米林三兄妹の生活様式 (米林)
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双子の妹は転生者

息抜きに書いたものです。


妹の視点で書いていきます。


 

 

 

 妹は転生者である。らしい。

 夕食後の、いつもと変わらない時間に、二人いる内の妹の一人の厨二妹が、暗い雰囲気を醸して弁じた。もう一人のぽっちゃり妹の方は、「厨二おつ」とケラケラ笑っている。二人は双子である。一卵性双生児だが、体型が違うため、見た目の区別ははっきりとつく。

 厨二妹は、そんなぽっちゃり妹のことを異に返す様子はなく続けようとしたので、一旦待ったを掛けて、俺はお茶を用意することにした。きっと疲れているのだ。

 しかし、厨二妹の意思は固かったよう。

 神様転生で手に入れた筈のチートな肉体が、俺に流れていってしまっている、らしい。

 「へぇー」と、ぽっちゃり妹と共に、愉快な頭の厨二妹に生温かい目を向けて、それから寝るまで優しく接していたら、いつのまにかその話題は流れていた。しかし、実際は心当たりがないこともなかったのである。

 おう身体よどうした、なんか最近おかしいぞと自覚したのは、中学入り立ての頃。徐々に変化があったのか、それともある日突然のスパイダーマン事例だったのかは、今は知る由もない。

 それには一応のわけがある。

 俺は運痴であった。

 かけっこも、まあまあのフォームで走ることはできるのに、そのスピードが極めて遅く、本気を出してジョギングレベルだった。容姿も相まって、子亀と揶揄られたこともある。

 貧弱と云うわけではないのに…そう見た目以上に力が足りなかったのだ。

 では、筋トレすればいいじゃんとある日思い立ち、一時期励んではみたものの、同級生に「筋肉つけたらチビのまんまだぜ」と嘲りを受けたので、速攻で辞めた。しかし、あのあんちくしょうのお陰で今の俺があると言っても過言ではないだろう。母親や妹達は同年代の平均を下回る身長だが、俺は試行錯誤して何とかほんの平均少し下をキープ。これからが勝負である。

 即ち、運動を苦手として、体育の授業でもひっそりとやっていたため、自分の身体の変化に気づかなかったのだ。見た目、まぐっているわけでもないしね。

 それが、最近顕著に出てきている。とは言え、いくら身体が変わったからといっても、運動嫌いなサガは抜けるということなく、自主的にスポーツに励む気は更々起きなかった。俺は、もう根っからのインドア派であったのだ。太陽は嫌いだ、焼ける。運動する暇があるのなら、本を読む。そもそも、家事を担当しているため、部活動をする暇はない。妹達との登下校(送り迎え)という、大事な使命もある。

 厨二妹に身体のことを不審がられたキッカケというのも、曇りの日曜日に珍しく外に出て、ぽっちゃり妹とバトミントンをしていた時に、ぽっちゃり妹がうおー!と喜んでくれて調子に乗った結果という、別段大したことのない理由である。

 

 「兄ちゃん兄ちゃん」

 「なんだい、こーちゃん」

 「はぁ磨いておくれ。あの超速のやつ希望」

 「後でしっかり磨くからね」

 「あーん」

 

 ぽっちゃり妹の頭を膝に乗せて、要望に沿って超速で歯磨きをした後、こしこしと丁寧に磨く。ぽっちゃり妹は、口から泡を垂らしながら、うつらうつらとし始めた。俺の太ももは適度な弾力があって、寝心地がいいらしい。ぐへへ、上質な肉やと怪しい目で見られた時には、鳥肌立った。

 

 「お兄さんお兄さん」

 「なんだい、やーちゃん」

 「私も…歯ぁ磨いて」

 「いいよ。ほら、才子ちゃんはおわり。チェンジして」

 「断固阻止する所存ー」

 「どいてデブサイコ」

 「兄ちゃん、べぃじたぼぅが才子の悪口言ったぞ、いいんか」

 

 二人共やる気のなしの喧嘩なので、スルーする。

 双子なのに、この二人は仲が良くない。悪いとまではいかないけど、決して良いとは言えない空気感がある。でも、二人はいつも一緒にいる。

 夜は基本家を空けがちな母親に代わって、小さい頃から妹達の親代りとして、それなりに世話をしてきた自覚はある。

 この二人は昔からこうだった。何かと張り合って甘えてくる。妹達はまだ子どもで、互いに独占欲を発揮してくる。その内仲良くなってくれるだろうと、この時は思っていたり。昔はもっと酷かった。今でも、ねこのじゃれ合い程度はするが、昔は噛み付くわ、引っ掻くわでガチだったから。

 

 

 中学校の卒業式。

 周りは笑い、泣き、一部では公立の結果待ちに身を竦ませるなど様々だ。

 ちなみに、俺の行き先は決まっていた。母親によって、知らぬ間に決められていた。

 四月から、喰種捜査官養成学校高等部に通うことになっている。今更だが、めっちゃ行きたくない。訓練なるものがあるそうではないか。

 俺に高校受験の必要がないと知ったのは、受験勉強に夏を費やした後の、九月。

 あの努力は何だったのだろう。一応、入試形式の試験はあったが、まんま形だけであった。

 夏休みは、図書館に行って勉強しようと計画するも、寂しがる妹達を置いていけず、ゲームや読書に没頭する妹達の横で、ガリガリ勉強したあの日々はなんだったのだろうか。トップの高校に入って、母親を楽させようと少しは考えていた俺の親孝行は、母親には伝わらなかったらしい。特待も狙えていたはずなのになあ。

 自業自得感もある。そもそも、母親は俺の成績を知らなかったのだ。だが、当たり前だった。俺、母親に学校のこと話したことないもの。対して、母親も俺の学校生活には興味はなかったようだ。冷え切った関係というか、母親は年下の恋人に夢中だったから。最終三者面談の時に、それなりの頭であることは知られたものの、もう遅かったのだ。

 そして、開き直ったというか、俺の頭の出来がよかったことに喜んだ母親はそのまま、将来は喰種対策局の幹部にでもなるように、酒で顔を赤くしながら絡んできた。

 ああ、なりたくない。捜査なんて柄ではないし、喰種なんて怖くて関わりたくない。刑事物は観ないし、ホラーは大の苦手なのだ。なのに、何故か妹達は乗り気だった。

 厨二の方は「よ、目指せ米林特等。お兄さん、一発かませるで」と、シャドーボクシングしながら、いやらしくニタり。母親の酒を舐めて、フラフラと酔いながらのセリフだ。

 ぽっちゃりの方は「しっかり稼いで、才子をしっかりと養って兄ちゃん」と、言われたので兄ちゃん頑張るぞ。でも、ドナドナはやめてしかった。珍しく二人で仲良く歌ってたから、そこは嬉しかったけど。

