頑張った君へ (黒色狼)
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1話

色々失った男の子が今を輝いているアイドルに出会うお話




『注意』
色々なアイドルが出てくる事を期待されてる方はすみません、殆どアイドル達は出てきません。主に島村卯月にスポットを当てていきます。

主人公がスポーツをやっていて誰にでも分かるように書いておりますが分かりにくい所もあると思います。

それでも良ければどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体が嘘のように軽い。昨日から感じていた筋肉痛も疲労感も、いつも感じている自分の身体の重みですら羽のように軽く感じる。

 

いける、今の俺なら何処までも。もっと、もっと高いところまで。

 

止まらない。いや止まりたくない。きっとこれは俺が目指していたものの1つだから。どんな厳しく鋭いショットも全て拾える気がして、頭で思い描く戦術がまるで赤子の手を捻るように簡単に決まっていく。

 

今このコートは俺が支配している。

 

やっとここまで来たんだ。けど俺は止まらない、もっともっと高いところまで!

 

 

それこそ血のにじむような、実際に血を吐いたり練習のし過ぎで救急車で運ばれた事だってある。高校時代という人生に1度しかない青春のほぼ全てを捧げてきた。皆が遊んでいる時に走り込み、皆が遊ぶお金を稼いでいる時に打ち込みをして。

 

その果てしない、努力という土台をやっとここまで築き上げてきたんだ。

 

分かる。今の俺ならもっと……高い所まで!

 

 

 

飛んでいく、高く高く。ここまで飛べたのは初めてで妙に自分の高鳴った心臓の音がはっきりと聞こえてくる。

 

 

 

 

けど次の瞬間、俺の中の大切な何かが弾ける音がした。

 

 

 

あっ、と思った時にはもう遅くて。

俺はどんどん下へ、下へと落ちていく。ずっと頑張って地道に上り詰めてきた道を何処か他人事のように降りていく時は速いんだな、なんて思いながら。

 

 

俺は奈落の一番底まで落ちていく。

ああ、暗い。

 

何も見えない。

さっきまで見えていたものが全て嘘だったかのように周りは真っ暗で何も見えやしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

今までの努力は一体なんだったんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の中で1番大切な何かが跡形もなく砕けてなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろって秋」

 

「んあ?」

 

「んあ?じゃねぇよ、呑気に寝てないでお前もこっちきて夏休みの予定建てようぜ。どうせ暇なんだろ」

 

「ん、まぁな」

 

 

周りを見渡せばあちこちで談笑しているクラスメイトの姿が見える。ざわざわと騒がしい教室だが何処かこの雰囲気は嫌いにはなれない。

 

どうやら夢を見ていたみたいだな。それもとびきりクソッタレな夢を。

 

 

「あっ!お前学年のほぼ全員が来る海水浴に行くって参加表明してなかったから俺が勝手にしといたから」

 

「はっ?ウッソだろお前……」

 

「ははは!お前はムカつくけどイケメンだからな、お前を連れてりゃ俺も女の子と話せる。我ながら素晴らしい作戦だぜ。それにお前も高校最後の夏休みなんだから楽しまないとな!」

 

「おい、ほぼお前の私情しかねぇじゃんか……はぁくっそだるい」

 

 

このムカつく坊主頭は鍵 龍之助(かぎ りゅうのすけ)。俺がこの学校に来てから初めての友達だ、誰に対してもフレンドリーな此奴のお陰で俺もクラスに馴染めたのは素直に有難かった、けど事ある事に俺をダシにして女の子とお近づきになろうとするのが非常にウザイ。

 

まぁフレンドリーでムードメーカーな龍之介だが女の子と対面するとアホみたいにあがって何も喋れなくなる。お前にゃ彼女なんて無理だって言ってんのに全く聞く耳を持たない、ポジティブなのやら馬鹿なのやら。まぁ絶対馬鹿の方だろうな。

 

まぁそれが此奴の良いところなんだろう。

 

 

「秋、お前まじで参加しないつもりだったんだな」

 

「当たり前だろ、海とか暑いし」

 

「スポーツしてたとは思えないほどインドア派だよなぁ……」

 

「当たり前だ。俺は室内競技だったからな、元から直射日光には弱い」

 

「ドヤ顔で言うなよ」

 

 

そして俺の名前は六道 秋(ろくどう あき)。ちょっと蒸し暑さに強くて直射日光には弱い何処にでもいる高校生だ。

 

直射日光も脅威だが室内の蒸し暑さと湿度もかなりの辛さがある。体育館は締め切るとサウナ状態になって湿度が高くなりすぎて誰かがぶっ倒れるなんて日常茶飯事だ。えっ、そんな事ないだって?……まぁ俺のいた環境はそんな感じだった。

 

だから蒸し暑さには慣れているが正直直射日光の焼けるような暑さは全く慣れていない。もうそれはあの伝説のヴァンパイアのように直射日光は体育館競技者の天敵でもある。

 

 

 

「まぁ今回は一個下のアイドルの子も来るらしいぜ!くぅぅぅ、たまんねぇな!」

 

「ふーん、どうでもいいわ」

 

 

 

 

 

天に拳を突き上げるように歓喜乱舞してる馬鹿はほっておこう。馬鹿(龍之介)が騒いで裁きの鉄槌(先生の辞書)が振り下ろされるのがもうワンセットになっているしほっといたらそのうち制裁されるだろう。

 

 

「もう夏……か」

 

 

もうあれから随分と時間が経った。

あの時に飛び立つ為の大切なモノと、進むべき道を見失った俺はただ毎日を無気力に過ごしている。

 

まるで今まで猛スピードで駆け上がった反動かのように俺はなんに関してもやる気になれなかった。あの時の燃えるような気持ちも、勝ちたいという意思も。何もかも俺の中からまるでそこに最初からなかったかのように消え失せた。今の俺は正に空っぽだ。そんな俺にはどうしても馬鹿やって今を楽しく生きている龍之介が輝いて見える。だからこそ俺は嫌々ながらも龍之介を本気で拒絶したりしない、あいつは俺には無いものを持っているから。

 

 

俺は未だに奈落の1番底から何も見えない真っ暗な天を見上げているまま、俺の高校最後の夏休みが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

がちゃん、と聞き慣れた音をしっかりと聞き届けて俺は走り出した。

 

スポーツを辞めた俺だが日課である朝のランニングは続けている。走るのは好きだ、心地よい風を全身に受けながら無心で走る。

 

走っている時は嫌なことも全部忘れる事が出来て今の何も無い俺の唯一である趣味、と言っても過言ではない。朝はひんやりしていて身体に受ける風が本当に心地よい、それに何となく今日は夏にしては涼しく感じられる。正しく今日はランニング日和だ。

 

そんな絶好の気象に少し気分が良くなった俺は少し違うルートで走ってみる事にした。いつもと違う風景、街並み、そういったものを出来るだけ目に焼き付けていく。こうして無心になって周りを見渡すのは嫌いではない、どちらかと言うと修学旅行の長いバスの移動時間でもぼーっと窓の外を眺めているだけでも退屈しないぐらいに景色を見て回るのは好きだ。

 

 

 

 

 

 

何処か機嫌が良かった俺は先にある曲がり角をアクロバティックなステップで曲がっていく。特に理由はない、何となく気分が乗っているからだ。

 

 

「あがっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 

調子に乗ればろくな事にならない、正にその通りだと思う。ろくに角の先を確認していなかった俺は見事に通行人にぶつかった。恥ずかしさもあるがそれよりも先に申し訳なさが勝ってしまいすかさず立ち上がる。

 

 

「す、すみません……大丈夫ですか?」

 

「いてて、はい!全然大丈夫ですよ?そちらこそお怪我はありませんでしたか?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

「良かったぁ」

 

 

俺が怪我がないと答えると相手の女の子は、パァ!っとまるで太陽のように明るい笑顔に変わった。

 

どくん

 

心臓の鼓動が急に高まった。無粋なものが全くないその純度100%というべき笑顔に俺は返事をする事すら出来ず見蕩れていて、鼓動が早くなった心臓はどくんどくんと自分の中で騒がしいほど脈打っている。もう自分の心臓の音しか俺の耳に入ってきておらずただひたすら俺は彼女の笑顔に見とれていた。

 

 

「あの、どうしたんですか?」

 

「あ、いや……す、すみませんでしたぁぁぁぁぉ!」

 

 

女の子の声で現実に帰ってきた俺は何だかずっと彼女の笑顔に見とれていたのが恥ずかしくて、謝るのも全部頭の中からぶっ飛んでいてけれどもひたすら恥ずかしさが込み上げて来た俺は全力で走ってその場を後にした。

