君を探して (茜崎良衣菜)
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第一章  一年越しの再会 捜索1



初めまして茜崎良衣菜です!
これから主にBanG_Dream!の話を書いていきますので宜しくお願い致します!




 

 

それはいつものようにバンドの練習が終わり帰りの支度をしている時、唐突に今井さんが聞いてきたことがきっかけだった。

 

 

 

「ねえ紗夜。初めて会った時からずっと思ってたんだけど」

 

「なんですか今井さん」

 

「紗夜が付けてる月の形のペンダントすごく可愛いし紗夜らしいよね。どこで買ったの?」

 

「え?」

 

「あっ!それあこも気になってました!」

 

 

 

今井さんに便乗する宇田川さんの目はキラキラしていて眩しい。

そんな2人の眼差しから目を離し一度胸元を見た。

 

 

そこにあったのはシルバーの三日月型をしたシンプルなどこにでもありそうなペンダント。だが私にとってはとても大切な物で常に肌身離さず持っている物でもあった。言ってしまえばギターなんかよりも大切だ。

 

 

 

「‥‥買ったわけじゃないの。貰い物よ」

 

「そうなの?でも練習の度に着けてるってことはよっぽど大切なんだね」

 

「誰から貰ったんですか?」

 

「紗夜がここまで大切に持ってるってことは日菜からのプレゼントとか?」

 

 

 

いくら日菜と仲直り、というか和解したからといって彼女から何かを貰った覚えはない。それに日菜から貰ったからって毎日着けることもしないだろう。

 

ただあの人から貰ったからってだけ。

 

 

 

「日菜は関係ないわ」

 

「えー。じゃあ誰からなんですか?」

 

「もしかして恋人とかー?」

 

 

 

今井さんがニヤニヤしながらこちらを見てくる。それに続くように宇田川さんも私に視線を向けていた。

予想もしていなかった質問に思わず固まってしまって、そのせいで今井さんが目を丸くする。

やってしまったと思った。

 

 

 

「え、マジ?」

 

「いえ違います!」

 

「そんな焦った声で言われると信憑性が増しちゃうと思うんですけど‥‥」

 

 

 

色々やらかした。そう思わざるを得ない。よりにもよってこの二人に知られてしまうなんて。

 

 

 

「へぇー。まさか紗夜に恋人がいるなんてねー」

 

「それじゃあそのペンダントも恋人さんから貰ったんですね!」

 

「‥‥違いますよ」

 

 

 

私は思いのほか素っ気ない声が出て少しだけ後悔。けど勘違いをそのままにしておけるような内容でもないため仕方がない。

 

恋人、ね。そう呼べる人が隣にいてくれたらどれだけ幸せなのでしょうか。私にはわからないわ。

 

 

 

「私に恋人なんていませんよ。変な勘違いはしないでください」

 

「えーでもさっきの反応的に」

 

「今井さんの発言に驚いただけです。すみませんが私はこれから予定があるのでお先に失礼します」

 

 

 

これ以上詮索されないようにまとめていた荷物を持ってスタジオを出た。何か言っているような気がしたけど無視しておいた。

 

スタジオから出れば蒸し暑さが私を支配する。そんな帰路を汗だくになりながら帰った。

頭をよぎった彼の姿は消えてほしいのに汗の様に流れてはくれなかった。

 

それはきっと今日があの日に近いからだ。

 

 

 

 

彼がいなくなったあの日は一年経った今でも忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

「ひーなー」

 

「ん?どうしたのリサちー?」

 

「聞きたいことがあるんだけどさー」

 

 

 

昨日の紗夜の様子がおかしかった。

アタシの質問に氷川紗夜は一瞬だけど固まった。まさか紗夜に恋人、とはいかなくても想い人がいるとは。

紗夜の口から聞くことはできなかったけど妹の日菜なら何か知っているんじゃないか。朝から日菜に声を掛けたのはそう踏んでのこと。アタシの予想では紗夜の情報は日菜には筒抜けだろうし。

 

 

 

「何?一時限目でやる小テストの範囲?」

 

「え、なにそれ」

 

「先週数学の先生が言ってたよー」

 

「忘れてた‥‥ってそうじゃなくて!」

 

 

 

どうしよ。一時限目テストあったんだった。完全に忘れてた。しょうがないこの話が終わったら教えてもらおう。

 

 

 

「紗夜のことで聞きたいことがあるんだ」

 

「おねーちゃんのこと?何?」

 

「紗夜っていつもペンダント着けてるでしょ。あれって誰から貰った物なの?」

 

 

 

いつもの何気ない会話と同じようなテンション感だったと思う。何か変なことを聞いたつもりはない。それのはずなのに。

 

日菜は目を見開いて何とも言えない顔をしていた。高一の頃から仲のいい彼女だけどこんな表情は初めて見た。

 

 

 

「待ってリサちー、それもしかしておねーちゃんにも聞いたの‥‥?」

 

「う、うん。何かマズかった?」

 

「マズいに決まってるじゃん!」

 

 

 

突然の大声にアタシだけでなくクラス内にいた全員が驚く。みんなの視線は日菜に向いていた。そんな本人はそのことに触れるつもりはないのか、または気づいていないのか、はたまた両方かもしれない。アタシしか見ていなかった。

当のアタシは日菜の大声の理由がわからなくてただ混乱していた。

 

 

 

「なんでそんなこと今更!今まで聞いてなかったのになんで今聞いちゃったの!?」

 

「な、なんでってただ気になったから‥‥」

 

「だからって!なんでよりにもよってこのタイミングで‥‥」

 

 

 

日菜は苦しそうに俯いた。アタシは彼女の言いたいことがわからなくて頭を抱える。同時に確か紗夜もこんな表情してたっけ。やっぱり双子って似てるなって他人事のようなことを思った。

 

 

 

「ひ、日菜、あの。何をそんなに」

 

「リサちー」

 

 

 

アタシの言葉は日菜によって遮られた。

そして聞いたこともないようなトーンで告げられた。

 

 

 

「おねーちゃんの前でその話はしないで。ペンダントのことは一切触れないで」

 

「なんで?」

 

「いいから!」

 

 

 

怒っているというか焦っている。どうしてかはやっぱりわからなかったけど日菜がこれだけ念を押して止めに入るってことは重要なことなのは間違いないだろう。

 

だからアタシは日菜の声に頷いてそれ以上のことは何も聞かなかった。

 

 

 

そして紗夜のペンダントがどれだけ大切な物なのかアタシにはまだ理解することができていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







一話いかがだったでしょうか。
もしよろしければ評価とコメントお願いします。


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捜索2

私はこの日ある場所にギターとスマホだけを持って尋ねていた。

 

 

 

「お久しぶりです撫子さん」

 

「あら紗夜ちゃん!久しぶりね。元気にやってる?」

 

 

 

普通よりも大きな家のインターホンを鳴らせば出迎えてくれたのはセミロングの茶髪の女性だった。彼女の名前は桐谷撫子(きりたになでしこ)さん。私より5つ上のお姉さんで私や日菜は小学生の頃からお世話になっている。近所に住んでいて昔から姉的存在だ。

 

 

 

「はい。撫子さんはどうですか?」

 

「うん。私もバッチリ。家の子たちもみんな元気にしてるよ」

 

「それはよかったです。今日も弾いていいですか?」

 

「もちろんだよ!入って入って!」

 

 

 

撫子さんの後に続くように家の中に入った。

あいかわらず長い廊下。扉の向こうからは小学校低学年くらいの子たちが顔を覗かせていた。そして私を見るなり笑顔で走ってくる。

 

 

 

「あー!さよおねーちゃんだ!」

 

「さよおねえちゃん!」

 

 

 

寄って来た4人の子どもたちに視線を合わせるためしゃがみ込む。

 

 

 

「みんな久しぶりね。元気にしてたかしら」

 

「うん!げんきだったよ!」

 

「わたしも!」

 

「ぼくも!」

 

「‥‥うん」

 

 

 

元気いっぱいの返事に控えめな返事。どれも可愛らしくて微笑ましい。

そんな彼らに手を引かれ大部屋に入る。

 

全面畳部屋のそこには他にもたくさんの子どもたちがいた。それも当然だろう。ここは撫子さんの家であり撫子さんのお爺さんが作った身寄りのない子のお世話をする孤児院でもあるのだ。私たちが小学生の頃はお爺さんが経営していたがお爺さんの亡くなった後は撫子さんが子供たちの面倒を見ている。正直20とちょっとで大人数の子供を相手にするなんてとてもすごいことだと思っている。

 

折り紙やおままごとをして遊んでる子。勉強をしている子。お昼寝をしている子。全員が見覚えのある子でそのうちの一人が私の方に歩んできた。

 

 

 

「お久しぶりです紗夜さん」

 

「久しぶりね奏ちゃん」

 

 

 

御門奏(みかどかなで)。羽丘学園中等部の三年生で学校では生徒会長を務めるみんなのお姉ちゃんだ。面倒見が良く頭が良いため年下の子の勉強を見てあげている。

キリッとした目元が印象的で見た目はボーイッシュでカッコいい。外見だけでも男女問わずモテそうな彼女だが未だに恋人がいたことはないとかなんとか。勘違いされやすいがお堅い感じはない。むしろ会話しやすく誰とでも仲良くできる人の良さが彼女の売りだ。人望の厚さや彼女の性格を考えても生徒会長はまさしく適任である。

 

 

 

「今日もギター弾きに来たんですか?」

 

「ええ。奏ちゃんは勉強を教えていたの?」

 

「はい。あ、良ければ後で私のも見てもらえませんか。わからないところがあって‥‥」

 

「構わないわ」

 

 

 

目を輝かせ嬉しそうな奏ちゃんにつられて私も口角が上がってしまう。

奏ちゃんはしっかりしているけど私が来ると私に甘えてくれる。そこらの高校生並みかそれ以上に大人びている彼女だけどその行動で中身はまだ中学生ということを毎度実感させられるのだ。

あと姉の様に頼られるのが単純に嬉しかった。日菜の時には味わえなかった姉感がここにはあったから。

 

 

 

「それじゃあ紗夜ちゃん。早速始めちゃう?」

 

「そうですね。端の方使いますね」

 

 

 

畳部屋の隅っこ。そこがいつもの練習場所。ただ私がギターを持ってそこに移動すると今まで遊んでいた子たちが遊び手を止めて演奏を聞きに来るのだ。練習というよりはミニ演奏会みたいになっている。

Roseliaの曲を弾くのはもちろんのこと、きらきら星やかえるのうたのような有名な曲も弾いて皆で合唱する。それが一人ではやることのできないここに来ての楽しみでもあった。

 

その後奏ちゃんの勉強を見ていれば時間があっという間に午後6時を回っていた。楽しい時間は過ぎるのがとても速い。

 

 

 

「紗夜ちゃん今日はありがとうね」

 

「いえ楽しかったですから。それに、私もお世話になっていますから」

 

 

 

撫子さんにも、彼にだって。

 

 

 

「‥‥そっか。ならまた暇な時に遊びに来てね。いつでも歓迎するよ」

 

 

 

笑顔の撫子さんに私はお辞儀をして家を後にする。

 

ギターケースを握る手には力が入っていて早足で帰宅する。

 

 

 

 

また今日も彼のいない世界が回っている。その事実を信じたくなくて唇を噛んだ。

痛くてしょうがないのに、その傷を癒してくれる人は今日1日どれだけ待っても現れてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様ここにいらしたのですか。一体何をされているんです」

 

 

 

人気のない公園。そこにあったジャングルジムの上に座り込む少女に青年が声を掛けた。

ニコニコ笑顔の赤いドレスにため息を吐く黒スーツはここでは場違いだった。

 

 

 

「何か笑顔になれるものがないか探しに来たのよ!」

 

「探したくなる気持ちもわかりますが勝手にパーティーから抜けられるのは困ります。旦那様も心配されておりました」

 

「そうなの?それなら戻りましょうか蒼夜(そうや)

 

「はい」

 

 

 

ジャングルジムから飛び降りた少女の後を青年が続く。

月灯りが2人を照らし胸元にかかっていた三日月型のペンダントを輝かせた。

 

 

 

 



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捜索3

真っ白な霧の中、私は一人で何もするわけでもなく佇んでいた。周りは何もない。ただ同じ風景が広がっていた。

 

夢だということは分かっていた。彼がいなくなってから何度も見ている夢だ。

 

 

 

「紗夜」

 

 

 

そこに聞こえてきた男性の声。名前を呼ばれたこともあり振り返るとそこには彼がいた。

首に私とお揃いを身に着け見慣れた顔で笑っている。

 

一方の私は喜ぶわけでもなくゆっくりと近づいてくる彼のことを見ていた。

 

 

 

「どうしたの仏頂面なんかして。俺に会えたのにその反応は酷くないか?」

 

「…何か用かしら」

 

「用がないと話しかけちゃダメなの?」

 

 

 

今の貴方に話しかけられるのが嫌と言ったらどんな反応をするのだろうか。

そんな度胸私にはないけれど。

 

 

 

「……ダメよ」

 

「どうしても?」

 

「ええ」

 

「それはどうして?」

 

 

 

わかっているくせに聞いてくるのは性格悪すぎではないか。そう言いたかったのに距離が数センチのところまで迫ってきている彼を見て驚いてしまった。後退しようとすれば彼は私の顔を両手で抑え強引に引き止めた。

 

 

 

「逃げるなんて感心しないな。俺がこうなっちゃたのは紗夜のせいでしょ?」

 

「っ!」

 

「紗夜が俺を見捨てたから」

 

 

 

何食わぬ顔で平然とそう言う彼に私は狼狽する。この仕打ちは何度目か覚えていないが毎回動揺していることだけは覚えていた。

 

 

 

「見捨てたわけじゃないわ!あれは偶然…」

 

「今更言い訳なんて見苦しいんじゃないか?」

 

 

 

言い訳じゃない。事実だ。なのにどうしてそんな蔑んだ目で見てくるの。

 

 

 

「あの日、紗夜がいなければ」

 

 

___違う。

 

 

 

「あの日、紗夜を助けなければ」

 

 

 

___やめて。

 

 

 

「あの日、君が代わりに」

 

 

 

___それ以上は!

 

 

 

 

「いなくなってしまえばよかったのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

目が覚めればそこには見慣れた天井があった。

ガバッと身体を起こせば息が切れていた。全身から汗が噴き出して正直気持ち悪い。今すぐにお風呂に入りたくなる。

けどそこから動けるほどの気力は私にはなかった。

 

 

 

『紗夜のせい』

 

『紗夜を助けるんじゃなかった』

 

『紗夜がいなくなればよかったのに』

 

 

 

今までの言葉が私に襲い掛かって来る。その言葉たちを聞きたくなくて両手で耳を抑えた。周りの音が何も聞こえないほど強く。けどそれに反比例するように私を責め立てる声はより一層強くなっていった。

 

涙が止まらない。身体が震える。心臓は走った後のようにうるさい。

痛くて苦しくて辛くて痛くて。喉が詰まり嗚咽が漏れる。最後の抵抗にと吐き気を必死に堪え目を閉じた。

あの日の彼の姿が瞼の裏に張り付いて離れてはくれない。

 

 

 

『なんで君なんかがのうのうと生きている』

 

 

 

___やめて

 

 

 

『俺への恩を仇で返すのか』

 

 

 

___やめて!

 

 

 

『やっぱり君は何もできない屑なんだね』

 

 

 

___お願いだからもう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねーちゃん!!!!」

 

「ッ!?」

 

 

 

目を開けばそこには日菜がいた。私の肩に手を置いて心配そうに私の顔を覗き込む。

両耳を塞いでいたはずなのに聞こえたということは相当大きな声を出したのだろう。両親に驚かれるに違いない。

けど日菜の顔を見たことで安心した。

 

 

 

「っひ、な………」

 

 

 

両手を離して日菜の腹部辺りを掴む。弱々しいそれを日菜が強く握ってくれた。

 

 

 

「大丈夫、大丈夫だよおねーちゃん」

 

「…っ、は、……ぁっ」

 

 

 

それでも震えは止まってくれない。抱きつくように倒れこめば彼女はそれを受け止めてくれた。彼女の方からも抱きしめてくれる。

 

安心したせいか急に眠気がやって来てそのまま瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

お願い、行かないで。

私を置いて行かないでよ。蒼夜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「…寝ちゃった、かな」

 

 

 

抱き止めたおねーちゃんはまた眠ってしまった。これは初めての経験じゃないからなんとか対応できてるけどやっぱり何度経験してもこんな姉の姿は見たくないものだ。

 

寝息を立てるおねーちゃんをベッドに寝かし直す。さっきまでの辛そうな顔はしていなかったから少し安心。

けど起きた時にどうなるかわからないから不安だ。

 

こうなったのはきっと(そう)くん関連だということには察しがついた。でもそれがわかったところであたしにはどうすることもできない。できないからなおさら悔しくて仕方なかった。

汗で張り付いた前髪をかきあげる。そして首元のそれに目を向けた。

 

 

三日月があたしを嘲笑っているように見える。それに乾いた笑いが出た。

 

おねーちゃんがペンダントを外すことはほとんどない。どんな時でも身に着けている。シンプルで使いやすいってことはもちろんあるんだろうけどそれ以上に離したくないんだと思う。おねーちゃんがペンダントを外すのはお風呂の時くらいだ。

もしかしたら学校の時も外しているかもしれない。おねーちゃん風紀委員で真面目だし。

けど寝てる時も着けてるなんてどれだけ彼のことが好きだったんだろうか。あたしがあげたとしてもここまで大切にはしてくれないのに。

 

 

 

「ズルいなー…」

 

 

 

あたしの声は酷く室内に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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捜索4

 

 

 

「お嬢様。お急ぎください。予定の時間に遅れてしまいます」

 

「ええ。わかったわ!」

 

 

 

お嬢様に言われ止めた車の中から彼女のことを呼ぶ。普段なら何も言わずに見守るところだが今日はこれからお嬢様のバンドの練習がある。リーダーでもある彼女が遅れてしまっては示しがつかない。まあ、何事もスケールのデカいこのお方がいる以上示しなんてあってないようなものかもしれないが。

 

 

 

「お嬢様。バンド練習などの前に楽しそうなことを探すのはおやめください」

 

「楽しそうなものがある気がしたの!」

 

「ですが練習に遅れてしまってはバンド練習に最初から参加できなくなりますが…」

 

「それはダメね!早く行きましょう!」

 

 

 

車の後部座席に乗り込んだお嬢様は元気よく発進の合図を聞き僕は車を出した。

鼻歌が聞こえる。それは確か彼女のバンドの新曲だったと思う。僕が前に聞いた時にはまだ全然できていなかったはずなのにいつの間に完成していたのだろうか。

 

何度も来て見慣れたスタジオの前でお嬢様を下ろす。スタジオに入って行く後ろ姿を眺めていた。

その姿が見えなくなったのを確認して駐車場に車を停めた。一般車の中に混じる高級車というのは違和感しかないな。

 

僕もバンド練習を見守るためスタジオの中へ入った。

 

 

 

「蒼夜くん」

 

「まりなさん。おはようございます」

 

「久しぶりじゃない?」

 

「そうですね。2週間振りでしょうか」

 

 

 

見慣れた人影が声をかけてきたため会話する。まりなさんはCIRCLEの従業員でありバンド練の度にお世話になっている。お嬢様は何かと迷惑を掛けているため僕としても頭が上がらない。

 

 

 

「ハロハピの練習見ていくんだよね?3番の部屋にいるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

僕はまりなさんと別れ3番の部屋へ移動した。扉を開けばまだ準備中だったようで楽器のチューニングやセッティングをしていた。

 

 

 

「あっ!蒼夜くん!」

 

「みなさんおはようございます」

 

 

 

いち早く僕の方に駆けつけてきたのは北沢はぐみ様だった。天真爛漫でとにかく明るい女の子。実家が精肉店をやっていてそこで食べたコロッケはなかなかに美味しかった。

彼女はお嬢様と似た性質の持っていると思う。ただ周りをちゃんと見ている子でもある。

 

 

 

「やあ蒼夜。私たちに会いに来てくれたのかい?」

 

「いえ、こころ様の付き人です」

 

「薫さん。蒼夜さんにそんなこと言ってもダメですよ」

 

「蒼夜さん。おはようございます」

 

 

 

男女どちらかわかりずらい顔立ちで身長も高く演劇みたいな口調の瀬田薫様。焦ったような声でため息をつくミッシェルの中の人奥沢美咲様。大人しく僕に挨拶をしてくれた癒し松原花音様。それにお嬢様を合わせた5人が「世界を笑顔に!」というコンセプトのもと結集したバンド『ハローハッピーワールド』のメンバーだ。

 

 

 

「お嬢様は予定時間に間に合っていたでしょうか」

 

「はい大丈夫ですよ」

 

「それはよかったです」

 

「蒼夜さん、また今日も連れ回されてたんですか?」

 

「スタジオに向かっている途中の道で何か見つけられたようで」

 

「あー。毎日大変ですね」

 

 

 

美咲様は苦笑気味にそう言った。僕はそれを否定する。お嬢様の付き人をしているのは基本的に休日だけ。学校で同じクラスの美咲様は僕以上に振り回されていることだろう。非常に申し訳ない。

今日だって結局何を見つけたのか僕にはわからないままだったし。

 

 

 

「蒼夜くん!はぐみのベースちゃんと聞いててね!後でどうだったか聞くから!」

 

「ほう。なら私も頼もうかな」

 

「わ、私も、お願いします」

 

 

 

そしてここに来れる時は大抵皆さんの演奏を聞いての感想を言うようになっていた。

初めてお嬢様に連れられて来た時にも同じように感想を言ったところそれがとても良いアドバイスだったらしい。それからというものの僕は彼女たちのコーチのようになっていた。楽器を触った経験がないというのにどうして的確に指示ができるのかは未だに謎だけど。

 

それから途中で休憩をはさみつつ約3時間練習をした。

終わった後花音様はクタクタのようで壁にもたれ座り込んでいた。美咲様も同じようにしている。美咲様に関しては練習の疲れというよりはお嬢様の相手をした疲れだろう。はたから見ててもぶっ飛んだことをしていたし、どうしてパフォーマンスにバク転を取り入れようとしているのか。危ないと思ってくれないとこちらもフォローのしようがない。

 

 

 

「お疲れ様です。花音様、美咲様。これどうぞ」

 

 

 

途切れ途切れのお礼の言葉を聞きながら僕は水とタオルを差し出した。

 

 

 

「そうだみんな聞いて!」

 

 

 

この2人とは対称的にまだまだ元気なお嬢様が声を張った。そんなハイテンションじゃなくても聞こえますって。むしろその元気で彼女たちを気遣ってほしい。

 

 

 

「来週合同合宿をすることが決まったわ!」

 

「ご、合同合宿!?」

 

「ず、ずいぶん急だね…」

 

 

 

唐突に何言ってるの僕の主は。来週合宿って急に言われても準備とか色々あるし無理でしょ。こういうの普通前もって言わない?せめて1か月前とかにさ。

そのせいで美咲様がだいぶ元気になりましたけど。

 

 

 

「合宿?楽しそう!」

 

「それはいいね!どこでやるんだい?」

 

 

 

わー。バカが2人。

 

 

 

「いや急だから!楽しい楽しくない云々じゃなくてみんなの予定考えてから言いなよ!あたしその日バイトだし!」

 

「それは大丈夫よ!黒服の人に相談したら全員のスケジュールを開けてくれたわ!」

 

 

 

おい黒服何してるんだよ。人様のスケジュールを人様の知らない所で勝手に書き換えるなよ。いくらお嬢様の要望だからって本気出すな。せめてみんなと相談してからにしろ。

美咲様頭抱えてるだろ。

 

 

 

「場所はパパが持ってる別荘の一つよ!」

 

 

 

旦那様も絡んでるのか。確かにお嬢様はかわいらしい娘さんです。それに関しては何も文句はありません。ですがちょっと甘すぎやしませんか。貴方が命令しちゃったらそれ動くは黒服も。

 

 

 

「お嬢様。合同合宿ということは他にもどなたかが参加されるんですか?」

 

「そうよ!ポピパにロゼリアにアフターグロウにパスパレも参加するの!」

 

「前3つはともかくパスパレまでって…」

 

 

 

美咲様言いたいことはわかります。おかしいですよね。千聖様のスケジュール完璧に抑えられるって。

 

 

 

「そ、蒼夜さん!蒼夜さんも当日合宿にいますよね!?いてください!!」

 

 

 

美咲様の質問、いやこの場合は懇願というべきか。に僕は首を横に振った。

 

 

 

「すみません。その日は1日旦那様のお手伝いをしなければいけないんです」

 

「それじゃあ来週の合宿楽しみましょう!」

 

 

 

美咲様は今にも泣きだしそうだった。

 

それを見て決意する。

旦那様に頼み込んで仕事が終わり次第合流させてもらおう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 



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捜索5

 

 

 

「合宿、ですか?」

 

「ええ。弦巻さんのお父さんの別荘で来週やるそうよ」

 

 

 

土曜日のバンド練習が終わると来週行われるという合宿の話をされた。来週の土曜日と日曜日の2日間、弦巻家の別荘で行われるらしい。

その日には普段から使っているドラムやキーボードの手配はもちろんのこと全部屋に防音設備が整っており敷地内には温泉もあるとのこと。正直別荘というかホテルだと思う。さすがは弦巻家と言ったところかしら。

 

 

 

「参加するのは私たちRoseliaの他にPoppin'Party、Afterglow、ハローハッピーワールド、Pastel Palettesも参加するそうよ」

 

「へぇー。パスパレも参加するんだ」

 

「じゃあおねえちゃんもいるんだ!ちょー楽しそう!」

 

「ひ、人が…いっぱい」

 

 

 

一人は意外そうな声を上げ、一人は心を躍らせ、一人は少々怯えている。それぞれの反応を見せているもののみんなやる気に満ち溢れていた。私だって例外ではない。5バンド集まるってことはギタリストもその数以上にいる。何度かお会いしたことがあるとはいえギターの腕がどの程度のものか把握しているわけじゃない。負けてられないわ。ギターが上手いのは日菜だけじゃないのだから。燃えてきたわ。

 

 

 

「私、スタジオの延長お願いしてくるわね」

 

「お、紗夜やる気だねー」

 

「当たり前でしょ」

 

 

 

自然と口角が上がる。まさか私が他のバンドとの練習をするのに舞い上がるなんて思っていなかった。

少し前の私だったらきっと興味を持てなかったかもしれない。これはつまりバンドに入って色々な人と関わって変われたってことよね。

Roseliaに入れてくれた湊さんには感謝しなきゃ。

 

 

 

「なら私も残るわ。元々延長しようと思っていたし一緒にやりましょう」

 

「あこもやりたいです!」

 

「わ、私も、いいですか…?」

 

「ちょっとみんなー?明日も練習あるってこと忘れないでねー」

 

 

 

結局今日の練習と同じ時間やってヘトヘトになったのは言うまでもなく、でもその練習はここ最近のどれよりも笑顔でやれたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

「紗夜さん、何かいいことありました?」

 

 

 

練習が終わり私は桐谷家に訪れた。出てくれたのは撫子さんではなく奏ちゃんだった。

なんでも撫子さんは今小学生組を公園に連れて行っているそうで家の中には奏ちゃんたち中学生組だけ。つまり私も含めた4人しかいないわけだ。

それなら今日は帰ろうかと思っていたら奏ちゃんに引き止められた。私のギターが聞きたいからいてほしいと言われてしまっては帰れまい。他の2人も賛成のようだった。

リクエストを聞いて弾くこと約10分。そんな質問が奏ちゃんから飛び出した。唐突な質問に私は首を傾げる。

 

 

 

「どうしてそう思うの?」

 

「なんか今日の紗夜さんいつもより楽しそうに弾いてるので。春樹(はるき)(れん)もそう思うでしょ?」

 

「ああ。紗夜姉ちゃん超楽しそうだぜ!」

 

「僕にもそう見えるよ」

 

 

 

まさか合宿に対する思いがここでも溢れているなんて。まあ別に悪いことでもないし隠す必要はないわよね。

 

 

 

「来週バンドのメンバーと合宿するのよ。それが楽しみで」

 

「合宿!?いいなー俺も1回やってみたい!」

 

「遊びに行くんじゃないんだよ?わかってる?」

 

「わ、わかってるよ!」

 

「来週のいつ行くの?」

 

「土曜日と日曜日よ。だから来週はここには来れないわね」

 

 

 

私がそう言うと3人はわかりやすく落ち込んだ。犬だったら耳も尻尾も垂れ下がってることだろう。そんなところも可愛くて仕方ないのだけれど。

 

 

 

「だから今日は一緒に楽しみましょうか。来週の分まで」

 

 

 

私の言葉にパァッと表情が明るくなる。それに一度笑顔を見せて私はギターを弾き直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた合宿当日。運命の再会をすることになるのをこの時の私はまだ知らない。

 

 

 

 

 




今回は短めです。

コメントと評価ありがとうございます!!