 

 そういうわけで、CCGアカデミージュニアに通うことになった。自宅通学です。

 寮もあったが、妹達に泣き付かれながら、服に洟水を擦り付けられながら止められたために、少し距離があるが自宅から通学することに。走れば直ぐだけどね。あ、そうそう。最近、本気出して空を飛んだ。ついでに、雲のない真っ暗な夜に、妹達を抱えて飛んだ。星が少しだけ明るく見えた。

 

 入学後、一年も経たずにアカデミージュニアを中退することが決まった。まさかの就職である。

 俺の身体能力に目をつけた教師陣が、喰種対策局にチクったらしい。セーブしていたのになあ…担任の野郎。妙な視線を向けられていると思っていたら、そういうことだったのかと納得。あっち方面じゃないのはよかった。そして、意味分からないが本人の俺を飛び越して母親に話が行き、即で了承された。母親からは何の相談もなかった。事後承諾で、飲み屋の経営が苦しかったらしい、と。だからラッキー、これからの妹達の諸々はよろしくね。母親の話はそれだけだった。一応母親には、今まで育ててくれた礼は言った。

 そして、タイミングを合わせたかのように、父親からの補助も打ち切られた。今までは、母親に内緒で何度か会って、足りないお金を貰っていたのだ。しかし、父親にも新しい家族が出来たらしい。奥さんが気にするので、会うのはこれっきりにして欲しいと言われた。最後に纏まったお金を貰えたので、当分は大丈夫だろう。少しの貯金もある。父親には、素直に祝っておいた。育ててくれたお礼も言った。

 

 もう、働くしかない。バイトだけでは足りない。

 可愛い妹達に苦労はかけられない。もうすぐ妹達も高校生だ。つまり給食がない。アカデミージュニアでは通いの生徒でも学食は食べれるが、食券購入だ。

 稼がなければ(使命感)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が片割れは転生者である(笑)。

 誕生日に兄にもらったゲームしてた時に、マダオポーズの片割れが兄にカミングアウトってた。前世は厨二だったらしい(www)。

 「厨二乙」って思ってたら、口に出ていたようだ。話が長引くと考えた兄がお茶を取りに行った隙、トマトにモードチェンジした片割れに左のほっぺを伸ばされた。痛し。

 サイヤ間違えた、ヤサイは、双子の妹である。才子よりも、ちょっとばかし肉が削げており、同じ身長、髪型も同じ。顔のパーツも全く同じだけど、目のハイライトさんのみ仕事放棄しとる。そして才子よりも勉強できる癖に基本アホで、思春期特有の病を患っている。その上甘えたがりの困ったちゃんなのである。よく怖い夢を見て、才子に抱きついてくるのは毎度のことよ。正直暑い苦しい。しかし、才子は弥才のお姉ちゃんだから、いつも優しく接してあげているのだ。

 

 兄はチビだ。中学生になってもチビ。本人はまだ成長期だと思っているが、そんなものはない。もうとっくに終わっている。ひげはないけど、小学校出る時には一通りというか一部分の毛は生え揃って成長していたから、あなたにもう望みはないわ。しかし、優しい才子とコミュ力最弱弥才は気を遣ってあげて、時には兄の身長伸ばしの努力を応援し、時には身体を引っ張ってあげたりとお手伝いをしたものだ。

 健気に努力を続けている兄ちゃんに現実を見せることなんてできなかったのよ…。

 そんな小柄な兄だが、間違いなく人類最強だと、才子は確信しておる。世界を殺れる右を持ってるのだ。タオルをインする日は永遠に来るまい。

 

 高校、また一緒に通えると思ってたのに、兄ちゃん今度は本当に出荷されちゃった…。

 

 

 

 

 

 

 

 私は弥才である。前世は中二だった転生者の女だ。

 何やかんや死んで、特典もらってこの世界に生まれ直した。でも、グールの世界だなんて聞いてなかった。喰種の存在を知ったのは、四月。特典役に立たないねと気づき始めていた時だ。別に喰種に出くわしたとかではなく、普通にニュース番組で知った。それまで家にテレビなかったから仕方ないよね。友達なんて出来たことないし仕方ないね。

 

 転生者であることを、意を決して家族にバラした。一生一大の告白だった。気味悪がられたらどうしよう、お前は偽物だと拒絶されたらどうしようと不安でいっぱいいっぱいだった。一週間前からよくお昼寝できなかったほどだ。

 まあ、デブに笑われて、気づいたら兄にも流されていたが。私の心労はなんだったのか。

 前世では、才子は嫌いなキャラクターだった。愛読していたグールを切ったのは、クッキーを爆乳(笑)に埋めたことが決め手だった。あの時、私は思い知らされたのだ。もうクッキーなんていなくなってしまったことに。もう取り返しなんてつかないことに。男子なんて結局…と、五分は泣いた後は全巻倉庫部屋に封印した。それ以降、私がグールを読むことはなかった。

 と、十年以上生活を共にしても、まあなんとなく双子の姉に苦手意識を引きずっている。そもそも、人間的に噛み合わない。双子の姉と道が交わることは、この先一生来ないだろうと確信している。だけど、別に特別仲悪いわけでもないから、これでいいとも思っている。前世で兄弟のいなかった私だが、姉妹ってこんなもんだよねと納得しているのだ。特別仲良いとか幻想。人間関係、大事なのは距離感だと、どこかで聞いたことがある。まあ、双子としては終わっている感はあるが。

 

 兄。ちっちゃい兄がいる。かく言う私も比例して小柄なのでそれほど気にはならないが、本人はすごく気にしている。可愛くて、頼りになる、大好きな自慢のお兄さん。

 そんな兄に、私の転生特典がいっちゃってるようだ。まあ、つえーとか興味ないし、荒事嫌いだし、そもそも特典も押し付けられたものだから、別にいいのだけれど。むしろありがたい。

 なんでか知らないけど、双子の姉にも少しいってる。割合的には、兄8、双子の姉1.5私残りだ。まさかの、私が一番少ない。わかりやすく考えれば、私が最後に生まれたからだろう。何故こうなったのかは、それこそ神のみぞ知ることである。

 

 境遇は異なるが、前世にも増して外出を控えている。喰種こわい。世間では都市伝説レベルでしか認知されていない喰種だが、私は前世で漫画読んでたから知っている。彼らはどこにでもいるのだ。お外こわい。そうなると、家族以外はみんな喰種に見えてくる。ベビーカーに乗ってる赤ちゃんでもダメだ。その日の夢で、赤ちゃんが赫眼装備で出てきた。もう無理だ。だから今、私が外出する時は、兄か双子の姉が一緒の時のみである。学校でも、一度不登校になりかけたことから考慮されて、双子の姉のクラスに入れてもらった。0.5の私では、その辺歩いただけで軽く死ねるからな。改造されてない1.5双子の姉でも勝てるか怪しいが。でも、いないよりはずっといい。