 

 

「はぁ、はぁ……最悪だ」

 

 

気が付けば家まで帰ってきた俺は自己嫌悪で死にたくなった。謝るどころか女の子の顔をじろじろと見た挙句走って逃げてきた大馬鹿者だ、流石の俺もこれはドン引きだ。まぁ俺の事なんだが。

 

謝らないとなぁ、とは思うが相手は初対面で連絡先も知らなければ年齢や名前だって分からない。はぁ、と溜め息をついた俺は軽く死にたくなってたが取り敢えずシャワーを浴びに風呂場に入っていく。

 

その時に思い出したのはその女の子が見せてくれた笑顔。その曇一つない太陽のような笑顔に俺は惹き込まれ、釘付けになった。今も思い出しただけで心臓が煩く騒いでいる。

 

 

「なんだろな……これ」

 

 

けどそれが何なのか俺には分からなくて風呂場にはシャワーの水が弾ける音より俺の心臓の音の方が響いて聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 



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2話

 

 

「夏といえば海!海といえば水着!水着と言えば可愛い女の子!うぉぉぉ!俺は今、凄く燃えているっ!……って秋!俺を無視してどこかに行かないでくれぇ!」

 

「なら騒ぐな、頭が痛くなる」

 

 

 

無視して歩き出したら止められてしまった。俺は悪くない、こんな馬鹿騒ぎするやつの傍にいると無駄に目立って仕方が無い。それも悪目立ちってやつだ。そんな奴から他人のフリをしても誰も俺を攻められはしないだろう。

 

お察しの通り俺達は海に来ていた。俺は行きたくなかったのだが朝から家の前でこの馬鹿が待っていて行かざるを得なかったんだ。

 

 

「今日という日をどれだけ待ち望んだことか……可愛い女の子達だけじゃない!今日は1つ下のアイドルの子まで来てるんだぜ!アイドルの水着だぞ、眠れるわけがないだろうが!」

 

「分かったからちょっとお前マジで黙れよ」

 

 

お陰でだいぶ人目を集めてしまっている。まぁ幸いこの辺りにいるのは同級生の馬鹿を知っている奴らばかりなので「なんだ、またあの馬鹿が騒いでいるのか」と一瞬で興味を失って目線を外している。

 

ただでさえ嫌々で張って来てるんだからこれ以上めんどくさいのは勘弁して欲しい所だ。

 

ひとまず馬鹿は置いておいてやることを済ませよう。やる事って言っても大した事ではなくてただあれだ、自分の寝床を作るだけだ。予め用意しておいたシートを敷いてパラソルを建てて出来上がりだ。

 

「んじゃ俺寝るわ」

 

「ばっかかお前、海に来てそれじゃ意味無いだろ!」

 

「んで本音は?」

 

「お前がいないと俺が相手にされないだろ、女の子捕まえに行くぞ!」

 

 

 

お前がそんな奴だってのは分かってたよ。

 

相手にするだけ疲れるし俺は無視することにして龍之介から背を向けるように目を閉じて寝転がった。こういう手合いは無視すると騒ぎ出すもので背中越しに色々言っているが気にしない、ふと目を開けると向こう側に人集りが見えた。

 

 

「なんだありゃ」

 

「ん?あぁ、あそこに年下のアイドルの子がいるんだよ」

 

 

なるほどきっとそのアイドルの子もうんざりしているに違いない。俺なら間違いなく人酔いで気持ち悪くなるだろうし間違いなく嫌な顔をしてしまうだろう。きっとアイドルなんてものをやっているんだからこんな鬱陶しい場面でも笑顔を顔面に貼り付けて乗り切って見せるに違いない、まぁ俺には関係の無い話だが。

 

 

「んじゃほんとに寝るから」

 

「お、おいマジかよ!?じゃあ俺はいったいどうやって女の子を……」

 

 

馬鹿が何か言ってるが無視だ無視。

そうして俺は目を瞑って眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んあ、まだ昼ぐらいか?」

 

 

目覚めた時に周りには龍之介はいなかった。きっと痺れを切らして女の子のところにでも行ってるのだろう、まぁどうせあがって何も喋れないで1人で勝手に落ち込んでそして勝手に元気になるんだろうし。

 

 

「おっ、秋じゃん!おひさ!」

 

「……真人」

 

「お前いきなり居なくなるからびっくりしたじゃんか、今年こそお前出てくるんだろ?インターハイ」

 

「ま、まぁ……」

 

 

喋りかけてきたのは俺がやってたスポーツで顔馴染みだったやつだ。都道府県内の大会の決勝戦なんかでよく当たっていてそこから良く喋るようになったんだ。

 

 

「ほんと残念だった、やっとお前と決着付けれると思ったのにさ。突然去年は棄権になってたし凄くびっくりしたんだぜ?」

 

「……悪かったな」

 

「おぉう、お前が言い返さないのもなんか気持ち悪いな。いつもならまだ俺の全戦全勝だとかクソ生意気なこと言ってたのに。まぁ何にせよお互い最後のインターハイだ、悔いに残らないプレイをしようぜ」

 

 

それだけ言ってそいつは元いた場所に帰っていく。多分本当にお互い頑張ろうって気持ちを伝えたかっただけなんだろう。けど『インターハイ』という言葉を聞くたびに俺の中で何かがひしひしと嫌な音を立てて傷付いていくのを感じる。『インターハイ』は高校生の部活における最高峰の舞台の名前でほぼ全員の部活動をしている高校生達はこの舞台を目指して日々練習を積み重ねている。

 

俺だって例外ではなくその為に練習をしてきていた。

 

けどそれは全て無駄になった。それ自体を悔やんで悔やんで無気力になったわけではないけれども、確かに悔しかったし何でこうなったんだって叫んでやりたい気持ちだってある。現に共に切磋琢磨した相手から『インターハイ』という恋焦がれていたと言っても過言ではない舞台の話をされて俺の何かは悲鳴を上げていた。

 

けどそれに関してはもう俺の中では折り合いがついた。ただ今までそれしかしてこなかった俺には、羽ばたくための羽を失った俺には何も残されていなくて。落ちた奈落の底で何も見えない真っ暗な天を仰いでいるだけだ。

 

失って、空っぽになった俺にはどうやって道を進んでいけば良いのかそれすら分からない。

 

 

「くそっ」

 

 

ギシギシと俺の中で何かが軋んでいる。痛い、胸が……痛い。

 

立ち上がった俺はそそくさとシートやパラソルを纏めて帰る準備を整える。これらは借り物なので元あった場所に返して砂を洗い落とし皆が遊んでいるのを横目で見ながら俺は砂浜を抜け出した。

 

とてもじゃないが今の俺は遊ぶという気にはなれない。龍之介や他の皆には悪いが帰らして貰おう。

 

 

砂浜から最寄りの駅までかなり距離があって歩いて15分はかかる。バスとか通してけよって思うぐらいにはめんどくさい、だがそんな事をぐちぐちと言ったところで帰れないので歩き始めた。

 

 

「あっ、貴方は……」

 

「あっ」

 

 

声を掛けられて振り返るとランニングの時に出会した女の子が驚いた顔をしてこちらを見ていた。

 

 

「あ、えと……この前は本当にすみませんでした」

 

「いえいいんですよ。けど少しびっくりしちゃいました」

 

 

そう言いながら優しく微笑んでくれる女の子にドキッとしてしまう。また俺の心臓が高鳴っていくのを感じる。何か喋らないと、と絞り出すように俺は喋った。

 

「あの、何故ここに?」

 

「私も海に来てたんですよ」

 

「あ、それもそうですね」

 

馬鹿か俺は。そりゃお前ここにいるんなら海に来たに決まってんだろ。あれ、ていう事は……

 

 

「もしかして〇〇高校ですか?」

 

「あっ、はいそうなんです!今日は先輩方に一緒に海に行かないかって誘われて来たんです」

 

 

まぁちょっと強引でそれに押し負けてって感じなんですけどね、と困ったような笑みを浮かべる。それすら絵になっていて胸の高鳴りが止まらない。俺は思う。こういう人が自然に笑顔になれて、こういう人こそ笑顔が1番似合うんだろうなって。

 

 

「あっ、じゃあ後輩だったんだ」

 

「そうですよ、だから別に敬語で話さなくても大丈夫です。あっ、私島村卯月っていいます」

 

「…………」

 

「どうしたんですか?私の顔に何か付いてますか?」

 

「っ!?いや悪い何でもない、俺は六道 秋だ。宜しく」

 

 

 

きょとん、とした顔をして首を傾げる島村さん。また笑顔に見とれていました、なんて言えるはずもなくお茶を濁すように誤魔化した。

 

 

「取り敢えず、駅まで歩こうか」

 

「そうですね、行きましょう!」

 

 

誤魔化すようにそう言ったのだが特に気にする様子もなくほっ、と1人こっそり胸をなで下ろす。

 

ポツン、と何かが俺の腕の上に落ちてきた。少しひんやりとした水滴だ、もしかして。

 

 

「雨だな」

 

「ど、どうしましょう!?」

 

「取り敢えずあそこの建物に避難しよう」

 

 

すぐそばに屋根がある良さげな建物が見えたので俺達はひとまずそこに駆け込んだ。どうやらお店のようだが今日は閉まっているらしい。隣で島村さんが「うぅ〜、お仕事遅れちゃうよぉ」と弱々しく呟いているのが聞こえてくる。

 

バイトの予定でもあるのだろうか?

