アクセル・ビルド (ナツ・ドラグニル)
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プロローグ

初めましてナツ・ドラグニルと申します

今回、ハピネスチャージプリキュア 激獣拳を極めし者の息抜きとして
こちらの作品を書きました

アクセル・ワールド×仮面ライダービルドのクロスオーバー作品

なぜビルドとコラボさせたかと言うとビルドに出てくるクローズが好きで
ハルユキに変身させたいと思い書きました。

ビルドは性転換させオリ主として登場します。

では作品をどうぞ


雨が降る中、僕は家に帰るため近道をしようと路地裏に行くと、そこには傘も差さず座り込んでいる二人の同い年ぐらいの少女達を見つけた。

 

 

「どうしたの?何処か怪我してるの?」

 

 

そのまま放って行く訳にいかないと思い、僕が話しかけると少女の1人は身体を震わし顔を向けてきた。

 

 

「誰?」

 

 

少女は怯えており、もう1人の少女は気絶しているようだ。

 

 

「僕は有田春雪って言うんだ。君の名前は?」

 

 

「名前...」

 

 

彼女はいきなり頭を抱えだした。

 

 

「分からない...」

 

 

「え?」

 

 

「私は誰?」

 

 

その時、彼女が記憶喪失だと言う事に気づいた。

 

 

「えっと...何か覚えていることはある?」

 

 

僕は彼女に質問した。

 

 

「ガスマスクの科学者...人体実験...コウモリ男...」

 

 

「え?」

 

 

僕は少女から出てきた言葉に驚いた。

 

 

「もしかして何処かで監禁されていたの?」

 

 

「分からない。気がついたらここにいたから」

 

 

少女は淡々と説明した。

 

 

「そうなんだ。そうしたら近くに交番があるかもしれないからそこまで連れて行って「ダメ!」あげ...え?」

 

 

「ダメ!もしかしたら私に人体実験した奴らがいるかもしれない!」

 

 

少女は声を荒げ震えだした。

 

 

「分かった、だったら二人とも家に来る?」

 

 

「え?」

 

 

僕の言葉に彼女は驚いた。

 

 

「お母さんを説得しないとだけど、僕がなんとかするから」

 

 

「何で、何でそこまでしてくれるの?会ったばかりの人に」

 

 

「なんでって、ほっとけないと思ったからだよ」

 

 

「それだけ?」

 

 

「うん」

 

 

「ふふ、あはははは!」

 

 

彼女はいきなり笑い出した。

 

 

「え!?なんで笑うの!?僕変なこと言った!?」

 

 

「ううん、あなたが面白いと思ったからよ」

 

 

その後も彼女は笑い続ける。

 

 

「良く分からないけど、行く場所が無ければ家に来なよ」

 

 

「そんなこと言って大丈夫?もし断られたら」

 

 

「その時は、その時考えるさ」

 

 

「ふふふ」

 

 

「じゃあ行こうか」

 

 

僕は彼女に手を差し伸べる。

 

 

「うん!」

 

 

これが僕『有田春雪』と、記憶喪失の少女と不思議な力を持った少女との出会いだった。

 

 

設定:

 

有田 兎美(ありた うみ)

 

 

性格:ビルドの戦兎のまま

 

 

声:戸松 遥

 

オリヒロインの1人にして正妻

 

仮面ライダービルドの桐生戦兎を性転換させたキャラ。

 

今作では有田家の養子となっている。

 

仮面ライダービルドに変身

 

家事全般が得意

 

使用アバター:ピンクのウサギ

 

 

 

 

 

 

有田 美空(ありた みそら)

 

 

性格:ビルドの原作のまま

 

今作では兎美同様、有田家の養子となっている。

 

オリヒロインの1人

 

使用アバター:白いナマケモノ

 

兎美に設定されたが変えるのがめんどくさい為、変更していない。

 

 

 

氷室 幻(ひむろ まほろ)

 

性格:お淑やかで優しいイメージ

 

梅里中学校の風紀委員の委員長を務めている。

 

 

 

内海 成海(うつみ なるみ)

 

性格:クールで冷静沈着なイメージ。

 

梅里中学校の風紀委員の副委員長を務めている。

 

 

有田 春雪(ありた はるゆき)

 

性格:原作のまま

 

原作では自信が持てず負けることが多かったが、今作では兎美と一緒にスマッシュと戦っている為、それなりに強い。

 

しかし

 

兎美にニューロリンカーを細工され、常に監視されているがハルユキは知らない。

 

仮面ライダークローズに変身

 

使用アバター:ピンクのブタ

 

使用デュエルアバター:シルバークロウ

 

 

 

倉嶋 千百合(くらしま ちゆり)

 

春雪の幼馴染の1人

 

兎美達の存在は知らない。

 

原作では春雪に好意を抱いているが、

もう1人の幼馴染と付き合っている。

 

今作では付き合ってはいない。

 

使用デュエルアバター:ライムベル

 

黛 拓武(まゆずみ たくむ)

 

春雪の幼馴染の1人

 

千百合同様、兎美達の存在は知らない。

 

使用デュエルアバター:シアン・パイル

 

原作では千百合に告白し付き合っているが、今作では付き合っていない

 

 

理由は拓武と千百合が可哀想だったから

 

2人が付き合っていた理由:※別に知りたくないという方は飛ばしてください

 

拓武が千百合に告白したが、千百合が好きなのは春雪で告白された事を春雪に相談し、

 

春雪はお前が断ったら拓武は離れてしまうと言い付き合っても俺達の関係は変わらないと言った為、

 

2人は付き合ったが、春雪は自分の容姿に自信が持てず二人と疎遠になってしまう。

 

 

他のアクセルワールドのキャラクターはそのまま

 

 




はい!如何だったでしょうか

アクセル・ワールドは原作の小説を全巻持っているため直ぐに投稿できると思います。

これからはプリキュアとアクセルワールドを交互に書いていきます。

作品ですがアクセルワールドにビルドをクロスさせますがベストマッチの出てくる順番は原作と一緒にしようと考えています。

パワーアップなども同じ

さて次回ですが第1章 黒雪姫の帰還をもとに書いていきます。

主に視点は春雪かオリ主になります。

よければもう一つの作品ハピネスチャージプリキュア 激獣拳を極めし者もご覧下さい

では次回でお会いしましょう


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第1章 黒雪姫の帰還
第1話


どうもナツ・ドラグニルです。

今回からアクセル・ビルド 第1章 黒雪姫の帰還が始まります。

今作はビルドの世界観は殆どありません。

アクセル・ワールドは私の一番好きな作品なので
直ぐに書き上げられると思います。

エボルトは加速研究会側に出します。

原作が分からない方は相当先だと思っていただけたら幸いです。

では作品をどうぞ


夜の防波堤に、一人の女性が歩いていた。

 

 

「まったく、編集長たら無茶振りすぎるでしょ」

 

 

女性は前もろくに確認せずに歩いていたら、人にぶつかった。

 

 

「すみませ...」

 

 

女性がぶつかったのは人ではなく、怪物だった。

 

 

「怪物...」

 

 

女性はすぐさまニューロリンカーの視界スクショで撮ろうとしたが、怪物……スマッシュに弾き飛ばされてしまう。

 

 

スマッシュが女性に止めを刺そうとした、その時。

 

 

「ちょっと待った!」

 

 

スマッシュの腕を、一人の人物が止めた。

 

 

「はあ!はっ!」

 

 

スマッシュは女性から距離を取るが、その人物が持っていた武器で攻撃される。

 

 

「オラァ!」

 

 

「ハア!」

 

 

スマッシュは攻撃を仕掛けるが、全て受け止められ反撃を受ける。

 

 

「Ready GO!」

 

 

相手は持っていた武器に、一本のボトルを差す。

 

 

「ボルテックブレイク!」

 

 

武器のトリガー部分を押すと、ドリルの部分が回転する。

 

 

「うああああ!」

 

 

スマッシュは雄叫びを上げ、相手に突っ込む

 

 

「はあああああ!はあ!」

 

 

突っ込んでくるスマッシュに、その人物は武器を横薙ぎに振る。

 

 

「ぐ、ぐああああああ!」

 

 

スマッシュは攻撃を受け、地面に倒れる。

 

 

「よっと!」

 

 

スマッシュにボトルを向けると、ボトルに粒子が吸い込まれ、スマッシュがいた所には一人の青年がいた。

 

 

「よし!」

 

 

女性がなんとか意識を保ちながら見たのは、赤と青の一人の戦士だった。

 

 

「仮面ライダー...」

 

 

その後、彼女はそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

女性が意識を失うのを確認すると、戦士は腰のドライバーからボトルを抜き変身を解除すると、そこには一人の少女が現れた。

 

 

「大丈夫か?兎美」

 

 

そこにぽっちゃりとした少年が現れた。

 

 

「誰に向かって言ってるのよハル。このてーんさいな私がへまする訳ないでしょ」

 

 

「なっ!分からないだろ!そんなの!」

 

 

少年は馬鹿にされて興奮気味に言い返す。

 

 

「ふふふ、ごめんごめん。心配してくれてありがとう」

 

 

「たくっ、最初からそう言えよな」

 

 

少女は少年に謝罪とお礼を言い、それに対して少年は悪態をつく。

 

 

「さて手掛かりも無かったし帰りましょうか」

 

 

「そうだな。スマッシュにされていた人もいつもと同じで記憶が無かったからな」

 

 

「早く帰って、このボトルを美空に変えて貰おうっと」

 

 

「切り替え早いな、お前」

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ここはハルユキの家の一室。

 

 

そこでは、1人の少女『有田 兎美』が椅子に座ったまま眠っていた。

 

 

兎美の近くでは、某教育番組で見た事あるような仕掛けが動いていた。

 

 

「はっ!」

 

 

仕掛けの最終地点に置いてあるベルに玉が当たり、その音で兎美は目を覚ます。

 

 

「はあ...ん?」

 

 

たまたま近くに置いていた鏡を見ると、そこには顔に落書きされた自分が映っていた。

 

 

「最悪ね...」

 

 

プシュー! チーン!

 

 

その時、部屋の大半を占めている装置から煙が排出されブザーが鳴り、装置についてる扉が開いた。

 

 

「お!おおー!」

 

 

兎美は直ぐに扉に近づき、中にある白いボトルを取り出す。

 

 

「最高ね!」

 

 

すると、さらに大きな扉がスライドし中から少女『有田 美空』が出てきた。

 

 

「お疲れ!」

 

 

兎美は美空とハイタッチしようとしたが、空振った。

 

 

「ねえ何これ?ハリネズミ?」

 

 

「知らないし、興味ないし、疲れたし、眠たいし」

 

 

美空はそう言って、機械の前にあるベッドにダイブした。

 

 

「今度はどんな技が使えるんだろう!早く試したい!」

 

 

兎美は興奮気味に装置に近づく。

 

 

「けどやっぱり最高!私の発明品!怪物の成分がビルドに使えるパワーアップアイテムになっちゃうんだから!まあ美空の能力がないと出来ないけど、それを最大限に活かした私の技術はもっと評価されてもいいと...」

 

 

そこで兎美は、美空が既に寝ている事に気づいた。

 

 

「にゃろう」

 

 

そこで兎美は近くにマジックペンがあることに気がつき、怪しい笑みを浮かべる。

 

 

「ふふふふふ」

 

 

兎美は部屋を出る際に、もう一度美空の顔を見て笑いながら出て行く。

 

 

残された美空の顔には、いくつもの数式が書かれていた。

 

 

 

 

その後、兎美はキッチンで朝食を作っていた。

 

 

「♪~」

 

 

兎美が朝食を作っていると、誰かがリビングに入ってきたのに気づいた。

 

 

「おはよう、兎美」

 

 

「おはよう、ハル」

 

 

入ってきたのは『有田 春雪』。1年前兎美達を拾ってくれた恩人である。

 

 

「おっ!旨そうな匂い!」

 

 

ハルユキはキッチンに入るなり、作っていた料理に意識が行く。

 

 

「まったく、朝から食い意地張ってるわね」

 

 

「しょうがないだろ。兎美の料理が美味しいんだから」

 

 

「はいはい、ありがとう」

 

 

私は適当に返事をして朝食を完成させる。

 

 

「ほら!早く食べたいなら持って行くの手伝って」

 

 

「あいよ」

 

 

盛り付けた朝食をテーブルに持って行き、2人で食べる。

 

 

「あへ?そういへはみほらふぁ?(あれ?そういえば美空は?)」

 

 

 

ハルユキは朝食を口に入れながら、質問する。

 

 

「ハムスターじゃないんだから口に含みながら喋るんじゃないわよ。美空だったら浄化に疲れてまだ寝てるわ」

 

 

「うくっああ昨日のスマッシュから取り出した奴か。今回は何のボトルだったんだ?」

 

 

「ふふん!これよ!」

 

 

私は机に『ハリネズミフルボトル』を置く。

 

 

「おー!今回はハリネズミなんだな!」

 

 

「そうよ!これでどんな力が使えるのか楽しみだわ!」

 

 

「お前は朝からテンションが高いな」

 

 

ハルユキは、兎美がテンションを上げている事に引き気味だった。

 

 

「所でハル、ゆっくりしてるけど学校大丈夫なの?」

 

 

時計を確認すると、いつも出ている時間を過ぎていた。

 

 

「やば!なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ!」

 

 

ハルユキは急いで、学校に向かおうとする。

 

 

「そんな急いでるあなたにこれ!」

 

 

兎美はスマホと『ライオンフルボトル』を取り出す。

 

 

「スマホ?この時代に?遅刻の連絡でもするのか?」

 

 

「そうそうそう!もしもし?ってそんな訳ないでしょ!これは私の発!明!品!」

 

 

兎美はスマホにフルボトルを装填し、上に放り投げる。

 

 

『ビルドチェンジ!』

 

 

音声の後、スマホは大きくなり1台のバイクとなった。

 

 

「うおー!かっこいい!」

 

 

ハルユキは目を輝かせながら、バイクに駆け寄る。

 

 

「でしょ!すごいでしょ!最高でしょ!天才でしょ!」

 

 

兎美はバイクのスマホだった場所の、ヘルメットのマークを押す。

 

 

「すげー!ヘルメットが出てきた!」

 

 

私はヘルメットを2つ出し、1つは自分に、もう1つはハルに被せる。

 

 

「さあ!いざ学校へ!レッツ「ゴーするなよ!ここ家の中だから!」あっ...」

 

 

ハルユキが、私の腕を掴み押し止める。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

場所は変わり、現在兎美が運転するバイクで学校に送って貰っている。

 

 

『そういえばハル。気をつけた方がいいわよ』

 

 

兎美は運転中な為、現在直結しながら会話をしている。

 

 

『気をつけるって何を?』

 

 

『この前あんたの学校から無断欠席の生徒が出たみたいで、原因がいじめだったらしいわよ』

 

 

『え?』

 

 

『あんたも標的にされないように気をつけなさいよ』

 

 

『うん...分かった』

 

 

―この時ハルユキは兎美に本当の事を言うことが出来なかった。自分が既に標的になっていることを―

 

 

 

 

 

しばらくして、ハルユキは学校の近くで降ろしてもらった。

 

 

「本当にここでいいの?校門の前でもいいのよ」

 

 

「バイクの二傑で登校なんて俺には出来ないよ」

 

 

「まあハルがいいなら、別にいいけど」

 

 

「じゃあ行ってくる」

 

 

「あっ!待ってハル!」

 

 

学校に向かおうとする俺を、兎美が止める。

 

 

「はいこれ!」

 

 

兎美が取り出したのは、お弁当だった。

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

「うん!じゃあ、いってらっしゃい!」

 

 

「いってきます!」

 

 

俺は嬉しくなり、駆け足で学校に向かう。

 

 

―この時、ハルユキは気づく事が出来なかった。兎美が悲しそうな顔で、ハルユキの後ろ姿を見ている事に―

 

 

______________________

 

 

場所は変わり、現在ハルユキは教室で授業を受けていた。

 

 

授業を受けていると仮想黒板の右上に、黄色い手紙マークが点滅した。

 

 

授業中ぼんやりしていたハルユキは、思わず首を縮めながら、両眼の焦点を移動させた。

 

 

どうやら受信したメールは、教師が宿題の詰まった圧縮ファイルを配布したものではなさそうだ。

 

 

となれば、グローバルネットから隔離されている現在、送り主は同じ学校の生徒ということになる。

 

 

女子の誰かが、校則を破って好意的メッセージを送ってきたのかも、などという期待は、中学校に入学してからのこの半年間でとうに捨てた。

 

 

メールをそのまま、視界左下すみのゴミ箱にドロップしてしまいたいとハルユキは心底思ったが、そんなことすれば後でどんな目に遭うか知れない。

 

 

嫌々ながら、教師が背中を向けたスキを覗い、右手を宙に(この動作は仮想ではなく現実のものだ)メールアイコンを指先でクリックする。

 

 

瞬間、ぶびばぼるぶびる!という品性の欠片もないサウンドと、原色の洪水のようなグラフィックがハルユキの聴覚と視覚にぶちまけられ驚いてバランスを崩し、危うく椅子から転がり落ち掛けた。

 

 

続いて、文字ではなく音声でメッセージ本文が再生される。

 

 

【ブタくんに今日のコマンドを命令する!(バックにぎゃははははという複数の笑い声)焼きそばパン2個と、クリームメロンパン1個と、いちごヨーグルト3個を昼休み開始から5分以内に屋上まで持って来い!遅刻したら肉まんの刑!チクッたらチャーシューの刑だかんな!(再び爆笑)】

 

 

左頬に感じる粘つくような視線の方向を見るまい、とハルユキは意志力を振り絞って首を固定した。

 

 

見れば間違いなく荒谷とその手下A、Bの嘲笑にさらなる屈辱を与えられるからだ。

 

 

授業中にこんなメールを録音したり視聴覚エフェクトを掛けたりすることは勿論できないので、これは事前に作成しておいたものだろう。

 

 

何という暇な連中か、おまけに何だよ『コマンドを命令』って、意味ダブってんだよバーカバーカ!!

 

 

と、脳内では罵れるものの、それを声に出す事は勿論、メールで返信することすらハルユキにはできない。

 

 

荒谷が、いかに時代が進もうと絶滅しないゴキブリ級の馬鹿だとすれば、そいつにいじめられるままになっている自分は輪をかけた愚か者だからだ。

 

 

実際、このメールを含めて保存しておいた数10件の『証拠品』を学校に提出して、連中を処罰させることは容易いだろう。

 

 

しかし、ハルユキはどうしてもその先を想像してしまう。

 

 

いかにニューロリンカーが国民1人に1台と言われるまでに普及し、生活の半分が仮想ネットワークで行われるようになったと言っても、所詮人間は『生身の肉体』という枷によってローレベルに規定され続ける存在でしかない。

 

 

三度三度お腹も空くしトイレにも行く、そして―殴られれば痛いし、痛くて泣くのは死ぬほど惨めだ。

 

 

人間の価値を決めるのは結局、外見や腕力といった原始的なパラメータだけだ。

 

 

それが、小学5年生のときに体重60kgを超え、50メートル走で10秒を切ったことのないハルユキが13歳にして行き着いた結論だった。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

「ハル...相変わらずいじめられてるんだね」

 

 

「そうだね...」

 

 

兎美達は、自分達の部屋でひとつの映像を見ていた。

 

 

兎美はハルユキのニューロリンカーに細工しており、ハルユキの視界情報等を見ることができる為、先程のやり取りは確認している。

 

 

「てかハルもスマッシュと戦えるんだから、あんな奴らやっつけちゃえばいいのに」

 

 

「ハルは人の為ならスマッシュにも立ち向かえるけど、自分の事になると消極的になっちゃうから...」

 

 

「まあ、ハルらしいけど」

 

 

「朝私がそれとなく聞いてみたけど、やっぱり教えてくれなかったし」

 

 

「あんな奴らの所為でハルが辛い目に合うなんて...」

 

 

美空は悔しそうに手を握り締める。

 

 

「一応私がお弁当渡したから、昼を抜くなんて事はないと思うけど」

 

 

「余計な事をしてハルに嫌われたくないしね...」

 

 

私は何も出来ない事に、苛立ちを感じる。

 

 

「いつまでこんな事が続くんだろう...」

 

 

「いざとなったら"あれ"を使ってあいつらを社会的に消してやる!」

 

 

美空は立ち上がり、意気込んでいる。

 

 

「それは最終手段よ、今は取りあえずハルの居場所を私達で作らないと」

 

 

「そうね」

 

 

兎美達は再びハルユキの視界情報を見る。

 

 

_____________________

 

朝、母親にニューロリンカーへチャージしてもらった昼食代の500円は、荒谷達にパンとジュースを奢らされて完全に足が出てしまった。

 

 

小遣いを貯めた全財産の7千円ちょっとが残っているが、これを使ってしまうと今月出るリンカー用ゲームソフトが買えない。

 

 

ハルユキの巨体は燃費が異常に悪く、一食でも抜こうものなら空腹で眩暈がして来るほどだが、今日は兎美から貰ったお弁当がある為その心配はいらない。

 

 

人気の無いところで、貰ったお弁当を早速頂く。

 

 

「うわぁ!」

 

 

ミニハンバーグやミートボールと肉系は勿論、ほうれん草のおひたしや野菜も入っており全て自分の好物ばかりだった。

 

 

あまりにも豪華なお弁当に、思わず嬉しくなり声を出してしまった。

 

 

「いただきます!」

 

 

ハルユキは美味しすぎて、すぐ食べ切ってしまった。

 

 

―余談だが、視覚情報で見ていた兎美は嬉しそうにし、美空は悔しがっていた。

 

 

お弁当を食べた後、丸い体を限界まで縮め、ハルユキが向かったのは専門教室ばかり並ぶ第2校舎だった。

 

 

現在では、理科の実験から家庭科の調理実習までが仮想授業で行われている為、この棟は用無しになりつつあり、近寄る者は少ない。

 

 

特に、昼休みには生徒の姿はまったくない。

 

 

埃っぽい廊下の隅にある男子トイレが、ハルユキの専用隠れ家だ。

 

 

とぼとぼと逃げ込んだ先で、ため息と共に足を止め、ハルユキは洗面台の上の鏡を見やった。

 

 

曇ったガラスの向こうから見逃すのは、もしこれがテレビドラマなら、あまりにもベタすぎるだろうと突っ込みたくなるような『太ったいじめられっ子』。

 

 

癖の強い髪はあちこちに跳ね上がり、両頬の曲線にシャープさは欠片もない。

 

 

だぶついた首周りに、制服のネクタイと銀色のニューロリンカーが食い込む様はまるで絞首刑だ。

 

 

この外見を何とかしようと、ほぼ絶食及び無茶な走り込みにまい進した時期もある。

 

 

しかしその結果、昼休み中に貧血で倒れ、女子生徒数人の弁当を巻き添えにするという最悪な伝説を作ってしまった。

 

 

以来、ハルユキは現実の自分を捨てる―少なくとも学生の間は―ことに決めたのだ。

 

 

鏡からはコンマ1秒で目を離し、トイレのさらに奥に進むと、端っこの個室に入る。

 

 

しっかり鍵をかけ、蓋を下ろしたままの便器に腰を下ろす。

 

 

背中を水洗タンクに預け、力を抜くと、目をつぶる。

 

 

唱えるのは、重苦しい体から魂のみを解き放つ魔法の呪文―。

 

 

「ダイレクト・リンク」

 

 

音声コマンドを受け取ったニューロリンカーが、量子接続レベルを視聴覚モードから全感覚モードへと引き上げ、ハルユキの体から重さが消えた。

 

 

完全(フル)ダイブ』。

 

重力感覚すらも切断され、ハルユキは暗闇の中を落下した。

 

 

しかしすぐに、柔らかな浮遊感と虹色の光が全身を包んだ。

 

 

両手と両足の先端から、フルダイブ時に用いられる『仮想体(アバター)』が生成されていく。

 

 

黒い蹄状の手足。

 

 

ぷっくりした四肢と、ボールのような胴体は鮮やかな銀色。

 

 

見る事はできないが、顔の中央には平らな鼻が突き出し、大きな耳が垂れ下がっているはずだ。

 

 

つまり、一言で形容すれば、ピンクのブタである。

 

 

コミカルなアバター姿で、すとん、と降り立った先は、いかにも文部科学者推薦といったデザインのメルヘンチックな森の中だった。

 

 

巨大なきのこがそこかしこに生え、ひときわ眩しく陽がさす円形の草地の中央には、水晶のような泉が湧き出ている。

 

 

この仮想空間が、東京都杉並区に存在する私立梅里中学校の学内ローカルネットワークだ。

 

 

森を行き交ったり三々五々固まって笑い声を上げているのは、これもほとんどが人間ではなかった。

 

 

二足歩行するコミカルな動物が半数、あとは羽を生やした(と言っても飛べはしないが)妖精あり、ブリキのロボットあり、ローブの魔法使いあり。

 

 

全て、ローカルネットにダイブしている梅里中の生徒・教師のアバターである。

 

 

現実サイドと同様、丸っこい体を懸命に縮めたハルユキは、小走りで一本の樹を目指した。

 

 

と、中央の泉のほとりに、一際大きな人だかりが出来ているのに気づいた。

 

 

走りながら視線を送ったハルユキは、思わず足の進みを緩みた。

 

 

生徒の輪の中央に、中々目撃する事のできないレアアバターが見えたのだ。

 

 

デフォルトセットにあるものではない。

 

 

透明な宝石が散りばめられた、漆黒のドレス。

 

 

手には畳んだ黒い日傘。

 

 

背中には、虹色のラインが走る黒揚羽蝶の翅。

 

 

長いストレートの髪に縁取られた、雪のように白い顔は、これが自作とは信じられない完璧な美しさだ。

 

 

ハルユキも到底敵わない、プロとして通用しそうなデザインスキルである。

 

 

華奢な体をしどけなく巨大キノコにもたれさせ、物憂げな表情で周囲のアバターたちの言葉を聴いている彼女が、生徒会で副会長を務める2年生の女子生徒であることをハルユキは知っていた。

 

 

驚くべき事にその美貌は、現実の容姿をほぼ完璧に再現したものであり、ゆえに献ぜられた通り名が―。

 

 

『スノーブラック』。

 

 

『黒雪姫』。

 

 

 

 

あのような存在と自分が、梅里中の生徒であるという共通項をひとつにせよ持っている事すらハルユキには嘘っぽく思える。

 

 

と、昔の自分だったら考えていただろうが、今は兎美達のお陰でそこまで気にしなくなった。

 

 

ずっと見てるのも失礼だなと考え先を急ぐ、その後辿り着いた先はレクリエーションルームが設置されている大樹の1本だった。

 

 

簡単に言えばゲームコーナーだが、もちろん市販ソフトのようなRPGや戦争ゲーム等は一切無い。

 

 

クイズやパズル等の知育系、または健全なスポーツゲームばかりだが、それでも多くの生徒達が各コーナーに群がり、歓声を上げている。

 

 

彼らは皆、教室の自分の机や学食から完全(フル)ダイブしている。

 

 

その間、生身の体は無防備に放置されているわけだが、ダイブ中の人間に悪戯するのはマナー違反なので、気にする者はハルユキ以外いない。

 

 

樹の幹に刻まれた階段を駆け上がる。

 

 

上に行けば行くほど、設置されたゲームは人気のないものになっていく。

 

 

野球、バスケ、ゴルフ、テニスと通り過ぎ、卓球のフロアも無視して辿り着いたのは、

 

 

『バーチャル・スカッシュ・ゲーム』のコーナーだった。

 

 

生徒は1人も居ない。

 

 

人気がない理由は明らかだ。スカッシュというのは、テニスに似てはいるが、ラケットでボールを打ち込む先は上下左右正面が硬い壁に囲まれた空間であり、跳ね返ってきた球を黙々と1人でリターンし続ける、とことん孤独なスポーツだからだ。

 

 

がらんとしたコートの右端に歩み寄り、操作パネルに片手をかざす。

 

 

ハルユキの生徒IDが入力され、セーブされているレベルとハイスコアが読み出される。

 

 

ハルユキは、1学期の中ほどから昼休みはひたすらこのゲームで時間を潰してきた。

 

 

結果、スコアは呆れるような数字に達しつつある。

 

 

流石に飽きてきた気もするが、ここ以外に行く場所があるわけでもない。パネルから湧き上がったラケットを、黒い蹄のついた桃色の右手でしっかりと握る。

 

 

ゲームスタート、の文字に続いて、どこからともなくボールが降ってくる。

 

 

それを、今日一日の鬱屈を込めたラケットで思い切り叩く。

 

 

ちかっ、と一瞬の閃きを残して、レーザーのようにボールがすっ飛び、床と正面の壁にぶつかって戻ってきた。

 

 

ほとんど視覚以上の反射で補足し、脳が自動的に導く最適解に従って、1歩左に動きながらバックハンドで打ち返す。

 

 

ある程度プレイしていると突然の声が、ハルユキの神聖な隠れ家を震わせたのは、その時だった。

 

 

「あーーーっ!!こんなとこに籠ってたのね!!」

 

 

耳が、というより脳がキーンと痺れる程の甲高い叫び声。叫び声の所為でボールを取りこぼしたがハルユキはそれ所ではなかった。

 

 

ぎくり、と背中を強張らせながら振り向いたハルユキが見たのは、同じく動物型の生徒アバターだった。

 

 

と言っても、ハルユキのブタのような滑稽さは微塵も無い。しなやかな細身を、紫がかった銀の毛皮に包んだ猫だ。

 

 

片方の耳と尻尾の先に、濃いブルーのリボンを結んでいる。

 

 

ポリゴンを1から組んだものではないが、相当に各所のパラメータをいじり込んである。

 

 

金色の虹彩を持つ瞳に怒りの色を浮かべ、猫は小さな牙の生えた口を大きく開けてもう一度叫んだ。

 

 

「ハルが最近、昼休みの間ずーっと居ないから探し回ってたのよ!ゲームはいいけど、何もこんなマイナーなのやらなくても、下でみんなとやればいいじゃない!」

 

 

「......俺の勝手だろ、ほっとけよ」

 

 

どうにかそれだけ言い返して、ハルユキはコートに向き直ろうとした。

 

 

しかし銀の猫はひょいっと首を伸ばし、ゲームオーバー表示を一瞥すると、さらに高い声で喚いた。

 

 

「えーっ、何よこれ......レベル152、スコア263万!?あんた......」

 

 

―すごいじゃない!

 

 

などという台詞を浅ましくも一瞬期待したハルユキを、、猫はあっさりと裏切った。

 

 

「バカじゃないの!?昼休みずっと何やってんのよ!今すぐ落ちなさい!!」

 

 

「......やだよ、まだ昼休み30分もあるじゃないか。お前こそどっかいけよ」

 

 

「あーそう、そういう態度とるんだったら、あたしも実力を行使するからね」

 

 

「やれるもんならやってみろ」

 

 

ぼそぼそと言い返し、ハルユキはラケットを握り直した。学内ネットのアバターに、『当たり判定』はない。

 

 

不適切な行為を防止するという名目で、生徒は他の生徒のアバターを触れないのだ。

 

 

もちろん、他人を無理やりログアウトさせるなど論外だ。

 

 

猫型アバターは、細い舌を限界まで突き出しべーっとやってから、一声叫んだ。

 

 

「リンク・アウト!」

 

 

即座に、光の渦と鈴に似た音を残して姿がかき消える。

 

 

ようやく煩いのが消えたと、僅かな寂しさを短い鼻息で吹き散らした、その瞬間。

 

 

がつん!と、少々洒落にならない衝撃が頭を襲い、周囲の光景何もかもが消え去った。

 

 

暗闇の向こうから、点状の光が引き伸ばされるように、現実の風景が戻ってくる。

 

 

すしりと圧し掛かる自重を感じながら、ハルユキは懸命に瞬きし、目の焦点を合わせた。

 

 

元の、男子トイレの個室だ。

 

 

しかし、眼前にあるべきブルーグレーのドアの代わりに、ハルユキは思わぬものを見た。

 

 

「おま......なん......!?」

 

 

お前なんでここに!と言おうとしたが驚きすぎて言葉が詰まってしまった。

 

 

直ぐ目の前で仁王立ちになっているのは、ひとりの女子生徒だった。

 

 

ブレザーのリボンの色は、同じ1年生であることを示す緑。

 

 

ハルユキとは、重量比が3:1を切ると思われる程に小柄だ。

 

 

ショートカットの前髪を右横に持ち上げ、青のピンで留めている。

 

 

猫科めいた小さな輪郭に、不釣合いに大きな瞳が、怒りに燃えてハルユキを睨んでいる。

 

 

そして右手はまっすぐハルユキの頭上まで伸ばされ、小さな拳を固く握っていた。

 

 

それを見て、ハルユキはようやく自分がなぜフルダイブから突如切断されたのか理解した。

 

 

女子生徒があのゲンコツでハルユキの頭をどつき、その衝撃でニューロリンカーの安全装置が働いて自動リンクアウトしたのだ。

 

 

「秘技!強制リンクアウト!」

 

 

「お....お前なあ!!」

 

 

驚き呆れつつ、ハルユキはこの学校で唯一パ二クらずに会話できる女子に向かって叫んだ。

 

 

「何やってんだよ!ここ男子トイレだぞ!鍵がかかってんのに.....バカじゃねぇの!!」

 

 

「バカはお前じゃ」

 

 

ハルユキの幼馴染にしてスカートのまま男子トイレの仕切り壁を乗り越える剛の者、倉嶋千百合は、ぶすっとした声で言い返すと右手を戻し、後ろ手にドアの鍵を開けた。

 

 

身軽な動作でぴょん、と個室から飛び出る。栗色の髪にすべる日光に思わず目を細めるハルユキを、チユリはようやく僅かに見せた笑顔と共に促した。

 

 

「ほら、とっとと出てきなさいよ」

 

 

「......わーったよ」

 

 

ため息を呑み込み、ハルユキは便座の蓋を軋ませながら体を起こした。

 

 

出入口に向かうチユリを追いながら、もう1つの疑問について尋ねる。

 

 

「なんでここが判ったんだ」

 

 

答えはすぐには返ってこなかった。男子トイレから首だけを出して外の様子を確認したチユリは、するりと廊下に出てから、短く言った。

 

 

「あたしも屋上にいたの。だから後つけた」

 

 

ということは―。

 

 

「......見てたのか」

 

 

廊下に1歩踏み出しかけた足を止め、ハルユキは低く呟いた。

 

 

チユリは言葉を探すように俯き、背中を奥の壁に預けてから、ようやくこくりと頷いた。

 

 

「......あたし、あいつらの事にはもう口出ししない。ハルがそれでいいって決めたんなら......しょうがないから」

 

 

その時、チユリはどこか無理したような笑みを浮かべていた。

 

 

「ねえ、私も1つハルに質問があるんだけど」

 

 

さっきまでの悲しそうな顔とは一点、目が据わり心なしか声が先程よりも低くなったような気がする。

 

 

「ハル、あんた朝バイクで送って貰った人って誰なの?」

 

 

チユリの質問を理解した瞬間、俺は背筋が凍った。

 

 

「な、なんでお前がその事を!だってお前あの時間部活の朝練中じゃん!」

 

 

「今日は朝練が無い日で何時もより遅く出たのよ。そしたら見た事ある後姿が見えて、女の人からお弁当貰ってる誰かさんを見つけた訳」

 

 

俺はこの時すぐにここから逃げ出したかったが、怖すぎて足が動かなかった。

 

 

「ねえ、あの人誰なの?」

 

 

「あれは...家で居候してる人です。」

 

 

「居候?いつから?」

 

 

「1年前からです!」

 

 

俺は恐る恐る、チユリの質問に対して回答する。

 

 

「へー1年前ねぇ、なんで黙ってたの?」

 

 

「理由が理由だったので話せませんでした!」

 

 

(まさかそいつが仮面ライダーで、その協力してるなんて言えないよな)

 

 

「まあいいわ。今度その人に会わせなさいよ」

 

 

「え?何で?」

 

 

俺はいきなりの事で、つい聞き返してしまった。

 

 

「何よ?何か問題でもある訳?」

 

 

「いえ滅相もございません!」

 

 

「取りあえず、この後その女に話しつけといてよ」

 

 

そう言ってチユリは教室に戻っていった。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

兎美の事がばれたのを気にしてしまい、午後の授業とホームルームを聞き流し、早く帰って兎美に話さないといけないがその前に気分転換にスカッシュゲームをやる為、もう1つの隠れ家である図書室へと赴く。

 

 

本来、図書室などという空間はとうにその役目を終えている。

 

 

しかし、大人の中には学校そのものと同じようにペーパーメディアの本も子供の教育に必要だと考える連中がいて、資源と空間の無駄としか思えない真新しい背表紙が書架に並べられているのだ。

 

 

もっとも、そのおかげで学校内に貴重なパーソナルスペースが確保できるのだから文句は言えない。

 

 

カモフラージュにハードカバーを2,3冊抱えて壁際の閲覧ブースに閉じ籠ったハルユキは、狭い椅子に体を押し込むと、リンカーが認識できるギリギリの音量でフルダイブを命じた。

 

 

授業が終わってから数分しか経っていないだけあって、学内ネットは閑散としていた。今のうちにいつもの場所に引き籠るべく、高速で草地を横切り樹の幹を登る。

 

 

バーチャル・スカッシュコーナーも当然無人だった。

 

 

そのまま操作パネルに右手をかざし、ログインする。

 

 

ラケットを掴み、体の向きを変え、コートに正対した。

 

 

落下してくるボールを打ち返そうとして―。

 

 

ハルユキは、全身を凍りつかせた。

 

 

コートの中央に表示されている原色の立体フォントが、記憶と異なる数字を表示されていた。

 

 

「レベル......166!?」

 

 

ハルユキがつい数時間前に更新したレベルを、10以上も上回っている。

 

 

一体何故、スコアは生徒IDごとに管理されているはず、と一瞬思ってから、すぐに悟った。あの時、チユリのゲンコツによってハルユキは強制ログアウトさせられた為、ゲームがそのまま保持されたのだ。

 

 

だから、誰かがその続きでプレイを再開し、スコアを塗り替えることは可能だ。

 

 

しかし。

 

 

自分以外の誰がこんなとんでもない点を!?

 

 

ハルユキはフルダイブのVRゲームでは誰にも負けない自信があった。

 

 

あの自称天才の兎美にも、勝った程だ。

 

 

勿論、頭の良さが勝敗を左右するクイズやボードゲームでは勝った事はないが、反射速度がものを言うガンシューティングやアクション、レースゲームなら、この学校で自分に勝てる奴はいないという自負がハルユキにあった。

 

 

それをひらけかした事はない。自分が目立ってもろくな事がないのは、小学校の頃から厭と言うほど学習している。

 

 

あえて確認するまでもないとこれまでは思っていたのだが――この、スカッシュゲームの恐るべき得点は......。

 

 

その時。

 

 

背後で、声がした。チユリではない。勿論、兎美や美空でもない。

 

 

女性だが、もっと低く、絹のような滑らかな響き。

 

 

「あの馬鹿げたスコアを出したのは君か」

 

 

おそるおそる振り向いたハルユキの目の前に立っていたのは。

 

 

闇に銀をちりばめたドレス。

 

 

杖、あるいは剣のように床に突かれた傘。

 

 

純白の肌と漆黒の瞳 ――『黒雪姫』。

 

 

アバターでありながらデジタル臭さの欠片もない、一種凄絶な美貌を僅かに傾け、学校一の有名人は音も無く前に進み出た。

 

 

全身でそこにだけ色彩のある紅い唇にかすかな微笑を浮かべ、黒雪姫は続けて言った。

 

 

「もっと先へ.....『加速』したくはないか、少年」

 

 

その気があるなら、明日の昼休みにラウンジに来い。

 

 

たったそれだけを言い残して、黒雪姫はあっけなくログアウトした。

 

 

ハルユキはその後ぼんやりとしていたが、すぐに正気に戻り自分もログアウトし図書室から出る。

 

 

校門から外に出ようとした時、バイクに寄りかかりながらニューロリンカーを操作する兎美を見つけた。

 

 

「兎美!」

 

 

驚いた声で俺が来たことに気がついた兎美は、バイクをそのままに駆け寄ってきた。

 

 

 

「お疲れハル、今日は遅かったのね」

 

 

「いや、何でお前がここにいるんだよ!?」

 

 

「なんでって、ハルを待ってたからに決まってんでしょ」

 

 

 

そう言って兎美は俺にヘルメットを投げ渡してきた。

 

 

「ほら帰るよ」

 

 

「おう...」

 

 

俺はヘルメットを被りバイクの後に乗る。

 

 

「始動!」

 

 

兎美のボイスコマンドに反応し、バイクが起動し発進する。

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

『ハル、今日なにかあったの?』

 

 

しばらく走っていると、兎美が質問してきた。

 

 

『え?何で?』

 

 

『なんか元気ないようだったから』

 

 

『実は、朝送って貰ったところをチユに見られてたみたいで、お前を紹介しろって言われた』

 

 

『チユって、ハルの幼馴染の倉嶋千百合ちゃん?』

 

 

『ああ、内緒にしてたのが気に食わなかったみたいで凄く怒ってた』

 

 

『はあ...』

 

 

『なんでため息つくんだよ』

 

 

『別に...取り敢えずチユリちゃんのことだけど』

 

 

その時、兎美にボイスチャットが飛んできた。

 

 

『兎美!ハル!スマッシュの反応よ!』

 

 

「場所は?」

 

 

『梅里中学校よ!』

 

 

「!?嘘だろ!」

 

 

「急いで引き返すわよ!」

 

 

そう言って、兎美は来た道を引き返した。

 

 

梅里中学に着くと所々で煙が上がっていた。

 

 

「美空状況は?」

 

 

『ほとんどの生徒は避難したみたいだけど、一人だけ逃げ遅れた生徒がいるみたい』

 

 

「その逃げ遅れた生徒の名前は?」

 

 

『少し待って、今出すわ』

 

 

しばらくすると俺達のニューロリンカーに情報が送られてくる。

 

 

「!?」

 

 

「嘘だろ!?」

 

 

俺達は驚愕した。

 

 

なぜなら残された生徒の名前が。

 

 

『倉嶋 千百合』だったのだから。

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

時間は少し遡り、陸上部の更衣室。

 

 

「じゃあねーチユリー!」

 

 

「うんまた明日ー!」

 

 

私、倉嶋千百合は悩んでいた。

 

 

幼馴染の1人、有田春雪について。

 

 

ついこの間、たまたまいじめられているのを目撃し助けたかったが、もしそれがハルからしたら余計な事だったら嫌われるかもしれないと思い、行動することが出来なかった。

 

 

今日はいじめられている所為でお昼を食べる事が出来てないと思いお弁当を作ってきたが、今日の朝たまたま見かけてしまった。

 

 

ハルと女の人が仲良く話しており、お弁当を渡している所を。

 

 

それを見てしまい、チユリはお弁当を渡すことが出来なかった。

 

 

今は部活を終え着替えて帰るだけだが、帰る気が起きず更衣室のベンチで座り込んでいた。

 

 

「うううううう」

 

 

その時、変なうなり声が聞こえた。

 

 

「誰!?」

 

 

チユリは立ち上がり、声がする方に向かって叫んだ。

 

 

そして次の瞬間。

 

 

ドッガーン!

 

 

更衣室の壁が破壊され、そこから一体の怪物がいた。

 

 

「ううううううう」

 

 

「ひぃ!」

 

 

私はいきなりの事で腰を抜かした。

 

 

「ううううう!うおおおおお!!」

 

 

「きゃああああああ!」

 

 

怪物は雄叫びを上げ、私に襲い掛かってくる。

 

 

ドッガーン

 

 

怪物の攻撃を何とか避け、怪物が壊した所から逃げ出す。

 

 

「何よ!あいつ!」

 

 

私は悪態をつきながらも怪物から逃げる為、何処か隠れられる場所を探す。

 

 

「うううううう」

 

 

後ろを見ると、怪物が私を追いかけてきたのが分かった。

 

 

「ふん!」

 

 

ドカーン!

 

 

怪物は足元を攻撃し地響きを起こす。

 

 

「きゃあ!」

 

 

怪物が起こした地響きに足を取られ転倒してしまう。

 

 

「うううううう!」

 

 

「ひぃ!」

 

 

転倒した時に足を痛めてしまい動けなくなってしまった。

 

 

「ううううう」

 

 

「いや!」

 

 

動けなくなった私に怪物が襲い掛かる。

 

 

「うううううう!うおおおおおお!」

 

 

目をつぶり私は殺されると思ったその時。

 

 

「チユ!」

 

 

聞き覚えのある声と共に、体が横に持っていかれるのを感じた。

 

 

恐る恐る目を開けると、そこにはハルユキの姿があった。

 

 

「はあ、はあ、間一髪だったな」

 

 

「ハル...」

 

 

「まったく、生身なのに無茶するんじゃないわよ」

 

 

その時、後ろから女性の声が聞こえた。

 

 

「あなたは...」

 

 

「初めましてチユリちゃん、私は有田兎美よ。宜しく」

 

 

「うおおおお!」

 

 

その時、怪物がまた私達に襲い掛かろうとしていた。

 

 

「挨拶は後にするとして、まずはあいつを片付けるわよ。ハルはチユリちゃんの事宜しくね」

 

 

「片付けるって危ないわよ!ハルも早く逃げて!」

 

 

「そんな状態のお前を放って行ける訳無いだろ。それに大丈夫だ」

 

 

兎美さんは怪物の前に出た。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

兎美はスマッシュと戦う為、『ビルドドライバー』を取り出し腰に装着する。

 

 

「さあ、実験を始めるわよ」

 

 

兎美は『ラビットフルボトル』と『タンクフルボトル』を取り出し、ドライバーにセットする。

 

 

『ラビット!』『タンク!』『ベストマッチ!』

 

 

兎美はドライバーについているレバーを回すと、ビルドドライバーから伸びたパイプによって高速ファクトリー『スナップライドビルダー』と呼ばれるフレームが兎美の周りに構成された後、フルボトル内の物質がそのパイプ内を移動し変身者の前後にハーフボディとして生成される。

 

 

『Are You Ready?』

 

 

「変身!」

 

 

ハーフボディが兎美を挟み込むように結合されて、変身が完了する。

 

 

『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエーイ!』

 

 

そこにいるのは杉並を守る戦士『仮面ライダービルド ラビットタンクフォーム』だった。

 

 

「変身した...」

 

 

チユリは目の前で、兎美が変身した事に驚いていた。

 

 

「勝利の法則は決まった!」

 

 

ビルドはスマッシュに向かって、攻撃を仕掛ける。

 

 

「はあ!」

 

 

ビルドは右パンチを繰り出し、スマッシュを怯ませる。

 

 

すると、ビルドは専用武器『ドリルクラッシャー』を召喚する。

 

 

「はっ!はあ!」

 

 

「うううう」

 

 

すると、ビルドは白いフルボトル『ハリネズミフルボトル』を取り出し、ラビットを抜きハリネズミを刺す。

 

 

ドライバーのレバーを回すと、ビルドの前にハリネズミのハーフボディが生成される。

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

ハリネズミのハーフボディがラビットのハーフボディに重なり、ハリネズミが結合する。

 

 

「うあああああ!」

 

 

スマッシュはビルドに向かい襲い掛かる。

 

 

「ほい!」

 

 

ビルドは手に無数の針を出現させ、スマッシュの攻撃を防ぐ。

 

 

「はあ!」

 

 

ビルドはそのまま攻撃しスマッシュを怯ませる。

 

 

「ほい!ほい!」

 

 

ビルドはさらに追撃し、スマッシュは反撃するが全て針によって防がれている。

 

 

「さて止めといきますか」

 

 

ビルドはラビットタンクフォームに戻る

 

 

ドライバーのレバーを再度回す。

 

 

『Ready Go!』

 

 

音声の後、グラフを模したエネルギーの滑走路が出て来てグラフのX軸で相手を拘束する。

 

 

『ボルテックフィニッシュ!』

 

 

助走を付けて左脚で跳躍し、滑走路に沿って、右脚でキックを叩き込む。

 

 

「はあ!」

 

 

ドカーン!

 

 

ビルドの必殺技が命中しスマッシュが倒される。

 

 

ビルドは空のボトルを取り出し、スマッシュに向けると怪物の成分が吸収され、1人の青年が現れる。

 

 

「凄い...」

 

 

チユはビルドの戦いを見て驚いていた。

 

 

兎美は変身を解除して俺達に駆け寄ってくる。

 

 

「2人とも無事?」

 

 

「俺は大丈夫だが、チユは足を怪我したみたいだ」

 

 

「そう、チユリちゃん大丈夫?」

 

 

「う、うん、それよりあなたは一体...」

 

 

「私は仮面ライダービルド、創る、形成するのBuildよ」

 

 

「仮面ライダービルド...」

 

 

「それより、めんどくさい事になる前にここから離れましょう」

 

 

「そうだな」

 

 

俺は動けなくなったチユをおんぶし、兎美と一緒に移動する。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

3人いる為、チユは俺が送っていくと言って兎美には先に帰ってもらった。

 

 

俺達は徒歩で、自宅であるマンションに帰宅していた。

 

 

「ねえ、ハル」

 

 

しばらく歩いていると、チユが話しかけてきた。

 

 

「どうした?」

 

 

「2人はいつもあんな事してるの?」

 

 

「...ああ」

 

 

「兎美さんを紹介できなかった理由って、仮面ライダーのことがあるから?」

 

 

「...ああ」

 

「なんでそんな事してるの?」

 

 

「兎美は1年前、俺が保護したんだ」

 

 

「保護?」

 

 

「兎美は記憶喪失なんだ」

 

 

「え?」

 

 

ハルユキの言葉に、チユリは驚く。

 

 

「スマッシュと戦ってるのも、記憶を取り戻す手掛かりを探す為なんだ」

 

 

「そうなんだ」

 

 

そう言うと、マンションに着くまでチユは一言も喋らなかった。




はい、如何だったでしょうか

思ったより長くなってしまいました

なんとかビルドに変身させる事が出来ました

次回もこんな感じで投稿していきます

では次回でお会いしましょう


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第2話

これまでのアクセル・ビルドは

兎美「てーんさい物理学者、有田兎美は失われた記憶を取り戻すべく舞台となっている杉並でスマッシュを倒しながらハルユキの視界情報を覗いたりしてコウモリ男の手がかりを探すのでありました!」


美空「後半やってる事はストーカーと変わりないけどね」


兎美「茶々入れるんじゃないわよ、ばれなきゃ問題ないのよ」


美空「それよりなんで最後に倉嶋千百合に正体ばらしてんのよ」


兎美「しょうがないでしょうが!他に設定が思いつかなかったんだから、てか第1話を投稿してからなんでお気に入りがあまり増えてないのよ!おかしいでしょ!」


美空「第1話でいきなり1万5千文字もの内容を投稿したら誰も見ようと思わないでしょうが会話文があまり無いし、殆ど原作のパクリでしょこれ」


兎美「しょうがないでしょ気づいたらその規模になってたんだから」


美空「他にも文章力の問題じゃないの?もう1つの作品もあまり見られていないし」


兎美「うるさいわね!確かに会話文が成立してるようで成立していない馬鹿丸出しの文章になってるけど!投稿している時間帯もあるわ、殆ど投稿してるの夜中だし」


美空「0時が多くアカウントされやすいってのを鵜呑みにしたからでしょ」


兎美「うるさいわよ!さてどうなる第2話!」


美空「てゆうか初っ端からこんな話してたら余計見て貰えなくなるわよ」


兎美「それを言うんじゃないわよ...」


僕、有田春雪は昨日の事を思い出しながら朝食を食べている。

 

 

「どうしたの?ハル」

 

 

「あんたが朝食にボケッとするなんて珍しいじゃない」

 

 

その時、一緒に朝食を取っていた兎美と美空が話しかけてきた。

 

 

「いや、昨日の事を思い出してて」

 

 

「ああ、なるほど」

 

 

「そういえばあの後、チユリちゃん大丈夫だったの?」

 

 

「怪我自体は大した事は無さそうだったけど、あまり元気は無かったと思う」

 

 

「まあ、無理も無いでしょ。スマッシュに襲われれば」

 

 

その時、ハルユキが思い出したかのように話しかけた。

 

 

「そういえば、あのスマッシュは何のボトルになったんだ」

 

 

「これよ!」

 

 

兎美が取り出したのは『ゴリラフルボトル』だった。

 

 

「あのスマッシュがゴリラになったのよ!流石私の発明品よね!」

 

 

「いや私のお陰だし」

 

 

「ははは、それにしても美空は浄化した後はいつも寝てるのに、今日は起きてるなんて珍しいな」

 

 

「別に...たまには一緒に食べてもいいかと思っただけだし」

 

 

「そっか」

 

 

「それに最近あまり一緒にいる時間少ないし」ボソッ

 

 

「ん?なんか言った」

 

 

「何にも言ってないし」

 

 

「それよりハル、今日黒雪姫って人に呼ばれてんでしょ?」

 

 

「ああ、昨日スカッシュゲームしようとした時に...」

 

 

この時、ハルユキは黒雪姫の事を話した覚えが無い事に気づいた。

 

 

「俺、兎美に黒雪姫先輩から呼ばれた事言ったっけ?」

 

 

「へ?あっ!も、もうハル自分で言ってたの忘れたの?」

 

 

ハルユキは疑問に思ったが、他に知る術もないし自分が忘れてるだけだと思っていた。

 

 

その後、学校へ行く為、マンションのエレベーターに乗っていた。

 

 

「たくっ、スマッシュに襲われたんだから普通は休校だろ」

 

 

しばらく乗っているといるはずの無い、人物が乗ってきた。

 

 

「おはよう、ハル」

 

 

「チユ!?」

 

 

乗ってきたのはこの時間、陸上部の朝練があるはずのチユリだった。

 

 

「おまっ!何で!部活は!?」

 

 

「部活は今日は休みにしてもらったの」

 

 

「何で!?」

 

 

「昨日、あれから色々考えてたんだけど...私もハル達に協力する!」

 

 

「はあ!?お前自分が何言ってるのか分かってんのか!?凄く危険なんだぞ!」

 

 

「分かってる!でもハルが危険な目に合ってるのに私だけ見て見ぬ振りなんて出来ないよ!」

 

 

「チユ、気持ちは嬉しいけど無理して協力しようとしなくても俺は気にしないし」

 

 

「私が嫌なの!!」

 

 

突如、チユが叫んだ。

 

 

「もし、もしハルが死んじゃったらどうしようって考えると怖くなった!だから私も協力する!もう決めた事だから」

 

 

その時、ちょうど1階に到着しドアが開くとチユは走って行ってしまった。

 

 

「チユ...」

 

 

ハルユキはしばらくチユリが走って行った方を見つめていた。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

昼休み、朝の事もあり、のろのろした歩調で向かっていたのは、荒谷に呼び出された屋上ではなく校舎一階の学生食堂に隣接したラウンジだった。

 

 

ハルユキはまず、悪戯の可能性を考え、ラウンジの入り口の観葉植物にどうにか巨体を隠し、内部を伺った。

 

 

「居た....」

 

 

思わずごくりと空気を呑む。

 

 

ラウンジの最奥、窓際のテーブルに、一際目立つ集団があった。

 

 

2年と3年が混在した6名、よくよく目を凝らすと全ての顔に見覚えがある。

 

 

全員が現生徒会のメンバーだろう。

 

 

男子も女子も方向性に差はあれ揃って眉目秀麗だ。

 

 

その中でも最大の存在感を放っているのが、物憂げにハードカバーのページをめくる青リボンの女子生徒だった。

 

 

腰近くまであるまっすぐな髪は、いまどき珍しいほどの漆黒。

 

 

間違いない―梅里中学校一二を争う有名人、『黒雪姫』。

 

 

ラウンジの入り口から奥のテーブルまではそこまで距離はないが上級生の間を通っていく勇気はハルユキには持ち合わせていなかった。

 

 

回り右して帰りたいと思っていたその時。

 

 

「あら?あなたそんな所で何してるの?」

 

 

ハルユキはビクッとなり心臓が止まりかけ変な声を出しかけたが何とか抑え、振り返る。

 

 

そこにいたのは黒雪姫と同じ青リボンをつけた女子生徒だった。

 

 

ハルユキはその女子生徒の事も知っていた。

 

 

黒雪姫と同じ梅里中学校一二を争う有名人、『氷室 幻(ひむろ まほろ)』。

 

 

梅里中学校の2年生でありながら風紀委員の会長を勤める生徒だ。

 

 

「会長どうかしました?」

 

 

氷室先輩の後ろから現れた女子生徒は風紀委員の副会長『内海 成海(うつみ なるみ)』だった。

 

 

「この子がラウンジに入りたそうにしてたから、話しかけてたの」

 

 

「なるほど、君は見たところ1年生のようだけど、誰か上級生と約束でもあるのかな?」

 

 

「えっと...あの...その...」

 

 

答えようとしたが有名人が話しかけてきた事により、緊張して話せなくなってしまった。

 

 

「来たな、少年」

 

 

その時、ラウンジの奥の方から声が聞こえた。

 

 

ぱたりと音を立ててハードカバーを閉じ、棒立ちのままハルユキに手招きをしながら、視線をちらりと氷室先輩達に向ける。

 

 

「用は私だ。済まない、そこ空けてもらえるかな」

 

 

後半は、隣に座る3年の男子に向けたものだった。

 

 

短髪長身の上級生は、面白がるような表情を浮かべて立ち上がると、掌で椅子をハルユキに示した。

 

 

もごもごと礼を口にして、ハルユキは丸い体を限界まで縮め腰を下ろした。

 

 

華奢な椅子が盛大に軋んだが、黒雪姫はまるで気にするふうもなく、ブレザーの左ポケットを探ると束ねた細長いものを取り出した。

 

 

それは1本のケーブルだった。左手で長い髪を後に持ち上げ、びっくりするほど細い首に装着されたニューロリンカーの端子に右手でプラグの片方を挿入すると、黒雪姫は何気ない仕草でもう一方のプラグをハルユキに差し出した。

 

 

今度こそ、事の成り行きを見守っていたラウンジじゅうの生徒達から、大きなざわめきが巻き起こった。

 

 

中には、嘘だろとか、いやーそんなーとか悲鳴じみたものまで混じっている。

 

 

度肝を抜かれたのは、ハルユキも同様だった。額にはぶわっと汗が浮き上がる。

 

 

『有線直結通信』

 

 

略して直結は、通常その場のサーバー越しで無線通信するのとは違ってニューロリンカー同士がサーバーを介さず通信するほとんど唯一の手段 サーバーのセキュリティはもちろん働かないし、リンカー本体の防壁もほとんどが無効化される 。

 

 

ちょっと知識があれば相手のニューロリンカーに悪さをするのも難しくなく、それゆえ直結するのは絶対的に信頼できる相手に限られる=家族か恋人でなければしない。

 

 

まして公共の場でわざわざ見せつけるように直結するなんて、恋人でなければやらない。

 

 

ハルユキはどうにか声を絞り出し、尋ねた。

 

 

「.....あ、あの、どうすれば....」

 

 

「君の首に挿す以外に使い道はなかろう」

 

 

間髪いれずにそう断言されハルユキは卒倒しそうになりながらも、震える指先でプラグを受け取り、手探りで自分のニューロリンカーに突き刺した。

 

 

『わざわざご足労願ってすまなかったな、有田春雪君。思考発声はできるかな?』

 

 

唇を動かさずリンカーのみを通して会話する技術の事だ。

 

 

ハルユキは頷き、言葉を返した。

 

 

『はい。あの....これは、一体、どういうことなんですか?手の込んだ、その....悪戯とかなんですか?』

 

 

『そうだな...ある意味ではその通りかもしれない。なぜなら私は、これから君のニューロリンカーに、1つのアプリケーションを送信する。それを受け入れれば今の君の現実は完膚なきまでに破壊され、思いもよらぬ形に再構成されるからだ』

 

 

『....げ、現実を....破壊...?』

 

 

ハルユキは呆然と繰り返した。

 

 

漆黒をまとう上級生は、そんなハルユキの様子を再び笑みを形作り、右手を持ち上げると、しなやかな白い指先でさっと何かを滑らせる仕草をした。

 

 

ポーン、というビープ音。

 

 

【BB2039.exeを実行しますか? YES/NO】というホロ・ダイアログ。

 

 

『それを実行すれば君の知っている常識が破壊されるだろう。』

 

 

この時、ハルユキはスマッシュとの戦いを思い出す。ハルユキの現実は既に壊れているような物だった。

 

 

そしてコンマ5秒後、右手を持ち上げ、YESのボタンに指先を突き刺した。

 

 

『望むところです。今までも常識が破壊される事は何度もありましたから』

 

 

そう呟いたのと、ほとんど同時に。

 

 

視界いっぱいに、巨大な焔が噴き上がった。

 

 

思わず体を強張らせたハルユキを取り巻くように荒れ狂った火焔の流れは、やがて体の前に結集し、ひとつのタイトルロゴを作り出した。

 

 

デザインは決して新しいものではない、前世紀の末に流行した、ある種の対戦型ゲームを思い起こさせる荒々しさ。

 

 

現れた文字は―『BRAIN BURST』

 

 

インストールは30秒近くも続いた。

 

 

ニューロリンカー用アプリとしてはかなり巨大だ。

 

 

燃え盛るタイトルロゴの下に表示されたインジケータ・バーがようやく100%に到達するのを、ハルユキは息を呑んで見つめた。

 

 

現実を―破壊すると、黒雪姫は言ったのだ。

 

 

それは具体的に何を示しているのか。

 

 

インジケータが消え、ロゴも燃え尽きるように消滅した。

 

 

オレンジ色の残り火が、小さな英語フォントで『ウェルカム・トゥ・ジ・アクセラレーテッド・ワールド』という文字を作り、これもすぐに火花となって散った。どういう意味だ―加速、世界?

 

 

『あの....この、【ブレイン・バースト】ってプログラムは一体....』

 

 

『無事にインストールできたようだな。充分な適正があることは確信していたが』

 

 

『て、適性?このプログラムのですか?』

 

 

『そうさ【ブレイン・バースト】は、高レベルの脳神経反応速度を持つ者でなければそもそもインストールできない。例えば、バーチャルゲームで馬鹿げたスコアを出せるほどの、な。

 

君が幻の炎を見た時、プログラムは脳の応答をチェックしていたのだ。適性が足りなければ、そもそもタイトルロゴすら見る事は叶わん。

 

しかし...それにしても少しだけ驚かされたぞ。

 

かつての私は、この怪しげなプログラムを受け入れるかどうか2分近く迷ったというのに。

 

君を説得する為に考えていた台詞が無駄になってしまった。』

 

 

『は、はあ....すみません。でも、その、何も....起こらないみたいなんですが、常駐じゃなく選択起動型のアプリですか?』

 

 

『まあ、そう焦るな。これから君には、少々心の準備をしてもらわねばならん。具体的な機能の説明はその後でもよかろう。なに、時間はたっぷりあるからな』

 

 

ハルユキがちらりと、視界の右下端に継続表示されている時計を眺めた。

 

 

既に昼休みは半分が過ぎ去ろうとしている。

 

 

たっぷり、と言うほど時間があるとは思えない。

 

 

『心の準備ならもう出来てます。教えて下さい、このプログラムは.....』

 

 

そこまで言いかけた時。

 

 

ハルユキが背を向けているラウンジの入り口から、最も聞きたくない声が響き渡った。

 

 

「てめぇ、ブ...有田!バックレてんじゃねえぞ!!』

 

 

反射的にびくんと体を竦ませ、ハルユキは椅子から腰を浮かせた。

 

 

振り向いた先に、顔を赤くして立っているのは、昼休みは屋上から出てこないはずの荒谷だった。

 

 

ハルユキが表情を驚愕から恐怖へと変化させるのと同期して、荒谷の顔も激怒から不審へと変わった。

 

 

ハルユキが立ち上がったことによって、これまで巨体の陰に完全に隠れていた黒雪姫の華奢な姿と、そのリンカーから伸びてハルユキに繋がるケーブルが露わになったのだ。

 

 

荒谷はハルユキに近づきすぐ目の前で止まり伸し掛からんばかりに見下ろした。

 

 

「なめてんじゃねーぞ」

 

 

捻じ曲げられた唇から発せられた台詞に、ハルユキが、卑屈な謝罪を口にしようとした寸前、背後から、黒雪姫の、涼しげな肉声が抑揚(よくよう)ゆたかに響いた。

 

 

「君はたしか、荒谷君だったかな」

 

 

それを聞いた荒谷が、一瞬の驚き顔を経て、媚びるような笑みを浮かべた。

 

 

こんな奴でも、『あの黒雪姫』に名前を覚えられていたというのは嬉しいらしい。

 

 

しかし、続いた言葉は、荒谷だけではなくハルユキをも愕然とさせるものだった。

 

 

「有田君に話は聞いているよ。間違って動物園からこの中学に送られてきたんじゃないか。とな」

 

 

荒谷のアゴががくんと落ち、それがわなわなと震えるのを、ハルユキは愕然と見つめた。

 

 

「な.....な.....なん.....」

 

 

荒谷が口走るのとまったく同じ事を、ハルユキも叫びたかった。

 

 

な――何言ってるんだアンタ!

 

 

しかしその思考を発声にする暇も無く、荒谷が凄まじい怒りを放った。

 

 

「ンだとテメェコラァ殺っぞブタァァァァ!!」

 

 

びくーん、と縮み上がったハルユキの眼前で、荒谷が右拳を固め、高く振りかぶった。

 

 

そして同時に―脳内で、鋭い声がハルユキに命じた。

 

 

『今だ、叫べ!『バースト・リンク!』

 

 

「バースト・リンク!!」

 

 

バシイィィィィッ!!という衝撃音が、世界を揺るがした。

 

 

あらゆる色彩が一瞬で消滅し、透き通るブルーのみが広がった。

 

 

周りのラウンジも、成り行きを凝視する生徒も、目の前の荒谷までもが、モノトーンの青に染まった。

 

 

そして、全てが、静止した。

 

 

1秒後に自分を殴り飛ばすはずの荒谷の拳が、数十センチ先に凍りついているのをハルユキは唖然と見つめた。

 

 

「う......うわっ!」

 

 

思わず叫び、一歩後退る。

 

 

その動作の結果、ハルユキはさらに信じがたいものを見た。

 

 

自分の背中だ。

 

 

荒谷と同じように青一色に変じた自分の、丸っこい背中 が、滑稽に縮み上がった姿勢のまま不自然に静止している。

 

 

まるで肉体から魂だけが離脱してしまったかのようだ。

 

 

なら、今の自分はどうなってんだ!?と驚愕しつつ見下ろすとそこにあったのは見慣れたピンクブタだった。

 

 

間違いなく、ローカルネットでハルユキが使用しているアバターだ。

 

 

「な......何なんですかこれ!?」

 

 

ハルユキは堪らず喚き立てた。

 

 

「フルダイブ!?それとも...幽体離脱ですか!?」

 

 

「ふふ、そのどちらでもないよ」

 

 

愉快そうな口調で、黒雪姫のアバターが告げた。

 

 

「我々は今『ブレイン・バースト』プログラムの機能下にある。『加速』しているのだ」

 

 

「か...かそく...?」

 

 

「そう。周囲が静止したように見えるが実は違う。我々の意識が超高速で動いているんだよ」

 

 

黒雪姫は、ドレスの裾を縁取る銀の珠を煌めかせながら数歩移動し、青く凍る現実のハルユキと荒谷の傍らで止まった。傘の先で、右ストレートパンチの軌道上にある荒谷の拳を指す。

 

 

「この拳も、視認はできないが今もゆっくりと移動している...時計の短針のようにな。このままずっと待っていれば、やがてこの80センチほどを通過し、こっちにいる、君の頬にじわじわメリ込むのが見られるだろう」

 

 

「じょ、冗談じゃないですよ。いやそうじゃなくて...ちょ、ちょっと待ってください」

 

 

ハルユキは、ブタの両手で頭を抱え、必死に情報を整理した。

 

 

「え、ええとですね...じゃあ、別に僕や先輩の魂が自分の体から抜け出てしまったってわけじゃあないんですね?あくまで思考は本来の頭の中で行われてるってことですか?」

 

 

「呑み込みが早いな。その通りだ」

 

 

「でも、そんなの変じゃないですか!思考と感覚が加速しただけだっていうなら、こんな...幽体離脱みたいに移動したり、自分の背中を見たり、そもそも先輩と会話だってできるわけないですよ」

 

 

「うむ、もっともな疑問だ、ハルユキ君」

 

 

教師のように頷くと、黒雪姫は縦にロールした黒髪を揺らしてテーブルの横まで移動した。

 

 

「我々が今視ているこの青い世界はリアルタイムの現実だが、しかし眼球で光学的に視認しているのではない。ちょっとこのテーブルの裏側を見てみたまえ」

 

 

「は、はあ.....」

 

 

ハルユキは現実よりもさらに小さなブタボディを屈めて、青いテーブルの下を覗いた。

 

 

「あ、あれっ?」

 

 

妙だ。

 

 

テーブルは木製で、表面には縦に細かい板目が走っている。

 

 

しかし裏面は、まるでプラスチックのようにのっぺりと一切のテクスチャがないのだ。

 

 

「なんだこれ....まるで、ポリゴン.....?」

 

 

顔を上げたハルユキに、黒雪姫は軽く頷いた。

 

 

「その通りだ。この青い世界は、ラウンジに複数存在するソーシャルカメラが捉えた画像から再構成された3D映像を、ニューロリンカー経由で脳が視ているものだよ。カメラの死角になっている部分は推測補完されている。だから、そこの女子のスカートを覗こうとしても無駄だ」

 

 

ハルユキは反射的にテーブルの下に伸びる生徒会役員の女子の脚を追い、その優美なラインがスカートの縁で消滅しているのを確かめてしまった。

 

 

慌てて立ち上がったハルユキを、黒雪姫はじろりと一瞥した。

 

 

「私の脚は見るなよ。カメラの視界に入ってるからな」

 

 

「み......見ませんよ」

 

 

苦労して視線を固定しながら、ハルユキは首を振った。

 

 

「ま、まあ、今見てるものの理屈はなんとなく解りました。ここはリアルタイムの現実を3D映像化した世界で.....僕らはアバターを代行体として、周りを見たり直結回線経由で喋ったりしてるってことですね?」

 

 

「そうだ。今は便宜的に君の学内ローカルネット用アバターが流用されているが」

 

 

「できるなら、他のがいいですけど」

 

 

呟き、ハルユキは大きく息を吐いた。

 

 

「でも....これでやっと半分ですよね、知りたいのはここからです。.....『加速』って一体何なんです?こんな時間停止みたいな機能がニューロリンカーにあるなんて、聞いたことないですよ!」

 

 

「当然だ、ニューロリンカーに秘められた加速機能を引き出せるのは、『ブレイン・バースト』というプログラムを持っている者だけだ」

 

 

黒雪姫は呟くように言い、左手を上げると、凍結する現実のハルユキの首に巻きつくXLサイズのニューロリンカーをつついた。

 

 

「ハルユキ君、君はニューロリンカーの作動原理を知っているか?」

 

 

「はい....一通りの知識だけですけど、脳細胞と量子レベルで無線接続して、映像や音や感触を送り込んだり、逆に現実の五感をキャンセルする...」

 

 

「そうだ。つまり2020年代のヘッドギア型VR機器、あるいは30年代のインプラント型とは原理が根本的に異なる。量子接続は、生理学的メカニズムではないのだ。ゆえに、脳細胞に負荷をかけることなく、とんでもないムチャができる......ことに気づいた者がいた」

 

 

「ムチャ...とは?」

 

 

ハルユキの疑問に、黒雪姫はやや見当はずれとも思える問いを返した。

 

 

「君は20年代頃のPCに触れたことがあるかな?」

 

 

「え、ええ、一応。自宅にあります」

 

 

「ならば、PCの基準動作周波数を何と呼んでいたか知っているだろう」

 

 

「ベースクロック......ですか」

 

 

黒雪姫は満足そうに頷いた。

 

 

「そう......マザーボード上の振動子が時計のように刻む信号を、設定倍率にしたがって増幅しCRUを駆動していた。そしてまた人間の脳、我々の意識も同じ仕組みで動いているのだ」

 

 

「え...!?ま、まさか。僕らの何処に振動子があるっていうんです」

 

 

「ここだ」

 

 

黒雪姫は即答し、現実の青いハルユキに正面から抱きつくと、いたずらっぽい上目遣いになりながら左手で背中の中心をつついた。

 

 

「な......な、何するんですか」

 

 

「今、君のクロックが少し上がったぞ。もう分かったろう.....心臓だ!心臓は、ただ血液を送り出すだけのポンプではない。その鼓動によって、思考の駆動速度を決定する基準クロック発生装置なのだ」

 

 

息を呑み、ハルユキはブタボディの胸を押さえた。

 

 

黒雪姫はまるでからかうように、尚も心臓のあたりに触れながら続けた。

 

 

「たとえ体が静止していようと、状況次第では心臓の鼓動はいくらでも速くなる.....レーシングドライバーのようにな。何故か。それは、思考を....状況認識力、そして判断力を『加速』する必要があるからだ。あるいは、互いに触れ合う恋人達のように、1分1秒を、より濃密に体験するために『加速』する」

 

 

黒雪姫は、現実のハルユキの胸にあてた指先を、ゆっくり上に動かし首で止めた。

 

 

「心臓が1度どくんと脈打つと、発生した量子パルス信号は中枢神経をさかのぼり、脳を、つまり思考を駆動する。ならば――その信号を首のニューロリンカーで乗っ取り、増幅してやればどうなると思う」

 

 

ぞくっ、と背筋に戦慄がはしるのを、ハルユキは感じた。

 

 

「思考が.....加速する?」

 

 

「そう、ニューロリンカーならそれができる。肉体や脳細胞に一切の悪影響を与えることなく、な。今この瞬間、我々のニューロリンカーは、心臓がたった1度の鼓動で発振したクロックを増幅し、無線量子信号に乗せて脳に送り込んでいるのだ。そのレートは、実に一千倍に達成する!」

 

 

「いっせん...ば...い」

 

 

告げられた言葉を呆然と繰り返すことしか、もうハルユキには出来なかった。

 

 

麻痺しかけた意識に、黒雪姫の淀みない声がいっそうの衝撃を与えた。

 

 

「思考を一千倍に加速する。それはつまり、現実の一秒を、一千秒....割り算をすれば16分40秒として体感するということだ」

 

 

F1レーサーどころの話ではない。もはやテクノロジーというよりも、『時間停止の魔術』に等しい。

 

 

しかし、その驚異的な現象がはたして具体的に何を可能にするのか、についてハルユキが思い巡らす前に、黒雪姫が何かに気付いたように「おっと」と呟いた。

 

 

「.....?」

 

 

「いや、すまん。説明に夢中になって、少し時間を使いすぎてしまったな。すっかり忘れていたが、現実の君は今まさにぶっとばされつつあるんだった」

 

 

「げっ....」

 

 

ハルユキは慌てて足を動かし、青く凍る自分の向こう側へと回り込んだ。

 

 

確かに、会長に費やした約5分(またはコンマ3秒ほど)の間に、荒谷のパンチは随分と移動していた。

 

 

リアルハルユキの丸いほっぺたまでは、もう50センチ弱しかない。

 

 

荒谷の顔は、これが天井に隠されたソーシャルカメラの映像から生成されたものだとは信じられない再現で、凶暴な興奮もあらわに唇を歪めている。

 

 

一体何が楽しいんだ。――いや、そりゃ楽しいだろうな。拳の向かう先に、虚ろな表情で漫然と立つ僕は、まさに雑魚キャラと呼ぶにふさわしい。

 

 

陰鬱な思考を脳裏に過ぎらせながら、ハルユキは黒雪姫に向き直った。

 

 

「......あの、この『加速』って、いつまで続くんですか?」

 

 

「理論上は無限だ。だが、『ブレイン・バースト』プログラム上の制限によって、君が加速していられるのは最大で体感30分、現実において1.8秒だ」

 

 

涼しげに返された黒雪姫の言葉に、ハルユキはピンクブタのくりくりした眼を剥き出した。

 

 

このまま現実の自分が2秒近くも凍りついていたら、荒谷のパンチは確実に残る距離を移動し、鼻筋にじわじわとめり込み――。

 

 

「....な、殴られちゃうじゃないですか!」

 

 

コマ送りでぶっ飛ぶ自分の姿を想像し、ハルユキは叫んだ。

 

 

が、黒雪姫は軽く笑い、説明を付け加えた。

 

 

「はは、心配するな。もちろん、加速状態を任意に停止することは可能だよ」

 

 

「あ、ああ.....そうですか。それなら、現実に戻ってからこのパンチを避けることも....」

 

 

「容易いな。ふふ、それが『加速』の最も解りやすい使い方だ。生身では不可能な反射速度で状況を見極め、熟慮してから、加速を解除して悠々と対処できる」

 

言うとおり、これまで散々殴られた際には避けることはおろか、恐怖のあまり見ることすら出来なかった荒谷のパンチの軌道とその狙いが、『加速』中の今なら手にとるように判る。

 

 

加速を解除すると同時に、左にほんの15センチほど動けば動けばいいのだ。

 

 

ごくりと唾を飲みながらもそう頭に刻み込み、ハルユキは解除のためのコマンドを尋ねようと黒雪姫を見た。

 

 

しかし、黒衣の麗人は、ハルユキよりも先に軽い口調でとんでもないことを言った。

 

 

「だが、避けるな。ここはあえてぶっ飛ばされようじゃないか、ハルユキ君」

 

 

「ぶ....」

 

 

ブタ鼻をしばしわななかせてから、ハルユキは叫んだ。

 

 

「い、嫌ですよ!痛いじゃないですか」

 

 

「どっちがだ」

 

 

「え....?ど、どっちって....」

 

 

「痛いのは、体なのか心なのかと訊いている」

 

 

黒雪姫のアバターから、微笑が消えた。ハルユキの答えを待たず、黒いハイヒールがかつっと前に踏み出された。

 

 

ハルユキのブタボディよりも、50センチ近く高い瘦身を屈め、黒雪姫はごく至近距離から目を覗き込んできた。

 

 

ハルユキは息を呑んで棒立ちになった。

 

 

「君が、この荒谷という生徒に殴られるのは初めてではあるまい」

 

 

「は....はい」

 

 

いじめの件は絶対に知られたくないと思っていたのに、なぜかハルユキは頷いていた。

 

 

「なのに、この生徒がこれまで処分されなかったのには、二つの理由があるはずだ。一つはもちろん、君が泣き寝入りしてきたこと。そしてもう一つは、荒谷が暴力や恐喝の現場を、巧妙にソーシャルカメラの視界から外していたこと」

 

 

確かに、ハルユキが直接的なイジメ行為を受けたのは、常に屋上の排気施設の陰や校舎裏といった生徒の近寄らぬ場所だった。

 

 

しかあれは、人の目を避けていたのではなく、カメラを避けていたということか。

 

 

黒雪姫は難しい表情になり、すっと体を伸ばした。

 

 

「...残念ながら、当校の二年や三年生にも、こいつと同種の生徒が少ないながらも存在する。彼らにもそれなりのネットワークがあり、ソーシャルカメラ視界警告アプリなどという違法なものを流通しているようだ。連中は、カメラの視界内では決して尻尾は出さない...新入りのこいつも、それは厳しく命じられているはずだ」

 

 

氷のような視線で、青く染まる荒谷の顔を一瞥した黒雪姫は、凄みのある静かな声で続けた。

 

 

「だが、所詮はまだ子供だ。先程の私の挑発で我を忘れ、こんなカメラが山ほどある場所で暴力行為に出た。いいか、これは君にとってチャンスなのだ、ハルユキ君。このパンチを回避するのは容易だが、そうすれば荒谷は我にかえり、この場から消えてしまうだろう。こいつに受けるべき罰を受けさせる機会は、再び限りなく遠ざかる」

 

 

――そして、荒谷は改めてハルユキを痛めつけるはずだ。

 

 

その報復が、これまての遊び半分のものではなくなるであろうことは、たやすく想像できた。

 

 

ぶるり、と背中を震わせながら、ハルユキは現実の自分と、その顔に近づきつつある荒谷の拳を見た。

 

 

骨ばったその右手は岩のようにごつごつと尖り、殴られれば泣くほど痛い。

 

 

この半年で、嫌というほど味わった痛みだ。

 

 

しかし――。

 

 

本当に血を流していたのは肉体ではなく心だ。

 

 

ズタズタに引きちぎられたプライドのほうだ。

 

 

「...あの」

 

 

ハルユキは躊躇いながら、黒雪姫に問いかけた。

 

 

「『ブレイン・バースト』を上手く使えば、ケンカでこいつに勝てますか」

 

 

一切の表情を消した美貌が、まっすぐにハルユキを凝視した。

 

 

「――勝てるだろうよ。君はもう、非加速者達を遥か越える力を持つ『バーストリンカー』だ。一発も殴られることなく、好き放題叩きのめせるさ、君がそう望むなら」

 

 

望むとも。

 

 

望まないわけがあるか。

 

 

荒谷の空手を技を華麗に避けまくり、人相をブタより醜く変えてやる。

 

 

鼻を潰し、前歯を全部叩き折り、土下座して泣き喚くさの頭から自慢の金髪を一本残らず引き抜いてやる。

 

 

ぎり、と奥歯を食い縛り、大きく息を吐いて、ハルユキは震える声で黒雪姫に告げた。

 

 

「...いえ、やめときます。大人しく殴られますよ...せっかくのチャンスですから」

 

 

「......ふ」

 

 

黒雪姫は、どこか満足そうに笑うと、ゆっくりと頷いた。

 

 

「賢明な選択だ。ま、どうせなら被害を最小に、効果を最大にしようじゃないか。『加速』が切れたら、自分から右後方に思い切り跳ぶのだ。顔を右に回して拳を受け流すのを忘れるな」

 

 

「は.....はあ」

 

 

ハルユキは、現実の自分のすぐ後ろに移動すると、荒谷のパンチの軌道を確認した。

 

 

確かに、顔の向きを変えながら跳べば、いかな空手技といえど威力の大半は殺せそうだ。

 

 

頷いてから視線を動かし、跳ぶ先の状況も確かめる。

 

 

左にはテーブルがあるが、右後ろには大きくスペースが空き、中庭を望む大窓まで障害物はない。

 

 

たった1人の人間を除いては。

 

 

「あ、いや...だめですよ。ここからそっちに跳んだら、先輩の体に衝突しちゃいます」

 

 

立ち上がっているハルユキと、椅子に座るリアル黒雪姫との距離はたった1メートルだ。

 

 

ハルユキの巨体に轢かれたら、華奢な体がどうなってしまうか知れたものではない。

 

 

しかし、黒ドレスのアバターは軽く肩をすくめただけだった。

 

 

「かなわん、その方が効果的だろう。心配するな、ちゃんと避けるから怪我はしないよ」

 

 

「...は、はい...」

 

 

確かに、事前に解っていればそれも可能かもしれない。

 

 

やむなく頷く。

 

 

「そろそろ本格的に時間が無いぞ。さ、早く現実の自分に重なれ」

 

 

ぽん、と背中を押され、ハルユキは一歩前に出ると、青い自分にブタのアバターを重ね合わせた。

 

 

背後では黒雪姫も椅子に座ったようで、声の位置が低くなった。

 

 

「よし、それでは加速解除のコマンドを教える。上手くやれよ――『バースト・アウト』!」

 

 

 

バースト・アウト!

 

 

 

ハルユキは一杯に息を吸い、思い切り叫んだ。

 

 

きぃぃぃん、というジェット機のような音が、遠くから近づいてきて周囲の静寂を破る。

 

 

青い世界が、徐々に本来の色を取り戻していく。

 

 

視界の左側で、停止していた荒谷の拳が少しずつ動き出す。

 

 

カタツムリのようにのろのろした動きから、じわじわと増速し、ハルユキの頬に迫る。

 

 

ハルユキは、言われたとおり両脚で右後ろ方向へと飛ぼうとしながら、懸命に首を右に回した。

 

 

ぐうううっと接近してきたパンチが、皮膚に触れ、わずかにめり込み――。

 

 

そして、世界が、戻った。

 

 

わっ、と周囲の騒音が押し寄せてくる中、ハルユキは左頬をがつぶよんと拳が抉るのを感じた。

 

 

頬の内側に歯が食い込み、唇が引き攣れる感覚。多少は血が出そうだが、しかしこれまで何度も食らった空手パンチに比べれば確かに半分くらいの痛みだ。

 

 

だが、同時にハルユキの巨体は映画のように派手に宙に飛んでいた。

 

 

上手く避けてくれ!と念じながら、背中から後ろの椅子に激突する。

 

 

ガターンと椅子が倒れる音、そして直後に、がつん!!という不吉な音がした。

 

 

背中から床に落ちたハルユキは一瞬息が詰まり、空気を求めて喘ぎながらも、必死に首を廻らして、衝突を回避したはずの黒雪姫の様子を確認した。

 

 

見開いた両眼が捉えたのは、頭をラウンジの採光ガラスに凭れさせ、壊れた人形のように手足を投げ出して瞼を閉じる華奢な姿だった。

 

 

乱れた前髪の下、透き通るほどの白い額に、つう、と一筋の血が流れた。

 

 

「あ....あっ」

 

 

悲鳴を呑み込みながら、ハルユキは立ち上がろうとした。だが、その寸前―。

 

 

『動くな!!』

 

 

直結されたままのリンカーを通して、黒雪姫の思考発声がハルユキの意識を打った。

 

 

反射的に、仰向けに倒れた格好のまま体を凍りつかせてハルユキは言葉を返した。

 

 

『で、でも...血が!!』

 

 

『心配ない、少し切っただけだ。言ったろう、最大の効果を狙うと。これでもう、荒谷は君の前には現れない。二度とな』

 

 

言われるまま、ハルユキは視線だけを左から右へと動かした。

 

 

右拳をまっすぐ振りぬいたままの荒谷が、ぽかんとした表情でハルユキ達を見下ろしていた。

 

 

その顔から、徐々に血の気が引いていき、薄い唇が2度、3度と痙攣するように震えた。

 

 

しん、とした静寂に包まれたラウンジに―。

 

 

「...きゃああああ!!」

 

 

周りのテーブルの女子生徒達の凄まじい悲鳴が響き渡った。

 

 

荒谷と手下ABは、生徒会役員の男子によって取り押さえられる間もまるで抵抗しなかった。

 

 

真っ青な顔でがくがく脚を震わせる三人を、血相を変えて駆けつけてきた教師達が引き擦りながら連行していき、黒雪姫もまた生徒会の女子に抱えられるようにして病院に直行した。

 

 

ハルユキ自身は保健室で軽い手当てを受けただけだが、校医の手で消毒されパッチを貼られる間も、直結ケーブルが抜かれる直前に黒雪姫が発した言葉が、残響となって耳奥に漂っていた。

 

 

『―おっと、言い忘れた。明日登校するまで、絶対にニューロリンカーを外すな。しかし、グローバル接続は1秒たりともしてはいけない。いいか、絶対だ。約束だぞ』

 

 

指示の真意を推測することなどまったくできなかった。

 

 

保健室で午後の2時間を過ごす間もずっと、奇妙な乖離感覚が全身を包んでいた。

 

 

昨日と今日のたった二日間で自分に起きた多くの出来事を、どう整理して呑み込んでいいのか解らない。

 

 

しかし少なくとも、もう下駄箱から靴がなくなったり、靴に異物が入っていたりということを心配する必要はなさそうだった。機械的に上履きかをスニーカーに履き替え、校舎から出たところで、ハルユキは言われた通りニューロリンカーをネットから切断した。

 

 

これにどんな意味があるんだろう、と再び考えながら校門を目指して歩き出したとき。

 

 

「ハル」

 

 

小さな声が耳に届き、声の方へ振り向くとそこにはチユリが立っていた。

 

 

「チユ...お前なんでここに?」

 

 

難しい顔をしたチユリがざしざしと校庭の舗装を踏みながら近づいてきた。

 

 

「ハル、昼休みの事聞いたよ」

 

 

「え?昼...あ、ああ」

 

 

「あいつらに殴られて、物凄い吹っ飛んだって...それ、その怪我?大丈夫?」

 

 

眉をしかめてチユリは顔を近づけたので、ハルユキは思わず左手で口元のパッチを覆った。

 

 

まさか、派手に飛んだのは自分でしたことだ、とも言えない。

 

 

「う...うん、大丈夫。ちょっと切っただけだって。他に怪我もないし」

 

 

「...そう、良かった」

 

 

まだやけに強張った顔に、かすかに笑みを浮かべてから、チユリはちらちらと周りを見た。

 

 

昼休みの一件で、ハルユキはたちまち校内の話題のタネになってしまったらしく、下校する生徒達は皆じろじろと遠慮ない視線を浴びせていく。

 

 

「じゃあ、たまには一緒に帰ろ」

 

 

硬い声でチユリはそう言い、答えを持たずに歩きはじめた。

 

 

背丈に似合わぬ大きな歩調ですたすた歩くチユリに小走りで追いつくとチユリが話しかけてきた。

 

 

「2年の黒雪姫さんと、直結したって、ホント?」

 

 

「えっ!?な、なん―」

 

 

なんで知ってるのか、と言いかけて、そりゃそうだと思い直す。

 

 

荒谷のパンチよりも、その1件の方が、生徒達に与えたインパクトは大きいのだろう。

 

 

「...うん、まあ...」

 

 

頷いたハルユキを見ようとせず、チユリは小さく唇を突き出すとさらに歩調を速めた。

 

 

その様子が、最大級の不機嫌を示していることを長い付き合いのハルユキは良く知っていて、なんでだと思ったがハルユキには解らなかった。

 

 

「でも、別に変な意味じゃないって。その、ちょっとアプリをコピーしてもらっただけで」

 

 

十月なのに、背中に嫌な汗がどーっと掻きながらハルユキは弁解した。

 

 

しかしチユリの表情は和らぐ事はなかった。

 

 

「そ、それより、朝言ってた事って...」

 

 

チユリに朝の事を問い詰めようとした時、良く通る声が前方から響いてハルユキは続きを呑み込んだ。

 

 

「おーい、ハル、チーちゃん!偶然だな、今帰り?」

 

 

ぴた、とチユリが脚を止め、ハルユキも顔を上げた。

 

 

環状7号線にかかるエスカレーターの袂に、にこやかな笑顔で手を上げる同年代の少年が見えた。

 

 

制服は、梅里中のものとは異なるブルーグレーの詰襟。

 

 

右手には古式ゆかしい黒革の学生カバンを提げ、肩には剣道用の竹刀ケースを掛けている。

 

 

少し長めの髪は清潔感のある真ん中分けで、その下の顔がまた、爽やかという形容がこれ以上似合う奴もいるまいというスッキリした美男子だ。

 

 

「タク!」

 

 

ハルユキとチユリの幼馴染である黛 拓武は、竹刀ケースを揺らして小走りに近づいてくると、ハルユキに明朗快活な笑顔を向けた。

 

 

「おっす、ハル!久しぶり」

 

 

「ッス、タク。久しぶり...だっけ?」

 

 

自分より10センチ高い所にあるタクムの顔を見上げながら、ハルユキは言った。

 

 

「そうだよ、リアルじゃもう2週間会ってないぞ。お前、マンションの行事出てこないから」

 

 

「出るかよ、運動会なんて」

 

 

顔をしかめてそう言い返すと、タクムは相変わらずだなあと笑う。

 

 

3人は、北高円寺に建つ複合高層マンションで同じ年に生まれた。

 

 

しかし、それだけの理由では、ハルユキにはない全てを持っているこの少年とはとても仲良くはなれなかったろう。

 

 

皮肉にも、タクムはあまりにも勉強が出来すぎて新宿区にある小中高一貫の名門校に入った為、逆にハルユキは彼と屈託無く付き合えるようになった。

 

 

タクムに、地元の公立小学校でたちまちイジメの標的となった自分の惨めな姿を見られずに済んだからだ。

 

 

同じ小学校に進んだチユリには、イジメの件は絶対にタクムには言うなと口止め(あるいは懇願)した。

 

 

もし知れば、タクムはハルユキを救おうと、悪餓鬼連中を呼び出して竹刀でしばき倒すくらいの事はしただろう。

 

 

しかしそれでイジメがなくなっても、やはりハルユキはもうタクムとは友達でいられなくなる気がしたのだ。

 

 

「そう言えば...」

 

 

三人で並んで歩きながら、ハルユキは自分から口を開いた。

 

 

学校では殆どしないことだ。

 

 

「こないだの都大会の動画。ネットで見たぞ。悪かったな誘ってくれたのに見に行けなくて」

 

 

「本当だよ、せっかく誘ったのに」

 

 

タクムは半眼でハルユキを見てきた。

 

 

「悪い悪い、でもすげーなタク、1年でもう優勝かよ」

 

 

「まぐれ、どまぐれだよ」

 

 

頭を掻きながら、タクムはくすぐったそうに笑う。

 

 

「苦手なやつが準決勝で消えてくれたからさ。それよりハルのそのパッチどうしたの?」

 

 

タクムが頬のパッチを指摘してきた。

 

 

「え?あ、これは今日ちょっとあって」

 

 

「そうなんだ、近頃物騒だから2人とも気をつけなよ」

 

 

「あ、ああ、そうだな」

 

 

ハルユキはこの時、自分が関わってるなんて言えないと考えていた。

 

 

他の話題に変えようとしたその時。

 

 

「悪いけど、少しいいかしら?」

 

 

後ろから女性の声が聞こえ、振り返るとそこには風紀委員の氷室先輩がいた。

 

 

「あなた、有田春雪君よね」

 

 

「え?あ!はい!」

 

 

ハルユキは思わず声を荒げてしまった。

 

 

「風紀委員の人がハルに何の用ですか?」

 

 

なぜかチユリが氷室先輩に対して、冷たく対応する。

 

 

「急にごめんなさいね、昼の件で有田君に確認したい事があるから私と一緒に来て欲しいの」

 

 

「それは今聞くことですか?別に明日でもいいですよね?」

 

 

「ごめんなさいね、できれば今日中に話を聞きたいの」

 

 

「だったら、事前に放課後なりに時間取るのが普通じゃないんですか?今は下校中ですよ」

 

 

「お、おいチユ何そんなに突っかかってんだよ。相手は風紀委員の会長だぞ!」

 

 

「だって...」

 

 

「すみません先輩!僕は全然構わないので何処か別の場所に移動しましょう!」

 

 

「ええ、分かったわ」

 

 

「そう言う訳だから俺はここで分かれるよ。またなタク、チユ」

 

 

ハルユキはタクムとチユに向き直り挨拶をする。

 

 

「う、うん。じゃあねハル」

 

 

タクムは少し動揺していたがすぐに挨拶を返してくれた。だが、チユリは氷室先輩を睨んだままだった。

 

 

「お待たせしてすみません」

 

 

「いいえ、別に構わないわ。では行きましょうか」

 

 

氷室先輩が歩き出したので、ハルユキはその後を追った。

 

 

この時、ハルユキは思いもしなかった。

 

 

この後、自分にとんでもない事が起こる事を。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

場所は変わり、兎美達の部屋で2人は話していた。

 

 

「いつもはハルの事を迎えに行くのに今日は行かないの?」

 

 

「ええ、ちょっと開発したものがあるから」

 

 

「また新しい発明品?」

 

 

「ええ、ハルの護身用にね」

 

 

「それにしても今日は帰りが遅いのね...ハル」

 

 

「グローバルネットを切ってるからハルの視覚情報見ることが出来ないしね」

 

 

その時、兎美のニューロリンカーに通信が入った。

 

 

送り主は非通知になっていて兎美は訝しげながら通信に出た。

 

 

 

『もしもし?』

 

 

『フフフ、始めましてだな有田兎美。いや仮面ライダービルドと言った方が良かったかな』

 

 

『!? あなたなんで私の正体を知ってるの?』

 

 

通話を掛けてきた男にいきなり正体を言われた事に、兎美は動揺する。

 

 

『そんな事はどうでもいい。今から言う場所に1人で来てもらうぞ』

 

 

『私がこんな明らかに怪しい電話で行くわけないでしょ』

 

 

『ほう?良いのか?来なかったらお前の大切な人がどうなるか分からないぞ?』

 

 

『大切な人?』

 

 

『フフフ、可笑しいと思わないのか?既に学校が終わってるのに、まだ帰ってきていない事に』

 

 

『!?あんたハルに何したの!?』

 

 

男が伝えてきた情報に、兎美は思わず立ち上がる。

 

 

『まだなにもしていないさ。まあ、早くしないと何するか分からないけどな』

 

 

『くぅ!』

 

 

『分かったら今から送る座標に一人で来るんだな、仮面ライダービルド』

 

 

その後、男からの通信は切れてしまい1通のメールが送られてきた。

 

 

「え?ちょ!兎美何処に行くのよ!」

 

 

兎美は美空の静止も聞かず、家を飛び出した。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

兎美はビルドに変身し、男に呼び出された場所にバイクで到着する。

 

 

「ハル...」

 

 

ババババン!

 

 

「!?」

 

 

ハルユキの元に向かおうとした時、銃声がなり、銃弾はビルドの前方に着弾する。

 

 

「こんな時に!」

 

 

銃声の方を向くと、そこには大量のガーディアンが現れた。

 

 

「貴方達に用はないのよ!」

 

 

ビルドはラビットとタンクのフルボトルを抜き取り、『ゴリラフルボトル』と『ダイヤモンドフルボトル』を装填する。

 

 

『ゴリラ!ダイヤモンド!ベストマッチ!』

 

 

「ベストマッチ!これがあれば!」

 

 

ビルドはドライバーについているレバーを回すとフレームがビルドの周りに構成され、ゴリラとダイヤモンドのハーフボディが前後に生成される。

 

 

『Are You Ready?』

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

ゴリラとダイヤモンドのハーフボディがビルドを挟み込むように結合する。

 

 

『輝きのデストロイヤー!ゴリラモンド!イエーイ!』

 

 

「勝利の法則は決まった!」

 

 

ビルドは再度レバーを回す。

 

 

『Ready Go!』

 

 

ビルドの前にダイヤモンドが発生する。

 

 

『ボルティックフィニッシュ!』

 

 

発生させた無数のダイヤモンドを右腕で弾き飛ばしガーディアンにぶつける。

 

 

ゴリラモンドの必殺技で、全てのガーディアンが破壊された。

 

 

「急がないと...」

 

 

ビルドはハルユキを助けるべく奥に向かった。

 

 

 

 

 

しばらく走っていると、ビルドは床に横たわった状態のハルユキを見つめる。

 

 

「ハル!」

 

 

ビルドはすぐさまハルユキに近づき抱きかかえる。

 

 

「ハル!ハル!」

 

 

揺さぶって起こそうとするが反応はなかった。

 

 

「ふふふ、遅かったな仮面ライダービルド」

 

 

後から先程に通信の男の声が聞こえ、振り返るとそこには霧が発生していた。

 

 

「霧?」

 

 

「ふふふ」

 

 

声が聞こえた次の瞬間、霧が集結しコウモリをモチーフにした何かがいた。

 

 

「コウモリ男...」

 

 

「ナイトローグだ。以後お見知りおきを」

 

 

「どっちでもいい!」

 

 

ビルドはナイトローグに向かって攻撃を仕掛ける。

 

 

「私に何をしたの!?人体実験したんでしょ!!」

 

 

「さあな、一々モルモットの事を覚えてないから忘れてしまったよ」

 

 

「なんですって!!」

 

 

ビルドはナイトローグに攻撃を仕掛けるが全ていなされてしまう。

 

 

ナイトローグの手元に新たな霧が発生し、集結すると1つの剣に変わった。

 

 

「はあ!」

 

 

ナイトローグは下から斬り上げて攻撃し、ビルドはダイヤモンドを発生させ攻撃を防ぐ。

 

 

「ぐう!」

 

 

「はあ!」

 

 

ナイトローグは腕を引き、そのまま剣を前に突き出す。

 

 

「きゃあ!」

 

 

攻撃を防ぐが、今度はダイヤモンドが砕けてしまい攻撃を受けてしまう。

 

 

「フッ!こんなものか」

 

 

「黙れ!」

 

 

「まあいい、当初の目的は達成した。俺はこれで引かせて貰おう」

 

 

「ま、待て!」

 

 

ビルドは引き留めようとしたが、そのかいなくスタークは体を霧に変え消えてしまう。

 

 

「くそー!」

 

 

ビルドは悔しさのあまり、地面を殴り付ける。

 

 

「! ハル!」

 

 

ビルドは目的を思い出し、ハルユキの元に向かう。

 

 

ハルユキは先程と変わらず、未だに気絶したままだった。

 

 

「ハル!しっかりしてハル!」

 

 

兎美は変身を解除しわハルユキを抱きかかえる。

 

 

「ハル...ねえ起きてよ...」

 

 

兎美は目に涙を浮かべながらも、ハルユキを起こそうとする。

 

 

「う、ううん」

 

 

「!?」

 

 

「あれ?兎美?」

 

 

「ハル!!」

 

 

ハルユキが目を覚ました事にホッとし、兎美は思わずハルユキを抱きしめる。

 

 

「え?ちょっ!何してんだよ!?」

 

 

いきなり抱き締められた事にハルユキは動揺する。

 

 

「良かった...ハル...」

 

 

ハルユキは状況が分からなかったが、兎美の様子を見てただごとじゃないと思い、しばらく兎美の好きにさせるようにした。

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

あれからしばらくし、あそこにいればまた襲われると思い、急いで自宅へ帰宅した。

 

 

帰宅した兎美達を待ち構えていたのは、玄関に仁王立ちして立っていた美空だった。

 

 

「兎美!いきなり飛び出して何処行ってたのよ!」

 

 

「ちょっと美空、落ち着きなさいよ」

 

 

「ハルも今まで何してたの!」

 

 

「いや...俺にも何が何だか...」

 

 

兎美達はご立腹の美空を落ち着かせて、今まで何があったか説明する。

 

 

「コウモリ男に拐われたって、ハルあんた何かされたの?」

 

 

「それがよく分からないんだよな、体も特に以上はないし」

 

 

「なによそれ、何か覚えてないの?」

 

 

「放課後、チユ達と一緒に帰った所までは覚えてるんだけど、その後の事が思い出せないんだ」

 

 

「取り敢えず、ハルの事は様子を見るしかないわね」

 

 

「そうだな」

 

 

「あんた、何か異変を感じたらちゃんと報告しなさいよ」

 

 

「分かった」

 

 

その夜、ハルユキは今までの人生の中で最大の悪夢を見た。

 

 

小学校の頃の悪餓鬼連中や、荒谷と手下AB、それに名も知らぬアウトローな学生達が、入れ替わり立ち替わり現れてはハルユキを痛みつけた。

 

 

少し離れた所から、チユリとタクムが眺めていた。

 

 

全身の痛みより、二人の顔に浮かぶ憐れみの表情のほうがハルユキには耐え難かった。

 

 

夢が進行するにつれ、見物人は増えていった。2人の隣に母親が現れ、ずいぶん昔に家を出ていった父親も登場し、さらに兎美と美空までも現れた。

 

 

マンションの住民達やクラスメイトまでも、ぐるりと人垣を作って地を這うハルユキを見下ろした。

 

 

もう、彼らの顔にあるのは憐れみではなく嘲笑だった。

 

 

憐れみの視線を向けていた兎美と美空も興味がなくなったかのようにハルユキから離れていく。

 

 

嫌だ。お前達までいなくならないでくれ。

 

 

醜く惨めなハルユキを、無数の人間達が指を指して嘲笑った。

 

 

もうここは嫌だ。

 

 

そう思って、遥かに暗い空を見上げると、そこに何者かの影があった。

 

 

夜より黒い翼を広げ、軽やかに飛翔する一羽の鳥。

 

 

僕もそこに行きたい。

 

 

もっと高く。

 

 

遠く。

 

 

飛びたい。

 

 

彼方まで。

 

 

『ーそれが、君の望みか?』

 

 

☆★☆★☆★

 

 

『そう、分かったわ。ありがとう』

 

 

兎美はチユリに連絡し、今日あったことを聞いた。

 

 

「まさか私が寝てる間にそんなことがあったなんて」

 

 

「私も発明に集中してたから確認してなかったし」

 

 

「そもそもその黒雪姫って女の目的はなんなの?そいつの所為でハルは殴られたそうだし。それに風紀委員の会長も気になるわ。話からしてその女に連れていかれる前からの記憶が無くなってるし、その女が怪しいんじゃないの?」

 

 

「分からないけど、取り敢えずその女に会う為に明日の放課後にハルの学校に乗り込むわよ」

 

「分かったわ」

 

 

そう言って、兎美は発明を再開した。

 

 

「早くこれを完成させないと」

 

 

兎美の前にあったのは、開発途中のビルドと同じドライバーと、青い小さなドラゴンが置かれていた。

 

 

 

「キシャー!」

 




はい!如何だったでしょうか

今回は思ったより長くなってしまいました

前書きは今回のような形で書いていきます

また、今回はオリキャラも出てきました。

名前からして誰なのか分かる人は多いと思います。

次回は修羅場の所まで持っていこうと思います。

では第3話もしくは激獣拳を極めし者でお会いしましょう

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第3話

これまでのアクセル・ビルドは

チユリ「いじめられっこの中学生、有田春雪は1年上に先輩、『黒雪姫』先輩に呼び出され不思議なアプリをインストールした後、荒谷に殴られしまい放課後に探していたコウモリ男に誘拐されてしまったがビルドによって救出されたのでありました!」


兎美「ちょっと!なんでチユリがあらすじ紹介してんのよ!てゆうか私の説明は!?」


チユリ「いいじゃん別に、ここではハルが出ないんだから原作側の紹介する人がいないと」


黒雪姫「そうだぞ、我々が出てきても問題ないはずだ」

兎美「しれっと黒雪姫まで出てくんじゃないわよ!あんたまだ私達と接点ないでしょうが!」


黒雪姫「細かい事はきにするな、それよりなぜ前回クローズドラゴンを出したんだ?ビルドの原作では登場は大分先だろ」


兎美「理由はあるわ!アクセルワールドの原作の名シーンをハルの初変身シーンに変えるために早めに出したのよ!」


黒雪姫「ちょっと待て!その名シーンってもしかしてアレか!ふざけるな!アレだけは変えさせないぞ!」


チユリ「えー、2人の言い争いがヒートアップしそうなので私が先に進めます!さてどうなる第3話!」


兎美「何勝手に進めてんのよ!」


早朝の公園で、1人の男の子がスマッシュに襲われていた。

 

 

「うわー!」

 

 

スマッシュは空を飛び男の子に攻撃を仕掛けようとしたが横から攻撃を受け、墜落してしまう。

 

 

そこに、バイクに乗った兎美が現れる。

 

 

「さあ、実験を始めるわよ」

 

 

 

兎美はバイクを操縦しながら、ビルドドライバーにボトルを装填する。

 

 

『ラビット!タンク!ベストマッチ!』

 

 

レバーを回し、バイクを運転する兎美の前後に、ハーフボディが現れる。

 

 

『Are you Ready?』

 

 

「変身!」

 

 

前後のハーフボディが結合し、兎美は仮面ライダービルドへと変身する。

 

 

『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエーイ!』

 

 

「はあ!」

 

 

ビルドはバイクから飛び降りスマッシュにパンチを繰り出す。

 

 

「ぐあ!」

 

 

ビルドの攻撃を食らい、スマッシュは吹っ飛ばされる。

 

 

「ふっ!」

 

 

スマッシュは空へ飛び、ビルドの攻撃から逃れる。

 

 

「だったら!」

 

 

ビルドはボトルを抜き別のボトルを2本装填する。

 

 

『ゴリラ!掃除機!』

 

 

レバーを回し前にゴリラ、後に掃除機のハーフボディを出現させる。

 

 

『Are you Ready?』

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

ハーフボディが結合され、ゴリラ掃除機にフォームチェンジする。

 

 

「はあ!」

 

 

掃除機の吸引力を利用し、空に飛んでいるスマッシュを引き寄せる。

 

 

「ぐっ!」

 

 

スマッシュも抵抗しようと反対方向に逃げようとするが、吸引力が強く逃げられずにいた。

 

 

「はあ!」

 

 

掃除機で充分引き付けたスマッシュを、ゴリラの腕で殴り飛ばす。

 

 

「ぐあ!」

 

 

「勝利の法則は決まった!」

 

 

ビルドは掃除機のボトルを抜き取り、ダイヤモンドのボトルを装填する。

 

 

『ゴリラ!ダイヤモンド!ベストマッチ!』

 

 

レバーを回すと、後にダイヤモンドのハーフボディが出現する。

 

 

『Are you Ready?』

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

『輝きのデストロイヤ!ゴリラモンド!イエーイ!』

 

 

ビルドはさらに、レバーを回す。

 

 

『Ready Go!ボルテックフィニッシュ!イエーイ!』

 

 

発生させた無数のダイヤモンドを右腕で弾き飛ばし、スマッシュにぶつける。

 

 

「ウウッ...!ウアーッ!」

 

 

ビルドの必殺技が決まり、スマッシュが倒される。

 

 

「ほい」

 

 

空のボトルに怪物の成分を入れると、スマッシュが居た所には1人の女性がいた。

 

 

「ママー!」

 

 

「浩太!」

 

 

襲われていた男の子が、スマッシュにされていた女性に抱きつく。

 

 

スマッシュにされていたのは、襲われていた男の子の母親のようだった。

 

 

ビルドは踵を返しその場を離れようとした。

 

 

「あの!助けて頂きありがとうございます!」

 

 

「ありがとう!」

 

 

「いえ、何事もなくてよかったわ」

 

 

「あの...あなたはいったい...」

 

 

「私はビルド...仮面ライダービルドよ」

 

 

ビルドは母親にそう伝えると、バイクに乗りその場を去っていく。

 

 

「仮面ライダー...ビルド...」

 

 

親子はしばらく、その場に留まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、ハルユキの部屋。

 

 

ハルユキは昨晩見た悪夢の所為で、うなされていた。

 

 

「・・・!・・・ル!・・・ハル!」

 

 

はっ、とハルユキは目を開けた。

 

 

ハルユキの目の前には、心配そうに覗き込んでいる兎美がいた。

 

 

「大丈夫?凄くうなされていたけど?」

 

 

「兎美?」

 

 

「どうしたの?なにかあったの?」

 

 

その時ハルユキは自分が泣いていることに気付き格好悪いと思い、直ぐに涙を拭った

 

 

「いやなんでもない、ちょっと怖い夢を見ただけだから・・・」

 

 

ハルユキはこんな姿を兎美に見せたくないと思い部屋を出て行こうとしたが、行動を移す前に兎美に前から抱きしめられた。

 

 

「大丈夫よハルあなたを傷つける人はここにはいないわ、ハルは私が守るから安心して」

 

 

「なんで...、なんで、こんな俺にそこまでしてくれるんだよ...」

 

 

「ハル...なんでそんなに自分を卑下するの?」

 

 

「だって...俺はこんな見た目だし...兎美や美空みたいに凄い力とかないし...スマッシュとの戦いだって俺に出来ることないし...」

 

 

「私は知ってるよ、ハルが誰よりも優しいことを...自分が傷つけられる事と同じぐらい誰かを傷つけることを嫌うことも...それにハルは行く宛ても無かった私達に居場所をくれた...力なんて関係ない...ハルが居てくれるから私は戦えるし美空だって安心して暮らせる...私達にはハルが必要なんだよ」

 

 

「うわぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 

ハルユキは兎美の優しさとぬくもりに触れ、今まで溜め込んでいたものが涙としてあふれ出てしまった。

 

 

 

しばらくハルユキは泣き、落ち着いた為かハルユキはすぐ兎美から離れる。

 

 

「ごめん...かっこ悪いところ見せて...」

 

 

「ううん気にしないで...それよりお腹空いたでしょ朝ごはんにしよ」

 

 

そう言って兎美はそそくさとリビングに向かい,ハルユキもその後に続いた。

 

 

余談だが,先程の大胆な行動を思い出し兎美は赤面していた。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

リビングに行くと既に美空がおり、朝食を食べていた。

 

 

「おはようハル」

 

 

「おはよう美空」

 

 

「おはようハル」

 

 

「おはよう」

 

 

「ハル、昨日攫われたんでしょ?大丈夫なの?」

 

 

「ああ、兎美が助けてくれたからなんともな...」

 

 

その時、ハルユキは思わず返事をしてしまったが自分が喋ってる人が美空たちとは別の人だと気づき,慌てて声の方を見るとそこにはチユリが俺達と一緒に朝食を食べていた。

 

 

「チユ!?なんでここにいるんだよ!」

 

 

「気づくのが遅いのよ、ハルがあの後攫われたって聞いたから様子見に来たの」

 

 

「様子見に来たって、お前朝練は!」

 

 

「何言ってんの?朝練まで全然時間あるわよ」

 

 

チユに言われて時計を見ると、AM:6時と表示されていた。

 

 

「なんで俺こんなに早く起きてんの!?」

 

 

「それはね、私がハルに見せたいものがあるから早く起こしたのよ」

 

 

そこに、ハルユキの朝食を持ってきた美空が来た。

 

 

「見せたいもの?」

 

 

「そうよ!ハルが絶対喜ぶものよ!」

 

 

俺達は朝食を食べた後、兎美達の部屋に行った。

 

 

「へーここが仮面ライダーのアジトなんだ。私この部屋入ったこと無いから知らなかったけど、他の部屋より広いのね」

 

 

「当たり前だよ。こいつ母さんの許可得て元々別々だった、2人の部屋を壁を壊して1つの部屋にしたんだから」

 

 

「あー...だからこんなに広いんだ」

 

 

その時、一体の青いドラゴンがハルユキに近づく。

 

 

「キシャー!」

 

 

「うおっ!なんだこいつ!」

 

 

ハルユキは突如現れた謎の物体に驚き、驚愕の声を上げた。

 

「その子はクローズドラゴンと言って、ハルの護身用に私が発明したのよ」

 

 

クローズドラゴンは、ハルユキの回りを旋回する。

 

 

「うおー!かっこいい!」

 

 

「ほんとハルってそうゆうの好きよね」

 

 

「当たり前だろ!こんなの出されたら興奮するに決まってんだろ!」

 

 

クローズドラゴンの登場に、ハルユキは興奮していた。

 

 

「ふふふ!興奮するのはまだ早いわよ!」

 

 

そう言うと、兎美はパソコンとビルドドライバーに似たドライバーを持ってきた。

 

 

「これはね...ハルが仮面ライダーに変身する為の専用ガジェットなのよ!」

 

 

「は!?俺の変身アイテム!?マジで!?」

 

 

「そう!これが私が開発したライダーシステム!仮面ライダークローズよ!」

 

 

「仮面ライダークローズ...」

 

 

兎美が持っているパソコンには、クローズと思われるデザインが表示されていた。

 

 

「「おおー!」」

 

 

表示されていたのは青を基調としたドラゴンを模した鎧だった。

 

 

「でもさ、これを見る限り俺じゃあ頭身と横幅が合わないんじゃないか?」

 

 

ハルユキの言葉通り、表示されている物は頭身が高くお腹周りもシュッとしていた。

 

 

「ふふふ!私の発明をなめないでよ!変身時に調整されるようになってるから正体がバレる心配もないわ」

 

 

「そんなこと出来るの?」

 

 

兎美の言葉に、チユリが質問する。

 

 

「可能よ!只その当たりの最終調整がまだ終わってないから、調整する為にハルには1回変身してもらわないといけないけどね」

 

 

「だからこんな早い時間に起こしたのか...」

 

 

「それじゃあ早速変身してもらうわよ」

 

 

「おおー!ハルの変身見てみたい!」

 

 

変身と聞いて、チユリはテンションが上がっている。

 

 

 

 

 

 

「調整してないって言ってたけど、本当に大丈夫なのか?」

 

 

「.....大丈夫よ」

 

 

「最初の間はなんだよ!本当に大丈夫だよな!」

 

 

「あんた男でしょ。早くしなさいよ」

 

 

美空に急かされ、ハルユキは泣く泣く変身する事にした。

 

 

「じゃあ説明するわね。まずは私が変身する時と同じように腰にベルトを当てて」

 

 

兎美の説明どおりドライバーを腰に当てる。

 

 

すると体に合わせてベルトが装着される。

 

 

「キシャー」

 

 

「クローズドラゴンの頭と尻尾を上に上げて、ガジェット形態に変形させる」

 

 

ハルユキは旋回しているクローズドラゴンを捕まえ、言われた通りに変形させる。

 

 

「次に随分前に回収したこのボトル、『ドラゴンフルボトル』を装填する」

 

 

兎美はドラゴンフルボトルを、ハルユキに投げ渡す。

 

 

 

ハルユキは、それを右手でキャッチしボトルを数回振り、ガジェットに装填する。

 

 

『ウェイクアップ!』

 

 

「ガジェットをベルトに装填してレバーを回したら変身完了よ」

 

 

ハルユキはガジェットをドライバーに装填する。

 

 

『クローズドラゴン!』

 

 

そのままレバーを回すことでドライバーからスナップライドビルダーが展開された後、クローズ専用のドラゴンハーフボディを前後に生成される。

 

 

『Are you Ready?』

 

 

「変身!」

 

 

掛け声とともにハルユキを挟み込むように結合され、その後追加ボディアーマー・ドラゴライブレイザー・フレイムエヴォリューガーが上半身と頭部を覆うことで変身が完了する。

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「痛い!痛い!痛い!お腹が挟まった!」

 

 

変身時にお腹のお肉が挟まり、ハルユキは悲惨な事になっていた。

 

 

「は、早くガジェットを抜いて!」

 

 

兎美の言葉を聞いて、ハルユキはドライバーからガジェットを引き抜く。

 

 

ハルユキは変身が解除され、お腹を押さえながら床に倒れていた。

 

 

「だ、大丈夫?ハル」

 

 

「だ、大丈夫な訳ないだろ!めちゃくちゃ痛かったんだからな!」

 

 

ハルユキは涙目になりながら、兎美に抗議した。

 

 

「ごめんごめん。でもこれで次はちゃんと変身できるようになるから...」

 

 

「本当だろうな!?」

 

 

 

「ちゃんと調整して、変身できるようにしとくから安心して」

 

 

「分かった...うぅぅ...酷い目に合った...」

 

 

「取りあえず挟んだ所を冷やさないと。氷持ってくるわ」

 

 

美空はすぐに、台所に氷を取りに行った。

 

 

「あれ?また新しいボトル手に入ったのか?」

 

 

今まで倒れてたハルユキだったが、机の上に置いてある新しいボトルに気づき起き上がった。

 

 

「ハル、あんた意外と大丈夫でしょ」

 

 

チユリが呆れ、兎美は机の上に置いてあったボトルを取り部屋の隅へ行く。

 

 

「そう、朝現れたスマッシュの戦利品よ」

 

 

兎美は壁に埋め込まれているパネルに、新しいボトル『タカフルボトル』と別のフルボトルを装填する。

 

 

「何それ?」

 

 

「それはベストマッチだ」

 

 

チユリの疑問に答えたのは、ハルユキだった。

 

 

「ボトルには相性があるんだ。たとえばラビットとタンク!この2本入れると」

 

 

ハルユキはパネルに、ラビットとタンクのフルボトルを入れる。

 

 

すると真ん中に光の線が走り、R/Tというマークが光る。

 

 

「相性が良い組み合わせが見つかると、このように光るんだ。全組のベストマッチが見つかるととんでもないことが起こるらしい。だけどこれがなかなか見つからないんだ」

 

 

「だからこれが必要なのよ」

 

 

兎美が、ビルドドライバーをチユリに見せる。

 

 

「これは元々ビルドの変身機能しかなかったのを、私がベストマッチを探せる検査機にもなるよう改良したのよ」

 

 

『ラビット!タンク!ベストマッチ!』

 

 

「どうよ私の発!明!品!」

 

 

「へー、まあ私なら一発で探せるけどね!」

 

 

チユリはそう言い、ドライバーを奪いボトルを並べてる机に向かう。

 

 

「ふん!言ってくれるわね!だったら探して貰おうかしら」

 

 

兎美は机の上にある、開発途中の物を手に取る。

 

 

「これはガトリングボトルを使って開発した最強の武器!....何とかガトリンガーよ」

 

 

兎美は最初は自信満々で言っていたが、名前がまだ決まっていない所為か自身無く言った。

 

 

「けどベストマッチになるボトルが見つかってな...『タカ!ガトリング!ベストマッチ!』嘘ー!」

 

 

「えー!」

 

 

チユリが言葉通り一発で見つけたことに兎美達は驚いている。

 

 

「どうよ!私の第!六!感!」

 

 

チユリはドライバーを兎美に突きつける。

 

 

「タカガトリンガー...ホークガトリンガー...あっホークガトリンガーがいいわねそうしよう」

 

 

兎美は現実が受け入れられないのか、現実逃避をしていた。

 

 

「なんでベストマッチが分かったんだよ!」

 

 

「えーなんとなくよ」

 

 

「お前凄いな...」

 

 

 

 

 

チユリは朝練の為、学校に向かい兎美は先程のホークガトリンガーの開発に、美空は限界だったのか眠ってしまった。

 

 

ハルユキはお腹を氷で冷やした後、兎美が作ったお弁当を持って学校へ向かう。

 

 

母親にお金をチャージして貰おうと思ったが、昨日は荒谷達の昼を買わなかったのと、今日も兎美のお弁当があるため貰わないで声だけ掛けてそのまま家を出た。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

時刻は変わり、昨日と同じようにハルユキはラウンジで黒雪姫と昼食を取っていた。

 

 

『どうやら約束通り外ではグローバルネットを切っていたようだな』

 

 

『はあ...あの昨日入れたアプリとグローバルネットの切断は何か関係しているんですか?』

 

 

『無論だ、では説明しよう。君がインストールしたブレインバーストの正体はただの対戦格闘ゲームだ。それも現実を舞台にした遭遇戦のな』

 

 

『じゃ、じゃあもしうっかりグローバルネットを接続していたら...』

 

 

『他のバーストリンカーに狩られていただろうな』

 

 

『思考の<加速>なんていう物凄いテクノロジーを使って、一体何をするのかと思ったらカクゲーっすか!もう30年も前にすたれきったジャンルじゃないですか!』

 

 

すると、黒雪姫は少し考えるように小首を傾げ、どこか皮肉そうな笑みを滲ませた。

 

 

『うーん、その言い方はちょっと違うかな。ハルユキ君、我々バーストリンカーは格闘ゲームで遊ぶために<加速>しているのではない。その逆、<加速>し続けるために戦っているのだ。そうせざるを得ないのだよ。それがこのプログラムの嫌らしいところさ』

 

 

『それは......どういう意味ですか?』

 

 

『ん......この先は、実地に説明したほうがいいかな。ちょっと<加速>してみたまえ』

 

 

『は、はあ...』

 

 

ハルユキは兎美の弁当への未練を断ち切り、言われるままに椅子の上で姿勢を正すと、加速コマンドを口の中で叫んだ。

 

 

バースト・リンク!

 

 

 

ばしっ、というあの音が体と意識が叩き、周囲の生徒達の動きと色を奪った。

 

 

「で...どうするんです?」

 

 

「視界の左側に、新しいアイコンが増えていないか?」

 

 

言われるまま視線を動かすと、確かにいくつか並んだアプリ起動アイコンの中に、燃え上がるBのマークが新規登録されていることに気づいた。左手を持ち上げてそれをクリックする。

 

 

「それが、対戦格闘ゲームソフト<ブレイン・バースト>のメニュー画面だ。自分のステータスや戦績の閲覧、さらに周囲のバーストリンカーを検索して対戦を挑むことができる。マッチメイキングのボタンを押してみろ」

 

 

頷き、ハルユキはメニュー最下のボタンをクリックした。即座に新たなウインドウが開き、一瞬のサーチング表示に続いてネームリストが現れる。

 

 

と言っても、そこにある名前はたった2つだ。

 

 

一つは<シルバー・クロウ>と――そしてもうひとつ。<ブラック・ロータス>。

 

 

順番からしてシルバー・クロウが自分の名前だとハルユキは考えていた。

 

 

「今、我々はグローバルネットからは切断され、学内ローカルネットにのみ接続しているゆえ、リストにはキミと私しかいない――はずだ」

 

 

「はい...ブラック・ロータスさん」

 

 

綺麗な名前だ、とか、あなたにぴったりです、とか言いたかったが勿論そんな台詞をするりと発音できる訳もなく、ハルユキのブタ鼻がふがふが動いただけだった。

 

 

「よし。それでは、私の名前をクリックし、対戦を申し込んでみろ」

 

 

「え...ええ!?」

 

 

「何も本当に戦おうって訳じゃない。タイムアップでドローにするだけだ」

 

 

軽く苦笑し、黒雪姫はさあ、とハルユキを促した。

 

 

同一フィードに数万人が接続する大規模戦闘ゲームを珍しくないこの時代に、いまどき1対1か、と思いながらリストの名前をそっとクリックし、現れたポップアップメニューから【DUEL】を選ぶ。

 

 

さらに浮かんだYES/NOダイアログから――【YES】。

 

 

瞬間、ふたたび世界の様相が変化した。

 

 

青く停止したラウンジから、全ての生徒達が一斉に消える。柱やテーブルが、色を取り戻しながらまるで風化するように朽ちていき、ガラスにも厚く埃がこびりつく。

 

 

そして空が、さあっと深いオレンジ色に染まった。

 

 

どこからか乾いた風が吹いてきて、床のあちこちから伸びた名も知れぬ草を揺らした。

 

 

1800の数字が、ばしっと視界上部に刻まれた。

 

 

左右に青いバーが伸び、最後に――【FIGHT】の炎文字。

 

 

「ほう...<黄昏>ステージか。レアなのを引いたな」

 

 

きょろきょろと周囲を見回していたハルユキの傍らで、黒雪姫の声が響いた。

 

 

「ステージ属性は、よく燃える、すぐ壊れる、意外に暗いだ」

 

 

「は、はあ...」

 

 

頷きながらも、ハルユキは自分の体を確認した。

 

 

するといつの間にかピンクブタの体ではなく視界に入ったのは、脚も、胴も、両腕も、針金のように細く、磨かれたように銀色の体だった。

 

 

まるでロボット――しかし、ゲームやアニメのような戦闘的イメージはかけらもない。

 

 

慌てて顔に手をやってみると、鼻や口の感触はなく、ヘルメットのようになめらかな曲線だけが硬い指先に滑った。

 

 

咄嗟に近くにあった窓ガラスで確認する。

 

 

大きなガラスに映った姿は、まさしく全身これ金属のロボットだった。

 

 

体はとことん細く、小さく、流線型の頭ばかりが不格好に大きい。一言でいえば――とても、雑魚っぽい。

 

 

今朝兎美が見せてくれたデザインに比べてしまうと、天と地との差だ。

 

 

となれば黒雪姫はどのような姿になっているのかと思いながら視線を向けたが、目の前に立っていたのは、これまでと一切変わらない黒ドレスのアバターだった。

 

 

「それが君のデュエルアバターだな。<シルバー・クロウ>、いい名前じゃないか。色もいい。フォルムも好きだな、私は」

 

 

黒雪姫の手が伸ばされ、銀色のつるつる頭をなでなでした。

 

 

その確かな接触感覚は、ハルユキに改めてここが<接触禁止>というお子様な倫理保護コードなど存在しない、本物の仮想現実であることを意識させた。

 

 

「ど、どうも...なんか雑魚っぽいですけど。造り直しは、できない...ですよね。これ、デザインやネーミングは誰がしたんです?そもそもデュエルアバターって何なんですか?」

 

 

「その名の通り、対戦専用のアバターさ。デザインしたのはブレイン・バースト・プログラムであり、キミ自身でもある。――君は夕べ、とても長く、怖い夢を見ただろう?」

 

 

「...はい」

 

 

内容は思い出せないが、それが物凄い悪夢だったことだけは感覚的に覚えている。

 

 

思わずロボットの細っこい二の腕を硬い掌で擦る。

 

 

「プログラムが、君の深層イメージにアクセスした所為だ。ブレイン・バーストは、所持者の欲望や恐怖や強迫観念を切り刻み、濾し取って、デュエルアバターを造り上げるのだ」

 

 

「僕の...イメージ。恐怖と...欲望」

 

 

呟き、ハルユキは改めて自分の体を見下ろした。

 

 

「これが...この小さくてひ弱でツルツルの体を、僕が望んだってことですか?そりゃ確かに、もっと痩せてたらなーとは常々思ってますけど...それにしたって、もうちょっとこうヒーローっぽく...」

 

 

それこそ兎美が見せてくれたデザインのような、カッコいい姿を思い描いた。

 

 

「ははは、そう単純なものじゃないさ。プログラムが読み取るのは、理想像ではなく劣等感なのだ。君の場合、あのピンクのブタくんがそのままデュエルアバターにならなかっただけでも幸運と思うべきかもしれないぞ。もっとも、私はあれも好きだがね」

 

 

「や...やめてください。僕は嫌いです」

 

 

とっとと学内ネット用に新しい黒騎士アバターを組もう、と思いながらハルユキは尋ねた。

 

 

「でも、ということは、先輩のその学内アバターもブレイン・バーストが作ったものだったんですか?それが、先輩の劣等感の象徴?そんなに綺麗なのに...」

 

 

「いや...」

 

 

かすかに瞳を翳らせ、黒雪姫は顔を伏せた。

 

 

「これは、私自身がエディタで組んだものだ。私は...訳あっていま、本来のデュエルアバターを封印しているのだ。理由はいずれ話す。時がくればな」

 

 

「封印...?」

 

 

「残念ながら、私のデュエルアバターは醜いよ。醜悪の極みだ。それが封印の理由ではないがね...ま、私のことはいい」

 

 

肩をすくめ、黒雪姫はすぐにいつもの謎めいた表情に戻ってしまった。

 

 

再び白い手で、ハルユキのヘルメット頭をすりっと撫でる。

 

 

「さてそろそろブレイン・バーストについて説明しよう。君は加速した時画面を、よく見ておいただろうな」

 

 

「たしか...変な数字が出ました。バースト...ポイント、だったかな。それが99から98に減ったんです」

 

 

「よし、よく覚えていたな。バーストポイント!それだ、それこそが我々をこの無慈悲な戦場へと駆り立てるのだ」

 

 

叫ぶようにそう言うと、黒雪姫は窓ガラスの方に数歩進み、くるりと振り向いた。

 

 

両手で持った傘がカツッ!と床に突き立てられ、ひび割れた敷石が小さな破片を飛ばした。

 

 

「バーストポイントは、すなわち、我々が<加速>できる回数だよ。一度加速するとポイントが1減少する。インストール直後の初期値は100ポイントだが、君は昨日ラウンジで一度加速したため、1ポイントを消費していた。そしてさっき、さらに1ポイントを使ったことになる」

 

 

「げっ...。そ、それどうやってチャージするんですか。まさかリアルマネー課金ですか」

 

 

「違う」

 

 

黒雪姫はばっさり否定した。

 

 

「バーストポイントを増やす方法はただ1つ、<対戦>で勝つことだ。勝てばポイントが、同レベル対戦ならば10増える。しかし負ければ10減る。」

 

 

すっ、と顔を窓の外の夕焼け空に向けて、黒雪姫は呟くように続けた。

 

 

「<加速>はとてつもなく強い力だ。喧嘩に勝つことは勿論、試験で満点を取ったり、ある種のギャンブルやスポーツで大勝することも容易い。このあいだの夏の甲子園で、本塁打の大会新記録を打ち立てた1年生選手はハイレベルのバーストリンカーだ」

 

 

「...な...」

 

 

唖然とするハルユキに、どこか悲しげな視線がちらりと投げられる。

 

 

「ゆえに、1度この禁断の蜜を味わった我々は、永遠に<加速>し続けるしかない。そのためのバーストポイントを得るべく、永遠に戦い続けるしかないんだよ」

 

 

「...ちょ...ちょっと待ってください」

 

 

ええー、あの天才強打者がバーストリンカーだって。

 

 

いやそうではなく――黒雪姫の話に、少し可笑しい所がなかったか。

 

 

ハルユキは懸命に考え、口を開いた。

 

 

「あ...あの、さっき対戦に勝てば10アップ負ければ10ダウンって言いましたよね。てことは...その他に、<加速>で消費されるポイントもあるんだから、全バーストリンカーの持つ総ポイントは減る一方じゃないですか。つまり、対戦が弱い人は当然ポイントが0になることも...。なったら、どうなるんです...?」

 

 

「さすが、理解が早いな。簡単なことだ。<ブレイン・バースト>を失う」

 

 

黒雪姫は、闇色の瞳に燃えるような色を浮かべてまっすぐにハルユキを見た。

 

 

「プログラムが自動的にアンインストールされ、2度と再インストールすることはできない。ニューロリンカーを機種変更しても無駄だ、固有脳波で識別されるからな。ポイントを全て奪われた者は、2度と<加速>することはできないのだ」

 

 

寒々とした声音でそう告げてから、もっとも、と言い添えた。

 

 

「君のように、新人として参戦してくれる者もいるから、パイは減少一方というわけでもないがな。それでも現在は、傾向としては微減だが」

 

 

しかしハルユキには、付け加えられた言葉は殆ど聞こえなかった。

 

 

「ブレイン・バーストを...失う」

 

 

たった2、3度<加速>の力を味わっただけなのに、想像しただけで背中がぞうっと凍った。

 

 

加速できなくなる、というだけではない。ハルユキにとっては、もともと別世界の住人である黒雪姫とのたった一つの接点が失われるということでもあるのだ。

 

 

「さて...どうする、ハルユキ君」

 

 

「どうする...って...?」

 

 

「今ならまだ戻れるぞ。<加速>も<対戦>もない、普通の世界に。君をいじめる馬鹿者ももう現れない。それは生徒会役員として保証しよう」

 

 

「...ぼ...僕は...」

 

 

この時、ハルユキは兎美達との今までの戦いを思い出していた。

 

 

スマッシュに襲われ怪我をした時の事、スマッシュから守るために襲われた人を庇った事、無茶をして兎美と美空に説教された事。

 

 

なぜ、自分が危ない事をしているのか。

 

 

「...僕は、まだやらないといけない事がありますから」

 

 

「ほう?」

 

 

「あなたは、僕にブレイン・バーストくれた。それが、僕の初期100ポイントを奪うためじゃない、ってことくらいは分かります。そうなら、いくらでもうまい言い方はありますもんね。...なら、あなたには何か、僕にさせたい事があるはずです。スカッシュゲームのハイスコアをチェックしたり、加速について1からレクチャーしたりするほどの手間をかけるだけの目的が、そうでしょう?」

 

 

「...ふむ。的確な推論だ」

 

 

かすかに微笑む美しいアバターを、ハルユキは銀面越しにまっすぐ見つめた。

 

 

「僕はかっこ悪いし、ぶよぶよだし、泣き虫です。だけどあなたは他の誰でもない、僕に助けを求めた、だったら僕はあなたを助けたいと思ってます!」

 

 

「それはいじめっ子から救ってくれた恩返しとしてか?」

 

 

「それもありますが僕は誰かが困っているのなら手を差し伸べます。あなたが今困っているのなら、その為に僕の出来るあらゆることをしたい。だから僕は...ブレイン・バーストをアンインストールしません。戦います...バーストリンカーとして」

 

 

ハルユキはすでに決意していた、なぜ自分がスマッシュの戦いに参加しているのか...それは襲われている人やスマッシュにされた人を助けたいのは勿論、それ以上に兎美の助けになりたいと思ったから参加している。

 

 

誰かを助けたいという気持ちが、怖がりなハルユキを動かしているのだ。

 

 

言葉を吐き出し終えたハルユキは、羞恥のあまり細いアバターを縮め、俯いた。

 

 

「ふふっ、やはり君を選んだのは正解だったようだな。君の志はありがたく受け取ろう。確かに私は、現在少しばかり厄介な問題を抱えている。その解決に、君の手を借りたい」

 

 

ハルユキは小さく息をつきながらこくりと首を動かした。

 

 

「ええ、僕に出来ることなら、なんでも。何をすればいいんですか?」

 

 

「まずは、<対戦>の仕方を学んでもらう。体力ゲージの下に表示された自分の名前をクリックしてみたまえ<インスト>が開き、君のデュエルアバターに設定された通常技及び必殺技の全身コマンドを確認できる」

 

 

「ひ...必殺技?」

 

 

伸ばしかけた手を止め、ハルユキはオウム返しに訊いた。

 

 

「うん。プログラムは、デュエルアバターを創造するときに、その属性に従って規定量のポテンシャルを各パラメータに割り振る。攻撃力に秀でたタイプ、防御が堅いタイプ、そして必殺技で一発逆転を狙うピーキーなタイプもある。だが大原則として同じレベルのデュエルアバター同士ならばその総ポテンシャルはまったく等価だ。」

 

 

ハルユキはどきどきしながら銀の指を伸ばし、自分の名前を押した。

 

 

効果音とともに半透明の窓が開く。

 

 

シンプルな人型のアニメーションで体の動きが表示され、その右に技名が表記されている。

 

 

まず1つ、腰溜めに右拳を構え、突き出すモーション。通常技<パンチ>。

 

 

そして2つ目。右脚を引き、前に蹴り出すモーション、通常技<キック>。

 

 

そして必殺技――両腕をクロスさせ、大きく左右に開き、よいしょと頭を突き出す、その名も<ヘッドバット>。

 

 

必殺技の項目には他にも表示されていたが技名が???になっており見ることが出来なかった。

 

 

「...あの」

 

 

ハルユキは呆然と呟いた。

 

 

「通常技の、パンチと、キック...それと必殺技が、ただの頭突きと文字化けしてるのしかないんですけど」

 

 

「ほう?」

 

 

それを聞いた黒雪姫は、右手の指先を(おとがい)に添え、首をかしげた。

 

 

「ふむ、恐らく文字化けしているのは使用するのになにかしら条件が必要なのだろう。問題はその条件が何かだな」

 

 

「条件...ですか?」

 

 

「そうだ、それはこれから探していけばいい」

 

 

「わ、分かりました」

 

 

ハルユキは他のゲームとかでも隠された要素等が用意されていたりした為、深く考えていなかった。

 

 

「ん、そろそろ時間か」

 

 

見れば、1800秒もあったタイムカウントは、僅かに20秒を残すのみとなっていた。

 

 

「では、次のレクチャーは体験授業といくか」

 

 

「は...え...?どういう...?」

 

 

きょとんとするハルユキに、黒雪姫は不敵に笑みを浮かべてみせた。

 

 

「無論、君に体験して貰うのさ。<対戦>をな」

 

 

直後、ドローのリザルト画面を経て<対戦>が終了し、同時に<加速>も解けた。

 

 

現実のラウンジに復帰した途端、黒雪姫はハルユキに発言の機会を与えぬままぶちっと直結ケーブルを引き抜いてしまった。

 

 

「さて!食事にしよう有田君。冷めてしまうぞ」

 

 

にっこり笑って、テーブルから小さなスプーンを取り上げる。やむなくハルユキも、自分の前に置かれたお弁当に手を伸ばした。

 

 

周囲のテーブルからは、昨日と同じ非難の視線がハルユキに集中照射されていて、どうせなら学食のスミッコに持っていってから食べたいと思ったが空腹には勝てなかった。

 

 

はぐはぐと三口ばかりかき込んだところで、同じテーブルに座る上級生が黒雪姫に話しかける声が聞こえ、ハルユキはむぐっと喉を詰まらせた。

 

 

「姫、そろそろ教えてくれないかしら?私達はもう好奇心で死んでしまいそうだわ。こちらの殿方は、あなたとどういう関係であると理解すればいいのかしら」

 

 

さっ、と視線だけ上げると、発言の主は昨日も見た、ふわふわした髪型の生徒会役員だった。

 

 

確か2年生の書記だ。

 

 

「ふむ」

 

 

黒雪姫は、グラタン皿の脇にスプーンを置くと、優雅な手つきでティーカップを待ち上げ、少し考える様子を見せた。

 

 

周囲の生徒達が一斉に静まり返った。

 

 

「端的に言えば、私が告白し、彼がフッたのだ」

 

 

悲鳴と驚愕の叫びが世界に満ちた。

 

 

箸を咥え、弁当を抱えて、ハルユキは走って逃げた。

 

 

 

 

 

「あ...あのですねぇ!!」

 

 

午後の2時間を、針のような視線を浴びながらやり過ごしたハルユキは、校門に向かって歩く黒雪姫の右斜め後方から押し殺した声で抗議した。

 

 

「何考えてんですか!!僕またイジメられますよ!イジメられますからね絶対!!」

 

 

「堂々たる宣言だな」

 

 

ふふっと笑ってから、黒雪姫はすまし顔で続けた。

 

 

「私は事実を言ったまでじゃないか。それに、君も満更でもなさそうだったぞ」

 

 

言いながらさっと自分の仮想デスクトップを操作し、指先を弾く仕草を見せる。

 

 

ローカルネット経由で即座にファイルが受信され、ハルユキの視界にアイコンが点滅した。

 

 

クリックすると、眼前に大きな画像が展開された。

 

 

箸を口に突っ込んだまま、ぽかんと間抜けな顔を晒す自分の写真。

 

 

それを見た途端、ハルユキは叫んだ。

 

 

「うぎゃあ!!」

 

 

即座にファイルをゴミ箱に叩き込む。

 

 

「いいい、いつの間にこんな視界スクショ撮ったんですか!早業にも程がありますよ!!」

 

 

「何、ほんの記念だ」

 

 

そんなやり取りをする間も、周りからは現実的殺傷力を持っているとしか思えない視線がハルユキに照射されている。

 

 

今更のように肩を縮めるが、到底黒雪姫の細身には隠れられない。

 

 

「もう少し胸を張れ。この学校に、私にフられた男子は多くともその逆は君だけなんだぞ」

 

 

「だから、僕がいつそんなことをしましたか!」

 

 

「その言い方はひどいな。また傷ついちゃうな。...っと、そんなことより」

 

 

そんなことの一語で問題をペンディングし、黒雪姫は表情を改めると小声で言った。

 

 

「校門を出れば、君のニューロリンカーはグローバル接続される。ここを含む<杉並第3戦区>にいるバーストリンカーなら、誰でも君に対戦を強制できるわけだ」

 

 

「え...エリア?対戦できる範囲に、限りがあるってことですか?」

 

 

ハルユキの問いに、黒雪姫は小さく頷いた。

 

 

「それはそうさ。東京の反対側にいる奴と対戦になっても、遭遇する前に30分が過ぎてしまう。...いずれは、大人数が無制限に接続できる集団戦用フィールドへと踏み出すことにもなるだろうが、それはレベル4を超えてからの話だ。今は目の前の戦いだけに集中しろ」

 

 

わずかに鋭さを増した声で、レクチャーが締めくくられた。

 

 

「先に言っておくが、負けたからって即リマッチとはいかないぞ、同じ相手に挑戦出来るのは1日1回だからな。私もギャラリーに行くが、残念ながら手助けはできん。...頑張ってくれ」

 

 

「は...、はい」

 

 

ごくっ、と喉をならし、ハルユキは頷いた。

 

 

「これが君のデビュー戦だ、<シルバー・クロウ>。グッドラック」

 

 

ぽんと背中を押され、ハルユキは戦塵吹き荒れる歩道へと足を踏み出した。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

場所は変わり、ここは風紀委員が使用する教室。

 

 

そこでは風紀委員会長の幻と成美がいた。

 

 

「どうやら、仕込みは旨くいった見たいね」

 

 

幻は教室から校門前にいるハルユキを見ながら、そう呟いた。

 

 

「会長...昨日なぜあの少年にを攫ったのですか?」

 

 

成美が幻に質問する。

 

 

「彼を攫ったのはハザードレベルを上げるのと、彼のブレイン・バーストにある細工をしたのよ」

 

 

「彼に何を仕込んだんですか?」

 

 

「ふふふ、それは現実世界で使用した物をニューロリンカー経由でブレイン・バーストでも使えるようにする物よ。もっともハザードレベル等が関係した物じゃないと送れないけどね。たとえば...ドライバーとか」

 

 

「なぜそのような物を彼に?」

 

 

「彼は私の計画に必要不可欠なのよ...後、仮面ライダーの彼女もね」

 

 

そう言って幻はハルユキを見つめていた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

ハルユキが一歩踏み出すとバシイイイッ!!という、あの音がハルユキの脳内いっぱいに響いた。

 

 

世界が暗転した。町並みが一瞬で夜闇に沈んだ。

 

 

ハルユキの眼前に、見覚えのある燃えるフォントで、アルファベットが並んだ。

 

 

【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】

 

 

ハルユキは状況を確認する為、周りを見回した。

 

 

すると道路を渡った向こう側に、うごめく複数の人影が見えた。

 

 

いつの間に現れたのかこちらを見ている姿が三つほどあった。闇にまぎれてシルエットしか解らないが、みなハルユキより随分と大きい。

 

 

人影は顔を寄せ合い、何か話している様子だった。ハルユキは思わず耳をそばだてた。

 

 

「...んだか、妙にビクついた奴だなぁ」

 

 

「名前も記憶に無いよねー、初心者かな?」

 

 

「けどメタルカラーだぜ。ちょっとはヤルんじゃねぇ?」

 

 

あいつら――NPCじゃない。

 

 

ハルユキは直感した。

 

 

あの物腰、口調、間違いなくプログラムではなく生身の人間だと。

 

 

この時、ハルユキは思い出した。

 

 

対戦をする前に黒雪姫が言った言葉。

 

 

”私もギャラリーに行くが”

 

 

ハルユキはその言葉を思い出し、彼らがこの対戦を観戦している他のバーストリンカーだと気づいた。

 

 

その時、突然背後で響いた爆音に飛び上がった。

 

 

ハルユキは失念していた。

 

 

自分は今対戦中であることを。

 

 

振り向いたハルユキの眼前に、一際巨大なシルエットが屹立していた。

 

 

バイクだ。

 

 

それも、見慣れたモータードライブ型ではない...ずいぶん前に法律で禁止された内熱機関をハラワタのように抱え込み、そこからドッドッドッと重い震動を響かせている。

 

 

フロントフォークがやけっぱちのように長く、それに挟まれたタイヤも冗談みたいに太い。

 

 

灰色のごついトレッドから、かすかに焦げ臭い匂いが漂ってくる。

 

 

ハルユキは視線を上に向けて、大げさに湾曲したハンドルの向こう、革のシートにまたがるライダーの姿を捉えた。

 

 

全身を鋲を打った黒レザーに包み、両足のブーツを踏ん張って両腕を胸で組んでいる。

 

 

頭も黒のヘルメットに包まれているが、シールドは骸骨を模したど派手な代物だ。

 

 

その奥から、軋るような声が漏れるのを、ハルユキは呆然と聴いた。

 

 

「ひさびさの<世紀末>ステージだぜ、ラァァァァッ、キィィィィ~」

 

 

組んだ腕の片方から、人差し指をつきたてて左右に振る。

 

 

「オマケに相手がピカピカのニュービー。メガラァァァァァッキー!」

 

 

骸骨ライダーは、右のブーツを持ち上げるとハンドルに載せ、器用にひとこすりした。

 

 

途端、どぼばるろおおおおん!という轟音が鳴り響き、ハルユキに向かって突進してきた。

 

 

「うわ!」

 

 

ハルユキは咄嗟に横に飛び、回避する。

 

 

「チッ!避けてんじゃねぇよ!」」

 

 

骸骨ライダーはすぐさま方向転換し、ハルユキに突進する。

 

 

ハルユキは直ぐに骸骨ライダーの反対側へ走る。

 

 

「ヒャハハハハハッ!逃げろにげろぉ!!」

 

 

誰もが逃げたと思っていたがこの時、ハルユキの頭の中では戦う為の計算が行われていた。

 

 

ハルユキは現実世界ではとろくて動きが遅いが、バーチャル空間では現実では出来ない動きをすることが出来る。

 

 

ハルユキは、骸骨ライダーを充分に引き付けたその時。

 

 

「はあっ!」

 

 

近くにあった障害物を足場として利用し、三角飛びの要領で骸骨ライダーの顔面に回し蹴りを放つ。

 

 

「...おわ!?」

 

 

という叫びが、かすかに骸骨のフェイスシールドの下から漏れたような気がした。

 

 

しかしその時には、銀甲に覆われた脚が、見事に骸骨のど真ん中に命中した。

 

 

バキャアアアン!!という物凄い衝撃音とともに、シールドが放射状にひび割れた。

 

 

がくんとライダーの首が後ろに曲がり、ハルユキはその顔の上を通過するとアスファルトの路面に着地した。

 

 

すぐに顔を上げて後ろを確認する。

 

 

バイクは、前後のブレーキローターから大量の火花を散らしながら右斜め方向に吹っ飛んでいき、路肩の瓦礫の山に突っ込んでようやく停止した。

 

 

乗り手の体が、反動でどすんとタンクに突っ伏し、同時にぷすんと情けない音を立ててエンジンが止まった。

 

 

「よし!」

 

 

呟き、ぐっと右手を握り締めてから、ハルユキは双方の体力ゲージを確認した。

 

 

シルバー・クロウの方は、ダメージを受けていないので減ってはいないが、対するアッシュ・ローラーは被害甚大、飛び蹴りとクラッシュの双方で大ダメージを負ったと見えてゲージが20%以上も削れ、色も少し紫がかっている。

 

 

アッシュ・ローラーに視線を向けると、クラッシュしたバイクがようやくエンジンを再点火したところだった。

 

 

息切れのようなアイドリング音を響かせる車体が、ずぼっと瓦礫から引っ張り出される。

 

 

このあとをどうしようかと考えたとき、どこからひそひそ声が聞こえた。

 

 

「へぇー、やるじゃないあのちっちゃい子」

 

 

「レベル1の癖にレベル2を圧倒するなんて<親>は誰なのかね」

 

 

周囲を見回すと、いつの間にかあちこちの屋上や路地にたたずむ人影を見つけることができた。

 

 

彼らがハルユキをマークしているはずはないので、アッシュ・ローラーのほうをチェックしていたリンカーたちなのだろう。

 

 

しかしこの中で1人だけ、シルバー・クロウの名を登録しているギャラリーが存在するはずだ。

 

 

もちろん<ブラック・ロータス>こと黒雪姫である。

 

 

さてどこにいるのだろうとキョロキョロしていると近くにいた2人組みの片方が、ハルユキに向けてひらりと手を振った。

 

 

「このデュエルに勝ったら、君も登録させてもらうわね。頑張ってねボウヤ」

 

 

「ま、そう簡単ではないと思うがね」

 

 

もう片方はアッシュ・ローラの方を向きながらそう言った。

 

 

再び視線を戻すとアッシュ・ローラーがバイクをこっちに向けエンジンを吹かしていた。

 

 

「いーーーーーーい気になってんじゃねーぞハゲ!!俺様のVツインサウンドで踊らせてやんよ!」

 

 

ぼがぁぁぁん!!とエンジンが咆哮し、クロームのマフラーから排気炎がほとばしった。

 

 

直後、巨大なアメリカンバイクは、猛烈な勢いでハルユキに突進してきた。

 

 

「うわわわ!!」

 

 

ハルユキは慌てて回避し直撃は免れたが、衝突の際に飛び散った欠片がいくつかハルユキの装甲に弾けた。

 

 

その瞬間、自分の体力ゲージがほんの1ドット程度ではあるが削れ、ハルユキは改めて驚いた。

 

 

普通の対戦ゲームなら、ダメージはシステムに規定された方法でしか発生しないはずだ。

 

 

やはり、この<ブレイン・バースト>はただのゲームではないのだ。

 

 

現実と区別できないほどに高度なグラフィックとサウンド、そして執拗なまでのリアリズム。

 

 

この世界での戦闘を勝ち抜くための鍵は、きっとそこにある。

 

 

内心にそう刻みつけながら、ハルユキは己より遥かに経験を積んでいるであろう敵を見上げた。

 

 

バイクを器用に直立させたまま、アッシュ・ローラーはじろりとハルユキを見下ろし、金属質の甲高い声でしゃべり始めた。

 

 

「お前、弱そうな見た目の癖に結構やるじゃねぇか」

 

 

「そりゃどうも!」

 

 

アッシュ・ローラは再度の突進態勢に入った。

 

 

何かないか、一発逆転の秘策、起死回生の...。

 

 

ハルユキはあらゆる知識と経験を総動員させて懸命に考えた。

 

 

アッシュ・ローラーは突進してくるがハルユキは難なく避ける。

 

 

仮想でありながら現実。

 

 

それがこのゲーム、<ブレイン・バースト>最大の特徴だ。

 

 

圧倒的なディティール、そしてリアリティ。

 

 

ならば、あのアッシュ・ローラのバイクも、ただ見た目だけのポリゴンではないはずだ。

 

 

精緻に再現されているがゆえの弱点もきっとある。

 

 

バイク―それも前世紀のガソリンエンジン型の特徴って何だ。

 

 

うるさい。

 

 

ガス臭い。

 

 

それらは遭遇前までは弱点となりうるが、この状況では関係ない。

 

 

ガソリンが切れたら動かない。

 

 

ならタンクに穴を開けられれば―いや、とてもそんなピンポイント攻撃は不可能だ。

 

 

他になにかないか。

 

 

なにか―。

 

 

後輪で焦げ跡を作りながらターンしたバイクが、三度ハルユキに黄色く輝く単眼を向けた。

 

 

その瞬間、ハルユキは鋭く息を呑んだ。

 

 

あった。あれだ。

 

 

内熱機関バイクの特徴、そして弱点。

 

 

「ヒャ―ハハハハァ!!いつまで逃げられるかな!!」

 

 

絶叫とともに、鉄の馬が疾駆する。

 

 

奥歯を食いしばり、ハルユキは突っ込んでくるバイクを睨んだ。

 

 

そうだ―いかにあいつが速くたって、見えないほどじゃない。

 

 

派手に避けようとするな、ぎりぎりの動きでかわすんだ。

 

 

その時、ハルユキによく耳にしている言葉が過ぎった。

 

 

「勝利の法則は、決まった!」

 

 

全集中力を振り絞り、ハルユキは跳ね飛ばされる寸前、50センチだけ右にスライドした。

 

 

ちっ、とハンドルの端が体をかすめ、アッシュ・ローラーが目の前を通過した。

 

 

瞬間、ハルユキは両手を伸ばし、ダメージ覚悟でバイクの後輪を覆う黒いフェンダーの縁を掴んだ。

 

 

指が引き抜かれそうな衝撃とともに、腕の各関節から火花が散り、体力ゲージが軽く凹む。

 

 

バイクの速度が僅かに落ちた。

 

 

その隙を逃さず、ハルユキは床面に両脚を突っ張り、思い切り体を仰け反らせた。

 

 

がりがり、と鋼の足がコンクリートを削り、ゲージが続けて減少した。

 

 

「ヒャッハァーッ!!」

 

 

肩越しに振り向いたアッシュ・ローラーが、甲高い哄笑を放った。

 

 

「バァーカ!!てめぇみてーなガリチビに、俺様のモンスター・マッシーンが止められっかよォォォ!!」

 

 

ガリガリガリガリ!!と、自分の両足の裏側が凄まじい擦過音を放つのを聞いた―のと同時に。

 

 

「ッ...チチチチいてててて―!!」

 

 

まるで、足が粗い下ろし金で削られていくような、いやそのものの熱と痛みに襲われ、ハルユキは悲鳴を上げた。

 

 

「キヒャヒャヒャヒャ!早く放さねーと、タッパがモリモリ減ってくぞぉ―ッ!!」

 

 

アッシュ・ローラーの勝ち誇った声に、耳障りな金属音が重なる。

 

 

銀の両足が真っ赤に過熱し、体力ゲージが怖いほどの速度で減少していく。

 

 

しかし、ハルユキは両手を放さなかった。

 

 

銀面の下で歯を食いしばり、熱と痛みに必死に耐えながら、愚直にバイクに尻にぶら下がり続ける。

 

 

目の前が行き止まりになっており、髑髏ライダーは「ひょおーっ」という奇声とともにバイクを傾けてスピンターンに入った。

 

 

ブレーキローターが火花を吐き、太いタイヤが白煙を上げる。

 

 

「くうううっ!」

 

 

遠心力で吹っ飛ばされそうになるのを、ハルユキは必死に堪えた。

 

 

もうすぐ、あと半秒後に、最初で最後のチャンスが来る。

 

 

エンジンが回転を落とし、バイクが回頭を終え、再度の猛ダッシュを開始しようとした―その寸前。

 

 

ほんの一瞬、シルバー・クロウの足底が床面をがっちりと捉えた。

 

 

「今の俺は!負ける気がしない!うおおおおお!!」

 

 

ハルユキは絶叫した。

 

 

同時に、あらん限りの力を振り絞り、両手で掴んだフェンダーを真上に引き上げた。

 

 

膝や肘、肩がスパークし、残り2割ほどにも減った体力ゲージに最後の1削りを食らったが、細い両脚は巨大な荷重に耐え、まっすぐに伸びた。

 

 

コンマ1秒遅れて、太いリアタイヤが猛然と回転した。

 

 

だがその運動エネルギーは、推進力に変わることはなかった。

 

 

ぎりぎりのところで、トレッドが床面から離れていたからだ。

 

 

 

「お...おッ!?」

 

 

ハルユキの直ぐ目の前で、背中を向けてシートにまたがるアッシュ・ローラーが叫んだ。

 

 

慌てたように2度、3度と右手をしゃくる。

 

 

その度にエンジンが唸り、後輪が狂ったように回転する。

 

 

しかしもう、鋼の車体はびくりとも動かない。

 

 

これが、ハルユキの気づいた<弱点>だった。

 

 

前後ホイールにモーターを内蔵した電動バイクと異なり、前時代の内熱機関バイクは、エンジンと繋がったチェーンによって後輪のみを駆動しているのだ。

 

 

バイク全体を持ち上げるのは絶対に不可能だが、鋼鉄のロボアバターを突っ張らせてわずかにリアを浮かせるだけなら1時間でも続けられる。

 

 

「て...てめぇ!コラァ!!降ろせハゲぇぇ!!」

 

 

体を捻って肩越しにそう喚き散らすアッシュ・ローラーを、ハルユキは見上げた。

 

 

そして相手には見えないだろうがにんまりと笑った。

 

 

「嫌だね、悔しかったら前輪回してみろ」

 

 

「くぅっ!このやろー!」

 

 

アッシュ・ローラーはハルユキの挑発に乗り、殴りかかってくるがハルユキは首を動かすだけで避け、今まで貯めていた必殺ゲージを使用し必殺技を放つ。

 

 

「ヘッドバッド!!」

 

 

空ぶった所為で前につんのめったアッシュ・ローラーの顔面にハルユキの必殺技が決まり、アッシュ・ローラーのゲージが0になった。

 

 

こうしてデビュー戦はハルユキの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 




はい!如何だったでしょうか!

今回は兎美達の活躍は余りありませんでした。

すみません。

序盤にチユリがベストマッチを見つけましたが
実はチユリが!という展開は今後ございません!

ただ大六感をやりたかっただけです。

また、アッシュ・ローラー戦ですが最後のタイヤ浮かす奴は
原作のままではなく少し変えようと考えていたのですが
まだ、原作のままの技しか使えない設定のため断念しました。

次回!ハルユキがついに変身します!

