IFのマガツヒ (早起き三文)
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第1話 「軽子坂への転校少年」

 

 宙へと舞う、輝く白燐の風。

 

――あなたは、誰――

――……ん――

――誰――

――んだよ――

 

 淡い太陽の光、朝とも昼ともつかない輝きの中、少年は呼び掛けてくる女の声に答える。

 

――あなたは、誰――

――慎二だよ――

 

 彼が答えると同時に、燐が太陽の光を強く乱反射をした。

 

――黒井、慎二――

――あなたに、望みはある?――

――何を言っているんだか、わかんねぇよ――

 

 燐の渦が上方へ吹き上げられ、陽光が地平とへ落ちていく。

 

――しいて言うなら――

 

 何かを詰問するような、凛とした女の声に微かな苛立ちを感じた彼は。

 

――十連ガチャを無限に出来る事かな――

 

 あえてふざけた調子で、そう薄く言葉を舌へと上げた少年。その声に謎の女性が淡く笑ったように見えた。

 

――なあ、あんたは――

――いずれ、会える――

――誰だよ――

 

 その言葉に女性は答えず。

 

 ザァ……

 

 太陽光が、全て地平へと沈んだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「……井君」

「んあ……?」

「黒井慎二君!!」

 

 まだ少しぼやりとした頭を振り、慎二は傍らへ立ちそびている男へその視線を向けた。

 

「スマァト・ホンをそんなに顔へ近づけてはいかん」

「なんでぇ……」

 

 居眠りをし、寝転がっていた自分の顔へ被さっているスマート・フォンをやや神経質そうにその手で掴みながら、慎二は強い夏の陽の光にその両目を細める。

 

「大月かよ」

「うん?」

「大月センセ、です」

「よろしい」

 

 慎二が通う軽子坂高校での名物教師である大月は、彼のすぐに言葉使いを直した態度に少しは気を良くしたようだ。

 

「スマホンの使いすぎは良くない」

「分かっていますよ、だ」

 

「小癪な携帯端末から発生されるプラズマの人体への影響は未だに解明されていない」

 

 この時代遅れ、そしてエキセントリックさが科学教師である彼大月を軽子坂高校一の珍教師とさせている理由であろう。

 

「私は君たち前途ある若者を一人でも多く、スマホンプラズマから守りたい」

「へいへい……」

「その為には、心を鬼にして一時的にスマホンを没収……」

「あれぇ、大月先生」

「なんだね?」

 

 この雲行きの怪しさを回避する頭の働きが、彼の評判をいわゆる「チャラい」と言わせている評判の原因かもしれない。

 

「話の途中で、黒井慎二君?」

「そのアームターミナルとやら」

 

 教師大月がその左腕へ備え付けている、まるで介護ギブスか何かかと見間違うような電子機器へ、慎二はわざとらしい声を上げながら指差す。

 

「改良したんじゃないすか?」

「解るのかい、キミ?」

「カッコイイっすねぇ!!」

「そうだとも!!」

 

 生徒のおだてにここまで簡単に乗る教師というものはいかがなものか。

 

「この古式ゆかしいスタイル、これこそが真の科学というものだ」

「イケテル、イケテル」

 

 音頭をとる慎二の言葉に、何か本当に教師大月は気を良くしたようだ。大事そうにその手へ装着をされているハンディ・コンピュータをその空いた反対側の手で撫で回した。

 

「まっ、それはともかく」

「スマホンは控えめにな、黒井君」

「へぇい……」

 

 鼻歌、確かZだかXファイルとかいう番組の主題歌に使われた、今の慎二位の歳ではよく分からない曲を口ずさみながら、大月は屋上のドアへと近づき、屋上から去っていこうとする。

 

「ふん、まったく」

 

 ドアから校内へ戻っていく大月へ聴こえない位の声を出しながら、慎二は首を一回転させる。微かな音が彼の肩の辺りから鳴った。

 

「何が真の科学だよ、ローガイ先生」

 

 キィン、コン……

 

 スピーカーから、午後の予鈴が良く晴れた青空へ響く。

 

「ん?」

 

 現国の授業中、どう先生の目を盗みつつ、スマホでプレイ中のゲームを進めようか考えながらドアへ向かった慎二は、その途中にあるものが転がっている事に気が付いた。

 

「メモリーカード、先生め」

 

 彼の携帯電話にも接続可能な、ごくありふれた小型のデータメモリー。その黒い小型記録媒体が屋上のコンクリートの床へ落ちている。

 

「ちゃんと現代の利器を使っているじゃねえか」

 

 拾い上げたそのメモリーカードは、パッと見た所には特に何の変哲もない。

 

「ウィルスとか、ニュースではやっているけど」

 

 最近、少し授業をサボり過ぎている事に少年は僅かに気にはなったが。

 

「まさか、このカードは大丈夫だろう」

 

 後で先生にヘラヘラと謝ればいい、そう彼は思い、彼は五時限目の授業を無視することにした。

 

「エロ画像でも入っていれば、大月センセに冷や汗をかかせられるかも」

 

 スマホから自分のメモリーカードとその拾ったカードを差し替え、慎二はスマホを起動させる。

 

「コンテンツ、コンテンツと」

 

 あまり自分の端末の中身、容量だかを気にしない慎二ではあるが、それでもスマホ内の管理アプリをすぐにリスト内から見つけ出す。

 

「良いもん使ってんじゃん……」

 

 その拾ったカードの容量は、ゆうに慎二の端末本体の十倍以上はある。

 

「見直したぜ大月」

 

 そのメモリーカード、その中身を読み取るのにスマホがかなりの時間をかけている事に対し、慎二は妙な感心をしてみせた。

 

「DDS、何だろ?」

 

 かなりの数のファイルが収まっているが、ほぼ全てにDDS、そう名前の先頭へあたかもタグのように名付けられたファイルがカード内を占めている。

 

「とりあえず、は」

 

 容量で検索をし、一番上位へ来たファイル、そのファイルの膨大なギガバイト数に少し躊躇いながらも、慎二は携帯端末へその指を這わせた。

 

「いちいち読む奴はいねえっての」

 

 使用上の注意、最近では紙媒体の冊子にすればどう工夫をしても、必ずちょっとした小説並みになる文字の群れを無視し、とにかく慎二は「次」へ進む為のボタンを探そうとその目を走らせる。

 

「よし、次」

 

 ザァ……

 

 テキスト・ボタンを押すと同時に、日本語ではない、何か不可解なアルファベットで構成をされた文章がスマホのモニターを埋め尽くす。

 

「何だ、何だ……?」

 

 英語、のようには見えない。どこかカタカナに似た文字もあるが、無論日本語ではない。

 

「まさか、今流行りの過激派何とかの関係じゃねぇよな……」

 

 あの珍教師大月ならやりかねない、参加しかねないと思い、慎二はこれ以上先へ進むのを止めようかとも思ったが。

 

「もし本当に過激派なんたらなら、その関係品を見つけだした俺、黒井慎二様ちゃんは」

 

 キン、コォン……

 

 やや空の雲が太陽を隠すと同時に、本鈴が軽やかに鳴る。

 

「お手柄高校生として、ちょっとしたニュースに載るかも、な」

 

 そう呟きながら、慎二はスマホ上の謎の文を指先で上部へ押し流し、文章の最下部所、薄く黒と金の色で縁取りをされたテキスト、おそらくはテキストボタンと思われる部分を発見した。

 

「……」

 

 少しの間、彼はその文字をじっと眺めていたが。

 

「押したれ、押したれ……」

 

 どうせ古いスマホだ、壊れたら親へねだれば良い。そう自分へ言い聞かせながら、慎二はそのボタンへ親指を乗せた。

 

 シァア……

 

「うん?」

 

 一瞬、彼の目の前に一筋の、何か紅い光が疾る。

 

「何だ……?」

 

 何回か目を瞬かせてみたが、何も異変はない。

 

「本当に、ゲームのやり過ぎかな?」

 

 しかし、今やっているソーシャル・ゲームではようやく上位ランクへと食い込めたのだ。しばらくは彼は続けるつもりである。

 

「だが、なぁ」

 

 慎二は気を取り直して、再び携帯へその視線を注ぐ。

 

「何もおこんねぇな……」

 

 少しスマホが熱を持ち始めたのが気になったが、全く画面が変わらない、動く気配が無いことに慎二は苛立ち始めた。

 

「バグか、機種の対応外か?」

 

 何か俺は無駄な事をしているのか、顔をしかめながらそう口ごもった彼は、そのままファイルを閉じようとする。

 

「ん?」

 

 微かに入道雲により陽が陰る屋上、慎二の目の前に何か妙な陽炎のような物が揺らめいた。

 

「スマホのカメラ機能に、そんなもんがあったっけな?」

 

 確かにその影、それは携帯端末へ備わっているカメラから映し出されているように見えなくもない。

 

ズゥ……

 

「な……」

 

 影、それが徐々に形を作り始めながら二つに別れ始め、何か、ちょうど二人の人間の姿を取り始めた。

 

「なんか、マジィんじゃないの……?」

 

 日、太陽のその光が厚い雲の影響の為か、慎二のその双眸には淡く感じられる。

 

「携帯は落としたと言い訳をすれば……」

 

 何かを、直感的に何かを危険だと思った慎二は、屋上へスマホを置いたまま立ち去ろうと思い、くるりとその身体を翻した瞬間。

 

「お待ちなさい」

 

 女の声、おそらくは中年の女とおぼしき声がその影の片の方から放たれる。

 

「せっかく、坊ちゃまがここまで来られたのに、その無礼は何事です」

 

 その強い、咎めるような女の声に、慎二はおそるおそるその面を再び「影」へと向けた。

 

「ちゃんと身体を我々の方へ向けなさい、少年」

「ハ、ハイ……」

 

 何かの最新のソーシャル・ゲーム、それのハイテクな演出だ。そう慎二は頭の中へ誤魔化しの言葉を反芻させながら、影達の方へ自身の身体を正対させる。

 

「ババアに子供、ガキか……?」

 

 淡い、不自然な陽の光の中、二人の人間が慎二の目の前に立っている。中年の女と、おそらくは子供とおぼしき少年、男の子。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

 

 輝くばかりの金色の髪、それに加えて美しく端正な面立ちをしている少年から明るい、無邪気な声が慎二へと響く。

 

「な、なんだよ……?」

「これ、知ってる?」

 

 どこからともなく、周囲へ陽炎が立ち上ぼり始めると共に、少年の手に何か小さな、人形のような物が姿を現す。

 

「手品かよ、子供?」

「坐っているね」

「な、何がだ?」

 

 ジァア……!!

 

 突然に人形を握りつぶしてみせた少年の小さな手。少年がその身へと纏っている黒い子供用の礼服へと人形の残骸から血飛沫が跳ねる。

 

「お肝、お兄ちゃんにはそれが」

 

 その少年の握りこぶしから血が滴り落ちている光景を見て、屋上の床へ腰を抜かしへたりこんでいる慎二、その姿を見てもぬけぬけとそう言ってのける少年。

 

「た、助け……!!」

「坐っていると言ったでしょう、僕は」

「け、警察……!!」

 

 しかし、震える慎二の指は携帯の上をつるりと滑るのみで、無意味なアダルト・グラビア画像しか再生をされない。

 

 ガシュア……

 

「くそ!!」

 

 慌てた慎二の手から滑り、床へ叩きつけられたスマホ、彼はその画面が割れた端末を睨み付けた後、思い出したかのように黒衣の少年達へその視線、脅えの色が強い両の瞳を向けた。

 

「僕の携帯を使いなよ、お兄ちゃん」

 

 カラァ……

 

 慎二のその姿を面白そうに見つめながら、少年は小型の、いわゆるガラパゴス携帯電話と呼ばれる物を自分の胸ポケット、黒い礼服の上張りから取り出す。

 

「スマホは僕にはまだ早いらしい」

「左様でございます、坊ちゃま」

 

 少年と主従関係にあると思われる女性、少年と同じ礼服、葬儀用の喪服に身を包んだ彼女の素顔、それはその面へと覆い被さったヴェールに遮られ、窺い知る事は出来ない。

 

「行きすぎた先見を持ち過ぎましたが故、坊ちゃまは御受験を落ちましたのでして」

「父上と同じような事を言う」

 

 少年はその女の言葉にひとしきり笑った後、再度に慎二の顔を見つめた。その少年の身体へ屋上を覆う陽炎が強くまとわりつく。

 

「助けてくれないかなぁ、お坊ちゃまクン……」

「フフ……」

 

 卑屈な笑みをその顔へ張り付かせながらも、慎二のその媚びの言葉は他の者の耳へ聞き取れる位には明瞭。

 

 リィ……

 

「な、何だ!?」

「なんだろうね、お兄さん」

 

 少年の黒服にこびりついた血飛沫、それに彼の携帯電話を握っている反対側の手、人形を握りこぶした拳が開かれたと同時に慎二へ向けてその血液が、まるで意思を持っているかのように飛び掛かった。

 

「血、血のヘビ!?」

 

 常識離れをしたその光景を見て、慎二はこの場から逃げだそうと見苦しくその両手足をバタつかせても、一度抜けた彼の腰が逃げる事を許さない。

 

 シィ、ア……

 

「ガ、カフゥ!?」

 

 その血液の流れは、何回か慎二の周囲を廻った後、彼の口内へスルリと流れ込む。

 

 リィ、リ……

 

 どこからともなく聴こえる涼やかな鈴の音色と共に、屋上を包んでいた陽炎が徐々に立ち消え始める。

 

「ハア……!!」

 

 空を切った血は慎二の口、ちょうど舌の上の辺りで霧散をし、消え去った。

 

「何だ、何なんだよ……」

 

 慎二の口や舌には血の味は感じられない。むしろ、何か清涼飲料水を飲んだかのような清々しさが残っている。

 

「今までの中では最も素質は低いのかもしれないが」

 

 ふと辺りを見渡すと、周囲の白昼夢のような太陽の光も、霧のように立ち込めていた陽炎は完全に消えている。再び真夏の陽射しが慎二とかる軽子坂高校の屋上をギラギラと照らし出す。

 

「面白そうだ」

「それはようございました、坊ちゃま」

 

 いや、まだこの二人がいる。

 

「あんた達は何モンで」

 

 見ると、少年は軽子坂高校の制服、ちょうど慎二が来ている服を小さい寸法で手直しをしたかのような服をキッチリと纏い。

 

「何なんだよ、全て……」

「初のマグネタイト吸引らしき身の上で、なかなかに冷静であること」

 

 少し小馬鹿にしたように慎二を声をかける中年の女はごく普通の、PTAへと出席をする保護者が着るような衣服を身に付けている。

 

「マグネ、タイト?」

「今回はマガツヒと言った方が良いかな、お兄ちゃん?」

「単語が解らないんだよ……」

 

 不満げにその口を尖らせた慎二に対して、再び少年はその小さい手を向けた。

 

「ヒッ……!!」

「案内」

 

 無邪気そうに、明るい声でそう言いながら、少年はニコリと慎二へ笑いかける。

 

「学校とやらを案内して、お兄さん」

「な、何を……」

「始めての学校、楽しそうだホー」

 

 少年は未だ脅え続けている慎二の手を強引に取り、強く握手をしかけた。

 

「御無礼は許しませんよ、ええと……」

 

