意志の哀 (ユズカ)
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第一部
Episode0~魔法騎士招喚~


誰かを愛する程幸せな事は無い。

誰かを愛する程辛い事は無い。

 

結ばれる愛。

結ばれぬ哀。

 

命と愛。どちらかを犠牲にしろと言われたら、お前はどちらを選ぶ――?

 

 

――この世界は本当に美しいか?

『柱』が全てを背負わねばならない世界を本当に美しいと言えるか?

 

 

 水球の中に一人の少女がいた。そこは『水の牢』と呼ばれる場所。大きな花をかたどった牢の中心部に一筋の光りがあり、少女はそこに幽閉されていた。

 

「助けて……」

 

 声がする。小鳥のように澄んだ声。ふわりと長い金髪に、全てを見通すかのような青き目。額には碧の王冠。

 助けを請う声は誰にも聞こえない。だが、少女は言い続ける。

 

「この世界を助けて……」

 

 声が、さらに高鳴る。

 

 

「――伝説の魔法騎士達よ――!」

 

 

 光りが水球を貫く。それは、誰かを導くかのように、天すら届かぬ場所へと伸びていく。光りは進み続ける――。

 

 

――一九九三年。

 

 標高三百三十三メートル。日本の首都、東京のシンボルとしても称される東京タワー。一九五八年に完成されたここは、観光名所としても名高い。完成して約三十年余り。人々を愛してやまないそこに、社会見学として来ていた女子中学生達がいた。

 

 真紅のブレザーが印象的な制服。白のリボンに黒のライン。胸には校章がある。スカートはダークグレーで襞(ひだ)はやや太め。赤のラインが沿ってある可愛らしい制服だ。

 

 そこに一人楽し気に双眼鏡を覗き込む少女がいる。制服よりは淡い赤髪を三つ編みにしており、背は百五十センチも届かないくらい。

 

「いまさら、東京タワーも無いわよね」

 

 少女達は今、地上百二十メートルに位置する大展望台にいた。

 

「まったく、社会見学に『東京タワー』選ぶなんて、やっぱりうちの学校は変よ」

 

 呆れながら言う他の生徒たちとは違い、少女はそれを楽しんでやまない。

 

「光もそう思うでしょ?」

 

 一人の女子生徒が話しかけるが……。

 

「ひ、光!?」

 

 呼ばれた少女は喜々とした表情でにっこりと笑っていた。

 

「高いな!! すごいな!!」

 

 双眼鏡を見ながら少女――光は喜びを示す。

 

「社会見学でこんなところに連れて来てもらえるなんてうれしいな!!」

 

 うきうきとした笑顔の彼女に他の生徒達はやや困り顔だ。

 

「た、楽しんでるわよこの子……」

「本気でね」

 

 そこに続く追い打ち。

 

「ま、まあ光は単純、純真、一直線が取り柄だから……」

 

 女子生徒から何やら言われているが当の本人は気にしていない様子。

 

「あ、あの家! 赤ちゃんがいる!!」

 

 そこに、赤子の笑顔があったのだろう。しかし――

 

「ああ!?」

 

 突如、声を荒げる光。

 

「ど、どうしたの!?」

「ごめん。双眼鏡切れた……!」

 

 てへっと舌を出す光。画面が真っ暗となれば何も見えない。慌てて彼女は制服のポケットからお金を探そうとしていたが、それよりも先に彼女にお金を渡すもう一人の少女がいる。

 

「え……!?」

「楽しそうな貴方を拝見していて私(わたくし)も楽しませていただきました。お気になさらず御覧くださいな」

 

 その少女はやんわりとした笑顔でこう言った。緑のブレザーが目を引き、スカートも同じ緑色で統一されていた。襞は細やか。髪はやや薄い茶色に、丸い眼鏡をかけている。いかにも頭脳明晰な、という印象が強い。

 

「で、でも……!」

 

 渡されたお金を返そうとする光。しかし、少女は手を重ねてこれを暖かく拒む。

 

「あれ有名な私立学校の制服よ」

「ああ。あの頭よくて有名な……!」

「かわいい子だったわね」

 

 ずんずんと近づく影。

 

「頭がよくてフォローのしようがないわね」

 

 と、そこには光の姿。

 

「ひ、光だってかわいいわよ。ちょっと男の子みたいだけど」

「ほ、ほら、そう! 下級生にも、同級生にも、上級生にももてるじゃない!!――うち女子校だけど……!」

「あ……」

 

 言葉を続けようとする友人達を置いて、光は駆け出した。

 

「お礼、言わなくっちゃ!!」

 

 

(どこに行っちゃったかな……)

 

 確かに男の子みたいだ、とは言われる。でも、それは自分の長所でもあった。私は、自分が嫌いじゃない。自分の長所も短所も受け入れてるつもりなんだけど……。

 

「あれ……確か、こっちの方角だったような……」

 

 と、そこに現れる少女達の行列。

 

「え!? え!? え!?」

 

 その大群に阻まれて前は全く見えない。しかも、背が低いのが災いして、少女達の目に自分は映ってないのかもしれない。

 

「あ、光がつかえてる」

「光、ちっちゃいからねえ」

 

 仕舞には友人達からにも言われる始末。

 

(はあー……なんでこうなっちゃうんだろ)

 

 光が悲しげにしょげていると、行列の先頭に一際目立った水色の髪をした女の子がいた。

 

「き、きれい……!」

 

 思わずそう呟く。

 

 腰まで伸ばした髪は青のブレザーと水色のスカートによく似合っている。ヘアバンドをし、こちらを見つめているかのようにも感じた。

 

(……な、何してんだろ私!)

