ハイスクールD×D ~赤と紅と緋~ (フレイムドラゴン)
しおりを挟む

オリジナルキャラクター

 この小説を初めて見る方にはネタバレが含まれているので注意してください。


―オカルト研究部―

 

 

士騎(しき) 明日夏(あすか)

 

身長:175㎝

体重:65㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 クールな印象を持った少年。それなりのイケメン。髪型は黒髪のショートヘアーで、イメージモデルは『機動戦士ガンダムSEED(シード) DESTINY(デスティニー)』のシン・アスカ。目の形はつり目で瞳の色は黒色。体格は細目だが鍛えられているため、逞しく引き締まった体型をしている。学生服の着こなしはブレザーとワイシャツを全開にしており、黒色のタンクトップがトレードマーク。

 

○プロフィール

 主人公。見習いの賞金稼ぎ(バウンティハンター)。士騎家の次男で冬夜と千春の弟で千秋の兄。両親は事故で他界している。駒王学園の二年生で、イッセーと同じクラス。イッセーに付き合う形でオカルト研究部に入部する。それなりのイケメンなため、学園では木場ほどではないが女生徒に人気がある。

 

○性格・趣味・嗜好

 非常に家族想いで仲間想いな性格。普段はクールな振る舞いだが、家族や友人、仲間に対して悪意ある危害を加える者に対しては激しい怒りをあらわにする。とくに家族やイッセーのときにはそれが顕著になる。怒りの感情が行動に出やすいが、逆に思考はクリアになり、集中力が増す性質。だが、自身の身の危険をかえりみなくなる傾向もある。真面目だが、ツッコミがいるような頭の痛い状況、特にイッセー柄みの状況などに対しては面倒くさがりな面も見せ、スルーすることもある。趣味は家事全般。特に料理が得意で、それなりの腕とこだわりも持っている。

 

○対人関係

・兵藤一誠

 幼少のころからの幼馴染みで親友。千秋の件で深く感謝しており、また、密かに憧れも抱いており、絶大な信頼を寄せている。性欲過多なところはどうしようもないと、一種の諦めを示している。

 

・士騎冬夜、士騎千春、士騎千秋

 兄と姉と妹。兄弟の仲は良好。冬夜と千春のことは兄、姉としても先輩ハンターとしても尊敬している。千秋へのイッセーへの想いを応援しており、よく発破をかけたり、たまにする暴走も諌めたりもしている。

 

・『霊気の緋龍(アグレッション・スカーレット・ドラゴン)』ドレイク

 過去に『緋霊龍の衣(アグレッシブネス・スカーレット)』の特性を利用されて肉体を奪われそうになった経緯があり、警戒心を抱いている。そのため、『緋霊龍の衣(アグレッシブネス・スカーレット)』を滅多なことでは使用しない。

 

・リアス・グレモリー、姫島朱乃、塔城小猫、木場裕斗、アーシア・アルジェント

 オカルト研究部の仲間。イッセーと同様にアーシアのことは大切な友達とも思っている。リアスのことはイッセーを生き返らせてくれた件で深く感謝しており、ライザーとのレーティングゲームに参戦できなかったことに歯痒い思いをしていた。

 

・風間鶫、風間燕

 小学校からの幼馴染みである姉妹。過去にいじめられていたのを見て見ぬフリをしていた経緯があり、わだかまりがあったがすぐに解消されているため、仲は良好。それでもいまだにそのことに対して姉妹に罪悪感を抱いている。燕のことはよくイッセー絡みのことでいじっている。

 

○戦闘力

 スタイルはテクニック寄りのパワータイプ。身体能力を強化しての八極拳による肉弾戦、雷刃(ライトニングスラッシュ)を使った剣術、ナイフによる投擲と接近戦を使い分けた戦い方をする。『緋霊龍の衣(アグレッシブネス・スカーレット)』の力を使用する際には高い攻守力を得る。電気抵抗が高い特殊体質で雷系の攻撃が効きにくく、電気を利用した雷刃(ライトニングスラッシュ)の身体能力強化の負荷にもある程度は耐えられ、長時間の使用も可能にしている。

 

○技・装備

・八極拳

 それなりの練度を誇り、身体能力の強化や緋のオーラも合わさって高い威力を誇る。

 

・魔術

 単純な身体能力強化を使用。

 

雷刃(ライトニングスラッシュ)

 主武装。

 

・明日夏専用戦闘服

 戦闘時に着用。性能は認めてるが、デザインが少し厨二くさいと若干着るのをためらっている。

 

・ナイフなどの各種装備

 副武装。対魔力などの耐性が付与された賞金稼ぎ(バウンティハンター)用の装備。

 

・バーストファング

 主に奇襲、牽制に使用。

 

洋服交換指輪(ドレス・チェンジ・リング)

 戦闘服の着脱に使用。

 

武装指輪(アームズ・リング)

 雷刃(ライトニングスラッシュ)及び各種装備の収納に使用。

 

 

士騎(しき) 千秋(ちあき)

 

スリーサイズ:(バスト)72(ウエスト)54(ヒップ)74

身長:154㎝

体重:40㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 若干幼げな容姿の少女。髪型は黒髪のロングヘアーを後ろで束ねており、イメージモデルは『IS(インフィニット・ストラトス)』のシャルロット・デュノア。目の形は少しつり目で瞳の色は黒色。体格はスレンダーな体型。

 

◯プロフィール

 初登場は第1章。イッセーヒロインの一人。見習いの賞金稼ぎ(バウンティハンター)。士騎家の次女で、冬夜、千春、明日夏の妹。駒王学園の一年で、小猫と同じクラス。明日夏と同じ理由でオカルト研究部に入部する。美少女と言える容姿なため、学園では男生徒から人気があるが、兄である明日夏が恐れられているためか手を出したり、ちょっかいをかけようとする者はいない。幼少のころは事故死した両親にべったりであり、その死を間近で見てしまったために、そのショックから引きこもっていたが、イッセーの尽力で立ち直った経緯がある。

 

○性格・趣味・嗜好

 普段はクールだが、イッセーに対しては年相応に奥手で恥ずかしがり屋になる。兄の明日夏と同様、家族想いで仲間想いなため、家族や仲間に悪意ある危害を加える者には激しい怒りを、とくにイッセーのときは明日夏以上にあらわにする。幼少のころは人見知りだったが、現在は解消されている。幼少のころは両親にべったりであり、現在もイッセーに依存気味なため、本質は甘えん坊。イッセーへの想いは奥手で恥ずかしがり屋なため消極的だが、ときには大胆な行動に出たり、変に暴走することもある。趣味は読書で恋愛ものを愛読する。

 

○対人関係

・兵藤一誠

 幼少のころからの幼馴染みであり、引きこもりから立ち直るきっかけとなった人物。その経緯から「イッセー兄」と呼んで慕い、想いを寄せている。また、精神的な支えとして依存気味にもなっている。

 

・士騎明日夏、士騎冬夜、士騎千春

 兄と姉。兄弟の仲は良好。末っ子なためか、三人それぞれで差はあれど溺愛されており、イッセーへの想いは応援されている。明日夏にはたまにイッセー絡みのこと発破をかけられたり、暴走したときに諌められたりもしている。

 

○戦闘力

 スタイルはテクニックタイプ。さまざまな方法で身体能力の強化し、蹴り技中心の接近戦と黒鷹(ブラックホーク)による狙撃や速射、『怒涛の疾風(ブラスト・ストライカー)』の風を駆使して戦う。黒鷹(ブラックホーク)の反動を受け流す独自の方法を編み出すことで、負担の軽減と連射をできるようにもしている。

 

○技・装備

・魔術

 単純な身体能力の強化だけを使用。

 

黒鷹(ブラックホーク)

 主武装。

 

・千秋専用戦闘服

 戦闘時に着用。

 

洋服交換指輪(ドレス・チェンジ・リング)

 戦闘服の着脱に使用。

 

武装指輪(アームズ・リング)

 黒鷹(ブラックホーク)と専用の矢の収納に使用。

 

 

 

風間(かざま) (つぐみ)

 

スリーサイズ:(バスト)92(ウエスト)60(ヒップ)88

身長:178㎝

体重:62㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 若干幼げな容姿で常にのんびりそうな雰囲気を放っている少女。髪型は青髪のロングヘアーで、イメージモデルは『真剣(まじ)で私に恋しなさい!』の板垣辰子。目の形は切れ長で瞳の色は赤色。普段は糸目。体格は肉付きがほどよく、出るところが出てるグラマーな体型。

 

○プロフィール

 初登場は第2章。イッセーヒロインの一人。雲雀の妹で燕の姉。アーシアの転入と同じころに駒王町へ燕と共に帰郷、駒王学園のイッセーのクラスに転入し、イッセーと一緒にいたいためにオカルト研究部に入部する。さらに燕と共にイッセーの家に下宿する。実家が忍の家系であり、本人もさわり程度の風間流忍術を扱う忍。幼少のころに男遊びが激しい母親が原因で両親は離婚、父親からは勘当を言い渡され、さらに母親の悪評が原因でいじめを受けており、駒王町から引越す原因となった経緯がある。

 

○性格・趣味・嗜好

 のんびり屋で家族想いな性格。かなりのシスコン。燕とイッセーのことになると抑えが効かず、危害が加わったり、加わろうとすると怒り、狂暴になるが、その原因の燕とイッセーがなんでもないことを告げれば大人しくなる。幼少のころのいじめが原因で人間不信に陥っていた時期もあったが、イッセーたちとのふれあいで解消されている。趣味は昼寝でお気に入りの抱き枕はイッセー。家事全般も得意。

 

○対人関係

・兵藤一誠

 小学校からの幼馴染み。過去にいじめから庇ってくれたことから想いを寄せている。一緒に寝たり、風呂に入ったりと積極的にアプローチを行っている。

 

・士騎明日夏

 小学校からの幼馴染み。妹の千秋とも幼馴染みであり、兄の冬夜と姉の千春とも親しい仲。過去にいじめられているのを見て見ぬフリをされたことでわだかまりがあったがすぐに解消されており、鶫はもう気にしていない。

 

・風間燕、風間雲雀

 妹と兄。兄弟の仲は良好。シスコンゆえに燕のことは溺愛しており、イッセーへの想いも応援しているため、一緒にイッセーのお嫁になろうと考えている。反応がかわいいという理由でたまにイッセー絡みのことでいじったりもする。

 

 

風間(かざま) (つばめ)

 

スリーサイズ:(バスト)68(ウエスト)54(ヒップ)72

身長:152㎝

体重:40㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 幼げな容姿で少しきつめな雰囲気を放つ少女。髪型は赤髪のツインテールで、イメージモデルは『デート・ア・ライブ』の五河琴里。目の形はつり目で瞳の色は青色。体格は小柄でスレンダーな体型。

 

○プロフィール

 初登場は第2章。イッセーヒロインの一人。雲雀と鶇の妹。実家が忍の家系であり、本人もさわり程度の風間流忍術を扱う忍。アーシアの転入と同じころに駒王町へ鶫と共に帰郷、駒王学園の千秋と小猫のクラスに転入し、 素直になれないながらもイッセーと一緒にいたいためにオカルト研究部に入部する。さらに鶫と共にイッセーの家に下宿する。姉の鶫と同じ経緯がある。

 

○性格・趣味・嗜好

 素直じゃないツンデレな性格。かなりの毒舌家。忍の技術を応用したマッサージと針治療が得意であり、マッサージは趣味でもある。忍の技術を応用しているだけあって効果も絶大。イッセー絡みのことになると反応が顕著なため、いじられやすいタイプ。

 

○対人関係

・兵藤一誠

 小学校からの幼馴染み。過去にいじめから庇ってくれたことから想いを寄せているが、素直になれないでいる。

 

・士騎明日夏

 小学校からの幼馴染み。妹の千秋とも幼馴染みであり、兄の冬夜と姉の千春とも親しい仲。よくイッセー絡みのことでいじられる。過去にいじめられているのを見て見ぬフリをされたことでわだかまりがあったがすぐに解消されており、燕はもう気にしていない。

 

・風間鶫、風間雲雀

 姉と兄。兄弟の仲は良好。シスコンの鶫からは溺愛されている。

 

 

 

賞金稼ぎ(バウンティハンター)

 

 

夜刀神(やとがみ) (えんじゅ)

 

スリーサイズ:(バスト)96(ウエスト)58(ヒップ)88

身長:166㎝

体重:54㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 凛々しい容姿をした少女。髪型は黒髪の長髪をポニーテールに結っており、イメージモデルは『IS(インフィニット・ストラトス)』の篠ノ之箒。目の形は標準で少しきつめの目つきをしており、瞳の色はブラウン。体格は鍛練によって引き締まった体つきながら出るところは出ている体型。

 

○プロフィール

 初登場は第3章。賞金稼ぎ(バウンティハンター)

 

 

士騎(しき) 冬夜(とうや)

 

○プロフィール

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)。士騎家の長男で、千春、明日夏、千秋の兄。

 

 

士騎(しき) 千春(ちはる)

 

○プロフィール

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)。士騎家の長女で、冬夜の妹で明日夏と千秋の姉。

 

 

風間(かざま) 雲雀(ひばり)

 

○プロフィール

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)。鶫と燕の兄。

 

 

夜刀神(やとがみ) 蓮火(れんか)

 

身長:175㎝

体重:62㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 飄々としていながら、どこか不敵な雰囲気を漂わせる少年。不良みたいなイケメン。髪型は赤みがかかった茶髪をポニーテールにしており、イメージモデルは『銀魂』の沖田総悟(五年後)。目の形はつり目で瞳の色は赤色。体格は細目だが鍛えられているため、逞しく引き締まった体型をしている。

 

○プロフィール

 初登場は第3章。賞金稼ぎ(バウンティーハンター)

 

○性格・趣味・嗜好

 飄々とした性格で、ノリは軽く、悪戯好き。

 

 

番場(ばんば) 樹里(じゅり)

 

スリーサイズ:(バスト)85(ウエスト)57(ヒップ)88

身長:175㎝

体重:59㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 不敵ながらも親しみやすい雰囲気をした三十代前半の女性。髪型は茶髪を後頭部でまとめて結っている。イメージモデルは『Fate(フェイト)』シリーズのネロ・クラディウス。目の形は標準で瞳の色はブラウン。体格はスラッとした体型。

 

○プロフィール

 初登場は第三章。情報屋。元賞金稼ぎ(バウンティーハンター)で、実力も高く、情報屋になった現在でも衰えていない。情報屋稼業に勤しむ傍ら、駒王町の繁華街の人通りの少ない一角でBAR『JB』の経営もしている。

 

○性格・趣味・嗜好

 気さくな人柄で細かいことを気にしない性格。情報屋稼業では顔馴染みをお得意さまとして優遇する傾向にある。

 

 

 

―天界陣営―

 

 

◎アルミヤ・A・エトリア

 

身長:188㎝

体重:68㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 褐色肌をした落ち着いた雰囲気を放つ青年。髪型は白髪のオールバックで、イメージモデルは『Fate(フェイト)』シリーズのエミヤ。目の形は標準で、瞳の色は赤。体格は長身痩躯だが鍛えぬかれた体型をしている。

 

○プロフィール

 初登場は第3章。コカビエルに奪われたエクスカリバー三本の奪還任務のために駒王町にやってきた教会の戦士(エクソシスト)

 

 

◎ライニー・ディランディ

 

身長:172㎝

体重:64㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 褐色肌をした常に刺々しい雰囲気を放つ少年。髪型は黒髪のショートヘアーで、イメージモデルは『ブラック・ブレット』の里見蓮太郎。目の形はつり目できつめの目つきをしており、瞳の色は黒。体格は細目だが鍛えられているため、逞しく引き締まった体型をしている。

 

○プロフィール

 初登場は第3章。コカビエルに奪われたエクスカリバー三本の奪還任務のために駒王町にやってきた教会の戦士(エクソシスト)

 

 

◎神田ユウナ

 

スリーサイズ:(バスト)87(ウエスト)59(ヒップ)89

身長:164㎝

体重:44㎏

種族:人間

 

○容姿・体型

 天真爛漫で人懐っこそうな雰囲気を持つ少女。髪型は黒髪のポニーテールで、イメージモデルは『D.Gray-man(ディーグレイマン)』の神田ユウ。目の形は標準で、瞳の色は黒。体格はスレンダーながら出るところが出てる体型。

 

○プロフィール

 初登場は第3章。コカビエルに奪われたエクスカリバー三本の奪還任務のために駒王町にやってきた教会の戦士(エクソシスト)

 

 

 

―ドラゴン―

 

 

◎『霊気の緋龍(アグレッション・スカーレット・ドラゴン)』ドレイク

 

種族:ドラゴン

 

〇容姿・体型

 オーラで肉体が構成されており、実体がない。姿のイメージモデルは『遊戯王ZEXAL(ゼアル)』の銀河眼の光子龍(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)だが、他の姿にもなれる。

 

○プロフィール

 初登場は第1章。明日夏の神器(セイクリッド・ギア)緋霊龍の衣(アグレッシブネス・スカーレット)』に封じられているオーラで肉体が構成されている実体のない特殊なドラゴン。司る色は緋色。過去に当時の冬夜の秘密を探ろうと『緋霊龍の衣(アグレッシブネス・スカーレット)』の特性を利用して明日夏の肉体を奪おうとしたがある。過去の『緋霊龍の衣(アグレッシブネス・スカーレット)』の所有者の肉体も同様の方法で奪っていた経緯がある。その理由は過去の所有者の周辺環境がおもしろくないという自分勝手なもの。

 

○性格・趣味・嗜好

 能天気で勝手気ままな非常に遊び好きな性格。趣味は自分が面白いと思ったこと全般。そのための娯楽探し。

 

○対人関係

・士騎明日夏

 自身が封じられている神器(セイクリッド・ギア)緋霊龍の衣(アグレッシブネス・スカーレット)』の所有者。肉体を奪おうとした経緯から明日夏に警戒されている。ドレイク自身は割と明日夏や明日夏の周囲の環境を気に入っている。

 

・兵藤一誠

 普段の行動や振る舞い、人間性から楽しませてくれる存在として気に入っている。




 話が進むごとに随時更新します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリジナルワード

 この小説を初めて見る方にはネタバレが含まれているので注意してください。


賞金稼ぎ(バウンティハンター)

 

 作中のは一般的なものではなく、異能・異形専門の職業。略してハンターとも呼ばれる。

 ハンターの仕事はギルドが認定した賞金首の討伐あるいは捕縛、ギルドから通された依頼の遂行などを行い賞金を得ること。ハンターになるためには、ギルドに申請し、ライセンスを得る必要がある。未成年は見習いから始め、成人後に正式の証としてライセンスを得る。未成年でも、高い実力を証明して認めてもらう、もしくはギルドに認められた他者の正式のハンターからの推薦を得ることで正式としてライセンスを得ることができる。正式と見習いの違いは、正式のハンターのほうだけがギルドからのサポートが受けられ、依頼される。

 主に人間がほとんどだが、人外、人外の血を宿す者も少なからずいる。職業の性質がら、ならず者も多い。

 

○該当者

・士騎明日夏(見習い)

・士騎千秋(見習い)

・士騎冬夜

・士騎千春

・風間雲雀

・夜刀神槐

 

 

◎ハンターギルド

 

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)の支部で、世界各国に点在している。略してギルドとも呼ばれる。

 ハンターのサポート、賞金首の認定、ルール違反者のはぐれ認定、依頼の選定、ハンターへの依頼、ハンターになるためのライセンスの授与などを行っている。

 

 

雷刃(ライトニングスラッシュ)

 

 明日夏専用に作られた高い切れ味を誇る高周波ブレード。刀を鞘に収めることで、明日夏の音声コードによって、ふたつの機能が作動する。ひとつは刀身に電流を流し込むことで切れ味と強度を一定時間の間だけ強化する機能。音声コードは「Slash(スラッシュ)」。ひとつは肉体に電流を流し込むことで身体能力を一定時間の間だけ強化する機能。音声コードは「Attack(アタック)」。この状態になると刀は使えず、肉体への負担も大きい。

 

 

黒鷹(ブラックホーク)

 

 千秋専用に作られた機械仕掛けの弓。力を溜める機能と射ち出す際に加速をかける機能があり、飛距離と貫通力を高めた超遠距離からの狙撃ができる。専用の矢が数種類ある。強烈な反動が伴うため、連射は肉体への負担が大きい。

 

〇専用の矢

・通常型

 通常の矢で、貫通力に秀でている。

 

・拡散型

 射出から設定した飛距離に達した瞬間に複数の鏃を拡散して射ち出す矢。

 

・炸裂型

 爆薬を内蔵された矢で、異能の力、衝撃などに反応して起爆する。

 

 

◎明日夏専用戦闘服

 

 明日夏専用に作られた戦闘服。着用者の身体能力を強化する機能があり、高い防御耐性を持つ近距離での戦闘を得意としている明日夏に合わせた超接近戦仕様になっている。

 出で立ちは黒色のロングコートにインナー、ズボン、ブーツに指ぬきグローブで、コートは前開するタイプ。

 

 

◎千秋専用戦闘服

 

 千秋専用に作られた戦闘服。着用者の脚力を中心に身体能力を高める機能があり、回避率を高めるために動きやすいように作られている。基本的に回避前提なため、必要最低限の防御耐性しかない。

 出で立ちは黒色のロングコートに灰色のインナー、黒色のホットパンツ、黒色のロングブーツで、コートは前開するタイプ。

 

 

洋服交換指輪(ドレス・チェンジ・リング)

 

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)用の装備。宝石部に服を収納しておき、状況に応じて服装を一瞬で変えることができる指輪。ただし、服は一着しか収納できない。

 

 

武装指輪(アームズ・リング)

 

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)用の装備。宝石部に装備を収納しておき、状況に応じて装備を取り出すことができる指輪。洋服交換指輪(ドレス・チェンジ・リング)と違い、複数の装備を収納できる。

 

 

◎バーストファング

 

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)用の量産型武器。爆薬を内蔵された投擲用のナイフで、異能の力、衝撃などに反応して起爆する。




 話が進むごとに随時更新します。 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 旧校舎のディアボロス
第1話 士騎(しき)明日夏(あすか)


 俺の名前は士騎明日夏。駒王学園に通う高校二年だ。

 部活に所属しているわけでもなく、することもないので帰ろうとしたところ、学園の坂になってる芝生に横ならびで寝転ぶ三人の男子を見つけた。

 真ん中の茶髪の男子の名は兵藤一誠。同じく高校二年で、俺の幼少の頃からの幼馴染みであり、親友だ。俺を含め、周りからはイッセーと呼ばれている。

 イッセーの両隣にいる坊主頭の男子と眼鏡をかけた男子も高校二年で、名前は坊主頭が松田、メガネをかけたのが元浜。中学からの悪友だな。

 そんな三人を下から見上げていると、三人の会話が聞こえてきたのだが──。

 

「──あぁ、おっぱい揉みてー・・・・・・」

「兵藤一誠くんに同意ィィッ!」

「言うな・・・・・・空しくなる」

 

 なんとも言えない会話をしていた。

 

「──松田。元浜。どうして俺たちはこの学校に入学した?」

「我が私立駒王学園は、女子校から共学になって間もない。よって、圧倒的に女子が多く、海外からの留学生も多数!」

「そのため、男子は希少。すなわち、黙っていてもモテモテ! まさに入れ食いっ!」

「これ、すなわち、ハーレム!」

「おうよ! 俺たちに待ってるのは、おっぱい溢れるリア充ライフ!」

「──の予定が、彼女一人できないまま、入学二年目の春を迎えちまったわけだ・・・・・・」

「・・・・・・言うな・・・・・・空しくなる・・・・・・」

 

 ・・・・・・三人の会話内容に内心で嘆息しながら、俺は三人に話しかける。

 

「何やってんだか。おまえらは」

「「「あっ、明日夏」」」

「あっ、じゃねぇよ。なにバカみてぇな会話してんだよ・・・・・・」

「女子に人気のあるおまえには関係のないことだ! 失せろ!」

「松田くんに同意ィィッ!」

 

 松田と元浜が敵意剥き出しで睨みつけてくる。

 こいつらが言うには、俺は女子に人気があるらしい。──確かに、たまに女子たちから好意的な視線を感じることはあったが。

 

「モテないことで俺に当たるな。ていうか、モテないのは日頃の行いのせいだろうが」

 

 この三人は通称『変態三人組』と呼ばれている。理由はまぁ、文字通り変態でスケベだからだ。そして、普段から女子達に引かれるような行いばかりを行っている。代表例としては、覗き行為だな。はっきり言って、モテないのは自業自得であった。

 

「「・・・・・・ぐっ・・・・・・」」

 

 本当のことを言われ、松田と元浜は押し黙ってしまう。

 

「だけど! これはこれで、あれはあれなんだよ!」

 

 イッセーが変な食い下がりをしてくる。

 ・・・・・・やれやれ。・・・・・・本当は悪い奴らじゃないんだがな。

 

「──明日夏兄。イッセー兄」

 

 そんな中、黒髪を後ろで束ねた一人の女子生徒が俺たちに話しかけてきた。

 

「あ、千秋じゃん。いま帰りか?」

 

 話しかけてきた女子生徒の名前は士騎千秋。駒王学園の高校一年で俺の妹だ。

 俺と同じく、イッセーとは幼馴染みで、イッセーのことは兄のように慕っていた時期があり、俺のように「イッセー兄」と呼んでいる。

 

「うん。松田さん。元浜さん。こんにちわ」

「「こんにちわ、千秋ちゃん! 今日もかわいいね!」」

 

 千秋の挨拶に松田と元浜がテンションを上げて応える。女子にまともに相手にされない機会が多い二人にとっては嬉しいことなんだろうな

 千秋も二人が悪い奴らじゃないと知っているので、二人のことは嫌ってはいない。

 

「おっと。そろそろ時間だな。俺、行くわ」

「あっ、俺も!」

 

 松田と元浜がいやらしい笑顔を浮かべてどこかに行こうとする。

 気になった様子のイッセーが二人に訊く。

 

「どこ行くんだよ?」

「「お前も来るか?」」

「明日夏、千秋、また明日!」

 

 二人から誘われたイッセーは何かを察したのか、俺と千秋に別れを告げると二人についていってしまう。

 ・・・・・・去り際のイッセーの顔は松田元浜と同じようないやらしい表情だった。

 ・・・・・・またか、あいつら・・・・・・。大方、またどっかに覗きに行ったな。・・・・・・やれやれだ。

 

「・・・・・・イッセー兄・・・・・・」

 

 隣から千秋の落ち込んだような声が聞こえてきた。

 千秋がここに来たのは、イッセーと一緒に帰るためにイッセーを探していたからだ。

 その理由はまぁ、千秋がイッセーに好意を寄せているからだ。

 幼少のころ、千秋はとある理由で引きこんでいた時期があった。それを立ち直らせるきっかけとなったのがイッセーだ。以来、千秋はイッセーのことを兄のように慕い、次第に好意を抱くようになったわけだ。

 そういうわけで、千秋はなるべくイッセーとの二人きりの時間を作ろうと、いまのようにイッセーと一緒に登下校などしようとする。家も向かいどうしだしな。

 で、邪魔するのもアレなので、俺はあれやこれやとテキトーな理由をつけて、二人とは別々に登下校をしている。

 

「いっそのこと、さっさと告白したらどうだ?」

 

 これで何回めになるかわからないことを言うと、千秋は耳まで顔を真っ赤にしてしまう。

 このように、千秋はイッセーのこととなると途端に奥手で恥ずかしがり屋になる。そのせいか、いまだに告白できずにいる。

 

「ま、後悔するようなことがないようにな?」

「・・・・・・うん・・・・・・」

 

 俺の言葉に千秋は静かに頷く。

 

「ならいいが。──で、どうするんだ? このまま待ってるつもりか?」

「そうする」

「なら、俺は先に帰る。気をつけて帰ってこいよ?」

「うん。わかった」

 

 俺は千秋を残し、その場から去る。

 

「やれやれ。素直になれないのもだが、あいつもあいつで鈍いのもな・・・・・・」

 

 イッセーに千秋の想いがなかなか伝わらないのは、千秋が奥手なこともあるが、イッセー自身が鈍いところにもある。

 前に千秋がイッセーに大胆なアプローチをしかけたことがあった──のだが、それをイッセーは千秋が自分を兄のように慕ってるからの行動だと思ったようだ。イッセーは完全に千秋のことを妹のように思っちまってるところがある。

 まぁ、これは千秋自身の問題だし、あんまり俺がとやかく言うことじゃないんだろうが。

 

「あっ」

 

 そういえば、買っておかなきゃいけないものがあったな。

 

「帰る前に商店街のほうに行くか」

 

 俺は買い出しのために商店街のほうに向かうのだった。

 

 

-○●○-

 

 

 俺の家族には妹の千秋の他に兄の士騎冬夜と姉の士騎千春がいる。

 ・・・・・・そして両親は、十二年前に交通事故で亡くなっている。

 当時の幼い千秋と一緒に散歩の最中(さなか)、突然走行中のタンクローリーが車線を外れて歩道に突っ込み、横転した上に不幸が重なったのか、積まれていたガソリンが引火して爆発炎上──父さんと母さんはそれに巻き込まれて死んだ。幸い、千秋が二人から離れたタイミングだったことで、千秋は爆風で吹っ飛ばされた際にできた擦り傷だけで済んだ。

 ・・・・・・だが、同時に千秋は父さんと母さんの死を間近で見ることとなり、ひどいショックを受けることとなった。引きこもりになっていた原因はそれだ。

 その後、兄貴は俺たちを養うために十歳の身でありながらある仕事をやり始め、その二年後には姉貴も同じ仕事やり始めた。

 そして、俺と千秋も大学卒業と同時にその仕事をやることを決めている。

 ・・・・・・兄貴は内心では反対してる感じだった。なぜなら、その仕事はそれなりの身の危険が伴うからだ。だが、俺たちの意志も固く、兄貴は渋々ながらも俺達の意思を尊重してくれた。

 それまでは兄貴と姉貴の仕送りで生活することになっている。

 そんなこんなで、俺はその仕事をやることを目指しつつ、兄貴たちやイッセーたちと何事もない普通の日常を満喫していた。

 

 

-○●○-

 

 

 現在、兄貴と姉貴は仕事で家を空けており、時間を見つけたときにしか帰ってこない。そのため、事実上の千秋との二人暮らしだ。

 兄貴と姉貴の仕送りで生活しており、家事のほとんどは俺が自主的に担当している。そのため、このような買い出しはしょっちゅう俺がやっている。

 千秋も自主的に手伝ってくれるが、俺自身、家事全般をやるのが好きなのと、千秋にはイッセーとの恋のほうに集中してほしいので、家事のほぼすべてを俺一人でこなしている。

 ちなみに、兄貴と姉貴も千秋の恋を応援している──俺以上に。

 

「買うもんはこれで全部買ったな。帰るか」

 

 買いものを終え、いざ帰路につこうとしたら──。

 

「ねぇ、坊やぁ♪」

「──ん?」

 

 妙に色っぽい格好をした黒髪ロングの女性が話しかけてきた。

 

「──何か用ですか?」

 

 俺が尋ねると、女性は自分の胸もとをなでる。

 イッセーが見たら、鼻の下を伸ばしそうだな。

 

「坊やぁ、これからお姉さんと『い・い・こ・と』しなぁい?」

「・・・・・・こんな人通りの多いところでですか?」

「ウフフ。も・ち・ろ・ん、いいところに移動してよぉ♪」

 

 女性はさらに唇をなぞりながら言う。

 

「──いいですよ。少しだけ付き合います」

「うふふ。素直な子ねぇ。素直な子、お姉さん、大好きよぉ♪」

 

 俺は女性について、その場から移動するのだった。

 

 

ー○●○ー

 

 

 女性に連れられ、徐々に人の気配がなくなっていく中で着いた場所はとある廃工場だった。

 

「・・・・・・こんなところで何を?」

 

 買い物袋をそのへんに置きながら、俺は女性に訊く。

 

「もちろん、『いいこと』よ」

「その『いいこと』ってのは?」

「そ・れ・は──私が坊やのことを食べちゃうことよぉぉぉぉぉぉぉッッ!」

 

 突然、女性が狂ったような叫びをあげる。そして、女性の体が隆起していく。四肢は太く、大きくなった手からは鋭利な爪が生え、顔も醜くなっていた。まさしく、『バケモノ』と呼べるような風貌になった女性は甲高い笑い声をあげる。

 

「アーッハハハハハハハッ! どうしたの? ずいぶんとおとなしいわねぇ! 坊やぁ!」

 

 醜悪な笑みを浮かべるバケモノはゆっくりと俺に近づいてくる。

 

「怖くて動けないのかしらぁ? 大丈夫よぉ! こわいのは一瞬だからぁぁぁぁぁッ!」

 

 バケモノはその鋭い爪を振りかぶり、俺の胸めがけて振り下ろした。

 普通なら、こんなバケモノの姿を見ただけでパニックになり、なんの抵抗もできずにあの爪の餌食になってしまうだろう──()()()()()

 

「何ッ!?」

 

 だが、俺は爪の一撃を体を傾けるだけで避ける。バケモノはそのことに驚愕し、そのスキに俺はバケモノの懐に入り込む!

 

「フゥッ!」

 

 俺はバケモノの腹に鋭く拳を打ち込む!

 

 ズドォォッ!

 

「がぁぁぁああああっ!?」

 

 俺の一撃を食らったバケモノは後方に大きく吹き飛んだ。

 

「がはっ・・・・・・ごほぉっ・・・・・・! 貴様、何者だぁぁぁっ!?」

 

 血混じりのヘドを吐きながら、バケモノは俺に問いかけてくる。

 

「・・・・・・一目見たときから、おまえが『はぐれ悪魔』だということに気づいていた人間、か?」

 

 そう答えながら、制服のポケットから指輪を一つ取り出し、右手の中指にはめる。

 この世界にはアニメやゲームなどに出てくる異形の存在が実在する。その中に『悪魔』と呼ばれる種族が存在する。人間と契約し、契約者の願いを叶え、その代償として対価を得る種族だ。そして、悪魔にも法的なものはあり、それに逸脱し、己の欲のままに行動する悪魔のことをはぐれ悪魔と呼ばれる──そう、目の前の女がまさにそのはぐれ悪魔だ。

 

「ま、ここに来るときに言った通り、おまえの言う『いいこと』とやらには付き合ってやるよ」

「貴様ァァァァァッ!」

 

 激怒したはぐれ悪魔が再び、爪による一撃を放ってくる中、はめた指輪の宝石部分が輝き、魔法陣が出現する。

 魔法陣に手を入れ、二本のナイフを取り出す。俺はナイフを逆手持ちにし、身を翻して爪を避ける。

 そのまま、ナイフをはぐれ悪魔の腕の関節部に突き刺し、もう片方のナイフではぐれ悪魔の首を斬りつける!

 

「浅かったか」

 

 首への斬撃が浅かったことを察した俺は、突き刺したナイフを離し、はぐれ悪魔に背中から体当たりを打ち込む!

 

「鉄山靠!」

 

 苦悶の呻き声を出し、はぐれ悪魔は再び後方へと吹き飛ぶ。

 

「・・・・・・貴様ァァァ・・・・・・」

 

 ナイフが刺さった腕をブラさげ、首から血を流すはぐれ悪魔は満身創痍な状態で忌々しそうに俺のことを睨みつけてくる。

 ──グズグズしてると、『あのヒト』たちが来る。あんまり悠長にしていられないな。

 この町、『駒王町』はとある上級悪魔の管理下にある。その町に迷い込んだはぐれ悪魔の討伐も、管理者である悪魔の仕事だ。もし、こいつの所在を把握していたら、ここに来る可能性がある。鉢合わせになれば、いろいろとややこしいことなるかもしれない。

 そう思った俺はナイフを指輪の魔法陣に収納し、別のものを取り出す。

 それは、機械仕掛けの大きめな鞘に収められている鍔なしの刀だった。

 俺は居合の構えをとり、音声コードを口にする。

 

「──Slash(スラッシュ)

 

 音声を認証した鞘から電気が迸り、刀に帯電する。

 

「小癪なぁぁぁぁぁッ!」

 

 はぐれ悪魔が勢いに任せて突進してくる。

 

「・・・・・・ここに来るときに言ったはずだ──()()()()()()ってな」

 

 突っ込んでくるはぐれ悪魔をすれ違いざまに居合の一閃!

 さらに、振り返りざまに切り上げで胴体を一閃!

 最後に頭から下までを唐竹の一閃ではぐれ悪魔を斬り裂く!

 その後、刀についた血を振り払い、刀を鞘に収める。

 それと同時にはぐれ悪魔の体は俺の斬撃にそって崩れ落ちていった。

 

「ふぅ」

 

 俺は息を吐き、はぐれ悪魔に突き刺したナイフを回収する。

 そして、ケータイで写メを撮り、あるところに送信する。

 

「──さっさと退散するか」

 

 俺はこれから来る者たちに後始末を任せ、買い物袋を持ってその場から退散するのだった。

 

 

-○●○-

 

 

 明日夏が退散したあと、廃工場内に紅い光が差し込む。

 光の発生源には魔法陣が出現しており、そこから駒王学園の制服を着た四人の男女が現れる。

 この駒王町を根城にし、管理下に置いている上級悪魔とその眷属の悪魔たちだ。

 眷属悪魔たちの主、紅髪を持つ少女、リアス・グレモリーは、はぐれ悪魔の死骸を見て口を開く。

 

「大公からの討伐の依頼が届いたから来てみれば・・・・・・一体誰のしわざかしら?」

 

 リアスの言葉に剣を携えた金髪の少年、木場祐斗が答える。

 

「僕たち以外にはぐれ悪魔を討伐する者といったら──『悪魔祓い(エクソシスト)』でしょうか?」

 

 悪魔を敵とし、倒せる者として、神の名のもとに悪魔を滅する悪魔祓い(エクソシスト)という者たちが存在し、木場はその者たちのしわざと予想する。

 そのことに、黒髪のポニーテールの少女、姫島朱乃が異を唱える。

 

「あらあら。でしたら、死骸なんて残らないはずですわ」

 

 悪魔祓いを受けた悪魔は完全に消滅して無に()してしまう。死骸が残っているということは、このはぐれ悪魔が悪魔祓いを受けたわけではないと朱乃は言う。

 最後に小柄な体型の少女、塔城小猫が口を開く。

 

「・・・・・・痕跡も残っていません」

 

 明日夏は余計なことが起きないようにと、一切の痕跡を残さずその場から立ち去っていたため、結局、リアスたちはこの状況を作り上げた明日夏のことはわからずじまいだった。

 

「とりあえず、後始末だけでもしましょうか」

「「「はい、部長」」」

 

 明日夏の手によって討伐されたはぐれ悪魔の死骸は、リアスたちによって処理されることとなった。

 

 

-○●○-

 

 

「ただいま」

 

 はぐれ悪魔の相手をしていたせいですっかり遅くなってしまった。

 もう千秋は帰ってきてるよな?

 

「千秋。いるか?」

 

 リビングのドアを開け、中に入った俺の視界に入ってきたのは──。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 テーブルにうなだれている千秋だった。

 

「・・・・・・どうしたんだ?」

 

 ま、十中八九、イッセーのことでこうなってるんだろうが。

 

「イッセーと一緒に帰れなかったのか?」

「・・・・・・・・・・・・一緒に帰ったよ・・・・・・」

「ん? なら嫌われるようなことでもしたのか?」

「・・・・・・・・・・・・してない。仲のいい幼馴染みのままだよ・・・・・・」

 

 じゃあ、一体何があったってんだよ?

 

「じゃあ、あれか。イッセーがおまえ以外の誰かと付き合うことなったとか?」

 

 「まぁ、ないだろ」なんて考えながら適当にそう訊いたが・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。ん? あれ? ・・・・・・なんか肯定されたんだが。

 

「・・・・・・マジか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 改めて問いかけるが、千秋は無言で一切の反応を示さなかった。

 ・・・・・・だが、むしろ、それが肯定の意を表していた。

 ──イッセーに彼女ができた? 千秋以外の?

 俺がはぐれ悪魔と戦っている間に一体何があったんだ?

 その日、千秋はショックで夕飯が満足に喉を通らなかったのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 彼女に殺されました!

「村山の胸、マジでけぇぇぇ!」

「80、70、81」

「片瀬ぇぇ、いい足してんなぁぁぁ!」

「78.5、65、79」

「こらぁ! 俺にも見せろ! ふたり占めすんなってーの!?」

 

 俺、兵藤一誠は現在、松田と元浜に連れてきてもらった覗きスポットに来ていた。場所は女子剣道部の部室の裏。そこの壁に穴が空いており、そこから部室内を覗けるのだ。

 そして、いまは女子剣道部員たちが着替えの真っ最中! つまり、穴の向こうには楽園があるのだ!

 ・・・・・・なのに、松田と元浜がなかなか交代してくれないので、一向に覗けないでいた。

 

「やばい! 気づかれたぞ!」

「逃げろ!」

「あっ、待てこらぁっ!?」

 

 結局、俺は女子の生着替えを覗くことができなかった。

 慌てて逃げてきた俺たちは、学園にある旧校舎の前に来ていた。

 

「ふざけんなよ! 俺だけまったく見れなかったじゃねぇか!?」

「フッ、この場所を見つけたのは俺たちだぞ。そのぶん、優先権があって当然じゃないか」

「むしろ、連れてってやっただけでも感謝するべきだろう?」

「ああ! おっぱいのひとつでも見られたのなら、いくらでも感謝してやるよ!」

 

 クソォォォォォッ! 俺も見たかったぞ! 女子の生着替え!

 

「フン! だいたい、千秋ちゃんと一緒に登下校している奴が贅沢を言うな!」

「まったくだ!」

 

 確かに、俺は千秋と一緒によく登下校している。仲のいい幼馴染みで、家が向かいだから必然的にそうなるのだ。俺も千秋みたいなかわいい女の子と一緒に登下校できて幸せだ。

 ちなみに明日夏は用事があるのか、いつもさっさと一人で行ってしまう。

 

「あーあ。これなら千秋と一緒に帰ったほうがよかったぜ」

 

 俺は二人に自慢するように言うと、二人は悔し涙を流し始める。

 

「ちくしょう! なんでイッセーにあんなかわいい幼馴染みがいるんだよ!?」

「・・・・・・言うな・・・・・・! ・・・・・・空しくなる・・・・・・!」

「おまけに、そのかわいい幼馴染みのナイスバディなお姉さんの幼馴染みもいるときてる!」

「・・・・・・だから言うな・・・・・・! ・・・・・・空しくなる・・・・・・!」

 

 あぁ、千春さんのことか。

 千春さんとは明日夏と千秋のお姉さんだ。松田の言う通り、それはもう見事なナイスバディなのである。

 そんな美女美少女姉妹と幼馴染みなのは、周りの男子からすればさぞや羨ましいことなのだろう。俺も逆の立場だったら・・・・・・うん、血涙を流すかもな。

 それから、明日夏たちには冬夜さんっていうお兄さんもいる。すごく頭がいいし、俺たちが難易度の高い駒王学園に入学できたのも、冬夜さんが家庭教師をしてくれたおかげによるところが大きい。──あと、超イケメンだ。明日夏もイケメンだし──まさにイケメン兄弟だ。

 そんな明日夏たちとは幼馴染みで、明日夏とは親友と呼べる間柄だ。

 

「ん?」

 

 ふと、俺の目に紅色が映る。

 紅い──ストロベリーブロンドよりもさらに紅の髪を持った少女が、旧校舎の窓からこちらを見ていた。

 リアス・グレモリー──この駒王学園の三年生。俺の先輩にあたる。我が学園のアイドルでもある。出身は北欧っていう噂だ。

 いいなぁ・・・・・・あの真っ赤な髪・・・・・・。

 俺がその真っ赤な髪に見惚れてると、リアス先輩は身を翻して中のほうに行ってしまった。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・なんかゴメンな──千秋」

 

 俺は隣にいる千秋に謝る。

 あのあと、松田と元浜と別れ、一人帰ろうとしたら、一人校門の前にいた千秋を見つけたのだ。──どうやら、俺を待っていてくれたみたいだ。

 ・・・・・・なんか申し訳なくなり、いまこうして謝っているわけだ。

 

「いいよ。私が勝手に待ってたわけだから」

「・・・・・・つってもなぁ・・・・・・」

「気にしなくていいよ。・・・・・・あんまり気にされると・・・・・・私まで申し訳なくなる・・・・・・」

 

 うーん、そこまで言われるたら、気にしないほうがいいのか?

 

「そういえば、明日夏は?」

「買わなきゃいけないものがあるから、商店街のほうに行くって」

「そっか」

 

 ──あいつ、完全に主夫みたいだな。

 冬夜さんと千春さんは仕事の都合で家を空けている。そのため、明日夏が自主的に家事なんかをやっているわけだ。その姿はもう主夫と言ってもいいぐらいだ。イケメンだし、性格も悪くないし、たぶん、いい旦那さんになるだろう。

 ・・・・・・それに引き換え俺は・・・・・・学校では松田と元浜と共に変態三人組と女子に嫌われ、彼女のいない学園生活を送っております。

 クソッ! なぜだ!? 当初の計画では、入学早々に彼女をゲットしているはずだったのに!

 そのために、女子の多い駒王学園に冬夜さんの家庭教師とスケベ根性で入学したのに!

 女子が多ければ彼女の一人や二人、すぐにできると思ったのに──結果は一部の男子──いわゆるイケメンがモテて、俺なんて女子の眼中に入ってなかった。

 ・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・世の中不公平だよなぁ・・・・・・。

 ・・・・・・俺たちの相手をしてくれる女子なんて、ここにいる千秋ぐらいだ。

 ちなみに、千秋とは仲のいい幼馴染みで、とくにそれ以上でもそれ以下でもない。

 定番の仲のいい幼馴染み同士が恋人に──なんて展開はもちろんなかった。千秋にとって俺はもう一人の兄みたいな感じなんだろうな。俺も千秋のことを妹のように思っちゃいるけど。

 ・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・暗い青春だぁ・・・・・・。このまま俺の学園生活は花も実もなく、おっぱいに触れることすら叶わず終わっちまうのかぁ。

 

「どうしたの、イッセー兄?」

「ああいや!? なんでもない!」

 

 そんなふうに、内心落ち込みながら千秋と帰ってると──。

 

「──あ、あの」

 

 見慣れない制服を着た少女に話しかけられた。

 

「駒王学園の兵藤一誠くん・・・・・・ですよね?」

 

 少女はもじもじしながら尋ねてくる。

 か、かわいいぃぃッ!

 とにかく、かわいい子だった!

 

「あのっ!」

「ああ! な、何か俺に用・・・・・・?」

 

 少女は少しの間もじもじすると尋ねてくる。

 

「・・・・・・えっと・・・・・・兵藤くんて・・・・・・いま付き合ってる人とかいます・・・・・・?」

「えっ?」

「あっ。もしかして、隣の子が・・・・・・か、彼女さんですか・・・・・・?」

「あ、いや。この子は幼馴染みで妹みたいな子で・・・・・・彼女は・・・・・・別にいないけど・・・・・・」

 

 それを聞いて、少女は安心したように息を吐く。

 

「よかったぁ!」

 

 少女は決心したかのような表情になると言う。

 

「──あ、あの・・・・・・私と・・・・・・付き合っていただけませんか」

「はっ? い、いま、なんて・・・・・・?」

 

 き、聞き違いじゃないよな!? い、いま──。

 

「──以前、ここを通るのを見かけてて・・・・・・それで・・・・・・あの・・・・・・兵藤くんのことを・・・・・・」

 

 お、おい! これって!?

 

「わ、私と・・・・・・私と付き合ってください!」

 

 マ、マジっスかぁぁぁぁぁっ!?

 俺、兵藤一誠──女の子から告白されましたぁぁぁぁぁッ!

 

 

―○●○―

 

 

「なっ!? 何ぃぃぃぃぃっ!?」

「なぜぇぇっ!?」

 

 翌日──松田と元浜があるものを見て驚愕していた。

 それは──。

 

「あぁ、この子、天野夕麻ちゃん」

 

 イッセーの隣にいる天野夕麻という名の少女のことだ。

 

「こいつら、俺のダチの明日夏に松田、元浜」

「よろしくね」

 

 天野夕麻が微笑みながら挨拶する中、イッセーが俺たちにだけ聞こえる声で言う。

 

「一応、俺のカ・ノ・ジョ♪ ま、おまえらも彼女を早く作れよ♪」

 

 そう言うと、イッセーは天野夕麻を連れて行ってしまう。

 ──で、松田と元浜を見ると──。

 

「うぅっ! 裏切り者めぇぇぇっ!?」

「あぁぁ・・・・・・!?」

 

 血の涙を流さんばかりに慟哭していた。

 ──で、今度は千秋のほうを見ると──。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 うなだれていた。・・・・・・耳をすませば、すすり泣きが聞こえてきた。

 ──さて、情報を整理するか。千秋に聞くところ、昨日、イッセーは千秋と一緒に帰っているところに、イッセーに一目惚れしたという天野夕麻に告白され、イッセーは即OK(オーケー)した。で、今日ここでその天野夕麻をイッセーに紹介された。そして、そのことに松田と元浜は慟哭し、千秋はうなだれながらすすり泣いてるわけだ。

 うん・・・・・・なんでこうなったんだ?

 いや、別にイッセーに彼女ができたことが信じられないわけじゃない。ていうか、彼女ができても別におかしくないからな。

 イッセーはスケベだが、それを除けば、その人柄はよく、非常に真っ直ぐなところがある。

 実を言うと、俺はイッセーのそういうところに密かに憧れてたりする。

 まぁ、それはいいとして──そういうわけだから、イッセーのそういうところに好感を持ち、惹かれる女子も少なくはないだろう。・・・・・・だが、それは付き合いが長くなり、イッセーのことを理解した場合においての話だ。いや、一目惚れすることがないとは言いきれないが・・・・・・。

 まぁ、それもいまどうでもいいか。

 いまはそこで泣きわめくバカ二人といつの間にか膝を抱えてうなだれている千秋をどうにかしないとな。

 それに──。

 俺はイッセーたちが行ったほうを見る。

 ──どうにも・・・・・・()()()()()がするんだよな? ・・・・・・俺の気のせいならいいんだが。

 

 

―○●○―

 

 

 数日後──。

 イッセーと天野夕麻は今日、デートすることになった。

 なんで知ってるかって? イッセーに自慢されたから──てなわけではなく、デートプランについて相談されたからだ。

 ・・・・・・なぜ恋愛経験のない俺に訊く? まぁ、それ以前に知り合いに、恋愛経験がある奴なんていないけどな。

 ──で、結局内容は王道なものになった。

 そして、俺がいま何をしているのかというと──イッセーたちのデートの尾行をするために、二人の待ち合わせ場所から少し離れた場所にいた。

 ちなみにイッセーは、気合を入れたオシャレをして、待ち合わせ時間の三時間前に来ていた。

 で、待ち合わせ時間が間近に迫ったところで、イッセーに女性が一人近づく。

 

「・・・・・・あれは・・・・・・」

 

 イッセーは女性からチラシを一枚受け取る。

 遠目ではなんのチラシなのかわからないが、おそらく──。

 

「イッセーくん!」

 

 そして、天野夕麻がようやく到着した。

 

「ゴメンね! 待った?」

「いや、俺もいま来たところだから」

 

 三時間も前に来て、なに言ってんだか。相談時にイッセーはこんなことを言っていた。

 

 ──一度、『待った?』て訊かれて『いま来たところだから』て言ってみたいんだよなぁ。

 

 そのために、確実に先に来るためにイッセーは三時間も前に来ていたのだ。

 そして、二人はデートを開始する。俺は気づかれないように二人のあとをつける。

 そもそも、なんで俺がこんなことをやっているのかというと──あの日、イッセーに天野夕麻を紹介されてから抱いたいやな予感・・・・・・それが日増しに強くなっていくので、それを確かめるためにこうして尾行をしているわけだ。

 ・・・・・・俺の気のせいで済めばいいんだけどな。

 デート風景そのものはいい感じといったものだった。町を歩き、ショッピングをし、その際にイッセーが彼女にプレゼントを買ってあげ、ファミレスで食事をする──王道で鉄板物なデートだった。

 ここまでいい雰囲気だと、俺のいやな予感も気のせいのように思えてきた。

 

「・・・・・・帰るか」

 

 これ以上は二人に悪いだろうと、踵を返して帰ろうとすると──。

 

「ん? あれは──」

 

 俺の視界にあるものが入る。それは──。

 

「・・・・・・何やってんだよ・・・・・・?」

 

 変装をしてイッセーたちを尾行している千秋だった。

 いやまぁ、気持ちは察せなくもないが──その変装はなんだよ。

 千秋の出で立ちは、フード付きのパーカーにサングラスに帽子というものだった。・・・・・・うん、怪しさ満点だ。

 変装ってのは、自分を隠すのではなく周りの風景に溶け込ませるようにするものだ。『木を隠すなら森』ってな。自分を隠そうとすれば、必要以上のことをしてしまい、かえって目立つ出で立ちになってしまう。

 俺も変装しちゃいるが、髪を後ろで縛り、伊達メガネをかけた程度だ。あとはケータイをいじるふりでもしていれば、人通りの多いここなら、そのへんにいる若者程度にしか認識されないだろう。

 まぁ、それはどうでもいいとして──あれ、どうするか?

 正直、自分の妹があんな格好でウロウロされるのは──勘弁願いたいな。

 そう思い、千秋のところに行こうとした俺は、視界に映った光景に驚愕する!

 イッセーにチラシを渡していた女性がいつのまにか千秋にもチラシを渡していたからだ。

 千秋はジーッとそのチラシを眺め、何かを決心したような表情でウンと頷く!

 別のいやな予感を感じた俺はダッシュで千秋のもとまで走るのだった!

 

 

―○●○―

 

 

「今日は楽しかったね!」

「ああ! 最高の一日だったよ!」

 

 デートは順調に進み俺と夕麻ちゃんは町外れ公園に来ていた。

 夕麻ちゃんは小走りで公園の噴水の前まで行くと、俺のほうに振り向いて言う。

 

「ねぇ、イッセー君?」

「うん?」

「私達の初デートの記念に一つだけ私のお願い聞いてくれる?」

 

 来た! これ、来ましたよ!

 

「な、何かな、お願いって?」

 

 こ、これって! もしかして、キ──。

 

「──()()()()()()()()()?」

 

 冷たい声音でそう言われてしまった。

 

「え? それって・・・・・・あれ? 夕麻ちゃん、ゴメン。もう一度言ってくんない? ・・・・・・なんか・・・・・・俺の耳変だわ・・・・・・」

 

 聞き違いだと信じて、乾いた笑いを上げながら訊き返したが──。

 

「死んでくれないかな?」

 

 夕麻ちゃんは俺の耳元ではっきりとそう言った。

 その瞬間、夕麻ちゃんが着ていた服が弾け飛び、ものすっごいエロい衣装を身にまとい、背中から黒い翼が生えた!

 見えた! いま見えたよな!? 一瞬だけど、確かに生おっぱい! ついに初の生おっぱいを拝んじまったぜ! それにこんなかわいい女の子の! こういうのをなんだっけ!? 眼福っていうんだっけ!? ──て、そうじゃない! そうじゃなくてさ・・・・・・()

 ・・・・・・目の前の光景にただただ混乱してしまう。

 夕麻ちゃんは冷たい目つきで言う。

 

「楽しかったわ。ほんの僅かなとき、あなたと過ごした初々しい子供のままごとに付き合えて。あなたが買ってくれたこれ、大切にするわ」

 

 そう言って、俺が買ってあげたシュシュを見せてくる。

 

「──だから・・・・・・」

 

 冷笑を浮かべた夕麻ちゃんの手に光る槍みたいなものが握られる!

 

「・・・・・・夕麻・・・・・・ちゃ──」

「死んでちょうだい」

 

 俺の言葉をかき消すかのように、手に持つ槍を投げられ──。

 

 ズボォォッ!

 

 槍は俺の腹を貫いた。

 

 

―○●○―

 

 

「──ッ! クソッ! なんなんだ、この胸騒ぎは!?」

 

 あのあと、千秋を諌めるのに苦労させられた。

 千秋はイッセーのことになると奥手で恥ずかしがり屋になると言ったが、時々変に暴走することがある。そのときは諌めるのに苦労するんだよな。

 まぁ、いまそれはどうでもいい。

 千秋を諌めるのに集中してたせいで、イッセーたちのことを見失った。別に帰ろうとしいてたから、問題なかった──はずだったのに、その瞬間にいやな胸騒ぎ──警告音のようなものが俺の中で響いた!

 俺は千秋をテキトーな理由で帰らせ、イッセーたちを探し始めて現在に至る。

 相談のときに聞いたプランと確認できたデートの進行状況をもとに、いまイッセーたちがどこにいるのかを考察する。そして、おそらくいまは町外れの公園にいると推理し、そこに急いで向かう!

 日が傾くにつれ、胸騒ぎがどんどん大きくなっていく。

 そして、公園に着いた俺の目に映ったのは──。

 

「死んでちょうだい」

 

 ──その言葉と同時に、服装が変わり、背中から黒い翼を生やした天野夕麻が冷笑を浮べながら投げた槍のようなものがイッセーを貫く光景だった。

 イッセーを貫いた槍はすぐに消え、抑えるものを失った傷口から血が大量に噴き出し・・・・・・イッセーはそのまま力なく倒れてしまう。

 

「あら? 人がいたのね?」

 

 俺は天野夕麻を無視し、イッセーのもとに駆け寄る。

 しゃがんで脈を確認すると、まだ脈はあった──が、明らかに出血多量・・・・・・死は免れない現実だった。

 

「あぁ、あなた。その子の友達だった子よね?」

 

 後ろで天野夕麻が問いかけてくるが、俺は答えず、振り向かないで訊く。

 

「・・・・・・なんでだ・・・・・・?」

「うん?」

「・・・・・・なんでイッセーを殺した?」

「あら、ゴメンね。その子が私たちにとって危険因子だったから、早めに始末させてもらったの」

 

 イッセーを殺した謝罪と理由を言うが、そこに誠意なんてものはなかった。

 

「恨むなら、その子に『神器(セイクリッド・ギア)』を宿した神を恨んでちょうだい」

「──知るかよ」

「?」

 

 俺は首だけ後ろに向け、天野夕麻を睨む。

 

「そう言われて、『はい、そうですか』と納得できるかよ!」

 

 俺は明確な殺意を堕天使に向ける。

 

「安心して。見られたからにはあなたにも死んでもらうから。よかったわね? お友達のところに行けるんだから」

 

 そう言うと、天野夕麻の手にイッセーを貫いたものと同じ槍が握られる。

 

「お友達同士仲良く、天国に行きなさい」

 

 その言葉と同時に槍が俺の胸目掛けて投げられる。

 だが──。

 

 ガシッ。

 

 俺はその槍を刺さる寸前で掴んでいた。

 

「ただの人間が光の槍を素手で掴んだですって!?」

 

 そのことに天野夕麻が驚愕をあらわにする。

 

「──俺が()()()()()なんて誰が言った? 天野夕麻──いや、『堕天使』」

 

 悪魔がいれば、その大敵の天使も存在する。その天使が欲を持ち、その身を天から地に堕としたのが堕天使だ。

 自分たちの種族を脅かす可能性があるものを排除する──理解できなくはない。人間だってやってることだからな。だがな──それで納得できるほど、俺は人間できちゃいない!

 

「・・・・・・私たちのことを知っている! いえ、だからといって、私の光の槍を素手で掴むなんて──」

 

 堕天使が槍を掴んでいる俺の右手を見て、怪訝な表情を浮かべる。

 俺の右手を緋色のオーラが覆っていたからだ。

 オーラが次第に全身から溢れ、掴んでいた槍はオーラによって消滅する。

 

「──ッ!? あなたも『神器(セイクリッド・ギア)』を──」

 

 堕天使が驚愕しているスキに、俺は堕天使に肉薄する!

 堕天使は慌てて光の槍で刺突を放ってくるが、俺はそれを避けると同時に堕天使の腕をつかんで引き寄せる!

 

「──裡門頂肘!」

 

 ズドォォッ!

 

「──っっ!?」

 

 俺の肘打ちを受け、堕天使は苦悶の声を出しながら血を吐く。

 

「鉄山靠!」

 

 さらに背中からの体当たりで堕天使を後方に吹き飛ばす!

 

「・・・・・・かはっ······!? ・・・・・・貴様・・・・・・いずれ至高の堕天使となる私に・・・・・・よくも!」

 

 血を吐きながら堕天使が忌々しそうに俺のことを睨みつけてくる。

 俺の一撃が叩き込まれた部分には、火傷のような傷ができていた。肘打ちの際に俺の体から湧き出るオーラが堕天使の身を焼いたのだ。

 

「・・・・・・いまは見逃してあげるわ・・・・・・! でも、いずれ後悔させてやるわ!」

 

 そう言い、堕天使は翼を羽ばたかせ、この場から飛び去ろうとする!

 

「逃がすか──ッ!?」

 

 逃がすまいと駆け出そうとしたが、堕天使が光の槍を投げつけてくる!

 直感的に受けるのはマズいと思った俺は後方に跳んで避ける。

 地面に突き刺さった光の槍は爆発し、爆風の衝撃が襲ってくる。

 なんとか地面を転がりながら体勢を立て直すが、堕天使はすでにこの場から飛び去っていた。

 

「・・・・・・逃がしたか・・・・・・」

 

 堕天使に逃げられたことに内心で舌打ちする。

 ・・・・・・追うことも無理そうだな。

 完全に見失ってしまっており、追跡は不可能だった。

 ──とはいえ、あの感じは屈辱を許せないタイプっぽいな。となると、また会うことがあるかもな。そのときは──。

 ──そう判断した俺は頭を落ち着け、体から溢れてる緋色のオーラを収める。

 

「・・・・・・イッセー・・・・・・」

 

 俺は死に瀕しているイッセーに歩み寄る。──イッセーはまだ微かに息はあった。

 

「・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・す、か・・・・・・」

 

 イッセーは虚ろな声音で俺を呼ぶ。

 

「・・・・・・なんだ・・・・・・何か言い残したいことでもあるのか?」

 

 俺は血が出るほど拳を握りしめながら耳をすませて訊く。

 

「・・・・・・・・・・・・へ、や・・・・・・の・・・・・・エロ本・・・・・・」

「・・・・・・こんなときまでそんなことかよ・・・・・・」

 

 ・・・・・・らしいっちゃ、らしいが・・・・・・もうちょい、マシな遺言はなかったのかよ・・・・・・?

 ──まぁ、それ以前にもう声を出すのも厳しいか。

 ・・・・・・もう間もなく、イッセーは息を引き取るだろう。

 松田や元浜、イッセーの両親は驚き悲しむだろうな。

 兄貴も姉貴も。二人ともイッセーを気に入っていたからな。

 千秋には──なんて言えばいいんだろうな。たぶん、誰よりも悲しむ。ただでさえ、一度大切な存在を──父さんと母さんを目の前で失っている。そのせいで、イッセーに依存気味なところがある。・・・・・・ヘタをすれば、二度と立ち直れないかもしれない。

 

「クソッ!」

 

 自分の無力さに腹が立ち、当たるように地面に拳を打ちつける!

 はぐれ悪魔と戦えようが、堕天使と戦えようが、ダチ一人守れないんじゃなんの意味もねえ!

 避けられないイッセーの死に打ちひしがれていると、イッセーが弱々しく手を上げる。

 イッセーは何かを思い起こすかのように、自身の鮮血に染まる手を見ていた。

 

 カァァァッ。

 

 その瞬間、イッセーから紅色の光が漏れ出した!

 俺は光の発生源であるイッセーのポケットを漁ると、一枚のチラシが出てきた。光の発生源はこのチラシだった。

 チラシには『あなたの願いを叶えます!』という謳い文句と魔法陣が描かれていた。普通の人なら一見すれば、怪しいもの、詐欺的なものと断定するだろう。

 だが、俺は知っている。このチラシの正体を。

 チラシがさらに輝きだし、ひとりでに俺の手から離れる。

 チラシが地面に落ちると、輝きがさらに増し、ひとつの魔法陣が出現する。

 魔法陣が輝くと、駒王学園の制服を着た紅髪の少女が現れた。

 

「あなたね? 私を呼んだのは?」

 

 その少女は、俺の通う駒王学園の三年のリアス・グレモリーだった。

 

「もう死にそうね、この子? ねえ、あなた、この子の友人だったわよね? 名前は?」

「──士騎明日夏。駒王学園の二年です。はじめまして、リアス・グレモリー先輩──いえ、いまは上級悪魔、グレモリー家の次期当主、リアス・グレモリーと言ったほうがいいですかね?」

 

 そう、このヒトこそが、この町を根城にし、管理下に置いている上級悪魔、リアス・グレモリーだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 俺、人間やめました!

「へぇ、私のことをよく知っているわね? あなた、何者なのかしら?」

 

 グレモリー先輩は興味深そうな眼差しで俺を見る。

 

「まぁ、いまは置いておきましょうか。ここで何があったのか、詳しく話せるかしら?」

「・・・・・・そこに倒れてるイッセー──兵藤一誠が堕天使に殺されました。理由はイッセーに自分たちを脅かす可能性がある神器(セイクリッド・ギア)を宿していると判断したからです」

「そう、やはりこの子には神器(セイクリッド・ギア)が宿っていたのね」

 

 グレモリー先輩は確証を得たかのように頷く。

 

「──知っていたんですか? イッセーに神器(セイクリッド・ギア)が宿っていたことを」

「確証はなかったけど、一応目はつけておいたのよ。堕天使がこの子に接触したあたりからその可能性があるとは思っていたわ」

 

 堕天使のことにも気づいていたみたいだな。

 だったらッ! ──と、感情的になりかけるが頭を冷やす。

 

「──ゴメンなさいね。堕天使のことは監視していたのだけど・・・・・・私たち悪魔と堕天使の関係のことも一応は理解してちょうだい」

 

 悪魔、堕天使、そして天使は過去に大きな戦争を起こした。互いに疲弊し、いまは停戦状態だ──が、ほんのちょっとの問題で戦争を再開しかねない状態だという。

 そのことを考えれば、たかだか一個人、しかも他人のことで不用意に堕天使と関わるべきではないことは理解できる。

 

「でも、あなたからしてみれば・・・・・・納得はできないでしょうね」

 

 ・・・・・・ええ。できたら、堕天使の行動を阻止してほしかったですよ。

 グレモリー先輩はイッセーのもとまで歩み寄ると、ウンと頷く。

 

「どうせ死ぬなら、私が拾ってあげるわ」

 

 その言葉に俺は驚く。

 

「意味はわかるでしょう?」

「ええ・・・・・・願ってもないことです」

 

 グレモリー先輩にはイッセーを生き返らせることができる手段があった。

 上級悪魔には眷属と呼ばれる下僕悪魔が存在する。その下僕悪魔のほとんどが他種族から悪魔へと転生した者ばかりである。そして、他種族を悪魔へと転生させることができる道具が『悪魔の駒(イービル・ピース)』と呼ばれるものだ。

 『悪魔の駒(イービル・ピース)』には、死んだ者でさえも悪魔へと転生させることができる。つまり、イッセーを悪魔として生き返らせるということだ。

 もともと頼むつもりではあったが──。

 

「──でも、なぜ?」

 

 『悪魔の駒(イービル・ピース)』には限りがある。そして、眷属悪魔は主のステータスにもなる。だから、下僕選びには慎重になってしまうものだ。

 頼んだとしても、断られるだろうと思っていたのだが──。

 

「勘違いしないで。堕天使が危惧するような神器(セイクリッド・ギア)を持つこの子が欲しいと思ったからよ」

 

 なるほど、ちゃんとこのヒトなりのメリットはあるわけか。

 

「理由はどうあれ、イッセーを助けてくることには感謝します。ですが──」

「わかっているわ。あなたが考えているようなことはしないから」

「それでも──」

 

 俺はグレモリー先輩を真っ直ぐ見据えながら告げる。

 

「──仮にそのようなことをするようなら・・・・・・何があろうとも、あなたからイッセーを引き離す!」

 

 グレモリー先輩は目を細めて言う。

 

「・・・・・・それは、悪魔全体を敵にまわすかもしれないのよ?」

 

 俺はそれに一切怯むことなく言う。

 

「・・・・・・覚悟がなければ──魔王の妹であるあなたにこんな啖呵きりませんよ」

 

 それを聞いて、グレモリー先輩は笑い出す。

 

「ウフフ。あなた、おもしろいわね! いいわ。約束する。絶対にこの子のことは悪いようにはしないわ」

 

 グレモリー先輩も真っ直ぐ俺を見据えながら言う。

 その言葉に嘘がないことを察した俺は頭を下げる。

 

「すみませんでした」

「いいわ。じゃ、そろそろ彼を生き返らせましょうか」

 

 そう言い、グレモリー先輩は紅色をしたチェスの駒を取り出す。このチェスの駒が『悪魔の駒(イービル・ピース)』だ。チェスを模して、『王』(キング)』以外の駒と同じ数──『女王(クイーン)』が一個、『騎士(ナイト)』が二個、『戦車(ルーク)』が二個、『僧侶(ビショップ)』が二個、『兵士(ポーン)』が八個の計十五個がある。グレモリー先輩が取り出したのは『兵士(ポーン)』の駒八個だった。

 

「八個すべてですか?」

「ええ。こうしないと、この子を転生できないの。それだけ、この子に宿っているものが規格外ということよ」

 

 グレモリー先輩は『兵士(ポーン)』の駒をイッセーの胸の上にすべて置く。

 

「我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、兵藤一誠よ。いま再びこの地に魂を帰還せしめ、我が下僕悪魔と成れ。汝、我が『兵士(ポーン)』として、新たな生に歓喜せよ!」

 

 『兵士(ポーン)』の駒が紅い光を発し、ひとつずつイッセーの胸に沈んでいく。

 すべての駒が沈み、イッセーの腹の傷が塞がり──イッセーが息を吹き返した!

 

「ふぅ。これでもう大丈夫よ」

「ありがとうございます」

「あとはこの子を(うち)へ帰すだけね」

「それは俺がやります」

「お願いするわ。それから、今日のことや悪魔のことは伏せておいてくれるかしら」

「──自力で自分の身の変化に気づかせるためですか?」

「ええ」

 

 確かに、自力で気づいていったほうが、自分の身に起こった変化も受け入れやすくなるか。

 

「頃合を見て真相を話すから、そのときはあなたも来てちょうだい」

「わかりました」

「それじゃ」

 

 グレモリー先輩は魔法陣による転移でこの場から去っていった。

 

「──さて」

 

 俺はイッセーを担ぐ。

 血塗れだったが、幸い時間も時間なので、人がいなくて助かった。

 俺はそのままイッセーを担いで家に向かう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 道中、俺はさっきから気になっていたことを確認することにした。

 

「・・・・・・おい・・・・・・どういうつもりだ?」

 

 俺の問いかけに答える者はいない。

 周りには誰もおらず、イッセーはいまも眠っている。なら、俺は誰に語りかけたか──それは()()()()()()()()だ。

 

「・・・・・・・聞こえてるんだろう──ドレイク」

 

 俺の内側から俺にだけ聞こえる声で話しかける存在がいた。

 

『なんだよ? おまえのほうから話しかけるなんてめずらしいじゃねぇか?』

 

 神器(セイクリッド・ギア)──特定の人間に身に宿る規格外の力。イッセーが殺される原因になったものだ。その力は様々なものがあり、人間社会規模でしか機能しないものもあれば、あの堕天使が言ったように、種族規模に影響をおよぼす力を持ったものもある。

 そして、俺にもこの神器(セイクリッド・ギア)が宿っている。堕天使との戦いで見せた緋色のオーラの正体がそれだ。

 その神器(セイクリッド・ギア)の中には、特定の存在を封じられたものがある。俺のがまさにそれだ。

 そう、いまの声の(あるじ)こそ、俺の持つ神器(セイクリッド・ギア)に封じられている存在──名を『霊気の緋龍(アグレッション・スカーレット・ドラゴン)』ドレイク、異形の存在の代表格と言ってもいいドラゴンの一体だ。

 

「──で」

『んあ?』

「どういうつもりだって訊いてるんだ?」

『どういうつもりってのは?』

「とぼけるな! 俺の体を奪う絶好のチャンスだっただろうが!」

 

 過去、俺が初めて神器(セイクリッド・ギア)を発現した際に、こいつ──ドレイクによって、俺は自身の肉体を奪われかけたことがあった。

 どうにも、俺の神器(セイクリッド・ギア)は、所有者かドレイクの意思によって互いの意識を入れ替えることができるみたいで、それを利用されたんだ。

 神器(セイクリッド・ギア)には、所有者が死ぬと別の所有者のもとに行く特性がある。聞いた話によると、俺の神器(セイクリッド・ギア)の過去の所有者はドレイクに体を奪われたそうだ。

 俺もそうなりかけたんだが、幸いにも兄貴が介入してくれたおかげで、事なきを得た。

 それ以来、俺はこいつを警戒して神器(セイクリッド・ギア)を使っていない。

 ・・・・・・さっき使ってしまったのは、イッセーを殺されたことに対して頭に血が上ってしまい、無意識に発現してしまったからだ。

 神器(セイクリッド・ギア)を発現しているときなら、こいつは俺の体を奪える──なのに、こいつはそれをやらなかった。さっきからそれが気になってて、こうして訊いているわけだ。

 

『そりゃおまえ、普段は澄ました感じのおまえがあそこまで感情的になってたんだぜ? 邪魔しちゃおもしろくねぇだろ?』

 

 ・・・・・・おもしろくないって・・・・・・そんな理由でかよ・・・・・・?

 

『俺はおもしろそうなことを探すことには一切妥協しねぇのさ』

「・・・・・・じゃあ、あれや過去の所有者たちの件も?」

『・・・・・・あー、あれな。過去の所有者の肉体を奪ってたのは、その所有者や周りの環境がおもしろくもなんともなかったからだよ。だから──」

 

 おもしろくするために肉体を奪ったと・・・・・・?

 

『そうそう』

 

 ・・・・・・ハタ迷惑な話だ・・・・・・。

 

『あぁ、おまえのに関しては別の理由だぜ』

 

 なに? どういうことだ?

 

『いやほら、おまえら、ガキのころに親死んでるだろ?』

 

 ッ! チッ、いやなことを思い出させる・・・・・・。

 

『で、おまえの兄貴がおまえらを養うためにいまの仕事をやってるわけだが、当時のおまえらはなんの仕事をやってるかわからなかっただろ? 俺もわからなくてな。それを確かめたくなったのさ』

 

 ・・・・・・それであんなことしたのかよ。本当にハタ迷惑だな。まぁ、その事件でおかげで俺たちは兄貴のやってる仕事のことについて知ることができたわけだが・・・・・・。

 

『ぶっちゃけると、今回は宿主さまの肉体を奪うつもりはないぜ。見てても退屈じゃなさそうだからな。だから、俺の力を遠慮なく使っていいぜ』

「・・・・・・信用できるか」

『信用ねぇぇ。ま、いいや。たまには話し相手になってくれよ? 退屈なんだからよぉ──て、おい。無視すんなコラ──』

 

 ドレイクが何か言ってくるが、俺は無視して家に向かう。

 そうだ。千秋への説明も考えておかないとな。・・・・・・・・・・・・荒れそうだな・・・・・・。

 それから家に着いて、すぐに千秋と鉢合わせた。予想通り、イッセーの状態に慌てたり、イッセーが生き返ったことに涙を流しながら安堵する千秋をなだめるのに苦労するのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「おまえら・・・・・・マジで夕麻ちゃんのことを覚えてないのか?」

「・・・・・・だから、そんな子知らねぇって」

「何度も言うが、俺たちはそんな子紹介なんてされてないし──おまえに彼女とかありえない」

 

 学校の休み時間、俺は松田と元浜に夕麻ちゃんのことを訊くが、二人とも知らない──ていうか、初めからいなかったふうに言う。

 あの日──夕麻ちゃんとデートした日、俺は彼女とデートをして、彼女に殺された──という夢を最近見たんだ。それからだ。夕麻ちゃんの痕跡がいっさいなくなっていたのは。ケータイにあった電話番号もメアドも消えていた。夕麻ちゃんと過ごしてきた時間が全部夢だったていうのかよ。

 

「なんの騒ぎだ?」

 

 そこへ、明日夏と千秋がやってきた。

 そういえば、夢の最後らへんに明日夏が出てきたな。

 

「な、なあ、二人とも! 二人とも、夕麻ちゃんのこと覚えてるか!」

 

 俺は二人に詰め寄るが──。

 

「・・・・・・夕麻? 誰だ、それ?」

「・・・・・・誰のこと?」

 

 二人から帰ってきた答えは松田と元浜のと同じようなものだった。

 

「おまえ、エロい妄想ばっかしておかしくなったんじゃね?」

「おまえと一緒にするな! 俺は確かに──」

「いいから、今日は俺ん家に寄れ。秘蔵のコレクションを皆で見ようじゃないか!」

「それはいい! 是非そうしよう!」

 

 俺の言葉を遮って、二人はどんどん話を進めてしまう。

 

「・・・・・・おまえらな・・・・・・少しは場所を考えろよ」

 

 明日夏が呆れたように言う。

 

「うるさい! 美少女を入れ食いしてるような奴には関係のないことだ!」

「・・・・・・そんなことした覚えも、やる気もねえよ」

「女子に人気がある時点で入れ食いしてるようなものだ!」

 

 明日夏と松田と元浜のやり取りを見て苦笑していると、千秋に袖を引っ張られる。

 

「ん? どうした?」

「・・・・・・イッセー兄、大丈夫?」

 

 ・・・・・・千秋にまで、俺がおかしくなったって思われてんのかな? 真剣に心配そうにしていた。

 

「大丈夫だよ。変なこと訊いて悪かったな」

 

 俺は千秋の頭をなでながら言う。

 頭をなでられた千秋は安心したような表情になる。

 千秋って、明日夏や冬夜さん、千春さんになでられるとちょっといやそうにするけど、なぜか俺になでられるのは好きなんだよな?

 

「おい、イッセー! なに千秋ちゃんとイチャついてんだ!」

「せっかく心配してやってるってのに! ふざけるな!」

 

 松田と元浜が血の涙を流さんばかりに怒鳴ってきた。

 

「い、いや、別にイチャついてなんかいねぇよ!」

 

 おもわず、千秋の頭から手を離してしまう。

 千秋も顔を真っ赤にしちゃってるし!

 

「おまえら、少し落ち着けよ」

 

 明日夏が二人を諌めようとするが、松田と元浜の熱は冷めない。

 

「そんなに千秋ちゃんとイチャつけるんなら、彼女がいる妄想なんてしなくていいだろうが!」

「まったくだ! 何が夕麻ちゃんだ!」

 

 二人の怒りメーターがどんどん上っていく中──。

 

「──いい加減、やかましいんだよ」

 

 明日夏のアイアンクローによって、二人は撃沈してしまった。

 そんないつも通りの光景にハハハと笑っていると、俺の視界に紅が映る。

 学園三年のリアス・グレモリー先輩が俺たちのそばを通り抜けていったのだ。

 そのとき、リアス先輩が微笑みながらこちらのことを見ていた。

 その瞬間、心まで掴み取られるような感覚に陥った。

 そして、ふいに思い出した──リアス先輩らしきヒトが夢に出てきたことを。

 

 

―○●○―

 

 

 それから、松田と元浜に「「これ以上、千秋ちゃんとイチャつかせるか!」」と無理矢理松田の(うち)に連れてこられて、松田の秘蔵のエロDVDとやらを見ていた。

 

『へんしーん! 花弁ライダーピンキー!』

「おおぉッ! これはモモちゃんの新作、花弁ライダーピンキー!」

「フフン、入手にはちと苦労したがな」

 

 二人がエロDVDに興奮しているのをよそに、俺はいまだに夕麻ちゃんのことを考えていた。

 やっぱりおかしい。数日間の記憶が全部夢でしたなんて・・・・・・普通ありえるか?

 仮にそうだとして、その間の記憶はどこ行っちまったんだ?

 

「おい、どうしたんだよ、イッセー」

 

 考え込んでいると、松田が話しかけてきた。

 

「おまえ、桃園モモちゃんのファンだろう?」

 

 桃園モモってのは、いま見ている特撮番組に出ているアイドルの名前だ。松田の言うとおり、俺は桃園モモちゃんのファンだ。彼女の音声でいろんなシュチュエーションで起こしてくれると言う革新的な目覚まし時計を持っているほどだ。

 普段だったら、二人と同じようにテンションが上がっていただろうが・・・・・・ただ、いまは夕麻ちゃんのことで頭がいっぱいで、そんな気分になれなかった。

 

「そうだ! さらなるムーディーを演出するため、灯りを消そう!」

 

 元浜はそう言い、立ち上がって部屋の電気のスイッチを押す。

 

「おおぉッ! いい感じ!」

「だろう!」

 

 あれ? 部屋の灯り消えてなくね?

 

「なぁ、消えてねぇぞ」

「あん? なんだって?」

「部屋の灯り消えてねぇだろ?」

「はあ? おまえ、何言ってんだ?」

 

 松田と元浜がおかしなものを見るような目で俺を見る。

 よく見ると、確かに部屋の灯りは消えていた。──でも()()()。灯りが点いていたときよりもはっきりと部屋の中が見えている!

 

「・・・・・・悪い・・・・・・俺、帰るわ」

「お、おい? 具合でも悪いのか?」

「・・・・・・ああ・・・・・・そんな感じだ・・・・・・」

 

 松田の家から出て、帰り道を歩く。

 

「・・・・・・やっぱり・・・・・・昼間よりはっきり見える」

 

 道中にあった路地を見ると、もう日が暮れてろくに見えないはずの路地の中がはっきりと見えた。

 それに、松田の(うち)から出てから、どういうわけか体から力が溢れてくるみたいな感じがする。

 

『やだやだ! 買って買って!?』

『そんなにわがまま言うと、置いてっちゃうわよ』

『やぁぁだぁぁぁっ!?』

「っ!?」

 

 俺の耳に駄々をこねる子供と子供を叱る母親の会話が聞こえてきた。

 

「な、なんで、あんな遠くの声が聞こえてくるんだ!?」

 

 親子がいるのは、ここから五十メートルは離れているコンビニだった! 普通ならどんなに叫んだとしても、こんなにはっきり聞こえるわけがない!

 俺はわけがわからなくなり、その場から駆け出す!

 どうしちまったんだ!? 俺の体おかしすぎだろ!?

 当てもなく走っていると、とある公園にたどり着いた。

 

「・・・・・・ここって・・・・・・夕麻ちゃんと最後に来た・・・・・・」

 

 そうだ・・・・・・ここだよ。ここは・・・・・・夕麻ちゃんとのデートで最後に来た場所だ。そして・・・・・・彼女に殺された。

 

 ぞくっ。

 

 突然、背筋に冷たいものが走る!

 

「なんだ!?」

 

 振り向くと、帽子をかぶり、スーツを着た男がこちらに歩み寄ってきていた。

 

「これは数奇なものだ。こんな地方の市街で貴様のような存在に会うのだものな」

 

 な、なんだ! 体の震えが止まらねえ!

 

「フッ」

「ッ!?」

 

 男に睨まれ、おもわず後ろに跳んだ俺は、その跳んだ距離に驚愕する。

 ちょっと下がったつもりだったのに!

 

「逃げ腰か?」

 

 男が問いかけてくるが、答える余裕なんてあるわけがなく、その場から急いで逃げだす!

 その足の速さに再び驚愕する。明らかに速度が上がっているからだ。

 普通なら混乱するところだが、いまはありがたい!

 全力疾走で走っていると、周囲に黒い羽が舞い落ちてきた!

 

「羽!? 夕麻ちゃん!」

 

 夢で見た夕麻ちゃんと同じ羽だったものだから、夕麻ちゃんかと一瞬思ったが、羽の持ち主は夕麻ちゃんと同じ翼を生やしたさっきの男だった。

 男はあっさりと俺を追い抜き、俺の前に降り立つ。

 

「下級の存在はこれだから困る」

 

 ま、また夢かよ!? これ!?

 

「フン、主の気配も仲間の気配もなし。消える素振りすら見せず、魔法陣すら展開しない。状況を分析すると、おまえは『はぐれ』か。ならば、殺しても問題あるまい」

 

 そういう男の手には、夕麻ちゃんのと同じ光る槍のようなものが握られていた!

 同じ夢なら、こんな男より美少女のほうが一億倍マシだぜ──て、こんなときまでなに考えてんだよ俺は!

 

「安心しろ。苦しむまもなく、殺してやろう」

 

 男が夕麻ちゃんのように槍を振りかぶる。

 夢のとおりなら、あの槍で俺は──。

 

「──死ね」

 

 ドォンッ!

 

「ぐおぉっ!?」

 

 男が槍を投げつけようとした瞬間、槍が急に爆発した!

 

「・・・・・・これは貴様のしわざ──ではなさそうだな」

 

 男がそう言うのと同時に、俺を跳び越えて、黒いロングコートを着た男が俺の前に降り立つ。

 あぁ。顔は見えないけど、その後ろ姿から男の正体が俺にはすぐにわかった。長い付き合いだからな。

 

「──今度は間に合った」

 

 黒いロングコートをなびかせながら言う男は、俺の幼馴染みで親友──士騎明日夏だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 親友の秘密、知りました!

「あ、明日夏!」

「──無事か、イッセー?」

 

 見た感じ、怪我はなさそうだな。

 

「──貴様、何奴だ? 見たところ人間のようだが。なぜそのはぐれをかばう?」

「答える義理なんてないだろう?」

 

 俺は後ろにいるイッセーに気を配りながら言う。

 

「あ、明日夏! こ、これは一体? てか、なんでここに? そいつは一体なんなんだよ!?」

「いっぺんに訊くな! 説明はあとでするから、いまは黙って俺の後ろにいろ!」

「あ、ああ!」

 

 混乱しているだろうイッセーをどうにか落ち着けて、俺は堕天使を見据える。

 

「フン。まぁいい。人間ごときができることなど、たかが知れている。邪魔だてするのなら、まとめて始末すればいい」

 

 堕天使は光の槍を手にしながら言う。

 ──随分となめられたもんだ。まぁ、油断してくれるのならやり易くなるけどな。

 

「くたばるがいい!」

 

 堕天使は俺に向けて槍を投げ放とうとする。

 その表情には「避ければ後ろにいるイッセーが死ぬ」と言いたそうな邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「ハッ!」

 

 堕天使が手に握る槍を放ってきた。

 確かに避ければイッセーが死ぬ──。

 

 ギィン!

 

 なら、避けないで対処すればいいだけだ!

 

「弾いただと!?」

 

 堕天使は俺が取り出したナイフで槍を弾いたのを見て驚愕する。

 

「ならば出力を上げるまでだ!」

 

 堕天使はすぐさまさっきよりも光が濃い槍を作り出し、投げつけようとしてくる。

 俺はそこへ別のナイフを二本投げつける!

 

「こんなもの!」

 

 堕天使はすぐに反応し、槍でナイフを弾いた瞬間──。

 

 ドォォンッ!

 

「ぐおぉっっ!?」

 

 ナイフが爆発し、堕天使は爆風をもろにあびる。

 さっきイッセーを助けた爆発も、いまのナイフ──衝撃や異能の力に反応して起爆する『バーストファング』によるものだ。

 俺はその場から駆け出す!

 爆風で吹き飛ぶ堕天使に肉薄し、スーツを掴んで引き寄せる。

 

 ドォォッ!

 

「ぐほぉぉっ!?」

 

 そのまま拳による寸勁を打ち込む!

 堕天使を吹き飛ばした俺は、後方に何回も跳んでイッセーの前に降り立つ。

 

「・・・・・・ぐおおお・・・・・・っ!? ・・・・・・き、貴様ぁぁぁっ・・・・・・!」

 

 堕天使は胸を押さえながら、憤怒の表情で俺を睨む。

 堕天使はそのまま怒りに任せて、槍を作り出そうとするが──。

 

「その子に触れないでちょうだい」

 

 その場にかけられた声に中断された。

 少し離れた場所に声の(あるじ)──リアス・グレモリー先輩がいた。

 

「・・・・・・紅い髪・・・・・・グレモリー家の者か・・・・・・」

「リアス・グレモリーよ。ごきげんよう、堕ちた天使さん」

 

 堕天使は爆風で吹っ飛んだ帽子を拾いながら不敵に笑む。

 

「・・・・・・ふふっ。これは・・・・・・この町がグレモリー家の次期当主の管轄であったとは・・・・・・。そこの悪魔はそちらの眷属、その者は契約者と言ったところか?」

 

 堕天使は帽子に付いた埃を払いながら言う。

 俺は別に契約者ってわけじゃないんだがな。

 

「その子にちょっかいを出すのなら、容赦しないわ」

「ま、今日のところは詫びよう。だが、下僕は放し飼いにしないことだ。私のような者が、散歩がてら狩ってしまうかもしれんぞ?」

 

 堕天使は帽子をかぶり直しながら、上から目線な物言いをする。

 

「ご忠告痛み入るわ。でも、私のホームで今度こんなマネをしたら、そのときは躊躇なくやらせてもらうから──そのつもりで」

 

 グレモリー先輩は視線を鋭くして堕天使を睨む。

 堕天使も怯まず、グレモリー先輩を見据える。

 

「そのセリフ、そっくりそちらに返そう、グレモリー家の次期当主よ。我が名はドーナシーク。再び(まみ)えないことを祈ろう」

 

 そう言い、堕天使ドーナシークはこの場から飛び去っていった。

 

 

―○●○―

 

 

 翼を生やした男が去ってからも、俺はいまだに混乱の最中(さなか)にいた。

 ──何がどうしてこうなったんだ・・・・・・?

 松田と元浜に連れられてエロDVDを見に行って、途中で抜け出して、体の変化に混乱して当てもなく走ってたら夕麻ちゃんと最後に来た公園に着いて、変な男に追いかけられて殺されそうになったら親友が駆けつけてきて、アクション映画ばりの戦いを繰り広げたと思ったら、そこにリアス先輩が現れて、男はどっかに行ってしまった。──いっぺんにいろいろありすぎて、もうわけわかんねぇよ! 夢だよな!? 夢なんだよな!

 

「──混乱してるところ悪いが、これは夢じゃねぇよ」

 

 俺の心を見透かしたように明日夏が言う。

 

「もう一度確認するが、ケガはねえな?」

「あ、ああ・・・・・・」

「なら、いいが」

「いや、よくねぇよ! これは一体なんなんだよ!? なんでリアス先輩がここにいるんだよ!」

「あぁ・・・・・・」

 

 明日夏はリアス先輩のほうを見る。

 リアス先輩はそれを見て、仕方がないといった感じの笑みを浮かべる。

 

「まぁいいわ。もう少し時間を置こうかと思ったけど、こうなっては仕方がないわね。兵藤一誠くん」

「あ、は、はい」

明日(あす)、いままでのことを説明してあげるわ」

 

 ・・・・・・いままでのこと・・・・・・?

 

「先輩、俺のほうでできる範囲の説明をしておきましょうか?」

「そうね。話したことのないヒトよりは、落ち着いて聞いてくれるかもしれないし、お願いするわ」

 

 俺をよそに、明日夏と先輩でどんどん話が進んでいた。

 

「使いを出すから、彼と一緒に来てちょうだい」

 

 リアス先輩はそういうと、足元に紅く輝く魔法陣のようなものを展開する。

 

「じゃあ、放課後にまた会いましょう」

 

 その言葉を最後に、リアス先輩はどこかへと消えていってしまう。

 

「さて・・・・・・おまえをほっぽって話を進めちまって悪いな」

 

 明日夏が後頭部を掻きながら謝ってくる。

 

「・・・・・・いや、まぁ・・・・・・ちゃんと説明してくれるならいいけどよ・・・・・・」

 

 正直、まだ混乱してて、まともな判断とかできそうになかったからな。

 明日夏は左手を左の方向に伸ばす。よく見ると、中指にシンプルな指輪がはめられていた。

 すると、指輪の宝石部分が光り、魔法陣のようなものが出てきた!

 魔法陣が明日夏の体を通過すると、コート姿から駒王学園の制服姿になってしまった!

 な、なんだよ、ありゃ!?

 

「説明は一度帰ってからゆっくりするつもりだが・・・・・・それとも、いますぐがいいか?」

「いや、一旦落ち着かせてくれ・・・・・・」

 

 いまの状態で聞けば、さらにパニックになるだけのような気がする。

 

「でも・・・・・・これだけはすぐに聞かせてくれないか?」

「なんだ?」

「おまえって・・・・・・一体何者なんだ?」

 

 

―○●○―

 

 

 俺は現在、明日夏の(うち)のリビングで椅子に座っていた。テーブルを挟んで、対面には明日夏と千秋がいる。

 あのあと、一旦(うち)に帰って落ち着いてから、説明を受けるためにこうして明日夏の(うち)に来た。

 それから、あの場で明日夏にした質問だけど──。

 

 ──それについては、千秋も一緒で説明させてもらう。

 

 と答えられた。

 千秋もってことは──冬夜さんと千春さんも関係あるってことなのか?

 

「さて、何から話すか」

 

 明日夏たちのことは──最後に訊くか。

 

「・・・・・・じゃあ・・・・・・あの翼を生やした男について教えてくれ・・・・・・」

 

 リアス先輩は堕ちた天使って言ってたけど。

 

「あれは堕天使。神に仕える天使が欲を持ち、その身を天から地に堕とした存在だ」

 

 天使に堕天使ときたか。明日夏の雰囲気から冗談ではなさそうだな。

 

「──天野夕麻」

「っ!?」

 

 明日夏が口にした夕麻ちゃんの名を聞いて、俺はテーブルに身を乗り出して明日夏に詰め寄ろうとしてしまう!

 

「ど、どうして!? おまえ、知らないって──」

 

 グイッ。

 

「──落ち着け」

 

 俺がそう詰め寄るだろうと予想していたのか、明日夏は淡々と俺を手で押しのけながら言う。

 

「──そのことに関しては悪かった・・・・・・」

「・・・・・・ゴメン・・・・・・イッセー兄・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 二人に謝罪をされてしまったので、俺は明日夏の言う通り、一旦落ち着く。

 ていうか、千秋も本当は知っていたんだな。

 

「・・・・・・知らないフリをしていたのは、グレモリー先輩に止められていたからだ」

「先輩に?」

「ああ。理由を説明するにはまず、天野夕麻のことを説明してからだな」

 

 そうだ! 二人が夕麻ちゃんのことを覚えていたってことは、夕麻ちゃんは実在していたってことになる!

 でも、だとしたら、松田と元浜が覚えてないのはなんでだ? なんで二人だけ──いや、それも明日夏たちの秘密に関係あるってことなのか?

 

「おまえ、天野夕麻とのデートのことは覚えているな?」

 

 それを訊かれてハッとする。

 もし、あの夢が本当は現実だとしたら──。

 

「・・・・・・夕麻ちゃんも・・・・・・堕天使だって言うのか・・・・・・?」

 

 俺の脳裏に黒い翼を生やした夕麻ちゃんの姿が浮かびあがる。夕麻ちゃんの翼と今日出会った男の翼は全く同じものだった。

 

「ああ。あの女──天野夕麻も堕天使だ」

 

 なんか、明日夏のもの言いにトゲが感じられた。

 ──て、ちょっと待て!

 

「仮にあのデートが本当のことだったとして──なんで俺は生きてるんだ!?」

 

 あのとき、俺は彼女の光の槍で貫かれた! どう考えても、生き残ることなんて無理なはずだ!

 

「そこからは、グレモリー先輩の正体にも触れながら説明する」

 

 そこでリアス先輩の正体に触れるのか?

 俺のこととリアス先輩──なんか関係・・・・・・あるのか?

 

「まず、グレモリー先輩の正体だが──あのヒトは──悪魔だ」

「あ、悪魔・・・・・・?」

「『悪魔の契約』で有名なあの悪魔だ」

「それってつまり・・・・・・リアス先輩は人々の願いを叶えては魂を奪っていくヒトだって言うのか・・・・・・?」

 

 俺の頭の中に邪悪な笑みを浮かべて人々の魂を奪うリアス先輩の姿が浮かぶ。

 

「あ、最近じゃ、魂を対価にするような契約はほとんどないらしいぞ。基本的に対価はそこらで手に入る普通の物品で済まされてるらしい」

「えっ、そうなの」

 

 なんか、イメージをぶち壊されたような・・・・・・。

 

「そして、グレモリー先輩は悪魔の中でも上級の階級を持つ上級悪魔で、この町を縄張りに活動している」

「えっ、それって、この町が悪魔に支配されてるってことか?」

「いや、別に支配してるわけじゃねぇよ。契約をとるための活動場所として管理しているだけだ」

「そうなのか。で、リアス先輩がその悪魔だとして・・・・・・俺とどう関係が?」

「おまえ、自分の身の変化に気づいてるか?」

「ッ!?」

 

 そう問われた俺は、今日のことを思い出す。

 暗い場所がよく見えたり、遠くの声がよく聞こえたり、走力が上がっていたり、とにかく身体能力が異様に高まっていた。

 

「単刀直入に言う。おまえはあのとき、一度死んだ。そして、生き返った──いや、転生したと言うべきか。──悪魔にな」

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・落ち着いたか?」

「・・・・・・ああ」

 

 自分が悪魔になってしまったことにパニックを起こしてしまったイッセー。

 まぁ、無理もないか。立て続けに起こった事態にいま知った真実、これだけでも驚愕ものなところに、しまいには自分が死んで悪魔に転生したなんて言われれば、そりゃパニックにもなるな。

 いまは俺が淹れたお茶を飲んで落ち着いている。

 

「説明再開していいか?」

「あ、ああ」

 

 確認をとり、イッセーが頷くのを見ると、俺は説明を再開する。

 

「まず、グレモリー先輩のような上級悪魔には、眷属っていうのを持っているんだ」

「眷属?」

「直属の部下みたいなもんだな。で、その眷属を得るのに、他種族を悪魔に転生させる場合がある──いや、ていうか、ほとんどが他種族の転生体だな。特に人間」

「じゃあ、俺はリアス先輩のその眷属として悪魔になったってことか?」

 

 一旦落ち着いたことで冷静になり、すぐにそこへ至ることができたようだな。

 

「ああ。悪魔への転生は死んだ者さえも生き返らせることができるからな」

「てことは、リアス先輩は俺の命の恩人ってことになるのか?」

「そうだな」

 

 俺はあるものをテーブルの上に置く。

 

「こいつを覚えてるか?」

「あっ、それって!」

 

 俺がテーブルの上に置いたのは、『あなたの願いを叶えます!』と言う謳い文句と魔法陣が描かれたチラシだった。

 

「どうして、おまえが?」

「あー、そのへんに関してはノーコメントで・・・・・・」

 

 これはあの日、イッセーと天野夕麻の尾行をしていた千秋が受け取ったものだ。あのとき、千秋は変に暴走して冷静じゃなかったため、何を願うかわかったものではなかったので、俺が慌てて没収したのだ。

 

「でだ。このチラシは悪魔と契約を結ぶために悪魔を呼び出すことができる魔法陣だ。本来は自分で魔法陣を描いて願いを叶えてもらうものなんだが、いまどき、そんな人間いないからな。お手軽にしようと、こんなふうに簡易版にしたらしい」

「なんか、ファンタジー観がぶち壊しじゃね?」

 

 ・・・・・・そこは現代社会に合わせたって言ってやれ。

 

「あの日、おまえもこれを持っていただろ?」

「ああ、そうだけど。なんで、知ってんだ?」

「おまえが死んだあの場に俺がいて、その魔法陣からグレモリー先輩が現れる瞬間を見ただけだ」

 

 本当はデートを尾行してたからなんだがな。

 

「そういえば、あのとき、意識が朦朧としてきたときに、おまえの姿を見かけたな。なんでおまえがあの場に?」

「・・・・・・いやな胸騒ぎがしてな。おまえのデートプランと時間から場所を特定して急いで向かって・・・・・・そして、おまえが殺された瞬間という最悪な場面だったってだけだ。・・・・・・・・・・・・俺がもっとしっかりしていれば、おまえは死なずに済んだかもしれなかったのに・・・・・・!」

 

 俺はあのときの不甲斐なさを思い出し、血がにじむほど拳を握りしめる。

 千秋も悔しそうな表情でうつむいていた。

 

「ふ、二人とも、そんなに気に病むなよ! ほら、こうして俺は生きてる──ていうか、生き返ったわけだから、結果オーライってことで!」

 

 ・・・・・・おまえがいいとしても、俺たちにとってはそうもいかねぇんだよ。

 

「ほ、ほら! 説明! 説明の続き頼むよ!」

 

 イッセーに催促されたので、とりあえず、説明を再開する。

 

「とにかく、おまえは瀕死の状態で何かを思い、このチラシでグレモリー先輩を呼んだんだ。そして──あとはわかるだろ?」

「──先輩が俺を悪魔として生き返らせてくれたってことか」

「そういうことだ。そして、その変化に自力で気づいてもらうために、いままでのことを黙っているようにグレモリー先輩に言われたんだ」

「とりあえず理解はしたよ。でも、なんで堕天使が俺の命を?」

 

 次はその説明か。

 

「堕天使がおまえを狙った理由は──『神器(セイクリッド・ギア)』だ」

「・・・・・・せい、なんだって・・・・・・?」

神器(セイクリッド・ギア)──特定の人間に宿る規格外の力のことだ。歴史上の人物には、それをもって名を残した者がいたりするんだぜ」

「マジで・・・・・・そんなものが俺に・・・・・・?」

「そうらしい。本人が話したからな。で、おまえの持つ神器(セイクリッド・ギア)は堕天使たちにとっては危険因子だったらしくてな」

「・・・・・・それで殺されたと・・・・・・」

 

 こっからは、こいつにとってはキツイ内容になってしまうが、言うべきだろうな。

 

「・・・・・・天野夕麻──あの女はおまえの持つ神器(セイクリッド・ギア)が本当に危険因子なのかどうか調べるためにおまえに近づいた」

「ッ!?」

「・・・・・・おまえに見せた表情も仕草も・・・・・・全部おまえに近づくための演技だったってわけだ。そして、役目を終えた天野夕麻は、堕天使の力を使い、記憶などの自身の痕跡を消した。俺たちを除いて、松田や元浜が覚えてなかったのもそのためだ」

 

 イッセーは目に見えてショックを受けていた。

 こいつが天野夕麻を大事にしようとしていたのは、デートの相談を受けたときに把握していた。その想いは本気の本気だった。

 イッセーは数刻ほど落ち込むと、笑顔を見せてきた。・・・・・・それが空元気なのが、俺と千秋にはわかってしまう。

 イッセーは話題を変えてくる。

 

「それにしても・・・・・・俺にそんなものがあるなんてな・・・・・・」

「確かめてみるか?」

「えっ、できんの!?」

「ああ。そんなに難しいことをする必要はないぞ」

「──何をすればいいんだ?」

「まず、目を閉じて、おまえの中で一番強い存在を思い浮かべろ。軽くじゃなく強くだぞ」

 

 イッセーは目を閉じて、何かを思い浮かべ始める。

 たぶん、ドラグ・ソボールの主人公、空孫悟だろうな。

 昔っから、世界最強だって言って譲らなかったからな。

 

「思い浮かべたか?」

「ああ」

「じゃあ、悟の真似をしろ」

「は?」

 

 俺が言ったことにイッセーは素っ頓狂な声をあげる。

 

「思い浮かべたの、空孫悟だろ?」

「・・・・・・そうだけど。なぜわかった? ──ていうか、真似って・・・・・・」

「千秋もそうして出せるようになったからな・・・・・・」

「えっ、千秋も神器(セイクリッド・ギア)を!?」

 

 イッセーの言葉に千秋は頷く。

 

「千秋だけじゃなく、俺や兄貴、姉貴も持ってるぞ」

「おまえや二人にも!?」

 

 どういうわけか、俺たち兄弟全員に神器(セイクリッド・ギア)が宿っている。

 

「それは別にいいだろ。さっさとやれ」

「えぇ・・・・・・」

 

 俺は渋るイッセーに言う。

 

「どのみち、明日(あす)、グレモリー先輩のところでも同じことをやることになると思うぞ。そしておそらく、先輩の他の眷属もいる前で──」

「やります! やらせていただきます!」

 

 イッセーは立ち上がると、両手を合わせ、腕を引いた構えをとる。

 

「ドォォラァァゴォォォォン波ァァァァァッ!」

 

 その叫びと同時にイッセーは手を前に突き出す。

 空孫悟の必殺技であるドラゴン波だ。悟の代名詞といってもいいと言われている。

 これを知り合い以外の前で真似るのは・・・・・・かなりの羞恥プレーだろうな。

 そして、イッセーの左手が光り輝き、光が形を成していく。

 

「こ、これが・・・・・・」

「ああ。おまえの神器(セイクリッド・ギア)だ」

 

 イッセーの左手には、赤色の籠手のようなものが装着されていた。手の甲の部分には、緑色の宝玉がはめ込まれている。

 これがイッセーの神器(セイクリッド・ギア)か。

 俺は籠手を見て、内心で疑問に思う。

 感じられる波動から、堕天使が危惧するような代物だとはとうてい思えなかったからだ。

 発現が甘いのか?

 

「一度出せば、あとは自分の意思で出し入れできるぞ」

 

 そう言ってやると、イッセーは籠手を消したり、出したりを二、三回繰り返してから籠手を消した。

 

「とりあえず、こんなもんだろ。悪魔や堕天使についてのもっと詳しい内容は、明日、先輩から聞いてくれ」

「ああ、わかったよ」

 

 さて──。

 

「──いよいよ、俺たちのことか・・・・・・」

「・・・・・・ああ」

 

 そして俺は、俺たち兄弟の秘密をイッセーに打ち明けたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 やってきました、オカルト研究部!

 明日夏から俺が悪魔になったことなどを説明され、明日夏たちの秘密を打ち明けてもらい、一晩たった朝、俺と明日夏と千秋は久しぶりに三人で登校していた。

 だが──。

 

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

 

 登校を始めてから、俺たちの間にいっさいの会話がなかった。

 あ、カン違いしないでくれよ。別に俺が悪魔になったことや、明日夏たちの秘密を知ったことでお互いに気まずくなったわけじゃねぇよ。

 そのことに関しては特にお互い気にしてない。

 最初は気まずい雰囲気になったが、それも別に、お互いに『自分のことを相手が避け始めてしまったかも?』なんて悩んでただけで、すぐにそんなことないってわかったら、三人で思わず笑ってしまった。

 そんな感じで、俺が悪魔になり、明日夏たちの秘密を知っても、俺たちの関係は昔のままの仲のいい幼馴染みのままである。

 じゃあ、なんで会話がないのかというと──。

 

「・・・・・・・・・・・・うぅぅ・・・・・・」

「大丈夫、イッセー兄?」

 

 うなだれながら呻く俺を千秋が心配そうに覗き込んでくる。

 実は、朝から妙に体がダルく、日差しがキツいのだ。そのせいで、あまり会話する気になれない。

 これは昨日からそうで、このせいで朝に起きられず、千秋が起こしに来てくれなかったら、危うく遅刻するところだった。

 どうにも明日夏が言うには、悪魔は闇に生きる種族で、光が苦手みたいだ。

 いまの体調も、悪魔の体質によるもので、朝日にやられてしまっているようだ。逆に夜になれば活発になり、昨日のように身体能力が上がるようだ。

 

「・・・・・・まるで吸血鬼だな・・・・・・」

「だったら、灰になってるぞ」

「あっ、そっか。ていうか、吸血鬼も実在するのか?」

「ああ、いるぞ」

「妖怪とか、魔法使いもいるよ」

 

 もう、なんでも実在しているな。

 そんな感じで、ダルい体を引きずって、俺は二人と学校に向かうのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 授業が終え、放課後になると、俺と明日夏はリアス先輩の使いを待っていた。

 

「たしか、放課後に来るんだよな?」

「ああ」

 

 昨日、リアス先輩が今日の放課後に使いを出すと言っていたから、そろそろ来る頃だろう。

 

「なあ、明日夏」

「なんだ?」

「使いってのは、やっぱり──」

「ああ。おまえと同じ眷属悪魔なのは間違いないだろう」

 

 俺以外の眷属悪魔かぁ。どんな奴なんだろう?

 かわいい美少女とかだったらいいなぁ!

 

「「「「「キャーッ!」」」」」

 

 突然、教室内に女子たちの黄色い歓声が沸き起こる。

 歓声の発生源にはクラスの女子たちが群がっており、その中心に金髪で爽やかな笑顔を浮かべている男子生徒がいた。

 木場祐斗──俺と明日夏とは同学年で・・・・・・学園女子のハート射抜いている学校一のイケメン王子と呼ばれている。つまり、俺たちモテない男子生徒全員の敵だ!

 そんな木場をクラスの女子たちはうっとりした表情で見つめていた。

 ちなみに、明日夏も木場ほどじゃないが結構モテてる。

 フン! イケメン死ね!

 

「ちょっと、失礼するよ」

「どうぞどうぞ!」

「汚いところですけど、どうぞ!」

 

 木場は女子たちの輪から抜け出すと、まっすぐこちらにやってきて、声をかけてくる。

 

「や。どうも」

「・・・・・・なんだよ?」

 

 俺がおもしろくなさそうに返してると、明日夏が木場に問いかける。

 

「おまえがグレモリー先輩の使いか?」

「うん。そうだよ」

「ッ!? じゃあ、おまえが!」

 

 まさか、先輩の使いが木場だったなんて。

 

「二人とも、僕についてきてくれるかい?」

 

 それを聞き、俺と明日夏は立ち上がる。

 すると、話を聞いていたクラスの女子たちが一斉に悲鳴をあげる。

 

「そんなぁ!? 士騎くんはともかく、エロ兵藤が木場くんと一緒に歩くなんて!?」

(けが)れてしまうわ、木場くぅん!?」

「木場くん×士騎くんはありだけど、木場くん×エロ兵藤のカップリングなんて許せない!?」

 

 クッソォ、わけわかんねぇこと言いやがって。

 女子たちの言葉をなるべく聞かないようにしながら、俺は明日夏と一緒に歩き始めた木場についていく。

 そんな中、明日夏が木場に話しかける。

 

「木場」

「ん。なんだい?」

「妹も連れてっていいか? ちゃんと事情は知っている」

「うん。それならいいと思うよ」

 

 了承を得た明日夏は、ケータイで千秋を呼び出す。

 呼び出された千秋はすぐにやってきて、再び歩き始めた木場に俺たちはついていくのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 木場に連れらてやってきたのは、以前リアス先輩を見かけた学園の旧校舎だった。

 旧校舎っていうから、古くてボロボロなイメージがあったけど、中に入ってみると、多少の古くささはあったが、埃などは一切なく、小綺麗なものだった。

 それを見て、家事好きの明日夏も感嘆の息を吐くほどだ。

 

「着いたよ」

 

 木場がとある教室の前で止まって言う。

 戸にかけられたプレートには『オカルト研究部』と書かれていた。

 そういえば、リアス先輩って、オカルト研究部の部長を務めてるって聞いたことがあったな。

 

「部長、連れてきました」

「ええ、入ってちょうだい」

 

 木場が確認を取ると、中からリアス先輩の声が聞こえてきた。

 それを聞いた木場が戸を開け、俺たちもあとに続いて室内に入る。

 室内は薄暗く、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。灯りもロウソクの火だけだ。

 奥のほうに立派なデスクと椅子のセットがあり、ソファーがいくつかとテーブルがあった。

 で、ソファーに一人、小柄な女の子が座っていた。

 ──て、この子は!? 小柄な体型、無敵のロリフェイス、そのスジの男子だけでなく、女子にも人気が高いマスコットキャラ、塔城小猫ちゃんではないか! 

