【MoE】 もっこす奮闘記 (うにねこ)
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【MoE】 もっこす奮闘記 採集編 湧き水の場合

生産キャラにありがちな(?)できごとを取り上げてみました。

戦えるスキル構成なら辺りをうろつく動物たちは割と平気なんですけど、生産キャラには本当に怖いですよね…。



【もっこす奮闘記 採集編 湧き水の場合】

 

 吹き抜ける風が、湿った冷たい空気となって肌にまとわりつく。

 瀑布のしぶきと轟音を浴びながら、鍬を持ち直し、辺りを見回した。

 めったに来られない場所なので、おのずと気合いが入る。

 

 転移の魔法(テレポート)でもあればすぐだが、生産一筋な彼には無縁のものだ。また、知り合いの癒やし手(ヒーラー)転移装置を呼び出す魔法(リコール アルター)で送ってもらおうとしたが、あいにく留守だった。

 幸い、エルビン山麓の村まで行ける転移の石(テレポート ストーン)が手元にあったので、それを使うことにした。

 

 その村には、緑色の肌をした大柄な種族(エルビン オーガー)が暮らしている。

 気温はやや低めで、昼間はともかく朝晩は肌寒い。雪が降ったり霧に視界を閉ざされたりすることも多い。

 そんな気候の中、行商人がこの村を訪れ、様々な品物を仕入れたり売りに来たりする。

 そのためだろうか、彼ら村人(オーガー)たちは、その威圧感のある体躯(たいく)とは裏腹に親しげな態度を見せてくれる者が多い。彼らの困り事を手助けすれば、特産のもち米を収穫させてもらえるようにさえなる。

 そのような場所へ転移石(テレポート ストーン)で飛んだあと、北に横たわるエルビン山脈の(ふもと)にある滝つぼを目指して、1時間ほど駆け抜ける行程となる。

 

 だが、その道中には自然の脅威が待ち構えている。

 平野部には、群れをなす凶暴な狼(ハンター ウルフ)が獲物を求めてうろついている。滝つぼ付近の高台には水辺の大蛇(アナコンダ)が棲み着き、不運な者を飲み込もうと徘徊(はいかい)している。さらに、夜になるとどう猛なコウモリが飛び交い、寄ってたかって牙をむく。

 戦い、追い払う(すべ)を持たない彼としては、それらを避けつつ進むしかなく、ここへ足を運ぶことは命がけだった。

 

 そんな危険を冒してまでやって来たのは、湧き水が目当てだった。

 きっかけは、栽培を始めた彼と同じ種族(ニューター)の知り合いに、栄養剤の調合を頼まれるようになったことだ。素材の1つに湧き水が必要だが、それが他の素材よりも少ないことに今朝がた気づいたのだ。

 普段の栄養剤の使われ方と、料理をする親友からもたまに湧き水を求められることを考え合わせると、さしあたり、100から150本分も足せば充分だろうか。

 この際、まとまった数を調達して来よう…と、一念発起して出向いたのだった。

 

 そうして今、村を東西に隔てる川沿いを遡り、高台へ駆け上がって目的地へ着いた。

 狼たちは流れのほとりにはおらず、大蛇とも遭遇せずに来られたのは、幸運だった。

 

 改めて周囲の安全を確かめると、(ふち)や沢の流れからやや離れた、土の湿った場所をめがけて(くわ)を振り下ろす。

 3度、4度ほど掘り下げたところで、果たして透き通った水がこんこんと湧き出した。

 土砂が入らないように注意しながら、持ってきた容器へ湧き水を詰める。

 ここの湧き水は冷たく澄んでいて、無機物(ミネラル)が豊富に溶け込み、爽やかな味わいを楽しめる。ついつい飲みたくなるが、料理や栽培の素材に提供するためだから…と自分に言い聞かせ、こらえる。

 

 その作業を何度か繰り返した後、元通りに埋め戻してから次の場所へと移動する。

 (とどろ)く瀑布からの飛沫(しぶき)を浴びて作業を進めながら、彼は山の恵みを噛みしめていた。

 

 エルビン山脈は、険しい岩山がひしめき合う天然の要害だ。渓谷の豊かな恵みはひとえに、その地形あればこそだった。

 ミーリム海岸からの湿った空気が山脈へぶつかり、雪や霧へと変わる。それが豊かな水資源となり、飲み水や農作物の源となる。

 そして今、彼もそのささやかな恩恵にあやかっているというわけだ。

 

 渓谷へ恵みをもたらした空気は中腹を駆け上がるうちに冷えて乾き、尾根に達する頃には容赦なく肌を刺すようになる。そびえ立つ山々の先に何があるのか…酒場でよく話題に上るが、はっきり答えられる者はいない。風の声が聴こえたとしても、山の尾根を目指すばかりの一方通行では、知りようもないだろう。

 吹きすさぶ冷風と岩山だらけの乾いた土地。そのような厳しい環境の中に、獣人たちの国(サスール)がある。

 そこには、古代モラ族が設置した転移装置(アルター)の1つがあり、彼も、それを目指して一度は風と共に山を登った。時の記憶をいったん吹き込んでしまえば、次からは各地にある転移装置(メイン アルター)を使って、一瞬のうちに来られるようになるからだ。

 ただ、その時のことは思い出したくない。道のりの険しさに閉口し、猛牛や殺人蜂、大蜘蛛や魔物たちから逃げ惑い、何度も足を踏み外しそうになった。さらには落石の恐怖もあり、生きた心地がしなかった。

 1度だけの辛抱と思えばこそ達成できたようなもので、2度目はさすがに御免だった。

 あざ笑うなかれ、物作りに心血を注ぐ彼にとって戦いは門外漢だし、野生の脅威は体力と気力だけでどうにかできるほど甘くない。彼はそれを骨身に染みて分かっているから、臆病で構わないと納得している。

 

 そういえば…と、彼は鍬を握る手を休めて立ち止まり、汗をぬぐいつつ、切り立つ崖の上をしばし見やった。

 腰をゆっくり回し、体をしばし安めながら、ふと思いをめぐらせる。

 

 なぜ、あのような危険で不便な場所に、サスールの民は住み着いたのだろう、と。

 

 素っ気なく、警戒心が強い。それが、一般に知られるサスールの民への印象だ。けれど彼は知っている。彼らが実は人情味に溢れ、懐も深いということを。

 ただ、そんな彼も、出会った当初は途方に暮れたものだ。サスールの民は、よそ者と見なした者には文字通りつれなく、不信感を隠そうともしない。寒風と山肌に囲まれた気候、そして戒律が育んだ気質なのだろうが、信頼関係を築くにはどうしたものかと困惑したものだ。

 そんな中、一人だけ友好的な笑顔を向けてくれる者がいた。

 「ニクス金貨や銀貨を集めて来てくれたら、嬉しいな」

 イ=オーフェンと名乗る銀髪の娘はそう言って、彼と住人たちを取り持つことを約束してくれた。

 彼女が佇むのは、ややねじくれた幹と枝、そして針のような葉がびっしり生えた大木のたもと。その独特な形の木は、松、と呼ぶそうだ。

 「ここ(松の木の下)で待ってるから」

 住民たちの態度に落ち込んでいた彼にとって、それは救いの手に他ならなかった。

 

 その後、角を持つ大柄な種族(パンデモス)護衛戦士(ガーディアン)のおかげで依頼の品が集まり、開通した転移装置(アルター)で現地へ飛び、無事に届けることができた。

 古代モラ族の技術には、本当に頭が下がる。これがまた自力で登山を強いられていたら、と思うだけで、胃の辺りが痛くなる。

 

 イ=オーフェンは約束を守ってくれたようで、何度か届けた頃には住民たちの様子が明らかに変わってきた。

 特に驚いたのが、以前なら話し掛けた時に無視した挙げ句、

 「なんだ、いたのか」

 とまで言っていた銀行員が、

 「遠慮なく使ってくれ」

 と微笑んでくれるようになったことだ。

 さらには、特産品の販売価格を半額にしてくれる人まで現れた。彼らの暮らす気候風土や素材調達の難しさ、作る手間などを考えると、こちらが恐縮してしまう。

 そうして初めて分かったのだ。彼らは決して冷淡なわけではない。認めた相手には、とことんまで胸を開く人たちなのだということに。

 

 考え事をしながら作業を続けていると、滝の轟きに混じって重いものを引きずる音が耳へ飛び込んできた。

 とっさに(かが)み込み、辺りを見回す。

 

 自分がいるのは淵の東側。その斜向かい、流れ出す沢を挟んだ岸辺に大蛇がいた。

 40メートルほどは隔てているだろうか。それでも重量感と威圧感に押しつぶされそうになる。

 茶色のまだら模様が入った体躯(たいく)。並んだ砂色のうろこが、傾き始めた陽の光を受けて冷たくも美しい(きら)めきを放っている。全長は10メートルを超えるぐらいだろうか。胴回りは、伐採で切り倒す巨木よりも二回(ふたまわ)りほども太い。

 今のところ気付かれていないようだが、下手に動いて音を立てたりすれば命はない。彼も含めてニューターはそこそこ大柄な種族だが、軽くひと飲みにされてしまうのは間違いない。

 頭の形は丸く、毒蛇ではないだろうことは見当が付いたが、この際、それは何の慰めにもならなかった。

 

 冷や汗が額を、それとは別の()てつく何かが背筋をなでる。

 大蛇は辺りを(うかが)うように、頭を左右に振りながら舌をせわしなく出し入れする。獲物をいち早く感づくために身につけた、彼らの能力だ。身をくねらせるたびに下草を踏みしだく音が耳に(さわ)る。

 じわりじわりと向きを変えてくるのは、気づかれたのか、それともただの偶然か。いずれにせよ、このままではまずい。

 

 その時、にわかに空気が頬を打つ。

 さらに身がこわばる。

 心臓が喉元まで跳ね上がる。

 しかし、それは西から吹く風。

 彼が、大蛇の風下にいることを教えてくれた。

 ほどなくして、大蛇がゆっくりを風上へ頭を向けた。

 どうやら、気づかれずに済んだらしい。

 

 "今だ!"

 

 音を立てないようにしながら(きびす)を返す。

 自分が下草を踏む音さえ大きく聞こえる。1メートルの距離が遠い。静かに足を運ぶのが、こんなにも苦労することだとは。難儀しながら進むうちに、物音は徐々に遠ざかっていく。後ろを振り返りたくなるが、耳だけを研ぎ澄ませてこらえた。

 "ありがたい、そのまま気付かないでいてくれよ…"

 全身全霊で祈りつつ、彼は全力で忍び歩きを続けた。

 

 山際に横たわる大岩の陰へ辿り着いたところで、彼は改めて様子を窺う。湧き水を掘っていた場所から、100メートル以上は確実に遠ざかったはずだ。

 恐るおそる瀑布の方を(のぞ)き込むと、大蛇の姿は見えず、追いかけてくる気配もない。どうやら()いたらしい。

 そこまで確認して、彼はやっと全身の力を抜き、大きなため息をついて汗をぬぐう。とたんに腰が抜けて座り込んでしまう。

 

 本当に幸いだった。

 もし物思いにふけって気づくのが遅れていたら、今ごろは大蛇の腹の中だったろう。

 "ちょっと迂闊(うかつ)だったな。次は、警戒を怠らないようにしよう"

 頭をかきながら彼は反省し、気を取り直すと、集めた湧き水の量を確かめる。

 120本分ほど、だろうか。もう少し集めたかったが、まだ大蛇が居座っているかもしれない。ひとまず目安となる数は確保できたし、今回はこれで良しとしよう。これ以上は、文字通りの自殺行為になるだろうから。

 

 気持ちの整理整が付いたと同時に、腹が盛大に音を立てた。作業へ没頭し、サスールへと思いを馳せ、大蛇から逃げ出すその間まで、まったく飲み食いしてなかったのだ。自分の胃袋の現金さに呆れつつ、山の端に差しかかった太陽を眺めながら、遅めの食事に掛かることにする。

 鹿肉を焼いただけの単純なものだが、程良く付いた網目と香ばしさが食欲をそそる。小柄で陽気な種族(エルモニー)の親友への感謝は尽きない。主食にしている鹿の焼き肉を始め、オムライスやうな重、チョコレートケーキまで、実にさまざまなものを持ってきてくれる。おかげで今では、人なつこい笑顔と手料理がそろって目に浮かぶようになった。

 本人はしきりに

 「たいしたこと何もしてないよぉ」

 と言うが、彼は料理や醸造はまったくの素人なので、誰かが作ってくれないと困るのだ。文字通りの生命線だと思っている。本当に、ありがたい限りだった。

 口に入れた肉片を噛みしめる。凝縮された旨味がじわりと染み出てくるのが好きだから、飽きは来ない。それをしばらく楽しんでから飲み下し、やっと人心地がついた。

 

 そうして1食分を平らげたころには、足元から影が伸びるようになっていた。

 低い空へさまざまな(いろど)りが混ざり始める。景色も次第に黄色みを帯びていく。移りゆくエルビン渓谷の色合いは、本当に美しい。いつまでも眺めていたいが、夜の山間はより危険な場所となる。名残惜しいが、家へ帰るとしよう。

 

 荷物袋を探る手が、はたと止まる。

 「しまった…」

 思わずつぶやきが漏れる。

 

 帰宅用の魔法の鍵(ホーム レコード キー)が見当たらない。

 まとめ買いした中から1本、持ってきたはずだったのだが…忘れてきてしまったようだ。

 それは、負傷時には効果は出ないものの、家へすぐ戻れる優れものだ。今回のように転移装置(アルター)がない出先では、特に重宝する。

 エルビン山麓の村まで戻れば、そこの銀行員(ランクル)に頼んで魔法の鍵(キー)を引き出し、家へ帰れる。しかし太陽が山の向こうへ沈みつつある今、それは来た時よりもはるかに危険な道のりとなる。

 夕暮れでは見通しが利かず、大蛇や狼、荒くれ(バイソン)がいても分かりにくい。遠吠えも聞こえ始めている。渓谷を飛び交うコウモリの黒い影も増えてきた。

 自衛手段も退避手段もない自分。

 品物1つと、命1つ。あまりにも割に合わない引き換え条件だ。

 

 薄暗く、肌寒くなってきた谷あいを眺めながら、彼は身を震わせる。

 辺りの景色と空気が心を浸していく。ついさっきまで美しいと感じた景色は、今や、鋭く尖った氷の刃を並べたようだ。

 しかたない…悔やんでもしょうがない、と自分に言い聞かせる。

 夜明けを待とう…食べ物や飲み物はあるから。

 暗く寒い気持ちの中、彼は覚悟を決めた。

 

 その時。

 

 やや離れた場所に、突如として光が湧いた。

 幾重にも立ち上る、緑色に輝く輪。誰かが魔法で飛んで来る兆し。

 今の彼にとって、それはまさしく、救いの灯火(ともしび)そのものだった。

 

 その中から、角と翼を付けた小柄な影が現れた。

 良く見知った顔。

 出かけていたはずの人物。

 転移装置(アルター)を召喚できる、小柄な癒し手(エルモニーのヒーラー)だった。

 「あぁ、いたいた。遅くなってごめんよー」

 吊り上がりぎみの目尻を下げ、申し訳なさそうに見つめてくる(とび)色の瞳。

 思わず涙がにじむ。声が詰まる。

 「来てくれて、ありがとう。ほんと…すごく、困ってたんだ」

 腕で目元をぬぐった彼のしぐさを見て、相手は目を細めた。

 「そかそか。じゃあ、ちょうど良かったんだね。さっそくだけど、送るよ?」

 彼がうなずくと同時に、小さな送迎者は両手を高く掲げて呪文の詠唱に入った。

 ややあって、紋様の入った高さ3メートルほどの白い物体が、目の前に浮かび上がる。

 魔力で召喚された転移装置。これに触れれば、術者が指定した場所へ瞬時に飛べるのだ。

 小さくて大きな救いの手に心底感謝しながら、彼は心地良い浮遊感に身をゆだねた。

 

 家へ帰り着いたところで、本人は別れの挨拶もそこそこに立ち去った。所用の途中で書き置きを見つけ、飛んできてくれたらしい。だが、そのおかげで彼は無事に済んだのだ。大げさに聞こえるかもしれないが、命の恩人と言ってもよい。

 わざわざ駆けつけてくれた優しい癒し手(ヒーラー)に、ちゃんとお礼をしよう。具体的な当てもあった。魔法の発動に必要な触媒を、いくらか渡すつもりだ。

 

 魔法の心得はないが、折に触れて彼もいろいろ聞いている。

 この世界では、巨大な魔力の原石(ノア ストーン)からこぼれ落ちたかけらを利用して、さまざまな魔法が実現したこと。そして、魔法の発動に使うものを触媒と呼び、大きさや密度で分類した上で流通していること。

 その主なものとして、4種類が挙げられる。細かなチリ状の粉(ノア ダスト)大きめな粒の粉末(ノア パウダー)立方体をした結晶(ノア キューブ)、そしてより大きく高密度な結晶(ピュア ノア・キューブ)

 癒し手(ヒーラー)(いわ)く、ほかにも触媒はあるけど、私の場合はそれらを使うことが多いかな、とのことだった。また、必要な触媒の種類と数は魔法の使い方で変わるので、術者によって触媒の減り方も異なってくるという。

 「私の場合、やや大きめな粉末(ノア パウダー)立方体形の結晶(ノア キューブ)が減りやすいんだ」

 と、当人は言っていたから、それを贈ろう。あまり量が多すぎても当人が保管に困るだろうが、喜ばれることは間違いないだろう。

 

 幸い、売り子たちがお店をそつなく切り盛りしてくれるおかげで、収益も少しずつ出ている。当人に贈る分ぐらいは、すぐにでも出せる。

 頼りがいのある店番たちは店主の帰りが遅いのを心配し、無事を喜んでくれた。お手伝いの女の子など、

 「よかったぁ…ほんと、オオカミに、食べられてたらってぇ…」

 と大泣きしてしまった。予想外の少女の反応に戸惑い、なだめつつも、彼はどこかくすぐったくなった。

 そして彼らは、汲んできた湧き水の収納をやってくれると言う。月がだいぶ昇ってきた時間にもかかわらず、だ。本当に頭が下がるばかりで、胸が熱くなった。

 仲間たちの好意へ素直に甘え、彼は、旅の商人が次に訪問する日取りを確かめる。

 素材を仕入れる関係で、商人ともすっかり顔なじみになっている。薬の材料で触媒を買ったこともあるので、手に入るのは確実だ。ただ不思議なのは、触媒はもちろん、飲食物や空瓶、ちょっとした防具や生産道具まで、頼めば何でも出てくることだった。どこにそれだけの品物をしまいこんで歩き回れるのか、聞いてみたくはなる。

 

 終わってみれば悪くない一日だったな、と思う。

 不手際と危険に脅かされたが、その分、巡り合わせと縁のありがたさも身にしみた。それに、何とか目標も達成できたから、捨てたものではない。

 

 なんとなく見上げた太古の空(Ancient Age)に、月が浮かんでいる。

 理由は分からないが、時代は違っても時差はないことが多い。朝食後に家を出れば午前中に目的地へ着くし、夕方に現地を出れば夕食時には帰れる。

 だから、エルビン渓谷やサスール(Preent Age)の人たちも、時を超えて同じ月を見ていることになる。

 その不思議な繋がりを思うと嬉しくて、思わず笑みがこぼれるのだった。(了)

 




大変お待たせいたしました。
前回から、かれこれ7ヶ月ぶりの投稿になります。

実生活でいろいろあり、すっかり間が空いてしまいましたが、なんとかまとまりました。

前書きでも触れましたが、スキル構成によって、同じ状況でも危険度は各段に違います。
「それなら戦闘も生産もできるキャラを作れば」
といきたいところですが、そうは問屋が卸しません。

MoEは、レベル制ではなくスキル制です。
スキル構成によってキャラクターの性能は劇的に変わり、できることも違ってきます。
スキル値が低いと、できることが限られたり実用的でなかったりします。
戦闘スキルなら、攻撃が当たらない・威力の高い装備が性能を全く発揮しないなどの事態が起きます。
生産スキルなら、作れない・作成に失敗しやすい・修理すると傷むなどの現象が見られます。
ちなみに、1つのスキル値は最大100、スキル値すべての合計は850まで、という制限があります。
スキルは数十種類もあるので、いわゆる万能キャラは作れません。
上限に達した後、どれを高めてどれを下げるか、が悩みどころになります。

ここまで読むと、
「制限だらけでつまんねーなぁ」
と思うかもしれませんが、実は面白さにも繋がっているのです。

スキルは自由に組み替えられます。
新しい目的や使い方に合わせて、いつでも作り替えられるのです。

戦闘キャラが魔法使いになる、または歌って踊るアイドルに大転身、なんてのは珍しくありません。
変わったところでは、魔法使いなのに盾が使えたり、ドロップキックを浴びせてきたり…他のMMOでは考えられない(?)構成が実現します。

さらには、まったくのネタキャラにも走れます。
「爆弾男(女)」「フォールマン」「コスプレイヤー」「物好き」などなど。

文中の「彼」のように生産に特化したキャラだと、戦闘や魔法のスキルを取れない場合もままあります。
だからこそ、誰かの助け舟はまさしく天の恵み、救いの手。
"1+1" が "3" にも "4" にもなるのです。

制限が味わいになってるあたり、本当にうまくできてるなぁ、と思います。

あなたも、ぜひ一緒にダイアロス・ライフを楽しみませんか?

