シンフォギアAmazonZ (のけむ)
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シンフォギアAmazonZ
それは、もし―if―の世界。
“もし”、人を殺す兵器の抜け穴が人でなくなれば良いと考えたら。
“もし”、聖遺物以外に人を超えるための研究が進んでいたら。
“もし”、それが完成したら。
“もし”、それがとある男に生み出された細胞と酷似していたら。
様々な散らばったifが消えずに、積層され、一つの
それが、たとえどんなに醜く儚いものだとしても。
*******
ギャルホルンアラート。聖遺物の一つであるギャラルホルンから出されるアラート。それは並行世界の危機を伝える警報である。難しいことはわからないのですが、そういうものデス。
「デスよねっ、調!」
太陽のように明るい笑顔を浮かべ、親友の名を呼ぶのは暁切歌。彼女の前にはノートが置かれており、その内容が間違っていないかを一番大好きな友達に問いかける。
「切ちゃん、それ同じことしか言ってないよ。」
切歌に話を振られ、返事をするのは月読調。
「うぇぇ…でも難しいことは正直“すかぽんたん”なのデスよ。こんなことならお昼寝なんてしなければよかったデス…」
「それを言うなら“ちんぷんかんぷん”だろうが。口ばっか動かしてないで、さっさとおっさんの反省文書いちまえよ。元はといえば、アラートが鳴って、その招集に寝坊して寝言で返事しちまったのが悪いんだからよ。」
そしてソファの上から二人を眺めてツッコミを入れる銀髪の少女は雪音クリス。
口こそ悪いが、その心根は優しく、面倒見がいい。今も、自分たちの所属する組織の司令から出された反省文を書くために場所を提供しているのだ。理由は誰かの知識不足が原因なので、彼女が付き合う必要はあまりないのだが、それでも付き合って場所を提供する辺りに彼女の人柄の良さが出ている。。
「やっと終わったデース!」
「お疲れ様、切ちゃん。」
余程反省文を書くのがつらかったのか、終わったことにより先ほどよりも弾けた笑顔を浮かべている。それを見た調もまたつられて笑顔を浮かべている。
「やっと終わったか。なら、いい時間だし食べに行かねぇか?」
「おぉ、それには私も賛成デスよ!」
「うん。今日は切ちゃん頑張ったし、たまには外でおいしい物でも一緒に食べよっか。」
そうやって三人で夕飯を食べに行くかとクリスの部屋から出てレストランに向かう。
「出かけるってことだけ考えてたからどこ行くか決めてなかったなぁ。」
「それなら私はお肉が食べたいデスね。」
「切ちゃん、お肉は昨日食べたし、今日は別のものにしない…?」
「うーん、それもそうですねぇ。」
「そんな気にしなくてもいいだろ。二人とも食べたいものが違うんだったら私の行きつけのレストランでいいか?」
クリスには、もう家族がいない。だから今のように後輩と話をして、話を聞いているとふと思うことがある。
家族が生きていたら、妹とかができて今の二人と過ごしているような時間を手に入れられたのか。もしかしたら一人っ子のままでパパとママの愛を受け取って日常を過ごしていたり。
今とは違う、それこそ先ほどの話題に出た別の世界でもなければ実現しないようなもしもを思うのだ。
しかし、それを思い浮かべるために気づく。それはあくまでもしもの話であり、今ここで生きる自分とは違うものであると。確かに並行世界というのは差異こそあれ、先輩が願った天羽奏が生存した世界や根暗になっちまったバカといった風に様々な可能性を見せてくれる。きっと私にとっての理想、いや夢と呼べる世界があるかもしれない。だけど、そんな世界があったとしてもそれはその世界の私が享受するべき幸せなのだから、この世界の私が邪魔をしちゃいけない。ここには、不幸なことは数えきれないほどあったが、不満なんてない。今こうやって後輩と外に出かける日常があればそれでいい。
「我ながらめんどくさい結論の出ないこと考えてんなぁ。」
「悩みでも、あるんですか?」
こうやって気を遣ってこちらのことを思ってくれる後輩がいる。私にはもったいないくらいだ。
「いいや、そういうんじゃなくて、ただの考え事だよ。」
「そうですか。…もし何か相談したいことがあれば、差し支えなければ話してくださいね。日頃もらっている分、お返しですから。」
「デスデス、クリス先輩には宿題も教えてもらってますしなんでもしちゃうデスよー!」
「あぁ、そんときゃ頼りにするからな。」
ぼちぼち目的地に着くかというところで、何か違和感を感じた。
「なんか…変な感じデス。」
切歌が鼻を抑える。彼女は自分たちより先を歩いており、曲がる角にある公園の手前で立ち止まると急に顔をしかめた。
かすかだが、なにか覚えのある匂いだ。生理的に受け付けることのできないこの匂いは、そう、肉が腐った時の臭いだ。
生ごみを放置した馬鹿でもいるのかと考えたが、少なくとも都会としてジャンル分けされるであろうこの地域で放置なんてあり得るのだろうか?
