここで寝る?あ、でも定晴と同じ部屋で寝てもいっか。ルーミアちゃんって定晴と同じ部屋で寝ることあるの?」

「ないわよ。恥ずかしいじゃない」

 

…私もドキドキするけど、こういうのってチャンスって言うんじゃないのかな。

私は布団を抱えて定晴の部屋に突撃した。強引にルーミアちゃんも連れてきた。定晴は驚いた顔をしていたけど、地霊殿の部屋は大きいので私とルーミアちゃんがいても気にならないはずだ。折角なのでユズちゃんも呼んで四人で寝ることにする。

 

「強引ね」

「えへへ、たまにはいいでしょ」

 

ちょっと邪魔だったのでベッドは動かして布団を横に四つ並べた。入口側から定晴、ユズちゃん、ルーミアちゃん、私だ。なんで定晴の隣に私もルーミアちゃんもいないのかと言うと、いざ横を向いて寝ると定晴がいるという状況になったときに全く寝られる気がしなかったのでこうなった。

我ながら初心だ。

 

「おやすみなさい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六十一話 記憶の穴

地底から帰ってきてから三日経った。その間ルーミアがよく外出している。行先を聞いてもはぐらかされるが信用しているのであまり気にしなくていいだろう。そしてルーミアが出かけていることに気が付いた紫がやってきていた。どうやらルーミアがいる間は遠慮してこないようにしているらしい。ただ俺に告白してきた三人は俺が知らない連絡手段を持っているらしいということを俺は察しているのでただ単にそういう話になっているだけなのかもしれない。連絡手段は十中八九紫の境界を操る能力頼みのものだろうけど。

 

「でさー、藍がさー、おやつを作ってくれなくてさー」

「くっつな!暑い!」

 

紫は俺にべったりとくっついて色々と話しかけてくる。春とはいえそこまでくっつかれると暑いのでもう少し適度に距離を離して喋ってほしいところである。

 

「でもこれくらいじゃないと定晴私を意識しないじゃなーい!」

 

勿論理由は分かっている。今までよりも過剰にくっついてきてるのは俺へのアピールということなのだろう。ただ紫は今まで友人として接してきているうえ、今までもここまでではなかったにせよくっついてくることはあったのでどうしても面倒という言葉が出てきてしまう。口に出すと確実に紫が泣くので言わないけど。

 

「紫さん、お茶です」

「あ、ありがとねユズちゃん。定晴の式神としてちゃんと仕事をしているのは高評価よ」

 

ユズは給仕に徹している。ただどうやらユズは紫のことが怖いらしいのでそのまま部屋へと戻らせる。ユズのストレスになってもいけないので申し訳ないが紫がいる間は部屋にいてもらおう。

 

「それでさ定晴」

「ん?」

「幻想郷はどう?もうそろそろで二年くらいになるけど…楽しい?」

 

少しだけ雰囲気を変えた紫が尋ねてきた。

 

「私は少しだけ不安なの。だって幻想郷に来たせいで…定晴は今までよりも酷い傷を負ったり、ボロボロになったりしてて…」

「そんなの今更だよ。外の世界でもこれくらいのボロボロさはあったさ」

 

例えば外の世界での狂った妖怪退治。再生の能力よりも早くボロボロにされ、剣も中々通らず、霊力は底をつきかけた。運よく罠にかけることができて近距離で浄化をあてることができたからなんとかなったものの、その後数日は依頼を受けることができなくなった。

むしろ永遠亭という最強の医療機関に加えて、ルーミアや紫といった信頼できる人々が近くにいる現在の方が恵まれている。なんせ再起不能になるまでボコボコにされたうえでに誰にも発見されることなく山の中に数日遭難するなんてこともあったからな。生き残る未来を見つけることができなければ俺は幻想郷に来ていないだろう。

 

「でも…」

「紫、あんまり心配すんな。不動の一件に関して言うなら俺が外の世界で放置した問題のツケが回ってきたようなものだ。どちらかといえば俺のせいで幻想郷がボロボロになってるよ」

 

そういうなんでもかんでもを受け入れてくれる幻想郷でよかったと心から思う。大きな異変があっても最終的に宴会で和解という形がとれるからこそ幻想郷はバランスが保たれている。だから…

 

「これほどの幻想郷を作ってくれてありがとな、紫」

「ふうぇ…」

 

俺の言葉で紫が変な声を出した。そしてじわじわと顔を赤くしている。こんなに分かりやすく人ってのは赤らめることができるのだなと感心していたら紫がわざとらしく大きな声を出して言った。

 

「当たり前じゃない!それが私の夢だったんだから!」

 

紫の夢、人間と妖怪が共存できる世界を作ること。人間の営みも、妖怪の営みも、両方を蔑ろにすることなく双方理解ができるような世界。それが幻想郷だ。紫じゃなければこんな世界は作られることがなかっただろう。幻想郷によって救われた人間も妖怪もいるだろう。

 

「そしてここにあなたを招くっていうのも夢だったの。そのせいで恋敵は増えちゃったけど…満足しているわ。定晴にはもっと色々大切なものを増やしてほしいもの」

 

紫も、幽香も、ルーミアも、霊夢たちだって大切だ。そしてこの幻想郷も、俺の大切なものだ。外の世界での友人も懇意にはしていたものの日本全国を渡り歩いていた俺には大切とまではいかなかった。同じところに長く住むというのが学生時代以来久しぶりなものだから大切なものができるのも久しぶり…

久しぶり…?確かに学生時代は同じ家に住み続けていたし学校にも通っていた。そして大切なものも…だめだ。頭に靄がかかる。

 

「…大丈夫定晴?押しつけがましかったかしら…」

「ああいや、紫とは関係ないんだ。大切なものを思い返していたら、なんとなく頭に引っかかったことがあって…」

 

学生時代の記憶は朧気だ。俺がそれまでの家を飛び出して一人で旅を始めたのが高校三年生。能力を得たのはそれよりも少し前だが…能力を得たときのことは覚えているが、それ以外の学生生活を思い出すことはできない。中学生のときなんかは普通に中学生らしい生活をしていたと思うんだが…別に親が死んでいたとかそういうわけではない。子供らしい発想で高校を出たのがいい例だ。

 

『狂気、何かわかるか?』

『…俺も、俺が生まれたときからしか覚えてないぞ』

 

狂気は俺が独り立ちしてから生まれた魂。現代社会でのイライラをこいつが抑えていてくれた。ただ生まれる前のことは知らないと言う。魂のこともまだ分からないことだらけだな。

 

「うーん、でも定晴が思い出したいというのなら私も手伝うわよ!」

「ああ、そのときは頼むよ。外の世界に行く必要もあるかもしれないからな」

 

俺の中の疑問は何も氷解していない。なぜここまでスッポリと学生時代の記憶が抜けているのだろうか。小学生の記憶なんかはなくなっていてもおかしくはないのだが、中学そして高校の記憶はそれなりに覚えているはずである。そこまで俺にとって重要ではないとして消えてしまったのだろうか。

 

「定晴が悩むなんて珍しいわね」

「俺だって悩むさ。お前らのことも悩みっぱなしだ。申し訳ないと思ってるよ」

「それは定晴は気にしなくていいのよ。外の世界なら悪い男のレッテルを貼られるかもしれないけど、ここでは気にしてないわ。それに妖怪と人間の恋なんて障害だらけなのは当然でしょ?」

 

紫はなんてことないように言う。

四月の幻想郷、俺の周囲の環境が今尚変わっていることをなんとなく体で感じていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六十二話 スキンシップ

幽香さんの気持ちが分からない…この人何考えてるんだろう…


「やっほー定晴。会いに来たわよ」

「幽香?」

 

それは春のある日。今日も今日とてルーミアが不在な日に家に幽香が遊びに来た。紫はあの日以来も何度か家に来て適当に駄弁っているが、幽香が来るのは初めてだ。というかルーミアの告白から会うのは初めてである。

 

「久しぶり…」

「ええ、失礼するわよ」

 

幽香は家の中に堂々と入ってきた。ユズは来客を察知して素早くお茶を準備したのちに自分の部屋へと逃げてしまった。仕事はきっちりとこなすあたりよくできた子である。最近は来客が多くてリビングでゆっくり休むことができていないようなので申し訳なく思っている。

 

「何気に私が家の中に入るのは初めてかしら?」

「そうだな。そもそもあまり幽香が家まで来ることはないからな」

 

幽香と会うと紫、ルーミアと向き合った時よりも緊張する。それは幽香が最初に告白してきた人であり、最も長い間返事を待たせてしまっているからだ。幽香に対しても申し訳なく思ってしまう。

 

「もうっ、別に返事を急かしに来たとかそんなんじゃないんだから定晴も座りなさい?」

「ああ、悪い」

 

机を挟んで幽香に向かい合うように俺も椅子に座った。こうやって幽香と向かいうのも新鮮だ。

実のところルーミアとも随分と長い間同居したので過ごした時間ランキングだと三人の中で幽香が最下位になってしまっている。過ごした時間の長さが一番大切だと言うつもりはないものの、現在の幽香との距離感を未だに掴めずにいるのも事実である。

 

「聞いたわよ。中々面倒な精神状態らしいじゃない」

「そうだな…仕方がないと言うわけではないが俺自身だとどうにもならない気がする」

「ま、そのために私たちがいるんだけど」

 

やはり幽香も紫同様ルーミアから話を聞いていたようだ。これも俺の知らない三人の間にある連絡手段によるものなのだろうか。俺は紫のスキマを使ったものかと思っていたが、最近は紫が作った独自のチャットなのかもしれないとも思い始めている。

 

「というか定晴、何で私には会いに来てくれないのかしら?もう私は定晴争奪レースから外れた?」

「いや、そういうわけじゃないんだが…」

 

幽香の家は若干遠いというのが理由の一つ。ついでに自分から会いに行くのもどうかなと思っているのが理由の一つだ。紫の家とは違って俺の意思で行くことができるので頻繁に行ってあげた方がいいかもと思いつつも、話すことも思いつかないので行くことができるにいる。

ということをそのまま幽香に伝える。

 

「意気地なし!」

「すまん…」

「まあだからこそ今日は私が会いに来たってわけだけどね」

 

言い訳をするのなら幽香は結構日中は外に出ていることが多いので家に行っても会えるかどうか分からないので少し億劫になっているということを知ってほしい。うん、ただの言い訳だ。手紙かなんかで伝えておけば時間を作ってくれることくらいは分かっている。

 

「それで、今の私への印象はどうかしら?」

「申し訳ないけど友人としか思えない。紫たちもそうなんだけど」

「まあ知ってたわ。それじゃぁ…」

 

幽香は椅子を立って俺の横に移動してきた。そのまま俺に体を倒してくる。

 

「ど、どうかしらっ?こういうのは!?」

 

椅子を立った時は澄ました表情をしていたというのに俺に倒れ掛かった瞬間顔を真っ赤にして、声も裏返っている。そんなに恥ずかしいのならしなければいいのに…これも一種のアピールなのだろうが。

 

「顔真っ赤だぞ」

「うるさいわねっ!こういうキャラじゃないのは分かってるわよ!」

 

幽香は体を元に戻してこちらを向いた。未だに顔は真っ赤なままだ。いつも幽香は冷静な対応をしているのでこんなに分かりやすく赤くなっているのは珍しい。

 

「うー…でもこれくらいしないとあなたにはアピールにならないって紫に聞いたのよ」

「あぁ…」

 

紫はあまり恥ずかしがることなくスキンシップを取ってくる。実際抱き着いてきたり倒れ掛かってきたりするのはよくやっている。今までの紫はそれで俺に気付いてもらえなかったからもっと過激にした方がいいとかそういうことを言ったのだろう。

 

「俺は別にスキンシップだけが伝える方法じゃないと思うぞ?というか紫のアドバイスなんてそこまで真剣に聞かなくていいぞ。あいつ、いざって時以外は基本的にポンコツだから」

「まあそれは言えてるわね。でも…私、異性へのアピールの仕方なんて知らないわ。やっぱりレースだと最下位なのかしらね」

 

幽香はあまり交友関係を持つことが少ない。実際俺よりも幻想郷に住んでいながら交流を持った人数であれば俺よりも少ないだろうことが窺える。植物を求めて色んなところに行っているという点では、様々なところに行く俺とそこまで変わらないように思えるが、その先で出会う人と話すことは少ないのだろう。幽香の話し相手は専ら植物たちだ。

 

「というかなんでこのことで定晴にアドバイスを貰わないといけないのよ」

「そう言われても」

 

俺はどうしてもみんなのことを友人としてしか見ることができないので俺からアピールすることは多分ない。それにそういうことはあまりしてこなかったから俺もどうするべきかは知らない。演者をしていた時にラブロマンスのシナリオを演じたこともあるが、そのときの行動がそのまま活用できるとも思えない。フィクションはあくまでフィクションなのである。

 

「ま、まあ、今日は別に無理にアピールするために来たわけじゃないから。私と普通に喋りましょ?」

「そんなことなら全然構わないぞ」

 

幽香とは隣り合った椅子に座りながらただ雑談をした。紫のようにグイグイ来るわけではないので俺も話しやすい。随分と長いこと話したのちに外が暗くなってきて、ルーミアが家に帰ってきた。

 

「ただいまー」

「おかえりルーミア」

「お邪魔してるわよ」

 

そういえばルーミアは幽香の前での態度はどうするのだろうか。でも幽香は暴走状態でのルーミアのことを去年見ているわけだし隠すこともないだろうか。

 

「来てたのね幽香。ご飯も食べていくの?」

「定晴がいいなら食べていきたいんだけど…」

「いいぞ。ルーミア、ユズを呼んできてくれ。ユズには少し息苦しいかもしれないけど、他の人に慣れるためってことで」

 

そして珍しい四人での夕食の時間を過ごした。幽香はユズとも絶妙な距離感を保ってくれたおかげでユズもそこまで辛そうではなかった。チルノたちもたまに幽香にお世話になっていると大妖精が言っていたので距離感を保つのは得意なのだろう。

幽香への印象が少しだけ変わった、かもしれない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六十三話 本当の

「さて、今日は予定もないから…ご主人様に聞きたいことがあるわ」

「ん?」

「ご主人様の本当の能力についてよ」

 

こいしのために色々と動いたけどできることがなくなったので今日は一日暇だ。となれば家ですることがあるわけだけど…一番優先すべきことはご主人様の能力についてだ。

ユズへの信頼がないわけではないけど不用意に聞かせることができないのでユズはいない方がいいのだが、今日は都合がいいことにユズは博麗神社に遊びに行っている。今頃水那と一緒に弾幕ごっこに興じていることだろう。

 

「あー…そういえば話すって言ったな」

 

先日の花見のときに水那の能力が判明した。自己申告制かつ彼女自身微妙な顔をしていたので判明という言い方は正しいのか分からないけど。その話の流れの中でご主人様の能力についての話になった。ご主人様はずっと能力を【十の力を操る程度の能力】だと言っているけど、それにしては不可解な点が多い。それにご主人様も力はそれだけじゃないような雰囲気を出している。

 

「あの不動も知らなかったってことはご主人様はずっと秘匿にしてきたんだろうし、言わなくても…」

「いや、気にしなくていい。秘匿って言っても紫やミキは知っているし、多分前に会った反応を見るに輝夜にもバレてる。なんとなくどんな能力か予想するくらいは誰でもできるしな」

 

ご主人様が不可解な動きを見せたのは不動の異変の時。黒病異変ではない方だ。

あの時ご主人様は明らかにいつもより苦しそうだったし、まるでどう動いたらいいのか分かっているかのように行動していた。それにあの輝夜姫の別世界、並行世界を匂わせる発言。ここから予想するに…

 

「未来を体験する能力、ってこと?」

「まあ間違いではない。特に名称はないんだが俺はこれを【打ち勝つ程度の能力】って呼んでる」

 

さらりとご主人様は能力名を口にした。名前だけなら随分と強そうな名前である。その能力を使っていればどんな戦いでも負けなしのように思える。しかしそんなことはないのだろう。あの異変のときにずっと一緒に行動していたけど、あの時のご主人様の苦しそうな顔はもう見たくない。あれほどの表情をさせる能力が使い勝手がいいはずがない。

 

「これは言うなれば死を体験する能力だ」

「死?」

「そう。その行動の先に死が待っているときにのみ能力が発動して、何が起きるのかを予想できる。霊力の消費は無効化ほど多くないんだが死んだときの苦しみが返ってくるんだよな。しかもこれに関しては俺の力で制御できなくてな…まあ死ぬ痛みを味わうだけで死ぬよりマシだがな」

 

苦笑いしながらそう言うご主人様。マシなんて言ってるけど、きっとそんなことはないだろう。言葉通り死ぬほどの痛みを何度も味わえばきっと死にたくなる。そしてそれを私は理解することができない。

 

「そんな悲しそうな顔しないでくれ。死ぬよりもマシなのは当然だろ?見た未来の数からすると…この能力が無ければ不動の異変で十回は死んでる」

「…」

 

あっけらかんと言うご主人様。痛み、死に対する恐れはないのだろうか。

そういえば痛みの話で思い出したが、フランから聞いた話だとご主人様が最初に紅魔館に訪れた際に狂気状態のフランによって腕を吹っ飛ばされたと聞いた。その腕はご主人様の再生の能力によって完全に元に戻ったと聞いたときはなんて規格外の再生力だと思った。妖怪でも腕が吹き飛ばされたら一カ月くらいは回復に時間がかかるというのに。

しかしもっと考えるべきはご主人様の反応だった。腕が吹き飛ばされたとき、ご主人様は叫び声一つ上げずにすぐさま腕を拾ってくっつけたらしい。腕を吹き飛ばされた直後の冷静さではない。答えは一つ、慣れていたのだ。腕を吹き飛ばされるくらいの痛みなどどうでもよくなるくらいの死というものに。

 

「…じゃあ質問を変えるわよ?」

「おう。今日は隠し事はなしだ。ルーミアのことは信頼してるしな」

「ふふ、ありがとう…ご主人様は能力をずっと【十の力を操る程度の能力】って言ってたけどあれはなんだったの?嘘ってことかしら?」

 

ご主人様は幻想郷に来てからずっと【十の力を操る程度の能力】であると宣言してきた。能力は自己申告制なので嘘の判定はないわけだけど、本当の能力があるのに別の能力名を口にしていたというのは嘘をついていたのと同義であると考えてもいいだろう。

 

「嘘じゃない。ルーミアだって知ってるだろ?」

「じゃあ能力は二つってこと?」

「んー、それもちょっと違うな。あくまでこいつも打ち勝つための布石だった」

 

だった?

 

「俺は学生時代に能力を身に着けた全能感から家を飛び出て一人で生活を始めた。そのときは既に力はあったんだ。でも十個じゃない。魔術だけだ」

「え、どういうこと?」

「十個の力っていうのは段階的に見に着けたものなんだ。ルーミアに言ったことあったか忘れたけど俺の剣術の師匠はあのミキだぜ?んでもってこの剣は…」

 

ご主人様が輝剣を出現させた。ご主人様が持つこともなくふわふわと浮いているのは特性らしい。

 

「ミキと一緒にとってきたものだ。俺の死を回避するために剣の力が発現したから剣術を習ったに過ぎない。剣の力がうまれたのは偶々…だと思う。少なくとも俺は剣が無ければ死んでいたって状況になった記憶がないからな。剣のおかげで仕事に成功した記憶はあるけど、打ち勝つ能力は死以外には反応しないからなぁ…」

 

順番を整理すると、打ち勝つ能力が死を検知して剣術の力を発現、輝剣をミキと一緒に取りに行く、剣術を習う。ということだ。となると輝剣と剣を出現させたり消したり増やしたりという芸当は関係ないように思えるけど…

 

「その認識で間違いないぞ。輝剣を幻空とは別のところに収納することができるのは【十の力を操る程度の能力】に由来するものだ。ただ収納できるのは一本だけで、増やすことができたのは光属性と相性がよかったからだからまるっきり関係ないわけでもない」

「じゃあ別の剣を入れることもできるってこと?」

「そうだな。でもこのフワフワ浮くのは輝剣の固有のものだからこれ以外を使う気もないけど」

 

ご主人様から本当の能力を聞いて謎を解明しようと思ったら更なる謎が増えた。そしてこの謎を解明するためにはきっとご主人様の人生を体験しなければいけないだろう。

 

「ま、あれだ。剣も魔術も結果も無効化も、全部死を回避するために生み出されたものだ」

「じゃあこれからも増えるんじゃないの?」

「かもな。増えたらなんとなく感覚で分かるんだが幻想郷に来てからはまだないな。不動のときも発現しなかったからもしかしたらこの十個の力で事足りるってことなのかもな…本当のこと言うと未来視も力の一つだから十個じゃないのだけど」

 

おや?新しい謎の予感。

 

「十個の力っていうのは俺が勝手に選んだ十個だ。それに魂って力じゃなくて本当に知らない間に狂気がいただkだから能力に関係ない。要は他人に言ったり見せたりするためにキリよく十個の力ってことにしてるだけだ」

「そんなのズルじゃない!」

「問題はない。なんせ十個全部見せるってことは中々ないからな。霊夢の前とかでも十個全部使ったわけじゃないし、このことを知ってるのはミキと紫とルーミアだけだ」

 

なんだか段々ご主人様のことが詐欺師に思えてきた。今までの幻想郷での能力に対する態度はすべてブラフであり、本当の能力を隠すためのものだったということに驚きを隠せない。

 

「ちなみに能力のことを隠すのは、知られると効果がなくなるからだ」

「それ私に言ってよかったの?」

「ルーミアは俺を殺そうとしないだろ?」

 

まあ、するわけないけど。ご主人様からの多大な信頼が私を嬉しくさせる。ここまで式神のことを全面的に信頼してくれる主も中々いないだろう。

 

「ま、大体こんなもんだ。質問に関しては周囲に誰もいなければいつでも受け付けるぞ」

「分かったわ」

 

ご主人様の能力はまだまだ謎だらけだ。それに今までの情報の精査もしなければいけない。ご主人様のことを理解するためには必要なことだ。惚れさせるためにも、絶対に。




作品タイトルを無視するような能力が出てきましたがちゃんと収束しますのでご安心ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六十四話 これタイトルね

やあ、俺はミキ…あ、ここ前書きだ。


ごほん…やあ、俺はミキ。時空神だ。急に話しかけられてビックリしているかもしれないが、この小説というのも一つの時空だからな。俺なら読者という存在を認識することもできるというわけだ。

さて、毎回毎回問題を起こしてしかも大切なときには駆けつけないサブキャラの俺がなぜこうして二百六十四話にして文章に出てきたかと言うと、少しばかり補足をしないといけないからだ。

 

「よおルーミア」

「…あなたはいつも突然ね。定晴ならいないわよ」

「今日はお前に用があって来たからな。失礼するぞ」

 

定晴の家でインターホンを鳴らすとルーミアが出てきた。今日の目的はこいつだ。

俺は時空の力を使うことで好きな時空にワープできるんだが…前までは入れたのにいつの間にか定晴のやつが無効化の力も乗せた結界を張ったせいで入れなくなった。紫も泣いていたし迷惑極まりない話だ。最上位の■■■、それこそ■■■■■■■■■■■も無効化できてしまうから俺の力でもこの結界は超えれなくて…あ、やべ。これは言っちゃいけないやつだから黒塗りしとくわ。

さて、話したいことはルーミアとの話の中で理解しておくれ諸君。

 

「まあ座りんさい」

「あなたが一対一で話そうとするとか怖いんだけど…」

「要件終わったらすぐに去るから安心してくれ。早速本題に入るぞ」

 

ルーミアに怖がられる俺。俺ってそこまでミステリアスな存在でもないと思うんだけどなぁ…神だって言っても本質は人間だしね。あ、でも神奈子とかには怖がられてるんだよなぁ…

 

「定晴自身も勘違いしてる能力についての捕捉だ」

「補足?それに勘違いって…」

「俺がなんとかしてやってもいいんだけどさ。あいつ俺といると変なスイッチ入っちゃうみたいだから自然体で接することができるお前らで解決してやってほしいという意味を込めて話すぞ。ちな紫には既に話してるから…幽香だけ情報戦でボロボロだけど大丈夫かね…まあいいか」

 

情報収集してみたところ現在定晴は三人に告白されているという面白い状況になっているらしい。妖怪に人間の法は適用されないし全員娶ってしまってもいいのではと俺は思うのだけど…まあ俺が言えたことでもないな。

ルーミアと紫は定晴の能力について色々と聞かされているが幽香だけは何も知らない。定晴も信用していないわけではないのだろうが…ま、過ごした時間が違うってことだな。

 

「まず勘違いの部分だ。あいつの【打ち勝つ程度の能力】ってのはお前らが思ってるほど単純なものじゃあない。お前も感じたことだろうけど、死を回避するために力が勝手に増えるなんてそれこそチートだろ?理論的には死地に飛び込めば無限に力を得られることになるが…そんな便利なものなわけがないだろ?」

 

そもそも全ての力を差し引いても無効化の力が規格外で強すぎる。デメリット多めで使いにくいと定晴は感じているようだが、そんなことは決してない。まあ自分の力を勘違いしているやつがそう思うのも無理はないのだけど。

 

「ルーミアが知ってるか分からんが俺は時空神だ。時空に関することなら大体感知できる。定晴の未来視が発動すればその分並行世界、俺はこれら全部まとめて時空って呼んでるんだが、これが増える。そうなればあの能力の違和感だってわかるってことだ」

「結局何が言いたいのよ」

 

ルーミアが急かしてくる。重要なことを話すときは少し長めに前置きをするっていうのは常套句だっていうのに…まったくロマンが分からん妖怪だ。

 

「あいつのことを理解してくれ…っていうと今のお前らの目標が変わらんのでもっと具体的なアドバイスだ。定晴の過去を知れ。そうだな…中学生だとか高校生の初めとかそこらへんのことを聞いてみろ。面白いことになるぞ」

「怒られないわよね?」

「怒らん。というか定晴が自分自身のことでキレることはないから安心しな。さて、言いたいことも言ったし俺は失礼するぜ」

 

ソファを立って玄関へ。ふと思い出したことがあるので一言つけ足しておく。

 

「そうそう、あいつ自分でも無意識のうちに嘘ついてるからその嘘もついでに暴いてやって」

「え?」

「そんじゃあな」

 

俺は外に出てすぐに転移。すぐ近くの木の上だが気配は完全に殺しているので誰かがこの木に登ってこない限りは気付かれない。

読者の諸君は思ったことだろう。ミキという存在はデウスエクスマキナではないかと。まあ実際神なわけだし間違ったことは言っていないが…この小説が二百話を超えてやっと登場したってことはそれだけ必要な局面だってことを理解してほしい。なんせ情報解析能力持ちの俺以外は紫も本人も能力について勘違いしているからな。

俺は時空神として様々な時空を観測できる。その中には定晴の運命が全然違うものだってあるんだが…あいつはそこで■■■■■■■■■■■■■んだ。あ、これは言っちゃまずいかな…というかパラレルワールドの情報を他人に話すのもまずいか。黒塗りしておくぞい。えーっと、定晴の能力は時によって変わるってことだ。

まあ俺が黒塗りしたとこは多分今後分かってくるから。多分。まあ別の世界での話だから分からない可能性もあるけど。

 

「ただいまー」

 

お、定晴が帰ってきた。流石のあいつも俺に気付くことはなかったようだ。死を避けるというなら存在探知なんかは最初に手に入れててもいいと思うんだが、そうではないということがあの能力の内容を表している。

 

「さっきミキが来たんだけど…」

「変なこと吹き込まれてないな?」

 

扉が閉まってしまうと無効化結界のせいで盗聴できなくなるので扉が締まる直前に紙を挟んだ。紙を経由すれば盗聴も可能ということだ。定晴はまだ俺に勝てんのだよ。

 

「ご主人様の能力が、その、正しくないって」

「あー…まああいつなら俺以上に能力を把握してるかもな」

 

どうやらはっきりと内容を伝えることはなさそうだ。まあ言語化も難しいだろうし当然か。

 

「まああいつのことは半分嘘みたいなもんだと思っていいぞ」

 

失敬な。俺は嘘はつかない。八割が冗談なだけだ。それにこの件に関しては全部が本当のことだな。友好度が足りなくてルーミアが信じてくれない可能性はあるが…まああとはあいつらに任せよう。

さて、取り敢えずそろそろこの話は終わりだ。君らがどう思ったか分からんがまだまだ謎はあるってことを分かっててくれ。黒塗りに関しては申し訳ないな。作者のやつが俺が考えた途端に文字にするせいで文章化するのは避けられないんだ。

あんたらが見守ってくれてるおかげで俺も安心していられるからな。頼んだぞ。




なんかミキに色々言われましたが今回の話は頭の片隅にでも置いてくれればいいです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四章 妖精大戦争
二百六十五話 大妖精の依頼


とある春の昼下り。幻想郷の人知れない森の中で一人の妖精と三人の妖精が向かい合っていた。

 

「あんたたち、あたいに喧嘩を売るなんていい度胸ね!」

 

片方は冷え冷えサイキョーの氷妖精チルノ。春から夏になるにつれて需要が高まっていく妖精だ。

いつも一緒にいる大妖精の姿はなく、またルーミアやミスティア、リグルといったいつものメンバーの姿もない。珍しくチルノが一人で行動していた。

 

「悔しかったら仲間の妖精でも引き連れてみなさい」

「ふふっ、まだまだ始まったばかり」

「弾幕勝負は受けて立つわ」

 

対する三人はサニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアの光の三妖精と呼ばれる三人。いつもは人間相手に悪戯をしている三人は珍しく同族であるチルノに対して見下したような態度を取りつつ挑発をしている。それに腹を立てるチルノという構図が出来上がっていた。

 

「勿論私達の下について異変を起こす手伝いをしてくれるなら全然…」

「あたいが誰かの下につくわけないでしょ!あたいが一番サイキョーなんだから一番トップに決まってるじゃない!」

 

最強という言葉にもトップという言葉にも一番という意味が既に入っているため言語が凄まじいことになっているが妖精の中で頭がいいとか力が強いと言ってもそれは妖精の中での話。おバカなことには変わらない妖精四人の中で言語に気が付いた者はいなかった。

イライラが頂点に達したチルノは三妖精に対して攻撃をした。

 

「このっ!」

「残念ね」

 

チルノは氷弾を飛ばすがしかし、三人に当たることはなかった。どうやらサニーミルクの能力で絶妙に光が屈折しているらしい。スターサファイアは少し残念そうな顔をして、他の二人は攻撃されたことに警戒をしていた。三人の影が揺らいだかと思うとそのまま三妖精はいなくなってしまった。

 

「ふんっ!あたいの前から逃げるなんて意気地なしね!」

 

三妖精によって搔き立てられた怒りを近くの虫を氷漬けにすることで解消しながらそんな言葉を吐いた。

だがそれですっきりしてしまったのか大妖精と遊ぶことを思い出したチルノはそのまま大妖精のところへ遊びに行ったのだった。それが約三日前。

 


 

「それで…えっと、妖精たちが異変を起こそうとしてるから止めてほしいと」

「はい…チルノちゃん先走ってどこかに飛んでいっちゃって…私も止めようと頑張ったんですけど問答無用で氷漬けされそうになったので逃げてきたんです…」

 

どうやら喧嘩を売られたことを思い出したチルノが今になって三妖精相手に勝負を仕掛けているそうだ。既に幻想郷の多くの妖精は三妖精の下について暴れる準備をしているらしい。妖精一匹一匹の強さはそこらへんの野良妖怪にも劣るものの数だけで言えば幻想郷で最多人口を誇る。

どうやら三妖精は妖精たちを集めて異変を起こそうとしているらしい。大妖精も色々と情報収集に動いてくれていたようだ。

 

「で、なんで霊夢じゃなくて俺なんだ?」

「だって霊夢さんだと幻想郷の妖精根絶やしにしそうなんですもん…」

 

分かる。霊夢ならやりかねない。まあ途中で飽きるか面倒になってやめるかするだろうけど、それでも幻想郷に住んでいる妖精の半分が一回休みとなるのは確定しているだろう。流石の大妖精も同族が全員吹き飛ばされるところを見るのは忍びないようである。

 

「でもそれってチルノが三妖精全員負かしてしまえば終わりじゃないのか?チルノだって強いんだろ?」

「そりゃチルノちゃんは三妖精にでも勝てると思うけど…サニーちゃんは教えてくれなかったんだけど、どうやらチルノちゃんよりも強い妖精も仲間にしているみたいで…」

 

サニーというのは光の三妖精の一人、サニーミルクのことだ。大妖精曰く能力は【光を屈折させる程度の能力】らしくそれを使って日々悪戯をしているらしい。三妖精の中で発案者的な役割を担っており、何かとリーダー役をすることも多いらしい。

 

「でも三妖精はチルノよりも弱いんだろ?どうやって仲間にしたんだ?」

「それは分からないけど…このままじゃチルノちゃんが危ないんです!」

 

そのためにわざわざ大妖精は少ないながらもお金を集めて俺のところまで来たようだ。俺にチルノを助けるという依頼をするために。依頼料としては少ないものの、まあ必死な大妖精の姿を見ればお金に関してはどうでもよくなる。本当に大切な友なのだろう。

 

「分かった。異変っていうのは起きる前に解決してしまった方が楽だしな。ただ大妖精も手伝ってくれよ?」

「もちろんです!」

 

拳を握って「おー!」とやっている大妖精。いつもは冷静で少し大人びた雰囲気があるからこういった子供っぽい動きはギャップがある。大妖精もチルノたちと同じ妖精で子供なのに変な感じだ。

 

「ルーミアとユズは留守番な。前みたいに大変なときは式神召喚するかもしれないから頼むぞ」

「…はーい」

「はい!」

 

俺の言葉に気怠そうに応えるルーミアと元気があるユズ。でも呼び出すとしたらルーミアなのでユズには留守番を頑張ってほしいものである。

 

「そんで、俺は何をすればいい?三妖精を見つけて先にぶっ倒せばいいのか?」

「チルノちゃんを見つけてほしいんです!私だと負けちゃうから止めてもらって、話がしたいんです」

「了解」

 

俺は大妖精の言葉に従って家を出た。さて、今回こそ失敗することなく異変を解決できるだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六十六話 キノコ狂い

チルノが暴れているというのであれば冷気を追えば大体場所は分かる。妖精なのに池くらいなら凍り付かせることができるほどの強さを持っているのでチルノが暴れたあとは大抵氷漬けになっているものばかりになる。とはいえ幻想郷をそんな数秒で移動する方法はないので目星をつけてからじゃないとすれ違いが起きてしまいそうである。

それを防ぐためにはチルノのことをよく理解している人物に行動パターンを聞くのが一番である。

 

「大妖精、チルノならまずどこに行く?」

「んー、私が戦ったのが霧の湖だから…今なら魔法の森でしょうか…」

 

魔法の森はキノコの胞子やら変な魔力やら変な毒やらが充満しているので並の人間ではすぐに行動不能になってしまうような森である。だが妖精ならばそういうのは無視できる。妖精がそもそも自然の力の顕現のような存在なので自然由来の毒なんかは効かないらしい。

 

「でも氷の妖精のチルノは大丈夫なのか?」

「大丈夫みたいですよ」

 

どうやら大妖精たちは魔理沙へ悪戯するために魔法の森に行ったことがあるらしい。そのときはチルノと大妖精に加えてルーミアもいたみたいだがルーミアだけは少し体調が悪そうにしていたらしい。魔法の森で日頃生活している妖怪以外は魔法の森の瘴気で体調を崩してしまう。

なお魔理沙にした悪戯は仕掛けた罠を利用されてやり返されたという。狡猾な魔理沙らしい結末だ。

 

「じゃあ森に行こうか」

「定晴さんは大丈夫なんですか?」

 

そういえば大妖精には能力の説明を一度もしていないような気がするな。というか俺の力の説明をしたのは本当に僅かである。まあだからこそ能力の内容を好きに言えるのだが。

 

「浄化の力があるから大丈夫だ。大妖精も瘴気で気分が悪くなったら言えよ」

「分かりましたー」

 

浄化の力はまあ隠すことでもないので話してしまう。妖怪相手なら効果抜群というか絶命にまで追い込める浄化の力だが妖精にはむしろ回復にしかならないので奇襲とかにも使えないからな。もしこれが大妖精ではなくリグルとかが相手なら…魔術の適正でも言えばいいか。魔法使いは森に住むらしいしな。勿論俺の魔術の適正は森で住めるほど高くないので全然浄化を使うことになるが。

 


 

魔法の森に入ってみたら大妖精の言う通りチルノが来ていたらしい痕跡が見つかった。魔法の森原産であるキノコたちがどれも凍り付いていたからだ。幻想郷には雪も降るので寒さには強いだろうけど…流石に氷で包まれてしまったら死んでしまうのではなかろうか。

俺はそんなことを考えていたら森の奥から声が聞こえた。

 

「なんじゃこりゃー!私のキノコたちがー!」

 

はっきりと分かる声量の魔理沙。魔理沙はキノコ博士と呼ばれるほど魔法の森、いや幻想郷中のキノコに精通しているらしい。秋になれば妖怪の山で採れたキノコを使って料理をすることもあるらしく、その味はあの咲夜や妖夢をしても勝てないと言わしめるほどの絶品らしい。俺も秋ではないが魔理沙のキノコ料理を食べたことがあるが…確かに美味しかった。

さて、そんな魔理沙のキノコが全部氷漬けにされていたら…確かに叫びたくなるだろう。どうやらチルノの戦いには気が付かず今になって外に出てキノコの現状に気が付いたらしい。

 

「魔理沙さんですね」

「んー…放置をしていたら森の中で見つかった時に犯人扱いされそうだから先に声をかけておこうか」

 

魔理沙も霊夢と同じように出会った奴は全員ぶっとばすという方法で異変を解決しようとするので説明しておかないと後ろからレーザーを撃たれかねない。俺たちはチルノを探す前に魔理沙を見つけることとなった。

とはいえ魔理沙の声はとても近くから聞こえたので一分もかからずに魔理沙を見つけることができた。

 

「よう、魔理沙」

「定晴、それに大妖精…聞いてくれよー、キノコが…私のキノコがー!」

 

魔理沙には珍しく取り乱している。魔理沙のキノコ好きを間近で見ることがなかったので知らなかったが、結構なキノコ狂いなんだな。

 

「もしやお前たちが犯人か!?私が成敗してやるぜ!」

 

ほらやっぱりこうなった。事件が起きたとき犯人は必ず現場に戻るとかいう言葉があるが、本当に戻ってくるかは分からないことであり、魔理沙のように出会ったら疑い必ず罰するの方法は適切な事件処理方法じゃないと思うんだけどなぁ…

 

「俺たちじゃない。犯人は分かってる。解決してこようと思ってな。魔理沙は思う存分研究でも料理でもしてくれ。氷は溶かしてやるから」

 

矢継ぎ早に要件を話す。大妖精からチルノを止めて守ってほしいと頼まれている以上怒った魔理沙によってチルノが吹き飛ばされる未来は回避しないといけないのだ。戦闘においてこれほど頼もしい魔法使いもいないが、今回は辞退してもらうしかあるまい。依頼主を最優先にしないといけないのだ。

 

「ぬぬぬ…私が直々に鉄槌を…」

「実は現在俺は魂封石の欠片を持っている。もしよかったらこれを譲ろうと思うのだが…」

「私は家でおとなしく研究することにしたぜ!研究したかったんだよな」

 

魂封石をチラつかせると魔理沙はすぐに意見を変えた。魔法使いとして、研究者としての性には逆らえないということだ。

実はパチュリーに渡したものとは別に少しだけ残していたのだ。魔女に解析してもらおうとも思っていたし、何かに役に立つかもと思ったからな。魔女の解析結果だと本当に何の力もない石へとなり果ててしまったらしいのだが、魔理沙への賄賂に使えたのだから意味はあっただろう。

 

「そんじゃ私の代わりにチルノはボコしてくれよ!」

「ああ…あれ、俺犯人のこと話したっけ?」

「私にかかればこんなのちょっと考えれば分かるんだぜ。それじゃあな!」

 

流石魔法使い。傍若無人で自由奔放だが頭はキレるということだ。魔理沙は魔法店をやるよりも探偵業を営んだ方が儲かるのではなかろうか。まああの性格で探偵業なんていう忍耐がいる仕事はできないだろうけど。

 

「ふう…助かりました定晴さん。チルノちゃんが光線に飲まれるところでした…」

 

魔理沙は犯人が誰か分かっていたし、俺たちが何もしなければ強い妖精とやらにチルノが負ける前に魔理沙によって吹き飛ばされていた可能性がある。勿論それでは依頼失敗だ。

 

「よし、氷とか力の感じだとまだそこまで離れていないはずだ。急ごう」

「はい!」

 

俺たちは魔法の森の中を急いで飛んで行った。凍り方でどっちに行ったのか分かりやすかったからとてもありがたかった。チルノはそんなこと少しも考えていないだろうけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六十七話 チルノの戦い方

しばらく飛べば前方で戦闘音が聞こえてきた。そして何人もの妖精の悲鳴も。

 

「随分とチルノは大暴れみたいじゃないか」

「うう…大丈夫かなぁチルノちゃん」

 

心配そうな大妖精の声を後方に聞きつつ急ぐと、開けた場所でチルノは大人数の妖精たちを相手に大立ち回りをしていた。妖精たちが放った弾幕を悉く凍らせて割っている。しかもその衝撃で多くの妖精たちが吹き飛んだ。

 

「あれって弾幕ごっこ的にセーフなのか?」

「あまりよくないですけど…でもまあ霊夢さんたちのような人の弾だと凍らせることができませんし妖精同士でしかしないということで…」

 

そんなもんか。まあ俺も弾を斬ったりしているし似たようなものかな。本当は完全に回避だけでスペルカードは攻略したいところだし、霊夢たちもそのように回避しているが…俺の風式飛行方法はそこまで繊細な移動はできないので仕方あるまい。

 

「で、俺はどうすればいい。あれに乱入してすべての弾幕を斬ればいいのか?」

 

出来ないこともない…と思う。昔紫とのガチ戦闘のときに使った輝剣の複製で弾を切り刻めば多分なんとかなる。しかし俺の案に大妖精は首を振った。

 

「いえ、もう少しだけ様子を見ます。多分三妖精の誰かが出てくると思うので、その時に飛び出てチルノちゃんと三妖精の両方と話し合いをします」

 

大妖精は本当に冷静沈着だ。状況と未来を的確に分析し、どう動けばいいかをすぐに判断している。所謂指揮官タイプ、裏方が似合う役割を果たすことができるわけだが…生まれ持った才能なのか、それとも自由奔放なチルノをはじめとした妖精たちの相手をしてきたからか…ここから見える戦闘を見るにチルノは妖精の中でも強いのは間違いないだろうが、敵にしたくないのは大妖精だな。

 

「あと妖精術を…これで少しばれにくくなったはずです」

「なんだそれ」

「妖精が使う魔法みたいなものです。強くはないですけど色々といたずらに使えるんですよ」

 

少しだけ茶目っ気を混ぜて笑う大妖精。冷静沈着で大人っぽいという評価を下した大妖精だが、その本質は他の妖精と変わらない。悪戯好きで子供らしい普通の妖精だ。知恵を付けた結果狡猾さではなく大人しさを身に着けたのは幸運だっただろう。もしかしたらチルノ以上の問題児になっていた可能性もある。

 

「やっぱりチルノちゃんはすごいなぁ…」

 

大妖精が戦うチルノを見て呟く。チルノはどれだけ濃密な弾幕を張られてもすぐに凍り付けにしてしまって被弾する様子を見せない。たまに周囲のすべてを凍り付けにしているのはスペルカードだろうか…多分あれで魔法の森のキノコが凍ったのだろう。見るからに見境ないし弾くらいの大きさのものを全部凍るつもりでやっているのだろう。

 

「チルノってあんなに力出して途中でガス欠になったりしないのか?」

 

俺の場合は霊力、ルーミアなら妖力、神奈子とかミキなら神力といった感じでそれぞれに力があり、その総量は決まっている。俺やミキはそれこそ多量の器を持っているもののそれでも大技ばかり撃ち続ければどこかで底が尽きる。

 

「妖精って自然のエネルギーで回復できるんです。私の場合はそこらへんの森の中にいるだけで回復できますし、サニーちゃんなんかは日光に当たってさえいれば回復し続けられるんです」

「じゃあ…チルノは氷?流石に氷はないが…」

「一応自然の中にいるだけである程度回復できますから…むしろ敵の妖精たちが回復しないように一撃で一回休みにしちゃった方がいいんです」

 

妖精には妖精の戦い方があるということか。外の世界に比べて多くの種類の妖怪が幻想郷には住んでいるので戦い方の参考になるな。

外の世界では科学技術の進化と妖怪などへの存在否定が進み、精神生命体である妖怪の量が減ってきている。たまーに妖怪ブームみたいなのが起きて、その時は俺も怪異退治の依頼を多く受けていたものだが、基本的にはメジャーな妖怪ばかりが対象だったので花妖怪とかスキマ妖怪とかいう特殊な妖怪たちが住んでいるここでは戦闘研究にも余念がない。

 

「あっ」

 

大妖精が声をあげた。チルノが被弾したのかと前を見ると、そこには明らかに幹部感を出している一人の妖精がチルノの前を飛んでいた。黒い髪に青い服、あれが大妖精が言っていた三妖精の一人なのは間違いないだろう。

 

「定晴さん、行きましょう!」

「おう」

 

俺たちは茂みから飛び出してチルノとその妖精の間に割って入った。

 

「なっ、大ちゃん!また邪魔しに来たの!?」

「違うよ!私は止めに来たの!スターちゃんもちょっと待って!」

 

どうやらこの幹部感を醸し出している妖精は光の三妖精の一人、スターサファイアらしい。名前からして回復手段は星の光だろうか。地上まで届く星の光って相当微弱なものだが…しかし数が多ければ回復量も増えるのだろうか…

 

「なによ大ちゃん。大ちゃんも私たちの仲間になりに来たのね?」

「違うって!妖精は話を聞かないんだからもうっ!」

 

大妖精は自分が妖精であることも忘れて妖精という種族に対しての愚痴を吐いた。大妖精の日頃の苦労が垣間見えるようでなんとも言えない気持ちになる。仲良くやっているのだろうが、大変なことも多いのだろうな…

 

「あー…チルノ、大妖精の話も聞いてやれ」

「さ、定晴…あ、えっと…」

 

チルノは今更俺に気が付いたような反応を見せた。そして途端に狼狽え始める。妖精以外を巻き込むつもりはなかったのだろうか。異変が始まれば問答無用で博麗の巫女が乱入してくるのは当然だろうに…

 

「仲間にならないならあなたたちもまとめて倒す!そして私たちの配下になってもらうわ!」

「スターちゃん!」

 

大妖精の声も空しくスターは弾幕を撃ち始めた。それに気づいてチルノも対抗弾幕を撃ち始める。その間にいるのは当然、俺たちだ。

 

「大妖精!どうする!」

「このまま二人とも気絶させちゃってください!お願いします!」

 

大妖精はそれだけ言うといつの間にか戦線離脱した場所にいた。移動した形跡もないし、まさか短距離瞬間移動だろうか。妖精術の一種、ということなのかもしれないが…妖精って何気にすごいのな。

さて、大妖精に取り残された。俺はと言うと妖精の中でもそれなりに力がある妖精二人に囲まれているので…まあまあ必死である。

輝剣で弾をはじきつつ結界での相殺も行う。チルノの方に弾や結界を撃つと全部凍らされてしまうので基本的にはスターがいるところに向かって撃つ。先ほどチルノが戦っているのを見ているときに気が付いたのだがチルノはレーザーは凍らせることができないみたいなので、魔術でレーザーを撃って牽制する。

大妖精が見守る中、俺は一対二の戦闘を余儀なくされたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六十八話 三つ巴

戦闘は十五分ほど続いた。二方向から弾幕が飛び交うここは大妖精から見ればきれいだろうけど、こちらからしてみれば断然ルナティックだ。スペルカードへの切り替えのタイミングを狙って先にスターを気絶させ、その後チルノを気絶させた。妖精をピチュンさせることなく気絶させる方が難しかったかもしれない。

 

「大丈夫ですか、定晴さん」

「置いていきやがったな…」

「あはは…私じゃあの二人の相手を同時にするのは役不足ですよー」

 

大妖精は既にチルノと一対一で負けている。そのうえでスターも加わった一対一対一をするには確かに大妖精では難しかったかもしれない。しかし実際は一対一対二にできる局面であったのだから逃げずに片方に弾幕を放って牽制するくらいはしてくれてもよかったのだがな。

 

「ほい、取り敢えずチルノ。スターは…縛っておくか」

 

チルノを大妖精に渡して俺はスターのところへ行く。

俺は幻想郷に来てから何度も戦闘を重ね、その度に拘束術をなんとか編み出せないかと考えてきた。魔術で火の鎖でも作ろうとしたがパチュリー曰く俺にそこまでの才能はないらしく、また輝剣を増やしてでの拘束は霊力消費が多すぎる。俺の結界では縛るということができないので拘束という目的を達することはできない。

で、結論からすると俺にとって最も効率的な拘束術は…

 

「これでよし」

 

幻空の中に頑丈なロープを入れておき、それで縛る。

ロープを使った縛り方にはそれなりに知識があるのでロープさえあれば拘束ができる。しかしそれを生み出すことができない。となればあとは既製品を持ってくるしかなかったのだ。一応力を封じる効果があるので大妖怪相手にもそれなりに効果がある…はず。少なくとも妖精であれば行動不能にすることができるはずである。

 

「定晴さん、チルノちゃん起きないので回復してもらってもいいですか?チルノちゃんも縛っちゃっていいので」

 

いいんだ。いやまあいいけど。

再生をかけるまえにチルノをスターにも使ったロープで縛り、回復させた。目が覚めてからしばらく「ムガー!」と騒いでいたが、動けないことを理解したら落ち着いた。

 

「大丈夫チルノちゃん?」

「大ちゃんのせいで大丈夫じゃないわよ」

 

まあ確かにロープで縛られている相手、しかも自分たちで縛った相手に対して大丈夫と問うのは皮肉にもほどがあるな。まあ目が覚めて暴れだしたところを見ると縛って正解だったなと思うので仕方ないけど。

 

「チルノ、一回落ち着け」

「うっ…分かった…」

 

意外にもすんなりと頷いてくれた。やはり拘束したのが功を奏したのかもしれない。

 

「チルノが暴れないなら拘束だってしないさ。しっかり大妖精の話を聞いてやれ」

「…分かった」

 

今日のチルノは実に素直だ。チルノは一度の負けでここまでへこたれることはないのだが…まあいい。そこらへんのことは全部大妖精に丸投げだ。

 

「んじゃ俺はスターと話でもしようかな」

「はい。私がチルノちゃんと話している間、色々と情報を探ってください」

 

未だに気絶しているスターのところへ。大妖精から聞いた話だと星の妖精スターサファイアの能力は【動く物の気配を探る程度の能力】であり、光の屈折なんかとは違って目の前で小技で逃げられるということはないだろう。大妖精のような俺が知らない妖精術があったら困るが…まあ怪しい動きを見せたら無効化を使えばいいだろう。

スターに再生をかけて回復させる。外傷はなく、気絶していただけなのでチルノと同じようにすぐに回復した。

 

「くう…人間に捕まってしまうなんて、妖精として不甲斐ない…」

「残念だったな。まあ俺は今回異変解決の依頼については受けてないんで放置してもいいんだが…というか俺が動きすぎても霊夢に文句を言われるから放置せざるを得ないんだが…まあ情報提供料でも貰おうかと思ってな」

「はあ…」

 

何かよく分からないと言う顔でこちらを見るスター。だって仕方ないだろう。先日の異変で俺が勝手に黒幕である早鬼を倒してしまったので霊夢に怒られてしまったのだ。異変解決の功績云々は霊夢に譲ったわけだし食事も作ってあげたので機嫌はなおったのだが…また同じことをすると今度こそ霊夢に弾幕勝負を仕掛けられる可能性がある。そういえばまだ霊夢と弾幕勝負はしたことないな…

 

「私は何も喋らないわよ。むしろ私を捕まえておくことで悪くなるのはあなたたちよ?」

「ほお。どういうことかな」

「私が捕まっていることを知ればきっと他の二人が来てくれるわ。光の三妖精の前にあなたたちは倒されるの!」

 

何も喋らないと言う割には情報を話してくれそうな雰囲気だ。取り敢えずスターをここにこのままにしておけば他の二人がスターを回収しにくるということが分かった。まあ三人集まったところで妖精程度に負けるつもりは毛頭ないが…相手側の戦力を潰しておくのに越したことはない。

 

「俺が博麗神社にこのままお前を預けるって言ったらどうする?」

「やっ、やめて!」

 

青い顔をしながら顔を横に振るスター。流石に縛られたままの何もできない状態で霊夢に会うのは嫌なのだろう。多分スターたちも霊夢には悪戯をしたことがあるだろうからこのまま霊夢の前に置かれれば相応の報復が飛んでくるかもしれないと思っているのだろう。霊夢はネチネチする性格じゃないので前の悪戯は忘れていそうだが…それとも最近になってから悪戯をしたのだろうか。

 

「定晴さん、チルノちゃんを説得しました」

「お、意外と早かったな」

「今のチルノちゃん弱いところがあるのでそこを突きました」

 

にっこり笑いながらそんなことを言う大妖精。少しばかり恐怖心が湧いてくる。それって尋問のときとかに使われるテクニックなのでは…?

大妖精の後ろには顔を赤らめたチルノが立っていた。先ほどに比べて更に大人しくなっている。もしかして大妖精がビンタでもしたのだろうか。そういえば大妖精、実は腕っぷしがあるなんていう噂を聞いたことがあるようなないような…

 

「スターちゃんは…どうしましょうか?」

「というか俺はどうすればいい?チルノの保護という依頼は達成したと考えていいか?」

「あ、確かにそうですね。報酬は定晴さんの家に置きっぱなしなのでそのまま貰っちゃってください」

 

取り敢えず大妖精からの依頼は完了。依頼料は少ないので仕事としてはあまり割に合わないが…まあ今の大妖精が笑顔なのでいいとしよう。

とはいえ異変の因子をそのままにしてしまってもいいのだろうか。妖精たちの異変、被害は少なくとも規模がとてつもなく大きくなりそうだ。幻想郷中に妖精は生息しているのでこのまま三妖精が幻想郷の妖精を支配すれば大変なことになる可能性が非常に高い。妖精は飽きっぽいので途中で離脱する野良妖精もいるだろうが…それでもすごい数になりそうだ。

得た情報を元に霊夢に…いやでも流石に幻想郷中の妖精を消し飛ばされると大妖精もいい顔をしないだろう。というか問答無用式異変解決を根幹にしている霊夢の場合大妖精やらチルノやらも関係なく吹き飛ばしてしまいそうだ。

まだ異変は起きていない。弾幕勝負での理念の一つに異変を起こしやすく、解決しやすくするというものがあるので異変が起きる前に解決してしまうのはタブーなのかもしれないが…被害はない方が嬉しいだろう。

 

「仕方ない…大妖精、チルノ、俺はこのままこの妖精たちの色々を解決しに行く。お前らも巻き込まれないように人里にでも逃げ込んでおけ」

 

結局のところ俺がやってしまうのが手っ取り早いのだ。誰かやってくれるだろうと待っていては仕方ないのである。

 

「分かりました。スターちゃんも連れていきますね…あ、そうだ!チルノちゃん、定晴さんの補佐やらない?」

「大ちゃん?」

「チルノちゃんも向こうにイライラしてるから攻撃してたんだよね?定晴さんが一緒なら私も安心できるし…どう?」

 

どうやら大妖精はチルノを俺の補佐につけたいようである。まあ戦力があって困ることはないのだが…ちなみに大妖精は俺の言った通り人里に逃げ込むらしい。あそこには慧音がいるし、しっかり保護してくれるだろう。

 

「ん…分かった。定晴、あたいに任せてちょうだい!」

 

途端に元気になったチルノ。まあ調子も悪くなさそうだし先ほども妖精たちを相手に圧倒していたので不安もない。

俺は大妖精と別れてチルノとともにこの妖精大戦争と呼ばれる事件を解決しに行くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百六十九話 警備員には不向きな種族

「それで定晴、どこに向かうの?」

「チルノはどこを目指していたんだ?」

「あたいはとにかく妖精がいる方へ行っていただけよ」

 

行き当たりばったり…しかし確かに妖精がいる方にひたすら進むというのは同時に得策でもあるかもしれない。妖精一人一人には行動範囲があるものの、妖精という種族に行動範囲はない。強いていうならば幻想郷全域だ。つまり本拠地がどこなのか絞り込むことができないということだ。流石に配下だとかなんだとか言って軍のようになっている以上本拠地も存在すると考えていいだろう。

本拠地、というものは基本的に秘匿される。戦争なんかでそこを攻撃されたらひとたまりもないからだ。故に秘匿されるうえに攻撃されにくい場所に存在することが多い。戦国時代なんかは城をどどんと建てていたが、あれは現代のように長距離の攻撃手段が弓とか鉄砲しかなかったからであり、外の世界ではミサイルなんかが開発されてからは秘匿されるようになった。

幻想郷には流石にミサイルと言えるほどのオーバーテクノロジーはないのだが、長距離攻撃が可能な者はいる。紫なんかがいい例だ。俺も全力で輝剣を飛ばせば多分博麗神社から紅魔館くらいまでは飛ばせるはずだ。身体強化でそれくらいの威力が出るから鬼の勇儀とか萃香も全力の鉄球投げでミサイルくらいの威力は出せるだろう。要は強固な守りというのは幻想郷でも必要だということだ。

 

「チルノ、妖精たちが隠れ家にしてるところとか分かるか?」

「行ったけど誰もいなかったわよ。あたいが知らないところにいるんじゃない?」

 

どうやら一応隠れ家を探すという知恵くらいはチルノでも思いつくようだ。妖精の中ではガキ大将のような立ち位置にいるチルノだが、それでも隠れ場所のすべてを知っているわけではないだろう。むしろチルノに見つかりたくない妖精なんかは隠そうとするはずだ。

となればやはり妖精が集まっている方向に進み続けるのがいいか…

 

「妖精が多い方向とか分かるか?」

「それなら分かるわ!あたいについてきなさい!」

 

チルノが飛び出していった。チルノって結構早く飛べるんだな。妖怪と同じく妖精も精神生命体的な部分があるのでやる気があると早く飛べるのだろうか。

チルノについていくとやはり妖精が多く集まっていた。妖精にしては珍しく遊ぶことはなく周囲を警戒しているように見える。もしかしたらそういう遊びなのかもしれないけど。

 

「あの妖精の集まりはどう思う?」

「そうねぇ…攻撃して分からせればいいわ!」

「待て待て待て」

 

飛び出そうとしたチルノを捕まえる。

あまり敵側を刺激するのは得策ではない。俺とチルノの二人がいるので三妖精のうちの残りの二人が出てきても容易に撃退できる自信があるが、大妖精の言っていた強力な助っ人の存在も気になる。無暗に突っ込むわけにもいかないだろう。

 

「チルノ、あそこらへんに洞穴とかあるのか?」

「あそこはただの遊び場よ。あたいたちの縄張りじゃないからよく知らないけど洞穴なんかないはずね」

 

ここから見る限りでは洞穴も秘密基地も見当たらない。しかしあの自由奔放な妖精が一点に留まって警戒態勢となっているのだ。今の妖精たちの状況からしても何もないということはないだろう。

 

「あれってバレずに近づけたりしないか?」

「…キラキラ光る石でも投げればみんなそっちに引っ張られるわよ。前もそれで大ちゃんが妖精たちを遠ざけてたし」

 

やはり妖精は単純だった。そんな注意力散漫な種族が警備だとか警戒だなんて無理な話だったのだ。

適当にそこらへんに落ちていた石を拾って魔術で適当にキラキラさせる。そしてあそこにいる妖精たちの視点に入るように適当に投げる。適当ばかりの作戦だけど妖精相手にはこれでも問題ない。キラキラさせる魔術は本当にただキラキラするだけなので効果時間はそれなりにあるので運が良ければどこかで妖精たちが石で遊び始めるだろう。

 

「あ、きらきらー!」

「きらきらだー!」

「まてー!」

 

警戒していた妖精たちは石に引っ張られるように森の中へと入っていった。基本的に妖精は一人が動き出したらそれにつられてみんな動き出すのであっという間に妖精たちはいなくなってしまった。追い石とばかりにあと何個かキラキラさせた石を森の中に投げておく。

 

「やるじゃない」

「妖精たちが単純なだけだ」

 

俺たちは茂みから出て妖精たちが警戒していた場所へとやってきた。洞穴や秘密基地の類はやはりない…しかし何か地面に違和感がある。幻想郷の地面は整備されていないのでボコボコなことが多いのだが、なぜか一か所きれいに均されているのだ。しかしそこには何もない…

 

「チルノ、ここ凍らせられるか?」

「任せなさい!」

 

チルノが地面を凍らせた。物が凍るというときはそれなりの水分量が必要なはずなのに冷気ですぐにカチコチに凍らせることができるあたりチルノはやはり強いのだろう。

凍った地面、そこには歪んだ魔法陣があった。どうやら三妖精の能力で光が曲がって見えなくなっていたようだ。しかしチルノが氷漬けにしたことによって屈折率が変わって見えるようになったというわけだ。チルノは氷を溶かすことはできないみたいなので俺が火の魔術で溶かして元の状態に戻す。魔法陣の解析をしなければいけないからだ。

しかし氷が無ければ見ることはできない。そこにあると分かっていても流石に何も見えなければ解析などできるはずもない。

 

「チルノ、これからすることは秘密で…いや、そういえばチルノには前に見せたことがあったな」

「え?」

 

魔法陣の周辺の空間に対して〈魔法陣に対してのすべての影響〉を無効化した。少しの硬直、も戦闘中ではないので問題なく終わる。チルノには地底での異変のときに既に一度無効化を見られている。それに何かとチルノは異変に関係してくるので見られてこともあるだろう。隠す必要もなかった。

多分魔術を色々したり結界で色々したりすれば光の屈折はどうにかなるのだろうけど面倒だったので全部無効化で吹き飛ばした。一言で表現できる事柄の範囲なら大体無効化できるのはやはり楽だな。

俺が無効化を使ったことで魔法陣が露わになっている。これなら解析も容易だろう。それに妖精が作った魔法陣ならそこまで難しいものでもないだろうしな。

 

「俺が魔法陣を解析する間周囲の警戒を頼めるか?さっきのやつらみたいに光る石でつられるなよ」

「任せなさい。あたいが定晴をまもったげる!」

 

今日のチルノは本当に聞き分けがいい。俺は安心して魔法陣の解析を始めたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十話 魔法陣作戦

解析はほんの数分で終わった。一応妖精がオリジナルで作ったものではなくどこかの魔導書か何かから持ってきた魔法陣だったらしく少し驚いたが、パチュリーのところである程度魔術に関して教わっているためむしろ予定よりも早く解析が終わったくらいだ。思えば妖精にオリジナルで魔法陣が作れるはずもないか。

 

「チルノ、終わったぞ」

「早かったわね」

 

チルノは一応周囲を警戒してくれていたが、警備していた妖精は一度も戻ってくることなく他の妖精が来ることもなかった。スターは大妖精が捕まえてくれているだろうから俺たちの情報が洩れることはないだろう…だが、スターを探しに他の妖精が来る可能性はある。早めに片付けてしまわないとな。

 

「この魔法陣は力を貯めるだけのやつだった。妖精って力を貯める必要ってあるのか?」

「あたいたちは自分の容量以上の力があったとしても使えないわよ。そんなことならあたいが幻想郷でサイキョーだし!」

 

妖精が扱える力は一定量で決まっているらしい。魔法使いが大魔法を使うときなんかには魔力タンクから魔力を引き出すこともあるとパチュリーは言っていたが…すべての種族がそのように力を扱えるわけでもないのだろう。

しかしとなればなぜ妖精がこの魔法陣を守っていたのだろう。経緯からしてこの魔法陣は三妖精が用意したものだろうことは予測できるが、その目的は分からない。大妖精は助っ人のことを強い妖精だと言っていたが、もしかしたら普通の妖怪の可能性も出てきたな。

 

「もしかしたら他にも同じ魔法陣があるかもしれないな。解除してしまおう」

「じゃあ次の妖精が集まっているところへ行けばいいのね!」

 

チルノがムムムと意識を集中させている。あんなので妖精の気配が探れるのだろうか。同族だし特殊な交信方法でもあるのかもしれない。クジラの鳴き声とか、エコロケーションとかそんな類の。

俺は俺でこの魔法陣を解除しておく。何のための魔法陣かはわからないが、時限爆弾みたいなものなのだ。魔法陣は基本的にその陣を形成している基点となる部分を破壊してしまえばすぐに使えなくなる。だからあまり魔法陣というのは一般的ではないのだが…俺は輝剣で基点を破壊してしまう。

そういえば先日の動物霊の異変でも似たようなことがあったことを思い出す。確かあのときは魔法陣ではなく動物霊が魔力のタンクになっていたはずだ。そういえば結局あの動物霊はなんのためにあそこにいたのだろう。ルーミアがあの動物霊は退治してしまったのでもうわからないが…

 

「あっちよ定晴!」

「はいよ」

 

俺は思考を中断しチルノの後ろをついていくのだった。

 


 

幻想郷のとある穴の中。二人の妖精が話し合っていた。その顔はそれぞれ不安と怒りを表していた。

 

「スター、どこに行ったのかしら…」

「絶対チルノのやつだって!野良の子たちが魔法の森でスターとチルノが戦ってるのを見たって言ってたもん!」

 

光の三妖精のうちの二人、ルナチャイルドとサニーミルクはスターサファイアの身を案じていた。数十分前に出掛けたスターがいつまで経っても帰ってこないからだ。

また、サニーは野良妖精からの報告を聞いていた。三妖精が配下にした妖精の中でもそれなりに言うことを聞いてくれる頭のいい妖精だ。しかしその報告は少しばかり情報が欠けていた。

サニーはスターとチルノの姿しか報告されていないが、野良妖精はきちんと定晴のことも確認していたのだ。しかしその野良妖精は定晴のことなど知らないし、名前も分からなかったので人間の男として報告しようと考えるが…妖精がそんな曖昧な内容を覚えていられるはずもなく、結局スターとチルノのことしか報告しなかったのである。

 

「じゃあスターはピチュってるってこと?」

「かもしれないわね」

 

因みに今更ではあるが、ピチュるというのは一回休みになることだ。妖精以外では被弾するという意味で使われることが多い。

妖精は自然のエネルギーの塊なので自然が無くならない限りは死ぬこともないが、致死量のダメージを受けるとそのまま力が霧散して消えてしまう。そして一定期間後にまたエネルギーが収束して妖精が生まれる。この消えてから生まれるまでの期間を一回休みと言っている。

この期間というのはその状況によって様々であり、例えば森の妖精が森の中でピチュった場合はすぐに復活する。しかし森の妖精が海の上でピチュると時間がかかる。自然のエネルギーの塊である妖精は周囲の環境によって復活時間すら左右されてしまうのである。

ではスターはというとその名の通り星の妖精である。正確に言えば星の光の妖精なのだが、どちらにせよ星が出ていない昼間では復活までに時間がかかってしまう。もしピチュンしていたとしても確かめる方法がないのだが、少なくとも夜まで待たなければスターは帰ってこないだろうと二人は結論付けた。

 

「チルノに復讐しに行く?どこにいるか分からないけど」

「それは別にいい!それよりも作戦に関しては進んでるの?スターは夜には帰ってくるだろうし大丈夫!」

 

先ほどまではチルノへの怒りを分かりやすく表していたサニーだったが、色々と考えた結果もっと重要なことがあると思い出して怒りが収まった。この切り替えの早さは妖精の単純さが顕著に現れている例だと言えるだろう。

尚スターは現在大妖精とともに人里にいるのでこのままでは夜になっても帰ってくることはないだろう。大妖精の監視のもと寺子屋にでも一泊することになるが、二人はそのことに気が付くはずもなかった。

それよりも、と二人は手元にある紙を見た。これはとある人物が突然渡してきた作戦の書かれた紙である。三妖精はここに書かれている通りに準備を進めているのだった。

 

「魔法陣ってよく分からないけど順調…なんだよね?」

「そのはず。それに私たちが能力で隠してるんだから見つかるはずもない今はまだ魔力を貯めないといけない期間らしいから待つけど…私たちは私たちで助っ人の準備もしないとね」

「だねー」

 

三妖精が用意した助っ人というのは作戦になかったことだった。しかし万全を期すために妖精の中でもとりわけ強い妖精を探したのだ。先日の不動の異変でチルノが色々と活躍したことを知った三妖精はチルノを抑えるための陣営が必要なのだと考えなおし助っ人に頼ることにした。勿論三妖精は三人集まればチルノにも負けることはないと考えているものの、ずっとチルノに張り付いていても作戦を進めることができない。妙なところで合理的に考えることができる三妖精なのだった。

 

「それじゃあ私はそろそろ助っ人に動いてもらうから、あそこに行ってくる」

「あそこは苦手だから…いってらっしゃーい」

 

ルナもまた出かけて行った。協力な助っ人に動いてもらうために。

秘密基地に一人残ったサニーは呟く。

 

「それにしてもこの紙を渡してきた人、怖かったなぁ…」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十一話 内緒話

いくつかの妖精の群れを適当に作った光る石を投げることで誘導して魔法陣を解除すること四つ。どれも魔力を貯めるために作られた魔法陣であり、また屈折による隠蔽も施されていた。どれも三妖精が仕掛けたものと見ていいだろう。

 

「うーん、ここらへんの妖精の群れはこれくらいかしら。あたいはもう分からない!」

「そうか。じゃあまあ取り敢えずこれくらいにしとくか…」

 

この魔法陣が何のために用意されたものなのかは分かっていない。しかしながら何か意味があるのは明白であり、それを知るためにはやはり当事者に聞くしかないだろう。何も話さないと言っていたスターだが、魔法陣のことで揺すりをかければ多分何かを失言してくれるだろう。失言を期待するなど性格がよくないことではあるが…あちらが撒いた種なので致し方ないだろう。

 

「チルノ、一度人里に行くぞ。スターから何か情報が引き出せるかもしれない」

「分かったわ!それで…えっと…」

 

元気に返事をしたと思ったらそのままモジモジしだしたチルノ。一体どうしたのだろうか。

 

「あたい…定晴の役に立てた…?」

「ん?ああ、ばっちりだ。チルノのおかげで進展がありそうだよ。ありがとな」

 

何を言うのかと思えばチルノらしくない言葉だった。まさか自分が役に立ったかなんて聞いてくるとは…いつものチルノなら自己肯定感高く「あたいのおかげで…」とか言ってきそうなものだが…大妖精に何か言われたのだろうか。

 

「そ、そっか…えへへ…」

 

そしてお礼を言ったら普通に照れた。なんだか今日のチルノはいつもと違う。やたらと聞き分けがいいし素直だ。それに献身的…本当にチルノか?妖怪の中でも狐やら狸やらは化けの天才とも呼ばれ、何度も戦ってきた俺であっても見た瞬間に化けているか分かるということはない。

もしチルノに誰かが化けているだとしたら…少しというか大幅に本家とずれている。流石に狐や狸がこんなお粗末な真似はしないだろう。しかし他の妖怪だとすれば流石に化けているのは分かるので…やはりこれは本物ということになる。でも本物がこれなら狐が化けてもこれに…これイタチごっこだな。

思考を中断して人里を目指す。飛んでいる間、いつもはうるさいチルノが随分と静かだったのが気になった。

 


 

スターちゃんを連れて駄菓子屋で遊んでいたら定晴さんとチルノちゃんがやってきた。この駄菓子屋は駄菓子以外にも子供向けのおもちゃが色々と置いてあってよく遊びに来るのだ。多分そのおかげで私たちの場所もすぐに分かったのだろう。

 

「ちょっと気になることがあるからスターを借りるぞ」

「はーい」

 

拘束は解いてあげたけど逃げないようにずっと手を掴んでいたスターちゃんを定晴さんに引き渡す。別れてからそこまで時間は経っていないはずなのにもう進展があったのだろうか。やはり依頼解決のプロフェッショナルは違う。

定晴さんがスターちゃんと話している間に私はチルノちゃんに話しかける。手持無沙汰になっていたというのもそうだが、それ以上に進捗を聞かないといけないからだ。

 

「どうチルノちゃん?定晴さんと話せた?」

「いつも通り話したけど…話してるだけで頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃう…」

 

一応一対一で話すという目的は達成できたみたいだ。しかし内容は定晴さんから振られたことに答えるだけで完全にビジネスパートナーのようになってしまっている。

しかし何か嬉しいことがあったのかチルノちゃんは頬を赤らめつつ少し微笑んでいる。チルノちゃんらしからぬ乙女な表情に私の方が恋してしまいそうだ。流石の私も同性愛者ではないのでチルノちゃんに劣情を抱くということはないのだけど。でもこの表情を見ても定晴さんは何も感じなかったのだろうか…噂に聞いてた定晴さんは鈍感という話が現実味を帯びてくる。

 

「もっともっと定晴さんの役に立ってアピールしよう!」

「大ちゃん、本当にこれ意味あるの?あたい悪化してってるような気がするんだけど」

 

チルノちゃんは現在の自分の状況を精神疾患的なものだと思っている。確かに恋を精神の病気だと言うのであれば、まあ、間違ってはいないだろうけど。私はチルノちゃんを応援せねばならない。せめて自力でこの気持ちに気付いてもらいたいところ。

問題はチルノちゃんがそもそも恋というものを知らない可能性がある。勿論私たちも人里で色々と男女のあれこれを見てきたので恋愛についてある程度の知識はあるものの、自分の感情となると話は別だ。私も妖精が人間に恋するなんて思わなかったから実際チルノちゃんがどんな感じなのか分からないのがむず痒い。

 

「大丈夫。なんならもっと加速させよう。なんなら定晴さんに抱き着いちゃおう!」

「定晴に…抱きつっっ!!」

 

一気にチルノちゃんの顔が赤くなり俯いてしまった。少しやりすぎてしまっただろうか。妖精としての悪戯心が刺激されてしまい少し言いすぎてしまった。だってチルノちゃんがかわいい反応を見せるから…

 

「むっ、無理!なんかわかんないけど無理!」

「えー?」

 

チルノちゃんが顔を真っ赤にして頭をぶんぶん振っている。かわいい。

これは無理やりにでも抱き着かせるのがいいのではないだろうか。それこそぎゅっとさせてしまえばチルノちゃんが面白いことに…はっ。また私の悪戯心が。定晴さんには大人しくて妖精らしくないと言われているが、私も妖精らしく悪戯好きだ。面白い反応が見られるのではないかと考えるとどうしても悪戯をしたくなってしまう。

 

「じゃあさ、チルノちゃんはどうしたい?」

「あたい?」

「うん。チルノちゃんはこの後どうしたい?」

 

私から押しつけばかりしていてもだめだ。チルノちゃんから積極的に動いてもらうためには自分で決めた目標を作らないといけない。私は保護者気分でチルノちゃんへの質問をした。対してチルノちゃんは…

 

「もっと…定晴と仲良くなりたい…」

 

今日のチルノちゃんはやっぱり素直でかわいいなぁ…いつもの高圧的なチルノちゃんもリーダーシップがあって好きだけど、今日のチルノちゃんは女の子としての魅力がいっぱいだ。恋は乙女を成長させるなんて誰かが言っていたけど…チルノちゃんは私よりも先に大人になるのかな。

 

「あ、定晴さんの尋問が終わったみたい。チルノちゃん、ファイトだよ!」

「う、うん!」

 

私はチルノちゃんを送り出す。今日はこのまま一日中定晴さんについていってもらう予定だ。今のチルノちゃんには気持ちの整理が必要だけど、それと同時に定晴さんとの時間も増やさないといけない。スターちゃんとサニーちゃんとルナちゃんが異変を起こそうとしているのは事実だけど、今回はその異変をそのままチルノちゃんのために利用させてもらおう。

私は定晴さんからスターちゃんを受け取る。異変を利用するとはいえ長引かせてしまうのは定晴さんに申し訳ないのでスターちゃんにはこのまま一緒にいてもらう。スターちゃんの能力が逃げることに使える能力じゃなくてよかった。まあ一度逃げられて見失っちゃうと私を撒くには優秀な能力なのでこの手を離さないようにするけど。

 

「大妖精、なんとなく次の目的地が決まったから行ってくる。チルノがやる気みたいだからまた連れて行くがいいか?」

「はい!チルノちゃんのこと、お願いしますね」

 

正直定晴さんが異変解決に関わった時点でこの異変は終わったと思っていいと私は考えている。それくらい私は定晴さんのことを信頼している。だからお願いするのは異変のことじゃなくてチルノちゃんのこと。定晴さんは鈍感らしいので念には念を押しておかなければ。

私はスターちゃんに餌付け用の駄菓子をあげつつ二人のことを見送った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十二話 氷妖精の疑問

定晴が次の目的地とやらに向かうのであたいはそれについていく。途中でなんか色々説明されたけどあたいにはよくわかんなかったからあまり覚えてない。でもどうやら残りの魔法陣を消しに行くらしいということは分かった。目的さえ分かっていればあたいはただ頑張るだけでいい。

前を飛ぶ定晴のことを見る。大ちゃんには色々言われたけど、どうやらあたいは定晴ともっと仲良くなるのがいいらしい。最初は霊夢たちと同じくただの人間なのかと思っていた…ううん、今もただの人間だと思ってる。でもなぜか定晴と話すと頭がぐちゃぐちゃになって、なのに目が離せない。

特に思い出すのは地底でのこと。あんな場所に行ったのは初めてで、檻の中で何日も過ごすことになった。あの檻があたいの力を無効化することができないというのは早めに気付いたけど、あたいは見張りの話している内容から定晴が関わってることを知った。定晴という名前は一度も出なかったけど、姿の特徴から定晴だとあたいは分かった。あたい一人じゃ檻を壊すまではできないことが分かった後はひたすら待った。隣にいた地底の妖怪はずっと騒いでいたけどあたいは騒がずに待った。多分今までで一番待ったと思う。

そして定晴が助けてくれた。檻を壊してあたいと地底の妖怪を助けていた。そして助けられたあと優しく撫でられた。今までも慧音先生とかに撫でられたことはあったけど…あのとき撫でられたのはなんか違った。撫でられた瞬間氷の妖精なのに体がポカポカした。心地よくて、心地よくて…

 

「チルノ、またここらへんを凍らせてくれ」

「え、ええ!」

 

定晴に言われた通りに地面一帯を凍らせる。いつも動き回っているカエルを凍らせているあたいからすれば地面を凍らせるなんて簡単だ。凍らせたら定晴に褒めてもらった。ついでに近寄って頭を近づける。そしたら定晴は察してくれて頭を撫でてくれた。

えへへ…やっぱり定晴のはポカポカする。あたいはサイキョーであることを他のやつらにも知らしめるためによく弾幕ごっこをするけど…いい子にしてたら定晴はもっと撫でてくれるのかな。それにもっとあたいが可愛くなれば定晴はもっとあたいのことを見てくれるのかな。

でも可愛くなるってどうすればいいのかな。〈あたい〉って呼び方はあまり可愛くないかもしれない…えっと、私…とか…?

 

「よし、チルノ、次だ」

「う、うん!」

 

あたいが考え事をしてたらいつの間にか定晴は魔法陣のなんちゃらを終わらせていた。あたいだと凍らせるしかない魔法陣でも定晴ならすぐに消してしまえるようだ。やっぱりあたいとは全然違う。

そういえば大ちゃんがあたいのこの悩みを解決するにはもっと定晴と仲良くなればいいって言ってような気がする。でも仲良くってどうすればいいんだろう。たしか抱き着く…なんて…ううっ…大ちゃんのばか!

でもでも確かに定晴と仲良くなりたいなっていう気持ちはある。定晴が幻想郷に来たばかりの頃は何度も弾幕ごっこを挑んで返り討ちにあっていたけど、最近はそういう戦いをすることもなく大ちゃんたちと一緒に遊ぶことが多い。なんだか定晴は慧音先生みたい。

 

「また頼む」

「任せて!」

 

カチコチー。うん、これくらい。

そういえば大ちゃんは定晴のことをどう思ってるんだろう。今日あたいのことを止めにきたのも大ちゃんが定晴に頼んだからって大ちゃんが言ってたし、信頼はしてるんだろうけど。大ちゃんって他の妖精よりも大人っぽいから何考えているのか分からないときがある。

逆に定晴はあたいや大ちゃんのことはどう思ってるんだろう。そういえばルーミアは定晴のところに一緒に住んでるらしいからそっちへの印象も気になる。実はあたいのこと嫌いだったり…んっ!すごい落ち込む!大丈夫大丈夫、あたいが嫌われる要素はないはず。

 

「ん?これ魔力タンクじゃなくて魔力増幅か…チルノ、少し時間かかる」

「分かったわ」

 

定晴が魔法陣をなんちゃらしている間はあたいが守ってあげる。多分定晴のことだから魔法陣をなんちゃらしていると同時に妖怪の一匹二匹は倒せるんだろうけど。でもあたいが頼ってもらえているっていうのがとても嬉しい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十三話 低温脆弱性

頻繁投稿期を終わらせてそろそろ前までの投稿頻度に戻しますね


魔法陣があるであろう場所に目星をつけて探していたら既に起動している魔法陣を見つけた。細いがどこかに繋がっているらしく、魔法陣を止めた場合相手に気付かれる可能性があったので無効化で[魔法陣の繋がりを感じること]を消してから止めておいた。無効化はこういう曖昧なものでも無効化してしまうのでチートみたいなものとなっている。

 

「ここ…か…?」

 

魔力のラインが繋がっている先、何の変哲もない森の先には扉があった。鉄らしき金属で作られた扉は何かを守っているようにも、封じ込めているようにも見える。この扉の奥に魔力のラインが繋がっているのは間違いなさそうである。だが…開け方がない。鍵穴と思われるものはあるのだが、俺は鍵なんて持っていないのでどうしようもない。取っ手があるので引っ張るか押すかはできるだろうが、鬼がいるこの幻想郷の鉄扉は俺の身体強化を用いたとしても無理やり開けることは叶わないだろう。となればあとは壊すしかないのだが…

うーん…魔理沙のマスタースパークなら壊せるだろうか。中々使う機会はないが、俺は模写の力で魔理沙のマスタースパークをコピーしている。破壊力があり俺の数少ない広範囲技となっているが、マスタースパークはそもそも魔理沙の火力重視な技なので石を壊すことも可能なはずだ。ただそれは本人であれば、だが。

俺の力の模写というのはその名の通り見たものをそのままコピーする力である。そして俺が模写しているこれは弾幕ごっこで使われるマスタースパークだ。となれば魔理沙が本気を出してマスタースパークを撃つときの半分以上に威力は抑えられていると考えていいだろう。霖之助曰く、耐久性を気にしないのであれば森一つくらいは焼けるほどの威力が出るらしいからな、あの八卦炉。

まあ一度やってみるか。

 

恋符【マスタースパーク】!」

「ひゃっ!なによ!?」

 

弾幕ごっこじゃないので技を宣言する理由もないけど、なんとなく威力が出そうな感じだったので声に出した。実際そんなことは一切ないのだが。あと俺が急に声を出してマスパを撃ったものだからチルノが驚いてしまった。すまん。

さて、マスパを撃ったところを見てみるが…うーん、少しは抉れている…だろうか。正直この先に空間があったとしてもそれなりに奥だろうからこのペースで壊していても終わらないだろう。それにあまりここで騒いでいたら相手に気付かれる可能性が非常に高い。できることなら奇襲を仕掛けたいところだ。まあこの壁を壊した時点で大きな音があるのは確定しているので先手必勝の攻撃ができるというわけでもないが。

 

「この扉を開けたいのね?」

「ああ。もしかしたら三妖精の誰かが鍵を持っているかもしれないが、小物を隠すことに関して言えばあいつらはプロだろ?妖精らしい隠し方をされたら見つけることはできないだろうし、この扉を壊そうと思ったんだが…」

 

それに三妖精のうち捕まえているのはスターだけだ。スターが持っていないなら二度手間となるし、嘘をつかれたりしても俺たちに判断することはできない。それこそスターの衣服を無理やりすべて剥がして隅々まで探せば見つかるかもしれないが、流石にそんなことをすれば今度は慧音に全力の頭突きを食らうことになるだろう。となればやはり鍵を見つけるというのは現実的ではない。三妖精が持っていなかった場合は間違いなく見つけることなどできないだろうしな。

 

「あたい…あたしが冷やせば開くかも!」

「流石にそんなに簡単には…いや、待てよ…」

 

ここで少し化学の話をしよう。

金属というのは低温脆弱性という性質がある。これは基本的に金属は冷やすことによって脆くなり壊れやすくなるという性質で、ある程度の薄さであれば何の強化もせずとも素手で金属を壊すこともできるようになる。アルミニウムや銅のような一部の金属には起きにくい現象ではあるものの、金属の種類によっては本当に簡単に壊せるほど脆くなる。この扉は見た感じ鉄製だし、もしかしたら簡単に壊せるようになるかもしれない。

 

「チルノ、この扉全体を冷やしてくれ。急がなくてもいいから確実にな」

「あた…しに任せなさい!」

 

チルノが扉を冷やし始める。

ところで先ほど、ここに着いてからチルノが一人称を意識して〈あたし〉に変えようとしているように思えるのだが何かあったのだろうか。まあ一人称で印象は結構変わるものだし〈あたい〉よりは〈あたし〉の方がかわいいかもしれないが…まあチルノが自分で決めたことなら俺が何か言うこともなかろう。どうせ大妖精からまた何か言われているのだと思われる。一体大妖精はチルノに何を吹き込もうとしているのだろうか。

 

「はい、どう?」

「…うん、大丈夫そうだ」

 

チルノが扉を氷漬けにすることなく冷やしてくれたので邪魔になる氷はほとんどない。氷がついていない部分を触ってみると凍傷になりそうなほど冷えていたので十分に効果を発揮してくれるはずだ。

マスパの熱量によって折角冷やしてもらった分が戻ってしまわないように気を付けつつもう一度…

 

恋符【マスタースパーク】!」

 

着弾し砂埃が舞い轟音が響いた。明らかに先ほど撃った時とは反応が違う。数秒撃ち続けたあとに見てみると、見事に鉄の扉はなくなり道が開けていた。ただこの先に誰かいた場合扉を破壊したときの轟音により俺たちのことがばれてしまっただろう。

 

「チルノ、この先は何が出るか分からない。特に気を付けてくれ」

「ええ!何が出てもあたしが氷漬けにしてやるから安心なさい!」

 

チルノが胸を叩きながらそう宣言する。チルノは、妖精としては強いものの大妖怪などには到底太刀打ちすることなどできないだろう。しかしその根拠のない自信と自負は異変解決に急いている俺を少しリラックスさせてくれた。




お知らせ:ミキが主人公の小説を投稿し始めました。先日投稿したミキが読者に直接語り掛けてくるタイプの小説です。興味があればぜひ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十四話 氷精の発露

チルノの底なしの元気に励まされてから扉の奥へ。どうやら洞窟となっているようで、側面には明かりとなる松明が刺さっていた。魔法やら妖術やらで明かりを生み出すことができる幻想郷の妖怪たちは基本的に松明なんていう人工的なものは使わない。幻想郷内でも松明があるのは基本的に人里周辺に限るのだが…もしやここは人里の人々が作ったのか?しかし幻想郷の住人には鉄の加工技術などないはず…河童か?