お楽しみ下さい

また、まだ作品の序盤なのでしばらくは二番煎じにお付き合い下さい。

では次回又は激獣拳を極めし者でお会いしましょう


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第4話

これまでのアクセル・ビルドは

兎美「てーんさい物理学者、有田兎美はスマッシュに変えられ子供を襲っていた親子を助け、ハルの苦しみを和らげたのでありました!」

千百合「紹介してるのほとんど序盤の所じゃん。後の話はどうしたのよ」

兎美「しょうがないでしょ!後の話はほとんどハルの話なんだから」

美空「まあ、ハルが主役だからしょうがないけどね」

兎美「私が出た所でなんてハルのベルトの最終調整とベストマッチの所しかないし」

千百合「その代わり今回はまだ出番あるんじゃない?」

美空「まあ前回よりはあると思うわよ」

兎美「そういう事だからさっさとはじめるわよ!さてどうなる第4話!」

千百合「今気づいたんだけど今回ビルドの出番ないんじゃないの?」

兎美「気にしないようにしてたのにわざわざ言うんじゃないわよ...」


デビュー戦を終え、非加速世界に復帰したハルユキは、午後の陽光を大きく吸い込み、長く吐き出した。

 

 

対戦はカウント600を残して決着したので、現実では1秒そこそこしか経過していない計算だ。

 

 

しかし両の掌は汗にじっとりと濡れ、痺れたように冷たくなっている。

 

 

強張った指先でニューロリンカーのグローバルネット切断ボタンを長押ししていると、いきなりバシーン!と背中を叩かれた。

 

 

「おい、やったな、シルバー・クロウ!まさかあそこまでやるとは思わなかったぞ!」

 

 

振り向いた先にあったのは、珍しく明確な笑顔を浮かべた黒雪姫の小さな顔だった。

 

 

校門を出た所で並んで加速したのだから当然だ。

 

 

「僕は一瞬負けるかと思いましたが」

 

 

「謙遜するな、見事な勝利だったぞ。君のアバターの瞬発力があって初めて突けた弱点だろうがな。まさかレベル1なのにレベル2に勝てるとは思っても見なかったからな」

 

 

「まさか初戦が格上の相手だとは思いませんでしたよ」

 

 

「だがそのお陰で格好いい勝ち方が出来たじゃないか。ギャラリーたちの話を小耳に挟んだが、アッシュ・ローラーをあんなふうに攻略したのは君が初めてらしいぞ。立派な勝利だよ」

 

 

「は、はあ...」

 

 

「なかなかどうして≪キック≫も様になっていたぞ。最後の≪ヘッドバット≫も使うタイミングが旨かった。あれならオーソドックスな格闘タイプ相手ならそうそう遅れは取るまい。...っと、いつまで立ち話も何だな」

 

 

黒雪姫の言葉に改めて周囲を見ると、校門のまん前に、立つ二人を、下校する生徒たちが歩きながら、あるいは立ち止まって好奇心も露に眺めていた。

 

 

ヒイッ、と自分の陰に隠れるがごとく身を縮めたハルユキは、人垣の輪の奥にチユリの顔を見つけて息を詰めた。

 

 

ハルユキはチユリの顔を見た瞬間、長年の付き合いのお陰で直に気が付いた。

 

 

今のチユリは怒っていると。

 

 

怒っている理由が分からず固まっているハルユキに、少々いぶかしむように黒雪姫が言った。

 

 

「どうした、場所を移すならどこかそのへんの店に...、――ん?君は...」

 

 

「ハルをどうする気なんですか?」

 

 

チユリは黒雪姫に近づき、小柄な体を精一杯反らせて黒雪姫に対峙する。

 

 

ハルユキだけに判る、最大級の負けん気を発揮しているときの角度で太い眉を固定したチユリは、低めの声でさらにいい募った。

 

 

「昨日ハルが暴力を振るわれたのは、先輩がちょっかい出したせいなんでしょう?なのにまだこんな風にハルを晒し者にして、どういうつもりなんですか?何が楽しいんですか?」

 

 

チユリは黒雪姫に質問する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、その話私達にも詳しく聞かせてくれないかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、ハルユキの後ろから凄い聞き覚えがあり、ここにはいないはずの者の声が聞こえた。

 

 

ハルユキは恐る恐る振り替えると、そこには凄く不機嫌な兎美と美空がいた。

 

 

ひ――――。

 

 

何これ何だよこの状況!どうすればいいんだ!

 

 

己のキャパシティを完全に超えた成り行きに全身をすくませながらも、ハルユキは強張った口をどうにか動かした。

 

 

「お、おいお前ら...」

 

 

『ハルは黙ってて!!』

 

 

幼少のみぎりから記憶に刻まれた視線の一撃を食らえば、かつての手下としては直立不動で押し黙るしかなく、それも兎美と美空が追加してとなったらハルユキには成す術もない。

 

 

その超火力チユリビームや兎美達の視線を真正面から受け止めながらも、黒雪姫はさすがの貫禄を見せ、兎美達に視線を向け涼しい微笑とともに小さく首をかしげた。

 

 

「君達はここの生徒ではないようだが、どちらさまかな?」

 

 

「そんなことはどうでもいいのよ、昨日チユリから殴られた話は聞いたけどまさかあなたのせいだったとはね。それにこんな大勢の前で目立つような事をして何を考えているの?」

 

 

兎美は黒雪姫を睨みながら質問する。

 

 

「ん...、少々意味が解らないな。私が何か有田君の意に染まぬことをして楽しんでいると、そう糾弾しているのかな?」

 

 

「違いますか。ハルはこいうのは嫌いなんです、目立ったりじろじろ見られたりするの」

 

 

「さっきからハルが困ってるのにあんたは気が付かないわけ?まあ、あんたには解らないでしょうけど」

 

 

チユリが説明し、美空が指摘し挑発する。

 

 

気のせいか、いつもより棘がある気がする。

 

 

「ふむ。なるほど確かに、私は有田君を彼の好まぬ状況に置いていたかもしれない。しかし、それを撰ぶ選ばないは彼の意思だと思うがね。君達に口を出す権利があるのかな?」

 

 

「あるに決まってるでしょ私達はハルの家族なんだから」

 

 

「私もあります。この学校で、私が一番長い友達ですから」

 

 

「ほう、家族に友達...ね」

 

 

兎美とチユリの宣言を聞いた途端、白い美貌に極冷気クロユキスマイルが浮かんだ。

 

 

「ならば、私のほうが優先度は高いな。君はもう噂は聞いているだろう、私は彼に告白して現在返事待ちだ。これから軽くデートするところだ」

 

 

ギャー。

 

 

黒雪姫の言葉でハルユキは悟った。

 

 

今日が自分の命日だと。

 

 

まるで加速したときのように、チユリ達と周囲の人並みがしーんと凍りついた。

 

 

ハルユキもまた不自然な姿勢でフリーズし、汗だけがダラダラと額を流れた。

 

 

静寂のなか、黒雪姫は制服のポケットから純白のハンカチを取り出す。

 

 

「もうすぐ冬だというのに、おかしな奴だな」

 

 

ハルユキの汗をフキフキしてから、右腕にがっしと自分の腕をからめた。

 

 

「ではごきげんよう、家族君達に友達君」

 

 

そして、花道のごとく左右に並ぶ生徒達の間を、ハルユキの巨体をずるずる引き摺りながら進みはじめた。

 

 

後ろ向きに引っ張られながら、ハルユキは家族と幼馴染の顔が、呆然とした驚きから怒りゲージ三本ぶんの大爆発寸前へと変化するのを、恐怖とともに見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くく繰り返しますが...な何考えてんですか!!」

 

 

幹線道路から煉瓦敷きの裏道へと入った所で、ようやくハルユキは黒雪姫の腕から手を引き抜き、叫んだ。

 

 

「いい言っときますけど、世の中には≪加速≫で解決出来ないこともあるんです!!」

 

 

「アハハハハ」

 

 

黒雪姫は心底愉快そうに笑った。

 

 

「ハハハ...早速そんなバーストリンカーの極意にたどり着いたのか、よかったじゃないか」

 

 

「よくないですよいっこも!明日から登校出来なくなったら先輩のせいですからね!」

 

 

「おや、君だって満更でもなさそうな顔をしていたぞ。今度も視界スクショでバッチリ撮ったが、見るか?」

 

 

「見ません!ていうか捨ててください!!」

 

 

「ふふふ...」

 

 

黒雪姫は尚もしばらく肩を小刻みに揺らして笑い続けた。やがて、小さく息を吐いて表情を改め、それにな、と続けた。

 

 

「ちょっと気になる...というか、確かめたいことがあったのでね」

 

 

「へ?気になる...って、チユリがですか」

 

 

「ほう、名前で呼び捨てする仲か」

 

 

「あっ、いえその、倉嶋です、倉嶋千百合、1年1組の」

 

 

「知っている。君の1番の友達というのは初耳だが。と言うより、本当にただの友達なのか?」

 

 

疑わしそうな視線を浴びせられ、ハルユキはかくかくと首を縦に振った。

 

 

「そうです。幼馴染の腐れ縁てやつです」

 

 

「ほう?それにしては...いや...うむ、ふーむ」

 

 

「...何がふーむなんですか」

 

 

「いや何、現実世界の深みを再認識していただけだ」

 

 

「は、はぁ...」

 

 

訳が分からずため息を呑み込んでから、ハルユキは、先刻少し引っ掛かったことを尋ねた。

 

 

「えと...さっき、チユリの名前をもう知ってた、って言いました?」

 

 

「その通りだ。まったくの偶然だが、彼女には、君とは別の意味で注目していたのだ」

 

 

「ど、どういう意味でです?」

 

 

「ひと言では説明できん。私が君を見出し加速世界へと誘った、その理由に直結しているからな。ま、お茶でも飲みながらゆっくり話そう。勝利祝いだ、ご馳走するよ」

 

 

 

そう言うと、黒雪姫は向きを変え、最初からそこを目指していたらしいコーヒーショップチェーンの店舗へと歩み入った。

 

 

まだ午後も浅い時間のせいか、幸い店内に客の姿はまばらだったが、黒雪姫が足を踏み入れた途端、少なからぬ視線がさっと集まるのをハルユキは感じた。

 

 

それだけで、後に続くのが恐ろしくなる。

 

 

ただでさえ下校途中に―いや人生のあらゆる時間においてあまり親しくない女の子と二人きりでお茶を飲むなどという経験が絶無であるハルユキはたちまち脳が過負荷状態に陥り、ほとんど自動的に甘くて巨大な飲み物をオーダーし、おとなしくオゴってもらい、奥まったテーブル席にふらふらと嵌まり込んだ。

 

 

直後、目の前に差し出されてきたケーブルを、自分のニューロリンカーに突き刺しながら考える。

 

 

うわあなんだこりゃ、これじゃまるでほんとにデート...には見えないだろうな、この組み合わせじゃあ。

 

 

姉と弟?いやご主人様と鞄持ち?

 

 

『何考えてるか分かるぞ』

 

 

途端、じろりと睨まれてしまい、慌ててキャラメル風味の甘いやつをすぞぞっと吸い込む。

 

 

『い、いえ、何も。それよりさっきの、僕を加速世界に誘った理由というのを...』

 

 

『そんなに急ぐなよ。長い話になるんだ』

 

 

上品な仕草で、あまり甘くなさそうな飲み物に唇をつけてから、黒雪姫は短いため息とともに軽く頬杖をついた。

 

 

『ま、さっきは本当によく頑張ったな。改めて、初勝利おめでとう、ハルユキ君』

 

 

『はっ...はい、どうも、ありがとうごさいます』

 

 

『うむ、あの調子なら、すぐにレベル2になれるだろう。あるいは今年中に3まで行けるかもしれん』

 

 

『は...はぁ...。正直、まだ想像もできないですが...』

 

 

危うい所で1勝もぎ取ったばかりなのだ。

 

 

今後、あんな厳しい戦いに何十回も勝たねばならないと言われても呆然とするだけだ。

 

 

と、黒雪姫がすっと微笑を消し、ハルユキの胸中を読んだかのように頷いた。

 

 

『うむ。実際、想像を絶する長い道のりだよ。総数一千と推定されるバーストリンカーの中でも、その先、レベル4に上がれる者は、かなり限られてくる。5、6となるとソロプレイではほぼ到達不可能だ。レベル7、8のバーストリンカーはもう、全てが巨大集団の指揮官クラスと思って間違いない』

 

 

『しゆ、集団?』

 

 

『他のオンラインゲームでもよくあるギルドやチームのようなものだ。我々は、≪軍団≫...≪レギオン≫と呼ぶがね。現在の加速世界は、6つの巨大レギオンに分割支配されている。それらを統べるのが、わずか6人のレベル9バーストリンカーたち...青、赤、黄、緑、紫、そして白の名を冠する≪純色の六王≫だ!』

 

 

突然、刃のような鋭さを纏った声が脳内に響き渡り、ハルユキは目を見開いた。

 

 

視線に気づいた黒雪姫が、ばちぱちと瞬きしてから淡く苦笑した。

 

 

『...大声を出してすまん』

 

 

『いえ...でも6人、ですか』

 

 

バーストリンカーが千人も居ることにも驚かされたが、レベル9に達し得た者の少なさにはただ唖然とするしかない。

 

 

『僕もいろんなネットゲームやりましたけど、レベル上限に届いたプレイヤーがたったそれだけなんて聞いたことないですよ』

 

 

さぞかし気持ちいいだろうなあ、とのんきな羨望を交えてハルユキは呟いたが、それを聞いた黒雪姫はぴくりと片眉を動かし、首を横に振った。

 

 

『レベル9上限だ、なんて私は言ってないぞ』

 

 

『え...じゃあ、レベル10もいるんですか?何人...?』

 

 

答えは、再びの否定のジェスチャーだった。

 

 

黒雪姫はもうひとくちコーヒーを含み、椅子の背もたれをかすかに鳴らして視線を宙に向けた。

 

 

引っ張られた直結ケーブルが、ふたりの間できらきらと銀色に揺れる。

 

 

『ブレイン・バースト...正式名称≪Brain Burst 2039≫は、7年前に正体不明の製作者の手によってリリースされ、すでに幾度ものアップデートを得ている。しかしそれだけの時間が経過してなお、レベル10に到達したバーストリンカーは一人もいない。理由はひとえに...課せられたルールの過酷さ故、だ』

 

 

『対戦に、ものすごく勝たないといけないんですか?千勝とか...一万くらい?』

 

 

『いや、たったの5回でいい』

 

 

意外な言葉を口にした唇に、一瞬、どこか剣呑な笑みがよぎった。

 

 

『ただしその相手は、同じレベル9リンカーに限られる。そして、レベル9同士の戦いにもし1度でも負ければ、その瞬間全てのポイントを喪失し、ブレイン・バーストを強制アンインストールされる...』

 

 

絶句したハルユキに、黒雪姫は闇色の瞳をまっすぐに向けてきた。

 

 

『ハルユキ君。≪思考の加速≫などという驚異的現象を可能とするブレイン・バーストが、なぜ7年ものあいだ一般社会に秘匿され続け得たのか、不思議だとは思わないか?』

 

 

突然の問いにハルユキは途惑ったが、言われてみれば、それは大いに奇妙な話だ。

 

 

バーストリンカーが1千人もいるなら、とっくの昔にどこからか秘密が漏れ、世間を驚愕させていてもいいはずではないか。

 

 

『そうさせているのは、ブレイン・バースト適正者となるための条件の厳しさなのだ』

 

 

『条件...?ゲームがうまい、とか...』

 

 

ハルユキの問いに、黒雪姫は苦笑で答えた。

 

 

『そんな曖昧な話ではないよ。最大の条件は、≪生まれたその直後からニューロリンカーを常時装着し続けてきたこと≫だ。第1世代ニューロリンカーが市販されたのが15年前...つまり、だ』

 

 

一瞬の間を置き、黒雪姫はゆっくりと先を告げた。

 

 

『バーストリンカーに大人はいないのだ。最年長の者でもわずか15歳、ほんの子供さ。子供であるがゆえに、バーストリンカーでいる間はその特権を何が何でも守ろうとするし、強制アンインストールされたあとは大人に何を言っても信じてもらえない』

 

 

艶やかな唇に、一瞬ではあるが、皮肉げな笑みが横切る。

 

 

『そしてまた、子供ゆえの甘い幻想をも共有している。2年前の夏...幼き王達は皆、ほとんど同時にレベル9に達した。

 

直後システムメッセージによりレベル10へと至るための残酷なルールを知った。結果、彼らは血みどろの抗争に突入したか?...否だ。

 

王たちが選んだのは、永い停滞だった。先に進む事よりも、自分達だけの箱庭の維持を優先した。つまり...加速世界をそれぞれのレギオンで分割統治すると定め、領土の不可侵条約を結んだのだ。

 

まったく、茶番もいいところさ。自分達は、レベル9に達するために無数のリンカーを狩ってきたというのに』

 

 

ごくり、とハルユキは唾を飲んだ。

 

 

からからに渇いた喉に痛みが走る。

 

 

溶けかけたキャラメルフラッペを大きく啜ってから、恐る恐る思念を送る。

 

 

『つまり、先輩の目的というのは、その≪純色の六王≫達に挑む事なんですか...?』

 

 

それを聞いた黒雪姫は、ふっと謎めいた笑いを浮かべた。

 

 

『いや、それはもうやった』

 

 

『は...!?』

 

 

『六王は...かつては≪純色の七王≫だったんだよ。ライバルでありながら、強い絆で結ばれた、7人の少年少女たちさ。互いに無数の対戦を繰り返し、同じくらい勝ったり負けたりして、しかし一片の憎しみも抱くことは無かった。≪黒の王≫が皆を裏切り、狩ろうとした。2年前のあの夜まで』

 

 

黒の―王。

 

 

つまりそのアバターネームには...ブラックの冠が...。

 

 

目を見開き、呼吸を止めたハルユキをじっと見つめ、黒雪姫はゆっくりと頷いた。

 

 

『そう...この私だ。黒の王ブラック・ロータスは、皆がレベル9に到達したのちにただ1人。和平の選択に異を唱えた。絆も、友情も、敬意も全て棄て去り、7人の総ポイントを賭けた戦いに突入すべしと主張した。そしてそれが退けられると―会議の円卓を、突如の鮮血に染めたのだ』

 

 

『な...何を...したんです』

 

 

『7人の王が一堂に会した最後の夜...と言っても、もちろんリアルで会っていたのではない。バーストリンカーは、極力現実での顔と名前を隠さねばならないからな』

 

 

それは何故、とハルユキは尋ねようとしたが、すぐに理由を察した。

 

 

顔や名前が他のバーストリンカーに割れれば、最悪の場合≪現実での襲撃≫もあり得るからだ。

 

 

ポイントをどうしても稼がねばならない状況に追い詰められた者なら、それくらいのことはするだろう。

 

 

ハルユキの心を読んだように黒雪姫も軽く頷き、続けた。

 

 

『その夜の会議は、7人全員が対戦者として同一フィールドに接続できる≪バトルロイヤルモード≫で行われた。私は...目の前で友情を説き不戦を訴える≪赤の王≫の不意をつき...』

 

 

艶やかな前髪の奥で、白い顔から表情が抜け落ちる。

 

 

虚無を映す瞳を1点に固定し、黒雪姫はぽつんとその先を告げた。

 

 

『首を落とした。完璧なクリティカルヒット...彼は一瞬で全ゲージを失い、新ルールに従って全ポイントも失い、ゆえにブレイン・バーストそのものも喪った。現在の赤の王は2代目さ。そこから先は...まさしく地獄の具現化だったよ、ふふ。赤と恋仲だった紫は泣き叫び、青は怒り狂い、そんな彼らと私は名誉も敬意もない殺し合いを演じた。最初で最後の機会だと解っていたからね...なんとかあと4人の首を取ろうと死に物狂いになったが、さすがに無謀だったな...』

 

 

色の薄い唇が歪み、肉声の笑いがくっ、くっ、と漏れた。

 

 

『理性的判断力なんてものは消し飛んでいた。狂気に衝き動かされるまま私は戦い、しかしそれ以上1も狩れず、ただ斃される事も無く、気づけば30分が過ぎてリンクアウトしていた。――以来2年、ひたすら逃げ隠れているというわけさ。今の私は、加速世界最大の裏切り者であり、最高の賞金首であり、最低の臆病者だ』

 

 

『...なんで...』

 

 

独白のあまりの凄惨さにハルユキの思考は半ば麻痺し、単純な疑問だけが意識から放たれた。

 

 

『なんでそんなことを...?』

 

 

『友情より、名誉より、遥かに優先されるからだ...レベル10になることが。私はそのためだけに生きているとすら言っていい。――システムメッセージは、こうも告げていたんだよ。レベル10に達したバーストリンカーは、プログラム製作者と邂逅し、ブレイン・バーストが存在する本当の意味と、その目指す究極を知らされるだろう、と。私は...知りたい。どうしても知りたいのだ』

 

 

テーブルに両肘を突き、握り締めた両手に顔を隠した黒雪姫は、無限の深淵から響いてくるような重苦しい思念でハルユキに囁いた。

 

 

『思考を加速し、金や、成績や、名声を手に入れる。本当にそんなものが我々の戦う意味であり、求める報酬であり、達し得る限界なのか?もっと...もっと先があるんじゃないのか...?この...人間という殻の...外側に...もっと...』

 

 

ああ―。

 

 

少し、ほんの少しだけだけど...解る。

 

 

耐え難い≪地上≫から、遥か遠い≪空≫を仰ぎ見る、その感じ。

 

 

まるで刹那の思考までもが伝わったかのように、黒雪姫はゆるりと顔を上げ、切迫した光を浮かべた瞳でハルユキを見つめた。

 

 

しかしそれも一瞬の事で、両腕をぱたんとテーブルに倒した美貌の上級生は、乾いた笑みを浮かべて呟いた。

 

 

『...どうだ、呆れたか...それとも軽蔑したかな、ハルユキ君。私は、私の目的のためなら、いつか君すらも犠牲にするかもしれん。これ以上協力はできない、というなら、それでも構わんよ。引きとめはしないし、君のブレイン・バーストを奪いもしない』

 

 

ハルユキは、2秒ほど考えてから――。

 

 

『あの、ですね...。どんなゲームでも、エンディングを見るのを放棄して、その直前のマップを永遠にうろつきたいなんて奴がいたら、そいつはただのアホです。上のレベルがあるなら目指すのは当然...だって、そのためにブレイン・バーストは存在するんでしょう』

 

 

黒雪姫におもねるための嘘ではなかった。

 

 

物心つく頃からの筋金入りのゲーマーとして、ハルユキは心の底から、真剣にそう思ったのだ。

 

 

黒雪姫は一瞬きょとんと目を丸くし、数秒後、小さく吹き出すように笑った。

 

 

『ふ、あはは...。何てことだ、君は既にして私よりもバーストリンカーだな。なるほどな...目指して当然、そう来たか...』

 

 

『わ...笑うとこじゃないです』

 

 

少しばかり傷つき、唇を尖らせてから、ハルユキは背筋を伸ばして続けた。

 

 

『と、ともかく、だから僕はこれからも先輩の手助けをしますよ。僕だって、いつかなりたいですし...レベル10に』

 

 

突然、卓上の黒雪姫の左手が動き、ぎゅっとハルユキの右手を握った。

 

 

『ありがとう』

 

 

泡を食うハルユキに、先刻までの虚ろな残響の失せた黒雪姫の思念が、暖かく注がれた。

 

 

『ありがとう、ハルユキ君。やはり...私の決断は間違ってなかった。君を選んでよかったと、心から思うよ』

 

 

ここで、手を握り返し、瞳を見つめ合わせる――というような真似は、しかしハルユキには到底出来ないことだった。

 

 

そのかわりに、反射的に右手を引っ込め、亀のように首を縮めて、ハルユキは萎縮した思考音声でもごもごと言った。

 

 

『い、いえ、そんな...僕なんてどうせ、ろくに使えやしないですから...。そ、それより、早く本題っていうか、その...僕は何をすればいいんです...?』

 

 

短い沈黙のなか、じっと向けられる瞳に浮かぶのは、憐れみだろうか。

 

 

やがて、密やかなため息に続いて、黒雪姫は静かに言葉を発した。

 

 

『そうだな。ずいぶん前置きが長くなってしまったが...本題に入ろう。先ほど私は、2年間生き延びている、と言ったな?』

 

 

ハルユキも、溜めていた息を大きく吐き出しながら顔を上げ、冷静な表情に戻った黒雪姫にこくりと頷いた。

 

 

『それは、怒り狂った王たち自身の、あるいは差し向けられる刺客の挑戦に勝ち抜いてきた、という意味ではない。そうではなく...私はこの2年間、1度たりともニューロリンカーをグローバルネットに接続していないのだ。マッチングリストに登録されなければ、挑戦も何もあったもんじゃないだろ?』

 

 

『げっ...ま...マジですか』

 

 

思わず呻いてしまう。

 

 

ハルユキにとって、グローバルネットから情報を摂取するのは、水を飲み空気を吸うに等しい必須活動なのだ。

 

 

それを断たれたら、比喩でなく枯死してしまうかも。

 

 

『大マジさ。別に、固定パネル端末でもサイトは閲覧出きるしメールも読めるからな、2D画面は眼が疲れるけどな。慣れればどうということもない...だかな、グローバルネットは遮断できても、私は私の社会身分ゆえに、どうしても毎日接続せねばならないネットがひとつだけあるのだ』

 

 

『み、身分...?つまりお嬢様...いやお姫様?』

 

 

『バカモノ』

 

 

冷たい声で否定されてから、ようやくこの人も同じ中学生だったのだと思い至る。

 

 

『あ、ああ...そうか。梅里中の学内ローカルネットですね。...って...え、ちょ、ちょっと待ってください。まさか...』

 

 

『そのまさかだ』

 

 

黒雪姫はぐいっとコーヒーを飲み干し、そのカップを握り潰した。

 

 

『2ヶ月前、夏休みが終わったその日、私は校内でローカルネットを通じて≪対戦≫を挑まれた。同じ梅里中の誰かにな』

 

 

唖然としたハルユキを、続く言葉がさらに驚倒させた。

 

 

『そして、最悪なことに...その時点で私は本来のデュエルアバターを、観戦用のダミーアバターへと変更していた』

 

 

『ダミー...そんな機能があるんですか?』

 

 

『うむ。正体を隠してギャラリーしたい場合も多々あるからな。ただ、当然ダミーアバターに戦闘力は皆無だ。しかし問題はそこではなく...今にして思えばうかつの極みだが、私は、ダミーに、学内ローカルネット用のアバターを流用していたのだ。よもや、同じ学校にバーストリンカーが突如出現するなどとは予想もしていなかったのでな...』

 

 

一瞬途惑ってから、ハルユキはガタンと椅子を鳴らして軽く飛び上がった。

 

 

『え...それって、あの黒揚羽蝶の...!?』

 

 

脳裏に映し出された妖艶なアバターが、目の前の楚々とした制服姿にぴたりと重なる。

 

 

『あれを、敵に見られた...学内ネットで...?てことは...という、ことは...』

 

 

『察しがいいな。そうだ。彼奴は、この私が...』

 

 

黒雪姫はカップをトレイに戻し、右手でぐっと胸元を押さえた。

 

 

『この現実の私が、≪ブラック・ロータス≫であることを知ってしまった。バーストリンカー最大の禁忌≪リアル割れ≫さ。私は、六王の刺客による現実での襲撃を恐れた』

 

 

現実での...襲撃。

 

 

ハルユキはすでに、その言葉に秘められた恐ろしさを推測していた。

 

 

もし現実での身元を突き止められる事が出来れば、極論、拉致監禁し暴力で脅してポイントを根こそぎ奪い取ることも可能なのだ。

 

 

ハルユキは息を詰めて黒雪姫の説明の続きを待った。

 

 

しかし―。

 

 

『なのに...無かったのだ、何も。襲撃どころか、接触の気配すら』

 

 

『え...?』

 

 

『私も大いに途惑ったが...となると、こう考えるよりない。敵は...独り占めする気なのだ。リアル割れしたのを幸い、大物賞金首である私をじわじわと追い詰め、所属レギオンには知らせずポイントを全て自分だけで狩り尽くす気なんだよ』

 

 

『追い詰める...?』

 

 

『実際、この2ヶ月で私は10回以上も奴1人に襲われている。今のところ露骨なタイミングばかりではないゆえ、どうにかドローで逃げ切っているがな』

 

 

『な...なるほど。何と言うか、随分とまぁ強欲な奴ですね...。でも、ある意味不幸中の幸いと言うか...』

 

 

『まあ、現実での襲撃に比べれば、な。だが、そうなればなったで、私もダミーから本来のデュエルアバターに戻って奴を叩きのめすというわけにはいかん。敵にこれはムリだなどと思わせてしまえば、私のポイントを諦め、王たちが私の首に掛けているけちな報酬ポイントで手を打つかもしれんからな...』

 

 

『あ、ああ...そうか...うーん』

 

 

ハルユキは思わず唸った。

 

 

八方ふさがりとはまさにこのことだ。

 

 

『じゃあ、でも、そうすりゃいいんです?逃げられないし、返り討ちにも出来ないなんて』

 

 

『知れた事だ。打開策はたった1つしかない。こちらも、奴のリアルを割るのだ。いったい何年何組のどいつが、私の知らないバーストリンカーなのか』

 

 

ぽん。

 

 

と膝を打ちたい気分に、ハルユキは襲われた。

 

 

互いが相手の身元を把握しているなら、それぞれのブレイン・バーストを守る為に、絶対に停戦せざるを得ないのだ。

 

 

『そうか、そうですね。それができれば、敵の動きは完全に封じられる。ていうか...それ、けっこう簡単じゃないです?

 

たとえば朝礼とかで、全生徒が講堂に集まってるとき、加速して対戦を挑めばいいんだ。相手が出現した場所から、クラスと出席番号は割り出せる』

 

 

『ほう、大したものだ。私がその手を思いつくのには、丸1日かかったぞ』

 

 

『...てことは...もうやったんですか?』

 

 

『やったとも。そして...愕然とした。あんなに驚いたのは久々のことだったよ』

 

 

『だ...誰だったんです...?』

 

 

『居なかった』

 

 

黒雪姫は、ハルユキが予想だにしなかった答えを口にした。

 

 

『マッチングリストには、私の名前しかなかったのだ。いいか、君も知っての通り、梅里中の生徒は学内に居る間は一瞬たりともローカルネットから切断することは許されていない。

 

出席確認や、授業自体もそのネット経由で行われるからな。もし切ろうものなら、即座に全校放送で警告される。それゆえに私も、敵の襲撃を遮断できないのだ。なのに...奴はリストに居なかった!』

 

 

『か、風邪で学校休んでたとか』

 

 

じろっとハルユキを見つめ、黒雪姫は軽く鼻を鳴らした。

 

 

『その日欠席した者が全員登校している日に確認したさ。それどころか、襲撃され、辛くもドローで逃げ切った直後にすら、リストに奴の名はなかった。

 

つまり...信じがたいことだが、奴はブロックできるんだよ、何らかの手段でな。自分からは好き放題対戦を挑めるが、他のバーストリンカーからは一切乱入されない。

 

加速世界の大原則を根底から吹き飛ばす、凄まじい特権だ。そんな事が出来るのは...難攻不落であるはずのブレイン・バースト・プログラム本体の改変に成功するほどの超ハッカーか、あるいは――プログラム製作者その人と接点がある者...』

 

 

『...つまり...先輩が、僕にさせたい事って言うのは...その敵の正体を突き止める手助け、なんですね』

 

 

『ん...まあ、そういうことだ。実のところ、すでにかなりの情報を得ている。今解っていることを列拳するとだな...まず、敵の名前。奴のデュエルアバターは、≪シアン。パイル≫と言う。レベルは4』

 

 

『シアン...パイル...』

 

 

かなり――かっこいい。

 

 

それに強そうだ。

 

 

いや、レベル4というのは最初の壁だと黒雪姫も言っていた。つまり実際、強いのだ。

 

 

『属性は、かなり純粋な≪近接の青≫だ。ステージの薄い壁をパンチでぶち抜くのを何度も見たからな。翻って飛び道具はないようだ。

 

だから私も今のところどうにか逃げ切れているのだが...正直、そろそろ限界だ。こちらの集中力が持たない』

 

 

それは、そうだろう。

 

 

登校から下校までのどの瞬間に襲われるか判らない、などという状況は、ハルユキは恐らく三日と耐えられない。

 

 

しかし黒雪姫は、疲労の影すらない明晰な思念で言葉を続けた。

 

 

『判ってることっていうのは、それだけですか?』

 

 

何気なくハルユキはそう尋ねた――のだが。

 

 

不意に、黒雪姫の思考が微妙に強張った、ような気がした。

 

 

はて、と思ったが、疑問を口にするより早く、黒雪姫がかぶりを振って言った。

 

 

『いや。もうひとつ、重大な情報源がある。...ガイドカーソルだ』

 

 

『そうだ。あれは、対戦開始直後から、敵の居る方向を指し示している。つまり...だな、シアン・パイルが出現する瞬間を見ることはできなくても、開始時のカーソルの方向を記憶しておけば、その直後軌道上のどこかに生身の敵が存在する...という理屈なのだ』

 

 

『あっ...ああ!そうか、そうですよね。ステージは現実の地形そのままなんだから、校舎のどの方角にそいつが隠れているか、までは判るんだ!』

 

 

『その通りだ。私は、これまでの10数回の襲撃のたびにガイドカーソルの方向を記憶し、現実の梅里中においてその方角に居た生徒たちをリストアップして、重複する名前を抽出した。

 

結果、ある生徒が最もシアン・パイルである可能性が高いと推測するに判った。だが、それは決して確たる証拠ではない。あれほど高密度の人間がひしめいている場所で、直線が1本では足りないのだ。

 

その軌道上には常に数十人もの生徒が居るのだからな。...ハルユキ君、私が君にしてほしいのは、次の私への襲撃を自動観戦し、シアン・パイルを示すギャラリー用カーソルの方向を記憶する事なんだ』

 

 

『カーソルが...2本、あれば...』

 

 

呆然と呟いたハルユキに向かって、黒雪姫は尚も硬い表情のまま頷いた。

 

 

『そう。2本あれば、その交差する座標に1点に絞り込める。そして、その場所にこの生徒が居れば...文句なしに確定する。シアン・パイルの正体が、な』

 

 

きゅっと唇を噛み、黒雪姫はすばやく右手指を宙に走らせて、彼女だけに見える仮想デスクトップを操作した。

 

 

呼び出した1枚のファイルを、ハルユキに向かって滑らせる――その寸前、しかし、指の動きがぴたりと止まった。

 

 

『...?どうしたんです?誰なんですか、その候補っていうのは?』

 

 

『いいか...私がそのファイルを用意したのは、散々探し求めた梅里中3人目の加速適正者、つまり君をあのゲームコーナーで見出したのより1週間も前なんだからな』

 

 

なぜそんな断りを入れるのかまったく分からず、ハルユキは眉を寄せながらファイルを受信した。

 

 

仮想デスクトップに表示されたアイコンを、指先でためらいもせず叩く。

 

 

開いたのは、1枚の画像だった。おそらく学籍簿から流用したのであろう、バストアップの正面顔が映っている。

 

 

『...え...?あれ...?なん...で』

 

 

勢い良く切り揃えられたショートの髪。

 

 

青いヘアピン。

 

 

どこか猫っぽい大きな眼。

 

 

見覚えのある――どころではない。

 

 

母親と兎美達を除けば、世界で最も長く見てきた顔がそこにあった。

 

 

『チ...チユリ?...あいつが...バーストリンカー...?』

 

 

呟き、たっぷり5秒以上も放心してから、ハルユキは泡を食って黒雪姫に向き直った。

 

 

『いや...あり得ないですよ!あいつ、ゲームとかものっすごいヘタクソなんです。ジャンル問わずダメダメで...バーストリンカーの適正なんかあるわけないです。どんくさいし...何でも顔に出るし...その、先輩をしつこく付け狙ったりとか、そういう奴じゃないんです』

 

 

『よく知ってるんだな』

 

 

ほんの少しだけ硬さを増した声で、黒雪姫は視線を合わせずに言った。

 

 

『それは...まあ、幼馴染ですし...』

 

 

『さっき校門で彼女が接触してきた時は、私も内心驚いた。もし彼女が≪シアン・パイル≫なら、当然私が≪ブラック・ロータス≫だと知っているはずだからな。何かの作戦かと疑ったが...』

 

 

『あの、ですから、そんな腹芸みたいなこと出来るほど器用じゃないですあいつ。というか物凄い不器用で、思っていること全部顔と態度に出るんです』

 

 

ハルユキが抗弁すればするほど、なぜか両眉を鋭角に持ち上げながら、黒雪姫は一層冷ややかな声を返してくる。

 

 

『それならばむしろ、彼女こそが≪シアン・パイル≫だと考えたほうが自然とも思えるが?彼女...倉嶋君の、私に対する明確な敵意は君も見ただろう』

 

 

『いやっ、あれはその、そういうんじゃなくて、僕が先輩と、その、直結したりなんだりしたから...』

 

 

『なぜそれを彼女に怒られなきゃならないんだ?倉嶋君とはただの幼馴染なんだろう?なら、私がハルユキ君と直結しようが腕を組もうが文句を言われる義理はなかろうが』

 

 

『そ...それは...そうなんですが...』

 

 

なんでこんな流れになっちゃったんだ、と頭を抱えたい気分でハルユキはごにょごにょと口籠った。

 

 

チユリとは只の幼馴染だが、それとは別に、その――なんだ――僕は、あいつの――。

 

 

手下? 所有物? 所得占有物件?

 

 

ちょっと口に出す気にならない単語がいくつか脳裏を横切り、そのへんのニュアンスをどう説明したものかと苦悩するハルユキに、黒雪姫の容赦ない追い討ちをが浴びせられた。

 

 

『つまりあの態度はこういうことじゃないのか?倉嶋君は以前からバーストリンカーで、いずれは君を≪子≫にしようと思っていた。

 

なのに私が突然横から掻っ攫ってしまった。そこで、怒り心頭辛抱堪らず私に突っかかってきた。そう考えると一緒に抗議してきた君の家族も怪しいな...もしかしたら彼女達もバーストリンカーで私の首を取る為に』

 

 

バンッ!!

 

 

黒雪姫が話している最中、ハルユキは我慢できなくなり机を思いっきり叩いた。

 

 

「いい加減にしてください!!何も知らないくせにチユリだけでなく兎美達のことも悪く言うなんて!!兎美達はそんな人間じゃありません!!分かりました!!そんなに言うなら直結して僕がアプリの有無を直接確かめます!!それだったら先輩も納得してくれますよね!!」

 

 

チユリだけじゃなく兎美達のことまでも悪く言われた事に、ハルユキはカッとなってしまい思考発声ではなく声に出して叫んでしまった。

 

 

黒雪姫は突如怒ったハルユキに驚き、固まっていた。

 

 

ハルユキは自分とチユリが住むマンションへ向かう為、店を飛び出した。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

場所は変わり、ハルユキは自分の部屋の玄関の前で動けないでいた。

 

 

なぜチユリの部屋の玄関ではなく自分の部屋の玄関に居るのかというと、先程チユリに会いに伺ったところ、チユリママからハルユキの部屋に行ったと言われ、そのまま自分の部屋へ帰る事にしたのだ。

 

 

だがこの時、ハルユキは思い出してしまった、校門前で黒雪姫が行った事を。

 

 

それと同時に、ハルユキは理解してしまう。

 

 

間違いなく、3人は扉の前で自分を待ち構えていると。

 

 

ハルユキは頭をフル回転させ、言い訳を考えていた。

 

 

下手に刺激すると、何が起こるか分からないからだ。

 

 

考えたハルユキに、1つのアイデアが思い浮かんだ。

 

 

(そうだ、別に僕が悪いわけじゃないんだから。普通に帰ればいいんだ)

 

 

ハルユキはそう考え普通にドアを開けてしまった。

 

 

「ただいま」

 

 

だが、すぐにこの考えが間違っていた事を理解する事になる。

 

 

なぜなら。

 

 

「あら?随分遅い帰りなのね?デートは楽しかったのかしら?」

 

 

目の前に、ハルユキを凄く怖い眼で睨んでいる兎美達がいたからだ。

 

 

兎美の問いに、ハルユキは次の言葉しか出てこなかった。

 

 

「ちゃ...ちゃうんです...」

 

 

 

 

 

その後、兎美達に連行されハルユキはリビングで正座させられ尋問されていた。

 

 

気分はまるで、罪人そのものである。

 

 

ハルユキは今日あった事と、これまでの事を全て話した。

 

 

「なによそれ、ようするに自分がやった事にハルを巻き込んだだけじゃない」

 

 

「それにそんな不十分な証拠でチユリや私達を疑うなんて」

 

 

ハルユキの話を聞き、兎美と美空が黒雪姫に対し、文句を言う。

 

 

「それでハルはどうするの?」

 

 

「取り敢えず兎美達への勘違いを解こうと思っている」

 

 

「じゃあアプリがあるかどうか確認する為に直結するのね?」

 

 

「ああ、兎美達がそんな事しないって分かりきっているけど念の為にな」

 

 

ハルユキ達は直結する為にXSBケーブルを用意し、4人で輪になる形で直結した。

 

 

ハルユキは最初に兎美の、その次に美空のファイル内を覗いたがアプリは見つからなかった。

 

 

しかし、兎美と美空にも凄く厳重にロックがかけられたファイルを見つけたのだが兎美達は教えてくれなかった。

 

 

最後にチユリのファイル内を覗く。

 

 

『やっぱりどこにもアプリは入ってないな』

 

 

『当たり前でしょ』

 

 

念入りに調べている時、ハルユキはファイルの動作が遅い事に気がついた。

 

 

『チユ...お前またニューロリンカーの調子悪いのか?凄く遅いんだけど...』

 

 

『ああ~なんか随分前から遅いんだよね...調べてもらっても全然分からないし...』

 

 

その時、ハルユキは1つの可能性に気がついた。

 

 

『兎美!』

 

 

『分かってる!もうやってる!』

 

 

ハルユキはすぐある事に気がつき、兎美に指示しようとするが兎美も気づいており、既に作業を始めていた。

 

 

『何?どうしたの?』

 

 

『何かあったの?』

 

 

機械に詳しくないチユリと美空は、状況が分からないでいた。

 

 

『逃げられた!私達にバレた事に気がついたみたいね』

 

 

『くそ!』

 

 

『でも時間は掛かるかもしれないけど、誰だったかは割り出せるわ』

 

 

『ホントか!?』

 

 

『ええ』

 

 

『ちょっとー!2人だけ理解してないで私達にも教えてよ』

 

 

状況が分からない美空がハルユキ達に聞く。

 

 

『バックドアだ』

 

 

『バックドア?』

 

 

『なにそれ?』

 

 

『簡単に言うと誰かがチユのニューロリンカーにウイルスを仕込み、チユのニューロリンカー越しに俺達を覗いてたんだよ』

 

 

『ええ!!』

 

 

『いったい誰がそんな事!?』

 

 

『分からないから、それを今兎美に解析してもらうんだよ』

 

 

『『ああ、なるほど』』

 

 

チユリと美空の思考発声が被る。

 

 

『恐らくシアン・パイルがリストに出てこなかったのも、チユのニューロリンカー越しに対戦を挑んでいたから見つからなかったんだ』

 

 

『じゃあ、その覗いていた奴が分かればシアン・パイルの正体も分かるんだ』

 

 

『そうだ、俺は黒雪姫先輩に今の事を報告しようと思う』

 

 

『報告するのはいいけど、ハルあんた気をつけなさいよ。もしかしたらその黒雪姫って女もあいつらの仲間かもしれないから』

 

 

『確かにね』

 

 

『ああ、分かった』

 

 

 

 

 

 

 

その後、兎美は自分の部屋に戻り解析に移り、チユリは自分の部屋に帰った。

 

 

ハルユキは美空と一緒にリビングで兎美が作ったご飯を食べていた。

 

 

「ねえ...ハル...」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

「あんた、あの力使うの?」

 

 

ハルユキは一瞬話が分からなかったが、直ぐにクローズの事だと分かった。

 

 

「ああ、戦う力があるんだったら俺は戦う...それで兎美や美空、チユやタク、母さんや町の皆を護れるなら」

 

 

「言っとくけど私は反対よ、それでハルが怪我したらどうするの?」

 

 

「それでも俺は戦う、仮面ライダーとして...」

 

 

そう言ってハルユキは明日に備える為、部屋に戻り就寝した。

 

 




はい!如何だったでしょうか!

まず最初に嘘予告してしまい申し訳ございません

思ったより文字数が多くなってしまい変身の所まで書いたら
確実に3万文字超えると思いここできらせていただきました。

次回こそハルユキが変身します。

今後も応援宜しく御願い致します

では次回、第5話もしくは激獣拳を極めし者 13話でお会いしましょう


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第5話

これまでのアクセル・ビルドは

兎美「可愛い子ぶってる自称天才の有田兎美は...って!何よこれ!誰!台本書き換えたの!?美空何キョドってんのよ!あんたね書き換えたの!ちょっと待ちなさいよ!」

チユリ「可愛い子ぶってる自称天才の有田兎美は美空と一緒にハルが殴られた原因でもある黒雪姫に会う為、梅里中に乗り込むのでありました!」

兎美「ちょっと何先に進めてんのよ!ここでは私が主役なのよ!」

チユリ「主役って言うけど前回、仮面ライダーの要素がまったく無かったけどね」

兎美「しょうがないでしょ!ほんとだったらハルの変身まで持っていこうとしてたけど思ったより文字数多くなったんだから」

美空「前々回変身するって言っちゃたにも関わらずね」

兎美「でも今回はちゃんとハルが変身するわよ!まあビルドの登場はまだ先だけど」

チユリ「まあハルの初変身シーンにホークガトリングの変身もいれたらめんどくさい事になるからね」

兎美「そうゆう事よ!さあ」

幻「どうなる第5話!」

兎美「また先に言われた!てかなんであなたがここにいるのよ!私が主役なのに...」




早朝。

 

 

杉並区にある収容所から、ある一人の男が出てきた。

 

 

「くそっ!有田の野郎!あいつの所為でこんな目に遭ったんだ!!」

 

 

出て来たのはハルユキを殴った事により、収監されていた荒谷だった。

 

 

先程、保釈されたようだ。

 

 

「こうなったら車でも使ってあいつを...」

 

 

「おまえが荒谷か?」

 

 

この後の事を考えていた荒谷だったが、目の前にナイトローグが現れる。

 

 

「なっ!?何だお前は!」

 

 

荒谷はいきなり現れた異型の存在に、驚いた。

 

 

「そんなことはどうでもいい。俺に着いてきてもらうぞ」

 

「やめろ!来るな!!」

 

 

荒谷は逃げようとするが、怖くて足が動かせないでいた。

 

 

「ふふふふふ」

 

 

「うわー!!」

 

 

その後、悲鳴を聞き収容所の人間が駆けつけたが、その場所には何も残されていなかった。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

長い週日がようやく終わり、明日明後日は休みだという期待感で顔を輝かせて登校する生徒達に混じって、ハルユキは憂鬱に肩を落しながら歩道をとぼとぼ歩いていた。

 

 

ハルユキは昨日、黒雪姫にチユリや兎美達の事を悪く言われたことについカッとなってしまい、黒雪姫に対して怒鳴ってしまったのだ。

 

 

その為、この後黒雪姫に会うと思うと憂鬱で仕方なったが家を出る時の兎美とのやり取りを思い出してしまいハルユキは顔を赤くしていた。

 

 

「や、おはよう少年!」

 

 

不意に、快活な声とともに肩を叩かれ、ハルユキは飛び上がった。

 

 

そして振り向き、そこに立つ黒衣の麗人を視認してもう一度飛び上がった。

 

 

「ひへあっ!?」

 

 

「...なんだそれは流行りの挨拶か?」

 

 

訝しい顔を作る黒雪姫に、ハルユキはぶんぶんとかぶりを振ってみせた。

 

 

「いえっ、なっ、なんでもないです!!あの、お、おはようございます先輩!」

 

 

「...うん」

 

 

尚も首を傾げてから、黒雪姫はひとつコホンと咳払いをし、続けた。

 

 

「んー、あー。あのな、昨日はその...すまなかった」

 

 

「い、いえ...そんな、とんでもないです。僕の方こそ...いきなり怒鳴って帰っちゃって...」

 

 

立ち止まって話す2人の左右に、同じ制服を着た生徒達が徐々に滞留していく。

 

 

1年生のみならず、2、3年生までもが眼に憧れの色を浮かべ、黒雪姫におはようございますを言おうとするので、気づけば背後に順番待ちの列まで出来ている。

 

 

それを見た黒雪姫は、後ろの集団に、やあおはよう皆!といっぺんに挨拶を済ませると、ハルユキの背を叩いて早足で歩き始めた。

 

 

慌てて後を追ったハルユキの耳に、ひそひそ声で会話の続きが囁かれる。

 

 

「いや...。君が席を立ちたくなったのも無理はないよ。大事な...友達と家族を、卑劣な襲撃者呼ばわりされたんだからな。その上、直結して確かめるなんてできもしない事を言わせてしまった。まったく済まなかった」

 

 

「へ?あ...あの、してきましたけど...直結」

 

 

「...なに?」

 

 

ぴし、と横顔が硬くなった。

 

 

なんだかまたしても不穏な気配、とハルユキが警戒するより早く。

 

 

「どこでだ」

 

 

鋭い声でびしっと質問されれば、馬鹿正直に答えるしかない。

 

 

「そ、その...僕の家で...」

 

 

「家のどこだ」

 

 

「へ、部屋です...兎美と美空の」

 

 

「...ほう。と言う事はあの2人も一緒に直結したのか?」

 

 

「はい...4人で直結しました」

 

 

ハルユキが答えるとどうしたわけか黒雪姫の歩行が徐々に加速し始め、ハルユキは額に汗を浮かべながら自分よりかなりストライドが長い相手を追いかけた。

 

 

数秒かかって再び横に並び、それでですねと言い掛ける。

 

 

「物理メモリを覗いたんですが...あいつのニューロリンカーにですね...」

 

 

「ケーブル長はどれくらいだ」

 

 

突き刺さるようなオーラを纏いながら詰問する黒雪姫に、ハルユキは怯えつつも答えた。

 

 

「い...いちめーとる、です」

 

 

「いつもその長さで直結してるのか?」

 

 

「は...はい」

 

 

「......ふーん」

 

 

かつかつかつかつかっかっかっかっかっか。

 

 

物凄い加速で、前方に見えてきた校門に近づいていく黒雪姫の揺れるロングヘアを、ハルユキは唖然と見送った。

 

 

わからない。

 

 

世の中理解できないことだらけだ。

 

 

 

 

 

 

軽やかに鳴り響く昼休みのチャイムを聞きながら、ハルユキはぐずぐずと行動に移りかねていた。

 

 

理性的に考えれば、ラウンジにいるであろう黒雪姫を尋ね、≪シアン・パイル≫がチユリのニューロリンカーに仕掛けたバックドアと、現在兎美が追跡している事を直ぐにでも話さないといけない。

 

 

しかしその前に、黒雪姫が昨日から妙に不機嫌な理由を看破しておかないと。

 

 

とても会話に集中なんかできない。

 

 

色々と考えながら、机に視線を向けていたハルユキの頭上から、突然聞き覚えのない大音量の声が降り注いだ。

 

 

「こんにちは!1年C組の有田春雪君ですね!」

 

 

 

ぎょっとして顔を上げる。

 

 

目の前に立っていたのは、見覚えのない2人の女子生徒だった。

 

 

リボンの色は2年。

 

 

そしてどちらも肩の辺りに、クラブ活動中であることを示すホロタグが表示されていた。

 

 

【新聞部】

 

 

げえっ、と仰け反ったハルユキの視界に、新たなアイコンが点滅した。

 

 

【SREC】

 

 

というそれは、相手のニューロリンカーに会話が録音されている事を知らせるものだ。

 

 

勿論みだりに許される行為ではないが、校内ではごく限られた場合にのみ認められている。

 

 

例えば、新聞部の取材とか。

 

 

周囲から興味津々の体で見守る同級生達の姿ももう目に入らず、ハルユキは形振り構わぬ全力逃走体制に入ろうとした。

 

 

しかし相手も場慣れしていると見えて、1人がさっと後ろに回り退路を塞いだ。

 

 

中腰で凍りついたハルユキの目の前に、ホロキーボードに乗せた両手をずいっと突き出し新聞部の突撃記者が核心的過ぎる質問を放った。

 

 

「梅里リアルタイムズ、≪噂のあいつにヘッド☆ショット≫のコーナーなんですが!ずばり有田君があの黒雪姫さんと付き合ってるという噂は本当ですか!?」

 

 

ちか、ちか、と明滅する録音アイコンをちらりと見てから。

 

 

ハルユキは、全精神力を総動員して、どうにか平静と言えなくもない声で答えた。

 

 

「嘘です。デマです。事実無根です」

 

 

目の前で、だかだかだかっと十指が不可視のキーを乱打し、更なる追撃が発せられた。

 

 

「しかし我々が入手した情報に寄れば、有田君は黒雪姫さんとラウンジで2度に亘り直結し、それに留まらず校区内の喫茶店で直結デートまでしていたそうですが!!」

 

 

「な...」

 

 

なぜそれを、と驚愕するハルユキを見下ろし、女子生徒は今時本物らしいメガネをきらーんと光らせた。

 

 

まずい、まずすぎる。

 

 

ここで回答を誤ると、取り返しのつかないことになってしまう。

 

 

脳裏にセンセーショナルな見出しが何種類もぐるぐると浮かんだ。

 

 

それを見て血の制裁を誓う黒雪姫ファンクラブ会員達の(とき)の声までもがどこから聞こえた。

 

 

ひくひくと片頬を痙攣させながら、ハルユキは対アッシュ・ローラー戦時の3倍の速度で脳を回転させ、当たり障りがないと言えなくもない答えを導き出した。

 

 

「えー、そそそれは、ですね、ぼぼ僕、ニューロリンカーのOSとかちょっと詳しいもので、その、先輩のニューロリンカーの調子が悪かった所を、頼まれて直したっていうそれだけのことで、喫茶店もそのお礼以上の意味もないんです。一切、まったく、これっぽちも」

 

 

強張った笑みを浮かべてぷるぷると首を振ると、新聞部員はタイピングを止め、むうっと眉を寄せた。

 

 

直結している人間が、思考発生で会話しているのか、それともニューロリンカーを操作しているだけなのかを確認するすべまではないはずだ。

 

 

苦しい言い訳だが、反論の材料はあるまい。ハルユキは内心で胸を撫で下ろした。

 

 

「じゃあ、最後に1つだけ質問しても良い?」

 

 

「え?は、はい」

 

 

「昨日校門前で黒雪姫さんと言い合いしていた2人の女性との関係を教えてくれる?ああ!答えられないような事があったら別に言わなくていいからね」

 

 

これで取材も終わるだろうと思っていたが、女子生徒はハルユキに対して兎美達の事を質問してきた。

 

 

「関係って、只の家族ですよ」

 

 

「それにしては、2人とも全然似てなかったと思うけど」

 

 

至極真っ当な疑問だった。

 

 

自分でも似ていない家族を見たら、同じ事を思うからだ。

 

 

「養子なんですよあの2人」

 

 

「養子?親に捨てられたって事」

 

 

「いえもっと複雑な事情があるんです」

 

 

「複雑な事情?」

 

 

「すみません。これ以上は流石に教える訳にはいきません」

 

 

流石にスマッシュやナイトローグの事を教えられないので、ここで質問を中断させる。

 

 

「ああ...ごめんね。じゃあ本当に黒雪姫さんと何もなかったのね」

 

 

「は、はい」

 

 

「まあ、そうだよね!私も半信半疑だったもん。ごめんね時間を取らせちゃって」

 

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

取材が終わり時間が無かったので、教室で兎美が作ってくれたお弁当を急いで食べる。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

場所は何処かの実験場の様な場所に移る。

 

 

中央には水の入った水槽があり、ガスマスクの科学者が何かをしていた。

 

 

「やめろ!!はなせぇ!!」

 

 

水槽の中には荒谷が入っており、ガスマスクの科学者達に押さえられていた。

 

 

「くそがぁぁぁ!!」

 

 

「ふんっ、随分品の無い叫び声だな」

 

 

近くでナイトローグが椅子に座り、頬杖をついた状態で荒谷を見ていた。

 

 

「ふふふ、お前は私の計画の為に、実験台になってもらうぞ」

 

 

「はなせぇぇぇ!!」

 

 

その場にナイトローグの笑い声と荒谷の叫び声が響いた。

 

☆★☆★☆★

 

 

その後、何もなく淡々と午後の授業をやり過ごした。

 

 

ホームルームでは、担任教師が荒谷達の事を何か言っていたようだったがそれを聞き流し、放課のチャイムと同時に生徒達が土日への期待にはしゃぎながら教室を飛び出していった後、のろのろと鞄を手に立ち上がった。

 

 

昇降口までゆっくりと移動し、靴に履き替え、校舎を出る。

 

 

まだ3時過ぎなのに、晩秋の太陽は既に色濃く、大きく傾いて校門を照らしていた。

 

 

門柱に同化するように立つ黒いシルエットをハルユキは認めると、足を引き摺るように近づいた。

 

 

「...やぁ」

 

 

黒雪姫は、ホロキーボードをタイプする手を止め、少しだけ硬い笑みと共に小さく片手を上げた。

 

 

たぶん、生徒会室で処理すべき事務を、態々こんな寒い場所に持ち出したのだろう。

 

 

「黒雪姫先輩...ずっとここで僕を待っていたんですか?」

 

 

「ああ、そうだ...まぁ歩きながら話そうか」

 

 

「分かりました」

 

 

無言で歩き始めた黒雪姫の、左側1歩下がった位置について校門を出た。

 

 

互いに沈黙したまま1,2分程歩いた時、黒雪姫がもう一度咳払いをしてから話し始めた。

 

 

「その...なんだ、朝はすまなかったな。妙な態度を取ってしまった」

 

 

「いえ、そんな...気にしてないです。僕も、昼休み行けなくてすみませんでした」

 

 

「なら、いいんだが...。その、な。自分でもどうかしてると思うんだが...そう、≪シアン・パイル≫の話に関しては、私も中々平静ではいられなくてな」

 

 

「そのことなんですが。倉嶋とシアン・パイルの関係が分かりました」

 

 

「...え?あ...そ、そうか。なら、その話は、直接通信でしよう。関連する固有名詞を、誰かに聞かれると事だからな」

 

 

黒雪姫は早口で言うと、ポケットではなく右手に下げた鞄を探った。

 

 

取り出されたのは、梅里中の購買部の名前が入った小さな紙袋だった。

 

 

ぴりっと音を立ててテープを破り、黒雪姫は袋から新品のXSBケーブルを引っ張り出した。

 

 

「あー、昨日まで使ってたやつはうっかり断線させてしまったんだ。で...ちょっと持ち合わせがなくて、これしか買えなかった」

 

 

まるで言い訳するように、1メートルの――購買部で売っている最短のケーブルを差し出す。

 

 

ハルユキはプラグの片方を受け取ると、自分のニューロリンカーに刺す。

 

 

黒雪姫も自分のニューロリンカーにもう一方のプラグを差し込んだ。

 

 

ワイヤードコネクト警告が現れ、消えると同時に、ハルユキは思考を送り込んだ。

 

 

『倉嶋は≪シアン・パイル≫本人じゃありませんでした。≪シアン・パイル≫は、倉嶋のニューロリンカーにウイルスを仕掛けて、バックドアを作っていたんです。だから、校門内で倉嶋のいる座標からステージに出現したんです』

 

 

ハルユキは黒雪姫に昨晩分かった事を報告する

 

 

『...証拠はあるのか』

 

 

突然、ハルユキの脳裏に、打って変わって冷たい思念が響いた。

 

 

『倉嶋君が、≪シアン・パイル≫ではないという証拠を君は手に入れたのか』

 

 

『今、兎美にウイルスの出所を調査して貰っている所ですので今はまだ...』

 

 

『ほう。冷静な判断だが、同時に説得力も失っているぞ。バックドアウイルスを経由してブレイン・バーストのマッチングサーバーに接続するなどという話は、この私ですら聞いたこともないというのに、君のその言葉を私はどうやって信じたら良いのだ?』

 

 

単語のひとつ綴るごとに、黒雪姫の思念は鋭さを増していくようだった。

 

 

『信じるってどう言う意味ですか?まさか僕が≪シアン・パイル≫に寝返ってウイルスの話を捏造したって言いたいんですか?』

 

 

『...そこまで言ってないだろう。飛躍しすぎだ』

 

 

ハルユキは黒雪姫の様子がおかしいと思い指摘しようとしたが、ハルユキの目にこちらを攻撃しようとしているスマッシュの姿が映った。

 

 

「危ない!!」

 

 

黒雪姫を押し倒す形で、スマッシュの攻撃を避ける。

 

 

ドッカーン!!

 

 

先程までハルユキ達が居た場所には、クレーターが出来上がっていた。

 

 

「うう...」

 

 

「うわー!怪物だー!」

 

 

「逃げろー!!」

 

 

近くに居た人達が、スマッシュの存在に気づき逃げ出す。

 

 

ハルユキはスマッシュが逃げた人を追いかけるか心配したが、そのままハルユキ達に向かってきた。

 

 

「な、なんだあれは!?」

 

 

黒雪姫はスマッシュを見て、見たことが無かったのか酷く怯えていた。

 

 

「うおおおおお!!」

 

 

「ッ! 先輩逃げましょう!」

 

 

スマッシュが自分達を狙っている事に気づいたハルユキは、黒雪姫を安全な場所に逃がそうと黒雪姫の手を取り、その場を離れようとする。

 

 

「は、ハルユキ君...あれは...」

 

 

「説明は後でします!!今は走って!!」

 

 

この時、ハルユキは人気の無い場所に向かいながら、今朝あった兎美とのやり取りを思い出していた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「いってきまーす」

 

 

「待ってハル!」

 

 

家を出ようとしていたハルだったが、兎美に止められる。

 

 

「ハル...これを」

 

 

兎美が取り出したのは、調整していたハル専用のドライバーと空のボトルだった。

 

 

「最終調整が終わったから持っていって」

 

 

「ああ、分かった」

 

 

「よく聞いてね。クローズドラゴンは大脳辺縁系と連動していて、ハルの強い思いが指定値を超えないとシンクロへの転移が出来ない仕組みになってるのよ」

 

 

「言ってる意味が分からないんだけど...」

 

 

「要するにハルが誰かを助けたいって気持ちが大事って事」

 

 

「誰かを助けたい気持ち...」

 

 

「ハル...なんで私がハルを仮面ライダーにさせようとしたか分かる?」

 

 

「え?」

 

 

「ハルはいつもスマッシュが出た時、襲われている人を助ける為に生身で立ち向かうけど...このままだったらいつか取り返しのつかない事になると思ったから力を渡そうと思うの」

 

 

兎美に言われた事に、身に覚えはあった。

 

 

兎美達の役に立ちたいと思い、スマッシュに立ち向かう事はこれまでも良くあった。

 

 

「美空はハルを仮面ライダーにするのは反対らしいけど...もしスマッシュの戦いでハルに何かあったら私は嫌なの...だから私はハルに仮面ライダーにしようと思ったの」

 

 

「兎美...」

 

 

「良いハル...ドラゴンフルボトルはビルドのベストマッチでも扱いきれないの。力を手に入れるという事はそれ相応の覚悟が必要なのよ。それだけは覚いといて」

 

 

「覚悟...」

 

 

その時ハルユキは、兎美達やチユリ達とのこれまであったことを思い出す。

 

 

「それなら既に出来てる!チユや母さん...そして町の皆を守る為に俺は戦う!」

 

ハルユキは自分の覚悟を兎美に告げドライバーとボトルを受け取る。

 

 

「ハル...」

 

 

「もちろん!兎美と美空もな!」

 

 

「なっ///」

 

 

ハルユキの言葉に、兎美は顔を赤くする。

 

 

「じゃあ行って来る」

 

 

「あ...待って最後に上手くいくおまじないしてあげる」

 

 

ハルユキが出かけようとするのを、顔を赤くしながらも兎美は再度引き止める。

 

 

「おまじないってなん...っ!!」

 

 

ハルユキの口からその後の言葉は出てこなかった。

 

 

なぜなら兎美の口でハルユキの口を塞がれてしまったからだ。

 

 

 

 

 

チュッ

 

 

 

 

 

ハルユキはいきなり兎美にキスされた事で思考が停止していた。

 

 

「ふふふ、ハルの初めてもらちゃった///」

 

 

「な...お...おま...///」

 

 

自分がキスされた事に気づいたハルユキは、パニックになっていた。

 

 

「言っとくけど誰にでもするわけじゃないからね。ハルだからするのよ」

 

 

「え...なんで」

 

 

「ハルが好きだからに決まってんでしょ///」

 

 

兎美はさらに顔を赤くしながら、ハルユキに自分の思いを告げる。

 

 

「ハルが居たから今の私達がいるのよ。たぶん美空も同じ気持ちよ」

 

 

同じと言う事は美空も自分の事を...と考えていたハルユキだったが兎美の後ろから聞こえた声に思考が中断される。

 

 

「ちょっと!何勝手に人の気持ちを伝えてんのよ///」

 

 

 

兎美の後ろから美空が駆け寄ってきた。

 

 

「てゆうかハル!あんた学校に行くんじゃなかったの!速く行きなさいよ!」

 

 

自分の好意を暴露された事に照れているのか、美空はハルユキを急かす。

 

 

「い、いってきまーす!」

 

 

ハルユキも恥ずかしくなり、急いで家を出る。

 

 

 

余談だが、この後兎美と美空が抜け駆け云々で言い争うのは別の話だ。

 

☆★☆★☆★

 

 

今朝あった事を思い出した時、別の事まで思い出してしまい叫びそうになったが、状況が状況なので頭を振って煩悩を追い出す。

 

 

大通りから路地裏に入り、人気の無い場所へ移動する。

 

 

変身を見られる訳にはいかないと思い、ハルユキは何処か安全な場所に黒雪姫を隠そうと考えていた。

 

 

そんな時、路地裏から広い場所に出た。

 

 

そこは誰もおらず、戦うにはうってつけの場所だった。

 

 

後は黒雪姫を隠すだけだと考えていたハルユキの前に、1人の存在が近づいてきていた。

 

 

「随分と忙しそうだな、有田春雪」

 

 

ハルユキの前に現れたのは、ナイトローグだった。

 

 

「ナイトローグ!」

 

 

ハルユキはナイトローグから黒雪姫を護る為、自分の後ろに隠す。

 

 

「ハルユキ君、奴はいったい...」

 

 

「すみません、それも後で説明します」

 

 

「私に構ってていいのか?他にやることがあるんじゃないのか」

 

 

すると遠くの方から周りを破壊しながら、スマッシュがこっちに向かってくるのが見えた。

 

 

「なんで僕達を狙って...」

 

 

「正確にはお前を狙ってだ有田春雪」

 

 

「僕を...なんで」

 

 

「あいつはお前をいじめていた荒谷だからな」

 

 

「なっ!?」

 

 

ナイトローグから告げられた事実に、ハルユキ達は驚く。

 

 

「な、なんで荒谷が!?」

 

 

「今朝、保釈されたんだよ。そこを私が捕まえてスマッシュに変えたのさ」

 

 

「な、なんてことを...」

 

 

「逆に感謝して欲しいくらいだけどな。あいつは最初車を使ってお前を殺そうとしてたんだからな」

 

 

「嘘...だろ...」

 

 

ハルユキが荒谷がしようとしたことに驚いた。

 

 

「分かったか黒雪姫...荒谷が有田を殺そうとしたのも、怪物にされたのも、全部お前が招いた事だ」

 

 

「私が...私の所為で...」

 

 

ナイトローグの言葉に、黒雪姫は絶望している。

 

 

「さあ、どうする」

 

 

ハルユキはどうにかして黒雪姫を逃がそうか考えていた時、黒雪姫がハルユキの前に出た。

 

 

「ハルユキ君...君は逃げろ」

 

 

「なっ!何言ってんですか先輩!」

 

 

「これは...報い、というものなんだろうな。人の心を知らず、知ろうともせず、それでいて戯れに弄び続けてきた私への」

 

 

呼びかける声は、記憶にあるどの瞬間よりも優しく、穏やかに、ハルユキの聴覚を撫でた。

 

 

「奴の言うとおりこの事態を招いたのは私だ。だが君は傷つけさせない。私が絶対に守る」

 

 

「な、何を...」

 

 

「そんな顔をするな。私にも...この状況に、ひとつだけ救いがあるのだから」

 

 

「え...救い?」

 

 

「うん。今この瞬間なら、私の最後の言葉としてならば、君は私の言う事を信じてくれるだろう」

 

 

黒雪姫はそっと両手を持ち上げ、開いた掌を重ね合わせて、自分の胸に当てた。

 

 

「ハルユキ君。私は君が好きだ」

 

 

黒雪姫の口から告げられた言葉を理解するのに、ハルユキは数分時間が掛かった。

 

 

「え...?」

 

 

「生まれてはじめての感情だ。まったく制御することができずに途惑うばかりさ。

 

学校にいるときも、家でベッドに横になっていても、いつでも君の事を考えて、うれしくなったり、悲しくなったりしているよ。

 

これが恋というものだったんだなぁ...なんて素晴らしい...奇跡なんだろう」

 

 

きゅ、と胸の前で両の手を握り締め、黒雪姫はにっこりと笑った。

 

 

「どうして...僕を...」

 

 

ハルユキは1日に3人の女性から、思いを告げられた事によって混乱していた。

 

 

「ん、理由か。理由は数え切れないほどあるが...いや、恋に理由などいらないとも思うが、そうだな。じゃあ、きっかけだけ教えよう」

 

 

微笑みながら、黒雪姫は両手を伸ばし、ハルユキの肩に乗せた。

 

 

「ハルユキ君。私と君のファースト・コンタクトを覚えているか」

 

 

「はい...勿論覚えてます。ローカルネットの...バーチャル・スカッシュの部屋で、あなたは僕に言ったんでだ。この先に、加速したくはないか、って」

 

 

「そうだったな。あのゲームの、私が出したハイスコアな...」

 

 

笑みが、少しだけ悪戯っぽいものに変わった。

 

 

「あれな、≪加速≫を使ったんだ」

 

 

「え...え!?」

 

 

「そうでなければ、とてもあんなスコアは出せなかった。君の興味を引き、説得しやすくするためと思って、どうしても更新したかったのでね。...私は...」

 

 

そこで少し言葉を切り、黒雪姫は視線を空に向けた。

 

 

「私は6年前、わずか8歳の時にバーストリンカーになった。以来ひたすらに強さと速さだけを渇望し、数え切れぬほどの敵を切り倒してレベル9になり、それでも飽き足らず友の血にまでこの両手を染めた。

 

そんな私ですら、君が刻んだハイスコアには到底及ぶことはできない」

 

 

表情を改め、力強い瞳でハルユキをまっすぐに射て、黒雪姫は続く言葉を口にした。

 

 

「いいか、ハルユキ君。君は速い。誰よりも速くなれる。私よりも...他の王たちよりもね。速さこそがバーストリンカー最大の力だ。

 

いつか君は、加速世界最速のリンカーとしてあまねくその名を知られるようになるだろう。王達を倒し、その地平すら越えて、ブレイン・バーストの根源へと達するだろう。

 

そして知る。人に...我々の脳と魂に秘められた、究極の可能性を」

 

 

ゆっくりとひとつ頷き、黒雪姫はさらに続けた。

 

 

「私は...私は、君があのゲームをプレイする姿を見て震えたよ。かつてないほど戦慄し、また感動した。人は、これほど早くなれるのかと。

 

エウレカ...我ついに見出したり、停滞した世界を再び加速する真の王を、と胸のうちで叫んだよ」

 

 

もう、ハルユキは呆然とその言葉に聞き入れる事しかできなかった。

 

 

「でも、そんなにも強い力と可能性を秘めながら、現実の君はとてもフラジャイルで...切ないほどに痛々しくて、私は胸が引き裂かれるようだった。

 

未来の王に跪きたい。しかし同時に、君を守って、包んであげたい。そんな相反する気持ちがどんどん膨れ上がって...気づいたら、君しか見えなくなっていた。恋していたんだ。気づいたのは、ようやく昨日のことだったが」

 

 

「昨日?」

 

 

「うん。君が、倉嶋君の話をしたときにね。どう言ったらいいのか...嫉妬する、というのも生まれて初めてのことで、自分で自分が制御できなかった。

 

それで、あんな態度を取ってしまった。今朝も、だけどな。気づくのが遅すぎたかな...いや、遅かったが、すぎるということはないな。こうして...告白できたんだから」

 

 

ハルユキは黒雪姫の言葉を黙って聞いていた。

 

 

「さあ...そろそろ、お別れだ」

 

 

「お別れって...何をする気なんですか」

 

 

「私が囮になる。その間に君は逃げろ」

 

 

「なっ!」

 

 

黒雪姫の提案に、ハルユキは驚愕する。

 

 

「君だけでも生きてくれ...これが私に出来る唯一の償いだ」

 

 

黒雪姫はスマッシュに向かおうとする。

 

 

この時、ハルユキは先ほどまで正体を見られたくないと考えていたが黒雪姫の言葉を聞き、そんな事はどうでもよくなった。

 

 

なおもスマッシュに向かおうとする黒雪姫だったが、ハルユキが黒雪姫とスマッシュの間に立つ。

 

 

先程まで遠くにいたスマッシュだったが、今はもう近くまで来ている。

 

 

「何をやっているんだハルユキ君!早く逃げろ!」

 

 

「そうだ有田。お前に何が出来る」

 

 

突然ハルユキが前に出てきたことに、黒雪姫は驚く。

 

 

「確かに僕はいつも鈍くさいし、先輩が言うような凄い人間なんかじゃない」

 

 

「ハルユキ君...何を...」

 

 

「でも!こんな俺でも信じてくれた人を守ることは出来る!」

 

 

ハルユキはそう言って、学校のカバンから専用のドライバーを取り出し腰に装着する。

 

 

ハルユキはポケットからドラゴンフルボトルを取り出し見つめる。

 

 

その時、ハルユキの頭にはいつも自分を支えてくれる兎美と美空の顔が浮かんだ。

 

 

「兎美!美空!俺に力を貸してくれ!」

 

 

「ギャオー!!」

 

 

ハルユキが決意した時、クローズドラゴンが現れた。

 

 

「来い!クローズドラゴン!」

 

 

クローズドラゴンはハルユキの周りを旋回した後、ガジェット形態に変形しハルユキの手の中に納まる。

 

 

ボトルを数回振り、クローズドラゴンに装填しボタンを押す。

 

 

『ウェイクアップ!』

 

 

音声が鳴った後で、ドライバーにセットする。

 

 

『クローズドラゴン!』

 

 

ハルユキがレバーを回す事でドライバーからスナップライドビルダーが展開された後、クローズ専用のドラゴンハーフボディを前後に生成する。

 

 

『Are you Ready?』

 

 

「変身!」

 

 

『Wake up Burning! Get CROSS-Z DRAGON!Yeah!』

 

 

掛け声ともにハルユキを挟み込むように結合され、頭身も上がり、その後追加ボディアーマー・ドラゴライブレイザー・フレイムエヴォリューガーが上半身と頭部を覆う事で変身が完了する。

 

 

「は、ハルユキ君!?」

 

 

黒雪姫は、突如ハルユキの姿が変わった事に驚愕の声を上げた。

 

 

「どうやら覚醒したみたいだな」

 

 

ナイトローグはハルユキが変身した事に感心していた。

 

 

「俺の名は仮面ライダークローズ!今の俺は負ける気がしない!」

 

 

クローズはスマッシュに向かって、攻撃を仕掛ける。

 

 

「おらぁ」

 

 

右の大振りのパンチがスマッシュに当たり、大きく仰け反らせる。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハアー!」

 

 

クローズは右左とラッシュを数回当てた後、下から拳を思い切り振り上げスマッシュを吹き飛ばす。

 

 

「す、すごい」

 

 

「私の想定通りだが、ここまで早く覚醒するとは」

 

 

スマッシュが起き上がるのを確認したクローズは、一気にスマッシュとの距離を詰め回し蹴りを放つ。

 

 

「ハア!」

 

 

クローズの回し蹴りが命中し、スマッシュは更に後方へ飛ばされる。

 

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 

クローズはドライバーのレバーを再度回す。

 

 

『Ready Go!』

 

 

クローズの背後に青い炎のドラゴン『クローズドラゴン・ブレイズ』が出現する。

 

 

『ドラゴニックフィニッシュ!!』

 

 

クローズはドラゴンが放つ炎を纏って大きく飛び上がり、スマッシュにボレーキックを打ち込む。

 

 

「おらー!」

 

 

ドカーン!!

 

 

スマッシュにクローズの必殺技が命中し倒れる。

 

 

「この強さは流石に規格外だな...」

 

 

「当たり前だ!この力は俺だけの力じゃない、兎美が俺の為に作ってくれた力であり、俺を支える兎美と美空の力も加わってるんだ!だから俺は負ける気がしない!」

 

 

「なるほどな」

 

 

クローズは自分の意思をナイトローグに告げる。

 

 

「後はお前だけだな」

 

 

クローズとナイトローグは対峙する。

 

 

「ふっ!スマッシュを襲わせて覚醒できるまでハザードレベルを上げようとしたが、必要なかったようだな」

 

 

「さっきから覚醒とかハザードレベルとか何を言っている!」

 

 

「なんだ知らなかったのか?だったら教えてあげよう。ハザードレベルとはネビュラガスに対する耐久力の事だ」

 

 

「ネビュラガス?」

 

 

「お前は知らないだろうが、昔杉並の近くに1つの隕石が落ちてきたんだ。その隕石からはネビュラガスと呼ばれる物が検出され、そのガスを人間に注入すると細胞分裂作用を起こす」

 

 

「!?」

 

 

ナイトローグの説明の途中、隕石という単語に黒雪姫は反応する。

 

 

「ガスを注入した時点で死に至る状態を1.0、スマッシュ化する状態を2.0になり、ハザードレベルが2.0を超えると怪人化せずに人間の姿を保つ事ができ、3.0以上になると仮面ライダーになる事が出来る」

 

 

「!?じゃあまさか俺達が変身できるのは...」

 

 

「そうだ...お前やビルドにもネビュラガスが注入されている」

 

 

「!その為の人体実験だったのか!」

 

 

「察しがいいな。それとビルドの変身アイテムはビルドが開発していると思っているみたいだが、本当はもっと前にある人物によって既に開発されていたんだよ」

 

 

「何?」

 

 

次々と明かされる真実に、ハルユキは驚きを隠せないでいた。

 

 

「ビルドシステムを開発した者の名前は葛城 巧未(かつらぎ たくみ)だ」

 

 

「葛城 巧未...」

 

 

「さてお話もここまでだ...私は逃げさせて貰おう」

 

 

「なっ!逃がすわけないだろ!」

 

 

クローズは、ナイトローグに攻撃を仕掛けるが避けられてしまう。

 

 

「強くなれよ、有田春雪。お前は私のお気に入りだからな」

 

 

そう言うとナイトローグは煙に包まれ、煙が晴れた時にはナイトローグの姿は何処にも無かった。

 

 

「くそ!」

 

 

クローズはドライバーからクローズドラゴンを抜き、変身を解除し黒雪姫に近づく。

 

 

「大丈夫ですか?先輩」

 

 

「あ...ああ大丈夫だ...だが君は一体」

 

 

「すみません。全部移動してから説明します」

 

 

「分かった」

 

 

移動しようとしたハルユキだったが、スマッシュから成分を抜いていない事に気づき、急いでスマッシュに近づき空のボトルに成分を入れる。

 

 

成分が抜かれ、スマッシュがいた所には荒谷がいた。

 

 

「本当に荒谷が怪物だったんだな」

 

 

スマッシュから荒谷に戻った所を見た黒雪姫は驚いていた。

 

 

「じゃあ、今から僕の家に案内します。たぶん≪シアン・パイル≫の解析も終わってる頃だと思いますんで」

 

 

ハルユキは黒雪姫を連れ自宅に帰る。

 

 

この時、ハルユキは考えていた。

 

 

―兎美達に黒雪姫の事をどう説明しよう―、と。

 

 

修羅場になるのは確実だと思ったハルユキは腹を括るしかなかった。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキは黒雪姫を連れ、自宅に帰ると兎美と美空が出迎えてくれた。

 

 

黒雪姫も一緒だった事で不機嫌になってしまったが、スマッシュに襲われた事を話すとリビングに向かった。

 

 

兎美達にクローズとして戦った事、黒雪姫の前で変身した事、ナイトローグに聞かされた事を全て話し、黒雪姫にも今までの事、兎美が仮面ライダーになってスマッシュと戦っていた事、ハルユキが協力していた事を話す。

 

 

「要するに、最近杉並に伝わる都市伝説の戦士が兎美君で、ハルユキ君はその手伝いをしていたと...なるほど、それだったらこの前のデビュー戦の戦いぶりも納得がいく」

 

 

説明を聞いた黒雪姫は1人納得していた。

 

 

「それで?あなたはこの後どうするの?」

 

 

「うむ、知ってしまったからには私も出来る限りの協力はするさ。」

 

 

「そう、じゃああなたにもこの家のインスタントキーを渡しておくわ」

 

 

「そうかありがとう」

 

 

「って何しれっと家の鍵渡してんの?」

 

 

ハルユキは兎美が黒雪姫にインスタントキーを渡している事に、突っ込みを入れる。

 

 

「いいでしょ、別に。ライバルとしてフェアにする為よ」

 

 

「なっ!///」

 

 

「フェアって...1人だけ抜け駆けした人が何言ってるのよ」

 

 

兎美の言葉に美空が指摘する。

 

 

「そ、それより!≪シアン・パイル≫の方はなんか分かったのかよ」

 

 

恥ずかしくなったハルユキは、話題を変えようとシアン・パイルの話をする。

 

 

 

「私なりに調べた結果、1人だけ可能性がある人物を搾り出せたわ。今を送るから直結するわよ」

 

 

そう言って兎美はXSBケーブルを取り出し片方をハルユキに渡す。

 

 

ハルユキがケーブルを挿したのを確認すると、兎美はハルユキにファイルを送信する。

 

 

『良い、ハル。信じられないかもしれないけど、これは本当の事だからね』

 

 

「?」

 

 

ハルユキは兎美の言葉の意味を理解できなかったがファイルを開いた瞬間、意味を理解した。

 

 

『なっ!』

 

 

ハルユキの開いたファイルには1つの写真が入っており、写真には男性の顔が写っていた。

 

 

そこに写っていたのは、ハルユキのもう1人の幼馴染『黛 拓武』だった。

 




はい!如何だったでしょうか

小説を書いているときにナイトローグの口調がブラッドスタークになってしまうナツ・ドラグニルです

なんと!お気に入りが20件突破しました!

また、感想及び誤字報告して頂いている烈 勇志様ありがとうございます。

いつも感想を読ませて頂き嬉しく思っております

今回!ハルユキがやっと変身しました!

ここまでが長かった!やっと変身できました!

今回、兎美の告白のシーンや変身のシーンは無理やりすぎるかなと思いましたが後悔はしていない!

原作の万丈の口癖『負ける気がしねぇ』ですがハルユキの負ける気がしないという言葉の意味を今回書かせていただきました。

やっぱり只書くだけじゃ面白くないかなと思ったので

そして次回!親友対決です!

確実に原作と少し違う風に書きますが原作よりもハルユキをかっこよく出来たらいいなと思います。

原作どおり翼は出しますがたぶん戦っている最中に出てくるでしょう

また、タクとチユの関係ですがタクが振られた設定で書いていきます。

では次回アクセル・ビルド第6話もしくは激獣拳を極めし者第14話でお会いしましょう


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第6話

これまでのアクセル・ビルドは

兎美「梅里中1年の有田春雪は!3人の少女から告白され、仮面ライダーに変身するのでありました!」

美空「てゆうか私のはあんたが暴露したんでしょうが!」

兎美「いちいち茶々いれるんじゃないわよ、先に進まないでしょ!」

美空「てか原作の方はもう最終回迎えちゃったけど、この作品のラストはどうするのよ」

兎美「まだ決まってないわ!ある程度は考えてるけど、まだ先は長いし何とかなるでしょ」

美空「まあ作者も原作を所々しか見てなかったから、まさかあんな展開になるなんて思わなかったでしょうし」

兎美「そうゆう事!さてどうなる第6話!」

美空「てゆうかそろそろビルドのフォームチェンジとか出さないといけないんじゃないの?」

兎美「分かってるわよ...そんな事...」


ハルユキはシアンパイルの正体に驚愕していたが、脳裏にいくつかの思考が、同時に閃く。

 

 

僕は――何故奴が、≪シアン・パイル≫が、梅里中の生徒の誰かだと判断した?

 

 

もちろん、チユリのニューロリンカーにウイルスを仕掛けたからだ。

 

 

チユリを踏み台にして、学内ローカルネットのどこから、幽霊のように黒雪姫に襲っていたからだ。

 

 

でも。

 

 

もし、あのバックドアがグローバルネットからのアクセスのために造られたものだとしたら?

 

 

その場合、容疑者は梅里中内部ではなく、全国に広がってしまう。

 

 

しかし、同時に新たな絞込みフィルタも出現する。

 

 

なぜチユリなのか?

 

 

もちろん、接触しやすいからだ。

 

 

学外の人間で、チユリに最も親しい者。

 

 

チユリのニューロリンカーと直結できるほどにそばに居る、誰か。

 

 

その条件に当てはまる人間は、1人しかいない。

 

 

「ハル...信じられないかもしれないけど...」

 

 

兎美は自分の言葉を信じていないと思い、言葉をかけようとするが。

 

 

「いや、すぐ気づくべき事だったんだ...。ウイルスをどうやって仕掛けたのかなんて考えるまでも無かった...。直結して仕込めばいい話なんだから...。それを出来る人間は1人しかいない...」

 

 

「なるほど...チユリと簡単に直結できるのは、幼馴染の黛 拓武しかいないって事ね 」

 

 

ハルユキの言葉に、美空も納得する。

 

 

「それで...どうするんだ?ハルユキ君」

 

 

「この後、タクムに会ってきます。なんでこんな事をしたのか聞く為に...」

 

 

「なっ!危険すぎる!君はまだレベル1で、相手はレベル4なんだぞ!勝てるわけが無い!」

 

 

「そうよ!それに相手が何をしてくるか分からないのよ!」

 

 

ハルユキの提案に、黒雪姫と美空が反対する。

 

 

「でも...これは俺がやらないといけない事なんだ。それに、戦うって決まった訳じゃありませんし」

 

 

「...分かった」

 

 

ハルユキの言葉に、兎美は了承する。

 

 

「分かっちゃ駄目でしょ!」

 

 

「しょうがないでしょ!ハルがやるって言ってるんだから!私はハルのやりたいようにやらせたいの...」

 

 

「兎美...」

 

 

ハルユキは兎美の言葉に感動する。

 

 

「それに、いざと言う時は私がビルドになって、駆けつけるわ!」

 

 

「いや!それ過剰防衛だから!」

 

 

ハルユキは、兎美の突拍子のない発言に、突っ込みを入れる。

 

 

「大丈夫よ!何かあったら、私がぶっ飛ばすから!」

 

 

「何一つ安心できない!そんな事しなくても大丈夫だから!」

 

 

「そうよ、そんな事しなくても、私が社会的に抹殺してやるわよ」

 

 

「もっと物騒な発言が出てきたんですけど!」

 

 

ハルユキ達のやり取りは、兎美達が落ち着くまで続いた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキはマンションの前で、部活から帰ってくるタクムを待っていた。

 

 

タクムに会いに家に向かうと、まだ帰っていなかった為、現在マンションの前で待機していた。

 

 

また余談だが、兎美達が直ぐに駆けつける様に待機していたが、ハルユキは兎美達の言葉を冗談だと思っており、存在に気づいていなかった。

 

 

しばらくすると、ハルユキはタクムの姿を見つける。

 

 

部活用のスポーツバックに加え、剣道の竹刀袋と防具袋を肩に背負っていた為、直ぐに見つけることが出来た。

 

 

ハルユキは意を決し、タクムに近づく。するとタクムもハルユキに気づいた。

 

 

「やあ、ハル。こんな時間に外にいるなんて、どうしたんだい?」

 

 

「ああ、タクに話があって、帰ってくるのを待ってたんだよ」

 

 

「っ!?そうなんだ...ここじゃあ通行の邪魔になるから、別の所に行こうかハル」

 

 

「そうだな」

 

 

ハルユキの言葉にタクムは少し動揺を見せた後、別の場所に移動するよう提案し、ハルユキは了承する。

 

 

「さてと、聞きたい事って何かな」

 

 

「タク...お前もう気づいてんだろ?自分の正体がばれている事に」

 

 

ハルユキの言葉の後、タクムは黙り顔を下に俯かせる。

 

 

「ふっ、ふはははは!」

 

 

突然、タクムは笑い出した。

 

 

タクムが顔を上げるとそこには、今までハルユキが見たことも無い、憎悪に満ちた幼馴染の顔があった。

 

 

「バースト・リンク!!」

 

 

「っ!?」

 

 

バシイイイイイイッ!

 

 

タクムがコマンドを発声した後、ハルユキの意識も加速して目の前に文字が表示された。

 

 

【HERE COMES A NEW CHALLENGER!】

 

 

☆★☆★☆★

 

 

バキバキバキバキッ!

 

 

一瞬の間に続いて、世界に響き渡ったのは、無数の金属塊が軋むような異質な震動だった。

 

 

周囲の床や壁が、ハルユキの足元からどこか生物めいたぬめりや襞のある錆色の金属に覆われていく。

 

 

柱は昆虫の腹のように節を作ってよじれ、天井には奇怪な眼球に似た突起が幾つもボコボコと浮き上がる。

 

 

いつも見慣れているマンションが、古典サイバーパンク作家の悪夢のような有機金属的汚濁に包まれるまでに、数秒とかからなかった。

 

 

桃色ブタアバターから、デュエルアバター≪シルバー・クロウ≫へとハルユキが変身したのとほぼ同時に、ぎゅうっ!と音を立てながら、視界上部に2本の体力ゲージが伸びた。

 

ゲージの間に、1800の数字。

 

 

そして最後に、中央にごうっと、炎がごうっと燃え上がった。

 

 

その奥から出現した≪FIGHT!!≫の文字が、真っ赤に輝き、爆散した。

 

 

減少を始めるカウントをちらりと見て、ハルユキは改めてタクムが居た場所を見た。

 

 

タクムのアバターを見た瞬間、ハルユキは巨大だと思った。

 

 

何より圧倒的なのは、シアン・パイルの全身のとてつもない厚みだった。

 

 

太っている、というのとは違う。

 

 

まるでプロレスラーのようにごつごつと筋肉の盛り上がった四肢と体幹。

 

 

それをメタリックブルーのぴっちりとしたボディスーツ型装甲が包んでいる。

 

 

足にはダークブルーのごついブーツ。

 

 

左手にも同色の巨大なグローブ。

 

 

まるで自分が変身するクローズのようだ。

 

 

すらりとスリムなタクム本人とは、イメージが180度逆だ。

 

 

ゆっくりと体を左に回したシアン・パイルの視線が、正面から注がれた。

 

 

シアン・パイルの頭部は、そこだけはスマートな涙滴形のマスクに覆われている。

 

 

顔面には、横に細長いスリット状の隙間がいくつも開き、中央を縦に1本の支柱が貫いている。

 

 

見ようによっては、どこか剣道の面を連想しなくもない。

 

 

1本のスリットの奥で、突然ビカッ!!と青白い両眼が鋭い形に輝いた。

 

 

左脚がゆっくり持ち上がり、ずしりと床を踏みつける。

 

 

溜まっていた粘液が、ばしゃりと左右に飛び散る。

 

 

ハルユキの目は露わになったシアン・パイルの右腕に吸い寄せられた。

 

 

左手のようなグローブではない。

 

 

肘の所から、ぶっといパイプに接続されている。

 

 

パイプは、直径15センチ、長さ1メートルはあるだろう。

 

 

しかも開口部から、内蔵されているらしい尖った金属棒の先端が、ぎらぎらと剣呑な輝きを放っている。

 

 

シアン・パイルの属性は、その全身を包む装甲の色からしても、≪近接の青≫だ。

 

 

しかも、黒雪姫いわく限りなく純色のブルーに近い。

 

 

ならば、あの鋭い棒は飛び道具ではないはずだ。

 

 

スリットの並ぶマスクが、ぐるりと周囲を見回す。

 

 

その奥から流れ出たのは――陰々と歪んでいるが、たしかに長年聞きなれた、親友タクムの爽やかな声だった。

 

 

「ふうん、これは≪煉獄≫ステージかな。僕も久しぶりに見るよ。属性はなんだったかな?」

 

 

屈託の無いその喋りに、ハルユキは思わず口を開いていた。

 

 

「タク...」

 

 

ズギャアアアア!!

 

 

突然、振り回されたシアン・パイルの右腕の鉄棒が、廊下の金属壁に食い込み、醜く引き裂いた。

 

 

飛び散った鉄片と粘液、そして潰された名も知れぬ小虫がぼたぼたと床に落ちる。

 

 

シルバー・クロウはシアン・パイル突然の攻撃に、言葉を呑み込み、戦闘態勢に入る。

 

 

その様子をちらりと見て、シアン・パイルはさらに快活な声で続けた。

 

 

「さすがに硬いな。ステージの破壊はちょっと難しいかもね」

 

 

ずしん。

 

 

止まっていた歩行が再開され、青い巨躯がのしかかるようにハルユキの眼前に迫る。

 

 

「へー、今の攻撃を見て弱腰になると思ったんだけど、さすがは仮面ライダーの協力者と言った所かな?」

 

 

「タクム...お前なんで...」

 

 

シルバー・クロウはシアン・パイルを問い詰めようとするが、シアン・パイルがさらに言葉を発した。

 

 

「まさか、君がバーストリンカーになるなんて...驚いたよ。昨日はさすがに驚いたよ...まさか逆探知されるなんて思いもしなかったからね」

 

 

「兎美は自分で言っている通り、天才だからな」

 

 

「なるほど...。それにしても羨ましいよハル、僕からチーちゃんを奪っただけじゃ飽き足らず、あんな可愛い子達と同棲してるなんてね...」

 

 

「お前何言って...」

 

 

発言をしようとしたシルバー・クロウの言葉を、再び鉄棒が壁に叩きつけられた大音響が掻き消した。

 

 

「どうだった?ハル...。彼女達と直結した感想は...。僕がその光景を見た時、どんな思いだったか君には分かるか!!ハル!!」

 

 

シルバー・クロウはシアン・パイルの言葉に絶句した。

 

 

幼馴染の変わりようもそうだが、シアン・パイルのシルバー・クロウに向けた嫉妬に対し、驚きを隠せなかった。

 

 

「タク...、お前なんで」

 

 

ハルユキが銀面の下から発した言葉は、自分でも意外なほど鋭く、強く響いた。

 

 

「なんでチユのニューロリンカーにウイルスを仕掛けた!チユに隠れて接続して、メモリや視聴覚を好き勝手に覗いてたのか!」

 

 

「そんな覗きみたいな言い方して欲しくないな」

 

 

ハルユキの、ほんの5メートル先で足を止めた巨大なアバターは、それだけはタクムらしいスマートな仕草でひらりと左手を広げた。

 

 

「チーちゃんを正気に戻すのには、必要な事だったんだよ」

 

 

「正気に戻す?」

 

 

「ふふふ、君は昔からそうだよ、ハル」

 

 

穏やかな声でそう言いかけたシアン・パイルの右横の壁を、奇怪な形の大きな金属虫がガサガサと通り過ぎようとした。

 

 

シアン・パイルは何気ない仕草で右腕の巨大針を持ち上げ、軽く虫の背を貫いた。

 

 

壁に留められた虫はギイギイと啼きながら、逃げ出そうと無数の肢を激しく振り回す。

 

 

「ずっと、ずっと昔からチーちゃんに、僕ってかわいそうだろ?憐れだろ?だから優しくしてよ。もっと構ってよ。そういい続けてきたんだ。言葉じゃなくても、態度で、目つきで...いや、君という存在そのもので」

 

 

ぶじり、と湿った音を立てて針がさらに虫の殻に沈み込んだ。緑色の液体が飛び散り、仮想の虫はいっそうジタバタともがき始める。

 

 

「女の子って解らないよね。チーちゃんは、僕に手を引かれてる時よりも、ぶつぶつ文句言いながら君の手を引っ張ってる時の方がずっと楽しそうだった。君の面倒を見て、世話を焼くのがとっても幸せそうだったよ、昔から。...知ってたかい?チーちゃんは、どこに行く時も必ずでっかいタオル地のハンカチを持ってたんだよ。汗かきの君の為にね」

 

 

ばちゃっ!!

 

 

と怖気をふるう音を立てて虫が粉砕され、濃緑色の殻と肢が粘液とともに飛び散った。

 

 

「ハル...君は知らないだろうけど、僕は2年前にチーちゃんに告白したんだよ」

 

 

はははは、とシアン・パイルは愉快そうに、しかしぞっとするようなディストーション・エコーのかかった笑い声を上げた。

 

 

「だけどチーちゃんは断った!チーちゃんは僕より君を選んだんだよ!ハル!だから思ったのさ!彼女は現実的判断が出来ていないってね!」

 

 

「現実...的?」

 

 

シアン・パイルは緑色に染まる金属針の先端を、同意を求めるように空中に持ち上げた。

 

 

「チーちゃんだって女の子...いや、女だよ。友達に自慢できる彼氏、幸せな結婚、満ち足りた生活、そっちのほうがずっと≪幸せ≫だっていつかは気付くさ。だから僕も頑張ったよ。死ぬほど勉強して今の学校に入ったし、毎日走り込んで体も鍛えた。ハル、君が下らないゲームをしたり、ぐうぐう寝たり、何も出来ないくせに怪物相手に戦ってる間にね!」

 

 

「お前...本気で言ってるのか」

 

 

ハルユキは、思考が纏まらぬまま、殆ど反射的にそう叫んだ。

 

 

「本気で言ってるさ。チーちゃんには幸せになる権利がある。成績は学年1位で、剣道では都大会優勝の僕と付き合って幸せになる権利が」

 

 

ハルユキは鋭く息を吸い込み、ぐっと溜めた。

 

 

「...違うだろ、タク」

 

 

ハルユキは銀のマスクをもたげ、まっすぐシアン・パイルの鋭い眼を見た。

 

 

「学年1位も、優勝も、お前の力じゃない。ブレイン・バーストの...≪加速≫の力だ。いつからだよ。いつからお前はバーストリンカーだったんだ」

 

 

しばし、沈黙が煉獄ステージを覆った。

 

 

小虫の群れがキチキチと足元を通り過ぎ、時折壁に開いたヒダの間から生き物のように蒸気が吐き出される。

 

 

1800から開始されたカウントは、既に200秒が経過しようとしている。

 

 

100の桁が5になるのと同時に、シアン・パイルが言葉を発した。

 

 

「僕の力だよ」

 

 

す、と右手の針をまっすぐハルユキに向けてくる。

 

 

「≪加速≫は僕の力だ。ほんの赤ん坊の頃から、ニューロリンカーで嫌って言うほど知育ソフト漬けになって適性を培った僕の力なんだ!僕がバーストリンカーになったのは、まだたったの1年前さ。剣道部の主将が僕の≪親≫だ...かの≪青の王≫の側近なんだよ。期待されてるんだ僕は。親衛隊の候補生なんだ。なのに...」

 

 

ガギャアアアアン!!

 

 

大きく振り回された右手が、壁に幾つめかの巨大な傷跡を刻み付けた。

 

 

「今更!!今更バーストリンカーになっただって!?それで僕と対等になったつもりかい、ハル!?君は僕には勝てない。勉強でも、スポーツでも。そして勿論、この加速世界でもね。解らせてあげるよ。僕の力を...君のその、ひ弱なデュエルアバターに」

 

 

びかぁっ!!と、シアン・パイルの両眼が凄まじ光を迸らせた。

 

 

本気だ。

 

 

タクムは本気で戦う気なんだ。

 

言葉を尽くせば解ってくれる、という気持ちはまだハルユキの中にあった。

 

 

チユリの、そして自分の本心を説明したい。

 

 

こんな争い方はしたくない。

 

 

「...タク。確かにお前は凄いよ。勉強もスポーツも出来るし、かっこいい。俺の持ってないものを、全部持ってる」

 

 

顔を俯け、声を押し殺してハルユキは呟いた。

 

 

しかし直後、正面からシアン・パイルを見据え、鋭く叫んだ。

 

 

「でも馬鹿だ。大馬鹿野郎だ、お前は!」

 

 

「...なんだって?僕が、馬鹿?」

 

 

「そうさ、だから俺には勝てない!忘れたのか?昔から、どんなゲームでもお前が俺に勝てたことがあったかよ?」

 

 

「...ハル。ハル」

 

 

笑いの混じった。しかし凄絶な響きのある声。

 

 

「なら、たった今...君は最後のプライドまでなくすんだ!!」

 

 

どっ!!とシアン・パイルのブーツが床を蹴った。

 

 

2メートル近い巨体が、それにそぐわぬ凄まじいスピードで距離を詰めてくる。

 

 

しかし、さすがにアッシュ・ローラーのバイクの突進に比べれば遅い。

 

 

ハルユキは今までの経験を活かし、何とか勝とうと思考する。

 

 

まず攻撃を仕掛けようとしたハルユキだったが、嫌な予感を感じ、咄嗟に右に跳んだ。

 

 

ガシュン!!

 

 

思いがけない音が響き渡ったのは、その時だった。

 

 

受身を取った後、ハルユキの視界の映ったのは、シアン・パイルの右腕を作る太いパイプの先端から、ぎらりと輝く鉄針が、先程までハルユキが居た場所まで伸びていた光景だった。

 

 

「へぇー、これを初見で避けた人は、今まで居なかったから驚いたよ」

 

 

「その右腕にそんな仕掛けがあるなんて、思わなかったけどな」

 

 

ハルユキは収納される鉄杭を見て、攻略方法を思考する。

 

 

(見たところ、あの鉄杭は1方向にしか攻撃できない...だったらもう一度攻撃を仕掛けてきた後、一気に距離を詰めたら攻撃が出来る!)

 

 

「攻撃してこないのは作戦を考え中なのかな?だったらこっちから行くぞ!」

 

 

(来た!)

 

 

ハルユキはシアン・パイルの攻撃を避ける為、全神経を集中させていた。

 

 

シアン・パイルの鉄杭がシルバー・クロウに迫るが、シルバー・クロウは極僅かな動きで鉄杭を避ける。

 

 

ダッ!!と足が床を蹴り、シアン・パイルに接近する。

 

 

「なっ!?」

 

 

「はあっ!」

 

 

シルバー・クロウは跳躍の勢いを利用し、顔面に拳を叩き付けた。

「ぐはっ!」

 

 

シアン・パイルはいきなりの事で対応が出来ず、まともに食らってしまい、後ろに仰け反る。

 

 

「ふっ!」

 

 

シルバー・クロウは追撃として、左ふくらはぎに右回し蹴りを撃ち込んだ。

 

 

「うぐっ!」

 

 

ぐらり、体勢を崩す所に、追い討ちの左膝蹴りを背筋の中央へ撃ち込む。

 

 

ドボォッ!!という重い震動。巨体がくの字に折れ曲がる。

 

 

よろよろと距離を取ったシアン・パイルが憎憎しげに唸った。

 

 

「ぐっ!...さすがにゲームは得意ってわけかい。ハル。まさかここまでやるとは思わなかった...よ!」

 

 

ぶん、と振り回された左拳をギリギリで回避し、勢いのまま体を反転させ、右の踵を無防備に突き出された首筋に埋め込む。

 

 

「ッグウウウウッ!!」

 

 

タクムの声で発せられる潰れた悲鳴に耳を塞ぎ、ハルユキはさらにラッシュを続けた。

 

 

両脚と両腕を使って途切れることなくコンボを繰り出す。

 

 

いつしか、自分の口からも悲鳴染みた叫びが漏れていた。

 

 

「この...馬鹿野郎!!大馬鹿野朗!!チユはなあ!!チユは俺達に、学年1位とか、そんなことこれぽっちも求めちゃいないんだ!!」

 

 

シアン・パイルが苦し紛れに放つ前蹴りを踏み台にして高くジャンプし、シアン・パイルのマスクを掴んで自分の銀甲ヘルメットを思い切り叩きつける。

 

 

ぴきっ、と破壊音が響き、青いマスクの1部が砕け散る。

 

 

バランスを崩し、背中から床に倒れたシアン・パイルの胸に馬乗りになり、ハルユキはさらに両拳を乱打し続けた。

 

 

「チユはただ、俺達が俺達のままでいることだけ望んでたんだよ!!なんでそれが解らないんだ!!」

 

 

何も考えず、激情のまま叫んだ言葉だった。

 

 

しかし、ハルユキの声が響いた途端、ひび割れたスリットの下でシアン・パイルの両眼がぞっとする程強い冷光を放った。

 

 

「ちょ...うしに...」

 

 

突然、ぐいっとシアン・パイルの太い両腕が自分を守るように交差された。

 

 

その時、それが防御動作ではない事に、ハルユキは直ぐに気付き回避する為に動いた。

 

 

「調子に乗るなアアアアァァァァァァ!!」

 

 

両腕が左右にいっぱいに広げられると同時に、シアン・パイルの胸から腹にかけてのボディスーツの表面に、ぼごごごごっ!と音を立てて鋭い杭の先端が10本以上も浮き上がった。

 

 

「――≪スプラッシュ・スティンガー≫ァァァァァァ!!」

 

 

ズドドドドドゥッ!!

 

 

重機関銃じみた連射音とともに、至近距離からあまたの杭がハルユキめがけ射出された。

 

 

しかし、シアン・パイルが技名を発生すると同時に、シルバー・クロウは回避行動に移っていた。

 

 

シルバー・クロウは後ろに全力で跳ぶ事によって飛んで来た杭をどうにか回避することが出来た。

 

 

「く...ふ、ふふふふふ」

 

 

シアン・パイルは立ち上がりながら、どこかのネジが外れてしまったような、小刻みな笑いが青いマスクの下から漏れた。

 

 

「くふふふ。随分と...元気良く小突きまわしてくれたじゃないか。ちょっとだけ驚いたよ。でも...所詮は煩わしい小虫だったね。わざわざ僕の必殺技ゲージを溜めたようなものさ」

 

 

「必殺...技...」

 

 

呟きながら、ハルユキは改めて視界上部のゲージを確認した。

 

 

左右に伸びる太い体力ゲージは、シアン・パイルが6割。

 

 

ハルユキのラッシュで、言葉以上のダメージは受けている。それに対しシルバー・クロウの方は、攻撃を受けていないのでノーダメージだった。

 

 

そして2人の体力ゲージの下にもう1本、細い緑色のゲージが伸びている。

 

 

これは、シアン・パイルのほうは8割近くが明るい色に発光している。対してハルユキの物は殆ど満タンに近い。

 

 

「おいおい、初めて聞いたようなことを言うなよシルバー・クロウ」

 

 

くくくと笑いながら、シアン・パイルがゆっくりと前進を開始した。

 

 

「必殺技の応酬こそ≪対戦≫の華さ。さっきの≪スプラッシュ・スティンガー≫は僕のレベル2必殺技だ。煩い小虫を撃ち落すのにうってつけだろ?まあ当たらなかったけどね。おや、そういえば君のゲージもいっぱいに溜まってるみたいじゃないか。どうぞどうぞ、君も好きなだけ使ってくれよ」

 

 

ハルユキはぎりりと奥歯を噛み締めた。

 

 

シルバー・クロウに与えられた使える必殺技は、リーチが無いに等しい≪ヘッドバット≫だけで、射程の長いシアン・パイルの技にはとても対抗できない。

 

 

しかもモーションが長い上に見え見えで、発動準備中を言わんがばかりだ。

 

 

(...くそっ、必殺技なんて必要ない。僕には拳と足、そしてスピードがある)

 

 

そんな考えをしていた時、タクムが話しかけてきた。

 

 

「それにしても、さっきは随分言いたい放題言ってくれたじゃないか?まるで、チーちゃんの事を、自分1人が理解しているみたいに?」

 

 

「...してるさ、少なくともお前よりは」

 

 

「なら、僕の事はどうだい?少しは考えてくれた事があるかな?振られた後も情けを駆けられている僕の気持ちを考えてくれた事があるかい、ハル?まあ、君は僕が告白した事すら知らないとおも...「知ってるよ」え?」

 

 

「お前がチユに告白した事も、振られたことも知ってるよ」

 

 

「な...なんで君が知ってるんだよ。でまかせな嘘をつくな!」

 

ハルユキの言葉にシアン・パイルは声を荒げる。

 

 

「チユに相談されたんだよ...お前に告白されたけどどうしようって...」

 

 

「な...なんだよそれ...」

 

 

「だから俺がお前の好きにしろって...振られたからと言って俺達の関係は変わらないからって。だけど俺の判断がお前をそこまで傷つけてるなんて知らなかった...」

 

 

「今さら気付いたってもう遅いよ...君は僕には勝てないからね」

 

 

シアン・パイルは不利な状況にも関わらず、シルバー・クロウを挑発する。

 

 

「それでも俺は負けるわけには行かない!チユリと黒雪姫先輩の為に!そしてタク!お前の為にも!」

 

 

チユリと黒雪姫の為に、タクムを正気に戻す為にも、ハルユキは負けるわけには行かなかった。

 

 

「今の俺は、負ける気がしねぇ!」

 

 

シルバー・クロウが決意を語った。

 

 

突如―。

 

 

装甲から、強烈な白光が幾筋も迸った。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

シアン・パイルが驚くのと同時に、背面の装甲が大きく砕け、吹き飛ぶ感覚が訪れた。

 

 

ハルユキは目を見開き、体を仰け反らせた。

 

 

目の前の少し離れた所に、鏡がある。

 

 

現実世界ではマンションの窓ガラスだったのだろう。

 

 

その鏡には自分とシアン・パイルが映っていた。

 

 

鏡を見ると背中の装甲にヒビが入っており、破壊音はそこから響いているようだ。

 

 

細い花火が走るたびに、小さく砕けた装甲が飛び散る...。

 

 

「...!?」

 

 

ハルユキは、何か白く輝くものが、背中に左右からゆっくり、ゆっくりと伸び始めるのを、呆然と見つめた。

 

 

鋭い三角形の、細い金属片のようだ。

 

 

(剣...?)

 

 

そう思った瞬間、伸びきった2つの金属片が、しゃらっと涼やかな音を立てて半円状に広がった。

 

 

折りたたまれていた薄い金属のフィンが、最初の剣状突起の先端を支点にそれぞれ10枚近くも展開している。

 

 

これは...武器ではなく...。

 

 

―――翼。

 

 

 

 

 

ハルユキが呆然としていたのは、僅か1秒足らずのことだった。

 

 

熱い!!

 

 

背中全体に凄まじい熱気を感じ、ハルユキは弾かれるように体を起こした。

 

 

身悶えながらよろよろと膝立ちで数歩後ずさり、腕で肩を抱いて小さく体を縮める。

 

 

温度、というよりも、純粋なエネルギーの塊が背中に密閉され、行き場を求めて渦巻いているように思えた。

 

 

「―――!!」

 

 

だめだ。もう抑えていられない。

 

 

弓なりに全身反らせ、ハルユキは真上を凝視した。

 

 

「―――行っ、けぇぇぇっ!!」

 

 

絶叫と共に、右腕をまっすぐ突き出す。

 

 

どおうっ!!

 

 

爆発じみた衝撃音とともに、銀の光が暗闇を切り裂いた。

 

 

「うわっ!」

 

 

いきなりの展開に呆然と見つめていたシアン・パイルに飛び上がった時の衝撃が襲う。

 

 

一瞬ののち、ハルユキの全身は、放たれた矢のように一直線に飛び上がった。

 

 

わずか数秒で空高く舞い上がり、さらに高く高く飛翔した。

 

 

きいいいいん、と背中の金属フィンが高速震動する。

 

 

そのエネルギーは小さな体を圧倒的な勢いで加速し、仮想の重力など楽々断ち切って、どこまでも、どこまでもハルユキを押し上げる。

 

 

たちまち、目の前に渦巻く黒雲が迫った。

 

 

突き上げた右拳が分厚い塊に接した瞬間、ぼっ、と音がして円状に雲が押しのけられる。

 

 

黒いトンネルを貫き、さらに上昇するハルユキの視界に、薄黄色の眩い光が溢れた。

 

 

雲海を抜けた直後、ハルユキは両手足を広げ、加速を緩めた。

 

 

甲高い震動音がピッチを落とし、飛行機が離陸を終えた時のようなふわりとした浮遊感が訪れる。

 

 

ゆるやかにホバリングしながら、ハルユキはぐるりと体を回した。

 

 

「...ああ...」

 

 

思わず、ため息まじりの声が漏れる。

 

 

想像を絶する光景が、眼下に広がっていた。

 

 

うねりながら流れる雲海の切れ間から、どこまでも続く鈍い色の巨大都市が一望できる。

 

 

捩れた尖塔群に変化した新宿副都心、その向こうの深い森と、そそり立つ魔城めいた建築物は皇居だろうか。

 

 

反対側を見ると、杉並から三鷹、八王子へと続く市街がどこまでも連なり、彼方には奥多摩の山々、さらにその奥で雲海を貫いてそびえる険峻な高峰は、おそらく富士山。

 

 

最後に南を眺めたハルユキは、きらきらと輝く灰色の平面を視界に捉えた。

 

 

海。東京湾だ。そして――果てなく広がる、太平洋。

 

 

(無限だ)

 

 

「この世界は...無限だ...」

 

 

呟きながら、ハルユキはゆっくり、ゆっくりと降下を開始した。

 

 

背中からばふっと雲海に沈み込み、その底を抜けて、地上へと近づく。

 

 

街並みのディティールが詳細に見渡せる高度まで落下した所で、フィンを一度強く震動させ、再度ホバリング。

 

 

姿勢を戻したハルユキの真下、ほんの30メートルほどの所に、マンションの屋上があった。

 

 

屋上には、シルバー・クロウとシアン・パイルを対戦登録をしていたであろう、ギャラリーがいた。

 

 

あれほど広大と思えた対戦フィールドが、今は両手で挟めそうな程に小さく見える。

 

 

そして、広場で立ち尽くし、こちらを見上げる青い巨人の姿も、また。

 

 

シアン・パイルは、たっぷり3秒近くも、魂を抜かれたようにハルユキを眺めていた。

 

 

その左手がかすかに持ち上げられ、しわがれた声が漏れかけた。

 

 

「は...ハル...」

 

 

 

しかし言葉は、不意に巻き起こった、どおおおっ!という響きに掻き消された。

 

 

声だ。

 

 

マンションの屋上に陣取り、シルバー・クロウとシアン・パイルの対戦を見守っていたギャラリー達が、一斉に喚き声を上げた。

 

 

「落ちて...落ちてこないぞ!?完全に静止している!!」

 

 

「ジャンプじゃない...飛んでるのか!?嘘だろ!?」

 

 

「≪飛行アビリティ≫だ...ついに現れたんだ、あの羽を見ろって!!あれは≪飛行型アバター≫だ!!」

 

 

ハルユキは、なぜギャラリー達がこれほど大騒ぎするのか分からなかった。

 

 

唖然として見下ろす先で、数十に及ぶデュエルアバターが、ある者はより高い地点を目指して移動し、ある者はコンソールに指を走らせている。

 

 

「データはないのか!あいつは何処の誰なんだよ!?所属レギオンは...≪親≫は誰だ!?」

 

 

「と、とりあえず本部に連絡だ!お前、落ちて知らせにいけ!!」

 

 

「冗談じゃない!この先を見逃せるかよ!!」

 

 

蜂の巣をつついたような騒ぎを鎮めたのは――不意に放たれた、凄まじい絶叫だった。

 

 

「オッ...オオオオオオオ!!」

 

 

両手足を広げて、シアン・パイルが吼えた。大気をびりびりと揺らす震動が、遥か上空のハルユキにまで届く。

 

 

「駄目だ!駄目だ駄目だダメだダメだダメだああああああっ!!」

 

 

がしゅっ!!と機械のような音を立てて、右腕の発射筒がまっすぐハルユキに向けられた。

 

 

「お前が!!お前が僕をッ!!見下ろすなあああアアアアァァァァァッ!!」

 

 

血を吐くような叫び。

 

 

同時に、ぎいいいいんっ!!と金属音が響き、装填された鉄杭が幾筋もの光を撒き散らした。

 

 

両脚を広げて腰を落とし、左手を発射筒添えた姿勢を取ったシアン・パイルの必殺技ゲージが残り4割が、一気にがくっと消滅する。

 

 

恐らくはシアン・パイルの最終攻撃であろう技に照準されたハルユキは、一点にホバリングしたまま、そっと右手を持ち上げ、拳を固く握り締めた。

 

 

自分に与えられた真の≪必殺技≫を、ハルユキは今ようやく悟っていた。

 

 

≪パンチ≫。

 

 

そして≪キック≫。

 

 

それらは通常技であると同時に、必殺の超攻撃でもあったのだ。

 

 

握った拳を大きく後方に引き絞り、ハルユキは全てのフィンをいっぱいに拡げて体の向きを変えた。

 

 

一直線に、眼下のシアン・パイルへと。

 

 

「お...ちぃぃぃ、ろおおおッ!!≪ライトニング・シアン・スパイク≫!!」

 

 

技名の絶叫と同時に、シアン・パイルの右腕から、一条の光線と化した鋼針が発射された。

 

 

対するハルユキは、ただ拳を構えながら、両の羽の全推進力を解放させた。

 

 

「うっ...おおおおおおお!!」

 

 

どごおおっ!!

 

 

ロケットエンジンに点火したかのように、シルバー・クロウの体はひとつの光弾となって突進した。

 

 

視界の左隅で、緑の必殺技ゲージが一気に減少をはじめる。同時に、右拳を包む白い光が、際限なくその輝きを増す。

 

 

「ハルウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 

タクムが叫んだ。

 

 

「タク――――――ッ!!」

 

 

ハルユキも叫んだ。

 

 

キィィィィィン!!

 

 

ブレイン・バーストの加速を超える≪超加速≫感が背後から押し寄せ、ハルユキを包む。

 

 

世界の色が変わる。

 

 

地上から殺到するシアン・パイルの青い槍、その先端1点の煌きを、ハルユキは確かに見た。

 

 

予測される弾道が、視界に幻のように浮き上がった。

 

 

技の名の通り、まさしく雷閃のごとき一撃を、ハルユキの魂の速度が凌駕したのだ。

 

 

槍の速度が落ちていく。

 

 

対するシルバー・クロウは、存在そのものが光になってしまったかのように、際限なくそのスピードを増す。

 

 

両者が接近し、交錯する――その瞬間、ハルユキはわずかに突進軌道を右にスライドさせた。

 

 

ざしゅううっ!!

 

 

槍がヘルメットの左側面を掠め、通り過ぎ、凄まじい火花を散らした。

 

 

直後。

 

 

ハルユキの≪パンチ≫が、シアン・パイルの胸板の中央を、深く、深く貫いた。

 

 

ずがああっ!!という轟音とともに、広場の床に深い轍を刻みながら、両者は1体となって吹っ飛んだ。

 

 

鉄槍の柵に激突し、それをバラバラに粉砕し、空中に躍り出る。

 

 

「っ...おおおっ!!」

 

 

ハルユキは一声吼えて、金属フィンを羽ばたかせた。

 

 

ぐうっと力強い揚力が全身を包む。

 

 

右腕の根本までをシアン・パイルの体に埋め込んだまま、ハルユキは軌道を上向け、高く、高く上昇した。

 

 

数秒で雲海を貫き、黄色い空へと飛び出す。

 

 

加速を緩めホバリングへ移行したその時、衝撃で一瞬気を失ったらしいシアン・パイルが、ハルユキの肩口に乗せたマスクの下で咳き込むような音を立てた。

 

 

「ご...ふっ...」

 

 

びく、びくんと巨体を震わせてから、のろりと顔を上げる。

 

 

直後に漏れたのは、これまでの怨嗟の怒声が嘘のような細い悲鳴だった。

 

 

「う...わ...!?と...飛ん...で...!?」

 

 

マスクを左右に振りながら、さらに叫ぶ。

 

 

「やめろハル...っ、お...落とすなッ!!今落ちたら...ま、負けッ...」

 

 

シアン・パイルの体力ゲージは半分を切っていた。

 

 

シアン・パイルはもがくことで落下するのを恐れてか全身を硬直させ、声の調子を懇願する物に変えた。

 

 

「ま...負けたら...レベル1のお前に負けたら、ポイントがゼロになっちゃうんだッ...お前はいいだろ、どうせ4,5ポイントしか減らないんだから!頼む、ここは譲ってくれハル!いまブレイン・バーストを失くす訳にはいかないんだよ!!」

 

 

「だったら認めるか、タク」

 

 

「......な、何を...」

 

 

「この戦いの敗北を...それを認めるかタク!!」

 

 

一瞬の沈黙。

 

 

密着した体を通して返ってきた言葉は、何かが抜け落ちたかのように静かだった。

 

 

「.....ああ。そうだね...やっぱり、僕は君に勝てなかった。昔一緒に遊んだ、いろんなゲームと同じように...」

 

 

「だったらお前は、俺の味方に...仲間になれ、タク。俺と同じように、これからはあの人の配下として戦うんだ」

 

 

タクムが絶句し、鋭く喘いだ。

 

 

しばらくして、掠れた呻き声が細いスリットの下から漏れた。

 

 

「...バカな、ハルも知らない訳じゃないだろう。君の親...僕が所属レギオンにも隠して狩ろうとした≪ブラック・ロータス≫は、加速世界最大の反逆者なんだぞ!つまり...あの人と一緒に戦う、ってことは...」

 

 

「そうさ。≪純色の六王≫を全員倒すんだ。ビビる必要なんかあるもんか。良い事を教えてやるよ...あのな、本来ゲームっていうのは、そういうモンなんだぜ」

 

 

言い放ったハルユキに、タクムは長い沈黙で応じた。

 

 

数秒後に発せられた言葉は、どこか自虐的な笑いを帯びていた。

 

 

「...ハル、君は信じられるのかい?たとえここでうんと言った所で、今更僕の言葉をどんな根拠で信じる気なんだ?所属レギオンの規則を破り、ブレイン・バーストのルールを破り、そしてたった2人の友達を両方裏切った僕の言葉を?」

 

 

「これから、2人でチユに全部話す」

 

 

即座に切り返したハルユキの台詞に、タクムは何度目かの驚愕の息を漏らした。

 

 

「え...!?」

 

 

「バックドアの事、俺達が戦った事、そして...お前が隠し続けてきた気持ちも、全部あいつに打ち明けるんだ」

 

 

ハルユキは視線を遥か無限に続く空に向け、ゆっくりと言った。

 

 

「俺達は、多分そこから始めなきゃいけないんだよ。今まで3人とも、隠しちゃいけない事を隠し続けてきた。疑わなくて良い事を疑ってきた。どこかで...やり直さなきゃいけなかったんだ」

 

 

「...やり直せる...と、本当に思うの、ハル?僕は...僕は、チーちゃんのニューロリンカーに...」

 

 

震える声でそう言うタクムの背中を、左腕で軽く叩く。

 

 

「もし、謝り辛いなら俺もお前と一緒に頭を下げてやる」

 

 

ハルユキの言葉に、タクムはさらに声を震えさせる。

 

 

 

「な...なんでそこまでしてくれるんだ...ハル?さっきも言った通り...、僕は君を裏切って...」

 

 

「ダチだからに決まってんだろうが!!」

 

 

ハルユキの叫びにタクムの体が震える。

 

 

「お前が道踏み外したら、俺が今回みたいに殴って正気に戻してやる!お前が道に迷ったら、俺が道標になってやる!それがダチってもんだろうが!」

 

 

「...ハル...」

 

 

「チユも最初は怒るだろうな。怒鳴って、暴れて...でも、最後には許すさ、あいつなら」

 

 

ゆっくりと下降を始めながら、ハルユキは笑いを含んだ声でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

マンションの広場に戻り、シルバー・クロウの右腕から解放されたシアン・パイルは、よろめくように数歩下がったあとどさりと床に座り込んだ。

 

 

ハルユキはちらりと残り時間を確認した。あと二分と少しで、長かったこの対戦も終わる。

 

 

念の為、ゲージをクリックして確認すると、残り体力は双方まったく同じ数値だった。

 

 

ハルユキの体力ゲージは満タンに近い状態だったが、先程の必殺技がかすった事により、さすがにレベル差があった為か、同じ体力までダメージを受けていた。

 

 

このままタイムアウトすればリザルトはドローで、ポイントの移動は発生しないはずだ。

 

 

その時、後から誰かが近づいてくるのを、気配で感じた。

 

 

ばっ!と後ろに振り返るとそこには、梅里中アバターの黒雪姫が立っていた。

 

 

「先輩、見ていたんですね」

 

 

「ああ、いきなり加速した時は肝を冷やしたぞ」

 

 

そう言って黒雪姫はハルユキに近づく。

 

 

「よく頑張ったな、ハルユキ君」

 

 

黒雪姫は伸ばした手で、ハルユキの頬撫でた。

 

 

「レベル差など顧みず、戦う姿は見事だったぞ」

 

 

黒雪姫は、手をハルユキの頬から、背中から伸びる薄い羽の縁をなぞった。

 

 

「綺麗だな...。これが君の力、シルバー・クロウの秘められたポテンシャルだったんだな。未だかつて...純粋な飛行アビリティを実現し得たデュエルアバターはひとつもない。やはり、私の予感は間違っていなかったよ。君こそが、この世界を変えていく者なのだ」

 

 

ひとしきり撫でた後、黒雪姫はハルユキから少し離れる。

 

 

「時が来たようだ...。私も、安穏とした繭から出て、再び空を目指すときが」

 

 

ちらり、と視線を後ろに向ける。

 

 

離れた場所に座り込むシアン・パイルは、座り込んだまま僅かに目線だけを上げて2人を見ていた。

 

 

「貴様にも...済まない事をしたな、シアン・パイル」

 

 

黒雪姫が発した言葉は意外な物だった。

 

 

「私は貴様との名誉あるべき≪対戦≫を幾度も汚した。今こそ見せよう、私の真の姿を。そして貴様が望むならば、全力で相手をしよう」

 

 

さっ、と右手を上げ、仮想コンソールを素早く操作する。

 

 

ばちっ。ばちばちっ!!

 

 

突然迸った黒い稲妻が、幾重にも妖精姫のアバターを包み込んだ。

 

 

慌てて数歩下がったハルユキの目の前で、青紫の光に包まれたシルエットが、少しずつ、少しずつそのフォルムを変えていく。

 

 

床近くまであったスカートが一気に短くなり、鋭いぎざぎざに分割される。

 

 

両手足がぴしっと完全な直線を作り、先端が針のように収斂する。

 

 

長い髪は光に溶けて消え、かわりに翼を後ろに伸ばした猛禽のような形のマスクが出現し――最後に一際激しい雷閃が屹立して、全てのエフェクトが消滅した。

 

 

その場に立っていたのは、黒水晶を削りだしたかのような、美しい、途方もなく美しいひとつのデュエルアバターだった。

 

 

全体のフォルムはシルバー・クロウにどこか似ている。

 

 

しかし身長は遥かに高く、170センチ以上あるだろう。直線を主体にしていながら流麗な、透明感のある黒い装甲に包まれたボディは人形のように細く、腰周りを取り囲む黒蓮の花に似たアーマースカートに繋がっている。

 

 

そして何よりも特徴的なのはその四肢だった。

 

 

両腕も、両脚も、ぞくっとするほど長く、鋭い剣なのだ。

 

 

触れるものは即座に両断されそうな、冴え冴えとした輝きを湛えたエッジがステージの微風にかすかに凛、凛と鳴っている。

 

 

Vの字を後ろに傾けた形の頭部の、前面は漆黒の鏡のようなゴーグルになっていた。

 

 

その内部に、ヴイイン、という震動音とともに2つの青紫色の眼が輝いた。

 

 

ハルユキはしばし、魂を抜かれたように立ち尽くした。

 

 

離れた場所で、シアン・パイルも同じように絶句する気配が伝わった。

 

 

両名ともに、凄絶なまでに美しいその姿と――それ以上に、華奢な漆黒の全身から発せられる底なしのポテンシャルに圧倒されたのだ。

 

 

仮に≪対戦≫すれば、自分は数秒と持たずに切り刻まれ、ばらばらの細片となって消滅するだろうとハルユキは確信した。

 

 

やがて、ハルユキはどうにかため息にも似た声を胸から押し出した。

 

 

「綺麗...です。すごく...綺麗だ...。先輩は前に、醜悪だなんて言ってたけど...とんでもないです...」

 

 

「ん...、そうかな...」

 

 

発せられた声だけは、元の黒雪姫のままだった。

 

 

「誰かと繋ぐための手すらないのに...」

 

 

その言葉は、最後まで続くことはなかった。

 

 

どおおおおっ!

 

 

突然周囲の建物から、凄まじい音量の驚声が一度に湧き起こったのだ。

 

 

「う、うおおー!おおおおおーっ!?」

 

 

「あれは...あのデュエルアバターは...!!」

 

 

「≪ブラック・ロータス≫!!≪黒の王≫だ!!健在だったんだ――ッ!!」

 

 

ギャラリー達の叫び声は、飛翔するシルバー・クロウを見たときのそれよりも明らかに倍以上のボリュームだった。

 

 

黒雪姫はちらりと周囲を見渡し、軽く肩をすくめると言った。

 

 

「さてと...シルバー・クロウ。私を連れて飛べるかな?」

 

 

いかにポテンシャルが高かろうとも、実際の重量がシアン・パイル以上ということはあるまい。

 

 

しかし、連れて、と言ってもどうすれば...。

 

 

途惑うハルユキの目の前で、かすかな震動音とともにホバー移動してきた黒雪姫は、何気ない仕草で体の右側面を向けると両腕を持ち上げ、腰を落とした。

 

 

まるで、所謂≪お姫様抱っこ≫を促すかのように。

 

 

えーっ、と思うが、幾らなんでも走って逃げる事は出来ない。

 

 

銀ヘルメットの表面にだらだらと汗が――伝う錯覚に見舞われながら、ハルユキはぎこちなく両腕を差し出し、黒雪姫の背中と腰にあてがった。

 

 

「宜しく頼む」

 

 

どこか楽しそうな口調で言うと、黒雪姫はすとんとハルユキの両腕に体を預けてきた。

 

 

気のせいか座り込むタクムの、かすかに矢啜するような視線を浴びながら、意を決して黒水晶のアバターを抱え上げる。

 

 

幸い、やはり重量はさほどでもなく、ハルユキは背中のフィンを強く震動させると片足で床を蹴った。

 

 

ぎゅうっ!と、少し控えめに加速し空を目指す。

 

 

腕の中の黒雪姫は、背と首を伸ばすように眼下の街並みを見渡しながら、囁き声で叫んだ。

 

 

「これは...凄いな!病み付きになりそうだ...今度直結対戦して、30分たっぷり飛んで欲しいな...おっと、このへんでいい」

 

 

「はい」

 

 

頷き、ハルユキはホバリングに移行した。

 

 

高度はさほどでもない。

 

 

下方には、建物の屋上で尚もざわめきながらこちらを見上げている無数のデュエルアバター達がはっきり見て取れる。

 

 

黒雪姫は大きく1度息を吸うと――。

 

 

地平線の彼方まで届きそうな、凛と張った声で叫んだ。

 

 

「聞け!!」

 

 

途端、しんっ、とステージ中が沈黙する。

 

 

「聞け、六王のレギオンに連なるバーストリンカー達よ!!我が名はブラック・ロータス!!僭王の支配に抗う者だ!!」

 

 

うねる黒雲は身を縮め、吹き過ぎる風さえも息を潜めた。

 

 

視界内で動くものは、残り10秒となったタイムカウントだけだった。

 

 

静寂の中、高らかな宣言がどこまでも鳴り響いた。

 

 

「我と、我がレギオン≪ネガ・ネビュラス≫、今こそ雌伏の網より出でて偽りの平穏を破らん!!剣を取れ!!炎を掲げよ!!戦いの時――来たれり!!」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

黒雪姫が大勢のバーストリンカー達に宣言した後、ハルユキ達は現実世界に帰ってきた。

 

 

タクムは近くにあったベンチに腰を下ろし、ハルユキもその隣に腰を下ろす。

 

 

「......最初から...、僕も君に相談すれば良かったのかな...」

 

 

「今頃気付いたのかよ...、本当にお前は大馬鹿野朗だな...」

 

 

「そうだね...」

 

 

「そうだ!この後、お前にも兎美達を紹介してやるよ」

 

 

「ああ...、仮面ライダービルドの...」

 

 

「まあ、会うとしたらあいつに殴られる覚悟しといた方が良いぞ」

 

 

「ははは、確かにね...」

 

 

「あいつ、お前に会いに行こうとした時に、俺に何かしたらビルドになってぶっ飛ばすとか言ってたからな。多分冗談だと思うけど」

 

 

ははは、と笑いながら兎美達とのやり取りを、タクムに教える。

 

 

「ハル...、その冗談全然笑えないんだけど...」

 

 

タクムはハルユキの言葉に、頬を引き付かせていた。

 

 

しばらく他愛のない話をしていると、前方から兎美達が歩いてくるのが見えた。

 

 

「無事終わったみたいね」

 

 

「ああ、なんとかな」

 

 

兎美は俺達の様子を見て、状況を把握していたようだった。

 

 

「それで?これからどうするのよ」

 

 

「取りあえず、タクと2人でチユリに会いに行くよ。そして何もかも話す」

 

 

「そう...分かった」

 

 

美空が今後の事を聞いてきて、ハルユキが対戦中にタクムに言った事を、そのまま話す。

 

 

「さてと、いつまでもこんな所にいるのもなんだから、家に移動し...」

 

 

兎美が移動しようと提案するが、その言葉は突然の乱入者によって阻まれた。

 

 

バババン!!

 

 

ハルユキ達の近くに弾が当たり、音の出所を目を向けると、そこには大量のガーディアンがいた。

 

 

「ガーディアン!なんでこんな所に!?」

 

 

ハルユキは突然襲われた事に、声を荒げて驚く。

 

 

ベルトをつけて戦おうとするハルユキだったが、後ろからも銃声が聞こえた。

 

 

後ろを向いて確認すると、ホークガトリンガーを持った兎美がいた。

 

 

「どうよ!私の発・明・品!」

 

 

「ホークガトリンガー!?完成してたのか!」

 

 

「ええ、そうよ!そしてチユが見つけてくれたこれで戦うわ!」

 

 

兎美はベルトを装着した後、タカフルボトルとガトリングフルボトルを取り出す。

 

 

「行くわよ!ハル!」

 

 

「ああ!」

 

 

ハルユキも、ベルトを腰に装着する。

 

 

「ギャオー!!」

 

 

ベルトを装着すると何処からクローズドラゴンが飛んできた。

 

 

「さあ!実験を始めるわよ」

 

 

そう言いながら兎美は2本のフルボトルを振り、ベルトに装填する。

 

 

『タカ!ガトリング!ベストマッチ!』

 

 

ハルユキはドラゴンフルボトルを振ってクローズドラゴンに装填し、ガジェット形態に変形させてスイッチを押す。

 

 

『ウェイクアップ!』

 

 

音声が鳴った後、ベルトへセットする。

 

 

『クローズドラゴン!』

 

 

兎美とハルユキはドライバーのレバーを回し、兎美の方にはタカとガトリングのハーフボディが展開され、ハルユキにはドラゴンハーフボディーが前後に展開される。

 

 

『Are you Ready?』

 

 

『変身!』

 

 

2人が叫んだ後、兎美はタカとガトリングのハーフボディが結合して変身が完了し、ハルユキもドラゴンハーフボディが結合し、追加ボディアーマー、ドラゴライブレイザー・フレイムエヴォリューガーが上半身と頭部を覆うことで変身が完了する。

 

 

『天空の暴れん坊!ホークガトリング!イエーイ!』

 

 

『Wake up burning! Get CROSS-Z DRAGON! Yeah!』

 

 

「勝利の法則は決まった!」

 

 

「今の俺は負ける気がしない!」

 

 

ハルユキ達はガーディアンに向かっていった。

 

 

「は...ハルが...、仮面ライダー!?」

 

 

タクムは目の前でハルユキが変身した事に、動揺していた。

 

 

「そういえばあなたは知らなかったわね。ハルは昨日仮面ライダーに変身できるようになったのよ」

 

 

美空がタクムに説明する。

 

 

「うむ、やはり何度見てもカッコいいな」

 

 

タクムはガーディアンと戦う、クローズを見て呆然としていた。

 

 

ハルユキはゲームの中だから強いと思っていたタクムは、現実世界でも同じぐらい強い姿を見て絶句していた。

 

 

「あんた、なんでハルがあそこまで強いのか分かる?」

 

 

「え?」

 

 

タクムはいきなり美空に質問された事に、驚いた。

 

 

「ハルがあそこまで強いのは、誰かを思う気持ちがあるからよ」

 

 

「誰かを思う...」

 

 

「ハルの誰かを思う気持ちが、あそこまで強さを引き出すことが出来るの」

 

 

美空の言葉を聞き、もう一度クローズを見ると、殆どのガーディアンを倒し、止めを刺そうとしている2人の姿が映った。

 

 

「勝利の法則は決まった!」

 

 

ビルドは空高く飛び、リボルバー部分を回転させる。

 

 

『ワンハンドレッド!』

 

 

技の発動と同時に球状の特殊フィールドが展開される。

 

 

『フルバレット!』

 

 

「はあ!」

 

 

ドッカーン!!

 

 

フィールド内に10発の弾丸を撃ち込み、ガーディアンを破壊する。

 

 

「はあー!」

 

 

クローズはレバーを回して必殺技の体勢に入る。

 

『Ready go!』

 

 

「はあ!」

 

 

クローズの背後にクローズドラゴン・ブレイズが出現し、ドラゴンが放つ炎を腕に纏わせ強烈なパンチを叩き込む。

 

 

ドッカーン!!

 

 

「ふう...」

 

 

全てのガーディアンを倒し、ハルユキ達は変身を解除する。

 

 

「大丈夫か?タク」

 

 

ハルユキはすぐさまタクムに駆け寄り、安否を問う。

 

 

「ああ、大丈夫。ありがとう、ハル」

 

 

戸惑いつつも、タクムはハルユキの問いに答える。

 

 

「さて、いつまでもここにいるのは不味いから移動するわよ」

 

 

「ああ」

 

 

「そうね」

 

 

兎美の提案に、全員が了承する。

 

 

だがこの時、近くで自分達の戦いを見ていた者がいることに誰も気がついていなかった。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ここはハルユキ達がいた場所を、見下ろせる建物の屋上。

 

 

「どうだった?あいつらは」

 

 

「そうですね、仮面ライダーは少し厄介ですがやり様はありますよ」

 

 

そこに居たのは赤いコブラのような装甲を持った仮面ライダーと、ハルユキ達に年が近い少年だった。

 

 

「まあ、僕の出番は新学期が始まってからですので、それまでに作戦を練っておけば大丈夫でしょう」

 

 

「ほう、随分と自信があるじゃないか」

 

 

コブラの仮面ライダーは少年の言葉に笑みを浮かべながら言う。

 

 

「ええ、僕に掛かればあんな連中、大したことないですね...。今から楽しみですよ、あいつらの地を這う姿を見るのが」

 

 

そう言って少年は怪しい笑みを浮かべながら、その場を離れる。

 

 

「ふふふ、そこまで旨く行くのかな?」

 

 

仮面ライダーは少年が去っていった方を見ながら笑っていた。

 

 

「さあて、私を楽しませてくれよ...。仮面ライダービルド、仮面ライダークローズ」




どうも!ナツ・ドラグニルです!

なんとお気に入りが30件突破しました!

前回の投稿で10件増えました!

お気に入り登録して頂いた方々、ありがとうございます。

作品は如何だったでしょうか?

第1章の間にホークガトリングを入れたかったので最後に入れましたが
無理やり過ぎましたでしょうか

そして最後の2人は早めの登場です。

アクセル・ワールドの原作見てる人は多分分かると思います。

次回はアクア・カレントこと氷見あきらさんの会です。

その話が終わってから第2章に移ります。

どこかでビルドの原作にあった。竜我と美空のデート会をハルユキでやりたいです。

また、2章でみーたんを出せると思います。

では次回、第7話もしくは激獣拳を極めし者15話でお会いしましょう。

またな!


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第7話

これまでのアクセル・ビルドは

兎美「梅里中学に通う有田春雪は、親友である黛拓武とブレイン・バーストで対戦を行ったのでありました」

黒雪姫「その後に空気の読めないファウストの刺客が襲ってきたがな」

兎美「だからなんであなたがここにいるのよ」

黒雪姫「いいではないか、今回私の出番は少ししかないのでな」

美空「てか最後に出てきた奴ら、片方は解り易かったけどもう片方は誰なのよ」

兎美「誰ってブラッド・スタークに決まってんでしょ」

黒雪姫「もう1人はわかり易かったみたいだが、出番は当分先だろ」

兎美「大丈夫よ、なんとかなるわ。さて...」

あきら「どうなる第7話なの」

兎美「だから私が主役だって言ってるでしょー!!」




ピッ!

 

 

笛の合図を聞き、チユリは走り出した。

 

 

ハルユキはチユリに話を聞いてもらう為に、兎美のバイクで学校に行って陸上部の練習が終わるのを待っていた。

 

 

「まったく、なんでハルがあいつの代わりに行かないといけないのよ」

 

 

「しょがないだろ。あいつは青の王の所に脱退の報告に行っているんだから」

 

 

兎美がタクムが居ない事に悪態をつき、ハルユキがなだめる。

 

 

兎美と話していると、チユリがこちらを見ている事に気付きハルユキは手を上げて返事をする。

 

 

だが、チユリはすぐに顔を背けその場を離れる。

 

 

「そうとう怒ってるみたいね、彼女」

 

 

「だな...」

 

 

そう言ってハルユキ達はその場を離れ、帰宅する。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

場所は変わり、黛 拓武ことシアン・パイルは青のレギオン《レオニーズ》を脱退する為、青の王の元に訪れていた。

 

 

シアン・パイルの前にF型の鎧武者を連想させる、2人のデュエルアバターが立っていた。

 

 

青の王の側近、レベル7の『コバルト・ブレード』と『マンガン・ブレード』だ。

 

 

「あなた達2人...」

 

 

「そうだ、勝つ事が出来ればお前は自由だ」

 

 

「黒の王だろうと誰であろうと、好きな所に行くがよい」

 

 

「それが剣聖(ヴァンキッシュ)の意思...」

 

 

少し離れた場所で、青の王『ブルー・ナイト』が見ていた。

 

 

「はあ!」

 

 

コバルト・ブレードの1撃を受け、ステージ上にあるトラップにぶつかり、ダメージを受けてしまう。

 

 

「ぐっ!」

 

 

「どうした?もう終わりか?」

 

 

「もとより勝ち目の無い戦い、今愚考を改めるというのなら...」

 

 

コバルト・ブレードが話している途中で、シアン・パイルは立ち上がる。

 

 

「こ...こいつ」

 

 

「痛覚拡張加えた上で、ここまで耐えられるとは」

 

 

シアン・パイルが立ち上がった事に2人が驚いていると、後ろからブルー・ナイトが近づいてきた事に気付き、武器を収め後ろに下がる。

 

 

剣聖(ヴァンキッシュ)、ブルー・ナイトよ、僕を自由にさせてくれとは言わない。只、ほんの少しでいい時間が...時間が欲しいんです」

 

 

「コバル、マーガ」

 

 

「「はっ!」」

 

 

「ポータルに捨てて来い、断罪は免じてやる」

 

 

「「はっ!」」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

ハルユキ達は兎美が運転するバイクで帰宅していた。

 

 

『それで?あの後チユリに会いに行ったんでしょ?』

 

 

兎美は運転しながら直結して会話していた。

 

 

『ああ、タクと2人で言って全部話してきた。加速世界で戦った事も、タクがバックドアを仕掛けた事も、騙していた事も』

 

 

『それで?チユリは何て?』

 

 

『凄い怒ってたよ。いきなり辞書を投げ付けられて、涙をいっぱい浮かべてタクが引っぱたかれて』

 

 

『そう、だからハルの顔も赤かったのね』

 

 

そう言いながら、兎美は顔を赤くして帰ってきたハルユキの顔を思い出す。

 

 

『まさか辞書が飛んで来るなんて思わなかったから、もろに直撃を受けてな...それからは話も聞いてくれなくて...』

 

 

『まあ、怒るのも当然よね。それでこれからどうするの?』

 

 

『これは俺とタクで何とかしないといけないことだからな。タクも言っていたんだ、きちんと罪を償うつもりだって』

 

 

『償う?』

 

 

『ああ』

 

 

『確か、あいつは新宿区の中学校に通ってるのよね?』

 

 

『俺やチユリよりずっと頭がいいから、中高一貫の所に進学したんだ。スポーツも万能で』

 

 

『そう』

 

 

『だから、ネガ・ネビュラスの凄い戦力になると思うんだ。明日も2人でタッグ戦に行こうって誘われてて、すぐに俺をレベル2にするって言ってるんだ』

 

 

『好きなのね、あいつの事が...少し妬いちゃうな』

 

 

『えっ?』

 

 

『裏切られ傷つけられても、なお許し合う事が出来る。そんな友達がいることが...』

 

 

『親友だからな、タクは。それにお前には、俺と美空がいるだろう?』

 

 

『そうね』

 

 

ハルユキの言葉に、兎美は顔が熱くなるのを感じた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

翌日、ハルユキはタクムと一緒にタッグデュエルを行っていた。

 

 

「ハル右!」

 

 

「ああ、見えてる!」

 

 

シルバー・クロウは相手の攻撃を避けながら、翼を展開し空に飛び上がる。

 

 

「あれが完全飛行型」

 

 

「感心してる場合か!この野郎!この野郎!」

 

 

相手の片割れが、岩をシルバー・クロウに投げるが流れる様な動きで全てかわす。

 

 

「あと5秒...」

 

 

「4、3...」

 

 

シアン・パイルは攻撃するが相手に避けられてしまう。

 

 

「2...」

 

 

「1...」

 

 

TIME UP!

 

 

YOU WIN!