私だけではなく大勢の仲間が、現地にてお待ちしております。(了)


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【MoE】 もっこす奮闘記 番外編 怪談の場合

すっかり季節外れになってしまいましたが…。
たまにはこういう話にも取り組んでみようと思いました。

「肝試しイベント 2018」を題材にしています。

大して怖くないかもしれませんが、ご覧いただければ幸いです。
(季節も秋ですし、あまり涼しくならなくてもいいですよね?…と言い訳)

《おことわり》
説明不足や矛盾点が気になりやすい方にはお勧めしません。あらかじめご了承ください。




 今日も仕事が無事に終わった。

 稜線(りょうせん)の向こうから、空が入り日色に染まっていく。

 ちょうどその頃、売り場の締めと記帳も終わり、その場にいた全員の手が()いた。

 

 珍しいな…と彼は思った。

 

 いつもより早く暇ができるのは、ありそうで意外となかった。さらに、

 "せっかくの時間、たまにはゆっくりしたい"

 そう思うのもまた、勤勉な彼にしては貴重なことだった。

 

 「少し、みんなで散歩でもするかい?」

 伸びをしながら、販売員たちへ声をかける。

 今、彼のお店を切り盛りしているのは4人。

 これまでは、住み込みの男の子と女の子、小柄な種族(エルモニー)の男性の3人でお店を回していた。だが、扱う悟りの石が増えて人手が足りなくなってきたので、少し前から大柄な種族(パンデモス)の女性が加わっている。

 「はい。この辺りはあまり出歩いたことがないので、ぜひ」

 新入りの彼女が、穏やかな口調と表情で答えた。他の販売員たちも目を細めてうなずいた。

 実は、彼としては気をもんでいた。パンデモスは、太古に争った記憶からエルモニーを恐れているらしい。体格の差からはとても信じられない話だが、彼はそう聞いたことがある。だから、来てくれたのはいいが険悪な雰囲気にならないか…と心配だったのだ。

 しかしいざふたを開けてみると、それは杞憂に終わった。彼女の種族(パンデモス)は見た目の勇ましさとは裏腹に、争いを好まない穏やかな人が多いというが、彼女もそうだった。折り目正しく、静かな笑みを絶やさず、その長身にもかかわらず圧迫感や威圧感は全くない。まとめ役の彼(エルモニー)も陽気で優しい性分なので、新しい仲間として抵抗なく受け入れてくれた。作業や流れをていねいに教えて回り、彼女もそれをよく飲み込んでいったので、むしろ折り合いは良かった。お手伝いの子どもたちも"お姉ちゃんができた"と喜んでいる。

 この人で本当に良かった…と、彼は安堵している。

 

 家に誰もいなくなるので鍵をかけてから、足元の茂みを踏みしめ、めいめいに歩き出す。

 空の彩りを写し取ったように、すべての風景が入り日色に浸されていく。空はというと、一足お先にと言わんばかりに紫色や瑠璃(るり)色へと染め替えつつあった。

 「わぁー、きれい!」

 ぐるりと見回した少女が、目を輝かせながら天を振り仰いだ。

 「星が出てるね。光の粉が散らばったみたい」

 少年もその横で、感じ入ったように瞳を上へと向けた。

 「涼しくて優しい空気だなぁ…こりゃ気持ちいい~」

 魔法使いの格好のまま、まとめ役が胸を膨らませて両手を突き上げる。

 「幻想的ですね…昼間に見てる景色と同じはずなのに」

 こちらも同じくローブに身を包んだまま、新入りの彼女が目を細めて辺りを眺める。

 そのような他愛もないおしゃべりを楽しみながら歩いていく。ふと見つけたものや感じたこと、自分の好きなことや気になること、どこかで聞きかじった(うわさ)など…話題は尽きない。

 その中で、もっとも背の高い彼女の、新しい一面が明らかになった。なんと、ニューターに(あこが)れているという。

 「色白で顔立ちが可愛らしく、背も高すぎないから…」

 夕焼けよりも赤く顔を染めての告白に、お手伝いの女の子が目を丸くしていた。

 高い身長、それと釣り合う魅惑的(みわくてき)な体つき、健康的な小麦色の肌。少女にとっては(うらや)ましいところだらけなのに、本人は正反対のことを望んでいる。そこに心底驚いたようだ。"(となり)芝生(しばふ)は青く見える"とはよく言ったものだと、彼も(はた)で見ていて思った。

 

 そうこうするうちに、天も地も、海を思わせる藍色(あいいろ)へと沈んでいく。昇りはじめた月が白く輝き、円い切り抜きを作る。持ち主たちの動きにつれて、刷毛(はけ)で延ばされたような影が形を(あら)わにしていく。山々は限りなく暗い灰色に塗りつぶされ、その輪郭をさりげなく浮かび上がらせる。

 家々の灯りが遠く見えるだけで、辺りには何もない。

 

 「そういえば…こんな話を聞いたことがあります」

 いつもの静かな声音のまま、パンデモスの販売員が語り始めた。

 「強欲(ごうよく)な女性がいました。充分に綺麗(きれい)な顔立ちと体型だったにもかかわらず、本人は不満でした。

 "なぜ、私はこうも冷たくあしらわれるのか。もっと相応(ふさわ)しい扱いを受けるべきなのに"

 と…」

 

 …それだけならよく聞く話なのだろうが、続きが違った。

 ある時、女性は"不思議な力を宿した硬貨"の噂を耳にする。なんでも、とある場所に眠る者たちが持っているらしい。

 思いこみの強い本人は、こう考えた。

 「死んだのにお金を持ち続けるなんて馬鹿げてる。それに、不思議な力があるなら有効に使わないとね」

 女性は各地を懸命(けんめい)に探し回った。人づてのことなので手がかりを見つけるのさえ苦労したが、ついに目的地を突き止め、足を踏み入れた。

 そこは丘陵地(きゅうりようち)に広がる墓地だった。昼間でも(きり)が晴れることはなく、うっそうと木々が生い茂っている。人はおろか生き物の(かげ)1つ見えず、足音さえ飲み込む静寂(しじま)が広がるばかり。ところどころに、池ほどもある水たまりや縦横無尽(じゅうおうむじん)に地下を走るほら穴、そして()き火があった。灯火は果たして、死せる者への慰めか、生ける者への道しるべか。いずれにせよ、まともな場所には思えなかった。

 それにもかかわらず、女性に(おそ)れは少しもなかった。ついに来られた、これで自分の願いが叶う、という喜びが心を占めていたのだ。

 女性は(くわ)を振り上げ、精力的に探し始めた。墓石を動かすだけの力はなかったので、その脇を掘り返すやり方で目的の品を集めていった。(ひつぎ)を暴き、横たわる(むくろ)のそばできらめく"それ"を見つけては、ためらいなく掴み取っていった。白骨化していようが、幼い娘のものであろうが、まったくお構いなしに。ただひたすらに、無我夢中で作業へ打ち込んだ。

 1枚、また1枚と手中(しゅちゅう)に収めるたびに、女性の心は満たされていった。黒く粘った熱い何かが、勢いと深みを増しながら広がり、飲み込んでいく。不思議と心地良い。身を任せてしまいたくなる。いつしか、初めの目的など頭の中からとうに消え去っていた。

 "これ"が、ありさえすればいい。

 見つけた私のものだ。全部、私のものだ。誰にも渡さない。

 

 いつしか全員の足が止まり、聞き入っていた。

 「なんと(ばち)当たりな…」

 いつもは陽気なエルモニーも(まゆ)をひそめている。その肩に少女がしがみつき、目を閉じて身を震わせている。

 「こわい……かわいそう…」

 「え? かわいそう?」

 少年が聞き返す。平静を(よそお)っているものの、声がうわずっている。けれどこの場合、その高めの響きがかえって周りを和ませる。

 「だ、だって…お墓、荒らしちゃったんでしょ…? ひどいよぉ…」

 話し手は大きくうなずき、淡々(たんたん)とした語り口のまま続けた。

 

 たくさん集まった。

 両手にあふれんばかりの、星屑(ほしくず)のような輝き。確かな手応えと重み。これ以上の満足はない。土と泥にまみれてまで集めた甲斐(かい)があったというものだ。

 何枚ぐらいあるのだろう…ふと、気になった。薪の上で揺らめく炎の明かりを頼りに、数え始める。

 「1枚、2枚、3枚…」

 夢中になるあまり、指の間から数枚こぼしてしまう。硬貨は薄暗いもやと深い草むらの中へ消えた。(あわ)てて地面をかき分けるが、落としたばかりの品は出てこない。勢いよく立ち上がり、辺りを探し始める。捜索範囲(そうさくはんい)が広がるにつれて足の運びも早くなり、駆け足へと変わる。息遣(いきづか)いもだんだん激しさを増し、激しいあえぎとともに走り回る姿となる。

 息を切らせながら左右を振り返ると、いつの間にか人影が現れていた。

 白装束(しろしょうぞく)に身を包み、長い耳と髪をなびかせた女性たち。うつむいたまま、ゆっくりと無言で歩んでいる。まるで、()せ物を求めてさまようかのように。

 生前の姿で焚き火のそばにたむろする数人の少女。"見た?""見てない""聞いた?""聞いてない"そんな(ささや)きが耳を打つ。

 他にも、そこかしこに気配(けはい)を感じる。

 「横取りされてたまるか。私のものだ。取り返さなきゃ」

 幸い、彼らは(おそ)ってくる様子はない。あちらも探すのに必死なのだろう。負けてなるものか。こうなったら亡者(もうじゃ)どもよりも先に見つけ出すまでだ。鍬もどこかへ放り出して走り回るうちに、足がもつれて転んだ。

 「まったく…汚れるじゃない」

 忌々しげに舌打ちしながら起き上がる。ふと、水たまりへ映ったものが目に飛び込んできた…。

 

 語り手は言葉を切り、にわかに沈黙の(とばり)が下りる。月明かりの下、白と黒に切り分けられた彼女の表情はいつもどおりだ。だが今は、それがより不気味(ぶきみ)に感じる。

 突然、一陣の風が吹き抜け、(ほほ)をなでる。誰ともなく身を震わせ、短く悲鳴を上げる。唾を飲み込む音が響く。

 「そ…その女の人は、な、なにを見たの…?」

 かすれた声で、男の子が小さく尋ねる。

 それを受けて、彼女はその先を続けた。

 

 水鏡を覗き込んでいたのは娘の顔だった。黒髪を片側へ流し、黒を基調とした半袖の衣服に身を包んだ姿。まずまず整った顔立ちと言えるだろう。

 しかし…表情も目の色も分からなかった。

 なぜなら…

 その瞳には漆黒(しっこく)が渦巻いていたから。

 その口元は暗闇(くらやみ)に覆われていたから。

 「お前は誰だ?」

 女性は問いかけるが、返事はない。

 「なぜ答えない!?」

 いきり立つと、その娘も同じように肩を(いか)らせてきた。

 「真似(まね)するな!」

 乱暴に腕を叩きつける。水しぶきが上がり、相手の姿が消える。

 「おのれ…どこへ行った。逃げるな、出て来い!!」

 水面を両腕でしゃにむに()き回す。()れそぼり、頭から(しずく)(したた)らせながら、やがて女性は立ち上がる。

 「何が何でも見つけ出してやる。(かく)れても無駄(むだ)だ…」

 そう、隠れても無駄なのだ。

 この場所へさえ、執念(しゅうねん)で行き着いた私からは…逃げられやしない。

 あいつが()ったのに違いない。でなければこうも逃げ隠れするはずがない。

 "必ず、(むく)いを受けさせてやる!"

 固い決意を胸に、女性は駆け出した。墓場をひたすら…ただひたすら。

 水面(みなも)に映ったのが自分自身だったと気づく、その時まで…

 

 全身でわななく子どもたちの背中をさすりながら、まとめ役(エルモニー)(なだ)めるように見上げる。

 「お、おいおい、この子らにゃあ、これ以上はキツいって…」

 もっとも、その当人の顔色も心なしか青ざめて見える。月光のせいではないだろう、たぶん。

 「う、うん、いや、だ、だいじょうぶ。へ、へーき、へいき」

 歯を鳴らしつつ、そんな台詞(せりふ)とともに少年がぎこちなく両腕を振り上げる。その隣で少女は耳をふさぎ、涙をためてうずくまっている。

 「あらぁ…ごめんなさい…ごめんなさい。怖がらせてしまって…」

 語り手を(つと)めた彼女がうろたえ、頭を何度も何度も下げる。来てからまだ日は浅いが、この人がここまで感情を出すのも珍しい。本当に困り、申し訳ないと思っているのがよく分かる。

 「怖くならないよう、静かに話しましたが…逆効果になったようですね…」

 「むしろ、怖さ倍増だって」

 間髪(かんぱつ)()れずツッコむ相方(あいかた)。が、その口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。子どもたちもいくらか立ち直ったようで、音を立ててため息を()きながら、胸をなで下ろしている。それを見て、彼女もやっと顔を上げた。

 「こわかったけど、お話、じょうずで楽しかったです」

 少女も腕を伸ばし、彼女の手を取った。

 その手を包み込むように(にぎ)り返し、"ありがとう"の気持ちを伝える。その横で、少年もしきりにうなずいている。

 「そういうこと。まぁ、もうそんなに気にするなよ」

 小さな相棒(エルモニー)が締めくくる。つい先ほどまでの(うす)気味(きみ)悪く張りつめた空気が、みるみるうちに融けていく。

 「とりあえず帰ろうぜ。だいぶ(すず)しくなったことだし」

 (ひじ)から先が太い両腕を振り回しながら、続けて提案する。周りもうなずき、足を()み出したところで異変に気づいた。

 

 家主がついて来ない。

 

 立ったまま、まったく動かないのだ。そういえば、ずっと(だま)りこくったままのような気もする。

 「おーい、生きてるかー?」

 身長差を補うために軽く飛び跳ねつつ、両手を目の前で振ってみせるが、やはり反応がない。

 「まさか…」

 「ひょっとして…」

 誰かのつぶやきに別の誰かが重ねる。しばし見つめあった後、結論が異口同音(いくどうおん)に飛び出した。

 「気を失ってる…!」

 なんと、彼は目を開けまま、立ち尽くしたまま失神していたのだ。しかも、今まで誰も気づかなかったほど自然に。ここまで見事だと、特技と呼べるかもしれない。

 「ぶわははははは…」

 「あひゃははははは…」

 子ども2人がこらえきれずに吹き出し、大口を開けて笑い転げた。つられて大人2人も笑い出す。家主が一番の怖がりだったという事実も意外なら、ひっそり気絶することも想定外。そして周りに悟らせないほどの(たく)みさ。普段の様子からはまったく思いもよらなかったぶん、おかしくてたまらない。

 そうするうちに、当人が激しい(まばた)きとともに顔をしかめ、首を横に振った。どうやら意識を取り戻したらしい。

 「ん?なんでみんな笑ってるんだ?」

 (きつね)につままれたような彼の反応は至極(しごく)当然のものだったが、周りがさらに大爆笑したのは言うまでもない。

 

 結局、彼は後でもう1度、

 「怖いけど気になるから」

 と、話の続きを聞いたのだった。

 さすがに気絶はしなかったものの、気が遠くなった拍子にちゃぶ台へ頭を軽くぶつけ、こぶを作るはめになった。

 「あ、ありがとう」

 青ざめてこぶを押さえながらも、どうにかお礼を述べる。彼女はいつもの微笑(ほほえ)みをたたえてうなずき返す。

 「ところで、1つ気になることがあるんだけど…なぜその人は、水に映った自分の姿だって分からなかったのかなぁ」

 それに答えて彼女が語った内容はこうだった。

 身勝手な欲望に突き動かされて死者を冒涜(ぼうとく)するという罪を犯した女性は、心身ともに闇の瘴気(しょうき)に満たされてしまう。目と口が気味の悪いもやに包まれたのも、それが原因だった。服装も髪の毛もあふれ出す"それ"に染まり、そのせいで自分だと気が付かなかったのだ。

 だが彼は、それだけではないような気がしていた。誰しも、"自分を大切にされたい、自分のものを大切にしたい、これこそが本当の自分"という願いはあるだろう。この女性はそれらが極端に強く、そして利己的な方へ暴走しただけのように思えたのだ。私の中にも、ひいては誰にでも同じ危険性は潜んでいないか。そう考えると、つい恐ろしくなる。

 「いやぁ、よくそこまでいろいろ覚えてるねぇ。それに、すごい想像力だよ」

 すると、目の前の彼女はこんなことを言った。

 「実話という噂もありますよ。体験できるかもしれませんね」

 

 「え…」

 

 彼の記憶は再び途絶(とだ)えた。(了)

 




前回からだいぶ間が空きました。
すっかり時期を(のが)してしまいました(汗)。
文字数もいつもよりは少なめで、内容もいろいろ中途半端な感じもしますが、この手の話を書くのは初めてなので、大目に見てくだされば幸いです。

実は、元ネタのイベントでも細かな背景やいきさつは明かされていません。
筆者なりに「こんな感じの流れがあって、肝試しイベントの舞台へつながるのかな」と想像して書いてみました。
説明しきれてはいませんし、つじつまの合わない部分も多々あります。ですが、推理小説や解説、論文みたいに整合性を取ることを重視するよりも、雰囲気や場面の流れをがんばりたいと思いました。

ちなみに、筆者はいわゆるグロい表現は苦手です。読むのも書くのも…。
また、個人的には「それは怖いというより、気色悪いになるかな…」とも感じているので、残酷な描写はなるべく避けたつもりです。

今回つくづく思ったのは、怖い雰囲気を作り、描写できる人は本当にすごいなぁ…と。
筆者はとても怖がりで、読むのにも相当のエネルギーが要ります…えぇ、すっごくビビります。ホラーのフリーゲームのプレイ動画を見て、思わず悲鳴を上げるぐらい(笑い)。

なお、今回は生産に関わらない内容なので、「番外編」にしました。こういう話材も筆者にとっては新鮮だったので、時たま入れてみようと思います。

賛否両論とか、ツッコミどころ満載だとは思いますが、今後とも、暖かく見守ってくださると嬉しいです。

お読みくださいまして、ありがとうございました。(筆者 拝)


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【MoE】 もっこす奮闘記 武器作り編 槍の場合

出先で注文を受けて、槍(刺突武器)を作るお話です。

思ったより、内容が盛りだくさんになってしまいました。

あと……突っ込まないでくだされば幸いです。槍だけに。




それは、本当にたまたまだった。

 

 その日、彼は城下町ビスクの西地区(エリア)にいた。古代のダイアロス島(Ancient Age)で生産三昧(ざんまい)な彼が、島へ流れ着いた時代(Present Age)へ足を運ぶのは珍しい。

 この地区(エリア)には、1つの建物に2つの銀行が収まっている。敷地と間取りも広く、露店を開くのにとても都合が良い。そのため、多種多様な品々が並ぶことになる。食材、素材、武器や防具、装飾品、果ては骨董品や一見するとガラクタに思えるものまで。勢い、それらを目当てに人も集まるので、ビスクの中でもとりわけ(にぎ)やかな場所の1つとなっていた。

 そんな喧騒(けんそう)を避ける彼だが、その日は亜鉛と樹脂の買い取り露店を訪ねてきたのだった。彼の場合、亜鉛は肥料の、樹脂は接着剤の作製に使うぐらいなので、自然と貯まる。それをお金(Gold)()えようというわけだ。

 素材の使い道を買い手へ()いたことはない。立ち入った話になるし、野暮(やぼ)だと思うから。ただ、お互いの利益になるのは事実だ。相手は素材が手に入る。自分は土地の維持費(エンシェント コイン)を得る足しになる。それで充分だった。

 ちなみに、売買は交渉で決まるほか、買い値を掲げている店へ売り渡してもよい。もちろん取引価格は常に変わるし、競争があれば大きく動く。住居費を得るための一環として、露店の動向にはそれなりに目を配っているつもりだ。

 守銭奴(しゅせんど)を目指すつもりはないが、"ちりも積もれば山となる"という言葉もある。眠ったままの素材を換金できるなら、ぜひに、と思う。そのようなわけで、出入りする人に混じって銀行の扉をくぐる。

 

 雑多(ざった)な声が飛び交い、彼を取り囲む。

 「いらっしゃい、いらっしゃい。従者(ペット)経験と成長を促す粉(エクスペリエンス パウダー)が1つ3,200Gだよ~」

 「海水と木炭を売っていただける方、それぞれ70Gと40Gでお願いしますー」

 「あなたに寄り添う心(ビサイド ユア ハート)の首飾り、特価品で19,800Gです。銀行の利用枠を増やせるのも魅力ですよ~?」

 「うむぅ、あいにく仲間たちへの活力付与(グループ リバイタル)は見つからないか…仕方ない、出直そう」

 「旅の商人が20,000G? 東地区(エリア)ではもうちょい安かったんだけど?」

 

 そんなざわめきをかき分けるようにして、目当ての人影を探す。

 「こんにちは」

 彼が声をかけたのは、木綿(クロース)の服に身を包んだ、小柄な種族(エルモニー)の男性だった。魔神を呼び出す大きな灯り(ランプ)を頭に()せている。首や肩を痛めないかと他人事(ひとごと)ながら気になるが、目立つのは助かる。

 「おっ、兄ちゃん、まいどっ!」

 握手を交わしながら笑顔を向けてくる。友人と同じ種族だが、目の前のそれはまた一味違う。のんびりとか人なつこいとか言うよりも、快活な感じがする。

 「今日も亜鉛と樹脂(いつもの)を売ってくれるのかい?」

 ひとつうなずいて、彼は買い取り価格を尋ねる。これまたいつも通りだったので、亜鉛を20と樹脂を200ほど手渡す。しめて62,400Gの収入となった。知人の護衛戦士(ガーディアン)呪われた(スルト)鉱山で、動き回る屍(リビング デッド)を相手に半日あまり粘った成果を軽く上回る。こちらは取引相手がいないと稼ぎようもないが、かなり旨みのある話だ。

 「まいどありっ!…って、お金を払っといて言うのもおかしいか? とにかく、おかげさま。ありがとうな」

 お辞儀を交わしながら彼も応じる。

 「こちらこそ。いつもこんなに儲けさせてもらって悪いぐらいだよ。本当にありがとう」

 ついつられて、敬語を使うことを忘れてしまう。もっとも当人も"堅苦しくない方がいい"と言ってくれるので、それに甘えているが。

 

 そうして取引を終えて別れの挨拶をすませ、爪先(つまさき)を銀行の出入口へ向けた時だった。

 「あのー、すみません」

 耳へ入ってくる、柔らかな高めの男声(テノール)(きびす)を返したその先に、耳の長い種族(コグニートー)の男性が立っていた。水色の髪と若草色の瞳を持つ、そよ風を感じさせる雰囲気だ。鱗状の鋼板を重ねた鎧(スチール スケイル)を着込んでいる。ただ、その顔立ちに見覚えはない。そもそもこの大勢のなかだ。自分に呼びかけたのかどうかも判断がつきかねる。

 「私ですか?」

 問いかけると、長身をしなやかに折り曲げる形で反応があった。

 「急にお声掛けして失礼しました。木工や鍛治をされているかとお見受けしたものですから…」

 彼は創り手(ジェネシス)装備に身を包み、黄金の魔術《マジック オブ オーア》と呼ばれる耳飾りを着けている。それが相手の判断材料になったらしい。

 「はい、やっていますが…どうかしましたか?」

 ごまかす必要もないのでひとまず答え、続きを促す。

 「良かった……実は、刃の波打った短剣(クリス ナイフ)と、突くための細い剣(レイピア)を作っていただければと思いまして」

 作製依頼だった。出先でこのような話が舞い込んでくることは滅多にないので、少なからず驚いた。

 挙がった品目から察すると、この細面(ほそおもて)の青年は突き刺す武器をいくらか使い慣れてきたところらしい。どちらも作るのに手間はかからないが、銘入(めいい)り限定の注文だとすればそれなりに敷居は高くなる。すると、

 「品質(グレード)はこだわらないので、2本ずつお願いできませんでしょうか。価格はそちらの言い値で構いません。いかがでしょう?」

 願ってもない好条件だった。1も2もなく彼は承諾し、納入期限と連絡先、受け渡し場所を控える。

 「なるべくお待たせしないようにしますね。手元に材料も揃っているので、遅くても2日以内にはご連絡できると思います。ところで…」

 もう1つ、必ず確認しなければならないことがあった。材質だ。

 赤き幻の金属(オリハルコン)は手元にない。鉱石のそばへ寄るだけで身の危険があるという代物で、彼の体力では耐えられそうにない。紫の魔法金属(ミスリル)は少し持っているが、作製時の(くせ)が非常に強く、普段なら失敗するような加減で加工してやる必要がある。いずれにせよ、この2つの金属は入手困難なため現実的とは思えなかった。

 彼としては、耐久性と威力と軽さ、どれを重視するかで使う素材が決まると考えている。また、修理の素材をどのくらい手に入れやすいかも無視できない。

 それらを総合的に考慮して、彼は青銅(ブロンズ)を勧めることが多い。威力は鉄や鋼に一歩譲るが、長持ちし、軽い。素材も調達しやすく、修理費も安く済む。ただ、青緑がかった見てくれは好みが分かれる点だ。