 

手段は無いことはないのだが……いかせん方法が方法なのだ。だけど島村さんが困っているのだ、背に腹はかえられない。

 

 

「えと、良ければ傘……貸そうか?」

 

「ホントですか!」

 

「お、おう……はいこれ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

まるで向日葵が咲いたかのように笑顔になって思わず顔を背けてしまうがその笑顔を見れただけで充分だ。この傘を島村さんに渡して行ったのを見届けてから俺も帰ろう。あの笑顔が代金だと思えば濡れるぐらいどうってことない。

 

 

「……あれ?どうしたんですか?」

 

「えっと、何が?」

 

「傘ささないんですか?」

 

「いや……」

 

「???」

 

 

そんな心底不思議そうな顔しないで欲しい。これでも結構勇気振り絞ったんだから。けど純度100%の純粋な視線に耐えられるはずもなく。

 

 

「……じゃあ一緒に入ろうか」

 

「はいっ!」

 

 

 

そんな訳で今俺は笑顔の素敵な女の子と相合傘をしている。まさか俺にこんな日が来るなんて思わなかったが人生何があるか分からないな。

 

折りたたみ傘なのでどうしても雨を防げる場所は少なくなってしまう。なので自然と肩と肩が触れ合うほど俺と島村さんの距離は近い、先程からほんのりと香ってくる甘いシャンプーの匂いが俺の鼻を擽る。女の子特有の香りに元から激しく脈打っていた心臓の鼓動が更に速くなっていくのを感じてとても気恥しい。

 

この心臓の音は島村さんには聞こえてないだろうか、なんて思ってしまう。もし聞かれていたのなら恥ずかしくてしばらくは凹んでしまうかもしれない。

 

けど、なんだろう。

龍之介やクラスにいる時とは違う、とても暖かなものを感じる。居心地が良くて気持ちがふわふわして暖かい。こんなにも心が軽くなったのは初めてだった。

 

そんな事を考えていると不意に肩に衝撃を感じた。横を見るととても不服そうな島村さんが目に入った。

 

 

「むぅ、肩濡れてますよ?」

 

「ん?あぁ、気にしないでいいよ」

 

「気になりますよ。こうやってくっつけば大丈夫でしょ?」

 

確かに俺の片方の方は濡れている、しかしこれ以上どうしても島村さんの方に寄る勇気もなければ失礼かなって思ってしまって。

トン、と肩と肩が引っ付く。

同時にまたドキッとしてしまったがいい加減慣れるべきだろうか。けどそうだな、少し島村さんの事が分かった気がする。

 

横でニコニコとしている島村さんをチラッと横目で盗み見る。

 

何故こんなにも彼女はこう、輝いて。キラキラして見えるのだろうか。奈落の底で未だに右も左も分からずただぼーっとしている俺と違って彼女は今も、こうして俺と傘をさしているだけでも輝いて見える。

 

何を島村さんをここまでキラキラとさせているのか。真っ暗だった俺の視界にチラッと光が見えた気がした。何となく俺は島村さんの事をもっと知りたいな、そう思った。

 

 

 

 

「ありがとうございましたっ!」

 

「いや、全然大丈夫だから。どうせ駅までは一緒だったんだし」

 

 

 

 

無事に駅に着いた俺達。本数が少ない電車がたまたま駅に来ていたので大急ぎできっぷを購入して駆け込んだ、そして無事に乗り切って今に至る。なんだか今日は凄く濃い1日を過ごしているような気がする。

 

 

「そうだ!えっと……確かここに…………あった!良ければこれ、受け取ってもらえませんか?」

 

「えっと、これは?」

 

「今日のお礼です、私今度ライブに出るんですけどそれのチケットですね。もしかして、興味ないですか?」

 

「と、とんでもないっ!有難く頂くよ……ってえぇ!?島村さん、アイドルなの!?」

 

「はいっ!私島村卯月はアイドルやってます!」

 

 

 

島村さんのキラキラしている理由が何となく分かった気がした。けれども、もっと彼女の事を知りたいと思った俺はチケットの入った封筒を彼女から受け取った。

 

 

 

 



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3話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

346シンデレラガールズ スターライトステージ

 

それが今回俺が島村卯月さんから貰ったチケットに書いてあったライブの名前だ。346プロダクション主催のライブでそこに所属している『シンデレラガールズ』と呼ばれているアイドル達が全員出演するらしい。

 

俺はアイドルの事なんて全く知らなかったがライブに行くにあたって色々調べてきたのだが、どうやらそのシンデレラガールズの中に島村さんも入っているらしい。

 

調べれば調べるほど出てくるシンデレラガールズ達の評判や人気の高さに俺は驚愕した。だって信じられるか?たまたまあった女の子がアイドルでそれもとびきりの有名人、そんなのどんな確率なんだよ。

 

 

島村さんは比喩でも何でもなく正に今を輝いているアイドルだったんだ。

 

 

 

 

 

そんなこんなで気が付けばライブ当日、ライブがある会場の中はもちろん外にも数々の人がごった返しており物販に並ぶ者、早い段階から会場入りの列に並ぶ者が溢れ返っている。

 

今更の報告になるのだが実は島村さんとはあの時に連絡先も交換していた。「では連絡先教えて貰ってもいいですか?」と流れるように聞かれたのだがアイドルってそんな簡単に連絡先教えても大丈夫なのかって咄嗟に聞き返してしまった俺は悪くない。

 

まぁ単なる恥ずかしさからの言葉だったんだが島村さんは「お友達に連絡先を教えるのにアイドルだからとかそういうのは関係ないですよ」と未だに見慣れない素敵な笑顔でそう言ってくれた。『友達』と思ってくれたのが嬉しくて、笑顔が眩しくて自分の顔が赤くなっているのを感じて顔を背けてしまって。

 

ま、まぁそんな簡単に何処の馬の骨か分からない男である俺を信じていいのかよ、と突っ込みたくなる。多分知り合いの人とかは苦労してそうだなぁと考えれるだけまだ俺は大丈夫だ。現実逃避とも言えるが。

 

それに島村さんは割と頻繁に連絡をくれる。本当にどうでもいいことからライブの事まで、ただの文のやり取りなのに文から島村さんの楽しそうな雰囲気が伝わってきて不思議と俺も笑顔になれた。俺はそういう連絡のやり取りはあまり好きじゃない、だって自分の時間を割いてまであれが美味しかっただの、映画が面白かっただの正直鬱陶しい。

 

けど少なくとも島村さんとのやり取りにはそんな事一切感じなかったしこう、良くわからないが心が暖かくなって心地よいとも思えた。

 

 

さて、そんな事を考えているうちにそれなりに時間が経ってしまった。

 

俺が貰ったチケットは一般販売のものとは違うものらしく、一般の人達が会場に入り終えてからスタッフさんにチケットを見せれば関係者席に案内して貰えるらしい。

 

本当なら島村さんは親に来てもらうつもりだったらしいが予定がどうしても合わなくて、どうせならとあの海に行った時に誰かに渡せたらと持って来ていたものをどういう訳か俺が手にしたというわけだ。まさか自分がライブに、それもアイドルのものに行くだなんて想像もしなかった。

 

昔じゃ絶対考えられない事だ、そう思うと人生何があるか分かったもんじゃないなってそう思えた。

 

さて関係者席に通されてやってきた俺だがもちろん連れはいない。しかし周りはアイドルの関係者席ばかりで少し気後れしてしまうってもんだ、なんせ「この人もアイドルの関係者席なんだ」って周りの人には思われるわけだし大人しかいない所を見るに今関係者席にいるのはアイドルの親御さんと俺だけって事だ。