 

「モデルみたい!」

「アイドルとかよりよっぽど美人よ!!」

 

 友人たちが騒いでいる。

 

「あ、あれ、お嬢様御用達で有名な学校よ!!」

「財閥とか政治家の娘とかが通うという!! 今日は有名校の『東京タワー』見学の日なのかしら!?」

 

 なんでだろ。なんだかこの人から目が離せなかった。

 

 あっちも自分を見つめている気がする……。なんで!? 今日初めて会ったばかりなのに……。

 

「……けて」

 

 え!?

 

――今、何か聞こえなかった!?

 

 友人達に聞こうとしたが、彼女達には聞こえていない風だ。

 

(あれ!? 気のせい……!?)

 

「――助けて!」

 

 次はははっきりと聞こえた。これが幻聴。そんなはずはない。

 

「今なんか――!?」

 

 すると、次の瞬間。光が包み込んでいた。周囲の悲鳴と叫び声。眩しい。光はまるで太陽よりも大きい。辺りは騒然としている。さすがの眩しさに目を覆い隠さずにはいられなかった。

 

(な、何だ!?)

 

「この世界を助けて……!!」

 

 声色からして女の子だろう。でも、なんで助けを求めているんだ。

 

 

『――伝説の魔法騎士達よ――』

 

 

 魔法騎士!? 誰の事を言ってるんだ……!?

 

 すると、今度は東京タワーの床が突如として消えていた。

 

「え!? え!?」

 

 光は思い切り叫んだ。落ちる!! 確実に落ちている!! どうなってるんだ!? いきなり床が抜けて私だけが落ちるなんて――!?

 

 すると、やや上から別の叫び声が聞こえた。

 

 上空を見上げれば、落ちているのは、自分を含めて三人。確か、あのモデルみたいな子と、私にお金をくれた子だ。

 

「い、一体何が起こったのでしょう!?」

 

 こんな時でも冷静に分析しようとするこの人は、ある意味大物かもしれない……。

 

「な、なんなのよこれー!!」

 

 高らかに声をあげる子。水色の髪の子は状況を全く把握できていないみたいだった。確かに、普通の人だったらそういう反応が当然だよね。

 

「東京タワーの床が抜けたんでしょうか!?」

「なんで、私達三人分だけ抜けるのよ!!」

 

 業者に抗議してやる、ばかりの勢いの彼女。

 

(あ……)

 

 雲が晴れる。そこにあるのは緑豊かな地形。

 

(火山……? 海……?)

 

 それに――

 

(山が、空に浮かんでる……!?)

 

 ここは東京じゃないのか!?

 

「――ここはどこだ!?」



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Episode0.5~神官と副官~

――映し出せ。

 

 低い声が聞こえる。声の主は、黒髪を長く伸ばし、腰元で結わえた男だ。纏うのは長き黒装束。男の黒髪はわずかに前にかかり、目元を覆っている。

 

 声に反応し、魔鏡とも言える鏡が姿を捉えた。一人、二人、三人の少女達。

 

「最後の力で、伝説の魔法騎士を異世界から呼んだか……」

 

 ふっ、と笑う。

 

「猊下」

 

 そこに、かしづくもう一人の姿。

 白髪に、尖った耳が印象的な怜悧な男。灰色の布を前にかけており、額には紫の宝石がある。

 

「イノーバか……」

 

 呼ばれて彼は言う。

 

「まさか、伝説が現実になるとは考えてもみませんでした」

 

 だが、黒服の男は笑みを浮かべたままこう続けた。

 

「……何を案じておる。伝説は伝説だ。事実ではない」

 

 確かに、とイノーバは思う。

 

「あのような子供では、エメロード姫を助けるどころか、魔法騎士(マジックナイト)にもなるまい」

「御意」

 

 お言葉に、絶対的な自信があっての言い様だろう。

 

「無論。伝説と侮って用心を怠るのも愚かだがな……」

「――仰せのとおりでございます」

「……猊下」

 

 すると、黒き影がこちらを振り向く。

 

「イノーバ。私が何故、お前を副官に据えたかは知っていよう?」

「はっ……」

「私が最も信を寄せるのはお前だ。だから、私はお前を――」

 

 だが、これにイノーバは言葉を待たずに放った。

 

「猊下。私は神官である貴方のお力で今、この場にいるのです。だから、私は何があろうとも貴方のお傍を離れるつもりはありません」

「イノーバ……」

 

 近づく影。

 

「猊下……?」

 

 すると、顎を持ち上げられる。

 

 目線を合わせるかの如く黒い影が、イノーバのすぐ前にあった。イノーバの金色の目。神官である彼の紫の目。彼の目は海の様に深い――

 

「私の真の『願い』を知るのはお前だけだ。この世界をも変える願い。私は、この世界を……」

「――猊下」

「……話が過ぎたな」

 

 立ち上がり、猊下は背を向けた。

 

「猊下!」

「イノーバ。お前はこの世界を美しいと思うか――?」

 

 その声はどこか寂しげにも聞こえる。

 

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文字数が足りないため、捕捉いたします。この話は本編とは別の視点の話になります。なので、読まなくても一応は本編に影響はたぶんないかと思います。しかしながら、作者が欲張りなため、他の視点も書きたくなったので、閑話を入れます。まだ使い方がよくわからないので、その辺りを承知したうえでお願いします。

 

話が長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。



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