 また、銀もよく()している。威力と耐久性は青銅(ブロンズ)と同等で、死んだはずのもの(アンデッド)に対しては力がより強まる。照り映える外観も魅力的だ。やや重く、荷物や戦利品を持ち運べる量が減ってしまうのは惜しいが。

 「なるほど…他の素材にはどのような特徴が?」

 問われて彼は、鋼をまず取り上げる。最も硬いだけあり、その一撃は他の追随を許さない。引き換えに(もろ)くて傷みやすく、寿命は銀や青銅の6割ほどだが、惚れ込む者は多い。

 また、黄金についても()れる。非常に重く、採掘量が少ないため費用もかさむ。しかし攻撃力と耐久性は高めで、生命力を強める不思議な効果も併せ持つ。

 そうした特長と難点を説明した上で、相手の出方を(うかが)う。ややあって、依頼人が口を開いた。

 「それでしたら、外見のこともあるので、銀でお願いできませんか?」

 「分かりました。波打つ刃の短剣(クリス ナイフ)細身の尖った剣(レイピア)、銀製で2本ずつ、確かにお引き受けしました。あさってには仕上げますので、価格はその時にご相談しましょう」

 片膝をついて(こうべ)を垂れながら、注文内容を復唱する。聞き間違いや勘違いをなるべく減らそうという、彼なりの工夫である。

 「はい。どうぞよろしくお願いいたします」

 先方も膝を折ってくる。同じような仕草でも優雅さが違う。無骨な武具に身を包んでいてもそれは変わらない。さすがは美貌で知られる種族だなぁと、少しうらやましくなった。

 

 ひとまずその場は別れ、忘れないうちに受注内容と連絡先を書き留める。こうなると善は急げだ。一刻も早く製作にかかろう。魔力の転移装置(マナ ポーター)を走り抜け、その先の坂道を駆け上がり、時を超える装置(アルター)へ飛び乗った。

 

 「ただいまー」

 足早に帰宅した勢いのまま玄関の戸を開け閉めする。派手な音が鳴り、売り場の男の子と女の子が揃って小さく飛び上がる。

 「あ、ごめん。びっくりさせちゃったね」

 誰に対しても素直に謝れるのは彼の取り柄だ。我ながら少し慌てていたかもしれない。少し落ち着こう。ふぅ、と1つ息をつく。

 「お、お帰りなさい…どうしたんですか?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情のまま2人が見上げてくる。それに応えて、彼はことのあらましを語ってきかせた。途中で、いつものブドウ果汁でのどを潤す。

 「……というわけ」

 「へぇ~、そんなこともあるんですねぇ。すごいなぁ」

 少女も遠慮がちながら、

 「おめでとうございます」

 と頭を下げてくれる。一緒に喜んでくれる人がいるのは本当に良いものだと思う。より嬉しくなるし、やる気も出てくる。

 

 ひと心地ついたところで、中2階にある本棚へ足を向ける。製法(レシピ)を確認する必要があるのと、注文された武器の特徴を確かめたかったのだ。

 

 揺らめく炎に似た短剣(クリスナイフ)は、元々は儀式や祭りに使われたらしい。霊力が宿る、あるいは魔除けの効果があるとされていたようだ。(つか)には手を守る構造がなく、攻撃を受け止めるには向かない。ひたすら突くことに特化していると言えるだろう。その独特な姿には、傷口を広げて治りを遅らせる効果が潜むというが、鋳塊(インゴット)2つで作れる大きさなので殺傷力が極端に高いわけではない。

 かたや、細長い剣(レイピア)鋳塊(インゴット)を4つ使うぶん見た目より重く、貫通力も出る。諸刃(もろは)なので()ることも一応できるが、やはり突き刺すことに主眼を置いた武器だ。使い手の拳を守るほどではないが、攻撃を受け流せる(つば)が付くので実戦的に見える。

 また、発注者がこだわったように、銀は"しろがね"と言い表すほど光を白く(はじ)く。長く使うと黒ずむため時たま磨いてやる必要はあるが、見る楽しみが増えるのは間違いない。ただ、"(うるわ)しい姿"になるかどうかは、ひとえに彼の腕にかかっている。熱した銀の鋳塊(インゴット)をどれだけむらなく延ばせるか。冷えた後にできる多数の細かなへこみをどこまで(なら)せるか。そして何より、欠けやゆがみのない全体像に仕上げられるか。

 工程そのものは単純だ。銀の鋳塊(シルバー インゴット)を加工して刃と本体を形作り、綿の布束を握り部分へ巻き付けて完成となる。だがもちろん、手を抜くつもりはない。普段の彼は平和的で穏やかだが、ものづくりでは文字どおり()()男へと早変わりする。静かに、慎重に、細やかに。そして…ただただ、最善を目指して。それが彼なりの職人道、魂の在り方だった。

 

 気持ちを新たに、金床の前に立つ。

 灼熱した銀を、精魂込めて鍛える。打ち損じると完成度が大きく落ちる。しかし冷えてしまうと思うように整わなくなるので、時間との勝負でもある。音と手応えを頼りに延ばし、本体と持ち手を手際よく作っていく。おおよそ整ったところで、一気に水へつけて冷やす。

 立ち上る湯気。やっとこを持ち上げると現れる白銀のきらめき。表面を丹念に眺め、冷却時にできる凸凹(でこぼこ)を小刻みに叩いて平らにしていく。刃先や縁をヤスリで整える。持ち手の曲がりや太さの塩梅(あんばい)を確かめ、手直しする。

 最後に、手になじむ触感と滑り止めの役割を兼ねて、木綿の布束を握りへ巻き付ける。片手で布地を突っ張り、もう片方で武器を回しながら作業を進めていく。いくら切れ味が良くても柄布(つかぬの)がゆるいと威力が()がれてしまうし、取り落とす恐れすらある。そうなっては台無しなので、敢えてじっくり、引きつけながら行う。

 これを一度に2本ずつ、2種類ぶん繰り返していく。

 

 明らかに作業量が多く、根を詰めている様子だった。だが販売員たちは、遠目に見守るなり飲食物を置いておくなりに留めている。女の子が眉を(くも)らせて近づこうとするのを、仲間の小柄な男(エルモニー)が首を横に振って止める。こういう時の彼には、ねぎらいであれ気遣いであれ、声をかけるのは(さまた)げにしかならない。そのことを、周りの者はよく心得ていた。

 日はとうに落ち、お店を片づけて帳簿をまとめる時間となった。家主は相変わらず、わき目もふらずに仕事へ打ち込んでいる。

 やがて、周囲では販売員たちが、忍び足で玄関を出る者や長椅子(ソファ)で毛布にくるまる者、めいめいにその日を終えていく。その傍らで、時たま間をおくことはあっても、(つち)を振り下ろす音は鳴り止まない。高く低く、硬く軟らかく、さまざまな響きを奏でていく。

 結局、灯りは一晩じゅう絶えず、鍛錬の調べは夜通し続いたのだった。

 

 空が白み始める。鳥がさえずり出す。入れ替わりに、窓の明かりがようやく消える。

 火を落とした溶鉱炉と熱の取れた金床のそばで、大の字になっている職人(ジェネシス)が1人。起き出してきた少年が目ざとく気づき、自分の使っていた毛布を掛け直す。彼の寝顔はとてもすがすがしく、満足そうに微笑んでいた。

 叩き終えた注文品は朝焼けを受けてきらめき、辺りを照らす。光と陰、そして際立つ輪郭。4本とも会心の作に仕上がったことがはっきりと分かる。何よりも、(ひそ)やかながら製作者(彼自身)の名前が彫ってある。それはまさしく、手応えと自信のほどを示す証であった。

 

 静かに寝息を立てる家主を起こさないよう、少年は戸口に手を添えて扉をくぐり、販売所へと出る。朝の空気を吸い込みながら拭き掃除に取りかかる。陳列棚を磨き始めたところで遠慮がちな開閉音が聞こえ、お手伝いの女の子が顔を出した。

 「おはよう。寝られた?」

 小声での問いかけに、小さなうなずきがあった。…が、次の瞬間、あくびをかみ殺して涙を目尻に溜める。

 「ムリしなくていいよ? まだ少し早いから、ちょっと寝ておいでよ」

 しばらく見つめた後、

 「うん……ありがとう」

 一声告げて頭を下げ、もと来た扉をそっと通り抜ける。

 「あ、そうだ」

 後ろから呼び止められ、足を止めて振り返る少女。それに向けて軽く手を振り、少年は言葉を継いだ。

 「家主(あの人)を悪く思わないであげてほしいんだ。うるさかったと思うし、怖かったかもしれないけど、集中してただけだからさ」

 再び首を縦に振り、少女は戸の隙間へと消えた。

 「すごくがんばってたもんね…」

 そう言葉を残して。

 

 頬に(ぬく)もりを感じて、目を開ける。布ずれの音とともに起き上がり、軽くのびをする。窓の外には太陽があり、うららかな光を放っている。

 どうやら、依頼品の完成と同時に眠り込んでしまったらしい。床の上でのびるとは恥ずかしい限りだが…誰かがさりげなく毛布をかぶせ、敢えて起こさずにいてくれたらしい。そんな小さな心遣いが、起き抜けの心に温かく沁みてくる。

 毛布を畳み、空腹に悲鳴を上げる胃袋へ()()を入れて黙らせる。食事もそこそこに、新商品をためつすがめつ、念入りに確かめる。

 

 すっかり掛かり切りになってしまったが、満足のいく出来栄えになった。

 

 これなら、間違いない。

 

 毛布のこともあり、気分は爽やかで晴れやかだった。

 

 さて、発注者へ連絡を取らなくては…とぼんやり考えていると、外の声が耳に飛び込んできた。

 「いらっしゃいませ~。悟りの石をいろいろ置いてます~。いかがですかー?」

 

 そうだ。

 外出は、軽く水浴びを済ませてからにしよう。汗だくだし、あちこちも汚れている。臭いもきついだろう。

 そういえば、耳鳴りのような、羽音のようなものが周りを飛び回っているような気がする。視界の端にちらちらと黒い点が見えるあたり、どうやら本当に(はえ)がたかっているらしい。

 「……うげっ」

 気のせいではないと分かったとたん、顔がひきつってしまう。耳を澄ませる。話し声が聞こえる。まだ接客中らしい。

 

 …まずい。

 ここで姿を見せれば、お店の印象(イメージ)は確実に、絶賛()急降下する。それこそ、レクスール丘陵地(ヒルズ)にかかる女傑族(アマゾネス)が守る橋から飛び降りるに等しい。

 だから、顔は出せない。絶対にできない。雇い主(自分自身)が営業妨害をしていれば世話はないのだから。

 大げさと言うなかれ。悪い印象はひとたび付くとなかなか(ぬぐ)えない。そのくせ、良い印象はなかなか根付かない。彼はそのことを、骨身にしみて知っていた。だからこそ、これほどまでに神経質になるのだ。

 第一、雰囲気づくりにあれほど悩み、絵まで探し回ったというのに。売り子たちの努力へ感謝とねぎらいを込めて、ふさわしい1枚をやっと手に入れたのに。販売員(仲間)たちと協力しあってここまでになったのに。それを(みずか)ら崩すようなことは、断じてできなかった。

 …そして気づいた。

 よくよく考えてみれば、誰かが入ってくるのもまずいではないか! 汚れまみれ、汗まみれ、蠅まみれ…想像しただけで卒倒(そっとう)しそうになる。ひょっとしたら目の下に(くま)もできているかもしれない。

 …その時、救いの閃きが彼に差し込んだ。

 そうだ。

 2階の井戸を使おう。

 差し当たり、顔と頭、あとは手だけでも何とかしよう。毛布も洗っておこう。

 気配りを見せてくれたのが誰なのか。それは、小脇に抱えた毛布の風合いが教えてくれた。あの少年の成長ぶりが実感できて、我がことのように嬉しく思う。だからそこ、なおさら恩を(あだ)で返すようなことはしたくない!

 そうと決まれば…と、階段を脱兎(だっと)のごとき勢いで駆け上がる。井戸から水を汲み上げ、手洗いと洗顔に取りかかる。発注者へ連絡を取るのはそれからだ。

 

 「どうしたんですかぁ? 階段から落ちたりしてないで…」

 騒音につられて様子を見に来た女の子が、見上げた姿勢のまま身をひきつらせて(こわ)ばった。

 目に入ったのは、家主が()れ髪のままこちらを振り返る姿。そこへさまざまな偶然や条件が重なってしまい、蛇に(にら)まれた(かえる)のようになったのだ。

 目の隠れた乱れ髪。

 井戸の手前に立つ男。

 ()れそぼった頭からこぼれ落ちる水滴。

 引き結んだ口元。

 高く見上げ、見下ろされる角度。

 そして、顔の凹凸(おうとつ)に合わせてランプの光がつくる影。

 

 こわい。

 

 まるで、井戸の中から這い上がって来た人のように見えたのだ。

 「ひ…あ…や…」

 身を震わせ、みるみるうちに目が(うる)んでいく。あわてて彼は前髪をかきあげ、目をしばたたかせる。

 「わわわ、ちょ、ちょっと待って、泣かないで! お願い!」

 両手を胸の前で振りながら、押しとどめようとして足が出てしまい…その先に段がなかった。派手な断続音を立て、水しぶきを頭から()き散らしながら階下まで一気に転げ落ちる。

 顔と頭を洗っている最中に声をかけられて振り向いただけだったのだ。不機嫌そうに見えたのも、目や口に水が入らないように力を込めていたから。場所と状況と傾斜と陰影とが、ある意味で芸術的にかみ合った結果だった。

 「ったたたた…」

 今度は苦痛に顔をしかめる彼の横で、少女が腹を抱えて笑い転げている。体を真っ二つに折り、先ほどとは別の涙を浮かべて。

 「あはっ、あはは…ご、ごめんな、さい、だって、ひっく、噴水みたいでおもしろかったの、きゃ、ははは…」

 どうやら、髪の毛から(しずく)の飛び散る(さま)が、彼女の勘所(ツボ)にはまったらしい。

 今泣いたカラスがもう笑う、とはよく言ったものだなぁ、と思う。

 "まぁ、痛い思いはしたけど…笑ってくれたし、臭いもハエも取れたから良しとするか"

 苦笑いと安堵の混じった表情を浮かべながら、彼は濡れた頭を手ぬぐいで包み込んだ。

 

 髪の毛が乾くのを待つ間に、見積もりを出しておくことにする。たたき台を作っておけば交渉しやすいからだ。

 当然だが、価格設定は作り手によってまちまちになる。彼の場合、材料費と作製難易度、そして品質から算出している。手間賃は相談して決めてきたが、"安い"とよく言われる。奉仕しているわけではなく、ふんだくろうとしない性分(しようぶん)のせいだろう。買い手が恐縮して多めにくれることもあり、そんな時は彼も(かしこ)まってしまうのだった。

 ただ、他の職人とあまり売値が開かないように注意してはいる。彼は出かけることが多いが、それには価格調査の意味合いもあった。

 自分は、いわば"真の達人"とでも呼べる人たちに比べれば、まだまだ慣れていない。それだけ未熟だ。そう自覚している。

 しかし、商売は商売だ。

 そんな思いや価値観に付け入られ、足元を見られることは避けなくてはならない。自身自身のためにも、仲間のためにも。

 

 どういうことか。

 

 お金(Gold)と作品のやりとりは、意地と見栄と欲望の駆け引きでもある。心を許せる間柄(あいだがら)ならともかく、初対面、あるいは為人(ひととなり)が不明な相手に"お求めやすい"価格を提示するのは、作り手としての自殺行為に等しい。

 「安くて高品質なのが当たり前」

 「頼めばまたすぐ作ってくれる」

 と買い手が思い込む危険性があるからだ。

 そうなれば厄介なことになる。気軽に装備を使い捨て、気安く次の装備を要求するだろう。そして、少しでも価格や品質に不満が出れば、

 「ぼったくりだ!」

 「前は安く売ってくれたじゃないか!」

 「けち! へたくそ!」

 と、さも当然のように主張し、罵倒(ばとう)することは充分あり()るのだ。他の生産者にも(から)んで難癖(なんくせ)をつけても不思議はないし、彼自身が同業者から目を付けられる恐れさえある。そうなれば、正直、たまったものではない。

 だからこそ…

 "お金(Gold)の重み"はそれなりに必要だ。

 品物の価値を表す形として。

 そして何よりも、

 「わざわざ作りたくない、売りたくない」

 と思う買い手を()()()()()ために。

 

 (いま)だに安めに価格を見立ててしまう彼ではあるが、そういった体験を通して、適正価格の重要性を意識するようになった。手間賃を話し合う形なのも、手間賃の相場が分かりにくいのと、買い手の人柄を少しでも見抜こうという理由からであった。

 

 そういったことを検討した上で、提示する額面を定める。"少し高いかも?"と感じる設定だが、そのぐらいで実際はちょうど良いのだということを、彼は経験から学んでいた。

 人が()いのも考えものだなぁ…背伸びをしながら、つい苦笑いが漏れる。

 けれど、争いたくはないのだ。

 取引相手とも、商売仲間とも。

 そこは揺るがないし、そんな自分が好きだった。

 

 作製した武器が、すべて銘入り品質(Master Grade)に仕上がったこと。それを受けて、およその見積額を次のように出したこと。装備を受け渡すために、こちらへ来るということ。その際に手間賃の相談をしたいこと。

 手紙には、そのような内容がしたためられていた。

 「素晴らしい…」

 形の良い唇から呟きがこぼれる。切れ長の目をさらに細めながら、満足そうに微笑む。こんなに早く、しかも4本とも最高品質で来るとは。

 生産のことはよく分からないが、早く見られること、そして身に付けられるのは実にありがたい。

 攻撃の速さと射程の長さを見込んで、突き主体の武器を選んだ。とは言え、槍のような()の長いものをすぐに使いこなせるはずもない。力もまだ弱い。まずは突き出す動きを覚えるのが先だ。短剣で練習することにした。

 最近、手持ちの小さな短剣(ダガー)馴染(なじ)んできた。同時に力不足も感じてきた。腕や足腰も少したくましくなった。鎧も新しく調(ととの)えた。武器も、少し大きく重いものを試したい。今ならきっと扱えるはずだ。

 しかし、見て回った常設店舗の()()()に驚かされた。銅製品ばかりで、しかもろくな手入れがされていない。品数(しなかず)も少ない。当てにできない。これは困る。

 人通りの多い場所なら、装備の相談に乗ってくれる人もいるだろう。そう考えて城下町ビスクの西地区(エリア)へと赴いた。そこで助言をもらい、次に使える武器を教わった。作れそうな人を探すうちに、親方の服装と、鍛冶師がよく付けている耳飾りが目に入った。何かの品物を受け渡しながら談笑している。

 温厚そうな雰囲気だし、声もかけやすそうだ。自分の勘を信じてみたが、図に当たったらしい。説明の分かりやすさ、仕事の早さ、細やかさ、実直さ。示された金額も思ったほど高くない。手間賃は相談でと書いてあるが、短期間で作り上げてくれたし、向こうの希望に()いたい。ただ、預金の残高が厳しい時は、お詫びしてこちらからお伺いを立てよう。直感に従うなら、あの作り手(ジェネシス)がつれない態度を取ることはないはずだ。

 そう心を決め、ゆっくりと到着を待つことにした。

 

 お金(Gold)の入った袋を受け取りながら、彼は内心、胸をなで下ろしていた。

 受注した時の約束どおり、先方はすんなり支払ってくれた。手間賃についても、優雅な仕草と笑みを絶やさず出してくれたところを見ると、預金高の心配は要らないのだろう。

 青年は新品の武具をさっそく手に取り、具合を確かめている。飛び跳ねたりこそしないものの、足取りや動きに弾みを感じるあたり、どうやら満足してもらえたようだ。

 「お世話になりました。またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします」

 片膝をついて別れの挨拶をする。こちらもつい、同じようにして返す。

 最後に手を振り合って、その場を別れた。

 

 けっこういい買い物になったな。

 金額もそれなりにかかったが。

 足が出ずに済んだのは幸い。減った残高は、新しい装備を活用すれば取り戻せる。いや、増やせる。何より、この美しい装備が自分のものになった。何者にも代えがたい喜びだ。

 槍を手足のように使いこなすその日まで、たった今この手に収まった武器たちは活躍してくれる。実に頼もしいではないか。

 ものづくりのことは分からない。

 だが、ものの重みは伝わった。

 あの人に頼んで、良かった。

 人混みに消えた"生みの親"へ、青年はもう一度、手を振った。

 

 改めて振り返る。

 あの時、あの場所で、たまたま居合わせた。それがなければ今回の話もなかったのだから、不思議で奇妙な巡りあわせだった。

 次のご縁があるかは分からないが、あるといいな…と思う。

 小さな出会いが、後から見れば大きなきっかけになっていた…そんなことが、世の中にはたくさんある。この話もそんなきっかけの1つになっていたとしたら、ありがたいし、嬉しい。

 

 さて…ちょっと疲れたな。

 

 帰ったら、まずは心行くまで眠るとしよう。

 

 ちょうど日も暮れたことだし、時間的にも良さそうだ。

 

 さて、玄関 戸が顔面を張り倒す

 「えええええぇぇ!?」

 「きゃああああ、だ、だいじょうぶですか…」

 

 開く扉と、近づく彼。

 ()()()()な"めぐりあい"だった。(了)

 




お読みくださり、ありがとうございます。

「槍、出てこないじゃん!」
というツッコミをいただきそうですが、ゲームの仕様上、こうなりました(汗)。
もし気になる方は、"MoE" "槍" で検索してみると、分かると思います。

今回は、あっちへふらふら、こっちへよろよろ、収拾のつかない文章になってしまいました(大汗)。
とりあえず公開しましたが、いろいろ手直しすることになりそうです。
少しでも内容や文脈が整理できるといいなぁ、と思います。

M(M)aster o(o)f E(E)pic には私書箱(メール)機能がありません(2018/08/21時点)。
実際には、個人宛チャット(Tell機能)を使ってやりとりすることになります。
「電話」に相当するアセットや施設がないので、文中では「手紙」の形を取りました。
まさか、心の声(テレパシー)で交信するわけにもいきませんし(笑い)。

このような読み物を書く場合、どうしてもある程度の現実性が必要になってくると感じているので、苦心、もとい工夫のしどころです。

まだまだ未熟な筆者ですが、今後とも応援をいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。(筆者 拝)


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【MoE】 もっこす奮闘記 模様替え編 販売所の場合 その2

販売所の絵を飾る話です。

鹿の剥製を作って壁に掛ける話の続きになります。



 販売所付きの2階建て住宅に改築してから、1年あまりが過ぎた。

 その間、さまざまなところへ手を入れ、見栄えと機能性を充実させてきた。飾り気のなかった販売所の壁にも鹿の剥製(はくせい)を2つ並べて、明るく華やいだ雰囲気になった。そのおかげか、売上もいくらか出るようになっている。