 こちらに気づいたのか、視線が合う。

 

「彼女は一年の塔城小猫さん。こちら、二年の兵藤一誠くんと士騎明日夏くん」

 

 木場が紹介してくれ、塔城小猫ちゃんがペコリと頭を下げてくる。

 

「あ、どうも」

 

 俺と明日夏も頭を下げる。

 

「同じクラスで知ってるかもしれないけど、こっちは士騎明日夏くんの妹さんの士騎千秋さん」

 

 そういえば、千秋と塔城小猫ちゃんって同じクラスだったな。

 千秋も頭を下げ、それを見た塔城小猫ちゃんは再び頭を下げると、黙々と羊羹を食べ始める。

 うーむ。噂通り、寡黙な子だな。

 ──まぁ、それがまた、マスコットとして人気があるのだが。

 

 シャー。

 

 部屋の中から水が流れる音が聞こえた。

 奥のほうを見ると、シャワーカーテンがあった。

 シャワー! 部室に!

 ッ!? こ、これは!

 カーテンに女性の陰影が映っていた!

 アート、まさにアートと言っても過言ではない、その陰影は美しいラインだった!

 

「部長、お召し物です」

「ありがとう、朱乃」

 

 この声はリアス先輩! つまり、あの陰影はリアス先輩のもの! なんて素敵な部室なんだぁ!

 

「・・・・・・いやらしい顔」

 

 ぼそりと呟く声。声の発生源は塔城小猫ちゃんだ。

 ・・・・・・いやらしい顔をしていましたか。それはゴメンよ。

 

「あら?」

 

 ふと、別の女性の声が聞こえてきた。

 そちらのほうを向けば、黒髪のポニーテールの女性がニコニコフェイスでこちらを見ていた。

 

「あらあら。うふふ。はじめまして。私、副部長の姫島朱乃と申します。どうぞ、以後、お見知りおきを。うふふ」

 

 こ、このお方は! 絶滅危惧種の黒髪ポニーテール、大和撫子を体現した究極の癒し系にして、リアス先輩と並び、この学園の二大お姉さまの一人、姫島朱乃先輩!

 

「ひょ、兵藤一誠です。こちらこそ、はじめまして」

「はじめまして。二年の士騎明日夏です。こっちは妹の──」

「一年の士騎千秋です。はじめまして」

 

 俺たちも姫島先輩に挨拶を返す。

 それにしても、学園の二大お姉さまのリアス先輩と姫島先輩、学園のマスコットの塔城小猫ちゃん──学園を代表とするアイドルたちがいるなんて──オカルト研究部、なんて素敵な部活なのだ!

 ・・・・・・学園一のイケメン王子の木場という余計な奴もいるけどな。

 

「お待たせ」

 

 カーテンが開いて、リアス先輩がタオルで髪を拭きながら出てきた。

 

「ゴメンなさい。あなたたちが来るまえに上がるつもりだったのだけど」

「い、いえ、お気にせず」

 

 リアス先輩が千秋のほうを見る。

 

「あなたは士騎明日夏くんの妹さんだったわね?」

「はい。士騎明日夏の妹の士騎千秋です」

 

 リアス先輩が千秋と軽く挨拶すると、周りを見てウンと頷いて言う。

 

「さあ、これで全員揃ったわね。私たちオカルト研究部はあなたたちを歓迎するわ」

「え、ああ、はい。・・・・・・俺の場合は()()()()()、ですか?」

「ええ、その通りよ、兵藤一誠くん。イッセーと呼んでもいいかしら?」

 

 

―○●○―

 

 

「粗茶です」

「「「あっ、どうも」」」

 

 ソファーに座る俺、イッセー、千秋に姫島先輩がお茶を淹れてくれた。

 とりあえず、俺たちは出されたお茶をずずっと一飲みする。

 

「うまいです」

「ああ、うまいな」

「おいしいです」

「あらあら。ありがとうございます」

 

 俺が淹れたのよりもうまいな・・・・・・。

 なんて、少し対抗心を燃やしている()に、姫島先輩はグレモリー先輩の隣に座る。

 俺、イッセー、千秋はソファーに並んで座っており、テーブルを挟んで、対面のソファーにグレモリー先輩たちが座っていた。

 

「さて、イッセー。彼からどのあたりまで説明されたのかしら?」

「えーっと・・・・・・先輩方がこの町で活動する悪魔で、死んだ俺を先輩が自分の眷属の悪魔として生き返らせてくれたこと、俺を殺したのは堕天使というやつで、俺が殺された理由は、俺が神器(セイクリッド・ギア)っていうのを持ってたからていうところまでは」

「そう。だいたいのことはもう把握しているわけね。それじゃあ、神器(セイクリッド・ギア)は出せるかしら?」

「あ、はい」

 

 イッセーは立ち上がると、左手を前に出す。すると、イッセーの左手から光が赤く輝き、赤い籠手が現れる。

 

「これが俺の持つ神器(セイクリッド・ギア)みたいです」

「そう。それがあなたの神器(セイクリッド・ギア)なのね」

 

 先輩はイッセーの籠手を数十秒ほどまじまじと見つめる。

 

「ありがとう。もうしまっていいわよ」

「あ、はい」

 

 先輩に言われ、イッセーは籠手をしまう。

 

「さて、私たちのことも改めて説明するまでもないでしょうし、これからは私の下僕としてよろしくね」

「は、はい」

 

 先輩は視線を俺と千秋のほうに向けてくる。

 

「──次は、あなたたちのことね」

 

 ・・・・・・やっぱり、そう来たか。

 俺たちを呼んだのは、俺たちのことを明かす、そのためだろうとは思っていた。

 もともと、先輩たちに関わるつもりはなかったが、イッセーが先輩の眷属になったのなら仕方がないか。

 

「実はね──この間、町外れの廃工場で私の領地に侵入して勝手をしようとしたはぐれ悪魔が誰かに討伐されていたの」

「はぐれ悪魔?」

 

 はぐれ悪魔のことで怪訝な表情になるイッセーに先輩が説明する。

 

「イッセー。はぐれ悪魔というのはね、下僕が主を裏切ったり、または主を殺して主なしとなり、各地でその力を自己の欲求のままに振るう不定の輩のことよ」

「そのはぐれ悪魔が、この町で殺されていたってことですか?」

「ええ。そして──士騎明日夏くん。そのはぐれ悪魔を手にかけたのは、あなたじゃないかしら?」

 

 先輩が俺に探りを入れてくる。

 自分の管理地で妙なことをする者がいるのなら、気になって当然か。

 

「ええ。そうです」

 

 隠してもしょうがないので、正直に言う。

 

「理由を聞いてもいいかしら?」

「遭遇したのは、まったくの偶然です。俺を襲おうと向こうから接触してきたので──」

「──自己防衛の結果、というわけ?」

「いえ。一目見て、すぐにはぐれとわかり、他の犠牲者が出る前にと思いまして」

「そう。つまり、あなたたちは特にこの町で何かをしようとしているわけではないのね?」

「ええ。先輩たちに累を及ぼすつもりもありません。イッセーのことがなければ、特に関わるつもりもありませんでしたし。とはいえ、先輩の管理地で勝手なことをしたのは事実ですので」

 

 先輩はそれを聞くと、ふぅと息を吐く。

 

「はぐれ悪魔の件はまぁ、とくに私たちに累を及ぼすことではないことだし、気にしなくていいわ。おかげで犠牲者が出なかったわけだし」

 

 先輩は微笑みながらそう言う。

 

「でも、これだけははっきりさせてちょうだい」

 

 が、すぐに先ほどのように、俺たちを見据えてくる。

 

「──あなたたちは何者なのかしら?」

 

 

―○●○―

 

 

 先輩が少し視線を鋭くして明日夏たちを見る。

 その視線にひるむことなく、明日夏は言う。

 

「俺──俺たち兄弟は異能と関わりのある職業で生計を立てている人間です」

「その職業とは何かしら?」

 

 明日夏は昨晩、俺に話してくれた自分たちの正体を先輩たちに明かす。

 

「異能専門の『賞金稼ぎ(バウンティハンター)』です」

 

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)──それが明日夏たちの正体だった。それも、一般で知られているものではなく、魔物とかそういう類い専門のだそうだ。

 明日夏から聞いた話によると、ハンターギルドってのがあって、そのギルドが賞金を懸けた人間などに被害を及ぼす存在──魔物とか(たぶんさっき出てきたはぐれ悪魔もだろう)を討伐して、お金をもらう職業だそうだ。普段はハンターと呼ぶらしい。

 

「・・・・・・まぁ、俺と千秋はまだ見習いですが」

 

 どうにも、ハンターには見習いと正式っていうのがあって、明日夏と千秋が見習い、冬夜さんと千春さんが正式のハンターだそうだ。

 基本的には未成年が見習い、成人が正式になるみたいだ。

 例外もあって、未成年でも正式になることができるらしく、冬夜さんと千春さんがその例外だそうだ。

 

「なるほどね・・・・・・ご両親が亡くなって、それで生計を立てるために・・・・・・」

 

 明日夏たちは幼いときに両親をなくしている。当時は生計を立ててくれる親戚がいたって聞いてたけど、実際は冬夜さんがそのハンターの仕事で生計を立てていたのだ。

 ちなみに、明日夏たちもよく知らないみたいだけど、そのとき、冬夜さんにはなぜかハンターの知り合いがいたみたいで、そのヒトのお世話になっていたみたいだ。

 

「・・・・・・ゴメンなさい。辛いことを思い出させたかもしれないわね・・・・・・」

 

 先輩は明日夏たちに辛いことを思い出させたかもしれないと、申し訳なさそうにする。

 

「・・・・・・いえ、気にしないでください。それで、俺たちのことはどうするつもりですか?」

 

 明日夏は若干の警戒心を出しながら先輩に訊く。

 

「どうするも何も、とくに私たちに累を及ぼすわけでもないし、イッセーの友人だというのなら、イッセーの主としても、学校の先輩後輩としてもこれからもよろしくお願いって感じかしら。なんだったら、イッセー共々このオカルト研究部に入部しない?」

 

 先輩は微笑みながら明日夏たちに言う。

 明日夏と千秋は少しの間、互いに見つめ合うと、笑みを浮かべてウンと頷く。

 

「じゃあ、せっかくなので入部します」

「私もします」

「あっ、苗字で呼ぶとややこしくなりそうだから、これからは明日夏と千秋と呼んでもいいかしら?」

「かまいません」

「私も大丈夫です」

 

 先輩の提案に二人はすぐに了承する。

 

「フフフ。それじゃあ、よろしくね、イッセー、明日夏、千秋」

「「「よろしくお願いします」」」

 

 こうして、俺たちはオカルト研究部に入部することになるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 悪魔の仕事、始めます!

「さて、イッセー。私たち悪魔が主にどういう活動をしているかも、明日夏から聞いているかしら?」

「はい。人間と契約して願いを叶え、それに見合った対価をもらうんですよね」

「ええ、そうよ。そのために、私たちは悪魔を召喚してくれそうな人に、このチラシを配っているのよ」

 

 そう言い、先輩改め部長は、部長席のデスクの上に大量の召喚用魔法陣が描かれたチラシの山を置く。

 

「まず、イッセーにやってもらうことは、このチラシを召喚してくれそうな人の家に配ることよ。この機械を使えば、召喚してくれそうな人の場所がわかるわ」

 

 部長はチラシの横にその機械らしきものとチラシを入れるためのバックを置く。

 

「普通は使い魔にやらせるんだけど、これも下僕として悪魔の仕事を一から学ぶためよ」

 

 イッセーはとりあえず、言われるがままにチラシをバックに詰めていく。

 

「がんばりなさい。あなただって、自分の下僕を持てるかもしれないのよ」

「お、俺の下僕!」

 

 イッセーが『自分の下僕』という単語に過剰に反応しながら部長に聞き返す。

 

「あなたの努力次第でね。転生悪魔でも実績を積んでいけば、中級、上級へと昇格できるの。そして、上級悪魔になれば、爵位を与えられて、下僕を持つことが許されるの」

 

 部長の説明を聞くうちに、イッセーは鼻の下をどんどん伸ばしていく。

 ・・・・・・何を考えているのかが、手に取るように丸わかりな反応だな。

 

「げ、下僕ってことは・・・・・・俺の言うことには逆らわないってことですよね!?」

「そうね」

「何をやってもいいんですよね!?」

「ええ」

「た、たとえば・・・・・・エ、エ、エッチなことでもっ!?」

「あなたの下僕ならいいんじゃないかしら」

 

 それを聞いたイッセーは雷に打たれたような反応を示すと、歓喜の雄叫びをあげる。

 

「うおおおおおおおおおおおッ! 悪魔最高じゃねぇか! ハーレム! 俺だけのハーレムができるんだ!」

 

 イッセーはチラシと機械の入ったバックを持つと、意気揚々とチラシ配りに向かう。

 

「では、部長。チラシ配りに行ってきます! ハーレム王に俺はなるっ!」

 

 廊下からイッセーのそんな宣言が聞こえてきた。

 

「フフ。イッセーはおもしろい子ね」

「・・・・・・部長がそう思っていただけるんならいいんですが・・・・・・」

 

 イッセーの扱い方を早速理解されたようだ。

 まぁ、そんなことよりも──。

 

「──少しは落ち着いたらどうだ?」

 

 俺は隣でそわそわしながらイッセーが出ていった部室のドアのほうを見ている千秋に言う。

 

「でも!」

「昨日みたいなことはそうそう起こらねぇよ」

 

 千秋が落ち着きがないのは、単純にイッセーが心配なだけだ。

 昨夜(さくや)、イッセーは堕天使ドーナシークにはぐれとカン違いされて襲われた。そのことがあって、千秋は気が気でないのだ。

 とはいえ、あのドーナシークは天野夕麻のサポートもしくは天野夕麻の痕跡の後始末係のはずだ。

 イッセーと遭遇したのはたまたまのはずだろう。

 そもそも、悪魔である部長の管理地であるこの町に目的を達した堕天使がいつまでも居座ることもないはずだ。

 仮に目的であるイッセーが生きていることで居座っているにしても、イッセーはいまや部長の眷属、しかも、部長は悪魔のトップである魔王の妹だ。魔王の身内の眷属に手を出そうとすれば、悪魔と堕天使の間で戦争が再び勃発する火種になりかねない可能性がある以上、ヘタなことはしないだろう。

 それは千秋もわかってはいる──が、頭では理解していても、感情まではそうはいかないか。

 

「・・・・・・部長」

「仕方ないわね」

「だとさ。ただ、あんまり余計なことはするなよ?」

 

 俺がそう言うと、千秋は強く頷き、イッセーのあとを追って部室から出ていく。

 

「随分と心配性な妹さんね」

「・・・・・・まぁ、昨日のこともありますが・・・・・・生き返ったとはいえ、イッセーが一度死んだことがですね・・・・・・」

 

 イッセーが一度死んだことを伝えたときは本当に大変だった。

 

「フフ。愛されているのね、イッセーは」

 

 まぁ、もう少し、その行動力をアプローチ方面とかに回してみろって感じですがね。

 

「ところで、もし仮に堕天使に襲われそうになった場合、彼女は大丈夫なの?」

「ええ。昨日の奴クラスでしたら、イッセーを守りながらでも」

 

 それを聞いた部長は俺のことを興味深そうに見てくる。

 

「そう。あなたたちの力、この目で見てみたいわね」

「機会がありましたら」

 

 なんとなく、そんな機会はすぐにきそうな気がしていた。

 

 

―○●○―

 

 

 俺たちがオカルト研究部に入部してから、一週間が経った。

 今日もイッセーはチラシ配りに、千秋はイッセーの護衛に出ていた。

 

「・・・・・・部長、どうしますか?」

「そうね」

「どうかしたんですか?」

 

 なにやら、部長と塔城が何かで悩んでいた。

 

「実は、小猫に予約契約が二件入ってしまって、両方行くのも少し難しそうなの」

「そういう場合はどうするんですか?」

「こういうときは、他の子が代わりに行ってもらっているんだけど、祐斗も朱乃もちょっと手が離せないのよ」

 

 部長は少しの間考え込むと、何か思いついたような反応をする。

 

「そうね。ちょっと早いかもしれないけど、イッセーに行ってもらおうかしら」

「大丈夫なんですか?」

 

 ベテランである塔城へ来た予約だ。いきなり新人であるイッセーにやらせても大丈夫なのか?

 

「そんなに難しそうなの契約内容じゃないから、デビューにはうってつけよ」

 

 部長がそういうのなら、大丈夫なのか?

 

「配達終わりましたぁ」

 

 噂をすれば、件のイッセーと千秋が帰ってきた。

 

「来たわね。イッセー」

「あ、はい」

「今日はもう一つ仕事があるの」

「仕事?」

「小猫に二件、召喚の予約が入ってしまったの。そこで、片方をイッセーに任せるわ」

「・・・・・・よろしくお願いします」

「ああっ、こちらこそ──ていうことは、ついに俺にも契約が!」

 

 契約デビューってことがあるからか、イッセーはやる気をみなぎらせる。

 

「左手を出して、イッセー」

「あ、はい」

 

 部長に言われ、イッセーが左手を差し出すと、部長がイッセーの手のひらに指先で何かをなぞりだす。

 すると、イッセーの手のひらに紋様ができあがっていた。

 

「刻印よ。グレモリー眷属である証。転移用の魔法陣を通って依頼者のもとへ瞬間移動するためのものよ。そして、契約が終わるとこの部屋に戻してくれるわ」

 

 その他にも、部長は依頼者のもとに到着後の対応などの説明をする。

 そして、その間に副部長が転移用の魔法陣を展開していた。

 

「到着後のマニュアルは大丈夫ね」

「はい!」

「いいお返事ね。じゃあ、行ってきなさい」

「はい! よーし! 野望に一歩前進だぜ!」

 

 意気揚々とイッセーは転移用の魔法陣の上に立つ。

 すると、魔法陣が光りだし、光がイッセーを包んでいく。

 そして、光が止むと、イッセーの姿が消えて──。

 

「──あれ?」

 

 いなかった。

 イッセーは転移しておらず、その場で棒立ちしていた。

 

「・・・・・・部長。たしか、この転移って、そこまで魔力は必要ないはずですよね?」

「ええ。子供でもできることなんだけれどね」

「えっ? 何、どういうこと?」

 

 イッセーは何がなんだかわからないという感じであたふたしていた。

 

「イッセー」

「な、なんだよ?」

「おまえの魔力が子供以下のせいで、魔法陣が反応しないみたいだ」

「えっと・・・・・・つまり・・・・・・?」

「イッセー。あなたはジャンプできないみたい」

「・・・・・・・・・・・・えええええええっ!?」

 

 一拍あけて、イッセーが驚愕の叫びをあげた。

 

「あらあら」

「ふぅ」

「・・・・・・無様」

 

 副部長が残念そうな表情を浮かべ、木場がため息を|吐き、塔城がキツい一言と、他の部員もそれぞれの反応を示して、イッセーに精神的なダメージを与えていた。

 塔城のが一番ダメージデカそうだな?

 そして、依頼者を待たせるわけにはいかないので、チャリで依頼者のもとに向かうという前代未聞なことになった。

 

「クッソー!? どこにチャリで召喚に応じる悪魔がいるってんだあああああっ!?」

 

 ・・・・・・いきなり前途多難だな。

 

 

―○●○―

 

 

 ちくしょう! 魔力がないって、どういうことだよ!? こんなんで俺、爵位なんてもらえるのか!?

 そんなことを内心で嘆きながら、俺はチャリを全速力で漕ぐ。

 

「えっと・・・・・・元気だして、イッセー兄」

 

 チャリの後部に乗っている千秋が慰めて

くれる。

 

「ゴメンな、千秋。俺が不甲斐ないせいで・・・・・・」

 

 チラシ配りのときも、堕天使に襲われないように俺の護衛ってことで、千秋についてきてもらったんだよな。

 俺が魔法陣でジャンプできれば、こんな苦労させないで済んだってのに。

 

「大丈夫だよ、イッセー兄。万が一があったら・・・・・・私はいやだから」

 

 そう言って、千秋は俺を抱く手の力を強める。

 両親の死を目の前で目の当たりして引きこもったことがある千秋にとっては、親しい者の死は本当に耐えられないことなんだろう。

 明日夏から聞いたが、俺が一度死んだことを知ったときは、大変だったらしい。

 どうにかして、千秋を安心させてやりたいが・・・・・・。

 そんなことを考えているうちに、目的地に到着した。

 

「日暮荘──ここだな」

 

 目的地は普通のアパートだった。ここの一室に依頼者がいるらしい。

 

「私も行って大丈夫かな?」

「うーん、どうだろう? 向こうが了承してくれれば、見学くらいならいいんじゃないか?」

 

 部長も千秋がついてくることに特に何も言ってなかったからな。

 とりあえず、依頼者である森沢さんの部屋のドアをノックする。

 

「こんばんは、森沢さん。悪魔グレモリーの使いの者ですが」

 

 ガチャ。

 

「ん?」

 

 ドアが開き、メガネをかけた痩せ型の男性が不審者を見るような顔で出てきた。

 

「あぁ、どうも──」

「──チェンジ」

 

 そう言って、ドアを閉められてしまった!

 

「ちょ、ちょっと待ってください!? 悪魔を召喚したのはあなたでしょう!?」

「玄関を叩く悪魔なんかいるもんか」

「ここにいますけど!」

「ふざけるな。小猫ちゃんはいつだって、このチラシの魔方陣から現れるぞ。だいたい、俺が呼んだのは小猫ちゃんだ。とっとと帰れ」

「お、俺だって・・・・・・出られるものならそうしたかったさ! 何が悲しくて深夜にチャリなんかとばしてぇ・・・・・・ううぅぅぅぅぅ・・・・・・」

 

 俺は悲しさから、その場で泣き崩れてしまう。

 

「・・・・・・しょうがないなぁ」

 

 森沢さんはそんな俺を見て同情してくれたのか、中に入れてくれることになった。

 

「ところで──そっちの子は?」

 

 森沢さんは千秋のほうを見ながら訊いてくる。

 

「あぁ、この子は千秋って名前で、悪魔じゃないです。俺の幼馴染みで、見学として来ました」

 

 俺がそう説明すると、森沢さんはギラっと視線を鋭くして睨んできた!

 

「ちょっと待て・・・・・・キミいまなんて言った?」

「えっ・・・・・・見学として来ました・・・・・・?」

「その前だ!」

「悪魔じゃない・・・・・・?」

「そのあと!」

「・・・・・・俺の幼馴染み・・・・・・?」

「そう、それだ! こんなかわいい幼馴染みがいるとか!? 羨ましすぎるぞ、この野郎!」

 

 いきなりそんなこと言われましても!

 

「よし。この子だけ残って、キミは帰ってよし!」

「いや! だから、千秋は悪魔じゃないですから! 悪魔の俺がいなきゃ、意味ないでしょう!?」

「うるさい! 屋根伝いで部屋を行き来したり、朝起こしてもらったりなんてしてるんだろ!?」

「いや、家は向かいなんで、屋根伝いで部屋を行き来したりはできませんよ。──まぁ、たまに朝起こしてもらったりはしてますけど・・・・・・」

「死ね! リア充!」

 

 それから、俺と森沢さんは千秋のことでしばらく言い争いを始めてしまうのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 森沢さんとの口論が終わり、俺と千秋は森沢さんにお茶を出してもらっていた。

 

「あ、すいません」

「どうも」

 

 とりあえず、出してもらったお茶をひとすすり。

 

「で? キミも悪魔なら、特技はあるんだろ? とりあえず、見せてくれよ」

 

 ・・・・・・悪魔としての特技かぁ・・・・・・なんもないんですけど。

 

「・・・・・・あのぉ、ちなみに小猫ちゃんは一体どんな技を?」

「あぁ──」

 

 すると、森沢さんは何かを取り出して言う。

 

「コスプレでお姫様抱っこだ!」

 

 そう言って取り出したのは、昨今話題のアニメ、『暑宮アキノ』の登場人物である短門キユの制服だった。

 なるほど。たしかに小猫ちゃんは短門キユに似ているところがあるから、似合うだろうな。

 

「──て、そんなの、悪魔じゃなくたって」

 

 わざわざ、悪魔に頼んでまですることなのか?

 

「ふん、あんな小さな女の子がお姫様抱っこしてくれるなんて、悪魔以外ありえないだろ!」

 

 はぁ、そりゃそうですけど──て、え? してくれる?

 俺の脳内でコスプレした小猫ちゃんがだいの大人である森沢さんをお姫様抱っこしている光景が浮かぶ。・・・・・・なんともシュールな絵だ。

 

「で、キミの特技は?」

「あぁ、えーと・・・・・・」

 

 俺はその場で立ち上がる。

 

「ドォォラァァゴォォォォン波ァァァァァッ! ・・・・・・・・・・・・すいません、まだ何もできないんです・・・・・・」

 

 ヤケクソでドラゴン波の真似をするが、当然ドラゴン波など出るはずもなく、素直に何もできないことを打ち明ける。

 

「ドラグ・ソボールか」

「え?」

「フン。キミの歳じゃ、所詮再放送組だな? 僕なんか直撃世代だぜ!」

 

 森沢さんが立ち上がると、部屋の一画にあるカーテンを開ける。

 

「見ろ! 全部初版本だよ!」

 

 開けたカーテンの先には、ドラグ・ソボールのコミック全巻が並べられた本棚があった!

 それを見た俺は、対抗意識を燃やす!

 

「ちょ、直撃だからなんだってんですか!」

「何!?」

「俺だって全巻特装版持ってんすよ!」

「ぷっ。貴様にはわかるまい。毎週水曜放送の翌日、アルティメット豪気玉を作るため、友人たちと地球上の豪気を集めた熱い日々を!」

「俺だって悪友たちと公園で『気で探るかくれんぼ』くらいやったつうの! いまでも主人公の空孫悟、世界最強って信じてるっスよ!」

「僕はゼルが最強だと思うがなっ!」

「おぉ、それもある意味アリですね!」

「だろぉ!」

「でも、やっぱ空孫悟、ドラゴン波っスよっ!」

 

 森沢さんはおもむろに、本棚からドラグ・ソボールのコミックを数冊取り出し、テーブルの上に置く。

 

「フッ。語るかい?」

「語りますか」

 

 それから、森沢さんとドラグ・ソボールについて熱く語り合った。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・はぁ、結局、契約も取れず、熱くドラグ・ソボール談義をしただけ・・・・・・何やってんだ、俺・・・・・・」

 

 もうこれ以上ないくらい、森沢さんと熱く語ったが、それに熱中するあまり、契約を取ることをすっかり忘れてしまった。・・・・・・ホント、何やってんだ、俺・・・・・・。

 

「でも、楽しそうだったよ? イッセー兄も森沢さんも」

「まぁ、楽しかったけどさ・・・・・・やっぱ、契約を取ってなんぼだろ? 悪魔ならさ」

 

 千秋とそんな感じの会話をしながら、チャリを押して部室に戻っていると──。

 

「っ!?」

 

 突然、妙な悪寒を感じた!

 

「・・・・・・イッセー兄」

 

 どうやら、千秋も何か感じているみたいだった。

 この感じ、あいつだ! あいつと同じ!? あのドーナシークと名乗っていた堕天使と会ったときと同じ感じだった!

 すると、千秋が後ろのほうに振り向いていた。俺も振り向いてみると──。

 

 コツコツ。

 

 スーツを着た女性がこちらに歩み寄ってきていた。

 

「──妙だな? 人違いではなさそうだ。足跡を消すよう命じられたのは、このカラワーナだからな。まことに妙だ──」

 

 カラワーナと名乗った女性はブツブツと何かを言っている。

 この感じ・・・・・・まさか、この女も!?

 

「なぜ貴様は生きている?」

 

 そう言った女性の背中から、夕麻ちゃんやあの男と同じ翼が生えた!

 堕天使ッ!

 

「貴様はあのお方が殺したはずだ!」

 

 そう言うと、いきなり光の槍を投げつけてきた!

 

「イッセー兄!」

「うわっ!?」

 

 光の槍が俺を貫こうとした瞬間、飛びかかってきた千秋によって押し倒される! おかげで、光の槍には当たらずに済んだ。

 

「イッセー兄、下がってて!」

 

 千秋が俺を守るように前に躍り出る。

 

「貴様はたしか、あのお方が仰っていた男の妹・・・・・・それに、そいつから感じる気配──そうか、ドーナシークがはぐれと間違えたのは貴様か。まさか、グレモリー家の眷属になっていたとは。ならば、ますます生かしてはおけぬ!」

 

 そう言うと、堕天使は光の槍を手にこちらを睨んでくる!

 

「・・・・・・やらせない!」

 

 そう言うと同時に千秋は飛び出していた。

 

「フン。邪魔だてをするのなら容赦はせん!」

 

 堕天使は千秋に向けて光の槍を投げつけるが、千秋はその槍を横に少し動いただけで避けてしまう。

 

「何!? チッ!」

 

 舌打ちした堕天使が翼を羽ばたかせて飛び上がる。

 

「逃がさない!」

 

 それを千秋はその場から塀、屋根へと飛び乗り、さらに屋根から堕天使の頭上に飛び上がる!

 そのまま、千秋は堕天使の頭目掛けてオーバーヘッドキックのように蹴りを繰り出す!

 

「ぐっ!?」

 

 堕天使は腕を交差させて千秋の蹴りを防ぐが、千秋はそのまま堕天使を地面へと蹴り落としてしまう。

 千秋は地面に着地すると同時に後ろに飛んで堕天使から距離を取る。

 

「・・・・・・グッ・・・・・・貴様っ・・・・・・!」

「──ねぇ──」

 

 睨んでくる堕天使に千秋は低い声音で訊く。

 

「──あなたが言うあのお方って──天野夕麻のこと?」

 

 ッ!? そういえば、あの堕天使は俺のことを知っているようだった。「足跡を消すよう命じられた」と言っていた。てことは、堕天使が言うあのお方ってのは、千秋の言うように夕麻ちゃんの可能性が大きいということになる。

 

「天野夕麻? あぁ、あのお方の偽名か。だとしたら、どうだと言うんだ?」

 

 堕天使はあのお方ってのが、夕麻ちゃんであるということを認めた!

 刹那──。

 

 ゾワッ。

 

「「っ!?」」

 

 千秋からとてつもないプレッシャーを感じてしまう!

 間違いない。これは殺気ってやつだ! 千秋からあの堕天使へと殺気が向けられているのだ。

 

「フン。大した殺気だな? だが、所詮は人間。先程は不覚を取ったが、私の敵ではない!」

 

 堕天使は光の槍を手に飛び出し、千秋に向けて槍を振るう!

 だけど、槍が千秋を捉えることはなかった。

 

「何っ──がっ!?」

 

 千秋は宙返りで槍を避け、さらに、そのまま堕天使の顎を蹴り上げてしまう!

 

「ハァァッ!」

 

 蹴り上げた堕天使の鳩尾に千秋の鋭い回し蹴りが打ち込まれる!

 鈍い音が鳴り、堕天使は叫び声もあげられずに後方へと吹き飛んでいった。

 

「くっ・・・・・・ここは一時引くか。貴様が生きていることを、まずはあのお方に報告せねばなるまい!」

 

 堕天使はそう言うと、この場から飛び去っていった。

 

「ふぅ」

 

 千秋は息を吐くと、俺のもとまで走り寄ってくる。

 

「イッセー兄、怪我はない?」

「あ、ああ。俺は平気だ。千秋は?」

「私も大丈夫だよ」

 

 お互い、怪我はないようだ。

 

「助かったよ、本当。千秋がいなかったら、俺・・・・・・また死んでたかもしれなかったよ······」

 

 ・・・・・・本当、そう思うとゾッとするぜ・・・・・・。

 ・・・・・・にしても、俺、ホントなんもできなかったな。明日夏や千秋に守られてばっかりだ。

 

「イッセー兄。何もできなかったことは仕方ないよ。イッセー兄は私や明日夏兄と違って、つい最近までこんなこととは無縁の世界にいたんだから」

 

 たしかにそうだけど・・・・・・それでも。ましてや、男が女の子の後ろでビクビクするとか論外だろ。

 自分の不甲斐なさに打ちひしがれていると、千秋が俺の手を取る。

 

「イッセー兄」

 

 千秋が俺の手をやさしく握ってくれる。

 

「イッセー兄ならきっと強くなれるよ」

「俺がか?」

「うん」

 

 千秋はやさしそうな笑顔を浮かべる。

 俺は思わず、その微笑みにドキッとして見とれてしまう。

 その笑顔からは、千秋は俺が強くなれることを心から信じているみたいだった。

 そうだよな。クヨクヨしてたって始まらないよな。

 女の子──それも幼馴染みにここまで想われているのなら、応えてやらないと男が廃るってもんだ!

 それに、少しでも強くなれば、千秋も安心してくれるかもしれないしな。

 

「ありがとうな、千秋。俺、強くなるぜ! 今度は千秋を守れるようにな!」

「うん!」

 

 よし。とりあえず、堕天使に襲われたことを部長に報告したほうがいいよな。

 また襲われてもあれだし、千秋を後ろに乗せて、俺は部室に向けてチャリを全力疾走をさせるのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 それにしても、強くなるって決めたのはいいけど、どうしたもんかなぁ?

 鍛えてもらえるように明日夏に頼んでみるとか?

 

「イッセー兄」

「ん、なんだ?」

「強くなるって言ってたけど──もしかして、明日夏兄に鍛えてもらおうなんて考えてる?」

「うーん、まぁ、方法のひとつとしては考えてるかな」

「・・・・・・明日夏兄、たぶん、スパルタだと思うよ」

「・・・・・・あ、やっぱりか」

 

 明日夏ってなんとなく、スパルタって雰囲気がありそうだったんだよな。

 なんやかんやで、自分とそういうところには厳しいところがあるし。

 ・・・・・・でも、もし頼むときが来たら・・・・・・できる限り、お手柔らかにしてくれるように頼もう・・・・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 駒の特性

 朝、俺はいつも通り、千秋と二人で登校していた。

 

「・・・・・・あー、昨夜(ゆうべ)はマズったなぁ・・・・・・」

 

 魔法陣でジャンプできなかった、契約は取れなかった、堕天使と遭遇しちまうと、昨夜(ゆうべ)は色々とやらかしてしまった。

 堕天使のことを部長に報告したら──。

 

『困ったことをしてくれたわ。あなたが死んでおらず、あろうことか悪魔として生き返ってしまったことを堕天使側に知られてしまうなんて。まぁ、堕天使と接触したのは事故だから仕方ないわね』

 

 少し怒り気味でそう言われてしまった。

 

「部長はイッセー兄のことが本当に心配だから、あんなふうにキツくなっちゃったんだよ」

 

 それはなんとなくわかるんだけど。

 部長を含めたグレモリー一族は身内や眷属への情愛が深いって、明日夏も言ってたからな。

 それでもなぁ・・・・・・はぁ、部長、まだ怒ってたらどうすっかなぁ・・・・・・?

 

「はわう!」

「ん?」

「?」

 

 突然、後方から声が聞こえると同時にボスンと路面に何かが転がるような音がする。

 振り向くと、そこにはシスターが転がっていた。

 手を大きく広げ、顔面から路面に突っ伏した、なんともマヌケな転び方をしていた。しかも、パンツ丸出しだよ!

 ついつい、シスターのパンツをガン見してしまう!

 

「・・・・・・イッセー兄」

 

 千秋にジト目で呼ばれ、俺は慌ててシスターに駆け寄って手を差し出した。

 

「だ、大丈夫っスか?」

「あうぅ。なんで転んでしまうんでしょうか・・・・・・ああ、すみません。ありがとうございますぅぅ」

 

 シスターが俺の手を掴むと、手を引いて起き上がらせる。

 

 ふわっ。

 

 それと同時に、シスターのヴェールが風に飛ばされ、シスターの素顔が露になる。

 ──か、かわいい。

 俺は一瞬心を奪われていた。

 金髪の美少女。グリーン色の双眸はあまりにもに綺麗で引き込まれそうだった。

 

「あ、あの・・・・・・」

「ああ、ごめん!」

 

 俺がシスターに見惚れて、いつまでも手を握っていたからか、シスターが戸惑いの声をあげる。それを聞いた俺は慌てて手を離す。

 

「これ」

「あっ、ありがとうございます」

 

 千秋(なぜか、少し不機嫌そうだった)が風に飛ばされたヴェールをシスターに手渡す。

 にしても、かわいい! まさに俺の理想の女子・バージョン金髪美少女!

 

「あのぉ・・・・・・」

 

 シスターがなんか、もじもじしながら何かを言い淀んでいた。

 やがて、言い淀んでいた言葉を口にする。

 

「・・・・・・道に・・・・・・道に迷って、困っているんです」

 

 

―○●○―

 

 

 俺と千秋は道に迷ったと言うシスターに道案内をしてあげていた。

 

「旅行?」

「いえ、違うんです。この町の教会に赴任することになりまして」

 

 人事異動みたいなもんか? 教会も大変だねぇ。

 

「言葉が通じる親切な方々に会えてよかったぁ。これも主のお導きですね」

 

 道行く人に道を訊こうにも、日本語がしゃべれず、言葉が通じなかったみたいだ。

 俺がシスターと会話できるのは、悪魔の持つ『言語』の力によるものだ。

 俺が話す言葉を聞く人は聞き慣れた言語として変換されて聞こえるみたいだ。逆に俺が聞くすべての言語の言葉は日本語に変換されて聞こえる。

 ちなみに、千秋はちゃんとシスターの話す言語で会話している。

 話すだけなら、明日夏と千秋は英語や中国語などのメジャーな言語を話すことができるみたいだ。

 それにしても、シスターの胸元で光っているロザリオを見ていると最大級の拒否反応を覚えてしまう。

 悪魔は聖なるもの──例えば十字架なんかには触れることはできない。

 チラッと見ただけでこの反応だからなぁ。

 

「うわぁぁぁぁん!」

 

 道中にある公園の前を横切ろうとしたら、公園から子供の泣き声が聞こえてきた。

 見ると、膝にケガをした子供がいた。

 転んじゃったのか?

 すると、シスターが子供のそばまで駆け寄る。

 

「男の子ならこのくらいのケガで泣いてはダメですよ」

 

 シスターは子供の頭をなでながら言うと、子供のケガした膝に手を当てる。

 次の瞬間、シスターの両手の中指に指輪みたいなのが現れ、淡い緑色の光を発した!

 そして、光に照らされた子供の膝から傷が消えていく。

 

「っ!」

 

 その光景を見た瞬間に左腕が疼き出した!

 千秋が心配そうに小声で話しかけてくる。

 

(・・・・・・イッセー兄、大丈夫?)

(・・・・・・ああ。ちょっと疼いただけだ。それよりも千秋、あれって・・・・・・)

(うん。神器(セイクリッド・ギア)で間違いないよ)

 

 てことは、この疼きは俺の神器(セイクリッド・ギア)が彼女の神器(セイクリッド・ギア)に共鳴してるってことか?

 

「はい、傷はなくなりましたよ。もう大丈夫」

 

 シスターは子供の頭をひとなですると、俺たちのほうへ顔を向ける。

 

「すみません。つい」

 

 彼女は舌を出して、小さく笑う。

 

「ありがとう! お姉ちゃん!」

 

 子供は笑顔でシスターにお礼を言うと、元気よく走っていった。

 

「『ありがとう! お姉ちゃん!』だってさ」

 

 俺が通訳すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 それから、俺たちは再び歩き出す。

 

「驚いたでしょう?」

「いやぁ、ははは。キミ、すごい力持ってるんだねぇ?」

「神さまからいただいた素晴らしい力です・・・・・・そう、素晴らしい・・・・・・」

 

彼女は微笑みながら言うけど、その笑みはどこか寂しげだった。

 何かあるのかもしれないけど、深く追求しちゃダメだよな。

 

「あっ、あそこですね?」

 

 しばらく歩いていると、目的地である教会が見えてきた。

 

「ああ。この町の教会っていったら、あそこだけだから」

「よかったぁ! 本当に助かりました!」

 

 シスターがお礼を言ってくるけど、俺はそれどころじゃなかった。

 

 ゾクッ!

 

 教会が見えてきたあたりから、ずっと悪寒が体中を走っていた! いやな汗もかなりかいてる!

 悪寒の原因は当然、悪魔である俺が教会に近づいたからだろうな。神さまとか天使に関係する教会なんて、敵地もいいところだからな。

 部長にも神社や教会には近づかないようにって強く言われたしな。

 

「是非お礼がしたいので、ご一緒に来ていただけませんか?」

「い、いや、ちょっと用事があるんで!」

「・・・・・・学校もあるし」

「・・・・・・そうですか。分かりました。また今度、お礼をさせてください。あ、私、アーシア・アルジェントと申します。アーシアと呼んでください」

 

 そういえば、まだ自己紹介してなかったな。

 

「俺、兵藤一誠。イッセーでいいよ」

「私は士騎千秋。私も名前でいいよ」

「イッセーさん、千秋さんですね。日本に来て、すぐにお二人のような親切でやさしい方々と出会えて、私は幸せです!」

 

 結構大袈裟だなぁ、この子。

 

「是非ともお時間があるときに教会までおいでください! 約束ですよ!」

「えっ、ああ、うん。わかった。じゃあ、また」

「はい! またお会いしましょう!」

 

 俺と千秋はそこでアーシアと別れ、学校に向かうのだった。

 アーシアは俺たちの姿が見えなくなるまで笑顔で手を振っていた。

 本当にいい子なんだなぁ。

 

 

―○●○―

 

 

「二度と教会に近づいてはダメよ」

 

 夜の部室にて、イッセーは部長に厳しく叱られていた。理由は悪魔であるイッセーが教会に近づいたからだ。そのイッセーが教会に近づいた理由は、道に迷っていたシスターを送り届けるためらしい。

 

「教会は私たち悪魔にとって敵地。踏み込めば、それだけで神側と悪魔側で問題になるの。いつ光の槍が飛んでくるのかわからなかったのよ?」

「マ、マジですか?」

 

 それを知って、イッセーは身震いをする。

 

「千秋もどうして、イッセーを教会に近づけるようなマネをしたのよ!」

「すみません。でも、もし他にも教会関係者が近くにいるかもしれないと思ったら、あそこでイッセー兄を一人にするのは危険だと思ったので・・・・・・杞憂でしたけど・・・・・・」

 

 なるほど。なんで千秋がイッセーの身を危険に晒すかもしれない教会に近づくのをよしとしたのか気になったが、そういうことか。

 まぁ、確かに、仮にそのシスターを迎えに来た教会関係者が近くにいたら、イッセーを一人にした瞬間に悪魔祓いをされてたかもしれないからな。

 

「まったく。いいこと、イッセー。教会の者と一緒にいることは死と隣り合わせと同義。とくに教会に属する悪魔祓い(エクソシスト)には神器(セイクリッド・ギア)の使い手だっているんだから。イッセー。悪魔祓いを受けた悪魔は完全に消滅するの。無、何もなく、何も感じず、何もできない。それがどれだけのことか、あなたにはわかる?」

「・・・・・・い、いえ・・・・・・」

「ゴメンなさい。熱くなりすぎたわ。とにかく、今後は気をつけてちょうだい」

「はい」

 

 それにしても、イッセーがシスターを案内した教会ってのは、あそこにあるやつのことだよな。このへんの教会っていったら、あそこだけだからな。

 だが、あの教会は確か、廃棄されたやつのはず。──そういえば、イッセーを襲った堕天使。もし、あの教会を堕天使が根城にしているのだとすると、そのシスターは教会を追放された者。

 そう考えれば、あの教会にシスターが赴任するっていうのも辻褄が合う。

 だが、腑に落ちないことがある。なんで堕天使は部長の管理するこの町に居座る?

 堕天使がこの町にいるのは、イッセー以外に別の目的がありそうだな。

 

「あらあら。お説教は終わりましたか?」

 

 いつの間にか、副部長がイッセーの背後にいた。

 

「朱乃。どうしたの?」

「さきほど、大公より連絡が」

「大公から?」

「この町でまたはぐれ悪魔が見つかったそうですわ」

 

 

―○●○―

 

 

 明日夏が討伐したのと別のはぐれ悪魔がこの町で見つかり、それを討伐するよう、上級の悪魔から部長に届けられた。

 現在、俺を含めたオカルト研究部のメンバーは、町はずれの廃屋の近くまで来ていた。この廃屋にはぐれ悪魔がいるらしい。

 ちなみに、同行メンバーには明日夏と千秋もいる。

 千秋が俺の身を案じて同行を部長に頼み、部長がそれを了承してくれたからだ。

 朱乃さんがはぐれ悪魔について教えてくれる。

 

「この先の廃屋で誘き寄せた人間を食べていると報告がありまして」

「た、食べ・・・・・・ッ!?」

「それを討伐するのが、今夜のお仕事ですわ」

 

 聞くと、明日夏が倒したはぐれ悪魔も同じことをやろうとしていたけど、運悪く、最初の標的に明日夏を選んでしまったがために、明日夏によって討伐されたみたいだ。

 

「主を持たず、悪魔の力を無制限に使うことがいかに醜悪な結果をもたらすか」

「んん? どういう意味だ、木場?」

「ようは醜いバケモノになるってことだ。俺が討伐した奴もそういえる存在だった」

 

 バケモノ、か・・・・・・確かに、やってることはバケモノの所業かもな。

 

「イッセー」

「あっ、はい、部長」

「あなた、チェスはわかる?」

「チェスって、ボードゲームのあれですか?」

「主の私が『(キング)』で、『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』、『兵士(ポーン)』、爵位を持った悪魔は、この駒の特性を自分の下僕に与えているの」

 

 駒の特性?

 

「私たちはこれを『悪魔の駒(イービル・ピース)』と呼んでいるわ」

「なんでわざわざ、そんなことを?」

「これから見せてあげるわ。とにかく今夜は、悪魔の戦いというものをよく見ておきなさい」

「は、はい」

 

 部長の話を聞いているうちに、廃屋に着いた。

 

「・・・・・・血の臭い」

 

 中に入ると、小猫ちゃんが袖で鼻を覆いながら呟いた。

 

「・・・・・・来たな」

 

 今度は明日夏が呟くと、室内に低い声音が響いた。

 

「不味そうな匂いがするわぁ。でも、美味しそうな匂いもするわぁ。甘いのかしらぁ? 苦いのかしらぁ?」

「おっぱい!」

 

 思わず叫んでしまった。だって見えたんだもん。

 暗がりからゆっくり姿を現したのは──上半身が裸の女性だった!

 かなりの美人だ。そして何より、おっぱいがまるみえ! しかも、かなり大きい!

 その見事な大きさの生乳をついついガン見してしまう!

 ──でも、なんで浮いてるんだ?

 なぜか、女性が浮いており、下半身のほうが暗闇に隠れてよく見えなかった。

 

「はぐれ悪魔バイサー。主のもとを逃げ、その欲求を満たすために暴れ回る不逞の輩。その罪、万死に値するわ。グレモリー公爵の名において、あなたを吹き飛ばしてあげる!」

 

 部長が啖呵を切るが、はぐれ悪魔バイサーは余裕の表情だった。

 

「こざかしい小娘だこと。その紅い髪のように、あなたの身を鮮血で染めてあげましょうかぁ!」

 

 バイサーは自分の胸を揉みしだきながら言う。

 

「雑魚ほど洒落の効いたセリフを吐くものね」

 

 バイサーの余裕に対して、部長は冷静に鼻で笑うだけだった。

 一方、俺は未だにバイサーの胸をガン見してました。

 

「こ、これがはぐれ悪魔・・・・・・ただの見せたがりのお姉さんにしかぁ──」

「・・・・・・イッセー。鼻の下を伸ばすのは奴の全体を見てからにしたらどうだ?」

 

 明日夏がそんな言ってくるが、どういうことだ?

 そして、バイサーの下半身をよく見てみると、暗がりからようやく隠れていた下半身が現れた。けど──。

 

「なぁっ!?」

 

 俺はバイサーの下半身を見て驚愕する。

 なんせ、その下半身は巨大な腕と足の四足歩行のバケモノとしか言いようがないものだった。蛇の尾があり、独立して動いていた。

 

「さっき木場が言ってただろ? 『醜悪な結果をもたらす』って。あれがその結果だ」

 

 あ、あんないいおっぱいなのに、もったいない!

 

「あれ? あれ・・・・・・魔法陣じゃね!?」

 

 バイサーが揉みしだいている胸を凝視していると、魔方陣が浮かんでいた!

 そして、魔法陣から魔力が撃ち出された!

 

「うわっ!?」

 

 バイサーの攻撃に対して皆がとっくに回避行動を取るなか、俺はボーッと突っ立ってしまっていたが、明日夏のおかげで事なきを得た。

 

 ジュゥゥゥ。

 

 バイサーの魔力が当たった場所が音をたてて溶けていた!

 

「ヒェェッ! 確かにバケモノだわ!」

「油断しちゃダメよ。祐斗!」

「はい!」

 

 部長の命を受けて、木場が飛びだした。

 速い! なんて速さだ! 速すぎて見えないくらいだ!

 部長が『悪魔の駒(イービル・ピース)』の説明を再開してくれる。

 

「祐斗の役割は『騎士(ナイト)』。特性はスピード。そして、その最大の武器は剣」

 

 部長が説明しているうちに、木場がバイサーの懐に現れたと思った瞬間、バイサーの巨大な腕が斬り落とされていた!

 

「ウギャアアアアアアアアアアアッッ!?」

 

 腕を斬られたバイサーの悲鳴がこだまする。

 そんな悲鳴をあげるバイサーに、小柄な人影が近づいていく。小猫ちゃんだ!

 それを見たバイサーは顔を醜く変形させ、胴体が縦に裂けて、牙が生えた大きな口が現れた!

 

「危ない! 小猫ちゃん!」

「死ねえええええええッ!」

 

 バイサーはそのまま倒れ込むように小猫ちゃんに襲いかかり、なんと、小猫ちゃんはそのまま巨大な口に飲み込まれてしまった!

 

「大丈夫」

「え?」

 

 部長に大丈夫と言われ、バイサーのほうを見る。

 

「フッフフフフフ、アッハハハハハ──っ!?」

 

 バイサーは勝ち誇ったかのように笑い声をあげていたが、その顔が驚愕に染まる。

 バイサーの巨大な口がこじ開けられたからだ。

 そこには、服はボロボロだけどまったくの無傷の小猫ちゃんがいた。

 

「小猫は『戦車(ルーク)』よ。その特性はシンプル。バカげた力と防御力。あの程度じゃ、ビクともしないわ」

「・・・・・・ぶっ飛べ!」

 

 小猫ちゃんはそのまま、体を捻るように口から出ると、強烈な右フックで牙を砕きながらバイサーを吹っ飛ばした!

 ・・・・・・小猫ちゃんには、逆らわないようにしよう。小突かれただけでも死んじゃいそうだ。

 

「朱乃」

「はい、部長。あらあら、どうしようかしらぁ? うふふ」

 

 部長に命じられた朱乃さんはいつものニコニコフェイスでバイサーに近寄っていく。

 なぜだろう。いまはその笑顔がこわい。

 すると、部長の後方で、さっき木場が斬り落としたバイサーの両腕の片方が、ぴくりと動いた! そして、跳ねるように飛んで部長へと襲いかかる!

 

「部長!」

 

 反射的に俺は神器(セイクリッド・ギア)を出して、部長に襲いかかろうとしていたバイサーの腕を殴り飛ばしていた。

 

「あ、ありがとう・・・・・・」

 

 尻もちをついた部長から呆けたように礼を言われ、思わず少し照れてしまう。

 

「あぁ、いえ。体が勝手にっていうかぁ──」

「イッセー!」

「ッ!?」

 

 そこへ、バイサーの腕は再び動き出して、今度は俺のほうに襲いかかってきた!

 

 ドスッ!

 

 俺が身構えた瞬間、バイサーの腕は矢みたいなものによって空中から撃ち抜かれた!

 

「イッセー兄、大丈夫!」

 

 俺の横に千秋が空中から降りてきた。

 その手には弓みたいなものが握られている。それで空中からあの腕を撃ち抜いたのか。

 バイサーの腕は矢で打ちつけられた状態で未だに動こうとしていた。

 そんな腕に千秋は近寄り、至近距離で矢を射る!

 バイサーの腕はそれで今度こそ動かなくなった。

 

「て、そうだ! 腕はもう一本──」

 

 慌てて、もう片方の腕のほうを見ると──。

 

「こっちなら、心配いらねぇよ」

 

 バイサーの腕は明日夏に踏みつけられていて、もがいていた。

 その明日夏の手には、刀のようなものとその刀の鞘らしきものが握られていた。

 

 ザシュッ!

 

 明日夏はもがく腕に刀を突き刺した!

 それにより、こちらの腕も動かなくなった。

 それを確認した明日夏は、刀を腕から抜き、刀身についた血を振り払ってから鞘に収めた。

 明日夏も千秋も、こんな動くバケモノの腕を見ても、まったく動じずにあっさりと対処してのけた。

 これが俺の知らなかった賞金稼ぎ(バウンティハンター)としての二人の姿か。

 

「朱乃」

 

 いつの間にか立ち上がっていた部長が朱乃さんへと命を下した。

 

「あらあら、おイタをするイケナイ子は、お仕置きですわね」

 

 そう言う朱乃さんの手から、(いかずち)が迸っていた!

 

「彼女は『女王(クイーン)』。他の子の全ての力を兼ね備えた、無敵の副部長よ」

「ぐぅぅぅぅっ・・・・・・」

 

 部長が説明しているなか、バイサーは弱りながらも、朱乃さんを睨みつける。

 朱乃さんはそれを見て、不敵な笑みを浮かべた。

 

「あらあら、まだ元気そうね? なら、これはどうでしょう?」

 

 朱乃さんが天に向かって、手を翳す。

 

 カッ!

 

 刹那、屋内が強く照らされ、バイサーに雷が落ちた!

 

「があああああああああああっっ!?」

 

 バイサーの凄まじい叫び声が屋内に響く中、部長は平然と説明を続ける。

 

「魔力を使った攻撃が得意なの。その上、彼女は究極のSよ」

 

 S!? 究極のSですか!?

 

「あらあら、まだ元気そう? どこまで耐えられるかしらぁ?」

「ぎゃぁぁぁあああああああああああっっ!?」

「うふふふふふふふ!」

 

 わ、笑ってる。(いかずち)で苦しんでるバイサーを見て、心底楽しんじゃってるよ、あのヒト!

 明日夏と千秋もドン引きしてるし!

 

「朱乃。それくらいにしておきなさい」

 

 部長の言葉を聞いて、ようやく、朱乃さんが(いかずち)による攻撃をやめた。

 

「もうおしまいなんて。ちょっと残念ですわね。うふふ」

 

 うわぁ。朱乃さん、全然物足りなさそうな顔をしているよ。部長が止めなかったら、まだまだ続いてたんだろうなぁ。

 部長がもはや虫の息のバイサーに歩み寄る。

 

「最後に言い残すことはあるかしら?」

「・・・・・・・・・・・・殺せ・・・・・・」

「そう。なら──消し飛びなさい」

 

 ドンッ!

 

 部長の手のひらからドス黒い魔力の塊が撃ち出され、バイサーの巨体以上の大きさの塊がバイサーを覆う!

 

「チェックメイト」

 

 魔力が宙へと消えた瞬間、バイサーの姿はそこにはなかった。

 部長が言った通り、消し飛んだようだ。

 

「終わったわ。さあ、帰るわよ」

「「「はい、部長」」」

 

 部長の言葉に、部員の皆もにこやかに返事をする。返事をしていないのは、さっきの部長の魔力を見て呆気にとられている俺や明日夏に千秋だけだった。

 と、そうだ。

 

「あ、あの、部長」

 

 『悪魔の駒(イービル・ピース)』のことを聞いて、部長に訊きたいことがあったんだった。

 

「なあに?」

「それで、俺は? 俺の駒っていうのか、下僕として役割はなんなんですか?」

 

 ただ、正直このときいやな答えを予感していた。

 

「『兵士(ポーン)』よ」

「『兵士(ポーン)』って・・・・・・あの・・・・・・」

「そう。イッセー。あなたは『兵士(ポーン)』」

 

 『兵士(ポーン)』・・・・・・一番下っ端のあれぇぇぇっ!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)

 深夜、俺はチャリをとばして、依頼者のもとへ向かっていた。

 

 ──小猫の召喚がまた重なってしまったの。今夜一件お願いできるかしら?

 

 ていうことで、また小猫ちゃんへの契約が重なったので、片方を俺が行くことになった。

 

「それにしても、『兵士(ポーン)』かぁ・・・・・・」

 

 下僕を持つには、上級悪魔にならなければならない。

 最初から上級悪魔な部長と違って、俺たち転生者は力を認められ、昇格しなきゃならない。──だが、俺は『兵士(ポーン)』。最弱の駒。・・・・・・捨て駒じゃねぇか・・・・・・。

 はぁ・・・・・・ハーレム王への道は遠いなぁ。

 内心でため息を吐いていると、隣で走って俺と並走する明日夏が言う。

 

「『兵士(ポーン)』も別に悪いポジションじゃないと思うぞ」

 

 いつものように、俺の身を案じてくれた千秋が俺の護衛につこうとしてくれたんだけど、「毎回毎回やってたら、身がもたねぇぞ」ということで、今回は明日夏が護衛についてくれることになった。

 本人的には、こうしてチャリで移動する俺と並走することで、ついでで鍛錬になるそうだ。

 

「『兵士(ポーン)』には『プロモーション』ってのがあるんだ」

「プロモーション?」

「ああ。実際のチェスでもある相手の陣地に入った瞬間から、『(キング)』以外の駒に昇格できる『兵士(ポーン)』の特性だ。相手の陣地ってのは、この場合、部長が敵地の重要な場所と認定した場所だな。例えば、昨夜(ゆうべ)の廃屋で部長が許可を出せば、おまえは『騎士(ナイト)』にでも『戦車(ルーク)』にでもなれるってわけだ」

 

 へぇー、『兵士(ポーン)』にそんな特性があったのか。

 でも、プロモーションできないと、結局は最弱の駒のままじゃねぇか。

 やっぱり、ハーレム王の道は遠いなぁ・・・・・・。

 そうこうしていると、依頼者が住んでる場所に到着した。

 森沢さんのときとは違い、普通の一軒家だった。

 

「俺は外で待ってる」

「えっ、いいのか?」

「ああ。少し休憩がてらに夜風に当たりたいしな」

「ああ。わかった」

 

 明日夏には外で待ってもらうことになり、俺は依頼者の家のインターホンを鳴らす。

 けど、反応がなかった。

 

「ん?」

 

 扉に手を掛けると、鍵がかかってなかった。

 開けっ放しなんて、物騒だなぁ。

 奥のほうを見ると、電気はついておらず、淡い灯りが漏れている一室があった。

 

「ちわーっス。グレモリーさまの使いの悪魔ですけど」

 

 呼んでみるけど、返事がない。

 

「依頼者の方は──ッ!?」

 

 中へ足を踏み入れた瞬間、なんか、いやな感じがした!

 

「・・・・・・いらっしゃいますかぁ?」

 

 もう一回呼んでみるけど、やっぱり返事がない。

 ・・・・・・なんだ? それに、このいやな感じも?

 正直、もう帰りたくなってきた。

 でも、脳内に夕方部長に言われたことが思い出される。

 

 ──今度こそ、必ず契約を取ってくるのよ。私の期待を裏切らないで。

 

 このまま帰ったら、いよいよ部長に合わせる顔がねえし、俺は意を決して、依頼者の家の中に入る。

 

「お邪魔しますよ」

 

 灯りが漏れている部屋のほうに進んでいく。

 この灯り、ロウソクかなんかか? 雰囲気でも作ってんのかねぇ?

 

「すいませーん──うぉわっ!?」

 

 部屋の中に入ったところで、何か液体みたいなものを踏んでしまい、靴下が濡れてしまった。

 

「なんかこぼれて──」

 

 靴下についた液体を手で取った俺は絶句してしまう。

 これって・・・・・・。

 ドロドロとしていて、鉄のような臭いがする液体──そう、血だった。

 俺は床にこぼれている血の先を見る。

 

「なぁっ!?」

 

 そこには逆十字の恰好で壁に貼りつけられた人間の死体があった!

 たぶん、この家の住人、今回の依頼者の男性だ。

 全身が切り刻まれ、傷口から内臓もこぼれている。太くて大きい釘で手のひら、足、胴体の中心が壁に打ちつけられており、それで壁に固定されていた。

 

「ゴボッ」

 

 腹から込み上げてくるものがあり、思わず口を手で押さえる。

 な、なんだこれ!? 普通の神経でじゃこんなことできねぇよ!?

 

「『悪い人はお仕置きよ』」

 

 突然した声のほうを見ると、白髪の男がこちらに背を向ける形でソファーに座っていた。

 

「って、聖なるお方の言葉を借りて──みましたぁ♪」

 

 男は首だけをこちらに向けて舌を出してニンマリと笑う。

 十代くらいの若い外国人の少年で、結構な美少年だった。──浮かべた醜悪な笑顔でせっかくのイケメンが台無しだが。

 

「んーんー。これはこれは、悪魔くんではあーりませんかー。俺の名前はフリード・セルゼン」

 

 礼儀正しく一礼をするフリードと名乗る少年。

 だが、すぐふざけたように手足を躍らせ、礼儀正しい雰囲気をぶち壊す。

 

「とある悪魔祓い組織に所属している少年神父でござんす♪」

「神父!」

「まぁ、悪魔みたいなクソじゃないのは確かですが」

 

 俺は殺された男性を指差しながら、少年神父に訊く。

 

「おまえがやったのか!?」

「悪魔に頼るなんてのは人として終わった証拠。エンドですよ! エンド! だから殺してあげたんですぅ! クソ悪魔とクソに魅入られたクソ共を退治するのがぁ、俺さまのお仕事なんでぇ」

 

 そこまで言うと、神父は刀身のない剣の柄のようなものと拳銃を取り出した。さらに柄から光の刀身のようなものが出てきた。

 

「光の剣!?」

「いまからおまえの心臓(ハート)にこの刃をおったてて、このイカす銃でおまえのドタマに必殺必中フォーリンラブゥ、しちゃいますぅ!」

 

 イカレた表情を作り、神父が飛びかかってくる!

 

「うわっ!」

 

 光の剣の一振りをすんでのところで身をかがめてなんとか躱す!

 

「バキュン!」

「ぐあぁぁっ!?」

 

 後ろから左足を撃たれてしまい、足に凄まじい激痛が走る!

 この痛み!? 撃たれただけだからじゃない!

 

「エクソシスト謹製、祓魔弾。お味はいかがっスかぁ?」

「くぅっ・・・・・・こんのォォッ!」

 

 俺は神器(セイクリッド・ギア)を出すが、神父は愉快そうに笑うだけだった。

 

「おおぉっ! まさに悪魔! そのほうがこっちも悪魔祓いの気分が出ますなぁ!」

「でぇぇあぁぁぁッ!」

「残・念!」

 

 ズバッ!

 

「ぐあぁっ!?」

 

 俺は神父に殴りかかるが、あっさりとかわされた挙句、神父に背中を斬りつけられてしまった!

 

「ぐっ・・・・・・ぅぅ・・・・・・」

「おやおや、見かけ倒しっスかぁ? というのが一番ムカつくざんす!」

 

 神父がキレた笑いを発しながら、俺にトドメを刺そうとしてきた!

 

「きゃあああ!」

 

 瞬間、神父の背後で悲鳴があがった。

 神父と一緒に後ろのほうを見ると、金髪のシスターが男性の遺体を見て呆然としていた。

 そして・・・・・・そのシスターを俺は()()()()()

 

「おんやぁ? 助手のアーシアちゃん」

 

 神父がシスターの名を言う。

 そう。そのシスターは、つい先日出会ったアーシアだった!

 

「結界は張り終わったのかなぁ?」

 

 神父はアーシアに声をかけるが、アーシアは男性の遺体の惨状に目を奪われていて、聞く耳を持っていなかった。

 

「・・・・・・これは・・・・・・?」

「そうかそっかぁ。キミはビギナーでしたなぁ。これが俺らの仕事。悪魔に魅入られたダメ人間をこうして始末するんっス」

「・・・・・・そ、そんな──あっ!」

 

 アーシアが初めて神父のほうへ目を向ける。当然、俺のことも視界に入る。

 そして、俺とアーシアの目が合ってしまった。

 

「イ、イッセーさん・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・アーシア・・・・・・」

「何なぁにぃ? キミたちお知り合い?」

 

 神父の問いに答えず、アーシアは俺に訊いてくる。

 

「どうして、あなたが!?」

「・・・・・・・・・・・・ごめん・・・・・・俺・・・・・・悪魔なんだ・・・・・・」

「悪魔・・・・・・? イッセーさんが・・・・・・?」

「騙してたんじゃない! だから、キミとは・・・・・・もう二度と会わないほうがいいって・・・・・・決めてたのに・・・・・・っ!」

 

 俺の言葉に、アーシアは目に涙を浮かべている。その姿に胸が痛む。

 

「そ、そんな・・・・・・!? じゃあ、千秋さんも・・・・・・?」

「千秋は悪魔じゃない! 悪魔じゃないけど・・・・・・たぶん、千秋は・・・・・・」

 

 悪魔である俺たちと関わっている以上、千秋ももうアーシアに会うつもりはなかったはずだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ごめん・・・・・・また会おうって約束・・・・・・破るようなことをして・・・・・・」

 

 しかも、その再会がこんな最悪の形になるなんて。

 

「残念だけど、アーシアちゃん。悪魔と人間は、相容れましぇーん。ましてや僕たち、堕天使さまのご加護なしでは、生きてはいけぬ半端者ですからなぁ」

 

 堕天使? こいつ、いま堕天使って言ったか?

 

「さて、ちょちょいとお仕事完了させましょうかねぇ」

 

 首筋に光の剣の切っ先が突きつけられる。

 

「覚悟はOK(オーケー)? なくても行きます!」

 

 神父が光の剣を振りかぶった瞬間、俺の前に躍り出る影が──。

 

「あぁ?」

「えっ? アーシア?」

 

 アーシアが俺の前に立ち、両手を広げていた。

 

「・・・・・・おいおい、マジですかー?」

「フリード神父! お願いです! この方をお許しください! どうかお見逃しを!」

「キミィ、自分が何をしてるか、わかってるのかなぁ?」

「たとえ悪魔だとしても、イッセーさんはいい人です! それにこんなこと、主がお許しになるはずがありません!」

 

 アーシアは必死に神父へと主張する。

 

「ハァァァッ!? バカこいてんじゃねえよ!」

 

 神父が光の剣を縦に一閃。そして、アーシアの服が剣閃に沿ってに切り裂かれた!

 

「ああぁっ!?」

 

 アーシアは悲鳴をあげ、慌てて腕で前を隠しながら崩れ落ちる。

 

「アーシアッ──ぐっ!?」

 

 アーシアの前に出ようとしたが、足の激痛で膝が崩れ落ちてしまう!

 

「このクソアマがッ! マジで頭にウジ湧いてんじゃねぇのかぁ? ああぁん!」

 

 神父がアーシアの顎をつかんで、無理矢理立たせる。

 

「・・・・・・堕天使の姐さんに傷つけないよう、念を押されてるけどぉ──これはちょっとお仕置きが必要かなぁ!」

 

 アーシアが両手を上げさせられ、袖を光の剣で縫いつけられた。

 

(けが)れなきシスターが神父におもいっきり(けが)されるってさぁ──ちょっとよくなぁい♪」

「いやあああああっ!?」

 

 野郎! アーシアの体をまさぐり始めやがった!

 

「・・・・・・やめろ!」

 

 怒りがふつふつと沸き上がってきた俺は、激痛に耐えて立ち上がる。

 

「おっとぉ! タダ見はご遠慮願いますよ、お客さん!」

「・・・・・・アーシアを・・・・・・はなせ!」

「ヒュゥゥ。マジマジ? 俺と戦うのぉ? 苦しんで死んじゃうよぉ?」

 

 アーシアを縫いつけていた光の剣が抜かれ、切っ先がこちらに向けられる。

 

「イッセーさん、ダメです!」

 

 アーシアの静止の叫びをあげ、俺に逃げろって促すけど、俺は構わず神父と向かい合う!

 勝ち目はねえ。たぶん、死んじまうかもしんねぇけど──俺を庇ってくれたこの子の前で、逃げるのもねえ──。

 

「だろぉぉッ!」

「ッ──痛いッ!?」

 

 俺が反撃できるとは思っていなかったのか、神父はまともに俺の拳をくらって、床に倒れ込んだ。

 

「あぁぁぁ・・・・・・プッ・・・・・・おもしろいねぇ・・・・・・」

 

 神父はすぐに立ち上がってきた。

 クソッ。やっぱ、勝ち目がねえな!

 いまの一撃も不意討ちだったからだし、もうこっちの攻撃も当たらねぇだろうな。

 ・・・・・・勝ち目があるとすれば──明日夏。明日夏ならなんとかしてくれるかもしれないし・・・・・・最悪、アーシアだけでも・・・・・・。

 窓ガラスを割るなりして暴れ回れば、明日夏も異変に気づいてくれるかな?

 

「あれ? もしかして、お外にいるお仲間さんが助けに来てくれるかも、なんて期待しちゃってるぅ?」

 

 なっ!? こいつ、明日夏のことに気づいていたのか!

 

「ざ〜んね〜んながらぁ、僕ちんのお仲間もお外にいましてねぇ。今頃、そいつらに八つ裂きにされてるころだろうさぁ!」

「なっ!? てめぇ!」

「さぁて、どこまで肉を細切れにできるかぁ、世界記録に挑戦しましょうかぁ! イェェアァァァッ!」

 

 神父が光の剣を振りかぶって、飛びかかってきた!

 避けようとしたが、足の激痛で膝をついてしまう!

 

「きゃあああ!?」

「ギャッハハハハハッ!」

 

 悲鳴と笑い声が響き、もうダメだと思った瞬間──。

 

 ズガァァン!

 

「なっ!?」

「なんだぁっ!?」

 

 突然、破砕音を伴い、部屋の壁が外側から吹き飛んだ!

 

 ヒュッ。

 

 さらに神父に向かって、何かが飛来する!

 

「ッ! しゃらくせぇ!」

 

 神父はそれを光の剣で払うが、その間に俺を横切り、神父に肉薄する人影が──。

 

「フゥンッ!」

「ぐぼぉぉあぁぁぁっ!?」

 

 突き出した拳が神父に突き刺さり、神父が後方に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた!

 

「──無事か、イッセー」

 

 人影の正体は、以前俺を助けてくれたときに着ていたロングコートをなびかせ、体からバチバチっと青白い電気を迸らせた──外で待っていたはずの明日夏であった。

 

 

―○●○―

 

 

 どうやら間に合ったようだな。

 とはいえ、クソッ。無傷じゃねぇか。

 確認できるイッセーのケガは──背中の切創と左足の銃創。それ以外はなさそうだな。

 だが、悪魔祓い(エクソシスト)の武器によってできた傷ならおそらく、悪魔であるイッセーには光によるダメージで傷以上の痛みが伴ってるか。

 

「チミチミィ・・・・・・」

 

 吹っ飛ばした神父が起き上がってきた。

 殺すつもりでやったんだが──感触から察するに、剣か銃を盾にしたか?

 

「これは銃刀法違反、器物破損、家宅侵入で犯罪ですよぉ?」

「・・・・・・てめぇが言うな」

 

 俺は壁に貼りつけられた男性の遺体を見ながら言う。

 

「ていうかぁ、お外にいた僕ちんの仲間はどうしたのかなぁ?」

「ああ。あいつらなら──」

 

 俺はさっきまでの出来事を思い出す。

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーが依頼者の家に上がっていくのを見届けた俺は、持ってきたスポーツドリンクを呷る。

 渇いた喉をスポーツドリンクが潤し、適度に疲れた体内にスポーツドリンクの糖分が染み渡る。

 

「ふぅ──ッ!」

 

 一息ついていた俺だったが、すぐに警戒心を上げた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一人、二人──いや、三人か。

 三人ほどの敵意と殺意が、道の先の暗闇から発せられていた。

 

 ザッ。

 

 暗闇から現れたのは、神父の格好をした男が三人だった。顔は何やらマスクのようなものをかぶっており見えない。

 

「・・・・・・悪魔祓い(エクソシスト)か」

 

 この敵意と殺意、たぶん間違いないだろう。

 俺は警戒心をさらに深めながら神父たちに訊く。

 

「狙いはイッセーか?」

 

 俺の問に対し、神父たちは鼻で笑い、懐から拳銃を取り出し、銃口をこちらに向けてきた!

 

「忌々しき悪魔なら、今頃、家内にいる同胞が滅していよう」

「ッ!?」

「我々の狙いは、悪魔と知りながらも関わろうとする貴様だ!」

「悪魔に魅入られし者よ! 滅してくれる!」

 

 問答無用で拳銃の引き金が引かれる!

 

「ちっ!」

 

 俺はすぐさま電柱の陰に隠れて、銃弾をやり過ごす。

 問答無用なうえに、やり方もずいぶんと過激だな?

 まぁいい。そんなことよりも、「家内にいる同胞」って言ったな。だとしたら、イッセーが危ねぇ!

 

「時間をかけてられねぇな! さっさと片付ける!」

 

 俺は左右の中指にそれぞれ指輪をはめる。

 左手の指輪から魔法陣が出現。俺の体を通過すると、制服から黒のロングコートにインナー、ズボン、ブーツにオープンフィンガーグローブという出で立ちになる。いわゆる、戦闘服ってやつだ。

 兄貴が賞金稼ぎ(バウンティハンター)用にと特注してくれたものなのだが・・・・・・些か、厨二くさいのがなぁ。まぁ、性能はいいんだがな。

 俺は電柱の陰から飛び出し、神父たち目掛けて駆け出す!

 

「「「ッ!」」」

 

 神父たちは再び銃撃を放ってくる中、俺は顔の前で腕をクロスさせる。

 銃弾は俺に命中するが、戦闘服がダメージと衝撃を緩和してくれるため、俺は無傷だった。

 銃撃が無意味と判断した神父たちは拳銃を捨て、刀身のない剣の柄を取り出すと、柄から光の刀身が現れた。

 俺は右手の指輪から魔法陣を出現させる。この指輪は『武装指輪(アームズ・リング)』といい、簡単に言えば、装備を収納できる指輪だ。もう一方の指輪は『洋服交換指輪(ドレス・チェンジ・リング)』といい、こっちは服装用だ。

 俺は指輪の魔法陣から、以前はぐれ悪魔との戦いに使用した刀を取り出す。

 『雷刃(ライトニングスラッシュ)』──兄貴が俺専用に特注してくれた武器だ。

 

Slash(スラッシュ)!」

 

 音声コードを口にすると、鞘から電気が迸り、刀身に帯電していく。

 肉薄した神父に居合の一閃。神父は光の剣で防ごうとするが、俺は光の剣ごと、神父の首を一閃する!

 神父の首が飛び、残った体が崩れ落ちる。

 これが雷刃(ライトニングスラッシュ)。帯電による刀身の強化。時間制限はあるが、その斬れ味はご覧の通りだ。

 

「なっ!?」

「貴様ッ!」

 

 残る二人の神父が前後から光の剣で斬りかかってくる。

 背後からの斬撃を雷刃(ライトニングスラッシュ)の鞘で防ぎ、正面からの斬撃は刀身で弾き、そのまま振り向きながら、背後の神父を光の剣ごと袈裟斬りで斬り伏せる!

 

「きさ──」

 

 ザシュッ!

 

 残りの神父が何かを言おうとしたところを、雷刃(ライトニングスラッシュ)を逆手持ちに持ち替え、背を向けたまま、背後にいる神父に刀身を突き刺す!

 

 ゴキャッ!

 

 そのまま背負い投げ、背後から神父の首を折る。

 

「イッセー!」

 

 俺はすぐさま、イッセーのあとを追い、家内に入ろうとしたが、何かに阻まれてしまう。

 

「これは・・・・・・結界か!」

 

 おそらく、人払いと侵入妨害のためのものだろう。

 クソッ! 時間がねえってときに!

 俺は結界を何回か斬りつけるが、結界はビクともしなかった。

 

「・・・・・・やっぱり・・・・・・単純な物理攻撃じゃダメか」

 

 一応、方法はあった──が、正直躊躇われる手段であった。だが、イッセーの身が危ない以上、迷ってられない!

 

「おい、聞こえるか? ドレイク!」

 

 俺は神器(セイクリッド・ギア)に宿るドラゴン、ドレイクに話しかける。

 

『なんだよ?』

「いまからおまえの力を使うが、絶対に介入はするな」

 

 そう。俺がいまやろうとしていることは、俺の神器(セイクリッド・ギア)の力を使うことだ。それはつまり・・・・・・ドレイクに肉体を奪われるかもしれないということだ。

 だが、そんなリスクを犯してでも急がなければ、イッセーが危ない。

 

『好きにしろよ。言っただろ? 「今回は宿主さまの肉体を奪うつもりはないぜ。見てても退屈じゃなさそうだからな。だから、俺の力を遠慮なく使っていいぜ」てな』

「・・・・・・なら・・・・・・今回だけ遠慮なく使わせてもらう!」

 

 俺は瞑目し、脳内で自分の体からオーラを発するイメージをする。

 目を開くと、俺の体から緋色のオーラが放出されていた。

 『緋霊龍の衣《アグレッシブネス・スカーレット》』──それが俺の神器(セイクリッド・ギア)の名前だ。

 その能力は、神器(セイクリッド・ギア)に宿るドレイクのオーラを操ることだ。このドレイクのオーラは、それだけで攻撃性を持ったもので、触れさせるだけでもダメージを与えることができる。俺やドレイクは『緋のオーラ』って呼んでいる。

 俺は緋のオーラで雷刃(ライトニングスラッシュ)の刀身を覆っていく。

 緋のオーラには、あらゆるものと混ざり合い、侵食する特性がある。いま、緋のオーラはただ刀身を覆うだけでなく、刀身と融合している。そうすることで、単純に覆うよりも、強度や斬れ味を強化できる。

 

「ハァッ!」

 

 緋のオーラが刀身を完全に覆ったことを確認した俺は結界に袈裟斬りの一閃!

 結界は斬られた箇所から崩壊していった。

 思ったよりも脆いな? 張り方が不十分だったのか?

 まぁいい。いまはイッセーだ。

 俺は背負った鞘に雷刃(ライトニングスラッシュ)を収めると、刀身強化とは別の音声コードを口にする。

 

Attack(アタック)!」

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)から俺の体へと電気が流れ込んでくる!

 雷刃(ライトニングスラッシュ)には刀身強化とは別に、肉体に帯電させて、身体能力を強化する機能がある。

 普通の人間なら、肉体に並々ならぬ負担がかかり、最悪感電死しかねないが、俺は人よりも電気に強い体質で、そこまで問題なかった。──負担が大きいのは変わらないが。それと、もうひとつの欠点として、この状態になると、刀身が使えなくなってしまう。

 俺は窓のカーテンのすき間から灯りが僅かに漏れている部屋を見つけると、その部屋の壁に向けて構える。

 

「猛虎硬爬山ッ!」

 

 

―○●○―

 

 

 そのような感じで、この部屋の壁をぶち抜いて、いまの状況に至っている。

 

「──問答無用で襲いかかってきたから、返り討ちにした」

 

 神父の質問に答えながら、雷刃(ライトニングスラッシュ)を逆手持ちで構える。

 さっきの身体強化の負担があったが、そこまでひどくないので、一応問題はなかった。

 

「チッ! 役立たず共が! ま、いっか。獲物のクソ人間が増えたってことだしぃ」

 

 神父は舌を出して狂ったような醜悪な笑みを浮かべ、光の剣をデタラメに振りながら言う。

 この神父、随分と聖職者にあるまじき言動だな?

 さっきの神父たちといい──こいつら、はぐれか?

 

「さぁて。今度こそ、どこまで細切れにできるかぁ、世界記録挑戦と行きましょうかぁ!」

 

 斬りかかってくる神父の光の剣を雷刃(ライトニングスラッシュ)で受ける。

 

「なかなかイカす刀じゃねぇか? 何々、サムライってやつですかぁ?」

「・・・・・・その口、黙らせろ・・・・・・」

「おまえが黙れよ!」

「ッ!」

 

 至近距離から顔面に銃口を向けられる!

 

「バキュン!」

 

 引き金が引かれるのと、俺が顔を逸らすのはほぼ同時だった。

 銃口から放たれた銃弾が俺の頬を掠める。

 

「ッ!」

 

 すぐさま、神父の顔面に自分の額をぶつけてやる。

 

「痛いッ!?」

 

 俺の頭突きで神父が仰け反ったところを斬り上げるが、神父に後ろへ飛ばれてしまい、俺の一撃は空振ってしまう。

 チッ。言動はアレだが、さっきの神父たちと違い、強いなこいつ。

 

「いいねいいねぇ。やるじゃん、キミィ。殺しがいがあるじゃん。だから、早く殺されて?」

「・・・・・・はいって言うと思うか?」

「あ、答えは聞いてないんで」

 

 そう言いながら神父は光の剣と拳銃を構える。

 俺も奴の行動に素早く対応できるように、身構えた瞬間──。

 

「なんだっ?」

「魔法陣!」

 

 部屋に紅い光を放つ魔法陣が現れた。

 魔法陣が輝き出すと、光の中から人影が俺の隣に躍り出てきた。

 

「木場ッ!」

「二人とも、助けに来たよ」

「おせぇよ」

 

 人影の正体は木場だった。

 

「あらあら、これは大変ですわね?」

「・・・・・・悪魔祓い(エクソシスト)

「皆!」

 

 さらに、木場に続いて、副部長と塔城も現れた。

 

「ヒャッホォォォッ! 悪魔の団体さんのご到着ぅ!」

 

 距離を置いた神父が余裕の態度を崩さず、むしろ、獲物が増えたことに歓喜していた。

 

「悪いね。彼らは僕らの仲間なんだ」

「おおお! いいね、そういうのぉ! うーん、何かいぃ? キミが攻めで、彼らが受けの3Pなのかなぁ?」

「・・・・・・んなわけねえだろ・・・・・・」

「あっ、もしかして、キミが攻め──」

「・・・・・・お前、ホント黙れ・・・・・・」

 

 正直、鬱陶しい。

 

「ヒュゥゥ。怖いねぇ。そんなに照れな──」

「・・・・・・舌を抜かれるのと、斬られる、どっちがいい・・・・・・?」

「もちろん、俺さまがおまえの舌を斬るだよん♪」

 

 神父の下品な言動に木場は嫌悪の表情を見せる。

 

「・・・・・・神父とは思えない下品な口だ」

「上品ぶるなよ、クソ悪魔。てめぇらクソ虫を狩ることが、俺の生きがいだ! 黙って俺に殺されりゃいいんだよぉ!」

「悪魔だって、相手を選びますわ」

 

 副部長が目元を鋭くして言い放つ。

 

「いいよ! いいよ、その熱視線! ああ、これは好意? いや殺意ぃ? ンヒヒヒヒヒ! 殺意は向けるのも、向けられるのもたまらないねぇ!」

「・・・・・・調子に乗ってると死ぬぜ」

「殺せるものなら殺してみろよ!」

「なら、消し飛ぶがいいわ」

 

 醜悪な笑みが張り付いていた神父の顔が急変し、その場を飛び退いた瞬間、黒い魔力がその場に当てられ、床の一部を消滅させた!

 やったのは当然、魔法陣から現れた部長だった。

 

「私のかわいい下僕をかわいがってくれたみたいね?」

 

 部長は凄まじい殺気を神父に放つ。相当キレてるな。

 

「おおぉ! これまた真打ち登場? はいはい、かわいがってあげましたが、それが何かぁ?」

「大丈夫、イッセー?」

 

 部長は神父の挑発を無視し、イッセーに視線を向けて問いかける。

 

「・・・・・・はい・・・・・・部長、すみません・・・・・・叱られたばっかなのに・・・・・・俺、またこんなことを・・・・・・」

 

 部長の期待に沿えなかったどころか、こんな面倒をかけてしまったことに、イッセーはうなだれてしまう。

 だが、部長は膝を曲げて、うなだれるイッセーの頬に優しく手を添える。

 

「・・・・・・こんなにケガしちゃって。ごめんなさいね。はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)が来ていたなんて。さっきまで結界が貼られていて、気づかなかったの」

 

 さっき、俺が破ったもののことだろう。

 

「あぅっ!?」

「何してんだよ! このクソアマ! 結界は、おめぇの仕事だろうがぁ!」

「アーシア!」

 

 神父がシスターを足蹴にしていた。

 どうやら、あの結界は彼女が張ったものみたいだ。そして、イッセーの反応からして、彼女が教会へ案内したシスターなのであろう。

 部長はスッと立ち上がると、鋭い眼差しで神父を睨みつける。

 

「私は、私の下僕を傷つける輩を絶対に許さないことにしているの。特にあなたのような、下品極まりない者に自分の所有物を傷つけられるのは、本当に我慢ならないの!」

 

 部長から危険な魔力が迸り始める。

 

「・・・・・・おっとぉ・・・・・・ちょっと、この力、マズくねぇ? つか、かんなりヤバァ・・・・・・!」

 

 部長の迫力と状況でさすがのこいつも焦りだしてきたようだ。

 

「・・・・・・堕天使、複数」

 

 塔城が鼻を動かしながら言う。

 

「アッハッハハハハハ! 形勢逆転すなぁ! 皆さん、まとめて光の餌食ケッテーイ!」

 

 状況が好転したと見るや、再びふざけた態度に戻りやがった。

 だが、確かに堕天使が来るのはヤバいな!

 

「部長! イッセーを連れて先に行ってください! その魔法陣による転移ができるのは部長の眷属だけでしょう?」

「ええ、そうよ。急いでいたものだから、時間がなかったの。だから明日夏、私たちが時間を稼ぐから、あなたが先にこの場から!」

「俺は自力で逃げれます! いまはイッセーの回収が最優先でしょ!」

「わかったわ。気をつけなさいね、明日夏。朱乃、ジャンプの用意を」

「はい」

「小猫、イッセーを頼むわ」

「・・・・・・はい」

「クソ悪魔共! 逃がすかって──わたたた──痛ぁい!?」

 

 神父が追撃しようとするが、塔城が投げたテーブルが直撃して伸びてしまった。

 皆がイッセーを連れてジャンプしようとする中、イッセーとシスターがお互いのことを見ていた。

 

「部長! あの子も一緒に!」

「それは無理よ。明日夏が言っていたでしょう? この魔方陣は私の眷属しかジャンプできない」

「そ、そんな!?」

 

 イッセーが一瞬、俺のほう見ると、何かを言おうとしたが、すぐに目を逸らして黙ってしまう。

 

「アーシア!」

 

 イッセーはシスターのほうへ手を伸ばすが、当然届くはずもない。

 

「はなせ!? アーシアを助けるんだ! はなせ! アーシアァァァッ!」

 

 イッセーはじたばたと暴れるが、イッセーを担ぐ塔城の腕は緩まない。

 

「イッセーさん・・・・・・また・・・・・・また、いつか・・・・・・どこかで・・・・・・」

 

 シスターは目に涙を浮かべて、にっこりと微笑む。

 

「アーシアァァアアアアアアアッッ!」

 

 イッセーの叫びが響き渡る中、イッセーたちは光に包まれて消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 友達、できました!

 さて、イッセーは部長たちが回収してくれたな。

 これで──。

 

「あなたも早く逃げてください!」

 

 シスターが逃げるように促してくるが、あいにく、そういうわけにはいかないんだよな。

 

「残・念。てめぇは逃がさねぇよ!」

 

 回復した神父が光の剣と拳銃を構えながら言う。

 どこかイライラしてるように見えるが、獲物が逃げたことにイラついているのか?

 

「やれやれ。来てみれば、すでにもう悪魔共がいないではないか?」

「何々ぃ? 無駄足ぃ?」

「いや、一人いるな」

 

 そこへ、三人の堕天使が現れた。

 一人は、以前相対した帽子をかぶり、スーツを着た男性、ドーナシーク。

 一人は、長い黒髪のスーツを着た女性。千秋が言っていた奴だな。たしか、名前はカラワーナだと言っていたな。

 最後は、金髪のゴシック調の服を着た少女。こっちは知らないな。

 ・・・・・・天野夕麻はいないか。

 

「また会ったな?」

「フン。あのときの借り、耳を揃えて返してやろう」

 

 ドーナシークが以前ほどの油断のない雰囲気をまとっていた。だが、やはり、どこか慢心をしているように感じられた。

 

「私も貴様の妹には借りがあるのでな。貴様の首でも贈ってやるとするか」

「さっさと、殺っちゃおうよ」

 

 それは、他の二人も同じだった。

 

「へっ、バカな奴だぜ。クソ悪魔共をエサにしてれば、逃げられただろうによぉ」

 

 神父も神父で、完全に油断してるな。

 ま、そのほうが都合がいいけどな。

 俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を鞘に収める。

 

「なんだ? 諦めたのか?」

「それとも、命乞いでもするぅ?」

 

 俺は──。

 

「「「「──ッ!?」」」」

 

 堕天使三人と神父に向けて、バーストファングを投擲する!

 

「しゃらくせぇ!」

「こんなもん!」

「フン!」

 

 女堕天使二人と神父はそれぞれ光の槍や剣でバーストファングを弾こうとする。

 

「バカ者! 避けろ!」

 

 バーストファングの仕組みを知っていたドーナシークだけは慌てて叫ぶ。

 

 ドォォンッ!

 

「「「「っ!?」」」」

 

 だが、すでに遅く、ドーナシーク以外の三人はバーストファングの爆発に巻き込まれる。

 そして、部屋中に爆煙が充満する。

 俺は爆煙に紛れて、ある行動に移す。

 

「あんの野郎、なめたマネしやがって!」

 

 神父は吐き捨てるように言い、俺のことを探し出す。

 

「おっ、見つけた──て、なっ!?」

「何っ!?」

「「っ!?」」

 

 煙が晴れ、俺の姿を捉えた神父と堕天使たちの表情が驚愕に染まる。

 なぜなら──。

 

「貴様ッ! アーシア・アルジェントを!?」

 

 俺がシスターの喉元に雷刃(ライトニングスラッシュ)を突きつけていたからだ。

 

「おいおい、それは卑怯なんじゃないんですかぁ?」

 

 神父は相も変わらずの雰囲気だったが、明らかに余裕がなくなっていた。

 堕天使たちに至っては、ひどく焦燥に駆られていた。

 正直、賭けだったが・・・・・・こいつは、俺の予想は的中してそうだな。

 イッセーと千秋から、このシスターが回復系の神器(セイクリッド・ギア)を所持していることを聞いていた。そのシスターが堕天使のもとに来る。そして、その堕天使が未だにこの町に留まっている。さらに、いまの状況による目の前の堕天使たちの焦燥に駆られた姿。

 

(悪いな。もう少しだけ耐えて、怯えているフリをしててくれ)

(は、はい!)

 

 俺とシスターは堕天使たちに聞こえないように、小声で会話する。

 いまのこの状態は、シスターの了承を得たうえでの人質を取ったフリだ。

 まぁ、当のシスターはわけもわからずといった感じだがな。

 

「・・・・・・貴様、アーシア・アルジェントをどうするつもりだ?」

「ずいぶんとこいつの心配しているな? それとも、心配なのはこいつのことじゃなく、別のことだったりするのか?」

 

 カマをかけてみると、堕天使たちの表情に僅かな変化があった。

 いままでの反応から、俺は自分の予想にある程度の確証を持てた。

 なら、やることは決まったな。

 

「おい! 男が女を人質に取って恥ずかしくねぇのかよ! て、おい! うちを無視すんじゃねぇ、コラッ!?」

 

 ゴシック調の服を着た堕天使が挑発じみたことを言ってくるが、俺は無視する。

 

「とりあえず、この場は退散させてもらうぜ」

「待て! アーシア・アルジェントを連れてかせはせん!」

 

 堕天使たちが身構える中──。

 

「じゃあな」

 

 俺はあるものを取り出し、それを床に叩きつける!

 

 カッ!

 

 瞬間、部屋に閃光が走る。

 これは、特殊な閃光弾で、叩きつけるなどで衝撃を与えることで、閃光を放ち、相手の視界を奪うものだ。さっきの神父たちから奪ったものだった。

 

「「「「ぐっ!?」」」」

 

 不意討ちでくらった堕天使たちや神父は、閃光で視界を潰される。

 

「キャッ!?」

 

 俺はそのスキに、シスターを担ぎ、俺が空けた壁の穴から外へ飛び出し、その場から駆け出す。

 

 

―○●○―

 

 

「あ、あの、ここは?」

「俺の家だ。とりあえず、入れ」

 

 シスターを連れてやってきたのは、俺の(うち)だった。

 中に入り、とりあえず、シスターをリビングで待たせ、俺は服を取ってきてシスターに渡す。

 

「姉貴のお古で悪いが、とりあえず、これに着替えろ。そんな格好じゃ、動きにくいだろう?」

 

 俺はシスターが着替えるために、廊下に出る。

 

「あ、あのぉ、着替えました」

 

 しばらくして、シスターがそう言ってきた。

 その言葉を聞き、俺はリビングに入る。

 シスターは斬られたシスター服じゃなく、姉貴の服を着ていた。サイズが大きいのか、少しダボダボだったが。

 

「ひとつ訊くぞ。おまえ、あいつらのもとに戻る気はあるか?」

「えっ!?」

 

 俺の問いかけに、シスターは一瞬驚くが、すぐに首を横に振る。

 

「・・・・・・私、あのように平気で人を殺すような場所にはいたくはありません・・・・・・!」

「なら、ここにいろ」

「えっ?」

「不自由を強いるかもしれないが、我慢してくれ」

 

 俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を鞘から少しだけ抜き、刀身の状態を確かめ、刀身を戻す。

 そして、その場から去ろうとすると、シスターが声をかけてきた。

 

「あっ、あのっ、ど、どこへ!?」

「あいつらの目をここから逸らしてくる」

「き、危険です! どうして、今日初めて会った私なんかのために!?」

 

 悲痛な表情でシスターは言う。

 確かに、俺たちはお互い、今日初めて会った間柄だ。

 それでも、俺にはシスターを助ける理由があった。

 

「イッセーに頼まれたからな」

「えっ?」

 

 転移する前に、イッセーは俺に何かを言いかけていた。おそらく、俺にシスターを助けてほしい、と言うつもりだったんだろう。だが、俺の身を案じて、直前で頼めなかったってところだろう。

 だから、俺はあえて部長たちから先にあの場から去ってもらった。じゃないと、シスターを助けるときに、色々と面倒になっていただろうからな。

 これだけでも、俺にとっては十分な理由だった。

 ま、ほっとけなかったってのもあるがな。

 

「あ、あなたは一体・・・・・・?」

「ただのあいつのダチだ。それ以上でも、それ以下でもねえよ。いいか? 絶対にここから動くなよ」

 

 俺はシスターにそう言い聞かせ、外に出ようとすると──。

 

「あっ、あのっ!」

「ん?」

「まだ・・・・・・あなたのお名前を聞いていません・・・・・・?」

 

 あぁ、自己紹介をする余裕なんてなかったからな。

 

「明日夏。士騎明日夏だ。明日夏でいい」

「士騎? もしかして!」

「ああ。千秋は俺の妹だ」

「そうだったんですか。あっ、私はアーシア・アルジェントと申します。私もアーシアで構いません」

「そうか。なら、アーシア。何回も言うが、絶対にここから動くなよ」

「はい。明日夏さんもお気をつけて」

「ああ」

 

 俺は笑顔で答え、ここに向かってくるであろう者たちのもとへ向かう。

 

 

―○●○―

 

 

「見つけたぞ!」

 

 家から大分離れた場所にやってきた俺の目の前には、さっきの堕天使たちがいた。

 

「・・・・・・貴様、アーシア・アルジェントをどこへやった?」

「さあな」

 

 ドーナシークが訊いてくるが、俺は適当にはぐらかす。

 

「正直に言ったら──」

「楽に殺すってか?」

「なっ!? うちのセリフ盗んなッ!」

「挑発に乗るな、ミッテルト」

「なに、少々痛めつけてやればすぐに吐くだろう」

 

 堕天使たちはそれぞれの手に光の槍を持つ。

 俺も雷刃(ライトニングスラッシュ)の柄を握る。

 

「「「ハッ!」」」

 

 堕天使たちが手に持つ光の槍を一斉に投げつけてくる。

 

「フッ!」

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)を抜き、俺は光の槍を弾き落とす。

 

「どうした? その程度か?」

「クッ!? 調子に乗りやがって!」

「落ち着け、ミッテルト」

「カラワーナ、ミッテルト、やむを得まい。アーシア・アルジェントは自力で捜すとしよう」

「チッ! 面倒だけど仕方ないわね」

 

 どうやら、アーシアの居場所を吐かせるために、生かして倒すための手加減をやめたようだな。

 俺はさらに気を引き締め、雷刃(ライトニングスラッシュ)を構える。

 堕天使たちは俺を囲いだし、ドーナシークが斬りかかってきた。

 俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)でドーナシークの光の槍を受ける。

 

「ッ!?」

 

 そこへ、ミッテルトと呼ばれた堕天使とカラワーナが、光の槍を投げつけてきた!

 

「終わりだ!」

 

 ドーナシークはそれに合わせて、飛び退く。

 

「ッ!」

「「「何っ!?」」」

 

 俺はその場で飛びながら身を捻って槍を避ける。

 さらにそのまま、バーストファングを投擲する!

 

「フン!」

「同じ手など!」

「喰らうかってんの!」

 

 堕天使たちは同じ轍は踏まないと、バーストファングを避けるが──。

 

 ドォォンッ!

 

「「「っ!?」」」

 

 堕天使たちの背後で爆発が発生し、堕天使たちを襲う。

 元々、避けられるのは想定できた。それを逆手に取って、堕天使たちの背後でバーストファング同士が交錯するように投げつけたのだ。

 俺は堕天使の一人──ドーナシーク目掛けて、飛び上がる。

 そのまま、ドーナシークを斬りかかろうとした瞬間──。

 

「──ッ!?」

 

 横合いから光の槍が飛んできた!

 俺は慌ててそれを弾くが、ドーナシークには体勢を立て直されてしまう。

 

「ッ!」

 

 俺は光の槍が飛んできたほうを見ると、そこには──。

 

「天野・・・・・・夕麻・・・・・・ッ!」

 

 その容姿と名前は忘れるわけがない。イッセーを騙して近づき、殺した張本人。

 俺の中で沸々と怒りが湧いて出てきた。

 ・・・・・・千秋のことを言えないな、俺も。

 

「久しぶりね? あなたを見ると、この傷が疼いて仕方がないわ・・・・・・っ!」

 

 天野夕麻は忌々しそうに俺が付けた傷を撫でながら言う。

 

「いますぐ、この傷のお礼をしたいところだけど、いまはアーシアのほうが最優先よ」

 

 天野夕麻は他の堕天使たちのほうを向いて言う。

 

「あなたたち、こんなガキ放っておいて、アーシアを捜すわよ。おそらく、この子の目的は私たちを引き付けて、アーシアが逃げる時間を稼ぐことよ。相手にしてたら、アーシアがどんどん見つけ難くなるわ。アーシアがいなくちゃ、計画も何もないわ」

「「「ハッ!」」」

 

 堕天使たちは天野夕麻に言われた通り、アーシアを探しに行こうとする。

 

「行かせるか!」

 

 行かせまいと、堕天使たちに仕掛けようとした瞬間──。

 

「──ッ!?」

 

 天野夕麻が民家に向けて光の槍を投げつけたのだ!

 

「クソッ!」

 

 俺はすぐさま、その場から飛び上がって、光の槍を弾く。

 だが、天野夕麻や堕天使たちの姿はもうなかった。

 

「チッ」

 

 天野夕麻・・・・・・イッセーの借りを返したかったが・・・・・・まぁいい。それはまたの機会か。

 とりあえず、連中はアーシアが逃げ出したと勘違いしてくれた。これで時間を稼げる。

 あとは、その間にアーシアをどうするかを考えないとな。

 

「ひとまず、イッセーや部長たちに俺の無事を知らせるか」

 

 

―○●○―

 

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい・・・・・・」

 

 朱乃さんがフリードによってつけられた傷に包帯を巻いてくれる。

 ちなみに、傷を治療する際、部長に裸で抱きつかれるというステキなイベントがあった!

 

「完治には少し時間がかかりそうですわ」

「あの『はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)』が使った光の力が相当濃いのよ」

「はぐれって、悪魔だけじゃないんですか?」

「教会から追放されて、堕天使の下僕に身を堕とす者も多いんだ」

 

 ちょっと待てよ!

 

「じゃあ、アーシアもその『はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)』だって言うのかよ!」

 

 木場は何も言わなかった。

 

「どうであろうと、あなたは悪魔。彼女は堕天使の下僕。これは事実なのよ」

「・・・・・・部長・・・・・・」

「それよりも明日夏のことよ」

 

 そうだ! 明日夏は部長の眷属じゃないために、俺たちと一緒に魔方陣によるジャンプができなかった。

 明日夏は自力で逃げれるって言ってたけど・・・・・・。

そんな中、俺のケータイの着信音が鳴る。見てみると──。

 

「──明日夏ッ!」

 

 かけてきたのは、明日夏だった。

 

「おい、明日夏! 無事なのか!?」

『・・・・・・デカい声で話しかけるな』

「だって、おまえ、大丈夫なのか!?」

『大丈夫じゃなかったら電話してねぇよ』

「そっか・・・・・・そりゃ、そうだよな」

 

 そこへ、部長が代わってくれと言ってきたので、ケータイを部長に渡す。

 

 

―○●○―

 

 

『もしもし、明日夏』

「はい、部長」

『とりあえず、無事なようね?』

「ええ。ご心配をおかけしました。いま、そちらに向かいます」

『いいわ。そのまま帰って、ゆっくり休んでちょうだい』

「なら、お言葉に甘えさせてもらいます」

『──ただ、ひとつ訊きたいのだけど?』

「なんですか?」

『あなた、まさかとは思うけど──あのシスターを助けた、なんてことしてないわよね?』

「ええ、もちろんです。そんな余裕もなかったですし、ましてや、彼女は堕天使側の人間ですしね」

『そう。ならいいわ』

「俺からもひとつ」

『何かしら?』

「イッセーの容態は?」

『命に別状はないわ。ただ、あのはぐれ神父の使っていた光の力が濃いのか、完治には時間を要するわ』

「それを除けば、無事ってことですね?」

『ええ、とりあえずは』

「わかりました。それじゃ、また明日」

『ええ。おやすみなさい』

 

 部長がそう言うと同時に、切られたので、こっちもケータイを切る。

 

「やれやれ、やっぱり怪しまれてるな」

 

 俺がアーシアを助けたことを。

 

「まぁいい。とりあえず、これからのことだな」

 

 

―○●○―

 

 

 はぁ・・・・・・·弱い。俺は弱すぎだ。所詮『兵士(ポーン)』。女の子一人、救えやしねぇ。

 あのあと、俺の身を案じてくれた部長に帰宅を命じられ、明日(あす)も学校を休むことになってる。

 その帰り道、俺はただただ、自分の無力さに打ちひしがれていた。

 

「・・・・・・イッセー兄」

「ああ、わかってるよ」

 

 そうだ! くよくよしてたって始まらねぇ!

 

「弱いなら、鍛えて強くなればいいんだ! この間、そう決心したんだからな! よしっ! 腹も括った! 帰ったら、早速明日夏に頼もう!」

 

 すると、千秋が視線を鋭くしながら言う。

 

「ちゃんと、ケガが治ってから・・・・・・!」

「・・・・・・はい」

 

 千秋から発せられる圧力に思わずたじたじになってしまう。

 昔から、俺や明日夏がケガをすると、千秋はいまみたいになんとも言えない圧力を発してくるんだよなぁ。

 いやまぁ、心配してくれてるからなんだろうけど。

 

「とりあえず、明日夏の顔を見ていくよ」

 

 無事だとわかったとしても、やっぱり心配だったからな。

 

 

―○●○―

 

 

「ただいま」

「お邪魔します」

 

 士騎家に到着し、明日夏の顔を見るために上がらせてもらう。

 

「おーい、明日夏。大丈──」

 

 リビングのドアを開けると──。

 

「イッセーさん?」

 

 そこには、アーシアがいた。

 

「──て、なんでアーシアがここに!?」

 

 しかも、千秋はなぜか、呆れたように嘆息していた。

 

「夜中に騒々しいぞ、イッセー」

 

 キッチンには、お湯を沸かしている明日夏がいた。

 

 

―○●○―

 

 

「日本のお茶は不思議な味がしますけど、とても美味しいです」

「日本人を代表して礼を言うよ」

 

 俺の隣でアーシアが明日夏の淹れたお茶に舌鼓を打ち、明日夏も礼を言いながらクールに自分の淹れたお茶を飲んでいた。

 とりあえず、俺も一口。

 うん、ウマい。朱乃さんが淹れてくれたのと負けてない。

 

「・・・・・・いや、副部長のほうが上だな」

「・・・・・・心読むなよ──て、そうじゃなくて!」

 

 俺は明日夏に詰め寄る。

 

「なんでアーシアがここにいるんだよ!?」

「あのあと、アーシアを連れて逃げたからだ」

「なんで、そんなことを・・・・・・?」

「あのとき、おまえ、俺に頼もうとしてただろ?」

 

 確かに、あのとき、明日夏にアーシアを助けてくれるように頼もうとしたけど、そうすると、明日夏の身が危険だと思って、結局言えなかった。

 まぁ、そういう素振りをした時点で、明日夏に伝わっちまったみたいだけど。

 

「先に部長たちを行かせたのも、アーシアを連れ出すためだ。あの場に部長がいたら、ややこしいことになっただろうからな」

 

 それもそうか。さっき部長にも「あなたは悪魔。彼女は堕天使の下僕。相容れない存在同士よ」って言われたからな。

 

「とりあえず、アーシアの無事がわかってよかっ──っ!」

「イッセー!」

「イッセー兄!」

 

 お茶を飲もうとしたら、激痛が走り、湯のみを落としてしまう。

 

「イッセーさん! 傷を見せてください!」

 

 アーシアに言われるがまま、俺は上着を脱いで、傷に巻いていた包帯を取る。

 アーシアが手のひらを傷に当てると、手から淡い緑色の光が発せられる。

 あのときの子供のケガのように、俺の傷がみるみるうちに治っていき、傷痕も残らないくらいすっかり傷はなくなってしまった。

 

「確か、足も?」

 

 そのまま、足のケガも治療してもらう。

 

「いかがですか?」

「えっとぉ──おぉ! 全然なんともない! おっ! 足も治ってる! すげぇ! すげぇよ、アーシア!」

 

 さっきまで激痛が走っていたのに、もう全然なんともなかった。

 

「大したもんだな。堕天使たちがほしがるのも頷ける」

「あいつらって、やっぱ──」

「ああ。おそらく、アーシアを引き入れたのは、その治癒の力──神器(セイクリッド・ギア)が目当てだ」

 

 やっぱり、そういうことなんだろうな。

 明日夏に尋ねる。

 

「やっぱ、アーシアの神器(セイクリッド・ギア)ってすごいもんなのか?」

「ああ。そもそも、治癒の力ってだけでも、相当希少なんだ。教会の連中は治癒の力は神の加護と呼ぶくらいだからな。それが、アーシアクラスのものとなればなおさらだ。さらに、その神の加護を失った堕天使たちにとっては余計にほしいものだろう」

 

 神の加護ねぇ。悪魔の俺でさえ治療できちゃうのにか。

 

「それで、これからアーシアをどうするんだ?」

「匿う。堕天使たちには絶対に渡すわけにはいかないからな」

「ああ。当然だ!」

 

 アーシアを絶対に渡すもんか!

 

「イッセーさん。明日夏さん。お気持ちは嬉しいですが・・・・・・これ以上、ご迷惑をおかけできません。私はこのまま、あの人たちのもとへ──」

「何言ってるんだよ、アーシア!?」

「私なら大丈夫です。この力がある限り、私が死ぬようなことは──」

「いや、あいつらのもとへ行けば、遅かれ早けれ、おまえは殺されるぞ」

「えっ?」

「なっ!? どういうことだよ、明日夏!? あいつらはアーシアの力がほしいから、一応はアーシアのことを大事にしてるんだろ!?」

 

 フリード、あいつは別だろう。たぶん。

 

「単純だ。アーシアを連れているよりも、携帯性をよくする方法があるからだ」

「それって──ッ! ま、まさかっ!」

「ああ。あいつらの最終的な目的は、アーシアから神器(セイクリッド・ギア)を抜き取り、自分たちに移植することだ」

 

 神器(セイクリッド・ギア)って、抜き取ることができるのか?

 なら、いっそのこと、アーシアの神器(セイクリッド・ギア)を堕天使たちに渡しちまえば──。

 

「言っておくが、神器(セイクリッド・ギア)を抜き取られた所有者は命を落とすぞ。神器(セイクリッド・ギア)ってのは、所有者の魂と密接になっている、そういうものらしい」

「なっ!?」

「だから、アーシアを絶対にあいつらに渡すわけにはいかないんだ」

 

 そういうことなら、なおさらアーシアを絶対に渡すわけにはいかない!

 

「でも、どうやってアーシアを守るんだ?」

 

 明日夏、それに千秋も確かに強い。けど、堕天使一人ならともかく、堕天使複数だと、さすがの二人だって・・・・・・。

 部長たちを頼るのも無理だろう。

 

「とりあえず、奴らには、アーシアが逃げて、この町のどこか、もしくは町の外にいるように誤魔化して、俺が匿っていることからは目をそらさせた」

「じゃあ──」

「そのまま、この町から立ち去ってくれればいいが、そうもいかないだろう。せいぜい、時間を稼げる程度だ。いずれ、バレる」

「じゃあ、どうすんだよ!?」

「落ち着け。そのときは、俺と千秋が奴らを倒す。千秋もいいな?」

「うん」

「でも、二人だけで・・・・・・」

「なに、やりようはある。それに、部長たちが連中を仕留めてくれるかもしれないからな」

 

 なんで部長たちが? 部長は堕天使と関わらないようにしてたのに?

 

「これが堕天使全体の計画なら、部長も不干渉を貫くだろう。干渉すれば、悪魔と堕天使の間で再び戦争が始まるかもしれないからな」

「なら──」

「──堕天使全体の計画だったら、だ」

 

 どういうことだ?