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捜索6

合宿当日。5バンドが合宿所に集まり午前練と午後練をした。

 

 

午前練は主にグループ単位の練習。

1バンドずつスタジオに通されてそこで練習をしたのだけど、ここはスタジオじゃないのか疑った。

シンバルやシンセサイザーを替えてみたいと宇田川さんたちが言えば黒服の人たちが持ってきてくれて、しかもそれがなかなかにいい音をしていた。それならと私たちも色々試して大満足の練習時間だったと言える。

正直毎日ここで練習したいくらいだ。

 

 

そして午後練はバンドシャッフルで行われた。

分け方はクジ引き。バンドのボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードがそれぞれ集まってクジを引きその番号でチームを作る。これはクリスマスにCIRCLEで行う合同ライブのバンドメンバーにもなるらしい。そんな適当な決め方でいいのかと思ったがみんな賛成していたので何も言わなかった。

 

 

私のメンバーは美竹さん、牛込さん、宇田川巴さん、若宮さんだ。学校はバラバラではあるものの私一人だけが年上。他のメンバーはそれぞれ交流があるのだろう。集まって何やら楽しそうに話していた。

私は性格も性格なため近寄りがたいのだろうか。4人が仲良さそうなのが少し羨ましい。

 

 

 

「あの、紗夜さん。紗夜さんもこっち来てくださいよ」

 

「‥‥紗夜さんのアドバイスも聞かせてほしいです」

 

「え、あ、はい」

 

 

 

宇田川さんに呼ばれ輪の中に入る。私もいていいのか聞けば「紗夜さんもここのチームでしょ」なんて笑われてしまった。こういうのは慣れていないんだからそう言われてもという感じだ。

 

宇田川さんの気遣いと若宮さん、牛込さんの優しい微笑みに美竹さんの不器用なりの歓迎もあって仲良くさせてもらっている。後輩に気遣われたことに申し訳なくなるも、とてもありがたかった。

他のバンドも上手くばらけたように見える。まあ、奥沢さんと市ヶ谷さんが大変だろうというのは想像はできるけど。

 

 

私たちは新チームなのでまだ曲がない。だからまずはどういうコンセプトにするかを決めることになった。

話し合いの末、宇田川巴さんと美竹さん、そして若宮さんの強い意志により「和ロック」。牛込さんと私は異論はなかったのでそれに決定した。

作詞は曲ができてからにすることになり作曲に取り掛かる。Roseliaとは違った空間での曲作りは充実していて楽しかった。

 

 

 

「宇田川さん、ここなんですけど‥‥」

 

「紗夜さん。宇田川さんだとあこと被っちゃうので巴でいいですよ」

 

 

 

巴さんたちメンバーとの距離が縮まったのは言うまでもないことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

練習終了後私たちは1つの部屋に集められていた。なんでもこの別荘の設備の説明をするらしい。25人が同じ部屋にいるというのに暑苦しさも圧迫感もないのはそれだけ部屋が大きいからだろう。

一度ここに来たことのある松原さんたち曰く部屋には全て鍵が付いていて一人部屋二人部屋があるとのこと。ホテルだと思ったのは私だけではないはずだ。

 

 

まだ話し合いが始まりそうになかったためカバンの中から水と取り出しキャップを開けた。

 

 

 

「こころ。いつになったら説明始めるの?」

 

蒼夜(・・)が来てからよ!」

 

「え…」

 

「蒼夜くん来るの?やったー!」

 

「や、やっと解放される…」

 

 

 

水を飲もうとした時耳に入った言葉に私は自分の耳を疑った。

 

そうや。

 

確か彼女たちはそう言っていた。思いもよらない名前に私は固まってしまう。

いやでも彼女たちの言うそうや(・・・)と私の知り合いの蒼夜(・・)が同一人物なわけがない。だってそうだとしたらこんなところにいるはず…

 

 

 

「紗夜?どうかしたの?」

 

「あ、いえ、なんでもないです」

 

 

 

今井さんの不思議そうな顔から目を逸らし私は水を一気に煽った。

 

 

 

「蒼夜!やっと来たわね!」

 

「すみませんお嬢様。遅くなってしまって」

 

 

 

扉の開閉音の後に弦巻さんと男の人が会話しているのが聞こえる。

弦巻さんが呼んだ名前はそうや。振り返って見ればそこにいた人物は私を狼狽させるには十分だった。

 

 

 

手から力が抜けて持っていたペットボトルを落としてしまう。まだ半分ほど残っていたそれが床に水たまりを作った。

今井さんが焦ったように何か言っていたけれどその声を気にすることはできなかった。

 

 

目の前に現れた黒髪から目が離せない。知っている姿に昔から聞き覚えのある声。そして何より胸元の三日月(・・・)。ここまで条件が揃っていて間違えるはずがない。

 

 

 

「それじゃあ」

 

「蒼夜。貴方蒼夜よね」

 

 

 

止まっていた針が動き出した。

 

 

 

「はい。そうですが…」

 

 

 

肯定の言葉に私は目頭が熱くなった。

 

あぁ。やっと見つけた。それが第一に思ったこと。

これで撫子さんたちの日常も私の日常も元通りに…。

 

 

 

「貴方はどちら様でしょうか。お会いしたことありましたっけ?」

 

「……は?」

 

 

 

彼が何を言っているのか理解できなかった。

 

 

どちら様?

お会いしたこと?

何の冗談だ。あんなに仲が良くて告白(・・)だって!

 

 

 

「紗夜です!氷川紗夜!覚えてないわけないですよね!?」

 

 

 

声が大きくなってしまう。

彼はたまに冗談を言うことがあったがこの冗談はタチが悪すぎる。

 

「ごめん。紗夜を驚かせたくて」って言って。

昔みたく笑って誤魔化して。

そのあとにギュッと抱きしめて。

 

ねえお願い。困惑顔で見たりしないで。

 

 

 

「…氷川紗夜という名前に覚えはないのですが、僕たちどこかでお会いしていましたか?」

 

「ッ!?」

 

 

 

限界だった。目から涙が溢れてくる。

 

口調は知らない人。一人称も変わっていた。私のこともキレイさっぱり忘れている。

その事実が私の胸に深く突き刺さった。

 

 

耐えきれなくなって部屋から逃げ出す。

日菜らしき声が聞こえた気がしたけど全て無視した。

 

 

 

 

 

 



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捜索7

「待って!おねーちゃん!」

 

 

 

走り出したおねーちゃんを呼ぶ。けどそれに効果はなくて部屋から出て行ってしまった。

あたし以外のメンバーは困惑したような表情をしていた。おねーちゃんを泣かせた蒼くんも例外じゃない。

 

あたしはそんな蒼くんに腹が立っていた。もちろん泣かせたからってのもあるけどそれだけじゃない。

 

 

 

確かに驚いたよ君が現れた時は。

嬉しかったよやっと見つかったから。

泣き出しそうだったよ本当に。

 

 

 

けど君の言葉で引いちゃった。

 

なんで覚えてないの。

あたしならともかくおねーちゃんのことをなんで。

告白(・・)しといて!

 

 

 

「蒼くん!!」

 

「っ!?」

 

 

 

あたしは彼の胸倉を両手で掴んだ。彼の方が身長が高いから前屈みになってギョッとしている。

その顔にすらムカついた。

 

 

 

「どういうつもり!おねーちゃんにあんなこと言って!」

 

「あ、あんなことって」

 

「とぼけないで!あの冗談は笑えない!」

 

「冗談?何の話ですか。僕は本当のことを」

 

 

 

何の話?本当のこと?それが戻ってきて最初の言葉?なにそれ

 

 

 

「ふざけないで!ちゃんと本当のこと言って!」

 

「言ってます。なのに何が不満なんですか」

 

「っ!いい加減にしてよ!蒼くんがおねーちゃんのこと覚えてないわけない!胸元のペンダントが何よりの証拠でしょ!?自分であげといて忘れたなんて言わせない!!」

 

 

 

普段は温厚な性格だと思ってるけどこれにはさすがにキレた。

蒼くんがいなくなってからもおねーちゃんはどうしようもないほど蒼くんを好きでいるのに。なのになんでこいつは!

 

 

 

「知らないものは知らないですよ」

 

 

 

その一言にプツンと何かが切れた。

え、何その適当な返し。君にならって、思ってたのに。

 

あたしは蒼くんを地面に叩きつけた。軽く悲鳴が聞こえた気がしたけど気にしてる余裕はない。

 

 

 

「もういいよ。こんだけ言っても知らないフリするなんて。君におねーちゃんを任せたのは間違いだったみたいだね。昔からずっと一緒で信用してたのにこんなところで裏切られるとは思ってなかったよ。最低だね」

 

 

 

あたしは座り込む蒼くんにそう吐き捨ててこころちゃんの元に向かう。大声出したせいかなみんなの視線が刺さる。

 

 

 

「ねえこころちゃん。部屋の鍵、貰っていいかな。できれば二人部屋がいいんだけど」

 

「ええ!もちろんいいわよ!それなら日菜と紗夜は同じ部屋ね!」

 

「うん。そうしてもらえると助かるよ」

 

 

 

室内に広がる空気感とこころちゃんの声は完全にミスマッチだった。まるで場の雰囲気がわかってないみたい。

黒服の人から鍵を受け取りあたしは扉を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

走る走るひたすら走る。日も落ち暗闇の森の中を当てもなく。まるで彼から逃げるように進んで行く。

もう別荘から何十kmも離れている気がしていた。視界がぼやけているせいで何も見えないし足を止められないことが不思議で仕方ない。

 

 

 

「きゃっ!」

 

 

 

何かに躓いて転んでしまう。勢いがあったため受け身なんて取れなくて打ち付けた所がジンジン痛んだ。

その場で小さく蹲る。

 

 

 

蒼夜、どうして口調と一人称が変わっているの。

ねえ、どうして笑いかけてくれないの。

教えて、どうして私のことを知らないみたいな態度を取るの。

 

 

 

私が、貴方を事故に遭わせてしまった(・・・・・・・・・・・)から?

 

 

 

『当たり前だろ?むしろそれ以外に何があるっていうんだよ』

 

「っ!?」

 

『お前なんか忘れたいくらい大っ嫌いなんだよ』

 

 

 

そんな言葉聞きたくない。

私を蔑む目なんて見たくない。

もう何も考えたくない。

 

 

 

それなのに身体は言うことを聞いてくれない。

私を苦しめるようにあの日が鮮明に思い出される。家で映画を見るような手軽さで過去は再生された。

 

 

 

 

耳を塞いでも目を瞑っても他のことを考えても。音が映像が会話一つ一つが私を責める。

私はこの時間(過去)が怖くて辛くて苦しくて悲しくて痛くて死にたくなるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 






みなさんたくさんの評価とコメントありがとうございます!!




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捜索8

 

 

 

どこ、どこにいるのおねーちゃん!

別荘内は全部探したはず。それなのに見つからないってことはもう別荘外にいるってことだ。玄関を開け外に出る。そこはすでに真っ暗で何も見えない。この先にあるのは森だけ。スマホも持たずに飛び出したおねーちゃんがこの中に入って行ったのなら動けずにいる。早く助けないと。

 

あたしはスマホのライトを付け森の中へと駆け出した。

 

 

 

「おねーちゃん!どこにいるの!」

 

 

 

何度も何度も呼び掛ける。だけど返事はない。

それにこの頼りない光だけじゃお姉ちゃんの姿を探すことは困難でしかなかった。

 

 

 

「‥‥‥‥っ!うそでしょ」

 

 

 

さらに追い打ちをかけるように雨が降ってきた。受けている限りかなりの大粒。

 

まるであの日(・・・)みたいな天気の変化に唇を噛んだ。

神様って人がいるなら、だいぶ意地悪だね。

 

 

 

「っおねーちゃん!おねーちゃん!!」

 

 

 

大きな声で森の中に響くように。その考えは雨にかき消された。

こんなことなら黒服の人にでも手伝ってもらうんだった。今更後悔が募る。けど反省してる暇はない。早くおねーちゃんを見つけ出さないと、また繰り返しちゃう。

 

あの衝動(・・)は絶対ダメだ!

 

 

 

「‥‥さ‥‥‥‥めん‥‥‥‥い‥‥」

 

「‥‥!」

 

 

 

確かに聞こえた微かな声。その声に引き寄せられるように移動する。

そこにいたのはあたしがずっと探していた人だった。

 

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい_________」

 

 

 

地面に蹲ってうわごとのように呟かれる言葉。いつもみたいなクールさも冷静さもない。怒られた子供の様に繰り返し謝っていた。けど声は魂が抜けたかのよう。そんなお姉ちゃんの身体を起こす。おねーちゃんはあたしのことに気づいていないのか謝罪の言葉を繰り返すばかり。目を見てもくれない。聞くに堪えなくてあたしはおねーちゃんを抱きしめた。

 

 

 

「‥‥大丈夫だよおねーちゃん。あたしがずっと、側にいるから」

 

「‥‥‥‥‥‥ほんと?」

 

 

 

やっと目が合った。

よかった。まだ大丈夫だ。あの衝動(・・)まで達してない。

 

 

 

 

「ほんとだよ。おねーちゃんが望むならずっと隣にいてあげる」

 

「‥‥よ、かった‥‥‥‥」

 

 

 

苦しそうに笑うおねーちゃんに胸がズキズキ痛んだ。そんな風に、笑わないでよ。その顔が見たくなくてあたしはおねーちゃんを背負った。

背負っているせいでおねーちゃんに雨が当たってしまうけどさすがのあたしもおねーちゃんをお姫様抱っこできるほど筋力はない。スマホのライトは胸ポケットに入れているけど意味ないだろう。とりあえず早く別荘に戻らなければ。おねーちゃんが風邪ひいちゃう。道がどんなに入り組んでても覚えられる人間でよかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「日菜!?紗夜!?」

 

 

 

別荘の玄関を開けばそこにはリサちーと友希那ちゃんがいた。全身びしょ濡れになっているあたしたちに目を見開いていた。

走ったせいで乱れた息を整えながら思う。丁度いい手伝ってもらおう。

 

 

 

「なんでそんなに濡れて!ていうか紗夜どうしたの!?」

 

「話は後だよ。リサちー、あたしのポケットから鍵取って。その部屋まで案内して」

 

「わ、わかった!」

 

 

 

リサちーたちの案内の元部屋にたどり着いた。おねーちゃんをベッドに寝かせ季節に似合わない暖房をつけた。バスルームに置かれていたタオルで身体を軽く拭いていく。まあお風呂に入らないと意味なんてないんだけどね。

 

 

 

「日菜」

 

「‥‥何?あー、ありがとね手伝ってくれて」

 

「なんでずぶ濡れで帰ってきたの。紗夜に何があったの」

 

 

 

 

なんて言えばいいのさ。おねーちゃんの抱えているのことをあたしが勝手に話していいものなのかな。ううん。そんなわけないよね。大体おねーちゃんが望んでるはずない。

 

 

 

「‥‥なんでもないよ。だから2人は部屋に戻って」

 

「戻ってって‥‥この状況見て戻れるわけない」

 

「おねーちゃんならあたしが見てるから安心して」

 

「そういう問題じゃない!こころの知り合いに会った瞬間様子がおかしくなったのわかってて放っておけないよ!」

 

「‥‥‥‥心鬼にしてでも放っておいて」

 

「日菜!」

 

「っ!どうせ話したって何も解決しない!」

 

 

 

怒鳴るつもりなんてなかったのに。どうしてあたしは、余裕がなさ過ぎて嫌になる。解決策を見出せない自分に、他人に心配をかけてしまっている自分に、腹が立って仕方ない。

ごめん、あたしたちの力になりたいってことはわかってるよ。だけど、だからこそ話したくないから。

 

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥お願い、この件には関わらないで」

 

 

 

懇願した声は震えていた。どんどん小さくなっていく。

 

 

 

「‥‥リサ、行きましょう」

 

「え、ちょ、友希那!」

 

「紗夜のことは日菜に任せましょう。私たちの出る幕じゃないわ」

 

 

 

空気を読んだ友希那ちゃんがリサちーを連れて部屋から出て行ってくれた。今日は友希那ちゃんに助けられたよありがとう。

 

 

視線をベッドに向ければあたしのことを捉える双眼。それに少なからず驚きつつベッドに近づいた。

 

 

 

「おねーちゃんいつの間に起きてたの?」

 

「‥‥日菜、気持ち悪いわ。お風呂に入りたい」

 

「うん。今準備してくるね!」

 

 

 

そう思ってお風呂場に行こうとすると腕を掴まれた。訳が分からずおねーちゃんを見つめていると何を思ったのか抱きしめられた。突然のことに動揺が隠せない。

 

 

 

「おおおおおおねーちゃん!?どうしたの!?」

 

「‥‥日菜も、濡れてる‥‥?」

 

「そ、そうだね。濡れてるかも」

 

 

 

何そのあいまいな返事。服が肌にくっついて気持ち悪い。

 

 

 

「‥‥なら一緒に入りましょう」

 

「‥‥‥‥へ」

 

「このままじゃ風邪引くわ」

 

 

 

 

え、あ、は、マジですか?

おねーちゃんにこんなこと言われる日が来るなんて。人生何があるかわからないね。

というかあたしが立ってる分見下す形になってるから上目遣いされてるように見えてその上優しい声なんて聞いて断れるわけないじゃん。

 

 

そもそも断る気はさらさらない。

 

 

 

「わかった。一緒に入ろっか」

 

 

 

おねーちゃんの手を掴んでお風呂場まで移動。お湯を張りおねーちゃんが服を脱いでいる間に着替えを用意する。それを持ってお風呂場に戻れば全裸のおねーちゃんがいた。いや当然なんだけどね。あいかわらずのスタイルの良さに目のやり場に困ってしまう。姉妹だから緊張する必要もないはずなのに心臓がうるさかった。お互いに成長したからだろうか。

あたしも服を脱ぐ。張りついていた服がなくなり空気が冷たく感じた。

 

久しぶりにおねーちゃんの髪を洗う。こんなの小学生以来だ。無邪気だったあの頃を思い出し、少し羨ましいと思った。

あの頃のおねーちゃんは笑顔の絶えない子だった。だから憧れたしおねーちゃんのやってることは輝いて見えたからなんだって真似した。それがまさか姉妹の仲を引き裂く要因になるとは今よりもっと子供だったあたしは全く思っていなかったけど。

でもまたこうして仲良くできてあたしは嬉しい。おねーちゃんも同じだといいな。

 

 

身体を洗い湯船に入る。二人で入っても広いとは、さすがは弦巻と言ったところか。

あたしの足の間におねーちゃんが座る。もたれかかる身体を支えるようにお腹に腕を回した。

 

 

 

「こんな風に入るの久しぶりだね」

 

「‥‥そうね」

 

「昔はおねーちゃんが抱きしめてくれたよね。懐かしいなー」

 

「‥‥そんなこともあったわね」

 

 

 

遠い記憶ではあるけどあの時のあたしたちは笑いあっていたはずだ。

なのに、どうして今は笑いあうことができないんだろう。

何もかもが変わってしまったみたいでおねーちゃんも蒼くんも遠くなってる気がする。

 

 

 

「‥‥日菜」

 

「ん?どうしたの?」

 

「私、日菜が妹で本当によかったわ」

 

「え、ほんとにどうしたの?」

 

 

 

いきなりすぎる告白に戸惑いが隠せない。おねーちゃんがあたしに向かってそんなこと言うなんて想像してもみなかった。けどやっぱり嬉しいことに変わりない。

 

 

 

「‥‥言わないと伝わらないかもしれないから」

 

 

 

おねーちゃんらしい言葉につい頬が緩んだ。腕の力を強くして抱きつく。すぐ解かれると思ったがそんなことはなくしばらくそのままでいるのだった。

 

 

 

 

温まった心と身体に暖房は必要ない。電源を切り同じベッドに横たわる。

あたしが笑えばおねーちゃんも笑って。仲の良い証拠に思えてとっても幸せだった。

 

 

 

「ねえおねーちゃん」

 

「何かしら」

 

「あたしもおねーちゃんがおねーちゃんでよかったよ」

 

「‥‥知ってるわ」

 

 

 

「おやすみなさい」の声に「おやすみ」と返して静かに目を閉じた。おねーちゃんの体温が伝わってきて暖かい。

今日はいい夢が見れそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けど、よく考えてみればおかしなところだらけだった。

 

 

蒼くんのことで辛くなった時、今までのおねーちゃんはここまであたしと一緒にいただろうか。

お風呂に雑談、告白に添い寝まで。まるでできなかったことを一つずつ終わらせてるみたいな。

 

 

 

 

あたしはまんまとおねーちゃんの策略にハマっていた。

おねーちゃんの衝動(・・)は収まってなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた翌日。

 

 

 

 

 

おねーちゃんが消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






更新がだいぶ遅くなってすみません。
バイトに入試と忙しかったので…。
頑張って更新していきたいと思います。



評価とコメントありがとうございます!