この場所は妖怪の山から離れているため河童の活動範囲とは言い難い。しかし河童というのは時に人里や迷いの竹林で実験を行うことがあるとにとりは言っていた。まあだからと言って鉄の扉をここに作る理由などないが、もしかしたらそういう実験場として作られた可能性はある。そしてそれを妖精たちが使いまわしているという可能性も。

 

「定晴、この先に妖精がいるわよ」

「確かか?」

「でも地上の妖精じゃないみたい」

 

地上の妖精…ということは地下や天空などにも妖精がいるのだろうか。そういえば地底の妖精は地底で生活していた頃に見たことがあるような気がする。地上の妖精に比べて色が濃くて、地上の妖精と同じように悪戯好きだったはずだ。多分生きている環境は違っても悪戯好きな妖精の本質は変わらないのだろう。

どれくらいの数で、どれくらいの強さなのか、チルノには分かるのかもしれないが俺には分からない。直接俺が確認した方がいいだろう。俺はチルノの方を少しチラ見して言う。

 

「チルノ、ここで待機。俺が様子を見てくる」

「え…あた、しも一緒に行く!」

 

何があるか分からないのでチルノには待機していてほしい。例え至近距離で核爆発が起きようとも俺一人の体ならば無効化の力を使えば無傷でなんともなく終わるからだ。河童が作ったのなら罠の可能性を考える必要があるし、そうでなくとも妖精たちなら罠は確実に設置していることだろう。チルノは一回休みになるだけなので問題ないかもしれないが、大妖精にも申し訳ないしチルノを守れないというのも嫌になる。

しかしここで思い出すのが地底での異変。あの時は俺が戦闘をするからと言ってこいしを離れた場所で待機させといたら、逆にそれを利用されてしまってこいしは捕まってしまった。今回も同じようなことが起きないという保証はない。あの時は戦闘という目前の障害があったものの、今回は何かあるか分からないという概念的な障害しかない。あの時を思い返して反省するならば…

 

「…分かった。チルノ、離れるなよ」

「もちろん!」

 

離れないようにチルノと手をつなぐ。少しチルノの手を握る力が強いような気がするが、もしかしてチルノは暗いところは苦手なのかもしれない。松明があるとはいえ日光が入るわけでもないので暗いのは変わらない。

 

「大丈夫か、チルノ」

「…うん、今はとっても落ち着いてるから、大丈夫」

 

やはりチルノは暗いところは怖いのかもしれない。もしくは初めて入る場所で怖いとか。チルノがそういうものに対して恐怖心を抱くという印象がないので気にしていなかったが、チルノとてまだまだ子供なわけだし知らない場所が怖いのも無理はないだろう。

俺はチルノの手を離さないように手をしっかりと繋ぎながら奥へと進んだ。

 


 

じんわりと温もりが伝わってくる。定晴が握ってくれたところから少しずつ体が温まっていくのを感じる。あたいは思ったよりも凍えてしまっていたようだ。氷の妖精なのに怖くて震えるなんておかしな話。そもそもこういう知らない場所での探索はいつも楽しく大ちゃんたちと遊びながらやっているっていうのに…それでも怖くなってしまうのはこの先にいる奴がただの妖精じゃないっていうのが分かるからだろうか。

あたいはサイキョーだ。それはいつまで経っても変わらない。まだ定晴に勝ったことはないけど、いつかは勝ってやろうとは思っている。最近は定晴と普通に遊んでた方が楽しいからあまり戦わないけど、チャンスがあればもう一試合くらいはしたい。人間には勝てなくとも妖精の中ではまだまだサイキョーなんだ。

でもこの先にいる妖精からは気持ちの悪い気配を感じる。近づくごとにおかしくなってしまうような、気が狂ってしまうような気分。災害が起きて森とかが荒れてエネルギーがぐちゃぐちゃになっちゃったときに似ている。定晴はそれを感じているかな。

あたいはそれを鉄扉を開けた時から感じてる。多分鉄の扉がお札みたいになってたんだと思う。霊夢にお札で動きを縛られているときに似ているから。

この気持ち悪さのせいで氷の妖精のあたいが凍えてしまったようだ。でも…定晴に手を握ってもらってからは体の芯が熱い。夏の暑さじゃなくて、もっと…冬に暖かい部屋に入ったときみたいな暖かさ。氷の妖精のあたいにとっては冬の寒さなんてへっちゃらだけど、大ちゃんたちが寒がって建物の中に入った時の心地よさも分かっているつもりだ。あの瞬間の体が暖かくなる感じによく似てる。

それにさっきから繋いでいるところがすごく気になる。ただ手を繋いでいるだけなのに、大ちゃんたちとも手を繋ぐことはあるはずなのに…それに定晴と手を繋いでいるんだと思えば思うだけ熱くなっていく。なんだか…手を放したくない。ずっと、ずっと…このままずっと手を繋いでいたい。この先にいる妖精が嘘ならいいのに。あたいの勘違いで、本当は何もいなければいいのに。そしたらまだ手を繋いでいられる。定晴と手を放さずにいられる。

手を繋いだことによって、定晴のことをどんどん考えてしまう。最初は他の人間と変わらないって思った。霊夢みたいに、魔理沙みたいにこっちを攻撃してくると思った。だから先手必勝で戦いを挑んで…しばらくしたあと、今後は普通に遊んだ。定晴が作るお菓子は紅魔館のメイドのやつと同じくらい…それ以上に美味しくて、大ちゃんたちと分け合うのが勿体ないくらいだった。バレンタインの時にもらったお菓子は今も周囲を氷漬けにして少しずつ食べている。

そして定晴に助けられて、そして次は定晴を助けて…定晴と遊ぶことが本当に楽しくて、大ちゃんたちと遊ぶときよりも気分がよくて、ルーミアが定晴と一緒に暮らしているって聞いたときはとてももやもやして…

…定晴。

…あたい…あたし…

あなたのことが…

好きだな…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十五話 地獄の妖精

謎の洞窟の先に進む。チルノが言う妖精の気配というのは分からないが、魔法陣から出ていた魔力ラインを辿っているのでこの先に何かが繋がっているのは分かる。魔力ラインというのは終着点もまた何かしら魔力を入れることができるものではないと繋がらないからだ。ただ魔力を放出しているだけ、なんていうことはあり得ない。何かがある、もしくはいる。

 

「チルノ、どれくらいの距離か分かるか?」

「…」

「チルノ?」

「へあっ!?あ、えっと、なんて?」

 

チルノがぼーっとしていた。こんな敵地のど真ん中っぽい場所でぼーっとできるのは一種の才能だ。俺は訓練をしてできるようになった危険地帯でも寝るということをチルノはすぐにできそうである。

 

「距離だ。目標までの距離」

「えっと…そこの角を曲がったとこ」

 

いやすぐじゃん。もう目の前じゃん。

うん、もう諦めて堂々と行くか。チルノの話だと相手は妖精らしいが、こんなところにいる妖精がただの野良妖精とも思えないので気を引き締める。そしてついでに身体強化もしておく。身体強化は攻撃に対する防御力も高めることができるので戦闘前であればどんな時でも使っておいて損はない。

 

「行くぞ」

「うん」

 

今度はちゃんと返事をしたチルノ。しかし少しばかり顔が青い。やはりこの先にいる敵が原因だろうか。それにこの空間という悪環境も相まってチルノでも中々辛いのだろう。もう少しの辛抱だから頑張ってくれ。

ゆっくりと角を曲がる。どうせ何をしたってバレるのだから致し方あるまい。魔法陣の護衛に対して使ったキラキラ石でも投げておくべきだったか。

 

「おー?三妖精かと思ったら人間じゃーん。それにチルノもいるじゃーん?」

「な、あんたはピース!なんでこんなところにいるのよ!」

「知り合いか?」

 

俺にとっては初めましてな妖精だがチルノとは面識があるようだ。

黄色の髪、ピエロみたいな帽子、星条旗の服…妖精にしては随分と奇抜な恰好である。というか日本にある幻想郷でアメリカンな文化を取り入れることは結構難しいのだが、星条旗などどこで見つけてきたのだろうか。もしかしてアメリカのものも無縁塚に流れ着くのだろうか。

 

「こいつは地獄の妖精よ!サイキョーのあたいよりも悪戯向きな妖精で…」

「異変解決のために霊夢が来たのかと思えばただの人間!キャハハ!チルノ、案内してくれてありがとね!」

 

どうやら霊夢とも面識があるようである。今まで一度も見たことがない妖精だがもしかして普通に幻想郷でほっつき歩いている妖精なのだろうか。ただ妖精にしては随分と力が強くなっているような気もするが…

 

「あたいはクラウンピース。そこのチルノの言う通り地獄の妖精!妖精たちのついでにあなたにも人里で暴れてもらうとしますか!」

 

まさかの一人称〈あたい〉二人目!でもさっきからチルノは〈あたし〉にこだわっているようだから絶妙にキャラ被りを避けることができたかもしれない。いやまあ見た目からしてもキャラ被りなどできようもないが。

ピースはどこからともなく取り出した松明の火をこちらに向けてきた。もしかしてここまでの道にあった松明は彼女が設置したものだったのだろうか。と思っていたらチルノが大声を出した。

 

「あいつはあれで狂わせてくるから定晴逃げて!」

「もう遅い!」

 

ピースが持っている松明が強く輝いた。そして俺の体をすり抜け…そして何も起きない。そりゃそうだ。状態異常系は俺には効かないのだから。身体強化は任意で発動させているが、浄化に関しては常に体に張っているので不意打ちの毒や催眠は俺には効果がない。

 

「ふむ」

「あれ?えいっ!えいっ!」

「さ、定晴…大丈夫?」

「ああ、全く問題ない」

 

チルノが心配そうにこちらを見てくるが全くもって問題ない。たまに無意識もしくは潜在意識下で催眠をかけるような術があるのでそれを一応気にして狂気に訊ねておく。

 

『大丈夫だな?』

『問題ない。いつも通りだ』

『いつも通りの鈍感さんだね!』

『魔力の流れも正常よ。気にしなくていいわ』

 

狂気と魔女から問題ない報告が聞けた。そして愛はいつまでいるつもりだ。せめて静かにしててくれ。

魂レベルで見ても問題ないようだしやはり俺にはピースの能力は効いていないようだ。幻想郷住人の能力とは時によりとてつもない効果があるので、それを気にしなくていいと分かればこちらとしても気が楽である。

 

「むー…じゃあチルノあんたにかけてあげる!」

「えっ!?」

 

ピースが松明の先をチルノに向けた。光というのは放射状に広がっていくのでわざわざ向きを変えずとも大丈夫だと思うのだが…いや、俺が知らないだけで松明自体にも意味があるのかもしれない。変な詮索は逆に自分の首を絞めることになる。

ピースが松明をチルノに向けた瞬間にチルノの手を強く握る。これできっと大丈夫のはずだ。

 

「えっ、定晴!?」

「えーい!」

「…あれ…ふふん!サイキョーのあたいにはあんたの能力は効かなかったようね!」

「うっそなんでー!」

 

俺の浄化は別に自分自身にしか効果がない能力ではない。触れていれば物質だろうが結界だろうがなんにでもつけることができる。俺の秘儀である三千世界で妖怪が強烈な弱体化を食らうのは無効化の力もあるが、浄化の効果もあるからな。チルノの手を強く握ったのはチルノがピースの光を避けようとして逃げないためだ。流石に動き回る妖精にかけるのは難しい。

 

「なんて…定晴がなんかやってくれてるんでしょ。ありがとね」

「お、おう…」

 

チルノに素直なお礼を言われるのは初めてだ。流石に少しびっくりしてしまう。なんか今日のチルノは妖精らしくないというか、ただの女の子感がすごい。勿論いつものチルノもただの女の子であるのは変わらないのだが、なんだか今日は乙女らしいというか…ルーミアとか幽香とかそこらへんの女性陣に似ているような気がする。

 

「むむむ…そこの人間が原因か!あたいの光からどうやって逃げたか知らないけど、それならもう弾幕しかない!」

「おわっ!」

 

ピースが急に弾を撃ってきた。身体強化をしていたおかげで不意打ちでも回避することに成功したが…あの弾、中々に威力がこもっているように思える。直撃は避けたい。

それにチルノの手を放すわけにはいかない。ピースが能力を使えばチルノが狂わされる可能性がある。離れていてもある程度は浄化をかけることができるが、半永続的に効果を持ち続けるためには俺に触れているのが一番だ。浄化の力が弱まったところに能力をかけられればどうなってしまうか分からない。同じ妖精だからチルノは大丈夫という理論は…先ほどの二人の反応からして期待しない方が良いだろう。

 

「チルノ、手を繋いだままピースを撃退する自信はあるか?」

「手を繋いだまま……ええ!いつもよりも強いわよ!あたしは!」

 

チルノを手を繋いだままという特殊な条件下で、初見の地獄の妖精との戦闘が始まった。

 


 

「あら?秘密の洞窟に誰かいる…チルノと…人間?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十六話 ストライプド弾幕アビス

「くそっ」

「任せて!凍れええ!」

 

チルノと手を繋いでいるというのもあるが、それ以上に洞窟という狭い空間が戦闘の幅を狭めている。俺の得意の剣はこの広さでは振れないこともないが、やはり使いづらくチルノに当たってしまう可能性もある。格ゲーでフレンドリーファイアを無効にして同士討ちできないように設定できるものもあるが、それが今非常に欲しいところだ。

戦闘力としてはチルノが適度に弾を凍らせるという荒業をしてくれているので今のところ目立った被弾はない。しかし攻めきれないというのもまた事実であり、このままここで戦闘を続けていても埒が明かないだろう。

 

「チルノ、少し俺の後ろ側に!」

「分かった!」

 

手を繋いでいるので限界はあるものの出来る限り俺の後ろ側にいてもらう。今はチルノと左手で繋がっているので俺の右手はフリーだ。だからそこから魔術やら剣やらを使うことになるので射線に入らないようにチルノに動いてもらうしかない。

 

魔術【五つの属性】!」

「きゃはは!それくらいだとあたいのところには届かないよ!」

 

魔術の力で撃った火やら水やらはピースの弾に阻まれてしまい、彼女の言葉通り一つも届くことはなかった。その分弾を相殺することはできているが、弾幕勝負において数個相殺しただけではあまり意味はない。次から次へと新しい弾幕が展開されるからだ。

本当はチルノと分かれて攻撃したいところだ。しかし気を狂わせるという言葉で思い出すのはフランの狂気。あの状態になると敵味方関係なく襲いだすので大変なのだ。もしチルノが敵味方関係なく凍らせるようなことになったらフランよりも大変だ。フランは能力を使って壊そうとしてくるがそれは対象が一つなので俺も無効化できる。だがチルノが放つ氷はそれぞれが独立しているので対象を一つしか選択できない俺の無効化では捌ききれないのだ。冷気であればそれ一つを無効化すればいいものの、チルノが冷気だけで収まるとも思えないのでやはりチルノにピースの能力を使われてはいけない。

 

「チルノ、なんか作戦はないか?!」

「えっと、えっと…大ちゃんを呼んでくる!」

「それは無理があるだろう!」

 

まあでも確かに仲間が増えればできることが増えるかもしれない。だがやはり問題なのはピースの能力だ。操るのではなくあくまで気を狂わせるだけなのでピースも攻撃対象となるにはなるだろうが、せっかく呼んだ仲間がこちらも攻撃してくることには変わらないのであまり有効策とは思えない。結局のところ第三陣営が増えるだけであり、戦いにおいて第三陣営は一番何が起きるか分からない爆弾なのであまり作りたくはない。

 

「ルーミアは?!」

「それだ!」

 

俺は幻空から一枚の紙を取り出してそのまま全力で霊力を込める。紫や藍も弾幕戦闘中に式神を呼んでいたのでルール的にも何も問題はないはずだ。

 

式神【ルーミア】!」

 

紙から光が広がり、そしてルーミアが召喚される。呼び出すのに必要な霊力量はそこまで多くないがルーミア自体の強さが大妖怪レベルなので結構破格な式神である。

そしてなんといってもルーミアには俺の力が流れているおかげで俺よりは少なくとも浄化の力も持っているのだ。随分と昔にルーミアが、式神の繋がりのおかげで浄化が効かなくなったと言っていたので浄化の力をルーミア自身も持っているのだと考えていいだろう。

 

「戦闘中じゃん!それになんでクラウンピース…?まあいいや、わはー」

「頼む!」

「…なんで手を繋いでいるの…?闇符【ダークサイドオブザムーン】!」

 

ルーミアがこちらを見て俺とチルノが手を繋いでいることを訝しんだあとに弾幕を張った。すまん。浄化の力の仕様上致し方なかったんだ。望むならあとでルーミアとも手を繋ぐから…

 

「きゃはっ!たしかルーミアって言ったよね!そんな無防備ならー…」

 

ピースが弾幕を張りながら持っている松明をルーミアに向けた。そして一瞬だけ松明が強く光る。先ほどは気付かなかったがどうやら松明の火は能力を使うタイミングで少し強く燃えるらしい。とはいえ環境によって火の大きさなどいくらでも変化するのであまり目安にはならないのだけど。

さて、対するルーミアの様子は…

 

「…無駄だー!」

「なんでー!?」

 

うん、ちゃんと効かない。

ルーミアって封印解除状態だと大妖怪レベルの強さになるうえにいつもは周囲に纏うしかない闇を自在に動かして攻撃や防御に使うこともできる。そして今のルーミアは妖力だけでなく霊力もある程度使うことができて、多分霊夢レベルの祈祷師でも調伏することはできず浄化もされない。戦闘力ではまだ紫たちには適わないかもしれないが、厄介さでいえば紫に並ぶ妖怪と言えよう。

 

「さっきからあたいの能力が効かないやつばっかでつまんなーい!」

 

ジタバタするピース。ああいう動作は非常に子供っぽいな。ジタバタしている間も攻撃は絶えず飛んできているので全然かわいくないけど。

 

「ルーミア!上手くあいつの動きを…」

「任せて!」

 

言い切る前に行動に移すルーミア。うーん、とても優秀。

この洞窟内は松明が壁にあって明るくなっている場所はあるもののほとんど暗い空間だ。つまりここはルーミアの闇の能力ととても相性がいいのである。

どこからともなく伸びてきた質量のある闇がピースの腕に絡まり動きを止めた。試したことはないけど爆発くらいだとあの闇は壊れない。一体どんな物質なのか気になるところではあるがあまり幻想郷では悩みを作ってしまっても理解できず終わることが多いので多分気にしたら負け。

 

「チルノ、手を放すぞ」

「え……あ、うん…」

 

急激にテンションが下がるチルノ。そんなに一人なのは不安だろうか。ただしピースを無力化できるまではチルノに対しての能力の行使にも気を付けないといけない。

さて、俺はすぐに輝剣を取り出して身体強化プラスで風の最高速コンボでピースに近付きそのまま一閃。弾幕勝負なのに弾幕で決着を決めなくていいのだろうかという不安はあるものの、幻想郷に来たばかりの頃の魔理沙との初戦の時点でそういえば剣で決着つけてたなと思いだす。魔術にそこまでの適正がないから剣で斬るしか能がないんですよ俺は。

 

「よし、気絶してるな」

「威力の手加減が上手くなったわねご主人様」

 

ルーミアがボソッと呟いてくる。どうしても妖精相手だと完全には死なないから大丈夫だろうという無意識が働いてやりすぎてしまう可能性があるから調整するのが中々難しい。もしかしたら妖精はピチュンしても復活するという情報は知らない方が戦いやすかったかもしれない。

 

「ルーミア、そいつはそのまま縛って人里まで連れて行ってくれないか?あとその松明の火は消しておこう」

 

結界で松明を囲んで空気の循環をなくせばすぐに火は消える。助燃性のある酸素がなくなるからだ。空気の循環の有無を自由に設定できる結界はこういうときに役に立つな。というかこれもしかして窒息とか…要実験だな。

 

「じゃあ私はこいつを人里に…「ふぎゃあ!」…なに!?」

 

ルーミアと話していたら背後からチルノの声がした。明らかに何かよくないことが起きているときの声である。

咄嗟に後ろを振り向くと気絶したチルノを抱っこしている妖精が一人。クリーム色っぽい服を着た妖精で、そこらへんの野良妖精でないことは一目でわかる。

 

「ルナチャイルド!」

「あれがか!」

 

どうやらあれが光の三妖精の一人のルナチャイルドらしい。

 

「待てっ!」

 

ルナが角を曲がってチルノを連れていく。妖精という非力な種族なので移動速度は遅いはずだ。しかしルナの能力のせいで足音は消えている。確かにこれは隠密行動に全振りすると見つけるのは相当困難だろう。

だがこの洞窟は一本道。すぐに追いついた。こいしの時の二の舞はしない。いや、既にチルノを連れ去られかけたからアウトか…

 

「ふんっ!」

「きゃあっ!」

 

ルナを後ろから攻撃し昏倒させる。

思いがけず俺は敵方の妖精二人を捕まえることに成功したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十七話 気持ちの整理

さて、どうするかなこの二人。

なぜかいたルナチャイルドと倒したクラウンピースの二人をどうするか悩む。というのも二人までなら大妖精でもなんとかなるだろうけど、三人目ともなると流石に大妖精一人だと多分対処しきれなくなるからだ。

 

「チルノー、起きろー」

 

ついでに言うとチルノは眠ったままである。ルナに頭を叩かれたときにそのまま気絶してしまったらしい。ピチュらせることなく妖精を気絶させるなんてルナも中々に力加減が上手で…って感心している場合ではないな。

 

「ルーミア、二人まとめて縛って移動できるか?」

「えっと…封印状態だと無理かも。リボン外していいならできるわよ」

「あー…」

 

ルーミアの封印解除は言うなれば完全な奥の手だ。ルナたちが途中で起きる可能性も高いのであまり見せられるものではない。

となると俺が片方を背負って行くしかないな。大妖精にプラスしてルーミアにも監視をしてもらえば逃げられる心配はないだろう。

それにルナも撃破したことであとは未だ会えずのサニーミルクただ一人となった。これはもうほとんど勝ちと言ってもいいのではないだろうか。大妖精が懸念していた強力な妖精の助っ人は多分このクラウンピースのことだろうし、あとはサニーを捕まえて慧音か霊夢あたりに説教してもらおう。

 

「じゃあルーミアはピースを捕まえて運んでくれ。俺はルナを結界で縛りつつチルノは抱っこしていくよ」

 

ルナを結界で縛って背中に。俺の体にくっつけるようにして固定しているので落ちる心配はない。妖精に聞くような結界式を思いついたのでもし運搬途中で目覚めても弾の一つ撃つことはできないだろう。

チルノは所謂お姫様抱っこという形で運ぶ。チルノを背負うとなるとルナを固定する場所がないので体の前でチルノは運ぶことになるのだが、体勢的にこの運び方が一番楽だ。チルノもこれくらいを気にするような歳ではないだろう。

 

「むー…」

「ルーミア?」

「…別に」

 

後でルーミアもお姫様抱っこしてあげた方が良いだろうか。男性の俺からするとあまり魅力的には感じないのだが、やはり女性のルーミアからするとお姫様抱っこは何かしら憧れでもあるのかもしれない。とはいえ人前でやると絶対に恥ずかしがるからするとしたら家だな。

 

「よし、行くぞ」

「ええ」

 

捕獲した二人の妖精を連れて洞窟を出る。にしても結局何のために作られた洞窟か分からなかったな。罠らしい罠もなかったし、中に何か置いてあるというわけでもなかった。ピースがいた場所が最奥というわけではないのだけど、その先にはそもそも松明が置かれていなかったのでまもなく行き止まりになるのだろう。

謎は多いが、成果はあった洞窟だったな。

 


 

移動中に三人が起きることはなかった。妖精って行き過ぎたダメージだとすぐに消えちゃうから気絶する程度のダメージには一番弱いのかもしれないな。

 

「大妖精ー」

「あ、定晴さん。それにルーミアちゃんも。チルノちゃんは……勿体ないなぁ…」

「どうした?」

「何でもありません」

 

今も大妖精はスターを繋いだまま人里で遊んでいた。スターの方ももう諦めた様子であり、普通に大妖精と遊んでいた。しかし流石に俺がルナを背負っていることに気が付くと視線をそちらに向けた。

 

「ルナ!そんな…ルナもやられるなんて…」

「まあ、成り行きで…」

 

ルナに関しては本当にたまたまだ。なぜあそこにいたのかも分からないし、俺相手に一本道の洞窟で逃げ切れると思ったことも謎だ。自惚れとかではなく、俺の戦闘を見ていたなら身体強化と風のコンボで走れば妖精の身では逃げ切れないことなど分かるだろうと感じたからである。

 

「大妖精。ルーミアもつけておくからこの二人とチルノのことも見ててくれないか?」

「チルノちゃん……はい、わかりました!定晴さんはサニーちゃんのところへ?」

「その予定だ。まあその前にルナかスターにもう一度尋問をするがな…」

 

二人から情報が得られなければピースにも尋問することになるが…ピースはあくまで助っ人らしいからろくな情報は得られないと考えてもいいだろうな。

相手方の戦力はあとはもうたくさんの野良妖精とサニーだけだと考えてもいいだろう。全員捕まえたら霊夢か慧音のところに連れて行って叱ってもらう。多分それでいい感じに全部解決するはずだ。叱るだけでいいのかとも思うが…妖精だし復活するし子供だしということで完全に再発を防止することはできないだろうという判断だからだ。

大妖精からスターを借りて、チルノだけを大妖精に任せて俺は三人の妖精の尋問を始めた。

 


 

定晴さんからチルノちゃんを預かった。ルーミアちゃんから聞いた話だと、ルナちゃんに不意打ちで気絶させられたあと一度も起きていないらしい。人里の中はチルノちゃんを寝かしてあげる場所があまりないので取り敢えず私の体で支えておく。妖精だから心配はいらないけど…せめて一度は起きてほしかったな。だってチルノちゃん、定晴さんにお姫様抱っこされていたのだから。

多分お姫様抱っこの形態は外の世界から流れてきたものだろうけど、外来人がたまに人里で外の世界の文化を伝えることがあるのでその中にもあったものだろう。私はしてもらったことはないけど、人里のお姉さんたち曰く相手との距離を意識してしまってドキドキするらしい。それなのにチルノちゃんったら寝てるし…

 

「んっ…んー…」

「あ、チルノちゃん。起きて起きて」

「ふえぇ…?大ちゃん?」

 

やっと起きたみたい。この寝坊助さんめ。

一応気絶していたあとだからあまり刺激を与えないようにしながらチルノちゃんを立ち上がらせる。お姫様抱っこされていた割には服にしわがないんだなぁ…もしかして定晴さんってあの抱き方慣れてるのかな。

 

「あたし…寝ちゃってた?」

「うん、気絶させられて…チルノちゃん、あたいって…」

「え、あー…あたい、ちょっと…大ちゃん、内緒にしてくれる…?」

 

え…チルノちゃんかわいい!何その表情!完全に乙女じゃん!何があったのかすごい気になる!

ふむふむ、定晴さんと一緒にいて、可愛いと思ってもらいたくなったから一人称をあたしに変えて、洞窟の中で手を繋がれてからずっと定晴さんのことしか考えられない…ってそれもう本格的に恋じゃん!というか定晴さん女の子の手をしれっと握るって相当だ!

チルノちゃんは今の自分自身のことをどう思ってるのかな。

 

「大ちゃん、あたい、変?」

「ううん!すっごい素敵なこと!」

 

一応いつもと違うことは分かってるみたい。まあ流石に一人の男性のことばかり考えちゃうのにいつも通りに振る舞うなんてできないよね。というかさっきからチルノちゃんの表情が乙女すぎる…チルノちゃん、こういう表情もできるんだぁ…

 

「っていうかさ、大ちゃん…」

「うん、なぁに?」

「………あたい、定晴のこと好き……多分だけど、好き…」

 

うひゃああ!

待って待ってそんな言い方だとこっちまで恥ずかしくなる!私にはまだ好きな人とかいないけど、私に好きな人ができたらチルノちゃんみたいになるのかな…

 

「大ちゃん…これって…恋…?」

 

うにゃあああ!可愛いなこの子!

チルノちゃん、恋知ってたんだ。あまり本とかを読むようなタイプじゃないけどどこで知ったんだろう。まあ人里で人間さんたちと話していれば知る機会もあるか…チルノちゃん、定晴さんと出会ってからどんどん大人になっていくなぁ…

 

「チルノちゃん、きっと恋だよ。私はまだ好きな人とかいないから分かんないけど…チルノちゃんにとっても悪いことじゃないから安心して?」

「うん…だよね…」

 

あれ、チルノちゃん…なんだか寂しそう。うーん、どうしたんだろう…こういう時は直接聞くしかない。

 

「チルノちゃん、どうしたの?何か寂しいことが…」

「だって…あたいの気持ち…絶対届かないもん…」

 

っ…

…うん、そうだと思う。私もチルノちゃんの恋は上手くいかないだろうなって思う。でもそれを本人に直接言うのはちょっと遠慮しちゃうというか…

 

「…でもね、大ちゃん」

「…うん」

「あたい、頑張る。せめて、定晴に見てほしい」

 

チルノちゃん、強いなぁ。恋する乙女は強いなんて言葉を人里の誰かが言ってたけど…本当に強いんだなぁ。

チルノちゃんが折れてないようで私は安心。あまりチルノちゃんは泣かないから気持ちの整理がつかなくて泣いちゃうなんてことはないだろうと思ってたからそのことはあまり心配してないけど…大丈夫そうだからチルノちゃんにとっても大切な情報を教えちゃおう。

 

「チルノちゃん、実はさっき…」

「うん?」

「定晴さんにお姫様抱っこされて運ばれてたんだよ」

 

さん…に…いち…

やっぱり爆発した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十八話 あたしは補佐

結局三人ともから尋問をした。みんな何も言わないと最初言っていたものの、やはり言葉の節々から情報が漏れている。そのおかげで俺は大体の本拠地の場所を決めることができた。一人からだとあまり情報は得られないのだが、人数が増えたことでいい感じに失言し合い情報を引き出すことができた。

 

「さてと…お、チルノ、起きたな」

「…うん。あたし、もっと頑張るから!」

 

顔を真っ赤にしているチルノが大声で宣言する。また大妖精に何か言われたのだろうか。俺はあまり大妖精に対していたずらっ子というイメージはないのだが、どうやら同種族からするとそうでもないようで、今みたいにふとした時に少し意地悪らしい。俺が尋問している間に変なことをチルノに吹き込むのは結構悪意を感じる。

 

「大妖精、変なことは言ってないな?」

「えへへ、大丈夫です。チルノちゃんに再確認しただけですから」

 

まあチルノも不快になった様子はないので良しとするか。どうやらルーミアは尋問の情報を聞きつつも大妖精たちの会話も盗み聞きしたようで大妖精とチルノを気にしている。ただルーミアも内容については教えてくれなかったので分からないが…まあ悪いことではないだろう。

 

「ルーミア、何かあったら式神の繋がりで呼んでくれ」

「んー」

 

間延びした声で返事をするルーミア。家とかだと結構しっかりと受け答えしてくれるのでこういう反応をするのは珍しい。基本的に外でのルーミアの態度はルーミアの今までと本などから得た子供像を参考にしているので、この間延びした返事もルーミアの知る子供像の一つなのだろう。やっぱり新鮮。

 

「じゃあチルノ、多分最後の仕事だ」

「まっかせなさい!」

 

うん、元気。チルノの元気はやはり見ていて気持ちがいいな。元気すぎて慧音たち大人組に怒られることも多いみたいだが、子供らしくて俺は良いと思っている。悪戯するのは妖精全員の性だから注意したとてやめることはないだろうし。

俺はチルノを連れ立って最後の目的地に向かった。

 


 

スターとルナの二人から得た情報を元にすると、どうやら作戦本部となる拠点は人里と博麗神社の間の森。つまり俺の家がある森にあるようだ。流石の俺もまさか同じ森に拠点があるとは思わなかった。灯台下暗しとはまさにこのことだな。

とはいえ正確な場所は分からないのでまたもやチルノによる妖精探知に頼るしかあるまい。俺の力に索敵能力があるならそれでよかったのだが、そもそも幻想郷には妖精が多すぎるので単なる探知だと見つかりすぎて逆に意味がなくなる気もする。

 

「むむむむ…」

 

チルノが妖精探知を始めた。しかし今までとは違い随分と時間がかかっている。やはり無様に力を垂れ流して発見させるようなことはしないか。

 

「…だめね。あたしじゃわかんなかった…ごめん定晴…」

「気にすんな。本拠地がそう簡単に分からないことは承知の上だ」

 

本拠地は一番隠すというのは定石だ。流石に妖精といえど本拠地を分かりやすいところに置いておくなんてことはしないだろう。野良妖精ならば目立つところに作ってもおかしくはないが、ある程度の力を持った妖精ならばそんな馬鹿なことはしない…と思う。

 

「とはいえある程度は算段がないと大変だから…」

 

俺が住んでいる森は、博麗神社の外側を全部囲っている森でもあるのでその大きさは相当なものである。もしかしたら霊夢か水那にここらへんの妖精活動記録を訊いたらある程度搾れるかもしれないが、最悪霊夢の妖精撲滅計画が始まってしまうのでできる限り避けたい。水那に訊けば…とも思うけど霊夢の耳に入らないとは限らないので少々気が引ける。むしろ霊夢に隠れて行動したせいで逆に怪しまれる可能性すらある。

 

「一回上空に行くか」

 

チルノとともに森の上まで飛んでいく。

この森は魔法の森と違い瘴気とかはなく、また魔法の森ほど鬱蒼としていない。博麗神社まで続く参道があるくらいだからな。この参道を作ったのがいつの時代の誰なのかは知らないが、人里から繋がっていることを考えると紫ではなく過去の人里の誰かだろう。人間でも切り開けるほどの森なのだ、ここは。

 

「チルノ、何か見えるか?」

「うーん…」

 

つまりここは上空から見てもそれなりに見晴らしがいい。少なくとも自分たちの真下周辺であれば木々に邪魔されることなく地面を目視できるくらいには開けているのだ。残っている三妖精は大妖精曰く光を屈折させて移動するらしいので多分普通にあの森の中ですれ違っても分からない可能性がある。チルノが気が付いてくれるならいいが…あとになってチルノに責任が行くという状況もあまりよろしくない。

 

「あっ!」

 

チルノが声をあげた。森のどこかを指さしている。

そのままチルノが指さしている方向へ飛んでいく。余談だが俺の家の周りにいた雑魚妖怪(理性がない獣系の妖怪)は俺が間引いているので妖精たちでも十分安全に移動することができる。霊夢が博麗神社周辺の妖怪を退治しているだろうし、そこから逃げてきた妖怪たちだったのだろうなぁ…俺が間引いたせいで今回三妖精たちに拠点を作られてしまったのは失点だったが。

 

「ここ、妖精の住処!」

「おー、よく気が付いたな」

 

どうやらチルノは森に漂う冷気を辿って見つけたらしい。そんなことができるとは…あれ、俺が思っている以上にチルノって強いのか?取り敢えずチルノは撫でて褒めておく。

 

「えへへ…」

「しかし誰もいないな」

 

スターとルナの二人は人里で捕獲しているので残っているのはサニーただ一人。拠点に残っているのかとも思ったのだが…

 

「なっ!誰よあんたたち!」

「お?」

 

振り返ったらオレンジと白の服を着た妖精が一人立っていた。流れからしてこいつが光の三妖精の最後の一人であるサニーミルクだろう。どこかへ行っていたようだが丁度帰ってきてしまったらしい。

 

「チルノ、捕まえろ!」

「任せて!」

 

俺は結界を使ってここらへんから逃げられないようにする。弾幕ごっこは始まってすらいないので回避不能な状態を作り出しても許されるという暴論だ。実際のところはどういう評価になるのか知らない。あとで霊夢に聞いておいた方がいいだろうか。

 

「なんでチルノが人間と一緒に!」

「あたしは今定晴の補佐なの!」

 

サニーの疑問に対してチルノが珍しい対応をした。

チルノは基本的に自分が他の奴らよりも上だという認識で生きている。実際妖精社会の中では上の方なのは間違いないからだ。それゆえに俺と最初会った時のように人間相手でも部下とか配下とかにしてこようとする。そのチルノが自ら俺の下であることを宣言したのだ。別に俺はチルノのこと部下だとは思ってないけどね。

 

「ふにゃあ…」

 

チルノがサニーを凍らせた結果、弾幕ごっこをすることもなくサニーを捕獲することに成功したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百七十九話 頭突き式説教

サニーを背負って人里まで戻ってきた。一応三妖精が使っていたであろう拠点についてはチルノに凍らせた。再利用して俺の家に悪戯をされても困るし、かといって子供が作ったものを勝手に壊すのも忍びないからだ。まあ三妖精以外にも色々と使われそうなのは分かるのであとで何か有効活用する方法を考えないといけないだろう…

 

「あ、サニー!」

「二人とも、既に捕まってたのね…」

 

これで三人とも確保。ついでにピースも一緒に慧音のところに連れて行く。俺も教師はしたことあるから説教くらいはできるが…日頃から子供たちに慕われ恐れられている慧音に任せる方が効果は高いだろう。説教は比較的何を言うかよりも誰が言うかの方が重視されがちだ。中身がないのは勿論だめだが、中身がまともでも急に知らない人から説教されるとイラっとするのは分かるだろう。

 

「ふむ、定晴に連絡を受けて待ってみたが…このまたこの三人か。新入りもいるみたいだがな」

 

既に何かを察したようで、慧音は非常に怖い顔をしていた。それに対して三妖精がビビりまくってる。ピースはまだ慧音に怒られたことがないのか、それとも怒られること自体慣れているのか、はたまた怒られても反省しないのかは分からないが平然としている。

一応慧音にこの四人が何をしようとしていたのか説明した。三妖精の拠点に作戦図らしきものがあり、俺にはよく分からなかったものの大妖精とチルノに解読してもらったおかげで大体この三妖精が具体的に何をしようとしていたのか分かっている。

 

「なるほど…妖精だけの異変と、やばいものの召喚か…」

 

慧音が言った二つが主な目的だったらしい。どうやら三妖精は妖精だけで異変を起こすことに期待をしていて、それを目的として妖精の戦力を集めていたらしい。だからこそ助っ人も異質ではあるものの妖精であるクラウンピースだったわけだな。

そしてもう一つ、やばいものの召喚というのは俺もよく分からなかった。そもそも作戦図にやばいものとしか書かれてなかったのである。三妖精に訊いてもやばいものとしか答えが出なかったのでもうそういうものなのだと結論付けた。幻想郷でやばいものとなると本当に邪神とか名のある悪魔とかを召喚できてしまいそうだったので事前に防げてよかった。解決行動中に俺が解除した魔法陣はピースへの援助及びその召喚への下準備だったらしい。

 

「というわけで慧音、幻想郷がやばかったかもしれないからこの四人をしっかり説教してくれ」

「任せてくれ。頭突きには自信があるんだ」

 

なぜ頭突き?なぜ説教で頭突き?いやまあここは体罰禁止の法律はないので頭突きをしても罰せられることはないのだろうけど…なぜ頭突き?

…取り敢えずこれで異変解決とみていいだろう。霊夢に何か行動を起こされて妖精が根絶やしにならなくてよかった。今回の頑張った報酬は大妖精から受け取ったなけなしの代金だけだろうけど、まあ更に面倒ごとが大きくなる前になんとかなったので良しとする。

それに今回は人知れずに終わらせたので宴会もないだろう。酒を飲むことも嫌いではないのだが、最近の宴会は毎回毎回俺の周囲に影響を及ぼす何かが起きるので警戒してしまうのだ。今日はまあ小さい宴会として家でルーミアたちと飲むか。そういえばユズは酒を飲めるのだろうか。前回の異変では宴会の時間に既に寝てしまっていたので宴会料理だけ持ち帰って食べさせたのだ。だから彼女はまだ酒を飲んでいない。

 

「じゃあルーミア、帰ろう」

「…そうね」

 

既に涙目になっている三妖精を尻目に俺たちは家に帰った。ピースが能力を使うとまた面倒なことになるので慧音には浄化の力を付与したお札を渡しておいた。

家に帰ると、家の前にユズがいた。

 

「ユズ?あ、ただいま」

「おかえりなさい…私は呼んでくれないんですか!?」

 

頬を膨らませて不満そうなユズ。かわいい。

どうやらユズは俺が式神として呼んだのがルーミアだけだったのが不満だったようだ。しかしながらユズに戦闘を任せるのはまだ分からないし、どうしてもユズとルーミアの二人だとルーミアの方が安心できるのだ。ユズのことを信頼していないわけではないが、ユズと契約したのも式神として使役する目的じゃないしな。まあルーミアも別に式神として使役する目的ではなかったけど。

 

「ユズはもう少し強くなりなさい」

「ルーミアさんが強すぎなんですよ!」

 

ユズは先日の式神契約以降非常に感情を表に出すようになった。それに喋り方も家の敷地内ではそれなりにちゃんと流暢に話せている。人里とかではまだ無理だが、家の中で生活する分には美鈴のマッサージも必要ないだろう。

 

「外で何してたんだ?」

「へ?休んでいただけです。定晴さんが呼んでくれないかなーって思いながら」

「少なくともどちらかと呼び出すという状況ならルーミアを呼び出すからなぁ…まあユズでもできそうなことがあれば呼ぶよ」

「はい!」

 

戦闘面だとまだユズは心許ない。不動のところで操られてたときは俺も正面から戦いたくなかった相手だが、あれは不動によって力を開放されていただけだし不動のバックアップもあった。ユズ一人で戦うのはまだまだ不慣れだろう。

 

「ほらほら、今日はご主人様がご馳走を作ってくれるらしいわよ」

「それは嬉しいです。定晴さんのご馳走、楽しみです」

 

そういえば不動に操られていたときと随分とユズは性格が違う。なんなら式神契約をしてからも性格が違う気がする。契約による繋がりからして今のユズに変な部分はないので多分今の性格が元々のユズの性格なのだろう。もしかしたら不動はユズに仮初の人格でも上書きしていたのかもしれない。

 

「私も手伝いますね!」

「もちろん、私も手伝うわよ」

 

ご馳走は何にしようかと考えながら俺は家に入った。

 


 

定晴が帰った。時間からすると多分これから夜のご飯の準備をするのだと思う。

あたいたちは慧音先生の説教に巻き込まれたくないのでさっさと人里から離れた。今日は別に悪いことをしたわけじゃないから慧音先生もあたいたちを説教するようなことはないとは思ってるけど、もしかしたら昨日までの色々で一緒に怒られるかもしれなかったので大ちゃんを連れて先に霧の湖まで帰ってきたのだ。

 

「お疲れ様チルノちゃん」

「うん、あたい頑張った」

 

今日は胸を張って自分を誇る。いつもあたいは完璧だけど、定晴のために頑張ったからいつもよりもっと完璧のはず。今日のあたいは誇らしい。

 

「それにチルノちゃん、自分の気持ちを自覚できたね」

「…大ちゃん、もしかして何か知ってた?」

「ホワイトデーの時に、チルノちゃんの反応でそうなのかなぁっていうのは思ってたよ」

 

…なんか恥ずかしい。

たしかにあの時のあたいはちょっと変だったかもしれない。あのクッキーは特に美味しいけど、それ以上に定晴から貰ったって言うのが特別に感じられて…多分あの時からあたいは定晴のことを意識してた。きっかけだったかもしれない。

 

「チルノちゃんは思いは届かないみたいなこと言ってたけど…私はそんなことないと思うよ!いやまあ私たち含めて子供相手は定晴さんも相手にはしないだろうけど、チルノちゃんが好きって気持ちは届けなくちゃ!」

 

なんだかいつもにもまして大ちゃんが積極的。そういえば妖精にはあまり恋だとかがないから人里で大人たちが恋愛してるのを大ちゃん眺めてた気がする。あたいには難しいから分からないけど大ちゃんは本だって読んでるはず。

 

「というわけでチルノちゃん!」

「は、はい!」

「もっと可愛くなろう!」

 

その日からあたいは妙に積極的な大ちゃんに毎日きれいにさせられるのだった。でも定晴、それを見てちゃんと可愛いって言ってくれるんだよね…




妖精大戦争、終

定晴も言ってますが、今回は勝手に終わったので宴会もありません。天狗たちに察知されることもなく終わったので


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五章 流れゆく日常
二百八十話 嘘つき


四月の頭のイベントといえばエイプリルフールである。日頃から嘘やら虚言が横行している世の中で、更に四月一日だけは嘘をついてもいいだなんて正気の沙汰ではないようなイベントではあるものの、人によってはこの日のためにセンスを磨いているなんてこともある。

また、エイプリルフールは外の世界においていつもは真面目な企業が面白い企画をすることも多い。幻想郷で外の世界の情報を得る方法は非常に限られているため分からないが、今年も人々を笑わせるような企画を企業は生み出しているのだろう。

 

「嘘…嘘…」

「無理に言う必要はないんだぞ?」

 

対して嘘をつくのが苦手だと言う人も世の中には一定数存在する。俺の目の前で何を言おうかとかれこれ数分間悩んでいるユズもその一人だ。俺がエイプリルフールについて教えたらずっと嘘を考えているのである。

 

「幻想郷ってエイプリルフールの伝統ってあるのか?」

「面白いことにエイプリルフールは結構ポピュラーよ。やっぱり人を化かすことを生業にする妖怪からすれば逃せないイベントだもの」

 

幻想郷ではたまに外の世界では非常に盛んなイベントが知られていない場合がある。このイベントが広がる基準というのが、大抵の場合は妖怪たちに受け入れられるかどうかだったりする。妖怪に受け入れられなかったイベントは基本的に人里でしか行われないことになる。

 

「あ!私今日は沢山のお肉が食べたいです!」

「お肉だな了解」

「ち、違いますよー!」

 

尚ユズは非常に野菜好きである。妖怪なのに野菜好きというのはこれ如何にとも思うが、妖怪って食生活的には人間とそこまで変わらない(人間を食べることは別)ので別にそれでもいいかなとも思っている。それに俺がバランスのいい献立を考えているので不健康にもならないしな。

 

「ユズ、もっと分かりやすい嘘の方がいいぞ。多分騙すための嘘よりも人に笑われるほどはっきりとした嘘の方が向いてる」

「分かりやすい…分かりやすい…」

 

アドバイスしたらまた悩み始めた。嘘をつくために毎回数分悩んでしまうということ自体がユズが向いていないということを如実に表している。

 

「ご主人様、不動が襲いに来たわよ」

「分かりやすい嘘だな」

 

不動がまた襲いに来たら今度こそチヌに絞めてもらう必要があるだろう。それにルーミアは本を読みながらそんなことを言ったので猶更分かりやすい。嘘の言い方というのも、その言葉がどこまで信じることができるのかの指標となるいい例だ。

 

「えっと…実は家にある野菜は全部私が食べちゃいました?」

「いや疑問形で言われても…」

 

冷蔵庫の中に野菜が入っているのは俺も確認済みなので分かりやすい嘘であるという条件はクリアしている。しかし疑問形で言われたので何とも言えない感じになってしまった。

 

「うぅ…やっぱり私には向いてません…」

「まあ仕方ないさ」

 

ユズの性格を一言で表すとするならば、それは純粋である。今家の中で見せてくれているのがユズの素の性格なのだとすると、多分ユズは非常に騙されやすい。俺は最近、不動に操られることになった原因はユズの無垢さも一つあるのではないかと密かに思っている。

 

「きっとユズって元々嘘をつくような性格じゃなかったんでしょ」

「昔のことは覚えてないですけど、多分そうだと思います…」

 

記憶喪失には何種類かあって、言語能力だけ失うパターン、記憶だけ失うパターン、両方失うパターンなどいくつかのカテゴリに分けられる。ユズは多分記憶だけ失っているパターンだと思うので、過去のユズが苦手だったことは今も苦手なのだろう。

 

「定晴さんが嘘をつくとすれば、何を言いますか?」

「そうだなぁ…」

 

エイプリルフールだからといって嘘で誰かを悲しませるのはいただけない。多分ここで今日で式神を解除しますなんて言ったら二人とも悲しそうな顔をする。

となれば誰にも関係しないような嘘というのが理想だが、そうなると自分自身をネタにするしかあるまい。となれば…

 

「実は俺って人間じゃないんだよな」

「やっぱりね」

「ああ…納得です…」

 

いやちょっと待て。

 

「あははっ、冗談だからそんな変な顔しないで頂戴。私のご主人様はちゃんと人間だって、式神の繋がりが教えてくれているもの」

「私は、定晴さんが人間じゃなかったとしても驚きませんからね!」

 

ルーミアは冗談だったようだが、なぜかユズには受け入れられてしまった。どうしてだろう。

ともかく、冗談で嘘をつくときは自分自身をネタにしてしまうのが一番失敗しにくい。まあその分、分かりにくいような内容を嘘にしたときに誰も反応できないみたいな状態になることもあるのでその点は注意が必要だ。

 

「…ご主人様、私、式神やめたい」

「そうなのか…寂しくなるな…」

「引き止めなさいよ!」

 

俺は嘘をつかれたとき、出来る限りそれに乗ってあげるタイプだ。すると人によって反応が異なるのも面白い。ルーミアは怒ってしまうタイプのようだ。

 

「もうっ…」

「悪かったって。そろそろ昼ご飯にするから、ルーミアの好きなものを言ってくれ。食べさせてやるから」

 

現在ルーミアの好きなものとして判明しているのは肉だ。一番最初、肉が好きだと聞いたときは人間を食べるのかと反応してしまったが、ルーミア曰く好きなのは普通に畜産の肉らしい。妖怪からしても、適当に生きている人間の肉よりもしっかりと食用として飼育されている動物の肉の方が美味しいらしい。

まあ肉だと言うだろうから焼き鳥にでもしようかなと考えていたら…

 

「好きなもの…ご主人様よ。ちゃんと食べさせてくれるのよね?」

 

うーん、流石に俺の肉は用意できないな。というかもしかして俺を食べるって性的な意味か?まあどちらにせよ用意することはできない。

 

「じゃあ間をとって焼き鳥な」

「何の間よ…まあ別に、焼き鳥でいいけど」

 

不満そうに呟くルーミア。案外本気で言ったのかもしれない。俺に告白してからルーミアは俺への好意を全く隠さずに直接言ってくるようになったのでそこら辺の境目が分かりづらい。

 

「ユズも肉いっぱいでいいんだよな?」

「ふえ!?いや、えっと、私は野菜多めでお願いします…」

 

エイプリルフールで、嘘が許容されるとはいえ、基本的に嘘というのはあまり褒められたものではない。なのでユズの分にはいつもより多めに肉を入れさせてもらおう。あんだけ頑張って嘘を考えた挙句に肉を追加されるなど、ユズからすれば不満もあるだろうが嘘をついた報いを受けてもらおう。

逆にルーミアの分には野菜を多めに入れるか…というか別に分ける必要もないなこれ。肉が多いわけでも野菜が多いわけでもない串を何本も作れば解決する。

こうして野菜が多いことに少し不満があるルーミアと、肉が多いことに少し不満があるユズと一緒にご飯を食べた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八十一話 紅魔館の客人

久しぶりに紅魔館にやってきた。最後に来たのはホワイトデーの時だから随分と時間が空いてしまったな。二週間以上紅魔館に来ないというのも中々ない。

地底に行ったり妖精の暴走を止めたりと色々して疲れてしまっていたので中々こちらに来る機会がなかったのだ。尚それ以上に守矢神社には行けていない模様。早苗に怒られないだろうか…

 

「お、美鈴起きてるな」

「こんにちは定晴さん。そうなんですよぉ、私も仕事をさぼらずにできるようになったってことです」

 

キリっとした顔でそんなことを言う美鈴。しかしながら美鈴の帽子にナイフのようなもので刺されたあとがあるので多分だけど何かしらあってついさっき起こされたところなのだと推測する。そうでなければ美鈴は帽子を早く修繕した方が良い。美鈴の服は全体で一体感があるからこそきれいに見えるので帽子に穴が開いているとすごい目立つ。

 

「そんなこと言って、さっき私が起こしたんじゃない」

「違いますよ!あれはただ目を瞑っていただけで、瞑想の一種です!」

「鼾をかいていたじゃないの」

 

咲夜が時間停止による瞬間移動をしてきた。どうやらやはり美鈴は起こされたばかりだったらしい。

瞑想というのは集中力を高めるために行うものではあるが、多分美鈴にはあまり向いていないだろう。高い集中力を更に上げるのが瞑想であり、集中力がない人が瞑想してもそれは睡眠導入にしかならない。

 

「定晴様、いらっしゃいませ」

「おう咲夜」

「現在別の客人が来てますがよろしいですか?」

 

客人?俺が紅魔館に来たときに同時に紅魔館にいる可能性がある人物は魔理沙だ。しかし咲夜は魔理沙のことを客人だとは認識していないようなので魔理沙ではないということになる。あとは…魔女繋がりでアリスとかそこらへんだろうか…と思っていたのだが、

 

「早苗が、来てまして」

「早苗か。珍しいな」

 

どうやら山を下りて紅魔館まで早苗は来ていたらしい。布教かな?

咲夜は霊夢や魔理沙は勿論のこと、妖夢や早苗のことも呼び捨てにするし敬語を使わずに話す。所謂自機組と呼ばれる集まりだな。妖夢などは人里で一緒に買い物をすることもあるようで、それなりに親しくしているのだと妖夢の方から聞いたことがある。

 

「多分大丈夫だろう。なんか重要な話か?」

「いえ。ただ珍しく妹様と話していたので秘密の話かもしれません」

 

フランと早苗?ますますよく分からないな。二人に共通する事項は…幻想郷在住ってこと以外思いつかないな。あまり早苗が山を下りて活動しているイメージもないので少々驚きである。ああでも、そういえば早苗は霊夢と違って人里で布教活動をしているんだっけか。俺が買い出しに行くタイミングで見ることがあまりないから忘れていた。

 

「じゃあ早苗が話し終わるまでレミリアとでも話しておこうかな」

「お嬢様は現在おやすみ中でして…」

「ん?じゃあ…咲夜の手伝いでもしようかな」

「い、いえ!定晴様にお手伝いをいただくわけには!」

 

どうやら今日は地上側で何かするというのはできないようだ。フランが早苗と話していて、レミリアが寝ている以上幻空に入れてきたお菓子を出すわけにもいかないし、仕方ないので地下に行くとしよう。

 

「申し訳ありません」

「気にしなくていい。アポなし訪問だからな」

 

そういえば俺紅魔館にアポを取ったことないな。一番最初に来た時も何も通知せずの来訪だったわけだし。その後も紅魔館に来るときは何の連絡もしない。今度から新しく覚えた紙を使った式神でも使役してみるか。一応式神術の方も練習してできることは増えているのである。

 

「で、ここに来たわけね」

「ああ。折角なら新しい魔術の本でも…あ、そういえば…」

 

魔女の魂が俺のところに来てから魔術の適正を一度も調べていないのを思い出した。というのも紅魔館に来るとレミリアとフランと話しているだけで時間が過ぎて図書館まで足が伸びないのである。結果未だにパチュリーには魂の話すらしていない。

 

「パチュリー、また魔術の適正調べてもらっていいか?」

「別にいいけど…適正なんてそうそう変わらないわよ?」

「なんもないならいいんだ」

 

ミキ曰く、適正というのは魂との共鳴度らしい。生物っていうのはそうそう魂が変化しないために適正というのは滅多に変化しない。しかし俺は魂に別の魂を受け入れることができるので適正が変化しうるのである。尚最終形態はミキであり、あいつは全属性適正である。勿論その分魂の数も多い。

 

「じゃあ裏庭まで来て」

「はいよ」

 

パチュリーと共に前回と同じ裏庭に来た。今回は俺もパチュリーに教わりながら魔術適正を知るための魔法陣を描いていく。結界は使えるけど、魔法陣を書いたことはなかったので中々に興味深い。ただ新しく魔法陣を作るとかはできそうにないな。

 

『私が教えましょうか?』

『あー…時間があれば』

 

魔女が提案してきたが、多分めっちゃハードなので少し遠慮してしまう。魔女たちのように寿命がとても長いのならばいいが、俺はただの人間なのでどうしても他のことをしたくなってしまう。

数分かけてやっと魔法陣が完成した。魔力を通すとしっかり反応するので失敗しているということはなさそうなので一安心。俺は魔法陣の上に乗ってパチュリーに魔法陣を使用してもらった。魔法陣をしてしばらくするとパチュリーが訝しげな顔をした。

 

「適正が…変わってる?あなた、何をしたのよ」

「変わってなかったらそれでよかったんだが、やっぱり変わってたか…」

 

まあ予想はしていたことである。それに魔女からも適正が変わっているだろうと伝えられていたしな。

 

「風の適正はそのまま、それ以外の適正がどれも十分なところまで跳ね上がってる…もしかして、前に言っていた魔女の魂とかいうやつ?」

「お、そうそう。それそれ」

 

傀儡異変と呼ばれている不動の異変の宴会でパチュリー含めた魔女組に魂封石の話はしたし破片も渡している。だからパチュリーはすぐに原因を思いついたのだろう。

 

「でも魂を取り込むだけで適正が変化するなんて…」

「取り込むだけって言っても魂を増やすなんて相当なことだぞ。少なくとも俺は俺自身とミキ以外に魂を取り込めるやつは知らないしな」

 

まずもって魂を取り込むなんてことを普通の人がしたら体と魂の器が耐えられなくて崩壊する。俺が魂の中に入るときに行く空間は、俺のものはとても広いが、普通の人であれば体を動かすので精一杯な広さしかないのだ。そこにもう一人なんて器が壊れるに決まっている。

だが魂というのはそいつの一生そのものだ。取り込めばすごいことになるのは明確だろう。まあ最悪の場合取り込んだ方の魂に飲まれるとか廃人になるとか起きるから安易にすべきではないけど。

 

「ちょっと研究を覆すことになりそう…私は自室に籠るから、本なら小悪魔にでも聞いてちょうだい」

 

それだけ言うとパチュリーは図書館へと戻って行ってしまった。

魂って俺は知覚できているし、ミキという前任者もいるので理解できるものの、一般の感性からすれば想像もできないことだからな。それに俺も魂構造を言語化しろと言われても難しいので、本なんかに書けるものでもない。

さて、では図書館で本でも読もうかと思っていたら、紅魔館から俺を呼ぶ声がした。

 

「おにいいさまああ!」

 

紅魔館の二階の窓から身を乗り出してこちらに手を振っているフラン。よく見るとその後ろには早苗の姿もある。どうやら日光に弱いフランが窓から落っこちてしまわないかハラハラしているらしい。多分窓から落ちてしまったもフランなら咄嗟に飛ぶと思うのであまり心配はいらないと思うが、そこらへんの感性はまだ外の世界といったところなのだろう。

 

「話は終わったのかー?!」

「終わったー!」

 

何の話をしていたのかは分からないが、早苗との話が一段落ついて俺のことを呼びに来た、といった感じか。

 


 

紅魔館の地上側のフランの部屋へ移動する。

フランの部屋はフランが幽閉されていたという地下室の他に地上に出てきた後にレミリアがフランに与えた地上側の部屋がある。最近のフランは結構地上の部屋にいることが多い。地下室への道のりが若干長いのでそこまで移動するよりも地上で遊んだ方が長く遊べるとフランが判断した結果だ。

フランの部屋に着くとそこにはフランと一緒に早苗も待っていた。

 

「改めてこんにちは、フラン。それと早苗も久しぶり」

「えへへぇ、ごきげんようお兄様!」

「お久しぶりです定晴さん」

 

二人ともに会うのはホワイトデー以来となる。ホワイトデーの時は少し変な反応を示していたフランだったが、今日はいつも通りのようだ。

 

「紅魔館で定晴さんと話すのは変な感じですね」

「そうだな。俺も、早苗が紅魔館にいるって聞いて驚いた」

 

博麗神社の霊夢に比べて守矢神社の早苗は断然アグレッシブだ。信仰を集めるための活動には余念がないし、必要なことはできる限りすぐに実行するタイプ。多分現在の宗教情勢は博麗神社がダントツで最下位だろう。最近知ったのだが、幻想郷には神霊廟なる宗教施設もあるらしいので、博麗神社以外の情勢はよく分からない。

 

「ちょっとフランちゃんと話したいことがありまして…」

「らしいな。咲夜も内容は知らないって言ってたし」

「私とフランちゃんの秘密のお話です」

 

どうやら本当に内容については全く教えてくれないらしい。まあ別に無理して聞くようなものでもないだろうし、乙女の秘密を暴こうなどと考えているわけでもないので問題はないが。

 

「うーん…紅魔館に来るときにはいつもスイーツを作ってきているんだが…早苗の分は用意してないんだよなぁ」

「あ、いえ!お気になさらず!」

「そういうわけにもいかないだろう。折角なら食べてくれ」

 

まさか紅魔館に客人がいるとは思わなかったので余分な量は作ってきていないのだ。

 

「咲夜ー」

「はい、定晴様」

 

なぜか知らないけど俺が紅魔館にいる間は呼びかければ基本どこからでも現れる咲夜を呼び出す。もしかして俺の体のどこかに盗聴器とか発信機とかついているのだろうか。流石にそんなことすれば俺か魂の誰かが気が付くと思うが…

 

「キッチンを借りてもいいか?」

「ええ、勿論です」

「というわけなので、今から早苗の分も作ろうと思います」

 

早苗は外の世界で言うと女子高生くらいの年齢だろう。正確な年齢は知らないが、スイーツを食べてキャピキャピするような生活をしていてもおかしくないのだ。ならばせめてこういう機会に幻想郷では中々食べることができないものを食べさせてあげたい。

 

「お兄様のお手伝いするー!」

「私もお手伝いさせていただきます」

「自分の分は流石に手伝います!」

 

三人の助っ人も得て紅魔館のキッチンへと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八十二話 四人のクッキング

まずい…一話あたりの文字数が増えていく…


「そういえばチルノちゃんから聞いたよー」

 

キッチンでデザート作りの準備を進めている最中、フランが話しかけてきた。チルノ…ということは先日の妖精異変の話かな。

 

「私も誘ってくれたらよかったのにー」

「流石に無関係な人を巻き込むつもりはないぞ」

 

あの時は大妖精とチルノがちょうどその場にいたうえで依頼の延長線上の戦いだったからな。それにまだ異変が起きていなかったにしても異変解決と言っても過言ではないような活動だったのでフランを呼ぶ理由はなかった。態々紅魔館まで来る労力を割く理由もなかったのである。

 

「それにチルノちゃんも…あ、これは秘密だった」

「ん?」

「なんでもなーい」

 

はぐらかされた。気になるけどフランに無理に言わせる必要もないので放置。女の子同士の秘密というのは多分幻想郷じゃいっぱいある。

今日作るのは羊羹ケーキ。実は羊羹とホットケーキミックスなどを混ぜて焼くことで羊羹でケーキが作れるのだ。レミリアからできれば紅魔館で咲夜が出してこないようなデザートを作ってほしいと言われているので創作レシピとして羊羹でケーキを作ったのだ。

一応一般的な羊羹ならなんでもいいので、人里で買ってきた羊羹を使う。そのままでも美味しいものを砕いて料理に使ってしまうというのは少々気が引けるが…リスペクトが重要だ。ケーキは今日紅魔館に来る前に作ったので余った羊羹は幻空の中に入れっぱなしだったのでそのままそれを使ってしまおう。

 

「んじゃフランは羊羹を切ってくれ」

「キュッとして…」

「やめろやめろ」

 

フランの能力を使うと折角用意しているボウルが無用の長物になる。この際だからフランに本格的な料理を教えてみるのもいいかもしれない。一応咲夜の手伝いをたまにしているみたいなのだが…どうも目を離した隙にドッカンされることがあるらしい。多分フランの中では細かくする作業は全部能力を使えばいいという認識なのだろう。今日は無効化も使ってフランを制御していくか。

 

「早苗って料理するのか?」

「守矢神社の料理担当は誰だと思っているんですか?神奈子さまも諏訪子様も料理は得意じゃないみたいなので…」

 

確かに。神様が料理というイメージはないし、早苗が下の者として神様たちに対して料理を作るのは自然な流れだな。むしろ料理を神様にさせるということ自体があまり神社では褒められたものではないと思う。早苗たちは仲がいいようなので心配はないだろうけど。

 

「いつも作るのは?」

「基本的に和食ですよ。お二人も和食がお好きなようですし…それにあまり幻想郷じゃ洋食の材料って手に入りにくいですから」

 

幻想郷は日本の中にあるので、どうしても日本が輸入に頼っている材料というのは幻想郷では手に入りにくいのだ。紫がたまに販売してる外の世界の調味料なんかは突発販売のせいで買いづらいし…

 

「咲夜はレミリアたちに洋食を作ってるんだよな?」

「そうですね…まあ常にではありませんが」

「材料はどこで?」

「紫様のところと…あとはたまに調味料は香霖堂で売っているのでそこで」

 

そうか…日持ちする調味料は香霖堂でも売っているのか。あ、フランが能力使おうとしたのでキャンセル。

霖之助は正直あまり料理をするタイプじゃないし、売れるのであれば咲夜とかに売ってお金にした方が霖之助としてはいいのだろう。霖之助は流れ着いたインスタントを食べることが多い。半分妖怪だからって言ってある程度悪くなっていても食べてしまうのだ。

 

「そういえば霖之助は服も作ってたな。咲夜のメイド服もか?」

 

随分と前の話だが、霖之助が新しい服を博麗神社に届けに行っているところに遭遇したこともある。確かこいしとフランが家に泊まりに来たときだから…大体半年くらい前か。まだ不動の異変も終わっていなかったし、懐かしく思える。

 

「紅魔館で必要なものは私が縫っています」

「あ、でも私の風祝の服は霖之助さんに作ってもらってますよー」

 

咲夜は自作できるみたいだが、流石に女子高生くらいの女の子に丸々一着の伝統服を作るのは無理があったようだ。そういえば博麗の巫女服は霖之助がやる前は誰が作っていたのだろう。霖之助も幻想郷が生まれたときからいるわけではないだろうし…紫か?

 

「フラン、混ぜる指示で全部ドッカンしようとするのはやめなさい」

「え~」

「ほら、泡だて器持って」

 

フランには道具をちゃんと使うというのを徹底させないといけないな。料理ができない人の特徴の一つに、レシピ通りに作らないというのがあるが、基本的にその類のものを本人たちはアレンジだとかオリジナルだとか言う。まず基本ができるようになってからアレンジはしていただきたい。道具の名前がレシピに書いてあるならちゃんとそれに従ってくれ。

 

「フラン、あまり力みすぎるな。落ち着いてやれば大丈夫だから」

「むー」

 

凄い不満そうなフラン。

妖怪たちには結構ありがちなことなのだが、人間基準の使い方を想定しているものに対して力をいれすぎて壊してしまうという問題がある。妖怪たちは基本的に人間の何倍も力が強いのでそれだけで壊しやすいのである。フランは吸血鬼であり、鬼の一種であるとも考えられるせいか力が強い。多分萃香とか勇儀に同じことをさせても同じミスをするだろう。ああでも萃香は技量タイプだから案外なんとかなるかも。

 

「仕方ない。ほら、こうして…」

「ひゃうっ!?」

 

フランの後ろに回って一緒に泡だて器を持ってあげた。フランが変な声を出したが…ああ一言何か言ってからの方がよかったな。

フランに力加減を直接伝えるにはこれが一番手っ取り早い。

 

「うわぁ…創作物の中だけじゃないんですねぇ…」

 

なんか外野の早苗がうるさい。まあ俺の体勢がそんなによくないのであまりするようなことでもないけど…幼い子供に何かを教えるときはこうするのが一番だろう。どうしても本人たちは自分でやりたがるので、一緒にやることで教えるのとさせるのを同時にこなすのだ。まあたまに混ぜることを楽しみすぎて教えても覚えていないことがあるが…フランなら大丈夫だろう。

 

「分かったか?」

「へぅ…うん…」

 

さて、フランが生地を混ぜている間に型を用意しないとな。とはいえフランとレミリアの分は既に作っているので生地もそこまで多くは作っていない。そもそも余り物の羊羹を使っているのでそこまで多くは作れないのだ。あ、でも俺の分は確保されたようである。大体二人分と言ったところ。

うーん、一人一人のためにカップケーキみたいにしてしまうのがいいだろうか。熱の伝わり方の関係上あまり円形から離れた形の型は使えないのだ。ちゃんと全体を焼くならやはり円形が一番ちゃんとできる…と個人的には思っている。

 

「定晴様、こちらを」

「ん?あ、ちょうどいい大きさ」

 

咲夜が戸棚から取り出したのは小さめの円形の型。これなら生地が溢れることなくきれいに収まり焼き上げることができるだろう。

 

「フラン、ここに流し込んでくれ」

「ん…」

 

なんか先ほどからあまりフランの元気がない。流石に能力を無効化されすぎて疲れたか?俺の無効化は起こった事象に対して消し飛ばしているようなものなので、フランからすればちゃんと能力は使っているのである。だから無為に能力を無効化されると疲労だけが溜まるのだが…

 

「フラン、少し休んどくか?もう焼くだけだし」

「そうする…お姉さまのとこで待ってるから!」

 

そう言ってフランはキッチンを飛び出していった。まだまだ元気そうだが…まあ焼き上げるだけだからフランは暇になるだろうし別にいいか。

 

「レミリアは寝てるんじゃなかったのか?」

「寝ていますが…妹様が起こしてしまうでしょう。それにそろそろ起床の時間ですので問題はありません」

 

レミリアの安眠は妹によって終わりを告げることになるらしい。吸血鬼なのでこの時間に寝ていることは何ら不思議ではなく、むしろこの時間で元気いっぱいのフランの方が吸血鬼らしくない。幻想郷の姉妹は往々にして妹に振り回されるようだ。

 

「んじゃ焼きあがるまで…どうしようかね」

 

紅魔館が元々外からやってきた建物だからか、キッチンの設備は比較的最近のものだった。IHとかそこらへんのものではないものの、人里みたいな人力が必要な設備でもない。一応焦げないかどうかは見ておく必要があるが、それは咲夜が確認しておくので俺と早苗がここにいる必要はないらしい。

 

「そんなに長い時間じゃないし、寝起きのレミリアに会うととばっちりを受けるかもだからなぁ…」

「あ、でしたらたまには私と二人きりで話しましょう!」

 

早苗が雑談を提案してきた。図書館まで行って本を読むほどの時間はないし丁度いいかもしれない。

俺は近くにあった客間に入った。紅魔館、使われていない部屋も結構多いだろうと推察。ここも掃除はしてあるようだが使われた痕跡はなかった。

 

「ふぅ…スイーツ作りなんて久しぶりすぎてちょっと疲れました」

「お疲れ様。俺が早苗に作ろうと提案したものなんだから手伝う必要はなかったんだぞ?」

「流石に自分のものは自分で作りますってー」

 

とはいえ手伝ってくれるというのであればそれを無碍にする理由はないので普通に断らなかったけど。順番通りにする必要があるとはいえ、人が多ければそれだけで時短となる部分もそれなりにある。今回は俺を含めて四人で作ったので結構早く終わった。

 

「それにしても定晴さんってなんでもできますねー」

「そうでもないぞ。そりゃ料理なら人並み以上にはできると思ってるけどさ」

 

自信があるわけではないとはいえ、料理経験というのは俺と同世代の男性の中ではそれなりに多い方だろう。料理学校に通っている生徒には勝てないものの、一般男性よりは多く場数をこなしてきているはずだ。

 

「でも資格とかもいっぱい持ってるんですよね?幻想郷の人たちは資格とか分からないみたいですけど、私なら純粋に驚けますよ」

「驚いてほしいから持ってるわけじゃないんだけどな」

 

俺がやっていた何でも屋は依頼制だ。資格は持っていれば持っているだけ仕事が増えるし、何でも屋としても何でも解決できるようになっておきたかったから取ったのだ。依頼する場所は封鎖しているにせよ一応まだウェブは残っているはずなのでネットに繋げば見れるはずだが…

 

「ネットを見れる機会があれば克己万物屋で調べてみてくれ」

「幻想郷でネット繋ぐの殆ど無理ですって…」

 

能力に頼りすぎないという自分への戒めとか、依頼に頼りすぎないという依頼者たちへの思いを込めた名前だ。自分で解決できるならそっちの方が自分のためになるからな。

 

「依頼ってどんなことでもいいんですか?」

「ああ。一応幻想郷でも依頼さえあればなんでも受けてるしな」

 

先日の大妖精のやつも何でも屋への依頼だったし、たまに慧音から先生代理の依頼も来るのでそっちもやっている。尚妖夢の剣術指南は何でも屋ではなく俺への頼みだったので特に報酬は貰っていない。その分何かあったときは俺の都合で予定を変更していいことになっているので気が楽ではある。

 

「でしたら守矢神社の布教活動も依頼としてやってもらえたりできます…?」

 

こんなところでも布教活動をしようとするのは仕事熱心だ。ただ…

 

「宣伝だけの依頼は正直あまりしたくないな。俺がどこかの陣営側に寄っているって言われたくないから」

 

外の世界でもたまに宣伝活動の依頼は来ていた。しかしそれらは出来る限り別の仕事にしてもらうことで回避してきたのだ。外の世界では特に敵は多かったし、どこかに加担してしまうと裏の世界の均衡が崩れることにも繋がるからだ。因みに俺は無宗派である。

 

「でしたら私が布教活動している間の神奈子様たちの世話というのは?」

「そっちは全然問題ない」

 

見る人が見れば勘違いを起こしそうだが、もしそうなったとしてもそのまま勘違いで突き通せばいいからな。俺が大々的に言わなければ見ている人の主観というだけで事は済む。

 

「なるほど…もしかしたらどこかで依頼するかもです」

「まあそんときは頼むよ」

 

早苗に一応の相場とかを教えていたら咲夜が呼びに来た。

 

「焼きあがりました。お嬢様と妹様はいつもの場所でお待ちです」

「了解。早苗、行こうか」

「はい!」

 

さて、ちゃんと上手く焼けているかな?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八十三話 妹吸血鬼の恋慕

「おお、焼けてますね!」

 

早苗がケーキを見て声を上げた。確かに上手に焼けていてとても美味しそうだ。

 

「あら、守矢の巫女は挨拶もなし?」

「す、すみませんレミリアさん。お邪魔しています…」

 

そしてレミリアに怒られている。まあこの館の主より先にスイーツに対しての感想を言うのは失礼だろう。しかしそういう振る舞いは早苗の若さを現しているようにも感じる。多分霊夢とか魔理沙も同じ状況なら似たような振る舞いを見せるだろうしな。

 

「おはようレミリア」

「ええ。フランに料理を教えたみたいね。楽しそうに話してくれたわ」

「楽しんでもらえたなら俺もありがたい」

 

多分起きてからそこまで時間は経っていないと思うけどその姿はきちんとカリスマを感じさせる。多分咲夜の時間停止を使った瞬間ドレスアップのおかげだろう。寝癖も何もないきれいな状態で活動できるのは咲夜のおかげと言っても過言ではない。

 

「今日のケーキはちょっと特殊ね」

「アレンジレシピだ」

 

幻空からフランとレミリアの分も取り出す。使った羊羹が違うのでそれぞれ若干色が違う。とはいえ味はそこまで大差ない。羊羹は細かくしたうえに別の材料も加えているためそこまで大きな違いは生まれないのだ。

 

「それじゃ、いただくわ」

「いただきまーす」

「では私も失礼します…」

 

レミリア、フラン、早苗の三人がケーキを食べた。レミリアは小さめ、フランは大きめ、早苗はその間くらいの大きさと、食べるときの大きさに個人差があるのが見ていて面白い。

 

「あら、意外と美味しいわね」

「おいしー!」

「へぇ、羊羹ケーキ、悪くないですね」

 

うん、好評のようだ。普通のケーキに比べると見た目の美しさに少々欠けるものの、その味は普通のケーキにも劣らない。羊羹を混ぜたことでちょっといつもとは食感が違うのも面白い特徴だ。作り方によってはパイとかも作れる。

 

「そうだ、咲夜も食べな。ほら」

 

テーブルの上には早苗のために切り分けた残りが置いてある。それを咲夜が食べるように切り分けた。元より俺はそんなに食べるつもりじゃなく、ただフランが俺の分も作ってくれたので食べないという選択肢はないわけで…なので咲夜には小さめに切り分けた。

 

「いえいえ、私は…」

「折角切ってもらったんだから食べなさい咲夜」

 

レミリアからの援護射撃。普通に言っても咲夜はあまり施しを受けてくれないからな。レミリアが言ってくれたおかげで咲夜も引けなくなったのか、動きは早く、でもちゃんと味わうようにして食べてくれた。

 

「今日はお手伝いもさせていただいたのでレシピは覚えました。また機会があればお作りしますねお嬢様」

「ええ、お願い」

 

レミリアにも咲夜にも好評だったようだ。元のケーキのレシピに羊羹を追加しただけに過ぎないのでレシピもそこまで複雑にはならない。きっと羊羹が余った時などに振る舞われることだろう。

 

「ん!ご馳走様!」

 

フランはさっさと自分の分を食べるとテーブルから立ってどこかに走り去っていった。珍しいな。いつもは食べ終わった後に色々と話していくんだが…

 

「…咲夜、片付けは後でいいからフランのことを見ていてくれるかしら?」

「分かりました」

 

どうやらレミリアもフランの行動が気になったらしく、咲夜に命じてフランを追わせた。咲夜は返事をした次の瞬間にはいなくなっていたので時間停止でフランのところまで行ったのだろう。例え吸血鬼の速さがあろうとも時間停止をしてしまえば人間の咲夜でも追いつくことは余裕だ。

 

「はぁ、思ったより深刻に出たわね…」

「フランのこと、何か知ってるのか?」

「ええ、まあ…」

 

どうやらレミリアはフランの行動に心当たりがあるらしい。とはいえ咲夜を追わせたということはそれなりに重要なことだと思うのだが…

 

「フランは大丈夫よ。貴方の手助けを必要とする案件ではないわ」

「それならいいんだが…」

「一回調子が狂うと元に戻すのが大変なだけなの…」

 

何かフランの調子が悪くなるようなことは…そういえば料理の途中からフランは元気があまりなかったな。実際には高速で移動できるくらいの元気はあったわけだが、精神的に弱っているということだろうか。狂気は精神の弱さに付け込んでくるので気を付けてほしいところだが…

 

『あいつの狂気が動いている気配はないから安心しろ』

『ならいいか』

 

狂気が言うなら多分大丈夫。突発的に発症することもあるので一応警戒はしておいた方がいいだろうけど、レミリアは結構フランのことは把握しているみたいなので本当に必要にならない限りこちらから何か言う必要はないだろう。

 

「ああ、そういうことですか」

「ん?早苗も何か知ってるのか?」

「知ってますけど定晴さんには言えないですね…」

 

まさかの早苗も知っているらしい。俺が紅魔館に来たときにフランと早苗が話していると咲夜が言っていたし、もしかしたらそこでフラン本人から話を聞いたのかもしれない。フラン本人も認知しているのであればそこまで大きな問題でもないかな。精神的な揺れっていうのは自分自身じゃ気が付かないことも多いからな。

 


 

うう、また逃げちゃった…

 

「妹様」

「咲夜ぁ…私どうしちゃったんだろおぉ…」

 

パチュリーが何も答えてくれない以上自分で考えないといけないかと思って色々考えたけどよく分からなかった。なんとなくルーミアちゃんに相談したら上手く解決してしまうような気がしたけど、私だけで定晴の家に行くのはちょっと気が引けるし…ルーミアちゃんが今日来てくれていればよかったのに。

 

「妹様、落ち着いてください」

 

咲夜がハンカチで私の口についていた食べかすを取ってくれた。食べかすを付けたまま走り回ってたのか私。お姉さまに淑女として~って怒られてしまう。

なんとなく身内に相談したくはなかったので誰かいないかなと思っていたら丁度紅魔館の近くを早苗が飛んでたから呼び寄せて話をした。途中から早苗はパチュリーと同じような顔をしたから嫌な予感はしたけど、やっぱり教えてくれなかった。ただ自分で気が付いた方が喜びは大きいとだけ言われたけど。

…違う。分かっているのだ、本当は。ただ認めちゃうと、私とお兄様の関係が変わってしまう気がして…

 

「妹様の様子がおかしいことに定晴様も気が付いています。心配をかけてしまいますよ」

 

それも分かってる。でもお兄様のことを意識してしまうともうだめになってしまって…

今日だってできる限り今まで通り、私とお兄様の距離感を保って会話していた。なのにお兄様ったら急に私の後ろに回って腕を持ったり手を持ったりして…あうぅ、思い出したら顔が熱くなってきた。

 

「お嬢様から妹様を追うように指示されましたが…私は一度妹様には一人で自分自身を向き合う時間が必要だと考えます。誰かに相談するのではなく、自分自身に」

「…分かった」

 

私は咲夜と別れて地下の自室へと向かった。最近はほとんど来ることもなくなった過去となった思い出の部屋だ。

一見するときれいな部屋だが、棚の後ろやベッドの下など簡単に掃除することができない場所にはボロボロの人形の残骸なんかが落ちている。私がまだ狂気に深く呑まれていた時の残滓でもある。

私はもう誰も寝ないベッドに転がった。私がここを去ったあとに咲夜がちゃんとベッドメイクをしてくれたみたいでちゃんとフカフカだ。多分今日も私がここから移動したらすぐに咲夜がベッドをきれいに整えてくれるのだろう。

…あの頃は一人だった。普通に人形で遊んでいたら、段々意識がボーっとしてきて、気が付いたら遊んでいたはずの人形は全部首から下がボロボロになっていた。例え私のお気に入りだったとしても、目を瞑った瞬間にゴミになる。

やっと落ち着けると思った時に、お姉さまが異変を起こした。異変当日は私は地下にいたけど、その後にまた紅魔館にやってきた魔理沙や霊夢と遊んだ。途中何度か意識が飛びそうになったけど、最後までボロボロにすることなく遊んだ。その時からお姉さまには紅魔館の中なら自由にしていいと言ってもらえた。

そしてしばらくは紅魔館の中での生活が続く。地上側に自分の部屋を新しく貰えたし、私が頑張って料理をしたらお姉さまは嬉しそうにしてくれた。掃除とかは苦手だったけど、頑張ったらお姉さまはちゃんと嬉しそうにしてくれた。褒めてもらう機会はほとんどなかったけど、あれは私が上手にできなかったから仕方ない。

更にしばらくしたらお姉さまはある程度外に出ることを許可してくれた。咲夜と一緒に出た外の景色は新鮮で、博麗神社で霊夢に会ったときにはすごい驚かれた記憶がある。でも狂気もその時はほとんど動きがなかったから…私は油断していたんだと思う。

ある日、私は不意に飛んできた知らない妖怪の攻撃で深い傷を負った。その瞬間、意識を失って、目が覚めたら周囲が更地になっていた。ああ、またやってしまったんだなと思った。咲夜は能力を使って安全圏に避難していたおかげで身内に怪我をさせることはなかったからマシだったけど。

 

「お兄様…」

 

そして月日は流れ、お兄様に出会う。まだあの時は特になんてことない人間だったはずだ。でも霊夢と同じくらい戦闘が上手だったものだから私も久々に楽しくなって、そして意識を失った。目が覚めたとき、いつもなら惨状を目にするのだけどその日は違った。近くにお兄様がいて、私の中の悪いものは小さくなっていた。その時からお兄様のことは救世主だと勝手に思っていた。

お兄様は何でもできるしとても強い。狂化状態の私相手にほとんど傷を受けずに勝つのだから。料理は咲夜並だし、それ以外の家事もなんでもできるって聞いた。泊まりに行ったときは日頃は見れないお兄様の様子を見れたから嬉しかったのを覚えている。

 

「お兄様…」

 

不動とやらが起こした異変の時、私は久々に意識を失った。でも完全に失ったと言うわけではなくて、なんだか夢を見ている感じ。私は狂気に従うままに周囲を更地にしてしまいそうになって、それでもお兄様だけは絶対に傷つけたくなくて、だから私は夢の中でひたすらにお兄様のことを考えた。勿論お姉さまたちのことを傷つけたくなかったのは当然だけど、それ以上にお兄様のことを想い続けていたような気がする。

今思えばあの時ずっとお兄様のことを考えていたせいで私の脳内に刻み込まれてしまったのかもしれない。

 

「お兄様っ……」

 

お兄様のことばかり考えてしまう。クッキーを貰った時、嬉しさが溢れて、それ以上によく分からない感情が溢れてきて、どうしようもなくなってしまった。

 

「お兄様っ…!」

 

これは泊まりに行った時のこと。こいしちゃんと話したこと。

こいしちゃんはお兄様のことが好きだと言った。私はお兄様のことは兄として尊敬してるけど、それは恋ではないと言った。こいしちゃんは地底で色々と定晴に助けられて恋をしたのだと言う。となれば何度も助けられている私がこうなってしまうのは普通のこと。普通の、こと。

 

「お兄様っ………好き…」

 

多分このどうしようもない感情が、恋なんだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八十四話 姉吸血鬼の提案

ケーキを食べ終わって、帰ってきた咲夜に注いで貰った紅茶を飲みながらレミリアと早苗の二人と話していたらフランが帰ってきた。顔は赤いけどなんともスッキリしたような表情で、元気がある。

 

「心配かけてごめんなさい、お兄様」

「別にそれは構わないんだが…」

「えへへっ…」

 

うーん?咲夜は敢えてフランを一人にして考える時間をあげたというから俺が予想した通り精神面での問題だったのだろう。そして一人で考えている内に結論が出てスッキリしたという感じで、精神的な問題を抱えている人にとっては一番きれいな終わり方なのだが…

 

「…定晴、申し訳ないんだけど今日はもう帰ってもらえる?フランと話したいことができてしまったの」

「そうか?分かった」

 

普段はあまりレミリアは俺に対していつ帰れとかそういう指示はしてこない。流石にフランと遊びすぎて時間が遅くなったときは注意してくるけど、それでも帰った方がいいんじゃない?と提案してくるだけだ。今日のようにはっきりと帰宅を命令してくることは初めてだ。

 

『わーお…すごいなぁ…』

『狂気が消えかかっている…?』

『妖力の質がなんとなく変わっているような…』

 

どうやら魂の三人は何かをフランから感じ取ったようだ。ということは魂レベルに影響を及ぼす事象だったわけで、放置していたら結構重大な問題になっていたかもしれない事項だが…

 

「じゃあまた」

「ええ、またいつでも来ていいわよ」

「えへへぇ…またねっ!」

 

レミリアとフランに見送られて紅魔館を出た。咲夜はメイドらしく美しい所作でお辞儀をして、門番の美鈴もきれいな礼で見送ってくれた。次回のスイーツは何にしようかねぇ…

 


 

さて、定晴は帰ったからフランと話さないといけないわね。これは紅魔館の行く末を決める重大な決議でもあるわ。

 

「フラン、気分はどう?」

「うん、スッキリしたわお姉さま」

 

どうやらフランの中で完全に結論は出たらしい。パチェや早苗に教えてもらえずイライラしていた彼女だったけど、やはり自分自身で気が付いた方がいいだろうし、それに他人から言われても完全な実感というのは得られないから咲夜がフランを一人にするという判断をしてくれたことに感謝している。咲夜もまたフランと同じ悩みを持つ少女だけど、私はフランのことを優先的に気に掛けるつもりだからごめんなさないね。

 

「またライバル登場ですかっ…むむむ…」

「早苗もありがとね!」

 

今回は早苗も同席している。私以外のこの場にいる三人は全員同じ悩みを持つということで逆に話しやすいだろうとセッティングしたからだ。まああとそういう事情もあり早苗を定晴と同じように帰すというのもあれだったので残ってもらっただけだけど。定晴に聞かれないのであれば何も問題はない。

 

「それで、フランの今の気持ちを聞かせてほしいわ」

「…お兄様のことが…定晴のことが好き。お兄様としてじゃなくって…男性として、好き…」

 

フランがとてもかわいらしい乙女な顔をしている。いつから貴女はそんな遠いところまで行ってしまったのだろうか。私と五歳しか違わないと言うのに精神的な成長が著しい。私ほどの淑女らしさはないけど、女の子らしいのはどちらかと聞かれるとフランと答えるだろう。

フランにその兆候が見られだしたのが傀儡異変の後。異変発生当時定晴の近くに唯一いたのがフランらしく、フランは狂気に侵されながらも定晴のことを逃がそうとして精神的な面で色々頑張ったらしい。そのせいかフランが定晴のことを強く意識し始めているのを私は見逃さなかった。

そうなれば姉として一肌脱ぐのも吝かではない。あっちは人間の二十代なので歳の差約四百七十歳だが、妖怪の中ではまだまだ若いし多分大丈夫。スキマ妖怪とかフラワーマスターに比べればまだまだ適正範囲と言っても過言ではないだろう。

 

「いやぁ、そこまで純粋な乙女の顔をするなんて、フランちゃん変わりましたねぇ」

 

流石のかわいさに早苗が気圧されている。そうよ、私の妹はかわいいのだから。

とはいえフランが自分の気持ちを自覚したことはスタート地点に過ぎない。スキマ妖怪やフラワーマスターは宴会という場で公に告白をしているのだから既に彼女らには進捗で負けている。パチェが持っている少女漫画という分類の本では、告白されるのを待つために気持ちを伝えずにいたヒロインというのは揃って最後は涙を流して「伝えておけばよかった」なんて言うのだ。そんなの最初から分かっておきなさいよ。

パチェはどうやら恋愛に関してそれなりに幻想を抱くタイプみたいだけど、私はフランに幸せになってもらうために現実的に行くわよ。気持ちを伝えずに関係が良い方向に進展なんてそうそうないんだから。

 

「フラン、私はさっさと告白した方がいいと思うのだけど…どう?」

「うえぇっ!?」

 

フランの顔が一気に真っ赤になって体が硬直した。今のフランの血、美味しいかもしれないわね。

 

「既に先駆者はいるんだから恥ずかしがっている場合じゃないのよ!」

「で、でもぉ…」

 

自分の気持ちに素直になった方が絶対に良い。私には正直恋愛なんて全く分からないけど、こういう時は急いだほうがいいのだ。

 

「レミリアさん!流石に無茶ですって…」

「何がよ!」

「好きな人に告白するのって…本当に勇気がいるんですから。例え相手が受け入れてくれるだろうと思っていても、いざ口にしようとすると躊躇うものです」

 

そういえば彼女も定晴のことが好きなくせに未だに告白できていない側だったか。フランの敵が増えるから貴女は告白しなくてもいいわよ。

 

「…お姉さまよりもいい相談相手がいるからいいもん!」

 

フランが走っていった。多分自室に戻ったんだと思う。

もうっ、根性なしね。確かに気持ちを口に出すのは難しいとは思うけど、そうやって躊躇う人は少女漫画曰く負けヒロインらしいから…フランには絶対にそうはなってほしくない。

あと私よりもいい相談相手って誰の事かしら。実の姉である私以上に相談というジャンルにおいて適切な人材はいないと思うのだけど…

 

「私も帰らせていただきますね。紅茶、ごちそうさまでした」

 

そして早苗も帰っていった。やっぱり私、何か間違えたかしら。

流石に恋愛したことない人から強情に意見を言われても納得できないか。確かにそう思えば私よりもスキマ妖怪とかに相談した方がいい内容を聞ける気もする。確かあっちも長年定晴のことを好きなのに最近になって告白したタイプだったはずだから。

 

「ねえ咲夜、貴女は恋愛についてどう思う?」

 

ここでちょっと咲夜に話を振ってみた。咲夜も定晴のことが気になっているはずなので面白い返事が来ればいいのだけど。

 

「…現状に満足して幸せなら、それを壊すような発言を怖がるのは当然かと」

「貴女はどっち?今の状態は満足?」

「……そうですね」

 

それだけ言って咲夜は食器を洗いに言った。

残されるのは私一人。私だけは恋愛が分からない。まあそんなレッテルは私にとっては何の不利益にもならないわ。私は孤高で生きていくつもりだし、吸血鬼の寿命はまだまだあるのだから焦る必要はない。

それに…

 

「人間に恋だなんて、いつか絶対寂しくなるって分かってるじゃない…」

 

寿命は、残酷だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八十五話 乙女会議

…誰にもバレていない。まあ私が能力を全開で使ったらバレるはずないんだけどね。あ、でも定晴にはバレるか。無意識を精神阻害と言った定晴はすごい。浄化が原因とかなんとか。

 

「よし、ここまで来れば大丈夫」

 

博麗神社の近くに開いている穴から地上に出てきて紅魔館へ向かう。フランちゃんから手紙が来て、少し話したいと言われたのだ。

博麗神社から紅魔館への道の途中に定晴の家があって、飛んでいたらすぐに見える距離でもある。

…定晴…

…定晴のことを考えるだけでドキドキしてポーってしちゃうのは重症だな私。嫌な気分ではないけど誰かに見られるとすごい恥ずかしいので頭を振って気持ちを落ち着かせる。定晴の家に行きたいところではあるけど、流石にフランちゃんの手紙を後回しにしてしまうのはいけないと思うから先に紅魔館へ。絶対に帰るときに寄っていく。

紅魔館って距離が微妙で、妖怪の山にある穴からも博麗神社にある穴からも同じくらい離れているのだ。妖怪の山は木もあるし妖怪も多く歩いているから私はいつも博麗神社側から出ている。博麗神社は地霊殿の近くと繋がっているから好都合だしね。

 

「あ、フランちゃん」

 

紅魔館に行くとフランちゃんが既に庭に出ていた。日傘を持って花を眺めている。四月だし庭に咲いている花も種類が豊富で私も少し楽しい。地底だと太陽がないせいで育てられない品種も多いからなぁ…

 

「やっほ」

「うわぁ!急に目の前に来ないでよこいしちゃん」

 

私は敢えてフランちゃんの目の前に来てから能力を解いた。妖怪相手だとしてもやはり驚かせるというのは妖怪の本懐な気がする。地上にも人間を食うものとしてではなく驚かせるものとして考えている妖怪も一定数いるらしいし。鬼の場合は人間は喧嘩するものらしい。何が楽しいんだろう。

 

「それで、話したいことって?」

「あ、うん。ついてきて」

 

花の鑑賞はもういいのかな。でも今日はいつもと違うところに行くみたいだしもしかして私を待つためだけに庭にいたのかもしれない。やっぱり定晴の家に行かなくて正解だったね。流石にフランちゃんを苦手な日光の中で待たせるつもりはない。

 

「ここって、フランちゃんの前の部屋だよね」

 

フランちゃんに連れてこられたのは地下室。フランちゃんが前に使っていたらしい部屋だ。私もここに来るのは二回目で、一回目も紹介だけされたので中に入るのは初めてだ。

 

「ただいまー!」

「お邪魔しまーす…ってルーミアちゃん!?」

「やっと来たわね」

 

なぜかこの部屋にはルーミアちゃんが待っていた。この部屋に置いてあったのか図書館から持ってきたかは知らないけど難しそうな本を読んでいる。私はあまり本を読むわけじゃないけどフランちゃんは教養があるから難しい本が置いてあっても不思議ではない。

 

「あれ、ルーミアちゃん喋り方…」

「なんというか、フェアじゃないかなって思って」

 

フェア?ルーミアちゃんとフランちゃんが?二人の共通点は、妖怪であることと…定晴を…まさか!?

 

「えへへ、こいしちゃん。私、お兄様のこと本気で好きになっちゃった」

「そんなー!」

 

フランちゃんとは昔定晴の家のお風呂でこのことは話したことがある。あの時はフランちゃんは定晴に対して兄として以上の気持ちはないと話していたけど…一体何があったのだろうか。

 

「それで、フランがどうしたらいいのかって聞いてきたから折角だからこいしも呼ぼうかなって思って」

「うんうん!こういう話、すっごい気になる!」

 

またライバルかって気持ちもないわけじゃないけど、フランちゃんが定晴ともっと仲良くなろうとしていることはとてもいいことだとも思う。もしかしたらフランちゃんに定晴が取られるかもしれないけど…でもフランちゃんとかルーミアちゃんなら純粋に祝福できる気がする。スキマ妖怪には負けない。

フランちゃんに促されるままに私もベッドに座った。おお、専属メイドがいるおかげか地霊殿のベッドよりもフカフカだぁ。ペットの誰かにベッドメイキングだけをひたすら教え込んだら地霊殿でも同じだけフカフカなベッドで寝られるかなぁ。

 

「それと私こいしちゃんの話も聞きたい!」

「え?」

「ほら、恋バナってやつ!」

 

どうやらフランちゃん、恋バナがしたかったみたい。でも別に私は日々定晴への気持ちが募ってるだけだからあまり恋バナらしい恋バナもないけど…むしろフランちゃんとかルーミアちゃんの話を聞くだけになりそう。私も定晴と恋らしい行動をしてみたいものだけどなぁ。でも今ルーミアちゃんが色々してるって言うし我慢。

 

「こいしちゃん、なんかある?」

「ええ、何もないよ!私が一番定晴に会えてないのは知ってるでしょ?」

「そうだけど…じゃあ妄想とか」

 

妄想?

…定晴が私のことを求めてくれてそのまま口を…ふわああ!