 

 兄が喰種捜査官になるらしい。この前十六なったばかりなのに。それ、どこの死神さん?てなった。まあ、兄は見た目は子どもにしか見えないから、天使になるのかな?あ、ジューゾーもいたか。

 兄には、本気出さないように再三忠告した。目、つけられたらもう終わりだ。にちゃにちゃした人達に連れて行かれる。

 いい方向にいったとしても、喰種捜査官にされ、馬車馬の如く働かされるだろう。

 そんなのごめんだ。

 私の将来の夢は、獣医さんになることである。

 

 

 

 

 

 

 

 



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兄は喰種捜査官

同じく


妹で続きます。


 

 

 

 喰種捜査官生活一日目。

 といっても今日は、顔合わせということなので、お昼過ぎの出勤である。

 しかし、初日からトラブルが起きた。指定された場所、一区の本部に到着するまでに、かなりの時間がかかると思われる。普通に遅刻だ。でも待ってほしい。俺は決して悪くないと思うのだ。まさか、警官に補導されるなんて、誰が思うのだろうか。初めての経験だった。

 迎えに来てくれたのは、母親…ではなかった。母親は、昨日も帰って来なかったから、多分恋人のところだろう。

 迎えに来てくれたのは、お会いしたことのないーーつまり、これから会うことになっていた筈の、CCGの捜査官の方である。

 すらっと背が高い、綺麗な女性だった。俺より普通に高い。見た目は、三十幾らか…母親と同じくらいかな?しかし、比べ物にならない程、凛々しい。出来る女性のイメージを具現化したような人だった。

 安浦清子さんというらしい。階級は、一番上の特等捜査官。女性では一人しかいないというのだから驚きだ。そんな人が迎えに来たことも驚きだ。そして、交番を出て自己紹介後、冷たい目で見下される。こっわ…。

 

 「あなた、何で高校の制服来ているの?スーツは支給されていたでしょう?」

 「…すいません。サイズが大きくて…」

 

 安浦さんは、俺を下から上まで眺めた。屈辱感。

 ワンサイズではない、二つほど大きかった。明らかにミスだろう。一応、妹達にスーツ姿を見られるのが嫌で、今日家を出る直前に初めて袖を通した俺の責任でもあるけれども。

 

 「はぁ…前もって準備確認しておくのが、社会人の基本よ。今後、その制服は着ないこと。もう学生ではないのだから、しっかりするように。それと、すいませんではなくて、すみませんと言いなさい」

 「…すみません」

 

 再度、安浦さんはため息をついた。

 なんだろう。やるせない気持ちだ。望んでここにいるわけじゃないのに。ああ、でも生活のために稼がないといけないし…。

 

 「…これくらいで泣かないの。ほら、立ち止まっていないで行きましょう」

 

 安浦さんが、ハンカチを俺に押し付けてきた。そのまま、手を取られて引かれるがままに歩く。対策局本部に行くと思いきや、入ったのは定食屋だ。運良く、一つだけ席が空いている。

 安浦さんは、携帯を操作したあと、メニューをこちらに渡してきた。

 お昼済ませて来たのだが。

 

 「私、昼食まだなの。私が出すから、米林くんも、好きなもの頼んでいいわよ」

 

 奢りか。やった。受け取ったメニューが、キラキラと輝いて見える。

 食べようと思えば幾らでも入るのだ、この底なしの胃袋は。

 

 

 

 

 

 

 

 俺の捜査官生活が始まって、早一ヶ月が経った。しかし業務と言えば専ら、パートナーとなった上位捜査官について回っているだけ。捜査官の仕事は、とても地道な仕事だった。よって、未だ俺は喰種に出会ったことがない。

 本来は、二十四区という聞き覚えのない地下空間で、新人捜査官が喰種に慣れるための実習があるらしい。が、俺は免除された。この前まで一般人だった俺には無理難題だと判断されたらしい。地下に入る人達は、然るべき訓練を受けてからだそうなので、つまり俺もそのうち行くことになるのだ。やだなぁ、地下とか完全ホラーだ。

 

 本日は、訓練の日。偉い人が来るそうだ。

 でも、なかなか来ない。本局の特別訓練室に案内されて、もう三十分経った。

 ここに案内してくれた、若白髪で眼鏡な有馬さんとレモンの蜂蜜つけを食べているが、もう残りも少なってきた。本当は、訓練後に食べる用に持ってきたものだが、見るからにこんなにも苦労している人に、俺は何かしたかった。

 だって、黒の一本も残ってないんだ、この人。真っ白だ。どれくらい苦労しているんだろう。雰囲気も、おじいちゃんみたいで労りたくなる。レモンの蜂蜜漬けには、リラックス効果もあるから、少しは疲労回復できただろうか。

 あ、なくなった。

 

 「おいしかったよ、ご馳走さま。始めようか」

 「お粗末様です……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄ちゃんが捜査官になった一日目の夜。

 

 兄が無事か不安で、作り置きの味噌肉をチンしたホカホカご飯に乗せて頬張っていたところ、チビ兄はぴかぴかのスーツ姿で帰って来た。ブフォと吹いてしまいそうになって、何とか飲み込んだ。隣でチビチビ食べていた双子の妹は、普通に吹いていた。

 この前まで着ていた制服も似合っていなかった兄だ。もはや、スーツが兄を着ていた。それに、才子と弥才は知っている。明らかに兄にサイズが合っていない、かなり大き目のスーツが家に置いてあったことに。なのに、これはどういうわけか。壁掛けにも、朝見た筈のスーツカバーはない。

 目線を戻せば、兄は得意げに笑っていた。

 

 「似合う?」

 

 才子は、弥才に目配せする。我が片割れは小さく頷いた。さすがだ。兄ちゃんのことになると息合うんよな、あっしら。この間、一秒にも満たない。

 

 「お兄さん、似合ってるよ」

 「よっ!兄ちゃんのショtっえーっと、似合いますぜ!」

 「お兄さん、似合ってるよ」

 

 弥才が、才子の痛恨のミスをフォローしてくれた。あまり、フォローにもなってないがしかし。

 恐る恐る兄を見る。

 兄は、もう満面の笑みだった。ぐほむ。きゅん死にするわい、こんなん。

 

 「そう?これはねーー」

 

 安浦特等って人に買って貰ったらしい。きっとその人はヒゲありのナイスミドルに違いない。あのデカスーツも、一度家まで取りに来たそうな。兄は、実に嬉しそうに話した。

 ここで、黙って聞いていた片割れが、口を開いた。

 

 「その人、女の人?」

 「…?うん、そうだよ。たぶん、才美さんと同じくらい歳の、背の高い綺麗な人だよ。あ、あれだ。バリキャリ女性」

 

 

 想像してみる。…………。兄と、二人……。

 ちょ。えぇーー!ーーーーーーーー!ーー!うぉー!ーーーー!

