アブソリュート・デュオ 異例と異能 (ケツアゴ)
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プロローグ

二次読んで興味持ってコミック買いました 一巻だけですが


 とある研究施設の一室をスーツ姿の男が訪ねていた。スーツの仕立ての良さや研究員の態度からも彼が相当上の立場であることが伺える。そんな彼の視線の先、強化ガラス越しに眺める部屋には双子らしい子供の姿があった。

 

「……それで出来はどうなのだ? アレを犠牲にしたのだから中途半端な結果は聞きたくないぞ」

 

「その事ですがお喜び下さい! このデータが示す様に二人の運動能力は他の被験者など失敗作に思える程の結果を叩き出しています。特にご息女の運動能力は凄まじく、ご子息は知能テストでも驚異の結果を叩き出しました。これは嬉しい誤算です! ……ですが」

 

 高圧的な男の言葉に嬉しそうに語る研究員。データを示し、己の仕事が全うされた事を誇るのだが、最後に言いよどむ。部屋の中では双子の姉の方が熊のヌイグルミを振り回して他の玩具に叩きつけていた。

 

「……ご覧の通り、攻撃性が高い傾向に有りまして、ご子息は……」

 

 一方、弟の方は弾き飛ばされた玩具が当たって泣き出した他の子供を慰めている。とても幼い子供とは思えず、その言葉の一つ一つが泣く子供を落ち着かせていた。面倒見が良く優しい子供、それが一見すれば感じる印象だ。そして、男はその弟の顔を眺めて満足そうに笑う。ただ、決して父親が子供に向ける笑みではなかった。

 

「まだまだ甘いが……上出来だ。流石は私の子、といった所か。いや、近い内に寝首をかかれるかも知れんな」

 

 それはそれで面白い、そう言いたそうな表情だと研究員は感じた……。

 

 

 

 

 

 

 

 ドーン機関のエージェントを育成する昊陵学園(こうりょうがくえん)。此処の入学資格は黎明の星紋(ルキフル)と呼ばれるナノマシンによって超えし者(イクシード)となる資質を持つこと。適合者は魂を具現化した武器『焔牙(ブレイズ)』を操る事が出来る。

 

 だが、入学式当日、理事長の口からその場での入学試験、新入生は隣の席の者との決闘『資格の儀』を言い渡される。新入生の一人である九重透流がそんな儀式を乗り越え、疲労を感じながら教室にたどり着いた時、クラスメート達が遠巻きに二人の生徒を眺めていた。

 

 

「……あんな奴ら入学式に居たか?」

 

 透流の知り合いである虎崎葵、通称トラの疑問は此処にいる者達の共通の認識だ。入学式で事前通告も無しに始まったリアルファイトでの入学試験の混乱も有ったが、それでも双子、特に女子生徒の方は印象に残りそうだ。

 

 二人共髪型は肩まで伸ばした似通った物だが表情が違う。二卵生の双子なのか完全に同じではないが、中性的な顔の作りは共通だ。ただ、教室の後ろの隅に座っている、いや、君臨しているという言葉が似合う女子生徒は猛禽類の様な鋭い瞳に重苦しい威圧感を発しながら腕を組んでおり、他の生徒の視線など我関せずといった様子。

 

 反対に教室の中心辺りで文庫本を読んでいる男子生徒の方は人が良くて大人しい雰囲気だ。まさか入学式をサボって入学試験を知らないのかと透流が思った時、背後から媚びた印象がする声が聞こえる。その姿を見た生徒達は一斉に固まった。

 

「はいはーい! そろそろHRが始まるから席についてー。それとも私に見惚れてるのかなー?」

 

「先生……ですよね? あの二人は入学式では見かけませんでしたが……」

 

 キャピキャピといった擬音が似合いそうな声の主はウサミミにメイド服といった奇抜な格好の女性。どう反応すれば良いのか分からないが教師ではあると何とか理解したトラが二人の内、大人しそうな男子生徒を指差した。口が悪く態度が大きい彼だがもう一人の威圧感には勝てなかったらしい。

 

「あっ、それなら簡単。なんとあの二人は特待生、入学試験を免除されているのだー! 私も詳しくは知らないけど元々機関の所属で、一応この学園を卒業したって実績が必要だからって通うんだって。ちなみにー、お姉さんの方は君と同じだよ、異能(イレギュラー)君」

 

 本来武器が具現化されるのに透流は盾が具現化された異能(イレギュラー)だ。指を向けて名指しされたことで注目が二人に集まる中、ウサミミの教師、名を月見璃兎は弟の方を指差した。自分に注目が集まった事に気付いた彼は愛想の良い笑みを浮かべて軽く手を振る。何気ない動作の一つ一つが彼への警戒心を無くすのに十分であった。

 

 

 

「そして弟君は異常中の異常、特別(エクセプション)を越えた異例(レイネス)。なにせ異能以上に絶対に有り得ない……」

 

「月見先生、HRをお願いします。君達も早く席に着くように」

 

「三國先生、どうして此処に?」

 

「貴女だけでは不安ですから……」

 

 月見の言葉は先輩教諭の三國によって中断され、一同は気にしつつも指定された席に座る。そんな中、透流は隣の席のユリエ・シグトゥーナの絡み付くような視線を感じていた。

 

 

 

 

「じゃあ、次は君!」

 

 まずは自己紹介となり、次々と名乗っていく中、遂に彼の番がやって来た。特待生、異例、気になるワードに注目が集まる中、優しそうな笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「皆さん、初めまして。私は天上王土(あまがみ おうど)です。不肖の身ではありますが先達として……いえ、級友にこの様な格式張った挨拶は良くないですね。皆さん、良ければ気軽に接して下さい」

 

 1/fのゆらぎ、と呼ばれる物が自然界には存在する。木漏れ日や小川のせせらぎ音など、快適性と深く関わり、生体に対しては精神の安定や自律神経の調整等の効果があるとされ、ヒーリングミュージックの説明にも使われる。

 

 彼の、王土の声にはそれがあった。戦いの後の興奮や緊張、入試免除に対する嫉妬から感じられていた悪感情をクラスメート達から消し去るのに十分なほどに。そう、十分すぎるほどに十分だった。

 

「じゃあ次は君ね」

 

 こうして一同がリラックスする中で自己紹介は進み、最後に唯一隣の者が居ない彼女、王土の双子の番がやってきた。音を立てずに静かに立ち上がった彼女の視界にクラスメート達は入っている。だが、見えてはいるが視てはいない。教師二人と弟、そして数名の生徒以外に何一つ関心を持っていないのだ。

 

「……楽土(らくど)だ」

 

 静かな声で、ただ名前だけを告げる。弟が名乗ったのだから名字は名乗らなくて良いだろうという考えと共になれ合う気がないと暗に告げていた。

 

 

 

 

「じゃあ次に大事なことを話すよ。ウチを卒業すれば機関の治安維持部隊に所属するけど、任務は基本二人一組かそれ以上で動くんだよ。だから学園では慣れて貰うためにパートナーである『絆双刃(デュオ)』を決めて貰うよ」

 

 月見の説明は続き、寮は相部屋だと告げられると殆どの生徒が直ぐに気付いて疑問に思う。このクラス、一名余るが、三人一組の所が出来ると、授業においてそこが有利すぎないかと。

 

 

「じゃあ、今週末までに正式な相手を見つけて欲しいんだよ。……まあ、楽土さんは一人だけどね。ぶっちゃけ、格が違いすぎるから」

 

 教室がざわつき、王土以外の生徒の視線が集まっても楽土は我関せずといった様子で威風堂々と沈黙を守っている。ただ、続いて月見の口から爆弾が投下された。

 

 

 

「今週末までは隣の席の人と同居して貰いまーす!」

 

 このクラス、透流とユリエが隣同士であり、王土の隣も女子生徒であった。

 

 

 

 

 

 

 

「……前から思っていましたが、機関の上の人は何を考えているのでしょうね」

 

「う、うん。そうだね……」

 