 ヴェールを外し、その容貌を見せた中年の女の顔は、別にそこらのおばさんとは大して、本当に変わらない。

 

「黒井、黒井慎二です」

「クロイシンジとやら」

 

 そう一方的に言い放った後、女はまたしても彼を小馬鹿にするような態度を、その鼻を鳴らす事で示す。

 

「友達百人出来るかなぁ?」

「さ、さあ……」

 

 人懐こい少年の態度に安堵をしながらも、慎二は不思議と自分がこの謎の現象へと馴染んでいる事に対し、表現が難しい、謎の感覚が彼のその頭の中を軽く揺らした。

 

「順応性が高い、あの人間」

 

 少年に引っ張られるように階段を降りていく慎二を見つめながら、ポソリとそう呟いた女は彼らの後を追っていく。

 

「メンタリティは堕天をした者達に近いような感じがある、かなりに」

 

 慎二たちが降りた階段の下の方で、軽子坂高校へ通う女生徒が何やら黄色い声を出しているようだ。女が仕えている美少年へ対して向けた声かもしれない。

 

「お姉さん達、美人だホー」

「何よぅ、そのホーって!!」

 

 その騒ぎを聞き付けたのか、女生徒達に続いて大人の男が怒鳴っている声が聴こえる。学校の教師であろう。

 

「面白そうだ」

 

 女は少年と同じ言葉を何か、何者かに宣言をするように強く呟いた後、慎二達の後を追い、静かに階段を降りていった。



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第2話 「類・澤花」

「チャーリー」

「あん?」

「あんたの子供なの、この子?」

「アホ言うな、白川」

 

 一躍に、美少年の連れさり男として軽子坂高校の内部、そこで別の意味での人気者となってしまった黒井慎二は、二年生の教室の入り口が並ぶ廊下を一歩一歩歩くにつれ、周りの生徒から声をかけられている。

 

「じゃあ、やっぱりシャレになんないタイプの事件の犯人?」

「違う、空から落ちて来たんだ」

「そんなゲーム、昔あったわね」

「ハァ……」

 

 この同級生の白川由美、慎二にとってはあまり相手にしたくないタイプの女である。彼の得意な言い逃れ、のらりくらりが効かない女なのだ。

 

「チャーリーの次、ついに軽子坂高校の二年生男子生徒の称号かな?」

「その名前に、何の意味があるんだよ、オイ」

 

 由美と共にいた、短髪をした快活そうな女生徒からも慎二を冷やかす声がかけられる。

 

「テレビの暗ぁい哀しい事件の放送時に載るテロップ」

「うるせぇな、全く……」

 

 そう呻くような声を上げている慎二の目の先で、少年が生徒達へ愛想を振り撒き、菓子や何やらを貰っている光景。それも彼の神経を苛立たせ、頭へと軽く痛みを浮かばせた。

 

「おい、チャーリー」

「んだよ……」

 

 再度、自分にとっては嫌なアダ名「チャーリー」と呼ばれ、イライラとしながら声をかけた男子生徒の方へ振り返る慎二。その生徒の顔を見た途端、苛立ちをあらわにしていた彼の顔色が変わる。

 

「み、宮本……」

「あのガキ達は何だ?」

 

 そう慎二へ声をかけてきた生徒、鋭い眼差しが印象的なその男子生徒の顔を見た当の慎二、そして周囲の白川達の顔が微かに強ばり始めた。

 

「あいつらは何だって聞いているんだよ、俺は」

「さ、最近知り合ったダチだよ」

「ヘエ……」

 

 そう呟いた後、その両の瞳を細く狭めた宮本という生徒は、再度にチャーリー、慎二へとその面を向ける。

 

「あいつらに何か用があるのか、宮本?」

「いや、別に」

 

 手に負えない不良として、生徒どころか教師達にも恐れられている男子生徒である宮本明、彼は少年達へチラリとその視線を投げつけた後、その場から立ち去ろうとその脚を廊下へと滑らす。

 

「異国、中東かエジプト、イスラエル辺りの人間のような気がしたから、な」

 

 慎二とすれ違う時に、少年達の事を訊ねた理由らしき事をポソリと彼の耳へ聴こえるように呟いた後。

 

 トゥ……

 

 彼、不良生徒宮本明はゆっくりと廊下を歩いていく。

 

「変な奴……」

 

 階段を降りていく彼の後ろ姿を見つめながら、不愉快そうに白川由美がそう唇から呟きを漏らす。

 

「変なヤツは他にもいるだろうに」

「そうね」

 

 ショートカットの少女が、何か宮本明が運んできた妙な雰囲気を吹き飛ばそうとするかのように、明るく声を張り上げた。

 

「自転車に続いて、親子を誘拐したスーパー・チャーリー」

「俺の事をいってんじゃねえし、それによ……」

 

 一つ息を肺の奥から吐き出して見せてから、続けて慎二はその口を開く。

 

「笑えねぇんだよ、その冗談は」

「でも、本当にどこのどなたなの、黒井?」

 

 再度、生徒達が作っている輪の中へ慎二が視線を向けたその先では、少年が美味しそうにチョコレートを頬張っている姿が見える。彼の笑顔を見て、再びため息を漏らす黒井慎二。

 

「俺が知りてぇよ……」

 

 

 

――――――

 

 

 

「どこに僕たちを連れていくの、お兄ちゃん?」

「その言い方はやめろ、ガキ」

 

 先程、眼鏡を掛けた一年生の女生徒から貰った、雪だるまをかたどったようなキーホルダーを握り締めながら、少年は脅えたような声を慎二へと向ける。

 

「天にましますパパァ、助けてェ……」

「誤解を招くんだよ、そういう言い方は」

「ゴカイって何ぃ、お兄ちゃぁん?」

 

 明らかに慎二をからかっている心積もり、そしてその言葉の意味が解っている風が見え透いている少年が浮かべる笑顔に、もうすでに何回目かも解らないため息を慎二はその口から吐く。

 

 カツゥ……

 

「何それ、お兄さん?」

 

 慎二が自分のスマホから取り出したメモリーカードを、少年はもの珍しげにそのつぶらな瞳を向けた。

 

「これからあんた達が出てきたんだ」

「へえ……」

 

 コッツ……

 

 その黒い記録用の媒体、慎二の指の先へと摘ままれている小型メモリー。それを階段を降りながら、少年達は飽きずにその一、二センチ前後のカードへじっと視線を向け続ける。

 

「足元にお気を付けを、坊ちゃま」

「便利な物が出来たんだねぇ……」

 

 守役の女がそう言った矢先に、少年はその脚を踏み外して、階段から落ちそうになってしまう。

 

「おっとっと……」

「実体化に必要なマグネタイトがギリギリでございましたゆえ、馴れぬ身体なのでありましょう」

「無理に経絡の流れに割り込んで、ここへ遊びに来たからね……」

 

 慎二には意味が解らない、謎の単語を含んだ言葉を少年へかけながらその小さな身体を支える女。彼女達の姿の方へチラリとその目を向けた後、再び慎二はメモリーカードへと自身の視線を落とした。

 

「大月の奴に落とし前をつけてもらわなくちゃな……」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「黒井慎二君、君が原因か!?」

「な、何だよ、大月!?」

 

 慎二が理化学室のドアを開くと同時に、生徒たちから「プラズマ」とあだ名をされている名物教師である大月が飛び出し、慎二のその両肩を強く掴む。

 

「君が隠している物を出したまえ!!」

「こいつ、こいつか!?」

 

 ガクガクゥ……!!

 

 凄まじい勢いで慎二の肩を揺らしている大月に対し、口を濡らす唾が喉へ飛び込みそうになりながら、彼は自分の制服の上ポケットからメモリーカード、目の前の大月が落としたと思しき記録媒体を取り出した。

 

「君ィ!!」

 

 そのカードを見た大月の眼鏡の奥の双眸がギラリと光る。

 

「やはり、そいつも君が盗んだのか!!」

「人聞きが悪ぃな!!」

「しかし、私は模範的な教師だからね!!」

 

 ダァン!!

 

 慎二のその肩へ掴む両の手を離さずに、大月はその右脚を地面、理化学室の床へと叩きつけた。

 

「チャリンコチャーリーのアダ名が付いた前科生徒、だからやってしまったとは口が裂けても言わんよ!!」

「言ってんじゃねえかよ、センセ!!」

「だが、それはともかく!!」

 

 パリィイ……!!

 

 ようやくその手を慎二の肩から離した大月は、今度は何やら件のアームターミナル、一部から謎の発光をさせているそれを天高く掲げる。

 

「黒井慎二チャーリー君!!」

 

 その彼の腕へと備え付けられたその珍妙な「携帯」コンピュータ、子供用の変身ヒーローグッズかと見間違うようなその器具を、今度は慎二の目の前の高さまで近づけた大月。

 

「君が隠しているプラズマを見せたまえと言っている!!」

「何だよ、それは!?」

 

 チィ……

 

 その機械部品の一部が妙な帯電をし、不気味な音を立てている事に、慎二は反射的に大月のその身体を自分から引き剥がす。

 

「このターミナルに、こいつに内蔵をされたプラズマ測定器が君に強く反応しているのだよ!!」

「そんなインチキ、生徒へ向けて良いと思っているのかよ、大月!?」

「何だと、黒井君!?」

 

 シャシイ……

 

 その慎二の言葉に、大月はそのターミナルに付属をされているキーボードへ反対側の手、左の手をひらを素早く疾らせ、謎のコンピュータの機能を起動させた。

 

「うわっ!?」

 

 リィ……!!

 

 大月のキーボード操作と同時に、慎二の身体から紅い光が立ち登る。

 

「これがプラズマの証明だ!!」

「ヘェ……」

 

 先程から慎二達のやり取りを面白そうに眺めていた少年が、立ち登った光をじっと見つめ、感心をしたような声をその薔薇色の唇から滑らせた。

 

「この時代に、マグネタイト吸引器を作れる技術者がいたとはね」

「ほんに……」

 

 中年の女の声にも、僅かに驚きの色がこもっている。

 

「面白い世界だ」

 

 顔を見合せながら微笑み合う二人をよそに、慎二の身体からの光はそのまま大月の腕のコンピュータ、アームターミナルへと吸収をされていく。

 

「何のトリック、ディズニーの盗作だよ、おい……」

 

 やや掠れた声で悪態をつく慎二の顔色は微かに青ざめている。何か悪体調の身体から無理な献血をしたような、妙な脱力感が彼を襲う。

 

「過剰なプラズマは人体に対して有害、ゆえに没収させてもらう」

「だから何だよ、そのプラズマって……」

「高校の学力レベルに合わせて言えば」

 

 もったいつけながらその口を重々しく開く大月。彼が掛けている眼鏡レンズが、窓から入り込む真夏の陽の光にキラリと輝く。

 

「この赤や青を始めとした様々な色、それに変幻をする光、粒子群の事だよ。黒井慎二君」

 

 チャリ……

 

 真面目な顔でそう呟きながら、大月はその身へと纏う白衣のポケットから、小さな宝石のような物を取り出した。

 

「これがプラズマ、私の作ったプラズマ結晶体だ、黒井くん」

「金目のもんを持って、学校へ来んなよ、先生……」

「これが偽物、単なる宝石だと思うのならば、科学的根拠を示したまえ」

「ハイハイ……」

 

 そのような大月の似非科学なぞ、慎二ははなからハッタリだと決めつけるのを止めない。

 

「魔石」

「ん?」

 

 ポツリとしたその少年の言葉と同時に、彼の美しく切り揃えられた金髪、慎二にはそれが微かに光を帯びたように見えた。

 

「何だよ小僧?」

「魔石、マグネタイト凝縮物質だ」

 

 淡く赤色に輝く小さな宝石、それを見つめる少年が再度そう呟いた後、慎二を押し退けて大月の前へ進み出る。

 

「ねえ、オジサン」

「ん?」

 

 少年へ無邪気な声をかけられた大月は、その輝く石をしまいながら、見馴れない顔の少年達へとその顔を向けた。

 

「その石、どうやって作ったの?」

「ええと……」

 

 その言葉に僅かにその顔を困惑させる大月、少しその顔を辺りへ回してみせた彼は、少年の背後に立つ中年の女へと気が付く。

 

「保護者の方で、御婦人?」

「はい」

 

 ニコッ……

 

 何か彼女には人へ対する判別基準があるのか、教師大月へ向けては穏やかな笑みを見せている、少年の守役の女。

 

「五森と申します」

「ゴモリ、さん?」

「はい」

 

 そう述べてから、教養を感じさせる仕草で礼儀正しく大月へ頭を下げる女。

 

「大月です、この高校の教師を勤めさせて頂いております」

 

 深々と頭を下げた婦人へ対し、大月もまた背を曲げながら一礼を行う。

 

「君の名は、ぼうや?」

 

 少しその腰を屈めながら、大月は金髪の少年の顔の前へと自分の顔、少年の瞳と視線を合わせるように下げる。

 

「類澤花」

「ルイ、いやレイ・ゼェファ?」

 

 別に大月は現国等の文系が専門ではない。しかしその彼にしても珍しいと思われる、中華圏らしきその名前に大月は自分の首を軽く傾けた。

 

「わたくしにこの子の守りを命じられた主が、中国滞在の者でございまして」

「では、あなたは実の親御さんではない?」

「左様でございます」

「大変ですねぇ」

「何の……」

 

 自分へ対する態度とはまるで違う守役の女、五森という名前であるらしい彼女の薄い笑い声に、何か慎二は胸の辺りがムカムカとしてくる。

 

「あのよ、大月センセ」

「何だ、黒井君」

 

 微かに厄介者を見るような目を向ける大月の態度に、今度は二度目の何かが慎二の腹、下腹部のやや上の辺りからこみ上げてきた。

 

「まだプラズマの後遺症が残っているかな、君は?」

「このメモリーさ」

 

 プラプラと例のメモリーカードを自分へ見せつけている慎二へ、大月がその顔へ掛けている眼鏡を理化学室の電光へ鈍く光らせる。

 

「返したまえ、黒井君」

「先生が作ったのかよ、これ?」

 

 キィン、コォ……

 

 もうすでに、六限目の授業が終わる時間へとなっていたようだ。大月はたまたま時間が空いていたのであろう。

 

「違う、ある生徒からの貰い物だ」

「何か、怪しげな宗教だか過激派と何かと付き合っているのかよ、先生は?」

「何かあったのか?」

 

 慎二のその言葉に、大月は少し自分の頬を指で掻きつつその両目を軽く細めた。

 

「このカードを俺の携帯へ突っ込んだら、コイツらが出てきたんだよ」

「その妄言の科学的根拠を示せ、黒井君」

「根拠って……」

 

 そう言いよどむ慎二へ、その人差し指を彼の顔へと軽く突き付ける大月。

 

「言えないのなら」

 

 ズゥ……

 

 大月のその指が慎二の額へ軽く触れると同時に、珍妙教師は強い口調の声を彼へと放り投げる。

 

「スマホンからの悪性プラズマ汚染による君の脳への影響が、相当に酷いと言う事だな」

「それを言ったら、アンタのそのオモチャだって……」

「私のスーパーコンピュータは」

 

 慎二の額を突いた人差し指を引きながら、大月はその指で左腕のアームターミナルとやらのキーボードを撫で回すした。

 

「ちゃんと根拠を示せるぞ、化学と科学の公式でな」

「ハァ……」

 