 

 

 

 

 

 

 

 お兄さんが喰種捜査官にされて、二週間経っての休日。

 兄妹三人で、旅行に出ていた。天気予報もチェックしている。二日間、ちゃんと曇りで小雨も降る、絶好のお出かけ日和。

 旅費はいらない。兄の瞬間移動で一瞬だ。特典の仕様なのか、一度も行ったことのない場所でもいける。

 宿代もいらない。テントがある。

 食費もいらない。何とかなる。

 つまり、旅費ゼロ円の非常にリーズナブルなひと旅ができる。

 

 やってきたのは、水の都。

 昨日、双子の姉とポケ映画鑑賞会をしたのがキッカケだ。兄にお願いしたら、じゃあ行こうってなった。

 あの兄妹ポケいないかなーと探したりする。

 

 「ゴンドラ、ゴンドラのろ!才子唄います!」

 「え、才子ちゃん、もしかしてあの変な歌を…?」

 「この三大妖精の弟子、フェアリー才子にお任せあれよ。ほら、みんな笑って」

 

 はっ。再現度ゴミの分際で何を。アテナ様に土下座しろ。

 ペンギンマスクで顔を隠した双子の姉を、兄と二人で憐憫な目で眺めた。

 

 「素敵な静寂。そんな目でみられても、へっちゃらぽん」

 

 ぺっ。

 

 

 

 

 

 

 お兄さんが、捜査官になって一ヶ月くらい経った日の夜のこと。

 私は、大好物のハンバーグを吹き出してしまった。しかし、そこは0.5の私。前の失敗から反省して、吹き出して宙を飛んだそれを、下に落ちる前にもう一度食べた。「ひぃ」うん、おいし。

 視線を感じて、前を向けば、兄が頬を引きつらせていた。隣を見れば、双子の姉が親指を立てていた。

 

 「片割れ、ナイスなプレー。でも、ちょっと怖かった。動き人外やった」

 

 双子の姉の言葉に、兄もコクコクと首を振っている。私は、首を傾げるばかりだ。

 …あ。ちがう、そんなことより。

 

 「お兄さん、その人と戦ったの?」

 「戦ったって…そんな物騒じゃないよ。訓練だよ訓練。一緒にレモンの蜂蜜づけ食べて時間潰してたんだけどね、結局偉い人来なくてさ。有馬さんにお相手してもらったんだ。…でも、木刀でも、刃を向けれなかった」

 

 やっぱり向いてないな、と自嘲気味に笑う兄。

 いや、偉い人って、その人だよお兄さん。

 

 兄は、怒涛に繰り出される攻め(おそらく)を、全て受け切ってーーではなく、全て避け切ってしまったらしい。ちょっとまって。やばくないかそれ。

 何でと聞いたら、痛いのは嫌だったって。

 納得ではある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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双子は中学生



妹 ちょい鬱



 

 

 

 妹達は中学生である。

 セーラー服に袖を通して三年目の、中学三年生。そんな妹達は、今日。体操服を着ていた。

 本日は、忌々しいことに晴れの天気。雲が少しあることが幸いか。世間的には、運動会日和と言える日だろう。

 俺も白いが、妹達も白い。長時間太陽に晒されれば…いや、その前に倒れる。日焼けでもすれば真っ赤に焼け、一日で脱皮する。その一日が地獄であるのは十二分に理解しているので、日焼け止めを塗りたくる。一応、妹達が日に弱いことは学校側にも理解されているので、特別にテントの中で応援することになっているが、それでも油断はできないのだ。

 この日までの、練習期間中も非常に辛そうだった。…ああ、かわいそうに…。

 

 「兄ちゃん、髪やっておくれ。帽子あるから、下で二つに結んで」

 「私も…」

 

 妹達も陰鬱な表情をしているが、気を張っているのも分かる。今日は、母親も時間を作ってきてくれるらしい。俺もしっかりと応援しなければ。

 

 あ、ピンポン鳴った。才美さんかな。

 

 

 

 

 

 

 

 才子と弥才は、歩けば小鳥がさえずり、花香るようなJCの中のJCである。

 中学生も残すところ、あと一年。と思ったら、またこの季節がやってきました。才子達の玉のお肌の大敵、運動会シーズンです。

 学校側からも理解され、生徒達からも、ある程度の理解は得ているものの、やはり練習中にテント待機というのは、中々に辛いもの。暑さに脳をやられた同級生達のピシピシとした視線が痛くてたまらん。応援歌を、先生達の横で片割れと歌うのも辛くて堪りません。位置的にも、結構同級生達に注目されます。ここは、地獄だ。だけど、涼しい地獄。

 

 そんな日々も、一ヶ月経って本日は本番。

 兄は早起きして、せっせとお弁当を作ってくれた。才子達は、人よりすこーしだけ多く食べるため、作るのも大変なのだ。

 しかし、憎っくき太陽よ。ギラギラと照りついてからに、我ら米林兄妹を確実に殺りにきとるぞこれ。

 

 

 やっときたランチタイム。

 未だ、才子達の出番はなし。でも応援だけは頑張ってやった。しかし片割れ、暑さにやられたのか、なんかハイになっていた。

 人のいない、校舎裏の日陰スポットにシートを敷いて、準備オーケー。お母さん、兄ちゃん、才子、弥才とお弁当をぐるりと囲んで座っている。

 兄がつくる料理は、そこそこうまい。家庭の味というやつだろう。給食のほうが美味しかったりすることもある。たまに変なの入れて不味くなることもある。

 才子は、そんな兄のつくるご飯が好きだ。才子が作れば、料理的なものになってしまうし。  

 今日は、気合いを入れて作ったのか、おかずは全て当たりだった。

 午後も頑張ろ。

 

 

 

 

 

 

 私達双子の姉妹は、中学三年生である。

 前世で通っていた学校では運動会なんてなかったので、新鮮…と感じたのは、小学校で終わっている。なくなればいいのに。

 特典の影響か、前世よりも太陽が苦手だ。なくなれば…なくなったら困るから、いつも曇りだったらいいのに。

 中学生になって、喰種の存在を知ってからは、人が少ない場所もこわいが、人が集まる場所はもっと恐ろしい。この中に、どれだけの喰種がいるのだろうと考えて、身体の震えが止まらなくなる。いつもどこかで、次はどれを喰べようかと、奴らは常に獲物を品定めしているのだ。0.5の私に出来るのは、ひっそりと息を殺して目立たないようにすることだけである。

