ネギま!ー副担任は世界最強ー (nothing)
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原作前
1話


2002年10月某日

メガロメセンブリアにあるオフィスの一室から口論が聞こえてくる。

 

「どうして彼が日本なんかに異動なのですか!秘匿任務でも発令されたんですか!?」

「そうではない…………。上からの指示だ、どうにもできん」

「だからその理由を教えてくれと言っているんです!」

「私も何も聞かされていないのだよ……。ただこの件にはオスティア総督が関わっているかもしれないと聞いた。……それが真実なら従うしかあるまい」

「そんな…………」

 

 

--------------------

「…………」

 

件の男、ミコト・カグラ・ホーキンスは人事部から正式に送られてきた辞令を手にしていた。

その本文はたった一行、日本での勤務を命じる旨が書かれていた。

 

「日本、か」

 

彼は一言そうつぶやいた。

 

□□□□□□□□□□□□□□

麻帆良学園都市

幼稚園、保育園から大学まで、数多くの教育機関が密集し一つの都市を形成するこの街は二つの顔を持つ。

一つは前述した教育機関として。此処に通っている生徒と教員、その他関係者だけで東京都の人口の倍はあるだろう。

そして、もう一つ…。それは、魔法使いとその関係者を管理する組織『関東魔法協会』の総本山だ。

この学園都市にも数多くの魔法使いや関係者が居り、図書館島と呼ばれる巨大図書館に保管されている貴重な魔導書や、強大な力を秘めながらもそれを知らずに暮らす人々を護り続けている。

 

「ここが麻帆良学園か……」

 

--麻帆良学園勤務を命じる--という辞令を受け、ミコトは日本へ向かった。

現在、麻帆良学園都市最寄りの麻帆良学園都市中央駅にて学園側の迎えを待っている。通学時間帯には1000人を軽く超える学生達で溢れかえるこの駅も、流石に昼も近いこの時間では人影は少ない。

 

「おーい。無事に着いたみたいだね」

「タカミチか?お前が迎えか」

「ああ。君と顔を合わせるのも久しぶりだね」

 

声をかけてきたのはミコトの同僚のタカミチ・T・高畑だ。くたびれたスーツ姿で煙草をくわえている。迎えとは彼のことらしい。

 

「麻帆良で臨時講師をしているんだったか。似合わないな」

「はは、まあ僕なりに頑張っているよ。早速だけど学園長にあいさつに行こうか。時間は大丈夫かい?」

「ああ、問題ない」

 

タカミチの問いに軽く頷いて答える。昼時だが腹も減っていないようだ。

それじゃあ行こうか、と言うタカミチに先導され学園長の元へ向かった。

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

「ふぉふぉふぉ、麻帆良学園へようこそミコト・カグラ・ホーキンス君」

「これからよろしくお願いします学園長。長いのでミコトかカグラと呼んでください」

「うむ、よろしくのうミコト君」

 

ミコトはタカミチに連れられて女子中等部にある学園長室に来ていた。

目の前には麻帆良学園学園長及び関東魔法協会理事である近衛近右衛門(このえこのえもん)氏がいる。異常に長い頭と長く垂れた眉で隠れた目元が特徴的だ。

 

(噂通り妖怪のような見た目だな……)

 

かなり失礼なことを考える男である。

 

「して、君には教師として働いてもらいたいんじゃが、ちと問題があってのう……」

「問題、ですか?」

 

(問題とは何だろうか。日本でも使えるかはわからないが一応教員資格は持っているが)

 

「うむ。実は──」

 

 

話を要約すると、教師になるには一定の実習期間を設けなければならずその実習を指導教諭(今回の場合はタカミチ)をつけて行うことになる。しかしタカミチはあるクラスの担任をしており、時間をあまり割けないためミコトにそのクラスの副担任をやってほしい、ということらしい。

副担任とはいえクラスを受け持つ、ということで仕事量は多少増える。

 

「はい。問題ありませんよ」

「すまんのう。これで勤務内容の話は終わりじゃが」

 

(勤務内容の話()、か。ということは……)

 

「魔法関係の話ですか」

「そうじゃ。この学園には巨大な結界が張られておる。これによって世界樹や魔法書を狙って学園に侵入しようとする外敵を阻んでおるのじゃ。しかし、やはり結界を抜けてくるものも居ってな」

「それらを排除しろ、と?」

「わかりやすく言えばその通りじゃ。君の他にも高畑先生をはじめ、学園広域指導員として実力者に任せておる」

 

麻帆良学園に侵入を試みる者は多く、膨大な魔力を誇る仙樹『蟠桃』や希少な魔導書、危険度の高い呪術書などを狙っている。だが、タカミチら広域指導員が警戒にあたり、危機を未然に防いでいるのだ。

タカミチは魔法使いのなかでも戦闘ランクA++を誇り、学園内では学園長に次ぐ実力者だ。魔法使い界隈では超のつく有名人で、雑誌なんかの取材を受けることもある。

 

(実力をある程度知られることになるが……。まあ、さして問題もないだろう)

 

「問題ありません」

「うむ、期待しておるぞ。と言っても出番はあまり多くないじゃろうが」

 

ふぉふぉふぉ、と学園長は髭を撫でながら笑う。実際そんな事態は年に1度あるくらいだという。

 

「ではこれで必要な話は終わりじゃ。改めて麻帆良学園へようこそ」

「はい。これからよろしくお願いします」

「住まいのことなどはこの資料に書いてある。必要なら案内を呼ぶが、どうするかの?」

「いえ、色々と街を見て回りたいので遠慮させていただきます」

 

資料を受け取り、失礼しますと言って学園長室を出る。実習生として着任するのは主だった行事のない時期にしたいらしく、11月11日だ。それまでは自由に過ごして構わないと学園長は言っていた。

 

(とりあえず住まいの確認をしてから少し出歩いてみるか)

 

ミコトは校舎を出て歩き始めた。

 

-------------------------

「ふむ、品行方正そうな好青年じゃったのう。少し雰囲気が冷たかったが」

「どうかしましたか学園長?」

 

ミコトが部屋を出ていってから彼の資料を見ていた学園長が声をあげる。

 

「いやな、あのような男も珍しいと思ってな」

「…………」

「これまでの経歴を見るに、君に及ばんながらも多くの成果を出しておる。期待できるの」

「ええ、彼は実力もありますし人格的にも信用できますよ」

 

(昔から騒動に好かれる男だけどね……)

 

タカミチは笑みを浮かべてかつての仲間と友人を想う。この地でも彼は騒動に巻き込まれるのだろう、と……

 

-------------------

「ここが俺の家か」

 

ミコトは資料のなかにあった地図にしたがって歩き、当面の拠点となる建物を見つけた。

麻帆良学園都市中央駅から麻帆良学園女子中等部までのびる大通りから、道を一本入った閑静な通りに建っている二階建ての建物だ。二階建てといっても一階部分は元々飲食店だったようで、大部分がキッチンや飲食スペースで占められている。

 

「とりあえず荷物を整理しよう」

 

持っていたバッグを肩にかけ直しリビングのある二階へつづく階段に足をかけた。

「送り忘れは無いな」

 

リビングに入り、届いていた荷物を開いて中身を確認する。こちらに持ってきたものに不備はないようだ。

荷物の整理と家具などの配置を終えて一心地つく。

 

「これでよし、と。さてこの後はどうしようか」

 

(一階の空きテナントが気になるな。喫茶店でも開くか。今度学園長に相談してみよう)

 

ミコトは独り身ゆえか家事スキルが高かった。料理も和洋中華なんでもござれだ。

 

「とりあえず学内を散策してみるか。これだけ広大なんだ、なにか面白いこともあるだろ」

 

かなり行き当たりばったりな計画を立て、散策に出かける。

 

□□□□□□□□□□□□□

(ずっと思っていたがまるでヨーロッパのような街並みだな)

 

散策を始めて一時間ほど、いくつか面白そうなものや建物に目を惹かれながら思う。

明治期に創設された麻帆良学園は(一部現代的、ともするとSFかと思うような未来的なものもあるが)基本的に洋風な景観をしている。

 

(さっきなんてビッグ・ベンによく似た時計塔があったんだが……)

 

その他にもスペイン広場によく似た広場(世界樹広場と呼ばれる)やブルックリン橋によく似た橋、ジョットの鐘楼によく似た鐘楼などがある。

 

「ん、あれは何だ?島……?」

 

湖に浮かぶ島のようなものに目を留める。ミコトの立っている陸地とは石橋でつながっているようだ。

 

「ここが図書館島か。なになに、゛この島は図書館島と呼ばれ明治の中頃学園創立とともに建設されました。二度の大戦中戦火を避けるために世界中から貴重な本の数々が集められました”、か」

 

石橋の手前にあった説明板を読む。ここには書かれていないが図書館島は蔵書の急激な増加に伴い、増改築が繰り返され現在ではRPGのダンジョンのようなシロモノになってしまっている。また盗難を防ぐために一定階層からはトラップが仕掛けられており探索には相応の覚悟が必要となる。

 

「要はとてつもなくでかい図書館というわけか。面白そうだな、行ってみよう」

 

ミコトは面白そうなものを求めて図書館島へ行くため石橋を渡り始めた。

 

□□□□□□□□□□

ミコトは図書館島の一般図書階層(許可がなくても入場できる階層)に入った。見渡す限り書架ばかりが立ち並ぶ、まさに本の森だ。

 

「これはすごいな。面白そうな本はあるか?」

 

ミコトは興味を惹かれる本を探して歩き始めた。

 

(ん?あれは……中学生か?)