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捜索9

 

 

 

午前八時。アタシたちは別荘の食堂スペースに集まっていた。理由は十時から午前練習をするため各々食事を取っていた。

ただその中に紗夜と日菜の姿はない。頭では昨日の日菜が忘れられずにいた。

 

 

苦しそうに呟かれた言葉。自分ではどうしようもないと言いたげで見ているだけで辛かった。

 

そしておそらくその二人の調子を狂わせているこころの隣に座っている元凶、桐谷蒼夜は一体何者なのか。

日菜の発言的には幼なじみっぽいけど本人たちの行動的には初対面って感じだった。

どっちが正しいんだろ。どっちも本気で言ってるように見えたし。うーん、考えてもわからない。

 

 

 

「リサ姉、どうかしたの?」

 

「え?」

 

 

 

名前を呼ばれてハッとする。いつの間にか俯いていた顔を上げると目の前に座っていたあこと燐子が心配そうにアタシを見ていた。

 

 

 

「あ、いや、なんでもないんだよ」

 

 

 

とっさに普段通りに振る舞おうとすれば隣の友希那が口を開いた。

 

 

 

「紗夜と日菜のことでしょ。隠さなくていいわ」

 

「‥‥まあそれもそうだね」

 

 

 

多分昨日のことをみんな気にしているのだろう。誰も口にはしてないけど。

 

 

 

「あこ、びっくりしちゃいました。紗夜さんが泣いていたこともだけど、日菜ちゃんがあんなに怒ってるところなんて初めて見たよ‥‥」

 

 

 

正直アタシも初めてだ。前にペンダントのことで怒っていたのとは度が違う。怒鳴った挙句人を地面に叩きつけるなんて。優しい日菜の意外過ぎる行動にその場の誰もが驚いていた。彩と花音とりみは悲鳴あげてたし。

 

 

 

「桐谷さんと氷川さんたちの間には一体何があったんでしょうか‥‥」

 

「わからないけれど、このままにしておけないことだけは事実ね」

 

 

 

友希那の言う通り。このままじゃ絶対ダメだ。二人と蒼夜のこと、知らなきゃ向き合えない。

 

 

 

「‥‥アタシ、日菜が来たら」

 

「おねーちゃん!!」

 

 

 

日菜が来たら聞いてみる。

その言葉は全て言い切ることができなかった。

 

バァン!と大きな音を鳴らした扉の方に全員の視線が釘付けになっていた。

 

 

 

「ひ、日菜ちゃん?どうかしたの?」

 

「千聖ちゃん!ここにおねーちゃん来てなかった!?」

 

「紗夜ちゃん?来てないけど‥‥」

 

 

 

Tシャツに短パンというラフな格好の日菜は焦っているようで落ち着きがなかった。

 

 

 

「紗夜さんならさっき見ましたよ」

 

「っ!どこで!どれくらい前に!?」

 

「え、ええっとあたしが見た時は玄関にいました。時間は30分くらい前だと思います」

 

「紗夜はきっと海に行ったんだわ!とってもキレイだもの!」

 

 

 

美咲の言葉に切羽詰まった顔は変わらない。が、こころの言葉に日菜は青ざめていた。その目は信じられないとでも言いたげだ。

 

 

 

「う、み‥‥?近くに海が、あるの‥‥?」

 

「ええ!ここから40分くらいで着くわよ!」

 

「どこにあるの!?」

 

「うーん、あっちらへんよ!」

 

「それじゃわかんない!正確な場所教えて!!」

 

 

 

どうして日菜がここまで焦っているのかわからない。こころの曖昧な発言に噛みついているところなんて初めて見る。

 

 

 

「海なら森を抜けた先ですよ。あと共同スペースで騒ぐのはやめていただけますか」

 

 

 

それに水を差したのは蒼夜で静かに日菜の肩に手を置いていた。日菜はその手を振り払う。

 

 

 

「元はと言えば蒼くんが悪いんだよ!他人事みたいな態度取らないで!」

 

「昨日も思っていたのですが僕と貴方達は初対面ですよね?それなのにどうして」

 

「ッ!もういいよ!」

 

「待ってください。話はまだ終わってません」

 

 

 

食堂を去ろうとする日菜の手を蒼夜は掴む。必死に振り解こうにも男女の差は目に見えていた。

 

 

 

「離して!お願いだからおねーちゃんのこと探しに行かせて!時間がない!」

 

「時間ならいくらでも」

 

「早く行かなきゃ、おねーちゃんが死んじゃう(・・・・・・・・・・・・)!」

 

 

 

日菜の一言に全員が絶句し動けなくなる。ただ手を解いた日菜だけは走り出していてその後を追うようにアタシたちも食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

走れ!走れ!もっと速く!今ならまだ間に合う!お願い間に合って!!

昨日も入った森の中を全力で走る。明るいから何かに躓くことはない。歩いて40分ならあたしのスピードで行けば10分以内で着く。いやそうじゃないと困る。こんなところで死なれるわけにはいかない。

 

 

安心してた。あたしが少しでもおねーちゃんの心の中に住んでると思ってた。

けど違ったんだ。あたしはおねーちゃんの心に住めてなんていなかった。

昨日の会話だってお別れの挨拶(・・・・・・)だったに違いない。どうしてあたしはそれを見逃してたの!

 

唇をグッと噛みしめた。零れる涙が視界を曇らせていく。

 

ダメだよおねーちゃん。

あたしと同じステージに上がって見せるんでしょ。それまでギターはやめないんでしょ。

約束破るなんて許さない。そうなったらあたし後追いするよ。だからお願い。

 

 

あたしたち(姉妹)を殺させないで。

 

 

森を抜ければ蒼くんの言葉通り海が広がっていた。こんな状況じゃなければキレイだと思ってたのに、今は人殺しの道具に見えてしまう。

周りを見渡せば岩山みたいな所におねーちゃんが立っていた。

かっこいい凛とした雰囲気はない。あるのは死を感じさせるものだけ。

 

 

 

「おねーちゃん!!!」

 

 

その後ろ姿に呼び掛ける。

振り返った彼女は一度目を見開いて、けどすぐに優しい顔になった。

 

 

 

___やめて、そんな顔で見ないで。

 

 

 

口元がその4文字を形作る。

 

 

 

___いやだ、いやだよお別れは。

 

 

 

身体が後ろに傾いた。

 

 

 

___お願い行かないで(逝かないで)

 

 

 

 

 

必死に伸ばした手は空を掴む。時が止まった。

また、あたしは大切なものを無くして‥‥。

横から続いて飛び込んだ影に驚く。

 

ドボン!という音が2つあたしの耳に届いていた。

 

 

 

 

 



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捜索10

 

「それでは蒼夜。あとは任せます」

 

「はい」

 

 

 

別荘の一室。目の前で眠る彼女の着替えを済ませた黒服の女性(名前は人数が多すぎて覚えていない)は部屋から出て行った。

部屋には俺と氷川紗夜の2人だけ。

とりあえずベッドの真横に設置した椅子に腰をかけ彼女を見つめる。

 

 

 

綺麗だと思った。

整った顔は誰が見ても美人だと言うだろう。普段はキリッとしているという目もクールな表情もない。あるのは子供のようなあどけない寝顔。

 

 

 

「…かわいいな」

 

 

 

つい緩んでしまう頬を直す。そして彼女の頭に手を伸ばした。

肌ではない感触。額に皺が寄ったのがわかる。

 

可愛らしい寝顔に似合わない包帯。それは数十分前に巻かれたものだった。

 

 

 

 

 

 

「おねーちゃんが死んじゃう!」

 

 

そう言ったのは氷川紗夜の妹、氷川日菜だった。

血相を変えて出て行く彼女を追いかけ辿り着いたのは海。氷川日菜の予想通りそこに氷川紗夜はいた。

ただ普通ではなかった。見ればわかる。とてもフラフラしていた。

崖の上で海を前に薄く笑って、何もかも諦めたような顔をして。

 

 

気が付けば走っていた。手を伸ばしていた。身体の傾く紗夜の後に続いて海に落ちる。

青いはずの海は赤かった。理由はすぐにわかって力なく沈む彼女を引き上げ岸に向かって泳ぐ。

変な落ち方をしたのか身体がヒリヒリしていた。

岸に上がり紗夜を抱き抱えれば既に黒服達が待ち構えていた。どうやら俺たちの騒ぎを聞きつけていたらしい。タオルやらなんやら応急処置するための道具を揃えていた。

 

 

お嬢様たちはというと、狼狽して泣きそうになっていた。日菜も遠くから同じようにしている。

当たり前か。バンドのメンバーが、友達が、先輩が、姉が、こうなっているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして俺は、氷川紗夜を助けたんだろう」

 

 

 

それは心からの疑問だった。

確かに氷川紗夜は死にそうに見えたし実際飛び降りた。

だけど俺はそれだけの理由で人を助けるようなやつだったか?崖から飛び降りたら危険なことくらい理解している。現に目の前の彼女が怪我をしているし。下手したら本当に死んでいたかもしれない。

 

 

なのにどうして俺はそのリスクを背負ってまで飛び降りた?

 

 

相手は今日会ったばかりの女の子。命をかける必要性なんて…

 

 

 

「やっぱりどこかで……お前は俺のことを知っているのか…?」

 

 

 

彼女と以前会った記憶はない。

けど日菜と紗夜の言動に胸元で光るペンダントがそれを否定する。

 

 

昔の記憶がない(・・・・・・・)俺からすればそれが何を指しているかわからないが。

 

 

 

「…なあ紗夜様、お前は俺のなんだって言うんだよ」

 

 

 

答えの出ない問いにため息をつく。

椅子の背に持たれ、壁にかかる時計の針を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




短めです。

コメント下さった方々ありがとうございました!!!!


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捜索11

 

 

あたしの前にはおねーちゃんと蒼くん以外の23人がいた。

バンドの練習はしていない。座っている者、立っている者、壁にもたれている者、様々だけどその全てが真剣な表情でこちらを見ていた。

 

逃げたくても扉を塞がれてて、正直どうしようかと頭を悩ませているところだ。

 

 

 

「ねぇ日菜。紗夜に何があったか教えてくれる?」

 

 

 

静かな空間を破ったのはリサちーだった。みんな固唾を飲んで見守っている。

 

海に身投げしたおねーちゃんは蒼くんに助けられた。ただ頭から血を流し意識がなかったから黒服と蒼くんが看病をしている。

それは別にいい。おねーちゃんが無事だったからそれで。問題はあの現場をここにいる全員に見られたこと。言い訳なんか、通るわけない。

 

 

 

「……何もない、って言っても信じてくれないよね」

 

「当たり前でしょ。何もなくて紗夜があんな、身投げみたいなこと…」

 

「日菜ちゃんは知ってるんでしょう。どうして紗夜ちゃんがああなったのか。そうじゃなきゃ『おねーちゃんが死んじゃう(・・・・・・・・・・・・)』なんて言うわけないものね」

 

 

 

リサちーと千聖ちゃんの声にあたしは黙った。

だってこれは人に話すようなことじゃない。みんなには関係ないことだからみんなを巻き込めない。

 

 

 

「……これは、みんなが解決できることじゃないんだよ」

 

「そんなの関係ない!いくらアタシたちが解決できない問題だからって苦しそうな友達を放っておけるほどアタシたちは鬼じゃないよ!」

 

「っ!」

 

 

 

もうほんと、リサちーはお人好しすぎる。自分に関係ない話題に首は突っ込まない方がいいって。

最後に苦しむのは誰よりもそういう人間(リサちー)なんだから。

 

 

けどそうだな。あたし、疲れちゃったからさ。

今全部吐き出したい気分なんだ。許可出てるみたいだし吐き出していいよね。

 

 

 

「……そこまで言うなら話してあげるよおねーちゃんの秘密を。だけど最初に言っておくよ。驚くのはいいけど絶対軽蔑しないでね」

 

 

 

コクリと首を縦に振るみんなを見て一度深呼吸。

 

そしておねーちゃん最大の秘密をぶちまけた。

 

 

 

「おねーちゃんは時々、自分を殺そうとする(・・・・・・・・・)んだ」

 

「………は」

 

 

 

誰が発したのかわからない困惑の声。それを気にすることなくあたしは続けた。

 

 

 

「今まで色々な方法で死のうとするおねーちゃんを見て来たよ。手首切ったり、首吊ろうとしたり、わざと車に撥ねられようとしたこともあったかな。身投げしたのは初めて見たけどね」

 

「ちょ、と待って!なんで紗夜がそんなこと!そんな仕草一度だって!」

 

「見てるわけないよ。だってみんなの周りには過去を思い出せるものがないから。あ、ペンダントは別だよ、普段から持ってるし」

 

 

 

まああれを見て昔を思い出すこともあるから絶対とは言えないんだけどね。

 

 

 

「…あの、ずっと聞きたかったんですけど。蒼夜さんと氷川先輩たちは一体どんな関係なんですか?」

 

 

 

控えめに聞く美咲ちゃんにあたしは答える。自嘲気味に、呆れたように。

 

 

 

 

「あたしたちと蒼くんは幼なじみ。そしておねーちゃんと蒼くんは恋人(・・)だよ」

 

 

 

 

息を呑む声が聞こえた。狼狽してる人もちらほら。

けど気にする必要はない。全て吐き出せと解釈した以上、我慢する理由はないだろう。

 

 

 

「とは言っても『付き合って』の言葉はなかったらしいから恋人って表現は少し違うかもしれないけど。まあどっちでもいいよねそんなことは。お互いに好き同士だったことが重要なんだし」

 

 

 

そのせいでおねーちゃんは苦しんでるけど。

 

 

 

「だが私たちは蒼夜からそんな話は一度も聞いたことがない。そもそも彼は弦巻の、こころの付き人ではないのか」

 

「…こころちゃん。こころちゃんが蒼くんのことを引き取る(・・・・)ことになったのって去年の夏でしょ。もしくは秋初め」

 

「そうよ。どうしてわかったの?」

 

「だって去年の夏の日、あたしたちは蒼くんたちと一緒に海にいたんだ。そしてその日、蒼くんはおねーちゃんを助けた代わりに、行方不明になった」

 

 

 

そうそれが悪夢の始まり。おねーちゃんの心を修復不可能までズタズタにした人生最大の出来事。おねーちゃんが苦しんでいる原因。

 

 

 

「それからおねーちゃん変わっちゃったんだ。笑わなくなったし自分の言いたいことは全部呑み込むようになった」

 

 

 

___嫌だったんだあたしは。

 

 

 

「おねーちゃんが何やっても楽しそうじゃなかったから。だから必死に声かけて、戻って来てほしかった。でもむしろ関係は悪くなっていく一方だった。けど最近は前みたいに仲良くできると思ってたのに、思い違いだったみたい」

 

 

 

何も変わってない。あたしの言葉は何も届いていない。結局あたしはおねーちゃんの心の支えなんかにはなれない。

今日で全て思い知らされたよ。おねーちゃんはずっと、蒼くんしか見てなかった。

 

 

 

 

「ねぇ、あたしたちのこと放っておいてくれないんでしょ?だったらお願い、誰でもいいから助けて。

 

 

おねーちゃんを、蒼くんを……あたしたちを助けてよ」

 

 

 

 

視界が歪む。俯くあたしをリサちーは抱きしめてくれた。

もう何でもいいかな。そう思って力を抜きリサちーに身体を預け目を閉じた。

 

 

 

 

 



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捜索12

 

 

 

「あ、あのさ、紗夜」

 

「何蒼夜」

 

 

 

その日は2人で孤児院で使う物の買い物に行っていた。私と彼の手には袋が一つずつ握られ、2人を挟むようにあった。2人の間にあったら蒼夜に荷物が当たるかもしれないと思っての判断。どうやら彼も同じことを考えていたらしい。

チラッと視線を向ければその距離は10cmほど。

触れられそうで触れられなくて、何も持っていない手はとても落ち着かなかった。

 

そんな時に呼ばれた名前に少なからず動揺する。

彼は数m後ろにいた。

 

 

 

「紗夜に渡したいものがあるんだ」

 

「渡したいもの?」

 

「うん。これなんだけど…」

 

 

 

差し出され真っ先に見えたのはシルバー。受け取り見れば三日月だった。

 

 

 

「……どうしたのこれ」

 

「知り合いにそういうの作れる人がいて作ってもらった。ちなみに俺とペアなんだ」

 

 

 

彼の胸元には同じものがあって、ペアという単語に少なからずドキドキする。

 

 

 

「どうして私に?」

 

「あー、えっと、その、なんだ…」

 

 

 

彼は空いている手で自身の頭を掻いた。

その頬は赤くなっていてちょっとだけ期待が膨らむ。

 

 

 

「さ、紗夜。今から言う言葉は一度しか言わないからちゃんと聞いてね」

 

「ええ」

 

 

 

胸が高鳴ってうるさい。

けど彼の声はやけにクリアに聞こえた。

 

 

 

「紗夜!」

 

「は、はい!」

 

「俺は、君が好きだ。ずっと隣にいてくれませんか」

 

 

 

声は上擦るし告白というよりは完全にプロポーズ。だけど真っ直ぐなその言葉が私は嬉しかった。それを口にしようとしたのだが緊張で上手く声が出なくて首を縦に振ることしかできなくて。ペンダントを両手でキュッと握る。

でも彼はそんな返事でよかったみたい。

荷物をその場に置き去りにして抱きしめられる。昔より明らかに大きくなっている彼の身体はものすごく温かかった。

 

 

 

「…ありがとう、受け取ってくれて」

 

「……私の方こそ、ありがとう」

 

「そのペンダント、俺だと思って大切にしてくれ」

 

「…そうするわ」

 

 

 

身体を離し私は荷物を置く。握っていたペンダントを着けた。

似合っている?と聞けば似合ってるよと返ってくる。

 

 

 

「帰るか」

 

「ええ」

 

 

 

荷物を持ち直し孤児院へ向かって歩き出す。

寂しかった手は隣に並ぶ彼の体温を感じて私の方からも力を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

目を開けば知らない天井。だるい身体に痛む額。

これは失敗した。崖から落ちた後誰かに助けられて運ばれてきたのだろう。ならここは別荘のどこかの部屋ね。

 

 

 

「……なんて夢、見てるのかしら」

 

 

 

自分のことながら呆れてしまう。

曇っていた視界を指で拭うも微小ながら零れ続ける。拭くことは諦め首を少し動かした。そこには見慣れた黒髪。

目を見開き身体を起こした。だるいとかもはや関係ない。ただ彼がいるという事実だけあればよかった。

イスに座り、ベッドに突っ伏す彼は目を閉じていた。

 

 

 

「…蒼夜」

 

 

 

返事はない。当然だ。寝ているのだから。

あどけない寝顔に声が震えてしまう。三日月がキラリと光った。まるで私に笑いかけるように。

手を伸ばす。そのまま彼の頭に手を置いて撫でた。知っている触り心地、昔から変わらないそれに溢れていた涙が止まらなかった。

 

 

 

「…っ、記憶だけ置いていくなんて、卑怯よ」

 

 

 

私は

 

 

貴方と初めて会った日も

 

貴方と初めて遊んだ日も

 

孤児院で過ごした日々も

 

告白してくれた日も

 

貴方がいなくなった日も

 

 

全て覚えているというのに。

 

 

 

貴方はその記憶どころか私達のことすら覚えていない。

 

 

幼なじみの日菜のことも

 

両想いだった私のことも

 

きっと撫子さんたちのことも

 

 

何もかも変わってしまった。

 

 

 

クールに頭良さそうに振る舞う蒼夜なんて知らない。

 

貴方はもっとバカで真っ直ぐで不器用で優しくてイタズラ好きでかっこよくて。

そこが大好きだったのに。

 

 

 

「はやく、戻ってきて。抱きしめてよ、蒼夜」

 

 

 

こんなに近くにいるのにその温もりが感じられないなんて。

それが胸を締め付けられる程苦しいなんて。

誰も教えてくれなかったわよ。

 

 

恋心って感情を私に教えたんだから、責任取りなさいよ。

取ってくれないと、困るわ。

 

 

 

私は貴方無しじゃ生きていけないんだから。

 

 

 

 



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捜索13

 

 

合宿二日目。

今日もまたシャッフルバンドによる練習が始まる。

昨日よりも明らかに違う空気感に嫌気がさす。みんなぎこちなくて特にあたしと話している時が無理に笑っているように思えた。

 

部屋の隅で椅子に座ってギターを軽く弾いてみる。

楽しくない。いつもならるんっとするのに今日はるんっとしない。

 

 

 

「あ、あの日菜先輩‥‥」

 

「ん?どうしたの有咲ちゃん」

 

 

 

ギターから視線を上げればそこにいたのは同じシャッフルバンドの一人ポピパの市ヶ谷有咲ちゃんがいた。

少し申し訳なさそうに眉をひそめている。

 

 

 

「えっと、弦巻さんたちが練習しようって言ってて‥‥」

 

「あーそう言うこと。わかった」

 

 

 

どうやらあたしのことを呼ぶためだけに来てくれたらしい。それなら別に申し訳なさそうにしなくてもいいのになー。

そう思い椅子から立ち上がった。

 

 

後輩しかいない空間。

事情を知って少しだけ遠くなった距離。

なんて居心地が悪いんだろう。

 

 

個人的には同種族だと思っていたこころちゃんですら普段より少しだけ大人しいのは本当に違和感でしかない。

 

 

新曲ができたわけじゃない。けどできているところをやってみてそれから更に曲を考えていくそう。

ギターパートはいつもならすぐ思いつくのに今日は全く。昨日の内にできた分しかない。

 

 

 

「それじゃあ新曲の最初からやるわよ!」

 

『よし!そんじゃあ新曲頭からやるぞ!』

 

 

 

しかもこれは、あぁ参ったなあー。

持ち場についてそう思った。

 

重なって見えた姿に目を見開く。

手が震えていた。まるでギターに「弾くな」と言われているみたい。

一度両手を握りしめてみる。やっぱり震えは収まってくれない。

 

わかんない。なんで今こんなことになってるの。

 

 

だってこんなこと今まで一度だってなかったのに。

 

 

 

「日菜?どうしたの?」

 

「…なんでもないよ。気にしないで」

 

 

 

ほんとはわかってるくせに。

どうしようもないほど似てたんだ。

 

こころちゃんの姿がいなくなる前の蒼くんに。

あの元気で明るいムードメーカーだった蒼くんに。

バカだけど真っ直ぐな蒼くんに。

 

 

いやバカはあたしか。

今こんなことになってるのだって全部あたしのせいだもん。

 

 

あの日怖くて蒼くんに手を伸ばせなかった(・・・・・・・)から。

蒼くんを助けられなかったから。

 

もしもあの時蒼くんに手を伸ばしてたら、未来は変わってたのかな。

おねーちゃんが死ぬ未来を変えた昨日の蒼くんみたいに。

 

 

 

神様から蒼くんとおねーちゃんには記憶を失う、っていう罰が与えられた。

ならあたしはどう償えばいいの。

蒼くんを見捨てて(・・・・)しまったあたしはどうやれば償える。

あたしにはわからない。

 

 

 

「日菜ちゃん?大丈夫?」

 

「…何が?」

 

「何がって!めちゃくちゃ真っ青じゃないですか!」

 

「…あぁ。大丈夫だよ」

 

「む、無理はダメだよ!」

 

「…無理?してないって」

 

 

 

そう。これくらい無理なんかに入らない。入っていいわけない。

きっとこれは罰の一部。

だからあたしは受けないといけない。何がなんでも全部。

 

 

 

「日菜様。僕と一緒に来てください」

 

 

 

あぁ。君はいつだってそうだ。

あたしたちが困っていたらすぐに手を貸してくれる。いつだってタイミングよく現れてくれる。

あたしは何回、その手に救われて来たんだろう。

 

 

 

「…蒼くん」

 

「お嬢様、僕は日菜様と大事な話があります。なので彼女を少しの間お借りしてもよろしいでしょうか」

 

「ええ!もちろんよ!頑張ってね日菜!」

 

 

全く何を頑張れって言うのかな。

でも練習できそうなコンディションじゃなかったからありがたいよ。

 

あたしは蒼くんの後ろをついて行く。

少しだけ大きくなっていた背中に涙が出そうだった。

 

着いた先は誰もいない一室。

そして後ろ手に扉の鍵をかけられる。もう逃げられない。

 

 

 

「日菜様、遠回しに聞いても仕方がないので単刀直入に聞きます」

 

「何?」

 

「僕と、いや()と紗夜は一体どんな関係だったんだ」

 

 

 

昔から変わらない真剣な表情。

記憶はないはずなのにおねーちゃんを想う気持ちが嫌というほど伝わって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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捜索14

「僕と、いや俺と紗夜は一体どんな関係だったんだ」

 

 

 

真面目な顔で蒼くんは言った。

おねーちゃんのことを話すのは別に構わない。だけどその前に一つ確認しないとね。

 

 

 

「おねーちゃんとは話せたの?」

 

「いいや」

 

「そっか」

 

 

 

ならおねーちゃんがあれ以上調子を狂わせていることはないか。よかった。

でもあたしが説明するとなるとね、思うことも色々ある。

自然に思い出してくれるのが一番いいんだけど、この様子じゃ無理かな

 

 

 

「‥‥逆に聞くけど、何なら覚えてるの」

 

 

 

これ次第で話せる内容の幅も広くなる。

けどこれで何も覚えていないんなら言えないことの方が多い。

 

 

 

「正直な話、お前らに会うまでは何も覚えてなかったんだ。

覚えてるのは名前くらいで、自分のことなんか何もわからなくて。だからこそ俺を助けてくれたお嬢様にずっと仕えようと思ってた。

 

けど紗夜と会って、紗夜に泣かれて、驚いたけどすげえショックだったんだ。だから紗夜が死にそうだった時に自分の身なんか考えずに助けられたんだと思う。

 

なあ日菜。俺と紗夜って特別な関係だったんだろ?恋人、とか。まあ俺の片想いって可能性もあるけど」

 

