東方人の生 (喜求)
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生誕

 つらかった。

 

 

 学校が、家族が、友達付き合いが。

 

 

 ずっと我慢してきた。

 

 

 

 周りが頑張っているなら、自分も頑張らなくちゃって。

 

 

 

 

 そうして、自分を圧し殺してきた。

 

 

 

 

「けど……もう駄目だ」

 

 

 

 だが、それも限界だった。

 

 

 

 

「死のう」

 

 

 

 

 私は弾けた。

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 次に気がついた時、私は暗い暗い空間を漂っていた。

 

 

 ……ね………………き………………さい…………。

 

 

 

 遠くから声が聞こえる。

 

 初めは何をいっているのかわからなかったが。徐々にはっきりと聞こえるようになっていく。

 

 ねえ…………なさいよ…………。

 

 

 若く、おそらく歳が近い少女の声だ。

 

 はて?私の知り合いにこんな声をもつ人がいただろうか。

 

 

 

 すると、私の体を上へと持ち上げられるような感覚が襲い、意識が覚醒する。

 

 

「あ、やっと起きたわね。何度声をかけても返事がないから妖怪に喰われちゃったのかと思ったじゃない」

 

 

 

 目を覚ますのと同時に巫女風の少女から物騒なセリフが聞こえた。

 

 

「妖怪?えっと……ここは?」

 

 

「ここは神社の側にある森よ、貴方は見たところ外の世界から来たようね。歓迎はしないけど一様言っておくわ……ようこそ幻想郷へ」

 

 

 …………?ちょっと処理が追い付かない。え?外の世界ってなに?幻想郷?なにそれ?……。

 

 頭の中に疑問符が沢山沸いてくる。そもそも私はなんでこんなところに?

 

 突然のことに少々あたふたしていると巫女?に腕を引っ張られた

 

「ほら、早いとこ神社に行くわよ。こんなところで人間が寝転がっていたら半刻もしないうちに御陀仏なんだから」

 

 

 まだ頭が追い付いていないが巫女?と共に神社に向かうことになった。

 

 

「そういえば貴方名前は?私のことは霊夢でいいわ」

 

 獣道のようなところを歩きながら彼女は霊夢と名乗った。

 

 霊夢か、変わった名前……キラキラネームというかなんというか

 

 

「……私は…………あれ?」

 

 

 自分の名を名乗ろうとして、そこでつまる。

 なんだろう、名前が思い出せない。それ以外のことは思い出せるのだが名前を思い出そうとするとそこだけモヤがかかる感じ。

 

「どうしたの、まさか思い出せないとか?」

 

 

 動揺してることで察したのか霊夢が声をかけてくる。

 

「うん、名前だけモヤがかかったように思い出せない」

 

 

 そんな大層な名前でもなかったので別に構わないといえばそうなのだが、いかんせん不便である。

 

 

「名前が思い出せない……まさか紫の仕業じゃないでしょうね…………」

 

 

 隣で何かぶつぶつと呟いているが、小さくてよく聞こえない。

 

 にしても昔から忘れっぽいとよく言われたがまさか名前まで忘れたか。

 霊夢は名乗ったのに自分が名乗れないってのはもどかしい、なんとかできないものか……そうだ。

 

 

「ねえ、一時的なものでもいいから名前をつけてくれない?名無しってのは不便だし」

 

 

 名前がないならつけてもらえばいいじゃない。

 名案とばかりにそう提案してみるが、霊夢は頭に手をあてなにかを悩んでいるようだ

 

 

「うーん、それだと貴方が向こうに帰れなくなるわよ」

 

 

 ……?