 

これで恐縮するな、と言う方が無理な話だ。

 

 

 

すると不意に会場の照明が消える。

途端に先ほどまで騒がしかった会場はまるで打ち合わせでもしていたかのように静かになる。

 

もうすぐ始まるんだ。

 

そう思うと、どくんどくんと心臓が騒がしく脈打つ。アナウンスで諸注意など色々流れていたようだがそれはもう俺には届いていなかった。

 

胸の高鳴りが止まらない。

まるで何か始まるのを察知したかのように騒ぎ出して俺の中で騒がしく脈打つ。

 

 

次の瞬間割れんばかりの歓声が辺りで巻き起こった。

 

 

 

照らされるステージ、まるで雲一つない真っ暗な空に誰にも負けないように輝く星のようにまた一人、また一人とアイドル達が姿を表していく。

 

ライトで照らされているのはステージ上の彼女達だというのに、眩しく輝いている彼女達は俺達、そして会場そのものを照らしていた。

 

ふと目に入ったのはステージの衣装に身を包んで笑顔を振りまく島村さん。その存在感、立ち振る舞い、輝きに俺は呼吸をする事すら忘れて見惚れていた。胸が熱くなる。胸が高鳴る、昔いつも感じていた熱さに感じたこともない高鳴りが俺の中を支配する。

 

 

それは俺が忘れていたもので、もう感じることもないと思っていたもの。

 

 

 

彼女達に明るく照らされている俺達観客は彼女達に応えるように声を上げる。

 

 

 

明るくてそれでいて誰かに元気を与えてくれる歌声が聞こえてくる。

俺はこの声を知っている。

島村さんだ。

 

 

強く何かになりたいと憧れていた女の子の歌。

きっとそこまで行くのに大変な努力を重ねてきたんだろう、途中で挫折しそうになって挫けそうになってそれでも前を向いて走り出して。

 

夢を叶えた後も彼女は戸惑いながらもまだ前に走り続けている。

 

そして今彼女はステージの上で溢れんばかりの輝きを放っている。普段からキラキラしている島村さんだけど、ステージの上に立っている島村さんはもっとキラキラしていた。

 

 

 

まだライブは始まったばかりだというのに、感動と色々なものがごちゃまぜになって俺は泣いていた。

 

色々な感情がいっきに俺の中から溢れ出す。悲しいこと、辛かったこと、悔しかったこと、楽しかったことに嬉しかったこと。涙が、涙が止まらない。

 

それを誤魔化すように俺は声を張り上げてステージ上の彼女に応える。

 

やっぱりステージの上の島村さんはキラキラしていて、眩しい笑顔で。見渡せばみんな笑顔になっていて。俺も泣いているのに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブが終わった後、俺は走り出した。

何処にとか目的があるとか、そんなものはない。ただ何となく高ぶった気持ちが抑えきれなくて走りたくなった。

 

 

「はははっ」

 

 

思わず笑い声を上げてしまう。

見るからに不審人物のそれだが今は何も気にしない。スピードを上げる、でも足りない。もっとスピードを上げる。

 

まだ熱く、心がまだ熱く燃えている。感動が、悲しみが、悔しさが、楽しさが、俺の中で溢れてくる。

 

かつてないほどのスピードで走る俺は足に痛みを感じて失速する。

 

 

 

『貴方が全力で動けるのは……もう……』

 

 

 

聞こえてくる

 

 

 

『……以上がレギュラーだ、呼ばれた者は……』

 

 

 

嫌な思い出が蘇る

 

 

 

 

 

 

「はははっ、だから……どうしたってんだっ!」

 

 

 

 

 

嫌な思い出も痛みも吹き飛ばして俺はスピードをさらに上げる。

 

 

「理不尽なことも、伸び悩んだことも、どんな辛い場面だって俺は気合いで乗り越えて来たんだっ!」

 

 

ギシギシと足が悲鳴をあげる。だが構わない、今の俺なら……明るく照らされて、勇気を貰った今ならまだいける。

だがそんな思いとは裏腹に足はもつれ転がるように倒れ込む、いや文字通り芝生の坂を転がり落ちていく。

 

勢いが止まったころには俺は芝生に背中を付けて大の字に寝転がっていた。

身体の節々が痛む、特に昔怪我をした辺りは酷い。

 

 

「笑っちまうよな、ほんと。そりゃろくに動いてないしこんなもんか」

 

 

実際、最低限の運動はしていたが全盛期の頃に比べれば天と地ほどの差がある。何時間もぶっ続けで、それも本気で走ったのだから身体が痛むのも無理もない。

 

ふと、そのまま視線を上に動かすと夜空が見えた。まるで俺を照らしているかのように輝いている星に思わず手を伸ばしてしまう。

 

 

けどもちろん天高くで輝いている星に手が届くはずもなく伸ばした手は何も掴めない。けれども

 

 

「だからと言って掴めないって理由にもならないよな、落ちたのならまた登ればいい。そしたらいつか……」

 

 

 

あの眩しく輝く彼女(島村さん)に届けばいいな

 

 

 

 

 

 

これは地に落ちた少年が今を輝くお姫様(シンデレラ)に恋をして手を伸ばす物語。

 

 

 

 

 

 

 

 



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4話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのあと重い体を引きずって帰宅した俺は軽くシャワーを浴びてベッドに寝転がっていた。

 

心はまだ冷めていない、寧ろ今からでも身体を動かしたいぐらいに。しかしどう考えてもこの身体じゃどうしようもない。

 

 

そんなもどかしい思いをしていると突然自分の携帯電話が震えだした。

 

今では滅多に動く事のない携帯が動いて少しビクっとしてしまう。画面を覗き込むとディスプレイには「島村卯月」と表示されている。

 

 

 

どくん、と心臓が跳ね上がった。

 

 

 

伝えたいことが沢山ある。

けれども俺はそんな自分の気持ちですらちゃんと伝えられる自信が無い。すーはー、と深呼吸をして携帯の着信を取る。

 

 

「も、もしもし」

 

「もしもし?秋くん、今お時間大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だけど島村さんこそ大丈夫なの?」

 

「私ですか?確かにちょっと疲れてますけどお電話ぐらい大丈夫ですよ。それに秋くんに感想聞きたかったんです」

 

 

通話の事お電話っていうんだな、ちょっと可愛い。なんてちょっとズレた事を考えながらわざわざ通話を掛けてくれた事が嬉しくて自然と笑をこぼす。

 

因みに俺は島村さんに「秋くん」と呼ばれている。正直恥ずかしいし心臓が痛いのでやめて欲しいのだが名前なんて呼べば良いですか?って聞かれた時に何でもいいなんて言うもんだから「じゃあ秋くんって呼びますねっ!」と秋くんに決定してしまった。

 

その時飲んでいたお茶を吹き出すぐらいには焦ったが本人が何故か嬉しそうにしていたので諦めた。

 

感想を聞かせて欲しい、そう言われて俺は口をごもらせてしまった。何も感じなかったなんて有り得ない、寧ろ伝えたいことがあり過ぎるぐらいだ。けどそれを伝えるための言葉を俺は知らない。

 

 

 

 

 

 

「俺はさ、馬鹿だからこの気持ちを伝えるための言葉を知らない。凄いとか感動したとか、勿論そうなんだけど……だぁぁぁ!もうっ、分からねぇ!取り敢えず、すげぇ熱くてそれでいてキラキラしてたよ。ごめん、上手く伝えられない」

 

「ふふふっ、そうですか。なら良かったです」

 

 

 

 

伝えたいことを全然伝えられないもどかしさに俺は頭を掻き毟る。それでも何かを感じ取ってくれたのか、それとも可笑しくて笑ったのかは分からないが島村さんが「良かった」と言ったんだから良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、全然良くない。

 

 

 

 

 

 

「あのさ、島村さん……」

 

「はい。どうしたんですか?」

 

「明日、俺と会ってくれないか?話したい事がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

時刻は午後1時。

髪は乱れていないか、服は可笑しくないか忙しなくチェックする。島村さんは午前中は事務所の方に用事があるらしく午後に会う事になった、ライブがあった次の日だというのにアイドルというものは思ったより大変なものなのかもしれない。

 

俺はというと緊張でいても立ってもいられず思わず待ち合わせ時間より2時間も早く来てしまった。

 

仕方がないだろ、女の子を呼び出してまるでデートみたいな事今までした事なんて無かったわけだし。シチュエーションは普通にデートのそれな訳だから緊張するのは仕方がない、そう自分に言い聞かせる。

 

 

「あ、あれ?秋くん?」

 

「はえ?島村……さん!?」

 

 

 

落ち着きがなく歩き回っていると声を掛けられてそちらの方を振り返るとなんと島村さんがそこにはいた。

 

あれ、可笑しい。確か待ち合わせ時間はまだ随分と先のはずなんだが。そんな感じに内心凄く困惑していると

 

 

「えっと……私なんだか緊張しちゃって早く来ちゃったんです。もしかして、秋くんも?」

 

「あ、うん。恥ずかしながら……」

 

「えへへ、一緒ですね」

 

 

照れくさそうにはにかむ島村さんを直視出来ず顔を背ける。そういうの反則だろっ!