 もう今日で何回目かも数える気がしないため息、疲れの息をその口から放出しながら、慎二はその自身の染め上げた金髪へ右手を差し込む。

 

「ところで、センセ」

「今度は何だね、全く」

「このカードを先生へよこした生徒ってだれだ?」

 

 そう言いながら、大月へメモリーカードを渡す慎二。彼の顔を少年達がじっと見つめる姿に、何か今度は慎二の尻の穴辺りが妙なむず痒さを覚え始める。

 

「ハザマ君、狭間偉出夫君だよ」

 

 ポッポ……

 

 部屋へ備え付けられている、古めかしい鳩時計が四時の時刻を知らせた。



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第3話 「非日常の始まり(前編)」

「ハザマ、あの狭間偉出夫かよ」

「まあ、ね」

 

 その名前を聞いた途端に黒井慎二、通称チャーリーの顔に乗る両眉の間に強く皺が寄る。

 

「お兄ちゃん」

 

 グゥ……

 

 少年がその右手で慎二の制服のすそを軽く引き、声をかけた。

 

「おう、何だ?」

 

 その少年は逆腕、小さな左手で女子生徒から貰ったキーホルダー、確か「ヒーホー君」といった名前をしたゲームマスコットをかたどるアクセサリーを弄びながら、再び慎二へとその口を開く。

 

「そのハザマって人、誰なの?」

「それはな、お前」

 

 少年の顔へとその視線を向けながら、慎二は先程聞いた彼の名前を頭へ思い浮かばせようと、その自身の額を軽く親指で叩いた。

 

「ええと類、ルゥ……」

「ルイ、でいいよ」

 

 チャ……

 

 キーホルダーのリングに指先を入れてでクルクルと振り回しながら、少年「類澤花」はどこか小生意気にその両肩を竦めてみせる。

 

「読みづらい名前だと、自分でも思うから」

 

 ルイ少年のその言葉に、自分の胸の辺りに何かモヤが籠った事、それについて慎二は何とも言えない不思議な表情をその面へと出す。

 

「それで、さ」

 

 その慎二の気持ちに気がついたか気づかないか、少年の声もどこか微かに、不思議な声の音程へと変わったように慎二には見受けられた。

 

「そのハザマって人だけど」

「あ、ああ」

 

 続けて訊ねる少年に、慎二は一つ頭を振ってみせてからその口を開き、声を舌へと乗せる。

 

「まっ、いわゆるオタクってやつだ」

「オタク?」

「ゲームとか、アニメやらばかりを見る奴ってこと」

 

 とは言っても黒井慎二、彼とてソーシャル・ゲームへと夢中になっている立場ではあまり人の事を悪く言えた筋合いではないだろう。

 

「別に学業を怠っている訳ではないがね、彼は」

 

 その大月がハザマ、狭間偉出夫のフォローをする言葉、それにはどこか慎二を咎めるような響きがあったのは気のせいであろうか。そのニュアンスを敏感に感じ取り、慎二の鼻が一つ鳴らされた。

 

「そのハザマがくれたのか、そのメモリーカードは」

「さすがに軽子坂高校が始まって以来の、天才的な生徒だとかなんとか言われているだけの事がある、彼は」

「フーン……」

 

 内心、軽子坂高校カーストの下位、狭間偉出夫を自分より下の人間だと思っていた慎二にとって、たとえ教師の言葉であろうとも彼を誉める言葉は面白くない。

 

「私のプラズマ理論に、興味を持ってくれたよ」

「変態どうし、類は友を呼ぶってね……」

「何か言ったか、黒井君?」

「別に……」

 

 が、その教師大月が狭間を誉める言葉、それに自分が抱いた気持ちの中にヒガミが混じっているのにちゃんと気がつく、自覚が出来る程には彼、黒井慎二の頭は悪くない。

 

「このメモリー内のファイルを解析した後に、プラズマ研究がはかどってね」

 

 そう言いながら、大月は近くの机の引き出しから数枚のレポート用紙を取り出す。

 

「プラズマ・パラサイトという、生きた昆虫型のプラズマも作れたよ」

「生きたプラズマ、昆虫?」

 

 大月の口から放たれたその言葉を聞き止めた途端、ルイ少年の唇が軽く、可愛く弾んだ。

 

「ねえ、おじさん」

「なんだい、ボウヤ?」

「その生きたプラズマ虫って」

 

 シャシ……

 

 少年は大月が取り出したレポート用紙の片隅へ、近くにあった鉛筆で何かの絵を書き込む。

 

「こんな形をしてなかった?」

「おお、まさしくそれだ」

 

 よく地面へ潜っているカブトムシ等の幼虫、それがその姿を保ったままにキチン質の外骨格を纏ったかのような不気味な虫のイラスト、少年が描いたその絵に対して、大月がその首を深く頷かせた。

 

「よく知っているね、ボウヤ」

「以前に、世界のびっくり昆虫図鑑に載っていたから」

「おや、そうなのか?」

 

 そのルイ少年の言葉に、大月は驚いたような顔を見せ、軽く自分の眼鏡を親指で押し上げてみせる。

 

「もし何度も再現が出来た暁には、学会へ発表すべきかと思っていたが」

「ノーベル賞やら何やら、取れなくて残念だったな、センセ」

「パソコンで画像検索をしても、全く現れなかったので、私が発見したものだと思っていたんだがね……」

 

 慎二の放った皮肉がその耳へ入ったのかどうかは解らないが、大月の表情が暗く沈み始めてしまう。

 

「そのプラズマ虫だけど」

「今度はなんだい、ボウヤ?」

 

 少年へ対して少しうろんげな声を出しながらも、力こそ無いがその顔へは笑みを浮かべて、ちゃんとルイ少年の低い背丈へと腰を落としてその視線を合わせてやる大月。もしかしたら彼は子供好きなのかもしれない。

 

「今も先生が持っているの?」

「いや……」

 

 ルイの言葉に大月は一つ息を吐いてから、コツコツと自分のアームターミナル、慎二の身体から絞り出した「プラズマ」とやらの吸収をした部分、エアコンの小さな送風口のような箇所へ軽くその手をあてがい、微調整をさせる。

 

「ハザマ君にあげたよ」

「おい、大月センセ……」

「いきなり口の中へ入り込もうとする習性があるらしいので、私は止めたんだが」

「あのよ……」

 

 もしかしたら、意外にこの珍教師大月と自分との話が続くのは、この大月にもいわゆる「チャラい」部分があるからかもしれない、そう僅かに慎二は頭の中で想像をしてしまう。

 

「そのハザマって人、今どこにいるのかな?」

「午前中まで、この理化学室にいたが」

 

 少し自らのアゴをその手でさする大月の眼鏡を、傾き始めた太陽の光が鈍く照らしだす。

 

「少し、公園に行ってくるとか言っていたな」

「公園ってどこ、先生?」

「多分、軽子坂高校の裏手にある、一の頭公園だろう」

「行ってみよう」

 

 唐突にその言葉を舌へと乗せる少年へ、慎二達の驚いたような視線が集まった。

 

「おいガキ、何を言っているんだよ……」

「そのハザマって人に会いたい」

 

 ルイ少年のその台詞に、もはや今日だけで何度目かも数える気が失せた慎二のため息、それが彼の肺の奥から絞り出される。

 

「もうすぐ夕方だぜ」

「黒井君の言う通りだ」

 

 大月もチラリと五森婦人、少年の保護者を務めている女へと視線を向けてから、ルイのその端正な顔をじっと見つめた。

 

「公園と言っても、かなりの大きさがある雑木林のような物」

 

 アームターミナルを装着した自分の左手、それをその公園とやらの方向へ差し向けながら、大月は少年へ諭すようにそう語りかける。

 

「日が暮れてからは危険だ、悪性プラズマが出るかもしれん」

「行きたい」

「駄目だ、ボウヤ」

「会いたい」

「五森婦人」

 

 軽く息を吐いた大月は、少し助けを求めるように再度五森婦人へとその目を向ける。彼女は少し首を傾げ、眉間へ僅かな皺を寄せながらその口をゆっくりと開く。

 

「坊ちゃま、今回は久しぶりですので、少しこの方々の御意見を聞いて……」

「会いにいく」

 

 ドッ……!!

 

 突如、一方的にそう宣言をした少年は、そのまま理化学室から勢いよく飛び出していってしまう。

 

「おい小僧、ルイ!?」

「ボウヤ!?」

 

 少年の突然のその行動に、慎二と大月がその顔を見合わせる。

 

「失礼を、先生方」

 

 トッ……

 

 僅かな間をおいた後、五森婦人がその少年の後を追うため、踵を返して理化学室の半開きのドアからその姿を消し、慎二達の前から立ち去っていった。

 

「どうするよ、先生……」

「どうするも何も」

 

 ゴソッ……

 

 ブツブツと呟きながら、大月は部屋の片隅のロッカーへその足を進め、そこへ納められている、何やら珍妙な機械部品へと軽くその手を触れさせる。

 

「子供の危険を見逃してはいかん」

「大月……」

 

 その毅然として言い放った大月教師の言葉、その声を聴いた時、慎二は以前に彼の落とした千円札をそのままちょろまかしてしまった事に対し、軽い後ろめたさをその心へと感じてしまう。

 

「行くぞ、黒井君」

「俺も行くのかよ!?」

「君が連れてきたルイ君達だろう」

 

 眉間をしかめるながらそう言う大月の手には、短いホースのような物が握られている。

 

「それに、最近あの公園にな」

 

 そのホースを机の上に置きながら、再び大月はその大型のロッカーへと向かっていく。

 

「プラズマが出るらしい」

「ニュースでお馴染みの奴、変質者プラズマか」

 

 もはや、プラズマという言葉によって耳へタコが出来てしまった慎二は、大月の言葉なんぞを深く考えない。

 

「私も何度か、あの付近でプラズマを見た事がある」

 

「しかたねぇな……」

 

 しかし、もしかしたら彼、チャーリーのアダ名で呼ばれている軽子坂高校の生徒である黒井慎二は、その大月が常に口にする「プラズマ」の定義を、もっと深く考えるべきであったのであろうか。



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第4話 「非日常の始まり(後編)」

「坊ちゃま」

 

 それなりの距離を走ったというのに、五森という女の息には全く乱れが無い。

 

「それが本気モゥドとかいう世俗の言葉か?」

 

 駆け寄ってきた女の姿格好を見て、ルイ少年は僅かにだけ彼女へ向けて、その口の端を歪めてみせた。

 

「私にもわかりませぬ」

 

 とは言っても、PTA風のコーデよりは上下共にジャージの方が走るのに向いているのは確かであろう。

 

「ここのようだな」

 

 少年達の目の前には、鬱蒼と生い茂る木々、林が夕陽に照らされ紅く輝いている光景が広がっている。

 

「またまた、面白いものが見れそうだ」

「このマグネタイト波動、微弱な空間の乱れがございますね」

「マグネタイト、か……」

 

 その守役の女、五森の言葉に何が気に入らなかったのか、少年はその面差しへ微かに不満そうな色を浮かべて見せた。

 

「マグネタイトと言えば、さ」

 

 唇を尖らせながら不満を口にする少年のその小さい握り拳、そこにはなにやら鳩だか何だかを思わせる白い羽根、豊かな質量の翼を伴った人形が握られている。

 

「まさか、最初の遊びがいきなりフイになるとは、思わなかったな」

「あの少年、黒井慎二へ吸わせたマグネタイトでございますね」

「あのまま、大月先生とやらの謎の機械に吸われなければ、ある程度の時間を経た後に」

 

 ピィ……

 

 少年の手の内へ握られる、中央へ銀十字の刺繍をされた白布でその両目を隠し、白い翼をルイの拳の間から覗かせる女の人形。それが鳥のさえずるような声と同時にその頭へと生やした金色の長い髪を軽く振り乱す。

 

「禍魂(マガタマ)へと変性したというのにね」

 

 小さな身体をした女、その彼女を掴む少年の手に力が入り込まれる。

 

「新しくマガタマをお造りに?」

「うん」

 

 キュアァ……!!

 

 断末魔の声を放ちながら潰された女の身体から滲み出る赤い血、それが少年の立つアスファルトの上へと滴り落ちた。

 

「いきなりマガタマを呑み込ませるのは、本当なら危険を伴わせてしまう事になるけど」

「大丈夫でございましょう、坊ちゃま」

「そうかな?」

 

 地面へ作られた血溜まり、いやよく見るとそれは血液ではない。

 

 チッ、チィイ……

 

 その血を錯覚させる謎の光、紅い粒子の塊がジワリと凝縮を始める。

 

「あの男は坊ちゃまからのマグネタイトを飲み込んでも、それほど身体へ不調が出たようにはみえませぬゆえ」

「まあ、確かに」

 

 その「血溜まり」の中央から這い出た、白色の外骨格を纏った地虫のような生き物を少年は無造作に掴み取った後、再び夕焼けに照らされる林の中へとその視線を向けた。

 

「いきなりでも大丈夫かな……」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「大月センセ……」

「何だ、黒井君」

「別にあんたの教師魂とやらは悪かぁないと思うけどよ」

 

 近所の薬局、妙に個性的なテーマソングを店内へと流していると近隣では有名な店の店主から少年達の目撃情報を得た慎二達は、薄暗くなってきた道を公園、一つ頭公園へとその脚をせかさせた。

 

「その格好はどうよ?」

 

 先程すれ違った二人のおばさま方が、今の大月の姿を見てヒソヒソと声を交わしあっていた事に、慎二はガラにもなく羞恥心というものを感じてしまっている。

 

「対プラズマ用の武装だよ」

「武装って、先生……」

 

 どちらにしろ、大月が着ている白衣へ覆い被せるかのように背負っている物々しい機械だかポリタンクのような品々、それらの重さが慎二達の歩くスピードを落としているのは確かである。

 

「悪性プラズマとは、本当に危険な物なのだよ、黒井慎二君」

「そりゃ、最近の変質者は危険だけどさ」

 

 ようやく慎二達の目の前に見えてきた多くの木々が生い茂る一つ頭公園。その林は未だ完全には陽が沈んでいないにも関わらず、深い闇が沈み込み、不気味な雰囲気を放ち散らす。

 

「どっから、あいつらを探すかな……」

 

 やっかいな事をしてくれた少年達を頭の中で軽く罵りながら、慎二は理化学室から持ってきた護身用のモップを握るその手へ軽く力を込めた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「データ上のマグネタイトを、電子的な報酬物質……」

 

 暗い木々に囲まれた中での僅かな広間、木製のベンチに一人の青年が座りながら大型携帯端末、いわゆる「タブレット」と呼ばれている物へとその細い指を走らせている。

 

「生け贄であるとして代入をし、マグネタイト収束物質を悪魔の誘引器として使用」

 

 昼間であれば、青年の目の前の池の周囲にあるこの草地は子供達の良い遊び場所であろうが、夜の闇が迫ってきた今となっては普通の人間には恐怖の感情しか与えないであろう。

 

「僕の体内へ寄生をしている魔界蟲には及ばないとしても」

 

 草地の真ん中には人の手により草が刈り取られた地面、それの茶色の地肌の上に、幾何学的な線や円が描かれている。

 

「召喚の役には立つだろう、大月先生が造った人造マグネタイト達は」

 