 

 

炎のエフェクトを纏った文字が視界中央に浮き上がり、続けてバーストポイントが加算されるのを、有田春雪は固唾を呑んで見詰めた。

 

 

2対2のタッグ対戦だが、双方のレベル合計値が等しいので、獲得ポイントは基本値の10。

 

 

何度聞いても心地良い、金属質のサウンドを響かせながら、現在の総保有ポイント数値が上昇する。298から――308へ。

 

 

直後、これまで1度も見たことのないシステムメッセージが数字の下に追加された。

 

 

曰く、【YOU CAN UP TO LEVEL 2】――《レベル2に上昇できます》。

 

 

「やっ...たあ...!」

 

 

ハルユキは、銀色のアバター《シルバー・クロウ》の右腕を突き上げ、無意識の内にガッツポーズを決めていた。

 

 

対戦相手のレベル2と3のコンビが、忌々しげながらも祝いの言葉を口する。

 

 

「おめっとさん!」

 

 

「レベルアップ・ボーナスは考えて選べよ!」

 

 

直後、揃ってバーストアウトしていく2人に、ハルユキは慌ててぺこぺこ頭を下げた。

 

周囲のビル屋上に陣取るギャラリー達も、拍手や祝福の言葉を残して次々と消滅する。

 

最後に残ったタッグパートナー、青い重装甲と貫通型強化外装を持つレベル4の《シアン・パイル》もまた、大きくひとつ頷いてから言った。

 

 

「おめでとう、ハル。まあ、ハルの実力だったら当たり前だけどね」

 

 

「ははは、ありがとう、タク」

 

 

実際、この2週間というもの、ハルユキはシアン・パイルこと黛 拓武に、何から何まで助けられた。

 

 

デュエルアバターの装甲色や、対戦フィールドの属性が持つ特徴と、対応する戦略。

 

 

対戦が盛んな場所と時間帯、そして各エリアに於けるローカルルールやマナー。

 

 

そんな《ブレイン・バースト》関連の情報教示をしてくれた。

 

 

いかにハルユキ――シルバー・クロウが、加速世界7年の歴史に於いて初めて出現した《完全飛行型デュエルアバター》だとしても、タクムの親身な手助けがなければこれほど短期間に300ポイントは貯められなかっただろう。

 

 

仮面ライダーとして戦っているハルユキでも、相性や属性等が分からなければ負けていた事も考えられる。

 

 

なぜ、《親》である黒雪姫が教示していないのかと言うと、タクム本人からの要望があった為、タクムが教えている。

 

 

だから、タクムがかつて所属していたレオニーズを脱退し、ネガ・ネビュラスに所属して一時的な教官役を務めてくれていることには、本当にどれだけ感謝してもしきれないのだ...。

 

 

というような気持ちを短い言葉に精一杯込めたつもりのハルユキに、タクムは精悍なフェイスマスクの奥から、静かな声と微笑みを返してきた。

 

 

「まだまだ、これくらいじゃ僕の罪はひとかけらだって雪げちゃいないよ」

 

 

「...タク...」

 

 

口ごもるハルユキから眼を逸らし、タクムは《古城》ステージの満月を見上げた。

 

 

「それにねハル、今回は何も無かったけど...僕がマスター...黒の王を卑劣な手段で何度も襲撃して、取り返しのつかない事もあったかもしれないんだ」

 

 

「関係ねぇだろ、タク。お前の言う事は只の推測だろ。それに、考えてみろよ、もしお前が先輩に乱入し続けなければ、あの人はローカルネットに引きこもったまま《子》を作ろうとはしなかったはずだし...てことは、俺がバーストリンカーになることも無かった筈じゃんか。つまり、俺が今加速世界で戦えてるのは、元を辿ればお前のお陰って事でもあるんだし...」

 

 

フォローと言うには余りにも強引な論理展開だったが、それでもタクムは、青白い月を見上げたままわずかに肩の力を抜いた。

 

 

「...ふ、ふふ。君は変わってないね、ハル。小学校の頃から、何ひとつ...」

 

 

耳に届いた密やかな囁きに、ん?と首を傾げる。

 

 

「それって、褒めてる...と解釈していいんだよな?」

 

 

「はは、もちろんさ」

 

 

タクムは肩を揺らして短く笑うと、今度は完全に後ろを向いてしまう。

 

 

現実世界の彼と同じように大きな背中に、もう一度「ありがとうな」と呟く。

 

 

ハルユキはいったん対戦を終えてから、ブレイン・バーストのメニュー画面を操作するとなると、バーストポイントを余分にもう1ポイント消費しなくてはならない。

 

 

そう判断し、ハルユキは自分の体力ゲージに手を伸ばすと、メインメニュー―通称《インスト》を開いた。

 

 

軽やかな効果音と共に、市販のVRMMO-RPGによく似たデザインのホロウインドウが視界中央に展開する。

 

 

初期画面には、自分のデュエルアバターを簡略化したシルエットが表示される。

 

 

同画面内のボタンを触れれば、そのシルエットが動いて通常技と必殺技の動作を教えてくれが、ハルユキは以前気付いた事を口にする。

 

 

「それにしても...まさか文字化けしてる必殺技がクローズの必殺技だとは思わなかったな...」

 

 

「それはさすがに予想できないと思うよ」

 

 

前に加速した際に必殺技を確認していたら、ヘッドバット以外にも必殺技がある事に気付いた。

 

 

確認してみるとクローズの必殺技『ドラゴニックフィニッシュ』が表示されていた。

 

 

上部には、ストレージやポイント操作画面に移動するタブが並ぶ。

 

 

ストレージにはクローズに変身する為の『ビルドドライバー』と『クローズドラゴン』が表示されていた。

 

 

「まさか加速世界でも変身出来るようになってるなんて」

 

 

「本当だよね...」

 

 

試しに変身したら、現実世界と同じ様にクローズに変身できた。

 

 

「まあ、こっちではいざという時にしか使わないだろうな」

 

 

「そうだね」

 

 

パイルと話しながらクロウはストレージからポイント画面に移動する。

 

 

途端、窓の上部中央に【308】という数字がでかでかと表示された。

 

 

無論、現在の総保有ポイントだ。何度見ても、ヘルメットの下で口許が緩んでしまう。

 

 

現実世界での貯金が初めて1万円を超えた時よりずっと嬉しい。

 

 

なぜならこのポイントは、文字通り自分の手と足(ときどき翼)で稼ぎ出した物だからだ。

 

 

―レベル2になったって知らせたら、先輩、喜んでくれるかな。

 

 

いや、きっと澄まし顔で『まだまだヒヨッコだ』とか言うんだろうな。

 

 

そんなことを考えながら、ハルユキはポイント使用ボタンに触れ、出現した各種メニューの1番上に明るく輝く【LEVEL UP】のボタンを押した。

 

 

英語で、300ポイントを消費してレベルを2に上げていいかという確認ダイアログが聞く。

 

 

ユーザーインターフェースが素っ気無いブレイン・バーストにしては珍しいな、と感じつつハルユキはYESボタンに指を―

 

 

瞬間、少し離れた場所で夜空を仰いでいたシアン・パイルが、何かを感じたかのように振り向いた。

 

 

ハルユキの仕草を視認して、びくりと体を震わせ、一歩踏み出しながら叫ぶ。

 

 

「だ...駄目だハル!ストップ!!」

 

 

しかし、その絶叫が耳に届いた時には、ハルユキの指はもう【YES】の3文字を押し込んでいた。

 

 

クールかつエキサイティングな旋律のレベルアップ・ファンファーレが聴覚いっぱいに鳴り響く。

 

 

視覚中央に、レベルが2に上がった事を告げるメッセージ。

 

 

そして、最後に。

 

 

保有バーストポイント残高が、308から、8へと変化した。

 

 

自分が何をしでかしてしまったのかをハルユキが遅まきながら理解したのは、30分の対戦時間が終了し、ダイブに使っていた新宿区立角筈図書館の閲覧ブースで覚醒した後だった。

 

 

リクライニング・チェアに呆然と体を預けたままでいると、すぐにブースの扉が外から開かれ、素早く伸びてきた手が、ハルユキの首に装着されたアルミシルバーのニューロリンカーを強制的に引き抜いた。

 

 

視界に表示されていた仮想デスクトップが一気に全消滅する。

 

 

他人のニューロリンカーをいきなりむしり取るなど、見知らぬ他人に行えば明確に犯罪だし、親しい友人同士でも最大級のマナー違反と言える。

 

 

しかし今、ハルユキのブースに身を乗り入れる黛 拓武―タクムにはどうしてもそうしなくてはならない理由があった。

 

 

それをハルユキ自身も今は痛いほど理解できていた。

 

 

なぜなら、ハルユキは今、バーストポイントをたったの8しか持っていないからだ。

 

 

誰かに乱入され、負けて10ポイントを失った時点で全損、ブレイン・バーストを強制アンインストールされてしまう。

 

 

ようやくその事実を認識したハルユキは、愕然と見開いた両眼で、ブルーグレーの詰め襟学生服姿のタクムの顔をただ見つめた。

 

 

親友の唇が震え、掠れた声を漏らした。

 

 

「...なんてことだ...。ごめんよ、本当にごめん、ハル。君に、一番大事な事を伝えるのを忘れてしまうなんて...。《たとえレベルアップ可能なポイントに達しても、すぐにレベルを上げてはいけない》...教官役を務めるなら、他の何を忘れても、これだけは絶対に教えなきゃいけなかったのに...」

 

 

――そう。

 

 

ブレイン・バーストというゲームに於ける《レベルアップ》は、他のゲームのように経験値が一定数値に達した時自動的に発生する現象ではなく、獲得したポイントを消費して贖うものなのだ。

 

 

レベル1から2に上げるために必要なポイントは300。

 

 

ということは、総保有ポイントが308の時点でレベルアップ操作をすれば、残額がたった8になってしまうのは自明の理だ。

 

 

だからこそ、《すぐにレベルを上げてはいけない》のだ。

 

 

ポイント消費後も安全圏に留まれるだけのマージンを確保する。それが、レベルアップの絶対条件―。

 

 

唇を噛むタクムの顔を見上げ、ハルユキは同じく掠れきった声で呟いた。

 

 

「...タク...俺...馬鹿だった...。少し考えれば...当たり前の事だったのに...。300ポイント貯まっただけで、有頂天になって...馬鹿だ、俺...」

 

 

今更の様に、自分の《バーストリンカーとしての命》が今や風前の灯火であることを強く意識する。

 

 

「ハル」

 

 

不意に、右手を強く掴まれた。

 

 

側面のスライドドアから狭い閲覧ブースに上体を乗り入れたタクムは、いつもは涼しげな両眼に熱のこもった光を浮かべ、強く囁いた。

 

 

「大丈夫だ、ハル。まだ終わってしまった訳じゃない。ここからでもリカバリーする方法はある。とりあえず、君の家に行こう」

 

 

「...タク...」

 

 

2週間前の《マンションの決闘》以降、ハルユキの教官役を務めてくれていたタクムだが、昔のようにハルユキの自宅を訪れることは1度もなかった。

 

 

何回は誘いはしたものの、微笑みながら首を横に振るばかりだったのだ。

 

 

まるで、自分にはその資格がない、と言わんばかりに。

 

 

しかし今、急転直下の緊急事態を受けて、タクムの頭からもそんな遠慮は吹き飛んでしまっているようだった。

 

 

「あ、ああ、行こう。ここじゃ詳しい話は出来ないもんな」

 

 

小刻みに頷き、壁のフックから学校指定のバックを外しながら立ち上がる。

 

 

2人が放課後の《対戦》に利用してきた角筈図書館は、フルダイブ可能な電子書籍閲覧ブースだけでも200席以上備えた巨大施設だ。

 

 

放課後は近隣校の小・中・高校生がひしめいているために、たとえ対戦フィールドへの出現位置を見られてもリアル割れの危険がない便利な場所だが、さすがに肉声で《ブレイン・バースト》関連の話をし続けるのは無謀すぎる。

 

 

と言って周囲に同年代の生徒が山ほどいる場所でタクムと直結するのも躊躇われる。

 

 

などと考えながら、早足で前を歩く親友を追いかけていると、ようやく背中に滲む冷汗も乾いてきたようだった。

 

 

残りたった8ポイントでも、タクムが大丈夫と言うならきっと何とかなる。

 

 

自分にそう言い聞かせながら、ハルユキは自動ドアを潜り、11月の少し冷たい外気を大きく吸い込んだ。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

 

都庁前から、青梅街道を下るバスで杉並区高円寺北の自宅マンションに移動、居住者用エレベーター前の認証ゲートを通過した時には、空はかなり暗くなっていた。

 

 

ハルユキはここまでずっとニューロリンカーを外しっぱなしで、バス代もタクムに立て替えて貰ったので、正確な時刻は解らない。

 

 

もちろん、グローバル接続をキャンセルしてから装着すれば他のバーストリンカーに乱入される危険は無い筈だが、《万が一》を考えるとそちらの方が良いと判断した。

 

 

いつもは向かい側のA棟に帰るタクムと、何年ぶりかに同じエレベーターに乗る。

 

 

B棟23階で降り、自宅のドアロックを、インターホンに内蔵された非常用の指紋・網膜認証で開錠。

 

 

「おじゃまします」

 

 

そう口にしながら、ハルユキに続いて玄関に踏み込んだタクムは、そこで初めて自分が久々に有田家を訪問しているのだと気付いたかのように、少しだけ微笑んだ。

 

 

「...懐かしいな。1年半ぶりだね」

 

 

「そうか...タクが最後に来たのは兎美達を拾う前だからな...もうそんなになるのか...」

 

 

スリッパを取り出しかけた手を止め、ハルユキは脳内の記憶を辿った。

 

 

タクムが最後にこの家に来た――正確には《来なくなった》のは、彼がチユリに告白してしばらくした頃だったはずだから、小学6年の春あたりか。

 

 

今が中1の秋なので、確かに1年と半年も経ってしまっている。

 

 

「ウチにも、このスリッパまだあるんだぜ」

 

 

冗談めかした言い方をしながら、ハルユキはタクムの足下に、今では少し小さくなりすぎた薄黄色のスリッパを並べた。

 

 

甲の部分に、緑の糸で可愛らしいゾウの顔が刺繍してある。

 

 

自分用にも、普段使っていないお揃いのスリッパを出す。

 

 

こちらの刺繍は青いクマだ。

 

 

ラックには、これも1年半使われていないが、チユリ用のピンクのウサギつきも残っている。

 

 

これらは、確か小学4年生のクリスマスに、3人で同じスリッパを3足ずつ買い、お互いにプレゼントしあった物だ。

 

 

つまり、ハルユキの家だけでなく、チユリの家にも、そしてタクムの家にも、緑ゾウ、青クマ、桃ウサギのスリッパ小隊が配備されたことになる。

 

 

倉嶋家にも小隊が今なお健在なのは、2週間前に2人で《バックドア・プログラム》の1件を謝罪しに行った時に確認済みだ。

 

 

タクムは、ハルユキの言葉にもう一度微笑み、さすがにややきついスリッパに足を差し込みながら言った。

 

 

「...ウチのはね、6年生の時に母親が勝手に捨てちゃったんだ。僕が親の前で泣いたのは、あれが最後だったな...」

 

 

「そっか。じゃあ、今年のクリスマスはまたこのスリッパセット買いに行くか?」

 

 

ハルユキが真顔で言うと、タクムは短く声を出して笑った。

 

 

「はは...、さすがにコレはもうサイズ的に難しいよ。揃えるなら、マグカップとかどうかな」

 

 

「おお、さすが黛先生はオシャレな事を言いますね」

 

 

2人で話していると、リビングのドアが開いて兎美と美空が姿を見せた。

 

 

「お帰り、ハル」

 

 

「お帰り、今日はそいつも一緒なのね」

 

 

「ただいま、ちょっと色々あってな」

 

 

ハルユキは2人に返事をした後、美空の問いに何とも言えない顔をする。

 

 

「それで?レベル2にはなれたの?」

 

「ああ...なったにはなったんだが、ちょっとトラブルが発生してしまいまして...」

 

 

「「?」」

 

 

ハルユキの歯切れの悪い言い方に2人は首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

その後、4人はハルユキの自室に移動した。

 

 

ハルユキの自室は、南のベランダに面した6畳だ。

 

 

ずっと昔に離婚して家を出て行った父親が書斎に使っていた部屋で、東の壁一面が、今時珍しいビルトインの書架になっている。

 

 

父親はそこにコレクションしていた前世紀のハードカバー書籍を並べていたが、ハルユキはもちろんそんなもの1冊も持っていない。

 

 

代わりに贅沢な天然木の棚を占拠しているのは、フルダイブ技術が実用化される以前の旧型ゲームハードと、それら専用の光学ディスクやメモリーカードのゲームパッケージ達だ。

 

 

中には、当時の年齢制限でZ指定――すなわち血みどろ成分か肌色成分のどちらか、あるいは両方が過剰――の代物もこっそり含まれているので、出来ればこの部屋にはチユリは勿論、兎美や美空や黒雪姫もあまり通したくない。

 

 

一応、簡単に見つからないようにカモフラージュはしているので大丈夫だと思っている。

 

 

タクムは、いっそう懐かしそうな顔で棚に近づくと、パッケージの背中を指先で1つずつ順になぞった。

 

 

「――雨で外遊びが出来ない日は、この辺のゲームを3人で夢中になってやったよね。このレースゲームとか...ああ、この格闘ゲームも。大抵のタイトルはハルが1番上手かったのに、これだけはチーちゃんがなぜか鬼みたいに強くて、2対1でも全然勝てなかったよね...」

 

 

「あー、そうだったなあ...。もしかしたらアイツ、バーストリンカーになっても超強かったりして...」

 

 

2人で顔を合わせ、同時に「それはない!」という意味のにやにやを浮かべる。

 

 

もちろん、3人が毎日一緒に遊んでいた3~4年前の時点で、《ゲーム》と言えばニューロリンカー用の視界投影型、あるいはフルダイブ型が当たり前になっていた。

 

 

しかし、ゲームを含むアニメ、コミック等のコンテンツのレーティング基準は年々厳しくなる一方で、小学生が遊べる新作ゲームは軒並み知育系かパズル系、あるいは牧歌的グラフィックのアドベンチャー系がせいぜいだ。

 

 

大人に頼んでゲームカードを買ってきて貰っても、子供のニューロリンカーではロードすら出来ない。

 

 

そこへ行くと、ハルユキが有田家ホームサーバーに残ったままの父親のアカウントを流用して――さすがに商品代は母親がくれる昼食代を節約して貯めたが――通販で買い集めた旧世代のゲームタイトルは、レースならクラッシュ・爆発当たり前、格闘なら殴るわ蹴るわビームは出すわ、シューティングならゾンビやクリーチャーを銃を使って倒すわ、RPGに至っては竜や獣を倒し、素材を使って武器を作ってさらに強いモンスターと戦うという素晴らしい仕様だった。

 

 

たとえ画面が2Dで、コントロールを握る指が痛くなろうとも、子供用のお仕着せゲームとどちらが楽しいかは考えるまでもない。

 

 

もちろん、中学生になった今では、レーティング12+の撃ったり斬ったりするニューロリンカー用ゲームをいくらでもプレイ出来る。

 

 

ハルユキ自身、約半月前までは、学校でのストレスを殺伐としたFPSやスリリングなレースゲームで発散する日々を送っていた。

 

 

だが今や、それらの起動アイコンは仮想デスクトップに存在しない。

 

 

なぜなら、知ってしまったからだ。

 

 

もう1つの現実を舞台にした、究極の対戦格闘ゲームを。

 

 

あの世界の圧倒的情報量、ひりつくようなバトルの駆け引きを1度体験してしまえば、もう後戻りはなんか出来ない。絶対にしたくない...。

 

 

「それで?そろそろ状況を説明して欲しいんだけど?」

 

 

我慢出来なくなったのか、美空が話しかけてきた。

 

 

「ああ、ごめん。つい懐かしくて...」

 

 

美空の言葉にタクムが謝る。

 

 

その後、兎美と美空にレベル2に達したがポイントが8しか残っていない事を伝えた。

 

 

「まったく...ハルらしいわね。どうせテンションが上がって、後先の事も考えずにレベルを上げたんでしょ?」

 

 

「はは、良くお分かりで...」

 

 

ハルユキ達の話を聞き、美空は呆れていた。

 

 

「それで?どうすればハルは助かるの?」

 

 

兎美の言葉を聞いて親友の整った横顔を見やり、ハルユキは訊ねた。

 

 

「そうだタク、さっき『まだリカバリーする方法ある』って言ったよな。いちかばちかで対戦する以外に、本当にそんなのあるのか...?ポイントはもうたったの8しか残ってないのに...」

 

 

「ああ、大丈夫。君を全損になんかさせやしないさ」

 

 

深く頷いたタクムは、やや予想外な言葉を告げた。

 

 

「ハル、直結用のXSBケーブル持ってるよね?」

 

 

「え...あ、ああ」

 

 

頷き、左側にある机の引き出しから、束ねた銀色のコードを取り出す。

 

 

長さ2メートルのそれを受け取ったタクムは、片方の端子を自分の青いニューロリンカーに挿入しながら、いっそう驚くべき台詞を口にした。

 

 

「これから、直結対戦で、君に僕の保有ポイントを半分移動させる。それで、取り合えず即死の危機は去る。あとは、時間と場所を選んで、タッグマッチを1戦1戦死に物狂いで勝ち抜いて何とか安全圏まで戻すんだ」

 

 

「......!」

 

 

「「......」」

 

 

ハルユキは思わず息を呑み、兎美達は黙って見ている。

 

 

確かに、直結対戦には《同じ相手への乱入は1日1回》の制限がない。

 

 

対戦を何度も繰り返せば、ポイントを望むだけ移動できる理屈だ。

 

 

余りにもシンプルかつ即効性のある危機回避策。

 

 

呆然としたままのハルユキの手に、タクムはプラグのもう一方を握らせる。

 

 

「さあ、ハル」

 

 

促されるまま、自分のニューロリンカーの直結用端子にプラグを差し込もうと――したその寸前、ハルユキはぴたりと手を止めた。

 

 

数十センチ離れた所にあるタクムの顔がかすかに歪み、次いで何かに耐えるような笑みが口許に浮かぶ。

 

 

「ああ...もちろん、僕を信じて貰えるかどうかがこの手段の大前提だけどね。僕が君を騙し討ちして倒せば、君はその瞬間ブレイン・バーストを...」

 

 

「ち、違う。違うよ、そうじゃないんだ、タク」

 

 

ハルユキは無意識の内にタクムの左肩を右手で掴んでいた。

 

 

学生服の生地の下で、逞しい筋肉が強張っているのを感じながら、懸命に言い募る。

 

 

「俺、お前が裏切るとかそんな事これっぽちも考えていない。そうじゃなくて、その逆...お前に、そんな事までさせる権利が、俺にあるのかって...」

 

 

「な...何言ってるんだ、ハル!」

 

 

途端、体ごと向き直ったタクムが、同じ様に右手でハルユキの左肩を強く握った。理知的な顔に一心な表情を浮かべ、叫ぶ。

 

 

「今はそんな事気にしてる場合じゃないだろう!次に、同レベル相手に1敗して10ポイント奪われれば、君はブレイン・バーストを強制アンインストールされちゃうんだ!そしてそれは、大事な事を伝え忘れていた僕のせいだ!だから僕が、ポイントを分けるのは当たり前...」

 

 

「でも、お前だってポイントに余裕ないはずだろ!」

 

 

端から見ればケンカしているとしか思えないだろう勢いで、ハルユキもそう反論する。

 

 

「あなた達、少し落ち着きなさいよ」

 

 

2人を落ち着かせる為、兎美が話しかける。

 

 

「あんたも少しはハルの気持ちを考えなさいよ。大事な親友にそんな事出来るわけないでしょ」

 

 

美空がタクムに対して意見する。

 

 

「ハル、あなたも熱くならないの。少しは落ち着かないと言いたい事も言えないでしょ?」

 

 

兎美の言葉を聞き、ハルユキはタクムから離れ、深呼吸して熱くなっていた頭を冷やす。

 

 

「タク、美空の言う通り親友にそんな事したくないんだ」

 

 

「ハル...」

 

 

「それに、俺は対戦を楽しくやりたいんだ。だからそんな事をすれば対戦を汚す行為だと思うんだ...俺は1人のバーストリンカーとしてそんな事はしたくない。だから加速世界では出来るだけクローズの力は使いたくないんだ」

 

 

数秒間、タクムは何も言わなかった。

 

やがてその白皙に、仕方ないなあ、というような仄かな笑みが浮かんだ。

 

 

「...相変わらず、一度決めたら頑固な奴だなぁ、ハル」

 

 

 

 

 

 

しばらく話し合った後、タクムが考えていた方法の他にアイデアが思いつかなかったので今日はお開きになった。

 

 

「じゃあ、他に何か手は無いか考えてみるよ。それまでは絶対グローバル接続はしない事」

 

 

タクムは玄関で靴を履きながら今後について話す。

 

 

「ああ、悪いなわがままばっかり言って...」

 

 

ハルユキは罰が悪そうに頭を掻く。

 

 

「それじゃあ、ハルが接続しないようにちゃんと見といて下さい」

 

 

「ええ」

 

 

「分かったわ」

 

 

タクムは兎美と美空にハルユキの事をお願いする。

 

 

タクムが帰ろうとした時、タクムのニューロリンカーから着信音が鳴った。

 

 

「あっ、チーちゃんからだ」

 

 

「え?」

 

 

「チユリから?」

 

 

タクムの言葉に、ハルユキ達は驚く。

 

 

「それで?チユリはなんて?」

 

 

美空がタクムに質問する。

 

 

「えんじ屋のアイスを全種類おごってくれたら許してくれるって...」

 

 

『はい?』

 

 

タクムの言葉に3人は言葉を失った。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

その後、ハルユキとタクムはえんじ屋で全種類のアイスを買い、チユリの部屋に向かった。

 

 

「買ってきた?」

 

 

チユリは玄関で仁王立ちして、ハルユキ達に質問する。

 

 

「はい、これだよな?」

 

 

ハルユキはえんじ屋の袋をチユリに渡す。

 

 

受け取るとチユリはそのまま部屋に向かい、ハルユキ達は何も言わず後に続く。

 

 

「本当に全部食べるつもりかい?」

 

 

チユリがある程度アイスを食べた所でタクムが話しかける。

 

 

「何も一度に食べようとしなくても...」

 

 

「えんじ屋のアイス一度に全部食べるのが夢だったの。それに、これおごってくれたら許すって言ったんだから食べ終わらないと許せないでしょ?」

 

 

「で...でも...」

 

 

「早く終わりにしちゃいたいのよ。会う度にハルは学校で申し訳なさそうな顔でこっち見てるし、タッ君は顔を見れば謝ってくるし...」

 

 

「だってチユ、怒ってるっぽいから」

 

 

「別に私だって怒りたくなんかないわよ!私から“もういいの私全然気にしてないから”とか言うのも何か変でしょ?」

 

 

「それは確かにそうですが...」

 

 

チユリの言葉に、ハルユキは同意する。

 

 

「それよりさ2人ともそのブレイン何ちゃらって言うのまだ続けるつもり?」

 

 

「えっ?いやまあそうだけど...」

 

 

「ふーん、黒雪先輩が夢中だからあんた達も夢中なわけ?」

 

 

「確かにきっかけは先輩だけどそれだけじゃないっていうか...」

 

 

「僕はあんな事をしてしまったけど、ブレイン・バーストそのものに罪はないよ。特にハルのアバターは完全飛行型で...」

 

 

チユリの言葉にハルユキ達は各々答えるが、2人の要領の得ない言葉にチユリは声を荒げる。

 

 

「ああ、良く分かんない!要は単なる格ゲーじゃないの?」

 

 

「まあそれはそうですが...」

 

 

「説明するより実際に見てもらった方が早いかもしれないな」

 

 

タクムは少し考えるとチユリに話しかける。

 

 

「チーちゃん、ちょっとそこにある辞書を僕に投げつけて見てよ」

 

 

「えっ!?タッ君に!?」

 

 

タクムの言葉に、チユリは驚く。

 

 

「ブレイン・バーストの力が分かる。なっ?」

 

 

「あっ!そういうことか」

 

 

「何よ2人だけ分かったような話して、良いわよ本気で行くからね!うりゃ!」

 

 

そう言って、チユリは辞書をタクムに投げつける。

 

 

「バーストリンク」

 

 

タクムはコマンド発動後、辞書を容易に避ける。

 

 

「あっ...」

 

 

「偶然だと思うなら続けていいよ」

 

 

「むう」

 

 

タクムの言葉にチユリはむきになり、何度も辞書を投げつける。

 

 

「バーストリンク、バーストリンク、バーストリンク」

 

 

「はあ...はあ...はあ...」

 

 

「どう?」

 

 

「これでさすがのチユも分かっただろう?これがブレイン・バーストの本当の...」

 

 

「ふん!」

 

 

「おご!」

 

 

ハルユキがかっこつけて話していると、ハルユキ目がけて辞書が投げつけられる。

 

 

「チーちゃん...」

 

 

「何かむかついた。それにお腹も痛くなってきたし」

 

 

「それは...只の食べすぎだろ...」

 

 

チユリの言葉にハルユキが突っ込む。

 

 

「まだ残ってるけど...」

 

 

「手伝って!3人で食べるの!罰でしょ?」

 

 

「罰って...」

 

 

「痛てて...、タク食べよう」

 

 

「ハル」

 

 

「早くしてよ溶けちゃうわよ!」

 

 

ハルユキ達は顔を見合わせて笑い、アイスを手に取る。

 

 

「俺はスペシャルプリンにしようかな」

 

 

その時、タクムが思い出したかのように、チユリに話しかける。

 

 

「そう言えば、チーちゃんもハル達の事知ってたんだね」

 

 

「え?ああ、仮面ライダーの事?前にちょっとね」

 

 

「黒雪姫先輩も知ってるぞ。俺が最初に変身したのは先輩の前だから」

 

 

「ああ、そうなんだ」

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!ハル、あんた変身したの!?」

 

 

「え?ああ、スマッシュになった荒谷が俺と先輩を襲って来てその時にな」

 

 

「もしかしてタッ君、ハルが変身した所見たの!?」

 

 

「う...うん、対戦を終えた後に襲われた時にね」

 

 

「......」

 

 

ハルユキ達の言葉を聞き、チユリは黙る。

 

 

「......ずるい」

 

 

「え?」

 

 

「ずるい!ずるい!ずるい!私も変身した所見たかった!」

 

 

チユリは声を荒げ、叫び始める。

 

 

「ずるいってチーちゃん...」

 

 

「ハル!私にも変身するとこ見せなさいよ!」

 

 

「スマッシュも出てないのに、見せられる訳ないだろ」

 

 

「えー!」

 

 

チユリは頬を膨らませ、拗ね始める。

 

 

「まったく...それで?タクはどれにするんだ?」

 

 

「ははは、そうだね。えっと、パインボンバー、ベリーベリーチェリー、デンジャラスバナナ、チョコバウンサー、バウンサー...」

 

 

「うん?チョコミントか?」

 

 

「ハルはまだレベル2」

 

 

「え?」

 

 

「バウンサーだ!バウンサーという手があった!」

 

 

「バウンサー?」

 

 

「《用心棒》を雇うんだ!ポイントが、もう一度安全圏まで回復するまで」

 




どうもナツ・ドラグニルです。

まず、前回の投稿から遅くなってしまい申し訳ございませんでした。

理由としては、仕事が上手くいかな過ぎて精神科に通う程、心が疲れてしまい
最近まで体調が悪く、書く気がおきませんでした。

なので今回はさすがにまずいと思って、仕事先を退職致しました。

最近やっと元気になってきたので書く事が出来ました。これも皆様の応援のお陰です。

また、わざわざ生存確認していただいた読者の皆様ありがとうございます。

これからは元気に投稿して行こうと思います。

てか投稿するときに本文に内容をコピペした際に、2万6千超えていたとはびっくりしました。

通りで1話にしては時間掛かるなと思いました。

さすがに多いと思ったので1万5千以内に収めました。

元から2話に分けようと思っていましたが、この内容量なら3話になるかもしれない。

なぜなら残りが既に1万3千超えているのでたぶんこの後、すぐに投稿すると思います。

さらにここで報告が一つあります。

アクセル・ビルドの方はクローズのオリジナルフォームを2つ。

ハルユキが別のガジェットで変身した別の仮面ライダーを1つ考えています。

登場は当分先だと思いますので、それまでには出来上がればなと思います。

ちなみに考えている名前は以下の通りです。

オリジナルフォーム:

クローズディザスター

クローズディスティニー

仮面ライダー:

仮面ライダーアズール



オリジナルフォームは原作にあった災禍の鎧です。

そしてもうひとつは災禍の鎧の元の鎧、ザ・ディスティニーを元にしています。


仮面ライダーアズールのガジェット名はアズールドラゴン。

日本語で青龍です。

そう四神の一体の青龍を模しています。

加速世界のドラゴンっていったらやはり青龍なので前から考えていました。

もう既にある程度は考えているのですが、見た目と変身時の音声等が所々決まっていない所があります。

アズールは出来ればジーニアスに似た形で作りたい。

長くなりましたがお気に入り登録、評価、感想宜しくお願いします。

次回はアクセル・ビルド8話もしくはハピネスチャージ15話で会いましょう!

それじゃあ、またな!


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第8話

これまでのアクセル・ビルドは

兎美「梅里中学に通う有田春雪は、レベルアップをしたせいでポイントが少ししかない状態になり、全損の危機におちいるのでありました」

美空「それにしても本当にハルはオッチョコチョイよね」

兎美「まあ、そこがハルの良い所なんだけどね」

美空「まあ、さすがに今回の事は見過ごせないけどね」

兎美「ええ、そうね。さてどうなる第8話!」


明くる土曜日、午後12時50分。

 

 

ハルユキは、タクムと兎美と一緒に中央線の電車に揺られていた。

 

 

21世紀初頭と比べると自動車やバイクの道路交通事情は大分様変わりしたらしいが、この電車という乗り物は、100年近くも基本構造を保っている。

 

 

運転は今やAI任せの全自動にし、揺れや騒音も大いに改善されているようだが、箱型車両に沢山の乗客が詰め込まれるという大本の所は何ら変わっていない。

 

 

――あー、懐かしいなあ、この感じ。

 

 

ドアの近くに3人で並んで立ちながら、ハルユキは胸中でこっそり呟いた。

 

 

ハルユキの眼から見ても、私服のタクムはケチの付け様もなく格好良く、私服の兎美は何処かのモデルのようにかわいい。

 

 

中学1年にして175センチもある長身を上品に色落ちしたブラックジーンズとざっくりしたニットに包み、上に藍色のモッズコートを羽織っている。

 

 

兎美も動きやすさを重視して、青いジーパンとピンクのカーディガンを身に着けており、先刻から同じ車内の男女複数がちらちらと視線を向けてきている。

 

 

だがその視線は、2人の間に立つちんまりポヨーンとした生物に移動した瞬間、深淵なる疑念に満たされる。

 

 

いったいどういう取り合わせだろうと、立場が逆ならハルユキだって思う。

 

 

小学生の頃は、居たたまれなさの余り穴を掘って埋まりたくなったものだが、兎美達のおかげで状況を懐かしがれるくらいの耐性は獲得できたようだった。

 

 

それにだいたい、見知らぬ他人の眼に萎縮している余裕はハルユキにはないのだ。

 

 

なぜなら、これから接触する人物の意向次第で、今や風前の灯火であるバーストリンカーとしての命が繋がるかどうかが決定してしまうのだから。

 

 

電車が間もなく御茶ノ水駅に到着するむねのアナウンスが視界に表示された。タクムがくいっとハルユキのスタジアムジャンパーの袖を引き、囁いた。

 

 

「降りるよ」

 

 

「あ...ああ」

 

 

頷き、汗ばんだ両手をバギーパンツの横で擦る。先方が接触場所に指定してきたのは、神保町にある大型書店内のカフェテラスだ。

 

 

御茶ノ水駅から少し歩くが、それでも30分は掛からない。

 

 

もちろん、相手もまたバーストリンカーである以上、直接顔を合わせる訳ではない。

 

 

ならばなぜ現実世界での待ち合わせが必要になるのかというと、それが、加速世界でたった1人の《用心棒》が要求する唯一の報酬だからだ。

 

 

バーストリンカー最大の禁忌――《リアルを晒す》ことが。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

『よ...用心棒!?』

 

 

昨日、チユリの部屋でその単語を聞かされたハルユキは、鸚鵡返しに叫んでからしばし絶句した。

 

 

タクムは頷き、静かに説明を始めた。

 

 

『僕も、何度かギャラリー中に目撃したことがあるだけで、直接会ったり話したりした経験はないんだ。彼のアバターネームは《アクア・カレント》。装甲色は不定』

 

 

『アクア...カレント』

 

 

呟いた名前に聞き覚えはなかった。

 

 

バーストリンカーは東京都心に一千人からいるのだからそれは不思議ではないが、問題はその次だ。

 

 

『装甲色...不定?不定ってどういうことだ?』

 

 

『見れば解る...と言いたい所だけど、予備知識は多いほうがいいよね。そうだな...何て説明すればいいのか...』

 

 

常に理路整然としているタクムにしては珍しく数秒唸った後、発せられたのはやや予想外な言葉だった。

 

 

『ハル。《水》ってさ、《水色》じゃないだろ』

 

 

『へっ...?』

 

 

間抜けな声を漏らしてから、改めて考える。一般的に水色と言えば、明るい青色のことだ。

 

 

しかし言うまでも無く、水その物は無色透明だ。

 

 

状況によっては、青っぽく見える場合もある。

 

 

というだけに過ぎない。

 

 

『つまり、そのアクア・カレントさんの装甲は、水色じゃなくて水の色...ってこと?』

 

 

『そういうこと。これ以上は、実際に見ないと理解できないと思う。それに、今は外見よりも、プレイスタイルの方が重要なんだ』

 

 

タクムはそこで言葉を切ると、アイスを一口すくい、喉を湿らせ、続けた。

 

 

『...彼は、加速世界でたった1人、《用心棒》っていう商売...って言うべきか...ともかく、そういうスタイルを標榜しているんだ。しかも、初心者限定の。具体的には、レベル2までの、ポイント残高が危なくなったバーストリンカーに雇われて、依頼人が安全圏に復帰できるまでタッグマッチの相棒を務める。噂では、今まで任務中に依頼人を全損させた事は1度もないそうだよ』

 

 

『...ま、マジかよ...』

 

 

呆然と眼を見開きながら、ハルユキは懸命にタクムの話を理解しようとした。

 

 

『ええと...それはつまり、そのアクアさんは、レベル1とか2の、しかもポイントが枯渇しかけて焦りまくってる新米とタッグ組んで、そいつを完璧に守りつつ対戦に勝ち続けられるってことか?』

 

 

『そういうことだね』

 

 

『す...すげぇなんてもんじゃないな...。きっと、物凄いベテランのハイランカーなんだろうな...レベル7とか8の、王に近いぐらいの...』

 

 

ハルユキの嘆声を聞いたタクムは、小さく微笑み、そっとかぶりを振って、この日最大級に驚くべきひと言を告げた。

 

 

『いいや。アクア・カレントの通り名の1つに、《ザ・ワン》というのがあるんだ。彼のレベルは...1なんだよ』

 

 

『レベル1で用心棒?』

 

 

『なぜ、それが可能なのか実はよく分かっていないんだ。実際に雇うにも条件がいろいろあるしね』

 

 

タクムは《用心棒》について色々説明してくれた。

 

 

『まず彼を雇う条件として、レベル2までのバーストリンカーであること、次に雇い主はリアルを明かす事、リアル割れのリスクが報酬の代わりになる』

 

 

『そっか...』

 

 

『ごめん、僕のリアルを明かしてもいいんだが、本人じゃなきゃ駄目みたいなんだ』

 

 

『当然だよ。それで?どうやってさらすんだ?』

 

 

『それは指定された待ち合わせ場所に行って見なくちゃ分からない』

 

 

『しかも1人でか』

 

 

『何をするにも安全にって訳にはいかないな。こっそり着いていこうか?』

 

 

『いや、いい。ばれたら二度と会ってくれないだろうし、そういう事したくないんだ』

 

 

ハルユキはタクムと今後について話していた。

 

 

余談だが、2人しか分からない話をして、仲間はずれにされたチユリが機嫌を損ねたのは別の話。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

昨日の会話を思い出しながら明大通りを15分ほど南下すると、前方に大きな交差点が見えてきた。

 

 

靖国通りとぶつかるその一帯が、いわゆる神田神保町――前世紀から存在し続ける、世界最大級の《本の街》だ。

 

 

ハルユキ達が向かったのは、駿河台下交差点に面して建つ大型の書店だった。

 

 

謎の用心棒《アクア・カレント》は、彼の窓口になっているメールアドレスに昨夜ハルユキが送った仕事依頼に対して、書店ビルの最上階に併設されたカフェテリアを初接触場所に指定してきた。

 

 

先に立ち、書店前の交差点を渡ろうとするタクムの袖を、ハルユキは軽く引いた。

 

 

「ここまででいいよ、タク」

 

 

「え...でも」

 

 

首を振ろうとする幼馴染に、声を潜めながらも強く言う。

 

 

「《リアル割れは最大の禁忌》...リアル情報が流出したらいつPKされるか解らない。そうだろ?全損寸前の俺がそれだけの代償を払うのは仕方ない。でもお前まで自分を危険に晒す必要はないよ。これは無意味な意地っ張りとかじゃないぜ」

 

 

「それに私がいるんだから、心配しなくても大丈夫よ」

 

 

今回、兎美が居る理由は用心棒の話をした際に、自分も付いて行くと言った為だ。

 

 

最初は断ったが自分はバースト・リンカーじゃないから大丈夫と言って聞かなかった為、今日は一緒に来ている。

 

 

「...解ったよ」

 

 

幸いタクムは、完全には納得していない顔ながらも頷くと、視線ですぐ近くのハンバーガーショップを示した。

 

 

「じゃあ、僕はあそこで待ってる。いい報告、期待してるからね」

 

 

一歩下がり、今度はタクムがハルユキの左腕をぐっと掴む。

 

 

「――頑張れよ、ハル。何もかも、まだ始まったばかりなんだから」

 

 

仮に、用心棒と接触してすぐにポイント回復の為のタッグ対戦が行われるのだとしたら、あるいは最初の一戦で運悪く敗北して、ブレイン・バーストを失ってしまうことも有り得る。

 

 

軽く身震いしながらも、ハルユキは深く頷いた。

 

 

「ああ、解ってる。俺だって、こんな所で降りるつもりはないさ。心配すんなよ、がっつり稼いで戻ってくるから」

 

 

「...なんだか、コンゲームものの映画か何かで、ヤバい仕事で一山当てに行く主人公が言いそうな台詞だね」

 

 

緊迫した表情から一転、口許を綻ばせてタクムが発した言葉は、ハルユキの気持ちを軽くしようと思ってのものに違いなかった。

 

 

「じゃあ、私は主人公の仕事をサポートするヒロインってとこかしら」

 

 

兎美も便乗し、ハルユキの緊張をほぐそうとする。

 

 

ハルユキはにやりと笑い、内心で家族と親友の気遣いに感謝しつつ、最大限明るい声で応じた。

 

 

「ある意味、似たようなモンだしな。でも、そういう映画は、最後は必ずハッピーエンドって決まってるだろ。...じゃ、行ってくる」

 

 

一歩下がり、軽く手を挙げて振り向くと、ハルユキはちょうど信号が青になった横断歩道へと歩いた。

 

 

大型書店の中には、どこか懐かしい紙の匂いが仄かに漂っていた。

 

 

1階2階が新刊書籍の販売フロア。

 

 

3階4階が古書フロア。

 

 

5階6階が電子書籍のオンデマンド印刷及び製本フロアで、7階が、出来上がったばかりの本を味わう為のカフェテリアになっている。

 

 

エレベーターで一気に7階まで上がったハルユキは、まず入り口から広い店内をそっと見渡した。

 

 

30卓はありそうなテーブルは3分の2ほど埋まっており、殆どの客が飲み物片手に紙製のページをめくっている。

 

 

 

 

意外にも、中高生と思しき若者も少なくない。3、4人のグループで薄い冊子に頭を寄せ合っている者達も、1人で小さな文書を読んでいる者もいるが、これでは誰が《アクア・カレント》なのかを特定するのは不可能だ。

 

 

――いや、それ以前に、この店内には居ないという可能性もある。兎美は時間を空けて店内に入り、様子を伺う手筈になっている。

 

 

しかし、事ここに至ればもう腹をくくるしかない。

 

 

ハルユキは、視界右下の時刻表示が約束の午後1時半になった瞬間に店内に踏み込むと、カウンターに立つ年配のウェイターにこれもメールで指示された通りに告げた。

 

 

「えと...17番テーブルで待ち合わせです」

 

 

かしこまりました、と案内されたテーブルは、しかしと言うかやはりと言うか無人だった。

 

 

天然木の卓上には、まだ仄かに湯気を上げているコーヒーカップと小型のショッピングバックが1つ。

 

 

取り合えず、2脚ある椅子の片方に座り、ウェイターが差し出す紙製メニューを一瞥してオレンジジュースをオーダーする。

 

 

ふう、と息を吐きながら、再び周囲をちらりと確認。

 

 

テーブルは窓際にあるので、すぐ右側の有機調光ガラス越しに神保町の街並みが一望出来る。

 

 

正面と左側のテーブルの客は両方とも大人だ。

 

 

こちらも見る視線は感じないが、しかしアクア・カレントが、どこかからハルユキをチェックしているのは間違いない――

 

 

とそこまで考えた時。

 

 

チチチっというような微かな電子音が聴覚をくすぐった。

 

 

数秒後に、もう一度。そこで気付く。

 

 

音源はテーブル上の白いショッピングバックの中だ。

 

 

「お待たせ致しました」

 

 

その時、女性のウェイターがオレンジジュースを持ってきた。

 

 

「あの、このバックは?」

 

 

「さあ?お待ち合わせの方のじゃないんですか?」

 

 

3回目の音を聞いてから、恐る恐るバックに手を差し込む。

 

 

指先に触れたのは、薄い板状の物体だ。

 

 

そっと引っ張り出すと、それは白いタブレット型デバイスだった。

 

 

ニューロリンカーが実用化される以前には盛んに使われていたという。

 

 

多用途携帯端末の一種。

 

 

7インチほどのELモニタには、ウインドウが1つと、ソフトキーボードが表示されている。

 

 

窓に浮かぶのは、【名前を入力せよ】との一文だけだ。

 

 

反射的に有田...と打ち込みかけてから、慌ててバックスペースを押し、再度動かす。

 

 

入力した文字列は、もちろん【Silver Crow】。

 

 

エンターキーに触れるや否や、画面が切り替わった。

 

 

同時に先程とは音色の異なる小さな電子音。

 

 

続いて映し出された画像を見て、ハルユキは小さく息を呑んだ。

 

 

「......!」

 

 

それは、まとまりの悪い髪に弱気な角度の眉、丸っこい眼とぷっくりした頬を持つ少年――ハルユキ自身の顔に他ならなかった。

 

 

デバイス上部に備えられている小型カメラで撮影したのだ。

 

 

写真が消えるや否や、次の窓が浮かぶ。

 

 

【報酬は確かに受領した。13時40分より依頼された任務を開始する。準備を整えそのまま待機せよ】という新たな文章も、ほんの10秒で消滅。

 

 

デバイスの電源が勝手に落ち、モニタはブラックアウトした。

 

 

無意識の内にタブレットを元のショッピングバックに戻しながら、ハルユキは今更のように考えずにはいられなかった。

 

 

――なぜ?謎の用心棒バーストリンカー《アクア・カレント》は、なぜこんなことを?

 

 

オレンジジュースをごくごく半分ほども一気飲みして、それを燃料に脳をフル回転させる。

 

 

確かに、バーストリンカーのリアルネームと顔写真は、加速世界では途轍もない重みを持つ情報だ。

 

 

流出したが最後、《フィジカル・ノッカー》略してPKと呼称される無法者どもにリアルアタックされ、バーストポイントを根こそぎ奪われる。

 

 

ルートさえあれば、情報は高く売れるだろう。

 

 

だがアクア・カレントの依頼者となるのは、例外なくポイント全損寸前の、しかもレベル2までの新米なのだ。

 

 

そんなバーストリンカーはリアルアタックの獲物になりようもない。

 

 

それとも、《育ててから収穫する》というようなことなのだろうか?顔写真を握った上でポイントを安全圏まで回復させ、改めてPKに売り飛ばす。

 

 

しかしタクムは昨夜、ハルユキにこうも言った。

 

 

アクア・カレントが護衛したバーストリンカーで、そののちリアル・アタックの被害にあった者は1人もいない、と。

 

 

逆に言えば、もしそんな例が1件でもあればアクア・カレントの用心棒としての評判は地に落ち、誰も依頼などしなくなるだろう。

 

 

つまるところ、彼がなぜ用心棒などというプレイスタイルを貫き、その報酬にリアル情報を要求するのかは、相変わらず大いなる謎だということだ...。

 

 

そこまで考えた所で、時計が35分を回った。

 

 

再び緊張が下腹あたりから込みあげ、同時にもう1つのシグナルも伝わる。

 

 

「やべ......」

 

 

ハルユキは慌てて店内を見回し、トイレの表示を見つけると立ち上がった。

 

 

対戦中は基本的に現実身体の生理的欲求とは切り離されるが、済ませるものは済ませておくのがバーストリンカーのたしなみというものだ。

 

 

脱いだスタジャンを椅子の背に掛け、早足でトイレに向かう。

 

 

まったく、これだけ情報化が進んだ社会なんだから、不要な水分の排出くらいそろそろオンラインで出来るようにならないものか...。

 

 

などと下らない事を考えていたせいか、いつもの癖で背中を丸めて俯き加減だったせいか、ニューロリンカーをグローバル切断していたせいか、あるいはそれら全てが原因か。

 

 

トイレの表示がある通路に入ろうとしたハルユキは、ちょうど曲がり角の奥から出てこようとしている人の存在に気付くのがほんの少し遅れてしまった。

 

 

先方は1メートルの距離を取って停止したので、ハルユキがちゃんと前を見ていれば衝突は回避できたはずだ。

 

 

だが、俯きながら考え事をしていたハルユキは、視界に茶色いショートブーツの爪先が入った時点でようやく事態を察知し、小さく声を上げた。

 

 

「あっ...!」

 

 

慌てて急制動を試みる。

 

 

しかし咄嗟の事で、慣性質量をコントロールし切れない。

 

 

たたらを踏むハルユキを見て、相手は素早く左に一歩動いた。

 

 

ハルユキがそのまま前進していれば、自分1人が軽く躓くだけで済んだ――はずだった。

 

 

のだが。

 

 

相手が動いたのと同じタイミングで、愚かにもハルユキもまた、そちらへ針路変更を試みていたのだ。

 

 

軽いパニックに陥りながら、再度元のコースへ戻ろうとする。

 

 

しかしその動作すら災いし、左前に出るはずの左足が右足に引っかかった。

 

 

あとはもう、青系デュエルアバターの体当たり攻撃の如く前にすっ飛んで行く以外に出来る事はなく――。

 

 

テキストで表記するならば、どんぽにゅふわんずでーん、というような連続的感覚とともに、ハルユキは先方を巻き込んで通路に思い切り転倒した。

 

 

――せめて。

 

 

せめて願わくば、次のような相手ではありませんように。

 

 

①お年寄り全般。

 

 

②女性全般。

 

 

③怖い人全般。

 

 

「っ...つつ...」

 

 

すぐ近くで発せられたその声は、ハルユキ全身全霊の祈りは届かず明らかに②だった。

 

 

あとは同時に③をも満たさない事を願うばかりだ。

 

 

だが体を起こす際に相手の胸に手を置いている事に気がつき、相手と密接する体を左方向に転がし、壁に背中を擦り付けるように体を起こしながら、大声で謝罪する。

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 

汗だか涙だかで滲む視界中央で、ハルユキがオフセット衝突した相手もようやく上体を持ち上げた。

 

 

向こうは停止していたのだから、明らかにこちらの前方不注意・速度超過・脇見運転で過失割合は10対0だ。

 

 

しかも相手は、どこをどう見ても、同年代か少し上の女性――すなわちハルユキが最もコミュニケーション不全を起こしやすい人種だった。

 

 

体つきはかなりほっそりしている。

 

 

着ているのはグレーのビーコートとスリムジーンズ。

 

 

髪は短く、毛先がくるんと内に巻いている。

 

 

そして小作りな顔には、昨今では珍しい、赤いプラスチックフレームの眼鏡。

 

 

いかにも本、しかも紙のハードカバーが似合いそうな女の子だ。

 

 

どうやら③には該当しなさそうだ。

 

 

とわずかばかり安堵しつつ、ハルユキは改めて深々と頭を下げた。

 

 

「あの、本当にすみませんでした。前良く見てなくて...」

 

 

「...いえ」

 

 

眼鏡の女の子は、短くそれだけ言うと立ち上がった。

 

 

すると、誰かがハルユキ達に近づいてきた。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

ハルユキが転倒した事に驚いたのか兎美が安否を確認する為、駆け寄ってきた。

 

 

「2人とも何処か怪我はしていませんか?」

 

 

「はい」

 

 

「俺も大丈夫です」

 

 

あくまでも今のハルユキ達は他人という設定なので、ハルユキは兎美にたいして敬語で返答する。

 

 

女の子は周囲を見回し、兎美のすぐ近くの床に手を伸ばそうとする。

 

 

その先に、小型の肩掛けバックが落ちているのに気付いた兎美は、それを拾おうと手を伸ばした。

 

 

「あっ、駄目...」

 

 

「えっ?」

 

 

驚いたハルユキだったが、兎美がバックから飛び出てるタブレットを見て、不自然に手が止まっている事に気がついた。

 

 

「あの...渡してもらってもいいですか?」

 

 

女の子の言葉を聞いても、兎美はバックを返そうとしなかった。

 

 

それ所か兎美はバックからタブレットを取り出した。

 

 

「?」

 

 

兎美の行動に、ハルユキは疑問符を浮かべた。

 

 

「あなた...もしかしてアクア・カレントさん?」

 

 

兎美の言葉に驚くハルユキだったが、兎美が持っているタブレットの画面を見て、兎美の言葉を理解した。

 

 

なぜなら、兎美が持っているタブレットには先程撮られたハルユキの写真が写っていた。

 

 

女の子は兎美からタブレットを奪い取ろうとするが、兎美はそれを難なくかわして阻止する。

 

 

女の子は立ち上がり、ハルユキ達に背中を向けた。

 

 

「その鞄は私の物ではないの」

 

 

そう言って彼女は離れていくが数歩程、歩いた所で振り向いた。

 

 

「返して下さい」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

取り敢えず、済ませるべき事を済ませて男子トイレから出てきたハルユキを、眼鏡の女の子は有無を言わせず元のテーブルに連行した。

 

 

幸い壁側の椅子はソファ型だった為、ハルユキは兎美と隣り合わせで座り、女の子は向かい合わせに腰を下ろし、無言でじろりと視線を向けてくる。

 

 

とても眼を合わせていられず、ハルユキは肩と首を限界まで縮めながらちらちら上目遣いに様子を窺った。

 

 

ハルユキは兎美に助けを求めたかったが、兎美は優雅に紅茶を飲んでいた。

 

 

明るい場所で改めて見ると、控えめな服装及び髪型に眼鏡まで掛けていながら、どこかハッとさせられるような、ミステリアスな雰囲気のある女性だった。

 

 

瞳の色が深い。とでも言えばいいのか、容易に奥を見通せない、底知れない感じ。

 

 

誰かをそこほかとなく思い起こさせる、ある種の圧力...。

 

 

あまり見すぎていたせいか、彼女と目が合ってしまう。

 

 

「なにか?」

 

 

「い、いえ!」

 

 

ハルユキは誤魔化そうと、咄嗟にオレンジジュースを一口飲む。

 

 

「あら?彼女目の前にして、他の女の子に目移りしているのかしら?」

 

 

すると兎美がジトッと見ながら、ハルユキを茶化してきた。

 

 

「なっ!別に...俺は!」

 

 

「冗談よ」

 

 

そう言って、兎美はふふっと笑いながら紅茶を飲む。

 

 

ハルユキは顔が熱くなるのを感じ、熱を冷ます為にオレンジジュースを一気に飲んだ。

 

 

するとハルユキの顔に影が差したので前を見ると、彼女がXSBケーブルを持ってこちらに手を伸ばしているのが見えた。

 

 

「うわ!」

 

 

いきなりの事で驚いてしまい、思わず大声をだしてしまった。

 

 

他の客も何事かと思いこちらを見てきた。

 

 

「あっ...いや...すみません。ちょ...ちょっとちょっと!」

 

 

「早く」

 

 

「こ...ここでですか?あの...」

 

 

ハルユキは周りを見回すと、他の客がこちらを見ていた。

 

 

「もしかしてここで直結?」

 

 

「あの子大胆ね」

 

 

案の定、自分達を見て店内がひそひそとざわつき始めた。

 

 

パブリック・スペースでの直結行為は、両者がタダナラヌ関係であると公言するようなものだ。

 

 

「あ...あの...男女で直結っていうのは普通もっと親密になってからというか...こんな所ですると誤解を招くというか」

 

 

恥ずかしさのあまり、ハルユキは早口で捲し立てる。

 

 

「会話を聞かれる訳にはいかないの」

 

 

――そうか。

 

 

この人、どこか黒雪姫先輩に似てるんだ...。

 

 

外見じゃなくて、気配っていうか、迫力っていうか...。

 

 

圧倒されていたハルユキだったが、不意に右側からカチッという音が聞こえた。

 

 

見てみると兎美とハルユキのニューロリンカーにXSBケーブルが挿されていた。

 

 

「え!?ちょっ!兎美!?」

 

 

いきなりの事でハルユキは動揺していた。

 

 

「なに?妻が夫と直結するなんて当然でしょ?」

 

 

兎美はわざと、周りに聞こえる声で話した。

 

 

「なっ!?」

 

 

何言っちゃってんの!?

 

 

と叫びたかったハルユキだったが、兎美が落した爆弾の大きさに驚き、鯉のように口をパクパクさせるだけだった。

 

 

「えー!?今妻って言わなかった!?」

 

 

「でも、見た感じ私達と同じぐらいじゃない!?」

 

 

「許婚って事じゃないの?」

 

 

「だったらもう1人の女の子はどうゆう関係なのかしら!?」

 

 

今度は近くの席にいた女子高生グループが、ひそひそと自分達の関係を勝手に想像しながら盛り上がっている。

 

 

「あなたは?」

 

 

すると、彼女が兎美に質問してきた。

 

 

「私はバーストリンカーじゃないから安心して、ハルの保護者代理みたいな者よ」

 

 

「解った、それなら構わないなの」

 

 

そう言って彼女はハルユキにXSBケーブルを再度を差し出した。

 

 

「解りました」

 

 

ここに来るのもこれが最後だからな、等と考えつつ、それをニューロリンカーのコネクタに差し込む。

 

 

1秒後、脳の中央に、実に繊細で可愛らしい...それでいてピンと芯の通った思考音声が響いた。

 

 

『...私は今、2つの可能性を検討しているの。あなたが物凄く演技の上手い食わせ物で、私のリアルを割る為に意図的にぶつかってきたのか...それとも、正真正銘のオッチョコチョイなのか』

 

 

『はあ...』

 

 

間抜けな第一声を発してしまい、ハルユキは慌てて言葉を追加した。

 

 

『それは間違いなく2番目の方なんですけど、どうすればそれを証明出来るか、すぐには思いつけなくて...』

 

 

『ハル...、その発言事態が既に相当のオッチョコチョイよ。それにいくらここでハルがオッチョコチョイなのを証明したとしても、彼女の疑いを深めるだけよ』

 

 

兎美の言葉を聞いて、ハルユキは両手の人差し指を擦り合わせつつ懸命に頭を回転させ、やっと次の言葉を出力する。

 

 

『...えと、これも証拠はないんですけど、僕のポイント残高が危なくなった理由ってのが、その...ポイントが300を超えた感激で頭がポワーってなって、夢中でレベルアップボタンを押しちゃったせいなんですが...』

 

 

そこでもう一度、相手の顔をちらりと見る。

 

 

少女――恐らく《アクア・カレント》であろう人物はしばらく表情を動かさなかったが、やがて軽く頷いた。

 

 

『それが事実なら、ある程度納得できる。この2週間、平均7割以上の勝率を叩き出していた筈の《シルバー・クロウ》が、なぜいきなりニアデス状態になってるのか不思議に思っていたの』

 

 

「ぼ...僕の事、知ってるんですか!?」

 

 

思わず大きく身を乗り出すと、お腹がテーブルの縁にぶつかり、衝撃でジュースが3分の1ほど残ったグラスがぐらりと揺れた。

 

 

兎美がすかさず手を伸ばし、支える。

 

 

『口に出してはいけないの』

 

 

「あっすいません...」

 

 

ハルユキは口を押さえ、席に座る。

 

 

『まったく...、少しは落ち着きなさい』

 

 

『すみません...』

 

 

ハルユキは兎美に指摘され、肩を落す。

 

 

『今の加速世界であなたの噂を聞いてないのは本人ぐらいだと思うの』

 

 

『え...そそそんな、それほどのモノでも』

 

 

照れちゃうなー、などと思いながら頭をかこうとしたハルユキの聴覚に、キュートな思考音声が続けて流れた。

 

 

『たった1人の完全飛行型。頭脳派に見えて案外頭に血が上がりやすい。女性デュエルアバターとの近接戦闘が苦手。こすっからい手を使うけど本人もけっこう抜けてる』

 

 

口許を緩めたまま固まるハルユキを、少女は新たに注文したダージリンティーのカップを持ち上げながらちらりと見た。

 

 

『どうやら噂通りの子みたいだから、さっきのも真性オッチョコチョイだと判断するの』

 

 

『......』

 

 

『ふふふ、良かったわね、ハル』

 

 

兎美は口許を押さえながら、クスクスと笑っていた。

 

 

――これは喜んでいい場面なんだよな?うん、きっとそうだ。

 

 

そう自分に言い聞かせつつも、なぜか眼に汗が滲むハルユキだった。

 

 

かちりと音を立ててカップを戻した眼鏡少女は、そんなハルユキの内的葛藤を気にする様子も無く、わずかに背筋を伸ばすと言った。

 

 

『イレギュラーな状況になってしまったけれど、とりあえず挨拶をしておくの。私は《アクア・カレント》。契約に基づき、あなたのポイント残高が最低安全圏、50ポイント台に回復するまでガードします』

 

 

『あ...は、はい。よろしくお願いします!僕、《シルバー・クロウ》です』

 

 

『私は兎美よ。宜しくね』

 

 

ハルユキはぺこり、と頭を下げる。

 

 

周りから見ればやや奇妙な光景だろう――実際、中高生と思しき少年少女やサラリーマンやOL達がちらちら視線を向けてきている。

 

 

――先ほどの兎美の爆弾があったせいか、心なしか嫉妬の視線も混ざっている気がする。

 

 

が、気にしている余裕はない。

 

 

ハルユキにとっては、この不思議な少女だけが最後の生命線なのだ。

 

 

加速世界唯一のバウンサー、依頼失敗率ゼロの凄腕ボディガード......

 

 

『え、あ、あれ』

 

 

ここでようやく、ハルユキは真っ先に思いついておくべきだった1つの矛盾に突き当たった。

 

 

『あの、僕も、アクア・カレントさんのお噂をかねがね伺ってたんですが...』

 

 

『《カレン》と呼んでいいの』

 

 

『じゃ、じゃあ、僕も《クロウ》で...いやそうじゃなくてその、僕、カレンさんは男だって信じ込んでたんですけど...僕にあなたの事を教えてくれた友達も、そう思ってたみたいだし...』

 

 

そう、確かにタクムは、アクア・カレントに《彼》という代名詞を使用した。

 

 

それ以前に、腕利き用心棒と言われた段階でハルユキは、派手なスーツを着たマッチョガイを...中高生にそんなのいるわけはないのだが――連想していたのだ。

 

 

それがよもや、本屋の似合う眼鏡少女だとは如何に。

 

 

しかしアクア・カレント略してカレンは、大したことじゃないと言わんばかりに軽く肩をすくめた。

 

 

『私のデュエルアバターは、外見から男性型女性型を判別しにくいから。...それに、私まだ、私が女だなんてひと言も言ってないの』

 

 

『...へ?そ、それ、どういう』

 

 

眼と口をぽかーんと開け、ハルユキはまずカレンの小さな顔と、次いで無礼千万にもその下20センチ辺りを凝視してしまった。

 

 

しかし生地の硬いビーコートを着たままなので、視覚情報だけでは何とも言えない。

 

 

『何真に受けてるのよ、冗談に決まってんでしょ』

 

 

『あ...なるほど』

 

 

『予定時間を5分過ぎちゃったけど、それでは今からタッグ戦を始めるの。この千代田エリアだけで目標ポイントに到達できればそこで終了。相手が居なくなったら隣の秋葉原特区に移動して継続。何か質問は?』

 

 

『いえ、大丈夫です...宜しくお願いします』

 

 

『では、まず互いに相手をタッグ登録。グローバル接続したら、すぐに加速』

 

 

『あ、はい!』

 

 

こくこく頷き、ハルユキはまずブレイン・バーストのコンソール画面を開くと、『Aqua Current』をタッグパートナーに登録した。

 

 

カレンが頷くのを確認し、ニューロリンカーのグローバル接続ボタンを長押しする。

 

 

『さっき胸触ってごめんなさいとか言うべきなのかな。でもほとんど感触無かったし、触ってなかったのかも』

 

 

『聞こえてるの』

 

 

『えっ!』

 

 

心の中で考えていたつもりのハルユキだったが、思考音声として発声していた。

 

 

『バーストリンク』

 

 

加速した後、青一色の静止世界にピンクのブタで現れたハルユキの前に、眼鏡を掛けたカワウソが仁王立ちしていた。

 

 

「しっかり触っていたの」

 

 

「う...うわっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 

ハルユキは顔を青くして、土下座をする。

 

 

「直結した時に、ちゃんと思考を制御出来るようにしておいた方がいいの。全部丸聞こえなの」

 

 

「すみません...」

 

 

ハルユキは顔を上げて謝る。

 

 

「戦いを挑む相手は...」

 

 

「あっ!ちょ...ちょっと待った」

 

 

対戦相手を選ぶカレンを、ハルユキが止める。

 

 

「今、レベル3とか4辺り押そうとしてませんでした?」

 

 

「ここで同レベルの相手を選ぶ事にメリットはないの。あなたがレベル2、私がレベル1なんだから、相手タッグは最低でも合計レベル6以上の相手を選ぶべき。そうすれば、万が一負けてもあなたのポイントがゼロにはならない」

 

 

「そ...それは、理屈ではそうかもですが...あっ!だからカレンさん、わざとレベルアップせずにレベル1のままで?」

 

 

「それは理由の半分なの。もう半分はいつか教える時が来る、かもしれないし来ないかもしれない。少なくとも、あなたが今日ポイント全損したら永遠に来ないの」

 

 

「...そ、そうですね」

 

 

改めて込み上げてきた緊張感にブタ鼻をぴくつかせていると、カレンは再びリストに右手を伸ばしながら言った。

 

 

「ちょうどいいの。《サンド・ダクト》と《ニッケン・ドール》このタッグはレベル3と4だけど、両方良く知ってるの。あなたの苦手な赤系の遠距離狙撃タイプじゃないし、ポイントにかなり余裕があるから、真っ向勝負に出てくるはず。あなたが落ち着いて実力を発揮できれば、きっと負けない。それこそあなたがよく言う『負ける気がしない』なの」

 

 

――この人は、本当に僕の事を知ってくれてるんだ。

 

 

その上で、本気で僕を助けようとしてくれる。

 

 

なんでレベル1なのか、なんで報酬にリアル情報なんか要求するのか、そもそもどんな動機で《用心棒》を請け負ってるのか、まだまだ解らない事ばっかりだけど...それでも...信じよう。

 

 

信じて、全力で戦おう。

 

 

たとえ負けて、ブレイン・バーストを失おうとも、せめて悔いは残さないように。

 

 

この土壇場で、ハルユキはようやく、ささやかだけれどぎゅっと凝縮された覚悟が自分の中に生まれるのを感じた。

 

 

大きく息を吸い、ブタアバターの両手を握り締め、ハルユキは頷いた。

 

 

「僕、頑張ります」

 

 

「気合はもちろん大事だけど普段どおりに、なの。負けられない一戦だけど、大切なのは勝つ事より...」

 

 

「楽しむこと」

 

 

ハルユキが言葉を挟むと、カレンは眼鏡の奥でほんの少しだけ眼を見開いた。

 

 

照れ隠しに鼻の下を擦りながら、ハルユキは付け加えた。

 

 

「僕の親が教えてくれたんです。今は全ての対戦を楽しめ、って」

 

 

「......そう、なの」

 

 

ゆっくり頷き、アクア・カレントはほんの一瞬だけ不思議な――気のせいか、昔を懐かしむかのような表情を浮かべると、マッチングリストに触れた。

 

 

「では、そろそろ始めるの」

 

 

短く言い、デュエル開始ボタンを押す。

 

 

青く凍った世界と2つの動物アバターが光に溶けて消え、ハルユキの意識は見知らぬ対戦ステージへと誘われた。




どうもナツ・ドラグニルです

なんとお気に入りが40件を突破しました。

前々回の投稿で10件以上登録して頂きました。

今日の9時の投稿でもさらにお気に入りが増えました。

本当にありがとうございます

これからも応援の程、宜しくお願いいたします。

それでは次回アクセル・ビルド第9話もしくはハピネスチャージ第15話でお会いしましょう

それじゃあ、またな!


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第9話

これまでのアクセル・ビルドは

兎美「てーんさい物理学者であり、仮面ライダーである有田兎美は、全損の危機に陥ったハルユキと一緒に、用心棒に会うために神保町に向かったのでありました」

千百合「あまり長く話していると、分かりにくいんじゃない?」

兎美「誰かが茶々入れるからでしょう!」

黒雪姫「それもあるが、あらすじで話すことが多いから長くなるのではないか?」

兎美「しょうがないでしょ!色々あるんだから」

美空「ハルユキは無事に勝利し、全損を免れるのか!どうなる第9話!」

兎美「だからしれっと、出てくるんじゃないわよ!」


タクムは現在、梅里中学校に訪れていた。

 

 

なぜ、タクムが梅里中学に来ているのかというと、カフェテリアの近くにあるハンバーガーショップで待機していた時だった。

 

 

『君に話がある。梅里中学の生徒会室まで来てくれ』

 

 

というメッセージが、黒雪姫から届いた。

 

 

タクムは指示通りに梅里中学の校内に入り、生徒会室に向かっている。

 

 

(なぜ彼女は僕を呼んだんだ?もしかして...襲撃の事か?)

 

 

タクムは、呼び出された理由を考えながら校内を歩いていると、1人の女生徒が近づいてきた。

 

 

「あら?あなた、ここの生徒じゃないみたいだけど、何をしているのかしら?」

 

 

腕に風紀委員の腕章がついた女生徒だったが、タクムは見覚えがあった。

 

 

前に3人で帰った時に、ハルユキを連れて行った女子生徒だったからだ。

 

 

「すみません、ここの生徒会の副会長に呼ばれているので」

 

 

タクムは女生徒を警戒しながら、その場を凌ごうとする。

 

 

「そう、案内は必要かしら?」

 

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

タクムはそう言って、女生徒の横を通り過ぎようとすると。

 

 

「気をつけた方が良いわよ、最近物騒だからね」

 

 

女生徒の言葉に、タクムは足を止めた。

 

 

「ご忠告どうも」

 

 

今度こそ、タクムはその場を離れた。

 

 

(彼女は一体何者なんだ?兎美さん達の話だと、彼女に連れて行かれた後にハルは誘拐されたって話だけど)

 

 

先程の女生徒に関して考察していたタクムだったが、考えるのを後にして先を急いだ。

 

 

タクムは生徒会室の扉の前まで来ると、意を決してノックをする。

 

 

「入れ」

 

 

黒雪姫の声を聞き、タクムは中に入る。

 

 

「来たか」

 

 

黒雪姫はタクムに背中を向けて、椅子に座っていた。

 

 

「あ...あの...」

 

 

「バーストリンク!」

 

 

突然の出来事に混乱したタクムだったが、状況を理解した時には、タクムの視界には。

 

 

【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】

 

 

というアルファベットが表示されていた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

タクム、《シアン・パイル》は黒の王《ブラック・ロータス》に、なぜ対戦を挑まれたのか分からなかった。

 

 

「さあ、始めようか」

 

 

「ブラック・ロータス、どうして...」

 

 

「聞いていなかったのか?私は始めようかと言ったのだ」

 

 

タクムは、黒雪姫の言葉に息を呑む。

 

 

「ま、待ってください!僕は...」

 

 

「君は今、1人のバーストリンカーに乱入され、戦いを挑まれている。挑まれた戦いには全力で応える、それがこの世界のルールだろう。来ないならば...」

 

 

言葉の後、黒雪姫の装甲が展開され、通常形態から戦闘形態へと移行する。

 

 

「こちらから行くぞ!!」

 

 

いきなりの攻撃で、タクムは大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 

「うわぁ!!」

 

 

「どうした?遠慮する事はない、ポイントを荒稼ぎするチャンスだぞ」

 

 

喋っている間も攻撃を繰り返していた黒雪姫は、攻撃の手を止め一度距離を取り剣を向ける。

 

 

「それとも、それが君の実力か?」

 

 

「う...」

 

 

「レオニーズの使いの者に、君の様子を聞いた。君は剣道の大会にも出ていない、なぜだ?」

 

 

黒雪姫の質問に、タクムは重々しい様子で答える。

 

 

「けじめです」

 

 

「けじめ?」

 

 

「僕は罪を犯しましたから、今のままここに居る訳にはいかない」

 

 

「やはりそうか」

 

 

「自分が得て来た物、獲得してきたものを全て捨て、全てを失う事で罪を償う。君はハルユキ君が一人前のバーストリンカーになるまでサポートした後、自らブレイン・バーストをアンインストールするつもりではないか?」

 

 

タクムは黒雪姫の言葉に、沈黙していた。

 

 

「どうなんだ?」

 

 

「罪を償うにはそれしかないと思いました...」

 

 

 

「やはりな」

 

 

タクムの言葉に黒雪姫は落胆する。

 

 

「でも!」

 

 

タクムは、言葉を荒げながら叫ぶ。

 

 

「ハルと一緒に戦って気付いたんです!」

 

 

黒雪姫は黙って聞いていた。

 

 

「ハルが戦う時に、言っていた言葉があるんです」

 

 

タクムはその時、対戦していた時にハルユキが言っていた言葉を思い出す。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

『ハルはやっぱり強いね。さすがは仮面ライダーと言った所かな』

 

 

『なんだよいきなり』

 

 

タクムの言葉に、ハルユキは疑問符を浮べる。

 

 

『いや、教えている僕が足手まといになってるんじゃないかなと思って』

 

 

『そんな事ないだろ、相性が分からなかったら負けてたかもしれないし、お前がいなかったら危なかった戦いもあったしな』

 

 

『それでも、やっぱり君の強さが羨ましいよ...』

 

 

タクムはそう呟き、遠くを見つめた。

 

 

『タク...力を手に入れるってのは、それ相応の覚悟が必要なんだよ』

 

 

『え?』

 

 

『だから半端な気持ちでは、強くなる事なんて出来ないんだ』

 

 

タクムはハルユキの言葉を聞き、黙ってしまった。

 

 

『俺が仮面ライダーとして戦う時も、バーストリンカーとして戦う時も、俺は覚悟を持って戦っているんだ。だからお前も持ってみろよ、お前だけの覚悟を』

 

 

『ハル...』

 

 

『まあ、これも兎美からの受け売りなんだけどな』

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「だから僕は近くで、ハルを支えたいと思ったんです!」

 

 

タクムは、自分の気持ちを黒雪姫にぶつける。

 

 

「こんな僕でも!ハルの隣に立ち、一緒に強くなる!それが僕の覚悟です!」

 

 

黒雪姫は、タクムの覚悟を聞くとフフフと笑い出した。

 

 

「フフフッ!ハハハハハハ!なるほど、どうやら私がしようとした事は、只のお節介だったと言う訳か」

 

 

黒雪姫は、再度剣を向ける。

 

 

「ならばその覚悟が本物かどうか、私に示してみろ!」

 

 

「ええ、今の僕は...負ける気がしない!」

 

 

「ふっ、行くぞ!」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

(腐蝕林ステージか...)

 

 

シルバー・クロウは心の中でそう呟くと、アクア・カレントへと視線を移す。

 

 

アクア――《水の》。

 

 

カレント――《流れ》。

 

 

バーストリンカーに与えられる名前はアバターの外見的特徴をそのまま表すものが多いが、これほどストレートな例も珍しい、とハルユキは思わずにいられなかった。

 

 

白銀の有翼アバター《シルバー・クロウ》としてステージに降り立つや否や隣に向けた視線が捉えたのは、シルエット的には特徴の薄い細身の姿だった。

 

 

身長はクロウよりわずかに高い位か。

 

 

スマートな両手両脚、そして胴体には武器らしき装備はない。

 

 

いや、あるいは全身に特殊な装備を施している、と言うべきかもしれない。

 

 

なぜならアクア・カレントの頭から爪先までは、高速で流れ落ちる水の膜にくまなく覆われているからだ。

 

 

肩から両手へ、そして胸から腰、両足へと音もなく流れる水は、四肢の末端で細い水のケーブルとなり、後方に大きな弧を描くように上昇して、頭の後方から再びアバターを包み込んでいる。

 

 

言い方を変えれば、カレンの装甲は、永遠にループする《水の流れ》そのものだ。

 

 

水流は恐らく2、3センチの厚みしかないのに、どれほど眼を凝らしても内部のアバター本体を見通すことはできない。

 

 

腐蝕林(ふしょくりん)》ステージの緑がかった環境光を受けて水流もまた淡いグリーンに煌めき、確かにこれはタクムが言った通り、《水色ならぬ水の色》だ。

 

 

そして、体型からアバターがM型なのかF型なのかを判断することも難しい。

 

 

約2秒でそこまでの観察を終えたハルユキに向け、カレンは低く第一声を発した。

 

 

「接触まで2分。敵タッグは明大通りを御茶ノ水駅方面から南下してくる」

 

 

その声もまた、強力なフィルタ効果によって性別を感じさせない。

 

 

また、生身の時は特徴的だった「なの」という語尾も消失している。

 

 

もし偶発的リアルアタックによってトイレの前で正面衝突していなければ、カレンを女性なのではと疑う理由は一切なかっただろう。

 

 

「は、はい......まっすぐ突っ込んできますね」

 

 

頷き、ハルユキは思考を切り替えつつ視界中央の水色三角、すなわち《ガイドカーソル》を睨んだ。

 

 

2人は今、神保町は駿河台下交差点の南西角に建つ大型書店ビル――だった巨木の上に立っている。

 

 

木と言っても、《原始林》ステージのような勢いのいい広葉樹ではなく、半ば腐ったような寸胴の幹から申し訳ばかりに細い枝葉を伸ばした、不恰好なシルエットだ。

 

 

遥か眼下の交差点は、東西に靖国通り、南北に明大通りが交わる大きなものだが、地面は8割方が紫色の毒々しい粘膜に覆われている。

 

 

時折ぼこ、ぼこと泡を上げるそれは、文字通りの《毒の沼》だ。

 

 

この腐蝕林ステージは、毒沼地帯に踏み込むだけで体力ゲージを削られるという厄介な属性を持っている。

 

 

タッグ戦なので2つの表示されているガイドカーソルは、ほとんど重なった状態で北を向いたままだ。

 

 

御茶ノ水からは、緩い下り坂になっている明大通りを一直線に南下中なのだろう。

 

 

病気のバオバブのような木立が邪魔をして姿は見えないが、どうやらタッグの一方は毒沼を大雑把に避けるだけで、あまりに気にせずダッシュしているらしい。

 

 

視界右上に2本並んだ相手タッグの体力ゲージの片方が、小刻みに微減していく。

 

 

「......た、確かに真っ向勝負って感じですね......」

 

 

呟きながら、ここでようやく相手方の名前を確認する。

 

 

レベル4が《ニッケル・ドール》、レベル3が《サンド・ダクト》だ。

 

 

両方とも初見。

 

 

まずは高所の利を活かして情報収集、あるいは不意打ちがセオリーかと思ったが、カレンはその予想をあっさり裏切って囁いた。

 

 

「下に降りる」

 

 

「は...はい」

 

 

もとはビルの7階だっただけあって、樹上から地面までは20メートル以上もありそうだったが、水をまとうアバターは無造作に前に進むと、垂直の幹にぴったり密着するように《流れ落ちて》いった。

 

 

ハルユキはしばし眼を丸くしてから、自分も慌てて空中に足を踏み出した。

 

 

必殺ゲージがゼロなので飛行はできないが、翼を広げての滑空なら可能だ。

 

 

螺旋を描いて降下し、カレンとほぼ同時に地面に到着。

 

 

毒沼のない場所を選んで足を下ろす。

 

 

明大通りの上り坂に顔を向けると、10秒足らずで重い足音が届いてきた。

 

 

どうやら、少なくとも片方はかなりの重量級だ。

 

 

しかしなぜか、ガイドカーソルは同じ方向を指しているのに、2人目の足音が感じられない。

 

 

その理由は、すぐに判明した。

 

 

元は大きなスポーツ用品店だったはずの腐れバオバブの陰から飛び出してきたのは、予想通り身長2メートル近い超大型アバターと、その左肩にちょこんと腰掛けた超小型アバターだったのだ。

 

 

「おっまた「ふっ!」ぶへえ!」

 

 

肩に乗った方が、可愛らしい少女の声で叫びながらシルバー・クロウに向かって突撃してくるが、シルバー・クロウは左足を軸にし、回し蹴りを相手に食らわせる。

 

 

※分かりやすく言えば、カブトのライダーキック。

 

 

咄嗟の事で蹴りを入れてしまったが、相手をよく見ると身長は1メートルそこそこしかあるまい。

 

 

全身はやや白っぽい銀色。

 

 

シルバークロウの装甲ほど鏡面仕上げではないが、緑色のステージ光を滑らかに跳ね返している。

 

 

長い髪パーツと、大きく広がったアーマースカートを備えたその姿は、サイズと相まってまさしく人形だ。

 

 

間違いなく、彼女がレベル4の《ニッケル・ドール》だろう。

 

 

ニッケル・ドールは、シルバー・クロウの回し蹴りを受け、泥沼に頭から落ちる。

 

 

「痛~い!も~!そっちから《乱入》しといてあたし達の移動待ちとかずるぅーい!それにこんな仕打ちなんて!」

 

 

「す、すいません...条件反射でつい...。それにこの辺の地形に不慣れだったもんで...」

 

 

思わず後頭部に手をやりながら謝ってしまったハルユキに、人形を肩に乗せていた巨人が重々しい笑い声を漏らした。

 

 

「ふ、謝罪には及ばん。そちらがぼんやり立っている間に、我々はオブジェクト破壊ボーナスを貯められたからな」

 

 

慌てて敵方のゲージを見ると、確かに青い必殺技ゲージがいつの間にか3割近くもチャージされている。

 

 

これは大きなアドバンテージだ。

 

 

「それにさっきのはニッキーが油断しただけだから気にするな」

 

 

レベル3《サンド・ダクト》であろう巨人は、その名の通り砂色のざらざらした装甲を備えている。

 

 

真っ先に眼を引くのは、両手首の上側に大きく口を開けた四角い穴だ。

 

 

あれが名前の通りエアダクトなら、空気を出すか、あるいは吸う能力があるはず。

 

 

どちらにせよ要注意。

 

 

そう頭に刻んでいると、いつの間にか後ろに立っていたカレンが小さく囁いた。

 

 

「ダクトは私が相手をする。あなたはドールを。彼女は両手から電気を生み出す。掴まれない様に注意して」

 

 

「あーっ!何ネタバレしてんのよぉー!」

 

 

敵に聞こえるボリュームではなかったはずだが、耳がいいのかニッケル・ドールが憤慨したように叫んだ。

 

 

サンド・ダクトが、巨大な右手を重々しく持ち上げる。

 

 

「さすが、《用心棒》殿の情報力は侮れないな。悪いが、作戦タイムはそこまで終わりにしてもらおう」

 

 

フオォォォ...、と低い唸り。

 

 

吹き寄せてくる空気の流れを感じた、と思ったその直後――。

 

 

「《サンド・ブラスト》!!」

 

 

轟く様な技名発声と共に、右手のエアダクトから、渦巻く砂色の突風が放たれた。

 

 

回避しようとしたシルバー・クロウだったが、アクア・カレントが代わりに技を食らった。

 

 

「あなたの相手は私です」

 

 

なんとカレンは、両腕をクロスする防御姿勢は取っているものの、砂嵐の中で直立したままだ。

 

 

しかし体力ゲージは微動だにしていない。

 

 

よくよく眼を凝らすと、サンド・ダクトの技のダメージ源たる砂粒子は、カレンの全身を覆う水流に呑み込まれ、ぐるぐると循環するだけでアバター本体には届かないようだ。

 

 

やがて巨人の必殺技ゲージが尽き、砂嵐が止むと、何事も無かったかのように両腕を下ろしたカレンは言った。

 

 

「私に微粒子系攻撃は効かない。――返すぞ」

 

 

無造作に右手を掲げると、全身の水流に混じっていた砂達がそこに集まっていく。

 

 

びゅっと振り下ろされた手の先から、砂混じりの水が細い槍となってサンド・ダクトの左肩に当たる。

 

 

ニッケル・ドールはすぐ様その場を離れ、シルバー・クロウに攻撃を仕掛ける。

 

 

だが、シルバー・クロウは全て避け、ドールの足を掴み、そのまま後ろの毒沼に倒れる。

 

 

「嫌~!」

 

 

またしても、ドールは頭から毒沼に落ちる。

 

 

「どうだ!」

 

 

「ひどい、1度ならず2度までも、こんなどぶに頭から叩き込むなんて!それに、相打ちにでもなるつもり!?言っとくけど、HPの総量は、レベル2の貴方より4のあたしの方が多......」

 

 

そこで、いきなり黙り込む。

 

 

ようやく気付いたのだ。

 

 

ずっと毒沼に浸かりっぱなしのハルユキの体力ゲージがまるで減っていない事に。

 

 

先刻のアクア・カレントの台詞を少々拝借して、ハルユキはびしっと人差し指を突きつけながら叫んだ。

 

 

「《シルバー》の僕に、毒は効かないッ!」

 

 

途端、離れたバオバブの上に並ぶギャラリー達が、おおっとどよめいた。

 

 

そう。同じメタルカラーでも、金属の種類によってその特性は微妙に異なるのだ。

 

 

原則的に、金や銀の貴金属は特殊攻撃に、鋼や鉄の卑金属は物理攻撃に強いが、その中でもハルユキの銀は、こと毒攻撃には絶対の耐性を持つ。

 

 

現実世界でも、銀イオンは強力な抗菌性を持つため、殺菌装置に利用されている。

 

 

短い対峙の間にも、ニッケル・ドールの体力ゲージはじわじわと減っていく。

 

 

彼女もメタルカラーゆえの耐毒性はあるはずだが、装甲の華奢さとも相まって完璧ではないのだ。

 

 

このまま沼の中で格闘戦を行えば、攻防が互角でもドールが先に力尽きるのは自明だ。

 

 

「......なるほど、あなたがずっと沼を避けてたのは、あたしを油断させてこの状況に持ち込む為の伏線だったってわけ」

 

 

腰近くまでを呑み込む紫の沼をちらりと見下ろし、ドールは囁いた。

 

 

「さすがは、《メタルカラー・チャート》の殆ど左端なだけはあるってことね。でもね、ニッケルを銀の偽者扱いされたらちょっと困るな。色々使い道があるんだよ?水素を取り込んで発電したり、ね」

 

 

その言葉を聞いた途端、ハルユキの脳裏に閃くものがあった。

 

 

2046年現在、街を走るEVや電スク、そしてもちろんニューロリンカーなどのモバイル機器のバッテリーには、ほぼ全て軽量・大容量のSiナノワイヤー電池が使用されている。

 

 

しかし20年ほど昔までは、安全性を重視した他の二次電池が存在したと理科の時間に習った。

 

 

名前は確か――ニッケル水素電池。

 

 

ニッケル・ドールの電撃能力には、そのようなバックボーンがあったのだ。

 

 

銀色の西洋人形は、毒沼にじわじわHPを削られているのを気にする様子も無く、薄く微笑んだ。

 

 

「それと、銀にも、抗菌力以外の特性が色々あるんだよ。今、教えてあげる」

 

 

言うや否や、両手をばしゃりと毒沼に突っ込む。

 

 

体力ゲージの減少が加速するが、同時に必殺技ゲージも充填され、7割を超えたその瞬間――。

 

 

「《アノード・カソード》!!」

 

 

技名コールが高らかに響いた。

 

 

毒沼表面に青白いスパークが放射状に走り、逃れる間もなくその一部がハルユキを捉える。

 

 

ばちっ!!

 

 

という凄まじい衝撃が全身を叩いた。

 

 

視界はほぼホワイトアウトし、声を出すこともできない。

 

 

「......ッ!!」

 

 

本能的に背後の島へ飛び上がろうとしたが、何たる事か、アバターが硬直して言う事を聞かない。

 

 

白熱した視界の左上で、自分の体力ゲージががりがりと削られていく。

 

 

この状況に陥って初めて、ハルユキは《毒沼での格闘戦に持ち込む》という自分の作戦が巨大な危険を秘めていた事を悟った。

 

 

毒の沼と言っても基本的には水だ。

 

 

そして水は、含む不純物が増えれば増えれるほど電気を良く通す。

 

 

沼に飛び込む事は、自分と相手をわざわざ電線で繋いであげたようなものなのだ。

 

 

「あなた、自分のカラーについてもう少し勉強しておいた方がいいわよ。銀っていうのは抗菌力もあるけど、あらゆる金属の中で一番電気を良く通すのよ!」

 

 

――げぇーっ、それってつまり僕が一番電撃に弱いってこと!?そんなの、まだ理科で教わってないよ!

 

 

つまり悪いのは僕じゃなくて文部科学省だよ!いやそんな事を言ったら兎美に怒られてしまう。

 

 

何とか...何とかしないと...。

 

 

ハルユキのHPが5割を下回り、ゲージが黄色く染まっており、その下の必殺技ゲージがほぼ満タンまでチャージされているのを見た瞬間、ハルユキは次の一手を思いついた。

 

 

たとえ電気ショックによって全身が麻痺していても、シルバー・クロウには、意志力だけで操作できる器官がたった一つ備わっている。

 

 

「飛べぇ!」

 

 

食い縛った歯の間から、細く叫んだ。

 

 

じゃかっ!という頼もしい金属音が響き、背中に折りたたまれていた10枚の金属フィンが一気に展開。

 

 

「あッ...」

 

ニッケル・ドールが声を上げるのと同時に、ハルユキの背中から伸びる翼が強く振動し、生まれた風圧が周囲の水面を押しのけた。

 

 

直後、シルバー・クロウは打ち上げるロケットのような勢いで離陸。

 

 

追いすがろうとするスパークすら振り切り、高く高く舞い上がる。

 

 

おおおおおッ......!

 

 

というどよめきは、《飛行アビリティ》を初めて見たのであろうギャラリー達のものだ。

 

 

腐蝕林ステージに漂う霧と緑色の燐光を切り裂いて、ハルユキは飛ぶ。

 

 

腐れバオバブの上部にずらりと並ぶギャラリー達を掠めるように、なおも上昇。

 

 

ついに林の瘴気が途切れ、周囲が全て青い空に変わる。

 

 

この高度まで飛べば、もう地上からは捕捉し切れない。

 

 

降り注ぐ陽光を受け、全身を白銀に煌かせながら180度ターン。

 

 

一気に急降下へと移行する。

 

 

鋭く尖った右足を伸ばし、重力に翼の推進力を乗せて、ハルユキは一本の矢、あるいはレーザーの如く突進した。

 

 

圧縮された空気が爪先でちらりと灼け、オレンジの粒子を飛ばす。

 

 

たちまち緑の瘴気に突入、再びバオバブの梢を擦るように抜け、ガイドカーソルの先にいる標的へと――。

 

 

小島に上がり、呆然と空を見上げていたニッケル・ドールは、迫り来るハルユキの後ろに巨大な青い龍の幻影を見た。

 

 

ぎゃおおおおおおッ!!

 

 

オレンジの粒子が青くなり、ハルユキの推進力も更に上がる。

 

 

「うおおおおおおッ...!!」

 

 

精一杯の雄叫びと共に、ごく小さな敵アバターの肩口に見事爪先をヒットさせた。

 

 

巨大な爆発じみた閃光と振動が、ステージ全体を振るわせた。

 

 

直径5メートルはあった小島が瞬時にクレータへと変わる。

 

 

ニッケル・ドールはひとたまりもなく吹き飛ばされ、高い悲鳴をあげながらくるくる飛んでいく。

 

 

6割近く残っていた体力ゲージがごそっと減り、2割以下のレッドゾーンへ。

 

 

自分が作ったクレーターの中央で、片膝を突いたままのハルユキは先程の力に驚愕していた。

 

 

(なんだ今のは...まるで誰かが力を貸してくれたみたいな...)

 

 

驚いていたハルユキだったが、対戦の最中だと言う事を思い出し顔を上げる。

 

 

ハルユキの視線の先では、駿河台下交差点の中央あたりに、頭から突っ込もうとした小さなアバターを、巨大な2つの手がしっかりと受け止めた。

 

 

《サンド・ダクト》だ。

 

 

どうやら、アクア・カレントとの戦闘を一時放棄し、ドールの墜落死を阻止するために駆けつけたらしい。

 

 

意外なほどのナイトぶりに、ギャラリー達がわっと沸く。

 

 

ダクトの体力ゲージも、既に5割を下回って黄色くなっていた。

 

 

その彼と1体1で戦っていたカレンはと言えば、なんといまだ9割以上だ。

 

 

よほど相性が一方的だったのか、それとも技の差か――。

 

 

そのアクア・カレントは、交差点の南側から毒沼を迂回して、滑るようにハルユキに近づいてくると隣で止まった。

 

 

立ち上がったハルユキの耳に、低い囁き。

 

 

「さっきのは、良い一撃だった」

 

 

「ど...どうも」

 

 

思わず首を縮めるが、カレンの言葉は続く。

 

 

「でも、まだ終わりじゃない。あの2人は、何らかの理由があってコンビを組んでいるはず。きっと奥の手を出してくる、気を抜かないで」

 

 

「は、はい」

 

 

ハルユキが頷いた直後、10メートルほど離れて立つサンド・ダクトが重々しく語る。

 

 

「良い技だった、美しく威力もある...だが勝負は決した、貴様らの負けだ」

 

 

「僕たちの..負け?」

 

 

「貴様らは、タッグ戦において一番重要なパートナーとの連携がまるでない。1+1が2でしかない攻撃、いくら個々が強くてもそれではタッグ戦は戦えん」

 

 

「その通りです...だからまだ勝負は決していません」

 

 

ハルユキの言葉にドール達は驚く。

 

 

「僕、ここに来るまで親友とタッグ戦で随分戦ってきたんです。だから分かるんです!タッグ戦では互いを信じる事が何よりも大切だって!僕はカレンさんの事を信じてますから!」

 

 

「何格好良く決めてんのよ!サンディこうなったらウルトラゴージャスな必殺技でぶっ飛ばして、さっさと終わらせるわよ」

 

 

「応ッ!」

 

 

重々しく答えた砂の巨人は、巨大なエアダクトを備えた両手を掲げると、左右から轟然と撃ち合わせた。

 

 

「オォオオオオ......、喰らえっ、《ターボ・モレキュラー》!!」

 

 

技名コールに呼応して、両のダクト内に装備されたタービン・スクリューが高速回転する。

 

 

しかし向きは左右で逆だ。

 

 

どうやらあのダクトは、右が排気するのに対して、左は吸気能力を持っているらしい。

 

 

「なるほど、戦闘前に我々の内緒話を聞かれたのは、あの左手が密かに空気を吸い寄せていたからか」

 

 

カレンの呟きに、ハルユキもなるほどと頷く。

 

 

その間にも、サンド・ダクトの両手の間では、猛烈な勢いで空気が移動していく。

 

 

――しかし。

 

 

「でも...あれ、右手で吹いて左手で吸ってれば、行って来いって言うか...何の意味が...」

 

 

首を傾げつつ呟いた、その時だった。

 

 

ダクトがぐいっと両手を広げ、その間隙に奇妙な陽炎を見た――と思った瞬間、ハルユキの全身を凄まじい吸引力が捉えた。

 

 

「うわっ...す、吸い寄せられっ...」

 

 

慌てて両足を踏ん張るが、とても抗えない。

 

 

小島にずりずりと轍を刻みながら、10メートル先のサンド・ダクトに引き寄せられていく。

 

 

隣のアクア・カレントもまた、全身を覆う水流を半ば引き剥がされそうになりながら、少しずつ移動する。

 

 

「どぉ、サンディの《ターボ分子ポンプ》は?」

 

 

勝ち誇ったようなニッケル・ドールの声が、突風の向きに逆らって届く。

 

 

どうやらこの風は、ハルユキとカレンだけを正確に捕捉しているらしい。

 

 

「なる...ほど。両腕のタービンで気体分子を弾き飛ばし...真空領域を作っているのか」

 

 

引き寄せられつつも、カレンの冷静な分析。

 

 

ハルユキは思わず喚く。

 

 

「感心してる場合じゃないですよ!このままじゃ、吸い込まれっ...」

 

 

「恐れなくていい。この風そのものに攻撃力はない。引き寄せられた所で、接近戦になるだけ」

 

 

「へ......」

 

 

思わず視線を宙に彷徨わせ、次いでこくこくと頷く。

 

 

確かに、強烈な風に晒されてはいるが、2人の体力ゲージは微動だにしていない。

 

 

恐らくこの技は、中~遠距離型のアバターを引き寄せて接近戦に持ち込むためなのだ。

 

 

しかしハルユキは完全な近距離型だし、カレンもサンドを1対1で圧倒していた以上苦手ではあるまい。

 

 

近づけるのは、むしろ望む所と言っていい。

 

 

...よし、こうなったらいっそ、この風を利用して跳び蹴りの1つも。

 

 

内心でそう目論み、タイミングを計り始めたハルユキの眼が、不意にあるものを捉えた。

 

 

両手で真空を生み出し続けるサンド・ダクト――の隣に立つ、ニッケル・ドールが浮かべた小さな笑み。

 

 

それは、毒沼でハルユキを電流の罠に掛ける寸前に見せたものとまったく同じだった。

 

 

ドールは、いきなり身を屈めると、両手をダクトが作り出す真空領域に触れさせた。

 

 

同時に、技名コール。

 

 

「《アノード・カソード》!!」

 

 

ばちばちっ!という激しいスパークが小さな両手の間で生まれる。

 

 

だがあの技は基本的に射程距離ゼロで、何らかの伝導体がなければ離れた敵にダメージを与えられないはず。

 

 

いったい何を――。

 

 

直後、ハルユキは途轍もない光景を眼にした。

 

 

ダクトの両手から、ハルユキとカレンの位置にまで伸びる真空領域を、猛烈なスパークの渦が遡ってくる!

 

 

「う...あ...!?」

 

 

ハルユキに出来たのは、掠れた悲鳴を上げることだけだった。

 

 

突風に吸い寄せられ、動けないアバターを、眩い電光が包み込んだ。

 

 

またしても、目が眩むようなショック。

 

 

全身が硬直し、声すら出せない。

 

 

残り4割だった体力ゲージを、電流の嵐は容赦なく奪っていく。

 

 

比例して必殺技ゲージも再充填される、この風に逆らって離陸するにはとても足りない...。

 

 

「《グロー放電》」

 

 

不意に、アクア・カレントが呟いた。

 

 

「真空に近い低圧化では、電極間に絶縁破壊が発生し電流が気体中を流れる」

 

 

「うふふん、よくご存じね、用心棒さん」

 

 

両手を激しくスパークさせながら、ニッケル・ドールが艶然と微笑んだ。

 

 

「アタシとサンディのウルトラゴージャスな合わせ技、これが本邦初公開よぉーん。どお?紫オバサンの超高圧アーク放電ほどじゃなくても、あたし達のも結構効くでしょー?」

 

 

紫オバ...だ、誰?

 

 

と一瞬思ったが、荒れ狂うスパークがそんな思考をも吹き飛ばす。

 

 

この合体技の恐ろしい所は、突風の移動阻害力、電流のダメージ力もさることながら、その性能に対して必殺技ゲージの消費率が圧倒的低いということだ。

 

 

もしこれが1人の技なら、フルゲージを消費しても持続時間はせいぜい5秒だろう。

 

 

だが、サンドとドールの必殺技ゲージは、ハルユキの残り少ないHPを焼き尽くしてお釣りがくるほど残っている。

 

 

ここでついに――ハルユキの背中を、ひやりとするものが撫でた。

 

 

―負ける、のか?負けて、ポイントを奪われる?

 

 

だがハルユキは、以前なら全てを諦めて座り込んでしまいたくなったであろうその恐怖に、歯を食い縛って抗った。

 

 

「どうするの?ほっとくと依頼主さんが先に消えちゃうわよ。と言ってもあんたの体じゃどうしようもないだろうけど」

 

 

ドールはカレンに向かって挑発する。

 

 

「使えない雇い主を選んだ自分を悔やむのね。どう考えても逆転は無理なHPよ、もういい加減諦めたら?」

 

 

ドールの言葉にハルユキは、自分の中が熱くなるのを感じた。

 

 

「ふざ...けるな!」

 

 

ハルユキはスパークに抗いながらも叫ぶ。

 

 

「カレンさんが...使えないなんて事はない!カレンさんは!ちゃんと僕の事を考えて今回の対戦を挑んだんだ!」

 

 

『!?』

 

 

ハルユキの言葉にドール達は驚く。

 

 

「だから!負けるわけには行かないんだ!親友と...親である先輩と一緒に戦うためにも!」

 

 

ハルユキは自分の思いを叫ぶ。

 

 

「そして!一緒に戦ってくれるカレンさんの為にも!今の俺...いや!今の俺達は!負ける気がしない!」

 

 

何とかしようと、ハルユキが抗おうとしたその時。

 

 

「よく言った...なの」

 

 

穏やかな声が、そっとハルユキの聴覚に触れた。

 

 

左肩に手が置かれる。

 

 

その掌から、透明な水流がハルユキの全身にも流れ込み、装甲をくまなく覆っていく。

 

 

さら、さらさら。

 

 

穏やかで、どこか懐かしいようなせせらぎの音が世界を包む―...。

 

 

ふっ、とあらゆる苦痛が消えた。

 

 

敵タッグの合体攻撃が終了したのか、と最初は思った。

 

 

しかしそうではない。

 

 

グロー放電のスパークは相変わらず真空の渦を満たし、荒れ狂っている。

 

 

なのにその電流は、ハルユキの体に一切届かない。

 

 

ごく薄い水の膜に完全に遮断され、空しく表面を這い回るのみだ。

 

 

だが――、だがこんなことは、

 

 

「有り得ん!」

 

 

叫んだのは、両手から真空流を生み出し続けているサンド・ダクトだった。

 

 

「水は伝導体のはずだ!なぜ...なぜ電流を弾ける!?」

 

 

それに対し、アクア・カレントが静かに答えた。

 

 

「わたしの水は、いかなる不純物をも含まない《理論純水》」

 

 

「え......あっ...!?」

 

 

それだけで何かを察したかのように、ニッケル・ドールが喘いだ。

 

 

カレンは頷き、続ける。

 

 

「不純物ゼロの水は、ほぼ完全な絶縁体となるわたしに電撃は効かない」

 

 

ハルユキは、弾かれたように視界左上の体力ゲージを確認した。

 

 

シルバー・クロウのそれは2割を下回って真っ赤なのに、カレンのゲージは緑色のまま9割を残す。

 

 

ドールとダクトの恐るべき合わせ技さえも、この強さ。

 

 

新米では有り得ない。

 

 

恐らく、ハルユキの想像もつかないほどの長い長い年月を、この加速世界で戦い抜いてきたはずだ。

 

 

莫大な戦闘経験と、己が属性である《水》への揺ぎ無い確信が、レベル差を容易く吹き飛ばすほどの力を生み出しているのだ。

 

 

やがて、ドールとダクト双方の必殺技ゲージがほぼ同時に尽きた。

 

 

ハルユキの全身から水の防御膜を回収したアクア・カレントは、ばしゃりと水音を立てながら一歩踏み出すと、言った。

 

 

「――見るべきものは見せて貰った。いい技だった、ドール、ダクト」

 

 

「......むっ、きいいいい!」

 

 

途端、ニッケル・ドールが金切り声で喚いた。

 

 

だん!だん!と片足を踏み鳴らし、両手の人差し指をハルユキとカレンにまっすぐ突きつける。

 

 

「こーなったらぁ、小細工なしのガチンコバトルなのよ!追い込まれてからのあたし達のドッ根性、見せたげよーじゃないのぉ!」

 

 

「応ッッ!!」

 

 

大小2つのアバターは、同時に両拳をがちこーんと撃ち合わせ、一直線に突っ込んできた。

 

 

それに対し、アクア・カレントは全身の水流装甲をいっそう激しく循環させながら、力強く答えた。

 

 

「望むところだ。行くぞ、クロウ」

 

 

「は、はいッ!」

 

 

頷き、ハルユキもまたカレンを追って地面を蹴った。

 

 

ここが最後のクライマックスと見てか、周囲のギャラリー達がわぁと沸き立つ。

 

 

歓声の中、4つのアバターが激突し、眩い光と音を撒き散らし――。

 

 

全てが、《対戦》の熱気と興奮が作り出す白熱の渦に溶けていく。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

《乱入》すること2回、されること2回。

 

 

合計の4回のタッグ対戦全てに勝利したハルユキのバーストポイントは、充分に安全圏と言える70台にまで回復した。

 

 

「...これで、依頼完了なの」

 

 

現実世界に復帰したハルユキの意識に、思考音声がぽつりと響いた。

 

 

テーブルの向かい側に座る赤い眼鏡の女の子の指が、白い半透明外装のニューロリンカーに伸びる。

 

 

ハルユキもそれに倣い、同時にグローバルネットを遮断。

 

 

仮想デスクトップ右側から、地球の形のアイコンが消える。

 

 

これで、2人の名前はこの千代田エリアのマッチングリストから消滅したわけだ。

 

 

「......ふぅ......」

 

 

「はあ、やっと終わったのね」

 

 

ハルユキと兎美は、一緒に息を吐いた。

 

 

『これでハルは、全損の危機は免れたって事ね』

 

 

『ええ』

 

 

『なんとかな』

 

 

時刻表示は、最初の対戦を始めた時点からわずか30秒しか経過していない。

 

 

しかしこの30秒は、ハルユキがバーストリンカーとして戦ってきたこの2週間でも何度と無いほど濃密な時間だった。

 

 

全身に、さんざん殴り殴られた衝撃の余韻がまだ反響しているのかのようだ。

 

 

そのまま5秒以上も虚脱してしまってから、ハルユキはハッと顔を上げ、自分を救ってくれた《用心棒》アクア・カレントの本体たる少女を見た。

 

 

眼鏡の奥の瞳は相変わらず謎めいた光を湛え、唇には明確な表情を見出せない。

 

 

彼女に訊きたい事は、対戦の開始前よりむしろ増えてしまった気がする。

 

 

しかし、今は何よりも先にしなくてはいけない事がある。

 

 

ハルユキは、珍しく相手の瞳を正面から1秒以上見つめたまま、ありったけの思念を直結ケーブル越しに伝えた。

 

 

『...ありがとう、ございました。本当に...ありがとう...ございました』

 

 

思わず滲みそうになった涙を、何度も瞬きして堪える。

 

 

カレンは、そんなハルユキを見て、ごくごく仄かな笑みを浮かべながら囁いた。

 

 

『私も楽しかったの。それに、あなたが頑張ってくれたお陰で、色々なバーストリンカーの奥の手も見れたし』

 

 

『は、はぁ...』

 

 

確かに、初戦のニッケル・ドール&サンド・ダクト戦では、アクア・カレントは彼らの言わば《超必殺技》まで出させた上でそれを破り、その後真正面からの接近戦に持ち込んで両者を流水の刃によって仕留めた。

 

 

続く3対戦も展開は似たようなもので、必ず1度はピンチな場面があった気がする。

 

 

もちろん、用心棒として、いざという時はハルユキを守り通せるという自信あっての戦略ではあったのだろうが。

 

 

スリル溢れる戦いを回想したハルユキは、思わず呟いていた。

 

 

『...僕はどっちかって言うと、奥の手を出される前に決めるのが好きなんですが...』

 

 

『そんなのつまらないの』

 

 

そう言って、少し年上の少女はいっそうミステリアスに微笑む。

 

 

『確かに、奥の手が出てピンチに陥るならすぐに倒すけど...、余裕があるなら少し遊んでもいいわよね』

 

 

『兎美まで...』

 

 

先程の台詞や、事前にシルバー・クロウの能力を熟知していた事、そして何より依頼の報酬として《リアル情報》を要求する事を考え合わせると、彼女が全バーストリンカーの情報を広範に収集しているには明らかだ。

 

 

しかしその目的は、今なおまるで想像もできない。

 

 

ニアデス状態を脱した安堵感と、アクア・カレントの数々の謎への興味が胸中でミックスされ、ハルユキはもう一度はあっと息をついた。

 

 

何か話さないと核心的疑問を次々ぶつけてしまいそうなので、当たり障りのなさそうな問いを投げかけてみる。

 

 

『あの、そういえば僕、友達からこの千代田エリアはいつも過疎ってるって聞いた事あるんですけど...。すごく広い上に、真ん中にでっかい進入不可地帯があって戦いにくいから、って...』

 

 

『基本的にはその通りなの』

 

 

カレンは、内巻きにカールしたショートヘアを揺らして頷くと、まだ湯気を上げたままのダージリンティーを一口含んだ。

 

 

『でも、お茶ノ水から神保町にかけては学校が沢山あるし、必然的にここがホームのバーストリンカーも多い。ホームで戦いたい気持ちは皆同じだから、土曜の午後だけはこの付近に集まって《対戦》する習わしになってるの』

 

 

『『へぇぇ』』

 

 

ハルユキと兎美は、カレンが教えてくれた情報に、思わず同時に感心してしまう。

 

 

『てことは、カレンさんのホームもこの辺なんです...?』

 

 

ハルユキがつい発してしまった質問に、答えたのはカレンではなく、兎美の方だった。

 

 

『何よハル、妻を目の前にしてナンパでもするつもり?』

 

 

『な!べ!別に俺はそんなつもりじゃ!それに俺達まだそんな関係じゃないだろ!』

 

 

『あら?それは失礼』

 

 

ふふふと笑いながら、兎美は自分が注文した紅茶を飲む。

 

 

『私が今日ここを選んだのは、万が一の時にはあなたに進入禁止ゾーンの向こうまで逃げてもらえるから』

 

 

慌てふためくハルユキを他所に、カレンは淡々と答える。

 

 

『は、は――っ...ナルホド...』

 

 

大いに感心し、再び長く息を吐く。

 

 

カレンのような熟練のバーストリンカーにとっては、エリアの選定から既に戦いが始まっているという事だ。

 

 

――ピンチを脱したからって、喜んでばっかりじゃダメなんだ。

 

 

そこからもたくさん学ばないといけない。

 

 

僕のバーストリンカー道は、まだまだ始まったばかりなんだ...まずは、相棒――タクムの待つレベル4まで、1日でも早く辿り着かなきゃ...。

 

 

そう考えた時、ハルユキはようやく、自分がハンバーガー屋にそのタクムを待たせている事を思い出した。

 

 

交差点の向こうで別れてからは、もう20分以上も経っている。

 

 

ハルユキが無事ポイントを回復できたか、それとも全損してしまったのかとさぞヤキモキしているに違いない。

 

 

カレンについて本当に知りたい事は何一つ訊けていないが、でも今はまずタクムに報告しなければ。

 

 

カレントは、きっとまた会えるはずだ。

 

 

次は、依頼人と用心棒ではなく、単純にバーストリンカー同士として。

 

 

そう考え、ハルユキは大きく息を吸うと、再び頭を下げた。

 

 

『あの、僕、近くに友達を待たせてるんです』

 

 

『そうね...心配してるだろうし、そろそろ行かないと』

 

 

『カレンさん、今日は本当にありがとうございました』

 

 

『どういてしまして、なの』

 

 

そう言って、アクア・カレントは、トイレ前で正面衝突して以来最大の笑みをにっこりと浮かべた。

 

 

つられて笑おうとしたハルユキの耳に――続く、声。

 

 

『でも、あともう1つだけ、あなたから貰うものがあるの』

 

 

『え...は、はい、何でしょう...?』

 

 

浮かせかけた腰を戻し、ハルユキはきょとんと瞬きした。

 

 

アクア・カレントは、赤い眼鏡の奥で、両眼を細めて囁いた。

 

 

『後払い分の報酬』

 

 

『後払い?』

 

 

兎美の言葉の後、カレンの唇が微かに動き、無音の加速コマンドを唱える。

 

 

バシイイイイイッ!という衝撃音がハルユキの意識を叩く。

 

 

暗転した視界に赤々と燃え上がる、見慣れたフォントの羅列。

 

 

 

 

【HERE COMES A NEW CHALLENGER!】

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

今日5度目の対戦フィールドは、青白い光がしんしんと降り注ぐ《月光》ステージだった。

 

 

骨を思わせる色に染まった宮殿状のビルの屋上で、ハルユキはただ立ち尽くした。

 

 

周囲にギャラリーの姿はない。

 

 

なぜならここは、対戦者以外の何ぴとたりとも立ち入る事の許されない、閉ざされた《直結対戦フィールド》だからだ。

 

 

少し離れた場所には、月光を受けて淡い金色に染まる水の化身がひっそりと直立している。

 

 

両手両足から零れ落ち、まるで翼のような弧を描いて頭部に戻る4本の水流だけが、さらさらとかすかな音を立てる。

 

 

1800から開始されたタイムカウントの数字が1770になった所で、ハルユキはようやく口を開き、おずおずと言葉を発した。

 

 

「あ...あの...?後払いの報酬ってなんですか...?どうして、わざわざ対戦を...?」

 

 

流れ落ちる水の奥で、青く光る眼がゆっくりと一度瞬いた。

 

 

「報酬として、いまあなたが持つポイントの全てを奪うため...とは考えないの?」

 

 

その声は、これまでの4戦では常に掛かっていた強いフィルダがほぼ失せ、現実世界のカレンの肉声によく似ていた。

 

 

そんなことを意識しながら、ハルユキはゆっくり首を傾げた。

 

 

「僕の...ポイント?でもそれは、あなたが回復させてくれたんですよ...?」

 

 

「回復させると同時に情報を収集し、戦力を分析し尽くした所で根こそぎ奪う。そうすれば、ソロで戦うよりも倍以上効率的にポイントを稼げるの」

 

 

とぷん。

 

 

軽やかな水音を立て、アバターが一歩近づく。

 

 

しかしハルユキは棒立ちになったまま、次の問いを口にすることしかできなかった。

 

 

「...根こそぎって言っても...1回の対戦じゃ、70ポイントは奪えないでしょう...?」

 

 

「直結対戦の怖さは、ケーブルをすぐには抜けない事なの。対戦が終わって現実に復帰して、生身の腕を動かしてニューロリンカーからケーブルを抜くよりもずっと早く、相手がもう一度加速してしまうの」

 

 

とぷん。更に一歩。

 

 

「で、でも...あなたが護衛を失敗して、全損したバーストリンカーはいままで1人も居ないって...」

 

 

「正確には、《ギャラリーのいる通常対戦中に全損した人はいない》なの。その後、直結対戦で人知れず消えていったバーストリンカーがいないって、どうして言い切れるの?」

 

 

戦慄すべき台詞を口にしたアクア・カレントは、全身を巡る水流をわずかに早めながら、ハルユキに囁きかけた。

 

 

「さあ、構えて。私にあなたを全部見せて」

 

 

直後、細身のアバターから凄まじいプレッシャーが押し寄せ、ハルユキの呼吸を止めた。

 

 

これほどの圧力を、ハルユキはたった一度しか感じた事はなかった。

 

 

師にして親たる黒雪姫のアバター《ブラック・ロータス》を初めて眼にした、その一度しか。

 

 

気圧されるままに持ち上げ、前後に構えようとした両の手を――。

 

 

しかし、ハルユキはすぐにだらりと下ろした。

 

 

「...諦めた、の?」

 

 

プレッシャーを消さぬまま、そう問うてくるアクア・カレントに、ハルユキは小さくかぶりを振って答えた。

 

 

「ええと...、ちょっと、違います」

 

 

この状況でも、意識はなぜか静かだった。

 

 

諦めたのではないし、アクア・カレントの言葉を全面的に偽りだと決め付けたわけでもない。

 

 

ただ、自分の中の、ささやかだけれど大切なものの為にハルユキは手を下ろしたのだ。

 

 

「あの...僕、カレンさんと最初にタッグで戦った時から...いえ、その前に、トイレの前でぶつかった時から、あなたのこと、何て言うか...信じちゃったんです。この人は良い人だし、この人ならきっと僕を救ってくれるって」

 

 

水流の向こうで、青い眼が再び瞬かれる。

 

 

その光を正面から見詰め、ハルユキは話し続ける。

 

 

「だから...たとえそれを裏切られても、僕は、あなたと憎しみで戦いたくないんです。」

 

 

カレンは、少しずつハルユキに近づく。

 

 

「――僕、ちょっと前に、いま下で待っててくれる友達と本気で戦いました。お互いに長年抱えてきた気持ちを...怒りや憎しみも全部ぶつけて戦った。でも、その戦いの最後に僕はあいつを信じ、あいつは僕を信じた。」

 

 

カレンは、ハルユキの前に立つと腕を剣に変え、ハルユキの喉元に突きつける。

 

 

「その時...僕は決めたんです。一度信じたら、ずっと信じるって。だってそれは...自分自身を信じるって事だから」

 

 

「だから戦わないの?」

 

 

「信じた人を、裏切りたくないですから...」

 

 

ハルユキの言葉を聞き、カレンは黙っていたが、しばらくすると喉元に突きつけていた剣を元に戻し、腕を下ろす。

 

 

「ごめんなさい。さっきのは嘘。あなたがあんまり無防備に直結するから、ちょっと脅かしたくなったの。でもあんまり効果は無かった」

 

 

「いえ、ありましたよ...。超びびった!!」

 

 

ハルユキは冷汗を浮かばせ、頭に手を置く。

 

 

「フフッ」

 

 

呟いたハルユキを見て、カレンは水流の向こうで優しく微笑んだ。

 

 

水音を立てながら歩み寄ると、ハルユキの隣で体の向きを変え、夜空に浮かぶ巨大な満月を見上げる。

 

 

「その友達、大切にして欲しいの」

 

 

「...ええ、そのつもりです」

 

 

「それと奥さんも...」

 

 

カレンが発した言葉に、ハルユキは顔を赤くする。

 

 

「奥さんって!確かに告白はされましたが!僕たちはまだそんな関係じゃ!」

 

 

いきなり言われたせいか、余計な情報まで喋ってしまい、ハルユキは慌てふためく。

 

 

「そう...なら私にもまだ...」ぼそっ

 

 

最後に零した言葉は、ハルユキには聞こえていなかった。

 

 

「......ずっとずっと昔は...私にも、沢山の仲間...友達がいたの。それと、誰よりも信じ、愛する《(マスター)》も」

 

 

密やかな声が、優しい水音に乗ってさらさらと流れる。

 

 

その音はハルユキに、長い長い時間の流れを感じさせる。

 

 

「でも、あることがあって、仲間はばらばらになってしまったの」

 

 

「そうだったんですか」

 

 

「主は加速世界から姿を消し、友達もひとり、またひとりと遠くへ行ってしまった...。だけど、私は信じてるの。もう一度、みんなが集まって...また、こんな綺麗な夜空を見上げながら、一緒に歩ける時が来るって...」

 

 

不意に――。

 

 

ハルユキは、幻を見た気がした。

 

 

美しい星空の下を行進する沢山のアバターたち。

 

 

賑やかに語り、笑い合いながら、いずこかを目指してどこまでも歩いていく。

 

 

「ええ...。きっと...そんな時が来ますよ」

 

 

呟いたハルユキの肩に、カレンの右手がそっと置かれた。

 

 

左横から正面に移動し、左手も肩に掛ける。

 

 

至近距離から視線を合わせてくる水のアバターの素顔を、ハルユキは一瞬見た気がした。

 

 

アクア・カレントは、じっとハルユキの眼を覗き込みながら、微笑み混じりに言った。

 

 

「さっき言ったのは殆ど嘘だけど、1つだけ本当があるの」

 

 

「え...な、何ですか?」

 

 

きょとんと見返すハルユキにいっそう顔を近づけ、カレンは囁いた。

 

 

「それは、あなたの中のわたし。私の記憶」

 

 

「え...き、きお...く?」

 

 

「そう。あなたが私と出会うのは、まだ少しだけ早すぎるの。あなたはこれから、あなたの《主》を支え、手を取りながら、長い長い道のりを一歩ずつ歩いていかなくちゃいけない。そこにはまだ、私たち《エレメンツ》が介入するべきではない」

 

 

アクア・カレントの言葉の意味を、ハルユキはほとんど理解できなかった。

 

 

呆然と見開く視界の殆どが、透明な水の流れと青い眼の輝きに満たされる。

 

 

「いつか彼女がもういちど信念の剣を抜き、自分の足で歩き始めたその先で――私たちは、きっと再び出会える。だから今は、あなたの中の私を消していく」

 

 

「......で、でも...記憶を消すなんてこと...どうやって...?」

 

 

アクア・カレントが口にしているのは、途轍もないことだ。

 

 

頭のどこかではそう理解しているのに、さらさらというせせらぎと揺れる光が意識を覆い、思考を洗い流していく。

 

 

「私には...私にだけは、それが出来るの。《人は水を満たす回路であり、あらゆる知識や記憶は流れ去っていく水そのもの》...それが、私のシンイだから」

 

 

「しん...い......」

 

 

ぼんやりと呟いたハルユキの額に、カレンは自分の額をそっと押し当てた。

 

 

世界全てが、水の流れに包まれた。

 

 

どこか遠くで、声が聞こえた。

 

 

「さあ...今は、いったんお別れなの。また出会いましょう、シルバー・クロウ。あなたの翼が導く道の果てで、また、いつか...」

 

 

さらさら。

 

 

さらさら。

 

 

水はいつしかハルユキの中を流れている。

 

 

意識を、思考を、記憶を満たし、過ぎ去っていく...。

 

 

「――《記憶滴下(メモリー・リーク)》」

 

 

ずっとずっと遠くで、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

白く輝くせせらぎが全てを洗い流し――何もかもが遠ざかって...。

 

 

最後に、誰かの声が、優しく響いた。

 

 

 

 

 

50秒数えて、眼を開けるの。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

後払いの話をした後、兎美が質問したがその言葉の後に、少女の口が動いていく事に気付いた。

 

 

「!」

 

 

兎美が今の現状に気付くが、その時には既に手遅れだった。

 

 

しばらくすると、ハルユキより先に少女が目を覚ます。

 

 

「あなた...いったい何のつもり?」

 

 

兎美は少女を警戒をする。

 

 

「大丈夫なの...。彼から私に関する記憶を消しただけ...」

 

 

「記憶?」

 

 

彼女の言葉を、兎美は理解出来なかった。

 

 

「彼にも言ったけど、彼と私が会うにはまだ早すぎるの」

 

 

「それで記憶を消したって事?」

 

 

「そう。しばらくしたら目を覚ますけど、私の事は忘れている。だからあなたも私の事は内緒にしてほしいの」

 

 

そう言って、彼女は頭を下げる。

 

 

「事情は分からないけど分かったわ。その代わり、再会した時に事情を聞かせてもらうわよ」

 

 

兎美は彼女の誠意を見て、頼みを了承した。

 

 

「ありがとう。お詫びにここの料金は私が払っておくの。彼にはあなたが払った事にしておいてほしいの」

 

 

「分かったわ」

 

 

そう言って彼女は会計を済ませ、お店を出て行った。

 

 

「ああ...あれ?」

 

 

彼女を見送っていると、ハルユキが目を覚ました。

 

 

「大丈夫?ハル」

 

 

ぼーっとしながらも、ハルユキは兎美を視界に捉える。

 

 

「兎美?あれ?俺、何して」

 

 

彼女の言う通り、ハルユキは記憶を失くしていた。

 

 

「しっかりしなさいよ、ポイントを回復する為に用心棒を雇って、対戦をしに来たんでしょ」

 

 

私の言葉を聞き、ハルユキは意識をはっきりさせる。

 

 

「そうだ...俺、対戦に勝って...70台まで戻ったんだ」

 

 

「だったら、もうここには用がないわね。あいつを連れて早く帰るわよ」

 

 

私はハルに帰るよう促す。

 

 

「え?あ...ああ、そうだな」

 

 

私達はお店を出て、あいつを回収して帰路に着く。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

カレンは近くでハルユキ達が出てくるのを確認し、その場を離れる。

 

 

歩きながら、カレンはクロウとドールが戦っていた時の事を思い出す。

 

 

(あの時...彼が攻撃した時に見えたのは)

 

 

思い出しているのは、クロウがドールに技を仕掛けた際に見えた龍の幻影の事だ。

 

 

その龍は自分をレベル1にした元凶であり、ある場所に閉じ込めている元凶でもあるからだ。

 

 

深く考えていたカレンだったが、すぐに見間違いと思い気にする事を止めた。

 

 

カレンはもう一度、ハルユキの方を見る。

 

 

「次に会える時が楽しみなの」

 

 

カレンは自分の顔が熱くなるのを感じた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

翌日。

 

 

ハルユキはぼけっとしながらも、通学路を歩いていた。

 

 

正門を通り抜けた所で、ハルユキは後ろから声を掛けられた。

 

 

「あっおはよう」

 

 

「あっお...おはよう」

 

 

「何いつまで気にしてんの」

 

 

「えっ?」

 

 

「もう終わった事でしょう。それとも、またアイス奢りたいの?」

 

 

「チユ」

 

 

「そうだよハル」

 

 

「あっ」

 

 

チユと話していると、ここに居ないはずの人物の声が聞こえた。

 

 

『あっ』

 

 

2人して声の方を向くと、そこには梅里中の制服を着て、眼鏡を掛けたタクムがいた。

 

 

「おはよう」

 

 

そう言って、タクムはそのまま校舎に歩いていった。

 

 

「今の制服って...」

 

 

「うちの学校の...」

 

 

ハルユキとチユリは、しばらく呆けていたが。

 

 

『ええーっ!』

 

 

状況を理解すると2人して、驚きの声を上げた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「失礼しました」

 

 

タクムは職員室で最後の手続きをすませると、職員室から退室する。

 

 

「今時眼鏡とはな」

 

 

声の方を向くと、そこには黒雪姫が立っていた。

 

 

「ニューロリンカーの視力補正があれば、必要ないだろう」

 

 

「これからは、自分の目で見ていこうと思ったんです。本物のちーちゃんやハルを、そして自分を」

 

 

「フッ、似合っているぞ。それにしても、大会に出なかった理由が転校しようとしていたからとは、最初に聞いた時は驚いたぞ」

 

 

黒雪姫には、呼び出された時の対戦で転校の話はしていた。

 

 

「言ったじゃないですか、近くで支えたいって」

 

 

「なるほどな」

 

 

黒雪姫はそう呟くと、そのまま歩いていった。

 

 

「宜しく、マイマスター」

 

 

「おーい!タクー!」

 

 

その場を去る黒雪姫の背中を見詰めていると、後ろからタクムを呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「あっ」

 

 

後ろを振り返ると、笑いながら自分の幼馴染である2人が駆け寄ってきていた。




はい!如何だったでしょうか!

なんと!お気に入りが60件突破しました!

一気に増えて、私も嬉しいです。

今回は番外編なので、ビルドの要素を余り入れられなかったのですが、第2章からはやっとビルドの話に関するネタを入れられます。

最初の方にあるキャラを、早く出そうかなと思っています。

さて誰でしょう。

まあ、やっとオリジナルフォームも大体決まってきたので、後はちょくちょく変えていくだけかな。

必殺技もドラグニック・フィニッシュにして、名前は要らないかなと思っています。

今作ではクローズチャージの変わりに、災禍の鎧のオリジナルフォームを入れようと考えています。

それでは次回!第10話、もしくは激獣拳を極めし者第16話でお会いしましょう!

またな!


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第2章 紅の暴風姫
第1話


これまでのアクセル・ビルドは!

兎美「バーストリンカーである有田春雪は!有田兎美の記憶を取り戻す為に、悪の組織『ファウスト』に迫っていた!」

美空「だがその途中!黒雪姫にバーストリンカーとして選ばれ!謎のバーストリンカーを追うことになってしまったのでありました!」

幻「春雪は、追っていく途中。黒雪姫と一緒に自分を襲うスマッシュに狙われてしまうのです」

ニコ「絶体絶命の春雪達だったが!春雪が決意をして!仮面ライダーに変身!」

千百合「なんとかスマッシュを倒した春雪だったが、その後、自分が追っていたバーストリンカーが自分の幼馴染の1人だと気付いた!」

黒雪姫「春雪は幼馴染と加速世界で自分達の思いを伝え合い!幼馴染の目を覚ます事に成功するのでありました!」

兎美「長い!後しれっと幻やニコまで登場してんじゃないわよ!」

ニコ「いいじゃねぇかよ別に。私ここから出てくんだから」

幻「私も出番欲しいもの」

黒雪姫「それに第1章が終わったんだ。今までの振り返りも必要だろ」

兎美「まさか1章終わるごとに、こんな長いあらすじやるわけじゃないわよね!」

黒雪姫「そうなるだろうな。さてどうなる第1話!」

兎美「なによその強引なカットイン!私の話を聞きなさいよー!!」



ある路地裏。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 

「うううううっ!」

 

 

1人の女子高生が、スマッシュに追われていた。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、きゃあ!」

 

 

彼女は段差に躓いてしまう。

 

 

「うううっうおおおおお!!」

 

 

「くっ...」

 

 

スマッシュが襲い掛かり、彼女は覚悟を決めて目を閉じる。

 

 

「はあ!」

 

 

その時、誰かが彼女の上を飛び越え、スマッシュに一撃を入れる。

 

 

「え?」

 

 

彼女が目を開けると、そこには杉並を守る戦士、仮面ライダーの姿があった。

 

 

「仮面...ライダー...」

 

 

彼女がそう呟くと、クローズは声を掛ける。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

「は、はい」

 

 

突然の出来事に呆けていた彼女だったが、話しかけられ我に返る。

 

 

「もう大丈夫です!危ないんで早く逃げてください!」

 

 

クローズが逃げるように促すが、彼女は立てないでいた。

 

 

「もしかして腰が抜けて...」

 

 

彼女の状況に、クローズは直ぐに気付いた。

 

 

「うううぅぅぅぅぅ!」

 

 

「ひっ!」

 

 

スマッシュが立ち上がった事に、彼女は恐怖する。

 

 

「大丈夫です!僕が必ず守ります!」

 

 

クローズは彼女にそう声を掛けると、スマッシュに攻撃を仕掛ける。

 

 

「はあ!」

 

 

スマッシュに、右パンチを繰り出す。

 

 

「フン!」

 

 

「ふっ!はあっ!」

 

 

クローズは攻撃を受け止め、回し蹴りを繰り出す。

 

 

「うおおおお!」

 

 

クローズは、ドライバーのレバーを回す。

 

 

「今の俺は!負ける気がしない!」

 

 

『Ready Go!』

 

 

クローズの後ろに、青いドラゴンが現れる。

 

 

『ドラゴニックフィニッシュ!』

 

 

ドラゴンの炎を纏って大きく飛び上がり、キックを打ち込む。

 

 

「はあああああ!!」

 

 

「ぐあああああ!!」

 

 

必殺技が決まり、スマッシュは大きく吹き飛ばされる。

 

 

「ふっ!」

 

 

クローズはエンプティボトルをスマッシュに向け、成分を抜き取る。

 

 

「凄い...」

 

 

戦いを終えたクローズは、彼女に近づく。

 

 

「大丈夫ですか?立てますか?」

 

 

「は、はい」

 

 

彼女は立ち上がろうとするが、まだ腰が抜けているようだった。

 

 

「あ、無理しないでください。でもどうしよう...」

 

 

クローズは、彼女をどうするか迷っていた。

 

 

「あ!そうだ!すみませんが、少し我慢しててください」

 

 

「え?」

 

 

クローズは彼女に近づくと、お姫様抱っこをする。

 

 

「え!ええ!」

 

 

「しっかり掴まってて下さい」

 

 

そう言うと、クローズは翼を広げて裏路地から大通りに移動する。

 

 

「おい!あれ仮面ライダーじゃないか!?」

 

 

「本当だ!すげー!本物だ!」

 

 

突然現れたクローズに、通行人は興奮する。

 

 

「ここまでくれば、もう大丈夫です」

 

 

「あ...、あの...」

 

 

「それでは!」

 

 

クローズは、彼女をその場に残してその場を飛び去る。

 

 

「さっきの台詞は...あの子と同じ...」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

梅里中学。

 

 

授業が終わり、俺はチユと一緒に帰りの準備をしているタクムを迎えに来た。

 

 

「タッ君、一緒に帰ろう!」

 

 

「うん」

 

 

帰りの準備を整え、俺達は帰路に着く。

 

 

「どう?タッ君。もうこの学校には慣れた?」

 

 

「まぁ、ぼちぼちかな」

 

 

「なんだよそれ」

 

 

他愛のない話をしていると、前方から幻先輩が歩いてきているのに気付いた。

 

 

「あら?今帰り?ハルユキ君」

 

 

「え?は、はい」

 

 

先輩から話しかけて来るとは思いもしなかったので、ハルユキは驚く。

 

 

「何か用ですか?」

 

 

以前のように、チユリはハルユキの前に立つ。

 

 

「あら、只話しかけるだけで用が必要なのかしら?」

 

 

「あなたの様な人が、わざわざ1生徒であるハルに話しかけるなんて、可笑しくないですか?」

 

 

すると今度は、チユリに続いてタクムまでも前に立つ。

 

 

「おい!チユ!タク!」

 

 

ハルユキは2人の行動に驚く。

 

 

「あら?何が可笑しいのかしら」

 

 

幻先輩はくすくす笑いながら答える。

 

 

「あなた、ハルを使って何を企んでるんですか?」

 

 

「企んでる?」

 

 

「違うんですか?」

 

 

2人が幻先輩に詰め寄る。

 

 

「あの!俺達これで失礼しますので!さようなら!」

 

 

「え?ちょ!?」

 

 

「ハル!?」

 

 

ハルユキは2人の手を掴み、その場を急いで離れる。

 

 

「あらあら...」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「もう!何考えてんのよハル」

 

 

「本当だよ...」

 

 

2人はハルユキが邪魔した事に対し、文句を言っている。

 

 

「でも...俺、あの先輩が悪い人には見えないんだよな」

 

 

ハルユキの呟いた言葉に、2人はため息をつく。

 

 

「まったく...君は相変わらずだね」

 

 

「それが、ハルらしいんだけどね」

 

 

「いやー、それほどでも」

 

 

ハルユキは頭を掻きながら、照れる。

 

 

『褒めてない』

 

 

すると、2人して否定する。

 

 

「でも...もし彼女がナイトローグだったらどうするのさ」

 

 

「それでも、俺は...」

 

 

言い掛けたハルユキだったが、ナイトローグの言葉に引っ掛かりを覚える。

 

 

「ハル?」

 

 

「どうかしたのかい?」

 

 

黙ったハルユキを、2人は疑問に思う。

 

 

「いや、ナイトローグの言葉に引っ掛かって...」

 

 

「引っ掛かる?」

 

 

「ハルの事だから、何か忘れてるんじゃないの?」

 

 

忘れてる?何を?

 

 

考え込むハルユキだったが、不意に初変身時にナイトローグが言っていた言葉を思い出した。

 

 

「あー!」

 

 

「ちょ、何よいきなり!」

 

 

いきなり叫んだハルユキに、チユリは驚く。

 

 

「何か思い出したのかい?」

 

 

質問するタクムだったが、ハルユキはそれ所ではなかった。

 

 

「やばい、すっかり忘れてた...」

 

 

「やっぱり...」

 

 

「いったい何を...」

 

☆★☆★☆★

 

 

「まったく...3人してそんな大事な事忘れるなんて」

 

 

「いやー、シアンパイルの事ですっかり忘れてたんだよね」

 

 

ハルユキ達はマンションのエレベーターに乗り、ハルユキ宅を目指していた。

 

 

「それって、バックドアの事を教えてくれた時でしょ。あれからどれぐらい経ったと思ってんのよ」

 

 

「返す言葉もありません」

 

 

チユリの言葉に、ハルユキは言い返せなかった。

 

 

「でも、調べるってどうやって?」

 

 

「その話は後だな。まあ俺達が調べる訳じゃないんだけど」

 

 

「それって、どう言う事?」

 

 

「見れば分かるよ。本当はやりたくないんだけど...」

 

 

そう言って、ハルユキは憂鬱になりながらも自分の家のドアを開ける。

 

 

「ただいまー」

 

 

『お邪魔します』

 

 

ハルユキは2人を連れ、居るであろう兎美達の元に向かおうとしたその時。

 

 

「おかえりなさい、お兄ちゃん!」

 

 

「ただいま」

 

 

1歩、2歩進み、3歩目でキキッと急ブレーキが掛かった。

 

 

「は?」

 

 

今の、何?

 

 

ハルユキの認識では、兎美達の声は今聞こえた声とは違かったはずだ。

 

 

ふと声がする方向を見るとそこには。

 

 

赤い髪をツインテールで纏め、制服の上にエプロンを着けた小学生くらいの女の子がいた。

 

 

「えへっ、今クッキー焼けるから、ちょっと待っててね!お兄ちゃん」

 

 

女の子はそう言うと、キッチンの方へ向かう。

 

 

『誰?』

 

 

思わず3人の台詞が重なってしまう。

 

 

「ハル、あの子が誰だか知らないのかい?」

 

 

「全然知らない...」

 

 

「いやいやハル!ここあんたの家でしょ!なんであんたが知らないのよ!」

 

 

「そ、そう言われても...」

 

 

突然の事にハルユキは驚く。

 

 

「まったく、お義母さんの言う通り全然見てないのね」

 

 

「え?」

 

 

すると今度は、さっきの女の子と入れ違いで兎美が現れる。

 

 

「ハル、お義母さんからの伝言メッセージ読んでないでしょ」

 

 

兎美の言葉を聞き、ハルユキは急いでホームサーバーを確認すると、確かに母親から伝言メッセージが届いていた。

 

 

ハルユキは現状を理解する為、メッセージを再生する。

 

 

【ハルユキ、悪いんだけど、親戚の子供を2、3日預かる事になっちゃったから。知ってるでしょ、中野のサイトウさん、私のイトコの。急な海外出張だっていうんだけど、言ってあった通り、私も今日から上海(シャンハイ)なのよ。明々後日には帰るから、兎美ちゃん達と一緒にその子の面倒よろしくね。何かあったらメールして、じゃ】

 

 

母親の有田沙耶は、アメリカに本社のある銀行のディーリング部門に勤めている。

 

 

毎度0時を回るまで帰宅しないし、海外に飛んで数日留守にする事などしょっちゅうだ。

 

 

ゆえにハルユキは、小学校の頃から、同じマンションの2階下倉嶋家――チユリの家に預けられる事が頻繁にあった。

 

 

今は兎美達がいるから少しはマシになったが、もし兎美達と会っていなかったら、今の何倍イジケた子供に育っていたかもしれない。

 

 

「私達のメッセージには、ハルが見てないだろうから説明を頼むって残されてたのよ」

 

 

「な、なるほど」

 

 

さすがは母親と言った所か、自分の性格を把握している。

 

 

そんな事を考えつつ、ハルユキはキッチンで忙しそうに動き回るサイトウさんちの子を眺めた。

 

 

オーブンのタイマーが軽やかな音を放つや女の子は扉を開け、金属のトレイを引き出した。

 

 

甘く香ばしい匂いがいっそう強く漂う。

 

 

どうやら、芳香の源はクッキーだったらしい。

 

 

クッキングペーパーを敷いた大皿に、慎重なトングさばきで10数個のクッキーを移動させると、女の子はほっとしたように息をついた。

 

 

両手で皿を持ち、くるっと向き直ると、上目遣いにハルユキを見上げてくる。

 

 

「あの...、兎美お姉ちゃんに許可は取ったんですが、勝手にお台所使っちゃってごめんなさい。ハルユキお兄ちゃんが、お腹空かせて帰ってくると思って...でも...まさかお友達の方もいるとは思わなかったので...」

 

 

女の子はちらっと、2人の方を見る。

 

 

「あっ!別に僕達の方は気にしないで大丈夫だよ!」

 

 

「そうそう!」

 

 

先刻よりも随分小さな声に、2人は遠慮する。

 

 

「あ...、ありがとう。お腹、ぺこぺこなんだ」

 

 

すると、女の子も、氷が溶けるようににっこりと笑った。

 

 

「あの、あたし、サイトウトモコです。小学5年生です。もう何年も会ってないから、忘れちゃったと思うけど...お兄ちゃんとは、ハトコ同士になるんだと思います。あの...ふ、ふつつか者ですが、どうぞ宜しくお願いします」

 

 

皿をささげ持ったままぺこりと頭を下げる。

 

 

「有田春雪です。こちらこそ、宜しく、サイトウさん」

 

 

即座に「トモコでいいですよ!」と微笑まれ、くらっと遠ざかりかける思考をハルユキは必死で引き戻した。

 

 

中野のサイトウさん、に関しては正直そんな親類がいたような気がする程度の記憶しかない。

 

 

親のイトコなんて普通そんなものだろう。

 

 

「それにしても、2人が来るなんて珍しいわね」

 

 

兎美が2人を見ながら、そう言った。

 

 

「あ!そうだ!美空ってまだ寝てるのか」

 

 

「美空?もう起きてるけど、何かあるの?」

 

 

ハルユキの言葉に、兎美は疑問符を浮かべる。

 

 

「いや、実は...」

 

 

そう言って、ハルユキはナイトローグの件で思い出したことを兎美に告げる。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

ハルユキ達はトモコをリビングに残し、兎美達の部屋に移動する。

 

 

「ああ、そういえば情報を集めるの忘れてたわね」

 

 

「あの時は、そいつのせいでそれ所じゃなかったしね」

 

 

「あ、あの~兎美さん達は、何で僕の事をあいつとか、そいつって呼ぶんですか?」

 

 

タクムは、前から気になった事を聞く。

 

 

「当たり前でしょ。ハルは許してるかもしれないけど、私達はまだあんたの事を信用してないから」

 

 

そう言う兎美のタクムを見る目は、凄く冷たかった。

 

 

「それより、調べるってどうやるの?」

 

 

やばいと思ったのか、チユリが兎美に質問する。

 

 

「やるのは私じゃなく、美空よ。もう既に準備も出来てるわ」

 

 

そう言って、兎美は美空の方を見る。

 

 

「美空が?引篭もりに何が出来んのよ」

 

 

「意義あり!」

 

 

「はい兎美!」

 

 

チユリの言葉に兎美が挙手し、ハルユキが指名する。

 

 

「ふふふ、家の美空の力をなめたら...いかんぜよ!」

 

 

『ダイレクト・リンク!』

 

 

兎美の言葉の後、ハルユキと美空はフルダイブする。

 

 

「なんでフルダイブするの?」

 

 

「これを見れば分かるわよ」

 

 

そう言って、兎美はサイトのURLをタクム達のニューロリンカーに飛ばした。

 

 

『はーい!みんなのアイドル!みーたんだよ!ぷんぷん!』

 

 

すると、そのサイトには美空がヘッドホンを着けたようなアバターが映っていた。

 

 

「な、なにこれ?」

 

 

いきなりの出来事に、チユリ達は呆然とする。

 

 

「美空は大人気のネットアイドルなのよ」

 

 

「ネットアイドル!?嘘でしょ!!」

 

 

「えー...」

 

 

『そして今回はみーたんのお友達、ぷーたんも一緒だよ!』

 

 

すると美空は画面外に消えて、ハルユキのブタアバターを連れて戻ってくる。

 

 

『ハル!?』

 

 

美空の登場以上に、2人は驚く。

 

 

「どうゆう事!?」

 

 

「ハルはね、みーたんのマスコットとして登場してたんだけど。思ったより女子の人気が高いのよね...」

 

 

兎美は複雑そうに答える。

 

 

「あー...、一部の女子がハルのアバターに対して、熱の篭った目で見てたのはそういうことね...」

 

 

「こればっかりは荒谷様様ね」

 

 

『さて!今日のお願いを発表するよ!じゃーん』

 

 

美空がそう言うと、サイトにデカデカと【葛城 巧未について】と書かれていた。

 

 

『私達の為に!この人の情報を死に物狂いで集めてね!』

 

 

すると、美空が画面からいなくなってしばらくすると、また画面に現れる。

 

 

『うー、お・ね・が・い!』

 

 

『お...お願い、します...』

 

 

美空は目を潤ませてお願いをして、ハルユキは上目遣いでお願いをする。

 

 

『う...』

 

 

上目遣いのハルユキを見て、兎美とチユリが胸を押さえ倒れるが、タクムは気にしない事にした。

 

 

『あ!さっそく情報が!ぷーたんラブさんありがとう!ほら!ぷーたんもお礼を言って!』

 

 

『あ、ありがとう、ございます』

 

 

恥ずかしいのか、涙目になりながらもハルユキはお礼を言った。

 

 

ドラグニックフィニッシュ!

 

 

『ぐはっ!』

 

 

ハルユキの言葉によって、兎美達に止めが刺された。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「じゃあ、集まった情報を纏めるわよ」

 

 

そう言って美空は、ニューロリンカーを操作する。

 

 

「葛城 巧未。港区にある、私立エテルナ女子学院に在籍する中学1年生。成績優秀で、中学生でありながら科学者としても有名みたいね」

 

 

「へー」

 

 

「そんな事まで分かるんだ。さすがみーたん&ぷーたんパワー」

 

 

情報の多さに2人は感心する。

 

 

「やめてくれよ!マジで恥ずかしいんだからな!」

 

 

ハルユキはタクムに向かって叫ぶ。

 

 

「恥ずかしいなら、なんで出演してんのよ」

 

 

「え?そ、それは...」

 

 

チユリの言葉に、ハルユキは言い淀む。

 

 

「悪いけど、その話は後にしてくれない」

 

 

「あ、ごめん」

 

 

美空の言葉に、チユリは謝る。

 

 

「じゃあ続けるわよ。葛城は誰もが認める天才だけど、仲間内には悪魔の科学者と呼ばれていたみたい」

 

 

「悪魔の科学者?」

 

 

チユリが、鸚鵡返しに呟く。

 

 

「そう、学校でも無口で何を考えてるのか分からないって事で、他の生徒からも不気味がられてたみたいね」

 

 

「でもそんな人が、ビルドを開発した張本人だなんて...」

 

 

「それで?次はその葛城 巧未に会いに行くの?」

 

 

チユリが美空に質問する。

 

 

「それが...、どうやら彼女は随分前から行方不明みたいなの」

 

 

「行方不明?」

 

 

「なんで?」

 

 

美空の言葉に、ハルユキとタクムが疑問符を浮かべる。

 

 

「理由は分からないけど、急に消えたみたい」

 

 

「取り合えず、その葛城 巧未がファウストに関係するのか調べるのが先ね」

 

 

「じゃあ、当分の目的は葛城 巧未について調べる事だな」

 

 

「そうね。じゃあそろそろ戻らないと、トモコちゃんを1人にしたら可哀想だし」

 

 

そう言ってハルユキ達は、リビングに戻る。

 

 

 

 

 

 

 

リビングに戻ると、トモコちゃんはソファに座っていた

 

 

「あ!お兄ちゃん達お話終わったんですか?」

 

 

「うん、ごめんね。せっかく来たのに放置しちゃって...」

 

 

トモコはハルユキ達に気付くと、駆け寄ってきた。

 

 

「うふふ、大丈夫ですよ」

 

 

「それじゃあこれからどうしよう。ゲームでもする?山ほどあるよ、40年前くらいのからごっそり...」

 

 

「ハル...、さすがにあのゲームをこの子に進めるのはどうかと思うよ」

 

 

ハルユキの提案を、タクムが指摘する。

 

 

しかし幸いな事に、トモコは微笑んだまま軽く首を振った。

 

 

「あの、あたし、ゲームあんまりやらないんです。フルダイブがちょっと苦手で...」

 

 

「へ、へぇ」

 

 

言われるまま視線を向けると、ブラウスのボタンがブラウスのボタンが1番上まできっちり止められた細い首に、現代の必須生活ツールである量子接続通信機器(ニューロリンカー)が存在しない事にハルユキは今更ながら気付いた。

 

 

確かに、小学校のうちは常時装着を避けさせる家庭も少なからず存在する。

 

 

拡大無辺のグローバルネットは、ありとあらゆる犯罪の温床でもあるからだ。

 

 

ペアレンタル・コントロール機能はあるにせよ、有害情報を100%遮断する事は難しい。

 

 

日頃、学校の授業で視聴覚モードを使うだけなら、現実の5感が全て遮断されるフルダイブを怖がる気持ちは解る。

 

 

ならばどうしたものかと懸命に思考を巡らせ、ようやくリビングの壁に貼られた大型パネルモニタに視線を留めると、ハルユキはそっちを指差した。

 

 

「じゃあ、あれで映画でも()る?昔の2Dソフトにも、けっこう面白いのあるよ」

 

 

だが、トモコは今度も小さくかぶりを振り、恥ずかしそうに言った。

 

 

「あの...、それより、お話しませんか?お兄ちゃんの中学の事とか、教えてほしいな」

 

 

そう言ってトモコはハルユキの手を取り、テーブルに連れて行き座らせる。

 

 

そんな2人の様子を見て、兎美達は面白くない顔をする。

 

 

「あの~3人とも、さすがにあんな小さな女の子に嫉妬するのはどうかと思うけど...」

 

 

『ああ゛!!』

 

 

タクムの言葉に、兎美達は物凄い冷たい目でタクムを睨む。

 

 

「な...なんでもありません...」

 

 

あまりの恐ろしさに、タクムは黙ってしまう。

 

 

「......」

 

 

兎美は、何か思いつめるような顔で2人の様子を見る。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「ハル~、お風呂空いたから入っちゃいなさい」

 

 

「あいよ~」

 

 

兎美の言葉に、ハルユキは答える。

 

 

風呂場に向かおうとするハルユキに、兎美はすれ違い様にぼそっと呟く。

 

 

「ハル...トモコちゃんに気をつけなさい。あの子何か隠してるわよ...」

 

 

「え?」

 

 

そう呟いた兎美は、そのまま部屋に戻っていった。

 

 

意味が分からないハルユキだったが、考えても仕方ないので風呂場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

ぶくぶく、と自分の口から泡が立ち上がる音を聞きながら、ハルユキはいっそう深く浴槽に体を沈めた。

 

 

母親の拘りで、有田家のバスルームはやたらと広い。

 

 

バスタブも大きく、ハルユキの巨体でもさして窮屈感なく手足を広げられる。

 

 

入浴剤の香りがする湯気を、鼻から大きく吸い込み、肺に溜めて、細長く吐き出す。

 

 

あの後タクム達は帰り、兎美とトモコが作ってくれたカレーライスの夕食を挟んで、なんと4時間も喋り続けた計算になる。

 

 

よくもまあそんなに話すネタがあったものだと妙な感心をしたくなるほどだ。

 

 

結局ハルユキは、兎美達の話から始まり、梅里中学校の各種システムやら、幼馴染2人との色々なエピソードやら、黒雪姫先輩に纏わるアレコレまでを、殆ど洗いざらい話しつくしてしまった。

 

 

話題にしなかったのは、数ヶ月前まで続いたイジメの件と仮面ライダーの件と――そして《あの世界》に関する事だけだ。

 

 

危うく仮面ライダーの事も話しかけたが、なんとか誤魔化す事が出来た。

 

 

その、さして面白いとも思えない話を、トモコは真剣に聞き、時には声を出して笑ってくれた。

 

 

「妹がいるって、こういう感じなのか」

 

 

ハルユキはしみじみ噛み締めたが、同時に先程も兎美の言葉を思い出した。

 

 

何か隠してる...。

 

 

「確かに兎美の言う通り、あまりにも出来すぎだろう。本当にあんなハトコ居たっけ?」

 

 

ある日学校から帰ってきたら、突然妹がいて、クッキーを焼いてくれたりカレーを作ってくれたり、止めに『お兄ちゃんにお話してほしいな』と来たもんだ。

 

 

その上、3日間も1つ屋根の下で暮らすだって?

 

 

これを、降って沸いたレアイベントだと受け入れられる程、ハルユキは素直な育ち方をしていなかった。

 

 

しかし、この1件に何か裏面があるのだとしても、いったい誰が何の為に仕掛けた事なのか?

 

 

そしてそれをどのように確認すればいいのか?

 

 

少し考え、ハルユキはお湯から上体を出すと、傍らのコーナーラックからアルミシルバーのニューロリンカーを取り上げた。

 

 

生活防水仕様であるものの念を入れて首筋の水滴を払い、後ろから装着する。

 

 

U字型の両端部分が軽く内側にスイングし、首をしっかりロックする。

 

 

電源を入れると、目の前に起動ロゴが輝き、20秒程の大脳接続チェックに続いて仮想デスクトップが展開した。

 

 

右手の指を素早く動かし、有田家のホームサーバーのウインドウを開く。

 

 

データストレージから、家族のアルバムに入ろうとして、ハルユキはやや躊躇した。

 

 

ここ数年で家族での写真は、兎美達との写真しか撮っていないが、この中にはハルユキがぷくぷく膨れる前の――父親と母親が仲睦まじかった頃の画像が山ほど埋もれているはずだ。

 

 

そんなもの、死んでも見たくない。

 

 

階層を戻り、ハルユキは代わりにホームサーバーに接続する外部ネットを開いた。

 

 

ぱぱっと立体的に幾つかのアクセスゲートが展開する。

 

 

これらは全て、有田家の親戚筋のホームネットだ。

 

 

勿論サーバーのデータを好き勝手漁れる訳はないが、メッセージを記録したり、親族向けに公開されているスケジュール等を閲覧できる。

 

 

しかし、アクセスゲートに《中野のサイトウさん》宅のものはなかった。

 

 

たいていの家はトップ画面に近況報告を兼ねた家族の集合写真を用いているので、それを確認しようと思ったのだが。

 

 

「駄目だ、何処にも写っていない...」

 

 

さすがに接続しているのは母親の実家と兄妹、数人の叔父叔母のみで、イトコまではカバーしていないようだ。

 

 

ハルユキはいったんデスクトップから視線を外し、浴室のドアの向こうに耳を傾けた。

 

 

リビングのパネルテレビの音声がわずかに聞こえてくる。

 

 

兎美達は既に部屋に戻っているので、恐らくトモコがまだファミリー向けのバラエティ番組を見ているのだろう。

 

 

再びデスクトップを睨み、ハルユキは中央に浮かぶアクセスゲート――母親の実家のホームネットを開いた。

 

 

山形の農村をバックに撮影されたのどかな家庭写真を無視し、ネットの内部へと繋がるゲートをクリックする。

 

 

当然のように認証窓が出現し、ハルユキの行く手を阻む。

 

 

ハルユキはそこに、母親に与えられているIDとパスワードを打ち込んだ。

 

 

このアクセスは先方のログに残る為、もし向こうが母親にログインの理由を訊いたりすれば、ハルユキが母親のIDをぶっこ抜いていることがバレて大目玉を食らうだろうが、そもそもサクランボ農家を営むお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが自宅ネットのアクセスログなどチェックするとは思えない。

 

 

だが勿論、仕事は手早く済ませるに越した事はない。

 

 

ハルユキは大急ぎで母親の実家のホームネットに潜り込み、アルバムを開いた。

 

 

数10年分も蓄積された膨大な写真の量にうんざりしながらも、時期と人数でフィルタを掛けてデータを抽出する。

 

 

確か、薄らかな記憶によれば、5年ほど前のお祖父ちゃんの喜寿のお祝いに有田家の一族がかなり集まったことがあった。

 

 

《中野のサイトウさん》ともその時挨拶したような気がする。

 

 

ならば、当時5歳くらいであろうトモコもその場にいたはずだ。

 

 

検索はすぐに終了し、数枚のサムネイルが重なって表示された。

 

 

それを指先で次々に弾いていく。

 

 

これじゃない、これでもない...あ、この辺か。

 

 

この次あたりに。

 

 

「おにーいちゃん♪」

 

 

突然、右側から歌うような声がして、ハルユキは反射的に首を捻った。

 

 

そして、右手の指先を空中に上げたまま凍りついた。

 

 

いつの間にか浴室のドアが細めに開き、その向こうに、トモコが顔と右肩だけを覗かせて立っていた。

 

 

赤茶色の髪をタオルで巻いた頭から、やや恥ずかしそうにはにかむ顔、そして細い首と肩のきめ細かい肌へと視線を下ろし――。

 

 

「なっ...な、なっ...」

 

 

口を高速ぱくぱく運動させるハルユキに、トモコがほんのり桜色の笑顔を向けた。

 

 

「お兄ちゃん、あたしも一緒に入っていい?」

 

 

「いっ...ちょ...そんっ...」

 

 

「だってー、お兄ちゃん長いんだもん。待ちくたびれちゃうよ!」

 

 

えへへと笑うと、トモコは返事を待たず、とててっと浴室に入ってきた。

 

 

ハルユキは慌ててばしゃっと体を湯に沈め、きつく両眼をつぶって叫んだ。

 

 

「ごめん今出るから!今すぐ出るからもうちょっと待って!!」

 

 

「大丈夫ですよぉー、ハトコ同士だもん」

 

 

全然大丈夫じゃね―――ッ!!

 

 

と脳内で絶叫した。

 

 

テンパっていたその時、ハルユキはトモコの首筋にニューロリンカーの日焼けの跡があるのに気付いた。

 

 

「だ...だからって、あんまり見ないで下さい!」

 

 

ハルユキは、視界の左側に表示された、5年前の有田一族大集合写真と見比べた。

 

 

前列には、自身を含む子供達がうじゃうじゃと並んでいる。

 

 

今となっては誰が誰だかさっぱり見分けられないが、幸い、この時代の写真にはもうデータ埋め込み技術が採用されている。

 

 

焦点をずらしていくと、子供達の前に次々と名前が浮き上がっては消える。

 

 

その名前は、6人目で現れた。

 

 

斉藤朋子(サイトウトモコ)》。

 

 

凝視すると、該当する子供の顔が自動的にズームされ、目の前のトモコと同じサイズになった。

 

 

当時5歳。

 

 

女の子は変わる、って言うから、5年間でこの顔がこうなることだって...。

 

 

あるわけねー。

 

 

ハルユキは大きく息を吸い、溜め、はああああっと吐き出した。

 

 

そして、きょとんとした表情のハトコを名乗る女の子に向けて、哀しい微笑みと共に呼びかけた。

 

 

「ねぇ...」

 

 

「なあに、お兄ちゃん?」

 

 

「...君、サイトウトモコちゃんじゃないでしょ?」

 

 

 

 

反応は即座かつ如実だった。

 

 

トモコの可憐な顔が、一瞬ぽかんとした素の驚きを見せ。

 

 

その頬が恐らく羞恥以外の理由で真っ赤に染まり、右の目元がぴくぴくっと痙攣した。

 

 

しかし感心な事に、年齢だけは間違いなく10歳前後であるはずの少女は、尚も可愛らしい声と共に首をかしげた。

 

 

「えー、お兄ちゃん、何言ってるんですか?私は正真正銘サイトウトモコですよ」

 

 

「日焼け」

 

 

ハルユキはぼそっと答えた。

 

 

「え?」

 

 

「首のとこ、綺麗に日焼け跡がついてるよ。僕と同じくらい。なかなかそこまでは、産まれた直後から常時装着してないとならないよ...ニューロリンカーを」

 

 

トモコ――では恐らくない少女の両手が、さっと首を覆った。

 

 

それに、とハルユキは続けた。

 

 

「お祖父ちゃんのホームサーバーに、5年前の写真が残ってた。そこに、サイトウトモコちゃんも写っているけどね...こう言っちゃなんだけど、君の方が10倍かわいい」

 

 

女の子の顔がぴくぴくと引き攣り、実に複雑な表情を浮かべた。

 

 

やがてその百面相は、これまでの純朴さとは1光年ほどもかけ離れた、不貞腐れたような渋面で固定された。

 

 

「ちっ」

 

 

バスタオルの両腰に手を当て、強烈な舌打ちを鳴らす。

 

 

「ここンチのアルバムは確認したのになぁ。まさかジーチャンちのネットまで掘り返すとは、あんた疑り深過ぎんぜ」

 

 

突如切り替わった口調に目を白黒させながらも、ハルユキはどうにか言い返した。

 

 

「君が無茶しすぎなんだよ。多分サイトウさんから家の母親宛のメールを偽造したんだろうけど、母さんが向こうに再確認したらどうする気だったんだ」

 

 

「あんたのママのニューロリンカーから発信されるサイトウさん宛のメールとコールは、全部インタラプトされてあたしに届くようになってんもん。準備に3日もかかったのによー!」

 

 

「そりゃあ...何ともご苦労様な...」

 

 

浴槽の縁にしがみついたまま、ハルユキは呆れ声を漏らした。

 

 

他人のニューロリンカーにウイルスを仕込もうと思ったら、ケーブルで直結するしか手段はない。

 

 

恐らくこの少女は、ハルユキの母親の動向をチェックし、よく行くスポーツジム辺りで更衣室ロッカー内のニューロリンカーに接触したのだろう。

 

 

無論、肉親にそんな事をされて気分がいい訳はないが、ハルユキはそれより先に感心してしまった。

 

 

この世にハッカーやらウィザードを自称するリンカー使いは多いが、安全な自宅から出て現実世界で《ソーシャル・エンジニアリング》――他人に成りすまし、オフラインでセキュリティを破る究極のハッキング――を仕掛けられるツワモノはそうは居ない。

 

 

ハルユキの声に含まれた賛嘆を聞き取ったか、少女の顔にフフンという強気な笑みが浮かんだ。

 

 

「君は一体何者なんだ?何の目的で僕に近づいた」

 

 

ハルユキは警戒しながら、女の子に質問をする。

 

 

先程、兎美に忠告された事もあり、クローズドラゴンを何かあったときに突撃するように命じて、外に待機させている。

 

 

「はあ...、バレちまったらしょうがない。アンタには力づくで言う事を聞いてもらうぜ。この《スカーレット・レイン》様にな!ニューロリンカー取ってくるからそこで大人しく待ってろよ!!」

 

 

右手の人差し指を仕舞いつつ親指を突き出し、それを下に向けてぐいっと横に動かしてから、女の子は勢いよく振り返った。

 

 

そして、1歩右足で踏み出すが床が濡れていた為、ずるっと滑った。

 

 

「にゃあっ!?」

 

 

甲高い悲鳴。

 

 

殆ど後方伸身宙返りのような見事さで落下してくる女の子を見上げ、ハルユキも叫んだ。

 

 

「危ない!!」

 

 

咄嗟に両手を広げ、女の子が浴槽の縁に激突する前に受け止める。

 

 

しかしお湯の中ということもあり、ハルユキも足を滑らせてしまい、後ろにひっくり返ってしまった。

 

 

どばっしゃーん。

 

 

という盛大な音と共に高く水柱が立ち上がり、その横を大判のバスタオルがひらひらと舞った。

 

 

後ろの壁に軽く頭をぶつけたハルユキは、ぎゅうっと目をつぶって痛みをやり過ごしてから、薄く瞼を持ち上げて状況を確認した。

 

 

広い湯船の中で、尻餅をついた格好の自分。

 

 

ぷくぷくしたお腹をクッション代わりに乗っかる赤毛の女の子。

 

 

その細い胴体に、ぎゅーっと回された自分の両腕。

 

 

そして、双方ともに全裸。

 

 

「う、うわああああ!?」

 

 

というハルユキの叫びを、

 

 

「うぎゃ―――――――っ!!」

 

 

という女の子の絶叫が上書きした。

 

 

じたばたもがいてから、ハルユキのお腹にどすっと足を踏み下ろした反動でひと息に湯船の外に脱出する。

 

 

床のバスタオルを拾いつつ、ぎゅんっと超高速で脱衣所に飛び出し、再び顔だけを見せ。

 

 

「...ぶっころす」

 

 

どたたたた、という足音がリビングに去っていくのを聞きながら、ハルユキは呆然と考えた。

 

 

「スカーレット?もしかして...赤のレギオンのバーストリンカー?」

 

 

最初はファウストの刺客かと思ったが、さすがにあんな小さな子を差し向けるような連中ではなかったようだ。

 

 

先程の発言からして、恐らくこのあと対戦を吹っかけてくるはずだ。

 

 

ならば、ニューロリンカーを外してそれを防ぐか?

 

 

しかし、恐らく今後本格的にぶつかるであろう敵ならば、早めに情報を入手しておくに越した事はない。

 

 

まだやっとこレベル4の自分ならば、1度負けたくらいではそうそうポイントは減らないし、それに――さすがに相手が子供なら、そうおめおめ負ける気がしない。

 

 

しかし、もう少し情報が欲しい。

 

 

女の子がニューロリンカーを装着し、OSが起動し、量子接続チェックを終えるまでにはあと数10秒あるはずだ。

 

 

ハルユキは湯船に座り込んだまま、音声命令を呟いた。

 

 

「コマンド、ボイスコール、ナンバーゼロファイブ」

 

 

途端、目の前に【登録アドレス05番に音声通話を発信します。いいですか?】というホロダイアログが浮かぶ。

 

 

即座にイエスを押す。

 

 

ちなみに01は兎美、02は美空、03は千百合、04は拓武、そして05は黒雪姫の登録アドレスだ。

 

 

コール2回で、黒雪姫が出た。

 

 

『私だ。どうしたハルユキ君、こんな時間に』

 

 

しっとりと滑らかで、かつ音楽的な抑揚のあるその声の背景に、ちゃぷんという水音が重なった。

 

 

あー、先輩もお風呂かなぁ...などと一瞬考えながらハルユキは黒雪姫に話しかけた。

 

 

「遅くにすみません。ちょっと教えてほしい事があって...」

 

 

『ほう、何だ?』

 

 

「その、先輩は、《スカーレット・レイン》ってバーストリンカーを知ってますか?」

 

 

質問の答えは、少々長めの沈黙だった。

 

 

「あの...どうかしましたか」

 

 

『そういえば、通称ばかり使って、名前を教えた事はなかったな。しかし《シルバー・クロウ》、君は少々不勉強だそ?』

 

 

「え...?それは、どういう...」

 

 

首をかしげたハルユキの聴覚に、どたどたどたっと廊下を走ってくる足音と重なって、黒雪姫の涼やかな声が響いた。

 

 

『――《スカーレット・レイン》。そいつは、かの《不 動 要 塞(イモービル・フォートレス)》、《鮮血の暴風雨(ブラッディ・ストリーム)》...二代目赤の王ご当人じゃないか』

 

 

.........はい?

 

 

ぱかりーん、と両眼及び口を丸くして、ハルユキは思考を停止させた。

 

 

直後、浴室のドアを引っ叩くように、赤毛の女の子が再び姿を現した。

 

 

「ちょ...君、赤の王?」

 

 

「フッ」

 

 

にいっと凶暴な笑みを見せた女の子は、可憐かつ威圧感たっぷりの声で叫んだ。

 

 

「バースト・リンク!!」

 

 

ああ...本当に殺されるかもしれない...。兎美...美空...先輩...、どうぞ僕を馬鹿と罵って下さい...。

 

 

バシイイイイッ!!

 

 

という聞きなれた音を聞きながら、ハルユキは胸中で涙を流した。




はい!如何だったでしょうか!

やっと第2章が始まりました。

今回、ビルド側の話を進める為悪魔の科学者について調べさせました。

あのハルユキのキャラも、後にさらに役立つときが来るでしょう。

ちなみに、最初に出てきたのはアクセル・ワールド側のキャラです。

原作を知っている人は直ぐに分かると思いますが。

取り合えず、そろそろ加速世界にもスマッシュを出そうかなとも思ってます。

今後の展開をお楽しみにして下さい。

では次回!アクセル・ビルド第2話、もしくは激獣拳を極めし者第17話でお会いしましょう!

それじゃあ、またな!


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第2話

これまでのアクセル・ビルドは。

兎美「杉並在住の有田春雪は!母親からハトコのお世話を任されたのだが、何とそのハトコは正体を偽っていた赤の王本人だったでありました!」

美空「赤の王と対戦する事になったハルユキだが、はたして無事に対戦を終わる事が出来るのか!!」

兎美「ていうかニコが正体を現したけど、いきなり口が悪くなったわね」

美空「それにしたってあんなキャラ作らなくてもいいでしょ」

由仁子「あんなキャラってなんだよ。良いじゃねぇか別に」

兎美「また勝手に入ってきて...もういいや、さてどうなる第2話!!」

由仁子「てか誰が口が悪いんだよ!!」

兎美「突っ込みが遅いのよ...」



一瞬、五感が切断され、暗闇の中に《HERE COMES A NEW CHALLENGER!!》の文字が燃え上がる。

 

 

直後、再び視界が回復。

 

 

しかしそこはもう、アイボリーの化粧パネルが張られた自宅の浴室ではなかった。

 

 

マンションの数フロアがぶち抜きになったとしか思えない、広大な平面空間だ。

 

 

ハルユキはすでに、ニューロリンカー内の思考加速・対戦格闘ゲームアプリケーション《ブレイン・バースト》が創り出す仮想世界にフルダイブしている。

 

 

周囲の世界は、日本全国に張り巡らされた治安監視網(ソーシャルカメラ・ネット)の映像から再構成されたバーチャルな《対戦フィールド》なのだ。

 

 

しかし、ハルユキの自宅を含む一般住居内には基本的にソーシャルカメラは存在しない為、このように推測補完――つまりソフトが構造からでっち上げる事になる。

 

 

今回は、マンションそのものが建築途上に戻されてしまったようだ。

 

 

コンクリート打ちっ放しのだだっぴろいフロアを、鉄骨の柱だけが幾つも貫いている。

 

 

その殺風景な空間に、ハルユキと女の子は、ほんの半秒ほどだが生身の姿で向き合った。

 

 

しかし直ぐに、両者の体はその色と形を変え始める。

 

 

それぞれの分身たる、対戦用の《デュエルアバター》へと。

 

 

ハルユキの丸っこい四肢が、末端から銀色の輝きに包まれ、同時に細く細く絞られていく。

 

 

現れたのは、白銀の装甲に包まれた機械の腕だ。

 

 

変化はたちまち胴にも及び、腹囲が一気に半分以下にもなる。

 

 

極細のメタルボディが完成すると同時に、白い光の()は頭をも呑み込み、つるりと丸い鏡面のヘルメットで包み込む。

 

 

自身がデュエルアバター《シルバー・クロウ》へと変身するのを意識しながら、ハルユキは数メートル先に立つ女の子の姿を凝視し続けた。

 

 

人形のように華奢な腕と脚を、突然朱色の輝きが包んだ。

 

 

光の環が上に登っていくにつれ、透き通るルビー色の装甲に置き換わっていく。

 

 

真っ平らな腹部と胸郭もまた、ダークグレーとルビーの2色を基調とした半透過アーマーに包まれ、最後に一瞬の閃光を放ってアンドロイドチックな頭部が現れた。

 

 

つぶらな形の両眼だけが存在するマスク。

 

 

前髪を模した装甲の両側に飛び出す、結わえ髪の形のアンテナ。

 

 

ぴょこぴょこ、とツーテールが動き、ぴきゅん、と両眼が鮮紅色に光った。

 

 

――これが、《赤の王》だって?