 

「……どゆこと?」

 

 意味がわからない。

 

 

「簡単に説明すると名前ってのはその地に存在するための杭みたいなものなのよ。それで今貴方は名前を失っているからとても不安定な状態、そこに私がこの幻想郷での杭を打っちゃうと貴方が元の名前を思い出さない限り帰れないってわけ」

 

 

 なるほど、つまり向こうに帰りたいなら名無しのままでいろってことか。

 それなら都合がいい。私はもう向こうにいたくないのだ。

 

 

「構わない、名前をつけてほしい」

 

 

 そういうと霊夢が驚いたように軽く目を見開いた。そりゃそうだろう、帰らないといっているようなものなのだから。

 

 

「貴方私の話聞いてた?向こうに帰れなくなるのよ?」

 

「いいよ、そもそも向こうでの居場所なんてないし。だったら此処に住む」

 

 いてもいなくても変わらないならいなくなっちゃってもいいじゃないか。あんなとこ。

 はっきりそういうと霊夢はまた頭に手をあて軽く唸り出した。

 

 

 

 たっぷり悩み神社の鳥居らしきものが見えてきたあたりで霊夢は顔をあげた。

 

「……わかったわ、貴方の幻想郷への移住を認めてあげる…………で、名前を決めて欲しいんだったわよね」

 

 

 コクリと頷く。なんとなくだが名前は他人につけてもらった方がいい気がするのだ。

 

「名付けなんてしたことないから変な名前になっても知らないわよ」

 

 

 そういうと霊夢はこちらをまじまじと観察し始めた。容姿からとるのだろうか。

 

 

「うーん、にしても貴方ってなんか匂うのよね、霊力を感じるから人間なんだろうけど少ないながらも妖力を感じる……もしかして貴方半人半妖だったりする?」

 

 

 クンクンと匂いを嗅がれたかと思いきやなんかよくわからないことを言い出した霊夢。

 

 その妖力とやらは臭うんだろうか。

 

 

「オタクだとか変人だとはよく言われたけどそのはんじん?なんたらは言われたことないね」

 

 あまりいい人生を送ってきたとはいえないがさすがに人外呼ばわりはされなかったなあ。

 

「じゃあ別の要因か……っと今は名前ね…………うん、決めた。紗由理……貴方はこれから紗由理よ」

 

 今ここに私が産まれた。

 

「紗由理……うん、いい名前。ありがとうございます」

 

「いいわよ別に…それよりお昼にしましょう。紗由理の今後も考えないといけないし」

 

 

 そういいながら屋内へ行くべく霊夢が襖を開けると金髪の子がお茶を啜っていた。

 横には三角帽子が置かれており、いかにも魔法使いと思わせる格好だった。

 

 

「よっ霊夢、お邪魔させてもらってるぜ……その隣にいるのは妖怪か?」

 

 

 開口一番に妖怪呼ばわりとは、ここは修羅の国か。

 霊夢も妖怪がうんたらとか言っていたし、ここではそれが常識なのか?

 

 

「多分人間よ、外からきたね。名前は紗由理。それとあんたを招いたつもりはないんだけど」

 

 

 霊夢あなたもか。だから多分てなによ。

 

 

「多分って……私はれっきとした人間ですよ」

 

 正直自分でもよくわからないけど。自分が一般人ではないのは自覚してるし。

 

 

「そうか?にしてはお前から魔力を感じるが……私の鼻が鈍ったのか?」

 

 妖力の次は魔力か、これまたファンタジーな名前が飛び出てきたね。

 

 

「そんなことよりお昼にするわよ、魔理紗も手伝いなさい」

 

「へーい」

 

「私も手伝いますよ」

 

 一人だけ座っているのは悪いので手伝おうとするが霊夢に止められた。

 

「あんたはそこにいなさい、さっきまで意識なかったんだから。それに三人も台所に入らないわよ」

 

 

 そこまでいわれては大人しくしているしかない。

 私は観念して魔理紗と呼ばれてた子の座っていたところに腰を下ろした。

 

 

 



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今後

 

「自己紹介がまだだったな、いたって普通の魔法使い、霧雨魔理紗だ。魔理紗でいいぜ」

 

 

「私は紗由理、よろしく魔理紗」

 

 

 昼食と自己紹介をすませ、霊夢が人数分のお茶を煎れてくれる。

 

 