 

「俺はこの計画をあいつらの独断だと睨んでいる」

「なんでだ?」

「考えてもみろ? ここは部長が管理する町──つまり、堕天使たちとっては敵地同然だ。そんな場所で、わざわざどこでもできるような計画を実行する必要があるか?」

「ッ!?」

 

 そうだ! わざわざ、敵地である部長の管理するこの町よりも、自分たちの領域でやったほうが、安全に実行できるはずだ。

 それをしないってことは、明日夏の言う通り、自分たちの独断でやってる可能性が高いってことだ。

 

「おまえがアーシアを案内した教会。あそこはもう、ずいぶんまえに破棄された場所だ。誰も目に止めない場所でもある」

 

 こっそり、計画を実行するぶんには都合のいい場所ってわけか。

 

「たまたま、都合のいい場所があったから、おまえ殺す命令を口実に、この町にやってきたってわけだ、あいつらは」

 

 そういえば、あのドーナシークっていう堕天使、ここが部長の管理している──それどころか、悪魔が管理している町だってことを知らなかったみたいだったな。て──。

 

「ちょっと待て、その言い分からすると・・・・・・この計画の首謀者って──」

「ああ。天野夕麻だ」

 

 夕麻ちゃんが、アーシアを・・・・・・。

 

「堕天使全体ではなく、一個人の独断で行動している奴らなら、部長も無視はしないはずだ。堕天使側も、戦争を回避するために、勝手なことをしたそいつの自業自得と断ずるだろう」

「じゃあ、このことを部長に教えれば!」

「いや、証拠がない。俺の推察だけじゃ、部長も確信を持って打って出れない」

 

 そっか。だよな。証拠がねえもんな。

 

「部長も部長で、調査はしているはずだ」

「じゃあ、それまでの間、アーシアを連中に見つからないようにしないとダメってわけか」

「間に合わず、アーシアが見つかった場合は、俺たちが打って出るしかないがな」

 

 やっぱ、そうなるか。

 

「あ、あの、皆さん・・・・・・私なんかのために・・・・・・」

 

 アーシアが申し訳なさそうに顔をうつむかせながら言う。

 

「何言ってるんだよ、アーシア。それを言うなら、先に助けてもらったのは俺のほうだよ! あのとき、アーシアが庇ってくれなかったら、たぶん、明日夏が間に合うことなく、俺はあいつ──フリードに殺されてた。だから、今度はこっちの番──て、俺は弱いから、明日夏たちに頼る形になっちまってるけど・・・・・・」

 

 ああ、もう! ホント無力な自分が腹たたしい!

 だけど、強くなるって決めたんだ! なら、当初の予定通りに──。

 

「明日夏! 俺を鍛えてくれ!」

「言うと思った」

 

 ふぅと明日夏は嘆息してから言う。

 

「俺は結構厳しいぞ。いいな?」

「ああ!」

 

 散々迷惑かけちまってるんだ! 厳しいとか、そんな贅沢は言わねぇよ!

 

「ただし、そんなすぐに強くなれわけじゃねぇ。鍛えたからって調子に乗って、堕天使と戦うようなバカなマネはするなよ?」

 

 明日夏は強くそう言い聞かせてくる。

 俺はそれに頷いて答える。

 

「皆さん・・・・・・私なんかのためにありがとうございます!」

「なんかって言うなよ」

 

 それでも、アーシアは「私なんかのために」って言って、頭を下げてくる。

 そこへ、明日夏がアーシアに話しかける。

 

「なあ、アーシア」

「あ、はい。なんですか?」

「どうしておまえは、教会を追放されたんだ?」

「っ!」

 

 明日夏の問いかけにアーシアは息を呑む。

 アーシアが堕天使のもとにいるってことは・・・・・・そういうことなんだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アーシアはただ、うつむいて黙っているだけだった。

 

「いや、言いたくないなら、無理して言わなくていい。ただ、俺たちはおまえのことをよく知らないからな」

 

 確かに、俺たちはアーシアのことをよく知らないんだよな。

 いやまぁ、だからどうこうってわけじゃないけど。

 

「・・・・・・いえ、話します」

 

 そして、アーシアの口から話される。──一人の『聖女』と呼ばれた少女の話を。

 

 

―○●○―

 

 

 アーシアは生まれてすぐに、親にヨーロッパにある教会の前に捨てられたらしい。アーシアはそこで拾われ、育った。

 ある日、傷ついた子犬が教会に迷いこんできた。その子犬は死にかけていて、教会の者もお手上げだったらしい。アーシアはそれでも諦めずに祈り続けたそうだ。すると奇跡が起き、子犬のケガが治った。

 そのときにアーシアは初めて神器(セイクリッド・ギア)の力に目覚めたのだろう。

 その光景を見た教会関係者はアーシアを『聖女』として崇め、たくさんの傷ついた人々を治療したらしい。アーシア自身も、人々の役に立てるのが嬉しかったみたいだ。

 だが、そんなアーシアに転機が訪れた。

 ある日、アーシアの前に傷ついた男性が現れた。当然、やさしいアーシアはその男性を放っておくことができず、その男性を治療した。それ自体は問題なかった。だが、その男性の正体が問題だった。その男性は悪魔だったのだ。

 そして、その光景を見た教会関係者は彼女を異端視する。

 

『悪魔を治療する力だと!』

『「魔女」だ!』

『悪魔を癒す「魔女」め!』

 

 治癒の力は神の加護を受けている者しか癒さないと考えている教会の者たちは、悪魔も治療できてしまう力を持ったアーシアを『魔女』と蔑み、アーシアを異教徒として追放した。

 アーシアは人々を癒す聖女から悪魔を癒す魔女になってしまったのだ。

 そして、行き場のなくなったアーシアを、その力に目を付けた堕天使が拾ったというわけである。

 

「でも、私は神の祈りを、感謝を忘れたことなどありません。・・・・・・まして、あの方たちが皆、あんな酷いことをしているなんて・・・・・・」

 

 アーシアの壮絶な過去に、俺たちは言葉を失う。

 ある意味、これは神器(セイクリッド・ギア)の弊害と言える。

 人間ってのは、異質なものを見ると、それがたとえ些細なことでもそれを嫌悪し避ける。それが、人智を超えた異形や異能ならなおさらだ。

 アーシアの例はまさにそれだ。

 

「きっと、これも主の試練なんです。この試練を乗り越えれば、いつか主が、私の夢を叶えてくださる、そう信じているんです」

「夢?」

「たくさんお友達ができて、お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったり、お喋りしたり、そんな夢です。私、友達がいないので・・・・・・」

 

 笑ってはいるが、その心は一体どれだけの悲しみで満ちているのか想像できなかった。

 たった一人の神を信じる少女のささやかな夢は、その神がもたらした力のせいで叶うことがなかった。

 その事実を察したイッセーは神に対しての怒りに震えていた。

 そして、イッセーはその場から勢いよく立ち上がる。

 

「イッセーさん?」

 

 キョトンとするアーシアに、イッセーは強く言う。

 

「友達ならいる!」

「えっ?」

「俺がアーシアの友達になってやる!」

「ッ!?」

「つうかさ、俺たちもう友達だろ? だって、こうして一緒にお茶を飲んで喋ったりしたしさ! あ、まあ、花とか本とかはなかったけど・・・・・・こんなんじゃ、ダメかな?」

 

 その質問にアーシアは首を横に振る。

 

「・・・・・・いいえっ! いいえ、いいえ! いいえッ!」

 

 ホントこいつは。普段はスケベなクセして、根っこの部分では本当に真っ直ぐで誠実──それが兵藤一誠という男だった。

 こいつのそういうところはこういうときになると出でくる。

 

「明日夏と千秋だって、もうアーシアと友達だろ?」

 

 言われるまでもないな。

 

「ああ。俺もアーシアの友達だ」

「私も」

 

 アーシアは涙を流し始めてしまうが、それは悲しみからくるものじゃないと、この場にいる誰もがわかっていた。

 

「・・・・・・でも、イッセーさんたちにご迷惑が・・・・・・」

「悪魔もシスターも関係ねえ。友達は友達だっての」

「もっと頼っていいんだよ。友達なんだからな」

「私、私、嬉しいです!」

 

 そこには、いままでの中で最高の笑顔があった。

 こうして俺たちに、新しい友達ができたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 友達、救います!

「さて、どう転ぶか」

 

 昨夜(さくや)、アーシアと友達になった俺たちは、今後のことを話し合った。

 

『まず、アーシアには不自由な思いをさせることになるが、非常時以外はこの家から一歩も外に出るな。堕天使たちは、いまも血眼になってアーシアを探しているはずだ』

『それに見つからないようにするためだな』

『ああ。本当は自由にしてやりたいんだが・・・・・・すまないな、アーシア』

『いえ、こうして皆さんとお友達になれただけでも幸せですから』

『全てが終わったら、思いっきり遊ぼうな、アーシア!』

『はい!』

 

 全てが終わったら、遊ぶ約束をしたあと、次はイッセーのことになった。

 

『さて、次にイッセー、おまえだが。おまえは部長に言われて、明日(あす)、学校を休むんだったな?』

『ああ』

『なら、そのまま休め。ケガが治ったことを部長に知られれば、アーシアのことに感づかれるかもしれないからな。でだ。おまえはひとまず、この家でアーシアと一緒にいろ。そして、何かあったら、すぐに俺に知らせろ。そして、逃げろ』

『わかった』

 

 そして、早朝に俺は一足先に登校した。部長に話したいことがあったからだ。

 内容は堕天使たちの目的に対する俺の推察だ。もちろん、アーシアを匿っていることは秘密にした。

 やはり、部長も堕天使たちのことは探っていたようだ。

 部長も堕天使たちの行動は独断専行であると睨んでいるらしい。もう少し情報が得られれば、打って出るみたいだ。

 なら、それまでの間、アーシアを守らないとな。

 そんなこんながあり、現在は昼休み。俺は松田と元浜の二人と昼飯を食べていた。

 いつもなら、ここにイッセーを加えた四人でいることが多い。千秋も合流した五人でいることもある。

 

「しかし、イッセーの奴が風邪で休みとはな」

「確かに」

 

 イッセーは風邪で休みということになっている。神父にやられた傷が原因とは言えないからな。

 

「まさか! 実は仮病で、町で女の子とイチャイチャしているんじゃ!?」

「なにぃッ!?」

「・・・・・・やれやれ。なんでそうなるんだよ?」

 

 と言いつつも、アーシアと一緒にいるので、あながち間違いではなかったりする。町ではなく、俺の(うち)でだがな。

 

「クソッ! おかしすぎる!」

「・・・・・・何がだよ?」

「最近、あいつの周りには美女美少女が多いじゃないか!」

「部長や副部長に搭城のことか?」

「千秋ちゃんや千春さんもだ!」

 

 二人は前からだろ。

 

「幼い頃からの幼馴染みである二人はともかく!」

「なんであいつが美女美少女揃いのオカルト研究部に入部できたんだよ! いままで、何人の入部希望者が入部できなかったと思ってるんだ!」

 

 しょうがねぇだろ。実際は部長の眷属の集まりなんだからな。

 

「俺たちと同じモテない同盟の一員だったのに、なぜ、二大お姉さまのリアス・グレモリー先輩と姫島朱乃先輩に学園のマスコットの搭城小猫さんという学園のアイドルがいるオカルト研究部にいるッ!?」

「なぜ、こうも差ができた!? 納得できん!」

 

 ・・・・・・俺に言われてもな。

 

「ただの部員じゃねぇか? 何をそんなにギャーギャーと・・・・・・」

「「あいつの周りに美女美少女がいることが問題なんだよ!」」

「・・・・・・ようは羨ましいだけだろ?」

「「うるせぇぇぇっ!」」

 

 ・・・・・・うるさいのはおまえらのほうだ。

 これ以上、相手をするのも面倒になってきたので、俺はさっさと昼飯を平らげるのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「きゅ、98・・・・・・! きゅ、99・・・・・・! ひゃ、ひゃぁっ・・・・・・くぅぅ・・・・・・! だはぁぁ!」

 

 俺は腕立て百回を終え、疲れからその場で突っ伏してしまう。

 なぜ、こんなことをやっているのかというと、鍛えてほしいと頼んだ明日夏から言い渡された筋トレメニューを実行しているからだ。

 明日夏曰く「まずは基本的な体作りからだ。これをやるやらないで、だいぶ違うからな」らしい。

 とはいえ、こんな本格的なものは初めてなので、悪魔になった身でも、こなすと同時にこのありさまだ。

 

「イッセーさん、これをどうぞ」

 

 アーシアがタオルとスポーツドリンクと明日夏お手製のレモンのはちみつ漬けを差し出してくれる。

 

「ありがとう、アーシア」

 

 受け取ったタオルで汗を拭き、スポーツドリンクを呷ってから、レモンをひとつ口にする。

 明日夏がこのような体作りを言い渡したのは、もうひとつ理由がある。

 それは、昨夜(ゆうべ)のアーシアを守るための話し合いをしていた最中(さなか)だった。

 

『そうだ、おまえを鍛えるうえで確認したいことがある』

『なんだよ?』

『おまえの神器(セイクリッド・ギア)についてだ。その能力次第で、戦い方が変わってくるからな』

 

 それから、俺の神器(セイクリッド・ギア)にどういう力があるのかを調べることになった。

 その結果、わかったことは、俺の神器(セイクリッド・ギア)は『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』って呼ばれるもので、その力は所有者の力を倍にするっていうものだった。

 それが判明したとき、明日夏は怪訝そうにしていた。どうやら、堕天使たちが危険視するほど強力なものではなく、ありふれたものらしい。

 つまり、俺はカン違いで殺されたことになる──って、なんだよそりゃ!?

 とりあえず、神器(セイクリッド・ギア)の力を活かすため、基礎能力を上げる意味でも、この筋トレメニューを行っていた。基礎能力が高ければ、倍になったときの爆発力が大きいからな。

 にしても、力を倍にするだけって、アーシアのと比べると、ショボいよなぁ。

 おまけに、それを危険なものとカン違いされて殺されたんだもんなぁ。

 まぁ、嘆いていても仕方ねぇ!

 アーシアを守るために、そして、ハーレム王になるためにも強くならないとな!

 

「おっしゃ! 休憩はこのくらいにして、再開するか!」

「頑張ってください! イッセーさん!」

「ああ!」

 

 こんなかわいい子から応援もされれば、気合いも入るってんだ!

 

「あなたみたいな下級悪魔が、いくら頑張ったところで、所詮下級は下級。無駄な努力よ」

 

 そんな俺を嘲笑うかのような第三者の声が耳に入った。

 

 

―○●○―

 

 

「イッセー兄、どんな感じかな」

「そうだな・・・・・・なんやかんやでこなしてるんじゃないか?」

 

 下校中の俺と千秋は、俺の組んだメニューに取り組んでいるであろうイッセーのことを話していた。

 一応、いま現在のイッセーの身体能力を考慮して組んだメニューなのだから、こなそうと思えばこなせるはずだ。

 ただ、釘をさしてはおいたが、無茶してオーバーワークに取り組んでなきゃいいんだが。

 

「一応、どんな調子か聞いてみるか」

 

 俺はケータイを取り出し、イッセーへ電話をかける。一回めのコール音の途中ですぐに繋がった。

 

「イッセーか? 調子はどう──」

「明日夏ッ! だて──」

 

 ブツッ。ツーツー。

 

「──っ!?」

 

 繋がったと思った瞬間、イッセーの切羽詰まった声が聞こえ、いきなり切れてしまった!

 俺はもう一度かけるが繋がらなかった。

 だて? まさか!

 

「急ぐぞ、千秋! イッセーが危ねぇ!」

 

 俺のただならぬ気配を感じ取ったのか、千秋は険しい表情を浮かべて頷く。

 俺たちは大急ぎでイッセーとアーシアのもとまで走るのだった!

 

 

―○●○―

 

 

 ケータイに明日夏からの電話がかかってきて、急いで堕天使が来たことを伝えようとしたけど、その堕天使が投げつけてきた小さな光の槍でケータイを壊されてしまった!

 

「あの坊やを呼ぼうとしても無駄よ」

「夕麻ちゃん・・・・・・!」

 

 堕天使──天野夕麻ちゃんは言う。

 そう、現れた堕天使は、俺の彼女だった天野夕麻ちゃんだった。もっとも、彼女だったのは演技みたいだけどな。

 

「悪魔に成り下がって無様に生きているっていうのは本当だったのね」

 

 夕麻ちゃんは興味なさげにそう言うと、アーシアのほうを見る。

 

「まったく、あの坊やのおかげでとんだ時間をくわされたわ。なかなかアーシアが見つからないから、もしかしたらと思って来てみれば・・・・・・ビンゴだったってわけね。アーシア。逃げても無駄なのよ」

「いやです! 人を殺めるところに戻れません! レイナーレさま!」

 

 レイナーレ──アーシアが夕麻ちゃんのことをそう呼んだ。それが夕麻ちゃんの本当の名前か。

 

「アーシアを渡すか!」

 

 俺はアーシアを守るように前に出る!

 

「汚ならしい下級悪魔の分際で、気軽に話しかけないでくれるかしら?」

 

 レイナーレは心底、俺を見下したふうに言う。

 俺の脳内で夕麻ちゃんとの記憶が呼び覚まされる!

 くそッ! あいつは堕天使だ! 俺の知っている夕麻ちゃんはいないんだ!?

 夕麻ちゃんの姿がちらつく中、俺は自分にそう言い聞かせる!

 

神器(セイクリッド・ギア)ッ!」

 

 俺は神器(セイクリッド・ギア)を出す!

 

「・・・・・・・・・・・・ぷっ! あはははははッ!」

 

 レイナーレが俺の神器(セイクリッド・ギア)を見た瞬間、盛大に笑い始めた!

 

「何かと思ったら、ただの『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』! 力を倍にするだけの神器(セイクリッド・ギア)の中でもありふれたものじゃない! 下級悪魔にはお似合いねぇ!」

 

 うるせぇ! 知ってるよ、もう!

 

「あなたの持つ神器(セイクリッド・ギア)が危険、そう上から連絡があったから、あんなつまらないマネまでしたのに──好きです! 付き合ってください! ──な~んてね♪ あのとき、あなたの鼻の下の伸ばしようったら! アッハハッハハハハハ!」

「うるせぇ! 黙れ!」

 

 レイナーレの言葉にカッとなり、神器(セイクリッド・ギア)を装着した左腕を彼女に向ける!

 

「そんなものでは、この私に敵いはしないわ! 大人しくアーシアを渡しなさい?」

「いやだ!」

「邪魔をするなら、今度こそ完全に消滅させるわよ?」

「友達くれぇ、守れなくてどうすんだ!」

 

 たぶん、敵わない。明日夏からも、「堕天使と戦うな」、「非常時は逃げろ」って言ってた。でも、こいつが大人しく逃がしてくれるとも思えないし、逃げきれるとも思えない!

 さっきの電話で不審に思った明日夏が急いでこっちに向かってきてるはずだ!

 なら、明日夏が来るまで、時間を稼ぐくらい!

 

「動け! 神器(セイクリッド・ギア)!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 篭手から音声が発せられた瞬間、俺の体に力が流れ込んでくる!

 これが、俺の力が倍になった証だ!

 よし、あとは明日夏が来るまで──。

 

 ズブッ!

 

「──えっ?」

 

 俺の腹から鈍い音が鳴った。

 見ると、俺の腹を光の槍が貫いていた。

 

「ごふっ・・・・・・」

 

 槍が消え、腹に空いた穴から血が吹き出ると同時に、俺は崩れ落ちてしまう。

 

「きゃあああああっ!? イッセーさん!? イッセーさんっ!?」

「わかった? 一の力が二になったところで、大した違いはないわ」

 

 く・・・・・・くっそぉ・・・・・・。

 痛みに苦しんでいたとき、アーシアが腹の傷に癒しの光を当ててきた。

 

「・・・・・・大丈夫ですか?」

「・・・・・・あ、ああ」

 

 すげぇ・・・・・・! 傷の痛みだけじゃなく、光の痛みも消えていく・・・・・・!

 

「ウッフフフフフ。アーシア、大人しく私と共に戻りなさい。あなたの『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』は、そいつの神器(セイクリッド・ギア)とは比較にならないほど希少なの」

 

 この言い分、やっぱり明日夏の言う通り、こいつらはアーシアじゃなく、アーシアの力目当てで!

 

「戻ってくるなら、その悪魔の命だけは取らないでおくわよ?」

「ふざけんな! 誰がおまえなんかに──」

「フゥッ!」

「──っ! アーシア、危ないッ!?」

 

 レイナーレがさっきよりも大きな光の槍を投げつけてきたのを目にした俺は、慌ててアーシアを突き飛ばす!

 

 カッ! ドォォォォォン!

 

「うわあああああっ!?」

 

 俺の足元に刺さった槍が光り輝き、その光の波動によって、俺は後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう!

 クソッ!? いままでの槍とは全然比べものにならねぇ!

 

「いまのはわざと外したの。命中すれば、体はバラバラよ。アーシアの治癒が間に合うかしら?」

 

 レイナーレはアーシアに諭すように言う。

 

「・・・・・・アーシア、ダメだ・・・・・・! そいつの言葉に耳を貸す──」

 

 ズンッ!

 

「ぐあああああっ!?」

 

 俺の右腕に光の槍が突き刺された!

 

「イッセーさん!?」

「あなたもいい加減黙っててくれないかしら? あんまりうるさいと、本当に殺すわよ?」

「わかりました! 私は戻ります! だからもう、イッセーさんを傷つけないでください!?」

「・・・・・・・・・・・・アーシア・・・・・・!? ・・・・・・行くな・・・・・・アーシア・・・・・・!」

 

 ズブッ!

 

「ごふっ!?」

「イッセーさんっ!?」

 

 また、腹に光の槍が突き刺さされた!

 

「もう、やめてください!? イッセーさんも、もう喋ってはダメです!?」

 

 アーシアが涙を流しながら悲痛の叫びをあげている顔が見えたけど、途端に視界がぼやけてきた。

 ヤバい。目が霞む。意識が・・・・・・。

 そんな中、アーシアが俺に駆け寄り、癒しの光を当ててくれた。

 

「イッセーさん、守ってくれようとしてくれたのに、勝手なことをしてしまって、すみません。明日夏さんと千秋さんにも、ゴメンなさい、と伝えてください」

 

 ・・・・・・ダメだ。行くな、アーシア・・・・・・。

 

「さよなら・・・・・・イッセーさん」

 

 アーシアのその別れの言葉を最後に、俺は意識を失うのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・・・・・・・ッセ・・・・・・ッセー・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・イッ・・・・・・イッセ・・・・・・兄・・・・・・」

 

 なんだ? 誰かに呼ばれてるような?

 ていうか、俺、寝ちゃってたのか?

 そう思いながら、再び意識を沈めようとしたら──。

 

「イッセーッ!」

「イッセー兄ッ!」

「──ッ!?」

 

 一際大きな声で呼ばれて、ようやく意識が覚醒する。

 そして、すぐにアーシアが堕天使に連れていかれたことを思い出す!

 

「アーシアッ!?」

 

 すぐにアーシアを助けに行かないと! そう思った俺は慌てて起き上がる!

 

「落ち着きなさい、イッセー」

 

 慌てる俺にかけられる低い声音。

 

「部長!?」

 

 声がするほうを見れば、部長がいた。

 

「なんで部長が──って、ここって、部室?」

 

 周りを見渡してみると、間違いなく、オカルト研究部の部室で、俺は部室のソファーに横になっていたようだ。

 

「なんで俺、部室にいるんだ?」

「気を失っていたおまえを部長がここに運んだんだ」

「明日夏!?」

 

 俺の近くには、かなり険しい表情をした明日夏と涙を浮かべながら安堵したような様子の千秋がいた。

 また、千秋に心配かけちまったみたいだな。

 

「そうだ、明日夏! アーシアがっ!」

「ああ、知ってる」

「なら、すぐに助けに行かないと!」

「待ちなさい。まずは、色々と説明してもらいたいのだけど?」

 

 部長の声音がさらに低くなる。

 明日夏はあまり時間をかけないようにと、アーシアと俺たちのことを部長へ簡潔に説明する。

 どうやら、明日夏が駆けつけたときには、気を失った俺しかいなく、そこへ堕天使の気配を察知した部長たちが現れたそうだ。

 

「そう。あのとき、一人残ったときはもしやと思ったけど・・・・・・ずいぶんと勝手なことをしたものね、明日夏? それに、千秋も。そして、イッセーも」

「うっ・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 明日夏たちはともかく、部長の眷属の俺まで勝手なことをしたものだからか、見るからに部長が不機嫌だ。

 

「部長──」

「ダメよ。あのシスターの救出は認められないわ」

 

 アーシアの救出を願いでる前に、部長に俺の願いを却下される。

 

「アーシアは友達なんです!」

「でも、彼女は元々神側の人間。私たちとは根底から相容れない。堕天使のもとへ降っていたとしても、私たちが敵同士であることに変わりはないわ」

「アーシアは敵じゃないです!」

「だとしても、堕天使側の者よ」

「あいつらは、アーシアのことを──」

「ええ。そのことは、明日夏から聞いたわ。でも、それはあくまであなたたちの推論にすぎないわ。これが彼らの独断専行だという確証がないわ」

「でも──」

 

 パァン!

 

 部室内に乾いた音が鳴り響く。

 なおも食い下がる俺の頬を、部長に平手打ちにされたのだ。

 

「何度言えばわかるの? ダメなものはダメよ。彼女のことは忘れなさい。あなたはグレモリー家の眷属なのよ」

「・・・・・・じゃあ、俺をその眷属から外してください。そうすりゃ、俺一人で・・・・・・!」

「できるはずないでしょう?」

「俺って、チェスの『兵士(ポーン)』なんでしょう? 『兵士(ポーン)』の駒くらい、一個消えたって──」

「お黙りなさいッ!」

「っ!?」

 

 部室に部長の怒声が響く。

 

「なら、部長。俺と千秋がアーシアを助けに行きます。眷属じゃない俺たちなら──」

「ダメよ。明日夏と千秋も、これ以上勝手なことをすることは許さないわ。知っているでしょう? ここは私の管理する町。そこで問題を起こすのなら、私たちはあなたたち二人を拘束しなきゃいけなくなる。私はそんなことしたくないわ」

 

 俺たちと部長は睨み合う。

 クソッ! こうしている間にも、アーシアが!

 そこへ、朱乃さんが部長に近寄り、何かを耳打ちする。

 

「急用ができたわ。私と朱乃は少し外出します」

「部長!? 話はまだ終わっ──」

「イッセー。あなたは『兵士(ポーン)』を一番弱い駒だって思っているわけね?」

「──っ、『プロモーション』のことですか?」

「もう、プロモーションのことは知っているのね。そう、『兵士(ポーン)』には『(キング)』以外の駒に昇格できるわ。ただ、いまのあなたでは、『女王(クイーン)』への昇格は、負荷がかかりすぎるため無理ね。でも、それ以外の駒なら可能よ。それから、あなたの神器(セイクリッド・ギア)だけど」

「『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』っていう、力を倍にする神器(セイクリッド・ギア)です。明日夏から教えてもらいましたし・・・・・・夕麻・・・・・・堕天使も言ってました」

 

 部長は俺に歩み寄ると、先程とは違って、優しく微笑みながら、頬を手で撫でて言う。

 

「想いなさい。神器(セイクリッド・ギア)は、持ち主の想う力で動くの。その思いが強ければ強いほど、必ずそれに応えてくれるはずよ」

 

 想いの・・・・・・力?

 

「最後に、プロモーションを使ったとしても、駒ひとつで勝てるほど、堕天使は甘くないわ」

 

 それだけ言うと、部長は朱乃さんを連れて、どこかへと転移していった。

 

「・・・・・・そのくらい、わかってますよ」

 

 俺はその場で踵を返すと、木場が呼び止めてくる。

 

「行くのかい?」

「ああ。止めたって無駄だからな」

「待って、イッセー兄!?」

 

 千秋が血相を変えて俺を呼び止める。

 

「悪いな、千秋。これ以上、おまえや明日夏に迷惑をかけられねぇからな」

 

 そして、そのまま一人でアーシアのもとへ向かおうとしている俺に、木場はなおも語りかけてくる。

 

「殺されるよ?」

「・・・・・・たとえ死んでも、アーシアだけは逃がす!」

「いい覚悟──と言いたいけど、やっぱり無謀だ」

「うるせぇ、イケメン! だったら、どうすりゃいいんだよ!? こっちとら、時間がねえんだよ!」

「イッセー兄っ!」

 

 千秋がいまにも泣き出しそうな顔で、俺の制服の裾を掴む。

 

「はなしてくれ、千秋!」

「いやッ!」

 

 なんとか千秋の手をはなさせようとするけど、千秋は頑なにはなしてくれない。

 

「二人とも、少し落ち着け」

 

 なぜか、部長に物申していたときと違って、明日夏は妙に落ち着き払っていた。

 

「二人とも、さっきの部長の言葉を思い出してみろ」

 

 部長の言葉? 言われた通り思い出してみるけど、それがなんだってんだ?

 

「気づかねぇか? 部長は『プロモーションしても』って言ってただろ? これ、遠回しにプロモーションの許可を出したってことだろ?」

「「ッ!」」

 

 言われてハッとする!

 つまり、部長はアーシアを助けに行くのを許可してくれたということか!

 

「そして、『駒ひとつで勝てるほど、堕天使は甘くない』とも言った。これは、おまえに同行してフォローをしろっていう意味の指示──そうなんだろ、二人とも?」

 

 明日夏は流し目で木場と小猫ちゃんのほうを見る。

 

「正解。結構冷静だね、キミ」

 

 そう言いながら、木場は腰に剣を差していた。

 見ると、小猫ちゃんもいつでも出れるといった様子だった。

 

「ダチの危機だからこそ、冷静にならねぇといけないからな」

 

 そう言う明日夏も、戦闘時に着ていたコートを着込んでいた。背中には、あの刀も背負っている。

 

「なら、俺と千秋が行っても問題ないよな?」

「うん。大丈夫だと思うよ。ダメだったら、キミたちを止めるように言われてただろうからね」

「なら、遠慮なく。それと、イッセー」

「な、なんだよ?」

 

 なんか、明日夏がジト目で睨んでくる。

 

「今更迷惑をかけないようになんて水くさいこと言うんじゃねぇよ。ましてや、俺たちもアーシアの友達なんだからな」

 

 そうだったな。友達を助けたい気持ちは明日夏たちも同じか。

 

「それから──」

 

 明日夏は顎で千秋を指す。

 

「・・・・・・イッセー兄」

 

 見ると、千秋はスゴく怒った様子で、泣きそうな顔をしていた。

 

「・・・・・・イッセー兄、あんなこと、二度と言わないで・・・・・・!」

「えっ?」

「『たとえ死んでも』なんて・・・・・・!」

「あっ」

 

 千秋が怒ってるのはそれか。

 だよな。千秋にとっちゃ、そのセリフは許せないよな。

 俺は千秋の頭を撫でながら言う。

 

「ごめん、千秋。俺は絶対に死なないよ。生きて、アーシアを助ける!」

「うん!」

 

 ようやく、千秋が笑顔を浮かべてくれた。

 

「話はまとまったかい?」

「ああ!」

 

 話はまとまった! 待ってろよ、アーシア! いま行くからな!

 

 

―○●○―

 

 

 俺、イッセー、木場、塔城はアーシアが捕らわれているであろう町外れの教会の前にいた。

 千秋には陽動を買って出てもらい、教会の裏方面から向かってきてもらっている。それにあいつは、屋内よりも、屋外向きだからな。

 

「・・・・・・なんつう殺気だよ」

 

 イッセーが言うように、教会から濃密な殺気がヒシヒシと感じる。

 

「神父も相当集まってるようだね」

「マジか。来てくれて助かったぜ」

「やれやれ。水くさいこと言うなよ」

「だって、仲間じゃないか。・・・・・・それに個人的に神父や堕天使は好きじゃないからね。憎いと言ってもいい・・・・・・」

「木場?」

 

 神父や堕天使の名を口した木場の表情は、とてもドス黒いものを感じた。まるで、その胸に強い憎しみを抱いているようだった。

 過去に何かあったのか? それもたぶん、悪魔になる前に。

 

「あれ? 小猫ちゃん?」

 

 そんな中、塔城が教会の入口の前に立つ。

 

「・・・・・・向こうも私たちに気づいてるでしょうから」

 

 ま、だろうな。教会の周りに誰もいないってことは、俺たちが来ることを見越して、中の守りに集中させているってことだろうからな。

 なら、コソコソしててもしょうがねぇか。

 俺たちも教会の入口の前に立つと、塔城は教会の扉を蹴破る。

 入口を潜り、中を見渡すと、酷い有様が目に入った。とくに目につくのは、聖人と思われる彫刻の頭部が、明らかに意図的に壊されていたことだった。

 

「・・・・・・ひっでぇもんだなぁ」

「・・・・・・はぐれの中には、こういう冒涜行為に酔いしれる奴もいるからな」

 

 以前に会ったことあるはぐれ神父の中に、似たようなことをやっていた奴がいたことを思い出す。

 

 パチパチパチ。

 

 突如、教会内に鳴り響く乾いた拍手音。柱の影から人影が現れる。

 

「やあぁやあぁやあぁ! 再会だねぇ! 感動的ですねぇ!」

「フリード!」

「・・・・・・出たか」

 

 現れたのは、先日、イッセーを襲った少年神父。イッセーから聞いた名前は、フリード・セルゼン。

 

「俺としては二度会う悪魔なんていないって思ってたんスよぉ。ほら俺、メチャクチャ強いんでぇ──一度会ったら即これよ──でしたからねぇ」

 

 フリードは手刀で首を斬るような動作をする。

 

「・・・・・・だからさぁ、ムカつくわけよ・・・・・・俺に恥かかせたてめぇらクソ悪魔とクソ人間のクズ共がよぉ!」

 

 憎悪を剥き出しにした表情で、フリードは取り出した銃を舐める。

 ・・・・・・教会の連中もよく、こんな奴を一時期とはいえ、教会に置いていたな。

 

「アーシアはどこだ!」

「あぁ〜、悪魔に魅入られたクソシスターなら、この祭壇から通じてる地下の祭儀場におりますですぅ」

 

 地下か。たぶん、そこには天野夕麻と多数の神父もいるのだろう。

 

「まぁ、行けたらですけどねぇ」

「「ッ!」」

神器(セイクリッド・ギア)ッ!」

 

 その言葉と同時に、イッセーは神器(セイクリッド・ギア)を出し、俺たちは構える。

 そんな中、塔城は自慢の怪力で教会にあった自身の何倍もあるであろう長椅子を持ち上げていた。

 

「・・・・・・潰れて」

 

 塔城はそのまま、長椅子をフリード目掛けて投げつける。

 

「ヒャッホォ!」

 

 フリードはそれを剣で縦に真っ二つに斬り裂いてしまう。

 

「しゃらくせぇんだよ。このチビ」

「・・・・・・チビ」

 

 どうやら、気にしていたのか、怒った塔城が長椅子を投げまくる。

 

「ヒャッハァ!」

「「「ッ!」」」

 

 フリードも投げつけられる長椅子を避けながら、正確に銃で撃ってくる!

 

「ッ!」

「フッ!」

 

 塔城の投げる長椅子に紛れていた木場がフリードに斬りかかる。

 

「しゃらくせぇ! 邪魔くせぇ! とにかく、うぜぇ!」

 

 木場は自慢の俊足を駆使して、多方向からフリードに斬りかかるが、フリードもフリードで、木場の動きに対応してやがった。

 

「やるね」

「あんたも最高。本気でぶっ殺したくなりますなぁ」

 

 二人がつばぜり合いに入った瞬間、俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を手に駆け出す!

 

「ッ!」

「ハァッ!」

 

 木場とつばぜり合いをしているフリードを背後から斬りかかる!

 

「「ッ!?」」

 

 だが、フリードはありえない身のこなしで俺の斬撃を避けやがった!

 そのまま、銃口を俺に向けてくる!

 

「ッ!」

 

 俺は撃たれた銃弾をコートの袖で防ぐ!

 フリードは俺を撃ったあとに、木場にも銃弾を撃ち込む。

 

「ハッ!」

 

 だが、木場もフリードに負けない身のこなしで宙返りをして銃弾を避ける。

 俺たちが銃弾に対処をしている()に、フリードは俺たちから距離を取る。

 俺は距離を取ったフリードにナイフを投げつけるが、投げた瞬間にナイフは撃ち落とされてしまう。

 そして、その銃口をこちらに向けられる!

 俺はすぐさま、木場の前に出て、顔の前で腕を交差させる!

 放たれた銃弾は全て俺に命中するが、戦闘服の防弾機能でダメージはなしだ。

 

「チッ。そのコート、防弾かよ! メンドくせぇな!」

「・・・・・・そっちこそ、二人を相手にしてよく言うぜ。デタラメな身のこなしや反応速度を持ちやがって」

 

 ナイフを即座に撃ち落とした反応速度。おそらく、バーストファングを警戒してだろう。あの感じじゃ、バーストファングを使うのは控えたほうがいいな。

 やっぱりこいつ、厄介だな。たった一人でここに配置されただけはある。

 

(木場)

(なんだい?)

(どうにかして、不意をついて、あいつにスキを作ってやれないか?)

(一応、切り札はあるよ。たぶん、それでスキは作れるはずだよ)

(なら、頼む。そのスキをついて、奴の動きを封じる。そこをイッセーに決めさせる)

 

 イッセーは俺たちの戦いに呆然としていて、ついてこれていない状態だったが、それでも、虎視眈々とフリードのスキをうかがっている。

 それに、フリードは俺たちに集中している。スキを作られた状態での突然のイッセーの不意打ちには、対応が少し遅れるはずだ。

 俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を鞘に収め、代わりにナイフを二本取り出す。

 

「頼むぞ!」

「了解!」

 

 木場が駆け出すと同時に、フリードに気づかれないように、イッセーにアイコンタクトを送って、「俺たちがスキを作るから、おまえが決めろ」と伝える。

 伝わってくれたのか、イッセーは頷いてくれた。

 

「僕も少しだけ本気を出させてもらうよ!」

 

 そう言った木場の剣が、闇に覆われる。

 その闇で覆われた剣で木場は斬りかかる。

 

「ウェヘヘヘェ! ヘヤァッ!」

 

 木場の剣の変化をコケ脅しと判断したのか、フリードは特に気にすることなく、木場に斬りかかる。

 二人の剣が再びつばぜり合いになった瞬間、変化が起こった。

 

「ッ!? なんだよ、こりゃっ!?」

 

 木場の剣を覆っていた闇が、フリードの光の剣を侵食し、光を消失させていく!

 

「『光喰剣(ホーリー・イレイザー)』、光を喰らう闇の剣さ」

「て、てめぇも神器持ちかぁッ!?」

 

 あの剣、魔剣だったのか。光を使う天使に堕天使、悪魔祓い(エクソシスト)には有効な能力だな。

 

Attack(アタック)!」

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)の機能で身体能力を強化し、駆け出す!

 

「クソッタレがぁ!」

 

 フリードは木場の魔剣の力で使い物にならなくなった剣を捨て、拳銃の銃口をこちらに向けてくる。

 

「ッ!」

 

 放たれた銃弾を身を屈めてかわし、ナイフの一本をその場に突き刺し、そのまま反動をつけてフリードを飛び越える!

 

「っ!?」

 

 フリードを飛び越えた俺がナイフを力いっぱいに引っ張ると、フリードは突然、苦しそうに首に手を当てる。

 いま使っている二本のナイフは、柄にワイヤーが付けられており、ナイフ同士はワイヤーで繋がっている。そのワイヤーでフリードは首を絞められているのだ。

 

「いまだ、イッセー!」

「動けぇぇッ!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 神器(セイクリッド・ギア)の能力で力が倍になったイッセーは、フリード目掛けて駆け出す。

 

「ッ!」

 

 ガキンッ!

 

「ッ!?」

 

 フリードは床に刺さったナイフを銃弾で弾いて、首に巻きついているワイヤーを緩めやがった!

 

「しゃらくせぇ!」

 

 フリードは銃口をイッセーに向ける。

 

「プロモーションッ!」

 

 その瞬間、イッセーはプロモーションで自身の駒を昇格させる。

 

「『戦車(ルーク)』の特性は、ありえない防御力と──」

 

 フリードの撃った銃弾は、イッセーに命中しても、弾かれるだけだった。

 

「──マジですか」

 

 その光景に、真顔で驚愕するフリード。

 

「バカげた攻撃力ッ!」

「痛ぁぁいっ!?」

 

 フリードの顔面にイッセーの拳が食い込む!

 

「あっ!? あぁぁぁぁぁっ──ぐぎゃっ!?」

 

 そのままフリードは床で一回バウンドして、後方に吹っ飛ばされ、長椅子のひとつに叩きつけられた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、アーシアにひでぇことしやがって! 少しスッキリした!」

 

 粉砕された長椅子を破片を払いながら、フリードはヨロヨロと立ち上がる。その顔には憤怒の表情を浮かべていた。

 

「ざっけんな・・・・・・! ふざけんなよ、このクソがぁぁッ!」

 

 新たに二本の剣を取り出して、フリードは飛びかかってくる。

 

「痛ぁぁぁいっ!?」

 

 そこへ、塔城の投げた長椅子が直撃する。

 トドメをさそうと、俺と木場は斬りかかるが、結構ダメージを与えているにも関わらず、奴はその身体能力を駆使して、俺たちから距離を取る。

 

「俺的に、悪魔に殺されんのだけは勘弁なのよねぇ! なわけで──はい、チャラバ!」

「「「「ッ!?」」」」

 

 フリードが何かを床に叩きつけた瞬間、眩い閃光が襲い、視界が潰される!

 閃光が晴れると、フリードはもう、そこにはいなかった。

 

「逃げやがった!?」

「・・・・・・引き際もしっかりしてるな」

「とにかく、先を急ごう」

「そうだな。あんまりモタモタしてられねぇ!」

「ああ!」

 

 塔城が祭壇を破壊すると、そこに地下へと通じる階段が現れた。

 俺たちは急いで階段を駆け下りる。

 すると、開け放たれた扉が見えてくる。

 明らかに誘ってやがるな? いやな予感がする!

 俺たちは躊躇なく、扉を潜る。

 

「いらっしゃい、悪魔の皆さんに坊や。遅かったわね」

 

 天野夕麻が、奥の階段の上に立てられた十字架のそばで佇んでいた。階段の前には、大勢の神父が群がっている。そして、十字架には眠っているアーシアが磔にされていた!

 

「アーシアァァッ!」

「・・・・・・イッセー・・・・・・さん・・・・・・?」

 

 イッセーの叫びが聞こえたのか、アーシアは薄らと目を開く。

 

「アーシア! いま行く──」

 

 イッセーがアーシアのもとまで駆け出そうとした瞬間、天野夕麻が光の槍を投げつけてきた!

 

「イッセー!」

「兵藤くん!」

 

 慌てて、俺と木場がイッセーの腕を引いて、槍は当たらずすんだが、床に刺さった槍が強烈な光を発し、その波動で俺たちは後方に吹き飛んでしまう!

 

「「「ぐっ・・・・・・」」」

 

 その際に、俺たちは背中を打ち付けてしまう。

 

「感動の対面だけど、残念ね。もう、儀式は終わるところなの」

「あああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 十字架が不気味に輝きだし、アーシアは苦しみに叫ぶ!

 

「アーシアっ!?」

「ああっあああぁぁぁぁぁっあっあっあああああぁぁぁぁぁあああああああ──っ!?」

 

 アーシアの胸から、淡い緑色に光るものが飛び出し、アーシアは糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちる。

 

「『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』、ついに私の手に!」

 

 その言葉が指し示す事実は・・・・・・アーシアの死。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 幼馴染み、怒ります!

 明日夏兄に陽動を言い渡された私は現在、教会の裏方面の林にやってきていた。

 明日夏兄の予想だと、私たちが裏側から来ると予想した堕天使がここで待ち伏せている可能性があるとのこと。それを引きつけるのが私の役目。

 

「ッ!」

 

 誰かの気配を感じられた。

 私は気配を消して身を隠しつつ、気配を感じたほうへ向かう。

 

「ハァ〜、退屈ぅ。どうしてうちが見張りなんてぇ」

 

 そこには、木の枝に座り、何やら不満を漏らしている金髪の少女がいた。

 金髪と服装から、明日夏兄から聞いたミッテルトという名の堕天使の特徴に一致した。

 確認できたのは、そのミッテルト一人。

 もしかしたら、敵を見つけると同時に他の堕天使が来るのかもしれない。

 そう判断した私は、少し揺さぶるため、彼女に向けて冬夜兄が私のために特注してくれた弓、黒鷹(ブラック・ホーク)を構える。

 当てないように照準を合わせ、矢を射る!

 

 ドスッ!

 

「ひぃっ!?」

 

 射った矢は、真っ直ぐ飛んでいき、堕天使の顔をかするように木に突き刺さった。

 そのことに驚いたミッテルトは、マヌケな声を出して仰天していた。

 

「だ、誰だゴラァ!?」

 

 怒声を放つミッテルトに見つからないように身を隠す。

 

「この野郎! 出てきやがれ!」

 

 ミッテルトに見つからないように場所を移動し、もう一回矢を射る!

 

「にょわっ!?」

 

 今度も当たらないように射ったため、彼女の顔面スレスレで矢は外れた。

 

「クッソォ! 裏から来ることは予想してたけど、まさか、こんなふうに不意打ちしてくるなんて!?」

 

 憤るミッテルトをよそに、私はもう一度黒鷹(ブラック・ホーク)を構える。

 

 パァァァ。

 

 すると突然、紅い光を放つ魔法陣が現れた。

 そして、魔法陣から部長と朱乃さんが現れた。

 

「・・・・・・やっと出てきたか・・・・・・ンンッ」

 

 私のことを部長たちと勘違いしたミッテルトは、一度咳払いし、礼儀正しく振る舞い始める。

 

「これはこれは。わたくし、人呼んで堕天使のミッテルトと申します」

「あらあら、これはご丁寧に」

「ていうか、さっきから不意打ちばっかしやがって、この卑怯者!」

「? なんの話かしら? 私たちはたったいま来たとこなのだけれど」

「しらばっくれんな! あの矢はあんたらのもんでしょうが!?」

 

 部長はミッテルトが指し示した私が射った矢を見る。

 

「あの矢は──なるほどね」

 

 前に黒鷹(ブラック・ホーク)の矢は見せているので、部長は私がここにいることに気づいたようです。

 部長たちが来れば、十分に陽動になるだろうと考えた私は、部長たちのところに姿を現す。

 

「あら、千秋。姿を現して大丈夫なの?」

「はい。部長たちが来た段階で、私の役目は完了したと思うので」

 

 相手に私一人だと感づかせないために隠れていたわけですから。

 

「さっきの矢はてめぇのしわざかよ! フン。弱い人間らしい手だこと」

 

 私が現れたことに、最初は訝しんでいたミッテルトだったけど、私が人間だとわかった途端、見下し始める。

 明日夏兄の言う通り、彼女らは私たち人間を格下の存在だと思い込んでいるみたいだった。

 

「さて、こうして待ち伏せていたということは、私たちに動かれるのは、一応は怖いみたいね?」

「ううん。大事な儀式を悪魔さんに邪魔されたら、ちょっと困るってだけぇ」

「あら、ごめんなさい。たったいま、うちの元気な子たちがそちらに向かいましたわ」

「えっ、本当!? やだ、マジっスかぁ!?」

「うん。私たちは陽動。本命はもう正面から乗り込んでる」

「しまったぁぁっ!? 裏からこっそり出でくると予想してたのにぃぃっ!」

 

 地団駄を踏むミッテルトだったけど、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

「まぁ、三下なんか何人邪魔しようとモーマンタイじゃねぇ? うん、決めた、問題なし。なんせ、本気で邪魔になりそうなのは、あなた方お二人だけだもんねぇ」

 

 人間を格下と思い込んでいる彼女にとって、私は物の数に含まれていないようだった。

 

「わざわざ来てくれて、あっざーっス」

「無用なことだわ」

「え?」

「私は一緒に行かないもの」

「へぇー、見捨てるってわけ? まぁ、とにかくあれよ。主のあんたをぶっ潰しちゃえば、他の下僕っちはおしまいになるわけだしぃ。いでよ♪ カラワーナ♪ ドーナシーク♪」

 

 ミッテルトがその名を呼ぶと、私たちの背後に二人の堕天使が現れた。

 

「何を偉そうに」

「あいにく、また(まみ)えてしまったようだな、グレモリー嬢」

「フン。貴様から受け取ったあのときの借り、ここで返させてもらおう」

 

 一人は、私が以前戦った堕天使カラワーナ。もう一人はおそらく、明日夏兄が以前戦ったという堕天使ドーナシークなのだろう。

 

「あらあら、お揃いで」

「ふふ」

 

 堕天使の増援が現れたのにも関わらず、部長と朱乃さんは余裕の態度を崩さない。

 でもそれは、堕天使たちのような相手を侮った慢心によるものじゃなく、相手の実力をきちんと測ったうえでの強者の余裕というものだった。

 

「我らの計画を妨害する意図が貴様らにあるのは、すでに明白」

「死をもって贖うがいい」

 

 堕天使たちは翼を羽ばたかせ、空中に飛び上がって、抗戦の意を見せる。

 

「朱乃」

「はい、部長」

 

 朱乃さんが手を上げると、(いかずち)が朱乃さんを包み、着ていた服装が学生服から巫女装束へと変わった。

 大和撫子と呼ばれる朱乃さんには、非常によく似合っていた。

 

「なぁにぃッ! うちと張り合ってコスプレ勝負ぅ!?」

 

 ミッテルトが対抗心を燃やしていた。

 あれって、やっぱりコスプレだったんだ。

 でも、朱乃さんのは、コスプレというよりも、私たちの戦闘服に近いものを感じた。朱乃さんって、元々そういう家系の生まれなのかな?

 

「ハッ!」

 

 朱乃さんが印を結んだ瞬間、このあたり一帯が結界で隔離された。

 

「結界だと!?」

「クッ!?」

「これって、かなりヤバくねぇ!?」

 

 自分たちが閉じ込められた事実に、堕天使たちは焦りを見せ始めた。

 

「うっふふ、この檻からは逃げられませんわぁ」

 

 朱乃さんが恍惚した表情で指を舐めていた。

 ・・・・・・朱乃さん、Sモードに入ってますね・・・・・・。

 

「貴様ら、最初から!?」

「ええ。あなた方をお掃除するつもりで参りましたの。ごめんあそばせ」

「うちらはゴミかい!?」

 

 部長が不敵に堕天使たちに告げる。

 

「おとなしく消えなさい」

 

 だが、それを聞いた堕天使たちはなぜか、余裕を取り戻していた。

 

「フン、せいぜい余裕ぶっているがいい」

「儀式が終われば、貴様ですらかなう存在ではなくなるのだからな」

 

 それを聞いた部長は完全に得心がいった様子だった。

 

「やはり、あなたたちを従えている堕天使は、あのシスターから神器(セイクリッド・ギア)を奪うつもりなのね」

「その通り。自分も他者も治療できる治癒の力を持った堕天使。レイナーレ姉さまはまさに至高の堕天使になるってわけ」

「そうなれば、堕天使としてあの方の地位は約束されたようなもの」

「そして、あなたたちはその恩恵にあやかろうというわけね?」

「あの方はそうしてくると約束してくれたのでな。だが、そのためには、貴様らの存在を許すわけにはいかないのだ」

「それはつまり、あなたたちは上に黙って、独断で行動していると?」

「だとしたら、どうする?」

 

 明日夏兄の推論は的を射ていたみたいだった。

 

「そう。それを聞いて安心したわ。これで心置きなく、私の管理するこの町で好き勝手するあなたたちを消し飛ばすことができるのだから」

 

 部長は大胆不敵に告げる。

 

「我々を甘く見ないでもらおうか!」

 

 ドーナシークのその言葉と同時に、堕天使たちは臨戦態勢に入った。

 

 

―○●○―

 

 

「アーシアッ!?」

 

 アーシアの名を叫ぶが、アーシアはピクリとも反応しない!

 そこへ、レイナーレの歓喜の声が響く。

 

「これこそ、私が長年欲していた力! これさえあれば、私は愛をいただけるわ!」

 

 狂気に彩られた表情で、レイナーレはアーシアから飛び出た光を抱きしめる。

 途端に眩い光が儀式場を包み込む。

 光が止むと、そこには、淡い緑色の光を全身から発するレイナーレがいた。

 

「ウッフフ。アッハハ! 至高の力! これで私は至高の堕天使になれる! 私をバカにしてきた者たちを見返すことができるわ!」

「ざけんな!」

 

 俺は駆け出す!

 

「悪魔め!」

「滅してくれる!」

 

 立ち塞がる神父たち。

 一人の神父による斬撃を神器(セイクリッド・ギア)で防ぎ、そのまま神父を殴り倒す!

 

「どけ! てめぇらに構ってるヒマはねえんだ!」

 

 横合いから斬りかかってきた神父を蹴りでひるんだところを、回し蹴りで蹴り倒す!

 

「ッ!?」

 

 背後からも神父が斬りかかってきたが、そこへ木場が割って入ってくる!

 

「なっ──うおっ? うわっ!?」

 

 木場の闇の剣によって光の剣を浸食され、それを見て驚く神父を小猫ちゃんが投げ飛ばす!

 

Attack(アタック)!」

 

 明日夏の声が聞こえたと思った瞬間、俺の頭上を体から電気を迸らせ、両手にナイフを逆手で持った明日夏が飛び越えていった!

 

「「っ!?」」

 

 明日夏はそのまま、神父二人に飛びかかり、神父二人を押し倒しながら手に持つナイフを神父二人の首に突き刺した!

 神父からナイフを抜き、明日夏は神父の集団に向かって飛び出す。木場と小猫ちゃんも明日夏に続く。

 三人は次々と神父たちを薙ぎ倒していき、階段までの道が開けた!

 明日夏がアイコンタクトで伝えてくる。「ここは俺たちに任せて、おまえは行け」と。

 明日夏! 木場! 小猫ちゃん!

 

「サンキュー!」

 

 三人に感謝して、三人が開いてくれた道を駆け抜ける!

 

「アーシアァァッ!」

 

 アーシアの名を叫びながら、階段を駆け上る!

 

「・・・・・・アーシア・・・・・・」

 

 そして、ようやくアーシアのもとにたどり着くが、アーシアはまるで、糸が切れた人形のようにグッタリとしていた。

 

「ここまでたどり着いたご褒美よ」

 

 そう言い、レイナーレが指を鳴らすと、アーシアを拘束していた鎖が消失する。

 

「アーシアッ!」

 

 戒めが解かれ、倒れ込んでくるアーシアを抱き抱える。

 

「アーシア、大丈夫か!?」

「・・・・・・・・・・・・んぅ・・・・・・イッセー・・・・・・さん・・・・・・」

「・・・・・・迎えに来たぞ。しっかりしろ」

「・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・」

 

 アーシアの返事は弱々しく、生気を感じさせなかった。

 

「その子はあなたにあげるわ」

「ふざけんな! この子の神器(セイクリッド・ギア)を元に戻せ!」

「うふ、バカ言わないで。私は上を欺いてまで、この計画を進めたのよ? 残念ながら、あなたたちはその証拠になってしまうの。でも、いいでしょ? 二人仲良く消えるのだから」

 

 クソッ・・・・・・レイナーレを見ると、夕麻ちゃんの影がチラついてしょうがねぇ!

 

「兵藤くん! ここでは不利だ!」

 

 下のほうから、木場の叫びが聞こえるが、俺の耳には入ってこなかった。

 

「・・・・・・夕麻ちゃん・・・・・・」

「あら、まだその名で呼んでくれるのね」

「・・・・・・初めての彼女だったんだ・・・・・・」

「ええ。見ていて、とても初々しかったわよ。女を知らない男の子は、からかいがいがあったわ」

「・・・・・・大事にしようと、思ったんだ・・・・・・!」

「うっふふ、ちょっと私が困った顔を見せると、即座に気をつかってくれたよねぇ。でもあれ、全部私がわざとそういうふうにしてたのよぉ。だって慌てふためくあなたの顔、とってもおかしいんですもの!」

「・・・・・・俺・・・・・・夕麻ちゃんが本当に好きで・・・・・・初デート、明日夏と相談しながら念入りにプラン考えたよ・・・・・・絶対にいいデートにしようと思ってさ・・・・・・」

「アッハハハハハ! そうね、とても王道なデートだったわ。──おかげでとってもつまらなかったけどね」

「・・・・・・夕麻ちゃん・・・・・・!」

「夕麻──そう、あなたを夕暮れに殺そうと思ったから、その名前にしたの。なかなか素敵でしょう? なのに死にもしないで、すぐこんなブロンドの彼女作っちゃって──ひどいわひどいわ! イッセーくんったらぁ! またあのクソおもしろくもないデートに誘ったのかしらぁ? あっ、でも田舎育ちの小娘には新鮮だったかもねぇ! 『こんな楽しかったのは、生まれて初めてですぅ!』とか言ったんじゃない? アッハハハハハ!」

 

 そこで俺は我慢の限界を迎え、怒声を張り上げる!

 

「レイナーレェェェェッ!!」

「腐ったガキが、その名前を気安く呼ぶんじゃないわよ! (けが)れるじゃない!」

 

 こいつのほうこそ、よっぽど悪魔じゃねぇか!

 

「ハァッ!」

「クッ!」

 

 レイナーレが槍を高く掲げ、勢いよく突き刺そうとしてきた!

 アーシアを抱えて身構えた瞬間──。

 

 バシュゥゥッ!

 

「ッ!? 明日夏!」

 

 俺たちの間に明日夏が割り込み、レイナーレの刺突を掴んで止めていた!

 

「チッ。また、あなた?」

「明日夏・・・・・・!」

「──行け、イッセー」

「でもっ!」

「──いいから、行け。ここじゃ、アーシアが危険だ。俺たちの目的はアーシアを助けることだ。まずやるべきことは、アーシアを安全な場所に連れていくこと──そうだろ?」

「・・・・・・わかった」

 

 俺はアーシアをお姫様抱っこし、階段を一気に飛び降り、祭儀場の出口めがけて駆け出す!

 途中で神父たちが立ち塞がるが、木場と小猫ちゃんが道を切り開いてくれた。

 

「僕と小猫ちゃんで、道を塞ぐ! 行くんだ!」

「・・・・・・早く逃げて」

 

 俺は無言で頷き、二人が切り開いた道を駆け抜ける。

 出がを前に来たところで振り返る。

 

「木場、小猫ちゃん、帰ったら、絶対俺のこと、『イッセー』って呼べよ! 絶対だからな!」

 

 二人はそれに口元を僅かに動かして微笑んで答える。

 

「いいか! 俺たち、仲間だからな!」

 

 俺は全力で階段を駆け上る。冷たくなる、アーシアを抱えながら・・・・・・。

 

 

―○●○―

 

 

 堕天使たちが放った光の槍をすかさず、朱乃さんが障壁で防ぐ。

 

「ナマやってくれちゃうじゃん」

「フン、その程度の障壁、いつまでもつか」

「貴様らが貼った結界が仇になったな」

「あっ、それとも、結界解いて逃がしてくれちゃう? ノンノノーン。うちらがあんたら逃がさねえっス。あんたの下僕っちも、いまごろ、ボロカスになってるだろうしねぇ。特にほら、レイナーレ姉さまにぞっこんだったあのエロガキ」

「ッ!」

 

 イッセー兄のことを口にされた瞬間、思わずビクッと震えてしまう。

 

「あいつなんて、とっくに──」

「イッセーを甘く見ないことね」

「あん?」

 

 ミッテルトの言葉を、部長が遮った。

 

「あの子は、私の最強の『兵士(ポーン)』だもの」

 

 部長は迷いなく言う。そこには、イッセー兄に対する絶対的な信頼がうかがえた。

 

「『兵士(ポーン)』? ああ、あんたたち、下僕をチェスに見立ててるんだっけ? 『兵士(ポーン)』って、前にズラッと並んでやつよね?」

「フフン、要するに捨て駒か」

「あらあら、うちの部長は捨て駒なんて使いませんのよ」

「貴様はよほどあの小僧を買っているようだが、能力以前に、あいつはレイナーレさまには勝てはしない」

 

 ドーナシークのその言葉を皮切りに、堕天使たちは、イッセー兄のことを嘲笑い始める。

 

「だって元カノだもんねぇ! レイナーレ姉さまからあいつの話を聞いたわ。もう、大爆笑!」

「フハハハ! 言うな、ミッテルト。思い出しただけで、腹がよじれる!」

「まぁ、酒の肴にはなったがな!」

「──笑ったわね?」

 

 堕天使たちの嘲笑を、部長の低い声音が遮る。

 

「私の下僕を笑ったわね?」

 

 部長から明確な怒りが、堕天使たちに向けられていた。

 

「笑ったから、何? もしかして、怒っちゃった!」

「ハハハハ! たいそう、下僕想いなことだ! あの小僧もさぞや、下僕冥利に尽きることだろう!」

「でも、あんなエロガキを下僕にするなんて、趣味悪いんじゃない?」

「言うな、ミッテルト。貴族さまはたいそう、ゲテモノが好きなのだろう!」

 

 部長の怒りを感じて、堕天使たちはさらにイッセー兄を嘲笑い始める。

 怒りが頂点に達したのか、部長が両手に滅びの魔力を練り始めた瞬間──。

 

「──黙ってよ」

 

 私は部長以上に冷たく、低い声音を口にした。

 

「いきなり何よ、あんた?」

「この殺気? そういえば、おまえは私にレイナーレさまのことを尋ねたときにも、このような殺気を放っていたな?」

 

 そして、何かを察したのか、カラワーナが笑いだす。

 

「そうか! おまえ、あの男に惚れているのだな!」

 

 それを聞いて、ドーナシークとミッテルトも笑い始める。

 

「なるほどな! それならば、この殺気も頷ける。想いを寄せる相手を侮辱されれば、腹が立つのも当然か!」

「アッハハハハ! えっ、マジで! あんた、男の趣味悪すぎぃ!」

 

 堕天使たちの笑い声が耳に入るたびに、私の奥底から、ドス黒いものが湧き溢れてくる。

 

「あんな奴のどこがいいんだか?」

「言ってやるな。そこの貴族さま以上にゲテモノ好きなのだろう!」

「それか、恋する自分に酔っているのか?」

「──黙れ」

 

 堕天使たちの嘲笑は止まらない。

 

「あの小僧とのデートとやら、レイナーレさまはたいそう退屈に感じたそうだぞ」

「聞いた聞いた! うちもすっごくつまらないって感じたもん!」

「まぁ、女を知らないガキにできるのは、所詮その程度だろうな」

「ッ!」

 

 もう我慢の限界だった!

 

「──部長」

「──何かしら、千秋?」

「部長の気持ちは察せますが──」

「──いいわ。遠慮なくやってしまいなさい」

 

 部長は私が言わんとしたことを察してくれたようで、朱乃さんと共に下がってくれた。

 私は前に歩み出る。

 

「何? もしかして、あんたがうちらと戦うってんの?」

「フン。リアス・グレモリーといい、貴様といい、我々も甘く見られたものだ」

「まぁいい。私は貴様に借りを返したかったところだったしな」

 

 堕天使たちは光の槍を手に飛び上がる。

 

「にしても、あんな奴のために怒るなんて、いくら惚れてるからってねぇ」

「まぁ、そう言うな。いまごろ、あの小僧は、レイナーレさまによって、あの世だろう」

「なら、すぐにでも、惚れた男のもとに送ってやるとしよう!」

 

 堕天使たちは、自分たちの持つ光の槍を投げつけてきた。

 槍が迫り、私を貫こうとした瞬間──。

 

 ビュオオオオオオオオオオッ!

 

「「「ッ!?」」」

 

 私の周囲を風がうねり、竜巻となって堕天使たちの光の槍を弾いた。

 

「この風! 貴様、神器(セイクリッド・ギア)の持ち主か!?」

 

 『怒涛の疾風(ブラスト・ストライカー)』──私が所有する風を操る神器(セイクリッド・ギア)

 私は周囲に渦巻く風を両手に収束させ、堕天使たちに向けて解放する!

 

「「ッ!」」

「なっ──ぐあああああああっ!?」

 

 ドーナシークとミッテルトには避けられるが、カラワーナだけは逃げ遅れ、暴風が風の暴力となってカラワーナを襲う。

 風が止み、ボロボロになったカラワーナが力なく墜落する。

 

「ぐっ・・・・・・貴様ッ──っ!?」

 

 カラワーナは、憤怒に塗れた表情を向けてくるが、すぐに驚愕の表情に変わった──眼前に迫っている私が射った矢を目にして。

 

「・・・・・・まずは一人」

 

 ドスッ!

 

 カラワーナは、なんの抵抗もできないまま、私の矢によって、額を撃ち抜かれた。

 

「カラワーナ!? おのれ、貴様!」

「やってくれんじゃん!」

 

 残る二人が憤る中、私は新たな矢を射る!

 

「そんなもの!」

「当たるかってんだ!」

 

 二人が矢を避けようとした瞬間、矢が弾け、複数の鏃が飛び散る。

 

「「っ!?」」

 

 予想外の奇襲に二人は慌てて腕で顔を覆うことしかできず、その体に鏃が突き刺さる。

 

「このっ!」

「よくもっ!」

 

 二人は光の槍を手に反撃してこようとするが──。

 

「なっ!? いない!?」

「どこへ──ッ! 後ろだ、ミッテルト!」

 

 私はすでにその場から移動し、風で飛翔してミッテルトの背後を取っていた。

 

「えっ──」

 

 ミッテルトがこちらに振り向くのと、私が矢を射るのは同時だった。

 ミッテルトの胸に矢が刺さり、糸が切れた人形のように、ミッテルトは力なく墜落していった。

 

「ミッテルト!? おのれ!」

 

 憤るドーナシークに向けて、私は別の矢を射る!

 

「クッ!」

 

 ドーナシークはさっきの拡散型の矢を警戒して障壁を展開する。

 

 ドゴォォォン!

 

「ぐおっ!?」

 

 障壁に阻まれた矢は爆発し、そのことにドーナシークは驚愕する。

 そのスキをついて、風による推進力でドーナシークに肉薄する!

 

「クッ!?」

 

 ドーナシークは槍を振るって反撃してくるが、私は風の推力を利用して、ありえない軌道で槍を避ける。

 

「ハァァッ!」

 

 風の推力を乗せた回転を加えた回し蹴りをドーナシークの首筋に叩き込む!

 

「ぐぉあああああああっ!?」

 

 叫び声をあげながら、ドーナシークは地面へと叩きつけられる。

 私はトドメをさそうと、通常の矢を射る!

 

「ぐっ!」

 

 ドーナシークはその場から転がるようにして、私の矢を避けよとする。

 そんな中、私は風を操作し、矢の軌道を変える!

 

「ぐわぁぁっ!?」

 

 矢はドーナシークの肩に突き刺さった。

 

「フッ!」

 

 私は落下の勢いを利用して、ドーナシークの肩に突き刺さった矢を蹴りで杭のように打ち込む!

 

「ぐっ・・・・・・クソッ!?」

 

 深く打ち込まれた矢は、ドーナシークと地面を縫い付けてしまっており、ドーナシークは起き上がることができないでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「っ!? ま、待て──」

 

 ドーナシークの上に馬乗りになった私は、矢を手に振りかぶり、そのままドーナシークの胸に矢を振り下ろす!

 

 ドスッ!

 

 矢を突き刺されたドーナシークは、それで絶命した。

 

 

―○●○―

 

 

「あ〜あ、逃がしてくれちゃって。まぁ、すぐに追いかければ済む話ね」

「──行かせると思うか?」

 

 明日夏くんは、冷たく、低い声音で言う。

 

「あ、そうそう。これ、覚えているかしら?」

 

 そう言って、堕天使は明日夏くんに胸の下あたりを見せつける。そこには、火傷のような傷があった。

 

「あなたにつけられた傷よ。この傷をつけられたときは、至高の堕天使となる私の体によくも傷を、て思ったんだけどねぇ。でも、許してあげるわ。なんせ、いまの私は至高の堕天使なんだから!」

 

 堕天使の手のひらから緑色の光が発せられ、堕天使の傷が跡形もなく消えてしまった。

 

「どう? すごいでしょ? この力を得て至高の堕天使となったいまの私は、この程度の傷に目くじらを立てるほど、器は小さくないの。寛大な心で、あなたを許してあげるわ」

 

 少し厄介だね。傷つけても、すぐに治療されてしまう堕天使。彼女の言う通り、至高の堕天使と言っても、過言じゃないのかもしれない。

 

「だから・・・・・・苦しむことなく、楽に殺して──」

「──少し黙れよ」

 

 堕天使の言葉を、明日夏はさきほど以上に冷たい声音で一蹴する。

 

「・・・・・・ベラベラ、ベラベラ、他人から奪った力を、よくもまぁ、そこまで自分の力のように自慢できるな?」

「だって、その通りだもの。アーシアを見つけたときから、アーシアを含めて私のものだったのだから。──もしかして明日夏くん、さっきイッセーくんに言ったことを怒ってるの? キャー、怖ーい!」

 

 堕天使はわざとらしく、口調を変えて言う。

 

「あのときも思ったけど、あんな奴のために、よくもまぁ、そこまで怒れるものね? いくら友達だからってねぇ」

 

 マズい! 彼女は明らかに、明日夏くんを挑発している!

 

「明日夏くん、それは挑発だ! 冷静になるんだ!」

 

 だが、僕の声は明日夏くんには届いていないようだった。

 明日夏くんのところに向かおうにも、いまだ大勢いる神父たちが阻んでくる。

 

「あなた、友達は選んだほうがいいわよ? あんな、冴えなくて、バカ正直で、女の子一人守れない男と知り合っていなければ、こんなところに来ることもなく、死ぬことなんてなかったのにねぇ! アッハハハハハ!」

 

 堕天使の嘲笑が祭儀場に響く。

 

「あの世で後悔しなさい。あんなガキと出会ったことを、友達になってしまったことを──」

 

 ドゴォォォッ!

 

 祭儀場に響く衝撃音に、堕天使も、神父たちも、僕と小猫ちゃんも硬直してしまう!

 

「──黙れって言ったよな?」

 

 見ると、さっきまでアーシアさんが磔にされていた十字架を明日夏くんが殴りつけていた。十字架を見ると、明日夏くんの打ち付けた拳を中心に、亀裂が入っていた。

 

「至高の堕天使か。確かに至高かもな──薄汚さが」

「なんですって?」

 

 明日夏くんの言葉に、堕天使は僅かに眉をピクつかせる。

 

「よくもまぁ、ヒトをここまでイラつかせてくれたもんだ・・・・・・おかげで、かえって冷静になれたぜ」

 

 明日夏くんのうちには、激しい憎悪が渦巻いているのは明白だった。普通なら、冷静ではいられないくらいに。だが、明日夏くんは至って冷静そのものだった。

 

「おまえ、たしかレイナーレって言ったな?」

「下賎な人間風情が、至高の堕天使たる私の名を──」

 

 堕天使が言葉を最後まで口することはできなかった。

 明日夏くんがナイフを堕天使に向けて投擲していたから。

 

「──ッ!?」

 

 堕天使は、慌てて明日夏くんのナイフを避ける。

 

「ドーナシークたちから、あなたの爆発するナイフのことは聞いているわ!」

「だからどうした?」

「ッ!?」

 

 明日夏くんは、はなっから避けられることを見越していたのか、ナイフを手に堕天使に迫っていた!

 

「チッ!」

 

 堕天使も、光の槍で反撃しようとする。

 そこへ、明日夏くんは、ナイフを堕天使の槍に(ほう)った!

 

 ドゴォォォン!

 

「っ!?」

 

 刹那、明日夏くんのナイフが爆発した!

 さっき、堕天使が言っていた爆発するナイフなのだろう。

 だが、あんな至近距離で爆発させてしまえば!

 現に明日夏くんまでもが、爆炎に巻き込まれてしまっていた!

 爆煙から堕天使が翼を羽ばたかせて飛び出てきた。

 

「また、私に傷を! でも、バカな行いね! あなたと違って、私は傷を治療でき──」

「──Attack(アタック)

「っ──がっ!?」

 

 堕天使が爆発でできた傷を治療しようとした瞬間、爆煙から電気を纏った明日夏くんが飛び出て、堕天使の首を握り絞めた!

 

「どうした? 自分の傷を治療できるんだろう? なら、さっさとやったらどうだ?」

 

 明日夏くんはそう言うが、堕天使は握り絞められた首が苦しいのか、それどころではないといった感じだった。

 

「・・・・・・は・・・・・・なせ・・・・・・!」

 

 堕天使は光の槍を手にし、それを明日夏くんに突き刺そうとする!

 

 ドゴォッ!

 

「・・・・・・っ!?」

 

 だが、そのときにはすでに、堕天使は明日夏くんによって蹴り飛ばされていた!

 

「・・・・・・がっ!?」

 

 壁に叩きつけられた堕天使は、その衝撃に苦悶の声をあげる。

 

 ドシュッ!

 

「っ!?」

 

 その肩に、明日夏くんが投擲したナイフが突き刺さる!

 

「フッ!」

 

 さらに明日夏くんは、複数のナイフを同時に投擲する。

 

「・・・・・・こんなもの!」

 

 堕天使は、光の槍でナイフを振り払おうとする。

 

「俺のナイフのことは聞いてたんじゃないのか?」

「っ!?」

 

 ドゴッドゴォドゴォォォォォォン!

 

 明日夏くんの言葉を聞いた瞬間、堕天使は己の失策に気づくが、ときすでに遅く、堕天使は複数の爆発をその身に受けることとなった。

 

「がぁっ!?」

 

 爆風によって床に叩きつけられた堕天使は、満身創痍といった様子だった。

 明日夏くんは、儀式用の祭壇から飛び降り、トドメをさそうと、堕天使に歩み寄る。

 

「あなたたちっ!? 何をしているのっ!? 早く私を助けなさいっ!?」

『ッ!?』

 

 明日夏くんの一方的な戦いに呆然としていた神父たちだったが、堕天使に言われ、ようやく動き出す!

 

「しまった!」

 

 僕も明日夏くんの戦いぶりに呆然としていたために、神父たちの動きに反応が遅れてしまった!

 神父たちは、一斉に拳銃で明日夏くんを狙い撃つ!

 

「チッ!」

 

 明日夏くんは、腕で顔を覆って銃弾をやり過ごす。

 

「グッ!?」

 

 途端に、纏っていた電気が霧散し、明日夏くんは、苦痛に顔を歪ませて膝をついてしまう!

 それを確認した神父の何人かが、明日夏くんに斬りかかる。

 

「ッ!」

 

 明日夏くんは、近づいてきた神父の一人を刀で斬り伏せ、もう一人を背負い投げで他の神父たちに向けて投げ飛ばす。

 僕と小猫ちゃんは、その間に神父たちを倒しながら、ようやく明日夏くんのそばまでやってこれた。

 

「大丈夫かい、明日夏くん!?」

「・・・・・・ああ。少し無茶をしすぎただけだ。しばらくすれば回復する」

 

 たぶん、無茶というのは、あの電気を体に流すことによる身体能力強化のことだろう。傍から見ただけでも、短時間で何回も強化をするのは、肉体への負担がバカにならないように見えた。

 

「よくも・・・・・・よくも、至高の堕天使たる私の体を・・・・・・!?」

 

 堕天使がいつの間にか、儀式場の出入口の前にいた! その顔には、明日夏くんに対する憎悪の感情が色濃く表れていた。

 

「いいわ。あなたがたいそう大事に思っているお友達を徹底的に痛ぶってあげるわ! あなたのせいでこんな目にあったと、あなたを憎むようになるまで、徹底的にね! あなたたち、それまで、彼らの足止めをしていなさい!」

 

 そう言い残して、堕天使は兵藤くんのあとを追ってしまう!

 そして、神父たちは、出入口を塞ぐように陣取ってしまう。

 

「マズい! 小猫ちゃん、急ごう!」

「・・・・・・はい」

「明日夏くんも行けるかい?」

「ああ!」

 

 僕たちは、イッセーくんのもとまで急ぐため、神父たちを蹴散らしにかかる!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 元カノ、倒します!

 地下の祭儀場から聖堂に戻った俺は、アーシアを長椅子の上に寝かせる。

 

「アーシア、しっかり!? ここを出れば、アーシアは自由なんだぞ! 俺や明日夏たちと、いつでも一緒にいられるようになるんだぞ!」

 

 ゆっくりと目を開けるアーシア。

 微かに上がった手を俺は両手で握りしめる。

 握りしめた手は、とても冷たく、生気が感じられない。

 

「・・・・・・私、少しの間だけでも、お友達ができて幸せでした・・・・・・」

「何言ってんだ! 全部終わったら、遊びに行こうって約束したじゃないか!? 連れていきたいとこ、いっぱいあるんだからな! ゲーセンだろ、カラオケだろ、遊園地だろ、ボーリングだろ、他にはさ・・・・・・あれだよあれ、ほら! そうだ、明日夏以外のダチにも紹介しなきゃ! 松田、元浜って、ちょっとスケベだけど、すっげーいい奴なんだぜ! 絶対、アーシアと仲良くなってくれるからさ! 皆でワイワイ騒ぐんだ! バカみたいにさ!」

 

 涙が止まらない。

 笑いながら話しかけているはずなのに涙が止まらなかった。

 わかってる。理解できている。この子は死ぬんだと。

 それでも否定したかった。こんなことは嘘に決まっている、と。

 

「・・・・・・この国で生まれて、イッセーさんや明日夏さん、千秋さんと同じ学校に行けたら、どんなにいいか・・・・・・」

「行こうぜ! いや行くんだよ! 俺たちとさ・・・・・・!」

 

 アーシアの手が俺の頬を撫でる。

 

「・・・・・・私のために泣いてくれる・・・・・・私・・・・・・もう、何も・・・・・・」

 

 アーシアは涙を流しながら微笑んでいた。

 

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 

 頬を触れている手が静かにゆっくりと落ちていった。

 アーシアは微笑みながら、その言葉を最後に動かなくなった。

 

「・・・・・・アー・・・・・・シア・・・・・・」

 

 アーシアが死んだ。

 

「なんでだよ? なんで死ななきゃなんねぇんだよ? 傷ついた相手なら誰でも・・・・・・悪魔だって治してくれるくれぇ、やさしい子なのに!?」

 

 俺はアーシアを抱きしめ、教会の天井に向かって叫ぶ!

 

「なあ、神さま! いるんだろう!? この子を連れていかないでくれよ!? 頼む! 頼みます! この子は何もしてないんだ! ただ友達が欲しかっただけなんだ!」

 

 天に訴えかけても応じてくれる者はいない。

 

「俺が悪魔になったからダメなんスか!? この子の友達が悪魔だからナシなんスか!? なあ、頼むよ、神さまァァァッ!?」

 

 悔しさに歯嚙みした。

 俺は弱い。俺は無力だ。

 もっと力があれば・・・・・・アーシアを救えるだけの力があれば・・・・・・!

 今更後悔しても、アーシアは目を覚まさない。笑わない。

 

「・・・・・・悪魔が教会で懺悔?」

 

 唐突に投げつけられる言葉。

 

「・・・・・・タチの悪い冗談ね」

 

 振り向くと、地下の階段からレイナーレが上がってきていた。

 その体はボロボロで、息遣いも荒く、肩にはナイフが刺さっていた。

 

「・・・・・・ほら、見てこれ。あなたのお友達にやられたのよ・・・・・・」

 

 レイナーレは憎悪に塗れた表情をこちらに向けていた。

 明日夏がやったのか、あれ?

 ていうか、明日夏は! 木場や小猫ちゃんは!

 レイナーレは、肩に刺さっているナイフをおもむろに掴む。

 

「・・・・・・クッ・・・・・・ああぁ・・・・・・ッ!」

 

 絶叫をあげながら、強引にナイフを引き抜き、ナイフを投げ捨てた。

 

「・・・・・・でも、見て」

 

 レイナーレが肩の傷に手を当てると、淡い緑色の光が発せられ、肩の傷を塞いでいく。

 

「素敵でしょう? どんなに傷ついても治ってしまう。神の加護を失った私たち堕天使にとって、これは素晴らしい贈り物だわ」

 

 そう言いながら、他の傷も治療してしまう。

 

「これで私の堕天使としての地位は盤石に。ああ、偉大なるアザゼルさま、シェムハザさま、お二人の力になれるの──だからこそ、許せないわ! お二人の力になれる至高の堕天使たるこの私に、あそこまで傷を負わせられ、屈辱を味合わされたあの男を! だから、あの男はただでは殺さないわ。私以上の屈辱を味合わせ、苦痛に苦しませ、この私に懺悔させてあげたところで、じっくりいたぶってから八つ裂きにしてあげるわ!」

 

 レイナーレは明日夏に対する憎悪の感情を包み隠すことなく口にする。

 レイナーレの言葉から察するに、明日夏たちは無事のようだ。ここに来ないのは、未だにあの大勢の神父たちと戦っているからだろう。

 

「そのためにも、あなたを利用させてもらうわ。彼はあなたのことが大事なようだからね。目の前であなたをいたぶれば、たいそう苦しむでしょうね。そのためにも、抵抗できないように、あなたの手足を引き裂いてあげるわ。もちろん、じっくりいたぶってからだけれどもね。恨むなら、彼を恨みなさい。彼が余計なことをしなければ、あなたもそんなに苦しむこともなかったでしょうにね。安心して。あの男が苦しむさまを見たら、すぐにそこで寝ているアーシアのもとへ送ってあげるわ。アーシアも、天国で寂しくならないでしょ──」

「──うるせぇよ」

「?」

 

 俺はレイナーレの長ったらしい会話を遮る。

 

「・・・・・・堕天使とか、悪魔とか、そんなもん、この子には関係なかったんだ!」

神器(セイクリッド・ギア)を宿した選ばれた者の、これは宿命よ」

「何が宿命だ! 静かに暮らすことだってできたはずだ!」

「それは無理」

「何が!?」

神器(セイクリッド・ギア)は人間にとって部に余る存在。どんなに素晴らしい力であろうと、異質なものは恐れられ、そして爪弾きにされるわ」

 

 アーシアの悲しげな表情と言葉が脳裏を過ぎる。

 

 ──悪魔も治療できてしまう力を持つような者は異教徒だと。

 ──私、友達がいないので・・・・・・。

 

「仕方ないわ。それが人間という生き物だもの。こんな素敵な力なのにねぇ」

「でも俺は、俺と明日夏と千秋はアーシアの友達だ! 友達としてアーシアを守ろうとした!」

「でも、死んじゃったじゃない! アッハハッ! その子、死んでるのよ? 守るとか、守らないじゃないの! あなたたちは守れなかったの! 特にあなたは! あのときも、そしていまも!」

「・・・・・・わかってるよ・・・・・・だから許せねぇんだ・・・・・・! おまえも・・・・・・そして俺も! 全部許せねぇんだ!」

 

 レイナーレへの、そして無力な自分への怒りが沸き上がる中、部長の言葉が脳裏を過ぎる。

 

 ──想いなさい。神器(セイクリッド・ギア)は、持ち主の想う力で動くの。

 

「返せよ」

 

 ──その想いが強ければ強いほど必ずそれに──。

 

「アーシアを返せよォォォォォッッ!!」

 

 ──応えてくれる。

 

Dragon(ドラゴン) booster(ブースター)!!』

 

 俺の叫びに応えるように、神器(セイクリッド・ギア)が動き出す。

 いままで鳴っていたのと違う音声が鳴り、俺の体に力が駆け巡る。

 

「ウオオオオオオオッ!」

 

 力任せに、レイナーレに殴りかかるが、レイナーレは華麗にそれを避ける。

 

「だから言ったでしょう? 一の力が二になっても、私には敵わないって」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 再び音声が鳴り、俺の中の力がさらに高まる。

 

「デエアアアアアアアッ!」

 

 もう一度殴りかかるが、これも避けられる。

 

「へぇ、少しは力が増した? いいわ。少し遊んであげるわ」

 

 そう言いながら、レイナーレは光の槍を手元に作り出していた。

 

「フッ!」

 

 ズシャァッ!

 

「がっ!?」

 

 レイナーレの投げた槍が、俺の両足の太ももを貫いた!

 貫かれた太ももが、内側から焼かれるように痛かった!

 

「光は悪魔にとって猛毒。触れるだけで、たちまち身を焦がす。その激痛は悪魔にとってもっとも耐え難いのよ? あなたのような、下級悪魔では──」

「──それがどうした?」

 

 俺は光の槍を掴む。光によって手のひらを焼かれるが、構わなかった。

 

「こんなもん、アーシアの苦しみに比べたらァァァッ!」

 

 手を焼かれながらも、槍を引き抜いた。

 

「・・・・・・どうってことねえんだよ!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 さらに籠手から音声が鳴り響く。

 

「大したものねぇ? 下級悪魔の分際でそこまでがんばったのは褒めてあげる。でも──」

「っ!? 力がっ!?」

 

 全身から力が抜けていき、その場で尻もちをついてしまう。

 

「──それが限界ね。下級悪魔程度なら、もうとうに死んでもおかしくないのに。意外に頑丈ね? でも、おかげでいたぶりがいがあるわ!」

 

 レイナーレの嘲笑いが耳に入る中、俺は──。

 

「──神さま・・・・・・じゃダメか、やっぱ」

 

 いつの間にか、そう口にしていた。

 

「・・・・・・悪魔だから魔王か? いるよな、きっと。魔王。俺も一応悪魔なんで、頼み聞いてもらえますかねぇ?」

「何ブツブツ言ってるの? あまりの痛さに壊れちゃった?」

 

 レイナーレの嘲笑を聞きながら、激痛に耐えながら足に力を入れる。

 

「・・・・・・頼みます。あとは何も・・・・・・いらないですから・・・・・・!」

 

 そして、徐々にだが確実に立ち上がる。

 

「そんな!? 嘘よ!?」

 

 レイナーレは立ち上がった俺をみて、信じられないものを目にしたような顔をする。

 

「・・・・・・だから、こいつを──一発殴らせてください!」

「立ち上がれるはずがない!? 体中を光が内側から焦がしてるのよ!? 光を緩和する能力を持たない下級悪魔が耐えられるはず──」

「ああ、いてぇよ。超いてぇ。いまでも意識がどっかに飛んでっちまいそうだよ。でも・・・・・・そんなのどうでもいいくれぇ──てめぇがムカつくんだよォォォォォッ!!」

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 新たな音声が鳴り響いた瞬間、籠手の宝玉が光り輝き、籠手の形状が変化した。

 そして、いままでにないほどの、強大な力が全身を駆け巡った。

 

「この波動は中級・・・・・・いえ、それ以上の!? あ、ありえないわ!? その神器(セイクリッド・ギア)、ただの『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』がどうして!?」

 

 なんのことだかさっぱりだが、レイナーレはひどく怯えているようだった。

 

「ひぃぃっ!? うっ、うう、嘘よっ!?」

 

 俺がレイナーレを睨んだ瞬間、レイナーレは光の槍を慌てながら投げつけてくる。

 

 バキィン!

 

 俺はそれを、籠手を装着した腕の横殴りで弾き飛ばす!

 

「っ!? い、いやぁっ!?」

 

 レイナーレはこちらに背を向け、逃げるように翼を羽ばたかせて飛び上がろうとしていた。

 俺は一気に近づいて、そんなレイナーレの腕を掴む。

 

「ひっ!?」

「逃がすか、バカ!」

「私は・・・・・・私は至高の──」

「吹っ飛べ! クソ天使ィィィィィッ!!」

 

 レイナーレの顔面に鋭く、拳を打ち込む!

 

「あああああああああああっっ!?」

 

 後方に吹っ飛んだレイナーレは、教会のステンドガラスを突き破って、外まで吹っ飛んでいった。

 

「はぁ、はぁ、ざまーみろ──ぐっ」

 

 レイナーレを殴り飛ばし、完全に力を使い果たした俺はその場に倒れこもうとした瞬間──。

 

「──っと。大丈夫か、イッセー?」

「・・・・・・明日夏・・・・・・?」

 

 明日夏が俺の肩を抱き、持ち上げて俺を支えてくれた。

 

「一人で堕天使を倒しちゃうなんてね」

 

 もう片方の肩も、木場が支えてくれる。

 

「よー、おせぇじゃねぇか、イケメン共?」

「悪い。さっさとあの女に引導を渡したかったんだが・・・・・・」

「キミの邪魔をするなって、部長に言われてさ」

「・・・・・・部長に?」

「その通りよ。あなたなら倒せると信じていたもの」

 

 声がするほうに振り向くと、リアス部長が壁に背中を預けて佇んでいた。

 

「用事が済んだから、ここの地下にジャンプしてきたの。そしたら、祐斗と小猫と明日夏が大勢の神父と大立ち回りしているじゃない」

「部長のおかげで助かりました」

「さすがは『紅髪(べにがみ)滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と呼ばれるだけありますよ」

「な、なんだ、そのルイン・プリンセスって?」

 

 ものすごく物騒な名だな。

 

「部長の異名だよ。その一撃は、あらゆるものを滅ぼす。そこから、そう呼ばれるようになったんだ」

 

 そんなヒトの眷属になったんだ、俺は・・・・・・。

 

「イッセー、その神器(セイクリッド・ギア)?」

「あっ、ああ。いつの間にか、形が変わってて」

「赤い龍・・・・・・そう、そういうことなのね」

「部長?」

 

 部長が俺の神器(セイクリッド・ギア)を見て、何かを得心したようだ。

 

(部長は、おまえの神器(セイクリッド・ギア)が『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』ではなく、別のものだと踏んで、それを確認するうえで、堕天使との戦いを見守っていたんだ)

(そうなのか!?)

 

 俺の神器(セイクリッド・ギア)が『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』っていうのじゃないと。

 

「・・・・・・部長。持ってきました」

 

 小猫ちゃんが外から何かを引きずってやってきた。隣には千秋もいた。

 小猫ちゃんが引きずっている何かを見ると、それは俺が先程吹っ飛ばしたレイナーレだった。

 ていうか、小猫ちゃん。持ってきたって、完全にもの扱いですか・・・・・・。

 

「イッセー兄、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だよ。この通り、生きているよ」

「・・・・・・よかった・・・・・・!」

 

 うっ、また千秋が泣きそうになっちゃてるよ。ホント俺、千秋に心配かけっぱなしだな。

 

「・・・・・・うっ・・・・・・」

 

 気がついたのか、レイナーレが目を開ける。

 

「はじめまして、堕天使レイナーレ」

「・・・・・・うぅっ・・・・・・」

「私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主よ」

「・・・・・・グレモリー一族の娘か・・・・・・!」

「どうぞお見知りおきを。短い間でしょうけど」

 

 レイナーレは忌々しそうに部長を睨むが、途端に嘲笑うかのように口元を歪ませる。

 

「・・・・・・してやったりと思っているんでしょうけど、私にはまだ協力してくれている堕天使たちがいるわ! 彼らが来れば──」

「来ないわ」

 

 部長はレイナーレの眼前に何かを放る。

 それは黒い羽だった。

 それを見て、レイナーレの表情が曇る。

 

「あなたのお友達は、そこにいる千秋が片付けてしまったわ」

 

 レイナーレは千秋のほうに振り向く。

 その瞳は、部長以上に忌々しいものを見るかのようだった。

 そして、その視線は明日夏にも向けられる。

 

「・・・・・・たかだか人間風情の忌々しい兄妹が、よくも・・・・・・!」

「あなたたちの最大のミスは、人間という浅はかな理由で明日夏と千秋の二人を甘く見すぎたことね。あなたのお友達に至っては、調子に乗って、千秋の逆鱗に触れるという愚行まで冒したわ」

 

 それってつまり、千秋一人で複数の堕天使を倒したっていうのかよ!

 

「以前、ドーナシークにイッセーを襲われたときから、この町で複数の堕天使が何かを企んでいることは察してたわ。私たちに累を及ばさなければ、無視しておいたのだけれど、調べてみると不審な点が目立っていたの。それで朱乃と共に直接確認してきたの。私たちを甘く見ていたのか、あなたのお友達があっさりと喋ってくれたわ」

「部長。じゃあ、俺のために」

 

 部長が言っていた用事ってのは、それだったのか。

 なのに俺ってば、部長に失礼な態度を取っちまったよ。

 

「そして、堕天使レイナーレ、あなたの敗因は、イッセーのことも甘く見すぎていたことよ」

「・・・・・・なんですって?」

「この子、兵藤一誠の神器(セイクリッド・ギア)は、単なる『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』ではないわ」

「何っ!?」

「持ち主の力を十秒ごとに倍加させる、魔王や神すらも一時的に超えることができる力があると言われている、十三種の『神滅具(ロンギヌス)』のひとつ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』」

 

 部長の言葉を聞いて、レイナーレは驚愕の表情を浮かべる。

 

「・・・・・・神をも滅ぼすと伝えられている忌わしき神器(セイクリッド・ギア)が、こんな子供に・・・・・・!」

 

 俺の神器(セイクリッド・ギア)って、そんなにとんでもないものだったのか!

 

「どんなに強力でも、パワーアップに時間を要するから、万能ではないわ。相手が油断してくれてたから勝てたようなものよ」

 

 調子に乗らないように、部長に釘を刺された。

 確かに、パワーアップに時間がかかるんじゃ、万能じゃないか。

 強力だけど、弱点も多い、と。

 

「さて、消えてもらうわ、堕天使さん」

 

 部長はレイナーレに向き直し、冷酷に告げる。

 

「イッセーくん!」

「っ!?」

 

 突然、俺の耳に聞き覚えのある声が聞こえた!

 

 

―○●○―

 

 

 堕天使レイナーレは、いつの間にか、俺と千秋にとっては忌々しく、イッセーにとってはいろいろなものをえぐりかねない姿になっていた。

 

「助けて! あんなこと言ったけど、堕天使としての役割を果たすため仕方がなかったの!」

「・・・・・・夕麻ちゃん・・・・・・」

 

 そう、その姿は、レイナーレがイッセーに近づくために演じた、イッセーの初めての彼女、天野夕麻になっていた。ご丁寧に、服装も、イッセーとの初デートのときのものだった。

 レイナーレ・・・・・・天野夕麻はイッセーに媚びるように命乞いを続ける。

 

「ほら、その証拠にこれ、捨てずに持っていたの!」

 

 イッセーに見せたのは、腕にはめているシュシュ。それは、初デートのときにイッセーが買ってやったものだった。

 

「忘れてないわよね!? あなたに買ってもらった・・・・・・」

 

 イッセーが忘れるはずがないだろ・・・・・・最悪な意味でな。

 

「・・・・・・っ・・・・・・なんでまだ、そんなもん持ってんだよ・・・・・・!」

 

 それを見て、イッセーはとても辛そうに悲痛な表情を浮かべて顔をうつむかせる。

 

「どうしても、捨てられなかったの! だって、あなたが・・・・・・!」

 

 イッセーは俺と木場の支えから抜け、天野夕麻に歩み寄る。

 それをどう捉えたのか、天野夕麻は表情を輝かせる。

 

「マズい! 明日夏──くん?」

 

 木場がイッセーを引き留めようとしたのを、肩を掴んで止める。

 

「必要ねえよ」

 

 止める必要なんてないんだからな。

 

「私を助けて!? イッセーくん!」

「・・・・・・・・・・・・おまえ・・・・・・どこまで・・・・・・!」

 

 イッセーは踵を返す。ちょうど、部長と対峙するように。

 それを勝手にそう捉えたのか、天野夕麻はますます表情を輝かせる。

 

「えっ?」

 

 だが、イッセーはただただ、部長の横を通り過ぎ、天野夕麻から離れるだけだった。

 それを見て、途端に天野夕麻・・・・・・いや、堕天使レイナーレは顔を青ざめさせていく。

 バカな奴だ。レイナーレとして命乞いをしていれば、まだイッセーは迷っただろうにな。

 

 ビュオオオオオオオッ!

 

 そんなレイナーレを暴風が襲い、レイナーレは教会の壁に叩きつけられる。

 暴風は止むことなく、風の暴力はレイナーレを襲う。

 これは、千秋の『怒濤の疾風(ブラスト・ストライカー)』か。

 風が止み、風の暴力から解放されたレイナーレは、力なく床に落ちた。

 

「これ以上・・・・・・これ以上イッセー兄の・・・・・・イッセー兄の心を弄ぶなッ!」

 

 千秋がレイナーレの所業で許せないことは多々あるが、その中でもっとも許せないこと──それはイッセーの心を弄んだこと。

 いまのレイナーレの行いは、千秋のその逆鱗に触れる所業だったのだ。

 俺はというと、もう怒りを通り越して、呆れしかなかった。

 千秋は鋭い形相でレイナーレを睨み、トドメをさそうと黒鷹(ブラック・ホーク)を構える。

 そんな千秋の肩に、部長は手を乗せる。

 

「もういいわ、千秋。こんな薄汚れた女のために、あなたが手を汚す必要はないわ」

 

 千秋をなだめた部長は、レイナーレの前に立つ。

 

「・・・・・・ひっ・・・・・・!?」

「私のかわいい下僕に言い寄るな。吹き飛べ」

「あああああ──」

 

 ドンッ!

 

 部長の破滅の魔力は、レイナーレの断末魔ごとレイナーレを跡形もなく消し飛ばした。

 あとに残ったのは、飛び舞うレイナーレの黒い羽──そして、聖堂の宙に浮かぶ緑色の光を放つふたつの指輪、アーシアから奪った『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』だった。

 部長は『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』を手に取る。

 

「これを彼女に返しましょう」

「・・・・・・はい」

 

 イッセーは部長から指輪を受け取り、長椅子に横たわるアーシアの指にはめる。

 

「・・・・・・部長、すみません。あんなことまで言った俺を、部長や皆が助けてくれたのに・・・・・・! 俺、アーシアを守ってやれませんでした・・・・・・!」

 

 イッセーは涙を流しながら、謝罪を口にする。

 

「明日夏、すまない・・・・・・! おまえが色々してくれたのに、全部無駄にしちまった・・・・・・!」

 

 俺はイッセーの隣でしゃがみ込んで、嘆き悲しむイッセーの肩に手を置く。

 

「・・・・・・謝るなよ。謝らなきゃいけないのは、俺のほうだ。俺の見通しが甘すぎたせいで・・・・・・!」

 

 アーシアを連れ出されたのは、俺の見通しの甘さが招いたことだ。

 アーシアを守る気があるんだったら、常に彼女のそばにいるべきだった。

 いや、それ以前に、俺がこだわらず、ドレイクの力を積極的に使っていれば、結果は変わってたかもしれなかった。

 

「・・・・・・明日夏は何も悪くねぇよ・・・・・・! 悪いのは、弱かった俺のせいなんだ・・・・・・!」

「・・・・・・イッセー兄・・・・・・」

 

 嘆くイッセーを慰めるように、千秋がイッセーの肩を抱く。

 だが、イッセーの肩を抱く千秋も、アーシアの死に涙していた。

 

「・・・・・・·いいのよ。あなたはまだ悪魔としての経験が足りなかっただけ。誰もあなたを咎めはしないわ」

「・・・・・・でもっ・・・・・・でもっ、俺・・・・・・っ!」

「・・・・・・そうだ。部長の言う通りだ。・・・・・・そうさ・・・・・・力を持ちながら、何も守れなかった俺のほうが罪深いんだ・・・・・・」

 

 一度、おまえを死なせた。そして、今度はアーシアを・・・・・・。

 また・・・・・・俺はダチを守れなかったんだ・・・・・・!

 

「・・・・・・明日夏もいいのよ。力を持っていようと万能じゃない。それは、誰でもそうなのよ。どうしても、及ばないところがあるものなの。だから、あなたも気に病むことはないわ」

 

 部長は俺のことも慰めてくれるが、俺たちのアーシアの死による悲しみが癒えることはなかった。

 たとえ短い間であろうと、アーシアは俺たちの友達だったのだから。

 

「前代未聞だけど、やってみる価値はあるわね」

「「「えっ?」」」

 

 部長はあるものを取り出す。

 

「これ、なんだと思う?」

「・・・・・・チェスの駒・・・・・・?」

「・・・・・・正確には、『僧侶(ビショップ)』の駒だ。そして・・・・・・『悪魔の駒(イービル・ピース)』だ」

「『悪魔の駒(イービル・ピース)』って・・・・・・まさか!?」

「『僧侶(ビショップ)』の力は、眷属の悪魔のフォローをすること。この子の回復能力は、『僧侶(ビショップ)』として使えるわ。だから、このシスターを悪魔に転生させてみる」

 

 アーシアを長椅子から床に寝かせ、その胸の上に『僧侶(ビショップ)』の駒が置かれる。

 

「我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、アーシア・アルジェントよ。いま再びこの地に魂を帰還せしめ、我が下僕悪魔と成れ。汝、我が『僧侶(ビショップ)』として、新たな生に歓喜せよ!」

 

 イッセーのときと同じように、『僧侶(ビショップ)』の駒がアーシアの胸に沈んでいった。

 

「ふぅ」

「部長、アーシアは?」

「黙って」

 

 アーシアの神器(セイクリッド・ギア)も、アーシアの中へと溶けていくように入り込んでいった。

 

 ピクリ。

 

 僅かに体が動き、次に目蓋がゆっくりと持ち上がった。

 

「──んぅ・・・・・・」

「アーシア!」

「・・・・・・あれ?」

「っ、部長!」

「私は悪魔をも回復させるその力が欲しかったから、転生させただけ。あとはあなたが守っておあげなさい。先輩悪魔なんだから」

 

 アーシアは何が起こっているのか、理解していない様子であたりをキョロキョロと見渡し、イッセーや俺たちを視界に捉えた。

 

「・・・・・・イッセーさん? 明日夏さんに千秋さんも? あの、私──」

 

 怪訝そうにしているアーシアをイッセーは抱きしめる。

 

「あとで説明してやる」

「ああ。だから、いまは帰ろう、アーシア」

 

 

―○●○―

 

 

「「ふわぁ〜」」

 

 旧校舎の廊下で、俺とイッセーは同時にあくびをしてしまう。

 あくびをしてしまうのは、朝に弱い悪魔であるイッセーは当然として、俺も昨夜(さくや)は無茶をしすぎたのが祟ったのか、まだ体の疲れが抜けきっていなかったからだ。

 にも関わらず、俺たちはいつもよりも早く登校していた。

 部長に朝早くに部室に来てほしいと言われたからだ。

 イッセーはわからなかったようだが、俺と千秋は、だいたい察せた。

 何度もあくびしながら歩いていると、部室の前に到着した。

 

「おはようございまーす」

「「おはようございます」」

 

 ドアを潜ると、部長がソファーに座って優雅にお茶を飲んでいた。

 

「あら、ちゃんと来たようね。傷はどう?」

「はい。アーシアの治療パワーで完治です」

「うふ、『僧侶(ビショップ)』として、早速役立ってくれたみたいね。堕天使が欲しがるのも頷けるわ」

 

 あのあと、イッセーのケガをアーシアに治療してもらったあと、アーシアは部長が預かることになった。

 大方、色々と手続きをするためだろう。

 ふと、イッセーが部長に訊く。

 

「あのぉ、部長」

「なあに?」

「そのぉ、チェスの駒の数だけ、『悪魔の駒(イービル・ピース)』ってあるんですよね?」

「そうよ」

「てことは、俺と同じ『兵士(ポーン)』って、今後あと七人も増えるってことなんすか?」

 

 ああ、なるほど。イッセーが気にしているのはそれか。

 

「あ、でも、これ以上、ライバルが増えるのは〜なんてぇ、あはは──ああぁっ、冗談っス! ほんの冗談!」

 

 本音を漏らしかけて、慌てて手を振るイッセーに言う。

 

「安心しろ。そんなこと気にする必要はねえよ」

「え?」

「明日夏の言う通りよ。私の『兵士(ポーン)』はイッセーだけよ」

「えっ、それって・・・・・・」

「人間を悪魔に転生させるとき、転生者の能力次第で、消費する『悪魔の駒(イービル・ピース)』の数が変わってくるの」

 

 部長はイッセーの後ろに回り、イッセーの首に腕を回すように腕を組み、イッセーを抱く。

 

「私の残りの駒は、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』がひとつずつ。あとは『兵士(ポーン)』が八つ」

「その八つの『兵士(ポーン)』で、おまえは悪魔に転生したんだ」

「お、俺一人で八個使ったんですか!?」

「それがわかったとき、あなたを下僕にしようと決めたのよ。それだけのポテンシャルを持つ人間なんて、滅多にいないもの。私はその可能性にかけた。『神滅具(ロンギヌス)』のひとつ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を持つイッセーだからこそ、その価値があったのね」

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』か。確かに、堕天使が危険視するだけの力を持った神器(セイクリッド・ギア)だな。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 千秋はどこか不安そうな表情をする。

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』は確かに強力だ。強力だからこそ、あらゆる危険が伴う。

 千秋はそれを心配しているのだろう。

 

「『紅髪(べにがみ)滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』、紅と赤で相性バッチリね」

 

 部長はイッセーの顔を自分のほうに向け、その頬を撫でる。

 

「最強の『兵士(ポーン)』を目指しなさい。あなたなら、それができるわ。私のかわいい下僕なんだもの」

「・・・・・・最強の『兵士(ポーン)』。くぅぅ、なんていい響き! これで野望にまた一歩──」

 

 最強の『兵士(ポーン)』という称号の響きに感慨ふけるイッセー。

 

「えっ?」

「あ」

「っ!?」

 

 刹那、部長がイッセーの額にキスした。

 

「お呪いよ。強くおなりなさい」

「ウォォォッ! 部長、俺、がんばります!」

 

 イッセーは部長のキスにテンションが高々になっていた。

 ふと、隣にいる千秋を見る。

 

「ぅぅ」

 

 若干、涙目になりながら不機嫌そうな表情をしていた。

 

「っと、あなたをかわいがるのはここまでにしないと。千秋と、それに新人の子に嫉妬されてしまうかもしれないから」

「嫉妬?」

 

 もう手遅れですよ、部長。

 千秋はすでに現在進行形で不機嫌ですし、途中から後ろにいる少女も不機嫌そうですよ。

 

「イ、イッセーさん・・・・・・」

「ア、アーシア!」

 

 背後から声が聞こえ、振り向くと、千秋と同じように涙目で不機嫌そうにしているアーシアがいた。

 

「・・・・・・そうですよね。リアスさん、いえ、リアス部長はお綺麗ですから。そ、それはイッセーさんも好きになってしまいますよね・・・・・・」

 

 この反応に言葉、どうやら、そういうことみたいだな。

 

「ダメダメ! こんなことを思ってはいけません!」

 

 あっ、マズい。

 

「待て、アーシア──」

「ああ、主よ。私の罪深い心をお許しを──あうぅっ!?」

「──遅かったか」

 

 お祈りをしようとしたアーシアは、突然、悲鳴をあげて頭を抱えて蹲ってしまう。

 

「ど、どうした!?」

「急に頭痛が・・・・・・」

「当たり前よ。あなたは悪魔になったのよ」

「悪魔が神に祈ったりすれば、そういうことになるから、今度からは気をつけろよ」

「うぅ、そうでした。私、悪魔になっちゃったんでした」

「後悔してる?」

「いいえ。ありがとうございます。どんな形でも、こうしてイッセーさんや明日夏さん、千秋さんと一緒にいられることが幸せですから」

 

 笑顔で言うアーシア。俺とイッセーは少し照れくさくなってしまう。

 ふと、千秋がアーシアの前に立つ。

 

「アーシアさん」

「どうしたんですか、千秋さん?」

「私たちは友達です──だけど、イッセー兄のことはこれとこれで別です。負けませんから」

 

 千秋の宣戦布告にアーシアは慄く。

 

「はうぅぅ、強力なライバルがもう一人・・・・・・負けたくありませんけど・・・・・・負けちゃいそうですぅぅ・・・・・・」

 

 安心しろ、アーシア。たぶんだが、現状はおまえのほうが優勢だと思うぞ。

 まぁ、ライバルが増えれば、千秋も少しは積極的になるか?

 

「なあ、明日夏。二人はなんの勝負をしてるんだ?」

 

 こいつは・・・・・・と言いたいところだが、しばらくはイッセーにこっち方面のことに触れさせないほうがいいかもしれない。

 こいつの心にはたぶん、まだレイナーレ──天野夕麻のことが楔となって根づいているかもしれないからな。

 

「それより、その格好・・・・・・」

 

 おそらく、さっきから気になっていたであろうアーシアの格好を指摘するイッセー。

 アーシアの格好は、ここ駒王学園の制服姿だった。

 

「あっ、に、似合いますか?」

「ああ、似合ってるぞ! なあ、二人とも?」

「ん、ああ、似合ってるぞ」

「うん。似合います」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、アーシアはこの学園に?」

「私の父は、この学園の経営に関わってるし、これくらいなんてことないわ」

 

 最近になって、この学園が男女共学になったのも、そういうことなのだろうか?

 

「おはよう、イッセーくん、明日夏くん、千秋さん」

「・・・・・・おはようございます、イッセー先輩、明日夏先輩、千秋さん」

 

 部室に木場と塔城も入室してきた。

 あの戦い以降、二人とも、イッセーに言われた通り、イッセーのことを「イッセー」と呼ぶようになっていた。

 俺たちだけに挨拶したってことは、俺たちが最後みたいだな。

 

「あらあら、皆さん、お揃いね」

 

 副部長も入室し、これでオカルト研究部の部員が全員揃った。

 

「さあ、新人さんの歓迎会ですわよ」

 

 副部長が押している台車には、豪勢なホールケーキが乗せられていた。

 その後、俺たちは時間ギリギリまでアーシアの歓迎会で大いに騒いだのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 戦闘校舎のフェニックス
第13話 悪魔、やってます!