 

目当ての本もないまま書架の間を歩いていると、ある女子生徒が目に留まった。少し前髪の長いおとなしそうな少女だ。

少女は本を取ろうとしているが脚立に乗っても届かないようで背伸びをしている。それでも届いていないが。

 

「ん~……! ん~……!」

 

(危なっかしいな。足が震えてるし今にも踏み外しそうだ)

 

そんなことを考えている矢先、少女がバランスを崩し、足を踏み外した。

 

「っ!? 間に合え……!」

 

少女が床に落ちる前に助けようと、魔法で身体能力を高めて床を蹴る。

周りに人がいればその速度に目を点のようにするだろうが幸い人影はない。

なんとか少女が床と接触する前に抱き抱えて事なきを得る。

 

「ふぅ、間に合ったか。大丈夫か?」

 

外傷は無いようだが無事であるとは限らない。頭は、胸に引き寄せるように抱き抱えているためどこかにぶつけたりはしていないはずだが。

 

「あれ? おい大丈夫か?」

 

もう一度問いかける。少女は呆然として反応がない。しばし様子を見ていると、

 

「え……? ふあっ!?」

 

と、声をあげて慌てるように起き上がる。怪我はしてないようだ。

 

「無事みたいだな」

 

(え……? え……? 何で抱き抱えられてたの? た、助けてくれたのかな……。お、お礼言わなくちゃ)

 

「は、はい……、ありがとうございます……」

 

少女は顔を赤くしながらもなんとかお礼を言う。

ミコトは少女が無事であることを確認するとすぐに立ち上がる。

 

「もう無理するなよ?」

「は、はい……。あの、えっと……」

 

少女の返事を聞くことなく、ミコトはじゃあな、と言って去っていった。

 

(行っちゃった……)

 

少女はしばらくその場で見知らぬ男の去っていった方を上の空で見つめていた。

 

□□□□□□□□□□□□

それからもミコトは散策を続け、学園内の地理は大体把握できた。時刻は午後8時を過ぎたくらいで、周囲は仕事終わりだろうサラリーマンや遊びに繰り出している若者で賑わっている。

 

(腹が減ったな……。どこかで食事でも摂るか、ん……?)

 

空腹を覚えて辺りを見渡すと、美味しそうな匂いが漂ってきた。周りの人々もその方向に向かっているようだ。

 

「『超包子(チャオ・バオズ)』、中華料理屋か?」

 

匂いの出所は二両の路面電車を改装して営業している、麻帆良屈指の飲食店と名高い『超包子』である。車両の周りにはテーブルとイスが立ち並びオープンテラスのようになっている。

疲れたサラリーマンや遊び盛りの若者共がカウンター兼キッチンの車両に注文を伝えている。

 

「繁盛しているみたいだな。料理も美味そうだし、ここにするか」

 

店の様子や近くに座っている客の食べている料理を見て、少なくともハズレではないだろうと判断する。

周囲の様子からミコトも注文を伝えに車両に向かう。

 

「すみません。青椒肉絲と炒飯、それと小籠包」

ー はい、かしこまりました ー

 

囁く様な、しかし不思議と耳にするりと入り込んで来る不思議な声音をしたコックコート姿の少女が注文を受ける。他にも中華風の格好のクリーム色の髪をした少女やロボットのような姿をした少女がいる。

 

(中学生くらいか? あの中華娘は発する雰囲気をみるに武術家だな。用心棒かなにかだろうな)

 

ミコトは“学園都市らしく学生も働いてるんだろう”とロボット少女のことなど微塵も気にしていない。(周りの客たちも気にしていない。日常の一風景らしい)

 

ー おまちどおさまです ー

「ああ、ありがとう」

 

先ほどの少女から料理を受け取り、パクリと青椒肉絲を一口。

 

「美味い!こんな料理初めて食ったぞ……!」

「おう兄ちゃん超包子(この店)は初めてかい? どうだいここの料理は美味えだろ!」

 

美味い料理に舌鼓をうっていると、近くの席で食事をしていたガタイのいい若者が声をかけてきた。いかにも武闘派といった外見だ。

 

「ああ、初めてだ。今日麻帆良に着いたんでな」

「おお新入りか! 麻帆良(ここ)に着いた日が超包子の営業日とはツイテるな!」

「ツイテる? どうしてだ?」

「なんだ知らねえのかい。超包子は麻帆良祭期間以外は月に一度しか営業してねえんだ。まあ店やってんのが中学生だから仕方ねえけどな」

「そうなのか……残念だな。この味なら毎日でも食べたいくらいだ」

「まあ、月に一度の楽しみってやつだな。麻帆良祭期間なら毎日営業してるからな、その時にしこたま食いつくすのよ!」

 

(かなりご機嫌だな……。この店は愛されているんだな)

 

ワハハハ!と豪快に笑う若者。周りの客たちも同じような様子で食事や歓談に興じている。テンションが高くなりすぎていて見知らぬ他人と飲み比べなどしているテーブルもある。

 

「おいおいそこの兄ちゃんたちもこっちで一緒に飲もうぜ!」

「え、いや俺は……」

「お、いいじゃねえか! ほら兄ちゃんも来いよ!」

「お、おいちょっと……」

 

ミコトは断ろうとするも敢えなくその波に巻き込まれていく。麻帆良学園の夜はまだ始まったばかり──

 

□□□□□□□□□□□□□□

ー 大丈夫ですか? ー

「ん、んん……?」

 

(いつの間にか眠っていたのか?)

 

ミコトは肩を揺さぶられる振動に目を開ける。周囲には酔いつぶれたのか地面に横たわっている人々が多く見られる。先ほどミコトに声をかけてきた若者も倒れている。

 

ー 目が覚めましたか? ー

「ああ、なんとか。迷惑をかけたみたいだな、すまない」

 

起こしてくれたのは調理をしていたコックコート姿の少女だ。

 

ー いえ、お気になさらないでください。お酒強いんですね ー

「見ていたのか?飲み比べの途中から記憶が曖昧なんだが……」

ー お客さん、最後の一人になっても飲み続けていましたよ ー

「そうみたいだな……。普段は嗜む程度なんだが」

ー ふふ、ほどほどにしないといけませんよ? ー

「肝に命じておこう……。もう帰るよ、ごちそうさま」

ー はい、お粗末さまでした ー

 

お代を少女に渡して帰途に就く。

 

(超包子か……。また機会があれば食べに来よう)

 

ミコトは満足そうに鼻歌を歌いながら夜の闇に消えていった。




ミコト・カグラ・ホーキンス

182cm/90kg 19歳

魔法世界から麻帆良学園に転勤してきた青年。魔法を含めた戦闘技術はピカイチだが、上手く実力を隠して目立たないようにしてきた。
食事や読書といった娯楽を楽しむ質なので、図書館島や超包子の存在に胸を躍らせている。


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2話

 麻帆良学園に来てから一週間ほどが経った。この一週間は、超包子以外で口に合う飲食店を探したり、図書館島で読書したりと、穏やかに過ごしていた。

 知り合いも数人だが出来た。早朝に店の前を通る新聞配達の少女と図書館島の図書委員の娘たちだ。多少会話するくらいだが、最近は打ち解けてきた気がする。

そんなある日、ミコトは世界樹広場に立っていた。

 

「ふっ……はっ……」

 

 何をしているかというと、体術の鍛練だ。戦闘に不可欠な技術であるために、長年続けてきた日課だ。早朝は人通りもなく、集中できる。

 一つの動作の終わりを次の動作の始動に繋げ、止まることなく、それでいて舞うように滑らかに技を連ねていく。

 

「……ふっ!」

 

 一連の流れが終わると、少しの間動きを止める。そしてまた別の流れに移り、それが終わるとまた動きを止める。これを繰り返していき、すべての流れが終わるまで続ける。次に、どこからともなく長い棒を取り出し、それを振り回していく。武器を使った鍛練に移ったのだ。

 

「ふっ……! はっ……! せいっ……!」

 