 その線と円の集合、神秘学やオカルトの知識がある者が見れば、一目で魔方陣と解るその紋様の中心には、赤い色をした複数の宝石と共に透明の小瓶へと入れられた一匹の奇怪な外見をした虫が置かれ、それぞれが淡く光を放ち地面を照らす。

 

「さて……」

 

 青年はベンチから立ち上がり、タブレットを手にしたまま魔方陣へとゆっくりと近付く。

 

「マグネタイト経絡、召喚経路への進路はクリア」

 

 タブレットから放たれる光に照らされる青年の顔は、黒井慎二の元へと訪れた金髪の少年「ルイ」に勝るとも劣らぬほど秀麗。

 

「悪魔、堕天属シトリーの召喚成功確率九十七バーセント」

 

 青年が自身のタブレットへ映し出されている、黒と金で縁取りをされたテキスト・ボタンへその細い指を置くと共に、魔方陣から湯気のような物が立ち登り、それと同時に周囲へジャコウのような薫りが膨らむ。

 

「始めるか……」

 

 ジィ……

 

 大型携帯端末タブレットへ付属をされた部品を自らの唇で軽く挟み込んだ彼の身体が、淡く輝く紅い粒子を放ち始めた。



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第5話 「堕天使シトリーと狭間偉出夫」

 

 太陽が沈み、どこか暗く鈍い輝きを放つ満月が天へと登る午後七時。

 

「このマグネタイトの感覚、彼はシトリーを呼び出すつもりなのかな」

「おそらくは」

 

 完全に日が暮れた林、一の頭公園の藪木に身を潜めたまま、ルイ少年とその守役の女はヒソヒソと呟きあっている。

 

「しかし、おかしいな」

「はい」

 

 少年達が見つめる視線の先、そこには今まさに異界から悪魔、この世の生物とは異なる存在を呼び出そうとしている、軽子坂高校生徒「狭間偉出夫」の姿が映っていた。

 

「堕天属シトリーを呼び出す理由など、人間の男には一つしかないと思うが」

「左様でございます」

「彼から感じるマグネタイトの流れは」

 

 両手に持つ木で身を隠したまま、中腰で悪魔召喚者ハザマを瞬きもせずにじっと見つめ続けるルイ少年達が二人。春から夏にかけて育ち、覆い繁った緑の葉の塊が彼らの姿をハザマのその目から捉えさせない。

 

「必ずしもダークサイドの力に満ちたものではない」

 

 悪魔、天界から堕天した物達へと属するシトリーを呼び出す者は、ほぼ全てが利己的な、情欲に満ちたマグネタイトを放っているものだ。

 

「坊ちゃま」

「何だ?」

「結局の所、今の坊ちゃまの力はどのくらいで?」

 

 チャ……

 

 その五森婦人の言葉に対して、なるべく少年は音を立てないようにしながら、自分のポケットから可愛らしいマスコット・キーホルダー「ヒーホー君」を取り出して見せる。

 

「この霜の妖精と同じくらい」

「不便をなされるでしょうか?」

「どうかなぁ」

 

 ブゥ……

 

 二人の近くへ耳障りな羽音を立ててやってきた蚊をその小さな身体から放つ冷気、冷たい風で追い払いながら、少年は無邪気な笑みを彼女へ向けて浮かべてみせた。

 

「この中腰姿勢はこたえるけど」

「歳でありましょう」

「そうなのかな……?」

 

 再び、身を屈めてハザマを見つめている二人へヤブ蚊が忍び寄ってくる。

 

「ニホン、蚊が多い」

「仕方がありませぬ、坊ちゃま」

「うちのあやつ、蝿の主人に苦情を言って、何とかならないだろうか?」

 

 少し蚊の羽音に神経を苛立たせたのか、今度は冷気で退散させるだけではなく、魔方陣の近くにいるハザマに気がつかれない位に彼、ルイ少年の持ちうる力を放ち、その害虫を凍りつかせてみせた。

 

「蝿と蚊では全くちがいましょう」

「同じような虫同士、知り合いに司っている奴の一人や二人はいそうだが」

「そうそう上手くは……」

 

 眉をひそめてそう言いかけた五森婦人を、少年は素早くその細い手を伸ばし彼女の口を遮る。

 

「始まったようだ」

 

 二人が見つめる魔方陣から軽い火花と同時に、金と紅の光が増し始めた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あの光はなんだと思う、センセ」

 

 闇に包まれた木々の間を油断なく周囲へ懐中電灯を振りながら歩く慎二達の視線の先に、何か色、黄色に輝く煙やら紅い光がぼんやりと映りだした。

 

「怪しい光と言えば、プラズマに決まっている」

「あぁ、そうですか、そうですか……」

 

 夜の闇に閉ざされていなければ、慎二が自分に対して舌を出している姿を、教師である大月は咎めていたであろう。

 

「あの人影は……」

「ハザマ君、かな?」

 

 その純白の特注制服に包まれた細身の少年のシルエット、月明かりに照らされてもなお薄暗い林の中でも、そうそう軽子坂高校、その中である意味「名物」となっている彼と見間違う事はない。

 

 パチッ……

 

「なぜ懐中電灯を消す、黒井君?」

「いや、何となく……」

 

 何か、何か今の狭間偉出夫に姿を見せるのが危険な予感がし、反射的にその手に持つ電灯を閉まった慎二。

 

「もう、帰らねぇか、先生?」

「何を言っているんだ、君は」

 

 ジロリと眼鏡越しに大月に睨まれながらも、慎二はその口から出す弱気な言葉を止めない。

 

「あの小僧達がここにいるとも限らねぇしよ……」

「あれがハザマ君なら」

 

 ザァ、ザ……

 

「ルイ君達を知っているかもしれん」

「おい!?」

 

 遊歩道からその脚を離れさせ、謎の光を放ち続ける場所へ向かい、最短距離を突っ切ろうと草むらを踏みしめ始めた教師大月を慎二は慌てて止めようとする。

 

「おい、待て大月!!」

 

 無謀なのだか何なのだか性格が掴めない大月を、それでも懐中電灯をつける事をためらいながら慎二は慌てて彼の後を追った。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「シトリー召喚、成功……」

 

 魔方陣から立ち上る黄金色に光る煙の中に、おぼろげながら人影らしき物を確認したハザマ。そのまま携帯端末タブレットを手に持ちつつ、その視線を微塵もその影から離さない。

 

「我が名はシトリー」

 

 人影の頭部らしき場所に乗っかっている猫、いや豹のようなその面から透き通るような、それでいてどこか禍々しい性別不詳の声が辺りへと響く。

 

「初源の神が創りし二対の人の末裔、その者達が持つ原罪の一つを叶えし魔の者」

 

 何かを宣言するようなその魔物の言葉と同時に、魔方陣から周囲へと紅い光が舞い散る。

 

「汝の望みは何だ、少年?」

「ある女の姿を映してほしい」

 

 そのハザマの秀麗な唇から掠れたように吹き出される、ハッキリとした言葉に対して魔物、住まう天から堕ちた者であるシトリーはその鼻をひくつかせながら微かに笑ったようだ。

 

「それの大罪以外に、我が呼び出される理由はないか」

「この女だ」

 

 カソッ……

 

 ハザマの懐から差し出された一枚の写真を、シトリーが魔方陣からその身体を乗り出して覗き見る。

 

「美しい女ではないか、人間」

「僕の母親である」

「フン……」

 

 シトリーは召喚主であるハザマの顔を再度睨み付け、再び悪魔は彼を嘲笑った。

 

「まあ……」

 

 フシュ……

 

 その悪魔の吐息には強いジャコウの匂いが絡み付いている。

 

「昔から数多の邪淫の願いを数多く叶えてきた我が、いまさらこれしきの事で、気に止める事ではないのであろうな」

「何も望まない、ただ母さんの姿を録ってくれるだけでいい」

 

 シィ……

 

 魔方陣から立ち昇る金色に輝く煙が、魔物の姿を覆い隠した。

 

「その願いは我の管轄にあらず」

「召喚者はこの僕だ」

 

 またしても、そのハザマに対して再度の冷笑を投げかける堕天者シトリー。

 

「他のその手の、いわゆる清冽な願いを叶える立場へと属する者を呼び出せば良いものを」

「召喚したのは僕だと言ったはずだ……!!」

「フフ……」

 

 その声にヒステリックな物が混じり始めた彼ハザマに対し、からかうように堕天使シトリーは自らの身体を纏う黄金色の煙と紅い粒子を軽く吹きかける。

 

「まあ、良い」

 

 その不満げとも興味をそそられたともどちらともつかない、あるいは両方の感情を込めた笑みを浮かべながら、シトリーは自らの右手を天の月を指差すように振り上げた。

 

「我にしても、たまには暗黒に満ちた欲望を感じさせない願いを望む男は」

 

 瞬時に、その豹面をした異形の姿から三十がらみの女の姿へとその身を変えてみせる悪魔。

 

「嫌いじゃないわ、偉出夫」

「母さん……」

「久しぶりね」

 

 その女の微笑みに、ハザマはその手に持つ大型携帯端末を気にしつつも、両の腕を広げて彼女、悪魔が化身した存在へと抱きつこうと、足を僅かに魔方陣へと進める。

 

 バキィ……

 

「誰だ!?」

「ハザマ君!!」

 

 大月が足元の大振りの枝を踏みつけながら自分へ向かい駆け寄ってくる姿に、ハザマのそのまなじりが強く跳ね上がった。

 

「邪魔をするな、先生!!」

「そのプラズマは!?」

「邪魔をするなと言ったはずだ!!」

 

 コッ……

 

 激昂をしたハザマの手からタブレットが滑り落ち、魔方陣の中へ向かい投げ込まれてしまう。

 

「しまった!!」

 

 バ、チィ……!!

 

 そのタブレットが魔方陣中央へと置かれていた召喚の為に必要な物質群、マグネタイト結晶体と謎の妖蟲が入れられた瓶へとあたり、その陣から立ち上る煙と光、そして悪魔シトリーの姿が揺らぎ始めた。

 

「何をやっているんだよ、ハザマ……?」

 

 ハザマ、狭間偉出夫にそう問いかけながらも、慎二は日が昇っている間であれば公園の名所である澄んだ池、しかし今では異様な気配、淀んだ空気しか醸し出さないその魔方陣周辺の光景を見て、教師大月の後を追ってきたことに激しい後悔の気持ちをその心の中へと抱く。

 

「おのれ……!!」

 

 シトリーのその姿、ハザマの母を形どったその身体が水蒸気が蒸発をするかのように消え始めたのを目にし、彼軽子坂高校の生徒、狭間偉出夫が憎しみに満ちた視線を大月、そして彼の後を追ってきた黒井慎二へと強く向けられる。

 

「許さんぞ、貴様ら」

「許さないって……」

 

 そのハザマの形相に怯み、一歩後ずさりしながらも慎二は虚勢を張り、彼ハザマへとぎこちなく肩を竦ませてみせた。

 

「こんな夜更けに何かのトリックをやると、近所の目がうるさいぞ、ハザマ」

 

「黙れ!!」

 

 怒りに満ちたハザマの怒号と共に、彼の右手が制服のボタンを外しながらその内側へ入り込む、その時。

 

「何だ、よ……?」

 

 ゴク、リ……

 

 唾を飲みながら掠れた声を出す慎二の声、その彼の声色へと混じっている脅えの色にハザマは大月、慎二達へと投げつけていた憎しみの視線を再度魔方陣の方へと戻す。

 

「まずい……!!」

 

 シトリーの姿が消え去った魔方陣から再び赤い光、先程とは異なる毒々しい赤黒さを放つ火の玉、生物の臓物を彷彿とさせるそれらが飛び出してきた事態にハザマは。

 

「召喚魔方陣が暴走してしまったか……?」

 

 黒井慎二達、彼らを無視して狭間偉出夫は険しい顔つきをし、その光景をじっとその双眸で凝視をし始めた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「いいところだったのになあ……」

 

 ハザマとシトリーのやり取りを面白そうに眺めていたルイ少年は、そう呟くと共に軽くその舌を打つ。

 

「しかし、坊ちゃま」

「ああ」

 

 暗い林の中へと描かれていた魔方陣、そこから次々に飛び出てくる、赤黒い光を放ちながら脈打つ「玉」を見つめながら、少年はその自身の唇へ軽く舌なめずりをしてみせる。

 

「第二ラウンドの始まりだ」



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第6話 「チート」

 

「な、何だよ!?」

「マグネタイト経絡が乱れたか……」

 

 赤黒い光の塊が落ちた地面、そこから異形の小人の様な者達が這い出る、まさしく地の底からよじ登ってくるかのような光景に、恐怖にその顔をひきつらせた黒井慎二の唇が震え始めた。

 

「ここまで多い実体化プラズマは初めてだな、私も」

「コイツらを見たことあるのかよ、大月!?」

「言っただろう、黒井君」

 

 その背中、謎の機械から伸びるホースと腕のアームターミナルを構えながら、冷静な声を放ちながら大月は慎二へ自分の背中へ来るように促す。

 

「最近、悪性プラズマが多いと」

「じょ、冗談じゃねぇ!!」

 

 ト、トゥ!!

 

「バケモンじゃねえかよぉ!!」

「おい、黒井君!?」

 

 脱兎のごとく、その場から逃げだす慎二へ慌てた声をかける大月のその顔へと掛けてある眼鏡がずれ。

 

「おっと!!」

 

 右へと、片寄った。

 

「仕方があるまい、大月先生」

 

 軽くその身体を捻らせるハザマのその両手、そこにはなにやら紅い光のような物が渦を巻き始めている。

 

「愚人には悪魔など信じられる物ではい、だろう」

「プラズマだと言っているだろうに、ハザマ君」

「あなたがどうこやつらの事を思おうと」

 

 赤黒い塊、それらが産み出した生き物。腹部が異様に膨れ上がった灰色の肌をした異形達がその濁った瞳を二人、ハザマと大月へと向けている。

 

「ニク、だ……」

 

 ペツァ……

 

その醜い悪魔が涎を滴らせながら、その足を一歩踏み出した途端。

 

「ハアァ!!」

 

 ハザマのその手、そこに渦巻く紅い輝きが白く変化をし、涼やかな音と共にその異形の悪魔達の内、その足を踏み出す一匹を包み込んだ。

 

 シィア……

 

 その怪物は悲鳴を上げる暇もない、ハザマから投げ付けられた冷気がそのまま悪魔の表面で氷結をし、氷漬けとさせる。

 

「ニク、ニクゥ……」

「ちっ、餓鬼どもめ……」

 

 だが、その異界から招来された幽鬼達は、氷の柱と化した同族の事などはその視界へ入らないかのように、ジリジリとその足をハザマ達へと向け、近づく。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ハア、ハア……」

 

 暗闇の森のなか、黒井慎二はその息をきらせながら後ろを振り返る。

 

「だ、大丈夫かなアイツら……!!」

 

 ようやく、人の心配が出来るようになった心境のその時。

 

 グゥ、グゥン……

 

「あ、あわわわ……」

 

 先程の幽鬼、地獄からの餓鬼、それらが空間を切り裂き出現し、慎二の行く手を阻む。

 

「ニク……!!」

「だ、誰か助けてくれ!!」

 

 股間が濡れるのも気にせずに、慎二は手足をばたつかせてその場からまるで「ハイハイ」をするかのように逃れようとする。

 

「うぐぅ!?」

 

 その時、何かが黒井慎二の口の中へと入り込んだと、彼が思ったその刹那。

 

 ニク……!!