 チャリン。チャリン。

 

 早朝、走り込みをしていた俺の耳に自転車のベルの音が入ってきた。

 

「ほら、だらしなく走らないの」

「は、はい・・・・・・! ハーレム王に俺はなる・・・・・・!」

 

 俺の少し後ろには、息を切らせながら走るイッセーがおり、そのイッセーに、チャリに乗った部長が気合を入れていた。

 イッセーに「鍛えてくれ!」と言われてから、俺はイッセーに合わせたメニューを作り、イッセーは体力向上に励んでいた。

 アーシアの一件以来、己の弱さを痛感したイッセーは、強くなるため、さらに特訓に取り組むようになった。

 そこへ部長もイッセーを鍛えると言い出してきたので、現在のような状況になった。

 

「ぜーはーぜーはー・・・・・・悪魔って、意外に体育会系・・・・・・」

「ぼやかない。私の下僕が弱いなんて許されないわ」

「・・・・・・が、がんばります・・・・・・!」

 

 ただ、部長は俺以上にスパルタらしく、イッセーは早くも虫の息だ。

 そもそも、現在の時刻は朝五時前、とくに鍛えてきていなかったイッセーにとっては、キツいものがあり、悪魔としての特性がさらに拍車をかけていた。

 それでも、最初のころに比べれば、だいぶよくなっている。

 で、元々、早朝特訓を日課にしていた俺と千秋もついでに付き合っていた。

 そんな感じで、俺たちは二十キロ近く走り込むのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「いい。悪魔の世界は圧倒的に腕力がものを言うの。イッセー。あなたの場合はとくにね」

「は、はい・・・・・・!」

 

 ゴールである公園に着き、ダッシュを百近くやった俺たちは、今度は筋トレに取り組んでいた。

 

「・・・・・・ぐっ・・・・・・ぐぅぅ・・・・・・」

 

 部長に背中を押されて前屈をやっているイッセーはかなりキツそうだった。

 かくいう俺は、それなりに体が柔らかいので、問題なかった──のだが、そろそろキツくなってきた。

 

「・・・・・・千秋・・・・・・気持ちは察するが、いまそれを行動に表さないでくれ・・・・・・」

 

 俺は千秋に背中を押してもらっているのだが、その千秋が不機嫌になっているのだ。それが行動に表れて押す力が強まり、限界を超えて背中を押されてしまって、体が悲鳴をあげていた。

 なぜ不機嫌なのかというと、イッセーがさっきから、背中を押している部長の胸が背中に当たるたびにいやらしそうに反応するからだ。

 

「・・・・・・そんなにいやなら、おまえが押すのを変わればいいだろ・・・・・・」

 

 俺がそう言うと、千秋は顔を赤くしながら、首を横に勢いよく振る。

 イッセーと体が密着するのが恥ずかしい──からではない。そのぐらいのスキンシップなら、千秋も流石に大丈夫だ。

 千秋が気にしているのは別のことで、それは汗の臭いだ──イッセーのではなく、自身の。

 だから、千秋はいつも、以前までは早朝特訓を終えると同時に長い時間をかけてシャワーを浴びるようにしていた。

 イッセーの早朝特訓に付き合うようになってからも、なるべくイッセーから距離を置くようにしていた。

 

「さて、次は腕立て伏せね」

「は、はいぃぃ・・・・・・」

 

 前屈が終わり、ヘトヘトなイッセーに俺はある提案をする。

 

「なあ、イッセー。千秋の前屈を手伝ってやってくれないか?」

「ちょっ、明日夏兄っ!?」

「ああ、いいけど」

「ええっ!?」

 

 俺の提案に千秋は顔を真っ赤にして慌て始め、イッセーがとくに気にすることなく了承すると、さらに慌てふためく。

 

「どうしたんだ、千秋・・・・・・あっ、そっか。いま俺、結構汗かいてたから、汗臭いかもしれないもんな・・・・・・」

 

 千秋の反応から、イッセーが自分の体臭を気にしだすと、千秋は慌てて否定する。

 

「だ、大丈夫だよ! そんなの全然気にしないから!」

「そ、そうか・・・・・・?」

「こいつもこう言ってんだから、おまえも気にするな」

 

 ということで、イッセーが押す形で千秋は前屈を始める。

 そして終始、千秋は自身の汗の臭いを気にして、顔を真っ赤にしていた。

 その光景を眺めながら腕立てをする俺に部長が言う。

 

「あんまり妹をいじめるものじゃないわよ」

 

 ちょっとした仕返しですよ。

 

 

―○●○―

 

 

「いいこと? あなたの能力は基礎体力が高ければ高いほど意味があるのよ」

 

 そう言う部長は、腕立て伏せに臨む俺の背中に容赦なく座っていた。

 マラソンやダッシュでヘトヘトであった俺は、正直言うと、腕が悲鳴をあげていた。

 でも──背中から伝わる部長のお尻の感触が最高だ!

 それにさっき、千秋の前屈の手伝いで背中を押してるときに、チラッと千秋のうなじが目に入ったんだ。少し汗で濡れていて、なかなかの色香を放っていたので、思わず凝視してしまった。

 

 べしっ!

 

「あうっ!?」

 

 突然、部長にお尻を叩かれてしまい、その場に突っ伏してしまう。

 

「邪念が入っているわ。腰の動きがやらしいわよ」

「・・・・・・そ、そんな・・・・・・この状況では、俺に潜むお馬さん根性がマックスになりますよ・・・・・・」

 

 ふと、部長が何かを探して周囲をキョロキョロと見渡す。

 

「そろそろ来るころなんだけど・・・・・・」

「へ? 誰か来るんですか?」

「あっ」

「すみませーん」

 

 聞き覚えのある声が聞こえ、そちらを見ると、バスケットを抱えたアーシアが走ってきていた。

 

「イッセーさーん、皆さーん! 遅れてしまって、本当に──あぅっ!?」

 

 アーシアは、初めて会ったときと同じように、盛大に転んでしまった。

 

「・・・・・・大丈夫かよ?」

 

 すでにノルマを終えていた明日夏が、苦笑いを浮かべながらアーシアに駆け寄って、手を差し出す。

 

「うぅぅぅ・・・・・・なんで転んでしまうんでしょうか······」

 

 そう嘆きながら、明日夏に手を引かれて立ち上がるアーシアの姿に、俺たちも苦笑いを浮かべてしまうのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「どうぞ」

「ああ、どうも」

 

 ベンチに座りながら、アーシアが持ってきてくれたお茶をもらって一息つく。

 

「アーシア、どうしてここに?」

「部長さんに来るように、と」

「え? 部長。どうしてアーシアを?」

 

 アーシアのことで部長に声をかけるけど、部長はなぜかあさっての方向を眺めながら、何かを考え込んでいる様子で、俺の声に気づいていなかった。

 

「部長?」

「えっ? あっ、ええ」

 

 もう一度声をかけて、ようやく部長が気づいた。

 

「どうしたんです、部長?」

 

 気になって訊いてみるけど、部長は「なんでもない」と言うだけだった。

 

「それじゃあ、アーシアと一緒に行きましょうか」

「どこへ?」

「イッセーのお家よ」

 

 へ? なんで俺の(うち)へ?

 わけもわからず、俺たちは特訓を切り上げ、俺の(うち)へ向かうのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「こ、これは一体・・・・・・?」

「・・・・・・段ボール箱だな」

 

 イッセーの家に着いた俺たちの視界に入ったのは、積み重ねられた段ボール箱だった。

 

「・・・・・・私の私物です」

「「えっ!?」」

 

 アーシアの一言に反応するイッセーと千秋。

 俺はすぐさま、どういうことなのかをだいたい察した。

 

「・・・・・・意外に多くなってしまって・・・・・・」

「アーシアのって!? 部長!?」

「そうよ。今日からアーシアはあなたの家に住むの」

「はいぃぃっ!?」

「ええぇぇっ!?」

 

 驚くイッセーと千秋をよそに、アーシアはイッセーに頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

 

―○●○―

 

 

 兵藤家のリビングにて、おじさんとおばさん──イッセーの両親と対面する部長。その両隣には、アーシアとイッセーがいる。

 俗に言う、家族会議が行われようとしていた。

 ちなみに俺と千秋は少し離れた場所で、目の前で繰り広げられる家族会議を見守っていた。

 緊張した空気の中、おじさんが口を開く。

 

「ア、アア、アーシアちゃ・・・・・・アーシアさんだったね?」

「はい。お父さま」

「ホホ、ホームステイをするにしても、うちより、他のうちのほうがいいんじゃないかねぇ・・・・・・?」

 

 話をまとめると、アーシアはいままで、旧校舎の一室で寝泊まりしていたのだが、流石にそのままなのもアレなので、部長がアーシアにどこかに下宿したいかと尋ねた結果、アーシアはイッセーのところへの下宿を希望し、部長がそのことで、いまおじさんとおばさんと交渉しているわけだ。

 

「イッセーさんは、私の恩人なんです」

「恩人?」

「はい。海外から一人でやってきて、一番お世話になった方なんです。そんなイッセーさんのお宅なら、私も安心して暮らせると・・・・・・でも、ご迷惑なら、諦めます・・・・・・」

「ああっ! ダメって言ってるわけじゃないのよ!? 部屋も空きがないわけじゃないし・・・・・・ただぁ・・・・・・」

 

 おじさんとおばさんの視線が、イッセーへと向けられる。

 

「うちには、性欲の権化とでもいうような息子がいるからなぁ・・・・・・」

「そうそう!」

「なぁっ!? 息子に向かってなんて言い草だ!?」

 

 実の両親からのあんまりな言い分に、イッセーが声を荒らげる。

 まぁ、実際、イッセーのようなスケベな男がいる家に、年頃の女の子をホームステイさせるのは、間違いが起きるかもしれないといろいろ危惧するのは当然ではある。

 けどまぁ、大丈夫だとは思うがな。流石のイッセーも、そこまでじゃない。もし、イッセーがそんな奴だったら、いまごろ、千秋とそうなってるはずだからな。

 

「では、今回のホームステイは、花嫁修業もかねて、というのはどうでしょうか?」

「「「「は、花嫁!?」」」」

 

 部長が口にした「花嫁」という単語に、俺とアーシア以外の全員が反応する。

 すると、途端におじさんとおばさんが涙を流しながら手を取り合う。

 

「か、母さん、こんな息子だから、一生孫の顔なんぞ拝めないと思っていたよ!」

「父さん、私もよ! こんなダメ息子によくもまあ!」

 

 すごい言われようだな。

 仮にイッセーと千秋が結ばれたときも、こんな反応をされたんだろうか?

 

「お父さま、お母さま。イッセーさんはダメな方ではありません」

 

 感無量になっている二人に、アーシアは最後のトドメを加えた。

 

「「ッ!」」

「な、なんていい子なんでしょう!」

「あ、ああ! リアスさん、アーシアさんをお預かりします! いえ、預からせてくださいぃぃ!?」

「ありがとうございます。お父さま、お母さま」

 

 ということで、アーシアの兵藤宅へのホームステイが決まったのであった。

 ふと、隣にいる千秋を見る。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 なんか、真っ白になって固まっていた。

 

「ま、随分と差をつけられはしたが、まだ、チャンスはあるはずだ・・・・・・たぶん」

 

 曖昧なフォローに怒って打ち込まれた肘打ちを避けながら、未だに困惑しているイッセーを連れて、アーシアの荷物の取り入れに取り掛かるのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「アーシア・アルジェントと申します。慣れないことも多いですが、よろしくお願いします」

 

 兵藤家へのアーシアのホームステイが決まった次は、アーシアが俺たちのクラスに転入してきた。

 

『おおおおおおおおおおっ!』

「金髪美少女ッ!」

(バスト)82、(ウエスト)55、(ヒップ)81! グッッッド!」

『グッッッッッド・・・・・・!』

 

 アーシアが自己紹介を終えるなり、俺とイッセー以外の男子たちが一斉に叫び声をあげた。

 女子たちも、男子たちほどではないが、アーシアに興味津々な様子だった。

 

「私はいま、兵藤一誠さんのお宅にホームステイしています」

『何っ!?』

 

 アーシアの言葉を聞き、男子たちが一斉にイッセーの方を睨む。

 これはイッセーの奴、あとで尋問まがいの問い詰めを受けそうだな。

 

「えー、実はもう一人転校生がいるのですが、本人の都合で明日(あす)、このクラスに転入することになります」

 

 そんな中、担任の先生がそんな追加事項を告げる。

 もう一人?

 

「先生、女子ですか!?」

 

 男子の誰かが訊く。

 

「はい、女子です」

『おおっ!』

 

 そのことに、男子たちは歓喜の声をあげた。

 

 

―○●○―

 

 

 で、ホームルームが終わると、案の定、イッセーは松田と元浜を中心に男子たちに問い詰められていた。

 元浜が羽交い締めにし、松田が締め上げながらイッセーを問い詰める。

 

「どういうことだっ!? なんで金髪美少女とおまえがひとつ屋根の下にっ!?」

「なぜ貴様の鼻筋ばかりに、フラグが建つような状況がっ!?」

「俺が決めたんじゃねぇし!」

「じゃあ、誰が決めたんだよ!?」

『そうだそうだ!』

 

 他の男子たちも、いまにもイッセーに掴みかかりそうな勢いだった。

 

「落ち着けよ、おまえら。誰が誰の家に下宿しようが、それは当事者たちの勝手だろうが」

 

 俺がそう言っても、男子たち──とくに松田と元浜は、怒りの矛を収めない。

 

「そんなことで納得できるか!?」

「そうだ! なんであんな金髪美少女がイッセーなんかのところに!?」

 

 それはアーシアがイッセーに想いを寄せてるからだ──なんて正直に言ったら、怒りで我を忘れて、弾みでイッセーを殺りかねないな。

 まぁ、本人のプライバシーもかねて言わないがな。

 松田と元浜の怒声に、他の男子たちもヒートアップする。

 

「そうだそうだ!」

「あんな奴のところでもいいのなら、俺のところでもいいだろうが!?」

「そうだ! あんな奴でもいいのなら、俺でも!?」

 

 これは、おさまりそうにねえな。

 それとおまえら、そこで都合よく「イッセー()()」なんて言ってるが、「イッセー()()()」って考えつかないもんかねぇ・・・・・・無理か。

 件のアーシアは、女子たちに囲まれて質問を受けていた。

 中には──。

 

「ねえねえ、アーシアさんの部屋って鍵付いてる?」

「? はい」

「お風呂やトイレは厳重にチェックするのよ」

「チェックですか?」

「そうそう。カメラとか仕掛けられてるかもしれないから」

「カメラ?」

 

 なんて注意を促している者もいた。

 イッセーも流石にそこまでしねぇよ──ていっても、日頃の行いでそう思われても仕方ねえか。

 

「クッソー! 明日(あした)来る転校生は、イッセーとはなんの関係もありませんように! ありませんように!?」

 

 松田がそんなことを祈り始めた。

 

「まぁ、流石にそれはないだろう。これ以上、イッセーの周りに美少女が増えることはあるまい。だが、それはさておき、あの金髪美少女とひとつ屋根の下になったことについて、詳しく話してもらおうか!?」

 

 この問い詰めは、休み時間にも行われ、結局、イッセーが解放されたのは、オカ研に向かう放課後になってからだった。

 

 

―○●○―

 

 

 今日の部活で、俺は木場に今日あった出来事を話す。

 あのあと、男子たちによる問い詰めは、次第に学年全体にまで広がり、ついには俺にまで矛先が向けられた。

 

「随分と大変だったみたいだね?」

 

 それを聞いて、木場は苦笑しながら言う。

 まったくだ。おかげで、休まる時間さえ全然なかった。

 その件のイッセーとアーシアはいま、外出している。

 イッセーのときもやったチラシ配りを新人眷属であるアーシアもやることになり、イッセーはその手伝いで、自転車に乗れないアーシアのために、自分が運転を担当して後ろにアーシアを乗せているわけだ。

 で、ふと、隣を見てみると、千秋が気が気じゃないといった様子で、落ち着きがなかった。

 堕天使たちがいなくなり、イッセーの身にもう危険はないだろうってことで、千秋の護衛は解任になったんだが、それでも、千秋は護衛を続けようとした──まぁ、気になっているのは別のことなんだが。

 

「ただいま戻りました!」

 

 イッセーとアーシアが、チラシ配りを終えて戻ってきた。

 

「やあ、お帰り。夜のデートはどうだった?」

 

 木場が出迎えて、冗談めかしくイッセーに訊く。

 

「最高だったに決まってんだろ!」

 

 親指を立てて答えるイッセーを見て、千秋はうなだれてしまう。

 

「・・・・・・深夜の不純異性交遊」

 

 塔城の厳しい一言に苦笑しながら、イッセーは部長のもとへ足を向ける。

 

「部長。ただいま帰還しました」

 

 イッセーは部長に帰還報告をするが、部長はボーっとしているのか反応がない。

 

「あのう、部長?」

「ッ!? ごめんなさい、少しボーっとしてたわ。二人ともご苦労様」

 

 またか。

 ここ最近、部長がいまみたいにボーっとしていることが多い。

 何か悩みでもあるのだろうか?

 そんなことを考えていると、部長がアーシアに言う。

 

「アーシア」

「はい」

「今夜はアーシアにデビューしてもらおうと思っているの」

 

 へぇ、もうか。ずいぶん早いな。

 

「デビュー?」

 

 きょとんとしているアーシアにイッセーが説明する。

 

「魔方陣から契約者のもとへジャンプして、契約してくるんだ──って、だいぶ早くないっスか!? アーシアはまだ悪魔になって数日しか経ってないのに」

「大丈夫ですわ。私が調べたかぎり、アーシアちゃんは眷属悪魔としては私に次ぐ魔力の持ち主ですもの」

「なっ!? マジで!?」

 

 副部長の言葉にイッセーは驚く。

 確かに、アーシアのあの回復能力の高さはなかなかのものだった。魔力の高さは頷けるものだ。

 アーシアは能力も含めて、『僧侶(ビショップ)』向きだったようだ。

 

「『僧侶(ビショップ)』としての器が存分に活かせるわね」

「すごいじゃないか、アーシアさん!」

「そ、そんな!」

 

 アーシアの能力の高さに、(みな)、アーシアを賞賛する。

 イッセーも誇らしげだったが、若干、複雑そうな顔をしていた。

 アーシアが優秀なのは素直に嬉しいが、先輩悪魔として複雑といった心境なんだろう。

 

「どうしたの、アーシア?」

「い、いえ。なんでもありません」

 

 だが、アーシアは自信がないのか、不安そうな顔をしていた。

 

「・・・・・・仰せつかったからには──」

「部長!」

「何?」

 

 アーシアの言葉を遮り、イッセーは部長に言う。

 

「今回は俺に行かせてください!」

「イ、イッセーさん?」

「ほら、アーシアはこの国に来て日が浅いだろ? もう少し生活に慣れてからのほうがいいんじゃないかな?」

 

 確かにそうかもな。

 アーシアは日本の生活に慣れてないうえに、教会出身で現代知識に欠けるところがある。もう少し、自信が出るようになってからのほうがいいかもしれない。

 過保護かもしれないが、自信がないうちに、もし失敗でもしたら、ますます自信を持てなくなってしまいそうだからな。

 

「そうね。あまり急過ぎるのもあれだし。わかったわ。イッセーに任せるわ」

「はい、部長!」

 

 部長に言われ、イッセーは気合いを入れ、部室から飛び出していった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 転校生は幼馴染みでした!

 アーシアに代わって契約を取りにいったイッセーだったが、結果は契約を取れなかった。

 ちなみに依頼主がどういう人物だったかをイッセーから聞いたが、ミルたんという名の魔法少女の格好をした筋骨隆々の巨漢だという。そして依頼内容は「魔法少女にしてほしい」だという。・・・・・・いろいろ言いたいことはあるが、気にしないでおこう。

 当然、イッセーに叶えられる願いではないため、契約は取れず、魔法少女のアニメの全話マラソンをして終わったらしい。ただ、アンケート評価は好評だった。

 ま、この話はもういいだろう。

 現在、教室で朝のホームルームが始まる直前。クラス全体がそわそわしていた。

 理由は昨日、担任から告げられたもう一人の転校生のことだ。

 そして、その転校生が女子だということもあって、男子たちはいまかいまかと待ち遠しそうにしていた。

 

「えー、昨日も言った通り、今日もこのクラスに転校生が来ます」

 

 先生の言葉に男子たちはさらにテンションを上げる。

 

「じゃあ、入ってきて」

 

 先生に促され、一人の少女が教室に入ってきた。

 身長が高めで、珍しい青毛の長髪の少女。どこかのんびりそうな雰囲気を放っていた。

 

『おおおおおおおおおッ!』

 

 少女を見た男子たちは歓喜の声をわきあがらせる。

 少女は黒板に自分の名前を書き、自己紹介を始める。

 

「風間鶫で~す。皆、よろしくね~」

 

 のんびりとした口調で言う少女──風間鶫。

 少女を見てから唖然として硬直していた俺はさらに驚愕する。

 見ると、イッセーも同じ反応をしていた。

 少女はイッセーを視界に捉え、パァァァッと目を見開いて嬉しそうな表情を作ると──。

 

「イッセーく〜ん! ひさしぶり〜!」

 

 少女はイッセーのもとに駆け寄り、イッセーに抱きつく。

 それを見て、周りの生徒たち、特に男子たちは驚愕の叫びをあげ、俺はこれから来るであろう質問責めを想像して、ため息を吐くのだった。

 この少女──風間鶫は、実は俺たちの幼馴染みなのであった。

 

 

―○●○―

 

 

「「どぉぉぉういうことだああああっ! イッセェェェッ!?」」

 

 ホームルーム終了後、松田と元浜が血の涙を流さんばかりの勢いでまくし立てながらイッセーに詰め寄る。

 

「ああ、いや、これは──ムグッ!?」

「わ〜い! イッセーく〜ん!」

 

 答えようとしたイッセーだったが、鶫によって再び抱き締められたため、胸に顔を(うず)められてしまう。

 それを見て、松田と元浜から再び叫び声が上がり、周りの男子たちはイッセーに殺気まがいの視線を送る。

 

「はぅぅぅっ! 明日夏さん! これは一体!?」

 

 アーシアはアーシアで、涙目で俺に問い詰めてきた。

 

「鶫。そろそろイッセーをはなしてやれ」

 

 俺は鶫にそう促すと、ようやく俺に気づいたのか、鶫が話しかけてくる。

 

「あ〜! ひさしぶり〜、明日夏く〜ん!」

「ああ、ひさしぶりだな。そしていい加減はなしてやれ。苦しがってるぞ」

 

 胸に顔を押しつけられてしまっているので、イッセーは呼吸がしにくいのか、苦しそうだった。

 

「あ〜ッ! ゴメン、イッセーくん!?」

 

 俺に指摘されてようやく気づいた鶫は慌ててイッセーをはなす。

 

「ああ、大丈夫だよ、鶫さん・・・・・・むしろ、あれで死んだとしても本望だったというか・・・・・・」

 

 ぼそりとらしいことつぶやくイッセーに呆れながら、俺は鶫に訊く。

 

「まさか転校生がおまえだとはな。おまえがいるってことは──」

「うん。燕ちゃんも来てるよ〜」

 

 燕──鶫の妹の風間燕のことだ。

 

「おーい、イッセー?」

「そろそろ説明してほしいのだが?」

 

 不気味な笑顔で訊いてくる松田と元浜。・・・・・・目が全然笑ってないし、殺気がダダ漏れだった。

 

「えーっと、この子、鶫さんと俺たちは幼馴染みなんだよ」

 

 そう言った瞬間、松田と元浜から、周りの男子たちから一斉にさっきまで以上の殺気がイッセーに向けられる。

 それを感じ取ったのか、イッセーは一瞬だけビクッと震え上がる。

 

「イッセーく〜ん」

「ちょっとお話しようか〜」

「いやこえぇよ!?」

 

 松田と元浜のあまりに不気味な誘いに、イッセーは即座に断る。

 だが、松田と元浜・・・・・・というか、クラスの男子全員が有無を言わせず、イッセーに詰め寄る。

 それを見て、イッセーは身の危険を感じ取り、一目散に逃げ出した。

 

「「待てゴラァァァッ!」」

 

 松田と元浜も逃がすまいとイッセーを追いかける。

 

「イッセーくんたち、どうしたんだろ〜?」

 

 この事態の原因の一端である鶫は、そんなこともわからず、首をかしげていた。

 

 

―○●○―

 

 

「つ、疲れた・・・・・・」

 

 放課後、オカ研の部室で俺は机に突っ伏していた。

 あのあと、アーシアのときと同様、いや、アーシアの件があったからこそ余計に休み時間のすべてをクラスの男子たちに追いかけ回され、鶫さんのことで問い詰められたもんだから、もうクタクタだよ。

 結局、一年に転入したという燕ちゃんに会いに行けなかったし(行けたら行けたで、さらに追いかけ回されたかもしれないが)。

 

「大変だったみたいね?」

 

 部長が苦笑いしながら言う。

 まったくですよ。ここは、鶫さんに抱き締められたときに顔に感じた鶫さんのおっぱいの感触でも思い出そう!

 鶫さんのおっぱい、柔らかかったなぁ・・・・・・危うく窒息しかけたけど、おっぱいで死ねるなら本望──いやいや、やっぱり、エッチなことをしないと死ねない!

 

「・・・・・・イッセー先輩。顔がいやらしいですよ」

 

 あぅぅぅ。小猫ちゃんの容赦のないツッコミ。

 それにしても──。

 

「二人が帰ってきたのは驚いたよなぁ」

「そうだな」

「でも──」

 

 大丈夫なのか、と続けようとすると明日夏に遮られる。

 

「おまえの心配はもっともだ。だが、二人のあの噂をあれ以来聞いたことあるか?」

 

 うーん、そう言われてみればそうだけど。

 

「噂?」

 

 俺たちの会話を聞いていた木場が訊いてくるけど、途端に俺たちは苦虫を噛み潰したような複雑な表情を作ってしまう。

 それを見た木場は慌てて謝る。

 

「ゴメン! あんまり触れてほしくないことみたいだね・・・・・・」

「ああ・・・・・・」

「まぁな・・・・・・」

 

 鶫さんと燕ちゃんと出会ったのは、俺たちが小学生になってから二年ちょっとぐらい経った頃かな。

 実は当時、二人は周りからひどいいじめを受けていたんだ。

 原因は二人の母親。どうにも、男遊びが激しいヒトだったみたいで、それを怒った二人の父親がそのヒトと離婚したんだけど、さらに二人の父親は二人のことをそんなヒトから産まれたからって理由で勘当してしまったんだ。

 そして、そんな母親の悪評の噂が広まっていて、そのせいで二人は周りからいじめられていたんだ。

 当時の二人といったら、本当にひどい状態だった。

 鶫さんは人間不信になっちゃってたし、燕ちゃんは感情というものをなくしたような状態だった。

 でまぁ、いろいろあって、二人とは仲良くなって、だけど、いじめはひどさを増す一方だったため、二人はこの街から去ってしまったということだ。

 

「・・・・・・ひどい話ね」

 

 二人の説明を聞いて、部長がそうつぶやく。部室内の雰囲気も暗くなりつつあった。

 

 コンコン。

 

 すると唐突に部室のドアをノックされた。

 

「はーい」

 

 部長が返事をして、入るように促す。

 

「こんにちわ〜」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 入ってきたのは、さっきまで話題になっていた鶫さん! そして、鶫さんの隣に一人の少女がいた。

 小柄な体型で、赤毛の髪をツインテールにしたキツそうな雰囲気を放つ少女──鶫さんの妹の風間燕ちゃんだった。

 

 

―○●○―

 

 

 突然来訪してきた鶫と燕の風間姉妹。

 

「ひさしぶりね。イッセー、明日夏」

 

 俺たちを視界に捉えた燕が話しかけてくる。

 

「ああ。ひさしぶりだな、燕」

「ひさしぶり、燕ちゃん。ゴメン。せっかく帰ってきたのに、会いに行ってあげれなくて」

「いいわよ。なんか大変そうだったみたいだし」

 

 そんなふうにイッセーと燕が話していると、部長が尋ねる。

 

「イッセーたちに会うためにわざわざ来たのかしら?」

「それもあるけど〜、せっかくだからイッセーくんたちと同じ部活に入ろうかな〜って」

 

 まぁ、二人が来る理由なんて、それぐらいしかないだろうからな。

 なぜなら、二人は千秋やアーシアと同様にイッセーに想いを寄せているからな。

 

「・・・・・・あたしは別にいいんだけどね」

 

 そんなふうに素っ気なく言う燕に俺は言う。

 

「相変わらず素直じゃねぇな」

 

 「素直」ってところをあえてわざと強調しながら言ってやる。

 それを聞いて、燕は少し慌てた様子を見せる。

 

「相変わらずも何も、昔からあたしは本当のことしか言ってないわよ!」

「どうだかな〜」

「・・・・・・何よその顔・・・・・・」

「じゃあ、おまえだけ入部しないんだな?」

「ちょっ・・・・・・別に入らないなんて・・・・・・ハッ!」

「やっぱりおまえも入部したいんじゃねぇか」

「ち、違っ・・・・・・!?」

 

 燕は最初のキツそうな雰囲気はもう見る影もなく、誰が見ても微笑ましい顔をしてしまうような雰囲気を放っていた。

 このように、燕はだいぶ素直じゃない性格をしている。とくにイッセーのことになると、露骨になる。

 「あぁ、久々に見たなぁ」なんて言っているイッセーに木場が訊く。

 

「・・・・・・イッセーくん。明日夏くんが妙にイキイキとしてるんだけど・・・・・・?」

「・・・・・・わりと明日夏って、誰彼構わずってわけじゃないけど・・・・・・人をいじくったりするの好きだったりするんだよ」

 

 別に好きってわけじゃないぞ。単なるストレス発散だ。燕はいじりやすいしな。

 

「・・・・・・ちょっと黒いです」

 

 塔城にまでそう言われてしまう。

 そんなやり取りをしている俺たちをよそに、部長が淡々と告げる。

 

「ゴメンなさいね。二人の入部は認められないわ」

 

 自分たちの裏の事情から一般人である二人の入部を認められないということだ。

 むろん、そう告げるわけにはいかないため、適当な別の理由を述べ、納得しなかったら、悪魔の力で引き下がらせようと考えているのだろう。

 だが──。

 

「部長。二人はすでに部長たちが悪魔だということを知っていますよ」

「えっ!?」

 

 俺の言葉に部長は一瞬だけ呆気に取られるが、すぐに持ち直して俺に訊いてきた。

 

「明日夏。彼女たちは一体・・・・・・?」

 

 その問いに答えたのは燕だった。

 

「あたしたちの兄が、そこですましてる兄妹とご同業っていうだけの話よ」

「それはつまり、あなたたちのお兄さんが明日夏たちと同じ『賞金稼ぎ(バウンティハンター)』だということ?」

 

 二人の兄──風間雲雀。兄貴たちと同様に鶫と燕を養うために賞金稼ぎ(バウンティハンター)になったヒトだ。兄貴と同年代のハンターで、兄貴の親友でもある。

 そのため、兄貴と雲雀さんはよく組んで行動することもあり、この町に留まっている俺たちとは違い、兄貴は二人とたびたび交流していた。

 部長たちやイッセーのことは当然兄貴たちに伝えているので、部長たちのことは兄貴から伝わっているのだ。

 むろん、二人のことも兄貴を通じて、近況はあらかた伝えられていた。

 ・・・・・・二人が帰ってくることは聞かされていなかったがな。・・・・・・大方サプライズってことなんだろう。

 そのことを部長たちに簡潔に説明する。

 

「・・・・・・まさか雲雀さんが。じゃあ、俺のことも・・・・・・?」

 

 イッセーが自身を指さしながら二人に問う。

 

「うん。イッセーくんが悪魔になっちゃたことも知ってるよ〜」

「ここにいるグレモリー眷属の一員になったこともね」

 

 当然だろう。イッセーのことは最優先で伝えられているはずだからな。

 ・・・・・・流石に一度死んだ事実は伏せられているだろうが。

 

「悪魔になったって聞いたときは驚いたけど、だからどうってわけじゃないけどね〜。イッセーくんはイッセーくんだし〜。ね〜、燕ちゃん?」

 

 振られた燕は頬を赤くしながらも頷いて返す。

 

「ありがとう、鶫さん、燕ちゃん」

「お礼なんていいよ〜。それにこれは、イッセーくんが私たちにしてくれたことだもん」

「? イッセーがあなたたちに何をしたの?」

 

 イッセーが二人にしたこと──それはいじめられていた二人を庇ったことだ。

 当時、俺は二人と知り合う前から二人のことを把握していた。・・・・・・把握していながら、俺は二人を見て見ぬフリをしていた。

 そのころの俺は、俺と千秋を養うために稼ぎに出ていた兄貴たちの代わりに千秋を守るためと、だいぶ切羽詰まった思考しており、千秋やイッセーにいらぬ被害を被らないようにとなるべく他人の問題には関わらないようにしていた。むろん、二人にもそのようにさせていた。

 そのため、鶫と燕のことは気の毒に思いながらも、他人というそれらしい建前を作って見捨てた。

 そんな中、イッセーは偶然にも鶫と燕に出会う機会ができてしまった。だが、そのときにはすでに人間不信になっていた鶫はイッセーを拒絶し、感情をなくしていた燕は相手にもしなかった。

 それを知った俺はイッセーに、もう関わるなと言い聞かせていたが、結局そのかいもなく、イッセーは二人がいじめられている場面を目撃し、二人を庇った。

 それから俺たちは二人と交流するようになり、鶫と燕は二人を受け入れたイッセーに心を開き、見捨てた見捨てられたの間柄であり、そのことに罪悪感を持っていた俺も、最初こそは溝もあったが一応はそれなりの仲になった。

 俺たちと二人が幼馴染みになった経緯はそういう感じだ。

 その旨を鶫は部長たちに話す。

 

「そう。イッセーと出会えたことで、いまのあなたたちがいるのね」

「うん」

「・・・・・・まぁね」

 

 部長の言葉に鶫は嬉しそうに頷き、燕も顔を赤らめながらも頷く。

 ちなみに、二人はそのときにイッセーに好意を寄せるようにもなったのだ。

 

「それにしても・・・・・・雲雀さんが明日夏たちと同じ賞金稼ぎ(バウンティハンター)だったなんてな。二人が悪魔のことを知ってたのはそういうわけか」

 

 イッセーの言葉に俺は首を振る。

 

「いや。三人はもっと前から、俺たちと出会う前からすでに異能、異形のことは知っていたぞ」

「えっ!?」

 

 俺の告げたことに、イッセーは今日何度目かの驚愕をあらわにする。

 

「明日夏。それはつまり、彼女たちは異能力者、もしくは異能力関係の家系の者だということかしら?」

 

 部長の問いに答えたのは燕だった。

 

「そんな大それたものじゃないわ。ただの異能、異形の存在を知っていた、忍の一家ってだけよ」

「えっ!? 忍って、つまり忍者ってこと!?」

 

 イッセーの言う通り、忍──つまり、忍者。三人は忍者の家系の出身なのだ。それも、異能、異形の存在を専門とした諜報、暗殺を生業とした一族なのだ。

 ふと部長を見ると──なんか瞳を爛々と輝かせていた。

 

「NINJAですって!? あなたたち、もっと詳しく話を聞かせてちょうだい!?」

「わ〜!?」

「ちょっ!?」

 

 ひどく興奮しながら食いつく部長に鶫も燕も慌てだした。

 俺は慣れた様子で苦笑している木場に訊く。

 

「・・・・・・おい、木場。部長ってもしや・・・・・・」

「うん。部長は昔の日本の文化、特に侍や忍者なんかがとても好きなんだ」

 

 やっぱりか。外国人によくある日本の文化の愛好家か、部長は。

 

「あたしたちは勘当された身なんだから、家のことなんてそんなに詳しく知らないし、技術なんて、護身術程度にしか身につけてないわよ! ていうか、なんで外国の人はただの諜報員集団にここまで情熱を寄せるのよ!? イッセー! あんたなんとかしなさいよ!? あんたの主でしょ!」

「イッセーく〜ん! 助けて〜!?」

「ええっ!? 俺!?」

 

 二人はイッセーに助けを求めるが、若干、いや、完全に暴走している部長を止めるには荷が重かった。

 

「明日夏も明日夏よ! NINJAの知り合いがいたのなら、なんで黙っていたのよ!?」

「ちょっ、それ理不尽過ぎませんか!? おい、木場! 塔城でも副部長でもいいから、部長を止めてくれっ!?」

 

 こんな騒動もあったが、なんとか部長を宥め、鶫と燕はオカ研へと入部することができた。まぁ、その後も鶫がイッセーに抱きついたりしたせいで、千秋とアーシアとで修羅場になりかけたり、その光景を見て悶々としている燕をいじくったりと、別の騒動が起こったんだがな。

 ちなみに、二人はイッセーの(うち)に住むことになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 生徒会と顔合わせします!

「ちくしょう! ありえねぇぇぇっ!」

「これは何かの間違いだぁぁぁっ!」

 

 教会みたいな場所でパイプオルガンの音が鳴り響く中、礼服を着た松田と元浜が何やら泣き叫んでいた。

 

「はぁ? 何言ってんだ・・・・・・って、なんだこれぇっ!?」

 

 見れば、俺も白いタキシードを身に着けていた。

 

「イッセーが結婚なんてっ!」

「これは何かの陰謀だぁぁぁ!」

 

 け、結婚!?

 あまりの衝撃に狼狽していると、礼服を着た明日夏が現れ、いまだに泣き叫ぶ二人を諌める。

 

「おまえら、いつまで言ってる気だ? 現実を受け入れて、素直に祝福してやれよ。というわけでおめでとう、イッセー」

 

 いや、おめでとうって、まだ状況を把握できてないんだけど!?

 

「イッセー! 初孫は女の子だよー! うぅぅ······!」

「・・・・・・うぅぅ・・・・・・! 立派になってぇ・・・・・・! 性欲だけが自慢のどうしようもない子だったのに・・・・・・!」

 

 おいおいおい! こんなときでも言いたい放題だな! うちの両親は!

 ていうか、やっぱりこれって結婚式!? 俺の!? じゃあ、相手は誰!?

 

「きょろきょろしてはダメよ。イッセー」

「ぶ、部長!」

 

 気がつくと隣にはウェディングドレスを着た部長が。

 

『キャー!』

「リアスさま! お綺麗ですぅ!」

「あぁ、リアスお姉さま! どうしてあんな男と・・・・・・!」

 

 お、俺と部長が結婚!?

 ──そ、そうか。これは、俺と部長の結婚式! いつの間にかそんな展開になっていたんだ!?

 まあ、憧れの部長と結婚できるんなら、なんも問題もねえよな!

 しかし、結婚といえば子作り! 子作りといえば新婚初夜!

 

『いらっしゃい、イッセー』

 

 頭の中で、裸の部長がベッドの上で手招きしてくる!

 部長とエッチできるッッ!!

 その結論に至った俺の脳内はもうお祭り騒ぎとなっていた。

 

「それでは、誓いの口付けを」

 

 いつの間にか神父っぽいおっさんがさっさと事を進めていた。

 そうだ、そうですよ、そうだった! まずはこれだ!

 部長とキス!

 部長はこっちを向いて目を瞑り、顔をこちらに向けて唇を差し出してくる!

 いいのか!? いいんだよね! よし! よーし! 部長の唇、いただきます!

 俺は荒い鼻息を何度も出しながら、唇を突き出して徐々に徐々に部長のほうへ近づけ──。

 

『随分と盛り上がっているじゃないか、クソガキ』

 

 俺の頭の中に謎の声が響いた。

 低く、迫力のある声だ。

 いまの声、どこかで・・・・・・?

 聞き覚えはない・・・・・・はずなのに、なぜか俺はその声を、声の主を知っているような気がした。しかも身近にいるような・・・・・・。

 

『そうだ。俺はおまえの中にいる』

 

 いつの間にか、周りにいた部長や明日夏、松田と元浜、父さんと母さん、参列者の人たちがいなくなっていた。

 人だけじゃない。周りの風景も、教会だった場所が真っ暗な空間になっていた。

 何もかもが闇に消えた中で、ひときわ輝く赤い光があった。

 

「だ、誰だ!?」

『俺だ』

 

 その言葉とともに真っ暗闇に飲まれた空間が、灼熱の炎によって照らし出され、目の前にそいつは現れた。

 赤い光だったものはそいつの大きな目の瞳だった。

 耳まで裂けた口には鋭い牙が何本も生えそろっている。

 頭部には角が並び、全身を覆う鱗は灼熱のマグマのように真っ赤だ。

 巨木のような腕、足には凶悪そうな鋭い爪。

 そして大きく広げられた両翼。

 そんな巨大な怪物、それが俺の目の前に現れた存在だった。

 俺の知っているもののなかで一番似ているとしたら──ドラゴン。

 俺の考えていることが分かったのか、目の前の怪物──ドラゴンが口の端を吊り上げたように見えた。

 

『そうだ。その認識でいい。俺はおまえにずっと話しかけていた。だが、おまえが弱小すぎたせいか、声が届かなかっただけだ。やっとだ。やっとこうしておまえの前に姿を現すことができた』

「何わけわかんねぇこと言ってんだ!?」

 

 ずっと俺に話しかけていた? 姿を現す? 知らねぇ。そんなの知らねぇぞ! いったい俺に何をしようってんだ!?

 

『挨拶をしたかっただけだ。これから共に戦う相棒にな』

「相棒? おまえはいったい・・・・・・!?」

『おまえはもうわかっているはずだ。そうだろう? 相棒』

 

 途端に左腕が疼きだす。

 左腕に視線を移すと、俺の左腕が赤い鱗に包まれ、鋭い爪むき出しの異形な物になっていた。

 

「う、うあ、うああああああああああああああああ!?」

 

 

―○●○―

 

 

「っ!?」

 

 目を開けると、そこは自室の天井だった。

 上半身だけ起こし、左腕に視線を向ける。ごく普通の人間の形をした俺の腕だった。

 夢、だったのか?

 それにしては妙にリアリティがあったけど。でも、こうして俺の腕はなんともないから夢なんだろう。

 

「大丈夫、イッセーくん?」

 

 俺の隣で横になっていた鶫さんが心配そうに話しかけてきた。

 

「うん、大丈夫だよ。ちょっと変な夢を見ちゃって」

 

 それを聞いて鶫さんは安心したような表情をする。

 ──って、ん? ていうか──。

 

「なんで鶫さんが俺のベッドに!?」

 

 夢の内容が衝撃的だったせいなのか、素でスルーしてたけど、別室にいるはずの鶫さんが俺のベッドにいるのはおかしいだろ!

 

「ん〜。イッセーくんと一緒に寝たかったから〜」

 

 な、なるほど。そんな眠気を誘う日本語があったのか。

 よくよく思い出すと、昔から鶫さんはよく俺もしくは燕ちゃんの布団に潜り込むことがあったな。

 ただ、当時といまでは鶫さんはいろいろなところが大きくなっててたいへんグラマラスな体つきになってるわけで、しかも相当な美少女なわけでして。そんな美少女に一緒に寝たいなんて言われたら、興奮しないわけがない!

 それに、いまの鶫さんの格好はシャツにパンツというラフな格好だが、グラマーな体型もあって、たいへんエロい!

 シャツを押し上げる胸もそうだが、パンツから伸びる太ももなんかもたいへん眼福だった。

 そんなふうに鶫さんをついついガン見していた俺の顔を、鶫さんが体を起こして覗き込んでくる。

 や、やばい! 流石にガン見しすぎたか!

 

「イッセーくん。すごい汗だよ?」

「え?」

 

 まったく予想外なことを言われ、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 左手で額を拭ってみると、確かにすごい汗だった。よく見ると、全身からもすごい量の汗をかいていた。

 これもあの夢のせいなのか?

 

「そのままだと寝苦しいんじゃない?」

 

 うーん、確かにこのままじゃ、ちょっと寝苦しそうだな。一回シャワーでも浴びてさっぱりしようかな?

 

「シャワー浴びるなら一緒に浴びる? 背中流してあげるよ〜」

 

 な、なんだって・・・・・・っ!? そ、そんな眠気が吹っ飛ぶような日本語があったのか!

 

「い、いいの・・・・・・?」

「うん。いいよ〜」

 

 マジか! マジで一緒にシャワー浴びるのか!?

 

「じゃあ、準備してくるから〜」

 

 そう言って鶫さんは俺の部屋をあとにした。

 これ、今夜はもう興奮して寝られないかもしれない。

 でも最高の夜を過ごせそうだ! 変な夢もばんばんざいだぜ!

 

 

―○●○―

 

 

「ふわぁぁぁ・・・・・・」

「ずいぶん眠そうだな?」

 

 朝のホームルーム前、教室であくびをする俺に松田と元浜が尋ねてきた。

 

「ああ・・・・・・おかしな夢を見て寝不足でさ」

 

 まぁ、本当は昨夜(ゆうべ)のことで興奮して眠れなかったからなんだが。

 あのあと、本当に俺は鶫さんと一緒(鶫さんは燕ちゃんのことも誘ったみたいだけど、顔を真っ赤にして断られたとのこと)にシャワーを浴びて、背中を流してもらうのだった。

 そのときの鶫さんは当然全裸だったので、その裸体は頭に焼き付いていた(当然、脳内メモリーに名前をつけて保存した)。

 しかも、そのあとは一緒に寝ることになってしまい、そのまま鶫さんは俺を抱きしめて眠ってしまった。

 ただ俺は、脳内に焼き付いた鶫さんの裸体と抱きしめられた際に感じた女体(特に胸とか太もも)のやわらかさと臭いに興奮して、結局眠ることができなかった。

 まぁ、それを言ったら二人から(ヘタをすればまた学校中の男子から)の殺意混じりの問い詰めが来そうだから言わないけど。

 

「エロい夢なら是非とも語るがいい!」

「・・・・・・ちげぇよ」

 

 二人が目を血走らせながら迫ってくるのを俺は若干うんざりしながら違うと告げる。

 

「すみませんでした、イッセーさん。もう少し早く私が声をかけにいっていれば」

「いいんだよ、アーシア。寝坊した俺が悪いんだしさ」

 

 眠れなかったと言ったが、実際は鶫さんが(うち)の手伝いをしに起きてからは一応眠れた。・・・・・・まぁ、そのおかげで、寝坊してしまい、危うく学校に遅刻してしまうところだった。

 アーシアが申し訳なさそうにしているが、アーシアが起こしてくれなかったら確実に遅刻してたのでそんなに気にしなくてもいいんだけどな。

 

「イッセー、貴様ぁ!?」

「アーシアちゃんにも起こしてもらっているのか!?」

 

 松田と元浜がすごい形相で睨んできた。

 俺はそれに勝ち誇ったような態度で返してやる。

 

「なーんだ、そのくらい当然だろ? なにしろ、ひとつ屋根の下で暮らしているのだから♪」

「イッセーさんはお寝坊さんですから」

 

 ちなみに、元浜が言った「も」ていうのは、アーシアが来る前は千秋が起こしに来てくれていたことを言っている。

 いまでも、たまに千秋が起こしに来てくれるし、鶫さんや燕ちゃんのときもある。基本的にはアーシアの日が多いかな。

 

「じゃ、じゃあ、ご飯をよそってもらったりとか・・・・・・っ?」

「それは鶫さんのほうが多いかなー♪」

「イッセーくんはいっぱい食べるからね〜」

 

 普段はのんびり屋な鶫さんだけど、意外と家事とかの作業がテキパキとしている。その腕前は明日夏がライバル視するほどだ。

 

「母さんも鶫さんの家事スキルには大変助かってるって言ってたし、アーシアは気が利く子だって褒めてたぞ♪」

「そんな・・・・・・照れますよー」

「えへへ〜」

 

 ちなみに、燕ちゃんはマッサージが得意で、どっちかというと父さんのほうに絶賛されている。

 俺も朝練の後にやってもらっているけど、これが本当に効いて、疲れがあっという間に吹っ飛んでしまう。

 余談だけど、鶫さんから聞いた話よると燕ちゃんのそのマッサージ技術は、燕ちゃんが持っている忍の技術を応用したものらしい。

 

「なぜおまえの周囲にだけこんな美少女がぁぁぁっ!?」

「美少女の幼馴染みの千秋ちゃんと千春さんに加え、うちの学校の二大お姉さまのリアス先輩に姫島先輩! 小さなマスコットアイドルの塔城小猫ちゃん! そこへ金髪美少女転校生のアーシアちゃん! さらに幼馴染みの美少女転校生の鶫ちゃんと燕ちゃん! しかも、この転校生の三人とは同棲しているという始末! この理不尽に俺は壊れそうだァァァッ!」

 

 あまりに付いてしまった俺と二人との差に二人は嘆き悲しむ。

 

「おまえらは何回同じことを嘆いている気なんだ?」

 

 そんな二人を見て呆れた様子で嘆息する明日夏。

 

「なあ、親友。ものは相談だが・・・・・・」

 

 そんな明日夏を無視して元浜がメガネをキランと光らせて詰め寄ってくる。

 

「一人ぐらい紹介してもバチは当たらないと思うぞ? ──というか、紹介してくれ! 頼む! 頼みます!?」

「おまえ 、他にもいろんなかわいい子と知り合っているんだろ!? その中で誰でもいいから紹介しろ! いえ、してください!? イッセーさま!」

 

 手を合わせて頭を下げて懇願してくる悪友の二人。

 ていわれてもな。女の子の知り合いなんて、さっき松田があげていた子たちしかいないんだけどな。

 

「もし紹介してくれたら、相応の礼はするつもりなのだがぁ」

「ッ! そ、それはどういう!?」

 

 元浜が口にした「礼」という単語に思わず反応してしまう俺を見て、二人はニヒルに笑む。

 

「あえて言うなら──」

「紳士のVIP(ビップ)席」

 

 それだけ告げると、二人は踵を返してどこかへと行こうとする。

 

「ちょ、ちょっと待てッ!」

 

 思わず慌てて呼び止めてしまったけど、どうすればいいんだ!? 紹介できる子なんて──ん? まてよ。あ。一人いた。

 でも、いいのかな? あの子紹介して?

 だが、二人の言うVIP(ビップ)席が気になるのも事実。

 俺はケータイを取り出し、とある人物に電話をかける。

 一通り話し終えると電話を切る。

 

「一人大丈夫な子がいたぞ」

「「マジで!?」」

「『今日にでも会いたい』てさ。向こうも友達連れてくるって」

「そ、それで、どんな子なんだ?」

「うっ。ま、まぁ、乙女だなぁ。間違いない」

「「乙女ッ! 素晴らしい!」」

 

 舞い上がる二人に対して、俺は苦笑いを浮かべて汗をかいていた。

 それを訝しんだのか、明日夏が訊いてきた。

 

「イッセー。一体誰を紹介したんだ?」

 

 俺は歯切れ悪くもその子の名を告げた。

 

「・・・・・・・・・・・・ミルたん」

 

 それを聞いた明日夏も表情を引き攣らせる。

 ミルたんというのは、先日、アーシアのことを指名し、代わりに俺が赴いたときの依頼者の名だ。

 筋骨隆々とした体に魔法少女の衣装で身を包んだ乙女な巨漢だ。

 そう、乙女な巨漢。()()なのだ。だから嘘は言っていない。

 

「これ、その子の番号と、メアド。まずはメールで連絡取ったほうが幸せになれるぞ」

「サンキュー!」

 

 松田が速攻で俺のケータイを奪い、自分のケータイにすばやく番号とメアドを登録した。元浜も続いて自分のケータイに登録を行った。

 

「あぁ、ありがとうございます、イッセーさま! このご恩は一生忘れません!」

「俺らもソッコー彼女作るからな! 今度トリプルデートでもしようぜ!」

 

 二人は春が来たが如くテンションMAX(マックス)で自分の席に戻って行った。

 

 

―○●○―

 

 

「うぅぅ・・・・・・痛いぃ・・・・・・」

「大丈夫ですか、イッセーさん!?」

 

 放課後、部室でボコボコに腫れ上がったイッセーの顔をアーシアはせっせと回復の力を当てていた。

 

「・・・・・・自業自得でしょ」

「・・・・・・まったくです」

 

 なぜイッセーがこのようになったかというと、元浜の言う紳士のVIP(ビップ)席とやらに行ったせいだ。

 大層な名前を言っているが、その実態は女子更衣室のロッカーの中という、要するに覗きを行うための場所だったというわけだ。

 で、そのとき更衣室を使用していたクラスっていうのが、一年、それも千秋のクラスだった。当然、塔城や燕もいる。つまり、イッセーは覗きがバレて塔城にボコボコにされたわけだ。

 燕の言う通り自業自得であった。

 

「まったく。あなたはどうしてそう・・・・・・」

 

 部長は呆れた様子で笑みを浮かべながら嘆息する。

 

「いやー、友人に誘われてつい・・・・・・」

 

 目を逸らしながら言うイッセーにアーシアがまくしたてる。

 

「イッセーさん! そんなに裸が見たいのなら・・・・・・・・・・・・わ、私が!」

「わああああ!? 違うんだ、アーシア! そういうんじゃなくて!」

 

 顔を真っ赤にして自分の制服に手をかけるアーシアをイッセーは慌てて止める。

 

「そうだよ〜、イッセーくん。私に言ってくれたら、いつでも見せてあげるよ〜」

「えっ!?」

昨夜(ゆうべ)、もう見せてるしね〜」

「「ええぇぇぇっ!?」」

 

 鶫の爆弾発言に千秋とアーシアが悲鳴じみた叫びをあげる。

 

「ま、まぁ、そうだね・・・・・・て、いて、いててててっ!?」

「もぉぉぉ! イッセーさぁぁぁん!」

 

 イッセーが顔をデレデレさせていると、アーシアが涙目でイッセーの頬を引っぱりだした。

 そのあと、アーシアはすっかりむくれてしまった。

 イッセーが鶫とアーシアで応対が違うのは、別にイッセーがアーシアに異性としての魅力を感じていないというわけじゃない。

 イッセーの中では、アーシアは『守るべき存在』ていう意識が固められている。それは一度アーシアを守ることができず死なせてしまったことが起因だ。

 だから、アーシアがそういうことをするのにはイッセー的には興味あるが、理性が働いてブレーキが掛かってしまうというわけだ。

 むくれてるアーシアをイッセーがなだめてると、部長が手をパンパンと鳴らす。

 

「はいはい、痴話喧嘩はそんへんにして。イッセー。アーシア。あなたたち、そろそろ使い魔を持ってみない?」

 

 部長は唐突にそう言った。

 

「使い魔、ですか?」

「そう、使い魔よ。あなたとアーシアはまだ持っていないでしょう?」

 

 使い魔は悪魔にとって手足となる使役すべき存在だ。

 情報伝達や偵察、他にも悪魔の仕事でも役に立つらしい。

 

「いままで修業の一環としてチラシ配りをやらせていたけれど、それはもう卒業ね。それは本来使い魔の仕事だから」

 

 そう言いながら、部長はポンッと手元にマスコットみたいな赤いコウモリを出現させる。

 

「これが私の使い魔。イッセーは会ったことあるわね」

「えっ?」

 

 イッセーが疑問符を浮かべていると、コウモリはウェイトレスのような服装をした少女に姿を変えた。

 

「ああっ!」

 

 それを見て、イッセーは思い出したのか声をあげる。

 俺もその少女には見覚えがあった。

 イッセーが死ぬ間際に部長を呼び出した魔法陣のチラシ、それをイッセーに手渡した(千秋にも手渡してた)のは他でもないこの少女だった。

 

「私のはこれですわ」

 

 副部長が指を床に向けると、魔法陣を介して小さな小鬼が現れた。

 

「・・・・・・シロです」

 

 そう言う塔城の腕に白い毛並みの子猫が抱き抱えられていた。

 

「僕のは──」

「ああ、おまえのはいいや」

「つれないなぁ」

 

 そう言いつつ、木場は苦笑しながら肩に小鳥を出現させていた。

 

「使い魔は悪魔にとって基本的なものよ」

 

 部長が使い魔について説明していると、アーシアがおずおずと手を上げる。

 

「あのぉ、その使い魔さんたちはどうやって手に入れれば?」

「それはね──」

 

 コンコン。

 

 部長が使い魔の手に入れかたを説明してくれようとした瞬間、部室の扉がノックされる。

 

「はーい」

「失礼します」

 

 副部長が返事を返すと、扉が開かれメガネをかけた女子生徒二人が複数の女子生徒と一人の男子生徒を引き連れて入室してきた。

 

「なっ!? こ、このお方は!?」

 

 イッセーは先頭のメガネかけた女子生徒の片割れを見て驚愕していた。

 

(あの、どちらさまですか?)

 

 アーシアが小声で訊いてきたので、俺とイッセーも小声で返す。

 

(この学校の生徒会長、支取蒼那先輩だよ)

(隣は副会長の真羅椿姫先輩だ。そして、後ろにいるのが他の生徒会メンバーだ)

(ていうか、生徒会メンバー勢揃いじゃん!)

 

 そんな俺たちをよそに、部長が前に出て会長と気安い感じで会話を始めた。

 

「お揃いね。どうしたの?」

「お互い下僕が増えたことだし、改めてご挨拶をと」

 

 会長が口した「下僕」という単語にイッセーが反応する。

 

「下僕ってまさか!?」

「この方の真実のお名前はソーナ・シトリー。上級悪魔シトリー家の次期当主さまですわ」

 

 副部長が答えてくれたように、生徒会長の支取先輩は上級悪魔であり、生徒会は会長の眷属悪魔の集まりなのだ。

 

「こ、この学園に他にも悪魔が!?」

 

 驚くイッセーを見て、男子生徒が見下したような表情を見せる。

 

「リアス先輩、僕たちのことを彼らに話してなかったんですか? 同じ悪魔なのに気づかないこいつらもどうよと感じですが」

 

 この口ぶり、どうやら、俺たちのことまで悪魔だと思ってるな、こいつ。

 

「サジ、私たちは『表』の生活以外ではお互い干渉しないことになっているのよ。兵藤くんが知らなくても当然です。それから、そこにいる兵藤くんとアルジェントさん以外の彼と彼女たちは悪魔ではありませんよ」

「えっ!?」

 

 男子生徒が驚いたように俺たちを見る。

 

「士騎明日夏。人間だ。こっちは妹の千秋だ」

「どうも。兄と同じく人間です」

「風間鶫。こっちの妹の燕ちゃんと一緒で人間だよ〜」

「どうも」

 

 俺たちは簡単に名乗り、人間であることを明かす。

 

「な、なんで人間の彼らがここに!?」

「まぁ、いろいろあってね。皆、イッセーに付き添う形でオカ研に入部したのよ」

 

 男子生徒の疑問に部長が答える。

 

「もちろん、私たちが悪魔であることも知っているわよ。たぶん、あなたたちのこともね。そうでしょう、明日夏?」

 

 部長の問いかけに頷いて答える。

 オカ研に入部する以前から部長たちのことを知っていて、生徒会のことを知らないはずはないからな。

 

「あっ、思い出した! おまえ、最近書記として生徒会の追加メンバーになった、確か、二年C組の──」

「匙元士郎。『兵士(ポーン)』です」

「『兵士(ポーン)』の兵藤一誠、『僧侶(ビショップ)』のアーシア・アルジェントよ」

 

 イッセーの言葉を皮切りに部長と会長がお互いの新人下僕を紹介する。

 

「へぇー、おまえも『兵士(ポーン)』かぁ! それも同学年なんて!」

 

 同学年の同じ駒であることにイッセーは少し嬉しそうにするが、それに対する匙はわざとらしく嘆息する。

 

「俺としては変態三人組の一人であるおまえと同じなんて、ひどくプライドが傷つくんだけどな」

「なっ!? なんだと、てめぇ!」

 

 匙の挑発じみた貶しにイッセーは匙に食ってかかろうとする。

 

「おっ、やるかぁ? 俺は悪魔になったばかりだが、駒四つ消費の兵士だぜ」

 

 余裕そうにイッセーを煽る匙を会長が諌める。

 

「サジ、おやめなさい。それに、そこの彼は駒を八つ消費しているのよ」

「八つって、全部じゃないですか!?」

 

 驚く匙はありえないものと目の当たりにしたような表情でイッセーを見る。

 

「信じられない! こんな冴えない奴が!?」

「うっせー!」

 

 第一印象から最悪な状態だな、この二人。

 

「ごめんなさいね、兵藤くん、アルジェントさん。よろしければ、新人悪魔同士、仲良くしてあげてください。士騎くんたちも悪魔、人間に関わらず仲良くしてあげてください」

 

 若干困ったような表情で会長は微笑みかけてきた。

 

「サジ」

「あ、は、はい。よろしく」

 

 会長に言われ、渋々と出された手をアーシアが取った。

 

「よろしくお願いします」

 

 アーシアがにっこり微笑みながら匙の手を掴むと、匙はガシッとアーシアの手を握り返した。

 

「こちらこそ! キミみたいなかわいい子は大歓迎だよ!」

 

 態度が急変しすぎだろ。

 案外、イッセーとこいつって似たもの同士かもな。

 そんなアーシアの手を握っている匙の手を、イッセーは引き剥がし、握り潰す勢いで力を込めて握手しだす。

 

「ハハハハッ! 匙くん、俺のこともよろしくね! つうか、アーシアに手を出したらマジ殺すからね、匙くん!」

 

 そんなイッセーの手を匙も負けじと力を込めて握り返す。

 

「ハッーハハッ! 金髪美少女を独り占め気取りか? 美少女幼馴染みをたくさん侍らせておいて、さすがエロエロな鬼畜くんだね!」

 

 二人ともおもいっきり握手する手に力を込め、ぐぬぬと睨み合う。

 

「大変ね」

「そちらも」

 

 そんな二人を呆れたような表情で見る部長と会長。

 うーん、やっぱり似たもの同士だな、こいつら。

 

「俺はデビューして早々使い魔を持つことを許されたんだ! おまえはまだチラシ配りをしているそうじゃないか?」

「バカにすんな! 俺も部長から使い魔を持つようさっき言われたんだよ!」

「えっ、あなたところも?」

「ええ。来週にはと思っていたのだけど」

「でも、彼は月に一回しか受け持ってくれませんし」

 

 ん、何やら問題発生か?

 

「ならここは、公平に実力勝負というのはどう?」

「勝負?」

「勝ったほうが彼に依頼する権利を得るの」

 

 どうやら、部長と会長との間でひと勝負が勃発しそうだな。

 

「もしかして、レーティンゲームを?」

「ふふ、まさか。まず許可してもらえっこないわ」

「そうですね」

 

 レーティングゲーム。確か、上級悪魔同士で行う下僕同士戦わせる競技だっけ。

 

「それに、いまのあなたは大事な体ですから」

「・・・・・・関係ないわ」

 

 会長の言葉に部長が急に不機嫌そうになった。

 何かあるのか? たぶん、最近の部長の様子とも無関係じゃないんだろう。

 

 当の部長はすぐさまいつも通りの雰囲気に戻った。

 

「ソーナ。ここは高校生らしく、スポーツで決めましょう!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 使い魔、ゲットします!

 部長が会長に勝負を挑んだ翌日の放課後、学園のテニスコートで部長、副部長のタッグと会長、副会長のタッグがネットを挟んで対峙していた。

 見ての通り、勝負内容はテニスのダブルス対決だ。

 そして、どこで聞きつけたのか、学園のほとんどの生徒がテニスコートの周りに集まって観客と化していた。

 すごい熱狂になっていたが、学園で人気のあるメンツで勝負となれば当然の結果か。

 

「がんばれー! 部長! 朱乃さーん!」

「会長ー! 勝ってくださいー!」

 

 そんな生徒たちに紛れてそれぞれの主を全力で応援するイッセーと匙。

 

「朱乃。この勝負勝ちに行くわ!」

「はい、部長!」

「行くわよ、ソーナ!」

「ええ! よくてよ、リアス!」

 

 思った以上に燃えている部長と会長。

 そして、そんな二人の対決の火蓋が切って落とされた。

 部長側と会長側、どちらも一進一退のラリーによる攻防で白熱していた。

 

「うまいもんだな」

 

 四人とも、テニスの腕前はプロ級だった。

 

「なにせ部長と会長はグレモリー流とシトリー流の技をそれぞれ極めているからね」

 

 隣にいた木場がそんな解説をくれた。

 ていうか、そのグレモリー流とシトリー流の技ってなんだよ? 絶対二人のオリジナルだよな。

 

「しかし、盛り上がってるな」

「いつの間にか、ギャラリーがいっぱいになってるからね」

「・・・・・・これでは魔力は使えませんね」

「って、おい。魔力を使う気だったのかよ、二人とも」

「だって、さっき言ったグレモリー流とシトリー流の技は魔力ありきの技だからね」

 

 おいおい。スポーツぐらい、普通にやりましょうよ。

 まぁ、塔城の言う通り、こんだけ一般人のギャラリーがいれば、魔力なんて使わねぇよな。

 

「おくらいなさい! シトリー流スピンサーブ!」

 

 会長がそんな技名を高々と叫びながらサーブを放つ。って、あれ。いま打った会長のボールに青いオーラが微かに・・・・・・。

 

「甘いわ! グレモリー流カウンターをくらいなさい!」

 

 部長が打ち返そうとした瞬間、ボールが部長の前でありえない方向にバウンドしていった!

 ていうか──

 

「魔力使ってんじゃねぇか!」

「・・・・・・しっかり使ってるね」

「・・・・・・ちょっと熱くなり過ぎかもです」

「・・・・・・おいおい、大丈夫なのかよ?」

「まぁ、周りの人たちは魔球ってことで納得しているみたいだね」

「・・・・・・いろいろ平和で何よりです」

 

 いいのかよ、それで。どう見ても物理法則を無視してるぞ。本当に文字通りの魔球だぞ。

 

「それでこそ私のライバル。でも、絶対に勝たせてもらうわ! 私の魔導球は百八あるのよ!」

「受けて立つわ、リアス! それが私のあなたへの愛!」

 

 いまの一球でさらに白熱した部長と会長の対決はもう俺の知っているテニスではなかった。

 ボールが縦横無尽に物理法則を無視して暴れ回るテニスではない別のスポーツとかしていた。

 幸い、周りの連中は全て魔球ってことで納得していた。

 ・・・・・・・・・・・・塔城の言う通り、いろいろ平和で何よりだよ。

 

 

―○●○―

 

 

 結局、テニス(もはや別のスポーツだった)対決は、部長たちのいつまでも決着のつかない激しいラリー合戦にラケットのほうが耐えられなかったため、勝負は無効となった。

 というわけで、今度は──。

 

「団体戦?」

「ということになったみたいだ」

 

 むろん、俺や千秋たちも参加させてもらうつもりだ。

 人間ではあるが、遅れをとるつもりはさらさらない。

 

「それでいま、部長と朱乃さんが生徒会と協議中なんだよ」

 

 ガチャ。

 

 と、噂をすれば部長と副部長が戻ってきた。

 

「種目はドッチボールに決まったわ。勝負は明日(あす)の夜、体育館で。イッセーとアーシアのためにがんばりましょう」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

 部長の言葉にイッセーとアーシア以外の全員で力強く返事をする。

 そんじゃま、ダチ二人のために一肌脱ぎますか!

 

 

―○●○―

 

 

 翌日の夜、俺たちは体育館に来ていた。

 今夜行われる対決の種目はドッチボール。

 

『いいなー。俺もやりてーなー』

 

 てめぇは黙ってろ。

 千秋に背中を押してもらって柔軟してるとドレイクが棒読みで喚くので黙らせる。

 

「俺、ドッチボールなんて小学校以来ですよ」

「勝負を着けるのが目的だから、ルールは簡単なほうがいいでしょ」

「アーシアさんもすぐに覚えられましたしね」

 

 ドッチボール用のバレーボールで投げ合って練習したり、柔軟をしたりして準備万端となったところで、イッセーが俺や皆に渡したいものがあると言ってきた。

 

「ハチマキ?」

「ほぉ」

「へぇ」

「あらあら、素敵ですわ」

 

 イッセーが俺や皆に渡したのは、『オカ研』と刺繍されたハチマキだった。

 

「徹夜して作ったんです」

「寝ないで?」

「俺たちのために部長と朱乃さんがあんなにがんばってくれて、今日は小猫ちゃんや木場、明日夏たちまで。だから、皆のためになんかひとつでもできたらなぁ、なんて。・・・・・・あのぉ、ハチマキなんてやっぱダサいっスか?」

「ううん。よくできているわ。本当に素敵よ、イッセー」

 

 部長の言う通り、初めてにしてはなかなか上出来だった。スジいいんじゃねぇか?

 

「い、いえ、そこまでのもんじゃ・・・・・・」

「謙遜しなくてもいいんじゃないの? いい出来だと思うけど」

「そうだよ〜、イッセーくん」

「素敵だと思うよ、イッセー兄」

「・・・・・・予想外の出来栄え」

 

 他の部員の皆にも好評だった。

 

「これを巻いて、チーム一丸となって頑張りましょう!」

 

 部長の言葉に俺たちは力強く頷く。

 そんな中、複雑そうな表情をする千秋と燕。

 実は俺たちオカ研のほうが人数が二人多いため、悪魔以外のメンバーの俺たちから千秋と燕が抜けてもらい、審判をしてもらうことになっていたのだ。

 

「安心しろ。二人の分までやってやるからよ」

「安心して任せてよ〜」

 

 俺と鶫にそう言われ、視線で「任せた」と言われ、より一層気合いを入れた。

 

「お待たせしました」

 

 そこへようやく生徒会メンバーのご登場だった。

 ここに、オカルト研究部と生徒会による戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

―○●○―

 

 

「ハッ!」

「ッ!?」

「アウト!」

 

 開始早々、生徒会側の外野の投げたボールが塔城をかするように当たり、塔城がアウトになった。

 

「小猫ちゃん!」

「・・・・・・問題ありません」

 

 いきなり塔城がやられたか! 生徒会もなかなかやる!

 ちなみにこちら側の外野は木場とアーシアだ。木場はともかく、アーシアは運動神経がいいほうではないため、回避作業のある内野はキツいと判断されたためだ。

 それにしても、塔城のボールが当たった部分の体操着が破れてたのが気になるんだが? ・・・・・・というか、いやな予感がするんだが。

 

「フッ。追憶の打撃!」

 

 副会長が高々と技名を叫びながら投げられたボールにそれはもう濃密な魔力を帯びていた。

 ていうか、ドッジボールでも魔力かよ!

 さっきの塔城をアウトにした投球も魔力を使ってたな!

 

「ッ!」

 

 部長へと投げられたボールを部長は見事キャッチした。が、衝撃でジャージがところどころ破けていた。

 

「流石ですね。椿姫の球を正面から」

「私を誰だと思っているのかしら!」

 

 部長の前に魔法陣が現れ、部長が投げたボールが魔法陣を潜ると、ボールは破裂して潰れ、副会長以上の濃密な魔力を帯びて生徒会メンバーの一人を吹き飛ばした。

 そして、新しいボールに変えてからのこのドッチボール対決は、もうめちゃくちゃだった。

 魔力を帯びたボールが縦横無尽に体育館内を暴れ回り、およそドッチボールでは聞かないはずのボールが当たった者(主に部長の投球による生徒会の被害者)の悲鳴が響き渡っていた。

 

 ガシャン!

 

 あ、副会長の投げたボールが窓を突き破ってどっかに飛んでいった。

 ・・・・・・これで何球目だ、ボールがダメになるの?

 

「ドッチボールって怖いスポーツなんですね!?」

「・・・・・・いや、アーシア。これはもうドッチボールじゃねぇよ」

「もはやなんのスポーツなんだかわかんなくなってきた!?」

 

 と、ここで生徒会側の外野の一人が鶫に向かってボールを投げた。

 だが、ボールはそのまま鶫のことをすり抜けていってしまった。

 ただ、本当にボールが鶫のことをすり抜けているわけではない。タネは至極単純。鶫のボールを避けてから元の体勢に戻るまでのスピードが速すぎるのだ。それによって、ボールが鶫のことをすり抜けているように見えていたのだ。

 のんびりそうにしていながらその実、忍びとしてとても敏捷なのだ。

 むろん、避けるだけでなく、投球も力強く、なおかつ速くて鋭く、生徒会メンバーの一人を下していた。

 

「追憶の打撃!」

 

 おっと、ここで副会長が俺に向かってさっきから猛威を振るっている必殺球が飛んできた。

 

「チィッ!」

 

 俺はその一球に向けて猛虎硬爬山を放つ。

 俺の一撃で勢いが多少衰えたところでボールを抱え込むようにしてキャッチし、その場で転がりながら勢いを逃す。

 

「ふぅ・・・・・・」

「やりますね。まさか人の身で椿姫の球を止めるなんて」

 

 ちなみに、いまのように八極拳の技をボールに打ち込んで打ち出し、生徒会メンバーの一人を下していたりする。

 

「よくやったわ、明日夏」

「部長!」

 

 部長が視線でボールを渡すように言ってきたので、部長にボールをパスする。

 そして、部長が投げたボールが魔力で再びダメになりながらも副会長を下した。

 これで残りは会長と匙の二人。こちらは部長、俺、イッセー、鶫の四人。残り時間もあとわずか。戦況はこちらに有利であった。

 だが、会長も匙もまだ諦めてはいなかった。油断はできないな。

 

「会長。まずは兵藤を潰しましょう!」

 

 匙の言葉に頷き、会長はメガネを光らせる。

 まずい! 何か来る!

 

「イッセー、逃げろ!」

「えっ!?」

「シトリー流バックスピンシュート!」

 

 妙に派手に動きながら魔力を帯びて放たれた会長のボールはまっすぐイッセーに向かっていく。

 

「何っ!?」

 

 イッセーは慌てて逃げるが、ボールは意思を持ったかのようにイッセーを追いかけていた!

 

「な、なんで!?」

「イッセー、避けて!」

 

 部長に言われながら、イッセーは必死になってボールから逃げる、避けるを繰り返すが、ボールはとことんイッセーを狙って追いかける。

 

「うわぁぁぁぁぁ──っ!?」

 

 そして、とうとうボールは命中した。イッセーの股間に。

 イッセーは股間を押さえて倒れ込んだ。

 

「お、おい、イッセー、大丈夫か!?」

 

 慌てて駆け寄る俺。他の部員もイッセーに駆け寄る。

 

「・・・・・・・・・・・・お、終わった・・・・・・何もかも・・・・・・」

 

 ヤベェ。やっぱりというか、当然というか、重傷だな、これは。

 

「『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』で治療を行いますので、ケガしたところを見せてください!」

 

 アーシアの言葉にイッセーは痛みを忘れて慌てだす。

 

「い、いや、それは無理!」

「でも、患部を見ないと、ちゃんとした治療が・・・・・・」

「いやっ、患部っつうか、陰部はちょっと! いろいろとまずいから! お願い! マジで許して!?」

「仕方ありません。では、服の上から・・・・・・」

 

 イッセーの必死の説得というか、懇願でアーシアに妥協してもらい、結果、なんとも言えない表情で座っているイッセーの股間に真剣な表情で回復の力を当てるアーシアという光景ができあがった。

 

「・・・・・・なんだこの絵面?」

「・・・・・・なんとも言えない場面」

「・・・・・・俺もそう思う」

 

 本当になんとも言えない絵面だなぁ。

 

「アーシアはこのままイッセーの看護を」

「は、はい!」

 

 アーシアの返事を聞いた後、部長は他の部員に向けて告げる。

 

「皆、イッセーの弔い合戦よ!」

「ええっ! イッセーくんの死を!」

「無駄にはできませんね!」

「・・・・・・もちろんです!」

「えーっとぉ・・・・・・俺、死んだわけじゃ・・・・・・」

 

 なんで部長たち、イッセーが死んだようなノリになってんだ?

 なんて妙な展開になりながらもドッチボールは再開された。

 

「えーと、ボールはどこかしら?」

 

 ボールを探すと、鶫が持っていた。

 って、ん? 鶫の様子がおかしいような──ッ!? まさか!

 

「行きなさい、鶫! ・・・・・・鶫?」

 

 部長の言葉に何も反応を示さない鶫にこの場にいる全員が怪訝そうにする。

 その中で燕はどこか呆れたような表情をしており、俺とイッセー、千秋は冷や汗を流していた。

 

「・・・・・・よくも・・・・・・」

 

 ようやく発せられた鶫の声はいつもののんびりとした雰囲気は微塵もなく、ただ低く冷えたような声音だった。

 そして、突如として火山の噴火のごとく爆発した。

 

「よくもイッセーくんをおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 咆哮のような叫びをあげながら放たれた鶫のボールは会長の頬をかすりながら後方の壁に激突し、壁が破壊された!

 その光景を見た事情を知らない皆は驚愕していた。特に目の前で頬をかすった会長なんかは表情を引きつらせて冷や汗も流しており、近くで見ていた匙なんかは驚愕と恐怖がごっちゃまぜになった変な表情をしていた。

 

「イッセー! もう動けるな!?」

「お、おう! わかってる!」

 

 イッセーは慌てて立ち上がり、鶫の下へ駆け寄る。

 

「鶫さん! 俺は大丈夫だから! ほら、アーシアのおかげでこの通り、ピンピンしてるから!」

「・・・・・・ほんと?」

「ほんとほんと! 本当に大丈夫だから!」

「はぁ〜、よかったよ〜」

 

 イッセーの言葉を聞いて、鶫は落ち着き、いつもののんびりとした雰囲気に戻っていた。

 

「明日夏・・・・・・これは一体どういうことなの?」

 

 そこでようやく驚愕の硬直から立ち直った部長が訊いてきた。

 

「えーっと、鶫は燕やイッセーが第三者の悪意によってなんらかの危害が加わるようなことがあると、いまみたいにキレて凶暴化するんですよ」

 

 昔、燕をいじめてた連中をキレてぼこぼこにしたこともあった。他にも、そのいじめを行っていた連中のリーダー的な奴の兄貴が不良で、そいつが不良仲間を引き連れて鶫に仕返ししに来たときにイッセーが鶫を庇ってケガをした際にもキレて、不良たちを返り討ちにしたこともあった。

 しかも、その状態の鶫は本当に凶暴で容赦がなく、倒れた相手にすら過剰に暴力を振るう。

 止める方法はいまみたいに原因、つまり燕やイッセーが自分は大丈夫だということを伝えるのみだ。

 それにしても、さっきの鶫の投球。ただボールを力任せに投げたわけじゃない。力が最大限に乗るように、そして速く、鋭くなるように投げたのだ。その結果があの壁だ。キレながらもあれだけ繊細なことをやってのける鶫は大したもんだと感服するしかなかった。ちなみにボールは衝撃に耐えられずに破裂した。

 もし、レイナーレの事件のときに鶫があの場にいたら、レイナーレはもっと悲惨な死を迎えていたかもしれないな。

 

「ま、とりあえず、鶫が落ち着いたところで、ドッチボールを再開しますか」

 

 俺は手を叩いてドッチボールの再開を促した。

 今回の件は会長に悪気があったわけじゃない。だから、鶫もあっさりと落ち着いてくれた。

 今回のは久々で動揺が大きかったせいだろう。

 たぶん、もう大丈夫なはずだ。

 再開されたドッチボール。ボールは塔城の手の中。狙いは匙。匙も受けて立つ気のようだ。

 

「来い!」

「・・・・・・えい」

「っ!?」

 

 あ、塔城の投げたボールが匙の股間に。

 匙はイッセー同様、股間を押さえながら倒れた。

 まぁ、これで匙もアウトだな。

 残るは会長一人。

 

「もうあなた一人よ。覚悟なさい、ソーナ!」

「うふ、勝負はこれからです!」

「オーバータイム!」

「えっ!?」

 

 まだまだ諦めないと意気込む会長に無慈悲なタイムアップ宣言がされた。

 この勝負、俺たちオカルト研究部の勝利に終わった。

 

 

―○●○―

 

 

『かんぱーい!』

 

 生徒会との激闘を制した俺たちは部室でジュースを片手にささやかな祝勝会を行っていた。

 

「見事生徒会を撃破し、めでたく我がオカルト研究部が勝利を飾ったわ。これも皆のおかげよ」

 

 ちなみに、鶫が壊した体育館の壁だが、原因は自分にあると会長のほうで修理してくれるようだ。

 んでもって、塔城の一撃でダウンした匙だが、イッセーのように治療されることなく、生徒会メンバーの一人におぶられていった。

 

「さあて、ぐずぐずもしていられないわ。使い魔をゲットしに行くわよ」

「あの、いまからですか?」

「満月の夜じゃないと彼に会えないのよ」

 

 なるほど。確かに今夜は満月だったな。

 

「彼?」

「使い魔マスターよ」

 

 使い魔マスター? そんなのがいるんだな。

 たぶん、使い魔について詳しいんだろう。

 

「部長。俺たちも行ってもいいですか?」

 

 ちょっと興味あるからな。

 

「いいわよ。あなたたちもいらっしゃい」

 

 そんなわけで、俺たちはその使い魔マスターなる人物のいるところまで転移するのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 部室からやってきたのは、とある森だった。

 どうやらこの森には使い魔向けの魔物なんかがたくさん生息しているようだ。

 部長たちの使い魔もここでゲットしたらしい。

 

「ゲットだぜぃ!」

「「「「「「っ!?」」」」」」

 

 突然の大声に俺たちは驚くなり、悲鳴をあげるなり、警戒するなりする。部長たちは特に驚いている様子は見受けられなかった。

 声がしたほうを見ると、木の上に帽子を深くかぶり、ラフな格好をしたおっさんがいた。

 

「俺は使い魔マスターのザトゥージだぜぃ」

 

 このおっさんが使い魔マスター? なんか、ものすごく胡散くさいな。いや、人は見た目では判断できないが。

 

「んー、今宵もいい満月。使い魔ゲットに最高だぜぃ! 俺にかかれば、どんな使い魔も即日ゲットだぜぃ」

 

 本当に大丈夫なのか、こいつ?

 いや、まぁ、部長たちが頼るってことは、大丈夫なんだろう。

 

「彼は使い魔に関してはプロフェッショナルですのよ」

 

 副部長から補足説明を受ける。

 副部長がそう言うってことは、たぶん大丈夫なんだろう。

 

「さあて、どんな使い魔がご所望なんだぜぃ? 強いの? 速いの? それとも、毒持ちとか?」

「そうっスねぇ、かわいい使い魔とかないですかねぇ? 女の子系とか?」

「チッチッチッ。これだから素人はダメなんだぜぃ。使い魔ってのは有用で強いのをゲットしてなんぼだぜぃ。すなわち、個体の能力を把握してかつ自分の特性を補うような──」

 

 ほぉ、意外と真面目なことを言っているな。胡散くさい格好の割に結構まともなのかも──。

 

「あのぉ、私もかわいい使い魔が欲しいです」

「うん! わかったよぉ!」

「ありがとうございます!」

 

 アーシアが頼んだ途端にあっさりと態度を変えやがった。前言撤回だな。

 

 

―○●○―

 

 

 あのあと、イッセーはカタログらしきものでいくつかおすすめを紹介されたのだが、なぜか魔王よりも強い龍王の一角、『天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)』ティアマットだったり、ギリシャ神話のヘラクレスで有名なヒュドラだったりと、一体何を基準にして初心者にすすめたのかわからない紹介をされていた。

 そして、なぜか部長も乗り気になるしで、俺とイッセーはやたらとツッコまされた。

 で、そのあと、真面目に初心者向けのをおすすめしてもらい、いま俺たちはウンディーネという水の精霊が現れる湖に来ていた。ウンディーネっていうのは確か、清い心と美しい容姿をした乙女だったな。

 だからなのか、イッセーはいやらしい顔をしていた。おそらく、いろいろと卑猥な妄想してるんだろう。

 それを察したのか、千秋、鶫、燕の三人が不機嫌になっていた。

 

「あっ、湖が」

 

 木場が指さしているほうを見てみると、湖が輝きだしていた。

 

「おっ、ウンディーネが姿を現すぞ」

 

 それを聞いて、イッセーはますます鼻息を荒くしだす。

 そして湖から現れた。長い金髪を持った()()の女性が。

 

『フンガァァァァァッ!』

 

 咆哮のような雄叫びをあげるウンディーネ? を見てイッセーは驚愕する。

 いや、俺や千秋たちも空いた口が閉じれないんだけどな。

 

「・・・・・・なんだあれ?」

 

 太い上腕に太い足、分厚い胸板、そして全身には歴戦の戦士のような傷跡が見られた。

 

「あれがウンディーネだぜぃ」

 

 ザトゥージが歴戦の戦士のような女性の正体を言う。

 

「いやいや、あれはどう見ても水浴びに来た格闘家ですから!」

 

 うん、まぁ、イッセーじゃなくても、あれがウンディーネだって言われてもそんな感想しか出ないよなぁ。

 

「運がいいぜ、少年。あれはレア度が高い。打撃に秀でた水の精霊も悪くないぜぃ」

 

 それ、もう水の精霊じゃなくて、打撃の精霊じゃないのか?

 

「悪い! 癒し系つうより、殺し系じゃねぇか!?」

「でも、あれは女性型だぜぃ?」

「・・・・・・・・・・・・もっとも、知りたくない事実でした・・・・・・」

 

 イッセーは涙を流しながらその場に崩れ落ちた。

 なんというか、現実はいろいろと変わってるんだな。

 結局、イッセーの希望というか、懇願でウンディーネは却下された。

 ちなみにあのあと、もう一体同タイプのウンディーネが現れて、湖をかけて殴り合いによるデスマッチが行われた。

 んでもって、ドレイクがなぜかノリノリで実況解説までしだした。

 

「でも、あの子たち、とても清い目をしていました。きっと心の綺麗な女の子に違いありません」

「・・・・・・・・・・・・あれを女の子とか呼ばないで・・・・・・」

 

 どんだけショック受けてるんだよ。いや、まぁ、気持ちはわからんでもないが。

 

「待て」

 

 急に先頭を歩いていたザトゥージが立ち止まった。

 

「見ろ」

 

 ザトゥージが指さす方向を見ると、そこには木の上に何かが止まっていた。

 蒼い輝きを放つ鱗で身を覆った、オオワシくらいの大きさの、ドラゴンらしき生き物。というか、ドラゴンの子供だった。

 

蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)。蒼い雷撃を使うドラゴンの子供だぜぃ」

「これはかなり上位クラスですね」

「私も見るのは初めてだわ」

「ゲットするならいまだぜぃ? 成熟したらゲットは無理だからな」

 

 ならなんでティアマットを紹介した?

 

「イッセーくんは赤龍帝の力を持ってますし、相性はいいんじゃないかしら?」

 

 副部長はそう言うが、果たしてそんな簡単に行くかね?

 

「なるほど。よし! 蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)、キミに決め──」

「キャッ!?」

 

 突然のアーシアの悲鳴に顔を向けると、なんかゲル状の粘ついた物体がアーシアに降りかかっていた。

 というか、よく見ると、他の女性陣にも降りかかっていた。

 

「スライムか!」

 

 木場の言う通り、このゲル状の物体はスライム。まぁ、RPGでよくいる魔物だな。

 

「うっ、うわっ!?」

 

 剣を振ろうとした木場だったが、目にスライムが張り付いて視界を塞がられていた。

 俺のほうにも来たが、なんとか避ける。

 

「・・・・・・あらあら・・・・・・はしたないですわ・・・・・・」

「ちょっと!? こらっ!?」

「ふ、服が!?」

「・・・・・・ヌルヌル・・・・・・キモッ」

「っ!」

「わ~っ、服が溶けちゃうよ~っ!?」

「こ、このっ!」

 

 女性陣の声を聞き、そちらに顔を向ければ、スライムに服を溶かされていた。

 

「クソッ!」

 

 木場は顔に張り付いたスライムを剥がそうと悪戦苦闘していた。

 そして、イッセーはというと、あられもない姿になっていた女性陣をガン見していた。

 

「な、なんて素敵な展開──ぐおっ!?」

「・・・・・・見ないでください」

 

 ガン見していたイッセーが塔城に殴り倒された。

 すると、今度は木の幹から蔓のようなものが女性陣を縛り上げた。

 これ、触手だな。

 

「こいつらは布地を主食とするスライムと女性の分泌物を主食とする触手だぜぃ。コンビを組んで獲物に襲いかかり、スライムが女性の衣類を溶かし、触手が女性を縛り上げる以外、特に害はないんだが」

 

 スライムを顔にはりつかせ、鼻血を出し、腕組みしながら解説するザトゥージ。

 ていうか、十分な害を生み出してるじゃねぇか。

 

「服を溶かすスライムと女性を縛り上げる触手だと!? 部長、俺、このスライムと触手を使い魔にします! こいつらこそ、まさに俺が求めていた逸材!」

 

 あーあ、まーた始まった。

 

「あ、あのね、イッセー。使い魔は悪魔にとって重要なものなのよ! ちゃんと考えなさい!」

 

 スライムと触手に悪戦苦闘している部長に言われ、イッセーが考え込むこと早三秒。

 

「考えました! やはり使い魔にします!」

 

 そんなイッセーの主張を無視し、皆触手の拘束を解き、スライムと触手を殲滅しだした。

 俺もナイフでスライムを切り裂き、木場もようやく顔からスライムを剥ぎ取ってスライムを切り裂いていく。

 スライムと触手がやられるたびにイッセーは悲痛な叫びをあげていた。

 残っているのは既にアーシアを襲うもののみとなっていた。

 イッセーはスライムと触手を庇うようにアーシアを抱きしめる。

 

「どきなさい、イッセー。こんな生き物は焼いてしまうに限るわ」

「いやです! このスライムと触手はまさしく俺と出会うため、この世に生を受けたに違いありません! これぞまさしく運命! もう他人じゃないんです! ああ、スラ太郎、触手丸! 我が相棒よ!」

 

 もう名前までつけてるよ、こいつ。

 ちなみにアーシアはイッセーに抱きつかれて嬉しそうにしていた。・・・・・・まぁ、それを見て千秋たちが不機嫌になっているんだが。

 

「森の厄介者をここまで欲しがる悪魔は初めてだぜぃ。まったく、世界ってやつは広いぜぃ」

「普段はいい子なのよ。でもあまりに欲望に正直過ぎる体質で・・・・・・」

 

 部長がかわいそうな子を見るような目でイッセーを見ていた。

 

「ぶ、部長! そんなかわいそうな子を見る目をしないでください! こいつらを使って、俺は雄々しく羽ばたきます!」

 

 バチバチ。

 

 ん? いつの間にか、蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)がアーシアの上空で蒼い電気をほとばしらせていた。

 

 バリバリバリバリバリバリッ!

 

「うがががががががががががっ!? ・・・・・・・・・・・・な、何が・・・・・・」

 

 蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)の放った雷撃がイッセーもろともスライムと触手を焼き払った。

 

「ああっ、スラ太郎、触手丸!? てんめぇ──」

 

 バリバリバリバリバリバリッ!

 

「あがががががががががががっ!?」

 

 再び雷撃で感電したイッセーは完全にダウンした。

 蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)はそのままアーシアの肩に止まった。

 

「そいつは敵と認識した相手しか攻撃しないんだぜぃ。つまり、スライムと触手、そして少年が金髪美少女を襲ったと思ったんだぜぃ」

 

 アーシアを襲ってた奴ら(イッセーは違うが)を敵と認識したってことは・・・・・・。

 

「クー」

 

 蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)はアーシアに頬ずりしだした。

 完全にアーシアに懐いてるな。

 確か、蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)は心の清い者にしか心を開かないって聞いたな。

 

「決まりだな。美少女、使い魔ゲットだぜぃ」

 

 

―○●○―

 

 

 

 アーシアの目の前で展開する緑色の魔方陣の中央に蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)が置かれ、アーシアの使い魔の契約儀式が執り行われていた。

 

「・・・・・・ア、アーシア・アルジェントの名において命ず! な、汝、我が使い魔として、契約に応じよ!」

 

 アーシアの詠唱が終えると、魔法陣が消えた。

 

「はい、これで終了。よくできました、アーシアちゃん」

 

 副部長のサポートありとはいえ、懐いていたこともあってすんなりと終わったな。

 契約が完了した蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)はアーシアのもとに飛んでいき、じゃれだした。

 

「うふふ、くすぐったいです、ラッセーくん」

「ラッセー?」

「はい。雷撃を放つ子ですし、あの、イッセーさんのお名前もいただいちゃいました」

「はは、まぁいいや。よろしくな、ラッセー──あがががががががががががっ!?」

 

 イッセーが手を差し出した瞬間、いきなりラッセーが雷撃を放った。

 そういやぁ、ドラゴンのオスって確か他のオスが大嫌いなんだっけか。

 現にイッセーだけでなく、俺や木場、ザトゥージにまで被害が及んで黒焦げになっていた。

 結局、今回はアーシアだけが使い魔を手に入れ、イッセーはこの次ということになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 喧嘩、売ります!

 アーシアが蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)ことラッセーを使い魔にした翌日の夜、俺はベッドの上で座禅を組んでいた。

 というのも、先ほど風呂に入ろうとしたときだった──。

 

『あっ・・・・・・』

『なっ・・・・・・』

 

 確認を怠ったせいで、アーシアと鉢合わせしてしまった。おまけにお互いいろいろ見合ってしまった。

 しかも、俺が出ようとしたら、アーシアが「裸の付き合い」をやりたいなんて言ってきたもんだから、俺の理性はいろいろと大変だった。

 なんとか理性を保ちつつ、アーシアに裸の付き合いの意味を教えつつ、女の子なんだから、男が入ってきたらもっと防衛的な行動をするようにと警告しようとしたタイミングで母さんがやって来て誤解をされてしまい、俺は思わず逃げ出してきてしまった。

 ただ、そのときのアーシアの裸やら裸の付き合い宣言が頭を離れなかったので、こうして座禅を組んでアーシアに対する煩悩と雑念を払っていた。

 

「俺はエロくない。俺は変態じゃない。アーシアは守るべき存在。アーシアと暮らしてるけど、エッチなことは考えちゃいけない。南無阿弥──んぎゃあああああっ!?」

 

 そうだよ、悪魔がお経を唱えちゃダメだろ!

 危うく自分で自分を成仏させてしまうところだった。

 俺は頭痛で痛む頭を抱えながら、とあるところに電話をかける。

 

『なんだよ、イッセー? こんな時間に?』

 

 通話先は明日夏のケータイだった。

 

「なあ、明日夏。悪魔でもできる煩悩退散法知らねぇか?」

『は?』

 

 ケータイの向こうから、明日夏の素っ頓狂な声が聞こえてきた。

 俺は先ほどあったこと説明し、アーシアをエロい目で見ないようにしたい旨を伝える。

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 ブツッ。ツーツーツー。

 

「って、無言で切るなよ!?」

 

 こっちは真剣なんだよ!

 俺はもう一度明日夏にかけ直す。

 

『はっきり言うぞ。おまえには無理だ』

 

 バッサリ言われてしまった。

 

『だいたい、おまえから煩悩を取ったら、思考回路の大半が停止するだろうが』

 

 そこまで言うかよ! そして、否定できない俺!

 

『ま、そういうことだ。諦めろ』

「そういうわけにはいかないんだよ! アーシアは守るべき存在なんだから、そんなことしちゃいけないんだよ!」

『・・・・・・アーシア的にはそのほうがいいんだけどな・・・・・・』

「ん、なんか言ったか?」

『いや、なんでもねぇ』

「ともかく、こっちは真剣で──」

 

 カッ!

 

「えっ、魔法陣!?」

 

 突然、部屋の床に魔法陣が出現した!

 しかも、それに驚いて、ケータイを落としてベッドの下に行ってしまった。

 魔法陣のほう見ると、見覚えのある図柄。これは、俺らグレモリー眷属の文様だ。つまり、誰かが転移してくるってことだ。

 誰だ? てか、なんで俺の部屋に!?

 いっそう強い光が部屋を照らし出した次の瞬間、魔方陣から一人の女性が現れた。

 

「部長!?」

 

 現れた女性は部長だった。何やら思いつめたような表情をしていた。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 部長は俺を認識するなり、ズンズンと歩いてきて、俺の目の前に来る。

 

「イッセー。私を抱きなさい」

 

 

―○●○―

 

 

 一体何事なんだ?

 いきなりのイッセーからの相談の内容に呆れていたら、いきなり誰かがイッセーの部屋に転移してきたみたいで、それはどうも部長みたいだ。

 そこまではよかったが、そのあとの部長の言葉に思わずフリーズしてしまった。

 

『イッセー。私を抱きなさい!』

 

 本当に一体何事なんだ。

 どうも、イッセーはケータイを落としたみたいで、それも部長の目が届かない場所に落ちたみたいで、いまだに通話状態になっているのに部長は気づいていない。

 イッセーもイッセーで、パニックになって忘れているようだ。

 

『私の処女をもらってちょうだい! 至急頼むわ!』

 

 ケータイから聴こえてくる様子から察するに、頭の整理が追いつかないうちにどんどんことが進んでいるみたいだった。

 

『・・・・・・いろいろ考えたけど、これしか方法がないの』

 

 ん、方法?

 

『既成事実ができてしまえば文句ないはず』

「既成事実・・・・・・そうか、そういうことですか、部長。イッセーが相手なのもそういう理由か・・・・・・」

 

 ここ最近の部長の様子、先日の会長が部長に呟いた言葉、頭の中でパズルのピースがすべて埋まった。

 

 ゴトンッ。

 

「ん?」

 

 背後で物音がしたので振り向くと、床に飲みかけのスポーツドリンクが落ちていた。幸い、キャップは閉められていたので中身はこぼれてなかった。

 すると今度は玄関のほうから慌てたようにドアが開閉された音が聴こえてきた。

 

「千秋か。聞かれたようだな」

 

 まぁ、千秋の想いを考えれば当然の反応か。

 

「さて、これからどう転ぶのやら」

 

 

―○●○―

 

 

 こ、これは一体!?

 いきなり部長がやってきたと思ったら、「エッチしよう」と言い出したと思ったら服を脱ぎだし、何がなんだかわからないうちに俺はベッドに押し倒されていた。

 

「イッセー、あなたは初めて?」

「は、はい・・・・・・」

「お互い至らない点はあるでしょうけど、なんとかして事を成しましょう。大丈夫。私のここにあなたのを収めるだけよ」

 

 自分の下腹部に指を当てる部長。刺激的すぎて脳みそが弾けそうだよ!

 次に部長は俺の右手を取ると・・・・・・自分の胸に押しつけてたぁぁぁっ!

 指から伝わる夢にまで見たおっぱいの感触に脳がパンクしそうだよ!

 

「わかる? 私だって緊張しているのよ」

 

 確かに柔らかいおっぱいを通して右手にドクンドクンと高鳴りが伝わってきた。

 

「で、ですが、俺、ちょっと自信がないです・・・・・・」

 

 情けなくも、不安げで緊張に包まれた声をあげてしまった。

 

「私に恥をかかせるの!?」

 

 部長のその一言で理性が弾け飛んだ。

 俺は部長を押し倒そうと起き上がる!

 

 バンッ!

 

 その瞬間、部屋のドアが勢いよく開け放たれた!

 見ると、そこには切羽詰まったような顔をした千秋に鶫さん、燕ちゃんがいた!

 ていうか、見られた! ベッドの上にいる男とほぼ裸の女。どう見ても、これからやろうとしている男女にしか見えないし、実際にやろうとしていました!

 

「・・・・・・迂闊だったわね。部屋に人が入れないようにしておくのを忘れるなんて」

 

 さらにパニックになる俺に対し、部長は落ち着いていて、嘆息していた。

 

「・・・・・・部長、これはどういうつもりですか?」

 

 すごく怒気を孕んだ声音で部長に尋ねる千秋。

 

「ごめんなさい。あなたたちの想いを考えれば、この状況を認めたくないのも仕方のな──」

「・・・・・・私が怒ってるのはそこじゃないです!」

「え?」

 

 自分の言葉を遮って言われたことに、部長は怪訝そうにする。

 

「・・・・・・二人がちゃんとお互いのことを愛し合っているのなら、動揺はしてもここまで焦ったりしません。でも、いまのこれは、ただイッセー兄の性格に漬け込み、自分の都合から利用しようとしただけです。それはイッセー兄の心を弄ぶことと相違ありません。いまの部長はあの女と(おんな)じです!」

「ッ!?」

 

 千秋の言葉に部長は目を見開いてショックを受けたようだった。

 千秋がここまで怒りをあらわにする女──たぶん、レイナーレのことだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・そう、ね。その通りね。本気でイッセーのことを想っているあなたからそう言われても仕方ないわね・・・・・・」

 

 部長は何やらぶつぶつと呟いていた。

 そこへ、再び部屋に魔法陣が出現した!

 誰だ? 朱乃さんか? それとも木場? もしくは小猫ちゃん?

 だが、魔法陣から現れたのはまったくの別人で、銀色の髪をしたメイド服っぽい出で立ちの若い女性だった。てか、メイドさん?

 メイドさんは俺と部長を確認するなり、静かに口を開いた。

 

「こんな下賎な輩と。旦那さまとサーゼクスさまが悲しまれますよ」

 

 メイドさんは呆れたように淡々と言った。

 

「サーゼクス?」

「私の兄よ」

 

 部長のお兄さん!?

 驚く俺をよそに、部長は立ち上がってメイドさんと対峙する。

 

「私の貞操は私のものよ。私の認めたものに捧げることのどこが悪いのかしら? それから、私のかわいい下僕を下賎呼ばわりするのは私が許さないわ。たとえ、兄の『女王(クイーン)』であるあなたでもね」

 

 メイドさんの言葉に部長が不機嫌になり、俺のために怒ってくれる。

 一方、メイドさんは床に脱ぎっぱなしになっていた部長の服を拾う。

 

「何はともあれ、あなたはグレモリー家の次期当主なのですから。ご自重くださいませ」

 

 メイドさんは拾った上着を部長の体にかけると、視線を俺や千秋たちのほうに向ける。

 

「はじめまして。わたくしはグレモリー家に仕えるグレイフィアと申します。以後お見知りおきを」

「あ、はい!」

 

 改めて見ると、本当に美人で綺麗なヒトだなぁ。

 

 ぎゅぅぅぅっ。

 

 なんて見惚れてたら、部長に頬を引っ張られてしまった。痛い、痛いですよ、部長!

 部長はすぐに手をはなすと、フッと微笑む。

 

「ごめんなさい、イッセー。私も冷静ではなかったわ。お互い忘れましょう」

 

 部長はそう言うと、今度は千秋たちのほうに向き直る。

 

「あなたたちも騒がせてごめんなさいね。特に千秋には非常に不愉快な思いをさせたわね」

 

 そう言って頭を下げる部長。

 

「イッセー? まさかその方が?」

「ええ。兵藤一誠。私の『兵士(ポーン)』よ」

「・・・・・・『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を宿し、龍の帝王に憑かれた者。こんな子が・・・・・・」

 

 グレイフィアさんが俺のこと驚愕したような表情で見てきた。

 な、なんなんだよ? なんの話だ?

 

「話は私の根城で聞くわ。朱乃も同伴でいいわね?」

「『(いかずち)の巫女』ですか? 構いません。上級悪魔たる者、かたわれに『女王(クイーン)』を置くのは常ですので」

 

 そこでいったん話が途切れて、部長が再度こっちを向いた。そして、ベッドに腰掛ける俺に目線を合わせる。

 

「迷惑をかけたわね、イッセー」

「い、いえ・・・・・・」

 

 チュッ。

 

 頬に触れる部長の唇。て、えええええええっ!? 俺、部長にキスされた!

 

「今夜はこれで許してちょうだい」

 

 そう言うと部長はグレイフィアさんと一緒に魔法陣でどこかへとジャンプしていった。

 い、一体なんだったんだ?

 

 

―○●○―

 

 

 朝、今日は早朝特訓はなしになり、そのままイッセーたちと学校に向かっていた。

 

「なあ、明日夏」

「なんだ?」

「部長ってなんか悩みがあるのかなぁ?」

 

 まぁ、昨夜のようなことがあれば、さすがにそう思うか。

 

「俺の推察でよければ聞くか?」

「ああ、それでいいよ」

 

 イッセーに俺の推察を話そうと──。

 

 ドガッ!

 

 ──したが、突如、イッセーが背後から何者かによって殴り倒されていた!

 

「イッセェェッ!」

「貴様って奴はぁぁッ!」

 

 犯人は松田だった。その隣には元浜。二人とも何やら激しく憤怒の表情をしていた。

 

「な、何? 朝から過激だねぇ、キミたち?」

 

 そして、当のイッセーも心当たりがあるのか、殴られたことに怒らず、ただ苦笑し、とぼけながら尋ねる。

 

「ふざけんなっ! 何がミルたんだ! どう見ても格闘家の強敵じゃねぇかぁぁぁっ!」

「しかも、なんでゴスロリ着てんだっ!? 最終兵器かぁぁっ!?」

 

 ああ、そういうことか。

 先日、イッセーに女子を紹介してくれと二人にせがまれたときに紹介した人物がそのミルたんだ。その容姿は筋骨隆々の体に魔法少女の格好と正直なんとも言えない人物なのだ。女子と紹介されてそんなのと会わされれば、二人じゃなくても怒って当然か。

 

「ほら、魔女っ子に憧れてるかわいい漢の娘だったろ?」

「男と合コンできるかぁぁぁっ!」

「しかも、女装した連中が集まる地獄の集会だったぞぉぉぉっ!」

「怖かったよぉぉぉぉっ!? 死ぬかと思ったんだぞ、この野郎っ!」

 

 その光景を思い出したのか、二人は涙を流してお互いに抱きつきながら震えていた。

 よっぽど、恐怖を感じる集まりだったみたいだな。

 

「魔法世界について延々と語られたんだぞ! なんだよ、『魔法世界セラビニア』ってよぉぉっ!? そんなの俺知らねぇよぉぉぉぉっ!」

「俺なんて、邪悪な生物『ダークリーチャー』に出くわしたときの対処法なんて習ったよ・・・・・・。死海から抽出した塩と夜中しか咲かない月見草(ムーンライトフラワー)を焼いて潰して粉にして作る特殊なアイテムで退けるらしいぞ・・・・・・。どう考えてもミルたんの正拳突きのほうが効果的だと思うんだ・・・・・・」

 

 叫ぶ松田と呟く元浜は恨み節を叫び、呟きながらイッセーに迫る。

 

「う、うぎゃあああああああああああっ!?」

 

 次の瞬間、イッセーは二人にぼこぼこにされたのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「婚約騒動?」

 

 放課後、オカ研がある旧校舎への道を歩きながら、改めてイッセーに部長の悩みに関する俺の推察を話していた。

 

「たぶん、部長は家族からどっかの御家の貴族との婚約を迫られているんだろう」

 

 貴族社会じゃ普通のことだし、そうじゃなくても、現代社会でもとある一部分ではさまざまな理由で政略結婚なんてよくあることだからな。

 

「で、部長はそれをいやがっている。だから、昨夜(ゆうべ)のようなことをして強引にでも破談にしようとしたんだろう」

 

 それぐらい、切羽詰まっていて、焦っているんだろう。

 

「もっとも、これはあくまで俺の推察だ。必ずしもそうとは限らねぇぞ」

 

 とはいっても、正直、この可能性が一番高そうなんだけどな。

 

「木場はなんか知ってるか?」

 

 イッセーは途中で合流した木場に訊く。

 

「僕は何も知らないけど、でも、僕も明日夏くんの推察が一番可能性が高いとは思うよ」

 

 木場も同意見か。

 

「朱乃さんなら何か知ってるかな?」

「あのヒトは部長の懐刀だから、おそらくは──ッ!?」

 

  部室の扉を前にして、木場が突然立ち止まって目を細める。

 かくいう俺も、木場と同じ反応をしていた。

 

「・・・・・・ここに来て初めて気づくなんて・・・・・・この僕が・・・・・・」

「・・・・・・まったくだ・・・・・・しかも、自然体でこれか・・・・・・」

 

 ここまで来て、ようやく、部室内に相当な力を持った存在がいることに気づいた。

 これだけの力を持ちながら、ここまで近づかなければ気配に気づけなかった。しかも、気配の感じから、自然体な状態で気配を消していた。相当な実力者だな。

 イッセーとアーシアはわけがわからないといった様子だったが、千秋に鶫、燕は俺たちと同じように気づいたようだ。

 イッセーは俺たちの様子に訝しげになりながらも、部室の扉の取っ手を掴む。

 

「ちわーっス」

 

 イッセーが扉を開けたことで、室内の様子が目に入ってきた。

 部長、副部長、塔城と、あと一人──銀髪のメイドの姿があった。

 メイドの正体は間違いなく、昨夜(さくや)、イッセーの部屋に現れたメイド。名前はグレイフィアさんだっけか。

 部長は見るからに機嫌が悪く、副部長も表情こそいつも通りのニコニコ笑顔だが、纏っている空気が冷たい。塔城も、ソファーに座って我関せずな態度だ。

 

「全員揃ったわね?」

 

 俺たち、というより、イッセー、アーシア、木場を確認した部長が何かを話そうと立ち上がる。

 

「お嬢さま、わたくしがお話ししましょうか?」

 

 そう申し出るグレイフィアさんを部長は手で制する。

 

「実はね──」

 

 カッ!

 

 部長が口を開こうとした瞬間、部室に魔法陣が出現する。

 部長たちが使っているのとは紋様が違っており、魔法陣から炎が巻き起こって部室内を照らしだしていた。

 

「・・・・・・フェニックス・・・・・・」

 

 木場の呟きと同時に炎がさらに燃え上がり、炎が収まると、そこには赤いスーツ姿の一人の男が後ろ向きで佇んでいた。

 

「ふぅ、人間界はひさしぶりだ」

 

 男が振り返る。

 その顔はなかなかに整っていて、赤いド派手なスーツと相まって、なんかホストみたいな感じだった。

 

「会いに来たぜ、愛しのリアス」

 

 男は部長を視界に捉えると、そんなことをのたまった。

 だいたい把握した。この男の正体を。

 

「誰だ、こいつ?」

「この方はライザー・フェニックスさま。純血の上級悪魔であり、フェニックス家の御三男。そして、グレモリー家の次期当主の婿殿」

 

 イッセーの呟きにグレイフィアさんが答えた。

 

「グレモリー家の当主って、まさか!?」

「すなわち、リアスお嬢さまのご婚約者であらせられます」

 

 どうやら、俺の推察はビンゴだったようだな。

 

 

―○●○―

 

 

「いやぁ、リアスの『女王(クイーン)』が淹れてくれたお茶は美味しいものだな」

「痛み入りますわ」

 

 ライザー・フェニックスとか言う部長の婚約者が副部長の淹れた紅茶を誉めていたが、副部長は嬉しそうにしていなかった。

 部長もかなり不機嫌そうだった。

 ライザー・フェニックスはそんな部長にお構いもなく、さっきから部長の髪を弄くったり、太股を擦ったりしていた。

 ちなみにイッセーはライザー・フェニックスの事を恨めしそうに見ている。

 

「いい加減にしてちょうだい。ライザー、以前にも言ったはずよ? 私はあなたと結婚なんてしないわ」

 

 部長が立ち上がり、ライザー・フェニックスにもの申すが、当の本人はどこ吹く風という様子であった。

 

「だがリアス、キミの御家事情はそんな我儘が通用しないほど切羽詰まってると思うんだが?」

「家を潰すつもりはないわ! 婿養子だって向かい入れるつもり。でも私は、私がいいと思った者と結婚するわ!」

 

 どうやら部長は自由な恋愛をご所望のようだ。まぁ、だからこそ、この縁談をいやがってるわけだが。

 

「先の戦争で激減した純血悪魔の血を絶やさないというのは、悪魔全体の問題でもある。キミのお父さまもサーゼクスさまも未来を考えてこの縁談を決めたんだ」

 

 なるほど。確かに奴の言う通り、先の悪魔、天使、堕天使による三つ巴の戦争でどの勢力も甚大な被害が出たと聞いた。悪魔も大半の純血悪魔が死に絶えたと。

 そのことを考えれば、純血を絶やさないためのこの政略結婚も悪魔全体にとって重大なものなのだろう。

 部長も頭では理解しているはずだ。だが、心では納得できないのだろう。

 

「父も兄も一族の者も皆、急ぎすぎるのよ! もう一度言うわ、ライザー。あなたとは結婚しない──ッ!?」

 

 部長が拒絶を口にした瞬間、ライザーは詰め寄って、部長の顎を掴んだ。

 

「・・・・・・俺もな、リアス。フェニックス家の看板を背負(しょ)ってるんだ。名前に泥を塗られるわけにいかないんだ。俺はキミの下僕を全部焼き尽くしてもキミを冥界に連れ帰るぞ」

 

 ライザー・フェニックスの言葉を皮切りに二人の魔力が高まりだす!