 王土のルームメイトになったのは穂高みやび、女子校出身で男が苦手な気弱な少女だ。幾分かは王土の声の影響か緊張や警戒が薄れているが、部屋の前で困った顔で話をしていた。

 

「ですが姉さんが一人部屋ですし、シャワーやトイレを使わせて貰うので安心して下さい。就寝時は……ほら、これが有るのでシャワー室でも大丈夫です」

 

 そう言いながら懐から出したのは寝袋。彼曰く寝心地が最高らしいが、みやびの関心はそこではない。

 

「ど、どうやって出したんですか? 明らかに大きさが……」

 

「手品は種を明かさないからこそ、ですよ? ……じゃあ、部屋はまだ緊張するでしょうし、食堂の席をお借りして少しお話をしませんか? 週末までですが、折角パートナーになりましたし。……ご迷惑でなければですけど」

 

「大丈夫です。じゃ、じゃあ行きましょう」

 

 この後、二人はたわいもない話を続け、興味本位で二人を見ていたクラスメート数人も混じっての談笑に発展する頃にはみやびの王土への苦手意識や警戒は消え去っていた。それは彼の話術、そして会話から感じられる人格によるものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……彼は上手くやっているでしょうか?」

 

「それはそうだろう。あの愚弟なら上手くやるだろうさ」

 

 その頃、楽土は理事長である九十九朔夜の部屋に呼び出されていた。理事長の前でも彼女は尊大な態度を崩さず、九十九もそれを正そうとしない。話題は王土の事で、楽土は面白くもなさそうに答える。

 

 

 

 

 

「……本当に感心しますわ。人の気持ちなんて微塵も分からないのに、心を開かせるのが得意だなんて」

 

「あの馬鹿が言うには、他人の心など誰にも分からないが、感情など脳内物質の化学反応に過ぎない、だそうだ。偏見や自己解釈を交えないからこそ上手く行くのだろうよ」

 

 

 

 

 ある研究者は彼についてこう言った。共感能力が決定的に欠如している、と……。




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第一話

武装錬金キャラ出ます


「ぐぬっ! 私はこんな所で死んで良い人間ではないっ!」

 

 深夜の沿岸部、船に乗せるのか大量のコンテナが並んだ倉庫街を恰幅の良い中年男性が鈍重な足取りで必死に進んでいた。腹や顎に不必要についた脂肪はドタドタと足を動かす度に揺れ動く。ドーン機関所属の彼は黎明の星紋(ルキフル)の情報を某国に売り渡すべくこの場所に来ていた。だが、取引の最中、邪魔が入る。

 

 

「さて、大人しくして貰おうか。そうすれば幾人かは生きていられるぞ?」

 

 倉庫前でデータと金を交換する寸前、流星のように飛来した男が振るう十文字槍がデータが入ったディスクを破壊、トランクが破壊されて金が周囲に舞う中、文字通りに割れたコンクリートを踏みつけながら大柄の男は挑発するように提案する。当然、これが答えだとばかりに銃弾が飛来して男の頭を撃ち抜いた。

 

「ホウ。まあ予想はしていたが……」

 

「化け物が……」

 

 銃弾は確かに貫通し、脳漿と血が確かに飛び散った。だが、男は平然と立って話し、銃を構えた男達に動揺が走る中、某国からやって来た者達のリーダーらしい男が叱咤する。

 

「慌てるなっ! 一定以上のレベルに至った者の焔牙(ブレイズ)には特殊な力が宿ると資料に有ったはずだ! アレを使って完全に吹き飛ばせ!」

 

 襲撃者から距離を開けながら彼が叫ぶと部下の一人が筒状の荷物を取り出す。誘導ロケット弾、対人使用には過激すぎる武器だが、用心深い彼は上を説得して持ってきていた。そして逃げる様子のない男に逃げられないロケット弾が発射され、爆音と閃光が響いて炎が周囲を照らす。

 

「肉片でも残れば研究に使えるのだが……」

 

 この様子では無理かと言おうとした彼は完全に固まる。ジジジという音と共に爆炎の中心で放電のような現象が起き、槍を構えた男が無傷で立っていた。周囲に一気に広まる恐慌。只の化け物なら武器次第で殺せると己を鼓舞しただろうが、死なない化け物など殺しようがない。

 

「うわぁああああああっ!?」

 

「待て、逃げるなっ!」

 

 一人が逃げるとダムが決壊したかのように一気に崩壊する。数人が固まって同じ方向に逃げ、眼前に立ちふさがった男が十文字槍を振り抜いた。

 

「ぬんっ!」

 

 横に薙払った槍に水平に飛ばされた男達は体を真横にくの字に曲げてコンテナに激突、破壊されたコンテナの内部で赤い肉塊に姿を変えた。

 

「さて、次は……」

 

 蛇に睨まれた蛙とは今の彼らを指すのだろう。逃げなければ死ぬと理解しても体が動かない。只、男から視線を外さずに立ち尽くすしか出来なかった。直ぐに逃げ出したドーン機関の裏切り者の男を除いて……。

 

 

 

「クソッ!」

 

 夜闇にようやく慣れた視界を頼りに、聞こえてくる物音を避けながら逃げ切った彼の前にあったのはコンテナによる行き止まり。思わず悪態をついて引き返そうとした彼の前に王土が現れた。

 

「どうも。粛正部隊です」

 

 浮かべる表情も声も学園とは変わらない。だが、今の彼からは普段の暖かみは感じない、声を聞いても何もない。只、連絡事項を告げるかのように淡々と言い切った。

 

 

「ま、待ってくれっ! 何でもするから見逃して……」

 

「裏切り者を捕縛、または抹殺するのが仕事なので無理です。今回は捕縛命令は受けていませんし、その必要も有りませんから」

 

 嘲りも嗜虐心も彼の声からは感じられない。いや、何一つ感じない返答をした彼は笛を吹く。笛の音は聞こえず、変わりにコンテナの上から黒い影が三つ、裏切り者に飛びかかった。

 

 

 

 

 

「おうおう、相変わらずだな。容赦の欠片もねぇ。まあ、裏切り者には不条理が当然だ。作戦立案やら調査やら良くやったな、テメェ」

 

「では、寮を抜け出して来たのでもう帰りますね。お疲れさまでした、火渡隊長」

 

 獣に食い荒らされた様な死体を眺めながら、赤みが掛かった髪の人相が悪い男が吐き捨てるように告げる。素肌の上にジャケットを着て前面を全開にした彼に王土は丁寧に頭を下げると踵を返した。

 

 

 

「聞いたぜ。女と相部屋になったんだってな。どんな奴だ?」

 

「善人でいるには都合の良い人ですよ。天然や異能も居ますし、学園という環境下で関わるには善人が一番ですからね。迷惑は掛けてないですし、倫理的な問題はないでしょう」

 

 最後まで感情を感じさせない笑顔のまま王土は去っていった。

 

 

 

 

 

 孤独も無力も他者と己の関係性が有ってこそ、他の存在を知らなければどちらも知ることはない。そして、そのどちらも集団の中でこそ鮮明に感じるものだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 一周四キロはある学園の敷地を十周するマラソンは毎日の恒例だ。フルマラソンに匹敵する距離にアップダウンの激しい地形、身体能力が超強化されていても容易ではない。特にみやびの様に体力で他人より劣っていた者には。

 

 勉強も運動も苦手で、超えし者としての才能があると判明した時、今までの劣等感が消え失せるほど嬉しかった。だが、待っていたのは残酷な現実。結局、同じ適合者の中で元のまま。全力で追いかけても遠ざかっていく集団の背中に彼女の心は折れ始め……。

 

「大丈夫。足を前に出していれば確実に前に進めます。個人差はあっても、明日の貴女は昨日の貴女よりも先に進んでいるのですよ」

 

 折れる寸前、掛けられた言葉と向けられた笑みに助けられる。俯き掛けていた顔を上げた時、王土は先に進みながら他の生徒を励ましていた。

 

 

「大丈夫、後少しです!」

 

「昨日よりも些か余裕が見られますよ!」

 

「ほら、前を向いて!」

 