「にしても霊夢が外来人をとどめておくなんて珍しいな、普段は即効送り返すってのに……まあ殆どがここにたどり着く前に妖怪に襲われるんだけどな」

 

 

 なにそれ怖い、よく生きてたな私。

 

 

「送り返そうと思ったんだけど前の名前を思い出せないらしくてね。その上帰りたくないっていうのよ」

 

「なるほどな……ん?じゃあ紗由理って名前は……」

 

「霊夢につけてもらったの、いい名前でしょ」

 

 

 私は結構気に入ってる、いい名前をつけてもらったものだ。

 霊夢が余計なことをとばかりに目線を飛ばしてくるがそんな気にすることないのに。

 

 

「霊夢にそんなセンスがあるなんて意外だぜ……」

 

 

 霊夢はセンス良い方だと思うけど、普段はどんな人なのだろうか。

 

「心外よ……そんなことより紗由理の今後よ。人里に住みたいなら慧音に相談するのがいいんでしょうけど……」

 

 霊夢が言葉を詰まらせる。

 人里と言うからには村とか町みたいなものだと思うけどなにかあるのだろうか。

 

「その人里になにか問題でもあるの?」

 

 

「違うわよ、問題なのは貴方の方。貴方段々妖力が増えていってる、目を覚ましたときよりね。このままだと人里の退治屋に見つかったらめんどくさいことになるわよ」

 

「妖力?やっぱり妖怪なのか?」

 

 

 妖力が増えてる?一体なんで?というか妖力について何も知らないんだけど。

 

 

「恐らく人間よ。でも妖力と一緒に霊力も増えてる。多分魔力の方も増えてるんじゃないかしら?」

 

 そう言われてみればと魔理紗が私のことをくんくんと嗅ぎ出した。だから臭うのかそれは。

 

「うーん、確かに私が会った時よりも増えてるな、これは一体どういうことだ?」

 

 

 どうやら目が覚めてから霊力、妖力、魔力が増えているらしい。その手の知識がまったくないからいまいちわからないのが現状なんだけど。

 

「恐らく能力ね、こちらにきてから目覚めたんでしょう。普通霊力と妖力を同時に持つことなんてできないし。」

 

 

「能力?なんですかその厨二心をくすぐるような響きは」

 

「ちゅうにごころ?よくわからんがここじゃよくあることだぜ、霊夢は空を飛ぶ程度の能力。私は魔法を扱う程度の能力ってな」

 

 

「名前そのまんまか。でも羨ましいな、空が飛べるのか。私も飛べるようにならないかなぁ」

 

 

 やっぱり上空って寒いんだろうか。風とか強そうだけどなにか対策してるのかな。

 

「飛べるぜ?魔力があるなら私のように魔法で飛べばいいし、妖力で飛んでるやつもいるし。なんならそれら意外で飛んでるやつもいる。まあ才能は必要だろうけどな」

 

 

 魔理紗も飛べるのか、二人が飛べるなら私も……って思ったけど出来るかなぁ。

 

「っと話がそれたわね。とりあえず貴方は人里には住めない。もし仮に住んだとしても退治屋から逃げる生活になるわよ」

 

 

 ……困った、ここでも私は除け者か。いや、無理に人里に住むのが間違っているのか?でも妖怪出るらしいし出来れば人の輪に入りたい。

 

 

「うーん……」

 

 どうしたものか……。

 

 

 頭を抱え悩んでいると、いつの間にかこちらに来ていた魔理紗に頭を小突かれた。

 

 

「悩んでたってなにも出てこないぜ。人里がダメならその外に住む、自分が弱いなら強くなればいい…だろ?」

 

 

「魔理紗の言うとおりね、雑魚妖怪を倒せるくらいになるまではうちで面倒を見てあげるわ。幻想郷の説明もしないといけないし」

 

 

 強くなる……か、今まではそんなのは妄想の中だけだったけど、霊夢と魔理紗に鍛えてもらえば変われるのかな。

 

 