 だが、彼の中ではまだ不満が残っていた。かつて友人のくれた助言どおり、"絵画(かいが)のある情景"への憧れが日増しに強まっていたのだ。手持ちに1枚、譲り受けたものはあったのだが、あまりにも雰囲気が独特すぎたために断念した。そんな事情も、彼の思いに拍車をかけた。

 

 ある日、彼は意を決して玄関の扉を開けた。

 「お疲れさまです。お出かけですかぁ?」

 目ざとく見つけたエルモニーの販売員が声をかけてきた。雰囲気作りのため、魔道師(マギステル)風の格好をしてもらっている。つばの広い山高帽(やまたかぼう)とコウモリの翼は、友人と親しい癒やし手(ヒーラー)に譲ってもらったものだ。思いつきで組み合わせてみたが、良く似合っている。身に着けている当人もまんざらでもなさそうだ。

 他の売り子たちも頭を下げて挨拶(あいさつ)してくる。片手を上げて応えてから、彼は目的を告げた。

 「壁の…鹿の間に飾る絵を探してくるよ。出かけてばかりで申し訳ないけど、留守をよろしくねぇ」

 行ってきます、ともう一声かけ、背中にかかる見送りの言葉へ手を振り、転移装置(アルター)に向かって足を踏み出した。

 

 とある湖畔に佇む、彼の家と色違いな造りの販売所へ差し掛かった時、それは起きた。

 「壁に掛けるのにぴったりな各種の絵を扱ってます。いかがですか~?」

 落ち着いた声音(こわね)が耳を打つ。

 

 思わず視線を向けた先に、浅黒い肌と、白く映える2つの豊満な膨らみがあった。

 

 そのとたん、身を大きく震わせ、(ほほ)を赤らめ、頭を横へ振り抜く。傍目(はため)には平手打ちでも食らったように見えたろう。()き立つ脳みそ。跳ね躍る心臓。彼の全身は(たちま)ち混乱のるつぼと化した。

 

 パンデモス女性の服装は、よりによって"貝殻水着(かいがらビキニ)"! 胸と陰部のみ大きな白い2枚貝で隠し、他はひも状の布地が覆うだけ。大胆を通り越して非常に際どい。

 

 営業なのか趣味なのかは分からないが……困る。とても困る。とにかく困る。

 目のやり場にも、商談をするにも…とても、とっても、とてつもなく困る。

 販売所の床が高めなところへ水着の店員(パンデモス)彼自身(ニューター)の身長差が加わり、()()と視線が合ってしまったのだった。なんという偶然、いや悪戯(いたずら)であろうか。

 その手のもの(なまめかしさ)にはまるで免疫がないために、衝撃も大きかったのだ。

 

 気まずさ満点の彼をよそに、当の相手はまるで意に介さない様子だった。左右の手に別々の絵柄を掲げたまま、おだやかに微笑(ほほえ)んでいる。それを見て、彼も落ち着きを取り戻しつつあった。

 「いかがですか~? 他にもありますよ?」

 脈ありと思われているのは明らかだ。お茶を(にご)して立ち去ってもいいのだが、慌てて逃げるようで気恥ずかしく、そして心苦しい。良くも悪くも彼の人柄と言える。

 "しかたない…手短(てみじか)に切り上げて、早々にお(いとま)するか…"

 正面を向くと()()なので、彼女の顔、つまりやや上へ角度を合わせてから、おもむろに向き直る。

 「お声がけ、ありがとうございます。どのようなものが、置いてありますか?」

 口調が硬い。自分は今、どんな表情(かお)をしているだろう。あ、相手がクスクス笑った。きっと小馬鹿にしているに違いない…

 「そんなに緊張することないですよ? この格好に驚いたんでしょう? どうぞ気にしないでくださいねぇ。私も平気ですから~」

 大柄なためか低めな声が、この状況では気持ちを落ち着かせてくれるのにちょうど良い。また、話し方や笑い方は無邪気で人なつこく、緊張をほぐす効果があった。

 改めて観察する彼女は、健康的で躍動感のある美しさに満ちた顔立ちをしている。()羽色(ばいろ)の長い髪を横や後ろへ流し、額からは、つややかな髪をかき分けて短い角が上へ伸びている。鳶色(とびいろ)の瞳は、形の良い吊り目の中で温かい光を(たた)えている。紅をさした唇は、形の変化で持ち主の心情をよく表しそうだ。

 結局…勝手に意識しすぎただけか…と気づいたとたん、なぜか自分でもおかしくなってしまい、口元がほころぶ。

 この際、ちゃんと詫びを入れてから、相談に乗ってもらおう。絵図を扱っているお店はそこそこあるが、何種類も取りそろえているのは貴重だ。これこそ"()(えん)"に違いない。そう思い直した。

 「ありがとうございます。先ほどはお見苦しいところをお見せして、失礼しました」

 頬のほてりや胸の高鳴りはもうない。うん、これなら大丈夫だ。

 心身ともに()いだのを確かめてから、本題へ入る。絵を1枚、ここと同じ造りの販売所へ飾りたいこと、鹿の剥製との兼ね合いも考えて選びたいこと、などを明かした上で、

 「どんな絵がふさわしいかを、一緒に考えてもらえると助かります」

 と締めくくった。

 販売員はそれを聞くと、あごに手を当て、視線をしばらく宙に泳がせた。

 「そうですかぁ。あまり目立たせない感じですか?」

 彼がうなずくのを見てから、彼女は陳列棚の下へ潜り込む。やがて、左右の脇に2~3枚ずつ抱えて頭を出し、棚の上から外向きへ降ろし、立てかけていく。

 合計6枚。うち1枚は彼の手元にもある()()()作品だったので()くとして、他の5枚はどれも初めて見るものだった。

 「他にもあるんですけど、大勢が描いてあるのはご希望に合わないかなぁと思って、出しませんでした。あと…横向きに飾るのが多いですけど、不都合はないですかぁ?」

 嬉しい心遣いだった。彼も爽やかな表情で応じる。

 「大丈夫です。ありがとうございます。じゃあ、見てみますね」

 

 5枚はどれも渋めの画調で描かれ、壁の色と似合いそうだ。

 まずは、ニューターとパンデモスの女戦士が切り結んでいる光景。これは即座に"合わない"と感じた。協力しあえる種族どうしで、なぜこうも切羽(せっぱ)()まった状況にならなければならないのか…と首をかしげたからだ。

 次は、宝玉らしきものを前に、両手持ちの杖を掲げて詠唱するコグニートーの女性。構図は美しいが、彼が扱う商品には魔法関係のものは少ない。看板を(いつわ)るようで気が引けたので、見送ることにした。

 3枚めと4枚めは、どちらも生産の様子を描いている。一方は楽しそうに調理や調合をするエルモニーの男女、もう一方は熱くたぎった金属の塊(インゴット)金床(かなとこ)へ力強く打ち付けるパンデモスの鍛冶師。まるで対照的な光景がどこか面白く、つい笑みがこぼれる。ただ…なぜだろう。もの作りという彼の仕事に合うはずが、"どちらも何かが足りない"と引っかかりを覚えてしまう。

 これはご縁がないかな…と、(なか)(あきら)めつつ、最後の商品を見やったその時。

 

 彼は息を呑み、叫んだ。

 「あ、これだ!」

 この絵面(えづら)こそ、うちの店にぜひ…そう直感した。

 

 命を賭けて、協力しあってがんばってくれる人たちへ。

 お礼と、ねぎらいと、励ましの気持ちを込めて。

 そう思える1枚が、そこにあった。

 

 金縁(きんぶち)(がく)に納まった()()は、激戦のさなかにあった。その場の埃っぽさや音までも感じ取れるかのようだ。

 中央には、互いの背中を(かば)い合う3人組の姿が見える。仲間の壁となるべく、大きな(たこ)形の盾を掲げるパンデモスの重戦士。口元を引き結び、敵を見定めて両手剣を構え直すニューターの女戦士。油断なく周囲を目で追いながら、呪文を唱えようと杖を握りしめるコグニートーの女魔法使い。背中を預け合う彼らへ左右から迫り来る、半魚人(イクシオン)らしき3体の影。より大勢が取り囲んでいることをにおわせる。

 この1枚が彼の心を捉えて放さない理由…それは、人物たちの表情(かお)にあった。

 明らかな窮地(きゅうち)にあって、女性2人には絶望も諦めも、ましてや焦りの色もない。後ろ姿しか見えない男性も、たぶん同じであろうことは容易に想像がつく。

 そこにあるのは、決意。

 "倒す。切り抜ける。みんなで生きて帰ろう!"

 彼の耳には、戦士たちが交わすそんな言葉が聞こえていた。

 

 「あの~…どうかしましたかぁ?」

 のんびりした声で、彼は我に返る。そのまま、真摯(しんし)で熱っぽい眼差(まなざ)しを女性へと向ける。

 「いえ…みんなこうやって、素材を取りに行ってくれているんだなと。命がけで…って。そう思うと、目が離せなくなって。いつも…ありがとうとか、おつかれさまとか、どうか無事で、とか…思ってます」

 飾らない、つっかえながらの、けれど素直な独白。それは、愛想とは異なる笑顔を聞き手に呼び起こした。

 「優しいんですねぇ。いいお話を聞かせてもらいました。私も見習いますね」

 販売員の言葉がくすぐったい。耳まで真っ赤になってうつむく。けれども悪い気はしない。喜びで胸がいっぱいになる。

 

 そして、ふと気づいた。

 闘いや狩りで得た毛皮や(つの)があればこそ、剥製を作り上げることができた。言うなれば、()と剥製との間に繋がりが生まれるのだ。

 それはすなわち、

 "存在感と統一感を両立させながら、自分の思いも表す"

 という彼の理想が実現することに他ならない。ますます、この1枚を見逃すわけにはいかなかった。

 

 指が吸い寄せられる。手に取る。売値を聞く。財布を開ける。お代を払う。包装をしてもらう。

 それらの(わず)かな時間さえ、今はもどかしくて仕方がない。来店時の動揺や気まずさは、とうに吹き飛んでいた。

 「お世話になりました! 来てみて良かったです」

 商品を受け取り、小脇に抱えて丁寧にお辞儀をする。

 「どういたしまして。こちらこそ、お求めに応えられてうれしいですー。お気持ちが皆さんへ伝わるといいですねぇ」

 添えてくれる言葉が、本当に心地(ここち)良い。見えない贈り物をもらったように、心が軽やかになる。

 「お買い上げありがとうございましたぁ」

 今は、手を振る水着姿が愛嬌(あいきょう)たっぷりに見える。よく似合ってるな、また機会があれば()ようと思った。

 

 別れの挨拶を済ませ、家路につく。

 満たされた気持ちに足取りも軽く、さらに早く飾りたい思いに背中を後押しされて、自然と歩調が速まるのだった。

 その道すがら、見栄えのする配置を思い描いてみる。絵の中で1つの情景ができあがることと、鹿の剥製が醸し出す雰囲気との折り合いをどう着けようか。

 額縁は販売棚の奥の壁へ飾るとして…横長なので、圧迫感が出ないように位置を下げよう。ただ、鹿の剥製とあまり近づけると狭苦(せまくる)しく感じるかもしれない。剥製を両端(りょうはし)へ離すか、手前と奥の壁へ向かい合うように掛け直すことになりそうだ。

 

 太陽が山陰に隠れる頃。

 家へ近づくと、玄関の扉が開いて見慣れた顔が現れた。

 「おかえりー。おじゃましてるよ~」

 口の端を軽くつり上げ、()()の高さから見上げる顔は、差し入れをよく持ってきてくれる友人(エルモニー)のそれだった。

 「ただいま…って、いつの間に?」

 本人に悪気(わるぎ)はまったくないのだが、時々こうして抜き打ちでやってきては、勝手知ったる我が家と言わんばかりに待ち構えているのだった。

 伐採や採掘で出るならともかく、探し物で方々(ほうぼう)へ足を運ぶ場合は帰宅時間の予測が立たない。相手を待たせるのも気まずいし、留守番よろしく居座られるのもどこか気色(きしょく)悪い。

 「夕飯を作って来たんだよ。売り子さんから物探しに出てるって聞いたから、待たせてもらおうと思ってさ」

 まぁ…善意からだから、仕方ないか…。"親しき仲にも礼儀あり"という言葉を飲み込み、小さくひと息ついてから友人へと向き直る。

 「それはわざわざすまないねぇ。ありがとう」

 頭を下げるのに合わせて、相手は押しとどめるように両手を振った。

 「いやいや、こちらこそ急に押しかけてごめんよぉ。それにさ、どうせなら誰かと食べる方が美味(うま)いと思ってさ」

 こう言われてしまうと彼も悪い気はしないし、許せてしまう。これまた当人は自覚していないだろうが、ちゃんと後始末(フォロー)のつく形になっているのが、この友人の不思議なところだ。

 ちゃんと謝り、理由を端的(たんてき)に明かす。言い訳とも取られかねないところを、前向きな理由で好印象を持たせる。人との関わりにおいて大切な(すべ)が、自然と身に付いているのだろう。

 

 中へ入ると、販売を手伝ってくれている男の子が出迎えた。台帳を渡しながら、他の皆さんはお店の(しめ)を終えて帰りました、と知らせてくれた。わざわざ敬礼しているのは、"お客さん(家主の友人)"の手前、格好良く見せたいからだろう。実は(なご)み要素になっているという事実は、本人の名誉のために伏せておこう。

 改めて少年をねぎらい、先に夕食をいただくよう促す。嬉しそうに返事をし、小走りに友人へ付いていく姿が愛くるしい。よほどお腹が()いていたのだろう。

 微笑(ほほえ)みながら見送った後、台帳をめくる。そこには、細かな気配りと大きな手がかりが詰まっていた。

 品名、単価、数量、売上高の横に、販売員の名前と大まかな時間帯も(しる)してある。さらに、前に売れた時の日付や売上の比較、家主への言伝(ことづて)などを添えている行もある。

 彼は商売に(うと)いので、品物を渡した(あと)のことは販売員たちに任せている。帳面の書き方に口を出したこともない。ただ、素人(しろうと)目にもよく工夫してあるのが分かって感服(かんぷく)するし、実際にとても役立っている。新しい注文や知人の獲得に(つな)がったり、売れ(すじ)を見極める良い判断材料になったりしたのだから。

 出先では思い至らなかったが、彼らも戦士たちと同様、"助け合い、がんばっている"のだ。そういう意味でも、持ち帰ったこの絵は販売所に相応(ふさわ)しいはずだ。そして雰囲気が良くなれば、営業努力に報い、さらに貢献できることは間違いない。

 そんな確信や思いを(いだ)きながら帳簿を静かにたたむ彼だった。

 

 牛の腰肉の(フィレ)薄切り焼き(ステーキ)と、野菜の煮固め(ジュレ)

 作った本人はいつもながら、

 「大したことないよぉ」

 などと言っているが、まったく口もきかずにほおばる少年の有り(さま)が、料理の腕前を雄弁に物語っている。彼も、肉汁のしたたる旨味と、閉じ込めた野菜の風味が織りなす調和(ハーモニー)を味わった。

 そのようにして心行くまで夕食を堪能(たんのう)したあと、いよいよお披露目(ひろめ)となった。

 

 めいめいに包装へ手をかけ、

 「いくよ。せ~のっ!」

 

 そのとたん、派手な音を立てて()()()()に倒れる額縁。しばし流れる沈黙。

 「ごめんなさい」

 食事の提供者が床へ頭をこすりつける。その身振りと口調(くちょう)は珍しく真剣そのものだ。

 家主と少年は両脇から布地を水平に引っ張った。友人は(おお)いの真ん中を掴み、勢い良く手前へ引き寄せた。そのために絵が傾いてしまい、差し伸べた手も(むな)しく(くう)を切り…というわけだ。

 土下座する友人の横で、男の子が取り乱したように辺りを見回している。それを仕草でなだめつつ、しゃがみ込んで絵をゆっくり持ち上げる。

 幸い、画面には傷やひび割れなどもなく、無事なようだ。胸をなで下ろしてから立ち上がり、彼は友人へ向き直った。

 「まぁ、大丈夫みたいだし、そこまで気にしなくていいよ。それよりも、これを起こすのを手伝ってくれないかな」

 すると当人は、滅相(めっそう)もないとばかりに手の平をかざしてみせる。

 「いやー…正直おっかないんだけど」

 「そんなに(おび)えなくても大丈夫だよ。支えてくれればいいからさ。立てるのは私がやるよ」

 努めて明るく振る舞いながら、思ったよりも(へこ)んでるなぁと彼は見て取った。いつもは明るくのんびり屋な友人だが、こういう事態に()うと萎縮(いしゅく)しやすい一面も持ち合わせている。初めは彼も意外に思い、(おどろ)いたものだが、今では"根が真面目(まじめ)なのだろう"と理解している。

 「それに、この子(ひとり)だけじゃ起こすのも難しいし。ぐらついてまた倒れて、傷物にでもなったら元も子もないからさぁ。頼むよ」

 言葉を続けながら、こっそりと目配せする。それを受けて、男の子からも"援護(えんご)射撃(しゃげき)が飛ぶ。"

 「手助けしてもらえるとすごく安心です。お願いします!」

 つまり、2人がかりで、"君の助けが必要だ。ないと困る"と訴えかけているのだった。

 果たして、もともと人の()い当人は、こちらの意図を確かめるようにしばらく見つめた後、片(ひざ)をついて絵を少し持ち上げ、できた隙間へ手を差し入れる。

 「これでいい?」

 作戦成功。お互いに目でうなずき合う。これまた2人そろってお礼を述べてから、両側から腕を伸ばし、指を差し込む。

 「よーいしょっとぉ!」

 

 こうして絵画と()()した時の様子は、ある意味で対照的だった。

 1人は 感嘆(かんたん)して目を見張り、すごーい、かっこいいを連呼(れんこ)している。もう1人は身を(こわ)ばらせて(まばた)きを忘れ、口を開けたままになっている。

 ややあって、後者の反応を示した方が、遠慮がちに言葉を紡ぐ。

 「本当に…それ、飾るの? なんか迫力ありすぎて怖いんたけど…」

 荒事(あらごと)を嫌う友人らしい感想だった。そこで彼は、購入へ至ったいきさつや、この絵に込めた思いを語って聞かせた。

 助け合い、がんばる姿が目を引いたこと。その姿が、危険を(おか)して素材を届けてくれる人たちや、営業へ励んでくれる販売員たちと重なって見えたこと。彼らへの感謝とねぎらいの気持ちを表すのにふさわしいと思ったこと。さらに、鹿の剥製と関わりを感じたこと。

 決して要領(ようりょう)よく話せたわけではないが、当人は神妙な面持ちで耳を傾けてくれていた。

 「なるほどねぇ。それなら(わか)る気がするよ。いいのを選んだんじゃない?」

 その返しを耳にして、彼が喜びのあまりに破顔したのは言うまでもない。

 

 そして夜が明けた。

 お店の準備に来た人たちと協力して、販売所の模様替えを終わらせた。

 まず、陳列棚(ちんれつだな)の向かい側の壁へ絵を掛けた。明るい砂色の中央で、目立ちすぎず溶け込みすぎず、ほど良い存在感と(おごそ)かさを漂わせている。ねらいどおりの結果に、左右の拳を握りしめながら会心の笑みが浮かぶ。

 次に、剥製を配置()えした。果たして絵の周囲が窮屈(きゅうくつ)になってしまったので、出入口の真上と反対側の壁とに付け替えてみた。

 するとどうだろう。2頭の鹿が額縁を挟んで向かい合う構図は実に格調高く、空間全体が"絵になる"光景へと早変わりしたのだ。まったく想定していなかっただけに、とても嬉しい収穫だった。

 最後に商品管理用の黒塗り箪笥(たんす)木目調の保管箱(バンク ボックス)を奥の端へ寄せて、作業完了となった。

 

 途中、ちょっとした困りごともあった。

 お手伝いの女の子が画中の怪物を見て(こわ)がり、エルモニーの売り子の後ろへ隠れてしまう。これを選んだ理由を説明しても(らち)かあかず、彼も途方に暮れてしまった。すると、当の販売員がお気に入りの帽子を直しながら、背後へ優しく声をかけた。

 「そうだよなー、こわいよなぁ」

 後ろから、縦に1つ、振動が伝わってくる。

 「けどさ、そんなこわーい怪物たちをさぁ、この3人はこれからやっつけるんだぜ」

 「…え?」

 小さな声とともに、ゆっくりと絵へ向き直るのが気配で感じ取れた。

 「どうして…わかるの?」

 待ってましたと言わんばかりに、手に持った杖を絵へ向ける。

 「見てみなよ。負けそうな表情(かお)、してるかい?」

 首を横へ振る反応に、我が意を得たりと大きくうなずく。

 「だろー? だから応援してあげような。みんな負けるなー、がんばれーってさぁ」

 片腕を突き上げる仕草(しぐさ)に、ぎこちないけれど確かなつぶやきが続く。

 「がんばれー…まけないでー」

 身を震わせつつも、本人なりに理解したようだった。

 この対応ぶりに、困り果てていた家主も救われた。周りからも安堵したような雰囲気が伝わってくる。

 "ありがとう、助かった"

 "どういたしましてー"

 片手を軽く上げて交わすやり取りは、まさしく協力と信頼の証だった。

 

 いつもながら、何かをする時にはいろいろな出来事(できごと)が付いてまわるなぁと思う。

 今回のことも、まとめると簡単に済む話だ。絵を手に入れ、販売所へ飾り、全体のまとまりを見直した…だけ。

 けれど、それにまつわる話が、さまざまな彩りを添えてくれる。貝殻水着(ビキニ)に困惑したり、人なつこい大柄な女性販売員に和んだり照れたり、友人の差し入れや絵のお披露目をめぐる騒動があったり、売り子の少女の反応へ素晴らしい助け舟が出たり。

 それに振り回されて、気が動転したり冷や汗をかいたり、はたまた溜め息をついてみたりと慌ただしかったが、こうして終わってみると、不思議と悪くない気持ちになる。充実して楽しかったし、満足感と手応えも味わえる。

 

 やってみて、本当に良かった。

 今は、この一言に尽きる。

 

 楽しくも頼もしい、この素晴らしい仲間たちへ()(むく)いをもたらす模様替えとなりますように…

 心から、そう願うのだった。(了)

 




お読みくださり、ありがとうございます。

家財道具(アセット)が1つ加わり、配置が少し変わるだけで、雰囲気も違ってくる…
筆者には、そんな経験が幾度もあります。

また、同じ絵画を飾る時も、上下左右にずらしていろいろ印象や雰囲気を変えられるので、ついつい模様替えに励んでしまいます。

MoEの家造りや部屋づくりの、言わば醍醐味(だいごみ)かな?と思いますが、いかがでしょう?