 

「うわっ、くるな!!」

 

 慌てて飛びかかってくる餓鬼へと向かって、その両手を突き出す慎二、その彼の手から。

 

 バァン!!

 

「へ!?」

 

 何か、衝撃波の様なものがその餓鬼を弾き飛ばし、その光景を見た他の餓鬼が僅かにたじろぐ。

 

「な、なんだってんだ!?」

「ヒフミ亜流のマガタマかなあ……?」

「おい、小僧!?」

 

 いつの間にか彼、黒井慎二のすぐ近くまでやってきたルイ少年が、彼の慌てぶりを面白そうに眺めている。

 

「な、何がなんだか……」

「漏らしたね、お兄ちゃん」

「そんなことを言っている場合ではないだろう?」

「ほら、またきたよ」

 

 自らから冷気をほとばせながらも、ルイ少年は慎二をけしかけようとその尻へと蹴りを入れた。

 

「破魔、使えるはずだよ?」

「な、何を言っているんだよ?」

「天使を生け贄にしたからね、そのマガタマ」

 

 シャア!!

 

 間合いをとっていた餓鬼たちが、焦れたかのように一斉に黒井慎二達へと襲いかかる。

 

「う、うわぁ!?」

「破魔、と念じるんだ!!」

「破、破魔!!」

 

 バシュ!!

 

 その言葉を念じた途端に、慎二の頭へと強い頭痛が疾り、そのまま彼は血の凝結液と成り果てた餓鬼達の姿を見やった。

 

「す、すげえ……!!」

「初めてにしては、上出来」

「チート、スキルってやつじゃねえか!!」



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第7話 「エリゴール招来」

  

「先生、餓鬼達は任せます」

「おう、任されて狭間偉出夫君」

「何か、大物が来そうだ!!」

 

 バリ、バッ!!

 

 プラズマ消去兵器により餓鬼達を殲滅している大月をよそに、狭間偉出夫は破壊された魔方陣へとその視線をむけ続ける。

 

 グゥン……

 

 空間が歪み、その合間から一匹の騎士風の異形がその姿を顕し始めた。

 

「我は……」

 

 その赤い鎧に身を包んだ騎士は、乗り込んだ馬を引きながら、その槍を偉出夫達へと向ける。

 

「エリゴール、戦を司りし堕天をせし者、悪魔なり」

 

 ブルルゥ……!!

 

 馬の鳴き声、そしてその赤き騎士の口調から、彼がこの召喚に大きな不満を持っていることは明らかであるようにみうけられる。

 

「何用だ、人間よ!!」

「そのまま帰還せよ、悪魔エリゴール」

「何だと!?」

 

 キィン!!

 

 地面へと、赤騎士の騎乗槍が強く食い込む。

 

「呼び出しておきながら、拙者にたいするその無礼!!」

「偶然だ、呼び出したのは!!」

「許してはおけぬ!!」

 

 ヒッ、ヒィーン!!

 

 逞しい軍馬が大きくいななき、その上へと跨がる騎士が狭間の方向へとその槍を差し向けた。

 

「血をもって、あがなってもらおうか!!」

「くそ、プラズマ吸引装置がパンクしそうだ!!」

 

 餓鬼達を消去していた大月先生の機械が破裂寸前なのを見やり、狭間は。

 

「ここは僕に任せてもらおう」

「しかし!!」

「足手まといだ、大月先生は」

 

 ガォン!!

 

そういいながら、狭間は胸の中のホルスターから大口径の拳銃を取りだし、その銃口を異形の者へと向ける。

 

「早く、大月先生!!」

「わかった……」

 

 教師として生徒を見捨てるのは気が引けるが、確かに今ここに自分がいても役にたたない。

 

「黒井君の様子でも確かめに行くよ」

「先生、急いで!!」

 

 ガァン!!

 

「デザートイーグル」を安定した姿勢で放ち続ける狭間偉出夫、大口径拳銃だというのに、その発射体勢にはブレがなく、安定したものだ。

 

「ちっ、効かないか!!」

 

 その隙に、教師大月はその場から離れようと歩を進める。

 

「そのようなパチンコ玉、拙者には効かぬ!!」

 

 エリゴールは乗馬へと拍車をかけ、その異形が行うチャージ攻撃に対して狭間偉出夫は。

 

「対、防御障壁……!!」

 

 物理関係の攻撃をすべからず跳ね返す防御壁を張ろうと、その身を身構える。しかし。

 

「くそ、消耗が大きい……!!」

「見かけ倒しか、小わっぱ!!」

 

 儀式によるマグネタイト流出が激しく、その防御障壁を張るのに集中が出来ない。エリゴールのランス突撃は直ぐ間近まで迫っている。

 

 パカラァ!!

 

「串刺しにしてくれるわ!!」

「くっ!!」

 

 人外の技が使えぬとあれば、天才少年といえども単なる一般人に過ぎない、思わず死を覚悟した狭間であったが。

 

 バァン!!

 

「な、何!?」

 

 いずこからか防御障壁が発動し、そのエリゴールの一撃を撥ね飛ばす。

 

「おのれぇ……!!」

「誰か、他にいるのか!?」

「小わっぱごぁ!!」

 

 完全に頭へ血が昇ったとみえる「悪魔」を見て、狭間はかえって自分が冷静さを取り戻しつつあることを実感している。

 

「堕天せしもの、エリゴール!!」

 

 バリィ、バ……

 

「アマテラのマグネタイトを持ち、汝を滅ぼす!!」

 

 電光が狭間の手のひらからほとばしり、その攻撃が悪魔「エリゴール」へとさらなる追撃を与える。

 

「ぐわぁ!!」

 

 先程の自らの攻撃を跳ね返されたのに加えて、金属製の鎧を疾る電流の痛みにより。

 

「お、おのれぇ!!」

 

 悪魔はその身をよじらせながら、紅きマグネタイトをあたかも血のようにほとばしさせた。

 

 カァン!!

 

「くぅ!!」

「この獣の瞳、貴様に耐えられるか!!」

 

 今度は狭間がその身をよじらせる番だ、乗馬から放たれた眼光により、狭間の身が凍りつく。

 

「いけません!!」

 

 ガ、サァ!!

 

 先程まで草むらへと隠れていた五森婦人が、その眼光に対して毅然とした態度を示し、その歩みをエリゴールへと向かわせる。

 

「中年の女、人の身ではないな……!!」

 

 そう呟きながらも、未だに眼光から回復が出来ない狭間は先の対物理障壁の事を思い出した。

 

「そうか、この女のしわざか……!!」

「退きなさい、エリゴール」

 

 その威厳のある声に対しても、エリゴールは鼻を一つ鳴らしたのみ。



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第8話 「マグネタイト吸引」

 

「慎二君、ルイ君」

「やだよ、ハザマなんか助けるのは!!」

「同じ同級生だろう!!」

「いくら、俺がチートを手にしたからって!!」

 

 狭間偉出夫を助けようとする大月に対しても、黒井慎二は渋ったきりにその場から動かない。

 

「もう、こんなオカルトはいやだっての!!」

「確かに」

「んだよ、小僧……!?」

「この程度の戦闘能力では、餓鬼程度ですらまともに戦えない」

「何だと、ルイ小僧!?」

 

 そう言われて、いきなりいきり立つ黒井慎二。

 

「ならば、俺の手に入れたチート能力を見せてやるぜ!!」

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」

 

 ダッ!!

 

 そう言ったきり、慎二は暗闇のなか方向も解らずに狭間偉出夫を探しだそうとする。

 

「狭間、どこだ!!」

「よし、プラズマ吸引装置が復帰した!!」

 

 先程から慎二を説得しつつに再利用しようとし、回復したプラズマ装置を担ぎ大月も黒井慎二へと続く。

 

「狭間君、どこだ!!」

「全く、二人とも……」

 

 その二人の「人間」の姿を見て、一人苦笑するルイ少年は、軽快な足取りで彼らの後を追う。

 

「興味深い人達だ」

 

 

 

――――――

 

 

 

「邪魔立てをするのなら!!」

 

 ヒィーン!!

 

 再び軍馬が、夜の公園に大きないななき声を上げる。

 

「貴様から始末してくれるわ、女!!」

 

 そう言いながら、再びランスを携えて、突撃を仕掛けようと試みるエリゴール、戦を司る堕天の者。

 

「今度は、もうけったいな対障壁は効かんぞ!!」

 

 ジャ!!

 

 突撃の前に術を唱え、その対物理障壁を防ぐ呪いをかけながら、エリゴールは五森婦人へとその穂先を突きつける。

 

「危ない!!」

 

 その光景を見て、電雷をその手のひらから放つ狭間、彼の額には大粒の汗が浮かんでいる。

 

「母さん!!」

「母さん!?」

 

 その狭間の言葉を聞き、わが耳を疑う五森婦人。

 

「いや、違うわ!!」

「似ているんだよ、あなたは!!」

「私は貴女のママじゃありません!!」

 

 そう言いながらも、五森婦人は大きなマグネタイトを集束させ、一気にその戦いにけりをつけようと試みる。

 

「戯れ事を、人間どもめ!!」

「同族の気配も気が付かぬとは、エリゴールよ愚鈍な!!」

「再び拙者をバカにするか!!」

 

 その言葉に猛るエリゴールは、その穂先を。

 

 バカォ!!

 

 五森婦人へと突貫させる。

 

「マグネタイト……!!」

 

 その突撃にも動じる様子はなく、五森婦人がその両の手を大きく拡げた。

 

「吸引!!」

「何ィ!?」

 

 その婦人からの紅い光、それを受けたエリゴールの身体から、先ほどの狭間の電光を受けたときとは比べ物にならないほどの「紅い魂」が暗い夜の闇へと放たれていく。

 

「バカな、人間がこのような真似を……!!」

 

 悪魔エリゴールの身体が徐々に萎み、その身へと纏う鎧がカシャリと音を立ててかれの体躯から地面へと落下をする。

 

 シュウウ……

 

 同時に、彼(いわゆる悪魔をこう呼ぶのには語弊があるが)の乗馬も溶解し、乗り手もろとも液状化した。

 

「マグネタイト吸引、急速吸引だ……」

 

 そう呟いたきり、何か気味の悪いモノを見るような目で、狭間は五森婦人を睨み付ける。

 

「狭間ぁ、いるかぁ……?」

「狭間君、大丈夫かね!!」

 

 その時二人の男が、片方はおっかなびっくり、もう片方の白衣の男は大声で彼を呼びつけた。

 

「ちっ、邪魔どもが!!」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、一つ。

 

「礼を言わせてもらう、婦人」

「なんの……」

 

 あるかなしかの一礼を五森婦人へ傾けてから、狭間は夜の森へと駆け抜けていった。



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第9話 「新宿衛生病院にて」

 

「うそだよね……」

「そんな嘘が許されるの、小学生までだよね」

 

 やはりというべきか、慎二が手に入れた「チート」の話は二人の女学生「白川由美」と「内田環(たまき)」には信じてもらえない。

 

「本当だってよ、ホラ白川!!」

「火の玉も衝撃波も、何も出ないじゃん」

「う……」

「いい病院、知っているわよ」

 

 確かに、黒井慎二にしてみてもなぜあんなことが出来たのか、理由は説明出来ない。しいていえば。

 

「あのガキども、どこへ行きやがった……」

「ガキども、ルイ君たち?」

「知っているのか、内田?」

「確か、狭間君を探しているとか……」

「ちっ……」

 

 あの一件以来、狭間偉出夫は学校には出てきていない。

 

「肝心な時に役にたたない、狭間の奴と同じだ」

「あんたも狭間君が嫌いなの、黒井?」

「うっせーよ、白川」

 

 

 

――――――

 

 

 

「じゃあな、祐子先生」

「さようなら、勇くん」

「次はマジで、他の連中も連れてくるよ」

「お願いね」

 

 新宿衛生病院、そこのベッドに一人の美しい女性が佇んでいる。

 

「でも呼べそうな奴、橘ぐらいしかいねぇんだよ」

「いいじゃない、彼女で」

「俺、アイツ苦手で……」

「フフ……」

 

 そのままベッドサイドへ花束を花瓶へいれ、一つ礼をして病室から立ち去ろうとする勇、ベレー帽みたいな帽子を神経質そうに被る新田勇。

 

「おっと……」

「ごめんね、お兄ちゃん」

「気を付けろよ、小僧」

 

 病室から出た彼とぶつかりそうになったが、寸前でかわした金髪の少年はそのまま。

 

「ぼっちゃま、ここが新宿衛生病院で間違いないようですわね」

「狭間、えーと」

「狭間偉出夫でございます」

「彼の母親が、ここに入院しているんだったよな?」

「ええ」

「だったら、彼もここにいるかも知れない」

 

 しかし、いくら探しても狭間偉出夫の姿はこの病院にはない。

 

「僕やゴモリーの能力が制限されているからなあ……」

 

 

 

――――――

 

 

 

 その時、狭間偉出夫は先にエリゴールが液状化した公園にいた。

 

「あった……!!」

 

 昼の光に煌めくマグネタイトの塊、いや。

 

「やはり、僕には……」

 

 スライムという、悪魔が強引にマグネタイトを吸収させた後に出る「残骸」

 

「母さんを、諦めきれない」

 

 

 

――――――

 

 

 

「おい、黒井」

「な、なんだよ宮本……」

 

 校内一の不良と恐れられている宮本明に話しかけられるだけでも、黒井慎二のその脚はすくんでしまう。しかし彼の迫力をみれば、無理もない。

 

「何か用かよ、宮本……」

「何か、お前の顔」

「な、なんだよ」

 

 それほどの凄みが、宮本明にはある。

 

「早く、用件を言ってくれ」

「何か、ラインのような物が通ってないか?」

「ライン?」

「こう、血管や筋みたいなものが……」

 

 そう言われても、怯えている状態のチャーリーには、何か因縁をつけられているようにしか感じない。

 

「まあ」

「まあ?」

「俺の気のせいかもな」

 

 スッ……

 

 言いたい事を言ったきり、宮本明はボクシング部の方向へと去っていく。

 

「アイツ、宮本はボクシング部に入ったのか……」

 

 また、不良を恐れる要因が出来てしまったことに黒井慎二は戦々恐々としている。

 

「あの……」

 

 その宮本と入れ替わるように、一人の地味な女生徒がチャーリーに語りかけてきた。

 

「なんだよ、赤根沢……」

「狭間、狭間偉出夫君を知りませんか?」

「俺がしりてえよ、おい……」

 

 先の宮本明に「脅された」反動か、今度は慎二の方が不良のような口調になってしまう。

 

「す、すみません」

「とっとと消えてくれ、赤根沢」

「は、はい……」

 

 そう、吐き捨てるように行ったのち。

 

「何やってんだろ、俺……」

 

 兎の子のように慎二から逃げていく赤根沢の姿をみて、自己嫌悪におちいる黒井慎二。

 

「根暗なネクラ沢、アイツが悪い、うん」

 

 しかし、そう正当化ができてしまうところが、彼の良い意味での「チャラい」所である。



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第10話 「白川由美の禍」

 

「ぼっちゃま」

「ん?」

「本当に、他の人間でも人修羅を試してみるおつもりで」

「むろんだ」

 

 小妖精から生気を吸いとり、新たなる禍魂を作り出したルイ少年は、その顔に無邪気な笑みを浮かべてみせた。

 

「複数の人修羅、どうなるものか……」

 

 

 

――――――

 

 

 

「あら、ルイ君」

「こんにちは、白川のお姉さん」

「あらやだ、お上手ね」

 

 すっかり軽子坂高校に馴染んでしまったルイ少年と五森婦人は、その顔を見合せながら。

 

「私に何の用?」

「これ」

 

 何か、昆虫のような物を白川由美へと差し出す。

 

「カブトムシ……、とはすこし違うみたいね」

「僕の故郷で、御守りとなるアクセサリーなんだ」

「へえ……」

「あげるよ、これ」

「ええー?」

 

 嬉しさ半分、嫌さ半分はといった表情でその昆虫を実とみやる白川由美。

 

「少し、気持ち悪いかも」

「痛いのは、最初だけだから」

「ませてるー」

 

 いかにも「私はお姉さんでござい」というスタンスを崩さない彼女の後ろ姿に対して。

 

「あの程度の悪魔が、最適かなぁ……」

 

 ぺろりとその舌を出すルイ少年。

 

 

 

――――――

 

 

 

「嫌な月……」

 

 あたかも血で出来た皿のような満月の月夜、白川由美はその歩を家路へと急がせる。

 

「ちょっと、怖いけど……」

 

 一の頭公園を突っ切ろう、そう思って彼女はその脚を駆けさす。

 

「ん?」

 

 公園の真ん中まで来たとき、その中心の池、その辺りに何か光る物を確認した由美は、興味本意でその物体を眺めようとその身を乗り出した。

 

 ザァ!!