 

 

ハルユキは棒立ちになったまま、数メートル先のデュエルアバターをまじまじと見下ろした。

 

 

小さい。

 

 

身長は130そこそこしかあるまい。

 

 

武装らしき物は右腰に下がるおもちゃのようなハンドガン1丁のみ。

 

 

いや、見た目に惑わされてはいけない。

 

 

相手は加速世界にわずか7名しかいないレベル9のバーストリンカーにして、巨大レギオンを率いる最強の支配者、《純色の六王》の1人。

 

 

恐らく、あの見た目に反した何かがあるはずだ。

 

 

スマッシュとの戦いで得た経験を元に、試行錯誤していたその時だった。

 

 

突然、可憐な少女型アバターの背後の空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 

 

真紅に輝く武骨なブロックが4つ、虚空から湧き出すように現れ、少女の両腕両脚を包み込む。

 

 

更に左右から分厚い装甲板が回り込み、華奢なボディを完全に隠す。

 

 

「なん......」

 

 

ハルユキは、一気に自分の数倍の質量になってしまった真紅のアバターを、ぽかんと見上げた。

 

 

しかし、追加装甲の出現は、そこで止まらなかった。

 

 

ゴン、ゴン、と重々しい低音を響かせながら、巨大な六角柱やら円筒やら板やらが後から現れて接続されていく。

 

 

高さはたちまち天井へと迫り、慌てて後退するシルバー・クロウを追う様に全長も2メートルを超え、3メートルを超え...。

 

 

数秒後。

 

 

ようやく静寂が戻った時、ハルユキの眼前に屹立するのは、まさしく戦車、あるいは要塞としか言えぬシロモノだった。

 

 

本来の腕の延長線上に存在する、長大な2本の砲身がゆっくりと持ち上がり、各所の放熱孔からぶしゅーっと白煙が吐き出された。

 

 

武装コンテナの集合体の中央に、ほんの少しだけ覗く2つの赤い眼がびかーっと光った。

 

 

「......うっそ......」

 

 

ハルユキが呟くと同時に、眼前に燃え上がるフォントで《FIGHT!!》の一語が輝き、爆散した。

 

 

何かあると思っていたが、これは予想外すぎた。

 

 

とりあえず、逃げるのは無しだ。

 

 

相手の属性は《遠隔の赤》。

 

 

この巨大要塞型デュエルアバターは、どう見ても遠隔攻撃の鬼だ。

 

 

左右の主砲に加え、両肩のコンテナは恐らくミサイルポッド、前面に突き出す短い砲身は機銃のたぐいか。

 

 

そんなの相手に、自ら距離を取るなんて愚の骨頂だ。

 

 

そう判断し、1人のバーストリンカーとして対峙するハルユキに、要塞アバター《スカーレット・レイン》の真紅の視線が照射された。

 

 

「...ふぅん、逃げないの。いーい根性してるじゃない」

 

 

メタリックな響きを伴ってなお可憐な声で、赤の王は言い放った。

 

 

「僕も1人のバーストリンカーだ!相手が赤の王と言えど、逃げるつもりはない!」

 

 

赤の王に対してそう答えつつ、ハルユキは懸命に視線を赤の王の各所に走らせた。

 

 

ゲームでは普通、こういう巨大かつ重武装なボス攻略法は、死角から肉薄して弱点を破壊と相場が決まっている。

 

 

だが、相手は王の1人。

 

 

レベル9になるまで、僕が想像も出来ないほどの戦いをしているはずだ。

 

 

恐らくその辺りの対策もしているだろう。

 

 

この場合は大人数で囲んで攻略するか、相手の虚を突くかの2つ。

 

 

殆どの人は前方からの攻撃を避けるはず、なのでそこを突くしかない。

 

 

あのタイプの主砲は素早く動かせず、撃った後も大きく修正は出来ないはずだ。

 

 

建物の中という事もあり、ミサイルポッドは使えない。

 

 

背後を取るように見せかけて隙を作れば、本体にダメージを与える事が出来る筈だ。

 

 

そんなハルユキの思考を知ってか知らずか、スカーレット・レインはくすくすと笑った。

 

 

「カッコいいこと言っちゃって♪でもねぇ、忘れたわけじゃないよね?」

 

 

「!?」

 

 

「私がアンタを...」

 

 

ぐいん!と突如右の主砲が動き、ハルユキをポイントしようとした。

 

 

「――ぶっころすって言った事をだ!このヘンタイ!!」

 

 

「あれは不可抗力だよぉぉぉぉぉ!!」

 

 

叫び返しつつ、ハルユキは猛然と地面を蹴った。

 

 

敵の左側面へと電光の如く突進し、鋭角にターンして背後を目指しているように見せる。

 

 

ハルユキを追うスカーレット・レインの旋回速度は、その巨体を考えれば驚くほどのクイックさだったが、それでもシルバー・クロウ――スピード一極特化型デュエルアバターのダッシュに追随出来る程ではなかった。

 

 

「だいたい先にお風呂入ってきたのはそっちじゃないかあああ!!」

 

 

もう一声絶叫しつつある程度引き付けたハルユキは、本体に目掛けて一気に突っ込んだ。

 

 

「!?」

 

 

予想通り、正面から突っ込んでくるとは思っていなかったのか、スカーレット・レインは直ぐに動く事は出来なかった。

 

 

「はあ!」

 

 

強化外装の本体が見えている箇所に突っ込み、スカーレット・レインに渾身の一撃を叩き込む。

 

 

「ぐっ!」

 

 

ハルユキの攻撃は決まったが、レベル差のせいかたったの1割しか削れなかった。

 

 

反撃を警戒し、ハルユキは直ぐに後ろに跳んで少し距離を離す。

 

 

「へえ、背面を取るように見せかけて正面から攻撃を仕掛けるなんて...、レベル4にしては結構やるじゃんシルバー・クロウ」

 

 

攻撃されるなんて露にも思わなかったのか、スカーレット・レインは本気で驚いていた。

 

 

「それじゃあ...これでも喰いな小僧!!」

 

 

ふはははー、という書き文字が見えそうな一喝と同時に、スカーレット・レインの両肩に背負われたコンテナの蓋がぱかっと開いた。

 

 

そこから、無数の小型ミサイルがやたらめったら飛び出すのを見て、ハルユキはぎょっと眼を見開いた。

 

 

ちょ...嘘だろ、ここ建物の中なんですけど!

 

 

直後、コンクリートの天井、床、そして鉄骨の柱全てが、真っ赤な薔薇にも似た爆発に包まれた。

 

 

直線起動で向かってきた1発のミサイルを掻い潜ったハルユキの頭上で、コンクリに網目のようなひび割れが走り、たちまち崩壊を始める。

 

 

「うそっ...」

 

 

落下してきた巨大な塊を避けた足下で、床までも呆気なく陥没した。

 

 

「うそ――――――っ!!」

 

 

絶叫し、ハルユキは猛然とダッシュした。

 

 

もう、敵との距離どうこう等と言っていられない。

 

 

ここは地上から遥かに離れた23階なのだ。

 

 

崩壊に巻き込まれたら、多分HPが一瞬ですっ飛んでしまう。

 

 

元ハルユキの自宅マンションである建築物には床と柱しか無かった為、十数メートル先にそのまま外部へと繋がる空間が見えた。

 

 

崩れる床を左右に飛び移り、落ちてくるコンクリ塊を拳と頭で粉砕しながら、ハルユキはちらりと自分の体力ゲージの下の必殺技ゲージを確認した。

 

 

初撃とステージ破壊ポイントがカウントされたのか、ゲージは2割程が緑色に発光している。

 

 

これなら―――

 

 

飛べる!!

 

 

ハルユキは大きく息を吸い、両肩に力を込めた。

 

 

背中で、折りたたまれていた金属フィンがじゃきっと歯切れのいい音を立てて展開する。

 

 

フィンが高周波振動するにつれ、ハルユキのダッシュも加速していく。

 

 

「ふおおおおお―――っ!!」

 

 

一声叫び、ハルユキは眼前に迫った灰色の空へと向かって、頭から思いっ切りダイブした。

 

 

ハルユキの自宅は、高層マンションのかなり上のほうだ。

 

 

ゆえに、建物から飛び出した瞬間、目の前には高円寺から新宿へと続く街並みが一気に広がった。

 

 

絶景のパノラマ――ではあるのだが、建築物の全てが、自宅と同様にセメントから鉄骨の突き出す殺風景な代物に変わっている。

 

 

これは恐らく、《風化》ステージだ。

 

 

属性は確か、壊れやすい、ホコリっぽい、時折突風が吹く...。

 

 

等と考えつつ、ハルユキは金属翼による加速を緩め、空中にホバリングした。

 

 

ちらっと必殺技ゲージを確認すると、まだ少しばかり残っている。

 

このまま3分は連続飛行していられるはずだ。

 

 

くるりと振り向けば――。

 

 

ちょうど、巨大な高層建築物が、その中ほどから2つに折れて無残にも倒壊していく所だった。

 

 

「あーあ...僕んチが...」

 

 

思わず呟く。

 

 

無論あれはシステムが作成したポリゴンデータではあるのだが、《対戦》の最中に自宅が破壊されてしまったのは初めてだ。

 

 

「まったく、無茶するなぁ」

 

 

ヘルメット頭を振りながら、ハルユキは瓦礫の山と化していくマンション棟を見下ろした。

 

 

赤の王は、自ら作り出した大崩壊に巻き込まれたらしく、姿は見えない。

 

 

反撃するにしては、自滅行為だが相手は王の1人。

 

 

普通だったら瓦礫の下敷きになったりしたら、体力ゲージは殆ど削られるがハルユキは最後まで油断しない。

 

 

だがその直後。

 

 

ハルユキは、ある事に気付き、戦慄した。

 

 

スカーレット・レインの体力ゲージが―――減っていない。

 

 

正確には3パーセントほど微減しているが、ダメージと呼ばれるものではない。

 

 

そして、必殺技ゲージの方は、百パーセントが明るく輝いていた。

 

 

それはそうだ。

 

 

あれだけ巨大な地形オブジェクトを破壊すれば、莫大な量のボーナスが加算されただろう。

 

 

つまり、赤の王の無鉄砲なミサイル乱射は、ハルユキに反撃したのでも、崩壊に巻き込む事を狙ったのでもなく...。

 

 

そこまで考えて、今現在自分が置かれている状況に気付き、直ぐにその場から離れる。

 

 

突如。

 

 

眼下の瓦礫の下から、幾筋もの赤い光が迸った。

 

 

同時に、鋭い叫び声が響いた。

 

 

「《ヒートブラスト・サチュレーション》!!」

 

 

ぎゅああっと耳をつんざくような共鳴音を轟かせながら、マンションの残骸を貫いて真紅の火線がまっすぐ伸び上がってくるのを見て、ハルユキは驚愕する。

 

 

巨大なビームは、先程までシルバー・クロウが居た場所を通り過ぎる。

 

 

通過した熱線がそのままステージの東へと伸びていき、彼方に屹立する新宿都庁舎の、地上三百メートルあたりから上を丸ごと吹き飛ばした。

 

 

もし気付かず、回避が遅れていればあの攻撃に巻き込まれていたかもしれないと思い、ハルユキは戦慄した。

 

 

「うそっ...」

 

 

この戦いで何度目かの驚愕の声をハルユキは漏らした。

 

 

ハルユキは視線を動かし、自宅マンション跡を眺める。

 

 

ちょうど、瓦礫にぽっかり開いた巨大な貫通孔から、赤の王がその威容を再出現させる所だった。

 

 

全身の美しいルビー装甲は、まったく無傷と見えた。

 

 

背面と下部のバーニアから薄く排気炎を輝かせ、左腕の砲身に刻まれたスリットからは白煙がたなびいている。

 

 

「...おー、飛んでる飛んでる♪」

 

 

前面装甲の隙間からつぶらな両眼でシルバー・クロウを見上げた赤の王が、歌うような調子で言った。

 

 

「一度やってみたかったんだよねぇ、対空砲火ってやつ?」

 

 

じゃっきん。

 

 

と派手な金属音を響かせて、両肩のミサイルコンテナが全開する。

 

 

「SF映画とかで、やたらめったらばら撒いてるの凄い楽しそうだし」

 

 

右手主砲が持ち上がり、前面に四門備えられた機銃が角度を変えた。

 

 

ゴゴゴゴゴと重い響きを放ちながら敵の主砲がチャージを開始した。

 

 

コンテナからも、百発はありそうな小型ミサイル群がせり出し、シーカーヘッドのレンズを光らせる。

 

 

都庁を破壊したボーナスで再び満タンであろう敵必殺技ゲージに対し、ハルユキのそれはもう残り五パーセント弱。

 

 

全力飛行出来るのは数十秒程度だろう。

 

 

「言っとくけど巨大戦艦は、ロボット1機に落とされるって昔から決まってるんだぞ!」

 

 

「確かにお前はやるようだが、変態が乗ってるロボットにそんな活躍が出来るか!バーカ!」

 

 

ハルユキの負け惜しみに近い発言に対し、赤の王がひどすぎる台詞を吐き、続いて高らかに叫んだ。

 

 

「――《ヘイルストーム・ドミネーション》!!」

 

 

ぎゅどああああぱぱぱぱうんだりだりだり、と三種の砲声が同時に轟き、主砲とミサイルと機銃が一斉発射された。

 

 

それでもハルユキは、諦めも、怯えすらも感じなかった。

 

 

仮面ライダーとして戦っている時とは違い、全身の血が沸騰するような熱に包まれていた。

 

 

すなわち、《対戦》の興奮に。

 

 

「...ずありゃ――――!!」

 

 

ハルユキは、気合と共にまず右方向へと空中ダッシュし、とにもかくにも主砲の超高熱ビームを避けた。

 

 

あれに直撃されたら、一瞬でじゅっといってしまう。

 

 

危ういところでビームがすぐ傍を通り過ぎ、今度はパークタワーだかNSビルだかに大穴を開ける。

 

 

しかし、敵もその軌道を予測していたようだった。

 

 

無数の小型ミサイルが、前方からシーカーを煌かせて迫ってくる。

 

 

大きく息を吸い込み、ハルユキは渾身の超高速機動を開始した。

 

 

「おりゃっ――!!」

 

 

直線飛行してミサイルの一束を引き付けては、90度を超える鋭角ターンで振り切る。

 

 

ホーミング対象を見失ったミサイル群の爆発に揺さぶられながら、次の群れをおびき寄せ、再度の回避。

 

 

空中にUFOの如きジグザグ軌道を刻み、無数の爆発を咲かせながら、シルバー・クロウは飛び続けた。

 

 

「見える、気がする」

 

 

不思議に、ミサイルの軌道も、機銃の弾幕も、くっきりと見て取れる気がした。

 

 

正面の全方向から残り30ほどとなったミサイル群。

 

 

背後には機銃の弾幕。

 

 

そして地上ではスカーレット・レインの左主砲がリチャージを終え、トラッキングを開始している。

 

 

「ふっ!」

 

 

ハルユキは最後まで油断することなく、最後のミサイル群も同じ様に回避しようとした突如。

 

 

その時、戦場に猛烈な風が吹いた。

 

 

《風化》ステージの地形効果だ。

 

 

コンクリート剥き出しの建物や地面から、大量の砂埃が巻き上がり、視界が瞬時にグレー一色に閉ざされる。

 

 

周囲のミサイル達が目標を見失い、次々と誘爆していく。

 

 

......ここだ!!

 

 

ハルユキは眼を見開き、砂嵐の奥に輝くルビー色だけを目指して螺旋状に急降下した。

 

 

その軌道の中心を、発射された主砲のビームが貫き、虚空だけを灼いた。

 

 

「おおおおおお!!」

 

 

雄叫びと共に、ハルユキは姿勢を入れ替え、尖った足先から1条の光線となって突き進んだ。

 

 

「喰らえ―――!!」

 

 

乾坤一擲(けんこんいってき)の左キックを、かすかに見えたスカーレット・レインの2つのミサイルコンテナの隙間へと。

 

 

これがクリティカルで決まれば、まだ流れを引き戻せる――

 

 

――しかし。

 

 

「......!?」

 

 

剣のように鋭いつま先が触れる寸前、巨大要塞型アバターが、一気にバラけた。

 

 

その中央から、華奢な少女型アバターが現れ、こちらを見上げて。

 

 

有り得ないほどの速度でぶんっと一歩スライドし、シルバー・クロウのキックを避けようとした。

 

 

だが地面にぶつかる寸前にシルバー・クロウは、逆上がりの要領で身体を回転させ勢いを殺す。

 

 

ずざあああああっ!!

 

 

勢いを少し殺せたお陰か、地面に突っ込むことなくなんとか着地する事が出来た。

 

 

「あ、危なかったぁ...」

 

 

咄嗟に体が動いたから良かったものの、あのままだったら地面に突き刺さっていただろう。

 

 

「あのまま自滅すると思ったけど、結構やるじゃん」

 

 

すると後ろから赤の王が近づいてくる。

 

 

「だけど...あたしの勝ちね、お兄ちゃん」

 

 

赤の王は、これまたちっぽけな真紅の拳銃を右手に握り、ハルユキに向けていた。

 

 

「...そんなオモチャみたいなので、僕の装甲が打ち抜けるとでも?」

 

 

ハルユキの言葉に赤の王は、つぶらな両眼のレンズだけが存在するマスクに、明らかな笑みをにいっと浮かべた。

 

 

「この銃が、あたしの最強の武器だって言ったら信じる、お兄ちゃん?」

 

 

ハルユキは大きく息を吸い、ふうっと吐く。

 

 

「それでも...僕は最後まで諦めない。最初にも言ったが、たとえ王が相手でも逃げるつもりは無い!」

 

 

ハルユキは、赤の王に戦闘態勢を取る。

 

 

「今の俺は!負ける気がしない!」

 

 

諦めると思っていたのか、赤の王はすこし動揺する。

 

 

しばらく対峙すると、赤の王が銃を降ろす。

 

 

「気に入ったぜ、シルバークロウ」

 

 

「......はい?」

 

 

いきなり掛けられた言葉に、ハルユキは間抜けな声を出す。

 

 

「王を相手にしても、最後まで諦めないお前の意気込みをだ」

 

 

さっきまで自分を馬鹿にしていたので、ハルユキはその分驚きが大きい。

 

 

「お前の意気込みに免じて、殺すのは免除してやるよ」

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

色々突っ込みたいことはあるが、余計な事を言うとそれこそ殺されかねないので、ハルユキは感謝することにした。

 

 

すると、赤の王はもういちど笑い、言った。

 

 

「じゃあ、お礼としてあたしのお願い、聞いてくれるよね?」

 

 

「へ?お願い...?」

 

 

まさか黒のレギオンを裏切れってんじゃないだろうな。

 

 

それだけは無理な相談だ。

 

 

と内心で焦ったが、答えはまったく予想外のものだった。

 

 

いきなりドスの効いた声で、少女は傲然と言い放った。

 

 

「――アンタの《親》に会わせな。リアルで....お互い生身同士で」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

明くる1月22日木曜日、午後12時5分。

 

 

寝不足の眼をしょぼしょぼさせながら、ハルユキは梅里中学校の1階廊下を学生食堂目指して歩いていく。

 

 

あの後、悲鳴について兎美達に聞かれたが、赤の王の気転でゴキブリが出たとごまかした事でなんとかなった。

 

 

さすがに兎美達に変態なんて言われた日には、ハルユキは生きていけないだろう。

 

 

代わりに赤の王がハルユキの自室で、ハルユキはリビングのソファで寝る事になった。

 

 

だが兎美の提案で、なんとハルユキは兎美の部屋で寝る事になった。

 

 

寝るときは兎美と美空に抱き枕にされて寝たのだが、健全な男子中学生がその状況で熟睡できるような胆力は当然持ち合わせていない。

 

 

いったい赤の王の目的は何なのか。

 

 

なぜ当初は甘えんぼの妹キャラなど装いクッキーまで焼いたのか、そして黒雪姫つまり黒の王と会って何を話すつもりなのか。

 

 

などと現実逃避しようと真面目に考えようとしても、どうしても2人の事を意識してしまう。

 

 

そして煩悶しているうちに夜が明け、ハルユキはすーぴー熟睡している赤の王を起こさないように朝食を流し込んで、早々に家を出たのだった。

 

 

午前中の授業はニューロリンカーの覚醒アラームの助けを借りて何とか乗り切った。

 

 

まだほぼ無人の学食に足を踏み入れたハルユキは、幾つも並んだ長テーブルの間を突っ切り、殆ど駆け足で隣接するラウンジへと飛び込んだ。

 

 

ハルユキは黒雪姫が既にテーブルに居る事に気づいた。

 

 

近づくとちょこんと頬杖をつき、卓上の大判の本を見下ろすその人――黒雪姫が、やがて音も無く顔を上げた。

 

 

「や、おはようハルユキ君」

 

 

ハルユキはテーブルに歩み寄るとぺこりと顔を下げた。

 

 

「おはようございます先輩、今日も早いですね。僕、先輩より先にここに来られたことないですよ......」

 

 

「それは当然だろう。1年の教室は3階、2年の教室は2階なのだから」

 

 

澄まし顔で肩をすくめる。

 

 

その隣の椅子を引き、座ってからハルユキは言い返した。

 

 

「そ...そりゃ理屈ですけども。だからって、こうも毎日毎日...」

 

 

「それにな、私は君を待たせるよりも待つ方が好きだ。この貴重な時間を、君が入り口に現れるその瞬間から全て記憶できるからな」

 

 

再び、黒百合の花びらが開くような微笑み。

 

 

恐らく兎美と出会っていなかったら、黒雪姫に依存していたかもしれない。

 

 

ハルユキは一瞬詰めた息を細く、長く吐いた。

 

 

――まったく信じられない。

 

 

この儚げで優しい上級生と、加速世界に於けるスパルタ鬼教官が同一人物だなんて。

 

 

ハルユキ的には、なるべく前者のほうと長時間お付き合いしたいのだが、しかし今日は恐らくそれは叶うまいと予想された。

 

 

昨夕から現在も継続中である状況の事を説明したら、優しい《黒雪姫先輩》からおっかない《黒き死の睡蓮(すいれん)》に即変身してしまうのは確実だ。

 

 

そんな事をハルユキが考えていた途端、黒雪姫がそう言えば、と口を開いた。

 

 

「昨夜の電話...あれは何だったんだ?話の途中で急に黙り込んだと思ったら、いきなりお休みなさいと切ってしまったろう。確か...《赤の王》がどうとか言っていたようだが...」

 

 

「あー...ええっと...ですね...」

 

 

その1秒黙り込んだ間に、赤の王本人と対戦してたんです。

 

 

などといきなり言っても信じてもらえまい。

 

 

レベル9の《王》たちは、最早通常の対戦でレベルアップの為のバーストポイントを稼ぐ必要がない為、自ら戦場に現れる事は殆どないからだ。

 

 

已む無くハルユキは、観念して何もかもを喋り尽くすことにした。

 

 

『お帰りなさいお兄ちゃん』の所からの一切合財一部始終――問題のお風呂シーンだけは除外せざる得なかったが。

 

 

数分後。

 

 

呆れ度3割、怒り度7割がミックスされた表情になった黒雪姫は、すううっと息を吸いながら、硬く握った右拳を宙に浮かせた。

 

 

この馬鹿者!ドガチャーン!

 

 

という怒声とテーブル引っ叩きは、危うい所で発生しなかった。

 

 

ラウンジに、他の生徒が数人、昼食のトレイを抱えながら入ってきたからだ。

 

 

ハルユキと黒雪姫にちらりと視線を向けた彼らは、見慣れた光景ながらどうにも信じられないといった表情をいつものように浮かべたあと、少し離れたテーブルに席を占めた。

 

 

ハルユキとは違い、生徒達の事を意識もしない様子で、拳を5センチほど浮かせたまま大きく呼吸繰り返していた黒雪姫は、やがてその手をすとんと卓上に降ろした。

 

 

「何ともはや...最初に見た時気付け、と言いたいのはやまやまだが...確かにそんな体当たりなソーシャル・エンジニアリングを、しかも《王》当人が仕掛けてくるなぞ想像の埒外ではあるな...」

 

 

「で...ですよね」

 

 

黒雪姫の大噴火が回避された事に胸を回避された事に胸を撫で下ろしながら、ハルユキは苦笑いをするしか出来なかった。

 

 

最終的に表情を大きめの苦笑へと着地させた黒雪姫は、何度か頭を振ってから、声を低めて言った。

 

 

「それにしても、私と直接会ってどうしようというのだ?目的は何だ?」

 

 

「それは会ってから話すって」

 

 

「ふむ」

 

 

黒雪姫は何かを考えるかのように顎に手を当てる。

 

 

「ま...怪我の巧妙、といった面もないではないしな。《王》との直接対戦とくれば、バーストポイントをいくら積んでも買えない貴重な経験だ。どうだった、二代目《赤の王》は」

 

 

「無茶苦茶ですよ、一撃で都庁を半分吹っ飛ばしてましたよ...僕んちも丸ごと潰しちゃうし...」

 

 

改めてあの超絶的火力を思い出し、ハルユキはぶるっと身を振るわせた。

 

 

それを見て、黒雪姫はふふっと笑った。

 

 

「それこそが、《一極特化アビリティ》の威力だよ。《スカーレット・レイン》は全てのレベルアップボーナスを、遠距離火力の強化へとつぎ込んだと聞くからな。そうだ...君との対戦中、赤の王は動いたかい?」

 

 

「へ?」

 

 

一瞬の質問の意味を理解しそこね、ハルユキはぱちくりと瞬きした。

 

 

そして直ぐに、黒雪姫の言わんとする所を悟った。

 

 

そう――考えてみれば、赤の王スカーレット・レインは、ハルユキの眼前でデュエルアバターに変身し、あの要塞めいた重武装を身にまとい、ハルユキの自宅マンションを崩壊させたのち、最終局面の一斉対空砲火までまったくその場を動いていないのだ。

 

 

ぷるぷると首を振りかけてから、ぴたりと止める。

 

 

いや、正確には違う。

 

 

対戦の最後の最後、ハルユキの全速急降下攻撃を避けた時、赤の王はほんの1歩ではあるが確かに――。

 

 

「あ...う、動きました。たった50センチですけど」

 

それを聞いた黒雪姫は、ようやくもう一度にっこりと笑い、ぱたんと両手を合わせた。

 

 

「ほう、それは大したものだ!スカーレット・レインの2つ名、《不 動 要 塞(イモービル・フォートレス)》というのは、動かないからではなく動く必要がないゆえに献ぜられたものだ。噂によれば、2代目赤の王に上り詰める過程の大規模戦闘で、彼女は出現座標を一歩も動くこともなく30人近い敵を屠ったそうだよ」

 

 

「うっへ...」

 

 

思わずハルユキは呻いた。

 

 

そんな奴相手に真正面から突っ込むなんて、無知というのは恐ろしいものだ。

 

 

「そ...そんな噂があったなんて...でも《純色の六王》なんて言うから、てっきり赤の王は《レッド・なんとか》だと思い込んでました」

 

 

すると黒雪姫は、微笑みを浮かべたまま、

 

 

「だから電話で勉強不足だと言ったのだ。加速世界でレッドの号を冠したのは、後にも先にも《レッド・ライダー》ただひと...り...」

 

 

そこまで言いかけ。

 

 

ぴたり、と声を止めた。

 

 

唇に張り付く微笑みの残滓が、たちまち溶けて消えるのをハルユキは呆然と見詰めた。

 

 

白い肌からさっと血の気が引き、氷のように蒼ざめた。

 

 

「せ、先輩...?」

 

 

眼を見開いて問いかけたハルユキに「いや、なんでもない」と答えた声は、しかし完全に乾ききっていた。

 

 

虚ろな表情に支配された顔を、黒雪姫はゆっくりと俯けた。

 

 

テーブルの上に載ったままの右手が細かく震えているのを見て、ハルユキはようやく――あまりにも遅れて、黒雪姫の反応の理由に気付いた。

 

 

先代の赤の王。

 

 

《レッド・ライダー》。

 

 

黒雪姫の口から名前を聞くのは初めてだ。

 

 

しかし、なぜその名を持つバーストリンカーが加速世界から退場したのかは、既に知っていた。

 

 

2年前、黒雪姫が――黒の王ブラック・ロータスが、自らの手で首を落とした。

 

 

しかも尋常な対戦ではなく、7人の王達が集った会談の席上で。

 

 

演説する相手の不意を衝いて。

 

 

レベル9バーストリンカー同士の戦いでは、一度の負けでバーストポイントを全損するという過酷なルールがある。

 

 

そして言うまでもなく、ポイント全損とはブレイン・バーストそのものの永久喪失を意味する。

 

 

テーブルの上で強く握り締められた黒雪姫の白い手を見詰めながら、ハルユキは半ば無意識的に問いかけていた。

 

 

「先輩...。もしかして、前の赤の王は、あなたにとって...」

 

 

――ただの友達じゃなくて、もっと特別な存在だったんじゃないですか?

 

 

そう質問しようとしたが、本人が気にしている事を聞くべきじゃないと思い、ハルユキは言葉の途中できつく唇を引き結んだ。

 

 

直後、がばっと頭を下げる。

 

 

「すみません、僕が無神経すぎました。昨夜の電話も...いまの質問も。ごめんなさい、本当に...」

 

 

「......いや...、いいのだ、気にするな」

 

 

返った声は、一切の艶を失い掠れていた。

 

 

「もう随分昔に自分の中でケリをつけたと思っていた...己以外のあらゆるバーストリンカーは対戦者、すなわち《敵》なのだと思い定めたつもりだったのに...不意を衝かれるとこのザマだ、滑稽極まれりだな」

 

 

くく、と低く笑い、黒雪姫は右手を膝に戻そうとした。

 

 

その手を、ハルユキは無意識のうちに伸ばした両手で包み込んでいた。

 

 

はっと息を呑む気配とともに強く手が引かれたが、ハルユキはいつにない頑なさでそれに抗った。

 

 

窓からの日差しを浴びているのに、石の彫像のように冷たい。

 

 

限界まで強張った腱の軋みが、音として聞こえる気がするほどだ。

 

 

凍えたその手を、ありったけの体温を掻き集めて暖めようとしながら、ハルユキは口を開いた。

 

 

「僕は、絶対に先輩と戦わない。絶対に《敵》にはならない。先輩は僕の《親》で、僕は先輩の《子》です。対戦者であるより前に親子なんだ、そうでしょう」

 

 

しばし、沈黙が続いた。

 

 

やがて黒雪姫は、ようやく顔を上げると少し上目遣いにハルユキを見詰め、ゆっくりと頷いた。

 

 

その唇にかすかに浮かんだ微笑は、しかし、どこか哀しげなものを湛えているようにハルユキには見えた。

 

 

「...場所を変えようか」

 

 

ぽつりと言い、黒雪姫は今度こそするりと右手を戻した。

 

 

滑らかに立ち上がり、ハードカバーを抱えて歩き始めたその背中を追いながら、ハルユキは訊ねた。

 

 

「ど、どこへ...?」

 

 

「《スカーレット・レイン》への対応を、我々だけで決定してしまうわけにはいかないだろう。こういう事は、レギオン全員で話し合わないとな。昼食は、サンドイッチでも買っていこう」

 

 

「はい、そうですね」

 

 

ハルユキは黒雪姫の物腰が元に戻った事に安堵もしながら、こくこくと頷いた。

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

黒の軍団(レギオン)、《ネガ・ネビュラス》。

 

 

暗黒星雲という壮大なスケールのネーミングに対して、現在の構成人員わずか3名である極小レギオンの構成員最後の1人は、ハルユキのメールに対して【屋上にいるよ】とレスしてきた。

 

 

鉄扉を開けた途端ぴゅーと吹き込んでくる外気の温度に首を縮めつつ、きょろきょろ見回すと、ずっと離れたベンチに1人座るその姿を見出す事が出来た。

 

 

早足に歩み寄る間にも、黒雪姫とは別の方向性ながら実に絵になるその佇まいにハルユキはつい見とれそうになる。

 

 

細身ながらしっかりと筋肉のついた長身。

 

 

微風にさらさらと揺れる長めの前髪の下の横顔は、日本刀を思わせる和の鋭利さを漂わせている。

 

 

やや俯き、右手の指先を空中に走らせているのはホロキーボードを操作中なのだろうが、その姿すらもどこか座禅を組むサムライのようだ。

 

 

足音に気付き、顔を上げる同い年の少年に、ハルユキはひょいっと右手を上げた。

 

 

「うっす、勉強中だったら悪かったな。でも、何もこんなクソ寒い所でやらなくてもいいだろ、タク」

 

 

するとタクムは、フレームレスの眼鏡越しに微笑んだ。

 

 

「今日は日差しが気持ちいいじゃないか。ハルもたまには日光にあたったほうがいいよ」

 

 

そしてきびきびした動きで立ち上がり、ハルユキの後ろの黒雪姫に深く一礼する。

 

 

「おはようございます、マスター」

 

 

「うん、おはようタクム君」

 

 

頷いてから、黒雪姫は大きな苦笑を浮かべた。

 

 

「何度も言っている通り、確かに私はレギオンマスターではあるが、常にそう呼ぶ必要はまったくないんだがなあ」

 

 

「すみません。でも、僕にはこれが一番しっくりくるんです」

 

 

答え、タクムはさっと1歩動くと、今まで座っていたベンチを左手で示した。

 

 

再度の苦笑と共に腰を下ろし、黒雪姫は脚を組んだ。

 

 

そこでひょいと片方の眉を動かし、タクムを見上げて訊く。

 

 

「私とハルユキ君は失礼してここで食べさせてもらうが、君、昼食は?」

 

 

「はい、もう頂きました」

 

 

見れば、ベンチの隅にきちんと包み直されたランチボックスが置かれている。

 

 

ハルユキもベンチに座るなり、直ぐに手に持っていたお弁当の包みを広げた。

 

 

その時、タクムはハルユキが食べようとしているお弁当に目を向ける。

 

 

「それ、兎美さんが作ったんだろ?」

 

 

「え?ああ、毎朝作ってくれるんだよ」

 

 

タクムの質問に、ハルユキは嬉しそうに答える。

 

 

「でも...良く兎美が作ったって分かったな、タク」

 

 

「見れば分かるよ、殆どがハルの好物ばかりだし、栄養が偏らないように野菜もきちんと入ってるからね」

 

 

タクムの言葉を聞き、黒雪姫もいつもは気にしていなかったがハルユキのお弁当の中身を見る。

 

 

タクムの言う通り、お弁当にはハルユキが好きそうなおかずが入っており、ハルユキの身体を気にして栄養が高いほうれん草等が入っていた。

 

 

黒雪姫は自分のお昼に買ったサンドイッチと、ハルユキのお弁当を見比べて「私にも女子力があれば...」と苦やしそうに拳を握っていた。

 

 

幸い、ハルユキは気づいておらず、タクムは見て見ぬふりをしていた。

 

 

「そういえば、トモ子ちゃんとはあの後どうだったんだい?」

 

 

タクムは何か話題をと思い、昨日会ったトモ子の話をした。

 

 

「いや、それがそのトモ子ちゃんの事で話があって...」

 

 

ん?とタクムは疑問符を浮かべる。

 

 

ハルユキはタクムにも、昨日あった事を説明する。

 

 

目を丸くして全てを聞き終えたタクムは、ふーむ、と短く唸った。

 

 

「...どう思う、タク?」

 

 

「うーん、赤の王がマスターに何を言うつもりなのかは、推測しようにもデータが足りない。ただ、仮に偽装が三日間維持され、君に身元が露見しなかった場合に、何をしようとしていたのかは判る気がするな」

 

 

「へー!」

 

 

「ほほう」

 

 

同時に声を上げるハルユキと黒雪姫に向かって、眼鏡のレンズをきらーんと光らせながら、タクムは続きを口にした。

 

 

「ハルの性格からして、3日も暮らせば《妹》にかなり情が移るだろう。そこで、その妹が『実はあたし、バーストリンカーなんです。でも子供だから、頑張って貯めたポイントをレギオンの先輩に無理やりとられてばっかりなんです。お願いお兄ちゃん、あたしのレギオンに来て、あたしを守って!』と言い出したら...」

 

 

「おいおい、無茶苦茶だ!」

 

 

黒雪姫が呆れ声で叫んだ。

 

 

「あのなタク...いくら俺でもそんな見え透いた罠に嵌るほど馬鹿じゃないぞ。逆にポイントを全部カッ剥がれるのは目に見えてるじゃないか」

 

 

黒雪姫に続き、ハルユキもタクムに意見する。

 

 

「確かに、仮面ライダーとして戦っているハルだったら引っかからないと思うけど、もし兎美さん達と出会っていなかったら分からないと思うよ」

 

 

「うっ...」

 

 

確かにタクムの言う通り、兎美達に会っていなかったら引っかかっていた自分が目に浮かぶので、反論する事が出来なかった。

 

 

「恐らく彼女の目的は、ハルを《断罪の一撃(ジャッジメント・ブロー)》で脅し、何かさせようとしてるんじゃないでしょうか?」

 

 

「なるほどな...」

 

 

「ジャッジメント・ブロー?」

 

 

タクムの言葉に黒雪姫は納得し、ハルユキは聞き覚えない言葉に疑問符を浮かべる。

 

 

「断罪の一撃、ジャッジメントブロー、レギオンマスターのみに与えられた処刑のための必殺技だ。その一撃を受けたレギオンメンバーは即座にポイントがゼロになり、ブレイン・バーストを永久喪失する」

 

 

「永久喪失...」

 

 

「もしハルがほんのいっときでも赤のレギオンに参加すれば、その瞬間君の...シルバークロウの生殺与奪権は奴らの手に」

 

 

「うっへぇ」

 

 

としか、ハルユキは言いようがなかった。

 

 

「赤の王はジャッジメント・ブローで脅し、ハルにさせたい事があった。でも妹の偽装がばれたので、今度はマスターと直接対面する事で、搦手から取引へと方針転換したのではないでしょうか」

 

 

「ふうむ」

 

 

もう一度低く唸り、黒雪姫はタクムを見上げて言った。

 

 

「何と言うか...君、実にサマになっているな」

 

 

「は、はい?何がですか、マスター?」

 

 

「メガネ君キャラが。これからタクム君をハカセと呼ぶのはどうだろう」

 

 

ずりっ、とベンチに預けた背中を滑らせ、タクムはふるふる頭を左右に動かした。

 

 

「い、いえ...せっかくですが、遠慮しておきます」

 

 

笑ってしまいそうになるのを懸命に堪え、ハルユキは言った。

 

 

「僕も、タクの推測は正しいと思います。昨日の対戦で、赤の王は僕に圧勝できるのにしなかった。代わりに、先輩に会わせろと言ったんです。それはつまり、次善の策として交渉を選んだってことで、敵対することが目的ではないという意思表示なんじゃないでしょうか...」

 

 

「今更調子のいいことを、って話ではあるがな!」

 

 

黒雪姫はふん、と鼻を鳴らし、脚を組み替えた。

 

 

食べ終えたサンドイッチの包み紙をくしゃっと握り潰し、離れたくずかごに見事なオーバースローで放り込む。

 

 

「だがまあいい、話があるというなら聞いてやるさ。少なくとも、《リアル割れ》を覚悟の上で王自らが乗り込んできたクソ度胸だけは大したものだ、子供にしてはな。ハルユキ君、赤の王にコールしてくれ給え。会談は今日の午後4時、場所は...」

 

 

そこで少し言葉を切り、黒雪姫は立ち上がった。

 

 

くるっと振り向き、にやりと笑いながら――。

 

 

「君の家のリビングだ」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

放課後。

 

 

赤の王に連絡した後に、兎美にも連絡を入れ黒雪姫とタクムを連れて帰宅する旨を伝えた。

 

 

お菓子も買い置きがあるので、買って帰る必要も無い。

 

 

でも問題は僕の部屋だ。

 

 

とくに、今世紀アタマ頃のZ指定血みどろゲームコレクションを見られた日には立ち直れない。

 

 

自室だけは死守。

 

 

何がなんでも死守。

 

 

電子キーは絶対に解除しない。

 

 

そう決意し、ハルユキは中央線の高架の向こうに見え始めた自宅マンションをキッと睨んだ。

 

 

タクムといつになく口数の少ない黒雪姫をエレベーターに乗せ、ボタンを押し、23階で降りる。

 

 

あとはもう、共用外廊下を10メートルも歩けば自宅のドアだ。

 

 

お願いですから、何事もありませんように!

 

 

と祈りつつ、ハルユキは視界に浮かんだ開錠ダイアログにタッチした。

 

 

かちん、とロックが外れる音。

 

 

プルタイプのドアノブを引いた途端、ハルユキの耳に飛んできたのは。

 

 

ズバラララララ、というマシンガンの連射音と、ギャア―――ヘルプミ―――という英語の悲鳴と、うおりゃー、死ねー、死にさらせー、という少女の声。

 

 

「うぎゃ――――――!!」

 

 

ハルユキも悲鳴を上げ、靴を脱ぐのももどかしく、どたどたとリビングに駆け込んだ。

 

 

そこで見たのは、壁のパネルモニタに接続された前時代のゲームハードと、床に山積みに置かれたハルユキのZ指定ゲームコレクションのパッケージと、ソファに胡坐をかいてワイヤレスコントローラを握る《赤の王》の姿だった。

 

 

「なっ...なんっ...僕のへやっ...カギッ...」

 

 

リビングに一歩踏み込んだ所で口をぱくぱくさせるハルユキはちらっと振り返り、赤の王は言った。

 

 

「あ、おっかえりー。お兄ちゃん、いい趣味してるねー。あたしこういうの大好き!」

 

 

立ち尽くし、思考停止するハルユキの隣で、少しばかり呆れた声が響いた。

 

 

「...ま、私も嫌いではないよ。この時代の洋ゲーには哲学があるよな、うん」

 

 

「ははは...」

 

 

ちょうどその瞬間、大型モニタの中で、マフィアの親玉らしきオッサンがどばしゃーと血を振り撒いて吹っ飛んだ。

 

 

「うっしゃ!5面クリアー!」

 

 

ガッツポーズをする女子小学生を見下ろしながら、ハルユキはもう一度、力ない声で呟いた。

 

 

「どうやって...カギを...。ていうか兎美達は...?」

 

 

すると、ゲームをポーズさせた赤の王は、ようやく体ごと振り向き。

 

 

まずハルユキを、次いで隣の黒雪姫を見つめ、赤いツーテールを揺らしてうふふと天使のように笑った。

 

 

「言ったでしょ、お兄ちゃんのママからこの家のインスタンスキー預かってる、って。ちょこっと細工してマスターキーにするのなんかチョロイわよ、でも安心してお兄ちゃん。参考書の裏に並んでた、違う意味でZ指定のソフトには触ってないから♪」

 

 

終わった......。

 

 

握力を失った右手からどさっと鞄が落ちた。

 

 

そんなハルユキを不憫に思ったのか、タクムはハルユキの肩に手を置いて慰める。

 

 

「あと美空お姉ちゃんならまだ寝てるよ、起こしたら刻むって言ってたけど。兎美お姉ちゃんなら晩ご飯の買出しに行ったからそろそろ...」

 

 

帰ってくると赤の王が言おうとしたその時、後ろから扉が開く音がした。

 

 

「ただいまー」

 

 

ちょうど、手にビニール袋を持った兎美がリビングに入ってきた。

 

 

「もう帰ってたのね、お帰りハル。そしていらっしゃい黒雪に黛」

 

 

「お邪魔しています」

 

 

「うむ、お邪魔してるぞ」

 

 

兎美は手に持った袋をテーブルに置き、赤の王に近づく。

 

 

「ちょっとニコ、ハルが帰ってくる前に終わらせなさいって言ったでしょ」

 

 

「悪い悪い、集中してたからすっかり忘れてた」

 

 

「まったく...」

 

 

そんな兎美から視線を外し、赤の王はもう一度黒雪姫をまっすぐ凝視した。

 

 

表情から、あどけなさがすうっと抜け落ちる。

 

 

コントローラを傍らに放り、少女は両脚を振り上げると、勢いよくソファから降りた。

 

 

少女は唇の端に剣呑な笑みを刻んだまま数歩進み、ハルユキの隣に立つ黒雪姫とまっすぐ相対した。

 

 

対照的に一切の色彩を持たない、冷たい闇を凝集させたかのような黒衣の女子中学生も、超然とした視線と微笑で迎え撃った。

 

 

ばちばちばち。

 

 

と両者の間に弾ける青白いスパークが見えた気がして、ハルユキは一瞬リビングの惨状を忘れ、じりじりと後ずさった。

 

 

――まさか、このまま《対戦》するんじゃないだろうな。

 

 

と真剣に危惧しつつ見守っていると、赤の王が両手を腰に当て、尖った顎先をつんと持ち上げて言った。

 

 

声にはもう、先刻の妹テイストは欠片も残っていない。

 

 

「ふぅん、アンタが《黒の王》か。なるほどこりゃあ黒いや、夜だったら目の前にいても見えねーな」

 

 

すかさず黒雪姫が、腕組みをしながら言い返した。

 

 

「そういう貴様も実に赤いぞ、《赤の王》。交差点にぶら下げたら車が止まって面白そうだ」

 

 

スパークが一気に電圧を増し、ハルユキは無音でひぃーっと叫びながら更に一歩下がった。

 

 

「最悪...」

 

 

現状を見た兎美がそう呟く。

 

 

「あんた達、やるなら外でやりなさいよ」

 

 

2人の言い合いに兎美が加わった。

 

 

「悪いがこれはバーストリンカーの話だ」

 

 

「関係ない奴は入ってくるな」

 

 

赤の王、黒雪姫の順番に兎美に意見する。

 

 

「はあ?バーストリンカーとか関係ないわ。邪魔だから他の所でやれって言ってるのよ!」

 

 

「なんだと?」

 

 

「なんだ?」

 

 

「なによ?」

 

 

今度は3人の間にスパークが見える。

 

 

ハルユキとタクムはおろおろしていたその時だった。

 

 

ひゅん!と何かが音を立てて飛んできた。

 

 

その何かは黒雪姫と兎美の間、赤の王の頭上を通過した。

 

 

 

 

 

ダン!

 

 

 

 

直後、何かが壁に刺さる。

 

 

全員がそちらに視線を向けると、なんとそこには。

 

 

 

ノコギリ(・・・・)が刺さっていた。

 

 

 

 

全員の口が塞がらない様子だったが、直ぐに飛んできたであろうリビングの入り口に振り向いた。

 

 

するとそこには、アイマスクを握り締めた美空が仁王立ちしていた。

 

 

「うるさい...刻むよ...」

 

 

美空の顔は笑顔であったが、目にハイライトが宿っておらず凄く怖い形相だった。

 

 

気のせいか、部屋の温度が下がった気がする。

 

 

『す、すみません...』

 

 

恐怖の余り怒らせた兎美達だけでなく、ハルユキとタクムまでもが謝罪する。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

あの後、「次やったら殺す...」という恐ろしい言葉を残し、美空は部屋に戻っていき、兎美も邪魔をしないように部屋に戻った。

 

 

大型のダイニングテーブルにハルユキと黒雪姫が隣り合って座り、向かい側で赤の王とタクムが座っている。

 

 

揃ってコーヒー――黒雪姫はブラック、ハルユキとタクムはミルクと砂糖入り、赤の王は殆どミルクだけのカフェオレ――を啜った。

 

 

「まずはともあれ、自己紹介から始めましょう。ここは、貴方から名乗ってもらうのが筋じゃないかな、《赤の王》」

 

 

じろっとタクムに一瞥くれた女の子は、短く鼻を鳴らしてから口を開いた。

 

 

「ま、いいだろう。そんくらいはサービスしてやるよ。あたしは...ユニコ。上月由仁子(こうづきゆにこ)だ」

 

 

続いてぱちんと指を鳴らすと、ハルユキの視界に真紅のネームタグが浮き上がった。

 

 

ちょっと可愛めのフォントで、【上月由仁子】と表記してある。

 

 

これは、初対面の相手に名前の字面を教える為の名刺のようなものだが、同時に簡易的な身分証明書でもある。

 

 

タグの右下には住基ネットの認証マークが輝き、これを偽造するのはウィザード級のハッカーでも困難なため、タグに記された名前はすなわち《赤の王》の本名であるということになる。

 

 

タグには、名前のほかに生年月日のみが表示されていた。

 

 

2035年12月生まれ、ということは11歳になったばかりだ。

 

 

バーストリンカーの精神年齢が肉体年齢とズレているのはよくあることだが、赤の王――ユニコの場合はすぐに判別しかねるものがあった。

 

 

ハルユキよりずっと大人びている気がするし、歳相応の女の子に見える時もある。

 

 

「ふうん、ユニコちゃんか」

 

 

恐らく、先程兎美が名前を呼ぶ際に言ったニコとは名前から来てるのだろう。

 

 

にこっと笑うタクムを胡散臭そうに見やり、トモコ改めユニコは言った。

 

 

「アンタも名乗りな、《シアン・パイル》」

 

 

その台詞は、赤の王がすでに、レギオン《ネガ・ネビュラス》についてかなりの部分調べ上げている事を意味する。

 

 

タクムもそれを察したのだろう、笑みを皮肉げなものに変えたが、素直に本名を口にした。

 

 

「僕は黛 拓武。よろしく」

 

 

す、と指先を滑らせる仕草。

 

 

赤の王にネームタグを送信したのだろう。

 

 

空中に一瞬凝視したユニコは、次に正面のハルユキに視線を据え、顎をしゃくった。

 

 

「僕の本名はもう知ってるじゃないか。有田春雪」

 

 

「タグ寄越しな」

 

 

言われ、しぶしぶデスクトップを操作する。

 

 

最後に、3人の視線が、しばし無言を貫いていた黒の王に集まった。

 

 

コーヒーカップから顔を上げ、長い睫毛をゆっくり瞬かせてから。

 

 

「ン?ああ、私か。私は黒雪姫だ。宜しく見知り置け、上月由仁子君」

 

 

「おいコラ、それ本名じゃねーだろ!!」

 

 

即座にユニコが喚くと、黒雪姫は涼しい顔でぴんと指先を弾いた。

 

 

瞬間、赤の王のみならず、ハルユキの視界にも漆黒のネームタグが浮き上がる。

 

 

【黒雪姫】。

 

 

と明朝フォントで大書されたその右下に、しっかりと住基ネットの認証印が輝いていて、ハルユキはため息と共にぷるぷる首を振った。

 

 

この人だけは、本当に解らない。

 

 

赤の王も、名状しがたい表情でぶすーっと鼻息を漏らしたが、やがて激しく舌打ちした。

 

 

「あーもー、いいよ何でも!姫とか自称する図太い女だってことだけ覚えとくよ!」

 

 

仮にここでユニコが本名を教えろと食い下がった所で、黒雪姫がタグの量子暗号鍵をハックしている以上、次の一枚が本物だという確証は得られない。

 

 

黒雪姫はにやっと笑うと、涼しげな声で嘯いた。

 

 

「《王》と自称するより遥かにかわいいものだろう?」

 

 

「あ?何...」

 

 

またも2人の間にスパークが流れる。

 

 

「止めてください...またノコギリが飛んできますよ!」

 

 

『うっ...』

 

 

タクムの言葉を聞き、黒雪姫は体を強張らせ、ユニコは頭を押さえる。

 

 

先程、頭上をノコギリが通過した事がトラウマになったようだ。

 

 

全員してリビングの入り口に視線を向けるが、誰も居なかった。

 

 

『はあ...』

 

 

安心した為か、全員揃って安堵のため息をつく。

 

 

「えーっと、それじゃあ早速本題に。まず赤の王、あなたがどうやってハルのリアルを割ったのか、そこから聞かせてくれませんか?」

 

 

予想外の切り口にきょとんとしてしまってから、ハルユキは遅まきながら息を呑んだ。

 

 

そう――、問題にすべきは、何よりもまずはそこだったのだ。

 

 

赤の王がハトコのトモコちゃんの身分を偽装した方法でも、その目的でもなく。

 

 

《リアル割れ》はバーストリンク最大の禁忌――事はハルユキの、現実世界での身の危険にも直結するのだから。

 

 

判りやすく青ざめるハルユキをちらっと見やり、ユニコは軽く肩をすくめた。

 

 

「んな顔しなくてもいーよ。アンタがシルバー・クロウだってことは、赤のレギオンでもあたししか知らない。これは王の名にかけて誓う。突き止めた方法は...」

 

 

にっ、と唇の端を吊り上げる。

 

 

「ここんちに潜り込んだテクと一緒。ソーシャル・エンジニアリングだよ。しかも、小学生のあたしにしか出来ない方法」

 

 

「へ...?どういうこと...?」

 

 

「あんたらの領地が杉並なのは誰でも判る。んで、出現時間の傾向からして中学生だってことも推測できる。そこまではいいよな?」

 

 

《生まれた直後からニューロリンカーを装着していなければならない》という第1条件ゆえに、現在最高齢のバーストリンカーでもまだ16歳にしかなっていない。

 

 

厳密に言えば高校1年生の可能性もあるが、学生ならば大部分が中学生、という推測は成り立つ。

 

 

こくりと頷くと、赤の王も軽く顎を引いて続けた。

 

 

「そこで、だ。あたしは、自分が小学生っつーことを利用して、杉並区内の中学校にかたっぱしから学校見学を申し込んだ。見学者用パスを貰えば、校内ローカルネットに接続できっからな。んで、教師に案内してもらってる間にちょいと《加速》して、マッチングリストを見りゃ...」

 

 

「――いつかはシルバー・クロウを発見できる、というわけか。ふん、七面倒臭いが理にかなった手段だ」

 

 

少しばかり口惜しげにそう言い、黒雪姫はしかし、と続けた。

 

 

「だが、それでは梅里中の生徒三百人の誰か、とまでしか判らんだろうに。いったいどうやって、このハルユキ君を特定したのだ」

 

 

すると、赤の王はきゅっと唇を結んで、しばし沈黙した。

 

 

そむけた顔から横目でハルユキを睨み、どこか言い訳じみた声を出す。

 

 

「いーか、あたしは別にアンタ自身をどうこう思ってるわけじゃないんだからな。あくまで用があんのはデュエルアバター、もっと言やその背中のピラピラだけだ。

 

 

――梅里中学校でシルバー・クロウを見つけたあたしは、道路を挟んで校門が見渡せるファミレスの窓際に陣取って、下校する生徒が門から出て来るたびに加速したのさ。

 

 

マッチングリストにシルバー・クロウが現れた瞬間、校門の境界を跨いでた奴が、このにーちゃんだった時はさすがにちっと吃驚したけどな!」

 

 

いつもだったら軽くグサリときている台詞だが、この時ばかりはその余裕はなかった。

 

 

ハルユキは目を丸くし、何度か口をぱくぱくさせたあと、恐る恐る訊ねた。

 

 

「それ、いったい、バーストポイントどんくらい遣ったの...?」

 

 

「2百ちょいかな」

 

 

「に、にひゃく!!」

 

 

ハルユキは叫び、タクムはカップを落っことしかけ、黒雪姫は大きな苦笑いを浮かべた。

 

 

「...なるほどな。つまり、小学生であると同時に、ポイントに余裕がある《王》にしか実行できない方法というわけだ。しかしまあぁ...見上げた執念だな。そんなに惚れちゃったのか、ハルユキ君に」

 

 

「ちがうっつの!!」

 

 

「ああっ!!」

 

 

げしん、とテーブルの下で理不尽にもハルユキのむこうずねを蹴り飛ばし、ユニコは喚いた。

 

 

「言ったろうが!!あたしは中の人じゃなくてもアバターのほうに用があんだよ!!つうか、上手く行ってりゃ今頃こいつを引き抜いて手下にしてたっつうの!!」

 

 

「つまり...」

 

 

微笑みつつも、切れ長の眼に冷静な光を浮かべたタクムが静かな声を発した。

 

 

「その《用》こそが、君が2百ポイントを費やしてハルのリアルを割り、我が身を投じてソーシャル・エンジニアリングを仕掛け、そしてこの会談を望んだ最終的な理由ってわけだよね」

 

 

途端――。

 

 

ユニコの表情から、子供らしさが抜け落ちた。

 

 

細かく結わえた赤毛を揺らし、椅子の背もたれに細い体を預けて、赤の王は低い声で(がえ)んじた。

 

 

「そうだ」

 

 

半眼に閉じられた瞼の下から、ダークグリーンの瞳がまっすぐハルユキを射た。

 

 

その圧力は、確かにこの小さな女の子も、黒雪姫と同じく《王》なのだと思わせるに充分なものだった。

 

 

「アンタの背中の翼...《飛行アビリティ》を、たった1度だけ借りたい。《災禍の鎧》を破壊するために」

 

 

「なっ!?おいそれはどういう「バン!!」」

 

 

ことだと叫ぼうとした黒雪姫だったが、いきなりリビングの扉が勢い良く開かれた事により、続きを喋る事が出来なかった。

 

 

なぜならリビングの入り口には、

 

 

 

 

 

包丁(・・)を握りしめた美空が立って居たからだ。

 

 

 

 

『ああ゛――――――――ッ!!』

 

 

 

 

恐怖の余り、全員が悲鳴を上げた。

 

 

 

その後、全員が土下座して許して貰う事が出来たが、ハルユキが1つ言う事を聞くことになったのは別の話。




遅くなりましたが、

皆様、明けましておめでとうございます!

今年も宜しくお願いします。

ナツ・ドラグニルです。

作品は如何だったでしょうか。

今回、赤の王の戦いは考え抜いたのですが、いい感じになったのではないでしょうか。

美空のノコギリ飛ばすシーンは原作にもあったので入れたいと思ってました。

あと、思っていたより文字数が多くなってしまいました。

申し訳ございません。

さて、新しい1年が始まりましたが、去年は色々ありました。

仕事辞めたり、精神科に通うことになったり、高校の時のアホな同級生が吉本のお笑い芸人になってたり。

本当に色々ありました。

最後のは本当に驚き、冗談抜きで口が塞がりませんでした。

まさか自分の知り合いが、お笑い芸人になっているとは思わなかったので凄く驚きました。

さて、現実の話はここまでにします。

災禍の鎧VS仮面ライダークローズ戦も行いたいと思っています。

オリジナルフォームも、クローズディザスターは変身方法、変身時の音声、見た目は決まっており後は必殺技のみで、青龍の仮面ライダーアズールは見た目以外は決まっている状況ですので登場する頃には出来上がっていると思います。

これからも応援の程、宜しくお願い致します。

それでは次回、第3話もしくは激獣拳を極めし者第18話でお会いしましょう!

それじゃあ、またな!


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第3話

これまでの、アクセル・ビルドは!

兎美「杉並在住の有田春雪は、仮面ライダークローズとなり、記憶喪失で仮面ライダービルドでもある有田兎美と共に杉並を守るため戦っていた」

美空「春雪は赤の王と戦い、戦いが終わった後に赤の王から黒雪姫に合わせろと頼まれてしまう」

黒雪姫「赤の王の目的が分からずも春雪は黒雪姫を自宅に招き、そこで災禍の鎧の存在と、美空の恐ろしさを認識したのであった」

美空「ちょっと!私の恐ろしさって何よ!」

兎美「そのままの意味でしょうが、いきなりノコギリ投げられたり、包丁を手に持って現れたら怖いのよ!もはやホラーよ!」

黒雪姫「まあ、それは置いといて先に進めようじゃないか」

兎美「それもそうね、さてどうなる第3話!」


「あいつ、マジで私達を殺すつもりだっただろ」

 

 

ユニコは、涙目になりながら呟く。

 

 

「私とした事が...余りの恐ろしさに悲鳴を上げてしまったよ...」

 

 

黒雪姫も先程の美空が恐ろしかったのか、少し震えている。

 

 

「それで、その...サイカのヨロイって何なんですか?人じゃなくて、モノなんですか?」

 

 

黒雪姫は数秒間沈黙を続けたが、やがて細長く息をついた。

 

 

「ン...、そうだな...。人即ちバーストリンカーであり、モノ即ちオブジェクトでもある。...と言うべきかな。ハルユキ君、キミが最初に戦った相手を覚えているか?」

 

 

「え、は、はい。バイク男...《アッシュ・ローラー》ですよね」

 

 

脳裏に派手なチョッパーバイクと髑髏ヘルメットを思い浮かべながら、ハルユキは頷いた。

 

 

渋谷から六本木を本拠とする緑のレギオン所属の彼とは、今でもちょくちょく対戦している。

 

 

「あの男のバイクな。あれはライダー本人とは別個のオブジェクトだが、しかし総体としてのデュエルアバターを構成している。つまりモノであり人である、という事になるだろう?」

 

 

「えーと...そう、ですね。確かに」

 

 

もう一度、こくりと頷く。

 

 

「そのような外部アイテムを、ブレイン・バーストのシステム上では、《強 化 外 装(エンハンスト・アーマーメント)》と呼ぶ」

 

 

「強化...外装」

 

 

なんだか、かっこいい名前が出てきたぞ。

 

 

とハルユキは一瞬わくわくしたが、それはすぐにしょんぼりにすり替わった。

 

 

徒手空拳のシルバー・クロウには、どう考えても装備されていないものだからだ。

 

 

ハルユキの内心を察したのか、黒雪姫はごく短い微苦笑を浮かべ、言った。

 

 

「私も持ってないんだ、そうヘコムな」

 

 

「あたしは持ってるけどな」

 

 

へら、と口元を緩めながらユニコが言った。

 

 

すかさず黒雪姫が鋭い声を浴びせる。

 

 

「貴様の場合は、持っているというより最早外装のほうが本体だろうに」

 

 

「おっ、いい負け惜しみ貰っちゃったぜ」

 

 

睨み合う2人に、ハルユキは慌てて割り込んだ。

 

 

「そ、そうか。スカーレット・レインの、あの物凄い火力コンテナ...あれも全部《強化外装》なんですね」

 

 

「そういうことだ。しかし、この小娘が自慢するほどレアな代物じゃあないぞ。手に入れる手段が四つもあるんだからな」

 

 

黒雪姫は上向けた右拳の人指し指を伸ばし、続けた。

 

 

「まず1つ目、初期装備として最初から持っている場合。アッシュ・ローラーのバイクは恐らくここだな」

 

 

「僕の右手の《杭打ち機(パイルドライバー)》もそれですね」

 

 

タクムが言葉を挟み、ハルユキは思わずえーっと声を上げた。

 

 

「なんだよ、タクも持ってんのかよ!」

 

 

「まぁまぁ、話を聞こうよ」

 

 

「...続けるぞ」

 

 

伸ばされた中指の爪がぴっと宙を叩く。

 

 

「2つ目は、レベルアップボーナスとして獲得できる場合。ボーナスの選択肢に存在しなければ不可能だが」

 

 

「...ありませんでした...」

 

 

今までの3度のレベルアップを思い出しつつ、ハルユキは呟いた。

 

 

それ以前に、黒雪姫のアドバイスに従って、ボーナスは全てをスピードと飛行時間に注ぎ込んでいるのだが。

 

 

次に薬指を立て、黒雪姫は説明を続けた。

 

 

「そして3つ目。《ショップ》でポイントを消費して購入する。これならハルユキ君にも可能性があるが、ま、お薦めはしないな」

 

 

「へ?しょっぷ...てお店ですか?そんなの、どこにあるんですか?」

 

 

「ナイショだ。キミがありったけのポイントで乱舞してしまうのが予想されすぎるからな」

 

 

「そ、そんな...」

 

 

あはは、と笑いながらタクムも頷いた。

 

 

「間違いないね。ハルはあの手の店に行くと人格変わるからなあ」

 

 

「な、なんだよ2人して...」

 

 

リビングに流れた、弛緩(しかん)した空気を――。

 

 

鋭いユニコの一声が切り裂いた。

 

 

「...早く4つ目を言えよ」

 

 

赤の王の剣呑な視線を正面から受け止め、黒雪姫はかすかに頷いたものの、しかしすぐには声を発しようとしなかった。

 

 

すると、ユニコがずいっと手を伸ばし、黒雪姫の右手の小指を無理やり広げて短く吐き捨てた。

 

 

「4つ目。《殺してでも奪い取る》」

 

 

「こ...ころっ...」

 

 

瞠目(どうもく)するハルユキに、黒雪姫がため息混じりの解説を加えた。

 

 

「これは、まだ完全に解明されていない現象なのだが...強化外装を持つバーストリンカーが対戦に敗北し、そこでバーストポイントがゼロとなって加速世界から永久退場した場合、敗者の外装の所有権が勝者へと移動する場合があるんだ」

 

 

「低確率でランダム発生するイベント、っつーのが今の定説だな」

 

 

ユニコがそう言葉を挟み、頭の後ろで両手を組んだ。

 

 

「だけど、《災禍の鎧》に関しちゃその限りじゃねーな...。移動率百パー、まさしく呪いのアイテムだぜ...」

 

 

「だが...しかし」

 

 

呟き、黒雪姫は嚙み合わせた歯をきりっと鳴らした。

 

 

「有り得ん。破壊されたはずだ。2年半前、私は確かに《鎧》の...《クロム・ディザスター》の最後を目撃し、その消滅を確認したのだ!」

 

 

――クロム・ディザスターは、加速世界の黎明期(れいめいき)、つまり7年前に存在した伝説的バーストリンカーの名前だ。

 

 

黒雪姫の語るストーリーは、そんな言葉から始まった。

 

 

――メタリックグレーの騎士型強化外装を身にまとい、凄まじい戦闘能力で数多のリンカーを地に這わせた。

 

 

その戦い方は苛烈、あるいは残忍の一言で、降参する相手の首を()ね、手足を()ぎ、暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くしたという。

 

 

しかし、無数の対戦者をブレイン・バースト永久喪失に追い込んだ彼にも、やがて最期の日はやってきた。

 

 

彼以外の、当時の最高レベルにあったバーストリンカー達が結束し、クロム・ディザスターだけを狙ってひたすらに対戦を挑み続けたのだ。

 

 

遂にポイントがゼロになり、加速世界での《死》を迎えたその瞬間、彼は哄笑(こうしょう)と共にこう叫んだという。

 

 

 

『俺はこの世界を呪う。穢す。俺は何度でも蘇る』

 

 

 

言葉は真実だった。

 

 

クロム・ディザスターという名のバーストリンカー本人は退場したが、鎧...強化外装は消えなかった。

 

 

その討伐に加わった者ひとりに所有権が移動し、興味本位か誘惑に負けたか、それを装備してしまったリンカーの精神を...乗っ取った。

 

 

それまでは高潔なリーダーとして慕われていたのに、一夜にして残虐な殺戮者へと変貌したのだ。

 

 

その荒ぶる姿は、《初代》とまったく見分けがつかなかったそうだよ。

 

 

そこで言葉を止め、コーヒーで喉を湿らせてから、黒雪姫は低い声で続けた。

 

 

「同じ事が、実に3度繰り返された。《鎧》の持ち主は大変な恐怖をばら撒いたのちに討伐され、しかし鎧は消えずに、主を討った者へと次々に乗り移り人格を変容させ...そのバーストリンカーは本来の名ではなく、クロム・ディザスターと呼ばれるようになる。

 

2年と半年前、すでに《純色の七王》の一席を占めていた私は、他の王達と共に4人目のクロム・ディザスターの討伐に参加した。その戦いの凄まじさは...今も肌で覚えている。到底言葉では伝えきれないがね...」

 

 

カップを戻し、制服越しにそっと自分の二の腕を撫でてから、黒雪姫は突然口調を切り替えた。

 

 

「そこでだ、ハルユキ君。悪いが、直結用ケーブルを2本用意してくれないか」

 

 

「え...け、ケーブルを!?しかも2本...?」

 

 

「1本は私が持っているからな。長さは、まあ、1メートルあればいい」

 

 

「は...はい」

 

 

事情が呑み込めないままハルユキは立ち上がり、小走りで自室に向かう。

 

 

さすがに兎美達の部屋を通る際は、抜き足で通り過ぎた。

 

 

壁のワイヤーラックから束ねてあるXSBケーブルを2つ取ってリビングに戻った。

 

 

「ちょうど2本だけありました。えーと長さは、こっちが1メートルで、こっちが...うへ、50センチです」

 

 

首をすくめながら両手にケーブルをぶら下げた所で、ユニコが合点したような顔で立ち上がった。

 

 

「ははぁ、そういうことか。オーケー、オーケー、あたしが50センチので我慢してやるよ」

 

 

にんまりと笑い、ハルユキの左手から短い方のケーブルを奪い取ると、それを自分の赤いニューロリンカーのコネクタに差し込む。

 

 

その途端。

 

 

「お...おい、ふざけるな!私がそれを使う!」

 

 

「やだよーん」

 

 

伸ばされた黒雪姫の手をするりと掻い潜り、ユニコはハルユキの左腕に飛びついてきた。

 

 

少年めいた硬さの残る体が密着し、ふわりと甘酸っぱい匂いまで漂って、くらりと軽くスタンするハルユキの首めがけてにゅっとプラグが突き出された。

 

 

避ける暇もなくニューロリンカーに挿入されてしまい、眼前にワイヤード・コネクション警告が点滅する。

 

 

「う、うわあ!?な、何を...」

 

泡を食うハルユキを見上げ、ユニコは不敵に微笑みながら言った。

 

 

「ほら、さっさとそっちの長ぁーい奴も挿して、あの女に渡してやれよ。あ、それと、あたしのメモリを覗こうとしたら痛い目を見っから気をつけな」

 

 

その台詞で、ハルユキはようやく3本のケーブルの意味を悟った。

 

 

黒雪姫は、この場の4人のニューロリンカーを数珠繋ぎ(デイジー・チェーン)しようとしているのだ。

 

 

タクムとユニコのニューロリンカーは外部接続端子1つの軽量タイプなので、4人が繋がるには端子2つの高機能タイプを装着しているハルユキと黒雪姫が真ん中に来るしかない。

 

 

それを素早く察したユニコが、黒雪姫への嫌がらせのためにさっさと最短のケーブルを確保したのだろう。

 

 

効果覿面(てきめん)、右頬を引き攣らせ両拳をわなわな震わせた黒雪姫は、どすの効いた声で叫んだ。

 

 

「貴様、そんなにくっつくんじゃない!」

 

 

「しょーがないじゃん、ケーブルが短いんだからさぁ」

 

 

「お前がそれを選んだんだろうが!」

 

 

声を荒げた黒の王は、やがてふんと鼻を鳴らすと絶対零度のクロユキスマイルで赤の王を見下ろした。

 

 

「まったく、これだから子供は嫌いなんだ。ケーブルの長さで新密度がどうこうとか、実にくだらん!」

 

 

「あれぇ、誰もそんな事を言ってないぜ?あたしはただ、短いほうが信号の減衰が少ないと思ってさぁー」

 

 

「こっ、こ、この...」

 

 

絶対零度が再び太陽表面温度まで急上昇しそうな気配を見て、ハルユキはもう一方の端子に繋いだケーブルを、これで何卒ご勘弁を陛下!という必死の視線と共に差し出そうとした。

 

 

だがその時、リビングの扉が開かれる音が聞こえ、全員の視線がそちらに向かう。

 

 

また、ノコギリが飛んできても困るので。

 

 

「何よ、もう起きてるわよ」

 

 

入ってきたのは美空だったが、起こされて部屋に入ってきたのではなく、只単純にリビングに用があったみたいだ。

 

 

美空の言葉に、全員が安堵する。

 

 

「...あんた、何ハルに抱きついてるのよ」

 

 

美空はハルに抱きついているユニコを見て、質問する。

 

 

「い、いや、ケーブルが短いから...」

 

 

ユニコは恐る恐る、美空の質問に答えた。

 

 

「......」

 

 

美空はしばらく黙って見ていたが、直ぐに自分の部屋に戻った。

 

 

『?』

 

 

意図が分からず、全員が首をかしげる。

 

 

しばらくすると、美空は手に1メートルのXSBケーブルを持って戻ってきた。

 

 

「はい、これで抱き合う必要ないでしょ」

 

 

美空は、ユニコにケーブルを渡す。

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

そう言って、美空はリビングにある飲み物を取り部屋に戻った。

 

 

「ふん、残念だったな」

 

 

ユニコの思惑が上手く行かなかった事に、黒雪姫は笑みを浮かべる。

 

 

「ちっ」

 

 

ユニコは短いケーブルを外し、長いケーブルに着け直す。

 

 

ハルユキも美空が持ってきたケーブルを着け直したと同時に、もう1つのケーブルを黒雪姫に差し出した。

 

 

黒雪姫はケーブルを受け取り、自分のニューロリンカーに接続しながら、ポケットから出したいつもの2メートルのケーブルをタクムに差し出した。

 

 

呆れ顔と薄笑い半々で見守っていたタクムもそれを挿入し、ようやく4人のニューロリンカーが一直線に接続されて、ハルユキはふぅっと安堵のため息をついた。

 

 

「あの、これで...どうするんですか?」

 

 

「そうだな、まずは座ってくれ」

 

 

黒雪姫はリビングの床に正座した。

 

 

ケーブルが張り詰める前にハルユキも慌ててそれに倣い、ユニコはどすんと腰を下ろした。

 

 

最後にタクムが、さすが剣道部と思わせる端然とした姿で正座し、ちらりと黒雪姫を見た。

 

 

「マスター、《加速》するんですか?」

 

 

「いや、それには及ばない。全感覚モードにした後、表示されたアクセスゲートに飛び込め。では、行くぞ...ダイレクト・リンク」

 

 

ふっ、と黒雪姫の瞼が閉じられ、肩から力が抜けるのを見て、ハルユキも慌ててコマンドを唱えた。

 

 

「ダイレクト・リンク!」

 

 

たちまち、全身の感覚及び周囲の光景が遠ざかる。

 

 

ニューロリンカーが現実の五感情報をキャンセルし、意識のみを仮想空間に誘ったのだ。

 

 

暗闇の中、強い落下感覚だけが発生する。

 

 

このまま待っていれば有田家のホームネットにフルダイブするはずだが、それより早くハルユキの目の前に円形に輝くアクセスゲートが浮き上がった。

 

 

見えない右手を伸ばし、そこに触れた瞬間、ハルユキの意識はゲートに吸い込まれた。

 

 

 

視界中央から引き伸ばされるように光が広がり、ハルユキを包んだ。

 

 

更にその奥から出現した風景は、奇妙な紫色の岩ばかりが連なる無限の荒野だった。

 

 

はてここはどこだろうと思いながら視線を下へ向けたハルユキは、そこに自分の体が存在しないのに気付いて少々慌てた。

 

 

しかしすぐ、これは仮想世界ではなくVRムービー、つまり脳内で直接再生されている記録映像なのだと気付く。

 

 

その証拠に、視界右下に再生時間をカウントする数字とスライドバーが小さく浮かんでいる。

 

 

『あの...先輩?』

 

 

声を出すと、すぐ右隣から応答があった。

 

 

『ここにいる。タクム君も、小娘もいるな?』

 

 

姿は見えないが、間違いなく黒雪姫の声だ。

 

 

続いて、『はい』『その呼び方やめろ』と2つの声が響く。

 

 

ハルユキはもう一度周囲を見回し、やはり奇岩しかないのを確認してから、おずおずと訊ねた。

 

 

『ええと...この再生中のムービーファイルは何なんですか?映像を見るだけなら、なんでわざわざ全員で直結を...?』

 

 

『万が一にも外部に流出させたくなくてな。君の家のホームネット経由で全員に送信すると、マンションのサーバーにキャッシュが残ってしまうからな』

 

 

「は、はあ」

 

 

直結の理由は解ったが、しかしムービーの内容は謎のままだ。

 

 

そこまで警戒するほどの映像とは思えない、とハルユキが不可視の体の首を捻った、その時――。

 

 

不意に上空から鋭い風切り音が聞こえた。

 

 

視線を上げる間もなく、正面10メートルほど離れた場所に、ざしっと音を立てて着地した姿があった。

 

 

漆黒に煌く半透過装甲。

 

 

長く、鋭い剣状の四肢。

 

 

Vの字形の頭部。

 

 

間違いない、黒雪姫のデュエルアバター《ブラック・ロータス》だ。

 

 

『あれっ、先輩...!?』

 

 

思わず叫んだハルユキに、黒雪姫がうん、と答えた。

 

 

『私だ。ただし、2年半前のな』

 

 

『2年...半。いやその前に...先輩があの姿ってことは、ここは《加速世界》なんですね?つまりこれは《対戦》の記録映像...?』

 

 

ブレイン・バーストにそんな機能があったのか、と思いながら訊ねると、今度は左側からユニコの声が響いた。

 

 

『《リプレイ》って奴だ。クソ高ぇアイテムで記録できる。それより、2年半前ってことは、こりゃつまりさっき言ってた《純色の七王》対《クロム・ディザスター》戦のリプレイなんだろ?なのにあんた1人か?』

 

 

『いや、すぐもう1人来る』

 

 

その言葉が終わらないうちに、画面の左側から新たなデュエルアバターが姿を現した。

 

 

多対一のバトルなのだろうか、と不思議に思いながらハルユキは眼をこらした。

 

 

ブラック・ロータスより頭1つ分も高い。

 

 

細身だが、手足にはがっしりとボリューム感がある。

 

 

左手に長方形の分厚い盾を携え、右手は空だ。

 

 

全身の装甲の色は――エメラルドのような、深く透き通る緑。

 

 

『なんて綺麗な緑色なんだ...マスター、彼が...?』

 

 

タクムのささやき声に、黒雪姫が応じた。

 

 

『そう。《緑の王》だ。属性は近接及び間接...だが、2つ名の方が彼の特性を的確に表している。曰く、《絶対防御(インバルナラブル)》』

 

 

『硬ってぇらしいな。噂じゃ負けは全部タイムアップで、そん時でもHPが半分割ったことは1度もねぇとか...うっそくせーよな』

 

 

『観ていれば解る』

 

 

混ぜ返すようなユニコの声に黒雪姫がそっけなく答えた時、映像のブラック・ロータスが緑色のアバターに近づき、身振りですぐ傍の大きな岩の陰を示した。

 

 

緑の王が無言で頷き、その岩陰に入ると、ぴたりと背中をつける。

 

 

黒の王も少し離れた岩に姿を隠す。

 

 

明らかに待ち伏せを試みようという気配だ。

 

 

過去の映像と解っていても、つい息を殺しながらハルユキが見守っていると、不意にじゃり、という小さな音が左手から響いた。

 

 

はっと視線を巡らせる。

 

 

じゃり、じゃり、と乾いた地面を踏む音が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 

数秒後、立ち並ぶ奇山の間からぬうっと出現したのは、あまりにも巨大なデュエルアバターだった。

 

 

緑の王の長身よりも、更に50センチは高いだろう。

 

 

蛇腹状の金属装甲に覆われた胴は異様に細長く、それを鎌首をもたげる蛇のように前傾させている。

 

 

左右の腕もまた有り得ないほど長い。

 

 

だらりとぶら下げた両手には武骨な大斧を携えており、その肉厚の刃が地面を擦りそうだ。

 

 

頭部は巨大な蚯蚓(ミミズ)を思わせる滑らかな円筒状で、その先端に2つの黒い穴が並んでいる。

 

 

内部の暗闇で、赤く光る眼が盛んに瞬きを繰り返す。

 

 

全身の装甲は、ドス黒く濁った銀だった。

 

 

その表面に薄い陽光を反射させながら周囲を見回すアバターが、不意に立ち尽くすハルユキをまっすぐに凝視した。

 

 

瞬間、ハルユキはこれが記録映像であることを忘れ、その場で戦闘態勢に移る。

 

 

――なんだこれ。

 

 

これが...バーストリンカー?生身の人間が操る仮想体だって?

 

 

うそだ。

 

 

まるでスマッシュみたいだ、とハルユキは思った。

 

 

『こいつが...四代目《クロム・ディザスター》か。今暴れてる五代目と、フォルムもサイズも全然違うな』

 

さすがに落ち着いた、しかしかすかに緊張の滲む声でユニコが呟いた。

 

 

『そうだろうな。あの黒銀の鎧は《強化外装》だから、それを装着するアバターによって形は変わるはずだ。だが、その特性は何代目だろうと変わらん。すなわち、狂的とすら思える攻撃性はな...』

 

 

黒雪姫が密やかに答えた、その言葉に導かれるように、巨大な黒銀のアバターが無言で大斧を振り上げた。

 

 

刃が狙うのは、明らかに《緑の王》が潜む奇岩だった。

 

 

いかなる手段によってか、あるいは直感なのか、クロム・ディザスターは待ち伏せを察したのだ。

 

 

『ガッ!!』

 

 

肉食獣のような咆哮と共に斧が猛烈なスピードで振り下ろされた。

 

 

分厚い岩がバターのように真っ二つになり、しかしその寸前、緑のアバターは横っ飛びに岩陰から抜け出していた。

 

 

それを追って再び大斧が振りかぶられる。

 

 

一回転して立ち上がった緑の王は、今度は避けずに左腕の四角い盾をかざした。

 

 

直後、ジャキッという金属音と共に盾の四方が伸長し、長方形が巨大な十字形へと変形した。

 

 

緑の王の長身を全て覆うほどのサイズだ。

 

 

その中央に、遥かな高みから武骨な斧が力任せに叩き付けれた。

 

 

耳をつんざくような衝撃音と共に、滝のように火花が飛び散る。

 

 

斧は跳ね返されたが、緑の王もがくっと膝を突く。

 

 

『ガッ、ガガッ!!』

 

 

怒りとも喜悦ともとれる叫びを漏らし、クロム・ディザスターは斧を無茶苦茶な動きで何度も何度も振り下ろした。

 

 

一撃でもヒットすれば体を断ち切られそうなその攻撃を、緑の王は十時盾で的確に、愚直にガードし続ける。

 

 

ここでハルユキはようやく、クロム・ディザスターの黒銀の装甲に、幾つも深い傷が口を開けているのに気付いた。

 

 

斧を振るうたび、その傷から黒い霧のようなものが飛び散り、空中に拡散していく。

 

 

『手負い...?』

 

 

無意識のうちに呟くと、黒雪姫がささやきを返した。

 

 

『そうだ。奴は、直前に他の王達と戦い、この場所に追い込まれたのだ。体力ゲージ的にはもう瀕死なんだよ。なのにまだこれほど荒ぶる。私はこの時、心の底からこいつが恐ろしかった』

 

 

それはそうだろう。

 

 

ハルユキはスマッシュと戦いなれているから大丈夫だが、普通だったらこうしてリプレイを見ているだけでも、逃げ出したくてたまらないだろう。

 

 

内心でそう呟きながら、ハルユキは感覚切断されているはずの生身の体がぞっと総毛立つのを感じていた。

 

 

スマッシュとの戦いで慣れているはずのハルユキですら、クロム・ディザスターの戦い方は異常のものだった。

 

 

訳も解らず暴れる所は一緒だが、その凶暴性は今まで戦ってきたスマッシュすらも超えていた。

 

 

実際、とても考えられない。

 

 

加速世界で最強であるはずの《王》を相手に、ここまで一方的に暴れ狂い――しかも、これで瀕死状態だなどとは。

 

 

これでは、クロム・ディザスターの実質的な強さは、レベル9をも超えているということになりはしないか。

 

 

と、どれだけ斧を叩きつけようとも防御を崩さない緑の王に苛立ったのか、クロム・ディザスターが低く唸った。

 

 

攻撃を継続しながらも、その長い頭部を伸ばし――突如、ぐばっと湿った音と共に口を開いた。

 

 

口というよりも、同心円状の吸入孔を思わせるその中央から、細長い舌あるいはチューブのようなものがだらりと伸びるのをハルユキは呆然と見詰めた。

 

 

即座に黒雪姫が鋭い声を発した。

 

 

『あれが、クロム・ディザスターの能力の1つ《体力吸収(ドレイン)》だ。奴は対戦相手のHPゲージを奪う』

 

 

その言葉通り、長いチューブが緑の王の十時盾を迂回するようにそろそろと伸び、首筋に近づいた。

 

 

『危ない!』

 

 

反射的に反射的にハルユキが叫んだ、その直後。

 

 

これまで一切戦闘に参加しようとせず、身を潜めていたブラック・ロータスが、画面の奥から黒い稲妻のように飛び込んできた。

 

 

右腕の剣が視認不能な速度で振り下ろされ、クロム・ディザスターの舌が根元から断ち切られた。

 

 

『ガッガガガガッ!!』

 

 

丸い口から、明らかな悲鳴とどす黒い闇を振り撒きながら巨大なアバターが仰け反った。

 

 

その胸に刻まれた大きな傷目掛けて、ブラック・ロータスの左脚の剣が、容赦なく根元まで突き通された。

 

 

背中まで貫通した長大な刃が、突如眩いヴァイオレットに輝いた。

 

 

黒の王はそのまま脚を垂直に斬り上げ、更に高く舞い上がると、華麗な後方伸身宙返りを見せた。

 

 

煌く漆黒のアバターが着地するよりも早く、クロム・ディザスターの頭部が真っ二つに裂け――。

 

 

そこで画面右下の再生時間を示すスライドバーが右端まで達した。

 

 

 

 

 

リンク・アウトのコマンドと共に、フルダイブから復帰したハルユキは、現実の自分の掌がじっとりと脂汗に濡れているのに気付いた。

 

 

正面に座るタクムは、顔を青ざめさせている。

 

 

左を見れば、赤の王ユニコすらも無言で唇を引き結んだままだ。

 

 

「...彼奴はあの状態から更に2分戦い続け、ようやく果てた」

 

 

黒雪姫がぽつりと呟き、自分のニューロリンカーに刺さる2本のケーブルを同時に引き抜いた。

 

 

ハルユキもそれに倣い、強張る両手で束ねながら掠れ声で訊ねた。

 

 

「あれは...、あれは本当にバーストリンカーなんですか?僕らと同じ、生身のプレイヤーがあの中に...?」

 

 

「それは間違いないねぇよ。今の五代目も、戦い方は大差ねぇからな...。でもな、それはそれとして、黒の王よ」

 

 

低い声で言いながら立ち上がったユニコが、いつになく険悪な顔でじろりと黒雪姫を睨んだ。

 

 

「あんたらが苦労して四代目を倒したのは、リプが残ってんだから確かなんだろうさ。でもな...それなら、なんでそこで《鎧》を、あの強化外装を消しちまわなかったんだ!」

 

 

「消したとも!」

 

 

がばっと立ち上がり、黒雪姫は叫び返した。

 

 

きゅっと唇を噛み締めたまま、テーブルのもとの椅子に腰掛け、他の3人が同じ様に座るまで待ってから押し殺した声で続けた。

 

 

「...《鎧》の持ち主、四代目クロム・ディザスターが加速世界から永久退場した直後、私と緑の王は他の5人と合流し、その場で自分のステータスウインドウを確認した。

 

そして全員が確かに断言したのだ。己のストレージに、《鎧》は存在しないと。つまり消滅したのだ...宿主を倒した相手に乗り移り続けるという呪いは、あの時断ち切られた。事実、それ以降クロム・ディザスターは出現しなかった!」

 

 

最後は殆ど叫ぶように言葉を切り、黒雪姫は挑むようにユニコを睨んだ。

 

 

漆黒の瞳から発せられる圧力を堂々と受け止め、2代目赤の王は鋭く言い返した。

 

 

「なら、今の状況をどう説明するんだ!ちゃんと五人目が現れて、昔と同じ様に暴れまわってるっつうこの事実をよ!」

 

 

「...五代目の名前は何だ。たとえ《鎧》を装着し精神を汚染され、五人目のクロム・ディザスターとなったとしても、システム上の登録名までが変わるわけではない。対戦すれば鎧の中身のアバターネームは判る筈だ。鎧に乗っ取られたのは、いったい王の誰なのだ!!」

 

 

今度は、ユニコが視線を俯け、黙った。

 

 

数秒後、深く長い息を吐きだしてから、少女は首を左右に振った。

 

 

「王じゃねぇ。5人目は、うちの...赤レギオン、《プロミネンス》のメンバーだ。元の名前は《チェリー・ルーク》...だが、もう元の奴はいねぇ。鎧に喰われて、消えちまったよ」

 

 

その声は、乱暴な言葉遣いとは裏腹に、いつになく掠れ、揺れていた。

 

 

黒雪姫の双眸がすっと細められ、色の薄い唇を右手の指先が撫でた。

 

 

「王では...ない...?赤のレギオンのメンバーだと...?しかし...」

 

 

眉をひそめ、考え込む黒雪姫に、タクムが軽く手を上げて話し始めた。

 

 

「こういうことではないでしょうか、マスター。強化外装は、ショップを介すか、リアルで直結すればバーストリンカー間の譲渡も可能です。

 

僕に言えたことじゃありませんが、例のバックドアプログラムの一件を考えても、王の全員が清廉潔白な平和主義者とは思えません。腹に一物ある王の誰かが、2年半前に偽の誓いを述べて《鎧》を秘かに持ち去り、それを《チェリー・ルーク》に譲渡したのでは?」

 

 

「そういう事に...なるか...。だが、さっきも言った通り、王は...レベル9プレイヤーにはもう大量のポイントを欲する理由がないのだ。

 

どれだけ貯めてもレベル10にはなれないのだからな。だから、譲渡するとすれば...自レギオンの強化、他レギオンの弱化くらいしか理由がないが...そのために制御不能のクロム・ディザスターを解き放つのはリスクが高すぎる。

 

それ以前に、赤のレギオンメンバーが手に入れたならその出所は赤の王。ということになるが...2年半前の討伐時に参加していた赤の王は...」

 

 

一瞬、黒雪姫の声が強張った事に、恐らくハルユキだけが気付いた。

 

 

不意にテーブルの下で、黒雪姫の冷たい左手がハルユキの右手に触れた。

 

 

そこから温度を得たかの如く、揺れの抑え込まれた言葉が続いた。

 

 

「当時の赤の王はもう加速世界にはいない。クロム・ディザスターの討伐からほんの3ヶ月後に、自身も討たれたからな。だから、彼が出所という事は有り得ん」

 

 

「あたしはその頃、まだバーストリンカーに成り立てでぴよぴよ言ってたから詳しい事は知らねーけどよ」

 

 

赤の王は、黒雪姫の瞬時の葛藤に気付いた様子もなく、重苦しい声を挟み込んだ。

 

 

「当然、先代から《鎧》なんぞ受け取っちゃいねーし、たとえ受け取ってもそれをメンバーに装備させようなんて思わねぇ。思うわけがねぇ...あの悪魔みてーな戦いぶりを見ちゃあな...」

 

 

「5人目も...そんなに凄いの?」

 

 

ハルユキの問いに、ちらりと目を上げ、ユニコは吐き捨てた。

 

 

「ある意味じゃ、さっきのリプレイ以上だ。あいつはもうバーストリンカーじゃねぇし、あいつの戦いは《対戦》じゃねぇ。あたしは...あたしはな、あいつが倒れた相手の腕をもいでがりがり喰うのを見たよ」

 

 

「げっ...」

 

 

思わずそのシーンを想像してしまい、呻く。

 

いくらスマッシュと言えど人間を食べる事はないので、ハルユキは改めて災禍の鎧の危険性を認識する。

 

 

「でも...さっきから《乗っ取る》とか《精神汚染》とか言ってますけど...強化外装って、つまりはただのアイテムですよね?バーストリンカー本人の思考にまで干渉するなんてことが、あるんですか...?」

 

 

「ある。あり得る」

 

 

黒雪姫が即座に言い切った。

 

 

「覚えているか?ハルユキ君がバーストリンカーになった時、私が説明しただろう。ブレイン・バーストは、その所有者の劣等感や強迫観念を読み取り、凝縮してデュエルアバターを作ると」

 

 

「は...、はい」

 

 

「それは即ち、ニューロリンカーには、脳の感覚野だけでなく思考領域や記憶領域にもアクセスする能力があるということだ。一般のアプリでは厳しく規制されているがな。...つまり、だ。強化外装には、それを生み出したバーストリンカーの、負の意識が染み付いている。他人が着装すると、その意識が逆流してくると考えられている」

 

 

「そんな...ことが...」

 

 

ハルユキは、黒雪姫の説明に絶句した。

 

 

「まあ、余程の事がない限りそんな事は起きないがな...人格が変わってしまうほどの汚染を起こすのは恐らく《クロム・ディザスター》だけだろうがな。初代は一体、どんな人間だったのか...」

 

 

「知らねぇよ。興味もねぇ!」

 

 

突然、がたんと椅子を鳴らして立ち上がり、ユニコが叫んだ。

 

 

「大迷惑なクソッたれだ、作った馬鹿も、拾ったのを隠して《チェリー・ルーク》に渡した馬鹿もな!チェリーはな...良い奴だったんだ。派手な能力とかはねぇけど、こつこつ頑張ってレベル6まで上げて、これからが楽しいとこだったんだ!なのに...くそっ、畜生!!」

 

 

物凄い速さで後ろを向いたユニコの、大きな瞳がかすかに濡れていたようにハルユキには見えた。

 

 

ベランダの向こうの高層ビル群を睨み付け、ユニコは震え声を絞り出した。

 

 

「...あいつは、赤のレギオンに所属したまま、他の王のレギオンメンバーを片っ端から襲ってる。不可侵条約を破ってな。あたしは...あいつを粛清しなくちゃならねぇ」

 

 

束の間訪れた、ずしりと重い沈黙を――。

 

 

黒雪姫の、静かな声が破った。

 

 

「...そうか。尋常に倒そうとしても容易ならざるクロム・ディザスターだが...レギオンに所属している今なら。そしてレギオンマスターの君ならば、ただの一撃で加速世界から永遠に追放できるのだな。――《断罪の一撃》によって」

 

 

「......」

 

 

尚も数秒間黙り続けたのち、ユニコはゆっくりと頷き、しかし続けて頭を左右に振った。

 

 

「...あたしは10日前、レベル7にあがったばかりのあいつにタイマンを挑んだ。粛清するためにな。だが...信じられっか、ブラック・ロータス。奴は...クロム・ディザスターは、あたしの遠距離攻撃を一発残らず避けやがった」

 

 

「...なんだと」

 

 

「《断罪の一撃》は、どんなレギオンマスターのもんでも、ほぼゼロ射程の近接技だ。当てるためには、ある程度ノーマルな攻撃を命中させて、脚を止めなきゃならねぇ。

 

でも、主砲やミサイルをどんだけ撃っても掠りもしねぇで...あべこべにあたしは奴の剣でちくちくHPを削られて、結局...タイムアップ負けしちまった」

 

 

「負けた!?《断罪の一撃》があってなお、王の貴様が負けたというのか!?」

 

 

「大げさにビックリしやがって...アンタも戦った事があんなら解るだろうが。あの機動力は、化けモン以外の何者でもなぇよ。物凄い長距離ジャンプと、空中での起動制御...ほとんど飛んでるようなもんだった」

 

 

「飛ん...で...」

 

 

呟き声を呑み込み、黒雪姫はまずテーブルの向こうに立つユニコを、次に隣に座るハルユキを見詰めた。

 

 

そして、ゆっくりと、深く頷いた。

 

 

「そうか。ようやく、貴様の目的が...大変な手間をかけてハルユキ君のリアルを割り、捨て身のソーシャル・エンジニアリングを仕掛けたその理由が解ったぞ」

 

 

その時点で、すでにタクムも同じ解答に辿り着いているようだった。

 

 

自分以外の3人に凝視され、ハルユキはじりじりと身を引きながら視線を左右に往復させた。

 

 

「な...なんです?目的って...いったいなんなんですか?」

 

「決まってるじゃない、おにーいちゃん♪」

 

 

ユニコが突然雰囲気を激変させ、天使モードのピュアスマイルと共に甘い声で言った。

 

 

「ハルユキお兄ちゃんに、クロム・ディザスターを捕まえてもらうんだよっ」

 

 

たっぷり5秒近くもぽけーんとしてから。

 

 

「えっ!ええっ!いや、それはいくらなんでも!」

 

 

スマッシュと戦っている仮面ライダーのハルユキでも、スマッシュ以上の凶暴性を持つ災禍の鎧と戦うのはご免だった。

 

 

「ハルユキ君、何事も経験だ。やってみるのも悪くないと思うが」

 

 

「え...ええ!?」

 

 

「何も1対1で戦え、と言っているわけじゃないさ。それに、事は赤のレギオンだけでなく、加速世界を全体に...ひいては我々《ネガ・ネビュラス》にも係わってくる問題だ。

 

ならばここは男として、バーストリンカーとして立ち上がるべき時じゃないかな。君はそのスピードと飛行アビリティでクロム・ディザスターに追随し、ほんのいっとき動きを止めてくれればそれでいい。あとは私とこの小娘が敵の移動力を奪う」

 

 

「そっ...そんな簡単に言いますけど...」

 

 

往生際悪く、尚も逃げスキルをフル回転させたハルユキは、最後の反撃をぶちぶち捻り出した。

 

 

「そうだ...それってつまり、チーム戦に持ち込むのが前提ですよね?しかも、クロム・ディザスター1人対、最低でも僕と先輩とスカーレット・レイン。そんな不利な条件のデュエル、向こうが呑む訳ないじゃないですか!」

 

 

バーストリンカーは、ニューロリンカーをネットに接続している限り、他のバーストリンカーから申し込まれる1対1の通常対戦を拒否できない。

 

 

だが、対戦のモードが《チーム》だったり《バトルロイヤル》だったりすれば話は別だ。

 

 

この場合、クロム・ディザスターの中の人は1対3という不利極まる条件で挑まれるわけで、そんなの受けるはずがない。

 

 

――いや、待て。

 

 

ついさっき同じ様な疑問を感じなかったか。

 

 

絶句したハルユキに小さく頷きかけてから、黒雪姫はちらりとユニコを見やって、確認するように言った。

 

 

「クロム・ディザスターが通常対戦で暴れているならば、もう私の耳にも届いているはずだ。しかし一切噂を聞かない、ということは、つまり...」

 

 

「...そうだ」

 

 

ユニコは両手をカットジーンズのポケットに突っ込み、細い上体を反らせてからぐいっと頷いた。

 

 

「奴の狩場は既に《通常対戦フィールド》じゃねぇ。その上...《無制限中立フィールド》だ」

 

 

 

......なんスかそれ。

 

 

とハルユキは再び頭上にクエスチョンマークを浮遊させたが、代わりに斜め右前のタクムが鋭く叫んだ。

 

 

「き...危険です、マスター!」

 

 

がたん、と椅子を鳴らして身を乗り出し、更に言い募る。

 

 

「我々の陣営で《上》にダイブするのは無謀すぎる!僕やハルはともかく、あなたは特例ルールに縛られているんだ!もし偶然他のレベル9プレイヤーの奇襲を受け、1度でも敗れれば、その瞬間ブレイン・バーストを喪失してしまう...いや、最悪の場合...」

 

 

タクムはちらりと右側に立つユニコを見やり、わずかに躊躇したようだったが、青い眼鏡のブリッジに右手の指先を触れさせながら言った。

 

 

「...これを言うのは僕の役目だ、だから言わせてもらいますよ。――最悪の場合、この1幕の全てが...ハルのリアルを割り、クロム・ディザスターの話を聞かせた全てが、赤の王の罠であるという可能性すらある。マスターを《無制限フィールド》におびき出し、大軍で待ち伏せて、首を取ろうという企みである可能性が」

 

 

再び小悪魔モードに戻ったユニコが、ハンドポケットのままぐいっと細い顎を突き出し、タクムを睨んだ。

 

 

「...言ってくれるじゃねーか、シアン・パイル。さっきから聞いてりゃ頭良い事ばっか喋くりやがって、何だテメーは。眼鏡君キャラか。あだ名はハカセか」

 

 

ぐさっ。

 

 

と少しばかり傷ついた顔をすぐに立て直し、タクムは反駁(はんばく)した。

 

 

「何か証拠を見せてくれ、って話をしてるんです、赤の王。僕らはたった3人だけのレギオンなんだ、危険を冒して《上》にダイブさせるなら何かしらの根拠をあなたも用意すべきでしょう!」

 

 

「根拠はここにあんじゃねーか」

 

 

ユニコはポケットから出した右手で仮想デスクトップを短く操作し、指先を3本まとめて弾いた。

 

 

ハルユキの視界に、再び半透明のネームタグが出現する。

 

 

だが、今度は先程のものより少し大きい。

 

 

本名だけでなく、その下に住所も表記されているからだ。

 

 

東京都練馬区で始まり、聞き覚えのない学校名と寮名で終わるその文字列を、ハルユキは呆然と眺めた。

 

 

顔と名前が露見しただけでも充分に《リアル割れ》したと言えるのに、自ら現住所まで晒すとは、大胆を通り越して無謀もいい所だ。

 

 

これにはタクムや黒雪姫も驚かされたようで、無言で瞠目する3人の中学生の視線が集まる中、ユニコはデスクトップから離した右手の親指でどすんと自分の胸を突いた。

 

 

「あたしが何で生身でコンタクトしたのか、まだ解んねーのかよ。リアルサイドのあたしは、腕力も経済力も組織力もねぇ小学生のガキだ。こっちで《襲撃》されたらひとたまりもねぇよ。もしあたしが裏切ったら、いつでもリアルでケジメ取りに来りゃいい」

 

 

言い放ったユニコの両眼が、窓から差し込む真冬の残照を受けて赤々と燃え上がるのをハルユキは見た。

 

 

いっそ自暴自棄とすら思えるほどの、凄まじい覚悟だった。

 

 

確かに、自レギオンのメンバーが不可侵条約を破り、他のレギオンを襲っているというのは看過できない問題だろう。

 

 

しかし大前提として、ブレイン・バーストはあくまで《対戦ゲーム》なのだ。

 

 

遊び、楽しみ、ワクワクするために存在するはずのものなのだ。

 

 

だからハルユキは、ブレイン・バーストの為に現実の自分を犠牲にするのは間違っていると考える。

 

 

それは、3ヶ月前のタクムを惑わし、今もなお苦しめている過ちではないか。

 

 

「ユニコ...ちゃん」

 

 

気圧されたように黙ったタクムに代わり、ハルユキは思わず呼びかけ、続くべき言葉を探そうとした。

 

 

しかし、そのひと言だけで赤の王はハルユキの内心を察したようで、右手を下ろしながら自嘲的な笑みを浮かべた。

 

 

「言いてぇことは解る。でもな...、あんたもいつかここまで上がって来りゃ気付くだろうが、このゲームは《加速》っつーテクノロジーのせいでリアルサイドを果てしなく薄めんだよ。あたしやそこの女が、これまでいったいどんくれーの時間を加速世界で過ごしてきたか知ったら、あんたきっとぶっ倒れるよ」

 

 

「え...累計プレイ時間...?」

 

 

ハルユキは首を捻り、咄嗟に計算した。

 

 

自分は今、1日に10回程の《対戦》をこなしている。

 

 

1戦の平均時間が20分として、計二百分――三時間強。

 

 

中学生のゲームプレイ時間としては多いだろうが、しかし非常識という程のものでもない。

 

 

1日三時間強なら、月百時間だ。

 

 

年だと千二百時間。

 

 

ユニコはバーストリンカーになって二年半ほど経つと言っていたはずなので――。

 

 

「三千...時間くらい?」

 

 

膨大なようだが、VRMMO-RPG(仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム)の本格的中毒者に比べればまったく可愛いものだ。

 

 

彼らは1日10時間は軽く連続ダイブする。

 

 

しかし、ハルユキの懸命の暗算結果を聞いた途端、ユニコは呵々と笑い、黒雪姫も薄く苦笑した。

 

 

「え、違うの?ユニコちゃんは、じゃあ累計何時間くらい...?」

 

 

「教えねー。その答えは、あんたが自分で決めな。それとな...」

 

 

突然赤の王は怖い顔になり、ドスの効いた声で言った。

 

 

「そのユニコちゃんての止めろ。背中が痒くなるだろ。...ニコでいいよ。あたしのことはニコと呼べ、ちゃんとかタンとか絶対ぇつけんなよ」

 

 

なんだかはぐらかされたような気分になりながらも、ハルユキはこくこく頷き、ぐるっと視線をめぐらせた。

 

 

「えーっと...。それじゃあ結局、《ネガ・ネビュラス》としてはニコちゃ...赤の王に協力する、ってことでいいんですか?」

 

 

「...うむ。リスクは多々あるが、ひとまず丸呑みしよう。それに、メリットもないではないしな」

 

 

「め、メリット?」

 

 

問い返したハルユキから視線を外すと、黒雪姫は赤の王を一瞥した。

 

 

「そうさ。天下の《プロミネンス》がこんな大事を依頼してくるからには、当然交換条件も用意してくるだろうからな。たとえば...我々のささやかな領土には今後手を出さない、とかな」

 

 

「ちっ」

 

 

小さく舌打ちし、赤の王――ニコは軽く右手を振った。

 

 

「わーったよ。口頭でよきゃ約束してやるよ。うちの奴らには、杉並には当面手ぇ出すなっつっとく」

 

 

黒雪姫はこくりと頷き、腕組をした右手の指を1本ぴんと立てた。

 

 

「しかし、それはそれとして1つだけ。スカーレット・レイン...貴様、いったいどうやって《無制限フィールド》でクロム・ディザスターを待ち伏せる気だ?あの場所で、狙って遭遇するのが不可能に近い事は、貴様も承知しているだろうに」

 

 

「...あんたらには、面倒はかけねぇ。あたしが責任持って時間と場所を特定してみせる。今はまだ、恐らく明日の夕方...としか言えねえが」

 

「ほう。それができるのだな?」

 

 

黒雪姫の含みのある問いに、ニコはぐいっと首肯してみせた。

 

 

「ならば任せよう。明日の放課後、再びここに集合し、《無制限中立フィールド》にダイブする。それでいいな、ハルユキ君、タクム君」

 

 

――その無制限フィールドって、結局なんなんですか。

 

 

という疑問より先に、ハルユキは、げーっまた僕んち!?と内心で仰け反らざるを得なかった。

 

 

母親は明後日まで上海から帰ってこないからいいとして、明日帰宅したら、今度はニコが《別の意味でZ指定》のゲームをリビングで絶賛プレイ中――なんてことになったらもう立ち直れない。

 

 

死守。今度こそ自室を死守!

 

 

そう誓いつつ、ハルユキはこくこくと、タクムもゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

「それでは、今日の所はおれでお暇しよう。ハルユキ君、コーヒーご馳走様」

 

 

その言葉と共に黒雪姫は立ち上がり、もう一度リビングにぶちまけられた数10年前のビンテージ物洋ゲーコレクションを眺めた。

 

 

「今度は、ふつうに遊びに来たいな。私も知らないタイトルが沢山ある」

 

 

「え...ええ、ぜひ」

 

 

あんま血とか内臓とか出ない奴を。

 

 

内心でそう付け加えながら、ハルユキは玄関まで黒雪姫とタクムを見送りに出た。

 

 

「じゃあハル、また明日学校で。うわっ、もうこんな時間か」

 

 

まずタクムが、手を振るのももどかしく別棟への空中連絡通路目指して駆けていき、次いで黒雪姫がローファーを履いて向き直った。

 

 

「あの。僕、送っていきます、もう遅いから...」

 

 

ハルユキはそう申し出たが、ひょいっと振られた手が言葉を遮った。

 

 

「心配無用だ、生徒会の用でもっと遅くなることなどザラだよ。それに、ここと自宅は案外近い」

 

 

「そう...ですか。でも、お気をつけて」

 

 

「うん、じゃあ、お邪魔しました。また明日な」

 

 

黒雪姫は微笑み、右手を挙げ、ドアの外に踏み出しかけた。

 

 

その背に、ハルユキの後ろから、ニコが間延びした声を投げた。

 

 

「ほんじゃな、黒いの。明日遅れんなよー。さって、ゲームの続き続き」

 

 

そしてトテトテとリビングに引っ込もうとしたニコに、今度は物凄い速度で振り向いた黒雪姫が叫んだ。

 

 

「おい待て、ちょっと待て赤いの!」

 

 

「んだよ?」

 

 

ひょい、と首を伸ばすニコを底光りする瞳で睨み、詰問する。

 

 

「まさか貴様、今日もここに泊まる気なのか」

 

 

「たりめーじゃん。いちいち帰ってられっかよ面倒くせぇ」

 

 

「ふざけるな、帰れ!子供は帰って宿題して歯磨いて寝ろ!!」

 

 

烈火の如き舌鋒(ぜつぽう)を、ニコはへらりと笑って受け流した。

 

 

「だって、あたしんとこの学校全寮制なんだよ。3日分の外泊許可でっち上げて来たから帰っても飯がねえよ。...さてとぉ、おにーちゃん、今日の晩御飯は兎美お姉ちゃんが買ってきたもので作るから楽しみにしててね♪」

 

 

後半を天使モードで言ってのけ、ニコはぴゅるっとリビングに消えた。

 

 

「なっ...な......」

 

 

大爆発寸前の顔でわなわなと両拳を振るわせた黒雪姫は、唖然と立ち尽くすハルユキを横目で睨み。

 

 

「...『また明日』は取り消す。私も今日は泊まっていく」

 

 

と恐るべき宣言あるいは宣戦を口にして、勢いよくドアを閉めると、靴を脱いでどすどすと廊下を突っ切りリビングへと戻っていった。

 

 

脳が完全にフリーズしたハルユキが、もう一度再起動するのにたっぷり1分を要した。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキ達は夕食を済ませ、黒雪姫とニコは一緒にお風呂に入っている。

 

 

その間にこれまでの事を説明する為に兎美達の部屋に居た。

 

 

「なるほど、ニコがこの家に来たのはそう言う理由だったのね」

 

 

説明を終え、美空が呟く。

 

 

「でも、大丈夫なの?話を聞く限り、ハルが相手する《災禍の鎧》はスマッシュより危険なんでしょ?」

 

 

心配そうに、美空がハルユキに質問する。

 

 

「俺も出来れば相手をしたくないよ」

 

 

「だったら...」

 

 

「でも、ニコがリアルを晒してまで頼んできたんだ。バーストリンカーといえど、リアルでは何も出来ない小学生だ。その行為は計り知れないほどの覚悟が必要なんだと思う。だから...僕はその覚悟に答えたいんだ」

 

 

ハルユキは美空の言葉に被せるように喋る。

 

 

ハルユキも先程までは怖くて戦うのが嫌だったが、ニコの姿を見て心変わりした。

 

 

「それに...災禍の鎧と戦うなら、俺も出し惜しみしない方が良いと思うんだ」

 

 

「ハル...あんた...」

 

 

美空はハルユキの言葉で、加速世界でもクローズの力を使おうとしている事が解った。

 

 

「良いの?ハル。最悪正体がバレるかもしれないのよ」

 

 

それまで何かを作っていた兎美が手を止め、口を開く。

 

 

「俺は構わない、それでニコを助けられるなら...」

 

 

兎美はしばらくハルユキの眼を見た後、はあっと息を吐き作業を続行する。

 

 

「ハルがそこまで言うなら私は止めないわ」

 

 

「ありがとう」

 

 

ハルユキは自分を理解してくれた兎美に対し、お礼を言う。

 

 

「まあ、ハルはやるといったらやるものね。何を言っても無駄か」

 

 

美空は呆れながらそう言った。

 

 

「所で兎美はさっきから何を作ってんだよ」

 

 

「これ?クローズ専用の武器、《ビートクローザー》よ」

 

 

そう言って、兎美が見せたのはあちこち回路みたいな物が飛び出ている一振りの剣だった。

 

 

「え!?それって俺の武器なの!?すげー!!」

 

 

自分の武器と聞いて、ハルユキはテンションを上げる。

 

 

だがその時、部屋の扉が開かれた。

 

 

「おっ!やっぱりここにいたのか」

 

 

入ってきたのは片手にアイスを持ち、緩めのスウェットとショートパンツという大雑把な格好のニコだった。

 

 

「ほう、ここが兎美君達の部屋か。私も初めて入ったな」

 

 

続いて入ってきたのは黒雪姫で、夕方にショッピングモールで買っておいた物だろう、薄いピンク色のパジャマを身に付けている。

 

 

「ちょっと、ここには入るなって言ったでしょ」

 

 

作業しながらも、兎美は2人に注意する。

 

 

「いいじゃねぇか別に、ていうかここ本当に女子の部屋かよ。一部を除いて殆どが研究室みたいでまるで秘密基地だな」

 

 

ニコの言い得て妙な発言に、ハルユキは苦笑するしか出来なかった。

 

 

「ん?あれは!?」

 

 

その時、黒雪姫が美空のベッドである物を見つける。

 

 

物凄いスピードで美空のベッドに駆け寄った黒雪姫は、ある物を手に取った。

 

 

「こ...これは...」

 

 

黒雪姫が手に取ったのは、ハルユキが使っているブタアバターの等身大人形だった。

 

 

「おい、なんだこれは!」

 

 

黒雪姫は、作業している兎美を問いただす。

 

 

「ふっ!それはこのてぇんさいな私が作ったハルのぬいぐるみよ。買うなら1個5000円よ」

 

 

「いやいや、わざわざ買うものじゃないだろ」

 

 

兎美の言葉に、ハルユキは指摘する。

 

 

「それは税込みの値段なのか!?」

 

 

「買うんですか!?」

 

 

黒雪姫が買おうとしてる事に、ハルユキは驚愕する。

 

 

「税抜きよ!込みなら5400円!」

 

 

「買った!」

 

 

驚くハルユキを他所に、2人はやり取りをする。

 

 

そこで横合いからにゅっと顔を出したニコが右手の棒アイスを振ってみせた。

 

 

「おい、知ってっかよシルバー・クロウ」

 

 

「な...なにを?」

 

 

「この女、こう見えて脱いだら案外スごふっ」

 

 

語尾は、黒雪姫の容赦ない一撃がみぞおちに入ったことによるものだ。

 

 

そのまま赤の王の首を後ろから締め上げつつ、黒雪姫は鷹揚(おうよう)に笑った。

 

 

「さ、君も早くお風呂を使いたまえ、お湯が冷めてしまうぞ」

 

 

くたん、とぶら下がるニコを見て、ひいっと内心で悲鳴を上げつつハルユキは部屋の入り口へ駆け出した。

 

 

「はっ、はいっ、じゃあ失礼してひとっぷろあびてきます!冷蔵庫に麦茶とかありますからご自由に、それでは!」

 

 

 

 

 

その夜は結局、深夜まで兎美達も交えたZ指定レトロゲーム大会となってしまった。

 

 

40年前の巨大なゲームハードを囲んで床に座り、わいわいきゃあきゃあ騒ぎつつ平面映像のクリーチャーを虐殺していき、画面内で巨大なボスモンスターが派手な悲鳴を上げながら倒れる。

 

 

同時にニコがコントローラーを放り出し、ばったりと後ろに倒れた。

 

 

「ああ...あたしもうだめ。ねむい。ねむーいー!」

 

 

「だから言ったろう、子供は早く...ふわー...」

 

 

黒雪姫も左手を口にあて、上品にあくびした。

 

 

ニューロリンカーを外しているので、壁に貼られた時計を見ると、もう零時を回りかけている。

 

 

「もうこんな時間...そろそろ寝ましょう」

 

 

「そうだな」

 

 

兎美の言葉に、ハルユキは同意する。

 

 

「ええと...ユニコちゃ、じゃないニコは今日も僕の部屋でいいかな。で、先輩は母の寝室を使ってください。あ、でもしばらくは暖房回さないと寒いかな...」

 

 

ハルユキがそこまで言いかけると、ニコが大声で遮った。

 

 

「いーよもう、面倒くせー。毛布だけ出してきて、ここで寝りゃ...いいじゃん...」

 

 

そして、巨大なクッションに頭を埋め、早々に目を閉じてしまう。

 

 

「うん、私もそれでいい。ゲームソフトに囲まれて雑魚寝、実にヒストリカルな体験...じゃないか...」

 

 

ばたり、とこちらもクッションに横になる。

 

 

ええ―――。

 

 

と思ったものの、《2人を抱っこしてベッドまで運ぶ》などという真似はハルユキには出来なかった。

 

 

ハルユキは兎美達に頼み、部屋に運んでもらおうとしたが。

 

 

「じゃあ、私達は寝るわね」

 

 

「おやすみー」

 

 

2人は早々と部屋へと、戻ってしまった。

 

 

ええ――――。

 

 

ハルユキは胸中でもう一度同じ事を思い、言われた通りブランケットをあるだけ出してきた。

 

 

既に寝入りかけているニコと黒雪姫にそっと掛け、さて、と考える。

 

 

僕は、自分の部屋で寝るべきなんだろうか。

 

 

でも、お客様2人を床で寝かせて、自分だけベッドというのはズルイ気がしないか?

 

 

ここは僕も、公平に床寝するべきではないのか?

 

 

それが紳士というものでは?

 

 

と自分に暗示をかけ正当化をし終わった後、昨日兎美達と寝た時程でもないという考えに至り。

 

 

ハルユキは天井の照明を最小まで絞り、もぞもぞとその場に丸くなり瞼をつぶった。

 

 

 

 

 

 

夜半、ハルユキは1度だけ目を醒ました。

 

 

トイレに行こうと立ち上がり、何気なく視線を移動させると、仄かな間接照明と青白い月明かりの中に、意外な情景が浮き上がった。

 

 

1メートルは離れていたはずのニコと黒雪姫が、いつの間にか2つのクッションの谷間に挟まるようにして、くっついて熟睡している。

 

 

しかも、ニコは黒雪姫の胸元に顔を埋め、右手でしっかりとパジャマの布地を掴んでいる。

 

そして黒雪姫はニコの赤毛を包むように両腕を回していた。

 

 

その光景には、驚きよりも先にハッと胸を衝かれるような何かがあって、ハルユキは目を見開いた。

 

《赤の王》と《黒の王》。

 

 

サドンデスの特例ルールに縛られた、レベル9バーストリンカー達。

 

 

2人がこれまでどれほどの時間を加速世界で過ごし、幾たびの死闘を繰り返し、その先に何を見据えているのか、ハルユキには想像するすべもない。

 

 

しかしこれだけは言える。

 

 

共にレベル10を目指すのならば、いつか彼女達は戦わねばならない。

 

 

他の王を倒す事によってのみ、王はその先に進めるのだから。

 

 

でも。

 

 

今夜、この2人は、複雑に絡み合う状況が作り出した偶然によって、こうして現実世界で寄り添って眠っている。

 

 

まるで、双方ともに、心の奥深くではそれを望んでいるかのように。

 

 

これは、この光景は、たった一夜の幻なのか?

 

 

二度と起こらない、偶発的な奇跡なのか?

 

 

それとも――。

 

 

ハルユキは、自分がいま、とてつもなく大切な何かに辿り着きかけているという予感に捉われた。

 

 

しかし、胸を衝き上げてくる言い知れない感情と、両眼に滲む涙が、思考を明確な言葉にはさせてくれなかった。

 

 

だからハルユキはただその場に立ち尽くし、青白い月光のなか深い眠りにつく少女達を、いつまでも飽きることなく見詰め続けた。




どうも!ナツ・ドラグニルです。

作品は如何だったでしょうか?

キングダムハーツとバイオハザードを買った為、投稿が遅くなりました。

すみません!

キングダムハーツはクリアしたのですが、バイオはタイラントが出てきた瞬間心が折れました。

明日やろうかなと思います。

しばらくはビルド要素は少なくなりますかね。

後3話ぐらいでクローズ登場すると思います。



さて次回!第4話もしくは激獣拳を極めし者第19話でお会いしましょう!

それじゃあ、またな!


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第4話

これまでの、アクセル・ビルドは!

兎美「黒雪姫の提案で、2年前の六王と災禍の鎧の戦いを見るハルユキ達だったが、その凶暴性を見て、ハルユキは仮面ライダーとして戦う覚悟をするのでありました」

美空「ハルが戦うのは良いんだけど、無理しなければ良いんだけどね」

兎美「もしもの時は、私達が支えれば大丈夫よ」

美空「そうね...」

兎美「さて、どうなる第4話!」


「では、行って来ます」

 

 

「い...行ってきまーす」

 

 

「行ってらっしゃ...って待ちなさいよハル」

 

 

再度行った黒雪姫とハルユキの挨拶に、美空が挨拶を返すがすぐにハルユキを止める。

 

 

「な、何!?」

 

 

ハルユキが質問するが、美空は何も答えなかった。

 

 

美空はハルユキの顔の近くまで屈み、顔を近づける。

 

 

え!?何!?まさか行ってらっしゃいのキス!?皆が見てる前で!?

 

 

心中で騒ぐハルユキだったが、美空はハルユキの曲がっているネクタイを直す。

 

 

「ほら、ネクタイをちゃんとしなさいよ」

 

 

「へ?ネクタイ?」

 

 

美空の言葉に、ハルユキは素っ頓狂な声を上げる。

 

 

「何変な声出してんのよ、私が何すると思ったのよ」

 

 

「え!?いや!何でもないよ!」

 

 

弁解するハルユキだったが、ニコがハルユキの頬を思いっ切り引っ張る。

 

 

「おい!締まらねぇ顔して、朝っぱら妙な想像してんじゃねえだろうな。この変態!」

 

 

「してない、してないよ!」

 

 

ニコがハルユキを問い詰める中、黒雪姫がハルユキの腕を取って自分に抱き寄せる。

 

 

「今日の作戦の仔細は貴様に任せているのだからな。《クロム・ディザスター》の出現位置と時間の特定、問題なかろうな」

 

 

「おう、任せろ」

 

 

「うむ。では行ってきます」

 

 

「い...行ってきまーす」

 

 

『行ってらっしゃい』

 

 

「あーい、ってらさーい...って何かこれ可笑しくないか?」

 

 

そこでガチャっとドアを閉め、黒雪姫は一歩下がると身を翻した。

 

 

ニューロリンカーの電源を入れ、空中に視線を走らせて、黒雪姫は何気ない調子で言った。

 

 

「今日1日曇りのようだな、降らないといいが。では、行こうか」

 

 

「そうですね」

 

 

ハルユキは、兎美と一緒に登校する時とは違う新鮮味を感じていた。

 

 

その時ちょうど降りてきたエレベータの空箱に、黒雪姫の後から乗り込む。

 

 

やや寝不足のせいか回転数がいまいち上がらない頭で、ぼんやりそんな事を考えていると、降下しかけたエレベータがほんの2フロア下、21階で止まった。

 

 

ハルユキは反射的に1歩退き、乗ってくる人の為にスペースを開けた。

 

 

そして、ドアがスライドするやぴょんと元気のいい動作で飛び込んできた、同じ色の制服姿の女の子――《幼馴染》の倉嶋千百合と、ばちこーんと視線を衝突させた。

 

 

NO―――――――。

 

 

と内心で絶叫するハルユキを見て、大きな猫科の両眼をぱちぱち瞬かせてから、チユリは大きな笑顔を浮かべた。

 

 

「あ、ハル、おっはよー!どうしたの、今日はやたら早い...じゃ、な......なっ......!?」

 

 

しかし、ハルユキの右斜め後方に立つ人物を認識するや、声と表情は危険な変化を見せた。

 

 

放心から、驚愕を経て、爆発寸前の臨界点へと。

 

 

「...ハル?なにこれ?」

 

 

ひくひく、と目元を動かしながら、チユリがささやいた。

 

 

完全に固化したハルユキに代わって、黒雪姫が屈託なく挨拶した。

 

 

「や、おはよう倉嶋君」

 

 

「あ、お、おはよーございます」

 

 

脊髄反射的に軽く頭を下げてから。

 

 

チユリはがしっとハルユキのネクタイを掴み、叫んだ。

 

 

「どーなっとんじゃー!!」

 

 

「...ちゃ、ちゃうねん」

 

 

ぷるぷる小刻みに首を振りながら、ハルユキは後ろ手にメーラーを起動し、この状況を収拾できそうな唯一の人間に助けを求めた。

 

 

即ち、『タク、やばいたすけて』と。

 

 

「何がどう違うっての!!」

 

 

尚も厳しい尋問が続こうとしたその時、エレベータがようやく1階に着き、ドアが開いた。

 

 

ハルユキはチユリの両肩を掴み、ぐるんと半回転させると言った。

 

 

「ほ、ほら、とりあえずガッコー行こう!とりあえず授業受けて、とりあえず家に帰って、土日の間に忘れよう」

 

 

「こら、誤魔化すな!」

 

 

ぎゃーぎゃー叫ぶチユリの肩をぐいぐい押し、ロビーで目を丸くする住民達の間を突っ切って、どうにか前庭に出た所で後ろから救いの声がした。

 

 

「お...おはよう、チーちゃん。おはよう、ハル。おは...よ...」

 

 

そこでタクムも、眼鏡を軽くずり落とし、澄まし顔の黒雪姫をまじまじと凝視した。

 

 

「...うございます、マスター」

 

 

どうやら、メールを読むや全力ダッシュしてくれたらしい相棒は、冷たい朝の空気に大きく白い息を吐きながらハルユキにささやきかけた。

 

 

「...ハル。君も、虎のしっぽを踏むのが好きな奴だなぁ」

 

 

「好きじゃない。全然好きじゃない!」

 

 

言い返し、いまだに「説明しなさいよー!」と喚いているチユリをタクムに向け、肩から手を離す。

 

 

すかさずタクムが、チユリに穏やかな声をかけた。

 

 

「チーちゃん、昨日は僕もハルの家にいたんだ」

 

 

「え...?どゆこと?」

 

 

不審げな顔になった幼馴染に向けて、明快な解説を口にする。

 

 

こういう弁舌の滑らかさは、ハルユキには真似できない。

 

 

「ちょっと、例のアプリケーションの事で問題が発生してね。ハルの家を会議室代わりに使わせて貰ったんだよ。でも時間が遅くなっちゃって、そんな時間に中学生が1人歩きしてたらソーシャルカメラに引っかかって大変なことになるから、仕方なく先輩はハルの家に泊まったんだ。そうですよね?」

 

 

言葉を降られた黒雪姫は、幸い素直に頷いた。

 

 

「ま、そういうことだ。妙に勘ぐる必要はないぞ、倉嶋君」

 

 

「.........」

 

 

チユリは、数秒間複雑な表情で沈黙を続け――。

 

 

やがて、トーンを低めた声で言った。

 

 

「また、アレなの。ブレイン...バースト?」

 

 

揃って頷く3人を見回し、ぷーっと頬を膨らませる。

 

 

「なんか、納得行かない!それってただのゲームなんでしょ?なのに、なんでそんな何時間も話し合う事があるのよ!」

 

 

「げ...ゲームだけど、ただのゲームじゃないんだ」

 

 

広いマンションの前庭にちらりと視線を走らせ、周囲に他の人間がいない事を確認してから、ハルユキは続けた。

 

 

「前にも話したけど...あれは、思考を加速する事で、こことは別の世界を作っているんだ。だから、現実と同じくらい、いろんな問題が起きるんだ...」

 

 

「......むぅ!」

 

 

チユリは唇を尖らせ、不満そうに唸った。

 

 

「そこがそもそも信じられないのよ。加速なんて言われたって、想像できないもん。...じゃあ、わかった。見せてくれたら納得したげる」

 

 

「へ?」

 

 

ぽかんと目を丸くするハルユキに、チユリは何でもないことのように言った。

 

 

「そのゲーム、コピーインストール可なんでしょ?あたしもそれ入れる。そんであたしも、なんだっけ、その...《バーストリンカー》になる」

 

 

「え...え――っ!?」

 

 

という叫びは、ハルユキだけでなくタクムと黒雪姫の口からも発せられた。

 

 

そして3人は同時に右手を顔の前に持ち上げ、すいすいと左右に振った。

 

 

「む...むりむり。そりゃ絶対無理」

 

 

つい本音を漏らしたハルユキの丸い頬っぺたを、むぎっとチユリが掴んだ。

 

 

「何よそれ!いいから寄越しなさいよ!」

 

 

「いや、だから...あのゲームには適性が」

 

 

「そんなの試してみなきゃ解んないでしょ!」

 

 

「だってお前...超どんくさいし」

 

 

途端、チユリの猫科の両眼がぎらーんと光った。

 

 

「ほっほーう...いーい度胸してんじゃない。わかったわよ、見てなさいよ!あたしも修行して、ゲームでハルやタッくんに勝てるようになっちゃうからね!」

 

 

「え...ええ!?」

 

 

ハルユキは口をぽかんと開け、チユリの瞳に浮かぶ挑戦的な光を眺めた。

 

 

これは、昔のチユリが遊びの時などによく見せた、《1度言ったら後には引かない》の顔だ。

 

 

ハルユキの頬をお餅のように限界まで引き伸ばしながら――。

 

 

「そしたらその何とかバースト、あたしにもコピーすんのよ!!」

 

 

言い放つやぱちんと手を離し、べーっと舌を出してから、同い年の幼馴染は凄い速さで駆けて行ってしまった。

 

 

「...修行って」

 

 

ハルユキは頬っぺたをさすりながら呟くと、傍らに立つタクムに向き直った。

 

 

「それにしても...助かったよタク」

 

ハルユキは誤魔化してくれた事に、感謝する。

 

 

「僕は大丈夫だけど...チーちゃんは本気だったのかな、あれ」

 

 

「いや無理だろう...さっきも言ったけどチユ鈍くさいし」

 

 

「マスターはどう思いますか?」

 

 

タクムは体ごと黒雪姫に向き直り、真剣な声で続ける。

 

 

「...チーちゃんがバーストリンカーになれる可能性は、本当にないと思いますか?」

 

 

黒雪姫は殆ど表情を変えず、ふむ、と首をかしげた。

 

 

「そもそも彼女は、第1条件をクリアしているのか?」

 

 

「あの、生まれた直後からニューロリンカーを装着していることってやつですね。」

 

 

「そうだ」

 

 

「ええ、クリアしているはずです」

 

 

黒雪姫の質問に、ハルユキが答える。

 

 

タクムは両親の熱意溢れる教育方針ゆえに、そしてハルユキは共働きの両親が遠隔モニタとして使ったために、条件を満たした。

 

 

チユリは、愛情豊かで大らかな両親に育てられたが、2人とは別の理由でニューロリンカーを新生児の頃から装着している。

 

 

チユリのお父さんは咽頭癌(いんとうがん)の治療歴があり、肉声を発するのが困難なのだ。

 

 

よってチユリは、父親の思考音声をネットワーク経由で聞いて育ったのである。

 

 

ハルユキはそこまでは説明せず、黒雪姫も訊かなかった。

 

 

「そうか」

 

 

肯定し、視線をチユリが走っていった方へ向ける。

 

 

「実は、第2条件...《大脳反応速度》のほうは、厳密な基準があるわけではない。VRゲームは苦手だが、ブレイン・バーストはインストールできた、というような人間も存在するしな」

 

 

「そうなんですか?」

 

 

黒雪姫の言葉に、ハルユキが驚きの声を上げる。

 

 

「脳において肉体を動かす回路と、アバターを動かす回路は殆ど同一だからな。しかし、確信なしに誰かをバーストリンカーにしようとするのは、大いなる賭けと言わねばならん」

 

 

「か、賭け...?」

 

 

訊き返したハルユキに、黒雪姫は意味ありげな視線を向け、頷いた。

 

 

「現在では、ブレイン・バーストのコピー・ライセンス...つまり、《親》として誰かを《子》にする権利は、わずか1回に限定されているのだ。そしてその権利は、インストールに失敗した場合にも消費され2度と回復出来ない」

 

 

「い、いっかい!?」

 

 

思わず叫んでしまい、ハルユキは慌てて口を押さえた。

 

 

ボリュームを下げ、しかし急き込むように続ける。

 

 

「で、でもそれじゃあ、バーストリンカーは殆ど増えないじゃないですか。ポイント全損で退場する人と、新しく参加する人の数は...せいぜい釣り合うかどうかくらいなのでは...?」

 

 

「つまりね、ハル」

 

 

既に《1回ルール》を知っていたらしいタクムが、眼鏡を押し上げながら言った。

 

 

「ブレイン・バーストを運営する正体不明の管理者は、今の人数...約千人が上限と考えてるんだと思うよ。《加速》テクノロジーが秘匿され得る限界、という意味で」

 

 

「そ...そらまあそうかもだけど...でもさ、今のままでも、いつか秘密がバレる日が絶対来るだろ?現にチユはもう殆ど知ってるわけだしさ。

 

もし...もしその管理者だか開発者だかが、いずれブレイン・バーストの存在が世間に暴露されて、そしたら当然ニューロリンカーで加速機能が使えなくなるとこまで織り込み済みで運営してるなら、そいつの...目的は何なんだ?」

 

 

ハルユキは両手を広げ、タクムと黒雪姫を順番に見た。

 

 

「だってさ、俺達...ゲームプレイ料金払ってないんだぜ。広告だって全然見ないし」

 

 

世に数多あるネットゲームの収益構造は、大別して2つだ。

 

 

月額またはアイテム販売でユーザーに課金するか、あるいはゲーム内に洪水の如く契約企業の広告をばら撒くか、どちらかしかない。

 

 

ブレイン・バーストは紛うことなきネットゲームであり、しかも《加速》テクノロジーによってユーザーに途方も無い特権を与える。

 

 

その代価がゼロ、というのはどう考えても間尺に合わない。

 

 

ハルユキの、根源的かつ今更にすぎる疑問を聞いて、黒雪姫は仄かな微苦笑を浮かべた。

 

 

「考えても詮無いことだ、ハルユキ君。それを知りたければ、レベル10に辿り着き、開発者に直接訊ねるしかない。だがな、断言できることが2つだけある。

 

まず、さっきキミが言ったとおり、加速世界が現状のまま永続することは有り得ないだろう。いつか秘匿性が失われ、バーストリンカーが1人残らず消滅する時は必ず来る。

 

そしてもう1つ...我々が、《加速》の特権に見合う代償を支払わされる日もまた、必ずやって来る。あるいは...」

 

 

その先は、明確な声にはならず、唇のかすかな動きに紛れてしまった。

 

 

しかしハルユキは、朝の冷気を白く染める吐息の中に、短い文字を見た様な気がした。

 

 

――あるいは、すでに支払っているのか。

 

 

黒雪姫は、ふ、と短く笑ってタクムを見た。

 

 

「脱線してしまったな。倉嶋君の話だが...彼女がバーストリンカーになりうる可能性は相当に低いと思うが、しかし試してみる価値はあるよ」

 

 

「ほ...本当ですか、マスター」

 

 

目を見開くタクムに、黒雪姫はゆっくりと頷いてみせた。

 

 

「彼女は、肉体的ポテンシャルは決して低くない。さっきのダッシュは素晴らしいスピードだった」

 

 

「あー、あいつ陸上部ですから」

 

 

ハルユキが補足すると、ふむ、と呟く。

 

 

「なるほどな。...脳において、現実の肉体を動かす回路と、仮想のアバターを動かす回路は、実は殆ど同一のものだ。つまり倉嶋君の場合は、回路の性能そのものは必要条件を満たしている可能性はある。

 

問題はニューロリンカーとの親和性で、こればかりはぶっつけで試してみるしかないが」

 

 

 

「ははあ...でもあいつ、思考発生もできないからなー」

 

 

「キミの場合は、ニューロリンカー側に特化しすぎなんだぞ。まあ、仮面ライダーになってからは体を動かすようになったようだがな」

 

 

そして、黒雪姫はハルユキとタクムを順番に見る。

 

 

「...ハルユキ君、タクム君。どちらかのコピー・インストールで、もし倉嶋君がブレイン・バーストのインストールに成功すれば、君達と彼女の間には強い関係が生まれる。

 

《親子》という、な。...しかし、そこには、必ずしもプラスの要素のみが存在するわけではない事を覚えておけよ」

 

 

「肝に銘じておきます」

 

 

その貴重な1回を先輩は僕に...あっそういえば。

 

 

「あの」

 

 

声を出しかけたその時、黒雪姫が遮るように言った。

 

 

「しまった、ちょっと立ち話に夢中になりすぎたな。急がないと遅刻してしまう時間だ」

 

 

「え...」

 

 

慌てて空を見ると、低い雲の向こうが随分明るくなってきている。

 

 

「うわ、ほんとだ。ちょっと走ったほうがいいかもだよ、ハル」

 

 

「げぇ、マジかよ!」

 

 

タクムに肩を叩かれ、既に早足で歩き出している黒雪姫を追いかける。

 

 

朝一のチャイムがなる寸前にどうにか校門に飛び込み、ニューロリンカーが梅里中ローカルネットに遅刻カウントなしで接続されるのを確認して、ハルユキは2人と別れた。

 

 

しかし、午前中の授業を受けるあいだにも、脳内ではひとつの思考だけが変わらず渦巻いていた。

 

 

黒雪姫は、なぜバーストリンカーの《親子》関係に負の面が存在する、などと言ったのか?

 

 

そしてなぜ、あの時少しだけ哀しそうな目をしたのか?

 

 

知りたい。

 

 

どうしても。

 

 

2時間目が終わり、視界から仮想黒板が消えるや否や、ハルユキは躊躇いを振り払いメーラーを起動した。

 

 

文面は短く、【今すぐお話できませんか】とだけ2秒でタイプして送信する。

 

 

返信は8秒後に届いた。

 

 

【ローカルネットのバーチャル・スカッシュコーナーで会おう】の1文を見るや、ハルユキは椅子に深く腰掛け直し、眼を閉じてダイレクト・リンクのコマンドを唱えた。

 

 

2時間目と3時間目の間は15分しかないので、梅里中ローカルネットを形成するメルヘンチックな森の中は閑散としていた。

 

 

アバターの短い脚が仮想の地面に触れるあ否や、外周にそびえる大樹の1本目指してダッシュする。

 

 

ハルユキにコミカルな桃色ブタアバターの使用を強制していじめっ子連中の首謀者はもういないし、手下たちも今の所なりを潜めているので、いつでももっと格好いいデザインに変更することは可能なのだがなんとなくその機会を失ったままずるずると使い続けている。

 

 

兎美達が、私はそれも好きだ、と言ってくれた事もあるが、みーたん&ぷーたんでも使っているのが多分影響している。

 

 

その姿でぴょんぴょんと樹の幹に刻まれた階段を駆け上がり、最上階に設けられたスカッシュゲームのフロアに飛び込んだハルユキの視覚が、コートの中央にひっそりと立つ細身のアバターを捉えた。

 

 

漆黒のドレスに、銀の縁取り。

 

 

手には同色の日傘、そして背中には深紅のラインが走る黒揚羽蝶の羽。

 

 

闇色の妖精姫へとその姿をやつした黒雪姫は、殆ど色味のない白い顔をハルユキに向けるや、小さく微笑んだ。

 

 

「やあ。その姿のキミを見るのも、なんだか久しぶりだな。最近はリアルでばかり話をしているからかな」

 

 

「...先輩があんまりローカルネットに来てくれないんで、そのアバターのファン達が悲しんでますよ」

 

 

現実世界とは滑らかさが3割増しの声でそう応じると、黒雪姫は笑みを苦笑へと変えて軽く肩をすくめた。

 

 

「おや、そのうちキミとお揃いの黒ブタアバターにするのもいいかなと思っているのに。...それより、何だい、改まって話とは」

 

 

「あ...ええと...ええとですね」

 

 

今度はいつものように口籠り、ハルユキは言葉を探した。

 

 

考えてみれば、これまで自分から黒雪姫の私的なことがらについて質問したことは皆無に等しいのだ。

 

 

なのにいきなり、内面に土足で踏み込むような真似をしていいものだろうか。

 

 

呼び出しておきながらしどろもどろになるハルユキを、黒雪姫はしばらく微苦笑を湛えて見下ろしていたが、やがて背中の羽を揺らしてふわりと距離を取った。

 

 

日傘を飾る鈴が、りんと澄んだ音を響かせる。

 

 

「...ハルユキ君。キミが訊きたいのは、私の《親》の話だろう」

 

 

現実の肉声よりも更にどこか謎めいたシルキーボイスで、黒雪姫は呟いた。

 

 

はっ、と息を呑むハルユキの返事を待たず、長い睫毛を伏せて続ける。

 

 

「すまんが...今はまだ、その名前は言えない。キミに、万が一にもその者と接触してほしくないからだ。レギオンマスターとしても...そして1人の女としてもだ。醜い嫉妬かもしれないが」

 

 

ぴたりとアバターを凍りつかせ、目を大きく見開きながらも、ハルユキは脳裏をいくつかの思考が閃くのを意識した。

 

 

いまの言葉だけでも、解る事がある。

 

 

まず、黒雪姫の《親》はまだバーストリンカーとして加速世界に健在であること。

 

 

そしてもう1つ、恐らくは女性であることも。

 

 

スカッシュコートの上を音も無く移動しながら、黒雪姫はハープの低音弦を爪弾くような声を奏で続けた。

 

 

「...その者は、かつては...私にとって、最も近しい人間だった。私の世界の中心で永遠に明るく輝き続け、あらゆる暗闇や寒さを遠ざけてくれると、そう信じていた」

 

 

黒雪姫はどこか悲しそうな表情で、さらに言葉を続けた。

 

 

「しかし、ある日...ある時、ある一瞬をもって、私はそれが儚い幻想であった事を知った。今やその者は、私にとって究極の敵と言っていい存在だ。

 

まるで、この尽きることのない憎しみは、その者と出遭った最初の瞬間から既に私の中に生まれていたのだ、とすら思えるほどに」

 

 

声は穏やかに抑制されていたが、その言葉の激しさは、常の黒雪姫からは想像も出来ないものだった。

 

 

立ち尽くすハルユキを、斜めに俯けた瞳でちらりと撫で、漆黒の妖精姫はどこか虚ろな微笑を浮かべた。

 

 

「可能ならば、私は今すぐにでもその者と戦いたい。私の剣で手足を斬り飛ばし、地に這わせ、無様な命乞いを愉しんだ後に容赦なく首を刎ねてやりたい。

 

しかしそれは叶わぬ望みだ。...ハルユキ君。バーストリンカーの《親子》関係が、それ以外の、例えば《相棒》、例えば《恋人》関係と決定的に異なる部分がどこか解るかい」

 

 

「......」

 

 

一瞬途惑ってから、ハルユキは、3ヶ月前の運命の日、黒雪姫が差し出した手に光っていた物の事を思い出した。

 

 

すなわち、銀色の直結用ケーブルを。

 

 

「それは...《親子》は、例外なく互いの《リアル》を知っている、ということです」

 

 

「そう、その通り」

 

 

頷き、黒雪姫は日傘の先でとんとコートを突いた。

 

 

「ブレイン・バーストのコピー・インストールは、必ず2つのニューロリンカーを直結しなくては行えないからな。その時点で、《親》と《子》は必ず互いの現実での顔を見交わし、また直結を許すほどの間柄だという事になる。

 

それゆえに、バーストリンカーの《親子》関係は、加速世界でもっとも強固な絆となり...また同時に、もっとも巨大な呪いとも成り得るのだ」

 

 

「の...呪い...?」

 

 

「そうさ。仮に《親》と《子》が道を違え、相争う関係となった時、その憎しみは必然的に現実世界にも敷衍されるからだ。私は...今はまだ、これほど憎んでいる自分の《親》とは戦えない。

 

あの者は、現実について、私に圧倒的影響力を行使することが出来るからな。――バーストリンカーの存在証明は畢竟(ひっきょう)《対戦》あるのみだ。

 

我々は互いに戦う為にデュエルアバターを心に宿している。なのに、《親》と《子》だけは戦う事が出来ない。これを呪いと言わずしてなんと言う」

 

 

「......先輩」

 

 

ハルユキはそう呟き、続くべき言葉を探そうとした。

 

 

しかし、胸中に渦巻く感情をあまさず声で伝えることは不可能だと思えた。

 

 

だから、1歩、2歩前に進み、力なく垂れる黒雪姫の左手を、丸っこい両手でぎゅっと包み込んだ。

 

 

温度差を持たぬアバターであるはずなのに、その手は凍えるように冷たい。

 

 

「ハルユキ君...」

 

 

ひそやかに発せられた声もまた同様だった。

 

 

多分、黒雪姫は、かつて赤の王レッド・ライダーを狩り、永久退場に追い込んだ事を今も苦悩している。

 

 

そしてその行為に殉ずる為に、あらゆるバーストリンカーに剣を向け続けねばならないと自らを追い込んでいる。

 

 

たとえ相手が自分の《親》、あるいは――《子》であったとしても。

 

 

白い手に口を、実際には大きな鼻を押し当てるようにして、ハルユキは懸命に言葉を発した。

 

 

今の僕に伝えられるのはたったこれだけなのだ、と思いながら。

 

 

「昨日も、言ったでしょう。僕は絶対に先輩とは戦わない。先輩の敵にはならない。もし、何かどうしようもない理由でそんな時が来たとしても...僕は戦う前にブレイン・バーストをアンインストールします」

 

 

梢に遮られて斜めのラインを描く仮想の陽光のあいだに、長い沈黙に満ちた。

 

 

やがて、ほんの少しだけ温度を取り戻した黒雪姫の声が響き、同時に日傘の柄がコツンとハルユキの丸い頭の叩いた。

 

 

「愚か者、降りるのは私だ。キミは戦え。私より遥かにブレイン・バーストを...《対戦》を楽しんでいるキミの方が、加速世界に残るべきだ」

 

 

「嫌です!」

 

 

と、日傘がかすかな音を立てて青い落ち葉の絨毯に転がった。

 

 

嫌がるハルユキの頬を――。

 

 

ふわりと滑らかな右手が撫でた。

 

 

顔を上げると、いつの間にか腰を落としていた黒雪姫とまっすぐ目が合った。

 

 

ごく至近距離にある仄かに紅い唇がひそやかに動いた。

 

 

「たとえどのような未来が訪れようと、私はキミを選んだ事を後悔だけはしないよ」

 

 

言葉と同時に伸ばされた両手が、きゅっとハルユキの頭を抱き寄せた。

 

 

天にも上がるような一瞬であるはずなのに、焼き切れそうな感覚信号の中を、言い知れない寂しさが流れているようにハルユキには感じられた。

 

 

 

 

放課後。

 

 

黒雪姫とタクムはそれぞれの自宅に荷物を置いてから来るというので、ハルユキは1人で家に帰った。

 

 

ある程度覚悟しつつ玄関のドアを開いたのだが、今日は大ボリュームのゲーム音も喚き声も聞こえてくる事は無く、小声でただいまを言ってからリビングを覗くと、ソファに腰掛けるニコの後ろ姿とその同じソファに座る美空の姿、そしてキッチンで作業している兎美の姿が目に入った。

 

 

やたらニコが静かなので寝ているのかと思ったが、すぐに小さな右手がひらっと振られた。

 

 

「おかえり、ハル」

 

 

ニコの動作に美空が気がつき、美空が返事をする。

 

 

「ただいま」

 

 

「おかえり、ハル」

 

 

キッチンの作業を止め、兎美がハルユキに近づく。

 

 

「今日も、黒雪と黛も後から来るんでしょ?」

 

 

「ああ、1度家に寄ってから来るって。あと20分はかからないと思う」

 

 

「よし、何とか間に合いそうだな...。クロム・ディザスターはまだ動いてねぇ」

 

 

その言葉に、ハルユキはぱちくりと瞬きした。

 

 

どうやらニコは、何らかの手段で《災禍の鎧》こと《クロム・ディザスター》――の強化外装を受け継ぐ赤のレギオン所属メンバー、《チェリー・ルーク》の動向をモニターしているようだが、そのためには当然ニューロリンカーを外部ネットに接続させる必要があるはずだ。

 

 

「君、グローバル接続して大丈夫なの?ここは赤のレギオンの領土外なのに」

 

 

思わず訊くと、ニコはにやっと不敵に笑った。

 

 

「さっき1回だけ命知らずに《乱入》されたけどな。10秒でぶっ飛ばして、他の奴らにもあたしの邪魔すんなっつっとけって言っといたからもう平気だろ」

 

 

「そ...そうっすか...」

 

 

ニコの言葉に、ハルユキは思わず返答に困った。

 

 

「それじゃあ、私は出かけてくるわ」

 

 

そう言うと、兎美は出かける用意をする。

 

 

「何処に出かけるんだ?」

 

 

「ちょっとね」

 

 

ニコの質問に、兎美は誤魔化す。

 

 

兎美はハルユキに近づき、ボソッと呟く。

 

 

「ちょっと《葛城 巧未》について、私立エテルナ女子学院付近で調べてくるわ」

 

 

「調べるって、どうやって」

 

 

「近所の人に聞くか、学院の生徒に聞くから大丈夫よ」

 

ハルユキの質問に答えると、兎美は出掛ける。

 

 

「じゃあ、行って来ます」

 

 

『行ってらっしゃい』

 

 

兎美が出て行くと、入れ替わりで黒雪姫とタクムがやってきた。

 

 

「そこでマスターと一緒になったんだ。あ、これ、お土産。うちにあったの掻っ攫ってきた」

 

 

そう言って、タクムはケーキらしき箱を掲げてみせた。

 

 

「さっき、兎美さんと入れ違ったんだけど何かあったのかい?」

 

 

「葛城について調べてくるって...」

 

 

「ああ、この前調べてた」

 

 

タクムはニコに聞こえないように、小声でハルユキと喋っていたが。

 

 

「おい!何こそこそと喋ってんだ!?」

 

 

ニコが2人に気付き、問い詰める。

 

 

「い、いや!何でもないよ!それより、いらっしゃい2人とも!タク、お土産サンキュー!さっそく食べよう、オレ苺乗ってるやつな!!」

 

 

ニコの問い詰めに、ハルユキは咄嗟に誤魔化しキッチンに向おうとすると、背後で同時に2つの声。

 

 

『苺は私(あたし)のだ!』

 

 

「...ハイ」

 

 

かくっと頷き、お皿とお茶の用意をする。

 

幸い箱の中には、苺のショートケーキ2つとチョコレートケーキ2つが収まっていた。

 

 

「ケーキは黒くなくていいのかよ」

 

 

「チョコは黒じゃない、焦げ茶色だ」

 

というやり取りはあったが――4人同時に最初の一口を食べ、お茶を1口含んだ所で、黒雪姫が表情を改めた。

 

 

「...クロム・ディザスターの追跡、出来ているのか」

 

 

問いに、ニコは視線をさっと仮想デスクトップに走らせ、小さく頷いた。

 

 

「ああ、そろそろ動く頃だぜ」

 

 

その答えに、ハルユキはかすかな違和感を覚えた。

 

 

バーストリンカーの遠隔追跡、などという事がいったいどうすれば可能になるのだろうか?

 

 

対象が《対戦》を始めて、そのフィールドにギャラリーとしてダイブすれば現在位置も解るだろうが、さっきからニコはまるで加速している様子は無い。

 

 

あるいは、レギオンマスターには、構成員の現実での所在を把握するような、とんでもない特権でもあるのだろうか?

 

 

そのへんの事を何気なく訊ねようと、口を開きかけた――

 

 

まさにその瞬間だった。

 

 

「...来た!」

 

 

ニコが鋭く叫び、最後に取ってあった丸ごとの苺に、ぐさっとフォークを突き刺して口に放り込んだ。

 

 

「チェリーが、西武池袋線上がりの電車に乗った。今までのパターンからして、今日の狩場はブクロだ」

 

 

「池袋か。厄介だな」

 

 

ち、と黒雪姫が軽く舌打ち。

 

 

空になったお皿に、かちんとフォークを置く。

 

 

「移動はどうする。我々もリアルで電車なりタクシーを使うか...あるいは《中》を突っ切るか」

 

 

言葉の意味が理解できず、ハルユキは眉を寄せた。

 

 

《中》、つまり《対戦フィールド》は、見かけ上は果てしなく続いているようだが実は戦区(エリア)の境界に移動制限ラインが設定されている。

 

 

それが無ければ、1撃ヒットさせたあとタイムアップまでひたすら1直線に逃走するという戦法が可能になってしまうからだ。

 

 

だから、たとえこの場所――ハルユキの自宅でフィールドにダイブした所で、移動できるのは杉並区の北端が限界で、豊島区の池袋までは絶対に到達できないはずなのだ。

 

 

しかし、ニコは少し考えただけであっさりと答えた。

 

 

「中から行こうぜ。このメンツなら《エネミー》にも引っかからねーだろ」

 

 

「...運が良ければ、な」

 

 

黒雪姫も、厳しい顔ながら首肯する。

 

 

もう何がなにやら解らずポカーンとするハルユキに、黒雪姫の真剣な瞳がまっすぐ捉えられた。

 

「それでは...ハルユキ君。君に、我々バーストリンカーの真の戦場へとダイブするためのコマンドを教える。バーストポイントを10消費するが、問題はなかろうな?」

 

 

「え...ええ、10ポイントくらいなら。それより...し、真の、戦場って...?」

 

 

「言葉通りだ。我々が《加速世界》と呼ぶものの本質がそこにある。いいか、私のコマンドの通りに、続けて唱えろ。行くぞ...5代目クロム・ディザスター討伐、ミッション・スタートだ!」

 

 

そこで1度大きく息を吸い、背後をぴんと伸ばして――。

 

 

ニューロリンカーのグローバルネット接続ボタンに触れると同時に、漆黒の美姫は、凛と響く声で叫んだ。

 

 

「アンリミテッド・バースト!」




はい、如何だったでしょうか?

今回は早く投稿出来たと思います。

前の会社の時と違い、今の会社は帰った後も小説が書ける余裕があります。

そして、ハピネスチャージでも言いましたが、GOプリンセスプリキュアをクロスさせた作品ですが、何で言ったかですがもう直ぐで第1話が書き上がるので言いました。

続編として書くならストックし、ハピネスチャージとは別の作品で書くなら書き終わったら投稿しようか迷っていたので。




さあ、次回は加速世界での戦いとなりますが、どうなるのでしょうか。

早く、ハルユキを仮面ライダーに変身させたいですね。

それでは次回、第2章第5話、もしくはハピネスチャージ第20話でお会いしましょう!

では、またな!


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第5話

これまでの、アクセルビルドは!

美空「仮面ライダーとして戦っているハルユキは、兎美の記憶を取り戻す為謎の組織と戦うのでありました!」

兎美「そんなハルユキに1人の少女が近づき、災禍の鎧の討伐に赴くため加速世界の本当の戦場へと足を踏み入れるのでありました!」

美空「てゆうか、本当の戦場ってなんなのよ」

兎美「さあ?推測だけど...そこは何か特別なんじゃないの?」

美空「まあいいわ、それではどうなる第5話!」


――アンリミテッド・バースト!