 

「‥‥なんだ。覚えてるじゃん」

 

 

 

やっぱり記憶なんかなくたって蒼くんとおねーちゃんは強い絆で繋がってるんだ。

そんな堂々と真っ直ぐ、間違いないとでも言いたげな態度。蒼くんはもう自分の気持ちに気付いているのかな。気付いてるよねきっと。

多分蒼くんはずっと、出会った時からおねーちゃんのことが大好きだったんだろうな。

相思相愛。二人にピッタリな言葉だ。

 

 

 

「隠すことでもないしいっか。うん、そうだよ。おねーちゃんと蒼くんは恋人だったんだ」

 

「‥‥そうか」

 

 

 

蒼くんは納得した様子だった。少なからず微笑んでいるようにも見える。

 

 

 

「その自覚はあったんだ」

 

「自覚、っていうかそうじゃないと助けた理由に見当がつかないと思っただけだ。

 

いくら目の前で人が死にそうになってたとしても自分の命と引き換えにって言われたら絶対に助けない。

そんな屑みたいなのが俺だ。

 

だから命かけて紗夜を助けたという事実。しかも身体が勝手に動いちまったとなれば認めざるを得ないだろ」

 

「‥‥おねーちゃんのこと、ホントに好きなんだね」

 

「そうみたいだな」

 

 

 

記憶がなくても全く変わらない。その笑顔が今は辛かった。

 

 

 

「それ以外に覚えてることはないの?」

 

「‥‥ああ。なんか悪い」

 

「いいよいいよ。ゆっくり思い出していけばいいし。あーでも、おねーちゃんには言わない方がいいかもね」

 

 

 

恋人だったことを思い出してもいない状況で言われてもおねーちゃんは困るだろうし、これ以上落ち込ませたくもない。

 

 

 

「蒼くん」

 

「なんだ?」

 

「おねーちゃんとの、まあおねーちゃんだけじゃないけど。今までの記憶が戻るまであたしが手伝ってあげるよ」

 

「え、いいのか?」

 

「当たり前じゃん!むしろ手伝わせてよ!」

 

 

 

キョトンとする彼に笑いかけた。

 

 

 

「蒼くんは覚えてないと思うけどあたしたち幼なじみだったんだよ?困った時はお互い様だって言ったじゃん!」

 

「‥‥ありがとな」

 

 

 

蒼くんは片手で後頭部を掻きはにかんだ。

胸の奥が痛んだのはきっと気のせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「おねーちゃん」

 

「日菜?」

 

 

 

蒼くんと別れた後おねーちゃんがいる部屋へと向かった。部屋の中を覗けばおねーちゃんがベッドに横になっていた。声を掛けるとこちらを向く片割れに笑いかけた。

 

 

 

「身体大丈夫?気分とか悪くない?」

 

「ええ。大丈夫よ」

 

 

 

あたしの疑問におねーちゃんはいつも通りのテンションで答えた。でもすぐにあたしから視線を外す。

おねーちゃんのことだからあたしに顔合わせづらいんだろうなー。あんな変な別れ方しちゃったし。

 

あたしはベッドに腰かけて包帯越しにおねーちゃんの頭を撫でた。

小学校の時はあたしが撫でられる側だったから少し変な感じ。でも悪い気はしなかった。

 

 

 

「‥‥ごめんねおねーちゃん」

 

「‥‥どうして日菜が謝るのよ」

 

「だっておねーちゃんのこと助けられなかったから。ううん、そうじゃないよ。あたしがおねーちゃんの異変に気付けなかったのが悪いんだ。あたしがおねーちゃんのことちゃんと見てたらこうはなってなかったでしょ?」

 

「‥‥日菜は、優しすぎるわ」

 

「それはあたしじゃなくておねーちゃんでしょ」

 

 

 

おねーちゃんの行動すべてが蒼くんのことを思い過ぎているが故だと知っているから。だから責めることなんかできないししようとも思わない。

だってあたしがおねーちゃんの立場でも同じことしてたと思うから。

 

 

 

「‥‥でもやっぱり、怖かったよ。今回は本当にいなくなるかと思った」

 

 

 

今までは全部寸前のところであたしが止めに入れたからどうにかなってたけど昨日のは違った。

自然とおねーちゃんを撫でていない方の手に力が入ってしまう。

 

 

 

「‥‥ごめんなさい」

 

「謝らなくていいって。でもお願いだからもうやめてよ」

 

 

 

蒼くんだって見つかったんだしこれ以上おねーちゃんが傷つく必要はない。

そうでしょおねーちゃん。

 

 

 

「あたしはまた昔みたいに笑い合いたい。蒼くんも合わせた三人で。だから先にいなくなろうとしないでよ」

 

「‥‥ごめんなさい日菜。もうやらないわ。約束する」

 

 

 

そう言っておねーちゃんはあたしに手を伸ばした。

頬を触られる。何か指を動かしている感覚がした。

 

 

 

「だから日菜。私のために泣かないで」

 

「え‥‥」

 

 

 

どうやらあたしは泣いていたらしい。おねーちゃんに言われるまで気付かなかった。

でも人間不思議なもので自覚すると自分じゃ止められない。

おねーちゃんの手を振り払って目を擦る。でもそれは治まってくれない。

そんなあたしを見かねたおねーちゃんはベッドから起き上がり抱きしめてくれた。

 

 

 

「‥‥ダメね。妹を泣かせるなんて姉失格よ」

 

 

 

おねーちゃんの言葉にあたしは首を横に振った。

 

 

 

「ありがとう日菜。私のことを諦めないでくれて」

 

 

 

優しく呟くおねーちゃんはあたしの頭を撫でてくれる。

それに何よりも安心した。おねーちゃん独自の温もりは変わらない。

 

何年経ったってやっぱりおねーちゃんはおねーちゃんだ。

そう思っておねーちゃんの背中に手を回した。

 

 

 

 



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第二章 貴方の隣にいたいから 捜索15

第二章スタートです!



 

 

 

長い夢を見ている気分だった。

貴方のいない世界は白黒で周りに何を言われても響かない。

いつの日からか「笑わない人」という認識を持たれることが多くなっていった。

 

忘れてしまった。

笑い方も。何が楽しいのかも。どうしてギターしているのかも。

そんな私の根本だったことでさえ思い出せない。

 

 

 

『僕たち初対面ですよね?』

 

 

 

無慈悲な貴方の言葉が脳内をこだまする。

耳を塞いだって何の効果もない。

その声が私の全てを否定している気がした。

何故生きているのか解いてくる。

 

 

そんなこと私が聞きたいくらいなのに。

 

 

頭の包帯の一部を握りしめる。

何故か彼は助けてくれた。

私を忘れていても助けてくれた。その優しさに救われた。

その優しさがどれだけ私を苦しめたことか。

嬉しかった。けど素直に喜べない自分が嫌だった。

貴方は貴方。それは記憶を失っても変わらないのに。

 

記憶を無くしてほしくなかった。

無くしていなければ私たちは笑いあえていたはずなのに。

 

 

 

___嗚呼。これも全て私のせいか。私の自業自得か。

乾いた笑いが出てきた。涙は出し切ったからか出てこなかった。

 

 

 

いつだって貴方は私がいてほしい時にそばにいてくれた。

ねえ教えて。

どうして私を助けたの。

私は貴方の手を離してしまったのに。

どうして貴方はまだ私の手を握っていてくれるの。

 

私にこの問題は難解すぎるわ。

だからお願い答えを教えて。

 

 

 

そしてずっと私の隣で愛の言葉を呟いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「え!?蒼夜が!?」

 

「うん。合宿中に見つかったんだ」

 

 

 

合宿場から帰ってあたしが最初にしたことは桐谷家に行くこと。

理由は当然院長であり家主の撫子さんに蒼くんのことを伝えるため。誰も来ない撫子さんの部屋で二人っきりで話をする。

あの子たち(義姉弟)に聞かれたらショックを受けるかもしれないと思っての行動。悪いとは思っているけど勘弁してほしい。

 

 

 

「なんで!?そもそもどうやって!」

 

「こころちゃんってお金持ちの子がいるんだけどその子の家で使用人として働いてるみたい。見つけられたのはほんと偶然だよ」

 

「でもそれならどうして蒼夜はここに来ないの」

 

「それがね……」

 

 

 

あたしは蒼くんが記憶喪失になっていたことを話した。

あの日蒼くんがいなくなった後、こころちゃんたちに拾われたことも話した。

口調から一人称まで変わって知らない人になっていたことも、包み隠さず全部。

撫子さんはあたしが話し終えるまで静かに聞いてくれた。

 

 

 

「そう、だったのね…」

 

「驚いたよね。あたしも最初見た時、幻覚でも見えてるのかと思っちゃった。……ここに連れて来れなくてごめん」

 

「…ううん、蒼夜が生きてるって事実だけで十分よ」

 

 

 

撫子さんは目に涙を溜めていた。

当たり前だ。1年も行方不明だった弟がやっと見つかったんだから。

幼なじみのあたしですら涙ぐんだのに実の姉が泣かない訳がない。

 

 

 

「でも日菜ちゃん。合宿中にってことはもしかして」

 

「うん。おねーちゃんも蒼くんに会ったよ。ショックが大きくて、あの衝動(・・)が出ちゃった…」

 

 

 

あたしの答えに撫子さんは驚き、眉をひそめた。

撫子さんだって蒼くんとおねーちゃんの関係を知っているから当然だ。

 

 

 

「大丈夫なのよね」

 

「蒼くんが助けてくれたからね」

 

「蒼夜が?」

 

「うん。そうなんだ。記憶はないのに直感で大切な人だと思ったから助けたんだって。どんだけおねーちゃんのこと好きだったんだろうね」

 

「蒼夜らしい、と言えばいいのかしら?」

 

「でもおねーちゃんは頭切っちゃったからしばらくは安静にしてないといけないからそこはマイナス点だよ」

 

 

 

蒼くんはいつだって全力だった。

何するにも全力すぎてすぐにバテてたけど、最終的には全部やり遂げて後ろ向きなことは言わない。

おねーちゃんもその前向きさに惹かれたんじゃないかな。

 

 

 

「それでね撫子さん、お願いがあるの」

 

「もちろんいいわよ。日菜ちゃんの好きなようにしてくれて」

 

「…まだ何も言ってないよ?」

 

「蒼夜の記憶が戻るまで待っててほしい、でしょ?何年の付き合いになると思ってるのよ。それくらいわかるわ」

 

 

 

ホント撫子さんには頭が上がらない。

気持ち的には今すぐにでも蒼くんに会いたいはずなのに、あたしのことを信じて任せてくれてるんだ。

 

その期待には絶対答えないと。

 

 

 

「…ありがとう撫子さん。絶対蒼くんのこと、連れ戻すから!」

 

「ええ。何年でも待ってるわよ」

 

「あと、今日はおねーちゃんの代わりに弾いてってもいいかな?」

 

「当たり前じゃない。みんな喜ぶわよ」

 

 

 

撫子さんは少し余裕のある笑顔であたしの背中を押してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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捜索16

 

 

 

「リサちーちょっといい?」

 

「ん?どうしたの日菜?」

 

 

合宿明け最初の月曜日。あたしは教室に入り次第リサちーに声を掛けた。心なしか少しだけ元気がなさそうに見えるのは気のせいじゃないと思う。

そして次に言う言葉がその表情を曇らせてしまうのもなんとなく想像できた。

 

 

 

「今日ってRoseliaの練習あるの?」

 

「うん。一応あるけど……」

 

「ならみんなに『しばらくおねーちゃんは練習に参加できないかも』って伝えてもらっていい?」

 

「っ……」

 

 

 

あからさまに悲しそうな顔。リサちーにその顔は似合ってなかった。

 

 

 

「…………日菜。紗夜って今、どんな感じ?」

 

「だいぶ落ち着いてるよ。けどまだ傷はまだ治ってないしいつ精神が不安定になるかわからないからバンド練習はまだできなさそうかな」

 

 

 

傷が治るまではスタジオみたいに大きな音が鳴る場所へはあまり連れて行きたくない。それがストレスになったら困る。傷が治るまではそうするつもりだけどその後からは完全におねーちゃんの問題だ。

 

 

 

「……うんわかった。みんなにはアタシから伝えておくね」

 

「ありがとうリサちー」

 

「いいよ」

 

 

 

リサちーはすぐにおっけーしてくれた。心配してはいるけどあたしに任せてくれるみたい。

この様子ならあたしの考えを伝えてもいいかもしれない。

 

 

 

「それでねリサちー。一つ考えがあって……」

 

「全員席に着いて。HR始めるわよ」

 

 

 

タイミング悪く入って来た担任に邪魔をされる。今日の時間割は移動教室ばかりだったはず。

どうやら次にゆっくり話せるのは昼休みになりそうだった。

 

 

 

そして迎えた昼休み。お弁当を持ったあたしとリサちー、それから友希那ちゃんは屋上へと向かっていた。

本当はリサちーにしか相談しないつもりだったけどRoseliaみんなの協力が必要なのだから付き合ってもらうことにした。

ついでに言うと友希那ちゃんがついてきたのには理由がある。

リサちーと一緒じゃないと友希那ちゃんは一人で食べることになるらしい。あたしは薫くんとか麻弥ちゃんがいるし一人で食べることに何の戸惑いもない。けど友希那ちゃんは一年生の頃からずっとリサちーと食べているから一人で食べるのは違和感があるという。他の人と食べたら?と提案したところ「そこまで仲の良い友人はいないわ」と間髪入れず返って来た。

これにはさすがにあたしも苦笑い。正直放ってはおけなかった。

 

お弁当を食べながら友希那ちゃんにおねーちゃんのことを話した。

驚いて悲しんで、だけどいつも通りクールに「待っているわ」とほほ笑んでいた。

その反応は意外であたしとそれからリサちーも驚いた。

 

ここからが本題だ。

 

 

 

「それで日菜。話と言うのは紗夜関連のことだとは思うけど、何かしら?」

 

「遠回しに言ってもしょうがないから単刀直入に言うね。Roseliaの練習に、蒼くんを参加させてほしい(・・・・・・・・)

 

「「っ!?」」

 

 

 

おねーちゃんを苦しめている原因。だけど大切な人でもあることを二人も知っている。

おねーちゃんと記憶喪失の蒼くんが一緒にいてたらただおねーちゃんのことを傷つけるかもしれない。

だけどおねーちゃんが蒼くんから逃げ続けていたって何も変わらないから。

 

 

 

「蒼くんには楽器経験があるからアドバイスができる。だからRoseliaの音楽技術向上にも繋がると思う。だからお願い。蒼くんを練習に参加させてほしいの」

 

「あたしは別にいいんだけど‥‥大丈夫なの?」

 

「蒼くんなら本人から許可貰ってるしこころちゃんにも」

 

「そうじゃなくて紗夜のことだよ」

 

 

 

キッパリした声と共に真剣な眼差しが送られた。言われるとは思っていたけど、こりゃ下手なことは言えないね。

 

 

 

「むしろおねーちゃんのためにも蒼くんにはいてもらわないと困るんだ」

 

「どういうこと?」

 

「おねーちゃんの情緒は不安定でしかないの。そんな時に止められる相手がいないといけない」

 

「桐谷蒼夜にはそれができるって言うの?私はそうとは思えないわ」

 

「かもね。今の蒼くんを見てるとそう感じるかも。でも目的はそれだけじゃない。二人が一緒にいることが重要なんだよ」

 

 

 

おねーちゃんの時はあの日からまだ動いていない。けどそれはきっと蒼くんも同じ。

その時を動かすには二人の時間を重ねる必要がある。だけどそれは蒼くんの記憶が戻らないと話にならないから。

 

 

 

「蒼くんの記憶を取り戻すためにもRoseliaの空間を貸してほしい。私的な理由ってことはわかってるよ。でも」

 

「いいわ。好きにして頂戴」

 

「え、いいの‥……?」

 

 

 

予想外だった。いや確かに断られても説得し続けるつもりだったけどこんなすぐ許可がもらえるなんて。

 

 

 

「ええ。紗夜は大切なメンバーの一人だもの。Roseliaは今のメンバーでなければいけない。それはきっと全員同じ認識だと思う。だから紗夜が本調子に戻るのなら構わないわ」

 

「友希那‥……」

 

「……ありがとう友希那ちゃん」

 

「ただし、やるからには絶対紗夜を元に戻すわよ。いいわね」

 

「「うん」」

 

 

 

待ってておねーちゃん。絶対、蒼くんを取り戻すから。

 

 

 

 



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捜索17

 

 

 

今日僕の隣にはお嬢様はいなかった。

 

 

 

「というわけで今日から蒼夜には練習に参加してもらうことになったわ」

 

「桐谷蒼夜です。本日からよろしくお願い致します」

 

 

 

いるのは合宿で初めて顔合わせをした湊友希那様、今井リサ様。目の前には宇田川あこ様と白金燐子様。Roseliaの面々である。

何故かと問われれば今日から僕はRoseliaの練習に参加することになったからとしか答えられない。

おそらく日菜様の差し金だろう。旦那様もお嬢様からの頼みだからと了承されていた。お嬢様は「頑張ってね!」と明るく言っていたしハロハピの皆様も納得している様子だった。

Roseliaの練習に参加するのは当然だが初めてだ。だからこそ僕が輪に入ってもいいものかと恐縮してしまう。

Roseliaと言えば高校生で既にプロ顔負けの演奏をしているバンドだと美咲様や花音様が言っていた。全員で演奏しているところを見たことはないが一人一人の演奏は素晴らしいものだった。特に友希那様のボーカルは並の高校生の歌声ではないと思った。

それだけこのバンドはレベルが高い。その中に入るというのはやはり緊張する。

そしておそらく、紗夜様と僕のやりとりを見た以上普通に歓迎、ともいかないだろう。

 

 

 

「宇田川あこです!よろしくお願いします!」

 

「…白金、燐子です……よろしく…お願いします…」

 

「存じ上げております」

 

「えっと…あこたちはなんて呼べばいいんですか?」

 

「なんでも構いませんよ。桐谷でも蒼夜でも、下僕扱いでも僕は受け入れますから」

 

「えぇ!?下僕!?」

 

「さ、さすがに…そんな風には…思わないです…!」

 

「冗談ですから落ち着いてください」

 

 

 

冗談のつもりで言ったのだけど彼女たちは本気と捉えてしまったようだ。申し訳ない。

 

 

 

「あははっ。蒼夜も冗談言うんだね〜」

 

「真面目な顔で言うから驚いたわよ」

 

「あこ様と燐子様が緊張されている様子だったのでその緊張を和らげようかと」

 

「ならもう少しおちゃらけた態度で言うべきだったわね」

 

 

 

なるほど。僕はふざけた感じで言ったつもりだったが皆様にはそうは聞こえなかったのか。人を笑わせるのは難しいものだ。

 

 

 

「ていうかあこ様ってなんかゲームみたいな呼び方ですね!あこ、偉い人になった気分!」

 

「お嬢様のご友人の方々には基本名前に様付けなので。嫌でしたか?」

 

「嫌って言うか、変な感じって言うか…」

 

「わ、私は…様付けは、あまり……」

 

「まあ燐子の言いたいこともわかるよ。様付けは慣れないよね」

 

「普通一般人は様付けなんてされないからでしょう」

 

 

 

ハロハピの皆様はすぐに受け入れてくれたがRoseliaでは不評らしい。

ならどうするべきか。今まで僕は様付け以外しかことがないのだが……。

日菜様や紗夜様ことを呼び捨てにしたことはノーカンでいいだろう。

 

 

 

 

「皆様はどう呼ばれたいのでしょうか」

 

「そうだなぁ~。アタシは普通にリサ(・・)って呼ばれたいかな」

 

「わ、私も……名前で……」

 

「私も名前呼びの方が助かるわ」

 

「様付けはかっこいいと思うんですけどあこも普通がいいです」

 

「ではさん付け、ということでよろしいでしょうか」

 

 

 

さすがに呼び捨てにするのには抵抗があった。皆様が頷くのを確認する。

 

いつか担当医が言っていた。記憶を思い出すためには身近にいた人物と一緒にいるのが一番の近道だと。

日菜様はおそらくそれを知っていてそう仕向けたのだろう。もしくはただ()と紗夜様の無くした時間を埋めたいと思ったのか。どちらにせよありがたい話である。

ただ今はまだ紗夜様は復帰していない。日菜様が言うにはケガを治すために安静にしているとか。早く戻ってきてほしい。そして彼女と話してみたい。

それで記憶が戻ってくれればいいのだが。全部俺次第か。

 

 

 

「ええ。これからよろしくね蒼夜」

 

「はい」

 

「よろしくね~☆」

 

「はい」

 

「よろしく‥‥‥お願い、します‥‥‥」

 

「はい」

 

「蒼夜さん!よろしくお願いします!」

 

「はい」

 

 

 

合宿の時にも思っていたがRoseliaの印象は最初と少し違う。美咲様や花音様曰く「かっこいい」「ストイック」「真面目」。だが今の挨拶で変わった。

友希那さんの印象は変わらないが、リサさんはギャル、燐子さんはだいぶ大人しい、けどあこさんは明るく元気。美咲様たちは「関わりにくい」とも言っていたがそんな感じは全くなかった。

 

 

 

「蒼夜ってアタシたちと同い年?」

 

「年でしたら19ですよ」

 

「え!?年上!?」

 

「そうですね」

 

「すみません。紗夜がタメ口だったからてっきり同い年かと思ってました」

 

「別に敬語でなくてもいいですよ。僕は気にしませんから」

 

 

 

リサさんは見た目的に不真面目そうだが僕が年上だとわかった瞬間に口調が変わるあたり真面目なのだろう。人は見た目によらないらしい。

 

 

 

「だったら蒼夜さんもあこたちのこと呼び捨てでいいですよ!」

 

「いえさすがにそれは‥‥‥」

 

「いいじゃない。これから私たちの練習に参加するのなら親睦を深めておいた方がこちらとしても楽だわ」

 

「友希那の言う通り。アタシもそう思うな~。アタシたちだけタメ口って言うのも不公平だし」

 

「‥‥‥わ、たしも、そっちの方が‥‥‥いいです」

 

 

 

これはどうにもできないな。僕一人じゃ止められない。それになんだか温かいと思った。

 

 

 

「わかりました。では僕もタメ口で話しますね」

 

「蒼夜、敬語出てるよ~」

 

「‥‥‥努力します」

 

 

 

やっぱタメ口は慣れない。

 

 



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捜索18

 

 

傷口の包帯が取れるようになった私はRoseliaの練習に復帰することにした。ギターを背負って家を出る。

正直復帰はもう少し先にしようかと迷っていた。

ケガをしてろくに練習できていなかったし今の私の演奏がRoseliaのレベルに達しているとは思えなかった。

 

多分湊さんから「ケガが治ったならとりあえず一度練習に顔を出してほしい」というメッセージが来ていなかったら今日も休んでいたことだろう。

復帰最初の練習は万全になってからがよかったが仕方ない。

 

 

 

「おーい!紗夜ー!」

 

 

 

明るい声だった。振り返るとそこには湊さんと今井さんの姿があった。今井さんは笑顔で手を振っている。

 

 

 

「湊さん、今井さん、おはようございます」

 

「おはよう紗夜」

 

「おはよ〜。紗夜、もう傷は大丈夫なの?」

 

「ええ。傷口は塞がりましたから大丈夫ですよ」

 

 

 

とは言え念のためガーゼで抑えている。前髪で隠れているから見えないだろうけど。

 

 

 

「よかったぁー。心配してたんだからね〜」

 

「心配をおかけしてすみませんでした。わざわざお見舞いにも来てくれたんですよね。日菜から聞きました。すみません私が受け取れなくて」

 

 

 

私が病院に出ている間に今井さんが代表してお見舞いに来てくれたらしかった。お見舞いの品を持って来てくれたのだと日菜から聞いたがきちんとお礼を言えていなかったので今言う。

変わらず今井さんは笑顔だった。

 

 

 

「全然いいよ。病院なら仕方ないもん」

 

「ありがとうございます」

 

「あれ、あこと燐子も選んでくれたんだから後でお礼言っておきなよ」

 

「わかりました」

 

「紗夜。送っていた新曲、聞いてもらえた?」

 

「ええ。とてもいいと思いました。ギターのフレーズ、考えておきますね」

 

 

 

そんなことを話しているうちにスタジオに着いた。

受付に行けば月島さんがいた。笑顔で手を振っている。

 

 

 

「まりなさんおはようございまーす」

 

「おはようございます」

 

「受付、お願いします」

 

「おはようみんな。紗夜ちゃんは久しぶりだね。元気だった?」

 

「はい。おかげさまで」

 

「燐子ちゃんたちならもう中に入ってるよ」

 

 

 

月島さんが教えてくれた部屋に私たちは足を運ぶ。

扉を開いて、目に入った人数は三人だった。仲良さそうに談笑している。

一人は宇田川さん、もう一人は白金さん。そして、私の想い人。

扉の前で固まってしまう。

 

 

 

「あっ!紗夜さん!おはようございます!」

 

「ちょっとあこー?アタシたちもいるんだけど?」

 

「ご、ごめんリサ姉!紗夜さんが来てくれたのが嬉しくて!」

 

「あははっ。いいよいいよ」

 

「‥‥‥みなさん‥‥‥おはよう、ございます‥‥‥」

 