 

 その、目を凝らした時。

 

「ひっ!?」

 

 大型の人影が一つ、池から飛び出してきた。

 

「ば、化け物!!」

「女の、肉!!」

 

 その「化け物」は筋骨逞しく、最初彼女こと白川由美は不審者かと思ったが。

 

 シャア!!

 

 化け物の口から吐き出された液体により、その認識を改める。

 

「だ、誰か!?」

 

 その吐き出された液体が地面を濡らすと同時に、鼻を刺すような悪臭が彼女の鼻を襲う。

 

「助けて!!」

――助けよう――

「え?」

 

 バッ、シュ!!

 

 カブトムシ、いや禍魂が彼女の口の中へと。

 

「ガ、ふぅ!?」

 

 無理矢理に入り込み、彼女は激しくむせた。

 

「ゲ、ゲホッ!!」

 

 それと同時に身体を襲う激痛、それに耐えている白川に向かい。

 

「女の、肉!!」

 

 怪物がその丸太のような両手を締め付けてくる。

 

「こ、の……」

 

 それでも力、それが身体の中心から湧き出るのを感じた彼女は。

 

 バァン!!

 

「はあ、はあ……」

 

 激しい回し蹴りを、その怪物へと振るう。

 

「グゥ!!」

「この、化け物!!」

 

 パァン!!

 

 強烈な平手打ちがその「化け物」を襲い、そのまま彼女はその場から立ち去ろうとする。

 

「待て、女ぁ!!」

「待てと言われて!!」

 

 その巨体を利して白川へと追い付く化け物に向かい、待たしても由美は強烈なキックをその巨人の。

 

「ガホゥ!?」

「そのままそこで、大人しくしてな!!」

「グ、グゥ……」

「変質者!!」

 

 駆け足、それもいつもの彼女とは比べ物にならないほどに早く、素早い。

 

「早く、警察に!!」

 

 その彼女を、赤い血のような月が美しく照らしていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「オーガを、な……」

 

 その様子を物陰から見ていたルイ少年は、感心したようなため息をつく。

 

「戦闘向けではない、イヨマンテであそこまで制圧するとはな」

 

 面白い、ルイ少年と五森婦人は心からそう思った。

 

「だが、まだ人数が足りない」

「まだ人修羅を、ぼっちゃま?」

「バトルロイヤルこそ、戦いの花だよ、ゴモリー」

 

 そう言い切ったルイ少年の顔には、すでに無邪気な表情は浮かんでおらず、大人のみがうかべることが出来る笑みに覆われていた。



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第11話 「囚われの橘千晶」

「もうここまで増やせば」

「いいだろうな、うん」

 

 黒井慎二、そして白川由美に続き複数の人修羅を作り出した彼らルイ少年達は、いよいよ計画を進めることに。

 

「ガイア教の、儀式か……」

「ミロクなんとかという、けったいな書物に基づいている東京受胎ですな」

「そうだ、ゴモリー」

 

 その言葉に深く、深く頷くルイ少年。

 

「だが、その前に下準備がまだ出来ていない」

「東京受胎の主宰者……」

「あの氷川とかいう男、今回は野心が希薄な様子だ」

「他の人物を探す必要があると……?」

「一人、心当たりがある」

 

 艶然と笑みを浮かべるルイ少年の近くへ、彼の使い魔が近付く。

 

「僕の魔力も、充実してきたしな……」

 

 

 

――――――

 

 

 

「母さんと、僕の静寂なる世界……?」

「そうらしいな、聴くところによると」

 

 ルイ少年から「未来視」の力を見せつけられた氷川は、その未来の不安定要素を取り除くために。

 

「シジマ、というコトワリだよ」

「シジマ……」

 

 あえて、この狭間という少年を利用しようと考えていた。

 

「君の母さんとも、静かな時がすごせるよ……」

 

 彼狭間偉出夫の母が、この病院に入院していたことも、彼氷川にとって好都合だ。

 

「この、女な……」

「マグネタイト、いや」

 

 新宿衛生病院の地下へと囚われ、その身を鎖に繋がれたままに狭間達の前へと立っている少女、彼女の顔を見ながら。

 

「マガツヒ吸引に、必要なようだな」

「気の強そうな女だ」

 

 その女生徒、彼女がその顔を微かに上げる。

 

「……して」

「なんだ、小娘?」

「私を誰だと思っているの?」

「さあ……」

 

 その娘の声、それに対して氷川の声は冷たい。

 

「知らないな」

「橘千晶、橘の家名をしらないの?」

「知らないな」

「くそ……」

 

 その橘という少女は、その言葉を聞いたきり。

 

 グゥ……

 

 再び、その面を下へと向ける。

 

「ミロク教典によれば」

「まもなく東京受胎が始まる、だったな氷川」

「お前の望みも叶うよ、狭間偉出夫君……」

「ふん……」

 

 その狭間の鼻を鳴らす音と共に、彼の手に納められた「スライム」が。

 

「な、何よそれ……!!」

「マガツヒ吸引に必要なものだ」

「や、止めて……!!」

 

 ビュウ!!

 

 橘千晶という少女に向かって飛びかかった。

 

「ああ!!」

 

 彼女の皮膚や服こそ溶かさないが、そのスライムによる「飛び掛かり」を受けた彼女から。

 

 シィ、ン……!!

 

 紅い光、いや燐光が暗い部屋へと舞い、それが氷川の手に持たされている容器へと吸引されていった。

 

「思ったより、マグネタイト含有量が多いな……」

「僕はここでサヨナラをさせてもらう……」

「見物だぞ?」

「あいにく、僕にはその手の趣味はない」

「なるほど」

 

 その狭間の言葉に合点がいったらしい氷川は、その彼が部屋から出ていく姿を見やりながら。

 

「シジマのコトワリに、相応しい男かもな」

 

 一人、静かにそう呟いた。



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第12話 「見舞いの日」

 

「むう……」

「そのアイテムは僕のだぞ、黒井」

「解っているよ、狭間」

 

 黒井慎二たちによる二度目となる赤根沢の母への見舞い。それについてきた狭間偉出夫と電車内でソーシャルゲームに興じる皆。

 

「だめ、あたしソシャゲには向いていない」

「根性がないな、白川」

「うっさい、黒井」

 

 スマートフォンを握りしめたまま文句を言い続ける白川由美を無視して、赤根沢玲子もソシャゲに夢中になっている。

 

 ビッピ……!!

 

「だれだ、外部から侵略?」

 

 電波の通信状況から見るに、その「侵入者」はすぐ近くにいるらしい。

 

「へへ……!!」

 

 そのソシャゲの外部からの乱入者、大きめのキャスケット帽のような物を被った少年が、慎二達へと(ガン)を向けながら、薄ら笑いを浮かべる。

 

「あ、また侵略させた!!」

「やりぃ!!」

「てめぇ!!」

 

 ガ、タン……

 

 電車が揺れるのも気にせずに、慎二はその少年、服装的には慎二ことチャーリーによく似ている彼へと詰め寄った。

 

「良い根性じゃねえか、お前!!」

「お前じゃない、新田という名前がある」

「じゃあ、新田!!」

「新田、勇だよ、軽子坂!!」

 

 よほどこのゲームが好きなのか、その少年は黒井慎二の剣幕にも一歩も引かない。

 

「お前の名前は、軽子坂!!」

「黒井、黒井慎二だよ!!」

「油断をしたお前が悪い、黒井とやら」

「なんだと!?」

 

 その二人の大人げない光景を、たまたま同じ車輛に乗っていた。

 

「迷惑だろ、お前ら……」

 

 宮本明が、無愛想に嗜める。

 

「チッ……」

 

 その宮本の「不良」の気配を感じたのか、新田と呼ばれた少年はそのまま口をつぐむ。

 

「母さん……」

「落ち着いて母に対応してね、狭間君」

「偉そうに言うな、赤根沢」

「それを条件に、見舞いを許可されたんだから」

 

 その赤根沢の言葉に、狭間偉出夫は何やら冷たい、冷笑をその端整な顔に浮かべて見せる。

 

「どうしたの、狭間?」

「いや、なんでもない内田」

「フーン……」

 

 内田環のその言葉、それを受けても狭間の冷笑は止まない。

 

「……」

 

 その様子を、宮本明は不思議な物を見るような目で見つめていた。

 

「俺は次に降りるぜ……」

「何か怪我をしているようだから、そのまま病院に行った方がいいんじゃないの、宮本?」

「内田、大きなお世話だ」

 

 プシュ……

 

 列車のドアが開き、そのまま彼はホームへと立ち去るかと思ったが。

 

「何か変な化け物に襲われてな、内田」

「あんたも、宮本?」

「俺の格闘技で、撃退出来たがな……」

「へえ、あんたもか」

 

 その「内田環」の言葉に気が付いたのかどうかはわからないが。

 

「身辺に気を付けな、内田……」

「あんたもね、宮本」

 

 彼女、内田環には少しは気を許しているのだろうか、そう言い残すと彼は今度こそホームへと去っていった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「いつ来ても、この病院は……」

 

 新田勇もこの病院に用があったらしい、謎の距離感をおきながら、総勢六人の男女はそのまま。

 

「人が、いない……」

「やはりそうか、新田……」

「ああ……」

 

 病院、新宿衛生病院の中へと入っていく。

 

「母さんに、会いに行ってくる」

「俺たちは行かない方がいいな」

「ホウ……?」

 

 その言葉を聞いたとたん、珍しく狭間の口の端に皮肉ではない笑みが浮かぶ。

 

「気が効くじゃないか、黒井」

「俺は、その、なんだ……」

 

 本当ならその狭間の母、同時に赤根沢の母だという彼らの複雑な家庭環境の事は無視して。

 

「俺は高尾先生の所へ行ってくるよ」

「高尾先生、もしかして……」

「あんたらの見舞い客の、隣にいる先生だよ」

「だったら……」

 

 本当は、黒井慎二もあの時の先生の事は気になっていたのだ、ただ赤の他人だという事もあって、言い出せないだけで。

 

「俺もそっちへいくよ、新田」

「そうかい……」

 

 少し考えた後、何かに納得させるかのようにその首を縦にふる新田、新田勇。

 

「橘のやつも、行方不明になっている事だしな」

「橘?」

「同級生だ、いけ好かない女だよ」

 

 そう言ったきり、新田は階段を使い病室のある二階へと上がる。

 

「何か、彼女が行方不明なんだ」

 

 

 

――――――

 

 

 

「くれぐれも、冷静にね」

「わかっているさ、赤根沢」

「そうだといいけど、狭間君……」

 

 そのまま隣の病室、狭間と赤根沢の母の元へと入っていく二人に続いて。

 

「あたし達も」

 

 白川と内田も、彼らにと続いていく。

 

「じゃ……」

 

 何か、見舞いにしては暗い雰囲気となってしまった事を吹き飛ばすかのように。

 

「高尾センセ!!」

 

 新田勇が、おもいっきり病室のドアを開ける。

 

「あれ?」

 

 しかし、そこには誰もおらず。

 

 パ、フゥ……

 

 ただ、風によってカーテンがたなびくのみ。

 

「センセェ?」

「いねえじゃねえかよ、新田」

「おかしいな……?」

 

 何か、隣の病室から緊迫した声がするが痴話喧嘩、やっかい事に巻き込まれたくない慎二は気にせずに。

 

「探そうぜ、黒井」

「あ、ああ……」

 

 そのまま、病院の中を探索することにした。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ぼっちゃま」

「ああ」

 

 衛生病院の屋上、そこには車椅子に乗り。

 

「……」

 

 あらぬ瞳で宙を見やっている、高尾祐子。

 

「時がきました」

「だが、ゴモリー……」

 

 ルイ少年の瞳には、マグネタイト。

 

「マガツヒの濃度が」

 

 いや、マガツヒの紅き光が強く空へと舞っている。

 

「異常だ」

「何か、一波乱ありそうですか?」

「あの生け贄の娘、マガツヒ含有量が高く」

 

 シュ……!!

 

 何か、妖しい鳥が空を飛び交い、そのままキィキィと耳障りな声で啼く中、ルイ少年が真剣な顔つきで。

 

「ただ、マガツヒを吸い尽くすだけの女ではないようだ」

 

 紅い光が乱舞する大空を、実と眺める。

 

「鬼と出るか、蛇と出るか……」



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第13話 「人修羅」

 

「この地下に」

「やだよ、いかねぇぞ俺は……」

 

 慎二にしてみれば、つい先日に恐ろしい目にあった場所なのだ、足がすくむのも無理はない。

 

「俺は行かないからな!!」

「いるとおもうか、黒井?」

「人の話を聞けよ、勇!!」

 

 トッ……

 

 その黒井慎二、チャーリーの言葉も聞かずに、新田勇は地下へと降りていく。

 

「まてってよ、勇!!」

「地下キョーフショウか、慎二?」

「化け物を操る野郎がいるんだってよ!!」

「そんなやつが、いるものかよ……」

 

 そうこうと言い合っているうちに、前に来た防火扉の前までその歩を進める慎二達。やはりというべきか。

 

「扉が開いているな……」

「帰ろうぜ、勇!!」

「ビビリ屋だなあ、お前は……」

 

 僅かに彼を軽蔑したかのような口調でそう言いつつに、新田はそのまま歩みを止めない。

 

「何だ、この赤い装飾は……?」

「だ・か・ら!!」

「まるで、血のようじゃないか?」

 

 ブルゥ……

 

 またしても感じる強烈な冷気、しかしその冷気に混じって。

 

「……だれ?」

「ん?」

 

 聞こえてきた、そのか細い少女の声に、勇の足が止まる。

 

「だれかいるの?」

「その声……?」

「助けて!!」

「橘かよ!!」

 

 ダッ!!