 徒手空拳から始まり、棒術、杖術、槍術、刀術──と、様々な武術を次々に繰り出していく。ミコトはこれらの武術を融合させた独自の戦闘術を扱うため、こうしてひとつひとつの技を磨き、また状況に応じて使う技を誤らないように鍛練を欠かさない。

 

「ふう……。ところで君は誰かな?」

 

動きを止めて一息つく。普段ならこの後はクールダウンをして家でシャワーを浴びるのだが、この日は珍客が現れたようだ。

 

「ん? ワタシアルか?」

 

独特な口調の少女だ。明るいクリーム色の髪をしていて、中華風の衣装を着ている。

 

「ワタシは古菲(クーフェイ)っていうアル。中国武術研究会の部長をしているネ!」

「古菲さん、ね。それで、どうしてずっと見てたの?」

 

彼女は、鍛練を始めて1時間ほど経ったくらいにこの広場に来て、ずっと鍛練を凝視していた。

 

「いや~、とても美しい動きだったからつい。どの流派アルか?」

 

武闘派らしく、そういったことには勘が働くようだ。素人目には古風な舞にしか見えないのだが。

 

「よく武術だってわかったね。俺のは我流だから、どこの流派ってわけじゃないよ」

「我流であの完成度……、あなたデキるアルね!」

「そんなに大したものじゃないさ。小さな頃からやっているだけだ」

 

それから二、三言葉を交わして古菲は立ち去った。彼女も鍛練に励むようだ。

ミコトも、鍛練を切り上げて家へ戻る。

 

□□□□□□□□□□□

 シャワーを浴び、少し遅い朝食を摂ったミコトは学園長へ電話を掛けていた。一階の空きテナントを使用する許可をもらうためだ。

 

 《君の家の空きテナント? 好きに使って構わんが、何に使うんじゃ?》

「喫茶店でもやろうかと思いまして」

 《ふむ、問題なかろう。ただ、いかがわしいことはするでないぞ?》

「はは、やりませんよそんなこと」

 《うむ、管理人には話しておこう。三日後くらいに管理人と細かい点について話し合ってくれ》

「ありがとうございます」

 

 通話を終了し、喫茶店の営業の目処が立ったことに安堵し、一息つく。

 

(料理は好きだし、趣味を活かせる場ができるのは幸運だったな)

 

 この男、この一週間は飲食店巡りと読書以外することがなく、勤務が始まってからもこの無聊が続くのではないか、と内心危惧していたのだ。

 

(細かい話がまとまったら、食材なんかの買い付けも考えないとな……)

 

 ミコトは今後の展望に思いを馳せる。

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□

 それから二週間ほどが経ち、ミコトの店『Cafe ~Ventus(ウェントゥス)~ 』がめでたく開店となった(営業日は月・木・土曜日)。しかしただでさえ静かで人通りの少ない立地で、麻帆良学園での知り合いは皆無に等しいミコトが店主では、開店日に満員御礼の大繁盛とはいかない。

『Cafe ~Ventus~ 』の開店日の客はタカミチと学園長のわずか二名であった。ミコトも静かな店にしたいらしく、それほど繁盛はしなくてよいと言っていた。

 やがてこの店が『超包子に優るとも劣らない名店』として噂になるのだが、それはまた別のお話……。

 ミコトは店の営業日以外の日は学園都市内の散策などをして11月11日を待った。

 

 □□□□□□□□□□□

 2002年11月11日、ミコトの初勤務の日だ。

 現在は各クラスでのHRの時間。ミコトはタカミチとともに生徒達が待つ教室へと歩いていた。

 

「僕に続いて教室に入ってもらうけど大丈夫かい?」

「ああ、転校生って訳でもないんだ。問題ない」

 

 タカミチはミコトの返答に軽く頷くと、ザワザワと生徒が騒いでいる声が漏れている扉に手をかける。

 

「お? 先生来た?」

「あれ? 知らない人がいるよ?」

「お兄さん……?」

「あ、あの人……」

「のどか? どうかしましたか?」

「超~、包子まん一つちょーだい」

「一つネ。毎度ありヨ♪」

 

 ガラガラと扉の開く音に気づく者は見知らぬ男の存在に疑問を持ったようだ。教師が入室したことに気づかない者も一定数いるが。

 

「はいはい、そろそろHRを始めるよ」

 

 生徒達はパンパンと手を叩くタカミチに気づき、ガタガタとあわただしく席につく。

 

「うん、それじゃあHRを始めようか」

「あの、高畑先生そちらの方はどなたなのでしょうか?」

 

 ピシッと手を挙げて質問をしたのはクラス委員長である雪広あやかである。長い金髪をストレートに下ろし、高い身長とメリハリのある抜群のプロポーションから大人びた雰囲気を醸し出している。ちなみにニックネームは『いいんちょ』。

 

「ああ、今から皆に紹介しようと思っていたんだ。今日から君たちの副担任になるミコト・カグラ・ホーキンス先生だ。じゃあ自己紹介を頼むよ」

「ああ………。突然のことで飲み込めていないかもしれないが、副担任になるミコト・カグラ・ホーキンスだ。本名は長いので日本名の神楽 尊(かぐらみこと)で覚えてほしい。カグラ先生とでも呼んでくれ」

 

 これからよろしく頼む──と、締めてミコトは頭を下げる。生徒達は突然の状況にシン……と一瞬静まり──

 

『えーーーーー!?』

 

 と一斉に驚愕の声をあげる。

 

「どういうこと!? いきなり副担任って!」

「っていうか若くない?」

「しずな先生はどうしたの?」

「お兄さん、先生なの!?」

「はいはーい! 先生は彼女いるんですかー!」

「特ダネきた!」

 

 教室の中はあっという間に驚愕と疑問の声で騒然となる。一部違った騒ぎ方をしている者もいるが。

 

「少し落ち着いてくれ。質問には答えるから」

 

 ミコトはよく通る声で放った一言で皆の意識を自分に向け、ざわめきを静めた。 なんとも多芸な男である。

 

「それで、最初の質問は?」

「はーい! 先生は何歳ですか!」

「19歳だ。次からちゃんと手をあげろよ?」

 

 元気そうな二つ結びの女子、椎名桜子の質問に答え、挙手を求める。

 

「はい! 先生!」

「……佐々木か。なんだ?」

 

 元気よく手を挙げたのは、桃色髪の女子、佐々木まき絵だ。ミコトは名簿で名前を確かめながら質問を促す。

 

「彼女はいるんですかー!」

「定番だな……。彼女はいない。はい次」

「はい!」

「朝倉だな。何が聞きたい?」

「神楽先生は何人なんですか?」

「国籍は日本国籍を使っている。生まれはイギリスだ」

「はいアルヨ」

(チャオ)、だな。なんだ?」

「包子まん一ついかがかナ?」

「もらおうか」

「毎度ありネ♪」

 

 といったように、この日のHRはミコトへの質疑応答で終わることとなった。

 

「もう質問はないか? それじゃあ改めて、これからよろしく頼む」

「じゃあ、切りもいいしこれでHRを終わろうか」

 

 場が落ち着くと再度頭を下げて自己紹介を終える。

 タカミチは生徒達に、授業に集中するんだよと言って教室を出た。ミコトもそれに着いて教室を出るが、

 

「ああ、ミコト。今日の仕事はこれで終わりだよ」

「は……? 終わりってどういうことだ?」

 

 タカミチの言葉にミコトは一瞬停止する。

 

「免許持ってる君に、授業の見学なんて必要ないだろう?」

 

  この実習は表向きに必要な課程であるため行っているが、教員免許をもっているミコトには不要であるため、学校側も授業参加などの業務は課していない。結局この日の勤務はこれで終了となり、タカミチは職員室へ向かった。

 

「はあ、仕方ない。帰って店の準備でもするか……」

 

こうして、ミコトの教師生活が始まったのだった。

 

□□□□□□□□□□

「連絡事項は以上だ。では、これでHRを終わる」

「起立、礼」

 

 ミコトが放課を告げると、日直の生徒が号令をかける。初めの一週間ほどは突然の新任教師の存在に色めき立っていた生徒達も、一月も経てば慣れるというものだ。最近のクラスの話題はもっぱら、すぐそこに迫ったクリスマス関連である。

 なにかと多忙な(魔法使いの仕事で、出張と称して学外へ出ることが多い)タカミチに代わっていくつかの担任業務を請け負っているミコトは、半ば担任のような存在になってしまっている。

 

「神楽先生」

「ん? 絡繰(からくり)か。どうした?」

 

 ミコトの名を呼んだのは絡繰茶々丸(からくりちゃちゃまる)。麻帆良学園きっての天才、葉加瀬聡美(はかせさとみ)超鈴音(チャオ・リンシェン)によって生み出されたガイノイド(女性タイプの人間型ロボット)だ。彼女の外見はカモフラージュする気がないのか、かなり不自然なのだが、一部を除いて怪しまれてはいないようだ。