「うん、ありがとう。霊夢、魔理紗」

 

「気にすんな、仲間が増えるのは良いことだぜ」

 

「そうそう、そこらで死なれても寝覚めが悪いしね」

 

 

 

 頑張ってみようかな、今回は。

 

 

「それじゃあさっそくやるか、庭にでるぞ紗由理」

 

「了解です師匠!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず弾幕ごっこについてだ。これは最近普及した命名決闘法案。幻想郷において闘いはすべてこれだ」

 

 弾幕ごっこ、なにか遊びみたいな響きだね。

 すると魔理紗がちょいと離れたところにある木に向かって手を伸ばし、星形の光る物体を打ち出した。

 それは木にぶつかると同時に爆発し、木の皮が少し剥げた。

 

 

「これが私の使う“弾幕“だ、主に魔力や霊力、妖力で作られる。なんならその辺の石ころでもいい」

 

 

 弾幕……よく戦争映画とかで弾幕を張れとかあるけど銃とかのように弾が見えない訳じゃないのか。

 

「次にルールだが、試合を始める前に被弾数とスペルカード使用数を宣言する。全てのスペルカードを攻略されたら負けだ」

 

「スペルカード?」

 

「ああ、それぞれの能力とか得意技。または自分を象徴するような物を弾幕として発動させるんだ。所謂必殺技だな。スペルカードには制限時間を設けて一度使用したスペルはその試合中は使えない。制限時間に指定はないが、長いとつまらないからな。大体三十秒が限度だぜ」

 

 

 自分の必殺技か…どうしよう、考えるのが凄く楽しみだ。

 

 

「あとは実際に見せた方が早いかな……霊夢」

 

 

 呑気に縁側でお茶を飲んでいた霊夢は顔をしかめ、面倒くさそうに立ち上がった。

 

「仕方ないわね…なら基本的な被弾3、カード3で」

 

 

 そういうと二人ともトランプよりも2回りほど大きいカードを懐から3枚取り出した。話の流れ的にあれがスペルカードだろう。

 

「それじゃあ、始めるぜ!」

 

 

 魔理紗の合図と共に、二人は空へと飛び上がった。

 

 



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飛翔

 

 

 

「……美しい」

 

 

 二人の弾幕ごっこは美しく、そして激しかった。

 

 

 霊夢は御札を、魔理紗は星形の弾幕を主に放ち。互いがスペルカードを放ったときなんてもう凄かった。開いた口が閉じないくらいには。

 

 

「どうだ?見ていた感想は」

 

 

 少々衣服が汚れた魔理紗と霊夢が目の前に降り立つ。

 あれだけ派手な被弾だったのに服の破損や汚れだけで済むのか。

 弾幕ごっこという名もそういうことなのかな。あくまで遊びと。

 

 

「凄く綺麗だった!」

 

 

 かなしきかな、自分の語彙力ではこの美しさを表現できない。

 だが魔理紗はそんなこと気にもしてないようで、そうかそうかと何度も頷いている。

 

 

「弾幕ごっこっていうのは実力と共に美しさの対決でもある。これまでと違う美しい闘いに、って考案者はいっていたぜ」

 

 

 美しい戦争…一見矛盾してそうだが、これはそう呼ぶにふさわしいと思う。

 

 

「私も弾幕ごっこやってみたい」

 

「お、やる気を出したみたいだな、じゃあまず空を飛ぶところから始めるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れたあ」

 

 

 あれから日が暮れるまでみっちり魔理紗と魔法による飛行訓練を行った。

 結果は飛べず終いだったが、魔理紗曰く遠くないうちに飛べるようになるだろうとのこと。

 

 魔力を使いまくったせいか凄い脱力感に見回れるし、早く寝たい。

 

 

 ちなみに魔理紗はちゃっかり夕飯を食べてから帰った。

 

 

「お疲れ、大変だったんじゃない?」

 

 脱力感に逆らえず寝っ転がっていると霊夢がお茶を持ってきてくれた。

 