残念ながら、動かす際の制限も多いです。1マスずつしか動かせないし、左右(壁用は上下)にしか回転させられません。積み上げられる高さにも限りがあります。
種類ももっと増えてほしいなぁとも、正直、思います。

けれど…そんな制限があるからこそ、満足感も大きいです。
家財道具(アセット)の組み合わせや重ね方、置き方に工夫を凝らし、個性や生活感を出せた時は、やり遂げたという手応えに小躍りしてしまいます。

え? 筆者だけ?(汗)
きっと…他にも分かってくれる人はいる……はず?
いると……いいなぁ。

などと願いつつ、今回はここで筆を置こうと思います。

MoEへ興味を持ってくださる方が、増えますように…。(筆者 拝)


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【MoE】 もっこす奮闘記 季節もの編 家具の場合

今回は、家具を2つ作るお話です。
その関係で、内容は大まかに2つに分かれています。

マンネリズムという気もしますが、少しでもお楽しみいただければ嬉しいです。



 "トール装備"をパンデモスの護衛戦士(ガーディアン)から頼まれたのが、そもそものきっかけだった。

 ダイアロス島に伝わる古の雷神(トール)の名を冠した、重厚かつ頑強な作りの鎧。風や雷の脅威から身を守ってくれるのも大きな魅力だ。

 製法を記した『雷光の古文書』は装着部位ごとに章立てされ、7冊に分かれている。ただ、内容が古代文字で記されているため、解読に長けた者か、ヌブールの村でモラ族に混ざって住む、ドワーフのクウェルクに頼む必要がある。

 彼の手元には足りない章があるので、時々こうして住宅地を探し回っている。珍しいものを見つけたり、新たに人と出会えたりもするので、いい気分転換になる。

 

 ある家の中が、目に留まった。探している物が見つかった…からではないが。

 

 見上げるような格子窓の向こう、薄い水色と橙色(だいだいいろ)で彩られた市松模様の床に、それはあった。

 大きく平たい木の升に、灰を敷き詰めた作り。灰の上では、傘状に組んだ木炭が赤い光を慎ましく放っている。暖炉のたぐいだろうか…見るからに暖かそうだ。

 

 「いらっしゃいませ~」

 引き寄せられるように扉をくぐると、売り子たちが一斉に声をかけてきた。魔法使い風の法衣(ローブ)に身を包んだ銀髪の女性と、お手伝いとおぼしき男の子と女の子が1人ずつ。

 女性は背が高く、耳の長い端正な顔立ちをしている。コグニート族だろう。力仕事こそ他の種族に一歩譲るそうだが、魔法に秀で、武芸の技の切れも天下一品と聞く。また、美男美女ぞろいなために、その身を売り買いされてしまうとの噂も耳にする。目の前に立つ優美な姿には、気の毒な話に信憑性を与えそうな何かがある。

 「何をお探しでしょうか?」

 鈴の鳴るような声音に、はっと我に返る。

 「あ、ああ、こんにちは。じつは、雷光の古文書を探してます」

 彼の答えに、女性は手持ちの商品を取り出して並べ始める。

 「こちらになります。力、生命、奈落、天空の章がございます」

 彼が探しているのは知恵の章だ。見せてもらった章はいずれも入手し、作る部位も判明している。知恵の章は腰のはず、とはクウェルクの弁だが、彼も同感だった。読み解いてもらったところ、いずれも腰以外の作成法に触れていたからだった。

 

 ちなみに、鎧は一式、すでに護衛戦士へ渡してある。依頼を受けた時、何章か欠けていたので鍛冶仲間の先輩へ協力を仰いだ。お礼代わりに、鋼鉄の鋳塊(スチール インゴット)を多めに提供したのを思い出す。

 そうした連携はもちろん大切だと思う。先達(せんだつ)の技巧に触れる貴重な機会だし、刺激にもなる。

 雷神の鎧(トール装備)はいずれも、製法を見ずには作れないだけの技巧を要する。現代の板金鎧(プレート装備)よりも造形が複雑で、体を覆う面積も増える。板金1枚1枚の作り込みや組合せも厳しくなるし、身に着ける者の体に合わなければ元も子もない。

 作り手の力量がはっきり表れるだけに、事もなげに銘入りに仕上げた当人には脱帽するばかりだ。その一方、それが完全自作を目指す燃料になったのは間違いない。

 

 欲しい章は見当たらなそう…と伝えても、美しい販売員は気を悪くした様子もなく、言葉を続けた。

 「差し支えなければ、どちらをお求めか、お聞かせいただいても構いませんか?」

 彼が事情を明かすと、形の良い眉をひそめた。

 「知恵の章ですか…当方でもめったに入荷できず、希少価値さえついているとか。家主も困惑しているようです」

 "まぁ…そうだろうな"

 と、彼は思った。真相はよく分からないが、他の章ほどには出てこないのは承知している。だから、敢えて腰を据えてかかろうと決めている。

 申し訳なさそうに話す店員へ、彼は軽く手を振り、笑いかけた。

 「いえいえ、急がないので大丈夫ですよ。ところで…」

 改めて、目を引いた床の構造物について尋ねる。家主からの受け売りですが…と女性は前置きしてから、音楽的な響きで説明をしてくれた。

 

 これはヤマトの文化で囲炉裏(いろり)といい、冬に床へ設置して温まるものだという。鍋や食材を火にかけることもあるという。家主も他の家で見かけて気に入り、自作したのだとか。お客様と同じですわね、と、穏やかに微笑みながら話を締めくくった。

 ヤマトと聞いて、彼は得心がいった。かの国からは畳や茅葺き屋根の家をはじめ、家具や飲食物、装備品などが伝わっている。どれも、独創的で趣のあるものばかりだ。彼の家にも、黒塗りに金細工を施したヤマトの箪笥が置いてある。艶やかな造形と色使いが見事で、落ち着きと上品さと煌びやかさが溶け合っている逸品だ。

 家主が自分と同じいきさつで囲炉裏を作ったという話を聞いて、どことなく親しみを覚えた。

 

 ダイアロス島には季節の変化は少ない。桜の花が十数年おきに咲き乱れ、1年と4カ月にわたって目を楽しませてくれるが、他にはこれといって見当たらない。雪が降ったり霧が出たりする地域はあるが、こちらは天空の神(シス)の気まぐれ、とでも呼ぶのが良さそうだ。

 家々を回る中で、珍しいものを目にすることはあった。青空に泳ぐ何本もの吹き流しだったり、ゆったり寝そべって日光浴を楽しむための椅子だったり、ひも状の灯火で飾り立てた樹木だったり。

 目新しいものがある光景は、見ていて楽しい。興味もそそられる。彼が囲炉裏に魅せられたのも、そうした変化を取り入れたいという気持ちがあればこそだろう。

 彼の家の床は石畳なので、囲炉裏は底冷え対策に都合が良い。周りを絨毯で囲めば、親友たちと落ち着いて、暖をとりながら語り合える。まさに、願ったり叶ったりだ。

 「もし知っていたら教えていただきたいんですが、これを作るにはどうすればいいですか…?」

 期待と熱意で声が裏返る。すると、女性はいささか困惑したように視線を落とす。

 「お答えしたいのはやまやまでございますが、あいにく存じ上げません。家主でしたらご意向に添えるかと」

 お手伝いの子どもたちは、2人を見比べながら成り行きを見守っている。そんな中、彼は内心の落胆を隠すように微笑みかけた。

 「分かりました。では、また折を見て出直し…」

 玄関が勢いよく開き、元気の良い声が響く。

 「いらっしゃい! 何をお探しかな?」

 彼の目の前に赤毛が躍る。彼と同じニューターの女性が大きめの瞳を輝かせ、腰を後ろへ引いて一礼する。

 売り子たちの

 「お帰りなさいませ」

 の声で彼女が家主だと悟り、彼は自己紹介もそこそこに、囲炉裏の作り方を教わりたい、失礼で厚かましいがぜひにと、床に頭を擦り付ける。その勢いと態度に、家主は大きな目をさらに見開き、ついで腹を抱えて大笑いする。

 「まぁまぁ、そんないきなり一度に言わなくても。とりあえず落ち着きなよ」

 両手の平を軽く振ってなだめながら、彼女は言葉を続ける。

 「あんたの思いは分かるよ。あたしも囲炉裏を見つけた時はそんなんだったし。見たところ、あんたも親方だろ?」

 ばつが悪そうに、彼は頭をかいた。照れたり恥ずかしくなったりした時のクセだ。気にするなと言わんばかりに、この女親方は豪快に高笑いしてみせた。

 「走り書きで良ければ、作り方を渡せるよ。どうだい?」

 まさしく願ってもない話だった。1も2もなく彼は承諾し、お礼に金貨を2千枚ほど渡した。商売でもないのにと彼女はなかなか受け取らなかったが、教えに対価を支払うのは職人としてのけじめだからと説き伏せたのだった。

 「そう言われちゃ仕方ないか。分かった。ありがたくいただくよ」

 竹を割ったような性格なのだろう。もらうと決めたら、もう迷わないらしい。そんな態度が実に清々しく、好感が持てた。

 囲炉裏に関する話を皮切りに、おしゃべりが弾んだ。彼女はまだ家を建てたことはなく、出来合いのものを入れたという。古代モラ族の様式は難しいのか、どんな材料が必要か、手順はどう踏むのか…などなど、あまりの熱意と勢いに、今度は彼がたじろぐ番だった。不思議と不快感が湧かないのが、この娘の人徳なのだろう。

 こうしてしばらく談笑したあと、彼が帰ると聞くと、彼女は忘れ物だよと紙切れを持たせてくれた。ていねいにお辞儀する彼へ片手をあげてこたえながら、家主は目を細めた。

 「探しもののことも承知したよ。手に入ったら連絡するから、その時はちゃんと買い取ってくれな?」

 彼も極上の笑顔を向け、改めて一礼する。

 「もちろん!今日は皆さん、本当にお世話になりました」

 去りゆく手が1つに、見送る手が4つ。再会を約束する、ひとときの別れ。けれど不思議と寂しさは感じなかった。それどころか、家までの足取りはいつになく軽かった。新しいものへの期待だけではなく、彼女たちから元気を分けてもらったおかげだろう。

 

 そして次の日。

 "まずは、鉄の棒を2本、叩き延ばして断熱板をこしらえてから、その外側をセードロの板材で囲んで、炉の縁を組んでやる。断熱板とセードロは釘で打ちつけてやればいい。板材は5枚ほど、釘は16本ぐらい使ったかな。そうして炉ができたら、火山灰をたっぷり、2杯も入れてやれば過熱しないだろう。最後に、火種用の木炭を2本分、適当な大きさに切ったり割ったりしてくべてやれば、できあがりだ。"

 …という説明書きどおりに作りあげた囲炉裏の効果はてきめんで、ほどなくして家の中が暖まってきた。その効果に驚きつつも、何かを乾かすのにも便利だろうなと、思わずほくそ笑んだ。書き取られた内容は分かりやすく、まるであの女親方が横で教えてくれているようだった。きっと、これも温もりの元なのだろう。

 中2階の様子が気になったので上がってみる。すると、空気は暖まったはずなのに、机の辺りがひんやりして感じた。

 今ある机は、青緑がかった大理石を何枚か切り出して組み立てたものだ。目を引くのは左右の側板で、手前の辺が弧を描くように窪み、古代モラ族の様式によく見られる蔦状の縁取り模様が彫ってある。そうして生まれた柔らかな風合いと素材の色合いは、涼やかで落ち着いた雰囲気を漂わせて、心地良い。

 けれど今は、温もり要素が下で増えたぶん、机周りがより寒く見えてしまうのだろう。

 

 …温かさを感じる机、か。

 うん、これを機会に新しく組み立てるのも良いかもしれない。

 よし、やってみよう。

 

 手を打って気持ちを固めてから、家具の製法をまとめた帳面を開き、いろいろな机の設計図をめくっていく。紙面に目を泳がせながら、考えを巡らせる。

 温度の印象は素材に左右されるから、今回は木を使おう。ただ、どうせ作るなら丈夫なものにしたいし、置き場所の都合も考えると今の机ぐらいの寸法が良さそうだ。

 そうなると、セードロの木材か、鉄で補強した曲げ木のどちらかになるが、これは迷わず、セードロにする。

 一番の理由が、白を基調にした塗装仕上げになること。それも、薄墨色の模様が混ざった優しい色合いなのが良い。これなら、温かく明るい雰囲気を出せそうだ。また、セードロの香りには虫除け効果があり、傷みにくいのも嬉しいところだ。

 造形の方も申し分ない。天板を面取りして丸みを持たせ、縁に彫刻飾りを施した意匠には好感が持てる。手間はいくらかかかるが、それだけに気品が色濃く漂う。まるで、どこかの姫君の部屋に置いてあるようだ。

 必要な材料を確かめる。セードロの板材が12枚、鉄の鋳塊(アイアン インゴット)が1つ、ネジが8本。素材はすべて手元にある。伐採や採掘の煩わしさがないのは本当に助かる。仕上げの塗装と縁取り彫刻をしくじりさえしなければ大丈夫だ。

 

 まずは、金物箪笥に保存しておいたセードロの丸太を1ダース、板材へと切り出す。このうち、幕板と側板には、細かな凹凸(でこぼこ)を辺の1つに付けて、飾り彫刻の大まかな形を削り出しておく。側板の片側に袖引き出しが付くので、左右非対称になっても構わないのは気楽だった。幕板と噛み合わせ、机を寝かせた状態へと仮組みしてから、作業をいったん区切る。

 外へ出てひと息入れた後、別の工程へ取りかかる。鉄の鋳塊(アイアン インゴット)を叩き延ばし、折り曲げて、机の内側へ当てながら折り曲げる場所を決めていく。この補強材のおかげで、机がより頑丈になる。裏を返せば、ここの採寸を誤ると隙間ができたりぐらついたりするので、最も気を使うのだった。鉄板を留める位置に合わせて、鉄の棒から削り出したネジをはめて固定する。

 続いて、棚口や袖引き出しを右の側板へ取り付け、出し入れが引っかからない具合を探して微調整を進める。セードロには丸みや反りは少ないが、念のためそれらを考慮し、引き出しと机の間にあそびができるぐらいの加減を見極め、位置を決めていく。

 この時点で全体の歪みがないことを確かめ、飾り彫刻と塗装を施す。塗料が乾くまでの間に、天板の面取りと塗装を進める。

 ここまでくれば完成まであと少し。窓がないので正確な時刻は分からないが、夕方ぐらいだろう。お腹もすいてきたので、でき上がったばかりの囲炉裏にあたりながら食事をとる。

 木炭からの熱には太陽からのそれとはまた違った魅力があるな、と彼は思った。柔らかく包み込むような、それでいて染み入るような感触が心地良く、ついつい気が遠くなってしまう。

 「おっと、いけないいけない」

 体の内側から湧き出す睡魔に抗い、頭を振って意識を取り戻す。まだできあがりではないので、もうひと踏ん張りといこう。

 塗装は思ったより早く乾いている。囲炉裏の暖かさのおかげだろうか、ありがたい限りだ。引き出しと側板の具合や天板とのかみ合わせを、ていねいに見る時間ができる。

 机を起こし、天板をはめ込み、仕上げとなるが、脚にがたつきや揺れがないかを最後に確かめる。これまた嬉しいことに、いい具合に収まった。ここまですんなりいくのは本当に珍しい。

 こうして全体を眺めると、机の香りと色合い、それに形、どれをとっても満足のいく完成度となった。雪のような白さの中に、日だまりを思わせる淡い桜色の色合い。飾り彫刻が創り出す気品のあるたたずまい。

 会心の出来となったこの机へ、記念代わりに自分の銘を刻みつける。

 だいぶ体がだるくなってきたので、夜も更けて来たのかもしれない。がんばったのもあるだろうが…。

 囲炉裏の火を落とし、中2階の寝台へ入る。脇に置いた石造りの机を見やりながら、雰囲気の変化が今から楽しみだ、と胸躍る感覚に、頬がついつい緩むのだった。

 

 "おはよう"

 …ん? どこからか声がする。

 辺りを見回すが、不思議なことに誰の姿も見えない。第一、今は深夜のはずでは…?

 "起きてるか~い?"

 妙だな。自分はまだ眠っていないけど…おや、なんか揺れてるような…?

 「おーい」

 突然、視界いっぱいに広がる親友の顔。

 

 「うぉわあぁぁっ!!」

 

 後ろへ飛び退いた拍子に頭を、次いで背中を、したたかに壁へぶつける。

 驚くわ痛むわで、頭の中は絶賛、起き抜け大混乱へと陥っていた。

 なんという寝覚めだろう。

 

 原因となった当の本人は、小さな体をまっぷたつに折り曲げて大笑いしている。

 「いやぁ、悪い、悪い、そこまで、驚くとは、ね」

 息も絶えだえになりながら、言葉とは裏腹にまったく笑顔が収まらないその様子に、彼は怒りとも呆れともつかない気持ちになった。

 

 「つつつ…とりあえず、おはよう」

 ふぅとため息をついて、気持ちを落ち着ける。まだ目尻に涙を浮かべてはいるが、だいぶ痛みは引いた。

 かたや、やっと笑いの発作が治まったらしい親友は、手荷物から何かを取り出した。

 「これさ、なぜか手に入った食材があったから作ってみた。食べる?」

 そう言って差し出したのは、黒塗りの重箱。何かのタレのような匂いがほのかに漂ってくる。

 ふたを開けると、白いご飯とタレの香りに加えて、焼き物の香ばしさが一気に広がる。

 「ほぉー、なんかすごくおいしそうだねぇ。食いでもありそう。でも、これ、なに?」

 彼は目と口を丸くし、そのまま首を傾げる。ご飯の上に、何かの蒲焼きとおぼしき肉を載せ、タレをかけた料理。

 「あぁ、知らなかった? これ、うな重なんだ」

 自分の言葉を繰り返しつつ、まだ首の角度が戻らない彼の反応を見て、持参したついでとばかりに当人は解説を加える。

 「大デンキウナギの肉を使ったんだよ。疲れを取って精力を付けるのにいいんだってさ」

 それを聞いて、家主の表情が神妙なものになる。大デンキウナギは、名前こそ『ウナギ』と付いているが、実際は巨大な海蛇の姿をしているそうだ。打たれ強いうえに水中戦になりやすいと聞いている。

 「それ、けっこう貴重じゃなかったっけ?」

 「だねぇ。まっ、だからこそ持ってきたわけだけど、おじゃまだったかな?」

 そんなことを口にしながらも、腰に手を当てて左右へ揺らしてみたりしている。その仕草がどこか無邪気で、起き抜けの複雑な気持ちがどうでも良くなってきた。

 「とんでもない。わざわざありがとう。あれ、朝ご飯、食べたの?」

 「かるーくね。まぁ、まだ食べられるから、一緒にいけるよ」

 口元を細めて笑うと頬の紋様がつり上がる。彼もつられるように微笑みを返す。

 「ん…わかった。じゃあ、遠慮なくいただくね」

 

 ちゃぶ台に置いた重箱をそれぞれつついていると、親友がふと尋ねた。

 「そういや、何かの夢でも見てたの?」

 彼は目を細め、口元をゆるめて答えた。

 「うん。前の家のこと」

 懐かしい風景だった。ここが、こじんまりした背の高い家だったころ、もう1人の親友と3人で、囲炉裏にあたりながらくつろいで過ごしたものだ。夢は、その空間を作り始めた時のことだったような気がする。

 今の家になってから、3人で顔を合わせる機会をなかなか見つけられずにいるが、元気でやっているだろうか。

 

 家は単なる()()()ではなく、住む人と訪れる人で()()()()()()なんだなぁ、と思う。

 だからこそ…生活感のある空間を大切に、人の息づかいや温もりを絶やさないようにしたい。

 あんな夢を見た後だからだろうか、自分が模様替えや季節感の出るものに興味を持つのは、そんな理由からかもしれないな…そんなことをぼんやり考えるのだった。

 

 ご飯の温かさと蒲焼きの香りが、改めて染みわたった。(了)

 




MoE(Master of Epic)の舞台は、本当に不思議です。
よくあるファンタジーRPGの世界観のはずなのに、和風ものや季節ものが自然と混ざっています。
なぜかそれに違和感を覚えないのは筆者だけでしょうか。

今回は、そんな「不思議がさりげなく同居している光景」を題材にしてみましたが、どうも表現力不足だなぁと感じています。
(時々見直したり、手直ししたりしてはみますが…)

百聞は一見にしかずとも言いますし、
良かったらダイアロス島へお越しくださいませ♪

つたないところがいつもにまして多かったと思いますが、ご覧くださった方、ありがとうございます。(筆者 拝)


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【MoE】 もっこす奮闘記 武器作り編 弓の場合

藍染(あいぞめ)剛弓(ごうきゅう)を受注し、初挑戦する話です。

《藍染の剛弓の作成について》
製法(レシピ)必須です(材料を揃えただけでは作れない)。その入手条件も、自力だけでは達成困難な方だと思います。
・ 製作もかなり難しいです。木工スキル100で、成功枠はルーレットの約半分、M(M)aster G(G)rade(製作者の銘が入る)枠は4マスほど。
M(M)aster o(o)f E(E)pic の中で行う作業は、本文中ほどには煩雑ではありません。ルーレットの難しさを筆者なりに表そうとしたら、そうなりました。

《あらかじめご了承ください》
・ 特定の個人を批判・否定する意図はありません。
・ 「私はこう思う、こう感じる、こう考える」に徹するよう心がけました。
・ 今回は"真面目成分"と"1人の生産者としての言い分"が多いです。
・ 内容に不快感を覚えたり、何らかの被害や事態を生じたりしても、筆者は関知せず、責任も一切負いません。


《読んでも構わない、という方へ》
上記の点をご理解の上、
「読み物として楽しむからいいよ~」
という方、ありがとうございます。



 重装備の弩弓(ヘビー クロスボウ)をも軽々と上回る威力と重さになるだろうことが、設計図から読み取れた。使い手を相当に選ぶことは間違いないが、剛弓の名に(たが)わぬ逸品(いっぴん)になることもまた、確約されていると感じた。

 全体を藍色に染め上げ、花柄や(つた)模様を金細工であしらった長弓。その出で立ちからは、落ち着きと豪華さと気高さが感じられ、それらが芸術的な美しさへと昇華している。

 この"藍染(あいぞめ)剛弓(ごうきゅう)"の製法は、長くサスール王国の秘密とされてきた。かの国はエルビン山脈の高みにあり、近年やっと行き来ができるようになったばかりだ。訪れた当初、この国の者は、誰に対しても冷淡でよそよそしい。だが、イ・オーフェンという女性の依頼に応えることで、次第に打ち解けていく。そうなった時に初めて分かるのは、彼らの情の深さと、懐の深さ。特産品を安く販売してくれた時には、彼も驚いたものだ。そうした彼らの態度は、険しく厳しい山間(やまあい)の気候を乗り切るために培われた、1つの知恵なのかもしれない。

 彼の場合、知り合いのパンデモスの護衛戦士(ガーディアン)に頼んで、「ニクス」と呼ばれる金貨や銀貨を集めてもらった。サスールの民がそれらを取引に使うらしく、数十枚ほど渡すことで彼らの信頼を得た。戦士(いわ)く、ダイアロス島の各地に潜む盗賊たちから獲得したそうで、骨董品としての値打ちがあるとかないとか。ただ、普通のお店へ持って行ってみたところ、怪訝(けげん)そうな顔をされただけだったので、さほど需要はないのだろう。

 さて、藍染の剛弓はサスールの秘伝というだけあり、素材も多種多様なら造りも精巧で、作製に当たっての注意点も数多くあった。生半可な弓師では作れないことは一読しただけで分かったし、これをよくよく見ながら進めないと無理だ、とも実感した。しかしながら、この製法をここまで練り上げ、まとめ上げたゴウテツの思いは、一字一句を通してひしひしと伝わってくる。その熱意と気概には、ただただ脱帽するばかりだった。