 

 そして、悪夢の日はやってきた。体調は最悪だ。兄が卒業した去年よりはマシだけど、やはり悪夢を見た。

 リレーでバトンを受け取って走ろうとしたその瞬間に、前走者の目が赫眼になって、私に手を伸ばしてきた。

 捕まらないように、私は必死で走った。

 やっと振り切った。

 そう思った時に、隣を走っていた走者の目が赫眼になった。そして、全身から触手を生やして私を絡め取った。

 助けを求めるように手を伸ばせば、数え切れない程の、二つの赤色の光が、じっとこちらを見ていた。

 そこで、夢は終わった。

 

 こんなことは、現実ではありえない。そもそも最強の兄がいるし、1.5の双子の姉もいる。夢のようなことが起きても、絶対に二人は守ってくれる。でも、恐怖は頭にこびりついて剥がれてくれないのだ。

 思考を振り切るように、テントの中で大声を出して必死に応援して、他に誰もいない場所で家族四人で美味しいお弁当を食べて、ついに出番がやってきた。

 運動会の最終種目。ブロック対抗リレーである。

 

 「やーちゃん!がんばれー!」

 

 トラックに立つ。

 兄と母の声援が、乱れようとした呼吸を戻してくれた。深呼吸して、後ろに並んでいる双子の姉を見る。大丈夫だ、姉がいる。のんきに大きなあくびをかましている姉にイラっとくる。

 

 前走者からバトンを受け取った。目を瞑って、本気で走る。早く才子のところに。

 しかし。

 残り四分の一というところだろうか。カーブのところで私は盛大に転がった。コケたなどと、可愛いものではない。コース外までゴロゴロと転がった。

 地面に打たれていた水が乾いていたのか、砂煙が上がり目をしみさせた。

 こすりながら、目を開ける。

 赫眼になった集団が、私に手を伸ばしていた。

 私は、弾かれるようにコースへと戻った。

 後ろを振り返れば、数人が私を追ってきている。

 早く、早く逃げろ!才子がいるところまで!

 私は、必死に走った。だが足はもつれ、お世辞にもスピードは出ていない。

 もう、追いつかれる!

 そう思った時に、目の前に才子がいた。

 

 「…お姉ちゃん…」

 「ぶふっ。よう頑張ったな。ほら、バトンくれ」

 

 隣を、一人かけていった。二位になった。早く渡さないと。

 

 「い、いかないで…」

 「…えー…じゃあ一緒にいくぞ片割れよ」

 

 双子の姉はそう言って、バトンごと私を抱え上げた。爆走する1.5の双子の姉に、敵はなし。

 私達は二人でゴールテープを切った。

 

 

 

 



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兄の初戦

完全兄メインです。
妹達がアカデミージュニア行くまでしばらく続くかも。


お気に入り、評価していただきありがとうございます





 

 

 

 

 喰種捜査官生活も三ヶ月目に突入したこの日。

 俺は初めて、喰種をこの手で駆逐した。

 

 

 パートナーである安浦さんに何時ものようにくっついて、今日は昼前から隣の三区に足を運んだ。定期的な現状報告のためだ。本来なら、三区支部に派遣されている本局員が一区に出向くところだが、今回は三区支部の視察も兼ねている。

 安浦さんは、対策Ⅰ課の課長。常にお忙しい人なのだ。それについて回る俺も忙しい。全然役に立ってないが。一応、初めの頃こそ怒られることが多かったが、最近はそれも減っている。安浦さんのサポートのみならば、人より熟せる自信がついてきている。

 

 三区の支部を出たのは、日が昇って降り始めた午後三時前。

 それなりの数の指摘箇所があったために、その場で指導を始めた安浦さん。予定の時間より大幅に遅れた。今夜は残業か。俺にはないけど。

 妹達が待っているのだ。配慮していただき、夜勤もまだ当たったことはない。厨二妹に、有馬さんみたいな髪になるまで酷使されるよと脅されていたが、そんなことはなかった。非常にホワイトな職場だったようだ。

 これが、安浦さんの厚情により成り立っていたことだと知るのは、後のことである。

 

 「遅くなってしまったけど…戻る前に何処かで食べましょうか」

 「はい」

 

 決めたお店は、外にメニューボードが置かれていた喫茶店だ。それなりにメニューの数がある様子。人通りが少ない通りに構えているため、ゆっくり出来そうな雰囲気だ。

 ドアを開けようとしたところで、向こうに人がいることに気づいて、一歩引いて横にずれた。

 白いスーツを着た、特徴的な大柄の男が出てくる。身長控えめの俺を見下すようにーー

 

 「あ、大守さん」 

 

 俺は、宙を舞った。いや、弾丸のように跳んだ。

 背中に衝撃。コンクリートの壁に、足を外にだして胴体が埋め込まれた。出れない。

 

 砂埃が舞う中。安浦さんが、大守から伸びる触手を、クインケ是毘図の二刀流モードで防いでいるのが見える。あ、いつのまにかマスクつけてやがる。ホッケーマスクだ。…まさか、大守がジェイソン?

 店の中から、追加で白いスーツ達が出てきた。

 力を込めるが抜けない。完全にハマってしまっているようだ。

 安浦さんは、防戦一方。救援に行かなければ。しかし。

 

 「おい!あのチビをやれッ!」

 

 大守が白スーツ達に命令した。なぜ俺を狙うんだ。さっさとずらかれよ。

 …ああ、顔見たからか。

 無理矢理したら、俺が刺さってるところから、崩れてしまうかもしれないと思っていたが、仕方がない。

 力を込める。

 だが、その途中でもっと不味いことが起きた。

 安浦さんが俺に気を取られてしまったようだ。その一瞬の隙に、数を増やした大守の赫子が安浦さんに迫る。

 

 俺は、瞬間移動した。

 

 安浦さんを左腕引き寄せジャンプし、そのまま大守の首を狙って右手を伸ばす。

 太い首だ。俺の胴くらいはあるかもしれない。

 力を集中して迷わず掴む。

 そのまま叩きつけようとしたら、プンと手が抜けた。

 振り返ってみれば、大守の顔はどこにいったのか、赤い液体が空へと噴き出していた。

 コツンと、何かが足に当たる。

 ホッケーマスクをつけたままの、大守の顔がそこにあった。

 

 「アハ」

 

 なんか、変な音がした。

 

 「はは はははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははは ははははーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーーあれ?」

 