 折れそうになった瞬間に、彼の声と言葉、そして正面から見る笑顔に活力が湧き、気力が戻っていく。ゴールに到達した時、多くの生徒が自分に歓声を上げるのであった。

 

 

 尚、何故正面から見れるかというと、特待生は特別ね、と月見からバック走で走るように言い渡され、平然とそれをこなして居るからだ。みやびがゴールした時、王土は十五周、楽土は二十周したにも関わらず息一つ乱していなかった。

 

 

 

「レモンの蜂蜜漬けとミネラル豊富な麦茶ですが要りますか?」

 

「ヤー。有り難く頂きます」

 

 終了後、王土は何処から出したのかタッパーと冷えた麦茶の入った水筒から中身を注いだ紙コップをクラスメートに渡していく。当然、息を切らして座り込んでいるみやびにも差し出された。

 

「穂高さんも宜しければ」

 

「うん。有り難う。……天上君は凄いね。応援してくれたお陰で頑張れる気がする」

 

 頑張れたのは貴方のお陰だと告げる彼女に王土は手を差しだし、みやびは照れながらも手を借りて起き上がった。

 

 

 

「確かに人が影響する場合もあるでしょう。ですが、変わるのも頑張るのも最後は自分です。頑張れたのは貴女が強くなっているからですよ」

 

「そ、そうかな……」

 

 今までなら劣等感や男への苦手意識で素直に言葉を受け入れられなかっただろう。だが、今の彼女は王土の言葉なら信じる事が出来た。彼となら自分を変えられると思っていた。横から威圧感を感じ、思わず視線を向ければ楽土が立っていたのはその時だ。鋭い眼光を一瞬だけみやびに向け、王土に向かって口を開く。

 

 

「あまり着いて来れぬ者に手を出すな。お前の修練と、引き返すことの邪魔になる」

 

 怒りさえ感じる声を弟に向け、用は済んだと去っていくが、みやびはその背中から目が離せず、王土は気まずそうに立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、あまり姉さんを悪く思わないで下さい。あの人、きつい言い方しか出来ませんが悪意はないんです」

 

 二人の部屋、初日にギリギリまで別室で過ごすと王土が提案したが心を許したためか一緒で大丈夫とみやびが主張して共同生活を過ごしている部屋で、お茶を出しながら王土は頭を下げた。

 

「私達が既に機関の所属とは知っていますね? 幼い頃から訓練を受けて、私は諜報部、姉さんは護衛部門に所属していまして。……あっ! 姉さんは凄いんです。卒業後直ぐに最重要クラスの要人の警護を担当する特別選抜隊、通称特選隊で働くことが決まっていまして。……それ故にこの世界が危険だと認識しているので一般人は遠ざけるべきだと主張していまして」

 

「あ、あの、大丈夫です。……でも、で、出来れば代わりにお願いを聞いて貰えませんか?」

 

「……お願い?」

 

 この時、みやびはこの学園に入学をすることを決めた時、そして入学試験で戦うのを決意したとき以上の勇気を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私と正式な絆双刃(デュオ)になって下さいっ! 天上君となら、私は自分を変えられると思うんですっ!」

 

 本来、男が苦手の彼女がこの様なことを言い出すのはあり得ないが、今までの短い期間で抱いた信頼、そして一欠片の悪意も感じなかった事が踏み出す事へと繋がった。そして週末、最終的な申請の締め切り日が経過し、三年間共に歩む者同士が席を変えて隣り合う。彼ら彼女らの第一歩は此処から始まった。




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第二話

原作届いた コミックはまだこない 


「おっハロー! 無事に正式な絆双刃(デュオ)も決まって席も一新だねっ! でもぉ、あれあれ~? 二組だけだった男女ペアはどっちも変わってないよー?」

 

「ヤー! 相性が良かったので」

 

「性格! 性格の相性だから!」

 

 週が空け、何時もの奇妙なテンションの高さで現れた月見は申請をした相手と並んで座る教室を見回し、透流とユリエ、王土とみやびの二組を見てはやし立てればユリエの爆弾発言でクラス中が少しざわついた。

 

「私達も同じ様なものですね。他の皆さんの何人かにお誘い頂きましたが、既にお誘いを受けて了承しましたし……何より、直向きに頑張るみやびさんの姿は素敵だと思うべきでしたから」

 

「あ、あわわわわ……。お、王土君、その辺で……ひゃっ!?」

 

 正式な申請をした日の夜、みやびは友人は名前で呼ぶからと名で呼ぶように願い出て、王土も楽土と被るので自分も名で呼ぶようにと言ったのだ。言ったことは後悔していないし、抵抗もない。だが、大勢の前で平然と名前で呼ばれて誉められれば恥ずかしい。思わず俯いて袖を引っ張ろうとすれば間違って手を重ねてしまった。

 

「へぇ~! ず・い・ぶ・ん、仲良くなったみたいだね~。うんうん、まあ、それは置いといて、来週は焔刃(ブレイズ)を使った模擬戦『新刃戦(しんじんせん)』! なんと自分達以外は全部敵っ!」

 

「先生、質問宜しいですか? 一人、格が違う人が居ますが……」

 

 月見が平然と告げた言葉にクラスが騒然とする中、王土は冷静な表情で手を挙げた。誰の事を言っているか、この僅かな期間で皆が理解している。組み手ではユリエやトラ、透流等の上位陣を相手に圧倒、持久走等も格の違いを見せ付けた。

 

「何を今更。戦場で格上を相手にするのは珍しくも有るまい」

 

 クラス中の視線を受けても楽土は些細も態度を崩さず、淡々と告げるとクラス中を見回す。その程度の覚悟もないのか、と、暗に告げているかの様だ。重苦しい空気、それを吹き飛ばしたのは場違いな程に明るい月見の声が響いた。

 

「うんうん、天上ちゃんは既に昇華の儀を何度も受けてて、ぶっちゃけうさ先生より強いから……不参加でっ! って言うかぁ、天上君、君もレベルアップしてるし、経験の浅い子達と同じじゃ不平等だし、ハンデを付けて貰うからね」

 

絆双刃(デュオ)としてみやびさんに迷惑が掛かるのは気を病むのが当然ですが……致し方ないですよね。申し訳有りません、みやびさん」

 

「だ、大丈夫だからっ! 頭上げて……」

 

 理解はしたが納得は出来ないけど従うしかない、そんな落ち込んだ様子で頭を下げる王土にみやびは慌てた様子。その様子を月見はジッと見ていた。

 

 

 

(ふ~ん。これはこれは……)

 

 

 

 

 

「良いですか、みやびさん。己を追い込むことと無理は別です。無理は心身共に追い込んでしまうし、逃げを選んでしまう。ギリギリを見極めて僅かでも良いので前に進みましょう」

 

「う、うん。……でも、私、本当に強くなれるのかな? 天上さんが言ったように私は邪魔にしか……」

 

 夕方、新刃戦に向けての特訓を開始したみやびだが、王土が提案した訓練内容以上のオーバーワークを行って息を切らして膝を着く。そんな彼女に嗜めと励ましの言葉が掛けられるも自分と王土の差に劣等感は増すばかり。仕方のない話だ。自分には何もないと思って生きてきて、選ばれたと知って持ち直すも同じく選ばれた者に囲まれ王土に励まされて持ち直す。

 

 だが、そこまでして貰っている相手に何も返せず、あまつさえ足を引っ張っているだけという自責の念が重くのし掛かっていた。そんな心中を察した()()()()表情で王土はそっと手を差し出した。

 

「自分だけは自分を最後まで信じるべき……等とは言いません。ですので、私を信じて下さい。何度転んでも、起き上がって前に進める。貴女がそんな人だと信じる私を信じて下さい。……それとも、私は信じるに値しない男ですか?」

 

 真摯な表情で差し出された手、みやびは迷い無くそれを掴んで起き上がる。先程まで彼女の顔に浮かんでいたのは諦めと己への失望、今は決意だ。夕日に照らされた影響か少し顔に赤みが差し、倒れるまで動いたためか体温の上昇や鼓動の増加も感じる中、みやびは王土に向けてはにかんだ。

 