「ご飯の前にこんな仕打ち、神様はひどいデスよ…」
「あぁ…空腹時にこれは確かに食欲なくなるな。」
「できれば、他の人も同じように不快にならないように片づけたいところだけど」
そこでまた違和感に気づく。
公園の中に何かがある。揺らいでいる。
世界が歪んで見える壁。それは白黒のモザイクのようだった。
カーテンのように存在するその壁は、今まで見たことがない。
そして、それに近づくと臭気が強くなる。
「…こいつの先に何かあるのか?」
「でも、なんでこんな壁があるの?」
「鼻がおかしくなりそうデェス!」
クリスと調は袖で臭いを軽減しているが、切歌はそれでも耐えられないらしく今にも泣きそうな声を上げている。
そのとき咀嚼音が聞こえた。なぜ咀嚼音と気づいたのだろうか。聞こえた時には、それは何かを食べる音なのだと本能的に気づいたとしか言えなかった。そして三人はもう一つ臭い、音に続き気配を感じる。
この先に、“何か”いる。いや、こちらに来ている。
三人は人型の影が見えてきたところで警戒心を最大まで高め、ペンダントを握りしめる。幾度となく世界を脅かす脅威と戦った彼女たちだからこそ感じる、戦場の緊張感。
しかし、それは今まで感じてきたものと違い、どこか嫌悪のような恐怖心がある。
「クリス先輩…。」
「言いたいことはわかる。だけど、こんなのは初めてだ。」
まるで猛獣に狙われている感覚。明らかな異常事態に支給されている通信機で本部との連絡を試みるが、
「本部からの通信はない。…違う通じない?」
ジャミングでもかかっているのかノイズしか聞こえず連絡ができない。
「まぁ、あんな壁出て本部がわからないなんてこたぁないだろうなあ。」
もしくは、本部ですら探知できないヤバいやつか。
声に出さずにクリスは二人を守れるように一歩前に出る。
そして、それは現れた。
口元を赤く濡らし、錆の匂いを濃く散らす怪物。
「何やら変な場所に迷い込んだようだが…」
怪物は、言葉を話した。それだけでも三人の正気を削ぐには充分であったが、そこから飛び出た言葉は彼女たちの正気だけではなく、命をも脅かすものだった。
「なにやら変なオブジェだとばかり思ったが、何やらゲートのようなものだったらしい。」
その時、反省文の時に話題に出していたものを思い出す。
「まさか、ギャラルホルンによる世界移動…」
怪物は言葉を続ける。
「ここは、変な場所だ。まるで知らない故郷のようだ。」
「でも、ここにはおいしい人がたくさんいるようだ。」
こいつはやばい。
「この前食べたのは、オスの子供だったか。あれはよかったな。」
本能的に察した。これはこの世界にいてはいけないやつだ。
「ちょうど食べてみたいと思っていたところなんだ。」
逃げなければ。
最悪、二人を逃がさなければ。本部にこいつのことを警告しなければ。
「今度はメスにしよう。」
この怪物は、世界を壊す。壊される。
「さぁ、祝福だよ。君たちは天使なんだ。そのきれいな羽で私に幸せを運んでおくれ。」
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