 

 この製法を手に入れるに当たり、彼は交換条件となる"蒼天の宝珠"と呼ばれる宝玉を、古代のダイアロス島(Ancient Age)で探し回った。自作しようかとも思ったのだが、情報を集めた結果、あっさり諦めた。

 この宝珠は"原初の粉"と"蒼き竜眼石(ドラゴン・アイ・α)"を精錬するとできあがるのだが、素材のありかが問題だった。原初の粉と、竜眼石の材料となる"青竜石の破片"は、ともに物騒な場所へ(おもむ)くしかなかったのだ。前者は、原初の力が荒ぶる場所で()()()()()()得られるという代物だったし、後者は、死者の力と憎しみの記憶が渦巻くスルト鉱山から掘り出す必要がある。金貨や銀貨を集めてくれた当人でさえ、自分1人では無理だと言っていたから、よほど剣呑(けんのん)な場所なのだろう。

 ありがたいことに、よく差し入れを持ってくる親友が一緒に探してくれたおかげで、宝珠はほどなく見つかった。売値も手ごろだったので商談はすぐにまとまり、ゴウテツの(もと)へすんなり届けることができた。

 

 そうして手に入れた製法を帳面へ綴じ込み、改めて目を通す。第一印象からして手ごわいのが感じ取れたが、それでも大丈夫、作れると確信できる。それは本当に感慨深く、嬉しい限りだ。

 だが、ややあって彼は唸った。

 「"青い水中花(ミー チチン)"の花粉? いきなり珍しい素材が来たな…」

 思わずつぶやきが漏れる。

 青い水中花(ミー チチン)は、とある大樹の周りに広がる湖で収穫できる。ただ、水深5~8mほどの水底(みなそこ)に生えるため、水泳が苦手な彼は、息継ぎが2~3度ほど必要になってしまう。しかも、花粉はそう滅多に手に入らず、よほど運が悪いと丸1日がんばっても採れなかったりする。

 それを思うと頭が重たくなるが、仕方がない。腹をくくり、さらに内容を読み進めていく。

 "竹が3本、弦が1本、鋼鉄の鋳塊(スチール インゴット)が3本、金箔が3枚、動物のなめし革が1枚、大和魂の反物(ソウル オブ ヤマト)"

 「本当に素材もいろいろ凝ってる…。まぁ、金箔も手元で作れるからいいけど、よほど慎重に取り組まないとしくじるなぁ」

 初めて目を通した時にも感じたが、この製法をまとめ上げたゴウテツの熱意と真摯さには、本当に頭が下がる。同時に、"作れるものなら作ってみろ"という挑戦状を突きつけられたような気がして、彼の職人魂もまた激しく燃え上がった。

 「よぉおおおっしっ!!」

 珍しく雄叫びをあげ、気合いを入れる。

 まずは花粉の採取にかかろう。他の素材は揃っているし、依頼人に会うのは3日後だ。大丈夫、何とかなる。

 こうして作製に取りかかる瞬間が、本当に好きだ。

 

 その夕刻。

 3本の竹を縦長に割って、数枚の薄い板を削り出す彼の姿があった。なるべく太さや幅、たわみ方が均等になるように整えていく。そうしてできた竹の板を慎重に重ね合わせ、曲がりやずれを整える。これこそが、弓本体のいわば骨格となるのだ。

 続いて、鋼鉄の鋳塊(スチール インゴット)を叩いて棒状にし、薄く伸ばす。さらに薄い板状に延ばし、層状に重ね合わせる。これを3枚、用意する。これは鋼鉄にしなやかさを持たせる工夫のようで、ここで延ばし方にばらつきがあると、弓を引いた時に折れる恐れがある、と製法には注意書きがあった。それだけに、途中で休憩を入れながら、慎重に進めていく。特に手がかりとなったのは、叩いた時の音や、表面に反射する光の具合だ。

 そうしてできた鋼鉄の板を3枚、竹の板と代わるがわる重ね合わせ、打ちつけて、弓本体を形作っていく。このために重量がかさむが、一方で、竹のしなやかさと鋼鉄の頑丈さが両立できるのだった。

 弓は、頻繁に引き延ばしたり(はじ)いたりを繰り返すため、他の武器に比べるとどうしても傷みやすく、寿命が短くなりがちだ。そんな中で、重弩弓を軽く上回る威力と、銅製品に並ぶ耐久性の両立という破天荒ぶりには、まさに目を見張るほかない。

 しかし、感心してばかりもいられない。完成までの手順は、まだまだ残っているのだ。

 かなり疲れてきたが、もうひと踏ん張りする。藍染の布地を今夜のうちに作って。乾かすところまでいきたかったのだ。

 午前中に運良く収穫できた青い水中花(ミー チチン)の花粉を水に溶かし、大和魂の反物(ソウル オブ ヤマト)から切り取った布地を漬け込み、色ムラが出ないよう染めていく。どうにかまんべんなく染め上げ、屋上へ干したころには、月が中天に白く輝いていた。

 どうせ布地が乾くには時間もかかるし、さすがに少し眠い。続きは明日へ持ち越すことにして、寝床へと向かった。

 

 そして翌朝。

 少し身体はだるいが、両腕を掲げ、腹に力を込めて気合いを入れる。

 布地は半ば乾いていた。この分だと昼過ぎには弓へ巻きつけられるだろうか。日差しが当たると色合いが変わってしまう、と製法の注意点にあったのを見つけ、あわてて2階へ取り込み、干し直す。

 階段を駆け下りたあと、生産設備の脇に置いた箪笥の1(さお)から数本の弦を取り出す。動物のなめし革を縦に細く裂き、それを何本か()り合わせて作ったもので、引っ張りにはかなり強い。それぞれの長さや張り具合、傷みの有無、(はじ)いた時の鳴り方や戻り具合などを確かめる。弓の本体と同じぐらい威力を左右する部分なので、用心して選んでいく。うち1本がちょうど使えそうだったので、手間が1つ省けたことに胸をなで下ろした。残りの弦は、また折を見て手直しすることにしよう。

 他には、装飾用の金箔を打ち出さないといけない。鉄の鋳塊(アイアン インゴット)を金床へ置いて、3本の鉄の棒へと加工する。うち1本へ別の鉄鋳塊を巻きつけて形を整え、延ばし棒(ローラー)を作る。これで金の鋳塊(ゴールド インゴット)を何度も()し延ばして金箔へと加工する。残った鉄の棒2本は、後で皮帯(ベルト)の材料にでもして、裁縫の練習に使おう。余った素材はできるだけ再利用する主義だ。

 延ばし棒を作るまでは手慣れたものだが、金箔はこれまた細心の注意を払う必要があるので気が引き締まる。穴があいたり厚みにばらつきが出たり、凸凹や波模様が出てしまったりすると非常にまずいのだ。気付くと窓の外は夕暮れの闇へと染まりつつあった。

 気疲れする作業ばかり続いたが、ここまで来ればだいぶんはかどっているし、あと1日、余裕もある。落ち着いてやれば、しくじることはないはずだ。

 染めた布地の具合が気になるが、今日は無理をせず、ここで()めておこう。

 はやる気持ちを抑え、夕食を軽くすませると、早めに眠りについた。

 

 そして夜が明けた。

 充分に乾いたのを確かめ、たるみやシワ、形の狂いが出ないよう、こまめに見直しながら藍色の布地を弓本体へと巻きつける。その後、動物のなめし革を弓の中央へ巻き付け、手触りや太さに注意して握り部分を仕上げていく。

 ここでいったん休憩を入れる。玄関を抜け、全身をほぐすために軽く跳躍を繰り返しながら、外の空気を吸い込む。見上げると、太陽は気持ち傾いていた。朝から取り組んだのに、思いのほか時間がかかったらしい。

 けれど、ここまで来れば完成までもう少し。あわてる必要はない。

 やや遅めの昼食を取った後、藍染のところどころに金箔を貼り付け、模様を描いていく。曲線を多用した意匠と独特な絵柄の前にずいぶんと難儀(なんぎ)したが、脂汗をにじませながらも、どうにか製法に載っているとおりには描けた…と思う。

 最後に弦を張り渡し、弓が上下均等に曲がることを確かめる。これまた図面を参考にしながら、弓のしなり加減を決めていく。

 こうして、"藍染の剛弓"の処女作が、その姿を現した。

 

 「何とか形になった…いやぁ、手間暇かかったなぁ」

 

 弓を立てかけたとたん、緊張の糸が切れて床に座り込んでしまう。のどもすっかり渇いている。今の彼にとって最大の関心事は水分補給…なのだが、飲み物は反対側の窓際に置いた、ちゃぶ台の上だ。いつもなら何ともないその目的地が、限りなく遠い。

 どうにか苦労してたどり着いたが、そこで意識が遠のいてしまった。

 

 窓の外から照りつける日差しに飛び上がった。

 「わっ、寝過ごしたぐぉっ!」

 寝ぼけまなこを見開き、ついで鈍い音とともに涙ぐんで閉じる。のどの渇きに腕枕のしびれ、うたた寝、寝坊、そして中2階へ頭をぶつける。じつに締まらない1日の始まりであった。

 …まぁ、おかげで意識ははっきりしたが。

 窓からの景色を眺め、ふぅと安堵のため息をつく。太陽がこの窓から見えるということは、まだ午前中という意味になるからだった。

 お昼下がりには、注文した相手が来る。

 寝覚めは散々だったが、間に合うように起きられただけ良かったと言えるだろう。

 

 遅めの朝食を手早く済ませる。飲み慣れたブドウの果汁が体じゅうに染み渡り、生き返るようだ。その後、水辺で顔を洗って気持ちを引き締める。水面に映る姿で髪の毛が伸びてきたことに気づくが、今はおいておこう。

 

 さて、いよいよ本題。

 昨日できあがった弓の具合を確かめにかかる。

 初めてにしては上出来。思わず笑みがこぼれる。

 まずは、形になったことを喜び、自分をねぎらおう。あとは、仕上がりがどこまで完璧に近づいているかを、曲げたり伸ばしたりしながら確かめて…

 

 …その表情がだんだん曇り、気持ちが沈み込んでいく。

 

 剛性については、竹と鋼がしっかり支え合っている手応えで、充分納得のいく強度を確保できた。が、弾性については、弦を強く引いた時の抵抗感がほんのわずかに強すぎるように思える。

 つまり、より頑丈に仕上がったほどには、しなやかさが惜しくも付いてこられなかった…という感触だった。

 くどいようだが、出来そのものは良いのだ。工程の多さと造りの複雑さを考えれば、むしろ(おん)の字と言えるだろう。

 この弓につがえた矢は、凄まじいまでの威力を伴って標的を射抜くはずだ。使っているうちに張力がいくらか弱まってしまうが、その状態でも、図面の解説どおりの威力は保証できそうだ。

 ただ、もちろん戦闘中には使い込んだ弦を張り直せるわけもなく、そもそもが、弓や弦と対話するような繊細さを要する作業だ。張力、剛性、弾性などは弓ごとに異なるから、同じものを作れる者でなければ、直すのもまた難しい。技量の届かない職人が手を出せば、直ったように見えてもくるいが出やすく、それだけ弓の寿命も短くなる。

 それらを熟知しているがゆえに、太鼓判を押すには引っかかる完成度であることが分かるのだ。

 

 …注意深く、心血を注いで作業へ当たった結果がこれか。

 …初挑戦でここまでの品質になったのに、口惜しい。

 …けれど、出来をごまかしたくはない。

 …だから……銘は、刻まない!

 

 苦虫を噛み潰したような表情のまま、彼は決断を下した。

 深いため息とともに肩を落とし、そして眉をひそめた。

 

 もっとも、彼が顔をしかめたのには別の理由もあった。

 "銘が入って当然"

 脳裏に、発注者や買い手の(おご)りをぶつけられた時のことが浮かんだのだ。

 

 今回の買い手がどんな反応を示すかは、分からない。

 注文時には特に言われていなかったはずだが、いざ受け渡すという時になって、

「じつは…」

 となる可能性も、これまでの経験から、まったくないとは言い切れない。

 取り越し苦労で終わることを願いたいものだが…

 

 使い手が銘入りを求める気持ちは、彼にもよく分かる。

 なぜなら、

 "戦いが長引き、使い込んでも、威力や防御力が落ちない"

 という証になるからだ。

 武器ならば敵をより早く退け、防具や装飾品ならば死をより遠ざける。それは絶対の安心感と支えを生み、心置きなく戦える原動力となる。戦士たちや魔法使いたちからいろいろと話を聞いているし、自分が敵を目の前にしたら…と考えると、とても共感できる。

 だからこそ、銘の刻まれた装備に惚れ込む使い手は後を絶たず、高額で取り引きされるのも無理はない、と思うのだ。

 

 だが、それが行き過ぎて、

 "銘が刻まれて当たり前、それ以外は使う価値がない"

 という極端な考え方になるのは、どうにもいただけない、とも思う。

 彼もまた職人の端くれ。手を抜くつもりは毛頭ない。武器や防具のように命を預かるものならなおさらだ。銘入りに届かなかったとしても、その心意気は変わらない。

 ものづくりに関わる者なら、多かれ少なかれ持っているであろう思い。

 "作るからにはより良いものを!"

 という職人魂。

 静かに、熱くたぎる心。

 たゆまぬ努力と工夫。

 それらの結晶が、銘入りの武器や防具、装飾品や家具として店先に並ぶのだと、彼は固く信じている。

 実際、どんな名人でもうっかり気を抜けば平凡な仕上がりになるし、へたをすると作り損なってしまうことすらある。

 そんな世界だと身に染みているからこそ、

 "銘入りが作れて当たり前"

 などでは、断じてない。そう思うのだ。

 

 それなのに…

 職人たちの思いが、買い手の目を肥えさせているのだとしたら。

 構造の難しいもの、素材の調達や加工に手間取るものでも、

 "何がなんでも銘入りで!"

 という事態を招いているとしたら…本当に…何という皮肉だろうか。

 ならば、作り手の心意気は何のためにあり、どこへ向かえば良いのか。

 歯がゆさに憤慨し、天を仰がずにはいられなかった。

 

 そして、これも経験済みだが、そういった話になると、

 「そんなの知るか」

 「作り手の甘えだろう」

 「あなたの技量や工夫が足りないだけ」

 という声が出るのは、聞いていて何とも言いようのない気持ちになる。

 己の力量の中で誠心誠意、心を込めて取り組んできたし、技術の向上にも努めてきた。結果として銘入りに届かなかったとしても、手を抜いて作った覚えはない。だからこそ、そういった言葉にはとても落ち込むし、腹も立つのだ。

 今回のような場合、品質そのものは高水準にも関わらず、中途半端とされて材料費や手間賃だけで買い叩かれかねない。極端な話だと、無料で引き取られた挙げ句、

 「あなたが下手なだけでしょ」

 「ないよりはマシだから」

 などと、心ない言葉を投げつけられることさえある。

 残念だが、これは彼が頭の中で描いた話ではなく、見聞きしたり体験したりしたことだったのだ。

 物作りがむなしくなり、辞めたくなる瞬間の1つだ。さいわい、励ましや感謝をもらうことも多いおかげで、辞めずに済んではいるが。

 

 彼は、お金をやたら積んでほしいわけではない。製品が努力と誠意の結晶であることへの理解や、ねぎらいや感謝の気持ちの表れとして、ほどほどの対価が受け取れれば充分だと考えている。

 もちろん、職人が違えば考え方も違うだろうし、それをとやかく言うつもりもない。ただ、彼自身は、高すぎず安すぎず、を心がけているつもりだ。それでも安いと言われて多めにもらってしまい、かえって恐縮することもある。そんな時は素直にいただき、心からのお礼を口にするのだった。

 

 一方、それとは別に、

 "銘入りが当然、という考え方は、買い手自身の首を絞めることにならないか?"

 という思いもある。

 心ない言動にやる気をなくすのは彼に限らないだろうし、実際に辞めてしまう者や、その買い手からの注文に応じなくなる者も出るかもしれない。

 「それがどうした。代わりはいくらでもいる」

 と当人は言うのかもしれないが、彼の目には、そう簡単に済む話ではなさそうに見えるのだ。

 

 まず、作り手が減れば、装備も手に入りにくくなり、自然と価格もつり上がってしまうだろう。購入資金を賄うにも手持ちの装備を使い込まなくてはならず、寿命が早く尽きることになりかねない。

 加えて、稼げる敵ほど手ごわく、出没場所も限られることが多いと聞いている。それは、命の危険や場所の取りあいに繋がるのでは、と思う。狩りの効率が、かえって落ちるような気がするのは考えすぎだろうか。

 作り手はというと、傲慢な態度を取った相手とは関わりたくないだろうから、装備の提供や修理に応じなくなっても不思議ではない。もっと厄介なのは、そうした話はあちらこちらへ飛び火して、

 "あの人には気をつけろ"

 という噂の種になりやすいことだ。

 彼は言いふらしたり愚痴をこぼしたりする方ではない。回りまわって、自分へ返って来ると分かっているからだ。ただ、そうしたくなる者の気持ちは分かるし、その時、彼はたいてい聞き役になっている。

 

 何はともあれ、買い手が品質にこだわりすぎた果てが、

 "まったくおもしろくない事態"

 を呼び寄せるように見えて、彼は他人事(ひとごと)ながら心配になるのだった。

 それはしかし、彼のような作り手にとっても、

 "まったくおもしろくない事態"

 でもある。気まずくなるし、わだかまりを残す終わり方になるのだから。

 

 そこまで思いを巡らせ、彼は何かを追い払うように腕を左右に振った。

 あまりにも陰気くさい考えだったので、これ以上はよしておこうと思ったのだった。

 

 このあと会う相手には、品質についてちゃんと説明し、詫びを入れる。その上で、図面以上の威力は保証できることや、あとあとの手入れもしっかり面倒を見ることを話す。

 真心(まごころ)をちゃんと伝え、いたずらに揉み手をすることなく、毅然(きぜん)としていよう。そこからは相手次第なのだから、今のうちから思い悩んでも仕方のないことだ。

 そうして彼は、気持ちの整理をなんとかつけた。

 

 お互いに笑顔で、

 「ありがとう。お疲れさま」

 そんなふうに声を掛け合えたらいいなぁ…と思う。

 その方が作り手も買い手も気持ち良くいられるはずだし、

 「また機会があれば、よろしく」

 と、前向きな気持ちでがんばれるだろうだから。

 銘の有無をおろそかにするつもりはないが、心のやり取りは、より魅力的で大切なことのように、彼には思えるのだ。

 

 今回は、苦心したから報われた部分と、その割には少し残念な部分とが出た。それゆえに気持ちが沈んでしまったわけだが…

 

 落ち込んでもいい。

 でも、落ち込んだままにはしない。

 

 そう心を定め、お昼前の日差しと薫風(くんぷう)を胸いっぱいに吸い込む。

 

 つまずきは、次への足がかり。もっともっと、前へ進めそうだ。(了)

 




お読みくださり、ありがとうございました。
今回は、1人の生産者としての心の内を、赤裸々につづってみました。


今回、筆者が最も申し上げたいのは、
「お互いへの『お願い』『感謝』『ねぎらい』を大切に」
ということです。

前書きでも触れましたが、今回は繊細な話題だけに、
「私はこう思う、こう感じる、こう考える」
に徹するよう心がけました。
また、筆者が見聞きしたり体験したりしたことを元にして、話を組み立てました。
不快に感じる方もいらっしゃるとは思いますが、どうぞご容赦ください。


M(M)aster o(o)f E(E)pic に限らず、ネットゲームは"人付き合い"の世界です。
しかし、直接会えず、顔も見えないことが多いためか、安易に「ごり押し」「決めつけ」「挑発」をする例が多いような気がします。

筆者も、そのような目に遭い、
「MoEを辞めようか」
と思うぐらい、やる気をなくしたことがあります。

幸いなことに、仲間意識を持つ人の集まり(フェローシップ)の皆さんや、ツアーでお世話になった人たちのおかげで、その後も続けられていますが。

中には、そのまま辞めてしまう人がいるかもしれません。
でもそれは、本人も周りも望まない結末ではないでしょうか。
少なくとも、筆者は、そんな別れ方はとても寂しく、残念です。
何より、せっかく長続きしているMoEが()()()()()ように思えてなりません。

2018/07/4時点で、MoEは12周年を迎えました。
ここまで続いているMMOは、本当に貴重だと思います。
"過疎だ 過疎だ"という声もあるようですが、多くの魅力や安心感、居心地の良さなどがあるからこそ…だと思っています。

けれども、それを生かすも殺すも、作るも壊すも、結局はプレイヤー次第に思えます。
ゲームの雰囲気を、ひいては魅力を創り出す原動力になる、と思うからです。

だからこそ、
「短気を起こさないで、また一緒に楽しみませんか…?」
とお願いするのは……厚かましいでしょうか?
筆者も、"お疲れさまです。一緒に楽しみましょう"と声をかけたいなぁ…と思います。


画面の向こうの人たちは、生身の人間です。
性別・年代・職業はもちろん、生活リズムも大切に思うこと(価値観)も、みんな違います。

だから、"考えは違うのがごく普通"ですし、
「私はこう思う」
と考えを出し合わなければ、勘違いや誤解が増えて、こじれてしまうでしょう。
そうなったら、楽しむためのゲームが、全然つまらなくなるように思えます。

ただ、考えを出し合うことは、
「主張をごり押しする」
「相手を挑発する」
という形では、断じてないはずです。

"自業自得"という言葉があります。
自分の言動()結果()は、必ず自分()返ってくる()
という意味です。
今回の話題のような、
「買い手が『M(M)aster G(G)rade ありき』という考え方を押し通し、相手を傷つける」
という例も、その1つではないでしょうか。

"独り善がり"という言葉もあります。
文字に"善"とありますが、実は"善の要素:0.0000...(無限大)%"です。
自分だけ()正しいと思い込み()、他人の考えを聞かないこと」
という意味ですから。
インターネットは自己完結できる(独善に浸れる)場所だけに、とても陥りやすいと感じています。


だからこそ、後書きの冒頭でも挙げましたが、
「お互いへの『お願い』『感謝』『ねぎらい』を大切に」
と、筆者は思います。
MoEのようなネットゲームではなおさら。

大げさなお礼などでなくてもいいのです。
でも、心遣いがあるとないとでは、その後のやる気に雲泥(うんでい)の差が出ます。
ホントですよ~?
(あ、「お礼はどんどん弾んでくれぃ」な人には、ごめんなさ~い)


だから…けっして、
"特定の誰かをやっつけてやろう"
などという意図は、まったくありません。
"お互いに、笑顔になるために…"
という思いで書きました。
ご理解をいただければ、本当に嬉しいです。


また長くなってしまいました…もう、クセですね(汗)。
本文以上に重たい内容になってしまったかもしれませんが…。

お読みになり、何かを感じ取ってくださったとしたら、筆者冥利に尽きます。
最後に…MoEで巡り会えた方々へ、心より感謝申し上げます。(筆者 拝)