 

 

無我夢中で叫ぶと同時に、いつもの倍する音量の加速音がハルユキの意識を叩いた。

 

 

視界が一瞬、暗転する。

 

 

だがすぐに闇を銀色の光が切り裂く。

 

 

それは、ハルユキの五体を鋼のメカニカルボディと変えていくエフェクト光だ。

 

 

通常の加速――《バースト・リンク》コマンドならば、まず最初は桃色ブタアバターになるはずだが、そのフェーズをすっ飛ばしてハルユキは純銀のデュエルアバター《シルバー・クロウ》へと変身した。

 

 

直後、周囲の暗闇もまた虹色の光に吹き払われていく。

 

 

放射状のオーロラの彼方から現れたのは、青黒い鋼鉄の輝きだった。

 

 

自宅マンションのリビングだったはずの場所は、まるでファンタジー映画に出て来る魔王の城のような、寒々とした金属の回廊へと変化していた。

 

 

南向きに開けていた窓は全て消え去り、鉄板を放熱フィン状に何枚も連ねた意匠の壁や柱に、薄青い炎が幾つも灯っている。

 

 

足元には薄い霧がわだかまり、高い天井は薄闇に沈んでよく見えない。

 

 

金属質な所は《煉獄》ステージによく似ているが、生物的な猥雑さは一切無い。

 

 

どこまでも冷たく直線的な光景をハルユキはしばし眺め回した。

 

 

改めて視線を戻すと、すぐ近くに3つのデュエルアバターが立っていた。

 

 

濃紺のアーマーに逞しい四肢、そして右手に巨大な杭打ち機(パイルドライバー)を装着した《シアン・パイル》。

 

 

真紅の華奢な体躯にハンドガンひとつだけをぶら下がる《スカーレット・レイン》。

 

 

そして純黒の半透明装甲を纏い、鋭い剣状の四肢を輝かせる《ブラック・ロータス》。

 

 

同じ場所に立つと、2人の《王》はともかく、同レベルのシアン・パイル――タクムに対してまで湧き上がってくる劣等感をこっそり呑み下ろしながらハルユキは呟いた。

 

 

「...ここが《無制限中立フィールド》...」

 

 

「そうだ。このフィールドで以前も災禍の鎧を狩ったのだ」

 

 

電子的なエフェクトのかかった声で肯じると、黒雪姫はふわりと身を翻した。

 

 

つま先がごく鋭利な切っ先となっているブラック・ロータスは、通常の歩行ではなく、床面からわずかに浮き上がるホバー移動を行なう。

 

 

脚と同様に長大なブレード状の右手を掲げ、黒雪姫は回廊の先を示した。

 

 

「あちらが出口だろう。実際に見たほうが早い」

 

 

「だな。行こうぜ」

 

 

スカーレット・レイン――ニコも、アンテナめいたツーテールをぴょこっと動かして頷いた。

 

 

濃霧に沈む鋼鉄の通路は、数10秒歩いただけで行く手に白い外光を含ませはじめた。

 

 

思わず早足になりながらハルユキは3人を追い抜き、左への曲がり角を回り込むや、眼を見開いた。

 

 

もとはマンションの表通りに面した東側の壁だったはずの場所は、全面が外へと開かれたオープンテラスに変わっていた。

 

 

現在地の高さは自宅のある23階相当のままなので、テラスからは外界の様子が一望できる。

 

 

凄まじい――と言うよりない光景だった。

 

 

空には、分厚い灰色の雲が幾重にもうねっている。

 

 

その隙間を、頻繁に青紫色の雷光が貫く。

 

 

そして地上は、ハルユキの自宅マンションと同様、鋭利な鋼鉄板を連ねた意匠の建築物に覆われていた。

 

 

まっすぐ正面、朧に霞む新宿福都心は、最早高層ビル群というよりも邪悪な軍隊のひしめく要塞のようだ。

 

 

どれほど眼を凝らしても、動くものは見えない。

 

 

まったくの無人だ。

 

 

魔都、そんな言葉を脳裏に浮かべながら、ハルユキは傍らに進み出た黒雪姫にささやきかけた。

 

 

「こんなフィールド、初めて見ます。これ、属性は...」

 

 

「《混沌》だ」

 

 

短く答えてから、ヴァイオレットに発光する両眼をハルユキに向け、付け加える。

 

 

「その意味はいずれ解る。それより、ハルユキ君。景色に見とれるのもいいが、もっと早く気付くべきことが他にあるぞ」

 

 

「え...え?」

 

 

ハルユキは慌てて周囲をキョロキョロ見回してから、ようやく見るべきものに視線を向けた。

 

 

今までの対戦フィールドでは、常に視界の上側に自分と敵のHPバーが固定表示され、その中央で1800秒から始まるタイムカウントが残り時間を刻んでいた。

 

 

しかし今は、HPバーは自分のものしかなく、カウントの数字も見当たらない。

 

 

これまでハルユキが体験してきたゲームアプリとしての《ブレイン・バースト》は、現実としか思えない精細さのフィールドや完璧にリアルな五感フィールドバックといった技術面は究極的だったものの、内容そのものは古色蒼然とした1対1の格闘ゲームだった。

 

 

それがこの無制限中立フィールドに来た途端、画面構成がわずかに変化しただけなのに、ゲームがいきなり最先端の大規模ネットワークゲームに衣替えしてしまったように感じられて、ハルユキは我知らず叫んでいた。

 

 

「の、残り時間がない...!?どういうことです...?」

 

 

「そのまんまっつうこった」

 

 

答えたのは、左に並んだニコだった。

 

 

「ここには、ダイブの上限時間が設定されてねぇ。だから《無制限》なんだ」

 

 

「一度ダイブすれば、ずっといることも可能だよ。もっとも、レベル4以上じゃないと入れないけどね」

 

 

「えっ」

 

 

再び言葉を失い、ハルユキは今開かされたことの意味を懸命に考えた。

 

 

「...あ、あの、僕達、《加速》はしてるんですよね?」

 

 

「無論、そうだ」

 

 

黒雪姫の回答に、もう一度思考をフル回転させる。

 

 

「ってことは...仮に現実世界で丸一日こっちにいたとして、えっと...さ...3年!何でもっと早く教えてくれなかったんだよタク!それだけあったら、こう、いろいろと!」

 

 

「やめておいたほうがいいよ、ハル」

 

 

「えっ?」

 

 

ハルユキがタクムを問い詰めるが、アバターの逞しい肩をすくめ、親友は笑いを含んだ声で続けた。

 

 

「僕も、前に一度だけここに来た事があるんだ。その時は君と同じ様に興奮して、しかもバーストポイントを10も消費してるんだからすぐに帰ったら損だと思って内部時間で3日も粘ったんだけどね。現実に戻ってから、加速に入る直前にしようとしてたこととか全部忘れてて大変だったよ」

 

 

「そうだぞハルユキ君。3日くらいならまだ予定を忘れるくらいのことで済むが、仮に1ヶ月、半年とこっちで過ごしてしまうとな...」

 

 

そこまで言ってから、黒雪姫は声の調子を真剣なものに変えた。

 

 

「――戻った時、人間が変わってしまう(・・・・・・・・・・)。当然だ、それまでの自分とはヘタをすると魂の年齢までが異なってしまうのだからな。兎美君達やチユリ君達に怪訝な顔をされたくなければ、ここにはあまり来ないことだ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、ハルユキは脳裏に1つの声を蘇らせていた。

 

 

――あたしやそこの女が、これまでいったいどんくれーの時間を加速世界で過ごしてきたか知ったら...。

 

 

昨日、ニコが笑いながら放った台詞だ。

 

 

その意味するところは、つまり――。

 

 

しかしその先を考える前に、当の本人に軽く背中を叩かれた。

 

 

「んなことより、とっとと移動しようぜ。あたしらが加速した時点で、チェリーの乗った電車が池袋に着くまで現実時間であと2分はあったから、まだまだ余裕だけどな」

 

 

「う、うん。移動って...つまり、池袋までだよね」

 

 

現実世界の2分は加速世界では32時間以上にもなる。

 

 

むしろ余裕過ぎるだろうと思いながら、ハルユキは視線を北東方面へと向けた。

 

 

どこまでも際限なく続くような青黒い鋼鉄都市の彼方に、薄らと浮かぶ巨大構造物が視認できる。

 

 

あれが池袋のサンシャインシティだとすると、そこまでの距離は現実世界と同じく6キロほどもあるはずだ。

 

 

「えーと...歩くの?それとも走って...?」

 

 

「なわけねーだろ。何のためにあんたがここにいるんだよ」

 

 

「へ?それって...」

 

 

唖然としたハルユキに、可憐な真紅のデュエルアバターがハルユキに抱きついた。

 

 

「抱っこして飛んでくれるよねっ、おにーちゃん♪」

 

 

「ええっ!!」

 

 

驚くハルユキだったが、黒雪姫のアイレンズが光ったのを気付いた。

 

 

「何を言っている、私が抱えてもらうしかなかろう。何せ腕も脚もこの通りなのだからな」

 

 

「うわあ!!」

 

 

黒雪姫はそう言って、剣となっている腕を見せるがハルユキはキラーンと光った腕を見て悲鳴を上げる。

 

 

「レイン!貴様はシルバークロウの脚にでもぶら下がれ!」

 

 

「冗談じゃねぇ!なんでそんな屈辱的な真似しなきゃなんねーだ。あんたがそんなデザインなのが悪いんだろが!1人だけ電車で行けよ!」

 

 

「なんだと?」

 

 

ばちばちと火花を、比喩ではなく本当に飛ばして睨み合う2人に、タクムがため息混じりに割って入った。

 

 

「ああ、じゃあこうしましょう。僕が...」

 

 

「お呼びじゃねえんだよ眼鏡!」

 

 

「そうだぞ!博士君!」

 

 

「ああ...」

 

マスクで見えないが、タクムの目に涙が浮かぶ。

 

 

タクムは隅に移動し、体育座りして地面にパイル・ドライバーでのの字を書いていく。

 

 

「ハル...後は任せた...」

 

 

「タク――!」

 

 

ハルユキはタクムに助けを求めるが、傷ついたタクムには聞こえていなかった。

 

 

「さあ、どうすんだ?」

 

 

「どうするのだ?シルバークロウ」

 

 

「えーっと...取り敢えず、必殺技ゲージ貯めておきます」

 

 

 

 

オープンテラスに設置されていた異形の彫像や鉄格子といったオブジェクトを《パンチ》と《キック》で破壊し、必殺技ゲージを上限まで貯めたハルユキは「えーっと...」と口籠りながら振り向いた。

 

 

「じゃあ、先輩を右腕で抱えて、ニコを左腕で抱えた後、タクムを両脚にぶら下げます」

 

 

いまだ不満そうなニコと黒雪姫の前に進み出ると、ハルユキはまず右手を伸ばした。

 

 

「し、失礼します」

 

 

ブラック・ロータスの、黒蓮の花を模したアーマースカートから伸びる細い腰をしっかりホールドし、次に左腕でスカーレット・レインの更に華奢な胴を抱え込む。

 

 

両手に花だワーイなどと思う精神的余裕は欠片もなく、ハルユキは恐る恐る肩甲骨に力を込め、背中に折畳まれていた金属フィンを展開した。

 

 

しゃらっ、と涼しげな音と共に広がった羽が、すぐに軽い振動音を放ちはじめる。

 

 

発生した仮想の揚力が、つま先を床面から浮かせる。

 

 

ごくゆっくりと上昇し、地上1.5メートルに達した所でハルユキは1度ホバリングした。

 

 

「タク、いいよ」

 

 

「よろしく、ハル」

 

 

すぐに、シアン・パイルの逞しい両腕がぎゅっとふくらはぎのあたりを抱え込む。

 

 

「それじゃ...行きます!」

 

 

宣言と共に、ハルユキは思い切りフィンを震わせた。

 

 

さすがに3人分の荷重はかなりの物だったが、それでも確かな加速で空へと飛び出す。

 

 

鋼鉄のテラスはたちまち遠ざかり、眼下に無人の異形都市がいっぱいに広がる。

 

 

「お...お、すっげ...!!」

 

 

左腕の中で、ニコが叫んだ。

 

 

「マジで飛んでるじゃん!あれが環七...あれが中央線か。あたしの学校を見えるかな!」

 

 

ハルユキにとっては、すでに見慣れた光景である。

 

 

「大丈夫かい?ハル」

 

 

タクムは、ハルユキに向って心配そうに声を掛けた。

 

 

「う...うん、ちょっとスピードは出せないけど」

 

 

「今からでも遅くねぇ、やっぱロータスは電車で行った方がいいんじゃね?」

 

 

「何を言うか、それなら貴様こそ」

 

 

空の上という事もお構いなしに、2人は言い争いをする。

 

 

「あの...やめてください、落ちそうで僕が怖い」

 

 

タクムはハルユキの脚をしっかりと掴みながら、2人に注意する。

 

 

通常対戦フィールドには移動制限があると言っても、視覚的には東京どころか関東一円を捉えることができるからだ。

 

 

しかし、何度見ても胸の奥に突き上げてくる感慨は薄れる様子も無い。

 

 

何よりこの《無制限中立フィールド》は、黒雪姫の解説によれば、ソーシャルカメラネットの限界――つまり日本国の隅々まで果てしなく続いているということになる。

 

 

それはもう、ゲームのマップなどと呼べる規模のものではない。

 

 

ひとつの世界だ。

 

 

「そうか...これが」

 

 

ハルユキは無意識のうちに呟いていた。

 

 

「これこそが、《加速世界》なんですね。現実世界の隣に、常に存在する...一時的(インスタンス)じゃない、永続する(パーマネント)世界...」

 

 

「そうだ」

 

 

短く呟いたのは、右腕に体を預ける黒雪姫だった。

 

 

鋭利な形に発行する眼がハルユキに向けられ、厳しく、同時に優しい声が流れる。

 

 

「そしてバーストリンカーの真の戦場でもある。レベル9を目指すならば、キミもいずれはこの地で戦い、勝ち抜かねばならん。...ま、今はまだその時ではないが」

 

 

それはレベルが足りないという意味なのか、とハルユキは思考する。

 

 

「はい...それよりも...」

 

 

「ん?何だ?」

 

 

「ここが永続マップだってことなら、つまり、この瞬間にも僕ら以外のバーストリンカーがダイブしてるわけですよね」

 

「そりゃそーだ」

 

 

答えたのはニコだった。

 

 

顔の向きを変え、ハルユキは質問を重ねた。

 

 

「で、でも、その割りに...ぜんぜん人の気配もないんだけど...」

 

 

眼下の異形都市はしんと冷たい静寂に満たされ、一切動くものは見えない。

 

 

ハルユキはてっきり、いつもの対戦フィールドのようにそこかしこにデュエルアバターの姿があるものと思っていたのだが、これはどういうことなのか。

 

 

しかしすぐに、今度は脚にぶら下がるタクムが声を発した。

 

 

「はは、当たり前だよハル。バーストリンカーは総数千人しかいないうえに、同時にこの無制限中立フィールドにダイブしてる数はせいぜい100人程度と言われてるんだ。こう言っちゃなんだけど、こんな杉並みたいな何もないとこじゃ、誰も見かけなくて当然だよ」

 

 

「じゃ、じゃあ...もっと都心に行けば...?」

 

 

「そういうこった。だからこそあたし達は、そして《チェリー・ルーク》も、ブクロを目指してるっつうわけだ」

 

 

言うと同時に、ニコはぽんとハルユキのヘルメット頭を叩いた。

 

 

「んなことより、いつまでも浮いてねーで移動しねえとゲージがなくなるだろ」

 

 

「あっ、う、うん」

 

ハルユキは、自分のHPゲージの下に細く光る青い必殺技ゲージを確認した。

 

 

ホバリング中は消費は少ないが、すでに1割近くが減少している。

 

 

「じゃあ、直線コースで行きます」

 

 

宣言し、ハルユキは再び羽の振動数を上げた。

 

 

うねる黒雲のすぐ下を、滑るように進む。

 

 

たちまち無人の環七を横切り、中野区へと入る。

 

 

やけに尖ったデザインの柱に支えられた中央線の高架を視界に捉えたハルユキは、何気なくその先を眼で辿った。

 

 

そして意外な物を見て、小さく呟いた。

 

 

「あっ...で、電車が動いてる...!?」

 

 

黒光りするレールの上を、わずか2両編成ではあるが、確かに電車らしき細長い影が重々しい響きとともに新宿方面へと移動している。

 

 

「ちゃんと乗れるぞ。ポイントは消費するが」

 

 

どこか楽しげな黒雪姫の解説に、銀甲の下で思わず眼を剥く。

 

 

「えっ...誰が運転してるんです!?」

 

 

「ふふ、いつか自分で確かめるといい」

 

 

そんな会話を交わす間にも、線路はたちまち後ろへと遠ざかり、代わりに山手通りが見えてきた。

 

 

これを越えれば目白、そしてすぐに池袋だ。

 

 

現実世界では、ハルユキもよく旧時代のゲームソフトやペーパーメディアの古本を買いに行くが、杉並からだと案外アクセスが悪い。

 

 

1度電車で新宿に出るか、あるいは高円寺からバスに乗るしかないのだが、どちらも直角に移動するので時間がかかる。

 

 

こうして飛んでいければ楽なのになあ、と呑気な思考を巡らせかけた、その時――。

 

 

「ほら、ハルユキ君。あれを見たまえ」

 

 

右腕に乗る黒雪姫が、鋭い剣の切っ先で東側を示した。

 

 

何気なくそちらに視線を向けたハルユキは、驚愕のあまり抱えた2人の王を落っことしそうになり、慌てて力を込め直した。

 

 

「うわっ...な...なん...!?」

 

 

深い霧の流れる山手通りを、うっそりと移動する巨大な影があった。

 

 

異形、としか言いようがない。

 

 

全体のフォルムは四足獣のようだが、胴体はエイのように平べったく、頭のあるべきところから無数の触手を地面へと垂れさせている。

 

 

長くたくましい脚の先端には、昆虫が持つような、凶悪なまでに鋭い2本の鉤爪が伸びる。

 

 

そしてその大きさは、どう見ても3階建てのビルひとつぶんほどもあった。

 

 

下りの三車線をまるまる占拠し、悠々と南に向って移動している。

 

 

脚が路面に接するたび、ズズ...ン、という重低音が空気を揺らすのを感じながら、ハルユキは呆然と呟いた。

 

 

「なんです...アレ」

 

 

「《エネミー》だよ。システムが生み出し、動かす、この世界の住人だ」

 

 

黒雪姫の言葉に続けて、ニコが短く口笛を吹いた。

 

 

「いきなりあんなでっけぇの見られるなんて、ツいてるなあんた。でも、あんま近づくなよ。あれ級のにタゲられたら、このメンツでも手間取んぜ」

 

 

「タゲ...って、え、襲ってくるの!?」

 

 

「エネミーって単語の意味、中学ならもう習ってんだろうが」

 

 

ニコの憎まれ口に反応する余裕もなく、ハルユキは慌てて高度を取った。

 

 

異形の巨獣は、上空の見物人に気付く様子もなく、ゆっくりと歩行を続けている。

 

「なんでそんな危ないものが設定されてるんです...」

 

 

「それは...」

 

 

「あ、ほら、ちょうど始まるよ。《狩り》だ」

 

 

黒雪姫が答えかけたが、それを脚にぶらさがるタクムが、抑えた声で叫んだ。

 

 

「え?狩り?」

 

直後、まさに眼下を通過しつつある巨獣が突然の咆哮を放ち、ハルユキは文字通り数メートルも飛び上がった。

 

 

「うわっ!?」

 

 

仮面ライダーとして戦っているハルユキだが、相手のスマッシュは元が人間という事もあって大きさは人間に近い物だった。

 

 

さすがにこの大きさの相手と戦った事がない為、怯んでしまった。

 

 

獣は後ろの2本の脚で立ち上がり、頭がわりの触手の束を激しく振り乱しながらもう一度啼いた。

 

 

しかしその対象が自分達ではないことに、ハルユキはすぐに気付いた。

 

 

山手通りの更に南に、幾つかの小さな影がある。

 

 

最初は別の《エネミー》かと思ったが、すぐにそうでないことに気付いた。

 

 

色取り取りの装甲をまとう人型のシルエット――すなわちバーストリンカーだ。

 

 

先頭に立つ大柄の1人が、さっと右手を上げ、振り下ろした。

 

 

途端、通りの左右に並ぶビルの屋上から、幾柔ものビームや実弾の火線が迸り、巨獣の頭部に炸裂した。

 

 

一瞬巨体をぐらつかせた《エネミー》が、ユオオオオーン、と奇怪な雄叫びを迸らせ、その頭をひとつのビルへと向けた。

 

 

前脚で宙を掻いてから、地響きとともに突進を開始する。

 

 

しかし、巨体がビルへと激突する直前、道路に陣取るバーストリンカー達が一斉に中距離攻撃を放った。

 

 

立て続けの爆発に包まれた獣は、怒りの声とともにターゲットを変更し、路上に身を晒す数人へと突っ込んでいく。

 

 

「危ない!」

 

 

ハルユキは思わず叫んだ。

 

 

巨獣の前脚が遥か上空から振り下ろされ、リーダー格をひとたまりもなく踏み潰した――と見えたが、青銀色の重装甲を持つそのデュエルアバターは、交差させた両腕で巨大な鉤爪を受け止めてみせた。

 

 

とは言えそこで足を止めて戦闘をする気はないらしく、荒れ狂う巨獣の猛攻を数人がかりでガードしながら、徐々に後ろに退いていく。

 

 

二つのビルから充分に引き離した所で、再び屋上から一斉射撃が行われ、巨獣の尻尾の付け根に命中した。

 

 

どたどたと方向転換し、東側のビルへと突進する獣に、今度は地上部隊が追いかけながらの近接攻撃をかける。

 

 

「なかなかいいパーティーだな。ヘイト管理が上手い。あのリーダーは誰だ?」

 

 

感心したような黒雪姫の声に、ニコが答えた。

 

 

「確か緑のレギオンの幹部じゃねぇかな。つってもパーティーは混成みてーだけど」

 

 

その会話に、ハルユキはようやく、眼下で繰り広げられている戦闘の内実を悟った。

 

 

「そうか...あのバーストリンカー達は、でっかい怪物に襲われてるわけじゃなくて...あれを狙って倒そうとしてるんですね」

 

 

「そうだ。つまり《狩り》だよ」

 

 

「てことは、倒せば、経験値...じゃない、バーストポイントが...?」

 

 

「うむ、そういうことだ」

 

 

頷く黒雪姫に続いて、ニコがぽんとハルユキの頭を叩いた。

 

 

「もうあんたにも解ったろ。この無制限中立フィールドにエネミーが存在する理由は、つまるとこそれがフィールドの存在理由だからってわけだ。通常の対戦だけじゃなくて、ここで狩りをすることでもバーストリンカーはレベルアップできる。でもな...」

 

 

「...その効率は、対戦と比べれば著しく悪い。あれ級の大型獣を、全滅のリスクを冒して狩っても、同レベル対戦での勝利1回ぶん...つまり10ポイント入るかどうかだ」

 

 

説明を引き継いだ黒雪姫は、そこで1度声を途切れさせ、流麗なフォルムのマスクをわずかに振った。

 

 

「それは仕方のないことだ。この世界でエネミーを狩るのは、バーストポイントを無から生み出す行為なわけだからな。つまり、あくまで《対戦格闘ゲーム》であるブレイン・バーストにおいて、無制限フィールドでの狩りは本来、補助的なポイント供給方法でしかなかったのだ。しかし現在では、それがほとんど唯一高レベルへと達する道となってしまった。理由は...」

 

 

「相互不可侵条約...ですね」

 

 

ハルユキは呟いた。

 

 

「ハイレベルのバーストリンカーは、通常対戦をしたくとも他のレギオンの領土に殴りこむわけにはいかない。理由となるべき週末の《領土戦争》は、条約のせいで機能していない...」

 

 

遥か眼下で繰り広げられる激戦から離れ、再び北上を開始したハルユキの足元で、タクムが考え込むような声を出した。

 

 

「マスター、でも...正確には、まだあと1つだけありますよね。今の状況下でも高効率でポイントを稼いで、ハイレベル帯まで駆け上がる手段が」

 

 

「え?タク、それって...」

 

 

「つまりさ...この世界には、《エネミー》以外にも狩りの対象が存在するんだよ。しかも、もっとずっと大量のポイントを持ってる獲物が...」

 

 

一瞬考え込んでから、ハルユキは鋭く息を吸い込んだ。

 

 

「そうか...さっきのでっかい獣じゃなく、彼らのほうを...」

 

 

ちらりと振り向くと、ずっと南でいまだに続く戦火が濃霧を瞬かせるのが見えた。

 

 

わずかな沈黙を、黒雪姫が静かな声で破った。

 

 

「そういうことだ。通常対戦では、自レギオンの領土からほとんど出てこないゆえ挑みたくとも挑めないハイレベルのバーストリンカーに、この場所でなら好き放題襲い掛かることが出来る。しかも待ち伏せ、不意打ち、なんでもありだ」

 

 

「そして、そいつを実行してるのが、まさに《チェリー・ルーク》...いや《クロム・ディザスター》ってわけだ」

 

 

低くニコが呟き、真紅のつぶらなレンズに覆われた両眼をきっと前方に向けた。

 

 

すでに放射七号線である目白通りも越え、池袋の中心部はもう目と鼻の先だ。

 

 

奇怪な鋼鉄の尖塔群に囲まれた宮殿は、漆黒の線路を呑み込んでいるところからしてJR池袋駅か。

 

そこから東に向けて巨大な空中回廊が伸び、少し離れた場所に屹立する超高層の要塞――サンシャインシティへと繋がっている。

 

 

回廊の足元にはごちゃごちゃと小さな建物が立ち並び、色取り取りの明かりが瞬いているように見える。

 

 

あれはただのライトエフェクトだろうか?

 

 

それとも実際に、あそこには現実の池袋と同じような繁華街が広がっているのか?

 

 

そういえば、前にタクムや黒雪姫が、《ショップ》がどうこうとか言っていなかっただろうか。

 

 

もしかしてあそこが――。

 

 

思わず深刻な現状を忘れかけ、前進しようとしたハルユキの頭を、ニコの右手がぐいっと引き戻した。

 

 

「おっと、ここで停まりな。まだチェリーの奴がこっちに来んのにはだいぶ時間があるはずだけど、念を入れて地上から行こうぜ。飛んでったんじゃ下から丸見えだ」

 

 

「まあ、そうだが...しかし、池袋と言っても広いぞ。どこに出現するのか解るのか?」

 

 

黒雪姫の問いに、ふんと鼻を鳴らす。

 

 

「これまでのパターンからすりゃサンシャインシティの周辺だ。南側から回り込んで、適当なビルの屋上に降りりゃいい」

 

 

ハルユキは、言われるままに東へと体の向きを変えた。

 

 

天を衝く要塞は、左斜め前方に見える。

 

 

その右に、ぽっかりと開けた窪地のような場所があった。

 

 

現実世界では南池袋公園だろうか、しかし樹木の類は存在せず、まるで巨大な隕石が激突してできたクレーターの如き荒涼とした雰囲気を漂わせている。

 

 

「じゃあ、あの空き地の手前に、っ!?」

 

 

降りようとしたハルユキだったが、脚にぶら下がっているタクムを気にすることなく、急いで右に移動した。

 

 

「ちょ!ハル!?」

 

 

今までゆっくり飛んでいたハルユキがいきなりスピードを出した事で、タクムは危うく落ちかけたがなんとか踏ん張った。

 

 

「どうしたんだ!?ハルユキ君」

 

 

「いきなり危ねーだろうが!」

 

 

抗議する2人だったが、先程までいた場所を地上に立ち並ぶビルの隙間から伸び上がってくる、眩いオレンジ色の火線を見て意味を悟った。

 

 

しかしそれに構わず、ハルユキは再び空中を、今度は左に滑った。

 

 

地上からの第2射を視界に捉えたのだ。

 

 

しかも、1撃目とは色が違う。

 

 

青白い光線をこれもなんなくと回避した直後、黒雪姫が低く叫んだ。

 

 

「まさか...クロム・ディザスターか!?」

 

 

それに対してニコが、緊張の中にも唖然とした響きのある声で答えた。

 

 

「有り得ねぇ...早過ぎる、出現までこっちの時間じゃまだ丸一日はあるはずだ!それに、あいつにはこんな技は...」

 

 

2人の会話を、ハルユキは絶叫で遮った。

 

 

「降ります!!」

 

 

なぜなら、地上のビル群の一画で、3撃目の――そして複数の光点が瞬くのが見えたからだ。

 

 

あれは直線的なレーザー攻撃ではなく実体弾、しかも恐らくは追尾機能つきのミサイルの発射光だ。

 

 

ハルユキは羽の揚力をいったん停止し、殆ど落下にも等しい急降下に入った。

 

しかしまっすぐ降りたのでは、謎の敵に即座に補足されてしまう。

 

 

羽を真横に広げ、グライダーのように滑空しながら、前方に見える巨大なクレーターを目指す。

 

 

「来たぜ!ミサイル!」

 

 

ちっと舌を鳴らし、ハルユキの腕の中で体を捻りざまニコが腰の拳銃を抜いた。

 

 

タタタン、と歯切れの良い連射音に続いて、小規模な爆発音が幾つも轟く。

 

 

しかし当然ながら拳銃1丁で全弾を迎撃できるはずもなく、炎を突き破って肉薄する幾つかのミサイルを――

 

 

「...ヤッ!」

 

 

黒雪姫が、左腕の剣の一薙ぎで切り裂いた。

 

 

わずかな間を開けて、再度の爆発。

 

 

その圧力をも利用し、ハルユキは最後の数十メートルを突っ切ると、円形のクレーターの中央で全力制動をかけた。

 

 

まずタクムが両腕を離し、地面を抉りながら着地する。

 

 

直後に左右の腕から2人の王が飛び出して、軽やかに地面に降り立つ。

 

 

ハルユキは3人の中央に降りたつと、しばし息をひそめた。

 

 

つい数秒前の連続攻撃がうそのように、世界は静まり返っていた。

 

 

遥か頭上の黒雲に閃く雷鳴と、吹き過ぎる風鳴りだけがかすかに響いている。

 

 

「無事か?」

 

 

黒雪姫が、周りを警戒しながら全員の安否を確認する。

 

 

「はい」

 

 

「何とか」

 

 

先にハルユキが答え、それに続いてタクムも答える。

 

 

と――。

 

 

ざし、と小さな足音と共に、クレーターの西側の縁に、1つの人影が現れた。

 

 

バーストリンカーだ。

 

 

間違いなく今しがたの攻撃者だろう。

 

 

殆どシルエットになっていて、色までは判別できない。

 

 

「あれが...さっきの攻撃者?」

 

 

ハルユキは、声にならない声で呟いた。

 

 

しかし、ほんの1秒後。

 

 

すぐ右隣に、2つ目の影が音もなく沸いた。

 

 

そして3つ目、4つ目も。

 

 

「い...いったい...」

 

 

タクムが低く呻いたのと、ざざざざざっという無数の足音が響いたのはほぼ同時だった。

 

 

見上げるクレーターの縁を、左右にどこまでも、どこまでもアバターの影が埋め尽くしていく。

 

 

大型、小型、遠隔、近接、その特徴は多岐にわたるが、たった1つだけ共通するものがある。

 

 

それは気配だ。

 

 

噴出さんばかりの戦意を視線に込め、無言で獲物を凝視する――狩人の気配。

 

 

出現したバーストリンカーの総数は、たちまち30にも達した。

 

 

「何者なんだ、こいつらは」

 

 

「とても友好的な連中とは思えねぇな」

 

 

ニコがそう呟くのと、タクムがパイル・ドライバーを召喚するのはほぼ同時だった。

 

 

そして最後に、クレーターの外線を円形に囲む集団の中央が割れ、そこに一際存在感のあるアバターが姿を現した。

 

 

細長い。

 

 

身体はシアン・パイルをも越えるだろうが、しかし四肢の華奢さはシルバー・クロウなみだ。

 

 

まるで骨組みだけの人形のようなその体の、肩口と腰周りだけが丸く膨れている。

 

 

頭には、左右に細長く湾曲した太い角のような形の帽子を被っている。

 

 

角の先端にくっついた大きな球が音もなく揺れる。

 

 

そして顔は、笑い顔を模したマスクに覆われていた。

 

 

「ピエロ...?」

 

 

ハルユキは思わず呟いた。

 

 

アバターのシルエットは、トランプのジョーカー札に描かれる道化の姿に酷似している。

 

 

しかしそのマスクに滑稽さは微塵もない。

 

 

吊り上がり弧を描く細長い眼は、逆光の影の中で仄白く、冷酷な光を湛えている。

 

 

と、不意に上空の雲が1部薄くなった。

 

 

灰色の陽光が弱々しく地表に届き、クレーターをぐるりと取り囲むアバター達の姿を照らし出した。

 

 

色は様々だ。

 

 

しかし強いて言えば赤から黄にかけてが多い。

 

 

中でも一際鮮やかに輝いたのが、中央にひょろりと立つピエロアバターの装甲だった。

 

 

わずかなくすみも濁りもない、ウラン鉱石のような毒々しい黄色だ。

 

 

それを見た瞬間、ハルユキの背筋に強烈な戦慄が走った。

 

 

あれほど鮮やかな彩度を持つデュエルアバターは、そうはいない。

 

 

今まで直接見たことがあるのは、闇の漆黒と、炎の真紅をまとうたった2人だけだ。

 

 

つまり――、つまりあのピエロは...。

 

 

ハルユキの想像を裏付けるかのように、傍らに立つ真紅のアバターが、掠れた声を放った。

 

 

「《イエロー・レディオ》...《黄の王》...。なぜここに...」

 

 

「じゃあ、やっぱりあれが...黄のレギオンを率いるレベル9のバーストリンカー!」

 

 

ニコの言葉を聞き、ハルユキは確信する。

 

 

「でも、黄のレギオンが支配する領土は上野から秋葉原にかけてのはず...それがなぜ池袋に...」

 

 

タクムの言う通り、黄色のレギオンが今この池袋に、しかもこれほどの人数で存在することは不自然極まる。

 

 

無論偶然ではあるまい。

 

 

しかし、ハルユキ達4人がハルユキの自宅マンションで《アンリミテッド・バースト》のコマンドを使い、この無制限中立フィールドにダイブしてから、現実時間ではまだほんの数秒程度しか経っていないはずだ。

 

 

内部でレギオンの構成員がハルユキ達を発見し、外部に連絡し、メンバーを集めて池袋に集合するような時間的余裕は絶対にない。

 

 

ということは、彼らもまたチェリー・ルークの動向をモニターし、この時、この場所にハルユキ達が出現するのを予測して待ち伏せていたという事になる。

 

 

それが真実だとするならば、その理由はたった1つ。

 

 

全てが。

 

 

この状況に至る何もかもが、彼らの――

 

 

「そうか...てめぇか!!」

 

 

突然、ニコが咆えた。

 

 

タクムの言葉を聞き、ハルユキと同時に同様の推測に到達したのであろう赤の王は、1歩飛び出すと両拳を握り締め、胸を反らせて、幼くも威厳に満ちた声で獅子吼した。

 

 

「てめぇが全部仕組んだのか、イエロー・レディオ!!」

 

 

そう、それしかない。

 

 

烈火の如き糾弾を浴びせられ、しかし黄の王の痩身は微動だにしなかった。

 

 

不意に、ゆるりと骨のような右腕が動いた。

 

 

右に大きく広げられ、掌がひょいと上向く。

 

 

「おやおや、ふらふら飛んでいる小虫を落としてみれば、これは思いがけないお客様ですね?こんにちは、赤の王。奇遇ですねぇ」

 

 

スマイルマスクから流れたのは、爽やかで、流麗な響きのある少年の声だった。

 

 

しかし、まるで物凄い圧縮率でエンコードしたかのような歪みのあるエフェクトが、声にある種の毒々しさ加味している。

 

 

「何を白々しい、待ち伏せてやがったくせに何を...!」

 

 

「ひどい言いがかりですね、私はただ、不可侵条約に反して私のかわいい配下を襲い、ポイント全損に追い込んでくれた赤のレギオンの何方かに、その責任を取ってもらおうと出向いてきたまでですよ?ここ最近、うちの領土で傍若無人に暴れているあのデュエルアバターには、ほとほと困っておりましてねぇ」

 

 

金属の円環を無数に連ねて作られている帽子の角が、ゆらゆらと揺れる。

 

 

まるで笑いを押し殺しているかのように。

 

 

それに対して、ニコは右手の人差し指をまっすぐ突きつけると、炎が爆ぜるように叫んだ。

 

 

「そうさせたのはてめぇ自身だろうが!あたしをこの場におびき出す為に、隠匿した《災禍の鎧》をチェリー・ルークに渡し...あいつを唆して、条約違反の無差別攻撃に走らせたのはてめぇだな!!」

 

 

「隠匿?渡した?人聞きの悪い事を...《鎧》はずっと昔に消滅したはずですよねぇ?あなたの部下がまた作ったんじゃないですか?」

 

 

喉声でそう言ってのけてから、今度は左腕を伸ばし、これも異様に細長く鋭い指で空中をなぞりながら黄の王は続けた。

 

 

「かつて王の間で結ばれた神聖なる条約には、こうあります。もし条約違反の襲撃により、あるレギオンの構成員がブレイン・バースト強制アンインストールに追い込まれた場合には、そのレギオンは襲撃者の所属するレギオンから、誰でも1人を選んで同様の運命を与えることができる、と。目には目、歯には歯...実に野蛮な復讐法ですね?」

 

 

くっ。

 

 

くっくっく。

 

 

と、今度は確かな笑い声が、逆3角形の鋭角なマスクの下から漏れた。

 

 

上向きの弧を描く両眼が笑いに合わせてかすかに明滅する。

 

 

「しかし、決まりは決まり...ですよね?ここで王たる私が条約を無視すれば、次から次に同様の不埒者が現れないとも限らない。

 

そこでこうして已む無く、わざわざ池袋なんていう辺境まで出向いてきたというわけです。誰か1人、赤のレギオンのメンバーを見つけて、仲間の罪をあがなってもらうためにね?しかし...これもまた、運命の悪戯というものでしょうか...?」

 

 

両手を腰にあて、かくんと前かがみになった黄の王は、清涼かつ淫猥な声でその続きを言い放った。

 

 

「その1人が、偶然にも(・・・・)赤のレギオンの頭首...《スカーレット・レイン》当人であろうとは」

 

 

――偶然のはずはない!

 

 

ハルユキは歯を食いしばり、内心でそう叫んだ。

 

 

クレーター外周に並ぶデュエルアバターは約30にも達する。

 

 

王のレギオンとは言え、平日の夕方に動かせる数としてはほぼ上限だろう。

 

 

その目的は、最強の存在たる《王》を狩る事以外有り得ない。

 

 

黄の王は、スカーレット・レイン――ニコがこの行動に出るところまで読んでいたのだ。

 

 

ニコの性格からして、配下であるチェリー・ルークの犯した罪を自らの《断罪の一撃》によって裁く為に、こうして無制限中立フィールドに現れるであろうことを

 

 

いや、それだけではない。

 

 

 

ニコをこの状況におびき出し、自らがレベル10に(・・・・・・・・)上がるための5つの(・・・・・・・・・)首級の1つとするべく(・・・・・・・・・・)合法的に狩る(・・・・・)

 

 

――その目的のために黄の王は、強化外装《クロム・ディザスター》を赤のレギオンのメンバーに流した。

 

 

そうとしか考えられない。

 

 

ということは、つまり。

 

 

「...二年半前、4代目が倒された時、《鎧》がドロップしたのを隠したのは黄の王だった...」

 

 

ハルユキは無意識のうちにそう呟いた。

 

 

しかし証拠は一切ない。

 

 

ここでその推測を喚きたてたところで、水掛け論になるだけだ。

 

 

それを理解しているのだろう、ニコは無言のまま、握った両拳を激しく震わせた。

 

 

やがてその手が開き、だらんと垂れ下がった。抑制された、平板な声がクレーターの底に流れた。

 

 

「条約には、こうも書いてあるはずだ。《誰でも1人を選んで復讐できるが、レギオンマスターが自ら違反者を裁き、ポイント全損に処した場合はその限りにあらず》...あいつは、チェリー・ルークはあたしが裁く。それなら文句はねぇだろう」

 

 

「どうぞ、どうぞ!」

 

 

さっと両手を広げ、黄の王イエロー・レディオは楽しそうに言った。

 

 

「それがあなたにできるのならね!風の噂に聞きましたよ...先日、まさにそれを試みて、あなたは見事に失敗した...それどころか無様なタイムアップ負けまで喫したそうじゃないですか?再挑戦するというならご自由に、しかし...そのチェリー何某というのは、どこにいるんです?」

 

 

わざとらしく、巨大な帽子を被った頭を左右にひょいひょい振ってみせる。

 

 

「私たちも暇じゃないんです。いつ現れるのか解らないものを、ここで何日も待たせる気じゃないですよね?今すぐ処理できないなら...やはりあなたで間に合わせるしかないようですねぇ...?」

 

 

「くっ...」

 

 

ニコが口惜しそうに唸った。

 

 

ハルユキ達は、ニコの遠隔監視によってチェリー・ルークが現実サイドで動いたのを確認してから加速してるが、実際に相手がこの無制限中立フィールドに現れるまでにはタイムラグがある。

 

 

たとえ現実では数分のラグでも、1千倍に時間加速されたこの世界では、その差はへたをすると1日以上にもなりかねないのだ。

 

 

黄の王の言うとおり、今すぐチェリー・ルークを補足するのは不可能だ。

 

 

意を決し、ハルユキは1歩踏み出すと、ニコの背中にごく小さくささやきかけた。

 

 

「無駄だよ、ニコ。あいつは最初から君を罠にかけようと狙ってたんだ、見逃すはずはない...ここは、一度退こう。ログアウトして、次の機会を...」

 

 

「できねぇ」

 

 

答えは即時にして簡潔だった。

 

 

「システム的にそれはできねぇんだよ。無制限中立フィールドじゃ、即時ログアウトは不可能なんだ」

 

 

「な......」

 

 

絶句するハルユキの耳に、隣に進み出たタクムの呟きが届いた。

 

 

「そうなんだよ、ハル。ここから出るためには、各所に設置してある離脱(リーブ)ポイントまで行くしかないんだ。たとえ《自殺》しても、ログアウトはできない。

 

1時間後に死亡地点で蘇生するだけだからね。もちろん、現実側で誰かがニューロリンカーを首から引っこ抜いてくれれば別だけど...今、ハルの家には...」

 

 

美空がいるが、恐らく寝ているだろう。

 

 

兎美は出かけており、母親が出張から帰宅するのは明日だし、それまでにこの世界では実に1年以上が過ぎ去ってしまう。

 

 

ちらりと振り向いたニコが、再び早口でささやいた。

 

 

「こっから最寄のリーブポイントは、池袋駅かサンシャインシティだ。どっちもすぐには辿り着けねぇ。目指すにしても、包囲を破る為にどうあれ一度は戦わなくちゃならねぇしな...」

 

 

そこで一瞬言葉を切り、ニコは紅玉のような両眼を鋭く光らせた。

 

 

「でもな、レディオの野郎にも誤算はある」

 

 

「ご、誤算?」

 

 

「そうだ。あの人数は、あたしを...つまり王1人を倒すために揃えた数だろう。だがな、こっちには今、もう1人いるんじゃねぇか」

 

 

はっ、とハルユキは眼を見開いた。

 

 

デュエルアバターの属性を決定するカラーサークル上では、黄は《間接攻撃》に秀でた色だ。

 

 

あれこれ嫌らしく搦め手を得意とするが、直接の攻撃力では他の色に劣る。

 

 

対して赤の王ニコは遠距離火力の鬼だし、黒の王黒雪姫は、その戦闘を見たことは数えるほどしかないにせよ、フォルムからしても近接攻撃特化型だ。

 

 

この2人が互いをカバーし合えば、たとえ敵が王を含む総勢30人だとしても、勝機はあるのかもしれない。

 

 

そこまで考えてから、ハルユキはふと小さな違和感を抱いた。

 

 

なぜ黒雪姫はずっと沈黙しているのか?

 

 

普段の彼女なら、黄の王が現れたその途端、ニコ以上の勢いで食って掛かっているはずでは?

 

 

さっと右斜め後ろを振り向いたハルユキが見たのは――。

 

 

両手の剣をだらりと下げ、まるで何かを恐れるように項垂れる漆黒のアバターの姿だった。

 

 

「せ......」

 

 

先輩、と思わず呼びかけようとした寸前、再び黄の王の爽やかな声が高く響いた。

 

 

「チェリーとやらが現れない以上、やはりあなたに責任を取ってもらうしかないようですね、赤の王?...そんなわけですから...」

 

 

ゆるり、と持ち上がった左腕の細く長い指が、まっすぐにクレーターの底の黒点に向けられた。

 

 

「これから始まる楽しい楽しいカーニバルを、あなたも邪魔せずに見物してくれますよね、黒の王?」

 

 

あまりに独善的な言い様をぶつけられてもなお、黒雪姫は俯いたまま一切の反応を見せなかった。

 

 

たっぷり5秒以上も経過してから、ようやく軋むような動きで顔を上げ、右手の剣を黄の王に向ける。

 

 

「...ふざけるな、レディオ」

 

 

マスクの下から漏れた台詞は攻撃的だったが、声にいつもの苛烈さはなかった。

 

 

相手に、というよりも自分に言い聞かせるように、黒雪姫は言葉を吐き出し続けた。

 

 

「その陣営で、王2人を確実に仕留められるとは貴様も思っているまい。私が...黙って見ていると思うなら、それは巨大な誤りだぞ」

 

 

「ほう?ならば戦うというのですか?私にもその血塗られた刃に向けると?せっかくS席で見物させてあげようというのに、わざわざ辛い目に遭いたいと仰る...?」

 

 

黒雪姫の言う通り、絶対的に有利とは言えない状況なのにもかかわらず、黄の王はくくくと喉の奥で笑って見せた。

 

 

「...確かに、あなたが今日この時にスカーレット・レインと同行して無制限フィールドに現れるとは、私も思っていませんでした。

 

でもね...この程度のイレギュラーでは、我がレギオン《クリプト・コズミック・サーカス》の楽しいカーニバルは止まりませんよ。

 

私はね、ずっと、ずうっとこんなふうにあなたと会える日を心待ちしていたんです、ロータス。

 

長いことポケットに仕舞い続けていたこのささやかなプレゼントを、あなたに差し上げるためにね!」

 

 

芝居かかった仕草でまっすぐ差し伸べられた黄の王の指先に、何か四角いものがちかっと光るのをハルユキは見た。

 

 

トランプカードと同じ様なサイズだが、模様などは見当たらない。

 

 

ピエロアバターは、指先でカードを器用にくるくる回したあと、ぴん、と弾いた。

 

 

厚い雲の隙間から垂れる陽光を反射し、きらきらと輝きながら数10メートルも宙を舞ったそれは、ハルユキ達から少し離れた地面に音もなく突き刺さった。

 

 

攻撃的なオブジェクトとは思えない。

 

 

呆然と見詰めるハルユキの視線の先で、カード表面に横向きの三角形が浮き上がり、ちかちかと点滅した。

 

 

その途端、傍らのニコが低くささやいた。

 

 

「リプレイファイルだ」

 

 

直後、カードの表面が瞬く輝き、真上に逆円錐形の光を放出した。

 

 

空中にノイズのような横線が無数に走り、それはすぐにひとつの映像へと結実した。

 

 

半ば透き通る立体画像は、これまで見たことのないデュエルアバターのものだった。

 

 

赤い。

 

 

フォルムはオーソドックスな人型だが、各所がバランスよく盛り上がった装甲は、これ以上はあるまいと思えるほどの純粋な赤に輝いている。

 

 

スカーレット・レインを彩る炎の紅ともまた違う――言うなれば、情熱の色か。

 

 

再び、ニコが掠れた声を漏らした。

 

 

「先代...《レッド・ライダー》」

 

 

黒雪姫が1歩後ずさり、呻くように言った。

 

 

「やめろ...やめろ!」

 

 

半透明の立体映像が突然動き出したのはその時だった。

 

 

空中に大きく映し出された真っ赤なアバターが、体の前でぐっと右拳を握り、左手を真横に振った。

 

 

耳に快く響く、歯切れのいい少年の声が大音量で流れた。

 

 

 

 

『こんな...こんな下らない目的のために、俺達はいままで戦ってきたのか!?互いに憎しみ合い、奪い合い、殺し合う...そんなエンディングが見たくて、何年も、何千回も《対戦》を繰り返してきたのかよ!?

 

いや、たとえそれがブレイン・バースト開発者の書いたシナリオだったんだとしても...俺達はゲームマスターに操られるNPCじゃないんだ!このゲームの主人公は、俺達自身なんだ!そうだろ、ロータス!』

 

 

そこで画面が引き、赤いアバターが小さくなると同時に、そのすぐ前に座するもう一体のアバターがフレームインした。

 

 

長大な4本の剣を備える漆黒のアバター、ブラック・ロータスだ。

 

 

ひっそりと俯いたままの黒の王に、初代赤の王は尚も激しい身振りとともに激しい言葉をかけ続けた。

 

 

『俺達は、確かにそれぞれのレギオンを率い、これまでひたすら戦い続けてきた。でもそれは、決して敵だからじゃない!ライバルだからだろ!?

 

俺は...お前の戦い方が好きだぜ、ロータス。もしいつか現実世界で会っても、お前とはダチになれる。絶対なれる。!いや、なりたいんだよ!だからお前とサドンデスの殺し合いなんてしたくないんだ!お前だってそうだろう!』

 

 

その途端、画面外から少し尖った少女の声が響いた。

 

 

『ちょっとライダー、今の聞き捨てならないわよ!』

 

 

すると赤いアバターがうろたえたように左を向き、片手を立てる。

 

 

『い、いや、違うって。そういう意味じゃなくて...まいったな』

 

 

その声に重なって、幾つかの笑い声。

 

 

画面内で俯いていたブラック・ロータスが、不意に肩の力を抜いた。

 

 

顔を持ち上げ、穏やかな声で――。

 

 

『ああ...。そうだな。君の言う通りだ、ライダー。私も君が好きだよ。もちろん、尊敬という意味でだが』

 

 

するりと立ち上がり、1歩歩み寄ると、黒の王は赤の王に右手の剣を差し出した。

 

 

『解ってくれると思ってたぜ、ロータス!』

 

 

嬉しそうに叫んだ赤の王が、握手を交わそうと右手を差し出しかけたところで、戸惑ったように動きを止めた。

 

 

すると黒の王は肩をすくめ、笑いを含んだ声で言った。

 

 

『おっと、これは済まない。では...こうしよう』

 

 

するり、と赤の王の懐にもぐりこみ、両腕を相手の首に回してぎゅっとだきつく仕草。

 

 

赤の王も、照れたように頬を掻いたあと、両手をブラック・ロータスの腰に回した。

 

 

再び画面外から、先程の少女が喚く。

 

 

『ちょっとちょっとぉ』

 

 

『怒るなよ、握手の代わりだってば』

 

 

赤の王が焦り声で言い訳し、またしても複数の笑い声が響いた――

 

 

その瞬間。

 

 

ブラック・ロータスの漆黒のゴーグルの奥で、両眼が氷のような青白い光を灯した。

 

 

赤の王の首の後ろで交差された両腕の剣が、強烈なまでのヴァイオレットの輝きを撒き散らした。

 

 

『《デス・バイ・エンブレイシング》』

 

 

ひそやかに必殺技名が発声され、クロスする2本の剣が、まるで巨大な鋏のようにじゃきりと動いた。

 

 

レッド・ライダーの体からぐたりと力が抜け、ブラック・ロータスの足元に壊れた人形の如く崩れ落ちた。

 

 

しかしその頭だけは、黒の王の交差した両腕の上に残された。

 

 

切断面から真っ赤な火花を大量に滴らせる生首に、ブラック・ロータスはそっと頬を寄せた。

 

 

しん、と満ちた高密度の静寂を、甲高い絶叫が引き裂いた。

 

 

『い...いやああああぁぁぁぁ!!』

 

 

 

そこでリプレイ映像は終了し、ライバルの首を抱いたまま立ち尽くすブラック・ロータスの姿が再び走査線のようなノイズに溶けて消えた。

 

 

「フフフ...懐かしいですね」

 

 

「やめろ...やめろ、やめろ......!」

 

 

そこで、直ぐ隣にいる黒雪姫が何度も同じ言葉を発していることに、ハルユキはようやく気付いた。

 

 

「先輩?」

 

 

黒雪姫はわずかにハルユキを見たが、すぐに顔を逸らし、何度も首を左右に振った。

 

 

「ハルユキ君...私は...わたし、は...」

 

 

その先が言葉になることはなかった。

 

 

突然、黒雪姫の鏡面ゴーグルの奥で青紫色に光っていた2つの眼が、細い光の線となって左右に流れ、ぶつんと消滅したのだ。

 

 

同時に、まるで電源の切れたロボットのように、漆黒のアバターの全身から力が抜け――。

 

 

がしゃん、と乾いた音を立てて、黒の王はその体を青黒いクレーターの底へと転がった。

 

 

「先輩!先輩!」

 

 

何が起きたのか解らず、ハルユキはただ震える声で呼びかけ、ひざまずいて華奢なアバターをそっと揺すった。

 

 

しかし黒雪姫はもう一切の反応を見せなかった。

 

 

「...《零化現象(ゼロフィル)》...!ロータス、あんた...そこまで...」

 

 

背後で、ニコが低く呻いた。

 

 

言葉の意味が解らず、振り向こうとしたハルユキは、響いた高らかな笑い声を聞いて体を強張らせた。

 

 

「くくく......ふふふ、くふふふははははは!!」

 

 

哄笑の主は、高みから見下ろす黄の王イエロー・レディオだった。

 

 

「くふふふふ...矢張りね。あなたはまだこの裏切りを引き摺っていると思っていましたよ。そこまで期待通りに零化してくれるとは、むしろ残念ですらありますね...大人しく狭い穴倉に籠もっていればいいものを、その程度の覚悟で、よくもレベル10を目指すなどという大言を吐けたものですね、ブラック・ロータス!」

 

 

「貴様...!」

 

 

ハルユキの喉から軋むような呟きが漏れた。

 

 

その直後、打って変わって鞭のような鋭さを帯びた黄の王の声が、クレーターいっぱいに響き渡った。

 

 

「それでは、我がカーニバルの最終演目(プログラム)楽しんで頂きましょうか!――攻撃用意!目標スカーレット・レイン!邪魔をする雑魚も容赦なく潰しなさい!!」

 

 

「くそっ」

 

 

ひと言毒づき、ニコが可憐なアバターの両手を広げた。

 

 

「来いっ、強化外...」

 

 

しかし、さっと伸びたタクムの腕がニコの肩を押さえた。

 

 

「駄目です、赤の王!武装を展開したら、あなたは機動力を失って離脱できなくなる!あの人数は王といえども1人では無理です、クロム・ディザスター討伐は一時断念して、後ろの囲みを破ってサンシャインシティのリーブポイントまで撤退すべきです!」

 

 

細いスリットが並ぶマスクの下から、青白く輝く両眼を今度はハルユキに向けてくる。

 

 

「ハル、マスターを頼む!僕が壁になるから、何とかシティまで連れていくんだ!」

 

 

「で、でも...そしたら、お前が...」

 

 

「ぼくはいいんだ!奴ら、赤の王を倒したら、絶対にマスターを狙うはずだ!それだけはさせちゃいけない!」

 

 

凛とした、しかしどこか自分を追い込むように張り詰めたタクムの声に、ハルユキは頷いた。

 

 

「解った、頼む!」

 

 

叫び、ハルユキはぐったりとした黒雪姫の体を左腕で抱えた。

 

 

直後――。

 

 

「攻撃、開始ッ!!」

 

 

黄の王が、高く掲げた右腕を一気に振り下ろした。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

時間は、ハルユキ達が無制限中立フィールドに入ろうとした所まで戻る。

 

 

「葛城拓未について?」

 

 

兎美は私立エテルナ学院の生徒であろう女子生徒に、聞き込みをしていた。

 

 

「はい、何か知っていることありますか?」

 

 

「彼女は誰もが認める天才だったのよ、でも...他の生徒からはこう呼ばれていたのよ...《悪魔の科学者》と...」

 

 

「悪魔の科学者?彼女は今何を?」

 

 

兎美は女子生徒に、さらに質問する。

 

 

「解らないわ、ある日突然登校しなくなったの」

 

 

「そう、ありがとう」

 

 

兎美はお礼を言うと、女子生徒はその場を去った。

 

 

「悪魔の科学者...やっぱり...あいつらと何か関係してるのかしら」

 

 

兎美はその場で考え込む。

 

 

その刹那。

 

 

「キャ――――!!」

 

 

女性の悲鳴が聞こえた。

 

 

兎美は急いで、悲鳴が聞こえた方へ向った。

 

 

 

 

現場に向うと、そこには先程受け答えしていた女生徒が忍者を連想させるスマッシュに襲われていた。

 

 

「なっ!?杉並にしか現れないスマッシュがなんで港区に!」

 

 

兎美はスマッシュに向って、飛び蹴りを放つ。

 

 

「はあっ!」

 

 

蹴りが当たった事で、スマッシュは吹っ飛んだ。

 

 

「早く逃げて!」

 

 

直ぐに襲われていた女性に、逃げるように促す。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

女子生徒はお礼を言うと、すぐさまにその場を離れた。

 

 

兎美は女子生徒が離れた事を確認すると、懐からラビットとタンクのフルボトルを取り出す。

 

 

シャカ!シャカ!シャカ!シャカ!シャカ!シャカ!シャカ!シャカ!

 

 

「さあ!実験を始めるわよ!」

 

 

『ラビット!タンク!ベストマッチ!』

 

 

ビルドドライバーにボトルを装填し、レバーを回す。

 

 

ベルトからパイプが伸び、ラビットとタンクのハーフボディが生成される。

 

 

『Are You Ready?』

 

 

「変身!」

 

 

ハーフボディが結合され、仮面ライダービルドへと変身する。

 

 

『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエーイ!』

 

 

ビルドはドリルクラッシャーを取り出し、スマッシュに攻撃を仕掛ける。

 

 

「はあ!」

 

 

スマッシュに攻撃が当たると思った次の瞬間、スマッシュは分身を作ってバラバラに散らばった。

 

 

「きゃあ!」

 

 

分身したスマッシュの一斉攻撃を、ビルドはなんとかかわす。

 

 

「危ないわね」

 

 

避けたのも束の間、別の分身体がビルドを攻撃する。

 

 

「うわっ!きゃあ!」

 

 

分身体による攻撃でビルドは怯まされ、もう一体がその隙に攻撃し吹っ飛ばされたしまう。

 

 

「なるほど...分身の術ってわけね」

 

 

ビルドは立ち上がると、ドライバーからラビットとタンクのボトルを抜き取る。

 

 

「面白いわ!」

 

 

ビルドは、タカとガトリングのボトルを取り出した。

 

 

シャカ!シャカ!シャカ!

 

 

「はあっ!」

 

 

ビルドはドライバーに、タカとガトリングを装填する。

 

 

『タカ!ガトリング!ベストマッチ!』

 

 

ドライバーのレバーを回すと、それぞれのハーフボディが生成される。

 

 

『Are You Ready?』

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

ハーフボディが結合され、ビルドは《ホークガトリングフォーム》へと変身した。

 

 

『天空の暴れん坊!ホークガトリング!イエーイ!』

 

 

ベルトから、ホークガトリンガーが生成される。

 

 

『ホークガトリンガー!』

 

 

「勝利の法則は......決まった!」

 

 

忍者スマッシュは、また分身体を作り襲いかかる。

 

 

「はあ!」

 

 

分身体の攻撃を避けながら、ビルドはホークガトリンガーを放つ。

 

 

ホークガトリンガーから放たれた弾は、一発一発が小さな鳥に変化しスマッシュの攻撃を弾きながらスマッシュへと向う。

 

 

「ふっ!」

 

 

忍者スマッシュの攻撃を、跳躍して避けながら攻撃を加える。

 

 

「ん?」

 

 

ある程度、分身体を倒した所で、分身体は全員揃って空へと高く跳躍した。

 

 

「やっぱり本体を仕留めないと終わらないか...」

 

 

ビルドはホークガトリンガーの中央にある、リボルマガジンを回転させ空へと舞い上がった。

 

『TEN!TWENTY!THIRTY!FORTY!』

 

 

「はああああ!」

 

 

ビルドは尚も回転させる。

 

 

『FIFTY!SIXTY!SEVENTY!EIGHTY!』

 

 

「まだまだ!」

 

 

『NINETY!ONE HUNDRED! フルバレット!』

 

 

「行っけぇ――――!」

 

 

ババババババン!

 

 

空を縦横無尽に飛びながら、忍者スマッシュ球状の特殊なフィールド内に隔離し100発もの弾丸を連射する。

 

 

ドッガーン!

 

 

フィールド内で爆発が発生し、ビルドは地上へと舞い降りた。

 

 

「ふっ!」

 

 

ビルドは必殺技を受け、動けなくなっているスマッシュを発見する。

 

 

「う...うあっ...ぐぅ...」

 

 

ビルドはすかさず、スマッシュに近づき成分を抜き取る。

 

 

「ふぅ~」

 

 

 

 

 

 

バン!

 

 

 

 

 

一仕事終わった後で、一呼吸入れたビルドの近くで突如小さな爆発が起こる。

 

 

「ん?」

 

 

先程の攻撃で、何処か壊れてしまったのかと思い、ビルドは辺りを見回す。

 

 

何もないと思い、兎美は変身を解除する。

 

 

「うっ!!」

 

 

すると突如、兎美の背中に激痛が走った。

 

 

「ぐあっ!」

 

 

背中から何かが引き抜かれ、兎美はその場に膝をつく。

 

 

「ああ...」

 

 

兎美は激痛と発熱を、胸を押さえ耐えていた。

 

 

コツン、コツン。

 

 

そこに誰かの足音が聞こえた。

 

 

薄れゆく意識の中で、兎美が見たものは。

 

 

赤いコブラのような装甲をもつなにかだった。

 

 

「こ...コブラ...?」

 

 

その人物は、直ぐに兎美の前から姿を消した。

 

 

そしてその人物が消えるのと、兎美が意識を手放すのはほぼ同時だった。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

場所は梅里中学の風紀員室へと変わる。

 

 

「ようやく...スタークが動き出すみたいね」

 

 

幻がそう呟くと、近くにいた成海が話しかける。

 

 

「では、そろそろ」

 

 

「ええ、私達も本格的に動き出すときよ」

 

 

そう言う幻の手の中には、1つのボトルが握られていた。




はい!如何だったでしょうか?

今まで以上に長くなってしまいました。

あと1ヶ月で、この小説を投稿してから1年が経ちます。

何とかここまで投稿することが出来ましたが

それも、皆様の応援のお陰です。

これからも応援の程、宜しくお願いいたします。

それでは次回、第6話もしくは、激獣拳を極めし者第21話でお会いしましょう!

それじゃあ、またな!


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第6話

これまでのアクセル・ビルドは!

兎美「仮面ライダークローズ、そしてバーストリンカーとして戦う有田春雪は、上月由二子の頼みで黒雪姫達と共に災禍の鎧の討伐に向う」

美空「だがその途中、黄の王イエロー・レディオの策略によって絶体絶命の危機に陥ったのでありました!」

兎美「一方、このて~んさい!な有田兎美は葛城拓未の真相を確かめるべく、聞き込みしていた。だがこちらでもスマッシュが現れ何とか元の姿に戻したものの...謎の怪人に襲われて絶体絶命のピンチを...む、迎えるので...ありました...」

チユリ「毒が回って話どころじゃないっての?じゃあ、私が代わりにどうなる第6話!」




最初に降り注いできたのは、当然ながら豪雨の如き遠距離攻撃だった。

 

 

《黄のレギオン》と言っても、もちろん全員が黄系統――間接攻撃属性のバーストリンカーで構成されているわけではない。

 

 

クレーターを包囲する30の敵のうち、赤系統が少なくとも10人は含まれていたようで、放たれたビームや炸裂弾の数はまさに集中砲火と言うにふさわしいものだった。

 

 

そのほとんどがニコを狙っていたが、赤の王は要塞モード時とはかけ離れた俊敏さでバックダッシュし、見事に回避して見せた。

 

 

しかし1本の青い光線が、狙ったのか誤射なのか、黒雪姫を抱えるハルユキに襲い掛かった。

 

 

「くっ...」

 

 

ハルユキは黒雪姫をお姫様抱っこし、横に飛ぶことでなんとか回避する事が出来た。

 

 

一瞬であったが立ちすくんでしまったハルユキの頭上に、わずかな時間差を置いて複数の小型ミサイルが殺到した。

 

 

「オオッ!」

 

 

咆えたのはタクムだった。

 

 

ハルユキと黒雪姫の前に立ちはだかり、シアン・パイルの右腕の杭打ち機をミサイル群に向けてまっすぐ掲げる。

 

 

ガシュッ!という金属音とともに鋭い鉄杭が打ち出され、衝撃波によって敵陣の大部分が爆発した。

 

 

しかし幾つかのミサイルが生き残り、青いアーマーに包まれた体のあちこちに命中した。

 

 

閃光。

 

 

爆音。

 

 

「ぐあっ...!」

 

 

呻き、体をぐらつかせながらも、タクムは倒れなかった。

 

 

煙の筋を上げる巨体を振り向かせて短く叫ぶ。

 

 

「ハル、走れ!」

 

 

「わ...解った!」

 

 

すまない、と心のうちで親友に謝りながら、ハルユキは黒雪姫のアバターを両手で抱き上げたまま走り始めた。

 

 

行く手では、すでにニコが拳銃を抜き、クレーターの東に陣取る敵目掛けて乱射している。

 

 

まずはこの包囲から抜け出せねば、撤退も応戦も不可能だ。

 

 

幸い、敵は直径100メートルはあるクレーターをぐるりと包囲しているため、壁そのものは薄い。

 

 

一気の突撃で囲みを破り、グリーン大通りまで出れば、脱出ポイントがあるというサンシャインシティはもうすぐだ。

 

 

ハルユキは背中の羽を開いた。

 

 

クレーターの端までスライドダッシュするくらいなら可能だ。

 

 

 

ニコの連射によって、東の囲みの1点に綻びができかけていた。

 

 

そこを凝視し、ハルユキは思い切り地面を蹴った。

 

 

その時、背後で黄の王イエロー・レディオの、爽やかながらどこか軋みのある声が一際高く響いた。

 

 

「...《愚者の回転木馬(シリー・ゴー・ラウンド)》!!」

 

 

必殺技!

 

 

だがもう遅い!クレーターの縁は目と鼻の先――

 

 

「...うわっ!?」

 

 

突如発生した現象に、ハルユキは棒立ちになった。

 

 

世界が回り始めたのだ。

 

 

いや、正確には、クレーターの縁を境界にしてその外と内が逆回転している。

 

 

背後のビル群と、立ち並ぶ敵デュエルアバター達が、左から右へと高速で流れていく。

 

 

しかも周囲はいつの間にか、朧な黄色に透き通るおもちゃの馬がいくつも出現して呑気な上下運動を行なっている。

 

 

更に耳には、陽気なカントリー調の――しかしどこか音の外れたBGMまでが聞こえてくる。

 

 

たちまち平衡感覚を失い、ハルユキはその場に片膝を突いた。

 

 

見れば、すぐ目の前のニコも、隣のタクムも精一杯脚を踏ん張り、ぐらぐらと体を揺らしている。

 

 

「フィ...フィールドが、回って...!?」

 

 

呆然と口走ったハルユキに、赤の王の鋭い声が飛んだ。

 

 

「回ってるように見えるだけだ!本当は何も動いちゃいねぇ!眼をつぶって走れ!」

 

 

「でも...どっちに!?」

 

 

すでに、実際にはどの方向が目指していた東なのかまったく解らなくなっている。

 

 

闇雲に突進してリーブポイントから遠ざかってしまっては元も子もない。

 

 

「あっちだ!」

 

 

「こっちです!」

 

 

ニコとタクムが同時に、正反対の方向を指差した。

 

 

瞬間、生じた硬直を狙い撃つかのように――。

 

 

クレーターの外縁から、怒涛の斉射が螺旋を描きながら襲い掛かって来た。

 

 

これは避けられない、とハルユキは色とりどりの火線を見上げながら直感した。

 

 

強く湾曲するあの軌道は、見かけだけのものだ。

 

 

黄の王イエロー・レディオの幻覚攻撃により、曲がっているように感じられるだけなのだ。

 

 

せめて黒雪姫だけは守らねばと考え、ハルユキは細いアバターを広げた羽の下に包もうとした。

 

 

しかしそれより早く、タクムが一声叫んだ。

 

 

「伏せて!!」

 

 

そして、逞しい両腕で3人をまるごと抱え、倒れるように覆いかぶさった。

 

 

「タ...」

 

 

眼を見開き、ハルユキが口走りかけた言葉は、凄まじい炸裂音の重奏にかき消された。

 

 

「ぐうううううっ!!」

 

 

今、タクムの広い背中には、ありとあらゆる種類の遠距離攻撃が雨あられと降り注いでいる。

 

 

タクムの神経を苛んでいる痛覚の総量はいったいどれほどのものか。

 

 

ハルユキには解らなかった。

 

 

「やめろ...タク、もうやめろ!」

 

 

ハルユキは叫び、タクムの下から這い出そうとした。

 

 

しかし鋼の如き腕はいっそうの力でハルユキを抑え込み、同時に喘ぎ混じりの声がすぐ目の前から放たれた。

 

 

「い...いいんだ、ハル。君への...借りは、こんなこと、くらいじゃ...返せな...」

 

 

「ない...そんなものない!何度言えば解るんだタク!」

 

 

必死に叫んだが、それに対する返事は再びの苦悶だった。

 

 

直撃の震動が生まれるたびに、シアン・パイルのマスクに刻まれたスリットから割れるような呻きが漏れる。

 

 

無数の射撃音に混ざって、黄の王の厭わしげな声がかすかに届いた。

 

 

「醜悪な...。あの木偶をとっとと焼き尽くせ」

 

 

それに幾つかの射撃音が呼応するが、しかしタクムは倒れない。

 

 

おそらく、現在の敵集団に含まれる赤系バーストリンカーには、それほどの高レベル者はいないのだろう。

 

 

それに対してシアン・パイルは、まだレベル4とは言え青系の、しかも耐久力重視型だ。

 

 

ゆえに、これほどの集中攻撃を受けてもまだ倒れずに耐え続けている。

 

 

だがそれは、タクム本人が味わう苦痛がどこまでも長引く事をも意味する。

 

 

ハルユキにはもう何も言えなかった。

 

 

タクムは、黄の王の必殺技《シリー・ゴー・ラウンド》の効果時間が終了するまで3人を守り続ける覚悟なのだ。

 

 

それを既に察していたのだろう、ハルユキの隣でニコがぽつりと言った。

 

 

「...あんたの事を頭だけっつったのは撤回するぜ、シアン・パイル。あと30秒だ」

 

 

「りょう...かい、で...」

 

 

がすっ。

 

 

と嫌な音が間近で響き、タクムの声を掻き消した。

 

 

ハルユキは、自分に覆いかぶさる分厚い胸からわずかに突き出す3つの鋭い金属の輝きを、呆然と見つめた。

 

 

いつの間にか、周囲からの射撃は停止していた。

 

 

回転木馬の、陽気かつ奇怪なBGMがかすかに流れる中、シアン・パイルの巨体が自らの意思ではない動きで持ち上げられていく。

 

 

すぐ背後に立っていたのは、ほとんど同じくらいの体躯を持つ青緑色のデュエルアバターだった。

 

 

土木用重機を思わせる武骨なフォルムのなかで、一際巨大な右腕が目に付く。

 

 

その先端は凶悪な3本の爪になっており、それらがシアン・パイルの胸を後ろから深々と貫いていた。

 

 

待機させられていた近接タイプの1人が、業を煮やして飛び出してきたのだろう。

 

 

前世紀のCRTモニタを思わせる形の頭部ゴーグルを明滅させながら、アバターは太い声を放った。

 

 

「若手の《青》の中じゃあそこそこやる、と聞いてたんだけどな。ただの硬さ自慢の壁かよ、シアン・パイル」

 

 

串刺しにしたタクムをぐいっと持ち上げ、重機型アバターは低く笑った。

 

 

「へっへっ、くたばる前にちゃんと覚えろよ。お前を倒したのはこの、サックス...」

 

 

「馬鹿の名前に...興味はない」

 

 

掠れた声で呟いたタクムが、突然右腕を持ち上げ、発射筒を自分の胸の中央に押し当てた。

 

 

「《ライトニング・シアン・スパイク》!!」

 

 

弱々しくも毅然とした叫び声と共に、筒の後端から青白い閃光が迸った。

 

 

同時に、発射された一条の雷光が、シアン・パイルの胸、重機型アバターの右腕、そしてその延長線上にあった四角い頭部を射抜いた。

 

 

ぱしゃっ、という音とともにサックス某の右腕とゴーグルが飛び散り、両者は一瞬宙に浮いた後、轟音と共に相次いで倒れた。

 

 

回転木馬の幻覚のせいで、たとえ近接していても敵を正確には照準できない。

 

 

しかし、敵の腕が自分をホールドしているなら別だ。

 

 

その腕の延長線上に、絶対に敵の体が存在する。

 

 

「タ...タク!!」

 

 

ハルユキは叫んだ。

 

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

 

ハルユキが叫ぶのと同時に、敵アバターは左手で顔面を押さえ、絶叫しつつ地面を転げまわる。

 

 

タクムが最後の余力で圧し掛かったのだ。

 

 

ちらりとハルユキに向けられたシアン・パイルのマスクの下から、短い掠れ声が漏れた。

 

 

「後...任せたよ、ハル」

 

 

そして両腕で敵をがっちりと抑え込み――。

 

 

「《スプラッシュ・スティンガー》!!」

 

 

密着した両者の隙間から、機関銃の如き連射音と閃光が立て続けに響いた。

 

 

跳ね回る敵の動きがぴたりと止まり、双方のアバターに光の亀裂が無数に走った。

 

 

一瞬の後、色合いの異なる2つの青い光の柱が、クレーターの底から高く屹立した。

 

 

ポリゴンの断片を振り撒きながら爆散したタクムと敵の姿は、もうどこにもなかった。

 

 

ほぼ同時に回転木馬の幻覚攻撃が終了し、世界が本来の様相を取り戻した。

 

 

 

 

刹那の沈黙が、南池袋公園跡のクレーターに満ちた。

 

 

外周からの射撃も停止し、遠雷と風鳴りだけが重く響く。

 

 

デュエルアバターの遠距離攻撃には、光線系なら過熱(オーバーヒート)、実弾系なら弾数という制限があり、永遠に連射できるわけではない。

 

 

しかしそれを差し引いても、この静寂は奇妙だった。

 

 

おそらくは彼らも呑まれたのだ。

 

 

シアン・パイルともう1人の、あまりにも凄愴な相討ち劇に。

 

 

逃走のチャンスだ、とハルユキは思った。

 

 

タクムが文字通り命がけで作ってくれた時間だ。

 

 

しかしなぜか足が動かなかった。

 

 

片膝立ちの姿勢のまま、ハルユキはぶるぶると細いアバター全身を震わせた。

 

 

自分でも説明できない感情が、胸の奥で渦巻いている。

 

 

親友に守られるだけで何も出来なかった無力感。

 

 

他人の心を弄ぶ卑劣な策を仕掛けた黄の王への怒り。

 

 

そしてそれ以上に――自分の右腕に抱えられたまま、まるで電源が切れてしまったかのように力なく項垂れる漆黒のアバターへの――。

 

 

「...先輩...先輩」

 

 

ハルユキは、喉の奥から軋るような声を絞り出した。

 

 

「黒雪姫先輩...なんで...なんで立ってくれないんですか......」

 

 

「無駄だ、シルバークロウ」

 

 

呟いたのはニコだった。

 

 

ざし、と力強い足音を響かせ、赤の王はその小柄な体をまっすぐ直立させた。

 

 

「《零化現象》...今、その女の魂から出力されてアバターに伝わるはずの信号はゼロで埋め尽くされちまってるんだ。闘志なきバーストリンカーにデュエルアバターは動かせねぇ。なぜならデュエルアバターの動力源は、それを宿す者の心の熱だからだ。

 

てめぇの傷と向き合えるだけの力がなきゃ、立つ事すらできねぇ。それが《ブレイン・バースト》っつうゲームなんだ。その女にも、それは嫌ってほど解ってる。解っててもどうにもならねぇ問題なんだ」

 

 

低い声でそう言い放ち、ニコはちらりとハルユキを振り返った。

 

 

「...悪ぃな、せっかくシアン・パイルが捨て身で時間を稼いでくれたが...あたしは逃げねぇ。ここでスタコラ逃げられっほど、修行が成っちゃいねぇんだよ。あんたはいいからその女を連れて離脱しな」

 

 

めらり、と真紅の少女型アバターが燃え上がったようにハルユキには見えた。

 

 

いや、錯覚ではない。

 

 

一歩前に踏み出したその足の周囲に、実際にごくかすかな火焔が湧き上がるのをハルユキは見た。

 

 

 

しかし、ハルユキはニコの言葉通り動く気はなかった。

 

 

ここでニコを置いて逃げてしまえば、後で後悔することになるからだ。

 

 

ハルユキはニコの隣に並び立ち、低く言い返した。

 

 

「逃げない...仲間を置いて逃げるなんて嫌だ!」

 

 

「仲間...。――筋金入りの馬鹿だな。なら、好きにしな」

 

 

短く絶句した後、呆れたようにそう呟き、ニコは更にもう一歩前に進もうとするがそれをハルユキが手で制した。

 

 

「あいつらは僕がやる、ニコは先輩を頼む」

 

 

「なっ!?てめぇ何言ってんだ!相手はお前よりも強い奴らばかりなんだぞ!どうやって戦うっていうんだ!」

 

 

ハルユキの言葉にニコは驚愕し、ハルユキに対して強く怒鳴った。

 

 

ハルユキはニコの言葉に答える事無く、アイテムストレージを開いた。

 

 

アイテムストレージから《ドラゴンフルボトル》を選択する。

 

 

「な、なんだよそれ...ボトル?」

 

 

「これは僕の奥の手の1つだよ、こいつらを倒せるほどのね」

 

 

シャカ、シャカ、シャカ、シャカ!

 

 

ハルユキはドラゴンフルボトルを数回振った。

 

 

 

その様子を高みから見下ろす黄の王が、尚も毒々しい声で叫んだ。

 

 

「恐れる必要はありません!あんなものは只のこけおどしです!」

 

 

さ、と右手を掲げる。

 

 

「近接チーム、出番です!遠隔チーム、援護を!――行きなさいッ!!」

 

 

黄色い反射光を閃かせて腕が振り下ろされると同時に――。

 

 

うおおおお、という鬨の声を響かせて、クレーターの外縁から15近い数のデュエルアバターが一斉に突撃を開始した。

 

 

「ニコは先輩を頼む」

 

 

「あっ、おい!」

 

 

シャカ、シャカ、シャカ、シャカ!

 

 

ニコの返答も聞かず、ボトルを振りながらハルユキは外縁から迫ってくる近接アバターに達に立ち向かった。

 

 

「ふん、たったレベル4で何が出来る。お前程度この俺が...」

 

 

「おらっ!」

 

 

ドゴン!

 

 

近接アバターの言葉は、ハルユキにお腹を殴られた事により遮られた。

 

 

その近接アバターは、一気にHPゲージが吹っ飛ばされ、分解、消滅したのだ。

 

 

――― 一撃!

 

 

「なっ!」

 

 

「い、一撃!?」

 

 

その場に居る全ての者達が戦慄する。

 

 

「な、なよっちい割りにそこそこやるじゃねぇかよ、シルバー・クロウ」

 

 

「そりゃどうも!」

 

 

動揺しながらも、ニコは憎まれ口を言う。

 

 

ハルユキは憎まれ口に叫び返し、次の敵に対して油断なく構える。

 

 

すると、今度は空手の胴着を連想される装甲を持ち、シアンパイルに負けない体格を持ったアバターが、ハルユキに襲い掛かる。

 

 

「ぬん!」

 

 

大振りのパンチがハルユキに対して繰り出されるが、それを難なく交わした。

 

 

「ぬうぅぅぅん!」

 

 

近接アバターはもう一度、ハルユキに大振りのパンチを繰り出す。

 

 

シャカ!シャカ!シャカ!シャカ!

 

 

「はああぁぁぁぁ!」

 

 

ハルユキはドラゴンフルボトルを振り、相手の大振りのパンチに同じく大振りのパンチで迎え撃った。

 

 

「なっ!何!?」

 

 

吹っ飛ぶと思っていたハルユキが吹っ飛ばず、それどころか自分のパンチと均衡するパンチを事に、空手家アバターは驚愕する。

 

 

本来なら、体の大きさから均衡する事もなく、ハルユキが吹っ飛ばされてしまうが、ドラゴンフルボトルの力が加わった状態では話は別だ。

 

 

「うおおおおおっらぁ!」

 

 

空手家アバターは驚愕した際に力が緩んでしまい、ハルユキはそれを見逃さず思いっきり拳を突き出した。

 

 

「ぐああああ!」

 

 

ハルユキに押し負けた空手家アバターは、そのままクレーターの縁まで吹っ飛んだ。

 

 

空手家アバターの消滅を確認すると、ハルユキは黒雪姫に向って叫んだ。

 

 

「いつまでそこで寝てるつもりですか!先輩!黒の王!!」

 

 

今、黒雪姫が直面している心の傷は、ハルユキには窺い知れぬほど大きいものなのだろう。

 

 

初代の赤の王――かつての仲間を、友を、衝動のままに裏切り加速世界から永久に退場させたその行為を黒雪姫は心の底では長い間悔やみ続けてきたのだろう。

 

 

でも。

 

 

たとえ、そうなのだとしても。

 

 

「あなたにとって《加速》は!《ブレイン・バースト》は!!」

 

 

レベル差など関係なく、ハルユキは次々と近接アバターを倒していく。

 

 

「前人未到のレベル10に到達し、この世界の先を見たいというあなたの野望はその程度のものだったんですか!

 

力を得るという事は、それ相応の覚悟が必要なんです!あなたにはその覚悟はないんですか!」

 

 

 

 

りん。

 

 

 

と、投げ出された右腕の、漆黒の切っ先が揺れたように見えたのは錯覚だろうか。

 

 

いや、違う。

 

 

鋭利なフォルムのゴーグルの奥に、遥か遠い恒星のようにかすかに瞬くヴァイオレットの光が見える。

 

 

魂の熾火を思わせる弱々しさで、とくん、とくん、と脈打っている。

 

 

「先輩...」

 

 

ハルユキのささやき声に。

 

 

ぶん!という強い振動音が重なった。

 

 

それは、ゴーグルの下で、2つ眼が強く輝いた音だった。

 

 

黒曜石を削りだしたかのような半透過装甲のパーティングラインに、頭部から四肢を目指して、同色の光が満ちていく。

 

 

それにつれて全身を覆う土埃が吹き飛び、冴えざえとした反射光が蘇る。

 

最後に、両手足4本の剣が、りいぃんと強く鳴った。

 

 

ふわり、と見えない糸に引かれるかのように起き上がる漆黒のアバターを、ハルユキは喉を詰まらせながら、ただひたすらに凝視した。

 

 

他の近接アバター達も、戦う手を止めてブラック・ロータスを凝視する。

 

 

まっすぐ直立したブラック・ロータスは、地面からわずかに浮き上がる脚の尖端を振動させ、ゆるゆるとホバー移動を開始した。

 

 

そしてそのままハルユキのすぐ近くで、ぴたりと停止する。

 

 

「すまなかったハルユキ君、無様な姿を見せてしまった。情けない親で本当にすまない...」

 

 

「気にしないでください」

 

 

ハルユキに対して、ブラック・ロータスは平謝りする。

 

 

「今だ!」

 

 

「やっちまえ!」

 

 

そんなやり取りをするハルユキ達に、近接アバターが襲い掛かる。

 

 

「ふっ!」

 

 

「ふぐっ!」

 

 

後ろから襲い掛かってきた近接アバターを、ハルユキがボトルを振りながら顔面に肘鉄を入れる。

 

 

「おらっ!」

 

 

「ぐおっ!」

 

 

ハルユキはそのまま、青い炎を纏った回し蹴りを放った。

 

 

『うわああああぁぁぁ!』

 

 

ドッガ――――ン!!

 

 

回し蹴りを喰らった近接アバターは、そのままクレーターの端まで他のアバターを巻き込み吹っ飛ばされた。

 

 

また、ブラック・ロータスを攻撃しようとした敵近接型リーダーは、五指が異様に逞しい両手を広げて黒雪姫に襲い掛かった。

 

 

それに対し、何か考えてのことか、黒雪姫はまるで掴んでくださいと言わんがばかりに右腕をまっすぐ差し出した。

 

 

敵の両眼が強く光り、蛇のように伸びた両手がブラック・ロータスの腕を2箇所でホールドする。

 

 

「貰ったッ、《ワンウェイ・スロ...》」

 

 

技名を叫びながら体を反転させ、掴んだ腕を右肩に担ぎ、一本背負いの体制に入った――その瞬間、ばらばらっと零れ落ちたのものがあった。

 

 

湾曲した、太い10本の円筒。

 

 

指だ。

 

 

黒雪姫の腕を成す剣を掴んでいた敵の指が、投げを打つための自らの握力ゆえに、鋭利なエッジに断ち切られたのだ。

 

 

「済まんが、私に掴み系の技はたいてい効かん」

 

 

屈みかけた姿勢で凍りつく敵にそう声を掛け、黒雪姫は、担がれたままの腕を一気に斜め下へと斬り下ろした。

 

 

右肩から左脇腹へと、薄い光の筋が抜けた。

 

 

そこから敵アバターの屈強な上体がずるりと滑り、体の7割を残して地面へと落下した。

 

 

「あっ...が...があああああ!!」

 

 

まだHPは残っているらしく消滅はしなかったが、しかしあれではむしろ消えたほうがマシというものだろう。

 

 

ハルユキの攻撃は強化されているとはいえ、キックやパンチのみで痛みは一瞬。

 

 

だが、黒雪姫の攻撃は腕の剣による攻撃に、切断面から永続的にダメージが継続される。

 

 

体を分断された苦痛に盛大な悲鳴を撒き散らし、残された腕1本で地面をばたばたと跳ね回る敵にもう目もくれず、黒雪姫は周囲に残る敵近接型7、8名をぐるりと睥睨(へいげい)した。

 

 

「君たち個々人に含む所はないが、しかし私と戦う者は必然的に部位欠損ダメージを味わってもらわねばならん」

 

 

口調は穏やかだったが、その声に含まれた凄絶(せいぜつ)な響きに、戦場の誰もが息を詰めた。

 

 

「よもや...今更嫌とは言うまいッ!」

 

 

高らかに叫び、不運な1人目掛けて黒い猛禽のごとく襲い掛かっていく。

 

 

甲高い金属音と断続的な悲鳴、そして周囲のバーストリンカーたちの捨て鉢な怒声がたちまち宙を満たす。

 

 

それはもう、《対戦》ではなく《殺戮》と呼ぶべきものかもしれなかった。

 

 

青系の近接型アバターは大抵、己の拳脚、あるいは剣やハンマーといった近距離武器によって戦う。

 

 

つまり青系同士だと、基本的にはアタックとガードを交互に繰り返し、相手の隙を狙うことになる。

 

 

だが黒雪姫――ブラック・ロータスは、四肢が剣という見た目は超近接型なのだが、あらゆるアクションがあまねく攻撃なのだ。

 

 

斬る、突くといった動作は勿論の事、相手の拳を胸で受ければその拳が断ち切られるし、相手を追ってダッシュするだけでその脚の軌道上が切り裂かれる。

 

 

一切の接触を許さず、触れるもの全てを切断する。

 

 

まさしく《黒き死の睡蓮》――。

 

 

舞うように戦い続けるその姿は途方もなく美しく、そして切ないほどに根絶的だった。

 

 

ほんの1、2分のうちに、敵の近接チームはその殆どが消滅か、あるいは部位欠損ダメージの激痛によって無効化され地面に転がった。

 

 

「き...さまああああ!!」

 

 

最後に残った大柄なバーストリンカーが、突然太く咆え猛った。

 

 

肉厚の刃を持つ長大な刀を大上段に振りかぶり、黒雪姫に真っ向から打ちかかる。

 

 

見事なスピードと、そしてタイミングだった。

 

 

鋼色の雷閃となって降り注ぐ分厚い刃を、黒雪姫は回避せずに交差した両腕の剣で受けた。

 

 

きいぃぃぃん!

 

 

という、耳をつんざくような高周波が響き渡った。

 

 

接触点から眩い火花が飛び散り、双方の動きがぴたりと止まった。

 

 

きし、きしと甲高い金属音が連続して響く。

 

 

銀と黒の刃が、1秒毎に噛み合う部分の深さを増していく。

 

 

どちらがどちらに食い込んでいるのか、ハルユキにも咄嗟に判断は出来なかった。

 

 

しかし、刀を持つほうの武者型アバターが、般若面に似たマスクをにやりと歪ませた。

 

 

「ざんっ!」

 

 

武者の声が低く発せられると同時に、刀は真下に、黒雪姫の両腕は左右に、一瞬で振り切られた。

 

 

音もなく落ちたのは、武者アバターの首と、巨大な刀の上半分だった。

 

 

ごろりと転がり、信じられぬというように眼を見開く生首を、黒雪姫は左脚の切っ先で容赦なく貫いた。

 

 

光の柱が屹立し、敵アバターは硝子細工のように飛び散り、消えた。

 

 

再び、数秒の沈黙。

 

 

それを破ったのは、遥かクレーターの縁から放たれた、短い声だった。

 

 

「...なぜ」

 

 

ついにここまで保ち続けた余裕を失ったかと思われる平板な声で、黄の王イエロー・レディオが呻くように言った。

 

 

「なぜ今更現れて、長年かけて準備した我がサーカスのカーニバルを邪魔するのです?2年間もどこぞの穴倉にこそこそと隠れ続けておきながら、なぜ?」

 

 

ピエロの笑い面に刻まれた吊り眼に、白い燐光が満ちる。

 

 

枯れ枝のような両腕を左右に広げ、ひょいと片膝立ちになり、首をゆらゆらと左右に振る。

 

 

不意にマスクの下から、くくくくくと小刻みな笑いが漏れた。

 

 

右手でまっすぐに黒雪姫を指し、黄の王は嘲りの色を取り戻した声でささやいた。

 

 

「つまり、もう忘れたということですか?あなたが裏切り、首を刎ねた我らが友のことを?...彼は今、どこで何をしてるんですかねぇ。

 

2度と戻れない加速世界の事を...その原因を作ってくれたどこかの誰かのことを思い出したりしないんですかねぇ?私なら、とうてい忘れられませんよ。尋常な対戦ならともかく、あんな不意打ちじゃあ...ねぇ?」

 

 

くっ、くっくっくっく。

 

 

喉に籠もる嘲笑を聞きながら、ハルユキは内心で叫んでいた。

 

 

――耳を貸しちゃだめです。

 

 

あいつは、もう一度あなたから戦う力を奪おうとしているんだ。

 

 

しかしそれを実際に声に出すことは、ハルユキには出来なかった。

 

 

黒の王と黄の王、加速世界の初期から共に修練を続け、2年前のある時点までは友人同士だったという2人の間には、何者も割り込めない歴史があると思えたのだ。

 

 

ハルユキはスカーレットレインと、その傍らに立つブラック・ロータスの後ろに歩み寄った。

 

 

ひたすらに胸の奥で、負けないでと強く念じながら。

 

 

不意に――。

 

 

音もなく黒雪姫の右腕が持ち上がった。

 

 

激戦を経てなお傷1つ見えない黒曜石のエッジをまっすぐ黄の王に向け。

 

 

黒の王は、滑らかなシルキー・ボイスを発した。

 

 

「...お前はひとつだけ勘違いをしている、イエロー・レディオ」

 

 

「ほう?何をです?まさかあれが、卑怯な不意打ちではなかったとでも?」

 

 

「違う。私にとって、お前の首が、レッド・ライダーのそれと同じ重さを持つと考えていることだ。もう1つ教えておいてやろう......私はな...」

 

 

りいん、と右腕を真横に振り払い、黒雪姫は言い放った。

 

 

「初めて会った時から、お前の事が大嫌いだったよ!」

 

 

ぐ、と黄の王が上体を仰け反らせた。

 

 

黒雪姫はちらりと視線を横から後ろに投げ、素早く叫んだ。

 

 

「クロウ、もう一頑張り頼むぞ!彼女を守れ!!」

 

 

その後、黒雪姫の烈火の如き咆哮が貫いた。

 

 

「レディオ!!」

 

 

ずばっ、と右腕の刃が漆黒の軌跡を描いた。

 

 

音もなく分断され、宙も舞ったのは、イエロー・レディオの巨大な帽子の右側の角だった。

 

 

「ロータス!!」

 

 

これまでの揶揄の響きが微塵もない怒声で叫び返し、黄の王はどこから取り出したのか、長大なバトン状の武器で反撃を見舞った。

 

 

黄金のラインを引きながら打ち込まれた突きを、黒雪姫は左腕の剣で受け流し、飛び散った火花が両者を眩く照らした。

 

 

ハルユキは半ば呆然とクレーターの西端で開始された激突を見つめた。

 

 

王、つまりレベル9バーストリンカー同士の戦いを見るのは、もちろん初めてだった。

 

 

それは、この場の誰にも――当事者たる2人も含めて――言える事だったろう。

 

 

周りを良く見てみると、ハルユキの他にもニコや遠隔アバター達も王2人の戦いを見つめていた。

 

 

現在の《純色の七王》達は、ニコを除いて、2年と少し前にほぼ同時にレベル9に達した。

 

 

そしてレベル10に上がるための過酷なサドンデスルールを知り、死闘を回避するための円卓会議を開いた。

 

 

その卓上で、黒の王ブラック・ロータスは、初代赤の王レッド・ライダーを不意打ちのクリティカルヒットによって一撃死せしめた。

 

 

王が王を倒したのは、後にも先にもその時だけだ。

 

 

それ以降、裏切り者として追われた黒の王は2年に亘って梅里中ローカルネットに潜伏し、他の王達は相互不可侵条約を結んでそれぞれの領土から出ることはなくなった。

 

 

だから、レベル9同士が尋常にその剣を交えるのは、加速世界の開闢(かいびゃく)以来これが初めてのことなのだ。

 

 

ハルユキも、ニコも。

 

 

残存する黄のレギオンメンバー10数名も、いつしか攻撃の手を止め、息を殺して戦いの行方を見守っていた。

 

 

――速い!

 

 

ハルユキは、胸の奥で嘆声を漏らしていた。

 

 

意識を集中しなければ、相対する両者の周囲で、謎の閃光が立て続けに弾けているようにしか見えない。

 

 

黒の王が4連、5連で繰り出す斬撃を、黄の王は高速回転するバトンで見事に受け、わずかな隙を逃さずに長い脚での蹴りを放つ。

 

 

それを黒雪姫が脚でブロックするたび、波紋のように衝撃波が広がり、背景を歪める。

 

 

あまりにも高威力の攻撃が連続する所為か、いつしか両者の足元からは放射状にひび割れが走り、瓦礫の破片が飛び散りはじめた。

 

 

空間に無色の圧力が満ちるにつれ、両者の装甲が放つ輝きも、その強さを増していくように見える。

 

「...そろそろだぜ」

 

 

ニコが呟き、ハルユキは反射的に訊き返した。

 

 

「な、何が?」

 

 

「2人の必殺技ゲージがそろそろ満タンだ。本番はここからだ」

 

 

その語尾が消えないうちに、バァン!

 

 

という一際激しい衝撃音が炸裂し、それに押されるように両者が距離を取った。

 

 

すぐには組み合わず、黒雪姫はゆるりと腰を落すと、左腕を体の前で横に構え、右腕の剣をその峰に垂直につがえた。

 

 

長大な刃を脈打つヴァイオレットの光が包みはじめ、同期する低周波の振動が空気を揺らす。

 

 

対するイエロー・レディオは、両腕を体の前で交差し、その指先に黄金のバトンを挟んでいる。

 

 

バトンの両端についた球体が、こちらも周期的な光を放つ。

 

 

みるみる高まっていく圧力に、ハルユキは頬の辺りにちりちりと弾けるような感触を覚えた。

 

 

王の必殺技、そのパワーの片鱗をハルユキはニコとの対戦時に目にしている。

 

 

片方の主砲から発射された巨大なビームが、対戦フィールドの彼方にそびえていた新宿都庁舎の上部を呆気なく吹き飛ばしたのだ。

 

 

あれと同レベルのポテンシャルを持つ攻撃が、あの距離感で激突したらどうなってしまうのか。

 

呼吸すらも忘れて眼を見開くハルユキの耳に、再びニコのささやきが届いた。

 

 

「パワーじゃねぇ、スピードで決まるぜ」

 

 

「え...ど、どういう?」

 

 

「ロータスの必殺技はどう見ても直接攻撃系だ。対してレディオのは幻覚系だろう。つまりレディオの技が効力を発揮する前に、ロータスの一撃が奴に届くかどうか――そこが分かれ目だ」

 

 

ごくり、とハルユキは喉を鳴らした。

 

 

大きく傾いた太陽が、わずかな黒雲の切り目から、赤い光をひと筋落とした。

 

 

それが黒曜石の刃にちかっと反射した、その瞬間。

 

 

ブラック・ロータスが凜と声を響かせた。

 

 

「《デス・バイ・ピアー......》」

 

 

同時にイエロー・レディオも。

 

 

「《無意味な運命の車(フユータル・フォーチュン・ウィ)......》」

 

 

しかし。

 

 

双方同時の技名発声は、双方ともに最後の1音まで辿り着くことはなかった。

 

 

 

とん。

 

 

 

という、ごく小さな、しかし圧倒的な存在感に満ちた乾いた響きが、2人の王の声を押しとどめたのだ。

 

 

それは、イエロー・レディオの鮮やかな黄色の胸部装甲を、背後から何かが貫いた音だった。

 

 

途中で技を止めた黒雪姫も、ハルユキやニコ。

 

 

他のバーストリンカーも、そして黄の王自身も。

 

 

装甲から突き出したヌルリと15センチほども伸びた銀灰色の金属をただ見詰めた。

 




はい!如何だったでしょうか?

いや~最近別のゲームを始めたので、小説が書く時間がなく投稿が遅くなってしまいました。

ハピネスチャージを一気に書いたせいか、しばらく何もやる気がおきませんでした。

今見たら前回の投稿から1ヶ月経っているんですね

次からは気をつけます。

さて次回!やっとハルユキを変身させることが出来ます!

本当はドラゴンフルボトルではなく、クローズに変身させようと思ったのですが、クロム・ディザスター戦までとって置くことにしました。

あと、しばらくはハピネスチャージの1話を大きく修正するので、修正が終わり次第に22話を書いて行きます。

なのでいつもより、投稿が遅くなるかもしれません。

それでは次回!第7話!もしくは激獣拳を極めし者第22話でお会いしましょう!

それじゃあ、またな!


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第7話

兎美「仮面ライダークローズであり、バーストリンカー、シルバー・クロウでもある有田春雪は、有田兎美の記憶を取り戻すべく悪の組織ファウストから杉並の市民達を守るのであった」



美空「そんな中、クロム・ディザスターを討伐するために無制限中立フィールドに向かったハルユキ達は、黄の王の策略で危機に陥るがそこに現れたのは、意外な乱入者だった」



兎美「それでは、どうなる第7話!」


「だ...誰、が」

 

 

ハルユキは、声にならない声で喘いだ。

 

 

あの用心深そうな黄の王に気づかれずに背後に接近し、しかもその装甲を、必殺技も使わずに紙のように貫くとは。

 

 

いやそれ以前に、王と王の直接対決に割り込もうなどと、いったい誰が考えるだろうか。

 

 

と、まるでハルユキの声が聞こえたかのように、黄の王の背後からじわりと滲み出した影があった。

 

 

誰彼時の薄暮に殆ど同化する、濃い灰色のシルエット。

 

 

その表面をわずかな残照が撫でた途端、反射光が濡れたように輝いた。

 

 

謎の乱入者の全身は、黒ずんだ銀色の鏡面装甲に包まれている。

 

 

色合いはシルバー・クロウに似ていなくもないが、フォルムは大いに異なる。

 

 

肩や胸、肘にボリュームのある、中世の騎士のような重量感。

 

 

巨大な籠手に包まれた右手には、自身の身長ほどもありそうな両刃の剣を携え、極端に先細りになった切っ先が黄の王を後ろから貫いている。

 

 

その剣よりも強く目を引くのが、騎士の頭部だった。

 

 

両側から後方へと長い角が伸びる、フード状のヘルメットを被っている。

 

 

しかし、本来であれば面頬のあるべきその箇所に――何もないのだ。

 

 

太陽の向きからして内部が照らし出されていいはずなのに、まるで実体を持つ闇がわだかまっているかの如く、フードの内部は黒一色に塗りつぶされている。

 

 

いや、よくよく目を凝らせば、その表面で生物のように蠢く漆黒の何かが確かに見える。

 

 

闇のマスクを持つ、黒銀の騎士。

 

 

その名前が、近くのニコの口から漏れる直前、ハルユキも同時に連想していた。

 

 

恐らくはあれが...あれこそが――。

 

 

「《災禍の鎧》......。《クロム・ディザスター》」

 

 

掠れ声を漏らしてから、ニコはいっそう密やかに続けた。

 

 

「なんでだ、早過ぎる。丸1日は余裕あったはずなのに」

 

 

驚愕の理由を、ハルユキは直ぐに察した。

 

 

クロム・ディザスターの正体、赤のレギオンに属するレベル6のバーストリンカー《チェリー・ルーク》の乗った電車が、池袋に着く2分前にハルユキ達はこの無制限中立フィールドにダイブした。

 

 

ここでは現実比1千倍で時間が流れているので、その2分は33時間にも相当する。

 

 

答えは1つしかない。

 

 

「まさか...電車の中でバーストリンクを!」

 

 

あの鎧に宿るチェリー・ルークは、電車に乗ったまま加速し、この世界に現れたのだ。

 

 

最大でたった1.8秒の通常対戦ならそれも解る。

 

 

しかしここは、1度でもダイブすれば離脱ポイントに辿り着かない限り脱出できない上位世界だ。

 

 

電車のような他人の密集する、しかも交通機関に生身の体を残してくるとは、大胆を通り越して無謀としか言えない行為だ。

 

 

「チェリー...たった2分も我慢出来ねぇほど、おかしくなっちまったのかよ」

 

 

ニコが押し殺した声で呟いた。

 

 

クロム・ディザスターは、黄の王を貫く剣を握ったまま、それ以上何をするわけでもなく、ぼんやり、と形容できそうなほど静かに立ち尽くしている。

 

 

なぜ黄の王は脱出しないのか?

 

 

なぜ顔を限界まで振り向かせたまま、ただ黙ってクロム・ディザスターを眺めているのか?

 

 

その答えを――。

 

 

1秒後、ハルユキは知ることになる。

 

 

「ユルオオオオオオ...!」

 

 

突如、奇怪な絶叫が迸った。

 

 

人間の声ではなかった。

 

 

獣でもない。

 

 

機械音でもない。

 

 

スマッシュも獣のような唸り声を上げる事があるが、それとも違う。

 

 

これまで一度も聞いたことのない、異質な咆哮。

 

 

源は、騎士の顔にわだかまる暗闇だった。

 

 

仰け反ったフード型ヘルメットの下から、叫びとともに実体を持つ闇が噴出し、それはたちまちある形へと固定された。

 

 

フードの上下に並んで噛み合う、鋭利な三角の連なり。

 

 

牙だ。

 

 

漆黒の牙が、フードの縁から、まるでそこ全体が口であるかのように突き出している。

 

 

ぐぱっ。

 

 

と湿った音を立てて、《口》が開いた。

 

 

内部の濃密な闇に、小さくまん丸2つの眼が、朧な紅に輝いた。

 

 

それを見た途端、黄の王イエロー・レディオがようやく動いた。

 

 

弾かれたように、背後に回した両手で自分を貫く剣を掴み、引き抜こうとする。

 

 

彼が今まで動かなかったのは――竦んでいたのだ。

 

 

恐怖により、縛られていたのだ。

 

 

近距離に立つ黒雪姫も、構えを取ったまま沈黙を続けている。

 

 

こちらには怯えの色はないが、わずかな逡巡は感じられた。

 

 

攻撃のチャンスではあるもののどちらを狙えばいいのか、確かにこの状況では即断は出来ない。

 

 

剣から抜け出そうとする黄の王を、災禍の鎧クロム・ディザスターは、まるでフォークに突き刺した食べ物の如く巨大な《口》へと近づけた。

 

 

いっそう大きく開いたあぎとが、ピエロ型アバターの丸く膨らんだ肩に近づき――牙から透明な粘液が垂れ――

 

 

「......《詐欺師の癇癪玉(デシート・ファイアクラッカー)》!!」

 

 

肩を食われる寸前、イエロー・レディオが高い声で叫んだ。

 

 

毒々しい黄色の煙とともに、串刺しにされたアバターが爆発し、消滅した。

 

 

自爆!?とハルユキは目を剥いたが、しかし直後、5メートルほど離れた場所に同色の煙が湧き上がり、その中からピエロが飛び出すのが見えた。

 

 

おそらく眩惑・脱出用の必殺技なのだろう。

 

 

胸部装甲に開いた鋭利な孔から細かい火花を散らしながら、黄の王は更に数メートルバックダッシュした。

 

 

配下のアバターに集結の指示を出したのち、ようやく声を発する。

 

 

「飢えた犬めが、飼い主の恩も忘れて、演目(プログラム)を邪魔する気ですか。......いいでしょう、それほど腹が減っているなら――目の前の《黒》を喰らうがいい!食欲はそそらない色ですがね!!」

 

 

ははははは、と笑ったが、その声には拭いようもなく張り詰めた響きがあった。

 

 

がちん、がちん、と黒いあぎとを閉開させながら、クロム・ディザスターは等距離に立つ黒の王と黄の王を順番に見やった。

 

 

その所作には、どちらと《対戦》するのかを迷う、といった人(プレイヤー)の意志はまったく感じられなかった。

 

 

襲うべき獲物を見定める、獣の仕草だった。

 

 

その顔ならぬ顔が、何気なくクレーターの底へと向けられた。

 

 

沈黙する赤の王に一瞬視線を留めるが、己のレギオンマスターを見ても何らかの感情を示すことなく、その隣に立つハルユキへと顔の向きを移した。

 

 

不意に。

 

 

奇妙な声が、頭の芯に届いた気がした。

 

 

抑揚(よくよう)の一切無い、動物――または機械のような響き。

 

 

――喰ワレロ。

 

 

――喰ワレテ、肉ニナレ。

 

 

何より恐ろしいことに、その声色自体はどう聞いても、声変わり前の同年代の少年のものだった。

 

 

背筋に、これまで加速世界では感じた事のない種類の怖気が走るのを感じた。

 

 

その感じは、現実世界で始めてスマッシュを目撃した時と同じ感じだった。

 

 

ブレイン・バーストは、《加速》というテクノロジーの異質さはさておき、あくまで対戦格闘ゲームである。

 

 

この南池袋クレーターにおけるこれまでの戦いは凄惨極まるものだった。

 

 

だからこそ、ハルユキはドラゴンフルボトルを使うことにしたのだ。

 

 

それでもぎりぎりでゲームの範疇を抜け出てはいなかった。

 

 

確かに、黄の王の罠が奏功(そうこう)してニコあるいは黒雪姫が彼に狩られれば、2人はブレイン・バーストを強制アンインストールされ、永久に加速世界訪れることは叶わなくなるが――しかし、それは《ゲームの終わり》であって、現実での生活はその後も続いていくのだ。

 

 

なのに。

 

 

今の声が、クロム・ディザスターと呼ばれるバーストリンカーのものだとするならば。

 

 

あの黒銀の鎧の中にはもう、チェリー・ルークという名の、かつてはこのゲームを楽しんでいたはずの少年は存在しない。

 

 

スマッシュであれば成分を抜き取れば戻す事が出来るが、災禍の鎧の元凶の元は強化外装である。

 

 

強化外装は使用者の精神を侵食する、と黒雪姫は言った。

 

 

ハルユキは半信半疑だったが、鎧をまとう者の人間性がすでに大きく損なわれている事を、今の短い声が明らかに告げていた。

 

 

そしてその現象は、おそらく加速中に限られたことではあるまい。

 

 

あの鎧の中の誰かが、現実世界では平穏に暮らしているなどとは絶対に思えない。

 

 

「ニコ...、彼はもう」

 

 

ハルユキの言葉に込められた意味を、ニコは敏感に察したようだった。

 

 

「言うな。まだ...まだ、間に合うかもしれねぇんだ。今ここで鎧を破壊できれば、もしかしたら」

 

 

そのささやきは、最後まで続かなかった。

 

 

ニコの願いを断ち切るかのように、クロム・ディザスターが再び獰猛に咆えた。

 

 

「ルゥオオ......オオオオオオ!!」

 

 

じゃりっ、と向き直ったのは、黄の王の方向だった。

 

 

右手の大剣を肩に担ぎ、巨大な鉤爪状の五指をまっすぐ伸ばす。

 

 

直後、驚くべき現象が発生した。

 

 

鎧からは何の技名も発声されていないのに、黄の王のすぐ近くに集結しかけていた赤系アバターの1人が、猛烈な速度でクロム・ディザスターの左手に吸い寄せられたのだ。

 

 

がちぃんという金属音を放って、不運なデュエルアバターの胴に鎧の指が食い込んだ。

 

 

「ひっ...」

 

 

高い叫び声を漏らしながらも、その赤系は右手に持ったライフルを鎧の頭部に向けようとした。

 

 

しかしその寸前、銃を握る右腕が付根から切断されていた。

 

 

ビームはクロム・ディザスターの兜を掠め、空しく背後へと流れた。

 

 

腕を落とした大剣の斬撃を、ハルユキは殆ど視認すらも出来なかった。

 

 

直後。

 

 

「ルゥゥッ!!」

 

 

一声叫ぶと同時に、クロム・ディザスターがフードに並ぶ牙をいっぱいに開いた。

 

 

ぞぶり、と赤系アバターの左肩に闇のあぎとが食い込んだ。

 

 

「ぎゃ...あああああ!!」

 

 

迸った悲鳴は、耳を覆いたくなるほど惨たらしいものだった。

 

 

先程言っていた黒雪姫の言葉通りだと、この無制限中立フィールドでは、ダメージの痛みは下位フィールドの2倍に拡張されている。

 

 

おそらく今、あの赤系は、現実世界では猛獣に生身の体を噛まれるのと同レベルの苦痛を感じているはずだ。

 

 

アバターの装甲を、十数本の巨大な牙が呆気なく貫通した。

 

 

肩から胸にかけてが半円形に喰いちぎられ、切断された左腕がぼとりと地面に落ちた。

 

 

「あああ...あああああ―――!!」

 

 

腹を抉られ、両腕を失った激痛にばたばたと暴れるアバターの頭部を。

 

 

咀嚼(そしゃく)を終え、再び大きく開かれたクロム・ディザスターの《口》が丸ごと咥え込んだ。

 

 

ぶしゅ、と湿った音とともに撒き散らされた飛沫は、スパークエフェクトなのか、装甲の破片か――あるいは、アバターの血肉か。

 

 

悲鳴がぶつんと途切れた。

 

 

頭部を丸ごと喪失し、ぐたりと脱力したアバターの残骸が、数秒後にようやく光柱に溶けて分解した。

 

 

あれはもう、《対戦》ではない。

 

 

暴力でも、殺戮でもない。

 

 

《捕食》だ。

 

 

捕らえたデュエルアバターの血と肉、そしてバーストポイントをただ摂取するだけの本能的活動。

 

 

上下していた黒い牙の動きが止まると同時に、黒ずんだ銀の鎧の継ぎ目に、深い紅の光が走るのをハルユキは見た。

 

 

まるでポイントだけでなく、何らかのエネルギーをも奪ったかのような現象――恐らくは、昨日黒雪姫が言っていた体力ゲージ吸収能力、《ドレイン》だ。

 

 

「ルウゥゥゥゥ...」

 

 

ぐりん、と頭をもたげ、クロム・ディザスターが低く喉を鳴らした。

 

 

「狂犬めが...仕方ない、惜しいですが演目中断ですね。皆さん、池袋駅のリーブポイントまで撤退しなさい!!」

 

 

叫んだのは黄の王だった。

 

 

指示と同時に何らかの必殺技を使ったらしく、残存する黄のレギオン約10名の姿がすうっと半透明に薄れた。

 

 

朧な影となったアバター達が、物凄い勢いでクレーターから離れ、北西へと離脱していく。

 

 

最早策が破れたのは明らかなのに、遠ざかる黄の王の声が、最後の嘲笑をフィールドに振り撒いた。

 

 

「くくく...赤、そして黒、我がサーカスの楽しいカーニバルに、またいずれご招待しますよ!その犬に喰われてもなお、あなた達に戦意が残っていれば...ですがね!くくく...くふふふふ...」

 

 

遠くまで離れた事で安心しきっていた黄のレギオン達だったが、現実はそこまで甘くなかった。

 

 

遠く離れていく黄のレギオン達に向って、クロム・ディザスターはまた手を翳した。

 

 

すると半透明になって見えにくくなっている筈の黄系のアバターが、またしても謎の力で物凄い勢いでクロム・ディザスターの手元に吸い寄せられた。

 

 

「うわあああああ!!」

 

 

先程の赤系のアバターと同じ目に遭うと解り、悲鳴を上げながら黄系のアバターは暴れる。

 

 

それを見て、ハルユキの身体は勝手に動いていた。

 

 

ハルユキは翼を広げ、クロム・ディザスターへと飛んだ。

 

 

シャカ、シャカ、シャカ!

 

 

「はああああああ!!」

 

 

手に持っていたドラゴンフルボトルを数回振り、飛んできた勢いをそのままに、ハルユキはクロム・ディザスターに蹴りを放つ。

 

 

「グアッ!?グルゥゥゥゥア!!」

 

 

攻撃されるとは思わなかったのか、クロム・ディザスターは前に大きく仰け反ってそのまま吹き飛ばされた。

 

 

「うわっ!」

 

 

吹き飛んだ反動で、手に持っていた黄系アバターを地面に落としてしまう。

 

 

殺されかけた事で腰が抜けてしまったのか、黄系アバターは呆然として動かなかった。

 

 

「何やってるんだ!早く逃げろ!」

 

 

ハルユキの言葉を聞いて、ようやく正気に戻ったのか黄系アバターは一目散に逃げ出した。

 

 

ハルユキがクロム・ディザスターに視線を戻すと、いつの間に起き上がったのか、大剣を振り下ろそうとしている所だった。

 

 

「ガルゥア!」

 

 

「うわっ!」

 

 

ハルユキは咄嗟に、横へ飛ぶことで攻撃を避ける。

 

 

仮面ライダーとしてスマッシュと戦っているハルユキだが、現在戦っているクロム・ディザスターはそれ以上の脅威に思えた。

 

 

先程の捕食もそうだが、今も尚ハルユキを喰らおうと襲いかかろうとしていた。

 

 

シャカ、シャカ、シャカ。

 

 

「はあ!」

 

 

ハルユキは隙を突いて蹴りを放つ。

 

 

スマッシュの時同様、クロム・ディザスターにも攻撃は効いていた。

 

 

その時、牽制する2人に近づく影があった。

 

 

「...《デス・バイ・ピアーシング》!!」

 

 

 

敢然(かんぜん)と響いたのは、黒雪姫の声だった。

 

 

左腕につがえられた右腕の剣が、ジェットエンジンじみた大音響と共にまっすぐ突き出された。

 

 

その刃を包んでいたヴァイオレットの輝きが膨れ上がり、眩く世界を染め上げながら、一直線に5メートル近くも伸長した。

 

 

放出された巨大な攻撃力が仮想の空気を圧縮し、その向こうの風景を陽炎のように歪ませた。

 

 

「まったく...先程まで自分達を襲っていた敵を助けるとはな、君は随分お人好しだな」

 

 

クロム・ディザスターに一撃入れると、黒雪姫は小言を言いながらハルユキの隣に並んだ。

 

 

「ははは、すみません、思わず身体が動いてしまいまして...」

 

 

苦笑しながら弁解するハルユキだったが、黒雪姫は気にせず話し続ける。

 

 

「まあ...格好良かったぞ、誰よりも早く助けにいく所は」

 

 

まさか黒雪姫に褒められるとは思わなかったのか、ハルユキは頬を掻いた。

 

 

「さて、ハルユキ君。―― 一丁、格好良く負けるとするか」

 

 

その言葉に苦笑するハルユキだったが、直ぐに否定した。

 

 

「この場合の言葉としては違いますよ、先輩」

 

 

「ん?...ああ、そうだったな」

 

 

黒雪姫は、ハルユキの言っている意図を理解すると、2人はクロム・ディザスターに向って高々と叫んだ。

 

 

『今の俺達(私達)は、負ける気がしない!』

 

 

叫んだ後、ハルユキは腰を落とし、脚を開いて、構えを取る。

 

 

隣の黒雪姫も、こちらは両腕の剣をぴたりとさまに動作で掲げる。

 

 

1秒後、幾つかのことが連続的に起きた。

 

 

クロム・ディザスターが激しい怒りの咆哮と共に剣を振り上げた。

 

 

その斬撃を見切ろうと集中したハルユキの視界の左側で、何かがぴかっと光った。

 

 

黒雪姫の右腕が猛烈な速度で閃き――剣の峰でハルユキの胸を思い切り叩いた。

 

 

ひとたまりもなく後方に跳ね飛ばされ、驚愕に包まれながら地面に転がったハルユキの目の前を、真紅の光の壁が覆った。

 

 

 

 

 

それが、左側――クレータの中から発射されたビーム攻撃だと悟ったのは、発生した恐るべき規模の爆発に再び、今度は10メートル以上も吹き飛ばされた後だった。

 

 

押し寄せてきた熱と衝撃波を反射的に両腕で防いだが、それでも視界左上のHPゲージががりがりと減少し、体のあちこちから嫌な金属音が響いた。

 

 

全神経がスパークするような激痛と熱感の波が押し寄せてきて、大の字に倒れたままハルユキは息を詰まらせた。

 

 

何気に初ダメージを受けたハルユキだったが、スマッシュとの戦いでも受けた事のない激痛に、悲鳴を上げることすら出来ず、がくがくと体を痙攣させながら痛みが引くのを待つ間にも、頭の中には疑問符の大嵐が渦巻いていた。

 

 

いったいなぜ――もう黄のレギオンの遠隔型は残らず撤退したはずだ。

 

 

それとも連中が戻ってきて戦闘に介入したのか?

 

 

だとしてもこの威力はなんだ。

 

 

銃なんてものじゃない。

 

 

戦車の――いや、戦艦の主砲とでも言うべき圧倒的なパワーだ。

 

 

ようやく感覚の戻った右腕を突っ張り、よろよろと状態を起こしたハルユキの目の前に。

 

 

がしゃっ、と硬質の音を立てて何かが落下してきた。

 

 

深くひび割れ、欠損した黒い装甲。

 

 

透き通る艶は失せ、無残に焼け焦げている。

 

 

四本の剣のうち左腕と左脚の2本は半ばから砕け、鏡面ゴーグルにも蜘蛛の巣状にクラックが走っている。

 

 

「く......」

 

 

ハルユキは掠れ声で喘ぎ、激痛も忘れて飛びついた。

 

 

「黒雪姫先輩!!」

 

 

夢中で抱え上げると、全身の各所から黒い破片が零れ落ちた。

 

 

ぐたりと力の抜けたアバターはぎょっとするほど軽く、破損箇所を這い回る青紫の火花がまるで飛び散る血液のように見えた。

 

 

正面で、もう一度重い金属音がした。

 

 

反射的に顔を上げると、少し離れた場所に片膝を突いてうずくまるクロム・ディザスターの姿があった。

 

 

損壊はこちらも激しい。

 

 

黒銀の鎧は煤に塗れ、数箇所で大きく陥没している。

 

 

フード状のヘルメット内部は再び不定形の闇に沈み、どこに飛んでいったのか大剣は見当たらない。

 

 

破壊はフィールドの地形までも変えていた。

 

 

これまで戦場となっていた南池袋クレーターの北縁には、小型のクレーターが新しく刻み込まれ、各所でちらちらと燃える炎から濃い煙が上がっている。

 

 

砲撃の威力の何割かはそのまま北へと抜けたらしく、建築物が根こそぎ薙ぎ倒され、グリーン大通りへと抜ける新たな道が出来てしまったかのようだ。

 

 

そして最後にハルユキは、恐る恐る首を南に回した。

 

 

己の眼が捉えた光景を、ハルユキはすでに半ば予期したいた。

 

 

しかし信じたくは無かった。

 

 

「なんでだ...なんでなんだよ......、ニコ」

 

 

かつてハルユキとの対戦で見せた要塞型アバター、赤の王スカーレット・レインの右腕の主砲が持ち上げられ、まっすぐ新クレーターの中央をポイントしていた。

 

 

大口径の砲身から立ち上る余熱が、陽炎となってその周囲を照らした。

 

 

あの砲身から発射された攻撃――おそらくは最大級の必殺技が、黒雪姫とクロム・ディザスターを丸ごと呑み込み、巨大な破壊をもたらしたのはもう疑いようがなかった。

 

 

ハルユキは歯を食い縛り、装甲版の隙間から覗くニコの両腕を見詰めた。

 

 

しかしその赤いレンズは、ハルユキも、腕の中のブラック・ロータスも一顧だにしようとしなかった。

 

 

「......なんでだ!!」

 

 

ハルユキの絶叫にも、赤の王はただ無言を続けた。

 

 

代わりに背中と底面のスラスターが輝き、《不 動 要 塞(イモービル・フォートレス)》はその巨体をゆっくりと前進させはじめた。

 

 

いざ動き出すと意外に速く、クレーターの半径をたちまち詰めてくる。

 

 

「ルゥ...ゥ...」

 

 

低く唸ったのは、傷ついた獣のように丸くなっていたクロム・ディザスターだった。

 

 

赤の王の接近を感知するや、四つん這いでよろよろと北へ退避していく。

 

 

鎧の各所の傷を、赤黒い《自動修復》の光が包んでいるのが見えた。

 

 

しかし損傷はあまりに深く、簡単には治癒できないようだ。

 

 

逃げ出した手負いの騎士を追う様に、真紅の要塞がクレーターの縁から姿を現した。

 

 

その威容を、ハルユキはただ見上げた。

 

 

「なんで...」

 

 

もう一度だけ、喉から声が漏れた。

 

 

途端、ぴたりと要塞の前進が止まった。

 

 

すぐ目の前に屹立するアバターを振り仰ぎ、ハルユキは大きく息を吸い込み、叫んだ。

 

 

「ニコ!...いや、スカーレット・レイン!!忘れたわけじゃないだろう...、君に倒されたら、先輩は...ブラック・ロータスは、ポイントを全損してしまうんだぞ!!」

 

 

腕の中の黒雪姫は、いまだ失神したままだ。

 

 

損傷の度合いから見ても、そのHPゲージが残り少ないことは明らかだ。

 

 

ハルユキの糾弾に、赤の王、短く無感動なひと言で答えた。

 

 

それがどうした(・・・・・・・・・)

 

 

絶句するハルユキに、幼く、しかし冷ややかな声が続けて浴びせられた。

 

 

「バーストリンカーにとって、自分以外のあらゆるバーストリンカーは敵だ。敵に倒されりゃポイントは減る。ゼロになりゃ永久退場させられる。そんだけの話だろ」

 

 

「でも...君と、僕達は...」

 

 

「仲間だ、か?」

 

 

がすっ、と重い音を立てて、スカーレット・レインの主砲が焼け焦げた地面に叩きつけられた。

 

 

刃のような鋭さをまとった声が、最後の残照に染まる空気を切り裂いた。

 

 

「お前らの甘ったるさには反吐が出んだよ!いいか、最後に1つだけ教えてやる。加速世界にはな...信じるべき何ものも存在しやしねぇ!!仲間、友達、軍団...そして《親子》の絆すら、幻想でしかねぇんだよ!!」

 

 

灼熱の火焔にも似た叫びが放たれたと同時に、赤の王の武装コンテナ全てが、ばらっと解けた。

 

 

空気に溶けるように消えていく強化外装群の中央から、小柄なアバターが出現し、地面に飛び降りた。

 

 

真紅のアバターは背筋を伸ばすと、わずかに顔をハルユキに向けた。

 

 

つぶらな両眼のレンズの奥で、高熱の炎が渦巻いているように見えた。

 

 

「......あいつを処分した後、てめぇらもまとめて片付けてやる。それが嫌なら今すぐ逃げな。次に会う時は...敵同士だ」

 

 

寒々しい声音でそう告げると、赤の王は視線を戻した。

 

 

右手で腰の大型拳銃を抜き、じゃかっと銃身をスライドさせながら歩き出す。

 

 

向かう先では、クロム・ディザスターが、全身の損傷から血の色の光を零しながら尚も北に向けて這いずっている。

 

 

黒雪姫よりも爆発の中心近くにいたはずなのに、あれだけ動けるとはやはり驚異的な耐久力だ。

 

 

しかし、今はニコの歩みの半分程度の速度しか出せず、もう離脱は不可能だろう。

 

 

傷ついた黒雪姫を両腕に抱えたまま、ハルユキは徐々に距離を狭めていく2つのアバターの影を、滲む視界に捉えつづけた。

 

 

理性的に判断すれば、ニコが先の宣言を実行する可能性を考えて、今すぐに池袋駅かサンシャインシティの離脱ポイントを目指して逃走するべきなのかもしれなかった。

 

 

しかしハルユキは動けなかった。

 

 

いや、動きたくなかった。

 

 

ここで逃げたら、間違ったものが事実として確定してしまう。

 

 

そんな気がした。

 

 

1ブロックぶんの建物を巨大なビームが薙ぎ倒してできた道の出口付近で、ついにニコがクロム・ディザスターに追いつき、無造作に右足を振り上げた。

 

 

がしゃっという粗雑な金属音とともに騎士アバターが蹴り倒され、その首筋をニコの左足が踏みつけた。

 

 

それは、言いようのないほど悲しい光景だと、ハルユキには感じられた。

 

 

確かに、あの魔性の鎧は消去されるべきだ。

 

 

そして、超絶的反応速度を持つあれに必殺技を命中させるには、黒雪姫と組み打つ寸前の隙を狙うしかなかったのも事実かもしれない。

 

 

しかし――ならば、あの夜はなんだったのだ。

 

 

ハルユキの家のリビングで、互いに求め合うかのようにしっかりと抱き合って眠っていたニコと黒雪姫。

 

 

《王》としていつかは戦わねばならないという宿命をも超える、より大きな《絆》を感じさせた2人の少女たち。

 

 

ハルユキには泣きたいほど貴く思えたあの光景は、ただの1夜の幻だったのか。

 

 

無意味な偶然でしかなかったというのか。

 

 

スカーレット・レインが、右手の拳銃をクロム・ディザスターの後頭部に押し付けた。

 

 

なぜかその先を見るに忍びず、ハルユキは顔を伏せた。

 

 

――銃声は、しかし、いつまで待っても聞こえなかった。

 

 

代わりに、耳元で、弱々しい声が発せられた。

 

 

「...まっ、たく......これだから、子供は......嫌いなんだ......」

 

 

傷つき、苦痛に揺れる黒雪姫の声。

 

 

しかしそこに、怒りの響きは一切なかった。

 

 

ハルユキははっと顔を上げ、間近にある漆黒のゴーグルを見詰めた。

 

 

その奥で、ごく仄かにヴァイオレットの光が瞬いていた。

 

 

こみ上げてくるものを押し殺し、ハルユキは黒雪姫にささやきかけた。

 

 

「せ...先輩......」

 

 

ぎゃりいいん、という金属音が聞こえたのはその時だった。

 

 

視界を動かしたハルユキの視線に映ったのは、上体を反転させ、いっぱいに左手を振りぬいたクロム・ディザスターと。

 

 

右腕から装甲の破片を散らす、スカーレット・レインと。

 

 

高く宙を舞う、真紅の拳銃だった。

 

 

「な......、なんで、撃たなかったんだ!!」

 

 

ハルユキは思わず叫んだ。

 

 

レギオンマスターによるメンバーの即時処刑、《断罪の一撃》をクロム・ディザスターに叩き込む余裕は充分にあったはずだ。

 

 

それを実行するためだけにニコは黒雪姫を必殺技の巻き添えにし、あのような冷酷な捨て台詞すら吐いたのではないか。

 

 

いったい何を今更躊躇う必要があるのか。

 

 

渦巻く疑問に答えたのは、腕の中の黒雪姫だった。

 

 

「...あの、小娘はな......拗ねてるだけ、だよ。辛くて...寂しくて、駄々をこねてるのさ......」

 

 

「え......、え!?」

 

 

驚愕し、腕の中と瓦礫の向こうを往復するハルユキの視線の先で、稲妻のように閃いたクロム・ディザスターの右手が、ニコの喉首を捕らえた。

 

 

もうかなりパワーを回復したらしい腕が、小さなアバターをゆっくり吊るし上げていく。

 

 

ニコは右手で鎧の腕を掴んだが、それ以上抗うでもなく、ただぐったりとぶら下がっている。

 

 

まるで、何もかもを諦め、投げ出してしまったかのように。

 

 

「あの小娘こそ......誰よりも、信じ、求めているんだ。バーストリンカーの、最後の絆を、な......」

 

 

黒雪姫が、静かな声で呟いた。

 

 

ハルユキは、呆然と眼を見開きながら訊き返した。

 

 

「絆...?」

 

 

「そう...さ。私には解る。あの2人は...《親子》だ。赤の王は...ディザスターの...いや、チェリー・ルークの、《子》なんだよ」

 

 

親と子――!?

 

 

あの2人が!?

 

 

これまで、まるで考えもしなかったことだ。

 

 

しかし、そう言われれば1つだけ納得出来ることがある。

 

 

ニコは、現実世界におけるチェリー・ルークの位置を詳細に追跡していた。

 

 

ハルユキはそれをレギオンマスターの特権なのかと推測していたのだが、そうではなかったのだ。

 

 

ニコは単純に、チェリー・ルークの《リアル》を知っていた。

 

 

己にブレイン・バーストを分け与えた、ただ1人の《親》として。

 

 

更なる驚きに打たれ、絶句するハルユキの眼を、黒雪姫の穏やかな色の瞳が見詰め返した。

 

 

ぼろぼろの右手が持ち上がり、ハルユキの肩をぽん、と叩いた。

 

 

「ほら、何をしている。私は...大丈夫だ。助けに、行ってやれ......ニコを......我々の、仲間を」

 

 

瞬間。

 

 

ハルユキの両眼から、抑えようもなく涙が溢れた。

 

 

理由は解らなかった。

 

 

しかし、何か巨大で熱いものが胸の奥に生まれ、こみ上げてくるのを感じた。

 

 

「......はい!」

 

 

大きく頷き。

 

 

その場に黒雪姫の体をそっと横たえ、ハルユキは立ち上がった。

 

 

じゃっ、と鋭い音を立て、背中の翼がいっぱいに展開する。

 

 

彼方では、右手で吊るし上げたニコの肩口めがけて、クロム・ディザスターのあぎとが近づきつつあった。

 

 

「......おおお!」

 

 

一声咆えて、猛然と地面を蹴った。

 

 

数歩の助走に続き、両翼の金属フィンを思い切り振動させる。

 

 

足が地面から離れ、ハルユキは地表すれすれの高さを白銀の光線となって突進した。

 

 

瓦礫の道の彼方で、今まさにニコを――自分の《子》リンカーの体を食らおうとしている狂気の鎧が、みるみる近づく。

 

 

右拳を強く握り締め、体の脇で構え――

 

 

「やめろぉぉぉぉ!」

 

 

叫びながら、ハルユキは眩い光に包まれた拳を、漆黒のおぎとの中央に叩き込んだ。

 

 

ずばっという音とともに、銀色の輝きがわだかまる闇を切り裂いた。

 

 

一瞬の溜めのあと、爆発的に発生した斥力に弾かれるように、クロム・ディザスターは仰け反りながら吹き飛んだ。

 

 

瓦礫の上にバウンドし、更に10メートル以上もごろごろと転がってから、大の字に倒れる。

 

 

羽を畳んで着地し、今の《パンチ》で必殺技ゲージの半分を消費したことをちらりと確認してから、ハルユキは傍らに膝をつく真紅のアバターを見下ろした。

 

 

ディザスターに掴まれていた喉を押さえて小さく咳き込んだニコは、顔を上げると炎を宿した両眼でハルユキを睨んだ。

 

 

「て......てめぇ......なんで......」

 

 

「助けに来たに決まってるだろ」

 

 

体の底から湧き上る熱が、常ならぬ乱暴な口調を導いた。

 

 

「俺達は...仲間だからな」

 

 

一瞬息を呑み、体を強張らせたニコが、掠れ声を絞り出した。

 

 

「この、野郎...ザコのくせに、格好...つけやがって......」

 

 

「おまえこそ、王のくせにいつまでもヘタってんなよ」

 

 

ハルユキは、右足の近くに落ちていた真紅の拳銃をつま先で跳ね上げ、空中でバレルを掴んだ。

 

 

グリップをニコに差し出しながら、続けて言う。

 

 

「......彼を、チェリー・ルークを助けられるのはお前だけだ。ニコ、彼にとって、ブレイン・バーストはもう呪いでしかない。解放してやるんだ」

 

 

つぶらなレンズの奥で、赤い光が躊躇うように揺れた。

 

 

だが1秒後、伸ばされた右手が、力強く銃把(じゅうは)を持った。

 

 

「ああ...解ってる。解ってるさ」

 

 

呟き、すくっと立ち上がった赤の王は、何かを振り切るように左足で音高く地面を踏みしめ、視線を正面に向けた。

 

 

吹き飛んだクロム・ディザスターが、ちょうど上体を起こしかけていた。

 

 

ハルユキの拳を喰らった顔面を右手で覆い、せわしなく喉を鳴らしている。

 

 

もう、立ち上がる力は残っていないようだった。

 

 

全身のダメージを修復しようとしていた赤黒い光もほとんど消え失せ、代わりに傷からぽたぽた零れる闇色の粒がまるで血液のようだ。

 

 

「チェリー」

 

 

ニコが、足を踏み出しながら静かな声で呼びかけた。

 

 

「もう、終わりにしよう。辛くて、苦しいだけのゲームなんて、続ける意味ないよ」

 

 

ニコの言葉を聞き、ハルユキも覚悟を決めて隣に並び立つ。

 

 

「ニコ、今度は撃てるよな。《断罪の一撃》を」

 

 

「......くどい。撃つさ。あいつのために」

 

 

「なら...」

 

 

ハルユキはそう言って、アイテムストレージから《クローズドライバー》を選択する。

 

 

アイテムストレージから選択された《ビルドドライバー》は、ハルユキの目の前に実体化する。

 

 

ハルユキは、ビルドドライバーを腰に装着する。

 

 

「ニコがちゃんと撃てるように、クロム・ディザスターを弱らせる」

 

 

一瞬絶句してから、ニコは小刻みに首を振った。

 

 

「ひ...1人じゃ無理だ!傷ついていると言ってもまだあれだけ動けるんだ。掴まれたら逆に喰われるぞ」

 

 

「......」

 

 

ハルユキはちらりと、ずっと南のクレーター外縁に横たわったままの漆黒の姿を見やった。

 

 

すぐに視線を戻し、力強く言う。

 

 

「俺は、喰われるつもりはない!」

 

 

ハルユキはさらに、アイテムストレージからクローズドラゴンを選択する。

 

 

クローズドラゴンは実体化するなり、ハルユキの周りを旋回する。

 

 

「ギャオー!!」

 

 

旋回していたクローズドラゴンがハルユキの手に収まり、クローズドラゴンにずっと握っていたドラゴンフルボトルを装填し尻尾側のボタンを押す。

 

 

『ウェイクアップ!!』

 

 

ハルユキはクローズドラゴンを、ドライバーに装填する。

 

 

『クローズドラゴン!!』

 

 

「はあああああ!!」

 

 

ハルユキばドライバーのレバーを回すと、スナップライドビルダーが展開された後、ドラゴンハーフボディが前後に生成される。

 

 

「な...なんだよこれ」

 

 

突然の出来事に、ニコは驚愕する。

 

 

『Are you ready?』

 

 

「変身!!」

 

 

ハルユキの掛け声の後、前後に生成されたドラゴンハーフボディが結合される。

 

 

『Wake up Burning!Get CROSS-Z DRAGON! Yeah!』

 

 

その後、追加ボディアーマー《ドラゴライブレイザー・フレイムエヴォリューガー》が上半身と頭部を覆うことで、ハルユキはシルバー・クロウから仮面ライダークローズへと変身する。

 

 

「な...、な...」

 

 

あまりの驚愕に、ニコは言葉を失った。

 

 

「今の俺は!負ける気がしない!」

 

 

ハルユキはそう叫ぶと同時に、クロム・ディザスターに立ち向かう。

 

 

「グルゥアアアアアア!!」

 

 

クローズに変身したハルユキに脅威を感じたのか、クロム・ディザスターもハルユキに襲い掛かる。

 

 

剣がなくなったことで、鋭い五指を使いハルユキを捕まえようとする。

 

 

もの凄いでクローズに接近し、五指を揃えてクローズの胸を貫こうとする。

 

 

「危ない!逃げろ!」

 

 

貫かれると思ったニコは、思わず叫ぶ。

 

 

だが、ハルユキは微動だにしなかった。

 

 

クロム・ディザスターの五指がハルユキを貫くと思った瞬間、クローズは動いた。

 

 

左に少し飛ぶ事で攻撃を避け、着地すると同時に左足を思い切り踏みしめ、がら空きになった腹部にミドルキックを放つ。

 

 

「グルゥアアアア!」

 

 

蹴りを喰らい、クロム・ディザスターは先程よりも吹き飛んだ。

 

 

吹き飛んだクロム・ディザスターを、クローズは追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

その様子をずっと見ていたニコは、信じられない様子で2人を見ていた。

 

 

「驚いているみたいだな」

 

 

その時、負傷して気絶していた黒雪姫が、目を覚ましニコに近づいた。

 

 

「何なんだよ、あれ...」

 

 

「あれこそが、ハルユキ君の強さの秘密だ」

 

 

黒雪姫はハルユキの戦いを見ながら、尚も話し続ける。

 

 

「彼こそが杉並を守る戦士の1人、《仮面ライダー》だ」

 

 

「仮面ライダー...あの都市伝説の...」

 

 

衝撃の真実に、ニコは我が目を疑った。

 

 

「彼は加速世界で戦うのと同時に、現実世界でも戦っていたのだ」

 

 

ボロボロになって動けないニコは、黙って黒雪姫の言葉を聞いていた。

 

 

「彼の力の源は、誰かを思う気持ち。今、彼は君を思って戦っているんだ。見せて貰おうじゃないか...誰かを思いながら戦う彼の戦いを...」

 

 

 

 

 

クローズは吹き飛んだクロム・ディザスターに追い付くと、ちょうど起き上がろうとしていた所だった。

 

 

すると、またしてもクロム・ディザスターはクローズに対して手をかざした。

 

 

警戒するクローズだったが、謎の引き寄せられる力が襲った。

 

 

「うわっ!」

 

 

謎の吸引力に襲われるが、クローズは足を踏ん張ることで何とか耐えていた。

 

 

チチッ、チチッ。

 

 

その時、何かが擦れるような音が聞こえた。

 

 

「なっ!」

 

 

クローズは見開いた両眼で、それを視認した。

 

 

クロム・ディザスターの手から、クローズの胸にかけてごくごく細い黄色のラインが、一瞬きらめくのを。

 

 

それは、ビームではない。

 

 

《混沌》ステージの雷雲による閃光により、反射したワイヤーだった。

 

 

ハルユキの脳裏に、先の激戦でクロム・ディザスターが見せた奇妙なグリップ技がフラッシュバックした。

 

 

黄のレギオンの遠距離アバターや、黄系アバターが、鎧の広げられた掌に有無を言わさず吸い寄せられたあの技。

 

 

両の掌から発射される、アンカーつきの極細のワイヤーを対象物に打ち込み吸い寄せる。

 

 

あるいは固定物に打ち込み自分をそれに引き付ける。

 

 

ニコが言っていた長距離ジャンプと空中での軌道制御も、同じ原理だろう。

 

 

だったら、それを利用するまでだ!

 

 

「はあああああ!!」

 

 

クローズは踏ん張りながらも、ビルドドライバーのレバーを再度回す。

 

 

『Ready go!』

 

 

背後に、クローズドラゴン・ブレイズが出現する。

 

 

『ドラゴニック・フィニッシュ!』

 

 

ドラゴンが放つ炎を纏い、大きく飛び上がる。

 

 

飛び上がるのと同時に、ワイヤーの吸引力によってクロム・ディザスターに引き寄せられる。

 

 

クローズはワイヤーの引き寄せる力を利用し、クローズの必殺技に勢いを付けた。

 

 

「うおおおおお!!」

 

 

叫ぶと同時に、鎧の喉首にドラゴンの炎を纏ったボレーキックを叩き込んだ。

 

 

鈍い金属音と共にヘルメットの下半分が吹き飛び、闇色の牙も形を崩す。

 

 

その体制のまま、クローズはボレーキックを蹴り切れないでいた。

 

 

なぜなら。

 

 

ディザスターのヘルメット内部の闇が完全に飛び散り、その奥から何かが現れたからだ。

 

 

それは、明るいピンクの色彩を持つ、シンプルなデザインのマスクだった。

 

 

横長の楕円形の眼がおぼろに瞬き、口元から小さな声が漏れた。

 

 

あどけなさの残る、男の子の声だった。

 

 

「......ぼくは...強く...なりたいんだ。それだけなんだ...」

 

 

ハルユキは眼を見開いた。

 

 

まるで覗き込むように視線を合わせ、桃色のアバターは更に呟いた。

 

 

「君なら...解ってくれるよね?君も、力が......欲しいんだろう......?」

 

 

その言葉を利いた途端――。

 

 

自分の体の奥深くから、猛烈な熱量を持った感情が噴き上げて来るのをハルユキは感じた。

 

 

それは怒りだった。

 

 

圧倒的な憤激だった。

 

 

「強くなりたい......だって?」

 

 

鎧の首元に突き刺さる右足に全神経を集中させたまま、ハルユキは言った。

 

 

声はたちまち、迸るような叫びへと変わった。

 

 

「だから全部許されるって言うのか!?その鎧を着て、大勢のアバターを襲って、自分の子であるニコまで喰おうとしたことが正当化されるって言うのか!!」

 

 

強さとは断じて相対的なものではない。

 

 

対戦に勝つとか負けるとか、誰より上だとか下だとか、そんな皮相な基準など無価値だ。

 

 

自分だ。

 

 

唯一絶対の基準は自分の中だけにある。

 

 

「そんなものは強さじゃない!」

 

 

ハルユキはありったけの声を振り絞り、叫んだ。

 

 

「強さというのは、生半可な気持ちで手に入れるものじゃない!大いなる力には、大いなる責任が伴うんだ!お前になかっただけだろ!?責任を背負う心の強さが!」

 

 

ヘルメットに収まるアバターは、もう何も言わなかった。

 

 

クローズは必殺技のボレーキックをそのまま蹴り抜き、クロム・ディザスターは巨大な爆発を引き起こした。




はい!如何だったでしょうか!



そして!言い忘れておりましたが、前回で投稿してから1年が経ちました!



思った感想は、1年で2章なら今出てる最新刊まで何年かかるのでしょうか?



まぁ...深く考えないように、しようと思います。



最近、暑くなっていますので、暑さ対策は気をつけてください。



私はハピネスチャージを投稿した後、しばらく体調不良になり地獄を見ました。



皆さんも気をつけてください。



それでは次回、アクセル・ビルド 2章第8話、又は激獣拳を極めし者第23話でお会いしましょう。



それじゃあ、またな!


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第8話

これまでのアクセル・ビルドは。


千百合「現実では仮面ライダークローズとして戦い、仮想世界ではシルバー・クロウとして戦う有田春雪は、クローズとなってクロム・ディザスターと戦い無事撃破することに成功したのでありました」


美空「にしても、話には聞いていたけどクロム・ディザスターがここまで凶暴だとはね」


千百合「うん、私もあんなのとは戦いたくないわね。あれ?そういえば兎美はどうしたの?」


美空「ああ、兎美だったら...」


兎美「う...ぐはっ」


千百合「ああ...まだ毒で苦しんでたんだ」


美空「その辺も、今回でどうなるか分かるでしょ」


千百合「さて、どうなる第8話」


兎美「てか...早く...私を助けなさいよ...」


クローズの必殺技が繰り出され、爆発が起きた後。

 

 

先程までクロム・ディザスター居た場所に、横たわる小型のアバターが見えた。

 

 

チェリーピンクの装甲は完全に焼け焦げ、左手と右足が欠損している。

 

 

どこかユーモラスな印象のある楕円形のアイレンズに、ごくかすかな光が不規則に灯っては消える。

 

 

あまりにも無力で、痛々しい姿だった。

 

 

あのアバターが、凶悪な鎧をまとって無慈悲な殺戮を繰り返したとはとても信じられなかった。

 

 

その時、後ろから小さな足音が近づいてくるのに気付いた。

 

 

「...やったな、シルバー・クロウ。あとは...任せな」

 

 

小型のアバターに近づいていく赤の王の細い背中を、クローズは黙って見詰め続けた。

 

 

付いていこうかと考えたが、すぐに思い直す。

 

 

あの2人の最後の会話は、何ぴとも盗み聴いてはいけないものだという気がした。

 

 

同じ赤系で、サイズも殆ど変わらない2つのデュエルアバターは、片や横たわり、片や立ったまま、しばし言葉を交わしているようだった。

 

 

やがて真紅の少女型アバターが、薄桃色の少年型アバターの傍らに跪き、左腕でぼろぼろのボディを抱え起こしてぎゅっと強く抱いた。

 

 

右手の拳銃がそっと持ち上げられ、少年の胸に銃口が押し当てられた。

 

 

《断罪の一撃》は、その名前に比して音も、光もささやかだった。

 

 

しかし仮想の銃弾がアバターを貫いた瞬間、これまでクローズが見たことのない現象が発生した。

 

 

少年のアバターが、無数のリボンのようにばらりと分解したのだ。

 

 

それは全て、発光する微細なコードの連なりだった。

 

 

《チェリー・ルーク》という名で呼ばれたデュエルアバターを構成する全情報が、解け、分かたれて、加速世界の空に溶けていく。

 

 

およそ10秒後、ニコの腕の中には、もう何も存在しなかった。

 

 

真紅のアバターは、がしゃりとその場に座り込み、宵闇にほぼ完全に覆われた空を振り仰いだ。

 

 

その時ニコに向って、クローズは歩き始めた。

 

 

ニコの右後ろに辿り着き立ち止まったが、混ざり合う様々な感情が胸を塞いで、言葉が出てくるのを妨げた。

 

 

やがて、ぽつりとニコが呟いた。

 

 

「......あたしとチェリーは、親を知らねぇんだ」

 

 

「......?」

 

 

咄嗟には意味を理解出来なかった。

 

 

息遣いで問いかけると、言葉が静かに繋げられた。

 

 

「親っつっても、ブレイン・バーストのコピー元のことじゃねぇよ。現実世界の...本物の親さ。前に、あたしの学校が全寮制だっつったろ。正確には《遺棄児童総合保護育成学校》だ」

 

 

ぺたりと座り込んだままのニコが淡々と発する言葉を、クローズは無言で聞くことしか出来なかった。

 

 

新生児の無条件引取り制度が、病院などで開始されたのは今世紀の初頭あたりのことだ。

 

 

加速する少子高齢化への対策への一環として、その制度は2030年ごろには法制化され、各地に保護施設を兼ねた学校が作られた。

 

 

たしか、赤のレギオンが支配する練馬区にも1校存在したはずだ。

 

 

「あたしは...この性格だからよ。学校でも周りと馴染めねぇで...いつも独りでVRゲームばっかやってたんだ。でも、3年前...ふたつ上の男子がいきなり話しかけてきてさ、もっと楽しいゲームがあるからやらないか、って」

 

 

はは、と小さく笑いを漏らし、ニコは続けた。

 

 

「そんな誘い方で、あたしもよく直結なんかさせたよな。でもさ......、あいつ、顔真っ赤にして、笑っちゃうほど一生懸命でさ。そういうとこは、あたしがバーストリンカーになってからも変わらなかった。すげぇ真剣にあれこれ教えてくれて、ヤバイ時は盾になって守ってくれたりもした。でも...そのうち、あたしのレベルが追いついて...追い抜いて...気付けばレベル9なんかになっちまってよ。レギオンマスター押し付けられてからはあたしも必死で......あいつが何考えてるとか、悩んでるとか、まるで気にもしなかった。リアルで...学校で会う時、様子がおかしいのにすら、あたしは気付かなかった......」

 

 

ニコの右手が、じゃり、と地面を掻いた。

 

 

俯き、肩を震わせて、年若い王は細い声を絞り出した。

 

 

「......あいつは、ずっとあたしの《親》でいたかったんだ。あたしに《子》でいて欲しかったんだ。だから力を求めた。《災禍の鎧》の誘惑に負けた。あたしが...あたしが、たったひと言でも、ちゃんと言ってやりさえすれば......レベルなんか関係ない、あんたはあたしのたった1人の《親》で...それは、永遠に、変わらない......って......」

 

 

そのまま背中を丸め、小さくうずくまって、うっ、うっ、と嗚咽を漏らすニコに――。

 

 

クローズは、かけるべき言葉をしばし見つけられなかった。

 

 

バーストリンカーの《親子》関係。

 

 

その重さは、同じものによって黒雪姫と繋がるクローズも理解しているつもりだった。

 

 

しかし、ニコとチェリー・ルーク、本当の親を知らない2人にとっては、まさしく唯一手にできた確かな絆だったのだ。

 

 

それを今、ニコは自らの手で断ち切った。

 

 

そうせざる得なかった。

 

 

こみ上げてくるのを懸命に呑み下し、クローズは膝を突くと、ニコの肩にそっと手を置いた。

 

 

「ニコ、確かに...ブレイン・バーストは、ただのゲームじゃない。でも...僕らの現実の全てでもない」

 

 

考えに考え、そう語りかけると、悲痛な嗚咽がわずかに音を低めた。

 

 

「僕は、現実の黒雪姫先輩を知ってるんだ。顔を、名前を、声を知っているんだ。その絆は、何があろうと消えたりしない。だってデータじゃないんだ。僕の心の中に刻まれてるんだ。だから君も、現実世界で、もう一度彼と仲良くなればいい。できるはずだよ...加速世界では別のレギオンの君と僕らだって、現実世界では、ちゃんと友達になれたんだから」

 

 

低くむせび泣く声は尚もしばらく続いたが、やがて宵闇を吹き抜ける微風に溶けるように消えていった。

 

 

最後に一際激しく背中を震わせ、右腕でアバターの眼を拭ったニコは、そのまま肩に掛かるクローズの手をぱしっと振り払った。

 

 

「友達......だとぉ?」

 

 

その声は掠れ、震えていたが、あのふてぶてしい響きをほんの少しだけ取り戻していた。

 

 

ぐいっと立ち上がり、赤いレンズでクローズを見下ろして、幼い王は言い放った。

 

 

「百年はえーよ!てめーは精々あたしの手下になれたかどうかっつうとこだかんな!調子乗んなよ!!」

 

 

「え...ええ!」

 

 

そりゃないよ、と続けようとしたクローズの言葉を、背後で冷たく響いた声が遮った。

 

 

「おい、誰が誰の手下だと?」

 

 

ひぃっ!と振り向いたクローズの眼に、全身ぼろぼろではあるが、しっかりと立つ漆黒のアバター ――ブラック・ロータスの姿が飛び込んだ。

 

 

そして、その左腕を支える青藍のアバター、シアン・パイルも。

 

 

「せ...先輩!タク!!」

 

 

叫び、クローズは飛び上がるように2人に駆け寄った。

 

 

「大丈夫ですか先輩...それにタク、どうして...」

 

 

言いかけてから、やっと思い出す。

 

 

黄のレギオンとの戦闘に入る直前、タクム自身が言っていた。

 

 

この無制限フィールドで死んだバーストリンカーは、1時間の待機ペナルティののちに同じ場所で蘇生する――つまり、いつの間にかもうそれだけの時間が経っていたのだ。

 

 

「タク......ったく、あんな無茶しやがって...」

 

 

ぼやくと、タクムも片手を広げて言い返してきた。

 

 

「そういうハルこそ、クロム・ディザスター相手にその力を使ってサシで戦うなんて...無茶しすぎだよ」

 

 

「無茶は師匠譲りだよ」

 

 

その師匠はと言えば、シアン・パイルの手から離れると、片脚でぶいんとホバー移動してニコのすぐ目の前に立ちはだかった。

 

 

右手の剣先をひょいひょいと振り、黒雪姫はどこか(かさ)にかかった声を出した。

 

 

「さてと、スカーレット・レイン。何か私に言うべき言葉があるんじゃないか?」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

しばしぷるぷる右拳を震わせていた赤の王は、やがてぷいっと顔を背け。

 

 

「ワリ」

 

 

「おい、それだけか!......まったく、これだから子供は......」

 

 

「て、てめーこそ、あたしらが苦労してバトってるあいだ、無様(ぶざま)に寝っ転がってたじゃねーかよ!」

 

 

「......なんだと?そもそも戦っていたのはハルユキ君であって、お前じゃないだろう!」

 

 

「なんだ、やっか?」

 

 

顔を突き合わせ、赤と青紫の火花を散らす2人の王を、クローズとタクムはまあまあまあと必死に押し分けた。

 

 

――と。

 

 

不意に一際強い風がサンシャインシティの巨塔を吹き降ろしてきて、クローズは思わず眼を瞑った。

 

 

「お」とニコが呟く声がした。

 

 

続けて黒雪姫が。

 

 

「ほら、ハルユキ君、見たまえ。《変遷(へんせん)》だ」

 

 

「へ...へんせん?」

 

 

訊き返しながら顔を上げたクローズが見たのは――。

 

 

世界がその様相を急速に変えていく、とてつもない光景だった。

 

 

青黒い鋼と荒涼たる地面だけが広がっていた魔都が、東の方向から、オーロラのような光のヴェールに覆われていく。

 

 

その幕に撫でられた、寒々しい鋼材剥き出しの街並みが、太い幹を持つ大樹の連なりへと姿を変えた。

 

 

樹にはウロを利用した出入り口や、幹を取り巻く階段が設けられ、太い枝から枝へと吊り橋が渡されている。

 

 

まるで、ファンタジー映画に出てくる妖精(エルフ)の国だ。

 

 

幾重にも茂る葉は、夜闇の中で薄青い燐光に包まれ、森の底を照らし出す。

 

 

呆然と立ち尽くすクローズの目の前に虹色のオーロラが迫り、ごうっと音を立てて全てを包み、背後へと抜けていった。

 

 

「あ...さ、サンシャインが......」

 

 

一瞬前までは魔王の住まう巨塔があった場所に、天を衝くが如き巨大な樹が聳え立っているのを見て、クローズは息を呑んだ。

 

 

全緑色に苔むした幹が、ごつごつと節くれだちながら垂直に飛び上がり、遥か上空の雲へと梢を溶かしている。

 

 

幹のそこかしこには小型の森のようなテラスが張り出し、青い光の粒が地上へと零れる。

 

 

まさしく世界樹というべき威容だ。

 

 

しかし、いったいなぜフィールドにこんな変化が。

 

 

問いかけるように視線を向けると、黒雪姫は傷ついたアバターに微笑みの色を漂わせ、答えた。

 

 

「ほら、最初にこのフィールドにダイブした時、私が属性は《混沌》だと言ったろう」

 

 

「え...ええ、そう言えば...」

 

 

「あれはつまり、この世界の属性は一定時間で移り変わるという意味だ。しかし大抵は殺伐とした眺めばっかりだからな。キミは運がいいぞ、こんなに美しい姿を見せてくれることはそうそうない」

 

 

「ええ...、ええ」

 

 

クローズは、匂いまでも甘く変わった空気を胸いっぱい吸い込み、何度も頷いた。

 

 

辛く、苦しい戦闘の連続だったけれど、でもこの場所に来られて良かった、と初めて感じた。

 

 

――僕はまだ、ここで戦うには力不足だ。けれど、いつかはこの世界の空を自由に飛べるくらい強くなってみせる。

 

 

いつか、きっと。

 

 

「...もう一回抱えて飛んでくれよ、と言いたいとこだけどな。《変遷》が起きるとエネミーもごっそり再湧出(リポップ)すっからな、今うろつくと危ねぇ、ここは、大人しく帰ろうぜ」

 

 

ニコの声に、黒雪姫も頷いた。

 

 

「そうしよう。...おっと、その前に。大事な事を忘れる所だった」

 

 

ぐるりと一同を見渡し、厳しさを増した声で続ける。

 

 

「...全員、ステータス画面を開き、アイテムストレージを確認しろ。そしてそこに《災禍の鎧》があったならば...絶対に消し去れ。2度と、同じことが起きないように」

 

 

はっ、とハルユキは眼を見開いた。

 

 

そうだ、それだけは確認せねばならない。

 

 

2年半前、先代のクロム・ディザスターが純色の七王の手によって討伐された時、王達もまったく同じ事をしたはずだ。

 

 

そして全員が、鎧は移動していない、申告した。

 

 

しかしそれは虚偽だった。

 

 

証拠はないが、鎧は黄の王イエロー・レディオのストレージにドロップしていたのだ。

 

 

黄の王はそれを隠匿し、最近になって赤のレギオン所属のチェリー・ルークに接続して、鎧を与えた。

 

 

鎧の魔性によって不可侵条約を破らせ、その罪をニコの首で購わせるために。

 

 

黒雪姫の言う通り、同じ悲劇を二度と起こしてはならない。

 

 

クローズは右手を伸ばして自分のHPゲージをタッチし、聞いたステータス画面からアイテムストレージへと移動した。

 

 

窓には――現在使用している『ビルドドライバー』と『クローズドラゴン』の2つしか無かった。

 

 

どれほど食い入るように見ても、他に文字列はひとつも存在しない。

 

 

「......ありません」

 

 

顔を上げ、ハルユキがそう答えたのに続き、ニコが「あたしも」タクムが「僕もです」と首を振った。

 

 

最後に黒雪姫が「私もない」と呟き、4人は一瞬沈黙した。

 

 

五代目のクロム・ディザスターであるチェリー・ルークは、ニコの《断罪の一撃》により確かにブレイン・バーストを強制アンインストールされた。

 

 

強化外装は、持ち主がポイント全損すると、一定確立で倒した者のストレージへと移動するという。

 

 

ならば今回は、ついに移動せずに完全消滅した――のだろうか。

 

 

他人のステータス画面は不可視なので、この場の誰かが黄の王のように鎧を秘匿しているという可能性はある。

 

 

しかし。

 

 

「消えたんです、今度こそ」

 

 

クローズは、はっきりした声でそう告げた。

 

 

すぐにニコも肯定した。

 

 

「ああ、レディオの野郎じゃあるまいし、あいつと...ディザスターと戦って、なお自分のものにしようってバカがここにいると思えねぇ。《災禍の鎧》は消えたんだ、あたしらが完全に破壊したんだ」

 

 

「ええ...あの爆発は、南池袋からも見えました。消滅したっていう証、でしょうね」

 

 

タクムも頷き、最後に黒雪姫もしっかりと宣言した。

 

 

「よし、黄の王との決着は次回以降に持ち越したが、とりあえずはこれで――ミッション・コンプリートだ。さあ、帰って祝杯を上げようじゃないか」

 

 

「おっ、じゃあシャンパン開けようぜシャンパン」

 

 

「馬鹿者、子供はジュースを飲め」

 

 

またしても言い合いををしながら、2人の王が歩き出す。

 

 

タクムとハルユキも、苦笑しながら後を追う。

 

 

世界樹の根元には大きな洞が開き、その奥に、鋼の塔だった時にも見えた青い光が灯っていた。

 

 

渦を巻いて輝く《離脱ポイント》を目指して、一行の最後尾を歩くクローズの耳に――。

 

 

ドクン!

 

 

ふと、鼓動のようなものを聞いた。

 

 

「......え?」

 

 

思わず胸に手を当てた。

 

 

だが今のは、自分の鼓動では無かった。

 

 

「どうかしたの、ハル?」

 

 

タクムの声に、慌てて向き直り、首を振る。

 

 

「いや、なんでも!...あー、なんか普通の《対戦》の10倍疲れたよ。ハラへって...もうだめ...」

 

 

「おいおい、言っとくけど、現実世界じゃほんの何秒か前にケーキ食べたばっかだよ僕たち」

 

 

「げー、忘れてた...」

 

 

親友と軽口を叩きながら、太い根に囲まれたエントランスをくぐる。

 

 

世界樹の根元は広大な半球状のドームとなっていた。

 

 

その中央に、蜃気楼のように現実世界の池袋の光景を封じ込めた青いポータルが浮かんでいる。

 

 

3人の仲間達に続いて数歩進んでから、クローズは後ろを振り返った。

 

 

......気のせい、だよな。

 

 

胸のうちで呟き、すぐにまた前を向く。

 

 

しかし、ハルユキは知る由も無かった。

 

 

まさに先ほど、クロム・ディザスターのワイヤーが触れていた場所、胸の位置で赤い光が鈍く光っている事に。

 

 

シルバー・クロウの中で、何かが生成されようとしてる事に。

 

 

ゆっくり回転するポータルに飛び込む瞬間、奇妙な声がもう一度頭の後ろ側で響いた。

 

 

それは、こんなふうに聞こえた。

 

 

 

―――喰イタイ。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキが眼を開けると、そこは自分の家のリビングだった。

 

 

「さて...色々あったが、ようやく終わったな」

 

 

眼を開け、黒雪姫は開口一番にそう呟いた。

 

 

「えぇ、最初はどうなるか解らなかったですけど」

 

 

黒雪姫の呟きに、タクムが返答する。

 

 

「先程も言ったが、まずは祝杯を上げるか」

 

 

「じゃあ、冷蔵庫に何か無いか探して...「ちょっと待て」」

 

 

黒雪姫の言葉を聞き、さっそく冷蔵庫に探しに行こうとしたハルユキだったが、ニコに止められた。

 

 

「どうした?シャンパンなら飲めないぞ」

 

 

「違ぇよ、そんなことじゃねぇ。そいつに関して聞きたい事があんだよ」

 

 

そう言ってニコは、ハルユキを指差す。

 

 

「聞きたいこと?僕に?」

 

 

「とぼけてんじゃねぇ!仮面ライダーの事だ!」

 

 

それで、ハルユキ達はニコの意図を理解した。

 

 

「説明してもらおうか、仮面ライダーの事を」

 

 

その後、ハルユキによって仮面ライダーについて説明をした。

 

 

兎美が記憶喪失な事、人体実験された事、スマッシュの事、ファウストの事。

 

 

今まであった事を全て話し終えると、ニコは腕を組んで沈黙していた。

 

 

しばらく黙っていたニコだったが、ようやく口を開いた。

 

 

「なるほどな、杉並で噂になっている怪物騒動が本当の事だったのか」

 

 

一気に教えたせいかニコ自身も、少し混乱しつつあった。

 

 

「それにしても...兎美の奴が記憶喪失ねぇ...その記憶を取り戻すためにお前らは戦っているという訳か」

 

 

「信じられない話ですけど、全て本当の話なんです」

 

 

「あれを見た後で、信じないわけねぇだろ」

 

 

信じていないと思ったタクムだったが、実際にハルユキの変身を見たニコにとって、それは杞憂だった。

 

 

「それで葛城巧未を調べるのに、兎美が調べに行っているという事か」

 

 

「ああ、そうだよ」

 

 

「何か情報を手に入れればいいのだが...」

 

 

そんな話をしている時だった。

 

 

ピピピッ!