 

「今日の放課後はお暇でしょうか」

「あ~……済まない、今日は出張中の高畑先生の仕事を代わりに請け負っていてな。その後は学内の広域指導が入っているんだ。なにかあったか?」

「いえ、茶道部の茶会にお越しいただきたかっただけですので」

 

 茶々丸は茶道部に所属していて、定期的に茶会を開いている。今回はそのお誘いだったらしい。

 

「済まないな、また誘ってくれ。できるだけ予定は調整しよう」

「はい。それでは失礼します」

 

きれいに一礼し、絡繰は教室を出ていく。

 

「さて、残りの仕事を片付けてさっさと帰るとするか」

 

 □□□□□□□

 自宅へ戻ると、家事などを手早く片付けて広域指導の用意をする。広域指導は三組での交代制で行われ、1班が18時~21時、2班が21時~24時、3班が24時~4時の間、巡回にあたる。ミコトは1班なので遅くとも22時には家に戻れるはずだ。

 

(あまり遅くはならないだろうが、一応夕食の用意は先にしておくか)

 

 本日のメニューは手軽で美味しいハンバーグ。ミコトはソースや付け合わせにも手を抜かないので、さながら星持ちレストランのような出来映えの料理が出来上がる。

 他の料理にも転用できるので、ハンバーグのタネは少し多めに作っておいた。

 

「これでよし。そろそろ出るか……。外は寒そうだな」

 

 厚手のジャケットをクローゼットから出し、それを羽織って出掛ける。

 

(そういえばタカミチはデスメガネとか呼ばれてるんだっけ……)

 

 と、同じ広域指導員である友人の異名のことなどを考えながら、放課後の麻帆良学園の広域指導にあたる。

 

 □□□□□□□□□□□□□

(何も異常はなさそうだし、騒ぎも起きていないようだな……)

 

 広域指導に出てからしばらく経つが騒ぎなどは見当たらない。そろそろ切り上げようかと思っていると、

 

「ちょっと、やめてください!」

 

 と甲高い拒絶の声が聞こえてくる。声の方を見ると、四人組のガラの悪い男達が同じく四人組の少女たちをナンパしているようだ。

 

「いいじゃん。一緒に遊ぼうぜ」

「そうそう、楽しいとこ連れてってやっからさ」

 

 男達はヘラヘラと笑っているが、ああいう輩は自分の思い通りにならなければ力づくでも望みを叶えようとする。

 そう例えば───

 

「おい、早くしろよ」

「チッ、分かってるよ……。おら、来い!」

「いやっ!離してよっ!」

「止めてよ!裕奈から手を離して!」

 

 ───言うことを聞かない生意気な小娘を無理やりに連れていく、なんてことは平気でする。

 もちろん広域指導員であるミコトが目の前の犯罪行為を見逃す訳もなく、撃退に向かう。

 

「残念だがそこまでだ」

「あん? なんだ……ごっ!?」

「おいてめえ!何しっ……ぐえっ!」

 

 少女の腕を掴んでいた男に近付き、顎を打ち抜く。一撃で昏倒させ、弛んだ男の腕を剥がして少女を自らの方へ引き寄せる。

 少女を胸元で軽く受け止め、後ろから殴りかかってくる男の脇腹に回し蹴りをいれて、沈める。

 

「え?え?……ひゃっ!?」

「この娘を頼む」

「え……?うわっとと」

 

 急変した状況に着いていけていない少女を、近くにいた髪の長い少女(おそらく友人だろう)に半ば押しつけるように預ける。彼女が戸惑いながらもしっかりと受け止めるのを確認して、残っている男達の片方に近づく。

 

「ひいっ!?こ、こっちに来るんじゃねえ!」

 

 男は拳を振り回してミコトを遠ざけようとするが、掠りもせずに間合いを詰められる。

 

「や、やめ……。がっ……」

 

 一撃で意識を刈り取り、襟首を掴んで残り一人に投げつける。

 

「うおっ!?…………な、何者なんだよお前!?」

「広域指導員の神楽だ。流石に犯罪は見過ごせないからな」

 

 男の誰何の声に応える。男は、ミコトの─痛い目を見たくなければ仲間を連れてさっさと行け─という言葉に仲間を抱えて、冷や汗をかきながら逃げていった。

 

(やはりこれだけ大きな都市だとあんな連中も現れるんだな……。)

「あ、あの……」

「ん?」

 

 ミコトが逃げていった連中について考えていると、少女たちが声をかけてきた。腕を掴まれた少女は怖かったのか髪の長い少女に抱きついて泣いている。

 

「助けていただいてありがと……って神楽先生?」

「え、嘘?あ、ホンマに神楽先生や」

「……大河内に和泉か?とするとそっちは……明石と佐々木か」

 

 男達がナンパしていたのはミコトのクラスの生徒達だった。長い黒髪の大河内(おおこうち)アキラに、関西弁を話す青みがかったベリーショートの和泉亜子(いずみあこ)。それと桃髪元気娘、佐々木まき絵、黒い髪を短くサイドテールにしている明石裕奈(あかしゆうな)の四人だ。

 

「ズズッ……せんせえ?」

「先生何やってるの?」

「さっきも言ったが、広域指導員の仕事だ。お前たちこそこんな時間になにしてる?」

 

 彼女達は、『部活のあとにカラオケに行こう』というまき絵の提案に乗り、先ほどまでカラオケボックスにいたという。

 

「あまりこんな時間に出歩くなよ? いつも誰かが助けてくれるとは限らんからな」

「うん、ごめんなさい先生……」

「明石はそろそろ泣き止んでくれ……。俺が泣かせたみたいだ」

「だ、だって怖かったんだもん……グスッ」

 

 やはりまだ中学生なので、ああいう経験は恐怖が強く残るのだろう。ましてや裕奈は乱暴されそうになったのだから当然の反応といえる。

 ミコトが泣き止まない裕奈に、どうすればいいかと思案していると─くうう─とかわいらしい腹の音が聞こえてくる。

 

「まき絵……?」

「…………//」

 

 音の出どころはまき絵の腹らしい。アキラが名前を呼ぶと、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。しばしその状態で固まっていたが、

 

「し、しょうがないじゃん!まだ晩ごはん食べてないんだし!」

 

 といきなり弁解を始める。誰も非難したわけではないのだが。

 

「クスッ、そうだね。確かに私もお腹すいたよ」

「うちもお腹減ったわー」

「あたしもけっこうお腹空いた、かも……」

 

 アキラたちも空腹なのか、まき絵のフォローにまわる。

 

「そうだ!先生も一緒にご飯食べに行こうよ」

「あ、それいいやん!」

「うん、賛成」

 

 いつの間にか食事の話が始まってしまっている。しかし、すでに女子中学生が外を出歩くには遅い時間なのだ。ミコトとしては早めに寮に戻ってもらいたいのだが……。

 

「ねえ先生?この辺で美味しいお店知らない?」

「はあ、この辺には居酒屋しかないからお前達は連れていけないし、もういい時間だ。早く寮に戻りなさい」

「え~!いいじゃんちょっとくらい」

 

 まき絵が食い下がる。アキラと亜子も期待のこもった視線を向けてくる。裕奈は──

 

「先生……ホントにだめ……?」

「うっ……」

 

 チョンとミコトの袖を摘まんで涙目で上目遣い。偶然の産物だろうが、狙ってやっているなら大した中学生だ。

 

「はあ……。少しだけだぞ」

『やったー!』

 

 と、ミコトが折れる形で決着がついた。

 暴漢に襲われそうだった生徒を保護した、非常に怯えていて帰寮が難しいため落ち着くまで様子を見る、寮にはこちらから連絡を入れる、と他の指導員に報告をする。後半は真っ赤な嘘である。

 

「じゃあ、お店どうする?」

「それなら当てがある。着いてきてくれ」

『はーい』

 

 ミコトと女子四人はおしゃべりをしながら歩いていく。

 

 □□□□□□□□□

「明石はバスケ部だったか?」

「うん、そうだよ。先生こんど練習見に来てよ」

「あ、先生うちの部活も!」

「佐々木は新体操部だったな。新体操はよく分からないかもしれないぞ?……っとここだ」

 

 ミコトが四人を連れてきたのは『Cafe ~Ventus~ 』だ。ここならお金を心配せずに食事できるし、ミコトが四人を寮に送っていけば事件の心配もない。

 

「お店ってここ?」

「カフェ……ヴェンツス?って書いとるね」

「ここって喫茶店? 定休日って書いてるよ?」

「大丈夫だ。それと和泉、ヴェンツスじゃなくてウェントゥスな」

 