 

「そんなのない!」

「お兄様に会えてない間に妄想したりするんじゃないのー?」

 

今日のフランちゃんはちょっと意地悪。それにいつもはお嬢様らしい口調なのに見た目相応みたいな話し方になっている。そういえばフランちゃんは定晴の前でもそんな感じで話してたなぁ…

 

「別に恥ずかしいことじゃないわよ?叶わぬ望みを思い描くのは自由だもの」

 

ルーミアちゃんがニヤニヤしながらそう言った。その顔が非常にイラっとしたのでつい反論をしてしまう。

 

「叶わなくないもん!」

「そういう妄想はしているってことね。まあ頑張りなさいよ」

 

ニヤニヤを止めずにルーミアちゃんが揶揄ってきた。嵌められてしまったことを悔しく思いつつ、同じ家に暮らしているというルーミアちゃんの恋愛的な余裕をいつか崩してやりたいと思う。絶対にいつか仕返ししてやるんだから。

 

「…そういえばフランちゃんは今の定晴の状態は聞いたの?」

「うん、ルーミアちゃんに教えてもらったよ。どうしようかなぁって思ってるとこ」

 

今の定晴は他者へ恋をしないらしい。ルーミアちゃんが色々教えてくれた時もよく分からないかったけど、大雑把に言えば大体合ってる。

なのでルーミアちゃん曰く私たちができることは定晴を本当の意味で恋に落とすことなのだとか。魂とか言うやつで恋愛感情が抑えられているらしいのだけど、私たちがアプローチで定晴を落とすことができればいいみたい。あとそれができなくても定晴にとって大切な人になれるならそれでもいいって。

 

「私、絶対にお兄様に義理の妹としてしか見られていないから今更女の子として見てもらえるかなぁ?」

「それを言うなら私も多分妹みたいな感じでしか見られていないよー」

「私は告白したから一応意識してもらえてるけどね」

 

やっぱり告白か…

告白…

好き…定晴のことが…

 

「好き…」

「こいしちゃんは何を想像したのかなー?気持ちが漏れてるよー」

「ふにゃあ!?」

 

近くにあった人形をフランちゃんに投げつけた。

告白なんていう一世一代のイベントはまだ私にはできなさそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八十六話 死生観

日本というのはよく見る地図では南北に長いように思えるが、実際地球規模で見てみると意外と東西にも長い。それ故に同じ国の中の同じ品種の花であっても地域によって咲いたり散ったりの時期が微妙にずれたりする。桜前線なんていう言葉があるのはこれが原因だな。

幻想郷は正確な場所を教えることはできないものの、東の方にあるので開花時期は日本の中ではそれなりに遅い方だったりする。しかし残念ながら霊なんていうのがあるせいで結局ずれることも多い。

 

「もう葉っぱになりだしてるわね…」

「四月も終わりだからな」

 

幻想郷の端っこ、博麗神社にて。一時期は花見会場として連日人気を博していたこの場所もこの時期になるといつも通り閑散とした空気が戻ってくる。今頃リリーはどこかで春が去るのを泣きながら見守っていることだろう。

 

「んっ!これ結構美味しいですよ定晴さん」

「水那の口に合ったようでよかったよ」

 

今日はここで俺が作った試作品のお菓子を霊夢と水那にも食べてもらっている。一応ルーミアとユズにも試食してもらっているがこういうのは母数が多い方がいいからな。

作ったのは抹茶の羊羹アイス。別にそこまで珍しいものでもないのだが、今回は完全に自己流の作り方をしたので少々味が不安だったのだ。春なのでキンキンに凍らせているわけではなくシャリっとした食感が楽しめるシャーベットのようになっているのが特徴。羊羹の良さを潰している気もする。

 

「試食ならいくらでも食べてあげるからいっぱい持ってきていいのよ定晴さん」

「霊夢は既に二個食っただろ…」

 

本当はあうんか針妙丸かに食べさせるために持ってきていた羊羹アイスだが、二人とも不在だったので片付けて…いたらいつの間にか霊夢が一つを奪って口の中に入れていたのだ。その動きはまさに冥界の食いしん坊。あ、これ誉め言葉でもなんでもないです。

 

「ルーミアちゃんたちはいないんですね」

「ルーミアはユズを連れて人里に行ってるよ。なんでも夏用の服を買うんだとか」

 

ユズの服は冬に迎え入れたときのものと春用に買い足したものしかないのでこれから暑くなる時のための服は用意されていない。なので俺は二人にお金を渡して買いに行かせたのだ。一応ファッション系の仕事の経験もあるものの結局同性でコーディネイトした方がいいものが買えるので俺は不参加。

そういえばあまり最近来てなかったなと思ってここに来たというわけだ。花見に来たときが最後だったので数十日でこうなってしまうのかと思うと季節の変わり身の早さに驚く。

 

「水那、能力はどうだ?」

「少しずつ上手く扱えるようになってきました」

「水那ったら能力の適正のせいか分からないけど私よりも上手く陰陽玉を扱えるのよ?【お金を作り出す程度の能力】とかならよかったのに」

 

水那は順調に成長しているようで、それに嫉妬したのか霊夢が冗談を言う…いやこれ冗談じゃないな。霊夢の顔がマジだ。

花見の時に能力が見つかった記念として水那に渡した髪飾りだが、現在はちゃんと使いこなしているらしい。とはいえ霊力の循環を良くして回復を早めるくらいの効果しかないので特に苦も無く装備できたらしいけど。

 

「定晴さんの能力、ルーミアちゃんに話したらしいですね。難しい顔をしてました」

 

ルーミアとユズは俺以上にここに来る。俺がここに来てもあまりすることはないが、ルーミアとユズなら水那がちょうどいい遊び相手になるからな。水那もユズも発展途上の弾幕プレイヤーとして日々研鑽に励んでいるらしい。

 

「信用という面で私たちに話してくれないのは分かるけど、なんかヒントの一つでもくれないのかしら?」

「流石にそれは…」

 

ヒントも何も、本当の能力は別にあるということ自体が最大のヒントなのでこれ以上に言えることはない。特に霊夢たちは非常に勘が鋭いのでなんか言うとその時点で看破される可能性もあるのだ。水那も最近博麗の力なのか勘が鋭くなってきたらしいし油断ならない。

 

「…そういえば聞きたいことがあったんだけど」

「何だ?」

「幻想郷だと基本的に男性は弾幕勝負しないんだけど、そこらへんどう思ってるの?」

 

なん…だと…?

 

「ちょっと待ったそれ初耳だが?」

「あらそう?男性が作る弾幕って雑で殺傷性高めのものになりがちだからあまり作らないのよ。それだけでルール違反になるから。定晴さんのはちゃんと威力抑えてるみたいだけど…」

 

…本当に初耳だが。

でも確かに霖之助や人里の男性が弾幕勝負してるとこ見たことないんだよな…人里の女性、多分霊力が多かった人なのだろうけど、その彼女が妖精と弾幕勝負をしているのを見たことがある。男性は珍しそうにそれを見ていたが…そういう理由があったのか。

俺はちゃんと弾幕に芸術性を持たせるようにはしている。これでもデザイン系の仕事をすることもあったのでそういう感性はそこまで酷くないはずだ。威力は…妖夢が剣を使うこともあるみたいだし多分ギリギリ大丈夫。浄化さえ使わなければ弾幕勝負の範囲では問題ないはず。浄化以外だとそこまで攻撃力は高くないしな俺。

 

「まあ定晴さん、最近は弾幕じゃない普通の殺し合いをする回数の方が多かったみたいだけど」

「まあな…」

 

先日の妖精の戦いは弾幕ごっこの範囲ではあったもののその前の早鬼との勝負や不動との勝負は弾幕関係なしの殺し合いだった。俺にとっては弾幕勝負よりも殺し合いの方が戦いやすいのだが…幻想郷はそこらへんの法整備が整っていると思ってたんだがなぁ…

 

「でも別に禁止してるわけじゃないんだろ?」

「まあね」

「じゃあいいんじゃないか?鬼とかは普通に殴り合いしたいみたいなこと言ってるし」

 

ルールを理解しておきながらそれに不満を持っている妖怪も少なからずいる。そういう妖怪相手をするのであれば霊夢よりも俺の方が適任となることも多いだろうし、ルール上違反でもないなら俺が弾幕勝負を続けてもいいだろう。そもそも初戦の時点で魔理沙に誘われて始まったものだからな。

 

「私もルールを守ってくれるなら構わないからいいわよ。殺しちゃだめだからね」

「分かってるよ」

 

殺しはあまりしたくないのはこちらも同じだ。

ちょっと物騒な話題になってきたら水那が口を開いた。

 

「私はあまり人を殺すことに忌避感はないんですけど、霊夢さんはどうですか?」

「そうねぇ、私もあまり抵抗はないわよ。だって一カ月あれば確実に一人は妖怪に食い殺されるような場所よここは。流石に殺すことはあまりないけど、もし殺さないといけないときは殺すと思うわ。まあそうならないようにスペルカードルールを作ったんだけどね」

 

尚水那は聞いた話だと殺しの経験はないらしい。外の世界で生きていた頃は盗みや傷害の罪は犯したらしいが殺人だけはしなかったという。ただそれは良心からではなく、殺人だと警察の追跡が増えるから生きにくくなるという理由だった。

そして俺は人殺しの経験がある。何でも屋では殺人依頼もたまに来ていたがその依頼を受けて殺人をしたことはない。その代わりテロリストとか犯罪者を相手にするような依頼ではやむなく殺しをしたことがある。

 

『殺人による精神負荷は俺が請け負ってるけどな』

『助かってるよ』

 

そのせいで理性的なブレーキもあまりかからないのだけど。狂気がいなければ幻想郷に来る前にどこかで壊れていてもおかしくないな。狂気に行動を止められたこともあるので本当に危ない橋を渡ってきた実感はある。

 

「定晴さん、難しい顔してどうしました?」

「ああいや、気にしないでくれ。死ぬというなら幻想郷の死生観ってどうなってるんだ?」

 

話を逸らす。水那も霊夢もまだ未成年だしあまり暗い話はしたくない。死生観の話が明るい話というわけではないけど。

俺の質問には霊夢が答えてくれた。

 

「あまり深く考えられてはないわよ。だってすぐそこに彼岸も冥界もあるからね。神様とかも普通にいるせいであまり生き死にでの信仰はないけどね」

 

外の世界の宗教では輪廻転生や極楽浄土などの話があるが、幻想郷だと閻魔様直々に死後の色々を聞くことができるので死んだ後関連の思想は生まれなかったのだろう。

 

「まあでもあまり外の世界と変わらないと思うわよ?結局信じる信じないの話になると個人によるだろうし」

「霊夢はどう思ってるんだ?」

「死んだら霊魂になって彼岸行って冥界行って…っていう幻想郷の死後一般ルートだと思ってるけど」

 

死後一般ルートとかいうパワーワードに少々笑いそうになるが、まあ幻想郷では一般的な考え方かもしれない。俺が死んだら俺の中にいる魂はどうなるんだろうか…

 

『俺と愛はお前自身だから特に何もないと思うぞ。魔女はどうなるか知らんが』

『消えちゃうんじゃないかしら?そもそも私が封印されたのって相当前だし』

『魔っちゃんは冷めてるねー。そんなんだと恋は生まれないぞ☆』

『別に求めてないわよ』

 

ああなんか魂が騒がしくなってきた。ていうか愛が常駐するようになったせいで前に比べてずっとうるさいのだ。たまに狂気を怒らせるようなことも言ってるみたいだし、本当にどうにかしてほしい。まあどうにかするというのはルーミアたちとの問題をどうにかするということにもなるのですぐに終わる問題ではないのだけど。

 

「定晴さんの無効化?だっけ、それで死ぬことをなくしたりできないのかしら」

「無理だな。無効化できるのはその一瞬だけだからタイミングが合わない」

 

それに怪我にしろ病気にしろ死ぬには相応の理由があるはずなのでその瞬間だけ死ぬことを無効化したとしても次の瞬間にはやはり死ぬことになるだろう。俺の能力はそこまで自由にはできていない。負けて死ぬ瞬間に新しい力が【打ち勝つ程度の能力】から派生する可能性もあるけど実験できないので期待はできない。

 

「霊夢こその死ぬことから飛ぶことはできないのか?」

「それ私に人間やめろって言ってるわよね。死んだら飛ぶと思うけど」

 

幻想郷流ブラックジョークだな。中々に言っていることが恐ろしい。

ここじゃ外の世界の常識がひっくり返ることも多いので実際のところは分からないが、死後を考えすぎると鬱になりやすいと聞くしあまり続けない方がいい話題かな。

俺は水那と霊夢の口に無理やり幻空の中にあった飴を突っ込んで話を逸らすのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八十七話 子供の日

五月五日と言えば皆は何を想像するだろうか。海外ではどうか知らないが、少なくとも日本人であれば子供の日を思い浮かべる人が大多数なのではないかと思われる。

子供の日は元々端午の節句と呼ばれていた日を祝日にして子供の日というものできた。端午の節句自体は中国から来た文化であり、相当な歴史がある。逆に子供の日は第二次世界大戦の終戦後にできたものなので歴史でいえばとても新しい。

何が言いたいのかというと、幻想郷にはあまり子供の日という文化は伝わっていないのである。一応人里では外来人が広めて催し物もしているらしいのだが、それもごく一部だ。

 

「というか端午の節句って男の子の祈願じゃなかったっけ?私、人里の子供以外に男の子知らないのだけど」

「そうなんだよな…」

 

五月五日、何か予定があるわけでもなかった俺達は三人とも家にいた。先程の発言はルーミアの本からの知識である。

そうなのだ。幻想郷には極端に男性がいないのである。特に妖怪ともなれば本当にいない。今のところ人間以外の男性は霖之助しか知らない。あいつも子供って歳じゃないしなぁ…

 

「子供の日、何かするの?」

「まあ何かするって決めてるわけじゃないけどたまにはイベントらしいことしようかなと」

 

ルーミアは今は子供形態ではあるものの、本来の姿は大人の女性だし、ユズは大人と言えるほど大きくはないが霊夢たちと同じで子供の日で祝うには少女すぎる。もう少し幼ければ適正年齢でもあったのだろうけど…いやまあイベント事に適正もないし楽しみたい人は楽しめばいいと俺は思ってるけど。

 

「それらしいことって?」

「そうだなぁ…こいのぼりでも飾るか」

 

こいのぼりは子供の日に飾るものとして有名だ。街によっては大きなこいのぼりを公園や川などに飾るところもある。幻想郷でも人里では家の前にこいのぼりを飾っている家が多くある。慧音もそういえばこいのぼりの準備をしていたな。

 

「あとは…兜とか」

「飾るものばかりじゃない」

 

だって倉庫に使われなくなった兜が放置されているのを最近発見したもんだから…

でも確かに祝う対象が家にいないのに飾るというのも変な話だろうか。となれば飾る以外の子供の日らしいこと…食べ物か?

 

「柏餅とかちまきとか?」

「それはいいわね!」

 

食べ物の話になるとルーミアが食いつく。子供形態だと妖力消費も少ないとルーミアは言っているが、それでも食べることは大好きなようだ。三人の中では一番ご飯を食べる量が多い。それでいて体型が変わらないのだから流石妖怪というべきか…それとも俺が知らないところで必死に運動でもしているのだろうか。

閑話休題。

柏餅は柏という木の葉で餡入りの餅を包んだものだ。柏という種類は面白いもので、新芽が出るまではそれまでの葉が落ちないのである。その性質から転じて家系が潰えないようにという願いが込められているらしい。三人の中で人間なのは俺だけだが、妖怪には家系という概念はあるのだろうか…

また、ちまきはもち米を笹の葉や竹の皮で包んで蒸したものだ。こちらはシンプルに無病息災の意味が込められているのでここではちまきの方が食べるのに向いているかもしれないな。

 

「お餅、用意しますか…?」

「ふむ、じゃあ今日はおやつにでも食べようか」

 

ユズがお餅を用意しようとしていたので俺も手伝う。

ユズは現在メイドみたいなポジションとなっている。ユズ自身あまり外に積極的に出るようなタイプではないので家の中で家事などをしている方が向いているらしい。それにどうやら体が覚えているということなので俺が教えなくてもそれなりに色々とできた。もしかしたら記憶を失う前のユズはどこかで奉仕活動でもしていたのかもしれない。

 

「そういえば菖蒲湯なんてのもあったわね」

「あー、そうだな。でも流石に菖蒲は買うか採りに行かないとないなぁ…」

 

ソファで本を読みながら思い出したことを提案するルーミアに餅の準備をしながら反応する。

菖蒲というのは結構強い匂いがする植物で、昔から中国では邪気払いの薬草として使われてきた。更に尚武と音が同じということで出世の意味も込めているらしい。尚武というのは武家や武道を尊ぶという意味だ。

そういえば家の倉庫にあった家宝は刀だったし、使われなくなった兜なんかも戦闘用にしか見えなかったし、もしかしたら俺の先祖は武家だったのかもしれないな。尚今はそういうのは何もしていない。精々俺が武道の心得を学んでいるくらいだな。道場とかに一時期通っていたのでその名残だ。もうほとんど覚えていないので本当に必要な時くらいしか思い出すことはないだろう。

 

「まあでも菖蒲湯に浸かるよりも普通に入浴剤入れた方が気持ちいい気がするわね」

「あー、うん。まあそうだろうな…」

 

流石に植物を湯に入れただけのものと健康促進効果マシマシの入浴剤を入れたものとでは格が違うだろう。過去のものの方が優れていることというのはたまにあるが、清潔の分野では現代のものの方が勝っているのは明確だ。檜風呂くらいだろうか。

 

「やっぱお餅だけにしましょう」

「だな」

 

合意。今日はお餅だけだ。

特に祝おうという気持ちもないのにイベントをしようとしたらこうなるのは目に見えていた。ただ折角ならという気持ちがあっただけなので俺も気にしていない。

 

「定晴さん、お餅足ります?」

「ああ問題ない。おやつに食べるくらいはどうてことないだろ」

 

幻想郷では外の世界のように個包装の角餅なんかは売っていない。時代劇なんかで見るような餅屋が搗いた餅を買う形式だ。しかしながら俺にはスキマ郵便と言う名の外の世界の商品を買う方法があるのでそれに頼ることが多い。今回使う餅もそれで買ってきた丸餅だしな。

餅屋の搗いた餅の方が美味いだろうけど、今から買いに行くというのは少々億劫なのでそこらへんは妥協する。それに今は人里の餅屋は子供の日のためのお餅を沢山作る必要があるので俺が買えるのはしばらく後になるだろうしな。

 

「柏とかは…」

「取ってくるよ」

 

幻想郷ではたまによく分からないところによく分からないものが生息していることがある。博麗神社の周囲は特に強い妖怪が訪れる機会が多いからなのか本来育つはずがないような植物も生息していることがある。確かその中に必要な植物も生えているはずだ。

 

「おやつが楽しみだわ」

「俺は取ってくるからルーミアは手伝っててくれ」

「了解よ」

 

これが基本的な俺たちの季節ごとのイベントの過ごし方である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八十八話 夜の屋台

ずっと一週間に二本のハイペースだったので、今週から一週間に一本に戻します。詳細は活動報告に乗せています


「はい、ヤツメウナギー。それとお酒です」

「さんきゅ」

 

今日の俺は珍しく外食。ルーミアとユズが揃って紅魔館に泊まりに行ったので一人で料理を作って食べるのもどうかと思って人里へ繰り出した。二年くらい前は一人で食事がスタンダードだったんだけどなぁ…環境とは時として高速で移り変わるものである。

とまあこのような経緯で人里で食事をすることにした俺だったが、生憎と人里で食事をすることが少なかったので知っている食事処は多くない。しかもその店たちは軒並み満杯だったり定休日だったりして食事にありつけず、最悪家に帰るかと考えていた矢先、ミスティアの店を見つけた。

 

「ん、初めて飲む酒だな」

「うちの特別なお酒なんですよー。製法は秘密です」

 

どうやらミスティアのオリジナルらしい。酒の作り方は色々あるわけだけど、一体どこで作っているのかは気になる。ピースがいた洞窟のような、ミスティアしか知らない洞窟があるのだろうか。

聞いた話によると、ミスティアは焼き鳥撲滅運動をしているらしい。ミスティア自身が夜雀という鳥の妖怪だからか焼き鳥が許せないらしい。なのでこの屋台では焼き鳥はメニューになくウナギとかおでんとかが主流らしい。まあ五月なのでおでんはそこまで種類はないけど。

 

「いつもここで?」

「そうですねぇ、基本的に相手にするのは妖怪ですよ。人間の客は稀です。ほら、夜だから…」

 

ここは人里の端っこの方、出入口に近い場所だ。店を探してふらふらしてたら見つけたので声をかけてみたらミスティアだったのだ。なんでこんな端っこにあるのだろうかと思ったら、いつもは妖怪相手か。確かに夜に妖怪と面と向かうのは人里の人間には無理だな。

 

「ルーミアちゃんはいないんですね」

「紅魔館に泊まりに行った。ユズっていうもう一人の子も一緒にな」

 

いつの間にか予定が組まれており、今朝ルーミアから報告された。当日に言われても困ることはないのだが…いつもホウレンソウはしっかりしてるルーミアにしては珍しい。

あとなぜかこいしもいるらしい。先日いつの間にか地上に来ていたらしいこいしが家に一度来たのだが、多分その時にはもう約束をしていたのだろう。どうせこいしは抜け出してきたのだろうと判断したのでこいしは地底に送り返した。

 

「一人寂しくの夜ですか」

「慣れてるけどな。折角の一人だからいつもはできないことをしようと思って」

「なるほど…歌のサービスもしちゃいますよ」

 

ミスティアがそれだけ言うと歌いだした。ミスティアの見た目とは裏腹に結構激しめな歌である。

うーん、まあ夜の雰囲気には合わないけどミスティアの歌はきれいだから楽しめる…ん、どうした狂気…おや?

 

「あー、ミスティア。俺のこと狂わせようとしてるのか?」

「へ?違いますよ、勝手に聞いた側が狂っちゃうだけです」

 

魂の狂気から報告されたのは、この歌は聞いてると狂うということ。どうやら妖怪らしく歌で他者を狂わせることができるようである。まあ俺には状態異常系は効かないし、狂気が魂にいるのでそれ関係については全くもって無意味なものとなる。

 

「それっていいのか?」

「聞いてる側が勝手になっちゃってるだけなのでこちらには何も非はありませんよ。いい歌でしょう?」

 

いい歌なのは否定しないが他人を狂わせる曲だと言われると抵抗がある。ルーミアは俺の力が少し流れているので大丈夫だろうし、紫のような大妖怪なら流石にミスティアくらいの妖怪の術に嵌ることはないだろう。しかしここは人里、人間を客にしない本当の理由がなんとなく分かったような気がする。

 

「はい、追加のヤツメ」

 

ミスティアが歌いながら焼いてくれたヤツメエウナギを提供してきた。焼いているだけのはずなのだが、味付けが素晴らしいのか相当な絶品なのだ。狂わせる歌のサービスさえなければ商売繁盛間違いなしの一品なのは間違いないだろう。

ミスティアと雑談していたら、ふと背後に気配を感じた。

 

「お、今日は先人が…定晴?」

「慧音か。こういうところにも来るんだな」

「いらっしゃいませー」

 

やってきたのは人里の守護者である慧音。仕事が終わったからかこういう屋台にもやってくるようだ。

 

「慧音も酒を飲むのか?」

「ああ、宴会の時なんかは子供もいるので少ししか飲まないが、こういう一人の時はそれなりに飲むぞ」

 

慧音はミスティアに酒とヤツメウナギを頼んだ。やはりこの店ではその二つが定番メニューなのだろう。まあそこまで種類がある屋台でもないので選択肢は少ないのだけど。

 

「定晴こそ、あまり酒を飲んでいる印象はないのだけど」

「俺は酔わないようにすることもできるからな。どちらかと言えば味がいい酒の方が好きなんだ」

 

なので正直めっちゃ強い鬼の酒はあまり俺の好みではない。無効化なりなんなりで酔いを一瞬で覚ますこともできるし、そもそもの体質的に結構酒に強いみたいなので味を重視するのだ。

その点ミスティアの提供する酒は味がいいので俺好み。材料を集めて家でカクテルを作ってみるのもいいかもしれないな…

 

「はいどうぞー」

「ありがとう。妹紅は最近来たか?」

「妹紅さんは昨日来ましたよ。今日も来るみたいなことを言っていたのでもう少ししたら来るんじゃないでしょうか」

 

妹紅と言えば迷いの竹林の案内人だったな。そういえば妹紅は慧音と共に人里でも活動することがあるというので仲もいいのだろう。それに妹紅は不老不死なだけで妖怪ではなく分類的には人間なので人里の人々からも信頼できるだろうし。

うーん、となると俺は早めに退散した方がいいかな。慧音も妹紅と二人で話したいだろうしさっさとヤツメウナギを食べてしまった方が…

 

「む、定晴は気にしなくていい。四人くらいまでは座れるし何も妹紅と密談をするわけでもないからな。ただの雑談なのだから気を遣う必要はないぞ」

「そうか?じゃあそうするけど」

 

俺が食べる速度を上げたことに気が付いたのか慧音が先に説明してきた。日頃人里の守護者をしているだけあって洞察力は高いのだろう。

急ぐ必要はないと分かったので俺はミスティアにおでんの卵と白滝を貰っておく。季節外れなのでもうありきたりな具材しか残っていないが、多分これもほとんど残り物なのだろうから遠慮せずに貰っておく。

残念ながら屋台の仕事をしたことはないのだが、屋台をしている友人が外の世界にいて残り物の処理は少々面倒だと聞いていたので俺は喜んで食べることにしている。多分その友人は未だに東京のどこかで屋台を出していることだろう。

 

「お、慧音はちゃんと来たなー。それに…定晴だっけ。久しぶり」

「久しぶりだな妹紅」

 

迷いの竹林に行くときに案内役として妹紅か鈴仙かもしくは竹林に住んでる野良の因幡たちについてきてもらうのだが、俺があまり迷いの竹林に行くことがないので妹紅と話す機会は非常に少ない。多分今年に入ってから一度くらいしか話していないと思う。それも買い物中の人里での少し。

 

「なんだ、慧音はもう酒を飲んでるのか」

「別にいいだろう。私だって酒は嫌いというわけではないからな」

「だめとは言ってないよ。女将さん、私も酒とウナギ」

 

慣れた手つきで妹紅は椅子に座ってミスティアに注文をした。まあ注文内容に関しては誰であってもそう大差ないだろうけど。

酒が出てきたら妹紅は慧音と雑談を始めた。人里での出来事とか妖怪の間の出来事とか…その中に輝夜との殺し合いとかいう物騒なワードがあったのだが、不老不死同士なのできっと大丈夫。鬼の喧嘩とそう変わるまい。

 

「そうそう、定晴」

「どうした妹紅」

「月の姫さんが会いたいって言ってたって永琳が言ってたよ。会いに行ってあげたら?」

 

月の姫さん、ということは輝夜じゃなくて依姫と豊姫のことだろう。幻想郷で再開してから一度も会っていないから会うこと自体は吝かではないのだが、あそこと連絡する手段がないので行っても会えない可能性の方が高いんだよなぁ。連絡するためだけに永遠亭に行くと言うのも中々疲れるのでどうしても億劫になってしまうのだ。

 

「…連絡が面倒なら私から伝えようか?暇なときを教えてよ」

「本当か。それは助かる。基本的にいつでも大丈夫だぞ。どちらかと言えば二人が来る時を教えてほしい」

「了解。永琳に訊いたら教えるよ」

 

どうやら姫二人と会うことが決まったようだ。ルーミアとユズを連れて行くべきか…ただ二人は妖怪に対してそれなりの抵抗もあるしなぁ。それにルーミアとユズが行ったところで話すこともないか。

ついでとばかりに妹紅からは俺と二人の話を色々聞かれた。どうやら霊夢たちも月に行ったことがあるらしいので俺の月旅行の話を隠す理由がないことが分かった。なので普通に質問には答えていく。

 

「妹紅、定晴は鈍感だと思うか?」

「そうだと思うよ。まあ姫さんも積極的じゃないから気付きようがないともいえるけど」

「どうした?」

「「なんでもない」」

 

何か慧音と妹紅の間に共通認識が生まれたようだ。

ミスティアの酒が美味いせいでいつもより多く飲み、珍しく俺が酔ってきたところに、さらなる客がやってきた。

 

「失礼、まだ大丈夫だろうか」

「はい、バリバリ営業中ですよ」

 

赤い髪に赤い服という全身真っ赤な少女がやってきた。首元はマントで隠れていて分からず、この季節にほとんど全身を覆う服を着ている。見た目は普通の人間の少女のようだが、感じる力は妖力。どうやら彼女も妖怪のようだった。

 

「慧音先生と妹紅さん、それとこっちの人間は初対面かな?あ、ウナギ三本とお酒」

「ああそうだな。俺は堀内定晴だ。ちゃんと人間」

「私は赤蛮奇。飛頭蛮の妖怪さ」

 

飛頭蛮とはまた珍しい。

飛頭蛮という妖怪は行ってみるとろくろ首の仲間みたいなもので、頭が浮いて飛び回るという特性がある妖怪だ。ただ伸びるだけのろくろ首と違って飛頭蛮は生首が飛んでくるわけだから恐怖レベルで言うとこちらの方が上か。話だけは聞いたことがあったのだが、外の世界では出会うことはなかった。

 

「赤蛮奇は人里で人間に紛れて生活している妖怪の一人だよ。見た目はなんら他の人と変わらないから妖怪としては厄介だけど、まあ驚かせるだけの妖怪だからなぁ…」

「へえ、慧音は人里で隠れ住んでいる妖怪は全員把握してるのか?」

「私に見つからないように隠れ住んでいる妖怪以外なら把握している。定晴も感じることができるだろうけど、妖怪というのは妖力を発するからな」

 

どれだけ見た目を人間に寄せたところでその身に宿るのは霊力ではなく妖力なので、ある程度の力がある者であれば近付けば種族の判断ができる。妖力封じの道具を使えば一応隠すことはできるけど、人間にせよ妖怪にせよそのように力を封印する者は何かしら特殊な事情があるので表に出てくることはほとんどない。

 

「…ばあ!」

「うおっ」

 

急に赤蛮奇が頭を浮かせた。流石にちょっと驚いてしまう。

赤蛮奇に首はないようだ。だからこの首元をマントで隠していたのだろう。

更になんかの妖術なのか、生首が増えた。どれも赤蛮奇の顔であり、全く同じもの。感覚とかどうなっているのだろうか。

 

「すごいな…」

「私たちは驚かせて力を食べるから感心されると困るのだけど…」

「最初は驚いたぞ?」

 

まあフワフワ浮いているだけだし特に怖がる理由はない。これで急に生首が燃えるとかだと流石に驚くのだが…流石に顔を燃やすようなことはないようだ。

 

「人里に住んでいる妖怪は皆驚かせて生活しているのか?」

「ああそうだ。私たちは心を食べる妖怪だからな」

 

肉を食べるのではなくあくまで驚かせて満足するタイプだからこそ人里に隠れ住んでいるのだろう。肉体を食べるような妖怪を慧音が許すとも思えないからな。あれでも肉体を食べるルーミアも普通に人里に入っていたような…慧音の匙加減だろうか。

 

「今日はお客さんいっぱいですね」

「確かに。この屋台が満席なのは珍しい」

「妹紅さんはよく来ますもんね。定晴さんも行きつけにしてくれていいですよ?」

 

ミスティアがかわいらしい笑顔で提案してくる。俺は基本的に自炊するタイプなので外食というのは中々しないのだけど…まあたまにはいいかとも思う。今日みたいな日は特に。

赤蛮奇にも酒が提供され俺たちは遅くまで飲んだ。宴会じゃない日にここまで飲むのは初めてだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百八十九話 東京観光

段々と誰と会っていないのか分からなくなってきました。流石に四年前の内容は覚えてないです…


「らーん!準備できたー!?」

「は、はい!」

 

藍を呼び掛けながら自分は鏡の前で一回転。うん、今日の私も完璧ね。

私は今から藍と一緒に外の世界へ移動する。紫さん商店の品物もそうだけど、まあ普通に遊びに行くだけね。ただそれを言ってしまうと藍に仕事しろって怒られるから建前上は視察ってことにしてる。冬の間はずっと寝てたからまた何か変わってるかもしれないって理由でね。でも私、藍も結構楽しんでいるのを知ってるわよ。

幻想郷は寿命が長い者が多いから変化は年単位で起きる。だというのに外の世界の人間たちは生き急いでいるのかなんなのか、ブラック企業ともいえる会社に勤めて現場で身を粉にして働きそしてたった数ヶ月で街の様相を変化させる。怖いわねぇ…

 

「橙は大丈夫?」

「はい、橙にはちゃんと留守番を命じていますので」

 

橙も連れて行ってあげたいところではあるけど、私と藍の両方が外に出てしまうのは幻想郷的にまずいので橙に連絡係を命じている。何かあったときに渡している連絡用お札で私か藍に連絡するのが仕事だ。ただ彼女は異変が起きても寝てるなんてことも多いので少々不安ではあるけど…まあ他にも管理者はいるしなんとかなるだろう。定晴もいるしね。

 

「では行きましょう」

 

スキマを開く。行先は東京駅の構内の端っこ。私のスキマってミキの転移と違ってとても目立つから隠れた場所に移動しなければならない。認識阻害くらいは簡単にかけることができるけど、定晴みたいなのがいないとは限らないし用心はしておくべきだろう。

 

「…はいとうちゃーく」

 

移動時間は僅かに数秒。降り立ったのは東京駅の多目的トイレの中。誰も使っていないことを確認してから来たので誰も目撃者はいない。

私も藍も着ているのは東京で買った洋服。私が持ってる大妖怪らしい服も分類だと洋服なのかもしれないけど、あれって結構外の世界だと奇抜なデザインだから着ることができない。私は気に入っているのだけど…

私は薄ピンクのカーディガンに身を包み、藍は薄黄色のブラウス。外の世界で生活する分には何もおかしくない恰好のはずだ。

私は元々体の作りが人間と同じなので大丈夫だけど、藍は耳や尻尾を妖術で隠さないといけないから大変ね。例え裸になったとしても私は人間と変わらないので苦労が少なくて助かる。もしガチの陰陽師とかが歩いていたら襲われるだろうけど…現代日本でそういう人はまともに残っていないので多分大丈夫。それに定晴や不動クラスの能力者でもない限りは私も藍も余裕で対処できるし。

 

「さあまずはデパートへ行きましょう!」

「はい」

 

私が時間の境界を弄ったりしない限りは時間は有限なのでしないといけないことは優先していく。

まずはデパートで買わないといけないものとかをまとめ買い。デパートに並ぶ商品というのはその時の流行りとか最先端とかが多いので文化の移り変わりというのを見るのに最も適した場所なのである。

とはいえどこに行きましょうか。デパートないし大型商業施設は結構至る所にある。うーん、というか別にデパートじゃなくても新宿とか歩けば良さそうなものは見つかるのよね。ダイエットしないといけないから甘いものは抑える必要があるけど、きっと良いものもあるはず。

 

「藍、新宿に行くわよ」

「分かりました」

 

東京駅から中央線に乗って十五分くらいで新宿へ到着。片道百七十円くらいなので二人で乗っても全然余裕。ああいや、車内は余裕はなかったけど。

なんで最初から新宿にスキマを開かなかったかというと、この移動自体も調査の一環だから。いつ来ても東京は人が多いけど、その人たちの様相というのは常に変化している。

日本が江戸時代の頃の東京、江戸の町にも人は沢山いたし今みたいに行先が同じ人が列を成すこともあった。しかしその時とは目的も服装も何もかもが違う。あれから高々二百年くらいしか経過していないのに随分と様変わりしたわよね。

 

「ふぅ、やはり私は満員電車は苦手です」

「得意って言う人の方が少ないわよ。さ、行きましょ」

 

藍を連れ立って歩き出す。いつもは藍の後ろに大きくてふさふさな尻尾が見えているからやっぱり少し違和感があるわね。

 

「まずは何を見ましょうか」

「服ね!ブティックを見れば大体その時の流行りが分かるもの。今年は大人しく見える春コーデがいいらしいわよ」

 

五月なので一応まだ春の気候。私も藍も昔買った服を着ているけど、せっかくならば流行のファッションも試してみたい。定晴も洋服の方が見慣れているだろうし、現代の外の世界の服はかわいいものが多いのできっと定晴も喜んでくれるはず…

店に入って服を物色。その時に流行の服は大抵の場合店頭のマネキンに飾られているので参考にしやすい。

藍と一緒にあーでもないこーでもないと言いながら色んな服を試す。外の世界の服はかわいいけど、春、なんなら冬でもあっても素足を出すファッションはどうしても理解できない。人間は妖怪よりも体が弱いんだからちゃんと暖かい恰好をすればいいのに…私は寒いのが特に苦手だから冬のミニスカファッションなんかは絶対にしたくない。

最終的に藍は薄紅色のロングスカートに薄桃色のカーディガン、私は丈が膝下くらいまである淡い白のスカートと桜色のブラウスにすることにした。幻想郷じゃ浮く服装だけど、東京ならとても自然な服である。いつか定晴とデートするときに着ようかしら…

 

「おや、紫様、何かイベントをしているようですよ」

「そうみたいね」

 

アイドル衣装に身を包んだ女の子三人がサイン会をしているらしい。見てるだけで寒そうな衣装ねぇ…

 

「紫様、幻想郷でアイドルユニットが生まれることはないのでしょうか」

「そうねぇ、音響やらなんやらは河童に頼めばいいでしょうし、既にバンドやら楽団やらはあるわけだからいつかは歌って踊るアイドルが生まれてもおかしくはないと思うわよ」

 

幻想郷には黒船が来航していないので未だに文明レベルは低い。文明開化もなしにアイドルという文化が受け入れられるかは分からないけど…定晴以外にも外来人っていうのは人里にある程度住んでいるし案外ちゃんと仕事になるかもしれないわね。

ただ、幻想郷の女の子たちって揃いも揃ってかわいい子が多いから大変かもしれないわねぇ…

更に歩いていたら電子機器の店の前を通った。

 

「あら、新しいスマホが出てるわね」

「幻想郷でネットを使えるようにする予定はないのですよね?」

「ないわね。危ないじゃない」

 

それこそ幻想郷の写真を掲示板とかSNSに投稿されたら大変だもの。ネットじゃ常に常識と非常識がごちゃ混ぜになっているけど、それを現実世界まで持ち込まれたら幻想郷が崩壊しちゃうわ。幻想郷を覆う大結界が破綻する可能性があることは流石に私もできない。

 

「結界が壊れたら嫌じゃない。あれ張るのとても大変なのよ?」

「…あの不動と言う男は危険なのでは?」

「一緒にいるチヌが止めてくれると思うから大丈夫よ。それに幻想郷を崩壊させたいだなんて思うはずがないわ」

 

だってあの男も妖怪が好きな人間だから。好きな人の仇を討つためだけに幻想郷の中にまで追ってこれるような人だから。人間と妖怪が一緒に生活していても責められない世界っていうのは彼が望んだ世界でもあったはず。

私は人間が大好きだけど、大多数の妖怪は人間のことを食料扱いするし人間も妖怪を天敵扱いする。住み分けという形ではあるけど妖怪と人間が一緒に生活できる幻想郷はきっと楽園のはずだ。

 

「…私たちがこうして東京を歩いていても攻撃してくるような輩はとても減りました。でもそれは人々が妖怪というものを、怪異というものを信じなくなったからです。紫様は、人間と妖怪の真の共存がいつかできると思いますか?」

 

何を思ったのか藍がそんな質問をしてきた。でもそれは私たち幻想郷の管理者にとって永遠の命題でもある。

 

「できるわ。共存してみせる!だって私、人間のことが好きだし、定晴に恋してるもの。それに、定晴の家は既にそういう場所じゃないかしら?」

「…それもそうですね」

 

妖怪を式神にする陰陽師というのも少なからず昔はいた。でも流石に同居まではしていなかったはずだ。定晴はルーミアが一緒に住むことに対して何か危機感は抱かなかったのかしら。

まあ今ではあのルーミアもすっかり定晴に恋する乙女になってしまったし心配はいらなかったけど。むしろ恋のライバルが増えたことに対して私が危機感を抱くべきだったわね。今は定晴の状態もあって共同戦線を作ってはいるけど、いざとなれば絶対に私が定晴を惚れさせてみせるわ。

 

「藍は恋はしないのかしら?」

「そ、それは…」

 

私の質問にたじろぐ藍。私の式神のうちは自由恋愛もできっこないか。藍は優秀な式神だから手放すつもりもないし…藍に春が来るのは何千年も先かもしれない。私のせい?

 

「面白い店がありますよ」

「見たことない店ね。入ってみましょう」

 

定晴への贈り物を探すことも忘れないように。

人間と妖怪なんて種族の差くらいどうにかなるわ。絶対にね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九十話 竹の姫たち

妹紅の案内で迷いの竹林を抜ける。いつ見ても周囲には背の高い竹ばかり。この竹を全部伐採してしまえば迷うこともなくなるのだろうか。

 

「大体の人は同じことを考えるんだけどさ、この竹林は伐採しても一日でほとんど元の状態に戻るから意味ないよ」

「それは竹資源が無限ということでは?」

「そうだね。でも残念ながら竹林をどうにかしたところでこの薄くかかってる霧はなんともならないから、普通の人間がここに竹取に来ても帰れないよ」

 

この竹林に輝夜が来なくてよかったな。いや、結局来ているから手遅れなのか?竹取の翁がどういう人物だったのかは全く分からないけど、輝夜が地上にいるということは竹取物語のような展開にはならなかったということだろうし…

 

「そろそろ到着だよ」

「ああ。道案内ありがとな」

 

今日は永遠亭まで足を運ぶことにした。先日ミスティアの屋台で話した通り、妹紅が姫二人の来訪を教えてくれたのだ。

妹紅たちだけが分かる目印とかがあるわけではなく、正しい道順で進めば誰でも永遠亭までたどり着けるというのだが、今のところ覚えることはできていない。なんせ周囲の形式がスタートからゴールまで一貫して変わらないからな。多分北に何歩、東に何歩、みたいな感じで覚えないといけないのだろう。

 

「それじゃ私はこれで。この後用事があるから帰りはうさぎたちの誰かに頼んで」

「了解した」

 

そうして妹紅は竹林の中へと消えていった。それを茂みに隠れているイナバたちが見ている。人型の子も動物の姿のままの子もいるけど、皆隠れるのは好きみたいだ。

 

「来たぞー」

 

永遠亭の扉を叩く。永遠亭の扉は昔ながらの木造の小さめの扉だから紅魔館のような妙な緊張がなくていいな。

何でも屋の仕事で色々なところを巡りはしたものの、国内の仕事に留めていたので紅魔館のようなバリバリの屋敷というのは幻想郷で初めて出会った建物なのだ。なので永遠亭のような馴染みのある大きさの建物の方が緊張しなくていい。まあ中は例のごとく空間拡張で見た目よりも広いのだけど。

 

「はーい」

 

奥から鈴仙の声がして…

 

「こんにちはー」

 

なぜか扉を開けたのは豊姫だった。一体鈴仙はどこへ消えたのだろうか、と思ったら豊姫の後ろにいた。

 

「走ってきた豊姫様に先を越されてしまいました…」

「別に誰が迎えようともいいじゃなーい。ほら、定晴さんあがってちょうだい」

 

永遠亭に入り豊姫の後ろをついていく。妹紅が俺が来ることを前もって連絡しておいてくれたらしい。前回、久しぶりの再会の時に依姫を非常に驚かせてしまったのでありがたい。サプライズ精神がないというわけでもないが、毎回サプライズをしてやる必要もないだろう。

 

「依姫ー、来たわよー」

「っ…!こ、こんにちはさでゃはるさん」

「おう、こんにちは」

 

依姫が盛大に俺の名前を噛んだけど気にしない。そこまで緊張するような相手でもないだろうに…

 

「こんにちは」

「よう輝夜」

 

依姫が座っていたソファには輝夜も座っていた。やはり姫同士何か通じ合うものでもあるのだろう。それに輝夜はずっと地上にいるけど、依姫と豊姫は月から降りてきているので話すことにも事欠かないはずだ。

 

「定晴さんは姫三人が揃っていても緊張しないのねー」

「姫くらいじゃ緊張はしないよ」

 

神の友人はいるし、仕事のせいで重役と会うこともあった。俺の何でも屋は依頼主の個人情報は基本的に探らず誰であっても依頼できるような仕組みなのだけど…多分俺は一度俺は海外の大統領に会っている。国内で俺に依頼して、必要なものを持ってきてくれというものだったが…その後もその国が大きく動くことはなかったのであれが何だったのかよく知らない。

その時は流石に緊張した。本人はまるでただの観光客みたいな雰囲気だったけど、SPの人が俺のことをずっと睨んでいたのでやばかった。

 

「月の姫に会えるのは限られた人なんだから感謝しなさーい」

「姫様はもう月じゃ厄介者扱いじゃないですか」

 

お茶を持ってきてくれた鈴仙が輝夜にツッコむ。不老不死、そして月からの逃亡というのはダブルで重罪らしいので歓迎されていないのは当然だろう。ただ永琳も輝夜も未だに人気はあるらしい。

 

「あー、えっと、定晴さん」

「どうした依姫」

「その…私も一度手合わせ願えませんでしょうか」

 

依姫と一対一で戦ったことはない。依姫は剣を持っており、またその身に様々な神々を降ろして力を授かって戦うらしい。依り代の姫ってことだな。

月人がどれくらい強いのかを示す指標の一つになるかもしれないし、いい運動になりそうだな。

 

「いいよ。やろうか」

「えー、雑談もなしに戦うとか戦闘狂なんじゃないの依姫ー」

「雑談なら休憩しながらにでもすればいいじゃないですか」

 

まあ折角出してもらったお茶を無駄にするつもりはないから少しは雑談をしていくけどな。前回の一回だけじゃまだまだ時間が足りていない。

 

「でしたらこの後ということで…」

「ごめんなさいね定晴さん、依姫ったら強い殿方が好きみたいで…」

 

幻想郷にもいるから大丈夫。特に妖怪は強い力を持つ人を好む傾向があるみたいだし…いや、依姫が妖怪とかそういう話ではないけど。

 

「戦うなら永遠亭から離れた場所でしてくださいよ。壊れるので」

 

え?依姫ってそんなに強いのか?

現代日本に剣を使う者など限られた人数しかないないので外の世界と幻想郷内を合わせても数えるほどにしか剣豪とはやりあったことはないのだけど…依姫の剣も相当なものということだろうか。それとも降ろす神が強すぎるということだろうか。両方の可能性もあるな。

 

「それじゃ月の桃をあげるからまずはお茶にしましょー」

 

どこからか桃を出してきた豊姫。しかもカットされていない生のそのままの桃だ。

依姫は戦いたいのかソワソワしているが、まずは豊姫の言う通りティータイムだな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九十一話 神卸の戦い

依姫にはスペカがないのでサブタイトルはいつものじゃないです。まあ弾幕ごっこじゃないですし
神卸は「かみおろし」と読みます


輝夜におすすめの場所があると言われてやってきたのは竹林の中。具体的にどこなのかは知らない。

どうやら日々の妹紅との喧嘩で使う場所らしい。どうしてこんなところでそんな殺伐としたことをしているのか謎ではあるものの、まあ幻想郷では常識に囚われてはいけないのであまり考えない方が良いだろう。

 

「戦うには十分な広さだな」

「永遠亭からも距離があるから巻き込む心配もない」

 

見ると妹紅と輝夜の喧嘩の跡と見られる真ん中から折れた竹や焦げた竹が周囲に落ちていた。

果たして本当にここは最初から空き地だったのだろうか。何度も輝夜の弾幕や妹紅の火炎によって地面が焼かれて竹が生えなくなっただけなのではなかろうか。二人とも不老不死だし相当数ここでやってきたに違いない。

 

「豊姫と鈴仙は竹林の中にいてくれ」

 

依姫の技の威力がどんなものなのかは知らないが、流石に観客を巻き込むような大技を使うことはないだろう。豊姫はあまり争いごとに慣れていないように見えるし、鈴仙もそこまで肉体が強いようには見えない。結界を張ってあげたいところだが、それをすると舐めプをしているようにも見えるので自重する。

因みに輝夜もいるけど彼女のことは全く心配してない。不老不死を心配するほど無駄なこともなかろう。

 

「ああそうそう。私はスペルカードルールを詳しく知らないので普通に斬り合いをしますよ。先に気絶した方が負けです」

 

依姫がスペカを持っていないことは知っていた。なので幻想郷なのに弾幕戦じゃないというのも予想できていた。ただ勝利条件が思った以上に深いダメージになりそうで戦慄している。普通有効打一撃とかそんなんじゃなかろうか。

とはいえルール変更は言い出さない。俺も、多分依姫もそれくらいのダメージには慣れているだろう。殺さなければ大丈夫とかいう無法地帯的ルールではあるが、俺と依姫が存分に戦うにはそれくらい自由な方が良いのだろう。

 

「じゃあ鈴仙、勝負開始の合図を出してくれ」

 

鈴仙は審判役として連れてきているのだ。永琳に訊いても鈴仙はしばらく暇だということでここにいても問題はない。

 

「ではいきますよー」

 

俺が輝剣を取り出して構える。依姫もまた、その刀を抜いて構えた。

 

「よーい…はじめ!」

 

始まった瞬間に俺は身体強化と風のコンボで高速移動をして依姫に近付く。神を降ろすとはいえ、その時間さえ与えなければいけるだろうと思ったからだ。しかしそれは間違いであることにすぐに気づく。

 

「っ!」

 

殺気を感じて全力で後ろに飛びのく。足に相当な負担がかかったが、こういう時は考えるよりも先に勘を信じた方が良いのだ。

その証拠に、俺が先ほどまでいた場所には深い切れ込みが入っている。言わずもがな依姫が斬ったものだ。その事実に俺は驚く。

別に地面を斬ることは驚くことではない。妖夢だってここの地面なら簡単に切れ込みを入れることができるだろうかだ。そうではなく、俺が驚いたのは、斬撃を目視することができなかったことだ。ミキの高速斬撃でも見切れるというのに。

 

「手練れ、というよりも、それが神の力ってわけか?」

「はい。あなたに見せたかったのです」

 

戦闘前とは雰囲気が違う依姫。その刀には確かに神の力を感じることができる。

依姫が剣を地面に突き立てると同時に俺は上空に飛び上がった。その直感は正しく、俺が立っていたところを含めた複数個所に刀が生えていた。中々えげつないなこれ。

いつもの模擬戦じゃ中々働かない悪寒が何度も発動するということは、少なくともあれは当たっただけで気絶する可能性があるということだ。依姫、実は俺のことを殺しに来ているのではないのだろうか。

 

「上空に逃げても、変わりませんよっ!!」

 

依姫が刀を振るうと俺の周囲に火が現れた。そこまで大きい火というわけではないが、そこに込められている熱量はそんじょそこらの火ではない。もしかしたらお空の核融合くらいの熱量が出ているかもしれないな。俺は当たらないようにしながら地面に降りる。上空にいるとこちらは魔術くらいしか攻撃手段がないので。

見れば依姫が纏っている神力の種類が変わっている。どうやら刀を生やしたときの神と、この火の神は別物らしい。ミキの場合どちらも一人身でやってくるのであっちの方が厄介だな。

とはいえ神の力を切り替えるときのラグはほとんどない。一度神の力で剣を振って、切り返しの時には既に別の神の力を宿している感じだ。これでは宿す暇もないとかそういうことはできないな。

 

「水!っていうか氷!」

 

俺は魔術を依姫に飛ばす。火の神ならば水に弱いだろうと思ったけど、魔術が着弾する前に神の力が切り替わった。そして依姫は水と氷を弾いてしまう。

これはまずいな。あっちの方が厄介、とは言ったもののミキと相対したときと同じ感覚だ。どんな技がどこから来るのか分からない感じが特に。

となるとこちらも本気でやらないと依姫も満足しないだろう。

俺は幻空から家宝の剣を取り出した。この剣を使うのは久しぶりのような気がする。

 

「定晴さんは二刀流だったのですか?」

「本筋ではないけどな」

 

とはいえミキに鍛えられ、妖夢との鍛錬でも成長してきた二刀流は決して弱くはない。ただし、輝剣は壊れないことが分かっているが。、家宝の剣の耐久値が分からないので無理はさせることはできない。

というか家で色々調べたけど家宝ということ以外何も分からなかったから銘すらも知らないんだよなこれ…やたらと頑丈だけどこの剣何なんだろうか。

 

「ふっ!」

「っ!」

 

身体強化と風による高速移動と高速連撃で依姫に攻撃を仕掛ける。先ほどのように目視することができない剣に弾かれてしまうが、なんとか勘という不安定なもので直撃を貰うことはない。ただし掠り傷は少しずつ増えており、対して依姫には傷一つつけることができていない。

なるほど、噂によると霊夢や咲夜のような強者でも依姫には敵わなかったらしいが、確かにその通りだ。日本にいる数多の神を降ろせるのであれば大体必要な権能持ちの神がいるもんな。日本には武神だけでも何種類もいるので戦闘に関しても並ぶものなしと言われるわけだ。

となれば俺ができるのはあとはこれしかないな。

 

「えっ…?なにが!?」

「そこっ!」

 

突然神の力が消えて動揺した依姫に急接近して攻撃を仕掛ける。素の剣術も相当な手練れらしく致命傷とまではいかなかったものの、やっと依姫にも攻撃することができた。

俺がやったのは勿論無効化である。今回は〈依姫が持つ神を降ろす力〉の無効化をした。風を使って無効化する前に移動を始めていれば無効化による硬直中でも依姫に近付けるので、動揺するだろうという賭けに勝った感じだな。

依姫の能力は依姫自身のものなので俺が無効化を解除してしまえばすぐに元に戻る。無効化自体の消費霊力が尋常じゃないので一瞬しか使えないが、その一瞬で攻撃することさえできればこちらにも勝機はあるってことだな。

 

「…それが昔レーザーを完全に相殺した力ですか?」

「そうだ。まあ賭けみたいな力だけどな」

 

先ほどの一瞬でも動揺することなくすぐさま神を降ろしていれば俺は返り討ちにあっていただろう。流石に初見で無反応で対処できるとは思っていなかったので俺は賭けに出たわけだが、神の一撃をもろに食らえば一回でノックアウトだったことだろう。

 

「なるほど、厄介ですね」

「それを依姫が言うか?」

 

話をそこで切り上げて身体強化と風による移動を開始。依姫も神を降ろした。

攻撃は通った…が、この方法だと先に俺の霊力が切れて負けるな。別に勝ちに拘っているというわけではないが、どうも依姫は俺のことを評価してくれているらしいのでできれば勝ちたいところだ。

うーん…固有結界である三千世界を使えば神降ろしを使えないようにできるだろうか。あの結界内は俺が許可した人しか技を使うことができず、それ以外の人は魔法やらなんやらの事象改変系の攻撃はまず不可能になる。

とはいえあの結界は対妖怪用に開発したものであり、依姫も神も清い存在なので結界の一番の要点が活かせないな。

 

「打ち止めですか」

「考えてるんだ…よっ!」

 

…いけるのだろうか。俺が今考えている作戦は。

いつもはほとんど使わず、どんなことになるのか想像することができないので先ほどよりもだいぶ分が悪い賭けになるが…

やるしかないな。俺は一気に依姫との距離を詰めた。

 

「無駄ですよ!」

 

またもや神速の一撃。俺はそれを回避しながら注視する。それと同時にある力を使う…

一応感覚はあるけど果たしてうまくできるか。失敗すれば負けだと思ったうえで、また依姫に急接近をする。

 

「また…なっ!?」

「意外に行けるんだなこれ!」

 

依姫の一撃、神の速度による目に見えない一撃、それを俺は…

全く同じ神速の一撃で受け止めた。

 

「人間が出せる速度では…」

「むしろ依姫はよくこれ使えるな!腕が痛すぎるぞ!」

 

俺がしたのはあまり出番のない模写による技のコピーである。三つまでしか登録できないものの、未だにマスタースパークしか登録していなかったので空きスロットに依姫の攻撃を登録したのである。

ただ体の負担がすごい。身体強化していなければ腕を振るった時点で腕が引き裂けていただろう。そうでなくともめちゃくちゃ腕が痛いのでそう何度もは使えないな。

輝剣と依姫の剣の鍔迫り合いになるが、流石に筋力では俺に分があったらしく押し返して家宝の剣で依姫の体を薙いだ。それと同時に全力で蹴りをいれる。

多分筋肉系の神もいるのだろうけど、その隙を与えることなく吹き飛ばしたので依姫はそのまま飛んで行って竹林の中に落ちて行った。依姫が通ったあとの竹は全部なぎ倒されている。やりすぎたか?

焦ったように鈴仙が竹林の中に走っていった。

 

「嘘…依姫様、気絶してます!」

 

身体の頑丈さではそこまでだったようだな。

俺は月でも最強格であろう依姫の撃破に成功したのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九十二話 血液検査

「ちゃんと対応できるようになれば分かりませんが、今回は完敗でした」

「いやいや、こっちからすれば辛勝だよ。流石だな依姫」

 

気絶した依姫を再生の力で回復させてから永遠亭に戻ってきた。そういえば永遠亭は病院なんだから依姫をここで寝かせた方がよかったかもしれないというのは戻ってきてから気付いたことだ。

 

「月でも依姫に勝てるのはごく僅かだから、定晴さんはすごいわねぇ」

「定晴さんが戦っているのを間近で見るのは初めてでしたが凄かったです」

 

豊姫と鈴仙も俺の戦いを褒めてくれた。依姫に勝てたのもギリギリだったんだがなぁ…

むしろ月にこの依姫に勝てる存在がまだいるのか。転移技術とかを獲得しているから技術はすごいものだと思っていたが、どうやら軍事力も凄まじいようだ。というか転移技術と月の軍事力だけで地球を征服できるのではないだろうか。穢れがあるからしないだろうけど。

 

「それにしても、どうしてあの剣技に追いつけたんですか?」

「ああ、あれはな…」

 

ということで俺の能力を説明した。そういえばちゃんと説明してなかったなと思い出して無効化のことも話しておいた。月で一度見せているので隠す必要はないなと判断したからである。

 

「無効化の力…人間の力で神の力すらも無効化できるのは聊か信じられませんが…」

「まあそうだろうけどな」

 

だが俺の力が紫のスキマやミキの何でも吹き飛ばす力すらも無効化できることは実験済みだ。ミキの上には最上位神なる神がいるらしいけど、ミキ曰くそいつの力も無効化できるだろうとのこと。いや本当なんでだよ。

ともかく、俺の力はご都合主義的に何でも消せるらしいから依姫の能力にも十分力は発揮されたわけだな。

 

「それに模写ですか。神の力を無効化する力と、神の力を模写する力って、対神に強すぎませんか?」

「今思うとそうだな。でもあれが剣技の範疇だったから模写できただけで、あれが剣の力だったら模写できなかったぞ」

 

目の前で斬鉄剣を振られても何でも斬れるようになるわけではないからな。模写というのはあくまで技をコピーするだけであり、能力をコピーするものではないのだ。

 

「無効化の力を持った相手か…定晴さん、いい練習になりました。対策も用意しておきますのでまたいつか戦ってくれますか?」

「もちろんだ」

 

上手くいけば他の神技も模写できるかもしれない。特に剣技などの体術であれば霊力の消費が極端に減るからそれを模写していきたいところだ。まあ結局再生で回復しないと体が壊れるから霊力消費は変わらないけど。

神の力を模倣できるのでスキマとか時空転移とかを模写しようと思ったことはある。ただどうにも模倣できなかったのだ。多分複雑すぎて俺が感覚的にすら理解することができなかったことが原因だと思われる。見えなくても剣が振られていると分かったから依姫のやつは模写できたわけだな。

雑談しながら戦闘を振り返っていると輝夜から質問をされた。

 

「模写ってどこまでできるの?」

「技だけだな。例えば霊夢が空を飛んでいるところを模写したところで空を飛ぶ方法は得られるかもしれないけど、それは能力にはならない」

「でしたら私のこの目はどうですか?」

 

俺の返答に反応した鈴仙の目が赤く光る。詳細は知らないけど多分精神作用系かな?浄化があるから俺には全く効かないけど。

 

『狂化のやつだ』

『なるほど』

 

どうも狂気によると狂う魔眼らしい。一応模写してみようと思ったが、残念ながら俺が魔眼持ちになることはできなかった。

 

「無理だな」

「…一応聞いておきますけど結構私の目見てましたよね?」

「俺は状態異常にならないのでね」

 

鈴仙が落ち込んでしまった。どうやら赤い瞳に自信があったようである。

そういえば前に永琳に辻的な毒薬プレゼントをされたのだが、俺に全くの影響がなかったので永琳も落ち込んでたんだよな。俺が浄化によるものだと伝えると元気になったけど、やはり状態異常系に自信がある人の心を折るには最適な手段のようだ。

閑話休題。

 

「依姫様がずっと定晴さんとしたかったことって戦闘だったんですか?」

「ああ、そうさ。まあそれ以外にも話したいことというのもあるが…」

 

どうやらずっと俺と戦いたかったらしい。最初の出会いから数年越しの願いの成就というわけだな。

霊力量は多いし、手数もそれなりにあるけど残念ながら俺自身はそこまで強くないので満足できたかどうかは分からないが…あまり気にしない方が良いだろう。もっと剣術を磨かないといけないな。

 

「…」

 

話が一段落ついてしまって無言の時間が生まれる。俺は別にこの時間を気まずいとか居づらいなどと感じることはないのだけど、せっかくなのだから何か話題を作りたい。しかし先ほどから依姫がこちらをチラチラ見てきて何かを話そうとしてはやめ、それを豊姫がニコニコしながら眺めているのでタイミングがない。

 

「…なんでそんな初めての合コンみたいな雰囲気なのあなたたち」

 

救いの手として現れたのは永琳だ。ずっと自室で研究をしていたらしいが、いい感じに終わったので見に来たらしい。

なぜ合コンを知っているのか聞いてみると、どうやら月の都にも合コンがあるらしい。

 

「定晴、暇なら血液を少し分けてほしいのだけど」

「え、なぜ?」

「だって貴方の血液って非常にいいサンプルになりそうじゃない?」

 

否定はできない。むしろ俺も同意見である。

 

「うーん…行ってきて定晴さん。依姫もちょっと考える時間が必要みたいだから」

 

先ほどから口をパクパクさせている依姫を見て、豊姫の意見に賛成する。確かにこれは少し自分で何を話すのか決めた方が良いだろう。

俺は永琳についていって血液採取をしてもらった。

 

「…月の姫二人、いや三人に囲まれた感想はどうかしら定晴?」

 

血液を採りながら質問をしてくる永琳。

 

「人によっては緊張するのかもしれないけど俺は特に何も感じないな。友人と話すときと変わらん」

「そう…古い本にもある通り姫様はとても美しいし、依姫と豊姫だって相当な美人よ。それでも何も思わないの?」

「メンタルチェックのつもりなら先に言っておくけど俺は女性に対して対応を変えるとか特別な感情を抱くことはまずないぞ?」

 

紫やルーミアたちにも悪いとは思っているけどな。

 

『私のおかげだね!』

『お前のせいと言うんだろ』

 

愛と狂気が魂でいつものように喧嘩している。ルーミアによると俺が知らないところで俺のこの状態をどうにかする方法を探している、というか既に色々試しているらしいのだけど…

 

「…聞きたいことはそれだけよ。血液は採ったから戻っていいわ。お礼として血液検査で健康状態くらいは調べておくわ」

 

幻想郷だと外の世界の病院のような高度な保健機関がないのでありがたい。

その後元の部屋に戻ったが、そこまで話が弾むこともなくその日はお開きとなったのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九十三話 服作り

今日は香霖堂に来ている。珍しいことにルーミアとユズも一緒だ。

 

「やあいらっしゃい」

 

いつ来てもここは少し暗くて物が多い。整理をしないかと提案したこともあったが、にべもなく断られてしまったのでそれ以来何も言わないようにしている。どうやら霖之助はこの雰囲気が気に入っているらしい。

 

「買いたいものがあるんだが…置いてあるか分からんなこれ…」

「全部を記憶しているわけじゃないけど、ある程度何が置いてあるかは把握している。何をお探しだい?」

「布だ。外の世界で売られている頑丈な布を探しているんだが…」

 

布というだけならば勿論人里で買うことができる。昔ながらの布ではあるが、とてもきめ細かく丁寧な作りなので普通に布を作るだけならばそれで事足りる。

しかし今日欲しいのは頑丈な外の世界産の布だ。というのも、ルーミアとユズが着る服を作るとなると、ユズはともかくルーミアはやたらと俺のせいで弾幕ごっこではないガチの戦闘に巻き込まれることが多いので頑丈な作りにしたかったのだ。

魔法には布の強度を上げるものもあるらしいが、俺の技術では布に付与することができなかったので元々頑丈な布を探す羽目になったのだ。魂の魔女の話によれば俺でもできると言うのだけど…どう頑張ってもできなかった。

 

「布か…確かにあるが、品質は保証できないよ?なんせ無縁塚に流れ着くほどのものだからね。元よりボロボロだし、それ以外にも妖怪に踏まれたり噛まれたり切られたりしているものが多い。そういうわけで僕もあまり置いていない。そこの棚だ」

 

霖之助に示された棚には確かに布が置いてあった。しかしそこにあるのはやたらとバブリーなキラキラした布だけで、普段使いできそうな布は置いていない。流石にこの布で服を作るのは二人も嫌だからか、首を横に振っている。幻想郷では珍しいものではあるが…

 

「どういう用途で使うんだい?」

「服の材料だ。俺の家にあった布じゃ一着作るのには足りなくてね」

「服か…ならば君の友人である八雲紫に聞く方が早いんじゃないかな?」

 

確かに紫なら外の世界の布くらい持っているだろう。そうでなくてもスキマを使って外の世界に行かせてくれれば俺の金で布は買える。

しかしそれはできないのだ…

 

「あいつは今外の世界の視察中だ。一週間も何してるのか分からないけど、まあ休暇みたいなもんだな」

 

幻想郷の文化と外の世界の文化の違い、そして外の世界の文化の発展を視察するという名目で紫とその式神である藍は外の世界に行っている。なのでいつものように呼ぶだけで現れるような存在ではないのだ。

服自体は急ぎの用事ではないので帰ってくるまで待ってもいいのだが、何が起きるのか分からない以上は早めに準備しておく必要があるだろう。

以下今朝の回想…

 


 

「ご主人様、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

 

朝食を一緒に食べているときにルーミアから質問があった。

 

「ご主人様って服を作れたりするの?」

「作れるぞ」

 

今ルーミアが付けているリボンは俺が縫ったものだからな。そうでなくても洋服くらいは作れる。残念ながらドレスとか和服の作り方は知らないので調べないといけないが、そういう例外でなければ大抵のものは作ることができる。

 

「じゃあ私の服を作ってほしいんだけど」

「別にいいが…なんでだ?人里に良いのがなかったのか?」

「それもあるけど…動きやすい服も欲しいのよ。ご主人様が()()厄介ごとに巻き込まれたときに躊躇なく手伝えるように」

 

何か念押しというか、呆れたようなニュアンスを感じたが、まあなんとなく分かる。どういうわけか最近は弾幕ごっこではない戦闘が増えたせいで服がほつれてしまうことも多い。そのためルーミアも頑丈な服が欲しいのだろう。ユズはまだそういう戦闘に巻き込むつもりはないが、用意していてもいいかもしれない。

どうやらルーミアも、服がボロボロになってしまうことを気にしていたらしい。俺の意思に関係なく戦闘が始まることも多いので申し訳ないとは思いつつ俺にはどうしようもないからな。

じゃあ今日は裁縫の時間といたしますか。

 


 

その後、家にある布では足りないことが発覚し人里へ。しかし幻想郷の布では戦闘に耐えられないと分かったのでここまで足を運んだのだ。

 

「彼女がいないとするなら…河童はどうだろうか」

「河童?」

「ああ。定晴が言っているのは合成繊維というやつだろう?持っているかどうかは別として、河童に作れるんじゃないだろうか」

 

確かにそれは一理ある。合成繊維、特に服によく使われているポリエステル繊維は機械による化学反応で作られている。河童たちならば作ることも可能かもしれない。

確か材料として化学物質のテレフタル酸とエチレングリコールが必要だが、どちらも石油から作ることができる。幻想郷に油田があるとは聞いたことがないが、河童たちの科学技術から見るに石油でなくとも別のものから作ることが可能かもしれない。なんならポリエステル以上の優秀な素材を作成できるかもしれないな。

 

「でも…河童に外の世界の繊維技術を教えて大丈夫か?」

「ふむ…」

 

相当懐かしい記憶だが、昔河童にビニールを作ってもらおうとしたことがある。惰眠異変だとか春眠異変だとか言われているあの時だ。あの時は確か代替品の幻想ビニールなるものを貰ってことなきを得たが、もし俺がビニールの製法を教えていたら大変なことになっていたかもしれない。

 

「河童は少々暴走する癖があるからね。定晴の懸念も強ち間違いではないだろうね」

「だよなぁ…」

 

やはり河童に任せるのはやめたほうがいいかもしれない。

となると紫に頼むしかないが、あいつが帰ってくるのは予定ではまだ数日後だしなぁ…

 

「紫様を待たなくても…連絡を、取ることができれば、いいのではないですか?」

 

霖之助がいるからか少し詰まりながらも提案してくれたユズ。

紫への連絡手段か…式神を使った連絡だと外の世界じゃ使えないし、スマホを使った連絡だと逆に幻想郷で使えない。

 

「霖之助、外の世界の人物に連絡を取れるものはあるか?」

「ないよ。携帯電話なるものならあるけど、そうじゃないだろう?」

 

勿論携帯電話は求めていない。

やはり待つしかないな。二人には悪いけど服作りはまた別の機会に…

 

「こんにちはー」

 

そう考えていると香霖堂の扉が開いて客が来た。ちゃんと来店するやつもいるんだなと思いなおしていると、客がこちらに気が付いた。この狭い店内であれば気付かないことなどあり得ないけど。

 

「あら、定晴さん。久しぶりね」

「アリスか。よく来るのか?」

「たまによ、たまに」

 

香霖堂は魔法の森の入口にあるのでアリスも来やすいのだろう。

アリスは俺がさっき見ていた布のあたりを物色している。きっと人形を作るための材料に必要なのだろう。

それを見ていた霖之助が思い出したかのように声をかけてきた。

 

「そうだ定晴。彼女なら合成繊維とは言わずとも頑丈な布を持っているはずだよ」

「何?何の話?」

 

霖之助がそんなことを言うので俺はアリスに掻い摘んで説明した。霖之助の言う通り、アリスは頑丈な布を持っているらしい。

アリスは弾幕ごっこをするとき、アリス本人ではなく人形が攻撃をするので使う素材が頑丈でないといけないらしい。なので俺ができなかった布への魔術付与によって頑丈な素材を作り出しているらしい。

 

「アリス、その布を何枚か分けてくれないか?お礼には外の世界の布をあげるから」

「…いいわよ。何に使うの?」

「二人の服を作るんだ」

 

俺が服を作れることに驚いたあと、布を分けてもらえることになった。布自体はアリスの家にあるので、俺は家に戻って服作りには使えない外の世界の布を持ってきて、アリスの布の方は式神の二人に行ってもらうことになった。

そして一時間後、俺の家でやっと裁縫の材料が揃った。ボタンとか糸は家にあったものだけで足りたのでよかった。

さて、いざ裁縫、というところで俺はある問題に気が付いた。採寸作業だ。

女の子同士で採寸をしてくれるのであればそれでよかったのだが、ルーミアもユズも採寸方法なんて知らない。適当な大きさに作ってサイズが合わないと無駄になってしまうので採寸は必須なのだが…

 

「…下着姿ならご主人様に見られても、私はいいけど」

「私も…定晴さんなら大丈夫です」

 

どうやら二人とも俺に採寸されることに抵抗はないみたいだ。これで下着の採寸とかになると俺にもできないので人里で採寸してもらうことになるだろう。

と思っていたらルーミアが近づいてきて耳元でこっそりと言った。

 

「裸だって…あなたになら見せていいのよ?」

 

…聞かなかったことにしてユズの採寸をする。これは逃げではない。恋愛事にだって、たまにはわざと知らなかったことにすべきことがあるのだ。

その後ルーミアも採寸をして(あんなことを言った割に採寸されている間は恥ずかしそうだった)服を作った。

結局二日かかったけど、いつも着ているものではなく二人の希望通りのデザインで服を作った。裁縫技術が衰えていなくてよかったよ。




ルーミアの服の頻度は公式の服よりも定晴が作った服の方が多いです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九十四話 空の足

幻想郷での移動手段は基本的に歩きか飛行しかない。車や電車といった文明の結晶は幻想郷には存在しないので、もし遠くまで行く場合は地上ルートだと非常に時間がかかってしまう。

とはいえ高い建物がない幻想郷でも飛ぶことができないエリアというのが存在する。一つは地底までの通路のようにそこまでの広さがない場所、もう一つは俺が今いるみたいな既に制空権が存在する場所だ。

 

「あやや、今日は哨戒が多いですねぇ、何かあったんでしょうか」

「文が知らないなら何もないんじゃないのか?」

 

俺は現在妖怪の山に来ている。俺は過去の異変でのあれこれのお礼として妖怪の山への立ち入りが許可されているが、それでも上空を飛んでいるとたまに怒られるのでここでは歩いて移動することにしている。

どうしても空を飛ぶ必要があるときは知り合いの誰かに一緒に飛んでもらうようにしている。じゃあなぜ文がいるのに空を飛んでいないのかと言うと、哨戒天狗が多いと今日の目的は達成することができないからだ。

 

「文、妖怪の山は使え無さそうだぞ?」

「そうですねぇ…一度霧の湖まで下りますか」

 

文に言われて登山もほどほどに下山を始めた。

今日は文に教えを乞いに来たのだ。文と俺との共通点など一つしかない。それは、風を使って浮遊、加速する点だ。まあ文は妖怪だから風なしでも浮けるらしいのだが、加速では風に勝るものはないのだと言う。

俺は一つ気になっていたことがあって、それが移動速度である。いやまあ気になるところは他にもいっぱいあるけども。

俺は霊力だけで飛ぶ技術を身に着けていない。そのため基本的に風を使って飛んでいるのだが、それだけだとどうしても速度が出ない。いや、言い方に語弊があるな。今の俺の風の使い方だと速くなれない。

というわけで文に教えてもらうことにしたのだ。ちょっと恥ずかしいのでルーミアとユズには内緒である。

 

「お、今日はあまり霧が出てないみたいですね。ここでいいですか?」

「問題ない。お礼は再インタビューってことでいいんだな?」

「はいっ!あなたが幻想郷に来てすぐの頃のインタビュー記事とは内容も注目度も違いますからね!」

 

当時はよく分からないことだったが、確かに文の新聞はちとばかし誇張などが多かった。外の世界なら誠実な内容ではないと見做されて毎回訴えられているかもしれない。

とはいえインタビューだけで風飛行のエキスパートに教えてもらえるというのであれば安いものである。誇張は多いけど真っ赤な嘘はなかったからな。

 

「さて、じゃあまずは…私と鬼ごっこでもしましょうか」

「は?」

「私も結構感覚派なので、外から見て指導するよりも並んで飛んだ方が教えやすいんですよ」

 

なるほど。文との鬼ごっこなら文とどれくらい移動速度に差があるのか分かるからな。

 

「うーん、懐かしいですねぇ」

「懐かしい?」

「覚えていませんか?あなたが幻想郷に来てすぐの頃に妖怪の山に侵入したじゃないですか。その時に私と追いかけっこしましたよね?」

 

ああ、そういえばそんなこともあったな。当時は風の制御が甘くて周囲に影響を及ぼしていた時期だ。その分今よりも素早かった気もするな…

 

「当時は私と同じくらいの速度で移動してましたけど…」

「あれは身体強化と併用していたからな。風だけだとまだまだ文には勝てないよ」

 

身体強化の脚力によるダッシュと、風を使った常に強風の追い風を作り出すことを同時に行えば移動速度は相当なものになる。

だがそれは走ることができる地上の速度だ。結界を使えば空中でも走ることができるが、その場合は結界の制御、身体強化、風の三種類を同時に使用することになるので霊力消費が激しくなるし、俺のキャパが限界になる。戦闘中には使えない。

 

「ふう、準備はいいですかー」

「いいぞー」

 

少し離れたところに飛んでいる文。俺も風で空中に浮く。

 

「よーい…スタート!」

 

俺と文の鬼ごっこが始まった。遊んでいる妖精は近くにいないので全力で風を使って文を追いかける。しかし距離は一向に縮まらず、むしろ開いていくばかりだ。

 

「風はちゃんとどこに当てるのか意識してくださいね。一番早く動ける風の当て方というのがちゃんと存在してますので」

 

逃げながらもアドバイスをちゃんとしてくれる文。

風の当て方か…やはり重心か?しかし重心に集中させるとそれはそれでバランスが崩れてしまう。体を支えるために下からも風は当てる必要があるのでただ単に当てるだけでは早く移動はできない。

何度か試行錯誤してみるけどやはり速度は上がらない。根本的に何かを間違えているのだろうか…

 

「うーん、定晴さん」

 

俺が悩んでいると文が動きを止めた。

 

「定晴さんは霊力で空は飛べないんですか?」

「飛び方が分からん。霊夢に聞いても感覚的なもんだって言われたし」

「魔力は?」

「飛び方が分からん。魔理沙に聞いても感覚的なもんだって言われたし」

 

いやまああの二人に聞いた俺もよくないと思うけど。

ただあの二人に限らず幻想郷の少女たちは感覚的に飛んでいるらしく、詳しく説明してもらおうと思っても中々うまくいかない。幼い頃から周囲には空を飛んでいる者が多かったからあまり疑問に思わなかったんだろうな。

 

「でしたら私に風の制御を教えてもらうより先に何かしら別の力で飛ぶことを覚える方がいいですよ。私だって風だけで空を飛ぼうとするとそこまで速く飛べませんし。紫さんなら何か知っているかもしれませんよ?」

 

今の俺はルーミアとのパスに加えてユズとのパスもある。そのおかげで妖力もそれなりの量を扱うことができるのだ。確かに紫なら何かしらヒントを教えてもらうことは可能かもしれない。

 

「もしくは…それこそ水那さんに教えてもらうというのはどうでしょうか?あの子は幻想郷に来てから空を飛べるようになった部類なので、教えることもできるかもしれませんよ」

 

なるほど。水那の練習はきっと霊夢による感覚的修行だったと思うけど、それをかみ砕いて教えることはできるかもしれないな。水那自身は感覚派ではないので何かしら自分自身の中にコツを持っていることだろう。

 

「…もしかして、定晴さん、水那さんに教わるのは恥ずかしいですか?」

「…ちょっとだけな」

 

水那は俺が外の世界で保護してきた子だ。その子に教えを乞うというのは少しばかり恥ずかしい。勿論学びを得るときに恥など不要なものだというのは分かっているが…

 

「でしたらルーミアさんに妖力での飛行方法でも教わったらどうですか?」

「妖力か」

 

二人分のパスは俺に多大な妖力を送ってくれている。飛行するために必要な量は分からないけど、リグルのような妖怪でも自由に飛べているということはあまり必要ないのだろう。

 

「ともかく、風での飛行は別口での加速器でしかないんですから、風なしで飛ぶ方法を身に着けてきてください。インタビューもその時にします。期待してますからねっ」

 

少し茶目っ気を感じる口調でそう言った文は妖怪の山へと帰って行ってしまった。

確かに風だけで飛ぶというのは不安定さが残るので速度が出せないのかもしれない。やはり霊力か妖力かで飛ぶ方法を身に着ける他ないだろう。

俺が考えていると俺の下の水がボコボコしだした。

 

「呼ばれてないけどジャジャジャジャーン!」

「うおっ、ミキ」

 

急に湖の中から現れたミキ。一体そこで何をしていたのだろうか。

 

「あふぅ……」

 

ミキが出えてきた水のところに人魚が伸びていた。え、この湖人魚いるのか。

人魚なので大丈夫だとは思うけど一応沈まないように結界で支えながら再生をかける。

 

「話は聞いたぜ定晴!」

「一番聞かれたくない人に聞かれた…あとその人魚を放置するな」

「人魚の素材が必要になったんだが俺のメイドの人魚には別の仕事を頼んでいたので仕方なくここに来ただけだ。話が終わったらちゃんと回復させてやろうと思ってたんだぞ?」

 

気絶していたのは少しだけのようで、再生をかけたら人魚はすぐに目を覚ました。

 

「ありがとうございますー、私はわかさぎ姫って言いますー」

「堀内定晴だ」

「ミキさんのご友人ですか~」

 

ミキに気絶させられた割にはマイペースに喋るわかさぎ姫。もう大丈夫だと言うので結界を解除して湖に返してやった。もうこんな神に捕まるんじゃないぞー。

 

「定晴、本題だ」

「帰れ」

「断る。俺が飛び方を教えてやるぞ。霊力、妖力、神力、天使の翼に機械式とどんな飛び方でも学び放題だ」

 

こいつから飛行能力を奪うのは不可能なのではないだろうか。俺以外は。

 

「…お前に教わるくらいならルーミアに教わる。じゃあな!」

 

風で超推進力を生み出して俺はぶっとぶ。予想通りミキが追ってきたので無効化を使って湖に落としておいた。使用後の硬直も、風による推進力のおかげで落ちずに飛行状態を維持できた。俺ならミキに対して〈すべての飛行能力〉を無効化することで叩き落せる。

帰ってからルーミアに話をすると、随分とニコニコしながら承諾してくれた。おかげで妖力で飛べるようになり、飛行の仕方が霊力と同じということで霊力でも飛べるようになったのだが、教えている間ルーミアがやたらと優しかったのが微妙に気になった。




ルーミア「ご主人様にもできないことがあるなんてかわいい」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九十五話 三年目

「定晴ー」

 

俺が家で休んでいると、家の外から声が聞こえた。これは…紫か。

 

「帰ってきたんだな」

「そうなのっ!お土産も買ってきてるわよ」

 

扉を開けたらやはり紫がいた。いつもの妖怪らしい服装ではなくて、現代風の外の世界の服を着ているので帰ってきてすぐだと言うことが分かる。外の世界の服を着ているのを見るのは初めてだが、中々どうして似合うじゃないか。

 

「定晴の家の中に入るのも久しぶりな感じがするわ」

 

家の中にはルーミアとユズの二人もいる。特に仕事も用事もなかったので本を読んでまったりしていたのだ。最近はルーミアの影響かユズも本を読み始めている。小鈴からもう少し本を譲ってもらう必要があるかもしれないな。

 

「いらっしゃいスキマ妖怪」

「こんにちは…紫…さん…」

 

ユズは未だに俺とルーミア以外には言葉が詰まってしまう。でも自分の部屋には戻らずこの部屋で本を読み続けるようだ。ユズなりに人に慣れようとしているのだろう。

 

「はい、取り敢えず定晴が使いそうな調味料を買ってきたわよ。新しいやつも出ててビックリしちゃったわ」

「ありがとう。これを使って何か作るよ」

 

紫が俺に料理関係の何かを渡してきたときは、それで何か作れと言う合図でもある。料理する分には俺に不利益はないので、どこかで紫の家に行って食事を作らせてもらおう。

 

「あと外の世界の本を買ってきてるわよ」

 

俺が紫に頼んだお土産の本命はこちらだ。紫が外の世界に観光に行くと聞いてから、俺は外の世界の本を買ってくるように頼んでおいたのだ。

小鈴のところで本を借りるのは勿論だが、それ以外にも外の世界のことを知っておいて損はない。幻想郷の製紙技術はそれなりのようだけど、それでも外の世界ほど頻繁に出版されているわけではないからな。

 

「この家の本はあまりないのかしら?」

「俺はあまり本を家に置かなかったからな」

 

あまり家にいる時間は多くなかったし、必要であれば図書館に行って本を読んでいたので家にある本はそこまで多くはない。家の倉庫の中にある程度本はあるけど、ルーミアとユズの二人ならすぐに読破してしまうのだろう。

 

「まあそうよねぇ、だって定晴が来てから二年だものね」

「もう幻想郷生活三年目だ」

 

俺は二年前の春に幻想郷に来た。そのころは幻想郷の常識というのもあまり知らず、交友関係もなかった。しかし今では色んなところに知り合いがいる。当時の俺は二人も式神を作ることなど予想もしてなかった。

 

「それで…どう?能力は」

「どういうことだ?」

「ほら、元々はその能力の強化も目的の一つだったじゃない。それはどうなったのかしらと思って」

 

そういえばそんな話もあったな。

えっと…風はコントロールが上手くなって、魔術は魔女のおかげで強くなった。剣術は変わらんが、結界などは多分頑丈になってると思う。とはいえ…

 

「強化って意味ではあまり変わらなかった気がする。幻想郷に来たということよりも幻想郷内でしたことによる強化はあったけどな。まあ幻想郷に来た意味はあったよ。ここはいい場所だ」

 

強いて言えば、輝剣を大量召喚して打ち出す技は幻想郷に来て霊力量と霊力コントロールが上達しなければ使ええない技ではあっただろうな。

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。それに、私たちにとってもあなたが幻想郷に来てくれたことは大きなメリットよ」

「そうなのか?」

 

俺が関わったことというのは色々と思いつく。とはいえどれも俺じゃなくても大丈夫な要件ばかりだ。異変解決に手を貸したことも多いが、俺がいなくてもいつかは霊夢や魔理沙が解決していたものだろう。

二人でも難しい異変は不動関連だろうけど、そっちは俺が幻想郷に来なければそもそも起きていない異変なのでノーカウント。

 

「…あなたのおかげで色々な子が成長できたのよ」

「成長?妖夢くらいしか関わっていないが…」

「全く。肉体的な成長だけじゃなくて精神的な成長よ。大人へ一歩進んだ子がいくらいると思っているのよ」

 

あまり思い当たる節はないな。確かにフランやこいしは出会った頃よりも大人びたか?それに俺が関わっているとは思えないのだけど、紫が言うのだからもしかしたら俺が何かしたのかもしれない。

 

「定晴の()()()というか()()というか…それで私は今の状態になってるのよ?」

「ああ、それはそうかもしれないな」

 

ルーミアのあれこれは完全に俺の責任である。不動が来なければルーミアの封印が解かれることはなかっただろうし、式神にしたのも俺の選択によるものだ。ルーミアの妖生を大きく変えてしまったと言えるだろう。

俺の選択のせいで人生が変わってしまった人というのは外の世界にもそれなりにいるけど、やはりちょっと申し訳ないと感じてしまう。

 

「…定晴、私は現状をとっても気に入っているんだからね?妖怪として長いこと生きてきたけど、その中で今が一番幸せよ?」

「私もルーミアに同感ね。好きな人がすぐ近くにいるって幸せなことよ」

「元の私は…分からないですけど…今は…幸せだと、思います…」

 

三者三様、俺の表情を見たからか心を読んだかのように意見を言ってきた。

そういえば外の世界にいたときは恋愛なんて考える暇もなかった。今は()の存在を言い訳にして答えを出していないけど、これがどうにかなったら、俺も多分まっとうな人生だと言えるような気がする。

 

『定晴はまだまだ好かれるよっ!』

『あー…俺は早くこいつをどうにかしてほしい』

『まあまあ、落ち着きなさい』

 

魂の人数も増えたものだ。幻想郷に来たときは眠っていた狂気しかいなかったというのに。

幻想郷で能力の強化はできなかったかもしれない。でも確実にあの頃よりも成長していることを実感する。

 

「それにあなたは自覚してないかもしれないけど、少しずつ強くなっているのを私は感じているわ。もしかしたらあなたが思っていない以上に幻想郷に影響を与えているかもしれないわよ?」

 

ちょっと怖いことを言うな。でもまあ留意しておこう。

さて、三年目も頑張るか。




最終回みたいなノリですがまだまだ続きます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六章 侵入者
二百九十六話 大結界の歪み


今年最後の投稿です。早めのお年玉ということで、新章です


霊夢に緊急呼び出しされて俺は博麗神社に来ている。連絡方法も、紫から連絡をもらうという幻想郷最速の連絡手段だった。一体何があったのだろうか。

 

「来たぞー」

「あ、定晴来たわね。こっちに来て頂戴」

 

俺が来ると霊夢ではなく紫が出てきた。

博麗神社は幻想郷において最重要施設の一つであり、紫にとってもとても大切な神社である。それに紫は霊夢のことも大切に思っている。しかしながら紫がこうして直接博麗神社に来て何かするというのは珍しく、何か重大なことが起きてしまったことは疑いようのない事実である。

 

「霊夢、入るわよー」

 

紫に連れてこられたのは博麗神社内の一室。霊夢曰くあまり使ってない部屋の一つだったはずだ。

俺が入るとそこには霊夢が寝ていた。しかも熱は荒く見ただけで体調が悪いことがうかがい知れる。

 

「定晴、これを見て霊夢を治せる?」

 

俺が部屋に入るなり紫がそんなことを聞いてきた。治せるかどうかは分からないし、ちょっと聞きたいこともあるので即決はできない。

どうも紫は焦っているようなので落ち着かせてから話を聞くことにした。

 

「ふぅ…ごめん。ちょっと慌ててたわ」

「まあそれはいい。何があったんだ?」

「今朝からずっと霊夢がこんな状態なのよ。永琳も呼んで見てもらったけどよく分からないというし、しかも博麗大結界がちょっと歪んでるのよ!」

 

ふむ、確かに重大事件だし紫が焦る理由も分かる。

まず永琳は幻想郷で一番の医療のエキスパートであり、なおかつ永琳が分からない病気であれば外の世界でも原因を見つけることはできないだろう。永琳が分からないと断言した以上俺も見て治せるかどうかの判断はできない。

また、博麗大結界が歪んでいるというのも非常事態である。博麗大結界は幻想郷を丸ごと覆っているとてつもなく大きな結界であり、この博麗神社を起点にしているとかなんとか。もし博麗大結界が崩壊したら幻想郷も無事では済まないだろう。最悪の場合幻想郷自体が崩壊する可能性だってある。

 

「紫から見て霊夢の状態はどうだ?」

「霊力が乱れてる感じかしら。結界が歪んだから霊夢の霊力が乱れたのか、霊夢の霊力が乱れたから結界が歪んだのかは分からないけど」

「紫も分からないのか?」

「ええ…」

 

不安そうな顔をする紫。でも結界のエキスパートである紫でも原因が分からないのであれば先ほどと同様俺にも分かるはずもない。

取り敢えず俺が試せる処置として浄化と再生を霊夢に使う。しかしどちらも目に見えた効果は得ることができなかった。

次に俺自身が霊夢に触れて霊力の乱れを整えてみる。不動の能力によって体内の霊力が乱れる状況というのには慣れてしまったので多分霊夢の霊力もある程度制御できるはずだ。しかし整えてもすぐに乱れてしまってむしろ霊夢を苦しめてしまうことになってしまった。

最終手段として無効化を使う…と思うが、何を対象にすればいいのかが分からない。例えば〈霊夢の体調不良〉を無効化すれば元気になるだろうが、そもそもの原因が博麗大結界だった場合は大結界ごと無効化してしまう可能性があるのだ。

 

「すまない。俺がずっと霊夢の霊力を整え続ければ霊夢が苦しまなくなるだろうけど、多分それじゃあ意味がないんだろ?」

「そうね。原因が分からないと霊夢が動けないわ…」

 

繋がりは分からないけど、博麗大結界の歪みと霊夢の体調不良が無関係ということはないだろう。どちらを先に処置すればいいか分からないけど、片方が良くなればもう片方もよくなると思われる。

 

「紫、水那はどうした?」

「博麗大結界の状態を見に行ってもらってるわ。見習いとはいえ彼女も博麗の巫女だからちょっとした修繕ならできるもの」

 

どうやら朝っぱらから水那は仕事をしに出ているらしい。というか同じ博麗の巫女でも水那には症状が出ないんだなと思っていると、

 

「だってまだ霊夢から水那への引継ぎはしてないもの。博麗の巫女っていうのは存在自体が一つの要なのよ?」

 

ということらしい。水那はまだ修行中のために難を逃れたそうだ。

 

「なあ、また不動のせいってことはないよな?」

「もう既に様子を見に行ってるわよ。チヌとイチャイチャしてたわ」

「そうか。じゃあ違うか…」

 

どうも今の不動はとても幸せらしい。むしろ幻想郷崩壊を招こうとするやつがいれば積極的に倒しに行こうとする勢いである。

となると別口か。まあ人為的なものと決めつけるのは早計だけどな。形あるものはいつか壊れるという言葉があるように、どれだけ強固な結界であろうと時間が経てば綻びの一つくらいは出てくる。幻想郷の歴史は長いし、今の時代に綻びがあったとしてもおかしくはない。

とはいえ紫がそれに気が付かないはずもなく、人為的な影響の方が可能性が高いんだよな。

 

「うーむ…紫、ルーミアを呼んでもいいか?」

「ええ、いいわよ。何をするか知らないけど」

 

俺は式神召喚でルーミアを呼びだす。今日は何があるのか分からないからと二人は置いてきているのだ。

 

「ん…定晴、何があったのかしら?」

 

紫をちらりと見た後に俺の呼び方を決めて、その後にこの場にいる人を確認して口調を決める。判断が早い。

俺はルーミアに説明をしたあとに、霊夢の状態を見てもらうことにした。というのも、ルーミアも俺の力が流れ込んだ影響でそれなりに霊力を扱えるのだ。それに不動との戦いのせいでルーミアも俺と同じように乱れた力には慣れているから整えることはできるはずだ。

 

「頼めるか」

「任せてちょうだい。その間に定晴は歪みを修繕してきて」

 

快く引き受けてくれたルーミアに感謝する。

 

「何言ってるのよ。私はあなたの式神よ。これくらいの仕事ならどんどん頼んでちょうだい」

「本当に助かる。紫、結界が歪んでいるところに連れてってくれ。修繕はできないだろうけど、何が原因か探る」

「分かったわ」

 

ルーミアは博麗神社に残して俺は紫のスキマを使って大結界の綻びへと移動する。

スキマを抜けるとそこは森の上。なんとなく違和感があるので目には見えなくともここらへんに結界があるのだろう。

 

「普通は違和感がないようになってるはずなの。定晴が違和感を覚えているってことは大結界がおかしいってことよ」

「なるほど」

 

博麗大結界を認知できてしまうと、力を持っている妖怪やら人間やらが越えて入ってくる可能性があるからな。それにしても不動はどうやって大結界に対して能力を使ったのだろう。

 

「違和感…違和感…」

 

俺の結界の力はそこまで万能じゃないのでここで博麗大結界を解析することはできない。しかし結界の力と共に霊力での感知や妖力での感知、そして今までの経験則からある程度探知することができる。

しばらく違和感を元に探していくと、森の中のある地点へとたどり着いた。

 

「ここらへんが特に違和感があるな。紫、何かここらへんにあるのか?」

「嘘…ここに穴が開いているわ。人が通れるくらいの大きさの穴が」

 

俺には見えないのだが、どうやらここに誰かが通った痕跡があるらしい。幻想郷の外から中に自力で入ってくるなんて只者ではない。

紫が大結界を修復している間に俺は周囲を探る。誰が通ったのか分かる痕跡が残されている可能性もあるからだ。

 

『狂気、何か感じるか?』

『少なくとも負の感情はねえな。通ってから時間が経っているからか、通ったやつが負の感情を持っていなかったからかは分かんねえけど』

 

後者なのであればひとまず安心できる。力が強くとも幻想郷をどうにかする気持ちがないのであれば幻想郷は受け入れるからだ。

しかし前者の場合は厄介だ。既に幻想郷内で暗躍をしている可能性もあるからな。

 

「修復終わり!」

「違和感は消えた…が、紫、ついてきてくれ」

 

俺は幻想郷内へと進んでいく。この森がどこにある森で、大きさも不明だが、侵入してきたやつもそれは同じはずだ。森を抜けようと考えるのであればどこを通るのかもそれなりに予測できる。

紫を連れて歩いていくと、体に何か違和感を覚えた。先ほどからずっと違和感がある。

 

「紫止まれ」

「…」

 

紫は何も言わずに俺の指示に従ってくれる。こいつ、結構素直なんだよな。

周囲を見渡す。そこはただの森であり、見るだけは何もおかしなところはない。だがこういう時は…

 

「対象〈俺への干渉〉…無効化」

 

敢えて口に出して能力を発動する。一気に俺の中に渦巻いていた違和感が消えた。それと同時に俺の右側に向かって…魔術を放つ。

 

「いやぁ、化かすのには自信があったんじゃがなぁ」

「狸?」

 

陰から現れたのは化け狸の少女。

 

「二ツ岩マミゾウ…!?なんであなたがこんなところでこんなことを!?」

 

どうやら紫は知っているようだ。それにあまりこういうことをしない主義らしい。

 

「勘違いしないでほしいのじゃが敵対しようと思ってるわけじゃない。むしろちょっと用事があってここで待っていただけじゃ」

「大結界の穴とは無関係ってことか?」

「全くの無関係でもないの。穴を修復することが自分じゃできなんだ、誰か入ってきたら化かしてやろうと思っただけじゃよ」

 

マミゾウはどうやら敵ではなく、比較的味方よりだったらしい。攻撃してしまって少し申し訳なくなる。それにしても紫すら化かすなんて中々の実力者のようだ。俺を化かすにしても、浄化のおかげで俺には精神干渉は効かないはずなのだが、どうして効いたのだろうか。

 

「…ふむ、こっちはハズレらしい。新米の巫女が危ないぞ」

「なっ、紫!」

「ええ!」

 

紫は急いでスキマを開いた。俺もそこに飛び込む。マミゾウはその間ずっとニヤニヤしたままだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九十七話 妖怪の侵入

あけましておめでとうございます…でいいんですかね

新年一発目の投稿で、こちら三百話目となります。めでたいかもしれませんね


紫のスキマを抜けて水那のところへ。いつもはスキマを開くにしても少し時間がかかるのだけど、水那が博麗の巫女だからかすぐにスキマを開くことができたようだ。

そこでは水那が数体の妖怪と対峙していた。幻想郷の妖怪にしては体が大きい。一対一であれば今の水那なら十分に戦えるだろうけど、流石に複数対一だと水那の分が悪い。証拠に、水那の巫女服の一部が破損している。

 

「水那!援護する!」

「た、助かります!」

 

輝剣を召喚、浄化の力をエンチャントして妖怪のうちの一体を切り伏せる。その勢いのまま隣の妖怪を身体強化を乗せた脚力で吹き飛ばした。

その隙に水那は霊力弾を作り出して、更に博麗のお札を使って一体を調伏した。残りは二体だ。

 

「水那は左を」

「了解です」

 

右の妖怪に対して走り出す。見た目は鬼のようだけど、幻想郷の鬼に比べると体が貧相だし角も小さい。ただし大きい。多分種族では小鬼だろうけど、何かしらの要因で大きくなったのだろう。大きい小鬼とはこれ如何に。

小鬼は防御姿勢をしているが、俺は構わずに身体強化による剛腕で吹き飛ばした。倒れた小鬼の上から結界を使って押さえつける。殺してしまってもいいのだけど、あまり無暗に殺すのもいけないし、こいつらがどこから来たのか調べたい。

俺が左を見れば水那は陰陽玉をぶつけるという荒業で妖怪を倒していた。水那は繊細な戦い方をすると思っていたのだが、結構力業だな。そういえば霊夢も古武術みたいなの使えるって言ってたな。博麗の巫女は体術も修行の一環なのだろうか。

 

「ふう、助かりました定晴さん」

「何を考えているか分からん妖怪が教えてくれたんだ」

 

マミゾウというあの狸の妖怪は何者なのだろう。何かを知っている素振りはあったが、質問しても答えてくれない気配があった。

 

「紫さんも、ありがとうございます」

「気にしなくていいわよ。それにしても…やっぱり結界に穴が開いてるわね」

 

俺と水那が侵入した妖怪と戦っている間に、紫は大結界の検査をしていた。やはりここにも穴が開いていたらしい。先ほどの妖怪はその穴から侵入した外の世界の妖怪なのだろう。

外の世界の妖怪が幻想郷に入ってくることは不思議ではない。外の世界で忘れ去られた妖怪はここに招かれるからだ。しかし穴を通ってくるというのは初めてのパターンだ。もしこの穴から高度な文明が持ち込まれたら幻想郷が崩壊しかねない。

 

「私は大結界の穴を探しながら飛んでいたらここに辿り着いたんです。そしたらちょうどあの妖怪たちが入ってきたところで…」

 

水那の視線の先では紫がスキマを開いて妖怪をどこかに送っていた。外の世界に送り返したか、幻想郷内の都合のいい場所に飛ばしたのだろう。

 

「大結界が解れて穴が開いてしまうことはないことはないわ。でもそれに合わせてちょうどあんなに妖怪が入ってくるなんておかしい。多分…誰かの差し金ね」

「ああ、俺もそう思う」

 

こういう時に不動を思い出してしまうのは悪い癖だろうか。

ただ、博麗大結界という巨大な結界に穴を開けることができるような人物などそう多くない。それに妖怪を何体も連れてくるなんていうのも簡単なことではない。

 

「紫、俺を不動のところに送ってくれ」

「私も一応確認してるけど、彼、本当に何もしてないわよ?」

「結界を開けることができるような実力者に心当たりがあるかもしれない」

 

まあそんな人物がいたとて、基本的に幻想郷の存在自体知ることができないはずなので外の世界の術者というのはあまり考えられないのだけど…

とはいえ幻想郷内部の犯行だとするとそれはそれでまずい。

俺は紫が開けたスキマを通って幻想郷の端にある不動とチヌの家に向かった。

 


 

「不動、いるかー」

 

扉の前で声をかけると、家の中からガチャガチャ聞こえた後、扉が開いた。

 

「なんだい堀内。君がここに来るなんて」

「少しばかり情報が欲しい」

 

俺は家にあげてもらい、家の中でお茶を飲んでいたチヌにも合わせて話をする。何も関わっていないというのであれば詳細を話してしまっても問題ないだろう。

 

「なるほどね…先に言っておくけど、能力は使ってないよ」

「チヌが監視してるからそこは気にしてない。外の世界に幻想郷の結界を破れるような術師がまだいるのか?」

「…僕の知る限りはいない。僕だって能力で特殊閉鎖空間の開放をしながら見つけたくらいなのに、この大結界を破るのは現代の術者には無理だ。勿論、僕が知らない力を隠していた可能性はあるけどね」

 

過去にはかの安倍晴明のような高名な術者も存在したが、科学が発展した現代では中々優秀な術者は存在しない。妖怪の数が減っているのでそもそも術者になろうという人がいないのが現状だ。

となるとやはり内部犯か…幻想郷の妖怪が幻想郷を崩壊させようとする理由が分からないけど、異変は大抵こんな感じだった気もする。

俺が考え事をしていると、不動が立ち上がった。

 

「堀内、少し気になることがあるんだけど、八雲紫のところに案内してもらってもいいかな」

「それは構わないが…流石にお前でも博麗大結界の補修はできないだろ?」

「そっちじゃない…チヌ、ちょっと出かけてくるよ」

 

少し微笑みながら頷いたチヌ。どうやら関係は良好のようだ。

 

「堀内、行くよ」

「へいへい」

 

俺は不動を連れ立って紫のもとへと戻った。一体何が気になると言うのだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九十八話 流れ出る残滓

不動を連れて紫の元へと戻ってきた。まさか俺が不動を連れているとは思わなかったようで、流石の紫も驚いていた。

 

「やあ八雲紫。久方振りだね」

「ええそうね。何の用かしら?」

「なに、ちょっと調べることがあるだけさ」

 

そう言うと、不動は結界のある方へと近づいた。紫がいるおかげで、ここらへんの結界には簡単に干渉できるようになっているようだ。

動き出そうとする紫を手で制してから、不動の動きを見守った。能力を使うわけでもなく、ただ純粋に結界に触れて何かを調べているようだ。

しばらくすると不動は頷いて結界から手を離した。

 

「何かわかったのか?」

「ああ。はっきりと分かったよ。少なくとも、この結界が緩くなっている原因は分かった」

 

それはすごい。紫ですら分からなかったものを、不動が理解できたとなると中々のことだ。陰陽道の技術ってすごいんだなぁ…

不動はそのままこちらに、正確には俺の方に歩いてきた。

 

「原因は、君だ。堀内」

 

は?