 

 

いきなり全員の画面に、大音量のメッセージ音とメッセージアイコンが現れる。

 

 

「うおっ!」

 

 

「な、なんだいきなり!」

 

 

いきなりの出来事で、王2人は思考発声ではなく思わず声に出してしまった。

 

 

「ああ、すみません僕にメッセージが届いたみたいです」

 

 

直結したままだったせいか、ハルユキに届いたメッセージが全員の画面に現れたのだ。

 

 

「お前、なんつー音量で設定してんだよ」

 

 

あまりの音量に、ニコが突っ込みを入れる。

 

 

「いや、スマッシュの目撃情報もメッセージで来るから、わかりやすくしようと思って」

 

 

ハルユキはそう言いながら、ハルユキは届いたメッセージを開いた。

 

 

「ブラッド・スターク?」

 

 

宛名がブラッド・スタークとなっており、ハルユキは見覚えが無かった。

 

 

メッセージには、港区にある工場地帯に今すぐ来るように書いてあった。

 

 

他にも、工場の住所が記載されていた。

 

 

「何だよこれ、明らかに罠じゃねぇか」

 

 

「こんな明らかさまの物に、誰が掛かるんだ」

 

 

直結したままなので、黒雪姫達にもメッセージは見えていた。

 

 

「これは...」

 

 

ハルユキはその時、メッセージが全部表示されていない事に気付いた。

 

 

ハルユキが上にスクロールするが、中々一番下までいかなかった。

 

 

「どんだけ下まであるんだ、このメッセージは」

 

 

あまりの長さに、黒雪姫が突っ込みを入れる。

 

 

「あっ!ようやく終わるみたいですよ」

 

 

ハルユキが一番下までスクロール仕切ることに気付いたタクムは、そう呟いた。

 

 

メッセージの一番下には、1枚の画像が添付されていた。

 

 

「!」

 

 

その画像をみた瞬間、ハルユキの内側から怒りがこみ上げられるのと同時に、ケーブルの取り外しリビングから出て玄関へと向かった。

 

 

「待てハルユキ君!これは罠だ!」

 

 

「まずはこの写真が本物かどうか調べるんだ!」

 

 

黒雪姫とタクムがハルユキを止めようとするが、ハルユキは静止の言葉を聞くことなく、外へと飛び出した。

 

 

添付されていた写真には、顔のあちこちに紫色の痣が広がっている兎美が写っており、『この娘がどうなってもいいのか?』という文字が書かれていた。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

兎美とは違い移動手段のないハルユキは、タクシーを使って指定された場所に向かった。

 

 

指定された工場地帯に着くと、所々破損している箇所がある戦闘跡があった。

 

 

ハルユキは辺りを見渡し、一番酷い破損箇所を探す。

 

 

スマッシュとの戦闘だとすれば、止めを刺した際に爆発が発生している可能性があるからだ。

 

 

その予想は当たっており、一箇所だけ被害が酷い場所があった。

 

 

ハルユキはその場所に駆け出すと、地面に倒れている兎美を発見した。

 

 

「兎美!」

 

 

ハルユキは急いで駆け寄ると、兎美を抱き起こし揺さぶり起こそうとする。

 

 

「兎美!しっかりしろ!」

 

 

起こそうとするも、兎美は全然目を覚まさなかった。

 

 

画像に写っていた紫色の痣は顔だけでなく、体中にも広がっていた。

 

 

息遣いも荒く、早く助けなきゃ危険な状態だった。

 

 

だが、ハルユキには解毒等出来る筈もなかった。

 

 

病院に連れて行こうにも、移動手段として使ったタクシーは既にいなくなっており、今からタクシーを呼んでも間に合うか分からない。

 

 

どうしようか途方に暮れていたハルユキだったが、その時聞きなれた鳴き声がハルユキの耳に入った。

 

 

「ギャオ―――!!」

 

 

上空からハルユキを追ってきたのか、クローズドラゴンが飛んできているのをハルユキは視認した。

 

 

「ドラゴン!?お前なんで!?」

 

 

驚いているハルユキを他所に、クローズドラゴンは兎美に近づくと露出している首に噛み付いた。

 

 

「おい!お前何して...!?」

 

 

いきなり噛み付いたドラゴンに驚くハルユキだったが、驚きの光景を目にする。

 

 

チュー、チュー。

 

 

という音がドラゴンから聞こえており、ドラゴンは何かを吸い上げていた。

 

 

よく見ると、兎美の体中に広がっていた紫色の痣がドラゴンが噛み付いている首元に集まっていた。

 

 

痣が集まり、やがて体から消える。

 

 

ハルユキが兎美の顔を見ると、先程の荒かった息遣いも安定したものに変わっていた。

 

 

ぺっ。

 

 

ピシャ。

 

 

ドラゴンは、口から吸い出した血を吐き出す。

 

 

「お前凄いな」

 

 

吸い出すことで毒を消し去ったドラゴンに、ハルユキは驚愕する。

 

 

これであとは家に連れて帰って休ませるだけ、そう考えていたハルユキだったが。

 

 

「白馬の王子様のお出ましか」

 

 

その場に、ハルユキが知っている誰のものでもない声が響いた。

 

 

ハルユキは声のした方へ視線を向けると、そこには血のように赤いワインレッドの装甲を纏った仮面ライダーのような存在が佇んでいた。

 

 

「誰だお前は」

 

 

ハルユキは油断することなく、その謎の人物に向って叫んだ。

 

 

「私か?私はブラッド・スターク」

 

 

「ブラッド・スターク?」

 

 

自己紹介した相手の名前に疑問を持つ。

 

 

しばらく思考したハルユキだったが、先程届いたメールを思い出した。

 

 

「ッ!さっき俺にメールを送ってきた、メールの差出人!」

 

 

「正解だ!ご褒美に遊んでやるよ」

 

 

そう言うと、ブラッド・スタークは銃を取り出しハルユキ達目掛けて発砲する。

 

 

「うわっ!」

 

 

ワザとなのか、ただ外しただけなのか、銃弾はハルユキ達に当たることなく地面に着弾した。

 

 

ハルユキは咄嗟にまだ眠っている兎美を抱きかかえ、端に移動する。

 

 

移動する間も、ブラッド・スタークは攻撃する手を止める事無く狙撃を続ける。

 

 

ハルユキはブラッド・スタークの死角になっている場所まで移動すると、そこに兎美を寝かせもう一度前へ飛び出す。

 

 

「おっ?お姫様は隠し終わったのか?」

 

 

何処かふざけた口調で、ブラッド・スタークは話しかけてくる。

 

 

「うるさい!よくも兎美を......絶対に許さない!」

 

 

ブラッド・スタークに向って叫ぶと同時に、ビルドドライバーを取り出して腰に装着する。

 

 

「ギャオー!」

 

 

クローズドラゴンがハルユキの手の中に納まり、ドラゴンフルボトルを装填する。

 

 

『ウェイクアップ!!』

 

 

ドラゴンをドライバーに装填する。

 

 

『クローズドラゴン!!』

 

 

ドライバーのレバーを回すと、ドラゴンハーフボディが前後に生成される。

 

 

『Are you Ready?』

 

 

「変身!」

 

 

掛け声の後、ハーフボディが結合される。

 

 

『Wake up Burning!Get CROSS-Z DRAGON! Yeah!』

 

 

ハルユキは仮面ライダークローズへと変身する。

 

 

「今の俺は...負ける気がしねぇ!」

 

 

いつもなら負ける気がしないと言う所を、怒りからかいつもより口調が荒々しくなっている。

 

 

するとクローズの変身を確認したブラッド・スタークは、両腕から蛇の尻尾状の針《スティングヴァイパー》をクローズ目掛けて伸ばす。

 

 

その攻撃を、クローズは横に転がることで避ける。

 

 

クローズは立ち上がると、拳を握りブラッド・スターク目掛けて飛び掛る。

 

 

「はあ!」

 

 

クローズの一撃を、ブラッド・スタークは片手でガードする。

 

 

驚きながらも、クローズはさらに攻撃を仕掛ける。

 

 

右、左と立て続けに攻撃を仕掛けるも、全てがガードされてしまう。

 

 

そのまま、クローズは裏拳を繰り出すが、ブラッド・スタークは後ろに仰け反ることで回避する。

 

 

仰け反った事によって、少し隙が出来たのをクローズは見逃さなかった。

 

 

相手の胸元に向って、蹴りを入れる。

 

 

蹴りを食らったブラッド・スタークは、少し後ずさった。

 

 

追撃しようと大振りに拳を振るうが、簡単に受け止められてしまう。

 

 

「はあ!」

 

 

「ぐおっ!」

 

 

今度はお返しにブラッド・スタークが後ろ回し蹴りを、クローズの胸元に繰り出した。

 

 

クローズは大きく吹っ飛ばされ、地面を転がった。

 

 

「くそ!」

 

 

クローズはレバーを再度回し、必殺技の体制に入った。

 

 

『Ready Go!』

 

 

クローズの後ろに、クローズドラゴン・ブレイズが出現する。

 

 

『ドラゴニック・フィニッシュ!』

 

 

ドラゴンが放った炎を纏い、ブラッド・スターク目掛けて必殺技を繰り出す。

 

 

必殺技はブラッド・スタークに直撃し、大きく吹っ飛ばす。

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 

クローズの必殺技は、ブラッド・スタークの左手のみで防がれていた。

 

 

「良いキックだ」

 

 

ブラッド・スタークは、そのままクローズを横に投げ飛ばした。

 

 

「ぐぅっ」

 

 

クローズは必殺技を受け止められるという、信じられない出来事に混乱し、受身を取ることを忘れ背中から落ちてしまう。

 

 

「ハザードレベル3.4て所だな、まだまだ伸びそうだ。じゃあな」

 

 

まるで友人に別れを告げるように、ブラッド・スタークは手を挙げてそのままその場を立ち去った。

 

 

「ふふふ、はっはっはっは!」

 

 

その場にブラッド・スタークの笑い声が響いた。

 

 

「何なんだ...あいつ」

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

土曜日。

 

 

ブラッド・スタークとの戦いを終えた後、兎美を連れて帰ったハルユキ。

 

 

皆の静止を聞く事もなく飛び出したことで、心配されてしまった。

 

 

黒雪姫からは小言を言われてしまったが、ハルユキは後悔していない。

 

 

現在ハルユキは、学校からの帰路についていた。

 

 

自宅のマンションのドアを開けると、まだほんの少しだけ甘い匂いの残る空気がハルユキを包んだ。

 

 

しんと静まり返った薄暗い廊下は、兎美達がいるはずなのに静まりかえった廊下にハルユキは疑問府を浮かべる。

 

 

あんなことがあった為、兎美には家にいるように言いつけたので家にいないはずはない。

 

 

いつもならリビングからテレビの音や、兎美と美空の話し声が聞こえている。

 

 

だが、今日はその音も聞こえない。

 

 

「ただいま」

 

 

呟き、靴を脱ぐと、ハルユキは無人のリビングに続くドアを開けた。

 

 

母親は今日の午前中に海外出張から帰ったはずなのだが、どうやらスーツケースだけを置いてすぐに出社したらしい。

 

 

まったく信じられないバイタリティだ。

 

 

制服の上着を脱ぎ、ネクタイと一緒に椅子の背にかけたところで、ハルユキは視界の隅に点滅するアイコンに気付いた。

 

 

例によって、ホームサーバーに母親がメッセージを残していったのだ。

 

 

冷蔵庫から烏龍茶のボトルを出しながら、音声コマンドでメッセージを再生する。

 

 

かすかなノイズが聴覚に触れ、母親の肉声が続く。

 

 

【――ハルユキ、今日も遅くなるか、もしかしたら帰れないから。今兎美ちゃん具合悪いみたいだから、代わりにスーツケースの中の服、クリーニングに出しておいて頂戴。あ、それと、悪いんだけどまた子供預かることになっちゃったのよ。今度は同僚の子なんだけどね、1晩だけだから面倒見てやって、お願いね。ハルユキが帰ってくる頃にはもう家に着いてるはずだから。じゃ、よろしく】

 

 

――――なんだって?

 

 

烏龍茶のグラスを傾けたまま、ハルユキは凍りついた。

 

 

まさか。

 

 

嘘だろ。

 

 

いくらなんでも。

 

 

ごくん、と一口だけ飲み、グラスを置く。

 

 

息を殺し、そっとあたりを見回す。

 

 

リビングも、キッチンも、完全に無人だ。

 

 

照明も消えていたし、空気もひんやりしている。

 

 

ハルユキが昨夜必死に片付けたので、一昨日のレトロゲー大会の惨状はもう跡形もない。

 

 

息を殺し、尚もきょろきょろ視線を走らせるハルユキの耳に――。

 

 

どこかから、かすかに、しかし確かにけたけた笑う声が聞こえた。

 

 

「......嘘、だろ......」

 

 

呻くと同時に、脱兎の如くリビングから飛び出し、廊下をダッシュし、突き当たりにある自室のドアを押し開ける。

 

 

そしてハルユキは、大きく息を吸い込み、悲鳴を上げた。

 

 

「ギャ――――ッ!!」

 

 

自分のベッドの上に。

 

 

ごろりと横になり、脚を組み、秘匿場所から引っ張り出した前世紀のペーパー・コミックの山の中でその1冊を捲っている、真っ赤な出で立ちの女の子が。

 

 

「に......に、にに......」

 

 

わなわな震えるハルユキをちらりと見て、女の子は頭の両脇で結わえた髪を揺らして顔を上げ、にこっと笑って言った。

 

 

「お帰りなさい、おにーいちゃん!」

 

 

「だ、誰がだ!!」

 

 

絶叫し、ハルユキはその場に崩れ落ちる。

 

 

そんなハルユキに、横から話しかける存在がいた。

 

 

「あっ、おかえりハル」

 

 

「おかえりー」

 

 

声のした方に視線を向けると、なんと兎美と美空までもが漫画を読んでいた。

 

 

「お前らまで何してんの...」

 

 

ハルユキの力ない台詞に、兎美が答えた。

 

 

「何って...やること無いから漫画読んでるだけよ」

 

 

「あ...そう」

 

 

兎美から発せられた何気ない一言にハルユキは聞くのを諦め、今度はニコに向かってひと言だけ口にした。

 

 

「......ニコ。なんでここに」

 

 

「2度同じ説明させんなよ。ちょちょっと、偽造メールをな」

 

 

いきなり地の口調に戻し、ニコは上体を起こした。

 

 

マンガ本――到底教育的とは言えない、死人爆出のやつ――を振ると、にやっと笑う。

 

 

「あんた、こっちもいい趣味してんな」

 

 

「そ......そりゃどうも。......じゃなくて!!」

 

 

はあはあ荒い呼吸を繰り返してから、ハルユキはぐったり脱力して首を左右に振った。

 

 

「......幾らなんでも、無茶じゃない?まったく同じ手口のソーシャル・エンジニアリングを中1日で、なんて...」

 

 

「なんだよ。いちおう礼言っとかねーとと思って来てやったんじゃねーか」

 

 

ぷうっと唇を尖らせるニコに、慌ててこくこく頷いてみせる。

 

 

「そ、それはご丁寧に、どうも」

 

 

また機嫌を損ねて《対戦》を吹っかけられた日には、今度こそあの超火力で丸焼きにされてしまう。

 

 

ひきつった笑みを浮かべ、ハルユキは早口で言った。

 

 

「どういたしまして。......これで用件、済んだんだよね?お帰りは、あちらのドアから...」

 

 

「あ、そういう態度なんだ。ふーん。一応事後報告もしてやろうと思ったのに、そーなんだ」

 

 

「き、聞くよ、聞くよ!」

 

 

ぱっ、とその場に正座するハルユキをベッドの上から見下ろし、カットジーンズから伸びる細い脚であぐらをかくと、ニコはじろっと一瞥浴びせてきたが幸い素直に言葉を続けた。

 

 

「......クロム・ディザスターの件だけどな」

 

 

ハルユキは小さく息を呑み、意識を切り替えた。

 

 

これはあとで黒雪姫にも報告しなければならない内容だ。

 

 

「...ゆうべ、レディオの野郎を含む5人の王連中に、ディザスターを処刑したことを通達した。これで一応、1件は手打ちだ。あたしとしちゃ、黄色が《鎧》をガメてたことも問題にしてーけどな。残念ながら証拠がねえからな......」

 

 

「...そうか...」

 

 

ハルユキはゆっくり頷いた。

 

 

続けて、おそるおそる訊ねる。

 

 

「それで...、その、《チェリー・ルーク》は...?」

 

 

「.........」

 

 

ニコはしばし沈黙し、南の窓から覗く冬の夕空を見上げた。

 

 

深緑色の瞳を細め、長い睫毛を1度しばたかせて、静かに答えた。

 

 

「あいつ、来月引っ越すんだってさ」

 

 

「え...?」

 

 

ニコから発せられた思いもよらない言葉に、ハルユキは思わず零してしまう。

 

 

マンガを読んでいた兎美達も、黙ってニコに視線を向ける。

 

 

「遠い親戚っつうのが、今更引き取りたいっつって名乗り出てよ。うちの学校、経費ぜんぶ税金で賄われてっから、そういうの生徒は断れねぇんだよな。引越し先...福岡だって」

 

 

「...そうか。遠いね」

 

 

「まあ、な。だから、あいつ焦ったんだ。引越したら、あたしとの繋がりが、それこそブレイン・バーストだけになっちまう。その上、東京以外には殆どバーストリンカーは居ねぇ。対戦できなきゃレベルも上がらねぇ...その焦りを、《鎧》に喰われて......」

 

 

ごくり、と何かを飲み込む仕草を見せてから、ニコは小さく微笑んだ。

 

 

「でも、ブレイン・バーストがなくなったせいかな......今日のあいつは、元の...あたしに声を掛けてきた頃のあいつの顔してた。ここしばらくは授業にも出てこねぇし、誰とも口きかなったのに、今日はあたしとちゃんと喋ったしさ。そんでさ...あたし、考えたんだ。バーストリンカーじゃなくなっても...福岡に引っ越しちまってもさ。VRワールドは、加速世界だけじゃないだろ?」

 

 

視線が向けられ、ハルユキは大きく頷いた。

 

 

「う...うん、もちろんそうだよ」

 

 

「だからさ、あたし、今まで考えもしなかったけど...なんか他のVRゲーもやってみようと思ってさ。あいつと一緒に、長く遊べるようなやつ。あんた、何かいいの知ってたら教えてくれよ」

 

 

「...そっか。そっか......」

 

 

再び、今度は繰り返し頷いて、ハルユキは答えた。

 

 

「じゃあ、家にあるの、どれでも持ってっていいよ。...ちょっと、ジャンル偏ってるけどさ」

 

 

「ハハハ」

 

 

ニコは笑い、不意にそっぽを向くと、傍らに放り出された小さなリュックを探った。

 

 

引っ張り出されたのは、茶色の紙袋だった。

 

 

ひょいっと投げられたそれを、ハルユキは慌てて両手で受け止めた。

 

 

「な、何?」

 

 

「まあ...、何だ、その...礼だよ」

 

 

首を捻りながら紙袋を開けると、ふわりと甘いバターの匂いが漂った。

 

 

白いキッチンペーパーの包みから、黄金色の円盤が幾つか顔を覗かせていた。

 

 

呆然としながら、まだほんのり温かいクッキーを1枚引っ張り出したハルユキは、おそるおそるニコに訊ねた。

 

 

「え...、こ、これ、僕が貰っていいの...?」

 

 

「ンだよ。いらねーなら返せよ!」

 

 

ぎろっと睨まれ、慌ててぶんぶんと首を振る。

 

 

「貰う、貰うよ!あ......ありがとう。ちょっとびっくりして...」

 

 

俯き、手に持ったクッキーをさくりと齧った。

 

 

甘くて、香ばしく、ちょっとしょっぱい味がした。

 

 

現実の味だ、と思った。

 

 

これは現実における何かを象徴する味だ。

 

 

その何かとはつまり――僕とニコが、今こそ間違いなく現実世界で友達になれたんだ。

 

 

ということだ。

 

 

「...うぐ」

 

 

ハルユキの喉から奇妙な音が漏れた。

 

 

丸い体を一生懸命縮め、必死に顔を隠して、ハルユキもう一口クッキーを齧った。

 

 

途端、ベッドの上から高い喚き声が聞こえた。

 

 

「あ...あ、あんた、何泣いてんだよ!ばっ、馬鹿かよ、死ねばいいじゃん!!」

 

 

ぼふんとべっどにうつ伏せになり、ばーかばーかと叫び続けるニコの声を聞きながら、ハルユキはしょっぱさの増したクッキーをもぐもぐと食べ続けた。

 

 

見ていた兎美達も、呆れてはいるが顔は笑っていた。




どうも、ナツ・ドラグニルです。


今回で第2章が終結しました。


次回は番外編という名のビルド側の話を入れてから、第3章に移ります。


今回、ブラッド・スタークの正式な登場致しました。


登場の仕方はビルド原作、第5話「危ういアイデンティティー」を参考にしました。


とりあえず、本編の3話までは書いているので先のことを考えると、4話、5話、6話を書いてから3章に入ります。


5話の弟分もちゃんと出すので安心してください。


それでは次回、第9話もしくは激獣拳を極めし者第24話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな。


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第9話

兎美「バーストリンカーであり、杉並の市民を守る仮面ライダーである有田春雪は!加速世界でのトラブルを解決し、無事現実世界に戻るのであった」


チユリ「戻ってきたハルユキだったが、突如送られてきたメッセージで兎美の危機を知った」


美空「助けに向かったハルユキの前に、新たな敵が現れ苦戦を強いられる」


黒雪姫「何とか兎美君を助けたハルユキ君は、後日ニコの話を聞いてなぜチェリー・ルークが災禍の鎧に手を出したのか知るのでありました」


兎美「さて、どうなる第9話!」


赤の王、スカーレット・レインこと、ニコが訪れた2日後の月曜日。

 

 

「へぇー、ブラッド・スタークねぇ...」

 

 

早朝、まだ殆どの人が寝てる時間、タクムとチユリはハルユキの家に集まっていた。

 

 

そこで、今まで蚊帳の外だったチユリにブラッド・スタークの説明する。

 

 

「また新しい敵が出てくるなんて、大丈夫なの?ハル」

 

 

「どうだろうな」

 

 

チユリの質問に、ハルユキはブラッド・スタークとの戦いを思い出しながら要領得ない返事をした。

 

 

「何よ、その返事」

 

 

曖昧なハルユキの言葉に、チユリは突っ込みを入れる。

 

 

「正直に言って、ブラッド・スタークは今までの敵とは全然違う。俺の攻撃がまったく効いていなかったからな」

 

 

ハルユキの言葉に、2人は言葉が出なかった。

 

 

タクムは実際、災禍の鎧とクローズの戦いを目撃してるのだ。

 

 

あのクロム・ディザスターを簡単に倒したクローズでも苦戦する相手、よほどの強敵に違いないとタクムはすぐ推測した。

 

 

「それにしても、兎美さんに何事も無くて良かったね」

 

 

「ああ、今回はドラゴン様々だな」

 

 

「そうね、ハル達がいなかったら本当に危なかったわ」

 

 

そう呟いたのは、まだ具合が悪いのかベッドに横になっている兎美だった。

 

 

 

ブー、チーン!

 

 

その時、部屋のボトル変換装置からボトルが出来上がった音が鳴った。

 

 

「おっ、ボトルが完成したんだな」

 

 

ハルユキがそう呟くと同時に、今まで寝込んでいた兎美が物凄い勢いで布団を引っぺがし、変換装置まで走る。

 

 

「どいて!」

 

 

「うわっ!」

 

 

たまたま、変換装置の前にいたタクムを突き飛ばし、ボトルの入っている扉に張り付いた。

 

 

「そうやってボトルが作られるんだ!凄ーい!」

 

 

今までボトルが出来上がった所を見たことが無かったチユリも、一緒に中を覗き込む。

 

 

「これは...何じゃ?」

 

 

チユリがボトルを手に取りそう呟くと、兎美がボトル奪い取った。

 

 

「忍者?」

 

 

すると、隣の大き目の扉が開いて中から美空が出てくる。

 

 

「疲れたし...眠いし...寝るし...」

 

 

「ぐあっ」

 

 

ベッドに戻る途中、先ほど突き飛ばされ床に転がっていたタクムを踏むが、美空は気にすることなくベッドの中に入っていった。

 

 

タクムは自分の扱いの悪さに、涙が出そうになった。

 

 

兎美は勿論、チユリでさえも興味がボトルにいっており、タクムの事は眼中に無かった。

 

 

そんな中、タクムの肩にハルユキが手を置いた。

 

 

「ハル...」

 

 

この中で自分を気にかけてくれる存在がいた事に、タクムは涙を流した。

 

 

タクムは、ハルユキのふくよかなお腹に顔を埋めた。

 

 

ハルユキはタクムの背中をさすり、落ち着かせた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

研究室の一角。

 

 

ベッドが複数あり、そこに多くの人間が鎖で縛られていた。

 

 

縛り付けられた人達は、恐ろしい物を見る目で必死に抜けだそうとしていた。

 

 

「ああああ、ああああ!!」

 

 

捕らえられている人達の視線の先には、四角い立方体の様な頭部を持ったスマッシュ『スクエアスマッシュ』が暴れていた。

 

 

「やはり、2度目の投与は破壊力が違う」

 

 

そこに現れたのは、ナイトローグだった。

 

 

スクエアスマッシュは、目の前に現れたナイトローグに攻撃を仕掛けるが、簡単に受け止められてしまう。

 

 

ナイトローグはスクエアスマッシュを自分と一緒に前に放り投げ、ナイトローグはそのまま天井へぶら下がった。

 

 

ナイトローグは天井から、弾丸の雨をスクエアスマッシュに浴びせた。

 

 

「ああああ!!」

 

 

その後も何度も攻撃し、スクエアスマッシュの動きを止める。

 

 

「究極の生命体を作ることは、我々の目的の1つだ。スマッシュの成分を注入した人間に再び人体実験をしたらどうなるか、試さない手は無い。そうだろう?荒谷(・・)

 

 

☆★☆★☆★

 

 

朝から色んな事があったが、ハルユキ達は学校へと向かった。

 

 

「そうだ、新しい敵で思い出したけど、今日から新しい警備システムが導入されるんだよね」

 

 

「新しい警備システム?」

 

 

チユリの言葉にハルユキは聞き覚えが無かった為、首を傾げた。

 

 

「今朝、学校から送信されてるはずだよ。以前の襲撃の事もあって、スマッシュ対策で今日から新しい警備システムが設けられるって」

 

 

「へぇー...」

 

 

そんな会話をしてる中、ハルユキ達は梅里中学校に到着した。

 

 

『なっ!』

 

 

そして校舎内に入った瞬間、ハルユキとタクムは足を止め驚愕する。

 

 

「ハル、タッくんどうしたの?」

 

 

いきなり足を止めた2人に、チユリは不審に思う。

 

 

チユリに問い掛けられるハルユキ達だったが、2人には答える余裕が無かった。

 

 

ハルユキ達の前に、一見人間のように見えるが首から上が機械になっている、アンドロイドが数体立っていた。

 

 

「は、ハル、あれって...」

 

 

「ファウストのガーディアン!」

 

 

ハルユキは鞄にしまっているベルトを取り出そうとするが、それを止める者がいた。

 

 

「待て、ハルユキ君」

 

 

ハルユキ達に声を掛けたのは、黒雪姫だった。

 

 

「黒雪姫先輩!」

 

 

「マスター、おはようございます」

 

 

「おはよう、ハルユキ君、タクム君、チユリ君」

 

 

ハルユキは事情を知っているであろう黒雪姫に、質問する。

 

 

「先輩、あれはいったい...」

 

 

「悪いがその質問は後だ、もうすぐHR(ホームルーム)が始まる。まずは自分のクラスに向かうんだ」

 

 

釈然としないハルユキ達だったが、黒雪姫の言う通りもうすぐ朝のHRが始まってしまう。

 

 

「話は昼休みに屋上でしよう、あそこなら生徒も少ないし聞かれることもないだろう」

 

 

「分かりました」

 

 

「了解です、マスター」

 

 

すると、黒雪姫はチユリに視線を向けた。

 

 

「チユリ君、君もくるといい。今回ばかりは無関係とは言え無いからな」

 

 

「分かりました...」

 

 

その後も朝のHRと午前の授業を終え、ハルユキ達は昼休みを向かえた。

 

 

ガーディアンの存在も気になる中、ハルユキ達は屋上に向かった。

 

 

朝のHRで先生から説明を受け、ガーディアンこそが新しい警備システムだということを知った。

 

 

他の生徒は初めて見るガーディアンを見て、カッコいい等の感想を告げていたがファウストのガーディアンを知っているハルユキ達は、そんな事を言える筈が無かった。

 

 

ハルユキ達が屋上の入り口を開けると、もう既に黒雪姫が既に待っていた。

 

 

「来たな、3人共」

 

 

ハルユキ達が来たことに気づいた黒雪姫は、さっそくガーディアンについて説明を始める。

 

 

「まずあのガーディアンだが、難波重工が使用している警備システムらしい」

 

 

「難波重工って、CMとかで見るあの難波重工?」

 

 

チユリが難波重工について質問する。

 

 

「重工業の国大最大手、表向きは優良企業だが、裏では武器の製造、密売、相当やばい商売をしてるらしいよ」

 

 

難波重工について、タクムが説明する。

 

 

「そうだ、梅里中学に支援していた難波重工が、今回の警備システムの導入を提案したんだ」

 

 

「ですがマスター、あのガーディアンはファウストの...」

 

 

タクムがこの話の核心をついた。

 

 

「そう思って、私もその話を難波重工の社長、難波会長にその話をしたのだがまったく関係ないと言われてしまったよ」

 

 

黒雪姫の話を聞き、それぞれが推測をする。

 

 

「じゃあ、ファウストが難波重工のガーディアンに似せて作っているってこと?」

 

 

「それか...難波重工が裏で糸を引いてるか...」

 

 

チユリとタクムが、自分の推測を口にする。

 

 

「どちらにしても、警戒は必要だ。今はまだ大丈夫だが、いつ生徒に牙を向くのか分からないからな」

 

 

「分かりました」

 

 

「了解ですマスター」

 

 

黒雪姫に返事をするハルユキ達だったが、チユリだけが何か考えるような仕草をする。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキ宅。

 

 

兎美が日課である、家事をこなしていた。

 

 

「兎美――!」

 

 

掃除をしていると、美空が声を張り上げて部屋から出てきた。

 

 

「スマッシュが現れた」

 

 

兎美はすぐさまみーたんねっとを開き、内容を確認する。

 

 

届いたメッセージを確認すると、おかしな内容のメッセージが届いていた。

 

 

『 スマッシュがエリアC4の公園に出現。

 

 

  2回目の実験体だから早く成分を採取

  しないと死ぬよ。

 

 

  あと3時間もつかな。

 

 

  ファイト!

 

 

 

             ブラッド・スターク』

 

 

「スマッシュの目撃情報なんだけど、なーんか変なの。実験体とか、成分とか一般の情報じゃないよね」

 

 

「ブラッド・スターク...」

 

 

兎美はメッセージの最後に書かれている名前を、口に出す。

 

 

罠かもしれないと危惧する2人だったが、無視するわけにはいかなかった。

 

 

バイクを使い、エリアC4の公園へと急いだ。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

エリアC4の公園で、スクエアスマッシュが暴れていた。

 

 

暴れているスマッシュだったが、突如目の前にいくつもの公式が現れた。

 

 

カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ。

 

 

2本のフルボトルを振り、腰にドライバーを装着した兎美が現れた。

 

 

「さあ、実験を始めるわよ」

 

 

兎美はボトルのキャップを開けると、ドライバーに装填する。

 

 

「ゴリラ!ダイヤモンド!ベストマッチ!」

 

 

ドライバーのレバーを回転させると、前方にゴリラハーフボディが、後方にダイヤモンドハーフボディが出現する。

 

 

『Are you Ready?』

 

 

「変身!」

 

 

兎美の掛け声と共に、ハーフボディが結合し仮面ライダーへと変身する。

 

 

『輝きのデストロイヤー!ゴリラモンド!イエーイ!』

 

 

スマッシュは右手に装着されている、ペンを振るって攻撃を仕掛ける。

 

 

ビルドはゴリラアームで殴って弾いたり、ダイヤモンドアームで受け止める。

 

 

スマッシュの攻撃は何一つ当たっておらず、逆にビルドの攻撃がスマッシュにヒットしている。

 

 

ゴリラアームによる、渾身の一撃がスマッシュに繰り出される。

 

 

強烈なパンチを受け、スマッシュは後ろに吹き飛ばされる。

 

 

起き上がったスマッシュは、先程までとはまったく違う攻撃を仕掛けてきた。

 

 

スマッシュは近くにあった遊具にペンを走らせると、遊具が立方体に切り取られる。

 

 

遊具だけでなく、近くにあった木や茂み等も立方体に切り取られて、ビルドへと襲い掛かった。

 

 

これがスクエアスマッシュの能力、右手の『エリアカットペン』を使い空間を切り取る事が出来る。

 

 

ビルドはゴリラアームで殴って立方体を粉砕する。

 

 

全ての立方体を対処したビルドだったが、スクエアスマッシュの姿が消えている事に気づいた。

 

 

「はあ!」

 

 

スクエアスマッシュが突如後ろから現れ、ビルドに頭突きを繰り出した。

 

 

「ああっ」

 

 

頭突きを食らったビルドは、前に吹っ飛び地面を転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビルドとスクエアスマッシュの戦いを、遠くでベンチで寛いで見ている存在がいた。

 

 

「よっと」

 

 

その人物は、以前ハルユキが戦い、今朝話の話題になっていたブラッド・スタークだった。

 

 

ブラッド。スタークの手には、銃と剣を組み合わせたような武器が握られていた。

 

 

「そろそろ...時間かな」

 

 

『デビルスチーム!』

 

 

銃剣から不気味な音声がなり、ブラッド・スタークは戦っているビルドとスクエアスマッシュに向けて銃剣を向け引き金を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スクエアスマッシュと戦っていたビルドだったが、スマッシュに不規則な軌道で迫ってきた弾丸が命中する。

 

 

「グアアアア、グアアアアアア!!」

 

 

「なっ!」

 

 

銃弾を浴びたスクエアスマッシュは、呻き声を上げながら体からガスを噴出した。

 

 

 

ガスがスクエアスマッシュを包み込み、姿が隠れる。

 

 

「うおおおおおお!!」

 

 

ガスの中からスクエアスマッシュが姿を見せるが、何故か巨大化していた。

 

 

驚くビルドだったが、巨大化したスクエアスマッシュの攻撃に気づいた。

 

 

「あっぶな!」

 

 

地面を転がることで、スクエアスマッシュの攻撃を避ける。

 

 

立ち上がったビルドの手の中には、2本のボトルが握られていた。

 

 

『ラビット!ガトリング!』

 

 

ビルドはラビットガトリングとなって、スクエアスマッシュに攻撃を仕掛ける。

 

 

ラビットの跳躍力を利用し、スクエアスマッシュの横薙ぎされたエリアカットペンを避け、上空からホークガトリンガーを連射する。

 

 

だが、着地の瞬間にエリアカットペンによる攻撃を受け、空中にいたビルドは為す術もなく吹っ飛ばされてしまった。

 

 

ビルドは諦める事無く、もう一度攻撃を仕掛けようとした時、何処からか声が聞こえた。

 

 

「そのスマッシュには、新たなガスを注入した」

 

 

「誰!?」

 

 

ビルドは辺りを見回すが、声の主を見つけることが出来なかった。

 

 

「助かったとしても後遺症は残るだろう、精々奮闘してくれよ」

 

 

声の主を探す事に集中していたビルドだったが、そこにスクエアスマッシュの左手が振り落とされた。

 

 

ビルドは両手を交差することで左手は受け止めたが、その後に繰り出されたエリアカットペンの攻撃を無防備となった腹部へと放たれた。

 

 

吹き飛ばされたビルドは、公園の遊具に衝突した。

 

 

ダメージが大きすぎたのか、ビルドは立ち上がれなかった。

 

 

何とか起き上がろうとするビルドだったが、そこにスクエアスマッシュが迫る。

 

 

ビルドの目の前まで来たスクエアスマッシュは、左手を大きく振りかぶりビルドの頭目掛けて振り下ろした。

 

 

体が動かせないビルドは、只見ていることしか出来なかったがビルドに拳が衝突するぎりぎりの所で、スクエアスマッシュの動きが止まった。

 

 

「!?」

 

 

何が起こったのか分からないビルドだったが、スクエアスマッシュの横腹に何かが刺さっていることに気づいた。

 

 

それはビルドの武器、ドリルクラッシャーだった。

 

 

そして、スクエアスマッシュが重なって見えなかったが、スクエアスマッシュの後ろにドラゴンフルボトルを手に持ったハルユキが立っている事に気づいた。

 

 

「ハル!」

 

 

「今だ!行けぇ!」

 

 

「分かった!」

 

 

ビルドは立ち上がり、ラビットボトルとガトリングボトルを抜き取る。

 

 

ラビットボトルとタカボトルを入れ替え、タカボトルとガトリングボトルを装填する。

 

 

『タカ!ガトリング!ベストマッチ!』

 

 

ビルドドライバーのレバーを回し、タカハーフボディとガトリングハーフボディが前後に出現する。

 

 

『Are you Ready!』

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

前後のハーフボディが結合され、ビルドはホークガトリングフォームへと変身する。

 

 

『天空の暴れん坊!ホークガトリング!イェーイ!』

 

 

ビルドは翼を広げ、空へと飛翔する。

 

 

「勝利の法則は決まった!はあ!はあああ!」

 

 

スクエアスマッシュに向け、ビルドは幾つもの弾丸を放った。

 

 

スクエアスマッシュも負けじと、地面から幾つもの突起物を出現させる。

 

 

放たれた弾丸は小さな鳥となり、障害物を避けながら全てがスクエアスマッシュに命中する。

 

 

無数の弾丸を浴びせた後、ビルドはさらに上空へと飛翔する。

 

 

「はあ!」

 

 

10(テン)!20(トゥエンティー)30(サーティー)40(フォーティー)50(フィフティー)!』

 

 

ホークガトリンガーのトリガーを回すと、スクエアスマッシュが球状の特殊なフィールドに隔離する。

 

 

スクエアスマッシュを隔離したフィールドは、そのまま空へと浮き上がらせる。

 

 

60(シックスティー)70(セブンティー)80(エイティー)90(ナインティー)100(ワンハンドレッド)!』

 

 

ホークガトリンガーにエネルギーが充填される。

 

 

『フルバレット!』

 

 

「はあ!」

 

 

100発もの弾丸が、スクエアスマッシュに向けて放たれた。

 

 

「ぐああああ!!」

 

 

ビルドの必殺技を受け、スクエアスマッシュは爆発する。

 

 

「よっしゃ!」

 

 

スマッシュが倒された事に、ハルユキも喜ぶ。

 

 

ビルドは地面に降り立ち、ドライバーからボトルを抜いた。

 

 

変身を解除した兎美は、地面に刺さったドリルクラッシャーを引き抜いた。

 

 

「まさかこれを投げ飛ばすとはね」

 

 

「まあ、こいつのお陰だな」

 

 

そう言ってハルユキは、兎美にドラゴンフルボトルを見せた。

 

 

「なるほどね」

 

 

兎美はエンプティボトルを取り出し、スクエアスマッシュの成分を抜き取った。

 

 

成分を抜かれたスクエアスマッシュは、元の人間の姿に戻った。

 

 

その人物は、ハルユキが一番よく知る人物『荒谷』だった。

 

 

「荒谷!?」

 

 

スマッシュにされていたのが荒谷だと知り、ハルユキ達は驚愕する。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキを長い間苦しめていた相手ではあるが、そのままにしておくわけにもいかず、後遺症の事もあり荒谷をハルユキ達の家に連れ帰った。

 

 

荒谷を連れて帰った事で、後から駆けつけたチユリと美空の2人と一悶着があったが現在はハルユキの部屋で寝かせている。

 

 

荒谷の両親に迎えに来て貰うように連絡を取り、到着を待っている。

 

 

「そういえば、ハル。あんた学校どうしたのよ?」

 

 

荒谷のことがあって忘れていたが、本来ならハルユキが駆けつけた時はまだ学校にいる時間であった。

 

 

「早退してきたに決まってるだろ」

 

 

美空の質問にハルユキが答えると、2人は呆れた様にため息をつく。

 

 

ピンポーン!

 

 

その時、ハルユキ達のニューロリンカーに来客の知らせが届いた。

 

 

4人揃って玄関へと赴き、玄関のドアを開けた。

 

 

そこには荒谷の両親と思われる2人と、女性の腕の中には小さな女の子がいた。

 

 

ハルユキ達は3人をリビングへと通し、話を始める。

 

 

「まず質問ですが、ファウストという組織はご存知でしょうか?」

 

 

「いえ」

 

 

「私も知りません」

 

 

さすがに一般の市民である荒谷の両親は、ファウストの事は知らなかった。

 

 

「ファウストというのは、今この杉並で出現している怪物、『スマッシュ』を作り出している組織です」

 

 

「そして息子さんが、今回そのスマッシュに変えられたんです」

 

 

兎美の話を聞き、荒谷の両親は顔の色を変える。

 

 

「怪物に変えられたって...息子は大丈夫なんですか!?」

 

 

荒谷の父親が、心配そうに質問する。

 

 

「ええ、成分を抜いていますので今は大丈夫です。只、怪物にされたのが2度目ということもあり、後遺症があるかもしれませんが」

 

 

後遺症という言葉を聞き、2人は言葉を失った。

 

 

「ねぇ、ねぇ!」

 

 

その時、ハルユキに荒谷の妹であるはるかちゃんが話しかけてきた。

 

 

「てっきょう、かーめ、ごーむ、へりこぷたー!凄い?」

 

 

はるかちゃんはあやとりで幾つもの技を、ハルユキに見せた。

 

 

「ごめんね、お兄ちゃんやった事がないから分からないんだ...」

 

 

「これがへりこぷたーのしっぽで、これがへりこぷたーのあたま!」

 

 

分からないハルユキに、はるかちゃんは最後に見せたヘリコプターの説明をする。

 

 

「取りあえず、息子さんは今別室で休ませています」

 

 

両親に荒谷を休ませている事を伝える兎美だったが、そこにはるかちゃんが駆け寄った。

 

 

「お兄ちゃんに会えるの?やった!やった!やったー!!」

 

 

嬉しそうなはるかちゃんの様子を見て、ハルユキははるかちゃんに話しかける。

 

 

「ねぇ、そんなにお兄ちゃんの事が好きなの?」

 

 

「うん!大好きだよ!あやとり見せてはるちゃんえらいねって、いっぱいいっぱい褒めて貰うんだ」

 

 

はるかちゃんの言葉を聞いて、ハルユキは何も言えなくなってしまった。

 

 

その時、リビングの外から物音が聞こえた。

 

 

荒谷の家族、そしてこの家の住人であるハルユキ達全員がリビングにいる為、物音を立てる人物はこの家にいる人物で一人しかいなかった。

 

 

ハルユキと兎美は目配せをして、荒谷を寝かせているハルユキの部屋に向かった。

 

 

2人の後を、チユリも追いかけた。

 

 

部屋の扉を開けると、ハルユキ達の予想通り荒谷が目を覚ましていた。

 

 

荒谷は部屋を見回し、不安そうな様子だった。

 

 

「久しぶりだな、荒谷」

 

 

ハルユキが声を掛けるが、荒谷の様子が可笑しかった。

 

 

「誰だお前?」

 

 

「え?」

 

 

「知らない...俺は誰なんだ...」

 

 

様子の可笑しい荒谷だったが、チユリが荒谷の胸倉を掴んで壁に叩き付けた。

 

 

「ふざけんじゃないわよ!あんたのせいで、ハルがどれだけ苦しんだと思ってるのよ!それも全部忘れたって言うの!ねぇ!」

 

 

その時、壁に叩き付けた時の音を聞いたのか、美空が荒谷の家族を連れて部屋に入ってきた。

 

 

「どうしたのよ、何があったの?」

 

 

美空達が来たことにより、頭が冷えたのかチユリは荒谷から離れた。

 

 

「お兄ちゃーん!!」

 

 

はるかちゃんは荒谷に抱きついた。

 

 

いきなり抱きついてきたはるかちゃんに、荒谷は直ぐに自分から引き剥がした。

 

 

「記憶を...失っているみたいです...」

 

 

『え...』

 

 

ハルユキが荒谷の両親にそう告げると、2人は信じられない顔をして荒谷に近づく。

 

 

「本当に何も思い出せないの?」

 

 

美空の質問に、ハルユキは静かに頷いた。

 

 

「見て、お兄ちゃん!」

 

 

状況を理解していないはるかちゃんは、いつものように荒谷にあやとりを見せる。

 

 

「てっきょう、かーめ、ごーむ、へりこぷたー!凄い?」

 

 

先程のはるかちゃんの言葉通りなら、いつもならここで荒谷が褒める所だが、今の荒谷は記憶がなくなっているのではるかちゃんの顔を覚えていなかった。

 

 

その場にいる全員が悲しそうな目で、はるかちゃんを見つめる。

 

 

荒谷自身も、いきなりの事で理解できず下を向いてしまった。

 

 

その様子をずっと見ていたハルユキが、荒谷に近づいた。

 

 

「見てやれよ...お前に見て貰いたくて練習したんだぞ。お前の事が大好きで、褒めて貰いたくて...」

 

 

ハルユキの言葉に聞き、荒谷の両親とチユリの目から涙が零れた。

 

 

「俺からしたら、お前は嫌なやつだったよ。暴力を振るわれたり、かつ上げされたり、ぱしりにされた事だって何度もある」

 

 

ハルユキ自身の目からも涙が溢れており、嗚咽混じりに荒谷に語り続ける。

 

 

「だけどな!この子からしたら、お前は大好きな兄貴なんだぞ!お前が見ないで誰が見てやるんだよ!」

 

 

ハルユキは荒谷の胸倉を掴んだ。

 

 

「俺のことはどうでもいい、でもせめてこの子のことぐらい...家族のことぐらい思い出してやれよ!」

 

 

ハルユキは荒谷から手を離し、荒谷の隣に膝立ちする。

 

 

「頼むから...思い出してやれよ...」

 

 

ハルユキの言葉を聞いて、はるかちゃんはようやく今の状況を理解した。

 

 

「お兄ちゃん...私のこと...分からないの?」

 

 

はるかちゃんの言葉に、何も言えなくなってしまった荒谷はまた俯いてしまう。

 

 

ハルユキもその場から離れ、涙が溢れてくるのをおさえた。

 

 

その時、兎美が部屋から飛び出した。

 

 

全員何事かと思い、部屋の扉を凝視した。

 

 

しばらくすると、兎美は工具や部品をいくつか持って戻ってきた。

 

 

「はるかちゃん」

 

 

兎美は手に電池BOXに接続されたLEDを持って、はるかちゃんに話しかけた。

 

 

「お兄ちゃんはね...君との楽しい思い出を、こんな風に取られちゃったんだ」

 

 

兎美はそう言うと、2本ある電池の内1本を抜く、すると先程まで点灯していたLEDが消灯する。

 

 

「だからね...」

 

 

LEDが繋がっていたケーブルを取り外し、先端に別のものを用意する。

 

 

「君とパパとママが、また新しい思い出を作ってあげて...そうすれば」

 

 

小さい鉄板とアルミニウムを重ね合わせ、LEDに接続するともう一度ライトが点灯した。

 

 

「きっと戻れるはずだから...」

 

 

「分かった!」

 

 

兎美に諭され、はるかちゃんは元気を取り戻した。

 

 

「じゃあお兄ちゃんに、あやとりを教えてあげるね」

 

 

その様子を見て、荒谷の両親も笑顔になった。

 

 

荒谷の両親がはるかちゃんの手に自分達の手を重ねる、するとそこに荒谷も自分の手を重ねた。

 

 

「ふふふ」

 

 

その様子を見て、兎美達も笑顔になる。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ファウストの研究室。

 

 

そこには、ナイトローグとブラッド・スタークの姿があった。

 

 

「どうして止めを刺さなかった...スターク」

 

 

「私はゲームメイカーだ、あらゆる状況を鑑みて最上の戦術を考える。全ては計画通りだ」

 

 

ブラッドスタークは怪しい笑い声を上げながら、その場を後にした。




はい!如何だったでしょうか?


投稿が遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。


最近寒い日が続いていますが、皆様も風邪には気をつけてください。


私は先週まで、喉風邪で苦しんでいました。


さて、今回はビルド本編の4話を題材にしておりますが、世界観が違うので色々変えております。


パンドラボックスは存在しますが、後ほど出てきます。

それでは次回、第10話もしくは激獣拳を極めし者第25話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!


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第10話

兎美「バーストリンカーであり、仮面ライダークローズである有田春雪は、学校に向かうとそこにはなぜかファウストが使用するメカ、ガーディアンの姿があった」


美空「また、別の場所ではブラッド・スタークに呼びだされた兎美だったが、現場に向かうと様子のおかしいスマッシュがいた」


千百合「ハルユキと協力し何とか倒した兎美だったが、スマッシュにされていたのはハルユキをいじめていた荒谷だった」」


黒雪姫「2度目の実験による副作用か、荒谷は記憶を失ってしまったのでありました」


兎美「さあどうなる、第10話!」


「準備はいいのか?兎美」

 

 

「ええ、いつでも始めて頂戴」

 

 

そう言う兎美だったが、どこか緊張している様子だった。

 

 

リビングにて、2人はある事をしようとしていた。

 

 

「じゃあ...入れるぞ...」

 

 

ハルユキも何処か緊張している様子で、手が震えていた。

 

 

「痛っ!そこじゃないわよハル」

 

 

「ご、ごめん」

 

 

震えているせいか、ハルユキは上手く入れることが出来なかった。

 

 

「次はもっと上手くやってね...」

 

 

その声は、何処かしおらしくいつもの兎美とは想像出来なかった。

 

 

「兎美...」

 

 

2人はしばらく、見つめ合っていた。

 

 

「って!直結するのにどんだけ時間かけてんのよ!」

 

 

するとそこに、チユリの突っ込みが入った。

 

 

「只直結するだけなのに、何そんなに緊張してんのよ!」

 

 

「いや、だって俺から直結したことないから」

 

 

なぜこうなったかと言うと、ハルユキの子になるのがどっちかという話を兎美とチユリがしていた為である。

 

 

じゃんけんの結果、ハルユキの子の権利を手に入れたのは兎美だった。

 

 

「まったく、それ貸しなさいよ!」

 

 

そう言うと、チユリはハルユキの手からXSBケーブルを奪い取り2人のニューロリンカーに挿入した。

 

 

「最後にもう一度確認するが、本気なのか兎美?お前もバーストリンカーになりたいって」

 

 

ハルユキの言葉通り、兎美はブレインバーストをインストールする為に直結をしようとしていた。

 

 

「ブレイン・バーストは只のゲームじゃないんだ、いつか後悔するかもしれないぞ」

 

 

「あのねハル、私は既に仮面ライダーとして戦っているのよ。何を心配することがあるのよ」

 

 

「それもそうだな」

 

 

ハルユキはそう言って、ブレイン・バーストを兎美のニューロリンカーに送った。

 

 

心配するハルユキだったが、一番心配していることは兎美が変わってしまうんではないかという事。

 

 

無制限中立フィールドに入った際、黒雪姫が言っていた言葉。

 

 

人が変わってしまう、その言葉がハルユキの頭から離れなかった。

 

 

もし、ブレイン・バーストをインストールし、自分の知っている兎美がいなくなったらどうしようという考えがあった。

 

 

そんな事を考えていると、兎美がぼそりと呟いた。

 

 

「これって...」

 

 

兎美が呟いたのは、ハルユキに覚悟を決めさせるには十分の言葉だった。

 

 

「ウェルカム・トゥ・ジ・アクセラレーテッド・ワールド...」

 

 

その言葉は、ブレイン・バーストが正常にインストール出来たという事を証明する物だった。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

兎美のブレイン・バーストがインストール出来た事を確認したハルユキ達は、今後について確認する。

 

 

「この後どうする?ハル」

 

 

ハルユキに質問するタクムだったが、それを突如リビングに入ってきた者が阻んだ。

 

 

「特ダネを持ってきたぞ!」

 

 

入ってきたのは、現在生徒会の仕事をしているはずの黒雪姫だった。

 

 

「先輩!?生徒会の用事があったんじゃ...」

 

 

「そんなもの、直ぐに終わらせてきたよ。それよりも特ダネだ!」

 

 

そう言うと、黒雪姫は兎美に向かって指を指す。

 

 

「兎美君の過去を知っている人が見つかったぞ!」

 

 

ハルユキ達は、直ぐにその言葉の意味を理解することが出来なかったが、しばらく呆然とした後に意味を理解し驚愕の声を上げる。

 

 

『えぇぇぇぇぇぇ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒雪姫の案内の元、ハルユキ達は兎美を知っているという人物と待ち合わせする為、杉並駅に訪れた。

 

 

「それでマスター、どうやって兎美さんを知ってる人を見つけたんですか?」

 

 

待っている間、タクムは疑問に思っていた事を黒雪姫に質問する。

 

 

「兎美君の写真をばら撒いたら、ライブハウスのオーナー経由で兎美君のバンド仲間が見つかったんだ」

 

 

「バンド!?私が!?」

 

 

自分がバンドをやっているという、衝撃の事実を知った兎美は驚愕の声を上げる。

 

 

「兎美がバンドか...全然想像つかないな」

 

 

ハルユキが驚いてそう呟くが、一番衝撃を受けているのは兎美本人だった。

 

 

岸田立弥(きしだたつや)君っていう後輩と、一緒に住んでたみたいだ」

 

 

黒雪姫が説明していたその時、ハルユキ達の後ろから誰かが叫ぶ声が聞こえた。

 

 

「姉貴!」

 

 

ハルユキ達が声の方に振り返ると、タンクトップにつなぎの格好をしたもじゃもじゃ頭の男がいた。

 

 

「いやぁ...」

 

 

その格好には清潔感がまったくなく、兎美は思わず人違いなのではと思ってしまう。

 

 

「姉貴!姉貴ー!あーねーきー!」

 

 

その男は嬉しそうに叫びながら、兎美に向かって走ってくる。

 

 

「姉貴!」

 

 

男は抱きつこうとしたが、兎美は男の腕を掴み一本背負いを決めた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

ハルユキ達は兎美の記憶を戻すために、何か思い出すのではと思い立弥の住んでいるアパートへと向かう。

 

 

「佐藤花子!?」

 

 

「そうなんすよ、それが姉貴の名前なんすよ!」

 

 

自分の名前を聞き、兎美を頭を押さえふらつく。

 

 

「ねぇ、ねぇ、ねぇ!兎美って本名じゃ無かったの!?」

 

 

ハルユキにチユリが質問する。

 

 

「俺がつけたんだよ、拾った時に身分書が無くて」

 

 

「それでも佐藤花子って...全然ピンとこないわよ...」

 

 

「へぇー、本当に記憶ないんすねぇ」

 

 

そんなやり取りしている間に、目的地に到着した。

 

 

「姉貴ここっす!ここ!ここが姉貴と一緒に住んでいたアパートっす」

 

 

「いや...え...」

 

 

立弥が指を指す先には、今時では見ることが少ないニューロリンカーの認証が必要の無いボロいアパートだった。

 

 

立弥を先頭に中に入ると、一番奥の部屋の鍵を開け扉を開いた。

 

 

「姉貴、こちらっす!おかえりなさい姉貴!」

 

 

『うっ!』

 

 

立弥が扉を開けた瞬間、部屋の中から漂ってきた異臭に顔を歪ませる。

 

 

「うわっ!汚い!」

 

 

ハルユキ達が部屋を覗くと、中はゴミ袋で溢れごみ屋敷となっていた。

 

 

「姉貴、何か思い出しました?」

 

 

「いや...思い出すも何も...絶対住まないわよ!私綺麗好きなのよ!」

 

 

ゴミの悪臭で充満してた部屋を、ハルユキは急いで窓を開けて換気した。

 

 

「やっぱり、何かの間違いでしょ...」

 

 

言葉の途中でいきなり固まる兎美に疑問を持ったが、ハルユキは壁に貼ってある写真を見て理解した。

 

 

そこには、赤いつなぎを着て髪の毛が癖っ毛だらけの兎美が写っていた。

 

 

「ああー!本当にバンドやってる!」

 

 

「ツナ義ーズっす!」

 

 

チユリが写真に近づき、大声を上げる。

 

 

「これは間違いないんじゃないか?ハル」

 

 

そこで、タクムが発言する。

 

 

「姉貴いつも言ってましたよね、バンド売れたら俳優と結婚して、牛丼卵つき100杯食べて、ビル千件買うって」

 

 

立弥がそういうが、兎美はショックのせいか窓際に座り現実逃避をしており話を聞いていなかった。

 

 

「すまないが、佐藤花子君がいなくなったのはいつなんだ?」

 

 

「ああ~、たしか...9月5日っす」

 

 

「俺が兎美を拾った日だ...」

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキ達は立弥を連れ、兎美を見つけた場所に訪れた。

 

 

その場所は、梅里中学とは目の鼻の先だった。

 

 

途中、黒雪姫が急用があるという事でその場を後にした。

 

 

「それで?どうゆうふうに倒れてたの?」

 

 

「どうって、普通に...」

 

 

チユリと兎美がそんなやり取りをしてる中、ハルユキは立弥に質問する。

 

 

「あのさ...ちょっといいかな?」

 

 

「なんすか兄貴!」

 

 

「兄貴?」

 

 

自分を兄貴と呼んだ事に、ハルユキは疑問符を浮かべる。

 

 

「姉貴から聞きましたよ!兄貴が姉貴の旦那さんだって!」

 

 

その話を聞き、ハルユキはまたかと頭を押さえた。

 

 

「それは、兎美の冗談で...」

 

 

「照れなくてもいいですよ兄貴!それで質問て何すか?」

 

 

ハルユキは訂正するのを諦め、立弥に質問する。

 

 

「ここって、見覚えある所なの?」

 

 

「いえ、初めてきたっす」

 

 

2人がそんなやり取りをしている中、今度はチユリが近づいてきて質問する。

 

 

「ねぇ、9月5日って佐藤花子は何をしてたの?」

 

 

「開発中の新薬を試すバイトに行くって、それきりっす」

 

 

「新薬?」

 

 

新薬という言葉に反応し、兎美は立弥に詰め寄る。

 

 

「その話、詳しく聞かせてちょうだい!」

 

 

「はい、はい」

 

 

『うわぁぁぁぁ!!』

 

 

『きゃぁぁぁぁ!!』

 

 

その時、学校の方から悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

ハルユキ達が駆けつけると、ファウストのガーディアン3体が部活で登校していた生徒達を襲っていた。

 

 

「ファウストのメカ」

 

 

そう呟き、兎美がビルドドライバーを取り出す。

 

 

「うわぁ!」

 

 

「きゃあ」

 

 

兎美がビルドドライバーを腰に装着しようとした瞬間、立弥が後ろからぶつかって前に転倒してしまう。

 

 

「あっ、びっくりしたごめんなさい!」

 

 

「大丈夫か?兎美」

 

 

倒れた兎美を、ハルユキが起こす。

 

 

「ハル!あれ!」

 

 

タクムが示す先には、梅里中学を警備しているガーディアン達が駆け付けてきた所だった。

 

 

警備のガーディアンが銃を構え、発砲する。

 

 

瞬く間に、3体のガーディアン達は倒されて爆破する。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

助かった生徒達は、警備のガーディアンに頭を下げて感謝する。

 

 

そこに、学校の屋上から下の様子を見ていた者がいた。

 

 

その人物は何かの合図なのか、指を鳴らした。

 

 

すると突如、警備のガーディアンの顔の装甲が弾ける。

 

 

「#$%&+*」

 

 

突如、警備のガーディアンが生徒達を襲いだした。

 

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 

「何で警備のガーディアンがファウストに?」

 

 

タクムがそう考える中、兎美とハルユキは目を合わせ頷き合う。

 

 

兎美が前に出ると、腰にビルドドライバーを装着する。

 

 

兎美はタカとガトリングのボトルを取り出し、ハルユキはチユリ達を下がらせる。

 

 

『タカ!ガトリング!ベストマッチ!』

 

 

ドライバーを回すことで、前後にハーフボディが出現する。

 

 

「えぇ!?何これ!?」

 

 

いきなりの事で、立弥は驚愕する。

 

 

『Are you Ready?』

 

 

「変身!」

 

 

『天空の暴れん坊!ホークガトリング!イエーイ!』

 

 

ハーフボディが結合し、兎美は仮面ライダーへと変身する。

 

 

「えぇー!姉貴が仮面ライダー!?」

 

 

「危ない!」

 

 

兎美のもう1つ姿を知り、立弥は驚愕で前に出るが直ぐにハルユキが後ろに下がらせる。

 

 

「はあ!」

 

 

ビルドはホークガトリンガーの引き金を引くと、一瞬で警備のガーディアンが倒れる。

 

 

「早く逃げて下さい!」

 

 

「すげぇ!仮面ライダーだ!」

 

 

「本物だ!」

 

 

「早く!」

 

 

仮面ライダーに助けられたという事に、興奮する生徒達だったが2度目の促しによってその場から逃げ出した。

 

 

「やったー!」

 

 

ガーディアン達を倒したことに、チユリとハルユキはハイタッチをしながらビルドに近づく。

 

 

「姉貴格好良いっす!」

 

 

立弥とタクムも近づくが、そこに声をかける存在がいた。

 

 

「正義のヒーローのお出ましか」

 

 

ハルユキ達が声のした方に視線を向けると、屋上からハルユキ達を見下ろしているブラッド・スタークがいた。

 

 

「ブラッド・スターク!」

 

 

ハルユキが叫んだ名前を聞き、その場にいる立弥以外に緊張が走る。

 

 

「よぉ、久しぶりだなハル」

 

 

スタークはまるで久しぶりに合った知人に挨拶するように、ハルユキに向かって手を振った。

 

 

「荒谷をスマッシュに変えたのは、お前かスターク!」

 

 

「そういう事だ、正解したご褒美に遊んでやるよ」

 

 

スタークはそう言うと、トランスチームライフルを取り出しハルユキ達に向け発砲する。

 

 

「きゃああああ!」

 

 

「うわぁ!」

 

 

ハルユキ達の前に銃弾が着弾し、チユリと立弥が悲鳴を上げる。

 

 

ビルドは、空高く飛行する。

 

 

スタークはライフルで撃ち落そうとするが、弾は当たらなかった。

 

 

ライフルでは不利だと思ったのか、ライフルを左手に持ち替え右腕からスティングヴァイパーを伸ばし攻撃する。

 

 

スティングヴァイパーを鞭のようにしならせ、ビルドに攻撃する。

 

 

攻撃方法が急に変わったせいか、ビルドは何発か食らってしまう。

 

 

それでも、直ぐに立て直し上空からホークガトリンガーを連射しながら接近する。

 

 

「ああっ、ああ」

 

 

ビルドが横切った際に発生した風圧により、スタークは屋上から落ちる。

 

 

スタークは何とか地面に着地し、ビルドも地面に着地する。

 

 

カシャッカシャッカシャッ!

 

 

ビルドはラビットとタンクのボトルを取り出し、差し替える。

 

 

『ラビット!タンク!ベストマッチ!Are you Ready?』

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエーイ!』

 

 

ビルドはホークガトリングフォームから、ラビットタンクフォームにフォームチェンジする。

 

 

フォームチェンジと共に、武器をホークガトリンガーからドリルクラッシャーへと変わる。

 

 

「はぁ!はぁ!はぁ!」

 

 

ドリルクラッシャーで何度も斬り付けるが、全てトランスチームガンで受け止められてしまう。

 

 

もう一度攻撃し、またも受け止められてしまうがそのまま押し切り、ブラッド・スタークを怯ませた。

 

 

怯ませた際に見せた隙をビルドは見逃さず、ドリルクラッシャーを横薙ぎにして始めて一撃を与えた。

 

 

好機を逃しまいと、今度は上段からの振り下ろしを繰り出す。

 

 

だが、敵も馬鹿では無かった。

 

 

スタークは、ドリルクラッシャーをもう一度受け止める。

 

 

だが、ただ受け止めただけでなく、ドリルクラッシャーの回転を利用し横へと逸らさせた。

 

 

攻撃が逸れた事でがら空きになったビルドの腹部に、スタークはすかさず後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 

 

「きゃあっ!」

 

 

重い一撃を受け、ビルドは後方へと吹き飛ばされ地面を転がった。

 

 

ビルドは直ぐに起き上がると、ドリルクラッシャーを捨てレバーを再度回して必殺技の体制に入る。

 

 

『Ready Go!』

 

 

左右からグラフを模したエネルギーの滑走路が出現し、ビルドは空高く跳躍する。

 

 

『ボルテック・フィニッシュ!』

 

 

必殺技を放つが、スタークは左腕のみで簡単に受け止めてしまう。

 

 

「何!?」

 

 

「良いキックだ」

 

 

そう言うと、スタークはビルドを横へと放り投げた。

 

 

「ハザードレベル3.2って所だな、お前もまだまだ伸びそうだな。じゃあな」

 

 

そう言うと、スタークは前回と同様笑いながらその場を立ち去った。

 

 

スタークがいなくなったのを確認したハルユキ達は、ビルドに駆け寄る。

 

 

「姉貴ー!」

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「ええ」

 

 

ハルユキは倒れているビルドの上半身を起こし、体を支える。

 

 

「なんなのよ、あいつ」

 

☆★☆★☆★

 

 

その後の方針を決める為、立弥を連れハルユキ達は自宅へと戻った。

 

 

ハルユキ達がリビングに入ると、美空が机の上でパズルをやっていた。

 

 

「ただいま」

 

 

「ただいま...」

 

 

「おかえりー」

 

 

兎美はそのまま机に突っ伏し、動かなくなった。

 

 

「それで?何か手がかり掴めたの?」

 

 

「うるさいわね、今は佐藤花子で一杯一杯なのよ」

 

 

美空が質問するが、兎美は佐藤花子のショックが大きかったせいか答えられる元気が無かった。

 

 

「誰よ、佐藤花子って」

 

 

全てを知っているハルユキ達は、苦笑するしか無かった。

 

 

「それで、これからどうするんだい?ハル」

 

 

今後の方針について、タクムが確認する。

 

 

「取りあえず、立弥君に聞いて記憶を思い出せる場所を探して」

 

 

「出来たー!」

 

 

話し合っていたハルユキとタクムだったが、急に美空が出来上がった牛を模したパズルをハルユキに見せてきた。

 

 

「あっ、ボトルも出来てるよ」

 

 

思い出したかのように呟いた美空の言葉に、兎美が一番反応した。

 

 

「嘘!?テンション上がるー!ひゃっふー!ボトルー!」

 

 

髪の毛の一部が跳ね上がり、兎美はハイテンションで部屋に戻っていく。

 

 

こうなった兎美は、しばらく自分の世界に没頭する事を知っているハルユキは、先程とは別の事をタクムに告げる。

 

 

「立弥君には来てもらって悪いけど、今日はもうお開きにしよう」

 

 

「そうだね」

 

 

「分かりました、兄貴!」

 

 

ハルユキ達は立弥を見送るため、玄関に向かう。

 

 

「じゃあ、俺帰ります!」

 

 

「うん、また明日ここに来てくれるかな?」

 

 

「はい!兄貴!」

 

 

立弥はそう言うと、玄関の扉を開け外に出て行った。

 

 

見送ったハルユキ達は、兎美の部屋に向かった。

 

 

「コミックボトルかー、相性良いのは...やっぱ海賊かな?いやでもタカ...うわー!どっちだろう!」

 

 

部屋に入ると、パネルの前にボトルを並べてベストマッチを探している兎美の姿があった。

 

 

「ちょっと!こんなことやってないで、あなたの記憶を取り戻す方法を...」

 

 

「うるさいわね、これも私の記憶を取り戻すのに必要な事なのよ」

 

 

兎美は怒るチユリに対して、説明する。

 

 

「スマッシュを使って、この町を襲ってるのはファウストでしょ?つまり奴等のアジトを突き止めて全貌を明かせば、何か分かるかもしれないって訳。そのためには...」

 

 

兎美が全てを話し終える前に、チユリは近くにあった忍者ボトルを手に取りパネルにセットする。

 

 

すると、ベストマッチした証であるN/Cのマークが浮かび上がる。

 

 

兎美の跳ね上がった髪の毛が元に戻り、テンションも下がった。

 

 

「うそーん...」

 

 

「これでいいでしょ?ほら、さっさと...」

 

 

「うわー!」

 

 

部屋から出そうとしたチユリだったが、兎美はいきなり奇声を上げた。

 

 

「こうなったら武器よ!ニンジャコミックで遇の音も出ない武器を作ってやる!」

 

 

「はあ?」

 

 

「チユ、やめろ。こうなった兎美は誰にも止められないんだ」

 

 

まだ諦めようとしないチユだったが、ハルユキが止める。

 

 

「忍者と漫画だから、やっぱ剣よね!火炎とか竜巻とか煙とか出して...」

 

 

ハルユキの言う通り、今の兎美を止められる者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

自分の家に帰る途中の立弥は、今日会った兎美について考えていた。

 

 

兎美と名前を変え、まるで別人のようなってしまった自分の姉貴分。

 

 

「なんで姉貴は、記憶を失っちゃったんだろう?」

 

 

「私が教えてやろうか?」

 

 

立弥からしてみれば、ただ独り言を呟いただけだったが返答が返ってくるとは思いもよらなかった。

 

 

立弥が後ろを振り返ると、そこにはスタークがいた。

 

 

立弥は首を絞められ、気を失ってしまう。

 

 

気を失った立弥を、ブラッドスタークはアジトに連れて行き人体実験を行う。

 

 

「そいつを使ってどうするつもりだ?」

 

 

「試すんだよ、私に相応しい相手かどうか」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「出来た!」

 

 

早朝の有田家に、兎美の声が響いた。

 

 

リビングでは美空が歯を磨き、ハルユキが朝食を食べていた。

 

 

「名づけて、4コマ忍法刀!」

 

 

兎美が見せた刀にはその名の通り、煙を出している絵、竜巻を出している絵、火炎を出している絵、分身を出している絵の4コマが描かれていた。

 

 

「うおおお!早く試したいわね!」

 

 

兎美はテンションを上げながら、4コマ忍法刀を振り回す。

 

 

「きゃあ!ちょっとー!」

 

 

美空の顔をすれすれで、忍法刀が横薙ぎされる。

 

 

その時、美空がニューロリンカーを操作してみーたんねっとを開く。

 

 

「スマッシュ情報来てるよー。梅郷中学校に向かってるみたいだってー」

 

 

美空の話を聞いたハルユキ達は、急いで上着とドライバーを手に取り梅里中学校へと向かった。

 

 

 

 

 

梅里中学校では、風紀委員の指示の元で警備用ガーディアンがスマッシュを相手していた。

 

 

「スマッシュを一歩たりとも、学校に入れないように」

 

 

屋上から、幻会長が指示を出す。

 

 

警備ガーディアンが発砲した銃弾が、スマッシュに命中する。

 

 

警備ガーディアンによって無力化されているスマッシュを、ハルユキ達は只見ていた。

 

 

「なんか...もう既に終わりそうだな」

 

 

「私達の出番ないかもね...」

 

 

駆けつけたにも関わらず、もう既に倒されかけている事にハルユキ達は驚きながら見ていた。

 

 

「よお、お前ら」

 

 

そんな時、2人の後ろからスタークが話しかけた。

 

 

「あのスマッシュの正体を知ってるか?ヒントは姉貴~!」

 

 

「立弥!」

 

 

スタークのモノマネで、スマッシュにされているのが立弥だという事を理解する。

 

 

「正解、けど勘違いしないでくれよ。あいつは自ら実験を志願したんだ」

 

 

「ああ...」

 

 

兎美はガーディアンにやられるスマッシュになった立弥を見て、口元を押さえた。

 

 

「健気だねぇ~。けど、どうしようもない馬鹿だ!」

 

 

『ふざけるな!』

 

 

ハルユキと兎美は同時に叫び、ドライバー腰に装着する。

 

 

『ラビット!タンク!ベストマッチ!』

 

 

『ウェイクアップ!クローズドラゴン!』

 

 

『変身!』

 

 

『ラビットタンク!』

 

 

『CROSS-Z DRAGON!』

 

 

ビルドとクローズに変身したハルユキ達は、交互に構える。

 

 

「ハル、アレの調整は既に済んでるわ!」

 

 

「了解!」

 

 

『ビートクローザー!』

 

 

クローズはドライバーから、クローズの剣型武器『ビートクローザー』を召喚する。

 

 

ビルドもドリルクラッシャーを召喚し、スタークに攻撃する。

 

 

怒りに任せに振るわれたドリルクラッシャーは、スタークに向けて振るわれるが前回と同じように受け止められてしまう。

 

 

しかし、前回と違う所は今回はクローズもいるということだ。

 

 

クローズはビートクローザーの持ち手にあるグリップ、『グリップエンド』を引っ張る。

 

 

『ヒッパレー!』

 

 

ビートクローザーから音声が鳴り、剣身についているイコライザーのようなメーターが緑のゲージが上下する。

 

 

『スマッシュヒット!』

 

 

「おらぁ!」

 

 

ビートクローザーの刀身に蒼炎が纏い、クローズは下から右斜めに振り上げた。

 

 

スタークは焦ることなく、その場で側転してクローズの攻撃を避ける。

 

 

「はぁ!」

 

 

ビルドはスタークの足めがけて、ドリルクラッシャーを振り下ろす。

 

 

スタークの足から火花が散り、初めてダメージを与えた。

 

 

ビルドとクローズは、同じタイミングで武器を投げ捨てる。

 

 

『はぁぁぁぁ!』

 

 

『Ready Go!』

 

 

グラフを模した滑走路を使ったビルドのキックと、クローズドラゴン・ブレイズを纏ったクローズのキックがスタークを襲う。

 

 

『ボルテックフィニッシュ!』

 

 

『ドラグニックフィニッシュ!』

 

 

スタークは2人の攻撃を、片手ずつで受け止める。

 

 

だが、今度は受け止めきれずに後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

 

地面を転がるスタークは、起き上がると自分の両手を見る。

 

 

スタークの両手は、必殺技に耐えることが出来なかったのか火花を散らしていた。

 

 

「ハザードレベル3.5に3.7か、怒りでレベルが上がるとはな」

 

 

そう言うと、スタークはビルド達に背中を向ける。

 

 

「やっぱり期待通りだったよ、早くスマッシュを助けてやれ」

 

 

そのままスタークは、その場からいなくなった。

 

 

追いかけようとするビルドだったが、一瞬躊躇して2本のボトルを取り出しスマッシュの元に向かう。

 

 

『タカ!ガトリング!ベストマッチ!Are you ready?』

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

『天空の暴れん坊!ホークガトリング!イエーイ!』

 

 

ホークガトリングにフォームチェンジしたビルドは、空へ飛びスマッシュに向かう。

 

 

「あれは...」

 

 

屋上で指揮を取っていた幻は、空から急降下してくるビルドの存在に気付いた。

 

 

「仮面ライダー...」

 

 

急降下したビルドは、片手でスマッシュを捕まえて急上昇しその場から離れた。

 

 

☆★☆★☆★

 

人気のない河川敷まで移動したビルドは、その場にスマッシュを落とし自分も着地する。

 

 

地面に落とされたにも関わらず、尚も暴れるスマッシュにビルドは向かい合う。

 

 

「立弥、今助けるわ」

 

 

ビルドは今朝見つけた新しいベストマッチ、忍者とコミックのボトルを取り出す。

 

 

『忍者!コミック!ベストマッチ!』

 

 

ドライバーからスナップライドビルダーが伸び、前に忍者、後ろにコミックのハーフボディが生成される。

 

 

『Are you ready?』

 

 

「ビルドアップ!」

 

 

ハーフボディか結合し、『仮面ライダービルド ニンニンコミックフォーム』へと変身する。

 

 

ニンニンコミックに変身したことで、ビルドの手に4コマ忍法刀が召喚される。

 

 

スマッシュはビルドに向かって拳を振るうが、大振りだった為に簡単に避けることが出来た。

 

 

「勝利の法則は決まった!」

 

 

ビルドは、4コマ忍法刀のトリガーを1回引く。

 

 

『分身の術!』

 

 

ビルドが4コマ忍法刀を振るうと、スマッシュの周りに幾つものビルドの分身が実体化する

 

 

『はぁ!はぁ!はぁ!』

 

 

分身達がスマッシュの周りを飛び回ることで翻弄し、その間に本体がスマッシュに攻撃する。

 

 

『はぁ!はぁ!』

 

 

本体がスマッシュを斬り、分身の一体が蹴りを放つ。

 

 

『はぁ!』

 

 

本体と分身達が、スマッシュの周りを円を描くように回りだす。

 

 

『ふっ!はぁ!』

 

 

周囲を回るビルド達を見て、スマッシュは目を回す。

 

 

『火遁の術!』

 

 

ビルドはトリガーを2回引くと、回転しているビルド達が炎を纏いだした。

 

 

『火炎斬り!』

 

 

本体が跳躍し、炎を纏った4コマ忍法刀を振り下ろす。

 

 

斬られたスマッシュは、爆発し無力化される。

 

 

ビルドはドライバーに刺しているボトルを抜き、変身を解除する。

 

 

兎美は直ぐに空のエンプティボトルを取り出し、スマッシュの成分を抜き取る。

 

 

「立弥!大丈夫!」

 

 

兎美は、直ぐに立弥に駈け寄った。

 

 

「姉貴...すいません...」

 

 

「いいから」

 

 

謝る立弥に、兎美は気にせず抱え起こす。

 

 

「姉貴...姉貴が新薬のバイト始めたのって...俺が...金に困ってるから...」

 

 

立弥の口から告げられた話を聞いて、兎美は言葉が出なかった。

 

 

「姉貴に...俺も...姉貴の役に立ちたかったんです!でも...駄目でした...。どうしようもないやつで...本当にすうみません!」

 

 

「もういいから喋るな」

 

 

涙ながらに答える立弥に、兎美は複雑な気持ちで立弥を起こす。

 

 

だが、立弥の話はまだ終わっていなかった。

 

 

「あいつが...言ってたんです。姉貴が記憶を失ったのは...俺のせいだって...」

 

 

立弥が言っているあいつとは、ブラッド・スタークの事で間違いないだろう。

 

 

立弥に伝えた事も嘘の可能性もあるが、兎美は黙って話を聞いていた。

 

 

「姉貴が消えた9月5日...新薬のバイトで姉貴を車で送って行ったんですが...、それが...葛城巧未っていう科学者の部屋なんです...」

 

 

立弥の口から告げられた衝撃の真実に、兎美は言葉を失った。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

立弥を安全な場所へ送り届けた兎美は、ハルユキと合流し家へと帰宅した。

 

 

家に帰えったハルユキ達を出迎えたのは、リビングのテーブルに乗った大量の料理を食べている美空、千百合、拓武だった。

 

 

「おかえり、2人共」

 

 

『おかえりー』

 

 

「あ、ああ、ただいま...じゃねぇよ!もしかしてその料理って!」

 

 

テーブルの上に置いてある料理に、ハルユキは驚愕する。

 

 

机の上に並べられた料理は、昔千百合の家に遊びに行った際に食べさせてもらった千百合のお母さんの料理だった。

 

 

「ママにハルの家に行くって言ったら、張り切って作ってくれたの」

 

 

「ずるいぞ、お前らだけ!」

 

 

ハルユキは急いで椅子に座り、自分も料理を食べ始める。

 

 

ハルユキに続いて、兎美も自分の椅子に座り料理に手を出す。

 

 

料理を食べ続ける中、ハルユキ達は今日起こった事を説明する。

 

 

立弥がスマッシュにされていた事、立弥が言っていたバイトというのが葛城巧未が関係していた事を。

 

 

「じゃあ、兎美が記憶を失ったのは葛城巧未が関係してるって事?」

 

 

「絶対とは言い切れないけど、無関係とは言えないだろうね」

 

 

話を聞いた千百合と拓武は、自分の推測を語る。

 

 

「兎美の記憶を戻すためにも、葛城巧未についてもっと調べないとな」

 

 

ハルユキが今後の方針を決める中、兎美はあくびをする。

 

 

「ふわぁ...悪いけど、私もう寝るわね」

 

 

兎美はハルユキ達にそう告げると、自分の部屋に戻った。

 

 

「そういえば、兎美は4コマ忍法刀を作ってたせいで一睡もしてなかったな」

 

 

兎美が眠そうにしてる事に、ハルユキは今更ながら思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の部屋に戻った兎美は、ベッドにダイブしてそのまま眠りに落ちた。

 

 

だがこの時、一日過ぎていた為に全員が忘れていた。

 

 

一睡もしていないと言う事は、プログラムが兎美の深層イメージにアクセスしていないという事を。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

その夜、兎美は悪夢に魘された。

 

 

多くの白衣を着た科学者達から囲まれ、兎美は責められていた。

 

 

『お前がライダーシステムなんか作らなければ、こうならなかったんだ!』

 

 

『お前のせいで、何人の人が犠牲になっていると思ってる!』

 

 

『お前が作ったのは、只の軍事兵器だ!』

 

 

違う!ライダーシステムを作ったのは私じゃない!

 

 

自分を責める人に対して、兎美は声を荒げながら否定する。

 

 

悪夢はそれだけでは終わらず、今度は科学者達と入れ替わるように千百合と拓武が現れた。

 

 

『君がいなければ、僕達の日常も壊れる事は無かったんだ!』

 

 

『私達の平和な日常を返して!』

 

 

千百合の涙ながらの告白に、兎美は胸が引き裂かれそうだった。

 

 

私のせいで...何の関係のない人達が...

 

 

色んな人達から非難され耐える事が出来ず、兎美の心は既にボロボロだった。

 

 

そんな兎美の前に、ハルユキが姿を現す。

 

 

ハル...

 

 

目の前のハルユキに縋りつこうとした兎美だったが、ハルユキの口から告げられた言葉によって阻まれてしまう。

 

 

『お前なんか、拾わなかければ良かった...』

 

 

そう告げるハルユキの眼は、今まで見たことのない冷たい目だった。

 

 

やめてハル...あなたまで私を見捨てないで!

 

 

兎美が涙を流しながら叫ぶが、ハルユキは興味を失くしたかのように兎美から離れる。

 

 

行かないでハル!私を1人にしないで!

 

 

兎美が手を差し伸べる先には、ハルユキの姿はなく誰かの背中が見えた。

 

 

その姿は逆光で見えなかったが、赤と青の装甲がちらっと見えた。

 

 

見覚えのある後ろ姿を見た兎美は、なぜ自分が仮面ライダーとして戦っているのか思い出した。

 

 

そうだ、仮面ライダーは軍事兵器じゃない。

 

 

私はこの力を、ハルユキや美空、街の人々を守る正義として使う!




どうも、ナツ・ドラグニルです。


作品は如何だったでしょうか?


今回、兎美がバーストリンカーとして参戦が決定しました。


次回の話を投稿した後に、兎美のバーストリンカーとしての軽い設定を投稿しようと思います。


まあ、最後を見れば何を元にしたのかは解ると思いますが。


そして、今回の話ですが本編では万丈が立弥をスマッシュに戻してアジトを見つけようとしますが、うちのハルユキはそんなことをしません!


なので、アジト捜索はまた次回で出します。


それでは次回、第3章 第1話もしくは、激獣拳を極めし者第26話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!


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第3章 夕闇の略奪者
第1話


兎美「今回も、あらすじを長く紹介するわよ」


チユリ「私達が話すと分かりづらいんじゃない?」


兎美「あんた達が茶々入れるからでしょうが!それでは」


黒雪姫「物語の舞台となる杉並では、記憶喪失の物理学者『有田兎美』が仮面ライダービルドとなってスマッシュと呼ばれる怪物から市民を守っていた」


兎美「だから何で黒雪が出てくるのよ!」


チユリ「茶々入れてるの兎美のほうでしょ!黙って聞きなさいよ」


黒雪姫「ある日、そんな兎美を拾った有田春雪が対戦格闘ゲーム《ブレイン・バースト》をインストールする。ハルユキは黒雪姫をレベル10にする為に純色の七王と戦うことを決意する」


美空「そして春雪は、バーストリンカー《シルバー・クロウ》として戦うと同時に、仮面ライダークローズとしても戦っていた」


黒雪姫「そんな中、兎美の過去を知っている岸田立弥が現れ、兎美に素性を明かすが何も思い出せない。そして最後に兎美が葛城巧未に会いに行っていた事が分かった」


チユリ「さて、どうなる第3章、第1話!」





《グローバルネット》の名で呼ばれる最大のネットワークが、全地球(グローバル)というその呼称をも超越してしまったのは5年も前の事だ。

 

 

東太平洋上に建設された宇宙エレベータの静止軌道ステーション、更には月の国際多目的基地までがネットに接続され、いまや望めば誰でも自宅から月面の準リアルタイム映像にダイブすることが出来る。

 

 

もちろん、ネットはそれ以外にも無数に存在する。

 

 

国家や企業の防壁に守られた大規模クローズドネット、学校や集合住宅のローカルネット、あるいは個人の運営するプライベートネットなどが重層的に構築され、仮にその内部を飛び交う信号を可視化できれば、世界は白く輝く細かい網目にびっしりと覆われて見えるだろう。

 

 

それらと比較すれば規模の上ではあまりにもささやかではあるが、しかし有田春雪にとっては途轍もなく重大な意味を持つネットが、今ハルユキの自室に出現しようとしていた。

 

 

「ハル...///」

 

 

チユこと倉嶋千百合は、いつもの活発な印象とは程遠い艶のある声を出す。

 

 

「な...なんだよ...」

 

 

やや上ずった声で、ハルユキは聞き返す。

 

 

「は...鼻息がくすぐったいよ...///」

 

 

チユリの顔は赤くなっており、しおらしくなっていた。

 

 

「チユ...むぅ!」

 

 

恥ずかしがっていたハルユキだったが、ベッドから起き上がり自分のニューロリンカーに刺さっているXSBケーブルを引っ張る。

 

 

XSBケーブルは引っ張られた事により、チユリのニューロリンカーから引っこ抜かれる。

 

 

「だったら無理に直結する必要ないだろ!」

 

 

「駄目!タッ君からのコピーに失敗したら、ハルからインストールしてもらうんだから!」

 

 

チユリはそう言いながら、ハルユキの顔に詰め寄る。

 

 

「インストールって...俺はもう既に兎美にインストールしてるからもう出来ないよ」

 

 

「そんなの、やってみないと分からないでしょ!」

 

 

その時、近くにいたタクムがチユに話しかける。

 

 

「準備はいいかい?」

 

 

「ちょっと待って」

 

 

チユリはハルユキの刺さってるXSBケーブルを手に取り、自分のニューロリンカーに刺し直す。

 

 

「痛てて、つうかケーブル持って来なかったのかよ」

 

 

「ハルが長いのもう一本持ってないのが悪いんでしょ」

 

 

今回用意したケーブルは、3mが一本、1mが一本の2つである。

 

 

短いのをハルユキとチユリが使い、長いのをタクムとチユリで使っている。

 

 

ケーブルが短いために、ハルユキ達は一つのベッドの上で寝っ転がっている。

 

 

ちらりと右に視線を振ると、ベッドから少し離れた場所に置いてある椅子に腰かけているタクムが目に入る。

 

 

タクムは縁なしの眼鏡を押し上げながら、一瞬の苦笑を返してきた。

 

 

「それじゃあ今度こそ、準備はいいかな、チーちゃん」

 

 

内心を窺わせないソフトな声音で、タクムは言った。

 

 

チユリは短めの髪を揺らしてこっくりと頷き、スカートの裾から覗く小さな膝小僧の上で両手をぎゅっと握った。

 

 

タクムも頷き返し、長い指をひらりと空中――彼だけに見える仮想デスクトップに走らせたが、中指の腹でファイルを押さえた所で、かすかな躊躇いを整った白皙(はくせき)に浮かべた。

 

 

「......チーちゃん。最後に、もう一度だけ確認しておくけど...僕が今から送信する《ブレイン・バースト》は、ゲームであってゲームじゃない。ものすごい特権と快感、スリルを与えてくれる代わりに、ありとあらゆる種類の代償を求めてくる。いつか...後悔するかもしれないよ」

 

 

その言葉は、ハルユキの内心の危惧を余さず代弁していた。

 

 

謎のゲーム・アプリケーション《ブレイン・バースト》をインストールし、加速世界という未知のネットに(から)め捕られ、そこには接続する権利を維持するべく、永遠に《対戦》を繰り返さなければならないのだ。

 

 

そのプレッシャーは、時として人格すら歪めてしまう。

 

 

タクムが、チユリのニューロリンカーにバックドアウイルスを仕掛けるという事件を起こして一時絶交を宣言されたのも、加速能力を喪う恐怖に限界まで追い詰められたからだ。

 

 

つい最近バーストリンカーになった兎美でさえ、ハルユキは心配した程だ。

 

 

兎美は仮面ライダーとして戦っている為、人格が変わってしまう程に心が弱いとは言わないが、それでも心配してしまう。

 

 

ましては、チユリは只の一般人。

 

 

だからこそ、ハルユキとタクムは心配になってしまう。

 

 

しかし、左右から心配顔を向けられたチユリは、ぷうっと頬を膨らませると尖った声で言い返した。

 

 

「あのね!私がそのバーストなんちゃらになるって言ったのは、カソク能力とかが欲しいからでも、ましてやあの先輩(・・・・)の家来になりたいからでもないわよ!ハルとタッくんがやってるのに私だけが仲間外れにされてるのが嫌なの!」

 

 

思わず上体を仰け反らせてから、ハルユキとタクムは同時に眼を見交わし、苦笑した。

 

 

「わ、分かったよ、チーちゃん。じゃあ...いいね、送信するよ」

 

 

「どーぞ」

 

 

ついっと尖った顎を持ち上げ、チユリが頷きで返した。

 

 

その顔に向かって、タクムが空中で指先を滑らせた。

 

 

チユリの大きな瞳が、宙の一点を見据えた。

 

 

今そこには、アプリケーション《Brain Burst2039》のインストールを確認するダイアログが開いているはずだ。

 

 

膝から右手を持ち上げ、チユリは何の躊躇いも見せずに、人差し指をイエスボタンのある位置に突き刺した。

 

 

「あっ......!?」

 

 

直後、ベッドの縁に座る、ピンク色のニットを着た小柄な体がびくんと跳ねた。

 

 

見開かれた両眼がくるくると左右を見回す。

 

 

ハルユキは半年前、自分自身がブレイン・バーストを受け入れた時の事を思い出していた。

 

 

ボタンを押した途端、視界いっぱいに仮想の火炎が吹き上がったのだ。

 

 

その炎は、プログラムがインストール者の《加速適性》をチェックするために見せているものだ。

 

 

バーストリンカーとなるにあたって要求される適性は2つ。

 

 

1つは、生まれた直後からニューロリンカーを装着していることで、これはチユリも文句なくクリアしている。

 

 

しかし問題は2つ目、大脳の反応速度のほうだ。

 

 

ニューロリンカーは、無線量子信号というもので装着者の脳と交信する。

 

 

だが、生体器官である脳の反応(レスポンス)には個人差がある。

 

 

生まれつき反射神経の回路が高性能だったり、あるいは長期間の訓練によっても向上させられるが、ともかくニューロリンカーと脳の応答スピードが一定レベルを超えていないと、幻の炎が途中で鎮火してしまい、ブレイン・バーストのインストール成功には至らないのだ。

 

 

いや...いっそ、失敗したほうがいいのかも。

 

 

汗ばんだ両手をぎゅっと握りながら、ハルユキはついそんなふうに考える。

 

 

加速世界には、そこで戦う者達の生々しい感情――憎悪や怨恨、嫉妬と欲望、その他あらゆる種類の悪意が渦巻いている。

 

 

天真爛漫なチユリがそれらに曝されて傷つく姿なんて絶対に見たくない。

 

 

『......ハル』

 

 

不意に、頭の奥でタクムの声が響いた。

 

 

思考音声をハルユキに限定して送り込んできたのだ。

 

 

ちらりと視線を右に振ると、幼馴染の少年は椅子の上で軽く唇を噛んでいた。

 

 

『ぼくは...怖いよ。チーちゃんが...変わってしまうのが...』

 

 

指先で素早く仮想デスクトップを操作し、同じく音声の行き先をタクムだけに指定してから、ハルユキは答えた。

 

 

『俺達が護ればきっと大丈夫だよ、タク。それにまだインストールが成功するって決まったわけじゃないし、ていうか...チユには悪いけどさ、無理だろたぶん』

 

 

『ま...まあね。何だか凄い特訓したって言ってたけど、たった2ヶ月くらいで《適性》が出来るとも思えないしね...』

 

 

と、その時。

 

 

きょろきょろと周囲を見回していたチユリの顔が、さっと正面に固定された。

 

 

やや太めの眉が寄せられ、瞳の焦点が左から右へと動く。

 

 

唇が小さく開き、そこから零れた肉声の呟きを、ハルユキとタクムは息を詰めて聴いた。

 

 

「なに、これ?う...ウェルカム・トゥ・ジ...アクセラレーテッド・ワールド?」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキ達の住む杉並を舞台に、2人のバーストリンカーが戦おうとしていた。

 

 

道路は崩れ、辺りに置かれたドラム缶にはかがり火のように火が灯っている。

 

 

そのステージの名前は、〈世紀末〉ステージ。

 

 

1人のバーストリンカーの装甲に、ステージに置かれたかがり火が反射する。

 

 

その装甲は綺麗な青色をしており、バーストリンカーの体には武器らしい武器はついていない。

 

 

見た目はシルバー・クロウと同じように、すらりとした体を持ったバーストリンカーだ。

 

 

特徴的なのは、頭についているウサギの耳に似たアンテナだった。

 

 

そのバースト・リンカーの名前は、サファイア・ラビット。

 

 

「あいつ初めて見る奴じゃねぇか?」

 

 

「そうね、親は誰なのかしら?」

 

 

そんな中、サファイア・ラビットの耳に物凄いエンジン音が聞こえる。

 

 

暗闇の中からバイクの点灯したライトが、サファイア・ラビットを照らす。

 

 

エンジン音が響く中、サファイア・ラビットの前に現れたバースト・リンカーはクロウも良く知る人物だった。

 

 

「オイオイオーイ!レベル4の俺様に、レベル1のニュービーが喧嘩売ろうとはいい度胸じゃねぇか!」

 

 

その人物は、シルバー・クロウの初対戦相手であるアッシュ・ローラーだった。

 

 

「あなたがアッシュ・ローラーね、話は私の親から聞いてるわ」

 

 

「親ァ?一体誰の事だ!?」

 

 

アッシュ・ローラーが聞き返すと、サファイア・ラビットの口から出た名前にその場に居合わせた全員が、驚愕する。

 

 

「シルバー・クロウよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

加速世界唯一の飛行アビリティの持ち主にしてレベル差を物ともせず戦い、どんな相手でも最後まで諦めないバトルスタイル。

 

 

その戦い方を見て、多くのバーストリンカーがシルバー・クロウを注目している。

 

 

そのシルバー・クロウの子ともならば、レベル1と言えどアッシュ・ローラーは警戒せずにいられなかった。

 

 

「あのシルバー・クロウに、子が出来たのか!」

 

 

「まじかよ!」

 

 

ギャラリー達も、シルバー・クロウに子が出来た事に驚く。

 

 

「さあ、実験を始めるわよ!」

 

 

いつもの決め台詞を呟くと、サファイア・ラビットはアッシュ・ローラーに向かって走り出す。

 

 

サファイア・ラビットはウサギを模しているだけはあり、俊敏性が高い。

 

 

それは、離れていたアッシュ・ローラーとの距離を一瞬で詰める程だった。

 

 

「なっ!?」

 

 

油断していた訳ではないが、余りの出来事にアッシュ・ローラーは隙を見せてしまった。

 

 

「はぁ!!」

 

 

がら空きになったアッシュ・ローラーの腹部に、サファイア・ラビットが蹴りを放つ。

 

 

ウサギは時速80kmで走れるほど、後脚の脚力が強い。

 

 

その脚力で蹴られたアッシュ・ローラーの受けた衝撃は、想像を絶する程の威力だった。

 

 

「ぐぅ」

 

 

同じレベルなら耐える事が出来ないだろうが、アッシュ・ローラーはレベル4。

 

 

レベル差があった為に吹っ飛ぶことは無く、耐える事が出来た。

 

 

サファイア・ラビットも、今の一撃で倒せると思っておらず追撃としてバイクにも一撃を入れる。

 

 

「うおっ!」

 

 

蹴られた衝撃で、バイクが転倒してしまう。

 

 

アッシュ・ローラーのHPバーは、今の蹴りで2割ほどしか減っていない。

 

 

サファイア・ラビットは追撃を恐れ、アッシュ・ローラーから距離を取った。

 

 

「くそ!やってくれたなYOU!もう油断はしねぇぞ!くたばりやがれ!」

 

 

アッシュ・ローラーはエンジンを吹かし、サファイア・ラビットに向かってバイクを走らせる。

 

 

サファイア・ラビットは慌てる事無く、跳躍することで難なく避ける。

 

 

しかし、アッシュ・ローラーもそこまで馬鹿では無かった。

 

 

避けられた後に直ぐその場でターンし、着地しようとしているサファイア・ラビットに突っ込む。

 

 

「ヒャハハハハハッ!!空中じゃ避けられないだろ!そのままknockdownしてWinしてやるぜ!」

 

 

ギャラリーの誰もがアッシュ・ローラーの勝ちを予想したが、その予想は簡単に裏切られてしまった。

 

 

「ふっ!」

 

 

何とサファイア・ラビットは、さらに跳躍し簡単に避ける。

 

 

「何!?」

 

 

アッシュ・ローラーはまたしても驚愕し、ハンドル操作を誤り壁に激突してしまう。

 

 

「何だ今のは!?」

 

 

「何かのアビリティか?」

 

 

ギャラリーが驚くのも無理もない、なぜならサファイア・ラビットは空中(くうちゅう)にいながらもう一度ジャンプしたのだ。

 

 

「今のは私のジャンプアビリティ、ダブル・ジャンプよ」

 

 

「だが、ダブルという事はジャンプ出来るのは2回までだという事!それが分かればどうってことは...」

 

 

「言っとくけど、もう勝負はついてるわよ。バイクを良く見てみなさい」

 

 

サファイア・ラビットの言われた通り、アッシュ・ローラーが自分のバイクを見てみるとガソリンが入ったタンクが凹み穴が開いていた。

 

 

そこからガソリンが漏れ、水たまりを作っていた。

 

 

「なっ!いつの間に!?」

 

 

そこでアッシュ・ローラーは、先程バイクを蹴られ転がされた事を思い出す。

 

 

「まさか...あの時に...」

 

 

「そうよ、私の脚力はウサギと同じ。その脚力ならタンクに穴を開けるのは容易よ」

 

 

「ふん!ガソリン切れを狙ったとしても、お前のレベルじゃ俺様を倒すのに時間がかかるんじゃねぇのか!?」

 

 

アッシュ・ローラが強く吠えるが、サファイア・ラビットは冷静に答えた。

 

 

「悪いけど、私の目的はガソリン切れじゃないわよ」

 

 

「何!?」

 

 

サファイア・ラビットはガソリンについて解説を始める。

 

 

「ガソリンとは前世紀の代表的な液体燃料。そして、揮発したガソリンは空気よりも3~4倍重いため、地面など低いところに沿って広がる」

 

 

「難しい事をごちゃごちゃと言いやがって、だから何だっていうんだ!?」

 

 

「まだ分からないの?揮発したガソリンは静電気程度の火花でも引火する危険な物。その近くに火なんか置いてあったらどうなると思う?」

 

 

アッシュ・ローラーは、《世紀末》ステージに置かれているかがり火に視線を向ける。

 

 

「ま...まさか...このステージと俺様のバイクを見ただけでそこまで計算して...」

 

 

アッシュ・ローラーは、サファイア・ラビットの頭の回転の速さに戦慄する。

 

 

「勝利の法則は、決まった!」

 

 

揮発したガソリンにかがり火の炎が引火し、物凄い勢いで炎がアッシュ・ローラーに迫る。

 

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 

ドッガーン!!

 

 

バイクのガソリンに炎が引火し、大爆発を起こす。

 

 

その爆発で、アッシュ・ローラーのHPが一気にゼロになる。

 

 

爆発の煙は、サファイア・ラビットのバースト・リンカーとしての開戦の狼煙となった。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

窓を殴りつけるような強烈な風鳴りが、ハルユキの浅い眠りを破った。

 

 

暗闇の中、布団を被ったまま耳を澄ますと、吹き寄せる風に乗って無数の水滴が窓ガラスにびしびしと弾ける音が聞けた。

 

 

いつの間にか雨も降りだしたらしい。

 

 

きっとこの嵐で、夜のうちにマンションの敷地内の桜は殆ど散ってしまうだろう。

 

 

しかしそんな風物とは無関係に、春というのはハルユキにとって憂鬱な季節だった。

 

 

理由は2つある。

 

 

まず1つは、湿度と気温が上昇しだすこと。

 

 

汗腺の機能が人1倍活発なハルユキは、摂氏25度あたりでもうおでこがジットリし始めてしまう。

 

 

そしてもう一つは、学年が変わることだ。

 

 

長く続いた受難(イジメ)の日々がようやく終わり、どうにか当たり障りのないポジションを得たかどうか、という所でクラスがシャッフルされるのは嫌がらせ以外の何ものでもない。

 

 

見慣れぬ生徒達を相手に、またPING(ピン)を打って距離を測る所から始めるのかと思うと気が遠くなる。

 

 

せめて、春休み最後の数時間を、少しばかり引き伸ばしても罰が当たるまい。

 

 

そう思って、ハルユキはベッドの天板から手探りでニューロリンカーを掴み取った。

 

 

首に後ろから装着して電源を入れると、軽い駆動音とともにロックアームが内側に動く。

 

 

起動ステージが開始され、五感との接続チェックが完了すると同時に、目の前に半透明の仮想デスクトップが展開する。

 

 

視界右下、《2047/04/08 AM01:22》という時刻表示を一瞥してため息をついてから、ハルユキは大きく息を吸い、口を開いた。

 

 

「バースト...」

 

 

リンク。

 

 

という魔法の呪文を唱えようとした、その直前。

 

 

軽やかな着信音と共に、音声通話の呼び出しアイコンが青白く点滅した。

 

 

反射的に右手の指先でタッチしたのと、そのコールが2フロア下に住む幼馴染からだと気付いたのはほぼ同時だった。

 

 

『...ハル、起きてる?』

 

 

頭の中央にぼそっと響いた声に、ハルユキは軽く動転した。

 

 

夜10時には寝て朝7時まで何があろうとも目覚めないはずのチユリが、いったいなんでこんな時間に、そしていったいなんの用事で。

 

 

縺れた思考を頭の片隅に押しやり、ハルユキは思考音声ながらモゴモゴと答えた。

 

 

『ついさっき、目が覚めたとこ......』

 

 

『風、強いもんね。でも、あたしが寝付けないのは別件だけど』

 

 

『寝付けない!?お前が!?』

 

 

ついそう口走ると、間髪入れずにチユリが『あのねぇ!』と叫んだ。

 

 

『あんた、あたしを何だと思ってるのよ。そもそも、寝られないのはハルのせいなんだからね!』

 

 

『へ...?お、オレ...?』

 

 

『そうよ。あんた、今日の...もう昨日か、夕方にあたしが帰ろうとした時、おかしなこと言ったじゃない。今夜は怖い夢を見るかもしれないけど、絶対にニューロリンカーを外したり、電源を切ったりするな、って。そんなこと言われたら、不安になって寝付けないのも当たり前でしょ!』

 

 

確かに、ハルユキは約10時間前、チユリに向かってそう言った。

 

 

理由は単純だ。

 

 

対戦格闘ゲームソフト《ブレイン・バースト》は、インストールが完了した最初の夜に悪夢という形でその者の記憶をサーチし、トラウマや劣等感といった心の傷を濾しとって、戦場における分身である《デュエルアバター》を生成するからだ。

 

 

半年前、ハルユキ自身も、ブレイン・バーストを得たその夜に史上最大級の悪夢を見た。

 

 

内容はおぼろげにしか覚えていないが、その結果ソフトが創り上げたのが、ひょろっとした極細ボディに巨大なヘルメット頭が乗った銀色のアバター《シルバー・クロウ》というわけだ。

 

 

当時の自分のがっかりぷりを懐かしく思い出しながら、ハルユキはチユリに答えた。

 

 

『し...仕方ないだろ。その夢を見ないと、肝心のデュエルアバターが創れないんだから。つうか...今ふと思ったけど、お前に心の傷なんてあるのかな...』

 

 

『この、言ってくれるじゃないの!あるわよトラウマくらい。昔、小学校の遠足で、どっかの誰かがバスの中でゲームして平衡感覚がおかしくなってすっごい車酔いした挙句あたしの膝に』

 

 

『すいません。ごめんなさい。それ以上言わないでください』

 

 

むしろ自身のトラウマを刺激されて、ハルユキは呻き声で謝罪した。

 

 

しかしチユリの追及は止まらず、ふくれっ面が目に見えるような調子の文句が続いた。

 

 

『あー、思い出してみたら、ハルあの時あたしにちゃんと謝ってないよね。ちょうどいいわ、今貸しを返しなさいよ』

 

 

『え...ええ!?何年前の話だよ...もう時効だろ!』

 

 

『時効って言葉はそのうち死語になるって、こないだニュースで言ってたもん』

 

 

確かに、日本全国のあらゆるパブリックスペースの映像を記録する《ソーシャル・カメラ・ネット》の整備に伴って、刑事事件の告訴時効というものは数年前に全廃された。

 

 

しかしその伝でいけば、ハルユキはいったいチユリに返すべき借りが幾つあるのか知れたものではない。

 

 

「《幼馴染特別法》じゃ何でも1年で時効って決まってるんだよう」

 

 

ぶちぶちと呟いてから、ハルユキは本物の口からのため息と、脳内からの質問を同時に出力した。

 

 

『...んで、どうやって貸しを返せっつーんだよ。また《えんじ屋》のジャンボパフェか?』

 

 

『あそこ最近味が落ちた気がする。牛乳を合成ミルクに変えたせいだわ多分...って、違うわよ。口で説明すんのめんどいから、今すぐうちのホームネットにダイブしなさい。ゲート開けとくから』

 

 

『へ...?』

 

 

予想外の命令にぱちくりと瞬きした時にはもう、チユリからの音声通話は遮断されていた。

 

 

アイコンが点滅を経て消えるのを眺めながら、ハルユキはこんな時間からいったい何をするつもりだろうと首を捻ったが、ここでばっくれるほどの度胸があるわけもなく、やむなく命じられた通りに肉声でコマンドを唱えた。

 

 

「ダイレクト・リンク」

 

 

途端、しゅわっという効果音とともに薄暗い自室の光景が放射状に溶けて消える。

 

 

体表面感覚や重力感覚も切断され、ハルユキは暗闇の中をゆるやかに落下する。

 

 

ニューロリンカーの《完全(フル)ダイブ》機能によって、意識だけがネットへと解き放たれたのだ。

 

 

しばしの浮遊感を味わうハルユキの視界に、下方から幾つかの円形のアクセスゲートが近づいてきた。

 

 

それぞれが、現在ダイブ可能なネットへの入り口となっている。

 

 

お気に入りに登録しているグローバルネット上のVRスペースや、自宅マンションのローカルネットの者に混じって、倉嶋家ホームネットのタグがついたゲートが存在した。

 

 

ハルユキはそちらに向かって不可視の右腕を伸ばした。

 

 

すぐに仮想の引力が発生し、ハルユキの意識は小さなゲートへと吸い寄せられる。

 

 

すぽん、と飛び込むと同時に、目の前に穏やかなレモンイエローの光の輪が広がり――。

 

 

「う...うわっ」

 

 

出現した光景に、ハルユキは思わず声を上げた。

 

 

通常、一般家庭ホームネットのVRスペースは、やはり家屋の構造を模している。

 

 

《居間》や《応接間》、家族の《個室》が存在し、それぞれを現実世界では実現不可能な広さや飾りつけでカスタマイズして楽しむ場合が多い。

 

 

しかし今、ハルユキの眼下に広がったのは、色とりどり形さまざま大小無数の――クッションの海だった。

 

 

四方に壁は存在しない。

 

 

うららかな青空のもと、パステルカラーのクッションが地平線までひたすらに積み重なっている。

 

 

その真ん中にハルユキは墜落し、ぼよーんと跳ね返り、再度ぼすんとお尻から着地した。

 

 

「......な、なんだこりゃ」

 

 

正面に横たわる黄色いキリン型クッションと、その隣の奇怪な形状のやつに眼を留め、ハルユキはもう一度呟いた。

 

 

「それはアノマロカリスよ。カンブリア時代の生き物」

 

 

不意に背後からチユリの声が響き、ハルユキはぐるりと振り向いた。

 

 

恐らくオニヒトデらしい黒い星空クッションを踏みつけて、華奢なフォルムの仮想体(アバター)が立っていた。

 

 

全身を柔らかそうな薄紫の毛皮に包み、小さなワンピースをまとった、猫が人間に進化したらこんな風になるだろうというデザインのそれは、チユリが梅郷中学校ローカルネッでも使用しているアバターだ。

 

 

6割がた猫に近い顔の、大きな水色の瞳を瞬かせてチユリにハルユキは言い訳するように応じた。

 

 

「俺がさっき、なんだこりゃ、って言ったのはこの謎生物についてじゃなくて、VRスペース全体にだよ。いったい何なんだよこのクッションじご...天国は」

 

 

確かにチユリは昔からこういうぬいぐるみ系クッションが好きで、ベッドに色々転がっていた記憶はあるが、この規模はとんでもない。

 

 

オブジェクトの総容量どんくらいなんだろう。

 

 

と思いながら訊くと、猫型アバターはリボンの付いた尻尾を揺らして自慢げに笑った。

 

 

「にっひひ、いーでしょ。こないだ、進級祝いでホームサーバーに増設してもらったあたし専用のメモリに作ったんだ。この解像度でも、端から端まで15キロもあるんだよ」

 

 

「ま...マジかよ!」

 

 

反射的に仰け反った途端、丸いお尻がずるっと滑り、ハルユキはゾウとアノマロカリスの間に埋まりこんだ。

 

 

じたばたもがきながら考える。

 

 

それだけの容量があれば、自分なら1943年クルスクあたりの戦場を再現するのに。

 

 

ティーガー戦車やT-34戦車を山ほど配置し、空にはBf109戦闘機を。

 

 

嗚呼、なんと血沸き肉躍る光景ならんか。

 

 

「...な、なあチユ、オレにもちょっといじらし」

 

 

「だーめ!!」

 

 

言葉の途中でつれなく拒絶し、チユリは小さな牙の覗く口からべーっと舌をだした。

 

 

「ハルにカスタマイズされたら油と鉄と煙くさいやつ作るに決まってるもん」

 

 

「そ、それがいいんじゃん」

 

 

「いーやーでーす!あーもう、ぜんぜん話が進まないじゃない」

 

 

細い両腕を組む猫型アバターを見上げ、ハルユキはようやく呼び出された理由を思い出した。

 

 

「あ...そ、そっか。そんで、いったいオレは何すりゃいいんだよ」

 

 

「そこに座ってればいいわ」

 

 

「へ?」

 

 

わけが判らず、ハルユキは巨大なクッションの上で、短い両脚を前に投げ出した格好のまま首を捻った。

 

 

と、その直後――。

 

 

ぴょん、と目の前にジャンプしてきた猫型アバターが、一切の躊躇いなく、そのしなやかな体をハルユキの脚の上に横たえた。

 

 

「う...うわあ!?」

 

 

跳ね上がるように離脱しかけたハルユキの鼻を、チユリの右手がむぎゅっと掴んで元の位置に引き戻した。

 

 

「あんた、そこでしばらくマクラになんなさい。それであの遠足の時の事は忘れてあげる。言っとくけどエロイことしたらアノマロカリスにかじらせるからね」

 

 

「し、しないよ!ていうか...マクラってど、どういう...」

 

 

うわずったハルユキの声にはもう答えず、チユリは小さな爪の伸びる指をぱちんと鳴らした。

 

 

途端、頭上の穏やかな青空が、一方からぐるりと回転し、巨大な月の浮かぶ夜空へと切り替わった。

 

 

絵本のような星型の星がちりりんとかすかな効果音を鳴らして瞬く下――そしてハルユキの膝の上で、チユリは大きく伸びをしてから体を横向きに丸めた。

 

 

「...別に、深い意味はないわよ」

 

 

ハルユキからは見えない口が、小さいそう呟いた。

 

 

「ただ、ハルがよくうちに泊まりに来てた頃、あんたをマクラにするとすぐ眠れたのを思い出しただけ」

 

 

「...い、いつの話だよそれ...」

 

 

「さあ。ずっと...すうっと昔」

 

 

ふわ、とひとつ欠伸をして、猫型アバターは本当に瞼を閉じた。

 

 

...こういう役なら、タクムのほうがいいんじゃ?

 

 

と言おうとして、ハルユキはその言葉を呑み込んだ。

 

 

幼い頃、こうしてチユリに枕がわりにされた経験があるのはハルユキだけだ。

 

 

両親の教育方針が厳格だったタクムは、2人の家のどちらにも泊まることはまったくなかった。

 

 

でも、だからって、そんな大昔の条件反射が今も残っているものだろうか。

 

 

しかも今は双方動物型のアバター同士で、ここはニューロリンカーの作り出す仮想のクッション天国だ。

 

 

しかしもちろん、もう生身でこんな真似をすることは絶対にできない。

 

 

いや、VRだってどうなんだ。

 

 

実際のところ。

 

 

そんな思考をぐるぐる巡らせていると、呆れたことにチユリは本当に穏やかな寝息を立て始めた。

 

 

「......まったく...」

 

 

思わずそう呟いた途端、寝入ったとばかり思っていたチユリが、むにゃむにゃと不明瞭な声で呟いた。

 

 

「ねぇ、ハル...。あたし、本当に頑張ったんだからね...」

 

 

「へ?何を...?」

 

 

「バーストリンカーになるために...すっごい頑張っただから...。これで...また、あたしたち、戻れるよね。あの頃みたいに...3人で、毎日、日が暮れるまで遊んでた...あの...頃に......」

 

 

そこで、チユリは今度こそ深い眠りに落ちたようだった

 

 

すう、すう、と仮想の呼吸音を響かせるアバターの、耳の下あたりの柔らかい毛皮にそっと右手で触れながら、ハルユキ胸中でぽつりと答えた。

 

 

――決して変わらないものはあるだろう。

 

 

――でも、変わってしまって、2度と戻らないものだってきっとあるんだ。

 

 

数分後、チユリの深睡眠状態を検知して、ニューロリンカーが自動でフルダイブを解除させた。

 

 

鈴の音のような効果音とともに効果音とともに膝の上から猫型アバターが消え去ったあとも、ハルユキはしばらく物言わぬ動物たちの間にじっと座り込んでいた。




どうも、ナツ・ドラグニルです!


作品は如何だったでしょうか?


思ったより、早く出来上がった事に驚いています。


今回、兎美のアバターを出しましたが、今回はジャンプアビリティを出させて頂きました。


モデルは、特命戦隊ゴーバスターズのイエローバスターです。


これからも、加速世界で兎美が活躍しますので乞うご期待!


それでは次回、第2話もしくは激獣拳を極めし者第27話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!


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第2話

黒雪姫「シルバー・クロウとして戦う有田春雪は、仮面ライダークローズとして杉並の平和を守っていた。そんな中、幼馴染である倉嶋千百合がバーストリンカーとして覚醒した」


美空「かつての関係を戻すために、千百合はブレイン・バーストに手を出した。その事で千百合が変わってしまうんじゃないかと危惧するハルユキ達は、千百合を守ることを決意する」


兎美「一方、有田兎美はバーストリンカー《サファイア・ラビット》として、アッシュローラーと戦いを始めていた。サファイア・ラビットは戦場と相手の特性を利用し勝利を収めるのでありました」


千百合「さて、どうなる第2話!」


杉並区に存在する大型複合マンション、その1室に住んでいる少年。

 

 

有田春雪は学校に向かう為に、玄関から出ようとしていた。

 

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 

ハルユキは自分の親......ではなく、一緒に同居している2人の少女に挨拶する。

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

「あっ!ちょっと待って!」

 

 

同居している少女の1人である美空は、そのまま挨拶をする。

 

 

しかし、もう1人の少女である兎美がハルユキを呼び止める。

 

 

「ハル、これを持って行って」

 

 

兎美がハルユキに手渡したのは、1つの指輪だった。

 

 

「なんだこれ?」

 

 

「それは虫除けよ」

 

 

「虫除け?」

 

 

ハルユキは指輪をいろんな角度から見たり、匂いを嗅いだりする。

 

 

しかし、色んな角度から見ても何の変哲のない指輪だし、匂いを嗅いでも虫が嫌がる匂いがするわけでもなく鉄特有の匂いしかしない。

 

 

「こんなのが虫除けになるのか?」

 

 

「ええ、そうよ」

 

 

これも兎美の発明なのかと考え、指輪を左手の人差し指にはめようとする。

 

 

「言っとくけど、それは薬指じゃないと効果は無いわよ」

 

 

「へぇ~、そうなのか」

 

 

ハルユキは何の疑いもなく、左手の薬指に指輪を嵌める。

 

 

この数時間後、ハルユキは虫除けの真の意味を痛感する。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

杉並区東寄りに存在する、私立梅郷中学校は各学年たった3クラスと、規模は決して大きいと言えない。

 

 

それでも、体育館に整然と並んだ全校生徒360人の視線の圧力は相当なものだろう。

 

 

仮に自分がそれを集中照射されれば、物理的に焦げ穴の1つも開いてしまう自信がハルユキにはある。

 

 

しかし、入学式兼始業式の檀上に立ち、ニューロリンカーを使わずとも列の最後尾まで届きそうな凛とした声で語る人物の顔は、1ミリグラムの荷重も感じさせない程に涼しげだった。

 

 

「...諸君の大多数は、いま期待と不安を等しく感じているだろう。ことに新入学生の皆は、見知らぬ校舎、見知らぬ上級生に大いに戸惑っているかもしれない。しかし、考えてほしい。今君達の後ろですまし顔をしている者達も、1年前、2年前は君達とまったく同じ不安を抱えて同じ場所に座っていたのだ...」

 

 

――まったく、あんな立派な事を喋ってる人が、もう1つの世界では秩序の破壊者で無慈悲な殺戮者で、その上米軍海兵隊(USマリン)もびっくりの鬼教官なんだからなぁ。

 

 

と内心でぼやきつつも、ハルユキは檀上の女子生徒―黒ブラウスに臙脂色のリボンを飾り、すらりと長い脚を黒ストッキングに包んだ黒雪姫へと向け続けた。

 

 

その時、黒雪姫はハルユキと目を合わせて微笑む。

 

 

その仕草に、ハルユキは思わずドキッと照れてしまう。

 

 

――びっくりした...もしかして、心の中読まれてるのか?

 

 

「...1年間、換算すれば3153万60秒、その時間は膨大なようで...」

 

 

しかし、話している途中で黒雪姫は言葉を止め、一点を見つめる。

 

 

その様子を見て、ハルユキとタクムは眉を寄せた。

 

 

「その時間は膨大なようで過ぎ去ってしまえば一瞬だ。どうか実り多き1年を過ごしてくれたまえ。それでは、以上で私の挨拶を終わる」

 

 

頭を下げ、長い黒髪をさっと振り広げて身体を戻した黒雪姫は、後ろに並ぶ生徒会メンバーの列に加わった。

 

 

「続いて生活指導の先生より、学内でのニューロリンカーの使用についての注意事項を説明してもらいます」

 

 

司会の女子生徒が説明をするが、先程の黒雪姫の反応が気になってしまってハルユキは話が入ってこなかった。

 

 

――先輩、どうしたんだろう?もしかして...

 

 

先程、黒雪姫が見つめていたのは新1年生の集団のある場所。

 

 

そこで、ハルユキはある1つの仮設を立てる。

 

 

その仮説とは、新1年生の中にバーストリンカーがいるかもしれない。

 

 

というものだった。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

入学式が終わり、校舎に戻ったハルユキは、うっかり3階まで登ってしまいそうになってから慌てて2階の新しい教室へと進路を変更する。

 

 

自分のクラス配置は既にローカルネット経由で通達されているが、ほかの生徒の名前は教室に入るまで判らない。

 

 

2年C組のドアをくぐったハルユキは――。

 

 

「ハル、おーっす!」

 

 

の声と共にどすんと思い切り背中を叩かれ、息を詰まらせた。

 

 

高速で左90度回転した視線の先にあったのは、相も変わらぬネコ型のヘアピンで前髪を持ち上げ、八重歯を見せてにんまりと笑う幼馴染の顔だった。

 

 

「......ち、チユ、お前...ここ?」

 

 

「何、何その複雑そうな顔」

 

 

むうっと唇を突き出すその様子に、こいつ本当に昨夜例の《悪夢》見たのかなあと内心首を捻りつつ、ハルユキは答えた。

 

 

「べ、別に何も」

 

 

自分とチユが同じクラスになった事で、問題もあると言えばある。

 

 

これでまた、三角形の各辺の長さが微妙な事に――

 

 

「やあ、ハル。チーちゃんも」

 

 

再びぽんと背中を叩かれ、ハルユキは今度は右に90度回転した。

 

 

見上げた先にあったのは、青い眼鏡の奥で微笑むタクムの顔だった。

 

 

なんと3人ともに同じクラスに配置されたらしい。

 

 

つまり三角の形はそのままにサイズが縮むという事になる。

 

 

昨夜のチユリの、「戻れるよね、あの頃に」という言葉を思い出し、かすかに胸がざわめくのを自覚しつつも、ハルユキは同じように笑みを作って言った。

 

 

「うっす、タクもC組か。...ええと」

 

 

あやふやに憶えている確率の計算法をこの状況に当てはめ、ひねり出した答えを口にする。

 

 

「3人同じクラスになる確率は...三分の一×三分の一×三分の一で、二十七分の一か。すごい偶然だなぁ」

 

 

すると、窓際に向けて歩き出しながら、タクムが軽くかぶりを振った。

 

 

「いいや、九分の一だよ」

 

 

「えっ。なんで?」

 

 

「なんで?」

 

 

ハルユキと同じ解答に達したらしいチユリも、同時に驚きの声を上げる。

 

 

窓枠にスマートな長身を預けたタクムは、くいっとフレームレスの眼鏡を持ち上げて解説した。

 

 

「《ぼくら3人が全員C組になる確率》なら、ハルの言う通り二十七分の一さ。でも、この場合クラスがどこになるかは関係ない。《ぼくら3人が全員A組あるいはB組あるいはC組になる確率》なんだから、数字は3倍になって九分の一、ってことさ」

 

 

「は――!」

 

 

「そっか!」

 

 

再びチユリと同時にこくこく頷いてから、ハルユキはにやっと笑って付け加えた。

 

 

「さすがタク、春休みの間にますますハカセキャラに磨きが...」

 

 

「ハル、それはほんと止めろよな!もしこのクラスで《ハカセ》とか《メガネ君》とかあだ名ついたらハルのせいだからな」

 

 

ハルユキの言葉を遮り、タクムは真剣に嫌な顔をする。

 

 

「あれ?ハル、そんな指輪着けてたっけ?」

 

 

チユリがハルユキの指輪に気づき、質問する。

 

 

「ああ、これ?今朝兎美が虫除けだって渡してくれたんだよ」

 

 

「ふーん」

 

 

自分で聞いておきながら、チユリは興味なさげに言葉を返す。

 

 

「ハル、悪いけどその指輪見せてもらえないかな?」

 

 

「え?ああ、良いぞ」

 

 

ハルユキは指から指輪を外し、タクムに渡す。

 

 

タクムは指輪を、今朝のハルユキのように色んな角度から確認する。

 

 

しばらく見ていたタクムは、内側に注目する。

 

 

「あぁ...やっぱり...」

 

 

タクムは指輪の内側を見ると、何とも言えないような視線を指輪に向けそう呟いた。

 

 

「どうしたんだよ?」

 

 

様子の可笑しいタクムにハルユキが質問するが、タクムは答える事無く指輪をハルユキに戻して肩に手をポンと乗せる。

 

 

「ハル...頑張れ...」

 

 

タクムの意味の分からない行動に、ハルユキとチユリは頭を傾げる。

 

 

「こら!いつまでもネットをやってるな!HRを始めるぞ」

 

 

新しい担任であり、日本史を受け持つ若い男子教師。

 

 

菅野という名のその教師は、歳のわりにかなり強硬な『子供にネットは必要ない』論者で、ハルユキとしては親近感を抱けようはずもないが、熱血ノリのせいで他の生徒のウケはいい。

 

 

菅野は教室に入るなり、手を叩いて注意する。

 

 

ハルユキ達も会話を中断し、指定された席に座る。

 

 

しかし、クラス全員が座ったにも関わらず、ハルユキの隣の席がまだ空席な事に気づく。

 

 

始業式当日に遅刻か欠席か?と内心で考えながら眉を寄せる。

 

 

「えー早速だが、今日このクラスに転入生が来ることになった」

 

 

転入生?

 

 

その言葉に、ハルユキは隣の空席の意味が分かった。

 

 

隣が空席だったのは、遅刻した訳でも欠席した訳でもない。

 

 

転入生の為に用意された席だったので、空席だったのだ。

 

 

「君、入ってきなさい」

 

 

「はい!」

 

 

先生に返事を返した声に、ハルユキは聞き覚えがあった。

 

 

『おおー!!』

 

 

教室に入ってきた女子生徒に、クラスの男子達が歓声を上げる。

 

 

黒雪姫と並ぶ程の容姿に、男子達は喜ぶがハルユキはそれ所では無かった。

 

 

ハルユキにとって、入ってきた転入生に見覚えがある所では無かった。

 

 

なぜなら...

 

 

「有田兎美と言います」

 

 

転入してきたのは、ハルユキが一緒に過ごしている兎美だった。

 

 

兎美が転入してくる等、今朝話していなかったのでハルユキは驚いている。

 

 

しかし、ハルユキは何処か嫌な予感がした。

 

 

この後、とんでもない事が起きるのではないかと胸騒ぎが先程から感じていた。

 

 

そしてその予感は、的中する。

 

 

兎美は皆に見えるように、自分の左手の薬指に嵌めている指輪を見せる。

 

 

その指輪は、ハルユキが着けている指輪と同じデザインの物だった。

 

 

「そこにいる有田春雪の妻です」

 

 

妻です。

 

 

妻...

 

 

つま?

 

 

教室中が静寂に包まれ、ハルユキも呆然とする。

 

 

そしてようやく、全員が意味を理解する。

 

 

「のぉ―――――!!」

 

 

『えぇ―――――!!』

 

 

ハルユキが絶叫を上げるが、クラスメイトの驚愕する声にかき消された。

 

 

そしてもう1つ、ハルユキは虫除けの本当の意味を理解する。

 

 

つまり、虫除けではなく男除け(むしよけ)だったという事だ。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「お前何考えてるんだよ!」

 

 

HRが終わり休み時間に入った今、ハルユキは兎美に詰め寄る。

 

 

「何よ、本当の事だからいいでしょ?」

 

 

兎美はしれっと答える。

 

 

「まぁ、落ち着きなってハル」

 

 

興奮するハルユキを、タクムが止める。

 

 

「だけど...タク」

 

 

しかしそこで、ハルユキは先程タクムの様子が可笑しかった事を思い出す。

 

 

「タク...お前まさか、こうなることが分かってたのか」

 

 

「うん、その指輪が結婚指輪だって気づいた時にね」

 

 

タクムの言葉に、ハルユキは驚く。

 

 

「結婚指輪!?これが!?」

 

 

「何で分かったの?」

 

 

チユリがタクムに聞くと、タクムはメガネのフレームをくいっと上げる。

 

 

「指輪の内側に彫られている刻印さ」

 

 

「刻印?」

 

 

ハルユキは指輪を外し内側を見ると、今朝は気付かなかったがタクムの言う通り刻印が彫られている事に気づいた。

 

 

そこには、UMI to HARUYUKIと彫られていた。

 

 

「それは結婚指輪に良く彫られる刻印で、『兎美から春雪へ』という意味だよ」

 

 

『へー』

 

 

タクムの説明に、ハルユキとチユリは声を揃えて感心する。

 

 

「って!そう言う事は気付いたんなら教えてくれよ!」

 

 

「ごめんごめん」

 

 

ハルユキは諦めるように、ため息をつく。

 

 

「それよりタク、お前気づいたか?」

 

 

「マスターの様子が、可笑しい事にかい?」

 

 

ハルユキが確認すると、タクムもその意図に気づいた。

 

 

「先輩はあの時、新1年生の方を見て突然言葉を止めた」

 

 

「まさか...新1年生の中にバーストリンカーが?」

 

 

「うん、何か気付いたんじゃないかな」

 

 

「実は、僕もそう思っていた所なんだ。バーストリンカーは大抵、プログラムをインストールしてくれた親と同じ学校に行くのが普通だけど」

 

 

タクムの説明に、ハルユキが質問する。

 

 

「でも、可能性が全くないわけじゃないだろう?」

 

 

「とにかく確かめてみた方が良いね」

 

 

去年、自分が新入生だった時の事を思い出そうとしながらタクムに訪ねる。

 

 

「えっと...新入生が最初にローカルネットに接続するのって、どんなタイミングだっけ?」

 

 

「そろそろじゃないかな。僕の前の学校と同じなら、確か入学式が終わって、教室に移動して、そこで初めてアカウントの配布があったんだよ」

 

 

その答えに、少し考えてから、ハルユキはにやっと笑って言った。

 

 

「...じゃあ、こうするか。どうせ確認にバーストポイントを1使うなら、ついでに《対戦フィールド》でチユのデュエルアバターがどんなのか見とこうぜ。タクと兎美はギャラリーに入ってくれ、俺が《加速》してチユに対戦を申し込むから」

 

 

ハルユキの言葉に、タクムとチユリ、そして兎美が頷く。

 

 

「行くぞ」

 

 

ハルユキは口の中で、加速コマンドを唱えた。

 

 

「バースト・リンク!」

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

バシイイイイッ!という乾いた雷鳴にも似た音が脳内いっぱいに響き渡り、周囲の光景が青一色に染まった。

 

 

同時に、教室にいた他の生徒達が、ぴたりとその動きを止めた。

 

 

時間が停止したわけではない。

 

 

ハルユキのニューロリンカー内部にひそむ《ブレイン・バースト》プログラムが、意識のみを一千倍に加速させたのだ。

 

 

仮想デスクトップの左側で、ひときわ明るく燃え上がる《B》のアイコンにタッチし、コンソールを起動する。

 

 

マッチングリストの更新を、それなりにドキドキしながらじっと待つ。

 

 

リストの最上部に、直ぐに《シルバー・クロウ》、つまりハルユキ自身のデュエルアバターの名前が浮かんだ。

 

 

右側のレベル表示は4。

 

 

続いて《ブラック・ロータス》こと黒雪姫。

 

 

もちろんレベルは9だ。

 

 

更に、ハルユキと同じレベル4の《シアン・パイル》――タクムの名が現れる。

 

 

そしてレベル1の《サファイア・ラビット》、ハルユキの《子》である兎美が表示される。

 

 

わずかに間をあけて、もう1つの文字列が、ぽっと輝いた。

 

 

《ライム・ベル》。

 

 

レベル1。

 

 

そこで、リストのサーチング表示が消えた。

 

 

つまり、今この瞬間に梅郷中学校のローカルネットに接続しているバーストリンカーは5人、という事になる。

 

 

そして《ライム・ベル》は間違いなくチユリだ。

 

 

もうこの時間には、新1年生120人は例外なくローカルネットへのサインインを済ませているはずなので、やはり入学生に新手のバーストリンカーは存在しなかったのだという結論になる。

 

 

しかし、1つだけ引っかかる事があると言えばある。

 

 

入学式の時、檀上の上で、黒雪姫が新入生の列に一瞬向けた鋭い視線。

 

 

あの意味は何だったのか。

 

 

メールを飛ばして確かめておこうか、と一瞬考えたが、生徒会副会長でもある黒雪姫は今頃山ほど積み上がった各種タスクに忙殺されているだろうと思い直す。

 

 

アバターの指を、梅郷中5人目のバーストリンカーの名前に伸ばしながら、ハルユキはちらりと考えた。

 

 

ライム、というのは恐らく黄緑色だ。

 

 

少しだけ近接攻撃寄りの間接攻撃系ということか。

 

 

しかし実際にどんな能力を持っているのかは、対戦してみるまで解らない。

 

 

デュエルアバターは、それを宿す者の劣等感の顕現――。

 

 

半年前の、黒雪姫の言葉が耳の奥に蘇る。

 

 

もちろん、アバターの外装を眺めるだけでその宿主の《心の傷》を即座に看破できるわけではない。

 

 

事実ハルユキはいまだに、タクムや黒雪姫のいかなる劣等感があれほど強力なアバターを作り出しているのか推測すらできていない。

 

 

とは言え、やはりそれが《隠された内面》の顕れであるのは確かなのだ。

 

 

ハルユキは、青く凍った視界の中、自分の左斜めに立つチユリの姿をちらりと眺めた。

 

 

わずかな躊躇いを呑み込み、《ライム・ベル》の名前に触れて、ポップしたメニューから《デュエル》をクリック。

 

 

出現したフィールドは、巨大な歯車やコンベアがごとごとと動き回る《工場》ステージだった。

 

 

己の姿が銀色の《シルバー・クロウ》に変化し、FIGHTの炎文字が弾けるのを待ってから、ゆっくり立ち上がる。

 

 

クラスメイト達が姿を消し、代わりに謎機械群に取り囲まれた2年C組の教室を見回すと、まず青い大型アバター《シアン・パイル》の姿が目に入った。

 

 

そして自分の右隣に立つ、鮮やかな青い装甲に包まれた《サファイア・ラビット》に視線を向ける。

 

 

そちらに軽く頷きかけてから、ハルユキは反対側にぽつんと立つ、自分と同じくらい小柄なアバターを見つめた。

 

 

《ライム・ベル》は、予想通り鮮やかな若葉色の外装を纏っていた。

 

 

なよやかな全身のラインは明らかに女性型だ。

 

 

手足や胴はほとんどシルバー・クロウなみに細く、腰には木の葉に似たアーマーが装備されている。

 

 

頭は魔法使いめいた鍔広のとんがり帽子型で、その下に猫を思わせる吊り目のフェイスマスクがあった。

 

 

しかし何より特徴的なのは、左手に装備された巨大な釣り鐘状の、恐らくハンドベルだ。

 

 

武器なのか、あるいは見た目通り楽器なのかと思いながら、ハルユキはそちらへと歩み寄った。

 

 

「わぁ!これが私?」

 

 

しげしげと左手に接続された鐘を眺めていた《ライム・ベル》――チユリは、ひょいと頭を傾げて言った。

 

 

「なんか...色が派手すぎない、これ?」

 

 

「文句言うなよ、そこまで彩度高い色は、欲しいったってなかなか出ないんだぞ」

 

 

「ていうか」

 

 

帽子の下で、オレンジ色の眼が訝しげに細められる。

 

 

「......あんた、ハル?」

 

 

「......です。言いたいこと解るから言わなくていいからな!」

 

 

早口でそう付け加えたが、チユリは容赦なく叫んだ。

 

 

「ほっそ!このゲームのアバターは、トラウマの表現...なんだっけ?へー、ほー、なるほどねー」

 

 

「ほっとけよ」

 

 

「で?あれがタッくん?イメージ通りかも、ハルと違って...」

 

 

チユリの言葉に、タクムは頬をかく。

 

 

「そして、そっちが兎美なのね?」

 

 

兎美は、ウサギの耳のようなアンテナをビルドのアンテナと同じように触る。

 

 

「何か...ウサギの容姿にその色ってラビットタンクみたいね?」

 

 

「うん、記憶喪失のせいかシステムが上手く認識が出来なかったのかな?そのせいで兎美さんの記憶にあるビルドの力を顕現したのかな?」

 

 

幼馴染2人がそう推測してる中、ハルユキだけは気付いてしまった。

 

 

それもあるかもしれないが、兎美はただ不安なんだ。

 

 

記憶を失って自分が何者であるか解らない。

 

 

それが不安でたまらない、だから兎美は自分がこうありたいという自分を演じている。

 

 

勿論、そこで芽生える感情は本物だ。

 

 

だけど、兎美は喜びや美しみを知る一方でハルユキ達には計り知れない孤独を抱えている。

 

 

その《孤独》の心をシステムが読み取ったのでは...

 

 

と内心で考える。

 

 

「ハル、やっぱり新入生にバーストリンカーはいなかったみたいだね」

 

 

「ああ、リストにあったのは、シルバー・クロウ、ブラック・ロータス、シアン・パイル、サファイア・ラビット、それとライム・ベル。それだけだったな」

 

 

2人がそんな話をしていると、チユリがハルユキに話しかけた。

 

 

「ねぇねぇそれより、今って私とハルが対戦している状態なんでしょう?」

 

 

拳とハンドベルを構える幼馴染に、ハルユキは慌てて確認する。

 

 

「待てよ!お前、ルールちゃんと知ってるのかよ」

 

 

「大体はタッくんから聞いた、要はバンバン対戦に勝ってズンズンポイント稼いで、レベル10になればクリアなんでしょう?」

 

 

「...か、簡単に言うなよ。まあそうなんだけどさ...」

 

 

あっけらかんとしたチユリの言葉に、今のをあの人が聞いたら何と言うかとぶるぶる首を振ってから、ハルユキは続けた。

 

 

「と、とにかく、対戦に勝つには相手の弱点を見抜いて、自分に有利な戦い方をしなきゃならない。そのためには、まずは自分のアバターの性能を完璧に把握しなきゃならないんだ」

 

 

――まさか、僕が誰かにこんな偉そうなこと言う日が来るなんてなぁ。

 

 

「ねぇ、必殺技とかないの?」

 

 

「あのなぁ...たくっ...」

 

 

チユリの質問に感慨している所を虫を刺され、呆れながらも右手の指先を動かす。

 

 

「視界のこのへんに、自分の《体力ゲージ》があるだろ?それにタッチして、出た窓から《技リスト》を開いてみてくれ」

 

 

本来は親であるタクムの役目だろうが、会話の流れ上ハルユキがそう指示すると。

 

 

「う......うん」

 

 

頷いたチユリは、ややぎこちない動きで指を伸ばし、宙の一点を叩いた。

 

 

続けて幾つかの操作を加える。

 

 

「えーと...通常技、ってのが3つと、あと必殺技が1つあるみたい。《シトロン・コール》...?なんか、左手のベルを...こんな...」

 

 

呟きながら、チユリは技リストのアニメーション・シルエットの動きに合わせて、肘から先が巨大なベルとなっている左腕をぐるんぐるんと2度回し、最後に上からスナップを利かせて振った。

 

 

だがもちろん、現状では何も起こらない。

 

 

「何よ、どうにもならないじゃない」

 

 

「必殺技を使うためには、体力ゲージの下にある青い《必殺技ゲージ》が溜まってないとだめなんだよ」

 

 

「それって、どうやって溜めるの?」

 

 

「対戦相手にダメージを与えるか、逆に自分が食らうと...」

 

 

そこまで口にした途端、チユリがおもむろに左手の巨大ベルをハルユキの頭めがけて振り上げたので、慌てて付け加える。

 

 

「そ、それとあとは、ステージを破壊しても溜まるんだよ。そのへんの機械、どれも壊れるから!」

 

 

「あっ、そう」

 

 

気のせいかやや不満そうに頷き、チユリは元は教卓があった場所に鎮座する蒸気機関めいたオブジェクトに歩み寄ると、盛んにスチームを吐き出すそれに躊躇なく左手を叩きつけた。

 

 

ぼかーん!と小気味よい爆発音と共に火花と白煙が吹き上がる。

 

 

「気持ちいー!」

 

 

「うわぁ...容赦ねぇ...」

 

 

無邪気な歓声と共に、ベルトコンベアを回している歯車群を片っ端から叩き壊していくとんがり帽子のアバターを、ハルユキはぶるりと背中を震わせながら見つめた。

 

 

あの爆発のリアルさや、ステージの超高精細モデリングに感動のそぶり1つ見せないなんて、これだから女の子というのは...。

 

 

と内心でぶちぶち言っていると、これまで無言を続けていたタクムが、隣で小さく囁いた。

 

 

「ハル、気付いてる?チーちゃんのHPゲージ、全然減ってない。《工場》ステージの機械オブジェクトは、破壊するとき多少だけど被ダメージがあるはずなのに」

 

 

「あ...ほんとだ」

 

 

「外見のわりに、相当防御力が高いよ。《緑》はもともと、《メタルカラー》の次に防御に秀でた色だけど...」

 

 

タクムの冷静な分析に、ハルユキはふと、噂に聞く《緑の王》の鉄壁伝説を思い出していた。

 

 

ライム・ベルの装甲は、レベル1時のシルバー・クロウと比べれば明らかに硬い。

 

 

つまり、チユリもまた防御型ということなのだろうか。

 

 

本人のキャラクターとは真逆なような気がしてならないが。

 

 

そんな事を考えているうちに、ライム・ベルの必殺技ゲージは半分近くが青い輝きに満たされた。

 

 

「おいチユ」

 

 

「何!?」

 

 

必要以上に破壊をしていたチユリに話しかけるハルユキだったが、邪魔されて機嫌が悪くなったチユリはドスの効いた声で返答する。

 

 

「いや...もう十分ゲージが溜まったから、そろそろ...」

 

 

ハルユキに言われ、チユリも必殺ゲージを確認する。

 

 

「あっ!本当だ!もう、早く言ってよ!」

 

 

左手の大型ベルを高く振りかざし、ぐるぐると反時計回りに2度回転させる。

 

 

突如眩い黄緑の煌めきに包まれた。

 

 

「......《シトロン・コ―――ル》!!」

 

 

 

案外サマになった技名発声と同時に、垂直に振り下ろされたベルから、りごりごりーん、という壮麗なサウンドエフェクトと共に光の粒が溢れ出し、シルバー・クロウの全身を覆った。

 

 

「.........っ!」

 

 

一体いかなるダメージが発生するのか予想も出来ず、ハルユキは息を詰めて眼をつぶった。

 

 

熱か衝撃か、あるいは名前からして酸性の溶解攻撃という可能性も――

 

 

「......あれ?」

 

 

「......おや?」

 

 

「......ん?」

 

 

耳に、左右からチユリとタクム、そして兎美の訝し気な声が届き、ハルユキはそっと薄目を開けた。

 

 

こわごわ見下ろした自分の体には、いまだに艶やかな白銀の輝きが健在だった。

 

 

痛みも熱さもまったく感じないし、そもそもHPバーがまったく減っていない。

 

 

「何よこれー!何にも起きないじゃないの!!」

 

 

憤慨したようなチユリの叫び声に、反射的に首を振る。

 

 

「そ...そんなはずないよ。お前の技、間違いなく俺に命中したし...必殺技ゲージも減ってるし。継続時間(オーバータイム)ダメージ...でもないな。遅効性の時限起動ダメージかな......?」

 

 

ぶつぶつ呟きながら何かが起きるのを待ったが、何秒、何十秒待とうとシルバー・クロウのHPは微動だにしない。

 

 

「うーん...こりゃつまり、光と音だけの、目くらまし技ってことなのかな。確かに黄色系っぽくはあるけど...」

 

 

ハルユキの言葉に、チユリが憤懣やるかたない様子で腰に右手をあてた。

 

 

「つまんないわよそんなの!ハル、あんたの必殺技いっこ寄越しなさいよ」

 

 

「ええっ、さすがにそりゃ無理だよう。だいたい、俺の必殺技って頭突きしかないし」

 

 

「この際それでも我慢するわ」

 

 

現実世界と何ら変わらぬ掛け合いを繰り広げていると、不意に兎美が低く呟いた。

 

 

「いや...、只の幻惑技にしては、必殺技ゲージの減りが多きすぎる。半分溜まってたのに全部消費したから...何か、もっと実際的な効果があったはず...」

 

 

両腕を組み、サファイア・ラビットは顔を俯けた。

 

 

「ダメージじゃないし、弱体化(デバフ)でもない...てことは...あっ...もしかして...」

 

 

発せられた鋭い声に、ハルユキはチユリと同時に首を傾げた。

 

 

「なんだよ、兎美?何か思いついたのか?」

 

 

「...まあね、まさかって感じだけど...。チユ、ちょっとそのベルで、普通にハルをどついてみてくれる」

 

 

「うんわかった」

 

 

ゴチリ―――――ン!!

 

 

兎美の言葉が終わるか終わらないうちに、チユリが一切の手加減なく巨大ベルを振り下ろし、それを棒立ちのまま脳天に食らったハルユキの視界には無数の星が飛び散った。

 

 

「い、いでっ...」

 

 

と喚く間もなく容赦ない指示が続く。

 

 

「まだゲージが足りないわね。あと3回くらい」

 

 

「うんわかった」

 

 

ズガズガズガリー―――ン!!

 

 

......チユのベル、いいな。

 

 

殴るとき凄くいい音するもんな。

 

 

などと考えつつ、ハルユキはあっけなく大の字に昏倒した。

 

 

あくまで対戦格闘ゲームであるブレイン・バーストでは、レベルアップしただけでHPや攻撃力、防御力が劇的に増えるわけではない。

 

 

新たな必殺技や能力を得る事によって戦術の幅が広がりはするが、このように無抵抗に殴られれば相応のダメージが発生する。

 

 

結果、ハルユキのHPゲージが四度の殴打で3割程も減少し、代わりにチユリの必殺技ゲージは再び半分以上が青い輝きに満たされた。

 

 

ううう、と呻きながらどうにか立ち上がったハルユキの眼前で――。

 

 

再びベルがぐるぐる回され、黄緑色のライトエフェクトが煌いた。

 

 

――おっかしいなぁ、僕が先輩に最初のレクチャーしてもらった時や、兎美にレクチャーした時は、こんな《師匠が身を以て技を教える》的シーンは一切なかったけどなあ。

 

 

――大体、そもそも、何で僕がチユの対戦相手してるんだっけ?

 

 

今更過ぎる思考を巡らせると同時に、チユリが2度目の技名発声を、さっきよりも大きな声で行った。

 

 

「シトロン・コ―――――――ル!!」

 

 

澄んだ鐘の音、溢れ出すライムグリーンの光のリボン。

 

 

そしてほのかに漂う、爽やかな柑橘系の香り。

 

 

それらがシルバー・クロウのボディを幾重にも包んだ、その瞬間。

 

 

「うあっ...!?」

 

 

ハルユキは、加速世界に於いて何か月ぶりかの、心の底からの驚愕に見舞われて声を上げた。

 

 

画面左上、3割ほども削り取られた自分のHPゲージが――

 

 

みるみる回復していく(・・・・・・)

 

 

HPの回復。

 

 

対戦格闘というジャンルのゲームに於いては、本来有り得ない現象だ。事実、これまでハルユキは、《ブレイン・バースト》でゲージが回復する所など1度として見た事はなかった。

 

 

いや、正確には、かつてたった1つだけ例外を目の当たりにした事がある。

 

 

3か月前、凄まじい激戦を経て破壊され、消滅した呪いの強化外装(エンハンスト・アーマ―メント)《クロム・ディザスター》。

 

 

あのアバターは、喰らった相手の体力を吸収し傷を癒す《ドレイン》という力を持っていた。

 

 

しかし、ディザスターと戦ったのは他のアバターのHPゲージが見えない《無制限中立フィールド》てのことだったので、実際にゲージが回復するところを目撃したのはやはりこれが初めてだ。

 

 

わずか10秒ほどでHPは満タンに戻り、同時に黄緑色の光も消え去った。

 

 

「やはりね」

 

 

兎美が納得の声を上げる中、ハルユキや少し離れた場所のタクムも、まったく動けず声も出せなかった。

 

 

硬直を解いたのは、何度目かのチユリの不満げな叫び声だった。

 

 

「やだぁ、何よ!ヒットポイント、元に戻っちゃったじゃないのよ!ずるーい、今のなし!!」

 

 

「いや......お、オレがずるいわけじゃなくて...」

 

 

掠れ声でなんとかそう言い、解説を求めてタクムに視線を向ける。

 

 

シアン・パイルは、細いスリットの奥の青い両眼をいっぱいに見開いていたが、やがて首を左右に振りながら低く呻いた。

 

 

「な......なんてことだ...。今のは間違いなく《回復アビリティ》だよ、チーちゃんのそのアバターは、《回復術師(ヒーラー)》だったんだ......」

 

 

「えー?つまりいわゆる僧侶ぉ?なんか地味!」

 

 

やや不満そうな声を上げるチユリに続けて、ようやく驚きから立ち直ったハルユキも、素直な感想を述べた。

 

 

「ヒーラー......。初耳だなあ。ブレイン・バーストにもそんなのいたんだなあ」

 

 

しかし、対照的にタクムは、何かを恐れるかのようにいっそう声をひそめた。

 

 

「地味どころか...とんでもないレアアバターだ。これは、チーちゃんが《対戦》デビューしたら、大変なことになるよ...。もしかしたら、シルバー・クロウが現れた以上の...」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「何だと」

 

 

ごく短いひと言と、それに続いた長い沈黙が、驚きの巨大さを表現していた。

 

 

現実世界では梅郷中学校副生徒会長、加速世界ではレギオン《ネガ・ネビュラス》頭首、そしてハルユキの《親》であるレベル9バーストリンカー、黒の王《ブラック・ロータス》こと黒雪姫は、たっぷり5秒以上もハルユキの顔を凝視してから、ようやく右手に持ったマグカップをソーサーに戻した。

 

 

「...倉嶋君がバーストリンカーになれるかどうかは、まぁ五分五分くらいかと予想していたが...よりにもよって《ヒーラー》とはな...」

 

 

長い黒髪を掻き上げ、白塗りの椅子の背もたれに体を預けて小さく嘆息する。

 

 

漆黒のブラウスの上で、真新しい臙脂のリボンが艶やかに光る。

 

 

2047年4月10日、水曜日、午後3時半。

 

 

例によって、学生食堂に隣接したラウンジの奥まったテーブルに、2人差し向かいで座っている。

 

 

昼休みは全部が埋まるこの場所だが、放課後もあえてグローバルネット接続不可の校内で過ごしたいという物好きはそうそう居らず、今も他の生徒の姿はない。

 

 

チユリがバーストリンカーとなり、アバター《ライム・ベル》の特性でハルユキとタクムを驚倒させてから、既に2日が経過していた。

 

 

年度初めという事もあって黒雪姫は生徒会関係で多忙を極め、昼休みも時間が取れずに、ようやく今日になって直接話す事が出来たのだ。

 

 

タクムからチユリへのインストールが成功した事と彼女のアバター名は、既に2日前にメールで報告してあった。

 

 

本当は同時にアバターの驚くべき能力についても書いておきたかったのだが、タクムが『それは直接会って伝えたほうがいい』と強く主張したので説明が今日になってしまった。

 

 

報告が遅れた事を小声で謝ると、黒雪姫はようやく視線を戻し、いや、と首を振った。

 

 

「それは、タクム君の判断が正解だ。もし万が一、ネットでこの件を話して他のバーストリンカーに盗み聞きでもされたら、大ごとでは済まなかったよ」

 

 

「そ...そこまでですか」

 

 

「間違いない。東京中からバーストリンカーが杉並に集まってきて、倉嶋君...ライム・ベルがどこかのレギオンに入る前に仲間に引き込もうと、あれこれ策を弄したに違いないさ」

 

 

薄い微苦笑と共にそう言われ、ハルユキは改めて瞠目した。

 

 

《回復能力》の希少(レア)さは、加速世界に足を踏み入れて半年も経つのに、これまで見た事も聞いた事もないゆえに解ったつもりでいた。

 

 

しかし、スカウト合戦まで起こるとはまったく穏やかではない。

 

 

希少(レア)と言うなら、ハルユキの《飛行能力》こそレア中のレアだ。

 

 

しかし《ネガ・ネビュラス》のタグをぶら下げてから、マークはされどもレギオン移籍を勧誘されるなど2、3回あったかどうかだ。

 

 

「で、でも...なぜです?まだ実践デビューさえしてないのに...」

 

 

「ん...そうだな...」

 

 

何と答えたものか考える素振りを見せてから、黒雪姫はぴっと指を1本立てた。

 

 

「こう言えば解るかな。加速世界が生まれてから既に丸7年以上が経つが、《回復アビリティ》を所持したバーストリンカーはこれまでわずか2人しか出現しなかった。そのうち1人は数限りない誘いや暗殺の罠を撥ね退けていまだ健在だが、もう1人は己を巡って繰り広げられる争いに耐え切れずに、自分の意志で加速世界を退場してしまった」

 

 

「た...」

 

 

退場。

 

 

とはつまり、自分で自分のブレイン・バーストを消去したということだろうか。

 

 

凍り付いたハルユキに、黒雪姫はちらりとシニカルな表情を浮かべてみせた。

 

 

「ま、私に言わせれば、《2人の王子の求愛に悩んだあげく塔から身を投げる》など、お姫様病をこじらせ過ぎというものだが」

 

 

「そ、そんな、身も蓋もない...」

 

 

ハルユキが思わず頬を引きつらせると、黒雪姫は更に恐ろしい事を口にした。

 

 

「幸い、倉嶋君はそういうタイプではまったくないがね。それどころか、王子2人に決闘で決めろ位の事は言いかねないな」

 

 

ははは、と笑うので、反射的に後ろをちらりと見てそこに誰もいないのを確認してしまってから、ハルユキは急いで話題を戻した。

 

 

「で、でもですね、その、なんで《回復能力》があるってだけでそこまで大騒ぎになるんです...?」

 

 

「想像してみたまえ。公式領土戦のチームバトルで、相手の前衛のHPを苦労して減らしたのに、そいつが後ろに引っ込んで戻って来た時にはケロッと全快しているんだぞ。はっきり言って...」

 

 

「――やってらんないっすね」

 

 

確かにそれはキツい。

 

 

というかヒドい。

 

 

ハルユキがこくこくと頷くと、黒雪姫はひらりと右手を広げて言い添えた。

 

 

「つまり、だ。敵チームにヒーラーがいれば、何はどうあれ最初にそいつを沈めなければならん。ところが、そう考えるのは向こうにも容易く読めるわけで、イコール待ち伏せ、挟撃その他あらゆる罠を張り放題ということになる」

 

 

「...ははぁ...」

 

 

「はっきり言って、現在でも、敵にだけヒーラーが含まれる場合の対応策というものはまったく確率されていないんだよ」

 

 

にやっと笑いながら発せられた言葉に、ハルユキはきょとんと眼をしばたかせた。

 

 

「え、ちょっと待ってください。さっき、今現役のヒーラーはたった1人...あ、チユを除いて、ってことですけど...そう言いましたよね。じゃあ、もしそのバーストリンカーが所属するレギオンが《その気》になったら、加速世界の統一も可能なのでは...?」

 

 

「可能性で言えば有り得るよ。充分に」

 

 

「なぜしないんです?」

 

 

ハルユキの素朴な疑問に、黒雪姫は一瞬苦笑いを浮かべてから、すぐにそれを消した。

 

 

細められた漆黒の双眸に、ぎらっと剣呑な光が横切った――気がした。

 

 

放たれた声もまた、それまでとは異なる冷ややかな響きを帯びていた。

 

 

「単純な理由だ。そのヒーラーとは、今や《純色の六王》の1人だからだ。例えチームバトルで99パーセントの勝率を誇ろうとも、ただ1度でも他の王に討たれれば、その時点で《加速》を喪ってしまうからな。それゆえ、戦場に出てこられないのさ」

 

 

「王の...1人!?」

 

 

ハルユキは、持ち上げようとしていた烏龍茶の紙コップを落っことしかけ、慌てて両手で掴み止めた。

 

 

「何色なんです!?」

 

 

せき込んでそう訪ねたが、なぜか答えは直ぐには返ってこなかった。

 

 

視線を下向けた黒雪姫は、長いこと迷っているようだったが、やがてそっと首を横に振った。

 

 

「...すまん、今はその者のことは、名前すらキミに聞かせたくない。キミに、あやつに対する興味を、砂粒ひとつぶほども抱いてほしくないのだ」

 

 

「え?それは...どういう?」

 

 

黒雪姫の意図が掴めず、ハルユキは間の抜けた質問を発した。

 

 

問いに対して返されたのも、また問いだった。

 

 

「なぁ。ハルユキ君。妙な事を訊くようだが...キミ、この半年で、他のレギオンに何回スカウトされた?」

 

 

「はっ!?」

 

 

ぴん、と背筋を伸ばし、ハルユキは何度か口を開閉させた。

 

 

しかしもちろん、嘘をつくなどという選択肢があろうはずもない。

 

 

消え入りそうな声で事実を伝える。

 

 

「あの...3か月前のニコの1件も含めれば、《王》の率いる六大レギオンからは2回。それ以外のちっちゃいところからが1回です。で、でも、当たり前ですけど全部その場で速攻断ってますから!!」

 

 

最後の一言を必死に付け加えたが、残念ながら黒雪姫はあまり感銘を受けたふうでもなく...と言うようりも他に気にかかる事があるようで、きゅっと眉を寄せて更に問うてきた。

 

 

「ふむ。その、六大レギオンからの残り1回とは、具体的には何色だ?」

 

 

「...えっと...あれは確か、青だったかな...」

 

 

答えると、数秒してから、黒雪姫はふうっと細長く息をついた。

 

 

「......そうか、なるほどな。しかし、青とはね。あれだけ毎週刺客を送り込んでおきながら、幾ら何でも図々しすぎるだろう」

 

 

「ほ、ほんとですね」

 

 

ようやく白い美貌が少しばかり綻んだので、ハルユキもほっと口元を緩めてから、改めて首を傾げた。

 

 

「でも、それがどうかしたんですか?」

 

 

「もちろん、信じているよ。キミが、他の王の誘いに乗るなんてこと絶対有り得ないとね。信じているが...それでも、不安に思うのを止める事は出来ない。それほどまでに、奴の引力には絶対的なものがあるのだ...」

 

 

《奴》というのがどの色の王を指しているのか、ハルユキには解らなかった。

 

 

途惑うハルユキを、夜空の色の瞳でじっと見つめ、黒雪姫は不意に右手を上げた。

 

 

なよやかな仕草でハルユキの丸い頬から顎へのラインを撫で、同時に囁く。

 

 

その声は絹の様に滑らかだったが、それでいてどこか冷たく張りつめていた。

 

 

「ハルユキ君、いいか...キミは私の物だ。これまでも、そしてこれからも、未来永劫、他の誰にも渡さん」

 

 

突然の接触および宣言に、ハルユキはぎょっと眼を剥き、呼吸も忘れて硬直した。

 

 

言葉面だけなら、愛の告白――と受け取れない事も無かった。

 

 

しかしハルユキの耳には、黒雪姫が唇を閉じた後も、音にならなかった声がはっきりと聞こえた、ような気がした。

 

 

――もし他の王の所に行くというなら、その前に斬る。

 

 

ぞくりと背筋に戦慄が走るのを感じた。

 

 

ハルユキは、声に出しては冗談めかした応じ方をした。

 

 

「あ、当たり前です。何なら、僕のアバターに油性マジックで名前書いてもいいですよ」

 

 

「...ふふ、それはいい考えだ。言っておくが、《向こう》にもちゃんと存在するからな、消せないペン」

 

 

「え、ええ」

 

 

ハルユキの驚き顔に、黒雪姫はようやくいつもの笑みを浮かべると、手を下ろして紅茶をもう一口含んだ。

 

 

「すまん、ちょっと脱線してしまったな、主題は倉嶋君の件だったな。もう。《ヒーラー型アバター》のレアさはキミにも充分伝わったと思うが...」

 

 

カップを戻し、わずかに視線を彷徨わせてから、こくりと小さく頷く。

 

 

「確かに、タクム君の言う通り、ことの扱いはいやが上にも慎重を期さねばならん。3人目の《ヒーラー》が加速世界に出現したというニュースが広まれば、ありとあらゆる勢力が倉嶋君を取り込まんと策動するだろうからな」

 

 

そう言われると、ハルユキとしても不安を覚えざるを得ない。

 

 

チユリが他のレギオンの誘いにほいほい付いていく、などと思っているわけではないが、しかし何と言っても《ネガ・ネビュラス》の頭首は、チユリと相性が良いとはまったく言えない黒雪姫なのだ。

 

 

2人が大喧嘩でもすれば、直情径行なチユリのことだ。

 

 

勢いでレギオンを脱退し、そこを敵対組織にすぽっと1本釣りされるなどという展開も、ことによると――いやけっこうな確率で――

 

 

「...ありそう、だなぁ...」

 

 

呟き、ぶるっと背中を震わせていると、黒雪姫がふうっと長く息を吐いて言った。

 

 

「ここはやはり、1度彼女と胸襟を開いて話し合う必要があるなぁ」

 

 

「...そ、そうっすね」

 

 

と相槌は打ったものの、その場には絶対同席したくないし、それでいて見ていないのも大いに不安だ。

 

 

せめて事前にタクムとあらゆる展開について対応を練り上げておき、上手いこと和解に持ち込めるような努力するしかない。

 

 

――がんばろう。

 

 

マキシマムがんばろう。

 

 

と決意し、テーブルの下でぎゅっと右拳を握った途端、黒雪姫が予想外のことを言った。

 

 

「ま、どちらにせよ、10日先の話だな」

 

 

「へっ?と、10日?なんでそんなに待つんです?」

 

 

「なんで、って...」

 

 

やや呆れ顔を作り、黒衣の上級生はサラリと答えた。

 

 

修学旅行だよ(・・・・・・)

 

 

「は!?」

 

 

「今日のホームルームで配布された年間スケジュールファイルに書いてあっただろう。4日後の日曜から、新3年生は1週間の修学旅行だ。行き先は沖縄だから、お土産なにがいいか考えておいてくれたまえ」

 

 

――沖縄ぁ!?