 

 

「そ、そういや島村さんは昼飯もう食べました?」

 

「敬語」

 

「はえ?」

 

 

しまった、また変な声を出してしまった。

 

 

「えっと……」

 

「敬語やめませんか?それといつまでも「島村さん」は嫌です、名前で呼んで欲しい……です」

 

 

正直そんな事を言われてもハードルが高過ぎる。俺は基本的に敬っていたり目上の人には敬語を使ってしまう、これは強豪校にいた時に嫌という程言い聞かされて来た事でもう完全に染み付いた癖に近い。

 

それに名前呼びは……

 

 

「だめ……ですか?」

 

「……いや、だめじゃない。けど敬語は癖なんだ、偶に敬語になると思うけどそれは勘弁してくれ……えっと……卯月」

 

 

そんな見るからにしゅん、とされてしまってはやるしかないではないか。だめじゃない、そういった瞬間パァっと花が咲き誇るように笑顔になった島村さんはさすがと言えよう。

 

余りにも名前を言おうとした時にキラキラとした目線をぶつけてくるものだから語尾が物凄くちっさくなってしまった。仕方がないじゃないか、あんなの直視出来るはずもなければ緊張するに決まっている。

 

 

「やっと呼んでくれましたねっ!」

 

「まぁ……言われたからな。それより飯は食べたのか?」

 

「あー……ほんとは事務所の皆さんや凛ちゃん達と食べてくる予定だったんですけど、私いても立ってもいられなくて……」

 

 

来ちゃいました、とぺろっと舌を出しながら言う卯月。だからそういうのが反則なんだろっ!

 

顔が赤くなっているのを自覚して背中を向ける、ほんと調子狂うなぁ。

 

今日1日もつか不安になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

 

「2人です」

 

「分かりました、ではご案内致します」

 

 

 

取り敢えずご飯を食べるために店に入る事にした、因みにこの喫茶店は俺の行き付けでもある。アンティーク風に纏められた店内に高めに作られた天井で回るプロペラ、流れている曲も落ち着くもので良く本を読みに来たりしている俺のお気に入りの場所だ。

 

「こんな場所あったんですね」

 

「まぁな、俺もみつけたのはたまたまだ。暇だから入ってみたら結構気に入ってそれなりに入り浸ってるよ。軽めのデザートやランチもあってメニューは豊富だからゆっくり選んでくれ」

 

「ほぇ〜、ほんとに沢山あるなぁ。因みに秋くんのおすすめはなんですか?」

 

「んー、そうだな。パスタも好きなんだがオムレツかな」

 

「じゃあ私それにするねっ!」

 

 

思わずズッコケそうになる。

 

 

「そんな理由で選んでいいのかよ」

 

「んー、秋くんが好きな物ならきっと美味しいんだろうなって思ったから。それに好きなものを他人の人にも好きになってもらうのって素敵な事だと思わないですか?だから私も秋くんの好きなものを食べて好きになれたらなって」

 

「……そっか」

 

 

実際にそれは素敵な事だと思う。お互いに幸せなことを共有して喜びを分かち合うように誰かの好きなものを好きになってその気持ちを共有しあって笑い合う。

 

ほんとにそれは素敵な事だ。

 

「意外と、考えてるんだな」

 

「むぅ、もしかして私のこと何も考えてないおバカさんだと思ってました?」

 

「そうだな。だから少し意外で」

 

「もぉー!笑わないで下さいよっ!」

 

 

何気ない会話にお互い自然な笑顔。彼女の周りはほんとうに笑顔に溢れている、きっとそれが彼女の魅力でもあって凄いところなんだと思う。

 

真っ暗な谷底で何も出来ずに空を見上げていた俺だけど、やっと見えた光に向かって走り出せた。

 

だから俺は

 

 

「卯月聞いて欲しい、俺の……昔あった話を」

 

 

 

 

 




次話は主人公の過去話になります。
アイドルはもちろん出ませんし主人公の語りのみになります。9割ぐらい実際にあったお話だったりします。

読まなくてもストーリー自体に支障はありませんので興味がない方や、イチャラブ恋愛要素だけを見たい方は飛ばして下さって結構です。

あと3話ぐらいで完結します


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※5話

主人公の過去話で、ほぼ主人公の独白になります。

イチャラブ要素やアイドル要素しか必要ない方は飛ばして頂いて結構です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がそのスポーツを始めたのはほんとうに気まぐれだった。

 

お父さんとかお母さんがやっていたから自分も、とかではなく。ただおばあちゃんが趣味でやっていたのを見に行ってそこで誘われたから暇だしやるか、と始めたのがきっかけだ。

 

 

自分で言うのもあれだが俺はちょっぴり周りより大人びていてやる事何でもちゃんとやれば人並み以上にこなせた。勉強もそうだしスポーツだってそうだ、もちろん最初から強いとかそんなのは無理だけど、要領やコツなんかを掴んだら自分で考えたりマネしたりして直ぐに周りより何でも頭一つぐらい上手になれたんだ。

 

けど当時そのスポーツを始めたのは小学生で、特に真剣にやっていた訳でもなく周りに流されるようにやっていた俺が試合なんかで勝てるはずもなくせいぜい1回戦勝てればいいぐらいの選手だった。

 

そりゃ負けたら悔しいし勝てるのなら勝ちたい。けど小学生だった俺は飽き性で何かをずっと頑張るという事が出来なくてその気持ちも続かなくて結局はそこまで止まり、普通よりちょっぴり上手いぐらいの強さで止まっていたんだ。

まぁ大概の人はそんな感じだと思う。勝てたやったー、と喜んで。負けた悔しい、と涙を流す。そこで頑張って努力を続けるか続けないかが大事なんだろうけど俺はそこで「悔しい」と思ってもその努力が続かなくて結局小学生はなぁなぁで終わった。

 

 

中学生に上がった俺は迷わず小学生の頃にやっていたスポーツのクラブに入部した。理由は当時小学生のころ一緒にやっていたやつに誘われたというのと、部活は必ず入ると前から決めていてやるなら前からやっていたやつがいいなと思っていたからだ。

 

中学生になった俺はもちろん知能だって上がっている、だから考えたりすることの質も上がっているわけで。練習もこなすだけでなく少し考えながら取り組んだりしていた俺はなんと1年生でありながら大会で優勝してしまったのだ。

 

それが楽勝だったとは思わないし楽な道のりだったとも思わない。けど「割と簡単だな」そんなふうに思っている自分がいた、だってそのまま壁にぶつかることなく優勝してしまったんだから。少し天狗になっていたんだと思う。

 

けど地区大会でこそ優勝した俺だったが都道府県大会では3位だった。

 

そこから俺は変われたんだと思う。

 

それが無性に悔しくて、勝ちたくて。俺は自分の意思で頑張る事を選んだ。

 

 

仲間にも恵まれていて一緒に同じ目標に向かって頑張ってくれる奴もいて翌年俺たちは都道府県大会で優勝を果たした。

 

 

じゃあ最後の年も優勝したのか?