 

「そんなわけないでしょ!ふざけないで!」

「まあまあ落ち着けよ八雲紫。君も、案外その可能性は考えていたんじゃないかな?」

「そ、そんなこと…」

 

不動の言葉に、言いよどむ紫。

俺が原因って、どういうことだ?

 

「順を追って話そう。一部は推測だが…堀内は幻想郷に入ってからその力を強くさせてきた。霊力やら魔力やらも増えたし、能力の使い方もワンランク上になったと言える。しかし、この幻想の力に支配された幻想郷においては、堀内の成長速度でも、まだ足りなかったらしい。堀内は気が付けていないだろうけど、君は少しずつ力の残滓のようなものを放出しているんだ」

 

幻想郷の生活の中で力が強くなったという意識はある。魔女の魂のおかげで魔力量が増えて、魔術は豊富に使えるようになったし、いくつもの力の同時使用もできるようになった。

しかし俺の体はそれ以上に強くなっていた…?分からなくはないが、自分じゃよく分からないな…

 

「君の力は、まあ基本的には悪影響はない。浄化の力なんかは、残滓程度であれば妖怪が消えることなく風邪にかかりにくい程度の効果しかないだろう。でも残滓程度でも大変なことになる力がある」

「…無効化、か」

「そうだ。どんな規模に対しても、霊力が足りていれば同等の効果が表れる。君の残滓が幻想郷に溜まった結果、幻想郷自体に満ちている霊力や妖力を消費して本来は必要のないことまで無効化していてもおかしくはない」

 

…そうか。その結果がこの博麗大結界の歪みか。

博麗大結界は相当な大きなの結界であり、例え俺が全霊力を消費したとて結界を完全に無効化することはできないだろう。しかし、幻想郷自体にも霊力というのは大量に内包されている。この場所自体が大きなタンクなのだ。

もし本当に俺の力が無意識に流れ出ていたとするならば…幻想郷に漂っていた霊力を消費していてもおかしくはない。

 

「じゃあ、結界を修繕するにはどうすればいいんだ?」

「手っ取り早いのは幻想郷から堀内が出ていくことだね。そうすれば八雲や博麗が結界を修繕するから、今まで通りに戻る」

 

それは…まあそれが一番か。

しかし紫が不動に食って掛かった。

 

「そんなのだめよ!こっちから招いておいて、だめになったから追い出すなんて…」

「そりゃそうさ。僕としてもチヌとの一件があるから、あまり邪険にすることはしたくない。ということで第二の解決法として、堀内が無意識にも力を垂れ流すことがないように完全にコントロールできるようになればいい」

 

紫が声を荒げるが、段々と声が小さくなり、顔を伏せてしまった。

残滓のようなものが流れ出ている原因は、俺の未熟さだ。俺がもっとこの能力を正しく完璧にコントロールすることができるようになれば、そういった本来は不要なものは流れ出ることはないだろう。

とはいえ一朝一夕でなんとかなるようなものではない。既に博麗大結界に不具合が生じているのだ。急がなければ俺が問題で、幻想郷が破綻しかねない。

また、博麗大結界が歪んでいるという問題のほかに、幻想郷内部に妖怪を送り込んでいるやつがいるという問題もある。そっちは未だに内部犯なのか外部犯なのかははっきりしていない。

 

「さて、これから先は堀内が決めることだ。僕は帰るよ」

「ああ、原因究明ありがとな」

「これも贖罪の一種さ。たまには歩いて帰るよ」

 

不動はそのまま森の奥に消えていった。あいつの能力は大体の妖怪に対してクリティカルとなるので問題ないだろう。

 

「定晴さん、えっと…」

「水那は気にするな。紫の手伝いをしててくれ」

 

今まで黙っていた水那が声をかけてくる。これは不動の言っていた通り、俺が決めることだ。まあ幻想郷自体に関わることだから紫にも決定権はあるだろう。

顔を伏せていた紫が、こちらを見た。

 

「定晴、あなたはどうする?」

「俺も今のところ幻想郷を出ていくって手段はとりたくないからな。なんとか能力をコントロールできるようになりたいが…」

 

どうすればいいのだろうか。まずそもそもとして幻想郷内ではあまり活動できない。幻想郷内で俺が能力を使うと、博麗大結界の解れが進行してしまう可能性がある。これ以上負担をかけることはできない。

しかし、外の世界では訓練はできないだろう。幻想郷のように、神秘と呼ばれるような力が満ちている場所でなければ十全な訓練はできない。

結界で覆われているという点では、冥界や地底も変わらないだろう。

 

「場所か…」

「訓練場所ってこと?」

「ああ。周囲に影響を及ぼすことがない、それでいて神秘の場所がいいんだが…」

 

今の時代、大抵の場所には神秘の力が存在しない。科学の力によって弱められた結果だ。

密林の奥地とか、誰も来ないような山奥とかには残っていることもあるが、そこだって幻想郷ほどの効果はない。

 

「…あの子に頼ろうかしら」

「ん?何か心当たりがあるのか?」

「ええ。あなたも会ったことあるはずよ」

 

会った?紫のように特殊な空間を作ることができるような人物ってことか?

ミキは違う。あいつが作る空間は、地球とは別の時空となってしまうので理が変わってしまう。しかしミキ以外に巨大な空間を保有している人物など知らないが…

 

「ついてきて。原因が分かった以上修繕してても意味ないわ。水那は神社に戻ってちょうだい。ルーミアと一緒に待機しておくこと」

「分かりました」

 

水那は飛んでいき、俺と紫はスキマに入り込んだ。

そういえばこのスキマの中はだめだろうか。でもこの空間がどういう場所なのか不明だから、もし残滓によった不具合が発生したとき何が起こるか分からないな。やはりだめか。

スキマから出た先には、森の中の家の前だった。

 

「アリス?」

「ええ。私が頼むより、この子から頼んでくれた方が多分早いから」

 

俺が疑問に思っている間に、紫は家の扉をノックしている。アリスは在宅だったらしく、すぐに出てきた。

 

「八雲紫?それに定晴さんじゃない」

「香霖堂で会った時振りだな。布を分けてくれて助かったよ。外の世界の布は活用できたか?」

「ええ。面白い子も作れたわ」

 

それはよかった。

クッションとしての世間話をしたところで、紫が本題に入った。

 

「アリス、あなたのお母さんに連絡を取りたいんだけど」

「………なんで?」

「少々問題が発生してね。幻想郷の存続に関わる問題よ」

「それは少々とは言わないでしょ…分かったわ。仕方ないわね。あと神綺様はお母さんじゃないわよ。お母さんみたいなものだけど」

 

そう言うとアリスは家の奥へと入っていった。

神綺…?ああ、そうだ。外の世界に行ったときに、迷い込んだ世界にいた人だ。確かあそこは魔界だったな。魔界なら条件は満たしているが…大丈夫だろうか。

アリスは水晶玉みたいなものを持ってきて紫に聞いた。

 

「あなたならスキマ使って魔界にも行けるでしょ?」

「過去に問題があったからね。まああとあれよ、たまには親に連絡しなさいな」

「だから親じゃないって…っと、神綺様?」

 

どうやら水晶玉は通信器具だったようだ。いいな、それ俺も欲しい。電波がない幻想郷で遠距離通信方法というのは限られているからな。ルーミアとユズになら式神通信でなんとかなるんだが…

 

「これってどこに繋がってるんだ?」

「魔界のどこかよ。でも神綺様は魔界の神様だから多分これで繋がるはずなんだけど…」

 

待つこと数十秒。水晶玉から声が聞こえた。

 

『アリスちゃん!アリスちゃんね!元気だった!?』

「ええ、元気よ。用があるのは私じゃないのよ」

『あらそうなの?じゃあだぁれ?』

「私よ神綺。元気そうね」

 

俺が知っている神綺に比べて随分と声が溌剌としていた。久しぶりに子供に会えた喜び、なのだろうか。

 

『紫じゃないの。何か?』

「ちょっと頼みたいことがあるのよ…」

 

紫は現在の幻想郷の状況と、目的を話した。一応会ったことはあるけど、俺のこと覚えてるのか?

 

『いいわよ。別に減るもんじゃないし』

「助かるわ」

『交換条件として、アリスちゃんも連れてきて!それじゃ』

「ええ!?神綺様!」

 

水晶玉から声が聞こえなくなった。神綺が移動したのだろう。

アリスが無言だ。そして真顔である。急に来た紫に急に要件を伝えられて、そして急に魔界に戻ることになったとなればそうなるのも無理はない。

 

「ええっと…じゃあアリスには定晴の魔法の修行の手伝いもしてもらおうかしら。お礼に外の世界の布をあげるわ。上海とかオランダの本場の布も欲しくない?」

「…はぁ、仕方ないわ。こうなればヤケよ」

「すまんなアリス」

「気にしないで」

 

こうして俺とアリスは、魔界に行くことになったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二百九十九話 魔界へ

俺は一度博麗神社へ移動した。そこで俺を出迎えてくれたのは霊夢とルーミアだった。

 

「霊夢、起きたのか」

「ええ。詳しくは聞いてないんだけど、何があったのかしら?」

 

俺は包み隠さず事情を説明した。霊夢の異常の原因と、俺の責任について。

 

「先に言っておくわね。定晴さんに責任はないわ」

「いや、しかし…」

「確かに及ぼしてる影響は大きいけど…自分でなんとかしようとしてるんでしょ?なら大丈夫よ」

 

霊夢は弁護してくれた。さっきまで自分に影響があったというのに、優しい子だ。

あと、俺とアリスが魔界に行くことになったことも言った。すると、打って変わって霊夢は暗い表情をした。

 

「ああ…うん、まあいいんじゃない」

「魔界に何かあるのか?」

「いえ。ただ、魔界の住民は全然言うことを聞かないから注意してね」

 

落ちたトーンでそう話す霊夢。過去に一体何があったというのだろうか。魔界って、そこまで魔境なのだろうか。見た目は、確かに地上とは違ったけど。

 

「一度帰るのよね」

「ああ。準備をしたら明日にでも行く予定だ。迷惑をかけたな」

「あれくらいは迷惑に入らないわ」

 

霊夢の淡泊な性格が今は嬉しい。責めるでのはなく、優しくするのではなく、ただ淡泊にいつも通りの対応をしてくれることがとてもありがたい。

俺はルーミアを連れて家に帰った。そして、ユズにも同じ話をした。その返答がこれだ。

 

「私も行きます!」

「あ、私も行くわよ」

「いやいや、ちょっと待て」

 

話し終えた途端に、ユズは自分も魔界へ行くと立候補をした。それに同調するように言葉を継いだのはルーミア。

今回は俺の問題だし、魔界に何があるのか分からないと説明しても二人は首を振らない。

 

「だってご主人様を一人にしたらまた問題が起きたときに対応できないでしょ?」

「それに、私も強くなりたいです」

 

二人は魔界に来るつもり満々らしい。

俺に止める権利はないけど、流石にちょっと気が引けてしまう。二人には関係ない話だしな…

 

「…ご主人様」

 

ルーミアが近づいてきて、耳元で囁いた。ちょっとくすぐったいのだけど。

 

「ご主人様はこういうときに一人になろうとしたがるから。絶対に私たちは行くからね。あなたを一人にはしないわ」

 

それだけ言ってルーミアは自分の部屋へと戻っていった。なんとなく耳が赤かったから恥ずかしくなったのだろう。たまにああいった妖艶な言葉を吐くくせに言ったあとに恥ずかしくなるのはどうなのだろう。

 

「えっと…私はもっと強くなりたいんです。不動さんの下にいたときは強かったんですよね?」

「ああ、強かった」

 

あの強さが本来のユズ由来のものなのか、不動によるものなのかは分からない。しかしあの強さを引き出すことができるポテンシャルは間違いなくあるはずなのだ。

幾度も死んだ並行世界で、俺たちはユズに何度も敗北している。天子という仲間を得たおかげで正史でなんとか勝つことはできたけど、俺や霊夢が単独で挑むとまず死ぬような相手だった。

 

「私も、ルーミアさんみたいに定晴さんに頼られたいんです」

「そうは言ってもな…」

「絶対に行きますからね!」

 

ユズも自分の部屋へと戻っていった。珍しくユズも引く気はないようだ。

絶対に来てはいけないというわけではないのだし、ここで俺が引き止める労力を費やすくらいなら二人も連れて行って特訓させた方が利益がありそうだな。

 

「さて…そういえば何が必要か聞いてなかったな」

 

俺は紫を呼び出して、明日の準備を進めるのであった。

 


 

俺たちはアリスの家の前に来ていた。紫の結界経由ではなく、アリスの案内で魔界に行くからだ。

最初は紫のスキマで行こうと考えていたのだが、魔界に行く方法も知っていた方がいいと言われたので、こうして自分の体で移動することにしたのだ。

 

「じゃあ出発よ」

「了解」

 

アリスが億劫そうに飛び立つ。俺たちもそれについていく。幻想郷のとある場所に、違和感のある穴があった。

 

「ここが、魔界への出入り口よ。昔神綺様が別のところを封じたんだけど、魔界人がここに穴を開けたらしいわ」

 

そう簡単に時空間に穴は開かないってミキは言っていたんだけどなぁ…もしかしたら幻想郷と魔界は時空距離がとても近いのかもしれない。

幻想郷の地下には地底世界があるので、幻想郷と魔界が物理的に近いわけではないのは確認済みである。

 

「じゃ、行くわよ」

 

アリスと共に穴に入っていく。

穴の中は、地底へと続く縦穴と似たようなものだった。この幻想郷と魔界の間を繋ぐトンネルの側面を破壊したらどうなるのだろう。紫のスキマみたいな、正真正銘の隙間に落ちてしまうのだろうか。

紫のスキマから自力で脱出することは、ミキのような時空転移ができないと不可能である。となると、ここの横にあると思われる隙間からも自力で脱出することはできないだろう。

少し怖くなりつつ進むと、とうとう開けた空間に出た。光景は違うけど、この空気はあの時に知っている。

 

「来たのだー」

「ここが魔界ですね…」

「いらっしゃい…って、私が言うのは変だけど。魔界へようこそ」

 

幻想郷とは違う空、違う地面。

あの時は正体不明の金属とか物質があったけど、ここの土壌もまた正体不明だろう。学者たちをここに連れてきたら発狂しそうだな。

 

「まずは神綺様のところへ行くわよ」

 

神綺はパンデモニウムというところにいるらしい。

日本語ではよく万魔殿と書かれるが、悪魔とかが多く住んでいる場所のことらしい。魔界にはピッタリの名前だな。

寒い雪エリアを通り抜けると、大きな建物が見えた。これがパンデモニウムか。

パンデモニウムの入口らしきところに降り立つ。そこには一人のメイドが立っていた。やはり大きな建物にはメイドは一人はいるものなんだな。

 

「あ、夢子ちゃん。久しぶりね」

「お久しぶりですアリスさん。皆さんも、ようこそいらっしゃいました。神綺様はこちらです」

 

メイドの夢子、とのことだが…この子も絶対戦闘できるタイプだな。魔力がやたらと多い。

幻想郷は問題児が多いからか、ただの使用人でも人並みには戦えないと務まらないようだ。これでいて多分メイドとしての給仕もしっかり出来るんだろうからすごい。

 

「アリスはここに住んでたのか?」

「そんなわけないじゃない。私は魔界人ではあるけど、ちゃんと人間なのよ?」

「それは失礼した」

 

魔界人とただの人間の違いは目では分からない。

ただし、見る人が見れば、その体を構成している力の差に気が付くだろう。やはり魔界人は魔力で支えられている。神綺からはあまり魔力自体は感じなかったから、あっちは神力なのかな?

 

「いらっしゃーい!」

 

大きめの扉を開くと、その奥から声がした。

神綺、魔界の主である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百話 魔界訓練

「魔界はどうかしら。いいところじゃない?」

 

俺の目を見てそう訊ねてくる神綺。

いいところ…なのかもしれないけど、地上の空気に慣れている俺には少し特殊に感じる。まあ訓練するにはちょうどいい場所だとは思うけど。

 

「いい場所だ」

「そう、喜んでもらえてよかったわ」

 

微笑む神綺。紫と似た雰囲気を感じるものの、紫と違って胡散臭くないのが高評価だな。

目線を横にずらして、今度は神綺がアリスを見た。

 

「なんで魔界に中々帰ってこないのよー」

「えぇ、だって…」

「だっても何も、私たちはいつでも待ってるのよー!」

 

…雰囲気がガラッと変わったな。

俺に対しては、ちょっと荘厳な感じもあったのだが、アリスに対しては、本当に母親みたいな雰囲気だ。アリスは頑なに母親だと認めないけど、魔界を作った神であるならば、魔界に住んでいる者すべての母とも言えるのかもしれないな。

 

「まあいいわ…夢子ちゃん、用意しておいた場所に案内してあげてちょうだい」

「かしこまりました」

 

夢子が手招きするので俺たちはそれについていく。

アリスも一緒に来ようとしたら、アリスは神綺に捕まった。魔法だかなんだか分からないけど、特殊な術でアリスの腕が捕らえられている。

 

「アリスちゃんはこっちよ」

「え、ちょっと!」

「話したいこともいっぱいあるのよー!」

 

アリスは神綺に引っ張られて奥の部屋へと消えていった。大丈夫だろうか…

まあ神綺はアリスに対して随分とお節介な感じなので、多分母親みたいな感じで接するのだろう。多分この魔界で神綺から逃げることはできないだろうから、アリスも渋々付き合うほかあるまい。

俺たちはそんなアリスと別れて、パンデモニウムの廊下を歩く。

 

「さて、私は夢子と申します。神綺様より、色々と便宜を図るようにと」

「そうなのか。俺は堀内定晴だ」

「私はルーミアなのだー」

「…ユズ、です…」

 

夢子の服はメイド服。ただし、紅魔館で咲夜が着ているやつに比べると、ちょっと明るいイメージだ。夢子の髪が明るい黄色っぽい色なので、赤を基調としたメイド服によく似合っている。

夢子も戦闘でナイフを使うのだろうか。咲夜のように、暗器を色々と服の内側に仕込んでいるのだろうか…

 

「定晴様は、しばらくここで寝泊まりすることになります。お部屋はこちらです。式神のお二人はその隣の部屋でございます」

 

二人が付いてくることは、紫を通して昨日伝えておいた。

パンデモニウムも紅魔館のような感じなので、それなりに慣れるな。数日でいつもと変わらない生活を送ることができるようになるだろう。

また、夢子から日頃の生活についてのあれこれも説明してもらった。基本的に食事や風呂などは自由らしい。ただし、食料は用意するけど料理は俺たちに任せるみたいだ。

俺自身はあまり現在の幻想郷に行かない方がいいので、地上に用事があるときは式神の二人を使いにすればいいだろう。

 

「そして、訓練などはここで行ってください」

 

続いて夢子に案内されたのは、広い平野。パンデモニウムの裏にある広い空間だ。

ここは自由に使っていいらしく、また、タイミングが合えば夢子などが模擬戦もしてくれるらしい。

戦闘力だけではなく、能力全てを上げるためにここには来ているが、戦闘は色々と力になるのでありがたい。いつも同じ相手ばかりだと訛ってしまうからな。

 

「それでは。ご用があればお呼びください」

 

そう言って夢子はパンデモニウムの中に戻っていった。

アリスがいつ解放されるのか分からないが、俺たちはこれから自由時間ということだな。俺の能力が幻想郷に影響を及ばすことがないように、力を鍛える必要がある。

 

「さ、やりましょ」

「おー…!」

 

ルーミアとユズもやる気みたいだ。

尚、妖夢との訓練は俺が魔界にいる間も継続される。俺が魔界にいる間は、紫のスキマを使って妖夢をこちらに連れてきて訓練することになった。

霊夢と魔理沙は魔界に来たことがあるらしいが、それ以外の幻想郷の住人はほとんど魔界に来たことがないらしいので、妖夢にとっても新鮮な訓練となるだろう。

 

「それにしても…ご主人様はどうやって能力を鍛えるの?取り敢えずは無効化の力でしょ?」

「そうなるな。まずは無効化のきちんと制御できるようになる必要がある」

 

現在の幻想郷に最も影響しているのは無効化の力だ。これをなんとかできなければ、他の力の制御が上手になったところで意味はないだろう。

 

「力の訓練ってどうするのよ」

「まあ…実直に考えれば、使いまくることだな」

 

あまり一つのことに対しての訓練をしたことがなかったので、どうすればいいのかはよく分かっていない。

とはいえ、使い続ければきっと上手になるだろう。ここでパワーアップすることは悪いことではないし。

 

「じゃあ…」

 

ルーミアが、付けているリボンを外した。

ルーミアの妖力が一気に上がり、体が少し成長する。

 

「私の影、徹底的に無効化してもらいましょうか」

 

触手のように影が生える。すべてルーミアが操っている、能力による生成物らしい。

 

「では、私も弾を撃ちます!」

 

ユズも飛び上がり、弾幕ごっこで使われる弾を生成した。

ルーミアの影と、ユズの弾…相手にとって不足はないな。

 

「さあ!出来るもんならやってみなさい!」

「えーい!」

 

二人が俺に攻撃を始めた。

触手は一本一本が独立しているらしく、無効化を使っても一本しか消えない。能力に対して無効化を使えば全部消えるだろうけど、それでは訓練の意味がないからな。

ユズの弾は無効化が間に合わなければ回避する。無効化を使ったあとに硬直時間があるので、飛んでくる攻撃をすべて無効化することはできないのだ。

俺が無効化を使いながら戦うときと同じように、動きながら無効化を使えば回避することができる。しかし、三秒の硬直時間でどれくらい移動するのかを計算してからじゃないと被弾してしまうので結構頭も使う。

俺は二人の猛攻をひたすら回避するのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百一話 そのころ地上では

「えー!お兄様いないのー!?」

 

私はこっそり紅魔館を抜け出し、お兄様の家までやってきた。しかし、訪ねても誰もいなかったので、お隣さんである博麗神社に来てみると、お兄様はしばらくいないらしい。

 

「どこにいるのかしら」

「あなたが知るところじゃないわ。諦めなさい」

「えー!会いたいよー!」

 

折角新しい日傘を差してやってきたのだ。お兄様の姿を見なければ…

 

「…あなた、いつからそんな恋焦がれるような表情をするようになったの?」

「はい?!」

 

恋焦がれてなんて…して、る、けど…そんな表情に出るような無様なことはしてないはず。

私は、お兄様への想いを再確認したあと、中々会うことができずに悶々としていた。確かに、恋焦がれてもおかしくはないし、今も頭の中はお兄様のことでいっぱいだけど、まさかそんな…

 

「ともかく、定晴さんはしばらくいないから、諦めてちょうだい」

「しばらくって、どれくらいよ」

「分からないわ。あっちの都合だし」

 

霊夢は意地悪だ。お兄様がどこにいるのか知ってるくせに、それを私に教えてくれない。

紅魔館に戻ったら、勝手に出て行ったことをお姉さまに怒られるのだから、お兄様に会って私のモチベーションを上げないとやってられないと言うのに…

霊夢としばらく問答をしていると、別の子が博麗神社にやってきた。

 

「霊夢ー!あたいが遊びに来たぞー!」

「失礼します、霊夢さん」

 

チルノと大妖精だ。たまーに、霧の湖で一緒に遊ぶのでよく知っている。

 

「お、フランもいるのか!一緒に遊ぶかー?」

 

チルノは私を下に見下している。私の方が絶対年上なんだけど…

でも、それで怒ったりはしない。ここで微笑ましく対応するのが、本物の大人ってわけよ。約五百歳の貫禄を見せてあげるわ。

 

「私は、お兄様…定晴さんに会いに来たのよ」

「さでゃ!?」

 

なぜか、チルノが固まった。そしてみるみるうちに顔が赤くなっていき、大妖精の後ろに隠れてしまった。あれ?

 

「あははぁ…チルノちゃんは、今はちょっと定晴さんに対して複雑なので…ごめんなさい」

 

…んー。

なんとなーく、同類の気がするけど、どうかな。恋敵に敏感だとかなんだとかを小説で読んだことがあったけど、その感覚を実感してる。

でも、お兄様はロリコンじゃないからチルノや私が一気に詰めるっていうのはできないので安心。いや、私に関してはあまり安心できないけど、そんな急速な発展は望んでないので。まずはこの兄妹という形から、異性として意識してもらうまで頑張らないといけない。

 

「…遊ぶなら別のところに行きなさいよ…」

 

霊夢が、ため息をついていた。

 


 

幽々子様が西行妖の様子を見に行かれている間、私は白玉楼の庭で鍛錬の時間となる。

本来は、ちゃんと護衛をしないといけないのだけど、正直言って冥界だと私よりも幽々子様の方が何倍も強いので意味がないのだ。祖父くらい強くならなければ護衛などやっても無用の長物となってしまうだろう。

 

「五百六十三…五百六十四…」

 

私はひたすら素振りをする。すべての基本は踏み込みと素振りから。

定晴さんは現在魔界というところにいるらしい。私の修練はしばらくそこで行うのだという。魔界に行くのは初めてなので緊張してしまう。しかし、今までとは違う特殊な環境での修練にも重要な意味があるので、これを機にしっかりと引き締めるつもりだ。

私よりも強い定晴さんは、未だに発展途上なのだという。彼が目標としている人物は、ミキさんらしい。ミキさんとは、辻斬り的に戦ったことがあるけど、確かにあれは化け物だ。ミキさんは魔法を使えるらしいけど、私は体捌きと剣術だけでなすすべなく圧倒されたのだった。

私ももっと精進しなければならない。

 

「五百九十九…六百!」

 

素振り、六百回を終える頃、幽々子様がお戻りになった。

 

「妖夢ー」

「幽々子様、どうされました?まさか西行妖が…?」

「あ、そうじゃなくて」

 

何やら妙にニコニコしながらこちらに近付いてくる。

 

「妖夢も、魔界の方で生活しない?」

「はい?」

 

何を言っているのだろう。

 

「ほら、紫に毎回頼むのも申し訳ないじゃない?魔界で暮らせばすぐに教練できるしー、いつもと違う環境だから…」

 

 

「私がいないときは勝手におやつを食べないように鍵をかけておきますからね」

「酷いわ妖夢!それじゃ意味がないじゃない!」

 

そんなことだろうと思った。

確かに、いつもと違う環境での教練というのは新鮮だし発見もあるだろう。しかし、それで庭師かつ剣術指南の私が白玉楼からいなくなってしまうのはだめだ。私の矜持に関わる。

 

「行きませんからね」

「えぇ~」

 


 

「ルナ、あの人に会った?」

「会ってないわ。怒られるってわけじゃないならいいんじゃない?」

「サニーが怖がるのは分かる。なんか怖かったよね」

 

博麗神社の裏山の中にあるとある木の幹。そこに私たちは集まっていた。異変を起こす前に人間によって阻止された妖精異変の反省会をするためだ。

 

「そもそも私たちを殺すことなんてできないんだから、心配しないでいいわよ」

「一回休みの特権だよね」

「でも怖かったよね…」

 

サニーが怯えている。

あの時私たちには協力者がいた。クラウンピースを連れてきたのも彼女だ。

その人と話すときは、逆らう気が一切起きなかった。怖かった…と今の私たちは思っているけど、当時はあまり怖いとは思っていなかったような気もする。でも、私たちは妖精らしくなく、一切反抗せずに計画を受け入れたのは事実なのだ。

 

「あの人のことはいい!今度はあの人間に邪魔されないような計画を立てるわよ!」

「たしかに」

「あの人間強かったもんね」

 

とはいえ私たちは妖精。過去のことは振り返らない。

あの堀内定晴とかいう人間に邪魔されないためにもっと計画を練らなければいけない。私たちの悪戯はまだ失敗していない!

 


 

「アリスー、遊びに来たぞー!」

 

私は、広く見積もったときのお隣さんであるアリスの家に来ていた。

美味しいお茶でも貰えれば今日の目的は達成だぜ。

 

「アリスー、いないのかー?」

 

アリスが出かけていることは少ない。行先も、香霖堂か紅魔館かくらいである。

なので呼びかければ出てくるんだけど…居留守かー?この魔理沙様に向かって居留守を使うなんて舐められたものだぜ。

 

「マスパを家にぶつけるぞー!」

 

脅しだ。脅しだけど、出てこないなら本当に撃つつもりだ。

私が脅すと、やっと扉が開いた。しかし、出てきたのはアリスではなく人形だった。しかもアリスが操っているものではなく、命令された動きを繰り返すタイプみたいだ。

 

「なになに…魔界に行ってます…?なんじゃそりゃー!」

 

面白いことになっている。

にしても今更魔界なんて…里帰りか?アリスは幻想郷に住むようになってから魔界には行ってないっぽいけど、たまに帰りたくもなるか。私は実家に帰りたくなる感覚なんて分からないけどな!

まあ私も知らないところじゃないし…

 

「今行くぞー!」

 

私は箒に跨りなおして、すぐさま魔界に向かって出発したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二話 霊力と妖力

魔界に来た次の日。俺たち三人は朝ごはんを作っていた。

食材は地上で採れるものを多く使っているので、いつも食事とそんなに変わらない…のだが、なんか知らないけど魔界らしい調味料がいくつかあるせいで、色合いがよろしくないことになっている。

 

「青いパンって…大丈夫かしら」

「焼く前は普通だったのに、トーストしたら青くなりましたね」

「食欲はお世辞にもそそられるとは言えないが、ちゃんと食べられるだろう」

 

俺たちがいるのは小さめのダイニングキッチンだ。まさか魔界にダイニングキッチンがあるとは思わなかったけど、ちょうどいい大きさだったので助かっている。

ここには俺たち三人しかいないので、料理を見て戦々恐々している姿は誰も見ていない。アリスはどうやらまだあと数日は帰れないらしい。アリスは俺の案内人だったので、魔界に来て用事を済ませたらすぐに帰れるはずだったのだけど…アリスには悪いことをしたかな。

 

「「「いただきます」」」

 

青いパンを口に含む。夢子から勧められたよく分からない調味料を使ったら、こんな色になってしまったのだ。

…美味いな。

 

「あら、意外と美味しい」

「ちょっと甘めですかね」

 

どうやら調味料は、砂糖の類だったらしい。何から採れば青い砂糖が生まれるのかは不明である。

そんな感じで、菓子パンのような朝食を終えたら、外に出る。魔界に来た目的は、ここで訓練をするためだからな。

 

「やっぱご主人様は無効化の訓練を先にする方がいいわけでしょ?昨日みたいなやつよりも、でっかい妖力弾を作ってそれを消してもらう練習の方がいいのかしら」

 

俺の無効化の霊力消費量は、対象が大きければ大きいほど増える。この大きさというのは、体積とか質量の話ではなく…ミキ曰く概念世界における存在比らしい。

例えを出すと、家の大きさの霊力弾と、家の大きさの複雑な結界だと、当然結界の方が消費霊力は多い。また、風邪をひいたという事象と、致死性の毒を飲んだという事象だと、毒の方が消費霊力が多い。

要は、世界に働きかける大きさが、そのまま霊力消費量になるらしい。俺もよく分かってない。

 

「あ、じゃあこうしましょう。ユズ、あなたはもっと戦えるようになりたいのよね?」

「はい!定晴さんの役に立ちたいです!」

「だったらその妖力の磨かないといけないわね。だから…あなたが制御できるギリギリまで大きい妖力弾を作りなさい。制御できなくなったら、ご主人様に無効化してもらえばいいわ。ユズがそうしている間に、私とご主人様も制御訓練でもしましょうか」

 

ルーミアによって、スケジュールが決まっていく。ルーミアって子供状態だとバカっぽいんだけど、実際のところ大妖怪に恥じない明晰さがあるんだよな。

というわけで、ユズは大きな弾を作ることにしたようだ。ぐんぐんと大きくなっていくが、ある一定のラインを越えたあたりで膨張が止まった。

 

「風船をイメージするのよ」

 

ルーミアの指導が入る。

俺もユズを横目に見つつ、妖力の弾を作り上げる。俺の中には、ルーミアと、最近式神になったユズの妖力が流れているので、こうして妖力弾を作れるようになったのだ。もしかしたらどこかで使う機会があるかもしれない。

 

「ご主人様は、もうちょっと抑えなさい。制御できる範囲を越えたら爆発するわよ?」

 

妖力の扱いで言うと、この中ではルーミアが最も上手だ。流石大妖怪。封印されただけのことはある。

ユズは力を込めることに、俺は制御することに苦労する。霊力と同じように扱えると思うのだけど、霊力に比べて妖力は騒がしいのだ。中々難しい…

 

「あっ!?」

 

ユズの弾の形が崩壊した。このままでは破裂してしまうというところで…

 

「無効化!」

 

妖力弾は消え去った。しかし、無効化を使ったせいで俺の妖力弾が破裂してしまい、ついでに三秒のクールタイムのせいで俺の妖力弾に無効化を使うことができず、直撃を食らってしまった。

 

「ぐはっ」

「大丈夫?」

「定晴さん、大丈夫ですか…?」

「うん、まあ」

 

俺は再生を自分にかける。攻撃性は全く加えていないので、直撃したとて石を投げつけられた程度の衝撃しかない。とはいえ痛いのは痛いので、再生で治しておく。

 

「ご主人様はもっと妖力を扱うことに慣れた方がいいわね。このままだと、実戦で自爆するわよ?」

「それは分かってるんだが…妖力が思いのほか暴れるんだ。霊力だともうちょっと静かなんだがな…」

 

これはあまり言葉で表すことができない感覚ではあるのだけど、霊力が湖の水面という感じに対して、妖力は大荒れの海のような感じなのだ。制御の難易度の違いが分かるだろう。

 

「それはやっぱり、妖力がご主人様のものじゃないからでしょうね…ちょっと失礼」

 

ルーミアが俺の手を握って、妖力を流してきた。流れてくる妖力も、やはり荒れている。ただ単に消費して技を出すくらいなら問題ないのだけど、制御となると難しそうだ。

 

「ご主人様、よく感じて。確かにこの妖力は私のものであって、ご主人様のものじゃないわ。でもね、式神として繋がっている以上、あなたのものだと捉えることもできるの」

「俺の?」

「そう。拒んじゃ駄目よ」

 

うーむ、精神論的な話だとちょっと難しいなぁ。

俺は元より霊力しか扱ってこなかったわけだし、妖力を操るのは俺の範疇にはないような気もする。

 

「ミキは妖力も扱えていたわよ。あいつにできて、ご主人様にできないはずがないじゃない」

「いや、それはどうだろう」

 

俺神様じゃないし。ミキって元々は人間だとしても、何かと規格外だし。一晩で幻想郷の季節を冬から春に変えられるようなやつだぞ。

とはいえ、別種族でも妖力を扱えるという前例としては最適なような気もする。あいつは特定種族ってわけじゃないから、妖怪ではないことは確実だし。

 

「わ、私も手伝います!」

 

妖力弾を膨らませていたユズがこっちに合流してきた。

そしてルーミアと同じように俺の体に妖力を流し込み始める。妖力という意味では同じだけど、質がちょっと違う。それが混ざったおかげで、ある意味分かるようになってきた気がする。逆位相の波同士を重ねたときのように、波が穏やかになっているような気がする。

俺の体に流れている妖力を感じる。

 

「そうよご主人様、そのまま」

「定晴さん、その調子です」

 

なんとなく掴めてきたような気がする。依然として暴れ馬のような感じではあるけど、それにしがみつく騎手のような立場だ。

なんとか宥めて、妖力弾を形成する。先ほどよりも制御ができているおかげで、先ほどよりも大きな弾を作ることができている。これを…撃ちだす!

 

「「おお!」」

 

俺の声と、ユズの声が重なる。俺が発射した妖力弾は、ある程度飛んでいった先で破裂したのだった。

 

「流石ね。ご主人様は既に色んな力を操れるんだから、今更妖力が増えたところで変わらないわよ」

 

と言うルーミアも満足そうだ。

それじゃあもうちょっと妖力の練習をしようとしたとき、声がかかった。

 

「さーだーはーるー!!!」

「は?ぐほっ…」

 

俺が振り向く前に、背中に棒状のものが突き刺さった。身体強化を使う暇もなく、俺は吹き飛ばされて壁に激突した。

 

「定晴さん!大丈夫ですか!?」

「…魔理沙、覚悟…!」

「ルーミア?は、なんだその威圧感、うわああ!」

 

黒白魔法使いは吹き飛ばされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三話 魔理沙の師匠的な

「痛いんだぜ…なんでこんなことに…」

「お前が悪いだろ」

 

白黒魔法使いもとい、魔理沙に再生をかけてやる。とはいえ、突っ込んできたこいつが悪いので怪我の治療だけだ。

俺が吹き飛ばされたからか、ルーミアもユズも機嫌が悪い。うーむ、反応速度や能力の発動時間も修行した方がいいなぁ…

 

「で、魔理沙、何しに来た?というかどうやって来た?」

「アリスがここにいるってんで遊びに来ただけだ。私は魔界は初めてじゃないからな。むしろ、定晴たちがここにいたことの方が驚きだぜ」

 

俺は掻い摘んでここに来た目的を話した。幻想郷の結界とかの話はしない。魔理沙の場合は引っ掻き回すかもしれないからだ。流石に幻想郷自体に関わってくるから悪乗りはしないと思うけど、一応ね。

 

「なるほどぉ。じゃあアリスはこん中か」

「そうだな。何をしてるから俺も知らないぞ?」

「それはいいぜ。本人に直接聞いてくるからなー!」

 

箒に跨ってパンデモニウムの中に突っ込んでいった。

廊下が広いとはいえ飛んで中に突っ込むのはどうなのだろう…ああでも、魔理沙は紅魔館とかでも飛び回ってたわ。

取り敢えず俺は修行を再開する。ルーミアとユズが不機嫌なので、それにも対応しつつなのでちょっと疲れる。

 

「私はこんなの頼んでないんだけど~」

 

しばらくして…魔理沙が神綺に捕まった状態で出てきた。神綺の後ろにはアリスの夢子の姿がある。

 

「放せー!私と正々堂々勝負しろー!」

 

魔理沙が暴れているが、何かしらの術で拘束されているらしく、神綺は苦にせず首根っこを捕まえたままだ。翼っぽいのが神綺から生えているのだけど、あれ自前なのかな。

 

「あの小っちゃいのがこんなになってねぇ」

「私は!もう酒も飲める歳だ!」

 

尚外の世界の基準だとまだ未成年だよ。

 

「私からすればどっちも子供よ。まったく…」

「このクソ神め!」

 

地面にドスンと魔理沙が落ちた。その時に同時に拘束は解けたようだ。

結構勢いよく尻もちをついたので、魔理沙はしきりにお尻をさすっている。あれは…再生はなしでいいだろう。

 

「魔理沙は神綺と知り合いなのか?」

「いててぇ…昔にここに観光に来たことがあったんだぜ。その時はまだスペルカードルールがなかったからなぁ…だから再戦しようとしたら、これだ!酷いと思わないか?」

 

スペルカードは霊夢が作ったものだ。しかも、それなりに最近に作られたルールらしく、幼い霊夢や魔理沙が活動していた頃にはなかったのだろう。

確かにスペルカードルールならば、人間と神でも対等に戦えるけど…神綺がそれを受ける理由はないな。

 

「うーん…そうだ、せっかくだからあの子も呼びましょう」

「あの子?」

「そうよ。貴女が慕っているあの…」

 

神綺がそこまで言ったとき、魔理沙は急いだ様子で箒に跨って飛び上がった。しかし、それを神綺は撃ち落とす。

 

「待った!あの人はダメだ!」

「逃げちゃだめよー」

 

神綺がまたもや魔理沙を拘束した。

随分とジタバタ暴れているが、一体誰が来るのだろうか。

 

「…あ、あの人ね」

「アリス、知ってるのか?」

「ええ、まあ…」

 

どうやら歯切れが悪い。

魔理沙がジタバタしているのを横目に見ながら、妖力弾を作ること五分。思った以上に早く当人は到着したのだった。

 

「…懐かしい顔じゃない、魔理沙」

「み、魅魔様…」

 

やってきたのは幽霊…幽霊?

うーむ、まあ幻想郷なので今更幽霊がしっかりとした実体を持って行動していることに疑問は持たない。その幽霊に対して、魔理沙が恐れおののいたような顔をしていることには気になるけど。

 

「ん?そっちの人間は誰だい?」

 

あ、こっち向いた。

 

「俺は堀内定晴、ちゃんと人間だ」

「私はルーミア」

「ユ、ユズ…です…」

 

取り敢えずの自己紹介。なんかあっても、自己紹介をしておけばなんとかなる。

 

「私は魅魔。ちょっとした幽霊だよ」

 

青い服と帽子、そしてなんといっても幽霊らしいウニョウニョした足。

どうやら彼女が魔理沙の慕っていた相手らしい。幽霊を師匠とする考え方はちょっと分からない。

 

「ふーむ、面白いわ。魔理沙とは仲良くしてくれているのかい?」

「そうだな。弾幕ごっこの相手とかにもよくなる」

 

霊夢と魔理沙は、異変解決の二大巨塔とも言えるが、霊夢は怠けたがりの性格のせいで弾幕ごっこの相手になることは中々ない。

しかし、魔理沙は何気に努力型なので、よく弾幕ごっこの相手になるのだ。弾幕ごっこではないガチ戦闘がやたらと多い俺からすれば、魔理沙のような相手にはとてもありがたい。

余談だが、男性の俺が弾幕ごっこをすることについて魔理沙に訊いたことがあるのだが、むしろ何でやらないんだと言われた。霊夢に言われた男性は弾幕ごっこをしないという言葉に少し引きずられていた俺には、とてもいい清涼剤となった。

 

「そういえば地上には弾幕ごっこなんてあったなぁ、靈夢が作ったとかなんとか…」

「霊夢も知ってるのか?」

「ん?私は靈夢と長い付き合いだぞ?なんならそこの魔理沙よりも付き合いは長いはずだわ」

 

おおう、どうやら幼い頃からの霊夢の知り合いらしい。それはすごい。

 

「まあ、私も魔理沙も最初は敵だったが」

「懐かしいぜ。突然霊夢が殴りこんでくるから…」

 

どうやら、霊夢の性格は長年経った今でもそう変わっていないらしい。ただ、話を聞いてみると、今よりは弱かったらしく、陰陽玉を上手く操れずに戦っていたらしい。

 

「にしても、神綺から急に連絡があってびっくりしたけれど…魔理沙、もっと顔を出してもいいんだよ?」

「地上にも強いやつはいっぱいいるからな。魅魔様は地上に来たり…」

「たまに行ってるわ。暇だから」

 

この幽霊、暇らしい。

うーん、にしても魔理沙にも師匠のような存在がいたとは思わなかったな。魔理沙が慕っているということは、魅魔も魔法が得意ということなのだろうか。

 

「ん?あなたは訓練中かい?」

「ああ、そうだが」

「どれ、私が見てあげよう」

 

その日は、そのまま魔力の扱い方を魅魔に教わった。意外と教えるの上手いんだなぁ…




旧作東方の情報を仕入れている人には言うまでもないと思いますが、魅魔の「靈夢」呼びは誤植ではなくわざとです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四話 魔界探索

魔界に来て数日後。

俺たちは着々と訓練の成果を出していったのだった。

 

「見てください、定晴さん!」

 

ユズは、妖力を学校の教室くらいの大きさまで膨らませることに成功した。爆発もせず、非常に安定している。

 

「これ、いいわね」

 

ルーミアは、生み出した影を固めて空気中に固定する方法を身に着けた。これを応用すれば、水上や空中でも、地面の上と同じように動くことが可能になるだろう。

そんで、俺はというと…

 

「炎と雷を纏った岩ってところか?」

 

魔術の成果が出ていた。

魔女の魂を取り込んでから魔力は上がったものの、あまり練習する機会がなかったのだ。しかし、先日魅魔から魔力の動かし方を習ったおかげで、複雑な魔術を使えるようになったのだ。

 

「それ、弾幕ごっこで使っちゃだめよ?」

「分かってるよ」

 

ルーミアに注意されるが、それくらい分かっている。これは、殺傷性がある攻撃なので、弾幕ごっこで使うことはない。

ガチ戦闘の時は存分に使うことにしよう。魔力制御が上手になったおかげで、消費魔力も無効化に比べて断然少ないからな。

 

「一応レベルアップはできてるわね。でも、ご主人様の無効化の訓練はできてないんじゃない?」

「一応ちょこちょこ使ってるんだけどなぁ」

 

訓練中の、いつもは無視をするような事象も無効化して練習している。そもそも、日常で無効化の力を使うことなどほとんどないので、魔界に来てからの無効化の使用率は今までに比べても断然高い。

それでも、これが訓練になっているのかと問われると、答えに窮するところである。少なくとも、魔術のように強くなっているという感覚はない。

 

「ルーミアから見てどうだ?何か変わったように思えるか?」

「うーん…よく分からないわね。ご主人様のことはいつも観察してるけど、違いはないと思うわ」

「だよなぁ…」

 

無効化というのは、成長の度合いが分からない。不動が言っていた幻想郷にあるという残滓とやらも、目に見えないのだから、俺が使っても目には見えない。

そもそも、どんな事象でもノータイムで消し飛ばせる能力なのだ。見て分かるようなものではないことは、俺もルーミアも認知していることである。

 

「まあ、ゆっくりやっていくしかないわね。なんとなくでいいかもよ?」

 

地上で言うと、現在は五月の下旬。もう数日経っているから六月かもしれない。

魔界では雨が降るのか分からないが、地上にいても雨のせいで動きづらい時期なのでちょうどいいだろう。それに、魔界の天気くらいは神綺が好きにいじれると思う。

 

「今日は趣向でも変えるか」

「どうするの?」

「魔界探索」

 

実のところ、俺がずっとしたかったことだ。

幻想郷ですらすべての場所を回ったわけではないけど、まあそれは俺がまったりしていたからだ。魔界はあまり頻繁に来れる場所ではなさそうだし、今のうちに探索しておきたい。

 

「ご主人様って旅とか好きよね」

「ああ。何でも屋として色んなところを巡ったからか、旅の良いところを知ってる」

 

知らない土地で、知らない景色や知らない料理を食べるのは非常に楽しい。時期が合えば、ネットでも見つからないようなイベントに参加できることもある。

そういった、旅の良さというのは幻想郷でも活きる。幻想郷は、特殊な地形が多いから観光気分になるのだ。

 

「じゃあ行きましょうか。準備は…いらないわね」

「夜までに帰ってくればいいだろう」

 

非常食とかは幻空の中に入ってるしな。

 

「一応夢子に話しておくから、二人とも必要なものがあれば準備しておけ」

 

俺は夢子を探して、魔界探索に行くことを伝える。面白いところはそんなにないと言われたけど、現地の人には分からない面白さがあるかもしれないので、普通に出発する。

 

「二人とも、いいな?」

「ええ。私の予備のリボンは持ってるでしょ?」

「ああ。入ってるよ」

 

予備のリボンは、俺が作った式神制御タイプのリボンと霊夢が作った封印制御タイプのリボンのことだ。大抵のことでは解れたりしないけど、もしものときのためにリボンは幻空の中に入れている。

リボンがなくても生活には困らないらしいけど、ルーミアはリボンが気に入っているし、子供姿の方が楽なことも多いということでこうなっている。

 

「では出発」

「「おー」」

 

練習も兼ねて、俺は風ではなく霊力で飛ぶ。とはいえ、落ちたら嫌なので風の補助をつけてはいるけど。

 

「結構変わり映えがないわね」

「凹凸はあるけど、大きな山とかは少ない印象だな。ちょくちょく建物みたいなのはあるけど」

 

過去のアリスのような、魔界で生活している人々がいるのだろう。

魔界の人々も地上と同じような生活なのだろうか。畑とかそういうものを見かけないけど、どういう生活基盤なのだろうか。

 

「あ、見て。誰か飛んでる」

「ん?」

 

確かに前方に誰か飛んでいる。第一村人ということで、せっかくだし話しかけてみるか。

 

「おーい!」

 

白い服に白い帽子、黄色い髪の女性。

 

「あら、誰かしら。こんな魔界にこんにちは」

「俺は定晴だ。こっちの二人は式神」

「ルーミアよ」

「…ユズ、です」

 

ルーミアは初対面の人物に対して普通の口調で話しかけることにしたらしい。

 

「私はルイズ。地上の人?」

「ああそうだ。一応観光中」

「そうなの。魔界はいいところだからゆっくりしていくといいわ☆」

 

どうやら普通の魔界住人らしい。

 

「それで、何かいいところはないかなって」

「…うーん、あまりないわね」

「ないんかい」

 

いいところだと言うから、何か観光名所でも言ってくれるのかと思ったけど、何もないみたいだ。夢子が言っていた、特に面白いところもないということも事実なのかもしれない。

 

「そうだ、せっかくだし私と戦う?」

「はい?」

 

このお人は何を言っているのだろうか。

 

「見る限り、貴方も結構やるみたいだし…お手合わせ願いたいわね」

「…まあ、いいけど」

 

どうやら好戦的な魔界人に出会ってしまったようだ。

 

「あらぁ、じゃあ早速やりましょ」

 

そう言った瞬間、ルイズから殺気が放たれた。

ああ、そうか。魔界だから弾幕ごっこじゃないのか…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五話 霊天な弾幕

目のまえで、軽い準備運動をするルイズ。

それが終わると、すぐさま構えた。その間も、殺気は放たれたままだ。

 

「ルールとかはあるか?」

「そうねぇ…殺しはなしってことで。降参か気絶までよ〜」

 

うーん、前提条件。地上なら。

流石に魔界までは弾幕ごっこは浸透していないようだ。幼い霊夢が来たというが、こういう世界での戦闘を経たからこそ、弾幕ごっこも生まれたのだろうか。

 

「二人は見ててくれ」

「そうさせてもらうけど…大丈夫?」

「弾幕じゃない戦闘は慣れてるよ」

 

むしろ弾幕のほうがアウェイだ。

ここは幻想郷の中でも特異な場所だろうし、遠慮なくやらせてもらおうかな。というか、殺気の感じからすると真面目にやらないと普通に死ぬ。

 

「じゃ、始めましょうか」

「お手柔らかに」

 

ルーミアたちが離れたことを確認して、俺とルイズは向かい合った。俺は既に、手元に剣を取り出している。

ある意味、こういう対人戦は修行の成果を見る機会としてはちょうどいいと言えるだろう。まさかこんなところで、初めての相手とやるとは思わなかったが、魔界という場所から考えてあり得ないことでもなかった。

 

「それぇ!」

 

ルイズの攻撃が展開される。

回避不能の致死性攻撃だったらどうしようかと思ったけど、弾幕の濃さでいうと地上の人々とそんなに変わらなくて安心した。

しかし、攻撃力で言うと明らかに数倍はある。当たれば普通に怪我をするような威力だ。これは弾幕ごっこではない戦いなのだと、強く認識させられる。

 

「ふっ!」

 

取り敢えず、近くに飛んできた弾は剣で斬っておく。弾幕を斬ることに最近慣れてきた俺である。

流石に斬られるとは思ってなかったか、ルイズから感嘆の声が上がる。

 

「地上の人はすごいのね」

「そりゃどうも!」

 

勿論、その間も攻撃が止むことはない。

俺は結界の盾も召喚する。たまにする、盾剣タイプの騎士みたいなやつだ。受け流すことができれば、更に濃い弾幕でも捌くことができる。

 

「うふふ〜」

 

ルイズって、淑女のような立ち振る舞いのくせに、その攻撃はやたらと荒っぽくて攻撃的だ。

元々スケバンだったお嬢様みたいな…今の人には分からないか。

 

「魔術…」

 

攻撃が激しく、近づくこともままならない。なので、遠距離から攻撃することにする。魔術を使って少しでも隙ができれば、剣で斬ることもできるだろう。

輝剣という性質上、妖怪や魔界人にはダメージが上乗せされるだろうから、これで斬ることさえできればいいはずだ。

 

フレイム!」

 

弾幕ごっこではないので、普通の攻撃系の魔術を使う。炎の柱が立つ魔術で、弾の影響を受けることなくルイズに柱が近づいて行く。

 

「あら、そんなこともできるのね」

「まだだよウィンド!」

 

更に風を起こす。普通の魔術師であれば、ただの突風くらいにしかならない魔術だが、風への適正が極大である俺であれば、この簡単な魔術であっても暴風を発生させることができる。

目の前の火柱に加え、暴風によってバランスを崩したルイズが、回避を始めた。そのおかげで攻撃が緩くなったので、剣で弾を斬りながらルイズに近づく。

 

「おらっ!」

 

一閃…

 

「甘いわよ」

 

それを、ルイズは素手で止めた。

身体強化を使っていないとはいえ、それなりの筋力と勢いがあったはずだ。そもそも、回避行動中を狙ったので白羽取りもできないなかで、平然と素手で受け止めた。

 

「そんなのありか!?」

「魔界嘗めないでちょうだい」

 

剣を捕まれ、そして投げ飛ばされる。見た目に反して、ルイズの力がとても強い。

鬼たちほどではないが、ルーミアやユズよりも力がある。魔界人って結構特別製なのか…?ということはアリスも筋力があるということなのだろうか…

 

「…ティアドロップ!」

 

水の魔術。ルイズの真上に大きな水の塊を出現させて、頭の上に落とすという魔術だ。

発生する場所が俺の近くではないので、難易度的に言うと中くらいの魔術である。それでも、水を生み出すだけなので、まだ簡単に行使できる魔術の一つでもある。

ルイズは水の塊を見ると、すぐに回避した。そして、その先で俺が待ち構える。

 

「またかしら」

「今度は甘くねえぞ」

 

身体強化発動。そして、幻空から家宝の剣を取り出して、真上に投げた。

輝剣はそのまま、先程のようにルイズに打ち込む。身体強化をしているので、止められるということこそなかったが、それでも斬ることはできなかった。まじでどうなってるんだその体。

 

「さっきより強いわね」

「そうかいっ」

 

俺はルイズに押されるように徐々に後退する。

ルイズが離れようとしたら、追撃するように動くようにしているので、ルイズは俺から離れることができない。

そしてジリジリと後ろに下がったところで…

 

「ぎゃんっ!」

 

ルイズの頭の上に、先程投げた家宝の剣が降ってきた。身体強化付きで投げたので、降ってくるまでに相当な時間がかかったのだ。

俺が投げたときこそ、ルイズは真上を警戒していたようだが、素手と剣の鍔迫り合いをしている間に警戒を緩めてしまっていたようだ。

もしこれで家宝の剣が当たらなければ、ルイズの飛行能力を無効化して落とすつもりだった。家宝の剣が先に下に落ちているので、その上に落ちればそれなりに痛いだろうという策略だ。

 

「痛いわぁ」

「ていっ」

 

痛がっているところを、剣で叩いた。斬るのではなく、強めに面の方で叩いただけだ。

そして、ルイズは落ちた。気絶しているようなので、俺の勝ちである。

にしても、まさか剣を止められるとは…

 


 

「地上の人って強いのね」

「そうかも…しれないな…」

 

ルイズのことを回復させながら、そんなことを話す。

一応それなりに強いことを自負していたのだが、思ったよりも押されてしまった。剣の腕ももっと上げなければならない。

 

「それじゃ、満足したから私は行くわ」

「ああ。いい戦いだった」

「そうそう、折角だからこれをあげる」

 

ルイズがバックからパンを取り出した。青い、パンだ。

 

「良ければ食べて、私が焼いたの」

「ああ…そうか。ありがとう」

 

そしてルイズが飛び去った。残るは、三つの青いパン。

 

「えっと、課題は見つかったってことでいいのかしら?」

「そうだな」

 

そして俺たちは、ルイズから貰った青いパンを食べるのであった。

結構美味しかったのだけど、原材料は何なのだろうか。




旧作のキャラはスペカがありません
霊天というのは、ルイズのテーマ曲の題名です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百六話 岩滑り

ルイズと戦った翌日、俺たちはパンデモニウムにいた。

ルイズと戦って、疲れた体で魔界を飛んでみたが、残念ながら特筆するようなものは何もなかった。途中で、過去に魔界に迷い込んできたときに辿り着いたであろう場所は見つけたが。

あ、でも少し使えそうなものは見つけたな。

 

「そろそろね」

「だな」

 

そして今日、俺たちはとある時間を待っていた。

実は、今日は妖夢と一緒に剣術訓練をする日なのだ。妖夢が魔界に来た事あるのか知らないが、いつもと違う環境で訓練することも何かしら意味があると思う。

紫に言えば俺が白玉楼に行って、いつも通りに訓練することも可能ではあるけど、折角魔界に拠点があるのだからということで、こちらですることになった。ちゃんと神綺にも確認をとっている。

 

「あ」

 

ユズが声を出す。目の前に紫のスキマが開いたのだ。

そして、その奥から妖夢…そして、なぜか幽々子が現れた。

 

「今日もよろしくお願いします」

「ああ、それはいいんだが…なぜ幽々子もいるんだ?」

 

幽々子は出て来てすぐに、キョロキョロ周囲を見渡している。幽々子も来た事ない場所なのだろうか。

 

「折角合法的に魔界に来れるんだから、来ないと損じゃなーい?」

 

と言っているが…

 

「幽々子様を白玉楼に残したままだと不安だったので、ついてこさせました」

 

と言うのは妖夢。ついてこさせた…ってそれなんか力関係逆転してないか?

幽々子は特に気にしていないようだけど、妖夢に仕切られる主というのは如何なものだろうか。白玉楼の食事事情を妖夢が握っているので、意外なことでもないのかもしれない。

 

「じゃあ妖夢はここで。定晴さん、よろしくねー」

 

そう言ってフワフワと飛んでいく幽々子。神綺に挨拶でもしに行くのだろうか。それとも、ご飯をねだりに行くのだろうか。

幽々子がここに来ることは伝えていなかったので、問題が起きるかもしれない。

 

「ルーミア、申し訳ないが幽々子について行ってくれないか?」

「はーい」

 

ルーミアを幽々子監視役に任命。幽々子だって子供じゃないので、そう簡単に問題が起きるとは思わないけど、もしかしたらというのがあるので。

妖夢としても、幽々子を一人にさせておくのは不安だろうから、ルーミアをついて行かせたのは正解だと思う。ユズだと、幽々子相手に強く出れないしな。

 

「じゃあ、妖夢は教練ってことにしようか」

「はい!よろしくお願いします!」

 

いつも通り、軽い運動から教練を開始する。

妖夢がランニングをしている間に、俺は用意しておいたものを準備する。

 

「ふぅ…終わりました。よろしくお願いします」

「了解。じゃあ、手始めにこれを斬ってみようか」

 

俺が用意したのは、人の大きさくらいの岩だ。勿論ただの岩ではなく、魔界産の特殊な岩である。それを、少しばかり球状に整形したものを用意した。

 

「岩を…?分かりました」

 

妖夢は不思議そうな顔をしながら、岩に向かいあった。

地上の、普通の岩であれば妖夢は斬れるのだ。刀の質もそうだが、妖夢は岩を斬るくらいのレベルには到達している。俺と出会ったときには、既に岩くらいは斬れるようになっていた。

今更どうしてだろうと思うだろうが、まあ見ていて欲しい。

 

「せいっ!」

 

妖夢は刀を振り下ろし、岩を斬ろうとした。

しかし、刀は岩を斬ることなく、滑るように岩の表面を動き、そして地面に到達した。

それを見て、妖夢は驚いた顔をしている。

 

「え?真っすぐ振り下ろしたはずなのに…」

 

岩には傷一つついていない。

 

「この岩は、摩擦係数がやたらと高い。真にまっすぐ振り下ろさないと、滑って弾かれるんだ」

 

野菜の皮剥きのときに、刃が入らずに滑ってしまったという経験をしたことがある人はいるだろうか。

それは、包丁を寝かせすぎているという単純な問題なのだが、この岩ではその[寝かせすぎている]判定がシビアなのだ。俺でもたまに失敗するくらいである。

 

「中々手強い相手ですね…」

「魔界らしい相手だろ?剣筋をブレさせないことは、とても有意義な練習だ。取り敢えず、自分なりに模索してみろ。俺も隣で練習するから」

 

魔界に来ている理由を忘れない。俺もレベルアップをしなければ。

この球状に加工した岩は、幻空の中にまだまだ入っている。ルーミアの闇の能力を使えば、簡単に加工することができたのだ。

俺もこれで練習をする。

 

「せいっ!せいっ!!」

「ふっ!」

 

妖夢は極稀に斬れる程度。俺も、五回に一回は斬りそこねてしまう。

五回に一回の頻度であれば十分だと思う人もいるかもしれないが、その一回が隙となるのだ。そして、戦いにおいて、隙を作ったら即ち負けである。

この隙を囮にする戦い方もあるが、剣筋のブレは囮に使いにくいので、やはり矯正していく他ない。

 

「はぁ、はぁ…定晴さん、難しいです」

 

肩で息をしている妖夢が、始めてから一時間くらいしたときにそう言った。疲労もあってか、極稀の切断も起きなくなっている。

 

「こういうのはイメージが大切だ。例えどれだけ真球に近くとも、それが百パーセント丸いのではないのであれば、確実に面という概念がある。そして、面があるなら垂直に斬るのは簡単だ…と、思えればな」

「むむむ…私もいつか概念を斬りたいものですが…」

 

俺の場合は、無効化で常日頃概念と向き合っているので、イメージは簡単だった。

この岩に対しても、[球であること]を無効化すれば、多分いつもと同じ感覚で斬れる。見た目では変わってなくとも、無効化の能力によって岩には球という概念がなくなるのだ。

これを、イメージだけでやり遂げる。頭の中で、これは球ではないのだと思い込む。

 

「定晴さんはよく斬れますね」

「たまに失敗するけどな。これ以上の真球を作ることができれば、更に練習できるのだが…」

 

俺がそう言った途端、パンデモニウムの扉が開いた。この裏庭と本館を隔てる扉だ。

 

「話は聞かせてもらったわ!」

 

そう言って出てきたのは幽々子。

 

「やるのは私じゃない…」

 

そして続いて出てきたのが神綺。夢子とルーミアも一緒だ。

 

「どういうことだ?」

「神綺ちゃんは魔界の神様なのよ?その岩を、更に整えることだって出来るわ」

「何であなたがそんなに得意気なのかしら」

 

神綺にツッコまれている幽々子。得意気なのは確かに気になるが、それよりも…

 

「幽々子、ユズを驚かせるようなことをするな」

 

突然大きな音を立てて開いた扉と、大きな声の幽々子に驚いてしまい、ユズは近くに木の後ろに隠れてしまっている。

音の正体が幽々子だと分かった今でも、顔だけ出している状態だ。

 

「あ、ごめんなさい。本当に」

「い、いぇ…」

 

消え入りそうな声で返事をするユズ。ユズの人見知りも、少しはここで改善できたらいいのだが…

 

「えっと、それで…神綺がするのか?」

「本当は面倒だからしたくないんだけど、やらなきゃここの食料全部食べると脅されて…」

「幽々子様!」

「あなたのためよ、妖夢」

 

そんな幽々子はちょっと不満そう。さては神綺がやらなきゃ、本当に食い尽くすつもりだったな。

神綺は渋々ながらも、俺が持ってきた岩を加工し始めた。これでもっと上達できるようになればいいのだが…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百七話 神の頂、剣の頂

神綺によって、さらに磨かれた球が完成した。

ルーミアも頑張ったのだが、残念ながら神綺ほどの精度にはならなかった。頑張ったのは事実なので、取り敢えず頭を撫でておいた。

 

「これならば、定晴さんでも簡単には斬れないと思うわ。それじゃ頑張って~」

 

そう言って神綺はパンデモニウムの中に戻っていった。

 

「幽々子はもういいのか?」

「ええ。楽しくお話してきたわ~」

 

紫の話によると、幽々子は何千年も昔に生きていた人物らしい。神綺も種族的に寿命なんてなさそうだから、もしかしたらどこかで会っているのかもしれない。

霊夢だって魔界に来たことがあるらしいし、幽々子が来たことがないと決めつけることはできないだろう。

 

「さて、やるか」

 

俺は輝剣を構えて、岩と向き合う。

神綺によって整えられた岩は、見る限りほぼ真球だ。摩擦係数がやたらと低いこの岩と合わさって、斬ることは相当な技量を求められるだろう。

竹刀で固定されていない風船を割るようなものだろうか。あちらは求められている技量のベクトルが違うが、難易度は同じようなものだろう。何年も修行した人がたどり着ける、言わば境地である。

流石にそこまで至るには、俺には時間が足りなさすぎるので、なんとなくでいいから感覚を掴むところまではいきたい。まあ、無理だろうけど。

 

「せいっ!はっ!」

 

妖夢はいまだに、ルーミア加工の岩で苦難している。先ほど見たときよりも、岩に傷をつけることができるようになっているように思えるが、未だに一刀両断には至っていない。

 

「…そういえば、あれを使えばどうなるのだろうか」

 

先日、俺が模写した技。神の領域に至ることで実現された、人間には見ることのできない頂の剣。

身体強化を使っても、腕が壊れるような錯覚があるこの剣は、ある意味俺の目指すべき目標なのかもしれない。

 

「妖夢」

「せいっ!せ…は、はい」

「中断させて悪い。今から、俺が模写した神の剣技を見せる。俺には見えなかったけど、妖夢には何か見えるかもしれない」

「神の…わかりました。心して観察してみようと思います」

 

俺は神綺加工の岩に改めて向き合う。

身体強化を使った後、無効化を使う準備をする。剣技の反動を打ち消すためだ。

依姫が見せてくれた、剣の頂をここに再現する。模写というのは、常に見本を生み出せるということでもあるから、鍛錬にはもってこいな力なのかもしれない。

 

「ふぅ…はっ!」

 

横なぎに、輝剣を振る。反動を無効化しようと思ったが、失敗して腕には激痛が走る。

岩は、きれいに真っ二つになった。断面は、まるで加工したかのように滑らかだ。

 

「がっ…」

 

前に使ったときは、依姫との戦闘中ということもあってか、ハイになっていたのだろう。今の通常状態だと、耐えられるような痛みではない。

俺は膝を地面についた。再生をかけてはいるけど、痛みが激しすぎて立つことはできない。

 

「ごし…定晴、大丈夫!?」

「定晴さん!」

 

ルーミアとユズがすぐに駆け寄ってきた。焦りすぎて、ルーミアは一瞬呼び方を間違えそうになっている。そういうミスがなくなると式神契約の時に聞いたはずなのだけど。

 

「…どうだ、妖夢。何か見えたか」

「……」

 

妖夢は、俺が斬った岩を見ている。

 

「…すみません定晴さん。私には、見えませんでした」

「そうか…」

 

妖夢にも見えなかったか。ミキくらいまで昇華できないとみることができないのかもしれないな…

妖夢は「でも…」と続ける。

 

「頂を見ました。霊力や妖力などを使わない、ただ技量だけの剣技。その頂を」

「そうか」

 

妖夢には、剣士としての何かが見えたのだろう。

 

「なんだか、私もこの岩を斬れるような気がしてきました」

 

妖夢は、自分のルーミア加工の岩に向かい合った。

その雰囲気はまるで水のように穏やかで、しかし、目にはひたすらに鋭い力が宿っている。

俺は休憩として地面に座り込んだ。腕の痛みが引くまでは、剣は振れそうにない。その間は、妖夢の挑戦を見ることにしよう。

 

「定晴さん、大丈夫ですか?」

「慣れてる。大丈夫だユズ」

「びっくりさせないでよ…」

 

ルーミアとユズが不満そうだ。そういえば、この二人の前でも使ったことがなかったな。

 

「こういう技なんだ。俺には、まだ早すぎる」

 

この剣が見えるようになるまでは、この剣技は俺には早すぎるのだろう。

緊急時でもあまり使いたくない技だ。もし腕に何かしらの不調があるときに使えば、もれなく腕は吹き飛ぶだろう。壊死したら、多分再生を使っても動かせなくなるだろう。

 

「すぅ…ふぅ…」

 

妖夢は、一度も剣を振らずに岩に向かい合っている。

脳裏でこの剣技を反芻しているのだろう。ここに至ることはできないが、何かしら糸口があるかもしれない。

 

「せいっ!」

 

妖夢が動いた。

岩の頂点から、地面との接点までまっすぐに振り下ろされた剣は、岩の表面を滑ることなく、地面まで叩き切った。

 

「…斬れた!私にも斬れましたよ定晴さん!」

「流石だな妖夢。一度見て、吸収するのが早い」

 

俺自身の剣術は、どちらかといえば剛の技に近い。速さと早さを武器に戦う妖夢のほうが、この神の剣技は向いているのかもしれない。

俺は、弟子の成長を間近で見て嬉しくなるのだった。

 


 

「八雲紫に言われて調査してたけど、やっと見つけたよ」

 

幻想郷の()()。博麗大結界に影響を出さずに中と外を出入りできる不動は、ここで侵入者の調査をしていた。

結界の歪みや、穴は定晴によるものだということが判明した。しかし、侵入してきた妖怪たちは別だ。あれは確実に定晴のものではない。

紫に言われて調査を始めた不動は、妖怪を招き入れた人物を探していた。幻想郷に妖怪が来ることは拒みはしないが、あれは確実に人間と妖怪の共存に害をなす存在だった。誰かが悪意をもってやっているとしか思えなかったのだ。

 

「さて…君は幻想郷の妖怪で、ついでに言うとその異変は解決したんじゃなかったかい」

「さあてね。まだ、私はやる気だよ」

「そうか。では、異変解決の続きを、僕がやるとしようか」

 

不動は一人の妖怪に向き合った。

亀の甲羅をまとった竜。地上に動物霊を送り込んだ妖怪。

吉弔八千慧は、不敵な笑みを浮かべて不動と向かい合った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百八話 取り逃がし

定晴が魔界に行ってから、一週間が経過した。

幻想郷の結界が歪んでしまったのは定晴が原因だということが判明している。実際、定晴が魔界に行ってからは結界の修復が進んだから。

しかし、それとは別にこの結界の歪みを利用して幻想郷に妖怪を送り込んだやつがいる。その犯人を不動成に頼んで捜索させた。同時にチヌには更に別件で動いてもらった。

 

「そろそろ不動から連絡があってもいいとは思いますが…」

「あいつは式神が使えるから、何かあったら連絡はできるはず。定晴と同等にやりあった不動なら、そう簡単にやられるはずもないでしょ」

 

そんなことを言ってたら、式神連絡が来た。紙で作った簡易的な式神だが、汎用性はとても高く、藍はよく使っている。

それによると…犯人は見つけたけど、逃げられたとのこと。

 

「不動が逃がすなんて、中々ですね」

「ええ。幻想郷を侵略しようとするような輩だもの。そう簡単には行かないのは分かっていたことだわ」

 

そもそも、定晴と不動が争っていた時も、不動は前に出るよりも暗躍することでその真価を発揮していた。

犯人の追跡などの任務にはあまり向かない人選だったのだ。とはいえ、藍をそちらに向かわせるほどではないし、私の補助なしでも幻想郷の外に出られる人材なんてそんなに多くなかったので、仕方ない。

 

「犯人の名前は?」

「えっと…吉弔八千慧。前にあった、地獄のほうから動物霊がやってきた異変の黒幕の一人ね。あの時は、驪駒早鬼を確保することで異変解決としたはずなんだけど…まだ終わっていなかったようね。あの時も目的は幻想郷侵略だったみたいだし、それに宴会のときにも八千慧はいなかったみたいだし」

 

とはいえ、面倒なことになった。

どうしてこうも、幻想郷を侵略しようとする輩が生まれるのだろうか。幻想郷は確かに貴重で重要な土地ではあるけど、侵略したところで有効活用できるような場所でもないのだ。

それに、私や隠岐奈がいるうえ、定晴や幽香や幽々子みたいな強者もぞろぞろいる。そういう意味では、その強者を仲間にした不動は侵略一歩手前だったわけだ。不動の目的は侵略じゃなかったからよかったけど。

 

「藍、式神を飛ばして吉弔八千慧を探すようにしてくれるかしら」

「了解です。不動はどうしますか?」

「取り敢えず一度帰還してもらうわ。式神だけじゃ伝えられる情報に限界があるし…直接詳しく聞くわ」

 


 

剣の修行は、妖夢が岩を斬れたところで終わりになった。

再生を使って、痛みは回復したのだけど、どうしても腕に違和感があったので俺が教えられなくなったからだ。

 

「折角だから妖夢さんもパンデモニウムの中にいらっしゃい」

「あ、えっと、失礼します」

 

時間もいい感じなので、妖夢たちと一緒にご飯を食べることになった。

 

「料理は俺がする。妖夢は休んでてくれ」

「ええっ。私がやりますから、定晴さんこそ休んでてください」

 

このメンツで料理ができるのは俺と妖夢。ついでに夢子。

夢子は神綺の料理以外はこちらに任せるようにしているので、幽々子たちの料理を作るのは俺か妖夢になるわけだけど…

 

「…二人でするか」

「…そうですね」

 

こうして二人で料理することになった。

料理人…というのは違うのだけど、料理ができる環境で他の人に全部任せるのは落ち着かないんだよな。

紅魔館のように咲夜がやる気だったりすると、そちらに任せるのだけど、ここのような俺がすることも選択肢にある環境だと、人任せにできないのだ。

 

「幽々子もいるし、肉料理で行くか」

「そうですね。じゃあ私はお米とサラダを作ります」

 


 

「幽々子のは大きいけど、取り敢えず、サイコロステーキを作ったぞ」

「サラダも食べてくださいねー」

 

神綺が、こんなに人がいるのに仲間はずれは寂しいと言ったらしく、途中から夢子も含めた三人で料理をした。

パンデモニウムでは、俺とルーミアとユズの三人で食べていたので、妖夢と幽々子と神綺と夢子がいる今の状況は久しぶりである。

 

「「「いただきます」」」

 

昼から肉か、とも思うのだけど、妖怪の性質からかルーミアたちは肉が好きなので、自ずと肉料理が増える。

結果として、俺も昼から肉を食べることに抵抗はあまりないのだ。

 

「神綺って食事が必要な種族なのか?」

「それは幽々子にこそ言うべきじゃな〜い?私は生きているけど、そっちは生きているのか…」

「酷いわね〜。私は生き霊だから、ちゃんと生きてるわよ」

「幽々子様、未だに死んでしまったことにお気付きでなく…およよ…」

「ちょっと妖夢!冗談にならないわよ!」

 

和やかに食事が進む。

うーむ、魔界という辺境ではあるものの、平和だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百九話 事件進捗

魔界に来て、それなりの時間が過ぎた。

途中経過ということで、今日は紫に魔界まで来てもらっている。

 

「久しぶりね、定晴」

「ああ。地上はどうだ?」

「特に変わりないわよ。そろそろ六月だから、少し天気が悪い日が増えてきたかしら」

 

地上はもう少しで梅雨入りしそうだな。魔界にも梅雨というものがあるのかは不明だが、あとで神綺に聞いておいたほうがいいかもしれないな。

 

「幻想郷の結界はどうなった?」

「ちゃんと修復できたわ。霊夢も回復したから、あとは定晴が無効化を暴走させなければ大丈夫よ」

「肝に銘じておくよ」

 

俺が無効化の力を完全に操れるようにならなければ、俺は魔界から出ることはできない。

外の世界に行くとしても、無効化の力が及ぼす影響は計り知れないので、やはりこの力を完璧に操れるようになる必要がある。

 

「それと…いえ、なんでもないわ」

「ん?あー、まだ何か無効化の影響があったか?」

「それとは別件よ。気にしないでちょうだい」

 

そう言われると気になるが…気にするなと言われたら、引き下がるしかない。問題が起こったとしても、俺は魔界から出ることができないので、対応することはできない。

地上でまた何か問題が起きているのだとすれば心配ではあるけども…紫は起きているわけだし、大丈夫だろう。

 

「それで…定晴はまあいいとして、ルーミアとユズちゃんはどうかしら?」

 

俺から視線を外して、式神の二人に質問する紫。

俺が色々とやっている間に、二人も特訓はしていたのだ。わかりやすい成果というと難しいかもしれないが、妖力量が増えていることがわかるだろう。

 

「ふーん、いいじゃない。ルーミアはこれ以上強くなると、幻想郷のパワーバランスが崩れそうだけど…」

「そんなになのか?」

「ええ。妖力量が少なくても、その能力のおかげで幽香たちに匹敵するもの」

 

そうなのか…確かに闇を操るという能力は、世界中どこにいても使えるうえに攻撃にも防御にも使える万能な能力だ。

封印されているときは闇のボールになるくらいしかできなかった能力だが、実際には固めたり刺したりできるのだ。幽香に匹敵すると言われても納得してしまう。

 

「それに今は霊力の修行もしてるんでしょ?」

「当たり前じゃない。定晴の役に立つなら何だってしてやるわ」

「まあ、定晴がいるおかげでルーミアが暴走することはなさそうだからいいけどね。大妖怪が暴走すると大変なのよ…」

 

そりゃそうだろう。他とは一線を画すのだから大妖怪と言われているのだ。暴走したら他者に与える影響など多大なものになることは分かり切っている。

一番暴走したときに面倒なのは目の前にいる紫だけどな。俺の無効化でもないと、暴走を止めることは難しい。

 

「ま、ちゃんと定晴が管理してくれるなら何も問題ないから気にしないでいいわ」

「俺に何か起きない限りは大丈夫だ」

「変なこと言わないでちょうだい」

 

紫は経過報告だけして、スキマで帰っていった。

俺たちも地上に帰るときはスキマを通ることになっている。地上と魔界をつなぐあの謎トンネルは、移動に少しばかり時間がかかるからな。スキマで一瞬で移動できるのならば、わざわざ時間をかける理由はない。

 

「さて、俺たちは特訓の再開だ」

 


 

「おかえりなさいませ。紫様」

「ええ藍。定晴たちは順調そうよ」

「それはよかったです」

 

吉弔八千慧の捜索は今も続いている。

不動に加えて、隙間時間で藍の式神にも捜索させているけど、逃亡したあとの足取りは掴めていない。どういうわけか幻想郷の外側にいたようだけど…不動ならともかく、吉弔八千慧はどうやって外に出たのかしら。

あの子の能力は、調べた限りだと【逆らう気力を失わせる程度の能力】というもので、強い能力ではあるけども幻想郷の外に出られるようなものではない。

となると、あの子以外にも協力者がいると考えられるけど…そっちは手掛かりすら掴めていない。

 

「ねえ藍」

「はい?」

「私、結界に自信がなくなってきたんだけど…」

 

定晴は無効化で抜けられるし、不動は開放する能力で結界を越えられる。吉弔八千慧も外に出ているし、外の世界の董子ちゃんは夢を通じて越えてくる。

私は結界演算能力だと他者にも及ばない自信があったんだけど…なんだか自信がなくなっちゃったなぁ~

 

「紫様、お気を確かに!大丈夫ですから!あやつらは例外というものです!」

「と言っても、そんな例外がいっぱいいたら困るじゃなーい」

 

定晴なら別にいいけど、幻想郷にそんな簡単に好き放題入られたら、管理人として疲れてしまうのは間違いないわけで…

 

「あ、ほら、隠岐奈様から連絡ですよ」

「はいはーい」

 

飛んできた連絡用式神の内容を見る。

どうやら隠岐奈の方で、吉弔八千慧を捕捉したらしい。どうやら現在は幻想郷の中に戻ってきているらしく、本拠地である畜生界にいるらしい。

場所がわかっているのなら、霊夢を派遣しよう。不動でもいいけど、やはり幻想郷のルールとして博麗の巫女が事件解決はしないといけない。そもそも、不動を動かしたのも霊夢が回復していなかったからだ。

 

「藍。霊夢に畜生界まで行くように伝えてちょうだい」

「分かりました」

 

これで事件が解決するといいのだけど…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百十話 式神のボヤキ

ご主人様の能力は、少しずつ改善していっている。でも、このペースじゃ一年以上この魔界にいることになってしまう。

神綺はいつまでもいていいと言っているけども、私はそんなにいるつもりはない。ご主人様も、ユズもそんな長期滞在をするつもりはないだろう。

なんとなく、ご主人様は焦っているようにも見える。先日来た紫のことを見てから、焦りが強くなったようにも思う。

 

「定晴さん、大丈夫でしょうか」

「まあ、まだ切羽詰まっているわけじゃないから大丈夫よ」

 

ユズが心配そうにご主人様を見ている。

実のところ、私は地上での動向を知っている。ご主人様のことが好きな人同士で作られた特殊な連絡網によって、私に情報が回ってきたのだ。ご主人様に知られずに連絡するにはとても役に立つ。

それによると、幻想郷に何体も妖怪を送ってきた犯人を見つけたらしい。そして、霊夢はその犯人を倒すために畜生界へ…畜生界に行ったのはつい数か月前だというのに、霊夢も病み上がりで大変ね。

 

「ユズは、もっと妖怪らしくなれるように頑張りなさい。ご主人様のことを気にかけるのはいいけど、自分のことにも集中しなさい」

「は、はいぃ…」

 

ご主人様に比べると、ユズはちゃんと成長している。繊細な操作も、豪快な操作もできるようになっており、普通の弾幕ごっこなら私とも互角に戦えるようになった。

幻想郷はスペルカードルールがあるのに、殺し合いにも強くならないとご主人様の役に立てないのが皮肉なことだけど…ユズにはもっと強くなってもらわないといけない。

ご主人様の話によると、ユズは不動のところにいたときは私達を殺せるほどに強かったらしい。

喋り方も今とは違いはっきりとしていたし、堂々としていたらしい。今のユズはまだまだ生まれたてって感じだから、天と地ほどの差がある。

 

「ん〜〜」

 

ユズは頑張って霊力が練れるよう練習している。そこに、私は妖力を一欠片混ぜてやる。

 

「あっ!」

 

どーん。

弾を維持することができなくなり、爆発した。魔界に来た当初から、爆発などをすぐに無効化できるように練習してきたご主人様によって、爆発の影響はゼロになる。

 

「ちょっと、ルーミアさん、何するんですか!」

「だめよ、あれくらいは制御できるようにならないと」

 

私の体には、今もご主人様の霊力が流れている。意識すれば、ご主人様の繋がりだってはっきりわかる。

最近は、その霊力を感じながら寝るのがルーティンだ。霊力の練習にもなるし、ご主人様のことを感じられてとても安心して眠れるのだ。

睡眠があまり必要のない種族だというのに、安心して眠るなんて変な話よ。

 

「ほんと、やられちゃってるわね」

 

意識しすぎると、妖怪としての本能が出てしまって、ご主人様のことを食べたくなってしまう。

肉体的にも、性的にも。頭の中がご主人様のことでいっぱいになって、妙に興奮してしまうのだ。

どうも、ユズも最近ご主人様との繋がりを意識できるようになったらしく、たまにユズも妖怪的な一面を見せるようになってきた。

あの感じ、もう少ししたらユズも私達のようになるかもしれない。

 

「はぁ、はぁ…だめだ。無効化が強くなってる感じがしない…」

 

ご主人様は苦労している。

ユズは、まだこの修行を楽しむことができる余裕があるが、ご主人様にはそれがない。幻想郷に被害を及ぼしたという事実が、私達が思っている以上にご主人様にダメージを与えたのだろう。

ご主人様は幻想郷が好きだからね。

 

「ルーミア、俺に闇を飛ばしてくれ」

「いいわよ」

 

槍のようにした闇を、ご主人様に飛ばす。

ご主人様に近付くと、闇の槍は霧散して消えてしまうが、段々と消せなくなっていき、ほどなく槍はご主人様に当たるようになった。

当たったといっても、ぬいぐるみを投げつけられたような衝撃しかないけどね。私がご主人様を本気で攻撃できるはずがない。

 

「ルーミア、強くなってると思うか?」

「元々強い能力だから、よく分からないわ」

 

とはいえ、ご主人様のこの能力には欠点が多すぎるのも事実。

霊力消費の多さ、ターゲットの少なさ、連続使用までのスパン…必殺技であることは間違いないのだけど、本当に切り札的必殺技なのだ。

これを実戦の中で多用できるようになれば、それこそ幻想郷最強を名乗ってもいいくらいなんだけど…

 

「やっぱりなにか違う気がする。そもそも、俺ってあまり反復練習しても伸びないんだよな…」

「でも全く伸びないわけじゃないでしょ?」

「まあそうなんだが…」

 

ご主人様の【十の力を操る程度の能力】もとい、【打ち勝つ程度の能力】は、必要なときに必要な能力を生み出すという性質がある。

そのため、平和な状態だとどうしても伸びなくなってしまうのである。器の問題があるから、意味がないわけじゃないんだけど…

ミキが言っていたことも、未だにわかっていない。嘘をついていることだの勘違いしていることだの、あいつがご主人様の何を知っているというのだろうか。

でも、それがご主人様の成長を妨げているのであれば、原因究明も必要になってくるだろう。

何はともあれそろそろ刺激がないと、ご主人様は強くなれない。でも、今のままなら魔界から出るのは当分先ね…

 

 

 

 

そう思っていたけれど。

私達が魔界から出たのは、僅か三日後のことだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百十一話 巫女と畜生界

紫に言われた通り、畜生界にやってきた。

定晴さんが幻想郷の結界に影響を及ぼしたときに、それに乗じて外の世界から妖怪を送り込んできた犯人がここにいるのだという。

というか、犯人は私も知っている人物であり、前にここに来たときに出会った吉弔八千慧という妖怪だ。あいつが大それたようなことができるとは思えないのだけど…まあ、幻想郷じゃ見た目で判断するのは悪手ね。

 

『霊夢、そのまままっすぐだ』

 

今回は藍のサポートもついている。そのおかげで、前は迷いながら進んだ迷路のような道も迷うことなく進むことができている。

あのときもこうすればよかったのよね。まあ、紫たちは滅多に異変に関与してこないから仕方ないけど。今回は幻想郷が明確に攻撃されてるからってことなのかしら。

 

「あの不動が逃がしたんでしょ?正直言って、私が勝てるとは限らないわよ?」

『それは問題ない。霊夢には戦ってもらうが、その間に私もすることがある。それが成功すれば、霊夢が万が一負けたとしても問題はない』

 

ふーん、それならまだ安心か。

 

『自分が負けたときのことを考えるなんて霊夢らしくないな』

 

…確かにそうね。前までの私なら、どんな妖怪でも倒してやっつけてやるつもりだったけど…

 

「…定晴さんは魔界で特訓してるんでしょ?今のままでも私よりも強いのに、もっと強くなってる。それに不動みたいな、私じゃどうしようもなかったやつもいた」

『…』

「水那の育成も進んでるけど…博麗の巫女じゃどうしようもないこともあるんだなって、そう思っただけよ」

 

水那は定晴さんから貰ったという髪飾りに加えて、私が放置していた倉庫の中の聖具を操れるようになった。陰陽玉はまだ難しいみたいだけど、それもすぐになんとかなるだろう。

それでも、水那じゃ定晴さんや不動とは戦えないだろう。まだまだ未熟すぎる。

かくいう私も、定晴さんとは本気の戦闘はできないだろう。そもそも、弾幕ごっこなら強くても殺し合いじゃまだまだ私は弱いのだ。紫にだって勝てやしない。

 

『本当に珍しいことを言う。自信と結果がお前の持ち味だっただろ?』

「そうね」

 

妖怪退治で、大妖怪相手に戦ったことは何度もある。でも、強者同士の戦いというのは今までほとんど見たことがなかったのだ。

それを見て、私は足りてないってことを実感した。だからって修行したいとはならないけど…今のままじゃどこかで後悔することになる気がする。博麗の勘ね。

 

『霊夢、そこを左だ』

 

…定晴さんは幻想郷の妖怪たちをどう思っているんだろうか。

紫を始めとして、幽香やフランみたいな大妖怪も定晴さんに懐いているから、定晴さんは彼女たちの本質を知らないかもしれない。今の彼女らは恋する乙女になっているので、完全に無害と化しているが、過去にはそれはもう危険指定とされていた。

実際幻想郷縁記にも、彼女たちは特級で危険として記されている。そんな子たちと仲良くできるのは定晴さんの魅力ではあると思うけど…

 

『そろそろ座標だ』

「わかったわ」

 

今から戦うのは、妖怪の本質だ。自分のためなら他人がどうなってもいいという妖怪との闘いだ。

最後の角を曲がると、そこには一体の妖怪が浮いていた。不動と戦ったという割には、随分と整った見た目をしている。

 

「あらあら、博麗の巫女がこんなところまで、お久しぶりで」

「残念ながら無駄口を叩いている暇はないわよ。さっさと構えなさい」

 

私はスペルカードを取り出して、宣言する準備をする。

しかし、吉弔八千慧は動こうとしない。こちらに背を向けたまま、話し続けている。

 

「そんな焦らなくてもいいじゃないですか」

「あなたが幻想郷に外から妖怪を送り込んできた犯人なのは分かってるのよ。紫からの直接の依頼だし、幻想郷に手を出せないくらい徹底的に倒してあげるわ」

 

私は威嚇する意味も込めて、霊力の放出量を増やした。博麗の巫女なので、霊力量には自信があるのだ。

しかし…

 

「ふふ、その霊力量なら、先日戦った男のほうが強かったですよ。それに、博麗の巫女があの男よりも強いとは思えない」

「それはどうかしら。これでも、歴代最強だなんて言われてるのよ?」

 

私には、奥の手として夢想天生がある。それ故に、見た目だけで弱いと判断されるのはさすがに癪に障る。

もう少し霊力を強めてみるが、それでもこちらを向こうとはしない。

 

「現に、今だってサポートしてもらってるじゃない」

「それは仕方なくよ。場所さえ教えてもらえたら一人でもここに来ていたわ」

 

これは事実だ。藍が別にすることがあるからと、式神をここまで運ぶ必要があったが、それがなくても私は一人でここまで来ていた。

来る途中で迷っていたかもしれないけど…今まで真っすぐ異変の元凶のところまで行けた試しなんてないので今更だ。

 

「なら、それはいらないわね」

 

突然こちらを向いた吉弔八千慧。その目を見た瞬間に、私はなぜか怯んでしまった。

そのため、飛んできた弾を回避するのもギリギリで、藍の式神を見る余裕はなかった。あいつが狙ったのは私ではなく藍の式神の方らしく、式神はチリチリになってしまっていた。

 

「ひどいことするわね。藍の式神は高いわよ」

「知りませんね。私には関係ありません」

 

とうとうこちらを向いた吉弔八千慧。その姿を見ると、どうにも怯んでしまう。

もしかして…

 

「何か特殊な能力があるのかしら?」

「幻想郷じゃ能力がない妖怪なんてそうそういないでしょう?」

 

それはそうだ。なんなら、人間の私や早苗だって自己申告で能力持ちとされている。幻想郷で能力がないのは、人里に住んでいる普通の人間たちだ。

人里の外に住んでいる人間は、大抵何かしらの能力を持っている。

 

「さあ、始めましょうか」

「ええ。スペルカードは…」

「そんな遊びはいりません。やるのは、殺し合いですよ」

 

その瞬間、吉弔八千慧の体から多量の妖力が噴出した。

定晴さんが、最近弾幕ごっこができていないってぼやいていたけど…同感ね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百十二話 飲み込み

さて、魔界に来てから随分と時間が経ってしまった。

ずっとここにいるわけにはいかないし、そろそろどうにかしたいと思っているのだけど…未だに無効化の力をものにできているとは思えない。このままでは紫に迷惑をかけてしまう。

俺とは違って式神の二人はちゃんと成長している。式神の繋がりから、どれくらい強くなったのかがはっきりわかるので、俺とは違うということを実感できてしまう。

 

「定晴さん、気にしないでください」

「さすがにそういうわけにはいかないな。俺だって、魔界にずっといるつもりはない」

 

それに、俺がここに長居すると、幻想郷と同じように世界自体に影響を与えてしまう可能性があるのだ。どれだけ長くても、一か月で地上に戻りたいと思っている。

それを実現するためには、やはり俺が無効化の力をものにできなければならない。他の能力はこの際後回しでよくて、無効化を最優先で育成しなければならない。

俺がユズが作った妖力弾をひたすら無効化し続ける特訓をしているとき、離れたところで訓練していたルーミアが話しかけてきた。

 

「…ご主人様」

「どうしたルーミア」

「連絡が来てるわ」

 

ルーミアが取り出したのは一枚の紙。折り目がついていることと、紙から感じる妖力から、もとは藍の式神だったことがわかる。

俺は手紙を受け取って、中身を読んだ。ユズも近づいてきたので、二人にも聞こえるように声に出して読み上げる。

 

「霊夢が帰ってこない…?」

「え?」

 

藍からの連絡には主にそれだけが書かれていた。詳細はルーミアが知っているとも書いているけど…

 

「ルーミア、何か知ってるのか?」

「詳しいことって言われても、霊夢がまた畜生界に行ったことくらいしか知らないわよ」

 

ふむ、それだけでも俺よりも知っていることになるが…

ルーミアと藍の話を合わせると、つまり、霊夢が畜生界に行って帰ってこないと。でもなんで霊夢は畜生界に行ったのだろうか。動物霊の異変は解決されたはずなんだが…

 

「霊夢が畜生界に行った理由は知ってるのか?」

「…巫女の仕事よ」

「となると、妖怪退治か…待て、じゃあやっぱり地上で何かあったのか?」

 

まあ異変じゃなくても、霊夢が妖怪退治をすることには何も問題はないけど…しかし、場所は畜生界だ。

人里の近くや妖怪の山ならまだわかる。大妖怪がほかの人間や妖怪に迷惑になることもあるからだ。だが、畜生界は言ってしまえば魔界と同じ異世界であり、幻想郷に直接影響があるわけではない。

もし畜生界に要件があるなら…それは、異変が起きたときか、もしくはそれと同等の事件が起きたときである。

 

「異変じゃないけど…少し厄介なことよ」

「…」

「もし畜生界に行くなら…紫を呼べばいいみたいね」

 

異変ではなくとも、霊夢が帰ってこないとなれば中々の重大事件である。そもそも、紫のスキマを使えば見つけられそうなものなのに、なぜそれをしないのか…

どのみち、紫を呼ばなければ詳細は分かりそうにない。

 

「紫ー!」

 

俺が呼びかけると、目の前に空間の裂け目が現れる。紫の十八番であるスキマだ。しかし、出てきたのは紫でも、さらには藍でもない。藍の式神であり、猫又の妖怪である橙だった。

 

「橙?」

「はい!紫様も藍様も忙しいので、私が代わりに来ました!」

 

二人が動けないほど忙しい…?それってもはや異変が起きているのと同じなのでは?