 

 

脳裏に、ラフテーミミガーソーキソバ他の単語が次々とスクロールする。

 

 

でもそんなもの東京まで持ってこられないよなぁ、やっぱあれかな、ドーナツみたいな、ええと、さーたー...

 

 

「あんだーぎー?でもあれは揚げたてじゃないと美味しくないぞ」

 

 

いつの間にか声に出していたようで、黒雪姫にそう言われてハッと我に返ったハルユキは、慌てて首をぶんぶん振った。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。1週間も!?じゃあそれまでチユの件は保留っすか...いやその前に、来週末の領土戦はどうするんです!?」

 

 

《公式領土戦争》略して領土戦とは、毎週土曜日の夕方に開催される、レギオンの支配戦域(エリア)を奪い合うチームバトルのことだ。

 

 

ハルユキの属する黒のレギオン《ネガ・ネビュラス》は現在、杉並第1~第3戦域、つまり杉並区全土を支配しているが、これを維持するために領土戦時間中に挑んでくるチーム相手に勝率50%をキープしなくてはならない。

 

 

チーム戦の勝敗は、どちらかの全滅、時間切れの場合は生き残った人数、更にそれも同数の場合はHPゲージの合計量で決する。

 

 

いやそもそもそれ以前に、領土戦で挑戦者チームの人数合わせが行われるのは、防衛側が3人以上存在する時だけだ。1人、あるいは2人でも防衛に出ることは可能だが、ということはつまり――

 

 

「え、も、もしかして、僕とタクだけで敵3人を相手にしなきゃならないんですか」

 

 

「ふむ、ま、そういうことだな」

 

 

しれっと頷き、黒雪姫はカップの中のミルクティーをくるくると回した。

 

 

「理想を言えば、来週末までに倉嶋君と兎美君のレギオン参入が間に合うならそれに越したことは無かったが...兎美君はともかく、バーストリンカーになってたった1週間で領土戦争に参加させるのも酷な話だしな。何、キミとタクム君のタッグなら、そんじょそこらの3人チームには引けを取るまい」

 

 

「は...はぁ...」

 

 

そう言ってもらえること自体は決して嫌ではなく、ハルユキは微妙な笑いを浮かべた。

 

 

「努力はしますけど...じゃ、じゃあ、そんじょそこらじゃないのが出てきた時はもうしょーがないってことですよね。またその翌週に取り返せばいいんですもんね」

 

 

「いや、それはダメだ」

 

 

ぷいっと横を向かれてしまう。

 

 

「この杉並に、他のレギオンの旗が立つなど我慢ならん。そういうわけでハルユキ君。死守だ」

 

 

「シシュ!?」

 

 

あっという間に涙目になるハルユキをちらりと見て、黒雪姫はやれやれというふうに微笑んだ。

 

 

そして、突如途轍もない台詞を放った。

 

 

「そうだなぁ...じゃあ、こうしよう。もし来週の防衛に成功したら、ご褒美にキミのお願いを何でも1つ聞いてやる。どうだ?」

 

 

「ゴホウビ!?」

 

 

いきなりの、物理的攻撃力を備えているとしか思えない黒雪姫の言葉に眉間に直撃され、ハルユキは椅子ごと仰け反った。

 

 

危うくバランスを回復し、がったんと前に戻ってから、わなわなと両手を震わせる。

 

 

何でも...って何だ!?

 

 

学食で何でも食べ放題?

 

 

いや校外の店もありなのか?

 

 

「あ、言っとくが私の能力を超えるお願いは無理だからな。鼻からスパゲッティ食べるとか」

 

 

「だ...誰が得するんですかそれ!!」

 

 

桃色の妄想を一気にワイプされ、ハルユキはずるっと椅子の上で滑った。

 

 

小刻みに何度も頭を振り、思考を立て直す。

 

 

「と......ともかく、全力は尽くします...。あと、先輩がお留守の間に、チユの奴に基本的なレクチャーはしておきますんで...」

 

 

「うん。その後、私からレギオンへの加入要請をさせて貰おう」

 

 

そこで黒雪姫はちらりと視界端の時刻表示を見た。

 

 

「...っと、そろそろ生徒会室に戻らないと。そういえば、キミからも何か話があるんじゃなかったか?」

 

 

「あ、そうでした」

 

 

頷き、ハルユキは早口で続けた。

 

 

「いえ、別に大したことじゃないんですけど。新1年生に、バーストリンカーいませんでしたね、っていうだけで」

 

 

「キミも確認したか。私も少し前に学内ローカルネット経由でマッチングリストを見たが、確かに増えているのは倉嶋君...《ライム・ベル》。兎美君の《サファイア・ラビット》だけだったな...」

 

 

そうは言ったものの、口調にはわずかな歯切れの悪さを感じて、ハルユキはふと入学式の檀上で黒雪姫が見せた一瞬の視線を思い出した。

 

 

おずおずとその件を訪ねる。

 

 

「あの...先輩、演説の終わり間際に、1年生の誰かを気にしてませんでしたか?」

 

 

すると黒雪姫はふ、と苦笑し、首を横に振った。

 

 

「よく見てるなぁ。いや、気にするほどのことではない。強いて言えば...気配を感じた。くらいの話だ」

 

 

「け、気配?」

 

 

「キミも身に覚えがあるだろう。《対戦》フィールドで、どこかに潜伏したスナイパーの照準器に狙われているような...」

 

 

それはハルユキが加速世界に於いて最大級に嫌いな感覚だったので、反射的に思い切り顔をしかめると、黒雪姫はすぐにいやいや、と指先を振った。

 

 

「最終的に、1年生に新手のバーストリンカーはいなかったのだから、私の錯覚さ。...さてでは私はここで失礼するよ」

 

 

「あ...僕も帰ります」

 

 

ハルユキも晴れて2年生となったので、もうラウンジを使用する権利はあるのだが、このオシャレ空間に1人で居残る度胸は皆無だ。

 

 

黒雪姫に続いて立ち上がり、再生素材のコップを回収ボックスに放り込んだ所で、ふと黒雪姫がハルユキに話しかける。

 

 

 

「そう言えば、兎美君はどうしたんだ?」

 

 

「ああ、兎美だったら...」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

梅郷中学校、風紀委員室。

 

 

兎美は転入してきたその日に、風紀委員に加入していた。

 

 

氷室幻を調べるのもあるが、あわよくば葛城巧未を調べられと思ったからだ。

 

 

兎美はパソコンと睨めっこし、葛城の事を調べていた。

 

 

しかし、流石に一中学校の風紀委員といえどそんな情報は保存されていなかった。

 

 

「随分熱心に調べ事をしてるのね?」

 

 

集中していたせいか、幻と内海が近くまで接近していた事に気づかなかった。

 

 

「いえ、葛城巧未ついて知りたくて...」

 

 

幻は兎美の隣まで来ると、いきなり語り出した。

 

 

「随分前に、この近くに隕石が落ちた事は知ってる?」

 

 

「いえ...」

 

 

「隕石が落ちた所を調べてみた所、地下からガスが湧き出ていて地球上には無い成分で出来ているの。葛城はこれをネビュラガスと呼んでいたわ」

 

 

「ネビュラガス?そもそもあなたは葛城の事を知ってるんですか?」

 

 

兎美の質問に、幻は答えた。

 

 

「ええ、彼女と私は友達ですから。彼女の研究データも渡して貰ったわ」

 

 

幻は、ネビュラガスについて説明を続ける。

 

 

「葛城は誰よりも先に、このネビュラガスの重要性に気づいていたの」

 

 

幻は内海に指示を出す。

 

 

「葛城の研究データを引き出せるかしら?」

 

 

「彼女に見せても宜しいんですか!?」

 

 

信じられないと思った内海は、幻に再確認をする。

 

 

「ええ」

 

 

「解りました」

 

 

内海は1台のパソコンを操作すると、保存されていた葛城のデータを引き出した。

 

 

「これが葛城巧未の研究データだ」

 

 

パソコンの画面には、この近辺の地図と。

 

 

ネビュラガスが噴出している箇所が、表示されていた。

 

 

兎美はその研究データで興奮し、いつものように寝ぐせみたいに髪がぴょこっと跳ね上がる。

 

 

その兎美の姿を、幻は興味深そうに見ていた。




どうも、ナツ・ドラグニルです!


思ったより長くなってしまい、申し訳ございません。


今後の展開を考えると、兎美も学校に入れないいけないと思い、転入させました。


ビルドの原作であった、研究所のやり取りを風紀委員室で行おうと思っています。


そうする事で、この後の物語も成り立つと思うので。


それでは次回、第3話もしくは激獣拳を極めし者第28話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!


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第3話

兎美「これまでのアクセル・ビルドは、仮面ライダーとして杉並を守る春雪は、記憶喪失の兎美の記憶を取り戻す為、そして自身が在籍する学校の先輩、黒雪姫をレベル10にするべくバースト・リンカーとしても戦っていた」


美空「そんな中、幼馴染の1人、倉嶋千百合が加速世界の中でも数の少ないヒーラーだという事にハルユキ達は気づいた」


千百合「ふふふ、これからはこの私『ライム・ベル』の時代が始まるわね」


兎美「何を言ってるのよ、やはりここからは『サファイア・ラビット』の時代でしょ」


千百合「何言ってんの?てか、サファイア・ラビットってラビットタンクのパクリでしょ?」


兎美「パクリって何よ!そっちだって、回復しか芸のない只のヒーラーでしょ!」


千百合「何よそれ!他にも出来る事あるから!例えば腕のベルで相手を殴ったり...」


兎美「ふん!要するに力任せって事でしょ?少しは頭を使いなさいよ」


千百合「上等じゃない!ハルみたいなヘッドバットで頭かち割ってやるわよ!」


兎美「その頭を使え、じゃないわよ!私みたいに考えろって言ってんのよ!」


美空「えー、2人が台本にない言い争いを始めた為、私が進行していきます。新一年生の中にも、もしかしたらバーストリンカーがいるかもしれないと考えるハルユキ達。その新たなバーストリンカーの魔の手がハルユキ達に襲い掛かる!さて、どうなる第3話!」


兎美「だいたいあなたはね...」


千百合「なんですって!」


美空「まだ言い争いしてるわね、あの2人...」


梅郷中学校の風紀委員室。

 

 

兎美は葛城 巧未を調べる為に、毎日訪れていた。

 

 

そこで兎美は、幻になぜ研究日誌がここにあるのか聞いた。

 

 

「それは、葛城さんがここにいた頃に書いた日誌よ」

 

 

「葛城さんって、いなくなる前って女子エテルナ女子学院だけでなく、この学校にも在籍していたんですか?」

 

 

思いもよらない情報に、兎美は自分の耳を疑った。

 

 

「えぇ、今から調度一年前、彼女はこの学校に入学したの」

 

 

「だが、ある事が切っ掛けでこの学校を自主退学させられ、君の知ってる女子エテルナ女子学院に転校したんだ」

 

 

幻に続いて、内海も説明に加わる。

 

 

「退学させられた理由は?」

 

 

幻は少し言いづらそうにしていたが、意を決して兎美に当時の事を告げる。

 

 

「タブーを犯したのよ...人体実験というね」

 

 

幻の口から出た言葉に、兎美は言葉を失った。

 

 

幻は、当時のやり取りを語りだす。

 

 

『氷室さん。ネビュラガスを注入すれば、間違いなく人間は更なる進化を遂げるんです』

 

 

『謎の怪物になる可能性や、人体にも危害が及ぶ実験を学校側が許可できると思うの?』

 

 

『お願いします、これは科学の未来の為なんです』

 

 

「当然、学校側..私の父である理事長から許可が下りる事は無かった。だけど、葛城さんは諦めなかった...独断で人体実験を強行したのよ」

 

 

同じ科学者である兎美でも、その気持ちは分からなかった。

 

 

「ガスを注入する前だったから大事に至らなかったけど、その日付で葛城さんは自主退学したの...」

 

 

話を聞いていた兎美は、葛城巧未の二つ名の意味を理解する。

 

 

「それが...『悪魔の科学者』と呼ばれる所以」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

黒雪姫と別れた後、ハルユキは家に帰る為に下駄箱を目指していた。

 

 

下駄箱を目指しながら、先程のご褒美の事を思い出していた。

 

 

「ご褒美...」

 

 

ハルユキはラウンジで、大量の料理に囲まれた自分を想像する。

 

 

『こんなものでいいのか?』

 

 

『はい、やっぱりこれが一番...』

 

 

「違―――う!!そうじゃない...」

 

 

ハルユキは頭を振り、想像してた事をかき消した。

 

 

次に想像したのは、1mあるかないかの短いケーブルで黒雪姫と直結する所を想像する。

 

 

『直結すればいいのか?』

 

 

『は...はい、ありがとうございます』

 

 

「鼻息が!鼻息がかかる!」

 

 

興奮し鼻息が荒くなってしまう自分を想像し、ハルユキは壁に手を付ける。

 

 

「帰って冷静に考えよう」

 

 

煩悩を消し去ろうと、ハルユキは早足で目的地に向かう。

 

 

「うわぁ!うぅ!」

 

 

早足になったのがいけなかったのか、ハルユキは足がもつれ転倒してしまう。

 

 

仮面ライダーになったとはいえ、ハルユキの鈍臭さは健在だった。

 

 

「痛ぇ...」

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

ハルユキが痛さに悶えていると、1人の男子生徒が近づいてきた。

 

 

体は細く、身長はいい所155cmくらい。

 

 

さらさらした髪を坊ちゃん刈りにしており、遠目でみたら女子と見間違えるのではないかと思う程、整った顔付きをしている。

 

 

その男子生徒は、ハルユキに手を差し伸べる。

 

 

「ありがとう」

 

 

お礼を言いながら、ハルユキは差し出された手を取って男子生徒の力を借りて起き上がる。

 

 

起き上がったハルユキが男子生徒に視線を向けると、ハンカチでハルユキが触れた手を入念に拭いていた。

 

 

「ケガがなくて良かったです、じゃあ先輩」

 

 

その男子生徒は踵を返し、ハルユキに背を向けてその場から離れた。

 

 

「新入生?」

 

 

自分の事を先輩と呼んだことから、ハルユキは男子生徒が新入生だと推理する。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

その日の夜。

 

 

ハルユキはタクムとボイスチャットで、今日黒雪姫から告げられた事を報告した。

 

 

『死守しろか、マスターらしいな』

 

 

「らしいって、随分冷静だな。3人で領土戦やらないといけないんだぞ」

 

 

ハルユキはキッチンで、コップに飲み物を注ぎながら、愚痴をこぼす。

 

 

『他の方法はないからね、そういう事態がいずれくるだろうと覚悟はしていたよ。ネガ・ネビュラスに入った時からね』

 

 

コップに注いだ飲み物を、一息で飲み切った。

 

 

「ふぅ。それで?チユの方は?ほら、あいつ回復アビリティだろ?戦えなくても、もし味方にいれば...」

 

 

そこでハルユキは、タクムからの反応がない事に気づいた。

 

 

「タク?どうした?」

 

 

『ハル...』

 

 

「ん?」

 

 

『いや、何でもない』

 

 

☆★☆★☆★

 

 

明くる木曜日の放課後、午後2時50分。

 

 

ハルユキは、丸1年の中学生活を通して殆ど足を踏み入れた記憶のない区画を目指して、早足に歩いていた。

 

 

梅郷中学校の、かなり年代ものの校舎は、平行して建つ一般教室棟と専門教室棟を運動棟が繋ぐH型をしている。

 

 

そのHの横線部分、入学式のあった体育館に隣接する武道館が、ハルユキの目的地だった。

 

 

とはいえもちろん、オーバーウェイトな体を活かして柔道部に入ろうというわけではない。

 

 

もし射撃とマーシャルアーツを教えてくれる《特殊部隊部》みたいのがあれば入るのも吝かではないが、残念ながらそれもない。

 

 

そもそも、いかなるクラブにも参加する気なぞさらさらないハルユキではなく、タクムが今日の主役だった。

 

 

武道館の入口に近づくと、中ではすでに控えめな声援と、それを圧する乾いた打撃音が盛んに響いていた。

 

 

上履きを脱いで持参の袋に入れ、磨き込まれた板張りに上がる。

 

 

そう多くもない見学者の輪の中に、見慣れたショートヘアの後ろ頭を見つけ、ハルユキは小走りに近づいた。

 

 

振り向いたチユリは、一瞬きゅっと唇を尖らせて小声で文句を言った。

 

 

「ハル、遅ーい!もうタッくん1試合やっちゃたよ!」

 

 

「わり。でもどうせ瞬殺だろ、1回戦なんて」

 

 

「まぁ、そうだけどさー」

 

 

チユリの膨れっ面から眼を離し、背伸びをして見回すと、試合場の向こうに並んで座る防具姿の剣道部員達の中に、ひときわ涼やかな佇まいの幼馴染をすぐに見つける事が出来た。

 

 

あちらも同時にハルユキを発見したらしく、小さく右手を動かして合図してくる。

 

 

それに軽く頷きを返し、ハルユキは改めて試合場に注意を向けた。

 

 

「エァアアアッ!」

 

 

「シェアアアッ!」

 

 

小柄な部員が2人、盛んに竹刀を打ち合わせている。

 

 

甲高い気勢や、垂ひもの緑色からして双方とも新一年生だろう。

 

 

今日は、梅郷中学校の全員参加トーナメント戦なのだ。

 

 

レギュラー、準レギュラー部員を決めるという名目ではあるが、新入生に上級生の権威を叩き込むという目的もあるらしい。

 

 

梅郷中は、専用の道場があるためか伝統的に剣道部がそこそこ強く、今年も10人ほどが入部したようだ。

 

 

その中で、たった1人の2年生新入部員がタクムだった。

 

 

本人は、今年の頭に転校してきてからあらゆる時間をネガ・ネビュラスのために捧げるつもりだったようだがそれを黒雪姫が強く諫めた。

 

 

「現実生活の全てをブレイン・バーストと同化させるな」と私淑(ししゅく)する《マスター》に言われれば、タクムの中にもずっと続けてきた剣道をここでもやりたいという気持ちはあったらしく、この春になってようやく入部届けを出したのだ。

 

 

このトーナメント戦にハルユキとチユリを誘ったのは、たとえ負けようとももう2度と剣道に《加速》は使わない、という意思表示だろうとハルユキは解釈した。

 

 

それゆえ、正直気後れさせられる運動部のテリトリーに、こうして足を運んだのだった。

 

 

本当はタクムの活躍を見せようと兎美と美空も誘ったのだが、2人には断られてしまった。

 

 

今思えば、ファウストに見つかるわけにはいかない美空を誘ったのは間違いだったとハルユキは思った。

 

 

しかし、兎美の自分にとってどうでもいい事に関しては、一切興味を示さないあの性格はどうかと思う。

 

 

「ドウあり、勝負あり!」

 

 

という顧問の声が響き、ハルユキの想念を中断させた。

 

 

開始戦まで下がり、竹刀を納めた1年生の片方が、隠しきれない口惜しさにどすどすと足音が荒く部員の列に戻っていく。

 

 

それと対照的に、勝った方の生徒は、ひときわ小柄な体をふわりと翻して無音の歩行で場外へと下がる。

 

 

ふうん、とハルユキは眼を細めてその背中を追ったが続いた教師の声に視線を切った。

 

 

「2回戦、第1試合!赤、高木。白、黛!」

 

 

す、と2人の生徒が立ち上がった。

 

 

高木は3年生、黛――タクムはもちろん2年だ。

 

 

背丈は同じくらいだが、体つきは高木のほうがずっと分厚い。

 

 

礼から3歩進んで開始戦で蹲踞(そんきょ)

 

 

竹刀をぴたりと中段に据えるタクムの姿を、ハルユキはじっと凝視した。

 

 

考えてみれば、剣道着のタクムを肉眼で見るのはこれが初めてのことだった。

 

 

もちろんネットにアップされている試合の動画を観たことはあるが、やはり生は情報量が違う。

 

 

使い込まれて黒光りする竹刀の重さ、道着の硬さ、防具の匂いまでも伝わってくるような気がして思わずごくりと唾を飲む。

 

 

その、百年以上も変わらぬ剣道選手の出で立ちに、唯一異質な輝きを加えているのが面ぶとんの下にちらりと覗くニューロリンカーだった。

 

 

あらゆるスポーツの試合が、ニューロリンカー装着状態で行われるようになったのはそう昔のことではない。

 

 

その目的は、各得点数や試合時間の視界オーバーレイ表示が主であるが、特に剣道やフェンシングに於いては有効打の判定にも用いられる。

 

 

数百分の一秒差であることも珍しくない打突の後先を、ニューロリンカーの感覚フィールドバック機能ならば容易に判定できるのだ。

 

 

無論、試合中の外部アプリケーション実行やグローバルネット接続は厳しくチェックされる。

 

 

だが、その監視をたやすく潜り抜ける超プログラムがたった一つ存在する。

 

 

言うまでもなく《ブレイン・バースト》だ。

 

 

タクムは、去年の夏に行われた東京都中学校剣道大会で、《加速》能力を使用して1年生ながらに優勝した。

 

 

しかしそのためにバーストポイントを消費しすぎ、ブレイン・バーストを喪失の危機に立たされ、追い詰められた挙句にチユリのニューロリンカーにウイルスを仕掛けて黒雪姫――ブラック・ロータスのポイントを奪いつくそうとした。

 

 

その行為への悔いは、チユリや黒雪姫がタクムを許した今でもなお、彼の中に色濃く残っている。

 

 

しかし、こうして再び剣道場に戻って来たことで、タクムはようやく新たな一歩を踏み出そうとしているのだろう、とハルユキは感じた。

 

 

「タッく―――――ん!ぶっとばせ――――!!」

 

 

隣のチユリの遠慮ない声援に、思わず首を縮めながらも、ハルユキも精一杯の声を出した。

 

 

「た、タク!頑張れ!!」

 

 

 

 

 

三年生の高木 某 相手に、タクムは1本を落としたものの見事に勝利した。

 

 

続く準々決勝も快勝。

 

 

準決勝も判定ながら勝ちを収め、ついに決勝に駒を進めた。

 

 

しかし、トーナメントの話題をさらったのはタクムではなく、全試合2本先取という驚くべき強さで勝ち進んだ新1年生だった。

 

 

「こ......コテあり!勝負あり!!」

 

 

顧問のやや上ずった声に、大きなどよめきが重なった。

 

 

「すごい1年がいる」という噂がローカルネット経由でたちまち広がり、放課後にも関わらずほんの十分ほどで試合場の周囲が満員になるほど生徒が詰め掛けたのだ。

 

 

それをまったく意に介する様子もなく、滑らかな歩行で開始線に戻った1年生は、ハルユキが以前転んだ時に助けてくれた生徒だった。

 

 

垂ゼッケンに刺繍された名前は能美(のうみ)と読める。

 

 

小柄で細い体型では、大柄な上級生と相対するとまさしく大人と子供で、とてもまともな試合になる気がしない。

 

 

しかし、当たらないのだ。

 

 

ハルユキの肉眼では視認も難しいほど難しいほど速い三年生の打ち込みを、まるで事前に予測しているが如き反応でふわりと躱す。

 

 

あるいは出がかりに自分の技を合わせる。

 

 

ハルユキのあやふやな理解によれば、剣道というのは、相手の技の出始め、あるいは出終わりでなければなかなか1本を取れるほどの打撃は入れられない競技だ。

 

 

前者を先の先、後者を後の先と呼び、つまりはどれだけ速く敵の攻撃に反応できるか、がキモだという話になる。

 

 

その点に於いて、能美という1年生はズバ抜けた能力を持っているようだった。

 

 

そう――、能力(、、)

 

 

「決勝戦!!赤、能美!白、黛!」

 

 

顧問教師の声に、能美とタクムが試合場に進み出た。

 

 

ギャラリーの歓声がわっと盛り上がる。

 

 

中学生としてはかなり長身のタクムと、小学校にしか見えない能美とでは、20センチ近い身長差がある。

 

 

考えるまでもなく有利なのはタクムだ。

 

 

リーチがまったく違う。

 

 

だが、これまでも能美は自分より大きな相手に、1本も取られることなく全勝してきたのだ。

 

 

2人が頭を下げ、開始線で蹲踞して竹刀を構えると、何かを感じたのか大勢のギャラリーがすっと黙り込んだ。

 

 

ハルユキには、対峙する2人の剣先のあいだに青白く弾けるスパークが見えるようだった。

 

 

「始め!!」

 

 

――の掛け声が響いた直後、2つの叫びと1つの打撃音が広い剣道場に交錯した。

 

 

最初に動き出したのはタクムだった、ようにハルユキには見えた。

 

 

立ち上がりながら前に出るや、「メェェェン!」の気勢とともに打ち込んだのだ。

 

 

ぎりぎりの間合いから相手の面を狙った容赦のない一撃。

 

 

リーチの短い能美には反撃できない、はずだった。

 

 

しかし、タクムの竹刀が握り切られるよりも早く。

 

 

「テエェッ!」

 

 

という一瞬の気合とともに、能美の竹刀がタクムの左小手を叩いていた。

 

 

パァン!

 

 

と見事なまでの打撃音が空気を強く震わせた。

 

 

鍔迫り合いに持ち込むべくタクムが追おうとしたが、その時にはもう能美は充分な間合いを作り、高く竹刀を上げていた。

 

 

「コテあり!」

 

 

の声と共に赤旗が上がり、ようやくギャラリーと、そして30人以上の部員達が大きくざわめいた。

 

 

ハルユキの隣のチユリも、「うそぉーっ!」と眼を丸くしている。

 

 

ハルユキも、嘘だろ、としか言えない気分だった。

 

 

最初に動いたのはタクムだ。

 

 

それは間違いない。

 

 

そして、自分のリーチぎりぎりの間合いから相手の面を狙った。

 

 

その技の途中で小手を打たれるとはどういうことだ。

 

 

つまり能美は、タクムの技の軌道とタイミングを完璧に把握していて、その予測に従って自分の竹刀を《先置き》していた――という理屈になりはしないか。

 

 

先の先でも、後の先でもない。

 

 

言うならば《中の先》。

 

 

ハルユキは瞬きも忘れたまま、一瞬ここが現実世界なのか、それとも仮想世界なのかと疑った。

 

 

仮想世界でなら――脳の応答速度が全てを決める電子の世界ならば、そのような反応も有り得るのかもしれない。

 

 

しかし現実世界では、あらゆる動作は幾つもの物理法則に制約されるのだ。

 

 

思い肉体を留め置こうとする慣性や、神経の伝達速度、筋肉の収縮速度などを考えれば、相手の技の発生を見てからそれより早く剣を振るなど不可能だ、絶対に。

 

 

たった一つ、ある限られた者達だけが持つ《能力》を除けば。

 

 

握り締めた両手にじっとりと汗が滲むのを感じながら、ハルユキは再び開始線で対峙する両者を凝視した。

 

 

「2本目!」

 

 

今度は、1本目とはまったく逆の展開となった。

 

 

タクムはぴたりと竹刀を構えたまま、相手との間合いを保つ。

 

 

面金の奥の両眼は刃のように鋭く、口元はきつく引き結ばれている。

 

 

対して、ふわふわと剣先を上下させる能美のほうは、一切張り詰めたものを感じさせなかった。

 

 

逆光ゆえ顔は見えないが、唇に薄い笑みが刻まれているようにハルユキには見えた。

 

 

10秒。

 

 

20秒。

 

 

双方技を出さないまま、時間だけが経過していく。

 

 

ハルユキはいっぱいに両眼を見開き、ただ能美の顔だけに全神経を集中させ続けた。

 

 

もしハルユキの推測、あるいは悪い予感が正しければ、どこかの時点で能美はわずかに口を動かすはずだ。

 

 

誰にも聴こえない音量で、短いボイスコマンドを唱えるために。

 

 

じり、じりと時計回りに動くだけの両者に、ついに顧問教師が大きく息を吸い込んだ。

 

 

しかし、「待て」の声が掛かる、その寸前――。

 

 

すうっと能美が、さして速いとも思えないスピードで竹刀を振り上げた。

 

 

そしてハルユキはついに見た。

 

 

能美の口が、小さく、素早く開閉するのを。

 

 

――間違いない。

 

 

加速コマンドだ(・・・・・・・)

 

 

能美という新1年生は、首のニューロリンカーに謎の超アプリケーション《ブレイン・バースト》を持つ、加速能力者(バーストリンカー)なのだ。

 

 

「ドオォォォォッ!」

 

 

能美が竹刀を上げた瞬間、がら空きになった懐にタクムが斬り込んだ。

 

 

同時にハルユキも口の中で叫んでいた。

 

 

「バースト・リンク!」

 

 

バシイイィィィッ!という音とともに、世界が青く凍った。

 

 

一千倍に加速された知覚を通してなお、タクムの竹刀はじわじわと能美の胴めざして動いていた。

 

 

どう見ても、この打撃を回避あるいは防御するすべはもう能美にはないはずだ。

 

 

そう、たとえ彼もこの瞬間《加速》しているのだとしても。

 

 

桃色ブタアバターの姿で試合場に侵入し、ハルユキは青く透き通った能美の面金を覗き込んだ。

 

 

残念ながらソーシャルカメラの視界外らしく、素顔までは見通せない。

 

 

だが、微笑みをたたえた口元だけはポリゴンで再構成されている。

 

 

その顔をじろりと睨みつけながら、ハルユキは左手でブレイン・バーストのコンソールを起動した。

 

 

この能美という新一年生が、一体どうやって入学式直後のハルユキと黒雪姫のチェックを掻い潜ったのかは不明だ。

 

 

しかし今は、試合をしている以上絶対にニューロリンカーを梅郷中ローカルネットに接続しているはずであり、ならばこの能美の名前も必ずマッチングリストに出現しなくてはならない。

 

 

――今この瞬間、《対戦》を吹っかけてやる。

 

 

ハルユキはそう決意しながらリストの更新を待った。

 

 

能美は、剣道部の試合で明らかに加速能力を使用している。

 

 

ならば恐らく、来週すぐに実施される実力テストでもそうするつもりだろう。

 

 

しかし梅郷中学のバーストリンカーには、『テストや試合に《加速》を使うべからず』というネガ・ネビュラスの鉄の掟があるのだということを教えてやらなければならない。

 

 

必要なら、仮想の拳を用いてでも。

 

 

サーチング表示が終了し、リストにシルバー・クロウ、ブラック・ロータス、シアン・パイル、そしてライム・ベルとサファイア・ラビットの名前がぱぱぱっと表示された。

 

 

「え......っ!?」

 

 

ハルユキは、右手をリストに伸ばしたまま、激しく喘いだ。

 

 

ない。

 

 

名前が出ない。

 

 

リストには、先日と同じく、既知のバーストリンカー五名の名前しか存在しない!

 

 

「なん...で」

 

 

呆然と呟く。

 

 

勘違いとは思えなかった。

 

 

恐らくタクムも、この能美がバーストリンカーだと踏んだからこそ、1本目はまったく様子見することなく打ち込んだのだ。

 

 

加速コマンドを唱える暇を与えないために。

 

 

まさか、半年前にタクムが使ったバックドア・プログラムが再び出回ったのか、と一瞬考えたがそれもすぐに打ち消す。

 

 

あのプログラムは、クローズド・ネットワークの外部から、誰かを踏み台にして接続するためのものだ。

 

 

しかし、今この瞬間、能美は確かに梅郷中学校の剣道場に存在するのだ。

 

 

ならば間違いなく学内ローカルネットにも接続しているはずであり、それゆえにマッチングりすとにも登場しなくてはならないのだ、絶対に。

 

 

ブタアバターの短い両腕を組み、俯いて、ハルユキは懸命に思考を回転させた。

 

 

この状況を説明づけられる可能性を3つにまで整理するのに、たっぷり1分を要した。

 

 

一、能美はバーストリンカーではなく、剣道の天才である。

 

 

二、能美はバーストリンカーだが、学内ローカルネットに接続していない。

 

 

三、能美はバーストリンカーであり、ローカルネットにも接続しているが、マッチングリスト登録を拒否できる。

 

 

真相は必ずこのどれかであるはずだ。

 

 

だが、どれであろうと説明できない部分が残る。

 

 

曰く言い難い気持ち悪さともどかしさを感じながら、ハルユキは長く息を吐いた。

 

 

今はこれ以上考えても無駄だ。

 

 

あとでタクム達と相談してみるしかない。

 

 

青く停止する自分の生身の体まで戻り、ハルユキはもう一度能美の姿を睨んだ。

 

 

無謀にもタクムのメンを狙ったのか、竹刀を大きめに浮かせながら飛び込もうとしている。

 

 

それに合わせて抜きドウを打ちにいっているタクムのタイミングは、ハルユキの素人目にも完璧だ。

 

 

仮に能美がバーストリンカーだろうと、剣道の天才だろうと、あるいはその両方であろうとも、もうどうすることもできまい。

 

 

せめてタクムが1本取る所を肉眼でしっかり見ようと、ハルユキは大きく目を見開いたまま、加速停止コマンドを叫んだ。

 

 

「バースト・アウト!」

 

 

遠くから、現実の音が近づいている。

 

 

同時に青い世界が色を取り戻していく。

 

 

タクムと能美の動きが、徐々に、徐々に本来のスピードへと――

 

 

「.........!?」

 

 

そしてハルユキは、この数分間で何度目かの驚愕に見舞われた。

 

 

能美の体が、右にずれた。

 

 

足捌き、などというレベルではない。

 

 

能美の足は、左のつま先しか試合場に接していないのだ。

 

 

なのに、その一点を軸として、小さな体がフィギュアスケーターのように左に回転しつつ右にスライドしていく。

 

 

タクムの竹刀が迫るが、胴皮が逃げる、逃げる――

 

 

そこでハルユキの知覚加速が完全に解除された。

 

 

ぴしっ、とタクムの竹刀の先革が能美の胴を弾いた。

 

 

だが、浅い。

 

 

直後、伸びやかに打ち出された能美の竹刀が、タクムの面金を見事に捉えた。

 

 

どん、と右足が床を蹴り、そのまま切り抜けていく。

 

 

「ンメエァアアアッ!!」

 

 

の気勢に続いて、文句のつけようのない残心。

 

 

しん、と静まり返った剣道場に、やがて、「メンあり!」の声が響いた。

 

 

「...勝負あり!!」

 

 

どさ、とハルユキの手から、上履きを入れた袋が落ちた。




はい!如何だったでしょうか!


戦闘描写がないだけで、早く書き上げる事が出来ました。


今回はほぼ、タクムの剣道の話になってしまいましたがご了承ください。


また、作中に出てきた蹲踞とは膝を折り立てて腰を落とす剣道の座法です。


中学時代、剣道部だった為に懐かしいと思いながら書いていました。


それはともかく、ようやく第3話まで来ました。


ちなみに、仮面ライダービルドの原作は7話まで来てます。


速くグリスやパワーアップアイテム等も出したいですね。


家の問題で色々とありましたが、この作品も途中で辞める事無く最後まで投稿していくつもりなので応援の程、宜しくお願いいたします。


それでは次回、第4話もしくは激獣拳を極めし者、第29話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!


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第4話

兎美「これまでのアクセル・ビルドは、仮面ライダービルドでありて~んさいの有田兎美は、幻から葛城巧未について説明され、元々は梅里中学に在籍していた事を知ったのでありました」


千百合「一方、仮面ライダークローズである有田春雪は、幼馴染である黛拓武を応援する為に剣道の試合が行われている体育館に向かうのだった。そこでハルユキは、剣道部に所属する新1年生の中にバーストリンカーが混じっている事に気づくのだが、マッチングリストに名前が出現しない事に驚愕するのでありました」


美空「ねぇ、その新1年生って本当にバーストリンカーなの?単純に剣道が黛より上手かっただけじゃないの?」


兎美「その可能性も捨てきれないけど、調べてみないと分からないわよ」


美空「じゃあさ、何でマッチングリストに出て来なかったのよ」


兎美「だから調べないと分からないって言ってるでしょうが!さて、その新1年生は一体何者なのか!どうなる第4話!」


美空「でもさー」


兎美「美空しつこい...」


検討すべき事柄の優先順位をつけられず、ハルユキは右手に持ったピザの一片のさきっちょに載った小エビをしばらく睨み続けた。

 

 

意を決してそれをぱくんとやってから、顔を上げ、訪ねる。

 

 

「......タク。あいつは...能美はバーストリンカーなのか?」

 

 

「いきなり中央突破だね」

 

 

タクムは口の右側を持ち上げて苦笑し、同じようにピザをかじった。

 

 

夜八時半、ハルユキのマンションの自室だ。

 

 

タクムが部活を終え、自宅でシャワーを浴びてから来たのでやや遅い時間となっている。

 

 

ハルユキの母親は例によって零時過ぎまで帰らないが、タクムの親がこのように友達の家で晩ご飯を食べる事を許すなど、小学生時代なら考えられなかった。

 

 

本人は頑なとして詳細を語ろうとしないが、今年初頭の梅郷中への転校に関しても、両親と揉めに揉めたらしい。

 

 

結局、いくつかの条件を自己申告する事でやっと認めさせたようなのだが、勿論その内容まではハルユキは知らない。

 

 

そんなタクムの奮闘に頭が下がると同時に、まったく親に顧みられることのない自分と、どちらが子供として恵まれているのか――などと勝手な事を考えたりもする。

 

 

「あっ、またそんなもの食べてる」

 

 

という突然の声がハルユキの思念を破ったのは、2口目をかじり取った時だった。

 

 

開け放したままだったドアからずかりずかりと入ってきたチユリは、右手を腰に当てて更に喚いた。

 

 

「もー、ハルも自分でご飯作れるようになれってずーっと言ってるじゃん!」

 

 

「つ、作ってるだろ」

 

 

「箱から出して解凍しただけでしょ!」

 

 

「さ、皿に盛ったし」

 

 

「そんなの料理って言わない!」

 

 

びしっ!とハルユキの鼻の頭を人差し指で照準する。

 

 

「てか、兎美はどうしたのよ」

 

 

チユリは、兎美がいない事を指摘する。

 

 

「兎美なら学校から帰ってからずっと、葛城の研究日誌を調べてるよ」

 

 

「それで料理を作る人がいないから、そんなの食べてるのね」

 

 

呆れたようにそう呟いたチユリは、左手に持っていた紙袋を高々と差し上げた。

 

 

「どーせこんなことだろうと思ってママにラザニア作って貰ったのよ。ほら、頭が高ーい!」

 

 

――お前だって自分で作ったわけじゃないじゃん!

 

 

と思いはするものの、袋から焦げたチーズの芳香が漂えば、へへぇと平伏するしかないハルユキだ。

 

 

四角い耐熱容器にびっちりと詰まったラザニアは、チユリママ特製のボローニャソースをたっぷり使った逸品で、同じイタリア料理でも冷凍ピザとは比較にならない味わいだった。

 

 

リビングに場所を移し、ハルユキが全体の4割、タクムとチユリが3割ずつを平らげるのにわずか15分しかかからなかった。

 

 

「ご馳走様。......チーちゃんのお母さん、お店開けばいいのに」

 

 

満ち足りた表情でタクムが呟いた言葉を、ハルユキもこくこくと追認した。

 

 

「ほんとだよ。和洋中なんでも作れるしさ」

 

 

「あーだめだめ。ママの料理って、パパに食べさせる時以外は出力50%だもん」

 

 

チユリが真顔でそう言うので、ハルユキは思わず空になったラザニア皿を見下ろした。

 

 

「ま、マジかよ。このうまさで半分しか本気出してないのかよ」

 

 

「あ、これは95%くらいは出てるよ。ママが、あたしのお婿さん候補に食べさせるなら―って」

 

 

そこでチユリが恥ずかしがりながら顔を手で覆い、叫びだした。

 

 

「きゃー!もう、何言わせるのよ!ぶっ飛ばすわよ!」

 

 

チユリは嬉しそうに叫びながらも、照れ隠しでテーブルの下でハルユキの向う脛を蹴り飛ばした。

 

 

「ぬお――――っ!!」

 

 

その時、悶絶するハルユキの声がマンション中に響いた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

『ぬお――――っ!!』

 

 

「ん?」

 

 

研究日誌を見ていた兎美だったが、突如聞こえた奇声によって作業する手を止めた。

 

 

「ふあ~...何よ、今の声」

 

 

同じく聞こえた奇声によって起こされた美空は、欠伸混じりに呟きながらベッドから起き上がる。

 

 

「今のハルの声よね、何かあったのかしら」

 

 

作業を中断した兎美は、美空を連れて部屋を出た。

 

 

部屋を出た兎美が最初に気づいた事は、リビングに電気がついている事だった。

 

 

ハルユキは基本、自分達がいない時は自室にいる事が多い。

 

 

不思議に思った兎美は、リビングの扉を開けた。

 

 

そこで兎美の目に入ってきたのは、キッチンで洗い物するチユリと苦笑するタクム。

 

 

そして、涙を堪えながら向う脛を押さえるハルユキの姿だった。

 

 

「何よ、あんた達来てたのね」

 

 

兎美の言葉に、悶絶するハルユキが反応する。

 

 

「ね、寝てた美空はともかく、お前は2人が来てた事気づいて無かったのかよ」

 

 

「研究日誌見るのに集中してたからね」

 

 

堪えながらも呆れるハルユキに、兎美はそう返す。

 

 

「それで?3人も集まってどうかしたの?」

 

 

兎美はさりげなくハルユキの隣に座り、美空は近くのソファにもたれかかった。

 

 

ハルユキ達は今日あった出来事を、兎美達に説明した。

 

 

「なるほどね、その能美って奴がバーストリンカーかもしれないって事ね」

 

 

「そうなんだよ。......で、能美だけど。そうだ、あいつの下の名前は何て言うんだ?」

 

 

「セイジだったかな。こういう字」

 

 

タクムがテーブル上にホロペーパーを生成し、指先をすらすらと動かした。

 

 

仮想の紙に仮想のペンで書かれた漢字は、《征二》とある。

 

 

「ふうん......上に兄弟がいるかな」

 

 

ハルユキの呟きに、ペーパーを消してからタクムも頷いた。

 

 

「うん。卒業アルバムを調べたら、僕らの3学年上に《能美優一》って生徒がいた。ただ住所は暗号化されてて同学年の卒業生にしか読めないから、それがあの能美のお兄さんかどうかは未確定だね」

 

 

「3つ上か。年齢的には、第一条件をぎりぎり満たすな......」

 

 

《誕生直後からニューロリンカーを装着している》というバーストリンカー適性の第一条件を満たせるのは、必然的に最初のニューロリンカーが市販された年に生まれた子供からだ。

 

 

その言わば《第一世代》は、今年高校2年――つまりハルユキ達から見れば3学年上ということになる。

 

 

「でも、もしその優一って奴がバーストリンカーなら、黒雪とは在校が1年かぶる。でも、黒雪の上級生にバーストリンカーがいたなんて話は聞いた事ないわよね」

 

 

「そうか...そうだな」

 

 

兎美の言葉にううんと唸ってから、ハルユキは切り替えるように言った。

 

 

「まあ、優一氏の事は置いとこう。とりあえず問題は1年の能美だ...。タク、あいつ...お前との試合中に《加速》したよな?そうでなけりゃ、お前があんな負け方するなんて......」

 

 

するとタクムは大きく口の端を歪めるように笑った。

 

 

「別に、僕なんか大したことないさ。2回戦以降は何処で負けても可笑しくなかった。加速なしじゃあんなもんだよ」

 

 

「なことねぇよ。準決で当たった主将よりぜったいお前のが強かった!」

 

 

タクムの自嘲的な言い様に、ついムキになって抗弁してから、ハルユキは語調を落とした。

 

 

「それより、どうなんだよ。俺には、確かに能美が加速コマンドを唱えたみたいに見えた」

 

 

長い沈黙を経て、タクムも小さく頷いた。

 

 

「......ああ。僕にも、そう見えた......」

 

 

「え―――――っ!!」

 

 

と、甲高い声で叫んだのは、洗い物を終えてリビングに戻って来たチユリだった。

 

 

緑茶のペットボトルと、グラスを5つテーブルにどすがちゃんと置きながら続ける。

 

 

「うそっ、あいつもバーストリンカーなの!?だって、でも、今年の1年にはいないってハルとタッくんも言ってたじゃない!」

 

 

「いないんだよ。だから困ってるんじゃないか」

 

 

唇を突き出して言い返し、ハルユキは頭をわしゃわしゃと掻き回した。

 

 

「オレ、あいつが加速したと思った瞬間に自分も加速して、マッチングリスト確認したんだ。でもそこに能美はいなかった...」

 

 

「そういえば、まるで事前にタッくんの攻撃が分かってる感じの避け方だった」

 

 

すると、そこにソファで寛いでいた美空が口を挟む。

 

 

「要するに、その能美って奴は加速してるにも関わらず、マッチングリストに出ない様に出来る仕掛けをしているって事でしょ?ブレインバーストの事は詳しくないけど、そんな事出来るの?」

 

 

「無理ね。加速している以上、必ずマッチングリストに出る筈だもの」

 

 

美空の問いに、兎美が答えた。

 

 

「タク、あいつ、ローカルネットには接続してたよな?」

 

 

その時、ハルユキが思いついたのはローカルネットに接続せずに加速をする事で、マッチングリストに名前を表示させない方法。

 

 

しかし、それも不可能だった。

 

 

「してた。そもそも、してなきゃ試合できないよ」

 

 

「だよなぁ...。でも、加速なしにあんな反応...あいつ、タクが1本目に出したメン打ちも2本目の抜きドウも事前に解ってた感じの避け方したろ。特に2本目のほうは、なんていうかまるで加速しながら生身の体を動かしたみたいな...。んなこと、できるわけないけどさ」

 

 

「え」

 

 

とタクムが奇妙な声を出したので、ハルユキも「へ?」と応じた。

 

 

「な、なんだよ?」

 

 

「いや...ハル、もしかして知らないのかい?」

 

 

――その言い方と表情に、強烈な既視感が発生する。

 

 

「ちょっと待った...やめろよな、また俺だけ知らない《加速世界の常識》みたいなの。《無制限中立フィールド》とか、《断罪の一撃(ジャッジメント・ブロー)》とか、話題に出るたびに赤っ恥かいてるんだからな」

 

 

「うん、じゃあ、3回目だね」

 

 

にやっと笑い、タクムは何を考えたか、グラスを1つ引き寄せるとペットボトルから緑茶を半分ほど注いだ。

 

 

それを右手に持ち、黄緑色の液体をじっと視線を据えて――

 

 

 

 

「...《フィジカル・バースト》」

 

 

コマンドを叫んだ直後、タクムはグラスの中のお茶を、真上にばしゃっと放り上げた。

 

 

『なっ...』

 

 

「きゃっ...」

 

 

同時に驚きの声を上げたハルユキとチユリ、そして兎美と美空は直後、倍する驚愕に見舞われてぽかんと眼と口を開けた。

 

 

宙高く、細長い円弧を描いて落ちてきた緑茶を、タクムが右手に保持したグラスで余さず受け止めていく!

 

 

不定形の液体に合わせて右手を小刻みに移動させつつ、上から下へと降ろすことで跳ね返りを抑える。

 

 

1秒後、とん、とテーブルのグラスの底が接した時には、その中にはボトルから注いだ直後とまったく同じ量のお茶がゆらゆらと揺れていた。

 

 

卓上にこぼれた雫は、わずか4滴のみだった。

 

 

『うっそぉ...』

 

 

というチユリと美空の呟きを聞きながら、兎美はタクムが起こした現象を推測する。

 

 

「もしかして...意識を肉体に留めたまま《加速》するコマンドなの?」

 

 

「そう。倍率は10倍、持続時間は3秒、消費ポイントは5。肉体の動きそのものは加速されないけど、格闘技で相手の攻撃を避けたり、カウンターを合わせたりするのは容易いよ」

 

 

「もしくは野球でばかすかホームラン打ったりな。そうか...能美はまさに、《加速しながら動いて》タクの抜きドウを避けたんだな...」

 

 

付け加え、ハルユキはふうっと息を吐いた。

 

 

黒雪姫が、このコマンドを教えてくれなかった理由も今なら解る。

 

 

対戦するためには必須の基本コマンド《バースト・リンク》とは異なり、《フィジカル・バースト》は、加速能力を名声や自己顕示欲のために使う者しか必要としない機能なのだ。

 

 

その上、1度使い始めればキリがないだろうし、多用した場合のポイント消費の莫大さは想像するのも恐ろしい。

 

 

「能美征二は、去年までの僕と同じだ、何もかも。加速の力で試合にも勝ち、その代償として存在するべき対戦のリスクを、何らかの手段で回避している。だから僕は、あいつに負けても、何も言う資格も」

 

 

パアン!

 

 

そこで声が途切れたのは――

 

 

いつの間にかタクムの隣に立っていた兎美が、タクムの胸倉を掴んで頬を引っ叩いたからだった。

 

 

青い眼鏡をずり落とし、あんぐりと口を開いたタクムに向かって、兎美はふんっと鼻を鳴らした。

 

 

「いつまでそんな事言ってんのよ!昔の事をウジウジと!あんた覚悟を決めたんでしょ!?」

 

 

「う...うん」

 

 

黒雪姫から聞いたのか、以前話した自分の覚悟が兎美の口から語られる。

 

 

「ハルの隣に立ち、一緒に強くなるって決めたんじゃないの!?」

 

 

そう言い切った兎美の顔から、タクムへと再度視線を動かし、ハルユキも大きく頷いた。

 

 

「そうだぜ、タク。お前はもう昔のお前じゃない。何より、あいつがバーストリンカーなら、向こうはもう俺達のリアルを割ってるはずだ。このまま俺達の本拠地で、加速能力濫用不可っつう掟を破って好き放題させておくわけにはいかない...何がなんでも、あいつがマッチングリストに出て来ない仕組みを突き止めて、《対戦》でコテンパンにしてやらなきゃ」

 

 

「そーよ!大丈夫、どんなにやられても、あたしがもりもりしちゃうからさ!」

 

 

「......」

 

 

眉間に深い谷を刻んだまま、タクムはしばらく俯いていた。

 

 

しかしやがて唇が少し動き、「ありがとう」という言葉がかすかに洩れた。

 

 

顔を上げた時は、もういつもの冷静な表情が戻っていた。

 

 

1つ頷いてから、タクムは低く張った声で言った。

 

 

「...解った。僕が何とか、部活中に調べてみるよ。あいつのことはしばらく任せておいてくれ、ハル」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

しかし、状況に動きが見られないまま、たちまち2日が経過した。

 

 

ハルユキも、配属された2年C組の生徒達の顔と名前、性向を把握するのに必死で、能美征二の1件について考える余裕は正直なかった。

 

 

昔から人付き合いが大の苦手で、声を掛けてくるのはイジメる連中だけというハルユキには、チユリが忽ちの内に女子数人と仲良くなり、一緒にお昼を食べたりしているのがまったく信じられない。

 

 

転入生のタクムすら、既に秀才グループ的な集団に溶け込み、昼休みには立体表示された小難しい数式等を囲んであれこれ話している。

 

 

もちろん、2人に「一緒にご飯食べよう」と言えば、いつでも新しい友人達に断りを入れてハルユキと共にしてくれただろう。

 

 

しかし、そんなふうにチユリとタクムに甘えることは絶対にしたくなかった。

 

 

加速世界と同じように、現実世界でも自分の殻を破って、新しい友達くらい作れるようにならなきゃいけない。

 

 

そう思って共通の話題が存在しそうな男子生徒を探すべく懸命に聞き耳を立てたり、ローカルネットをうろついたりしてみたが、誰も彼も話しているのはスポーツやら音楽やらファッションのことばかりで、ゲームやアニメの話題は一マイクロ秒たりとも耳に入ってこない。

 

 

だが、どの生徒もたまにある共通の話題を話していたのを、ハルユキは耳に入れていた。

 

 

それは、仮面ライダーについてだった。

 

 

その話題だったら、ハルユキでも話に入る事が出来るが一般人では知る事の出来ない情報まで持っている為、何かの拍子に喋ってしまう事を恐れて話しかける事が出来なかった。

 

 

――まぁ、ゆっくり頑張ればいいさ。僕にだって一緒にご飯を食べる人が2人もいるんだ。

 

 

その内の1人である兎美には、ハルユキは頭が上がらなかった。

 

 

こうなる事が分かっていたのか、兎美にも女子数人の友人が出来ていたがお昼の時はハルユキとしか取っていなかった。

 

 

そして、仲の良い女子グループも兎美がハルユキの妻と公言していたお陰でそれに口を出すことは無かった。

 

 

そのお陰で、ハルユキは寂しくお昼を取る事は無かった。

 

 

その代わり、もう1人の副生徒会長殿は数日後に迫った修学旅行直前の各種タスクにてんてこ舞いで、昼休みどころかネットですら会えない状態が続いている。

 

 

そんなこんなで、ハルユキがふたたび黒雪姫と会話できたのは、週末に行われた《領土戦》の対戦フィールドに於いてだった。

 

 

 

 

 

「イ...ヤァァッ!」

 

 

ハルユキの視線の先で、漆黒のアバター《ブラック・ロータス》の右脚が、青紫色の光芒を引いて垂直に蹴り上げられた。

 

 

ずばっ、と腰から肩までを一直線に切り裂かれた敵近接型が、そのままくるくる回りながら吹っ飛び、彼方のビルに激突して動かなくなった。

 

 

視界に浮き上がったチームの勝利表示を眺め、今日行われたバトルの通算勝率が8割を超えた事にほっと安堵しながら、ハルユキはレギオンマスターに駈け寄った。

 

 

「や、お疲れ、シルバー・クロウ。シアン・パイル」

 

 

「お疲れさまです!」

 

 

「お疲れです」

 

 

ハルユキに続いて、近くの倒壊したビルの入り口からその巨体を現したシアン・パイルは、一礼したあと小声で続けた。

 

 

「すみません、ぼく部活の休憩時間なんで、これで失礼します。マスター、明日からの沖縄旅行、楽しんでください、お気をつけて」

 

 

慌しくそう言い残し、バースト・アウトしたタクムを見送って、黒雪姫はふふ、と小さく笑った。

 

 

「彼もすっかり剣道部員だな。さっそくレギュラー入りしたそうじゃないか」

 

 

「え...ええまあ。それでですね...その、剣道部に関してなんですが」

 

 

ハルユキはちらりと周囲を見回し、敵チームの3人も、10人以上いたギャラリーも既に残らず切断している事を確認してから、なおもひそひそ声で続けた。

 

 

「まだ確証は得られてないんですが...どうも、タクと一緒にレギュラー入りした新1年生が、バーストリンカーなんじゃないかって...」

 

 

「...なんだと?」

 

 

胸の前で腕組みするように双剣を交差させ、ヴァイオレットの眼をすうっと細めたブラック・ロータスに向かって、ハルユキは一昨日の試合での事を説明した。

 

 

それが終わっても、黒雪姫は数秒間沈黙を続けた。

 

 

やがてちらりと視線を上げ、「まだ10分近くあるな」と呟いてから、近くの瓦礫の上に優雅に腰掛けたので、ハルユキもその向かいにおずおずと座った。

 

 

「能美...征二か。兄の優一という名前は、私の記憶にはないな。去年も、一昨年も上級生にバーストリンカーはいなかった。だから仮にその優一が征二の《親》だとしても、私の梅郷中入学時点でブレイン・バーストを喪失していたということになる」

 

 

すらすらと発せられた黒雪姫の言葉を咀嚼し、ハルユキはううんと唸った。

 

 

「だとすると...能美征二がバーストリンカーなら、《親》とは別の学校に進んだってことなんでしょうか」

 

 

「レアではあるが、ない話でもないよ。実際、私がそうだしな。しかしそれ以前に...確かなのか?その能美という1年生が試合中に《加速》したというのは」

 

 

「証拠はないです。ただ...他のスポーツならともかく、剣道なんですよね。自分自身も剣道で《フィジカル・バースト》コマンドを使ってたタクが、それを見間違えるなんてことないと思うんです...」

 

 

「ふむ...」

 

 

小さく頷いたブラック・ロータスは、そこでふと苦笑するような息遣いを漏らした。

 

 

「しかし、これでついに君も物理加速コマンドの存在を知ってしまったわけだな。使うなとは言わんが、アレで球技のヒーローになったりするのはネガ・ネビュラスの法度だからな」

 

 

「つ、使いませんよ!たった3秒の為に5ポイントも払うなら、10ポイントも払うなら、10ポイントで《無制限中立フィールド》にダイブしたほうがずっとトクです。...そんなことより、問題は、能美がマッチングリストに出て来ない理由のほうですよ」

 

 

「正直、信じがたいな」

 

 

両眼を鋭く細めた黒雪姫は呟いた。

 

 

「半年前の《バックドア・プログラム》事件以降、同種の裏技はパッチが当たって使用不能となったはずだ。もし能美がバーストリンカーで、梅郷中ローカルネットに接続しているのなら、絶対にマッチングリストに登録されねばならん。リストにいないのなら、すなわち能美はローカルネットに接続していないのだ」

 

 

「で、でも、学校の敷地内にいる生徒が学内ネットに接続していない、なんて事が有り得るんですか?しかも授業中や、剣道の試合中もですよ!」

 

 

「......確かに、それも有り得んな......」

 

 

ハルユキの反駁に、黒い鏡面ゴーグルがそっと横に振られた。

 

 

「学内ローカルネットの基幹サーバーに侵入すれば、あるいは...。いや、幾らなんでもリスキーすぎる。もし露見したら、中学校といえども退学まであるからな。やはり...何らかの違反プログラムで、自分を他のバーストリンカーからマスキングしているのか...」

 

 

「一度あったこと、ですしね。僕も、それが一番ありそうな気がします」

 

 

銀色のヘルメットを俯け、ハルユキは低くそう答えた。

 

 

「しかし、だとしても、能美の目的は何だ?自分がバーストリンカーである事を隠したいなら《フィジカル・バースト》コマンドなぞ使っては逆効果だろう。事実そのせいで、既に我々は彼を大いに怪しんでいるわけだしな。かと言って、向こうにはもう我々のリアル情報が筒抜けの筈なのに、それを利用して《対戦》を挑んでくるでもない。彼はいったい何がしたいんだ?」

 

 

黒雪姫の疑問に、もちろんハルユキも答えられなかった。

 

 

しばらく考えてから、あやふやな口調で言う。

 

 

「...それは、あいつがリストに出て来ない仕組みを見破って、《対戦》を挑んだ上で訊くしかないと思います...」

 

 

「まあ......な。バーストリンカー同士、対戦しなくては何も始まらん。私が真っ先に戦いたい所だが、残念ながら明日から1週間も東京を離れてしまうんだよな......ううん、仮病でも使って残ろうかな...」

 

 

「だっ、駄目ですよそんなの!!」

 

 

ハルユキは慌てて叫び、両腕をぶんぶん振り回して黒雪姫のとんでもない台詞を押し留めた。

 

 

「中学の修学旅行なんて、一生に一度じゃないですか!行ってきてくださいよ、能美の件は僕らがなんとかしますから!!」

 

 

「ン...そうか?でも、あまり無茶はするなよ。そうだ、お土産は何がいいか決まったかい?」

 

 

「あ、そのぉ...あんまり嵩張る物をお願いしても悪いんでその...先輩が撮った動画とか見せてもらえばそれで...」

 

 

ハルユキが発したリクエストを聞き、黒雪姫は首を傾げると言った。

 

 

「なんだ、そんなものでいいのか。じゃあたっぷり撮ってメールで送ってやろう。私が旅行中に食べた沖縄料理ぜんぶな」

 

 

その黒雪姫の台詞によって、ハルユキの思考が一瞬停止した。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

そして黒雪姫は、翌日曜日の午前中羽田発の飛行機に梅郷中学校3年生120人と共に乗り込み、遥かな南国目指して飛んで行ってしまった。

 

 

そして宣言していた通り、機内で食べたであろうお弁当の写真が、メールに添付されてハルユキに届いた。

 

 

「本当に送ってきたよ...」

 

 

ハルユキはげんなりとしながらメールを開くと、メールには写真が2枚添付されていた。

 

 

律義にも、お弁当箱を開ける前のと、蓋を開けたお弁当箱の写真だった。

 

 

ハルユキとしては、沖縄の景色を動画に撮ってもらい兎美と美空と一緒に鑑賞しようと思っていたのだが。

 

 

「僕って...そんなに食いしん坊キャラに見えるのかな?」

 

 

誰かに質問するわけでもなく1人ごちていたハルユキの思念を、視界中央に点灯したボイスメールの着信アイコンが遮った。

 

 

それがタクムからだと気付くや、ハルユキは跳ね起き、指先でアイコンを叩いた。

 

 

『ハル、おはよう。能美の件、報告が遅くれてて悪いね。なんとかあいつのニューロリンカーに接続して、ブレイン・バースト・プログラムの有無を確認しようと思ったんだけど隙が無くて...やっと写真だけは入手したんで、添付しておく。今日も午前中は部の練習があるから、また何か解ったら連絡するよ、じゃあ』

 

 

メッセージ本文の再生が終了すると同時に、添付ファイルのアイコンが点灯した。

 

 

「重...」

 

 

データサイズがやけに大きいのに気づき、眉を寄せたが、理由はファイルを展開したら直ぐに解った。

 

 

表示されたのは、剣道部の新一年生全員の集合写真だったのだ。

 

 

ニューロリンカーはカメラを内蔵しているので、視界の静止画や動画での撮影は技術的にはいつでも可能だ。

 

 

しかしそれは、旧時代のカメラつき携帯電話よりも遥かにたやすく盗撮行為を許してしまう。

 

 

ということでもある。

 

 

ゆえに現在では、撮影範囲に入っている人間がネット経由で許可しない限り、視界スクリーンショットに他人は写らないよう機能制限されている。

 

 

――もちろん、黒雪姫のように、怪しげな手段でその規制を回避すれば話は別だが。

 

 

ハルユキ同様タクムにも、ニューロリンカーに関するそこまでの知識やワザはないので、能美の顔写真を入手するためにはこのように記念撮影的な機会を待つしかなかったのだろう。

 

 

ハルユキは視界いっぱいに表示された写真に視線を走らせ、次々に浮かんでは消える埋め込みタグの中から、《1年A組 能美征二》の名前を見つけ出した。

 

 

素顔の能美は――これといって特徴のない、たっぷりと幼さを残した少年だった。

 

 

やや茶色味を帯びた髪は丸い形にカットされ、額に長めに垂れている。

 

 

眼も鼻も女の子のように可愛らしいが、微笑を浮かべた口元には、それなりに剣道部員としての野性味があるようにも思える。

 

 

「君は...バーストリンカー、なのか...?」

 

 

呟いたが、もちろん静止画中の能美は何も答えない。

 

 

ハルユキは謎多き1年生の顔立ちをしっかりと脳裏に刻み込み、写真を消すと、ベッドから降りた。

 

 

午後から新宿か渋谷方面に出かけて《対戦》してみようかなと思っていたのだが、その予定を変更し、学校に行くことにして制服へと着替える。

 

 

タクムと能美が部の練習をしているなら、何らかの動きがあるかもしれない。

 

 

ハルユキはキッチンに移動し、料理していた兎美に出かける旨を伝える。

 

 

「兎美、能美を調べに学校に行ってくる」

 

 

「それは良いけど、用心しなさいよ」

 

 

兎美は神妙な面持ちで、言葉を続けた。

 

 

「マッチングリストに細工する程の相手よ、何してくるか分からないわよ」

 

 

「大丈夫だって、調べるって言っても只様子を見に行くだけだからな」

 

 

「...そう、分かったわ」

 

 

そう答えた兎美は、料理に戻った。

 

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 

「行ってらっしゃい...。あ、ハル、その前に醤油取ってくれない?」

 

 

「え?あぁ、分かった」

 

 

そう言ってハルユキは、テーブルの上に置かれている醤油を取りに行く。

 

 

この家では醤油は赤い容器、ソースは青い容器に入っている。

 

 

おっちょこちょいなハルユキが、間違えない為の配慮だ。

 

 

ハルユキは赤い容器の醤油を手に取り、兎美が居るキッチンに向かった。

 

 

「ここに置いていくぞ」

 

 

兎美の近くに醤油を置いたハルユキは、念の為にまだ寝ているらしい母親と美空あてに短いメッセージを残し、そっとドアを開けて外に出た。

 

 

「さてと...あれ?」

 

 

そこで兎美は、違和感に気づいた。

 

 

「まったく...、何のために分かりやすくしてると思ってるのよ」

 

 

そう言って兎美は、()い容器に入っているソースをテーブルに戻して赤い容器の醤油を手に取った。

 

 




どうも、ナツ・ドラグニルです!


作品は如何だったでしょうか?


最近ようやく自分の時間を作り、小説を書く事が出来る様になりました。


これからは、今まで通りに前回の投稿から1ヶ月位で投稿出来ると思います。


応援して頂いた読者の方々には、感謝の言葉しかありません。


本当にありがとうございました。


それでは次回、第5話もしくは激獣拳を極めし者第30話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!


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第5話

兎美「仮面ライダークローズであり、バーストリンカー、シルバークロウでもある有田春雪は新1年生の能美征二がバーストリンカーではないかと推測する」


美空「しかし、マッチングリストにハルユキ達以外の名前が出て来なかった為に、能美征二がバーストリンカーなのかが分からなかった」


チユリ「そんな中、ハルユキは既に能美の罠にハマっていた」


美空「罠って言うけど、どんなトラップを仕掛けられてるのよ」


チユリ「それはもちろん、料理が用意されていて飛びついたら捕獲されるという...」


兎美「餌のトラップに引っ掛かる野生動物じゃないんだから、それはないでしょうが!」


チユリ「じゃあ、上履きが隠されるという罠が...」


兎美「ファウストに関わっているかもしれない奴が、そんな地味な罠仕掛ける訳がないでしょ!小学生か!」


美空「ハルユキにどんな罠が仕掛けられているのか、どうなる第5話」


チユリ「じゃあ、エレベーターに乗ったら底が抜けるっていう罠は?」


兎美「いや、それは洒落にならないでしょ...」


休日に登校するのは、考えてみれば入学以来初めてかもしれなかった。

 

 

この前の立弥と会った時、ガーディアンに襲われた生徒を助ける為に学校に入ったが、あれは例外だろう。

 

 

そんな事を考えながら、ハルユキは昇降口で靴を履き替え、ちらりと時計を見る。

 

 

支度や移動に案外と時間を食ってしまい、既に午後12時15分を回ろうとしている。

 

 

タクムがまだ残っているか、メールを飛ばしてみようかと思ったが、直接行った方が早いと考え直す。

 

 

日曜午後の学校は、びっくりするくらい閑散としていた。

 

 

無人というわけではない。

 

 

グラウンドからは軟式野球部や陸上部のかけ声が聞こえてくるし、学食に行けば文化部の生徒もたむろっているはずだ。

 

 

だが、照明が落とされた校舎の中は薄暗く、しんと静まり返っていて、ハルユキに何処か間違った場所に迷い込んでしまったかのような戸惑いを与えた。

 

 

わけもなく息をひそめながら1階廊下を歩き、運動棟へと抜ける。

 

 

バスケットシューズの擦れる音が響く体育館脇を通り過ぎ、武道場へ――

 

 

「...シェアアッ!」

 

 

耳に入ってきた鋭い気勢に、びくんと立ち止まる。

 

 

数名の声が混じっているが、同じテンポで繰り返される掛け声の中に、先日聞いた高く鋭い能美のそれが確かに聞き取れる。

 

 

ハルユキはいっそう気配を殺し、渡り廊下から砂利敷(じゃりじ)きの中庭へと降りると、武道場の壁づたいに数メートル進んで窓から中を覗き込んだ。

 

 

既に剣道部全体の練習は終了したあとらしく、広い板張りの空間には数名の部員しか残っていなかった。

 

 

全員が1年生のようで、上級生に居残り練習でも命じられたか、並んで竹刀を振っている。

 

 

ハルユキの位置からは背中しか見えないが、右端の1人の小柄な背丈と、茶色がかった大人しいスタイルの髪は間違いなく能美征二だ。

 

 

ハルユキの眼から見ても、他の1年と比べて能美の素振りは圧倒的にキレがあり、実力の確かさを推し量らせる。

 

 

これほどの腕がありながら、なぜ試合で加速能力を使ってまで勝とうするのか、とハルユキは唇を噛んだ。

 

 

あるいは、何かどうしても譲れない事情があるのだろうか?

 

 

かつてタクムがそう思い詰めたように?

 

 

ハルユキが小さく息を洩らした時、能美1人だけがいきなり動きを止めた。

 

 

覗いているのがバレたか、と首を縮めかけたが、どうやらそうではないらしい。

 

 

ハルユキに背を向けたまま、すたすたと壁際に歩みよると、竹刀を片付けにかかる。

 

 

「おい能美、まだ回数終わってねーぞ」

 

 

素振りを続けながら、1年生の1人が言った。

 

 

それに対し何を答えるでもなく、能美はスポーツバックを持ち上げると、もう自分の練習は終わりとばかりに道場の出口へと歩き出した。

 

 

注意した部員が派手に舌打ちし、その隣で「レギュラー様は違うよなぁー」と声が上がる。

 

 

あからさまな皮肉を聞いても、能美は歩調すら変えなかった。

 

 

道着姿のまま道場を出ると、ハルユキの潜んでいる体育館側へと曲がったので、慌てて窓から離れて付近の植え込みの陰へと体を押し込む。

 

 

能美はハルユキに気付いた様子もなく渡り廊下をまっすぐ進むと、体育館の地下へ降りる階段へと姿を消した。

 

 

地下には、ハルユキにとってこの学校でもっとも縁遠い施設である温水プールが存在する。

 

 

まさかこれから泳ぐ気なのか、と呆れかけたが、すぐにその推測を打ち消した。

 

 

プールにはシャワールームが併設してあるはずだ。

 

 

練習でたっぷりかいた汗を流してから、剣道着を着替えるつもりなのだろう。

 

 

――シャワールーム。

 

 

「......!」

 

 

ハルユキは鋭く息を吸い込んだ。

 

 

状況からして、残りの1年生部員はまだ当分素振りを続けるだろう。

 

 

そして周囲に、他の運動部の生徒の姿はまったく見えない。

 

 

つまり能美征二は、今から数分間、完全に1人になるはずだ。

 

 

これはチャンスなのだろうか?

 

 

能美に、なぜマッチングリスト登録を拒否するのか、なぜ同じ学校に通いながら他のバーストリンカーを無視するのかを問い質す、千載一遇の好機なのでは?

 

 

もちろん、しらを切られればそれまでだ。

 

 

だが能美はあえて、もう同じバーストリンカーであると知っているはずのハルユキやタクムの目の前で《フィジカル・バースト》コマンドを使ってみせた。

 

 

ことに、タクムには試合中にまるで見せ付けるかのように。

 

 

あれは、考えようによっては、接触を促している――ということなのではないか。

 

 

迷いつつも、ハルユキは周囲に注意を払いながら能美の後を追った。

 

 

体育館に入ってすぐの壁際に設けられた下り階段を、抜き足差し足で降りる。

 

 

梅郷中では水泳は選択科目で、ハルユキがそんなものを選ぶ動機があるはずもなく、この階段を降りるのは掛け値なしに初めてだ。

 

 

左に直角に曲がる角からそっと先を覗くと、短い廊下にはもう能美の姿はなかった。

 

 

左側の壁に、ふたまたに分かれたシャワールーム兼更衣室への入り口が見える。

 

 

ちらりと天井を確認するが、見慣れた黒いドーム――ソーシャルカメラが存在しない。

 

 

この通路からシャワールーム内部まではカメラ視界外なのだ。

 

 

曲がり角に置かれた掃除用具入れの陰で更に10秒ほど逡巡してから、ハルユキは意を決してシャワールームへと近づいた。

 

 

入り口正面の壁を見ると、やたらと鮮やかなマーキングで、左側に赤色の女子用、右側に青色の男子用の表示があった。

 

 

階段の方向を確かめてから当然右に曲がり、数歩進んで耳を澄ませる。

 

 

もちろん、中に能美以外の生徒がいればすごすご退散するしかないが、話し声は聞こえてこない。

 

 

いつの間にか掌がじっとりと汗ばんでいる事に気付き、それをごしごしズボンに擦りつける。

 

 

――別に、ビビる必要なんかないぞ。

 

 

僕だってこの学校の男子生徒なんだ。

 

 

ならこの先に進んでも誰に咎められるいわれもない。

 

 

ただ、2人きりの場所で能美の真意を問い質そうというだけなんだ。

 

 

もう一度自分を叱咤し、ハルユキはぎくしゃくした歩行ながら、ついにシャワールームへの侵入を果たした。

 

 

予想よりずいぶんと広い空間の、右の壁にはロッカーが並ぶ。

 

 

部屋は一面、男子用に作られた青色でカラーリングされていた。

 

 

中央には長いテーブルが置かれ、その上に学校指定のスポーツバックが1つ置かれている。

 

 

シャワーブースは、左の壁に幾つも並んで設置されているようだ。

 

 

ブースはスモークカラーの樹脂パネルで目隠しされ、奥まった場所のひとつから、水音と湯気が発生しているのが見えた。

 

 

それ以外は完全に無人だ。

 

 

...遅かったか。

 

 

と、ハルユキは小さく息を吐いた。

 

 

くよくよ迷っている間に、能美はブースに入ってしまったようだ。

 

 

さすがに、シャワーを浴びている人間に突撃するほどの度胸は無い。

 

 

ここは出直すか、と考え、そっと後ずさろうとした――その時。

 

 

長机の上の、半分開いたスポーツバックの中で、何かにきらりと光が反射した。

 

 

ごく一部しか見えないが、滑らかな曲線を持つそれは、間違いなくニューロリンカーだ。

 

 

普通、セキュリティに気を使っている人間なら、もう1つの脳とさえ言っていいこのデバイスを目の届かない場所に放置はしない。

 

 

たとえシャワーを浴びる時でもそのまま着けて入るか、せめて鍵の掛かるロッカーに入れる。

 

 

だが、学校内で、しかも自分1人という状況に油断して、ロッカーの機械式キーを捻る一手間を惜しんだのか。

 

 

そうならば、ニューロリンカーの電源を落とす作業も省略したのではないか?

 

 

パワーオフされれば再起動には脳波認証があるゆえ手の出しようがないが、待機状態で放置されたそれに接触できれば、直結してメモリ領域をサーチすることは可能だ。

 

 

そう、今年の1月、かの《赤の王》スカーレット・レインがハルユキの母親のニューロリンカーに接触し、偽装メールアドレスを仕込んだのがまさに同じ手口だったではないか。

 

 

もちろん、道義的にも校則的にも許されることではない。

 

 

他の生徒のニューロリンカーにこっそり直結したなどということが教師にバレたら、叱責では済むまい。

 

 

だが――いかに全国民を常時監視するソーシャル・カメラ・ネットといえども、学校のトイレやシャワールームまではカバーしない。

 

 

そして、証拠映像のない校則違反にはいっさい関知しようとしないのが学校当局だ。

 

 

かつてハルユキが同級生にカメラの視界外で散々殴られたり、恐喝されたりしたのを見事に放置してくれたように。

 

 

それに、直結して物理メモリを覗ければ、能美がバーストリンカーかどうかだけでなく、マッチングリストに出現しない仕組みをも解明できる可能性が高い。

 

 

――と、そこまでを約2秒で思考し、ハルユキは決断した。

 

 

シャワーブースから響き続ける水音を聞きながら、息を詰めてバッグに近寄ると、わずかに引き開けた。

 

 

中には、きちんと折り畳まれたジャージと、その上に乗せられたペールパープルのニューロリンカー。

 

 

インジケータが薄青く点灯している。

 

 

スタンバイ状態だ。

 

 

ポケットから引っ張り出したプラグを素早く自分のニューロリンカーに挿入し、空中で揺れるもう片方のプラグを捕まえて、バッグ内の――

 

 

......いや、待て。

 

 

この色。

 

 

紫がかったサテンシルバー。

 

 

まるで自分の物のように見覚えのあるこのニューロリンカーは、能美征二のものではなく。

 

 

思考が停止し、プラグを握ったまま凍り付いたハルユキの耳に、きゅっとシャワーのコックが捻られる音が届いた。

 

 

水音が途切れる。

 

 

呆然と持ち上げた顔の先で、スイング式のパネルがきぃ、と開いた。

 

 

大判のタオルを肩までの髪に当てながら出てきた倉嶋千百合(・・・・・)と、ハルユキの視線が衝突し、4つの眼がいっぱいに見開かれた。

 

 

停止したままの思考駆動装置が今度はずぼーんと爆発し、ハルユキは――この状況に於けるわずかな救いとして――両眼の焦点を下に移動させる余裕もなく、ただチユリの顔を凝視し続けた。

 

 

先方も同様に、髪を拭きかけた姿勢のまま凍り付いている。

 

 

やがてハルユキはどうにか口を動かすだけの制御力を取り戻し、殆ど音にならない声で囁いた。

 

 

「チユ...お前、何で男子の...」

 

 

同時にチユリも、ぱちくりと一度瞬きしてから言った。

 

 

「ハル。あんた、女子シャワーで何してんの」

 

 

―――なんだって?

 

 

この時――ハルユキは、自分の周囲の空間を彩色する基調トーンがブルーではなくピンクに変わっている事に気付いた。

 

 

滑り止め加工された床も、つるつるした壁や天井も、目の前のテーブルも、全て淡いグレーイッシュ・ピンクで統一されている。

 

 

......でも、だって、そんなバカな!!

 

 

ハルユキは眼を剥きながら胸中で絶叫した。

 

 

俺は確かに、男子用のマークがある方の通路へと進んだ。

 

 

それに先程までは、この部屋を彩っている色は青色だったはずだ

 

 

あの表示は壁掛けパネルなどではなく、壁面に直接マーキングされていたから、誰かがイタズラで入れ替えた等という事は有り得ない。

 

 

それとも、強引に塗料か何かでペイントし直した?

 

 

いや、とてもそんな大掛かりな真似をするような時間的余裕はなかったはずだ。

 

 

等とハルユキが思考を全力回転している間に、チユリもようやく、現在の自分の格好を思い出したようだった。

 

 

ちらりと体を見下ろした途端、両眼がまん丸になり、耳までぱっと血の色が差す。

 

 

両腕でしゅばっと被覆出来る限りの面積を隠しながら再び顔を上げ、大きく息を吸い――

 

 

最大音量で悲鳴あるいは怒声を発しようとした、その直前。

 

 

外の通路から、数名の女子生徒がお喋りしながら近づいてくる声が聞こえた。

 

 

瞬間、あまりにも遅まきながらハルユキは、この状況が単なる勘違いや冗談では済まないものである事を理解した。

 

 

これは、正真正銘の危地なのだ。

 

 

学校当局に露見したら、停学、あるいは退学、いやその先――警察沙汰すらあり得る事態だ。

 

 

チユリも同時にそれに思い至ったのか、真っ赤に紅潮していた頬から、さっと血の気が引いた。

 

 

2人で強張った顔を見合わせる間にも、女子生徒達の声はどんどん大きくなる。

 

 

突然伸びたチユリの右手が、ハルユキの胸倉をネクタイごと掴み、有無を言わせぬ力で引っ張ってさっきまで使っていたシャワーブースに押し込んだ。

 

 

チユリ自身も中に入り、背中でハルユキを壁際に押し付けて、スモークカラーのドアの上端にタオルを掛ける。

 

 

シャワーノズルを取り、タッチパネルの湯温調整を一気にマックスの60度まで上げると、コックを全開。

 

 

勢い良く噴き出した水流を右側の壁に当てる。

 

 

高温のお湯が弾け、ブースはたちまち真っ白い湯気に包まれた。

 

 

チユリ自身も高温のお湯に当たらない為か、ハルユキ事壁に体を押し付ける。

 

 

「......何も喋らないで、じっとしてて!」

 

 

そうチユリの囁き声が聞こえた直後、パネル1枚隔てたシャワールームに、最低でも3人以上の女子が入ってきた気配がした。

 

 

「あーもー、汗べたべた!」

 

 

「ねー、もう夏用ウェアにしたいよねー」

 

 

「リンカーのパッドだけでもメッシュのに換えよっか」

 

 

恐らく、チユリと同じ陸上部員だろう。

 

 

話し声に、ジッパーを引き降ろす音が続く。

 

 

しかしハルユキには外の光景を想像する余裕など当然なく、壁に顔を押し当ててぎゅっと眼をつぶり、ひたすら息を殺し続けた。

 

 

思考の9割ほどはパニックに支配されているが、残り一割で、なぜこんなことになったのか、その理由を考え続ける。

 

 

いくらなんでも、男子用と女子用シャワールームのマーキングを見間違う、などということは考えられない。

 

 

そしてマーキングの物理的な入れ替えも不可能だ。

 

 

となれば、そのカラクリは1つしかない。

 

 

視界の電子的マスキングだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 

ニューロリンカーによる視界の上書き。

 

 

あらかじめ指定された色を、赤色を青色に、青色を赤色になるように色の認識を変えるプログラムを仕掛けられたのだ。

 

 

何処でそんなプログラムを流し込まれたのかはまだ謎だが、その仕掛け人は恐らくあいつだ。

 

 

能美征二。

 

 

全てが能美の罠だったのだ。

 

 

ハルユキが剣道部を覗いている事を奴は知っていた。

 

 

その上でシャワールームに誘導し、マークを誤認させて女子の方へと侵入させ、この危地へと陥れた。

 

 

ハルユキを、バーストリンカー《シルバー・クロウ》を、この梅郷中学校から完璧に排除するために。

 

 

恐ろしいほどに鮮やかで、冷酷で、容赦ない手腕だ。

 

 

かつて、黒雪姫が荒谷という生徒を排除した時と同じか、それ以上に。

 

 

「あれ、チー?まだ入ってたのー?」

 

 

突然、スイングドアのすぐ向こうで女子の声がした。

 

 

耳の傍でチユリが応える声を、ハルユキは竦み上がりながら聞いた。

 

 

「うん、あたしも汗いっぱいかいちゃったからさー」

 

 

「だよねぇ、地区予選前だからってセンセー張り切りすぎぃ」

 

 

Tシャツにワイシャツにブレザーまで着た上から高温の湯気に蒸されて、ハルユキはもう全身汗まみれだったが、暑さはまったく感じない。

 

 

それどころか歯がかちかち鳴りそうなほどに皮膚が冷たい。

 

 

もし今、女子生徒がふざけて仕切りを開けようものなら、ハルユキのみならずチユリも大変な事になる。

 

 

最早覗きの被害者ではいられず、ハルユキと同じ処分を下されかねない。

 

 

「ってチー、お湯熱すぎじゃない?湯気すっごいよ」

 

 

「えー、熱い方が気持ちいいじゃん。血行も促進されるし」

 

 

「やだ、うちのおばあちゃんみたいなこと言わないでよぉ」

 

 

あははは、と他の生徒が笑う。

 

 

合わせてチユリも笑うが、密着した背中を通して、筋肉質の身体が細かく震えているのが感じられた。

 

 

......ごめん。

 

 

ごめん。

 

 

許してくれ。

 

 

俺が馬鹿だった。

 

 

バッグの中のニューロリンカーを漁るなんて真似をしなければこんな事にはならなかったのに!

 

 

内心でそう叫びながら、限界まで奥歯を噛み締めた――その時。

 

 

きぃ、とドアがスイングする音がして、ハルユキはびくんと体を跳ねさせた。

 

 

しかしそれは、隣のブースに女子が入った音だった。

 

 

更に2回、ドアの開閉音が続き、シャワーの水音が一斉の響き始めた。

 

 

数秒後、チユリの体が一瞬離れ、外を確認する気配。

 

 

すぐに戻ってくると、ハルユキの顔を振り向かせ、唇の動きだけで言った。

 

 

――今よ、出て!

 

 

ハルユキは息を詰まらせたまま、チユリの機転への感謝を口にすることもできずにただ頷き、よろりとブースから踏み出した。

 

 

そのまま出口だけを睨み、強張った全身を懸命に操縦して、中腰の姿勢で1歩、2歩と前進する。

 

 

ここで転びでもしたら――あるいは、他の女子が入ってきたら......。

 

 

と考えただけで失神しそうになるが、それでも奇跡的に足は縺れず、ハルユキはシャワールームからの脱出に成功した。

 

 

コの字型に湾曲する通路を小走りに進み、男子と女子の分岐点となる地点で到達し、へなへなと壁に背中を預ける。

 

 

足の力が抜け、そのまま座り込んでしまいそうになったが、突然噴出してきた憤りがそれを防いだ。

 

 

「......野郎......!」

 

 

口の中で叫び、キッと顔を上げると、そのまま通路の反対側に存在する本物の男子用シャワールームへと突進する。

 

 

――しかし。

 

 

淡いブルーグレーに塗装された空間は、まったくの無人だった。

 

 

シャワーブースを使った形跡すらない。

 

 

恐らく、ハルユキが女子の方に闖入している間に、能美はとっとと離脱してしまったのだ。

 

 

「......くそっ」

 

 

一声呻くと、ハルユキはどすんと背後の壁を殴りつけた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

約2時間後、自宅マンション23階にある有田家、兎美達の部屋に於いて。

 

 

ハルユキは額をぐりぐりとフローリングの床を押し付けていた。

 

 

「すまん、ごめん、悪い、本当にごめんなさい!!」

 

 

もう何度目かも判らない謝罪の言葉を、ひたすらに繰り返す。

 

 

チユリはと言えば、制服姿のままハルユキの前にある椅子に腰かけて腕組し、強烈な殺気を放ち続けている。

 

 

――しかも、この状況で最悪な事はそれだけではない。

 

 

「な~るほど...」

 

 

「そういうことね...」

 

 

兎美と美空も、チユリの両隣りに仁王立ちしていた。

 

 

その迫力は、チユリと同等の物だった。

 

 

自分の仕出かした事が、本当に洒落にならないレベルの蛮行であったことは、よく理解できている――つもりだった。

 

 

しかし、チユリが受けたショックの大きさを真に共感するすべなど、男のハルユキはもちようもない。

 

 

故に、女である兎美達がハルユキの味方になろうはずもない。

 

 

処刑判決を待つ囚人はこんな気持ちなのだろうかと考えたハルユキは、部屋に入って以来まるで喋ろうとしないチユリの言葉を待つ。

 

 

「まぁ、今回は嵌められたみたいだし、ハルをこれ以上責めたってしょうがないでしょ」

 

 

てっきりチユリの味方になると思っていた兎美が、その場の状況を変えてくれた。

 

 

「はぁ...」

 

 

被害者であるチユリ自身も、ため息を吐いて殺気を収めた。

 

 

「言っとくけど、ヘンな事に使ったら、記憶失くすまであの...なんだっけ、む、《無制限中立フィールド》にダイブさせるからね。百年くらい」

 

 

ひっ、ともう一度飛び上がる。

 

 

「つ、使わない、使いません!」

 

 

――確かに、ここでハルユキに《アンリミテッド・バースト》コマンドを使用させ、そのまま1時間も監視すれば内部では40日以上も経過することになる。

 

 

脳内の保存画像が相当に劣化するのは間違いない。

 

 

しかし、そんな期間ほかのバーストリンカーやら《エネミー》から追い回されたら、記憶をなくすどころか過労死してしまいそうなので、ハルユキは必死にぶるぶる首を振った。

 

 

「わ、忘れます、超忘れます!」

 

 

「......まぁ、ハルにどんな贖罪(しょくざい)をしてもらうかは、今後じっくり考えるけどね。それは今は保留しといてあげるわ」

 

 

ふんっ、と鼻を鳴らす音と共に、何かがぽすんとハルユキの頭に投げつけられた。

 

 

ちらっと視線を上げると、それは美空がハルユキのピンクのブタの他に愛用している、ピンクのうさぎのぬいぐるみだった。

 

 

「土下座はもういいから、座んなさいよ」

 

 

「は...はい」

 

 

頷き、ハルユキはその場であぐらをかいた。

 

 

「で?あんたが女子シャワーに忍び込んだのがウイルスのせいで、それを仕掛けたのがあの能美って子だって話...本当なの?」

 

美空の問いに、ハルユキはぶんぶん頷いた。

 

 

「ま、間違いないよ。俺は確かに男子シャワーのマークがあるほうに入ったんだ。いくら俺がオッチョコチョイ星人でも、赤と青のマークは見間違わないよ」

 

 

「でも、いつそんなの仕掛けられたのよ?あんた能美とは話もしてないんでしょ」

 

 

「う...うん」

 

 

チユリの問い掛けにも、こくりと頷く。

 

 

実際、ウイルスを仕掛けられたルートは全く謎だ。

 

 

入学式から今日までの一週間のどこかでニューロリンカーに接触されたのだと思われるが、ハルユキには自分にそんな隙があったとは到底思えない。

 

 

ウイルス本体を分離できればそれが入り込んだ日時は判るはずだが、どれほど物理メモリをチェックしても怪しげなプログラムは発見できなかった。

 

 

ニューロリンカーの動作ログを見た所、ハルユキが女子シャワー室に入り込んでしばらくした後、見知らぬファイル1つ消去された形跡があった。

 

 

そんな操作をした覚えは皆無なので、恐らく、ウイルスが起動して目的を果たした――つまりハルユキの資格にマスキングを掛けた後、ある程度したら自戒するようにセットされていたのだ。

 

 

「ねぇハル、出かける前に私が何をお願いしたか覚えてる?」

 

 

今まで考え事をしていて会話に参加していなかった兎美が、唐突にそのような質問をハルユキにぶつける。

 

 

「何って、醤油取ってくれって頼んだんだろ?」

 

 

いきなりの事で疑問に思ったはるゆきだったが、兎美の質問に素直に答えた。

 

 

「何色の容器を取ったか覚えてる?」

 

 

「醤油なんだから、赤に決まってるだろ」

 

 

ハルユキだけでなく、チユリや美空までも何の話をしているのか分からなかった。

 

 

「言っとくけど、ハルが持ってきたのは醤油じゃなくて、青の容器のソースだったわ」

 

 

「えぇ!?そんなはずないだろ!?俺はちゃんと赤色の容器を持ってたぞ!?」

 

 

兎美とハルユキの会話を聞いて、ようやく美空も兎美の言いたい事が分かった。

 

 

「ちょっと待ってよ、その話が本当なら...」

 

 

「えぇ、その時には既にマスキングを仕掛けられてたって事よ」

 

 

『えぇ!?』

 

 

兎美の言葉に、ハルユキ達は驚愕の声を上げる。

 

 

「でも!昨日の夜はちゃんと醤油使ってたじゃない!」

 

 

美空は昨晩の夕食で、ハルユキが色の認識がずれて無かった事を指摘する。

 

 

「要するに、昨日の晩から今日の出かけるまでの間にウイルスを仕掛けられたって事ね」

 

 

『おぉー!!』

 

 

自分1人じゃここまで知ることが出来なかっただろうと思い、ハルユキは美空達と一緒に感心する。

 

 

「じゃあその間でハルが何をしたかで、いつ仕掛けられたか分かるわね」

 

 

美空にそう言われ、ハルユキは自分の記憶を総動員させて、夕食後からの行動を思い出す。

 

 

「昨日はあの後、直ぐ風呂に入って寝たからネットにも繋げてもないよ」

 

 

「じゃあ、可能性があるとしたら今日の朝ね。本当に身に覚えがないのよね?」

 

 

チユリの質問に、ハルユキは答える。

 

 

「あぁ、朝はまず起きたら、先輩から写真が送られてきたからそれを見て...」

 

 

「写真?何の写真よ」

 

 

写真と言う言葉に、美空が食いついた。

 

 

「先輩に沖縄旅行の写真を頼んだんだよ。実際に送られてきたのは、風景じゃなくてお弁当だったけどな」

 

 

ハルユキの言葉に、3人は苦笑する。

 

 

「黒雪ってしっかりしてそうで、何処か抜けてるわよね」

 

 

確かに食いしん坊キャラに見えるけど――と、考えながら兎美は呆れる。

 

 

「後は、タクムから能美の事についてボイスメッセージが届いたぐらいかな。やたら重いファイルが添付されてたけど...」

 

 

『それでしょうが!!』

 

 

兎美と美空の絶叫が、部屋に響いた。

 

 

「何が身に覚えがないよ、思いっきりあるじゃない!」

 

 

「えぇ!?でも!タクムがそんなミスをするはずが...」

 

 

美空が指摘するが、ハルユキがそんなはずはないと否定する。

 

 

「実際、そのファイルのせいでハルは酷い目にあったのよ。考えてもみなさい、もしシャワーブースから出てきたのがチユリじゃなくて他の女子なら、ハルは今頃...」

 

 

「......警察にいる、よね」

 

 

ハルユキに変わり、今更ぞっとしたように背中を震わせ、チユリは呟いた。

 

 

「でも...じゃあ、これからも、能美って子はこんな罠を仕掛けてくるっていうの?ハルだけじゃなく...タッくんや、黒雪先輩や、私達を狙って...?」

 

 

「いや、そんな真似はさせない」

 

 

ハルユキは、チユリの不安を払拭しようと、慣れない口調で言い切った。

 

 

「あいつの出方が解った以上、もう様子見なんかしないさ。明日にでも、俺とタクであいつにぶつかる。不本意だけど...必要なら、無理やり直結してでも、彼奴がマッチングリストに出て来ない秘密を暴く」

 

 

「.........ハル......」

 

 

ハルユキの言葉を聞いたチユリは、胸の辺りが熱くなるのを感じた。

 

 

その気持ちを誤魔化すように、剣呑さを取り戻したチユリの声が低く宣言した。

 

 

「言っとくけど、シャワー室のこと、タッくんに言ったら今度こそぶっ飛ばすからね。あと黒雪先輩にもバラす」

 

 

「え」

 

 

ハルユキはびくんと凍り付いた。

 

 

確かに、黒雪姫には金輪際言う気は無かったが、タクムにはこの謝罪が完了し次第報告しようと思っていたのだ。

 

 

「た...タクにも?」

 

 

「あったり前でしょ、何考えてるのよ」

 

 

そうなると、能美の攻撃についてどう説明したものか。

 

 

いや、女子シャワー室に誤導されたことだけ伝え、中でチユリと鉢合わせた事は言わなければいいのか。

 

 

そんなハルユキの思考を読み取った兎美が、1つ指摘を入れる。

 

 

「言っとくけど、黛にはこの話事態しない方がいいわよ」

 

 

「えぇ!?何で!?」

 

 

この後、相談しようとしていただけに、ハルユキの驚きは大きかった。

 

 

「バックドアの事だけでも結構引きづってるのに、この話をして見なさいよ。自分のせいだって知ったら、また面倒くさい事になるわよ」

 

 

そんな事はないだろと言いたかったハルユキだったが、容易にその姿が想像できたので否定できなかった。

 

 

親友に内緒事を作ってしまう事にやや忸怩(じくじ)としたものを覚えながらも、ハルユキは大きく息を吸い、それを振り払った。

 

 

今は、シャワー室事件を引き摺っている時ではない。

 

 

あれは、能美からの宣戦布告だ。

 

 

今後始まる戦いに、全精神力を振り絞らねばならないのだ。

 

 

そして可能なら、黒雪姫が沖縄から帰ってくる前に、この問題を片付ける。

 

 

レベル9のあの人を危険に晒すわけにはいかない。

 

 

自分にそう言い聞かせながら、ハルユキは兎美達の部屋から退室し部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ハルユキだけでなく、兎美までも間違っていた。

 

 

この後、取り返しのつかない状況に追い詰められるともしらずに。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

殆どの人が寝静まっている深夜、ハルユキ達が通う学校に忍び込む影があった。

 

 

その影は明かりもつけず目的の場所、女子シャワー室に向かっていた。

 

 

影は女子シャワー室に難なく侵入すると、手に持った装置を設置しようとロッカーに近づく。

 

 

――その時。

 

 

ピカッと、懐中電灯のライトが影を照らした。

 

 

見つかると思っていなかった影は、照らした相手を警戒する。

 

 

「こんな時間に一仕事とは、随分ご苦労なこったな」

 

 

照らされた影――能美は懐中電灯を持った人物を視界に入れた瞬間、強張った肩の力を抜いた。

 

 

「なんだあなたですか...驚かさないでくださいよスターク」

 

 

「そいつは失礼」

 

 

スタークは懐中電灯の明かりを消し、代わりに部屋の電気のスイッチを入れた。

 

 

パチっと音が鳴るのと同時に、部屋全体に明かりが灯る。

 

 

「それで?こんな所で何してるんだよ」

 

 

「ふん、何って見たら分かるじゃないですか。カメラを仕掛けて有田先輩を陥れるんですよ」

 

 

スタークの質問に、能美は鼻で笑い相手を馬鹿にした様子で語り始める。

 

 

「そう上手くいくかぁ?あっちには自称とは言え天才が1人いるんだぞ。逆にお前が陥れられるかもしれないぞ」

 

 

「じゃあ、どうするんですか?わざわざここまで準備したのに、無駄にしろというんですか?」

 

 

今度は逆に、能美が質問を返す。

 

 

「簡単な話だ、陥れる相手を変えるんだよ。ハルではなく有田兎美にな」

 

 

「あなたさっき自分が言った言葉を忘れたんですか?それだと結局僕が陥れられるだけじゃないですか」

 

 

すると、スタークは何処か面白そうに口を開いた。

 

 

「そんなお前に面白い事を教えてやるよ、少し耳貸せ」

 

 

胡散臭いと感じた能美だったが、言われた通りスタークに耳を貸した。

 

 

能美の耳元である事を話したスタークに、能美は目を見開いて驚いた。

 

 

「それは本当なんですか?」

 

 

「あぁ、間違いない。なぁ?面白いだろ?」

 

 

その話を聞いた能美は、口角が上がるのを抑えられなかった。

 

 

「なるほどぉ、それだったら確実に彼女を陥れますね」

 

 

クックックッと怪しい笑みを浮かべる能美と、フッフッフッとマスクの下でスタークも同じように笑い出す。

 

 

――その時だった。

 

 

バアンッと、勢いよく扉が開かれた。

 

 

「お前達、こんな所で何やってるんだ!!」

 

 

警備員が2人、女子シャワー室に入ってきた。

 

 

恐らく巡回中にこの部屋の電気がついている事に気付き、入ってきたのだろう。

 

 

「お前は確か、1年の能美だったな。ここで何をしてるんだ!?」

 

 

「...チッ」

 

 

面倒くさい所を見つかったと、能美は聞こえない様に警備員から顔を背け舌打ちをする。

 

 

「お前もそんなコスプレして、何をしてるんだ!?」

 

 

警備員の1人が、スタークに掴みかかる。

 

 

「はぁ...」

 

 

スタークも面倒くさそうに、ため息をつく。

 

 

「警備員室で詳しい話を...」

 

 

「ふんっ!」

 

 

スタークの腕を掴み、連行しようとした警備員だったが、スタークが腕を振り払い顔面に裏拳を繰り出す。

 

 

裏拳が直撃した警備員は、そのまま粒子となって消えてしまった。

 

 

「お前!?」

 

 

相方が消された事に動揺した警備員も、咄嗟にスタークに飛び掛かった。

 

 

――しかし、スタークは腕の伸縮ニードル『スティングヴァイパー』を警備員の首に伸ばし、毒を注入する。

 

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

毒を注入された警備員は、苦しみながら一瞬で消滅してしまった。

 

 

「流石はスターク、鮮やかな手口ですね」

 

 

目の前で人が殺されたにも関わらず、能美は平然としていた。

 

 

「明日の朝に行方不明者の警備員が2人出来きちまうが。まぁ、しょうがないだろ」

 

 

スタークは収納されたスティングヴァイパーを撫でながら、特に気にせずそう呟いた。

 

 

「じゃあ、後はお前次第だ。上手くやれよ」

 

 

そう言ってスタークは踵を返し、女子シャワー室から出ていく。

 

 

「Chao~♪」




どうも、ナツ・ドラグニルです。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


原作では、チユリとハルユキだけの会話でしたが、兎美と美空も話し合いに追加させました。


そして今後も展開も、ハルユキが盗撮犯に仕立て上げられますが、ビルドの要素も入れたい為に少し変更します。


ビルドを知ってる人は解ると思いますが、3章の中でビルド第7話「悪魔のサイエンティスト」と第8話「メモリーが語り始める」を入れたいと思っていますので。







しかし...ハピネスチャージを投稿してから、この話を作りましたが。


ハピネスチャージは3か月以上掛かったにも関わらず、同じ文章量で6日しか掛かりませんでした。


本当に戦闘描写が苦手なんだなと痛感しましたね。


あと、アクセル・ビルドは小説を元にしてるので書きやすいってのもありますね。


次話でようやく、アクセル・ビルドも戦闘に入るのでどうなるか分かりませんが。


それでは次回、第6話、もしくは激獣拳を極めし者第31話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!


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第6話

これまでのアクセ・ビルドは!


兎美「仮面ライダークローズであり、バーストリンカーのシルバー・クロウでもあるハルユキはバーストリンカーの疑いがある能美征二を調べる為に休日の学校に訪れていた」


美空「しかし、能美の策略に嵌り、女子シャワー室に誤って侵入してしまい裸のチユリと鉢合わせてしまった」


チユリ「あの時は本当に驚いたわよ、シャワーから出たら目の前にハルがいたんだから」


兎美「てゆうかチユ、私を差し置いて何ハルに裸見せてるのよ」


チユリ「食いつくとこそこ!!!見せたくて見せたんじゃないんですけど!!!」


兎美「事故だとしても、裸見せたのは事実でしょ!!私だってまだなのに!!」


美空「さて、2人は放っておくとして、この後ハルユキはどうなるのか!!どうなる第6話!!」


「ゲームオーバーです、有田先輩...いえ、シルバークロウ」

 

 

それが、初めて対面した能美征二の第一声だった。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

梅郷中学校は、北を上にすると工の字型にしており、正門は東に存在する。

 

 

北の専門教室棟と南の一般教室棟、それらを縦に繋ぐ運動棟に挟まれた2つの空隙(くうげき)のうち、東側の区画は≪前庭≫、西側の区画は≪中庭≫と呼ばれている。

 

 

その中庭は、やたらと樹齢を得た(くすのき)やら(なら)が八方に枝を伸ばし、昼でも薄暗い。

 

 

ベンチや芝生もないので生徒は殆ど近づかず、ソーシャルカメラも設置されていない。

 

 

ハルユキ達を呼びだす能美からのタイプメールが着信したのは、月曜日の最初の授業が終了した直後だった。

 

 

小さなフォントで綴られた短い文面の最後に、【お2人で】のひと言を見つけ、ハルユキはさっと右隣に座る兎美の顔を見る。

 

 

兎美と視線が合うと、ハルユキに対してコクリと頷いた。

 

 

恐らく、兎美の方にもハルユキと同じメッセージが送られたのだろう。

 

 

しかし、ハルユキは能美の意図が分からなかった。

 

 

昨日のシャワー室事件の事でハルユキ達を呼びだすなら、兎美ではなくチユリの筈。

 

 

幾ら考えた所で、能美の考えが解る訳じゃない。

 

 

その考えに至ったハルユキは、指定された2時間目と3時間目の間の20分休み時間が始まるや、兎美と共に席を立って廊下に飛び出した。

 

 

階段を駆け下り、下駄箱からスニーカーを回収して、体育館脇の砂利道を通って中庭に踏み込む。

 

 

あまりいい思い出のない場所だった。

 

 

ソーシャルカメラ圏外ということもあり、1年の時に何度かいじめっ子連中に呼びだされた。

 

 

小突かれ、湿った落ち葉の上に尻餅をつくのは、惨め以外の何ものでもなかった。

 

 

――でも、もう全部過去の話だ。

 

 

今の僕は、あの頃の僕とは違うんだ。

 

 

内心でそう呟きながら、兎美を連れて薄暗い林の真ん中にそびえる一際太い水楢(みずなら)の幹に歩み寄ろうとした。

 

 

がさ、と小さな足音と共に、その向こうから人影が現れ、ハルユキ達と対峙した。

 

 

絶対に自分達の方が早く来たと思っていたハルユキは、その瞬間からやや相手に呑まれ、半歩右足を引いた。

 

 

正面から向き合うと、やはり能美征二はずいぶんと小柄だった。

 

 

クラスの平均をやや下回るハルユキと比べても、更に10センチは低い。

 

 

手足も、胴も、ダークグレーのニューロリンカーが装着された首も子供のように細い。

 

 

体重では恐らく倍近い差があるだろう。

 

 

顔もまた、女の子と見紛うほどにあどけなかった。

 

 

廊下ですれ違って会話までしたはずなのに、ハルユキは一瞬、これが本当に自分を冷酷な罠に掛けた相手なのかと(いぶか)しんだ。

 

 

坊ちゃん刈りの柔らかそうな髪を揺らし、能美は軽く一礼した。

 

 

睫毛の長いばっちりとした眼と、小作りの口ににっこりと笑みを浮かべ――。

 

 

 

 

「ゲームオーバーです、有田先輩......いえ、シルバー・クロウ」

 

 

 

 

と、能美征二は言った。

 

 

「え......な、何が?」

 

 

と、虚を衝かれたハルユキは訪ねるしかなかった。

 

 

能美は笑みを絶やさぬまま、ひょいと華奢な肩をすくめ、もう一度言った。

 

 

「って、本当だったら言いたかったんですけどね、少し趣向を変えようと思いまして...」

 

 

「趣向だって...」

 

 

「ええ、その為に兎美先輩にもご足労願ったんですから」

 

 

「どういう意味よ」

 

 

意味が分からなかった兎美は、能美に質問する。

 

 

「最初は有田先輩を覗き魔にして陥れるつもりでしたが、それよりも面白い話をある人物から聞いたんですよ」

 

 

『!!?』

 

 

能美の言葉に、ハルユキ達は驚愕する。

 

 

兎美達の推測通り、ハルユキを覗き魔にして陥れると能美ははっきりと言ったのだ。

 

 

しかし、ハルユキ達はその後に話したそれよりも面白い話と言う言葉に喰いついた。

 

 

覗き魔に陥られるだけでも、ハルユキにとって最悪な状況だ。

 

 

能美はそれよりも、更に最悪な状況を作ると言ったのだ。

 

 

「ある人物って...」

 

 

「面白い話って何よ...」

 

 

「そんなに慌てないでくださいよ、ちゃんと聞かせてあげますから」

 

 

ハルユキ達を馬鹿にする態度で、能美は話始める。

 

 

「まずある人物については、最後に僕の方から紹介しますよ」

 

 

そう言うと、能美は先程言った面白い話について語りだす。

 

 

「僕も最初に聞いた時は驚きましたよ、まさか有田先輩...兎美先輩が葛城巧未を殺した殺人犯だったなんてね」

 

 

『なっ!!?』

 

 

能美の口から語られた衝撃の言葉に、ハルユキ達は驚愕する。

 

 

「何言ってんだよお前、そんな筈は...」

 

 

「無いと言い切れますか?」

 

 

能美の言葉に、ハルユキは口を噤む。

 

 

「聞いた話だと、あなたは行方不明になる前に一度、葛城巧未に接触してますよね?」

 

 

「!?」

 

 

能美の質問に、兎美は息を飲んだ。

 

 

能美の言う通り...後輩の立弥の話が本当なら、ハルユキが兎美を拾った9月5日に葛城の研究所に訪れているという話だ。

 

 

兎美が葛城を殺したという証拠はないが、それと同時に殺していないという証拠も存在しない。

 

 

「この事が明らかになれば、覗きなんかより大変な事になりますよ」

 

 

能美の言う通り、この事が公になれば大変な事になる。

 

 

覗きなら良くて停学、悪くて退学...のちに刑務所暮らしが待っている。

 

 

しかし、殺人は違う。

 

 

良くて5年以上の懲役、悪くて死刑だからだ。

 

 

どちらが大ごとになるかなんて、考えるまでもない。

 

 

「......きみは......、きみは何処でその話を聞いたんだ...きみが言っているあの人っていったい...」

 

 

何とか絞り出したハルユキの言葉に、能美はさらに口角があがり怪しい笑みを浮かべる。

 

 

「それは...」

 

 

 

 

「私だよ」

 

 

 

 

――という声が、中庭の重苦しい空気を揺らした。

 

 

ハルユキ達はぴくっと背中を竦ませ、能美は笑みを絶やさぬまま、声の聞こえた方に向き直った。

 

 

「よぉ、久しぶりだなハル」

 

 

木立の奥から現れたのはブラッド・スタークだった。

 

 

『スターク!!』

 

 

スタークの登場に、ハルユキ達は更に身体を強張せる。

 

 

「なんでお前が能美と一緒に...」

 

 

「なんでってそりゃ、能美と私が手を組んでいるからに決まってるだろ」

 

 

『!!?』

 

 

ハルユキの質問に答えたスタークの言葉に、ハルユキ達は驚愕する。

 

 

ハルユキ達はビルドドライバーを腰に装着し、いつでも変身できるようにする。

 

 

「おっと...下手に動くなよ、サンプルを殺したくないからな」

 

 

「サンプル?」

 

 

スタークの発したサンプルと言う言葉に、ハルユキは喰いつく。

 

 

「お前らの体にも、スマッシュと同じ多量のネビュラガスが注入されている」

 

 

その言葉に、兎美は息を飲む。

 

 

しかしハルユキは、以前ナイトローグから同じ話を聞いていたので驚く事は無かった。

 

 

あの時、ハルユキが覚えている限りの事は教えたつもりだったが、この反応を見る限り自分達にネビュラガスが注入されているという事を、ハルユキは伝え忘れていたようだった。

 

 

「何もせずに、仮面ライダーのような力が使える訳ないだろ。お前達はガスを注入してもスマッシュにならなかったひじょ―――うにレアな存在なんだよ」

 

 

「私がスマッシュと同じですって...」

 

 

兎美は、今まで倒してきたスマッシュの事を思い出す。

 

 

「んなわけないでしょ!!!」

 

 

兎美はラビットボトルとタンクボトルを振り、ビルドドライバーに装填する。

 

 

『ラビット!』

 

 

『タンク!』

 

 

『ベストマッチ!』

 

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

ビルドに変身した兎美は、ドリルクラッシャーを召喚してスタークに切り付ける。

 

 

「ふざけるな!」

 

 

逃げたスタークにもう一度切り付けるが、今度は避けられドリルクラッシャーは水楢の木を大きく抉った。

 

 

幸い、木が大きかった事で倒木は免れた。

 

 

「あ~あ~あ...」

 

 

暴走に近いビルドの攻撃に、スタークは呆れる。

 

 

「この野郎!!!」

 

 

あの兎美の口から発せられたとは思えない暴言を吐きながら、スタークに掴みかかる。

 

 

掴みかかったビルドは、そのままスタークを地面に転がし馬乗りになる。

 

 

「誰だぁ!!私の体にガスをいれたのは!!記憶を奪ったのは誰なんだぁ!!」

 

 

スタークを殴りながら、ビルドは質問する。

 

 

「お前かぁ!!ローグかぁ!!答えろぉ!!」

 

 

「ふっふっふ、ふっはっはっはっは!!」

 

 

殴られているにもかかわらず、スタークは笑い声を上げ続ける。

 

 

「何が可笑しい!!?私の体を返せぇ!!記憶を返せぇ!!」

 

 

「記憶の核心に触れると、見境を無くすのが欠点か!」

 

 

スタークは腰に下げていたトランスチームガンを手に取ると、ビルドの胸元に銃口を向ける。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

ゼロ距離で銃弾を喰らったビルドは、火花を散らしながら後ろに吹っ飛んだ。

 

 

ビルドはそこそこ太い楠にぶつかると、変身が解除されてしまう。

 

 

「兎美!!」

 

 

変身解除した兎美に駆け寄るハルユキだったが、打ち所が悪かったのか兎美は気絶していた。

 

 

「お前にはがっかりしたよ...」

 

 

スタークは起き上がりながらそう言うと、今度はハルユキに向き直る。

 

 

「さて、今度はお前の番だな。少しは楽しませろよ?」

 

 

ハルユキは、兎美を近くの木に寄りかかせる。

 

 

「ギャォォォ」

 

 

ハルユキの懐に待機状態で忍ばせていたクローズドラゴンが、ハルユキの意志に反応したかのように鳴き声を上げ起動する。

 

 

懐から飛び出したクローズドラゴンは、そのままハルユキの掌に納まる。

 

 

シャカ、シャカ、シャカ。

 

 

『ウェイクアップ!』

 

 

クローズドラゴンにドラゴンボトルを差し、ドライバーに装填する。

 

 

『クローズドラゴン!』

 

 

レバーを回すと、ハルユキの周りにドラゴンハーフボディと追加ボディアーマーが生成される。

 

 

『Are you ready?』

 

 

「変身!」

 

 

『Wake up Burning!! Get CROSS-Z DRAGON!! Yeah!!』

 

 

ハーフボディが結合され、ハルユキはクローズへと変身する。

 

 

「今の俺は、負ける気がしない!」

 

 

ハルユキは兎美を守る為、敵わないと分かっていてもスターク相手に戦いを挑む。

 

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 

クローズは湿った地面を蹴り、蒼い炎を灯した拳を握り締め、猛然とスターク目掛けて突進する。

 

 

ドゴォン!!!

 

 

――という凄まじい音が、中庭に響いた。

 

 

「ほぅ...少しは強くなったみたいだな」

 

 

やはりと言うべきか、先程の凄まじい一撃をスタークは片手で受け止めていた。

 

 

「なっ!?」

 

 

渾身の一撃を受け止められた事に、クローズは動揺する。

 

 

「確かに強くなったようだが、この程度で...私を倒せると思うなよ!」

 

 

受け止めている手とは反対の手で握っているトランスチームガンを、クローズの胸元に当てる。

 

 

ゼロ距離で喰らったクローズは、先程のビルドと同じように後ろに吹き飛んだ。

 

 

「くぅ...」

 

 

しかし、クローズは変身解除する事なく、何とか立ち上がった。

 

 

「ほぉ!これを耐えるとはな。だが...これならどうかな?」

 

 

『ライフルモード!』

 

 

スタークはスチームブレードを取り出し、トランスチームガンに連結してトランスチームライフルへと合体させる。

 

 

『フルボトル』

 

 

トランスチームライフルに、『ロケットフルボトル』を装填する。

 

 

『スチームアタック!!』

 

 

「ふっ!」

 

 

一発の弾丸が、煙を噴きながらクローズに向かって放たれた。

 

 

「くぅ!」

 

 

ダメージが残っているものの、何とかクローズは横に跳ぶことで直撃は免れる。

 

 

しかし...

 

 

「なっ!!?」

 

 

クローズは驚愕する。

 

 

なぜなら本来ならそのまま一直線に向かう銃弾が、いきなりクローズに向けて方向転換したからだ。

 

 

「ぐぁぁぁぁっ!!!」

 

 

方向転換した弾丸はクローズに命中し、大爆発を起こす。

 

 

流石のハルユキも、変身解除してしまい地面に転がる。

 

 

変身解除するや激しく喘ぎ、最初に攻撃を受けた腹を抱えて丸くなる。

 

 

「少しは頑張ったが、今回はここまでのようだな」

 

 

スタークはそう言うと、能美に顔を向ける。

 

 

「じゃあ、後は頼んだぞ」

 

 

「えぇ、分かりました」

 

 

するとスタークは、ハルユキに近づいて肩に手を置いた。

 

 

「じゃあな、CHAO♪」

 

 

そう言って、今度こそスタークは姿を消した。

 

 

ハルユキは空えずきを繰り返していると、ざくざくと草を踏み分けて近づいてくる能美のスニーカーが見えた。

 

 

「次の授業まであと3分か。...まぁ、間に合うでしょう。それじゃあ、有田先輩から相手してあげますよ」

 

 

「あ......いて...?」

 

 

鈍痛に耐え、ハルユキは唸った。

 

 

その疑問に対する答えは、言葉ではなく、近づいてきたXSBプラグの煌めきだった。

 

 

ハルユキの背中を左足で踏みつけ、上体を屈めた能美は、躊躇なくハルユキのニューロリンカーにプラグを突き刺しざま叫んだ。

 

 

「バースト・リンク!!」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】

 

 

聞き慣れた加速音に続いて、視界に表示されたその文字列を、ハルユキは呆然と凝視した。

 

 

《対戦》!?

 

 

なぜ今!?

 

 

これまで能美は、未知の手段によってマッチングリスト登録をブロックし、ひたすら対戦から逃げ回っていたではないか。

 

 

それを、どうして今になって、しかも向こうから挑戦してくるのだ。

 

 

一連の出来事で混乱しきったハルユキの思考では、能美の意図をすぐには看破出来なかった。

 

 

眼を見開き、世界が乾いた震動音と共に《対戦ステージ》へと変貌していくのをただ見つめた。

 

 

学校の中庭に密生していた木立ちが、一斉に新緑の若葉を落とし、真っ黒い枯れ木へと変貌した。

 

 

空がたちまち暗くなり、夕暮れの藍色に沈んだ。

 

 

三方向に(そび)えていた校舎が、みるみる骨組だけの廃墟へと朽ち果てる。

 

 

灰色の地面から、ずぼ、ずぼっと無数の棒や板が生えてくる。

 

 

いや、棒ではなく――墓碑(ぼひ)だ。

 

 

苔むした十字架や碑石が、視界の果てまで際限なく連なっていく。

 

 

ステージの生成が終わると同時に、視界の上部左右に、2本にHPゲージが伸長した。

 

 

左側のバーの下にはハルユキのデュエルアバター、《シルバー・クロウ》の名前が浮き上がる。

 

 

そして右側に――。

 

 

《ダスク・テイカー》。

 

 

レベルは5。

 

 

名前にまったく見覚え、聞き覚えは無い。

 

 

しかしその割にはレベルが高い。

 

 

恐らくは、能美という人間は、ずっと同じことを繰り返してきたのだろう。

 

 

他のバーストリンカーを罠に掛け、弱みを握り、脅してバーストポイントを《上納》させる。

 

 

そうやって、戦わずしてレベルを上げてきたのだ。

 

 

ぎりっと歯を噛み合わせたハルユキの目の前で、最後に大きく【FIGHT!!】の文字が燃え上がり、飛び散った。

 

 

そこまでを見届けてから、ハルユキはようやく、自分が加速前と同様地面にうつ伏せになっている事に気付いた。

 

 

そして同じく、背中に何者かの足が載っていた。

 

 

「.........っ!!」

 

 

慌てて跳ね起き、大きくジャンプして距離を取る。

 

 

両手を構えながら睨んだ先には――。

 

 

異様な姿のアバターのひっそりと立っていた。

 

 

シルエットはノーマルな人型だ。

 

 

サイズは小さめで、シルバー・クロウと大差あるまい。

 

 

顔もよく似ていた。

 

 

全面がのっぺりとしたバイザー状で、その奥に赤紫色の眼だけが鋭く浮かぶ。

 

 

体も脚も棒の様に細い。

 

 

だが、両腕だけが、奇怪としか言えない有様を呈していた。

 

 

右は明らかに機械系で、ギアやシャフトが組み合わさった太い腕の甲側に、ボルトクリッパーのような凶悪な刃物が装着されている。

 

 

しかし、左はどう見ても生物系なのだ。

 

 

細い環節の浮き出た、いかにもクリーチャーといった造形の腕の肘から先は、3本に分かれた長い触手だ。

 

 

いかにも統一感のない形状だが、全体の色は《宵闇(ダスク)》というその名の通り、黒ずんだ紫だった。

 

 

カラーサークル上の属性は近接及び遠隔だろうが、彩度はかなり低い。

 

 

瞬時にそこまで観察し終えてから、ハルユキは油断なく構えたまま、先手必勝と動こうとしたその時。

 

 

ズキッ!!

 

 

「ぐあっ!!」

 

 

何もダメージを受けてないにも関わらず、胸辺りに鋭い痛みが走ったと同時に体がだるくなり動けなくなった。

 

 

ハルユキはそのまま、ドサッと地面に倒れた。

 

 

「な...なん...で...」

 

 

いつの間にか攻撃されていたのか、そう考えたハルユキは自分のHPバーを見やるが、HPは満タンのまま輝いていた。

 

 

「ん?どうかしたんですか?先輩」

 

 

先程の小馬鹿にした風ではなく、本当に分からないという感じで能美は質問する。

 

 

「こ...れは...」

 

 

そこで...ハルユキはようやく気付く、先程痛みが走った場所は、先程スタークに強制変身解除するに至るまでの攻撃を受けた場所だった。

 

 

「嘘だ...ろ...、ま...さか...」

 

 

現実世界のダメージが、加速世界のデュエルアバターにまで反映してるとでも言うのだろうか。

 

 

確かに現実のハルユキは、動く事も出来ない程の重症だ。

 

 

「まさか...リアルのダメージがこの世界にまで影響してるって事ですかね?」

 

 

今のハルユキの状況を見て、能美も同じ結論に至った。

 

 

「加速している脳事態が、スタークのダメージのせいでこれ以上動いてはいけないと、緊急信号を出しているのかもしれませんね。これは興味深い...」

 

 

能美は現在ハルユキの身に起こっている現象を推測し、興味深そうにハルユキを眺めた。

 

 

「ポイントを頂くには、こうして《対戦》する必要があるんですが、1つ手間が省けましたね。それでは...ついでに先輩から1つある物を預かろうと思うんですよ」

 

 

金属質なエフェクトのかかった能美の言葉の意味を、ハルユキは咄嗟に理解できなかった。

 

 

「あ...預かる、だと?」

 

 

「そうです。先輩の、大切なものをね。さあ...せっかくのステージですよ、戦おうじゃありませんか。その状態で戦えるならの話ですが」

 

 

そう言うと、黒紫色のアバターは、右腕のカッターを持ち上げてガチンと一度打ち合わせた。

 

 

もう、能美が何を意図しているのかはまったく不明だ。

 

 

しかし、この状態で戦うというのは無謀すぎる。

 

 

今のハルユキは、体を動かすのが鈍く...真面に戦えない状態だ。

 

 

それでも...ハルユキは諦める訳にはいかなかった。

 

 

ハルユキも能美の《リアル》というカードを握ったのは間違いなく、これを加速世界に公開されれば、ポイントに飢えたバーストリンカー達に着け狙われておちおち出歩けなくなる。

 

 

スタークと手を組んでいるとはいえ、能美もそれは避けたいだろう。

 

 

ならばあとは、尋常な対戦で勝敗を決するしかない。

 

 

能美は先程、ハルユキの大切なものを預かるといった。

 

 

預かるという事は、それはハルユキから何かを奪うってことだ。

 

 

少なくとも、プライドを奪い服従させる事とは思えない。

 

 

警戒するハルユキだったが、体がだるくて動けなかった。

 

 

――だが。

 

 

スタークと手を組むような相手に、ハルユキは負ける訳にはいかなかった。

 

 

「今の俺は...負ける...気が...しねぇ!!!」

 

 

叫び、ハルユキは拳を握ると、気合で起き上がる。

 

 

「凄いですね、まさか起き上がるとは...」

 

 

あの状況から立ち上るとは思わなかった能美は、本気で驚いていた。

 

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 

雄叫びを上げながら、一気に地面を蹴った。

 

 

戦場は《墓地》ステージ。

 

 

主だった特徴は暗い事と、時々地面から死人の腕が生えてきて対戦者の足を搦め捕ること。

 

 

レベルは向こうのほうが1つ上だが、対戦格闘ゲームである《ブレイン・バースト》では、オンラインRPG等と違ってレベル差というものが決定的な勝敗要因とはならない。

 

 

さすがに、レベル1と9を比べれば基本性能の差は覆しがたいが、4と5ならばステージ属性との相性の方がよほど重要と言える。

 

 

そしてこの墓地ステージならば、絶対に自分のほうが有利だという確信がハルユキにはあった。

 

 

「う...おお!!」

 

 

一直線に疾走しながら、金属製の拳と足を用いて、軌道上の墓石を発砲スチロールのように粉砕していく。

 

 

オブジェクト破壊ボーナスにより、青い必殺技ゲージがじわ、じわとチャージされ始める。

 

 

能美――ダスク・テイカーは、突っ込んでくるシルバー・クロウを視認しながら、まるで動こうとしなかった。

 

 

余裕ある動作で腰を落とし、右手のボルトクリッパーを前に、左手の触手を後ろに構える。

 

 

「チェエエエエッ!!」

 

 

剣道の試合の時と同じ、甲高い気勢と共にダスク・テイカーが左腕を振った時、まだ双方の距離は5メートル以上あった。

 

 

鞭のように3本の触手が、びゅるっ!と音を立てて一直線に伸びた。

 

 

しかしハルユキは、そのアクションを予想していた。

 

 

おおよそどんなゲームでも、触手というのは伸びると相場が決まっている。

 

 

鋭い尖端を煌めかせて襲い掛かるスピードは相当なものだったが、それでも銃弾よりは遅い。

 

 

頭を狙う1本を首を振って躱し、残り2本をまとめて手刀で払って、ハルユキはダスク・テイカーに肉迫した。

 

 

「シェッ!」

 

 

鋭い声と共に突き出されてくるボルトクリッパーを、身を沈めてやりすごす。

 

 

「......らぁっ!」

 

 

思い切り左脚を踏み切り、垂直に繰り出した肘打ちが、狙い違わず敵の顎下を直撃した。

 

 

激しい衝撃音ともにライトエフェクトが炸裂し、地面を青白く照らす。

 

 

右側のHPゲージが、がりっと減少する。

 

 

まずはファーストヒット。

 

 

大きく仰け反り、踏みとどまろうとする能美のがら空きの懐に、ハルユキは追撃の右ミドルキックを叩き込んだ。

 

 

「ぐっ......」

 

 

呻きながらよろけるところをさらに追い、左フックで浮かせてからの右ハイキック。

 

 

現実世界の生身とは比較にならないほど細く、軽いシルバークロウのボディは電光の如きスピードで閃き、ハルユキの意識から矢継ぎ早に発せられる命令信号を忠実にトーレスする。

 

 

レーザーのような軌跡を引きながら撃ち出された右ストレートが、黒紫色のヘルメットを打ち抜き、放射状のヒビを刻んだ。

 

 

吹き飛び、墓石の1つに激突してぐたりと脱力したダスク。テイカーの体力ゲージは、もう3割近くにまで減少していた。

 

 

「...今の俺は!!負ける気がしねぇ!!!」

 

 

身体に走る激痛に耐えながら強く言い放ち、ハルユキはここでようやく肩甲骨に力を込めた。

 

 

両腕を脇に引き絞ると同時に、じゃきっ!と鋭利な金属音を立てて巨大な翼が展開する。

 

 

ここまでの戦闘で、必殺技ゲージは完全に充填されている。

 

 

高高度からのダイブキックを命中させれば、能美の残りHPは容易く四散するだろう。

 

 

周囲はどこまでも続く墓石の群ればかりで、身を隠せるような遮蔽物は1つもない。

 

 

す、と身を沈め、一息に離陸しようとした――その寸前。

 

 

ぐたりと墓標にもたれかかるダスク・テイカーの左腕が、事前のモーションなしに動き、3本の触手が別の生き物のように飛び掛かってきた。

 

 

体捌きで2本は躱したが、1本が右手首に絡みついた。

 

 

しかしハルユキは慌てず、それを掴んでびんっと引っ張ると、予定通り地面を蹴った。

 

 

50センチほど浮き、両翼の推力を垂直から水平方向に切り替えて、ダスク・テイカーを引き摺ろうとする。

 

 

相手は両脚を踏ん張って堪えるが、がり、がりっと地面に(わだち)が刻まれていく。

 

 

このように、鞭やワイヤーでシルバー・クロウを捕獲しようとした敵は数多くいた。

 

 

しかしそのほとんど全員が、繋がったまま空高く吊り上げられるか、あるいは地面に擦られる破目となった。

 

 

シルバー・クロウの翼が発生させる推進力は、必殺技ゲージが続く限りほぼ無尽蔵と言っていい。

 

 

「う...おお!」

 

 

ハルユキの気合と同時に、両翼から白銀のオーロラが迸った。

 

 

このまま墓石の中を引き摺って残り体力をアバターごと削り切ってやる、容赦なくそう考えた――

 

 

瞬間。

 

 

ダスク・テイカーが、右手の巨大なカッターで、自分の左腕の肘を挟んだ。

 

 

ハルユキに驚愕する暇も与えず、バチン!と嫌な音を立てて、一切の躊躇なく腕が切断された。

 

 

触手の張力が一瞬で消滅し、ハルユキは勢い余って後方に回転しながら吹き飛んだ。

 

 

2度3度バウンドし、幾つかの墓石を粉砕してからようやく停まる。

 

 

しばし呆然と赤黒い夕焼けを見つめてから、慌てて跳ね起きようとした。

 

 

しかし突然、周囲の地面から青白い骸骨の腕が突き出し、ハルユキの手足を掴んだ。

 

 

移動阻害(エンスネア)》、墓地ステージの地形効果だ。

 

 

「くそっ」

 

 

毒づき、振り払いにかかるが、腕はあとから湧いてきて執拗に纏わりつく。

 

 

やむなく仰向けに転がったまま翼を広げ、真上に離陸しようとした――のだが。

 

 

体が浮く寸前、ある種の昆虫のような動きで飛び掛かってきた影が、蹴りつけるようにハルユキの右肩を踏んだ。

 

 

再び地面に押さえ込まれる。

 

 

立っているのは、当然ダスク・テイカーだった。

 

 

HPゲージは、左腕の自己切断によりもう残り2割を下回っている。

 

 

対してハルユキはまだ9割を温存し、逆転は不可能と思えるが、宵闇のアバターの全身は奇妙に弛緩していた。

 

 

のろりと上体をかがめ、ハルユキにのっぺらぼうのヘルメットを近づけてくる。

 

 

エンスネアが解け次第離陸して、決着をつけてやる。

 

 

そう考えながら、ハルユキは低く言った。

 

 

「......誰かを踏むのがそんなに好きなのかよ」

 

 

「ふふ......そういう先輩は、踏まれるのが好きなんですね」

 

 

柳揚薄く呟くと、能美は半ばから欠損した左腕を持ち上げ、その切断面を眺めた。

 

 

つられてそこを見たハルユキは、断面から新たな触手の先端が3つ、にょろりと顔を出しているのに気づき、わずかな生理的嫌悪を感じた。

 

 

「......再生するのか。まるでトカゲの尻尾だな」

 

 

「それを言うなら、タコとかイソギンチャクとかでしょう。いや、前の持ち主は(・・・・・・)ヒトデって言ってたかな」

 

 

「な......なに?」

 

 

意味を掴めず、問い返したハルユキに向けて――。

 

 

「言ったでしょう?先輩の、大切なものを預かる、って。あれはね......」

 

 

がちっ、とボルトクリッパーの刃先がハルユキの左腕を挟んだ。

 

 

「こういう、」

 

 

ほとんど接するほどの距離まで近づけられたダスク・テイカーのヘルメットの中央で、赤紫色の両眼から光が溢れ、渦巻いた。

 

 

「意味です。 ――《デモテック・コマンディア》」

 

 

......必殺技!

 

 

しかしその技名発声は、何の気負いも高揚もなく、吐き捨てる様に行われた。

 

 

まるで、必殺技の発動には、技の名をコールしなければならないというルールそのものを疎んじているかのように。

 

 

ダスク・テイカーの顔全体から発射されたどす黒い光の柱は、ハルユキの鏡面ヘルメットに真正面から命中し、八方に細かく跳ね返った。

 

 

「く.........!」

 

 

ハルユキは歯を食いしばり、ショックに耐えようとした。

 

 

たとえ至近距離から喰らおうとも、一撃でこのHP差を跳ね返される事は有り得ない。

 

 

技の出終わりに即座の反撃を撃ち込んでやろうと、そのタイミングを計った――のだが。

 

 

ゲージが、減らない。

 

 

シルバー・クロウの体力ゲージは、緑色に煌々と輝いたまま、微動だにしない。

 

 

痛みもない。

 

 

熱も感じない。

 

 

なのに、ダスク・テイカーの必殺技ゲージは、フルチャージ状態から恐ろしい勢いで減少していく。

 

 

放たれる黒紫の渦はいっそう勢いを増し、ハルユキの顔面に冷たい圧力を加えてくるが、それ以上の変化は何も起きない。

 

 

――いや。

 

 

ハルユキは突然、自分の全身から、何かが吸い出されていくのを感じた。

 

 

気付けば、敵の必殺技ゲージが半減した瞬間から、光の流れる向きが逆になっている。

 

 

ハルユキのヘルメットからずるずると液体のように飛沫を散らしながら噴き出し、能美の顔面に呑み込まれていく。

 

 

数秒後、あっけなく全ての現象が停止した。

 

 

相手の必殺技ゲージはゼロまで消費し尽くされている。

 

 

対して、ハルユキのものは再び全開状態だ。

 

 

体力ゲージにも一切のダメージなく、能美のそれも変わらず残り2割弱。

 

 

「......おおっ!」

 

 

ハルユキは吼え、一気に飛び上がろうとした。

 

 

今の技は恐らく遅効性、ならば発動を待つ意味は無い。

 

 

このままダスク・テイカーごと高高度まで飛翔し、そこから地面に叩き落せば決着がつく―――

 

 

――――..........。

 

 

静寂。

 

 

しん、と冷たい空気が、フィールドの底を覆った。

 

 

全身を絡めていた死人の腕はもう消滅している。

 

 

ダスク・テイカーの左足と右手に、軽く両肩をホールドされているだけだ。

 

 

なのに。

 

 

飛べない。

 

 

どれほど背中に力を込めようと、意識を集中しようと、シルバー・クロウの体を浮かせ、空に解き放つはずの金属翼が応えない。

 

 

ハルユキは呆然と首を回し、自分の肩の向こうを覗き込んだ。

 

 

無かった(・・・・)

 

 

常に頼もしく、美しく輝いていた筈の左右10枚ずつの白銀のフィンが、一切の痕跡も残さずに消滅していた。

 

 

状況を理解できず、のろりと顔を戻したハルユキの目の前で、黒紫のアバターが音もなく立ち上った。

 

 

無造作にハルユキの拘束を解き、数歩後ろに下がる。

 

 

「......ふ、ふふ」

 

 

幼い子供の無邪気さと、年経た者の執着を等しく含んだ笑みが、細く漏れた。

 

 

「ふふふ。そのマスクお下では、さぞかし吃驚してるんでしょうね、先輩。それとも、自慢のゲーム頭でもうあれこれ考えてるかな。さっきの技は何だったのか......自分に何が起きたのか。もったいぶるのは趣味じゃないんで、さくさくっと教えてあげますよ。つまり......」

 

 

能美は、数分前にハルユキがしたように、両腕を胸の前でクロスさせると、ぐっ!と両脇に引き絞った。

 

 

「こういう事です」

 

 

ずるり。

 

 

と湿った音を立て、2本の湾曲した突起物がダスク・テイカーの背中から伸び上がっていくのを、ハルユキは声も出せずにただ眺めた。

 

 

1メートルほども突き出して止まったそれは、震え、唸り――

 

 

どす黒い粘液を飛び散らせて、左右に大きく展開した。

 

 

翼。

 

 

骨と飛膜で形成されたそれは、コウモリのような、あるいは悪魔のような不吉なシルエットを、血の色の夕空に黒く刻んだ。

 

 

ばさっ、と翼が打ち鳴らされ、完全に思考停止したハルユキの眼前で、小型のアバターのわずかに跳躍した。

 

 

しかしすぐにまた地面に戻り、紫のヘルメットがひょいっと傾く。

 

 

「おや、これは中々難しいな...。運動命令系だけじゃなくて、別系統の入力でも制御してるのかな」

 

 

ばさ、ばさ。

 

 

何度も激しい羽ばたきが繰り返され、その度にアバターの上昇幅が増していく。

 

 

「お、こうか。これは、自由にコントロール出来るまでは練習が要るかなぁ」

 

 

よろよろと左右にふらつきながらも、アバター着実に地面から離れ、浮き上がっていく。

 

 

「嘘だろ...」

 

 

ハルユキは直ぐに自身の名前をタップし、インストを開いた。

 

 

必殺技、通常技、アビリティ、アイテム等を確認できる。

 

 

すぐさまアビリティをタップしたハルユキは、自身の眼を疑った。

 

 

 

 

 

空白。

 

 

 

 

 

つまり、何も表示されていなかった。

 

 

本来なら、シルバー・クロウしか持っていないアビリティ《飛行アビリティ》が表示されている筈だった。

 

 

空白になったアビリティリスト、そして目の前のダスク・テイカーに現れた翼。

 

 

これはもう、誰がどうみても一目瞭然だった。

 

 

「いいえ、ほんとなんですよ、これ」

 

 

3メートル程の高さでホバリングし、ダスク・テイカーはゆっくりと両手を広げた。

 

 

「僕の唯一の必殺技、《魔王の微発令≪デモニック・コマンディア≫》は、対象となったデュエルアバターの必殺技、あるいは強化外装、あるいはアビリティのどれか1つを奪います。さっきの触手も、ずっと前に誰かから頂いたんですよ。あんま使えませんでしたけどね。その意味、解ります?つまり......効果時間は、無制限だってことです。もちろん、ストック数に上限はありますけどね」

 

 

――アビリティを奪う。

 

 

永続効果。

 

 

それは即ち、こういうことなのか?

 

 

シルバー・クロウの存在証明であった銀翼は、あの黒紫色のアバターに奪われ、もう2度と戻ってこない......?

 

 

「う...嘘だっ!返せ......返せぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

ハルユキは突如襲ってきた底知れない虚無感に抗うように絶叫した。

 

 

跳ね起き、数歩走って、思い切り飛び上がる。

 

 

右手を伸ばし、能美の足を掴もうとする。

 

 

「おっと」

 

 

ひょいっと宙で足が持ち上げられ、ハルユキの手は空を切った。

 

 

金属音を立てて地面に落下し、無様に這いつくばる。

 

 

四肢が冷たくなり、感覚が遠ざかる。

 

 

再び立とうとするが、等々限界が来たのか激痛でアバターが言う事を聞かない。

 

 

「先輩、先輩!そんなに凹まないでくださいよ」

 

 

遥か高みから、揶揄するような、あるいは慰めるような台詞が降り注いだ。

 

 

「言ったでしょ、大切なものを預かる、って。安心してください、返してあげますよ。先輩が、梅郷中を卒業する日にね。もちろん、それまで毎週、僕にノルマ分のポイントを納めてもらいますけど、言わば2年間の分割払いですよ、一度でも滞納したら......わかってますよね?」

 

 

見せ付ける様に、異形へと変貌してしまった翼を大きく打ち鳴らした。

 

 

翼の事もあるが、シルバー・クロウは兎美の事でも脅されている。

 

 

何をされるか分からない。

 

 

「――大丈夫ですよ、あの近接格闘能力があれば。通常技だけで、この僕に危うく奥の手を使わせるところだったんですからね......羽根なんかなくたって、充分やっていけますって。僕が保証しますよ!ふふふ......ははははは......!」

 

 

ばさ、と不吉な羽音が響き、すぐ近くに着地する気配があった。

 

 

しかしもう、ハルユキには動く力も残っていなかった。

 

 

まるで工作仕事のような何気なさで、大型カッターが左腕を挟んだ。

 

 

金属質の切断音と火花、神経を駆け巡る疼痛(とうつう)を、ハルユキはどこか別世界の出来事のように遠く感じた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

《対戦》が終了し、現実世界に復帰するとともに、ハルユキの背中から能美の足が離れた。

 

 

双方のニューロリンカーから引き抜いたケーブルをくるくると丸めながら、小柄な1年生は朗らかに言った。

 

 

「お疲れ様でした、有田先輩。これで、現実世界と加速世界の格付けが完了したってことですね。まぁ、どちらもスタークのお陰ですが...。そんなわけですから、すみませんけど2年間、よろしくお願いしますね」

 

 

ちらりと振り向き、スタークに倒されて木に寄りかかったままの兎美を見て続ける。

 

 

「真面目に対戦なんかして疲れたんで、兎美先輩や倉嶋先輩のアバターを見せてもらうのはまた今度にしましょうか。ちゃんと覚えといてくださいね、ボクのペットになってくれる約束。それと......言うまでもないですけど、この一件は、黛先輩と、あなたたちのボスには秘密にしといてくださいよ、そしたらちゃんと羽根も返してあげますし、兎美先輩が葛城巧未を殺した事も黙っていてあげますよ。彼らと対決するにはもう少し準備が要りますからね。じゃあ、失礼します」

 

 

ぺこりと一礼し。

 

 

能美征二は、現れた時と同じように平然とした足取りで、中庭から出て行った。

 

 

四つん這いのままのハルユキは、そのまま動けなかった。

 

 

スタークに仮面ライダーとして敗れ、能美には羽根を奪われシルバー・クロウとして敗北した。

 

 

悔しさの余り、体の痛みは殆ど自覚できなかった。

 

 

何が仮面ライダーだ。

 

 

何が加速世界唯一の飛行型アバターだ。

 

 

全身脂汗でぐっしょりだが、体の中身が空っぽになってしまったかのような、虚ろな寒さだけを感じた。

 

 

完膚なきまでに敗北したハルユキに、虚しさだけが残った。

 

 

歯の根が合わず、深呼吸すらままならない。

 

 

「どういうこと...ハル...」

 

 

そんなハルユキに止めを刺すかのように、新たな第3者が現れる。

 

 

ハルユキはびくっと背中を竦ませ、声の聞こえたほうに四つん這いのまま向き直った。

 

 

木立の奥から現れたのは、猫を思わせる両眼を驚きで見開いたチユリだった。

 

 

傍にタクムの姿はない。

 

 

「兎美が葛城巧未を殺したってどういう事?」

 

 

どうやら、一人でハルユキ達の後を追いかけ、最後の会話を耳にしたらしい。

 

 

「ねぇっ!!ハルっ!!!」




どうも、ナツ・ドラグニルです。


作品は如何だったでしょうか?


この章の話は、オリジナル展開にするか、原作のままにするかこの話を書くまで迷っていたのですが原作のままにしました。


その場合、仮面ライダーとして戦っているハルユキが能美に負けるのは可笑しいかなと思い、現実世界ではスタークにやられ加速世界ではスタークにやられたダメージで上手く動けないようにしました。


いや、それはおかしいだろうと思う方がいるかもしれませんが、そこは大目に見ていただけると幸いです。


まだ少し迷っている所もありますが、母親に会いに行ってから楓子に会うか、楓子に会ってから母親に会いに行くか、決めようと思います。


もしくは、ハルは楓子に会いに行き、兎美とチユリが母親に会いに行かせようかなと考えています。


それでは次回、第7話もしくは激獣拳を極めし者第32話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!


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第7話

兎美「天才物理学者の有田兎美は、仮面ライダービルドとして杉並の平和を守っていた。新学期が始まったのも束の間、新しく入った新入生である能美征二から衝撃の事実を知る事に...」


チユリ「何冷静にストーリー語ってんのよ、自分が葛城巧未を殺したかもしれないのに!!」


兎美「あんたね...あらすじ紹介に私情挟むんじゃないわよ」


チユリ「あんたが葛城を殺ってるなら、ハルとは一緒にいさせないわよ!!」


兎美「だからそれは!!本編見ないと分からないでしょうが!!てなわけでどうなる第7話!!」





その日ハルユキは、どうやって残りの授業を受け、お昼に何を食べ、どの道を通って帰宅したのか、殆ど思い出せなかった。

 

 

ハルユキは今、自分の部屋のベッドに制服のまま寝転がり、ぼんやりと天井を見上げていた。

 

 

1日の記憶の全てが、半透明の緩衝材に包まれ、音もなく暗闇の中に転げ落ちていくようだった。

 

 

まるで、何もかもが夢だった、とでも言うかのように。

 

 

――そうだ、夢なんだ。

 

 

現実の筈がないじゃないか。

 

 

声に出さずにそう呟く。

 

 

もちろん、今すぐ加速し、マッチングリストから適当な相手を選んでデュエルすれば、事の真偽は容易く明らかになる。

 

 

背中に羽根があるかどうかなんて、見なくても解る。

 

 

しかし、実際に確かめる気にはならなかった。

 

 

それにスタークとの戦いで、クローズドラゴンが調子が悪くなってしまい、現在は兎美が修理中だ。

 

 

兎美は自分が殺人犯かもしれないと不安になってるにも拘らず、自分が出来る事を頑張ろうとしている。

 

 

こんな所で寝てる場合じゃないと考えベッドから出ようとした、その時。

 

 

聴覚に直接、軽やかな来客チャイムの音が響いた。

 

 

母親宛の届け物か何かだと思ったが、視界に来訪者の映像が小さなウインドウが表示されその考えが消えた。

 

 

そこには赤いアンテナのような髪型が、ちょこんと映っていた。

 

 

突然の来訪者に驚きつつも、ハルユキはホロダイアログの開錠ボタンを押した。

 

 

のそのそと廊下に出ると、ちょうどドアを開けて玄関に入ってきたニコと目が合った。

 

 

「久し振り、お兄ちゃん♪」

 

 

天使モードで話しかけてきたニコだったが、ハルユキはそれ所では無かった。

 

 

「いやいやいやいや!!!こんな所で何してんだよ!!?」

 

 

《プロミネンス》のレギオンマスターである赤の王、《スカーレット・レイン》が家に訪れた事にハルユキは驚きを隠せないでいた。

 

 

「何だよ、用がなきゃ来ちゃ行けないのかよ」

 

 

「いや...別にそういう訳じゃないけど...」

 

 

拗ねるニコに、ハルユキはそう呟いた。

 

 

「こんな所で話すのも何だし、さっさと部屋に行こうぜ」

 

 

お前の家じゃないのに何で仕切ってんだよ、とそんな事を言える度胸が無い為にハルユキは胸の内に仕舞い込む。

 

 

「所で、お前以外に誰もいないのか?」

 

 

出てきたのがハルユキだけだったので、ニコは質問する。

 

 

「いや、皆兎美の部屋に居るよ」

 

 

「皆?」

 

 

そこでニコは、いつもより靴が1つ多い事に気付いた。

 

 

「誰か来てるのか?」

 

 

「ニコは一度会ったことがあると思うけど、俺の幼馴染のチユリが来てるんだよ」

 

 

ニコは初めてこの家に来た時に会った、2人の幼馴染の事を思い出した。

 

 

「なるほどな、じゃあさっさと行こうぜ」

 

 

勝手知ったる他人の家、ニコは自分でスリッパを取り出して兎美達の部屋に向かう。

 

 

「よう!!お前ら久し振り...だな...」

 

 

ニコは部屋の扉を開け、元気よく挨拶するが部屋の現状を目に入れた途端、語尾がどんどん弱くなっていった。

 

 

なぜなら...。

 

 

机の上で兎美がクローズドラゴンの修理をしてるのを、柱から隠れてチユリが覗いている姿が目に入った。

 

 

兎美が道具を取りに席を立ち、また元の場所に戻る。

 

 

その間も、チユリは兎美の後ろを追いかけ回している。

 

 

「えっと...チユリだっけ...?どうしたのあいつ?」

 

 

「帰ってきてからあんな感じ、まるでストーカーだよ」

 

 

帰ってから何も変わってない部屋の状況にため息を付きながら、ハルユキは説明する。

 

 

「あんたが葛城巧未を殺ったんでしょ?」

 

 

「そのフレーズ、帰ってきてから28回目」

 

 

兎美はクローズドラゴンの修理を終え、別の作業へと入る。

 

 

「何度言ったら分かるのよ、私が殺ったって言う証拠が何処にあるのよ」

 

 

「あんたに決まってるでしょ!!能美だってそう証言してたんでしょ!?」

 

 

チユリにそう言われ、兎美は能美に言われた事を思い出す。

 

 

『まさか有田先輩...兎美先輩が葛城巧未を殺した殺人犯だったなんてね』

 

 

それと同時に、兎美の後輩である岸田立弥の言葉も思い出す。

 

 

『姉貴が消えた9月5日...新薬のバイトで姉貴を車で送って行ったんですが...、それが...葛城巧未っていう科学者の部屋なんです...』

 

 

「え?ちょっと待て」

 

 

そう言うと、ニコは今までの事を整理する。

 

 

「1年前の9月5日、この日から葛城巧未は行方不明になっている。けど、その日に兎美が葛城巧未の部屋に訪れていた」

 

 

「えぇ、恐らく記憶を失ったのも拍子に殺してしまったショックで失ったんじゃ...」

 

 

「だから勝手に決めつけないでよ!!私が帰った後で事件に巻き込まれたかもしれないでしょ!?」

 

 

チユリの話を聞いていた兎美は我慢が出来なかったのか、興奮気味に反論する。

 

 

「それに記憶がないんだから」

 

 

「またそれね、都合よく記憶喪失に逃げて...あんたが本当に人殺しだったら、これ以上ハルと一緒に住まわせる訳には行かないわ」

 

 

声を荒げ、チユリは兎美を責め始める。

 

 

「もしあんたのせいでこれ以上ハルを傷つけるなら私だって許さ「バッァァァン!!!」きゃあっ!!」

 

 

声を荒げるチユリを止めようとハルユキが動く前に、ボトル製造機の扉が勢いよく開いた。

 

 

「人が喋ってるときに、爆発するんじゃないわよ!!」

 

 

チユリが文句を叫ぶ中、兎美は出来たボトルを確認すべく扉に近づく。

 

 

扉の中には、『パンダフルボトル』が入っていた。

 

 

「おおっ!パンダ!可愛いね~どっかの五月蠅いサルとは大違いだよ」

 

 

「誰がサルよ!!」

 

 

チユリの質問に、兎美はチユリを指差すがその間に扉から出てきた美空の姿があった。

 

 

『あっ...』

 

 

「疲れたし...眠いし...」

 

 

そう呟いた後、美空は兎美とチユリの顔を見る。

 

 

「まーだやってるし」

 

 

ハルユキ同様、兎美とチユリのやり取りがまだ続いてる事に美空は呆れる。

 

 

「さっさと罪を認めて自首してきなさいよ」

 

 

「だったら証拠を持ってきなさいよ。言っとくけど、あんた意外誰も私がやったなんて思ってないから」

 

 

自信をもってそう言い切った兎美だったが、そこでニコと美空が悪ふざけを始める。

 

 

「え~、有田兎美もとい佐藤花子容疑者はどんな人物でしたか?」

 

 

ニコはマイクを持っているようなジェスチャーをして、そのマイクを美空に向ける。

 

 

「普段から~自分の事を天才物理学者とか言ってる危ない人だったんで、いつかやると思っていました」

 

 

片手で自分の目元を隠し、モザイク掛かっている風の声で話す。

 

 

「思ってるんじゃないわよ、そんな事!!」

 

 

悪ふざけをする2人を止める兎美にチユリが近づく。

 

 

「ほら見なさい!アンタが葛城を殺ったんでしょ!?」

 

 

「でた~29回目、もう誰か助けてよ...」

 

 

崩れ落ちる兎美を見て、ニコが手を上げる。

 

 

「はいニコ!!」

 

 

「だったら、調べてみたらいいじゃねぇか葛城巧未の事」

 

 

パチンッと同時に指を鳴らし、兎美とチユリはニコを指差す。

 

 

『それだ!!』

 

 

☆★☆★☆★

 

 

一度帰宅した兎美だったが、もう一度学校へ戻って風紀委員室のパソコンで葛城巧未の事を調べ始める。

 

 

「あれ?有田さん今日は体調が悪いからって先に帰ったんじゃなかったっけ?」

 

 

兎美に話しかけたのは同じ風紀委員の眼鏡を掛けた男子生徒、桑田真吾(くわたしんご)だった。

 

 

「体調も治ったんで戻って来たんですよ、ちょっと調べ物があって」

 

 

桑田の質問に、兎美はそう答える。

 

 

「何見てるの?」

 

 

そう質問したのはもう1人の風紀委員、河合栄多(かわいえいた)だった。

 

 

「葛城さんの研究データです」

 

 

葛城の研究データを調べてる事に不審に思ったのか、桑田と河合は顔を見合わせる。

 

 

「けど、妙なんですよね。毎日研究日誌を綴ってたのに、退学する前の一か月間更新が途絶えてるんです。それに、人体実験に関する情報もまるでない...どっかに隠したのかな?」

 

 

「隠したって何処に?」

 

 

兎美の話を聞いていた桑田が、そう質問する。

 

 

「最後の日誌だけ、どうでもいい内容なんです。それが引っ掛かって...」

 

 

そこで、兎美は1つの可能性に気付いた。

 

 

「もし私だったら...」

 

 

兎美はそう言うと、近くにあったボールペンに手を伸ばし紙に書き込んでいく。

 

 

 

 

 

「アナグラムを使う」

 

 

自分の部屋へと戻って来た兎美は、先程書いたメモ用紙を見せながらその場にいた全員に伝える。

 

 

「アナグラム?」

 

 

チユリはそう言うと、兎美の書いたメモを手に取る。

 

 

「文字の配列を組み替えて、別の文章にするの」

 

 

「最後の日誌をローマ字に変換して並び替えると、『全てを母親に捧げる』って文章になった」

 

 

『ふーん』

 

 

全員が感心してる中、チユリが手に取ったメモを見ると『最後はすべてへさようなら』という文章を並べ替えて書かれていた。

 

 

「母親の所にその隠した情報があるって事か」

 

 

チユリが持っているメモを覗き込み、ハルユキが質問する。

 

 

「人体実験に関わる事だし、1年前の真相に繋がるかもしれない。取り敢えず、葛城の母親に会ってみようと思う」

 

 

「杉並に住んでるの?」

 

 

母親に会うと聞き、美空は母親の居場所を聞く。

 

 

「ううん、杉並の家を引き払って今は港区の実家に住んでるって」

 

 

「港区って...」

 

 

「白の王《ホワイト・コスモス》が率いるレギオン、オシラトリ・ユニバースが領土にしている場所だな」

 

 

ハルユキが答えようとしたが、ニコが先に答えた。

 

 

「ホワイト・コスモス...」

 

 

ハルユキは黒雪姫とニコ以外の王は、見た事も会った事も無い為にどんな人物なのかも分からない。

 

 

「ねぇ、ニコ。白の王ってどんな人なの?」

 

 

ブレイン・バーストをまったく分からない美空が、王の1人であるニコに質問する。

 

 

しばらく沈黙が続いた後、ニコはようやく口を開いたが。

 

 

「.........知らねぇ」

 

 

もったいぶっておいて知らないと言ったニコに対して、全員の力ががくっと抜ける。

 

 

「知らないって...あんた王の1人なんでしょ!!?」

 

 

「しょうがないだろっ!!ホワイトコスモスは七王の会議にも自分は姿を見せず、代理を寄越す奴なんだよ」

 

 

美空の指摘に、ニコは反論する。

 

 

ニコの話を聞いていたハルユキは、かつてイエロー・レディオが黒雪姫に見せた七王会議の映像にも、塔のような姿をした白いアバターが映っていたのを記憶の底から掘り起こした。

 

 

「てか、お前は黒いのから聞いてねぇのかよ?」

 

 

「僕は聞いた事はないかな」

 

 

ニコの質問に、ハルユキは他の自分の記憶を思い出しながら答える。

 

 

「じゃあ、あたしから答える訳にはいかないな」

 

 

別のレギオンのマスターであるニコが、まだ黒雪姫が教えていない事を教える訳にはいかないと考え、ハルユキに告げる。

 

 

「話が逸れたわね」

 

 

葛城の母親の話から白の王へと話が変わってしまった為に、兎美が修正する。

 

 

「今から葛城の母親に会いに行くわよ!」

 

 

「なら、私も一緒に行く!!」

 

 

チユリが同行しようとするのを、ハルユキが止めようとする。

 

 

「駄目だ!!もし万が一に何かあったらどうするんだ!?」

 

 

「何よっ!!危険なのはハル達も一緒でしょ!!?」

 

 

「俺達は仮面ライダーに変身出来るけど、お前は自分の身を護る(すべ)は無いだろうが」

 

 

「それでも!!私だけ蚊帳の外にされるのは我慢できないのよ!!」

 

 

「落ち着きなさいよ2人共、そんなに熱くなったら話も出来ないでしょうが」

 

 

口論を始めたハルユキとチユリを、兎美が止める。

 

 

「チユリには悪いけど、今回は美空と一緒にお留守番よ」

 

 

「なんでよっ!!?おかしいでしょっ!!?」

 

 

兎美が決めた事に、チユリは抗議する。

 

 

「さっきハルが言った通り、もしローグやスタークが襲って来たらどうするつもり?」

 

 

「ぐぅ...」

 

 

「それとハル、クローズドラゴンの調整はまだ終わらないからしばらくは変身出来ないわよ」

 

 

「なんでだよ!!?お前だったら直ぐに終わらせられるんじゃないの!?現に今だって元気に飛んでるじゃんかっ!!」

 

 

飛んでるクローズドラゴンを指差しながら、今度はハルユキが抗議する。

 

 

「思ってたより損傷が酷かったのよ。応急処置は終わって今は普通に動いてるけど、まだ修理は終わってないから変身しようとすれば電流が流れて感電するわよ」

 

 

「怖っ!!」

 

 

電流が流れると聞いて、ハルユキは恐怖で体を強張らせる。

 

 

「そういう訳だから、戦うならドラゴンフルボトルのみで戦ってね」

 

 

「へいへい」

 

 

ハルユキは翼だけでなく、仮面ライダーの力まで奪われた気持ちになりふてくされながら返事をする。

 

 

☆★☆★☆★

 

ファウストのアジトの1つ。

 

 

そこに、成海を連れた幻が現れた。

 

 

「何よ、話って」

 

 

幻はその場にいた人物に話しかける。

 

 

そこにはブラッド・スタークの姿があった。

 

 

「有田兎美達が港区に向かった」

 

 

「なんですって?」

 

 

「さぁ、どうする?万が一にもあいつらが仮面ライダーって知られたら台無しになるぞ?仮面ライダーを軍事兵器にしようとしているお前の計画が」

 

 

「港区行きは何としても阻止する、直ぐに向かうわよ」

 

 

「行くなら1人で行けよ」

 

 

その言葉を聞いて、幻は階段を上がる足を止めた。

 

 

「俺は誰の指図も受けない」

 

 

幻はポケットに突っこんだままの手を引き抜くと、その手に1本のボトルが握られていた。

 

 

カシャ、カシャ。

 

 

そしてもう片方の手にはトランスチームガンが握られていた。

 

 

そのトランスチームガンに、『バットフルボトル』を装填する。

 

 

『バット!!』

 

 

「蒸血」

 

 

『ミスとマッチ!』

 

 

トランスチームガンから煙が出てきて、幻の体を覆い尽くす。

 

 

『バット...バッ.バット...』

 

 

煙が晴れるとそこには、顔や胸部にコウモリの意匠を持ったナイトローグの姿があった。

 

 

『ファイヤー!!』

 

 

変身が完了すると、金と銀の火花がナイトローグの周りに飛び散る。

 

 

ナイトローグはコウモリの意匠を光らせると、一瞬でスタークとの距離を詰めて攻撃する。

 

 

それをスタークは、片手で防いで上に向かって弾き飛ばした。

 

 

しかし、ナイトローグは直ぐに態勢を整え、なんと天井に張り付いた。

 

 

ナイトローグはそのまま落下し、重力を利用してスタークに攻撃する。

 

 

今度も片手で受け止めるスタークだったが、受け止めた手を押さえられてしまいナイトローグの膝蹴りが右腕に炸裂する。

 

 

攻撃を受けて怯んだスタークを、ナイトローグは胸元を掴んでそのまま壁に追い込んだ。

 

 

「あぁ...」

 

 

スタークは両手を上げ、降参の意志を示した。

 

 

「いいから一緒に来い」

 

 

ぺちぺちと頬を叩き、着いてくるように強要する。

 

 

スタークはがくっと上げていた腕を降ろし、ナイトローグの後ろを着いていく。

 

 

「はいはい...」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

港区に向かう為、ハルユキ達は森の中を歩いていた。

 

 

「はぁ...はぁ...ひぃ...」

 

 

普段運動しないハルユキに取って、歩きづらい道に急な斜面を歩くのは地獄でしかなかった。

 

 

「はぁ...はぁ...はぁ...何でこんな所を歩かなきゃ行けないんだよ」

 

 

「しょうがないじゃない、私達はいつスターク達に襲われるか分からないのよ?それにここなら人もいないでしょ」

 

 

森を歩かされてる事に文句を言うハルユキに、兎美は説明する。

 

 

「それはそうだろうけどさ」

 

 

理解はするけど納得が出来ないハルユキは、ぐちぐちと文句を言いながら険しい道を歩く。

 

 

「何勝ってにここを通ってるんだ?」

 

 

「ここを通るんだったら、通行料を払ってもらうぜ」

 

 

そんな声が聞こえ、ハルユキ達は物陰に隠れて声がした方を覗く。

 

 

するとそこには4人の家族連れが、不良に絡まれていた。

 

 

「まったく...何処にでもあんな連中がいるんだな」

 

 

こんな森の中でカツアゲをしてる不良達を見て、ハルユキは呆れる。

 

 

「勘弁してください、私達はハイキングで来たんです。金目の物なんて...」

 

 

母親であろう女性が2人の子供達を守る様に抱き寄せ、父親であろう男性が不良達の相手をする。

 

 

「嘘つくんじゃねぇよ」

 

 

「財布の一つぐらい持ってんだろ、さっさとだせよ」

 

 

「それだけは勘弁してください、私達はハイキングを楽しみに来ただけなんです」

 

 

不良に絡まれながらも、子供達を守る為に父親は頭を下げて見逃してもらうようにお願いする。

 

 

流石に見てられないと思った兎美が、不良達の前に飛び出そうとしたその時だった。

 

 

ダァ――――ン!!