 

と聞かれるとそうではない。

 

 

 

 

勝負の世界に絶対はない、俺は最後の年は個人戦では3位に終わり団体戦ではその雪辱を晴らし優勝こそしたが気持ち良く、良かったと言えるような終わり方では無かった。

 

そして全国大会を決める試合で俺はその切符を掴めなかった。

 

まぁあれだな、目前で負けたんだ。それが悔しくて悔しくて。みっともなく皆が大勢いるロビーで大泣きしたもんだ。黒歴史待ったなしだが今思えばいい思い出だ。

 

 

 

だからこそ俺は選んだんだ、強豪校へ入学することを。

 

 

 

俺が入った高校は全国でベスト8に入るような強豪校でその練習の厳しさは折り紙付きで酷い時は倒れたりして救急車がやってきたりする、いわゆる病院のお得意さんでもあった。

食事制限から炭酸やファーストフード、お菓子やアイスの禁止はもちろん頭は丸坊主。監督の理不尽にも耐えたり礼儀作法にも厳しかったり1日はほぼそのスポーツに費やす毎日。

 

皆が遊んでいたり、そのお金を稼いでいる時に俺は汗を流してずっと練習を重ねていた。家に帰るのも深夜前で補導されるギリギリだった。それでも毎日が充実していた。

 

皆が遊びや恋愛なんかで青春に夢中になっていたように俺も練習に夢中になっていたんだ。少しづつ強くなっていくのを感じてそれがほんとうに嬉しかった。

 

 

 

 

厳しい試合にも勝てるようになった。

 

それが俺にとって物凄く嬉しかった。

レギュラーにもなって監督はなんやかんやで気にかけてくれるし同じ目標に向かって走っている仲間と切磋琢磨しあう毎日が本当に充実していた。

 

 

 

だがある時だ。

 

その時俺は大規模な合宿に参加していた。全国から色々な強豪校が集まって参加する合宿、その時俺は物凄く調子が良かったんだ。

 

勝てば勝つほど相手のランクは上がっていく。格上に何度も勝利を重ねた俺は必然とランクを上げられていった、けど俺は負けなかった。

 

頭がクリアで身体は疲労が溜まってるはずなのに軽くて、思うように戦術が決まって。まさに絶好調だった。今までの努力が報われたような気がして、やっと実ったんだと思って。

 

けど俺はその合宿中の練習試合で怪我をした。

 

最初は捻挫だと思っていたけど病院に行くと脱臼している、そんなふうに言われた。そして合宿は3月下旬に行われていたんだけど、高校生にとって1番の舞台であるインターハイ予選は4月に行われる。

 

まず間に合わないと言われた。

 

そりゃ物凄く悔しかった。悔しくて悔しくて、めちゃくちゃ影で泣いた。けど治ればまた出来る、だから俺は耐えた。

 

 

けれども予選でまるでやる気のない一般高校の選手がまるで心のこもっていないプレイをして負けたのに馬鹿みたいにふざけているのを見て俺は怒り狂うのと同時に悔しくて堪らなかった。

 

俺は出たくて出たくて堪らないのに、なんて心のこもってない試合をしやがるんだと。そして同時に何で怪我したのが俺なんだとそんなふうにも。

 

もうそりゃラケット競技なんだけど相手がラケットでこっちがギプス付けて松葉杖でも勝てると思えるぐらいにやる気のないプレイをしていたんだから俺はその日のことを絶対に忘れないだろう。

 

もちろん普通に練習に参加出来ない俺だが出来ることは沢山あった。それを全力でやった、サーブ練習や戦略を練ったりチームメイト達の補助、出来ることは全部。

 

チームメイトの練習しているところを見ると何故自分は出来ないのかと見ていて辛かった。

 

試合を応援しに行くたびに何故俺はコートに立てないんだと神を呪ったりもした。

 

そして2ヶ月たった頃俺のギプスはやっと取れた。ようやく、ようやくまともな練習が出来る!そう喜んだ。

 

けど現実は非常だった。

 

ギプスが取れて1週間後、練習中に俺はまた脱臼した。その日の事はまるで昨日の事かのように思い出せる。

 

俺は練習中に脱臼したのにも関わらず監督は練習が終わるとそのまま帰って行ったんだ。分かるか?今までずっと気にかけてくれていた監督がまるで俺に興味を示さなくなったんだ。まるで使えなくなった道具は捨てたかのように。

 

悔しくて悔しくて、けど我慢して今出来ることを全力でやって結局手術をして何ヶ月かたった頃やっと俺が動けるまで回復した頃、俺は後輩の練習試合の相手をすることになった。

 

俺もただ怪我を治していただけじゃない、色々なプレーをみて勉強したり練習出来ることは全部全力でこなしてきた。けど蓋を開けてみたらどうだ?

 

今まで余裕を持って勝てていた相手に俺は惨敗した。それはもう完膚なきまでに。そりゃそうだ、みんな練習して強くなっているのに俺だけ立ち止まるどころか登ってきた道を落ちていったんだから。

 

 

そこからも俺は努力を重ねたけど致命的な問題があった。

 

それは恐怖だ。また脱臼してしまうんじゃないか、そんな恐怖が俺の中に根付いていてどうしても動きにストップが掛かってしまう。

 

それでも諦めきれなかった俺は無理やり身体を動かして、無理が祟ってまた怪我をした。

 

そうして俺は医者にこう言われたんだ

 

『貴方の足が全力で動かせるのはせいぜい1、2時間だ』

 

ってな。それを超えると痛みが出てきてそれどころじゃないんだと。

 

 

そこから俺は恐怖に囚われた。また怪我をしたら次こそは、そんなふうに考えてしまってまともに動けなくなったんだ。

 

 

練習してもまともに動けなくて、成果も出なくなって。俺は逃げるようにその高校を辞めてこっちに編入してきたってわけだ。

 

 

 

 

 

 



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6話

 

 

 

 

 

当時、私はアイドルに憧れてある養成所に通っていた。

 

ステージの上でキラキラと輝いているアイドル。そんな存在に夢見て私は同じ志を持った仲間たちと毎日レッスンに励んでいた。

 

キラキラと輝いているアイドル達。一体彼女達にはこの世界がどういう風に見えているのだろう、きっと見えるもの全てがキラキラしていて毎日が輝いていてドキドキの連続に違いない。そんな毎日をおくれたらどれだけ素敵で、幸せなんだろう。

きっとそれは言葉では表しきれないに違いない。

 

私は特に何かが優れている。という事もなく何処にでもいる、それこそ学校の教室で辺りを見渡せば1人はいるであろう女の子だ。勉強も運動も美術も、ちょっぴり歌が上手い何処にでもいるような女の子。それに何か不満があるわけじゃない、けど私はアイドルを知った。そこから私はアイドルを夢見る女の子になった。

 

養成所と言っても様々な人がいる。もちろん皆がアイドルになる、という目標に向かって日々努力を続けている。歌が上手い人が入ればダンスが上手い人、両方私より上手い人だっていた。アイドルは一見楽な仕事のように見えるかもしれない。けど実際歌って踊る、というのは非常に難しくて体力がいる。魅せる、のがアイドルだ。勿論ダンスの振り付けは比較的簡単で親しみやすくそれこそ一般の方でも真似が簡単に出来てしまうような振り付けが主に付けられる。

 

歌って踊って、そして何より笑顔を絶やさない。ステージの上でキラキラと輝いて皆を照らす、それがアイドルだ。これが想像以上に体力が必要で最初の頃なんて私はへなへなになってしまい笑顔どころかまともに踊る事すら出来なかった。

 

踊りを意識する余り歌が疎かに、歌を意識する余り踊りが雑に、そして必死になりすぎて笑顔になれなかったり。アイドルというのは私の思っていたものよりずっと大変で、そして誰でもキラキラ出来るとは限らないものだった。

 

 

 

 

 

そして何よりアイドルになる事が1番難しい。

 

 

 

 

 

 

「私……もう辞めるよ」

 

「ど、どうして……私より歌も踊りも上手なのに……きっと素敵なアイドルに……」

 

「違うの卯月、私気が付いちゃったの。夢見て一直線にここまで走ってきたけど気が付けば高校3年生、もう夢見れる女の子の時間は終わり。アイドル……きっとそこには才能がある人しか辿り着けない、私は夢から醒めたんだよ卯月」

 

 

 

 

 

また1人、また1人と養成所から人が去って行く。夢が見れるのはいつも短い時間でいつかは必ず覚めてしまう、そうやって夢から覚めるようにまた1人また1人と辞めていく。

 

 

気が付いた頃には自分1人になっていた。

 

 

皆が辞めて周りは私に声を掛けてくる。

『そのへんでやめたら?』

 

まだ夢から覚めてないのは私だけで周りはそんな私を止めようとしてくる。もう夢が見れる時間は終わりで現実に帰らなくちゃならない。進学するにしても社会人になって仕事をするにしても夢から覚めてしっかり後先考えて準備しなければならない。

 

だから周りはそのへんでやめておけ、そういう風に言ってくる。実際オーディションは上手くいったことはないし酷い時は書類審査で落とされることだってある。

 

だから自然と私の中に引き際は何時にするか、という考えが芽生え始めた。それが自然に浮かんでくる辺り私はやっぱり心の何処かでアイドルになることを諦めていたんだろう、きっとそうすることが正しい事だから。