 

「そんなに大変なのか」

「えっと……一言で言うなら、まじヤバイです」

 

どこでそんな若者言葉を覚えたのか。

 

「どれくらいヤバイんだ?」

「幻想郷存続がヤバイくらいヤバイです」

 

それって異変とかいうレベルではなくないか?しかもこの状況で霊夢が不在…となると、本当に大事件になっている可能性がある。

 

「簡単に言うと、畜生が幻想郷を飲み込もうとしてます!」

「畜生界が?そんなことが可能なのか?」

「原理はよくわかってなくて…でも、幻想郷に影響を及ぼし始めているのは確かです!」

 

紫と藍はとてつもなく頭がいい。回転も大妖怪らしく気持ち悪いほどに早い。確か星系に関する計算を一瞬でするとかなんとか…

そんな二人でもわからないのに、幻想郷を飲みこむ力を持っているなんて、どこのどいつだ?

 

「あ、犯人は分かってますよ」

「そうなのか?」

「はい!吉弔八千慧という妖怪らしいです!」

 

吉弔八千慧…たしか、俺と霊夢が一緒に畜生界に行ったときに出会った妖怪だ。宴会のときにいないというのを聞いたが…本当にまだ諦めていなかったのか。

彼女に畜生界を丸々動かすほどの力があるとは思えなかったが…いや、そういえばあそこには動物霊を使ったタンクのようなものがあったな。ルーミアに破壊してもらったが、もしかしたらあれが沢山用意してあったのかもしれない。

 

「それで、できれば定晴さんには行ってもらいたいって思ってるんですけど…」

 

まだ俺の能力は向上していない。無効化なんて何も変化してはいない。

しかし、ここで俺が何もしていないままに幻想郷が崩壊しているのを黙って見過ごすわけにはいかない。

 

「分かった行こう」

「了解です!じゃあこのスキマを通ってください!」

 

橙が、自分が通ってきたスキマを指さす。この先はかくりよじゃないのか?

 

「なんか私が喋ってる間に変更されちゃったみたいです」

「ん?それって橙は帰れなくないか」

「…飛んで帰ります」

 

しょんぼりした橙。うーむ、橙のことを気に掛けることもできないほどヤバイのか、それともうっかりか。

どのみち、もうここまで来たら引くという選択肢はない。

 

「ルーミア、ユズ、勝手に決めたが…」

「気にしないで」

「はい…私も、頑張り、ます!」

 

ユズを家に帰している時間はないな…となると、ユズも参加だ。

どうなるかわからないけど、魔界でユズは成長している。問題はないだろう。

 

「よし、行くぞ」

 

俺たちはスキマを通って畜生界へと渡った。

 

 

あ、神綺に何も言ってないわ。




次回より新章です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七章 融合異変
三百十三話 大事件


久しぶりに水曜日に投稿します


スキマを抜けた先は彼岸。どうしようもなくなった橙も一緒についてきた。

 

「私は戻るので、定晴さんあとはよろしくおねがいしにゃす」

「任せろ」

 

少し噛みつつ、橙は飛んで行った。

…あれ、三途の川は一人じゃ飛んでいけないんじゃなかったっけ?動物霊みたいなのが必要であり、そうでないときは死神がいないといけないとかなんとか…俺なら無効化でごり押しすると進めるけど、橙にそれができるとは思えない。

まあ、何かあったときは小町とかが助けてくれるだろう。あの藍が橙を放置するはずもないしな。

 

「じゃあ、行きましょ」

「頑張ります!」

「おう」

 

俺は畜生界へと歩みを進めた。

しばらく進むと、見覚えのある門へとたどり着いた。庭渡久侘歌のいる門だ。

霊夢と一緒に来たときは、霊夢が戦っている間俺は地上で動物霊をひたすら斬っていた覚えがある。あの時は俺がメインじゃなかったからな。

 

「ふむ、いないな…」

「何が?」

「ここには門番代わりの妖怪がいて、そいつが前は通せんぼをしていたんだが…」

 

周囲を見渡してみても、久侘歌の姿はない。休憩中だろうか。霊夢が先に入っているらしいし、その時にボコボコにされたのかもしれない。

何もないのであれば、わざわざ立ち止まる必要はない。

 

「目的地はまだまだ先だ」

 

地獄の門を過ぎて、さらに奥へ。畜生界は地獄のさらに先にあるので、ここで遅れている場合ではない。

たまーに地獄妖精なるちっちゃい妖精が飛んでくる。そんで攻撃してくる。何が目的なのかわからないけれど、模写でコピーしているマスタースパークを使って薙ぎ払う。

 

「ご主人様、容赦ないわね」

「時間をかけている暇はないからな」

 

紫と藍の両方が動けなくなるほどの大変さなのだ。妖精一匹一匹に時間を費やす理由はない。

 

「そもそもマスタースパークって結構な魔力を使う魔法だったと思うんだけど…」

「俺は霊力で補ってるからな。まあ、魔理沙はミニ八卦炉を使ってるから俺よりも燃費はいいだろうけど…」

 

極太レーザーを撃つだけなので、実際のところほぼロスはない。直線状に攻撃すれば、それだけでマスタースパークとなる。多分ルーミアも妖力でマスタースパークを撃つこともできると思うが…幽香もできると言っていたし、ルーミアも妖力で使えるはずだ。

俺は模写で使えるし、ルーミアも使える可能性がある。魔理沙は十八番として気に入っているらしいけど、果たして俺たちが使えることを知ったらどんな顔をするだろうか。

 

「定晴さん、悪い顔してます」

「ユズ、気にしちゃだめよ。ろくでもないんだから」

 

おっと、気を引き締めなければ。

地獄妖精を薙ぎ払いながら進んでいくと、妙な気配がしたあとに周囲の風景が変わった。畜生界に入ったのだ。

畜生界に入ると、地獄妖精の代わりに動物霊が攻撃してくるようになった。強さは妖精たちとそんなに変わらないので、またもやマスタースパークで薙ぎ払っていく。妖精よりも動きが遅いので当てやすい。

 

「取り敢えず前回と同じ最奥まで…っ!」

 

脳裏にフラッシュ。

 

「ルーミア、ユズ、右に攻撃!」

「え!?おりゃあ!」

「ええーい!」

 

一瞬びっくりしたが、すぐに俺の指示通りに攻撃してくれる二人。

攻撃が当たったところから、屈強そうな動物霊が現れ、そしてそのまま墜ちていった。

 

「ご主人様、あれは…」

「わからん。だが、あいつを放置したらどうやら死ぬらしい」

 

突然俺の力が発動し、死ぬ未来が見えた。ただ、いつもと違ってはっきりとした死の未来ではなかったので、もしかしたら確定的な未来ではなかったのかもしれない。

とはいえ、敵を放置しておく理由はないので、墜とすことに意味はあるはずだ。

 

「動物霊が屈強って、おかしくないですか?」

「それはそうだ。なんせ、動物霊は動物である前に霊だからな。鍛えたところで筋力がついたりするわけじゃない」

 

だが、霊は霊力などを吸収すると大きくなれる性質もある。なんせ、体すべてがそういった類の力で構成されているからだ。

昔ここで見たタンク動物霊は膨らんでいたけれど、あれを完全に吸収して強くなればああいった屈強な動物霊が生まれるのかもしれない。どのみち、二人の攻撃で倒せる程度の強さでしかないけど。

俺たちは移動しながら、未来について考察をする。

 

「あれを放置したところで死ぬとは思えないんだけど…」

「ああ。俺もそう思う。死ぬ瞬間がフラッシュだったから、何が原因で死ぬのかはわからないんだ」

「じゃあなんであいつがいるってわかったのよ」

「勘みたいなものだ」

 

なんとなく、原因の一つがあいつだと分かっただけだ。あいつが俺たちに何をするのかはわからない。

しかし確かめようにも墜としてしまったし、確かめるときは死ぬときだ。俺だけが死ぬならまだいいが、この場所で俺が死ぬということは、二人も死んでしまうことを意味している。

 

「動物霊が大きくなるには力が必要なんですよね?」

「みたいだな。実際あいつの霊力は多かったし」

「それだけの力をどこから得たんでしょうか…」

 

前に見たタンク型の動物霊があれに成った可能性もある。それに、強くなるといっても霊が対象なので、誰かが力を流し込めば簡単にあれくらいには成るだろう。

どのみち、犯人はここにいる奴…おそらく吉弔八千慧だろう。

 

「私、その吉弔八千慧っていう妖怪にそこまでの強さがあるとは思えないんだけど」

「俺もだ。まだほかに協力者がいるのかもしれない」

 

どのみち、妖怪一人で世界を丸ごと動かすなんて所業、普通はできない。

 

「でももし不動レベルの術者だったら、一人でも可能かもな」

「あれって結構天性の才能的なやつでしょ?不動レベルのがそんなにいっぱい出てこられると困るんだけど」

 

不動は能力を使って、幻想郷の結界をすべて消し飛ばすことも可能だ。それが開放する力であり、解放する力だからだ。

幻想郷の住人だから、八千慧にも何かしらの能力があると考えてもいいだろう。ゆえに、八千慧の能力の内容によっては幻想郷に大きな影響を及ぼすことも可能かもしれない。

 

「まあ、行ってみればわかるさ」

 

俺たちは奥へと進んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百十四話 また閉じ込められた…

俺たちは途中で広い空間にたどり着いた。ここは杖刀偶磨弓と霊夢が戦った場所だ。ここで俺は霊夢と離れて、埴安神袿姫と出会うことになる。つまり、最奥はすぐそこだ。

 

「霊夢はどこにいるのかしらね」

「流石にテレポート系の能力ではないだろうから、いるとしたら畜生界のどこかだろうけど…」

 

今のところ気配は感じない。霊夢の霊力は特徴的なので、近くにいればわかりそうなものだが、今のところ誰も感知していなかった。

 

「ここに来るなら袿姫でも連れてくればよかったんじゃない?」

「どこにいるのか俺が知っていたらな」

 

動物霊の異変が終わったあとの宴会で、ある程度動けるようになったと袿姫は言っていたので、もしかしたら地上のどこかにいるのかもしれないが…それを俺は知らないのでどうしようもない。もしかしたら紫に聞けば…いや、忙しいから無理か。

 

「まあいい。この奥が最奥だ」

 

少し進めば、広い空間に出る。あの時地震があったせいで、ここは特に崩れている箇所が多い。

 

「誰もいないな」

「妖力も感じないわね」

 

動物霊すらいない。ここに来る途中では何度も迎撃したというのに、ここには一匹たりともいやしなかった。

 

「ここじゃないのかしら」

「うーむ、隠れるならここにいると思うんだが…」

 

霊夢は畜生界に向かったと報告されている。なので、相当な移動でもなければ畜生界の中にいるはずである。だが、姿が見えない。

もしかして、俺たちが知らないさらなる奥がまだあると言うのだろうか。

 

 

「戻ってみる?」

「うーん、前にここに来た時はあまり探索できてないし、もしかしたらまだ奥があるのかもしれない」

 

俺たちは三人で手分けして、この広い空間を探索することにした。見た限りだと、ここから奥に行けそうな通路はないけれど、隠し扉とかがあるのかもしれない。

 

「ともかく瓦礫が邪魔ね。ご主人様、これ全部どかしていいかしら」

「ああ、むしろ頼む」

 

ルーミアが妖力を広げて、闇が瓦礫を包んでいく。

しばらくして闇が晴れたあとには、瓦礫はきれいさっぱりなくなっていた。

 

「すごいな。どうやったんだ?」

「消えただけよ。家で読んだ本にブラックホールってのがあったから、できるかもなって練習してたのよ」

 

ブラックホールとは、宇宙にあるなんでも吸い込む星の果てだ。超重力の影響で、光すらも逃れることはできず、消し去ってしまうらしい。正確には滅茶苦茶に圧縮しているらしいが…肉眼で見えないのであれば、それは消えたのと同義だろう。

ルーミアの闇は、とうとう物質の消失もできるようになったらしい。

 

「ただ疲れたから、ご主人様霊力ちょうだーい」

「霊力でいいのか?」

「変換できるようになったからいいわ」

 

俺が霊力を渡そうとしたら、ルーミアに制止された。

どうしたのかと思ったら、ルーミアが背中に抱き着いてきた。近くにいればそれだけ力のやり取りがしやすいが…近すぎないか?

 

「…ルーミアさん、近すぎません?」

「あら、ユズも来る?ご主人様の背中温かいわよ」

 

ルーミアにそういわれて、逡巡したあとにユズも背中に抱き着いてきた。探索はどうした。

 

「瓦礫が消えて見やすくなったんだから大丈夫よ」

「ここから見てます」

 

背中から声が聞こえる。

まあ二人ともこういう場面で緊張しないのはいいことだ。周囲の警戒はちゃんとやっているみたいなので、今回は甘く見よう。

 

「うーん、この先はなさそうね」

「ということは、やっぱりここじゃないのか」

「もっと奥まで続いている道があるのかもしれません」

 

三人で周囲を見てみたが、この空洞は完全に行き止まりであり、ここから先に進める場所はない。

致し方なく戻ろうとしたところ、既視感のある現象が起きた。

 

「地震!?」

「またかっ」

 

俺たちは急いで元の道を戻る。霊夢を探すのはそうだが、それで俺たちも畜生界から帰れなくなってしまっては意味がない。

 

「定晴さん、何ですかこれ!」

「俺もわかってないが、このままだと畜生界に閉じ込められる!」

 

あの時は紫経由で不動が来てくれたので、なんとか畜生界から出ることができたが、今は紫が忙しいので不動が来てくれるかどうかは怪しい。そもそも、あいつを頼るのは個人的に嫌だ。

 

「あっ…」

 

しかし、戻った先にあったのは見たことがある結界。またしても、この畜生界に閉じ込められてしまったわけだ。

 

「ねえご主人様、もう無効化で消し飛ばさない?」

「いや、まずいだろ」

 

この結界は畜生界全体を覆っていると考えられている。そのため、この結界を無理やり無効化で消した場合畜生界が崩壊する可能性があるのだ。出入口が目の前にある俺たちは大丈夫だが、そうではない霊夢は崩壊に巻き込まれる可能性がある。

 

「こう言ったらあれだけど、最悪の場合は霊夢は大丈夫よ。能力でなんとかするわ」

「そうは言ってもなぁ…」

 

というかなんとかなるのか?俺あまり霊夢の持つ能力について詳しくないのだけど。

 

「仕方ない。戻って霊夢を探そう。どのみち捜索はしないといけない」

 

俺たちはどうしようもなくなって、半強制的に霊夢探索を再開するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百十五話 頭は使わない

「取り敢えず前回行かなかったところに行こう」

「そうね。もっと奥まであるかもしれないものね」

 

俺たちは畜生界を、あてもなく飛んでいた。

時々動物霊が飛んできているものの、それ以外に目立ったことはない。景色も変わらないし、動物霊以外の何かが出てくるということもない。

 

「定晴さん、前回の畜生界はどうだったんですか?」

「前回もそんな変わらなかったな。途中でこんな風に閉じ込められるところも含めて、あの時と変わらない」

 

あの時は不動が助けてくれたが…畜生界に来るたびにこれをやらされていては世話ないので今回は甘えない。

あの時も霊夢は途中から合流したのだし、傍にいるのがルーミアとユズであること以外は本当にあの時のままだ。

 

「そういえば、あの時の霊夢って気絶してたのよね?」

「そうだな。それに、霊力も減っていた」

 

とはいえ霊力自体に問題はなく、霊夢もすぐに動けるようになっていた。そのため、特に気にしてはいなかったが…

 

「もしかして、霊夢の霊力もあの結界維持に使われてるとかは…」

「どうだろうな。ありえない話ではないけど…それはつまり、ルーミアのように霊力を操れる妖怪がいるということになるが」

 

俺の中で、別の力を使うのはなかなかの難易度であると思う。そういう意味では、ルーミアはとても異質な存在だと考えているのだが、そのような妖怪がほかにいるというのはあまり考えられない。

 

「でも私はそこまで苦労してないわよ?」

「そうなのか?」

「ああ、そういえばルーミアさんは前にご主人様の力g」

「はい、ユズは黙ろ。取り敢えず、私は苦労してないわよ」

 

ルーミアの闇で器用に口を塞がれたユズがムームー言ってる。ルーミアの闇ってそんな使い方もできるのか…

 

「あ、ほら。あそこ、光ってるわよ」

「ふむ。行ってみるか」

 

ルーミアに話を逸らされつつ、発見した光へ進む。

 

「ぷはっ、酷いですよルーミアさん」

「ユズが変なことを言うからじゃない」

「事実じゃないですかぁ…」

 


 

光は明滅しており、誰かが単純に光っているわけではないことを物語っていた。

 

「あれは…」

 

そこには動物霊の塊があった。一軒家ほどの大きさであり、先ほど俺たちを襲った大きい動物霊も混じっている。

光源はその動物霊の塊の中心らしい。明滅しているのは、光が動物霊の隙間から漏れたものだからだ。隙間から出た光だというのに、遠くからでもわかるほど光っている。近くで光源を見たら目がつぶれてしまうかもしれない。

 

「確実にあそこに何かわるわね」

「取り敢えずあの動物霊を消すか」

 

俺たちは動物霊の塊に近づいた。すると、何匹かはこちらに気が付いて攻撃してくるが、大部分は光源に向かおうと塊になったままだ。

一体中心には何があるというのだろうか。

 

「闇で包んで引きはがす?」

「光源が何かわからないからな…外から飛ばしていくしかないんじゃないか?」

「でしたら任せてください!物量は得意です!」

 

そう言ったユズが前に出る。そして展開されたのは超密度の弾幕。俺やルーミアでも使わないようなほぼほぼ回避不可能な弾幕である。

 

「せいっ!」

 

しかも弾の威力は高いらしく、一気に塊が削られていく。

 

「魔界での鍛錬で妖力が増えたから、精密な操作は苦手だけど、物量は得意らしいのよ」

「ふーむ、俺が知らない間に二人ともできることが増えてるなぁ…」

 

魔界での鍛錬はずっと一緒にいたわけではない。そもそも、暴発などの危険性があるのでそこまで近距離で鍛錬ができないのが現実だ。

そのため、自主練として離れたところで鍛錬することも多かったのだ。そういったところで、二人は俺が知らない技を身に着けたというわけだ。俺は目立った成長がない分、とても悔しく感じてしまう。

 

「そろそろ光源かしらね」

「ああ。一体なんだろうな」

「…正直、私はあの光を見たことあるのよね」

「え?」

 

ユズが動物霊を削り切ると同時に、光源がこちらに飛んできた。とてつもなく眩しい。

そして、光源が一気に光を放出すると周囲にいた動物霊は全部消えてしまった。この範囲の霊を一度にまとめて除霊したみたいだ。

光が収まると、光源があったところにいたのは、畜生界で行方不明となっていた霊夢だった。

 

「ふう、助かったわ。霊の癖して面倒なのよあいつら」

「霊夢?」

「あら、定晴さんじゃない。それに式神の二人もいるのね」

 

あれだけの動物霊に囲まれていたというのに、霊夢の服には一切の乱れがない。強いて言えば、少しだけリボンが解れているようにも見える。

 

「俺たちはお前を探しに来たんだが…」

「そうだったの?というか、今何日の何時?」

「正確な日時は俺たちも知らないが…霊夢が行方不明と騒がれるくらいは経ってるぞ」

 

霊夢は無事だったが、まるでタイムトラベルをしたかのような質問をされてしまう。

こんなところで数日も生活する方法があるとは思えないし、もしかして本当にタイムスリップでもしたのだろうか。

 

「あー、やっぱりそんなに経ってたのね。うーん、時間間隔がおかしくなるのは困りものよねぇ…」

「数日間、何をしてたんだ?」

「そういえば定晴さんには見せたことがなかったわね。あれは夢想天生って言って、反則みたいなものよ」

 

そこにルーミアの補足を加えると、こうだ。

霊夢の能力である【主に空を飛ぶ程度の能力】というのは、その名の通り空中浮遊もできるが、拡大解釈としてあらゆるものから飛ぶこともできるのだという。夢想天生という技は、それを最大限に生かした技であり、使っている間は霊夢に一切の攻撃を加えることができないらしい。ただすべての物質をすり抜けられるというわけでもないらしく、動物霊に物量で捕まっていたらしい。

数日間過ごせた理由は、博麗の巫女としての成果らしいが…水那も将来何もなしで数日間も過ごせるようになるということなのだろうか。

 

「それで、今はどういう状況かしら?」

 

俺は橙から聞いた現在の幻想郷の様子を伝える。そして、現在の畜生界の状況も。

 

「なるほど、嘗め腐っているわね。実は私も罠に嵌められたわけで、畜生界から出れなかったのよね」

「今も出れないが…」

「あら。私はもう出方に検討がついたわ」

 

おや、あまり霊夢は頭を使うタイプではないと思っていたが…

 

「畜生界をぶっ壊せばいいってことよ!」

 

やっぱり頭は使っていなかった。

 

「いや、でも…」

「二度も私たちを捕まえたこんな場所なんて知らないわ。定晴さんの能力で結界が消えるなら、それでいいじゃない。ここにはもう味方はいないんだから」

「…豪快だな、霊夢」

「豪胆なのよ、私は」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百十六話 三途の川の案内人

結界が見える、畜生界の入り口まで戻ってきた。

 

「本気でやれと?」

「ええ。畜生界の未来なんて知ったこっちゃないわ!」

 

畜生界から出るために結界をなんとかする必要があるのは分かるのだが、ここで無効化したときの影響がわからない。

畜生界が崩壊する未来だって可能性でしかないわけで、もしかしたら結界を消した瞬間に俺たちが出る暇もなく畜生界が消滅する可能性だってある。まあ俺が死ぬときは見えるはずなので、多分大丈夫だとは思うのだけど。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

俺は結界に触れる。対象が大きな場合は、触れた方がやりやすい。

さて、そもそもとして霊力が足りるのかというと…うーむ、俺だけの霊力じゃ足りないな。俺の無効化は対象の存在比が大きいほど消費霊力が増えるので、世界を丸ごと覆っている結界だと霊力消費が大きすぎる。

 

「ルーミア、ユズ、妖力を貸してくれ」

「いいわよ」

「了解、です」

 

ユズと大妖怪のルーミアの妖力を合わせて…微妙に足りない。いや、発動はできるのだけど、使った瞬間に気絶する。今は抑制しているので見えないけど、多分死ぬ。

 

「霊夢の霊力も分けてもらえるか?」

「さっきの反動でもうあまり残ってないけど、それでもいいなら」

「構わない」

 

霊夢からも霊力が流れ込んできて…うおっ、霊夢の霊力異質!

まるで俺の浄化の力のような聖なる力が籠っている。これ霊夢が霊力放出するだけでそれなりの妖怪は退治できるのでは…?

 

「これで足りるのかしら?」

「ああ。行くぞっ!」

 

対象:目の前の結界、無効化…発動!

 

「きゃあっ!」

「さっさと出るぞ!」

 

俺が結界を無効化した瞬間、畜生界全体が揺れた。そのせいで霊夢から悲鳴が出たが…意外と悲鳴は女の子らしい声なんだな。

俺たちが畜生界から出ると、すぐに結界が展開された。どうやら継続して力を供給しているタイプの結界らしい。畜生界が揺れたのは、供給先が突然消えたからかな。物で例えると、水を貯めていたタンクが突然消えるような…

 

「びっくりしたじゃない!」

「声はかけただろ」

「私も、びっくり、しました…」

 

とはいえ、畜生界が崩壊するという最悪の展開にはならなかったようだ。霊夢は気にしないと言っていたけど、実行犯は俺なので俺は気にするのだ。

 

「それで、こっからどうするのよ。そもそも、霊夢は畜生界で何か見つけたのかしら?」

「え?何もなかったわ。紫の奴、完全にガセネタを掴まされてるわ。私の勘だと、犯人は幻想郷にいる!」

「霊夢が言うならそうなのかも。定晴、幻想郷に行くわよ」

 

勿論そのつもりだ。畜生界に霊夢が捕まっているという時点で、畜生界は罠以外の何物でもない。今頃幻想郷のほうでのうのうと準備をしていることだろう。

 

「あれ、でもどうやって三途の川を渡るんだ?」

「そこらへんで死神でも捕まえればいいでしょ。幻想郷がおかしくなるのは、彼岸にとっても無関係なことではないわ」

 

そう霊夢が言ったけど、それってつまり拉致ってことでは?

それでいて、小町以外の死神は仕事熱心のため、三途の川まで戻ってきても、死神は一人も見つけることができなかった。

 

「定晴さんの力でなんとかならないのかしら?」

「あぁ…使えるが、多分死の概念が大変なことになるぞ」

 

死をなくすわけではないので、俺の力の制限に引っかかることはない。しかしながら、三途の川を普通の人間が渡れるようになってしまうと、現世にどれだけの影響があるのか予測ができない。

 

「必要なときにばかり使いにくい力ねぇ…」

「俺の能力は強くないって再三言ってるだろ」

 

使い勝手という面では俺の力はとてつもなく悪いのだ。そのことは今までも何度も言ってきているので、今更文句を言われても困る。

 

「あれ、お困りですか?」

 

ふと、俺たちの背後から声がした。

俺たちが振り返ると、そこには少し背の低い女の子。

 

「久侘歌…だっけ」

「そうですよ。こんなところで何をしているんですか?」

 

そういえばこの子も彼岸で働いている。

事情を説明して、向こう側まで案内してくれないか頼んでみると…

 

「いいですよ。私もちょうど帰るところですし」

「ここに住んでいるんじゃないのか?」

「私は妖怪の山住みですよ」

 

どうやら仕事場までそれなりに距離があるところに家があるらしい。閻魔や死神がこっち側に住んでいることを考えると、地獄の入り口で働いているにも関わらず幻想郷から来ている彼女はかなり特殊な例と言えるだろう。

 

「早く案内なさい。幻想郷が大変なのよ」

「はいはーい。ついてきてくださいね」

 

久侘歌の案内で三途の川の上を飛ぶ。

毎度思うけど、三途の川を飛ぶというのは不思議な体験だ。スキマで三途の川をすっ飛ばすのも大概だが、生きているまま死神を無視して三途の川を渡るというのも中々に凄まじい体験である。

少なくとも、幻想郷でなければ体験できないことだ。

 

「私ずっとこっちにいたので分からなかったのですが、幻想郷で何があったんですか?」

「畜生界が幻想郷と融合しそうだとかなんだとか。原理はわからないけれど、犯人はもうわかっているわ」

「…混ざっちゃいけないものは、選別しないといけませんね」

 

どうやら久侘歌からしても、幻想郷の危機はまずいらしい。まあ、そりゃそうか。

 

「犯人とは?」

「吉弔八千慧っていう…畜生界にいる妖怪ね。あなたも出会ったことがあるんじゃないの」

「私はあくまで門番なので…ですが名前は聞いたことがあります。鬼傑組の組長であり、相手に逆らう気力をなくさせる能力を持っています」

 

それって結構重要な情報なのではなかろうか。組長はよく知らないが、能力の詳細を先に知っていられるのは強みの一つとなりうる。

霊夢もそこに気が付いたのか、気迫も感じさせる勢いで久侘歌に詰め寄る。

 

「知ってること、全部教えなさい!」

「え、えぇ…」

 

幻想郷に到着するまでの間、俺たちは久侘歌に情報を色々教えてもらうのだった。

 

「一応企業秘密の部類なんですが…」

「今更そんなこと言ってられないわよ。さあ、あとはぶっ飛ばすだけよ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百十七話 二手に分かれて

「私がいない間に随分と結界に綻びが出たわね」

「そんな一目でわかるのか?」

「ええ。このままじゃ幻想郷が崩壊するってのも存外冗談にはならないわね」

 

幻想郷側までやってきて、久侘歌と別れた後。

取り敢えず俺たちは博麗神社まで帰ってきた。博麗神社から見える結界の様子を見た感想が、さきほどの霊夢のこれだ。

 

「さて、さっさと犯人をやっつけないと取り返しのつかないことになりかねないわ」

「霊夢の勘は、どこだって言ってるんだ?」

「そうねぇ…妖怪の山か魔法の森のどちらかね」

 

妖怪の山は妖力が集まる場所であり、術式を作るのにも適しているようにも思える。

魔法の森は魔力が集まる場所であり、妖怪の山に比べると空気中の量も多いのでコスパはいいように思える。

どちらも確かにありえそうな場所だ。どちらも潜伏場所にもうってつけなわけだし、幻想郷の中で何かしているのならその二か所は非常に怪しい。

 

「二手に分かれましょ。私は魔法の森に行くから、妖怪の山を定晴さんよろしく」

「了解」

「あと人数的に式神のうちどっちか借りたいんだけど…」

 

ユズとルーミアを見る。ユズは全力で首を振っている。

俺たち以外の住人の中では、ユズと霊夢はそれなりに交流がある方ではあるのだけど、流石に二人っきりはまだ辛いか。

 

「ルーミア、行ってくれるか」

「まあユズがこんなだしね。仕方ないわ」

 

ついでに言うと、ユズの実力がまだ未知数な部分が多いので、霊夢と二人っきりにするのは不安だという部分もあるのだ。

 

「あ、これ連絡用お札ね。何かあったら霊力を込めて伝えなさい」

「はいはい」

 

古式電話である。霊力がある限り無限に使えるし、霊力は自然に回復するので、外の世界の電話よりも物持ちという意味ではよい。嵩張らないしな。

霊夢とルーミアが魔法の森に飛んで行ったので、俺たちは妖怪の山へと行く。妖怪の山は過去の異変の関係で、それなりにフリーパス的に入れるので俺が適切だ。霊夢は何かと警戒されているらしいし。

 

「よし、俺たちも行こう」

「はい!」

 

霊夢がいるときは静かだったユズが、霊夢が飛んで行った瞬間元気になった。やはり霊夢はまだちょっと怖いらしい。

 


 

妖怪の山までやってきた。雰囲気から察しているのか、いつもよりも哨戒天狗の動きが激しい。

 

「お、定晴じゃないか。何しに来たんだい?」

「にとり」

 

それとは別に、河童が荷物を運んでいた。その中には見知った妖怪であるにとりの姿もある。

その体の何倍も大きな荷物を、滑車やトロッコ。タコみたいなアームによってスイスイと運んでいる。

 

「その荷物は…」

「これかい?なんて説明したらいいかわからないんだけど…河童仲間のレーダーで変な反応が出たから、貴重なものを倉庫に運んでいるところさ。妖怪の山はどうしても他の妖怪に攻撃されることもあるからね」

 

何かあったときは霊夢が攻めてくる。そして、霊夢の攻撃によって妖怪の山に住んでいる妖怪が慌てて流れ弾が飛んでくる。そうなると貴重なものが壊れてしまう。

そんな流れで、河童たちは作った機械以外にも貴重な資料や書類を非常用倉庫に運んでいるらしい。倉庫がどこにあるのか知らないけど、いつの間にそんなものを作っていたのだろうか。

 

「それで、定晴は妖怪の山に何の用だい?」

「ああぁ…知らない妖怪を見たりしてないか?幻想郷で見たことのない妖怪とか、そういうやつ」

 

詳しく言うのも憚れるので、内容を濁しつつ情報を求める。

 

「知らない妖怪?うーん、妖怪の山は結構入れ替わりが多いからなぁ…」

「天狗がそれなりに管理してるんじゃないのか?」

「あれはあくまで治安維持だよ。わざわざすべての妖怪を検閲してるわけじゃないからね」

 

妖怪の山では天狗が哨戒しているが、流石にすべてを見ているわけではないらしい。幻想郷は妖怪が多いので、すべてを記憶しているわけにもいかないのだろう。

 

「じゃあ個人的に、何か気になるようなこととか」

「うーん、天狗たちが慌ただしいこと以外は特にないかな」

 

ふむ…少なくとも、にとりからは特に有用な情報はなさそうだな。

ただ、天狗たちでも感じ取れるくらいの異変であることには変わりないのだから、ここで調査するときは注意する必要がありそうだ。

 

「じゃあ私は仕事があるから」

「ああ。引き留めて悪かったな」

「私が話しかけたからね。多分また面倒ごとだろう?気を付けてね!」

 

それだけ言うとにとりは河童の列に戻っていった。この距離で見ると、まるで蟻の行列みたいだ。

 

「定晴さん、どうしますか?」

「取り敢えず入山しよう。結界に関することなら、早苗たちも把握してるだろうし、もっと情報を得られるかもしれない」

 

早苗たちが住む守矢神社は、妖怪の山の頂上に近いところに立っている。その影響で訪れる妖怪も多いので、情報が集まりやすいと思われる。

あまり住処から外に出ない河童に比べても、情報が集まりやすい場所であることは確実であろう。

 

「多分相手は隠れているだろうから、周囲には警戒しておけよ」

「了解ですっ」

 

俺たちは妖怪の山に入った。一応天狗が話を聞きに来たけど、調査だって言ったら普通に素通りさせてくれた。

 

「信頼されてるんですね」

「諦められてるに近いんじゃないかな…」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百十八話 躊躇いなく

定晴さんと別れて魔法の森へ。

ルーミアと二人っきりになるってあまりないから、ちょっと新鮮ね。まあ誰が同行者でも気にしないから、私の調子に影響はないけど。

 

「ここに怪しいやつがいたら、先に魔理沙がなんとかしてるんじゃないの」

「それはそれとして行かないわけにはいかないでしょ。それに、魔理沙に頼るのは癪だわ」

 

ご主人様は勘違いしている節があるけど、霊夢と魔理沙は仲間ではない。むしろライバルであり、商売敵でもある。なんせ、霊夢は異変解決が仕事であるし、魔理沙は目立つことで宣伝になっている。

だから、魔理沙が先に異変解決をすることは、霊夢にとって必ずしもメリットとはならないのである。まあ、霊夢は面倒くさがって積極的に動こうとしないことも多いけど。

 

「森の中のどこが怪しいとかないの?」

「そんなに高精度な勘じゃないわよ。それができるなら、定晴さんも連れて全員で元凶を叩いてるわ」

「レーダー霊夢、目指しなさいよ」

 

レーダー霊夢…語感がいい。口に出して読みたい日本語ランクインだ。

私もご主人様も探知には不向きなのだ。私の闇は広範囲にできるけど、区別することはできないし、ご主人様はそもそもそういった広範囲系の技が極端に少ない。そのため、霊夢がレーダー役になってくれると動きやすいんだけど…

 

「幻想郷が大変ってときに、厄介な妖精ね」

「蹴散らすわよ」

 

魔法の森にはあまり妖精が住んでいない。遊び場にはなるけど、住むには流石に魔力が濃すぎるらしい。ただの人間が体調不良になるほどの魔力の濃さなのだけど、妖精もずっといると体調が悪くなる。

だから、ここで飛び出してきた妖精はたまたま今日ここで遊んでいた妖精ということになるのだろう。申し訳ないけど、邪魔だから一回休みになってもらうわよ。

 

「なんとなくあっち!」

 

霊夢が指さした方向に向かいながら、闇を棘のようにして妖精に刺していく。痛いと思うけど、ビジュアル的にわかりやすくピチュったほうが、周囲に妖精が委縮して出てこなくなるのだ。

 

「中々痛々しいことをするわね…」

「邪魔したほうが悪いわ」

 

霊夢に若干引かれた。うーん、効率的だと思うんだけどなぁ…実際、飛び出してくる妖精の数は目に見えて減ったし。

これご主人様の前でやったら、ご主人様にも引かれるかしら……やめよう。今の私は、ご主人様に嫌われることを考えるだけでコンディションが悪くなる。

 

「…」

「なによ」

「定晴さんのことを考えてるのかなーって思っただけよ」

「なんでわかるのよ」

「勘よ。あまり間近で見たことなかったからあれだったけど、私が思ったよりもあなたって定晴さんにぞっこんなのね」

 

私の顔が赤くなる。少しの怒りと、とてつもない羞恥で。そんなにわかりやすいのかしら、私。

 

「あら、あなたもそんな乙女みたいな顔するのね」

「あなたも、って誰の事?」

「紫よ。二人とも、同じ人のことを考えて同じような表情をするのよ。近くで見てて、甘さで吐きそうだわ」

 

私はそこまで表に出していないと思うんだけど…傍目から見たらわかるということなのだろうか。霊夢の勘が鋭いことくらいは分かってるけど、恋事情にまで精通しているとは思えない。

 

「ん、止まりなさい」

「あ…」

 

雑談もここらへんで切り上げて、私たちは木の影に隠れた。

目の前では、妖精が何かを見ている。目線の先には魔法陣。

魔力で満ちている森なので、魔法陣の効果は幻想郷のどこよりも強く出る。誰が置いた魔法陣かはわからないけど、注意しないといけない。

 

「魔理沙が置いた可能性は?」

「ないわね。そもそも、魔理沙は魔法陣とかのちまちましたことは嫌いよ?」

 

それはそう。弾幕を火力でごり押ししてくる人が、チマチマ魔法陣を構築したりはしない。

 

「ま、こんなところに置いてあるのが悪いわ」

 

そういうと、妖精ごと魔法陣を吹き飛ばしてしまった。死ぬわけではないとはいえ、なんの躊躇もなくいったわね…

魔法陣を吹き飛ばして満足そうな霊夢に近づく。畜生界でずっと動物霊に捕まっていたストレスを発散したのかもしれない。

ついでに疑問に思っていたことを霊夢に尋ねてみる。

 

「そういえば水那は何してるの?」

「留守番を任せたけど…今はあっちも異変解決のために動いているかもしれないわね。畜生界で連絡用のお札を失くしちゃって、会わないと連絡できないのよ」

 

それは作った意味が…まあ、あの状況のなら失くしてしまうのも仕方ないか。

 

「さあ、これで犯人が出てきてくれたらいいんだけど…」

 

霊夢がそう呟いたとき、私たちの地面が吹き飛んだ。起爆地点は先ほど霊夢が吹き飛ばした魔法陣の地点。どうやら遅延式の時限爆弾の魔法陣だったらしい。

 

「小癪ね!嘗めないで頂戴!」

 

霊夢は結界で、私は闇で即座にガードしたおかげで無傷だ。魔界で特訓してなければ闇の展開が間に合わなかったかもしれない。

 

「これは私たちを狙った罠ってことでいいわね」

「そうとは限らないような…」

「売られた喧嘩は買う主義なの。絶対にぶっとばすわ」

 

普通は置いてある魔法陣をノータイムで破壊したりしない。

霊夢の性格を把握しているからこその罠なのか、それとも完全に誤爆なのかはわからないけど、霊夢の闘争心に火がついてしまった。

これで毎回ちゃんと異変解決してるから面白いわよね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百十九話 ユズの主張

守矢神社までやってきた。ずっと魔界にいたこともあって、ここに来るのも随分と久しぶりだ。

 

「あ、定晴さん!魔界に行っていたと聞きましたけど」

「さっき帰ってきたんだ」

 

境内では早苗が掃除していた。天狗たちは騒がしかったけど、守矢神社は平常運転といったところか。

 

「早苗は…何か感じるか?」

「結界の歪みですか?」

「感じるのか」

 

流石は巫女…というか風祝。

 

「それは勿論です。でも、諏訪子様から何もするなって止められてるんですよね…」

「そうなのか?」

 

ふむ、異変として見るのであれば、原因を探るのは当然の動きだと思うんだが…もしかして、神様にしかわからない何かがあるのかもしれない。

 

「そうだよんっ」

「うわっ」

 

思考を巡らせていたら、いつの間にか後ろに諏訪子がいた。釣り竿を持っており、足元のバケツには二匹の魚が泳いでいた。霧の湖で釣ってきたのだろうか。

 

「早苗にはまだちょっと早い事例だからねー。それに、博麗大結界におかしいのであればこれをどうにかできるのは流石に霊夢じゃないとね」

「なるほど」

「それで、霊夢はどこに?」

 

今までの経緯を軽く説明した。

流石に霊夢が畜生界に閉じ込められていたことは知らなかったようで、霊夢が動物霊の中にいたことを伝えると、とても笑っていた。

 

「はぁ、笑った笑った。つまり、霊夢は別機動隊として動いているわけだね」

「そうだ。それで、妖怪の山で何かおかしなことはなかったか?」

 

守矢神社は妖怪の山でも、情報が集まりやすい場所だと思うので何かあるなら知っていると思うんだが…

 

「うーん、少なくとも私は知らないなぁ…早苗は?」

「私も特には…天狗たちはいつもよりも慌ただしいですけど、それくらいですね」

「そうか…」

 

天狗たちは結界や妖力の変化を見て慌てているようなので、誰か怪しいやつを見つけたということではないだろう。むしろ、何かしらを見つけた場合はそこに天狗が集まるはずなので、今のように飛び回っているということは、何も見つけられていないということだろう。

 

「すみません、お役に立てなくて…」

「いや、気にするな。何も情報を得られていないのは俺たちも一緒だ」

 

八千慧の位置は分かっていない。霊夢の勘により、幻想郷の方にいるだろうということにはなっているが、詳細は分かっていない。

もしかしたら何の目印もない森の中にいるのかもしれない。こうやって住人から情報を集めるほかないのだ。なんせ、俺と霊夢は数日間幻想郷にいなかったのだから。

 

「紫さんたちとは連絡がとれないんですか?」

「今は結界の維持で忙しいらしい。橙ですらすぐに帰ったから、相当だ」

 

先ほど試しに一度呼んでみたが、返事はなかった。冬眠しているわけではないので、確実に仕事をしているはずなのだが、呼びかけに応えられないほど忙しいらしい。

 

「私よりも神奈子の方が交流があるから知ってるかもしれないけど…」

「神奈子はどこにいるんだ?」

「この異変を見てどこかに行っちゃったんだよね。私もよく知らないや」

 

どうやら神奈子は不在らしい。この社は諏訪子と神奈子の二人のものなので、どちらかいなくても問題ないとは思うけど、神社に神がいないとは…

 

「というか、首謀者ってわかってるの?」

「ああ、それは分かってる」

「ふーん…?」

 

諏訪子が思案顔になる。ミキの例があるので、神の思案には少しばかり警戒してしまう。神が考え事をするときは、大抵よくないことが起きるからである。

 

「定晴、ちょっと待ってて」

「いいけども」

 

諏訪子は早苗を連れて社の中に入っていった。そして、ここから少しだけ見える位置で、何かを話している。距離があるので、何を話しているかまでは聞き取れない。

 

『私なんかじゃ…』

『寂しかったんだろう?ここでばしっと目立ってきなよっ』

『ですが…』

『よし、神様命令、行ってこいっ!』

『ええっ!?』

 

しばらくすると、二人が戻ってきた。さて、何を話していたのかな。

 

「話し合いの結果、定晴には早苗を連れて行ってもらうことにしました」

「お、お願い、します…」

 

どんな話し合いをしたのかは不明だが、早苗が仲間になった。

ただ…

 

「ユズ、大丈夫か?」

「…大丈夫、です。私の都合で、色々拒否するのは、よくない、ですから…」

 

うーむ、こうは言っているけれどユズには負担になってしまうな。

住人の中ではまだ慣れている霊夢でも、未だにスムーズなやりとりができないというのに、まだあまりコミュニケーションがない早苗ともなれば、ユズのストレスが増えてしまう。

俺がそのことを言おうとすると、後ろからユズに服を引っ張られた。

 

「大丈夫、です」

「ユズ?」

 

ずっと俺の後ろに隠れていたユズが、俺の前に出た。突然会話に参加してきたユズに、諏訪子と早苗の視線が集まる。

 

「よろしく、お願い、します…」

 

ぺこりとユズが頭を下げた。今まで自分からコミュニケーションをとろうとしなかったユズにとっては。早苗への挨拶は相当なハードルであるはずだ。

それを、自分からやろうとするだなんて…ユズも成長してるんだな。

 

「よろしくお願いしますね、ユズちゃん」

「は…はいっ…」

 

それだけ言うと、ユズはまたもや俺の後ろに下がってしまった。でも、ユズは頑張った。

親しい人以外には、自分から話そうともしなかったユズが、こうして自己主張をするようになったということはとても嬉しいことだ。ユズ自身もそういう性格をどうにかしたいと願っていたので、少しの成長が喜ばしい。

 

「よし、行くか。妖怪の山の中をもう少し…」

 

ユズの成長に感動しつつ、もう少し妖怪の山を探索しようと思ったとき、妖怪の山が揺れた。

 

「な、なにあれ!?」

 

大爆発。

方向は魔法の森。

 

「ルーミア、霊夢、大丈夫か!!」

 

お札からの返事はない。

 

「あれは…やばそうだね。三人とも、急いで向かった方がいい。神社の方は私の力で守っとくからさ」

「お願いします諏訪子様。定晴さん、行きましょう」

「ああ」

 

無事であってくれるといいんだが…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十話 魔力爆発

ここらへんは魔法陣が多いわね。魔法が使えないから何の魔法陣なのかはわからないけど…

 

「どうせここらへんの魔法陣も罠よ。勘がそう言ってるわ」

「私もそう思う」

 

霊夢の言葉に同意する。既に一度爆発しているところを見ているのだ。これらが爆発しないという保証はないだろう。

むしろ、十中八九爆発する。もしかしたら相手にとっても魔法陣爆発は悪いことなのかもしれないけれど、爆発するたびに止まっていてはいつまで経っても見つけられない。

 

「ルーミア、定晴さんと連絡できるの?」

「できるわよ。連絡用お札を使わなくても、式神同士ならある程度連絡できるわ。でもなんで今更そんなことを?」

「いえ、お札を使うよりも式神通信を使ったほうが早いじゃない。妖怪の山で何か見つかったらすぐに向かえるようにしないと」

 

前は式神契約に使った紙を介さないと通信できなかったのだけど、いつの間にか念話のように話せるようになった。ユズとはまだそのようには話せないので、式神の歴が長くなるとできるようになるのだろう。

式神ならではのできることについては、どこかで八雲藍に訊いておいた方がいいかもしれない。

というか、私って式神としてちゃんと務めを果たせているのかしら。ご主人様の手伝いはよくしてるけど、それって式神らしいっていうの?そもそも式神ってなんぞや。

 

「どうしたのよルーミア」

「…なんでもないわ」

 

いけない。今はそんなことを考えている場合ではなかった。

魔法の森を飛んでいても、見つかるのは魔法陣ばかり。魔力効率が幻想郷の中でも屈指で高い魔法の森だけど、そもそも妖怪はあまり魔法陣を使わない。なぜなら、妖力で使う魔法陣は少々威力が落ちるからだ。

尚今の私ならオリジナルの威力で使える。ご主人様から魔力が流れてきているからだ。

それはともかく、魔法陣をこんなに置いている意味とは何なのだろう。

 

「ここらへんが…魔法の森の中心ね」

「一番魔力が濃いところだけど…」

 

一番魔力が濃いので、ここで使う魔法陣はそれはもう絶大な威力を誇る。結界を破壊するくらいの魔法を、本人の力も加えていれば行使することも可能だろう。

 

「勘が外れたわね」

 

ここには魔法陣はなかった。なぜあそこまで魔法陣を分散していたにも関わらず、中心には魔法陣を設置していないのか。

 

「うーん、定晴さんの方が正解だったかしら」

「定晴からの連絡はないわよ」

「うーん?」

 

ご主人様は、結構頻繁に連絡をくれる。少なくとも、何かしら進展があったらすぐに連絡をしてくれる。

そのため、連絡がないということはそれはつまりご主人様の方では何も見つかっていないということを意味する。もちろん妖怪の山も魔法の森も幻想郷の中では、それなりに大きなエリアなので、まだ見つかっていないという可能性も全然ある。

 

「戻ってもう少し…まって」

「どうしたのよ霊夢」

 

戻ろうとしたとき、霊夢によって制止された。何か発見したのだろうか。

 

「今戻るのは、まずいかも」

「勘?」

「ええ」

 

私は魔法の森の方を警戒した。霊夢の勘なら、何かしらあるのだろう。

少なくとも、大妖怪がいそうな気配はない。いかに気配を消すのが得意とはいえ、大妖怪ともなれば隠れるのには多大な力を使うので、探せば見つけられることも多いけど…いないわね。

 

「ルーミア、魔法陣が…!」

 

霊夢が指をさした方を見ると、魔法陣が光っていた。それは、つまり魔法陣が起動したことを意味する。

 

「しかも、同時にすべてが…!?」

 

よく見ると、霊夢が指さした魔法陣だけではなく、魔法の森の中にあった魔法陣のすべては起動している。少なくとも、私たちから見える魔法陣はすべてが光っていた。

 

「この魔法陣の効果って…」

「霊夢が起爆したみたいに…爆発よ」

 

魔法陣が一際強く光り、私たちは衝撃に飲み込まれた。

ギリギリセーフ。闇の防御って、私が思っていたよりも強いみたい。

少し吹き飛ばされたけど、怪我をする前に闇を展開して防御をすることに成功した。

 

「ありがとうルーミア」

「どういたしまして」

 

近くにいたので、ついでに霊夢も防御しておいた。霊夢のことだから一人でもなんとかなったとは思うけど…

私は闇を解除した。闇の盾の中だと、真っ暗すぎて何も見えないのだ。

 

「これは連絡案件ね」

「そうね…あれ、連絡用のお札がないわ。もしかしたら吹き飛ばされちゃったのかも」

「何やってるのよ…」

 

私は妖怪の山の方にいるであろうご主人様に向かって、式神通信を飛ばした。しかし、うまくつながらない。外の世界風に言うなら、ここは圏外らしい。

魔法の森に溜まっていた大量の魔力、それが爆発のせいで拡散したからか、うまくリンクを構築することができない。魔力爆発の影響がないところまでいかないと連絡はできなさそうだ。

 

「魔法の森が爆発した影響で、うまく式神通信ができないわ」

「あなただって私とどっこいどっこいじゃない」

 

通信できないのは私のせいではないので、自分のせいで通信用お札を紛失した霊夢と一緒にしないでほしい。私の方が優秀よ。

 

「取り敢えず定晴に連絡したほうがいいし、魔力の外に出ましょ」

「それもそうね…いえ、ルーミアは出て頂戴。私はもう少しここで探索するわ」

 

大丈夫だろうか。霊夢は既に動物霊に捕まって動けなくなった過去があるし…まあ霊夢に限って同じ失敗はしないか。

 

「じゃあ任せるわよ」

「はいはい」

 

霊夢に魔法の森を任せて、私は魔法の森の外に出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十一話 奇跡と言えば奇跡

俺たちが魔法の森にたどり着く前に、ルーミアから式神通信が来た。

 

『私たちは無事よ』

『よかった…』

 

魔法の森から妖怪の山はそれなりに距離がある。だというのに大爆発として見えたということは、相当な爆発だったはずだ。

あの爆発に巻き込まれたらまず無傷ではいられない。二人が大丈夫だと聞いて一安心だ。

 

『霊夢とは別行動中よ』

『…それ大丈夫なのか?』

『さすがの霊夢も同じミスを何度もしないわよ』

 

それならいいんだが…今のところ俺は霊夢が活躍しているところを見ていないからなぁ…

 

「ルーミアと霊夢は無事らしい」

「それはよかったです。流石二人って感じですねっ」

 

早苗はルーミアの詳細を知らないと思うんだが…まあ仮にも神様が近くにいる環境で生活しているわけだし、案外分かったりするものなのだろうか。

 

「あ、あの…」

 

ふと、後ろから声をかけられた。

振り向くと、そこには小さい人形が浮いている。操っているのは、人形遣いで魔法使いのアリスだ。

 

「アリス。どうした?」

「今の爆発は何?なんで突然魔法の森が吹き飛んだの?」

 

随分と動転している。確かに慌てたくなるような大爆発だったが…と思っていたら、早苗が耳打ちしてきた。

 

「忘れたんですか。アリスさんの家…」

「あ…」

 

アリスは魔法使いだ。そのため、魔法の森の環境がとても体質に合っている。研究だとかをする上でも、魔法使いにとって魔法の森は非常に好立地なのである。

そんなアリスの家があるのは、ちょうど俺たちが見ている、木々がなぎ倒されている森の中。

 

「わ、私の家…」

 

浮かびながら崩れ落ちるという器用なことをしている。そのアリスを上海人形が慰めていて…上海人形ってアリスが操ってるんじゃないのか?自分で自分を慰めているということなのだろうか。

大爆発の衝撃で巻き上がった砂埃が空中を漂っており、アリスの家が無事かどうかはここからは見ることができない。流石に大丈夫だと信じたいのだけど…

 

「というか魔法の森って魔理沙の家もあるじゃん」

「魔理沙さんの家…吹き飛んでるかもしれないですねぇ…」

 

魔理沙が家にいなければいいのだけど…

そんなことを考えていると、アリスが立ち上がった。浮きながら立ち上がるってこれまた器用なことをしている。

 

「許せないわっ!犯人は誰!」

 

随分とご立腹な様子。そりゃまあ家を吹き飛ばされたら誰でもこうなるか。

 

「どうせ定晴さんたちは事件を追ってるんでしょ」

「まあそうだが」

「私もついていくわ!絶対に後悔させてやるっ」

 

アリスがここまで感情を剝き出しにしているのは珍しいな。いつも冷静というか、魔女らしい性格だというのに、流石に家を吹き飛ばされたら冷静ではいられない。

とはいえ、これ以上パーティメンバーが増えるとユズが辛そうなので、アリスとは別行動。

 

「霊夢が魔法の森の中にまだいるらしい。合流してくれないか?」

「分かったわ。私の方が土地勘あるし適任ね。霊夢と一緒に犯人をボコボコにしてくるわ」

 

いつもよりも語気が強い。それに口調も荒れている。こんなアリスを神綺が見たらどう思うでしょうか。

ともかく、アリスたちに魔法の森は任せることにする。というのも、この爆発を囮にして逃げているかもしれないからだ。この大爆発を何かを契機にしているのであれば、既に行動を開始している可能性が高い。なんせ、幻想郷のどこからでも見えるほどの爆発だからだ。

 

『ルーミアも霊夢に合流してくれ』

『了解。ご主人様、気を付けてね』

 

式神通信は俺とルーミアの間でしか聞こえない。電話みたいなものだな。そのため俺の呼び方もいつも通りである。

さて、魔法の森から八方どこにでも可能性があるが…

 

「早苗は霊夢のような勘とかってないのか?」

「あれは天賦みたいなものなので…ただ、私には神様のご加護がありますよ。どこの神を祀っているかもわからない博麗神社とは違って、ご神託もばっちりです!」

 

そのご神託って諏訪子と神奈子のものじゃないのか?二人が知っているとは思えないのだけど…

 

「ということでちょっと待ってくださいね…」

 

早苗がどこからか取り出した御幣を振る。巫女さんとかが祭儀のときに振っているやつだ。

御幣を振ると同時に、僅かに神力を感じる。諏訪子たちと通信でもしているのだろうか。

 

「むむむ…東です!」

「ご神託か?」

「いえ、奇跡が起きるだけです!」

 

おっと…勘よりもあやふやなものが来たぞ?と思っていたら、早苗が口を開いた。

 

「私の能力を教えていませんでしたね。私のは【奇跡を起こす程度の能力】といいます」

「…それって奇跡なのか?」

「奇跡です!」

 

起こされた奇跡は必然というとかなんとか…まあでも、確かにたまたま起きていると考えることもできるのか。早苗がいればソシャゲのガチャでハズレなしになれそうだ。

 

「小さい奇跡を起こすくらいなら、ちょっと念じればできるんですよ」

「犯人捜しが小さい奇跡なのか?」

「完全に見つけるのはちょっと…なので、ここから東を中心として百八十度くらいのどこかで出会います!これが奇跡ってことですね」

 

範囲が広いな。しかも、東中心の百八十度って北と南もギリギリ入っていないか?

 

「確実に会うなら…一時間くらい念じれば行けますかね」

「大変じゃないか、それ」

「正直三十分を越えると私自身の力じゃ足りないんですよね。だから長時間の祈祷はいつも神社でやってるんです」

 

先ほど感じた神力は僅かだったが、それが三十分、一時間も続けば消費量はとてつもないことになる。神様本人から神力を借りなければ、少なくとも神聖な場所である神社でもなければ継続できないのだろう。

まあ、反対方向に行く心配はほとんどないってことだから、今はこの即席祈祷に頼ろう。

 

「じゃあこのまま東に行くか」

「あ、定晴、さん」

「どうしたユズ」

「その、博麗神社の方に、行った方がいいかも…水那さんに、会えたら、協力してもらいましょう」

 

早苗が言った範囲の中に、博麗神社の方角も含まれている。

この大爆発は博麗神社からも見えただろうし、霊夢曰く水那も動いているらしいから会える可能性は低いが、もしかしたら何かメッセージがあるかもしれない。

 

「なら博麗神社の方に向かおう」

 

吉弔八千慧、どこにいる?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十二話 結界の弱点

博麗神社までやってきた。しかし、博麗神社に入ることはできない。

 

「これは結界ですね…博麗の巫女じゃないと解除できなさそうです」

 

というのは早苗の言。どうやら、水那が留守にしている間に博麗神社が襲撃されないように結界を張っておいたらしい。こんな頑丈な結界を張れるようになったんだな。

博麗神社は博麗大結界の要である。なので、ここを襲撃されたら一巻の終わりということになるな。

 

「あ、定晴さーん!あうー!」

 

下から声が聞こえたので、見下ろしてみると、そこには狛犬のあうんが座っていた。博麗神社の狛犬は結界の中なので、いつもの行き場がないあうんは階段に座っている。

 

「あうんは結界の外にいるんだな」

「博麗の巫女以外が中にいると結界が使えないって水那さんが言ってたので。怪しい人がいたら追い返してって水那さんに頼まれたので、ここで見張ってるんです!」

 

肝心な時にいないことが多いあうんだが、今日はちゃんと見張りの役割を果たしているらしい。

ただし、博麗神社の結界を破れるような猛者の場合あうんが一人でいてもまともな戦力にならないように思えるが…まあ言ってあげないのが優しさだろう。

 

「水那がどこに行ったか知ってるか?」

「水那さんは人里に行くと言っていました!でも、それも今朝のことなので今はもういないかもです…」

「了解だ」

 

水那を見つけることが目的ではないので、出会えないならそれでもいい。博麗神社がこのように結界で覆われているのであれば、ここで情報収集することも叶わなさそうだ。

 

「あうん、他に何か伝言とかあるか?」

「んー…あ、結界の外の倉庫におやつがあるって言ってました!」

「それはあうんへの伝言だろ」

 

あうんへのおやつの準備を欠かさない水那…霊夢よりも巫女らしい性格に育っているように思える。外の世界で出会ったときは他者を寄せ付けない空気だったが、幻想郷に馴染んだのだろう。

それはともかく、俺たちへの伝言は…

 

「特にないですね…」

「そうか。わかった」

 

水那は俺たちが戻ってきていることを知らない。橙たちが伝えていなければ、霊夢が畜生界から戻ってきていることも知らないはずなので、もしかしたら水那は一人で解決しようとしているのかもしれない。

取り敢えず、水那と合流する理由はないので、俺たちは俺たちで調査しなければいけない。犯人がわかっているので、探すだけなのだけど…

 

「幻想郷で隠れるならどこだろうな…」

 

妖怪の山にも魔法の森にもそれらしい発見はなかった。霊夢の勘はこの二つだと言っていたが、全然違う方向にいる可能性もある。早苗の奇跡によると、こっち側で会える可能性があるらしいし。

 

「早苗、幻想郷に隠れるような場所はあるか?」

「うーん、人の手が入っていないところは多いですから、強い妖怪ともなれば幻想郷のどこにでも潜伏できると思います」

 

幻想郷は人と妖怪の共生が実現している場所だが、パワーバランスが均衡というわけではない。弾幕ごっこという手段がなければ、人間が妖怪に力で勝つことは中々難しいのだ。

そんなわけで、幻想郷の森はほとんどが手つかずだ。狼のような野生の妖怪が生息している限り、もしくは人間が重火器のようなものを手に入れない限り開発は進まないだろう。

 

「妖怪の山に隠れられる場所は?」

「洞窟とかはありますけど…方向は全然違いますよ」

 

早苗の奇跡によると、妖怪の山は範囲外だ。霧の湖がギリギリ入るといったところで、紅魔館も入らないような範囲なので、妖怪の山は一切範囲に入っていない。

しかし、博麗神社の向こう側に隠れられる場所はそう多くない。なぜなら、この向こうは俺たちが来た彼岸があるからだ。その前に太陽の花畑などが存在しているが、そこには幽香が住んでいるので隠れるには向かない。

 

「幽香が何か知ってるか…?」

「ゆ、幽香さんですか…」

 

そういえば幻想郷の住人は幽香に対してそれなりに恐怖があるんだったな。なんでだ。

幽香はあまり太陽の花畑から離れないので情報を持っている可能性は低い。だが、何もない現状に比べると、太陽の花畑には何もないという情報が得られる方がマシだ。

 

「あ、そうだ。隠れられるわけじゃないですけど、術式には向いている場所がありますよ」

 

八千慧は、幻想郷全体に対して術をかけている。俺の無効化による影響があったとはいえ、大結界に影響を及ぼせるとなると相当大がかりな術式だ。

 

「それはどこだ」

「無縁塚。外の世界のものが流れつく場所であり、幻想郷の闇の部分でもあります」

 

一度だけ無縁塚に行ったことがある。あれはルーミアが式神になったばかりといった頃だ。

あそこにはほとんど人が来ない。たまに霖之助が物拾いに行くが、そうでもなければ知性ある者は近寄らない。あそこには、知性のない妖怪が多くいるからだ。

 

「霖之助が拾いに行くのは大体一か月に一回だから、その間に準備をしたならあり得るか…」

「それに結界に影響が出やすい場所でもあります。あそこは広いですから、術式を書くのも十分可能だと思います」

 

外の世界のものが流れつくような場所だ。結界が薄くなっているため、結界を破りやすい場所でもある。

 

「だが、それは紫も知ってるんじゃないのか?だからこそ博麗神社があるんだろ?」

「博麗神社は要であり、大結界を壊すなら博麗神社がありますが…」

 

今回の敵の目的は幻想郷の崩壊ではなくて、あくまで乗っ取り…と思われている。そのため、大結界が壊れてしまうのは八千慧からしても不本意なのだろう。

 

「行ってみるか」

「はい!」

「ん…」

 


 

霊夢はどこに行ったんだろう。魔法の森の大部分は吹き飛んだので、そこまで探索できるような場所もないと思うんだけど…

試しに式神通信をしてみるが、やはり繋がらない。ご主人様との繋がりが消えているわけではないのだけど、濃い魔力がまるでカーテンのように遮っているのだ。たくさん妖力を使えばつなげることもできるだろうけど、いつ戦闘になるかもわからない現状では、あまり妖力の無駄遣いはできない。

霊夢を探していると、私の他に魔法の森を飛んでいる人影を見つけた。霊夢ではない。

 

「あら、ルーミアじゃない」

「アリスなのだー」

 

怒り心頭といった形相のアリス。人形たちも、お面の付喪神みたいに顔に鬼の面を付けている。なにそれ、いつも用意してるの?

 

「霊夢を探してるんだけど…」

「私もなのだー」

「あらそうなの。なら一緒に行きましょ」

 

そこでふと思い出す。アリスの家は魔法の森の中。このように木々が吹き飛ぶような爆発のあとは…うーん、アーメン。

 

「まったく。ひどい話よ」

「かわいそうなのだ」

「やめてよ、惨めになる」

 

幻想郷で慰謝料とかって存在するのだろうか。損害賠償請求とか…幻想郷にはそもそも、司法が弾幕ごっこみたいなところがあるからないか。

 

「あ、霊夢ー」

 

しばらく飛んでいると、アリスが霊夢を見つけた。

 

「あら、アリスじゃない。どうし…あ、家がなくなったんでしょ」

「うるさいっ」

「分かるわよー。私も前に、神社を破壊されたことがあるから」

 

局所的な地震のときの話だ。でもあれって霊夢が中々動かなかったのも悪いみたいな結論にならなかったっけ。

 

「定晴は博麗神社の方に向かったらしいのだー」

「ふーん。魔法の森にはなかったし、妖怪の山に行ってみましょう」

「あっちは定晴たちが…」

「定晴は地理に弱いでしょ。それに、途中で爆発が起きたからこっちに来たんだろうし」

 

なるほど。確かにそれはあるかもしれない。

というか、定晴もユズもまだ幻想郷の地理に弱いのだから、どうしたって探索が不十分になるのは分かっていたことじゃない?まあいいけど。

 

「アリスにも付き合ってもらうわよ」

「もちろんよ。私の手でボコボコにしてあげるわっ」

 

アリスがあらぶっている。怖いなぁ…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十三話 軋轢

無縁塚までやってきた。ここに漂う独特の空気と、死の匂いには慣れたくないものだな。

 

「見たところ何もありませんね…」

 

早苗の言う通り、見た限りだと何も見つからない。いつも通り、腐敗したものと土とそれを荒らす妖怪がいるだけだ。

 

「…何かいる」

「ユズ?」

 

ユズが一点を見つめている。

見ているところには何もない。しかし、ユズには何かが見えるらしい。

 

「どこだ?」

「こっち、です」

 

ユズの先導で、俺たちは無縁塚を歩く。たまに妖怪が襲ってくるので返り討ちにする。

 

「早苗は何か感じるか?」

「いえ…私にはいつもの無縁塚にしか見えません」

 

早苗にも俺にもわからないが、ユズには分かる何か。

 

「ここ、です…」

 

たどり着いたのは、無縁塚の中心からは少し離れているとある一点。目立つものがないので、具体的にどこと言うことはできないが、だからこそ俺達には何もないように思える。

 

「何があるんだ?」

「魔法陣みたいな…でも、魔法陣じゃない、何か、です」

 

ふむ…そういえば、俺は昔見えない魔法陣を見つけたことがあったな。三妖精が騒いだとき、チルノと一緒に見つけ出した魔法陣のことだ。

あの時はチルノに魔法陣の周囲を凍らせてもらい、屈折率が変化したことで見えるようになったものだ。

俺はチルノほど火力の高い氷を出すことができないので、今は可視化することができない。

ただし、存在していることを把握できれば術式の無効化は問題ない。能力を使えば、見えないものに対して使うくらいは問題ない。

 

「魔法陣ではないのか?」

「えっと、魔力が出てますが…魔法陣じゃ、ないみたい、です」

 

魔法ではないのか…なんだろうか。あまり魔法の方面に精通していないので、魔法陣ではない魔力を発する何かなんて言われてもわからないのだ。

 

「早苗、魔法とかは…」

「専門外です…アリスさんについてきてもらえばよかったですね」

 

魔法の森に住んでいるアリスと魔理沙は魔法使いだ。どちらか片方でもいれば、何かわかったかもしれない。とはいえ、ないものねだりをしている場合ではないので…

 

「無効化するぞ」

「周囲に結界を張っておきますね」

 

早苗が周囲に結界を張ったのを確認して、俺はユズが見えているであろう結界を対象にして、無効化を実行する。

まずは見えないという現象に対して無効化を使うことで、しっかりと魔法陣を見れるようにする。

 

「白い…枠?」

 

無効化を使うと、白い線で作られた枠が現れた。見えるようになると魔力を発しているのがわかるが…この形状は明らかに魔法陣ではない。

そもそも陣となる要素がなく、枠組みだけだ。枠の中に何かが書いているというわけでもなく、現状効力を発しているようには見えない。

 

「なんか形が無限、もしくは数字の八に似てるな」

 

独特な形状であり、それこそ無限とかじゃないとみることがない形をしている。ただし、魔力を発している以外に何か見つけることはできない。

 

「解除してしまっていいんですかね」

「どうだかな。そもそも関係ないものかもしれないし」

 

隠されていたから後ろめたい何かであるのは確かだろうけど、これがいつ仕掛けられたものかは不明だ。

 

「確かルーミアたちは魔法陣に干渉したら爆発したらしいから…」

「変に干渉すると爆発するかもしれないんですか…」

 

魔法の森と違って、無縁塚にはあまり物がない。そのため、魔法の森に比べたら周囲への影響は少ないだろうが、爆発の中心にいる俺たちは大変なことになる。結界でなんとかなるらしいのだが、無意味に幻想郷で大爆発を起こす理由はない。

 

「そもそも何なんですかねこれ」

「さあな」

 

今のところ、相手のすることはよくわからないものが多い。動物霊を使ったタンク、畜生界を丸ごと覆う結界、爆発する魔法陣に、無限の形をしている謎の印。

俺たちが気が付いていないところで暗躍されている感じがして、とても不愉快だ。

 

「でも定晴さんの完全な無効化なら爆発せずに済むのでは?」

「うーむ…」

 

もしかしたらこれをスイッチとして別の何かが作動する可能性はあるのだけど…無効化すれば大抵のものはシャットアウトできるから、相手の意表はつけるかもしれない。

 

「よし、無効化!」

 

俺はこの謎の印に無効化を使った。その瞬間…

 


 

妖怪の山まで来たが、めぼしい成果はない。ご主人様は聞き込みをしたみたいだけど、霊夢はそういう性格じゃないので、自分勝手にどんどん進んでいく。

 

「私の勘がここまで外れることってあまりないのだけど」

「霊夢だって万能じゃないってことじゃない?」

「家を吹き飛ばされた魔女に言われたくないわね」

 

霊夢の勘では、魔法の森と妖怪の山が怪しいと言っていた。魔法の森はあの魔法陣があったので、何かあったといえばあったのだけど、犯人につながる証拠や道筋は見つけることができなかった。

だからこそこうして妖怪の山に来たのだけど、魔法の森以上に何も見つけることができない。そもそも、ここには哨戒天狗がよく飛んでいるので、相手もそこまで目立つような行動はできなかったのだろう。

 

「まあ何も見つからないなら仕方ないし…」

 

下山しようとしたとき…

 

「…え?」

 

空が、割れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十四話 幻想郷破壊

「霊夢…これ…」

「…急展開ね」

 

幻想郷の上空に、はっきりと見えるくらいの亀裂が入った。

博麗大結界に入った亀裂ではあるものの、あまりにも大きい亀裂なので、まるで空が割れたかのようだ。

 

『ご主人様、何かした?』

『…悪い、やらかしたみたいだ』

 

ご主人様からそんな声が届く。一体何をしたんだろう…

 

「霊夢、定晴から」

「なんだって?」

「やらかした、って…」

 

何をどうしてそうなったのだろうか。ご主人様がやらかすって中々ないこと…いや、それなりにするかあの人。ご主人様ってたまに抜けてるところあるからなぁ…

 

「まったく…そもそも博麗大結界が歪んだのだって定晴さんが原因なんだから、あとでちゃんと謝罪の品を貰わないと許さないわよ」

 

謝罪の品があればいいんだ…前に霊夢を怒らせたときに、ご飯を作ることで許されたことがあるとご主人様は言っていたので、今回も霊夢のごはんを作ることになるのだろうか。

それはともかく、結界に亀裂が入った状態は非常にまずい。幻想郷の乗っ取りを目論んでいる吉弔八千慧からすれば、結界が緩むこと自体はとても好都合だからだ。

 

「というか、なんか揺れてない?」

 

アリスがそんなことを言った。

私たちは空を飛んでいるので気が付かなかったけれど、確かに揺れているような気がする。地面に立ってみると、確かに振動を感じる。

 

「何、爆発の次は地震のつもり?」

 

霊夢はそんなことを言うけれど…段々揺れが強くなっている気がする。

 

「霊夢」

「何よアリス」

「魔法の森にいる人形から情報を得たんだけど…魔法の森は揺れてないみたい」

 

魔法の森と妖怪の山はそれなりに近い。そうでなくても、幻想郷自体がそこまで大きくないので、地域で揺れが変わるようなことはほぼ起こりえない。

しかし、現時点で妖怪の山と魔法の森で差が発生している。それが意味するのは…

 

「まさか、局所的地震!?」

 

経験者の霊夢が叫ぶ。

霊夢は依然、天人の天子によって局所的地震を発生させられて博麗神社が倒壊している。あれは博麗神社だけを狙ったものだったけど、妖怪の山だけを狙ったものだとしたら…

 

「天界も絡んでるって言うの?」

「でも、そうじゃないと局所的地震なんか…」

 

霊夢の質問に、アリスが弱弱しく答える。

でも、違う。私は霊夢のような勘を手に入れたのかもしれない。空を見上げる霊夢とアリスに対して、私は下を見た。

 

「来る…」

「なに?」

「間に合わない!」

 

私は正体が露呈することも顧みず、霊夢とアリスを頑丈な闇で包んだ。

その直後…妖怪の山の一部が大爆発した。

 


 

俺が無効化を使った瞬間、白い型は一気に魔力を放出した。そして、その魔力は俺の魔力を飲み込んで空気中に拡散される。

その直後…

 

ピシッ

 

博麗大結界に亀裂が入った。無効化の力が作用されて魔法陣モドキから魔力が放出されることはなくなったが…

 

「くそっ、利用された!」

「定晴さん?」

 

俺は珍しく言葉を荒げる。

 

「今の幻想郷には俺の無効化の力が少し残ってるんだ!今の無効化の力を利用されて、活性化させられたんだ!」

 

そのせいで、一気に博麗大結界の歪みが強まり、亀裂が発生したということだ。

どうやら向こうは俺がここで無効化の力を使うことを予期して、俺の無効化の力を利用するための魔法陣を用意しておいたらしい。

 

「無効化って…拡散…するんですか…」

「普通はしない、というかそういう概念がないものなんだが…」

 

現在の幻想郷は少しばかり不安定な状態なので、可能になってしまったことなのかもしれない。

なんにせよ、俺の不用意な無効化によって吉弔八千慧に有利な状態になってしまったということだ。

 

「博麗神社に戻った方がいいかもしれない」

「そうですね」

 

俺たちが無縁塚を飛び出したとき、爆音が周囲に響いた。

 

「また爆発!?どこが…」

 

探すまでもなかった。なぜなら、そこは幻想郷のどこからでも見える場所だからだ。

 

「妖怪の山が…」

 

妖怪の山の側面が大きくえぐれている。富士山噴火のシミュレーション映像を見たことがあるが、それと似たような光景が目の前にある。

 

「早苗、守矢神社は」

「神社はもっと上の方にあるので大丈夫なんですが…あそこは天狗たちが多く住んでいる場所です」

 

天狗たちは特に警戒していたので、不意を突かれて総崩れということにはなっていないとは思うけど、まさか妖怪の山が爆発するとは思っていないだろうから、巻き込まれた天狗は多いかもしれない。

人間よりも頑丈な妖怪といえど、山を抉るほどの威力の爆発に生身で当たれば致命傷だ。

 

「早苗の奇跡では、こっち側で犯人に会えるんだよな」

「はい。範囲は広いですけど、妖怪の山側にはいないことは確かです」

 

ということは妖怪の山はブラフか?それにしては随分と大がかりな…それに、注意を逸らしたいというのであれば、魔法の森の爆発がすでにその目的を達成している。

 

「もっと奥に行こう」

 

俺たちは無縁塚を通り過ぎて、三途の川まで飛ぶ。その道中、ユズが随分と落ち込んでいた。

 

「どうしたユズ」

「私が…あれを、見つけて…言っちゃったから…すみません…」

「気にするな。罠のすべてを回避するのは不可能だしな」

 

あれに関しては向こうの方が一枚上手だったというだけだ。ユズが気にしていても仕方ない。

 

「そうですよ!守矢神社がやらかしたことの方が大変ですって」

「…何やったんだ?」

「……勝手に原子力炉を妖怪の山の地下に作りました…」

 

好き勝手やってるな。というか、幻想郷にそのエネルギー源って大丈夫なのだろうか。

 

「あ、ほら、三途の川ですよ。それに、誰かいます!」

 

早苗が話を逸らした。後で紫判断を聞こう。

三途の川の畔に誰かが立っていた。いや、あれは確実に…

 

「ここにいたのか、吉弔八千慧」

「あら、妖怪の山が爆発したのに見捨てたんですね。薄情な人間だこと」

「向こうには既に仲間がいるからな」

 

薄い笑みを浮かべた吉弔八千慧が立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十五話 幻想郷崩壊

「しかし…随分と時間がかかりましたね」

「まさか途中ですれ違っているとはな」

 

畜生界から幻想郷に来る途中で、ここの上空も通っている。もしその時からここに隠れていたのだとしたら、俺たちは一度こいつを見逃したということになる。

 

「魔法の森も妖怪の山もお前の仕掛けか?」

「ええ、きれいな爆発だったでしょう?」

「心にもないことを」

 

魔法の森が爆発したせいで、アリスの家と魔理沙の家は吹き飛んだ。そして、妖怪の山では今頃天狗たちが大惨事になっているだろう。

そんなことをしておいて、飄々とした姿勢を崩さない八千慧にイラっとする。

 

「ですが…私には勝てませんよ」

 

八千慧からの威圧感が増す。妖力も放出して、戦闘態勢だ。

 

「俺たちは三人。それに、お前はあまり戦闘派じゃないだろ?ただ痛い思いをするだけだと思うが」

「ふふ、それはどうでしょうね」

 

動物霊の異変のときに、俺は八千慧が霊夢に負けたところを見ている。

あれは弾幕ごっこであり、本気を出していたというわけでもないだろうが、そこまで強いとは思わなかった。

 

「それとも、時間稼ぎか?」

「さあ、どうでしょう」

 

不敵な笑みを絶やさない八千慧。不気味だ。

そんな八千慧は、とうとう弾を放ってきた。弾幕ごっこ…にしては威力が高い。当たり所が悪ければ死にそうだ。

 

結界【緩衝散破】!」

 

大量の結界を出して、弾を相殺する。八千慧の攻撃力が高いせいで、弾一発につき四枚ほど砕かれてしまうが、それ以上の勢いで放出しているので、なんとか耐えている状態だ。

 

「早苗、ユズ、二人も攻撃を」

「分かりました!」

「はい」

 

二人も攻勢に転じ、三人による攻撃が始まる。

すると、一気に八千慧は弾幕に覆われ、被弾していく。やはり、弾幕勝負では、複数人が同時に攻撃すると難易度がとてつもなく上がるんだな。

 

「…なる、ほど」

「さっさとこんなことはやめろ」

 

既に八千慧の見た目はボロボロだ。

 

「やはり多勢に無勢、ですね」

「当たり前だ」

「でも…」

 

八千慧が俺たちを睨みつけた。

まるで蛇が小動物を睨んだかのような威圧感とともに、体が硬直してしまう。なんだ、これは。

 

「ひぅ…」

 

声がして後ろを見ると、早苗がへたり込んでいた。それに、ユズも攻撃をやめて動けなくなっている。

 

「ふふ」

「魔眼でも持ってるのか?」

「まさか」

 

八千慧の威圧感はなくならない。まるで逆らう気力がなくなるような…蟻の立場で象に挑むような、そんな気持ちになってくる。

八千慧は殺傷能力の高い弾を放ってきて、ここままでは俺たちは揃ってやられてしまう。

…対象:<俺に影響している他者の干渉>、無効化、実行。

 

「おらっ!」

「なっ」

 

無効化して、硬直時間が終わればすぐさま攻撃。

無効化を実行したら、威圧感がなくなった。つまり、あの威圧は八千慧の存在感によるものではなくて、能力による干渉だったというわけだ。

 

「なぜっ」

「悪いが、こういうのはもう慣れたよ」

 

不服だが、不動のおかげで自分自身の不調の原因として他者の能力干渉というパターンがあることを知った。そのため、八千慧に同じことをされてもすぐに対処できる。

早苗たちに能力を使うには霊力消費が多くなってしまうので今はできないが、八千慧を倒せばなんとかなるだろう。

 

「このっ、私に」

「悪いが、この異変はここまでだ」

 

八千慧はなんとか防ごうとするが、俺の浄化付与した輝剣の前では防御の意味もない。

そしてとうとう追い詰めたとき、地面が揺れた。

 

「定晴さん、あれ!」

 

へたり込んだままの早苗が声をあげる。早苗が指さした方向には、更なる爆発が起こった妖怪の山の姿が。

 

「ふう、まさか破られるとは思いませんでしたが…」

「やはり時間稼ぎだったのか」

「あら、冷静ですね。悪役というのは、敵と出会うときには既に計画を実行しているものですよ」

 

そのとき、妖怪の山から更なる爆炎が巻き起こった。妖怪の山で何が起こっているのだろうか。

 

『ルーミア!』

 

式神通信で連絡しようとしてみるが…なぜか繋がらない。まるで電波が悪いような…そうか、ここと妖怪の山の間には魔力爆発した魔法の森があるせいで、繋がらないんだ。

 

「そもそも、既に実行された計画に関して、私を倒したところで止まるとお思いで?」

「お前、今まで会った妖怪の中でも群を抜いて性格が悪いぞ」

 

あくまでここにいる八千慧は傍観者となっており、計画の実行は既に止まらない、ということだろうか。

しかし、橙が言っていた八千慧の目的からすると妖怪の山を爆破することは何の関係もないような気がするのだが…

 

「ふふ、もう幻想郷の崩壊は止まりませんよ」

「幻想郷がなくなって困るのはお前もなんだぞ!」

「いいえ、私は困りません。だって、私には幻想郷の代わりとなる結界に覆われた世界があるのですから」

 

結界に覆われた世界…畜生界か。

幻想郷を乗っ取るのではなく、幻想郷をなくして置き換えるのが八千慧の目的だったというわけだ。最初から目的を誤認させていたのだ。

 

「このっ」

「ぐぅっ」

 

俺は八千慧の腹に輝剣を叩きこんで気絶させる。もしかしたら俺の無効化ならなんとかなるかもしれないが、八千慧を野放しにしておく理由はないからだ。

 

「俺は妖怪の山に行くから、ユズはこいつを確保しておいてくれ。はい、対妖怪ロープ」

「わ、わかりました…」

 

俺は浄化作用を持つロープを幻空から取り出す。今のユズならば、俺の浄化に触れても大丈夫なはずだ。

 

「早苗も来るだろ」

「はい!神様なので爆発程度じゃ大丈夫だとは思いますが、神社が…」

 

俺以上に早苗の方が妖怪の山を心配しているはずだ。なんせ、自分の家である守矢神社があるからな。

さっきは天狗のエリアだったからまだよかったが、今は妖怪の山全体が爆発している。守矢神社も無事ではない可能性が高い。

 

「行きましょう、定晴さん!」

「急がないとな…」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十六話 救助活動

「二人とも大丈夫?」

「ええ…」

「うん…」

 

またもや爆発に対する瞬発力が試される場面だった。今回の爆発は足元ではなかったが、咄嗟に張った闇が削られ妖力消費が増えることとなった。至近距離で爆発に巻き込まれた妖怪は瀕死になっている可能性がある。

 

「びっくりしたわ…って、山が削れてるじゃない!」

「巻き込まれた人が大変なことになってるかも…」

 

爆発がした方向を見ると、そこからは噴煙のような煙が立ち上っていた。噴火したわけではないけれど、大爆発が起きているから噴煙でも間違いではないか。

 

『ご主人様!』

 

反応なし。まあ、こういうときに繋がるようにしている相手ではないだろう。

どうせご主人様は無事だろうから、私たちだけで妖怪の山は対処しなければならない。流石に、吹き飛ばされた妖怪を前にして放置することはできない。

 

「定晴とは繋がらない」

「まあ定晴さんを頼るまでもないわ。さっきの爆発で開いた穴の下にいるはずよ!」

 

え、待って。吹き飛ばされた妖怪を放置するの?