 まずい! 上級悪魔二人がこんなところでやりあったら、周りがただじゃすまない!

 

「お納めくださいませ」

 

 誰もが身構える中、二人の間にグレイフィアさんの静かな声が割り込んだ。

 

「お嬢さま、ライザーさま。わたくしはサーゼクスさまの命を受けてこの場におりますゆえ、いっさいの遠慮は致しません」

 

 平坦な落ち着いた声色。しかし、こめられた圧力はすさまじく重い。

 なんてプレッシャーだよ・・・・・・!

 部長も表情を強ばらせ、冷や汗を流しながら魔力を落ち着けていた。

 

「・・・・・・最強の『女王(クイーン)』と称されるあなたにそんなことを言われたら、さすがに俺も怖いよ」

 

 ライザー・フェニックスはおどけた様子を見せてはいるが、実際は部長と同様の反応を見せていた。

 

「旦那さま方はこうなることは予想されておられました。よって決裂した場合の最終手段を仰せつかっております」

「最終手段? どういうこと、グレイフィア?」

「お嬢さまがそれほどまでにご意志を貫き通したいということであれば、ライザーさまとレーティングゲームにて決着を、と」

 

 グレイフィアさんの言葉に、部長が言葉を失う。

 

「・・・・・・・・・・・・レーティングゲーム・・・・・・どこかで・・・・・・そうだ、生徒会長が確かそんなことを!」

「ああ、言ってたな」

「明日夏、レーティングゲームが何か知ってるのか!?」

「爵位持ちが下僕同士を闘わせて競うチェスを模したゲームだ」

「私たちが『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』と呼ばれるチェスの駒を模した力を有しているのはそのためですわ」

 

 俺と副部長でイッセーにレーティングゲームについて説明する。

 

「俺はゲームを何度も経験してるし、勝ち星も多い。キミは経験どころか、まだ公式なゲームの資格すらないんだぜぇ」

 

 本来なら、レーティングゲームは成人しないと参加できない競技らしいからな。

 例外なのが確か、非公式の純血悪魔同士のゲームならば、半人前の悪魔でも参加できるんだったな。その場合、多くが身内同士、または、御家同士のいがみ合いによるものだそうだ。

 つまり、部長のお父さんは最終的にゲームで今回の婚約を決めようというハラなのか。

 しかも、未経験者に経験者、しかもフェニックス家の者をぶつけるこのセッティング、完全に出来レースだな。

 

「リアス、念のため確認しておきたいんだが、君の下僕はそこの男とそこに並んでいる女三人を除くメンツですべてか?」

 

 ライザー・フェニックスは俺や千秋たちを除いたメンバーを見ながら部長に尋ねる。

 

「だとしたらどうなの?」

「フハハハハハッ!」

 

 ライザー・フェニックスは滑稽そうに笑うと、指を打ち鳴らす。すると、魔方陣から再び炎が巻き起こり、無数の人影が出現する。

 

「こちらは十五名、つまり、駒がフルに揃っているぞ」

 

 部長側は五名。『(キング)』の二人を加えて、六対十六。出来レースなのに加えて、完全に部長が不利だな。

 

「美女、美少女ばかり十五人だとッ!? なんて奴だッ! ・・・・・・・・・・・・なんて漢だぁぁぁっ!」

 

 まぁ、そんなことはどうでもいいとばかりにイッセーが号泣してるんだけどな。

 イッセーの言う通り、ライザー・フェニックスの眷属は(みな)女性だった。

 そして、イッセーの目標はハーレム王──つまり、複数の女性を侍らすこと。

 その目標の到達点を目撃して感無量になってるんだろうな。

 

「・・・・・・お、おい、リアス。この下僕くん、俺を見て号泣してるんだが・・・・・・?」

 

 ライザー・フェニックスも軽く引いてた。

 

「・・・・・・その子の夢がハーレムなの」

 

 部長も少し困り顔になって答える。

 

「・・・・・・キモいですわ」

 

 ライザー・フェニックスの眷属の誰かがそう呟いた。

 

「フフッ、そういうことか。ユーベルーナ」

「はい、ライザーさま」

 

 ユーベルーナと呼ばれた女性がライザーに歩み寄る。

 ライザー・フェニックスはユーベルーナの顎を持って顔を上に向かせ、そのままキスしだした。

 さらには、体までまさぐり始めた。

 

「おまえじゃこんなことは一生出できまい、下級悪魔くん?」

 

 ・・・・・・趣味悪いな。

 部長もすごい嫌悪感を出していた。

 

「うるせぇッ! そんな調子じゃ、部長と結婚した後も他の女の子とイチャイチャするんだろう!? この種まき焼き鳥野郎!」

「・・・・・・貴様、自分の立場をわきまえてものを言っているのか?」

「知るか! 俺の立場はな、部長の下僕ってだけだッ! それ以上でも以下でもねぇッ!」

 

 イッセーは叫ぶと、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を呼び出す。

 マズい・・・・・・。

 

「ゲームなんざ必要ねえ! この場で全員倒してやる!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

「バカッ! イッセーッ!?」

 

 俺の叫びを無視して、たいして倍加も済んでない状態でイッセーはライザー・フェニックスに突っ込む!

 

「ミラ」

 

 ライザー・フェニックスが呼ぶと、奴の眷属の中から一人の少女がイッセーの前に飛び出してきた。祭り装束みたいな和服を着用し、棍を持った小柄な少女であった。

 少女は淡々と棍を突き出した!

 

 ドゴォッ!

 

 部室内に鈍い激突音を響く。

 

「あ、明日夏!?」

 

 イッセーは自身の目の前で少女の突き出した棍を掴んで防いでいる俺を見て驚愕していた。

 少女が前に出ると同時に俺は戦闘服を身にまとい、少女の棍が突き出される瞬間になんとかギリギリ二人の間に入って棍を防ぐことができた。

 

「・・・・・・イッセー、下がれ」

「でもっ!?」

「いまのおまえじゃ、誰にも勝てない。俺が見た限り、この子はあいつの眷属の中でも弱い部類だ。おまえはこの子の動きが少しでも見えたのか?」

 

 俺の言葉にイッセーは苦虫を噛み潰したような表情を作って顔をうつむかせる。

 

「そいつの言う通り、ミラは俺の眷属の中じゃ一番弱い。そのミラを相手にこのざまとは。ハンッ、凶悪にして最強と言われる『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の使い手がこんなくだらん男だとはな!」

 

 ライザーの嘲りにイッセーはますます表情を曇らせ、血が滲むほど手を握りだす。

 

「わかったわ。レーティングゲームで決着をつけましょう」

 

 部長は低く淡々と、しかし力強く宣言する。

 

「承知致しました」

 

 グレイフィアさんの了承を聞いたライザーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ライザー・・・・・・必ずあなたを消し飛ばしてあげる!」

 

 部長の挑戦にライザーは不敵な笑みを絶やさず、真正面から受ける。

 

「楽しみにしてるよ、愛しのリアス」

 

 ライザーとその眷属たちの足下で魔法陣が光り輝く。

 

「次はゲームで会おう。ハハハ、ハハハハハハハハハハハ!」

 

 それだけ言い残すと、ライザーの笑いに合わせて魔法陣から炎が燃え上がり、炎が収まるとライザーとその眷属たちは消えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 修業、はじめました!

「はぁ・・・・・・ぜぇ・・・・・・はぁ・・・・・・」

「ほら、イッセー。早くしなさい」

「は、はーい・・・・・・」

 

 部長とライザーとのレーティングゲームが決まった翌日、俺たちは現在、山道を歩いていた。

 なぜこんなことをしているのかというと、昨日、ライザーが立ち去ったあとにまで遡る。

 

『期日は十日後と致します』

『十日後?』

『ライザーさまとリアスさまの経験、戦力を鑑みて、その程度のハンデがあって然るべきかと』

『悔しいけど、認めざるを得ないわね。そのための修業期間として、ありがたく受け取らせていただくわ』

 

 部長とグレイフィアさんとの間にそのようなやり取りがあり、十日後のライザーとの一戦までこの山で修業することになり、修業する場所である山奥にあるという部長の別荘に向かっている。

 眷属じゃない俺たちも、修業の手伝いができればと、自主的にやって来ていた。

 

「大丈夫か?」

 

 俺は隣で虫の息になりかけているイッセーに話しかける。

 

「・・・・・・・・・・・・正直、キツい・・・・・・」

 

 まぁ、当然だろうな。

 ただでさえ、なれない山道だってのに、自分の荷物しか持っていない俺と違い、イッセーは自分の分に加え、女性陣の荷物も持っているわけだからな。

 これも一応、修業らしい。

 

「お先に」

 

 イッセーの横を木場が素通りしていく。

 木場もイッセーと同じくらいの荷物を背負っていたが、その表情は涼しいものだった。

 

「クッソォォォ・・・・・・木場の奴、余裕見せやがって!」

「・・・・・・失礼」

 

 木場の余裕な振る舞いに憤慨していたイッセーだったが、その横をイッセーの十倍以上の荷物を背負っている塔城が素通りしたことで、その光景に驚いて後ろに倒れた。

 

 

―○●○―

 

 

 山道を登ること数十分。俺たちは目的の別荘に到着した。

 なんでも、この別荘は普段は魔力で風景に溶け込んでいて、人前に姿を見せない仕組みらしい。

 

「さあ、中に入ってすぐ修行を始めるわよ」

「すぐ修業!? やっぱり部長は鬼です!」

「悪魔よ」

 

 別荘の中に入ってリビングに荷物を置き、動きやすいジャージに着替えるために、女性陣は二階に上がり、男の俺たちは一階の適当な部屋で着替える。

 着替えている途中で、イッセーがふと木場に訊く。

 

「なあ、木場。おまえさ、前に教会で戦ったとき、堕天使や神父を憎んでるみたいなことを言ってたけど、あれって?」

 

 アーシアを助けるために教会に攻めこむときに、「個人的に堕天使や神父は好きじゃないからね。憎いと言ってもいい」と木場は言っていたな。

 

「イッセーくんもアーシアさんも部長に救われた。僕たちだって似たようなものなのさ。だから僕たちは部長のために勝たなければならない。ね?」

「ああ、もちろんだぜ!」

 

 質問のほうははぐらかされていたが、木場の言葉に気合を入れるイッセーだった。

 

 

―○●○―

 

 

 そして始まった修業。部長は特に俺を中心に鍛えあげようとしてくれていた。

 そのため、他の眷属とワンツーマンで修業させられた。

 木場からは木刀を使って視野に関する指導を受けた。──結局、一太刀も浴びせられなかった。

 小猫ちゃんからは打撃に関する指導を受けた。──その小さな手で何度も吹っ飛ばされてしまった。

 朱乃さんからは魔力に関する指導をアーシアと一緒に受けた。魔力の塊作りでは、アーシアがソフトボール大の塊ができたのに対し──俺は米粒くらいのしか作れなかった。

 部長からは体作りと称して、でっかい岩を背負わされた状態でダッシュや腕立てをやらされた。やっぱり、部長は鬼だ!

 そして──。

 

「なあ。明日夏は何を教えてくれるんだ?」

 

 一抹の不安を感じながら、木刀を片手に俺の前方に立つ明日夏に尋ねる。

 

「俺との修業は回避訓練だな」

「回避?」

「ああ。おまえの『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』はパワーアップに時間を要する。しかも、その間に大きなダメージを受けるなりすると、強化も解除される。それを避けるための修業だ」

 

 なるほどな。それ抜きにしても、ダメージはなるべくないに越したことはないしな。

 

「で、具体的に何するんだ?」

 

 俺がそう訊くと、明日夏は木刀を構えだした。

 

「俺の攻撃を避けろ。それだけだ」

「えっ?」

 

 有無を言わさず、明日夏が木刀を振るってきた!

 慌てて尻もちつくようにして避ける。

 

「えっ、ちょっ、待っ!? な、なんか、避け方のコツとかは!?」

「ん、そうだな。相手の動きを予測することだな」

「ど、どうやって!?」

「木場に言われたように、視野を広げて相手をよく見ろ。視線の動き、行動に移る際の仕草などからある程度は予測できるはずだ」

 

 そう言いつつ、明日夏は木刀を上段に構える!

 

「あぶねっ!」

 

 その場で横に転がって上段から振り下ろされた木刀の一撃をかわす。

 

「そうだ。そんな感じで俺の動きをよく見ながら避けろ。てなわけで、本格的に始めるぞ」

 

 さっきまでよりも視線を鋭くして木刀を構える明日夏。

 

「ちょっ、ちょっと待っ──」

 

 有無を言わせず、明日夏の手に握られた木刀が振るわれた!

 

「うわあああああっ!?」

 

 木刀を打ち付けられた痛みによる悲鳴が山に響いた。

 

 

―○●○―

 

 

「相手から視線をそらすな! ましてや、相手に背中を見せるな!」

 

 背中に強烈な痛みが走る。

 

「避けたからって気を緩めるな! というか、戦闘中に気を緩めるな!」

 

 避けたと思ったら、すぐさま別の一撃が振るわれる。

 

「フェイントにも細心の注意を払え! 誘導するためにわざと避けさせるための攻撃にも警戒しろ!」

 

 見事フェイントに引っかかった俺は強烈な突きで吹き飛ばされてしまった。

 

「・・・・・・木場にも小猫ちゃんにも全然敵わねぇ。魔力もアーシア以下。明日夏の攻撃も全然避けれねぇ。俺いいとこなしじゃん・・・・・・」

「まぁ、木場や塔城は鍛えているし、それなりに実戦を経験してるんだから、敵わなくても仕方ねえよ。魔力も一応、伸ばそうと思えば伸ばせるから、あんまり気に病むな」

 

 地面に大の字になりながらぼやく俺に歩み寄ってきた明日夏がフォローしてくれる。

 

「回避訓練も別にすぐ避けれるようになれなんて思ってねぇよ。重要なのは相手をよく見て、先を読める目を養うことだからな。それさえできれば、訓練前よりは回避率がぐんと上昇するはずだ。実際、訓練開始直後の段階で俺は本気の三割でしか打ち込んでいないのに対し、さっきまでは四割ぐらい本気出してたからな」

 

 うーん、素直に喜んでいいのか微妙だな。

 

「それに、人にはそれぞれ特性があるしな」

 

 特性? 特性ねぇ。

 

「なあ、俺の特性ってなんだと思う?」

「スケベ」

 

 間を開けずにズバッと告げられた!

 身も蓋もないな、おい・・・・・・。

 

「あと──」

「ん?」

「がんばり屋で諦めが悪い──要は根性がある」

 

 そうなのか?

 まぁでも、長い付き合いのこいつにそう言われちゃ、がんばらないわけにもいかねぇか!

 

「よっしゃ! やってやるぜ!」

「いや、少し休め」

「だはぁ!?」

 

 せっかく出したやる気を削ぐように言われて、思わずずっこけてしまった。

 

「休むことも修業のうちだ」

 

 そう言って、スポーツドリンクを手渡してくれる。

 まぁ、実際へとへとだし、言われた通り、休ませてもらいますか。

 その場に座り、受け取ったスポーツドリンクをあおる。

 

「そうだ、明日夏」

「ん。なんだ?」

「なんで明日夏は賞金稼ぎ(バウンティハンター)になろうとしてるんだ?」

「なんだよ、やぶからぼうに?」

「いや、ふと気になってさ。あ、いや、言いたくないなら、別に──」

「いや、とくに隠すことでもないから、別にいいけどな。ただ、おもしろくもないと思うけどな」

 

 そう言って、明日夏は自分が賞金稼ぎ(バウンティハンター)になろうとした経緯を話し始めた。

 

 

―○●○―

 

 

 俺が賞金稼ぎ(バウンティハンター)のことを知ったのは父さんと母さんの死から二年経つか経たない頃だったかな。

 当時、兄貴から生活費については、親戚に工面してもらっていると俺たちには伝えられていた。

 だが、一年後には俺はそれが嘘だと察した。

 その話を聞いた日から兄貴は学校以外のことでよく家を空けることが多くなったからだ。それだけで、兄貴が幼い身ながら出稼ぎに出ているのだと思った。しかも、たまに傷だらけで帰ってくることもあったので、相当に危険なことをしているのだと思った。

 だが、普通に問いただしても兄貴は口を割らないだろうと思った俺はどうやって聞き出そうかと思案しながらさらに一年近く経ったある日、あの事件が起こった。

 俺の神器(セイクリッド・ギア)に宿るドレイクが俺の肉体を奪おうとしたのだ。

 そんな俺を救ったのが当時の兄貴だった。

 兄貴は何やら特別な力でドレイクを押さえ込んだのだ。

 そして、目の前で起こった超常な出来事に混乱した俺たちは兄貴を問いただした。

 兄貴は俺たちを落ち着けるためにやむなしといった感じで話してくれた。異能、異形の存在について、そして、賞金稼ぎ(バウンティハンター)のことを、兄貴がその賞金稼ぎ(バウンティハンター)になっていたことを。

 そして、そのあとすぐに姉貴は見習いを経て正式な賞金稼ぎ(バウンティハンター)となった。

 それを知った俺と千秋も賞金稼ぎ(バウンティハンター)になろうと兄貴に進言したが、姉貴のときと違って兄貴には猛反対された。とても危険だからと。

 それでも食い下がった俺たちに兄貴は観念して、俺と千秋は見習いとなり、正式なハンターになるのは大学卒業後ということになった。

 兄貴が大学卒業後という条件にしたのは、その間に俺たちが別の道を目指すことを期待してのことだろう。

 だが、千秋はわからないが、少なくとも俺はハンターになることをやめる気はない。

 理由はある──が、ぶっちゃけると、そんな大それたものじゃないし、個人的なすごく矮小なものだ。

 それは、俺が勝手に抱いた兄貴に対する罪悪感だ。

 兄貴は俺たちのために、普通の一般人が歩むような『普通な日常』というものを捨て、命の危険がある非日常的な人生を歩むようになった。しかも、兄貴はかなりの実力と周りからの信頼を多く持つハンターになってしまった。そのせいで、兄貴に寄せられる依頼の量が多くなり、兄貴は律儀にもその依頼をすべてこなすため、家を空けることが余計に多くなった。いまじゃ、ほとんど家にいることはない。

 俺にはそんな兄貴を尻目に普通な人生を歩もうとは思えなかった。そんな兄貴に対して罪悪感を覚えてしまったからだ。

 兄貴は気にするなと言うだろうが、それでも、俺が気にした。だから、俺はハンターを目指した。

 ・・・・・・それがどんなに矮小で自分勝手な理由でも。

 

 

―○●○―

 

 

「とまぁ、こんな感じだ」

 

 イッセーに俺が賞金稼ぎ(バウンティハンター)なろうと思った理由を話した。

 まぁ、ドレイクの部分はぼかしたけどな。

 

「おまえってさぁ、必要以上に罪悪感を抱え込まないか?」

「そうか?」

 

 いや、もしかしたらそうかもな。

 相手が気にしてなくても、勝手に抱くくらいだからな。

 

「ま、この話はもういいだろ? そろそろ再開するぞ」

「お、おう・・・・・・!」

 

 若干腰が引けているイッセーに、俺はわりと容赦なく木刀を振るった。

 

 

―○●○―

 

 

 今度はさっそく習った魔力を使っての料理を俺とアーシアは部長に言い渡された。

 

「もちろん、できる範囲で構わないわ。じゃ、頑張ってね」

 

 そう言うと、部長はキッチンから出ていった。

 

「お湯さん、沸いてください」

 

 アーシアは鍋の水に手をかざして魔力を放出すると、お湯は見事に沸騰した。

 やっぱりアーシアは魔力の才能があるなぁ。

 いっぽうの俺は朱乃さんの授業じゃ、結局米粒程度の魔力を出すのが精々であった。

 それにしても、朱乃さんのおっぱいはなかなかのものだったなぁ。

 授業中、体操着を押し上げるあの豊満な胸についつい目がいってしまった。

 なんて、朱乃さんのおっぱいを思い出してエロ思考になりながらタマネギを手に取った瞬間、タマネギの皮だけが見事に弾けた。

 今度はジャガイモを手に取り、もう一度朱乃さんのおっぱいを思い浮かべると、これまた見事にジャガイモの皮が勝手にシュルリと剥けてしまった。

 へぇ、ジャガイモも楽勝じゃん。

 俺はふと、朱乃さんと明日夏の言葉を思い出す。

 

 ──魔力の源流はイメージ。とにかく頭に浮かんだものを具現化することが大事なのです。

 ──スケベ。

 

 そうか! これはもしかして、俺は無敵になれるかも!

 そう確信した俺は、次々と野菜の皮を同じように剥いていく。

 そうだ、俺の考えが実現できれば、俺は無敵になれるかもしれない!

 

「イッセーさん・・・・・・」

「えっ?」

「・・・・・・これ、どうするんでしょう・・・・・・」

「あ」

 

 調子に乗って皮を剥きすぎたせいでキッチン内に皮が散乱していた。

 ヤバッ、どうしよう、これ?

 

「・・・・・・なんかすごいことになってるな?」

「わ~、すご~い」

 

 そこに明日夏と鶇さんが現れた。

 

「二人ともどうしてここに?」

「今晩の夕飯の準備だ。二人が魔力でできることがなくなったのなら、あとは俺たちが仕上げようってな。にしても、ここまで見事に皮を剥いてくれるとはな。しかも、皮には身がいっさいついてねぇな」

「イッセーさんがやったんですよ! すごいですよ!」

「わ~、イッセーくんすご~い!」

 

 アーシアと鶇さんが絶賛する中、明日夏はなぜか微妙な顔をしていた。

 

「・・・・・・・・・・・・俺の考えが外れることを祈るよ」

 

 むむ、どうやら明日夏は俺の考えに気づいてしまったようだな。これも付き合いの長さによる賜物かな。

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーが大量の野菜の皮を剥いてしまったために、今晩のメニューには野菜を使った料理をこれでもかと大量に作った。

 特にジャガイモの量が多くて、ポテトサラダにマッシュポテトなどのジャガイモが主体の料理だけじゃ使い切れず、他のすべての料理になんとかジャガイモを使用した。

 ・・・・・・人生ではじめてだ、こんなにジャガイモだらけの食卓は。

 

「イッセー。今日一日修行してみてどうだったかしら?」

「・・・・・・はい、俺が一番弱かったです」

 

 食事中にされた部長の問いに、イッセーは気落ちしながら答えた。

 

「そうね、それは確実ね。でも、アーシアの回復、あなたの『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』だってもちろん貴重な戦力よ。相手もそれを理解しているはずだから、仲間の足を引っ張らないように、最低でも逃げるくらいの力はつけてほしいの」

「りょ、了解っス」

「は、はい」

 

 ま、ちょうど、俺との修業がその逃げる、正確には回避のためのものだった。

 イッセーもその回避訓練の成果か、その重大性を理解しているみたいだった。

 そんな感じで、それぞれの修業の近況報告をしながらの食事が終わり、部長が席を立つ。

 

「さて、食事も済んだし、お風呂に入りましょうか」

「お風呂おおおぉぉぉぉッ!?」

 

 部長の一言にイッセーは過剰に反応する。

 

「あらイッセー、私たちの入浴を覗きたいの? なら一緒に入る? 私は構わないわよ。朱乃はどう?」

「うふふふふ。殿方のお背中を流してみたいですわ」

「わ~い。イッセーくん、また一緒に入ろうよ~」

 

 なぜか、一緒に入る方向に話が進み、イッセーが目に見えてテンションを上げていた。

 

「鶇もOK(オッケー)ね。アーシアと千秋と燕も愛しのイッセーとなら大丈夫よね?」

 

 部長の言葉にアーシアと千秋は顔を赤くしながらも頷いた。

 おっ、千秋も結構大胆になってきたな。

 燕は肯定も否定もせず、顔を真っ赤にして若干パニックになっていた。

 

「小猫は?」

「・・・・・・いやです」

「じゃあ、なしね。残念」

 

 小猫の即答と部長の笑顔の一言にイッセーは崩れ落ちた。

 

「・・・・・・覗いたら恨みます」

 

 そして、塔城はしっかりと釘を指すのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 別荘の風呂は露天風呂の温泉で、浸かっていると、疲れがいい感じ取れていった。

 そんな中、イッセーは壁に手を当てて、壁を凝視していた。

 そして、その壁は男風呂と女風呂を隔てている壁だった。

 

「イッセーくん。そんなことをしてなんの意味が?」

「黙ってろッ! これも修行のうちだ!」

 

 木場の言葉にイッセーは怒気を含ませて答える。

 

「ねえ、明日夏くん」

「・・・・・・なんだ?」

「イッセーくんは透視能力でも身に付けたいのかな?」

「・・・・・・知らん」

 

 俺は木場の問いに素っ気なく返し、温泉にゆっくりと浸かるのであった。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 修業の成果

 修業が始まってから一週間が経ったある日の夜、俺はふと目が覚めてしまい、そのあと、なかなか寝つけなかったので、水を飲みにキッチンに向かっていた。

 

「あっ、明日夏」

「ん、イッセー?」

 

 キッチンに入ると、そこには水の入ったコップを持っているイッセーがいた。

 

「おまえも水を飲みに来てたのか」

「というと、おまえも?」

「ああ」

 

 コップに水を注ぎ、一気に飲み干し、もう一回注ぐ。

 

「修業の調子はどうだ?」

「まぁ、ぼちぼちってところかな」

 

 そんな感じで、少し他愛のない話をしていると、キッチンに誰か入ってきた。

 

「明日夏兄? イッセー兄?」

 

 入ってきたのは千秋だった。

 

「おまえも水か?」

「うん」

 

 千秋は俺たちと同じようにコップに水を注ぎ、水を飲み始めたところでイッセーは踵を返す。

 

「じゃあ、俺は行くよ」

「待てよ」

 

 俺はキッチンをあとにしようとするイッセーを呼び止める。

 

「悩みがあるのなら聞くぞ?」

「えっ?」

 

 唐突な俺の言葉にイッセーは素っ頓狂な声を出す。

 

「別に悩みなんて・・・・・・」

「そんな様子じゃ、俺の目は誤魔化せねぇぞ」

 

 イッセーの表情はどこか、気落ちしている様相を醸し出していた。

 いまだけじゃない。修業四日目あたりから、徐々にその雰囲気は発せられていた。

 千秋も気づいていたのか、少し苦い表情を作った。

 ま、一応、理由は察してはいるんだけどな。

 

「木場たちと自分との諸々の差に打ちのめされているのか?」

 

 俺の言葉にイッセーは目に見えて反応する。

 

「・・・・・・・・・・・・わかってるのなら訊くなよ・・・・・・。ああそうさ。ここに来て、いやってほどわかったよ。自分が一番役立たずだって・・・・・・!」

 

 その後、イッセーはポツリポツリと口を開く。

 

「・・・・・・俺には木場みたいな剣の才能も、小猫ちゃんみたいな格闘術の才能も、朱乃さんみたいな魔力の才能もない。部長みたいに頭がいいわけじゃないし、アーシアみたいな回復の力も、明日夏みたいな培ってきたものもない。圧倒的に俺は弱いんだ・・・・・・!」

 

 イッセーはこの一週間の修業で、木場たちと自分とで、あらゆるものが劣っていることをいやでも感じ取ってしまった。

 むろん、木場たちの実力が才能だけでなく、それ相応に培ってきたものがあることは理解しているんだろう。

 それでも、圧倒的な差を感じてしまっている。同じぐらい、相応な努力をしても足元にも及ばないと思ってしまうほどに、いまのイッセーは自分に自信をなくしている。

 

「イッセー兄にだって、他の誰にも持ってないものが──」

 

 千秋はそんなイッセーを励まそうとするが、千秋の励ましをイッセーは首を振って遮る。

 

「俺にはそれしかないんだよ、千秋! 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』以外、何もない! そのすごい神器(セイクリッド・ギア)を持っていたって、俺が持ってたんじゃ意味がない! まさに『宝の持ち腐れ』、『豚に真珠』ってやつだな・・・・・・」

「そんなこと──」

 

 どこまでも自分を卑下するイッセーに千秋はなにか言おうとするが、俺はそれを手で制す。

 いまのイッセーは、言葉でどう言おうと、自信をつけることはない。

 かといって、このまま自信がない状態にし続けるのもよくない。

 ならどうするか?

 少しの間考えるが、やはりこれしかないか。

 ・・・・・・・・・・・・あとで部長にどやされるだろうな。

 

「イッセー。ちょっと顔を貸せ」

「えっ!?」

 

 有無を言わさずに、俺はイッセーの手を引っ張り、とある場所に向かう。

 

 

―○●○―

 

 

 明日夏に連れられてやってきた場所は、別荘から離れたところにある開けた場所。

 そこは俺が明日夏に修業をつけてもらっていた場所だった。

 明日夏は俺の手を離すと、少し離れ、俺と対峙する。

 千秋も俺たちについて来ていて、少し離れた場所ではらはらした様子で俺たちのことを見ていた。

 

「明日夏。一体何を・・・・・・?」

 

 俺が問いかけると、明日夏は無言で手を横にかざす。

 すると、明日夏の指にはめられていた指輪が光り、魔法陣が現れる。

 魔法陣が明日夏のことを通過すると、明日夏はジャージ姿から戦闘時に着ているコート姿になっていた。

 

「イッセー、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を出せ」

「えっ!?」

 

 明日夏は戦闘時に使っていた刀を取り出しながらそう言う。

 思わず、俺は慌ててしまう!

 

「ま、待てよ、明日夏!?」

 

 俺が慌てているのは、部長にこの修業期間中の間は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を使うなと言われていたからだ。

 

「部長には俺が事情を説明するし、お叱りも俺だけが受けるようにする。だから、気にせず使え」

 

 明日夏はそう言うけど、俺はなかなか素直に使おうという気になれなかった。

 

「そもそも、使ってどうしようってんだよ!?」

 

 明日夏の振る舞いから、薄々察してはいたけど、あえて訊いた。

 

「俺と戦え」

 

 明日夏は間を空けず、即座に言い放った。

 

「なんでおまえと戦わなきゃならないんだよ!?」

 

 明日夏はただ真剣な眼差しで答えた。

 

「おまえに自信をつけさせるためだ」

「えっ?」

 

 明日夏は刀を抜き、切っ先を俺に向けながら言う。

 

「いまのおまえには圧倒的に自分に対する自信がない。だから、少し──いや、かなり強引な荒療治だが、この戦いでおまえに自信をつけさせる。おまえはおまえが思ってるほど弱くないってことをな」

 

 真っ直ぐ真剣な眼差しで言い切る明日夏に俺は少しだけうつむく。

 そしてすぐに明日夏と向き合う!

 

「わかったよ! やってやるぜ!」

 

 決心を固めた俺は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を出現させる。

 

「ブースト!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 籠手の宝玉から音声が鳴り響き、俺の力が高まる。

 

「行くぞ!」

 

 それを確認した明日夏は刀を逆手持ちに変えて斬りかかってきた!

 

「ぐっ!」

 

 咄嗟に籠手で刃を止める。

 そして、すぐさま後ろに跳ぶと、明日夏が蹴りを放ってきた。

 

「よく避けたじゃねぇか」

「そりゃ、さんざん、おまえに痛い目にあわされたからな!」

 

 とにかく、倍加中は重い一撃を受けると、強化が解除されちまう。

 ここは、明日夏に言われたように、力が高まるまで逃げに徹する!

 

「なら、どんどん行くぞ!」

 

 刀を通常の持ち手に変え、ナイフも取り出した明日夏は容赦なく斬りこんできた!

 刀、ナイフの斬撃をなんとか避け、時折打ち込まれてくる蹴りや裏拳もなんとか避ける。

 

Boost(ブースト)!!』

 

 その間にも、着々と俺の力が高まっていく。

 

Boost(ブースト)!!』

 

 何回目かの音声が鳴ったところで、明日夏は攻撃の手を緩めた。

 

「ストップだ。そこで倍加を一旦止めろ」

「お、おう」

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 いまの音声は力の増大を一旦止め、一定時間の間だけ、強化の状態を維持できるようになった合図だ。

 こうすることで、ダメージなどによる強化の解除をある程度気にせずに強化の状態を維持したまま戦えるわけだ。

 

「ところで、いまのおまえは何回力を増大させた?」

「えっ?」

 

 正直、避けるのに必死になっていて、数える余裕なんてなかった。

 

「次からはちゃんと数えておけよ。最適な回数で倍加を止めることを意識しておけば、ある程度体力を温存できるからな。ちなみに、いまのおまえは十二回パワーアップした状態だ」

 

 十二回!?

 その回数に俺は内心で驚愕していた。

 力の増大も際限なく行われるわけじゃない。

 トラックに例えるのなら、俺がトラックで、増大した力が載せている荷物。

 荷物がどんどん倍になっていけば、トラックは速度を出せず、やがて止まってしまう。

 つまり、力が増大しすぎると俺の体に負荷がかかり、やがてそれに耐えられずに倒れてしまうということだ。

 そして、修業が始まる前、俺はここまでの力の増大に耐えられなかったはずなのである。

 

「わかるか? おまえにもちゃんと修業の成果が現れていることに」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 俺は内心で高まった自分の力に思わず放心してしまった。

 

「行くぞ」

「お、おう!」

 

 明日夏が改めて構え、俺も身構える。

 

「ついでに修業の続きだ」

「?」

「相手の攻撃を避け、力を高め、そして相手のスキを見つけたら、そこに全力を叩き込め。そうだな。この戦いで俺のスキを見つけたら、すかさず魔力の塊を撃ち出せ。いいな?」

「お、おう!」

 

 俺の返事を聞くと、明日夏はいままでにないほどの速さで斬りこんできた!

 だが、俺はその斬撃を籠手で止め、すぐさま蹴りを放つ。

 明日夏は後ろに跳んで俺の蹴りを避けるが、俺は跳んでいる明日夏に駆け寄り、拳を打ち出す!

 

「甘い!」

 

 明日夏は跳びながら、刀を鞘に収め、ナイフを捨てた。

 

Attack(アタック)!」

 

 次の瞬間、明日夏の体から電気がほとばしる。

 そして、俺の拳の一撃を腕で逸らされ──。

 

「フゥッ!」

 

 ドゴォッ!

 

「ぐふっ!?」

 

 強烈な肘打ちを食らってしまう!

 そのまま後方に吹っ飛ばされたが、俺はすぐさま起き上がった。

 肘を打ち込まれたところがめちゃくちゃいてぇけど、動けなくなるほどじゃなかった。

 いまの俺は、これぐらい一撃でも耐えられるようになっていたみたいだ。

 だが、起き上がった俺の眼前にはすでに明日夏が肉薄してきていた!

 そのまま掌底の一撃が放たれるが、俺はそれを腕を交差させて防ぐ!

 腕に重い衝撃が走るが、なんとかその場に踏みとどまった。

 

「オラァッ!」

 

 すかさずにまた蹴りを放つけど、また明日夏に後ろに跳ばれて避けられる。

 だけど、この蹴りはフェイント!

 すかさず、俺は明日夏の腕を掴む!

 

「ッ!?」

 

 驚く明日夏を引き寄せ、顔面に向けて拳を打ち込む!

 

「ぐぅっ!?」

 

 俺が掴んでいないほうの腕でガードされたが、俺は構わずそのまま明日夏を殴り飛ばしてやった!

 いまだっ!

 吹っ飛ばした明日夏に向けて、籠手を装着した左手を向け、魔力の塊を作る。

 できたのは、修業のときと変わらず、米粒程度の塊だった。

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱりこれだけ・・・・・・!」

 

 思わず、撃ち出すのを躊躇してしまうが──。

 

「撃てッ!」

「ッ!? このおおおおおおおッ!!」

 

 明日夏の叫びを受け、俺は魔力の塊を撃ち出す!

 

 グオォォォォォォオオオンッ!

 

 次の瞬間、手から離れた米粒程度だった魔力の塊が巨大な塊となり、そのまま明日夏を飲み込んでしまった。

 魔力の塊はそのまま遥か先に飛んでいって、隣の山に直撃した。

 

 ドッゴォオオオオオオオオオオオンッ!

 

 刹那、凄まじい爆音と爆風が撒き散らされた!

 爆風が迫り、腕で顔を覆って爆風に耐える。

 爆風が止み、視界を広げると──。

 

「なっ!?」

 

 視界に映ったのは、大きく抉れた形を残す山だった。

 つまり、俺の魔力の塊が山を吹き飛ばしたのだ!

 

Reset(リセット)

 

 強化が解除された合図の音声が発せられ、体から力が抜けて膝をついてしまう。

 

「・・・・・・流石に力を使い切ったみたいだな」

 

 声をかけられ、顔を上げると、そこにはボロボロな状態の明日夏がいた。

 コートが右腕から三分の一ほどなくなっており、そこから覗く肌には大きな傷を負っていた。

 

「お、おい! やっちまった俺が言うのもあれだけど、大丈夫かよ!?」

「ん? ああ。ちょっとかすっただけだ。心配すんな」

 

 どう見てもかすり傷ってレベルじゃないのに、明日夏は呑気そうに言う。

 

「あんな攻撃でこの程度ならかすり傷みたいなもんだろ。避けきれなかった俺が悪いんだから、気にすんな」

「避けきれなかった、て・・・・・・どうやって避けたんだよ!? おもいっきり直撃したように見えたけど!」

「ああ、それか。こいつを爆発させて、その爆風で飛んでな」

 

 そう言って、明日夏は一本のナイフを見せてくれる。

 確か、あれって爆発するナイフだったよな。

 つーか、爆風を利用して避けるとか、無茶苦茶だな、おい!

 

「あんな一撃を放った奴に言われたくないけどな」

 

 た、確かにそうかもしれないけど──ていうか、これ、どうすりゃいいんだよ!?

 部長になんて説明すればいいんだよ!?

 

「・・・・・・これはどういうことかしら? イッセー、明日夏」

「ぎゃぁぁぁ、出たぁぁぁぁっ!?」

 

 突然の低い声音。間違いなく部長の声だったので、思わず情けない悲鳴をあげてしまった。

 

「出たとはご挨拶ね、イッセー」

 

 見ると、不機嫌ですよ、てオーラを放っている部長と他のオカルト研究部の皆がいた。

 

 

―○●○―

 

 

 アーシアに傷を治してもらったあと、俺は部長に事情を説明した。

 

「まったく。アーシアのときといい、今回といい、あなたはいつも勝手なことを・・・・・・」

 

 部長は呆れたように息を吐く。

 

「まぁ、もともと明日、イッセーの修業の成果を確認するために祐斗と戦わせてみるつもりだったからいいけど・・・・・・」

 

 言いながら、部長はイッセーが吹っ飛ばした山のほうを見る。

 

「どう見ますか?」

「そうね。間違いなく、上級悪魔クラスなのは確実ね。大抵のものなら、容易に消し飛ばせるでしょう」

 

 俺も同意見だった。

 

「どう、イッセー? 明日夏の話では、自信がなかったようだけれど?」

「正直、未だに信じられませんよ。これを俺がやったなんて・・・・・・」

 

 イッセーは吹っ飛ばされた山を見て、未だに信じられないといった様子で放心していた。

 

「おまえは『自分は一番弱く、才能もない』って言っていたな? そして、そんな自分が『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を持っていても意味ない、と」

「あ、ああ」

「だが、実際はどうだ? その『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力を得たおまえの強さは?」

 

 イッセーは改めて、自身が吹き飛ばしたの山を見る。

 

「倍加が完了してからの戦闘、俺は結構本気だったぞ。最初の肘打ちで倒すつもりだったし、ガードされた掌底もガードを崩すつもりだった。おまえの最後の拳の一撃も吹っ飛ばされずその場で耐えるつもりだった。だが、結局どれもできなかった。終いには、あの魔力による一撃でこの有様だ。断言してやる。おまえは弱くねぇよ。そして、これからももっと強くなれる。自分を信じろ」

 

 イッセーは自分の手のひらをしばらく眺めると、ギュッと握る。

 

「明日夏の言う通りよ。イッセー。あなたはゲームの要よ。おそらく、イッセーの攻撃力は状況を大きく左右するわ。だから、自分自身を信じなさい」

「はい、部長! 明日夏もありがとうな!」

「どういたしまして」

 

 今夜の俺との手合わせからイッセーは自分に自信を持つようになった。

 残りの期間も修業は順調に進み、十日間の修業は無事に終わりを迎えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 決戦、始まります!

 決戦当日。ゲーム開始時間が迫っている中、グレモリー眷属の皆は各々で時間潰しをしていた。

 木場は今回の戦闘で使う剣の状態を確認しており、塔城はソファーに座って読書をしていた。

 イッセーとアーシアは緊張した面持ちで大人しくソファーに座り、部長と副部長は優雅に落ち着いてお茶を飲んでいた。

 ちなみに、アーシアだけは出会ったときに着用していたシスター服を着ていた。

 これは部長が「自分が動きやすい、やりやすい服装で来て欲しい」と言われたためだ。

 元シスターのアーシアにとっちゃ、あれが戦闘服みたいなもんなんだろ。

 他の皆は駒王学園の制服。木場はその上に手甲と脛あて、手に持ってる剣用の鞘を装着しており、塔城はオープンフィンガーグローブを身につけていた。

 

「失礼します」

 

 部室のドアを開けて会長が副会長を連れて入室してきた。

 

「こんばんは、ソーナ」

「いらっしゃいませ」

「生徒会長と副会長? どうして?」

「レーティングゲームは両家の関係者に中継されるの。彼女たちはその中継係」

 

 イッセーの疑問に部長が答えた。

 

「自ら志願したのです。リアスの初めてのゲームですから」

「ライバルのあなたに恥じない戦いを見せてあげるわ」

 

 部長は会長に不敵な笑みを受かべる。

 そのタイミングで魔法陣が輝き、グレイフィアさんが姿を現した。

 

「皆さま、準備はよろしいですか?」

「ええ。いつでもいいわ」

 

 部長やイッセーたちが立ち上がる。

 それを見て準備完了と捉えたグレイフィアさんがゲームに関する説明を始める。

 

「開始時間になりましたら、この魔方陣から戦闘用フィールドへと転送されます」

「戦闘用フィールド?」

「ゲーム用に作られる異空間ですわ。使い捨ての空間ですから、どんなに派手なことをしても大丈夫。うふふふ」

「は、派手・・・・・・ですか・・・・・・?」

 

 副部長に笑顔でされた説明に、イッセーは軽く顔を引きつらせていた。

 

「私は中継所の生徒会室へ戻ります。武運を祈っていますよ、リアス」

「ありがとう。でも、中継は公平にね?」

「当然です。・・・・・・ただ──」

 

 踵を返して部室から退室しようとしていた会長はドアのところで立ち止まり、視線だけを部長に向ける。

 

「・・・・・・・・・・・・個人的にあの方があなたに見合うとは思えないだけで」

 

 会長はそれだけ言うと、今度こそ部室から退室していった。

 会長も今回の婚約には個人的には反対というわけか。

 だが、立場上、それを静観するしかできない。・・・・・・あの様子からして、たぶん、何もできないことがもどかしいんだろうな。

 

「ちなみにこの戦いは魔王ルシファーさまもご覧になられますので」

「──そう、お兄さまが・・・・・・」

 

 部長とグレイフィアさんの会話を聞いていたイッセーの表情が驚愕に染まる。

 

「あ、あの・・・・・・いまお兄さまって? 俺の聞き間違い・・・・・・?」

「いや、部長のお兄さんは魔王さまだよ」

 

 木場の言葉にイッセーだけでなく、アーシアも驚いてしまっていた。

 

「ま、魔王! 部長のお兄さんって魔王なんですか!?」

 

 イッセーの問いかけに部長は「ええ」と短く答えた。

 

 『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』ことサーゼクス・ルシファー。それが部長の兄であり、大戦で亡くなった前魔王ルシファーの跡を引き継いだ現魔王ルシファーだ。

 本来なら、部長の家は長子である部長の兄が継ぐはずだったが、その兄が魔王を継いだことで、部長が次期当主となった。そして、いまの騒動に繋がったというわけか。

 

「そろそろ時間です」

 

 グレイフィアさんが開始時間が迫ったことを告げた。

 

「行きましょう」

 

 部長の呼び掛けに従い、イッセーたちはグレイフィアさんが用意した魔方陣の上に乗る。

 

「それじゃ、明日夏たちは部室でソーナが中継する映像で私たちの戦いを見守っていてちょうだい」

「ええ。武運を祈ります」

 

 眷属じゃない俺たちは、この部室で部長たちの戦いを映像で鑑賞することになっている。

 俺たちにできることはもうない。ここで部長やイッセー、木場たちの戦いを見守ることしかできない。

 

「四人とも、応援頼むぜ!」

「うん。イッセー兄も気をつけて!」

「がんばって〜!」

「・・・・・・無茶はするんじゃないわよ」

 

 転移の光に包まれるイッセーの言葉に千秋たちがそれぞれの言葉を発する中、俺は拳を突き出し、笑みで応えてやった。

 それを見たイッセーも笑みを浮かべ、拳を突き出したところでイッセーたちは転移していった。

 そして、俺たちの眼前に空中投影されたいくつもの映像が現れた。

 

「・・・・・・・・・・・・こいつは・・・・・・」

「・・・・・・駒王・・・・・・」

「「・・・・・・学園・・・・・・?」」

 

 映像に映し出されたのは他でもない、駒王学園の各所の光景であった。

 映像を見る限り、俺たちの通う学園そっくりであった。

 ──唯一違うのは空の色ぐらいだった。

 それからすぐに、グレイフィアさんのアナウンスが流れ出した。

 

『皆さま、このたび、グレモリー家、フェニックス家に審判役を仰せつかったグレモリー家の使用人グレイフィアでございます。今回のバトルフィールドはリアスさまとライザーさまのご意見を参考にし、リアスさまの通う人間界の学舎、駒王学園のレプリカを用意しました』

 

「・・・・・・これも部長に対するハンデなのかねぇ?」

 

 映像とグレイフィアさんのアナウンスから何気なしに俺がつぶやいたことは、十中八九、その通りなのだろう。

 

『両陣営、転移された先が本陣でございます。リアスさまの本陣は旧校舎オカルト研究部部室、ライザーさまの本陣は新校舎学長室。よって「兵士(ポーン)」のプロモーションは互いの校舎内に侵入を果たすことで可能となります』

 

 俺は学長室、つまり、ライザーがいる場所の映像を見る。

 ライザーはソファーに座り、両隣に眷属の女を侍らせて余裕そうな佇まいをしていた。

 

『それではゲームスタートです』

 

 ゴーンゴーン。

 

 学園のチャイムを合図にゲームが開始された。

 部長たちのほうの映像に目を向ければ、テーブルの上にチェスの盤面に合わせたと思しき学園の全体図を広げて、今後の動きに関する話し合いをしていた。

 

「駒が不足している分、部長たちには本陣を固めるような布陣はできない」

「そうなると、やっぱり・・・・・・」

「ああ。速攻による各個撃破しかないだろうな」

 

 俺と千秋とで部長たちの動きの予想を立てていると、部長たちの方針が決まったみたいだ。

 木場と塔城、そして副部長が外に出ると、旧校舎の周りに何かを仕掛け始めた。

 おそらく、トラップなどの類だろう。

 いっぽう、部室に残ったイッセーとアーシアだが──。

 

「あぁぁっ!」

 

 突然、鶫が悲鳴に似た叫びをあげた。

 まぁ、当然っちゃ当然か。

 原因はいま俺たちが見ているイッセーたちがいる部室が映っている映像だ。

 映像では、イッセーが部長の膝の上に頭を乗せてソファーに横になっていた。ようはイッセーが部長に膝枕をされていた。

 それを見て、千秋と燕も驚愕するなり、不機嫌そうになるなどしていた。

 あと、映像の中のアーシアも頬を膨らませて涙目になっていた。

 そんな中、部長はイッセーの頭に手を乗せる。

 

『イッセー。あなたに施した術を少しだけ解くわ』

『え──ッ!?』

 

 部長の言葉を聞いたイッセーは最初訝しげにしていたが、途端に何かに驚いたような表情になった。

 

『あなたが転生するのに「兵士(ポーン)」の駒が八つ必要だったことは話したでしょう?』

『は、はい』

『でも、転生したばかりのあなたの体では、まだその力に耐えられなかった。だから、何段階かに分けて封印を掛けたの。いま、それを少しだけ解放させたわ』

 

 そういうことか。合宿での特訓で、イッセーは『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力に耐えられるようになったことで、その封印されていた力にも耐えられるようになったと。これはうれしい誤算だな。

 ・・・・・・まぁ、それはいいんだが──。

 

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 

 この無言の圧力を放ってる我が妹と幼馴染み二人をどうにかできないものか?

 まぁ、ゲームが始まればそれに集中しだして、この空気も和らぐだろう・・・・・・たぶん。

 

 

―○●○―

 

 

 いよいよ行動開始となり、俺と小猫ちゃんが体育館に向かうことになった。

 耳に付けた通信機器から部長の声が聞こえてくる。

 

『いいこと。体育館に入ったらバトルは避けられないわ。くれぐれも指示通りに』

「「はい!」」

『祐斗、準備はいい?』

『問題ありません』

『朱乃は頃合いを見計らってお願いね』

『はい、部長』

 

 部長が通信でそれぞれの配置の最終確認をすると、力強く掛け声をあげる。

 

『作戦開始!』

 

部長の掛け声と同時に俺達は行動を開始した。

 

『私のかわいい下僕たち。相手は不死身のフェニックス家の中でも有望視されている才児ライザー・フェニックスよ。さあ、消し飛ばしてあげましょう!』

 

 部長の言葉に気合い入れながら俺と小猫ちゃんは体育館に向かう。そして、体育館に着くと裏からこっそり入り、演壇の裏側まで来た。

 ふう、中まで完全再現かよ。

 実は本物でしたと言われても信じるレベルまで再現されていた。

 

「・・・・・・敵」

 

 演壇の端から中を覗いてた小猫ちゃんが呟くと同時に体育館の照明が一斉に点灯した。

 

「そこにいるのはわかかっているわよ、グレモリーの下僕さんたち」

 

 こそこそやっても無駄ってことか。

 俺と小猫ちゃんは頷き合うと、堂々と出ていく。

 そこにいたのは中華服を着た人と双子の子、そして、部室で俺が倒されそうになった子がいた。

 

「『戦車(ルーク)』さんと、やたらと元気な『兵士(ポーン)』さんね。ミラに手も足も出てなかったけど」

 

 中華服の人の言葉を皮切りに自己紹介を始めだした。

 

「ミラよ。属性は『兵士(ポーン)』」

「私は『戦車(ルーク)』の雪蘭(シュエラン)

「『兵士(ポーン)』のイルでーす」

「同じく『兵士(ポーン)』のネルでーす」

 

 中華服の人を見た小猫ちゃんが目を険しくさせながら言う。

 

「・・・・・・あの『戦車(ルーク)』・・・・・・かなりレベルが高いです」

「・・・・・・高いって?」

「・・・・・・戦闘力だけなら『女王(クイーン)』レベルかも」

「・・・・・・マジかよ。ま、こっちの不利は端からわかかってたんだ。やるしかねえ!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 俺は籠手を出し、倍加を開始させる。

 

「・・・・・・私は『戦車(ルーク)』を。イッセー先輩は『兵士(ポーン)』たちをお願いします。最悪、逃げ回るだけでも」

 

 小猫ちゃんが前に出ながらそう言うけど、俺は意気揚々と前に出る。

 

「俺の方は心配しないでいい。勝算はある」

「?」

 

 小猫ちゃんは首を傾げるが、すぐに相手の方に向き直す。

 

「よし! 行くぜ!」

 

 俺の掛け声と同時に俺と小猫ちゃんはそれぞれの相手に向かって飛び出した。

 

 

―○●○―

 

 

 体育館でのイッセーと塔城の戦闘が始まった。

 まず塔城のほうを見る。相手の『戦車(ルーク)』が炎を纏った脚で蹴りを放っていた。スピードでは相手のほうが優っていたため、塔城は防戦一方であった。

 

『ハッ!』

 

 そして、相手の蹴りが塔城の腹にクリーンヒットした──が塔城はとくにダメージを負った様子はなく、相手の脚をガッチリと掴んでいた。

 すかさず塔城は相手の脚を引っ張り、それにより体勢を崩した相手を殴りつけ、怯んだところをタックルで吹き飛ばした。

 スピードは負けているが攻撃力、防御力では共に塔城のほうが圧倒していた。

 

『・・・・・・ぐぅ・・・・・・あなたは一体・・・・・・何者・・・・・・!?』

『・・・・・・リアスさまの下僕です』

 

 どうやら、こちらは塔城の勝ちで決まりだな。

 いっぽう、イッセーのほうは──。

 

『うわぁぁぁぁぁッ!』

『バーラバラ♪ バーラバラ♪』

 

 チェーンソーを持った双子の『兵士(ポーン)』に追いかけ回されていた。

 

『逃げても無駄でーす♪』

『大人しく解体されてくださーい♪』

 

 双子は見た目とは裏腹に物騒なことを言っていた。・・・・・・どういう教育されてんだよ。親の顔が見てみたいもんだ。

 そんな逃げ回っているイッセーに棍使いの『兵士(ポーン)』が一撃を加える。

 

「何っ!?」

 

 だが、イッセーは棍の一撃を上に跳んでかわしていた。

 その後も棍使いの『兵士(ポーン)』は棍でイッセーに攻撃を加えていくが、イッセーはそのすべてを見事に回避してみせた。双子の『兵士(ポーン)』の攻撃もまったく当たる気配がなかった。

 

『ああもう、ムカつく!』

『どうして当たんないのよ!?』

『・・・・・・掠りもしない・・・・・・!』

 

 『兵士(ポーン)』たちは自分たちの攻撃が当たらないことに段々と焦りや苛立ちを出してきていた。

 

『へへ、こんなの明日夏のに比べたら全然!』

 

 どうやら、俺との修行の成果が出ているようだな。

 合宿が終わる頃にはイッセーの回避率は相当なものになっていた。あんな体型に合っていないチェーンソーの大振りや単調な棍の突きや凪ぎ払いではいまのイッセーには傷ひとつ付けられないだろう。

 さて、他は──。

 別の映像を見ると、ライザーの他の『兵士(ポーン)』三人が、別働隊となって部長たちの本陣である旧校舎を目指していた。

 

『なんかやけに霧が出てきたわね?』

 

 『兵士(ポーン)』三人のうちの一人が言う通り、『兵士(ポーン)』たちの周りに霧が発生していた。

 次の瞬間、霧の中から赤い光弾のようなものが飛んできた。

 そう、この霧は自然発生したものではなく、副部長が発生させたもので、木場と塔城が仕掛けたトラップを隠していたのだった。

 

『トラップ? にしても大したことはないわ』

『まぁ、こんなの子供騙しよ』

『初心者らしいかわいい手だわ』

 

 だが、『兵士(ポーン)』たちは木場と塔城が仕掛けたトラップを難なくかわしてしてしまう。

 

『こんなトラップで守れるなんて、本気で思ってんのかしら?』

 

 そのまま、トラップゾーンを突破し、ついに部長たちの本陣である旧校舎の前に到達してしまう。

 

『あれが敵本陣ね──ッ!?』

『どういうこと!?』

 

 だが、突如として旧校舎が霧に交わるように消失してしまったのだった。

 

『残念だったね』

 

 そこへ、霧の中から木場が悠々と現れた。

 

『もう、ここから出られないよ。キミたちはうちの『女王(クイーン)』が張った結界の中にいるからね』

『しまった! トラップに気を取られすぎて!?』

『人手不足は知恵で補わないと』

 

 そう、あのトラップの本当の目的は相手の意識を釘付けにするためのものだった。『兵士(ポーン)』たちは見事にそれにはまり、副部長の張った結界内に誘導されたのだ。

 あの霧の正体も、副部長がはった幻術を内包した結界だったのだ。

 だが、本当の罠にはめられた『兵士(ポーン)』たちは相手が木場一人だと分かった途端、余裕を取り戻しだす。

 

『割と好みだから言いたくないんだけど、もしかして三対一で勝てると思っているの?』

『試してみるかい?』

 

 『兵士(ポーン)』三人の内の一人の問いに対し、木場は不敵に笑む。

 地の利は木場にあるし、ここも大丈夫だろう。

 改めて、イッセーのほうの映像を見る。

 こっちもそろそろ決着が着きそうな雰囲気をイッセーは放っていた。

 

Boost(ブースト)!!』

 

『よっしゃぁぁぁッ! 行くぜ、「赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)ッ!』

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 イッセーは倍加をストップさせ、強化された身体能力で一気に攻めだした。

 

『ひとつ!』

『きゃっ!?』

『ふたつ!』

『きゃあ!?』

 

 あっという間に双子に一撃を入れて吹き飛ばした。

 

『たあッ!』

 

 そこへ棍使いが突きを繰り出すが、イッセーは体を捻って避け、棍を掴み、そのまま一撃を加えて叩き折った。

 

『なッ!?』

『三つ!』

『きゃあっ!?』

 

 そして、棍を折られ動揺していた棍使いにも一撃を入れて吹き飛ばした。

 

『・・・・・・私の棍を・・・・・・!?』

『かあぁ、痛ってぇ・・・・・・』

 

 どうやら、棍が頑丈だったのか、イッセーの棍を叩き折ったほうの手が赤くなっていた。

 

『・・・・・・こんな男に負けたら・・・・・・!』

『・・・・・・ライザーさまに怒られちゃうわ・・・・・・!』

 

 『兵士(ポーン)』たちは負けられないとまだ立ち上がる。そんな中、イッセーは決着が着いたと言わんばかりの顔をしていた。

 

『もう許さない!』

『『絶対にバラバラにする!』』

『いまだ! くらえ! 俺の必殺技! 「洋服崩壊(ドレス・ブレイク)」ッ!』

 

 パチン。

 

 イッセーが指を鳴らした瞬間に起こったことは──。

 

『『『いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』』』

 

 『兵士(ポーン)』たちの着ている服が弾け飛ぶ光景であった。

 

「は」

 

 開いた口が塞がらなかった。

 

『ふはははは! どうだ、見たか! 脳内で女の子の服を消し飛ばすイメージを永遠と、そう永遠と妄想し続け、俺は持てる魔力の才能をすべて女の子を裸にするために使いきったんだ! これが俺の必殺技「洋服崩壊(ドレス・ブレイク)」だ!』

 

 ・・・・・・・・・・・・最低な必殺技であった。

 おそらく原理は、女性に接触した瞬間、自らのイメージを魔力にして送り込んだのだろう。独創的で、イッセーらしい技だが──なんと言うか・・・・・・我が友人ながら、なんともひどい技だ。

 

『最低!』

『ケダモノ!』

『女の敵!』

 

 『兵士(ポーン)』たちが非難の声をあげる。まぁ・・・・・・当然の反応だな。

 合宿のとき、あいつが魔力で野菜の皮を剥きまくっていたのを見て、もしやこんな技を生み出すのではないかと思ったが・・・・・・現実になってしまったか。

 見ると、燕は額に手を当てながら溜め息をついていた。千秋もなにやら複雑そうな表情だ。

 

「すご~い! 完成したんだ~!」

「「「はっ?」」」

 

 そんな中で聞こえた鶇の言葉に俺たちはマヌケそうな声を出してしまい、開いた口が塞がらないでいた。

 

「ちょ、ちょっと、姉さん! イッセーのあれ知ってたの!?」

「ん~、知ってるも何も、アーシアちゃんと一緒に技の完成を手伝ったからね~」

 

 どうやら、あの技の完成にはアーシアも一枚噛んでいるようだ。

 ていうか、何やってるんだ、二人とも・・・・・・。

 

「完成の手伝いって、それって実験体になったってことじゃないの!? 何考えてるのよ!?」

「何って~、イッセーくんのお手伝いしたかったから~」

 

 たぶん、本当に純粋にイッセーの手伝いをしたかったのだろう。おそらく、アーシアも。

 たぶん、自主的にだろうな。恥じらいとかよりも、惚れた男の力になりたいという気持ちのほうが強かったのだろう。

 まぁ、とりあえず、『兵士(ポーン)』たちも、あれではもう戦闘はできないだろう。

 ちなみにイッセーは技が決まったことに悦に浸っていたため、『兵士(ポーン)たちの非難の声はまったく耳に入っていなかった。

 

『・・・・・・見損ないました』

 

 塔城の容赦のない非難。さすがに仲間の塔城の声は来るものがあったのか、イッセーもバツの悪い顔をしていた。

 そんな塔城のほうも相手の『戦車(ルーク)』を倒していた。

 これにより、体育館は部長たちが手に入れた。

 だが、その矢先にイッセーと塔城は部長の指示で体育館から立ち去った。

 

『逃げる気!? まだ勝負は着いていないわ!?』

『重要拠点を捨てるつもりか!?』

 

 そんな二人の行動にライザーの眷属たちは驚愕していた。当然だろう。体育館は旧校舎と新校舎を繋ぐチェスでいうところの『センター』、つまり相手が言うように重要拠点なわけだが、二人は情況が有利とはいえ、決着が着いていないにも関わらず、体育館から退いた。一見、二人が重要拠点を捨てたように見える。

 そして、二人が体育館から出て少し離れた刹那──。

 

 カッ!

 

 体育館に閃光が走る。

 

 ドォォォォォオオオオオオンッッ!

 

 そして体育館が(いかずち)によって轟音をたてて跡形もなく消し飛んだ。

 

撃破(テイク)

 

 そんな跡形もなく消失した体育館の近くに副部長が悪魔の翼を広げて空に浮いていた。いまの(いかずち)は副部長が放った雷撃だったのだ。

 

『ライザーさまの「兵士(ポーン)」三名、「戦車(ルーク)」一名、戦闘不能』

 

 その後、グレイフィアさんのライザーの眷属たちのリタイアのアナウンスが聞こえてきた。

 

「部長も大胆な作戦を立てたもんだ」

 

 体育館が重要拠点であるということは、両チームともそこを押さえようと人数を集める。そう、()()()()()()のだ。だからこそ、部長は重要拠点をあえて囮にし、大技で一網打尽にしたのだ。これが部長の立てた作戦。別働隊の対処法といい、初めてとは思えないゲーム運びだった。

 とはいえ、これでライザーのほうもおそらく、部長に対して本気を出すようになるだろう。

 ゲームはまだ序盤。ここからが本当の戦いとなるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 絶賛、決戦中です!

「・・・・・・す、すっげぇ・・・・・・!」

 

 部長の作戦で消し飛んだ体育館とそれをやった朱乃さんを見て、思わず唖然としてしまう。

 

「・・・・・・朱乃さんの通り名は『(いかずち)の巫女』。その名前と力は知る人ぞ知る存在だそうです」

 

 『(いかずち)の巫女』、かぁ・・・・・・。あんなのでお仕置きされたら確実に死ぬな。小猫ちゃん共々 、絶対に怒らせないようにしよう。

 なんて思っていると、部長から通信が入った。

 

『まだ相手のほうが数は上よ。朱乃が二撃目を放てるようになるまで時間を要するわ。朱乃の魔力が回復しだい、私たちも前に出るから、それまで各自、次の作戦に向けて行動を開始して』

 

 次の作戦は陸上競技のグランド付近で木場と合流し、その場の敵を殲滅することであった。

 にしても、木場の奴、大丈夫か? ま、あいつのことだから、爽やかな顔をしてちゃんとやってんだろうけど。

 

「小猫ちゃん、俺たちも行こうぜ」

 

 そう言って、肩に触れようとしたら、さらりと避けられた。

 

「・・・・・・触れないでください・・・・・・」

 

 蔑んだ声と顔でジトーとにらまれる。

 どうやら、『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』を警戒されているようだ。

 

「だ、大丈夫だよ。味方に使うわけないだろ」

「・・・・・・それでも最低な技です」

 

 どうやら、本格的に嫌われたような・・・・・・無理もないか。

 

「あ、待ってよ、小猫ちゃん!?」

 

 俺を置いて行ってしまう小猫ちゃんを急いで追いかける。

 

 ドォンッ!

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

 いきなり目の前で爆発が起き、俺は爆風で吹っ飛ばされてしまった!

 

「・・・・・・ぐぅぅ・・・・・・っ、小猫ちゃん!?」

 

 小猫ちゃんがいたところを見ると、爆発によってボロボロになった小猫ちゃんが横たわっていた!

 俺は急いで小猫ちゃんに駆け寄り、抱き抱える!

 

撃破(テイク)

 

 謎の声が聞こえ、声がした方を見ると、部室でライザーとキスをしていた女がいた。

 

「クッソォ! ライザーの『女王(クイーン)か!?」

「ふふふ」

 

 確か、あいつがライザーの『女王(クイーン)』だったはずだ。俺は相手を睨みつけるが、ライザーの『女王(クイーン)』は不敵に笑うだけであった。

 

「・・・・・・・・・・・・すみません・・・・・・」

「小猫ちゃん!?」

「・・・・・・もっと・・・・・・部長のお役に・・・・・・」

「大丈夫だ! アーシアがこんな傷、すぐに回復して──小猫ちゃん! 小猫ちゃんッ!?」

 

 俺の呼び掛けも虚しく、小猫ちゃんは光の粒子となって消えてしまった。

 

『リアスさまの「戦車(ルーク)」一名、リタイヤ』

 

 グレイフィアさんの無情なアナウンスが聞こえてきた。

 

「クッソォ! よくも小猫ちゃんを!」

「ふふふ。獲物を狩るときは、何かをやり遂げた瞬間が一番やりやすい。こちらは多少の駒を『犠牲(サクリファイス)』にしてもあなたたちの一人でも倒せれば、人数の少ないあなたたちには十分大打撃ですもの。いくら足掻こうと、あなたたちにライザーさまは倒せないわ」

 

 愉快そうに笑うライザーの『女王(クイーン)』に俺は怒りで体を震えさせる。

 

「降りて来やがれぇぇッ!? 俺が相手だ!」

『・・・・・・落ち着きなさい、イッセー』

 

 冷静じゃなくなる俺を諌めるように部長から通信が入る。

 

『戦闘不能になった者はしかるべき場所に転送されて、治療を施されるわ。小猫は死んだわけじゃないの・・・・・・冷静になりなさい・・・・・・!』

 

 顔は見えないし、冷静そうだけど、明らかに部長の声が震えていた。

 

「でもッ!?」

「諦めなさい坊や。いくら足掻いても私たちには勝てないわよ」

「ッ!」

 

 

 ライザーの『女王(クイーン)』が手に持つ杖を構えたのを見て、身構える。

 

「あらあら」

「あ、朱乃さん!」

 

 そこへ、俺とライザー『女王(クイーン)』の間に朱乃さんが降り立った。

 

「イッセーくん。ここは私に任せて、先をお急ぎなさい。うふ、心配には及びませんわ。私が全身全霊をもって、小猫ちゃんの仇を討ちますもの」

「わかりました、朱乃さん!」

 

 朱乃さんの言葉でようやく冷静さを取り戻した俺は、その場を朱乃さんに任せ、グラウンドに向けて駆け出した。

 直後、背後で爆発音が鳴り響いた。

 

 

―○●○―

 

 

『ライザーさまの「兵士(ポーン)」三名、リタイヤ』

 

 グランド付近まで来たところでグレイフィアさんのアナウンスが聞こえた。

 

「三人!? ──って、うわぁ!?」

 

 いきなり誰かに引っ張られ、体育用具を入れる小屋の中に連れ込まれた!

 

「やあ」

 

 引っ張った犯人は木場だった。

 

「おまえかよ! あっ、いまの三人って?」

「朱乃さんの結界のおかげでだいぶ楽できたよ」

 

 やっぱり、いまのアナウンスは木場がやったことだったのか。

 

「・・・・・・木場、悪い。小猫ちゃんが・・・・・・」

「聞いたよ。・・・・・・あまり表に出さない子だけど、今日は張り切っていたよ。・・・・・・無念だったろうね」

 

 俺はそれを聞き、木場の前に拳を突き出す。

 

「勝とうぜ、絶対!」

「ふ、もちろんだよ!」

 

 俺が差し出した拳に、木場が自分の拳を当てる。普段は癪に障るイケメンだが、戦闘になれば頼りになる味方だ。

 

『祐斗、イッセー、聞こえる?』

 

 そこへ、部長から通信が入る。

 

『私はアーシアと本陣に奇襲を掛けるから、できる限り敵を引き付けて、時間を稼いでちょうだい』

「奇襲!」

『やむを得ないわ。朱乃の回復を待って、各個撃破する予定だったけど、敵が直接「女王(クイーン)」をぶつけてきてわね』

「しかし部長、『(キング)』が本陣を出るのは、リスクが大きすぎますよ!」

『敵だってそう思うでしょう。そこが狙い目よ。いくらフェニックスの肉体が不死身だといっても、心まではそうじゃない。戦意を失わすほどの攻撃を加えれば、ライザーに勝つことができる。この私が直接ライザーの心をへし折ってあげるわ!』

 

 部長の力強い宣言と共に、通信が途絶える。

 部長の決意に満ちた言葉に、俺は腹を決めた。木場も同じ様子だ。

 

「そうと決まれば、オカルト研究部悪魔男子コンビで──」

「派手に行くかい!」

 

 俺たちは小屋から一気に飛び出て、グラウンドの真ん中に立つと、大声で叫んだ。

 

「やい! どうせ隠れてるんだろ! 正々堂々勝負しやがれ!」

「ふふふ・・・・・・」

「「!」」

 

 俺の声に応えるように、誰かの笑い声がグラウンドに流れる。声の方向へ首を向けると、土煙の向こうに、甲冑を着込んだ女が立っている。

 

「私はライザーさまに仕える『騎士(ナイト)』カーラマインだ。堂々と真っ正面から出てくるなど、正気の沙汰とは思えんな。だが、私はおまえらのようなバカが大好きだ!」

 

 そう言うと、剣を抜き、炎を纏わせた。そして、こちらからは木場が前に出た。

 

「僕はリアスさまに仕える『騎士(ナイト)』木場祐斗。『騎士(ナイト)』同士の戦い、待ち望んでいたよ!」

「よくぞ言った。リアス・グレモリーの『騎士(ナイト)よ!」

 

 直後、二人は一直線に突っ込むと、真正面から切り結び、すぐに離れ、火花散る凄まじい剣戟を繰り広げる。しだいに二人の戦いは段々とヒートアップしていき、俺の目では追えない位の速さによる戦いになっていった。

 

「・・・・・・すっげぇ・・・・・・つか、俺の出番なくね・・・・・・?」

「そうとも限らないぞ」

「ッ!?」

 

 背後から声をかけられ、振り返ると、顔の半分に仮面を着けている女がいた。

 

「・・・・・・カーラマインったら、頭の中まで剣、剣、剣で埋め尽くされているんですもの」

 

 そこへもう一人、金髪のお嬢様風の子が現れた。

 

「駒を犠牲にするのも渋い顔をしてましたし。まったく、泥臭いったら。しかも、せっかくかわいい子を見つけたと思ったら、そちらも剣バカだなんて。まったく、ついてませんわ」

 

 さらに、その子の後ろに三人、別の方向からも一人現れて、俺は完全に囲まれていた。ていうか、残りの駒が全員現れた。

 これで本陣はライザーだけになるから、部長の読みは当たったということか。

 

「それにしても、リアスさま──」

「ん?」

 

 金髪の子が俺を品定めするように見ていた。

 

「殿方の趣味が悪いのかしら?」

「っ、かわいい顔をして、毒舌キャラかよ! 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ッ!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 俺は籠手を出し、金髪の子に対して構えた。

 

「あら、ごめんあそばせ。私は戦いませんの」

「はぁあ!?」

「イザベラ」

 

 金髪の子が呼ぶと、仮面を着けた女が近づいてきた。

 

「私はイザベラ。ライザーさまにお仕えする『戦車(ルーク)』だ。では行くぞ、リアス・グレモリーの『兵士(ポーン)』よ!」

 

 そう言うと、殴りかかってきた!

 

「うわッ!?」

 

 俺は相手の攻撃を避けながら、思わず疑問に思ったことを訊いた。

 

「お、おい! あいつなんなんだよ!? 戦わないってどういうことだ!?」

「『僧侶(ビショップ)』として参加はしているが、ほとんど観戦しているだけだ」

「なんだそりゃ!?」

 

 これ、おたくらにとっても大事なゲームなんだろ! なんでそんなことになってんの!?

 

「彼女は──いや、あの方は、レイヴェル・フェニックス」

「フェニックス!?」

「眷属悪魔とされているが、ライザーさまの実の妹君だよ」

「妹ッ!?」

 

 その子のほうを見ると、にこやかにして、手を振っていた。

 

「ライザーさま曰く『ほら、妹萌えって言うの? 憧れたり、羨ましがる奴、多いじゃん。まぁ、俺は妹萌えじゃないから、形として眷属悪魔ってことで』なのだそうだ」

 

 あの鳥野郎、本当に変態でバカだったのか!? ・・・・・・でも、妹をハーレムにいれたいっていうのは十分に理解できるぜ。

 

「って、おわっ!」

 

 などと考えている間に、『戦車(ルーク)』のイザベラの拳の一撃をすんでのところで避ける。

 

「思ったよりはやるようだな?」

「そりゃあ──おっと! 俺だって、伊達に小猫ちゃんや木場、明日夏と修行してたわけじゃねぇからな! って、あぶねッ!」

 

 攻撃の合間に蹴りを放ってきたが、後ろに思いっきり飛んでかわした。

 うん、明日夏との修行で回避能力が格段とアップしているな。

 

「ほぉ、以前とはまったく違う。リアス・グレモリーはよく鍛えこんだようだな」

「そうだ、俺は部長にとことん鍛えられた、リアス部長の下僕だ! だから、負けられねぇ! 俺は部長のためにもあんたを倒すッ!」  

 

 とはいえ、一定以上パワーアップするまでは逃げの一手しかねえけどな。

 

Boost(ブースト)!!』

 

 これで五回目のパワーアップ! 『兵士(ポーン)』相手なら十分かもしれねぇが、『戦車(ルーク)』相手じゃまだ心もとない。

 ここはまだまだ耐えるしかない!

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーと木場がグラウンドでライザーの眷属たちを引き付けている間に、部長はアーシアを連れて本陣に奇襲を仕掛けるため、新校舎に侵入していた。

 

『待っていたぜぇ』

『『っ!?』』

 

 そんな部長に声をかける存在がいた。いま、新校舎内でアーシア以外に声をかける人物は一人しかいない。

 

『ふふふ、ははは、愛しのリ~ア~ス♪』

 

 そこには部長が来ることがわかっていたかのように、余裕の表情見せながら、新校舎玄関ホールの二階の手摺に腰掛けながら見下ろしているライザーがいた。

 

『私が来るのはお見通しだったわけね?』

初心者(バージン)が経験者を舐めちゃいけないよ、リ~ア~ス♪』

『・・・・・・相変わらず品のない人ね』

 

 『女王(クイーン)』の配置といい、やっぱり部長の手は読まれていたか。

 

「・・・・・・読んでいたのなら、なんで眷属を全員、イッセー兄たちのほうに・・・・・・?」

「簡単だ千秋。部長のプライドをへし折るためだ。部長を手のひらで踊らせたうえで、真っ向から部長の作戦を潰すことで──」

「部長に圧倒的な実力差を見せつける・・・・・・そうすることで──」

「ああ。部長の意思を挫くには効果的でもある。奴にはそれをやるだけの実力があるってことだ」

 

 今回の出来レースを組んだだけはあるってわけか。

 

『ここじゃなんだぁ、もっと見晴らしのいいところでデートと洒落こもうぜ、リ~ア~ス♪』

『ふざけないで! いいわ、あなたを消し飛ばしてあげるわ!』

 

 ライザーの挑発に乗ってしまった部長はアーシアと共にライザーのあとについて行った。

 

「・・・・・・見晴らしのいい場所って?」

「部長の様子がイッセーたちによく見える場所だろう。そうすることで、イッセーたちを煽る気なんだろ」

 

 完全に部長たちを潰す気だな。

 

 バキィィィン!

 

 突然、何かが砕け散る音が響いたため、そちらの映像を見ると、木場の剣が相手の『騎士(ナイト)』によって砕かれていた。

 

光喰剣(ホーリー・イレイザー)が!?』

『残念ながら、その攻撃は私に通用しない』

 

 あの剣は光を喰らう特性があった。そのため、光力を扱うフリードやはぐれ悪魔払い(エクソシスト)相手には有効だったが、いまの相手が扱うのは炎。その特性がまったく活きないのであった。

 だが、そんな状況にも関わらず、木場は不敵に笑んでいた。

 

『ならこれはどう? 凍えよ!』

 

 次の瞬間、柄から氷が生成され、氷が砕けると、新たな刀身が現れた。

 

『っ!? 貴様、神器(セイクリッド・ギア)をふたつも!』

 

 相手の『騎士(ナイト)』は剣を振るうが、木場の剣の刀身に当たった瞬間、纏っていた炎ごと刀身が凍り、砕け散った。

 

『ッ! なんの、我ら誇り高きフェニックス眷属は炎と風と命を司る!』

 

 そう言うと、短剣を取り出し、炎と風を纏わせる。

 

『貴様の負けだぁ!』

 

そして、短剣の一振りで木場の氷の魔剣が容易に砕かれた。

 

『フッ』

 

 だが、木場は未だに笑みを崩さなかった。

 また柄から刀身が現れ、今度は先端に穴が開いた剣が現れた。

 

『っ!?』

『ハッ!』

 

 木場の掛け声と同時に魔剣の穴に短剣の風が炎ごと吸い込まれていった。

 

『貴様、一体いくつ神器(セイクリッド・ギア)を持っている!?』

 

 相手の問いを木場は笑みを浮かべながら否定する。

 

『僕は複数の神器(セイクリッド・ギア)を持っているわけじゃない。ただ作っただけだ』

 

 喋りながら振るわれた剣を相手は後ろに跳んでかわすが、木場は構わず地面に手を着ける。

 

『「魔剣創造(ソード・バース)」。すなわち、意思通りに魔剣を作り出せる』

 

 相手が何かを察したのか、その場から跳び上がると同時に相手のいた地面から複数の魔剣が飛び出てきた。

 駿足の足と多彩な魔剣──あれが木場の本領か。

 木場はあの調子なら、なんとかなるか。

 さて、イッセーのほうは──。

 

 

―○●○―

 

 

 すっげぇ・・・・・・あいつ、あんな力を・・・・・・。

 木場の戦いぶりを見て、思わず呆気に取られてしまった。

 

「おまえ! 戦闘中によそ見をするなッ!」

「しまっ──ぐあぁっ!?」

 

 木場のほうに意識を向けていたから、反応が遅れて初めて相手の攻撃をもろにくらってしまい、後ろに吹っ飛ばされてしまった。

 くっそぉ・・・・・・明日夏に散々注意されたってのに、やらかしちまった。

 けど、そろそろなんだけどな・・・・・・。

 

Boost(ブースト)!!』

 

「っ、来たぁぁッ!」

 

 待ちに待った十五回目のパワーアップ! これで最大回数だぜ!

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 倍加を止めると同時に俺は腕を前に突き出す。

 

「ドラゴン波ならぬドラゴンショット!」

 

 そして、魔力の塊を向かって来るイザベラに向けて撃ち出した。

 

 グオォォォォォォオオオンッ!

 

「ッ!?」

 

 イザベラは驚愕しながらもすんでのところで俺の一撃をかわす。

 避けられたドラゴンショットはテニスコートまで向かっていった。

 

 ゴォォォォォォォォンッッ!

 

 次の瞬間、地を響かせる轟音が鳴り響き、巻き上がる突風と共に赤い閃光が俺たちを襲う!

 爆風が止み、テニスコートのほうを見ると、テニスコートが跡形もなくなっており、巨大なクレーターができあがっていた!

 だいぶセーブしたつもりだったのに・・・・・・。

 にも関わらず、この威力である。

 

「・・・・・・危険だ・・・・・・! あの神器(セイクリッド・ギア)は! ここで私が倒しておかねばッ!」

 

 俺のドラゴンショットの威力を見て、危険だと判断して焦ったのか、イザベラが一気に攻めてきた。

 だが、焦っていたのか、攻撃が単調になっていた。

 

「しめた!」

 

 俺はイザベラの拳を避け、逆に俺の拳を当てる。

 

「・・・・・・それで当てたつもりか?」

 

 たいしたダメージになっていなかったからか、イザベラは訝しげな表情を作る。

 けど、当たれば十分であった。

 

「弾けろ! 『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』!」

 

 パチン。

 

 俺が指を鳴らすと、イザベラの服が弾けとんだ。

 

「なっ、なんだこれは!?」

 

 イザベラは自分の身に起こったことに驚愕し、大事な部分を隠す。

 その裸体はさっきの『兵士(ポーン)』の三人とは違い、見事なプロポーションであった。

 速攻でその光景を脳内の新種ホルダーに名前を付けて保存した!

 

「よし行くぜ!」

 

 そしてすかさず、大事な部分を隠して動きが止まったイザベラに向けて、もう一度ドラゴンショットを撃ち込んだ!

 

「っ!?」

 

 俺の魔力がイザベラを包み込み、イザベラは光の粒子となって消えた。

 

「イザベラが!?」

『ライザーさまの「戦車(ルーク)」一名、リタイア』

 

 ライザーの妹の驚きの声とグレイフィアさんのアナウンスが俺の耳に届いた。

 

「勝ったぁっ!」

 

 俺は自分の勝利に歓喜した。

 

「・・・・・・しかし酷い技だ。いや、女にとって恐ろしい技と言うべきか・・・・・・」

「・・・・・・僕も初めて見たんだけど・・・・・・なんと言うか──うちのイッセーくんがスケベでゴメンなさい」

 

 

 

「って、こらぁ! 見も蓋もない謝り方するなぁ、木場ぁっ!?」

「だけど・・・・・・」

 

 だけどじゃねぇよ、イケメン!

 

「しかし、魔剣使い・・・・・・数奇なものだ。私は特殊な剣を使う剣士と戦い合う運命なのかもしれない」

「へぇ、僕以外の魔剣使いと戦ったことがあるのかい?」

「いや、魔剣ではない。──聖剣だ」

「──っ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、木場の雰囲気ががらりと変わった!

 

 

「その聖剣使いについて訊かせてもらおうか?」

「ほう、どうやらあの剣士は貴様に縁があるのか? だが、剣士同士、ここは剣にて語ろう!」

「・・・・・・そうかい。・・・・・・口が動ければ、瀕死でも問題ないか」

 

  二人の間の殺気がドンドン強くなっていく! ていうか、木場の迫力がとんでもなかった!

 一体どうしたってんだよ、木場!?

 

「そこの『兵士(ポーン)』さん」

「ん?」

 

 木場の変化に戸惑う俺に、ライザーの妹が声をかけてきた。

 

「あれ、なんだかわかりますかしら?」

「え? はっ!? 部長ぉぉっ!」

 

 彼女が指差す先を見てみると、新校舎の屋上に、部長とアーシアがいる! 対峙しているのはライザーだ!

 

 直接仕掛けるっていっても早すぎるだろ!

 確かに、俺たちが敵を惹き付けているところを部長がライザーに奇襲する手筈だった。でも、俺たちが戦いを始めてから数分しか経っていないのに、いくらなんでも早すぎる! ましてや、あんな正面で向き合って対峙しているんじゃ、奇襲もなにもない。

 ああなってるってことはつまり──。

 

「・・・・・・こちらの手を読まれていたのか・・・・・・!?」

 

 木場が俺の考えていたことを代弁した。

 やっぱりそうなるのかよ!

 

「『|滅殺姫《ルイン・プリンセス』、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』、『(いかずち)の巫女』に『魔剣創造(ソード・バース)』、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』。御大層な名前が並んでいますけれど、こちらは『不死鳥(フェニックス)』、不死なのですわ」

「っ!?」

 

 いつの間にか、残りのライザーの眷属全員に囲まれていた!

 

「おわかりになります? これがあなた方にとって、どれだけ絶望的であるか? ニィ! リィ!」

「「にゃ」」

 

 その名が呼ばれると、獣耳を生やした女の子二人が構えを取った。

 

「この『兵士(ポーン)』たち、見た目以上にやりますわよ」

「「にゃー!」」

 

 獣娘二人が同時に飛び込んできた!

 

「っ!? ブ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ッ!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 慌てて倍加を開始して回避に専念しようとしたが、さっきの戦いの疲れで若干動きが鈍くなっているうえ、相手の動きがトリッキーで動きを追えないせいか攻撃を避けれないでいた。

 

「最低な技にゃ!」

「下半身でものを考えるなんて!」

「「愚劣にゃ!」」

「ぐはっ!?」

 

 言いたい放題言われてもの申したかったが、攻撃をモロにもらってしまっていて、そんな余裕はなかった。

 

「・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

「決めなさい、シーリス!」

「っ!?」

「ハァァァッ!」

 

 ライザーの妹の指示で上からシーリスと呼ばれた女性が大剣を振り下ろしてきた!

 俺はなんとか避けるが、たて続けに大剣を振り回してきた!

 木場や明日夏、カーラマインに比べれば直線的だったが、威力は確実に上であった。

 

「マジヤバい!?」

 

 ドゴォォォォン!

 

 そんな中、新校舎のほう──部長とライザーが戦っている場所から爆発音が聞こえてきた!

 

「っ、部長ぉぉっ!?」

 

 俺は通信機で部長に呼び掛ける。

 

『私は大丈夫。私のことよりも、いまは目の前の敵を』

「でもっ!」

『私はあなたを信じているわ、イッセー! このリアス・グレモリーの下僕の力を見せつけておやりなさい!』

 

 そうだ、俺は部長の下僕なんだ。

 

 ガキィィィィン!

 

 俺は籠手で相手の剣を止めてやった。

 

「シーリスの剣をっ!?」

「腕でっ!?」

 

 何も考えることなんてねえ! 部長のためだけに俺はおまえらを──。

 

「ぶっ倒すッ!」

 

 バキィッ!

 

 そのまま剣を掴み、握り砕いてやった!

 

「何っ──きゃっ!?」

 

 怯んだところをさらに蹴り飛ばし、俺は籠手に語りかけた。

 

「赤い龍帝さんよ、聞こえてんなら応えろ! 俺に力を貸しやがれ!」

 

Doragon(ドラゴン) booster(ブースター)!!』

 

 籠手から力が流れ込んでくるが、こんなんじゃ足りない!

 

「もっとだ! もっと俺の想いに応えろ! 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ァァァッ!!」

 

Doragon(ドラゴン) booster(ブースター) secondo(セカンド) Liberation(リベレーション)!!』

 

 初めて聞く音声が発せられた瞬間、籠手から膨大な量のオーラが吹き溢れ、籠手の形が変化した。

 

「か、変わった!?」

 

 そして、籠手から脳内に情報が流れ込んできた。

 そうか、これが俺の新しい力か。なら!

 

「木場ぁっ! おまえの神器(セイクリッド・ギア)を解放しろ!」

「解放!?」

「早くしろ!」

 

 木場は当惑しながらも頷き、剣を地面に突き刺した。

 

「『魔剣創造(ソード・バース)』ッ!」

 

 木場の神器(セイクリッド・ギア)の波動が俺に向かって来た。

 

「うおぉりゃぁぁぁっ!」

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 俺はその波動に俺の新しい力を使った瞬間、俺を中心に無数の剣が出現した!

 そして、ライザーの眷属たちは(みな)、出現した剣によって貫かれていた。

 そのまま、ライザーの眷属たちは光の粒子となって消えていった。

 

『ライザーさまの「兵士(ポーン)」二名、「騎士(ナイト)」二名、「僧侶(ビショップ)」一名、リタイア」』

「『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』だぁぁっ!」

 

 グレイフィアさんのアナウンスを聞くと同時に、俺は新しい力の名称を勝利の雄叫びのように叫んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 決戦、終了です!

 新しい力、『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』。籠手で高めた力を他の者、もしくはものに譲渡し、力を爆発的に向上させることができる。この力で木場の神器(セイクリッド・ギア)の力を高め、ライザーの眷属たちを一網打尽にできた。

 この力があれば、部長や朱乃さん、いまみたいに木場、もしくはアーシアの回復能力を強化してもいい。皆の力を高めることができる。この力があればライザーに勝てる!

 

 ドォォォォォオオオオンッッ!

 

 心の内で俺たちの勝利を確信した刹那、聞き覚えのある爆発音が響き渡った!

 

「えっ?」

 

 爆発が起こったと思しき場所に視線を向けると、空中に爆煙ができていた。

 そして、爆煙から何かが飛び出てきた。

 

「っ!?」

 

 それは、光の粒子となって消えていくボロボロになった朱乃さんだった!

 

『リアスさまの「女王(クイーン)」一名、リタイア』 

 

 朱乃さんが消える光景とグレイフィアさんのアナウンスに、俺は我が目と耳を疑った。当然だろう! 信じられるか!

 朱乃さんがやられちまうなんて!?

 

 ドォォォオオオオンッッ!

 

「っ!?」

 

 再び起こった爆発音! しかも、今度は近く!

 慌てて視線をそちらに向ければ、ボロボロになった木場がいた!

 

「木場ッ!? 木場ぁぁぁッ!」

 

 俺の叫びも虚しく、木場は小猫ちゃんや朱乃さん同様、光の粒子となって消えていった。

 

『リアスさまの「騎士(ナイト)」一名、リタイア』

 

 再び流れたアナウンスに俺は呆然と立ち尽くしてしまう。

 

撃破(テイク)

 

 悲嘆に浸っていた俺の頭上から聞き覚えのある声が聞こえてきた!

 

「またおまえか!」

 

 見上げると、ライザーの『女王(クイーン)』がいた!

 しかも、朱乃さんと戦っていたはずなのに、相手はダメージを負っているようには見えなかった。

 朱乃さんと戦って無傷なんてありえねぇ! どうなってやがる!?

 

「遅かったですわね、ユーベルーナ」

 

 そこへ、ライザーの妹がライザーの『女王(クイーン)』の傍らに現れた。

 さっきの攻撃でやられなかったのか?

 そういえば、アナウンスでも、『僧侶(ビショップ)』一名、てしか言ってなかったな。

 飛んで逃げた? いや、ライザーの妹ってことは、この子も不死身だから助かったのか?

 

「あの『女王(クイーン)、噂通りの強さでした。やはりこれの力を借りることに」

 

 ライザーの『女王(クイーン)』がそう言うと、懐から空になった小さい瓶を取り出した。

 

「勝ちは勝ちですもの。やはりあなたが一番頼りになりますわ」

「では」

 

 ライザーの『女王(クイーン)』は新校舎のほうに飛んでいった。

 クソッ、部長とアーシアのところに行く気か!

 慌てて追いかけようとしたところに、ライザーの妹から声をかけられる。

 

「まだ戦いますの?」

「うるせぇ! 俺も部長もまだ倒れてねぇぞ! それよりも、さっきの瓶はなんだよ!?」

 

 さっきから小瓶の正体が気になって仕方がなかった俺はさっきの小瓶のことをライザーの妹に尋ねる。

 

「フェニックスの涙。いかなる傷も一瞬で完治する我が一族の秘宝ですわ」

「そんなのありかよ!」

「あら、ゲームでの使用もちゃんとふたつまでは許されてますのよ。そちらだって『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』を持つ『僧侶(ビショップ)がいらっしゃるでしょう?」

 

 クソッ、戦闘中に回復されたんじゃ、いくら朱乃さんでも・・・・・・!

 いや、悲嘆にくれている場合じゃない! いまは部長が最優先だ!

 

「うふふ。これはわたくしの一族にしか作れないので、高値で取り引きをされておりますのよ。不死身に涙、レーティングゲームが始まってから、フェニックス家はいいこと尽くめなのですわ。おほほほほほ──ちょ、ちょっと、無視っ!?」

 

 ライザーの妹がなんか自慢げにペラペラと喋っていたが、放っておいて新校舎に向けて走り出した。

 

 

―○●○―

 

 

 新校舎に入ると、俺の中の駒が脈動する。敵本陣に来たことで条件が揃ったのだ。

 

「・・・・・・プロモーションだ! 俺に『女王(クイーン)』の力を・・・・・・!」

 

 プロモーションが完了し、体に力がみなぎってきた俺は、屋上を目指して廊下を走る。目指すは部長のもと。

 脳内に、部長とのある会話を思い出す。

 あれは、合宿で明日夏との一騎打ちが終わった後のことだ。その後、俺は部長と二人きりで会話をする機会があり、俺はあることを尋ねた。

 

『どうして部長は今回の縁談を拒否しているんですか?』

 

 すると、部長はこう答えた。

 

『私はグレモリー家の娘よ。どこまでいっても、個人のリアスではなく、あくまでもリアス・グレモリー。常にグレモリーの名が付きまとってしまう。そのことは誇りではあるけど・・・・・・やはり、せめて添い遂げる相手くらいは、グレモリー家の娘としてではなく、リアスとして私を愛してくれる人と一緒になりたいのよ。矛盾した想いだけど、それでも、私はこの小さな夢を持っていたいわ。だから、勝つわ。相手が不死身のフェニックスだろうと、この小さな夢を守るために、そして、代々に培ってきたグレモリー一族の力を受け継いだ娘として勝つわ。勝つしかないのよ』

 

 そんな些細な一人の女の子として望みを、そして、ライザーとの対決に対する覚悟を口にした部長に俺はこう言った。

 

『俺、そんなの関係なく、部長のこと好きです。グレモリー家のこととか、悪魔の社会とか、正直さっぱりですけど、いまここに、こうして目の前にいるリアス先輩が俺にとって一番ですから!』

 

 ぶっちゃけ、そんな気の利いたことを言えなかったたけど、正直な想いを口にした。

 

『だから、絶対にライザーに勝ちましょう!』

 

 そうだ、絶対に勝つんだ!

 待っててください! 俺は必ず部長を勝たせてみせます!

 

 

―○●○―

 

 

『部長! 兵藤一誠、ただいま参上しました!』

『イッセー!』

『イッセーさん!』

 

 屋上に現れたイッセーの姿を見て、部長とアーシアが歓喜の声をあげる。

 

『「兵士(ポーン)」の坊やと『僧侶(ビショップ)』のお嬢さんは私が──』

『いや、俺がまとめて相手をしてやろう。そのほうがこいつらも納得するだろう』

 

 一歩前に出る『女王(クイーン)』をライザーは手で制し、大胆不敵に告げる。

 

『ふざけないで! それはまず、私を倒してからの話よ!』

 

 ライザーの不敵な態度に激昂した部長が魔力を飛ばし、ライザーの腕を吹き飛ばした。

 

『ふふふ。投了(リザイン)しろ、リアス! キミはもう詰まれている。こうなることは読んでいた。チェックメイトだ』

 

 だが、吹き飛ばされた箇所から炎が出て形を成していき、ライザーの腕は元に戻ってしまった。

 さっきから部長とライザーの戦いはこれの繰り返しだ。ただ、いたずらに部長の魔力と体力が消耗するだけだった。

 

『黙りなさい、ライザー! 詰まれた? 読んでいた? 笑わせないで! 「(キング)」である私は健在なのよ!』

 

 それでも、部長は闘志を緩めることはなかった。

 

『やむを得ないな。あれをやれ』

 

 ライザーは『女王(クイーン)』に目配せをすると、ライザーの『女王(クイーン)』は何かをしようと飛び上がる。

 いっぽうそのころ、イッセーはアーシアに傷の治療をしてもらっていた。

 

『・・・・・・あんなに激しい戦いだったのに、ここまで来てくださったんですね・・・・・・』

 

 アーシアは沈痛な面持ちでイッセーの傷の手当てを行っていく。

 

『約束しただろ?』

『・・・・・・はい』

『・・・・・・ありがとう。アーシアは俺たちの命綱だ。下がっててくれ──』

 

 ドゴォォォオオンッ!

 

「ッ!?」

 

 突如、イッセーとアーシアを爆発が包み込んだ!

 

『アーシアッ!? イッセーッ!?』

「イッセー兄ッ!?」

「イッセーくんッ!?」

「イッセーッ!?」

 

 爆煙がはれると、アーシアを庇うように抱き抱えているイッセーがいた。

 

『悪いな。長引かせてもかわいそうなんで、回復を封じさせてもらおうと思ったんだが──』

『すみません。まさかあの坊やが体で受けるとは』

 

 爆撃を行ったのは、やはりライザーの『女王(クイーン)』であった。

 庇ったことで、ダメージを受けたのはイッセーだけで、アーシアはとりあえず無傷だった。だが、爆発のショックのせいで、意識を失ってしまっていた。

 

『まぁいい。とりあえず、「聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)」は封じた』

『てめぇ!』

『私の直撃を受けたのに!?』

 

 アーシアを狙ったライザーにイッセーは激昴して起き上がり、自身の攻撃の直撃を受けたにも関わらず立ち上がったイッセーにライザーの『女王(クイーン)』は驚愕する。

 

『「女王(クイーン)」の防御力だな。プロモーションに救われたな」』

 

 ライザーは冷静に、その防御力が『女王(クイーン)』になったことによる防御力の底上げだと分析する。

 

『部長! 勝負は続行ですよね!』

『ええ!』

 

 貴重な回復役のアーシアが封じられても、イッセーと部長の闘志は衰えない。

 

『俺、バカだから、読みとか詰んだとか、わからないけど・・・・・・俺はまだ戦えます! 拳が握れるかぎり戦います!』

『よく言ったわ、イッセー。一緒にライザーを倒しましょう!』

『はい! 部長!』

 

 イッセーは少し離れたところにアーシアを寝かせると、ライザーに向かって走り出した。

 

Boost(ブースト)!!』

 

『うおぉりゃぁぁ──』

 

Burst(バースト)

 

 それは発せられてはいけない音声だった。

 その音声が発せられた瞬間、イッセーは糸が切れた人形のように崩れ落ち、屋根から転げ落ちた。

 幸い、その先も屋根だったため、地面に落ちることはなかった。

 いまの音声は宿主の肉体の限界を知らせ、機能を停止することを告げるものであった。

 そもそも、元からある力を強引に強化する『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』は宿主への負担は計り知れない。たとえ、なるべくダメージを避けていたとしても、体力の消耗は激しいはずだった。むしろ、あそこまで何回も倍加を繰り返して戦えたあたり大したものである。

 だがそれも、限界に近づいていたところをライザーの『女王(クイーン)』の一撃で完全に臨海点に達したのであろう。

 千秋たちのほうを見ると、三人ともどこか安堵の表情を浮かべていた。

 これ以上、イッセーに傷ついてほしくないし、戦ってほしくないのだろう。イッセーが戦闘するたびに心配そうに表情を曇らせていたからな。

 

『・・・・・・・・・・・・ぐっ・・・・・・かはっ・・・・・・』

「っ、イッセー・・・・・・」

 

 イッセーは立ち上がろとするが、血を吐いてまた倒れ伏してしまう。

 

「・・・・・・・・・・・・イッセー兄・・・・・・もういいよ・・・・・・」

 

 千秋は目元に涙を溜めながらイッセーに懇願していた。鶇や燕もこれ以上イッセーの苦しむ姿を見たくないと訴えかけるように顔を背けていた。

 

『終わったな』

『ライザー!』

 

 部長は魔力でライザーの腕を再び吹き飛ばすが、ライザーの腕はすぐに再生した。

 

『リアス、キミだってこの程度の魔力しか残っていない! 素直に負けを認め、さっさと投了(リザイン)したらどうだ?』

『・・・・・・誰が・・・・・・!』

 

 部長はまだ諦めていないが、事実上の下僕の全滅に心が折れかけていた。

 

『・・・・・・大丈夫っスよ・・・・・・部長・・・・・・』

「なっ、イッセー!?」

 

 さっきまで倒れ伏していたイッセーがふらふらになりながらも立ち上がっていた!

 

『・・・・・・俺・・・・・・どんなことをしてでも、勝ちますから・・・・・・。・・・・・・俺・・・・・・最強の「兵士(ポーン)」になるんです・・・・・・! そう、部長と約束、したんです・・・・・・! ・・・・・・部長が鍛えてくれたんだし・・・・・・』

 

 うわ言のように言葉を発するイッセー。

 

『チッ。死に損ないが!』

『・・・・・・まだ・・・・・・戦えます・・・・・・約束、守りますから──があっ!?』

「っ、イッセー!?」

『イッセーっ!?』

「イッセー兄っ!?」

「イッセーくんっ!?」

「イッセーっ!?」

 

 未だに倒れないイッセーにライザーは追い討ちをかけ始めやがった!

 

『・・・・・・・・・・・・俺・・・・・・戦います・・・・・・。・・・・・・·俺・・・・・・部長の「|兵士「ポーン」ですから・・・・・・。・・・・・・まだ戦います・・・・・・。・・・・・・勝ちますから──ぐっ!?』

 

 ライザーは容赦なくイッセーを攻撃するが、イッセーは決して倒れなかった!

 

「イッセー兄っ! お願いだから倒れてっ!?」

「もうやめてよっ! イッセーくんっ!?」

「バカっ! 死んじゃうわよっ!?」

 

 千秋たちは聞こえもしないにも関わらず、映像の中のイッセーに必死にやめろと呼び掛ける。

 

『イッセー、下がりなさい! 下がって!?』

『・・・・・・・・・・・・俺・・・・・・俺・・・・・・』

 

 部長がいくら命令しても、イッセーはいっこうに下がろうとしない。

 

『・・・・・・イッセー・・・・・・! なぜ私の命令が──っ!?』

 

 すると、部長は突然絶句してしまった。なぜなら、イッセーはすでに意識がほとんどないことに気づいたからだ。

 

『・・・・・・・・・・・・部長・・・・・・が・・・・・・笑ってくれる・・・・・・の・・・・・・なら・・・・・・』

 

 それでも、イッセーは言葉を発し、ライザーに向かっていく。

 

「・・・・・・イッセー、おまえ・・・・・・!」

『・・・・・・·イッセー・・・・・・あなた・・・・・・!』

 

 イッセーの覚悟を垣間見た俺は息をのみ、部長は涙を流し始める。

 

「・・・・・・倒れて・・・・・・! お願いだから、倒れてよ・・・・・・!? イッセー兄・・・・・・!?」

 

 千秋はもう、傷ついていくイッセーの姿に、いまにも錯乱してしまいそうな勢いだった!

 

『不愉快だ! たかが下僕の分際で、あくまでこのライザー・フェニックスにたてつくか!』

 

 すると、ライザーがイッセーの髪を鷲掴みにし、もう片方の手から炎の塊を作り出していた!

 あの大きさはやばい! どう見ても、いまのイッセーがくらえば確実に死ぬ威力はある!

 

『ライザー! なんのつもり!?』

『なぁに! この男の意を汲んで、焼き尽くしてやるだけだ! 治療などを意味を成さないほどに・・・・・・ゲーム中の死亡は事故として認められるからな!』

 

 野郎、本気でイッセーを殺す気か!

 

「・・・・・・・・・・・・死ぬ・・・・・・イッセー兄が・・・・・・」

 

 イッセーが死ぬという状況を察し、千秋から表情が失われていく!

 

『・・・・・・・・・・・・ッ・・・・・・!』

 

 そんな中、もう意識なんてないはずのイッセーの瞳が開いた!

 

「っ!?」

 

 その視線から俺は強烈なプレッシャーを感じてしまい、思わず萎縮してしまう!

 見ると、ライザーも同様にプレッシャーを感じたのか、表情を強ばらせていた。

 

『・・・・・・貴様・・・・・・貴様ぁぁっ!』

 

 そのことにライザーが激昂し、イッセーに炎の塊を当てようとする!

 

「っ!? やめ──」

『イッセェェェェッ!? お願い! やめて! ライザァァァッ!?』

 

 千秋の叫びを遮り、部長の叫びが響いた。

 部長はライザーに抱きつき、ライザーの攻撃を止めたのだった。

 

『・・・・・・私の負けよ・・・・・・投了(リザイン)します・・・・・・!』

 

 ・・・・・・そして、部長の口から降参の言葉が出る。

 

『チェックメイトだ』

『リアスさまの投了(リザイン)を確認。このゲームはライザー・フェニックスさまの勝利です』

 

 そして、ライザーのチェックメイトの言葉とグレイフィアさんのアナウンスが告げられ、部長の敗北が決定した。

 

 バタッ。

 

 その瞬間、イッセーが今度こそ糸が切れた人形のように倒れ込んだ。

 

『イッセー!? イッセーッ!』

 

 倒れたイッセーに部長は慌てて駆け寄り、抱き起こす。

 

『・・・・・・・・・・・・部長・・・・・・俺・・・・・・負けませんから・・・・・・』

 

 イッセーはうわ言を呟きながら、まだ動こうとしていた。

 そんなイッセーの頬に部長は手を添える。

 

『・・・・・・まだ魔力の使い方をろくに覚えていないというのに・・・・・・。実戦経験だって皆無に等しいのに。私のために全力で駆け回って・・・・・・バカね、こんなになるまで・・・・・・。ううん、バカなのは私ね・・・・・・。もう少しで、この子を失うところだった。私のかわいい、大切な、そう、とても大切な・・・・・・』

 

 部長は愛おしそうにイッセーの頬を撫でる。

 

『イッセー、よくやったわ。もう、いいわ、よくやったわ。お疲れさま、イッセー』

 

 その言葉が聞こえたからなのか、とうとうイッセーは意識を手放した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 もうひとつの決戦、始まります!

「・・・・・・おまえら、いい加減に休め」

 

 俺はイッセーが眠っているベッドからいっこうに離れようとしない千秋、鶇、燕に向けて言い放つ。

 現在いる場所はイッセーの自室だ。

 レーティングゲームが部長の敗北で終わり、他の皆が治療を終えてピンピンしているのに対し、イッセーだけは傷が癒えても起きる気配がなく、ゲームが終了してから丸一日は眠ったままだ。

 三人とアーシアを加えた四人はイッセーを必死に看病をしていた。アーシアはいまは休んでいるが、この三人は本気で不眠不休で看護していた。食事すら摂らない勢いだったが、さすがに食事だけは強引に摂らせることはできた。

 だが、三人の顔には不眠不休の疲れが出始めていた。いくら鍛えているといっても、さすがに限界だった。

 

「はぁ、おまえらまでぶっ倒れる気か?」

「・・・・・・大丈夫、平気だから」

「・・・・・・大丈夫だよ〜」

「・・・・・・平気よ」

 

 何を言ってもこのありさまである。

 

「・・・・・・はぁ、飲み物でも持ってくる」

 

 仕方がない、せめて飲み物なんかで疲労回復を試みるしかねぇか。

 そう思い、立ち上がったところで、部屋のドアが開き、誰かが入ってきた。

 

「お茶でしたら、私がお持ちいたしました」

 

 入室してきたのは、メイド服を着た銀髪の女性、グレイフィアさんだった。

 手には四人分の紅茶を乗せたお盆を持っていた。

 

「どうも」

 

 俺は軽く会釈し、紅茶を口する。

 こいつはハーブティーか? メイドをやってるだけあって、かなりうまいな。

 

「あなた方もどうぞ」

 

 グレイフィアさん言われ、千秋たちは渋々紅茶を手に取る。せっかく用意してもらったものを無下にするのも気が引けたのであろう。

 紅茶を口にした千秋たちの顔からさっきまでの張り詰めた感じの雰囲気が消えていった。

 飲んでいて思ったが、非常にリラックスできる紅茶だったからな。

 

「それをお飲みになられたらお休みになったほうがよろしいかと? もし、あなた方が倒れられたら、彼は自分を責めることになりかねませんよ。ここは私と彼がお引き受けますので、お休みくださいませ」

 

 グレイフィアさんはどこか圧力のある顔をして言った。

 千秋たちはその圧力に気圧されてか、紅茶を飲み干したあと、渋々部屋から出ていった。

 

「ありがとうございます。おかげであいつらを休ませることができました」

「いえ」

「ところでどうしてここに?」

 

 素直な疑問だった。部長は現在、ライザーとの婚約のことで出払っていた。どうやら、明日(あす)の夜に婚約パーティーがあるらしい。

 グレモリー家のメイドである彼女も、それの準備などで忙しいと思ったのだが?

 

「彼女は私の付き添いだよ」

「っ!?」

 

 突然聞こえた男の声に、まったく気配を感じなかったことに驚愕する!

 声がしたほうを見ると、紅色の髪を持った高貴そうな男がいた。

 おいおい、まさか!?

 

「おっと、名乗りが遅れたね。私の名はサーゼクス。リアスの兄であり、魔王ルシファーの名を受け継いだ者だ」

「っ!?」

 

 俺は再び驚愕する。サーゼクス・ルシファー、部長の兄であり、魔王の一人。

 突然の魔王の登場に俺は萎縮してしまう!

 

「そんなに固くならなくていい。楽にしてくれたまえ」

「・・・・・・そうは言いますがね・・・・・・」

 

 とりあえず、言われる通りに体の力を抜かせてもらった。

 

「友人のことはすまなかったね。我々の事情に巻き込まれたばかりに」

「・・・・・・いえ。・・・・・・それよりも、なぜここに?」

 

 グレイフィアさんのとき以上に疑問だった。

 

「キミの友人に興味があってね。是非ともこの目で見に来たのだよ」

「興味?」

「うむ。彼のような真っ直ぐにひた走る悪魔は初めて見てね。非常に面白いと思ったのだよ」

「・・・・・・本当にそれだけですか?」

 

 正直、そんな理由だけで魔王が訪れるとは思えなかった。

 

「もちろん、目的は他にもあるよ。明日(あす)の夜、私の妹の婚約パーティーがあるのは知っているね?」

「・・・・・・ええ、まぁ」

 

 そのパーティーには多くの関係者が招待されており、部長の眷属である木場たちはもちろん、一応、俺たちにも招待状が渡されていた。

 

「ふふ、実はだね、かわいい妹の婚約パーティーを兄として盛り上げたいと思ってね。ひとつ余興を行おうと思っているのだよ」

「余興?」

「ああ。是非とも彼とキミとで、ひとつ会場を盛り上げてほしいのだよ」

「っ!?」

 

 おいおい、それって、まさか・・・・・・。

 

「・・・・・・それはつまり・・・・・・派手に盛り上げろと?」

「ふふ。是非とも頼むよ」

 

 やはり、派手ってのは、俺の想像通りのことのようだな。

 だが、解せないな。

 

「・・・・・・なぜ魔王のあなたがこんなことを?」

 

 この婚約は悪魔の未来のためと、半ば強引に推し進めたことは、このヒトも一枚噛んでいるはずなのにだ。

 

「言っただろう? かわいい妹の婚約パーティーを()として盛り上げたい、とね」

 

 兄、という部分だけをさりげなく強調する魔王。

 なるほどな。つまり、そういうわけか。

 

「では、そろそろ失礼するよ。彼が起きたら、グレイフィアから招待状をもらいたまえ」

 

 そう言い、魔王は魔方陣の転移でこの場をあとにした。

 

「では、後ほど」

 

 グレイフィアさんもあとに続くように、部屋から退室していった。

 二人が退室したところで、全身から力が抜けてしまい、俺は床に尻もちをついてしまった。

 ・・・・・・圧倒的な実力差のある存在を前にすると、ここまで緊張しちまうんだな。

 

「・・・・・・はは・・・・・・やれやれだぜ・・・・・・」

 

 静寂なイッセーの部屋に俺の乾いた笑い声が流れる。

 とはいえ、いつまでも腑抜けてられねぇな!