「……卑怯だよ、王土君。うん。信じてみる。王土君が信じてくれる限り、私はきっと何度も立ち上がれるって」

 

 この青春の一ページというべき遣り取り、それを遠くで見詰める影が一つ。一見すれば蝶に見えるが縮尺が滅茶苦茶だ。実際、それは蝶々ではなく、人だった。

 

 

 

「うーん。青春物とすれば在り来たりだが、即興劇として見れば蝶・サイコーとまでは行かなくても及第点はくれてやれるかな? ……お前はどう思う?」

 

 股間の部分に蝶のマークがある鎖骨から臍にかけて前面を露出した黒の全身タイツに前分けの黒髪、ドブ川が腐った様な目の色も特徴だが、一際目を引くのがパピヨンマスク。病的に細く青白い体も相まって不気味ささえ感じさせる彼の背中の羽根は黒い粒状の何かが密集して構成され、一部が火を噴いてバーニアの働きをしている。

 

「何しに来た、パピヨン」

 

 その背後に楽土の姿があった。腕を組み、変態をパピヨンと呼びながら遠くの弟の姿を忌々しそうに見詰め、強く噛みしめた八重歯がギシリと鳴った。その姿が面白いのか、それとも興味はないが元からそんな性格なのか、パピヨンはおどけた様子で大きく手を広げた。

 

「パピ♡ヨン♡ もっと愛を込めてっ!!」

 

「黙れ。臓物(ハラワタ)をブチ撒けたいか? 貴様に向ける言葉に愛など微塵も存在しない」

 

「怖い怖い。ああ、お前の愛は全部、可愛い可愛い弟に向けているんだっけ? 弟離れしろよ、いい加減。過保護は嫌われるぞ? 今日は俺の相方の絆双刃(デュオ)を見に来ただけだ。それにしても相変わらずだな、アイツ。偽善者ですらない」

 

 向けられた殺気を受け流しふざけた態度を崩さないままパピヨンは空高く飛んでいく。楽土はそれを忌々しそうに睨むと、今度はみやびに視線を向け、静かに呟いた。

 

 

 

「他者の気持ちが分からない私の愚弟は、他人から何の感情も向けられずに育ったに等しい。頭の良さでどう振る舞えば良いか理解しているから破綻は無いがな。……人は他者との関わりで己を形作る。余り信頼せぬ事だ。其奴は貴様が望む物を向けはしないのだから」

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、今から開始ですが……ハンデが思ったよりも大きいですね」

 

 新刃戦当日、みやびの焔刃(ブレイズ)がランスという事もあって遮蔽物の多い森や建物の中は避けて開けた場所で開始時刻を待っていた王土だが、少し困ったように自分の、正確には自分とみやびの足首を見る。二人の足は太い足枷によって連結され、二人三脚の様に肩を寄せ合って立っていた。

 

 

 

「じゃあじゃあ、君達が背負うハンデについて発表しまーす。先ず、天上君は焔刃(ブレイズ)を攻撃に使ったら駄目ね。そして君達だけ制限時間は半分の一時間! そして……はい、コレ着けて!」

 

 

 この様な感じで月見に差し出されたのが今装着している足枷だ。勝利数で成績が決まり、昇華の儀を受けるチャンスが与えられる事から大きな痛手となるだろう。王土も憤っている様に見えた。

 

 

 

 

「この程度の足枷、私達の前では何の障害にもならないと証明しましょう。……大丈夫、私がリードします。信じて着いてきて下さいますね?」

 

「う、うん! 王土君が居るなら百人力だもん!」

 

 自分が邪魔になると暗に指摘された事に怒りを覚えているらしい姿にみやびは素直に喜びを感じる。そうすれば不安がなくなり、今の状況を直視する事になった。肩が王土に触れるほどの距離であり、顔も当然間近。意識したら駄目だと思うほど意識してしまう。

 

「時間も惜しいですし行きましょうか。本来、制限時間は広大な戦場で索敵する事に多く使われますが……私の焔刃(ブレイズ)ならば問題有りません。焔刃(ブレイズ)!」

 

 本来、焔刃(ブレイズ)はみやびのランスや巴の鉄鎖の様に複雑な構造を持たない武器であり、だからこそ盾であった透流は異能(イレギュラー)と呼ばれる。ならば、異端(レイネス)とされた王土の焔刃(ブレイズ)は更に異常であり、訓練の最中に何度も見ているみやびでさえ未だに信じがたい。

 

 王土から発せられたのは紅ではなく蒼の炎。それが三つに別れ、手元ではなく足下で具現化する。短く硬い滑らかな黒い体毛、筋肉質でしなやかな四肢。ドーベルマン、人にそう名付けられた犬、二匹は中型犬に分類されるアメリカンタイプ、一匹は大型犬のヨーロピアンタイプだ。三匹共、首輪に放射状に配置した刃が着いている。

 

「ヌル、アインス、ツヴァイ、戦いです」

 

 王土が犬笛を吹けば同時に耳を動かし、嗅覚を使い匂いを感知する。その光景を見るみやびに王土は苦笑を向けた。

 

 

「ある人が言いました。私にとって飼い犬が幼い頃の唯一の友だったからこそ、軍犬(ウォードッグ)として発現したのだろうと。……私にとって、飼い犬は人と変わらない存在でした」

 

 それは今まで言わなかった過去であり、みやびは自分が信頼されて来たのだと嬉しく思う。

 

 

 

 

 

 

 そして、まだ話していない事がある。その言葉を口にした相手に幼い王土はこう言ったのだ。

 

 

「別に犬でも変ではないのでは? 生物が動くのは電気信号による物で、感情は脳内物質の化学反応。まあ、手で動かさずに済むだけ生きている方が()()()()()便()()ですけど」




感想お待ちしています やる気がでるのでお願いします


よし、決めた。次回は原作キャラ死亡のタグを付け・・・・・・


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第三話

最初の相手はコミック参照で


「……どうしてこの子達が犠牲にならなくちゃいけないの? きっと二人が無事に育っても、貴方を恨むわ。この子達は世界を呪って生きていくのよ」

 

 十数年前、とある女性がの胎児を宿すお腹に手を当てながら夫に語りかける。彼女が居るのは病院ではなく、ドーン機関の研究所。我が子を対象とした非人道的な研究の為、投薬を繰り返された子供達は既に普通の人間ではなくなっている。妻から非難の視線を向けられても男は答えず、ただ黙って部屋を去っていく。

 

(許せとは言わぬ。私を恨むが良い、呪うが良い。研究に身を捧げた時点で私は狂っているのだ)

 

 この一ヶ月後、双子は無事に生まれ、彼の妻は我が子をその腕に抱くことなく息絶える。予想はしていた事とはいえ、男はこれで引き返す道を自ら絶ち、更に研究にのめり込んで行くのであった。

 

 

 

 

「どうしてお前達ばかり……ですか。級友に嫌われるのは辛い、そう思いませんか?」

 

 

 

 犬の持つ優れた嗅覚によって開始から三分で他の二人組を発見した王土とみやび、対戦相手は斧と片手剣を使う男子生徒だった。

 

「今の奴なら勝てるぞっ! あの犬は攻撃出来ないからな」

 

「あの弱い女子を狙え! 荷物抱えながらじゃ禄に戦える訳がねぇ!」

 

 剣の遣い手は戦闘前の言葉の端々から王土や透流等の一部の生徒への嫉妬から来る敵意が感じ取れ、みやびを狙うことで動きを制限して王土を嬲ろうとしていた。

 

「みやびさん。あの言葉を覆すのは私の言葉ではなく、貴女が出す結果です。では、向かい打ちますよ!」

 

「うん!」

 

「先ずは……プランB」

 

 みやびのランスは巨大にして威力は強力だが、彼女自身の非力も相まって鈍重、普通なら用意に当てるのは困難で、水平に構えるのも難しい。ただ、それは一人で持った場合の話。彼女の横に立つ王土の手はランスの柄をしっかり握り締めて支える。二人の前に出した手はそっと重なり、超重量のランスは水平を保ち微動だにしない。

 