 

「私の家の恨みをぶつけてやるわ!」

 

待って待って、二人とも妖怪たちを無視して行こうとしないで。

 

「吹き飛ばされた妖怪たちを助けるとか…」

「あいつらは頑丈だから大丈夫よ。私たちはさっさと犯人を懲らしめないと」

 

えぇ…

たしかに妖怪が吹き飛ばされるのは日常茶飯事だし、わざわざ助ける必要はないような気もするけど…ここで見捨てるのは違うと思ってしまうのは、私がご主人様に染まっている証明だろうか。

 

「助けるならあんた一人でやってなさい。私とアリスは行くから」

「…わかった。先に行ってて」

 

私は妖怪たちを助ける。頑丈とはいえ、岩肌を削るような威力の爆発を食らって無事でいられるはずがない。

霊夢は何をするかわからないけど、比較的常識人のアリスが一緒にいるのであれば少しは安心だ。

 

「連続で爆発するかもしれないから気を付けてね」

「大丈夫よ。最悪夢想天生でなんとかするわ」

「ねえ、それ私は無事じゃないんだけど」

 

霊夢とアリスは爆発の影響で開いた穴の中に入っていった。

そして私は吹き飛んだ妖怪を探しに行く。一瞬だけど、吹き飛んでったのが見えたのよね…確かこの辺に…

 

「うっ…ぐ…」

「あ、いた」

 

男の天狗が倒れていた。片足が吹き飛んでいて、いい感じにグロい。まあ、私も過去に人間食べてるしこれくらいの血でもなんとも思わない。

 

「さっさと運ぶわよ」

 

時間が惜しいので、闇で腕を捕まえて運ぶ。闇を実体として操れるようになったのは本当に楽ね。

途中で他にも天狗が吹き飛んでいたのを見つけたので、そいつらも腕を捕まえて運ぶ。ただ、封印状態だとここらへんが同時に出せる闇の限界なのよね…

 

「意外といるわね。まったく…避けられなかったのかしら」

 

私の病の許容量を超える数がぶっ倒れている。一応他の天狗たちが運びに来ているのだけど、大部分が麻痺しているのかその数は多くない。

私は髪のリボンに触れる。

封印状態を解いてもいいんだけど、それすると周囲の天狗たちに敵対されそうなのよねー…まだあまり妖力を隠すのは上手じゃないから、封印を外したら周囲にばれるし…

 

「あれ、ルーミアさんじゃないですか」

「ん、狼」

 

椛が来た。そういやこの子は千里眼が使えるし、私が捜索しなくても倒れている妖怪を見つけられるはずね。

 

「ルーミアさん、そんなことできたんですね…」

 

私の闇を見てそんな感想を呟く椛。これはご主人様に妖力の制限をかけてもらってるからこそできることなので、前はできなかった。知らないのも無理はない。

私は闇で引っ張ってきた天狗たちを椛に押し付ける。

 

「あ、ありがとうございます。あとで運んでおきます」

「そう」

 

周囲を見た感じもう他に倒れている妖怪はいないようだ。死んでいる妖怪はいなかったのが、不幸中の幸いだろうか。まあ、妖怪はそうそう死なないけれど。

 

「じゃあ私は…」

 

霊夢たちを追うから…その言葉は、遮られることとなった。

 

「なっ、また爆発ですか!?」

 

妖怪の山がまたも爆発した。今度は山頂付近の、大妖怪が多く住んでいる区域のはず。

大妖怪なので、爆発では死にはしないだろうけれど、どちらかと言えば…

 

「落石がっ!」

「ああもう!」

 

闇を展開して近くの椛と気絶している天狗たちをまとめて守る。私がどれだけ力を使おうとも、最終的にご主人様が説明することになるんだからもうなりふり構ってられないわ。

 

「あ、ありがとうございます…」

「まったく…」

 

もう子供らしい口調をするのも疲れるので、できる限り言葉は発さない。

流石に妖怪の山が爆発してる中でパパラッチの真似事をするような天狗もいないだろう。

霊夢たちのことを追うのは後になりそうだなぁ、と思いながら浮かび上がると、さらに爆発が起きた。またもや妖怪の山の山肌が吹き飛んでいる。

 

「なんなんですかぁ!」

 

地面に立っている椛がそんなことを叫ぶ。知らないわよ、私も。

というか、この爆発って霊夢たちのせいじゃないでしょうね。流石の霊夢も自分から妖怪の山を破壊するわけがないから敵の仕業なのはそうなのだけど、戦闘の余波とかそういう…

ともかく、霊夢たちに妖怪を助けると言ったからには最後まで助けなければいけない。

ご主人様がいてくれたら再生の力でまとめて回復してくれるのだけど、肝心なときにいないわね。まああっちはあっちで犯人を見つけてる頃だろうから、すぐにこの場に現れてもらっても困るんだけど…

 

「紫ー!藍ー!」

 

移動手段もとい救助方法としてスキマが手伝ってくれたらすごい楽なんだけど…私の呼び声に反応する気配はない。ご主人様の声なら反応するのかしら。

空を見ると、博麗大結界の亀裂は未だに残っている。多分、あれの修復のためにリソースを割いているのだろう。紫の手伝いには期待できないか…

 

「ルーミアさん!こんなところで何してるんですか!」

「…パパラッチ」

「ひどいですね。私だって今は救助側ですよ」

 

空に浮かんでいる私を見つけた文が飛んできた。取材根性を輝かせているのかと思ったら、きちんと救助の手伝いをしているらしい。

天狗たちの中でも屈指の移動速度を持つ文であれば、確かに救助と捜索にはうってつけだろう。

 

「河童エリアや山姥エリアも吹き飛ばされて、この後が大変ですよ」

「そう」

「あれ、ルーミアさんいつもと雰囲気違います?」

 

取材はしないんじゃなかったの?

 

「うわ、そんな睨まないでくださいよ。いつもの子供らしさはどこに行ったんですか」

「…」

「あーはいはい。私も行きますから」

 

無言で睨みつけるの、いいわね。喋らなくても、人を遠ざけることができる。

文はフラフラと飛んで行った。疲れているのかしら。

 

「ルーミアさーん!北の方に怪我人が多いようです!」

「ん」

 

千里眼を使って、椛が怪我人のいる方向を教えてくれる。

私はその指示に従って飛んでいこうとしたら、今度は背後で爆発が起こった。どうなってるのよこの山は。地雷でも山に埋まってたんじゃないでしょうね。

そのとき、今までで一番大きな爆発が起こる。それと同時に空に何かが飛びあがる。

 

「あら、霊夢とアリスじゃない」

 

二人は、何者かと対峙して弾幕勝負をしている。いや、二人が対峙している人物は逃げる気満々のようで、二人が追いかける形だ。

救助もそうだけど…目の前に犯人がいるなら、そっちを倒した方がいいわよね。私は霊夢たちが追っている人物を追いかけることにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十七話 妖力対霊力

出来る限り急いで飛んで妖怪の山に到着した。

 

「ひどいですね…」

「ああ」

 

俺たちが妖怪の山に来る途中でもお構いなしに爆発し、そのたびに山が崩れた。

妖怪の山はどこにでも妖怪がいるので、爆発に巻き込まれなかった種族なんていないだろう。犯人を追うのも大切だが、救助活動をした方がいいかもしれない。

俺の再生の能力があれば回復させるのも簡単だ。

 

「こりゃルーミアたちを探すよりも先に救助活動をした方がいいかもしれないな」

「定晴さんは再生が使えますもんね。私も一応回復の結界は張れますけど…」

 

俺は能力で、早苗は素質として他人を回復させることができる。そのため、救助活動に俺たちはうってつけの人材ではあるのだけど…

 

「とはいえ、犯人を見つけないと爆発が続いて被害者が減らないだろう」

「やっぱりそうですか…心苦しいですが、仕方ありませんね」

 

先ほどから爆発の規模が大きいのだ。俺たちが回復させる速度よりも、まとめて吹き飛ばされた数の方が増えるのは容易に予想ができる。

致命傷になっている妖怪を見つけたら助けるが、それ以外は無視して、まず爆発の犯人を見つけることが先決だろう。

 

「どうやって見つけますか?」

「妖怪の山が地中から爆発してるなら、地中に原因があるのは自明だろ。妖怪の山の地下には地底への入り口があるから、そこの横穴とかにいる可能性は高いな」

「では行きましょう!早く爆発を止めないと!」

 

俺たちがそう決めて移動を始めた瞬間、今までで一番大きな爆発が妖怪の山の頂上付近で発生した。

 

「うひゃあ!」

 

爆発の威力が大きくて、こちらまで衝撃が伝わってきた。

よく見ると、大爆発の上に誰かが浮いている。あれは…霊夢とアリスか。あれ、ルーミアはどこだ?

 

「あ、霊夢さん発見です!追いかけましょう!」

「あ、おい!」

 

早苗が飛び出してしまったので、俺もやむなく浮いている二人を追いかける。

霊夢とアリスもまた、何者かを追いかけているらしく、二人の前を知らない人が逃げている。それなりに強大な妖力であり、大妖怪であることが窺える。

 

「あ、定晴!」

「ルーミア?どこにいたんだ」

「救助活動してたのよ」

 

霊夢を追いかけていると、横からルーミアが飛んできた。

どうやらルーミアは妖怪たちを助けていたらしい。ルーミアらしくない行動ではあるけれど、最近のルーミアは優しくなっているみたいだし、そう考えれば普通かな。ルーミアが優しい行動をできるようになって嬉しいぞ俺は。

 

「霊夢さーん!」

 

早苗は霊夢たちを追いかけるが、どうやら早苗と霊夢たちの移動速度がほぼ同じなせいでこのままでは追いつくことができない。

 

「ご主人様、あれ誰かしら」

「地底関連だと思ったんだが、あれは知らないな」

 

移動したことで、霊夢とアリスが追いかけている人物の姿がはっきりと視認できるようになったが、見たことのない妖怪だ。

それに、霊夢のお札やアリスの弾を受けても平気な顔で逃げている。防御力が異様に高いのだろうか。

 

「あれじゃ逃げ切られるわよ」

「そうだな…」

 

霊夢たちは攻撃しながら追いかけているが、逃げてる側は応戦せず逃げてばかりだ。そのため、どこかで霊夢たちの方が先に疲れてしまい逃げ切られるだろう。

早苗は未だに追いつく気配がないし、霊夢たちは有効打を与えることができていない。あいつが出てきたときから爆発がなくなったので、あれが爆発の原因であるのは間違いないだろうが、このままでは取り逃がしてしまうな。

 

「…ルーミア、封印解除」

「あら。いいの?」

「あっちも大妖怪っぽいからな」

 

ルーミアがリボンを外してスカートのポケットに入れる。

すると、ルーミアの体が少し大きくなって妖力が跳ね上がった。これなら、大妖怪とも十分やりあえるだろう。

 

「まあ、その姿を知らないならいつものルーミアと結びつくことはほとんどないから」

「あ、でもさっき闇の力は使ったわよ。状況説明はご主人様に任せるわ」

「………ルーミアはあれを拘束してくれ。一応対妖怪ロープも渡しておく」

 

いつもの姿のルーミアで闇の力を使うのであれば、同一人物だと思われても不思議ではない。ルーミアは最近自分自身を曝け出すことが増えてきているような気がする。

天狗たちに後で新聞にされても知らないからな。

 

「ご主人様は?」

「あれの防御力を無効化できないか試してみる」

 

ただ、あの防御力が何由来のものなのかは不明だ。そのため、まずは分析して何を無効化するのかを考えなくてはいけない。

妖怪の特性か、能力か、服のものか、それとも肉体的な話か…

 

「でもまずは…無効化!」

 

対象はやつの飛行能力。

俺も動けなくなるが、その間にルーミアが拘束してくれるだろう。

 

「え?」

 

だが、あいつは少しだけ落ちただけであり、すぐに飛んで逃げ始めた。無効化は効いたはずなのだが、効果時間が短すぎる。

 

「流石にあれじゃ捕まえられないわよ」

「うーむ…」

 

俺が考えていると、あいつは俺の方を向いた。無効化は見えないし感じれないはずなのに、探知されたのか?

しかし、こっちに飛んでくるとかではなく、むしろ離れるように飛んでいく。あれでは捕まえられない。

 

「どうするのよ!」

 

ルーミアが横から急かしてくる。

どうにかしてあいつを止めなければいけないが、無効化が効かないときた。ミキめ、何が神にも効くだ。効かない相手もいるじゃないか。

 

「…仕方ない。ルーミア、俺のことは気にしないでいいからそのまま拘束してくれ」

「え?」

 

対象…やつの妖力。

一瞬しか効かないのであれば、その一瞬で浮けなくしてやる。ただ、大妖怪の妖力を無効化するなんてことをすると俺の霊力も尽きるので、俺も地に落ちてしまうだろう。

出来る限り地面に近いところで、ただあいつを目視できるようにしないと流石に使えない。

 

「無効化!」

 

俺の中の霊力がごっそり減って、風の能力が切れる。

だが、やつの妖力もなくなったはずだ。一瞬で妖力を消したので、飛ぶことはできないだろう。

 

「ぐはっ」

 

死にはしないものの、地面にぶつかる衝撃により肺の中の空気が押し出される。

痛みに慣れてるせいで気絶することもできない。ルーミアは一瞬そんな俺を見たが、犯人を捕まえに飛んで行った。

 

「まあ、捕まるだろ」

 

俺は安心して空を見た。

大結界の亀裂は、幻想郷の空全体に広がり、今にも壊れそうになっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十八話 浄化式拷問

私の小説では珍しく惨いシーンがあります。苦手な人はそのシーンを飛ばして最後の十行くらいを読んでください


大結界の亀裂は非常にまずいことになっている。

だがおかしい。俺の無効化の力を流用されたといっても、ここまでの影響力はなく、その後は結界に干渉することはないため亀裂が大きくなる理由がないのだ。

吉弔八千慧はユズが捕まえているはずだし、妖怪の山爆発の犯人もルーミアが捕まえに行った。

もしかして、まだ誰かいるのだろうか。俺たちが知覚できていない、誰かが…

 

「あやや、妖怪かと思ったら定晴さんじゃないですか」

「文?」

 

思考を巡らせていた俺を覗き込んできたのは文。

 

「救助は必要ですか?」

「霊力が切れてるだけだから大丈夫だ」

 

霊力を回復するには、他の霊力を持ってるやつに助けてもらうか、時間経過で俺の霊力が戻るかしないといけないので、霊力を持っていない文では回復できない。

 

「でも、ここで寝てたら妖怪に襲われますよ」

「四肢が飛ぶくらいまでなら大丈夫だから安心してくれ」

 

既に幻想郷で何度か腕が吹き飛んでいる。心臓と頭部への攻撃さえ回避すれば問題ないはずだ。

俺がそんなことを考えていたら、文は呆れた声と表情になった。

 

「妖怪の私が言うのもなんですが、もっと自分を大切にした方がいいですよ」

「大切にしてるぞ、ちゃんと」

「四肢が吹き飛ぶことを前提に話している人が大切にしてるわけじゃないですか。自分の体を大切にしてくださいよ」

 

妖怪退治なんて、死ななきゃ安いんだ。俺の場合、四肢が吹き飛んでも、大抵の場合は再生で戻せるから断然楽である。

 

「文は噴火に巻き込まれなかったんだな」

「私は速いですから」

 

どうやら爆発に巻き込まれる前に退避し、飛んできた破片などは認識してから回避したらしい。なんという動体視力。

 

「でもその割にボロボロだな」

「…小さい破片は回避できませんから」

 

今の文は、服の一部が解れており、顔や腕から少し血が出ている。それこそ、小石が掠ったと言わんばかりの傷だ。

 

「文、こっち来い」

「はい?」

 

文が近づいてきたので、僅かばかり回復していた霊力を使って文を再生させる。

それに気が付いて、文は完治する前に後ろに飛びのいてしまった。

 

「ちょっ、何してるんですか定晴さん」

「そういう傷は跡が残りやすいんだぞ。今のうちに治しておかないと」

「ですが霊力が…」

「俺は別に怪我してないからな」

 

八千慧との戦闘でも、あまり被弾していない。ゼロではないが、俺よりも文の方が傷は深いのだ。

寝転がっていれば霊力は回復するので、再生に使うくらいは問題ない。

 

「まったく…じゃあ安全なところに先に運びますよ」

 

文がそう言って俺を抱きかかえようとする。少し恥ずかしいんだが…

 

バキッ

 

その時、音が鳴った。俺たちの、幻想郷の空から。

 

「定晴さん…あれは…」

 

まるで廃墟のガラスのようにひび割れた博麗大結界は、もう壊れる寸前だ。しかし、なぜ?

 

「紫ー!紫ー!」

 

俺が大きな声を出して呼ぶ。どうなっているのか、結界の管理をしているであろう紫を呼ぶ。

しばらくすると、スキマが俺の近くに開いた。そして、その中から出てきたのは藍と橙。紫の姿はなく、未だに結界の維持のために色々やっているのだと察する。

 

「定晴さん…」

「藍、どうなってる?なんで結界の亀裂が治らないんだ?」

 

しばらく俺は魔界にいたので、俺の力の残滓は少なくなっているはずだ。無効化の力とはいえど、そもそも持続するような力ではないので、いつまで経っても修繕されないのはおかしいのだ。

 

「実のところ私たちも原因がわかっていません。紫様や隠岐奈様が頑張っているのですが…」

「…藍、三途の川までスキマを開いてくれるか?」

「分かりました」

「文、申し訳ないが俺を支えてくれ。一人じゃ立つのがやっとなんだ」

 

文に使った霊力も合わせて、俺の霊力はすっからかんだ。立つことはできるけれど、生まれたての小鹿のようになってしまって、一人で歩くことすらままならない。

藍たちは紫の補佐があるだろうから、あまり自由に動くことができない。式神は二人とも傍にいないので、致し方ない。

 

「…わかりました」

「すまない、助かる」

 

藍が再び開いたスキマを通って、文に支えられながら三途の川まで移動する。女性といえど、妖怪なので情けないとか思わない。

 

「おや、あれはユズさんですね」

「ちゃんと逃げられないようにしてくれたんだな」

 

三途の川では、八千慧をぐるぐる巻きにして、逃げられないように紐の先端を持ったユズが座っていた。八千慧は既に目を覚ましており、ユズに色々語りかけている。

 

「定晴…さん…」

「大丈夫だったか?」

「はい…脅されましたけど、私には、定晴さんがいるので…」

 

八千慧め、ユズを脅して逃げようとしたのか。うーむ、幻想郷で根っからの悪人って感じなのは初めてだなぁ…

 

「なぜ彼女には私の能力が効かないのでしょうかね」

「さあな?八千慧、お前に色々と聞きたいことがある」

「どうぞ。答えませんが」

 

そうだろうな。そも、妖怪にとって人間の脅しは何も怖くないのだ。なんせ、生物学的に妖怪の方が人間よりも強いので、人間にできることは妖怪にとって恐怖でないことがほとんどなのだ。

だが、俺には八千慧と強引な話し合いができる方法を持っている。

 

「文、連れてくれありがとな。もう大丈夫だ」

「分かりました。後日、取材料無料でインタビューさせてくださいね」

「はいはい」

 

文はスキマを通って帰っていった。どうやら、スキマは開いたままにしてくれているようだ。

 

「ユズ、なんでもいいから力を分けてくれ」

「定晴さん、からっぽ、ですね。むむむ…」

 

ユズから妖力と、少しの霊力が流れてきた。妖力はユズの、霊力は俺から逆流したものだ。

俺は妖力も扱えるので、そのまま体の中にため込む。これである程度動けるようになったはずだ。

 

「今からちょっとばかりショッキングなことをするから、できればユズは離れておいた方がいいと思うぞ」

「……大丈夫、です。なんであれ、受け入れます」

 

今日のユズは、いつもと違って自分の意見をよく言う。その成長は喜ばしいものだし、まあ、見たくなかったら途中で目を逸らすだろう。

 

「一体何をする気で?」

「紫から禁止って言われたやつだ」

 

幻想郷に来てすぐの頃、萃香を相手に戦ったとき、紫から幻想郷ではできる限りやめるように言われた技を使う。

とはいえ、普通の精神状態だと俺の精神状態にもよくないので…

 

『狂気、ちと交代』

『はいよ』

 

…これで、俺の精神状態が狂ってしまうことはないだろう。

俺は八千慧の肩に触れて…浄化!

 

「あっ、ぐううう!」

「仲間は何人いるんだ?」

「知りませんね」

「そうか…」

「うああああ!」

 

妖怪が人間の脅しに屈する理由として、人間の力が強く調伏されることを避けることが挙げられる。調伏にはある程度準備が必要だが、調伏された場合全くと言っていいほど無力化されるからだ。

それを、俺はノータイムで行える。妖怪である幻想郷の住人に対しては非常に有効な脅し…いや、拷問である。

 

「なら、結界が壊れ続けているのはなぜだ?」

「経年劣化、じゃない、です、か?」

「そうかもな」

「ああああああ!」

 

ちらっとユズを見ると、やはり別の方向を見ていた。それに、耳を塞いでいる。やはり刺激が強すぎたか。妖怪であるユズからしても怖すぎるもんな。

俺の浄化の力で、俺が触れている肩の部分は少しばかり薄くなった。まるで幽霊みたいだな。

 

「早く言わないと消えちまうかもな」

「仲間なんて、いない!私と、もう一人だけ!」

 

流石に消えかかっているのは恐怖なのだろう。涙目でそんなことを言った。

口調も乱れているし、嘘をついている様子もないな。

本当のことを言うのであれば、俺は浄化の力を弱める。拷問は、こういった飴と鞭が重要なのだ。

 

「結界は?」

「知りませんよ、本当に」

 

浄化が弱まって余裕が出たか。浄化の力を強める。

 

「あぐうう!」

「結界、は?」

「畜生界…」

 

それだけ言うと、八千慧は気絶してしまった。

ちっ、やりすぎたか…

 

「ユズ、もう大丈夫だぞ」

「えっと、定晴さん、ですよね?」

「ああ。いつもの俺だ」

 

狂気が表に出ている間、中から拷問を見ていたのだが…惨いな。なんであれを平然とできるんだ?

 

『慣れ』

『そんなに拷問やらせてないだろ』

 

ともかく、八千慧から畜生界という情報を得た。気絶してしまったが…

 

「ユズ、八千慧を抱えられるか?」

「えっと、多分大丈夫です」

 

対妖怪用のロープを巻き付けたまま、ユズが八千慧を抱きかかえた。

それを確認したのち、ユズを連れてスキマに入る。ルーミアの情報を確認したら、畜生界に行かないとな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百二十九話 コネコネ

流行り病によって一週間倒れてました(´・ω・`)


妖怪の山に戻ってきた。

逃げていた妖怪が落ちたと思われる場所に向かって歩く。霊力が残っていないので、できる限り節約したいのだ。

 

「定晴さん、大丈夫ですか?」

「ああ、歩く分には問題ない」

 

今もユズから妖力が供給されている。しかし、ルーミアに比べるとユズの妖力は多いと言うほどでもないので、貰いすぎないように気を付けないといけないな。

さて、しばらく森を歩けばルーミアの姿が見えた。

 

「あ、定晴、なんで連絡に出ないの?繋がらなかったんだけど…」

「三途の川に行ってたんだ」

 

三途の川と妖怪の山の間には、魔力爆発が起きている魔法の森があるので、俺が三途の川に行っている間は妖怪の山にいたルーミアは連絡ができなかったらしい。

 

「さて、ちゃんと捕まえたか?」

「見てのとおりよ」

 

ルーミアが俺が渡した対妖怪ロープの先端を持っており、その先には先ほど俺が落とした妖怪が巻かれていた。無効化の力には少し抵抗されたが、この無効化と浄化の力を込めまくったロープには抵抗できなかったらしい。

今思えば、無効化よりも浄化の方が効果的だったか?

その妖怪はボロボロになっており、気絶している。

 

「定晴さん、何してたの?その後ろのは?」

「あれ、それはさっき捕まえたはずの…」

 

霊夢と早苗がそんな質問を投げかけてきた。

 

「三途の川でこいつから情報を引き出してきた」

「随分とボロボロだけど…」

 

俺の浄化能力によって、八千慧の体の一部が透けている。それなりに強い妖怪みたいだから、時間経過で元に戻るだろう。最悪、永琳のところにでも放り投げればいいだろう。

 

「定晴さんも手荒なことをするのね」

「拷問くらいなら」

「本当に手荒ね…」

 

少し霊夢の目線が冷たい気がする。博麗の巫女はあまり拷問とかしないのだろうか。

 

「こっちはどうするの?」

「情報は手に入ったからな。ルーミア、こいつを運んでくれ」

「りょうかーい」

 

八千慧から手に入った情報をもとに、畜生界に向かうことにする。結界が壊れている原因がそこにあるらしい。

 

「アリスはどこに行ったんだ?」

「こいつをボコボコにしたあとに吹き飛ばされた妖怪たちを助けに行ったわ」

 

どうやらアリスは救助隊として、他の妖怪たちを助けに行ったらしい。人形を何人も使えるアリスなら、救護も同時にできて効率的だろう。

 

「霊夢と早苗も畜生界についてきてくれ」

「いいわよ。でも、なんかあるようには思えないんだけど」

「奇跡が起きるので大丈夫ですよ!」

 

結界に関することであれば、霊夢と早苗が来てくれたほうがいい。俺の結界の力はあまり解析とかなんとかに向いていないからな。

 

「妖怪の山はアリスに任せましょ。私たちは早く結界をなんとかしないといけないわ」

 

紫が色々やってるらしいのだけど、元をなんとかしないと治らないだろう。博麗大結界が崩壊する前に修繕しなければいけない。

 

「ルーミア、俺のことを運べるか?」

「え?あー……いいわよ。というか、私が回復してあげるわよ」

 

ルーミアから霊力と妖力が流れてくる。ユズに比べるとルーミアは妖力量が多いので、俺の回復量も多い。

戦闘はできないにせよ、飛んで移動するくらいには回復した。

 

「あ、私が抱えた方が役得だったわ…」

「ほら、行くぞ」

 

まだスキマは開きっぱなしなので、それを通って三途の川まで移動する。妖怪の山から三途の川まではそれなりに距離があるので、こうやって早く移動する方法があるのであればそれを使わない理由はない。

 

「…おい、起きろ」

 

浄化を使って強制的に八千慧を起こす。

 

「うぐっ、なんですか…」

「俺たちだけじゃ三途の川は渡れないから、お前が案内しろ」

「人使いが荒いですよ…」

 

浄化ばかりだとあれなので、魔術で八千慧をビリビリさせる。

そうすれば、八千慧は案内してくれるようだ。やはり妖怪の世界だと、圧倒的に力支配が有効だな。

 

「さ、定晴さんもそういうことするんですね…」

「妖怪相手なら何度かやったことがあるぞ。言霊の概念がある以上、言葉よりも力で従わせた方がいいことが多いんだ」

「それはそうですけど…」

 

早苗が俺の様子を見て少し引いている。これは嫌われたかな…?

ともかく、八千慧の案内により畜生界まで戻ってきた。ここで探してもいいのだけど、八千慧がいるのであれば拷問して情報を絞り出そう。

 

「早く案内しろ」

「それ、やめてくれません?体が…」

「知らん。はよしろ」

 

無駄な問答をしている暇はないのだ。幻想郷の存続がかかっているので、こういった時間短縮できるようなところはすべて時短していく。

博麗大結界がどれくらい保つのか不明なので、壊れる前にこの異変を終わらせなければいけない。

 

「向こうですよ」

「嘘じゃないな?」

「嘘じゃありませんっ!それをやめろ!」

 

浄化されすぎて、言葉が荒れている。多分、そもそも相手を敬うようなタイプではないのだろう。敬語だって素の口調ではないはずだ。

嘘をついている場合は、本当に消滅させると脅したあとで移動する。しばらく八千慧の案内で移動していると、気絶していた妖怪が目を覚ました。

 

「ここは…」

「お前も捕縛だ。妖怪の山を吹き飛ばしたのはお前だろ。償ってもらうからな」

「くそっ、なんだこの紐はー!」

 

移動しながら得た情報によると、この妖怪の名前は饕餮尤魔。八千慧とは敵対する組織らしいが、この異変に合わせて協力関係を構築しているらしい。

敵対していたとしても、目的のために手を組むことができる組織は、組織的に強いので厄介だ。

 

「やっぱりこいつと協力しなければよかった!」

「途中まではうまくいっていたんですよ?ええ、この人がここまで拷問するタイプだとは思わなかっただけで」

「幻想郷じゃ初出だ」

 

不動みたいな特例以外は、幻想郷の住人は俺の事を調べるとき幻想郷内でやったことしか調べることしかできない。外の世界でしか拷問をしてこなかったので、幻想郷で初めてやる行動について調べることができなかったのだろう。

俺の中に狂気がいなかったらできない荒業ではあるんだがな。

 

「黙ってろ」

「ぐうぅ」

 

対妖怪用ロープを使っている間は無効化や浄化もきちんと効果的みたいだな。取り敢えず尤魔にも浄化の力を流して動けなくしておく。

その後、俺たちは広い空間にたどり着いた。そこには、大量の動物霊が集まっており、そのすべてが丸々と太っている。どうやら、すべてタンクとして存在しているらしい。

 

「こいつらが供給源ってことか」

 

だが、結界に影響している部分は見つけることができない。

これ以上失敗ができないので、結界に影響している部分を探す。動物霊を倒すことも踏まえて罠をかけようとしている可能性も否めないからな。

 

「定晴、さん、あそこに、何か」

 

ユズが何かを指さしている。俺には見えないのだが、ユズにしか見えない何かがまたあるらしい。

先ほどはそれで結界に亀裂を入れてしまったので、慎重に行動しないといけないな。

 

「霊夢、これはどう思う?俺には見えないが」

「私にも見えないけど…多分大丈夫よ。勘だけど」

「霊夢の勘なら信用できるな」

 

動物霊を消す前に、この不可視の何かを無効化する。何の効果は分からないが、無効化!

何も変わらないな。だが、八千慧が舌打ちをしたので、多分成功したんだろう。

 

「危ないからこいつらもぶっ飛ばしましょ。むしゃくしゃしてたのよ!」

 

霊夢が弾幕を展開して、動物霊たちを吹き飛ばした。一応こいつらには罪はないのだけど…まあ、不発弾みたいなものだし、ぶっ飛ばしてもいいだろう。

 

「あら、まだ何か結界に働きかけてるわね…早苗、手伝いなさい!」

「はーい」

 

霊夢が何かに気が付いて、畜生界の壁をコネコネし始めた。早苗も霊夢の隣でコネコネしている。

結界ってそんな風に働きかけるのか…

 

「定晴ー!安定したわー!ありがとー!」

「紫っ、まだ終わってないだろっ!」

 

スキマが開いて紫が飛び出してきた。

だが、紫が来たってことは本当に終わりってことか。想定していたよりも呆気なく終わったな。まだ何か見落としているのだろうか?

ともかく、八千慧と尤魔の処遇を決めつつ幻想郷に戻らないとな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三十話 復興

異変は終わった。首謀者の八千慧と尤魔はロープにまかれたまま、紫に連れていかれた。

だが、異変の影響は計り知れない。なんせ、魔法の森と妖怪の山の両方の大部分が吹き飛んだのだ。元通りというわけにはいかなかった。

 

「こういうときこそ信仰をー!神が救いますよー!」

 

畜生界から戻ってきて、次の日。妖怪の山に来たら諏訪子が妖怪たちに向かって信仰を呼び掛けていて、妖怪たちは拝んでいる。やはり妖怪も住処がなくなったら神頼みもしたくなるのだろうか。

 

「あ、定晴さん。お疲れ様です」

「早苗も信仰集めか。大変だな」

「そうですねぇ…特に今回はいっぱい使うことになるので、妖怪たちも必死に拝んでくれてますよ」

「いっぱい使う?」

 

俺が早苗に訊き返したとき、諏訪子が大声で叫んだ。

 

「キタキタキター!行くぞー!」

 

諏訪子が大きく両手を地面につけた。

その瞬間、地面が揺れる。また爆発かと思ったら、昨日爆発で欠けた山肌がどんどん戻っていく。

まじで神の奇跡ってことか…!?

 

「諏訪子様はああやって創造できるんですよ。だから、山肌の欠けた部分はこうして信仰して力を集めないといけないんです」

「なるほど…信仰ってああやって力に変換されるのか…」

 

実際にご利益があるからこそ、妖怪たちが素直に諏訪子へ拝んでたのかもしれないな。ここまでわかりやすくご利益を見せてくれる神様もそうそういまい。

 

「植物とかってどうなるんだ?」

「植物は諏訪子様の範囲外なので、各自で植えて育つのを待ちますね。場合によっては幽香さんに頼みますけど」

 

そうか、幽香に頼めば植物はどうとでもなるのか。幽香自身あまり植物に負荷をかけたがらないので、すべての木々を元通りにすることはできないけれど、どうしても必要な部分は生やしてくれるだろう。

ということは、元に戻すのが大変なのは環境ではなく…

 

「家は?」

「建築するしかないですねぇ…外の世界だと逆なんですが、幻想郷では建物を建てる方が時間がかかるんですよ」

 

普通自然環境というのは、手を加えるのが大変になる。何年、何十年もかけて戻すのが一般的だからだ。

だが、幻想郷では自然に手を加えるのが容易なので、建築の方が時間がかかるというなんとも不思議な現象が起きる。家を建てる程度の能力とかいないのだろうか。

 

「それで…定晴さんはどうしてここに?」

「妖怪の山の様子を見に来ただけだ。犯人たちは紫に絞られてるからな」

 

俺たちが確保した八千慧と尤魔は紫に渡した。幻想郷が崩壊する可能性があったので、流石の紫も怒り心頭だ。

拷問は俺よりも慣れてるだろうし、俺は二人を護送したあとは自由というわけである。

 

「それに、結界の様子を見る必要があるしな」

「これ、いつ戻るんですかねぇ」

 

幻想郷の空には、未だに亀裂が残っている。

博麗大結界は相当な力を持って維持している。そのため、このように大きく破損してしまうと修復に時間がかかってしまうのだ。霊夢や紫が毎日色々するようだが、それでも一か月はかかる見込みらしい。

大結界への干渉は難しいので、水那が何もできないと嘆いていた。

 

「結界がこうなっている悪影響とかってあるんですか?」

「今のところはないみたいだ。別に完全に割れてるわけじゃないからな。ただ、脆くなってるから同じような異変が起きると今度こそ壊れるかもしれない」

 

博麗大結界が壊れれば、その瞬間幻想郷が外の世界に認知されるようになり、妖怪たちは力を失うことになるだろう。

外の世界には東方プロジェクトがあるから、生粋のオタクたちによってなんとかなるかもしれないが、妖怪たちの衰退を止めることはできない。

 

「じゃあ俺は家に帰るから」

「はい…そういえば魔界に行っていたんですよね?そちらは…」

「ああ、それはな…」

 


 

「急に出ていくからびっくりしたわ。出るのなら先に言っておいてほしかったんだけど…」

「すまん…」

 

現在、俺の家には神綺がいる。緊急のこととはいえ、突然魔界を出ることになったので、神綺に余計な心配をかけさせてしまったようだ。

 

「一応紫様からの連絡は受けたのですが…」

「だめよ夢子ちゃん。紫の連絡なんてあまり信用できないんだから」

 

神綺と共にメイドの夢子も家に来ている。異変が終わったのを察知して、魔界からこちらまで遊びに来たらしい。家はアリス伝いに聴いたようだ。

 

「それで、魔界には戻ってくるの?修行の途中だったんでしょ?」

「そうなんだが…」

 

俺の無効化の能力は魔界に行く前となんら変わっていない。そのため、修行をする意味はあるし、可能ならもっと修行をしたいとも思っているだが…

 

「少なくともすぐには無理だな。紫から、八千慧たちの処遇が決まるまでは幻想郷にいるように言われてるんだ」

 

処遇を聞くだけなら魔界でもいいとは思うのだが、異変の影響とかもしかしたらまだ何かあるかもしれないからとかで、しばらく幻想郷にいるように言われたのだ。スキマがあるとはいえ、緊急事態だと少し時間がかかってしまうからな。

博麗大結界に影響を与えたという大事件だったので、紫も神経質になっているらしい。

 

「残念ねぇ…なら、定晴さんたちが魔界に戻るまで私たちもこっちに滞在しましょ」

「神綺様、仕事が…」

「魔界なんて放置してても勝手に回るんだから大丈夫よ。こっちのアリスちゃんの家も見たいし」

 

ワクワクした様子でそう話す神綺。悪いが、アリスの家はなくなったよ。

魔法の森をよく見たのだが、やはり魔理沙の家とアリスの家はなくなっていた。アリスの半自動人形(命令を与えると、それを繰り返すだけの人形)が森を彷徨っていたので、その子たちを回収したのち、二人は現在人里にいる。

魔理沙は人里で過ごすくらいなら野宿をすると言っていたのだが、やはり落ち着ける場所がないと大変なのか、渋々人里の端っこの方で生活している。家は慧音に用意してもらった。

 

「じゃあアリスちゃんに会いに行きましょ」

「失礼します」

 

ワクワクした顔で出ていった神綺。多分アリスに凄い嫌な顔をされるんだろうなぁ…

 

「ご主人様、しばらく休暇?」

「そういうことになるな」

 

俺の隣に座っているルーミアがそう言う。

幻想郷にいるように言われたので、しばらく休暇だな。今回の異変のおかげで、俺の無効化の残滓もないみたいなので、普通に生活しても大丈夫そうだ。

 

「宴会はあるんでしょうか?」

「復興が終わってからじゃないかな」

「でしたら、本当に何もないんですね」

 

もしかしたら復興よりも先に宴会をするかもしれないが…スケジュールが出るまでは分からんな。

 

「あ、そうそう。ちゃんとご主人様が幻想郷に帰ってきたってみんなに伝えておいた方がいいわよ」

「なんでだ?」

「後々に面倒を残したくないでしょ?」

 

よく分からないが、面倒は残したくないからそうするか。

ひとまず、しばしの休暇を楽しむとしよう。




今章はこれで終わりです。次の章は日常系です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八章 晴れ晴れとした日常
三百三十一話 水那の願い


「定晴さん、相談があるんです…」

「どうしたんだ。改まって」

 

異変後の休暇中に、水那が家を訪ねてきた。

ルーミアとユズは、しばらく家を空けてた影響で食材がないので買い物に行っている。

俺も一緒に行こうと思ったのだが、そのタイミングで水那から式神による連絡が来たので家に残ったのだ。水那はいつの間にか紙の式神を使えるようになっていたのは驚きである。

 

「定晴さん、私に修行をつけてください!」

「修行?」

「はい。私、もっと強くならないと…お姉ちゃんに顔向けできません!」

 

覚悟をしている顔つきだ。それこそ、修羅の道でも行くような表情。

外の世界でも思ったが、水那は年齢に対して覚悟が決まりすぎている。過酷な環境で育ったとはいえ、もう少し緩く生きたほうがいいと思うんだが…

 

「なんで急に?」

「私、全然役に立ってないじゃないですか…私は修行を頑張ってるのに、霊夢さんに才能で負けるのも嫌です」

 

まあそれは確かに。努力しているのに天才に負けるのが嫌だという気持ちは分かるが…

 

「それに、私をここに連れてきたのは定晴さんなんですから、こういった事後処理をするべきだと思うんです」

「…分かった。やろうか」

 

なぜか水那に脅された。

 


 

俺の家の周りは木で囲まれている。人里にも博麗神社にも近いが、森の中だからな…

そのせいで修行ができる場所がない。弾幕ごっこをするときは空を飛べばいいのだが、やはり広い空間も欲しいだろう。

 

「水那って剣を使ったことはあるか?」

「祭儀のための剣はあるみたいですが、普通に使ったことはないですね。外の世界でナイフは使ってましたよ」

「銃刀法違反じゃね、それ?」

「警察にバレなきゃいいんです」

 

ともかく、剣は使ったことがないか。じゃあ俺一人で…あ、そうか。

 

「じゃあ今の水那の力を見るから、切り株を何してもいいから掘り出してくれ」

「切り株ですか?」

「整地に必要でね」

 

俺は輝剣を取り出して、正面に構える。俺の目の前にあるのは、一本の木だ。

ここらへんの木々は少し太いので普通に斬っても無理そうだな…身体強化をしておこう。

 

「ふっ!」

 

木の幹を横に切断。貫通することはなかったが、木を切り倒すには十分に切断できている。

目の前の木はそのまま横に倒れて、切り株が残る。

 

「なるほど、空間を作るんですね」

「場所が必要だからな」

 

続けざまに何本か切り倒す。木こりの人に申し訳なくなる伐採方法だ。

そして、残った切り株は水那に除去してもらう。俺の記憶だと、霊夢の技に切り株をどうにかするものはなかったと思うだが、果たしてどうするか。

 

「では失礼して…」

 

俺が眺めていると、水那が御札を切り株の周りに貼り出した。その数合計で三枚。切り株を囲うように貼られている。

このように御札で囲まれた空間というのは結界として定義されるのだが…

 

「炎術!」

 

水那がそう言うと、結界の中が炎で満たされ、それが消えたあとには切り株は燃え尽きていた。

灰しか残っていないあたり、相当な火力が出ていると思われる。

 

「巫女ってそういうこともできるのか…」

「霊夢さんはしないですけどね。倉庫から古い巻物を引っ張り出して勉強しました」

 

おっと、もしや術の多様性で言えば霊夢よりも多いのか?

もしそうなら、霊夢とは違う方面で活躍できるだろう。

 

「残りもやっちゃいますね」

 

水那は残りの切り株にも御札を貼って、すべて燃やし尽くしてしまった。その火力、俺もほしい。

 

 

「はぁ…はぃ…どうですか…?」

「切り株がなくなったという点はいいが…大丈夫か?」

「少しすれば…回復しますので…はぁ…」

 

すべての切り株を燃やしたあとの水那は、見るからに疲労困憊といったところだった。

 

「うーむ、水那は純粋に霊力が足りないのかもな」

「それは自覚してるんですけど…霊力って、そんな簡単に増えないじゃないですか」

 

霊力も、妖力も、神力だって長い時間をかけて増えていくものだ。

使えば使うだけ器は大きくなるのだけど、それでも微々たるものなのだ。生まれ持って霊力が高いとかでなければ、一生をかけても人間は妖怪ほどの力の器は手に入らない。なんせ、妖怪の方が長生きだからな。

そのため、人間は妖怪にじり貧となるのだ。そのために過酷な修行を積んで霊力を増やすのである。

 

「博麗の巫女の特訓とかってなかったのか?霊力の増やし方なら華扇とかが知ってそうなものだが…」

「華扇さんの修行、よく分からなかったんですよね。体の中で気を作るとか動かすとか…ちょっと私には分からない感覚で…」

「あー…幻想郷の住人だとなんとなくわかるものだったりするんだが、外の世界出身だもんな」

 

幻想郷の人々は妖怪と隣り合った生活をしているので、気だとか霊力だとかの外の世界では認知されていないものでも、なんとなく理解できたりするのだ。

しかし、外の世界で育ってきた水那にはよく分からないらしい。幻想郷で生活してもう二年近い年数が経っているものの、水那は未だに幻想郷の空気に慣れていないようだ。

 

「定晴さんは分かるんですか?」

「俺はなんとなくわかるな。魂の気配と同じようなものだ」

 

魂の感覚は、幻想郷の住人でも分からないという人が多いだろう。それくらい、稀有なものだからだ。

 

「うーん…やはり特訓ですかねぇ…」

「じゃあ俺が霊力の鍛錬をしてやるよ。技とかはそのあとだな」

「…はい、お願いします」

 

妖夢の剣術指南とは別に、水那の霊力修行もすることになった。まあ、俺は基本的に暇だからいいんだけどな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三十二話 種族検査

俺の家は、浄化や結界、無効化の力などに守られており、例え不動であってももう家は壊すことができない。

そんな俺の家は、何かと調べるのには最適だったりする。なんせ、結界で守られている以外は特に何の特殊環境もないからな。

 

「私の身体検査ですか…?」

「そうだ。ユズが何の妖怪なのかも含めて、一度身体検査をしようと思ってな。永琳からも、経過観察は見るように言われてるしな」

 

ユズが何の妖怪なのか、未だにはっきりとしていない。不動が外の世界から連れてきた妖怪だが、不動もユズの種族は知らないみたいだし、ここらへんでちゃんと明かしておきたい。

過去に検査したときは、誰も何の妖怪なのか分からなかったけど、今のユズは落ち着いているし、もう少し深いところまで検査できるはずだ。

 

「もちろん、検査自体は別室で私がするから安心してね。ご主人様は男だし」

「いえ、それは心配してないですけど…それに、私は定晴さんなら…」

「だめよだめよ。ご主人様はそういうのよくないから」

 

検査はルーミアにしてもらう。知識は俺の方があるけれど、ルーミアだって大妖怪だからな。ある程度の知識なら持っている。

永琳からそのための本を貰ったので、それに則って検査をする予定だ。

 

「これで何の妖怪かわかるならそれでいいけど…それでなくても、ユズも妖力の使い方がはっきりするんじゃないかしら」

「妖力の使い方?」

「言わば能力ってやつ。私の場合は闇を操るけど、ユズにはそういうのないじゃない」

 

種族によって、最適な妖力の運用の仕方は異なる。ルーミアや紫のように、能動的に使うことに向いているのであればそのままでもいいが、日頃は妖力を溜める方が生きやすい妖怪もいるのだ。

 

「そういうわけだから、私の部屋に来て」

「は、はい…」

「ご主人様はいつも通り過ごしててちょうだい。何かあったら通信で呼ぶわ」

 


 

さて、ユズの身体検査を始めるとしましょう。

 

「というわけで、まずはこの試験管に妖力を込めてちょうだい」

「妖力を?」

「そう。どういう原理か知らないけど、これは妖力を集めることができるみたいなの。あとで永遠亭に送るみたいだから、よろしくね」

 

永琳から貰った器具は、どれも原理はよくわからないけど便利なものだ。医学のためにこんなものまで作っちゃうなんて、やるわね…

ユズが妖力を込めている間に、何をするべきかのメモを読む。ご主人様が永琳から貰った本を読んで頑張って書き下してくれたものだ。

 

「えっと、服を脱いでもらっていい?」

「はい」

 

メモによると、体に特徴のある妖怪も多いので、それで種族が判明することも多いらしい。天狗とかだったらすぐにわかるから、こういうのが体にあるとは思えないけど…

皮膚は人間のものと変わらない。私も体に特徴が現れる妖怪じゃないから、こういう妖怪は珍しくない。

 

「妖力込め終わりましたよ」

「それはこっちで保管しとくから…あ、服はもう着ていいわ」

 

身体的な特徴でわかるのなら、とっくの昔にわかっているので期待はしていない。

 

「さてと、じゃあ本題よ」

「今までのは…」

「こんなのは前座よ」

 

次は永琳から貰った薬を元に調べる。どうやら、妖力に反応する特殊な薬らしい。

反応したときの色の変化によって、種族の方向性がわかるらしい。正確な種族ではなく、動物系とか迷信系とかそういう感じ。

尚、形としては血液検査らしいので、私が採血をする。

 

「チクっとするわよ」

「はい」

 

まあ今更注射の痛みでどうにかなるような妖生は過ごしていない。

ユズから採血したものを薬と混ぜる。黒なら動物、白なら神話…あれ?

 

「色、変わりませんね。それとも、赤があるんですか?」

「ないわ。妖怪の血なら必ず変化するって書いてあるんだけど…」

 

今見ているのはご主人様が書いたメモではなく、薬に付属している説明書を読んでいるのでミスはないはずだ。

 

「薬が悪いんでしょうか…ルーミアさんも試してみます?」

「そうね」

 

ユズに採血してもらって、私の血で薬の効果を試してみる。永琳のことだからミスが起きてるとは思えないけど、失敗をしない人はいないし試してみなければ分からない。

私の場合は伝承とか迷信系なので、緑になるはずだ。

 

「深緑になりましたね」

「色の濃さは妖力の強さによるからこうなるのよ」

 

私は暗闇への恐怖とかそういう類から生まれた妖怪だから、緑色になるのは正しい。つまり、この薬は普通の薬ということになる。

だというのにユズの血で色が変わらないとなると…

 

「実はユズって妖怪じゃないってことある?」

「え、妖力しか持っていないのに?」

「まあそうなんだけど…」

 

一応、他の検査キットでユズを調べてみるけれど、どれも目立った反応はない。

 

「これはご主人様に報告案件ね」

「そうですね…」

 

自分のことが未だにわかっていないユズは少し落ち込んでいる。どうにか見つけたいんだけど…

 


 

「それで、何も分からなかったのか」

「そうなのよ。永琳に文句を言っておいてちょうだい」

「キット自体は普通だったんだから、特異なのはユズの方なんだろ」

 

俺がおやつとしてフルーツポンチを作っていたら、二人が戻ってきた。どうやら、めぼしい成果は得られなかったようである。

 

「そうだなぁ…となると、あとはもうユズ本人の感覚で探すしかないかもな」

「どういうこと?」

 

俺の言葉にルーミアが頭をかしげる。

 

「ユズ、先日の異変のとき、俺たちには見えていない魔法陣が見えてただろ?」

「そう、ですね…私には見えてました」

「もしかしたら、あれが能力なのかもしれない。どういうものかは分からないけれど、あの現象を突き詰めたら種族がわかるかもな」

 

あの場にはユズ以外にも俺や早苗がいたのだ。特に、早苗は神性を持っているので、結構妖怪寄りなのだが、それでも見えなかった。

ということは、やはりあれはユズの特性と考えてもよさそうだ。隠されたものが見えるようになる妖怪に心当たりはないけれど…

 

「近々パチュリーのところに行って知識を貰おうか」

「そうね。それに、パチュリーは魔術方面から調べてくれるだろうから、行ってみましょ」

「分かりました」

 

ユズのためにも、俺たちはユズの種族を明かす責務があるのだ。必要になったら元凶の不動に調べものをしてもらうことにしよう。




定「ルーミアって迷信系なんだな」
ル「闇への恐怖なんて、根源的なものよ?」
定「根源的恐怖の妖怪ってあまり自我が強くないと聞いたが…」
ル「ここまで感情的にしたのはあなたじゃない」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三十三話 建築依頼

買い物をしに人里へ来た。あらかた必要なものは買い終えて、人里を適当に歩いていると、人形劇をしているアリスを見つけた。

子供たちに囲まれており、その中でいくつかの人形を持前の技術を使って操り物語を進める。よくあるドラゴンと騎士のお話のようで、特に男子の客が多いみたいだ。

 

『ドラゴンよ!私が倒して見せよう!』

『ぎゃあああ!』

『私の剣の錆となるがいい!』

 

アリスってドラゴンの人形とかも持ってるんだな。上海人形とかとは違い、本当にただの人形のようだけど、その造形は素晴らしいの一言に尽きる。

しばらくして騎士がドラゴンを倒すと、そこで物語が終わった。盛り上がりを見せていた人形劇が終わり、客の子供たちは帰っていく。

 

「どうだった、私の人形劇は?」

「こういうのもしてるんだな」

「慧音に頼まれているのよ。ほら、娯楽が少ないじゃない?」

 

弾幕を撃つこともできない人里の子供たちの娯楽は、運動くらいしかない。あとは駄菓子屋で買えるような遊び道具で遊ぶくらいで、外の世界に比べて明らかに娯楽が少ないのだ。

勿論、アニメを見るような媒体もないので、こうしてアリスが人形劇をすることでそれを補っているようである。

 

「それに、一応あれってお金が貰えるの」

「そうなのか?」

「人里の大人たちから受け取るのよ。謝礼金ってやつね」

 

アリスは魔女で長生きなので、きっと謝礼金を渡す大人の中にもアリスの人形劇を見て育った者がいるだろう。

 

「私の家を建て直すのにお金が必要って言われて…人形を新しく作るお金もないわ」

「そうか…」

 

アリスの家は先日の異変で吹き飛んでしまっている。辛うじて人形たちを救出したものの、家を建て直すには時間とお金がかかる。

その資金調達をここでしているということらしい。

 

「魔理沙はどうしてるんだ?」

「あっちはあっちで食用のキノコを売ってるみたいよ。それに、あっちは元々魔法店があるからなんとかなってるみたい」

「霧雨魔法店って動いてたんだな」

「みたいよ。私も知らなかったけど」

 

あれは便宜上というだけで、そういう仕事はしていないと思っていた。俺の何でも屋とやることはほとんど同じだろうし、魔理沙はそういう仕事をしたがらないと思っていたからだ。

聞くところによると、人里での仕事は多いらしい。今まで魔法の森にいたから仕事が少なかったらしく、人里に来てからは色々稼いでいるみたいだ。

 

「異変の被害として損害賠償とかなかったのか?」

「基本的に異変の被害って自分たちで何とかしないといけないのよ。博麗神社倒壊みたいな緊急性があるならその限りじゃないけど」

 

一応異変の主犯からある程度絞れるみたいだが、幻想郷の妖怪がお金を持っていることは少なく、結局あまり意味がないらしい。

建築に使える能力があるなら、それで償うみたいだが、今回は八千慧たちだからなぁ…あの二人に建築能力があるとは思えない。尤魔の方はよく知らないが、建築系の能力ではないだろう。

 

「主犯が鬼ならよかったのに…」

「残念だったな」

 

鬼は怪力なので、建築に向いているのだ。例え萃香のように小柄な鬼だとしても、そこらへんの妖怪より断然怪力なので鬼ならば建築の手伝いができるのである。

 

「そうだ!定晴さんって建築できたりしない?!」

「一応建築の仕事はしたことあるが…」

「お願い!お金は出すから手伝って!人里での生活も悪くはないんだけど、魔力の関係上住みづらいのよ。鬼って中々見つからないし、できる限り早めにお願いしたいわ」

 

魔女たちは日夜研究をしている。その中で魔力を使うことも多い。

魔法の森は魔力に満ちているので、そういった日頃魔力を使うような種族にとっては住みやすい環境だったのだ。言うなれば、常に周囲にバッテリーがあるようなものだしな。

 

「魔理沙と違って私はちゃんと貯蓄してたものもあるし、もうすぐ集まるわ。お願いできる?」

「いいぞ。じゃあ準備ができたら家まで来てくれ」

「分かったわ」

 

まさか幻想郷で建築の仕事をするとは思わなかったが…倉庫に道具があったかね。

 

「萃香じゃだめだったのか?」

「爆発があって妖怪の山の方に仕事で出てるみたいなの。だから博麗神社にいないのよ」

「そうか…地上の鬼はそういう仕事に出るのか」

 

妖怪の山と鬼の関係は非常に深く、こういった非常時は仕事として出ることが多いらしい。

そのため、萃香は現在妖怪の山の復興に力を出していて、こっちまで来ることがないらしい。いつもだらけている萃香が仕事に出なければいけないくらいの被害だと考えると、甚大だったということがわかる。

 

「前の家みたいに立派なものじゃなくてもいいわ」

「立地を見る必要があるから…まあ、家で準備しておく」

「ええ、よろしく」

 

さて、じゃあちょっと久しぶりに本気で仕事をするとしますか。

俺は建築の準備をするために家に帰った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三十四話 フルーツポンチアイス

アリスから貰った設計図をもとに、建築をするための準備をしていたら、来客があった。

アリスがお金を準備したのかと思って扉を開けると、そこにいたのは日傘を差したフランが立っていた。

 

「お兄様!」

「フラン、久しぶりだな」

「久しぶり!」

 

日差しは段々強くなっているが、それでも元気だな。

俺たちが魔界に行って、そして異変の解決をするにかけて梅雨を過ごしてしまって、もう少しで夏の時期だ。既に幻想郷の梅雨は明けてしまっている。

 

「入ってもいいかしら」

「ああ。ルーミアもユズも出かけていないが」

「むしろちょうどいいわ」

 

フランがワクワクしながら家に入ってきた。フラン一人っきりだろうか。

 

「フラン、一人か?」

「ちゃんとお姉さまには言ってるわ。お兄様のところに行ってくるよーって」

 

くるっと回ってそう言うフラン。最近のフランは無断で出歩いたりすることも少ないので、まあ安心できるか。

もし無断だったとしても、咲夜が探しに来るので大丈夫だろう。フラン探しをするとき、咲夜は序盤でここにやってくる。

 

「吸血鬼からするとやっぱり初夏にかけたこの時期って辛いか」

「んー、私たちって日差しに弱いってだけで暑さは皆と同じように感じるから夏だからっていうわけじゃないの」

 

日傘を置いてソファに座るフランに尋ねる。

日差しそのものに弱いので、日差しの強さは関係ないみたいだ。もしかしたら日差しが強い方がダメージが大きいとかはあるかもしれないけれど、どのみちダメージが入るのは変わらないのだから検証できないか。

 

「もう昼食は食べたか?」

「そうめんを食べたわよ」

 

おや、意外。

 

「紅魔館でもそういうのって出るんだな」

「咲夜はなんでも作れるのよ!」

 

咲夜は和洋折衷、中華なども含めて作ることができる。どうやら中華は美鈴の方が上手に作れるらしいが…俺よりも料理のレパートリーが多いのは確かだろう。

咲夜に料理を教えてもらうのもありかもしれないな…魔界の食材とかもっと美味しくできると思うんだよなぁ…

 

「なら…冷たいものでも食べるか?」

「食べる!」

 

やはり夏はアイスとかかき氷とかそういうのを食べたくなるものだ。

冷蔵庫と冷凍庫に材料は揃っているから基本的になんでも用意はできるが…

 

「何がいい?」

「お兄様にお任せするわ!」

 

ふむ…無難なアイスは紅魔館で食べることもあるだろうし、折角なら紅魔館じゃ食べられないようなものを食べさせてあげたいが…

 

「フルーツポンチかき氷とかどうだ?」

「いいわね、お願い!」

 

あまり咲夜はアレンジ料理をしないみたいだし、名前からどんなものかはわかるものの紅魔館じゃあまり食べないであろうものを用意する。

さくらんぼ、パイナップル、スイカ、ブドウ、ナシをカットし甘いシロップの中に漬ける。ちゃんと固まるように水分量を多めにしてから器に移して冷凍庫の中に入れる。

あとは固まるまで待つだけだ。

 

「ちょうどおやつの時間に固まると思うから、それまでは待ちだな」

 

待ち時間は、フランと適当に遊んでおくか。

 

「お兄様、隣に座って!」

「ああ」

 

ソファに座っているフランの隣に座る。すると、フランがこちらにスススと移動してきた。

エアコンがあるとはいえ近いと暑いので離れると、その距離を詰めるようにさらに近づいてきた。

 

「どうして逃げるのよ」

「むしろなんで近づいて来るんだ。暑いだろ?」

「お兄様が暑いなんてことないわよ」

 

ソファの端っこまで来たので逃げることができなくなり、フランは俺の体にギリギリ触れない距離で止まった。

なんでそんなに距離を詰めてくるのだろうか。その答えはすぐにフランが教えてくれた。

 

「お兄様、長らくどっかに行くなら一言欲しかったわ。梅雨の間寂しかったの」

「それは…悪かったな」

 

梅雨の間、俺はずっと魔界で鍛錬をしていた。結界に異常が出ていたので早急に対応する必要があり、俺はあまり連絡をせずに魔界へと赴いた。

何かあれば紫や霊夢が事情を知っているし大丈夫だろうと思っていたのだが、そうか、寂しい思いをさせてしまったか。

 

「お兄様が帰ってきたって聞いたから今日来たのよ」

「すまんな」

 

外の世界にいるとき、俺は何でも屋として色んなところに行っていた。わざわざ知り合いに連絡をするのが面倒だったので、俺はどこに行くときも特に連絡をしていなかったのだが、その癖が出てしまったか。

だが遠出するときに毎回何か言うのは面倒だと思ってしまうのが…

 

「そうだ、式神で連絡するのはだめか?」

「ルーミアちゃんが来るの?」

「いや、紙の式神だ。何かあったら紅魔館に手紙として式神を飛ばすよ」

 

藍に教えてもらったおかげで、紙の式神を扱う術も上手になってきた。紅魔館まで連絡を飛ばすくらいはできるはずだ。

俺の言葉に少し悩んだあと、フランは言った。

 

「いいよ。でも、忘れないでね」

 

どこかにメモでもしておくか。

 

「それで、どこに行ってたの?」

「聞いてないのか?」

「霊夢が、私は知らない場所だからって教えてくれなかったの」

 

霊夢め、めんどくさがったな。

俺はフルーツポンチが固まるまでの間、フランに魔界での出来事を教えてあげた。

 


 

大体三時くらいになったので、冷凍庫からフルーツポンチを取り出した。

アイスとしてはいい感じだが、かき氷にできるほどは固まってないなぁ…俺の魔術じゃ凍らせるほどの威力は出ないしどうしたものか。

 

『私がいても凍らせられないのね』

『風と光以外はどうしても威力は出ないらしい』

 

魂の魔女から言われた通り、俺は元々適正のなかったものは適正が生まれたとしても威力が出ないらしい。

この様子だと、フルーツポンチが完全に固まるにはもう何時間が必要そうだ。それだとおやつとしてはあまりよくない時間になってしまうし、フランが帰る時間も考えるとあまり遅くはできない。

 

「お兄様、どうしたの?」

「いや、思ったよりも固まっていなくてな…」

 

さて、どうしたものかと考えていたら、インターホンが鳴った。誰だろうか。

 

「私が出る!」

 

フランがソファから飛び降りて、玄関に向かった。

 

「定晴!あたしが…あれ?」

「チルノちゃんじゃん。どうしたの?」

「あちゃー、誰かいたかぁ」

 

家に来たのはチルノ。そして、その後ろには大妖精。

あまりこの二人が俺の家に来ることはないのだけど、どうしたのだろう。

 

「すみません、普通に遊びに来ました」

「そうか。まあ入ってくれ」

 

大妖精の説明に、取り敢えず納得して俺は入室を促す。

少しチルノががっかりしているように見えるが、どうしたのだろう。

チルノ…あ、そうだ。

 

「チルノ、来てばかりですまないが、ちょっと手伝ってくれ」

「ん!やる!」

 

急に元気になったチルノがこっちに来た。

俺はチルノに、固まり切っていないフルーツポンチを凍らせるようにお願いする。駄賃は一緒にフルーツポンチを食べることができる権利だ。

 

「任せて!カチカチになりすぎないようにすればいいのね!」

 

チルノから冷気が放出されて、フルーツポンチが固まっていく。チルノ、冷気の扱いが上手になったような気がするな。前よりも繊細に凍らせることができているというか…

それに、前はやりすぎないように配慮するとかもなかったはずだ。チルノも成長してるんだな。

 

「どう?!」

「完璧だ。じゃあちょっと離れてくれ」

 

チルノがソファに移動したのを確認したのち、俺は輝剣を取り出した。

普通の氷ならばかき氷機でいいが、フルーツが入ってるこの氷ならこっちの方が早い。

 

「ふっ!」

 

剣術・滅多。弾幕ごっこ用ではない、真の剣技であり、正面を切り刻む技だ。

身体強化も併用すれば、一瞬で氷を細切れにすることだって可能である。俺はその剣術、ただのデザート作成に使っている。まあ、頑張れば妖夢とかも使えるだろう剣技なのでいいだろう。

 

「はい、完成だ。フルーツポンチアイス」

「「わーい!」」

「いただきますね」

 

三人の余りを俺も食べる。

思ったよりも蜜の甘さが残ったな。三人にはちょうどいいみたいだが、俺からすると少し甘すぎるな。大人相手に作るときはもう少し蜜を少なめにして作るか。

 

「冷たくて美味しいわ!」

「定晴、わかってるじゃない!」

「とても美味しいです、ありがとうございます」

 

やはり大妖精が大人びているな。チルノなんか口に氷がついてるし。

 

「二人は急に遊びに来たな」

「定晴さんが帰ってきたって言ったらチルノちゃんが…」

「大ちゃん!しっ!」

 

どうやらチルノの発案だったようだ。

そういえばチルノたちにも魔界に行くことを伝えていなかったので、二人も寂しかったのかもしれない。うーむ、外の世界にいたときと比べて関わる人が増えて弊害が出るようになってきた。

まあ、それも幻想郷での変化だし悪いものではない。こうやって子供たちと遊ぶのは楽しいしな。

 

「折角だからボードゲームでもしましょ」

「負けたら罰ゲーム!」

「定晴さんも付き合ってください」

「了解」

 

俺は三人と一緒に人生ゲームで遊ぶのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三十五話 能力全開建築法

「アリス、ここでいいのか」

「ええ、魔力測定して、ここが安定してたから」

 

少し時間は経ったものの、今日はアリスの家を建築する日である。必要なものはすべて幻空に入れているので、現状は問題ないはずだ。

 

「そんで…そっちは?」

「手伝いよ」

「頑張りまーす」

 

白い髪と赤い服。なぜか、神綺がこの建築場所に来ていた。

 

「神綺、建築とかできるのか?」

「あのパンデモニウムだって私が作ったようなものよ?アリスちゃんの家くらい作れるわよー」

 

そういえば魔界の神だっけ…でも、それって魔界だからこそ神様らしいことができるだけで、この幻想郷ではそんなすごいことはできないんじゃなかろうか。

神様って自分の信仰がない地域とかじゃまともに力を使えないとかなんとか…だからこそ、諏訪子たちも信仰集めをしているんだろうし。

 

「夢子もやるのか?」

「神綺様に手伝えと…それに、これを終わらせないと神綺様が帰りそうにありませんので」

 

メイドも大変なんだなぁ…レミリアが建築してくれって言ったら咲夜が建てるのだろうか。建てそうだなぁ、時間を止めて一瞬で。

 

「設計図は渡した通り。私に何か手伝えることはある?」

「いや、特にないな。ゆっくりしててくれ」

 

一応神綺と夢子の他にも、俺の式神であるルーミアとユズもいるので、手伝いとしては十分だ。外の世界基準だと、家を建てるのに少なすぎると思うだろうが、幻想郷なのでこれでも問題ない。

なんせ、重機が必要ないのだ。鉄骨くらい一人で運ぶことができる。

外の世界で建築業をしていたときは、周囲を気にするのでとても力持ち程度の能力にセーブする必要があったので、全力でできるここは楽でいい。

 

「それじゃあ、あとはよろしくね」

「はいよ」

 


 

建築をするときの基本的な流れは、土地の整備、区画整備、骨組みを作り、頑丈にしながら壁と屋根を作る。もちろん、細かいところは色々あるのだけど、全体的な流れはこんなもんだ。

こうも色々とすることがあるので、外の世界では新築を建てるのにどれだけ早くても半年くらいはかかる。だが、ここは幻想郷。家を建てるのなんて一日もあれば十分である。

 

「それじゃ、ルーミア頼む」

「ん」

 

ルーミアが闇を使い、土地をきれいに均してくれた。細かい小石などはすべて吹き飛ばされていて、これ以上ないほどにまっさらである。

これで土地の整備は終わりだ。外の世界ならば地下のことや水道管を考える必要があるが、ここにはどちらもないので関係ない。

 

「骨組みを建てるのよね」

「いや、その前に区画の調整だ。設計図だけじゃサイズが分からんからな」

 

プロになれば設計図だけでもぴったりに作ることができるのだろうけど、俺はプロではないので慎重に行う。

 

「ここがポイント、そしてこっちもポイント…階段の前にポイント…」

 

俺が設計図とにらめっこをしながら、ユズに妖力でポイントを打ってもらう。本来は杭などを使うが、幻想郷流ならばそういった目印はすべて霊力や妖力によって行われる。

設計図を見ながら必要なポイントをすべて打った後に、骨組みを作る。

 

「じゃあこれが用意した建材だ。取り敢えず、鉄骨を使っていくぞ」

 

幻空から鉄骨だけを取り出して地面に置く。

この鉄骨は河童たちによって作られた、特殊な素材の鉄骨であり、魔力を吸収すると固くなる。柔らかいうちに必要な加工は済ませているので、固くなっても問題ない。本来は人一人分の魔力が必要なのだが、ここで幻空の外に出した瞬間にはもうすべての魔力吸収が終わっている。

一度固くなればもう戻ることはないらしいので、鉄骨として使うのには十分な強度となる。

固定するために使うのも普通の釘ではなく、一度刺したら抜けないとされる釘だ。抜けなくなるので、刺すときは十分に気を付けないといけない。

 

「神綺様、気を付けてくださいね」

「大丈夫よ夢子ちゃん。私も馬鹿じゃないわ」

 

夢子サポートのもと、神綺が骨組みを作り始める。同時に何本も鉄骨を支えたり釘を打ったり…神様パワーはここでも健在だったらしい。

骨組みを作るのは二人に任せて、俺たちは次の準備をしておく。この様子だとすぐに終わりそうだしな。

 

「次に使うのは萃香から貰った木材だ。妖怪の山の木が大量に吹き飛んだのを加工したらしい」

 

妖怪の山復興用に加工したものだが、萃香から善意で分けてもらった。アリスの家も、場所は違えど復興の対象だからだろう。

これは河童素材とは違って特殊なものではないのだけど、魔力や妖力と相性がいいらしい。流石妖怪の山に生えていた木である。日々妖力を吸い取っていたことだろう。

 

「これを張ればいいのね」

「そうだ。使うのはさっきの釘だな」

 

神綺が作り終わっているところから、同時並行で壁や床を張っていく。ルーミアやユズは妖力を使って何枚も同時に張っている。

さて、かくいう俺はそこまで霊力の扱いが上手ではないのだけど、二人よりも早く張ることができている。その理由は…

 

「あらぁ、定晴さんはそういうこともできるのね」

「建築とかにしか使えないけどな」

 

張る場所に直接木材を、打つ場所に直接釘を出現させているのだ。そのため、場所を合わせるという行為も必要なく、一枚の壁を張るのに数秒で終わる。どれだけ大きな壁であっても、同じ時間で施工することが可能なのだ。

幻空は目視できるところにしか出現させることができないが、張る場所も打つ場所も目視できるからこその技である。

 

「だから建築に一日しか必要ないのね」

「ああ、さくっと終わるからな」

 

言葉通り、すべての壁と床、天井を張るのに数分しかかからなかった。途中で神綺の骨組み建築に追いついてしまったほどだ。

まだ屋根を作っていないが、そこ以外はもう住めるほどになっている。

 

「随分と家らしくなったじゃなーい」

「家具輸送も請け負ってるから、神綺はこれを頼む」

 

俺は幻空からアリスの家具をすべて取り出して家の中に置く。一応設計図に家具の指定場所があるが…神綺がそれに合わせて置くかは不明だ。

神綺が家具を動かしている間に屋根を作る。とはいえ、屋根も壁とかと同じように高速施工が可能なので一瞬で終わる。屋根は釘ではなく専用の接着剤を使うので少し時間がかかるが、それでも三十分にも満たない時間で屋根も作り終わる。

 

「そろそろお昼ごはんだから作ってあげたわよー…って、もう終わってる!?」

「お、アリス。ちょうど終わったところだ」

 

アリスがトレイにいっぱいのおにぎりを作ってくれた。流石に料理をする余裕はないので非常に助かる。

 

「流石に一日はかかると思ったんだけど…」

「半日で終わらせた方がアリスもありがたいだろ?」

「それはそうだけど…手抜きじゃないわよね」

「少なくとも博麗神社よりも頑丈だ」

 

俺のその言葉に満足して、アリスはおにぎりを置いて家の中に入って行った。

満足できる出来ならいいのだが…

 

『家具は置く場所決めたでしょ!』

『こっちの方がかわいいじゃなーい!』

 

どうやら神綺は設計図通りに置かなかったようである。

 


 

「ありがとう定晴さん。これでいつも通りの生活に戻れそうだわ」

「それはよかった」

 

報酬も貰って、こちらとしても満足だ。魔界にいる間は仕事をしてなかったからな。こうして大きな収入があったのは嬉しい。

 

「神綺様、帰りましょう」

「えー…」

「魔界だって色々あるんだから、早く帰りなさいよ」

「アリスちゃんが冷たいわー」

 

神綺がしくしく泣きながら飛んで行った。本当にあれで魔界に帰れるのだろうか。

 

「魔理沙の家はどうなったんだ?」

「魔理沙は自分でなんとかするみたいよ。実家を飛び出したときも霖之助さんに助けてもらったみたいだし、今回もなんとかするんじゃない?」

 

ならいいか。

久しぶりの能力全開建築、楽しかったからもう一度したかったが…致し方あるまい。




ルーミア「全部ご主人様だけでよかったんじゃない?」
ユズ「私たち必要でした?」
定晴「ものを作るときは第三者ってのも時には必要なんだ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三十六話 幻想郷には海がない

思ったより長くなったので前編です


「やあ定晴」

「なんだ、ミキ」

 

人里に買い物に行こうと外に出たら、なんかいた。既にもう帰りたい。

 

「いやね、君も大変な思いをしたと聞いてね?俺なりに労いをば…」

「帰る」

 

よし、今日は家でゆっくりしよう。鈴奈庵で買った本があったはずだから今日はそれを読んでゆっくりと一日を過ごすことにしよう。

 

「ちょいちょい。待ちたまえ」

 

俺の前方にテレポートしてくるミキ。瞬間移動持ちの特権が活かされていて非常に腹立たしい。

どうせ今日ゆっくり過ごしたところで明日も来るだろうから、話だけは聞いておこう。

 

「なんだ?」

「そう怒らんでくれよ。今日の俺はただのガイドさん…バスの運転手といったところ。俺はただ決められた道を行くだけの先導者…」

「要件を早く言えよ」

 

なんか気持ち悪い顔で変なことを言うミキを殴りたい衝動を抑えつつ、先を促す。暑いんだからさっさとしてくれ。

 

「ほら今暑いって思ったでしょ!思ったね?思っただろ!」

「だから何だよ」

「労いだと言っておろう。この暑さに酩酊するのもまたいいが、この俺が、お前を海に連れてってやろうと思ったわけだ。霧の湖では感じられない海の冷たさを感じに行こうぜ?」

 

暑さに酩酊って、それただの熱中症では?つか酩酊って言わんだろ。

どうやらミキは俺を外の世界の海に連れてってくれるようだ。幻想郷には海がないので、確かに労いとしては十分なものかもしれないが…

 

「急になんだよ。怖いな」

「強いて言うならテコ入れ?ほら、折角の夏なのに水着イベントがないなんて寂しいだろって読者が言ってるぜ?」

「読者ってなんだよ」

 

謎のことを話すミキにツッコミを入れる。

 

「まあもちろん文章だけで水着が楽しめるわけではないが…きっと需要は満たせるだろ。というわけで、適当に拉致って海に連れて行ってやろう」

「は?拉致?」

 


 

「いつまで呆けてるんだ」

「え、あれ!?」

 

いつの間にか海にいた。しかも、着替えすらも終わっている。

 

「了承なしかよ!」

「拒否権があるわけないだろ。そんじゃ、あとは楽しんでくれ」

 

そう言った瞬間、ミキは虚空に消えて行った。時空魔法で転移したようだ。

つか、一人で海を楽しむのは流石の俺も難易度が高いというか、そもそも俺は海で遊ぶのとかほとんどしたことないというか…

 

「ご主人様、どうしたの?」

「うおお!?ルーミア!?」

「何よ」

 

いつの間にかルーミアが後ろに立っていた。しかも、海だからか水着に着替えている。

 

「ルーミア、水着なんて持ってたのか?」

「急にミキに着せられたのよ。あの服装変える魔法何なの?」

 

どうやら、俺やルーミアの衣服が勝手に変わっているのは、ミキが魔法で衣服を変えているかららしい。俺もこんな水着を持っていた記憶がないし、多分ミキが持っていた水着だろう。

なんであいつ、女性用の水着も持ってるんだ?

 

「わっ、えっと、ここは…」

「あら、ユズ」

 

いつの間にかユズが水着に着替えた状態で転移させられていた。

なんであいつ、そんなにいっぱい水着を持ってるんだ?妻のためだとしても…いや、水着は持たんだろ。

 

「ユズ、その手の紙は何だ?」

「はい?」

 

よく見ると、ユズの手には小さいメモ用紙があった。十中八九ミキが転移と同時にユズに持たせたものだろう。

ユズからメモを貰い、内容を読み上げる。

 

「『あと何人か連れてくるから遊んでて☆』ってなんだよ!」

「言葉通りの意味じゃない?」

「まだ拉致するのかよ…」

 

どうやら、まだ幻想郷住人を拉致する予定らしい。

海は幻想郷の住人からするととても珍しいものだから、誰でも喜んでくれそうなものだが…それはそれとして、突然拉致する方式はどうにかならないのだろうか。てか拉致やめろ。

 

「…ご主人様、私の水着どう思う?」

「え?」

 

ルーミアが急にいじいじしながらそんなことを言ってきた。

 

「もしかしてルーミアが選んだ水着なのか?」

「見て決めたやつじゃないけど、一応少しだけ希望は聞いてくれたみたいよ」

 

ルーミアの水着は、能力の闇と似たような黒っぽいセパレートタイプの水着。ルーミアが希望したのは水着タイプと色らしい。

そもそも、いつものルーミアの服はあまり露出がないタイプの服なので、こうして水着を着ているというだけでとても新鮮な気分となる。

 

「似合ってるぞ。新鮮な感じで」

「ありがと」

 

対するユズは白い水着。ユズは白髪であり、肌も色白なのでとても真っ白だ。

いつも着ている服が俺の作った色の多めの服なので、こうして真っ白なユズを見るのも新鮮な気持ちになる。

 

「ユズもかわいいぞ」

「あ、ありがとうございます…」

 

さて、周囲を見渡してみると、やはりここは海。幻想郷に海がない以上、ここは外の世界ということになるが…人の姿は見えない。

ミキのことだから、きっとプライベートビーチも持ってるだろう。もしかしたら、どっかの無人島かもしれない。

 

「二人って泳げるのか?」

「私は泳げるわよ。霧の湖で泳ぐから」

「私は…泳げません…」

 

ユズは泳ぐ機会などなかっただろうし、致し方ないだろう。

霧の湖はチルノたちのたまり場になっているし、もしかしたらチルノ組は皆泳げるのかもしれない。

そういえば、羽根が濡れたら飛べなくなる生物も多いが…まあ、妖精の羽根は別物みたいだしいいのかな。

 

「ならまずはユズに泳ぎ方を教えるか」

「浮き輪とかないのかしら」

「ミキー!浮き輪寄越せー!」

 

目の前に浮き輪出現。そこらの宅配サービスの何十倍も速い配達である。

ついでにいくつか必要そうなものを頼んでから、二人と一緒に海に入る。うむ、冷たい。

 

「ご主人様は海に来てたりしたの?」

「依頼で海に来ることはあったけど、遊びに来ることは滅多になかったな」

 

海難救助の他にも、探し物だとかで海に来ることもあった。そういう時は基本的に十全な装備を着ているので、遊びの気分になることはない。

 

「さて、ユズ、浮き輪を両手で持て」

「こうですか?」

「そっからバタ足だ」

 

取り敢えずユズが一人でも泳げるように練習するとこから始める。

ユズは内気というか、あまり活発ではないけれど、運動神経が悪いわけではなく、妖怪らしい能力はあるのできっとすぐに泳げるようになるだろう。

まあ世の中には運動ができても、泳ぎだけは全くできないという人も存在するのも事実だが。

しばらくユズの指導をしていたら、近くで見ていたルーミアが砂浜を見て気が付いた。

 

「あら?砂浜に誰か立ってるわね。私がユズ見とくから、ご主人様はそっちケアしてきなさい」

「分かった。ユズは頼んだぞ」

「溺れても闇で助けられるから大丈夫よ」

 


 

砂浜に戻ってきたら、そこに立っていたのは霊夢と魔理沙と早苗。

霊夢と魔理沙は物珍しそうに、早苗はワクワクした顔で海を見ている。

 

「三人とも、ミキに拉致られたのか?」

「一応確認は取られたわよ。まあ拉致紛いだったのは否定しないけどね」

 

そう言うのは霊夢。否応なしだったのは俺だけか…

 

「海ですよ海!幻想郷にいては来れなかった海です!」

「別に泳ぐだけなら霧の湖でもいいでしょ。まあ、美味しい魚がいるらしいから、そこは期待ね」

「どうせ霊夢はあまり泳がないし放置でいいだろ。私は泳いでくるぜ!」

 

三人とも、既に水着に着替えている。この砂浜には更衣室がないので、先に着替えさせておいた方がいいのだろう。

霊夢は赤、魔理沙は黄色、早苗は緑のビキニタイプの水着だ。それぞれのイメージカラーな水着だが、ルーミアのことを考えると、この水着も三人が希望したタイプなのだろう。

 

「私は砂浜でゆっくりしとくわー。休暇なのは変わらないし」

「霊夢はいっつも休暇だろ」

 

二人が海に向かって歩いて行った。

先ほど浮き輪を頼んだときに、パラソルとかビーチチェアも出してもらっているので、霊夢はそこで休むのだろう。

 

「あの、定晴さん」

「ん?どうした?」

 

対する早苗は、少し体を縮こませながら遠慮がちに訊いてくる。

 

「水着、どうですか?その、体型にはそれなりに自信があるんですけど…」

「確かにすらりとした体型だな。水着も似合ってるぞ」

「えへへ、ありがとうございます。この水着、自分のなんです」

 

そうか、早苗は元々外の世界にいたのだから、自分用の水着を持っていてもおかしくない。このビキニは早苗のものだったか…

いつもよりも肌の露出面積が広いから目のやり場に困るが…いつもの服装も脇とか見えてるし、あまり肌を見せることには抵抗はないのかな。

 

「魔理沙さーん!私も泳ぎまーす!」

 

上機嫌な早苗が海へと走って行った。ビキニを持ってるくらいだし、海が好きなのかもしれないな。

俺は砂浜で休んでいる霊夢に近づく。

 

「霊夢、水那はどうしたんだ?」

「ちょうど出かけてていなかったのよ。まあ片方は幻想郷にいた方がいいだろうし、ちょうどいいって感じで」

 

なんということか。水那、仕事中なのか…

水那は最近成長するためにいっぱい仕事も頑張ってるみたいだし…水那にこそ休暇が必要なんじゃなかろうか。

 

「いいのよ、そこらへんなミキがなんとかするでしょ」

「まあそうだが…」

 

のんきな霊夢を後目に海に戻ろうとしたら、砂浜に新しい気配を感じた。

俺はまたも拉致られたであろうその人をケアするために移動した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三十七話 魚の定義とは

続いて砂浜に拉致られてきたのは自宅を取り戻したばかりのアリス。やはり、既に水着姿となっている。

 

「さ、定晴さんっ!」

 

アリスは俺を見た瞬間にその場でしゃがみこんでしまって体を隠してしまった。どうやら水着姿が恥ずかしいらしい。

霊夢たちが平然としていたから気付かなかったけど、普通は水着姿を見られるのは恥ずかしいものか。

 

「びっくりしたわ…」

「大丈夫か?羽織るものでも出そうか」

「ええ、お願い」

 

俺は幻空の中から大きめのブランケットを取り出してアリスに渡す。これで少しは肌も隠れるだろう。

 

「霊夢たちも来てるのね」

「ああ。霊夢は砂浜で寝てるけどな」

「霊夢らしくていいじゃない」

 

それはそう。あまり水場ではしゃいでいる姿をイメージすることはできない。

そもそも霊夢がはしゃぐ時などお金を貰ったときくらいしかない。賽銭箱の音で表に走ってきた霊夢との出会いは忘れることはないだろう。

 

「それはそうと定晴さん」

「ん、なんだ?」

「日焼け止めとか持ってたりしないかしら?」

 

ブランケットを羽織ったアリスが日焼け止めを要求してきた。確かに、今日は日差しも強いし海で遊んでいたらすぐに日焼けしてしまうだろう。

 

「持ってるぞ、肌に合うかは分からないけど」

「大丈夫よ。肌は強いから」

 

俺は幻空に入れていた日焼け止めをアリスに渡す。

夏じゃなくても日焼け止めが必要になる場面というのがたまに存在するので、こうして持っているのだ。実は日焼け止めは遊び以外にも使う場面があるのだ。

 

「霊夢たちはいらないのかな」

「どうかしら。聞いてみるわ」

 

アリスは自分で日焼け止めを塗って海に霊夢たちに話しかけに行った。

そんなことをしていたらさらに追加で誰かが浜辺にやってきた。全然海に入れないな俺。

 

「出迎えは定晴なのー?ありがとー!」

 

出現と同時に飛び込んできたのを回避。そのまま彼女は砂の中に突っ込んだ。

 

「あっつい!!」

「自業自得だ。危ないだろ」

「定晴酷いわ!異変の後始末でいっぱい働いているこの私をぞんざいにするなんて!」

 

来たのは紫だ。紫色のビキニを着ているが、既に砂だらけでセクシーさは半減している。

ずっと異変の後始末に駆り出されていて、八千慧たちの対応とかもする必要があったせいでいつまで経っても休暇が取れないと藍から聞いたのだけど…

 

「仕事は終わったのか?」

「まだよ。でも、ミキから少しは休めって言われちゃった。あいつ、メイドを雇ってることもあってマネジメントが上手よね」

 

紫とミキは俺以上に前からの知り合いなので、紫にしては珍しくフランクに話す。

紫と駄弁っていたら、その後ろから紫の他にも藍と橙が現れた。

 

「あら、二人も来たのね」

「え、言ってなかったのか?」

「ミキの来訪が急なんだもの。伝言する暇もないわよ」

 

まあ確かに。ミキが事前にアポを取ってくることなどない。ほとんど、ではなく全くない。やろうと思えば時空間連絡もできるはずなのだが、一切それをしない。

 

「紫様、羽目を外しすぎないようにしてくださいね」

「分かってるわよ。どうもここは外の世界というわけでもないみたいだし」

「そうなのか?」

 

紫が何やら気になることを言った。外の世界というわけでもない…ということは、ここは外の世界ではないのだろうか。

 

「そもそも日本じゃないみたい。時空自体違うみたいよ」

「ってことは、ここには魔物みたいなのがいる可能性もあるってことか?」

「そうね。まあ、妖怪とそんな変わらないわよ」

 

そうだろうか。

前にミキに拉致られて魔物討伐をしたことがあるが、あれは妖怪とは全く違うものだと思う。妖怪はまだなんとか理解ができる範疇なのだが、魔物は違う。あれは理解を越えたものだ。

まあ、紫とかにかかればそんな魔物も相手にはならないだろうけどな。

 

「さて、定晴も一緒に遊びましょー!」

 

突然足元が消えて、スキマが開いた。

 

「きゃあっ!」

「ひゃっ!」

 

そして、次の瞬間には海に落とされていた。

ユズとルーミアのところに落ちてしまったようだ。急に落ちてきたことで二人を驚かせてしまったみたいだ。

更に俺の上から紫が降ってくる。

 

「受け止めて定晴ー!」

 

取り敢えず回避。紫は海にたたきつけられた。

 

「ブクブク……ひっどーい!」

「そも急に落とす方が悪い」

 

俺は紫に文句を言いつつ、ルーミアたちの様子を見る。どうやらユズは一人でもある程度泳げるようになったらしい。習得までの期間がとても短い。

 

「定晴に悪いことをするからよ。おしとやかにしてなさい」

「何よ。定晴にはグイグイ行った方がいいのよ」

「逆効果よ」

 

なぜか紫とルーミアが喧嘩を始めた。この二人、思いのほか仲が悪いんだよな。

 

「ユズ、代わりに俺と遊ぶか」

「わあ、嬉しいです」

 

ユズが泳げるようになったので、今度は潜ることを教えることにする。俺はミキから貰ったものの一つであるゴーグルをユズに渡して、一緒に潜る。海の中はきれいだから、こうやって潜るのも楽しいだろう。

早速潜ってみると…なんか俺の知らない魚が泳いでいる。

なんか顔側の半分は魚なのに、後ろはタコみたいになっている。なんだろう…キメラかな…

 

『魚ってすごいですね』

『あれを魚と認識するのは些か…』

 

式神専用念話で海中でもユズと会話がスムーズにできる。

ユズが魚に対しての知識を歪ませないように、あとで外の世界からちゃんとした魚を買ってこよう。あんなキメラみたいな魚いませんからね。

 

「ふぅ…」

「息は大丈夫か」

「大丈夫です。肺活量が大切ですね…」

 

今日初めて泳ぐというのに、こんなに泳げるのはすごいな。もしかして泳ぐことに関する妖怪だったりするのだろうか…

少なくとも人魚みたいな妖怪ではないのは確かだけど…結構海の妖怪も多いから分からんな。

 

「ちょっと!私を置いて遊ばないでよ!」

「待ちなさい紫!」

 

ルーミアと喧嘩していた紫が飛び込んできた。

ずっと仕事をしていたからか、今日の紫はテンションが高いな。取り敢えず紫を回避する。

 

「ブクブク……」

 

沈む紫を見ながら、海ってこんなんだっけと思うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三十八話 花観光

今日の俺は外にいる。夏だからと言って全く外に出ないというのはあまりよろしくないことであり、不健康だ。

まあ、今日は呼ばれたから外の出ただけなのだけど。

 

「飲み物を用意しておいて正解だったな」

 

先日の海水浴でも思ったが、やはりこの時期の外は暑い。俺は外の世界の色んなところで活動したが、夏という時期はあまり仕事にも身が入らない時期だったのは確かだ。

特に現場作業のような仕事の場合は、こっそり身体強化を使うくらいには疲弊がすごかった。再生の力ではスタミナは回復しないのだ。

 

「お、見えた。見事なものだな」

 

俺が外の世界での出来事に思いをはせていたら、目的地が見えてきた。

広い敷地に黄色い花が所せましと並んでいる…そう、太陽の花畑である。幽香に誘われて、この太陽の花畑まで飛んできたのだ。

 

「こっちよー」!