 

「あとはおまえ次第なんだぞ? いつまでも寝てるんじゃねぇよ」

 

 

―○●○―

 

 

 赤い夢を見ていた。

 真っ黒な空間で、赤い閃光が走っており、周りでは炎が立ち上っていた。

 俺はそんな空間の中を漂っていた。

 ──誰だ?

 そんな俺に語りかける者がいた。

 

『いま揮っている力は本来のものではない』

 

 ──その声、どこかで?

 

『そんなんじゃおまえはいつまで経っても強くなれない』

 

 ──そうかおまえ・・・・・・前にも夢で・・・・・・。

 

『おまえはドラゴンを身に宿した異常なる存在。無様な姿を見せるなよ。「白い奴」に笑われるぜ』

 

 ──『白い奴』って誰だよ!?

 

『いずれおまえの前に現れる。そうさ、あいつとは戦う運命にあるからな。その日のために強くなれ。俺はいつでも力を分け与える。なに、犠牲を払うだけの価値を与えてやるさ。ドラゴンの存在を見せつけてやればいい』

 

 ドラゴン! おまえ!?

 目の前に、以前夢に出てきた赤いドラゴンが現れた!

 

『「赤い龍の帝王(ウェルシュ・ドラゴン)」、ドライグ』

 

 ドライグ!?

 

『お前の左手にいる者だ』

 

 

―○●○―

 

 

 目を覚ますと、そこは俺の部屋の天井だった。

 ──俺の部屋だ。

 ・・・・・・あれ、俺、どうして・・・・・・。

 上半身だけを起こし、ボヤける記憶を必死にたたき起こす。

 確か、部長とライザーのレーティングゲームで俺は戦っていたはずだ。

 小猫ちゃんが、朱乃さんが、木場が倒されて、そして──。

 段々と意識がハッキリしてきたところで、誰かに声をかけられる。

 

「起きたか、イッセー」

「・・・・・・明日夏・・・・・・」

 

 声がしたほうにに視線を向けると、壁に背中を預けながら腕組みをしている明日夏がいた。

 

「目覚めたようですね」

 

 さらに、俺が起きるタイミングを狙ったかのように、グレイフィアさんが現れた。

 

「グレイフィアさん! あっ、勝負は? 部長はどうなったんですか!?」

 

 そうだ、皆が倒されて、そして、俺だけが部長のもとに駆けつけた!

 その後、どうなったんだ!?

 

「ゲームはライザーさまの勝利に終わりました」

「・・・・・・負けた・・・・・・」

 

 部長が負けたという事実に俺は絶句してしまう。

 

「部長が投了(リザイン)を宣言したんだ」

「そんな!?」

 

 部長が、降参した!?

 明日夏が告げた言葉を信じられなかった俺は明日夏に詰め寄った!

 

「嘘だろ! 自分から負けを認めるなんて! そんなの部長にかぎって!?」

「ライザーがおまえを殺そうとしたからだ」

「──え?」

「おまえ、何も覚えてないのか?」

「・・・・・・あのときのこと・・・・・・俺、よく覚えてなくて・・・・・・」

 

 明日夏に言われ、俺は記憶を呼び起こすけど、やっぱり、部長のもとに駆けつけたところからの先が思い出せなかった。

 ただ──。

 

『イッセー、よくやったわ。もう、いいわ、よくやったわ。お疲れさま、イッセー』

 

 涙を流している部長とその部長の言葉だけはうっすらとだけ覚えていた。

 

「おまえは何度もライザーに挑み掛かり、そして、それに業を煮やしたライザーはおまえを殺そうとし、部長はそれを止めるために──」

 

 じゃあ、部長のあれはそういうことだったのか・・・・・・。

 俺のせいだ! あれだけ部長に大見得切っておきながら、目の前で無様にぶっ倒れて!

 あっ、そうだ、他の皆は!?

 

「明日夏、他の、他の皆は!?」

「アーシア、千秋、鶇、燕、俺はおまえの看護に残り、他は部長の付き添いで冥界にいる」

「付き添い?」

「婚約パーティーです。ライザーさまと──リアスさまの」

「っ!?」

 

 グレイフィアさんの言葉に膝が崩れ落ちた。

 ・・・・・・·すみません、部長・・・・・・! ・・・・・・俺、強くなれませんでした・・・・・・!

 涙が止まらなかった。悔しくて、情けなくて。

 ・・・・・・弱ぇ、なんで俺はこんなに弱ぇんだ・・・・・・!

 

「納得できないか?」

 

 自分の情けなさに打ちひしがれていると、明日夏が訊いてきた。

 

「・・・・・・頭じゃわかかってるよ。部長が自ら家の決まりに従っているのは。勝負の結果は部長が望んだことだってのは。・・・・・・それでも、俺はそれに嫌々従うしかない部長なんか見たくない・・・・・・! 何よりも──」

「ライザーなんかに部長を渡したくない、か?」

「・・・・・・これが嫉妬だってわかってるさ。笑いたきゃ笑えよ・・・・・・」

 

 けど、明日夏は笑わず、俺の目の前に立ち、俺を真っ直ぐ見据えていた。

 

「おまえはいま、何をしたい?」

「え?」

「ここで泣くことか? 部長をお祝いすることか? どうなんだ?」

 

 そんなこと──。

 

「・・・・・・決まってるだろ! 部長を助けたい! どんなことをしてでも、部長を助けたいに決まってんだろ!」

 

 俺は心の中にあることを大声で告白した。

 

「ふっ」

「ふふふ」

「え?」

 

 突然、明日夏とグレイフィアさんが小さく笑った。

 

「あなたは本当におもしろい方です。長年いろいろな悪魔を見てきましたが、あなたのように思ったことをそのまま顔に出して、思ったように駆け回る方は初めてです。サーゼクスさまもあなたをおもしろいと仰ていましたよ」

 

 そう言うと、グレイフィアさんは懐から一枚の紙切れを取り出した。そこには魔方陣が描かれていた。

 グレイフィアさんはその紙を俺に差し出してきた。

 

「これは?」

「招待状だそうだ。婚約パーティーへのな」

「俺も部長に付き添えと!」

 

 明日夏の言葉に、思わずキツく言ってしまう。

 

「話は最後まで聞け。なんでも、パーティー会場を派手に盛り上げてほしいらしい」

「え? それって?」

「『妹を取り戻したいのなら殴り込んできなさい』。これを私に託したサーゼクスさまからのお言葉です」

 

 グレイフィアさんの言葉に、どう返したらいいのかわからないまま、俺は魔法陣が描かれた紙を受け取った。

 よく見ると、裏にも別の魔方陣が描かれていた。

 

「そちらは、お嬢さまを奪還した際にお役に立つでしょう」

 

 それだけ残すと、グレイフィアさんはこの部屋から魔法陣で転移していった。

 俺は再び、魔法陣が描かれた紙を見る。

 考える必要なんてない!

 俺が立ち上がると、明日夏が声をかけてきた。

 

「行くのか?」

「ああ。止めたって無駄だからな。俺の心はさっき言った通りだ」

「だろうな」

 

 明日夏は笑みを浮かべたまま、肩をすくめる。

 

「止めねぇよ。つか、俺も行くぞ」

「え?」

 

 その言葉に、思わず呆気に取られてしまう。

 

「い、いや、ちょっと待ってくれ! これは俺の問題──」

「アーシアのときもそうだが、水くさいんだよ。部長を助けたいのは、俺も同じだ。あのゲームに参加できなかった歯痒さ、参加してたおまえにわかるか?」

 

 明日夏は真剣な眼差し言う。

 そっか、明日夏は俺と違って戦えなかった。もしも俺がその立場だったら、本当に歯痒かったろうな。

 

「ああ、わかったよ。力を貸してくれ、明日夏」

「頼まれなくても行くつもりだ。そもそも、その招待状は俺の分も兼用してるんだからな」

 

 えっ、そうだったのか。

 まぁ、とにかく、俺も明日夏も覚悟はもう決まっている。迷う必要はない!

 ふと、机の上を見ると、新品の制服が置かれていた。

 どうやら、初めから俺が迷わず乗り込むだろうと確信していた明日夏が用意してくれたらしい。ありがたいぜ、親友!

 着ている服を脱ぎ、制服の袖に手を通したときだった。部屋のドアが開き、アーシアや千秋、鶫さんに燕ちゃんが入ってきた。

 

 

「イッセーさん?」

「イッセー兄?」

「イッセーくん」

「イッセー?」

 

 アーシアたちが俺の名を口にした次の瞬間、涙を流し始め、手に持っていた水の入った洗面器やタオルなどを落として、俺に向かって飛び込んできた!

 

「おわっ!?」

 

 四人分のダイブなんて、当然受け止められるはずもなく、俺はそのまま後方に倒れ込んでしまう。

 

「よかった! 本当によかったです!」

「イッセー兄! イッセー兄っ!」

「よかったよ~! イッセーく~ん!」

「心配させないでよ! このバカ!」

 

 アーシアたちは俺の胸で泣きだしてしまった。

 

「治療は済んでいるのに、二日間も眠ったままで······」

「もう目を覚ましてくれないんじゃないかって······!」

「うえ〜ん! 起きてくれてよかったよ〜!」

「まったくもー!」

 

 あー、また千秋とアーシアを泣かしちまった。しかも、今回は鶫さんや燕ちゃんまで。

 順番に頭をなでなでしながら、なんとか落ち着かせる。

 なだめたところで、俺はアーシアたちに言う。

 

「聞いてくれ、四人とも。これから俺と明日夏は部長のもとへ行く」

「「「「っ!?」」」」

 

 四人とも、俺の言葉にひどく驚いていた。

 

「・・・・・・お祝い・・・・・・じゃ、ありませんよね?」

「・・・・・・部長を取り戻しに行くんだよね?」

「ああ」

 

 アーシアと千秋の言葉に静かに頷く。

 

「私も行く!」

 

 間髪入れずに千秋が言う。表情は真剣そのものだ。見ると、アーシアや鶫さん、燕ちゃんも同じ表情をしていた。

 

「ダメだ。皆はここに残れ」

 

 千秋なら大丈夫かもしれないが、それでもやっぱり危険だ。アーシアや鶫さん、燕ちゃんならなおさらだ。

 

「私は戦える! イッセー兄と一緒に戦えるよ!」

「私だってイッセーさんと一緒に戦えます! 魔力だって使えるようになりました! 守られるだけじゃいやです!」

「大丈夫。軽くライザーをぶん殴って、倒して──」

「大丈夫なんかじゃないよー!」

「ッ!?」

 

 鶫さんの怒声に思わずたじろいでしまう。

 

「ゲーム中、あたしたちがどれだけ心配したと思ってるのよ!? あんたが傷つく姿を見るのが、あたしや姉さんにとってどれほど辛いか、あんた、わかってんの!?」

 

 燕ちゃんは再び泣きだしながら訴えてくる。

 あー、そういえば。鶫さんと燕ちゃんをいじめから庇ったときに、よく俺が傷ついて、そして、そのたびにいまみたいに二人は泣いてたっけ。だから、俺が傷つくところなんて見たくないんだろうな。

 

「ゲームのときも、本当に死にかけたんだよ! あのとき、本当に怖かった! また、大好きなヒトが死ぬんじゃないかって!」

 

 ライザーは俺を殺そうとしたらしい。その光景は、千秋にとっては本当に怖かったんだろうな。

 

「また血だらけでぼろぼろになって、ぐしゃぐしゃになって、いっぱい痛い思いをするんですか? もう、そんなイッセーさんを見たくありません!」

 

 アーシアも涙で顔をグシャグシャにしながら言う。

 

「・・・・・・俺は死なない。ほら、アーシアを助けたときだって、俺、生きてただろ? って、そんときは鶫さんと燕ちゃんはいなかったっけ・・・・・・。とにかく、俺は死なない。生きて、皆と一緒にこれからも過ごすよ」

 

 俺は笑いながら、真っ直ぐに言ってやった。

 

「・・・・・・それなら、約束してください」

「約束?」

「・・・・・・必ず・・・・・・部長さんと帰ってきてください!」

「もちろん!」

 

 そう強く答えてやると、ようやくアーシアたちが笑顔になってくれた。

 

「わかりました。ここでイッセーさんの帰りを待っています」

「ああ。千秋たちも──」

「私は行くよ」

 

 俺の言葉を遮り、千秋は真っ直ぐに俺を見据えながら言う。その眼差しは先ほどよりも強いものだった。

 

「諦めろ、イッセー。こうなった千秋の頑固さは筋金入りだ」

 

 明日夏の言葉に俺は仕方なく折れるのだった。

 

「でも、鶫さんや燕ちゃんは──」

「私たちなら大丈夫だよ〜」

「余計な心配はいらないわよ」

 

 俺の言葉を遮り、鶫さんと燕ちゃんは微笑んで言う。

 

「あたしも姉さんも、兄さんから風間流の忍の技を習得しているわ。言っておくけど、そこいらのはぐれ悪魔ぐらいなら打倒できるくらいの実力はあるわ」

 

 えっ、そうなの!

 

「もう、守られてばかりのあのころのあたしじゃないわ」

「私たちの心配は大丈夫だよ〜」

 

 鶫さんと燕ちゃんも、千秋と同じくらいの真っ直ぐな眼差しで言う。

 結局、その真っ直ぐな眼差しと言葉に折れてしまうのだった。

 

「話はまとまったな?」

「ああ」

 

 結局、アーシア以外の全員がついてくることになっちまったか。

 その後、千秋、鶫さん、燕ちゃんは準備のためにいったん部屋に戻っていった。

 あっ、そうだ──。

 

「アーシア、協力してほしいことがあるんだ」

「えっ?」

 

 俺はアーシアにあることを頼む。

 

「これはアーシアにしか頼めないことなんだ。頼む」

「わかりました。イッセーさんがそう仰るのでしたら」

 

 アーシアは訝しげになりながらも、すぐに了承してくれ、部屋に頼んだものを取りに戻ってくれた。

 

「一体どうするつもりなんだ? あんなものを頼んで?」

 

 明日夏の疑問はもっともだろうな。使い道は予想できてはいるんだろうが、それ以前に俺には扱えない代物だからな。

 

「ああ、すぐにわかるよ」

 

 俺は目を瞑り、俺の中にいる存在に語りかける。

 

「おい、聞こえてるんだろ? お前に話がある。出てこい! 赤龍帝ドライグ!」

 

 呼びかけて間もなく、そいつは応えた。

 

『なんだ小僧? 俺になんの話がある?』

「あんたと──取り引きしたい」

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーがグレイフィアさんからもらった魔方陣による転移の光が止み、周囲を見渡してみると、そこは広い廊下であった。壁には蝋燭らしきものが奥まで並んでおり、巨大な肖像画がかけられていた。

 廊下の先を見渡すと、かなり大きい扉が見えた。扉の前には衛兵と思しき男が三人いた。

 

「あの扉の先だな」

「らしいな」

 

 扉に向かって歩いている中、俺は隣にいるイッセーに言う。

 

「イッセー。邪魔する奴らは俺たちが引き受ける。だからおまえは、余計なことは考えず、あの焼き鳥をぶっ飛ばしてこい。そして、部長を奪い返してやれ」

「ああ! 頼むぜ、親友!」

 

 イッセーが拳を差し出してきたので、俺は自身の拳を当てた。

 そのタイミングで扉の前にいた衛兵の一人が尋ねてきた。

 

「招待客の方ですか? でしたら、招待状を──」

 

 ドゴンッ!

 

「がはぁぁっ!?」

 

 衛兵が言い切る前に、鳩尾に八極拳を叩き込んでやった。

 

「これが招待状だ」

「おいおい・・・・・・」

 

 俺の行いにイッセーは苦笑いを浮かべていた。

 

「何者だ貴様らは!?」

「返答次第では!?」

 

 衛兵達が手持ちの得物を構え、その切っ先をこちらに向けてきた。

 

「お勤めご苦労さま」

「俺たちは特別ゲストですよ」 

 

 とくに打ち合わせもしていないにも関わらず、俺とイッセーは息の合った言葉を告げる。

 

「「パーティーを派手に盛り上げるためのな!」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 幼馴染みたち、暴れます!

「うふふ。お兄さまったら、レーティングゲームでお嫁さんを手に入れましたのよ。勝ちはわかっている勝負ではございましたが、見せ場は作ったつもりですのよ、うふふふ」

 

 ライザー・フェニックス氏の妹であるレイヴェル・フェニックスさんが他の上級貴族の方々にゲームでの自慢話をしていた。

 僕、木場祐斗は現在、朱乃さんと小猫ちゃんと共に部長とライザー・フェニックス氏の婚約パーティーに出席していた。

 アーシアさんや明日夏くんたちはイッセーくんの看護に残って出席していない。

 ・・・・・・それにしても──。

 

「言いたい放題だ・・・・・・」

「中継されていたのを忘れているのでしょう」

「ソーナ会長」

 

 僕たちのもとに招待されたのであろうソーナ・シトリー会長が歩み寄ってきた。

 

「結果はともかく、勝負は拮抗──いえ、それ以上であったのは誰の目にも明らかでした」

「ありがとうございます。でもお気遣いは無用ですわ」

「?」

 

 朱乃さんの言葉にソーナ会長が首を傾げる。

 

「たぶん、まだ終わっていない、僕らはそう思ってますから」

「・・・・・・終わってません」

「?」

 

 続けて言った僕と小猫ちゃんの言葉にソーナ会長はますます怪訝そうな表情をする。

 確証もないし、なんとなくだけど、僕たちはこれで終わったとは思えなかった。本当になんとなくだけどね。

 そんな中、急に会場がざわめきだした。ライザー・フェニックス氏が派手な演出で登場したからだ。

 

「冥界に名だたる貴族の皆さま! ご参集くださり、フェニックス家を代表して恩名申し上げます! 本日、皆さま方においで願ったのは、この私、ライザー・フェニックスと、名門グレモリー家の次期当主、リアス・グレモリーの婚約という歴史的な瞬間を共有していただきたく願ったからであります! それでは、ご紹介致します! 我が后、リアス・グレモリー!」

 

 ライザー・フェニックス氏の言葉と共に純白のドレスを着た部長が現れた。

 

 バンッ!

 

 だが、それと同時に聞こえた突然の衝撃音に会場の人たちは一斉に音の発生源の方に顔を向ける。

 そこには、倒れた衛兵らしき人たちと衛兵を倒したであろう人物たちがいた。

 

「あらあら。うふふ。どうやら、間に合ったようですわね」

「ええ」

「・・・・・・遅いです」

 

 その人物たちは、僕らがよく知る同じ部長の眷属の仲間であるイッセーくんと、その幼馴染みたちであった。

 

 

―○●○―

 

 

 さてと。派手に登場したせいか、むちゃくちゃ視線を集めてるな。

 まず大勢いる着飾った悪魔たちの中にいた木場たちを見つけ、さらに奥のほうを見ると、そこにライザーと純白のドレスを着た部長がいた。

 というか、部長のあの姿、あれじゃまるでウェディングドレスだな。一応これ、婚約パーティーだろ?

 まぁ、別にいいか。

 

「イッセー!」

「部長!」

 

 部長が真っ先にイッセーの名を叫び、イッセーもその叫びに応える。

 

「おい貴族ら、ここをどこだと──」

 

 ライザーがもの申そうとするが、イッセーはそれを遮って、高々と叫んだ。

 

「俺は駒王学園オカルト研究部の兵藤一誠! 部長──リアス・グレモリーさまの処女は俺のもんだ!」

 

 ・・・・・・最後にとんでもないことを高々と宣言したな、こいつ。

 見れば、俺たち以外皆、呆気にとられていた。木場たちだけは面白そうに笑っていたが。

 

「なっ!? 貴様っ! 取り押さえろ!」

 

 ライザーの指示で多数の衛兵たちが俺たちの目の前に立ちはだかった。

 それを見て、木場たちが動き出そうとするが、俺は視線で「手を出すな」と伝える。

 

「貴様ら! ここをどこだと──」

 

 ドゴッ!

 

「ぐはぁっ!?」

『なっ!?』

 

 俺たちに近づいた衛兵の一人を俺は掌底で吹き飛ばし、イッセー同様、高々と名乗った。

 

「同じく、駒王学園オカルト研究部の士騎明日夏だ! 親友、兵藤一誠の道を阻む者は容赦しない!」

 

 俺は千秋たちに「お前らもせっかくだからやれ」と目配せをする。

 

「えっ!? ええ! え、えっと、その、同じく、士騎千秋!」

 

 まさか自分たちもやるとは思いもしなかったのか、それとも先ほどのイッセーの宣言に動揺していたのか、かなりテンパりながら千秋は名乗った。

 

「え~と。同じく、風間鶇だよ~」

 

 鶇は相変わらずののんびりとした普段の口調で名乗った。

 

「・・・・・・同じく、風間燕よ」

 

 燕は若干照れが混じった感じで低い声音で名乗った。

 さっきの俺の宣言に衛兵たちは一瞬だけ怯んでいたが、すぐに持ち直して手持ちの得物を構え直してきた。

 

「怯むな! かかれ!」

 

 隊長格らしき男の指示と同時に衛兵たちは一斉に仕掛かってきた。

 それを見て構えるイッセーを手で制し、 俺たちも仕掛けた。

 繰り出される槍の攻撃を全て避け、衛兵の一人の懐に飛び込み、掌底で吹き飛ばす。横合いから繰り出された槍を掴み、衛兵ごと引き寄せ、裡門頂肘を打ち込む。背後から来た攻撃は体を回転させて回避し、その勢いを乗せたまま背後にいた衛兵に鉄山靠を叩き込む。すぐさま右隣の衛兵に崩拳を当て、左隣の衛兵に体の捻りの勢いを乗せた拳を繰り出して吹き飛ばす。

 

「すぅぅはぁぁぁぁぁ──」

 

 残心で呼吸を整え、改めて衛兵たちを睨む。

 

「もう一度言うぜ──邪魔する奴は容赦しない」

 

 俺の圧力に衛兵たちが怯んでいるうちに千秋たちのほうを確認する。

 千秋は大丈夫そうだな。

 俺と同様に相手の攻撃を避け、スキができた衛兵を蹴りで倒していた。避けれない攻撃も足技を駆使して捌いていた。

 問題は鶫と燕だが・・・・・・。

 

「そ〜れ〜!」

「うわぁぁぁっ!?」

「おいおい・・・・・・」

 

 鶫が豪快に衛兵の一人の足を掴んで振り回して衛兵たちを吹っ飛ばしていた。

 そして、それに呆気に取られている衛兵たちを燕は背後から不意討ちで倒していた。

 どうやら気配を隠し、派手に暴れている俺と千秋と鶫に衛兵たちの意識を向けてスキを作っているようだな。流石は忍、といったところか。

 さて、そうこうして戦っていると衛兵たちはほとんど倒されていた。残りの衛兵たちは完全に俺たちの戦いぶりに尻込みしている。

 

「ちっ! おまえら!」

 

 そんな衛兵たちを見かねたのか、ライザーが自分の眷属たちに指示を送った。指示を出されたライザーの眷属たちは『僧侶(ビショップ)』の二人を残し、俺たちの前に立ち塞がる。

 

「行きなさい!」

 

 『女王(クイーン)』のユーベルーナの指示で、『兵士(ポーン)』たちを先頭にいっせいに飛びかかってきた。

 

「鶇! 燕! 残りはおまえらに任せる!」

 

 俺はそう言うと、千秋と共に駆け出す。

 『兵士(ポーン)』たちは構えるが、俺はそいつらを素通りし、『騎士(ナイト)』と『戦車(ルーク)』の四人目掛けて駆け出す!

 

『なっ!?』

 

 『兵士(ポーン)』たちは素通りされたことに一瞬呆気に取られるが、すぐに俺を追撃しようとする。だが、千秋がそれを妨害する。

 そして、俺はいまだに呆気に取られている『戦車(ルーク)』の一人、イザベラに拳を突き出す!

 

「くっ!?」

 

 イザベラは即座に腕でガードする。

 

「ハァァッ!」

 

 右側からもう一人の『戦車(ルーク)』が蹴りを放ってきたが、俺は右腕でガードする。

 

「「ハァッ!」」

 

 背後から『騎士(ナイト)』の二人が短剣で斬り掛かってきた。

 俺はそれを背負っている雷刃(ライトニングスラッシュ)の鞘で防ぐ。

 攻撃を防がれた三人はすぐに距離を取り、イザベラも同様に距離を取る。

 

「・・・・・・まさか、『兵士(ポーン)』たちを素通りして、いきなり私たちのほうに来るとはな・・・・・・」

「意表を突いて私たちのうちの誰かを倒すつもりだったんでしょうけど、残念ね。失敗に終わったわね」

 

 『戦車(ルーク)』の一人、春蘭(シュエラン)の言葉を俺はすぐさま否定してやる。

 

「確かに、いまあんたが言ったことは狙いはしたが、成功しようが、失敗しようが別にどっちでもよかったことだ。元々、あんたたち四人は、俺が相手取るつもりなんだからな」

「・・・・・・『騎士(ナイト)』二人と『戦車(ルーク)』二人を一人で? しかも、見たところ、あなたたち、人間でしょう? あっちの子も『兵士(ポーン)』八人を一人でなんて。私たちを舐めてるのかしら?」

 

 俺の言葉を侮辱と受け取ったのか、春蘭(シュエラン)が苛立った表情を見せる。

 

「まさか。あんたらの強さはゲームでじっくり見させてもらったからな」

 

 俺の不敵な物言いにイザベラが口を開く。

 

「何か秘策でもあるのかな?」

「さあな」

 

 俺が口元をにやけさせながら言うと、イザベラも口元をにやけさせた。

 

雪蘭(シュエラン)、カーラマイン、シーリス──私たちのほうが舐めてかからないほうがよさそうだ」

「もちろんだ。その目は本気で私たちを倒そうとしている者の目だ。おそらく、その不敵な佇まいはハッタリではないだろう」

 

 カーラマインも口元をにやけさせながら、短剣を構える。

 ゲームでも思ったが、この二人は相手をきちんと評価したうえで戦いに臨むようだ。

 

「・・・・・・俺的には舐めてくれたほうが楽なんだけどな」

「あれだけの戦いぶりを見せたうえにその目だ。舐めてかかるのは失礼というものだ」

「そりゃどうも」

「無駄話もこのへんでいいだろう──では行くぞ!」

 

 イザベラの掛け声と同時に四人は一斉に仕掛けてきた。

 

 

―○●○―

 

 

 

 すごい。素直にそう思えるほど、明日夏くんの戦いぶりはすごかった。

 『騎士(ナイト)』二人、『戦車(ルーク)』二人の四人を相手に互角以上に戦いをしていた。

 

「ぐぅ、なんなのこいつは・・・・・・!?」

「・・・・・・攻撃が通らない・・・・・・!?」

 

 明日夏くんは攻撃のほとんどを完璧に受け流していた。たまに当たる攻撃もあるが、それも確実にガードして大きなダメージを避けていた。そのことに『戦車(ルーク)』の二人が焦燥に駆られた表情をする。『騎士(ナイト)』の二人も同様だった。

 それにしても、少し疑問だった。いくら明日夏くんが強いといっても、ここまで相手の攻撃が通らないものなのか?

 いまだに攻撃しない明日夏くんだが、攻撃できないというよりも相手のスキを伺って、あえて攻撃していないように見える。

 

「くっ! ガードも崩せないか! おまけに余裕さえも感じられるな・・・・・・」

「別に余裕ってわけじゃないけどな」

「そのわりには苦を感じてなさそうだが?」

 

 相手の『戦車(ルーク)』のイザベラの言う通り、本人の口ぶりに反して、明日夏くんからは余裕が感じられた。

 

「ま、あえて言うなら──状況が俺にとって有利だった、かな」

「何?」

「さっき言ったはずだぜ──あんたらの戦いをじっくり見たって」

「「「「っ!?」」」」

「イッセーが起きるまでヒマだったからな」

 

 そうか! 明日夏くんはゲームが終わってからの二日間を、ただ待っていたわけではなかったんだ。いまこのときのために彼女たちの戦いを研究し、彼女たちの戦い方や僅かな癖などを調べてこの戦いに臨んだんだ。

 

「ついでに、いまのあんたらの服装はパーティー用の衣装。戦闘をする分には多少の動き難さもあるだろ? さらに、そっちの『騎士(ナイト)』の二人にいたっては、主武装の剣を持ってきていない。こっちの『騎士(ナイト)』はともかく、そっちの『騎士(ナイト)』に軽い短剣は合ってなさそうだしな」

 

 明日夏くんの言う通り、彼女たちはゲームのときほど動きはよくはない。

 だが、そのことを差し引いても、四人を相手取れる明日夏くんの実力は間違いなく高い。

 そして、千秋さんも明日夏くんに負けず劣らない戦いぶりだった。

 

「くっ! 近づけない!?」

 

 千秋さんが相手取っている『兵士(ポーン)』の一人がそう漏らす。

 千秋さんの周囲でものすごい暴風が千秋さんを中心に吹き荒れており、その風によって、『兵士(ポーン)』たちが千秋さんに近づけないでいた。魔力による攻撃もことごとく風によって弾かれていた。

 部長と朱乃さんから聞いた話だが、あの風の正体は千秋さんの神器(セイクリッド・ギア)。風を発生させて操るシンプルなものだが、その強さはご覧の通りだ。

 強力な風の防壁に守られた千秋さんは、ときにはそのまま突っ込んで相手を蹴りや風で吹き飛ばし、ときには弓矢による攻撃を行っていた。

 この弓矢による攻撃もなかなかの曲者で、風をまとわせて軌道を変更したり、矢自体が特殊なもので、拡散したり、爆発したりと多彩だ。

 そして、猫耳を持った獣人の双子に矢が命中した。

 

「「にゃあああああっ!?」」

 

 次の瞬間には、獣人の双子が悲鳴をあげ、痺れたような様子を見せて倒れ伏した!

 見た感じ、原因はあの矢に思えた。たぶん、あの矢は相手を感電させる、一種のスタンガンみたいな矢なのかもしれない。

 『兵士(ポーン)』八人のうち、二人が倒れたところで、千秋さんの一方的と思われた戦況に変化が起きた!

 千秋さんが発生させていた風が唐突に消失したのだ!

 まさか──いや、おそらく間違いない。あれだけの暴風を発生し続けるのは、相当な消耗だったんだ。千秋さんが息を荒らげているのが何よりの証拠だった。

 そのスキを『兵士(ポーン)』たちが逃すはずもなく、一斉に千秋さん目掛けて攻撃しようとする!

 慌てて僕らが助けようとした瞬間──。

 

 バタッ。

 

「「「「えっ?」」」」

「「「えっ?」」」

 

 突然、双子の『兵士(ポーン)』がいきなり倒れたのだ。

 倒れた二人の後ろには、燕ちゃんがいた。あの二人は燕ちゃんがやったのか!?

 

「きゃっ!?」

「つ〜かま〜えた」

 

 突然の出来事に唖然としていたら、いつの間にか、以前、部室でイッセーくんを攻撃しようとしていた『兵士(ポーン)』が鶫さんによって羽交い締めにされていた!

 

「なっ、いつの間に!?」

「あの二人は衛兵の相手をしてたはずじゃ!?」

「一体、どこから!?」

 

 突然現れた二人に僕が相手をした『兵士(ポーン)』三人は動揺を隠せていないでいた。

 

「「「っ!?」」」

 

 そして、そのスキを見逃さず、千秋さんが三人の懐に入り込んだ!

 

 ビュオオオォォォォッ!

 

「「「きゃぁぁぁぁっ!?」」」

 

 次の瞬間、千秋さんから膨大な風が発生し、『兵士(ポーン)』たちを吹き飛ばした。

 そのさまは言うなれば、風の爆弾ともいえるものだった。

 

「そ〜れ!」

 

 ドゴォンッ!

 

「かはっ!?」

 

 そして最後に、鶫さんは羽交い締めにしていた『兵士(ポーン)』を床に叩きつけてしまった!

 もう、動ける『兵士(ポーン)』はいなかった。

 おそらく、『女王(クイーン)』にプロモーションをしていたであろう『兵士(ポーン)』八人をたった三人の少女たちが打倒してしまった。

 その事実に僕たちは驚愕を隠せなかった。

 

「遅くなったわね」

「ごめんね〜」

「大丈夫。平気」

 

 三人の会話から察するに、千秋さんははなから一人で『兵士(ポーン)』八人を打倒するつもりじゃなかったみたいだね。たぶん、あの風の消失も相手を油断させるためにわざと消したのだろう。

 千秋さんたちの戦いが終わり、改めて明日夏くんのほうの戦いに視線を移すと、こちらも明日夏くんの防戦一方かと思われていた戦いに変化が現れていた。

 彼女たちの動きが少しずつ鈍くなっていたのだ。おそらく、身体的な疲れと攻撃が通らないことへの焦りから来る精神的な疲れが同時に襲ってきたのであろう。

 それに対し、動きを最小限に抑え、なおかつ精神的に余裕を持っていた明日夏くんにはいまだに疲労の痕跡は見えなかった。

 

「『兵士(ポーン)』たちが全滅しただと!?」

 

 『兵士(ポーン)』たちの敗北に動揺を隠せず、僕と戦った『騎士(ナイト)』カーラマインがスキをさらした。

 当然、明日夏くんはそのスキを逃すはずはなく、カーラマインに仕掛けた。

 

 ドゴォォォン。

 

「「「っ!?」」」

 

 その瞬間、突然の爆発が明日夏くんを包み込んだ!

 これは、まさか!?

 僕たちはゲームでの苦い思い出を思いだし、上を見ると、ライザー・フェニックス氏の『女王(クイーン)』がいた!

 

「うふふ。撃破(テイク)

 

 この光景は、僕たちのときと同じだ!

 

「残念ね、坊や。詰めが甘かったようね」

 

 僕は目の前の状況にゲームのときの悔しさを思い出す。

 

「言ったはずだ──あんたらの戦いをじっくり見たと」

 

 そんな僕の耳に明日夏くんの声が聞こえた!

 爆煙が晴れたそこには、緋色のオーラで身を包む明日夏くんがいた!

 

 

―○●○―

 

 

 今回の乗り込みに際し、俺は『緋霊龍の衣(アグレシッブネス・スカーレット)』を使うことを決めていた。イッセーがあれだけの覚悟を見せたのだ。俺もそれくらいのことをしなければと、そして全力を尽くさねばと思ったからだ。

 

『安心しろ。こんなおもしろそうな展開に水を差す気はねえよ』

 

 幸い、ドレイクはこの状況を楽しんでるようなので、介入の心配はひとまずなさそうだった。・・・・・・もっとも、警戒を緩める気はないがな。

 ライザーの『女王(クイーン)』ユーベルーナが忌々しそうに俺のことを睨む。

 

「・・・・・・あなたも神器(セイクリッド・ギア)を・・・・・・! そのオーラで私の攻撃を防いだのね! いえ、それ以前に私の攻撃に対するその反応の速さ、事前に察知していたわね?」

「あんたのやり方はゲームで把握している。不意討ちを得意とするあんたを警戒しないわけがないだろ」

 

 イザベラたちと戦いながらも、ユーベルーナから意識は外さなかった。そして案の定、不意討ちの素振りが見られたので、爆破をくらう直前に緋のオーラで体を包み込んで爆発をガードしたのだ。

 

「さて、いちいち横やりを入れられも面倒だ。先にあんたからやらせてもらう」

「させると思うか?」

 

 イザベラたちが俺を囲む。

 

「そろそろ終わらせる──Attack(アタック)!」

 

 鞘に収められた雷刃(ライトニングスラッシュ)から電流が体に流れ込み、身体能力を向上させる。

 

「やばそうだな・・・・・・! 何かする前に仕留める!」

 

 イザベラが危険を察知したのか、駆けだしてきた。

 それに対し、俺もイザベラに向かって走りだす。

 

「なっ、速い!?」

 

 イザベラが俺の急激な走力の上昇に驚愕し、慌てて腕をクロスさせて、防御の姿勢をとる。

 突然の速度の上昇に攻撃が間に合わないと判断したからだろう。

 だが、むしろ好都合だった。

 

「なっ!? 私を踏み台にしただと!」

 

 俺は軽く跳び、クロスされた腕を踏み台にユーベルーナへ向かって跳び上がる!

 

「くっ!!」

 

 ユーベルーナは攻撃が間に合わないと判断したのか、防御障壁を展開した。

 それに対し、俺は右手に緋のオーラを一点集中させる。

 

「ハァァッ!」

 

 障壁に俺は拳を打ち込んだ。

 

 バキッ!

 

「なっ!?」

 

 俺の拳を受けて、障壁にヒビが入った。

 今度は左手に緋のオーラを集中させ、もう一度拳を打ち込む。

 

 バキィィィンッ!

 

「っ!?」

 

 二度目の俺の拳を受け、障壁が砕けた。

 すかさず、体の捻りを使って裏拳、ラリアットと繋げ、ユーベルーナを床に叩き落とす!

 

「塔城、木場、副部長の無念、味わいやがれ!」

 

 ズドムッ!

 

「かはっ!?」

 

 地面にいるユーベルーナに体の捻りと落下の力を加えた拳を叩き込む!

 そして、ユーベルーナは意識を失い、完全に戦闘不能となった。

 すぐさま、俺は『騎士(ナイト)』のカーラマインに向けて駆けだす!

 カーラマインも駿足で駆けだしてくる。

 俺はカーラマインの短剣を緩急を入れた動きで避け、崩拳を叩き込んだ!

 カーラマインをくだした次の瞬間に、背後から『騎士(ナイト)』のシーリスが斬りかかってくるが、俺はそれを裏拳で弾き、体の捻りを加えた肘打ちを打ち込む! 俺の一撃を受けて、『騎士(ナイト)』の二人は打ち込まれた部分を手で押さえながらうずくまっていた。

 

「このっ!」

 

 横から『戦車(ルーク)』の雪蘭(シュエラン)が蹴りを放ってきたが、腕でガードし、足を掴んで引っ張り、バランスを崩したところに鉄山靠を叩き込む!

 

「クソッ!」

 

 残るイザベラはフリッカーの動きで拳を打ち込んでくるが、俺はそれをすべて受け流し、緩急の動きで懐に入り込む!

 

「ハァァッ! 猛虎硬爬山ッ!」

 

 ドゴォォンッ!

 

「っ!?」

 

 全力の猛虎硬爬山でイザベラを吹き飛ばし、雷刃(ライトニングスラッシュ)の電流を止め、残心で呼吸を整える。

 『戦車(ルーク)』の二人も、『騎士(ナイト)』の二人と同じく、打ち込まれた部分を手で押さえながらうずくまっていた。

 

「ふぅぅぅぅ・・・・・・」

 

 決着がついたところで、俺は息を吐く。

 流石にしんどかったが、どうにかなったか。

 

「大丈夫か、明日夏?」

 

 イッセーが千秋たちと木場たちを引き連れてやってきた。

 

「・・・・・・流石に疲れた」

 

 苦笑しながら言い、拳を突きだす。

 

「あとはおまえ次第だぜ」

「ああ!」

 

 イッセーも微笑みながら自分の拳を俺の拳に当てた。

 部長とライザーのほうを見ると、何人かの貴族に言い寄られていた。

 

「どういうことだ、ライザー!?」

「リアス殿、これは一体!?」

 

 貴族だろうと、悪魔だろうと、予想外の事態に混乱するさまは普通の人間と変わらねぇな。

 

「私が用意した余興ですよ」

 

 そこへ、紅髪の男が現れ、その瞬間に会場にいる貴族たちが騒ぎだした。

 

「誰?」

「お兄さま!」

 

 部長の口から出た単語にイッセーは驚愕する。

 

「てことは!」

「ああ。魔王さまだ」

「このヒトが魔王! てか、なんで知ってるんだ!?」

「昨日会った」

「えぇっ!?」

 

 そのときはおまえ、寝てたからな。

 

「サーゼクスさま、余興とはいかがな──」

「ライザーくん。レーティングゲーム、興味深く拝見させてもらった。しかしながら、ゲーム経験もなく、戦力も半数に満たない妹相手では些か──」

「・・・・・・あの戦いにご不満でも?」

「いやいや、私が言葉を差し挟めば、レーティングゲームそのものが存在意義を失ってしまう。まして、今回は事情が事情だ。旧家の顔が立たぬだろ?」

 

 食えないことを言うな、この魔王さま。

 

「かわいい妹のせっかくの婚約パーティー、派手な趣向も欲しいものだ」

 

 魔王はイッセーのほうに視線を移して言う。

 

「そこの少年」

「っ!?」

「キミが有するドラゴンの力、この目で直接見たいと思ってね。グレイフィアと彼の友人である先ほど見事な戦いを見せてくれた彼に少々段取ってもらったんだよ」

「なるほど。つまりは──」

「先程のは前座。本命として、ドラゴン対フェニックス、伝説の力を宿すもの同士で会場を盛り上げる、というのはどうかな?」

「お、お兄さま!?」

「流石は魔王さまですな。おもしろい趣向をお考えになる」

 

 どうやら、ライザーもやる気になったようだな。

 

「ドラゴン使いくん」

「は、はい!」

「この私と上級貴族の方々に、その力をいま一度見せてくれないかな?」

「はい!」

 

 イッセーは二つ返事をするが、部長が止めに入る。

 

「イッセー、やめなさい!」

 

 そんな部長をライザーは手で制し、前に歩み出る。

 

「このライザー、身を固める前の最後の炎をお見せしましょう」

 

 ライザーは大胆不敵に言う。

 

「さて、ドラゴン使いくん。勝利の対価は何がいいかな?」

 

 魔王のその言葉に周りの貴族たちが非難の声をあげる。

 

「サーゼクスさま!?」

「下級悪魔に対価などと!?」

「下級であろうと、上級であろうと、彼も悪魔だ。こちらから願い出た以上、それ相応の対価は払わねばならない。何を希望する? 爵位かい? それとも絶世の美女かな? さあ、なんでも言ってみたまえ」

 

 イッセーの答えは決まっていた。

 

「・・・・・・部長を──いえ! リアス・グレモリーさまを返してください!」

「ふふ、いいだろう。キミが勝ったら、リアスを連れていきたまえ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 約束、守りに来ました!

 俺はいま、会場の外、中庭らしきところにいた。近くには千秋たちや木場たち、ソーナ会長もいた。

 周りにはパーティーに参加していた貴族たち、そして、上空には映像が映し出されていた。

 映像ではレーティングゲームのときと同様の異空間に作られたフィールドでイッセーとライザーが対峙していた。

 さらに、フィールドに部長、部長の兄である魔王、ライザーの妹の顔が映し出されていた。あのフィールドでは、三人の顔と音声が映し出されるようになっているのだ。

 

『では、始めてもらおう』

 

 魔王の開始宣言により、戦いの幕が開かれた。

 

『部長、十秒でケリをつけます!』

 

 唐突にイッセーはそんなことを告げた。

 それを聞いたライザーの妹がイッセーの正気を疑いだす。

 

『お兄さまを十秒ですって! 正気でいってるのかしら!』

『ふん。ならば、俺はその減らず口を五秒で封じてやる。二度と開かぬようにな』

 

 そう言い、ライザーは炎の翼を広げて飛翔する。

 

『部長、プロモーションすることを許可願います!』

 

 部長は何も言わずに頷く。

 

『プロモーション、「女王(クイーン)」!』

『無駄だ!』

 

 プロモーションしたイッセーに向けて、ライザーは炎を撃ち出すが、イッセーはそれを避け、高々と告げる。

 

『部長! 俺には木場みたいな剣の才能はありません。朱乃さんみたいな魔力の天才でもありません。小猫ちゃんみたいな馬鹿力もないし、アーシアの持ってるような素晴らしい治癒の力もありません! それでも俺は、最強の「兵士(ポーン)」になります! 部長のためなら俺は、神様だってぶっ倒してみせます!』

 

 高々と告げるイッセーの言葉に呼応するかのように、籠手の宝玉がどんどん輝きを増していく。

 

『輝きやがれ! オーバーブーストォッ!!』

 

Welsh(ウェルシュ) Doragon(ドラゴン) over(オーバー) booster(ブースター)!!!!』

 

 籠手からその音声が発せられた瞬間、イッセーを赤い閃光が包み込んだ。

 そして、光が止んだその場にいたのは、赤い鎧を身に纏ったイッセーだった。

 その全身鎧(プレートアーマー)はまるで、ドラゴンの姿を模しているようだった。

 

『これが龍帝の力! 禁手(バランス・ブレイカー)、「 赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)」だ!』

 

 『禁手(バランス・ブレイカー)』、神器(セイクリッド・ギア)の禁じられし忌々しい外法か。

 

(テン)

 

 籠手からカウントが発せられる。先ほどイッセーが言った十秒とは、勝利宣言ではなく、あの鎧を維持できる時間制限のことだったのだ。

 イッセーは飛び上がり、魔力の塊を撃ち出す。

 

『ぐっ!?』

 

 ライザーは慌てて避けると、魔力の塊はフィールドに当たり、激しい爆風がフィールドを包む。

 避けたライザーのもとへ、イッセーは背中の噴出口から魔力を噴き出させ、ライザーに突貫する。

 

『ここだッ!』

『うぉっ!?』

 

(ナイン)

 

 ライザーは間一髪のところでイッセーの突貫を避ける。

 避けられたイッセーはそのままフィールドに突っ込んでしまった。

 うまく減速できなかったようだな。

 

『なんだ!? この力と速さは!』

 

 ライザーが驚くのも無理はない。それだけ、いまのイッセーの力と速さは驚異的なものだった。

 

「ですが、彼はどうやってあれほどの力を?」

 

 会長の疑問はもっともだろうな。

 むろん、俺は知っている。どのようにしてその力を得たのか。そして、どれほどの犠牲があったのかを・・・・・・。

 

『本当に不愉快なクソガキだ! いまの貴様はただのバケモノだ、クソガキ! 火の鳥と鳳凰、不死鳥(フェニックス)と称えられた我が一族の業火、その身で受け燃え尽きろ!』

 

(エイト)

 

『てめぇのチンケな炎で俺が焼かれるわけねえだろ!』

 

 炎を纏ったライザーと赤い鎧を着たイッセーが激突し、赤いオーラと炎がフィールドを縦横無尽に駆け巡る。

 

『ぐわっ!?』

 

 力の激突を制したのはライザーで、イッセーはフィールドに叩きつけられてしまった。

 

『・・・・・・鎧がなかったら・・・・・・これがあいつの力だって言うのか・・・・・・』

 

 鎧がなかったら、イッセーはもうすでに消し炭になっていたかもしれなかった。

 ライザー・フェニックス。ここまでとはな。

 

(セブン)

 

『怖いか? 俺が怖いか? おまえは「赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)」がなければ、ただのクズだ!』

 

 イッセーを見下ろしながら嘲笑うライザーは炎を撃ち出すが、イッセーはすぐさま飛んで避ける。

 

「・・・・・・イッセー兄・・・・・・!」

「・・・・・・信じろ、あいつを」

 

 不安そうにイッセーを見ている千秋に、ただ、信じろと告げる。

 

『ハァァァッ!』

『デヤァァァッ!』

 

 イッセーは籠手で、ライザーは炎を纏わせた拳でお互いに殴りあった。

 

(シックス)

 

『ぐっ・・・・・・ごふぁっ・・・・・・』

 

 イッセーの兜から吐血による血が吹き出る。

 相討ち。だが、ライザーには再生の力があり、実質はライザーが押し勝ったことになる。

 

『ふふ! その程度──がはっ!?』

 

 だが、ライザーも吐血をした。その事実にこの場にいる全員が驚愕していた。

 吐血するということは、ライザーの再生の力が働いていないということになるからだ。

 

『・・・・・・き、貴様・・・・・・! 何をした──っ!?』

 

 ライザーがイッセーの左腕を凝視し、驚愕する。

 イッセーの左腕をよく見ると、何かを持っていた。

 

『・・・・・・十字架・・・・・・!?』

 

 そう、イッセーが持っていたのは十字架であった。

 

『ぐあっ!?』

 

(ファイブ)

 

 イッセーはフィールドの壁に叩きつけられ、そのままフィールドに倒れ込むが、すぐに立ち上がる。

 ライザーもフィールドに降り立ち、そして膝を着く。

 

『・・・・・・十字架・・・・・・だと!?』

『・・・・・・うちの「僧侶(ビショップ)」は元シスターでね。奥にしまい込んでたのを、ちょっと借りてきたのさ』

 

 そう、あのとき、イッセーがアーシアに頼んで持ってこさせたのは、十字架であった。

 

『流石のあんたでも、神器(セイクリッド・ギア)で高めた聖なる力は堪えるようだな!』

 

(フォー)

 

 確かに、いかに不死身とはいえ、悪魔である以上、聖なる力は効くだろう。イッセーがアーシアに頼んだときも、新たに得た譲渡の力で十字架の聖なる力を高めようという魂胆はすぐに察せた。

 

『・・・・・・バカな・・・・・・! 十字架は悪魔の体を激しく痛めつける・・・・・・! いかにドラゴンの鎧を身に着けようと、手にすること自体・・・・・・!?』

 

 ライザーの言う通り、悪魔であるイッセーが十字架を持つことは本来できないはずである。譲渡の力で聖なる力を高めているのならなおさらだ。だが、イッセーは手にしていた。

 そのことに、周りの皆も驚愕していた。

 そして、ライザーがイッセーの左腕を見て、何かに気づいた。

 

『まさか! 貴様、籠手に宿るドラゴンに自分の腕を!?』

 

(スリー)

 

『ドラゴンの腕なら悪魔の弱点は関係ないからな!』

 

 籠手に隠れてわからなかいが、よく見ると、籠手の隙間から見られた左腕が人のものではない異形なもの──そう、イッセーの左腕はドラゴンの腕になっていたのだ。

 

「どういうこと、明日夏兄!?」

 

 千秋が問い詰めるように詰め寄ってきた。

 

「ライザーの言った通りだ。イッセーはあの力を得るために、籠手に宿るドラゴンに左腕を差し出したんだ」

 

 それを聞いた皆は驚愕し、千秋は涙を流し始めた。十字架を渡すときに事情を聞かされたアーシアも、同じように泣いてたな。

 そして、鶇と燕は何かを思い出している様子だった。おそらく、昔のことだろう。いまのイッセーに、身を挺して自分たちを守ってくれていた当時のイッセーの姿を重ねているのだろう。

 

『正気か貴様!? そんなことをすれば、二度と戻らないんだぞ!?』

 

(ツー)

 

『それがどうした!』

 

 ライザーの言葉にイッセーは意にも返さない。

 イッセーの覚悟はそれほどのものなのだ。だからこそ、俺もそんなあいつの覚悟を成就させるために、ドレイクの力を使う決心ができた。

 

(ワン)

 

『たかが俺の腕一本、部長が戻ってくるなら安い取り引きだぁぁぁっ!』

 

 イッセーはライザーに向かって飛び出す。

 ライザーは完全にイッセーの気迫に圧倒され、動けないでいた。

 時間もない! これで決まれぇぇぇっ!

 

『ウオォォォォッ!』

 

Count(カウント) up(アップ)

 

『えっ? え、あっ、うわっ!?』

 

 だが、そんな俺の想いやイッセーの覚悟を嘲笑うかのように無情なタイムオーバー宣言の音声が発せられ、鎧が消失し、イッセーは突然の損失感に呆気に取られ、地面に倒れ伏してしまった。

 

「そんな!? あとちょっとだったのに!」

「ここまでなの・・・・・・!」

 

 無情な現実に、千秋と燕が悲嘆する。

 

「・・・・・・イッセーくんは頑張ったよ・・・・・・! もうこれ以上戦わなくていいよ・・・・・・!」

 

 鶇にいたっては、イッセーの腕の犠牲の事実のショックで完全にこのありさまだ。

 木場たちも悔しさのあまり、拳を握り絞めていた。

 周りの貴族たちの顔は完全に決着が着いたと考えてる顔をしていた。

 誰もが、この勝負がイッセーの敗北で終わったのだと思っていた。

 

「まだだ!」

 

 そんな空気に我慢ならず、俺はらしくもなく、声を張り上げて叫んでいた!

 

「イッセーはまだ諦めてねぇ!」

 

 そんな俺の叫びに応えるかのように、イッセーは立ち上がろうとする。

 

『・・・・・・絶対に諦めねぇ──ぐっ!?』

 

 未だに諦めずに立ち上がるイッセーの胸ぐらをライザーが掴んで持ち上げる。

 ライザーは鎧が消えたことをいいことに、余裕を見せ始めていた。

 

『さて、そろそろ眠ってもらおうか! 目覚めるころには、式も終わってるだろ──』

『・・・・・・・・・・・・まだ、だ・・・・・・』

『あ?』

『・・・・・・火を消すには──水・・・・・・だよなぁ!』

 

 イッセーは懐から水の入った瓶を取り出し、ライザーに見せ付ける。

 

「聖水!?」

 

 木場が瓶に入っている液体の名称を驚愕しながら口にした。

 そう、イッセーがアーシアに持ってこさせたのは、十字架だけでなく、あの聖水もだった。

 

「ですが、ライザーほどの悪魔に聖水程度では・・・・・・」

 

 会長の言う通り、上級悪魔に聖水はそんなに効果がないらしい。周りの貴族たちもそれをわかっているのか、イッセーの行動に嘲笑していた。千秋たちや木場たちも訝しげに見ていた。

 確かに、効かないだろうな──()()()()()()()()()()ものがなければだが。

 どうやらライザーは気づいたようだが、すでに遅く、イッセーは口で瓶の蓋を取り、ライザーに聖水を浴びせていた。

 

『「赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)」ッ!』

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

『しまっ──』

 

 聖水の聖なる力が強化された瞬間、聖水がライザーの身を焼いていく。

 

『ぎゃああああっあああっ!? ぐぅっ・・・・・・ぐっ・・・・・・あっ・・・・・・ああぁっ!? あぁぁぁっぁぁっ!?』

 

 ライザーは顔を手で押さえ、激しく絶叫する。

 

「ライザーの炎が!」

 

 木場の指摘通り、ライザーの炎の勢いが衰えていた。

 

「強化された聖水が、体力と精神を著しく消耗させているのでしょう」

 

 会長がライザーの身に起こっていることを解説してくれた。

 灰の中から復活する不死鳥(フェニックス)でも、精神だけは瞬時に回復できない。つまり、心までは不死身ではなということだ。

 

『アーシアが言っていた! 十字架と聖水が悪魔は苦手だって。それを同時に強化して、同時に使ったら、悪魔には相当なダメージだよな!』

 

 ライザーは無言で震えながら立ち上がり、震える手に炎を集め、イッセー目掛けて炎を撃ち出すが、イッセーはジャンプして避ける。

 

『木場が言っていた! 視野を広げて相手を見ろと!』

 

 イッセーは着地すると、十字架に残りの聖水をかける。

 

Transfer(トランスファー)!!』』

 

『朱乃さんが言っていた! 魔力は体全体を覆うオーラから流れるように集める! 意識を集中させて、魔力の波動を感じればいいと!』

 

 十字架と聖水を同時に強化し、イッセーは腕を前に突き出す。

 

『小猫ちゃんが言っていた! 打撃は中心線を狙って、的確に抉り込むように打つんだと!』

 

 イッセーは合宿での木場たちの教えを高々と復唱する。おそらく、あれにはゲームで散り、無念の想いを抱いた木場たちの想いを込めて言っているのだろう。

 イッセーの復唱に木場たちは笑みを浮かべる。

 

『明日夏が言っていた! 相手のスキを見つけたら、そこに全力を叩き込めと!』

 

 さらに俺の教えまで復唱された。

 あいつ。俺がゲームに参加できず、歯痒かった想いも込めてくれてるのか?

 イッセーの気迫にライザーは焦り、慌てふためきだす。

 

『ま、待て!? わかっているのか!? この婚約は、悪魔の未来のために必要で、大事なものなんだぞ! おまえのように何も知らないガキが、どうこうするようなものじゃないんだ!?』

 

 命乞いのような説得をするが、イッセーが引き下がることはなかった。

 

『難しいことはわからねぇよ! 俺はただ、親友に言われたことをやるだけだ! 余計なことは考えず、おまえをぶっ飛ばし、部長を奪い返す! でもな、これだけは言わせてもらうぜ! お前に負けて気絶したとき、うっすらと覚えてたことがある──部長が泣いてたんだよ! 俺がてめぇを殴る理由は、それだけで十分だァァァッ!!』

 

 ドゴォォンッ!

 

『がぁっ!?』

 

 イッセーの渾身の左ストレートが、ライザーの腹部にめり込む。

 ライザーは悲鳴をあげることなく、腹部を押さえながら、後ずさる。

 

『・・・・・・・・・・・・こ・・・・・・こんなことで・・・・・・お・・・・・・俺が・・・・・・!?』

 

 ライザーはそのまま、前のめりに倒れ込む。

 

『お兄さま!』

 

 ライザーの妹が乱入し、ライザーを庇うように、イッセーの前に立ち塞がる。

 イッセーは拳をライザーの妹の前に突き出し、高々と告げる。

 

『文句があるなら俺のところに来い! いつでも相手になってやる!』

『っ!』

 

 ライザーの妹がイッセーの気迫と言葉に顔を赤く染めていた。

 あっ、あの反応はもしや?

 まぁ、ともかく、勝負はイッセーの勝ちで幕を下ろした。

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーが部長を連れ、俺たちのところまでやって来た。

 

「やったな」

「ああ」

 

 俺たちは短い会話をし、ハイタッチをする。

 

「そういえば、もうひとつの魔方陣はなんなんだ? 部長を助けたときに役に立つって言ってたが?」

「ああ、そういえば」

 

 イッセーは魔方陣を取り出し、宙に掲げると、魔方陣が光りだし、魔方陣から何かが召喚された。

 

 キュィィィィィッ!

 

「な、なんだ!?」

 

 召喚されたのは、獅子の体、鷹の頭と翼を持った獣だった。

 

「グリフォンね」

 

 部長が現れた獣の名を口にする。

 これがグリフォン。この目で実物を見るのは初めてだった。

 たぶん、これに乗って帰れってことだろうな。

 まさか、いざってときの逃走用なんてことは流石にないはずだ。

 

「あらあら。うふふ。せっかくですから、イッセーくんが部長を送ってさしあげたら?」

「えっ? 俺が!」

「当たり前だろ。今回、姫を助けた勇者さまはおまえなんだからな」

「そうね、お願いできるかしら?」

「ぶ、部長のご命令なら!」

 

 イッセーはグリフォンの背に乗り、部長の手を取って前に乗せた。

 何気に絵になってるじゃねぇか。

 

「先に部室で待ってるから!」

 

 イッセーの言葉と同時にグリフォンが翼を羽ばたかせ、上空へ飛び去っていった。

 

「あのグリフォン、最悪の場合の逃げ道として用意したんだが」

 

 いつの間にか、俺の隣に来ていた魔王、部長の兄貴がそんなことを口にした。

 おいおい、まさかが的中しやがったよ。

 

「ほら、人間世界の映画に、そのようなものがあっただろ?」

「現実と映画を一緒にしないでくださいよ。もしそうなっていたら、あとが大変だったでしょう?」

「なに、結果オーライというやつだ。今回の件で、私も父もフェニックス卿も、いろいろ反省したよ。自分たちの欲を押しつけすぎたとね。残念ながら、この縁談は破談が確定したよ」

「残念ながら、ですか? お顔はそうは見えませんが?」

 

 とてもじゃないが、残念とは程遠いぐらい、穏やかな表情をしていた。

 

「『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』がこちら側に来るとは、思いもよらなんだ。『白い龍(バニシング・ドラゴン)』と出会うのも、そう遠い話ではないのかもしれないな」

「・・・・・・『白い龍(バニシング・ドラゴン)』・・・・・・ですか」

 

 部長の兄貴が口にした単語に、目的を達成して晴れやかだった俺の気分はすぐさま警戒色の強いものに変わってしまった。

 できることなら、そいつとイッセーが無縁でいてほしいものだ。

 おそらく、絶対ありえないことを願いながら、俺はイッセーが飛んでいいったほうを見る。

 

 

―○●○―

 

 

「うはぁぁぁっ!」

 

 上空から冥界の景色を眺めていると、部室の手が俺の頬に触れてきた。

 

「部長?」

「・・・・・・バカね・・・・・・こんなことをして。・・・・・・私のなんかのために・・・・・・」

 

 部長が沈痛な面持ちで、異形なものに変わってしまった俺の左腕を擦っていた。

 

「お得ですよ。だって、こうして部長を取り戻せたんですから!」

「・・・・・・今回は破談にできたかもしれない。でも、また婚約の話が来るかもしれないのよ・・・・・・」

 

 悲哀に暮れている部長に俺は笑って答える。

 

「次は右腕、その次は目──」

「イッセー!?」

「何度でも、何度でも、助けに行きますよ! 何しろ俺、リアス・グレモリーのl『兵士《ポーン》』ですから!」

 

 そう言った次の瞬間、俺の唇が部長の唇で塞がれた!

 えっ? ええっ? えぇぇぇっぇぇぇっ!?

 部長にキスされた俺の頭の中はパニックになっていた。

 部長は唇を離すと微笑んだ。

 

「ファーストキスよ。日本では女の子が大切にするものよね?」

「え、ええ、そうですけど──て、ええ!? ファーストキス! い、いいんですか、俺なんかで!?」

「あなたはそれだけの価値のあることをしてくれたのだから、ご褒美よ」

 

 あー、このご褒美だけで頑張ったかいがあったぜ!

 

「それから」

「はい!」

「私もあなたの家に住むことに決めたわ」

「はいぃぃっ!?」

「下僕との交流を深めたいのよ」

 

 マ、マジっスかぁぁぁっぁぁっ!?

 

 

―○●○―

 

 

「と、そのような感じで、私、リアス・グレモリーもこの家に住まわせていただくことになりました」

 

 何がそのような感じなんですか、部長?

 現在、兵藤家にて、部長のホームステイ宣言がされていた。

 ああ、おじさんとおばさんの開いた口が塞がらないでいるよ。

 そして、わかりやすいぐらいに頬を膨らませたり、不機嫌になっている千秋たちがいた。

 その後、普通にOK(オーケー)となり、いまは部長の私物を運んでいる真っ最中だった。

 

「そういうことだから、宣戦布告ってことでいいかしら、あなたたち?」

 

 部長は千秋たちにあからさまな挑発をする。

 要するに、部長もイッセーに惚れたってことか。千秋たちも大変だなぁ。

 

「・・・・・・なあ、明日夏」

「・・・・・・なんだ?」

「・・・・・・俺たちの周り、どんどん賑やかになっていくなぁ」

「・・・・・・そうだなぁ」

 

 あー、今日も空が青いなぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 月光校庭のエクスカリバー
第26話  不穏な気配再びです!


「お、おっぱい!」

 

 朝、目が覚めると、眼前におっぱいがあった!

 な、なぜ目覚めたらそこにおっぱいがっ!?

 

「うぅん・・・・・・」

 

 艶めかしい声が聞こえたと思ったら、おっぱいの持ち主に抱き寄せられる。

 よく見ると、おっぱいの持ち主は部長だった。しかも、何も身に纏っていない素っ裸の状態だった!

 ・・・・・・まぁ、以前にも同じ展開を経験したことがあるんだけどな。ある日の学校の保健室で休んでいたところに、部長がいまみたいに裸で俺が寝ているベッドに潜り込んできたのだ。部長曰く「裸じゃないと眠れない」とのこと。

 部長が我が家で同居するようになってから早数日。このような素敵なイベントを堪能できるとは──最高だぜ!

 

「・・・・・・なぜこんなことになってるのかよくわからんが、せっかくなので、何気に触れる程度なら──」

 

 俺はその見事なおっぱいに触れるため手を動かそうとする。

 

「うぅん?」

「わっ!?」

 

 だが、手があと少しでおっぱいに到達しそうというところで部長が起きてしまった。残念無念!

 

「おはよう、イッセー」

「お、おはようございます・・・・・・。そ、それで、この状況は・・・・・・?」

「ゴメンなさい。あなたが就寝してたから、お邪魔させてもらったの」

「・・・・・・いえ、そういうことじゃなく・・・・・・」

「あなたを抱き枕にして寝たい気分だったの」

 

 な、なるほど、気分ですか・・・・・・。部長の気分の基準がわかりませんよ。

 

「まだ時間もあるし、ちょっとエッチなことも下僕とのコミュニケーションかしら?」

 

 チュッ。

 

 俺に覆い被さった部長はそう言い、額にキスしてきた!

 ライザーの一件以来、部長の俺への態度が変わったような・・・・・・。なんかこう、さらにかわいがられるようになったような気がする。学校への登下校も俺の隣を歩こうとするし、昼休みも俺と過ごそうとしてくるようになったんだ。

 

「あ、あの、部長・・・・・・俺も男なんで・・・・・・」

「襲いたくなっちゃう? いいわよ。あなたの喜ぶことならなんでもしてあげるわ」

 

 なんでもしてあげる!? そ、そんなみなぎる日本語があったのか!

 

「ぶ、部長・・・・・・!」

 

 コンコン。

 

 理性が壊れそうになった俺の耳にノック音が入ってきた!

 

「イッセーさーん。そろそろ早朝トレーニングの時間ですよー?」

 

 廊下から聞こえてきたのはアーシアの声だった。

 

「ア、アーシア!」

「トレーニングのこと、すっかり忘れてたわ」

 

 な、なんてタイミングだ! ヤ、ヤバい! こ、こんな場面をアーシアに見せるわけには!?

 部長が同居するようになってからアーシアは部長に対して、何やらライバル心を抱いている様子なんだ。部長も受けてたっているようだし。まぁ、普段は普通に仲がいいので、ケンカではないのだろう。

 

「あっ、アーシアちゃん」

「あれ? 鶇さんに燕ちゃん?」

 

 ええぇっ!? 鶇さんと燕ちゃんまで来ちゃったよ!

 

「・・・・・・む~、アーシアちゃんの方が早かったか~」

「・・・・・・負けたくありませんから」

 

 ・・・・・・なんだろう。扉の向こうでアーシアたちが火花を散らしてるような気がするのはなんでだろう・・・・・・。

 なんでか、アーシアと鶫さんも何かを巡りあっているような気がするんだよなぁ・・・・・・。まぁ、こっちも普段は仲がいいのだが。

 

「それで、イッセーはまだ起きてないの?」

「あ、はい。呼びかけたんですけど、返事がなくて。それで、いま様子を──」

「あぁ! 起きてるから! ちょっと待って──」

「三人とも、もう少し待ってなさい。私もイッセーも準備しなければならないから」

「えぇっ!?」

 

 俺の言葉を遮り、部長が扉の向こうにいるアーシアたちにそう言う!

 

 ガチャッ!

 

 部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 そこには涙目のアーシアとジト目の鶇さんと燕ちゃんがいた!

 

「や、やあ、アーシア、鶇さん、燕ちゃん・・・・・・お、おはよう・・・・・・」

「おはよう、アーシア、鶇、燕」

 

 俺と部長が挨拶をした刹那、アーシアと鶫さんが自分の服に手をかける!

 

「私も裸になりますぅぅっ! 仲間はずれなんていやですぅぅっ!」

「私もイッセーくんと裸で寝る~!」

 

 勢いよく服を脱ぎ出すアーシアと鶫さん!

 

「ほら、燕ちゃんも一緒に~!」

「ちょっ、ちょっと!?」

 

 さらに鶫さんは燕ちゃんの服まで脱がしにかかっていた!

 あぁ、今日も過激に一日が始まるようだ。

 

 

―○●○―

 

 

 朝食の時間。今日の俺と千秋は兵藤家にて朝食を摂っていた。まぁ、これは今日に限ったことではなく、こうして兵藤家に混ざって食事をするのはよくあることだった。

 ただ、最近は兵藤家の住人が増えたことで、せっかくだから、もっとにぎやかになってもいいだろう、とイッセーの両親から言われ、断る理由もなかったのでこうして兵藤家で食事をするのが日課になっていた。

 

「うまい。外国人なのに、たいしたものだねぇ」

「日本の生活が長いもので」

 

 おじさんが味噌汁を口にして感想を言うと、部長がそう答えた。

 今日の朝食のメニューのうちの何品かは部長が作ったものだ。お嬢さま育ちだから料理できないなんてことはなく、むしろ高水準な家事スキルを持っていたし、料理のレパートリーも和洋中なんでもござれだった。

 俺も味噌汁をすするが、出汁が利いていて、味付けも絶妙だった。日本での暮らしが長いだけあるな。

 

「いや、確かにおいしいですよ。部長」

「ありがとう、イッセー」

 

 そんなイッセーと部長のやり取りを見ていたアーシアが頬を膨らませ、イッセーの腕をつねった。

 今朝からどうもアーシアが不機嫌なんだが、大方、イッセーを巡って部長と何かしらあったのだろう。

 そんなアーシアの家事スキルだが、部長に比べれば劣っているところが多々あるのが事実であり、そのことは本人も把握しているので、度々敗北感からガックリしている光景をよく見る。けど、それは部長と比べればの話であり、客観的に見れば普通に高い家事スキルを持っていたし、おばさんの教えでメキメキと上達しているので、そう遠くないうちに部長と並ぶんじゃないだろうか?

 家事スキルといえば、鶫も高水準のスキルを持っていた。とくに手際のよさに関しては部長以上だった。普段がのんびりな振る舞いをするせいで、初見の人物はそのギャップに驚愕することだろう。実際、部長もかなり驚いてたからな。

 俺も家事スキルには自信あるんだが、この三人を見てるとその自信が粉々に砕かれそうだ。

 

「アーシアちゃんに続いて、リアスさんまで下宿させてほしいときたときは驚いたけど、二人にこうして色々お手伝いしてもらってホント助かるわ。鶫ちゃんにも家事を手伝ってもらってるし、燕ちゃんには効果抜群のマッサージをやってもらっちゃってるし」

「当然のことですわ、お母さま」

「お、お世話になってますし、当然のことです」

「おばさんには昔お世話になったしね~」

「これぐらいしか取り柄がないですし」

 

 おばさんにお礼を言われ、悠然と受け止める部長と頬を赤らめて嬉しそうにするアーシア、はにかみながらのんびりと答える鶫に頬を赤らめながら謙遜する燕。

 

「あ、お母さま。今日の放課後、部員たちをこちらに呼んでもよろしいでしょうか?」

「ええ、いいわよ」

 

 唐突に部長がそう言い、おばさんがそれを了承する。

 

「部長。なんでうちで?」

「旧校舎は年に一度の大掃除で、オカルト研究部の定例会議ができないのよ」

 

 ああ、そういえば、そんなことがあるって部長が言ってたな。確か、使い魔にやらせるんだっけか?

 

「お家で部活なんて、楽しそうです」

「確かに~。ちょっとわくわくするかも~」

 

 アーシアと鶫が楽しそうに言う。

 

「部長さん。私、お茶用意します」

「ええ。お願いね、アーシア」

「じゃあ~、私はなんかお菓子でも作ろうかな~」

「うふふ。鶫もお願いね」

 

 そういうことなら、俺もなんか作るかな。部長たちに負けてられねぇからな。

 

 

―○●○―

 

 

「ふぅ。にしても、今朝はえらい騒ぎだったなぁ」

 

 昼休み、机に体を突っ伏しているイッセーがそんなことを呟く。

 イッセーが朝起きたら裸の部長が一緒に寝ており、そこにアーシアたちが乱入してひと騒動があったらしい。

 今朝、アーシアが不機嫌そうだったのはそれが原因みたいだな。

 

「ライザーとの一件以来、部長がますますかわいがってくれるんだけど、そのたびにアーシアはむくれるし・・・・・・」

 

 ライザーとの一件で部長もイッセーに想いを寄せるようになり、そのアプローチはさっき言った裸で一緒に寝るなど、鶫並、いや、それ以上に大胆で積極的だった。

 同じくイッセーに想いを寄せるアーシアにとっては、相当焦らされる問題だろう。

 

「部長の影響か、鶫さんのスキンシップもさらに過激になってきたし、燕ちゃんもなんか、触れ合いを求めてるような気がするんだよなぁ・・・・・・」

 

 へぇ、鶫はともかく、燕もそんなことをしてたんだな。さすがの燕も、部長という強大なライバルの出現には思うところあったのかねぇ?

 

「この間の千秋とのデートのときといい、女の子とのイベントが日に日に増えてきたよなぁ」

 

 ま、個人的にそのことには相当驚かされたな。この間の休日、千秋は俺に内緒でイッセーとデートしていたのだが、まさかそのときにイッセーが上級悪魔になって眷属を持つようになったら自分を眷属にしてくれと頼んでいたとはな。ある意味、告白に近いことをやっていたわけだ。そのことを知ったときは思わず、テンションが上がってしまった。

 ・・・・・・ただまぁ、イッセーがそれをどう受け取ったのかが不安要素なんだがなぁ。

 まぁ、少なくとも、千秋への見方にはいい方向に変化があったことを祈るばかりだ。

 

「少し前の俺じゃ考えられないくらいな状態だぜ。とくに部長とのエッチなコミュニケーションは最高だなぁ・・・・・・」

 

 そんな件のイッセーは、ここ最近の部長とのやり取りを思い出しているのか、デレデレと鼻の下を伸ばしていた。

 ・・・・・・こりゃ、まだまだ前途多難だな、千秋。

 

「おい、イッセー。なに朝っぱらからニヤけてんだよ!」

「いでで!?」

 

 そこへ、いつの間にか松田と元浜やって来ていて、松田がイッセーの耳を引っ張って体を起こさせる。

 

「おまえ、最近変な噂が流れてるから気をつけろよ」

「噂?」

「兵藤一誠が美少女を取っ替え引っ替えして、悪行三昧!」

「はあっ!?」

 

 松田の言葉に疑問符を浮かべていたイッセーが元浜の言葉を聞いて驚愕する。

 

「リアス先輩と姫島先輩の秘密を握り、それをネタに鬼畜三昧のエロプレイ!」

「学園二大お姉さまのその姿を罵っては乱行につぐ乱行!」

「可憐な幼馴染みである千秋ちゃん、鶫ちゃん、燕ちゃん。関係を利用して油断させる狡猾な罠に陥れ!」

「自分なしでは生きられないようにさせる肉体開発!」

「さらにその毒牙は学園のマスコット塔城小猫ちゃんにも向けられ、切ない声も野獣の耳には届かず、未成熟の体を野獣の如く貪り!」

「そのうえ、貪欲なまでのイッセーの性衝動は転校したてのアーシアちゃんまで! 転校初日に襲い掛かり、日本の文化を教えると偽っては黄昏の時間で天使を堕落させていく!」

「ついには自分の家にまで囲い、狭い世界で終わらない調教が始まる! 鬼畜イッセーの美少女食いは止まらない! ──とまぁ、こんな感じだ」

「・・・・・・マジか? お、俺、周囲にそんなふうに見られているのか!?」

 

 イッセーはそっとチラリチラリと周りを見渡す。俺も見渡すと、周囲の男女から共にイッセーに対する軽蔑と敵意の色が見えた。

 ていうか、そんな根も葉もない噂が流れてたんだな。しかも、こいつの普段の行いの悪評が真実味を帯びさせてしまっているときている。

 大方、イッセーの現状、ぶっちゃければ、美少女に囲まれている状態を妬んだ奴の犯行だろうな。というか──。

 

「その噂の出所、おまえらだろ?」

 

 俺は心底呆れながら、先程の噂を熱弁した松田と元浜(バカ二人)に言う。

 

「「よくわかったな」」

 

 バカ二人はとくに誤魔化すことなく、むしろ堂々と不敵に笑みを浮かべて肯定した。

 イッセーの現状を一番妬んでいるのは他でもない、こいつらだからな。

 次の瞬間には、イッセーが二人の後頭部を思いっきり殴りつけていた。

 

「痛いぞ、鬼畜」

「俺たちに当たるな、野獣」

 

 詫びれもせず、堂々と宣う二人にイッセーは激怒する。

 

「ふざけんな! 俺の悪い噂なんぞ流しやがって! いっぺん死んでみるか!」

「ふん! これくらいさせてもらわんと、嫉妬で頭がイカれてしまうわ!」

「いや! すでにイカれてるかもしれん!」

「・・・・・・おまえらなぁ」

 

 逆ギレする二人にイッセーもさすがに呆れ始める。

 

「安心しろ。フフフ」

「ちゃーんと、女子だけでなく、おまえと明日夏と木場のホモ疑惑も流しておいたからぁ」

「多感な性欲はついに同性の幼馴染みやイケメンにまで!」

「一部の女子には受けがいいらしいぞ」

「「きゃー、受け攻めどっち──っ!?」」

 

 なにやらふざけたことを抜かしていたバカ二人だったが、いつの間にか俺が頭を即座に握りつぶす勢いで掴んだことで面白がっていた表情が驚愕のものに染まった。

 

「なぁ、松田、元浜」

「な、なんだ・・・・・・?」

「どうしたのかな、明日夏くん・・・・・・?」

 

 冷や汗を流すバカ二人に俺は冷淡に言う。

 

「俺たち、中学からの縁だよな?」

「「そ、そうでございますね・・・・・・」」

「なら──俺がこの手の話題をあの件以来嫌悪してるのは知ってるよなぁ?」

「「あだだだだだだだだだだだだっ!? 頭割れるぅぅっ!」」

 

 わりと頭を割るつもりで力を込めてバカ二人にアイアンクローをかましてやると、バカ二人から結構シャレにならなそうな悲鳴があがった。

 あれは中学のころ、当時通っていた中学で一時期、俺とイッセーとのホモ疑惑が流れたことがあった。中学のころ、俺は周りからよく顔がいいと言われていたが、そんな俺がよくイッセーといることが多かったことが原因だとイッセーから言われた。

 当時のイッセーは頭を抱えて嘆いていたが、俺は「そんな噂、すぐ消えるだろ」と気にもしなかったが、それがマズかった。俺が否定しないもんだから、噂はどんどん広がり、流石に俺も頭を抱えたくなる状況にまで発展してしまった。

 俺はイッセーと協力して、なんとか誤解を解き回り、噂は眉唾物だということを認識させた。

 ただ、本当に大変だったのはそこからで、千秋がこの噂を真に受けてしまったのだ。おかげで、千秋からあれこれと問い詰められてしまい、誤解を解くのが本当に大変だった。

 おまけに、兄貴と姉貴にはさんざんそのことでいじられてしまった。

 その結果、俺はわりと軽くそれらのことがトラウマみたいになってしまった。

 そんな経緯があり、俺はこの手の話題には最大限に嫌悪を示すようになってしまった。

 個人の妄想ぐらいで済むのならまだ譲歩はするが、このように噂となってしまうような事態になるのなら看過はできない。ましてや、こんな悪意のあるものなら容赦はしない。

 

「なぁに? 三バカトリオが性欲に任せてエロトーク?」

 

 一人の女子がアーシアを引き連れて話し掛けてきた。

 

「桐生か」

 

 俺たちに話し掛けてきたのはクラスメイトの桐生藍華。アーシアと仲がいい女子生徒の一人だ。

 

「それとも、またなんかやらかしたの? 三バカトリオのうち二名が士騎くんにしばかれてるみたいだし」

 

 桐生が俺のアイアンクローのえじきになっている松田と元浜のほうに視線を向ける。いつの間にか、バカ二人は白目向いて気絶していた。

 俺が手を離すと、二人はそのまま床に倒れ込んだ。

 

「アーシア。他にもいい男がいるのに、わざわざこんなのを彼氏にしなくたって」

 

 桐生がイッセーを見ながらアーシアに苦言を呈する。

 

「か、かかか、彼氏ぃぃっ!?」

 

  桐生の言葉にアーシアがかつてないいほど動揺していた。まぁ、いきなりそういう関係になりたいと思っている男子を彼氏だなんて言われれば、そりゃぁ驚くわな。

 

「こんなのとはなんだ! それにアーシアは日本に来たばっかだから、いろいろ面倒見てやってるんだ! 彼氏とかそう言うのじゃ・・・・・・」

「いつもベッタリくっついて、端から見てるとあんたたち、毎晩合体しているカップルにしか見えないよぉ」

「「合体!」」

 

 気絶してた松田と元浜が「合体」の言葉に反応して復活して顔と声を合わせて叫ぶ。

 

「合体?」

 

 アーシアはそれが何を意味しているのかわからず、首を傾げる。

 

「親公認で同居してんでしょ? 若い男女が一つ屋根の下で夜にすることといったら、そりゃねぇ。むふふふ。ちなみに『裸の付き合い』を教えたのも私さ! どう? 堪能した?」

 

 いやらしい笑みを浮かべてそう告げる桐生。

 実はこの桐生という少女──イッセーたちに負けず劣らずなエロ娘だったりする。クラスメイトからは「匠」なんて呼ばれるぐらいだ。

 

「あれはやっぱりおまえか! ていうか合体って、おまえなんつうことを! 巨大ロボじゃあるまいし、そんな簡単に──ッ!? あ、俺、ちょっと用事思い出した!」

 

 突然、左腕を押さえだしたイッセーがそう言って立ち上がる。

 

(副部長のところか?)

(ああ)

(じゃあ、左手が)

(そういうこと。ちょっと行ってくる)

 

 自分たちだけに聞こえるように俺とアーシアと会話したあと、イッセーはそそくさと教室から出ていった。

 

「ねえ、明日夏くん。イッセーくんどうしたの~?」

 

 イッセーが立ち去ったあと、さっきまで机に突っ伏して昼寝をしていた鶇が心配そうにしながら訪ねてきた。

 

「用事だとさ──左腕のな」

 

 最後のところだけを鶫にだけ聞こえるように言う。それを聞いた鶫もすぐにイッセーのことを把握した。

 ライザーと戦うために一時的な禁手(バランス・ブレイカー)の力を得るために左腕を犠牲にしてドラゴンの腕になってしまったイッセーの腕だが、とある方法を行うことで一時的に元の姿に戻すことができた。現状、そのとある方法を行えるのは部長と副部長だけだった。イッセーが副部長のところに行ったのはそのためだ。

 

「なーんだ、別に付き合ってるわけじゃないんだ」

「ん~、なんの話~?」

 

 桐生の何気なく呟いた言葉に首を傾げる鶫。

 

「兵藤とアーシアが付き合ってるかって話なんだけどさぁ」

「むぅ・・・・・・」

 

 桐生の話を聞き、途端にムスッとしだす鶇。

 

「だってさ、鶫っち。あいつとアーシアって、いっつもくっついているし、何よりもアーシアってあいつのことが──ムグッ!」

「ああぁぁぁっ! 桐生さん、やめてくださいぃぃっ!」

 

 顔を真っ赤にしたアーシアが桐生の口を手で塞ぎ、言葉を遮った。

 

「「うぅぅぅぅっ! あいつばかりが!」」

 

 そんなアーシアを見て松田と元浜が号泣しながら慟哭していた。

 

「いますぐにこの怒りをイッセーにぶつけたいのに、そのイッセーがいまここにいない! この行き場のない怒りをどうすればいい、元浜よ!」

「あいつの悪評を流すだけではこの怒りは沈められん! こうなればだ、松田よ!」

 

 松田と元浜が俺を睨んでくる。

 

「・・・・・・なんだよ?」

「「玉砕覚悟でこの怒りをイケメンにぶつけるべし!」」

「俺に八つ当たりするな!」

 

 殴りかかってバカ二人を返り討ちにして望みどおりに玉砕させてやった!

 

 

―〇●〇―

 

 

 俺がいるのは旧校舎の二階。朱乃さんが使用している部屋だ。畳が敷かれたりして、ほとんど和室と化している部屋には、あちこちに術式の紋様が印されていて、呪術グッズのようなものまで設置されている。そんな部屋の中央で、俺はシャワーを浴びてタオルを腰に巻いただけの状態で朱乃さんを待つ。

 

「お待たせしましたわ」

 

 そう言ってすっと入ってきたのは、白装束に身を包み、いつもはポニーテールにしている黒髪を下ろした朱乃さん。

 

「きゅ、急にすみませんね、朱乃さん・・・・・・」

 

 急に呼び出してしまって申し訳なく思う。

 

「うふふ、イッセーくんのせいじゃありませんわ。さあ、始めますわよ?」

「お、お願いします・・・・・・」

 

 俺は左腕を前に出すが、ついつい朱乃さんの格好を凝視してしまっていた。

 

「どうしたんですか?」

「い、いえ! ふ、服が・・・・・・」

 

 着ている白装束が濡れていて、長い黒髪が張り付いていて官能的だ! ていうか、おもいっきり肌が透けて見えていた! しかも、肌が透けて見えていていた! 胸のところを見ると、ピンク色の乳首が透けて見えていた! 下着も着けていない!

 

「ああ、儀式のために水を浴びてきただけですわ。今日は急でしたのでちゃんと体を拭く時間がなくて。ごめんなさいね」

「い、いえ! 問題ありません! むしろ得した気分──ああいや、気にしないでください!」

「うふふ」

 

 朱乃さんは微笑むと俺の左手を手に取る。

 

「イッセーくんのドラゴンになった腕はおもいのほか気が強くて、魔力で形を変えただけでは一時的にしか効果がありませんでした。そこで、直接指から気を吸いだすことで溜まったものを抜き出しませんと」

 

 ドラゴンと化した俺の左腕は、朱乃さんの言う通り、ただ魔力で形を変化させただけではすぐに元に戻ってしまった。だから、必要なのは腕のドラゴンの力を散らすこと。その方法──それは高位の悪魔にその力を吸い取ってもらって、無効化してもらうこと。一番簡単で確実な方法が直接本人の身体から吸い取ることらしい。

 ちなみに、この方法を教えてくれたのは、明日夏の神器(セイクリッド・ギア)に宿るドラゴン。名前はドレイク。

 この間の休日、千秋とのデートの帰りに明日夏に会って、そのときにそのドレイクのことを知った。

 過去に結構やらかしているみたいで、明日夏の肉体を奪おうとしたこともあったみたいで、その日も情報料として明日夏は体を好きにされてさんざんな目に遭ったらしい。そのため、千秋は敵意が剥き出しだし、明日夏もかなり警戒しており、ドライグもかなり鬱陶しそうにしていた。・・・・・・にもかかわらず、ドレイク本人はすごいフレンドリーなんだけどな。

 

 ちゅぷ。

 

「うあっ」

 

 卑猥な水音を立てながら朱乃さんに指を吸われ、その感触に思わず声が出てしまった!

 なんとも言えない感触が指を襲う。

 しかも指先をチューチュー吸われて、その吸引がヤバイ!

 どうして、女の子の口の中ってこんなにぬるってして、(あった)かくて、すっごく気持ちいい!

 ヤバい! 頭の中がピンク色になりそうだぁぁっ!

 ドラゴンの腕になってよかった! ドライグ! 俺、いま、最高の瞬間を生きているよぉぉぉぉぉ!

 明日夏! その身を犠牲にして、こんな素晴らしい方法を見つけてくれてありがとう、親友! おまえが大変な目に遭っていたのに、俺だけこんな幸せな気分を味わってしまって、本当に申し訳ないぜ! 今度、なんか奢ってやるぜ!

 

「あらあら、そんなにウブな反応を見せられると、こちらとしてもサービスしたくなってしまいますわ」

「サ、サービス?」

「ええ。私が後輩を可愛がっても、バチは当たらないと思いますもの」

 

 そう言うと、朱乃さんがしなだれかかってきた!

 

「私、これでもイッセーくんのこと気に入ってますわ」

「お、俺のことをですか・・・・・・?」

 

 耳元で囁いた朱乃さんが抱きついてきた!

 朱乃さんの体、やわらけぇぇぇぇぇ!

 おまけに俺は上半身裸で、朱乃さんも薄い濡れた装束一枚だから、女体の感触がダイレクトに伝わるぅぅぅ!

 濡れた服は冷たいけれど、朱乃さんの体温が温かくて、温度差までエロく感じる!

 おっぱいの感触が薄布一枚の差で・・・・・・。

 

 ブバッ。

 

 鼻血が吹き出た! 当然だって! こんなの鼻血が何リットル出ても足りないわ!

 ふと、朱乃さんの扇情的なお尻に目が行く。

 やっぱり、下の下着も着けていなかった!

 つまり、裸体にこの濡れた薄い白装束一枚だけ・・・・・・。

 

 ブッ。

 

 想像しただけでまた鼻血が吹き出てきた。

 ヤバい。俺、この調子だと出血多量で死ぬかも。

 

「・・・・・・でも、あなたに手を出すと、リアスが怒りそう。あの人、あなたのこと・・・・・・。うふふ、罪な男の子ですね・・・・・・」

 

 そう呟いたあと、朱乃さんが再び俺の指を吸い始めた!

 って、朱乃さん、部長のこと「リアス」って呼んだり、もしかして、二人のときは名前で呼び合ってるのかな。眷族の中でも、一番付き合いが長そうだし。

 そんなこと思いながら、朱乃さんのお口の中の感触とチューチューされるときの快感に身を任せる!

 

「ぷはぁ。ドラゴンの気は抜きました。これでしばらくは大丈夫ですわ」

「・・・・・・・・・・・・あぁ、ありがとうございました・・・・・・」

 

 長かったような、短かったような快楽の波が終わり、快感の余韻でくたっとなってしまった。

 

「フェニックスとの一戦・・・・・・」

「フェニックス?」

 

 ライザーとのゲームのことをなんでいま?

「倒れても倒れても立ち向かっていくイッセーくんは本当に男らしかった。そして、婚約パーティーに乗り込んで部長を救うなんて、それも不死身と呼ばれたフェニックスを打ち倒してまで。あんな素敵な戦いを演じる殿方を見たら、私も感じてしまいますわ」

「うひぃぃ!」

 

 指で胸元をなぞられて、また声を出してしまった。

 

「これって恋かしら?」

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 朱乃さんがその質問をすると同時に学園の予鈴が鳴った。

 

「うふふ、またご一緒しましょうね」

 

 そう言い微笑んだ朱乃さんは部屋から出ていった。

 ・・・・・・なんだったんだ、さっきまでの朱乃さんは?

 

 

―〇●〇―

 

 

「じゃあ、定例会議を始めましょう」

 

 放課後、イッセーの部屋で始まったオカルト研究部定例会議。まず始まったのは、イッセーたちの悪魔の契約の計数発表だった。

 

「今月の契約計数は、朱乃、十一件」

「はい」

「小猫、十件」

「・・・・・・はい」

「祐斗、八件」

「はい」

 

 と、ここまでがベテランメンバーの成果であった。

 

「アーシア、三件」

「はい」

「すごいじゃないか、アーシアさん」

「あらあらうふふ、やりましたわね」

「・・・・・・新人さんにしてはいい成績です」

「ありがとうございます!」

 

 ベテランメンバーの好評にアーシアは嬉しそうだった。

 

「で、イッセー──」

 

 さて、最後のイッセーはと言うと──。

 

「0件」

「め、面目ありません・・・・・・」

 

 とまぁ、イッセーは一件も契約を取れていなかったのだった。アンケート評価に限れば、トップクラスだったりするんだが、契約を取ってなんぼなので、残念ながら評価対象にならない。

 

「がんばって契約を取らないと、上級悪魔への道はますます遠くなるわよ」

「わかってますとも! 来月こそはトップを目指します!」

 

 部長に言われ、イッセーが気合を入れたところで、部屋のドアが開けられた。

 

「お邪魔しますよー」

 

 入ってきたのはおばさんことイッセーの母親だった。

 その手には、下のキッチンでできあがりを待つだけだった俺と鶫手製のお菓子を乗せたお盆を持っていた。

 そろそろできあがるだろうとは思っていたが、わざわざ持ってきてくれたのか。

 

「すみません。そろそろ取りに行こうと思ってたんですが・・・・・・」

「いいのよ、明日夏くん。気にしないで、カルタ研究会の会合に参加してて」

 

 カルタ研究会って、なんか微妙な間違い方をしてるな。

 

「そうそう、それといいもの持ってきちゃった♪」

 

 そう言っておばさんがノリノリで取り出したのはアルバムだった。

 途端、イッセー以外の皆、とくに俺たちが入部する以前のメンバーとアーシアが興味津々でアルバムに入っている写真を見始める。なんせ、そのアルバムはイッセーの幼いころの写真が入っている古いアルバムだからな。

 

「これが小学生のときのイッセーよ」

「あらあら、全裸で。ちっちゃくてかわいいですね」

「ちょっと、朱乃さん! って、母さんも見せんなよ!」

「・・・・・・イッセー先輩の赤裸々な過去」

「小猫ちゃんも見ないでぇぇぇぇぇぇ!」

「これは幼稚園のとき。この頃から女の子のお尻ばっかり追いかけてて」

「・・・・・・・・・・・・サイアクダ・・・・・・」

 

 幼いころのイッセーの写真を見て盛り上がるメンバーに対し、イッセーはだいぶグロッキーになってた。

 そりゃそうか。過去の、とくに幼いころの自分なんて、本人にとってはいろいろと黒歴史なところがあるからな。かなり憂鬱な気分になってることだろう。

 

「小さいイッセー、小さいイッセー! ああぁ!」

「部長さんの気持ち、私にもわかります!」

「アーシア、あなたにもわかるのね! 嬉しいわ!」

 

 ・・・・・・部長とアーシアが興奮しながらマジマジと幼いイッセーの写真を見ていた。

 なんか二人とも、ちょっと危ないヒトみたくなってんな・・・・・・。

 

「あらあら、こちらに小さいころの明日夏くんの写真もありましたわ」

 

 ぐっ、副部長が俺の写真を見つけだしてしまった。

 途端に部長たちが俺や千秋たちの写真を見始めだし、せっかくだから俺たちのアルバムも見せてくれとせがまれ、イッセーに「おまえも道連れだ!」と言わんばかりに睨んできたので、仕方なく俺は自宅からアルバムを持ってきた。ついでに鶫も自分たちのアルバムを自分の部屋からノリノリで持ってきた。

 

「あなたっていまもだけど、幼いころはもっと無愛想だったのね」

「・・・・・・ほっといてください」

 

 部長に言われた俺は素っ気なく返す。

 

「あー、このころの明日夏って、カッコつけて、やたらとクールに振る舞ってましたからね」

「おまえもバラしてんじゃねぇよ、イッセー!」

 

 おまえがその気なら、俺もいろいろと写真にないおまえのことをバラすぞ!

 

「あらあら、やっぱり千秋ちゃんはイッセーくんとのツーショットが多いですわね」

「あぅぅぅ・・・・・・」

 

 副部長に指摘され、千秋は顔を赤く染める。

 

「とくにこの写真なんて、こんなにイッセーくんにくっついちゃって。かわいいですわね」

「──っっっっ!」

 

 その写真を見せられた千秋は顔を真っ赤にさせて、副部長から写真を奪い取ろうとする。

 その写真は千秋がイッセーに結構ベッタリしていたころのものだからな。当然、数あるツーショットの中でも一番ベッタリしている。いまの千秋からすれば、いろいろと恥ずかしい写真だった。

 

「・・・・・・鶫先輩、このころからもうすでに大きいのですね・・・・・・・・・・・・寝る子は育つ」

 

 塔城が鶫の幼いころの写真を見てブツブツと呟いていた。確かに鶫は初めて会ったときから俺たちの身長を優に越していた。小柄な体型を気にしているふしがある塔城にとってはいろいろとうらやましいんだろうな。

 ちなみにイッセーが鶫と話すときに敬語混じりなのは、その身長から年上だと勘違いしたからだったりする。

 

「この写真、燕ちゃんがなんか明日夏くんに突っかかってるね?」

 

 木場が見ている写真には、小学校のころの俺が笑みを浮かべていて、そんな俺に小学校のころの燕が顔を赤くして突っかかっていた。

 

「あー、それはアレだよ、木場」

「アレって、イッセーくん、もしかして?」

「そういうことだよ」

「明日夏くんって、このころから燕ちゃんをいじってたんだね」

 

 木場の言うとおり、俺はわりと昔から燕のことをいじってたりする。主にイッセーのことで。

 

「・・・・・・思い出したら腹が立ってきたわ・・・・・・!」

 

 当時のことを思い出したのか、燕が憎々しげに俺のことを睨んできた。

 そんなこんなで、部長たちはイッセーや俺たちの写真を気恥ずかしさを覚える俺たちをよそに堪能しまくっていた。

 ちなみに、鶫と燕は俺たちが小学校に上がる前のころと中学のころの写真を興味深そうに見ていた。そのときは、鶫と燕とは出会う前とこの町を去ったあとのころの写真だから気になるのだろう。

 

「ね~、イッセーくん」

 

 すると、写真を見てた鶫が唐突にイッセーを呼ぶ。

 

「はい、なんですか?」

「この猫ちゃんは?」

 

 鶫が一枚の写真を指差しながらイッセーに訊いてきた。

 鶫が指差す写真には、中学生のイッセーとそのイッセーに抱き抱えられてる一匹の子猫が写っていた。

 

「イッセー。あなた猫を飼っていたの?」

「ああいえ、その子猫、迷子猫で一時期明日夏の家で面倒を見てたんですよ」

「もう持ち主のところに帰っちゃいましたけどね」

 

 部長の問いにそう答えるイッセーと俺。

 その話題はそれで終了し、再び幼い俺たちの写真で皆盛り上がり始めた。

 

「・・・・・・しかし、昔のアルバムでここまで盛り上がるとはな」

「・・・・・・まったくだぜ」

 

 若干うんざり気に話す俺とイッセーに木場がアルバムを手に話しかけてくる。

 

「ハハハ。僕たちの知らないイッセーくんたちを楽しむことができるからね。僕も堪能させてもらってるよ」

「クソ! おまえは見るな!」

 

 爽やかに笑う木場にイッセーアルバムを奪おうと飛びかかるが、木場は軽やかに躱してしまう。

 

「・・・・・・ったく、母さんも余計なものを持ってきやがって」

 

 木場からアルバムを奪うことを諦めたイッセーがぼやき始める。

 

「いいお母さんじゃないか」

「どこがだよ!」

 

 木場の言葉に再び突っかかり始めるイッセー。

 

「家族がいるって、いいよね」

 

 突っかかってくるイッセーを捌いていた木場が途端に哀愁感を漂わせながらしみじみと言う。

 家族がいる、か。まさか、こいつも俺や千秋みたいに家族を失ったことがあるのか? 父さんと母さんを亡くした俺は木場の横顔からなんとなくそんなことを思ってしまった。

 

「そういや、木場。おまえんちって──」

 

 そんな俺と違って純粋に気になったイッセーが木場の家族のことを訊こうとする。

 

「──ねえ、イッセーくん。明日夏くん。この写真なんだけど──」

 

 そんなイッセーの問いかけを遮るように木場が一枚の写真を指差してきた。

 俺とイッセーは互いに向き合ったあと、木場の手元にある写真を見る。そこには、幼いころの俺とイッセー、それから栗毛の子が写っていた。

 

「ああ、その男の子、近所の子でさ、よく一緒に遊んだんだ。親の転勤とかで外国に行っちまったけど・・・・・・うーんと名前はなんて言ったっけ? えーと確か・・・・・・」

 

 思い出せないイッセーの代わりに答えよとした俺は、木場の視線が栗毛の子ではなく、別のものを見ていることに気づいた。

 

「ねえ、二人とも。この()に見覚えある?」

 

 木場が見ていたのは写っている俺たちの後ろの壁に立て掛けられている一本の剣だった。

 

「いや」

「俺も。なにしろガキのころだし」

 

 知らないと答えた俺だったが、ふと、その子は父親が聖職者だったのを思い出し、その剣の正体についてある可能性に至った。

 

「──こんな事もあるんだね・・・・・・」

 

 そのときの木場は表情こそ苦笑を浮かべたものだったが、その瞳には寒気がするほどの憎悪に満ちていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 どうしちまったんだ、イケメン!

 カキーン。

 

 晴天の空に金属音が木霊する。

 

「オーライオーライ」

 

 イッセーが飛んできた野球のボールをグローブでキャッチした。

 

「ナイスキャッチよ、イッセー」

 

 ボールをキャッチしたイッセーに部長が笑顔で言う。

 旧校舎の裏手にある草の生えていない少しだけ開けた場所で、俺たちオカルト研究部の面々は野球の練習をしていた。

 来週、学園で学校行事である球技大会があり、種目のひとつに部活対抗戦というのがある。なんの球技をやるかは当日発表で不明なので、目ぼしい球技をこうして放課後に練習しているわけだ。んで、今日は野球なわけだ。

 

「次はノックよ! さあ、皆! グローブをはめたらグラウンドにばらけなさい!」

 

 気合の入った部長の声に、俺たちはグローブをはめて散り散りになる。

 部長はこの手のイベントが大好きなうえに、負けず嫌いでもある。

 本来なら、悪魔であるイッセーたちや異形との戦闘のために鍛えている俺たちなら、よほどのヘマをしなければ負けることはない。実際、当日は加減をして臨むことになっている。

 けど、球技のルールや特性を体で覚えておかないとダメだってことで、こうして部長は俺たちに練習を促している。

 部長いわく、「頭でわかっていても、体で覚えていないとダメよ」とのこと。

 ま、実戦では何が起こるかわからないので、こうして練習するのはいいことだしな。

 

「行くわよ! 明日夏!」

 

 カーン!

 

「おっと!」

 

 部長が打ったボールが勢いよく飛んできて俺の横を通り過ぎようとしたのを横に飛んでグローブでキャッチする。そのまま地面の上で一回転して立ち上がり、部長にボールを返球する。

 

「いいわよ、明日夏! 次、アーシア! 行くわよ!」

 

 カーン!

 

 次に部長が打ったボールがアーシアのほうに飛んでいく。

 

「はぅ! あぅあぅあぅ・・・・・・あっ!」

 

 ボールはアーシアの股下を通って、後方へ行ってしまった。

 アーシアは元々、運動神経がお世辞にもよくないからな。悪魔になって多少はマシになってもそこは変わらない。

 

「アーシア! 取れなかったボールはちゃんと取って来るのよ!」

「は、はい!」

 

 だからといって、部長は甘やかさない。

 元々スパルタ気味ではあるが、部長がこうも気合を入れているのは、先日のライザーとのゲームに負けたことに起因する。

 経験や人数の差があったとはいえ、負けは負け。部長は心底悔しかったんだろう。その気持ちが勝ち負けに対して強い姿勢を見せているのだろう。

 まあ、そのことは俺たち全員もわかっていることなので、こうして練習に取り組んでいる。

 

「次、裕斗! 行くわよ!」

 

 部長は木場に向けてフライ気味にボールを飛ばす。

 あれぐらいだったら、木場なら余裕だろう。──いつもの木場ならな。

 

 コン。

 

 ボケーっと、うつむいていた木場の頭部にボールが落ちた。

 

「木場! シャキッとしろよ!」

 

 それを見て大声をあげるイッセー。

 それに反応してイッセーのほうを見る木場だったが、その表情はきょとんとしたものだった。どうやら、何があったのか気づいてすらないようだな。

 

「・・・・・・あ、すみません。ボーッとしてました」

 

 ようやく気づいたのか、下に落ちているボールを拾い、作業的なフォームで部長のほうへ投げる。

 

「裕斗、どうしたの? 最近ボケッとしてて、あなたらしくないわよ?」

「すみません」

 

 部長の問いに、木場はただただ素直に謝るだけだった。

 部長の言う通り、木場は最近、ボケッとしていることが多く、球技大会の練習に限らず、オカ研の定例会議でもこのありさまだ。

 

「・・・・・・なあ、明日夏。木場がこうなったのって──」

「・・・・・・ああ。あの写真を見てからだ」

 

 俺のもとに駆け寄って小声で訊いてきたイッセーに言った通り、木場がああなったのは、イッセーの家でアルバム鑑賞会をしたときからだ。

 あのとき、木場は──。

 

『こんな思いもかけないところで目にするなんて・・・・・・これは聖剣だよ。──いや、なんでもないんだ。ありがとう、二人とも」

 

 そう言って、笑顔でアルバムを返してきた木場だったが、それからだった。木場の様子がおかしくなり始めたのは。

 ──「聖剣」。写真に写っていた剣を木場はそう呼んだ。

 

「なあ、明日夏。聖剣って──」

「おまえも物語やアニメ、ゲームなんかで聞いたことあるだろう? 聖なる力を宿した剣とか魔を祓う剣なんて説明でな。実際にそのまんまで実在するんだよ。おまえら悪魔にとっては最も警戒し危険視する存在、教会の切り札としてな」

 

 まさか、幼少のころに身近にあったとはな。

 

「そういえば、ライザーとのレーティングゲームのとき──」

「ああ、あれか」

 

 イッセーが呟いたのは、ライザーとのレーティングゲーム、木場が相対したライザーの『騎士(ナイト)』カーラマインが、聖剣使いと相対したことがあることを知った瞬間、人が変わったように憎悪を表したときのことだ。

 

「木場と聖剣、なんかあるのか?」

「おそらく過去、それもたぶん、部長の眷属になる以前に何かしらの因縁があるんだろう」

 

 そういえば以前──。

 

『個人的に堕天使や神父は好きじゃないからね。憎いと言ってもいい』

 

 そんなことを口にしていたのを思い出した。今回の件と無関係ではないんだろう。

 

「まぁ、木場の過去も知らない俺たちがああだこうだと予測を立てても仕方がねえし、かなりデリケートな事情みたいだからおいそれと訊くわけにもいかねぇし、そもそも、聖剣なんてそうそう関わることはないだろう。木場のあの状態も時間が解決してくれるはずだ」

 

 いまはそっとしといたほうがいいだろう。ヘタに追求すればかえって悪化するかもしれないからな。

 

「球技大会でもあの調子のときは俺たちでカバーするしかないだろう」

「そうだな。それはそれとしていまは球技大会だな」

 

 ふと、おそらくオカ研で一番やる気を出しているであろう部長のほうを見ると、マニュアル本を熱心に読み込んでいた。

 

「そういえば、最近は恋愛のマニュアル本を読んでたな」

 

 何気なしに呟いた言葉を聞いて、イッセーがショックを受けていた。

 

「マ、マジか!? 部長が恋愛のマニュアル本! そ、それって、部長に好きなヒトができったって言うのか!?」

「・・・・・・まぁ、そういうことなんだろうな」

 

 イッセーが頭を抱えて悩みだした。

 この反応からして、だいぶ入れ込んでるな。

 まぁ、そうでなきゃ、婚約パーティーに乗り込むような度胸なんてないよな。

 

「安心しろ。少なくともおまえの知らないところで部長に恋人ができるなんてことはあり得ねぇよ」

「ほ、本当か・・・・・・? 信じるからな。ああ、部長に彼氏なんかできたら俺死んじまう・・・・・・」

 

 千秋も大変だな。この状態の奴を自分に振り向かせるなんて。

 逆の立場になれば部長もこうなるんだろうけど。部長には悪いが、俺は身内のほうを応援させていただきますよ。

 

「さーて、再開よ!」

 

 部長がバットを振り上げて、練習は再開された。

 

 

―○●○―

 

 

「今日こそ契約取らねぇと! 木場どころかアーシアにまで抜かれてるし!」

 

 球技大会の翌日、俺は今日もチャリで依頼主のところに向かっていた。

 昨日の球技大会は大変だったぜ。クラス対抗戦では野球だったこともあり、俺たちのクラスが優勝したけど、種目がドッチボールだった部活対抗戦ではそれはもう大変だった。俺以外の部員が学園アイドルだっていうことがあってボールを投げられず、さらに俺がそのアイドルたちと一緒にいることに対する妬みもあって、それはもう全生徒が俺に集中砲火だった。

 おまけに大会中もボーッとしてた木場のカバーに入ろうとしたら、そのボールが生徒会との勝負のときみたいにまた股間に当たってえらいダメージを受けてしまった。

 

「まったく。木場の奴、大丈夫なのかよ?」

 

 明日夏は時間が解決してくれるって言ってたけど、こんな調子で大丈夫なのか?

 なんて考えてるうちに依頼主がいるホテルに到着した。とりあえず、いまは契約を取ることに集中だ!

 

 ピンポーン。

 

「また『チャイム鳴らして現れる悪魔なんてあるか!』とか言われるんだろうなぁ・・・・・・」

 

 ガチャ。

 

 若干憂鬱な気分になりながら待ってると、ドアが開けられた。

 

「ちわーっス。悪魔を召喚した方ですよね? ああ、おかしいと思ってますか? 思ってますよね! 本当はお配りしたチラシの魔方陣からドローンって現れるんスけど、ちょっと諸事情で──」

「まあ、入ってくれよ」

「え?」

「キミ、悪魔なんだろう?」

 

 なんか、珍しくあっさり納得してくれて中に入れてくれた。

 

「うわっ、スッゲーなぁ・・・・・・」

 

 中に入れられた俺はソファーに座るが、あまりにもフカフカなソファーに驚いてしまった。とても高そうであった。

 部屋を見回すが、どの家具もソファー同様で高そうなものばかりであった。

 外国人みたいだけど、何やってるヒトなんだ?

 

 ガチャ。

 

 依頼主の人がお酒を持って入室してきた。

 前髪が金髪の黒髪で顎に髭を生やしたワルそうな風貌なイケメン、いわゆるワル系イケメンな人であった。外国人だが浴衣を見事に着こなしていた。

 

「まあ、やってくれ」

「ああ、俺まだ未成年なんで・・・・・・」

「そうか。これはしまったなぁ。酒の相手をしてほしかったんだがなぁ・・・・・・」

「依頼ってそれなんですか?」

「ダメなのか?」

「い、いえ、そちらの願いを叶えて、それに見合う対価を頂ければ契約は成立しますんで」

 

 にしても、悪魔を召喚してまで叶えてほしい願いなのだろうか?

 

「あいにく、酒しかないんだ。氷水でいいかい?」

「あ、は、はい」

 

それから数十分後。

 

「フッハッハッハッハッハ! 魔力が弱くて召喚された人間のところへ自転車でぇ?」

「・・・・・・はぁ、まぁ・・・・・・」

「こりゃ傑作だ! フハハハハハ!!

 

 そんなに笑われると流石にムッとするが、これも契約のためだ、我慢我慢!

 そう思い、怒りをグッと抑え、出された氷水を口にする。

 

「いやぁ楽しかったよぉ! で、対価は何がいいんだい?」

「え? もう!」

「悪魔だから魂とか?」

「え、まさかぁ。酒の相手くらいじゃあ、契約内容と見合いませんよぉ」

「ほぉ、意外に控え目なんだな?」

「うちの主は明朗会計がモットーなんで」

「じゃ、あれでどうだ?」

 

 そう言って、壁に掛けてあった絵を指差す。とても高そうな絵だった。

 

「複製画じゃないぞ」

「はぁ、でも結構高そうな・・・・・・」

 

 正直、酒の相手ぐらいの契約内容に見合ってるとは思えなかった。

 

「いま他に適当なものがなくてな。ダメなら魂しか──」

「え、じゃあ、絵で結構です!?」

 

 

 それから、なんだかんだで契約は成立し、俺は代価として大きな絵をもらうことになった。

 男性は俺のことを気に入ったらしく、今後も呼んでくれるそうだ。

 

「変な人だったなぁ。ま、契約は成立したし、これで野望に一歩近づいたぜ! ハーレム王に俺はなる!」

 

 契約を終わらせ、梱包した絵を背負った俺は帰路についていた。

 

「ん?」

 

 すると、ケータイの着信音が鳴った。部長のお呼びだしであった。

 俺は部長に呼び出された場所にチャリを向かわせた。

 

 

―○●○―

 

 

 部長に呼び出された場所はとある廃工場だった。

 

「イッセー、こっちよ」

「はい」

 

 門のところに部長たちがいた。

 絵を下ろして、部長たちのほうに駆け寄る。

 

「ゴメンなさい、呼び出してしまって」

「いえ。それで、あの工場の中に・・・・・・」

「・・・・・・間違いなく、はぐれ悪魔の臭いです」

 

 小猫ちゃんが鼻を動かしながら言う。そう、呼び出されたのは、はぐれ悪魔の討伐のためだった。

 

「今晩中に討伐するように命令がきてしまいまして」

「それだけ危険な存在ってことね」

 

 マジかよ。あのバイザーって奴よりも危険なのかよ?