「うぉおおおおっ!」

 

 先陣を切るのは斧を持った男子。斧を振り上げ駆け出した。黎明の星紋(ルキフル)によって強化された速度は常人の比では無いが、適正があっただけで武道経験がないのか足取りはやや大雑把。その踏み込もうとした足下にランスの切っ先が突き出された。

 

「うおっ!?」

 

「振り上げて……突けっ!!」

 

 勢いを殺され体勢が崩れた彼の足下のランスは勢い良く振り上げられる。片足が大きく持ち上げられた事で大きく後ろに仰け反った体は当然無防備で、斧は振り上げていた為に防御に使えず逆に後ろへの重りになる。その無防備な彼にみやびは踏み込んで渾身の突きを叩き込んだ。

 

「てやぁああああああああっ!!」

 

 踏み込む際、当然足が繋がっている王土の足も動くが、歩幅に動く速度、踏み込みの力まで合致させた為に些かの邪魔にもならない。そして突進の勢いを乗せた一撃には劣るが、無防備な状態の相手を吹き飛ばすには十分な威力だった。

 

「畜生っ! 何が異能(イレギュラー)だ、異例(レイネス)だっ! お前等ばかり特別扱いされやがってっ! どうしてお前達ばかりっ!」

 

 相方の体が宙に浮き、水平に吹き飛んで横たわる姿を呆然と見た彼は自暴自棄な様子で剣を振り回しながら突っ込んでくる。その姿にみやびは少し前までの自分を重ねた。千人に一人の才能と認められ、舞い上がった先で自分より優秀な者の存在を知らされた。確かに自分達は選ばれた存在かもしれないが、選ばれた中から更に選ばれた者が居ると知らされた時の劣等感は心にのし掛かる。

 

「……あるコーチが言いました。成功が努力の先に来る唯一の場所は辞書である、と。この勝利は貴方達が侮ったみやびさんの努力による物だ」

 

 王土が無造作に延ばした手が彼の腕を掴み、無造作に引き倒す。彼が起きあがろうとした時、みやびがランスを高々に持ち上げ、勢い良く振り下ろした。

 

 重量のある物が振り下ろされる音が響き、ランスと地面に挟まれる様にして彼は延びていた。

 

 

 

 

 

「……随分と嫌われてましたが、私が気付いていないだけで皆さんも同じなのでしょうか……」

 

「そんな事無いよ。少なくても私は王土君が好き……こ、この好きは友達としてって意味でねっ!?」

 

 次の相手を捜す道中、先ほど言われた事を気に病んだように肩を落としてうなだれる王土を励まそうとして口が滑ったみやびが慌てる中、先頭を歩いていたヌル……軍犬(ウォードック)の三匹のリーダー格であるヨーロピアンタイプであるドーベルマンが立ち止まる。

 

 余談だが、残った二匹のアメリカンタイプの耳が垂れているのがアインスで、ピンッと立っているのがツヴァイだ。

 

「敵を発見したようです。……しかしよくよく考えれば私達は本当に相性が良い。ヌル達が敵を攪乱し、私がサポートをして、貴女が渾身の一撃を叩き込む。馬の代わりにヌルに乗るという手もありますし、今後は連携の訓練も進めましょう。……姉さん辺りが相手になって下されば助かるのですが」

 

「そ、そうだね。あの人って王土君より強くて、強すぎるからって一人で……あれ?」

 

 此処でみやびは疑問を抱く。楽土が一人なのは最初から決まっていたらしく、実際、籤で決めたらしい初日の席は彼女だけ隣の者が居なかったが、選別の儀で相打ちなどで入学者が奇数だった場合はどうしたのだろうかと。

 

 

 

「ああ、それなら本当は秘密ですが、特別に教えましょう。……来た様ですね」

 

 周囲を見れば近付いてくる影が計三組。どうやら徒党を組んで上位陣を潰す作戦のようだ。あわよくば他の組が疲弊すればと企んでいるのか連携はさほど取れていなさそうだが、それでも数の利は働く。

 

 

「実に都合が良い。私達は制限時間が半分ですし、此処で戦果を稼がせて貰いましょう」

 

「うん! 私、頑張る!」

 

 それでも今のみやびには不安がない。隣に王土が居る限り、彼が信じてくれる限り、彼女は自信を失わないで前を向いて歩けるのだ。

 

「それではプランC! 合図と共にAに切り替えましょう!」

 

 押し潰そうと向かってくる六人を前に王土は微塵も迷わない。そんな彼の隣に立つみやびも然り。そして最初の一人が二人に急接近した。

 

「私は負けない! もう諦めたりしないもん!」

 

 

 

 

 

 

 制限時間はほぼ残り半分、二人にとっては後少しにまで迫った頃、本日何度目かになるみやびの突きが対峙したクラスメートに叩き込まれる。今までの戦いで王土は指示やサポートに徹し、まるでやれば出来るのだと自信を付けさせる為のようにみやびに戦闘を任せていた。

 

「……今日は有り難う。王土君のお陰で私……」

 

 実戦をこなした事で払拭されていく劣等感、持つことが出来た自信、そして自覚した想い。数多くの収穫を感じながらみやびが歩いていた時、不意に雑木林から物音が鳴り、滴型の分銅が迫る。直進から軌道を変え、足下からすくい上げるように迫る分銅に気を取られた時、死角から弓が放たれた。

 

 

 

 

 

「……ちっ。防御に使っても問題ないのだったな。見誤った」

 

 飛来した弓と分銅はアインスとツヴァイが口でキャッチして防ぎ、雑木林に身を隠していた巴が姿を現す。鉄鎖の先はアインスがしっかり咥えたままで唸り声を上げ、ツヴァイは矢を見せびらかすように顔を王土に向けて尻尾を振っているが、ヌルが静かに吠えると大人しくなる。少し癒される光景に思わず気を取られた時、ツヴァイから受け取った矢を指先で弄んでいた王土の手元がぶれ、矢が飛んでいった。

 

「きゃっ!」

 

 聞こえてきたのは弓の焔刃(ブレイズ)を使う、巴の絆双刃(デュオ)の少女の声。少し遅れて倒れる音がしたので気絶したようだ。何をされたのか、巴は直ぐに理解した。矢を素手で放ったのだ。まるで棒手裏剣の様に。

 

「……君は忍者か何かか?」

 

「エージェントになるならこの程度のスキルは必須ですよ? ……みやびさん、時間的に最後ですし私に任せて頂いても? 一回くらいは私も戦いたい」

 

「うん。頑張って、王土君」

 

 この時、みやびは連戦の疲労で、元々自分が巴の相手をするには役者不足であるとも分かっていた。それを指摘せず、敢えて自分が戦いたいと言っている事も。

 

(……もしや二人の関係はそこまで進展しているのか?)

 

 そんな二人の姿を見て、その回答に至った巴だが、様子を見ながらも鎖を持つ手に力を入れるも微動だにしない。かと言って一度解除しても三匹いるのだから再び阻まれるだけだ。では、どうするのか? 相手の制限時間は残り少ないのだから時間を稼ぐのか……否である。

 

 

「橘流十八芸、橘巴! 押して参る!」

 

 古武術を幼い頃から学び、武術の道を歩んできた彼女にとってそれは卑劣で避けるべき手段。真っ向勝負を仕掛ける彼女に対し、王土も腰を落とし拳を構える。

 

 

 

 

「行くぞ、天上!!」

 

「見様見真似……超劣化版ブラボー正拳っ!!」

 

 巴が得意とするのは柔の技だ。対して迎え撃つのは剛の技。巴は受け流そうとし、差し入れた腕を強引に弾かれる。食らったと理解した時、彼女は既に地面から足が離れていた。

 

 

 

「やはりブラボー技は私には使えない様だ。余りに酷い」

 

 犬笛を吹けば巴が地面に叩きつけられる前にヌルが間に入って受け止める。技の不出来に王土が肩を落とした時、懐の時計が制限時間を告げた。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした、みやびさん。貴女は素晴らしいパートナーでしたよ」

 