 

 慎二の制止する手を振り払い、勇はその声が聞こえてきた部屋へと飛び込んでいく。

 

「新田、勇!!」

「橘!!」

 

 その橘と呼ばれた少女は鎖で壁にと繋がれており、その鎖を。

 

「なんてこった、監禁じゃねえか!!」

 

 どうにか基部からこじ開けようと、勇はその力を振り絞る。

 

「誰がこんな事を!?」

「あの化け物使いだと思う……!!」

「何だって、慎二!?」

「化け物を呼び出した、そんな男がいたんだよ!!」

 

 ゾクゥ……

 

 殺気、戦闘訓練を積んでいない二人がその気配に気がついたということは。

 

「また会ったな、少年」

「ば、化け物使い……!!」

「二度目は無いと」

 

 そういいながら、氷川はそのリストバンドを目の前へとかざしながら。

 

「いったはずだ」

 

 音を立てて「悪魔」達を呼び出した。

 

 

 

――――――

 

 

 

「マガタマ、二つ余りましたね」

「地下にいる、黒井君にはあげたしなあ……」

 

 無人の病院を駆けながら、ルイ少年はその手に握る二匹の禍魂をどうしたものかと考えている。

 

「まあ、どちらにしろ」

「黒井様を助けますか」

「あの氷川という男は、こういう事には容赦はしない性格のようだ」

 

 

 

――――――

 

 

 

「いけ、チン……」

 

 その「チン」と呼ばれた怪鳥が狭い部屋の中を飛び回り、その嘴を。

 

「くそ、今度は帰してくれる様子はないらしい!!」

「あ、わわ……」

 

 慎二と勇達に向けている中、漏らしている勇。しかし彼黒井慎二は新田勇の事を責めることは出来ない。

 

「チ、チート!!」

 

 ブゥン!!

 

 何か、紅い光と共に黒井慎二の姿が淡く光り、彼のその手から。

 

「やった!!」

「ホウ……」

 

 弾き出された衝撃波が、チンと呼ばれた怪鳥を一匹、地面へと叩き落とす。

 

「ただの少年ではなかったか、なるほど……」

「さあこい、化け物ども!!」

 

 所謂「チート」の発動に成功したことにより気が大きくなった彼、黒井慎二はそのまま仁王立ちで。

 

「このまま、釣瓶落としにしてやる!!」

「まさか、この少年は……」

 

 キェ、ア!!

 

 怪鳥が慎二の頭上を旋回しようとしているが、なにぶん部屋の狭さのせいで本領を発揮出来ないようすだ。それも慎二には幸いしている。

 

「食らえ!!」

「ミロク教典にある、人修羅なのか?」

「化け物ども!!」

 

 再びの衝撃波がチンを叩き落とし、その妖鳥の死骸から。

 

 スゥ……

 

 紅いライン、いや燐光が黒井慎二の口の中へと入ったことに、この場にいた皆が気がつかない。

 

「マガツヒを吸引する能力も備えている、目覚めているな」

 

 いや、氷川だけはその現象に気がついている様子である。

 

「では……」

 

 ビィ、ビ……

 

 またしても以前のように呪符を空へと投げつける氷川、その呪符の塊から。

 

「あんの亡霊みたいなもんか!!」

 

 コロンゾン、以前に一回だけ確認しただけなので慎二にはその名は解らないが。

 

「ま、また化け物ォ!!」

「何なの、こいつら……?」

 

 勇と橘千晶には、そして黒井慎二にも単なる「化け物」でしかない。

 

 ジッ、ジッジ……

 

「な、なんだ?」

 

 総毛、それが体から伸び立つのを感じながら、慎二は氷川が投げ付けた呪符がそれだけ、コロンゾンだけではないことに気が付いた。

 

 バァ、ン!!

 

 空間が膨れ上がり、その宙の空間の中から。

 

「我はバフォメット、神格の者なり」

 

 凄まじい迫力をともないつつ、雄羊の形相をした悪魔が慎二達の前へ立ちふさがる。

 

「ヒッ……」

 

 ついにパニックが限度に達したのか、新田勇が千晶達を置いてその部屋から飛び出した。

 

 キィア……!!

 

「ぐぅ!?」

 

 生き残りのチン、その妖鳥の嘴が彼の頬をかすめ。

 

「いてえ、いてぇよ!!」

 

 そのまま彼新田勇は、地面を転げ回る。

 

「新田!!」

 

その勇に、悲鳴のような声を上げる橘と。

 

「ちっ、バカが!!」

 

 バァ!!

 

 彼女とは別に、コロンゾンを衝撃波で吹き飛ばした慎二は一瞬新田勇を助けるか、そのままバフォメットに立ち向かうかを決めかねたが。

 

「無謀だな、少年……」

「う……」

「このバフォメット、今までの雑魚とは訳が違う」

 

 バフォメット、その悪魔が放つ「オーラ」に対して、その慎二の身体が凍りつく。

 

「肉が、いてぇよ!!」

「新田!!」

 

 どうやら、チンと呼ばれた妖鳥は毒を持っていたらしい。そのまま地面を転げ回る新田勇。

 

「後は任せるよ、バフォメット」

「くそ!!」

 

 最後のコロンゾンを衝撃で吹き飛ばした慎二は、その余裕寂々といった風に立ち去っていく氷川の態度に腹が立ったが。

 

「どこへ行く、人間よ……」

 

 キィイ、ン……

 

 バフォメットが怪音波、謎の音波を放ち、慎二の行く手を阻む。

 

「新田……!!」

 

 もはや転げ回る力もないのか、瀕死の昆虫のようにその身をピクリとも動かさない勇の姿に。

 

「どうすれば!!」

 

 今度は、慎二は自分がパニックに陥りそうになっていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「陰形の術、なかなか使えるな」

「ぼっちゃま」

「解っているよ、五森」

 

 氷川をやり過ごしたルイ少年達は、そのまま足音を忍ばせたままに慎二達の部屋へと向かっていく。

 

「やむを得ん」

「禍魂の摂取は、急性マグネタイト中毒に陥らないでしょうか?」

「だからといって」

 

 部屋の入り口の辺りでピクリとも動かない新田勇の姿を見やりながら、ルイ少年はその肩を竦めてみせる。

 

「ボクが、積極的に手を出す事は控えたい」

「確かに……」

「勿論、最後には手を貸す予定だが」



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第14話 「東京受胎」

  

「ウゥ……!!」

 

 橘千晶、彼女の口に昆虫の様なものが飛び込むと同時に。

 

「カッ、カハァ!!」

 

 新田勇にも昆虫、マガタマがその口の中へと吸引される。

 

「俺のチートが!!」

「小賢しいな、小僧……!!」

「全く通じない!!」

 

 衝撃波、そして破魔と頭で念じたは良いが、その効果が全くバフォメットには見られないのだ。

 

「もっと、チートはないの!?」

「フン……!!」

 

 バリ、ハァ……

 

 バフォメットとかいう化け物、彼から冷気が、その筋が黒井慎二にと伸びるが。

 

「おっと!!」

「素早さだけは、大したものであるな」

「俺だって驚いているよ!!」

 

 素早くその一撃をかわす慎二のその素早さは、もしかするとマガタマの効果の一つかもしれない。

 

 カ、シャ……!!

 

「よくも、今までこのあたしに!!」

 

 自力で鎖を引きちぎる事に成功した千晶は、その怒りに任されるままに。

 

 ボフゥ!!

 

 淡く輝く光を、バフォメットへと投げつける。

 

「クゥ!!」

「この償いさせてもらうわよ、異形の化け物!!」

 

 どうやらその一撃はバフォメットにダメージを与える事に成功したようだ、そのまま追撃を試みようとする橘千晶。

 

「すげぇな、アイツ……!!」

 

 その自分とは比べ物にならない「チート」の力に対し、慎二は彼女「橘千晶」の顔を疾るピンク色のラインをやや、微かな時間みとれていた。

 

「ぐぅ、グ……」

 

 しかし、同じく顔に薄青色のラインを作らせている新田勇の動きは止まったままである。どうやらチンの毒が全く抜けていないようだ。

 

「イヨマンテ、あの力があれば毒を消せるかも……」

 

 遠目からその戦いの光景を見守っているルイ少年は、陰形の術を使役したまま、その場から駆け足で立ち去る。

 

「お食らいなさい、異形の負け組!!」

「おのれ!!」

「メギド・ファイア!!」

 

 この橘千晶という女生徒のマガタマ適性は大したものだ、この異質な力を瞬く間に使いこなしている様子だ。

 

「くっ、覚えておれよ!!」

 

 フゥ……

 

 そう捨て台詞を残したきり、悪魔「バフォメット」は、この部屋からあたかも空気のように消え去る姿をみた慎二は、軽く口笛を吹いた。

 

「す、すげぇなお前!!」

 

 彼女、橘千晶の力はバフォメットを仕留める事はおろか、ついぞ撤退させることすら出来なかった慎二の力を遥かに凌駕している。

 

「すげえチートだ!!」

「はぁ、はぁ……」

「大丈夫か、おい?」

「うるさい、負け組」

「なんだと……?」

 

 確かに彼らの眼前から消え去った悪魔「バフォメット」を、慎二にはどうすることも出来なかったのは確かであるが。

 

「もういっぺん言ってみろ、女!!」

「ただの女じゃないわ、勝ち組の女よ」

「生意気なんだよ、お前は……!!」

 

 助けようとしたのに、ここまで言われる筋合いはない。

 

「ウウ……」

 

 だが、その二人の口喧嘩を「仲裁」したのは。

 

「新田!!」

「勇、俺が解るか……!!」

 

 新田勇の、呻き声であった。

 

「こっち、ルイ君!?」

「そうだよ、お姉ちゃん!!」

「だけど、あたしに医者の真似事のんて!!」

「あの昆虫みたいな物を飲んだでしょ、お姉ちゃん」

「だったら、あたしにお医者さんのような事が出来ると!?」

「イヨマンテならね!!」

 

 ギィ!!

 

 その大声と共にドアが大きく開き、顔に紅い線条を疾らせた白川由美が新田勇の傍へと佇んだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「何。あれは……?」

 

 気分転換の為、屋上に出ていた内田環の頭上では可思議な現象が起こっている。

 

 グ、ミャア……

 

 東京が、謎の放電をしつつにあたかも卵の内側のような形状に変化していっているのだ。

 

 キ、シュア!!

 

「はあ!!」

 

 頭上から舞い降りてきた怪鳥へと向かって雷撃を投げ付けながら、その光景を。

 

「何なの、これは……?」

 

 実と眺め続けていた内田環は、そのまま。

 

「え、車椅子の人……?」

 

 車椅子に乗ったまま、病院の屋上から落ちそうになっている女性の姿をその目の端へと捉えながらも、彼女は。

 

「危ない……!!」

 

 その女性を助けようしてその手を伸ばそうと、彼女はその手を伸ばそうとしたが、徐々に。

 

「う……」

 

 徐々に、その意識を失っていった。



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第15話 「菊理媛」

「全く……」

 

 辺り一面の砂漠、そこに佇むは黒井慎二。

 

「なんなんだよ、ここは?」

 

 確か、新宿衛生病院で勇を白川に見てもらっていて、それで……

 

「まさか、アイツもチートを使えるとはな」

 

 新田勇を侵していた毒、それを白川由美が謎の力で取り除こうとしていた姿は、まさしく慎二のそれと同じものだということは。

 

「チートは、俺様ちゃん一人でいいっての……」

 

 悔しいが、慎二にもそれが解る。

 

「しかし、本当に」

 

 所どころにビルの残骸のような物が見えるが、無論に東京新宿ではない。

 

「なんだってんだよ、ええ……?」

 

 そのうえ、自分が一人だということに黒井慎二ことチャーリーには。

 

「他の連中は、どこへ行ったんだ?」

 

 微かな心細さがある、その為。

 

「おおい、だれかぁ!!」

 

 いつもの臆病さは影をひそめ、大声で人を探し始めた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「はあ、はあ……」

 

 空腹ではない、何か得体のしれない疲労が。

 

「つ、疲れた……」

 

 黒井慎二の身体を、強くつつむ。

 

「全く、どこなんだよここは……」

 

 どこまでも拡がる荒野、そこに一人慎二は佇んでいた。

 

「それに……」

 

 太陽、にしては何か不思議な感じのする天体の存在も、慎二にとってややに疎ましく感じている。

 

「あれが月なら、餅でも降ってこないかな……?」

「あれはカグツチじゃよ……」

「だ、誰だ!?」

 

 すぐ近く、慎二のすぐ近くに一人の美しい、和服を身に纏った女が立っていた。

 

「先程からわらわがいたというのに、そなたはきずかなんだ……」

「あ、あんたは……?」

「菊理媛(キクリヒメ)とでも名乗っておこうか、若いの?」

「な、何か食べる物はないか?」

「全く……」

 

 そうブツブツと何かを口ごもりながら、キクリヒメと名乗った女性は懐からなにか、果物の様なものを慎二へと差し出す。

 

「これでどうじゃ?」

「桃じゃねえか」

「いやか?」

「いや……」

 

 ム、シャ……

 

「旨い」

「そりゃ、上質のマガツヒだからのう……」

「マガツヒ?」

「知らんのか?」

 

 そう言いながら、またしても口ごもりながら自分を納得させるかのように、キクリヒメは自身の頭を軽く叩く。

 

「マガツヒについて知らんことは」

「知らないことは、なんだよ?」

「このボルテクス界においては」

「ボルテクス界、それは……」

「全く、実に!!」

 

 ハァ……

 

 今度は、心のそこから呆れたような声を出すキクリヒメ。

 

「どこまでも無知なのじゃ、お主は!!」

「う、うるさいな!!」

「ボルテクス界もマガツヒについても、知らんということは」

 

 そう愚痴を言いながら、辺り一面の荒野をその細い指で指し示すキクリヒメ。

 

「この世界では、死んでいるのとおなじじゃ!!」

「じゃあ、死んだのかもな」

「ハア?」

「俺はよ……!!」

 

 どこか寂しげにそう言う黒井慎二を、今度は気味悪そうな顔をして見やる彼女。

 

「と、ともかくな、キクリヒメさんよ!!」

「な、なんじゃよ?」

「どこか、落ち着ける場所はないか」

「ふむ……」

 

 どうやら、この彼女キクリヒメは力になってくれそうだと判断した慎二は、少し甘えたような声を彼女に向かって放った。

 

「ギンザはどうじゃな?」

「ギンザ、ね……」

 

 もちろんその「街」の名こそ黒井慎二はしっているが。

 

「どうせ、ロクな場所じゃないんだろうな……」

「来るのか、こないのか?」

「俺の知っている、ギンザじゃねえだろ」

「どうなのじゃ?」

「ああ、行ってやるとも!!」

 

 なかば自棄になって、キクリヒメという女性にそう怒鳴る慎二である。

 

「そこで、あんたにイイコトを教えてもらうぜ……」

「イイコト、夜伽の事であるか?」

「いいのか!?」

「そのような訳があるか、阿呆」

「ちぇ」

「破廉恥な男じゃ……」

 

 ククゥ……

 

 そう、言いながらも彼女はまんざらでもない表情を黒井慎二へと見せた。



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第16話 「ヨヨギ公園のピクシー」

「くっ……」

 

 赤根沢玲子は痛む頭を押さえながら。

 

「地震……?」

 

 暗い場所の、周囲の状況を確かめようとする。

 

「確か、あたしは……」

 

 狭間君、彼と自分の「母親」と話し合っている時に地響きが起こり、そして……

 

「ここは、どこ?」

 

 かすかな灯りがあるだけで薄暗い、広い公園のような場所、確かここは。

 

「ヨヨギ公園、かしら」

 

 全く確証はないが病院から近い、大きな公園と言うとここしか心当たりがない。

 

「……助けて!!」

「え?」

「助けて!!」

 

 ヒュウ……

 

小妖精、そうとしかいいようがない小さい人影が、その背に生やした昆虫の様な翅で玲子の背後にと隠れる。

 

「助けて、マジやばい!!」

「ヤバイって……」

「ほら、来た……!!」

 

 グミャア!!