 一面、血の海ーーとはいかないまでも、半面くらいは、ペンキがぶち撒けられたかのような地面が広がっている。

 前には、誰もいない。

 左右を見渡す。同じく人影はなし。

 下に視線が行った。

 人の顔と目が合う。しかし、首だけだ。

 

 「ぉぶぅげええええ」

 

 迫り上がる吐き気に抵抗できない。ツンと喉と鼻を焼きながら、胃液が口から垂れ落ちていく。

 白スーツ達は、もはや白スーツではない。赤スーツにイメチェンしていた。

 暑い日だ。クールビズなのかもしれない。しかし、なにも手足までパージしなくてもいいと思うが。

 

 「おげえええええ」

 

 誰かの手が、俺の背中を撫ぜた。すらっとした、心地のいい手だ。安浦さんの手だろう。しかし、なぜこんなにも震えているのか。声出したらア"ア"ア"ってなりそう。

 俺は口元を押さえて後ろを振り返る。

 安浦さんと目がパチっと合う。

 顔を真っ青にさせて心配そうな安浦さんの顔が変化する。綺麗な顔が引きつっていくのが、ヤケにゆっくりと見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの、見た目猟奇的殺人現場の後処理は大変だった。俺は何もしてないが。

 サイレンは鳴るわ、野次馬が押しかけるわで事態の収拾がつくまでに時間がかかった。俺は、隅の方でゲーゲーしていた。

 一区の本局に戻ったのは(戻るまでの記憶がない)、空が紅くなっていた午後六時頃。

 妹達の夕食を忘れていたことに気づき電話したところ、作り置きしていたものをチンして食べたそうだ。全部食い尽くしてしまったらしい。今日は遅くなると一言入れて、電話を切った。

 

 そして、報告やら何やらが終わったのが時計の針が午後八時を回った頃。

 やはり大守の正体は十三区のジェイソンだったらしい。何で三区に居たんだよ。それと、家に帰ったら厨二妹に聞くことがある。大守が喰種なんて聞いてなかった。

 

 さあ、家に帰ろうとしたら、安浦さんに止められた。何でも、俺の顔が大変なことになっているらしい。

 鏡を渡されて、俺はビクッと後ずさった。目がイッてしまっていた。何だこれ。口も、口角が微妙に上がっている。怖っ!!これでもマシになっているらしい。現場では、もっと酷かったそうだ。

 あの時、安浦さんの顔がが引きつっていったのはこれだったのだ。

 本局に着いて、他の局員達が怯えた顔をしたのもこれが原因だったのだ。

 

 こんな顔じゃ家には帰れなかった。妹達は完全夜型だ。時間をずらしても、明日は休みのため、遅くまで起きているだろう。

 今日はここに泊まれないかなと思っていたら、安浦さんからお誘いがあった。

 いや、それってどうなの?と思ったが、パートナーとしてケアしないと、と押し切られてしまった。初討伐の祝いもしてくれると言われたら断れない。しかし、なんか変な気分だった。

 安浦さんは、どこか居酒屋にでも入ろうとしたが、流石に何も食べれる気はしなかった。というか、この顔で入るのか。聞いたら、もう慣れてしまったから、このことを忘れていたそうだ。流石特等捜査官ですねとも言えばよかったのだろうか。

 「じゃあウチに」となって、安浦のお家にお邪魔した。

 

 

 

 「どうぞ、召し上がれ」

 「あ、その…」

 

 食卓に置かれたのは、胃に優しそうなスープと雑炊。

 暫く何も食べれないなと思っていたが、意思に反して胃は元気に声を上げた。

 

 「ほら、少しずつでいいから」

 「いや、やっぱり…」

 「食べさせてあげましょうか?」

 「いただきます」

 

 食事を頂きながら、とりとめもない会話を続けた。

 気になったのが、安浦さんのパートナーの話だ。今までコンビを組んだのは皆女性捜査官だったらしい。じゃあ、何故今回俺が選ばれたのかと聞けば、上の事情でこうなったそうだ。なんだそれは。非常に気になる。

 

 「あ、それ私のグラスじゃない…?」

 「ぇ?」

 

 そこから先の夜の記憶はない。

 

 

 

 

 

 

 

 起きたら、布団の中にいた。リビングの部屋だ。状態を起こしてみれば、少し離れた場所に布団が敷かれて、山が出来ていた。

 ズキズキンと頭痛がする。

 そう言えば、何で安浦さんもここに寝ているのだろう。家に上がった時に、安浦さんは寝室のベッドで、俺はリビングで寝るようにと言っていたのに。

 もしかして、心配して一緒にいてくれていたのだろうか。

 「あれ?」

 でも寝室のドアが開いている。頭痛を我慢しながら俺は立ち上がってーー

 

 「米林くん?」

 「あ、はい。おはようございます」

 

 起こしてしまったのか。安浦さんは、布団を被ったままだ。

 

 「シャワー、浴びてきなさい。寝汗かいているでしょう。お湯も張っていいわ」

 

 ?…何で寝汗?

 あ、でも確かに全身がベタベタする。

 

 「すみません。いただきます」

 

 返事はなかった。

 お風呂から上がると、朝食が用意されていた。布団も片付けられていた。安浦さんの姿はなく、手紙がテーブルの上にあった。

 手紙には、もう少し寝るから、見送りできなくてごめんなさいと書いてあった。鍵はオートロックだから、気にしないでいいそうだ。

 

 俺は、これまた胃に優しいメニューの朝食を頂いて、寝室に向かって頭を下げてから、安浦さんのマンションをあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆才子

 

 

 私、才子、フィバータイムに突入しました。

 運動会が終わり、代休を挟んで登校した日のランチタイム。才子のお盆には、山盛りに盛られたおかずの品々があった。皿の数も、いつもの二倍。クラスメイトからの献上品である。

 しかも、今日は幸運なことにデザートまでついている。三段重ねだ。ゼリーの三段重ね。あ、もう一段増えた!

 有り難く頂戴する。今の才子に遠慮などカケラもないのだ。

 これは、フィバータイム。時間制限があることを去年のことから学んでおるのだ。

 来週には、奴らは才子の活躍を忘れ、再来週にはパタンとなくなる。今週でさえ、日に日に少しずつおかずの量が減っていくのだ。

 なんとおそろしい。

 今日が天国。あとは、ゆるやかな地獄への道が続いている。

 だから、遠慮などしない!