 笑みを向けながらの言葉にみやびは心底嬉しいと共に恥ずかしくなって俯く。……この後、鍵を持っている月見が色々あった為に足枷が外れるのに時間が掛かって大変な目に遭うのであった。




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第四話

原作作品が止まっているからかSSじたいがすくないがお気に入りは増えつつある

感想も増えて欲しい


 東の空から朝日が昇り、大地を光が包んでいく。高層マンションの最上階からコーヒー片手に彼は雲一つ無い空を眺めていた。全裸で。

 

「うーん! 快晴快晴。俺が羽撃く(はばたく)に相応しい空だ」

 

 彼が唯一身に付けているのは蝶の仮面、パピヨンをパピヨンたらしめる物だ。彼はこれを如何なる時も外さない。彼にとってこれは華麗なる変身の象徴、醜い芋虫から誰もが目を奪われる蝶になった証。だからこそ、彼は捨て去った元の名前で呼ばれるのを嫌う。

 

「さてと、今日はどれを着るとしようか」

 

 衣装ダンスに綺麗に並んでいるのは股間に蝶のワンポイントがある変態じみた全身タイツ。蝶の色以外は一切見分けが着かないし、多くの者が着きたくもないと思うだろう。だが、他者の意見など求める彼ではない。自分にとってエレガントで今すぐ舞踏会に出席できると思えれば十分なのだ。

 

 全裸で十分ほどその場で悩み、気に入った一着を手に取る。余程気分が良いのかクネクネと気色悪い動きをしながら隣の部屋に進むと既に朝食の支度がされていた。

 

「さて、注文通りの和食だが……ノン! 夢で中華街に行ったから、今朝の俺は中華な、き・ぶ・ん」

 

 わざわざ作らせた食事に手を着けず、近くのファミレスまで向かおうと玄関に進む。靴を履いて出かけようとした時、パピヨンの視線が写真立てへと向かう。名を捨てる前に家族で撮った唯一の一枚だ。母は居ない。彼の左右に立つ双子の弟妹が生まれた時に死んだ。彼の顔はマジックで塗りつぶされている。芋虫だった自分は居ないという意思の表れだ。

 

 少しだけ、昔を思い出した。

 

 

 

 

 

 

「何故だ! どうして彼奴をあんな部隊に! 兄さんなら他に入れるように出来た筈……」

 

「確かに俺の例の研究を差し出せば他の部隊に入れるな。……だが、ノン! アレは俺だけの物だ。それに彼奴がどういう奴か考えれば何れ他の暗部に回される。俺が一緒なだけマシだろう?」

 

「……もう貴様を兄とは思わん! 私の家族は弟だけだ!」

 

「ああ、結構。今の俺はパピヨン、蝶人パピヨンだ!」

 

 

 

 暫く黙り込んでいたパピヨンは鏡に映った自分の顔を眺め、何時もの笑顔に無理矢理表情を整える。

 

 

「さて、今日も蝶・サイコーに楽しい仕事に行くとしよう。その前に腹拵えをしてからだがな」

 

 尚、非常に変態チックな格好だが、店の人は慣れたのか非常に達観した表情で接客をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「これは明らかに仕事終わりの一杯だから却下。タバコも経費には入りませんし、使えなくなった服は支給されたユニフォームを着ていないのが悪いから下着以外は却下。この日の焼き肉は……他の部門の方が居たので接待費で落としましょう」

 

「何と言うか……大変ですね」

 

 GW、学生も社会人もサービス業等を除いて休みを満喫する時期だが、王土は理事長の執務室を借りて領収書の整理を行っていた。仕事の関係や隊長のごり押しで粛正部隊は他の部門よりも経費の申告日がズレているのだが、締め切りギリギリになって王土の所に送られてきたらしい。

 

「この程度、肉片残らず吹き飛ばされた挙げ句に全裸で復活する事に比べれば大した事ありませんよ、理事長。それにしても……ふむ」

 

雷神の一撃(ミョルニール)!!』

 

 九十九理事長の方針で裏切り者に扮した月見が優秀な生徒に強襲を掛けたのだが、レベルⅢの彼女をⅠである透流とユリエの二人が返り討ちにしていた。怪我のために未だ意識不明のままだが大金星だ。

 

「アレは資料によると日本の武術の奥義の筈ですが、何故別の名で?」

 

「おや、感想はそれだけですか?」

 

「武術とは極論を言えば効率的な暴力の手段。練度次第ですが、黎明の星紋(ルキフル)でそれが強化されたならスペックで劣っている者でも勝機を得る可能性はありますよ。随分と油断していますし、月見先生」

 

 有能な生徒を逆境で成長させるという任務で襲い掛かった為か情報をペラペラ喋っているのだが、途中から本気で殺しに行って最後は格下に返り討ちにあった月見の姿を見ながら淡々と告げる王土。横に置いていたクッキーに手を伸ばすが別の手が先に数枚掠めとった。

 

「へいへい、悪ぅござんした。でもおかげで死ななかったんだから結果オーライだろ?」

 

 クッキーを口に運びながら月見は何時ものふざけた態度から一転してガラの悪い態度を取っている。実際、こっちが本性だ。

 

「前から思っていましたが、あの究極的に頭の悪そうな口調は油断を誘う為の物ですか? それにしては痛々しい上にあからさまで不思議でして」

 

「おい、此奴殴って良いか? ってか、テメェに言われたくねぇよ。何だよ、普段のアレはよ。1/Fの揺らぎつったか? ワザワザそんなモンが発生するようにしてる上に如何にも善人って態度取りやがって」

 

「必要だからですよ。貴女のアレとは違います」

 

 額に筋を浮かべながら拳を振り上げる月見に対し、王土はしれっと答える。この二人、と言うか月見にとって王土は随分と相性が悪い相手のようで、一方的に鬱憤が溜まっていた。

 

「授業の時は覚えてやがれ、クソ餓鬼。……んで、ワザワザアタシや此奴を呼びだしたのは映像を見せる為だけじゃ無いよな?」

 

「ええ、その通りです。先ずは転校生が来る事、そして『咬竜戦』ですが、天上姉弟が居ますので、ある方の提案で予定を変更する事になりました」

 

「……姉さんが不在の時に知らせるという事は彼が関わっているのですね? あの二人、仲が悪いですから」

 

 差し出された転校生の資料に目を通しながら王土は納得する。姉が知ればそれだけで不機嫌になるのが目に浮かぶようだった。

 

 

 

 

 

「……そう言えば新刃戦の時に天上が使ったブラボー正拳とは一体何なのだろうな。超劣化版と言っていたが……」

 

 お昼過ぎ、食堂でティータイムの最中にガールズトークに花を咲かせていた巴やみやび。話は同級生の話題に移り、不意にそんな疑問が口にされた。

 

「王土君が言うにはエージェントの中でもトップクラスの実力者を持つキャプテンブラボーが編み出した十三のブラボー(アーツ)だって。本名は名字しか知らないけど、子供の頃に鍛えて貰ったって言ってたよ」

 

「ちょっと待て、本名を知らないのか!?」

 

「その方がカッコイイから、って言われたって。理解できないって王土君は言ってたな。それでこの前……」

 

 楽しそうに話をするみやびを見ながら巴はあることに気付く。先程から話題の三割は王土に関する事なのだ。ブラボー正拳についての話題も新刃戦で彼がどうやって支えてくれた云々から発生した話題だ。

 

「み、みやびにとって彼はどんな存在なんだ?」

 

「えっと、側に居たら安心できて、優しく支えてくれる頼れる人……かな?」

 

 途中から照れてしまったのか耳まで真っ赤にし、コップで口元を隠す友人の姿に巴はある事を確信する。自分とは無縁だった為に耐性のない話ではあった為に彼女まで顔を真っ赤にしていたが……。

 

「え、えっとだな……彼の事が好きなのか?」

 

「ふぇっ!? がふっ! げほげほっ!」

 

 不意打ちの質問にアイスティーが変な所に入ったらしく咽せるみやびに巴は自分の考えが正解だったと確信する。なんだか自分の事のように恥ずかしくなって来た。

 