「皆様おはようございます」

 

「蒼夜また敬語になってるよ」

 

「すみません。やはり慣れなくて‥‥‥」

 

 

 

何がどうなっているのよ。目の前で繰り広げられるやり取りに私は動揺を隠せなかった。

二人がRoseliaのメンバーだからいるのはわかる。けどどうして蒼夜がいるのか。わからない。

蒼夜と仲良く話す宇田川さんと白金さん。普通に挨拶を交わす蒼夜と他のメンバーたち。今井さんが蒼夜を呼び捨てにしている。それに敬語を外してほしいという願い。

何もかもが私にとって異常でしかなかった。

 

 

 

「紗夜?どうかした?」

 

 

 

扉の前に突っ立ったままの私に今井さんが声を掛ける。

それにぎこちなく答えた。

 

 

 

「‥‥‥な、んで、彼がここに‥‥‥」

 

「なんでって‥‥‥えぇ!?もしかして日菜から話聞いてないの!?」

 

 

 

日菜から何か蒼夜に関することを聞いた記憶がなかったので首を横に振った。

 

 

 

「私たちは日菜に頼まれて蒼夜をしばらくRoseliaの練習に参加させることにしたのだけど‥‥‥」

 

「聞いてませんよそんな話」

 

 

 

どうして日菜は私にそんな重要なことを教えてくれなかったの。今の彼は昔の彼と違って関わりにくい存在だと知っているくせに。

 

 

 

「お久しぶりですね紗夜様。お怪我の方はもう大丈夫なのでしょうか」

 

「っ‥‥‥ええ。大丈夫、です」

 

 

 

様付けで呼ばれることに胸が痛んだ。

 

 

 

「それならよかったです」

 

「ほーら紗夜。とりあえず中に入りなよ」

 

 

 

扉を押さえて私を中に入れてくれる紳士さなんて知らない。

 

 

 

「それで今日は何するの?」

 

「今日は昨日蒼夜がまとめてくれた直すべきポイントを徹底的にやろうと思うわ」

 

「はい。まずは『BLACK SHOUT』ですが、全体的には問題ないのですが細かいところを指摘すると‥‥‥」

 

 

 

どこがダメなのか指摘できる蒼夜なんて知らない。

 

 

 

「課題点がいっぱいだぁ‥‥‥」

 

「‥‥‥が、頑張ろう‥‥‥あこちゃん‥‥‥」

 

「大丈夫です。あこさんと燐子さんならできますよ」

 

 

 

そんな顔で笑う蒼夜なんて知らない。

 

 

 

「紗夜様。紗夜様への課題ですが‥‥‥」

 

「‥‥‥どうして」

 

「え?」

 

「どうして私だけ様付けなのよ」

 

 

 

知らない貴方が増えるからつい口にしてしまった言葉。

困惑顔の彼。多分私は悲しそうな顔をしていることだろう。

 

 

 

「‥‥‥では紗夜さんと」

 

「紗夜よ」

 

「はい?」

 

「紗夜って呼び捨てで呼んで。敬語もいらないわ」

 

「で、ですが‥‥‥」

 

「呼んでくれないのなら無視し続けるわ」

 

 

自分でも無理矢理だと思った。有無を言わせない発言。

けどそんなことは関係ない。

単純に嫌だったのだ。そんな他人行儀な呼び方は。

 

前の蒼夜がそうであったように、明るく元気な声で紗夜って呼んでほしかった。それなのに。

 

 

 

「‥‥‥わかったよ、紗夜」

 

 

 

知らない低くて落ち着きすぎた声。私に無視されると言われてもオーバーなリアクションはどこにもない。ほほ笑まれても困ってしまう。

 

本当にこの人があの蒼夜だって言うの。

認められない、認めたくない。

 

けど私がその顔を忘れられるわけがない。

その三日月を忘れられるわけがない。

肌身離さず持っている記憶とペンダント。

 

でも貴方が持っているのはペンダントだけ?

ねぇ、本当にそれだけ?

何も覚えていないの?

撫子さんや義弟妹たち、日菜や私と過ごしたことも全部?

 

楽しかった、嬉しかった、幸せだった、悲しかった、苦しかった、そんな記憶も全部?

 

お願い嘘だって言って。ドッキリだって。本当は何もかも覚えているよって笑い飛ばして。

今なら許す。どんなことでも許すから。

 

 

だから蒼夜お願いよ。また私の隣で__。

 

 

 

「さ、紗夜!?え、なんで泣いて!」

 

「紗夜さん!?どこか痛むんですか!?」

 

 

 

気づけば涙が溢れていた。拭いても拭いても流れ続ける。四方から聞こえる私を心配する声に首を横に振った。

 

これが何に対するかはわかっていた。

けどそれは言ってはいけない禁断の言葉。

言えば貴方が傷つくと知っている。

 

それでも思ってしまったんだ。

今の蒼夜より昔の蒼夜がいい。

今の蒼夜の人格が消えてなくなればいいと思ってしまった。そうすれば前の蒼夜が戻って来るんじゃないかって。

 

最低だ。この一年で築かれた人格。クールで真面目、忠誠心の強い執事。それだって彼と変わりないのに。

 

 

私のせいで蒼夜はこうなっているのに、私はその彼を否定している。

 

 

想い、記憶、人格、罪悪感。

それぞれが私の脳内を交差する。

 

行きつく答えは、やっぱり戻ってほしい(人格否定)だった。

 

 

 

 



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捜索19

あたしは天才だと周りによく言われる。曰く、要領が良すぎる。曰く、そんな才能誰も勝てない。曰く、悩みがなさそう。

 

 

周りはみんな、私の外見しか見てくれない。結果だけ見て、普段の振る舞いを見て、それであたしのことを決め付ける。悩みだらけで苦しくて仕方ないのに。よく知りもしないのにどうして知ったような口ぶりなのか。やっぱり人の考えていることはわかんない。

だいたい生まれ持ったものに嫉妬されても困る。だってあたしはそれを望んでいなかった。才能がなければずっとおねーちゃんと仲良しだったのだから。まあ今は仲良しだから別にいいけど。

 

あたしの抱えている悩み。蒼くんとおねーちゃんの問題は未だに解決していない。糸口も見つかっていない。サポートは全力でするつもりだけど今のところ失敗しているしどうしようかな。

 

 

 

閑話休題(ま、それは一旦置いといて)

 

 

 

「それで?わざわざおねーちゃんがいない時に来た理由は?」

 

 

 

おねーちゃんがRoseliaの練習に出かけた今日この頃。

おねーちゃんがいないのを見計らって、奏ちゃんと春樹くんと蓮くんの三人が真面目な顔であたしの部屋に来ていた。

 

 

 

「日菜さん。日菜さんは今お兄ちゃんがどこにいるか知っているんですよね。ちゃんと答えてください」

 

 

 

数日の間で、まさかこんな時にピンチを迎えるとは思わないじゃん?

なんでこの子たちに蒼くんのことがバレているのかな。やっぱ蒼くんのことは家で話すんじゃなかった。

 

 

 

「あたしと撫子さんの会話、聞いてたんだね」

 

「偶然ですよ。ただお姉ちゃんの部屋の前を通ったら衝撃的な言葉が聞こえてきたから」

 

「日菜姉ちゃん、蒼兄ちゃんと会ったってほんとなのか!?」

 

「僕たちに隠していることがあるなら話してほしい。僕たちだって家族でしょ」

 

 

 

覚悟の決まった雰囲気が見えた。これなら話してもいいかもしれない。それにいつまでも隠していることは、彼ら相手にはできないとも思った。

 

 

 

「‥‥‥わかった。話すよ」

 

 

 

あたしは三人に今までのことを話した。

合宿での出来事。

蒼くんを見つけたこと。でも記憶がなかったこと。あたしだけでなく一番仲の良かったおねーちゃんのことまで忘れていたこと。それが悲しくて蒼くんに強く当たったこと。

おねーちゃんは蒼くんがいなくなったのを自分のせいだと思い込んでること。だから自殺願望があって、合宿中にも死のうとしたこと。それを蒼くんが助けたこと。その代償におねーちゃんは怪我をしたこと。

あたしは蒼くんが現れたことで他の人の行動が蒼くんと重なったこと。弱っているおねーちゃんを見るのも知らない蒼くんを見るのも辛いこと。今は弦巻家で働いていること。

 

 

全部、あたしの感情も含めて話した。

三人は静かに、あたしの話を最後まで聞いてくれた。

驚いた、けど安心した。そんな感情が混ざったような表情をしていて、なんだかおもしろい。

 

 

 

「つまりお兄ちゃんはこころって人の家にいるってこと?」

 

「うん。こころちゃんの付き人みたいな役割で働いてるみたい」

 

「‥‥‥私、弦巻さんの所に行きます。日菜さん、場所教えてください」

 

「無理だよ。今行ったって、蒼くんは連れ戻せない」

 

「そんなことないです。私たちが行けば連れ戻せます」

 

「たとえ連れ戻せたって蒼くんは奏ちゃんたちの知ってる蒼くんじゃないんだよ」

 

「わかってます」

 

「ううん。わかってないよ」

 

 

 

最初奏ちゃんが桐谷家に来た時は、本当に誰のことも信用していなかった。聞いた話では親から虐待され、そのうえで捨てられたのを保護されたという。そんな人間が疑心暗鬼になるのは当然のこと。誰の言葉も信用せず、ずっと人に懐かなかった。

そんな奏ちゃんのことを変えたのは他でもない蒼くんだ。何度突き放されても根気よく話しかけて一度だって見放すことはなかった。少しずつ少しずつ丁寧に築き上げ、繋いできたキズナ。それがあったから蒼くんの信用していたあたしたちとも話せるようになった。

 

言わば蒼くんは奏ちゃんにとって一番、何よりも大切で大好きな人なんだ。

だからこそ、忘れられているという事実が重くのしかかる。あたしなんかの比じゃない。

 

 

 

「あたしはね、おねーちゃんみたいな人を増やしたくない。奏ちゃんまであんな風に壊れる(・・・)くらいなら死んでも会わせないよ」

 

「私なら大丈夫です!」

 

「大丈夫じゃないよ。自分で思ってる大丈夫が大丈夫じゃないこと、わかってないでしょ。言葉で聞いてるだけじゃ蒼くんの記憶がないって事実は実感できない。会った時に初めて知るんだよ。そしてそれは奏ちゃんに受け止めきれるくらい軽いものじゃない」

 

「日菜さん!」

 

「あたしだって意地悪したくて言ってるわけじゃないんだよ。あたしの気持ち、わかってよ」

 

「ッ!もういいです!」

 

「お、おい奏!」

 

「ごめん日菜姉さん。お邪魔しました!」

 

 

 

奏ちゃんはそう言ってあたしの部屋から出て行った。その後に続くように春樹くんと蓮くんもあたしの前からいなくなった。

一変して静かになった部屋の中、あたしはベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

奏ちゃんの気持ちがわからないわけじゃない。あたしだって同じ立場ならあれだけ必死になったかもしれない。それでも、あの蒼くんに合わせるのは危険だと思った。

 

会ったら泣くよ。きっと大号泣。

それを見ても今の蒼くんならハンカチを貸すくらいのことしかしない。多分自分の胸を貸したりしない。

逃げ出しても追いかけない。だって今はこころちゃんが一番大切だから。

 

忘れられてるってね、ドラマとかでよくあるじゃん。それでも最終的には思い出してハッピーエンド迎えるじゃん。けどこれはハッピーエンドになる気配が見えないんだよ。

忘れられる辛さって実際に経験しないと分からない。そして言えることは知らない方がいいってことだけ。

 

 

 

寝返りをうって天井を見上げる。部屋の電気が眩しくて目を閉じた。

 

 



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捜索20

 

 

 

蒼夜の記憶と奮闘して早一ヶ月。何の成果も得られていないうちに夏はあっさり過ぎ去った。

蒼夜が帰ってきてからずっと夢を見ている気分だった。いっそ全部夢であってほしかった。

彼のことを考えすぎてバンドも学業も疎かになりつつある。

 

 

 

「おねーちゃん」

 

「日菜?」

 

「話があるんだけど、今大丈夫?」

 

「…ええ」

 

 

 

ノックと共に部屋に入って来たのは日菜だった。ベッドに寝転んでいた身体を起こし日菜と向き合う。

 

 

 

「どうかしたの日菜」

 

「あのね、明日ってRoseliaの練習休みでしょ?よかったら一緒に遊園地行かない?」

 

 

 

唐突な提案。内容はとても日菜らしい。

 

 

 

「別に構わないわよ」

 

 

 

明日は自主練習をするつもりだったけどせっかくの誘い。一日くらいやらなくても平気だろう。

私の回答にいつもなら明るく元気に喜ぶ日菜だけど今日は様子が違う。表情は曇ったまま。それでいて私の表情を伺っていた。

 

 

 

「あ、あのねおねーちゃん」

 

「ええ」

 

「その日なんだけど……蒼くんも、誘っていいかな……?」

 

 

 

様子を伺っていたのはそういうことらしい。私が今の蒼夜のことをあまり好きでないことは日菜にはバレていたみたいだ。

一応、今の蒼夜に思うところはある。けどそれはわざわざ日菜の提案を断る程のものではない。遅かれ早かれ、蒼夜とはちゃんと向き合わねばいけないのだ。ならこの誘いはありがたいものだと捉えるべきだろう。

 

 

 

「……わかったわ。蒼夜も入れて三人で行きましょう」

 

 

 

私の言葉に驚いたような表情を日菜は浮かべた。自分から言っておいてその反応は少しおかしな気がする。

 

 

 

「……いいの?」

 

「ええ。いつまでも逃げていられないもの」

 

 

 

今の蒼夜の隣にいて何かが得られるのか。それはわからない。けど関わらなければ失われた時間を取り戻すこともできない。やり方が当たっているかどうかなんてわからない。

それでも蒼夜の記憶が戻る可能性が少しでもあるというのなら。私はこの身であればいくらだって犠牲にする覚悟を持っている。

 

 

けれどもしも仮に__ずっと蒼夜の記憶が戻らなければ。揺れる二つの時間の狭間でどう生きればいい。

記憶(本物)(偽物)のどちらを選べばいい。

記憶なら昔通りでいい。空白の一年を埋めるためにこれまで以上に一緒に過ごせばいい。恋人らしいことももっとすればいい。

 

 

 

「わかった!蒼くんにも伝えとくね!」

 

 

 

そう言って笑顔で部屋から出て行った日菜は嵐のようで。私はまたベッドに背を預けた。

 

恋人らしいことももっとすればいい。か。

 

けど逆なら。もし今のままならどうすればいいのだろう。

 

顔も三日月も変わっていないのに口調も呼び方も姿勢も振る舞いも変わって、知らない服装に知らない趣味に知らない表情。それなのに見慣れた笑い方が混ざって、もう何度脳を掻き乱されたか覚えていない。

 

 

 

知っている顔に浮かぶ私の知らない表情。

 

知っている声に知らない口振りが上乗せされる。

 

知っている不器用さが知らない器用さに変わる。

 

知っている蒼夜が日に日に私の知らない蒼夜になっていく恐怖が今日も募っていく。

 

垣間見える蒼夜らしさと不意に目にする初めての姿、行動、言動。

 

 

 

私は一体どうすればいい。どう接すればいい。

 

 

そもそも今の彼を蒼夜と言ってもいいのか。魅力的だった彼とは全く違う人間になったというのにそれを仕方ないと割り切れと言うのか。そんなもの無理に決まっている。

 

 

私が好きな蒼夜はクールで真面目で誠実で器用で頼りになる彼じゃない。

明るくて馬鹿で優しくて不器用で容量は悪いけど真っ直ぐで正義感の強い彼だ。

 

 

日に日に増えていく蒼夜の面影を見せる別人の誰かに困惑せざるを得ない。

 

 

確かにそこに、今では手の届く範囲に存在しているはずなのに、もう私の知っている彼がいないのではないかと錯覚してしまう。

 

 

違う。蒼夜は蒼夜だ。他の何者でもない。それは私が一番しっている。

信じなければいけない。彼の記憶が元に戻ることを。信じられなければいないことに変わりないのだ。

わかっている。頭の中ではそうだとわかっているのに。

 

 

 

やっぱり納得したくない。記憶を無くしているという事実を。

 

 

 

日菜に言ったことは全て本心。

蒼夜とは一緒にいたい。また同じ時を共有したい。

 

 

けどそれと同時に私の存在すら忘れてしまっている彼のことを認めたくない自分もいて。

 

自分のことなのに自分がわからなくなって。

 

 

ただそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 



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捜索21

 

 

約束の日は、すぐに訪れた。

日菜に連れられて遊園地の入り口で蒼夜のことを待つ。

 

いつもよりオシャレをした。蒼夜に喜んでほしくて一生懸命選んだ服。メイクだってしてみた。前みたいに、綺麗だって言ってくれるのかしら。

 

 

 

「お待たせしました」

 

「あ、蒼くん遅いよ~!」

 

「すみません。旦那様の手伝いをしていたら遅れてしまいました」

 

 

 

彼は前に会った時のようなスーツ姿ではなく、カジュアルなスタイルで現れた。見慣れた姿に私は息をのんだ。

その姿がどこか昔と重なるのは同一人物だから?服の好みは変わっていないというの?

 

 

 

「紗夜さん?どうかしましたか?」

 

「……さん付けはやめて」

 

 

 

その姿の貴方にさん付けをされるのは、初対面みたいな敬語を使われるのは、気が狂いそうだ。

私たちと遊びに来て、ここに弦巻さんはいない。なら気を遣うべき人間はいない。そうではないのだろうか。

 

 

 

「……では、紗夜と呼ばせてもらいます」

 

「……敬語もいらない」

 

「紗夜と、呼ぶよ」

 

 

 

未だに疑ってやまないのは彼が私たちのことを本当は覚えているんじゃないかということ。同一人物と言えど記憶がないうえで昔と同じような格好をされたら、似すぎているの範囲を超えられたら。

 

記憶がないのなら、同じような困った表情をしないで。

 

 

 

 

「ほら!おねーちゃんと蒼くんはいつまでそんなやりとりしてるの?早く行こうよ!」

 

「そうだな」

 

「……ええ」

 

 

 

日菜の発言で私たちはチケットを買って遊園地の中に入った。

遊園地内は休日ということもあって家族連れや友人同士など人が多い。その中でも目立つのはやっぱり恋人であろう人たちだ。手を繋いで楽しそうに歩く姿に嫉妬する。

 

 

どうしてこんなにも思っているのに届かないのか。

私は今でも貴方が好きなのにどうして伝わらないのか。

否。伝わっても、返ってこない。

 

彼は私を雇い主の娘の先輩としか認識していない。記憶がないのだから仕方がない。

そうだとわかっているのに私は自分のことばかりだ。

 

蒼夜は好きで記憶をなくしたわけじゃない。なのにそんな彼を私は責めている。

申し訳なさそうに下がった眉と知らない人だと切り捨てた声。今でも思い出しただけで胸が痛い。自分の余裕のなさに笑えた。

 

 

 

「もう、おねーちゃんも蒼くんも!せっかく遊園地に来たんだから楽しもうよ!」

 

 

 

日菜が笑顔で手を引く。昔とは違う。昔は私と蒼夜が引っ張っていたのに。

その手を引くのは私でありたかった。引いてくれるのも蒼夜であってほしかった。

 

 

最初に向かったのはジェットコースター。遊園地の中でも絶叫系が有名なここだが絶叫系以外にも色々な乗り物がある。それなのにも関わらずわざわざジェットコースターを選ぶというのは完全に日菜の趣味だろう。

私があまり絶叫系が得意でないことも分かっているはずなのにこの子はこういう時に気が回らない。

 

 

 

「それじゃあまずはあれに乗ろう!」

 

「日菜。私、絶叫系は……」

 

「いいね。乗ろう」

 

 

 

私の言葉をかき消すように発言したのは蒼夜だった。彼の表情を見ればポーカーフェイスが少し崩れ、少なからずワクワクしているのがわかる。

そうだった。蒼夜は絶叫系の乗り物が好きなんだった。

 

 

 

「紗夜。いいか?」

 

「……わかったよ」

 

 

 

記憶がなくても私はその姿と声で何かを頼まれると弱い。蒼夜は別に狙ってやっているわけではないだろう。

せめて似ていなければどれだけ楽だったか。

 

 

ジェットコースターでは日菜の計らいで隣同士にさせられた。嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ちで。彼を見ればワクワクしているように見えた。そういうところも変わっていない。

 

 

 

「っ……」

 

「大丈夫だよ。俺がついてるから」

 

 

 

握られた右手微笑んだ蒼夜が私を見ていた。

それに驚いて、歪な顔をしてしまったのはきっと。

 

「……嫌、だったか?」

 

「……いえ。そのままでいいわ」

 

 

 

今日は昔の貴方を思い出す要因が多い。

強く強く、蒼夜の手を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

おねーちゃんと蒼くんは仲がいい。

初めて出会った時からすぐに仲良くなって、それからあたしが加わって。

蒼くんの家族を紹介してもらってみんなで遊ぶようになって。

 

 

始まりはおねーちゃんと蒼くんが出会ったから。

終焉はおねーちゃんと蒼くんが離れ離れになったから。

 

 

この物語のヒロインはおねーちゃんでヒーローは蒼くんだと知っている。そう決まっている。

 

だからこそあたしのこの想いが絶対に届かないものだってことも理解している。

 

それでも諦めきれないのはそれだけ好きだから。

好きで好きで堪らないから。

今にも爆発しそうなくせに、それでもおねーちゃんと蒼くんのことを優先したのは同じくらい二人の関係が好きだから。

そうじゃなきゃ、応援できるわけがない。しようとも思わない。

 

 

 

「……けど、やっぱり」

 

 

 

羨ましいな。

 

その言葉だけは飲み込んで、また私は二人の隣にいる。

今の関係性が一番いいんだって、そう自分に言い聞かせる。

それでも溢れ出る想いは器用に笑顔の仮面に隠して。

何度だって二人に笑いかけるんだ。

 

 



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捜索22

 

 

「おねーちゃん大丈夫?」

 

「……これが大丈夫に見えるのかしら?」

 

 

 

ジェットコースターに乗り終えた私たち。元気な二人と対照的に、私は一人気分が悪くなっていた。こういう乗り物は苦手なのにそれを乗らない方向へ持って行こうとしない辺りは昔と変わらない。正直そこに関しては一番変わっていてほしい部分だったのに。

 

 

 

「あたし飲み物買ってくるね!蒼くんとおねーちゃんはここで待ってて!」

 

 

 

そう言って日菜はどこかへ行ってしまった。

突然私と一緒に取り残された蒼夜は少し戸惑っているように見える。それでも私の気を紛らわせようとしてくれているのか話すことだけは止めようとしなかった。

 

 

 

「紗夜は意外と付き合いがいいんだね」

 

「……それはどういう意味」

 

「ジェットコースター、苦手なのに乗ってくれたでしょ。待っててもよかったのに」

 

 

 

乗らなかったら日菜が強引に乗せるように仕向けていただろうから対して変わりはない。日菜はどうにかしてでも乗せる。それは蒼夜が止めようとしても止められないだろう。私に拒否権はほとんどない。

 

 

 

「蒼夜は、絶叫系の乗り物が好きじゃない」

 

「もしかして僕が乗るって言ったから乗ったの?」

 

「……悪い?」

 

「なんて言うか、驚いたよ……」

 

 

 

何に対しての驚きだろうか。私は蒼夜が相手でなければ乗っていなかったのは事実だ。

 

 

 

「紗夜ってあまり人と関わっているようには見えなかったから」

 

 

 

どういう意味かわからなくて彼の顔を見つめれば「悪い意味じゃないよ」と続ける。

 

 

 

「誰とでも一定の距離で話せていたからすごいと思っていたんです。多分僕には真似できないことだから」

 

 

 

うそつき。それは貴方が一番得意だったことよ。

 

 

 

「僕は恩人と自分のためにしか動けないような人間だから羨ましいよ」

 

 

 

それはどちらかと言えば私の言葉だ。

 

 

 

「蒼夜は……私のことをどう思っているの」

 

 

 

自分勝手でわがままで自分の思い通りに全てが動いてほしくて、今もこうやってあなたのことを困らせている。

めんどくさくて最低な女。

 

 

 

「紗夜は真面目だよね。記憶のない僕にも優しく接してくれて、隣にいてくれて、感謝してる」

 

「そんなの幼なじみなんだから普通よ」

 

 

 

恋人だと言えないのは私の弱い所だろうか。

 

 

 

「それにギターを弾いている姿はかっこよくて天才(・・)的だと思う」

 

「ッ……!!」

 

 

 

天才。今の貴方は他の人と変わらない評価をするのね。前の貴方ならそんな的外れなこと絶対に言わなかったのに。

 

 

 

「けど__」

 

「もう、いいわ」

 

「紗夜?」

 

「……日菜のこと、探してきて。多分何かに目移りでもして遅くなるはずだから。私はここで待っているわ」

 

 

 

これ以上貴方ではない発言を聞きたくはない。聞かせないでほしい。

 

その意思を汲み取ってくれたのか蒼夜は日菜を探しに行ってしまった。

__私が追い払っておいて行ってしまった(・・・・)なんておこがましい話だ。

 

 