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【MoE】 もっこす奮闘記 模様替え編 販売所の場合

『もっこす奮闘記 建て替え編』で登場した家にて、模様替えを試行錯誤するお話です。
今回は、販売所の壁に何かを飾ろう…という主旨で話が進んでいきます。

なお、この話には続き(その2)があります。



 なんとなく、目が覚めてしまった。

 二度寝するのも悪くないが、せっかく起きたので外の空気を吸ってみよう…と、ぼやけた頭で思い立ち、玄関をくぐる。

 ()が出る前の、ふわりと空へ広がる柔らかな青白い光。草に映える朝露のきらめき。

 湖のほとりで顔を洗い、腕を高く上げて、頭を起こすための刺激を入れる。

 

 実に……心地良い。

 

 起きる時間が違うだけで、こうも心が洗われるものなのか、と感じ入った。

 "早起きは三文の得"とは、よく言ったものだなぁ…と思う。

 

 水辺から我が家を振り返ると、外灯と販売所の明かりが目に入った。まるで、輝きぐあいを空と競い合っているかのようだ。その結末は言うまでもないのだが、灯りを消すのはもう少し経ってからにしよう。販売員たちが来るのはもちろん、長椅子で毛布にくるまっている者が起き出してくるにも早いから。

 誰もいない販売所を見やった彼は、どこか違和感を覚えた。さわやかで透き通った空気の中、その場所だけが(よど)み、うら寂しく見えた。吊り照明(シャンデリア)のろうそくから落ちる光は温かく、壁も淡い黄色だから、もっと明るく映るはずなのに。

 ふと、建て替えの時に差し入れを持ってきてくれた友人の言葉が頭をよぎった。

 「絵とか飾るのも、いいかもね」

 

 そうか…! と彼は手を打った。壁に飾り気がないために、販売所が殺風景になっていたのだ。今のままでは、販売員たちがいくらがんばってくれても、売上は伸びないだろう。一刻も早く助言どおりにしたいが、絵画はまだ手元になかったような気がする。さしあたり、手元にあるもので何とかしてみよう。

 何かなかったかな…と思い返すうちに、建て替え前の家で鹿の剥製を飾ったことを思い出した。何か1つあるだけで玄関まわりが引き締まって見える不思議に、ついつい感心したものだった。この際、試してみる価値はありそうだ。

 あれは、ものが大きいだけに木箱へ入れたはず。ひな壇の下と2階と、どっちの中だっただろうか。はっきり覚えていないが、(つの)が折れやすいことを考えれば、他の家具の下へ置いたりはしていないと思う。それならまず、上から探してみるとしよう。

 足音を忍ばせて階段を上り、外への出入口のそばに積んである木箱の1つに手を掛ける。天板をずらすと、目的の物がこちらを見つめていた。探し回らずに済んだ幸運に小躍りしかけたが、おっと、音を立てて起こしたら申し訳ない。木箱を元通りに閉めてから、壁にこすったり落としたりしないよう、細心の注意を払いながら、剥製を抱えて下りていく。販売所へ続く扉を抜け、少し背伸びしながら壁の真ん中へ剥製を取り付けてみる。

 これでマシになった…と一息ついたのも束の間、辺りを見回した途端に今度はため息がこぼれてしまった。1つだけの飾りが、かえって"孤立感"を醸し出していることに気づいたからだ。

 なかなか思うようにはいかないなぁ…と頭をかいてから、ならばもう1つ作って、2つ並べてしまおう、と心に決めた。それなら少しは賑やかさが出て、販売所全体の雰囲気もだいぶ変わるだろうから。それまでは辛抱して、ひとまず壁には何も掛けないでおこう。

 

 やることが決まったところで、弾む足取りで中2階の本棚へ向かう。製法を書き留めた帳面を引き抜き、紙面をめくって内容を確かめる。

 必要な素材は…ガラス玉が2つに丸太と石灰石が1つずつ、動物のなめし革が10枚、そして鹿の角が2本、か。幸い、多くの材料は揃う。ガラス玉は手元にないが、ガラス石と金物ヤスリがあるのですぐ作れる。

 ただ、問題もあった。鹿狩りを誰かに頼まないと、素材が足りないのだ。

 まず、鹿の角は手持ちがない。かさばるし、家財や装備品の作成に使うこともまずないので、もっぱら解毒剤へ加工していた。次に、動物のなめし革には毛がない。毛が残ったままだと、保存性と加工のしやすさに都合が悪いからだ。しかし、今回は毛を残す必要があるから、新たに動物の生皮を用意する必要があった。

 幸いなことに、その点については心強い伝手(つて)があった。知り合いにパンデモスの護衛戦士(ガーディアン)がいて、薬を渡す代わりに素材調達をよく頼んでいる。今回も手を借りることにしよう。

 そこまで考えて、彼は思わず吹き出した。なぜ忘れていたのだろう。今日はたまたま、その相手が来る予定ではないか。蜘蛛の絹糸(スパイダー シルク)から織り上げた包帯(バンデージ)と、状態異常を解除する薬(マジック リムーブ ポーション)を渡すことになっている。もう少し陽が高くなれば顔を出すだろうから、その時にお願いしてみよう。本人の都合が悪くなければ、引き受けてくれるはずだ。もっとも、これまでもたいてい、彼の意向を汲み取ってくれたから、きっと今回も当てにできる。そう思いたい。

 

 製法と素材調達の目処がひとまず立ったところで、他のことを片付けておこう。

 販売員たちが起き出す前に、箪笥の中にしまってある商品を取り出し、販売員たちへ預けるものを選ぶ。

 今の主な売り物は、"悟りの石"と呼ばれる赤く透き通った塊だ。素材集めで伐採をしていて、木からこぼれ落ちものを拾い集めるうちに貯まっていたのだった。彼も、秘められた才能を伸ばしてくれる不思議な力のお世話になったし、これから使いたいという人もいるだろう。だから、どの才能に関わる"石"が売れそうかを考え、ここ数日で売れたものを確かめてから、今日の販売品を決めるようにしている。

 別に大金持ちになりたいわけではない。土地代で支払う古代の硬貨(エンシェント コイン)を手に入れるには、10万単位のお金(ゴールド)が必要になる。それを(まかな)うため、ひいては住み続けるために商売を始めたのだった。

 ちなみに、お金(ゴールド)を得る手段はいくつかあるが、狩りで直接お金を拾ったり、戦利品や生産素材、生産品を売り出したりすることが多い。売り方についても、売り露店を開く人、買い取り露店へ品物を入れる人、売買掲示板を通じて取り引きする人、知り合いに買い取ってもらう人、注文を受けて商品を提供する人など、さまざまな形がある。

 彼の場合、戦闘はまったくできないし、なるべく生産に携わりたいので行商する時間も惜しい。受注は依頼の有無に左右されるし、取引金額もその時の交渉次第。結局、構えた家へ販売員たちを呼ぶのが最も現実的だと思ったのだ。"悟りの石"にしても、あぶれるぐらいなら売りに出す方が、売上にもなるし誰かの役にも立つから、というのがきっかけだった。もちろん、売るからには吟味はする。需要のありそうなものや、他であまり扱ってなさそうなものを置くよう心がけている。

 今日はさいわい、早起きしたぶん商品をじっくり検討できそうだ。それが終わったら朝食を済ませ、販売員たちへ売り出しをお願いしてから、依頼人の到着をのんびり待つとしよう。

 

 そして夕刻。陽が沈み、景色が茜色から紫色へと染まる頃、待ち望んだ素材が届いた。

 この頼れる巨漢は、

 「余った分は売るなり使うなり、自由にしてくれて構わんぞ」

 と、両腕で抱えきれないほどの角を持ち帰ってくれた。

 期待を裏切らない仕事の早さと、相変わらずの気前の良さに、ついつい口元が緩む。朝、本人が"後で"と言って受け取らなかったものを、改めて手渡す。

 「助かる。いつもすまんな。鹿が相手なら時間はそうかからんし、危険もまずなかったんでな。気を悪くしないでほしい」

 中2階に届かんばかりの頭の高さからお辞儀をされると、額から突き出た4本の短い角がちょうど彼の目の前に来る。初めのうちこそ驚いたものだったが、さすがに今ではもう慣れた。パンデモスに特有の角、筋骨隆々の体躯(たいく)白銀に光る板金鎧(銀のプレート装備)で固めた姿。それらが織りなす印象は"頼れる"の一言に尽きる。

 ちなみに彼は、角を目にするたびにいろいろ訊いてみたくなる。寝る時に枕に引っかからないのかとか、敵に頭突きを食らわせたりしないのかとか。目の前にいる本人が聞いたら呆れそうな質問ばかりが浮かぶので黙っているが、反応を見てみたい気もする。我ながら困ったものだ。

 それはそれとして…近接戦闘をこなす者がどれほど危険と隣り合わせかは、壁役として仲間を守ることが多い当人からよく聞いている。複数の敵に囲まれたり、状態異常や呪いを受けたりすると、死の確率も格段に跳ね上がる。自分が倒れれば仲間にも危害が及びかねない。だからこそ、艶やかな布地(シルク バンデージ)とろみのある青い液体(マジック リムーブ ポーション)は必須で、おかげで自分も仲間も幾度となく命拾いした、心から感謝している…と、熱く語ってくれたことがあった。聞いた方は照れくさかったものの、それが決して誇張ではないこともよく理解できた。だから彼も、絹の包帯(シルク バンデージ)異状解除の薬(マジック リムーブ ポーション)をいつでも提供できるよう、素材の在庫にはこまめに気を配っている。

 「こちらこそ、いつも助かってるよ。急なお願いだったのを、本当にありがとう」

 がっちりと握手を交わし、星が瞬き始めた中を手を振り合って別れた。大きく肉厚な手の感触と、鋭い中にも温かな眼光が、快い余韻を彼の中に残していった。

 

 食事を済ませたあと、意気揚々として作製へ取りかかる。

 まず、丸太を切って首と頭の形を大まかに作り、板状に整えてから磨き上げた石灰石の土台へと据えつける。次に、ガラス石を溶鉱炉でガラスへと精錬し、さらに金物ヤスリで削ってガラス玉を2つ作り、頭へはめ込む。その上から、毛を残してなめした動物の革を張り付けて鹿の姿を再現し、最後に角を付け足して向きを微調整し、完成となる。

 剥製が仕上がったとたんに大あくびが出てきた。ついつい夢中になってしまった。今は何時ごろだろう。

 辺りを見回すと、お店を手伝ってくれている男の子が、いつものように長椅子で眠っている。他の販売員たちは気配がないから、片付けや掃除を済ませて先に帰ったのだろう。耳を澄ますと、かすかなざわめきに似た音だけが聞こえる。止むことなく続く大瀑布の壮大な響き。明るいうちは色とりどりの旋律を添える鳥たちも、男の子と同じく夢の中のようだ。

 あぁ…すっかり夜が更けてしまったらしい…と分かったところで、まぶたが急に重たくなり、肩にずしりと重みがのしかかってきた。まぁ…取り付けは明るくなってからでいいや…もうろうとした意識で考えながら、足を引きずって寝台へ向かい、やっとのことで布団に潜り込んだ。

 

 そして翌朝。寝ぼけ(まなこ)な彼の姿が、販売所にあった。

 いいのか悪いのか、昨日と似たような時間に目が覚めてしまったのだった。いささか心中は複雑だが、せっかく起きたので、昨日の続きをすることにした。

 他の場所から運んできた踏み台代わりの保管箱(バンク ボックス)を、販売員たちの立つ背後の壁へ置く。出入口と当たらず、それでいて元からある保管箱(バンク ボックス)の真上にならない位置を選んで、2つの剥製を左右対称に並べてみる。そして周りを見渡してみたが、今度は具合が良さそうだった。()()()は感じない。むしろ、適度なめりはりがついて見える。ただ、気がかりな点が1つだけ…

 その時、屋内へ通じる扉が開いて、お手伝いの男の子が出てきた。作業の物音で目が覚めたのか、気だるげな声で挨拶などしながら(まぶた)をこすっている。だが次の瞬間、劇的な反応があった。

 「わぁ…かっこいい!シカさんが2つ並んでる~」

 眠気が一瞬で吹き飛んだらしい。両手をあげて飛び跳ねるさまに、彼も思わず、会心の笑みがこぼれる。

 この販売所は、陳列棚が屋外へ横長に面している。商品の保管庫(バンク ボックスと箪笥)を置くに当たり、棚と平行にすると圧迫感が出るので、工夫してみた。異国情緒たっぷりの黒塗り箪笥を扉と反対側の壁際へ寄せ、海賊の宝箱を思わせる檜皮色(ひわだいろ)保管箱(バンク ボックス)を載せてみた。落ち着いた感じになったので、とても気に入っている。

 ただ…保管箱は上ぶたを開け閉めするので、剥製との間が思ったより狭くなりそうだ。それが、さっき気にかかった点だったのだが…寝不足な状態で保管箱を朝早くから動かして回ったので、これ以上の作業はさすがに億劫になっていた。

 くたびれた様子の彼とは対照的に、

 「スゴいや!生きてるみたいだ~」

 などと、感想を述べながら元気いっぱいな様子の少年だったが、彼の様子に気づいたようで、心配そうに見上げてきた。

 「あの~…どうかしましたか~?」

 答える代わりに、保管箱と剥製の間を指差す。男の子もつられてそちらに目を移し、

 「あ~…箱を開けたらぶつかっちゃう…?」

 と、困ったような顔になる。

 「そうなんだよねぇ…もう少し高く飾りたいんだけど…」

 「じゃあ、ボク、手伝いますよ?」

 願ってもない申し出に、彼は思わず頭を下げた。

 「ありがとう…助かるよ。少し重たいかもしれないけど、大丈夫?」

 すると少年は誇らしげに片腕を突き上げて、上気した頬をさらに赤くして答えた。

 「はい、もちろん!」

 目を輝かせているその様子に、彼の目尻もついつい下がる。早く触りたくてたまらないのだろう。そんなまっすぐな好奇心にこちらも元気づけられて、だるさもどこかへ吹き飛んだ。

 じゃあ、さっそく、やってみよう。

 肩車を組み、剥製の土台を慎重に下から支え、持ち上げて、受け渡していく。

 「重たかったら、無理しないでねぇ」

 「はい、平気です~。うんしょっと…」

 腕の震えが伝わってくるが、それは同時に、この少年の健気(けなげ)さとがんばりの証でもある。それは、彼の胸を喜びと感謝で満たしてくれた。心身ともに噛み合った2人の連携はこうして実を結び、2つとも無事に手直しが終わった。

 「ありがとう。本当に助かったよ」

 「ううん。お役に立てて良かったです~」

 まだ上気した顔を向けながら、お互いに満面の笑みを交わし合った。そうして改めて、それぞれの目で販売所を見つめる。

 壁の高い位置に、鹿の剥製が2つ並ぶ。

 たったそれだけで、昨日まで寒々しく感じた販売所の雰囲気がこうも変わるとは。和らぎと凜々(りり)しさ、変化と統一感がそれぞれ両立した空間になった。素材の確保から始まって飾り付けに至るまで、周りの人たちのおかげで、こうして形になったのだ。人によっては小さな出来事に映るかもしれないが、彼にとっては、本当に大切なことがたくさん詰まった、貴重な時間になった。

 

 ただ…そうなると、ついつい次のことを考えてしまう彼の性分が、頭をもたげてくる。

 オムライスを差し入れてくれた友人の言うとおり、絵を真ん中に飾ると、さらに気品が出て良さそうだ。

 どんなのを掲げようか、と考えたところで、とある知り合いが以前にくれた絵画を思い出した。たしかそれは、中2階に置いた両開きの箪笥(デザイナー チェスト)の中に収めたはずだ。絵そのものはまだ見ていないが、ちょうど手元にあるのは幸運だった。朝食を済ませたら確かめてみよう。昨日は頭に浮かばなかったことは、この際、気にしないことにする。

 

 朝食を終えてお腹がふくれたところで、さて…と、知り合いの話を思い出してみる。

 その絵は、ミーリム海岸の沖合いに沈んだ宝船から持ち帰った1枚だという。それならば芸術性も高いだろう…と思ったのだが、知り合いの表情はどこか、念を押すかのように見えた。まるで"本当に、いいの?"とでも言わんばかりだったような…

 いやいや、きっと思い過ごしに違いない。そう彼は結論づけ、箪笥の扉を開けた。果たして、保存用の油紙(あぶらがみ)に包んだそれが立てかけてあった。

 「これは、すごく運が良いなぁ。すぐ見つかるとはねぇ」

 思わず、鼻歌に合わせて身をくねらせたりしつつ、中2階の床の上で包みを少し開いてみる。

 

 ……動きが、止まった。

 

 ……やっぱり、あれは、気のせいじゃなかったのか……

 

 表現に困るのだが、"どうしようもない力場"が、この絵からあふれ出ていた。

 ついさっきまで、見栄え良くなった販売所にすこぶる上機嫌だったというのに…今、この何とも言いようのない気持ちはどうしたものだろうか。まるで、色彩豊かな風景画の中から、白と黒を残して他の色が全部逃げ出してしまうような、そんな気分だった。

 

 まぁ…仕方がない。こんなこともあるか。

 

 ため息を1つつくと、彼はていねいに包み直し、元の場所へしまった。

 「うん、見なかったことにしよう」

 と、敢えて声に出し、手を2度3度と打ち鳴らす。

 ただ、仮にも頂き物なので捨てるつもりはないし、機会があれば話の種として見せるぐらいのことをしても、(ばち)は当たらないだろう。

 「ん?どうかしたんですか~?」

 男の子の顔が中2階へのぞく。明らかに笑いをこらえている。鼻歌の後に硬直し、独り言とともに手を打ったりしていれば、それはそれは奇妙な光景に映っただろう。

 「あぁ、いやいやいや、なんでもないよぉ。とりあえず、お店のほう、お願いねぇ」

 慌てて手を左右に振って、彼は引きつった笑顔と声で返した。

 「は~い」

 口元を押さえたまま男の子は降りていき、扉を開け閉めする音がそれに続いた。

 

 どうやら、()()()に加えて、()()()も提供してしまったようだ。まぁ"笑う門には福来たる"とも言うし、こういうのも悪くないかな、と思い直しながら、彼もひな壇を駆け下りていった。

 

 いい絵との出逢いは、もうしばらく先のお楽しみになりそうだ。(了)

 




お読みくださいまして、ありがとうございました(深謝)。
直接の繋がりはありませんが、『もっこす奮闘記 建て替え編』の流れを汲んでいます。
もしよろしければ、そちらもご覧いただけると嬉しいです。

まずはお詫びです。
M(M)aster o(o)f E(E)pic の中では、キャラを肩車できません。また、動物のなめし革に、毛を残す・残さないの区別もありません。
話の展開が不自然にならないように留意しながら、少しでも現実味のある場面設定を考えた時、筆者の頭では、本文中のような組み立て方が精一杯でした。
その代わりと言ってはなんですが、鹿の剥製の製法(レシピ)や、前衛職につきまとう危険性、素材に対応した薬品の種類などは、本当にそのまま引用しています。

筆者自身、「なんで私はここまでこだわるかなー」と不思議です(笑い)。
MoEの中での模様替えもそうだし、この文章を書くときもそうだし。
けれど、そういうのが好きで楽しいから、困ったような、良いような感じもします。

ちなみに、気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、筆者の文章では、カタカナ言葉や擬音語・擬態語を避けています。
そういった言葉を使う方が手軽で楽だし、読者の皆さまもその方が分かりだろうなぁ…とは思いつつも、敢えてそうしています。
それは、"日本語が本来持っている()()()を大切にしたい"と思うからです。

言葉は生き物で、時代と共に移り変わるもの。筆者もそれは感じていますし、仕方ないとは思います。ただ…カタカナ言葉や擬音語・擬態語があふれかえっている今の日本語を見ると、とても残念な気持ちになります。
日本語に本来あった、「景色や心情を丁寧に表す言葉」や「意味合いの違いを的確に表す言葉」が滅びつつあるように感じてしまうからです。
言霊(ことだま)』。
言葉の持つ、心を動かす大きな力。それを端的に表した一言です。
言葉遣いによって、自分も相手もどんどん変わっていく、ということは、実際にあり得るのではないでしょうか。
乱暴な言葉を使えば心がすさみやすいし、丁寧な言葉を使えば相手の印象が変わります。
(時と場合をわきまえるのは大前提ですよー。丁寧な言葉も()()に使えたりしますから…)
筆者には、最近の日本語の変化は、"感性や心のひだを埋め立て、壊している"ような気がしてなりません。

我ながら「えらそうなことを言ってるなー」と思いますし、どこまで実践できているかは分かりません。
ただ、日本人が本来持っていた豊かな感性を大切にしたいとは思うし、それを守る1つの方法が「言葉遣い」だと思うので、敢えてこだわっています。

前回の後書きが"ゲーム解説"なら、今回は"日本語に関する演説"みたいになってしまいましたが、生ぬるく見守ってやってくだされば幸いです(汗)。

それはそれとして…内装に凝るのは、本当に楽しいです~♪(筆者だけかなー?)

なお、文中の最後に出てきた"どうしようもない力場"の絵については、MoEの沈没船で手に入れることができます。文中の「彼」が抱いた感想は、実際に筆者が感じた内容でした(笑い)。
そういう品物があるのもまた、味があっていいなぁと思えてしまうのが、MoEの不思議な魅力(?)でしょう。
そんな"不思議"が"日常"なダイアロス島へ、お越しになりませんか?
筆者も含めて、多くの「仲間」が、お待ちしております。(筆者 拝)


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【MoE】 もっこす奮闘記 建て替え編

初投稿です。
読みづらいところも多いと思いますが、よろしくお願いします。

読んでいくうちに「あ、あの人かも」と気づいても、スルーでお願いします m(_ _)m

なお、本文後半に出てくる動作は、実際にゲームの中でできるものも多いです。
キャラ達を感情豊かに動かせるのも、魅力の1つだと思います。



 「これで良し、と」

 辺りを見回しながら、若者は満足そうにうなずいた。

 ここは太古のダイアロス島(Ancient Age)にある、2階建ての新築住宅。

 板張りの床に黄色がかった壁。庭をなくして床面積を広げ、販売所も確保した。屋上も広くなった。

 土地探しに始まり、数年がかりで家造りへ励んできた。その成果をこうして目の当たりにすると、感激で胸がいっぱいになる。

 この家は2代目。手の込んだ造りなので、完成まで2カ月はかかると予想していた。…が、作業が意外とはかどったうえに、どこかの親方が手を貸してくれたようで、期間を10日も短縮できた。そうなると一刻も早く屋内を仕上げたくなり、一段落つくところまで1週間がかりで進めていたのだった。

 真新しい匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、これまでのことを思い返してみる。

 

 きっかけは、何だったろうか。

 "自分の家で、生産へじっくり取り組んだり、くつろいだりしたい"

 という願いを持つようになったのは。

 数年前、木工と鍛治で身を立てていた彼は、家主さんたちに生産設備を借りて仕事をしていた。もちろん感謝はしていたが、どこか気兼ねしてしまう気持ちもあった。また、時には1人で静かに、あるいは親友たちと水入らずで過ごしたいという思いもあった。"家を構えよう"と決意するのに、そう時間はかからなかった。

 そうして、修理や製作の注文をこなしつつ、素材を集めて回りながら、宅地を探す日々が始まった。その中で条件をまとめていったのだが、

 "転移装置(アルター)から近く、風景が良くて、素材を集めやすく、人通りが少なめで、維持費を安くできたら…"

 「我ながら欲張りだなぁ」

 苦笑いせずにはいられなかった。

 えてして、めぼしいところには家がもう建っていて、

 「考えることはみんな似てるのかもねぇ」

 と、ため息をつくこともしばしば。それでも諦めきれず、渓谷・地下都市・天空島・リゾート海岸・大樹のある湖へと、足を運び続けた。

 

 1年ほど経った頃…伐採を終えてぶらついていた足が、ふと止まった。

 転移装置(アルター)の1つから程近く、滝の見える静かな空き地が、そこにあった。まさしく思い描いていたとおりの佇まい。

 「でも、どうせ高級住宅地なんだろうなぁ」

 期待せずに管理情報へ目を落とした次の瞬間、彼は雷に打たれたように固まった。

 「一般住宅地!? 何かの間違いじゃないのか?」

 目を凝らしてみるが、立て札には確かに"一般住宅地"と書いてある。古代の硬貨(エンシェント コイン)1枚で、100日間もここが借りられることを意味していた。

 "これは見逃せない!"