 

 その時、巨大な粘性の生物が玲子達にと襲いかかってきた。

 

「ひゃあ!?」

 

 思わず情けない声を出してしまう赤根沢、しかし人が持つ恐怖心に襲われないのは。

 

――今日から君は、悪魔にあるんだ――

――え?――

 

 金髪の少年から昆虫のようなモノを受け取り。

 

「ガァア!!」

「えいや!!」

 

 ボフゥ!!

 

 その直後に、このような怪物に襲われた経験があり、今のように火炎で撃退した記憶があるからであろう。

 

「あのときの化け物……!!」

 

 しかし、一回の異形との遭遇でここまでの心構えが出来るということは。この赤根沢という少女は。

 

「覚悟なさい、化け物!!」

「やっちゃえ、お姉ちゃん!!」

 

 かなり、胆力がある証である。

 

 ドゥ!!

 

 二回目の焔、それが怪物を襲い。

 

「グル、ル……」

 

 戦意を喪失した怪物が、そのまますごすごと公園の中へと戻っていく。

 

「すごいー、お姉ちゃん!!」

「怪我はない、あなた?」

「かすり傷だけど、自分で治したから」

「そう……」

 

 そう言いながら、赤根沢は周囲の様子をまたしても確かめようとする。

 

「お姉ちゃん、どこからきたの?」

「それは……」

「?」

「解らない」

 

 その言葉を聞いて、小妖精はその瞳を大きく見開く。

 

「もしかして、記憶喪失ってやつ?」

「そうかも……」

「かっこいー!!」

 

 クルゥ……

 

 困り顔の赤根沢をよそに、その彼女の回りをクルリと回る小妖精。

 

「あたし、ピクシー!!」

「ピクシー?」

「種族名、まあ猫や犬みたいな感じの名前だけどね!!」

 

 ク、ルゥ……

 

「いいわ、あたしお姉ちゃん気に入った」

「そ、そう?」

「あたしがここらへん、ボルテクス界を案内してあげる」

「ボルテクス界?」

「そっ!!」

 

 そう一方的に言った後に、小妖精ピクシーは。

 

「まずは、シブヤに行きましょ!!」

「シブヤ、ねぇ……」

「その紅い色のストライプ、あまりセンスがよくないから」

「紅いストライプ、そんなのが付いてるの、あたしに?」

「クッキリとね!!」

 

 そう言いながら、小妖精は。

 

「早く、早くぅ」

「ちょ、ちょっとまってよお嬢ちゃん!!」

「ピクシーでいいわ!!」

「待って、ピクシー!!」

 

 赤根沢を待たずに、そのまま公園の外へと出ていった。



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第17話 「強者のみの特権」

  

「ふん!!」

 

 ズ、シャア!!

 

 その白川由美のキックにより、餓鬼がまたしても一匹吹き飛んだ。

 

「スゴイホー!!」

「まだまだ、くるよ!!」

「ホー!!」

 

 その紅い光を発している白川の隣には、雪だるまのような姿をした悪魔が立っている。

 

「僕も、負けてられないホー!!」

「無理しないでね、ヒーホー君!!」

「ホー!!」

 

 ビュオウ!!

 

 その雪だるまの姿に相応しく、ヒーホー君と呼ばれた悪魔はその口から冷気をほとばしらせて。

 

 カ、ヂィ……!!

 

その幽鬼達を、次々にと凍らせていく。

 

「白川のおねえちゃん、マガツヒだホー!!」

「こんなゾンビみたいなやつらの、マガツヒというやつなんて吸いたくないわ」

「贅沢を言っちゃいけないホー……」

「ちぇ……」

 

 マガツヒ、それはこのボルテクス界に生きる者の「食べ物」だということは彼、ヒーホー君に聴いたし。

 

「しゃあない、吸うか……」

 

 直感的に「悪魔」となった自分にはこれが必要だとは解っている白川である。

 

「あ、ありがとう」

「どういたしまして、マネカタさんだっけ?」

「は、はい!!」

 

 ピクッ……

 

 その餓鬼に襲われていたマネカタと呼ばれた者は、戦いの最中にずっと白川とヒーホー君の後ろにと佇んでおり、そして。

 

 ピ、クッ……

 

 微妙な振動を自らにさせながら、そのまま白川由美達から立ち去っていく。

 

「ふう」

「大丈夫、おねえちゃん?」

「うん、平気……」

 

 顔、そして衣服から見える素肌にピンク色のラインを輝かせながら、白川はヒーホー君に軽く抱きついた。

 

「冷たいねえ、ヒーホー君は」

「そりゃ、雪だるまだからだホー!!」

「フフ……」

 

 ガ、サァ……

 

「誰、新手!?」

「おっと、勘違いしないで」

 

 廃ビルの狭間から這い出た女、それは。

 

「貴女達の戦いを見ていただけ」

「確か、あなたは」

 

 ちらりと病院で見たきりであるが、彼女の顔には見覚えが、白川にはあった。

 

「橘さん……」

「橘でいいわ」

 

 そう言いながら、橘千晶はその顔の血化粧、赤いラインを「月」の光により光らせた。

 

「それで、どう?」

「何がよ、橘さん」

「橘、でいいといっているじゃないの」

「何だって言うの、橘?」

「弱者を助けた感想は」

 

 その揶揄するような言葉に白川はムッとしたが、その色は顔には出さず。

 

「いい気分ね」

「優越感でしょ?」

「何が言いたいの、橘?」

「勝ち組だけが持てる、優越感」

 

 スゥ……

 

 しばらくの間が、二人の女生徒の間に疾る。

 

「私はね、橘」

「何、偽善者さん?」

「この子、ジャックフロスト君だって」

 

 そう言いながら、白川はヒーホー君へとその指を向けた。

 

「この子だって、あたしが助けた」

「それは御苦労」

「あなたに、なんだかんだ言われる筋合いはないわ」

「……」

 

 再びの間、その暗い合間にヒーホー君はオロオロとしている。

 

「白川さん」

「今度は何?」

「私、気の合う仲間を探していたんだけど」

「無理ね」

「まだ、話は途中よ」

 

 そう言う橘を無視して、白川は大きく口へと息を吸い込む。

 

「どうしたの?」

「あたし、あなたといたくないわ、橘」

「嫌われたもんね、私は」

「嫌われるような事を言っている、あなたは」

 

 その白川の言葉に、橘千晶はその細い肩を竦めてみせて。

 

「さようなら、偽善者さん」

 

 そのまま、何処かへ去っていった。

 

「おねえちゃん……」

「大丈夫よ、ヒーホー君」

「でも……」

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 トゥン……

 

 何故か一筋の水、涙が目からこぼれ落ちたのも気がつかずに。

 

「アサクサって、どこなの?」

「もうすぐだホー」

「そう、ならよかった」

 

 彼女はその、目先の目的地への旅路を急ごうとした。



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第18話 「イケブクロの宮本明」

 

「ここが、イケブクロか?」

「そうだとも、兄貴」

「兄貴は止めろって……」

 

 兄貴、そう異形の悪魔に呼ばれた宮本明は、隣に佇む女生徒の顔色を見て。

 

「大丈夫か、内田?」

「お腹すいた……」

「大丈夫そうだな」

 

 そのショートカットに紅い「血化粧」を施している内田環に向かい、ニヤリと笑ってみせた。

 

「で、オニやろう」

「なんですかい、兄貴?」

 

 自分より頭一つは低い男、明にのされたオニは、そのまま宮本にへりくだりながら、そのスキンヘッドに伸びた一本角へと自身の手をやる。

 

「ゴズテンノウとやら、本当に俺達の力になってくれるんだろうな?」

「それは、兄貴しだいですぜ」

「俺しだい?」

「まずは、力を見せつけないと」

「力、か……」

 

 マントラ軍、その名と実をこのオニから聞いたときに、明は皮肉げな笑みを浮かべるしかなかった。

 

「力が正義、の連中だったな?」

「それは、よくない事だと思う」

「ハッキリいうじゃねぇか、内田……」

 

 その力が正義という考え方も、この内田環という女生徒も、宮本明にとって不愉快なものではない。

 

「まっ、な……」

 

 ビュウ……

 

 いずこからか、マガツヒを大量に含んだ風が、この三人へと吹き付けてきた。

 

「とりあえず、入ってみるか……」

 

 廃ビルの集合体、その中に一際輝くサンシャイン・ビルを見上げながら、明はその顔に嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

「ちょ、ちょっとまってよ宮本!!」

「待ってくれ、アニキ!!」

 

 他の二人に構わず、早足で歩き始めた宮本明を、その内田とオニは慌てて追いかけ始めた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「どうしたってんだ、狭間?」

「どうしたも、こうしたも」

 

 宮本明、イケブクロ駅の構内に入り込んだ彼を迎えたのは、何匹かの悪魔を地面へとねじ伏せていた狭間偉出夫の姿であった。

 

「この愚か者どもが、突然襲ってきたんだ」

「へえ、なぜ?」

「なんでも、僕のスマした顔が気に入らないとかなんとか……」

「それは、災難だったわね、狭間」

 

 その内田環の声に、狭間偉出夫はブスリとした表情を浮かべるのみ。

 

「それよりも、お前達」

「なんだよ、狭間?」

「お前達は、どこへ行こうとしているのだ?」

「何でも、このイケブクロの支配者が」

 

 そう言いつつに、宮本明はサンシャイン・ビルを眩しそうに見上げた。

 

「このビルにいるようじゃねえか……」

「だったら、どうしようというのだ、お前は?」

「一つ、顔を拝んでやろうと思ってな」

「止めた方がいい」

 

 そのキッパリとした狭間の声に対して、宮本はややに鼻白んだ様子である。

 

「ゴズテンノウは、お前達の手に負える存在ではない」

「ゴズテンノウってのか、ふぅん……」

「氷川によれば、このボルテクス界では神そのものの力も持っているそうだ」

「そりゃ、面白い」

「いくら、貴様も人修羅の一人とは言え」

「人修羅?」

「禍魂」

 

 スッ……

 

 マガタマ、そういいながら、狭間はポケットから一つの「昆虫」を取り出す。

 

「寄生させたであろう?」

「変なガキとババアにな、やられた」

 

 以前の「世界」、そこで謎の化け物に襲われている最中に。

 

――今日から、君は悪魔になるんだ――

 

 金髪の少年によって、戦いにより疲弊した宮本明は抵抗する間もなく口の中へとその昆虫を入れられたのだ。

 

「なんで、てめえがそれを知っているんだ?」

「マガツヒの流れ、少しコツを掴めば解るものだ」

「ふん……」

 

 この隣に立つオニから聞いたカグツチ、そしてマガツヒということもマガタマという物も、宮本明には今一つ解らない話である。

 

「ではな、僕は忠告したぞ」

「一応、お礼は言っておくわよ、狭間君」

「礼は不要だ」

 

 そう言ったきり、狭間偉出夫は優雅な足取りでイケブクロ構内から立ち去っていく。その姿を見送りながら。

 

「本当に変なやつだ、狭間のヤロウ……」

「だから、軽子坂でへんな噂も立ったのね」

「気に入らねぇ、な……」

 

 二人は、互いに顔を見合わせずに、それぞれ軽くそう呟いた。



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第19話「ギンザに佇む」

  

「ありゃ!?」

 

 ギンザ、よく区画が整えられた街並みに、慎二は知った顔をその目で見た。

 

「勇、新田勇じゃねえか!?」

「慎二、慎二かよ……」

 

 何か、街の中心と思われる噴水の縁へと座り込んでいる勇は、その無気力そうな顔を慎二へと向ける。

 

「元気そうだな黒井、べっぴんさんもつれてよ……」

「わらわをべっぴんというか、よいぞよいぞ」

「ハァ……」

 

 その上機嫌となったキクリヒメの浮かれた言葉にも、勇はその表情を明るくさせることが出来ない様子だ。

 

「どうしたんだ、勇?」

「どうもこうもねぇよ、軽子坂……」

「確かに、妙な異世界転生だけどよ」

「ゲームとかの世界の話じゃねえかよ、全く……」

 

 その勇の不機嫌さ、それは何もこの「異世界」へと飛ばされただけではない様子だ。

 

「祐子先生がな」

「あの美人の先生か」

 

 その「美人の」といったとたん、隣にいたキクリヒメが嫌そうな顔をしたことに、黒井慎二は気がつかない。

 

「あの先生がどうした?」

「氷川とかいう奴がいる、ニヒロ機構って所に囚われているんだってよ」

「氷川?」

「あの、新宿衛生病院で俺達を襲った男の事」

「ああ、アイツか……」

 

 例の冷徹そうな顔つきの男、彼の顔を思い出したとたんに、慎二は不機嫌そうにその顔を歪めてみせる。

 

「こんどは、あの橘という奴に続いて美人の先生を監禁しているのか」

「ああ……」

「警察に連絡した方がいいな」

「どこに警察があるっていうんだよ……」

 

 ハァ……

 

 深く、そうため息をついた後に、彼新田勇はその場から離れようとする素振りをみせた。

 

「俺達といっしょに行かないか、勇?」

「悪いが、断るよ」

「なぜ?」

「俺はな、黒井慎二……」

 

 トゥ……

 

 後ろ姿のまま、新田勇は慎二へとその右手を挙げて。

 

「祐子先生を助けるヒーローになりたいんだ」

「なんだよ、それは……」

「ヒーローは、一人でいいんだよ」

 

 そのまま、ギンザの中央階段を上がっていった。

 

「なかなか難儀な知り合いじゃな、ええ?」

「知り合って、間もないがな」

「縁は大切にした方がいいぞ、ええと……」

「黒井慎二、チャーリーと呼ぶ奴もいる」

「チャーリーの方が」

 

 そう言いながら、キクリヒメは妖艶な笑みを浮かべて。

 

「わらわは好みじゃ」

「な、何をしやがる!?」

 

 彼、慎二の頬へ軽くキスをする。

 

「意外とあんた……」

「積極的、そう申すか?」

「ああ……」

「わらわはキクリヒメ」

 

 一礼、と言うには浅すぎる礼をしながらキクリヒメは。

 

「縁結びの神にして、地の神でもある」

「そのあんたは、俺のどこが気に入ってくれたんだ、オイ?」

「はて?」

 

 そう言いつつにキクリヒメ、彼女は。

 

「どこがじゃろうなあ……」

「あのな……」

 

 ニコと、明るい笑みを慎二へと向けた。



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