 皆の衆!来るものは拒ばんぞよくれくれくれ。

 

 

 

 

 兄ちゃんが、初めて夜に帰ってこんかった。才子と弥才は起きていたのに、帰ってきたのは朝方。不良だ。才子は、兄ちゃんにそんな育て方をした覚えはない。

 もう知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆弥才

 

 

 

 ある日、兄に忠告した。

 何故思い立ったのかはわからない。衝動的に思い出した。

 うん。記憶を辿りながら書いた絵は中々の出来だった。

 

 「お兄さん、お兄さん。この絵の人ねーー」

 

 あれ、なんて言おう。本当のことは言えない。でも、私という異物がいながらも、原作と変わらないようにするために言わないといけない。兄は、勘が鋭いから、何とか近づかないようにしないと。

 

 「ーーこの人、ショタコンでホモだから気をつけて。名前は…大守さん」

 「なに!?いきなり!」

 

 

 

 

 日を空けたある日。

 朝帰りした不良兄が言った。大守さんを駆逐してきたらしい。

 ………あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大守ヤクモ
ヤモリの本名


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とてつもない力をもった子供の失禁ちゃん達

別視点

才子
双子の妹
別視点です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「貴将。米林三等が十三区のジェイソン、他五体の喰種を殲滅した。それも惨たらしく殺したらしい。撮影していた一般人がいたようで、映像も残っている…この後に見るがいい。

 それで、どう思う。お前の報告とは違うが」

 「いえ、私には…あの時点では、自ら手を出せるような人間ではないと判断しましたが…」

 「はっ…!人間か。だとすれば奴は新人類とでも呼ぶべきか?RC細胞を有していない人類など、奴とその妹達のみだ」

 「…」

 「結果も出たぞ。奴の血縁上には何の要因もなさそうだ。出来上がった()()達にはRc細胞が確認され、至って普通の人間だった。奴らの細胞を基にした()()も変わらん。現状、全てが不可解だ」

 「では、私は」

 「ああ、今のまま続けろ。だが、今後は徹底的にやれ。奴には首輪も必要だ。何にせよ奴はーー第二のお前となるのだからな」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 初討伐から一ヶ月。

 

 筆記免除で、二等捜査官になった。給料アップでみんな大喜びである。異例のことらしく、少し誇らしい。しかし、知識はあって損はないと安浦さんにも勧められ、それなりに勉強した。寧ろ、安浦さんのチェックがあったために、筆記試験有りとそう変わらなかっただろう。

 

 そして、専用のクインケができた。

 傘型鱗赫クインケ"如意傘(じょいさん)"

 デザインはヤサイ、命名はサイコである。読み方は、凄腕女医ドラマを観て思いついたらしい。そのままですね。

 

 クインケ工場(CCGラボラトリー)に受け取りに行ったら、濃い紫色の傘が台の上に鎮座していた。機能は二つ。傘の石突部分がウネウネと伸びる。あと、普通に開いて盾にできるが、そこまで防御力はない。手動で回転させることも可能(当然)で、その時に表面のザラザラが開いて敵を削り取るそうだ。中々エグいぞこれ。

 素材提供者は、十三区のジェイソンこと大守さんだ。彼は、三つもの赫包を有していたらしく、レア個体だったらしい。もうちょっと言い方ってものがあるだろうと思った。

 その内、如意傘に使った赫包は二つ。使わなかったもう一つは買い取り要請が来たが、断った。ヤサイが言うには、貴重なものだから取っておいた方がいいそうだ。よって、研究所に保管される流れとなった。

 

 

 

 

 

 「やあ、元気?」

 「ご無沙汰しております。今日は、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」

 

 気さくなセリフで、しかし全然フレンドリーさの欠片も無い表情で現れたのは、苦労人白髪有馬さん。有馬さんは、CCG最強の人だったらしい。つい、この前聞いた。そう思ってみると、何だかオーラもある気がする。俺の言葉遣いも、自然と丁寧なものになっていた。

 

 「固いよ。この前みたいでいいから」

 「いっ…え、しかし」

 「いいから」

 「はい」

 

 有馬さんによる指導が始まった。

 俺に、油断はなかった。最小限の動きで避け、時には受け流す。前回有馬さんに指導されたことは、日々の訓練において反復し、モノにしたとは言えないまでも、それなりのモノにしたつもりだった。

 しかし、世界が違った。有馬さんの規格外さを、知識をつけたから今だからこそ理解した。俺には、程遠い存在だ。

 

 「真面目にやれ」

 

 防戦一方の俺の鳩尾に、有馬さんの脚が突き刺さった。体重の乗ったそれを受けた俺は、無様にも床をコロコロと転がっていった。つい力が抜けて、木刀が手からすっぽ抜けた。ゲーゲーと汚物を地面にまき散らした。

 

 俺は、混乱の最中にあった。いやほんといきなり何なんだこの人。何で俺は怒られているのだ。そして、まさかの追撃が来る。ジャンキーなのか、この人。

 

 俺は、必死に転がって避けた。しかし、有馬さんは立つ暇を与えてはくれなかった。有馬さんは、いつの間に拾ったのか、俺が落とした木刀も携えて二刀流だ。絶え間なく突きを浴びせてくる。俺は、コロコロと転がりながら避ける。

 しかし、限界が来た。壁に追い詰められてしまったのだ。俺は、苦し紛れに足を出した。カン、と音を立てて、有馬さんの持つ木刀の一つが半ばから折れた。

 

 唐突だ。

 パチリと一瞬、全身に熱が走った。

 途端、視界が鮮明になる。

 有馬さんが突き出してきたもう一方も、床に手をつき、回し蹴りの要領で弾く。これで、無手だ。

 ――でも、まだ!まだ!まだ!まだ!まだ!

 

 「あははははは!!!!」

 

 こんなに楽しいんだ。まだ終わらせたくない。ずっとずっとこのまま!

 

 俺は有馬さんと無手で応戦した。といっても、俺の直線的な攻撃は、紙一重で避けられたり、受け流されたりと、直撃は一つもない。しかし、確実に肌に傷を増やしていった。服は裂け、至る所で血が滲んでいる。

 そして、有馬さんの攻撃と言えば、大技なものが多くなっていた。俺に小技を当ててもダメージがないことに気づいたのだろう。隙を突いて繰り出される一撃に、俺は何度か吹き飛ばされた。しかし、意地でも追撃は許さなかった。

 

 俺には、大守達を駆逐した時の記憶が鮮明に残っている。

 首を捩じ切ったことも、クインケナイフで細切れにしたことも、そのまま心臓を抉ったことも、甚振るようにしたこともだ。

 熱が冷め我に返って、俺は吐いた。眼前の凄惨な光景にではない。いや、それも四割くらいはあるか。グロかった。

 そう、それよりも――楽しかったのだ。我に返って、興奮しながらあの残虐を生んだ自分に、吐き気を覚えたのだ。

 

 そして、今もそれを理解していながらも―――――どうしようもないくらいに、楽しい。

 