 足がもつれんばかりの勢いで駆け出し、土地管理者(ランド アドミニストレータ)の元へ飛んでいった。

 

 ひと月ほど後、白い石造りの家が建った。狭いながらも2部屋を抱え、細長く天へ伸びる佇まい。古代モラ族の建築様式だった。

 目にした友人の第一声は、

 「教会みたい」

 言われてみれば確かに、重々しくも清らかな雰囲気があるなぁと、彼も納得できた。

 さて、この形を選んだのには、いくつか理由があった。

 部屋を使い分けられること。屋根へ家財道具(アセット)を置けること。足場や販売所を庭へ作れること。また、当時の腕前で建てられる中では、これが最善の選択…という事情もあった。

 だから、こじんまりした室内にがっかりするどころか、

 "かえって工夫のしがいがある"

 と、やる気満々で整え、見た目と使い勝手を考え合わせて家具を揃え、模様替えにも精を出した。

 その甲斐あって、生産設備は奥の部屋へ無理なくまとめられた。他の家具も、初めのうちこそ高く積み上がったものの、チェス盤で中2階を作って解消できた。

 下には絨毯や座布団を敷いて、友人たちと語らえる場所を作り、上には机・寝台・本棚などを置いて、彼自身が落ち着けるようにした。また、チェス盤が生産設備の上へ突き出た箇所には、木箱・樽・箪笥などの収納家具をまとめた。

 屋上へは、金物の箪笥や石造りの柱などを使い、足場を組んだ。空が近いだけあって、展望はまさに絶景。彼も友人たちも気に入り、ぼんやりと滝を眺めることも多かった。足を滑らせてケガを負いやすいのが玉に瑕だったが…

 そうこうするうちに季節ものや収納家具も増え、彩りも機能性も充実してきた。販売員を呼んで商売も始め、囲炉裏のそばで親友たちと夜通し語り合ったりもして、我が家暮らしを大いに満喫していた。

 

 だが、収納力がめいっぱいになる頃、彼は建て替えを決心する。

 家具の置き場に困るから…ではない。それは何とかなる目処がついていた。別のことが2つ、気にかかってしかたがなかったのだ。

 1つは、販売所が実質的に屋外にしか置けず、販売員が気の毒…という気持ちが膨らんでいたこと。

 もう1つは、足場の上り下りが難しく、せっかくの雰囲気が台無しになってしまう…という思いが募っていたこと。

 造り上げた家への愛着は深いものの、さらなる快適さへの限界を感じていたのだった。

 それは、ちょうど去年の今ごろだったろうか。

 

 改めて家々を見て回り、レンガ造りの平屋とどちらにするか悩んだ末に、販売所付きの様式を建てることにした。

 販売所には日除けがあり、販売員たちへ快適な環境を提供できる。1区画を使い切るぶん屋上も広く、階段も初めから付くので景色や栽培を心置きなく楽しめる。さらに、建設時に日除けや壁の色を選べて個性が出せるのも嬉しい点だった。工程は複雑なものの、まさに願ったり叶ったりの設計だった。

 レンガ造りの平屋も、部屋が広めで屋根をまるごと使える点では魅力的だった。玄関先にはひさしもあり、割と建てやすいのもあって、どちらにしようか迷ったのだ。だが、腕が上がった今なら…という自信が決め手となり、この際だから挑戦してみようと心を決めたのだった。

 そうなると、彼の中には別の思いがふつふつと湧いてきた。

 "どうせなら、広がる間取りを生かそう。見た目の美しさと生活のしやすさを突き詰めてみよう"

 こうして彼は来る日も来る日も図面作りへ没頭し、家具の取捨選択や位置取り、そして作製に必要な素材集めへと勤しんだ。

 

 そんな中で、ふと気づいたこと。

 「洗面所っぽいものがない…」

 彼自身も含めて、この世界の住人が飲み食いしたものはどうなっているのだろうか?

 これまで特に不都合もないので気にかからなかったが、意識してしまうと、どうにも落ち着かない。

 "それらしく作れないか?"

 と考え込むあたり、彼は根っからの職人気質(しょくにんかたぎ)であった。

 

 他にも、さまざまなこだわりを取り入れていった。

 "新しく長椅子を置いて、のびのび寝転がれるようにしたい…"

 "ちゃぶ台や座布団を置いて、今までみたいに親友たちと語りあいたい…"

 "生産設備をうまくまとめて、手際良く仕事できるようにしよう…"

 "生産設備と木目調の保管箱(バンク ボックス)、それと白木造りの保管箱(タイム カプセル ボックス)が互いに離れない配置にして、出し入れしやすくしよう…"

 などなど。

 構想を練り込むあまり、上の空で伐採していて滝つぼへ落ちかけたり、せっかく描いた図面を居眠りして滲ませてしまったりもしたが…

 

 そして2か月と少し前、いよいよ建て替えを行う時がやってきた。

 白い壁や石造りの床。

 楽しい思い出がたくさん詰まった部屋。

 高みからの壮大な景観。

 万感の思いを込めて、古代モラ様式の家に頭を下げた。

 "今まで…ありがとう。よくがんばってくれたね。本当に…本当に、ありがとう。お疲れさま。"

 そうして解体に手をつけたが、この時ばかりは思わずしんみりとなり、胸に熱いものが込み上げてきたのだった。

 

 作業が終わった後は、気持ちを切り替えて新居の建設へと取りかかった。

 とりわけ、1階の間取りには気合いを入れて臨んだ。大きな直方体の空間を左右に分け、左半分に中2階を作り、その下をさらに手前と奥とに区切った。乳白色をした重々しい質感の壁でそれらを仕切り、さらに玄関から左奥が隠れるよう工夫した。

 

 家の中を回りながら、具合を1つひとつ確かめてみる。

 右半分には生産設備や保管箱をまとめた。玄関から階段へ直進できるよう左右に配置し、さらに生産設備が窓へかからないようにして、見通しと通気性を確保した。はた織り機には近寄らないと作業できないが、そこからも手が届く位置に保管箱を置いた。

 先ほども少し触れたが、左半分はチェス盤で中2階を造り、その下を手前と奥に区切った。

 上には、隅に置いた円卓を直角に挟む形で、2脚の長椅子を壁沿いに並べた。また、調べ物や休息や着替えができるようにと、机や椅子、箪笥や寝台を載せた。

 下の左手前にはちゃぶ台と座布団を置き、ゆったりと腰を下ろしてくつろげるようにした。前の家には窓がなかったぶん、実際よりも広がりを感じやすくなった。

 下の左奥は、彼が最もこだわった部分だった。いくつもの見取り図を経て考え抜いた末に、次のような造形に決めた。

 まず入ってすぐ右手に、上品そうな青い壺と気品のある薄墨色の机を並べた。次に左手奥の壁際へ、黄色いふかふかの椅子と装飾の入った樽を据え付けた。壺は手洗い用の水を湛え、机は荷物置き場として、椅子は用を足すために、そして樽はそれに使う水を溜めておく…そんな意味合いを込めていた。

 作れる限りの家具を活用して、洗面所らしい内装を目指したのだった。玄関から見えないようにした理由も、そこにあった。

 一方で、図面どおりに置いてみたら収まりが悪かった、という場合もあった。吊り照明(シャンデリア)がそうで、市松模様の盤上へ光と圧迫感を放ってしまい、やむなく取り外した。明るさ自体は卓上灯で確保できたが、

 「やっぱり、やってみないと分からないもんだなー」

 この時ばかりは、困ったように頭をかいたのだった。

 

 彼自身、

 "我ながら凝り性だなぁ。洗面所はなくても困らないのに…"

 とは思うし、

 「詰め込みすぎて狭苦しい」

 と言う人もいるかもしれないが、その時はその時で、あれこれ試してみよう。それもまた、きっと楽しい時間になるから。

 凝ったついでにと、洗面所の机や玄関脇の箪笥へ鉢植えを乗せてみた。おしゃれな感じが出ているといいが…来訪者たちの評価を待とう。

 

 それでも、彼は心から満足していた。1年以上かけて、30通り近い図面を描いた成果が、こうして実を結んだのだから。

 

 すると扉が開き、腰ぐらいの高さから馴染みの顔がひょっこり現れた。

 「おー、いい感じになったねぇ。終わったの?」

 「うん。とりあえずはねぇ」

 「そかそか。お疲れさまー」

 小走りに駆け寄ってくる、耳の少し尖った小柄な友人は、このダイアロス島でよく見かける種族、エルモニーの1人だ。静かなところや自然を愛する種族だと聞いているが、この友人はまさに、そういう人物だった。

 

 ちなみに彼はニューターで、人間とほとんど見分けがつかない。他には、すらりとした美貌や長い耳が特徴のコグニートーや、とりわけ大柄で額に短い角が生えたパンデモスがいる。

 またモラ族は、彼が島へ流れ着いた時代(Present Age)以降では小柄な白い猿を思わせる姿だが、1万3千年前(Ancient Age)においては、高度な文明とともに降り立った、いわば先住民族である。彼らが管理する開拓地の中から、この時代の硬貨(エンシェント コイン)を支払って土地を借り、家を建てているというわけだ。

 ちなみに、転移装置(アルター)で時空を越えたり、さまざまな魔法を使ったりできるのも、古代モラ族が創り出した巨大な魔石(ノア ストーン)のおかげだ。しかしそれは別の者を呼び寄せることになる。まずエルフたちが島へやってきてモラ族から石を奪い取り、エルガディン王国を作った。次いでキ・カ大陸から人間たち(ドラキア帝国)が押し寄せ、エルガディン人を東の乾いた地(ネオク高原)へ追いやって神聖ビスク王国を建て、かの石を手にした。他には、争いの言わば()()を封印しようと暗躍する獣人たち(ビースト ブラッド)の国、サスールや、世界を闇の力で変えようとするマブ教などの勢力がある。さらにはドワーフやオーガーなどの種族もいるが、彼らは人間に混じって生活していたり、逆に人里離れて暮らしていたりしているので、それらの動きとは関わりが薄いようだ。

 この時代(Ancient Age)は、魔石(ノア ストーン)をめぐる争いが起きる前の平和な時代。血塗られた未来を変えるため、時と場所を越える石(ブランク ノアピース)の力で過去へ来た…のだが、彼はもともと穏やかな性格なので、自分のやりたいことやできることを通して、周りを支えようと考えていた。

 友人の種族(エルモニー)にもさまざまな人がいる。黙々と狩りにいそしむ人、物作りに生きる人、魔法使いとして活躍する人、賑やかに歌って踊る人など。ちなみに、この友人は飲食物をよく作って届けてくれる。

 「大したことじゃないよー」

 と、当人は自己評価が低いのだが、調理がからっきしな彼にとって、安心して胃袋を任せられる存在は本当に心強く、ありがたい。

 時々、お礼の代わりに収穫を手伝っているが、食材によっては難航したものだ。自力で作物を育てられれば友人も楽だろうな…と思った。空中菜園を織り込んでいるのには、そんな背景があった。

 

 閑話休題。

 小さくて大切な友人は、包みを小脇に抱えたまま家主と並んで立ち、同じように見回して、

 「こだわったねぇ。すごくいいじゃない? 生産設備も使いやすそうだし、すっきりした感じでさ。まさか、この家でも1階を上下に分けるとはねぇ」

 にんまりと笑みを浮かべながら感想を述べた。

 ちなみに、彼とこの友人とは感性が似ていて、彼が"引っかかるなぁ"と感じた時はたいてい、

 「なんかヘンだね」

 と言ってくれたり、

 「販売所の壁が寂しいから、絵とか飾ってもいいかもね」

 と意見をくれたりする。そういう意味でも気の置けない存在の1人だった。

 感心したような友人の言葉に胸をなで下ろしていると、当の本人は目を丸くした。

 「おっ?」

 中2階を見やり、ひな壇をとんとん駆け上がると長椅子へごろんと寝転がった。

 「いやぁ~ これこれ。これを楽しみにしてたんだよ~」

 顔をほころばせてあくびをしてみせたり、

 「う~ん…新築の家のにほひ…」

 と身をよじってみたり。

 またたびを嗅いだ猫のような仕草に、見ているこちらもついつい笑いが洩れてしまう。

 

 「あ、しまった」

 ふと、思い出して彼は大きく手を打った。

 「どしたの?」

 つられて友人の動きも止まり、しげしげと見つめる。

 「2階は、まだほったらかしでさぁ…」

 階段を上ったところに井戸がある。棟上げ直後、水汲みの手間を考えればマシだから、とがんばった甲斐あって、無事に水は湧いた。良かったのだが、石垣を組むのにたいそう骨が折れてしまった。

 "くたびれたので、上はあとで整理しよう"

 そしてそのまま忘れてしまい、今時点で木箱や樽などは絶賛散らかり中、外は手付かず、というわけだ。

 それをここで思い出したのが実に気まずく、決まりが悪い。

 「井戸掘り、大変だったもんねぇ。そんなに無理を重ねたら倒れるよ。それこそさ、後から景色でも見ながら、ゆっくりやればいいんじゃない?」

 ため息をついた彼をなだめながら、友人はいたわるように声をかけた。

 しばらく天を仰いでいた彼は、ややあって、

 "それもそうかな。その方が、気に入った感じになりそうだ"

 と思い直し、友人へと向き直った。

 「ありがと。そうするよ。じゃあさ、洒落た雰囲気づくりも目指したので、2階も整理できた時に感想を聞かせてもらえないかな?」

 「もちろんさぁ。楽しみにしてるよん」

 握手を交わしながら、彼は心を決めた。

 今はとりあえず、我が事のように喜んでくれる気のいい友と、この幸せを噛みしめ、分かち合おう、と。

 

 「あ、そうだ。忘れるとこだった」

 ぱんぱん、と手をたたいた友人が、卓上に置いた包みを指差した。

 「これ、そろそろ終わるかなと思ってさ。大したものじゃないけど、建て替え祝いに持ってきたよ~」

 そして辺りいっぱいに広がる、トマトソースの香りと卵の匂い。

 いつもこうだ。この友人のさりげない心配り。こういうちょっとしたことが、彼にはとても嬉しいのだ。

 晴ればれとした気持ちになって、彼は友人お手製のオムライスを手に取った。

 「いやぁ、ちょうどお腹が空いてたんで助かったよ。ごちそうになるねぇ」

 彼が満面の笑みを向けたとたん、今度は友人が頭をかいた。

 「あ~、間が悪くてごめん。飲み物忘れた。何かある?」

 「あぁ、大丈夫だよ。いつもので良ければ出すけど?」

 「うんうん、すまないねぇ」

 ばつが悪そうに笑う友人へ片手をあげて応え、ブドウの果汁をガラスの器へ注ぐ。きれいな紫色と、さっぱり甘酸っぱい風味が気に入っている。これも実は、この友人が前に届けてくれたものだ。

 オムライスの横へグラスを並べたとたん、2人の胃袋が同時に鳴った。

 そろって腹を押さえ、これまた同時に大笑いしたあと、

 「じゃあ、食べようか」

 「そうだね。いつもありがとう」

 「どういたしまして」

 そうして、甘酸っぱいかおりを楽しみながら、心ゆくまで舌鼓を打ったのだった。

 

 まだまだ、家をいじる楽しみは続きそうだ。(了)

 




お読みくださいまして、ありがとうございました。

Master of Epic(以下 MoE)での1つの楽しみ方を、自分なりに表現したくて筆を執りました。
生産好きな人なら、「うんうん」と共感できる部分が多かったのではないでしょうか。
もし違ってたら…生暖かい目で見てやってくださいませ(汗)

MoEは本当に、やること・やれることが盛りだくさん。"ありすぎる"ぐらいです。
そして、完全スキル制なので、けっこう自由度が高いです。

始めたばかりの人がよく口にするのが、
「チュートリアルは終わったんだけど、これから何をすればいいの?」
という言葉。
何を隠そう、筆者もその1人でした(苦笑)。

MoEには強制的なイベントはほぼ皆無で、自分で決めて自分で行動するのが基本です。
片や、手がかりの提示は控えめなので、筆者のように途方に暮れる人も多かったのではないでしょうか。

実はこのゲーム、その気になれば様々な遊び方…いや"生き方"ができます。
戦闘や生産はもちろん、素材集め・商売・農業・大道芸に演奏三昧、果てはただの旅人生活や放浪者(笑い)まで…
"あなただけのセカンドライフ"
という謳い文句も、あながちウソじゃないと思います。
裏返せば、ダイアロス島(MoEの世界)での暮らしが充実するかつまらなくなるかも、自分次第。でも、それは他のゲームでも言えることですよね、きっと。

さて、詳しい内容や案内は公式サイトやWikiに譲るとして…
筆者なりに、MoE最大の特徴だと感じたことを1つ。

それは"持ちつ持たれつ"です。
誰もが、誰かの助けになったり、誰かのお世話になったりします。
どういうところで特に感じたかを、ここでご紹介したいと思います。

まず装備。
MoEでは、装備のほとんどが消耗品で、修理しないとあっさり壊れます。
課金装備も例外ではないので、「いかに長持ちさせるか」がカギになります。
ちなみに、NPCから買える装備は少なく、しかも低品質(!)を誇りますし、修理も、NPCよりもプレイヤーに頼む方が出来が良く、長持ちしやすくなります。
えてして、誰かが作った装備を買ったり、作成や修理を誰かへ頼んだりすることが多くなります。

次に飲食物。
キャラたちはおなかが空き、のどが渇きます。
飲食なしでは戦闘や成長に悪影響があり、回復速度もがた落ちになります。
ぶっちゃけ、命が危なくなります。
料理人たちが作ってくれる飲食物は種類がとても豊富で、便利な効果が付いているものも多いです。
「自分のキャラ、いいもん食べてるのになぁ」と嫉妬してしまいます。
…そこで「レッド スープ」とかつぶやいた人、そういうのが好きなんですね?
「何だろう?」って思った方、どうぞ一度ググってみてくださいね♪(にこっ)

最後に戦闘。
1人だと、どんなに強い装備やスキルで固めても、複数にボコられるとあっさり沈みます。
「そんな大げさな!」と思われるかもしれませんが、けっこう"あるある"です。
キャラの成長には等しく限界があり、装備の有利不利を合わせても飛び抜けて強くはなりません。
プレイヤー・スキルを磨けばかなり改善しますが、そうなるには場数を踏むことが欠かせなくなってきます。
そこで大切なのが「仲間」。
2人で組んだだけでも行動範囲がぐっと広がり、強敵に立ち向かいやすくなります。最大人数の5人まで組むと、ボス級の敵にさえ堂々と挑めます。
筆者自身、仲間のありがたみや頼もしさを何度も体験しました。
…え? 筆者がヘタなだけ? はい、それはありますねぇ♪
ただ、実際の話、ソロでボスに挑める強者(つわもの)は、そうはいません。そういう人たちは、キャラの性能に頼らず、キャラの性能を活かしきっています。MoEの戦闘は、かなりアクション性が高いです。

一方、戦利品は生産者にとって貴重な材料になることも多く、作った装備や飲食物などは生産者の収入源になります。戦闘職も、そのおかげで装備や飲食物の心配をせずに済むようになっていて、実にうまくお金と品物が回っています。中には、買い取り露店での売上を目当てに、素材集めに励む人もいます。

ちなみに、音楽・ダンス・パフォーマンスなど、戦闘と関係なさそうに見えるスキルにも、活躍の場が用意されています。
敵からもたらされる不利な効果(デバフ)を打ち消したり、抵抗力や回復力を上げるなどの有利な効果(バフ)を付けたりできるので、戦局を左右することさえあります。
単なるお楽しみやネタに終わらないあたり、よく考えられているなぁと思います。

こうしてダイアロス島では、生産者・素材集め要員・戦闘要員・それ以外の人たちが、互いに欠かせない存在になっています。
市場(しじょう)が成り立ち、「持ちつ持たれつ」が成り立っているのです。
だからこそ、がんばってもよし、のんびり過ごしてもよし、様々な楽しみ方ができるのでしょう。それは、MoEの本当に大きな魅力だと、筆者は心から思います。
伊達に、12年続いたわけじゃないんだなぁ…と、感じています。

さて…今回、そんな楽しみ方の1つ、「家を建てて住むこと」を取り上げました。
MoEでは、土地を所有し続けると、とても便利なことができます。
販売員(ベンダー)を置いて自動販売ができるようになるほか、アイテムの保管・共有(ストレージ)機能がつくので、受け渡しがとても便利です。
「誰だー!こんなにいっぱい詰め込んだのはー!」なんてことも、たまに(?)ありますが…
なお、ムリに家を建てる必要はありませんが、屋内に家具を収めるメリットもちゃんとあります。「家具や販売員(アセット)が長持ちする」ようになるのです。土地へ置いたままの状態に比べて、最大で2.5倍(!)も違います
家の種類も多く、それぞれ一長一短があり、違った魅力を持っています。屋内外の配置に凝る楽しみもあり、同じ家でも配置や家具の向きによって表情がけっこう変わるのが、実に不思議です。
住宅街を回ってみるのも楽しいと思いますよ♪

家を建てるには、課金アイテムを使うか、自分で家を建てるかの2通りがあります。
課金アイテムなら一瞬で家が建ちますが…作るのが好きで、建築の実感と重みを楽しみたい筆者は、自力で組み立てる方を選びました。
リアルのお財布事情もあったし…(ぼそ)。
ただ、課金を批判するつもりはありません。
「早く建てたい!」って人の気持ちも分かるし、家の種類によっては課金アイテムでしか手に入らないので、人それぞれだと思っています。

あとがきと言いつつ、まるでゲーム解説みたいになってしまいましたが…
本文と併せて、MoEの楽しさや魅力が少しでも伝わり、興味を持ってくださる方がいらっしゃれば、筆者冥利に尽きます。

なお、「あの人のことかも」と感づいた方がいらっしゃるかもしれませんが、敢えて何も訊かずにいてくださると助かります。
よろしくお願いいたします。

最後に一言。
「もっこすって何?」と思った人も思わなかった人も、ぜひおいでませ、ダイアロス島へ!
現地でお会いできたら、ぜひ一緒に楽しみましょう♪

誰得な内容だったかと思いますが…お読みくださいまして、本当にありがとうございました。(筆者 拝)


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