 

花畑の端っこの方に幽香がいて、こちらに手を振っている。俺は花に影響がないように風をなくして、霊力だけで着陸する。

ルーミアに教わった霊力だけで浮かぶ技だが、上昇と下降くらいしかできず、横移動はとっても遅い。本来は霊力だけでも移動できるようになった上で、風による加速をするのがいいらしいのだが、まだその域までは達していないのである。

閑話休題。

 

「久しぶりね定晴」

「確かにそうだな…最後に会ったのも随分と前か」

 

俺はしばらく魔界で鍛錬をしていたし、帰ってきてからもこっちに来ることは中々なかったので、幽香と会うのは魔界に行く前振りということになる。

その間に、この太陽の花畑はこうして向日葵が咲き誇る花畑となったのだろう。

 

「先日ミキによる強制海水浴があったんだが、幽香のところには来なかったのか?」

「来たけど追っ払ったわ。私にとってはあまり海は珍しくないし…それに、海に行くなら定晴と二人っきりがいいもの」

 

こちらを見てほほ笑む幽香。まるで少女のような笑顔であり、いつもの幽香からは感じない雰囲気を感じて…ついでに違和感も覚えた。

 

「ミキを追い払ったのか?どうやって?」

「…秘密よ」

 

うーむ、幽香は確かに妖怪の中ではとても強いが、強いだけではミキは追い払えない。なんせ、あっちはほとんどの攻撃をガードする上に超規模超火力の技を持っているのだ。幽香では追い払えないような気がするが…

もしかして、何かしら弱みを握っているのだろう。あのミキが弱みを握られることなんてあまりないと思うんだが…まあ、そこは幽香とミキのみぞ知るといったところか。

 

「それで…どう、この花畑!今年もこの子たちは元気に育ってくれたわ」

「見ていて壮観だ。空からもとてもきれいに見えたぞ」

「うふふ、ありがとう」

 

幽香は、花々をまるで自分の子供のように扱う。そして、花が褒められたら幽香も嬉しそうにするのだ。

花の妖怪として、フラワーマスターとしての名を体で表現している。名は体を表すとはこのことか。

 

「一応向日葵以外も咲いてるから案内するわ」

「よろしく頼む」

 

俺は幽香ほどではないけれど、花に関する知識がある。何でも屋をしていた頃に、植物に関する依頼も多かったのだ。俺の仕事はどちらかといえば危ない仕事が来るので、花よりも薬草・毒草の知識の方が多いけどな。

 

「こっちにあるのが桔梗よ。そしてあっちがアジサイ」

「色んな色で育ててるんだな」

「ええ、見栄えがいいでしょ」

 

向日葵は黄色一色だったが、こちらは様々な色の花が咲いており、とてもカラフルだ。向日葵畑は圧巻といった感じだったが、こちらは感嘆といった感じ。

折角なので、幻空に入れていたカメラで写真を撮る。全く同じに咲く花などないので、この風景は今ここでしか見れないのだ。撮影をしておく価値は十分にある。

 

「カメラなんて持ってるのね」

「便利アイテムは幻空に入れてるんだ」

「いいわね。私もそれがあれば色々片付けたいものがあるんだけど…」

 

幻空は倉庫ではないが…とはいえ、いつでも取り出すことのできるポケットがあるというのはとても便利なものだ。

普通には持てない大きさのものでも容易に持ち運ぶことができて、言うなればこれは動物たちの森のポケットのような…あっちはジンベイザメとか収納してるし俺よりもすごいかもな。

 

「そうだ、幽香も一緒に撮ってやるよ」

「あら、じゃあ…」

 

幽香が画角に入ってくる。幽香が育てたというのがとても分かりやすい。

幽香はあまり撮影ということ自体になれていないのか、顔がこわばっているし姿勢もぎこちない。

 

「もっと自然に立っていればいいよ」

「こ、こうかしら」

 

うーむ、顔がこわばったままだ。別にこの状態で撮ってもいいのだけど…やはり、ちゃんとかわいい幽香を撮影したいところ。

 

「そうだ、定晴もこっちに来なさいよ」

「え、なんでだ?」

「そっち方が自然に写れるわ」

 

理由は分からないが、幽香がそういうならそうするか。

俺はカメラの三脚を幻空から取り出して、タイマーをセットする。そして幽香の隣に並ぶ。

 

「えっと…ん…」

 

俺が隣に並ぶと、幽香は距離を詰めてきた。画角は広めに取っているので、そんなに密着する必要もないのだけど…

ただ、幽香の顔をみるととても自然な笑顔だったので、俺は何も言わずにカメラに映ることにした。幽香が笑えているのであれば別にいい。それに、写真撮影なんてどう撮ってもいいのだから。

 

「うん、いい感じだ」

「そうね。とってもいい」

 

俺はカメラを幻空に片づけて、幽香の先導で道を歩く。

どうやら太陽の花畑にある道も幽香がある程度舗装したものらしい。ただ均されただけの道ではあるものの、畦道が多い幻想郷においては結構歩きやすい。

 

「花をきれいに見せるなら、空間そのものをきれいにしないとね」

「流石フラワーマスターだな」

 

そのまま道なりに歩いていたら、幽香の家に到着した。太陽の花畑の奥にある家だ。

幽香が家の鍵を開けていると、横から誰かの声がした。

 

「幽香ー、もしかしてデートってやつー?」

「な、メディスン!」

 

花の間から現れたのは、メディスン・メランコリー。彼女と会うときは基本的にここなんだけど、もしかしてここらへんに住んでいるのだろうか。

メディスンを見た幽香は、とっても慌てた様子で話す。

 

「今日は忙しいから遊べないって言ったでしょ!?」

「別に幽香と遊べないだけで、私がここで遊ぶのは禁止されてないもーん」

 

幽香の様子を見るに、メディスンにはあまり見られたくなかったようである。別に見られても損をするわけでもあるまいに…

 

「それで、あなたが幽香の彼氏ってことね」

「彼氏ではないが…」

「そ、そうよ!だから別にデートとかそういうわけじゃないし、普通に遊んでるだけだから、えっと、うぅ…」

 

珍しく幽香が赤くなっている。

ふむ…どうやら幽香は、俺といるところを見られたくなかったらしい。理由は恥ずかしいから。

幽香は俺に告白をしていて、俺は返事ができていない状況ではあるが、確かに俺と幽香が並んで歩いていたらデートのようにも見えるかもしれない。

 

「ほら、早く入って!」

 

幽香に腕を引っ張られ、強引に家の中に連れ込まれる。

後ろでメディスンの「楽しんでー」という声と共に扉は閉まった。顔を真っ赤にしている幽香がとてもかわいかった。




後日…

幽香「見なさい、この写真を」
ルーミア「ずるいわ!」
紫「そうよそうよ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百三十九話 刑罰

「定晴、ちょっと話すことがあるから来てくれる?」

 

ある日、紫からそう言われて行った先は紫の家。結界の狭間にある不思議な家だ。

藍の出迎えで家の中に入ると、そこには紫。それと、正座させられている吉弔八千慧。どうやら、八千慧の起こした様々なことの結果が出たらしい。

 

「定晴、取り敢えず概要だけ言うと、幻想郷は彼女も受け入れます」

「まあそれはそうだろうな。それに、紫に拒否する権利はないだろ?」

「別に悪い奴は送り返すけど…」

 

八千慧は下を向いていて、顔を見ることはできない。どんな表情をしているのか何も分からないが…足がムズムズしているので正座が辛いのは間違いなさそうだ。

 

「ともかく、動物霊の管理的にも彼女はいないといけないのよ」

「そうか…じゃあ畜生界に送り返す感じか」

「そう思ったんだけど…」

 

紫が少し悩みながら呟いた。

 

「実は、先日の異変のせいで幻想郷の中にいっぱい動物霊とか霊魂が飛んでて、それを集める必要があるのよね」

「そんなに?」

「ええ、既に憑依される事件も起きたわ」

 

どうやら、幻想郷侵攻や幻想郷浸食の異変のせいで幻想郷に動物霊が流入してしまったらしい。それはまるで外来種のように幻想郷内で悪さをしているらしく、このまま放置をするのはまずいとのこと。

だからそれを捕獲し、畜生界に送り返す仕事が必要なのだが…

 

「その仕事を八千慧に?」

「ええ、彼女の能力はそういうのに向いてるしね」

 

能力?そういえば八千慧がどんな能力を持っているのか知らないような気がする。

 

「彼女の能力は【逆らう気力を失くさせる程度の能力】であり、動物霊みたいな意思がそこまで強くない相手なら従属させることができる能力よ」

 

なんだそれ、とても強いな。もちろん、気力を失くさせるだけなので強い意思があれば別だろうが、霊を操るのにはもってこいと言えるだろう。

それに、意思がそこまで強くない相手…妖精のような子ならば操ることができるだろう。恐ろしい話である。

 

「霊魂は死神以外の言うことはあまり聞かないから、元々動物霊をまとめてたこの子にやらせようってなったの」

「全部まとめて畜生界に?」

「ええ。まあ、必要な分は彼岸に送ってもらうけど」

 

なんだか、やってることがゴミ収集だ。霊をゴミだと言うつもりはないが、正直なところムーブは同じである。

俺が来てから一言も話さない八千慧を見るが、ずっと下を向いたままで身動ぎ一つしない。つか正座させられてるけど辛くないのかな。

俺が八千慧を見ていることに気が付いた紫が、一言付け加える。

 

「…どうやら彼女、あなたに正面から負けて悔しがってるみたいで…」

「違いますっ、別にそういうのはありません」

 

紫の一言で、八千慧が顔を上げた。

 

「この子ったら、自分より弱い相手は全部見下すような性格だから、定晴に負けたのが悔しくて…」

「だから悔しくなんかないです。あと、さっきからこの子って呼ぶのやめてください」

「あらあら、強がっちゃって」

 

紫が八千慧のことを煽っている。

紫がこうやって人を煽るなんて珍しいな。幻想郷が危うく消滅する危機だったから、その異変の首謀者に対しては棘があるのだろう。

 

「あれ、そういえばもう一人捕まってたのがいたよな」

「ああ、饕餮尤魔ね。あの子は既に仕事に行かせたわ」

 

饕餮尤魔は、妖怪の山の爆発事件の犯人だと思われる人物であり、俺が無効化を使ってもある程度レジストした人物である。

 

「仕事?」

「ええ、実は彼女は石油を目当てに妖怪の山の地下深くにいたみたいで…そこを吉弔八千慧と結託して幻想郷を混乱させたわけだけど、実はこの異変がなくても地下で石油掘りしてたせいでちょっと環境が変わってたのよね」

 

石油だと!?というか、幻想郷に石油があったのか。

日本では石油はまともに採取できないとされている。日本に油田がないのがいい証拠だ。それが、幻想郷の地下でとれるとは…

そもそも、幻想郷の環境って今の日本にはないものばかりであり、もしかして日本の資源枯渇の原因のっ一つに幻想郷の成立が関わっている可能性が…

閑話休題。

 

「だから、罰として旧血の池地獄の管理をさせることにしたわ。まあ、あっちは私じゃなくて隠岐奈が担当したけどね」

「旧地獄か…」

 

実際に現在稼働しているわけではない、旧地獄というのが地底に存在する。地霊殿が建っているのも旧灼熱地獄の上だ。

旧地獄は現在地獄として使われていないにも関わらず、未だに動いてはいるので管理が必要なのである。旧灼熱地獄はお空が管理しているしな。

尤魔も同じく旧地獄の管理人として行くことになったのだろう。

 

「まあ、まったく自由がないわけじゃないし二人とも罰として適正でしょ」

「そうだな。幻想郷崩壊させる寸前だったわけだし、もっと厳しい罰になるかと思ったんだが…」

 

幻想郷は紫がとても長い時間夢想し、やっと実現させた楽園なのだ。そこが消滅するとなれば、紫は怒髪天となり首謀者をスキマのどこかへ永久追放するのかとも思ったんだが…

 

「私をなんだと思ってるのよ」

「妖怪」

「ごほん、それは否定しないけど…」

 

紫だって妖怪らしい一面はあるのだ。あまり見せることはないが、妖怪らしい一面が。水那を幻想郷に連れてくるときに、何も言わずに記憶を弄ろうとしたのは、そういう一面であろう。

 

「実は刑罰を考えてるときにミキが来て…」

「ミキ?なんで?」

「私を海に連れて行くためよ」

 

ああ、あのときか。

 

「で、そのときちょうど八千慧と尤魔の二人がいて、それを見たミキが…」

 

『次なんかあっても定晴がなんとかするから大丈夫』

 

「って言ってたから…」

「俺に丸投げじゃねえか!」

 

あの野郎。次会ったら無効化からの滅多切りしてやる。

 

「だからこうなったの。貴女も、定晴に感謝しなさいよね」

 

だから紫は俺を呼んだのか…

 

「さて、これで処罰の話はおしまい!それで、定晴の無効化の力による結界の問題なんだけど…」

 

ああ、そういえばその問題もあったな。処罰が決まるまでは幻想郷にいるように紫に言われてたから忘れていたが、俺の力のせいで結界が緩んでいる問題もあったのだ。

なんなら、妖怪が入りこんできたあれがこの異変の始まりでもあったわけだし…

 

「定晴に強くなってもらうよりも、結界を強くするべきだと考えたから、そっちの方向にシフトするわ」

「というと?」

「結界の中にあなたの力をそのまま組み込むのよ。そうすれば結界は強くなるし、あなたの力も相殺されるから一石二鳥でしょ」

 

ふむ…無効化の力と無効化の力がぶつかったときにどっちが勝つのかはよく分からないが…

 

「詳細はあとで伝えるわ」

「分かった」

 

もしかして、俺があまり強くなってないことを感じたのだろうか。確かに魔界での修行であまり強くなった感覚はないけども…

俺は少しの悔しさを抱きつつ、紫の屋敷を去った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四十話 移動式クーラー

先日海水浴に行った俺たちだが、その後さらに夏の気温は上がり続け、外に出るのも億劫に思うほどの高温となってしまった。

どうしても行動に支障が出てしまうので、夏は何でも屋の敵となる。そのため、夏に対して少しばかり苦手意識も存在する。

 

「エアコンがある家っていいわねぇ」

「外に出たくないですぅ」

 

そして現在、家には二人のスライムが誕生している。エアコンによる空調管理の恩恵を知り、外に出ることがなくなった妖怪二人だ。

 

「俺は買い物に行くからな」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃいませー」

 

ソファで寝転がって動かない二人。大丈夫かね、これ。

とはいえ、その気持ちも十分わかる。財布を持ち、玄関の扉を開いた瞬間俺を襲う圧倒的な熱波。これでは、家から一歩外に出るだけでも億劫というものだ。

余分に幻空に飲み物を入れているが、なくなってしまうかもしれないな。

 

「コンクリートジャングルじゃないだけマシか…」

 

都会の夏は暑いからな。そういう意味では、木々に囲まれているここはまだ涼しいのかもしれない。

本格的に魔術を覚えようかな。魔女のおかげで適正は上がってるし、きっと氷の魔術の中には冷却の魔術もあるだろう。それを使えば外に出ても楽のままのはずだ。

もしくは河童にいいのを作ってもらうか。霊力で動く手持ち扇風機とか、河童たちなら作ってくれそうだ。正直あれは真夏だと効果を実感しにくいが、ないよりはマシだろう。

 

空を飛んでさっさと人里へ移動…しようとしたら、後ろから声がかかった。

 

「お困りのようね、定晴!」

 

振り向くとそこには俺が求めていた氷を身に纏う妖精、チルノ。こちらを見て、堂々とした表情と共に仁王立ちをしている。

 

「どうしたんだ、チルノ」

「助けに来たのよ」

 

仁王立ちをやめて、こちらに歩いていくるチルノ。仁王立ち、必要だったか?

 

「あたしの周囲は冷気があるから涼しいのよ」

「そうなのか」

「だから、あたしが買い物に同行してあげようってわけ」

 

どや顔でそんなことを言うチルノ。

たしかに、チルノがこちらに近づいたら少し周囲の温度が下がった気がする。流石冷気の妖精だ。移動型エアコンとでも言おうか。

 

「何が望みだ?わざわざここまで来て」

 

チルノが活動拠点にしている霧の湖は、近いとはいえわざわざ飛んでくるには遠い距離にある。

デザートでも欲しいのかと思っていたら、チルノはモジモジ。

 

「別に、一緒にいれれば、その…」

「なんだ?」

「一緒に出掛けましょって話!途中でデザート買って!」

 

なるほど、それが狙いか。確かに俺が作るやつよりも、人里にある茶屋の菓子の方が美味しいもんな。まあ、夏が過ごしやすくなる対価ならちょうどいいか。

 

「分かった、行こう」

「っ!えへへ、行こう!」

 

チルノを連れて人里へ。チルノが近くにいるので、炎天下を飛んでいても暑くはない。

 

「チルノは暑くないのか?というか、溶けないのか?」

「暑くないわ。あと、あたしは氷じゃないわよ」

「夏は過ごしやすそうでいいな」

 

チルノの羽根?翼?よく分からないが、背中の氷の結晶は暑いこの中でも溶けずに形を保っている。どうやら、普通の氷が浮いてるだけではないらしい。

 

「でも、夏は皆があたしに密着しようとするから、あまり夏は好きじゃない…」

「人肌は無理なのか」

「暑いのは大丈夫だけど、熱いのは苦手…」

 

チルノがげんなりしてそんなことを言う。いつも元気なチルノがここまで辟易するってことは、毎年のことで嫌気がさしているのだろう。

 

「にしてもチルノ、なんで家の前にいたんだ?」

「へっ!?え、えっと…たまたまよ。偶然あたしを見つけられた幸運に感謝しなさい!」

「声をかけたのはそっちだけどな」

 

珍しくチルノが一人でいた。近くに他の妖精の気配もなかったし、大妖精もいなかったようなので、チルノが一人でいたのだろう。

俺の家の周囲には何もないので、チルノがここらへんを歩いている理由は分からないが…まあ妖精なんて神出鬼没だからあまり考えない方がいいか。

 

雑談をしていたら、すぐに人里についた。俺の家から人里はとても近いのでね。

 

「定晴、何買うの?」

「食材と、あと生活用品諸々だ」

 

夏になって食材は痛みやすくなったから、あまりまとめ買いができなくなったし、夏に向けた生活用品の準備を怠っていたので買わないといけない。

エアコンがあるとはいえ、それだけで幻想郷の夏を乗り換えられるわけではないのだ。

 

「あたしが荷物運びをしてあげる」

「いや、幻空があるから荷物運びはいらないぞ」

「そ、そう…」

 

生物以外なら幻空に入れることができるからな。わざわざ重い荷物を運ぶ理由はないのだ。

それにしても、チルノはどうも最近こうして自分から積極的に手伝いをしようとすることが多い。大妖精に言われてるからそうしてるのかと思えば、大妖精がいなくても積極的に動いてくれる。

チルノに勝負を挑まれることもなくなったし、チルノはただのいい子になったのだろうか。

 

「チルノ、デザートは何がいいんだ?」

「え?」

「途中で買うって話だろ」

「ああそっか…えっと…」

 

デザートを買うという話を忘れていたらしい。自分から言ったのに…調子のいいやつだ。もし俺が何も言わなければ、ただ働きになっていたかもしれないな。

 

「じゃあ、そこの茶屋の餡蜜団子でいいわ」

「分かった。先に買っちゃうか」

 

チルノを連れて茶屋へ。

あまり家で和菓子を作ることがないうえ、和菓子の場合は俺が作るよりも人里で作ったものを食べた方が満足度が高いので、この茶屋にもよく来る。

 

「餡蜜団子を一つ」

「はいよ~」

 

手慣れた動作で餡蜜団子が作られていく。すぐに、甘い餡蜜のかかった団子串がチルノの手に渡った。

 

「定晴は食べないの?」

「今から買い物するからな」

 

さてと、最初は夏用のアイテムを色々…と思ったら、チルノに服を引っ張られた。

 

「定晴、あーん」

「チルノ?」

「あーん!」

 

団子をこちらに突き出して…もしかして、一口くれるのか?あのチルノが?

よく見ると、チルノの顔が赤くなっていて、こちらを見ていない。

 

「早く食べなさいよ!」

「ああ、悪い」

 

俺は突き出された団子の先端の一つを食べた。夏のために冷やされた餡蜜はとても甘く、食べていて心地の良い味わいだ。

 

「まったく…」

「だってチルノが俺に団子をくれると思わなかったから…」

「あたしだって配慮くらいできるのよ」

 

団子をくれるのは配慮だったのか。何に対する配慮なのかは不明だが、ともかくチルノの優しさによって俺は団子を一つ食べることになったらしい。

団子を味わった俺は前を向いて立ち上がる。

 

「んじゃ買い物だ」

「え、ええ…」

 

妙に歯切れの悪いチルノが気になって、もう一度振り返ると、そこには団子串を凝視しているチルノ。

 

「チルノ?」

「な、なんでもないわ!」

 

チルノはパクリと串刺しを食べきって、ゴミ箱に捨ててしまった。もうちょっと味わえばいいものを…まあ、子供の食べ方なんて大抵こんなもんか。

 

「さ、行きましょ!」

 

俺はチルノと共に、必要なものの買い物を始めるのだった。




定晴が家を出る少し前の話

チルノ「定晴に話しかけたいけど…でも呼び出すのも…ちょうどよく出てきてくれないかな…」
チルノ「あたいがいれば涼しいことを伝えれば一緒にいられるかも…?でも外に出かけてくれないと…」
チルノ「あ!定晴が出てきた!チャンスね!」



定晴帰宅後の話

ルーミア「…途中で誰かと会った?」
定晴「チルノが家を出てすぐのところにいたから、お菓子を代金で同行してもらった」
ル「まあ暑いからね…チルノ、最近怪しいのよね…」
定「どうした?」
ル「なんでもないわ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四十一話 魔理沙の依頼

とある日、人里で買い物をしていたら、突然声をかけられた。

 

「定晴!少し話がある!」

「そんな大声で話さなくても聞こえてるぞ、魔理沙」

 

そうでなくても、魔理沙の声は響くくらいには大きいのだ。叫ばれると、それだけで騒音被害となってしまう可能性があるのだ。

 

「アリスの家を建てたんだろ?」

「ああ。まさか、魔理沙も建てろって言うのか?」

「いや、私の家は香霖に頼むから気にしないでいいぜ」

 

あいつ、建築もやってるのか?霖之助は幻想郷の何でも屋なのだろうか。

まああの店には、それなりのものがあるから何でもとまではいかずとも、複数兼業とも言えるかもしれない。

 

「じゃあ俺に話ってなんだ?」

「家の材料を集めてほしいんだぜ」

 

詳しく聞くと、霖之助では家を建てるだけの材料を集めるのに時間がかかるとのこと。霖之助は別の仕事があるし、俺のように幻空のない霖之助では保管も大変だ。

アリスの家を建てた俺なら、材料を集めるのもすぐだろうと魔理沙が俺に話してきたということだ。

 

「定晴にはその謎空間があるから運ぶのは楽だろ?」

「ああ、持ち運ぶのはすぐだ」

 

本来はトラックを使わなければ運ぶことができないような大きさ、重さのものでも身一つで運ぶことができる。幻空にも容量があるので無限とはいかないが、家を建てるだけの建材を全部入れられるというのは実証済み。

俺は運送業者ではないが…しかし、何でも屋としての仕事ではあるので受けようと思う。

 

「ちゃんと金は貰うからな」

「おう、任せとけ!」

 

サムズアップで答える魔理沙。

魔理沙の貯蓄に家を建てれるほどの余裕があるとは思えないが…まあ、最悪魔理沙の私物からいくつか差し押さえにでもしようか。

 


 

後日、魔理沙の材料を集めるために一人で行動を開始した。式神二人は家にいる。

さて、まず必要なのは木材。アリスの家を作った時は萃香から妖怪の山の木材を貰ったが、まだ余ってるかな。

俺は妖怪の山にやってきた。所々抉れていた妖怪の山も、今では前と同じくらいの見た目となっている。未だに植物は育っていないので、禿山となっているのは変わらないが。

 

「あら、定晴さん。今日はどうしたの?」

 

妖怪の山の麓であったのは雛。前に妖怪の山に来た時も、雛の案内で萃香のところまで行った。

俺が妖怪の山に来るとき、基本的にいつもここらへんにいるのだ。ここらへんはあまり人が集まらず、厄が溜まっているとかなんとか…まあ、俺は浄化があるので何も問題はないがな。

 

「今日も前と同じ要件だ」

「うーん、じゃあ無理かも。もう建材は残ってないのよね」

「そうなのか?」

 

聞いた話によると、前回余っていた木材は残りすべて復興に使われてしまったらしい。むしろ、木材が足りなくなって、今は近くの森の伐採をしているほどだという。

そのため、木材を作るには俺自身で伐採をしないといけないというわけだ。

 

「そうか、わかった。じゃあ適当に伐採を…」

「あ、待って!私におすすめの場所があるの」

 

そう言って、雛は俺を手招きする。伐採におすすめっていうのがよく分からないが、折角なので雛の誘導に従ってみよう。

 

「今度は誰の家を建てるの?」

 

俺の隣まで戻ってきた雛が話しかけてくる。

通常、他人に厄が移るので人に近づきたがらない雛も、俺の浄化のおかげでこの距離で会話ができる。

 

「魔理沙だ。建てるんじゃなくて、建材を集めるだけだがな」

「魔法使いかー…あれ、乱暴だから気を付けてね」

「何かされたのか?」

「私の制止を振り切って私をボコボコにして妖怪の山に侵入、早苗たちを襲って…」

 

あれか、早苗たちが幻想郷に来た時に諍いがあったやつか。確か前に買った幻想郷の歴史の本に書いてあった気がするな。

雛は天狗たちとは違って、哨戒しているわけでも門番というわけでもない。そのため、侵入者に警告するのはある意味善意ではあるのだけど、それを魔理沙と霊夢は無視して、なんなら雛を攻撃して突破したらしい。不憫すぎる…

 

「なんというか、魔理沙のいい評判を聞かないな」

「そりゃ攻撃された妖怪の方が多いもの」

 

そもそも、霊夢とは違って魔理沙には異変解決の仕事はないのだ。本人は異変解決のプロだと自称しているものの、異変に首を突っ込んでいるのは魔理沙のお節介の面が強い。

 

「霊夢と魔理沙に恨みを持ってる妖怪は多そうだな」

「まあ幻想郷のバランスを考えればちょうどいいんだけどね。さて、ここが目的地よ」

 

雛に案内されてやってきたのは、妖怪の山から少しだけ離れた森。見た目はただの森であり、どこがおすすめポイントなのかは分からない。

 

「ここがいいのか?」

「ええ、ここの森はずっと放置されてたから木材が頑丈で…まあ、そのせいで伐採に苦労するけど、貴方なら大丈夫でしょ?」

 

試しに木に触ってみると、確かにがっしりとしてる印象だ。虫食いもないみたいだし、きっといい建材になるだろう。

 

「私はここで見てるわね」

 

近くの岩に座った雛がこっちを見て「頑張れ~」と言っている。厄払いはいいのかな。

 

「ふう…」

 

輝剣を召喚して、横に構える。身体強化を発動し、魔術で刀身を伸ばして、依姫が使っていた神の速度で横なぎに一閃…

目の前の五本くらいの木を切り倒す。やはり魔術で伸ばした分で斬ったところは切り口が雑だな。建材にするときは整えるために端を切り落とすから何も問題はないけど。

 

「すごい!剣ってそんなこともできるのね」

「相当な速度で斬らないといけないけどな」

 

神の速度を使ったので、俺の腕が悲鳴を上げている。連続して使用することはできないので、雛と駄弁って時間を潰そう。

 

「椛も同じように伐採すればいいのに…」

「椛?」

 

確か白狼天狗の子だったはず…雛と交流があるのだろうか。

 

「哨戒天狗の監視塔よ。あの子も剣を使うの」

「剣が使えるからって、剣で伐採できるとは思えないけどな」

 

多分妖夢もできないし。ただ横なぎをするだけでは伐採できないのだ。コツも必要だし、そうそうできることではない。

そも、輝剣みたいな不壊な剣でもない限り、一回で刃こぼれをする。

 

「無理はさせるなよ」

「分かってるわよ」

 

雛と雑談して、少し腕も回復したので、もっと伐採しよう。

これを繰り返して、俺は必要な木材を手に入れるのだった。

 


 

「この後は?」

「河童のところに行く予定だ」

 

前回使った鉄骨や釘を用意しないといけないからな。あれがあれば、建築がとても楽になるはずだ。霖之助なら使いこなすことができるだろう。

 

「ついて行ってもいいかしら?」

「いいけど…雛は大丈夫なのか?」

「厄払いなら安心して。貴方の近くにいるだけで厄払いになるから」

 

雛の周囲を漂う厄が俺に近づいて、浄化によって勝手に消えていく。そのため、俺の近くにいるだけで厄が消えていくらしい。

まあ雛が暇なら別にいいか。雛は一緒に来たがっているし、拒む理由は特にない。初めて出会ったときの俺への印象は悪かったと思うけど、随分と仲良くなったものだ。

 

「じゃあ行くか」

「やった。行きましょ」

 

妖怪の山の河童の集落まで移動する。

雛の方が妖怪の山の地形に精通していて、俺が知らない道を通っていく。そのおかげで、いつもよりも儒分ほど早く河童たちのところまで来ることができた。

 

「にとりー!いるかー?」

 

河童たちは異変の前と後であまり変わらない。なんせ、この子たちはいつも慌ただしく動いているからだ。

ただし、復興のための開発が多くなったからか、好きなものが作れないと不満を漏らしている河童も多い。いつもは好きなように開発できるので、束縛がある環境に合わないのだろう。

 

「はいはーい。早い再会だったね」

「ああ。また仕事が来てな」

 

煤けた服装のまま奥から出てきたのは、河童のにとり。きゅうりをムシャムシャ食べているが、ごはん中だっただろうか。

 

「あ、これは食べなきゃやってられないから食べてるだけだよ」

「そうか…」

 

そんな酒を飲むような感覚できゅうりを…まあ、体に悪いものではないからいいか。タバコとか酒とかよりも断然いい。

 

「今日は何の用かな」

「前と同じく、鉄骨と釘が欲しい」

 

先日のアリスの家で使った鉄骨と釘は河童製のものだ。あれは建築向けで、とても使いやすい。

俺が要件を伝えると、にとりは少し苦笑を浮かべた。

 

「うーん、残念だけどどっちも今はなくてね」

「復興に回したのか」

「そうだね。やっぱり、一回破壊されたら、もっと頑丈に作りたくなるものだろう?」

 

うーむ、前回はすんなり集まった資材がこうも集まらないものか…

 

「因みに、厄神様は何の用かな」

「私はただ定晴さんについてきただけよ?」

 

雛は俺を挟むようにして、にとりの方を向いている。俺は浄化できるけど、にとりは浄化できないので、にとりに厄が移動しないようにするためだろう。

基本的に、人が多いところだと別の人に厄が移動しないように、俺の近くにいなければいけない。

 

「…ならいいや。定晴、時間を貰えれば作れるよ」

「そうなのか」

「うん。あ、でも、ちょっと材料が足りないかも。それを集めてもらえる?その分値段は安くするからさ」

 

にとり曰く、金属が足りないらしい。今頑張って掘っているものの、幻想郷では時間がかかるらしい。

鉄を生み出す能力があればいいのだけど…今のところ、物質を生成する系の能力を持つ人物に出会ったことはない。

 

「分かった。どこに行けばいいんだ?」

「採掘は向こうの山でやってるよ。でも、流用できる金属ならなんでもいいよ」

「了解」

 

なんとなく、RPGをしている気分になるな。おつかいクエストといったところか。

パーティメンバーは雛。どこまで付いて来るつもりなんだろう。

 

「あっちの山は少し遠いわね…」

「別についてこなくてもいいんだぞ?」

「暇だから大丈夫」

 

どうやら雛はまだついてくるつもりみたいだ。

俺はパーティメンバーを連れて、にとりに示された山に向かうのだった。




にとり「雛、随分と乙女な顔してたなぁ…初めて厄を気にせず話せる相手だってはしゃいでたもんなぁ…」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四十二話 厄集めと厄祓い

にとりに示された山にたどり着く。

妖怪の山に比べると、少し標高は低いものの、岩肌はごつごつしており、作業員らしき服を着ている妖怪がちらほらいる。河童ばかりなので、河童専用の採掘場なのかな?

 

「一応俺たちもヘルメットくらい被っておくか」

 

幻空の中にあるヘルメットを被り、予備を雛にも被せる。

身体強化を使えば岩が降ってきても死にはしないが、不慮の事故だと死ぬからな。

 

「これって定晴さんの…」

「それは予備のホームセンターで買ったやつだ。使ったことはないけど」

「そっか…」

 

ヘルメットは汗とか匂いが気になるからな。言うて幻空のおかげで忘れ物をすることも、事故に遭ったこともないので予備を使ったことはない。

 

近くの河童に話しかけて、どこで鉱石が掘れるかを尋ねる。どうやらこの山全体が鉱山となっているらしく、どこの坑道からでも鉱石を掘ることができるらしい。

 

「何で掘るの?」

「そりゃピッケルだ」

 

まあドリルもあるけど。状況を見て、ドリルじゃないといけなさそうならドリルを使おう。

 

「雛はそういう能力じゃないから大丈夫だろうけど、火は使わないようにな」

「大丈夫。火を生み出す能力はないから」

 

一酸化炭素中毒になる可能性もあるし、坑道自体が吹き飛ぶ可能性もあるからな。

クラウンピースがいたら、火を消してもらうしかないだろうな。魔法使いたちも、火の魔術を使わないように頼むしかない。

閑話休題。

近くの坑道から中に進む。照明は、河童たちの技術によって光る石が使われているようだ。燃料的なものはないけれど、石が光ってるのは永続的なものなのかな。

 

「意外と明るいのね」

「ああ、河童たちのおかげだな」

 

そもそも、ここの坑道を掘ったのは河童たちだろうから、照明の管理も当然だろうけど。

坑道の中を物珍しそうに眺めていた雛だったが、途中から表情が曇り始めた。

 

「どうした?」

「ここ、とっても厄が強いわ。近々事故が起きるかも」

 

雛の目線だと、そこら中に濃い厄があるらしい。それこそ、不用意な行動をしたら約束された偶然により必ず事故が起きるほどに。

 

「どうすればいいんだ?」

「私たちが歩いてるだけで大丈夫よ。私が歩いて厄を集めて、定晴さんに浄化してもらうから」

 

どうやら、俺が歩いているだけでは浄化しきれないらしい。雛に集めてもらって、初めて浄化されるということだ。

やはりそういったところは厄神様的な役割があるということだろう。

 

「因みに俺が全力で浄化したら祓えるか?」

「祓えるけど、洞窟内の河童たちも浄化されると思うわ」

 

でしょうね。試しに言ってみただけだ。

ある程度奥へと進むと、壁や床に少しずつ黒いものが混じるようになってきた。これが鉱石だろうか。

 

「本当にピッケルが入ってるのね」

「殺傷性も高いからな」

 

俺は幻空から取り出して、慎重に鉱石を掘る。

アニメや漫画みたいなカンカン叩くような掘り方では、鉱石に傷がついてしまう上に、細かい欠片しか手に入れることができない。あれはあくまで周囲の岩を掘るための方法であり、鉱石を掘るのであれば少しずつ掘るのである。

それなりに掘れたら、小さめのハンマーと杭を使って鉱石を完全に掘り出す。手慣れた動作で掘り出せば、数分で鉱石を取り出すことができた。

 

「これが鉱石なのね…」

「原石は雛たちも見ることはないのか?」

「たまに河童たちが運んでいるところを見るくらいね」

 

原石からまた精錬しなければ金属として扱えないが、それはにとりがやるだろう。

俺は掘り出した鉱石を幻空に片づけて、別の鉱石を掘る。

 

「いくらくらい掘ればいいんだろうな」

「さあ?採れるだけ採っちゃえ」

 

お茶目にそんなことを言う雛。

まあ掘りすぎたところで、俺が使わなかった分の鉱石はにとりたちが管理して使うだろうから無駄になることはないだろう。

俺は今いるところから見えるところにある鉱石をどんどん掘っていく。幻想郷の山っていうのはこんなに鉱石が採れるものなのだろうか。

 

「因みにこの鉱石の名前って知ってるか?」

「なんだったかしら…アタマンテイト?みたいな…」

 

もしかしてアダマンタイトだろうか。それって幻の金属の一つだったような…いや、だからこそ幻想郷にあるのかもしれない。外の世界で幻想だと思われたものというのは、総じて幻想郷にやってくるから。

アダマンタイトは創作物の世界で、加工が非常に難しいものとして登場することが多い。オリハルコンとかと似たようなものだ。

 

「これを加工する河童の技術…」

「外の世界には河童たちのレーザーとかもないって聞いたけど」

「それもそうか」

 

河童たちは幻想郷でも科学担当のイメージだけど、外の世界の科学とは別の方向に発展している科学だ。

こちらには妖力や霊力などのエネルギーを機械に用いることができるから、発展の仕方が変わるのは仕方ないのだけど、それにしたって幻想的な科学となっている。

 

「これくらい採れば十分だろ」

 

相当な量を採ったので、あとはにとりがなんとかしてくれるだろう。

俺たちは来た道を戻って地上へと向かう。

 

「あんなに採ったのに荷物がないのは楽ね」

「幻空のいいところだ」

 

河童たちが頑張って運んでいるところを横切っていく。申し訳ない気分にもなるが、俺が持っている能力なので仕方ない。

そうして地上に向かっていると、少しだけ地面が揺れた…気がした。

 

「地鳴りか…」

 

俺がそう呟いて、雛の方を見たら、その顔は具合の悪そうな表情をしていた。

 

「大丈夫か、雛。ずっと閉所にいたから気分が悪く…」

「違うわ………今の地鳴り、厄によるものだから」

 

雛の目にははっきり見えたのだ。地鳴りが起きた瞬間の、厄の動きが。

 

「もしかして事故か」

「ええ、もっと地下の方の事故ね」

 

俺たちは地下坑道の構造を知らない。それに、河童たちはこういった事態に慣れているはずだから、俺たちが何かしなくても解決できる可能性が高い。

だが、雛の表情を見ればわかるのだ。

 

「行くか」

「お願い」

 

俺たちは駆け出した。雛の厄の流れを見て、事故現場と思われるところまでできる限り早く。

妖怪は頑丈だ。生き埋めになっても即死することは少ない。だが、苦しいものは苦しいし、そのままだったらいつか死ぬ。

厄によってそんなことが起きたのならば、雛は我慢することができないのだ。だって、彼女は厄を集めて祓う厄神様だから。

 

「あそこ!」

 

ひたすら坑道を降り続けて、とうとう事故現場が見えた。

ずっと繋がっていた坑道が、岩で塞がれているのである。誰も巻き込まれていないのならばそれでいいのだけど…

 

「ありえないんだよな?」

「厄が動いたもの。厄は、人間であっても妖怪であっても悪いことが起きるものだもの」

 

誰かが厄に触れたせいで、この事故は起きたらしい。向こう側なのか、岩の下かは不明だけど、この事故現場の周辺に誰かがいるのは確実だろう。

 

「雛、離れててくれ」

「お願い!」

 

身体強化、全力。

崩落しているので、岩の動かし方を間違えると追加で岩が崩れてくることになる。そうなれば被害が拡大するほか、助けるのにも時間がかかってしまうだろう。

 

「雛、ここらへんの厄を全部集めてくれないか?全部浄化しちゃえば、二次被害が起きる可能性も減るだろう」

「うん!任せて!」

 

雛がパタパタと周囲を走り回っている間に、除去できる岩を除去してしまう。一時的に幻空の中に除去した岩を片付けてしまえば、処理は楽になるだろう。

大きな岩をどかそうかとなったとき、雛が近寄ってきた。

 

「集めたわ!」

 

厄を見ることができない俺でもはっきりと何かあると分かるほどの厄だ。厄が濃すぎて雛の周囲が微妙に歪んで見える。

 

「因みに雛には浄化効くのか?」

「一応私も妖怪の一種だから…」

 

俺の浄化はそこまで強く指向性を持たせて使うことができないので、雛を浄化してしまわないように気を付けよう。

雛の周囲を全力で浄化する。みるみるうちに雛の周囲の歪みがなくなっていく。

 

「なんだかピリピリするわ」

「少しだけ我慢してくれ」

 

厄は雛の周囲を漂っているので、雛を飲み込まない程度の範囲で浄化を使えば雛を浄化せずに厄だけを浄化できるはずだ。

そして、数分浄化すれば、雛の周囲の歪みはまったくなくなった。

 

「流石定晴さんね。もうほとんど厄はないわ!」

「よし、岩を除去しよう」

 

ここからは迅速に、丁寧に。

大きな岩を除去して、幻空に片づけていく。そうすれば、大きな事故もなく岩を除去することができる。

 

「さて…あ、大丈夫かー?」

「ん…わあ、ありがとう盟友!」

 

岩の下には謎の空間があり、そこには一人の河童がいた。

見た感じ、河童の発明の中に空間を作る装置があり、それを使って潰されないように空間を生み出したようだ。

 

「いやぁ、これ使うと岩を掘れなくて…改善の余地ありだなぁ…」

 

河童はブツブツ言いながら、開発の次の段階の構想を練っている。

他にはいないらしいし、これでなんとかなったということでいいだろう。補修に関しては他の河童たちがしてくれるはずだから、幻空の中の岩を開けたところに置いておこう。

 

「雛、帰ろうか」

「ええ」

 

坑道を出て、妖怪の山に戻る。

いやはや、結構時間がかかってしまった。

 

「にとりー」

「お、やっと帰って来たね。同胞を助けてくれたみたいで、私からも感謝を伝えておくよ」

 

俺は幻空の中にずっと入れておいた鉱石をにとりに渡す。

そうすれば、数十分で鉄骨と釘が完成した。俺はそれを幻空の中に片づけて、俺の仕事は終わりだ。

 

「よし、じゃあこれを霖之助に渡せば終わりかな」

「お疲れ様ね」

 

麓まで戻ってきた。今日はずっと雛と一緒にいたな。

 

「楽しかったから、また暇なときは遊びに行くわね」

「それは構わないが…麓にいなくてもいいのか?」

「別に私の持ち場とかじゃないのよ。ただ、流し雛をするのに楽だからここにいるだけで」

 

どうやら雛は結構自由に歩き回れるらしい。なら俺が心配する理由はないか。

 

「それじゃあ、またな」

「またねー!」

 

素材を霖之助に渡して、魔理沙からお金とキノコを貰って家に帰った。

まあまあ大変な仕事だったが…雛と一緒だったし新鮮な気持ちで仕事ができたな。たまには違う同行者と一緒に仕事をするのもいいかもしれないな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四十三話 コンクリートジャングル

「定晴ー!甘いもの作ってー!」

 

家を出たところに待ち構えていた紫にそう言われたのが、約三十分前。

紫のスキマ式拉致によって体を持ってかれた俺は、現在外の世界に来ていた。財布の中身はいつの間にか現金になっていて…これ警察に言ったら拉致罪になりませんかね。

 

「で、どうするの?」

「言われた通り買い物をするしかないだろ」

 

強制的に連れてこられたルーミアとユズも近くにいる。ルーミアはリボンを緩めにして、大人の姿となっている。

ユズは元々高校生くらいの身長なので、別に問題ない。小学生くらいの身長だと、現代社会は動きづらいので、それさえ満たしてくれるなら気にしない方向。

 

「ここが、外…」

「ユズは外にいた妖怪だと思うんだが、何か思い出せないか?」

 

不動によって幻想郷に連れてこられた妖怪なので、ユズは元々こっちの世界に住んでいたはずなのだ。化けなくても人間のような見た目なので、社会の中で過ごしていたとしてもおかしくないのだけど…

 

「すみません、思い出せません」

「そうか…」

「ただ、こういう街では、住んで…なかった気がします。とても新鮮なので…」

 

感覚の話だから分からないけど、ユズの主観では都会住みではなかったようだ。田舎の森の中の方が過ごしやすい妖怪も多いし、そっちのタイプかな。

ユズは人間を食わなくても生きていけるみたいだし、人が多いところに住む理由もなかったのかもしれない。

 

「ま、今日は紫の願いを叶えるとしよう。後で対価として、ユズの外の世界の観光をさせてもらえばいい」

「そんな、私のために、紫さんの対価を使うのは、だめですよ」

「まあまあ、今のところそれ以外に頼むものもないから」

 

外の世界ということもあって、周囲の人間に怖がっているのか、ユズは言葉詰まりが多い。はぐれないようにしないと、ユズがパニックになってしまうかもしれないな。

 

「ルーミア、ユズと離れないようにな」

「はーい」

 

一応ユズの位置は式神の主として感知できるが、はぐれないようにするのが一番だ。都会が一番怖いからな。

実力行使による撃退ができない分、幻想郷よりも怖いかもしれない。ユズが怖がらないように動くことが必要だ。

 

「じゃあスーパーに行くぞ」

「ん…そういえば定晴、何を作るの?」

「今日は、ティラミスかな」

 

ティラミスの材料って幻想郷じゃ中々手に入らない。紫がたまに開いている外の世界のものを扱っているお店以外じゃ、ほとんどの材料が手に入らない。

ティラミスの見た目や風味を決めるココアパウダーと、ティラミスの基礎となるマスカルポーネチーズを手に入れるのが難しいのである。代用品で作ったこともあるが、やはり本家のティラミスを作るのであれば、この二つは欠かせない。

 

「ユズ、あまり離れないで」

「は、はい!」

 

ルーミアがユズの手をしっかり握って誘導してくれる。人混みの中ではぐれたら見つけるのが大変だからな。

人混みを抜けて、なんとかはぐれずにスーパーにたどり着く。

 

「ここも人多いわね」

「今日は平日だし、まだ昼間だからこれでも少ない方だ」

 

夕方になれば買い物をする主婦たちによって人々の垣根ができるだろう。

今のうちに買い物をしてしまわねば、俺たちは人間の海で漂流することとなる。

 

「ルーミアとユズは二人で行動して、このメモの内容を買ってくれ」

 

俺は二人に一枚のメモを渡す。このスーパーで全部揃えられるはずだ。

 

「それはいいけど、定晴は?」

「俺は別のところで必要なものを揃える」

 

このスーパーで一通りの材料を集めることはできるだろうが、この店には器具がない。

というのも、どうやら紫は俺がスイーツを完成させるまで幻想郷に帰してくれない雰囲気なのだ。

場所は昔俺が使っていた隠し倉庫があるのでいいのだけど、そこには料理器具はないからな。魔術を使えば火や水の用意はできるが、器具がないことにはどうしようもない。

そのため、料理道具を買うことにしたのだ。それくらい用意しておけよ紫。

 

「じゃあ足りないものがあったら連絡すればいいのね?…繋がるわよね?」

「こっちでもちゃんと繋がるぞ」

 

式神通信のことだ。式神通信は俺たちの力に比例するからな。間に塞いでくるものがない限り、式神通信は十全に使うことができる。

 

「じゃあ頼んだ」

「頼まれた」

 

スーパーを二人に任せて、俺は器具を買いに行った。

 


 

「はぐれないようにね」

「は、はい…」

 

ルーミアさんに手を引っ張られて、スーパーと呼ばれるものを歩き回る。

定晴さんの頼みだから確実にこなしたいけど…私はここに来るのは初めてだから、なんとかついていかないと。

 

「マスカルポーネチーズって何??普通のチーズとの違いは何なのよ…」

 

ルーミアさんがぼやきながら店内を歩く。確かに、私も知らない名前の食材だ。

定晴さんはこのメモを作るときに調べているように見えなかったから、きっと何も見ずにこの材料を書き出したんでしょうけど…ティラミスの材料を何も見ずに書けるのって、結構凄いような気がしますね。

 

「ココアパウダー…コーヒーもいるのね…それに、生クリームは自作するのか…」

 

ルーミアさんが商品を見つけて、ぽいぽい籠に入れていく。

ルーミアさんも私と同じく外の世界にはそこまで慣れていないはずなんだけど、その動作はまるで長年ずっと外の世界に住んでいたみたい。

 

「スポンジケーキなんてどこにあるのかしら」

「あ、あっち、だと思います…」

「お菓子か、なるほどね」

 

凄いなぁ、ルーミアさん。迷いなくどんどん買っていく。

定晴さんはルーミアさんのことをとても信頼しているみたいだけど、この姿を見れば納得です。式神としての役割を十分にこなしていますし、戦闘もできるので、なんでも任せることができるというのが印象です。

ただ家事だけは私の方が得意みたいですけど。ルーミアさん、定晴さんが一緒じゃなければあまり家事はしたがらないですし。そういうところは、ルーミアさんの気持ちがわかりやすい部分でもあります。

 

「うん、こんなもんかな。レジに行きましょ」

 

ルーミアさんは定晴さんから貰った袋から外の世界のお金を取り出して、ぱぱっと買い物を終わらせてしまった。

外の世界のお金にも精通してるなんて…そういえば、ルーミアさんは読書が好きのようでしたので、もしかしたらそこで覚えたのかもしれません。

私も定晴さんのお役に立てるように、もっと本を読むべきでしょうか…

 

「行くわよ」

 

ルーミアさんはしばらく式神通信をしたかと思うと、私の手を引いて進みだしました。

外の世界の人混みはすごい。人里で催し物があったとしても、ここまで人は集まらない。しかも、今日はこれでも少ない方だと言うから驚きです。

外の世界のを見るのは、私の記憶だと初めてなので周囲を眺めていたら、何人かにぶつかってしまいました。

 

「あ、ま、ルー…待って!」

 

ルーミアさんの手を繋いでいる感覚がしなくなったと同時に、私は人混みに流れされてしまいました。

私は、この知らない土地でルーミアさんとはぐれてしまったんです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四十四話 知らない女性

『ユズ!大丈夫!?』

『うう、大丈夫じゃないです…』

 

ルーミアさんとはぐれたところから随分離れてしまいました。このままでは、ルーミアさんと合流するのは難しいです。

私のご主人様である定晴さんなら、私たちの方向がわかるんですけど、式神同士だとほとんど分からないんですよね。真逆に行くことはないけれど、それ以上の成果はないって感じです。

人混みばかりで、立ち止まることもできなくて、どうすればいいでしょうか。定晴さんの方向は分かるので、定晴さんのところに行く方がいいかもしれませんが…

 

「ううぅ…」

 

人が多くて足がすくんでしまいます。人、怖いです。

ふと、建物の間に隙間を発見したのでそこに逃げ込みます。幻想郷とは違うというのがとてもよくわかるんですけど、それと一緒にもう幻想郷に帰りたくなりました。

 

「はぁ…ここで待っていればいいでしょうか…」

 

ルーミアさんには通信で建物の間にいると伝えました。でも、通りからは少し見えにくいから見つけてもらうのにも時間がかかるかもしれませんね。

外の世界の建物はどれも大きいですね。紅魔館のよりも高い建物というのがそこら中に立っていて、空を飛ぶのも大変そうです。外の世界に空を飛べる人がいないのは定晴さんから聞いているので飛びませんけど。

 

「…」

 

建物の間で座っていると、自分がとても小さな存在のような気がしてきますね。いえ、小さい存在ではあるんですけど。

独りぼっちになるのがここまで寂しいとは思いませんでした。定晴さんに会いたいなぁ…

 

「そこの暗い顔をしてる君、大丈夫かな」

「!?」

 

突然の声掛けにびっくりして立ち上がる。

声がした方に目を向けると、そこにはまるで魔法使いのような、それでいて怪しい恰好をした女性が立っています。

 

「迷子かな?」

「いえ、その、待ってます」

 

確かに、ここで一人で座っていたら迷子と間違われてもおかしくありません。そうでなくても、こんなところで座り込んでいるのであれば何かしら事情があると思うのが普通です。

私は事情を説明してどこかへ行ってもらおうとしますが、その前に女性からの言葉で私は口を閉ざすことになります。

 

「待ってるって言うのは…妖怪かな?」

 

私が妖怪であるとこを見抜いている?だとしたら、彼女は妖怪のことを知っている、ないし妖怪のことを探知できるくらいに強いってことでしょうか。

定晴さんから聞いた話に、未だに外の世界で活動している陰陽師のことを聞きました。現代科学が発展して出番が少なくなっても、大妖怪と対等に渡り合える陰陽師というのは存在すると。

まさか彼女がそうなのでしょうか。

 

「ああ待って待って。別に敵じゃないよ。こっちで妖怪に会うのが珍しかっただけだから」

「…」

 

うう、早くルーミアさん来てください。突然知らない人に話しかけられたときの対応の仕方なんて知らないですよ。

 

「写真撮っていい?まあ別に許されなくても撮るけど」

 

パシャパシャと私の写真を撮る女性。私の体って写真に映るんでしょうか。

私が怯えながらルーミアさんを待っていたら、後ろからやっと声が聞こえた。

 

「ユズ、大丈夫?」

「だ、大、じょ、ぶじゃ、ない、です」

 

いつも以上に片言になってしまう私の言葉。知らない人に話しかけられること自体が恐怖体験になってしまいました。やっぱり知らない人は怖い。

 

「……離れなさい。容赦しないわよ」

「うーん、怖いなぁ…ばいばーい」

 

そのままビルの奥まで走って行った女性。一体何だったのだろうか。

 

「ごめんなさい」

「まあユズが無事ならよかったわ」

 

まさか迷子になるのに加えて知らない人と会話しないといけなくなるなんて思いませんでした。

幻想郷ではあまり一人で行動することがないから、一人っきりで対応する方法なんて知りません。もっと一人でも行動できるように練習をしておくべきでしょうか。

ルーミアさんは女性が去って行った方向を見ながら呟きました。

 

「あの子は宇佐美董子、幻想郷にも来るわよ」

「え!?知り、合いなんで、すか?」

「あまり会話はしないわよ」

 

というよりも、幻想郷に来るって、そんな簡単に幻想郷って跨げるようなものですっけ?

 

「あの子はちょっと特殊なのよ。ちゃんと人間なんだけど、半ドッペルゲンガーみたいな子なのよね。どちらかといえばこっち側の人間なのは間違いないわ」

 

よくわかりません。使っている道具とかは現代っぽいものでしたし、よくわからないことだらけです。

ルーミアさんは話を切り上げて、私の手を引いて定晴さんのもとへ連れて行ってくれました。定晴さんの姿を見ると安堵で力が抜けます。

今後は外の世界に行くときは定晴さんについていく方がいいかもしれません。ご主人様の場所なら式神は分かりますので。

 

「何か問題があったのか?」

「些細なことよ。社会勉強みたいな」

 

社会勉強、もうしたくありませんね。

 


 

ユズが消沈しているので、あとでメンタルケアをしておこう。流石に知らない土地は怖かったのかもしれない。

 

「じゃあ料理しに行こうか」

「はーい」

「…はい」

 

必要な道具は揃えられたからな。思ったよりも値段が張ってびっくりした。俺が幻想郷に行ったときに比べて明らかに物価が上がっているような気がしてならん。

ついたのは小さめの倉庫。今は使っていないうえに、中にあったものは総じて紫に幻想郷に送ってもらっているので中はがらんとしている。

 

「じゃあルーミアとユズはこれとこれを混ぜてくれ」

 

ティラミスの材料は特殊なものも多いが、実のところ簡単なレシピというのは存在する。折角なら本格的に作るものの、簡略化できるところは全部楽に終わらせるぞ。

さささっと料理を終わらせてしまえば、目の前には二つの大き目のティラミスが。

 

「あれ、なんで二つなんですか?」

「一つは八雲家、もう一つは俺たちが食べるものだな」

 

だって、俺たちが食べないのはもったいないし。そのためにルーミアたちに買ってもらった材料は多めだった。

 

「スイーツできたー!?」

「ちょうどできたよ。持ってけ」

「はーい!」

 

紫はティラミスをどちらもスキマの中に収納して…

 

「おい!片方は俺たちのだ!」

「キャー!」

 

まったく、大きさでどう見ても一人用ではないだろうに。

こいつの食い意地に関しては藍に一言伝えておいた方がいいかもしれないな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四十五話 突撃隣のこいしちゃん

ある日、俺の家に突然来客があった。

 

「お燐?」

「はいぃ…その、こいし様来てません?」

「いや、来てないと思うけど」

 

どうやら、またもや地霊殿から逃げ出したらしい。

とはいえ、俺のところには来ていない。俺にはこいしの能力が効かないので、こいしが来ていたらすぐに気が付くからな。

 

「あれぇ、ここじゃないのかぁ…ってことは紅魔館かな、ありがとねおにーさん!」

 

そう言うとお燐は紅魔館に向けて飛んで行った。こいしの幻想郷の行く先は、大体ここか紅魔館なのは地霊殿のほとんどが把握している。

こいしの何も言わずに地底から出てくるのは、地霊殿の皆も困っているだろうからやめて欲しいのだけど…俺が言っても聞かないから仕方ない。そもそも、俺が幻想郷に来る前からやってたし。

 

「何ー?またこいしったら逃げ出したの?」

 

俺が扉を閉めてリビングに戻ると、お燐との会話を聞いていたルーミアからそんな一言が。

 

「まただよ。ルーミアは何か知らないか?」

「私のところに来るときもアポなしだから分からないわ」

 

こいしが能力を使っている場合、こいしと仲がいいルーミアやフラン、一緒に住んでいるさとりであってもこいしを認識することはできない。

こいしの来訪に気付くことができるのは、こいしの能力が効かない俺や認識の境界を操れる紫くらいなものだ。

 

「紅魔館にいるといいわね」

 


 

「おにーさん!こいし様がいないよ!」

「ええ?」

 

お燐が紅魔館に向かって数十分後、お燐が戻ってきてそんなことを言った。

 

「紅魔館にいなかったのか?」

「門番は見てないって言うし、フランちゃんも今日は会ってないって」

 

美鈴の情報は正直なところあまり信用できないが…こいしが紅魔館に行くときはフランと遊ぶときなので、フランが会っていないと言うのであれば、こいしは紅魔館に行っていないのだろう。

こいしは基本的にこの二か所にしかいかない。前に俺が寺子屋で先生をしたときにこいしが人里に来たが、あれは俺が人里にいたからであり、用がない場合はこいしは人里に行くこともない。

 

「実は地底にいるとか」

「うーん、かくれんぼかねぇ…こいし様が本気で隠れたら見つけられないんですけど」

「それはそうだ」

 

こいしが地霊殿からいなくなったという判断は、呼びかけても全然返事がなかったときだ。

こいしは妖怪らしくいたずら好きではあるのだけど、根がいい子なので呼びかければ返事と共に出てくる。それがない場合に、地霊殿にいないという判断となるのだ。

 

「旧都とか?」

「うーん、だとしたら分からないねぇ…でも、用事で出るときは言ってから出かけるから違うと思うよ」

 

こいしが無言で出かけるときは、地上に来ていると相場が決まっているらしい。普通に出かけるときは一言伝えてから出かけているあたり、やはり根はいい子なのだ。

地上に行くのは止められるのがわかっているから、何も言わずに出ていくのだろう。こいしの能力なら、見つかるまでに時間がかかるのは分かり切っていることだからな。

 

「本当にこいし様知りません?」

「いや、本当に知らん。悪いな」

「うーん…」

 

こいしは過去に攫われたことがある。あれは俺の不注意だったし、地底の異変中だったので現在とは状況は随分違うが、最近幻想郷崩壊を企む奴もいたから少し心配だ。

 

「手伝いは必要か?」

「いやいや、他のペットと一緒に探し回ってるから大丈夫。ありがとねおにーさん」

 

お燐はそれだけ言って飛んで行った。地霊殿にどれだけのペットがいるのか分からないが…こいしを探すのならペットたちの方が向いているかもしれないな。

もしここにこいしが来たら紙の式神でも使って連絡するとしよう。

 


 

夜になるまでこいしは来なかった。本当にどこに行ったのだろうか。

 

「今日は暑いし冷やし中華にするか」

「はーい」

 

ルーミアとユズと共に夜ご飯を作る。夏の夜も暑くなってきたので、今日は冷やし中華だ。

俺がキッチンに立った時、インターホンが鳴った。こんな遅い時間に誰だろう。

 

「はいはーい」

「おー、定晴の出迎えだー!」

 

そこに立っていたのはこいし。お燐が一日中探したであろうこいし。

 

「なぜここに!?」

「私が地上に来るときはいつもここでしょー」

 

いや、それはそうなのだけど、問題はそこではなく…

 

「お燐が一日中探してたぞ」

「そうなの?私が地上に来たのはさっきだよ」

 

おや、お燐の話と違うな。

最初に昼間にお燐が来た時、既にこいしは地底にはいないという結論になっていたはずだ。だというのに、こいしはさっき地上に来たという。一体どういうことなのだろうか。

 

「あ、わかった!実はね、地上に来る間にキスメちゃんと駄弁ってたんだよねー。その影響下も」

 

キスメというと、地底の洞穴の途中に住んでいる鶴瓶落としの妖怪だ。前に俺が地底で生活していたときに、こいしと共に出会った妖怪である。

今も交流は続いてたんだな。

 

「確かに結構長い間駄弁っちゃったかも」

「お燐が真昼間から探しに来てたぞ…」

「えへ」

 

はぁ、まったく。

お燐が今どこにいるのか分からないが、紙の式神を飛ばしておこう。携帯電話とかが存在しない以上、こいしを地霊殿まで送り返したところっでお燐に連絡が行くのに時間がかかるのは変わらない。

お燐の妖力は把握しているので、紙に追跡させてお燐を探す。

 

「ちゃんと謝れよ」

「はーい」

 

そう言って平然と家の中に入ってくるこいし。あまり反省しているようには見えないが、どうせ俺が何度言っても地上に戻ってくるのは変わらないだろうから俺も気にしない。

 

「私も夜ご飯食べていいー?」

「…いいぞ」

 

一応食材は余っているので、明日の昼の予定を繰り上げよう。

 

「こいしも手伝え」

「もちろん、そのつもりだよー」

 

こいしもキッチンに入るとちょっと手狭だな。四人もキッチンに入るような設計にはなっていない。この家は大きいけれど、流石にキッチンはそんなに無駄に広くはない。

 

「ユズ、机の片づけを頼む」

「は、はい…」

 

こいしがいるから少し固いな。まあ致し方あるまい。あとでメンタルケアをしておこう。

ルーミアは料理慣れをしているので、いつも通り食材を切ってもらう。対してこいしは…

 

「こいしって料理したことあるのか?」

「定晴のところ以外じゃないよ」

 

地霊殿じゃ料理しないか。まあ、メイドのようにペットたちがいるから料理をする必要がないの方が正しいのかもしれない。

 

「じゃあ中華麺を茹でるから、沸騰したら教えてくれ」

「うん!」

 

夏なのでまだ空は少し明るい夜だが、こいしはとても元気だ。一日中駄弁っていたから体力が有り余っているのかな。

こいしが中華麺を眺めているので、ルーミアと一緒に食材を切る。冷やし中華は料理の手間が少ないから、四人もいると準備がすぐに終わってしまうな。

 

「沸騰した!」

「はいよ」

 

こいしの報告を聞いて、麺を沸騰した湯の中に入れる。そこまで茹で時間は長くないので、ささっと。

 

「こいし、冷蔵庫の中にタレが入ってるから取り出してくれ」

「これー?」

 

冷やし中華にするのは前もって決まっていたので、朝に冷やし中華のタレを作っておいたのだ。タレを冷やす時間を考慮する場合は早朝に作っておかなければいけない。

勿論、タレ自体は他の料理にも使えることが多いので、日常的に冷蔵庫の中に保存しておくのもいいだろう。

 

「よし茹で上がり」

 

茹で上がった麺を何度か湯がいて、皿に盛りつける。

冷やし中華にはやっぱり少し大きい深みがある皿を使うとそれっぽいよな。麺を盛り付けて、その上に重ねるように細く切った食材を置くと…

 

「冷やし中華始めましたってね」

「別にこの夏初めてじゃないでしょ」

 

ユズが机の準備をしてくれたので、冷やし中華を持っていけばすぐに食べられる。

 

「「「「いただきます」」」!」

 

夏に熱いものを食べるのは、それはそれで美味しいのだけど、やはり冷たいものがうまい。

 

「美味しい!」

「まあそこまで難しい料理でもないからな。地霊殿でも作ったらどうだ?」

「うーん、定晴の手伝いじゃなきゃやらないかなー」

 

こことは違って、地霊殿には世話をしてくれるペットが多いからかな。まあ、やってくれる人がいるのがわかっているのならやる気が起きないのも分からなくはない。

実際フランもここではそれなりに色々するのだけど、紅魔館では咲夜任せらしいからな。従者がいるというのはそういうことなのだ。

美味しく食べていたら、こいしがこちらを見て提案をしてきた。

 

「定晴、今日はここに泊まってっていい?」

「ええ?お燐が迎えに来るぞ」

「いや、追い返すから」

 

追い返すな。かわいそうだろ。一日中こいしのことを探してくれたんだぞ。

 

「お燐に迷惑をかけたらだめだろ」

「いつものことだから大丈夫」

「その『いつもの』をやめろって」

 

日常的にこいしに迷惑をかけられるお燐…不憫だ。

ちゃんとこいしを叱るようにさとりにメッセージを送った方がいいだろうか。姉の言葉なら聞くはず…実際フランもレミリアの言葉ならそれなりに素直に聞くし、効果がないことはないだろう。

 

「今日は泊まるからね!」

 

そう宣言したこいしは、食べ終わった皿をシンクに置いて、ソファに寝転がってしまった。

俺たちが食べ終わる頃には、こいしはゴロゴロと服にしわが付くような感じで寝ていた。

 

「こいし、服が…」

「いいもーん」

 

まったく、フランよりも子供っぽいな。まあ、あっちは見た目は少女でも五百年近く生きてるからな。

こいしがゴロゴロしてるのを眺めていると、インターホンが鳴った。出てみると、そこには肩で息をするお燐が。

 

「おにーさん、ありがとう、本当に…」

「大丈夫か」

「ペット総動員しても見つからなかったから…」

 

本当にこいしのことを心配していたことがよくわかる反応だ。さとりに対して、こいしを探しに行って見つかりませんでしたとは報告できないだろうから、死に物狂いで探していたのだろう。

 

「地底と地上の間の穴でキスメと駄弁っていたらしいぞ」

「あそこかぁ……」

 

脱力して地面にへたりこむお燐。やはり不憫。

そんなお燐に気が付きこいしが出てきた。

 

「お燐ー」

「こいし様、探しましたよ。帰りますよ」

「ううん。今日はここに泊まるから」

「…」

 

こいしの言葉を聞いて目が点になるお燐。一日探してやっと見つけたこいしが、今日は帰らないとか言ったらそりゃ驚くだろう。

だが、お燐の驚きはそれだけではないようだ。

 

「こいし様、旧都の行事をさぼる気ですね!だめですよ、今日帰らないとこいし様、どうせ来ないじゃないですか」

「嫌だー!」

「旧都の行事?」

 

どうやら、こいしはその行事とやらに出たくなくて地上まで逃げてきたらしい。逃げたくなるほど面倒な行事なのだろうか。

 

「実は鬼が主催で旧都の方で地底祭が行われるんですよ。一応地底の主としてさとり様とこいし様にも出席するように言われていて…」

「あんな鬼だらけのとこ行きたくないー!どうせいっぱいお酒飲まされるだけなんだから、私がいなくてもいいよー!私は道端の小石になるだけだからー!」

「そんな場所にさとり様を一人で行かせないでくださいよ。私たちも同伴しますけど、やはりこいし様にも来てもらわないと」

 

なるほど、確かに鬼主催ともなれば酒をいっぱい飲むことになるだろう。

別にこいしは酒が大好きというわけでもないので、地底祭に出席する必要性が感じられないといったところか。正直、俺も同感だな。

 

「あ、そうだ、じゃあ定晴と一緒!それならいいよ」

「え、俺?」

「この際それでもいいので、ちゃんと来てくださいよ」

「はーい!」

「俺の意思は無視か」

 

なぜか突然白羽の矢が立った俺。しかもお燐も納得して帰ろうとしてるし。

 

「お燐、なんで俺が」

「こいし様に免じてお願いできないかな。そうでもないとこいし様、出席してくれなさそうだし」

「…」

「定晴、一緒に行こうね!」

 

どうにも俺には拒否権がないようだ。

 

「じゃあ明日なんで、お願いおにーさん」

「…はいはい」

 

まあ明日は特に何の予定もないので、仕方ない。俺は強引に地底行きが決まったのだった。

 


 

「逃げるために来たの?」

「ううん、元々定晴を誘う気だったよ」

「策士ねあなた。なら私たちは…ついていかない方がいいわよね」

「えっと、それでお願いできるかな。私も、たまには定晴と二人になりたい、かな」

「仕方ないわね。私とユズは家で待機するから、楽しんでらっしゃい」

「ありがとう!彼氏にして戻ってくるね!」

「それはだめよ!」




紫「定晴なら地底は自由よー」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四十六話 地底祭

「ユズを知らない人ばかりのところに連れて行くわけにはいかないし、私たちは家で待ってるわね」

「いってらっしゃい、です」

 

二人に見送られてこいしと共に地底に出発した。向かっている間、こいしはずっと上機嫌だ。

 

「上機嫌だな」

「面倒な祭りも定晴と一緒なら楽しみー」

「そうかい」

 

地底に行くのは久しぶりだから、俺としても楽しみではある。強制的に連れていかれること以外は問題ではないのだ。

博麗神社の方からこいしと共に地底に降りる。なんだかいつもよりも明るいか?

 

「お祭りだから、いつもよりも光源が多いんだよ」

「なるほど…」

 

よく見ると、臨時的に付けたような杭とランプが存在している。妖怪ならばもう少しやりようがあったと思うのだけど、適当としか思えないような作りしかない。

それにしても…

 

「地上から来るやつっているのか?」

「うーん、鬼とか?」

 

わざわざ道をいつもよりも明るくする必要性って何だろうか。

そもそも、地底と地上の行き来も、昔よりも自由とはいえ、依然として誰でも来れるような場所ではないのは確かだ。

地底の祭りとはいえ、新しく客が来るわけでもなく、元々地底の民だった妖怪たちが地底に戻ってくる程度なのだから、道を明るくする必要はないのである。というか、妖怪なら暗いところには強いので、猶更明るさは必要ない。

 

「何用の明かりなんだろうな」

「雰囲気だよ。きっと」

 

そんなことを駄弁りながらしばらく下降すると、一番下までたどり着いた。やはりここも、いつもよりも明るくなっており、地面がはっきりと見えるようになっている。

 

「会場は旧都の方だから移動しよ。お姉ちゃんももう行ってると思うよ」

「うーん、さとりが不憫だ」

 

こいしの誘導で旧都まで行く。さとりの周囲にどれだけ人がいるのかは分からないが、ペットたちが一緒でもないのであれば一人っきりで向かったことは想像に容易く…やはりこいしを昨日のうちに家に帰しておくべきだっただろうか。

こいしと共に旧都につくと、いつも酒飲みたちで賑わっている旧都だが、さらに今日は人が多い。

 

「こいし、はぐれるなよ」

「うん!」

 

こいしがどこかに行かないようにこいしと手を繋ぐ。俺に能力は効かないが、周囲の鬼がこいしに気付かずにこいしにぶつかってくる可能性もあるからな。

 

「さとりはどこらへんにいるんだ?」

「多分中央の方だと思う。お燐が言ってたもん」

「そういうところは覚えてるんだな…」

 

人混みをかき分けながら会場の中央らしき場所へと向かう。

祭りだからといつもよりも酒を飲んでいる人が多い。そのせいで、騒いでいる人も多くて、いつもそこまで治安はよくないものの、今日は極端に治安が悪い。

地底で祭りが行われるという話を聞いた時からなんとなく予想していたが、やはりただ騒ぎたくてやっているだけな気がする。

 

「あそこだよっ」

 

なんとか進み続けた先に、少しだけ他よりも高い、仮説ステージのようなところがあった。

そこに既に疲れ切った様子のさとりと、困った顔をした勇儀が立っていた。

 

「二人とも、久しぶり」

「ん?おお、定晴が来るってのは本当だったのか、久しぶりだな!」

「お、お久しぶり、です…はぁ…」

 

さとりの表情は真っ青であり、とても苦しそうだ。

 

「お姉ちゃん、大丈夫…?」

「来たのね、こいし…定晴さん、こいしを連れてきてくれてありがとうございます」

「それは構わないが…」

 

そういえば、さとりの能力は任意発動型のものではないことを思い出す。周囲に人がいたら、それだけで心の声を聴いてしまうのである。

つまり、こんな人の中にいたら…

 

「定晴さん、その通りです…疲れてしまうんですよ」

「一応ステージの上には他の奴らが登らないようにしてるから距離は取れてるんだけど…どうすりゃいいかねぇ」

 

どうやらさとりにはここにいてもらう必要があるらしい。理由は不明だが、まあ多分代表としていなければいけないとかそういう感じだろう。

 

「その通りです…」

 

おっと、さとりとのやり取りは考え事してると読めれるから気を付けないといけないんだったな。

うーん、俺の能力でさとりの能力を一時的に無効化できるだろうか。さとりの能力は持続的なものだから、能力の使用は一度で済む。作用を切れば元通りになるので、そこまで問題はない。

 

「どうだ?」

「ふふ、心の中で全部提案をしてしまうあたり、定晴さんは私とのやり取りが上手ですね」

「むー!お姉ちゃんと秘密のお話はだめー!」

 

俺とさとりが効率的な会話をしていると、こいしが割り込んできた。なんとも微笑ましい反応だ。

 

「定晴さん、お願いできますか?」

「分かった」

 

さとりの能力の原理は、サードアイと呼ばれるこの開いた目だ。つまり、この目をどうにかしてしまえばさとりの能力は封印されるはずだ。

対象…サードアイ、無効化発動。

 

「ひゃうっ!」

「どうしたの、お姉ちゃん!」

「大丈夫よ、ちょっとびっくりしただけだから」

 

む?サードアイへの干渉は持続的なものだから能力の発動は一回のはずなんだが…持続中に少し霊力を消費するんだな。これは新発見かもしれない。

俺だけの回復量であれば減り続けるものだが、ルーミアやユズの妖力を変換すれば消費をなしにすることができる。

 

『ルーミア、ユズ、ちょっと妖力をしばらく送ってくれ』

『了解』

『わかりました』

 

これで大丈夫はずだ。あとで二人にはスイーツでも作ってあげよう。

 

「大丈夫、お姉ちゃん?」

「ええ、落ち着いたわ。ありがとう定晴さん」

「さとりが落ち着けたならよかった」

 

さとりが落ち着けたので、改めて周囲を見渡す。

旧都を構成している妖怪たちの割合では、圧倒的に鬼が多いのだけど、それ以外の妖怪がいないわけではない。地底に逃げてきたという過去があるため、地上では見たことのない妖怪たちがやたらと多い。

なんなら、外の世界にも残っていない妖怪が多いので、俺でも知らない妖怪というのがちらほらいる。あとで妖怪大全でも確認しておくか。

 

「とはいえ、どの妖怪もただ騒ぎたいだけか」

「そうなんだよ。ま、鬼が主催の時点で分かり切っていたことだろう?」

「それはそうなんだが…」

 

騒がない妖怪はそもそもここに来ないので、このイベントは騒ぎたい妖怪たちによる祭りと化している。地底の宴会のようなものなので、秩序なんてほぼないようなものだ。

さとりが心の声に気持ち悪くなってしまうのも無理はない。酔っている妖怪たちの心の中なんて混沌で朦朧、ぐちゃぐちゃなものだろうからな。

 

「定晴さん、その同情する目はやめてください。空しくなります…」

「悪いな」

 

宴会だというのであれば、俺たちも酒を飲んでしまえば一緒に酔ってしまえるのだけど、今俺たちが酒に酔うとまともな判断ができる人がいなくなるということなので、酒に酔うわけにはいかない。

なんせ、あの勇儀があまり酒を飲んでいないのだ。この会場の混沌度合いが伝わるというものだろう。

 

「一応予定もあるんだけどなぁ…」

「何か催しがあるのか?」

「催しっていうか、さとりや私が代表として話さないといけないことがあるんだ。まあ先生の話みたいなものだから、誰も聞きたがらないのも無理はないけどね」

 

勇儀のぼやきは喧噪の中に消える。

ここにいる妖怪たちはただ騒ぎたいだけだ。校長の話みたいなのを聞きたいと思っているやつはほぼゼロだろう。

 

「一度だけでいいから静まらせたいんだけど、どうすればいいかな」

「ふむ…勇儀が声をかけてもダメなのか?代表みたいなもんだろ?」

「それで解決したら苦労しないよ。私が大きな音を出しても喧嘩っ早いやつらが来るだけさ」

 

そう言って親指を背後に向けた勇儀の後ろにあったのは、気絶した鬼の山。あれが、喧嘩っ早い鬼たちということか。

気性が荒いのも相まって、静まらせようとしてもむしろ騒がれるみたいだ。確実に静かにさせる方法がないのだろう。

 

「全方向に浄化をかけて黙らせるのは?」

「流石にかわいそうだろ。一応こいつらも悪気があってやってるわけじゃないんだし」

 

だめか。絶対に静かになると思うんだけどな。

大きな音を出しても何をしても意味のないのであれば、こいつらを静かにさせる方法なんてないんじゃないか?

俺と勇儀、そしてさとりが頭を悩ませていると、ふとこいしが俺の服を引っ張った。

 

「どうしたこいし」

「思いついたよ、皆を静かにさせる方法!」

 

目をキラキラさせてそう言うこいし。よほど作戦に自信があるのだろう。

 

「聞かせてくれ」

「えっとね…」

 

こいしから作戦を聞く。

うーむ、確かにそれなら静かになりそうだが…

 

「だから、定晴が手伝ってね」

「…わかった」

 

確かにこの演出ができるのは俺だけか。

俺とこいしは、この祭りを一旦仕切り治すために、行動を開始した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四十七話 スポットライトをあなたに

こいしが能力を使って人混みの中をかき分けていく。こいしの身長は低いので、すぐに見えなくなってしまった。

その間に、俺はとある建物の下に移動する。俺は俺で、こいしのサポートをするために準備をする必要があるからだ。

幻空の中に入れている魔術の本を取り出して開く。この本はパチュリーから譲り受けた初心者向けの魔術本であり、パチュリーのような高等魔術師にとってはオモチャのようなものしか書いていないので貰ったのだ。だが、俺からすれば応用すれば戦闘にも使えると思っている。

ま、今日はオモチャ的な使い方しかしないけどな。

 

『ルーミア、ユズ、ちょっと今からめちゃめちゃ力使うから全力で頼む』

『ちょっと!地底で何があったのよ!』

『わ、わかりました。全力、ですね』

 

式神たちの妖力を全力で受けた状態で、魔術を完成させる。

 

「こいしーいいぞー」

 

魔術を最終確認をし、発動準備をしたところでこいしに合図をする。

この喧噪の中では呼びかけも消えていくが、こいしはちゃんと反応してくれる。俺の隣の建物の上にダンッとこいしが乗ったのを確認した瞬間に準備していた魔術を解放する。

 

「なんだなんだ」

「花火かー?」

 

周囲の妖怪たちがザワザワし始める。ご名答だ。

俺が使ったのは花火の魔術であり、ただ綺麗なだけの魔術だ。この花火には質量がないので、室内で使っても火事にならないという利点があるものの、それだけである。一応相手の目に向けて使えば目くらましくらいにはなる。

 

こいしが立っているところを中心にして広がるように花火を使ったので、人々の視線は花火の中心にいるこいしに自然と集まるようになっている。

既にこの時点で人々を静めるという目的は達成されている。しかし…

 

「おお!次は喧嘩かぁ!」

「「うおおお!」」

 

これだ。こいつらがいるのだ。

こいつらの思考回路は酒と喧嘩で出来ているのかというくらいに思考が単調だ。注目を集めることがあればなんでも喧嘩に繋げるのである。勇儀が苦い顔をするのも無理はない。

こういう奴らは鬼の大部分を占めているので、こいつらを黙らせるのは少し難しい。とはいえ、今日は時間がないので一人一人ぶっ飛ばすのも不可能だ。なので、全員まとめて戦意喪失させるのが良い。

 

『魔女、狂気、バックアップ』

『はいはい』

『はいよ』

『ねーねー私はー?』

『お前もなんかできるのか?』

『応援!』

 

…魔女と狂気のバックアップで大規模に術を展開する。一人で実行することは可能なんだが、こいしに鬼たちが殴り掛かる前に終わらせないといけないので、今日は思考を分散して一気に処理を終わらせる。

昔紫に使った輝剣の同時召喚を行う。それと同時に魔術を展開して輝剣に重ねることで疑似的にエンチャントを行う。更に浄化空間をこいしと鬼たちの間に展開することで鬼が近づいてきても問題ないようにする。

そして、この展開したものたちに威圧感を持たせる。

召喚したものたちを実際に使うと被害が大変なことになるので、これらを抑止力に使おうというのが作戦である。抑止力に関してはこいしの作戦ではなく俺の作戦だ。

俺の魔力と霊力と妖力を全部使って召喚した剣一つ一つをめちゃめちゃ巨大にしていく。一本で建物がつぶれるくらいに大きく、鬼なんかが殴ってもどうしようもないみたいに大きくしていく。

 

「う、おお!?」

 

実際にこいしに殴りかかろうと近づいた鬼たちは一気に巨大化した剣に後退りをする。そもそも大きくなっている影響で強制的に後退させられるのである。

霊力がほぼほぼ尽きてしまっているので気絶しそうなのだけど、最後の力を振り絞って、こいしに魔術を使う。これも、先ほどの本に書いてあった魔法で、何もないところからスポットライトを生み出す、ただそれだけの魔法。

 

「ちゅうもおおおおおおく!」

 

こいしの大声が旧都に響き渡る。既にほとんどの目がこいしの方に集まっていたのだが、剣の威圧感によって視線が剣に向いていた妖怪たちの視線すらもこいしに集める。

視線が集まった瞬間にこいしは建物を飛び降りて、その後ろからさとりと勇儀が出てくる。俺が魔術を行使する間に移動したのである。

それを確認して、俺はぶっ倒れた。剣には相当な霊力を使っているので、俺がいなくてもしばらくは存在し続ける。つまり、俺が気絶してしまっても大丈…

 


 

「んん…」

「ひゃぁ!」

 

頭の後ろに柔らかい感触を感じて目を覚ます。

霊力はまだまだ少ないが…一応動けるくらいには回復したか。回復量からして、俺が気絶してから一時間くらいは経過しているのかな。

ふと、起きた瞬間に変な声が聞こえたと思い出す。声がした方に目を向けてみると、地面に倒れこんでいるこいしの姿。

 

「何やっているんだ、こいし」

「違うよ!別に寝ている間にとかそういうんじゃないから!」

「??」

 

やけに慌てているこいしは置いておいて、周囲を確認する。

どうやら、俺は気絶したあとに地霊殿まで運ばれたらしい。この部屋には窓がないので外の様子は分からないが、あの後うまくいったのだろうか。

 

「こいし、大丈夫だったか?」

「へ?あ、うん、大丈夫だったよ!定晴、ありがとね」

「さとりたちもちゃんと話せたか?」

「うん。一応やらないといけないことはできたみたいだよ。私は途中でこっちに戻ってきたけどね」

 

よかった。勇儀とさとりがどれくらい話すのかは不明だったので、剣がそこまで存在を保つことができるのか不安だったのだけど、一応最後まで効力は発揮したようである。

一度話し始めてしまえばこっちのもんなので、勇儀がうまい具合に話したのだろう。

 

「こいしが運んでくれたのか?」

「私じゃ定晴を支えられないよ。運んでくれたのはお燐。ほら、あの手押し車で」

「あれって死体運ぶやつだろ…」

 

お燐は橙のようなただの化け猫ではなく、火車という種族だ。死体を持ち去ってしまう妖怪であり、その時に使うのが荷車であって…うーむ、お燐は今までもあの荷車で死体を運んだのだろうか。

 

「お燐は生きている人間には興味ないよ?」

「そういう問題じゃない…」

 

そこらへんの感性は多分妖怪には分からないだろう。

俺だって別に死体自体に忌避感があるわけではない。死体というのは仕事の中で何度も見てきたしな。だが、やはり死体と同じ荷車で運ばれたのだと思うとなんとも微妙で複雑な気分になってしまうというか…

 

「というか、こいしはなんで戻ってきたんだ?まだイベントは続いてるだろ?」

「え?だって私が出した条件は定晴と一緒にいることだもん。定晴がいないのであればお燐との約束を守る必要はない!」

 

不憫なお燐再び。

なんというか、地霊殿で最も酷使されているペットとしてお燐にしばらく休暇を与えた方がよいのではなかろうか。いつか家出される可能性がある。

流石に古明地姉妹とお燐の間には強い絆があるので家出は言いすぎだと思うが、家出でなくても体調を崩してしまう可能性はある。過労は危険だからな。

 

「お燐を労わってあげろよ」

「うん!あとで撫でまわすよ!」

 

それでいいのか?いや、猫だしいいのかな。

 

「よいしょっと」

「定晴、もう立って大丈夫?」

 

不安そうにこいしが俺の顔色を見るが、問題はない。

 

「戦闘しなければ大丈夫だ」

「そっか。ありがとね、定晴」

 

満面の笑みでそんなことを言われれば俺としても頑張った甲斐がある。霊力は歩ける程度、魔力はほぼ空、妖力はルーミアたちから送られてきている分があるのでまだ大丈夫かな。

 

『二人とも、ありがとう、気絶してた』

『でしょうね。まったく、心配させないでよ』

『お疲れさまでした』

 

式神が増えた影響で日々消費する霊力が増えたそれ以上にできることも増えた気がするな。

俺が部屋を出ようとすると、こいしが服を引っ張ってきた。

 

「定晴、えっと、その、もう少し休まない?」

「ん?イベントに戻らなくていいのか?」

「いいの!」

 

こいしに引っ張られるようにしてベッドに戻された俺は、こいしに促されるままにベッドに寝かされた。

 

「私も疲れたから、入るね」

「え、いや俺は別に」

「失礼しまーす」

 

半ば強引にベッドにもぐりこんできたこいし。

俺の胸元あたりに顔を埋めてモゾモゾしている。本当にこのまま寝る気か?

 

「ほら、おやすみなさい!」

「…おやすみ、こいし」

 


 

なんだか変な気持ちになるよー!