 

 

「ぐあああっ!!」

 

 

一発の銃声が聞こえたのと同時に、父親が肩を押さえ悲鳴を上げながら倒れる。

 

 

「パパ!!」

 

 

『お父さん!!』

 

 

倒れた父親に、母親と子供たちが駆け寄る。

 

 

そして、その周りをガーディアンが包囲し、銃を突きつける。

 

 

「わぁっ!!?」

 

 

「きゃあっ!!?」

 

 

いきなりガーディアンに包囲された事に驚いた不良は、両手を上げて身体を強張らせる。

 

 

父親も肩を押さえながらも、母親と一緒に子供達を守る様に抱きかかえる。

 

 

不良達の前に、ナイトローグが姿を現す。

 

 

「ナイトローグ」

 

 

兎美はナイトローグの所業に怒りを見せ、その名を呟く。

 

 

「ビルド!!いるんだろう?さぁ、姿を現せ」

 

 

当てずっぽうという事ではなく、ナイトローグの口調には確信めいたものがある。

 

 

「さもなければ...ここにいる者達は全員抹殺する」

 

 

何体もいるガーディアンの内の一体が、怖がっている子供に向けて銃口を向ける。

 

 

『ラビット!タンク!イエーイ!』

 

 

ラビットタンクフォームに変身したビルドが、ナイトローグの前に姿を現す。

 

 

「その人達を解放しなさい!!」

 

 

ナイトローグはビルドの要求に答える事無く、そのまま距離を詰めた。

 

 

「ふんっ!」

 

 

ナイトローグのスチームブレードを、ビルドはドリルクラッシャーで受け止める。

 

 

ビルドがナイトローグと戦っている間に、ハルユキがガーディアンに近付く。

 

 

「おい!」

 

 

ハルユキに銃を使って殴りかかるガーディアンだったが、その銃をハルユキは払ってお返しに顔面に一撃入れる。

 

 

もう一体のガーディアンが、ハルユキに向かって発砲する。

 

 

普段のハルユキなら成すすべもなく当たってしまうが、今はドラゴンフルボトルのお陰で強化されており、避けるのも容易い事だった。

 

 

「おい!!今の内だ!!早く行け!!」

 

 

ハルユキが不良達に逃げる様に促す。

 

 

母親が子供達を抱えて走り、緊急事態の為か不良達も父親に肩を貸しながら逃げる。

 

 

ハルユキがガーディアン相手に戦っている間、ビルドはナイトローグ相手に苦戦を強いられていた。

 

 

ナイトローグは、刃の下部分のバルブを捻る。

 

 

『アイススチーム!!』

 

 

スチームブレードに氷の力を纏わせて、ビルドを斬り付ける。

 

 

上段からの振り下ろし、突き、膝へ向けての横薙ぎ、胸元への回転斬り。

 

 

ナイトローグの猛攻に、成す術もなく攻撃を受けるビルド。

 

 

すると、ビルドの体が凍り付き、動けなくなる。

 

 

その隙を逃す訳もなく、ナイトローグはもう一度バルブを捻る。

 

 

『エレキスチーム!!』

 

 

スチームブレードから真っ直ぐ発射された電撃が、ビルドを襲う。

 

 

「きゃああああっ!!」

 

 

身体が凍り付いているせいで避ける事が出来ないビルドは、真面に電撃を浴びてしまった。

 

 

ビルドは後ろに吹っ飛び、地面を転がる。

 

 

「貴様を港区には行かせない...」

 

 

近付いてくるナイトローグを、ビルドは直ぐに起き上がってドリルクラッシャーで斬り付ける。

 

 

しかし、簡単に受け止められてしまい、腹に一発、顔にも一発を貰ってしまう。

 

 

「貴様もだ」

 

 

そう言って、ナイトローグは最後のガーディアンを倒したハルユキを視界に入れる。

 

 

ナイトローグがハルユキにスチームブレードを向け、それに対しハルユキも拳を構える。

 

 

しかしそこで、ブオンブオンとエンジン音が聞こえてナイトローグが振り返る。

 

 

幾つものエネルギー弾がナイトローグを襲い、その横をバイクに乗ったビルドが通り過ぎる。

 

 

「ハル、乗って」

 

 

ビルドはハルユキの横にバイクを止めると、ヘルメットを投げて乗る様に促す。

 

 

ハルユキは直ぐにヘルメットを被り、ビルドの後ろに座ってしがみ付く。

 

 

ハルユキが乗ったのを確認したビルドは、バイクを発進させる。

 

 

「スターク!!」

 

 

ナイトローグは遠くにいるスタークに向けて、合図を送る。

 

 

「はいはい」

 

 

スタークはトランスチームガンとスチームブレードを合体させ、ライフルモードへと変形させる。

 

 

『ライフルモード』

 

 

ライフルモードに、ロケットフルボトルを装填する。

 

 

『フルボトル』

 

 

スタークはビルド達が乗るバイクに向けて、照準を合わせる。

 

 

『スチームアタック!!』

 

 

一発の銃弾が、ハルユキ達を追随する。

 

 

「早くしろよ!!」

 

 

後ろから迫って来る銃弾を見ながら、ハルユキはもっとスピードを出すように急かす。

 

 

しかし、ある程度追随した銃弾は急に方向を180度変えた。

 

 

「え!?」

 

 

突然の出来事にハルユキだけでなく、ナイトローグまで驚愕する。

 

 

方向を変えた銃弾は、そのままナイトローグの足元に着弾し爆発を起こす。

 

 

その間に、ビルド達はそのまま近くにあった狭い岩場の隙間に入った。

 

 

『ちょっ!!嘘だろ!!死ぬ!!死ぬってっ!!おい兎美!!うおおおおおおっ』

 

 

洞窟内から、ハルユキの叫び声が反響していた。

 

 

ナイトローグは直ぐに、先程までスタークが居た場所を見るが、そこには既にスタークの姿は無かった。

 

 

「あいつ...」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

洞窟を抜けて港区に到着した兎美達は、住所を頼りに葛城の母親の家を探す。

 

 

「この辺の筈だけど...あっ」

 

 

そこに、葛城という表札がついた古風な一軒家を見つけた。

 

 

ハルユキ達は敷地内に入ると、庭の方から女性の声が聞こえた。

 

 

「じゃあ、今日はここまで。ちゃんと宿題やってきてね」

 

 

『はーい!ありがとうございました』

 

 

ハルユキ達が覗くと、そこにはハルユキ達よりも幼い6人程の子供達が箱等を椅子代わりにして、ノートや筆箱をしまっていた。

 

 

子供達の中の1人が、ハルユキ達の存在に気付いた。

 

 

「あっ、先生!お客さん来てるよ!」

 

 

子供に言われ、ようやく女性もハルユキ達の存在に気付いた。

 

 

兎美は、恐らく葛城の母親であろう女性に近付き挨拶をする。

 

 

「葛城さんですか?」

 

 

「えぇ...そうだけど...もしかしてあなた達も私の授業を受けに?」

 

 

「いえ...私達は葛城巧未さんについて調べていまして...」

 

 

兎美がそう言うと、葛城の母親の顔つきが変わりハルユキ達を睨みつける。

 

 

「出てって...今すぐここから消えて!!」

 

 

そう叫ぶと、家の中に入ってしまった。

 

 

ハルユキ達はただ呆然に、入り口を見つめていた。

 

 

 

 

 

葛城宅から出たハルユキ達は、近くにあった小さな橋の上で黄昏る。

 

 

「はぁ...まさかいきなり門前払いされるとはな...」

 

 

ハルユキはため息を付きながら、項垂れる。

 

 

「しょうがないわよ...多分、今までも興味本位で訪れた人がいたんでしょ」

 

 

その横で、兎美は冷静に分析していた。

 

 

「ねぇ?お姉ちゃん達」

 

 

声を掛けられてハルユキ達が横に顔を向けると、そこには先程の子供達がいた。

 

 

「巧未お姉ちゃんの友達?」

 

 

「まぁ...」

 

 

子供の質問に、兎美は言葉を濁す。

 

 

「君達は?」

 

 

「俺達は先生に読み書きを教わっているんだ。学校に行く金が無いから」

 

 

「そっか...」

 

 

自分達が何不自由なく学校に行ける中、この子達の様に学校に行けない子達が居るのだとハルユキ達は胸を打たれる。

 

 

「先生優しい?」

 

 

「うん、俺も大きくなったらタダで皆に勉強教えてやるんだ!それで巧未お姉ちゃんみたいな科学者になる」

 

 

その話を聞いて、ハルユキは自然と笑顔になる。

 

 

「巧未お姉ちゃんに会った事あるの?」

 

 

「ううん、でもいつも先生が話してくれるよ。すっごく頭が良くて自慢の娘だって」

 

 

兎美の質問に、子供は否定しながらも色々な事を教えてくれた。

 

 

「先生...毎日巧未お姉ちゃんが好きだった卵焼きを作ってるんだ。いつお姉ちゃんが帰ってきても食べられる様にって」

 

 

ハルユキ達は何も返すことが出来なかった、なぜなら葛城巧未は既に死んでいる事を知っているからだ。

 

 

「あなた達、本当は何しに来たの?」

 

 

ハルユキ達が振り返ると、そこには葛城の母親が立っていた。

 

 

「早く帰りなさい」

 

 

優しそうに子供達に、帰る様に促す。

 

 

『はーい、バイバイ』

 

 

子供達が手を振るのを、ハルユキ達も手を振って返す。

 

 

子供達がいなくなったのを確認すると、葛城の母親はハルユキ達に怖い顔を向ける。

 

 

「何処まで私を苦しめたら気が済むの?」

 

 

「違うんです!私達は興味本位で葛城さんを調べてる訳じゃないんです!!」

 

 

兎美は必死に、自分達は危害を加えるつもりが無い事を主張する。

 

 

そこで、兎美は決心してある可能性を葛城の母親に話す。

 

 

「私が...葛城さんを殺してしまったかもしれないんです...」

 

 

「どういうこと?」

 

 

言葉の意味が理解できなかった葛城の母親は、兎美に質問する。

 

 

しかし。

 

 

『うわあああああっ!!!』

 

 

そこに、先程別れた子供達の悲鳴が聞こえた。

 

 

ハルユキ達は悲鳴が聞こえた方へと、急いで走り出す。

 

 

ハルユキ達が駆け付けると、そこには子供の1人にスチームブレードを向けたブラッド・スタークの姿があった。

 

 

「よぉ!久し振り!でもないかぁ...」

 

 

「スターク...どうしてここに!?」

 

 

子供を人質に取られている兎美達は、迂闊に動けなかった。

 

 

「お前達が葛城巧未の周辺を洗ってるって聞いてね。せっかくだから...」

 

 

スタークは話しながら、スチームブレードのバルブを捻る。

 

 

『デビルスチーム』

 

 

「少し遊んでやるよ」

 

 

そう告げるのと同時に、子供に向けて何かのガスを噴射する。

 

 

子供がガスに包まれると、苦しそうに暴れ出す。

 

 

「たけひこ!!」

 

 

子供の名前を叫びながら駆け寄ろうとした葛城の母親を、ハルユキが止める。

 

 

「うわあああああっ」

 

 

次の瞬間、ハルユキ達は驚きで言葉を失う。

 

 

なぜなら、たけひこと呼ばれた子供がハルユキ達の目の前でスマッシュに変わったからだ。

 

 

「グルアッ!!」

 

 

「何でスマッシュに...」

 

 

ハルユキの疑問に、スタークがスチームブレードを見せながら答えた。

 

 

「こいつがあれば実験装置無しで、ネビュラガスを投与出来るんだ!!素晴らしい発明だろぉ?」

 

 

その話を聞いていた兎美は、握る拳に力を込めて怒りを露にする。

 

 

「そんなもの...発明なんて言わないのよ!!」

 

 

そう叫びながら、ビルドドライバーを腰に装着する。

 

 

2本のフルボトル、『忍者フルボトル』と『コミックフルボトル』を振ってドライバーに装填する。

 

 

『忍者!!』『コミック!!』『ベストマッチ!!』

 

 

『Are you ready?』

 

 

「変身!!」

 

 

『忍びのエンターテイナー!!ニンニンコミック!!イエーイ!!』

 

 

兎美はニンニンコミックフォームに変身し、4コマ忍法刀を片手にスマッシュとスタークを攻撃する。

 

 

ビルドの4コマ忍法刀を、スタークはスチームブレードで受け止める。

 

 

その間、『アイススマッシュ』がハルユキ達を攻撃する。

 

 

ハルユキ達に向かって、氷柱状の矢を『アイシクルチルアロー』を大量に発射する。

 

 

「危ない!!」

 

 

ハルユキが咄嗟に葛城の母親を庇い、右肩を負傷する。

 

 

スタークの相手をしていたビルドも、地面に倒れた所をスチームブレードを振り下ろされる。

 

 

直ぐに起き上がったビルドは片膝を着いた状態で、4コマ忍法刀で受け止める。

 

 

そこでビルドは、4コマ忍法刀のトリガーを1回押す。

 

 

『分身の術!!』

 

 

もう1人増やしたビルドは、分身を子供達を襲うアイススマッシュに向かわせる。

 

 

スマッシュと子供達の間に割り込んだ分身は、アイススマッシュに一太刀入れた後、子供達に覆いかぶさるようにする。

 

 

そこを、アイススマッシュが見逃さなかったが...

 

 

『隠れ蓑術!!ドロン!!』

 

 

子供達と共に、分身が煙に巻かれてその場から姿を消す。

 

 

すると、ハルユキ達の目の前で煙が上がり、分身と子供達が姿を現す。

 

 

「頼む!!」

 

 

ハルユキに子供達を託すと、分身は本体の所に戻った。

 

 

「もう大丈夫だからな!」

 

 

ハルユキは子供達に駆け寄り、安心させるように2人を抱きかかえた。

 

 

本体がスタークと戦っている間に、分身はアイススマッシュに蹴りを繰り出す。

 

 

分身はスタークとアイススマッシュを分断し、本体を戦いやすくする。

 

 

分身は、4コマ忍法刀のトリガーを2回押す。

 

 

『火遁の術!!』

 

 

それに対し、アイススマッシュは先ほどハルユキ達に放った『アイシクルチルアロー』を放つ。

 

 

「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!」

 

 

アイススマッシュの『アイシクルチルアロー』を、炎を纏った4コマ忍法刀で全て斬り付ける。

 

 

「はぁ―――っ!!」

 

 

『火炎斬り!!』

 

 

4コマ忍法刀から放たれた炎の奔流が、アイススマッシュを襲う。

 

 

「ぐあああああっ!!」

 

 

悲鳴を上げて、スマッシュは後ろに倒れた。

 

 

「良しっ!!」

 

 

戦いを見ていたハルユキは、スマッシュを倒せたことにガッツポーズを取った。

 

 

「ハル!!成分を取って!!」

 

 

分身はそう言うと、ハルユキに空のエンプティ―ボトルを投げる。

 

 

ボトルを受け取ったハルユキは、スマッシュに向けてボトルの蓋を開ける。

 

 

アイススマッシュから成分が抜けて、元の姿へと戻る。

 

 

「あぁ...」

 

 

『たけひこ!!』

 

 

たけひこに、ハルユキ達が駆け寄る。

 

 

「先生...痛いよ...」

 

 

「痛い?」

 

 

「苦しいよ...」

 

 

たけひこは苦しそうにしながら、ぐったりして動かけなくなっていた。

 

 

「子供だから体にダメージが残っちまったんだ」

 

 

今までスマッシュにされた人達の中で、一番幼かったの荒谷だったが、荒谷は身体が頑丈だった為にダメージは残らなかった。

 

 

しかし、たけひこは見た所まだ小学生だろう。

 

 

そんな子が無理やりスマッシュに変えられれば、どうなるかは火を見るよりも明らかだった。

 

 

「しっかりしろ!!」

 

 

ハルユキも、たけひこに呼びかける。

 

 

「僕...死んじゃうの?」

 

 

今にも死にそうになってるたけひこを、ハルユキは元気づける。

 

 

「何言ってんだよ、大きくなって先生みたいになるんだろ?」

 

 

「うん」

 

 

その話を聞いていた葛城の母親は、ハルユキの見る目が変わった。

 

 

「その時は、俺にも勉強を教えてくれよ」

 

 

そう言ってハルユキはかつひろの腕を取り、自身の小指をかつひろの小指に絡めて指きりをする。

 

 

「約束だ」

 

 

指切りをしたハルユキは、そのままかつひろを抱き上げてその場から離れる。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「はぁっ!」

 

 

ビルドの上段からの振り下ろしを、スタークは簡単に受け止める。

 

 

このままでは不利だと感じたビルドは、ボトルを変える。

 

 

シャカシャカシャカッ

 

 

ビルドは戦いながら、1本ずつボトルを変える。

 

 

『パンダ!!』

 

 

スタークの攻撃を片手で受け止め、もう片方の手でボトルを入れる。

 

 

シャカシャカシャカッ

 

 

『ガトリング!!』

 

 

『Are you ready?』

 

 

パンダガトリングへとビルドアップしたビルドだったが、ベストマッチでは無かった為に音声は発生しない。

 

 

ビルドはホークガトリンガ―の銃口をスタークに向けて、引き金を引く。

 

 

ホークガトリンガ―から放たれたエネルギー弾を、スタークはスチームブレードで弾く。

 

 

ビルドは右腕の巨大な爪、『ジャイアントスクラッチャー』とホークガトリンガ―を駆使し、スタークを追い詰める。

 

 

「良い攻撃だぁ」

 

 

スタークはそう言うと、スチームブレードの刃部分を外してトランスチームガンの先に合体させる。

 

 

『ライフルモード!!』

 

 

「それはっ!!」

 

 

スタークが手に持つ見た事ないボトルに、ビルドは驚いた。

 

 

『フルボトル!!』

 

 

「ならこれはどうだ?」

 

 

『スチームアタック!!』

 

 

ビルドに向かって銃弾が放たれるが、それを紙一重で回避する。

 

 

しかし。

 

 

銃弾はビルドの後ろに着弾する事なく、方向を変えた。

 

 

「誘導弾っ!!?」

 

 

もう一度ビルドに向かって迫って来る弾丸を、今度は転がる事によって回避する。

 

 

そしてまたしても方向を変える銃弾だが、今度はビルドの周りを旋回し始めた。

 

 

ビルドも負けじとホークガトリンガ―を発砲するが、銃弾には1発も当たらなかった。

 

 

旋回する幅を徐々に狭めていき、最後にはビルドの頭上から落下し着弾する。

 

 

ドッガァァァァァン!!!

 

 

「きゃああああっ!!!」

 

 

爆発に包まれたビルドは、地面を転がり変身が解除されてしまう。

 

 

「兎美!!」

 

 

爆発の際にドライバーから外れたのか、地面にはガトリングフルボトルが転がっていた。

 

 

「フッフッフッハッハッハッ」

 

 

スタークもボトルに気が付いたのか、笑いながらボトルに近付く。

 

 

シャカシャカシャカッ

 

 

そうはさせまいと、ハルユキはドラゴンフルボトルを振りながらスタークを殴りつける。

 

 

「オラッオラッオラッ!!!」

 

 

ハルユキが殴りつけるが簡単に避けられ、最後は受け止められてしまう。

 

 

「どうしたハル、お前は変身しないのか?」

 

 

「お前のせいでドラゴンの調子が悪くなっちまったんだよ!!」

 

 

スタークの疑問に、ハルユキは律義に答える。

 

 

「そいつは悪かった、なっ!!!」

 

 

受けとめた腕を掴み、スタークはハルユキを横に吹っ飛ばす。

 

 

「うわぁっ!!」

 

 

地面を転がるハルユキだったが、諦める事なく直ぐに立ち上がる。

 

 

「オラァ!!!」

 

 

立ち上がるなり、ハルユキはもう一度スタークに挑む。

 

 

そして、先程転がった際に懐から出てきたのか、ガトリングフルボトルの近くをクローズドラゴンが飛んでいた。

 

 

「ギャオッ」

 

 

ドラゴンはボトルを頭で弾くと、上手い具合に背中にガトリングフルボトルが装填される。

 

 

『クローズドラゴン!!』

 

 

「おぉ...」

 

 

その様子を見てい兎美は、ドラゴンの器用さに驚いていた。

 

 

ガトリングフルボトルの効果か、ドラゴンの吐く炎がガトリング弾のように吐かれた。

 

 

「おっ?」

 

 

その内の何発がスタークに命中するが、特に効いていなかった。

 

 

それでも諦める事なく、ドラゴンは炎を吐き続ける。

 

 

ドラゴンが炎を吐き続ける間も、ハルユキの攻撃の手を止めなかった。

 

 

「熱っ!!」

 

 

しかし、スタークに接近しているせいで、ドラゴンの炎がハルユキにも直撃する。

 

 

スタークがライフルモードで殴りつけるのを、ハルユキは受け止める。

 

 

ハルユキがスタークを押さえている間に、ドラゴンの炎がスタークに直撃する。

 

 

勿論、ハルユキにも。

 

 

「熱っ!!熱っ!!!熱っ!!!!」

 

 

ライフルモードを押さえていたハルユキだったが、スタークが横にライフルモードを振る事で振り払われてしまった。

 

 

しかし、ハルユキも只振り払われただけでは無かった。

 

 

なぜなら、ハルユキの手にはスタークが使っていたボトル『ロケットフルボトル』が握られていたからだ。

 

 

先程のやり取りの中で、ライフルモードに装填されていたボトルを引き抜いていたのだ。

 

 

「使え!!」

 

 

ハルユキは兎美に向かって、ボトルを投げる。

 

 

ボトルを受け取った兎美は、ガトリングの代わりにロケットを装填する。

 

 

シャカシャカシャカッ

 

 

『ロケット』『パンダ』『ベストマッチ!!』

 

 

「ベストマッチか!!」

 

 

たまたまの組み合わせがベストマッチで会った事に、兎美は驚きながらもレバーを回す。

 

 

前にパンダ、後ろにロケットのハーフボディが生成される。

 

 

『Are you ready?』

 

 

「変身!!」

 

 

前後のハーフボディが結合し、兎美は『仮面ライダービルド パンダロケットフォーム』へと変身する。

 

 

『ぶっ飛びモノトーン!!ロケットパンダ!!イエーイ!!』

 

 

ビルドは爪を構え、スタークに再度立ち向かう。

 

 

スタークもそれに対し、ライフルモードのストック部分を持って剣の様に逆手で持つ。

 

 

スタークの振り下ろすライフルモードを、ビルドは『ジャイアントスクラッチャー』で受け止める。

 

 

隙を見逃さず、ビルドはロケットを模したアーマーで殴りつける。

 

 

「うぐっ」

 

 

殴られた威力が大きかったのか、スタークは後ろに大きく仰け反った。

 

 

「ふっ!!」

 

 

ビルドは腕のロケットを、スタークに向けて射出する。

 

 

飛んで来たロケットをスタークはライフルモードで受け止めるが、耐え切れず直撃を喰らう。

 

 

「ぐあああああっ」

 

 

ロケットはビルドの元に戻り、腕に納まる。

 

 

「勝利の法則は、決まったっ!!!」

 

 

ビルドドライバーのハンドルを回し、必殺技を繰り出す。

 

 

『Ready Go!!』

 

 

ビルドは、ロケットを噴射させ空へと飛び上がった。

 

 

『ボルテックフィニッシュ!!』

 

 

スタークの周りを飛び、勢いをつけて急降下と共に爪の一撃を食らわせる。

 

 

「うぐっ!!ぐあっ!!」

 

 

攻撃は一回だけでなく、2回、3回と繰り出された。

 

 

「ぐあああああっ!!」

 

 

止めの一撃で、スタークは吹っ飛ばされる。

 

 

「はぁ...はぁ...」

 

 

近くにあった階段の一番上に着地したスタークは、何が面白かったのか急に笑い出した。

 

 

「はっはっはっはっは!!!また強くなったな」

 

 

地面に着地したビルドは階段の前に居たハルユキの隣に並び立ち、スタークを見上げる。

 

 

「楽しませてくれた礼に教えてやろう、葛城巧未の事だ」

 

 

スタークの話を、兎美達は黙って聞く。

 

 

「葛城こそスマッシュの生みの親、葛城巧未がファウストを作ったんだよ!!」

 

 

「何ですって...」

 

 

衝撃の事実に、兎美達は目を見開き驚愕する。

 

 

「さぁ...この一手でどう動く?」

 

 

その一言を残し、スタークは煙となってその場からいなくなる。

 

 

兎美はボトルを抜き、変身を解除する。

 

 

「今の本当かよ、葛城がファウストを作ったって...」

 

 

ハルユキの問い掛けに、兎美は何も答えられなかった。

 

 

黙る兎美達だったが、後ろに気配を感じて振り返る。

 

 

兎美達が振り返った先に居たのは、葛城の母親だった。

 

 

「巧未が...」

 

 

先程のスタークの話を聞いていたのか、葛城の母親はショックで動けないでいた。




どうも、ナツ・ドラグニルです!!


作品は如何だったでしょうか?


8月は仕事が忙しかったので、書く暇がなく2ヶ月も空いてしまいました。


誠に申し訳ございません。


アクセルワールドの原作では、この章でのニコの出番はだいぶ先なのですが黒雪姫は旅行に行ってるために美空と一緒にふざけるマスターの代わりをニコにする為に早く登場させました。


他にも色々と考えておりますので、お楽しみしていてください。


それでは次回、第8話もしくは激獣拳の極めし者第33話でお会いしましょう!!


それじゃあ、またな!!


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第8話

兎美「仮面ライダービルドであり、天才物理学者の有田兎美は葛城巧未の母親に会いに港区へと向かう。しかし...そこでファウストを作ったのは葛城だと知らされる」


チユリ「葛城巧未はガチの天才、それに比べて誰かさんは...」


兎美「分かってないわねぇ、こんな所でシュワルツシルト半径とか熱弁しても面白くないでしょ?あえて隠してんのよ」


チユリ「じゃあ、四コマ忍法刀はどうやって作ったのよ」


兎美「それはガガーっとやってギュイーンでゴーだよ!!」


チユリ「擬音ばっかじゃない!!」


兎美「一言で語れないのが天才なの!!どうなる第8話!!」


スタークが去った後、兎美達は葛城邸に訪れていた。

 

 

「どうぞ」

 

 

お茶を出してもらった兎美達は、一口つける。

 

 

「あの怪人が言ってた事は本当なの?」

 

 

話を切り出したのは、葛城の母親だった。

 

 

「実は...」

 

 

その後、兎美達は自分達が知っている事を全て話した。

 

 

「よく分かった...怪物達の事も、記憶を失くしたあなたが娘を殺めたかもしれないって事も」

 

 

説明を終えた兎美は、葛城の母親に質問する。

 

 

「葛城さんって、どんな人だったんですか?」

 

 

「あの子は...科学を愛して、科学を恨んでた。元々は、父親の影響で科学者になったの」

 

 

葛城の母親は、当時の事を思い出しながら語り続ける。

 

 

「巧未は父親が大好きで、科学者として尊敬していた」

 

 

そしてそこからは、葛城の父親について話し始めた。

 

 

「あの子の父親は、パンドラボックスと呼ばれる箱の責任者だったらしいの」

 

 

「パンドラボックス?」

 

 

知らない単語が出てきた事で、ハルユキも同じ言葉を口にする。

 

 

「たしか...数年前に隕石として杉並に落ちてきたらしいの」

 

 

その話を聞いた兎美達は、体を強張らせる。

 

 

「それで巧未も、隕石を発見したセレモニーに参加していた」

 

 

葛城の母親は、当時のセレモニーで何があったのか話してくれた。

 

 

「でもそのセレモニーは1人の女子生徒が乱入してきたせいで、状況は一転してしまったの」

 

 

「女子学生?」

 

 

「えぇ、その子が警備員も振り切ってパンドラボックスに触れた瞬間、まばゆい光に包まれて会場に物凄い衝撃が襲ったの」

 

 

「物凄い衝撃ですか?」

 

 

「そう、衝撃によって吹き飛ばされた人達は大怪我を負ってしまい、その騒動を引き起こした女子生徒にも逃げられたから、主人は酷いバッシングを受けて...結局それで自ら命を...」

 

 

葛城の父親が既に自殺していると聞いた兎美達は、言葉を失った。

 

 

「巧未は父親の無念を晴らすように、科学者の道を進んだの」

 

 

悲壮感を漂わせながら話す葛城の母親に、これ以上話させる訳には行かないと思ったハルユキが続きを話した。

 

 

「で、研究所を解雇されてファウストを作ったって訳か」

 

 

「あの子は...没頭すると見境を無くす性格だったから、誰かに利用されたのかもしれない」

 

 

そこまで言って、葛城の母親は自分が間違っている事に気付いた。

 

 

「駄目ね...大勢の人を傷つける物を作ってしまったのに...」

 

 

「娘さんも...悔やんでいたんではないでしょうか?」

 

 

俯いていた葛城の母親は、顔を上げて兎美の顔を見る。

 

 

ここでようやく、兎美がここに来た目的を話す。

 

 

「実は私達がここに来たのは、葛城さんが研究データをあなたに預けたかもしれないと思ったからです。葛城さん殺害に繋がる何かが記されてるんじゃないかって」

 

 

大事な話をしていた兎美達だったが、ぐうぅぅぅぅぅ!!というお腹が鳴る音がその場に響いた。

 

 

兎美は呆れ、ハルユキは顔を赤くしお腹を抑えた。

 

 

「フフ、お腹空いた?」

 

 

思わず笑ってしまった葛城の母親は、ハルユキにそう質問する。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「こんなのしかないけど」

 

 

そう言って出したのは、卵焼きだった。

 

 

その卵焼きを見て、兎美達は子供達の言葉を思い出す。

 

 

『先生...毎日巧未お姉ちゃんが好きだった卵焼きを作ってるんだ』

 

 

『いただきます』

 

 

「召し上がれ」

 

 

ハルユキは卵焼きを用意してもらった小皿に移し、一口食べる。

 

 

「(甘っ!!)」

 

 

卵焼きを口に入れた瞬間、ハルユキは口一杯に広がる物凄い甘ったるい味のせいでむせそうになる。

 

 

しかし、せっかく出して頂いたのに申し訳ないと思い、ハルユキは根性でむせるのを抑えた。

 

 

ハルユキが甘さと格闘してる間に、兎美も一口食べる。

 

 

「上手っ、滅茶苦茶美味しいこれ」

 

 

「無理しなくていいのよ」

 

 

「いいえ」

 

 

葛城の母親も甘く作りすぎている自覚があるため、無理しない様に言う。

 

 

だが本当に美味しかったのか、バクバクと残りの卵焼きを食べていく。

 

 

「本当に美味しい」

 

 

そう呟く兎美の瞳から、つぅーっと一粒の涙が零れる。

 

 

兎美が涙を流している事に驚いたハルユキは、声を上げてしまった。

 

 

「何泣いてんだよ、お前」

 

 

ハルユキが指摘した事によって、ようやく兎美は泣いている事に気付きゴシゴシと目元を拭った。

 

 

そこで葛城の母親が、兎美達が気になっていた事を口にした。

 

 

「巧未が亡くなる一週間前、家に来たの」

 

 

思わぬ情報を聞いた兎美達は、身体を強張らせる。

 

 

葛城の母親は当時の事を、思い出しながら語り出す。

 

 

『なあにこれ?』

 

 

渡されたUSBメモリを手に、巧未に質問する。

 

 

『研究データ、使う人間によって正義にも悪にもなる。私に何かあったら母さんが信用できる人に渡して』

 

 

そう言われたが、1つだけ疑問があった。

 

 

『この時代に何でUSBメモリなの?』

 

 

『だって母さんニューロリンカーの操作って苦手でしょ。それにこの時代だからこそ、こういう媒体の方が安全なんだよ』

 

 

 

 

 

「そのデータは何処に?」

 

 

その話を聞いた兎美は机に身を乗り上げ、質問する。

 

 

「杉並にある、引っ越す前にある場所に隠したの」

 

 

「杉並の何処に隠したんですか?」

 

 

「私が取りに行く。あなた達に渡すかどうかその後で決める」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

兎美達は葛城の母親が運転する車の後ろを、兎美達がバイクに乗り走っていた。

 

 

『どうやら杉並に戻って来たみたいね』

 

 

『あぁ、そうだな』

 

 

周りが見覚えのある景色に変わった事で、兎美達は杉並に戻って来た事が分かった。

 

 

『一体杉並の何処に...』

 

 

次の瞬間、カッと鋭い閃光が走った。

 

 

「なっ!!」

 

 

「うわっ!!」

 

 

ドオォォォォォォン!!!!

 

 

物凄い爆音と共に、熱風と衝撃波が2人と葛城の母親が運転する車を襲った。

 

 

「きゃああっ!!」

 

 

「うわああっ!!」

 

 

爆風と衝撃波によってバイクは転倒し、兎美達は空中へと身を投げてしまった。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

「ぐあっ!!」

 

 

地面に叩きつけられた兎美とハルユキは、痛みに耐えながら何とか起き上がる。

 

 

「大丈夫?ハル」

 

 

「あぁ、何とか」

 

 

叩きつけられた時に打ったのか、ハルユキは頭を抑えていた。

 

 

「きゃあああああっ!!!」

 

 

痛む身体を抑えながら立ち上がろうとする兎美達の耳に、葛城の母親の悲鳴が聞こえた。

 

 

「葛城さん!?」

 

 

兎美が停止した車に目を向けると、葛城の母親を担いだナイトローグの姿があった。

 

 

「葛城さん!!」

 

 

助け出そうと駆け出した瞬間、兎美とハルユキの周りをガーディアンが囲んだ。

 

 

「こんな時に...」

 

 

「邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 

兎美はドライバーを取り出し、腰に装着する。

 

 

シャカシャカシャカッ!!

 

 

『ロケット!!パンダ!!ベストマッチ!!』

 

 

『Are you ready!!』

 

 

「変身!!」

 

 

『ぶっ飛びモノトーン!!ロケットパンダ!!イエーイ!!』

 

 

バババババン!!

 

 

ガーディアンがビルド達に向かって、機関銃を発砲する。

 

 

「ふっ!!はっ!!」

 

 

ドラゴンフルボトルによって身体を強化したハルユキは、普段なら出来る筈のない動きで銃弾を躱す。

 

 

「おらっ!!」

 

 

数が多いが、一体一体各個撃破で倒していく。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

ビルドも爪を使って、ガーディアンを倒していく。

 

 

「こんのっ!!」

 

 

「ふっ!!」

 

 

ビルドはロケットを発射させ、ハルユキはドリルクラッシャーを銃の形態へと変化させ攻撃し全て全滅させる。

 

 

「葛城さん!!」

 

 

葛城の母親を助けようとするが、もうそこにはナイトローグの姿も葛城の母親の姿も無かった。

 

 

「しまった...」

 

 

「くそっ...」

 

 

助けられなかった事に、兎美達は悔やんだ。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

何処かの地下施設。

 

 

そこにある簡易なベッドの上に、葛城の母親は寝させられていた。

 

 

目が覚めた葛城の母親が最初に見たのは、近くに佇む幻と成海の姿だった。

 

 

「あなた達は?」

 

 

「梅里中学校、風紀委員の氷室幻です。以前、巧未さんの同級生でした」

 

 

すると幻は、現在の場所の説明を始める。

 

 

「ここは巧未さんが作ったファウストのアジトです。巧未さんから預かった研究データは何処ですか?」

 

 

「何の事ですか?」

 

 

幻の質問に、葛城の母親はとぼけた。

 

 

すると、成海は1つの封筒を取り出して幻に渡す。

 

 

「これは彼女の遺書です。彼女は生前、あなたへの想いをこの手紙にしたためていました。もし教えて頂ければこれを差し上げます」

 

 

しばらく沈黙が続く2人だったが、先に動いたのは葛城の母親だった。

 

 

「梅里銀行の貸金庫、番号は3405」

 

 

貸金庫のカードを幻に渡し、代わりに幻は封筒を渡す。

 

 

「ご協力感謝します」

 

 

封筒を受け取った葛城の母親は、早速中身を確認する。

 

 

しかし、中に入っていたのは何も書いていない白紙の紙1枚だけだった。

 

 

「どういう事!?」

 

 

「彼女が...親に感謝する人間に見えますか?」

 

 

葛城の母親は幻の事を強く睨み、掴みかかろうとする。

 

 

しかし、それを成海によって止められてしまう。

 

 

「ネビュラガスを投与してお帰り頂こう。私に関する記憶を綺麗さっぱり忘れて貰わないと」

 

 

「止めて!!離して!!」

 

 

ガスマスクをした科学者が、数人係で暴れる葛城の母親を連行する。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

葛城の母親を助けられなかった兎美達は、一度自宅のマンションに帰ってきていた。

 

 

爆発の際に追ったハルユキの怪我を、チユリが応急セットで治療する。

 

 

「いてっ!!」

 

 

「動かないでよハル、治療できないでしょ」

 

 

「ごめん...」

 

 

ピンセットを使って消毒綿球で、チユリが治療する。

 

 

消毒液が頬の擦り傷に染みたのか、ハルユキは後ろに仰け反った。

 

 

ガンッ!!

 

 

部屋の壁を、兎美が強く殴りつける。

 

 

「何で助けられなかった!!」

 

 

目の前で葛城の母親が連れ去られ、兎美は珍しく物に当たる程悔やんでいた。

 

 

その時、美空のニューロリンカーにスマッシュの目撃情報が入った。

 

 

「スマッシュの目撃情報...」

 

 

「今それ所じゃないだろ!!」

 

 

こんな時に、スマッシュと戦っている場合ではないと一蹴する。

 

 

「......いや、記憶を消す為にスマッシュにされたかも」

 

 

だが兎美だけは直ぐに冷静さを取り戻し、そう考察する。

 

 

兎美も、自身のニューロリンカーで目撃情報を確認する。

 

 

確認した兎美は、目撃された場所へと向かう。

 

 

「あっ!!兎美!!忘れ物!!」

 

 

そう言って、美空は一本のフルボトルを兎美に投げ渡す。

 

 

「浄化しといたから、消防車ボトル」

 

 

兎美が受け取ったのは、消防車の絵が刻まれた赤いフルボトル『消防車フルボトル』だった。

 

 

「サンキュー」

 

 

美空にお礼を言って、兎美は出ていく。

 

 

その後を追うように、ハルユキも出ていく。

 

 

「ハル!!忘れ物よ!!」

 

 

すると今度は、チユリがハルユキに1つの紙袋を渡す。

 

 

「サンキュー!!」

 

 

チユリにお礼を言うと、ハルユキは紙袋を受け取る。

 

 

出ていく前に中身を確認するハルユキ、すると中にはヘルメットと作業服が入っていた。

 

 

「え?」

 

 

意味が分からず、ハルユキは渡してきたチユリの顔を見る。

 

 

しかしそれは現場に到着したら、分かる事だった。

 

 

 

 

 

 

「うぅぅぅぅ!!ぐあぁ!!」

 

 

目撃された場所に到着すると、ちょうどスマッシュが暴れている所だった。

 

 

爆発で飛んで来た鉄パイプが、ハルユキの頭に直撃する。

 

 

「うおっ!!」

 

 

しかし、ヘルメットを被っていた為、怪我する事は無かったが衝撃は殺しきれなかった。

 

 

頭の痛みにハルユキが絶えている間、兎美はホークガトリンガ―で黒いスマッシュ『ストロングスマッシュハザード』を怯ませる。

 

 

「工事現場だから作業服だったのね」

 

 

「いちいち変装をいじんじゃねぇよ」

 

 

頭を抑えながら立ち上がるハルユキは、スマッシュを改めて確認する。

 

 

「あのスマッシュ前に見た事あるな、俺がやる」

 

 

そう言って、ハルユキはドラゴンフルボトルを振ってストロングスマッシュハザードに向かう。

 

 

「ちょっと!!」

 

 

兎美がハルユキを止めようとするが、怪我をしていた作業員をほっとける訳がなく、人命救助を優先した。

 

 

ハルユキはかつて、学校に取り残されたチユリを助ける際にビルドが倒した『ストロングスマッシュ』と形が似ている事から今の自分だったら余裕だと慢心してしまっていた。

 

 

「うおおおおおっ!!」

 

 

ドリルクラッシャーを手に、果敢に挑むハルユキ。

 

 

「おらっ!!」

 

 

スマッシュに向けて振り下ろすが、ハルユキの攻撃は何一つ効いていなかった。

 

 

「なっ!?」

 

 

攻撃が効いていない事に驚きながらも追撃をしようとするハルユキだったが、スマッシュの強烈な一撃がハルユキの腹部に繰り出される。

 

 

「ぐあぁっ!!!」

 

 

ハルユキは後ろに吹っ飛び、近くのトラックに激突する。

 

 

「なんだこいつ、前よりも強くなってる...」

 

 

通常のスマッシュよりハザードレベルが高いのか、今までのどのスマッシュよりも攻撃力が増していた。

 

 

よろよろと立ち上りながらも、ハルユキはそう考察する。

 

 

「うおぉぉぉぉっらぁ!!!」

 

 

それでも、ハルユキは諦める事は無かった。

 

 

その時、人命救助を終えた兎美が駆け付ける。

 

 

「だったら、勝利の法則を探すしかないわね」

 

 

ビルドドライバーを装着し、2本のフルボトル。

 

 

『海賊フルボトル』と『消防車フルボトル』を装填する。

 

 

『海賊!!消防車!!』

 

 

2本のボトルを装填しても、ベストマッチの音声は流れなかった。

 

 

「ベストマッチ!!じゃない...」

 

 

「はぁ!?」

 

 

こんな時に何やってんだと兎美方を見たハルユキだったが、その隙を逃さずスマッシュがまたハルユキを吹っ飛ばす。

 

 

『ハリネズミ!!消防車!!』

 

 

「『ベストマッチ!!』来た――!!!」

 

 

ベストマッチを見つけ出せたことに興奮し、兎美はハンドルを回す。

 

 

兎美の前後に、ハリネズミと消防車のハーフボディが生成される。

 

 

『Are you ready?』

 

 

「変身!!」

 

 

前後のボディが結合され、兎美は『仮面ライダービルド ファイヤーヘッジホッグフォーム』へと変身する。

 

 

『レスキュー剣山!!ファイヤーヘッジホッグ!!イエーイ』

 

 

「はぁっ!!」

 

 

ビルドは左腕の放水銃『マルチデリュージガン』で、スマッシュに向けて高圧な水流を放った。

 

 

ハルユキが近くにいるにも関わらず....

 

 

「冷たっ!!!」

 

 

後ろから冷水が飛んで来た事により、ハルユキは驚いて横に避けた。

 

 

正面から水流を受けたスマッシュは、高圧な放水に耐える事が出来ず後ろに仰け反る。

 

 

怯んだ所を、右手のスパイクで攻撃する。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

もう一度攻撃を繰り出そうとしたが、スマッシュも負けじと反撃する。

 

 

それを避けたビルドは、スパイクで裏拳を繰り出す。

 

 

「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!!」

 

 

スパイクのラッシュ攻撃に、スマッシュは逆に吹っ飛ばした。

 

 

ビルドはもう一度、『マルチデリュージガン』をスマッシュに向ける。

 

 

先程とは違い、水流ではなく火炎放射として炎が噴射された。

 

 

炎で怯んだ所で、スパイクの棘を伸ばして殴りつける。

 

 

ゴロゴロと転がっていくスマッシュは、直ぐに起き上がり唸り声を上げる。

 

 

「勝利の法則は決まった!!」

 

 

いつもの決め台詞を決めた後、ビルドはハンドルを回し必殺技のモーションへと入る。

 

 

『マルチデリュージガン』のラダーを伸ばし、スマッシュに突き刺す。

 

 

突き刺さった『マルチデリュージガン』で水を注入されたスマッシュは、身体がタプタプになるまで膨らまし動きを封じる。

 

 

『Ready Go!!』

 

 

ラダーでスマッシュの頭上に飛び、落下の勢いを利用し右腕のスパイクを叩き込む。

 

 

『ボルテックフィニッシュ!!』

 

 

スパイクを叩き込まれたスマッシュは、水風船が破裂したかのように爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

スマッシュを再起不能にした兎美は、スマッシュの成分を抜き元の姿へと戻す。

 

 

成分を抜かれたスマッシュは、予想通り葛城の母親だった。

 

 

『葛城さん!!』

 

 

兎美達は葛城の母親に駆け寄り、抱き起した。

 

 

上半身を少しだけ起こすと、少し朦朧としているが意識を取り戻した。

 

 

「ここは?」

 

 

「ファウストに攫われて、スマッシュに変えられていたんです」

 

 

「......私が?....全然覚えてない...」

 

 

ネビュラガスを投与された副作用か、やはり攫われた記憶が無かった。

 

 

「今安全な所に連れて行きます」

 

 

兎美達は葛城の母親に肩を貸し、自宅のマンションへと運ぼうとする。

 

 

しかし、運ぼうとする前に葛城の母親が兎美の肩をガシッと掴む。

 

 

「待って!!お願いがあるの」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

兎美達が葛城の母親を救出している間、幻達は梅里銀行に訪れていた。

 

 

成海は葛城の母親が伝えた番号、『3405』の鍵を開錠する。

 

 

中身を確認した成海は、我が目を疑った。

 

 

「これは!?」

 

 

不審に思った幻も中身を確認すると、中には1枚の紙が入っていた。

 

 

そこには『残念だけど、貴方は信用できない。 葛城巧未』と書かれていた。

 

 

「まんまと騙されたって訳ね」

 

 

葛城が用意周到に準備していた罠に掛かってしまい、幻は頭を抱える。

 

 

その時、幻のニューロリンカーに音声通話の着信が入った。

 

 

着信はスタークからだった。

 

 

『どうしたの?』

 

 

そして幻はスタークが伝えてきた情報に、驚愕で目を見開く。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

兎美達は葛城の母親から貰った情報を元に、ある建物に訪れていた。

 

 

『難波重工 総合科学研究所』

 

 

葛城の母親から貰った写真を元に、兎美達はここに訪れていた。

 

 

今の総合科学研究所は、危険区域に指定され立ち入り禁止になっていた。

 

 

「ここね」

 

 

中に入った兎美達は、研究所の入り口付近の地面を掘り起こしていた。

 

 

しばらく土を掘っていたハルユキは、スコップを通してガリッという土とは別の感触を感じた。

 

 

そこからは手で掘り起こし、中から1つの入れ物が出てきた。

 

 

ハルユキから入れ物を受け取った兎美は、早速中身を確認する。

 

 

「あった」

 

 

中に入っていたのは、1つのUSBメモリだった。

 

 

「そんな所に隠してたとはねぇ...」

 

 

そこに、居る筈のない第3者の声が聞こえた。

 

 

2人は振り返るが、確認する前に2人共殴られてしまってUSBメモリを奪われてしまう。

 

 

「ボランティアご苦労さん」

 

 

2人からUSBメモリを奪ったスタークは、手の中でUSBメモリを弄びながら2人を挑発する。

 

 

「このやろう!!」

 

 

その挑発に乗ったハルユキが、スタークに殴り掛かる。

 

 

しかし、スタークは拳を受け流すことで攻撃を避ける。

 

 

拳を受け流されたハルユキは、受け流された方へと転倒してしまう。

 

 

兎美は直ぐにドライバーをセットし、タカとガトリングのボトルを装填する。

 

 

「変身!!」

 

 

『天空の暴れん坊!!ホークガトリング!!イエーイ!!』

 

 

ビルドとハルユキがスタークと戦っている間、近くでその戦いを幻が見ており、その手にはデビルスチームガンが握られていた。

 

 

『バット!!』

 

 

幻はバットフルボトルを装填し、引き金を引く。

 

 

「蒸血」

 

 

『ミストマッチ!!』

 

 

デビルスチームガンからガスが噴き出し、幻の身体を包む。

 

 

『バット!!バ!バ!バット!!ファイアー!!』

 

 

晴れたガスの中から、ナイトローグへと変身した幻が現れる。

 

 

ナイトローグは、スタークと戦っているビルドに向かって走り出す。

 

 

スタークによって地面に転がされたビルドは、後ろから接近してくるナイトローグの存在に気付かなかった。

 

 

起き上がった直後、ビルドは後ろからのナイトローグによる攻撃を許してしまう。

 

 

「ナイトローグ!?」

 

 

攻撃された事で、ビルドはようやくナイトローグの存在に気付いた。

 

 

ホークガトリンガ―の銃口を向けるが、銃口を掴まれてしまい照準を逸らされてしまう。

 

 

「後は任せろ」

 

 

ナイトローグはビルドの攻撃を捌きながら、スタークに告げる。

 

 

「宜しくな」

 

 

スタークはハルユキの相手を止め、USBメモリを持ってその場から立ち去ろうとする。

 

 

「行かせるか!!!」

 

 

ヘルメットを投げ捨てたハルユキは、ビルドドライバーを取り出し腰に装着する。

 

 

「っ!!?駄目よハル!!!まだ修理は済んでないのよ!!!」

 

 

ナイトローグと戦っていたビルドだったが、ハルユキが変身しようとしてる事に気付いて止めようとする。

 

 

「うるせぇ!!!今ここでアレを取られたら...何の為にここまで来たのか分からねぇだろうが!!!」

 

 

『ギャオ――!!』

 

 

懐から出てきたクローズドラゴンが変形し、ハルユキの手の中に納まる。

 

 

『ウェイクアップ!!』

 

 

ドラゴンフルボトルをクローズドラゴンに装填し、ベルトに差し込む。

 

 

『クローズドラゴン!!』

 

 

ハルユキがレバーを回すと、ハーフボディが生成されるのと同時に、バリバリバリッと身体に電撃が走りハルユキを傷つける。

 

 

「ぐぅ!!うぅぅぅ!!」

 

 

身体に走る電撃に身体が悲鳴を上げている事も無視し、ハルユキはメモリを取り戻す為に。

 

 

そして、兎美の為に気合でレバーを回し続ける。

 

 

『Are you ready?』

 

 

「変身!!」

 

 

『Wake up Burning!!Get CROSS-Z DRAGON!! Yeah!!』

 

 

「はぁ...はぁ...はぁ...はぁ......」

 

 

仮面ライダークローズへと変身したハルユキだったが、変身の際に喰らった電撃のせいで既に満身創痍だった。

 

 

しかし―――

 

 

「今の俺は......負ける気がしねぇ!!!」

 

 

そんな事も物ともせず、クローズは果敢にスタークに挑む。

 

 

「ほう?少し遊んでやるか」

 

 

無茶をするハルユキに興味が出たのか、スタークはクローズを相手をする。

 

 

「おらぁっ!!!」

 

 

クローズは渾身の一撃を繰り出すが、簡単にいなされてしまう。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

スタークも負けじと攻撃を繰り出し、怒涛の攻撃にクローズは攻撃に転ずる隙を与えて貰えず防戦一方に陥ってしまった。

 

 

一方、ナイトローグと戦っていたビルドも、ホークガトリンガ―を叩き落されてしまい苦戦を強いられていた。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

ナイトローグの後ろ回し蹴りを、跳躍する事で回避する。

 

 

跳躍をした事でナイトローグから距離を取ったビルドだったが、ナイトローグがスチームブレードのバルブを捻る。

 

 

『エレキスチーム!!』

 

 

スチームブレードを横薙ぎに斬り付けると、ビルドに向かって電撃が走った。

 

 

『ゴリラ!!ロケット!!』

 

 

ビルドは瞬時にボトルを変え、横に飛んで転がる事で攻撃を回避する。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

ビルドの右拳『サドンデストロイヤー』で殴りつけるが、後ろに飛ぶ事でスタークは拳を避ける。

 

 

「はぁ~~っ!!はっ!!」

 

 

ビルドは左腕のロケットを構え、ナイトローグに向けて飛ばす。

 

 

ナイトローグはスチームブレードで受け止めるが、直ぐに押し負けてしまう。

 

 

ナイトローグは直ぐに態勢を整え、立ち上がる。

 

 

「その程度で...私を倒せると思うなよ」

 

 

ナイトローグがスチームブレードを分離させるのと同時に、ビルドはボトルを取り換える。

 

 

『パンダ!!ロケット!!ベストマッチ!!』

 

 

「ビルドアップ!!」

 

 

ビルドはゴリラからパンダへとボトルを交換し、ベストマッチである『パンダロケット』へと変身する。

 

 

『ロケットパンダ!!イェーイ!!』

 

 

ビルドはレバーを回し、一気に決着を着けにいく。

 

 

『Ready Go!!』

 

 

必殺技を決めようとするのと同時に、ナイトローグもトランスチームガンとスチームブレードを連結させ発砲する。

 

 

銃弾をパンダのジャイアントスクラッチャーで受け止め、ロケットで上空へと飛ぶ。

 

 

『ボルテックフィニッシュ!!イェーイ!!』

 

 

ナイトローグの周りを旋回し、飛び回る。

 

 

ナイトローグも負けじと連射するが、銃弾はビルドに掠りもしなかった。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

ビルドは勢いをつけ、急降下と共に爪の一撃を食らわせる。

 

 

トランスチームライフルで受け止めるが、耐え切れずに後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

 

「面白いじゃないか」

 

 

「はぁ!!」

 

 

ビルドとナイトローグの戦いが続く中、クローズとスタークの戦いも続いていた。

 

 

「フッ!!おらっ!!」

 

 

クローズの攻撃を受け続け、スタークはハザードレベルを測っていた。

 

 

「ハザードレベル3.6、3.7!!どんどん上がっていく!!こいつは面白い!!」

 

 

クローズの拳を受けとめたスタークは、興奮気味に喋り出した。

 

 

「いいだろう!!」

 

 

スタークはクローズの拳を押し返して、後ろへと転がした。

 

 

「お前の成長を認めて、こいつはくれてやる」

 

 

スタークはそう言うと、持っていたメモリを投げ渡す。

 

 

「え?ちょっ!!ちょっ!!ちょっ!!!」

 

 

いきなり投げられたメモリを、ワタワタしながら何とかキャッチする。

 

 

「何をするスターク」

 

 

スタークが渡す所を見ていたナイトローグは驚きながらも、奪い返そうとクローズに迫る。

 

 

しかし、それをスタークが阻止する。

 

 

「待てぇ!!」

 

 

「え?」

 

 

突然の出来事に、ビルドは戸惑い動けずにいた。

 

 

「早く行け!!」

 

 

スタークに急かされ、ようやくビルドが動いた。

 

 

「はぁ――――――っ!!!」

 

 

ナイトローグも抵抗するが、スタークに邪魔されてしまう。

 

 

ビルドはロケットを噴射して、クローズを抱きかかえる。

 

 

「うおっ!?」

 

 

ビルドはロケットの出力を上げ、一気にその場を離脱する。

 

 

「うおおおおおおっ!!?」というクローズの断末魔を聞きながら、スタークは2人を見送った。

 

 

「貴様...どういうつもりだ」

 

 

スタークの拘束を抜けたナイトローグは、スタークにスチームガンを向ける。

 

 

「まぁ、聞けよ。俺達の目的はデータじゃない、データを応用してアレを完成させる事だ。兎美ならそれが出来る...ハルならそれが使える...」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

離脱に成功した兎美達は、自宅へと戻った。

 

 

帰ってきた兎美達を迎えたのは、美空とチユリ、そして先に避難させていた葛城の母親だった。

 

 

5人はリビングのテーブルに掛け、兎美と葛城の母親と対面になる様に座った。

 

 

「これは...あなたが使って...」

 

 

そう言って、葛城の母親は取り返したメモリを兎美の前に置いた。

 

 

「良いんですか?」

 

 

「あなたなら、巧未の考えを分かってくれそうな気がするから」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

頭を下げてお礼をつげる兎美を見て、ハルユキは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

そして、真剣な顔つきになったハルユキは葛城の母親に質問した。

 

 

「やっぱり...ファウストの事は覚えてないんですか?」

 

 

「その辺りの記憶は、すっぽりと抜け落ちてて...でも、鍵が無いってことは娘の言う通りにしたみたい」

 

 

葛城の母親は信用できない者がメモリを取りに来たら、鍵を渡すように言われていた。

 

 

「昔からそう言う事は良く気付く子で...でも、親の気持ちなんてさっぱりわからないくせに...」

 

 

「そうでもないみたいですよ」

 

 

自嘲気味に笑う葛城の母親を、兎美が否定する。

 

 

「葛城さんの研究日誌をアナグラムにして並び替えました、最後にこんな文章が綴られてました」

 

 

兎美は一枚の紙を取り出し、葛城の母親の前に置く。

 

 

「産んでくれてありがとう」

 

 

それは、葛城巧未が母親へ送った感謝の言葉だった。

 

 

「ただ...気持ちを伝えるのが苦手だっただけなんですよ」

 

 

「うっ...うううっ......」

 

 

兎美の説明に、葛城の母親は心当たりがあったのか涙を流した。

 

 

「本当...何にも言ってくれないんだから...」

 

 

その光景に、ハルユキもチユリも泣きそうになる。

 

 

葛城の母親は、泣きながら兎美から受け取った紙を大事そうに抱えた。

 

 

 

 

葛城の母親が帰るのを見送ったハルユキ達は、兎美達の自室へと向かった。

 

 

兎美達の自室には、USBメモリを使えるパソコンも置いてある。

 

 

「これで葛城巧未の殺された理由が分かるかも」

 

 

兎美はメモリを手に持ち、パソコンの前へと座る。

 

 

「いいのか?」

 

 

しかし、それをハルユキが止める。

 

 

「お前の知りたくない真実かもしれないぞ」

 

 

「私が恐れるのは...何も知らない自分よ。たとえどんな真実だったとしても、受け止める覚悟は出来てる」

 

 

その覚悟がハルユキにも伝わったのか、ハルユキも覚悟を決める。

 

 

「分かった...」

 

 

ハルユキも兎美の隣に立ち、一緒にパソコンを覗く。

 

 

兎美がメモリを読み込ませると、画面にある映像が現れた。

 

 

「ん?」

 

 

その映像に美空とチユリ、ハルユキは更にのぞき込む。

 

 

「プロジェクト...ビルド?」

 

 

画面には『SECRET PROJECT BUILD』と映し出されていた。




どうも、ナツ・ドラグニルです。


前回、次の投稿は年を越しかもしれないと言ってましたが、色々あって年内に間に合いました。


今回の話は、ビルド本編第8話をモチーフにして書きました。


本来なら火星帰還セレモニーでマスターがパンドラボックスに触れた事でスカイウォールが発生しますが、今作ではスカイウォールが無い為に衝撃波が飛んだ事にしました。


他にもスカイウォールがない事によって、色々と話に障害が出てきましたが今後も何とかしようと思っております。


さて、つい最近になるのですが、Twitterを始めました。


始めたというか、長年凍結していましたが別のアドレスで新しいアカウントを作り直しました。


まぁ、そもそもフォロワー自体いなかったので全然問題はないのですが...


ユーザー情報の所に、アカウントのアドレスを書いていますので、Twitterをお持ちの方は良ければフォローの方をお願いしたします。


今後はTwitterにいつ投稿するかツイートしようと思います。


宜しくお願い致します。


それでは次回、第9話もしくは異世界から帰還せし激獣拳使いの幼馴染第34話でお会いしましょう!!


それじゃあ、またな!!


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第9話

兎美「仮面ライダービルドであり、天才物理学者の有田兎美は科学者の葛城巧未を兎美が殺害したと知り冤罪を晴らす為に真相を追っていく」

美空「やがて葛城が悪の組織、ファウストを作った事が判明し兎美は彼女が母親に残したデータを手に入れたのだった」

チユリ「ねぇ、兎美ってハルが付けた名前でしょ?」

兎美「そうよ、兎に美しいで兎美よ」

チユリ「ラビットを少しもじっただけじゃない!!」

兎美「美空の考えた候補よりマシでしょ」

チユリ「どんな候補よ」

美空「戦車の『戦』に兎で戦兎」

チユリ「それこそラビットタンクを漢字にしただけじゃない!!てか女子につける名前じゃないでしょ!!」

美空「過ぎた話だからいいじゃない、もう第9話行っちゃって」


葛城巧未が残したデータ『PROJECT BUILD』の中身を、ハルユキ達は確認する。

 

 

兎美が中身を確認すると、1つの動画を見つけた。

 

 

『私は葛城巧未』

 

 

動画を再生すると、ガスマスクを着け白衣を着た葛城巧未が自己紹介する所から始まった。

 

 

その姿は、ファウストのアジトで作業している科学者たちと同じ格好だった。

 

 

『これから話すPROJECT BUILDとは、究極の防衛を目的としたライダーシステムの事だ!!』

 

 

視点が変わり、左からビルドドライバーと1枚のカードを手に持った葛城が現れる。

 

 

『これはその源になるビルドドライバー!!ある条件を満たして装着すれば仮面ライダービルドに変身できる』

 

 

そう言って、葛城は持っていたカードをカメラに見える様に映す。

 

 

そのカードには、ビルドのラビットタンクフォームの絵が描かれていた。

 

 

葛城は、カメラの下にカードを差し込む。

 

 

すると、上から映像が照射され仮面ライダービルド ラビットタンクフォームの立体映像が映し出される。

 

 

『これがビルド、創る、形勢するって意味のビルドだ』

 

 

すると視点が変わり、部屋全体が映し出されビルドの前に2体のガーディアンが映し出される。

 

 

ガーディアンが武器を構え、ビルドに攻撃を仕掛ける。

 

 

『ビルドは、このドライバーに挿すボトルによって能力が異なる』

 

 

そう言って葛城は、2本のボトルラビットボトルとタンクボトルを手に持ち説明を始める。

 

 

『ボトルは、パンドラボックスが落ちた場所から噴出してるネビュラガスをベースに作られていて、組み合わせ次第では必殺技を繰り出せる』

 

 

葛城の説明と共に、映像ではビルドが必殺技を放っていた。

 

 

『ボルテックフィニッシュ!!イェーイ!!』

 

『こんな風に』

 

 

また視点が変わり、最初と同じ視点に変わる。

 

 

『更にボトルを変えれば、様々なフォームチェンジが可能になる。たとえばこのウルフボトル』

 

 

そう言って、葛城は狼のレリーフが刻まれた一本のフルボトル、『ウルフフルボトル』を取り出す。

 

 

『そしてスマホボトル』

 

 

もう一方の手には、スマホのレリーフが刻まれた『スマホフルボトル』が握られていた。

 

 

『この2本をベルトに挿すと、この様なライダーになる』

 

 

葛城が取り出したカードには、W/Sのマークが掛かれた『スマホウルフフォーム』が描かれていた。

 

 

『これらはホンの一部に過ぎない、ビルドは無限の可能性を秘めている!!以後、お見知りおきを...See you!!』

 

 

その言葉を最後に、映像は止まってしまった。

 

 

「まさかこのベルトを葛城が作ってたとはね...」

 

「マジで鬼ビックリ何だけど!!ガチでヤバい!!」

 

すると突然、いつもとは全く違う喋り方をするニコ。

 

 

「何よその苛つく喋り方!!?」

 

 

我慢できなかったのか、ニコの喋り方をチユリが指摘する。

 

 

「あたしの知り合いがやってる店のバイトの娘に教えて貰ったんだよ、マジイケてるっしょ?」

 

 

頭の悪い話し方をするニコに、全員が呆れる。

 

 

「それより、このベルトはファウストから奪ったんでしょ?」

 

「えぇ、ボトルやパネルと一緒にね」

 

 

チユリの質問に、兎美が答える。

 

 

「そしてこのドライバーはハザードレベルが基準値を超えないと、使う事ができない」

 

 

チユリの質問に、兎美が答えた。

 

 

「ハザードレベル?」

 

 

疑問符を浮かべるチユリに、兎美はホワイトボードを使って分かりやすく説明をする。

 

 

「ネビュラガスの耐久力を、いくつかの段階に分けたものよ。まだ私達は見た事がないけど...ネビュラガスを注入された後、まもなく死に至るケースがハザードレベル1」

 

 

その説明を受けたハルユキは、まだ自分達が見てないだけでいままでの実験体の中にはハザードレベル1の人もいたのではないかと、最悪な事を考えてしまう。

 

 

「異形な怪人、スマッシュになるのがハザードレベル2。そして、ハザードレベル2を超える極少数がネビュラガスを注入されても人間の姿のままでいられる」

 

「それがあなた達って事ね」

 

 

そう言って、チユリは兎美とハルユキを指差す。

 

 

「そう言えば、スタークが言ってたな...」

 

『ハザードレベル3.6、3.7!!どんどん上がっていく!!こいつは面白い!!』

 

 

ハルユキはメモリーを奪い返す為に戦った時、スタークが言っていた事を思い出す。

 

 

「葛城のデータによれば、ビルドドライバーはハザードレベル3以上で変身可能になるらしい」

 

「この他に何か言ってなかったの?」

 

 

動画を再生していたパソコンを指差しながら、チユリが質問する。

 

 

「現段階で分かっているのは、ネビュラガスを使った人体実験でライダーシステムの資格者を探していたって事だけよ」

 

 

ガァンッ‼‼

 

 

ハルユキが柱を殴り、その音が部屋に響く。

 

 

「許せねぇ...何の罪もない人達をモルモットにして...葛城は人を人だと思ってねぇんだよ!!!」

 

「確かに...ネビュラガスの副作用を無視して、人体実験に踏み切ったのは問題よ。けど、科学の発展という観点で言えばこれだけのシステムを構築した功績は大きい」

 

 

兎美の言葉に、ハルユキは言葉を失う。

 

 

「何言ってんだよ...そいつは多くの犠牲者を出したんだぞ‼‼仮面ライダーだってお前がパクんなきゃ、只の殺人兵器だったかもしれねぇだろ‼‼」

 

「科学を軍事利用しようとするのは周囲の思惑よ‼‼科学者の責任じゃない‼‼」

 

「悪魔の科学者の肩入りをするのか?大体今回の事と何にも関係ねぇじゃねぇか‼‼さっさと事件を...」

 

 

バァン‼‼

 

 

「うおっ!!?」

 

 

どんどんヒートアップしていき、誰にも止められないと思っていた2人の言い争いは、ボトル生成器の扉が勢いよく開く音によって止まった。

 

 

「ひゃっほー!!」

 

 

ボトルが生成が完了した事によってテンションが上がった兎美は、生成器に駆け寄った。

 

 

「疲れたし...眠いし...寝るし...」

 

 

生成器から出てきた美空は、そう言ってベッドに横たわる。

 

 

「今度は錠前ボトルか...最高ね!!」

 

 

兎美の1部の髪の毛が跳ね、テンションが上がっていく。

 

 

いつもだったら一緒にボトルが出来た事を喜ぶハルユキだったが、そのまま何も言わず部屋から出て行ってしまう。

 

 

ハルユキが出ていく様子を、ベッドに横になった美空も、ボトルが出来てテンションが上がっていた兎美も...そしてチユリとニコも黙って見つめていた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキは怒りで熱くなった頭を冷やすために、自室で適当な服に着替えて玄関から出た。

 

 

エレベーターで1階まで降り、エントランスを早足に突っ切る。

 

 

マンションの敷地は、隣接するショッピングモールは訪れる家族連れで賑わっていた。

 

 

ハルユキは、マンションのゲート目指して走り始めた。

 

 

熱くなった頭を冷やすために、ハルユキは誰かと《対戦》しようとする。

 

 

杉並で戦えば、万が一タクムが観戦待ち受けをオンにしていた場合フィールドにギャラリーとして呼び込んでしまうので、ハルユキはエリアを変えることにして環七通りまで歩いた。

 

 

高円寺陸橋交差点のバス停で、内回りと外回りどちらのバスに乗るか少し考え、渋谷行きの方を待つ。

 

 

やたらと車輪を連ねた丸っこいEVバスが停まると、ハルユキはタラップを登った。

 

 

視界の端で、電子マネー残高から運賃がちゃりんと引き落とされる。

 

 

隅の空き座席に体を押し込み、流れていく夜景を眺めながら、ぼんやりと考える。

 

 

なぜ...葛城巧未はネビュラガスを使った人体実験を強行したのだろうか。

 

 

彼ら、人体実験の被験者達は、いったい今なにを感じているのだろうか。

 

 

実験による恐怖で涙を流しているのか、ただ助けを求め祈っているのか――それとも怨嗟に身を震わせているか。

 

 

もし...今この瞬間にも、ナイトローグやスタークが何かを企んでいるかもしれない。

 

 

あの2人、そして葛城の意図とはいったい何なのだろう........?

 

 

そんな思考を巡らせているうちに、バスは甲州街道を左折して、緑のレギオンの領土である渋谷区に入る。

 

 

レギオンの支配領土では対戦を挑まれない、という権利はこの時点で解除されたはずだ。

 

 

ハルユキ――シルバー・クロウの名前はマッチングリストに登録され、いつ乱入されてもおかしくない。

 

 

......誰だっていいさ、この熱くなった頭を冷やすためなら。

 

 

ハルユキは眼を閉じ、背もたれに深く体を預けてその瞬間を待った。

 

 

夜8時という、平日でもっとも《対戦》が盛んな時間帯だけあって、雷鳴にも似た加速者が聴覚いっぱいに響いたのはほんの30秒後だった。

 

 

暗闇に放り出されたハルユキは、デュエルアバターに変身しつつわずかな距離を落下し、地面を踏みしめた。

 

 

やはり真っ先に背中を確かめてしまったが、金属翼は影も形もない。

 

 

ぎゅっと1度眼をつぶり、改めて周りを見渡す。

 

 

相変わらず夜の甲州街道だが、びっしりと道路を埋めていたはずの車列は、乗っていたバスを含めて消滅していた。

 

 

路面はひび割れ、陥没し、そこかしこで瓦礫が山を作っている。

 

 

《世紀末》ステージかと思いながら、対戦相手の名前を確認する。

 

 

そして驚愕する。

 

 

なぜなら対戦相手の名前が《アッシュ・ローラー》だったからだ。

 

 

アッシュローラーは、ハルユキが半年前にこのブレイン・バーストをインストールして最初に戦った相手だ。

 

 

そういえば...あの時も《世紀末》ステージだったなと、生まれて初めての加速対戦と、相手もステージも同じだった為に懐かしみながら広い道路の真ん中で待つ。

 

 

敵の方向を教えるガイドカーソルは、東を指して震えている。

 

 

やがて――暗闇の奥から、どこどこどこという太い駆動音が聞こえてきた。

 

 

ぴかっ!と丸型ヘッドライトの光が眼を射た。

 

 

前後のブレーキローターから赤い火花を撒き散らしながらド派手なスピンターンを決めたアメリカンバイクが、クロームパーツに周囲のかがり火を反射させて停止した。

 

 

「へいへいヘェ―――――――イ!!」

 

 

シートにふんぞり返ったスカルフェイスのライダーが、両手の人差し指をびしっとハルユキに向けた。

 

 

「メガ・ヒサッシーじゃねぇかYOU!なんだぁ、俺様が恋しくてビター・ヴァレーまで来ちゃったのかYOOOOU!?」

 

「.........は?」

 

 

あっけに取られ、ハルユキは挨拶も忘れて訊き返した。

 

 

「び、びたーばれーって何?」

 

「オイオイオーイ、解れよ、アンダスタれよ!ヤーシブに決まってんだろヤーシブぅ!」

 

「.........」

 

 

更に1秒ほど考えてから、ようやく渋谷のことかと察する。

 

 

「......あの、アッシュさん。ビターは《渋い》じゃなくて《苦い》だと思いますけど......。シブヤじゃなくてニガヤになっちゃいますよ、それじゃ」

 

「............マジリアリー?」

 

「............マジリアリー」

 

 

アッシュローラーのノリに引き摺られ、さっきまで怒りで頭が熱くなっていたのについ入れてしまった突っ込みに、道路沿いのビルからギャラリーの笑い声がどっと沸いた。

 

 

アッシュ・ローラーはそちらを見上げると両手の中指をぶんぶん振り回した。

 

 

「LOLってんじゃねぇメ――――ン!てめぇらすぐぶっとばすから待っとけ!!」

 

 

すぐにハルユキに骸骨顔を戻し、声を低める。

 

 

「......で、渋いって英語でなんつうの?」

 

 

「え、ええと......ラフ、かな」

 

「ほほう。つまりラフ・ヴァレーね。......って、ンなこたぁ、どうでもいんだよ!!」

 

「そ、そっちが訊いたんじゃ......」

 

 

アッシュ・ローラーとのやり取りのお陰で、頭が冷えてきたハルユキは理不尽だと考える。

 

 

そこでアッシュ・ローラーが、ある事を思い出す。

 

 

「そういえばシルバー・クロウ!お前いつのまに《子》を作ったんだ?」

 

 

1秒...2秒...と先程よりも考える時間を要し、ようやくアッシュ・ローラーの言ってる事を理解する。

 

 

「えぇぇぇぇぇ!!!何でアッシュさんが僕に《子》が出来た事知ってんですか!?」

 

 

ハルユキは自分に《子》が出来た事など、どのバーストリンカーにも伝えてない。

 

 

知ってるのは同じレギオンの黒雪姫達、そして赤の王であるスカーレット・レインだけなのだから。

 

 

サファイア・ラビットは、まだ領土戦にも出ていないからそこから情報が漏れたとは考えにくい。

 

 

「お前の《子》、サファイア・ラビットが俺に勝負を挑んで来たんだよ!!」

 

「えぇぇぇ!!」

 

 

サファイア・ラビットは最近バーストリンカーになったばかり、だからもちろんレベルは1だ。

 

 

しかし、目の前のアッシュ・ローラーはレベル4。

 

 

いくら何でも無茶すぎる。

 

 

そこでギャラリーから、簡単に負けちまったけどな~、流石はシルバー・クロウの《子》だな!という野次が飛ぶ。

 

 

その野次のお陰で、対戦がどうなったのか早々に予想がついた。

 

 

「だまらっシャラップ!」

 

 

ギャラリーに向けて、もう一度両手の中指をぶんぶん振り回した。

 

 

両手の人差し指を、びしっとハルユキに向けた。

 

 

「《子》の不始末は《親》に責任取って貰わないとな!!」

 

「何その理不尽!?」

 

 

今度は我慢できず、声に出してハルユキは突っ込みを入れる。

 

 

「だまらっシャラップ!通算でちっと勝ち越してっからっていい気んなってんじゃねぇぞYOU!」

 

 

声と共にハンドル脇のボタンが押されると、フロントフォークの両脇に装着された謎の筒から、じゃきりと真っ赤な円錐が顔を覗かせた。

 

 

まさか、と思うが、どう見てもソレ以外ありえず、ハルユキは呆然と呟いた。

 

 

「そ......それ、ミサイル?」

 

「イエスアイドゥ!ミッソゥだぞ、ホーミングつきだぞこのフライング野郎!」

 

「で、でも、アメリカンバイクにミサイルってデザイン的......というか、美学的にどうなんです......?」

 

「あんだと!世紀末的にメガ・ク―――――ルだろうが!!おらさっさと飛べ!そして泣け!!」

 

 

そう喚いたところで、アッシュ・ローラーは、ようやくシルバー・クロウの異変に気付いたかのように首を伸ばした。

 

 

「.........って、おめぇ、なんで羽根しまってんだよ。もう対戦始まってだろうが、とっとと出しやがれ」

 

 

ハルユキは小さく首を振り、早口に言った。

 

 

「ちょっと事情があって。今日は地面で相手さしてもらいます」

 

「.........へー。まぁ、好きにすりゃいいけど......ナメてんだったらマジ泣かすかんな!」

 

 

ちらりと残り時間表示を確認し、スロットルを一煽りしてから、甲高く叫ぶ。

 

 

「レッツ・ダァァァ――――ンス!!」

 

 

後輪から激しく白煙を上げ、右側にダッシュするバイクを、ハルユキはじっと見つめた。

 

 

ここしばらくの対アッシュ・ローラー戦は、垂直の壁面を自在に走行するバイクに、ハルユキがいかに急降下攻撃を命中させるか、という展開で伊多している。

 

 

だがもちろん、もうその戦法は使えない。

 

 

こちらが向こうの突進を躱し、背面から少しずつダメージを与えていくしかない。

 

 

バイクは離れた場所で鋭角にターンし、一直線に突っ込んできた。

 

 

腰を落とし、その軌道を見極めようと意識を集中する。

 

 

「............くおっ!」

 

 

ぎりぎりまで引き付けてから、気合とともに右に飛ぶ。

 

 

前輪のトレッドがチッと脚を掠める。

 

 

――ここ!

 

 

ハルユキはそのまま体を回転させ、ライダーに拳を打ち込もうとした。

 

 

しかし。

 

 

「トオオオゥッ!」

 

 

声と共に、突然横から飛んできたブーツが、ハルユキのヘルメットを捉えた。

 

 

吹き飛ばされながら眼にしたのは、シートの上に直立し、蹴り脚を振り抜いたアッシュ・ローラーの姿だった。

 

 

すぐにすとん、と腰を下ろし、再加速していく。

 

 

20メートルほど先でターンし、またしてもシートに立ち上がる。

 

 

どうやらアクセル操作は右足で行っているらしい。

 

 

「見たかYOOOOU!これぞ俺様の新技、Vツイン拳だぜぇ!!」

 

 

ネーミングはともかく、見事な技術だ、と立ち上がりながらハルユキは感心した。

 

 

巨大なバイクを、まるでサーフボードのように2本の脚だけで操っている。

 

 

車体による突撃だけでなく、ライダー本人も攻撃力を持つことで、回避された後の隙を消しているのだ。

 

 

......それでも。

 

 

と、ハルユキは胸の中で呟いた。

 

 

ハルユキは倒れる身体を起こし、自分の脚でしっかりと地面を踏みしめる。

 

 

ダッと駆け出したハルユキは、グッと拳を握りもう一度アッシュ・ローラーに拳を打ち込もうとする。

 

 

「無駄ァ無駄ァ!」

 

 

アッシュ・ローラーはもう一度、Vツイン拳でまた相殺しようとする。

 

 

このまま顔や胴体を狙えば、さっきの繰り返しだ。

 

 

ハルユキが狙うは、自分を蹴り飛ばそうとしてくる脚、一点のみ。

 

 

「うおおおおおぉっ!!!」

 

 

もしここで負けても、ハルユキが失うのはポイントだけだ。

 

 

それでも、仮面ライダーとして戦っているハルユキにとって、負ける訳にはいかなかった。

 

 

自分自身の為じゃなく、誰かの為に戦う。

 

 

レベル10になる為に戦う黒雪姫の為に...

 

 

ハルユキを心配し、隣に寄り添おうとするチユリの為に...

 

 

仲間として...そして家族として一緒に戦う兎美や美空の為に...

 

 

そして、自分の犯した罪を償うために必死に頑張るタクム()の為に...

 

 

それがたとえ、負けると分かってる戦いだとしてもハルユキは戦い続ける。

 

 

「今の俺は!!負ける気がしねぇ!!!」

 

 

気合の掛け声と共に、ハルユキは更に拳に力を籠める。

 

 

「何!?」

 

 

いつもより力強い戦い方に、アッシュ・ローラーは動揺する。

 

 

動揺して力が緩んだ隙を逃さず、ハルユキは思い切って拳を振り抜いた。

 

 

「おらぁ!!」

 

「ぶほぉ」

 

 

ハルユキに殴り飛ばされたアッシュ・ローラーは、棒切れのように宙を舞い、路面に激突して、更に二転、三転、大音響とともに瓦礫の山に突っ込み、ようやく停まる。

 

 

そして回転したままハルユキの横を通り過ぎたバイクは、壁に激突し大破した。

 

 

瓦礫から這い出てきたアッシュ・ローラーは、大声で叫びだす。

 

 

「ソ―――――――――――・バッドだぜ。おいクロウ、てめぇ、何で飛ばねぇ!!縛りプレイでもして楽しんでんのかぁ!!?」

 

 

ハルユキはスカルフェイスを捉えて、ギャラリーには聞こえないボリュームの声で答えた。

 

 

「羽根は...奪われました...」

 

「!!?」

 

 

ハルユキの言葉に、アッシュ・ローラーは言葉を失う。

 

 

しばらくの間、2人の間に沈黙が続く。

 

 

どれぐらい続いたか分からないが、アッシュ・ローラーがその沈黙を破った。

 

 

「奪われたって...誰にだ」

 

 

気を使ったのか、アッシュ・ローラーもギャラリーに聞こえない声で話しかける。

 

 

「すみませんが...それは言えません。あなたまで巻き込むわけにはいきませんから...」

 

 

ハルユキは自分の決意を、アッシュ・ローラーに話す。

 

 

「たとえ...このまま羽根が帰ってこなくても。たとえ...この先誰にも勝てなくなってしまったとしても俺は諦めません。最後まで戦い続けます」

 

 

ハルユキの決意を聞いた髑髏ライダーはぐいっと顔を突き出し、囁くような声で訊いてきた。

 

 

「おい。今、どこにいる」

 

「......え?」

 

 

突然の問いを理解できず、ハルユキは両眼をしばたかせた。

 

 

「どこからダイブしてんだ、って訊いてんだよ」

 

 

――対戦中に生身の体の位置を訊ねるなど、本来有り得ない問いだ。

 

 

しかしなぜかハルユキは、リアル割れの危険を一切考えず、吞まれるように答えていた。

 

 

「こ......甲州街道......バスに乗ってます」

 

 

ち、と短く舌打ちし、アッシュ・ローラーは更に意味不明の言葉をまくし立てた。

 

 

「じゃあ、これが終わったらすぐに家に戻れ。トイレ行って布団入って、《上》にダイブしろ」

 

「う......上......!?」

 

「アホ、声がでけぇよ、ギャラリーに聞かれんだろうが!上っつったら《無制限中立フィールド》以外あるか。ダイブしたら、もう一度環七と井ノ頭通りの交差点まで来い。潜る時間は......そうだな、9時ジャストな。1分たりともずらすんじゃねーぞ」

 

 

唖然とするハルユキにそう命令すると、アッシュ・ローラーは宙に指を走らせた。

 

 

ハルユキの目の前に、引き分け要請窓(ドロー・オファー)が開く。

 

 

「ほれ、とっとと了承しろ!」

 

 

その勢いに押され、ハルユキはわけに解らずOKボタンを押した。

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

《対戦》が思わぬ形で終了し、現実世界の道路を走る電気バスの車内に戻るや、ハルユキは即座にグローバル接続をキャンセルした。

 

 

ちょうど停まったバスストップで、タラップから転げ落ちるように降りる。

 

 

左右を見回し、最寄りの交差点まで走って、甲州街道の反対側まで渡ると今度は高円寺行きのバスに飛び乗る。

 

 

再び高円寺陸橋交差点のバス停に戻った時には、時刻は8時半を回っていた。

 

 

ハルユキは懸命に走って自宅に帰り着くと、玄関には既にチユリ達の靴は無くなっていた。

 

 

その事を確認したハルユキは、まだ兎美達と顔を合わせたくなかった為、言われた通りさっさとトイレを済ませ、ベッドに転がった。

 

 

デジタル数字が午後8時59分58秒になった時、ハルユキはぎゅっと眼をつぶり、大きく息を吸って、そのコマンドを呟いた。

 

 

「......アンリミテッド・バースト」




どうも!!ナツ・ドラグニルです!!


今回は、いつもより早く投稿することが出来ました。


それも部屋を大掃除してデスクを買ったお陰ですね。


小説を書く環境がしっかりしてるって、素晴らしい事だなっと改めて思いました。


今まではベッドの上で膝の上にパソコンを置いて、書いていたので...


さて、今回はビルドの第9話の最初とアクセル・ワールドの原作を掛け合わせた作品になりました。


原作のハルユキは能美に負け、全てを諦めていました...


しかし、私の作品のハルユキは兎美達と出会い仮面ライダーとして戦っている為、最後まで諦めません。


仮面ライダーとして戦っている以上、皆の明日を創るためにハルユキは戦い続けて欲しい所です。



そして、そろそろ3つ目の作品も投稿を始めようかと考えております。


一応、活動報告にも書きますがあと1話で1章の話を書き終える事が出来ます。


それを機に、3つ目の作品『LOVE TAIL』を投稿しようと思います。


それでは次回、第10話もしくは異世界より帰還せし激獣拳使いの幼馴染第36話でお会いしましょう!!


それじゃあ、またな


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第10話

兎美「仮面ライダービルドであり、天才物理学者の有田兎美は葛城のデータを確認し、ライダーシステムを作ったのが葛城巧未である事を知ったのでありました!!」


美空「葛城がしてきた実験に腹を立てたハルユキは、兎美と言い争いをしてマンションから出て行き、アッシュ・ローラと対戦した後に無制限中立フィールドで再会を約束されるのでありました」


チユリ「所でさ、何でこのご時世にUSBの端子がついたパソコンなんて持ってるのよ」


兎美「こんなご時世だからこそ、そういったパソコンが貴重なのよ!!」


チユリ「でもさ、インターネットだってニューロリンカー使えばいいし、使い所無いでしょ」


兎美「分かってないわね!!この貴重なパソコンで作業するからこそ!!アイデアが生まれたり作業効率が上がったりするのよ!!」


チユリ「へ、へー...」


美空「なんか変なスイッチ入っちゃったわね、さてどうなる第10話!!」


兎美「いいわ!!このパソコン達の素晴らしさをあなたに教えてあげる!!3時間かけて!!」

チユリ「結構です」


通常対戦フィールドの上位に構築された永続世界、無制限中立フィールドをハルユキが訪れるのはこれがまだ2度目であり、たった1人でダイブするのは初めての事だった。

 

 

薄黄色の空の下、赤茶けた巨岩ばかりが立ち並ぶ眺めはどうやら《荒野》属性だ。

 

 

しかしこの世界には《変遷》というシステムがあり、一定時間で属性が切り替わる。

 

 

足場のいい今のうちに待ち合わせ場所まで到着しようと、ハルユキは乾いた大地を懸命に駆けた。

 

 

どんな属性であろうとも、加速世界の地形そのものは現実の東京に準拠している。

 

 

環状7号線は、巨岩群に挟まれた幅広の枯れ谷として存在した。

 

 

その中央を避け、岩陰を選んで走りながら、油断なく左右に注意を払う。

 

 

無制限フィールドには《エネミー》という、システムによって生み出され、動かされるモンスター達が生息している。

 

 

ハルユキはまだ、大型のを一度目撃した事があるだけで、戦った経験はない。

 

 

個体によってはハイレベルのバーストリンカーより強力だという奴らに襲われでもしたら、飛べない今では容易く蹴散らされてしまうだろう。

 

 

クローズに変身すればもしかしたら戦えるかもしれないが、それを試す勇気はハルユキには無かった。

 

 

しかし幸い、離れた荒地をのそのそ移動する牛っぽいのと蛇っぽいのを何度か見つけたくらいで、ターゲットされることなくハルユキは杉並と渋谷の境界に間近い代田橋のあたりまで到着できた。

 

 

念のため、離れた岩陰に隠れて気配を探ったが、大人数が伏せている様子はない。

 

 

――と、言うよりも。

 

 

広い谷と谷がクロスする地点を覗き込んだ途端、ハルユキはがくりと脱力した。

 

 

そのど真ん中に停めたアメリカンバイクの上で腕組してふんぞり返る、ド派手な髑髏ヘルメットのライダーが眼に飛び込んだからだ。

 

 

「トゥ―――――――――・レイト!おっせぇよ!!」

 

 

近づくハルユキを見て、アッシュ・ローラーは右手を振り回して叫んだ。

 

 

「す、すいません。走ってきたもんで......」

 

「どうせエネミーにビビッてコソコソ移動したんだろうが。心配しねーでも、こういう幹線道路は、超大型のしか出ねぇよ」

 

「そ、それを先に言ってくださいよ!それに、じゃあ超大型が出たらどうするんですか」

 

「泣いて逃げるに決まってんだろうが」

 

ハルユキは銀面越しにため息をつき、ぷるぷると頭を振って話題を切り替えた。

 

 

「.........で、こんな所に呼び出してどうしようってんです?さっきの続きをするんですか?」

 

「アホか、てめーに勝って10ポイント稼いでも、ダイブに10ポイント使ってんだからネバー儲からねぇだろ」

 

それじゃ二重否定です、と突っ込むのをやめて、ハルユキは両手を広げるに留めた。

 

 

「じゃあ、なぜ?」

 

「ま、乗れや」

 

 

平然と言われ、かくんと顎を落とす。

 

 

「......は?」

 

「ケツに乗れっつってんだよ。メットは......てめぇは要らねぇな」

 

 

ひひひ、と笑いながら親指で背中の後ろを示すので、ハルユキはもう罠かどうとか警戒するのがバカらしくなり、慣れた動作でシートに跨った。

 

 

「おっしゃ、がっちり掴まっとけよ。俺様のマッシ―ンの加速はバイオレンスだかんなぁ!!」

 

 

ンスのあたりでもうスロットルを全開にされ、前輪が大きく持ち上がったのでハルユキは危うく後ろに転げ落ちそうになった。

 

 

慌てて両手で体を支えた直後、真っ黒いバイクはどるろぉぉんと野太い咆哮を轟かせながら、真東――井ノ頭通りを都心方向へと疾駆し始めた。

 

 

「う......わっ」

 

 

顔を叩く風圧と、全身を軋ませるような加速力に、堪らず声を上げる。

 

 

エンジンの唸り声が高まり、ここで最高速かと思うたびにブーツがカン!とペダルを蹴り、上のギアが更に速度を引っ張っていく。

 

 

赤茶けた路面は無数の流線へと溶け、前方から近づく岩が次々に後ろに吹っ飛ぶ。

 

 

「ちょっ......は......やすぎで......っ」

 

 

半ば悲鳴でそう訴えたが、返ってきた答えは至ってのんびりしたものだった。

 

 

「あー?アホか、てめぇがぶっ飛んでる時の半分も出てねぇだろうが」

 

「で...でも、バイクが、こんなっ」

 

 

ハルユキはそこまで言い掛け、この前の兎美の荒い運転を思い出し、口を噤んだ。

 

 

この前の洞窟の中を爆走し、一歩間違えたら死んでいただろう。

 

 

だからと言って、アッシュ・ローラーが運転するバイクが平気とは限らない。

 

 

それはそれ、これはこれである。

 

 

「こ...これ、何キロ出てるんです、か!」

 

 

ハルユキは位置からはメーターが見えないので叫び声で訊ねると、再び間延びした回答が聞こえた。

 

 

「レーサータイプじゃねぇしな、二百くれぇしか出ねぇよ」

 

「に......にひゃっ......」

 

 

事故ったらしんじゃううううううと脳内で喚きたててから、ハルユキは突然、はたと悟った。

 

 

そういう乗り物なのだ。

 

 

もう、時速二百キロのスピードは怖くなかった。

 

 

それどころか、すぐ下で懸命に吼え続けるエンジンが、とてつもなく健気で頼もしい存在と思った。

 

 

井ノ頭通りから、都心部を避けて南へと回り込み、バイクは再び東を目指した。

 

 

港区に入ったあたりで、ハルユキはようやく最初に訊ねるべきだった事を訊ねた。

 

 

「あの......いったい、どこに行くんです?」

 

「もう見えてんだろ。アレだよ」

 

 

くいっとヘルメットをしゃくった先を視線で追うと、武骨な巨岩がごろごろと立ち並ぶ先に、うっすらと細長いシルエットが見えた。

 

 

恐ろしく険峻な岩山、いや最早《塔》だ。

 

 

地面から、完全に垂直なラインを描いて、遥か空まで伸び上がっている。

 

 

現実世界で対応する場所にあんな建築物があっただろうかと、脳内に東京南部の地図を思い描いたハルユキは、数秒かかってようやく答えに辿り着いた。

 

 

「え.......、あ、あれ、もしかして《旧東京タワー》ですか......?」

 

「ベリー・イエス!!」

 

「ベリー・イエスって....」

 

 

即座に返ってきた英語の怪しさに呆れ、おぼろげな知識を引っ張り出す。

 

 

かつて、首都圏一円にテレビ電波を送信していた港区芝公園の東京タワーが、墨田区押上に建設された《東京スカイツリー》にその役目を譲ったのはもう三十年以上お前のことだ。

 

 

その後も長い間展望台として営業を続けていたが、三百三十三メートルという高さを軽く上回る高層ビルが東京各所に次々と建設されてしまい、二〇三〇年代初頭にはついに観光スポットとしての役割も終えた。

 

 

現在ではエレベーターも停止し、立ち入り禁止の歴史的遺物としてのみ保存されている。

 

 

みるみる近づいてくる尖塔を眺めるに、この無制限中立フィールドでは旧東京タワーはムクの岩として存在し、内部構造は生成されていないようだった。

 

 

つまり、荒れ野にぽつんと屹立する、高さ三百メートルの岩の柱以外の何ものでもない。

 

 

「そ、そんな所に、何があるんです?」

 

 

呆然と訊ねると、アッシュ・ローラーは珍しくあーうーと口籠った。

 

 

「んー、まぁ、その、何だ。てめぇに会わせてぇ人がいるんだよ」

 

「人......?」

 

 

――《奴》でも《野郎》でも《SOB》でもなく?

 

 

「えー、あー、ぶっちゃけて言やぁ、俺様の《親》だ」

 

「は、はい!?」

 

 

これには心のそこから驚愕し、ハルユキは叫んだ。

 

 

「あ、アッシュさんの《親》......!?ってことは......も、もっとスゴイんですか?ヒゲ面で、グラサンで、革ベストで、タトゥー入ってて、ビール腹で」

 

「てめーは俺様をどう思ってやがるんだ」

 

 

唸り声を上げてから、なぜかぶるっと背中を震わせる。

 

 

「......言っとくけどよ、あの人に面と向かってンなこと口走ったら後悔じゃすまねぇメに遭うかんな。もう《対戦》の第一戦からは退いて長ぇから、てめぇは知らねぇだろうけど......大昔は、《鉄腕》だの《ICBM》だの言われてビビられてたらしいぜよ」

 

 

恐怖のせいか語尾がいかしくなっているアッシュ・ローラの言葉を、ハルユキは鸚鵡返しに呟いた。

 

 

「あ、ICBM......?」

 

「そうぜよう。ああ、それと、もうひとつ......《イカロス》って渾名もあったな」

 

「......そ、それはあんま怖そうじゃないですけど」

 

「まぁな。そう呼ばれたのは引退後らしいや。あの人はな......てめぇが現れるまでは、加速世界で最も(・・・・・・・)空に近づいた(・・・・・・)バーストリンカー(・・・・・・・・)だったんだよ」

 

 

はっ、とハルユキが息を吞んだのとほぼ同時に、バイクが土煙を上げながら停止した。

 

 

目の前には、赤褐色の乾いた地面から、三角定規をあてられそうなほど垂直に岩の柱が切り立っている。

 

 

直径は二十メートル程度か。

 

 

ほぼ完全な円形で、やはり階段や入口のようなものはどこにもない。

 

 

現実世界では立ち入り禁止の旧東京タワーゆえ、このような形で再現されているのだろうか。

 

 

さてそのICBM改めイカロス氏はどこにいるのかと周囲を見回すが、遠くをのそのそ移動する岩亀のようなシルエットが目に留まるだけだった。

 

 

まさか、と思いながら訊ねる。

 

 

「ええと......、あの人ですか?」

 

「アホか、ありゃエネミーだ。俺様は風が止むのを待ってんだよ」

 

「か、風?」

 

 

言われると、バイクが疾駆している間は気付かなかったが、確かに《荒野》ステージの地形効果であるそこそこ強い風が吹き付けている。

 

 

しかし対戦中というわけでもないし、いったい何のために――。

 

 

と、思った瞬間、間断なく唸り続けていた風鳴りが、ぴたりと止まった。

 

 

「来た来た来た来た!!!おっしゃ、行くぜ!ホールド・ミー・タイト!!」

 

 

いきなり叫んだアッシュ・ローラーに、何言ってんのこの人、と呆気に取られてから、ハルユキは指示の意味を悟った。

 

 

スロットルを全開にされたバイクがぐうっと前輪を持ち上げ、ハルユキは反射的にアッシュ・ローラーの胴に両腕を巻き付けた。

 

 

エンジンが甲高く吼え、後輪が砂利を跳ね飛ばす。

 

 

「バーチカル・クライミング・セットアップ!!」

 

 

どすんと前輪が垂直の岩壁にぶつかり、ええっまさか、切り立つ絶壁を、一直線に登り始めた。

 

 

「うわ......うわわわわ!?」

 

 

そんな無茶なあああああと胸中で絶叫しつつ、ハルユキはバイクが仰け反りながら真っ逆さまに落下していく様を鮮やかに予想した。

 

 

しかし、まるでタイヤと壁面のあいだに謎の引力が働いているかの如く、バイクは垂直の柱をふらつきもせずに駆け登っていく。

 

 

「嘘!!?」

 

「驚いたか?これは俺様の《壁面走行》アビリティだ!!」

 

 

驚くハルユキだったが、言い換えればアッシュ・ローラーは今、敵対レギオンに属するハルユキに、己の能力を無為に晒していることになる。

 

 

だが、彼の真意までは汲み取れず、ハルユキはただ息を詰めて尖塔の天辺を凝視した。

 

 

さすがに地上と同じスピードは出せないようだが、バイクは低いギアでぐいぐい力強く登っていく。

 

 

ちらりと下を見ると、もう地面は色が変わるほど遠くに霞んでいる。

 

 

自分の羽根で飛んでいる時なら何ほどのこともない高さだろうが、いまはきゅうっと下腹あたりが縮んで、ハルユキは慌てて視線を戻した。

 

 

ようやく見えてきた塔の上部は、水平にすっぱりと切られた形になっているらしく、エッジが黄色い空にきれいな弧を描いている。

 

 

あと十秒ほどでそこまで辿り着く、という時になって、左からごおっと空気の壁が押し寄せる気配があった。

 

 

「シット!風シィィ――ット!」

 

 

罵声とともにハンドルを傾け、アッシュ・ローラーはバイクの軌道を左にずらした。

 

 

直後吹き付けてきた突風が、容赦なくバイクの側面を叩いた。

 

 

「フライ・ハ――――イ!!」

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 

風に乗るように、すぽーんと垂直に飛び上がったバイクの上で、ハルユキとアッシュ・ローラーは平泳ぎで泳ぐように全力で空気を掻いた。

 

 

その甲斐あってか、じりじりと前方にズレながら放物線の頂点に達し、次いで落下したバイクのリアタイアが、搭上端の縁から五センチあたりにどしんと着地した。

 

 

「死ぬかと思った......」

 

 

シートから転げ落ち、硬い岩に両手両脚をしっかり押し付けて、ぜいぜいと肩で息しながらハルユキは安堵する。

 

 

「もっと喚くかと思ったが、随分と落ち着いてるな」

 

「まぁ...リアルでも同じような体験しましたからね...」

 

 

仮面ライダーとして戦っている以上、どうせ似たような事になるんだろうなと諦める。

 

 

その内、紐なしバンジーでもやらされるんじゃないかと考えるが、フラグを回収してしまいかねないのでぶるぶると頭を振った。

 

 

ハルユキはようやく、周囲を見回した。

 

 

現実世界の旧東京タワーに相当する岩の柱の天辺は、下部と全く同じ直径二十メートルほどの円形の空間となっていた。

 

 

しかし、様子は下界とはまったく違った。

 

 

天空の庭園、そんな言葉がふと脳裏に浮かんだ。

 

 

面積いっぱいに、柔らかそうな芝生が緑色に輝いている。

 

 

中央には小さな泉があり、きらきらと揺れる水はこれ以上ないほど透明だ。

 

 

泉の、更に真ん中には小さな浮島が漂い――そしてその上に、予想外のものをハルユキは見た。

 

 

蜃気楼のように揺らめきながら、ゆっくりと回転する楕円形の青い光。

 

 

脱出口(ポータル)》だ。

 

 

この無制限中立フィールドから、己の意志で現実世界へと復帰する唯一の手段。

 

 

なぜこんな所に、と驚いたが、ポータルは大きな駅や観光地などのランドマーク的な建物にはほとんど配置されている。

 

 

ならば旧東京タワーにも存在しておかしくないのかもしれないが、このポータルを利用できるのは、アッシュ・ローラーのように垂直面を登攀(とうはん)できるか、かつてのシルバー・クロウのように飛べる者だけ、ということにはならないだろうか。

 

 

首をかしげながら視線を戻すと、もう一つ、意外なものが庭の反対側に存在した。

 

 

家だ。

 

 

おもちゃのように小さく、可愛らしい家が、無数の草花に囲まれてひっそりと建っている。

 

 

壁は真っ白に塗られ、尖った屋根は深緑色。

 

 

壁を這うツタの緑と合わせて、絵本の1ページと見紛うほどに美しい光景だ。

 

 

言葉もなく見守っていると、不意にその家のドアが、きい、と軽やかな音と共に開いた。

 

 

途端に、傍らのアッシュ・ローラーがしゅばっとバイクから飛び降り、直立不動の体勢を取った。

 

 

それでは、あそこから出てくる何者かこそが、アッシュ・ローラーの《親》なのだろう。

 

 

恐らくはマッチョで革パンでヘルズ・エンジェルズな感じの。

 

 

住処は多少ミスマッチだが、あのドアから巨大なハーレーがどるんどるんと出てきても驚くない、とハルユキは覚悟を決めた。

 

 

しかし、結局心の底から仰天する破目となった。

 

 

きこ、きこ、と音をさせながら転がり出たのは、確かに2つの車輪だった。

 

 

だが縦ではなく横に並んでいる。

 

 

スポークは極細の銀線で、タイヤもゴムではなく幅一センチほどの銀輪。

 

 

その車輪に乗るのは、これも銀の針金で編み上げた、華奢な椅子だ。

 

 

車椅子なのだ。

 

 

エンジンもマフラーもついてない、ごついアメリカンバイクとは対極にある乗り物。

 

 

そしてそこに腰掛ける人物も、ハルユキの予想とは一万光年ほどもかけ離れた外見をしていた。

 

 

デュエルアバターであるのは間違いない。

 

 

膝の上で重ねられた両腕はつるりと硬そうな青みがかった光沢を帯び、伏せられた顔のおとがいあたりも、鋭利なマスク状だ。

 

 

顔がそれ以上見えないのは、アバターが鍔広の帽子を被っているからだった。

 

 

チユリのアバター《ライム・ベル》の、魔女のようなとんがり帽子ではなく、純白のボンネットタイプ。

 

 

体にも、同じく白いワンピース・ドレスをまとっている。

 

 

............え、女のヒト?

 

 

というハルユキの驚きを肯定するように、そよいだ風が帽子の下の長い髪を揺らした。

 

 

まっすぐに腰まで伸びる髪は、吸い込まれそうにクリアー水色――いや、よく晴れた秋の空の色だった。

 

 

再び、きこっと車輪が鳴り、車椅子がゆっくり前進を始めた。

 

 

なのに、アバターの両手は相変わらず膝の上に伏せられたままだ。

 

 

どうやら車椅子には、何らかの自走機構が備えられているらしい。

 

 

芝生の中に泉を取り巻くように敷かれたレンガ道の上を、車椅子は滑らかな走行で近づいてくると、ハルユキ達から二メートルほどの場所で停まった。

 

 

ふわりと帽子が持ち上がり、アバターの素顔が露わになった。

 

 

世紀末ライダーのアッシュ・ローラーと《親子》だとはとても思えないその容姿を、ハルユキは棒立ちのまま凝視した。

 

 

女性型デュエルアバターによくある、レンズタイプの眼だけが嵌るマスク状の顔だった。

 

 

しかし、鼻も口も存在しないその顔は、ハルユキがこれまで見たどんな同系アバターのそれよりも美しいと思えた。

 

 

ペールブルーの肌によく映える、ほのかな茜色に輝く(なつめ)型の眼で、アバターはまっすぐにハルユキを、次いでアッシュ・ローラーを見つめた。

 

 

「久しぶりね、アッシュ。まだわたしの事を忘れてないと解って、うれしいわ」

 

「おっお久しぶりです、師匠。忘れるなんて、そんな、とととんでもない」

 

 

ぐいっと最敬礼するアッシュ・ローラーに、『メガ・ヒサッシー』じゃないのかよ、と突っ込む余裕は残念ながらハルユキにもなかった。

 

 

空色のアバターが、再びハルユキにじっと視線を注いだからだ。

 

 

「......あなたがシルバー・クロウね」

 

 

そよ風のようにたおやかな声でそう呼びかけられ、ハルユキもぴゅんっと頭を下げた。

 

 

なぜか、そうしなければならないという気がひしひしとしたのだ。

 

 

「はっ、はい、はじめまして。シルバー・クロウです」

 

「はじめまして。私の名前は《スカイ・レイカー》。会えて嬉しいわ、鴉さん」

 

 

視線がちらりと肩のあたりに向けられるのを感じて、ハルユキはさっと身を縮めた。

 

 

口ぶりからしてこの人物はシルバー・クロウの事をすでに知っているようだが、しかしその名前を加速世界に知らしめた銀翼――飛行アビリティはもう消えてしまったのだ。

 

 

スカイ・レイカーの、穏やかだが頭の中まで見通すような視線を避け、ハルユキは深く俯いた。

 

 

しかし、わずかな沈黙を経てアッシュ・ローラーが発した言葉を聞いて、羞恥を忘れて仰け反った。

 

 

「えーと......ほんじゃ師匠、俺さ......俺、これで失礼しますっす」

 

「は......はぁ!?」

 

 

バイクの戻ろうとする髑髏ヘルメットのライダーに、びゅんと詰め寄る。

 

 

「か、帰るって......ぼぼ、僕はどうすりゃいいんですか!」

 

「俺様が知るかよ」

 

「知るか、ってアンタが連れてきたんでしょうが!!」

 

 

アッシュ・ローラーはしばらく唸っていたが、不意に声の調子を変えて言った。

 

 

「......あのな、クロウよ。どんな事情で羽根がなくなったのかは知らねぇが、てめぇは1人で何とかしようとしてんじゃねぇのか?」

 

「確かにそうですが...それと、この状況と、どういう関係があるんです」

 

「えー、あーっと......それはだなぁ......つまり......」

 

 

その時、背後から、いままでずっと沈黙していたアッシュ・ローラーの《親》、スカイ・レイカーの静かな声が響いた。

 

 

「鴉さん。アッシュはね、こう考えたのよ。わたしならば、あなたの翼を取り戻す手助けができるんじゃないか、って」

 

「えっ」

 

 

ハルユキはぽかんと眼を見開き、ついでに口も丸く開けた。

 

 

「ぼ......僕の翼を......?手助け......って......でも、アッシュさんは、緑のレギオンの......」

 

「あーそーだよ!ワリィかよ!!」

 

 

どすんとバイクのシートに尻を放りながら、アッシュ・ローラーは喚いた。

 

 

「いいか、勘違いすんなよ!こりゃ貸しだかんな!いや作戦だかんな!てめぇの好感度パラメーターブチ上げて、黒のレギオンを裏切らせようっつぅシークレット・オペレーションだぞこの野郎!うひっ、俺様、メガ・ク―――――――ル!!」

 

 

中指を立てた右手を振り回す髑髏ライダーに、スカイ・レイカーの静かな声が飛んだ。

 

 

「下品ですよ、アッシュ」

 

「はいっ、すんません師匠!ででではこれで失礼つかまつりやすっす」

 

 

ぶろん!とエンジンを大きく吹かし、草地の真ん中の泉に向かって突進したアメリカンバイクは、岸辺で高くジャンプすると青く輝くポータルにすぼっと飛び込み――

 

 

消えた。

 

 

かつてないほど呆然と立ち尽くしながら、ハルユキは、どうにかぽつりと呟いた。

 

 

「......シークレット・オペレーションて......ゆったらダメじゃん......」

 

 

すると、スカイ・レイカーがくすっと笑って言った。

 

 

「頭と口と見かけは悪いけど、それ以外はまぁまぁマシな子なのよ」

 

 

――それ以外、って何だろう。

 

 

と思わず数秒考えてから、ハルユキはとりあえずアッシュ・ローラーのことを意識の埒外に押しやり、泉のほとりに佇む銀の車椅子に数歩近づいた。

 

 

訊ねたいことが胸の奥に山ほど渦巻いていて、いったいどれから口に出したものかと迷いつつも、おずおずと口を開く。

 

 

「あ......あの......。アッシュさんが、言ってたんですけど。あなたは、《加速世界で最も空に近づいた》人だった、って......」

 

 

すると、スカイ・レイカーは微笑みをどこか透明なものに変え、頷いた。

 

 

「この世界には、飛びたくても飛べないバーストリンカーが大勢います。その代表格がこのわたし、ということになるでしょうね。いえ...飛べなかった、と言うべきでしょうか。結局、この手は空に届くことはなかったのですから」

 

 

ある程度予想していたその答えに、ハルユキは反射的に強く目をつぶっていた。

 

 

――ならば、この人には、僕を助けるどころか、逆にいかようにも詰る権利があるんだ。

 

 

そう胸の奥で呟くが、しかしハルユキは、目の前にかすかに見える1本の糸に飛びつこうとする自分を止められなかった。

 

 

瞬きしながら視線を持ち上げ、掠れ切った声で次の問いを発する。

 

 

「なら......、本当なんですか......?あなたなら、僕の翼を元に戻せるって......」

 

 

今度の返事は、すぐには届かなかった。

 

 

金属光沢のある空色の髪をそっとかき上げ、玲瓏(れいろう)なるアバターはしばしハルユキを見つめて――しかる後あっさりと言った。

 

 

「無理でしょうね」

 

「え.........」

 

「デュエルアバターから何かが失われたならば、そこには失われねばならない理由があったのです。この場所、そしてわたしには、その理由を解消する手立てはありません」

 

「.........」

 

 

かすかな希望を一瞬で断ち切られ、ハルユキは悄然(しょうぜん)と俯きかけた。

 

 

しかし視線が離れる寸前、スカイ・レイカーが身に纏った白いドレスの裾を無造作に持ち上がったので、ぎょっと眼を剥いた。

 

 

「御覧なさい」

 

 

そこに在った――、いや無かったのは、アバターの膝から下だった。

 

 

なよやかなラインを描く細い大腿部(だいたいぶ)に、悪い膝関節パーツが接続している。

 

 

しかし、そこから伸びているべき脛部分が両脚とも存在しない。

 

 

アバターが車椅子に乗っている時点で、脚になんらかの異常があるのかと考えるべきだったのかもしれない。

 

 

だが、いったいどのような理由で、デュエルアバターの脚が消滅するというのか。

 

 

確かに、戦闘中には、ありとあらゆる理由で部位欠損ダメージが発生する可能性がある。

 

 

ハルユキとて、激戦のさなかに腕や脚を失った経験は数限りない。

 

 

だが、欠損ダメージは対戦が終了すれば即座にキャンセルされ、次の戦場では再び新品同様に戻るはずだ。

 

 

ハルユキは息を詰め、眼を逸らす事もできずに、否応なく考えた。

 

 

もしかして、スカイ・レイカーも......?

 

 

能美ことダスク・テイカー、または同種の能力を持つバーストリンカーに、恒久的に脚を奪われたのだろうか......?

 

 

しかし、続けて発せられた言葉が、その予想をも否定した。

 

 

「私が自ら切り落とすことを選んだのです」

 

「えっ......!?」

 

「もはや脚など要らぬと心に決め、とある人に斬ってもらったのです。大いなる傲慢、我執、、いや狂気の行いと解っていながら。以来、わたしの両脚は、幾たび加速世界にダイブしようとも、二度と戻りませんでした。それはすなわち......わたしの中に、今でも狂気の熾火が燻っていることを意味しています。それが消えぬ限り、脚も永遠にこのままでしょう」

 

 

立ち尽くすハルユキを、曙光の色の瞳でじっと見つめ、スカイ・レイカーは静かに断じた。

 

 

「あなたの翼も同じこと。失われるに至った理由ともう一度向き合い、超克せねば、決して戻らない」

 

 

理由。

 

 

つまり、能美/ダスク・テイカーの必殺技、《デモニック・コマンディア》。

 

 

いやそうではない。

 

 

敗北そのものだ。

 

 

スカイ・レイカーは、予想だにしなかったひと言を投げかけてきた。

 

 

「この庭で何をしようとも翼は戻らないでしょうが、しかし、飛べないとは言ってませんよ、鴉さん」

 

 

続きは座って話しましょう。

 

 

という言葉とともに自走車椅子がきこきこ動き始めたので、ハルユキは巨大な混乱を抱え込んだまま後を追った。

 

 

円形の空中庭園の、東西南北の端にはそれぞれ白いベンチが一つずつ設えられていた。

 

 

背もたれのないタイプで、どちら向きにも腰掛けられるようになっている。

 

 

スカイ・レイカーが、北側のベンチの隣に車椅子を外周に向けて停めたので、ハルユキもおずおずとその隣に並んで座った。

 

 

顔を上げた途端、絶景に息を呑む。

 

 

三百メートル下に、《荒野》属性の東京都心が一望できた。

 

 

永田町の官庁街あたりは、赤い砂岩を切り出した巨大遺跡へと変じている。

 

 

その谷間に、石積みのアーチに支えられた首都高がぐるりと弧を描く。

 

 

更に彼方には、一際鮮やかに紅い宮殿が威容を見せ付けていた。

 

 

現実世界における皇居だ。

 

 

どのような属性のステージでも、時には端麗な、時には妖気あふるる巨城として常に存在する。

 

 

あそこには誰か住んでいるのだろうか、とぼんやり考えていると、不意にスカイ・レイカーが沈黙を破った。

 

 

「あなたには、一度会ってみたいと思っていました、シルバー・クロウ」

 

「え......あ、ど、どうも......」

 

 

もごもご口籠りながら肩を縮める。

 

 

その様子を見て、ほのかな笑みの気配を漂わせてから、空色のアバターは静かに続けた。

 

 

「加速世界の開闢以来七年もの時を経て、ついに現れた《飛行型アバター》。アッシュからあなたの話を聞いた時、わたしは大いに驚き、また興味を抱きました。いったいどのような魂が......どのような傷を抱えた精神が、この世界の巨大な重力を断ち切るほどの力を具現化せしめたのか、と」

 

「いや、その......す、すみません。ぼ、僕の傷なんて、ほんとに全然大したもんじゃないんです」

 

 

いっそう体を小さくして、ハルユキは小刻みに首を振った。

 

 

「リアルで太ってたり、苛められたりして、長い間うじうじしてただけで......そんなの、傷なんて言うのもおこがましいって、最近は思いますし」

 

 

なんで初対面の、しかもどちらかと言えば敵性勢力に近しいバーストリンカーにこんなことを言っているのかと戸惑いつつも、言葉は不思議にするする口から零れた。

 

 

それを聞いたスカイ・レイカーは、再び微笑むとそっと首を横に振った。

 

 

「インストールされたブレイン・バースト・プログラムが所有者の意識から読み取り、デュエルアバターのリソースとする《心の傷》とは、決して怒りや恨みの強さのみを指しているのではありません」

 

「え......?だ、だって、傷ってのはつまり、負の感情でしょう?」

 

「そうですが、それだけではないのです。巨大な負の思念、たとえば煮えたぎるような怒りを源として生まれたデュエルアバターは、例外なくその力を純粋な破壊力として顕します。加速世界の巨大な災禍を振りまいた、かの《クロム・ディザスター》のように」

 

 

その名を聞いて、ハルユキは鋭く息を吸い込んだ。

 

 

災禍の鎧クロム・ディザスターの恐るべき攻撃力を目の当たりにし、骨の髄から震え上がったのはほんの数ヶ月前のことだ。

 

 

たしかにあの強化外装には、とてつもない怒りの念が付いているように思えた。

 

 

「......そしてまた、怨念を源とするアバターは呪いの如き間接攻撃力を得、絶望から作られたアバターは己を傷つけ敵を倒す自爆系になることが多い。ですが、全てのアバターが、そのような破壊的な力を宿すわけではないことはあなたもお解りでしょう?」

 

「............ええ」

 

 

言われてみればその通りだ。

 

 

ハルユキの翼は直接攻撃力ではないし、アッシュ・ローラーのバイクもそうだ。

 

 

しかし、ならば、《心の傷》とはいったい――

 

 

「傷とは、つまり欠落です。大切なものが欠け落ちてしまった心の穴です」

 

 

ハルユキの胸中を読んだかのように、スカイ・レイカーがぽつりと答えた。

 

 

「空疎な穴を抱えて、怒るか、恨むか、絶望するか――あるいは再び高みに手を伸ばすか。その選択が、アバターの有様を決める」

 

「手を......伸ばす?」

 

「そう。つまり《希望》です。心の傷とは、望みの裏返しでもあるのです」

 

 

きっぱりと言い切ると、スカイ・レイカーは顔を上げ、白い帽子の下からまっすぐにハルユキの眼を覗き込んだ。

 

 

「シルバー・クロウ。あなたは、かつて現れたバーストリンカーの誰よりも、心の中で空を望んでいたはずです。空を目指すという意志の強さが、飛行アビリティを、翼を生んだ。いいですか......羽根があったから飛べたのではない。その逆です。飛べるゆえに(・・・・・・)あなたは羽根(・・・・・・)を具現化した(・・・・・・)のです(・・・)

 

「飛べる......ゆえに......」

 

 

掠れた声で呟き、その意味を理解しようと胸中で何度も繰り返してから――ハルユキは銀面の下で顔を歪め、激しくかぶりを振った。

 

 

「そんな......そんな馬鹿な。意志の力だけで飛べるなら......あの羽根は、ただ見かけだけのものだとでも......」

 

「究極的にはその通りです。何らかの現象により、あなたはオブジェクトとしての羽根と、システム上の《飛行アビリティ》を奪われた。ですが、飛行能力の根源たる意志の力まで奪われたわけではない。なぜならそれを奪う事は、どんなアバターのどんな必殺技でも不可能だからです」

 

「うそだ......あり得ません、そんな話!」

 

 

がっ、と自分の両膝を掴み、ハルユキは深く俯いた。

 

 

「たとえ僕の心に、空を飛びたいっていう意思があったんだとしても、それはただの......きっかけでしょう。ブレイン・バーストがそれを読み取って、あの羽根と飛行アビリティを作ってくれた。なら、この世界では、やっぱりそのアビリティこそが本質のはずだ!あれを......あれを取り返さない限り、僕は二度と.......」

 

 

指が軋むほどの力を両手に込め、ハルユキは呻くように言った。

 

 

しばし、地上三百メートルを吹き過ぎる風鳴りだけが周囲に響いた。

 

 

すぐ目の前の、庭園の縁から空に向かって伸びる名も知らぬ花が揺れ、音もなく花びらを散らした。

 

 

「......つまり、あなたは、こう言いたいわけですね?」

 

 

風に乗って届いたスカイ・レイカーの声は、ハルユキの八つ当たりのような叫びのあとでも変わらず静かで、それどころかかすかに面白がるような響きを帯びていた。

 

 

「この加速世界では、意志の力など無意味だと。システムによって規定され、演算される数値的データのみがあらゆる現象を決定するのだと」

 

「.........だって、そうでしょう。ここはVRゲームの中なんだ。デジタルデータ以外の、何があるって言うんです」

 

「この車椅子」

 

 

突然の、脈絡のない言葉に、ハルユキはつられて顔を上げた。

 

 

「よく御覧なさい。これはべつに強化外装ではありません。ただ、見かけ通りの椅子と車輪が組み合わさったオブジェクトです。しかっしあなたは先程、この車椅子が単独で自走するところを見たでしょう?」

 

 

問いの真意が掴めずに戸惑いながらも、ハルユキは答えた。

 

 

「え......ええ。何かの推進装置を内蔵してるんですよね?モーターとかが、どこかに」

 

 

――あるに決まってる。だって、さっき勝手に自走してたじゃないか。おそらく手の中に小さなコントローラーが......

 

 

と思いながら首を伸ばし、華奢な銀の車輪に視線を凝らした。

 

 

そして、巨大な驚きに打たれて眼を剥いた。

 

 

ない。

 

 

細いアクスルにも、ハブにも、リムにも一切のモーター的パーツが見当たらない。

 

 

ならば噴射式装置か、と背面を見るが、どこにもノズルなど存在しない。

 

 

「で、でも、だって。さっき、勝手に、動いて」

 

 

呆然と呟くハルユキの目の前で、スカイ・レイカーは、重ねていた細い両手をふわりと広げて見せた。

 

 

コントローラーなど、影も形もなかった。

 

 

その姿勢で完全に静止したままのアバターを乗せた車椅子が――。

 

 

きこ、と車輪を鳴らしてゆっくり後退した。

 

 

「............う、うそ」

 

 

きこ、きこ。

 

 

椅子はさらに下がると、芝生の上で、突然くるくるっと回転した。

 

 

更に、まるで氷盤上のフィギュアスケーターのように、優美な動きで前後左右に滑る。

 

 

数秒間のダンスを終えると、椅子は先程と寸分違わぬ位置でぴたりと停止した。

 

 

「いかが?」

 

「いかが.........って」

 

 

ハルユキはわなわなと肩を震わせ、限界まで両眼を見開いた。

 

 

――動くはずがない。

 

 

《ブレイン・バースト》プログラムが作り出すこの世界は、もう一つの現実とすら言えるほどのリアリティが追及されている。

 

 

あらゆる機械は動力装置を必要とし、動力装置はエネルギー源を必要とする。

 

 

例えばアッシュ・ローラーのバイクなら、タンクの中にはガソリンが入っているし、駆動輪はエンジンと繋がるチェーンによって回されているのだ。

 

 

だからこそ、かつてハルユキが対戦中に後輪を持ち上げた時、あのバイクは動くことができなくなった。

 

 

他のゲームなら、駆動方式などお構いなしに前輪だけでダッシュしたに違いないのに。

 

 

だから、この車椅子が、一切の駆動音も噴射光も発せずに自走するなどということは――

 

 

「あり得ない......。あるはずがない。何が、いったい、何の力でその椅子は動いているんですか」

 

 

喘ぎながら発したハルユキの問いに。

 

 

空色の髪を持つデュエルアバターは、小さなマスクを優美に微笑ませ、答えた。

 

 

意思です(・・・・)

 

「え......!?」

 

「意思の力だけで動かしたのです」

 

 

今度こそ魂を抜かれるほどの驚愕に打たれ、ハルユキは壊れた音声ファイルのように何度もつっかえながら叫んだ。

 

 

「で、でも。でも、でも......そ、そんなの、まるで。まるで......念動力じゃないですか!!つ、つまり、それは......《サイコキネシス》のアビリティとか......そういう......?」

 

 

これには微笑を苦笑に変え、スカイ・レイカーは、大きくかぶりを振った。

 

 

「ふふふ、そうではありません。この世界......通常対戦フィールドだろうと、無制限中立フィールドだろうと、加速世界で戦うバーストリンカーならば、誰でも同じ力を持っているのです」

 

「え......ええ!?」

 

「考えてみてください。あなたは、翼がある頃は自在に空を飛べた。そうですね?」

 

「は、はい......」

 

「しかし、いったいどのようにして翼を制御していたのです?現実のあなたには、羽根など生えていないのに」

 

 

これまで考えてもみなかった問いにぱちくりと瞬きし、ハルユキは思わず両肩を動かしながらおずおずと答えた。

 

 

「そ、それは......肩甲骨あたりの動きで......」

 

「そんなことをしていたら、飛行中に拳など満足に振れないでしょう。思い出してください......あなたはそうと意識はせずとも、意思の力で飛行軌道をコントロールしていた。違いますか?」

 

「.........」

 

 

絶句しつつも、そう言われれば、と考える。

 

 

確かにシルバー・クロウは、両手をぱたぱた動かしたり、助走して踏み切ったりせずに、その場からまっすぐ離陸することができる。

 

 

あるいは空中で飛行を停止し、ホバリングすることも。

 

 

その時、自分が何らかの肉体的動作を行っているかと言えば――答えは否だ。

 

 

だが、スカイ・レイカーの説明をするりと呑み込むこともできず、小刻みに首を振りながら言い掛けた。

 

 

「意思の......力。でも、だって、そんなの、どうやって読み取るんですか。ニューロリンカーにそんな機能がある......はずが......」

 

 

そこまで口にしてから、ハルユキは、耳の奥にかつて黒雪姫が語った言葉がこだまするのを聞いた。

 

 

――ニューロリンカーには、脳の感覚野や運動野以外にもアクセスする力がある。

 

 

でもそれは、先ほど話題に上がった《心の傷》に関する話だったはずだ。

 

 

それならまだ解る。

 

 

傷イコール記憶と解釈できるからだ。

 

 

しかし、《意思力》などというあやふやなものをどうデータ化するというのか。

 

 

「意思、ではなく《イメージ力》と言えば解りますか?」

 

 

スカイ・レイカーの声に、ハルユキははっと顔を上げた。

 

 

「イメージ......?」

 

「そうです。想像力と言ってもいい。自分がこれからどのように加速し、ターンし、減速するか、飛行中のあなたは強くイメージしていたはず。ニューロリンカーはそれを読み取り、あなたのアバターを動かしていた。いいですか......イメージ力!それこそが、わたしたちバーストリンカーの秘めたる真の力なのです。わたしのこの車椅子を、ふたつの車輪が回転するイメージを強固に具現化(インカ―ネイション)することによって制御しています。ここまで動かせるようになるのに、ずいぶんと長い時間を必要としましたが......しかし、不可能ではない。決して」

 

 

再び、きこっと右の車輪をわずかに回り、スカイ・レイカーは車椅子ごとハルユキに向き直った。

 

 

続けて発せられた言葉は、どこか(おごそ)かで、神秘的な、託宣めいた響きを帯びていた。

 

 

「通常アバターを制御する《運動命令系》の裏に隠された、《イメージ力による制御系》の存在に辿り着いたバーストリンカーは、この力をこう呼びます。心よりいづる意思――すなわち心意(シンイ)

 

 

一泊置き。

 

 

 

 

 

「《心意(インカ―ネイト)システム》、と」




どうも!!ナツ・ドラグニルです!!


作品は如何だったでしょうか?


ようやく、スカイ・レイカーことレイカー師匠が登場しました!!


原作ご存知の方はこの後、何が待ってるのかはご存知だと思いますが...


さて、しばらくは仮面ライダーの要素がなく、原作をなぞる形になりますが、ご了承ください!


最後に、フェアリーテイルの作品を見てる人はご存知かもしれませんが、今までは書き終わったら投稿していましたが、これからは投稿日を固定して投稿していきます。


アクセル・ビルドとハピネスチャージは、1日に交互に投稿。


フェアリーテイルは、毎月15日に投稿致します。


投稿日が決まっていたほうが、モチベも上がりますし、皆様も分かりやすいと思いますので。


ぶっちゃけ、この第10話は5月1日に投稿していますが、出来上がったのは4月の頭です。


これなら、投稿日をずらす事なく投稿出来ると思います。


これからも、応援の程、宜しくお願い致します。


それじゃあ、またな!


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第11話

楓子「これを読めば良いんですか?では...こほん、仮面ライダーであり、バーストリンカーのシルバー・クロウでもある有田春雪はアッシュ・ローラーに無制限中立フィールドに呼ばれるのでありました」

美空「大人数での待ち伏せを警戒するハルユキだったが、アッシュはハルユキを自身の親に会す為に無制限中立フィールドに呼んだのだった」

兎美「ハルユキはアッシュの親と聞き、ごつい男性アバターが出てくるのを予想していたのだが、実際はおしとやかな女性アバターであったことに驚くのでありました」


美空「ていうか、今思えば失礼な話よね」


楓子「ふふ、まぁ私を知らない人からしたらしょうがないと思います」


兎美「まぁ、アッシュ・ローラーの親がスカイ・レイカーなんて想像がつかないでしょう」


楓子「そうですね......さて、長話もここまでにしてそろそろ始めましょう。どうなる第11話」








「心......意?」

 

 

加速世界でも現実世界でも、聞いた事のない言葉だった。

 

 

しかしその響きには、ある種の確たる力が感じられ、ハルユキは何度も口の中で繰り返した。

 

 

スカイ・レイカーの口にしたことを、すぐに理解できたわけではなかった。

 

 

いかにニューロリンカーが旧世代のVR機器とは根本から異なる存在で、ブレイン・バーストが未知の超アプリケーションだとしても、《ダイブ者のイメージをデータに変換する》などというプロセスを、いったいいかなる機序が可能とするのだろうか。

 

 

しかし、銀製の華奢な車椅子には一切の推進装置が存在せず、それでいて自在に芝生の上を踊って見せた。

 

 

それだけは確かな事実だ。

 

 

――受け入れよう。

 

 

ハルユキはぎゅっと眼をつぶり、そう胸の内で呟いた。

 

 

循環的だが、意思――信じることがこの世界で現実の力を持つというならば、スカイ・レイカーの言葉を信じれば、それは自分にとっての真実になるに違いないという気がしたのだ。

 

 

「つまり...その《心意システム》を使えるようになれば、僕は翼がなくてももう一度空を飛べる......そういうことですか」

 

 

食い入るようにスカイ・レイカーの顔を凝視し、ハルユキは焼き付くような渇望とともに答えを待った。

 

 

数秒後、静かに放たれた言葉は、しかし、肯定とも否定ともつかなかった。

 

 

「......わたしは先ほど、心意の力で車輪を回して見せましたね。ですが、何も苦労してイメージ力を振り絞らずとも、手を使えば簡単に同じことができます。いいですか...通常の制御系で可能な作業を心意により代行することと、通常では不可能な現象を心意により具現化する事の間には、とてつもなく広く深い溝......いえ大峡谷が存在するのです。喩えるならばそれは、現実世界で、銃弾に銃弾を命中させるようなもの。物理的には可能、しかしそれは難しい。...でも」

 

 

絶句するハルユキから視線を外し、スカイ・レイカーはふわりと空を見上げた。

 

 

そして、静謐(せいひつ)でありながら抑えがたい何かを含んだ声で独白した。

 

 

「わたしにはできなかった。脚を捨て、友を捨て、思いつく限りのものを捨て去ってなお、この世界の仮想の重力を断ち切れなかった......。先ほど、わたしは言いましたね。飛びたくても飛べなかったバーストリンカー、それがわたしだ......と」

 

「え......ええ......」

 

 

吸い込まれるよう頷くと、空色のアバターはしなやかな右手をそっと真上にかざし、頷き返した。

 

 

「近づけど、届かず......。――わたしのこのアバターは最初から、とある強化外装を持っていました。地上から離れ、空に近づく力を。しかしそれは、とても飛行と呼べるようなものではなかった。ほんの一瞬の推力により、わずか高度百メートルほど跳躍すると、あとはただ降下するだけの代物だったのです」

 

「............」

 

 

言葉を返せず、ハルユキはただ息を殺した。

 

 

ずっと前に一度、シルバークロウの飛行能力でどこまで高く上昇できるのかを試したことがある。

 

 

通常対戦フィールドの四方は《戦域(エリア)》の境界で半透明の障壁に囲まれているが、空はどうなっているのかと疑問に思ったのだ。

 

 

結果は、満タンの必殺技ゲージが全消費されるまで、ハルユキの指は壁に触れることはなかった。

 

 

その時の高度は、彼方に見える新宿都庁舎の三倍を超えていたと記憶している。

 

 

近年建て替えられた庁舎は、高さ五百メートルの威容を誇る。

 

 

つまり、ハルユキは軽々と高度千五百メートルまで上昇し、しかもそれはただ好奇心を満たすためだけにしたことだったのだ。

 

 

――僕は、与えられた力の意味を、考えすらしなかった。

 

 

アッシュ・ローラーのバイクの上で感じたのと同じ後悔に捉われたハルユキは、体をひたすら小さく縮こまらせ、スカイ・レイカーの声に耳を傾け続けた。

 

 

「......わたしはいつしか、もっと高く、遠くまで飛びたいという欲望にとりつかれてしまいました。あらゆるレベルアップボーナスを跳躍能力の強化に遣い、更なるポイントを得るために戦闘に明け暮れました。数少ない友人や、《親》でさえ、そんなわたしにそんなわたしに愛想を尽かし離れていった。たった一人、当時所属したレギオンのマスターだけがわたしを理解し、協力してくれたのです。わたしも彼女の力になろうと、長い、長い間肩を並べて戦った......。――ですが、レベル8に到達し、そのボーナスをつぎ込んでなお《跳躍》は《飛行》足り得ぬと悟った時......わたしの欲望は妄執に......いえ、狂気となってしまった」

 

「きょう......き」

 

 

掠れ声で呟くハルユキを一瞬見て、ごくかすかな笑みを刻むと、スカイ・レイカーは深く頷いた。

 

 

「わたしは......アバターそのものを軽量化し、また心意による飛翔力を強化する為、わたしの最大の攻撃力であった脚を捨てると決断しました。友でありマスターでもあった人に、剣で斬り落としてくれるよう頼んだのです。彼女はわたしを止めました。ですが、わたしはもう、彼女の心さえ解らなくなっていた......。わたしは彼女に酷い言葉をぶつけ、しかし彼女は悲しい顔をしただけで、最後にはわたしの望みを叶えてくれた」

 

 

スカイ・レイカーは右手でそっと膝を撫で、穏やかにしめくくった。

 

 

「全てのボーナスを消費し、心意を鍛え、自らを歩行不能に追い込むべく脚すらも捨てて......その果てに到達できた限界高度は、三百五十メートルでした。初期の三・五倍。しかし、空には届かなかった。ぎりぎり辿り着いたこの旧東京タワーの天辺で、わたしはようやく悟ったのです。わたしのアバターの源となった心の傷、そして希望に、そこまでの力はなかったのだ、と。《レイカー》とは《見晴らす者》の意です。放物線の頂点で空を一瞬見晴らす......それがわたしに与えられた力の絶対的な限界だった。そうと気付いた時には、わたしは大切なもの全てを失っていた」

 

 

陰影だけの口をにこりと微笑ませ、スカイ・レイカーはハルユキに問うた。

 

 

「どうです、シルバークロウ。この愚か者の話を聞いてもなお、《心意システム》による飛行を修練したいと思いますか?恐らく、九分九厘までは不可能と解った上でなお?」

 

「............」

 

 

ハルユキは俯き、ぎゅっと眼を閉じた。

 

 

ハルユキは考えていた、なぜ力を求めるのか...

 

 

そんなものは、聞かれるまでもなかった。

 

 

ハルユキは自分自身の為に...そして自分を信じてくれる人達を守る為に...。

 

 

ハルユキは、力を求める。

 

 

ラブアンドピースを胸に、愛と平和を守る為に戦う。

 

 

それが......仮面ライダーだ。

 

 

震える胸いっぱいに冷たい空気を吸い込み、ぐっと溜め。

 

 

ハルユキは深く頭を下げながら言った。

 

 

「僕には、まだやらなきゃならないことがあるんです。......お願いします。教えてください......《心意システム》の使い方を」

 

 

スカイ・レイカーは再びほのかに微笑み、小さく首をかしげた。

 

 

「長い、とても長い時間がかかりますよ」

 

「構いません」

 

「あなたが今想像しているよりも、多分ずっと長くかかります。ことによれば、バーストリンカーとしての《帰還不能地点(ポイント・オブ・ノーリターン)》となりうるほどに」

 

 

その言葉の意味を、ハルユキはなぜか即座に理解した。

 

 

ハルユキの知る二人の王――黒の王ブラック・ロータス。そして赤の王スカーレット・レイン。

 

 

彼女たちはその言動に於いて、現実世界の姿とはかけ離れた部分がある。

 

 

理由は、この無制限中立フィールドで長い、長い時間を過ごしてきたからだ。

 

 

実年齢と精神年齢のあいだにギャップが発生してしまうほどに。

 

 

自分にも、ついにその選択をする時が来たのだろうか。

 

 

ハルユキは慄然としつつも、大きく息を吸い、頷いた。

 

 

「解っています。......お願いします、スカイ・レイカーさん」

 

「いいでしょう」

 

 

きこ、と車椅子を回転させ、加速世界の隠者は空を見やった。

 

 

「......今、現実世界では夜九時過ぎですね。向こうの時間であとどれくれいダイブしていられます?」

 

「ええと......明日学校ですけど、まだ三、四時間は大丈夫です。何なら、朝までだって......」

 

 

以前黒雪姫が、あまりにこの世界で長い時間を過ごしてしまうと、ダイブする前の現実世界での記憶が薄れてしまうと警告してくれた。

 

 

しかし、今だけはその心配はないと思えた。

 

 

たとえどれほどの時間が過ぎようとも、能美征二に翼を奪われたことを忘れたりはできない。

 

 

絶対に、それだけはない。

 

 

「よろしい」

 

 

両手の指先を組み合わせ、スカイ・レイカーはハルユキに向き直った。

 

 

「それでは......、今日はこれで休みましょう」

 

「は、はい!?」

 

「あなたは、今日一日にあった出来事で心を乱しています。それでは心意の修行などできはしない。どうせもうこちらも夜になります、一晩ぐっすり寝て、明日朝から始めましょう。時間はたっぷりあるのですから」

 

「ぐ、ぐっすり......って」

 

 

ハルユキは唖然としながら訊ねた。

 

 

「だ、だって、フルダイブ中に寝たら、ニューロリンカーが脳波を見て自動リンクアウトしちゃうじゃないですか」

 

「加速中はその心配はありません。このあいだ作品がアニメ化された、現役高校生の人気マンガ家がいるでしょう?」

 

 

唐突な台詞にきょとんとしながらも、小さく頷く。

 

 

「は......はい。大ファンです......」

 

「彼はハイレベルのバーストリンカーです。睡眠を全てこちら側で取っているから、学校に行きながら週刊連載などという無茶ができるのです」

 

 

えー、あの天才ヒットメーカーがバーストリンカーだって。

 

 

ていうか前にもなんかこんなことが。

 

 

軽い既視感に頭をくらくらさせながら、ハルユキは軽やかに動き始めた車椅子の後を追った。

 

 

招き入れられた、白壁に緑屋根の家の中は、予想より広かった。

 

 

とは言え、部屋はたった一つ。

 

 

そこに、小さなキッチンとテーブル、ベッドが設えられているだけだ。

 

 

スカイ・レイカーは車椅子をキッチンに置かれた料理用ストーブに寄せると、その上でことことと音を立てている鍋の蓋を取った。

 

 

途端、ふわっといい匂いが部屋中に広がる。

 

 

呆然と眺めるハルユキの視線の先で、手早くシチューらしきものを木製の深皿によそい、両手に皿を持ったまま車椅子を今度はテーブルにつけた。

 

 

同じく木の匙と一緒に並べながら、ハルユキに言う。

 

 

「立ってないで、座ったらどうですか」

 

「あ......、は、はい」

 

 

ふらふらと背の高い椅子に腰かけ、目の前で湯気を立てるホワイトシチューを見下ろして、ハルユキは内心で呟いた。

 

 

いや、でも、何ていうか、ここ......

 

 

「対戦格闘ゲームの中、ですよね......」

 

 

うっかり声に出すと、スカイ・レイカーはすまし顔で頷く。

 

 

「そうですよ。何か問題が?」

 

「だって、その、カクゲーの中でゴハンて......」

 

「あら、黎明期のとある2D格闘ゲームの背景では、ギャラリーがラーメンを食べていましたよ」

 

「そ、そうかもしれませんけども」

 

 

頭をかきむしりたい気分に襲われると同時に、ハルユキは、自分が猛烈にお腹が空いていることにも気づいた。

 

 

現実世界ではついさっきピザを齧ったばかりなのに、この空腹感はいったいどこから来ているのか。

 

 

という形而上の疑問も、スカイ・レイカーに「どうぞ、おあがりなさい」と言われれば即座に雲散霧消(うんさんむしょう)し、ハルユキは素早く木匙を掴んだ。

 

 

そして再び途惑った。

 

 

「あ、で、でも、僕、口が」

 

 

シルバークロウの顔は鏡のようなヘルメットに覆われており、眼も鼻も口もないのだ。

 

 

しかし、スカイ・レイカーが手振りで食べるよう促すので、恐る恐るシチューを掬い、それを口元に運んだ。

 

 

すると――。

 

 

ういん、と軽い音とともに、ヘルメットの下側が少しだけ上にスライドした。

 

 

仰天して左手で触ってみれば、その中にはしっかりと口の感触がある。

 

 

もう何がなにやら解らず、ハルユキは「いただきます」と呟いて匙をぱくりと咥えてみた。

 

 

――美味しかった。

 

 

どのメーカーのVR味覚再生エンジンよりも自然で、精細な味が口中に広がり、ハルユキはじゃがいもや小玉ねぎ、鶏肉などを次々と掬っては頬張った。

 

 

がつがつ貪っていると、向き合って上品に木匙を動かしていたスカイ・レイカーが、にこやかに言った。

 

 

「気に入ってくれたようで嬉しいわ、鴉さん。よく味わって食べてくださいね。その記憶を、当分もたせられるように」

 

「.........はい?」

 

 

息もつかずに皿を空にしてから、ハルユキはようやく今の言葉の意味について考えた。

 

 

しかし、問い返す暇もなくスカイ・レイカーは皿をキッチンの棚にひょひょいと投げ入れてしまったので、もうごちそうさまと頭を下げるしかなかった。

 

 

気付けば、南向きの窓の外は、いつの間にかとっぷりと暮れている。

 

 

恐らくはお台場あたりのものであろう明かりが、黒い海面に反射してゆらゆらと揺れているのが遠く見える。

 

 

スカイ・レイカーが指をぱちんと鳴らすと、家の機能なのか《心意》による念動なのか、全てのカーテンがしゃっと閉まった。

 

 

車椅子は小さなベッドの傍らまできこきこと移動し、脚を失ったアバターは、右手一本を支点としてふわりと体をシーツの上へと移動させた。

 

 

「それでは、少々早いですが、そろそろ寝ましょうか」

 

 

えっ。

 

 

寝るって。

 

 

ベッドは一つ。

 

 

アバターは二つ。

 

 

ということは――どういうことなのか。

 

 

というハルユキの一瞬の超高速思考を、ぽーいと放られてきたマクラが両断した。

 

 

それを抱え、うんそりゃそうだ何を考えてるんだ僕はばかばかこのうつけ者。

 

 

と自分を罵りながら、ハルユキは銀のアバターを転がした。

 

 

どうせ全身カチコチの金属装甲に覆われているのだ。

 

 

下がベッドだろうと床だろうが大差あるまい。

 

 

帽子を壁のフックにかけ、すぽっとワンピースを脱ぎ捨ててベッドに横たわったスカイ・レイカーは、もう一度指を鳴らした。

 

 

天井のランプと薪ストーブの火が消え、家の中は薄青い闇に包まれた。

 

 

「おやすみなさい、鴉さん」

 

 

――さすがあのアッシュ・ローラーの親というだけあって、この人もただ者じゃないな。

 

 

と感心しながら、ハルユキも答えた。

 

 

「お、おやすみなさい......」

 

 

同時に内心では、この状況で寝られるものか!と叫んでいた――のだが。

 

 

意外にも、テーブルの横にごろりと床寝し目を閉じた途端、頭の芯が即座にふわふわと白い霞に包まれ始めた。

 

 

やはりスカイ・レイカーの言う通り、色々な出来事のせいで精神的に激しく消耗していたらしい。

 

 

もちろん、能美とスタークに与えられた屈辱と、葛城に抱いた怒りは忘れたわけではない。

 

 

しかし今、この世界のこの家の中でだけは、黒いものを遠ざけておけるような気がした。

 

 

もしかしたらそれは、お腹の中に美味しいシチュー一杯分の幸福感が詰まっているから、という至って即物的かつ食いしん坊的な理由によるものかもしれないが。

 

 

暴力的なまでの重さで瞼を閉じようとしてくる眠気にしばし抗い、ハルユキはごく小さく呟いた。

 

 

「あの、スカイ・レイカーさん。少し、聞いていいですか」

 

「どうぞ」

 

 

すぐにそう声が聞こえたので、ベッドの方をチラリと見て、たおやかな曲線を描くシルエットに向けて訊ねた。

 

 

「ええと......アッシュ・ローラーさんは、もう《心意システム》を習得しているんですか?」

 

「本格的には、まだです。でもヒントだけはあげたので、あの子なりに色々工夫しているようですね」

 

 

その答えで、腑に落ちるものがあった。

 

 

バイクの上に直立したまま操縦する彼の新技は幾ら何でも無茶すぎる気がしたが、あれは恐らくイメージ制御を取り入れているのだ。

 

 

床の上で小さく頷いてから、次の問いを口にする。

 

 

「彼の《親》なのなら、あなたも今は緑の王のレギオンに......?」

 

 

今度の回答は、やや間が開いた。

 

 

「......いいえ。わたしが所属したレギオンは、後にも先にもたった一つだけ」

 

「なら......それは」

 

 

思わず顔を持ち上げながら、ハルユキは思い切って本当に訊きたかった質問を放った。

 

 

「そのレギオンというのは............もしかしたら、《ネガ・ネビュラス》ではありませんか。そしてあなたが脚を斬ってくれるように頼んだ人というのは......」

 

「《ブラック・ロータス》、誰よりも強く、気高く、そして優しかった、わたしのたった1人の友達」

 

 

ごく密やかに、しかし歌うように美しく響いたその答えに、ハルユキは小さく頷いた。

 

 

「そうだと......思いました。あなたは......どこか、あの人に......」

 

「昔の話です」

 

 

ハルユキの言葉を遮るように、ベッドから短い言葉が降り注いだ。

 

 

「ずっと、ずっと昔の話。さ......もう寝なさい、鴉さん。明日は早いですよ」

 

 

それ以上の会話を拒絶するように、ぱさりと寝返りを打つ音がした。

 

 

――もっと聞きたい。昔の、あの人のことを。

 

 

そういう気持ちはあったが、しかしそこでハルユキの瞼にも強烈な荷重がのしかかってきた。

 

 

訪れた温かい暗闇に身を任せ、ハルユキは深い眠りの淵をどこまでも沈みこんでいった。

 

 

 

 

 

次の瞬間、ごちんと頭が床にぶつかり、嫌々瞼を開けた。

 

 

何だよまだ寝入ったところじゃないか、僕のマクラを引っ張ったのは誰だ、と思いながら上体を起こす。

 

 

すると、いっぱいに引き開けられたカーテンの向こうの空が、綺麗なオレンジとパープルに染まっていてぎょっと眼を剥いた。

 

 

「えっ......もう、朝......!?」

 

「そうですよ。おはよう、シルバー・クロウ」

 

 

声に顔を動かすと、ハルユキの頭の下から引き抜いたと思しきマクラをベッドに戻すスカイ・レイカーの姿が見えた。

 

 

すでに白い帽子とワンピースを身に着けている。

 

 

「お、おはようございます......。あの、今、何時です?」

 

 

挨拶がてら訊ねると、空色のアバターは無言でキッチンの方を指差した。

 

 

壁に据えられた飾り棚に小さな真鍮色の置時計が乗っており、針は午前五時を示している。

 

 

昨夜横になったのが日没のすぐ後だったことを考えればたっぷり十時間は寝ていた計算だが、夢を見るスキすらなかった気がする。

 

 

しかし、確かに頭の中は、冷水でじゃぶじゃぶ洗ったかのようにすっきりしていた。

 

 

むしろちょっと覚えがないほどに爽快な目覚めだとすら言えた。

 

 

これで、現実世界では30秒そこそこしか経ってないのだ。

 

 

「......なるほど、こっちで寝るのって、けっこういいポイントの使い方かもしれないですね......」

 

 

思わず唸ると、スカイ・レイカーがくすりと微笑んだ。

 

 

「寝首を掻かれるリスクはありますけどね」

 

「............えっ」

 

「今更首を押えても遅いでしょう。わたしが5回呼んでも起きなかったのですから」

 

 

――それでマクラを引っこ抜きという荒業が炸裂したわけか。

 

 

と納得しつつハルユキは肩を縮めた。

 

 

「す、すみません。次からはちゃんと起きます」

 

 

しかしこれにはスカイ・レイカーは意味深い笑みを返すので、そのまま車椅子をドアへと転がした。

 

 

早朝の無制限中立フィールドは、夕暮れとは異なる美しさに輝いていた。

 

 

属性はまだ《荒野》のままだが、赤茶色の岩山が朝焼けに照らされて、まるで巨大なルビーの原石のようだ。

 

 

朝露に濡れる芝生の上を車椅子はきこきこと移動し、昨日話したのと同じ北側のベンチの近くで停まった。

 

 

ハルユキもその隣まで進み、今度は立ったままスカイ・レイカーの言葉を持った。

 

 

元《ネガ・ネビュラス》メンバーであり今は加速世界の隠者であるレベル8バーストリンカーは、すう、と大きく息を吸うと、やや厳しさを増した声で言った。

 

 

「シルバー・クロウ。それでは、これより《心意》の修練を開始します」

 

「は......はい、よろしくお願いします!」

 

 

ハルユキはぐいっと深く頭を下げた。

 

 

イメージのみによりアバターを操作するという《心意システム》、その習得だけが残された唯一の希望だ。

 

 

何日、何週間かかろうとも、絶対に身につけてみせる。

 

 

その決意に燃え、脳内に香港製カンフー映画の修行シーンっぽいBGMを流しながら、ハルユキは最初の指示を待った。

 

 

――しかし。

 

 

「......とは言え、心意の要諦はたった一つの言葉で言い表せます。それを理解すれば、誰にでも使えるのです」

 

「......は、はい?」

 

 

スカイ・レイカーがすらすらと続けた台詞に、かくんと膝を折る。

 

 

「......た、たった一つだけ......?それで、奥義習得免許皆伝なんですか?」

 

「そうです」

 

「教えてください、それ」

 

 

当然、そう言うと。

 

 

「いいですよ。ただし、次にわたしと会えた時に、ですけれど」

 

 

そんな答えが返ってきたので、慌てて一歩詰め寄った。

 

 

「い......いえ、教えてもらえるまで、僕は現実世界には戻りません!」

 

「会った、ではなく、会えた時、と言いませんでしたか?つまり......」

 

 

そこで言葉を切って手招きするので、ハルユキは更にもう一歩近づいた。

 

 

空色の髪を揺らし、流麗なるアバターはそっと右手をハルユキの背中に触れさせ――。

 

 

「こういうことです」

 

 

とーん、と横方向に押した。

 

 

「えっ......おっ......とと......」

 

 

ハルユキは、とん、とん、と二歩芝生の上でよろけ。

 

 

三歩目が、すかっと空気を踏んだ。

 

 

「.........え」

 

「健闘を祈っています。鴉さん」

 

 

にこっと微笑んだスカイ・レイカーの姿が、すーっと上に遠ざかった。

 

 

正確には、ハルユキの体が、高さ三百メートルの塔の天辺からころりと空に転がり出た。

 

 

「え...ちょっ......わっ......」

 

 

慌ててばたばた両手を羽ばたかせるが、もちろん何の効果もなく、そのまま仮想の重力に引かれて一直線の自由落下へと突入し――。

 

 

「わ.....あ......あ―――――――――」

 

 

ハルユキは死んだ。




はい、如何だったでしょうか?


最近熱くなってきましたので、皆様熱中症には気を付けてください。


マメな水分補給を忘れずに!!


さて、今回ようやくハルユキの師匠スカイ・レイカーが登場しました。


仮面ライダーの話が絡んでくる以上、どうなるかまだ分かりません。


それでは次回、第12話もしくはLOVE TAIL第6話でお会いしましょう!!


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アクセル・ビルドについての報告

どうも、ナツドラグニルです。

 

 

今回、小説ではなく報告を投稿した事に、続きを楽しみにしてた読者の方々にはご迷惑をおかけします。

 

 

申し訳ございません。

 

 

活動報告にも書きましたが、この作品を新しく作り直そうと思います。

 

 

作り直す理由としましては、ビルドの世界観、つまりスカイウォールが無く、東都、北都、西都が存在していませんでした。

 

 

その為に、オリジナル要素を作る予定でしたが、見切り発車だった為かグリスや代表戦等の要素をどうしようか悩んでいたのですが、この際新しく作り直そうと考えました。

 

 

内容としましては、ビルド原作同様アクセル・ワールドの世界にスカイ・ウォールを存在させ、アクセル・ビルドにはいなかった紗羽さんを登場させようと思います。

 

 

それ以外は、アクセル・ビルドのままで行こうと思います。

 

 

新しい作品として、『アクセル・ワールド ベストマッチな加速能力者』と名前を変えて投稿しようと思います。

 

 

第1話は、7月10日19時に投稿しようと思います。

 

 

アクセル・ビルドは、そのまま残します。

 

 

今までの作品を、見れるようにする為にです。

 

 

今後、アクセル・ビルドは一切更新されません。

 

 

続きは、ベストマッチな加速能力者の方で投稿させて頂きます。

 

 

アクセル・ビルドをお気に入り登録している読者の方々、長らくお待たせしてしまうかもしれませんが、書き終わり次第随時投稿していきます。

 

 

その代わり、他の作品のハピネスチャージは投稿をお休みさせて頂きます。

 

 

フェアリーテイルは既にストックがある為、投稿は続けることが出来ます。

 

 

これからも、応援の程宜しくお願い致します。

 

 

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