自分から近づいて勝手に傷ついたから突き離して。

突き離しておきながら寂しいと思う。

 

都合が良すぎるし馬鹿なことをしている自覚ももちろんある。

 

 

 

今の彼は別に私を必要をしていない。

私がどれだけ必要としていても彼には関係のない話だ。

 

記憶が戻らない限り、きっと彼は私を必要だとは思わないだろう。もしかしたら戻っても必要と思われないかもしれない。私ではない他の誰かと手を繋いで笑い合っているかもしれない。

 

 

 

「ッ……そんなの嫌、いやよ……」

 

 

 

自分で考えて勝手にネガティブになっていたくせに零れる言葉は変わらない。

もし彼でなければ私は普段通りに接することができたのだろうか。

もし彼と恋人同士でなければ私はこうはなっていなかったのだろうか。

無駄な自問自答を繰り返す。

 

そんな妄想に意味はないと知っていても。

あの日の過ち(後悔)を思い出して苦しみ続けると知っていても。

 

もし仮に私と恋人ではない世界があってそこで蒼夜が隣で笑っているのなら。

 

 

 

「…………その方が、いいのかしら」

 

 

 

そうなったら私は上手く笑えるのかしら。そんなことを考えて空を見上げた。

私の感情とは真反対の雲一つない晴天だった。

 

 

 

 

 

 

 

十分経っても二人は戻って来なかった。だから私は二人を探すことにした。

蒼夜がいるから大丈夫だろうと思っていたけど、思えば彼は方向音痴だったことを思い出す。性格が変わりすぎて忘れていた。

どこかで迷っていて、日菜のことを見つけられていないのだろう。ただそれだけだと思っていた。

 

 

自動販売機がたくさん並んでいる場所があった。多分、飲み物を買うのならここだろうと思った。

行かなければよかったと、後悔する。

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

蒼夜と日菜がいた。ただ状況はいつもと違う。

日菜の背には壁、その日菜を壁と挟むように距離を詰めている蒼夜。腕を壁に付いて、日菜はそんな彼に抱きつく。

 

何をしているの、どうして日菜が蒼夜に抱きついているの、蒼夜はどうして日菜に俗に言う壁ドンというものをしているの、どうして、日菜は私が蒼夜を好きなことくらい知ってるでしょ、それなのにどうして、ねえなんで。

 

二人の距離が段々と近くなっていくのがわかる。

その時にチラッと見えた日菜の表情はどこか少し切なそうで、だけど今の私には、私を嘲笑っているようにしか見えなかった。

 

その場から逃げるように走り出す。途中で人にぶつかって、転びそうにもなったけどなりふり構ってはいられない。

言いたいことは色々あった。聞き出したいことだってもちろん。だけどそれはあの二人を見ただけで一瞬にして消え去った。息が詰まって、何も言えなくなって、ただ抑えていた感情が流れ出す。

 

二人が仲いいことくらい知っていた。それは過去も今も変わらない。知っていて、ずっと目を逸らし続けて来た。日菜は優しいから何も言わずに応援してくれていた。

けどだからって、その感情が変わるはずがないのにね。

 

 

 

「あああぁぁぁぁ……ッ!!!」

 

 

 

涙が止まらなかった。

 

 

 



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捜索23

 

 

 

 

「あこ、燐子、今日は付き合ってくれてありがとう」

 

「ううん。あこも練習したかったから誘ってくれてありがとうリサ姉!」

 

 

 

今日はRoseliaの練習が休みで、一人で練習するのもあれだったからあこと燐子を誘ってスタジオで練習していた。

友希那も誘ったんだけど用事があるらしい。紗夜は、誘わなかった。前日に日菜から遊園地に行くという話を聞いていたから邪魔はできないと思った。

練習はいい感じに上手くいって、これなら次の練習でも問題なく練習できそうだと思った。

 

 

 

「……帰りも、送ってくれて……ありがとうございます……」

 

「あははっ。別にいいよ。練習に付き合ってもらったお礼だし。なんならこの後ファミレスでもよってく?」

 

「ほんと!?行きたい行きたい!」

 

「なら進路変更だね。燐子もそれで大丈夫?」

 

「はい……」

 

 

 

燐子の了承もありアタシたちは進路を変える。

いつものファミレスは少し遠いから近場のファミレスを探しそこに行くことにした。ファミレスまではすぐ。この公園を抜けた先にあるらしく……。

 

 

 

「え、紗夜!?」

 

 

 

公園の中央。遊具がある側で蹲る姿。見たことある後ろ姿は明らかに紗夜で、公園で遊んでいたのであろう子供たちが心配そうに見つめていた。

 

 

 

「紗夜!どうしたの!?」

 

「紗夜さん!」

 

「氷川さん……!」

 

 

 

近寄ってその肩を揺すればゆっくり顔を上げた。

涙に濡れた顔。揺れる瞳からはとめどなく雫が零れ落ちる。地面は既に色が変わっていた。

どうして紗夜がここにいるんだろう。だって今日は蒼夜と日菜と出掛けているはずなのに。それに泣いている理由だって。

 

 

 

「あこ、燐子、進路変更ね」

 

「う、うん」

 

「は、はい……」

 

 

 

紗夜がここまで泣いているのなら原因はきっと蒼夜にある。それがわからないほどバカじゃない。問題は何があったか、だ。

この状況で日菜を呼んでも多分何も解決しない。というか悪化するかもしれない。それなら。

 

 

 

「紗夜、立てる?場所移動しよっか」

 

 

 

こくりと首を縦に振った紗夜が立ちあがる。

向かうのはここから一番近いアタシの家。事情はそこについてから聞こう。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「おねーちゃん!おねーちゃん!!」

 

 

 

あたしは珍しく焦っていた。理由はおねーちゃんがいなくなったから。

飲み物を買って、そこで蒼くんと合流して、戻った時には既におねーちゃんはいなかった。

電話をかけても繋がらない。遊園地内を探してもおねーちゃんらしき人を見つけることはできなかった。

 

 

 

「蒼くん!おねーちゃん見つかった!?」

 

「いや全くだ。もう遊園地内にはいないんじゃないか?」

 

 

 

そうなるとさらに探さないといけない範囲が広くなる。遊園地内なら最悪出入り口付近で待機しておけば絶対に見つかったのに。

唇を噛みしめる。

 

おねーちゃんがいなくなった理由はなんとなく見当がついていた。ついていて、目を逸らしている。

だって、絶対におねーちゃんにはバレちゃいけないことだったから。そもそもやってはいけないことだった。

それでもあたしは。

 

 

 

「蒼くん!手分けしておねーちゃんのこと探そう!」

 

「手分けすると言ってもどれだけ広いと思って。そもそも俺は紗夜が行きそうな場所なんて」

 

 

 

記憶がないのはこういう時に不便だ。だけどそんなこと思ったってどうしようもない。

今更だし、今更どうにかできる問題でもない。

 

 

 

「蒼くんはライブハウスとその周辺を探して。あたしは友だちに連絡してみるから」

 

「ああ。任せてくれ」

 

 

 

蒼くんが走り去る。

あたしはスマホを取り出してメッセージアプリを起動させ電話をしていく。千聖ちゃん、彩ちゃん、麻弥ちゃん、友希那ちゃんに順番に連絡していく。けどみんな繋がらなかったりおねーちゃんの居場所を知らなかったり。一応探してくれるメンバーもいた。

次に掛けたのはリサちー。3コールで出たリサちーにも他のメンバーに言って来たような内容を話すつもりだった。

 

 

 

「紗夜なら家にいるよ」

 

「え……」

 

 

 

開口一番リサちーから聞こえて来たのは予想外の言葉だった。

どうしておねーちゃんがリサちーの家にいるんだろう。

 

 

 

「紗夜はアタシが面倒見てるから安心して」

 

「う、うん。あのリサちー、今からそっちに……」

 

「ダメだよ」

 

 

 

耳を通るのは否定の言葉。またまた想定外の言葉であたしは動揺してしまう。

 

 

 

「日菜、いくらなんでもダメだよ。紗夜から奪っちゃ」

 

「……わかってるよ」

 

「ううん、わかってないよ。日菜は中立でいなきゃ。どっちかに傾いちゃダメだよ」

 

「そうしてるじゃん」

 

「そうしてたんなら少なくとも紗夜は今泣いてないよ」

 

「っ……」

 

 

 

リサちーは珍しくキレたような声だった。初めて聞くその声に焦りが生まれる。

おねーちゃんが泣いていた。その理由はきっと一つしかない。

 

 

 

「とにかく、紗夜のことはアタシは見てるから。日菜は日菜がやらないといけないこと、自覚しなよ」

 

「……そんなこと言われたって、あたしは……」

 

「……紗夜が落ち着いたら連絡するよ」

 

 

 

またね。そう言われ電話を切られる。あたしの耳に届くのは同じ言葉を繰り返す機械音だけ。

 

 

あたしのせいでおねーちゃんが傷ついているとわかっているのに。

あたしの行動はおねーちゃんを傷つけていると理解できてるのに。

募るのは罪悪感。

虚しくて空しくて、涙が零れた。

 

 

 



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捜索24

 

 

 

紗夜の向かう場所なんてわからない。だから俺は日菜に言われた通りライブハウス周辺を探していた。

日菜からの連絡はない。それはすなわちまだ見つかっていないということなのだろう。

 

紗夜が突然いなくなった理由を俺は知らない。だからそれも聞き出さないといけなかった。

 

 

そうして向かったCIRCLE。

そこで出会ったのは三人の少年少女たち。

俺のシャツをこれでもかってくらい握りしめた女の子は言った。

 

 

 

「やっと……やっと見つけたよ、お兄ちゃん!」

 

 

 

それは言ってしまえば最悪の出会い方だった。

 

 

 

「……君たちは、誰ですか」

 

 

 

俺は彼らのことを知らない。

そして彼らは俺が彼らを知らないということを知らない。

それがどれほど人のことを傷つけるのか、俺は知っている。

 

 

 

「な、何言ってるの……?私だよ、御門奏!」

 

「すみませんがその名前に覚えはありません。人違いではありませんか?」

 

「兄ちゃん!本当に俺たちのこと忘れたのかよ!!」

 

「今まであったことも全部忘れちゃったの!?」

 

「僕は人を探しているので……」

 

 

 

彼らはきっと俺の過去を知っている人間なのだろう。まだ中学生くらいに見える。それに呼び方は俺の妹や弟のよう。

だが、俺は覚えていない。今思い出している余裕もない。

今は何よりも紗夜を探すのが先決で……。

 

 

 

「……紗夜さんのこと、探してるの?」

 

 

 

彼女の口から聞こえて来たのは俺が探している人の名前だった。驚いて動揺してしまう。

どうして知っているのだろう。そう思って視線を向ければ彼女は悲しそうな顔をしていた。

 

 

 

「やっぱり、紗夜さんの方が大切なんだね……」

 

「え?」

 

「お兄ちゃんはいつだって紗夜さんのことばっか。いつだって私のことを見てくれているようで見てくれない。記憶がなくても、それは変わらないんだね」

 

 

 

俺の袖を掴んでいた彼女の手が緩む。残るのは手を伝って感じていた体温と吹き抜ける風の冷たさ。

胸の奥が、締め付けられて痛かった。

 

 

 

「……君は、君たちは僕の何を知っているんですか」

 

 

 

俺のことを知っている。

紗夜のことを知っている。

ということは日菜のことも知っているのだろう。

 

僕と、紗夜と、日菜と、その他いろいろな人と。

俺が関わってきた、俺の人との繋がりを知っている人物かもしれない。

俺が、記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれない。

 

 

気づけば俺は彼女の手を掴んでいた。

驚いた表情の三人が俺のことを見ていた。

 

 

 

「お兄ちゃんは私たちの家族だよ」

 

 

 

家族。この子たちが俺の家族。

彼女は俺の手を掴んで握り直す。

 

 

 

「帰ってきてよ、お兄ちゃん……」

 

 

 

彼女は泣いていた。その瞳からポロポロと涙が零れる。

それを見て二人が動いた。俺の両腕をそれぞれが掴んで俺に想いをぶつける。

 

 

 

「蒼兄ちゃん。俺も蒼兄ちゃんに帰ってきてほしい。また家族みんなで楽しく過ごそうぜ!」

 

「兄さんに話したいことがたくさんあるんだ。だから戻ってきて」

 

 

 

三人の目は本気だった。

本当なら俺はここで彼らの想いに答えるべきなんだろう。

 

 

だけど今優先するべきなのはそれじゃない。

 

 

俺は腕を振りほどいた。驚いた顔が二つ。一つは俯いたままだ。まるで答えがわかっていたかのように拳を握りしめて動かない。

 

 

 

「僕は君たちと一緒に帰れない。僕には探さないといけない人がいるから」

 

 

 

けどね。と俺は続ける。地面に片膝をついて彼女の握りしめられた拳を取った。肩が、ピクリと揺れた。

 

 

 

「全部終わったら。今の僕がやるべきことが全部終わったら君たちの元に帰ると誓うよ」

 

「……ほんと?」

 

「ああ。何年経とうと、絶対だ」

 

 

 

俺は彼女の拳をゆっくり開かせてその小指に自身の小指を絡めた。そのまま子供がよくやる約束を取り付ける文言を唱える。彼女に笑いかければ彼女は小さく頷いた。何度も何度も頷いた。

 

 

 

「約束、破ったら許さないからね」

 

「約束なら破らないよ」

 

「……うん。知ってる」

 

 

 

立ち上がって別れの言葉を告げる。だけどこれが最後じゃない。きっとこれは始まりだと信じて俺は彼らに背を向けて歩き出した。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「紗夜。何があったのか、聞いてもいい?」

 

 

 

公園で泣いていた紗夜のことを保護したアタシたちはアタシの家に紗夜を連れてきていた。公園にそのまま置いては置けないし何があったのか気になって仕方なかったから。

 

聞いていた話では今日は紗夜と日菜と蒼夜の三人で遊園地に行っていたはずだ。

なのに紗夜は一人。日菜と蒼夜はどこにも見当たらなかった。一人で孤独に泣いていた。

その理由が気にならないわけがなかった。

 

 

 

「…………私は、どうすればいいんですか……」

 

 

 

紗夜から聞こえて来たのは疑問だった。ベッドの上に座って壁に背を預け頭を抱える姿からはいつもの凛とした雰囲気は感じられない。アタシたちの目の前にいるのはただのか弱い女の子だ。

 

 

最近ずっと紗夜の弱いところばかりを見ている気がする。そのせいで紗夜への印象が変わった人も多いと思う。アタシもその一人だった。

 

 

紗夜があまり笑わないのも、意見が正論以外から外れることがないのも、日菜と仲が悪かったのも。

全部蒼夜が関係している。一人の人間の影響で何もかも変わってしまうほど氷川紗夜という人間は弱い者だった。それをアタシたちは認識していなかった。当然だ。そこまで紗夜のプライベートに踏み込んでいなかったのだから。そもそも踏み込んでいたとして日菜ですら解決できていないような問題をアタシたちが解決できる見込みはゼロに等しい。現に解決できそうな問題ではなかった。

 

 

紗夜の力になりたくて紗夜の闇に踏み込んでおいて、解決できないからと見ないフリをしようとしているアタシはとんだ裏切り者だ。

 

 

 

「……いかないでよ、蒼夜。はなれないで……」

 

 

 

状況をなんとなく察してもなお解決策は見つからない。

やっぱりアタシたちじゃこの問題は解決できそうにない。

この問題を解決できるのは蒼夜だけなんだ。

 

結局他力本願になってしまうアタシは俗に言う偽善者ってやつなんだろう。

そんなことを思いながらアタシは日菜からの電話に出た。

 

 

 

 



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捜索25

 

 

 

雨が降っていた。

揺れ動く足元。

君は必死に俺に手を伸ばしていた。

俺はその手を掴んで引き寄せる。

安心した君の顔。俺も安心した。

ゆっくりと歩いていく。

君を預けた瞬間揺らぐ視界。

自分の身体が傾いていた。

バランスを崩して倒れた。

そのまま傾く床を滑っていく。

 

君が俺の名前を呼んでいた。

最後に見たのは君の絶望したような表情。

そんな顔してほしくなくて笑った。

そのあと俺を包んだのは大量の水だった。

苦しくて、もがいて、でも息はできなくて。

俺はそのまま意識を失った。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「っ!……なんだよ、今の……」

 

 

 

俺を襲ったのは悪夢だった。あまりにもリアルな夢に飛び起きてしまう。まるで一度体験したことあるような感覚。頭を割るような頭痛がした。

 

 

 

「……紗夜、お前はなんで……ッ!」

 

 

 

登場人物は四人いた。

俺と俺が助けた子、その子を俺から預かった子、そして俺たちを見ていた子。俺はその全員を知っている。

俺と紗夜と日菜とあと昨日御門奏と名乗った女の子。

ずっと悲しそうな顔をしていたのは紗夜だった。俺がずっと見て来た表情と同じだった。

 

 

あの夢は一体なんなんだろう。

あの状況から察するに俺は紗夜を助けて水に包まれた。水ってのは海なんだろう。ということはあれは船の上か?なんで俺たちは船の上にいたんだ。

夢のことで現実のことではないのに俺はどうしてかその理由を必死に考えていた。

まるであれが本当にあったことのように錯覚して、胸の奥に疑問がもやもやと引っかかっている。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「お兄ちゃんに会いました」

 

 

 

突然家に現れた奏ちゃんにそう言われた瞬間、鈍器で頭を殴られた感覚に陥った。

どうして蒼くんと会うことができたのか。なんでそんなことをあたしに言って来たのか。わからないし理解したくもない。

 

 

 

「……どこで会ったの」

 

「つい二日前、ライブハウスの近くを通ったらそこにいました。偶然ですよ」

 

「……まあ、そうだろうね」

 

 

 

その日はおねーちゃんがいなくなった日。蒼くんと分かれて探していた日。あの時分かれて探さなければ、もしかしたら蒼くんと奏ちゃんは出会っていなかったかもしれない。なんて、出会った後に考えても仕方ないけど。

 

 

 

「日菜さんは、会わない方がいいって言ってましたけどそんなことなかったですよ。お兄ちゃんに会わなかったら知らないこともありましたから」

 

「……それでもあたしは会ってほしくなかったよ」

 

 

 

もちろん、奏ちゃんが壊れてしまうかもしれないという恐怖はあった。だけどそれは乗り越えられると思っていた。奏ちゃんはあたしが思っているよりも強い子だから。だからあたしは奏ちゃんと蒼くんを会わせたくはなかった。

 

 

 

「それは、どうしてですか?」

 

 

 

わからない、かな?

だって蒼くんと出会ってしまったら、奏ちゃんもあたしの好敵手だ。

おねーちゃん一人で既に手に負えないレベルなのに奏ちゃんまで加わったらどうにもできないよ。

 

 

結局あたしは、今でも蒼くんの隣にいられるとどこかで信じているだけなんだろう。そうであってほしいと、本気で想っているんだ。

 

 

 

「……話はそれだけ?なら帰ってよ」

 

「日菜さんはなんで逃げているんですか」

 

「何が」

 

 

 

唐突に言われた発言にあたしは理解が追いつかなかった。否、わかりたくなかったからわからないフリをしているだけに過ぎないのだろう。

 

 

 

「もちろん、お兄ちゃんのことですよ」

 

 

 

お願いだから、逃げさせてよ。

 

 

 

「今日ここに来たのは日菜さんが私たちからお兄ちゃんを遠ざける理由を聞きたかったからです。前は壊れてほしくないって言ってた。お兄ちゃんを見つけたって聞いた日に紗夜さんに何かあったって知ったからそうなってほしくないって意味で言ってるんだって、そう思ってました。

けど違ったんですね」

 

 

 

気づかなければよかったのに。

 

 

 

「私が、誰よりも一番近くでお兄ちゃんのことを見て来たのに。その私が、お兄ちゃんが誰に見られているかに気が付かないわけないじゃないですか」

 

「……まあ、そうだよね」

 

 

 

蒼くんと家族である奏ちゃんにあたしの想いが隠し通せるはずがなかった。

 

 

 

「私たちのことを遠ざけておいて逃げる理由が私にはわかりません。だってチャンスじゃないですか。記憶をなくしている今が一番、日菜さんからしたら可能性がある。なのにどうして日菜さんは逃げるんですか」

 

「チャンスなんてないんだよ」

 

「日菜さん……?」

 

「……奏ちゃんにはわかんないよ」

 

 

 

そんなの、伝えられるなら伝えてるよ。けど蒼くんと関わって痛いほどわかるんだ。

 

蒼くんは今もあの頃と変わらない。

おねーちゃんが大好きで、おねーちゃんが一番で、おねーちゃんがいれば笑顔になって。

あたしのことなんて見てくれない。あたしじゃだめなんだ。蒼くんにも、おねーちゃんにも、あたしが支えるのじゃ不十分。そもそもあたしじゃ勝てない。仮に勝てたとしても、おねーちゃんが壊れちゃうならあたしは。

 

 

絶対に恋しちゃいけない相手だった。最初から叶わない恋だから。それでもあたしはキミが好きで好きでたまらなくて。

今日もまた夢を見る。

 

蒼くんが好きなのはあたしで。ずっと前、出会った頃からあたしで。恋人になるのもあたしであれと、そう思う。

そんな明日を今も夢見てる。

 

 

 

「ねぇ。奏ちゃんは蒼くんが家族じゃなかったらって考えたことある?」

 

「……何の話ですか」

 

「あたしはね、あるんだ。蒼くんが幼なじみじゃない、そんな世界だったらって」

 

 

 

何度だって考えた。そうなったらあたしにチャンスがあったのかもって。けどそんなことはなかったんだ。

何度考えてもあたしと出会う未来が見えない。何度考えてもおねーちゃんと蒼くんが出会う未来しか見えない。あたしとおねーちゃんが仲違いしたまま大人になることだってあったかもしれない。

あたしたちの仲を取り持ってくれたのは蒼くんだ。蒼くんが幼なじみでなければきっと。

 

 

 

「最悪なんだ、今よりずっと。いないなんて考えられない。

あたしは、壊れちゃうくらいなら今の方がいい。あたしが諦めればいいだけの話なんだから」

 

「日菜さんが諦める理由なんてないんですよ」

 

「ううん。あたしは諦めなきゃ。じゃないと大好きな人たちは目の前からいなくなっちゃうから」

 

 

 

怖くて震えて夜も寝れなくて。

探して焦って何度でも泣いて。

太陽も月もあたしを照らしてはくれない。

あたしはまだ暗闇を歩き続けている。

 

ねえ、お願い。なんでもするから、言うこと聞くし暴言だって何度でも吐かれたってかまわないから。

だからお願い。あたしから離れないでよ。

 

そう思ってふと顔を上げた。ある事実に気づいて笑えた。どうしてその事実に今更気づいたのだろう。もっと早く気づいたってよかっただろうに。

 

 

 

__蒼くんがいなくなって壊れてたのはおねーちゃんだけじゃなかったんだ。

 

 

 



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捜索26

 

 

 

「紗夜、大丈夫?」

 

「っ!すみません。もう一度お願いします」

 

「……いえ。少し休憩にしましょう」

 

 

 

結局あの日から数日紗夜はうちに泊まることになった。あのまま帰せるわけがなかった。それに今の紗夜が日菜に会ったらどうなるかわかったもんじゃない。またあの仲違いをしていた頃に戻ってしまうのではないかと思うと怖くて仕方なかった。

紗夜の問題を放っておくわけにはいかなかったから友希那も呼んで話し合った。これからのRoseliaの練習をどうするのかについて。それが話の主な内容だった。

 

 

 

「私は紗夜が参加したいと言うのなら参加させるべきだと思うわ。だけど、そうね。今リサたちの話していたこともあるし蒼夜にはしばらく練習に来ないようにしてもらうわ」

 

 

 

友希那がそう言ってくれたことにひどく安心したことを覚えている。Roseliaが結成したての頃なら脱退と言われてもおかしくない状態なのに。成長したなぁなんて思っていた。

それがあってRoseliaの練習に蒼夜が参加することはなくなった。日菜のお願いを破る形になってしまったけどこれに関しては受け止めてもらうしかない。それに、何度も頭を下げて謝る蒼夜の姿を見たら自主的にここに来ることはないだろうと思った。

 

 

練習を一日休んで、それから復帰した紗夜。その演奏はお世辞にも上手いとは言えたものではない。ミスが多かった。あの完璧な演奏が取り柄の紗夜の演奏が何度も崩れた。それはここにいるのがあの氷川紗夜なのか疑うレベルだった。この一時間の間に何度演奏が止まったか、とっくに数えることはやめていた。段々とミスを重ねるごとに目に見えてわかる紗夜の焦り。心配するなは無理な話。

 

誰もが事の深刻さを目の当たりにした。

 

 

 

「さ、紗夜!一緒にカフェ行かない?ほら、気分転換も大事でしょ?」

 

「そ、そうですよ!一緒に行きましょう!」

 

「……今井さん、宇田川さん」

 

「それに誰だって調子悪い日はあるんだし、ね?」

 

「……すみません。今は一人にしてもらえませんか」

 

「え、う、うん……」

 

 

 

アタシとあこの励ましの言葉は何もないかのように受け流された。ギターを置いて一人スタジオから出て行く紗夜の背中を誰も追うことができない。

 