これが…発情…?私に理性が無かったら襲ってるかもしれない。

定晴の匂いとか体温とか直に感じちゃってフワフワする。定晴はやっぱり疲れてたのかすぐに眠っちゃったけど、私は眠れそうにないよ。

でも定晴が寝てるからこそできないことも…

 

「…定晴」

 

ちゃんと寝てることを確認してのち、定晴の顔に近づく。さっきは定晴が起きちゃってできなかったけど、今の私はいつもの私よりも大胆だ。ルーミアちゃんたちがどんどん先に行っちゃうから、私だって同じところまで行きたい。

すっごいドキドキして自制心が働こうとするけど、それ以上の欲望が私を支配する。

 

「…ちゅっ」

 

これも寝込みを襲うって言うのだろうか。でも、私がしても起きないし。

 

「大好き、定晴」

 

私は布団に潜って、定晴の隣で丸まった。

やっぱり全然眠れなかった。




天使こいし「今がチャンスです!」
悪魔こいし「やっちゃえ!」
こいし「どっちも止めてくれないよ…」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百四十八話 俺より強いやつに会いに行く

地上にご主人様と一緒に遊びに来たこいしは、顔を真っ赤にしながら私にご主人様の寝込みを襲った報告をしてきた。

襲ったと聞いて私は一瞬狼狽したものだけど、どうやらただキスをして好きだと伝えただけらしい。むしろ、ご主人様が起きている間にそれができないのだからまだまだだ。

私はちゃんとご主人様にキスをしたことがあると伝えたら、元々赤かった顔をもっと赤くして「頑張る…」と言っていた。妖怪としてこいしもそれなりに長いこと生きているはずだけど、こういうことはまだまだ初心ね。

 

「いらっしゃい定晴、今後についてのお話よ」

「はいよ」

 

そんなこいしが地底に帰り、今日は紫にご主人様が呼ばれた。そこに私とユズもついていく感じだ。

どうやら、未だに無効化の能力に関して修行が足りていないご主人様のために、紫が考えていることがあるらしい。魔界での修行ではないのかな。

 

「あなたたちにも関わることだからちゃんと聞いてね」

「勿論」

 

藍がお茶を持ってきて、紫の話が始まる。

 

「取り敢えず、異変の諸々の感謝をするわ。修行中だったにも関わらず出てきてくれて助かったわ」

「それは構わん。呼ばれたしな」

 

あの時のご主人様の修行は行き詰っていた。そういう意味では、ご主人様にとって良い気分転換にもなったかもしれない。実際、魔界にいたときよりも今の方が調子がいい気がする。

 

「それで、結局修行の成果はどうなの?無効化は使いこなせるようになった?」

「修行によって何が変わったかは分からないが…正直、何も変わっていないように思えるんだ」

 

ご主人様も私たちと同じように長い間修行した。しかし、私たちと違って目に見えるほどの成果を出すことができなかったのも事実だ。

ご主人様にとって焦りの原因になっているのだと思う。そもそも、無効化の力が幻想郷に影響を与えるからという理由で修行をしていたのに、無効化の力を上達させることができなかったのだ。

 

「つまり、まだ修行が足りないのね」

「ああ…ただ、魔界で同じように修行をしても成長できるか…」

「そう言うと思って!私、話をつけてきたのよ!」

 

突然テンションが上がる紫。

藍に命令をして、一枚の紙が運ばれてきた。そこには、色々な人の名前が書かれている。

 

「これは?」

「これは、幻想郷に住む強者たちのリストよ」

 

そこには、霊夢や紫の名前をはじめとして、風見幽香や八意永琳、摩多羅隠岐奈とった名前が並んでいる。どうやら、強者の中で種族は関係なく書かれているようだ。

 

「なんだ、強者巡りをしろって?」

「その通りよ。このリストに書かれている人と戦えば、きっと強くなれるわ。その中で能力の制御もうまくなるでしょ」

 

制御がうまくなるというか、うまくならざるを得ないという方が正しい気がする。弾幕ごっこならまだしも、殺し合いともなれば、ご主人様も本気を出さねばならないだろう。

そうなれば、きっとご主人様の能力もフルに使わされることになる。能力を成長させるにはうってつけではあるんだけど…少し心配ではある。

 

「そして、式神の二人なんだけど…」

「私たちにも何かあるの?」

「定晴のサポートはいくらでも頼むわ。それ以外に、あなたたちも強くなってもらおうと思って」

 

そう言った紫が藍に持ってこさせたのはもう一枚のリスト。

そこには、射命丸文や紅美鈴などの、ご主人様の相手ほどではないがそれでも強者と呼ばれる人々の名前が書かれていた。どうやら、ご主人様が戦っている間にも私たちが戦えるように、同じ場所にいる人をピックアップしているようだ。

 

「ルーミアは封印状態で、ユズと一緒にこのリストの皆と戦ってもらうわ」

「二対一ってわけ?」

「ええ。でも、してもらうのは殺し合いよ。貴女は封印状態じゃ厳しいんじゃないかしら」

 

確かに、殺し合いで封印状態は厳しいかもしれない。

ご主人様のおかげで、私が任意のタイミングで封印を解けるようになっているので、最近は殺し合いになりそうなときは封印状態を解いて戦っているのだ。封印状態での殺し合いは久しくしていない。

 

「一応私の方からこのリストの皆に一言声はかけてあるから。定晴と戦える…久々の殺し合いができると皆やる気よ」

 

今の幻想郷では、原則として殺し合いは禁じられている。博麗の巫女による、スペルカードルールの抑止があるからだ。

そのため、現在大妖怪と呼ばれている人々も、長い間殺し合いをしていない。人間との殺し合いなんて、それこそ何百年ぶりなんて妖怪もざらにいるだろう。

 

「既に戦いの準備をしている人もいるみたいだから、定晴は覚悟をしておきなさい。勿論、ルーミアたちもね」

 

どうやらしばらくは体を酷使することになりそうだ。ご主人様が頑張りすぎないように気を付けないと…

 

「別に勝つまでやれとか言うつもりはないからね。定晴が戦闘の中で何か見つけられるかなって思ってこのリストを作ってるから。頑張りすぎないこと!!」

 

私が懸念していたことを、先に紫がご主人様に伝えてくれた。ご主人様は当然だと言うばかりに頷いているけど、私たちはご主人様がこういうときに頑張りすぎちゃうことを知ってるんだから。

紫から目くばせで、もしものときはよろしくと伝えられた。私も目くばせで了承の意を返す。

 

「いつから始めてもいいけど、あまり待たせすぎると向こうが痺れを切らして乗り込んでくるわよ」

「了解だ」

 

ご主人様がやる気を出している。その表情キュンッてするからやめて。

私とユズも戦う相手がいることだし、作戦でも立てましょうかね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九章 強者連戦
三百四十九話 模擬戦開始


紫から課された戦闘強化キャンペーン。

俺は手元のリストを見ながら誰に会いに行くかを考える。

 

「ゲームみたいに、段々と相手が手ごわくなっていってほしいよな」

「でもこのリストの人たちは皆強敵よ?四の五の言ってられないんじゃない?」

 

紫から渡されたリストに書かれているのは、軒並み幻想郷の大妖怪たち。霊夢や早苗などの人間の名前もあるが、彼女らはその大妖怪たちと渡り歩いてきた者であり、強者であることには変わらない。

 

「ならやっぱり近場から行くか」

「近場…っていうと、博麗神社?」

 

リストの中でも、一番上に書かれている名前が博麗霊夢。俺の家から最も近い建物である博麗神社に住んでいる巫女であり、妖怪退治のプロフェッショナル。対人戦がどれほどかは知らないが、強者であるのは間違いないだろう。

 

「博麗神社は、そっちは誰が書いてあるんだ?」

「こっちは魔理沙ね。正直どっちもそこまで強さ変わらないと思うんだけど…」

 

どっちも主人公。その強さに違いはあれど、どちらも様々な異変を解決してきたプロ。

確かにルーミアの言う通り、霊夢と魔理沙の強さに違いはないと思う。とはいえ、ルーミアだけではなくユズも共に戦うことになっているので、魔理沙の機嫌を損ねることにはならないだろう。

 

「よし、行くか」

 

近場なので、ささっと準備を終わらせて家を出る。

数分もせずに博麗神社に到着すると、そこには霊夢と魔理沙。それに、萃香と針妙丸もいた。あうんは神社の階段で寝転がっている。暑くないのかね。

 

「来たわね定晴さん。今日ここに来ることは分かってたわ」

「勘か?」

「確信よ」

 

どうやら、俺たちは待ち構えられていたらしい。その証拠に、霊夢も魔理沙もやる気に満ちている。

異変解決の時もここまでやる気を出さない霊夢が、珍しく血気盛んな様子だ。どうしたのだろう。

 

「紫からね、あなたに買ったら高級肉をあげるって言われてるのよ。お肉は食べたいし、少しだけやる気も出ようってもんでしょ」

「なるほど、紫も考えたな」

 

霊夢がやる気を出すことはほぼない。巫女の仕事に関しては欠かさずにしているものの、それはやる気を伴っているのではなく、責任を果たすように行っているものだ。

霊夢をやる気にさせるのであれば金品で釣るしかない。お金でもいいけれど、幻想郷では滅多に手に入らないものを渡す方が霊夢のやる気も出るのだろう。そこを紫は考慮したわけだ。

 

「魔理沙もやる気か?」

「おう!私には魔導書くれるって言ったからな。あのスキマ妖怪の持ってる魔導書なんて、きっとパチュリーだって持ってないぜ」

 

どうやら、紫は霊夢以外にも同じような話を持ち掛けているらしい。もしかしたら、リストに載っている人々のすべてに同じような話をしているのかもしれない。

俺が負ければそれだけ紫の出費が増えることになるので…もしかしたら、紫は俺に大きな期待をしているのかもしれないな。

 

「萃香と針妙丸は観戦か?」

「うん。私は勇儀と一緒に後々戦うことになるけどねー」

 

勇儀と戦うのは俺なので、萃香と戦うのがルーミアたちということになる。勇儀は過去に俺が負けた相手なので、油断できないとして、萃香も中々に凄腕だ。今から楽しみに思う。

 

「さて、ガチな戦いをするならここを離れないとね。私たちはともかく、魔理沙が神社に傷を付けちゃうわ」

「そんな、私がガサツでも言いたいのか?」

「今までの所業を振り返りなさい!」

 

魔理沙の弾幕は濃いうえに、火力も高いので、よく流れ弾で神社が被弾するのだ。そのたびに霊夢は修復をしたり、そのまま放置したりしているのだけど、やはり何度も魔理沙によって神社が破壊されるのを黙ってみるのは耐えられないらしい。

 

「いいとこを知ってるのか?」

「裏山にしましょ。あそこはあまり妖怪も住んでないし。一応三妖精はいるけど、気にしないわ」

「気にしろよ」

 

どうやらサニー・ミルクを始めとした三妖精が裏山の木に住んでいるらしいけど、霊夢はそこも巻き込むつもりらしい。

流石にかわいそうだから、少しだけ離れた森の上空ということにして、俺たちとルーミアたちで離れて飛んでいく。

 

「霊夢は対人戦とかするのか?」

「弾幕ごっこならするけど…でも、一応悪いことをした人間を懲らしめることもたまにあるから、そういうときのために人間用の道具もあるわ」

「うーむ、怖いな」

 

妖怪退治を生業をしている人の人間用の道具ってなんだろう。やはり武器か?アミュレット以外にも武器を隠し持っているのだろうか。

今の霊夢は特に武装を仕込んでいるようには見えないけれど、さて、どうなるか…

 

「ここらへんでいいでしょ」

「まあ…ここならいいか」

 

博麗神社の近くの森の上空。俺の家と博麗神社と人里のちょうど中間くらいの場所。

 

「俺も、本気でいいんだな」

「ええ。殺し合いをお願いされてるからね。私としては殺し合いなんてあまりしたくないんだけど、まあありえない状況じゃないから。それの練習だと思うわ」

 

弾幕ごっこが通用しない相手だって存在する。そういう相手と戦うときのために殺し合いの練習をしようというわけだ。

 

「よしやろう。準備はいいか?」

「ええ、いつでも」

 

霊夢から霊力が迸る。お肉がかかっているとなると、霊夢はここまでやる気になるのか。

 

「行くわよ!」

「さあ来い!」

 


 

「私の相手が二人だって言っても、不足はないぜ!魔導書は私のもんだ!」

「全く…ユズ、油断しちゃだめよ」

「は、はい!」

 

魔理沙は意気揚々と飛んでいて、余裕綽々な様子だ。過去に弾幕ごっこで私に勝ったからと油断しているのだろう。

今の私は封印状態で、そこまで強い攻撃はできないけれど、ユズも一緒にいるのなら心強い。魔界での修練によって、ユズだってしっかりと戦えるようになっているのだ。

これはあくまで模擬戦闘なので、勝ち負けで何かあるというわけではないけれど、やはりここまで余裕そうにしている魔理沙に土を付かせたいというのは思う。ご主人様も戦う手前、無様な姿は見せたくないしね。

 

「合図はそっちのタイミングで大丈夫だぜ?」

「そう?じゃあ早速…」

 

私が闇を展開して魔理沙の視界を奪い、その隙にユズに攻撃を…

その瞬間、前方からとても強い魔力を感じた。

 

「マスタアアアスパアアアアク!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十話 夢想なスパーク

あけましておめでとうございます。年末年始が忙しくて時間が取れませんでした


俺は輝剣を出して、さらに幻空から剣を取り出して、二刀流となる。

霊夢は小手調べのように高密度弾幕を放ってくるが、これは殺し合い。俺は遠慮なく弾幕の悉くを切り刻み、消滅させる。

一発一発が致命傷となるほどの威力を持っているものの、当たらなければどうてことはない。

 

「ふーん?なら…これ!」

 

弾幕を放ちながら、霊夢は何かを投げてきた。

キラリと一瞬だけ光を反射するが、弾幕の中に紛れてしまって、正体が何かは分からない。手で持てる程度のものだが、俺に致命傷を与えられるようなものなのだろうか。

反射光を頼りに剣で弾くと、やっとその正体がわかった。手で持てる程度の大きさの針だ。だが、とても強い霊力が込められており、威力は見た目以上のものとなっているだろう。

 

「なんだこの針?」

「封魔針よ。本来は妖怪に使うものだけど、人間に使ってもいいでしょ」

 

霊夢はそう言って追加で封魔針を投げてくる。そのすべてが俺の首元を狙って飛んできており、殺意はひしひしと伝わってくる。

だが、どこに飛んできているのか分かれば対処するのは容易だ。威力が高いとはいえ、剣で弾くことができるからな。

 

「私がそんな簡単なことするわけないでしょ」

 

霊夢がそう言った途端、俺の上下から弾幕が展開される。いつの間にか移動してきていた陰陽玉が発生源だ。それに、陰陽玉からも針が飛んできた。陰陽玉ってなんでも飛ばせるんだな。

結界を上下に展開して、少しだけ時間稼ぎをしつつ横に移動して弾幕の範囲から抜け出す。弾幕ごっこではないので、回避不可能な弾幕だって飛んでくるのだ。対弾幕で動くときは、さっさと範囲から抜け出してしまうのが最も良い選択となる。

 

「私の弾は追尾付きよ」

「分かってるさ」

 

霊夢が主に使う道具であるお札は、敵に自動的に追尾する機能を兼ね備えている。弾幕の範囲から抜けたとしても、弾は無限に追っかけてくる。

だが、俺と陰陽玉、霊夢の立ち位置を変えたことで、すべての弾が一時的に一方向から飛んでくるようになっている。これならば、まったくもって苦もない。

俺は弾幕に向き直り、片手を弾幕に向けた。

 

「火砲!」

 

素早く唱えた中級魔術でお札を焼き払う。霊力で強化されたお札と言えど、ちゃんとした火力で焼いてあげればきちんと燃える。

 

「ちょっと!貴重なものなのよ!」

「それを使い捨ててるなら一緒だろ!」

「使えそうなのは後で回収するんだから!」

 

おっと、霊夢のがめついところが出たな。このお札、敵に当たらなかったら再利用できるんだ。

 

防戦一方なので、ここらで少し攻勢に転じてみるか。弾幕を処理したのも、攻撃するときに被弾しないようにするためだしな。

 

「落ちろ!」

 

霊夢の真上に雷雲を召喚して、真っすぐ真下に叩き落す。

雷の速度は尋常ではなく、目視では避けることができない速度のはずだけど、霊夢はまるで最初から知っていたかのように横に避けて雷を回避。

更に何個か召喚するが、そのすべてを霊夢は小さい動きで回避してしまった。

 

「その程度?雷を使う大妖怪なんていっぱいいるわよ」

「そうかい」

 

俺は魔術で色々と霊夢に対して攻撃を試みるが、どれも簡単に回避されてしまった。どうやら、一部は勘で回避しているようだ。

やはり遠距離戦において、絶対的な勘があると強いな。絶対に回避できないという状況を作ってからではないと、霊夢に攻撃を当てることはできそうにない。

 

「仕方ない…こっちで行くぞ!」

「最初からそうしなさい!」

 

俺は輝剣を構えて、霊夢に高速で近づく。

勿論霊夢とて容易に接近を許しはしない。弾幕と針に加えて、何やらよく分からないお札をまき散らしている。ホーミングアミュレットとは別物のようで、俺に向かって飛んでくるようなことはないが、霊夢の近くで落ちずに滞空しているのが非常に怪しい。

俺は万全を期するために、それらのお札を燃やしておくことに決めた。

 

「火砲!」

 

俺が放った火はお札を包み込んだが、しかし、火はお札の周りに纏わりつき、お札が焼けている様子はない。

嫌な予感がすると共に、俺は五芒星結界を正面に展開。次の瞬間、俺が放った火砲がそのまま返ってきて結界とぶつかった。

 

「カウンターアミュレットってことか?!」

「私が怪しい動きをしたら魔術を使ってくるだろうことは分かってるのよ。動きが単調だわ」

 

霊夢の煽りを聞きつつ、俺は輝剣を振って魔術をかき消す。どうやら、カウンターアミュレットで返ってきた魔術というのは、俺の制御から外れてしまうらしい。

 

「お札って何種類あるんだ?」

「それを教えてあげる義理はないわね。私の努力の賜物ってことよ」

 

霊夢のことだから、多分努力ではなくて惰性だけど、それは口に出さないでおく。

 

「妖怪相手にしか戦えないわけじゃないってこと、見せてあげるわ」

「やる気のある霊夢、怖いなぁ…」

 


 

「スパアアアアク!」

 

魔理沙の放ったマスタースパークが私めがけて飛んできた。

私は闇を使ってなんとか軌道を逸らしつつ、しかし、完全に逸らすことはできず、私の腕に少しビームが当たった。

 

「ぐう…」

 

殺し合い用の出力であるのか、当たったところから血が出ている。私は妖怪だからまだなんとかなるけど、これを人間が食らえばすぐに腕は使えなくなるだろう。

今の私は妖力の回復が遅い状態となっている。日頃の妖力放出量が少なくて楽ではあるのだけど、こういうときの回復が遅いのが問題だ。私は今、低級から中級くらいの妖怪の力しか持っていない。

 

「ユズ…お願い」

「はい!」

 

ユズが弾幕を展開する。高密度、高威力の殺し合いの弾だ。

魔理沙に回避を強いることができれば、レーザーがピンポイントで直撃することはないだろう。少しでも逸れてくれているのであれば、闇を使って回避することもできる。

ついでに言うと、私の闇はそもそも物質のように扱うものではない。なんせ、完全封印状態のときの私は、自分の周囲に闇を纏うことしかできなかったから。本来の使い方を思い出して、妖力を高める。

 

「うわ、何も見えないぜ!」

 

私は腕に回復をしつつ、闇を広範囲に展開する。私の闇は何も見えない、一寸先どころか零距離の闇だ。この状態で弾幕を避けるなんてできるはずがない。

前は自分を中心に展開することしかできなかったけど、今の封印状態であれば魔理沙を中心に展開することができる。今の封印が、あくまで妖力暴走を封印しているに過ぎないからこそだろう。

 

「ぐえ、いてっ、おい!」

「これで完封できるかな…」

 

私の呟きは、レーザーによる返答で打ち砕かれた。

どうやら、方向など決めず適当にレーザーを撃ったらしく、私たちには掠りもしない。

 

「ふざけんじゃねえ!こんなのを弾幕勝負とは言わないぜ!」

「これは殺し合い。弾幕ごっことは違う」

「なめるな!」

 

更にレーザーを撃ちまくる魔理沙。闇雲に撃っているせいで、たまに直撃しそうになる。

私たちはチームだから同士討ちをしないように気を付けなければいけないけれど、魔理沙は一人で戦っている。周囲のことなどお構いなしに攻撃することができるのだ。

 

「この!」

 

レーザーに続き、闇の中から何かが飛んできた。それは数冊の紙きれ。

 

「ユズ!」

「うわぁ!」

 

一見するとただの紙切れだが、そんなものを投げてくるような魔理沙ではない。どんなことが起きても対応できるようにユズに声をかける。

だが、ユズが反応するよりも先に、紙切れは煙のようなものを放出する。

毒…ではない。ただの煙のようだけど…

 

「これで条件は同じだぜ!」

 

私が闇で魔理沙の視界を奪っていると同時に、私たちは煙で視界を奪われてしまったのだ。

こちらは同士討ちに気を付けなければいけない分、こうなると不利なのは圧倒的にこちらである。式神同士なのである程度方向はわかるものの、流れ弾などが飛んでくる可能性もあるので安全とはいえない。

 

「さあ、勝負はここからだぜ」

 

魔理沙がいる方向からレーザーが飛んでくる。

魔理沙の姿を目視できなくなった影響で、魔理沙の視界を奪っていた闇はなくなっている。早くこの状況を脱しなければどこかでレーザーに被弾することとなる。

 

「さらにもう一発、マスタースパーク!スパアアク!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十一話 マスターで弾幕の封印

「せいっ!やっ!」

 

霊夢からの飛び道具が止まらない。どれだけ回避しても陰陽玉がついてくるせいで、中々攻めることができないのだ。

ただし、俺はそれらの飛び道具を完全に落としているので、被弾回数は数えられる程度だし、どれも文字通り掠り傷だ。このままでは、決着がつかない。

 

「仕方ない…」

 

俺の技には、霊夢の飛び道具をかき消すことができるほど高威力のものがないのだ。どれもテクニックじみた使い方をするものばかりで、力業でどうにかできるようなものではないのである。

というわけで、俺ではない人の力を借りるとしよう。

 

「マスタースパーク!」

「うわっ!」

 

魔理沙ならばミニ八卦炉を使わなければいけないところを、俺は素手で発動する。

この使い方のいいところは、奇襲に向いていること。そもそも、魔理沙のマスタースパークは、弾幕ごっこの中で使うときはスペルカードの宣言もあるので溜めが存在するが、実際にはノータイムで撃つことができるのだ。

 

「もういっちょ!」

「人の技を盗むなんて悪いことだと思わないわけ!?」

「それに関しては、思わないな」

 

例え敵の技であっても、それが有用であると感じれば自分でも出来ないのか試行錯誤をする。そうすることで、戦いのテクニックなどが身につくのだ。

技に込められた意味やプライドなどもあろうが…戦いの中では、そういったことは気にしていられないのである。

 

「それに、この技は幽香も使えるしな」

「貴方のものとは違うんじゃないの?」

 

別に俺はこの技の原理を理解してから使っているわけじゃないからな。俺の能力のうちの一つである『模倣』の中に記録されているマスタースパークを呼び出しているだけだからな。

言うなれば、ただのショートカットなのだ。だからこそ、『模倣』に記録できる上限数を超える分は設定できないし、記録している技を変えれば元々記録していた技は使えなくなる。

もしこの技を自力で出すことができるようになれば、模倣ではなく正真正銘自分の技として使えるんだけどな。

 

「まあ細かいことは気にするな」

 

そう言いながらマスタースパークを撃つ俺。この技、思いのほか魔力消費が少ないんだよなぁ。

 

「この!」

 

霊夢はお札をばら撒く。あれは…カウンターアミュレットか!

俺のマスタースパークをそのまま反射してきたカウンターアミュレットは、一撃を反射するごとに一枚ずつ焼け焦げて消えていく。

うーむ…俺のマスタースパークは現在の俺の魔力を消費しているが、霊夢のお札は現在の霊夢の霊力を使っているわけではない。あと何枚あれがあるのか分からないが、この状態が続くのであればじり貧になるのはこちらだ。

どうやらお札は霊力や魔力に反応して、それを反射しているらしい。ならば、霊力も魔力も乗せない攻撃であれば反射されないってわけだ。

 

「やっぱり最後はこれか」

 

俺は輝剣を取り出して構える。霊夢がどれだけ近接戦闘ができるのか分からないものの、身体強化と剣技で押し切る!

 

「舐めないで!」

 

俺がカウンターアミュレットを切り裂き、霊夢が投げた道具類を弾いて肉薄する。輝剣を振るが、霊夢はそれを回避し、さらに手に持っている大幣を振ってきた。

まさか霊夢が物理攻撃をしてくるとは思わなかったので、そのまま大幣は俺の体にヒットする。

 

「ぐっ…」

「うぅ、筋力が…」

 

だが、思ったよりも衝撃は大きくない。身体強化をしているのもあるが、霊夢自身の力が弱いのだ。どうやら近接戦闘をするための筋力というのは身に着けていなかったらしい。

俺はそのまま何度か剣を振る。だが、攻撃が霊夢に当たらない。

 

「離れなさい!」

 

上下から、霊夢を巻き込まない形で陰陽玉が攻撃をしてきた。

ここで距離を置かれると、攻めるのが面倒になる。ここで勝負をつけたい。

 

「どっちが先に落ちるか勝負だ」

「新参のくせに生意気言わないでよ!」

 

俺は陰陽玉の攻撃を遮るように結界を張る。この結界が壊れれば、陰陽玉の攻撃は俺に通ってしまうだろう。その前に、霊夢に俺の攻撃を当てなければいけない。

霊夢は大幣での攻撃をやめて、近距離での弾幕展開に切り替えた。だが、この距離であれば弾幕を張られないように剣を振り続けることくらいできる。

 

「くっ…うっ…」

 

ひたすら俺の攻撃を避け続けるだが、段々と動きに疲れが見えてきた。

だが、俺の結界もそろそろ破壊されそうだ。どっちが先か…

 

「私だってプライドがあるのよ!」

 

一瞬の隙をついて、霊夢が弾幕を展開。距離が近すぎて全弾俺にヒットしてしまう。

気絶しそうになるものの、なんとか耐えて、輝剣を一撃。その攻撃も霊夢に避けられてしまい、結界はもう破壊寸前。

 

「霊夢、悪い!」

「きゃあっ!」

 

俺は、一か八かで霊夢の腹を蹴り飛ばした。

少女の腹を蹴り飛ばすのは、流石の俺でも少しばかり心苦しいものだが、これは殺し合い。なんでもありだ。

身体強化で衝撃が強まっている俺の蹴りは、確実に霊夢の腹に刺さり、霊夢を眼下の森に吹き飛ばした。

 

「ぐわっ」

 

その瞬間、結界が破壊されてしまい、陰陽玉の攻撃が俺の体を襲う。

一撃当たるごとに血が出て、墜落しそうになるが、十発ほど攻撃を受けたところで、陰陽玉の攻撃が止まった。見ると、陰陽玉からみるみる光が失われ、そして、森の中へと落ちていった。

つまり、術者の霊夢に陰陽玉を維持することができなかったことを意味する。

 

「はぁ…はぁ…」

 

俺は体に再生をかけながら、霊夢に勝利したことを実感した。それと同時に、俺の視界はブラックアウトするのだった。

 


 

「スパークスパークスパーク!」

 

視界が悪い中、魔理沙のマスタースパークが至る所から飛んでくる。

最初は魔理沙から飛んできていたはずのレーザーは、いつの間にか色んな方向から飛んでくるようになったのだ。そういえば、魔理沙は間接的に攻撃することができる道具を持っていたような…

 

「きゃあっ」

「ユズ、防御に専念!」

 

既に何発か被弾してしまい、服が若干解れているユズ。ご主人様に作ってもらって、本気の戦いでもそう簡単に破れたりしない服になっているものの、やはり魔理沙の本気レーザーには耐えられないようだ。

かくいう私も若干被弾してしまって、所々血が出ている。

 

「どこに…」

 

魔理沙の姿が見えないものの、ユズに被弾しないように全方位に撃てば当たるはずだ。

私は殺傷性をマシマシにした弾幕を、ユズに被弾しないように展開する。ユズの向こう側にいると魔理沙に当たらないので、移動しながら全方位に。

だが、どれだけ撃ってもマスタースパークが止まらない。魔理沙の状態と魔道具の動作は別なのだろうか。魔力を予め込めておいて、中に魔力が残っている限りは動作し続けるとか…

 

「ぐっ…」

 

私の弾幕を搔き消しながら飛んできたマスタースパークに脇腹を撃ち抜かれる。私の初めての直撃であり、服が破れてしまった。これ大切なものなのよ!

 

「魔理沙!どこよ!」

 

魔理沙の声がいつの間にか消えていて、どこにいるのかがわからない。多分、私が弾幕を展開したことに気が付いて、声を抑えているのだろう。

弾幕勝負であればスペルカードは宣言する必要があるが、この殺し合いであれば態々技名を宣言する必要はないのだ。

 

「……」

 

ひたすら弾幕を展開し、レーザーが飛んできた方向にも展開するが、やはり攻撃が当たっている感じはしない。

 

「いったいどこに…」

 

そう呟いた瞬間、頭上から超巨大な魔力を感じる。これは…防御できない!

 

「ユズ!」

 

ユズに声をかけて横に急いで移動するが、いつまで経っても範囲から出られない。そして…

 

「ファイナルスパアアアアアアク!」

 


 

戦闘を終えた魔理沙とルーミアたちが帰ってきた。魔理沙の表情を見るに、どうやら戦いは魔理沙が勝利したようだ。

 

「二人とも、お疲れ」

「全然当たらなかった…」

 

二人の服はボロボロで、魔理沙の服はあまり乱れていない。どうやら、勝負は結構圧勝気味だったようだ。

 

「式神風情が私に勝とうなんて十年早いぜ。あれ、霊夢、負けたのか」

「近接戦闘は苦手なのよ…」

 

ルーミアたちにマウントを取っていた魔理沙は、霊夢が負けたことを知ると霊夢にターゲットを変更した。

魔理沙が霊夢を煽っているうちに、二人と会話する。

 

「どうだった、二人とも」

「小道具を色々使う相手に対して、警戒度が上がったわ」

 

どうやら、ただの霧だと思っていたものが、キノコの胞子を利用した混乱剤だったらしく、それのせいで攻撃を回避できなくて落ちたらしい。

 

「それに服も…」

「それはあとで修繕してやるよ」

「お願い」

 

なんか、勝負に負けたことよりも服が破れたことに落ち込んでいるように見える。別にいくらでも作ってやるのに…

 

「よしっ、定晴もいつかやろうぜ」

「ああ、今度な」

 

霊夢以上に魔理沙のほうが近接戦闘でなんとかなりそうだ。まあゼロ距離マスパを注意しないといけないが…

ルーミアとユズは対策を考えているし、どうやら実りのある経験になったようである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十二話 ケロちゃん弾幕御神渡り

霊夢との対戦から数日、次の相手を求めて守矢神社までやってきた。

そして要件を伝えると、早苗は怒り始めたのだ。

 

「…そのリスト、私の名前が入ってないの納得できません!」

「うーん、紫基準だからなぁ…」

 

そう。このリストの中に早苗の名前はないのだ。このリストに書かれているのは諏訪子と神奈子の二柱。俺の相手が諏訪子で、ルーミアたちの相手が神奈子だ。

信仰している神様が入っているのは問題ないとして、霊夢が入っているリストに自分が載らなかったことには憤慨らしい。

 

「紫さーん!見てますかー!私戦えますよー!」

 

返事はない。多分見てない。

早苗とて、今まで数多の異変を解決してきたプロフェッショナルであり、その実力は霊夢と比べても申し分ないだけのものはある。

だが、紫が妙な規則で、一か所につき二人までしか候補に挙げていないので、神様二柱が選ばれた時点で早苗の枠は存在しないのだ。まだ早苗とガチの戦いをしたことがなかったので、いつかはしてみたいが…まあ、戦うことに関しては今だけではないし、また後日戦えばいいだろう。

 

「まあまあ早苗。私たちの応援をしてよ」

「そうだぞ。私たちは信仰が力になるからね。応援してくれれば戦えるってわけだ」

「…わかりました。定晴さん、どこかで相手をしてくださいね!」

 

諏訪子と神奈子に続いて空に飛び出す。

戦う場所は妖怪の山上空の、守矢神社の近く。神様と戦うというのに、その聖地のすぐ近くで戦うというのはこちら側のアウェーがすごいが…まあいいだろう。

 

「それにしても、観客が多いな」

「大々的に宣伝したわけじゃないんだけど…どうも言伝で広まったみたいなんだよねぇ」

 

俺の言葉に諏訪子が唸りながら言う。

俺たちの眼下には、暇そうな天狗や河童を始めとした多種多様な妖怪がこちらを見ている。それに、警備をする天狗たちも。

ここで戦うとなったとき、最初は別の場所に移動する予定だった。しかし、諏訪子が大天狗に許可をもらい、警備の天狗がいるという条件であればここでやっていいことになったのだ。

 

「ぶっちゃけさ、警備の天狗で私たちの色々を防げると思う?」

 

諏訪子がこそこそ話しかけてきた。

諏訪子がどれだけの実力者なのかは不明だけれども、幻想郷に来たばかりの俺でもある程度逃げ切れるような相手だ。正直なところ…

 

「流れ弾でも致命傷になるかもな」

「だよねぇ…まあ私のはあまり流れ弾とかないと思うけど、危ないよねぇ」

 

大天狗に直談判したのは諏訪子だ。やはり本気の殺し合いをするなら万全な場所でやりたいと。

その時に、警備天狗を置くことを絶対条件にしたのだ。その時も、警備天狗じゃ流れ弾で危ないと諏訪子は訴えたらしいのだけど、それが飲めないなら別に場所に行けと言われたらしく、渋々こうして警備天狗に見守られながらとなったわけだ。

 

「まあ俺たちだってあいつらを狙うわけじゃないし、死ぬことはないだろ」

「それはそうかもしれないけど…一応こっちは彼らに信仰をもらってるわけでさ、信徒に被害がある可能性があると…やっぱちょっと気になるよね」

 

現在の守矢神社の信徒の中心は妖怪だ。人里で布教活動をしていて、その影響で人間の中にも信徒はいるものの、やはり妖怪の山という立地の関係上信徒は妖怪なのだ。

神様として、信徒にけが人が出るのは許せないのだろう。

 

「腕が飛ぶくらいなら俺の再生でなんとかなるから安心しろ」

「う、うん……妖怪なら腕一本くらいは治るけど、定晴のそれは人間じゃないからね」

「気にすんな」

 

腕が飛ぶのを治せるくらいの力がないと、外の世界で人外相手に戦えない。

 

「まあ責任はあっちだろうからいっか。もし何かあったら私が力を発揮して信仰を増やせばいいだけだもんね」

「強いな」

 

先日の妖怪の山崩落の修繕活動により、以前よりも信仰が増したという諏訪子。信仰を増やすことに関しては余念がない。

さて、そろそろ始めるかと輝剣を取り出すと、諏訪子がこちらに質問してきた。

 

「スペルカードとかないんだよね」

「ああ」

「なんでもしていいんだよね?」

「ああ」

 

諏訪子が色々と確認してくる。霊夢と違って、諏訪子はあまり企画の詳細を聞いていないのだろう。もしかしたら、リストに載っているほとんどが知らないのかもしれない。

紫はそういうところ適当だからな。

 

「よし…じゃあ開始の合図は定晴がしていいよ」

「いいのか?」

「うん。ハンデだよ」

 

諏訪子は戦いの神ではない。その能力も戦闘に直接使えるものではなく、戦いという行為自体得意分野なのか疑わしい。

だというのにこの自信はなんなのだろうか。俺が知らない何かを仕込んでいるのだろうか。紫が説明しに来てから戦うまでに時間はあったから色々と準備はできるだろうけど…そこまで大層なことはできないはずだ。

 

「じゃあいくぞ」

「うん」

「…開始!」

 

前回の反省点を踏まえて、身体強化と風を使い輝剣で一気に距離を詰める。弾幕ごっこではなく本気の殺し合いなのだから、何をしてもいいのだ。

 

「とりゃっ!」

 

だが、輝剣は諏訪子に受け止められた。正確には諏訪子の持っている鉄の輪っかに。

 

「なんだそりゃ」

「私の持ち武器だよ!そしてこれもあげる!」

 

諏訪子がそういった瞬間、体が重くなる。思考はぼやけるし、視点も…浄化!

 

「呪いは効かん!」

「効くまで続けるだけ!」

 

諏訪子が輪っかを投げて俺と距離を投げる。どうやらブーメランのように勝手に諏訪子のところまで戻るようになっているらしい。輪っか自体が鋭い凶器のようになっていて、飛んでいるものを掴もうとすれば手は切断されることになるだろう。

 

「戦闘の神じゃないのにそんなのあるんだな!」

「鉄、昔は圧倒的だったんだけどなぁ」

 

思ったよりも厄介な相手になりそうだ。




今後は一か所につきどちらかの視点で一戦という形をとります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十三話 ミシャグジさまの弾幕の御威光

諏訪子の鉄の輪っか…鉄輪はただの鉄である割にやたらと頑丈だ。身体強化を乗せた輝剣で叩いても一切変形する様子を見せない。

もしかしたら神力で保護されているのかもしれない。神力ってそのまま神の力ということだけど、結構応用が利くのだ。自分を強化することも物体を強化することもできるし、神力を通じて魔術のようなこともできる。

 

「まずはその鉄輪をどうにかしないとな」

「残念だけどそうはいかないよ!」

 

諏訪子から弾幕が放たれる。それと同時に俺の体に負荷がかかる。弾幕展開と呪い付与を同時にしたようだ。

俺の浄化は常に発動し続けているので、すぐに呪いは解除されるものの、流石は神様というべきか付与された瞬間は俺の浄化を貫通して呪われてしまうのだ。

殺し合いにおいて、一瞬の停滞は致命的である。

 

「隙あり!」

「うおっ」

 

今の俺の動きは隙だらけである。

鉄輪の攻撃力が、見た目よりも高くないことと、諏訪子自身の武器の扱いがそこまで上手ではないことでなんとかなっているが、これで相手が妖夢とかだったらすぐに斬られているだろう。

諏訪子から呪いが不定期に飛んでくるので、そちらに浄化をしなければいけないせいで、霊夢と戦ったときよりも霊力消費が激しい。常に使っている浄化能力であれど、決して霊力消費がないわけではないのだ。

 

「私に攻撃するなんて、祟られろ~」

 

一際重い呪いが降りかかる。浄化を全力にすることでなんとか脱するが、その時にはすでに鉄輪は首元に…

 

「ぐっ」

「むぅ、定晴って固いねぇ」

 

身体強化のおかげだよ。

だが、諏訪子はそう言っているが、実際のところ首元には血が垂れている。身体強化しているとはいえ、完全に防ぐことはできなかった。

 

「もっと祟れ~!」

 

重い呪いを全力浄化、そして一撃を受ける。反撃はしているものの、こちらが受けている以上のダメージを与えることはできていない。

戦っているうちに諏訪子の呪いがどんどん強くなっているように感じる。もしかして、俺が与えたダメージの分だけ呪いは強くなっていくのだろうか。呪いというと、やはり仕返しだとか呪怨というイメージがあるし、ダメージに比例して呪いが強くなるとかありそうだ。

 

「祟り神と戦うことがこんなにやりづらいとは思わなかったよ」

「でしょでしょー。私だってやるときはやるんだから」

 

鉄輪をブンブン回しながらそう言う諏訪子。いつも何をやってるのか知らないが、神様らしい力ということだろうか。

 

「ミシャグジ様って知ってる?」

「祟り神か?」

「そ!祟りだよ~怖いんだよ~」

 

なぜか子供だましなお化け屋敷みたいな話し方をする諏訪子。ミシャグジ様という名前を聞いたことはないけれど、諏訪子の祟りの大本…なのだろうか。

それを知ったところで何か改善できるわけではないけれど…

 

「ミシャグジ様はね、穢れを許さないんだよ」

「穢れ?」

 

月の民が常に警戒している穢れ、だろうか。あちらは穢れがあるせいで寿命ができると、穢れのない月の裏まで行った人々ではあるが…

 

「穢れた者が触れたら、ミシャグジ様は末代まで祟るんだ。やられたらやり返すんだね~」

「何が言いたいんだ?」

 

穢れが何かは教えてくれないらしい。月だと…地上は穢れだらけだからダメって言ってて、何が穢れなのかを教えてもらったことはないな。次に依姫たちに会ったときに聞いてみるか。

 

「んー、祟り神を恐怖してくれたらもっと強くなれるなって」

「俺が神を怖がると?」

「まあそうだよねー」

 

神様の中でも、神格が馬鹿みたいに高いミキがいるからな。今更、神の力を恐れることはない。神の力でも無効化できるからな。

ちなみに、なんで諏訪子の呪いの力を無効化しないのかと言うと、呪う力を無効化したところで諏訪子の動きを止めるわけではないので、俺が硬直したときに鉄輪が襲い掛かるからだ。

 

「まあでも少しずつ強くなってるし、このまま呪い殺してやる!」

 

またも思い呪い。

一応動きながら浄化できるので、致命傷を受けることはないものの、霊力消費が激しくてじり貧だ。このままでは、本当に呪い殺されてしまう。

諏訪子が受けたダメージに比例して呪いが強くなるというのであれば…やはり、一撃で諏訪子を堕とすしかないだろう。

様子を見ていても現状は変わらないので、俺は力を強めて次の一撃を準備する。

 

「うわ、すごい霊力と魔力!早苗よりも多くない?」

「さあな」

 

俺が力を練っている間も呪いと鉄輪は飛んでくるので、そちらの対処をしないといけないものの、弾幕がないので最後まで練ることができる。

身体強化に風のバックアップ、そして、輝剣を使った全力の一撃を諏訪子に向ける。

 

「はぁっ!」

「うわわっ」

 

輝剣の一撃は鉄輪に止められる。本当にそれ鉄か?

しかしながら、俺の一撃は輝剣だけではない。なんのための魔力と言うのだろうか。

 

「ブラスト!」

 

ゼロ距離の魔術。射程は短いものの、込めた魔力に比例して威力が上がる高火力シンプルな魔法。

俺が今持っている魔力をすべて込めたので、威力も相当なものになっているはずだ。その代わり、俺の中にはもう滞空するだけの力しか残っていないけどな。

 

「う…あ…」

 

諏訪子がふらついてゆっくりと高度を下げていく。よし、これで…

 

「まだまだぁ!」

「なっ」

 

あれを受けて気絶しないのか。大妖怪でも気絶するだけの威力が…

 

「やったなぁ、祟りをー!」

 

今までで一番重い呪いが俺を襲い、浄化をするだけの力が残っていn

 


 

気が付いたら、守矢神社に戻ってきてた。そして、なぜか早苗の顔が目の前にある。

 

「あ、おはようございます。大丈夫ですか?」

「ああ、もういい…んん?」

「もうちょっと寝ててください。お疲れでしょう?」

 

俺が起き上がろうとしたら体を押さえつけられる。段々と目が冴えてきて、もしかしてこれって俺は膝枕を…

 

「こらっ!何いちゃついてんのよ!」

「いちゃついて見えますー?いやー、困っちゃいますねー」

「ほら、定晴、起きて!」

「だめですよ。定晴さんはお疲れなんですから休ませないと」

「ルーミアさん、落ち着いて…」

 

首を動かすと、ルーミアとユズが飛んできていた。二人ともボロボロだが、神奈子はまだ余裕そう。どうやら、二人も神様に負けたらしい。

 

「いいじゃないですか。ルーミアさんだって家でいちゃついてるんですよね?」

「そんなわけないじゃない!」

 

二人が言い争いを始めた隙に起き上がる。そんな言い争いしているところで寝てられない。

俺が起きたことにも気付かず、言い争いを続ける二人。一体なにでそんなに争うことがあるのか。俺はそんな二人を後目に、神様の二柱に話しかけた。

 

「ありがとな二人とも。どっちも勝てなかったみたいだが…」

「まあ、こっちも神様やってるからね。正直、定晴なら諏訪子に勝てると思ったんだけど…」

「大妖怪でも気絶するような一撃に耐えられたからな。無理だった」

 

やはり大妖怪よりも神様のほうが強いということだろうか。耐久力という点においても、大妖怪よりも強いみたいだし、実はもっと後回しにすべき二人だった可能性があるな。

そう思っていたら、諏訪子が懐から一枚の紙を取り出した。

 

「じゃーん」

「ん?なんだそれ」

「魔理沙から買った対魔術の紙だよ。ちょっと値段が張ったけど、それだけの効果はあったね!」

 

魔理沙の、対魔術紙…?

 

「まさか、俺の一撃を耐えたのは…」

「私があんなのに耐えられるわけないじゃん。やっぱり本気で戦うなら事前準備からだよ」

 

つまり俺は、諏訪子に負けたと共に…魔理沙にも負けたのか。

 

「くそっ」

「あははー」

 

飄々とした笑みを浮かべる諏訪子を見ながら、俺は次はもっと万全に準備をしようと誓った。




早苗「ルーミアさんのせいで私の膝枕が!」
ルーミア「せめて告白してからアピールしなさい!」
早苗「あう…」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十四話 ドタキャン

今日の戦いの場は紅魔館。俺の相手がフランで、ルーミアたちの相手がレミリアだ。

主であるレミリアがルーミアたちの相手をするのは不思議な感じだが、フランのほうが殺し合い向きな能力を持っているので、こういうことになったのだろう。

そもそも、ルーミアたちはキュッとされたらどうしようもない。無効化を使わないと戦えないのだ。

 

「いらっしゃいませ、定晴様」

「よう咲夜」

 

出迎えはいつもの通り咲夜。ここからレミリアのところまで行くのがいつもの流れである。

美鈴?寝てたよ。

 

「…定晴様、最近紅魔館に来てくださいませんよね」

「いやー、色々と忙しくてな」

 

特にここ数か月はあまり休む暇もなくて、時間が取れなかったのだ。ずっと来ないでいるとフランが拗ねて突撃してくるので、一応たまには来ていたのだけど、以前に比べたら頻度が減っているのだ明白だ。

俺の無効化が幻想郷に影響を与えているって聞いてから、随分と忙しくなったものだ。

 

「私、定晴様に料理を教えてほしいのですけれど」

「あー、フランが疲れて寝たらな」

 

妙に拗ねたような口調で言う咲夜。

紅魔館に来るときは、基本的にフランの相手をするために来ているので、咲夜たちと関わる回数は少ないのだ。

フランが疲れ切るというのは中々ないのだけど、まあそれを期待するしかあるまい。

咲夜と雑談しながら歩けば、すぐに応接間の部屋の前に来た。応接間と言っても、謁見の間みたいな構造なんだがな。

 

「お嬢様、お三方を連れて参りました」

「入って頂戴」

 

レミリアの声で中に入ると、そこにはレミリアと…あれ、レミリアだけ?

 

「レミリア、フランはどうした?」

「…うーん」

 

俺が訊くと、レミリアは悩むような表情を見せた。

しばらく頭を抱えたあと、レミリアは口を開いた。

 

「今日の貴方の相手は私よ、定晴。式神の子たちは咲夜が相手をするわ」

「それはいいが…フランはどうしたんだ?」

 

突然の相手変更。体調不良だろうか。必ずしも今日である必要があるわけではないので、別日に変更したほうがいいなら変えるのだけど…

 

「その…フランがあなたと戦いたくないって」

「はい?」

 

あの戦い大好きなじゃじゃ馬吸血鬼が、戦いたくないだと?

 

「いえ、その、殺し合いはできないって言ってて」

「フランって殺し合い初めて?そんなわけないだろ。フランの部屋に絶妙に死の気配感じたぞ」

 

フランの部屋に行ったことはあるが、一見きれいな室内であっても死の気配は残っていた。言語化は難しいのだけど、過去に誰かが死んだことがあると分かるのである。

実際、フランは狂気に陥っている状態だと人を殺すのも厭わないような性格に豹変しているはずだ。まあ素のフランはいい子なので、狂気がない状態で戦いたくないというのであればまあ分からないこともないのだけど…

 

「そのー…貴方とは殺し合いできないって」

「どういうことだ?」

「あー、分かった。定晴、戦いを始めるのだー」

 

なぜかルーミアが理解を示して戦いを促してくる。何その理解力。

 

「そういうわけなので、僭越ながら私も参戦させていただきます」

 

咲夜が恭しくお辞儀をする。咲夜は時間を操ることができて、まともに殺し合いをすると確実に負けるような相手だが…

 

「ルーミアたち、頑張れよ」

 

きっと二人なら頑張ってくれるはずだ。勝てるかどうかは分からないが、まあ主である俺は勝ちを信じよう。

 

「定晴、私たちは紅魔館の上空で戦うわ。咲夜は庭ね」

「了解」

 

実は、現在時刻は夜の九時。レミリアたち吸血鬼が存分に戦うのであれば、昼間ではなくこの時間のほうがいいだろうと時間を変えたのだ。

若干ユズが眠そうにしていたが、戦いの前の緊張感で今では意識もはっきりとしている。この戦いが終わったらゆっくり休ませないとな。

 

「ふふ、本気の戦いは久しぶりだから楽しみね」

 


 

紅魔館の外で魔力やら妖力やらが高まってぶつかりあっているのを感じる。どうやら前から言われていた『殺し合い』が始まったらしい。

 

「フラン、本当に行かなくてよかったの?」

「ううぅ…」

 

いつも通り大図書館で本を読みながら、すぐ近くで丸くなっているフランを見る。

『殺し合い』の話を賢者から受けたときは、定晴と一緒に遊べるってワクワクしていたそうなのだけど…昨日になって、定晴と殺し合いなんてできないと言い出したのだ。

 

「お兄様のこと攻撃するって考えたら、苦しくなって…」

 

一昨日まで色々とイメージトレーニングをしていたらしい。その途中で、好きな相手を殺しにかかるのは無理だとなってしまったらしい。

私たちからすると、フランは何がなんでも遊ぶし、人殺しも厭わないような性格だと思っていたんだけど…いつの間にか、フランはすっかり乙女な女の子になっていたらしい。恋は女の子を成長させるって何かの小説で読んだけれど…実例が近くにあると参考資料としてちょうどいいわね。

 

「せめて、戦いを見に行ったりしないの?」

「お姉さまがボロボロになってるのも、お兄様がボロボロになってるのも見たくないもの…」

 

異性として定晴のことを好いているフランは、レミィのことだってとても好きなのだ。そんな二人が殺し合いをしていて、どちらかは負けてしまう以上、フランにとっては苦しい光景が待っている。そう考えれば確かに見に行きたくなくなるか。

ちなみに、私は紅魔館の外に置いておいた映像魔方陣を通して今もリアルタイムで戦いをチェックしている。幻想郷の強者同士の殺し合いなんて今の幻想郷じゃそうそう見れないので、参考資料として録画しておくのはとても重要なのだ。

 

「…おすすめの本があるんだけど、読む?」

「読む…」

 

とはいえずっとここで丸まっていても仕方ないし、折角だから本を読ませよう。小悪魔に持ってこさせた恋愛小説だ。

読書家としてこういうのも読んだことがあるけれど、恋をしたことがない私とりもフランのほうが楽しめるだろう。ついでに、途中で告白の描写もあるのでフランも一歩踏み出せるように…

フランが本を読み始めたのを後目に、戦いの映像に視線を戻す。それにしても…レミィ、運動不足じゃない?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十五話 ルナ弾幕ダイアル

「急遽相手をすることになったわけですが…お嬢様から何も制限は受けていないので、全力でいかせていただきます」

「よ、よろしくお願いします」

 

美人だけど、なんだか怖そうなメイドさんですね。

この紅魔館という館のメイド長らしいのですが、私の知ってるメイドってそんなに戦闘力高いものじゃないんですけど…

 

「うーん、どうすれば…」

 

でもルーミアさんはとても悩んでいますし、警戒しています。レミリアさんの代わりではありますが、こうして候補に挙がってくるのですから、きっとお強い方なのでしょう。

先日の神様たちを相手にした戦いでは、私たちはどちらも敗北してしまっています。絶対に勝てる相手ではなく、どちらかと言えば負ける可能性のほうが高い相手との戦いだとルーミアさんは前に言っていましたが…やはり練習とはいえ、戦うのであれば勝ちたいです。

 

「ルーミアさん、どういう作戦で行きますか?」

 

私はこっそりとルーミアさんに耳打ちをして、作戦会議を試みます。しかし、ルーミアさんから返ってきた答えはとても苦しいものでした。

 

「作戦なんて考えても無駄よ。どちらかと言えば、これは臨機応変に戦えるのかを訓練する場だわ」

「どういうことですか?」

「あいつの能力は時を操るものよ。気が付いたら後ろにいるなんてザラだし…」

 

時を…操る…?

 

「作戦会議は終わりですか?」

「作戦は…無駄…」

「ふふ、では行きますね」

 

開戦の合図、それと同時に…

 

「ふえぇっ!?」

 

目の前にナイフの壁!

 

「このっ」

 

私は驚きすぎて何もできませんでしたが、ルーミアさんが咄嗟に壁を作ってくれました。

しかし、今のルーミアさんは封印されている状態。壁は堅牢と言えるほどのものではなく、何本ものナイフが壁を破って私たちに襲い掛かります。

なんとか私が壁を補強して立て直しますが…

 

「後ろ!」

 

ルーミアさんの声で振り向くと、そこには同じくナイフの壁。

ルーミアさんはもうこれ以上壁を展開できませんし、私には結界を張るほどの力はありません。どうにかして回避できないと、これだけで落ちてしまいます。

 

「うぐうっ…」

 

ですが、私にはそこまで色々できるほどの技量はありません。ナイフを何本も受けて、腕は血だらけ。ふらついて、今にも落ちてしまいそう。

 

「ふふ、まだまだ序の口ですよ。大丈夫ですか?」

「咲夜、あなた意外とそういう趣味だったりするわけ?」

「そ、それは心外です!殺し合いでいいと言うから、私だってこうして…」

 

ルーミアさんの言葉に焦る咲夜さん。

ただ、そうして感情を出す余裕があるほどに咲夜さんは余裕。私は血だらけだけど、ルーミアさんも軽くはない傷を既に負っています。時を操る能力とはここまで強いものなんですね…

 

「まったく…回復する時間をあげましょうか?」

「結構よ。ちょっとびっくりしただけなんだから」

 

私たちは妖怪。少し時間があれば、すぐに回復することができます。

しかし、それではいけません。これは殺し合いであり、回復する余裕なんてないような戦いを再現しなければいけないんですから。

でも、私はもう寝たいです。

 

「そちらの子がもうフラフラですわよ」

「ユズ、大丈夫?」

「大丈夫じゃ、ないです」

 

頑張って回復しようとしてみますが、私は大妖怪というわけではないので、妖力もそこまで多くはありません。回復に回せば回すほど、あとの戦闘で使える妖力がなくなっていきます。

 

「無理しないでいいわよ」

「うーん…」

 

実のところ、既に浮くことがギリギリの状態。このまま戦えば本当に死んでしまうかもしれません。

私の状態を見た咲夜さんが思案するような表情を浮かべました。

 

「無理をさせるわけにはいきませんね。では…」

 

次の瞬間、私たちの周囲、全方位にナイフが…

 

「ちょっと聞いてないわ!」

「きゅぅ…」

 


 

「はっ」

 

目が覚めたら、周囲には本棚。

なぜか、私は図書館で眠っていたようです。

 

「あら起きた?妖力量の割に意外と早かったわね」

「あなた、は…」

 

傍には紫色の服を着ている人間…人間?魔力を持っているから、魔理沙さんと同じ魔法使いかな。

 

「私はパチュリー・ノーレッジ。傷が深かったから私の魔法を使っておいたの」

 

私が眠っていたところをよく見ると、私を中心に魔方陣が形成されていて、私に妖力を送っていたらしい。

妖力が回復したおかげで、私の傷の治りが早かったのでしょう。

 

「咲夜、久しぶりではっちゃけちゃったみたい」

「その、ルーミア、さん、は」

「別のところで寝てるから大丈夫よ。あっちは妖力が多かったから魔法は使ってないけど。あと、無理に喋らなくていいわよ。喋るのが苦手なのは私も同じだから」

 

喋るのが苦手というわけではないんですけど…ですが、喋らなくていいのは気が楽です。

パチュリーさんは椅子に座りなおして、本を読み始めました。栞が挟んであったってことは、途中だったんですかね。

しかし、時折近くに置いてある水晶玉に目が移動していて…

 

「あれ、定晴、さん…」

「近くで見るのは危ないから、こうやって遠隔で見るの。あなたも見る?」

「お願い、します」

 

パチュリーさんが水晶に写っていた映像を少し大きくしてくれました。

私たちはすぐに戦いが終わってしまったようですが、定晴さんはいまだに戦っている模様です。

定晴さんもレミリアさんもボロボロで、そろそろ決着がつきそうという場面。レミリアさんの弾幕の濃さもさることながら、それをすべて斬り落とす定晴さんもすごいです。弾幕を斬りながら魔術を使う定晴さんの攻撃がレミリアさんに当たり、その魔術行使の隙をついてレミリアさんの攻撃が定晴さんに当たります。

どちらも少しずつ傷を増やしていく中で、レミリアさんが、大きな槍を生み出しました。水晶越しでもわかるその力にびっくりしていると、定晴さんも輝剣を何本も生み出して、大技を仕掛けるみたいです。

どちらが勝つんでしょうか…

 

「おっと」

「っ!!」

「きゃあ!」

 

水晶の映像が乱れると同時に、大きな揺れが起こりました。どちらが勝ったのか分かりません。

それと、揺れの時に本棚の向こうから声が聞こえました。誰かいるんですかね。

 

「んー…だめね。魔力場が乱れて見れないわ。結果を知るには直接足を運ぶしかないみたい」

「大丈夫、ですかね」

「もう何も感じないから戦闘は終わったみたいよ。フランも来る?」

 

どうやら隣にいたのはフランちゃんのようです。以前紅魔館にお泊りしに来た時に出会った子で、定晴さんのことが好きな良い子です。

 

「いかない…」

「フラン、ちゃん?」

「気にしないで。姉への思いと兄への思いで板挟みになってるだけだから」

 

フランちゃんはレミリアさんも定晴さんも好きなので、ボロボロになってるのを見るのは嫌みたいです。

私も気持ちは分かりますが、式神としてどうなったかは自分の目で確認しないといけません。

 

「行きましょ」

 

パチュリーさんが本を置いて立ち上がります。

まだ紅魔館の構造を把握できているわけではないので、パチュリーさんに置いて行かれないようについていきます。二人っきりで緊張しますが、怖い雰囲気もないので安心です。

しばらく歩いて、やっと庭に出ました。見た目以上にこの館は中が広いんです。

 

「レミィ、どうだった?」

「引き分けた!楽しかったわ!」

 

レミリアさんが、子供のような笑顔で笑います。定晴さんは…あ、いました。ルーミアさんも既にいますね。

 

「定晴、さん」

「おおユズ。大丈夫か?」

「大丈夫、です」

 

話を聞いてみると、どうやら最後の技でどちらも墜落。両方すぐに目が覚めたけれど、墜落しているので引き分けということになったみたいです。

レミリアさん、見た目では侮れないほどに強い力を持っていました。

 

「咲夜ー!色々の準備ー!」

「かしこまりました」

 

レミリアさんが大声を上げると、いつの間にかレミリアさんの隣にいた咲夜さんが一礼。瞬きすると、もういません。

あんなメイドさんにどうやって勝てばいいんですかね。

 

「定晴、あれは私たちと相性が悪いわ」

「みたいだな。次は俺と咲夜で戦ってもいいかもなぁ」

 

これから今日は紅魔館で皆お休みする予定です。

もっと強くならなきゃ…定晴さんに捨てられちゃいます…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十六話 フラワーマスターの苦言

この殺し合いは一回やるごとに数日の休憩を挟んでいるものの、やはり疲れというのは溜まっていく。

そもそも、殺し合いというのは精神力を使うのだ。何度も繰り返せば、それだけ心が疲れてしまうというのは当然である。

そういうわけで、俺たちは今花畑の端っこでボーっとしている。

 

「花っていいわね…」

 

放心しすぎてルーミアが変なことを言い出したが、まあいいだろう。リラックスできていると解釈することもできるしな。

今までの戦績を振り返ってみると、未だにルーミアたちは一勝もできていないのだ。ルーミアは封印状態で戦っているとはいえ、二人で戦っているにも関わらず負け越しているのは少々辛いのだろう。

ルーミアは放心状態だし、ユズに至っては何もしゃべらない。元々喋らないような子ではあるけれど、それ以上に花を眺めることに夢中といった感じ。

 

「ねえ定晴、大丈夫なのこの子達」

「大丈夫だと思うぞ」

 

かく言う俺だって、今のところ勝てたのは霊夢との戦いのみ。一勝一敗一引き分けで迎えた今回、俺は幽香と戦うことになっている。

そんな幽香からしても、式神二人の様子は少し心配になってしまうのだろう。

 

「ルーミアたちの相手はメディスンがするんだよな」

「そうよ。毒をいっぱい準備して待ってるって言ってたわ」

 

二人の対戦相手はメディスン・メランコリー。彼女は過去に毒をかけられたことがあるので分かるけれど、俺の浄化がないと結構きつい毒だ。

例え体の動きが遅くなるだけだとしても、殺し合いには圧倒的な効力を発揮するのだ。メディスンの毒は浴び続ければ死ぬこともあるらしいと幽香から聞いているので、その毒をルーミアたちがどう対処するのかが課題だろう。

 

「解毒剤とか用意してあるのか?」

「さあ?一応花由来の毒なら私の持っている薬でなんとかなるとは思うけど…」

 

幽香はフラワーマスターとして、様々な花の種や苗を持っている。それと同じく、花の成分も色々と調査しているらしい。そのため、幽香の家には解毒剤を始めとして香料やフラワーエッセンスなどがあるのだ。

メディスンは多分スズランの毒を使うだろうから大丈夫だと思っていたのだけど、幽香は少し苦々しい顔をしていた。

 

「彼女って毒ならなんでも操れるのよ。だから、必ずしも植物由来の毒を使うとは限らなくて…」

「うーむ…戦いが終わったあとに俺が浄化しないとだめかな」

 

どうやら俺が思っているよりもメディスンはできることが多いらしい。植物だけでなく、蛇の毒や蜂の毒も操ることができるらしい。

もしメディスンがその他の毒も用意しているのだとしたら、幽香では対処することができない。戦闘が終わったあとに俺がちゃんと能力を使用できるだけの気力があるか不安だが…

こんなことなら永琳を呼んでおくべきだっただろうか。

 

「式神って言っても妖怪でしょ?浄化って使えるの?」

「俺の式神は若干神聖化するらしく、普通に浄化も使えるんだ。人間に使うのと同じような効果を発揮するぞ」

「へぇ…」

 

ユズも今では俺の正式な式神となり、浄化を使っても問題ないことは以前確認済みである。

例え大量の妖怪に囲まれても、式神の二人のことは気にせずに浄化を使えるのはとても良い。まあ幻想郷にいる間は全方位浄化とかは使わない予定だけど。

 

「なら私もあなたの式神になれば浄化されなくなるのかしら」

「されなくなると思うけど…幽香が式神になることはないだろ?」

「あら、それはどうかしら」

 

謎の笑みを浮かべる幽香。

そもそも、式神と主の間にはそれなりの力関係が必要となる。幽香ほどの大妖怪を式神にするのなら…少なくとも人間には無理だろう。俺も多分霊力量的に無理だろうし。

それこそ紫が藍を式神にするくらいの力量差が必要になると思う。式神という立場のせいで弱く見えるかもしれないが、藍だって狐の最高位である九尾なのである。

 

「ちょっとー!準備できたって言ってるでしょー!」

 

ふと、茂みの向こうから声が聞こえてきた。どうやらメディスンが催促をしているようだ。

 

「あまり待たせすぎるとそこら中に毒を撒き散らしかねないし、そろそろ始めましょ」

「そうだな。二人とも、時間だぞ」

「はーい」

 

ふわふわと飛んでいく二人。殺し合いだっていうのに、あの調子で大丈夫なのだろうか。

 

「私たちも」

「はいよ」

 

俺たちも、ルーミアたちもこの花畑から離れたところで戦う。

幽香がいるというのに、この花畑の上で殺し合いなんてできないのだ。幽香曰く、殺し合いなんてしたら花たちが怯えてしまって育ちが悪くなってしまうのだという。

 

「なんだかんだ幻想郷に来てから何回か戦った間柄だけど…」

「確かにな」

 

惰眠異変に始まり、不動の異変のときにも戦った。

ただ、今回のように本気の殺し合いなんていうのはしていないので、少し楽しみである。

 

「殺し合いをしたのは、外の世界以来かしら」

「初めて会った時か」

 

あの時は俺は妖怪退治として幽香と戦っている。確かに、あれは殺し合いだったなぁ…

 

「じゃあ、やりましょ」

「おしっ」

 

俺は輝剣を、幽香は日傘を構えて、いざ勝負っ。




最近モチベーションが落ちてます(´・ω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十七話 花鳥風月弾幕嘯風弄月

幽香と森の上で対峙する。こうしてしっかりと幽香と対峙するのは、本当に久しぶりだ。

 

「さてとスペルカードは…っと、要らないんだったわね」

「ああそうだ。殺し合いだからな」

 

普通の弾幕勝負ではスペルカードを何枚使うかを決めて、その枚数内で戦いを行う。スペルカードのそのどれもが美しい見た目をしている弾幕であり、当たれば痛いが死ぬことはない。

そんな幻想郷のルールを破って、俺たちは殺し合いをしているのである。多分、人里の人間とかに見られたら顔色を悪くして逃げ出すことだろう。

 

「……前に、私が正気じゃないときは戦いたくないって言ったでしょ」

「ああ言ってたな」

 

不動が起こした異変のときだ。あの時、幽香は人間への憎悪を膨らませながら俺たちを遠ざけるように話しかけてきた。

あの異変も既に懐かしいものとなっているが…あの時の幽香が見せた苦痛の表情は忘れられないものでもある。

 

「それがどうしたんだ?」

「なんでもないわ。ただ、嬉しいだけよ」

 

幽香は日傘をこちらに向けた。戦いの合図だ。

 

「じゃあ早速…死になさい!」

 

チャージタイム、僅か数秒。魔理沙のマスタースパークの更に一回り太いレーザービームが日傘の先から飛び出してきた。

だが、その攻撃は俺も予想ができていたことだ。結界を斜めに展開することでレーザーの方向を逸らしつつ、風で回避。そのままの流れで輝剣を持って幽香に近づく。

 

「あら、ちょっと急いてるんじゃない?」

 

俺が輝剣で斬りかかると、幽香は日傘で完全にガードをしてきた。

ちょっと待て、なぜ日傘で受け止めれる。幽香の日傘は見た感じ普通の材質みたいだし、別に特別製というわけでもなさそうなのに、俺の剣は傘の部分で完全に止められた。傷をつけることをできたような感覚すらない。

 

「なんだその傘!」

「幻想郷じゃ普通のことよ」

「常識とかいう話でもないと思うんだがな!」

 

早苗などは、幻想郷では常識に囚われてはいけないと何度も言っているのだけど…どう考えても、物理現象的におかしいと思うのだが。弾幕を使わずに、ただの物理だというのにこれである。

俺は素早く幽香から離れて、火の魔術を使う。幽香はそれを日傘で防いで…そして、日傘には無傷。

 

「その日傘、特別製だろ」

「いいえ?外の世界で買ったやつよ」

 

外の世界の傘ということは、河童の技術とかそういうわけじゃなさそうだ。

幽香はどうやらたまに幻想郷の外に出て花を観賞することもあるらしい。それに、俺たちが最初に会ったときのように幽香が外で滞在することもあるようなので、意外と外の世界にも詳しい幽香である。

 

「ほら、考え事はあなたの悪い癖よ」

 

気が付くと、幽香を中心として弾幕が展開されていた。幻想的で、とても美しい弾幕であると同時に、その一発一発は当たっただけで四肢が吹き飛ぶような威力をしていることが見て取れる。

弾幕ごっこならば避けていればいいだけなので、四肢が吹き飛んでもそこまでのデメリットはないが、殺し合いであれば選択肢が狭まることを意味しており、被弾するだけでこの戦いの敗北を意味する。

 

「それに…」

 

幽香が日傘をこちらを向ける。それと同時に、先ほどの極太レーザーが俺を襲う。

近づけばあの弾幕の餌食となってしまうだろうし、遠くにいてもひたすらレーザーを撃たれるだけだ。こういう二者択一の状況に追い込み、勝ちを得ようとする動きは、歴戦の猛者といったところか。

ただ大妖怪であるというわけではなく、殺し合いの相手としても適切だからこそリストアップされたのだろう。外の世界では、ここまでの力量を持つ妖怪というのはほとんどいないからな。

 

「さて、どうする?」

「さあてね」

 

俺は輝剣を握り直し、幻空から家宝の剣を取り出す。久しぶりの二刀流スタイルだ。

 

「あら、定晴ってそういうこともできるの?」

「幽香は初見か?ならちょうどいいな」

 

幻想郷じゃ弾幕ごっこが主流なせいか、二刀流で戦うことも少なくなっていた。妖夢への剣術指南のときくらいしか俺はこのスタイルにならない。

こういった奇抜な戦い方というのは、初めて見るからこそ刺さるものがあるのだ。殺し合いという場で、対応力が物を言うことになる。

 

「行くぞ!」

「来なさい!」

 

幽香が傘を構える。俺が何かしても、その傘であれば防ぐことができるという自信だろう。俺の魔術も輝剣も防いだその日傘であれば、確かにほとんどの攻撃は防ぎきることができると俺も思う。

いや、まじで何でできてんだその傘。

俺は二振りの剣を構えて、幽香に突撃……しない。

 

「なんてな」

 

幽香の下に魔方陣を展開、そしてそこから火の魔術。

更に幽香の頭上にも魔方陣を展開して、そこからは雷の魔術。挟み撃ちをするように魔方陣を展開して、立体的な戦いを可能にする。

 

「そういう搦手は好きじゃないわ」

 

幽香は魔方陣を一瞥し、それぞれにレーザーを発射。魔方陣は粉々に砕けて、魔術は失敗に終わる。

 

「前戦ったときはもっと真っすぐだったじゃない。魔術なんて使わず、剣でかかってきなさいよ」

 

俺と幽香が出会ったころは、まだ外の世界にいた影響で魔術は不得手であった。そのため、結界と剣技だけでほとんどの妖怪とも戦っていたのだ。

確かに、それを考えれば俺の魔術は搦手としか言えないかもしれない。

 

「まあなんだ、少しはその搦手に付き合ってくれ」

 

俺は二振りで弾幕を斬りながら、幽香の周囲に魔方陣を配置する。

それらはすぐに幽香によって粉々になりながら、その場に魔力の残滓だけを残して消えていく。どうやら、この魔術は幽香にあたることはなさそうだ。

幽香のレーザーは魔方陣を破壊することに傾倒しているので、遠くで浮遊していてもレーザーに撃たれることはなく、先ほどの二者択一の状況は脱している。

 

「もっと、あなたらしい戦いを!」

 

幽香は少しイライラしているのか、いつもよりも興奮している様子だ。なんだか申し訳ないけれど、こういった戦いでは冷静でいられなくなったほうが不利である。

 

「残念だが、俺はこういう戦いのほうが好きなんだ」

 

戦い始めて数十分といったとき、ほぼ全方位の魔方陣が破壊された影響で俺の魔力はすっからかんだ。

 

「なによ、まったく」

「俺もロマンは欲しいってことさ」

 

幽香が破壊した魔方陣。それらが展開されていた場所には魔力の残滓がある。魔力の塊でなくていい。少しだけでいい。

ただ、在るだけでいい。

 

「大妖怪相手だとすぐに効かないからな!」

 

俺の魔力は、俺の力と反応する。

俺は浄化を魔力の残滓に向けて放つ。すると、その周囲にある魔力が反応し、さらにその力を伝達させる。

準備に時間がかかるうえに、魔力量がないとできない技だが…幻想郷に来て魔力が増えたおかげだな。あと、魔術について教えてくれたパチュリーにも感謝である。

 

「特に技名は決めてないが…全方位浄化、なんて」

 

幽香の周囲に浄化の力が立ち込める。

幽香の傘は、一体どういう仕組みか分からないがなんでも防ぐ。ならば、傘でカバーできない範囲で攻撃すれば、それはすぐに解決だ。

 

「浄化!」

 


 

初勝利を、式神の二人は分かち合っていた。

課題となっていたメディスンの毒だが、予想通り様々な種類の毒を用意していたらしい。そんな毒たちに対して、ルーミアはなんと即席の防毒マスクを闇で作り出したという。

封印状態だとそこまでのことはできないと思っていたのだけど…

 

「あんなのに負けるなんて~」

 

ボロボロになったメディスンが少し涙目になりながら座り込んでいる。どうやら、見た目は相当に不格好だったらしい。

とはいえ、防毒マスクの効果は凄まじく、ルーミアたちは辛くも勝利することができたらしい。これで二人にも自信がつけばいいな。

 

「私はもっとバチバチに定晴と殺りあいたかったのに……」

 

幽香は幽香で、俺の戦い方が不満だったようで、戦い終わってからずっと文句を言っている。

 

「殺し合いだからなんでもありだろ」

「変わっちゃったのね、定晴…」

 

俺は別に何も変わっていないが…まあ、幽香が俺の一面性しか見ていなかったと思えばいいだろう。

 

「またいつか戦いなさい。その時は制限もつけさせてもらうから」

「幽香相手に縛りか…」

「覚悟しておきなさい!」

 

どうやら、今回の企画とはまた別の機会に幽香と戦うことになりそうだ。

ふむ、あの傘の対策をもっと考えておかないとな。

 

「それにしても、なんなんだよあの傘」

「私の日傘コレクションのうちの一つよ。もっといい傘もあるから、また見せてあげるわ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十八話 成果を見せたい人々

「定晴さんと戦えないのが残念です…」

「修行の成果を見せてくれよ」

 

今日の俺たちは、冥界へと来ている。

俺の相手は幽々子。式神二人の相手を妖夢がするという組み合わせとなっている。

日頃の剣術指南の中で妖夢とは何度も戦っているが、幽々子とは戦ったことがないので少しワクワクしている。

 

「うふふ、殺し合いだなんて…久しぶりね~」

「幽々子がどういうことをしてくるのか分からないからなぁ…」

 

因みに、幽々子はただ能力だけで人を殺せるらしいので、それだけ禁止ということになっている。

というのも、俺の無効化で対応することはできるのだけど、幽々子の能力は永続的なものなので俺の無効化が切れて普通に死ぬのである。

 

「普通の殺し合いならば幽々子の相手はしたくないな」

「あらぁ?」

「ほぼ魔眼じゃねえかそれ」

 

幽々子の能力にもある程度制限があるものの、人間を殺すくらいならばとても簡単にすることができるらしい。俺の元に幽々子を討伐してくれという依頼が来なくてよかった。

幽々子は余裕そうにしているものの、妖夢のほうはというと少し緊張しているようだ。

 

「妖夢、殺し合いは初めてか?」

「い、いえ。殺生はしたことがあります…」

 

どうやらもっと小さい頃にそういった心構えなどは祖父から教わったらしい。流石に生きている人間を殺させることはしなかったようだが、小さな生き物を始めとした家畜などを殺して修行をしたらしい。

剣を使う者であれば確実な心構えであるからこその、妖夢への教えだったのだろう。祖父は相当ストイックな人物だったらしい。

さて、ではどうしてそこまで妖夢は緊張しているのだろうか。

 

「妖夢はねぇ、定晴さんにいいところを見せようとしてるのよ」

「ゆ、幽々子様!」

「だってそうでしょ?昨日からそわそわしちゃって…遠足に行く子供じゃないんだから」

 

幽々子が妖夢の頬をツンツンしている。対する妖夢は顔を真っ赤に染めて幽々子に抗議をしている。

 

「やっぱり長い間修行を一緒にしてきた師匠にいいとこを見せたいじゃない?」

 

妖夢と修行を始めてから既に長い時を過ごしている。重ねた回数こそそこまで多くはないものの、この関係は既に年を越すほど続いている。

妖夢に教えることができるほどの実力が俺にあるのか、未だに俺は甚だ疑問に思っているものの…もう引けないところまで来ているし、毎度少しずつ上達していく妖夢を見るのは楽しいので続けている。それに、妖夢との修行中は俺にとっても修行だしな。

 

「定晴にいいところを見せたいのはあなただけじゃないのだー」

「そ、そうです!私、たちも…」

 

緊張しつつも意気込んでいる妖夢を見て、式神の二人もやる気が出たようだ。

式神とはいえ俺の弟子とかそういう関係ではないけれど、やはりこうして意気が相乗効果で増えているところを見ると、もっとこういう場面を増やしていきたいと思う。

特にルーミアは基本的には気だるげだからな。最近のルーミアは妙にやる気に満ち溢れているものの、家に帰ればだらけているので、こうしてやる気になる場面というのは少ない。

 

「定晴さんはどちらを応援するの?」

「うーん…悩ましい質問だな」

 

今までもずっと剣を教えてきた妖夢に買ってほしい気持ちは勿論ある。だが、式神の二人も日頃頑張っていることは知っているし、殺し合いという状況においては、やはり身内のように扱っている式神の二人を応援したくなる。

とはいえ、そのことをここで口に出すとやる気を出している妖夢の気持ちを阻害してしまう可能性もあるので…

 

「どっちも頑張れと言うしかないだろ?」

「あら、残念」

 

幽々子はいつもゆるゆるな雰囲気で、何も考えていなさそうな様子ではあるが、実のところ頭がいい。今の質問も、俺の一言で妖夢たちのモチベーションに影響すると分かったうえで質問してきている。

因みに、幽々子の頭が一番回るタイミングは、妖夢から食べ物を盗むときである。先日修行中の休憩時間んに見せた幽々子の動きは筆舌しがたいものがあったが、ここに書くには余白が少なすぎる。

 

「幽々子、やるぞ」

「はーい」

 

俺たちは西行妖の上空のほうに移動する。さて、どう攻略しようかね…

 


 

なんだか前に会ったときよりもルーミアさんの妖力が増えているような気がする。ユズさんとはそこまで接点はありませんが…こちらもなにやら特殊な妖力を感じますね。

 

「幽々子様にはああ言われましたが、しかし、勝負事には負けたくない気持ちだってあるのです」

「さあ、勝負ー」

 

私の剣は、あまり殺し合いに使うことはありませんが、こうして私が対戦相手として選ばれたからにはちゃんと相手をしましょう。

相手は妖怪。例え腕を斬り落としてもしばらく時間が経てば復活するような化け物(定晴さんも同じことができるらしいですが今は置いておきます)

 

「いざ、尋常に」

 

私は二振りを取り出し、式神二人に向けて走り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百五十九話 未来永劫弾幕斬

私の剣は黒い壁に阻まれた。ルーミアさんの闇だ。

昔のルーミアさんは闇はただ暗いだけのもので、ルーミアさんの視線すらも遮ってしまうせいで弱い妖怪として数えられていましたが…いつの間にか、ルーミアさんは強者へとなってしまっていました。

見た目は幼く見えるとはいえ、既に何百年と生きている妖怪らしいので、強い妖怪であるだろうということは予想していましたが…

 

「斬れぬ…ものなど…!」

 

私がどれだけ斬りつけても、闇の障壁は斬れません。祖父ならば斬ることもできたのでしょうが…私はまだまだ未熟なようです。

私が闇の障壁に阻まれている間に、横からユズさんが攻撃を仕掛けてきたので一時退却。無理に攻めても仕方ないので、少し体勢を立て直します。

 

「ふぅ…」

 

定晴さんは、私の攻撃のバリエーションを増やしてくれました。弾幕を展開し、それを斬ったり混ぜたりするだけではなく…もっと、手数を。

 

「疾っ!」

 

楼観剣をユズさんに振り、同時に弾幕を放つ。そして、その弾幕の中から、白楼剣を突き出す。ユズさんが回避しようとバランスを崩したところで、左足で全力で蹴る!

 

「あぐっ…」

 

ユズさんは後ろに飛んで、近くの壁に叩きつけられました。でもまだ動けるようなので、ここでトドメを刺しておきたい。私は剣をユズさんに向けて振り…そして、闇の障壁に阻まれました。

どうやら、いつの間にかルーミアさんが近くまで来ていたようです。私はまだ動きに無駄がありますね…

 

「体術…」

「元々できたんですよ。弾幕勝負じゃ使わないだけでっ!」

 

ルーミアさんの障壁は固いけれど、全方向をカバーできるわけではない。弾幕を周囲に展開し、ルーミアさんを囲うように動かす。

ルーミアさんはそれでも弾幕の圏内から逃げたけれど、距離を取ることができた。剣術を使うのであれば、距離を取られるというのは悪手と言える。しかし、剣術と体術、そして弾幕を同時に扱える今の私の身であれば、こうして距離をとるのもまた一つ作戦とすることができます。

 

「…厄介」

「ありがとうございます」

 

ルーミアさんは、私の剣を忌々しそうに見つめる。だけど、私だってルーミアさんの闇の障壁を忌々しく思っている。剣士たるもの、そういった感情は表に出さないけれど。

この勝負の中で私がすべきことは、ある程度の溜め時間を作ることだ。定晴さんとの修行の中で、私は何度も自分の持ち味である敏捷性や攻撃力について見直してきた。その中で、やはり私の瞬発性は活かしていくべきだという結論に至った。

少し私が力を溜めることができる時間さえあれば、あの射命丸文の速度すらも上回る速度を出すことができる。その速度で叩きつけることができれば、妖怪のルーミアさんたちであっても一撃で沈めることができるはずだ。

 

「とはいえ…」

 

弾幕をルーミアさんのほうに放ちながら考える。

弾幕勝負の中であれば、比較的作りやすいその時間ですら、この殺し合いの中では中々作りづらい。一瞬でも気を抜いたら、ルーミアさんは私の心臓を目掛けて攻撃をしてくるだろう。

普通の人であればある程度躊躇うであろう全力の攻撃であっても、妖怪のルーミアさんは躊躇なくできるだろう。私の溜め時間なんていう隙を見逃すはずがない。

 

「企みが分かりやすい…」

「…精進します」

 

私の動きで、私が何か企んでいることがバレてしまう。とはいえ、作戦を考えているのはあちらも同じはずだし、そういう意味ではあっちだって企んでいるはずです。

それぞれ、一瞬の隙を探している。先に隙を見せたほうがこの戦いを制するのは両者ともに理解している。

 

「ほら、ユズ、起きて」

「あううぅ…」

 

ルーミアさんに手間取っている間にユズさんが起きてきました。二対一という状況は、ただそれだけで私が不利になってしまうので、どちらかを先に倒してしまいたいところです。

ルーミアさんの障壁は、二人ともを守るには少々小さい様子。ルーミアさんは今回の戦いのために出力を制限されていると聞いたので、もしかしたらいつもであれば二人守ることも余裕なのかもしれませんが、今はそこが一つ隙となります。

いつもと違う感覚というのは、戦いの中で致命的なミスを引き起こします。

ルーミアさんがユズさんを気遣っている間に…

 

「そこっ!」

 

剣を突き出す。敢えて声を出すことで、注意を剣に向ける。

攻撃を与えるタイミングで横から弾幕をぶつける。だが、私の攻撃は面ではなく点なので、ルーミアさんは障壁をピンポイントに展開して、完全に防いだ。

障壁がない部分に向かって全力で蹴りを放つ。やっていることは先ほどと同じなので、ルーミアさんに防がれる。突き出していないもう片方の剣をさらに別のところに突き出して、ルーミアさんの障壁を増やす。

 

「ユズ、防御を!」

 

ルーミアさんとユズさんは防御姿勢になっている。

つまり、攻撃までに少し時間があるのだ。なら、ここを利用しない手はない。

 

「ふぅ…」

 

…先ほど溜め時間と言ったが、定晴さん曰く、溜めとも言えない時間だという。

私の準備はすぐに終わる。ルーミアさんが防御をやめたとき、障壁をなくしたその瞬間が、隙だ。

 

「ふっ!」

 

私は超速で二人に近づいて、私の二振りの剣を全力で振るう。やはり妖怪の力故かルーミアさんは防御をしてくるけれど…足りない。その程度の防御では、私の攻撃は防ぎきれない。

定晴さんと修行をしてきた成果を、ここに!

 

「…甘いわよ。半妖」

 

ユズさんをやった感触を実感したあと、ルーミアさんのほうに振った剣が動かないことに気が付く。

障壁だったはずのルーミアさんの闇は、いつの間にか私の剣を捕まえて完全に止めていた。

 

「捕まえた」

 

ルーミアさんがこちらに妖力を放つ。同時に爆ぜる私の視界。

私は、まだ未熟で…

 


 

「定晴さんとの勝負、楽しかったわ~」

 

人里で、何か食べるものを探しながら夜道を歩く。前は見かけた妖怪の屋台は、私が近づくといなくなってしまうようになっていた。

妖夢は式神二人、特にルーミアに負けてしまって悔しがっていた。まだまだ自分は未熟だと反省しなおして、定晴さんに対してもっと多くの学びを乞いていた。

対する私も定晴さんに負けてしまった。殺し合いなんて久しぶりだったから仕方ないのだけど…女性のお腹に容赦なく蹴りを入れてくるのはいただけないわ。危うく朝食を吐いてしまうかと思ったもの。

 

「でもまあ、いい企画を作ったわね紫も~」

 

ただ一つ思うことは…

 

「戦いを行わせることで定晴への恋心を忘れさせようだなんて、紫も悪い人ね~」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百六十話 鬼の腕力、技巧

戦闘訓練も長いことやってきたが、勝率は悪くない。幻想郷でも相当な相手と戦うことになっていたので、全敗する可能性もあったなと思っていたのだけど、意外となんとかできている。

だがまぁ…完全な本気の殺し合いというわけではないだろうな。妖怪はその腕力で人の首をもぎ取るくらいのことはできるからな。実のところ、妖怪相手に剣で超近距離戦をするのは愚策なのである。

 

「そんなわけで、俺はあまり鬼とはやりたくないんだが…」

「ははっ!気合が足りないなぁ!」

 

俺たちがやってきたのは地底。既に俺とルーミアたちは分かれて戦いの場に立っていた。

勇儀が人間と戦うという状況は地底の鬼の見世物になるのか、俺と勇儀はたくさんの鬼に囲まれていた。酒を飲んでいたり料理を食べていたり…まだ俺たちは戦っていないというのに、その場の雰囲気で勝手に殴り合っているやつもいる。

鬼たちの治安が悪いのはいつものことなので特に気にはならないのだけど…こっちに向かって物投げてくるのはやめてほしい。

 

「てめえらっ!戦いの邪魔をしたら…わかってるな?」

 

俺が周囲を気にしていることに気が付いたのか、勇儀が素振りをしながら周囲の鬼に向かって脅しをした。

すると、物が飛んでくるのが止まった。鬼の中でも勇儀は格段に力が強いので、鬼たちへの発言力がある。数人の鬼がまとまって攻撃しに行っても、返り討ちに遭うらしいし、タイマンで勇儀に勝てるのは同じ四天王とも呼ばれている鬼たちだけだろう。

 

「さぁて、定晴が懸念しているやつはこんだけか?あとで変な言い訳なんかしないだろうなぁ?」

「言い訳なんてするわけないだろ。まあ少し言うならば、戦いでこいつらが巻き込まれないかが心配ってとこか」

「そんなのこいつらの自己責任だ。面倒は見ないからな!」

 

周囲の鬼に向かって再三の警告をする勇儀。

勇儀がいくら言っても、観客の数は変わる様子がないので、多分俺たちが戦ったあとにはそれなりに凄惨な状況になっていることだろう。死屍累々というか…俺も、殺し合いの中で周囲のことを考えている暇はないので、多分俺も鬼たちを巻き込むことになるだろう。

 

「よしっ、やるぞ!」

 


 

「わざわざこっち借りちゃって悪いねぇ…」

「いえ、定晴さんたちの助力ができるのはこちらも嬉しいですから」

 

地霊殿なんて来るの久しぶりだなぁ…私はあまり地底に来ないからね、地底で戦うってだけで新鮮な気分になる。

定晴たちと本気の殺し合いをしていいと紫から言われたときはなんて楽しい企画なんだと思ったけれど…私の目に狂いはなかったね。式神たちはあまり人前で戦いたくないってんで旧都じゃなくてこっちに来たわけだけど、私も周囲に人がいたらやりづらいしちょうどいい。

定晴と戦えるかと思っていたけれど、残念ながらそれは別の機会と言われた。勇儀曰く、前の戦いのリベンジマッチなんだとか。

その代わりとして私が戦うのがこの式神二人。正直言って、定晴の式神たちは何をしてくるのか全然知らないから対策も何もない。特に、ユズって子の方はほとんど私と接点がないからどんな妖怪なのかすら分からない。そもそもあれ…妖怪なの?

 

「萃香さんも今日はここに泊まるってことでいいんですよね?」

「いいよー。みんなで酒盛りしよー」

「地霊殿にはあまり酒の備蓄はないので…」

 

なら旧都で買ってくるとしよう。確かに、地霊殿にいる子ってあまり積極的にお酒を飲んでいるイメージないし、備蓄がないのは仕方ないか。動物たちだっていっぱいいるしね。

だけど、鬼である私がいるのであればお酒を禁じるのは野暮ってもの。定晴たちも入れて酒盛りをするって決めてるんだ!

 

「萃香さん、ほどほどにしてくださいね…」

 

そういうと地霊殿の主は館の中へと入っていった。

本気の殺し合い、幻想郷でやるとすぐに霊夢に止められるから、やっぱりちょっとワクワクしてしまう。それに、相手は二人とも妖怪だから腕の二、三本吹き飛ばしても問題はないだろうから手加減なしでいける。

鬼の中でも技巧派な私だけど、別に腕力がないわけじゃないからね。本気を出せば少女の姿をしてる妖怪の腕をもぎ取るくらいできる。鬼の腕力はどれだけ弱くてもそこらへんの妖怪の腕力を優に超える。技巧派な私でも、鬼の中では中の上くらいの腕力をしているので、多分ルーミアの何倍も腕力がある。

実際に腕力を計測したことはないから…いつかの機会に何人かと腕相撲とかしてみようかね。

 

「よしっ、やるよ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三百六十一話 怪力弾幕乱神

お久しぶりです。やっと少しだけ満足できる戦闘描写ができました


勇儀と戦うのは二度目。萃香とは違って、鬼らしくその筋力で戦うというスタイル。隠し事とか飛び道具とかもなく、ただひたすらに力技となる。

いつもの大きな盃はなく、万全の状態な勇儀は、凄まじい速さで俺に近接する。

 

「せいっ!」

「ぐあっ…」

 

反応に遅れて勇儀の一撃を腹に受ける。

結界を全身に張り巡らせるように張って、身体強化も使い、さらに知っている身体強化系の魔術を自身にかける。しかし、それでも勇儀の一撃を受け止めるには足りない。

俺は足で自らを支えることもできず、後ろへとものすごい勢いで吹き飛ぶ。周囲にいた鬼たちの観客すらも巻き込んで、そのさらに後ろにあった壁へとぶつかる。

意識を失いそうになるのをなんとか耐えて顔をあげると、勇儀が更なる一撃を加えようと突撃してくるのが見えた。痛みを再生でなんとか治しつつ、風を使って上空へ。

 

「燃えろ!」

 

魔術で勇儀の足元を燃やす。鬼に火って効くのかね。

幻想郷の住人は基本的に種族関係なく空を飛べるので、足元を燃やすだけではあまり意味がない。だが、勇儀を相手に地上戦の接近戦を行うことこそ愚の骨頂だ。

勇儀を相手に空中の遠距離戦を行うのが、勝利へのセオリー。鬼からすれば真っ向勝負をしていなくて印象が悪いだろうけど、今回は勝利することを目的としているので仕方ないのだ。

例え腕力が凄まじくとも、足に力を入れることができなければその強さを百パーセント出し切ることはできないだろう。戦場を空に移すだけでも、勇儀相手ならば勝機が見えてくるというものだ。

 

「空は苦手なんだっ!」

 

そう叫びながら勇儀が腕を前に伸ばす。その速度は尋常ではなく、腕を前に出しただけだというのに風圧がこちらに伝わってくる。

勇儀の手からは弾幕が展開され、更に、勇儀自身も突っ込んできた。

地上で戦うときよりも速度は遅いとはいえ、勇儀と近接戦闘はしたくない。魔術を使いながら距離をとりつつ、結界を使って弾幕を処理する。

 

「無駄無駄ぁ!」

 

だが、勇儀は俺が放った魔術の悉くを無視するかのように突破してきて、俺に肉薄する。

魔術を使う姿勢になっていた影響で反応が遅れ、俺は勇儀の拳をもろに受ける。地面に叩きつけるように振るわれた腕は、俺を真下に吹き飛ばす。

 

「っ…出鱈目め!」

 

追撃してこようとしてきた勇儀に向かって、浄化を付与した輝剣を飛ばす。

流石の勇儀といえど、浄化の力が乗った剣を弾くのは難しいらしく、勇儀の動きが止まった隙になんとか体勢を立て直す。もし急所に攻撃されたら、一撃で気絶してしまうだろうことは目に見えている。

 

「魔術を無視するな!」

「そんな小細工が私に通用するわけないだろ!」

 

火や風、光などの魔術は拳で吹き飛ばされる。まるで魔法使いキラーのような動きをする勇儀は、俺を徹底的に近距離戦に持ち込もうとしてくる。

だが、近距離戦で勇儀に勝てるわけがないので、なんとか遠距離戦を保ちたいところ。

 

「これならどうだ」

 

質量がない魔術だから拳に吹き飛ばされる。ならば、質量を使って勇儀の攻撃をどうにかしたい。

水の魔術を勇儀の周囲に展開。勇儀がパンチで水を打ち払おうとするが、その程度で水は存在を失わない。勇儀に一斉に水を突撃させたあと、それらの塊をすべて氷に変化させる。

普通の氷ならば勇儀にとっては何の障害にもならないだろうが、魔術を使って固めた氷は、通常の氷の数十倍の硬度を持っている。流石に一撃で砕けることはな

 

「無駄ぁ!」

 

…一撃だった。なんだあの筋力妖怪。

例え俺が身体強化付きで輝剣を振るっても一撃では破壊できないような氷を、勇儀は一撃で破壊しつくした。しかも、氷に纏わりつかれて力を入れづらいであろう状態からだ。

 

「そんなことせずに、ぶつかりあおう!」

「くそっ」

 

勇儀が飛んできて、俺に一撃。今度は一応時間があったので、結界と身体強化で受け止めるが…結界は一撃で砕けて、俺は衝撃で後ろに下がる。

どうやら俺の遠距離攻撃の火力では勇儀にダメージを与えることはできなさそうだ。幽香たちにもしっかり通用した魔術や結界が一撃で吹き飛ばされているところを見ると…勇儀の規格外ぶりが分かるというものだろう。

 

「仕方ないな」

 

輝剣の召喚。結界を身にまとい、身体強化で動きに精彩を。

かつて、フランと戦ったときに使った騎士スタイルだ。正直、結界を挟まなければ勇儀の一撃を受け止めるのは難しい。

 

「面白いねぇ」

「こっちは不満だよ」

 

もっと遠距離攻撃を鍛えようと思いなおすと共に、勇儀に向かって構える。

勇儀は正直に突っ込んでくる。今の俺のように、しっかりと武装をした相手に向かって真っすぐ突撃するなんてあり得ない話だけれど、勇儀ならばそっちの方が早いのだ。

勇儀のパンチを結界盾で耐えて、魔術による火炎エンチャントを施した輝剣で勇儀を攻撃。勇儀はそれを受け止めることもなく、俺への攻撃を続ける。俺の輝剣は勇儀に刺さったが、それ以上に勇儀の裏拳が俺の腹に突き刺さる。

 

「うぐっ…」

 

しかし、俺はこれを根性で耐える。そう何度も吹き飛ばされて呻くわけにはいかない。

両腕とも既に攻撃に使ってしまっている勇儀は無防備のようなものだ。その隙を突く。

光の魔術を勇儀の顔の前で破裂させる。所謂スタングレネードのような光の魔術の裏で、俺は輝剣を勇儀の脇腹に向かって突き刺す。

非常に硬い筋肉のために、完全には刺さらず途中で輝剣が止まってしまったが、やっと攻撃がしっかり通った。

 

「痛いねぇ」

 

勇儀が腕を引いてもう一度振るおうとしたとき、俺は模倣を発動した。

依姫の剣技、神の剣技…既に若干筋肉痛になっている今の俺の体では負荷が大きすぎるけれど、ここで仕留めなければ先に俺が落ちる。

神の剣閃により振り上げられた輝剣は、勢いそのままに勇儀の左腕を斬り落とした。悲鳴を上げる俺の右腕を無理やり酷使して、神の一撃を斜めに斬り下ろす。

俺の身体強化では完全に刺さらなかった勇儀の筋肉を、神の一撃が貫く。

 

「うっぐっ」

 

勇儀は口から血を吐きだした。だが、勇儀の攻撃予備動作は止まらない。

 

「鬼をなめるな!」

「かはっ」

 

勇儀の一撃が俺の腹を貫き、俺も血を吐く。度重なる腹部への攻撃により、内臓にダメージが入ったようだ。

俺は後ろに吹き飛ぶ。またもや背後の壁に体を打ち付けた俺は、全身に力が入らなくなる。

 

「面白いなぁ、定晴」

 

勇儀はゆったりとした足取りで近づいてくる。まずい、体が動かない。

このままでは勇儀に攻撃を受けて落ちてしまう。くそっ、ここまでやってもまだ届かないのか。

攻撃圏内になるまであと一歩というところで、勇儀は多くの血を吐いた。

 

「はぁ、がぁ…面白…かったなぁ」

 

最後にそう呟いて、勇儀は前のめりに倒れた。血だまりが出来上がり、動く様子はない。

俺は勝利したことを認識し…意識を闇に落とした。

 


 

「救急ー!おにーさんと勇儀さんが死んじゃうー!」

「包帯包帯!回復系の技能が使える妖怪集めてー!」

 

戦いが終わったとき、現場は凄惨な状態だった。戦いを見ていた鬼たちは軒並み気絶しており、周囲の家々は崩壊。当の本人たちもどちらも気絶し、血だまりを作っている。

心を読むに、どちらも死んでおらず、ついでに言うとこの程度では死なないみたいだけど、それでも見た目が酷い。あまり血に慣れていない私は、少々吐き気を催してしまった。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫よ、こいし。こいしも定晴さんを助けてあげて?」

「もうやってる!」

 

そう言うこいしの手元にはたくさんの包帯がある。どうやら、定晴さんたちを助ける途中で、私を気にかけて話しかけてくれたようだ。いつの間に、そんな風に配慮と心配ができる子になったのかしら。

萃香さんとルーミアさんたちの戦いは、定晴さんたちよりも早く終わった。ルーミアさんの闇は、萃香さんの霧をどうすることもできなくて、一人ずつ撃破されてしまった。それを見届けたあとに旧都の方へやってきたら、これである。

どうやらこいしはこっそりと定晴さんを見ていたらしく、戦いが終わったとたんに青い顔をして近くの診療所へと走っていったのだ。こいしもあまり血には慣れていないだろうけど、それ以上に心配が勝ったのだろう。心の声で心配しなくても大丈夫なのを理解している私にはたどり着けない感情である。

 

「それにしても…今回の戦いにこいしがいなくてよかったわね。多分、フランさんと同じく戦えないでしょうし」

 

幽香さんたちは普通に戦ったみたいですけど、まだ恋心を完全に操り切れていないこいしたちには難しいことだろう。

そういった恋心の機微を見ると…趣味の小説が少々捗るというものだ。二人には悪いけれど、ちょっと題材になってもらおうかしら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。