 もっと!もっと!もっと!と、これは最早細胞レベルで求めているようだから仕方ないね。

 

 ふと頭に過ぎった。いつかヤサイが言っていた。お兄さんは戦闘民族×3だから、気をつけてねと。

 

 

 

 

 訓練室を出たのは、三時間後のことだったそうだ。おれは、燃え尽きたように寝落ちしたらしい。エネルギー切れである。

 有馬さんは、全身打撲に裂傷は数え切れず。起きてそれを知った。ああ、やばい。でも、それよりめっちゃ腹減った。

 レモンの蜂蜜漬けは、俺が寝ている間に有馬さんが食べてしまっていた。

 

 

 

 

 討伐褒賞金が出ていた。税金なしの、きっかり八百万。これが、安いのか高いのかは分からない。十三区のボスで悪逆を尽くしていた大守は、S~レートで八百万。最強と悪名高い隻眼の梟はSSSレートで討伐褒賞一億。そう考えると安い気もするが、大守レベルのレートだと特等捜査官一人に対して、隻眼の梟は特等捜査官何人いても討伐できないため、妥当な気もする。

 気分のいい金ではない。だから、その夜は皆で高級中華に行った。俺たち三人は普段着、母親だけが服装をキメていた。

 金は口座に振り込まれているが、早く何かに使ってしまいたい気分だったのだ。普段は食事量が少ないヤサイもこの日はよく食べ、最終的には三人で満貫全席並(どれくらいか知らないけど)の量を食べたと思う。母親は、顔を青くして途中退場していた。

 

 ――そうだ。いいこと思いついた。食べ飛びしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆才子

 

 

 我が片割れは勉強ができる。

 しかし、ベンガリーと言うわけではない。才子がゲームしているときに、予習復習している程度。しかし、テストはいつもトップを独走している。

 何故だ。同じ双子なのに、何故こうも違うのか。それに、いつだったか…大学受験レベルならいけると吹かしておった。しかし実はこれ、最近マジだと思い始めている。

 では、才子は馬鹿なのか。決してそんなことはない。弥才先生の下、強制的にガリガリさせられている才子に、そんなには死角はないはず。一応に、クラス五番内にも滑り込んでいる。

 なのに、どうしてや。

 最近になって突然、弥才先生がスパルタレベルだ。略して、スーパー弥才先。今では、才子の人生のスケジュールは全て握られていると言っても過言ではなかろうぞ。

 

 経緯は…うん。

 受験シーズンということもある。才子逹は三年生なのだ。マジで勉強してるのはまだ半分もいなさそう。きっと皆さん夏に地獄を見るに違いない。二年前の兄ちゃんだってそうだった。全てが無駄になる努力をしていた。

 そう、理由は兄だ。兄が働き出してそれなりのお金が入り、ウチにも随分と余裕ができたのだ。ありがたやー。家計の管理を任されている片割れが、自慢げに言っていた。

 なので、才子と弥才がドナられる未来は、めでたく消し去られたのである。強制労働させられるような場所ではなく、普通の高校生になれるそうな。

 感謝の気持ちとして、兄ちゃんには、マッサージ券一年分を発行しておいた。片割れと一緒に一年分の券を作ってしまったので(気づいた時にはもう遅し)、才子と弥才の二人分、占めて二年分のマッサージ券の進呈だ。一回三十分。肩もみ腰もみ足もみ尻もみなんでもござれ。

 兄は毎日使っているので、我ら双子姉妹のテクは日々磨かれている。片割れなんかは専門書だって読んでいた。才子も負けじと修練した。今では、マッサージ終わった頃には、だいたい兄はあへってる。兄の身体は、もう才子達なしでは生きていけない身体にしてやったと、片割れとハイなタッチ。

 

 そんな兄のおかげで高校生になれそうな我ら双子であったが…片割れが欲を出し始めたのだ。何と、私立女子校に行きたいなと戯言を抜かした。公立で良くないかと聞けば、共学が嫌らしい。じゃあ、お金はどうするのと聞けば、特待取れば問題ないらしい。公立よりも安くなりそうだと。

 そんな片割れといえば、才子の受験の面倒を見ながら大学の受験勉強を始めていた。へぇ気が早えながんば!と全く他人事に思っていたら、才子も同じ大学に行くそうだ。初耳だ。

 いや何でやと聞けば、私が一人で通える訳ないだろとぷんすか怒られました。ええ、そこは納得ですね。

 でもしかし。学費はどうするのかと聞けば、奨学金制度もあるし、あと三年もすれば兄がもっと稼ぐようになるらしいので、問題なしっん。らしい。片割れは、そんな感じでドヤと決めながら、追加のマッサージ券をせっせと作っていた。お兄さんは神様だと。今さら何を当然のことを。

 まあつまり――才子の地獄はこれからという訳なのだ。でも、仕方ない。やっぱり妹は、お姉ちゃんなしでは生きていけそうにないから。

 少しだけがんばろ。

 

 という、ランチがすっかり元に戻ってしまった今日この頃である。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆弥才

 

 

 

 兄が昇進した。

 さすがに二階級特進とはいかなかったみたいで、二等捜査官。

 ヤモリを倒してしまった件は、考えてもどうにもならなかったので、とりあえず保留にした。そもそも拷問なんか無い方がいいのだ。もっと最悪な想像もしてしまったけど…大丈夫、きっと大丈夫……うん。

 

 クインケのデザインは私が担当した。三人で紙に描いて、せーので見せたら、私のが一番ましだった。兄が描いたのはただの棒だし、双子の姉に至っては、戦隊モノのロボットである。

 私が描いたのは、番傘。もろパクリだ。だが、兄の髪色はまんまそれだし、描くとしたらこれしか思いつかなかった。残念ながら、兄に中華服は似合いそうにないけど。

 ギミックは双子の姉が提案して、それが通って名前は"如意傘"。ニョイサンとそのまま読んでもまあまあ微妙だが、双子の姉が決めたジョイサンという読み方もアレだった。しかしまあ、兄も喜んでいたのでそれに決定。兄は、私達がしたことは何でも喜んでくれるため、それが本心かどうかはイマイチ自信はないけども。

 

 勉強頑張ってる私達にご褒美にと、兄が食べ歩きならぬ食べ飛びに連れていってくれた。

 ラーメンは、しばらくはいいな。うん。おいしかったな。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「ふむふむ……うわー、まじかよ。ヤモリさん殺されちゃって、やな予感してたんだ。

 なんでこいつ喰種じゃないんだよ」

 

 「印象:力を持っただけの至って普通の子ども…ってそれ…。ていうか、何でそんな力あるのに、普通でいられるの?この子」

 

 「うーん…じゃあ、この妹ちゃん達ほしいなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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