 

「中で戦うのは不利だわ。アーシアは後方待機」

「はい」

「朱乃と私は外で待ち構えるから、小猫と祐斗とイッセーは外に誘きだしてちょうだい」

「はい、部長」

「・・・・・・はい」

「了解! 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』!」

 

 俺は了承するとすぐに『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を出す。

 

「・・・・・・祐斗?」

「あっ、わかりました」

 

 反応がなかった木場を訝しげに思った部長が木場を呼び、木場が慌てて返事をしていた。大丈夫なのかよ、そんな調子で。

 

「じゃあ、行くか! 木場、小猫ちゃん」

「・・・・・・はい」

「・・・・・・ああ」

 

 俺たちは廃工場の入り口まで来た。このメンツだと、アーシアを助けに教会に攻めこんだときのことを思い出すな。

 

「どんな奴かなぁ? また、化け物みたいな奴だったら──」

「えい」

 

 ドガァッ!

 

「ああ、やっぱいきなりですか・・・・・・」

 

 ・・・・・・あのときと同様、小猫ちゃんが問答無用と扉をぶち破ってしまった。

 

「・・・・・・行きますよ」

「ああ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 俺たちは廃工場内に入り、辺りを見回すが何も見当たらなかった。

 

「何も見当たらないな──あ?」

 

 小猫ちゃんがふと立ち止まった。

 

「小猫ちゃん?」

「・・・・・・来ました」

 

 小猫ちゃんの視線の先を見ると、パイプの陰にこちらを怯えた表情で見てくる女の子がいた。しかも全裸だと!

 

「・・・・・・・・・・・・あぅ──ギィシャァァァァァッ!!」

 

 可憐な少女の姿からいやな音を立てて頭から角が生やし、蜘蛛のような下半身をした化け物へと変異し、天井を這いだした!

 

「うわぁっ!? やっぱ化け物じゃん!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 俺は驚きながらも倍加をスタートさせる。

 

「祐斗先輩、お願いします!」

「・・・・・・・・・・・・」

「祐斗先輩!」

「あっ、ゴメン──」

 

 小猫ちゃんが木場に頼むが、木場はまたボーッとしており、小猫ちゃんが語気を強めて呼ぶとようやく木場が反応した。

 

 ビュッ。

 

「うッ!?」

「あっ!?」

 

 だがそこへ、はぐれ悪魔が下半身から液体みたいなのを飛ばし、それが小猫ちゃんに当たってしまった!

 

「ううぅ・・・・・・」

 

 液体が当たった場所がジューと溶けて、その痛みで小猫ちゃんが膝をついてしまった!

 そんな小猫ちゃんにはぐれ悪魔が襲いかかろうとする!

 

「野郎!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 俺はすかさず小猫ちゃんの前に出る!

 

「ギィヤァァァァァッ!!」

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

「ドラゴンショット!」

 

 向かってくるはぐれ悪魔に向けてドラゴンショットを放つがあっさりと弾かれてしまった!

 

「チッ! やっぱパワーアップが足りねぇか! 何ボォーッとしてんだ、イケメン!」

「あっ!」

 

 俺の怒声でようやく木場が戦闘に集中しだし、はぐれ悪魔に向かって斬りかかる。

 

「ハァッ!!」

 

 ズバッ!

 

「ギィヤァァァァァッ!?」

 

 よっしゃ、腕を斬り落とし──って、おい!?

 木場がパイプに足を取られて膝をつきやがった!

 そこへすかさずはぐれ悪魔が木場に襲いかかる!

 

「木場ぁぁぁッ!?」

「………シャァァァァ……」

「・・・・・・ぐっ・・・・・・!」

 

 はぐれ悪魔にのしかかられ、身動きがとれなくなった木場。

 そんな木場にはぐれ悪魔が噛みつこうとする!

 

 ガシャァァァン!

 

「「「ッ!?」」」

 

 その瞬間、天窓を突き破って、人影がふたつ舞い降りてきた!

 

「明日夏! 燕ちゃん!」

 

 人影の正体は明日夏と燕ちゃんで、明日夏の両手にはナイフ、燕ちゃんの両手には忍者が持っているクナイを持っていた。

 

「「フッ!」」

 

 ドスッ!

 

 二人はそのまま落下の勢いを利用してナイフとクナイをはぐれ悪魔の背中に突き刺した!

 

「ギィヤァァァァァッ!?」

 

 はぐれ悪魔は突き刺された痛みから、木場に噛みつこうとした顔を引いて悲鳴をあげる。

 

「よっと」

 

 そこへいつの間にか現れた鶫さんがはぐれ悪魔のもう片方の腕を掴み、それを見た明日夏と燕ちゃんははぐれ悪魔の背中から飛び降りる。

 

「そ~れ~!」

 

 そのまま鶫さんははぐれ悪魔を背負い投げてしまう!

 さらに投げ飛ばされたはぐれ悪魔に何かが飛来し、先端が弾けたと思ったら、そこから無数の何かが飛び散って、はぐれ悪魔の体中に突き刺さった!

 飛来物が飛んできたほうを見ると、そこには弓を構えた千秋がいた。さっきのは千秋の矢か。

 

「ギシャアアアアアアッ!?」

 

 苦痛に叫ぶはぐれ悪魔の足を小猫ちゃんが掴む!

 

「……吹っ飛べ!」

 

 そのまま自慢の怪力ではぐれ悪魔を上に投げ飛ばし、はぐれ悪魔は天窓を突き破って廃工場の外へ出た。

 

 バリィィィィッ。

 

 そこを待ち構えてた朱乃さんの(いかずち)が襲う!

 俺たちはすぐさま廃工場の外へ出ると、部長がもはや虫の息であったはぐれ悪魔に近づいていた。

 

「主の下を逃げ、己の欲求を満たすために暴れまわる不貞の輩。その罪、万死に値するわ! グレモリー公爵の名において、あなたを吹き飛ばしてあげる!」

 

 虫の息であったはぐれ悪魔を部長の魔力が包み込み、跡形もなく消し去ってしまった。

 

「やった!」

「心を完全に失っていました。もはや悪魔とは呼べませんわね」

 

 俺の隣に降り立った朱乃さんがはぐれ悪魔のことをそう言った。

 

「ああはなりたくねえな・・・・・・」

「緊急の討伐命令が出るはずですわ」

 

 ああなると想像しただけでゾッとするぜ・・・・・・。

 

「小猫ちゃん、傷を」

「・・・・・・すみません」

 

 アーシアが小猫ちゃんの治療のために駆け寄ってきた。

 

「ところで明日夏」

「なんだ?」

「さっきは助かったけど、なんで皆ここにいるんだ?」

「ああ、それは──」

 

 パンッ。

 

「ッ!?」

「・・・・・・ま、あれが理由だな」

 

 突然の乾いた音に驚き、そちらへ顔を向けると、木場が部長に頬をひっぱたかれていた。

 

「少しは目が覚めたかしら? 明日夏たちが駆けつけたから事なきを得たものの、ひとつ間違えば、誰かが危なかったのよ」

「・・・・・・すみませんでした」

 

 明日夏が言うには、木場のいままでの状態を見て、戦闘中に何かやらかすんじゃないかと危惧して駆けつけたらしい。

 実際その通りで、ヘタすれば木場自身や小猫ちゃんが危なかった。

 

「球技大会のことといい、いままでのこといい、本当に一体どうしたの?」

「・・・・・・調子が悪かっただけです。今日はこれで失礼します」

 

 そう言って木場はこの場から立ち去ってしまった。

 俺は木場を追いかける。

 

「木場!」

 

  俺は追いつくなり、肩を掴んで歩みを止めさせる。

 

「どうしたんだよ? おまえ、マジで変だぞ!? 部長にあんな態度なんて!」

「・・・・・・キミには関係ない」

 

 俺が問うが、木場は作り笑顔で冷たく返してくる。

 

「ッ! 心配してんだろうが!」

「・・・・・・心配? 誰が誰をだい?」

「はぁ!」

「・・・・・・悪魔は本来、利己的なものだよ?」

「・・・・・・おまえ、何言ってんだよ?」

「・・・・・・ま、球技大会も、今回も僕が悪かったと思っているよ。・・・・・・それじゃ」

 

 そう言って、木場はまた立ち去ろうとする。

 

「待てよ!」

 

 俺はそれを呼び止める。

 

「もし、悩みとかあるなら話してくれ! 俺たち、仲間だろ!」

「仲間か。イッセーくん、キミは熱いね」

「なっ!?」

「僕はね、基本的なことを思い出したんだよ」

「・・・・・・基本的なこと?」

「生きる意味・・・・・・つまり、僕がなんのために戦っているかっていうことさ」

「・・・・・・そんなの、部長のためだろ?」

「・・・・・・違うよ。僕は復讐のために生きている」

「・・・・・・復讐?」

「・・・・・・聖剣エクスカリバー──。それを破壊することが僕が生きる意味だ」

 

 そう言って立ち去る木場を俺は追いかけることができなかった。

 そのとき、俺は初めてこいつの本当の顔を見た気がした。

 

 

―○●○―

 

 

「聖剣は悪魔にとって最悪の武器よ。悪魔は触れるだけで身を焦がし、斬られれば即消滅することだってあるわ。そう、聖剣は悪魔を滅ぼすことができるの」

「明日夏から聞いてましたけど、改めて聞くと恐ろしい武器ですね」

 

 あのあと、俺、アーシア、千秋、鶫さん、燕ちゃんは俺の部屋で部長から聖剣について聞いていた。

 

「でも確か、扱える者が極端に限られているって・・・・・・」

「ええ、そうよ、千秋。それが聖剣の最大の難点なの。だから教会は聖剣の一種であるエクスカリバーを扱える者を人工的に育てようと考えたの。・・・・・・それが『聖剣計画』」

 

 『聖剣計画』、か。

 

「私が教会にいたころはそんなお話なんて聞いたことも・・・・・・」

「でしょうね。もう随分前の話よ。計画は完全に失敗したと聞いてるわ」

 

 ・・・・・・なんだ、失敗したのか。それを聞いて安心した。

 悪魔として、そんな恐ろしい計画が成功してたかと思うとゾッとするぜ。

 

「祐斗はその生き残りなのよ」

「え!?」

「木場さんが!?」

 

 部長の言葉に俺とアーシアは声をあげて驚いてしまう。

 まさか、木場がアーシアと同じ教会の人間だったなんて!

 

「あっ!」

「何?」

「ちょっと待ってください!」

 

 俺はあるものを取ってきて、部長に見せる。そう、木場がおかしくなるきっかけになったであろうあの写真だ。

 

「木場がこの写真を見て聖剣だって」

「「「「えぇッ!?」」」」

 

 俺の言葉を聞いて驚くアーシアたち。たぶん、幼少のころの俺と明日夏の身近に聖剣があったことが驚きなのだろう。

 

「エクスカリバーほど強力な物ではないけれど・・・・・・間違いないわ。これは聖剣よ。イッセー。あなた、もしくは明日夏の知り合いに教会と関わりを持つ人がいるの?」

「いえ、俺も明日夏も身内にはいません。ただ、俺たち一緒に写ってるこの子がクリスチャンで、この子の家族に誘われて何度か教会に行ったことがあるんですよ」

「そういうこと。ここの前任者が消滅したわけがわかったわ。でも確か──」

「部長?」

 

 部長は何か思い当たることがあるのか、独り言を呟きながら考え込んでしまった。

 

「ああ、ごめんなさい。祐斗のことはとりあえず少し様子を見ましょう。さて、もうこんな時間、そろそろ寝ましょう」

 

 そう言うと、部長はおもむろに服を脱ぎ出した!

 

「ぶ、部長!? なぜにここで服を!?」

「なぜって、私が裸じゃないと寝られないの知ってるでしょう?」

「いやいやいやいや! じゃなくて、なぜに俺の部屋で!?」

 

 騒ぎつつも、部長のボディーを目で堪能する俺。

 

「あなたと一緒に寝るからに決まってるでしょう?」

「はぁっ!?」

 

 当然のことのように言う部長。

 

「なら私も寝ます! イッセーさんと一緒に寝ます!」

「私もイッセーくんと一緒に寝る~!」

 

 アーシアと鶇さんまで服を脱ぎ出し始めた!

 

「姉さん、何やってるのよ!」

「せっかくだから~、燕ちゃんも一緒に寝よ~」

「ちょっ!? 服に手をかけないで!? 脱がすなぁぁッ!?」

 

 鶫さんを止めようとしていた燕ちゃんだったけど、逆に鶇さんに服を脱がされそうになっていた。

 

「わ、私もイッセー兄と一緒に寝る!」

 

 とうとう千秋まで脱ぎ出したぁぁッ!

 ちょ、ちょっと、どういう状況ですか!? なんで女の子同士の戦いが俺の部屋で勃発してるの!?

 皆裸で非常に眼副なのに、息苦しい! ここは酸素が薄いよ!

 俺は気まずい空気の中、懸命に酸素を求めるのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・何やってるんだか」

 

 俺は嘆息しながらケータイを切る。

 千秋が部長の話をケータイを通じて俺に聞かせてくれていたのだが、深刻そうな雰囲気が部長の一緒に寝る宣言で見事に混沌とした雰囲気になってしまった。

 

「・・・・・・やれやれ」

 

 俺はケータイをしまい、木場のほうに視線を戻す。

 木場の様子が気になり、遠くからこのようにして俺は木場の様子をうかがっていた。

 木場は一度、以前レイナーレと戦った廃教会に訪れると、あとはもう宛もなく歩き回っているだけだった。

 

「・・・・・・『聖剣計画』、か」

 

 俺は木場の様子から頭の中で最悪のシナリオが思い浮かんだ。

 

「仮に的中したとしたら──聖職者のやることじゃねえな・・・・・・」

 

 いや、フリードみたいなイカレ神父がいたんだ。頭に浮かんだことをする奴がいても不思議じゃねぇか・・・・・・。

 

「ん? 降ってきたか・・・・・・」

 

 雲行きが怪しかったが、案の定雨が降ってきた。予報だと、本来は昨日降るはずだったんだが、結局降らず、代わりに今日降ってきたみたいだ。

 木場は雨が降っても構わず歩き続けていた。いや、一旦頭を冷やそうとわざと当たってるのか?

 そういう思考ができるのなら、バカなマネはしないだろう。

 とりあえず、ズブ濡れになるのはあれなので、いったん戻って、傘なり雨合羽なり持ってくるか。

 そう思い、踵を返して急いで家に向かう。

 

「ん?」

 

 帰路の途中、妙な臭いを感じて足を止める。

 なんだ、この臭い? 鉄みたいな──ッ! まさか、血か!?

 俺は慌てて周りを見渡す! すると、路地裏から雨水で流されたと思しき赤い液体が流れ出てきていた!

 

「あそこかッ!」

 

 俺はすぐさま路地裏に駆け込む! そこで俺の目に入ったのは──。

 

「っ!?」

 

 な、なんだ、これは・・・・・・!?

 そこは圧倒的な赤。真っ赤な世界が広がっていた・・・・・・。

 おびただしい量の血が路地裏に散乱しており何より──。

 

「うっぷ!?」

 

 何よりも目に入ったものを見た瞬間に強烈な吐き気が襲ってきて、思わず口を手で押さえる。

 それは人──いや、()()()()ものだった。

 それは四肢と首を胴体から切断されており、切断された四肢をさらに間接部分で切断されていた。それだけでは留まらず、さらに切断したものを均等に切り分けられていた。顔にいたっても、鼻、両耳、唇を切り落とされ、胴体も腹を裂かれ、内臓や腸も均等に切り分けられていた。

 バラバラにして惨殺された死体──それがそこにあった。

 いや、順序が逆だな。これはどう見ても、殺してからバラバラにしたんだ。

 普通の神経じゃ絶対できない仕打ちだった。

 

「グッ・・・・・・」

 

 吐き気をなんとか抑え込み、改めて死体を見る。見た感じ、たぶん男性だった。すると、血溜まりに何か光るものを見つけた。

 俺はそれを手に取ってみる。

 

「・・・・・・十字架?」

 

 間違いなく、それは十字架。それも、アーシアが持っていたものと同じものだった。

 つまり、この死体の正体は神父ということになる。

 

「・・・・・・なんで神父が?」

 

 レイナーレのところにいたはぐれ神父の生き残り? それとも正統な神父?

 前者はまだわかるが、後者だとしたら、なぜこの町に神父がいるんだということになる。

 神父の正体をあれこれと考えているときだった──。

 

「──動くな」

「ッ!?」

 

 突然背後からそう告げられた。

 そして、俺の首筋に刃物らしきものが突きつけられた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 エクスカリバーを許さない!

 雨が降りしきる中、僕は傘も刺さずに歩いていた。熱の上がった頭にはちょうどいいぐらいだと思う。

 

 ──俺たち、仲間だろ!

 

 脳内にイッセーくんの言葉が響き渡る。

 ・・・・・・すまない。僕は本来、仲間と楽しく過ごしちゃいけないんだ。そんな資格なんか僕には・・・・・・。

 恩がある部長にもあんな態度をとってしまった。・・・・・・『騎士(ナイト)』失格だね。

 

 バシャバシャ。

 

 雨とは違う音を僕の耳が捉える。

 

「あっ、ああっ! た、助けてぇっ!?」

「・・・・・・神父?」

 

 音がするほうを見ると、物陰から神父が出てきた。

 何かに追われているのか、必死の形相で逃げるように助けを求めながらこちらに向かって走ってきた。

 

「あああああああっ!?」

 

 神父が突然、悲鳴をあげてその場に倒れ伏した。

 見ると、背中に大きな切り傷があった。

 

「ッ!」

 

 異常な気配を察し、顔をあげて神父の後方を見る!

 

「やあやあ、ヤッホー」

 

 そこには長剣を持ち、神父服を着た白髪の少年がいた! そして、僕はその少年神父を知っていた!

 

「おっひさだねー。誰かと思ったらー、クソ悪魔のクソ色男くんではあーりませんかー」

「フリード・セルゼンッ!」

 

 白髪のイカれた少年神父──フリード・セルゼン。以前、堕天使との一戦で僕たちとやりあったはぐれ神父であった。

 

「・・・・・・まだこの町に潜伏していたのか?」

「すんばらしーい再会劇に、あたしゃ、涙ちょちょ切れまくりっスよ! フッフッフー!」

 

 ・・・・・・相も変わらず下品でふざけた言動だ。

 

「・・・・・・あいにく、今日の僕は機嫌が悪くてね」

 

 ちょうどいい。この溜まりに溜まった鬱憤をはらさせてもらおう。そう思った僕は右手に魔剣を創り出す。

 

「ヒャハハハハハッ! そりゃまた都合がいいねー! ちょうどオレっちも、神父狩りに飽きたところでさー!」

 

 彼はそう言うと、手に持つ長剣を掲げてふざけたように振り回し始めた。

 

「ッ!?」

 

 彼の持つ剣を見て、僕は驚愕する。

 

「その輝き、オーラ──まさか!?」

「バッチグー! ナイスタイミーング! 以前のお返しついでに試させてくんねぇかなぁ? どっちが強いかー! おまえさんのクソ魔剣と、この聖剣エークスカーリバーとさぁッ!」

「ッ!」

 

 僕はエクスカリバーを許さない!

 

 

―○●○―

 

 

 そこはとある廃教会。先日、アーシアを巡って堕天使とグレモリー眷属たちが相対した場所だった。

 その廃教会にローブを纏った三人の少女と一人の少年と青年が訪れた。

 

「・・・・・・随分と荒れ果てたものだ」

 

 少女の一人が廃教会の惨状を見てそう漏らす。

 

「・・・・・・破棄された所とは言え、これはちょっと・・・・・・」

「つい最近、堕天使と悪魔がひと騒動したとは聞いてたけど」

 

 もともとひどいありさまではあったが、フリードとグレモリー眷属たち、堕天使レイナーレとイッセーの戦闘でよりひどい状態になっていた。

 

「・・・・・・どうでもいい。潰し合いなら勝手にやってろだ」

 

 少年が興味なさげに吐き捨てる。少年にとって堕天使と悪魔が潰し合いをしようが、その果てにどうなろうが興味のないことだった。

 

「しかし、遅いな?」

 

 最初に口を開いた少女がローブのフードを取る。前髪の一部に緑色のメッシュを入れた青髪で目つきが鋭い少女だった。

 

「待ち合わせ場所はここで合ってるのか?」

 

 少年も少女の一人に訊きながらフードを取る。黒髪で青髪の少女よりも鋭い目つきをした褐色肌の少年だった。

 

「間違うはずがないわ。ここは私が両親と過ごしたところよ。子供のころにねぇ」

 

 少女の一人がフードを取る。栗毛の髪をツインテールにした天真爛漫そうな少女だった。そして、懐から一枚の写真を取り出す。その写真はなんと、現在木場の様子を一変させた原因である幼いイッセーと明日夏、その二人と同い年ぐらいの子供が写った写真と同じものだった。そう、少女の正体はその写真にイッセーと明日夏と一緒に写っている栗毛の子供なのだった。

 

「あ、かわいい」

 

 最後の少女が写真を見て感想を言いながらフードを取る。黒髪をポニーテールにした人懐っこそうな少女だった。

 

「そっちの男の子たちは?」

「幼馴染みよ。よく一緒に遊んでたの。元気にしてるかなぁ? せっかくだからあとで顔を出しに行こうっと」

「そんなことより、先に来てる奴らは何やってるんだ? 場所がここならすでにだいぶ過ぎてるぞ」

 

 彼らがこの廃教会に訪れたのは、とある任務のための情報提供者たちとの合流場所がここだったからだった。だが、少年の言う通り、合流時間が大幅に過ぎてもに情報提供者たちがいっこうに訪れてこなかった。

 

「何かトラブルがあったと見るべきか?」

 

 最後に青年がフードを取る。白髪をオールバックにした落ち着いた雰囲気を放つ青年だった。

 

「やむを得ん。三手に別れて探索を行う。私は一人で、キミたちは二人ずつで探索に当たってくれ」

「わかった」

「はーい」

「はい」

「了解」

「二時間後にここで落ち合おう」

 

 青髪の少女と栗毛の少女、黒髪ポニーテールの少女と少年でペアとなり、少年少女たちは廃教会をあとにした。

 

「さて・・・・・・・・・・・・最悪な事態になってなければいいが」

 

 青年はほぼ確信じみた予感を覚えながら、情報提供者たちを探しに廃教会をあとにした。

 

 

―○●○―

 

 

 首に刃物を突きつけられ、ヘタに動けずにいた俺はおとなしく手を上げる。

 チラッと刃物を見てみる。形状と特徴的な刃紋から、おそらく刃物の正体は日本刀。

 

「答えろ。これをやったのは貴様か?」

 

 背後にいる日本刀の持ち主に問いかけられる。声からして、女、それも若いな。そして、そう質問するってことは、まずこの惨状を産み出した犯人じゃないということになる。

 ──この神父の仲間──シスター、いや、エクソシストか?

 

「いや。俺がここに来たときからすでにこの有り様だ。やった奴の顔が見たいもんだ──わざわざ名前を残すような奴だからな」

「何?」

 

 俺の言葉に疑問符を浮かべているであろう背後の女に顎であるものを指す。

 それは壁に血で描かれた文字だった。雨で少し溶けて垂れてはいたが、なんとか読めた。その文字はこう書かれてた──。

 

「・・・・・・・・・・・・『Bell(ベル) the() Ripper(リッパー)』・・・・・・だと」

「・・・・・・『切り裂きベル』・・・・・・『ジャック・ザ・リッパー』の真似か?」

 

 壁の文字は『ベル・ザ・リッパー』──『切り裂きベル』と書かれていた。有名な殺人鬼、「切り裂きジャック」こと「ジャック・ザ・リッパー」の真似事か?

 

「こっちも確認するが、おまえはこの神父の仲間か?」

 

 俺のほうも女の正体を探るために訊く。

 

「神父? いや、私は教会関係者ではない。それよりもなぜ、この男が神父だとわかった?」

 

 おっと、余計な疑念を与えちまったか・・・・・・。

 確かに、こんな状態じゃ、男性だとはわかっても、神父とまではわからないからな。

 俺は手に持っていた十字架を見せる。

 

「十字架?」

「元シスターのダチがいてな。そいつが持っていたものと同じ十字架だったんだよ」

「それでその男が神父だとわかったわけか」

「そういうことだ。それともうひとつ訊くが──おまえは何者だ?」

 

 少なくとも、この状況で冷静に俺を問い詰めるあたり、ただ者じゃないのは確かだ。

 

「こんな物騒なものを持ってる時点で、普通の一般人じゃないのは確実だよな?」

「そう問いかけるということは、貴様も普通の一般人ではないな? この状況でも冷静な振る舞いといい、何者だ?」

 

 ・・・・・・このままじゃ、埒があかないな。なら──。

 

「なっ!?」

 

 俺は手に持っていた十字架を背後にいる女に投げつけた。

 女の驚愕の声が聞こえると同時に首筋に当てられていた刀が首筋から離れた。

 俺はそのスキを逃さず、刀を腕で上に弾き、武装指輪(アームズ・リング)からナイフを取り出して振り向く。

 ナイフを逆手持ちで構えたまま警戒を緩めず、女の姿を確認する。

 黒の雨合羽を着ており、顔もフードで隠れていた。そして、その手にはさっきまで俺に突きつけていた日本刀があった。

 

「──明日夏?」

「──何?」

 

 女が刀を構えた瞬間、女の口から俺の名が出てきた。

 なんで俺の名前を? いや、そういえば、こいつの声、聞き覚えが・・・・・・。日本刀──まさか!

 

「──(えんじゅ)

 

 俺がその名を口にすると、女はフードを取った。

 フードの中からあらわになった女の容姿は長い黒髪をポニーテールにし、少しきつめの目つきをした少女だった。

 間違いなかった。──夜刀神槐(やとがみえんじゅ)。俺と同い年ながらも正式な賞金稼ぎ(バンティハンター)をやっている少女だった。

 

「ひさしぶりだな、明日夏」

 

 槐は刀を鞘に納めると、笑みを浮かべて言う。

 

「ああ。本当にひさしぶりだな、槐」

 

 最後に会ったのは、中学三年に上がるころだったから、ざっと二年と数ヶ月ぶりになるのか。

 

「なんでおまえがこの町に?」

 

 いや、答えはわかりきっているか。槐はハンター。その目的は賞金首。そして、賞金首は世界中のどこにでもいる。たまたま、この町に賞金首がいて、そいつを追ってこの町に来たってところだろう。

 

「おまえが考えている通りだ。この町にはある賞金首を追ってレン兄上と訪れたのだ」

「レンも来てるのか?」

 

 レンこと夜刀神蓮火(やとがみれんか)。槐の兄で、同じく賞金稼ぎ(バンティハンター)だ。

 それにしても、槐だけでなく、レンまでいるってことは──。

 

「──おまえたちが追っている奴、相当ヤバい奴なのか?」

 

 俺の問いに槐は表情を険しくする。

 槐の実力は折り紙つきだ。以前相対したはぐれ悪魔やバイザー、今日のはぐれ悪魔程度、一人で討伐するなど余裕なほどだ。その兄、レンはその槐よりもさらに実力が上だ。さらに二人の連携力もかなりのもので、その戦闘力は桁違いだ。

 そんな槐がレンと一緒に来ているのにも関わらずここまで表情を険しくするってことは、二人が追ってる奴は相当にヤバそうだな・・・・・・。

 

「これをやったのもそいつか?」

「いや、これをやった者の名前がそこに書かれている『ベル』というのなら違う者だ」

 

 つまり、槐が相当警戒するような賞金首とこの惨状を生み出したイカレ野郎という危険人物二人がこの町にいるってことかよ!

 

「クッ!」

「あ、明日夏!?」

 

 俺は槐を置いてその場から急いで駆け出す!

 槐も慌てながら俺のあとを追ってくる。

 

「一体どうしたんだ、明日夏!?」

「部活仲間が近くを彷徨いてんだよ! しかも、あんまり調子がよくない状態でな!」

「なんだと!?」

 

 雨が降りしきる中を俺は全力疾走で駆けながら木場を探す。

 クソッ! 最悪な展開にだけはなってくれるなよ!

 

 

―○●○―

 

 

「ンン、ンフフ、フフン♪ 死ねってんだ!」

「フゥッ!」

 

 ガキィィィン!

 

 僕の魔剣と彼の聖剣が激しくぶつかり合い、火花を散らした。

 

「グ、ググッ・・・・・・!」

 

 そのままつばぜり合いになり、僕は彼の聖剣に憎悪の視線をぶつけながら折る勢いで剣を握る手に力を加える!

 

「売りの端整な顔立ちがぁ、歪みまくってますぜぇ! この聖剣エクスカリバーの餌食に相応しいキャラに合わせてきたぁ?」

「ほざくな!」

「アァウッ!?」

 

 彼のふざけたような言葉が癪にさわった僕は力任せに彼を押し返す!

 

「・・・・・・イケメンとは思えない下品な口振りだ──なーんつって♪」

 

 以前、僕が彼に告げた言葉をそのまま真似る彼にさらに怒りを覚えさせられる!

 

光喰剣(ホーリー・イレイザー)ッ!」

 

 魔剣から闇が伸び、聖剣に絡みつく。

 だが、聖剣から発せられたオーラであっさりと闇は霧散してしまった。

 

「あー、それ無駄っスから。ザーンネーン♪」

 

 魔剣の力が通じなかったことに嘲笑われた僕はむしろ嬉々として不敵に笑みを浮かべた。

 

「フッ、試しただけさ。その剣が本物かどうかをね。これで心置きなく剣もろとも八つ裂きにできるわけだ!」

「オォォウッ!?」

 

 彼の持つ聖剣がエクスカリバーなのかどうか実は半信半疑だったからね。本物だとわかったのなら、遠慮なくやらさてもらう!

 僕は連続で魔剣を振るう!

 

「フッ! フッ! ハッ!」

「イタスッ! イタスッ! オォォウッ!」

 

 ズバッ!

 

「ぐわぁぁっ!?」

 

 一方的に斬り込んでいたはずだったのに、いつの間にか僕の腕のほうが斬られていた!?

 

「・・・・・・・・・・・・うっ・・・・・・」

 

 傷自体はたいして深くはないのに、傷口から煙があがり、焼かれるように激痛が走った。

 

「言ってなかったけー? この聖剣はクソ悪魔キラー用の剣なんだよー。サーセン」

 

 聖剣は悪魔を滅ぼす究極の武器。触れただけでも身を焦がす。それがエクスカリバーならたとえかすり傷でも深手になりかねない。

 

「・・・・・・知ってるよ! 忘れたこともない!」

「ああっ!?」

 

 僕の顔を覗き込んできた彼の足払って後ろに転ばせる。

 

「あんっ!? キッタネー!」

「悪魔らしいだろ! フゥッ!」

「いんよっ!」

 

 転んだところをすかさず斬りかかるが転がるようにして避けられてしまう。

 

「ッ!?」

 

 僕は再び斬りかかろうとしたけど、突然体から力が抜けてしまう!?

 これは──傷口から入った聖剣のオーラが悪魔の体である僕の体を蝕んで力を奪っているのか!

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャッ! さっすがクソ悪魔キラーの聖剣さまだぜ!」

 

 フリードは膝を着く僕を見て嘲笑いながら手に持つ聖剣を舐める。

 こんな男が持ち主なんて、エクスカリバーも運がなかったね。同情はしないけど。

 なんとか足に力を込めて立ち上がるけど、依然として体に力が入らない・・・・・・。

 

「さーて、そろそろクソ悪魔キルを実行しましょうかねぇ!」

「クッ・・・・・・!」

 

 フリードは聖剣を振りかぶって満足に動けない僕めがけて飛びかかってきた!

 僕はなんとかその斬擊を防ごうと手に持つ魔剣を盾にする。

 

 ガキィィン!

 

「あれぇ?」

 

 だが、彼の聖剣と僕の魔剣がぶつかることはなかった。

 僕たちの間にふたつの人影が飛び込んできて、手に持つ何かで彼の聖剣を受け止めていた。

 

「無事か、木場!?」

 

 いっぽうの人影の正体は明日夏くんだった。もういっぽうは見知らぬ女性だった。

 

「「ハァッ!」」

「アァオ!」

 

 明日夏くんと女性はつばぜり合いになっていたフリードを押し返した。

 

「どこの誰かと思ったらぁ、あんときのガキじゃねぇかよ。ヤッホヤッホー、おっひさー」

「・・・・・・まさか、またてめぇに会うことになるとはな」

 

 嬉々として挨拶する彼に明日夏くんは忌々しい者を見るような視線で睨みながら言う。

 

「ちなみにそっちのお嬢さん誰かなぁ? もしかしてぇ、彼女さんですかぁ? ならぁ、キミを動けなくしたあとぉ、ゆっくり寝取ってやるよぉ! お姉さん、いい体してるしぃ♪」

「・・・・・・下衆が」

 

 体を舐め回すように見られた女性は心底嫌悪感を感じた様子で吐き捨てた。

 

「・・・・・・相変わらず、耳障りな奴だ」

「・・・・・・それよりも、明日夏──」

「・・・・・・ああ。あの剣──普通じゃねぇな?」

 

 警戒心をあらわにしてフリードの持つ聖剣を睨む二人に僕は告げる。

 

「・・・・・・あれは──エクスカリバーだよ」

「「ッ!?」」

 

 それを聞いた二人はさらに警戒心を上げてエクスカリバーを睨む。

 

「・・・・・・なんだっててめぇみたいなイカレ野郎がそんなもん持ってんだよ?」

「さーて、なんででしょうかねぇ♪」

 

 明日夏くんの問いに答えず、フリードは醜悪な笑みを浮かべて聖剣の切っ先を明日夏くんたちに向ける。

 はなっから答えなど期待していなかったのか、明日夏くんは気にすることなく手に持つ刀を逆手持ちに切り替えて彼の動向を警戒する。

 女性のほうも日本刀を構え、同様に警戒する。

 

「──下がってくれ、明日夏くん」

 

 僕は明日夏くんの肩に手を置きながら言う。

 

「──奴は僕の獲物だ」

「──そのザマで何バカ言ってるんだ?」

 

 明日夏くんの言う通り、時間が経って聖剣のオーラが弱まったのか少しはマシになっていたけど、それでも本調子とは程遠い状態だった。

 だが、そんなことは関係ない! あの剣は僕が折らなければ意味がないんだ!

 

「──どいてくれ」

 

 僕は少し殺気混じりで冷たく言い放つ。本来、仲間である彼に向けるようなものじゃないのかもしれないがこればかりは譲れなかった。

 

「やめて!? 私のために争わないで!」

 

 いきなりオネエ口調になってそんなことをのたまうフリードに明日夏くんは「黙れ」と言わんばかりに殺気を向ける。

 だが、殺気を向けられた彼はむしろ嬉々とした表情を浮かべるだけだった。

 

「安心しろよ。全員平等にキルキルしてやるからよぉ! ──って言いたいところだけどよぉ、わりぃ。お呼びがかかっちゃたわぁ。てーことで──はい、チャラバ!」

 

 カッ!

 

「「ぐっ!?」」

 

 フリードが何かを地面に叩きつけた瞬間、眩い閃光が襲い、視界が潰される!

 閃光が晴れると、そこにはもうフリードはいなかった。

 

 

―○●○―

 

 

 チッ。ただでさえ厄介な奴なのに、それに加えてエクスカリバーを持ってるだと。クソッ、フリードの野郎、さらに厄介になりやがって。

 

「・・・・・・言動はふざけているが、相当できる男のようだな」

 

 槐が刀を振りながら言う。

 よく見ると、槐の持つ刀の切っ先から血が滴っていた。おそらく、フリードの血。

 あの視界を潰された状態でも的確にフリードの奴を斬りつけたのか。いや、槐の言い分から斬り伏せるつもりだったんだろうが、フリードも対処したということなんだろう。

 

「クッ!」

「ッ! 待て、木場!?」

 

 木場がフリードを追うように駆け出そうとしたのを見て、俺は肩を掴んで木場を制止する。

 

「はなせ! 奴は! 奴はエクスカリバーを持っていたんだ!」

 

 憎悪に歪ませた形相で俺を睨みつけながら叫ぶ木場。

 

「だったらなおさらだ! あのまま戦っていれば、死んでたかもしれないんだぞ! いいかげん、頭を冷やせ!」

 

 俺は木場の胸ぐらを掴んで言い聞かせるように叫ぶ。

 

「黙れ! キミに何がわかる! 僕の何が──」

「──おい」

 

 俺の手を振りほどいて捲し立てる木場の肩に槐が手を置く。

 

「ッ──っ!?」

 

 木場が振り向いた瞬間、槐の掌底が木場の鳩尾に打ち込まれた。

 

「ぐっ・・・・・・き、貴様・・・・・・!」

「おっと」

 

 槐の一撃で意識を失って崩れ落ちた木場を慌てて支える。

 

「・・・・・・容赦ねえな」

「言っても聞きそうになかったのでな」

 

 まぁ、それはそうだな。

 とにかく、こいつをこのままにしておくわけにはいかねぇし、とりあえず、(うち)に運ぶか。

 

「おまえはどうするんだ?」

 

 木場を背負いながら槐に尋ねる。

 

「気になるところではあるが、兄上と合流するつもりだ。私もやらなければならないことがあるからな」

「わかった。じゃ、またな」

「ああ。もし、あの男やあの神父の件でのことで何かわかったら連絡する」

「ああ。助かる」

 

 そこで俺たちは別れ、俺は雨が降りしきる中を木場を背負いながら全力疾走するのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「成果は?」

「・・・・・・一人見つけたよ」

「・・・・・・すでに殺されていたがな」

「こっちも一人見つけたが・・・・・・」

「・・・・・・二人と同じく殺されていたわ」

「・・・・・・こちらも一人見つけたが、状態はキミたちと同じだ」

「調査員は六人いたはずですよね?」

「ああ。だが、この様子ではおそらく・・・・・・。仕方あるまい。情報は改めて自分たちで集めるとして、当初の予定通り、リアス・グレモリーに接触する」

「「了解」」

「「わかりました」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 聖剣、来ました!

「──ここは?」

 

 目を開けると、見知らぬ天井が見えた。

 

「確か、僕は──」

 

 そうだ。はぐれ悪魔との戦いのあと、一人さまよい歩いていた僕はフリード・セルゼンと再会した。そして彼は聖剣を持っていた。

 彼と戦い、僕は──。

 

「目が覚めたか?」

 

 突然投げかけられた声に反応して声がしたほうを見る。

 そこには壁を背にして、腕を組んで壁に寄りかかっている明日夏くんがいた。

 そうだ。フリードとの戦いに明日夏くんと見知らぬ女性が乱入して、そのあとフリードは呼び出しがかかったと言ってその場から去り、僕は彼のあとを追おうとしたけど、明日夏くんに引き留められて、それでも追おうとした僕を明日夏くんと一緒にいた女性が僕を気絶させたんだった。

 ということは、ここは明日夏くんの家ということなのだろう。

 そういえば、彼と一緒にいた女性がいないようだった。

 

「槐なら、他に用があるからあの場で別れた。それよりも体調はどうだ?」

 

 明日夏くんに言われ、体の状態を確かめる。

 体を蝕んでいた聖剣のオーラはもうすっかり中和されたのか体調はひとまず良好だった。

 

「・・・・・・とりあえず、大丈夫だよ」

 

 そう言った僕は、明日夏くんと視線を合わすことができなかった。

 冷静じゃなくなってたとはいえ、僕を助けに来た彼に僕は邪魔だと言わんばかりの態度をとったどころか、あろうことか殺気すらぶつけてしまった。

 そのことが僕の中でうしろめたさとなって、顔をうつむかせていた。

 

「気にしてねえから、顔を上げろ」

 

 明日夏くんはそう言うけど、それでも僕は顔を上げられなかった。

 そんな僕を見たからなのか明日夏くんが嘆息される。

 

「とりあえず、今日は念のため学校を休め。部長には俺から言っておく」

 

 それだけ言うと、明日夏くんは部屋から出ようとする。

 

「──待ってくれ」

 

 そんな明日夏くんを僕は呼び止める。

 

「エクスカリバーのこと・・・・・・部長には──」

「もちろん報告する」

「ッ! 待ってくれ!」

 

 それはダメだ! 部長に報告すれば、部長は間違いなく勝手をするなと関わることを禁ずるはずだ。やっと巡り会えたのに、みすみす見過ごすことなど──。

 

「どうやら、まだ頭が冷え足りないようだな?」

 

 明日夏くんは僕に冷たく言い放つ。

 

「奴の性格はもう把握できてるだろ? 奴はおまえたち悪魔を屠ることに一種の快楽を覚えている。そんな奴が対悪魔用の兵器ともいえる聖剣、それもエクスカリバーを手にした。有頂天になって以前の戦いの借りを返す意味でも襲いかかってきたっておかしくない。当然、おまえだけじゃなく、イッセーたちにもな。そんな情報を伏せれば、イッセーたちにどれだけのリスクが発生するか、考えるまでもないだろ?」

 

 僕は明日夏くんの言葉に反論できなかった。

 あの男が今度は他の眷属仲間を襲う可能性など、考えるまでもなかった。そして、情報が伏せられていたことで対処が遅れて彼の凶刃の犠牲になる可能性も同様だった。

 

「聖剣計画のことは部長から聞いた。肝心なところは聞けなかったがな」

 

 そうか。部長から聞いたのか。肝心なところというのはおそらく、僕の身に起こったことだろうね。・・・・・・まぁ、おそらく、彼はもう察しているっぽいけどね。

 

「イッセーから聞いた。おまえ、エクスカリバーに復讐するために生きているんだってな?」

「・・・・・・復讐は何も生まないなんて言うつもりかい?」

「いや。そんな言葉で収まるほど、おまえの憎しみは軽くないだろ? そもそも、俺もそんな綺麗事を言えるほどじゃないからな。やめろなんて言わねぇよ。ただ──」

 

 明日夏くんは真っ直ぐ僕を見据えながら言う。

 

「復讐と仲間──どっちを優先すべきかは考えるまでもないことだろ?」

 

 明日夏くんの問いにうつむいてしまう。

 

「それとも、おまえとって、部長たちのことはその程度の存在でしかなかったのか?」

「そんなことはない!」

 

 明日夏くんの言葉に思わず叫んでしまう。

 部長には大きな恩があり、僕にとっては姉のような存在だ! 朱乃さんも小猫ちゃんも、それから、表に出てきていない彼も家族みたいなものだ! イッセーくんやアーシアさんも大切な仲間だ! 僕なんかにはもったいないほどの!

 

「でも、エクスカリバーに対するこの想いも忘れてはならないものでもあるんだ!」

 

 睨みつける僕を見て明日夏くんはまた嘆息する。

 

「はぁ。とりあえず、皆のことを蔑ろにする気はなさそうだな」

 

 それを確認した明日夏くんは部屋から出ようとする。

 

「仲間も大切なら、報告はさせてもらうぞ。しばらく冷静になってよく考えてろ」

 

 明日夏くんの言葉に僕は無言になるしかなかった。

 

「それから、朝メシは作っておく。食う気になったら食ってくれ。食わないんなら冷蔵庫にしまっといてくれ」

 

 それだけ言い残すと、明日夏くんは今度こそ部屋から退室していった。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・うーん・・・・・・体が重い」

 

 朝になり、眠っていた意識が起きかけると、なんだか体が重く感じた。

 

「・・・・・・えっ」

 

 目を開けると、部長、アーシア、千秋、鶇さん、燕ちゃんが俺のベットで寝ていた・・・・・・。しかもみんな裸で。

 

「なぁぁっ!? うわああぁぁぁぁっ!?」

 

 一気に目が覚めて、俺は悲鳴に似た叫び声をあげてしまった。そしてその叫び声でみんなが起き出した。

 

「「あっ・・・・・・」」

 

 ふと千秋と燕ちゃんと目が合う。

 

「「・・・・・・・・・・・・ッ! ッッッ!? ッッッッッ!!」」

 

 二人とも顔を真っ赤にして声にならない悲鳴をあげながら部屋から飛び出していってしまった。

 

「ふふ、二人とも恥ずかしがりやね。おはよう、イッセー」

「おはようございます、イッセーさん」

「おはよ~、イッセーく~ん」

 

 残った部長、アーシア、鶇さんは何事もなかったようにあいさつをくれる。

 

「・・・・・・・・・・・・あ、あの、これは一体?」

昨夜(ゆうべ)、イッセーさんが勝手にお休みになっちゃったので」

 

 あれ、そういえば、俺、いつの間に寝てたんだ? 確か、部長が裸で俺と一緒に寝るって言い出して、アーシアたちまでもが裸で一緒に寝ると言い出して・・・・・・そこからの記憶がなかった。

 

「それで公平にね」

「みんなで寝ようってことになったんだ~」

 

 俺がいつの間にか寝てた間にそんなことになってたのか・・・・・・。

 ・・・・・・何か間違ってるような。

 

「あっ、そろそろ朝食の支度をしませんと!」

「いけない!」

「わ~!」

「じゃあ、イッセー。またあとでね」

「お邪魔しました、イッセーさん」

「下で待ってるね~」

 

 そう言い残し、三人は部屋から退室していった。

 

「だはぁぁ・・・・・・部長の影響でみんなエロくなってきたような・・・・・・」

 

 でも、それはそれで・・・・・・いや、アーシアはダメだ!

 アーシアは守るべき存在! 守るべき存在がエロエロになるのは・・・・・・むしろよくね! ・・・・・・イヤイヤイヤイヤ!

 かといって、部長をはじめ、他の子に何かすると、アーシアが怒りそうだし。

 これじゃ生殺しだぁぁぁ!

 俺の完璧なシミュレーションでは──。

 

『フフフフフ、ハーッハッハ! 今日はどの子を喜ばせようかな?』

『イッセーさん! 私に! 是非とも私にご慈悲を! お、お願いします! 私にご慈悲を!』

『何を言ってるの! イッセー、よくお聞きなさい! 私はイッセーがいないと生きていけないわ! さあ、早く私を満たしてちょうだい!』

『ダメ~! イッセーくんにかわいがってもらうのは私と燕ちゃんだよ~! ね~、燕ちゃん?』

『・・・・・・お願い・・・・・・します』

『・・・・・・イヤ。イッセー兄、お願い。他の誰よりも先に私をめちゃくちゃにして』

『ハーッハッハ! 参ったなー♪ 俺の体はひとつしかないんですよー♪ そうだ──ジャンケンに勝った子からお相手をしてあげましょう』

『負けません!』

『私だって』

『絶対勝とうね、燕ちゃん!』

『ええ!』

『負けない!』

『『『『『ジャンケン、ポン! あいこで、しょ!』』』』』

『ハハハ、ハーレム王になったぞー!』

 

 ──みたいな感じになるはずだったのに・・・・・・。

 現実は厳しい! 確かに部長のおっぱいは見た、触れた! だが、そこから先がラスボス並みの高難度!

 

「・・・・・・はぁー、切ない」

 

 うぅ、どうしてこんなことに・・・・・・。

 

『よう相棒。悩んでいるところ悪い』

「ん?」

 

 突然の声に周りを見渡すが部屋には俺以外誰もいない。

 

『俺だ。相棒』

「ドライグ!」

 

 声の出所は俺の左手からだった。

 声の主は俺の『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』に宿る存在、『赤い龍の帝王(ウェルシュ・ドラゴン)』──ドライグだった。

 

『相変わらず頭の中はいかがわしいことでいっぱいだな』

「む、うるせぇ! 多感な時期なんだよ! 明日夏のドレイクって奴のときといい、いきなり出てきやがって!」

 

 普段はこちらから話しかけてもシカトしやがるクセに!

 

『まぁ、そう言うな。今回は逃げん。ちょいと話そうや』

 

 俺はベッドに腰かける。

 

「──で、話って?」

『そう不機嫌そうにするな。わざわざ警告に来てやったんだ』

「警告?」

『最近、おまえの周囲に強い気を感じるんでな。おちおち寝てもいられん』

「ああ、最近部長によく絡まれるからなぁ」

 

 肉体的な意味で!

 

『おまえさんの仲間のものならいまさら気にはしないさ』

 

 ん、部長たちのじゃない? じゃあ強い気って──まさか敵ってことか!?

 

『とにかく気をつけることだ。色を知るのもいい年頃だ。念のため、そういうのを早め早めに体験しておけ。「白い奴」がいつ目の前に現れるかわからんからな』

 

 『白い奴』──前にもそんなことを言ってたな?

 

「なあ、その『白い奴』ってなんだ?」

『「白い龍(バニシング・ドラゴン)」だ』

 

 ──『白い龍(バニシング・ドラゴン)』・・・・・・。

 

『俺たちは二天龍と呼ばれているが、長年のケンカ相手でな。天龍を宿した者同士は戦い合う運命にあるのさ』

「者同士って、俺みてぇな神器(セイクリッド・ギア)を宿した奴が──」

『──いる』

「・・・・・・俺はそいつと、いつか戦わなきゃならねえってこと?」

『そういうことだ』

 

 勝手に宿っといて無茶苦茶だなぁ、おい!?

 

『見返りとして、ドラゴンの力を与えてやっているじゃないか』

「うっ、忘れちゃいねぇよ。おかげで部長も救えたわけだし。だがな、ドライグ。あらかじめこれだけは言っておく!」

『なんだ?』

「オホン。よく聞け。俺は上級悪魔に昇格して、ハーレム王になりたい! 無数の女の子を眷属下僕にして、俺だけの美女軍団を作る! それが俺の夢だぁぁぁッ!」

『ハハハ! そんな夢を持った宿主は初めてだ!』

「・・・・・・やっぱ俺って変かな?」

『変ではあるが、異常ではないさ。それに叶わない夢でもないぞ。ドラゴンの力は周囲の者を圧倒し、魅了する。敵対する者も多いが、魅力を感じ、すり寄ってくる異性も多いからな』

「なっ! マ、マジっスかぁっ!?」

「ああ。俺の宿主だった人間は(みな)、異性に囲まれてた」

「うおおおおおッ! あなたさまはそんなに凄い神器(セイクリッド・ギア)さまだったのですねぇぇぇッ!」

 

 いつの間にか、俺は左腕に頭を下げ、敬意を払う言葉遣いになっていた。

 

『・・・・・・態度が急変し過ぎだぞ』

 

 ドライグが呆れ声になっていたが、関係あるもんか!

 

「よーし! 当面の俺の目標は部長のおっぱい攻略っス! そこんとこよろしくっス!」

『揉むのか?』

「いや、吸う!」

『・・・・・・・・・・・・』

 

 ドライグがなぜか黙りこんでしまった。俺の目標に言葉を失ったのか?

 

『・・・・・・はぁ。女の乳を吸うサポートか・・・・・・。俺もずいぶん落ちぶれたもんだ・・・・・・。しかし、こういう相方もたまにはいい。ただし、俺の警告を忘れるな』

「──強い力ってやつか・・・・・・」

『ああ。なんせ、現時点ですでに多くの力が相棒の周りにいるからな』

 

 部長たちのことを言ってるのか?

 

『リアス・グレモリーたちもそうだが、個人的にはおまえさんの親友とその兄弟たちのほうが興味深い』

 

 明日夏たちが? まぁ、確かに明日夏と千秋は神器(セイクリッド・ギア)を持っているし、明日夏は冬夜さんや千春さんも神器(セイクリッド・ギア)を持ってるって言ってたな。

 

『幼馴染みの兄弟姉妹全員に神器(セイクリッド・ギア)が宿る。偶然にしてもそうあることではないぞ』

 

 確かにそうかもな。明日夏たちが神器(セイクリッド・ギア)を持っているのは、おまえの力が引き寄せた結果だって言うのか?

 

『すべてではないが、要因のひとつにはなってるだろう。にしても、ドレイクの奴とまで縁があるのは、ちょっと同情する』

 

 ドレイク──明日夏の神器(セイクリッド・ギア)に宿る存在で、ドライグと同じドラゴン。

 この前、話をしたけど、結構変わった奴だったよな?

 

「なぁ、ドレイクってどんな奴なんだ?」

『あぁ、そうだなぁ・・・・・・強いて言えば、「遊びドラゴン」だな』

 

 あ、遊びドラゴン?

 

『ドラゴンには宝や雌など特定のものを求める奴は多いが、あいつはその中でも変わっていてな。娯楽や遊びなんかを求めていたのだ。そんなもの心から求めるドラゴンなどあいつぐらいなものだろう。そのさまからあいつは「遊びドラゴン」なんて呼ばれていたのさ』

 

 ドレイクのことを話してくれているドライグだったが、その声音が心底いやな相手を話しているかのようだった。

 一体、おまえとドレイクに何があったんだ?

 

『・・・・・・あいつは自分がおもしろいと感じるためならなんにだってちょっかい出してきてな。おれと白い奴との戦いにちょっかいを出してきたのも一度や二度じゃない。そんなことをするものだからな、ほとんどドラゴンはあいつを嫌っていてな。「遊びドラゴン」っていうのも、そんなあいつに対する蔑称だったんだ。・・・・・・まぁ、本人はえらく気に入っていて、むしろ自称しているんだがな』

 

 なんというか、自由で勝手気ままな奴なんだな。

 

『まぁ、ドラゴンってのは基本的に勝手気ままなものだからな。ある意味ドラゴンらしいとは言える。だがやはり、いろいろな意味で異質な奴ではあるな。そもそも、存在からして異質だ』

「存在?」

『ああ。なんせあいつは肉体がオーラだけで構成されたドラゴンだったからな。そんなドラゴンはおそらく、あいつだけだろう』

 

 そんな特別なドラゴンなのか、ドレイクって。

 

『まぁ、とりあえず、基本的にハタ迷惑な奴と覚えておけばいい。とにかく、強い力には注意しろ』

「ああ」

 

 再三告げるドライグの警告に俺はうなずく。

 

 

―○●○―

 

 

「それは本当なの、明日夏?」

 

 早朝、朝食のあと、部長と二人きりになった俺は木場のこととフリードのことを部長に話した。

 

「ええ。奴自身がそう言ってましたし、俺から見てもあの剣は相当なものに見えました。何より──」

「──祐斗の反応がそれを物語っていたと」

 

 部長はしばらくの間、顎に手を当てて考え込む。

 

「とりあえず、祐斗には使い魔を付けるわ。一応、念のためね」

「それがいいでしょうね。で、フリードのことや殺された神父のことをイッセーたちには?」

「そっちは部活のときに話すわ。朱乃や小猫にも話さなきゃいけないしね。あのはぐれ神父もこんな明るいうちに襲撃なんてしないでしょう」

 

 まぁ、流石のあいつもそこまでイカれてはいないだろう。

 

「殺された神父に関してはたぶん、はぐれを追って返り討ちにされたところかしら。おそらく、目的はエクスカリバーの奪還。とりあえず、教会側に関しても警戒はするわ」

 

 おそらく、エクスカリバーの奪還の可能性が高いだろうな。

 そもそも、奴はどうやってエクスカリバーを手に入れたんだ? 使い手から奪ったのか、もしくは持ち主を選ぶ特性上から使い手がなく保管されていたものを強奪したのか?

 まぁ、悩んでもしょうがねえ。重要なのは、奴がエクスカリバーを持っているということ、奴には行動を共にしている存在がいることだ。そして、そのフリードの持つエクスカリバーの奪還のために教会側の刺客がこの町に潜伏している可能性があることだ。

 ・・・・・・また不穏な気配が漂いだしたな。

 

 

―○●○―

 

 

「「カラオケ?」」

「久々に行かね?」

 

 朝、教室の前の廊下で俺とイッセーは松田と元浜からカラオケに誘われた。とくに断る理由はないので、俺もイッセーも了承する。

 

「で、どこの店に行くんだ?」

「ああ、駅前のところにあるやつだ」

「あそこなら挿入歌はおろかキャラソンまでフォローしているぞ」

 

 結構曲数が豊富そうだな。

 

「挿入がなんだって?」

「うおっ!?」

「桐生!?」

 

 突然、松田と元浜の背後から桐生が現れる。その後ろにはアーシアもいた。

 

「やだやだ、朝からまた士騎くんを巻き込んでのエロトーク?」

「カラオケ行こうって話してただけだ!」

「カラオケ! いいじゃん、私も付き合おうかな♪ ね、アーシア?」

 

 桐生は後ろにいるアーシアに尋ねると、アーシアは笑顔で答える。

 

「はい、行きたいです」

「「何ぃぃぃっ!」」

 

 アーシアが来るかもということで、松田と元浜がテンションを上げ始める。

 

「よし! イッセー、明日夏!」

「・・・・・・な、なんだよ?」

「・・・・・・なんだ?」

 

 元浜がメガネを光らせながら呼んでくる。

 

「この際だ──」

「──他のオカ研の女子を誘えってか?」

「話が早くて助かる」

 

 というか、そもそも最初からそれが目的ってところもあったんだろう。

 

「ヘイヘイ」

「断られても文句言うなよ」

「「何がなんでも誘うんだ! いいな!」」

 

 詰め寄りながら二人に叫ばれて、俺とイッセーは同時にため息を吐く。

 

「皆、なんの話してるの~?」

 

 そこへ、鶫がやって来た。

 

「鶫、おまえ、カラオケ行くか?」

「いいよ~」

 

 鶫はのんびりと即答した。

 それを聞いて、目に見えて騒ぐ松田と元浜(バカ二人)

 で、放課後、アーシアと鶫を先に行かせてからイッセーと一緒にカラオケのことを千秋たちに訊きにったが、千秋も燕も塔城も了承した。意外にも塔城がかなり乗り気だった。

 あとは部長と副部長か。

 あとそれから、俺とイッセーは気分転換になってくれればと思って木場のことも誘うことにした。

 

 

―○●○―

 

 

「ちわーっス」

 

 千秋たちにカラオケのことを訊きに行ったあと、旧校舎にやって来た俺たちは俺を先頭にして部室に入る。

 

「来たわね──って、どうしたの、燕? 顔が真っ赤よ?」

 

 部長が入ってきた俺たちを見て挨拶をしたあと、燕ちゃんが顔を赤くしているのに気づいて訊いてきた。

 実は一年組をカラオケに誘ったあと、そのまま一緒にオカルト研究部に向かってたんだけど、今朝のことで千秋と燕ちゃんが顔を赤くさせてよそよそしくなってたんだ。で、その理由を知った明日夏がいつものように燕ちゃんをいじってたわけだ。

 

「えーと、いつものです」

「ああ、なるほどね」

 

 俺がそう答えると、部長も察したようだ。

 

「あらあら、うふふ。私も参加しましょうかしら?」

 

 あぁ、朱乃さんがSな顔をしてそんなことを呟いていた。

 

「お願いだからやめてください!?」

 

 燕ちゃんは必死に朱乃さんに懇願する。

 これ以上いじってくる相手が増えるのは勘弁願いたいようだ。ましてや、朱乃さんは究極のSだからな。

 

「そうですよ、副部長」

 

 なぜか、明日夏が朱乃さんに異を唱えた。

 

「こいつをいじっていいのは俺だけです」

 

 って、そういう理由かい!

 思わず心の中でツッコんでしまった。

 

「って、ざけんじゃないわよっ!」

 

 それを聞いて燕ちゃんが顔を怒りで真っ赤にして明日夏にハイキックを繰り出す。

 で、明日夏は黒い笑みを浮かべながら蹴りを避けていた。うん、いまの、本音もあるけど、ほとんど燕ちゃんをいじるために言ったな。

 

「おい、燕」

 

 蹴りを避けながら燕ちゃんを呼ぶ明日夏。

 

「何よ!?」

 

 捲し立てるように返事を返す燕ちゃんに明日夏は淡々と言う。

 

「その位置で蹴りを出せば、イッセーにスカートの中が丸見えだぞ?」

「っ!?」

 

 それを聞いた燕ちゃんは慌ててスカートを押さえる。

 うん、実は明日夏の言う通り、蹴りを出すたびに柄物のかわいらしいパンツが見えてしまっていたんだ。

 今度は羞恥と怒りで顔を真っ赤にした燕ちゃんが涙目でこちらを睨んできた!

 

「・・・・・・・・・・・・見たの!」

「・・・・・・えーと・・・・・・」

 

 ・・・・・・うん、ここは変に誤魔化すよりも正直に言った方がいいだろう。

 

「・・・・・・うん、見た」

「ッ!? ・・・・・・・・・・・・このぉ・・・・・・」

「ちょっと待って燕ちゃん! いまのは不可抗力──」

「どスケベ!」

「ぐへぁっ!?」

 

 一気にジャンプで俺の目の前まで跳んできた燕ちゃんのジャンピングハイキックをもろに顔面に喰らってしまった。

 ・・・・・・ちなみにこのとき、蹴りが当たる瞬間にまたスカートの中身が見えた。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・そういえば、部長。木場はどうしたんですか?」

 

 燕ちゃんに蹴られたところをアーシアに治療してもらっていると、ふと木場が部室にいないことが気になったので、部長に訊く。

 

「・・・・・・祐斗は今日、学校を休んでいるわ」

「ッ!? 部長、昨日の話と何か関係があるんじゃ?」

「ええ、そうね。関係はあるわね」

 

 すると、明日夏が会話に割って入ってきた。

 

「イッセー。フリードの奴は覚えてるな?」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 な、なんでいきなりフリードの話を・・・・・・?

 

「この町にあいつがまた潜伏している」

「なっ!?」

 

 あいつがまたこの町に!

 見ると、アーシアもひどく驚いており、小猫ちゃんも表情を歪ませていた。

 鶫さんと燕ちゃんはよくわかっていないのか訝しげにしていた。まぁ、二人がこの町に来る前の話だからな。

 

「そして、奴は──エクスカリバーを持っていた」

「「「「「「なっ!?」」」」」」

 

 明日夏に部長、朱乃さんを除く皆がそのことに驚いた!

 な、なんであいつがエクスカリバーを持ってんだよ!? てか、なんで知ってんだよ!?

 

「そのはぐれ神父に祐斗が襲われたのよ」

「そこに俺が駆けつけたわけだ」

「な、なんだって!? そ、それで、木場は!?」

「幸い、軽傷だけで済んでる。いまは俺の(うち)に──」

「いえ、もうあなたの家にはいないわ」

「なっ!? まさか!?」

 

 ひどく狼狽しだした明日夏を部長がなだめながら言う。

 

「大丈夫よ。ただ、町をふらふらと歩いているだけよ。たぶん、頭の整理なんかをしているのでしょう」

「・・・・・・そうですか」

 

 部長の言葉を聞いて明日夏は安堵する。

 にしても、明日夏のあの慌てよう、気になるな。

 やっぱり、木場と聖剣の関係が原因なんだろうか?

 

「教えてください部長! 木場と聖剣になんの関係があるんですか!?」

 

 部長は一度瞑目したあと、話し始めた。

 

「・・・・・・祐斗が聖剣計画の生き残りということは話したわよね。祐斗以外にもエクスカリバーと適応するため、何人もの子供が育生されていたの。現在、聖剣エクスカリバーと呼ばれるものは七本存在しているからよ」

「「七本!?」」

 

 俺、それから明日夏もそのことに驚いてしまう。

 見ると、アーシアや千秋たちも驚いていた。

 ていうか、なんで伝説の聖剣が七本もあるんですか!?

 

「本来の聖剣エクスカリバーは大昔の戦争で四散してしまったの。その破片を教会側が拾い集め、錬金術で新たに七本の剣に作り替えたってわけ」

 

 なるほど。それで七本もあるわけか。

 

「木場はその剣を扱えるってことですか?」

「・・・・・・いや、使えないな」

「え?」

 

 俺の問いを明日夏がバッサリと否定する。

 

「もし使えていたら、今頃教会の聖剣使いとして部長と敵対しているはずだ。そもそも、昨夜(ゆうべ)、部長が計画は完全に失敗したって言ってただろ」

 

 そういえばそうだったな。

 

「てことは──」

「祐斗だけでなく、同時期に養成された全員がエクスカリバーに適応できなかったらしいわ。計画は失敗に終わったのよ。そして──」

「──計画の主導者は木場たちを処分した──ですね?」

「・・・・・・その通りよ、明日夏」

 

 処分って、まさか!?

 

「・・・・・・おまえが考えてる通りだ」

「ッ!?」

「そんな!? 主に仕える者がそのような!」

 

 アーシアも俺と同じことを考えてたのか、ひどくショックを受けていた。目元も涙で潤ませていた。

 

「・・・・・・悪魔は邪悪だって言ってるくせに、自分たちがやってることのほうが邪悪じゃないのよ! それを棚にあげて!」

 

 燕ちゃんが吐き捨てるように言った言葉を聞いて、明日夏が淡々と言う。

 

「──邪悪とか思ってないからだろ。それどころか、主のための尊い犠牲、自分たちの正義のためなんて本気で思ってたんじゃねぇか」

 

 なんだよそれ! なんの罪もない子供を殺すことが正義だって!?

 

「・・・・・・正義は、ときにもっともタチの悪い悪意、自覚のない悪意を生み出す。そして悪意を以て何かを踏みにじることがこの世で本当に邪悪なもの──兄貴の受け売りだ」

 

 冬夜さんがそんなことを言ってたのか。いや、でも確かにその通りかもな。

 

「・・・・・・あの子を見つけたときにはすでに瀕死だったわ。でも、一人逃げ延びたあの子は瀕死の状態でありながら、強烈な復讐を誓っていた。その強い想いの力を悪魔として有意義に使ってほしいと私は思ったの」

「・・・・・・それで部長が木場を悪魔に」

 

 そして、ここ最近まではその部長の想いに応えて生きていたが、あの写真を見て、聖剣──エクスカリバーへの強い復讐心で再び心を満たしてしまったということか。

 

「昨日も言ったけど、しばらく見守りましょう。いまの祐斗はぶり返した復讐心で頭がいっぱいになってるでしょうから。ただ、問題はその件のエクスカリバーがこの町にあることよ」

 

 そうだ。そのエクスカリバーをフリードが持っていて、そのフリードがこの町に潜伏している。そして、最悪なことに、そのフリードと木場が接触してしまった。復讐の対象が目の前に現れたら冷静でいられるはずがない!

 

「木場は本当に大丈夫なんですか!?」

「一応、使い魔に見張らせているわ。見た感じ、いまのところは落ち着いているわ」

 

 なら、いいんですが。

 

「祐斗も心配だけど、あなたたちのことも心配よ」

「フリードの奴は悪魔に関わることなら無差別に襲いかかってくるからな」

 

 確かに、あいつは契約しようとした人までも容赦なく手にかける。

 俺の脳裏に依頼人が無惨に殺されていた光景が浮かび上がる。

 

「とにかく皆、今後はしばらく単独行動は控えてちょうだい。とくに夜は」

「「「「「「「「はい!」」」」」」」」

 

 部長の言葉に全員が返事をしてうなずく。

 

「明日夏、千秋、鶫、燕。悪いけど、あなたたちにはしばらく悪魔活動をする子に付き添ってもらえるかしら。最低でも二人一組になるように」

「ええ、構いません」

「わかりました」

「は~い」

「了解です」

 

 だよな。とくにアーシアには絶対明日夏とかが付いていて、最低でも三人一組になるようにしてほしいもんだ。

 

「それから、はぐれ神父が持つエクスカリバーの奪還のため、教会が刺客をこの町に潜伏させている可能性があるわ。そちらのほうにも気を配っておいてちょうだい」

 

 なっ、マジか!? いや、むしろ当然か。自分たちの切り札をみすみす敵に渡したままにするわけがないし。

 

 コンコン。

 

 突然、部室のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

「お邪魔します」

「生徒会長と副会長?」

 

 部長が応じると、入ってきたのは会長と副会長であった。

 

「リアス、緊急の話があるの。いまから私の家まで付き合っていただけません? あそこなら誰にも干渉されることはありませんし」

 

 会長の言葉を聞いて、部長が表情を険しくする。

 

「相当込み入った話のようね?」

「……ええ。相当に」

「わかったわ」

 

 

―○●○―

 

 

 あのあと、部長と副部長は会長たちについていった。そして、今日の部活はなしということになり、俺たち全員で帰路についていた。いまは塔城の滞在先に向かってる途中だった。

 

「緊急の話って、やっぱりエクスカリバーのことかな?」

 

 帰路につく中、イッセーが訊いてきた。

 

「さあな。ただ、厄介事なのは間違いないな」

「小猫ちゃんはどう思う?」

「・・・・・・別に。部長のすることには間違いはないですから」

「まぁ、明日(あす)にでも部長が話してくれるかもしれないし、待つしかねえな」

「それもそっか」

 

 とにかく、警戒しておかないとな。

 ふと、塔城が口を開く。

 

「・・・・・・私は祐斗先輩のほうが少し気がかりです」

「・・・・・・実は俺もなんだ」

 

 塔城やイッセーだけじゃなく、全員が木場のことが気がかりだろうな。

 

「部長はああ言ってたけどさ・・・・・・。なんか、少しでも助けになってやれねぇかなって。眷属同士っつうより、友達としてさ」

「・・・・・・はい」

 

 ・・・・・・そうだな。とはいえ、何をしてやれるかというとな・・・・・・。

 そんなことを思っていたら、塔城の滞在先に到着した。

 

「・・・・・・では、また明日」

「じゃあね、小猫ちゃん。気をつけて」

「・・・・・・イッセー先輩たちも気をつけてください」

「うん」

 

 塔城と別れ、俺たちも家に向かう。

 

「・・・・・・小猫ちゃんも朱乃さんも・・・・・・」

「ん? どうした?」

 

 イッセーが何か呟いていたので訊いてみた。

 

「いや、小猫ちゃんや朱乃さんにも悪魔になった事情とかあるのかなって。俺やアーシア、それから木場みたいにさ」

 

 そういえば、合宿のとき、木場が自分たちもイッセーやアーシアと似たようなものって言ってたな。

 

「ッ!?」

「イ、イッセーさん・・・・・・」

 

 家の近くまで来て突然、イッセーとアーシアが表情を強張らせた。

 

「どうした、二人とも?」

「・・・・・・何か急に悪寒が・・・・・・」

「・・・・・・ああ。俺も感じた。おまえは感じなかったのかよ? いやな感じ・・・・・・」

「・・・・・・いや」

 

 見ると、千秋たちもそんなものを感じている様子はなかった。

 悪寒? 俺たちには感じず、イッセーとアーシアだけが──ッ! まさか!

 いやな予感を覚えた俺は急いでイッセーに訊く!

 

「いやな感じってどんなだ!?」

「・・・・・・なんていうか・・・・・・体中から危険信号が出てる感じだ。・・・・・・この感じ、前にも感じたことがある」

「・・・・・・前にも?」

「アーシアと出会って、教会に案内したとき、それと、フリードと出会った──ッ!?」

「イッセー!」

「母さん!」

 

 俺とイッセー、俺たちの反応から事態を察した千秋はイッセーの家に向けて駆け出す!

 イッセーとアーシアが感じてたのは悪魔の聖なる力に対する危険信号だ! つまり、いま、イッセーの家に教会関係者が来てる!

 理由はさまざまだが、最悪なのはフリードの野郎が来てることだ!

 脳裏にフリードと出会ったときに見かけた張り付けにされた男性の遺体を思い出す!

 そしていま、イッセーの家にはおばさんがいる!

 クソッ! 頼む! 最悪な事態にはなるな!

 俺たちは玄関のドアを開け、警戒しながら中の様子を伺う。すると、おばさんの楽しく談笑する声が聞こえてきた。

 俺とイッセーは怪訝に思いながらお互いに目を合わせると、警戒心を解かずおばさんの声が聞こえるリビングに向かう。

 リビングの様子を伺うと、おばさんが見知らぬ三人の少女と談笑していた。

 三人の特徴はそれぞれ栗毛のツインテール、前髪の一部に緑のメッシュを入れた青髪のショート、黒髪のポニーテールという髪型で、三人とも白いローブを着込んでいた。間違いなく教会関係者。

 

「あら、皆お帰りなさい。それからいらっしゃい、明日夏くん、千秋ちゃん。どうしたの、皆? 血相を変えて?」

 

 俺たち全員、警戒心を抱いてるせいかかなり強張った表情をしてるらしい。ま、当然警戒心を解けるはずもなく──なんて思っていると、栗毛の少女が口を開いた。

 

「ひさしぶりだね、イッセーくん、明日夏くん」

「「えっ?」」

 

 俺とイッセーは俺たちの名前を呼んだ少女を見るが、正直見覚えがなかった。

 

「あれ、覚えてない? 私だよ?」

 

 そう言って微笑む栗毛の少女。やっぱり見覚えが──いや、まてよ。

 

「えーっと・・・・・・」

 

 イッセーは未だにわからないようだが、俺はなんとなく掴み始めていた。

教会関係者で栗毛の髪・・・・・・そんな知り合いは一人しかいない。

 

「おまえ・・・・・・イリナか?」

「せいかーい♪」

「ええっ!? イリナって、紫藤イリナのことか!?」

「そうだよー♪」

 

 そう、彼女は俺とイッセーのもう一人の幼馴染みである紫藤イリナだった。

 

「このころは男の子みたいだったけど、今はこんなに女の子らしくなっちゃって。母さん見違えちゃったわ」

 

 おばさんが当時の写真を見せながら言う。

 

「・・・・・・・・・・・・俺、この子のこと本当に男の子だと思ってた・・・・・・」

「まぁ、あのころかなりやんちゃだったし・・・・・・」

 

 ・・・・・・確かに、そこいらの男子よりもやんちゃ坊主だったな、こいつは。イッセーじゃなくても間違えるほどに。・・・・・・かくいう俺も、当時しばらくはそう思ってた。

 

「でも、お互いにしばらく会わないうちにいろいろあったみたいだね。──本当、再会って何があるかわからないものだわ」

 

 この言い方からして、イッセーが悪魔だということに気づいてるな・・・・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 聖剣と交渉します!

 その後、とくにこれといった事態に発展せず、しばらくするとおばさんが「私はもう十分話したから」と言い、幼馴染み同士で積もる話もあるだろうと席を外した。

 俺とイッセーは元教会関係者であるアーシアがいるのは危険だと判断し、アーシアだけを部屋に行かせ、他はリビングに残った。

 ふと、青髪の少女の横に置かれているものに目を向ける。見た感じ、布を巻かれた剣だった。それも普通の剣じゃなかった。わずかだが、聖なるオーラが漏れ出ていたからだ。

 イッセーのほうを見てみると、イッセーもそれを見ていて、物凄い量の冷や汗を流していた。

 おそらく、あの剣は聖剣なんだろう。あの布は封みたいなものか?

 そして、そのわずかに漏れるオーラがフリードの持っていたエクスカリバーのものと似ていた。つまり、この聖剣は七本あるエクスカリバーのうちの一本である可能性があった。

 ・・・・・・(うち)に木場がいなくてよかったな。もしまだいたら、確実に騒動に発展してたかもしれなかった。

 

「──で?」

「ん?」

「・・・・・・わざわざ懐かしの幼馴染みに会うためだけに日本に来たわけじゃないんだろ? ──それも聖剣使いが」

 

 俺の質問に青髪の少女が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ほぉ、これが聖剣だと気づいているということは、キミはただの一般人というわけではなさそうだな?」

「そんなことよりも答えろ? 目的はこの町にいるリアス・グレモリーか?」

 

 

 俺がそう訊くと、黒髪の少女が若干オドオドしながら口を開く。

 

「えっと、あの、誤解しないでほしいんですけど、私たちは別にこの町にいる悪魔の方々を討伐しに来たわけじゃないんです」

「だろうな。──目的はエクスカリバーか?」

「──何?」

 

 青髪の少女が途端に視線を鋭くして睨んでくる。

 

「──なぜエクスカリバーのことを?」

「仲間を襲ったはぐれ神父がそのエクスカリバーを持ってたんだよ」

「はぐれか。なるほどな」

 

 あっさり納得してくれたな。

 

「ウソ! 明日夏くん、エクスカリバーの使い手と戦ったの!?」

 

 イリナが信じられないものを見るような視線を向けてくる。

 俺がエクスカリバーの使い手と戦って生き残ったことに驚いているのだろう。

 まぁ、正直言えば俺も運がよかったなとは思ってるがな。

 

「で、そのはぐれ神父はどうしたんだ?」

「さあな。誰かに呼び出されてどっかに行った。まぁ、そのおかげで命拾いしたんだけどな」

 

 あのまま戦っていれば、誰かが死んでた可能性があったからな。

 それだけ、フリードとエクスカリバーの組み合わせは驚異だった。

 

「まぁいい。そろそろお暇するぞ、二人とも。いつまでも居座るわけにはいかないだろう。──それに、思わぬ拾い物もあったからな」

 

 そう言い、青髪の少女が立ち上がるのを見て、イリナと黒髪の少女も慌てて立ち上がる。

 

「あっ、待ってよ。じゃあね、イッセーくん、明日夏くん。縁があったらまた。まぁ、明日また会うと思うけど」

「えっと、お邪魔しました。あっ、待って、二人とも!」

 

 そして、三人はそのままイッセーの家から去っていった。

 

 

―○●○―

 

 

「よく無事だったわ!」

 

 イリナたちが去ったあと、とりあえずイッセーの部屋に集まったところに、血相を変えた部長が慌てた様子で部屋に駆け込み、俺たち、とくにイッセーとアーシアを見て安堵し、自身の眷属であるイッセーとアーシアを抱き寄せる。

 

「ごめんなさい。私がもっと周囲に気を配っていれば・・・・・・。最悪のことも覚悟して戻ってきたのよ。本当によかったわ! これからはあなたたちをもっともっと大切にするわ!」

 

 どうやら、会長の話とはイリナたちのことだったみたいで、部長はそれを聞いていやな予想を立てて急いで帰ってきたみたいだ。

 

「部長」

「なあに?」

「おっぱい」

「ええ、ええ、わかったわ。イッセー、あなたは本当に甘えん坊さんね」

「って、ストップ!」

「ダメです!」

「ダメッ!」

「ダメ~!」

「ダメでしょ!」

「あっ、やっぱり」

 

 イッセーの要求を聞き入れて、自身の服に手をかけようとする部長を俺とアーシアたちとで慌ててやめさせる。

 ここにはイッセー以外の男の俺もいるんですから、気をつけてください!

 なんてやり取りして落ち着いたところでことの顛末を部長に話す。

 

「お母さまと話をしていただけ?」

「ええ。適当な理由をつけて、アーシアだけは部屋に逃げさせておいたんですけど」

「本当にただ単に懐かしの幼馴染みに会いに来てただけでした」

「まぁいいわ。どういうつもりかはわからないけど、どうせ明日(あす)には会うわけだし」

 

 そういえば、イリナが明日また会うとか言ってたな。

 

明日(あす)の放課後、彼女たちが部室にやって来るそうよ。目的は私との交渉」

「それって・・・・・・」

「ええ。おそらくあなたと祐斗が遭遇したはぐれ神父の持つエクスカリバー絡みなのは間違いないわね」

 

 エクスカリバーという単語や俺の情報に対する青髪の少女の反応からしても間違いないだろうな。

 悪魔を邪悪な存在と疑わない教会の者がその悪魔と交渉したいと要求してきた。となると、向こうは相当切羽詰まってるってことになるのか?

 エクスカリバーが関わってくるのなら当然かもしれないが・・・・・・。

 とにかく、かなりの厄介事になるのは間違いないだろうな。

 こうなると、一番の不安要素は木場だな・・・・・・。

 

「部長。木場はどうしますか?」

「そうね。ただでさえ、エクスカリバーに対する憎悪を思い出したあの子にエクスカリバーの話題はタブーでしょうけど・・・・・・」

「それに、教会の者の一人はエクスカリバーの使い手の可能性があります」

「なんですって!?」

 

 俺の言葉に部長、それからイッセーたちもひどく驚愕する。

 

「そいつが持っていた聖剣のオーラとフリードが持っていたエクスカリバーのオーラが似ていたんです」

 

 それを聞いた部長は深く考え込み、やがて口を開く。

 

「どのみち話さなきゃいけないでしょうし、もし知らないで遭遇でもしたら、斬りかかってしまう可能性もあるわ。だから、あの子もその場にいさせるわ。私が止めれば少しは落ち着いてくれるでしょうし、いざってときは、私がなんとかするわ」

 

 部長はそう言うが・・・・・・大丈夫なんだろうか。

 ・・・・・・揉め事にならなきゃいいんだが。

 

 

―○●○―

 

 

 翌日の放課後。

 いつものオカ研の部室は張り詰めた空気によって支配されていた。昨日、部長が言った通りイリナたちを含んだ教会関係者が部室に訪れていたからだ。

 ソファーに座る部長に向かい合う形でソファーに座る教会関係者が三人、離れた場所に二人いた。座っている三人のうち二人は昨日イッセーの(うち)に訪れたイリナと青髪の少女。もう一人は二十代ぐらいの男性だった。褐色肌をしており、白髪をオールバックにしていた。そして、この場の誰よりも静かに落ち着いており、相当な実力者の貫禄を見せていた。離れた場所にいる二人のうち一人はイリナと青髪の少女といた黒髪の少女。もう一人は俺と同い年ぐらいの黒髪の少年で、こちらも褐色肌をしており、青髪の少女以上の鋭い眼差しで俺たちを敵意全快で睨んでいた。

 イッセーたち部長の眷属たちは部長の後ろに控えており、眷属ではない俺たちは離れた場所からこれから行われる会談を見守っていた。そして、肝心の木場だが、一応はおとなしくしてはいる。だが、明らかに憎悪の感情を隠していなかった。きっかけがあれば、すぐにでも斬りかかる姿勢だった。

 緊張した空気の中、最初に話を切り出したのは白髪の男性だった。

 

「このたび、会談を了承してもらって感謝する。私はアルミヤ・A・エトリア」

「私はゼノヴィアだ」

「紫藤イリナよ」

「神田ユウナです」

「・・・・・・ライニー・ディランディ」

 

 教会関係者たちの自己紹介に部長も応じる。

 

「私はグレモリー家次期当主、リアス・グレモリーよ。それで、神の信徒が悪魔に会いたいだなんてどういうことかしら?」

 

 部長の質問に白髪の男性──アルミヤ・A・エトリアが逆に問いかける。

 

「理由はもう把握しているのではないかね?」

「エクスカリバーね?」

 

 部長の言葉にイリナが答える。

 

「元々行方不明だった一本を除く六本のエクスカリバーは教会の三つの派閥、カトリック教会本部ヴァチカン、プロテスタント、正教会がそれぞれ保管していましたが、そのうち三本が堕天使の手によって奪われました」

『ッ!?』

 

 イリナの言葉に俺たちは驚く。

 はぐれであるフリードが持ってたことから強奪されたのだとは予想できてはいたが、まさか三本も強奪されていたとは。

 

「私たちが持っているのは残ったエクスカリバーのうち、『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』と」

 

 青髪の少女──ゼノヴィアが布に包まれた聖剣を見せるのに合わせて、イリナが腕に巻いていた紐をほどいて手に取ると、紐がうねうねとカタチを変えて一本の日本刀と化した。

 

「私の持つこの『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』の二本だけ」

 

 ほー、イリナのエクスカリバーは名前の通り、擬態の能力を持ってるのか。持ち運びに便利そうだな。

 てことは、それぞれのエクスカリバーには名前にちなんだ固有の能力を持っているのか。

 そして、木場からより殺意と憎悪が放たれる。

 ・・・・・・頼むから落ち着いてくれよ。

 

「残る一本は正教会が管理しているのだが、全て奪われることを危惧し死守するため、今回の奪還任務に持ち出されていない。よって、正教会からの人材派遣はない」

 

 殺意と憎悪を撒き散らす木場を一瞬だけ一瞥し、アルミヤ・A・エトリアが残りの一本のエクスカリバーの捕捉説明をしてくれる。

 

「我々がこの地に来たのはエクスカリバーを奪った堕天使がこの町に潜伏しているという情報を掴んだからだが──どうやら情報は正しかったようだ」

「ええ。先日、私の下僕とそこにいる彼がエクスカリバーを持ったはぐれエクソシストに襲われたのよ。それから、そのはぐれエクソシストが教会関係者たちを殺し回っていたのだけれど──」

「ご推察の通り、その者たちは情報収集のためにこの町に潜り込ませていた調査員だ。・・・・・・おそらく、全員殺されたがね」

 

 それにしても、なぜエクスカリバーを奪った奴らはわざわざ部長が管理するこの町に?

 首謀者が堕天使なら、自分たちの領域に持っていけばいいものを。

 それとも、レイナーレみたいな独断専行者なのか?

 

「それで、聖剣を奪った堕天使、何者なのか判明しているの?」

「『神の子を見張る者(グリゴリ)』の幹部──コカビエルだ」

『ッ!?』

 

 アルミヤ・A・エトリアの答えに三本ものエクスカリバーが強奪された事実以上に驚愕する俺たち。

 『神の子を見張る者(グリゴリ)』は堕天使の中枢組織で、その幹部であるコカビエルは聖書に記されているほどの存在だ。

 ・・・・・・相当な大物が来たな。

 

「幹部クラスを五人で? 無謀よ。それに見たところ、彼女たち以外はエクスカリバーどころか、聖剣すら持っていないじゃない?」

 

 部長の疑問ももっともだろう。堕天使幹部のコカビエルがどれほどの存在かは知らないが、少なく見積もっても俺たちが束になっても勝てる可能性が低いほどの存在なのは間違いないはずだ。

 部長の言う通り、エクスカリバーの使い手がいるとはいえ無謀に近かった。

 

「このヒトに関してはそんな心配はいらないよ。悔しいが、エクスカリバーを持った私とイリナが二人がかりで挑んでも相手にならないからね」

「教会の若手剣士の中でもトップクラスの実力があるのは間違いないわね」

 

 アルミヤ・A・エトリアを見ながら告げられたゼノヴィアとイリナの言葉を聞いて、俺は改めてアルミヤ・A・エトリアを見る。

 エクスカリバーの使い手にここまで言わせるとは。雰囲気からタダ者じゃないとは思っていたが、そこまでとはな。

 

「後ろにいる二人に関しても、エクスカリバーがなくても十分な実力者と言えるよ」

 

 さらにゼノヴィアは神田ユウナやライニー・ディランディについてもそう評する。

 全員がそれなりの実力があるのは間違いないみたいだな。

 

「大した自信ね。でも、やはり無謀と思えるわ」

「かもしれないな」

 

 部長の言葉にアルミヤ・A・エトリアは淡々と答える。

 

「死ぬつもりなの?」

 

 部長の問いにイリナが答える。

 

「そうよ。我々の信仰をバカにしないでちょうだい、リアス・グレモリー。覚悟の上よ。ね、皆?」

「聖剣を堕天使に利用されるくらいならこの身と引き換えにしてでも消滅させる」

「・・・・・・フン、そのつもりだ」

「・・・・・・覚悟はあるんですけど、本音を言わせてもらえば、できることなら、死にたくもないし、皆も死なせたくないんですけどね」

「ま、そういうことだ。相手が相手であるのでね。全員覚悟はできているというわけだ」

 

 全員が覚悟を口にし、アルミヤ・A・エトリアはそうまとめた。

 

「あなたたちの覚悟はわかったわ。それで、私たちにどうしてほしいの?」

「我々の要求は──」

「簡単だ。俺たちの戦いに手を出すな──それだけだ」

「ちょっ、ライくん!」

 

 アルミヤ・A・エトリアの言葉を遮り、ライニー・ディランディが高圧的に言う。

 それを聞いて、神田ユウナは慌て始める。

 

「まぁ、そういうことだ。今回の件は我々と堕天使の問題だ。ライニーの言う通り、私たちの要求は私たちと堕天使のエクスカリバー争奪の戦いに悪魔が介入してこないこと。──つまり、今回の事件で悪魔側は関わるなということだ」

「ああもう、ゼノヴィアまで!」

 

 ゼノヴィアの物言いに神田ユウナはさらに慌てだし、部長も眉が吊り上がる。

 

「ずいぶんな言い方ね。私たちが堕天使と組んで聖剣をどうにかするとでも?」

「悪魔にとっても、聖剣は忌むべきものだ。利害は一致する。堕天使と手を組んででも破壊する価値はあるはず。もしそうなら、我々はあなたを完全に消滅させる。たとえ、魔王の妹だろうとな」

 

 ゼノヴィアの言葉にアルミヤ・A・エトリアが額に手を当てて嘆息する。

 

「・・・・・・ライニー、ゼノヴィア。キミたち、少しは言葉を選べないのかね・・・・・・。いくら敵とはいえ、こちらが一方的に要求をしているのだから、少しは穏便に発言したまえ」

「俺は別にここでこいつらと戦っても問題ないぞ」

「ああもう、ライくんのバカ!?」

「・・・・・・はぁ」

 

 ライニー・ディランディが不敵に笑みを浮かべながらの発言に神田ユウナは涙目になり、アルミヤ・A・エトリアは深いため息を吐く。

 

「・・・・・・すまないな、リアス・グレモリー。こちらにキミたちと争う気はない。だが、ゼノヴィアが言っていたことを上も危惧しているのは事実だ。実際、私もまったく疑っていないと言えば嘘になる。──もし、本当にそのつもりがあるのであれば、我々は矛をキミたちにも向けるつもりだ」

「ならば、言わせてもらうわ。グレモリー家の名において、魔王の顔に泥を塗るようなマネは絶対にしない」

 

 部長がそう言い切ると、アルミヤ・A・エトリアはフッと笑みを浮かべる。

 

「それを聞けただけで十分だ。ライニーはともかく、ゼノヴィアも、あくまで上の意向を伝えただけだよ。・・・・・・物言いに関しては大目に見てくれると助かる」

 

 アルミヤ・A・エトリアの言葉に部長も表情を緩和させる。

 

「まぁ、いいわ。ただし、そちらが一方的に要求してきたのだから、こちらからも条件を出させてもらうわ」

「──何かね?」

「あなたたちが追っているエクスカリバーの使い手に私たちはすでに襲われている。今後はそうならないとも限らない。もし、そうなったら──」

「応戦してかまわない。なんなら、エクスカリバーを破壊しても結構だよ」

 

 アルミヤ・A・エトリアの言葉にゼノヴィアとイリナが難しい表情をして訊く。

 

「・・・・・・いいのかい、アルさん」

「・・・・・・悪魔の人たちにそんなことを許しちゃって」

「仕方あるまい。襲撃されて命が危険にさらされても無抵抗でいろ、もしくは条件をつけて戦えなどと言えるはずもないだろう」

 

 確かにそうだ。もしそうなっても手を出すなと言われたら「ふざけるな」と言いたくなる。

 

「それに──そちらにも少々事情もあるようだしな」

 

 アルミヤ・A・エトリアは木場を一瞥しながら言う。

 このヒトもしかして、木場が『聖剣計画』の犠牲者だということに気づいたのか?

 部長の言った条件も、木場を納得させるための妥協点として提示したのだろうからな。

 

「ただし、やむを得ない状況を除いて意図的に我々の戦いに一切介入しないことは守ってもらう。そして、仮にエクスカリバーを破壊したとして、聖剣の核だけはこちらに返還してもらう。──いいかね?」

 

 アルミヤ・A・エトリアは視線を鋭くしながら部長に問う。

 その雰囲気から「もしそうしなければ矛を交えることになる」と、暗に告げていた。

 

「ええ、それでいいわ。了解したわ」

 

 部長が了承したところで、部室を支配していた空気が若干和らいだ。

 

「時間を取らせて申し訳ない。本日は面会に応じていただき、感謝する。そろそろお暇させてもらうよ」

「せっかくだからお茶でもどう?」

「悪魔と馴れ合うわけにもいかないだろう。キミの眷属たちにも精神面でも負担を強いることにもなるだろうからね」

「それもそうね」

「では、失礼する」

 

 アルミヤ・A・エトリアが部長と軽口を叩き合ったあと、ゼノヴィアとイリナとも立ち上がり、後ろに控えていたライニー・ディランディと神田ユウナを連れて部室から立ち去ろうとする。

 ふぅ、どうにか揉め事にならずに済んだか・・・・・・。懸念材料である木場も、いまだに殺意と憎悪を撒き散らしながら不服そうにしてはいるが、立ち去ろうとする彼らに手を出そうとはしていなかった。

 だが、ここで俺はうっかりしていた。──懸念材料はもうひとつあったことを。

 

「──兵藤一誠の家を訪ねたとき、もしやと思ったが──アーシア・アルジェントか?」

 

 アーシアを視界に捉えたゼノヴィアが立ち止まり、アーシアに問う。

 

「えっ、あっ、はい」

 

 アーシアは戸惑いながら答える

 

「まさかこんな地で『魔女』に会おうとはな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 聖剣と戦います!

 リアルが忙しくて、投稿がだいぶ遅くなりました。今後もたぶん、不定期な更新になると思います。


 『魔女』と呼ばれたアーシアは体を震わせていた。その単語はアーシアにとって、辛い思い出を思い出させるものだった。

 

「あー、あなたが魔女になったという元『聖女』さん? 堕天使や悪魔をも癒す能力を持ったために追放されたとは聞いていたけど、悪魔なっていたとはね」

「・・・・・・あ、あの・・・・・・私は・・・・・・」

 

 イリナにも言い寄られ、アーシアは体を震えせながらスカートの裾をギュッと掴み俯く。

 そんなアーシアにゼノヴィアはさらに無情な言葉を掛ける。

 

「しかし、『聖女』と呼ばれていた者が悪魔とはな。堕ちれば堕ちるものだ」

「てめぇ! いい加減にしろおまえ──」

「・・・・・・イッセー先輩」

 

 ゼノヴィアの言い分に思わず突っ掛かろうとするが、小猫ちゃんが手で制してくる。

 わかってる! ここであいつらとやらかしたらマズイってことぐらい! 頭ではわかってるけど、沸き上がる感情は抑えられなかった。

 

「そこまでにしろ、ゼノヴィア。彼女はもう追放され、そしていまや悪魔の身。もう我々とは関係はないし、我々も彼女にとやかく言う権利はない」

「いや、そういうわけにはいかないよ、アルさん。神の信徒として、彼女を無視するわけにはいかない理由がある」

 

 アルミヤってヒトがゼノヴィアを諌めようとするけど、ゼノヴィアは止まらず、アーシアに問いかける。

 

「まだ我らが神を信じているのか?」

「ゼノヴィア、彼女は悪魔になったのよ」

 

 ゼノヴィアの問いにイリナが呆れた様子で言う。

 

「いや、背信行為をする輩でも罪の意識を感じながら信仰心を忘れられない者がいる。その子にはそう言う匂いが感じられる」

「へー、そうなんだ。ねぇ、アーシアさんは主を信じているの? 悪魔の身になってまで?」

 

 イリナの問いにアーシアは震えながら弱々しく答える。

 

「・・・・・・す、捨てきれないだけです。ずっと、信じてきたのですから・・・・・・」

 

 それを聞き、ゼノヴィアはアーシアに聖剣を突きだす。

 

「ならば、いますぐ私たちに斬られるといい。キミが罪深くとも、我らの神は救いの手を差し伸べてくれるはずだ。せめて私の手で断罪してやる。神の名の元に」

「てめぇ──」

「そのくらいにしてもらえるかしら!」

 

 思わず飛び出そうとするが、先に部長が言葉に怒気を含ませて割り込む。

 

「私の下僕をこれ以上貶めるのは」

「貶めているつもりはない。これは信徒として当然の情け──」

「ッ!」

 

 ついに我慢の限界が来た俺は小猫ちゃんの手を振り払い、庇うようにアーシアの前に立つ!

 

「アーシアを『魔女』と言ったな!」

「少なくとも、いまは『魔女』と呼ばれる存在だと思うが?」

 

 ゼノヴィアはあたりまえのように言う。

 

「ふざけるなッ! 自分たちで勝手に『聖女』に祀り上げといて! それで少しでも求めていた者と違ったから見限るのか!? ・・・・・・そりゃねぇよ。そりゃねぇだろう!? アーシアはなぁ・・・・・・ずっと一人ぼっちだったんだぞ!」

 

 俺は溜まっていたもの止められなかった。ずっと、ずっと神さまに関わる者に言ってやりたかったんだ。

 

「『聖女』は神からの愛のみで生きていける。愛情や友情を求めるなど、元より『聖女』になる資格などなかったのだ」

 

 当然だというかのようにゼノヴィアは口にした。

 クソッ! なんだ。なんなんだ、こいつらは!

 理解できねぇ! 理解なんてしたくねぇ! 

 

「その神さまはアーシアがピンチだったときに何もしてくれなかったじゃないか!」

「神は愛してくれていた。何も起こらなかったとすれば、彼女の信仰が足りなかったか、もしくは偽りだっただけだよ」

 

 ゼノヴィアは冷静にそう答えた。

 こんな奴ばかりなのか、教会の連中は!? ふざけんな。ふざけんなよ!

 

「何が信仰だ! 神さまだ! アーシアの優しさを理解できない連中なんか皆バカ野郎だ!」

「・・・・・・キミはアーシア・アルジェントのなんだ?」

「家族だ! 友達だ! 仲間だ! おまえらがアーシアに手を出すのなら、俺はおまえら全員敵に回しても戦うぜ!」

 

 ゼノヴィアの問いに俺はハッキリとそう告げてやった!

 

「ふん、なるほどな」

 

 突然、嘲笑うかのような言葉が紡がれた。その言葉を発したのは、今まで会話に参加せず黙っていたライニーと名乗った男だった。

 

「何がなるほどなんだよ!」

「家族、友達、仲間、なるほど、愛情や友情を求めたそいつにはうってつけのたぶらかし文句だったわけだ」

「何ッ!?」

「そう言ってそいつをたぶらかして悪魔に仕立てあげたんだろう? 悪魔の誘惑ってやつか? 悪魔らしいかぎりだ」

「ちょ、ちょっと、ライくん!」

 

 嘲笑を浮かべながら好き勝手言うライニー。そんなライニーを神田ユウナがあわあわしながら諌めようとする。

 

「そんなんじゃねぇ! 俺はアーシアと友達になりたいって思っただけだ!」

「そりゃ、悪魔を癒す力は何がなんでも欲しいだろうからな」

「そんなの関係ねぇ! 悪魔もシスターも関係ねぇ! 俺はそんなもの抜きでアーシアと友達になろうとしたんだ!」

「だからそう言ってたぶらかしたんだろう? 悪魔はそういう口がうまいからな」

 

 なんなんだよ、さっきからこいつはよ!?

 

「ん? なんだ。おまえらもこいつにやられた口か?」

 

 そう言ったライニーの視線の先には、すごい形相でライニーを睨んでいた千秋、鶫さん、燕ちゃんがいた。三人とも、明らかに怒っていた。

 

「哀れだな。悪魔に魅了されるなんてな。一体どんな手口にやられ──」

 

 ライニーの言葉を遮って拳が打ち込まれた!

 ライニーは驚きながらも、的確に拳を掴んで受け止める。

 

「明日夏!?」

 

 拳を打ち込んだのは、明日夏だった。

 

「・・・・・・なんのつもりだ?」

「それはこっちのセリフだ」

 

 ライニーの問いに明日夏は拳を突き出したまま答える。

 

「連れはアーシアを貶めたかと思えば、くだらねぇ理由で斬ろうとするは、おまえはおまえでいきなりイッセーを侮辱するはで・・・・・・いい加減、我慢の限界なんだよ!」

 

 あくまで冷静に、だけど相当頭に来ている様子で明日夏はゼノヴィアとライニーを睨む。

 

「アーシアに手を出し、その口も黙らせねぇのなら、俺も黙ってねぇぞ!」

 

 明日夏はゼノヴィアとライニーを睨みながら、拳を突き出して言う。

 

「そっちがその気なら受けてたつよ。先ほど盛大に喧嘩を売られたからね」

「俺も別に構わないぜ」

 

 ゼノヴィアもライニーやる気満々だった。

 

「ちょっ!? 二人とも──」

「止めなさい! 二人とも──」

「──ちょうど良い。僕も混ぜてもらおうか」

 

 神田ユウナと部長が俺たちを止めようとするけど、木場がその制止の声を遮った。

 

「・・・・・・誰だキミは?」

「キミたちの先輩だよ。──失敗作だったそうだけどね」

 

 ゼノヴィアの問いかけに木場は不敵に笑みを浮かべて答えた。

 

 

━○●○━

 

 

 ・・・・・・我ながら短慮な行動だった。

 つい先程の自分の行動を反省しながら、現状を確認する。

 イッセーは本来、言いたいこと言いたかっただけで、実際にやり合うつもりはなかった。俺も止められたら引き下がるつもりだった。だが、木場が俺たちの口論に乗っかって教会の連中に殺意全快でケンカを売りやがった。それをゼノヴィアとライニーも買いだして一触即発の空気となって、完全に収まりがつかなくなってしまった。

 それを察したアルミヤ・A・エトリアが部長にお互い上に報告しない非公式の手合わせを渋々ながら提案してきた。部長もその提案に渋々乗り、俺、イッセー、木場のオカ研側とゼノヴィア、イリナ、ライニーの教会側の対決と相成った。対戦カードは俺とライニー、イッセーとイリナ、木場とゼノヴィアというかたちとなった。

 そして俺たちはいま、球技大会の練習をしていた場所に立っていた。俺から少し離れたところにはイッセーと木場がおり、さらに俺たちと対峙するようにゼノヴィア、イリナ、ライニーがいた。その俺たちからさらに離れたところに残りのオカ研のメンバーとアルミヤ・A・エトリア、神田ユウナがいた。

 そんな俺たちの周辺を囲い込むように紅い魔力の結界が張られる。これで多少の無茶をしても周囲に影響が出なくなるらしい。

 

「では、始めようか」

 

 ゼノヴィアの言葉を皮切りに教会側の三人がローブを脱ぎ、黒い戦闘服姿になった。ゼノヴィアとイリナのは体の線が浮き出てて、正直眼のやり場に困るものだった。ライニーのは俺の戦闘服のコートがないバージョンって感じで、グローブが手首の先まで覆うタイプだった。

 

「上にバレたらお互いマズイわね!」

 

 そう言いながらも人数合わせの割に結構ノリノリなイリナは腕に巻いている紐を掴むと、紐は形状を変化させ、日本刀の形になった。あれが擬態のエクスカリバーの力か。かなり汎用性が高そうだな。

 

「殺さない程度に楽しもうか」

 

 ゼノヴィアの持つ剣の布が取り払われ、破壊の名前に恥じない破壊力重視と思われる刀身が太い剣が現れた。

 

「フン」

 

 ライニーはグローブの両手首の部分を開く。すると、そこから腕にかけられた十字架が現れる。

 次の瞬間、十字架が光輝き、十字架がグリップの部分に十字架をあしらった刻印がされた白銀の拳銃に変わっていた!

 

「じゅ、十字架が!?」

 

 十字架が拳銃に変化したことに元シスターであるアーシアが驚愕していた。

 

「武器に変化する十字架──聞いたことあるな。確か、『十字装具(クロス)』って名前だったか?」

 

 聞いた話によると、元々は複数の十字架を錬金術で統合し、聖なる力を幾重にも強化した十字架だったが、強化した聖なる力が思いのほか強力だったので、その力を武具として転用しようという発想からできたのが武具に変化する十字架、『十字装具(クロス)』。実際に見たのはこれが初めてだった。

 

「よく知ってるじゃねぇか。ま、だからなんだだがな」

 

 ライニーは特に気にしたふうな感じを見せず、その銃口をこちらに向ける。

 エクスカリバーとかと比べれば、性能は大きく劣るし、扱いやすさは性能の劣る光の剣や光の弾丸を放つ銃のほうがいいのが十字装具(クロス)らしいが、使い手によっちゃ並の聖剣以上の性能を発揮すると聞いた。

 そして、エクスカリバーの奪還という任務でやって来たこいつだ。それぐらい、いや、それ以上の実力はあると想定して臨むべきだな。

 そう分析しながら戦闘服に着替え、雷刃(ライトニングスラッシュ)を取り出す。

 やめるつもりだったとはいえ、あいつらの言葉に腸が煮えくり返っているのも事実だ。木場ほどじゃないが、やる以上はぶちのめす!

 

 

━○●○━

 

 

 うーん、明日夏の奴、止められたらやめるつもりだったとは言っていたけど、結構やる気満々じゃねぇかよ・・・・・・。木場もはなっからやる気満々──ていうか、相手を殺しそうな勢いだぞ!?おいおい、殺し合いは禁止だぜ? わかってんのか、木場?

 

「・・・・・・ふふふ」

 

 当の木場は不気味なほどの笑みを浮かべていた。薄ら寒くなるほどの笑顔だ。

 

「・・・・・・笑っているのか?」

「ああ。倒したくて、壊したくて仕方のなかった物が目の前に現れたんだからね──」

 

 ゼノヴィアの問いに木場が答えた瞬間、木場の周囲に複数の魔剣が出現した。

 

「・・・・・・『魔剣創造(ソード・バース)』か。思い出したよ。聖剣計画の被験者で処分を免れた者がいたという噂をね。それはキミか?」

 

 今度のゼノヴィアの問いに木場は答えない。ただただ、殺気を向けているだけだ。

 

「兵藤一誠くん! 士騎明日夏くん!」

 

 いきなり紫藤イリナがなぜか瞳をキラキラさせながら俺と明日夏のことを呼ぶ。

 

「な、なんだよ?」

「・・・・・・一体なんだよ?」

 

 俺も明日夏も訝しげにイリナのほうを見る。

 

「再会したら懐かしの男の子たちの一人が悪魔になっていただなんて!? もう一人の幼馴染みも悪魔と一緒に行動しているだなんて!? なんて残酷な運命のいたずらぁ!」

「「はぁ?」」

 

 イリナの言葉に俺も明日夏も思わず呆気に取られてしまう。

 

「聖剣の適正を認められ、はるか海外に渡り、晴れてお役に立てると思ったのに!? ああぁ、これも主の試練?」

 

 悲しそうに言ってるけど、言葉に反して振る舞いがぜんぜん悲しそうじゃないよ!

 

「でも、それを乗り越えることで私はまた一歩、真の信仰に近づけるんだわぁ! ああぁ!」

 

 ちょっと、この子、何言ってるの!? 完全に自分に酔っちゃてるよ! 関わってはいけないタイプの子になっちゃてるよ!?

 

「さあ、イッセーくん、明日夏くん! 私がこのエクスカリバーであなたたちの罪を裁いてあげるわぁ! まずはイッセーくんから! アーメン!」

 

 そう言って、イリナは勢いよく斬りかかってきた!

 

「なんだか、わかんねえが、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ッ!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 籠手を出現させて、斬りかかってきたイリナの斬擊なんとかかわすけど、制服が少し斬られた。

 あっぶね! 何が手合わせだ! ぜんぜん本気じゃねぇか!?

 

「イリナちゃん!? これ手合わせ! 手合わせだよ!?」

 

 神田ユウナも慌てて叫んでいた。

 仲間にも言われてんぞおい!

 

「ああぁ、久々の故郷の地で昔のお友達を斬らねばならない! なんて過酷な運命!?」

 

 ダメだ、この子!? 完全に自分の世界に入っちゃてるよ!

 

「・・・・・・イッセー。いまのイリナに何を言ってもむだだ。諦めろ。とりあえず、さっき言ったとおり、必死で避けろ。悪魔のおまえはかするだけでも大ダメージだからな」

 

 バトル前に明日夏に言われたことを思い出し、気を引き締める。聖剣に斬られた悪魔は光の攻撃を受けたときと同様に完全に消滅する。へたをすると、光の攻撃以上のダメージが発生するらしい。絶対に斬られたくないな!

 

「『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』か。アーシア・アルジェントの『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』といい、キミの『魔剣創造(ソード・バース)』といい、異端の神器(セイクリッド・ギア)がよく揃ったものだ」

 

 俺の『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を見て、ゼノヴィアが興味深そうに呟く。

 

「・・・・・・僕の力は同士の恨みが産み出したものでもある。無念の中で殺されていった者たちのね!」

 

 木場は地面に生えた魔剣を一本手に取り、ゼノヴィアに斬り掛かる。

 

「この力で持ち主と共にエクスカリバーを叩き折る!」

 

 木場は一心不乱に魔剣を振るうけど、ゼノヴィアは易々と木場の攻撃を防いでいた。

 すると木場は『騎士(ナイト)』の特性の足の速さで縦横無尽に駆け回ってゼノヴィアに斬り込む。

 だけど、神速の動きによる四方八方から来る斬擊をゼノヴィアは最小の動きだけで的確に受け流していた。

 木場の速さがぜんぜん通用してねぇ!? マジかよ!

 

「クソッ!」

 

 明日夏の苦悶の声が聞こえ、明日夏のほうを見る。

 ライニーが両手の拳銃を絶え間なく撃ち、撃ち出された弾丸を明日夏は必死に動き回って避けていた。でも、ときどき避けきれずに当たり、苦悶の表情を作っていた。当たっても、着ているコートのおかげで傷ができることはなかったけど、衝撃や痛みまで防げていない様子だった。そのせいで、明日夏はいまは完全に避けることに徹していて、攻めあぐねていた。

 木場と明日夏、あんなに強い二人が、いっぽうに攻めきれずにいた。それだけ相手がめちゃくちゃ強いってことかよ!

 

「イッセーくん。よそ見してる余裕なんてあるのかな?」

 

 イリナの言葉を聞こえ、慌ててその場から飛び退くと、さっきまで俺がいたところにイリナが斬り込んでいた!

 クソッ! イリナだって弱いはずはねえ。他の二人と同じくらい強さなはずだ。ちきしょう、実戦経験が少ない上に、聖剣との戦いが初めてだから、どれくらい倍加すればいいのか目安がわからん。さっき明日夏に言われたとおり、できるだけ避けて、上げれるだけ上げるしかねぇ!

 

「こうなったらやるしかねぇ! いや、やっておかないと気がすまねぇ! いや、やらねぇと損だ!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 ──隙を見て『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』かましてやる!

 紫藤イリナ。昔は男の子だと思っていた。けど、いまはその体のラインがはっきりとわかる戦闘服から見てわかる通り、すっかり美少女に成長して、出るところが出てていい体つきをしているぜ!

  成長したその裸体、いまからたっぷり拝んでやるぜ!

 

「・・・・・・な、なぁに、そのいやらしい顔?」

 

 怪訝な顔つきになるイリナ。ふふふ、わかるまい。俺が何を考えているのかを──。

 

「・・・・・・気をつけてください。イッセー先輩は手に触れた女性の服をすべて消し飛ばすことができます」

「「服を!?」」

 

 小猫ちゃんの言葉を聞いて、イリナと神田ユウナが驚愕し、神田ユウナは反射的に自分の着ているものを守るように自身の体を抱いていた。

 ていうか──。

 

「小猫ちゃん! なぜに敵にネタバレしますか!?」

 

 抗議の眼差しを向ける俺に小猫ちゃんはズバリと言う。

 

「・・・・・・女性の敵です」

 

 ・・・・・・あぅ! ・・・・・・痛烈なツッコミ!