 ミコトは四人を店に招き入れる。ちなみに亜子は間違いを指摘されて赤面している。英語を学び始めたばかりの中学生では仕方ないので、恥ずかしがることはないのだが(ちなみにVentusは英語ではなくラテン語)。

 

「ねえもしかしてこの喫茶店って先生のお店?」

「え、そうなん? 神楽先生」

 

 テーブルに座った裕奈がミコトに尋ねる。亜子も興味を持ったようだ。

 

「ああ、趣味でやってるだけだけどな」

「へ~!なんかすごーい」

「先生お腹空いた~!」

 

 隠す気もないのか、あっさりと肯定するミコト。まき絵は空腹を訴えている。

 

「いま用意するから少し待ってくれ」

 

 四人を残して、ミコトはキッチンへ向かう。残しておいたタネを使い、ハンバーグを焼いていく。部屋中に香ばしい香りが漂い、料理を待っている四人はゴクリと喉をならす。

 

「おまちどおさま」

 

コトリと四人の前にハンバーグを置く。彼女達の目は野獣のようだ。

 

「わあ~!めっちゃ美味しそう!」

「いただきま~す!」

「うわ、このソースすごく美味しい~」

「付け合わせのポテトサラダと塩パスタも美味しいよ」

 

 上から、裕奈・まき絵・亜子・アキラである。ミコトは四人の反応を見ながら黙々と食事をしている。皆が食事を終えるまでにそう時間はかからなかった。

 

「あ~美味しかった~」

「先生料理上手なんやね」

「ごちそうさまでした神楽先生」

「お粗末さまでした。ほら、食べ終わったなら帰る用意をしろ。送っていくから」

 

 食事を終えた四人に帰寮を促す。ミコトには四人を安全に寮まで送り届ける責任があるのだ。

 

「え~。まだいいでしょ~」

「ダメだ。もう遅い時間だろうが」

「まき絵、裕奈、置いていくよ?」

「わわ、待って~」

 

 帰寮を渋るまき絵や裕奈をよそにアキラと亜子は身支度を整える。それを見て、二人はあわてて用意を整える。

 ミコトは四人を女子寮まで送っていった。

 

 □□□□□□□□□□□□

 

 女子四人をつれたミコトは、麻帆良学園中等部女子寮の玄関前に来ていた。寮監に広域指導で彼女たちを保護したことを伝え、四人が夜遊びしていたのではないと説明する。

 

「先生、晩ごはんごちそうさまでした」

「美味しかったよ~」

「ホンマにありがとね先生」

「今後はもっと人通りの多い道を選べよ?それと、あまり遅い時間には出歩かないこと、いいか?」

「うん……。先生、本当に今日はありがとう」

 

 裕奈は目を潤ませながら心からの感謝を言葉にする。ミコトがいなければ……などとは考えたくもないだろう。

 ミコトは裕奈の頭を少し乱暴に撫でる。

 

「まあ、気にするな。じゃあな、早く寝ろよ?」

「うん……!」

「先生おやすみなさーい」

 

 これで、本日の業務は終了。『家に帰るまでが遠足』ならぬ『寮に送り届けるまでが広域指導』であった。

 しかし、ミコトの一日は終わらない。

 

(明日の仕込みしなくちゃな……)

 

 明日も仕事だし、店の営業日でもある。ミコトはなかなか多忙な日々を過ごしているのだ。

 



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3話

戦闘描写が難しすぎてこんなに時間がかかっちゃいました。文字数も多いし読みにくいと思いますが、それでもいいよという方はお読みいただけると嬉しいです。




PS.なんかUAやお気に入りがついてるんですけど!?


ミコトの一日は特別な予定がなければ、日課のランニングから始まる。日の出前に家を出て一時間ほど走る。大抵その途中である生徒と顔を合わせる。

 

「おはようございまーす!」

「ああ、おはよう神楽坂。朝から元気だな」

 

 彼女は、神楽坂明日菜(かぐらざかあすな)。橙の髪を鈴のついたリボンでツインテールにまとめている活発そうな少女だ。新聞配達のバイトをしており、その配達コースとミコトのランニングコースが一部重なっているため、ミコトとは顔を合わせることも多い。

 勤務を始める以前からこうして顔を合わせていたので、勤務初日に「お兄さん、先生なの!?」と詰め寄られたりもした。

 

「じゃあ、先生。あたしこっちだから」

「ああ、気を付けてな」

 

 他愛ない雑談をしてから、互いに別方向へ走り出す。毎度の光景である。

 ランニングを終えると、次は武術の鍛練に移る。世界樹広場で、ストレッチをしてから鍛練を始める。

 

「せんせー!」

 

広場へ上る大階段の下から大きな声。周囲に他の教職員は見当たらないため、ミコトを呼んでいるのだろう。

声の方に目をやると、古菲がいた。

 

「古じゃないか。どうした?」

「ワタシも混ぜてほしいアル」

 

どうやら一緒に鍛練をしたいらしい。

 

「それは構わんが、いつもは別のところでやっているんだろ? 今日はどうしたんだ?」

「さっきまではいつも通り鍛練してたアルよ。でも今日はしつこい挑戦者がいて、逃げてきたアル。で、気分転換に散歩してたら先生見つけたネ」

「挑戦者? そんなのがいるのか」

「たくさんいるアルよ。我が中武研の看板を狙う者共が日々ワタシに勝負を挑んでくるアル!」

 

 ちなみに古菲の好みのタイプは『強い男』である。挑戦者の内の何割かは彼女に惚れ込んだ者達なのだが、彼女はそれを知らない。純粋に道場破りだと思っている。

 ミコトは古とも雑談をしながら、朝の時間を過ごしていく。そうする内に日は上り、時刻も7時30分を回っている。そろそろ仕事の準備をしなければならない。

 

「おっと、もうこんな時間か。古、そろそろ帰って学校の準備をしてこい。遅刻は許さんぞ?」

「おお、話し込んでしまったネ。じゃあ、先生再見(ツアイツェン)(さよなら)!」

「ああ、またあとでな」

 

 古菲は慌てて寮に帰っていく。ミコトも家へ帰ってシャワーを浴び、勤務の準備して学校へ向かう。

 

□□□□□□

日中の授業は滞りなく行われ、今は放課後。通常、生徒が教室にいる必要はない時間帯だが、ここにはその義務を課せられた5人がいた。

 

「さて、今日も楽しい補習の時間がやってきたな」

「うう~……。部活にいきたいよう」

「めんどくさいです」

「たはは、また補習になってしまたアル」

「参ったでござるなあ」

「…………」

 

 その5名とは、桃髪の佐々木まき絵(バカピンク)・黒髪無表情な綾瀬夕映(あやせゆえ)(バカブラック)・拳法中華ガール古菲(バカイエロー)・忍者長瀬楓(ながせかえで)(バカブルー)・バカ筆頭神楽坂明日菜(バカレッド)のクラスの低成績トップ5、通称バカレンジャーである。彼女たちはタカミチが定期的に行う小テスト(英語)において著しく低い点数をマークしたため、放課後に補習を受けている。

 ちなみに学力は夕映>>>古菲>まき絵=楓>明日菜の順だ。

 

「内容は高畑先生がやっていたものと同じだ。まず、小テストを返すから名前を呼んだら取りに来てくれ」

 

 補習の内容は、①小テストの返却②要点の復習③課題のプリント(20点満点)を解く、の三行程だ。基本的に復習が目的なので合格・不合格といったものはない。

 

「全員小テストは返ってきたな。じゃあ、復習からやるぞ」

 

 要点の説明が始まり、ミコトの声だけが教室に響く。

 

 □□□□□□□

「また明日アルー!」

「先生バイバーイ!」

 

 30分ほどで補習は終了し、部活のある古菲とまき絵はあわただしく教室を出ていった。残っているのは明日菜や夕映と、いままで彼女たちを待っていた付き添いの生徒達だ。楓はいつの間にかいなくなっていた。

 

「それじゃあ、気を付けて帰れよ」

「先生また明日ね~」

「さ、さようならです……」

「ほな、うちらも帰ろうか?」

「あ~疲れた~」

 

 明日菜はルームメイトの近衛木乃香(このえこのか)と、夕映は仲のよい宮崎のどかと早乙女ハルナと共に帰っていった。

 

(あの内容では学力の向上は見込めないな、現に補習の常連が出ているし。まあ、担当はタカミチだ。教育実習生の俺が口を出すことではない)

 

 補習の内容に文句をつけながらも、それを変えようとはしないミコトだった。

 

□□□□□□

ミコトが仕事を終え、学校を出るとすっかり夜になっていた。クリスマス前らしく、街のいたるところにイルミネーションが輝いている。

 

「もうクリスマスムード一色だな。俺には縁のない話だが」

 