「ま、まあ、良い奴ではあると思うぞ? 実際、クラスで奴を信頼している者は多いしな。この前も数人に勉強を教えていたし、走り方のレクチャーもしていた」

 

「うん、そうだよね。……彼女、居るのかな? あっ!? 別に付き合いたいって訳じゃなくって、只興味が湧いたというか……」

 

「分かった分かった、落ち着け。確かに本人には聞き辛いな。……なら、彼女に聞けば良いのではないか?」

 

 不意に口にしてしまった言葉を誤魔化すように手をバタバタ動かすみやびに対し、慌てる姿を見て逆に落ち着いた巴は提案する。本人には聞けなくても、近しい人物が居るではないか、と。その人物が誰か、直ぐに思い当たった。

 

 

 

 

 

 

「……例のお嬢様が?」

 

 ドーン機関が所有する訓練施設にて動きやすいようにとジャージ姿になっている楽土は差し出された資料を目にしながら不機嫌そうに眉を顰める。猛禽類のような目つきが更に悪くなる中、隣に立つ男はフッと溜め息を吐いた。

 

「学園でもそんな感じでは、折角の学生生活をエンジョイ出来んぞ?」

 

「その様な必要がありますか、防人隊長? 何やら妙な組織も動いているようですし、動き辛いのは面倒なのですが」

 

 敵は全て殺すとでも言いたそうに目つきを更に鋭くした楽土の頭にそっと手が置かれた。

 

「あのなぁ。お前の任務からして学生に溶け込んだ方が都合が良いんだ。分かるな、天上三席?」

 

「……はい」

 

「ブラボーだ! ついでに言うと俺はキャプテンブラボーと呼ばれた方が嬉しい!」

 

「知っています、防人隊長」

 

 三席、三番目の地位という責任ある立場で呼ばれ不承不承ながら返事をする楽土。防人は豪快に笑いながら彼女の頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、愚弟。私に何か隠しているな? 今すぐ吐け」

 

「ええ、隠していますが吐きません」

 

 GW明け、食堂でみやびと並んで朝食を摂っていた王土は背後から威圧感を感じ、振り向くとトレイを持った楽土が見下ろしていた。ゴゴゴゴッと言う効果音でも聞こえて来そうな姉に対して王土は笑顔を崩さない。何かを隠していると分かったにと同じように、これ以上は無駄だと長いつき合いで理解している楽土は舌打ちの後、隣の席に座った。

 

「邪魔するぞ」

 

「う、うん」

 

 邪魔するなら帰って、等コテコテの返しなど出来るはずもなく、みやびは了承するしかない。暫く無言で重苦しい空気の中の食事が続いたが、不意に楽土が口を開いた。

 

「……新刃戦、見事な成長だった。適正があるだけの落伍者かと思ったが、肉体的には兎も角、向上心には感心させられたぞ」

 

「え? ど、どうも……」

 

 誉められたと理解するのに数秒要したが、劣等感をずっと感じていた彼女にとっては嬉しいことだった。少し怖かったのは秘密である。

 

「……姉さんが他人を誉めた? 特訓中に頭を打ったのなら医者に診て貰った方がががががっ!?」

 

 心底怪訝そうな顔をした弟の顔に姉の指が食い込んでいく。容赦のないアイアンクローに王土が悲鳴を上げる中、楽土は構わずに食事を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「あんた達が天上姉弟と九重透流ね? 少し興味があるから、ちょっと付き合いなさい」

 

 食事後、HRがあるからと途中で合流した透流とユリエと共に向かう途中のことだった。見慣れない女生徒に話し掛けられ透流が戸惑う中、王土と楽土は彼女に関する情報を思い起こす。

 

 

 リーリス・ブリストル。英国にある姉妹校の生徒であり、実家はドーン機関に出資している財閥の一つ。そして(ライフル)焔刃(ブレイズ)を持つ特別(エクセプション)である。

 

 

 

「今からHRですので。では、失礼します」

 

「話があるなら後にしろ」

 

 取り付く島もないといった感じで先に進む天上姉弟。名指しされた中で残された透流だけは戸惑ったままだ。

 

「……ふーん、仕方ないわね。お姉さんは兎も角、弟は異例って事で許すとして、二度も言わないから着いてきなさい」

 

 結局強引に連れて行かれた先でティータイムに付き合わされたのだが、場面は変わって教室。少々どころではなくざわついていた。

 

 

 

 

 

「変態だ!」

 

「変態よね?」

 

「何で変態が?」

 

「蝶々の妖精さんだぁ」

 

「変態が居るぞ!?」

 

 

 月見の補佐役として三國と交代した男にクラス中は騒然となり、王土は背中に向けられる姉の怒気を感じていた。

 

 

 

 

 

「今日からお前達を指導するパピヨンだ。さあ! 愛を込めて! パピ! ヨン!!」

 

 パピヨンマスクの変態が黒板の前でポーズを取っていた。これを隠していたのかと言いたそうな視線を王土が感じる中、パピヨンの視線が透流の席に向けられる。

 

 

 

 

 

「遅刻者が居るが……俺には関係無いか。さて、早速だがお知らせだ。二年生との交流試合『咬竜戦』は諸々の事情で中止になった。具体的に言うと天上姉弟が強いから。だから俺が新しい行事を開こうじゃないか。名付けて『蝶・上決戦(ちょうじょうけっせん)』。詳細は楽しみにしておいてくれ」




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第五話

何とか毎回感想が来るけど、もっと来るように頑張ろう


「また失敗か。心臓を中心にネクローシスを起こしてしまった。最後まで残った三人の内の一人だから期待していたんだがな……」

 

「取り合えずあっちの方に回すんですか? 質の良い素材が足りないって言っていましたし」

 

 ベッドの上で一人の少年が手足を投げ出し瞬き一つせずにいる。瞳孔は開き切り、口を開け、苦悶の表情で微動だにしない彼は真っ直ぐな性根の持ち主だった。痛いのも苦しいのも嫌いだが、誰かが悲しむのならば我慢する、心の底から断言でき、耐え切る事が出来る、そんな彼はどうしようもない程に死んでいて、研究者の一人は経過観察の資料を眺め、ある程度予想がついていたかのような声で彼に見切りをつける。

 

「主任、それで残った二人への実験はどうしますか?」

 

「どうするも何も、行うしかないだろう? まさか休むとでも言うのか? 我々の悲願であるアレが完成間近なのだぞ?」

 

 今回被験者が死んだ事で及び腰になっている部下に対し、彼は平然と実験の続行を命じる。その姿を幼い双子がジッと見ていた。

 

「また、死んだね……」

 

「だね」

 

 姉は隣に座る弟の手を握り、弟は特に興味がなさそうにしている。死ぬのは生物として当然で、自分たちが死ぬ訳でもないと、そう言えば姉が殴るから言葉を飲み込む。言わずとも伝わったのか軽く小突かれたのだが。

 

「私達も死ぬのかな?」

 

「さあ? 僕達は順調らしいから成功すると思うよ?」

 

「『Ⅴ計画』だっけ? お父さん、私達をどうしてそれに……?」

 

「適性が有ったからじゃない? 僕達である事にそれ以外の理由なんてないと思うよ? 実際他にも沢山居たし」

 

 この日の事を楽土は覚えている。共に遊び、共に育った者達の最後の一人が死んだからだ。

 

 この日の事を王土も覚えている。彼自身に特に向ける感情はないが、忘れない程度の記憶力を持ち合わせているからだ。

 

 

 この数年後、二人は実験から解放される。数多くの犠牲者を出した計画のたった二人の成功例として生き残った。

 

 

 

 

「みやびさん、明日ご予定有りますか? 良ければ一緒に行きたい所が有るのですが」

 

 休日を明日に控えた日の夕食時、何時もの様にやや控えめな食事を摂っていたみやびの手が止まる。隣に座っている巴は恋愛事に耐性がないので自分の事の様に真っ赤になっており、みやび当人は更に真っ赤だ。

 

 男子高校生が女子高校生に休日の予定を訊ね、一緒に出掛けたいと告げる。誰がどう聞いてもデートのお誘いで、みやびは直ぐに声が出なかった。

 