 

 

「……やっぱり、まだ切り替えられないよね」

 

「好きな人、恋人が自分のもとから離れていきそうなのだから当然よ」

 

「……大丈夫、でしょうか……」

 

「紗夜さん……」

 

 

 

紗夜が今までどんな想いを抱えていたのかなんてアタシたちにはわからない。支えたくてもどう支えればいいのか。考えてもわからなくて。

今の紗夜よりも真面目で厳しくてだけど優しい紗夜の方が好きだから、戻ってほしいと願ってしまう。

 

 

 

「……リサ。日菜と連絡取れたの?」

 

「うん。取れたのは取れたんだけど……」

 

「けど?」

 

 

 

アタシはカバンからスマホを取り出して日菜とのトークアプリを開く。それをそのまま友希那に渡した。

 

 

 

「『リサちー迷惑かけてごめんね。心配しないで。あたしはもう蒼くんにアタックしたりしないから』これは……」

 

「日菜から送られてきたメッセージだよ。昨日送られてきたの」

 

「なんか日菜ちゃんぽくない文章だね」

 

「……そう、ですね……」

 

 

 

それはアタシも思っていた。日菜にしては大人しい文章だし日菜があっさり諦めるとも思えない。いくら紗夜のためと言えどそんな簡単に引き下がれるだろうか。この文章は色んなことを我慢しているような、そんな気がして仕方ない。

 

 

 

「送られてきたのはそれだけ?」

 

「うん。他はたわいもないやりとりしかしてないから……」

 

 

 

アタシたちは知らないけれど仲良くなってもなお紗夜と日菜の二人は蒼夜のことで溝がある。多分埋まらない溝なのかもしれない。

アタシたちは想像している何十倍も二人のことを知らない。だからそうにもできない。悔しくてもどかしくて辛くて仕方ない。

 

 

 

「……たとえどちらに転んでも、私たちは変わらずにいなければいけないわね」

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

Roseliaの練習から追い出されて早一週間が経った。俺はお嬢様の送り迎えのついでにハロハピのバンド練習を見ることになっていた。

最近までRoseliaの練習を見て来たのだから技術は劣る。それでもこのバンドは誰かを笑顔にしようと、したいという意思が伝わってきて。それに応えたくて自然と教えるのに熱が入っていた。

 

 

 

「お疲れ様です蒼夜さん」

 

「お疲れ様です花音様」

 

 

 

練習が終わりスタジオ内を片付け着替え中のお嬢様を外で待っているとお嬢様よりも先に現れたのは花音様だった。優しく微笑むその顔を見ればこちらも自然と笑顔になってしまうというもの。さすがはハロハピの癒し担当だと思った。

 

 

 

「他の皆様はどうなさったんですか?」

 

「みんなまだ着替えてますよ。ただ会話が弾んでるみたいで……」

 

「そうでしたか」

 

 

 

容易に想像できる光景。おそらく美咲様が絡まれているのだろう。美咲様には日頃からお世話になっているし後で謝っておかなくては。

 

 

 

「……あの、蒼夜さん」

 

「はい。なんでしょうか」

 

「Roseliaの練習に行かなくなったのってやっぱり、紗夜ちゃん関係ですか……?」

 

 

 

花音様は普段、人の懐に入り込むような発言はしない。どこで地雷を踏んでしまうかわからないから、それを恐れて人の事情に深入りしない。

だけどたまに、ごく稀に踏み込んでくることがある。

聞かないといけないほど重要な理由があるのか、それとも好奇心からか。それは一切わからないが花音様は真剣でその中に少しだけ不安が見えた。

 

 

 

「そうですね。主にそうです」

 

 

 

俺は隠す理由もないからそう返した。俺の返答に花音様の表情から不安の割合が増えたように思えた。

 

 

 

「大丈夫、なんですか?」

 

「……さぁ、どうなんでしょうか。僕にはどうすればいいのかわかりません。記憶がないなんて、言い訳でしかないんですから」

 

 

 

紗夜や日菜、奏ちゃんにはそんなことを言い訳にしてはいけない。そう最近思う。

だけど何も思い出せない俺はどうすればいいのかわからない。

何をすれば喜んでくれるのかはまだ理解できていない。ただ何をすれば悲しむのは理解していて。そのうえで俺は俺のことを大切に思ってくれている人を傷つけてしまった。

これで紗夜のことを壊してしまえば俺はRoseliaのメンバーに、日菜に、奏ちゃんに何を言われるだろう。想像したくない。でももしそうなったら受け止めなければ。

 

 

 

「ちゃんと話してみたらいいんじゃないですか?」

 

 

 

花音様の言葉に俺は思考を止めた。

 

 

 

「ちゃんと今何を思っているのか話してみないと。何もわかっていないのに離れちゃうのは悲しいですよ。全部一から話してみて、それからならどう行動する方がいいのかも見えてくるんじゃないですか?」

 

 

 

確かにそうなのかもしれない。俺は過去の話を遠ざけて来た。というよりは俺の過去を知っている人たちがその話をしない限り聞いて来なかった。俺は自分のことのはずなのに知ろうとしなかった。知らなくてもいいんだって思っていた。

けどそんなはずがないよな。

 

 

 

「ありがとうございます花音様。お嬢様には用事があるから先に帰っていると伝えてもらっていいですか?」

 

「はい。頑張ってくださいね」

 

 

 

その声に頷いて、俺は車に乗った。シートベルトをつけてエンジンをかける。アクセルを踏んで向かう先は一つだけ。

 

 



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捜索27

 

 

 

 

「みんな、お疲れ様~」

 

 

 

今日はパスパレの練習日だった。朝からスタジオにこもって今度のライブでやる曲を通して、できていないところとかを確認していた。

あたしはいつも通り弾いていたつもりだった。だけど音でバレてしまったんだろう。途中から千聖ちゃんからは鋭い、麻弥ちゃんからは心配そうな視線をもらっていた。彩ちゃんとイヴちゃんは気づいていなかったみたいだけど。

 

「何かありましたか?」と麻弥ちゃんに聞かれた。「何もないよ?」とあたしは返した。

「何かあったわよね」と千聖ちゃんに言われた。「何もないよ?」とあたしは返した。

あたしはいつも通り笑って楽しく弾いて見せていたのに。あたしの演技もまだまだなんだろう。

 

 

練習中、何度も聞いたその問いかけにあたしは何度も同じ言葉を繰り返していた。やがて諦めたように千聖ちゃんがため息をつく。面倒な人ね、と言われた。千聖ちゃんが次に向けたのは麻弥ちゃんと同じ心配そうな目だった。見透かされたうえでその視線を送られているのはそれだけ千聖ちゃんが本気で心配しているということ。

あたしは笑って誤魔化すことしかできなかった。

 

いつもなら彩ちゃんの居残りに付き合ってあげるところだけど今日はそんな気分じゃない。本番前だから千聖ちゃんたちが残ることを知っていたしこれ以上はボロしか出さないと思ったから。

みんなに挨拶をしてあたしはスタジオから出た。事務所の廊下を歩いていればスタッフさんたちが声をかけてくる。受け答えをするのも面倒だったあたしには急いでいると嘘をついた。余裕がなさすぎて笑えて来た。

一人になりたかった。何もかもから今は目を背けていたかった。そうでないと余計なことを考えてしまうから。

 

だけどこういう時に限って昔からあたしを放っておかない人がいるんだ。

 

 

 

「日菜」

 

 

 

事務所の外、すぐ目の前。スーツ姿で車に持たれていたのは蒼くんだった。無視して通り過ぎるわけにもいかずあたしは立ち止まった。今日はバンド練習があると聞いていたのにどうしてここにいるんだろう。こころちゃんのお世話はしなくてもいいのかな。なんて、今はどうでもいいか。

 

 

 

「蒼くん?」

 

「迎えに来た」

 

「どうしたの急に。そんなこと頼んだ覚え……」

 

「話があるんだ」

 

 

 

嫌だと言ったら引いてくれるだろうか。

……いや、そんなことないか。だって記憶がなくても根は蒼くんだもんね。いつだって少し強引。だけどそれがあるから今までいろんな景色だって見れてきたんだ。

正直、この後の展開は見たくないのが本音だけど。でも見なくちゃ、あたしも蒼くんもそしておねーちゃんも前には進めないよね。

 

 

 

「うん。いいよ」

 

 

 

いつも通りの笑顔を向ける。蒼くんは後部座席の扉を開いた。あたしはそれに乗り込む。

走り出した車の行き先は知らない。だけどなんとなく思い描く場所があって自然を口角が上がっていた。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

蒼くんが車を停めたのは公園だった。夕暮れ時の公園は誰もいなくて遊具の影が長く伸びていた。

先に下りたあたしの後を蒼くんがついてきてくれる。ブランコの前に設置されている囲いに腰を下ろす。それを見て蒼くんは足を止めた。

蒼くんなら四歩ほどで追いつく距離。だけどその距離を保ったまま近づこうとはしなかった。

天を見上げる。あたしには眩しすぎて目を閉じた。

 

 

 

「……あたし、蒼くんに謝らないといけないことがあるんだ」

 

「謝らないといけないこと?」

 

「うん。遊園地に行った時、急に抱きついちゃってごめんね」

 

「……あぁ。そのことか」

 

 

 

蒼くんに目を向けるもその表情は変わらない。あいかわらず真面目で困ってしまう。

 

 

 

「日菜は悪くない。俺が体勢を崩したのが原因だっただろ」

 

「けどそれで抱きついたのはあたしだもん。おねーちゃんを傷つけた原因も、きっとそれでしょ?」

 

 

 

本当はわかってた。あの時おねーちゃんがいなくなった理由くらい。

わかっていたから知らないフリをしたかった。傷つけることだって、ダメなことだって理解していたからこそ目を瞑っていたかった。

だけどそれはやめよう。そろそろ本音で話さなきゃね。

 

 

 

「魔が差した。その言葉があの時のあたしには一番合ってたと思う。だけどその言葉で済ませちゃダメだって、そう思うんだ」

 

「そうか」

 

 

 

きっと蒼くんは気にしてない。だからあれはなんでもないことになってると思う。

それじゃあ、あたしの気は晴れない。

 

 

 

「……久しぶりだよね。蒼くんとここに来るのも」

 

「え?」

 

 

 

蒼くんが目を丸くする。あたしは小さく笑って目を逸らした。

 

 

 

「ここ、あたしとおねーちゃんが蒼くんと初めて出会った場所なんだよ」

 

「……そうなのか」

 

「うん。偶然とは言え、蒼くんがここに連れてきてくれた時は少しだけ期待しちゃった」

 

 

 

記憶が戻っていれば全て元通りなのだから。その方が嬉しいに決まっている。みんなハッピーで、誰も止めやしないだろう。だってそれが本来の蒼くんなのだから。

 

 

 

「だけど、蒼くんは覚えてないよね」

 

 

 

ここで出会って、毎日のように顔を合わせるようになって、惹かれ合った。何をするにも初めてばかりが詰まっているように思えた。充実していて、楽しかった時間を君は知らない。

 

 

 

「大丈夫だよ。蒼くんが覚えてなくてもあたしはずっと覚えてるから。忘れていてもあたしはずっと覚えてるから」

 

 

 

忘れられないキラキラしていた日々。これでも記憶力はいい方なのだから蒼くんが恥ずかしがっていた思い出だって忘れてやるもんか。

 

 

 

「日菜、俺は」

 

「ダメだよ」

 

 

 

一歩踏み出した蒼くんにあたしは言う。蒼くんは困惑していて、だからこそあたしは笑顔を向けた。

 

 

 

「ダメだよ。それ以上は言っちゃ」

 

 

 

蒼くんは誰よりも真面目だった。

蒼くんは誰よりも不器用だった。

蒼くんは誰よりも恥ずかしがり屋だった。

蒼くんは誰よりも、誰かの感情の変化に敏感だった。

 

それを踏まえれば蒼くんが次にあたしにかけてくれる言葉くらい容易に想像できた。

わかっていたんだ。ずっと蒼くんの想いが揺らいでいないことも。

けど、だからって、諦めたくもなかったんだよ。

 

本当にあたしは蒼くんのことが大好きだから。

 

 

 

「ねぇ蒼くん。今度海に行こうよ。船に乗って、見たことないくらいキレイな景色見に行こうよ」

 

 

 

あたしは蒼くんが記憶を取り戻した後に言いたい。今伝えるのはきっと不公平なのだ。

返事は聞かずにただ下手くそな笑顔を向けた。

 

 

 

「……日菜」

 

 

 

蒼くんは間を置いた後、静かにあたしの名前を呼んだ。「なぁに?」と返した声は震えた気がした。

 

 

 

「俺は、記憶がないから昔のことなんてわからないし今日菜にどんな言葉をかければいいのかも正直わからない。幼なじみだって事実も聞いたものに過ぎないから実感だってない」

 

 

 

__だけど一つだけ言えることがある。

 

 

 

「お前には感謝している。怒って、笑ってくれたのも全部俺のためだって知ってる。俺のために時間を費やして、色々記憶が戻る方法を探してくれたことも知ってる。

お前がいてくれて、紗夜との関係をいいものにしようとしてくれたこと、俺は感謝してもしきれないくらいだ。本当にありがとう」

 

 

 

ああ、本当に蒼くんはズルい。そんなこと言われたら、やってきたことが間違ってなかったみたいじゃん。あたしは一歩間違ったら二人の仲を壊してるのに。感謝されるなんて間違ってるのに。

 

 

 

「やっぱ、日菜は笑った方がいいよ。歪じゃない、太陽みたいな笑顔が似合ってる」

 

 

 

涙が止まらなかった。

涙を拭うあたし。蒼くんは頭を優しく撫でてくれた。それだけであたしは幸せだった。

 

 



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捜索28

 

 

 

初めて出会った日から、きっとあたしは君のことが好きだった。

だけどそれと同じくらいおねーちゃんのことも好きだったんだ。

選びたくても選べない。そんな運命を天秤にかけられたのは中学生の時だった。

結果はわかりやすいと思う。あたしはどちらも選べないまま、何もできないまま、失ったのだ。

 

あの日の自分は間違いだらけだっただろう。

だからあたしは変わるために、昨日までの自分を捨てるんだ。

今日、新しく生まれ変わらなければいけない。

二度と大切なものを失わないために新たな一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

「おねーちゃん」

 

「……どうしたのよ」

 

 

 

あたしはリビングにいたその後ろ姿に声を掛ける。録画していた動物番組を見ていたおねーちゃんは振り向きはしないもののちゃんと返事はしてくれるみたいで安心した。

 

 

 

「今日、Roseliaの練習ないの?」

 

「あるわよ」

 

「何時に終わるの?」

 

「それを知ってどうする気?」

 

 

 

ただでは教えてくれないみたいだ。リサちーにでも聞けばすぐに教えてくれるだろうけどそれでは意味がないと思っていた。これは、あたしたちの問題なのだから。

言葉を吐き出す前に一度深呼吸をした。まっすぐにおねーちゃんの後ろ姿をこの瞳に映す。

 

 

 

「話があるんだ」

 

「……そう」

 

「だから、いつ終わるのか知りたい」

 

 

 

おそらくおねーちゃんはあたしがどんな話をするのか見当がついているのだろう。双子だしそれくらいの意思疎通はできていると思う。

だからこそ、何も言わずに黙り込んでいるのだ。怖くて仕方ないから何も言えないのだ。そんなところ、似なくてもよかったのに。

 

 

 

「おねーちゃん」

 

「……また今度ではダメなの?」

 

「わかってるくせに。逃げないでよ」

 

 

 

これでは仲違いしていた頃と何も変わりがない。

蒼くんがいなくなって荒れて言葉を交わせなくなった日々と何も変わりはない。

 

 

 

「あたしはもう追いかけるだけの日々なんて嫌だよ」

 

 

 

だからお願い。逃げないで。

 

 

 

「……十七時以降なら何時でもいいわ」

 

 

 

テレビの音量に負けてしまいそうなほど小さく震えた声だった。一字一句聞き逃すことなくあたしは記憶する。一人頷いた。

 

 

 

「それなら十七時におねーちゃんたちが練習してるスタジオで待ち合わせね」

 

 

 

おねーちゃんはあたしの言葉に何か返すことはなかった。無言は了解だと捉えてあたしはリビングを出た。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

泣いた顔も笑った顔もすべて鮮明に覚えている。元々記憶力がいい方だからというのと大好きな人たちの表情は覚えておきたいという思いがあったから。

 

あたしは、天才らしい。みんな、あたしが何でもできる人だと勘違いしているからあたしのことをそう呼んでいた。

確かにある程度のことなら確かにできてしまう。だけど本当に手に入れたいものが手に入らないのなら天才という肩書きに何の意味があるというのだろうか。欲しくもない栄光ばかり手にして何の意味があるというのだろうか。

 

 

わからない。この問いに答えがあるのか知っている人がいるのかどうかすら怪しいだろう。

器用だけど実は不器用。だからこそ苦しむことになっている。そんなあたしのことを人は何と呼ぶのだろうか。

 

 

 

 

「蒼くん」

 

 

 

君は、何と呼ぶのだろうか。

 

 

 

「日菜」

 

 

 

何と呼ばれようと構わない。だってその肩書き自体に意味などないのだから。

意味があるのは残した栄光。もしくは何をしようとしたのか。それが人にどれだけの意味を持たせたのか、だ。

 

 

 

「バカなことはやめてくれ」

 

「バカなことだなんて、ひどいなぁー。あたしは結構本気なんだけど」

 

 

 

今日言葉を交わしたおねーちゃんのように震えた声だった。

昼も二時間ほど過ぎて太陽がてっぺんから傾いている。晴天と呼ぶには雲が多いように見えた。ちょうど蒼くんのいる位置は影で、雲の隙間から覗く太陽はあたしのことを照らしていた。

 

 

 

「いいからゆっくりこっちに戻ってこいって」

 

「いいんだよ蒼くん。止めないで。これは蒼くんのためなんだから」

 

 

 

距離にしてみればそう遠くはない。それでも蒼くんが近づかない理由はきっと一つだけ。

 

 

 

「やめろ日菜。お願いだから」

 

 

 

海水が岩に当たりざぶんと独特な音を生み出す。今日の海はもう少しすれば荒れるだろう。それがちょうどいいと思っていた。

 

 

 

「蒼くんの記憶、あたしが取り戻してあげたいんだ」

 

 

 

だから何も言わないで、ただその目に焼き付けてよ。あたしの姿を。

あの日も最初はこういう天気だった。荒れてくれれば、完璧なんだ。だからもっと、荒れ狂ってよ。

背後、真下にある海にあたしはそう祈った。

 

 

 

「あたしを殺したくないんなら、早く思い出してよ蒼くん。おねーちゃんや奏ちゃん、撫子さんたちのことだけでいいから。あたしのことは思い出せなくてもいいから」

 

 

 

蒼くんが記憶を取り戻すにはあの日をやり直せばいい。あたしはそう思っている。

あの日と立場は逆だけど、それでも効果はあるだろう。そうだと信じている。

 

蒼くんは小さく首を横に振った。あたしの行動を否定するそれは気分のいいものではなかった。

 

 

 

「違うだろ。そんな方法で思い出せたって誰が喜ぶって言うんだ。他に試すべきことはあるんじゃないのか?なあ、日菜。そんなことしてまで俺が記憶を取り戻さなかったらどうする気なんだよ。誰が紗夜のことを支えるんだよ」

 

「……昔からいつだってあたしの周りには人がいた。元気だからって理由で人見知りばっかしてたおねーちゃんよりも友達は多かった。だけどおねーちゃんは違ったんだよ。おねーちゃんの隣にはいつだって蒼くんだけだった。他の子に見る気もしないで君のことだけを見て、想って、信じてきた。おねーちゃんの隣にいるのはあたしじゃなかったよ。

あたしが必要とされていないんだ。だからいなくなっても変わらないんだ、日常ってやつはね」

 

 

 

蒼くんの顔つきが変わった気がした。

雲が太陽を妨げる。昼過ぎなのに薄暗くて段々とあの日に近づいていた。

 

 

 

「俺にはお前が必要だ」

 

 

 

たったそれだけだった。それだけの言葉はあたしの思考を止めるのに十分だった。

 

 

 

「いくら紗夜が俺のことを思っていたとしても俺には記憶がないんだぞ。紗夜の好きなものも嫌いなものも好きなことも嫌いなことも、何をすれば喜んで何をすれば悲しむのかも今の俺は知らないんだ。何も知らないんだよ。

だから、俺のためにいてくれよ。紗夜との仲を、俺は一人じゃ取り持てないから」

 

 

 

自分勝手だった。あたしは君のために決断したことなのに君の身勝手な言葉のせいですべてが崩れてしまいそうだった。一番勝手なのはあたしだということからは目を背けて、やっぱりあたしは変われないのかもしれないと笑うことしかできない。

 

 

 

「……遅いよ。全部。だってあたしはもうこの感情を知る前には戻れないんだよ?何も知らずにいたかった。おねーちゃんのことも、蒼くんのことも、知らなければあたしは苦しんでなかったかもしれないもん。

あたしはあたしのことを嫌いにならずに済んだかもしれないじゃん」

 

「お前が自分のことを嫌いだって言うんなら俺はその分お前を好きでいる。どんな気持でも俺は全部受け止めてやる。すべてに応えることはできなくても応えられる分は全部」

 

 

 

だから、いなくなるなんて悲しいことは言わないでくれよ。俺たちのために、明日も今日と変わらないままでいいから側にいてくれ。

 

 

 

「ははっ…………なにそれ、ズルいよそんなの……」

 

 

 

そんなこと言われたら諦めることを諦めるしかないじゃん。

 

涙に濡れるあたしを慰めてくれるのはいつだって蒼くんかおねーちゃんだった。だけどいつしか泣きたくなっても二人には頼らずに一人で泣くようになった。不安そうな瞳を向けられても笑顔でかわし続けてきた。

全ては二人のためだとそう言い張って。何も言わないことが正しいと信じて生きていたんだ。

だけどこんなの。無理だよ。気持ちなんて、押さえつけられるわけないじゃん。

 

あたしは両目から溢れ出す涙を乱暴に拭った。ピントの合わない視界でも彼のことがかっこよく見えてしまうのはさっきの言葉と、フィルターがかかっているから。

 

 

 

「__好き」

 

 

 

その言葉はあっさりと口にできた。今までの葛藤がすべて水の泡。だけど悪い気はしなかった。

 

 

 

「ずっとずっと、子供の頃からずっと好きでした」

 

 

 

初めて伝えた本当の想いは、自然な笑顔と共に彼に届いた。

それがあたしは嬉しかった。

 

 

 



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捜索29

 

 

 

話と言われて思い浮かぶのは一つだけ。

だから逃げ出したいのは本音だった。だけどそれも今日で終わりにしなければいけないようだ。

 

 

 

「あれ紗夜?帰らないの?」

 

「この後日菜と待ち合わせしてるんです。だからもう少し残っています」

 

「そっか。無理はしないでね」

 

 

 

Roseliaの練習後、スタジオ内に残っていた私に声を掛けたのは今井さんだった。心配そうな表情の彼女に私は大丈夫ですよと笑いかけた。

 

一人はあまり好きではない。

昔から人と話すことがあまり得意ではなかった。仲良くなりたくてもどうすればいいのかわからなくて。

気がつけば私の周りから人はいなくなっていた。いつだって日菜の周りにばかり人が集まっていた。振る舞い方のわからない。私と日菜は双子なのに同じようにはできなくて、一人で泣くことだってあった。

 

そんな時に隣にいてくれたのはいつだって蒼夜だった。

彼だって日菜と同じように周りに人が絶えない人だったのに彼は私が泣き止むまで一緒にいてくれた。それだけでなく泣き止んだ後は私もみんなの輪に入れてくれたのだ。

 

 

その日から私の世界に彼は必要不可欠な存在になった。

 

 

いつだって私が呼べば来てくれた。みんなが堅物だと言って近づこうとしなかったのに進んで私の隣にいてくれた。

蒼夜は私のヒーローで、だからこそずっと一緒にいてくれるのだと思っていた。願っていた。

 

 

彼が私の元に現れた日、救われた気持ちだった。だけどそれも一瞬だった。埋め尽くす罪悪感と自殺願望。頼っていた今までが嘘偽りで本当は私の存在が迷惑だったのではないのかと錯覚して、実際そうなのかもしれないと思う。

記憶がないのだって、忘れたいくらいのことだったってことなのでしょう?