そう一人言ちながら大通りを行く。店の定休日なので急ぐ必要はなく、ミコトには別の目的地がある。

 

「一月ぶりの超包子だ。急がないと席がなくなるな」

 

今日は麻帆良学園の超人気店、超包子の営業日だ。その味を求めて、多くの人が店に集まる。ミコトは足早に超包子へ向かった。

 

「古、まだ空いてるか?」

「おっ、カグラ先生! ちょうど今空いたヨ!」

 

古菲に連れられ皿が片付けられた小さな丸テーブル席につくと、ミコトはカウンター兼キッチンの車両に注文を伝えに向かう。

 

ーこんばんは、神楽先生ー

 

独特な声をした少女、四葉五月(よつばさつき)が車両から顔を出す。彼女を含めて、超包子の従業員はみなミコトのクラス(麻帆良学園本校女子中等部2ーA)の生徒だ。

 

「こんばんは、四葉。注文いいか?」

ーはい、ありがとうございますー

 

注文を伝えて席へ戻り料理を待っていると、向かいのイスに誰かが座る。相席かと顔を上げると、そこには見知った顔があった。

 

「やあ、ミコト」

「タカミチか。今回は遅かったな」

「ああ、少し仕事が多くてね」

「そうか、ご苦労さん」

 

席についたのはタカミチだ。彼はたびたび出張と称して、魔法団体「AAA(悠久の風)」──表向きはNPO団体としている──の仕事に駆り出されている。

今回の出張もその類いで、ミコトに仕事を押し付けて魔法世界へ行っていた。

そんな他愛も中身もない会話をしていると、茶々丸が料理を持ってくる。

 

「どうぞ、神楽先生」

「ああ、ありがとう絡繰」

「茶々丸君、僕にも同じものを頼むよ」

「かしこまりました」

 

茶々丸は頭を下げて戻っていく。その挙動は完全に人間のそれで、着任当初は目を丸くしていたものだ。

ミコトは茶々丸から目を離して料理を口に運ぶ。

 

「うん、美味い。……なんだその目は」

「いや、美味しそうだなと思ってね」

「お前も同じものを注文しただろう。少しくらい待てないのか」

《pipipipipi》

 

ミコトがタカミチに呆れていると、ポケットのケータイから着信音が鳴る。

 

「学園長から? ……はい神楽です」

《神楽君かの? 急ですまんが学園長室に来てくれんか》

「今からですか?」

《うむ、それと高畑君を見かけたら連れて来てほしい。帰国はしとるはずじゃが、連絡が取れなくての》

「タカミチならいま一緒にいるので、連れていきます」

《おお、そうか。それじゃあよろしく頼むわい》

 

通話を終えてタカミチを見る。

 

「タカミチ、ケータイの電源切ってるだろ。学園長が連絡が取れないって言ってるぞ」

「え? ……あ、本当だ」

「はあ……、とりあえず学園長室にいくぞ」

 

ミコトは、まだほとんど手をつけていない料理を名残惜しそうな目で見てから立ち上がる。タカミチもそれに続いて学園長室へと歩き出した。

 

□□□□□□

「学園長、神楽と高畑です」

「おお、二人とも入ってくれ」

「失礼します……、何事ですか?」

 

学園長室の扉をノックをして到着を知らせる。ミコトは、学園長のいらえがあってから入室し、タカミチと並んで立つ。

室内には学園長以外にもいくつか人の姿があった。老若男女、教師も生徒も混じっている。

 

「そんなに身構えんでもよい。ここにおるのが麻帆良学園の魔法関係者じゃ。本当はもう少しおるんじゃがの」

「そうですか。しかし、ただの顔合わせで呼んだわけではないようですね」

「うむ、実は少々厄介なことが起きておっての……」

 

学園長によると、学園を覆う結界付近に不審な術者が現れたらしく、使い魔なども確認されているとのことだ。

ここまでなら当番の魔法先生が対処する案件なのだが、今回は同様の反応が学園の四方でそれぞれ確認された。さすがに手が足りないうえに大規模な襲撃の可能性もあるため、ここにいるメンバーに加えてミコトとタカミチで警備を行い、もし学内に侵入してきた場合は使い魔の撃退及び侵入者の捕縛に当たる。

4組に分かれて行動することに決まり、チーム分けの結果ミコトは、女子生徒二人とチームを組むことになった。

 

「神楽 尊だ。よろしく頼む」

高音(たかね)・D・グッドマンですわ。よろしくお願いします」

「さ、佐倉愛衣(さくらめい)です。よ、よろしくお願いします!」

 

はじめにミコトが名乗り、金髪の少女、赤茶髪の少女と続く。赤茶髪の少女、愛衣は緊張しているようで声が上ずっている。

自己紹介を済ませ、持ち場へ向かう。道中で学園長の指示を待つ間に連携の確認や得意魔法などの情報を共有する。

 

「俺は闇と火属性の魔法が得意だ。それと、『来たれ(アデアット)』」

 

ミコトがジャケットの内ポケットから、一枚のカードを取り出し呪文を唱える。すると、ミコトの装いが一般的なスーツから、夜の闇のような漆黒のスーツと革手袋に変化した。右手には抜き身の刀が握られている。

 

「これが俺の戦闘用の装備とアーティファクトだ。銘は“タマキリノタチ(エンシフェル・インテルフィチェーレ)”。使い魔や召喚獣に対して強力な攻撃ができる」

 

着ているスーツや手袋も、魔法の威力や効果を増強させる優れものだ、とミコトは語る。

 

(わたくし)は影魔法を得意としています。使い魔を使役しつつ近接戦闘もできますわ。この『影の鎧(ローリーカ・ウンブラエ)』を装着することで防御の面も強化しています」

「わ、わたしは、火と風の魔法を使います。魔法の射手(サギタ・マギカ)なら無詠唱でも使えます。えっと、アーティファクトは“オソウジダイスキ(フアウオル・プールガンデイ)”といって、広範囲を武装解除できます」

 

二人の戦力をどう使うべきか検討していく。最終的に、高音をメインアタッカーに据え、愛衣の“オソウジダイスキ(フアウオル・プールガンデイ)”と魔法で補助する形に決まった。ミコトは、戦況を俯瞰しつつ遊撃に回る。

各自で声を出し合い、連携を途切れさせないようにミコトが厳命した。

 

《pipipipipi》

 

とりあえずの作戦が決まったところで、ミコトのケータイが鳴る。

 

「はい。此方、D班です。何かありましたか、学園長?」

《森林地帯の東方面にある結界が抜かれ、襲撃が始まったのじゃ。数は確認できるだけで約20。至急、鎮圧に向かってほしい》

「了解です、では……。結界が抜かれた。方角は東、数は最低で20だ。急ぐぞ」

 

二人の方を振り返り、状況を伝えて走り出す。

向かうは東、森林地帯。

 

□□□□□□

数分ほど走ると目的地の森が見えてくる。

先頭にミコト、その後ろに高音と愛衣が並んで走っている。

 

「そろそろ目的地だ、このまま突入するぞ」

「は、はい!」

「わかりましたわ」

「不意討ちも有り得るから注意していろよ」

 

二人が頷いたのを確認してから、それまでと同様に走りながら森へ入る。森のなかは障害物も多く、視界が不明瞭になる。周囲の警戒は必要不可欠だ。

 

「…………っ! 止まれ」

 

ミコトが左手を横に伸ばして二人を制止する。視線の先には、森の奥から出てくる鬼、鬼、鬼。

 

「鬼……か、ということは術者は陰陽師だな」

「かなり多いですわね……」

「20体は確実にいます……」

 

ざっと見ただけでも多くの鬼が召喚されている。それも、まだ森の奥に潜んでいる鬼もいるかもしれない。

 

「予定通りにいくぞ。俺は遊撃、グッドマンが攻撃、佐倉が援護だ」

「了解です。いきますわよ愛衣!」

「は、はいお姉様! 『来たれ(アデアット)』」

 

散開して、ミコトは単独で鬼たちへ駆け出し、高音と愛衣は二人一組で攻撃していく。

 

「ぐわっ!?」

「ぎゃあぁっ!?」

 

ミコトが音もなく接近して、素早い斬撃で鬼を葬る。斬られた鬼は一瞬で煙となって消える。

 

「なんや!? 敵襲か!?」

 

鬼たちがミコトの強襲に気づいて、武器を構える。

戦闘開始だ。

 

 

□□□□□□

鬼たちとの戦闘が始まって20分ほど、ミコトたちは行く手を阻む鬼を殲滅しながら森の奥へと進んでいた。

 

「ここは……!」

 

木々に囲まれた道を抜けると、開けた広場のような場所に出た。

 

「先生、お姉様! あれは……」

「召喚陣だろうな。あそこから鬼が湧いているんだろう」

 