「……ほぇ? えっ、えぇえええええっ!?」

 

「あー、急な話でしたね。では、次の機会に……」

 

「い、行くっ! 行きたいですっ! ……あっ」

 

 残念そうに諦めた様子の王土の姿に反射的に大声が出たみやびは直ぐに今いる場所がどこで時間帯が何時かを思い出す。今居るのは夕食時の食堂で、当然のように生徒でごった返している。視線が集まるのは当然だった。

 

「……あの、それってデートのお誘いって事で良いんだよね?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 何か勘違いをしていた。この場の全員がそれを悟った瞬間であった。

 

 

 

 

 

「昨日は何と言うか誤解させてしまって申し訳ないです。お詫びに夕食をご馳走しますよ」

 

「あ、あの、それって……」

 

 翌日、朝食を摂る間もなく乗り込んだヘリの中、用意されたパゲットサンドと牛乳を中心とした朝食を摂りつつ王土とみやびは談笑をしていた。ディナーのお誘いにデートではと昨日の様に真っ赤になって俯くみやびだが嬉しいとも感じている。もしかしたら女性としての好意を向けられているのかもと脳裏に浮かび、照れくささから顔を左右に振った時、運転席から声が聞こえてきた。

 

 

「二人共、ストロベリートークはそこまでだ。ちゃんと気を引き締めておけよ?」

 

 ヘリを運転するパピヨンは二人をからかう様な口調でそう告げる。二人が向かっているのはドーン機関所有の訓練施設。新人エージェントの基礎訓練や怪我などでブランクがあるベテランのリハビリに使われており、エージェントとして既に働いている王土は兎も角、新人未満のみやびが本来利用できる場所ではない。

 

 

「パピヨンさんが責任者で助かりました。トレーナーの方は私の知り合いですし、この機会に自主練のメニューを専門家に作って貰いましょう」

 

 強くなると決意したみやびだが、元々は運動音痴の一般人。スポーツ学に詳しい訳でもなく、王土も専門的な知識は基礎に止まっている。故にこの日は専門家の力を借りようとしていた。

 

 

 

 

「あの人、服装のセンスは悪いけど知能も戦闘力も高いのですよ」

 

「う、うん。あの服装はビックリだよね」

 

 話を通し、更にはヘリに乗せて貰うなどお世話になっているのだから変態ぽいとは口が裂けてもいえないみやび。すぐ其処に居るのもあって言葉を選ぶ。

 

 

 

 

 

 

「姉さんもあの服のセンスは最悪だって言っていますよ。……仮面だけならお洒落だとは二人共認めていますけど」

 

「……ごめん、幻聴かな? あの仮面がお洒落って言った?」

 

「ええ、言いました。だって凄く格好いいじゃないですか、アレ」

 

 どんな相手であっても絶対に分かり合えない事はあるのだと、そう学んだ少女は少し大人になり、ヘリは訓練施設に到着した。

 

 

「あら、貴女は入学試験の……」

 

 大海原に存在する巨大な人工島に建設された六角形の建築物の中央がヘリポートになっており、一人の女性が三人を出迎えるが、初対面の筈なのにみやびを知っているような口振りで、彼女も既視感を感じていた。だが、思い出せない。本人ではなく、よく似た人物を知っている、そんな感覚だ。

 

「お久しぶりです、千歳さん。あっ、紹介しますね。彼女は私の絆双刃(デュオ)の穂高みやびさんです。みやびさん、この方がトレーナーの楯山千歳(たてやま ちとせ)さんです。もう会っているようですね」

 

「あっ! で、でも、もっと若くて……」

 

 この時、漸く思い出す。資格の儀でみやびと入学資格を巡って戦い、途中で逃げ出した少女、その彼女にそっくりだった。だが、思い出せないのも無理はない。目の前の千歳は二十代後半の知的な女性であり、少し気弱に見えた少女とは違うからだ。

 

 

焔牙(ブレイズ)位階(レベル)をⅣ以上になると特殊な力を使えるようになるって授業じゃまだ習ってないかしら? 詳細はコミックス十巻のオマケページ……じゃなくって省かせてもらうけど、その能力を使って人数が奇数になるように調整してたってわけ。ある程度見れば勝敗の予想もつくのよ。能力と言えばパピヨン、貴方の……」

 

「おい、メタ発言は其処までにしろ。俺は研究が残っているから忙しいんだ。先に行かせて貰うぞ」

 

 どうやら話に付き合う気はないらしくパピヨンは三人を置いて先に進んでいく。素っ気ない態度に千歳は肩を竦めるとみやびの肩に軽く触れた。

 

「じゃあ、早速貴女の今の能力を計らせて貰うわね。先ずは水泳から行きましょう」

 

「は、はい!」

 

「では、私は……」

 

 久々に来たから軽く汗を流そうと言おうとした時、王土の襟首が乱暴に掴まれる。その掴んだ相手の凶悪な顔に思わずみやびは怯える。それ程までに凶悪な顔であった。

 

「あん? 初対面の相手に対して挨拶じゃねぇか、テメェ」

 

「火渡さん、その辺で……」

 

「あっ? テメェ、俺に意見しようってのか? おら、ちょいと模擬戦闘付き合え。使えそうな新人が居ねぇか見に来たんだがカスばっかりで苛ついてんだ。どいつもこいつも使えねぇ。ありゃその内死ぬが、不条理な世界だ、仕方ねぇ」

 

 王土を片手で持ち上げると火渡は文句を言う暇もなく言いたいことを言い切って連れて行く。まるで突発的な災害の様な男の登場に面食らっていたみやび。千歳は遠ざかっていく火渡の背中に視線を向けながら呆れた様子で頭を押さえている。

 

 

「……彼は荒事専門の部隊の隊長だし、火渡って名前だけ覚えていれば構わないわ。じゃあ、行く前に聞いておきたいのだけど、順調に時間をかけて強くなるノーマルコースか、挫折の危険もあるけど短期間で一気に強くなるハードコース、どちらが良いかしら?」

 

 試されている、千歳の瞳を見たみやびはそう思った。適当な、もしくは取り繕った理由で選べばどの様な判断を下されるか、何となく理解させられたみやびの脳裏を過ぎったのは王土が言ってくれた自分を信じるという言葉と、新刃戦で巴を圧倒した時の力。

 

 絆双刃(デュオ)として邪魔にならないように……いや、胸を張って隣に立ちたいと、そう思った。

 

 

 

 

「ハードコースをお願いします。私は今、強くなれるだけ強くなりたいんです」

 

「……あの子の隣に居るのは大変よ? 姉弟揃って上にいる人間の結構な人数に嫌われてるもの。でも、決めたのなら私が貴女を強くしてあげる。貴女が最後まで信念を貫けたなら本物に成れるようにね」

 

 想いを見透かされたと理解し、真っ赤になるみやび。千歳はそんな彼女を見て楽しそうに笑っていた。

 

 

(若いって良いわね)

 

 後でこの感想の内容が自分がもう若くないと言っているのと同じだと気付き、落ち込むのは余談である……。

 

 

 

 

 

 

 

 激流を思わせる水流のプールを必死で泳いでいる男や、数百キロのバーベルを使ってバーベルスクワットをしている女など、最低でも学園を卒業する力は有る目覚めし者(イクシード)といった所だが、その光景を見る火渡の視線は厳しい。評価に値しないと言いたそうだ。

 

 

「……おい、テメェが利用しているあの女は使えるのか?」

 

「卒業は可能じゃないですか? 競技経験も格闘経験も特にない一般人ですから問題は多いですが、妥協している他の生徒達よりはマシかと。火渡隊長の聞きたい事なら否ですね。自信を持ちたくて入学したそうですし、汚れ仕事向きじゃないですよ。……それで、()()は使っても?」

 

「却下に決まってんだろ、ボケ。……テメェの元お仲間が数体居なくなった。所詮は失敗作だが留意しておけ」

 

火渡の言葉に対して王土は僅かに眉を動かすが、殆ど動揺していなかった。

 




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