 

 

 

 

 

 

 

もう今日で辞めにしようかな、そう思って帰路に付いた時に私は見たんだ。

 

 

 

「ねぇ、あの子去年はこの学校のエースだったんですって。可哀想に……怪我したんですって?」

 

「そうそう。少しずつ結果を出していて注目されてたんだけど怪我のせいで今じゃまともに動けないみたいなの。それなのに毎日毎日彼処で頑張って……」

 

「今じゃレギュラーにも入れてないらしいしやっぱり世の中神様っていないのかしらね……」

 

 

 

そこには必死にスポーツのステップらしきものを何度も繰り返し行っている男の子の姿があった。

 

 

 

「はっ、くっ……」

 

 

 

必死に、何処か死に物狂いで動く彼。見る人には可哀想に、苦しそうに、辛そうに見えるんだろう。

 

けど私には

 

 

「きれい……」

 

 

 

そんな彼の姿が何処か綺麗に見えた。これは見覚えがある、これは確か……

 

そう、私が初めてアイドルを見た時だ。ステージの上でキラキラと輝いていて観客席の皆を明るく照らすアイドルのように。この時私の諦めていた心は彼によって照らされた。

 

周りの人がどれだけ哀れんでいても彼は諦めていない。それは何となく、何となくだけど姿を見て伝わってきた。だからお前も諦めるな、そう言われてる気がした。

 

 

どくん、と心臓が大きく跳ねた。

 

 

気が付けば私は走り出していた。こんな所で立ち止まってられない、そう思った。何より彼が。彼の姿が私に諦めるな、そう言ってるように思えた。

 

 

「そうだっ、そうだよっ!」

 

 

まだ夢から覚めるだとか、覚めないだとか。もうそんな事どうだっていい。夢を見て何が悪い、夢を追い続けて何が悪い。

 

 

「私がなりたかったのはっ!」

 

 

きっと私がなりたかったのはアイドルとかそういうのじゃなかったんだ。

 

キラキラと輝いていて誰かを照らしてあげて。時に背中を押してあげたり、力を貸してあげたり、道を示してあげたり。何かを人の心に与えれるキラキラとしたものに、彼のようになりたかったんだ!

 

きっとそれが彼にとってスポーツだったように私にとってそれはアイドルなんだ。

 

 

 

 

だから私はそうやって自分を責めて力の入った拳を柔らかく両手で包むように握りしめた。

 

 

 

 

「凄いよ、本当に凄いと思う。ずっと頑張って来たんだね」

 

「う、ずき?」

 

 

 

私が一方的に知っていて秋くんからしたら私はつい最近知り合ったアイドルに過ぎない。けど私の心にはずっと秋くんがいた、諦めるな頑張れって。そうやって私に何度も力をくれた照らしてくれた。

 

彼は知らない。

何度も何度も挫けながらそれでも前に進む姿を私が見てきたことを。

 

彼は知らない。

彼のそんな姿を見て私が今の今まで頑張ってこれた事を。

 

彼は知らない。

彼の姿が見えなくなって私がどれだけ心配したかを。

 

 

 

再会した時は運命だと思った。

一方的な関係だけどもそんなものは私の中では関係なかった。

 

彼を見ているだけで心があったかくなってドキドキしてアイドルをやっていてステージの上で感じる高鳴りやドキドキとは違う、もっと優しくてそれでいて愛おしいもの。

 

再会した時、彼はとても見覚えのある顔をしていた。よく覚えている。あれは私がアイドルを諦めようと決めた時にしていた顔だ。

 

彼が私にしてくれたように私は彼を明るく照らしてあげる。きっと次は私の番だから、これすら運命のように思えてしまって自然と私の心臓は凄く高鳴った。

 

アイドルとして失格だと分かっていてもあの秋くんを呼んだステージで私は秋くんの為に歌って踊って、そして何より笑顔を浮かべた。秋くんだけを想って。

 

 

「私は知ってるから。秋くんがどれだけ頑張っできたかは。辛かったね、けど秋くんなら大丈夫。あんなにカッコよくて素敵な秋くんならきっと、大丈夫だから」

 

「う、あ……」

 

「良く、頑張ったね」

 

「う、ああああああぁぁあああぁあ!!!」

 

 

 

秋くんがいたから私はキラキラと輝く事ができた。だから今度は私が、ずっと、ずっと好きだった秋くんを応援してあげるね。

 

 

 

 



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最終話

『注意』
今回はバドミントン要素がとても強いです。わかり易く書いたつもりですが分かりにくいかも知れません。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだいけるか、秋?」

 

「愚問だな。当たり前だろ真人、まだ点数は折り返し。こっから取り返していくぞ」

 

「へへっ」

 

「あ?何笑ってんだよ」

 

「いや、なんだかおかしくってさ。俺とお前がこうして同じ側のコートに立ってるのがな」

 

「今更何言ってんだよ。昔はどうあれ今の俺たちは『相棒』だろ?なら隣に立ってるのは当たり前だ」

 

「おう!じゃあちょっくら逆転しますか!」

 

 

 

俺がみっともなく大泣きしたあの時から随分と時が流れた。

 

夏が過ぎて冬が来て春が訪れる。止まっていた俺の中の時間はあの時、卯月と出会ってから再び動き出した。道も分からず何も見えない暗いくて深い谷底にいた俺を明るく照らしてくれた。

 

キラキラと輝く姿に俺は魅せられたんだ。

 

だから俺は今こうしてまたコートの上に立っている。確かに俺の怪我は後遺症が残る程のものだった。けど決して動けない訳ではない、ただ制限時間があって無茶が効かないだけでやれないこともないのだ。

 

怖かった。

また怪我をして何も出来なくなるのが。そのせいでまともな動きが出来なかった俺だが今は違う。

 

あの日から俺はまた練習を再開した。このままじゃダメだって思ったから、何より変わりたいって思ったから。あの全盛期だった頃の俺は何よりインターハイという全国舞台をずっと目標に頑張ってきた。それが心の支えだったと言っても過言ではない。

 

俺は何か明確な目標を持っていないと頑張れない空っぽなやつだから。ずっと何かを目標にして頑張ってきたからこそ俺は目標を見失った時に何をしていいのか分からなくなる、それがこの前までの俺だ。けど今は違う、俺にはある目標が出来た。だからこそ練習を再開したんだ。

 

長くラケットを握っていなかったブランクもあって全て最初から上手くいったわけじゃない。今までやってきたように。いや今まで以上に努力をした。その結果が今だ。

 

 

 

インターカレッジ。略してインカレ。

高校での全国大会がインターハイであるように、大学での全国大会であるインターカレッジというものがある。

 

そこの団体戦の舞台に俺は立っている。決勝だから周りで行われている試合は1つもなく会場にいる全ての人達が自分達に注目しているしコートの周りには幾つものカメラのレンズが自分達を覗いていて、これによって所謂決勝ならではの緊張感がある舞台が出来上がっている。

 

ここまで来るのは簡単じゃなかった。まず怪我もあって普通に活躍するのはとてもじゃないが無理だった。だからこそ俺が注目したのは団体戦だ。個人戦はシングルス、ダブルス共に1日に何試合もこなさなくてはならないが団体戦に限って1日1試合のみになる。だからこそ俺は全力で試合に望むことが出来るんだ。

 

そこで入学した大学でなんの縁か自称ライバルの真人とダブルスを組む事になったわけだが……まぁ悪くないな。11点という1ゲームの折り返しに設けられるインターバル、休憩が終わりコートに戻っていく。

 

バドミントンという競技は昔は違うが今はラリーポイント制が設けられていて、1ゲーム21点で先に2ゲームを取った方が勝利となる。

 

そして団体戦はシングルス3回、ダブルス2回が行われ先に3本取った方の学校が勝ちになる。

 

今は8-11で俺達の劣勢だ。団体戦という事もあって先に行われているシングルスではこちらが負けていてここで負ければあとがない状態、だからどうしてもここは負けられない。

 

基本的にダブルスというのは守りのサイド・バイ・サイド、攻めのトップ&バックという位置取りをするのが基本的な形になる。攻められている時はコートで2人横並びになるのがサイド・バイ・サイド。攻めている時に前衛と後衛に上下で分かれるのがトップ&バックだ。前衛と玉回しでゲーム展開を動かすのが得意な俺が前に入り強打が得意な真人が後ろに行くのが俺達の強みが出せる並びなんだがそれをさせてもらえない。

 