広場の地面には鬼の召喚の為の陣が設置されている。大きな円の中に複数の小さな円が描かれ、それぞれの小円に梵字が書かれている。

 

「ここまで来たか……、西洋魔術師どもめ」

 

ザッ──という足音。そちらに目を向ければ斎服を着た陰陽師が立っている。

 

「お前が術者だな、大人しく投降しろ。抵抗しなければ危害は加えない」

 

ミコトは投降を勧告し、陰陽師に近づく。高音たちもついていくが、ミコトが留める。

 

「お前たちは来るな。陰陽師が丸腰とは考えにくい、罠の可能性もある」

 

そういって、二人を残して陰陽師の元へと足を進める。万が一罠でもミコト一人なら対処できるだろう。

 

「ふん、西洋魔術師ごときが偉そうに……! 来い、硬羅・鋭羅!」

「む? 久々に呼ばれたな」

「おぼこい嬢ちゃんたちもおるやないか、拍子抜けやなぁ。手前の兄ちゃんは手応えありそうやけど」

 

陰陽師が護符を取り出し、鬼を呼び出す。現れたのは、鈍色の肌をした巨大な鬼と青みがかった肌で銀色の長角を持つ細身の鬼。どちらも今まで倒してきた鬼たちとは雰囲気が違う。

 

「まあ、呼ばれたからには仕事はするがな」

「いくで、兄ちゃん!」

 

二体の鬼は武器を構えて向かってくる。ミコトは刀で迎え撃とうとするが、細身の鬼が脇をすり抜けて高音たちの方へと駆ける。

 

「行かせるわけ……、っ!」

「兄ちゃんの相手はワシや、嬢ちゃんたちは鋭羅にやるわい」

 

細身の鬼を追おうとするが巨大な鬼に阻まれる。高音たちに加勢するにはこの鬼を倒すしかない。

 

「仕方ない。さっさと終わらせてやる」

 

ミコトは刀を構えて駆け出す。

 

「うおりゃあ!」

「……フッ!」

 

鬼が棍棒を振り下ろし、ミコトが刀を振るう。ガキィン! と甲高い音が響く。だが、金属同士の衝突音ではない。ミコトは棍棒を紙一重で避け、棍棒を振り下ろした鬼の腕を狙ったのだ。

 

「ガハハハ! 効かんのう!」

(硬いな……、皮膚には刃が立たないみたいだな)

 

異形殺しの力を秘めた“タマキリノタチ(エンシフェル・インテルフィチェーレ)”で斬ってもケロリとしているこの鬼は、そういった力に高い耐性を有しているのだろう。

 

(早くケリをつけたいが、硬すぎる……。実力を隠したままじゃあ時間がかかりそうだし、仕方ないか……)

「……いくぞ」

 

高音たちの負担を考えると、長引かせるわけにはいかない。ミコトは()()()を纏い、鬼に認識不可能な速度で移動する。黒い光芒を引いて縦横無尽に軌跡を描く。

 

「っ!? ど、どこや!?」

 

突然目の前から消えた相手を探して、忙しなく辺りを見回す鬼。だが、ミコトはそこにはいない。見えるのは黒い光の残滓のみ。

 

「こっちだ」

「上か! ガッ……!?」

 

頭上からの声に勢いよく顔を上げる。鬼が見たのは、気を纏わせた刀を突き立てようとするミコトの姿。

ザンッ! と音をたてて刃は鬼の口中から喉へ突き刺さる。ミコトは全体重を鋒にかけて刃の根元まで刺し込み、その巨躯から飛び降りた。

 

「思った通り、口のなかは柔らかいみたいだな」

「グ……ガ……!」

 

体表面が硬くても、粘膜である口中は刃が通ると予想したのだ。

鬼はうまく発声できないようで、呻くように声を出す。

このまま放っておいても刀の効果で倒すことはできるが、時間をかければその分高音たちの負担が増す。ミコトは一気に決着をつけにいく。

 

白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)

「ガアアアアアア!?」

 

放射状に発生した白い稲妻が鬼に刺さった刀へと吸い込まれていき、体内から鬼を焼き尽くす。高威力の魔法を体内に撃ち込まれた鬼は、断末魔の叫びをあげながら異界へと還っていった。

カランと地面に落ちた刀を拾い、高音たちの元へと駆け出す。

 

□□□□□□

──高音side──

 

森のなかに鬼たちの悲鳴が響く。

 

「ぐあっ!?」

「ぎゃあぁっ!?」

「凄い…………」

 

思わず口からこぼれる言葉。

今、私と愛衣は今回チームを組むことになった神楽先生とともに鬼を殲滅しながら森の奥へと向かっている。殲滅といっても、ほとんどの鬼を倒しているのは神楽先生だ。

彼の実力は予想以上、というか規格外だ。

敵の攻撃を見切り紙一重で避ける技量、反撃を許さない一撃必殺の攻撃力。物理的な実力だけではない。

後方から攻撃してくる鬼に私と愛衣が気づかなかったときに、先生は周りの鬼を斬り捨てながら目も向けずに無詠唱魔法で助けてくれた。

視界外の敵を照準し魔法を命中させる制御力。一撃で鬼を倒す魔法を無詠唱で発動する技術。

どれか一つでも達人といえる要素を、武術・魔法ともにいくつも兼ね備えている。正直にいって、その実力に羨望を禁じ得ない。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)火の三矢(セリエス・イグニス)!」

百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ)!」

 

私の影槍と愛衣の火炎の矢が鬼に襲いかかる。

 

「がっ!?」

「ぐへっ!?」

 

数体を倒すことが出来たが、私たちが鬼を一体倒す間に先生は三体を倒している。数分も戦えば、周囲に鬼の姿はなくなる。

 

「先へ急ぐぞ」

 

先生はそういって駆け出す。私たちも後について森の中を走る。

 

「ここは……!」

 

開けた広場のような場所に、魔方陣のようなものが描かれていた。愛衣が陣を指して声を上げる。

 

「先生、お姉様! あれは……!」

「召喚陣だろうな。あそこから鬼が湧いているんだろう」

「ここまで来たか……、西洋魔術師どもめ」

 

物陰から術者らしき陰陽師が現れる。先生が投降を促すも、陰陽師はそれに応じずに二体の鬼を呼び出す。

降伏する気はないようですわね。

 

「いくで、兄ちゃん!」

 

呼び出された二体の鬼のうち、巨大な鬼が神楽先生と対峙して、その脇を抜けて細身の鬼がこちらへ向かってくる。先生は巨大な鬼に阻まれていて、加勢は望めない。私たちで戦うしかない。

 

「どうも、嬢ちゃんたち。悪いがしばらく寝ててもらうわ」

 

棍棒を振り上げる鬼。人外の膂力で振るわれるそれは、小娘二人など簡単に蹴散らすだろう。

 

「愛衣!」

「は、はい! 全体武装解除(アド・スンマム・エクサルマティオー)!」

「うおっ……!?」

 

だが、その暴虐は二人に届かない。

愛衣が“オソウジダイスキ(フアウオル・プールガンデイ)”の能力で棍棒を吹き飛ばす。

 

「食らいなさい、百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ)!」

 

影槍が鬼を襲う。土煙があがり、鬼の姿が見えなくなる。

 

「ハア……、ハア……」

(消耗していますわね……、無理をさせすぎましたわ)

 

慣れない戦闘の緊張もあるのか、愛衣はかなり消耗している。

愛衣はもう激しい動きや戦況を変えるような魔法は使えない。私が守りながら戦うしかない。

 

(このままじゃまずいですわね……)

 

愛衣を庇いながらでは実力を十全に発揮できない。万全の状態ですら勝てるかどうかわからないのに、このままでは勝機はない。

 

「ここは一か八か賭けにでるしか……!」

「お、お姉様危ないっ!」

「え……?」

「油断してもうたな嬢ちゃん」

 

最大威力の魔法を発動しようとしたとき、愛衣の声が耳に届く。思考に集中していて、注意を怠っていた。

現実に引き戻された私の目の前には、今まさに棍棒を振らんとする細身の鬼の姿。百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ)が直撃したはずだが、一切ダメージはなさそうだ。

 

「しまっ……きゃぁっ!?」

「お姉様っ!?」

 

自動で発動する「黒衣の盾」が展開されるが、疲弊している身では衝撃を殺しきれずに弾き飛ばされる。

 

「がっ……! かはっ……」

 

背中から木に打ち付けられ、堪らず呻く。強制的に肺から空気が押し出されて、思わず咳き込む。

 

(は、早く愛衣の元に戻……っ!? 身体が痺れて!?)