 

「なんて最低な技なの、イッセーくん!? 悪魔に堕ちただけでは飽きたらず、心までもが邪悪に染まってしまうなんて! 神よ! この罪深き変態をお許しにならないでください!」

 

 悲哀に満ちた表情でお祈りをあげるイリナ。

 そんなかわいそうな奴を見る目で見るな!

 

「なるほど。性欲の塊か。欲望の強い悪魔らしい行動だと私は思うよ」

 

 ゼノヴィアは俺に軽蔑な視線を向けて嘆息しながら言う。

 

「ゴメン」

 

 なに謝ってんだ、木場ぁぁぁ!

 

「悪魔らしい限りだ。そんな悪魔のために戦うなんてな」

 

 ライニーが俺に侮蔑の視線を向けると、呆れたように明日夏に言う。

 

「いや、イッセーの性欲の強さは悪魔になる前からそんな状態だ」

 

 それフォローなのか、明日夏!?

 

「・・・・・・お、お多感なんだね」

 

 神田ユウナがなんとも言えない表情で苦笑いを浮かべていた。

 そうなんです! 多感な時期なんですよ!

 

「・・・・・・個人の性癖にとやかく言う気はないが・・・・・・戦闘中にそれを持ってくるのはどうなのか。ある意味、肝が座っているというか・・・・・・」

 

 アルミヤ・A・エトリアさんは呆れた表情で言う。

 

「・・・・・・とにかく、最低です」

 

 小猫さまがまとめるように言う。エロくてゴメンね!

 そんななんとも言えない空気の中、木場は手に持っていた魔剣を地面に差し、別の魔剣を二本手に取る。

 

「燃え尽きろ! そして凍りつけ!」

 

 片方の魔剣からは業火が渦巻き、もう片方の魔剣からは冷気と共に霧氷を発生させ、木場は二刀流でゼノヴィアに斬りかかる。

 

「甘いッ!」

 

 ゼノヴィアの一振りが木場の二本の魔剣を粉々に砕いてしまう!

 

「ハァッ!」

 

 ゼノヴィアは聖剣を器用にくるくる回したかと思うと、高々と持ち上げて天にかざし、地面に振り下ろした。

 

 ドォォォォォオオオオオオオオンッッ!

 

 突然、足場が激しく揺れて、地響きが発生する!

 体勢が崩れ、俺はその場で膝を着いてしまい、目の前のイリナも尻餅を着いていた。

 さらに周囲に土煙が巻き起こり、俺にも土がかかってきた。

 

「なっ!?」

 

 土煙が晴れ、視界に入ってきた光景に俺は我が目を疑った。

 

「『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』の名は伊達じゃない!」

 

 ゼノヴィアが振り下ろした聖剣を中心に巨大なクレーターが生みだされていた!

 一撃でこんなクレーターを作ったのかよ!? 剣の一振りで!?

 

「・・・・・・七つに分けられて、なおこの破壊力・・・・・・。ふっ、七本全部消滅させるのは修羅の道か・・・・・・」

 

 木場はこの光景を見て、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるけど、その瞳に映る憎悪の影はいまだに消えていなかった。

 

「はぁ、ゼノヴィアったら。突然、地面を壊すんだもの・・・・・・」

 

 立ち上がったイリナは土を払いながら毒づく。

 

「さてと、そろそろ決めちゃいましょうか!」

 

 再び聖剣をこちらに向けて斬りかかってくるイリナ。

 

Boost(ブースト)!!』

 

 よし! いまだ!

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 俺の中を力が駆け巡る。十分かどうかわからないけど、ここで攻める!

 

洋服崩壊(ドレス・ブレイク)!」

 

 斬り込んでくるイリナに俺も飛びかかる!

 

「ッ!? 卑猥な!」

 

 俺の目的に気づいたイリナは慌てて俺の突進を避ける。

 

「まだまだッ!」

「イヤッ!」

「フッ!」

「やめてッ!」

「デアァッ!」

「ダメーッ!」

 

 チッ! 身軽だな! だが諦めん! 変態でもいい! 俺はたくましく生きていきたいんだ!

 イリナの服を弾け飛ばすのに夢中になっていた俺は、イリナの動きに徐々に順応していった。

 

「イッセーくんの動きが急にしなやかかつ機敏に!」

「イリナちゃんが一方的なんて!?」

 

 俺の動きのよさに驚く朱乃さんと神田ユウナ。

 

「人は何かに夢中になると、自然と集中力が高まる。集中力が高まれば、動きのパフォーマンスもまたよくなる──とは言うが・・・・・・」

「・・・・・・単なるスケベ根性です」

 

 アルミヤ・A・エトリアさんの解説を聞いて、小猫ちゃんがバッサリと告げてしまう。

 エロくて、ゴメンなさいね! だけど、いまの俺を止められるの者などいるはずがない!

 

「なんなのもう!? ヒッ!?」

 

 逃げ回るイリナだったが、ついにその動きを捉え、逃げる方向に先回りした!

 

「俺のエロを甘く見るなァァッ!」

 

 指をわしゃわしゃと動かし、スケベな笑みを浮かべながら間合いを詰め──ダイブするように彼女へ飛び込んでいく!

 イリナに手が届こうとした瞬間──。

 

「ッ!」

 

 彼女は咄嗟の動きで身を屈めてしまった!

 勢いが止まらない俺はそのまま前方に飛んでいき、結界を抜けてイリナの後方にいた鶫さんと燕ちゃん、小猫ちゃんのもとへ──。

 

「あ」

 

 そして、鶫さんと小猫ちゃんの肩へ俺の手がそれぞれ触れてしまい──。

 

「きゃっ!?」

「わっ!?」

 

 燕ちゃんを勢いそのまま押し倒してしまう! むろん、手は触れている。

 次の瞬間、三人の制服が弾け飛んだ。そう、下着すら容赦なく。三人は丸裸となっていた。

 鶫さんの部長や朱乃さんに並みの大きさを誇る生乳、小猫ちゃんのロリロリで小ぶりな生乳、同じくらい小ぶりで、小猫ちゃんとは違った魅力がある燕ちゃんの生乳が俺の眼前で露になる。

 それを目にした俺の鼻から勢いよく鼻血が噴き出る。

 ありがとうございます! って、そうじゃなくて!?

 全裸の年下の幼馴染みを押し倒しているこの絵面はいろいろとマズイ!

 

「わぁー! ゴメン、燕ちゃん!?」

 

 慌てて起き上がる俺!

 当の燕ちゃんは全身を真っ赤にさせていて、いまにも火が噴き出そうな様子だった。

 そして、なぜか姉である鶫さんは怒るでもなく、なぜか目を輝かせて俺と燕ちゃんのことを見ていた。なんで?

 

「とりあえず、ありがとうございます!」

 

 とりあえず、声に出してお礼を言う俺。

 

「いや、違う! これは──」

 

 慌てて弁明しようとした瞬間、俺は突然の浮遊感に襲われた。

 

「・・・・・・どスケベ」

 

 怒った小猫ちゃんに殴り飛ばされたのだ。

 そのまま重力に従い、俺は地面に叩きつけられた。

 ちょ、超痛い・・・・・・。

 

「あのね、これは天罰だと思うの。だから、こんな卑猥な技は封印すること、いい?」

 

 倒れ伏している俺にイリナが棒か何かでつつきながら言ってくる。

 

「・・・・・・だ・・・・・・」

「はぇ?」

「・・・・・・いや、だ・・・・・・! ・・・・・・魔力の才能をすべて注ぎ込んだんだ・・・・・・。女子の服が透明に見える技とどっちにするか、真剣に悩んだ上での決断だったんだぞ・・・・・・! もっと、もっと女の子の服を弾け飛ばすんだ! そして、そして、そしていつか、見ただけで服を壊す技に昇華するまで俺は戦い続ける!」

 

 思いの丈を高々と宣言しながら気合を入れて俺は立ち上がる!

 

「・・・・・・そんなことでここまで戦えるなんてどうかしてるわ!?」

「・・・・・・ある意味スゴいね・・・・・・」

 

 俺の宣言にイリナは異質なものを見る目をし、神田ユウナはなんとも言えないような表情を浮かべる。

 

「エロこそ力! エロこそ正義だぁッ!」

 

 俺は体勢を低くして、一気に飛び込む。

 イリナはそれを軽くジャンプして避ける。

 

「でやぁぁぁッ!」

 

 そこへアッパー気味に攻撃するが、それも後ろに跳んでかわされる。

 

「フッ!」

「ッ!」

 

 イリナが横なぎに聖剣を振るってくるが、咄嗟にそれを籠手でガードする!

 

「あなたを少し見くびっていたようね。いい動きだし、いまのもいい判断よ。避けようとしたら確実に避けきれなかった。悪魔のあなたに聖剣の一撃はかすり傷でも致命的ですもの。その瞬間に勝負はついていたでしょうね」

 

 そ、そうだったのか? 最初は避けようと思ったんだけど、体のほうが咄嗟にガードしてしまったんだ。結果的にそっちのほうがよかったか。

 

「その様子じゃ、体が咄嗟に反応したって感じね? どうやら、避け方に関して徹底的によく鍛えられているみたいね。その経験が体が咄嗟に反応させたのよ」

 

 そういうことか。鍛えてくれた明日夏に感謝だな。ホント徹底的に容赦なく打ち込んできたからな。必死に避けようと頑張ったよ。

 

「でも──」

 

Reset(リセット)

 

「ッ!?」

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』に能力解放時間が終わってパワーアップが解除され、体中から力が抜けていく!

 

「実戦経験の少なさがアダになったようね? いまの戦い、あと一度パワーアップしていたら、いい勝負になったはずよ。──あなたの敗因は、相手との力量差がわからずに神器(セイクリッド・ギア)を使っていること。読み間違いは真剣勝負の場では致命的よ」

 

 クソッ! いけるかと思ってたけど、経験のなさがここできたか!

 

「悪いけど、もうパワーアップの時間は与えないわ。急な力の減少に体の動きも鈍っているでしょうしね」

 

 イリナの言うとおり、たぶんパワーアップの時間はもう与えてもらえないだろう。

 

「やぁぁぁッ!」

 

 イリナはさっきより素早い動きで斬り込んでくる!

 けど──。

 

「なっ!?」

 

 イリナが驚愕の表情を浮かべる。

 その原因は俺の左手。俺の左手はイリナの聖剣をガッチリと握っていた。

 

「おりゃぁぁぁッ!」

「ッ!?」

 

 武器を捕まれて動きが止まった隙を逃さず、イリナに向けて拳を打ち出す!

 

「くっ!」

 

 だけど、拳が当たる瞬間に聖剣が紐の形に変わってしまう! 擬態の能力か!

 紐状になった聖剣は俺の手からするするっと抜けてしまう。イリナはそのまま後方に飛び、俺の拳はイリナにかすっただけで大してダメージを与えられず、距離を取られてしまった。

 イリナの表情はいまだに信じられないものを見るようなものだった。

 

「どうして!? どうして、悪魔であるあなたが聖剣を握れるの!?」

 

 そう、イリナが驚愕したのは悪魔である俺が聖剣を握ったことだ。悪魔は聖剣に触れるだけでも危険。それを握るなんて自殺行為である。だけど──。

 

「悪魔なら聖剣に触れることさえできない」

「そうよ! いかに『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』があろうと、聖なる波動を完全に防ぐことなんて──」

「だけど、悪魔の腕じゃなかったら?」

「え?」

 

 そう、俺の左腕は悪魔の腕じゃない──ドラゴンの腕だ。だから、悪魔の弱点は関係ない。ライザーとの戦いのときに使った戦法を応用したんだ。

 もっとも、このドラゴンの腕で聖剣を掴むってのを教えてくれたの明日夏なんだけどな。

 

『強化が解除されたら、イリナは間違いなくパワーアップの時間を与えないために速攻で決めてくるはずだ。だが、そこにつけ入る隙がある。あとはおまえ次第だ』

 

 ホント、避け方といい、いまのといい、明日夏には感謝だぜ。

 

「なるほどね。確かにドラゴンの腕になっているんなら、聖剣の波動も効果は薄いわ。イッセーくんのクセに生意気よ!」

 

 ドラゴンの腕のことを説明してやったら、ムスッとした表情を作るイリナ。でも、すぐに余裕そうな表情に戻す。

 

「でも、せっかくのチャンスも逃したわね。そうとわかっていれば、もう驚かないわ」

「いいや。もう勝負はついたぜ」

「えっ!?」

 

 イリナは俺の言葉に訝しげな表情になる。

 イリナの一撃は悪魔である俺にとってかすっただけでも致命的。だけど、それは俺も同じだぜ!

 俺の必殺技は触れるだけ発動条件が整う。たとえそれがかすっただけでも!

 

「弾けろ! 洋服崩壊(ドレス・ブレイク)!」

 

 刹那、イリナの着ていた戦闘服がバラバラに弾けた。

 おお! 服の上からでもわかっていたが、見事なプロポーション、そして、おっぱい! 脳内メモリーに保存保存!

 

「いやぁぁぁぁぁっ!?」

 

 自身の服が弾け飛んだことにイリナは一瞬だけ呆けるけど、すぐに現状を認識して、悲鳴をあげてうずくまる。

 

「わわわッ!? イリナちゃん!」

 

 神田ユウナが慌ててイリナに駆け寄り、自分の着ていたローブをイリナに着せてあげる。

 神田ユウナもイリナやゼノヴィアと同じ戦闘服を着ていて、その体のラインがよくわかる。

 おお! この子もイリナやゼノヴィアに負けず劣らずのなかなかのプロポーション!

 そんな神田ユウナがなんとも言えないような表情を作りながら訊いてきた。

 

「あ、あのー・・・・・・」

「ん?」

「さすがにこんな状態じゃ、イリナちゃんも戦えないと思うから、これ以上の戦闘は・・・・・・」

「ああ。いいよ。元々、俺は言いたいことを言いたかっただけで、正直、やり合う気はなかったんだよ」

 

 それに、大変素晴らしいものを拝まさせていただきましたからね!

 脳内に保存したイリナの裸体を思い出して、ついつい笑みを浮かべてしまう。

 

「最低よ! イッセーくん!」

 

 それを見て、涙目で恨めしそうな視線を向けて非難するイリナ。

 ふふふ。いまの俺にそれは心地のよいものにしか感じられなかった。

 

「・・・・・・最低です」

 

 あぅ。小猫さまの容赦ないツッコミ。

 というわけで、俺とイリナの戦いは無効試合みたいな感じで終わった。

 

「はぁぁぁぁあああああッ!」

 

 木場が気合を発し、手元に何かを創りだしていく。それは巨大な一本の剣だった。その大きさは木場の身長をはるかに越していて、二メートル以上はあった。

 

「その聖剣の破壊力と僕の魔剣の破壊力! どちらが上か勝負だ!」

 

 木場は巨大な魔剣を手にゼノヴィアに斬りかかる。

 

「──こっちも勝負ついたね」

「──ええ。選択ミスよ」

 

 木場の行動に神田ユウナとイリナが淡々と告げる。

 どういうことだ?

 

「──残念だ」

 

 ゼノヴィアはヒドく落胆した表情をしていた。

 

「デヤァッ!」

 

 木場は勢いよく魔剣を振るうけど、ゼノヴィアは難なくそれを避けて、聖剣の鍔と思しきところを木場の腹部に抉り込ませた!

 

「ガハッ」

 

 それだけでも相当な破壊力なのか、木場は血を吐き、その場にくずおれた。

 

「・・・・・・キミの武器は多彩な魔剣とその俊足だ。巨大な剣を持つには力不足な上に、自慢の動きまで封じることになる。そんなことすら判断できないとはな」

 

 倒れた木場を一瞥して淡々と告げるゼノヴィア。

 

「たとえ、彼があの巨大な魔剣を扱えるだけの筋力を持っていたしても、創造系の神器(セイクリッド・ギア)で創られた魔剣とオリジナルの聖剣とじゃ、強度も能力も比べるまでもない差があったから、打ち合いになってもゼノヴィアの圧倒だったよ」

 

 神田ユウナは淡々と解説してくれた。

 どうあっても、木場があの巨大な魔剣を創りだした時点で勝負は決していたのか。

 

「・・・・・・ま、待て・・・・・・!」

 

 木場から離れようとするゼノヴィアに木場は手を伸ばすけど、勝負が決しているのは誰が見ても明らかだった。

 

「次はもう少し冷静になって立ち向かってくるといい。『先輩』」

「・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・」

 

 ゼノヴィアの言葉に木場はただただ憎々しげに睨むだけだった。




 次はリメイク前と変わった明日夏とライニーの戦いになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 意地、ぶつけます!

「さて、残るはライニーのほうか」

 

 ゼノヴィアが明日夏たちのほうに視線を向けると、釣られて俺もそちらに視線を向ける。

 

「・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・!」

「ふん」

 

 そこには息を切らして刀を構える明日夏と余裕の佇まいをして拳銃を構えるライニーがいた。

 明日夏は額からスゴい量の汗を流しており、表情から疲労も感じられた。戦闘服もボロボロだった。対して、ライニーは涼しそうな表情であり、いまだに無傷だった。

 

「ふむ、こちらもそろそろ決着がつきそうだね」

 

 ゼノヴィアの言うとおり、どう見ても、明日夏の敗北で決着がつきそうな状況だった。

 あの明日夏が手も足もでないなんて!?

 

「明日夏がああなったのも、相性が悪かったのもあるわ」

「相性、ですか?」

 

 部長の言葉に俺は訝しげに訊き返す。

 

「明日夏の戦い方は超至近距離での接近戦。小猫と同じタイプね。でも、それに対して相手は銃使い。しかも、狙いは正確で、なおかつ二挺拳銃なのを活かして、確実に明日夏の逃げ道を塞いでいるのよ。そのせいで、明日夏は相手に近づけない。裕斗みたいな速さもないから、動きで翻弄することもできない。完全にじり貧状態よ」

 

 部長の解説を聞いて、俺は改めて明日夏のほうを見る。

 明日夏はもう完全に満身創痍といった感じだった。でも、その目はいまだに諦めの色は見えなかった。

 

「もう決着ついただろうが。なぜ、そんな状態になっても戦う?」

 

 ライニーの問いに明日夏は鼻で笑う。

 

「ダチを侮辱された──理由はそれで十分だろうが」

 

 明日夏はなんてことのないように言う。けどまぁ、俺だって、ダチを侮辱されたら、侮辱したそいつになにがなんでも一発かましたい理由はわかる。

 

「そいつは悪魔だろうに?」

 

 ライニーは俺のことを一瞥して、再度明日夏に訊く。

 

「関係ねぇよ。悪魔になってようがなってなかろうが、イッセーがダチであることに代わりねぇよ」

 

 答えた明日夏が今度はライニーに訊く。

 

「ずいぶんと悪魔を嫌悪してるな? 敵だから、てだけじゃねぇな。悪魔によって人生を狂わされたくちか?」

 

 明日夏の問い返しにライニーは一瞬だけ表情を歪ませる。悪魔に人生を狂わされたって、どういうことだ?

 

「図星か?」

「──おまえには関係ないだろう」

 

 歪ませた表情はもとに戻ったけど、明らかにライニーの声音は不機嫌そのものだった。

 

「そう訊くってことは、おまえも把握はしてるんだな。悪魔がどんな存在なのか」

 

  ライニーは俺たちのことをもう一度一瞥して当然のことのように言う。

 

「傲慢で強欲、人間なんて道具にしか思ってない。それが悪魔だろ? 特に純血の上級悪魔なんてそんなんだろ?」

 

 な、何言ってんだよ、こいつ!?

 

「てめぇ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! アーシアだけじゃなく、部長のことまで侮辱するならマジで許さねぇぞ!」

 

 ライニーの言葉に純血の上級悪魔である部長のことを侮辱されたと思い、思わず殴りかかりそうになる。

 部長はそんなヒトじゃないぞ! ソーナ会長だって、部長の親友だってことと、匙の様子からそんなヒトじゃないのはわかるし、ライザーも眷属から慕われてる感じだった。これ以上、ふざけたことをぬかすならマジで許さねぇ!

 叫ぶ俺を見てライニーは嘆息する。

 

「どうやら知らないみたいだな? なら、教えてやるよ。おまえが見てきた純血の上級悪魔はあくまで例外みたいなもんだ。ほとんどはさっき言ったとおりの奴らだ。特に転生悪魔に関してはな」

 

 転生悪魔に関しては?

 

「自分の下僕が自身のステータスになるから手段を選ばず、言葉巧みに不利な条件、不本意な形で悪魔に転生させる奴。中には本人の意思を無視して無理矢理悪魔に転生させる奴もいるんだからな」

 

 なっ!? ライニーの言ったことに絶句してしまう。

 

「・・・・・・残念ながら、彼が言ったことは真実よ。実際にそういうやりかたで下僕を増やす上級悪魔は多いわ」

 

 部長も苦虫を噛み潰したかのような表情でライニーの言葉を肯定する。

 マジかよ・・・・・・。ヘタすると、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を持ってた俺も、そんなふうに下僕にされてたかもしてなかったのかな? つくづく、部長の下僕になれて幸せだぜ!

 

「ま、転生悪魔になった奴もなった奴で急に得た力に溺れて問題を起こしてるがな」

 

 はぐれ悪魔のことを言ってんのか?

 

「そいつも、いずれそうなるんじゃねぇのか?」

 

 ライニーは俺のことを見ながら、明日夏にまた問いかける。

 なるかよ! あんなバケモンによ!

 

「ましてや、そいつは赤龍帝だろ?」

 

 なんだよ、赤龍帝だからなんだってんだよ?

 

「・・・・・・ずいぶんとごたくを並べるが、つまり、おまえはこう言いたいのか? 歴代の赤龍帝は皆、その強大な力に溺れて暴走したから、悪魔になったイッセーはさらに力に溺れて暴走しやすいと? それではぐれ悪魔になると?」

 

 なっ!? 歴代の赤龍帝って、皆力に溺れて暴走したのかよ!? 俺もそうなっちまうって言うのかよ!?

 

「まぁ、もっと悲惨なのは、その暴走に巻き込まれる奴だがな。実際、歴代の赤龍帝に関わった者はろくな生きかたができなかったみたいだからな」

 

 ライニーの言葉にショックを受ける。せ、赤龍帝って、そんなに危険な存在なのかよ!?

 

「・・・・・・だから、いまのうちにイッセーと縁を切っとけってか?」

「ま、おすすめはするかな」

 

 それを聞いて、俺は明日夏のほうを見るけど、明日夏は心底呆れた様子で嘆息していた。

 

「ずいぶんとバカらしいこと訊くんだな」

「──何?」

「歴代の赤龍帝のことはもちろん知ってる。だからなんだ? 歴代は歴代だろ? イッセーはイッセーだ」

「そいつが力に溺れないっていう根拠はあるのか?」

「根拠なんて別にないし、そもそもいらねぇよ。ま、あえて言うならダチだからか」

 

 明日夏の言葉を聞いたライニーは信じられないものを見てるかのようだった。

 

「・・・・・・そんなの根拠でもなんでもないだろうが」

「だろうな。ただダチを、イッセーを信じてるだけだからな」

 

 明日夏はなんてことのない、あたりまえのように言う。

 

「・・・・・・なぜそこまで言える? さっきからそいつの言動を見ても、ろくな奴には見えないが?」

「まぁ、確かに。そいつはどうしようもないほどバカで、スケベで、教室で堂々とエロ関連のものをさらすわ、覗きはするわ、女性の服を弾け飛ばす技を開発するわと、悪いところをあげれば、キリがないかもな」

 

 ボロクソ言うなぁ、おい! いやまぁ、事実ですけど。

 

「けどそれはあくまで、表面的なものにすぎねぇよ。そいつの本質は、どうしようもないほど、いい意味でバカな奴さ」

 

 あのー、明日夏さんや。それ、フォローしてるんですか?

 

「ま、他人のおまえにはわからないだろうし、悪魔だからわかるつもりもないんだろうがな」

 

 不敵に笑みを浮かべる明日夏にライニーは口を開く。

 

「・・・・・・仮に──」

「おまえが言うようなことになったら、なったらでそんときだ。ぶん殴って、目を覚まさせる。やることはそれだけだ」

 

 ライニーの言葉を遮って、不敵に笑みを浮かべながら断言する明日夏。

 

「──そんなざまになるほど弱い奴がずいぶんとぬかすな?」

「確かにそうだな。ダチを侮辱した奴をぶっとばせないのは情けないな。だから──」

 

 明日夏は刀を鞘に収めて構える。

 

「なにがなんでも、勝つつもりだ!」

 

 次の瞬間には、明日夏はその場から駆け出していた!

 

「ちっ!」

 

 ライニーは即座に突っ込んでくる明日夏に拳銃を撃つ。

 

Attack(アタック)!」

 

 明日夏は刀の機能で電流によって身体能力を強化し、顔を腕で覆いながら、当たることなんかお構いなしに銃弾の雨の中を突っ切る。

 そして、ライニーに肉薄した瞬間、拳を打ち出した!

 

「フン」

「なっ──ぐぅっ!?」

 

 だけど、ライニーは明日夏の拳を難なくかわし、持ってた銃を十字架に戻して、逆に明日夏の腹に拳を打ち込んでいた!

 

「銃だけの能なしだとでも思ってたか?」

 

 野郎、格闘術も使えるのかよ!

 

「チィッ!」

 

 明日夏はナイフを取り出して斬りかかる。

 だけど、ライニーは難なく明日夏のナイフを持つ手を掴み、そのまま明日夏にナイフを向けて押し込む。

 

「ぐあっ!?」

 

 ナイフは深々と明日夏の肩に突き刺さってしまう!

 さらに明日夏はそのままライニーによって蹴り飛ばされてしまった!

 

「ッ!」

 

 吹っ飛ばされてる状態から無理矢理地面に着地しながら明日夏は肩からナイフを抜き、そのままナイフを投擲するけど、ライニーは即座にナイフを銃で弾き飛ばしてしまった。

 

「まだだ!」

 

 再び駆け出す明日夏。

 ライニーはさっきのことから、銃撃は無駄だと判断したのか、もう片方の銃も十字架に戻し、格闘戦の構えを取る。

 

「ハァッ!」

「ッ!」

 

 明日夏が掌底を放ち、ライニーはそれを腕で逸らし、回し蹴りを放ち、明日夏はそれを腕で防ぐ。

 二人はそこから同じような感じで拳と蹴りのラッシュをお互いに放ち、腕で逸らすなり防ぐなりする。

 ス、スッゲェ! さっきまで、明日夏は満身創痍な感じだったのに、ライニーと互角に接近戦をこなしていた!

 

「彼はさっきまで満身創痍だったはず。急にどうしたと言うんだ?」

 

 ゼノヴィアが明日夏の現状を見て、怪訝な表情を作っていた。

 

「意地、というやつだろう」

 

 ゼノヴィアの疑問にアルミヤさんが答える。

 

「意地というものは案外バカにならないものだ。特に追い詰められた状況のときには、自分を奮い立たせるものとなる。それは例え、すべての力を出し切った状態でも前に進ませるほどにな」

 

 それはなんとなくわかるかも。俺もライザーとのレーティングゲームのときに、最後は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力も使えないほどにまで追い詰められ、満足に動けず、意識も朦朧とした状態になったけど、部長のために勝つという意地だけでライザーに立ち向かえた。

 

「それに、そういう状態で放たれる一撃にはなにかかしらが込められているものだ。そういう『込もった一撃』というのは、破壊力が大したことがなくとも、当たれば肉体的なダメージとは別のダメージを芯に与える。ライニーは表面上はなてことのないようにしているが、士騎明日夏の一撃一撃に驚異を感じていることだろう」

 

 俺は改めて明日夏を見る。

 あいつはいま、どんな気持ちで戦ってるんだ?

 

 

━○●○━

 

 

 俺と奴、お互いの回し蹴りが激突する。

 クソッ! 格闘術も一級品だな! エクスカリバー奪還の任務に来ただけはある!

 雷刃(ライトニングスラッシュ)の身体能力の強化を何回も使ったため、肉体も限界だった。

 けど、それでも意地でも負けたくなかった。

 イッセーを侮辱されたこともそうだが、俺の決意が本気だということを示したかった。

 確かに、歴代の赤龍帝が力に溺れて暴走した。信じていたとしても、イッセーがそうならないとは限らないかもしれない。実際、そのことを想像してしまったこともある。

 だから、イッセーと距離を置けってか? ふざけんな! そんなくだらねぇ理由でダチを見限るなんてするかよ! 仮に暴走したとしても、ぶん殴ってでも止めてやる!

 力を付けてきたのは賞金稼ぎ(バウンティーハンター)になるためってもある。けど、何よりも、大切なものを守りたかった!

 俺は一度、千秋を見捨てたことがある。父さんと母さんが死に、引きこもり、俺たちの声が届かなくなっていた千秋を、自分も父さんと母さんが死んで辛いなんて都合のいい言い訳を作ってな。それだけじゃねぇ、本当は助けたかったのに千秋やイッセーに迷惑をかけれないなんてこれまた都合のいい言い訳を作っていじめられていた鶫と燕を見捨てた。

 なんというか、自分が情けなく思えた。本人たちや周りに仕方なかったなんて言われても。

 そして、そんな三人をを救ったイッセーの誠実さと真っ直ぐさに憧れた。そうありたいと思った。そのために強さもほしいと思った。

 だから力を身に付けてきた! 千秋を、兄貴を、姉貴を、ダチを、仲間を守れる力を!

 だが、ここ最近でのイッセーやアーシアを堕天使に殺されたこと。そのときは本当に自分の未熟さを思い知った。

 もう二度とそんな無様はさらさねぇ!

 あぁ、奴との戦いで追い詰められ、問答してよかったぜ。この決意を改めて確認するのに一役買ってくれたからな。

 あとはこの決意を示すだけだ!

 

Attack(アタック)!」

 

 おそらく、肉体の限界からして、これが最後の身体能力の強化。

 

「チィッ!」

 

 ライニーは十字架に戻していた銃を拳銃に戻して撃ってくる。

 俺は顔を腕で覆いながら突っ込む。

 戦闘服で防ぎきれなかった衝撃と痛みが限界の体に致命的なダメージを与えるが、意地で突っ込む!

 

「ウォォォォッ!」

 

 そのまま、突進の勢いを乗せて拳を打ち出す。

 こんな単調な攻撃が当然、野郎に当たるはずもない。避けられた瞬間に勝負を決める!

 

 ズドムッ!

 

「グゥッ!」

「何っ!?」

 

 だが、なぜか俺の拳は避けられず、野郎の鳩尾に決まった!?

 まさかっ!?

 俺は慌てて腕を引こうとするが、ライニーによって腕を捕まれてしまった!

 やっぱり、これが狙いか!

 そして、奴の銃の銃口が俺の肩に押しつけられた。そう、ナイフで奴によってつけられた肩の裂傷に。

 次の瞬間、俺の耳に一発分の銃声が入ってきた。

 

 

━○●○━

 

 

「明日夏!?」

 

 肩の傷に銃擊を受けた明日夏は仰け反ってしまう!

 まさか、ライニーの野郎があえて明日夏の一撃を受けて動きを封じるなんて!

 

「終わらせる!」

 

 ライニーは銃を十字架に戻して、明日夏に肉薄する!

 傷に銃弾を受けたら、おそらく滅茶苦茶な痛みが発生して、満足に動けないはず。明日夏にはもうあの状態から反撃するなんて──。

 

「ッ!」

 

 次の瞬間、明日夏の目が一際鋭くなった。そして──。

 

「──鉄山靠!」

「ぐあっ!?」

 

 明日夏が体勢を立て直して、その勢いを乗せた体当たりで意表を突かれたライニーを吹っ飛ばした!?

 マジかよ・・・・・・。絶対、とんでもない痛みですぐには動けなかったはずだったのに!?

 驚く俺は明日夏の肩の傷を見る。

 そして気づいた──。

 明日夏の肩の傷を緋色のオーラが覆っており、そのオーラが銃弾を止めているのを。

 あれって、明日夏の神器(セイクリッド・ギア)のオーラ! あれで銃弾を止めたから、すぐに動けたのか!

 

「クソッ──っ!?」

 

 吹っ飛ばされたライニーはすぐに体勢を立て直そうとするけど、そのときにはすでに明日夏が肉薄していた!

 

「──今度のは結構効くと思うぜ」

 

 明日夏がそう言った次の瞬間、明日夏の掌底がライニーの鳩尾に入った!

 

「──猛虎硬爬山!」

「がはっ!?」

 

 明日夏の一撃を受けて、初めて苦悶の表情を浮かべたライニーはさっき以上に後方に吹っ飛んだ!

 明日夏はさらに追撃しようと突っ込む!

 

「ぐっ!」

 

 ライニーは苦悶の表情を浮かべながら十字架を銃に変える!

 それを見た明日夏は自身の体に電気を流し続けている刀をに抜いた! だけど、電気が流れてる状態で強引に抜いたせいなのか、電気がものスゴいバジバジッとほとばしって、明日夏の手を焼いていた!

 それでも構わず、明日夏は刀を振るう!

 そして、ライニーも銃の銃口を明日夏の顔面に向けていた!

 ちょっ、ヤバッ!? 二人とも、相手を殺すつもりで攻撃してないか!?

 そう思っている間に明日夏の刀の刃が吸い込まれるようにライニーの首筋へ、ライニーの指が銃の引き金を引いて──。

 

「──そこまでだ」

 

 刹那、二人の間にアルミヤさんが現れ、片方の手で刀を持っている明日夏の手を受け止め、もう片方の手で銃を持っているライニーの手を押して銃口を明日夏の顔から逸らされ、銃弾が明後日の方向に飛んでいった。

 

「──少々、やりすぎだ。これはあくまで手合わせのはずだ」

 

 ていうか、あのヒト、いつのまにあそこまで移動したんだ!?

 さっきまで、部長たちのそばにいたのに!?

 

「私が止めなければ、キミたちは二人とも命を落としていた。よってこの勝負は引き分けだ。それでいいかね?」

 

 アルミヤさんに諌められた二人はお互いの武器を引かせる。

 これにより、俺たちと教会の戦士たちとの戦いが終わった。

 

 

━○●○━

 

 

「・・・・・・まさかこのような結末になるとはね。先輩はともかく、侮れないね、グレモリー眷属」

 

 戦況を見て、ゼノヴィアはそう呟く。

 それを聞いて、木場は憎悪の視線をゼノヴィアに向ける。

 おい、木場! 決着はついたんだから、落ち着けよな!?

 ライニーも明日夏のことスッゴい睨んでるし、明日夏も明日夏でライニーほどじゃないけど睨み返してるし。

 

「さて、これで手打ちとさせてもらってよろしいかね、リアス・グレモリー」

「ええ、もちろんよ」

「では、今度こそおいとまさせてもらう。先ほどの話、よろしく頼む」

「そちらこそ」

 

 アルミヤさんと部長に確認を取ると、アルミヤさんはゼノヴィアたちを引き連れて立ち去ろうとする。

 

「では、失礼する」

「機会があったら、また手合わせをしよう」

「イッセーくん、私の服を弾け飛ばしたことを懺悔なさいね! もし裁いてほしかったら、いつでも言ってね。明日夏くんもじゃあね」

「えっと、失礼します」

「・・・・・・ふん」

 

 五人各々で別れの挨拶をして、教会から来た戦士たちはこの場から立ち去っていった。

 

 

━○●○━

 

 

「・・・・・・いっつつ・・・・・・」

「大丈夫ですか?」

「・・・・・・ああ」

 

 アーシアが明日夏の体に手を当てて、神器(セイクリッド・ギア)で回復させていた。

 

「無茶したな、おまえ」

「あんまりおまえには言われたくないな」

 

 俺と明日夏は軽く軽口を叩き合う。

 

「おまえのアドバイスのおかげでなんとかなったよ」

 

 ホント、明日夏のアドバイスのおかげでなんとかなったし、いいものも見れた!

 

「そりゃ、よかったよ。けど、イリナの言ったとおり、あと一段階パワーアップしてれば、普通に勝てたかもしれなかった」

「・・・・・・それがわからないのは修業と実戦不足です」

「今後は相手の力量を測る目も養わないとな」

 

 明日夏と小猫ちゃんの言葉を聞いて、自分はまだまだ弱いと改めて実感する。また新しい課題が出てきたな。

 

「待ちなさい!? 祐斗!」

 

 部長の制止する声が聞こえてくる。

 そちらへ顔を向けると、その場から立ち去ろうとしている様子の木場と激昂している部長の姿があった。

 

「あなたの思いを果たすチャンスはあるわ! そのための条件もこちらから要求したのだから!」

「・・・・・・でも、確実にチャンスが訪れてくれる保証もありません。ヘタをすれば、向こうがすべてのエクスカリバーを処理してしまう可能性もあります。ですから・・・・・・」

「私のもとを去ろうなんて、許さないわ! あなたはグレモリー眷属の『騎士(ナイト)』なのよ!」

「・・・・・・部長・・・・・・すみません」

「祐斗ッ!」

 

 木場は部長の制止の言葉に耳を貸さず、部室から立ち去った。

 

「祐斗・・・・・・どうして・・・・・・」

 

 部長は木場が消えたほうを見ながら悲しそうな顔をしていた。

 そんな部長の悲しそうな顔を俺は見ていられなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 共同戦線です!

「カラオケの話、付き合ってあげることにしたわ」

「アーシアちゃんも!」

「はい、ぜひ」

「明日夏!」

「・・・・・・部長と副部長以外は来るぞ」

「「うおおおおおおおおおっ!」」

「桐生はともかく!」

「アーシアちゃん含むオカ研のマドンナたちの参加で!」

「「テンションマックスだぜぇぇぇッ!」」

 

 マックスを振り切る勢いでテンションを上げる松田と元浜。そんな二人の頭をはたく桐生。

 

「悪かったわね、私も行くことになって」

「「ふっ。おまえはアーシアちゃんのオプションさ」」

 

 桐生とバカ二人の言い合いをよそに、一人難しい顔をしてため息を吐いているイッセー。

 木場のことで悩んでいるんだろう。教会の戦士たちとの戦いのあと、木場はエクスカリバーの使い手に敗北したことが引き金になったのかより復讐心が増し、部長の提案した妥協案でも止まらずエクスカリバーを追って部長のもとから立ち去った。このまま行けば、最悪、木場ははぐれ悪魔になってしまいかねない。木場自身もそうなっても構わない覚悟で行動するつもりだろう。

 そんなことはイッセーはもちろん、俺も部長もオカ研の皆も望まない。だから、イッセーはそんな木場をなんとかしようとあれこれ悩んでいるのだろう。俺もどうにかしたい。

 とはいえ、これはなかなか複雑な問題だ。一歩間違えれば、悪魔と教会、つまり神側の争いに発展しかねない。

 

「リアス先輩と姫島先輩がいないのは残念だが・・・・・・」

「この際、贅沢は言わん!」

 

 そんな俺たちの悩みのことなんて露知らず、はしゃぎまくる松田と元浜。事情を知らないから仕方ないが、呑気なもんだぜ。

 

「こんな奴らと一緒にいると汚れてしまうよ」

 

 当然、一人の男子生徒がアーシアの手を取って現れた。

 生徒会の書記であり、上級悪魔である支取蒼那生徒会長の『兵士(ポーン)』の匙元士郎であった。

 

「あぁ、匙さん。こんにちわ」

「やあ、アーシアさん。御機嫌よう」

 

 若干、戸惑いながらのアーシアの挨拶に妙にカッコつけて返す匙。

 

「黙れ!」

「生徒会の書記ごときに言われる筋合いなどないわ!」

 

 さっきの匙の言葉に声を荒げる松田と元浜だったが、匙はそんな二人のことを適当に流していた。

 

「フッ。じゃあ、諸君、失敬するよ」

 

 終始かっこつけてこの場から去っていく匙。

 結局何しに来たんだアイツは? 通りかかったから挨拶したのか、アーシアの前でカッコつけたかったのか──おそらく、両方だろうな。

 

「そうだ。あいつがいた」

 

 そんな匙を見たイッセーのその呟きを聞き逃さなかった。

 

 

━○●○━

 

 

 放課後、駅前のカフェでジュースを飲みながら俺はある人物たちと待ち合わせしていた。

 そして、俺のもとに待っていた二人の男が歩み寄ってきた。

 

「イッセー」

「兵藤」

「お」

 

 やって来たのは明日夏と匙。俺があることを頼むために呼び出して待ち合わせしていたのだ。

 

「よう、悪いな、二人とも。呼び出しちまって」

「気にするな」

「同じく。で、呼び出した理由は?」

 

 とりあえず二人を座らせ、あること、つまりこれから俺がしようとしていることを告げ、その協力を頼む。

 

「聖剣の破壊に協力しろ!? しょ、正気かおまえ!?」

 

 匙がものスゴく驚いていた。

 

「なあ頼む! この通り!」

 

 俺は二人に頭を下げる。

 

「ふざけるな!」

「匙、少し落ち着け。周りの視線を集めてる」

 

 立ち上がって捲し立てる匙を明日夏が諌めさせて座らせる。

 怒鳴り散らす匙とは違い、明日夏は非常に落ち着いていた。たぶん、なんとなく呼ばれた理由を察していたのだろう。

 

「聖剣なんて関わっただけでも会長からどんなお仕置きされるかわからないってのに、それを破壊しようだと! それこそ会長に殺されるわ! おまえんところのリアス先輩は厳しいながらも優しいだろうが、俺んところの会長は厳しくて厳しいんだぞ! 絶対に断る!」

 

 そうか、会長は厳しいか。そして、匙の反応からして、滅茶苦茶怖いんだろうな。

 

「まぁ、正直おまえが考えてる手しか思いつかないしな。俺はかまわないぞ」

「悪いな、明日夏。本来は俺たち眷属の問題なのに」

「気にするな。木場をどうにかしたかったのは俺も同じだ。おまえが行動を起こさなくても、俺が起こしてただろうからな」

「サンキュー。頼りにしてるぜ!」

 

 快く承諾してくれた明日夏と拳を合わせる。

 

「あぁ、はいはい。友情ごっこは二人でやってくれ。俺は帰る」

 

 そう言って匙は立ち上がり、この場を立ち去ろうとする──が、植物の仕切りを丁度通り過ぎたところでなぜか歩いているのに全然進まなくなった。

 

「あれ?」

「「ん?」」

 

 怪訝に思い、匙は隣を、俺と明日夏は仕切りの向こうを覗く。

 

「・・・・・・やっぱりそんなことを考えていたんですね」

「・・・・・・イッセーらしいけど」

「・・・・・・私のことも頼ってほしかった」

 

 そこには大盛りのパフェを食べながら匙の服の裾を掴んでいた小猫ちゃんと少し不機嫌そうな顔をしてジュースを飲んでいる千秋と燕ちゃんがいた。

 どうやら俺が不振な行動をしていたからつけて来たらしい。バレちゃってるのら仕方ないので、三人にも俺の話を聞いてもらうことにした。

 

 

━○●○━

 

 

「・・・・・・うぅぅ・・・・・・やっぱり帰──あうっ」

 

 話の途中で立ち上がって帰ろうとする匙を小猫ちゃんが服の裾を引っ張って強引に座らせる。

 

「教会側に協力を?」

「あいつら、堕天使に利用されるくらいなら消滅させるとか言ってただろ」

「最悪、破壊してでも回収する気みたいだからな」

「木場はエクスカリバーに打ち勝って復讐を果たしたい。あいつらはエクスカリバーを破壊してでも奪いたい。目的はちがっても結果は同じ」

「だから、こっちから協力を願いでると」

「ああ」

 

 三本も奪われたんだから、一本くらい俺たちが奪還、もしくは破壊してもかまわないだろう。

 

「・・・・・・素直に受け入れるとは思えませんが」

「・・・・・・あのライニーってのは特にね」

 

 小猫ちゃんと燕ちゃんの言うことももっともだ。可能性は高くないかもしれない。

 

「当たって砕けろだ! 木場がいままで通り、俺たちと悪魔稼業を続けられるんなら、思いつくことはなんでもやってやる!」

 

 部長のあんな悲しそうな顔は見ていられないし、木場には何度も助けてもらってる。できることはなんだってやってやるぜ!

 

「・・・・・・当然、部長たちこの場にいないメンバーには内緒なんだろう?」

 

 明日夏の言う通り、このことは部長や他の部員の耳にいれるわけにはいかない。

 

「部長は立場上、絶対に拒否するだろうからな。副部長もしかり。アーシアは嘘がヘタだし、あの昼寝好きでのんびり屋の鶫もウソは得意なほうじゃないし、何より寝惚けてうっかり口を滑らせかねないからな」

「・・・・・・おまけに部長に思いっきり迷惑をかけることになりかねない。それでも木場は大事な仲間だし、何より部長のあんな悲しそうな顔を見たらいてもたってもいられないからな!」

 

 俺がそう言うと千秋と燕ちゃんが笑みを浮かべる。

 

「イッセー兄らしい」

「まったく」

 

 そして、二人は婚約パーティーのときと同じような強い眼差し見てくる。

 

「私たちにも協力させて」

「足を引っ張るつもりはないわ」

 

 不敵に笑みを浮かべて言う二人。これは、来るなって言っても来そうだな。

 

「・・・・・・まずは、あのヒトたちを探さないといけませんね」

「小猫ちゃん?」

「・・・・・・部長たちに内緒で動くのは心が痛みますが、仲間のためです」

 

 小猫ちゃんって、いつも無表情だけど、熱いところがあって本当に仲間想いだよな。

 

「・・・・・・そぉー・・・・・・」

 

 ガシッ!

 

 こそこそと逃げようとした匙を明日夏と小猫ちゃんが腕を掴んで捕まえる。

 

「俺関係ねぇだろぉぉぉっ! おまえらグレモリー眷属の問題だろう!? なんで俺を呼んだぁっ!?」

「他に協力を頼める悪魔がおまえしかいなかったんだよ。危なくなったら逃げていいからさ」

「いま逃げさせろぉぉぉぉぉっ! 協力なんてしたら絶対に会長の拷問だぁぁぁ! 会長に殺されるぅぅぅぅぅ!」

 

 泣き叫ぶ匙に明日夏が冷徹に言う。

 

「悪いが匙、このことは会長にもバレるわけにはいかないからな。話を聞いたおまえをみすみす帰すわけにはいかねぇ」

 

 あ、言われてみるとそうだな。

 

「しない! 告げ口なんてしないから帰してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? 誰かぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇぇぇぇっ!? 会長ぉぉぉぉ! お助けをぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 匙の助けを呼ぶ叫びは俺たち以外に聞かれることはなかったのであった。

 

 

━○●○━

 

 

「……トホホホ・・・・・・。・・・・・・なあ、俺はいなくたっていいだろ? 頼りになりそうな幼馴染みや無敵の『戦車(ルーク)』が参加してくれたんだしさ・・・・・・」

 

 街中を歩いていると匙がぼやいてきた。

 

「戦力は多いほうがいいんだよ」

 

 実際、匙は悪魔に転生する際に『兵士(ポーン)』の駒を四つ使ったって言うしな。

 さて、協力を頼むためにを教会から来た戦士たちを探しているわけだけど──。

 

「簡単には見つからねぇだろうな。第一、こんな繁華街に白いローブを着た五人組なんて──」

「・・・・・・イッセー」

「なんだ、明日夏?」

「・・・・・・ん」

「ん?」

 

 明日夏が指差す方向を見る。そこには──。

 

「えー、迷える子羊にお恵みを~」

「天の父に代わって、哀れな私たちにお慈悲をぉぉぉぉ!」

「お願いします! せめて食べ物をぉぉぉぉ!」

 

 白いローブを着たお鉢を手に物乞いしている三人の女性と『愛の手を』と書かれた紙を持って不機嫌そうに立っている男性一人がいた。

 

「・・・・・・普通にいました」

「・・・・・・ああ」

 

 俺も明日夏もなんとも言えなくなってしまう。

 

「・・・・・・なんだあれ?」

 

 さっきまでぼやいていた匙もなんとも言えないような表情をしていた。

 よく見ると、アルミヤってヒトだけその場にいなかった。別行動してるのか?

 

「なんてことだ。これが超先進国であり経済大国日本の現実か。これだから信仰の匂いもしない国は嫌なんだ」

「それ以前にさぁ、私たちが浮きすぎてるせいじゃないの? 周りの人たち、スゴい怪しい人を見るような目をしてるよ?」

「・・・・・・なんでこんなことしなきゃならねぇんだ・・・・・・」

「三人とも毒づかないで。路銀の尽きた私たちはこうやって、異教徒どもの慈悲なしでは食事も摂れないのよ。ああ、パンひとつさえ買えない私たち!」

「どこにも泊まれないから、お風呂にも満足に入れないもんね」

「いい加減、水浴びで済ますのも限界よ。ああ、これも神の与えたもう試練なのですね!」

「・・・・・・何が試練だ。もとはと言えば、おまえとユウナが悪いんだろうが!」

「ライニーの言う通りだ! お前たちが勝手に滞在費のすべてを詐欺まがいの変な絵画の購入に充てたからだろうが!」

 

 ゼノヴィアが指差すほうに聖人らしき者が書かれた下手な絵画があった。

 

「何を言うの! この絵には聖なるお方が描かれているのよ!」

「展示会の人もそう言ってたよ!」

「・・・・・・じゃあ誰だよ?」

「・・・・・・私には誰一人脳裏に浮かばない」

「・・・・・・たぶん、ペトロ・・・・・・さま?」

「違うよ、パウロさまだよ!」

「どっちも違う! まったくおまえたちは・・・・・・」

 

 ゼノヴィアは頭を抱えながらため息を吐く。

 

「ああ、どうしてイリナみたいのが私のパートナーなんだ・・・・・・。主よ、これも試練ですか?」

「ちょっと、頭を抱えないでよ。あなたって、沈むときはとことん沈むわよね」

「うるさい! これだからプロテスタントは異教徒だというんだ! 我々カトリックと価値観が違う!」

「何よ! 古臭いしきたりに縛られてるカトリックのほうがおかしいのよ!」

「なんだと、異教徒め!」

「何よ、異教徒!」

 

 ついには頭をぶつけながらケンカを始めるゼノヴィアとイリナ。

 

「二人とも! ケンカしないで、落ち着いてよ!?」

 

 そんな二人を慌てて止めようとする神田ユウナ。

 

「・・・・・・教会の切り札たる聖剣使いが揃いも揃って無様だな」

「なんだと!」

「なんですって!」

「ちょっと、ライくん! 火に油を注がないでよ!」

 

 現状に対する不満が溜まりまくってるのか、ライニーが毒を吐きまくっていた。

 

「そもそも、おまえの買い食いも路銀が尽きた原因の一端でもあるんだぞ! わかってるのか、大食いエクソシスト!」

「ちょっと、ライくん! その呼び方はやめてよ!? ・・・・・・それは、確かに私も使いすぎかなぁとは思ってるんだけど、日本にはとてもおいしいものがいっぱいあって、つい・・・・・・」

「・・・・・・食い気エクソシスト」

「うっ。ライくん、あの戦いから機嫌悪すぎだよ? あのヒトとああいう決着になったの気にしてるの?」

「・・・・・・そんなわけないだろうが。──デブエクソシスト」

 

 ライニーの心ない言葉に神田ユウナが顔を真っ赤にさせて涙目になる。

 

「太ってないもん! 大食いだったり、食い気がありまくるのは認めるけど、太ってないもん! ライくんのバカ! 女の子になんてこと言うのよ!?」

 

 ライニーと神田ユウナまでケンカを始めちゃったよ。

 

「な、なあ。あれが教会から来た戦士・・・・・・なんだよな?」

 

 匙がゼノヴィアたちを指差しながら訊いてくる。

 あんなのが教会から来た戦士って言われても信じられないよな。

 

 ぐぅぅぅぅぅぅ・・・・・・。

 

 少し離れてる俺たちのもとにも届くほどの盛大な腹の虫。

 腹が鳴るなり、四人は力なくその場にくずおれる。

 

「・・・・・・まずはどうにかして腹を満たさないと。エクスカリバー奪還どころではない」

「・・・・・・そうね。こうなったら、異教徒を脅してお金をもらう? 異教徒相手なら主も許してくださるはず・・・・・・おそらく」

「・・・・・・ならば、寺の賽銭箱とやらを奪うという手もあるな」

「ああ! そのほうが簡単ね!」

 

 なにやら物騒なことを言い始めるゼノヴィアとイリナ。

 

「ちょっと! それ犯罪だよ、二人とも! 人としてやっちゃいけない領域だよ!」

「・・・・・・そうだな。やめておこう・・・・・・」

「・・・・・・そうね。やめておきましょう・・・・・・」

 

 ユウナの言葉で思いとどまる二人。

 なんというか、昨日やり合った者たちとはとても思えなかった。

 

「なあ、兵藤。俺、教会の戦士だっていうのとは別の意味であいつらと関わり合いたくないんだが・・・・・・」

 

 匙の反応はわかる。俺だって、いろいろな意味で関わり合いたくないよ。

 

「・・・・・・別の意味で不安があるな」

 

 頭を抱える明日夏に内心で同意する。

 とはいえ、頼れるのは彼女たちだけだ。

 意を決して、彼女たちに近づこうと──。

 

「我々に接触して、何をしようというのだね?」

『っ!?』

 

 突然、背後から声をかけられ、俺たちは慌てて振り向くと、ゼノヴィアたちのところにいなかったアルミヤってヒトがいた!

 

「さて、一体どういう理由があって、我々に接触を図ろうとしたのかね?」

 

 再度の問いかけにどう答えようか思慮していると──。

 

「とりあえず──食事でも奢るか?」

 

 明日夏が再び言い合いを始めているゼノヴィアたちを指差しながら答えた。

 そして、ケンカしているゼノヴィアたちを見たアルミヤさんは頭を抱えた。というか、本気で頭痛を感じてそうだった。

 

 

━○●○━

 

 

「うまい! 三人とも、日本の食事はうまいぞ!」

「これよこれ! ファミレスのセットメニューこそ私のソウルフード!」

「クソッ! なんでこんな奴らに・・・・・・!」

「ライくん、ごちそうされてもらってその言いぐさはダメだよ!」

 

 ファミレスの席で運ばれてくる料理を片っ端から平らげていくローブを着た四人の男女。

 ものスゴい食べっぷりだな。よっぽど腹が減ってたんだな。ライニーですら、ガツガツいってるよ。

 そして、ユウナの食べっぷりはすさまじいの一言だった。ゼノヴィアたちの三倍以上は食べてるよ。

 俺たちは彼女たちの向かい隣の席でそれぞれジュースなどを飲んでいた。

 

「・・・・・・なんというか・・・・・・申し訳ない」

 

 こっちの席でアルミヤさんが本当に申し訳なさそうに言う。

 

「・・・・・・悪いな、明日夏。ほとんど出してもらって・・・・・・」

「・・・・・・気にするな」

 

 食事代は俺が払うつもりだったけど、あの食べっぷりじゃ俺一人ではとうてい無理なので、明日夏からも出してもらった。というか、ほとんどは明日夏に出してもらっていた。

 

「・・・・・・なんということだ。信仰のためとはいえ、悪魔に救われるとは世も末だ・・・・・・」

「私たちは悪魔に魂を売ってしまったのよ!」

 

 食べ終わると同時にそんなことを言うゼノヴィアとイリナ。

 

「奢ってもらっといてそれかよ!」

「・・・・・・イッセー」

 

 思わず叫んでしまう俺を明日夏が諌めてくれる。

 落ち着け、俺。怒らせたら元も子もないからな。

 

「主よ、この心優しき悪魔たちと人たちにご慈悲を」

 

 胸で十字を切るイリナ。

 

「だぁぁぁぁっ!?」

「うぅぅぅぅっ!?」

「っっっっ!?」

 

 その瞬間、俺を頭痛が遅い、小猫ちゃんと匙も同様に頭へ手を当てていた。どうやら、目の前で十字を切られて、俺ら悪魔は軽くダメージを受けたようだ。

 

「痛たたたた!? 神のご慈悲なんかいらねぇよぉっ!」

「あら、ごめんなさい。つい癖で」

 

 てへっとイリナはかわいらしく笑う。普通に見る分には美少女なんだけどな。

 

「で、私たちに接触してきた理由は?」

 

 コップの水を飲み干したゼノヴィアは改めて俺たちに訊く。

 

「交渉したいそうだ」

 

 先に事情を説明していたアルミヤさんが答える。

 

「交渉?」

「エクスカリバーの破壊に協力したい!」

「何?」

 

 俺はアルミヤさんにもした説明をゼノヴィアたちにも聞かせる。

 

「ふざけるな! こちらのやることに一切介入しないことになってるはずだぞ!」

 

 やっぱりというか、当然というか、ライニーがあからさまに表情を歪ませる。

 

「落ち着いて、ライくん。それで、どうする、皆?」

 

 ライニーを諌めながら、ユウナはゼノヴィアたちに訊く。

 

「話はわかった。一本くらいなら任せてもいい」

 

 意外にも、あっさりと許可が下りてしまった。

 マジで! 言ってみるもんだな!

 

「・・・・・・くぅ、あっさり断ってくれると思ったのに!」

 

 まぁ、そう言うな匙よ。巻き込んだ俺が言うのもあれだが。

 

「ちょっと、ゼノヴィア!?」

「どういうつもりだ!?」

 

 異を唱えるイリナとライニー。

 まぁ、ライニーは当然として、イリナも普通はそんな反応だよな。

 

「イリナ。向こうは堕天使の幹部、コカビエルも控えている。正直、私たちだけで聖剣の三本を回収するのは辛い」

「それはわかるわ! けれど!」

「最低でも私たちは三本のエクスカリバーを破壊して逃げ帰ってくればいい。私たちのエクスカリバーも奪われるくらいなら、自らの手で壊せばいいだろう。でだ。アルさん。私たちが任務を終えて、無事に帰れる確率はどれくらいあると思う?」

 

 問われたアルミヤさんは淡々と答えた。

 

「そうだな。キミが奥の手を使ったとしても、おそらくよくて四割だろう。むろん、状況によっては変動する可能性もあるが」

「だそうだよ、イリナ」

「それでも十分に高い確率だと私たちは覚悟を決めてこの国に来たはずよ!」

「ああ。私たちは端から自己犠牲覚悟で上から送り出されたのだからな」

「それこそ信徒の本懐じゃないの。アルさんもいいんですか?」

 

 イリナに問われたアルミヤさんは冷静に言う。

 

「私としては最悪の事態を回避したいところなのでね」

「最悪の事態?」

「私たちが任務に失敗し、全滅。なおかつ、キミたちのエクスカリバーまでもが堕天使に奪われることだ」

「それは・・・・・・」

「むろん、私は戦力的な観点から彼らの要求を呑んだのではない」

「どういうことですか?」

 

 アルミヤさんは指を一本立てて俺たちのほうを見る。

 

「まずひとつは彼らが行動を起こす要因となった木場佑斗。私には彼がこのまま黙っているとは到底思えない。おそらく、なんらかのカタチで私たちの戦いに介入してくるだろう」

「・・・・・・仮にそうなったら、そいつごとやればいい話だろうが」

 

 ライニーの言葉に思わず声をあげそうになるけど、なんとか抑える。

 

「だが、我々が相手にするのは堕天使の幹部と、おそらく使い手を得たであろうエクスカリバー三本。これらを相手にしながら、そのような介入を受けるのは好ましくない。できれば避けたいところである。ならいっそのこと、彼らと繋がりを持つことで彼の行動をある程度コントロールする」

 

 アルミヤさんは二本目の指を立てる。

 

「次に彼らから提供してもらうものだ」

「戦力としてですか?」

 

 イリナの言葉にアルミヤさんは首を振る。

 

「先ほども言ったが、私は戦力的な観点で彼らの要求を呑んだのではない」

「では何を?」

「情報だ」

 

 アルミヤさんの代わりに明日夏が答えた。

 

「聞けば、おまえたちは情報提供者としてこの街に潜り込ませていたエージェントを皆殺しにされたんだろ?」

 

 明日夏の言葉にイリナたちは苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

「代わりに私が情報を探索してはいるが、めぼしいものは手に入っていない現状だ。我々は圧倒的に情報不足な状態にある。そこで──」

「俺が情報の当てを提供する」

 

 そう。実は交渉材料として、明日夏が情報を提供することになっていたのだ。正確には、情報を提供できる当てを提供する、だ。

 

「確実な情報という保証はできないが、有益な情報という保証はできる」

「そういうことだ。情報不足の我々にとっては情報は貴重なものだ。それを得られるだけでも、彼らの要求を呑む価値はあると思うが? ましてや──」

 

 真面目そうに話してたアルミヤさんだったが、途端に半眼になって呆れたような表情を作る。

 

「詐欺にあって路銀をすべて失い、敵対している悪魔に食事を提供されている体たらくの我々にはこの街での長時間の滞在は不可能なのは考えるまでもない事実だがね」

『うっ』

 

 アルミヤさんの言葉にゼノヴィアたちはばつが悪そうな表情になる。

 

「上に追加の滞在費の催促するにはどう言えばいいだろうな? 教会の者として、必要最低限の生活をしていればそれなりの長い期間を滞在できる路銀をたった数日で使いきった理由を?」

 

 うん。俺でもわかる。どう言っても、上からどやされる未来しか見えないな。

 

「いや、それは、イリナとユウナが・・・・・・」

「できれば、その二人の手綱をしっかり握っていてほしかったところなのだがね・・・・・・」

「うっ」

「まぁ、目を離して、キミたちだけで行動をさせたり、滞在費をこの街で生まれたということでイリナに持たせてしまった私にも落ち度があったのも確かだが・・・・・・」

 

 あー、なんか、このヒト。いろいろ苦労してそうだな・・・・・・。

 

「さて、いろいろと話を脱線させてしまったが、彼らの要求を受け入れるということで、三本のうちの一本を彼らに任せるということでかまわないかね?」

「私はもとよりかまわないと思っているよ」

「わかりました」

「私も反対するつもりはもともとありませんでしたから」

「・・・・・・了解した」

「ということで、話はまとまったよ」

 

 よっしゃ! なんとかなったぜ! アルミヤさんやゼノヴィアがいろいろと柔軟で助かったぜ。

 

「ただし、私たちとキミたちが繋がっていることを上や堕天使に悟られるのは避けたい。そのへんを注意して行動してほしい。まぁ、そのへんのカバーストーリーは私が作っておこう。いろいろと屁理屈を並べることも可能みたいだからな。あと、領収書はとっておいてくれ。あとで私のポケットマネーから食事代を払おう」

 

 よし! 何はともあれ、交渉成立! あとは木場にこのことを伝えるだけだな!

 俺はケータイを取り出し、木場と連絡を取った。

 

 

━○●○━

 

 

「・・・・・・なるほど。でも、正直、エクスカリバー使いに破壊を承認されるのは遺憾だね」

「ずいぶんな物言いだね? キミはグレモリー眷属を離れたそうじゃないか。『はぐれ』とみなして、ここで斬り捨ててもいいんだぞ?」

「・・・・・・そういう考えもあるね」

「待てよ! 共同作戦前にケンカはやめろって!」

 

 木場と連絡を取り、公園の噴水前でさっきの話を聞かせたまではいいんだが、木場とゼノヴィアいきなりやり合おうとしたので慌てて止める。

 

「キミが『聖剣計画』を憎む気持ちは理解できるつもりだ。あの事件は私たちの間でも最大級に嫌悪されている。だから、計画の責任者は異端の烙印を押され、追放された」

 

 アルミヤさんがゼノヴィアに続いて、その責任者について話してくれる。

 

「その責任者の名はバルパー・ガリレイ。『皆殺しの大司教』と呼ばれた男だ」

「・・・・・・バルパー。その男が僕の同士を」

「情報では堕天使のところに身を寄せているらしい。そして、今回の事件には聖剣も関わっている。今回の事件に関与している可能性はゼロではないだろう」

「それを聞いて、僕が協力しない理由はなくなったよ」

 

 木場の瞳に新たな決意みたいなものが生まれていた。目標がわかっただけでも木場にとってみれば大きな前進か。

 

「話はついたな。では、後ほど、改めて。情報提供はそのときに」

「食事の礼はいつか返すよ」

「ごちそうさまでした。お礼は必ず」

「ありがとうね、イッセーくん、明日夏くん」

「・・・・・・邪魔だけはするな」

 

 五人はそれぞれ挨拶をして、この場から去った。

 五人を見送り、俺たちはたまらず、大きく息を吐いた。

 

「ふぅ。よかったな、おい」

「よかったじゃねぇ!」

 

 終始、ビクビクしていた匙の肩を叩くと匙が捲し立てる。

 

「斬り殺されるどころか、悪魔と神側の争いに発展したっておかしくなかったんだぞ!」

 

 まぁ、実際、匙の言う通りなんだよな。我ながら大胆すぎる作戦だったぜ。無茶な作戦だと思ったけど、意外にできるもんだぜ。アルミヤさんとかが結構話のわかるヒトだったことと、明日夏の情報提供のおかげかな。

 

「イッセーくん。キミたちは手を引いてくれ」

「え?」

「この件は僕の個人的な憎しみ、復讐なんだ。キミたちを巻き込むわけには──」

「俺たち、眷属だろ! 仲間だろ! 違うのかよ!」

「・・・・・・違わないよ。でも──」

「大事な仲間を『はぐれ』になんてさせられるか!」

 

 木場の両肩を掴んで言葉を遮り、真っ正面から思いの丈をぶつける。俺に続いて明日夏も言う。

 

「言っとくが木場。こうなったイッセーは絶対に止まらねぇよ。むろん、俺たちもな」

 

 明日夏の言葉に千秋と燕ちゃんも強く頷く。

 

「それに俺だけじゃねぇ! 部長だって悲しむぞ! いいのかそれで!」

「・・・・・・リアス部長・・・・・・そう、あのヒトと出会ったのは『聖剣計画』が切っ掛けだった」

 

 そこから木場の口から、当時の思いと記憶が語られる。それは当人の口から出たのせいか、部長から聞いたとき以上に残酷な話だった。

 剣に関する才能と聖剣への適性を見出されて集められた子供たちが来る日も来る日も辛い実験の毎日で、自由はおろか人間としてさえ扱われず、それでも誰もが神に選ばれた者だと信じ、いつか聖剣を使える特別な存在になれると希望をもって耐えた。

 

「・・・・・・でも、誰一人として聖剣に適応できなかった。実験は失敗したんだ」

 

 計画の失敗を悟った責任者は計画の全てを隠匿するために毒ガスによる処分を実行した。

 

「・・・・・・血反吐を吐きながら、床でもがき苦しみながら、それでも僕たちは神に救いを求めた」

 

 でも、結局救いはなく、それどころか、神の信徒に殺された。そんな中、同士たちが必死の抵抗を行い、木場だけを研究施設から逃げ出させることができた。

 でも、毒ガスによって木場の命はもう長くはなかった。

 それでも追っ手から必死に逃げていたが、結局限界がきて倒れる。

 そして、倒れてもなお、強烈な無念と復讐の念を抱えたまま生きあがこうとしていた木場を救ったのが当時の部長だった。そして、木場は悪魔になり、現在に至る。

 

「眷属として僕を迎え入れてくれた部長には心から感謝しているよ。でも、僕は同士たちのおかげであそこから逃げ出せた。だからこそ、彼らの恨みを魔剣に込めて、エクスカリバーを破壊しなくちゃならない。これは一人だけ生き延びた僕の唯一の贖罪であり、義務なんだ」

 

 ……改めて聞くと、すさまじく残酷な話であり、木場の覚悟が伺える話だった。

 アーシアも悲しい過去を持っていたけど、木場も想像を遥かに越えた過去を過ごしてきたんだな・・・・・・。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 木場の話を聞いて匙が男泣きしていた。

 

「木場! おまえにそんな辛い過去があったなんて! 辛かっただろう! キツかっただろう! 正直言うと、俺はイケメンのおまえがいけすかなかったが、そういう話なら別だ! こうなったら会長のお仕置きがなんだ! 兵藤! 俺も全面的に協力させてもらうぜ!」

 

 俺の手を取って、ブンブンと振りまくる匙。さっきまであんなにぼやいていたり、ビクビクしていたとは

思えないほどやる気と気迫に満ちていた。

 

「そ、そうか、サンキュー」

 

 その勢いにちょっと戸惑ったけど、こいつも結構熱くていい奴だな。

 

「・・・・・・私もお手伝いします」

「小猫ちゃん?」

「・・・・・・祐斗先輩がいなくなるのは寂しいです」

 

 木場の袖を掴み、本当に寂しそうに瞳を潤ませながら言う。

 やべぇ。小猫ちゃんの訴えに木場じゃないのに俺がきゅんきゅんときちゃったよ。

 

「まいったな。小猫ちゃんにまでそんなことを言われたら、僕一人で無茶なんてできるはずないじゃないか」

「じゃあ!」

「本当の敵もわかったことだし、皆の厚意に甘えさせてもらうよ」

 

 おお、木場も俺たちの協力を受ける気になってくれたか!

 

「ふぅ。いろいろ懸念材料があったが、なんとかなったな、イッセー」

「ああ。結構おまえのおかげなところがあるから、本当にサンキューな、明日夏」

「礼を言うのはまだ早いぞ。これからが大変なんだからな」

 

 明日夏の言う通りか。大変なのはここからだよな。

 

「よし! いい機会だ、皆に俺の事を話すぜ!」

 

 そんな中、匙が意気揚々と自分のことを話し始めた。

 

「聞いてくれ! 俺の目標は──ソーナ会長とデキちゃった結婚をすることだ!」

 

 匙の告白に俺は心の奥底から込み上げてくるものがあった!

 気づけば、俺の双眸から大量の涙が流れ出していた。

 

「同士よ!」

 

 俺は匙の手を取り、力強く言った。

 

「匙、聞け! 俺の目標は部長の乳を吸うことだ!」

「なっ!? おまえ、わかっているのか!? 上級悪魔の、しかもご主人様の乳を吸うなんて!? いや、吸う以前に触れること自体──」

「匙、触れるんだよ! 俺はこの手で部長の胸を揉んだことがある!」

「なっ!? 嘘じゃないよな!?」

「嘘じゃない! ご主人様のおっぱいは遠い。けど、追いつけないほどの距離じゃない! そして、俺は揉んだ! そして次は吸うんだ!」

 

 一拍あけ、匙の目からも大量の涙が流れだす。

 

「兵藤! 俺は初めておまえがスゴいって思ったぜ!」

 

 俺たちは固く握手をする。

 

「匙! 俺たちは一人ではダメな『兵士(ポーン)』かもしれない! だが、二人なら違う!」

「おう! 同士よ!」

「「二人でならやれる! 二人でなら戦えるんだ!」」

 

 俺と匙はそのとき、魂で何かを通じ合い、感じ合い、繋がり合った!

 

「・・・・・・やっぱりこの二人、似た者同士だったな」

「「・・・・・・あはは」」

「・・・・・・最低です」

「・・・・・・やれやれね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 襲撃、されました!

一体、誰が襲撃してくるのか? 皆さん、もしよろしければ、予想してみてください。


 ゼノヴィアたちと共同戦線を張った夜、ゼノヴィアたちと合流するために家を出ると、アーシアが見送りに来てくれた。

 

「こんな時間にお疲れさまです」

「緊急で召喚されちまったからな。部長が帰ってきたら、よろしく言っておいて」

 

 アーシアには緊急の召喚で出かけるということで説明している。

 

「はい。お得意さまができて、よかったですね」

 

 うっ。屈託のない笑顔を向けられて、罪悪感を感じてしまう。

 とはいえ、アーシアに本当の事情を説明するわけにもいかない。ゴメンな、アーシア。

 

「じゃあ、行ってくる」

「はい。いってらっしゃい、イッセーさん」

 

 見送ってくれたアーシアが家に戻ると同時に向かいの士騎家から明日夏と千秋が出てきた。

 

「さて、行くか?」

「ああ」

「うん」

 

 ちなみに燕ちゃんは家に残ってもらってる。部長を見張ってもらうためだ。部長にバレるわけにはいかないからな。

 

「っと、その前に──」

 

 実はアーシアに言った緊急の召喚ってのは本当で、ちょうどいい建前になっていたのだ。

 もちろん、本来の目的のために、断らせていただかないといかないわけだが。

 その旨を伝えるために、依頼者のケータイに電話をかける。ちなみに、依頼者はここ最近、俺のお得意さまになった、前に酒の相手で俺を召喚したヒトだ。

 ・・・・・・依頼者のヒト、怒るかなぁ? せっかくお得意さまになってくれたのに、これで解消なんてことにならないかなぁ?

 不安を感じながらコールすると、すぐに出てくれた。

 

「あ、もしもし。兵藤です」

『よぉ、悪魔くんか。どうしたんだい?』

「すみません。今日の召喚、お休みさせてもらいたいんですけど?」

『おや、なんでだい?』

「実はどうしても外せない急な用事ができてしまいまして・・・・・・」

『なるほどねぇ。急用じゃ仕方ない』

 

 特に文句を言われることなく、あっさりと納得してくれた。

 

「本当、すみません」

『いやいや、気にしなくて結構だ。また改めて指名させてもらうよ。じゃ』

 

 向こうから切られたけど、特に怒ってるってわけでもなかった。

 

「向こうはなんて?」

「特に怒ることなく、仕方ないってあっさり納得してくれた」

 

 とにかく、改めて指名してくれるみたいだし、お得意解消なんてことにならなくて本当よかったよ。

 

「さて、改めて行くか!」

 

 俺の言葉に二人は頷き、合流場所に向けて駆け出す。

 

 

━○●○━

 

 

 今夜、イッセーを指名した依頼者は堤防で釣りの準備をしていた。今夜はここでイッセーに釣りの相手をしてもらうつもりだったのだ。

 

「はぁ、悪魔がドタキャンねぇ」

 

 本人は特に気にはしていなかったが、一人で釣りをすることに若干の寂しさはあった。

 

「よぉ」

 

 依頼者は自分以外には誰もいないはずなのにも関わらず、暗闇に向けて呼びかける。

 すると、そこにはいつの間にか、ダークカラーの銀髪をした少年が降り立っていた。そして、少年の周りには光る粒子がわずかに舞っており、粒子はすぐに消えた。

 そのことに気にすることなく、依頼者はロットを振りながら少年に語りかける。

 

「一人寂しい俺に、付き合ってくれよ」

 

 依頼者の言葉に少年は鼻で笑う。

 

「フッ。寂しがるようなタマか? あんたが?」

 

 少年の皮肉に依頼者は不敵な笑みで返した。

 

 

━○●○━

 

 

 ゼノヴィアたちとの合流場所──以前、アーシアを助けるために乗り込んだ廃教会で俺たちは一堂に会していた。

 まさか、またここに来ることになるなんてな。しかも、ご丁寧に明日夏に木場や小猫ちゃんも一緒というあのときの再現である。今回は千秋や匙、ゼノヴィアたちもいるけどな。

 

「それで、まだなのかね?」

 

 アルミヤさんが明日夏に訊く。

 まずはエクスカリバーを探す前に、明日夏の情報提供の当てをあたることにした。そしていま、俺たちはその当てであるヒトを待っているのだ。明日夏が正確に言うには、待ってるのは情報提供者ではなく、その情報提供者を仲介してくれるヒトなのだそうだ。

 で、俺たちはその仲介役のヒトを待ってるんだけど、十分近く経ってもなかなか来ないのであった。

 

「ちなみに、どんなヒトなんだ?」

 

 ちょっと気になったので、訊いてみる。

 

「・・・・・・悪戯好きだ」

 

 明日夏は少しため息を吐きながら間を置かず答えた。

 い、悪戯好きかぁ。明日夏の反応からして、だいぶやられてそうだな。見ると、千秋も似たような反応してるし。

 

「ひょっとして──」

「ああ。おまえが考えてる通り、これから会う奴は賞金稼ぎ(バウンティーハンター)だ」

 

 やっぱりか。まぁ、俺たちの事情を知っていて、明日夏の知り合いともなれば、それしか考えられないからな。

 

「ちなみに、強いのか?」

「ああ。少なくとも、俺よりは全然強い」

 

 マジかよ。俺からすれば明日夏もめちゃくちゃ強いのに、その本人が断言するほどかよ。

 

「・・・・・・で、そいつはいつ来るんだ?」

 

 若干、イライラした感じでライニーが明日夏に訊いてくる。

 明日夏はため息を吐きながら答えた。

 

「・・・・・・たぶん、待ち合わせ時間ジャストで来るつもりだろうな。緊急じゃなければ、いつもそうだからな、あいつは。まぁ、その分、ちゃんと待ち合わせ時間を守りはするが」

 

 うーん、明日夏の話を聞く限り、少し変わったヒトそうだな。

 そういえば、男のヒトなのか? それとも、女のヒト?

 ま、まさか、スッゴい美人のヒトで、明日夏の言う悪戯って、エッチな──。

 

「これから来るのは男だぞ、イッセー」

 

 邪推する俺に明日夏が肩をすくめながら言う。

 ああ、男のヒトなのね。ちょっと、残念。

 

「待ち合わせ時間まであと五分か。その間に、俺たちが知っていることだけでも教えるか?」

「そうだな。頼む」

 

 明日夏の提案にアルミヤさんが呑むと、明日夏は俺たちが現状、知っていることを話しだす。

 

「まず、奪われたエクスカリバーのうちの一本の所有者についてだが、名前はフリード・セルゼン」

 

 明日夏の言葉にゼノヴィアたちが同時に目を細める。

 アルミヤさんがフリードについて説明してくれる。

 

「フリード・セルゼン。教会のとある機関出身で、元ヴァチカン法王庁直属のエクソシスト。悪魔や魔獣を次々と滅していく功績は大きかった。だが、彼の中にあったは信仰心ではなく、異形の存在に対する敵対意識と殺意、そして異常なまでの戦闘執着のみ。それを妨げるのであれば、同胞すらも手にかけたほどの男だ。すぐに異端にかけられたが、十三歳でエクソシストになった天才といわれた実力は本物で、いまのいままで、処理班の手から逃れられていた」

 

 天才、か。確かに、あいつの強さは凄まじかった。天才と言われても納得できた。

 そんな奴がエクスカリバーを持ってるとか、悪い冗談だぜ。

 

「もう一人、エクスカリバーの使い手になってるか不明だし、本名じゃないのは確実だが、この名前に覚えはあるか?」

 

 一拍あけて、明日夏がその名を口にした。

 

「──ベル・ザ・リッパー」

「っ!?」

「ベルだと!?」

 

 明日夏が言った名にユウナとライニーが激しく反応していた。

 な、なんだ、そいつのこと、なんか知ってるのか?

 だけど、ユウナは辛そうに、ライニーは腹立たしそうに顔を背けるばかりで、二人とも何も言おうとしない。

 

「本名はベルティゴ・ノーティラス。『切り裂きベル(ベル・ザ・リッパー)』の異名を持った元エクソシストだ」

 

 そんな二人を見かねて、アルミヤさんが代わりに話してくれた。

 

「元は親に捨てられた孤児で、妹と一緒に路頭に迷っていたところをとある教会の神父が拾い、その神父が教会で兼任していた孤児院で過ごし、エクソシストになった男だ。そして・・・・・・」

 

 アルミヤさんはライニーとユウナに一瞬だけ視線を移して言う。

 

「二人もその孤児院で過ごし、エクソシストなった者たちだ」

 

 えっ。それって、つまり──。

 

「・・・・・・ベルくんと私たちは、その孤児院で他の孤児たちと家族同然に過ごしていたの」

 

 ユウナが辛そうにしながらも、ようやく話し始めた。

 

「・・・・・・私もライくんも、ベルくんと同じように親に捨てられた孤児でね。ベルくんとはほぼ同時期にその孤児院を兼任していた神父さまに拾われたの。そこで、本当の家族のように、拾われる前の辛さを忘れるぐらい、楽しく過ごしたの。そして、私たち三人は教会のためにエクソシストになった。でも・・・・・・」

「・・・・・・そのときから、奴は変わった」

 

 そこからはライニーも話し始めた。

 

「・・・・・・孤児院で過ごしてたときは、ただ悪戯好きでやんちゃな奴だった。だが、教会の戦士になってからは、その性格は過激なものに変わった。手にした武器で、敵を必要以上に切り裂き、惨殺しては悦に入っていた。その姿からいつしか、周りの連中は奴を『切り裂きベル(ベル・ザ・リッパー)』と呼ぶようになった。そして、そう呼ばれるようになって、しばらくしたあとだ。奴は俺たちを拾ってくれた神父を・・・・・・恩人に手をかけた・・・・・・!」

 

 ライニーの言葉に俺たちは驚愕してしまう。

 だって、親に捨てられて路頭に迷っていた自分を拾ってくれて育ててくれた恩人とも言えるヒトを手にかけたなんて・・・・・・。

 

「あとからわかったことだが、彼は『サイコキラー』であったのだ」

 

 アルミヤさんが追加の情報をくれる。

 それって確か、変な理由と目的で人を殺しまくる奴のことを言うんだっけ?

 

「・・・・・・彼は人を殺すこと、とりわけ切り裂いて殺すことに異常なまでの衝動を持ち、興奮を覚える男だったのだ。おそらく、戦い中に身を置いたことで、その衝動が目覚めたのだろう。そして、最初はそれを教会の敵にしか向けなかったが、徐々にそれを同胞にまで向けるようになった。その果ての結果が恩人である神父の殺害だ。・・・・・・その後、彼は妹を連れて、どこかへ姿を消し、我々もいまだに消息を掴めていない状態だった」

 

 アルミヤさんの言葉に何も言えなくなってしまう。

 いや、ライニーやユウナのショックはもっと大きいはずである。家族同然に一緒に暮らしてたのに、それが異常殺人者になっちまうんなんて・・・・・・。

 

「・・・・・・今回の事件に関わってんならちょうどいい。野郎との因縁にケリを着けてやる!」

 

 ライニーは決意を決めた表情をしていたけど、ユウナはどこか迷ってるような表情をしていた。

 

「・・・・・・悪いが、俺たちが知っているのはこれだけだ」

「・・・・・・そうか。情報提供を感謝する」

 

 二人のことを想ってなのか、明日夏とアルミヤさんが話を切った。

 そして、話題を変えようとした瞬間──。

 

「──おいおい、なんだぁ? 悪魔とエクソシストが一堂に会して仲良くおしゃべりとはなぁ」

『ッ!?』

 

 突然かけられた声に俺たちは驚き、身構えながら声がしたほうを見る。

 そこには、ドアを背にしているローブをまとい、フードをかぶった者がいた。

 フードで顔は見えないけど、声からして、たぶん男だ。

 

「何者だ?」

 

 ゼノヴィアがエクスカリバーを包んでいる布を取りながら訊く。

 ゼノヴィアの問いに男は不敵な笑みを浮かべる。

 

「敵だ、て言ったら──どうする?」

 

 そして、男はローブから何かをチラつかせる。

 それは──刀だった。

 同時にただならぬプレッシャーを感じてしまう!

 

「ッ!」

 

 次の瞬間、男を敵だと判断したライニーが銃で男を撃ち抜く!

 だけど、撃ち抜かれたのはローブだけで、男はその場にいなかった!

 ど、どこ行ったんだ!?

 

「──おせぇな」

『ッ!?』

 

 いつの間にか、俺たちの背後にその男はいた!

 

「くっ!」

 

 ゼノヴィアがすかさず振り返りながらエクスカリバーを振るうけど、男は体を少しずらしただけでゼノヴィアの斬擊を避ける!

 

「「やぁっ!」」

 

 そこへ、エクスカリバーを持ったイリナと十字架を刀に変えて手に持ったユウナが斬りかかる!

 

「だから、おせぇぜ」

 

 だけど、男が居合の構えを取った次の瞬間──。

 

「「っ!?」」

 

 男の手元が一瞬ブレたかと思ったら、激しい金属同士がぶつかり合った音が響き、イリナのエクスカリバーとユウナの刀が弾かれていた!

 なんだよいまの!? おそらく、居合でイリナとユウナの攻撃を弾いたんだろうけど、その太刀筋が全然見えないどころか、男の手の動きすら見えなかった!

 

「チッ!」

 

 ライニーが銃で撃つけど、男はそれさえも体を少しずらしただけでかわしてしまう!

 

「くっ!」

 

 木場が魔剣を手に『騎士(ナイト)』のスピードを駆使して斬りかかる。

 

「お、少しは速いな。『騎士(ナイト)』の特性か?」

 

 だけど、男は木場の速さに余裕で対応して、木場の斬擊を鞘でいなしていた。

 

「・・・・・・潰れて」

 

 小猫ちゃんがフリードのときのように長椅子を男に投げつける。

 

「よっ」

 

 けど、男は小猫ちゃんが投げまくる長椅子をなんてことのないように刀で切り裂いてしまう。

 

「ちっちぇくせに、スゲェバカ力だな。『戦車(ルーク)』か?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 男の言葉に小猫ちゃんが不機嫌になるけど、男はそれを見てもへらへらするだけだった。

 そして、男はアルミヤさんのほうに視線を動かした。

 次の瞬間──男はその場から消えたと思ったら、アルミヤさんに肉薄していた!

 男は刀を鞘から抜いて振るうけど、アルミヤさんは黙って見てるだけだった。

 そして、男の刀がアルミヤさんの首を跳ねようとした瞬間──刀の刃がアルミヤさんの首のところで寸止めされていた。

 

「──俺の動き、見えてたんだろ? 俺が刃を止めなかったら、首と胴体がおさらばしてただろうに、なんで避けなかった?」

 

 男の問いにアルミヤさんは肩をすくめる。

 

「──模擬戦ならともかく、相手を斬る気のない斬擊を避ける必要があるのかね?」

 

 アルミヤさんの答えを聞き、男は──。

 

「プッ!」

 

 アルミヤさんの首筋から刀を離し、男が腹を抱えて大笑いしだした。

 

「アッハッハッハッハ! さすがは『剣聖』と呼ばれるだけはあるぜ! わりとマジに刀を振ってるように見せかたつもりだったんだけどな!」

 

 な、なんだ!? どうなってるんだ、一体!?

 俺たちが困惑していると、明日夏が大笑いしている男に飛びかかっていた!

 そして、明日夏は腕を振るいあげ──。

 

 スパンッ!

 

「いてっ」

 

 手に持っていたハリセンで男の頭を叩いていた。って、ハリセン!

 

「・・・・・・なにやってんだよ──レン?」

 

 

━○●○━

 

 

「どうも、はじめまして。賞金稼ぎ(バウンティーハンター)やってる、夜刀神蓮火ってもんだ。気軽に『レン』って呼んでくれや」

 

 突如として現れた男──夜刀神蓮火(やとがみれんか)がへらへらと笑いながら自己紹介をする。

 赤みがかかった茶髪をポニーテールにしており、結構なイケメンだ。どこか不良っぽさがあって、なんか、不良のイケメンって感じだ。

 フード付きのパーカーを前を全開にして着ており、首にはヘッドホンがかけられていた。そして、腰にはさっきまで振るっていた日本刀が吊るされていた。よく見ると、鞘が機械的な見た目をしており、銃のマガジンみたいなのが付いていた。

 なんか、少し明日夏の刀に似ているな?

 その刀を見て、なんとなく、そう思った。

 そんな夜刀神蓮火の頭を明日夏がもう一回、ハリセンで叩く。

 

「いてぇな。紙でもそこそこいてぇんだぞ」

 

 頭を擦りながら夜刀神蓮火が抗議をするけど、明日夏はそれを無視してため息を吐く。

 そんなやり取りを行う明日夏と夜刀神蓮火に困惑する俺や木場、小猫ちゃん、匙。事情を知ってるみたいな千秋は明日夏と同じ反応をしていた。

 で、さっきの襲撃まがいのことをやられたゼノヴィアたちはアルミヤさんを除いて、夜刀神蓮火を警戒心全快で見ていた。

 

「えーと、明日夏。そのヒトが俺たちが待ってたヒトなのか?」

 

 少し困惑しながら訊いてみる。

 

「・・・・・・ああ。このバカがそうだ」

「どもぉ」

 

 バカと言われても特に気にする様子を見せない夜刀神蓮火はへらへらと手を振ったあと、俺のことをまじまじと見つめてくる。

 

「な、なんだよ?」

 

 男なんかにそんなふうに見つめられたくないんだけど・・・・・・。

 

「おまえがイッセーこと兵藤一誠だろ?」

「そ、そうだけど」

「おまえのことは冬夜さんや明日夏たちからよく聞いてるぜ。大層気に入られてるみたいだからな」

 

 俺のことを興味津々になって見てくる夜刀神蓮火を明日夏が肩を掴んで自分のほうにに向かせる。

 

「で? あんなことをしたわけは?」

 

 ふざけた回答をしようものならいつでも手に持つハリセンを振るえるようにしながら明日夏は訊く。

 

「へいへい、真面目に答えますよっと。かのエクスカリバーの使い手とその同行者の実力を見てみたかったのさ。一剣士の端くれとしてな」

 

 夜刀神蓮火の回答に明日夏はまたため息を吐く。

 

「だからって、あんなことを──」

「あと、これから行動を共にする身としてな」

「──何?」

 

 明日夏の言葉を遮って出た夜刀神蓮火の言葉に明日夏は困惑した表情を見せた。

 

「同行って、どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だぜ。ちょいっと事情が変わってな」

「事情って──まさか!」

 

 何かを察した様子の明日夏。

 

「ああ。おまえが考えてる通りだぜ」

「・・・・・・そういうことか」

 

 一人納得している明日夏だったけど、こちらとしては、まったく話が見えてこなかった。

 

「お、おい。何一人だけで納得してんだよ!?」

「そうだな。我々にも事情を説明してほしいのだがね?」

 

 俺もアルミヤさんも、明日夏に説明を求める。

 見ると、他の皆も同じような反応だった。ただ、千秋だけは明日夏と同じ考えに至ってるみたいだった。

 

「レンがこの町に来たのは、ある賞金首を追ってだ。で、その賞金首が──」

「なるほど。その者が今回の事件に関わっているというわけか」

 

 明日夏のわずかな情報からすぐさまアルミヤさんが事情を察して説明してくれた。

 つまり、この夜刀神蓮火が言うには、追っていた賞金首が今回の事件、堕天使によるエクスカリバー強奪事件に関わっていると。つまり、そいつとエクスカリバーを奪った連中とグルになってるってことか。

 

「そういうこった。それぞれが狙ってる獲物が一緒にいるんだ。なら、こっちも一緒に行動しようと思ってな。で、行動を共にする連中の実力を測ろうと思ってな」

 

 さっきのはそういうことだったのか。だからって、わざわざあんなふうにやる必要あるか?

 

「普通に手合わせしてもよかったけど、あっちのほうが緊迫感があって、実力を出しやすいかと思ってな」

 

 俺の疑問を察したのか、夜刀神蓮火がそう言う。

 うーん、そんなもんなのか? 俺は驚きのほうが勝ってて、全然動けなかったのに。

 

「・・・・・・手合わせ、ねぇ。どっちかというと悪ふざけだったんじゃないのか?」

 

 明日夏の言葉に夜刀神蓮火はわざとらしく「バレたか」みたいな反応をする。

 えっ、さっきの悪ふざけだったのか!? そういえば、明日夏が悪戯好きって言ってたな、このヒトのこと。

 

「にしても、いくら不意打ちだからって、ああまで簡単に手玉に取られるってのはちょっと不甲斐ないんじゃねぇのか? もし、俺がガチで敵だったら、誰かやられてたかもしれなかったぜ?」

 

 なんかわざとらしく挑発してきた。それを聞いて、木場、小猫ちゃん、ゼノヴィア、イリナ、ライニーはあからさまに不機嫌そうになる。ユウナだけは素直に受け取って少し落ち込んでいた。全然動けなかった匙は悔しそうに歯軋りしており、俺もなんとも言えなかった。

 

「ま、それはどうでもいいとして」

「どうでもいいの!?」

 

 その言葉に思わず声をあげてツッコんでしまった。

 やっぱり、さっきのは、明日夏の言った通り、悪ふざけだったのか!?

 

「とりあえず、ここで立ち話してるのもあれだから、さっさと行こうぜ──情報をくれるところにさ」




襲撃者の正体。フリードでも、オリ敵でもなく、ただの悪ふざけをしてただけの以前登場した槐のお兄さんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 情報、求めます!

今回は情報収集回です。


「ところで、レン。おまえたちが追ってる賞金首は一体誰なんだ?」

 

 レンに連れられてある場所に向かってる最中、俺は気になっていたことをレンに訊く。

 

「俺たちが追ってる奴の名前はカリス。カリス・パトゥーリアだ。おまえも聞いたことあるだろ?」

 

 レンに言われ、無言で頷く。カリス・パトゥーリアか・・・・・・。・・・・・・厄介な奴がこの町に来たもんだ。

 

「そのカリスってのはどんな奴なんだ?」

 

 イッセーの質問にレンが答える。

 

「罪のない人々を殺しまくった最悪な男。『はぐれ賞金稼ぎ(バウンティーハンター)』さ」

「はぐれ? 賞金稼ぎ(バウンティーハンター)にも『はぐれ』っているのか?」

「ああ。他人の手柄を奪ったり、手柄のために不必要な殺しをやったりした奴がはぐれに認定されるんだぜ。まぁ、そんなにいないんだけどな」

「なんでだ?」

 

 レンの言葉に首を傾げるイッセー。

 

「はぐれになれば、ハンターの仕事ができないだけでなく、多額の賞金をギルドにかけられて、全ハンターに狙われるからな」

 

 そのことが抑止力になって、はぐれになる奴は少ない。

 

「もっとも、目先の欲にかられて、魔が差す奴もそれなりにいるんだけどな」

 

 だが、それでもあくまで少ないだけであり、レンの言ったように、はぐれになる奴は確実にいる。

 賞金稼ぎ(バウンティーハンター)はその仕事柄、ハンターになる奴の理由が大抵は金を得ることだ。そして、そういう奴には、わりと金に執着して問題を起こすようなならず者みたいなのが多い。そういう奴の中から、本当に問題を起こす奴が出できて、はぐれになるのだ。

 だが──カリス・パトゥーリアははぐれになる奴らの中で例外なタイプだった。普通のはぐれハンターが金への執着からはぐれになるのに対し、カリス・パトゥーリアは金への執着がない。

 カリス・パトゥーリアは賞金のことは二の次で、賞金首そのものを目標にして行動している節があった。実際、他のハンターが目をつけないような大した賞金をかけられていない賞金首を進んで狩っていた。

 

「カリス・パトゥーリアはどうやら研究者みたいでな。なんらかの研究のために遺体を回収してたみたいなんだ」

 

 なんらかの研究。それがどういうものかはさておき、賞金首には人間もいる。つまり、人の死体を使った研究をしていたのだ。それだけでも、カリス・パトゥーリアが非人道的な奴なのは明らかだった。

 

「そのことに関しては、賞金をかけた奴を積極的に狩ってくれるってことで、ギルドはあまり気にしなかったんだよな」

 

 賞金首になるのは人に被害を及ぼす存在だ。それを積極的に狩ってくれるのなら、多少の非人道的な研究を行っている可能性についてギルドは目を瞑った。

 

「だが、いつからか罪のない一般人にまで手を出し始めたんだよ。・・・・・・把握できてる限りだと、累計五万はいってるぜ」

『っ!?』

 

 レンの言葉にイッセーたちは絶句する。

 そう、カリス・パトゥーリアは累計五万人ものの罪のない一般人を殺してる。老若男女問わずな。しかも、これはあくまで罪のない人々での数だ。犯罪者なんかも含めれば、さらに増えるだろう。

 

「そして、殺した人間のほとんどの遺体はやっぱり回収してる。一体どういう研究をするつもりなのかはわからないが、ま、ろくでもないことなのは間違いないと思うけどな」

 

 さっきからへらへらしていたレンだったが、いまの話をしてるときだけは目を細めて嫌悪感を出していた。

 悪戯好きで悪ふざけがすぎるこいつだが、それなりの正義感を持っている。特に、カリス・パトゥーリアみたいな罪のない人を手にかける輩には最大級の嫌悪を示す。

 

「しかも、カリス・パトゥーリアは自ら進んではぐれになった可能性もある。そりゃそうだろうな。研究のために必要な材料が向こうからやってくるんだからな」

 

 はぐれになれば全ハンターから狙われる。つまり、自身を狩りにきたハンターを返り討ちにするのを繰り返してれば、自然と研究のための材料を入手できる。そのために進んではぐれになった可能性があった。そして、実際にカリス・パトゥーリアによって返り討ちにあって帰ってこなかったハンターは多かった。つまり、カリス・パトゥーリアはそれだけを行える実力、もしくは戦力を持ってる可能性があった。ゆえにカリス・パトゥーリアにかけられた賞金は通常のはぐれよりも多額だが、それに見合うだけの討伐する困難度も高い。

 おまけに、なかなか所在を掴ませない男でもあった。

 そんなカリス・パトゥーリアがこの街にいて、なおかつ、エクスカリバーを奪った連中のところにいる。

 一体、どういう目的があって?

 

「お、そうこうしているうちに着いたぜ」

 

 俺たちがたどり着いたのは、繁華街の一角に位置する地下バーだった。地下への入口の上に店の名前が書かれた看板があった。店名は『JB』。

 

「ここに情報提供者がいるのかね?」

 

 アルミヤさんの質問にレンが頷く。

 

「ああ。ここはその情報提供者の情報屋が経営してる店なんだよ」

 

 この店のマスターが俺たちがこれから会おうとしている情報提供者。マスターの正体はハンター相手を中心に情報を売る情報屋だ。そして、このバーはマスターから情報を買うために集まるハンターたちの溜まり場にもなってる。むろん、普通のお客のためのバーでもある。

 

「・・・・・・なぁ、学生の俺らがこんな時間にいちゃヤバい場所じゃないのか?」

 

 匙の言う通り、本来なら、こんな時間に学生である俺たちがこんなところにいるのは問題があるのだが、幸い、このバーが位置してる場所は比較的人通りが少ないから人目にはついてない。そして、このバーのマスターも、顔見知り相手ならそういうことを気にしないヒトだ。

 

「じゃ、早速入るとするか」

 

 レンが俺たちを引き連れて入ろうとするが、イリナが入口の前に立ててある看板を見てレンに訊く。

 

「ねぇ、これに『貸し切り中』って書いてあるわよ?」

「ああ。それ、俺たちのことだから、気にしなくていいぜ」

 

 あのヒト、わざわざ、俺たちのために貸し切りにしてくれたのか。

 入口を通って階段で地下一階に下りる。

 シックな感じな扉を開けるとベルが鳴り、カウンター席から髪を後頭部でまとめて結い、バーテンダーの格好をした女性が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃい、レンくん。明日夏くんに千秋ちゃんも」

 

 挨拶をくれた女性の名前は番場樹里(ばんばじゅり)さん。このバーのマスターである。この店の名前も、このヒトが自分の名前のイニシャルからつけたものだ。

 樹里さんはシェイカーを振りながらイッセーたちやゼノヴィアたちの初対面組に視線を向けて挨拶する。

 

「それから、はじめましてね。グレモリーとシトリーの眷属悪魔や教会の戦士の皆さん。私はこのBAR『JB』のマスターをやってる番場樹里よ。立ち話もなんだから座って座って」

 

 樹里さんに促されて、俺たちはカウンター席に座る。

 

「何か飲む? 私の奢りよ。お酒はダメでしょうから、ジュースかノンアルコールカクテルを作ってあげるわ」

 

 そう言われ、俺たちはそれぞれ別の果物ジュース(ライニーはいらないと言っていたが、ユウナが勝手に頼んだ)、アルミヤさんはミルクと答える。

 レンは樹里さんがいましがた作ってたノンアルコールカクテルを出してもらって飲んでいた。レンが来るのに合わせて作ってたみたいだな。

 そして、黒のセーラ服風な制服の上からエプロンを着けた少女が俺たちの頼んだジュースやミルクを持ってきた。

 

「また会ったな、槐」

「ああ」

 

 俺が頼んだリンゴジュースを俺の前に置いた槐と軽く挨拶し合う。

 槐が他の飲み物を置いたところで、レンが槐のことを皆に紹介する。

 

「こいつは俺の妹の夜刀神槐だ」

「はじめまして」

 

 槐は木場のほうに視線を移すと、頭を下げる。

 

「あのときはすまなかった」

 

 頭に血が昇って暴走する木場を止めるために一撃かましたときのことだな。

 そのことを思い出した木場は気にしてないように手を振る。

 

「気にしないでください。僕もあのときは冷静じゃなかったから。強引にでも止めてくれて感謝してますよ」

 

 そんな木場と槐のやり取りを怪訝そうに見ていたイッセー、千秋、塔城、匙に俺が事情を説明してやる。

 その後、イッセーたちも二人に軽く自己紹介する。

 

「そういえば、明日夏。おまえ、樹里さんとは知り合いだったんだろ? なんで、わざわざ、レンに仲介してもらう形にしたんだ?」

「ああ、そのことか」

 

 イッセーの疑問はもっともかもな。知り合いなら、わざわざ仲介してもらう必要はないと考えるだろう。

 

「樹里さんは見習いのハンターには情報を売らないからだ」

 

 単純にそういうことだからだ。

 

「それは一見さんに限った話よ、明日夏くん。あなたや千秋ちゃんなら、別に知らない仲じゃないから、特別に情報は売ってあげるわよ」

 

 樹里さんはそう言うけど、実は理由は他にもある。

 

「あんまり、俺たちのことを特別視すると、樹里さんにまでいらぬ被害を受けますよ」

「どういうことだ、明日夏?」

「俺や千秋、兄貴たち、それにレンや槐は他のハンターにあんまり好かれてないからな」

 

 樹里さんが俺に続いて言う。

 

「ただの大人げないやっかみよ。最近、この子たちのような若い子のハンターが活躍しまっくてるもんだから、大人げない大人たちがやっかんでるのよ」

 

 そう。どういうわけか、最近は俺とそう年の離れていない若手のハンターの実力が抜き出ていて、その実力を遺憾なく発揮して活躍しまっくている。そのことが大人のハンターたちにとっておもしろくなく、また、その知名度によってほとんどの仕事を取られたことで、やっかんでいるのだ。

 

「特に抜き出て実力が高い十二人の若い子たちがいてね。その子たちを周りは『十二新星(デュオデクテッド・ノヴァ)』なんて呼んでるわ」

 

 樹里さんが口にした名称にアルミヤさんが反応する。

 

「私も聞いたことがあるな。その実力は各勢力の実力者たちと遜色のないほどだと」

 

 アルミヤさんの言葉にイッセーたちやゼノヴィアたちが息を呑む。

 そう。『十二新星(デュオデクテッド・ノヴァ)』と呼ばれる十二人の若手のハンターたち。この十二人の実力は明らかに人として異常なほど力を持っている。

 

「ちなみに、ここにいるレンくんがそのうちの一人だったりするのよ」

 

 樹里さんの言葉に俺、千秋、槐以外の皆が驚いたようにレンのことを見る。アルミヤさんだけはどこか得心がいったようにレンのことを見ていた。

 そう。ここにいるレンはその一人だったりするのだ。先ほどの悪ふざけで、皆をいいように手玉に取れたのも、それだけの実力があったからだ。

 

「俺なんて、一番よぇほうだよ。よく言う、『奴は四天王の中でも最弱だ』的なポジションだよ」

 

 当のレンはこんなふうに謙遜する。レンほどでさえで最弱なら、他はどれほどなんだって話なんだがな。

 

「ちなみに、兄貴や雲雀さんもそのうちの一人だ」

「えっ!? 冬夜さんと雲雀さんも!」

 

 何気に兄貴や雲雀さんも該当者だったりする。ただ、それゆえに多忙なわけなんだが。そんな兄貴の弟、妹だっていうことで、見習いで大して知名度のない俺や千秋のことを必要以上にやっかむ奴がいる。別に俺も千秋もそのことは気にしてないが、その矛先が他の誰かに向くのは我慢できなかった。そして、樹里さんはわりと顔馴染みをお得意さまにする傾向があり、おまけに細かいことを気にしない性分なヒトなのだ。だから、俺らのことも優遇してくれるので、そのせいで俺たちに向けられるやっかみが樹里さんに向くんじゃないかと思ってしまう。

 

「気にしなくていいわよ。そうなっても私は気にしないし。もし、妙なことをしてくるような輩がいても、自力でぶちのめせるし」

 

 樹里さんは屈託のない笑顔で物騒なことを言う。

 このヒト、実は元ハンターで、結構な実力者でもあったらしい。情報屋になったいまでも、その実力は衰えていないみたいで、仮にそのようなことをしてくる輩がいても返り討ちにしてしまうだろう。

 

「さて、それじゃ、そろそろ本職の仕事をしましょうか」

 

 樹里さんはカウンター下から数枚の写真を取り出す。

 

「これらの写真に写ってるのは、今回のエクスカリバー強奪事件に関わっている人物で私が把握している者たちよ。まず、こっちがレンくんと槐ちゃんが追ってるカリス・パトゥーリアよ」

 

 その写真には、メガネをかけた若い男性が写っていた。野戦服らしき服装の上から白衣を着ており、いかにも研究者って風貌だった。

 

「そして、これが資料だけど・・・・・・ゴメンなさい。あなたたちがすでに知ってるような情報しかないわ」

 

 渡された資料に目を通すが、ここに来るまでに話した内容しか書かれていなかった。

 

「さて、次は──」

 

 樹里さんが次に見せた写真は五枚。そのうちの一枚にはフリードが写っていた。

 

「「ッ!」」

 

 そして、ある一枚の写真を見て、ライニーとユウナが目を見開く。

 その写真には、俺たちとそう変わらない年齢と思しき少年が写っていた。

 二人の反応からして、おそらく、こいつがベルティゴ・ノーティラス。二人にとって、因縁浅からぬ男。

 そして、ある写真を指差しながら、樹里さんは木場に言う。

 

「この男性の名はバルパー・ガリレイ。あなたが復讐相手として追い求める男よ」

「ッ!」

 

 それを聞いて、木場は瞳を憎悪に染めあげて、鋭い視線でバルパー・ガリレイの写真を睨む。

 こいつがバルパー。メガネをかけた初老の男性で、見た感じは好好爺然とした風貌だ。

 他の二枚も元教会の戦士だった男だった。資料を見る限りじゃ、どちらも異端にかけられて当然と思えるようなことをしていた。

 

「そして、最後に──」

 

 樹里さんが最後の一枚の写真を指差す。

 

「この男がコカビエル。堕天使の組織、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の幹部であり、今回の事件の首謀者よ」

 

 樹里さんの言葉に俺たちは目を細める。

 こいつがコカビエル。ウェーブのかかった長い黒髪と長い耳を持った男だった。

 

「間違いなく、戦ったら一番危険な相手よ。かつての大戦を生き残った、堕天使の中でも武闘派の幹部なのだから」

 

 その情報だけでも、いまの俺からしたら、天上な存在なのは確実だった。

 

「残念だけど、コカビエルに関してはそんなに情報がないの。ゴメンなさいね」

 

 まぁ、俺たちの目的はエクスカリバーを木場に破壊させること。コカビエルと戦うことじゃない。エクスカリバーを破壊したら、希望的だがコカビエルが戦わずにこの街から去る可能性だってあるからな。

 

「尋ねるが、彼らが潜伏している拠点などの情報はないのかね?」

 

 アルミヤさんがそう訊くと、樹里さんは新たに三枚の写真を取り出した。

 

「その三ヶ所でときおり出入りしてるのが確認できたわ」

 

 出された三枚の写真を見ると、どれも見覚えのあった場所だった。

 以前、俺がはぐれ悪魔を退治した廃工場。イッセーたちがバイサーというはぐれ悪魔を退治した廃屋と理性を失くしたはぐれ悪魔を退治した廃工場だった。

 人気がない場所だから、おそらく、前線基地的な場所として利用していたのだろう。

 

「残念ながら、潜伏場所まではわからなかったわ」

 

 なんも手がかりがないのに比べれば全然マシだった。

 写真を見て、アルミヤさんは顎に手を当てて言う。

 

「ふむ。となると、その場所に何かかしらの手がかりが残っているやもしれん。三手に別れてそれぞれの場所を調べるのがいいだろうな」

「なら、俺と槐はここ。明日夏たち悪魔組はここ。教会組はここ。それでいいか?」

 

 レンの言葉に誰も異論は唱えなかった。

 

「何かあったら、俺のケータイに連絡をくれ」

「では、そちらは私のケータイに」

 

 レンとアルミヤさんはそれぞれのケータイ番号を交換する。

 

「じゃあ、こっちは──」

「あっ、こっちはイッセーくんのケータイに連絡を入れるわ。番号ならおばさまからいただいてるから」

「なっ!? マジかよ! 母さん! 勝手なことを!?」

 

 勝手なことをされて憤るイッセー。

 おばさんのことだから、昔馴染みが現れたから、「電話でもしてみれば?」的な感じ教えたのだろう。

 

「じゃあ、俺たちはおまえのケータイに連絡を入れるぞ?」

「ええ。はい、これ番号」

 

 イリナから番号が書かれたメモ用紙を受けとる。

 

「じゃあ、こっちは明日夏のケータイに連絡を入れるぜ。そっちからは槐に。番号は明日夏と千秋が知ってるぜ」

 

 まぁ、頻繁にではないが、たまに連絡を取り合ったりしてたからな。

 今後の方針が決まり、『JB』をあとにしようと立ち上がる。

 

「じゃ、あとで情報料をはいつもの場所に振り込んでおきますよ」

「俺の分はもう振り込んでるぜ」

 

 今回の情報料は俺が全部払うつもりだったんだが、レンが「先輩の奢りだ。遠慮すんな」と強引に三分の二も払われた。仲介してくれるだけなのに、なんでそこまでしてくれるのかと疑問だったのだが、行動を共にするからだったんだな。

 

「ええ。それよりも、気をつけてね。コカビエルもそうだけど、他の面子も危険なのばかりだから」

 

 樹里さんの言葉に軽く頷き、店を出ようとする。

 

「あっ、そうだ! 兵藤一誠くん!」

 

 扉の前に来たところで、樹里さんが思い出したようにイッセーのことを呼び止める。

 

「えっと、どうかしましたか?」

「サービスよ。『白い龍(バニシング・ドラゴン)』はもう目覚めてるわ」

「っ!」

 

 それを聞いて、イッセーは緊張した面持ちになる。

 『白い龍(バニシング・ドラゴン)』──二天龍の片割れ。イッセーがいずれ出会い、戦う宿命にある存在、『白龍皇』。

 イッセーの様子からして、もう知ってるみたいだな。籠手に宿るドライグにでも教えてもらったのかもな。

 

「しかも、『神の子を見張る者(グリゴリ)』に属しているわ」

 

 なっ!? つまり、ヘタをすれば、今回の騒動に介入してくるかもしれないってことか!

 イッセーもその考えに至ったのか、神妙な面持ちになっていた。

 

「とにかく、気をつけてね」

 

 樹里さんのその言葉を最後に、俺たちは『JB』をあとにし、それぞれの担当の場所に向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。