俺は高校時代それなりに知名度もあったからか怪我の事もこの業界では殆どの人に知られている。ブランク持ちの俺を頻繁に狙ってくる相手だが実はレシーブに関して言えば真人より俺の方が上手かったりするので少し助かっている。そりゃあまり動けない俺は皆のショットをその場で受け続ける練習が必然的に増えてレシーブが鉄壁になっていた、ほんとこれは俺も予想外。けど嬉しい誤算でもある。

 

レシーブを軸に球回しをする。相手はインカレの決勝に出てくるような大学の選手、低めの球で勝負に出るのは危険だ。だから俺はしっかり相手を見て主にセンター、クロスのネット前にシャトルをレシーブしていく。このレベルまで来るとヤマを張られて完璧なレシーブでさえも決められる事さえあるが幸い相手は慎重にプレイしてくれていてそんな様子は見られない。綺麗にネット前に繋げられた球は必然的に相手は勝負せず確実にロングリターンを返してくる。そこからは速かった、真人のスマッシュは馬鹿みたいに速い。相手は自信があったようだが面白いように決まり帰ってくる球も自分がしっかり捕まえて決めていく。

 

1ゲーム目は21-14でこちらが取れた。

 

このままいけるか?と思った矢先に相手の動きが変わった。狙いがセンター寄りの真人に変わったのだ。別にそれぐらいで崩される俺達ではないが思ったように動けないで俺が後ろ、真人を前に持っていかれる場面が多くなる。粘ったがやはりどうしても強みが出せず我慢比べで負けて2ゲーム目は19-21で取られてしまった。

 

さっきのゲームもそうだったがこの流れではもうどちらに勝利が転がってもおかしくない。だからここからは流れをいかに自分たちに持っていけるか、それが1番重要になってくる。

 

しかしどうしても攻めきれずお互いに硬直状態のまま11-10のこちらが劣勢でインターバルとなった。

 

 

 

「くそっ、なかなか攻めきれねぇ。秋そろそろお前ヤバいんじゃないか?」

 

「まぁな。けどやれなくない、それに泣いても笑ってもこれが最後なんだ。こんなとこで引き下がる男に見えるか?」

 

「はっ、聞くだけ無駄だったな。俺達は俺達のプレイをする、悔しいが俺の球回しじゃ攻めきれねぇ。頼んだぜ相棒」

 

「任せろ、お前はいつも通り後ろで馬鹿みたいにスマッシュ打ってりゃいい」

 

 

 

短いインターバルが終わり試合が再開される。あぁ、そうそう。伝え忘れていた事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋くぅぅぅぅん!頑張って下さいぃ!私、見てますからっ!ここにっ、いるからっ!」

 

 

静まり返った会場にそんな声援が響いた。

 

 

俺は額に掌を当てて天井を見上げる。

何やってんだよ、あいつ……

 

 

「おい、今のって……」

 

「間違いない。アイドルの島村卯月だ!」

 

「どうしてここに!?」

 

 

それ言わんこっちゃない。この試合はテレビで生中継されている、そんなところで目立てば報道陣にバレても何も文句は言えない。

 

チラッと横目で声の方を見ると今更気が付いたのか少し顔を赤くした卯月がちっさくなって会場の席に付いているのが確認できた。こりゃ試合が終わったあとのヒーローインタビューすっぽかして報道陣はみんな卯月の方に行くんじゃないか?

 

 

 

まぁ、けど。

 

 

 

「真人」

 

「おっ、なんだ秋くん?」

 

ニヤニヤしてこちらを見てくる真人にひと睨みする。いつもならケツでも蹴ってやるところだが今の俺は非常に気分がいい。

 

「そのムカつく顔はやめろ……取り敢えず、ぜってぇ勝つぞ」

 

「へーへー。王子様のご命令通りにってね」

 

 

 

もう俺は1人じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優勝おめでとうございます!」

 

「ありがとうございます」

 

 

流れてくる汗をタオルで拭きながらインタビュアーの質問に受け答えをする。あのあと先程までの我慢比べが嘘のようにあっさりと勝ってしまった。さすがは卯月というべきか、それとも俺達がまだまだなのか。まぁ完全に後者だろうなぁ、と思いつつ汗を拭う。

 

勝利した俺達はその勢いのまま後のダブルス、シングルスと連続で勝ち見事に優勝を果たした。実際にこのお立ち台に立っていると優勝したんだなぁ、と実感してくるがやはりまだ何処かまだ現実味がなかった。

 

そしてお立ち台には俺が呼ばれた。まぁそうなるだろうというのは分かっていた『1度大怪我をしてそれでも舞い戻ってきて優勝を果たした』んだからテレビ的には美味しいネタでしかない。普段なら素っ気なく対応してひと睨みしてやるところだが今回はそれを利用させてもらおう。その為に俺はまたこうしてコートの上に立ったんだから、少しでも君に近付けるように。

 

「では最後にお言葉を宜しくお願いします」

 

「応援して下さった皆さん、それに色々支援もして下さったOBや監督に保護者の皆さん本当にありがとうございます。お陰でこうして優勝することが出来ました」

 

 

多分出会った頃から俺は既に心を奪われてたんだと思う。あの胸の高鳴りに心地良さ、最初はなんとことかさっぱりだったけど今は良く理解している。

 

 

「こうしてコートの上に立っているのも良くしてくれた皆さんのお陰です。ここから少し個人的な事になるのですが……怪我を頑張って、また怪我をした時自分はもうダメだって1度諦めました」

 

 

あの時は本当に絶望した。まるでもう用済みだと言うように周りは自分から遠ざかっていって、身体は思うように動かせない。けれども。

 

 

「けどそんな時にある女の子に出会いました」

 

 

観客席の端っこで誰かが変な声を上げているような気がした。

 

 

「その人はとてもキラキラと輝いていて、とても笑顔が素敵な女の子です。きっと今までにそんな彼女のキラキラに照らされて心を動かされた人は沢山いるでしょう。もちろん自分もです」

 

 

「こうしてまたコートの上に立とうと思えたのも彼女のお陰で、怪我で苦しんでいる俺に彼女はずっと側にいてくれて笑顔で馬鹿の一つ覚えのように『頑張って』って言うんです。だから自分はここにます。何よりそんなキラキラと輝く彼女に届かせたくて……」

 

 

伝えたいことは沢山ある、けど何よりも。

 

 

「卯月」

 

「わ、わたし!?」

 

 

会場がどよめきだす。まぁあのアイドル島村卯月が本当にいるんだからな。俺の大学のチームメンバー達に急かされるように2階の観客席からお立ち台の側までやってきた卯月の前に俺はニヤニヤとした真人から渡された1つの箱を差し出す。

 

 

「えっと、伝えたい事が沢山ある。けど俺にはそれを全部伝えれる自信が無い。だから簡潔に言うよ。卯月、君の事が大好きだ。結婚してくれ」

 

 

箱を開けて指輪を取り出す。この時のために頑張って貯めた貯金をほぼ全部突っ込んで買ってきた指輪、負けた時の事なんて考えないで一括で購入した指輪はキラキラと光を反射している。

 

会場の皆が卯月に注目している。

 

この静寂が永遠のようにも感じられて心臓が止まりそうだ。

 

顔を赤くしたり恥ずかしがったりしていた卯月は今は顔をしたに向けているのでどういう顔をしているか分からない。ここで失敗したらもう田舎に隠居しようかなぁ、なんて何処か他人事のように思っていると。

 

ばっ、と卯月が顔を上げる。

そこにはいつも自分を明るく照らしてくれていて、そして何よりも俺が1番大好きな笑顔がそこにはあった。

 

涙を流しながらニコッと笑って卯月はとても大きな声で

 

 

「はいっ、幸せにしてくださいね?」

 

 

 

 




ここまで読んでくださった方ありがとうございました。

ずっと島村卯月ちゃんを使ってそれに沿った何かを書きたいなぁと思っていてはいたんですが中々自分がアイドルマスターにわかでもあって筆が進まず、「そうだ!実際にあった話と混ぜて書いちゃえ!」となって出来上がったのが本作品です。

もう別に卯月ちゃんじゃなくても良かったんじゃないか?と思わなくもなかったですが実話の方の女性の方がとても卯月ちゃんと似ている性格でもう切りなして考える事が出来なくなってしまってここまで来ました。完全に実話、という訳でもないですが大部分はノンフィクションです。こんなことあったんだなぁ、程度に覚えてて貰えると幸いです。

繰り返しになりますがここまで読んで下さりありがとうございました。この作品を読んで少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。ありがとうございました。


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