 

急いで立ち上がろうとするが、動きが鈍い。

『影の鎧』のおかげで気絶は免れたが、少なくないダメージを受けている。これではまともな戦闘はできない。

 

「きゃぁぁっ!?」

「め、愛衣……!?」

 

愛衣の悲鳴が届く。震える足に鞭打ってフラフラと立ち上がり、愛衣の方に視線を向ける。そこには鬼に見下ろされる愛衣の姿。どうにか逃げようとしているが、疲労のうえに腰が抜けてしまったようで、震えることしかできない。

 

「……悪いな、嬢ちゃん。ワシらも呼び出されたからには、きっちり仕事せなアカンねん」

 

私を吹き飛ばした鬼がそう言って棍棒を振り上げた。

 

(愛衣……! 動きなさい、私の身体!)

「待ちなさい……!」

 

気力をふりしぼって愛衣と鬼との間で、両手を広げて身体の陰に愛衣を隠す。

 

「お、お姉様……!」

「早く逃げなさい愛衣……」

「でも、お姉様が……」

「私は大丈夫ですわ……、影よ(ウンプラエ)

 

なけなしの魔力をふりしぼって、影を身体に纏う。少しはダメージを減らせるだろうが、気絶は免れないはずだ。

それでも気丈に振る舞う。私は『お姉様』なの。情けない姿は見せられないわ。

 

「さあ、行きなさい愛衣」

「い、嫌です……!」

 

愛衣も引かない。もう限界を超えていることに気づかれている。

それでも、敵がいつまでも待ってくれるわけがない。

 

「嬢ちゃんたち、もう時間や」

「っ……!」

 

いまだ言い争う私たちに、鬼はそういって棍棒を振り下ろす。思わず目を瞑ってしまい、迫る衝撃に身を強張らせる。

 

ジャキィィン──

「…………?」

 

いつまでもやってこない衝撃とその金属音を不思議に思い、ゆっくりと目を開ける。

 

「すまん、待たせたな」

 

そこには―――黒く輝く刀で棍棒を断ち切った神楽先生がいた。

 

──高音side out──

 

□□□□□□

「あれは……!」

 

ミコトが見たのは、愛衣を背に庇う高音とその前で棍棒を振り上げた鬼。黒光で強化した速度で高音と鬼の間に割り込み、刀を振るう。

 

ジャキィィン──

金属音が暗い森の中に響く。一瞬遅れてゴトリ──という重い音とともに、半ばから断ち切られた棍棒が地に落ちる。

 

「すまん、待たせたな」

 

高音と愛衣に謝る。表情には出さなかったがミコトは憤っていた。己の慢心で生徒を命の危険に晒してしまったことに怒りを抑えきれない。二人から離れずに術者を拘束する方法などいくらでもあったというのに。

 

「せ、先生……、愛衣をお願い……」

「お姉様っ!」

 

ミコトの存在に安心したのか、高音は気を失う。魔法が解けて身に纏っていた『影の鎧(ローリーカ・ウンプラエ)』が消え、透明感のある澄んだ肌が露になっている。

 

「佐倉、グッドマンを頼む。もうお前たちには指一本触れさせないから」

「あ、傷が……」

 

回復魔法で高音と愛衣の傷を癒して、上着を高音に被せて肌を隠す。ミコトは高音よりもかなり身長が高いので、股下くらいまで隠せている。

それから、細身の鬼に向き直る。律儀にこちらの準備が整うまで待っていたようだ。

 

「わしの金棒を一刀両断とは魂消る真似するのぉ」

「…………」

「硬羅を倒したんや。あんたは楽しめそうやなぁ」

 

細身の鬼は徒手空拳で構えをとり、ミコトは無言で刀を握る手に力をを入れる。

 

「っ!」

 

鬼が先に動き出す。渾身の力を込めた拳をミコトへぶつけんとする。鬼には一撃で沈める自信があった。

 

(とった! ……っ!?)

 

直撃を確信した鬼だったが、突如視界が反転して空が映る。交錯の瞬間にミコトが超スピードで振り抜いた刀が、鬼に知覚させる間もなく首を断ち切ったのだ。

ドサリと鬼の肉体が倒れ、そのまま煙となって異界へと還る。残るは術者の捕縛だけ。

 

「まさか……、硬羅と鋭羅が……」

 

護衛の敗北に顔を青ざめさせ、狼狽える術者。今にも腰を抜かしそうなくらいだ。ミコトが刀を握ったまま術者に近づき、首筋でチャキッと刃を鳴らす。

 

「選べ。投降か、死か」

「あ……、は…………ひゅっ」

 

ミコトから溢れる怒気と殺気に、術者は限界を迎えたらしく泡を吹いて気絶する。ミコトが無詠唱で影を操作して術者を拘束した後、召喚陣を破壊して任務は完了。

あとは学園長に連絡するだけだ。

 

《prrrrr,prrrrr》

《神楽くんか、どうなったかの?》

「任務は完了しました。しかし、私の油断で佐倉とグッドマンを危険に晒してしまいました」

《ふむ……、二人の状態は?》

「グッドマンが気絶、佐倉もかなり消耗しています」

《そうか……、それならばまず神楽くんには二人を連れて学園へ戻ってもらおうかの》

「わかりました、それでは」

 

そういって通話を終え、影で術者を持ち上げて高音と愛衣の元へ戻る。

 

「佐倉、ひとまず任務完了だ。学園へ戻ろう」

「はい。あの、お姉様は大丈夫でしょうか……?」

「呼吸はしっかりしてるし、外傷は治しておいた。あとは学園に戻って検査するしかないな」

 

ミコトは気絶している高音を抱き抱える。女性らしい柔らかな感触が伝わるが、邪な感情が抱けるほどその面の皮は厚くない。高音を抱えたまま自身の影に目をやる。

 

影よ(ウンプラエ)翼を成せ(フォルマ・アラス)

 

その言葉に従って影がミコトの背中に黒い翼を形成していき、十秒も経たずに漆黒の大翼がその威容を顕す。

 

「佐倉、飛行魔法は使えるか?」

「えっと今の魔力だと……、すみません」

 

愛衣の体力はミコトの魔法で回復していたが、魔力は枯渇寸前のままだ。とてもではないが学園まで飛んでいくことは不可能だろう。

 

「仕方ないか。嫌かもしれないがしばらく我慢してくれ」

「え? か、神楽先生!?」

 

ミコトは横抱きにしていた高音を右腕一本で支えられるように抱え直し、空いた左腕で愛衣を抱え上げた。二人を落とさないよう影で固定してミコトは空へと羽ばたく。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

後に、麻帆良学園東部で『空にこだまする女性の声』が聞こえたと話題になったが、それはまた別の話───。

 

□□□□□□

「ふむう……、上級の鬼を二体も使役しとったとな」

「はい。大きな方は他の鬼よりも段違いの防御力でした。細い方も、典型的な魔法使いなら強敵だったでしょうね」

 

学園へ戻ったミコトは学園長室へ報告に来ていた。高音と愛衣は医務室で休んでいる。

 

「高畑君や神多羅木(かたらぎ)君のところにも同じように上級の鬼が出たらしい。そちらには一体ずつだったんじゃがの」

「関西の過激勢力が力をつけてきているのでしょうか?」

「うむ、その可能性も大いにあるのう……。当分は警戒を強化せねばいかんようじゃな」

 

上級の鬼を召喚できる術者は多くない。鬼に限定されることではないが、上位種の召喚・使役は高難易度の術であるゆえに高い実力が求められる。それほどの実力者が襲撃してきたという事実は学園長も看過できることではない。

 

「術者はほとぼりが冷めた頃に関西呪術協会(むこう)へ送還することになっとる。むこうの長にとっても過激派は目の上のたんこぶじゃし、適切に裁いてくれるじゃろ」

「では、私はこれで。失礼します」

「ああ、ご苦労じゃった」

 

ミコトは学園長に一礼して学園長室を出る。不安は残るが、ひとまず今回の騒動は終息した。

ミコトは一度だけため息を吐いて、家路についた。

 




二度と出ないだろうキャラ紹介

硬羅

皮膚が異常に硬質化している上位鬼。パワーとタフネスに特化した戦車タイプで、生半な武器では傷ひとつつけることができない。ミコトの“タマキリノタチ”や明日菜の“ハマノツルギ”の持つ異形殺しの力に高い耐性を有するため、倒すためには高火力の魔法をぶつけるか防御を抜くほどの攻撃力で押しきるしかない。ミコトの戦法はどちらといえば前者。
力こそパワー。

鋭羅

見せ場があまりなかった。速度特化のヒットアンドアウェイスタイルで戦うのだが、高音たちのことをたかが小娘二人と侮り、手を抜いて戦っていた。
見せることはなかったが、体表面のどこからでも角(と同質のもの)を生やすことができ、形状・質感も自由に操れる。ミコトを殴ると同時に角で貫く気だったが、成功しなかった。
速さこそパワー。


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