 

 

……ねえ日菜。話って何?今更私と何を話したいって言うの?私は、貴方と向き合うことがまだまだ怖くて仕方ないというのに。

 

 

 

「紗夜」

 

 

 

それはいるはずのない声だった。スタジオの扉の先、肩で息をして、ただまっすぐに私の名前を呼んでいた。

どうして?ねえどうして貴方がここにいるの?なんて。わかっているわ。どうせ日菜は最初からこうするつもりだったのでしょう?だから家で話そうとしなかったのでしょう?わかるわよ。私たちは双子なのだから。

 

 

 

「待ってたわよ蒼夜」

 

 

 

私の言葉に蒼夜は驚いていた。だけどすぐにキリッとした表情に変わった。

そう、貴方も覚悟を決めてきたのね。

 

 

 

「曖昧な関係はもう終わりにしようぜ」

 

「……そうね」

 

 

 

扉を閉めてゆっくりと部屋の中に入ってくる。

 

別にこのまま曖昧なままでもいいのに。

 

きっとその想いは受け取ってはもらえないのだろう。

 

 

 

「日菜は?」

 

「家まで送り届けたよ」

 

「そう。話はできたのね」

 

「……知ってたのか。俺たちが会ってたこと」

 

「まさか」

 

 

 

知るはずがない。蒼夜と大切な話をする時、日菜は一度だって私に声を掛けたことはない。蒼夜のことに関して私は一度だって日菜に相談されたことがない。

それはきっと、私が気づいていることに気づいていたから、かしらね。

 

 

 

「__紗夜。俺はお前のことを恋人だとは思えない」

 

 

 

わかりきっていることだった。だけど蒼夜の口から聞こえてきた言葉を信じたくなかった。

 

 

 

「お前はあくまでもお嬢様の知り合いに過ぎない。学校の後輩で、バンド仲間で、ギタリストであって、それ以上の感情を俺は持てない。俺が一番大切なのは、守らなければいけないのはお嬢様だから。だからお前がどれだけ辛そうでも泣こうと笑おうと、俺はお前の望みに応えられない」

 

 

 

知っていた。それが今の彼なのだと理解できないほど私は愚かではない。だけどそれを理解したいかと聞かれればそんなことはないのだ。

 

 

 

「だから、また一から始めませんか?」

 

「え?」

 

 

 

いつの間にか彼は私の二歩前まで迫ってきていた。彼のことを見上げる。会わない間にまた伸びていた身長。あの日よりも距離を感じるのは当然だった。

 

 

 

「俺と、友だちになってください」

 

 

 

そんな言葉と共に伸ばされた右手。困惑して彼の顔を見つめれば「俺たちの第一歩だろ?」と微笑んでいた。

 

初めてであった頃も確かこういう出会い方だった。

砂場で一人静かに遊んでいた私に彼が声を掛けたのだ。曇りのない笑顔で寂しさを隠して一人殻に閉じこもっていた私に外の世界を教えてくれた。

 

 

__あぁ。貴方は記憶がなくても蒼夜のままなのね。

 

 

涙が流れたのは仕方のないことだった。拭いても溢れてどうにもできない。それでも歪む視界で彼を確認することは簡単だった。

おそるおそるその手を握る。彼はまた驚いたような顔をしていた。

 

 

 

「……何度だって、なるわよ」

 

 

 

上手く笑えていただろうか。

そんな心配は彼の表情を見れば杞憂だと思った。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

涙に濡れて真っ赤になった目でスタジオの受付を通ればそこにいた月島さんに驚かれた。何事もなかったかのように立ち去る。

蒼夜は私のことを家まで送ってくれるらしい。きっとここに来ると決めた時からそのつもりでいてくれたのだろう。嬉しくないはずがなかった。

 

運転席には蒼夜。その隣に私。思えばこれは一年ぶりのドライブだった。

会話はない。それでもその事実だけで私は満足だった。

 

 

 

「……紗夜」

 

「……なによ」

 

「Roseliaの練習、また行ってもいいだろうか」

 

「……それは、湊さんに聞いてください」

 

 

 

私に決定権はない。Roseliaのことは全て湊さん次第なのだ。

だけど、一つだけ言えるとするのなら。

 

 

 

「……まあ、私は良いと思うわよ」

 

「そうか」

 

 

 

チラッと盗み見た横顔。どこか嬉しそうに見えたのはきっと気のせいではないはずだ。

 

 

 

「ねえ蒼夜」

 

 

 

今度、海に行きましょう。

過去から進むための一つの願い。それを彼に告げようとした。

 

 

 

「紗夜!!」

 

 

 

それは私を呼ぶ声に妨げられた。彼は必死な表情で私に手を伸ばす。

状況を理解するよりも衝撃の方が先だった。

感じたことのないそれは意識を飛ばすには十分すぎて。最後に見たのは頭から血を流す彼の姿だった。

 

 

 

 



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捜索30

 

 

 

目が覚めれば広がっていたのはどこか懐かしさを覚えるリビングだった。寝ているのはソファだろうか。ゆっくりと身体を起こせば背もたれ側から声がした。

 

 

 

「あ、お兄ちゃんやっと起きた」

 

 

 

振り返った先にいたのは奏だった。奏がいるということはここは家なのだろう。

 

 

 

「奏。今何時だ?」

 

 

 

知らない呼び方で、俺は彼女のことを呼んだ。彼女はスマホを取り出して時刻を教えてくれる。

 

 

 

「三時だよ」

 

「まじか。寝すぎた……」

 

「昨日遅くまで起きてるからだよ?」

 

「仕方ないだろ。昨日は俺がずっと楽しみにしてたアニメの第一話放送日だったんだから。リアタイは必須だろ」

 

 

 

そうだった。だから部屋じゃなくてソファで寝てるんだ。ソファで寝ていた理由を今思い出した。

 

 

 

「はいはい。ご飯食べる?」

 

「食う。今日何?」

 

「チャーハン」

 

 

 

奏は俺の目の前にチャーハンの入った皿を置いた。大盛りで、俺が食べるには多すぎるくらいだったけど空腹のまま寝てしまったからかそれはあっという間に腹の中に納まっていく。とても好きな味付けだった。

 

 

 

「姉ちゃんは?」

 

「ちびちゃんたち連れて公園。蓮と春樹も遊びに出掛けてるし家にいるのは私くらいだよ」

 

 

 

そう言って奏は俺の隣に座った。格好がだいぶ薄手で少し冷え込んでしまえばすぐに風邪でも引いてしまいそうだと思った。

 

 

 

「お姉ちゃん怒ってたよ?お兄ちゃんが夏休みだからってあまりにもぐうたら生活してるから」

 

「いやいや。俺は昼だけじゃなくて夜もバイトしてるし……」

 

「それしかやってないうえにこうやって昼過ぎまで寝てるから言われるんじゃない?」

 

「そ、それは事実だけど……」

 

「大変なのはわかるけど、そんなんだから紗夜さんにもしょっちゅう怒られるんだよ」

 

「……今日はいつも以上に辛辣だな、奏」

 

 

 

奏さんは俺の言葉に笑っていた。イタズラが成功した子供のようにクスクスとその笑顔は絶えない。

 

 

 

「そう言うお前は、遊びにも行かずに家で何してるんだよ。宿題か?」

 

「まだ夏休み前半だよ?それに私はお兄ちゃんと違って計画的にやってるから」

 

「あーそうだっけ?」

 

「もしかして寝ぼけてる?」

 

「俺曜日で動いてる人間だから日にち感覚狂うんだよな……」

 

「言い訳しないの」

 

 

 

なんで俺は起きてそうそう義妹に説教されてるんだろう。いやまあ日頃の行いのせいだってことはわかってるんだけどな。

 

 

 

「ていうか。今日紗夜さんと約束してなかったっけ?スタジオで待ち合わせって聞いてたんだけど」

 

「あぁ!忘れてた!」

 

 

 

今日はギターの練習しようって話してたんだった。くそ、どこのどいつだよ眠すぎて明日風呂に入ろうって思ってたやつは!

家からスタジオまでは三十分はかかるし準備の時間も含めれば遅刻は確定だろう。紗夜にどやされる未来が容易に想像できた。

 

 

 

「仕方ないなー。私は片付けしとくからさっさと準備してきなよ」

 

「悪い奏。片付け頼む!」

 

「はーい」

 

 

 

俺は慌てて部屋に戻って着替えをもって風呂場に走った。奏は苦笑していた。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「遅いわよ蒼夜。二十分遅刻ね」

 

「ご、ごめん紗夜。寝てて……」

 

「この時間まで寝てるなんて。もう社会人なんだから少しくらいしっかりしたらどうなの?」

 

「返す言葉もありません……」

 

 

 

遅れて到着した俺を待ち受けていたのはやはり説教だった。全面的に俺が悪いからそれにどうこう言うつもりはない。というか年下の彼女に怒られることは言ってしまえば日常だった。

彼女はため息をついて歩き出す。俺は慌ててその隣を一緒に歩いた。

 

 

 

「ごめんな紗夜。帰りにポテト奢るから許して」

 

「もので釣ろうとしないで」

 

「じゃあいらないのか?」

 

「……今回だけよ」

 

 

 

なんだかんだ懐の広い彼女は簡単に許してくれる。そして好きなものに釣られやすい。そういうところも含めてかわいくて好きなところだ。

 

 

 

 

「紗夜って何しててもかわいいよな」

 

「……突然何よ」

 

「いやふと思った」

 

 

 

約束通りファーストフード店に来てポテトを奢った。そのポテトを頬張る彼女を見ていたらそんな言葉が口から零れていた。俺としては別に嘘を言った覚えはないから訂正する必要もないだろう。

 

 

 

「何よそれ……」

 

 

 

紗夜は照れたように目を背けていた。彼女の頬を突いて笑えば頬が赤く染まった。

 

 

 

「うん。やっぱりかわいいなー」

 

「それ以上言うと怒るわよ?」

 

「怒った顔もかわいいよ」

 

「っ!蒼夜!」

 

「あははっ。ほら店の中だから騒いじゃダメだぞ」

 

 

 

いつもなら紗夜の方が何枚も上手なのにこういう時だけは俺の方が上手だと知ったのは最近のこと。

紗夜はいつだってかわいい。それは出会った頃から変わらない真実。それを伝えているだけなのだから照れることなんてないのに。

 

 

 

「シェイクもーらい」

 

「ちょ、蒼夜!」

 

「なんだよ奢ったんだし味見くらいはいいだろ?」

 

 

 

バニラはさっぱりしてていいけどやっぱシェイクはチョコだよな。

一口飲んで紗夜に返せばどういうわけか紗夜はワナワナと震えていた。

 

 

 

「どうした?」

 

「~~っ!バカ!」

 

 

 

紗夜は真っ赤になった顔を両手で抑え隠していた。いくら考えてもその理由はわからなかった。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「うおぉー!すげぇ!」

 

「ちょっと春樹くん!危ないわよ!」

 

 

 

俺たちの目の前に広がるのは青。潮の香りが鼻を抜けていく。船の柵から身を乗り出す春樹を紗夜は押さえつけため息をついていた。ギラギラ照りつける太陽が俺たちを攻撃していた。

 

 

 

「おい春樹、テンション上がるのはわかるけど紗夜のこと困らせるなよ」

 

 

 

苦笑気味に近づいた俺に対して春樹はちょっと頬を膨らませたけどすぐにイタズラな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「普段は俺と一緒にはしゃいでるくせに紗夜姉ちゃんの前だからってかっこつけるなよ!」

 

「は、はぁっ!?つけてねぇよ!」

 

「いやいやつけてるでしょ蒼くん」

 

 

 

一人船の操縦席から出てきた日菜が俺をいじる。否定して紗夜に助けを求めるも他のメンバーと同じことを思っていたのかフォローしてくれる雰囲気がない。

 

 

 

「日菜姉ちゃん!操縦席の見学はどうだったんだ?」

 

「あたしの知らない機械ばっかりでるんっ♪ってしたよ!」

 

「楽しそうでよかったわ」

 

 

 

日菜や春樹はもちろんだけど紗夜もなんだかんだ楽しんでるみたいで安心だ。

 

 

 

「そういや奏と蓮は?さっきから姿が見えないけど」

 

「あの二人なら中で休んでるよ?」

 

「さっきの船の揺れで酔ったんだって」

 

 

 

鍛錬が足りないよなー、とよくわからないことを春樹は言う。けどまあこのキレイな海がみんなで眺められないのは残念だよな。酔うなんて知ってたら連れて来なかったかもしんないけど。

 

 

 

「それより結構沖の方まで来たけどまだくじら見えないのかな?」

 

 

 

日菜の発言で今日ここにいる目的を再確認させられた。

姉ちゃんが福引で引き当てたホエールウォッチングのチケット。チケット一枚で六人まで参加できるということもあってみんなで見に来たのだ。本来ならチケットを当てた本人である姉ちゃんが行くべきだったのだけど姉ちゃんは義弟妹たちの世話があるから俺たち六人で参加することになった。次は姉ちゃんも一緒に来たいものだ。

 

 

 

「沖に出ればすぐに見れるって話だったと思うのだけど」

 

「んー今日はあんまり見れない日なのかなー?」

 

 

 

紗夜と日菜のやりとりを聞いて俺は海をきょろきょろと眺めた。

二人の言う通りくじらが見える様子はなかった。どこにいるのか姿は一切見えない。それは他の参加者たちも不思議に思っていたらしい。俺と同じように辺りを見渡していた。

にしても雲行きも怪しくなってきたし大丈夫だろうか。

 

 

 

「にしても蒼くん」

 

「ん?どうした?」

 

 

 

にやにやした表情で日菜が近づいてくる。手招きをする彼女に誘導されるまま俺は耳を傾ける。

 

 

 

「おねーちゃんといちゃついとけば?」

 

「はぁ!?」

 

「どうしたの蒼夜」

 

「い、いや!なんでもない!」

 

 

 

何言ってるんだよ!と紗夜に聞かれないよう小声で日菜を怒ればよく考えてみなよと返される。

 

 

 

「今二人きりになれたらいい感じでしょ?春樹くんはあたしが見とくからさ」

 

「……いいのかよ」

 

「もちろん。蒼くんたち一緒に出かけることはあってもそこまで遠出はしないでしょ?だから今のうちに存分いちゃいちゃしときなよ」

 

 

 

日菜の意見は正直一理あった。

紗夜に告白して以来これと言って何かがあったわけではない。そもそも付き合っての言葉を言ってない以上俺たちの関係を表す言葉は友達以上恋人未満だし、そもそも高校生に手を出すのもどうかと思っている自分もいる。社会的に抹殺されないだろうか。

けどまあ、日菜がこう言ってるんだし甘えるのもいいかもしれない。

それ以上の言葉は交わす必要がなかった。

 

 

 

「春樹くん、奏ちゃんたちの様子見てこよう。そろそろ回復してるだろうし」

 

「おう!兄ちゃんたちは……」

 

「俺たちはここで待ってるよ」

 

 

 

上手くやりなよという笑顔を向けたまま日菜は春樹と一緒に船内へと入って行った。紗夜はきょろきょろと未だにくじらを探している。そんな彼女の腰にそっと手を回した。

急だったし怒られるかと思ったが照れて顔を背けるだけだった。

 

 

 

「照れてる?」

 

「……別に」

 

 

 

想定通りと言うかなんというか。かわいすぎて今すぐに抱きしめてしまいたかった。さすがに人目がある所ではやらないけど。

 

 

 

「…………なあ紗夜」

 

「何よ」

 

「俺たちの関係性って、何?」

 

 

 

切り出したのはこれからを左右する大切なこと。

紗夜に答えを委ねようとしたのは俺の勇気が足りなかったから。

 

紗夜は開きかけた口を一度噤む。そして俺を見て言った。

 

 

 

「……そういうセリフは私の方から言った方がいいのかしら?」

 

 

 

真っ赤に染まった顔に細い声で言われてしまっては返す言葉を見失ってしまう。

けど、うん。こういうのはやっぱり男の俺が言うべきだよな。

 

 

 

「……紗夜。俺は君のことが好きだ。だから俺と__」

 

 

 

その時だった。

ガタンと大きな揺れが俺たちを襲う。俺は柵に掴まりつつ紗夜の身体を引き寄せた。それとほとんど同時に肌に触れたのは大粒の雨粒だった。すぐさま大降りの雨が俺たちの身体を濡らしていく。追い打ちをかけるように突風が俺たちを冷やす。

 

 

 

「おいおいマジかよ……!」

 

 

 

さっきまでの天気とは一変した。雨は容赦なく海までも荒らしていく。船の揺れは酷いものだった。

海の天候は変わりやすいと聞いたことがあるとはまさかここまでだとは。

 

 

 

「蒼くん!おねーちゃん!」

 

「危ないから早く中に!!」

 

 

 

日菜と奏の叫び声が聞こえた。俺は紗夜の身体を離し彼女を優先するような位置取りでゆっくり移動していく。その間にも揺れは大きくなっていた。

 

 

 

「おねーちゃん!」

 

 

 

日菜が紗夜に手を伸ばす。それを掴んだ紗夜は船内に入っていく。

それに安心して気を抜いたのが悪かった。

 

 

 

「っ!?」

 

「蒼くん!」

 

「蒼夜!!」

 

 

 

大きな揺れ、そして突風が俺を襲う。俺の身体は傾いて濡れた船の上を滑り転がる。

そしてそのまま海の中で意識を失った。

 

それが俺の知り得る最後の記憶だった。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

__ああそうか。全部思い出した。俺が何者なのかも、紗夜がどれだけ大切な人だったのかも、日菜や奏、姉ちゃんの存在も全部。

こんなこと忘れてるなんて、バカかよ俺は。一発、ぶん殴ってやりたい。

けど、うん。忘れていても俺は思い出せた。助けた理由も、助けたいって感情も思い出せた。

 

 

俺は、桐谷蒼夜。俺の生きる場所は今いる場所じゃないよな。

 

 

 

「行くのか?今の方が裕福で、なんでも恵まれている環境なのに」

 

「ああ。世話になったな」

 

「お前だって楽しかったくせに捨てるのか?」

 

「ちげーよ。捨てない。俺は今までのこともこれからのことも全部、捨てたりなんかしないさ」

 

 

 

俺は前に進む。そのためにいらないものなんてあるはずがないだろう。

記憶があってもなくても俺は俺。進むために捨てていいことなんて何一つないはずだ。だから。

 

 

 

「ありがとな。楽しい一年だった」

 

「……そうか。もう手放すなよ」

 

「当たり前だろ」

 

 

 

さよなら俺の一年間。さよなら弦巻家。さよなら愚かな俺。

 

おかえり、今までの俺。

 

 

 

 

 



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捜索31

 

 

それはとても優しい温もりだった。

久しぶりに俺が感じたそれに懐かしさすら覚えている。この温かさを手放して、突き放していたと考えると心が痛い。もったいないことをしていたと反省する。

 

 

ベッドに腕と頭を預け寝ている彼女の手は俺のと繋がっていた。どれだけかはわからないがずっと握っていてくれたのだろう。

窓から吹く風がキレイな水色の髪を揺らしていた。

 

 

 

俺はずっと、ずっとこいつのことを好きでいるのだと思っていた。たとえこいつが俺のことを好きじゃなくなる日が来るとしても俺はこいつを好きであり続けるのだと思っていた。

それくらいこいつに惚れていたというのに。それがまさか逆だったなんて思ってもみなかった。

だけどまあ、こいつの想いが強くて、何度でも俺のそばにいてくれたから戻って来られたのだと考えると悪い気はしない。感謝以外の言葉はあまり思いつかない。

 

 

 

「……ごめんな」

 

 

 

俺がいなくなった一年間。こいつだけじゃない。色んな人たちに心配と迷惑をかけたことだろう。俺の知らないところでたくさん、たくさん。

最後の謝罪にしよう。謝るよりも感謝の言葉を受け取り、伝えていきたい。そうしよう。そう決意した。

 

 

 

「____紗夜」

 

 

 

身体を起こし、愛おしいその名を呼ぶ。

頭を撫でていればその目がゆっくと開いていく。

 

 

 

「おはよう」

 

 

 

笑顔で言い放てば勢いよく起き上がった。後ろに仰け反り倒れそうになるもんだから慌てて支えた。

 

 

 

「ちょ!危ないだろ?」

 

「そ、蒼夜!」

 

 

 

紗夜は幽霊でも見たかのような目で俺を見る。どうした?と微笑めばポロポロと涙が零れていた。

 

 

「……夢じゃ、ないわよね?」

 

「もちろん」

 

「ずっと、ずっとあのままかもって、そう思ってて……」

 

「寂しい思いさせてごめんな」

 

 

 

華奢なその身体を抱きしめる。

こうやってまた一緒にいられるのなら、それでいい。それだけで俺は幸せだ。

 

頬に口付けた。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

事故に遭ってから一週間。検査を終えて無事に退院の決まった俺は紗夜と共に病院を出て歩く。こうして隣を歩くのは久しぶりで、それが嬉しい。

俺の退院祝いと称して弦巻家で行われたパーティーにはRoselia、ハロハピ、他のバンドメンバーも集まってくれていた。楽しくて、めちゃくちゃ笑った気がする。

 

 

 

「蒼夜さん記憶がない時と戻った後だと本当に性格違うんですね」

 

「ん?そうか?」

 

「いや全然違いますって。別人ですよ」

 

「そもそも話し方から違いますもんね」

 

 

 

美咲と花音に言われた言葉。正直今の方が素だし前の方に違和感しかない。様付けもキャラじゃないしやめたが最初呼び捨てした時は落ち着かないのかそわそわされていた。

 

 

 

「俺はこっちが素だぞ。前の話し方の方ができないっつーの」

 

「あたしたちからすればそれがものすごい違和感なんですけど……」

 

「まあ、そうなるよな……」

 

 

 

俺だって同じ状況になったら戸惑う自信がある。戸惑うなって方が無理な話だ。

 

 

 

「けどこんな俺も俺だからさ、これからもよろしくな!」

 

 

 

そんな二人に笑って俺は言う。二人は驚いたような顔をして、だけど笑い返してくれた。

 

 

 

「おーい蒼夜!」

 

 

 

振り返ればリサが手を振っていた。その隣には紗夜がいた。その表情が少しムスッとしていて、ご機嫌取らなきゃなーと思ってしまう。

 

 

 

「……蒼夜さん、記憶が戻ってからも大変ですね」

 

「そうか?そうでもないよ」

 

 

 

あんなの、ただかわいいだけじゃないか。大変なはずがない。

あいつのことを幸せにできるのは俺だけなんだ。全力で甘やかして、甘えて、一緒にいられなかった分もこれからは一緒にいたい。

それだけが、俺の望みなのだから。

 

 

 

「おう!今行くよ!」

 

 

 

明日に向けての足取りは、とても軽かった。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「みんなはしゃいでいたわね」

 

「だな。どんだけ俺のこと気になるんだって話だよ」

 

「迷惑っぽく言うわりには楽しそうな口振りね」

 

「まあ、興味を持たれるのに悪い気はしないからな」

 

 

 

昔からちやほやされて嬉しがるような人だった。

彼は私の恋人なのに。他の子たちが興味を持つことに嬉しがるなんて、嫉妬してしまうに決まっている。

私の感情は見透かされているのだろう。蒼夜は笑って手を繋ぐ。

 

 

 

「けど俺が好きなのは紗夜だけだよ。これまでも、これからもね」

 

 

 

彼の言葉に一喜一憂する。

悔しくて、でもやっぱり嬉しくて。

 

 

 

「それにまた俺がいなくなっても紗夜が俺のこと、見つけてくれるでしょ」

 

「当たり前じゃない」

 

「俺だって紗夜がいなくなったら全力で探し出すよ。どれだけの時間を費やしたって絶対紗夜のこと見つけるからな!」

 

 

 

そう言って蒼夜は笑った。見慣れたクシャッとした笑みを向ける。それは私の求めていた笑顔でずっと探し続けていた私の幸せ。

 

トンッと蒼夜の胸に頭を預ける。蒼夜は驚いた声を上げて、それでも私を受け止めることは忘れない。

あぁ、帰ってきた。やっと蒼夜が……!

 

 

 

「……もう、いなくならないで」

 

「……もちろん。これからはずっと紗夜の隣にいるよ」

 

 

 

蒼夜の服を掴む手に力が入る。涙が零れて止まらない。

そんな私を蒼夜は抱きしめた。これでもかってくらい強く強く、今までできなかった分まで抱きしめてくれた。

 

 

 

貴方と過ごしていた日々は楽しかった。

貴方がいなくなってからは苦しかった。

 

自分を責める日もあった。

苦しすぎて泣いた日もあった。

 

それでも今日まで変わらなかったことは一つだけ。

私は貴方が好き。この世界の誰よりも好き。その想いだけでここまで来たんだ。

 

もう離れない、離さない。

何度でもその手を掴んでみせると誓おう。

 

 

だから貴方もこの手を離さないで。

これからもずっと私の隣を歩いていて。

 

これから出会う困難には二人で悩み続けよう。一人じゃ解決できない問題も貴方と一緒なら答えられる気がするから。貴方がいてくれたら私は、何でもできるはずだから。

 

 

 

「帰るか」

 

「……ええ。そうしましょう」

 

 

 

涙の止んだ頃、蒼夜は優しい笑みで手を引いてくれる。

手を繋いで再度帰路を進んで行く。それが嬉しかった。

初めて想いを伝えてくれた道を、恋人の私たちで歩く。

 

 

 

「蒼夜」

 

「んー?」

 

「好きよ」

 

「あありがとな。俺は大好きだよ」

 

 

 

一年前の私たちが今の私たちを見たら何を思うんだろう。

驚くだろうか。それとも安心しているだろうか。

どちらになるかは今の私たちにはわからない。

それでも今が幸せであることに変わりはないから。

 

 

私たちはこれからも走り続ける。

今日はその長かった第一歩目だ。

 

 

 




これにて君を探して。は完結になります。
応援してくださった皆様ありがとうございました。
蒼夜と紗夜がこれからも幸せな時を過ごせるように願っています。
蒼夜と紗夜の物語を見守っていただきありがとうございました!!


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