「ありがとう霊夢。でも、それ以上に楽しかったよ」

 

 

 お茶をすすり、そう……と霊夢が呟く。

 

 

「そういえば紗由理は外の世界……いえ、日本から来たのよね」

 

「うん」

 

 

 急に改まってどうしたのだろう。

 

 空気が変わったような気がしたので、なんとなく姿勢を正しておく。

 

 

「幻想郷には稀に日本からこちら側に人が迷い混んでくるの。そういった人たちは大体決まってて、自殺願望を持っていたり周りから忘れられたりした人達なの」

 

 

 霊夢の声が一段階低くなる。

 

 

「ねえ、貴方もそういった人達の一人なの?」

 

 

 その声は、どこか震えているような気がした。

 

 

「……そうだよ、私も消えるつもりだった」

 

 

「……ッ!なんで!」

 

 

「必要とされなかった、それどころか邪魔者扱いされた。なにもできない自分が嫌だった」

 

 

 

 だから死のうとした。

 

 

「…………そう」

 

 

「でも今は違う」

 

 

 それも、ここにくるまでの話だ。

 

 

「今は生きたいって思ってる。霊夢と出会い、魔理紗と出会い。弾幕ごっこを知って、まだまだ知らないことがたくさんある……だから、そんな顔しないで」

 

 

 彼女にもなにか思うところがあったのだろう。私を見ているその顔は、とても悲しそうだった。

 

 

「…わかった、今の貴方がそう思ってるなら私は何も言わない……けどこれだけは言わせて。私は貴方を見捨てたりしない」

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 それは今までもらったどんな言葉よりも嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、そうそうその調子。そのままゆっくり上がってみろ」

 

 

 あれから2ヶ月、度重なる訓練によりようやく私の体は空へ浮かび上がった。

 

 

「う、浮いた!魔理紗!私飛んでる!」

 

 

「落ち着け」

 

 

 何度か魔理紗に注意されつつも、上下左右前後と三次元的な動きが出来るようになった。

 これで弾幕ごっこに必要な要素が一つ手に入ったわけだ。

 

 まあまだ走った方が速い速度でしか飛べないけど…要練習だなぁ。

 それに飛翔する為の魔力の消費もバカにならない……あれから魔力容量も増えたけど、40分も持たないと思う。

 

 

「よし、これで紗由理も空を飛べるようになったな。次は弾幕とスペルカード。とりあえずこの前教えた通りに弾幕を撃ってみろ」

 

 

 地面に降り立ち、言われた通りに適当な木に向けて私の弾幕を放つ。

 

 自分の魔力がゴリッと失われる感覚と共に丸いソフトボールサイズの弾幕が出現。木に衝突し、小さく穿つ。

 

 

 ……この調子じゃあ今日は10も撃てないだろうなぁ。

 覚えたての私の弾幕はあまりにも魔力の消費が激しい。まだ慣れてないのもあるだろうけど、単純に私の魔力要が容量が少ないのだ。

 

 

「よし、ちゃんと出来てるみたいだな。どうだ?魔力は持ちそうか?」

 

 

「あと10も撃てなさそう……全快だと80ぐらい」

 

 

 毎日少しずつ最大容量が増えてる実感はあるけどそれも微々たるものだ。

 

 

「うーん、やっぱり妖力で弾幕を作った方が効率が良さそうだな、私らじゃ教えられないけど……まあ頑張ってくれ」

 

 

 なげやりか、まあ普通の人間は妖力を持たないっていうしわからないのも無理ないか……でもなぁ。

 

 

「妖力かぁ、妖力って妖怪のもつ力でしょ?妖怪の知り合いとかいない?」

 

 

 いるとは思ってないけど一様聞いておく、これまでの話だと人間と妖怪は相容れぬ存在らしいし。

 

 

「生憎妖力の使い方について教えてくれる親切な妖怪は…………慧音がいたな、人里に行くか。長居しなければあいつもそこまで文句は言わないだろうしな」

 

 いるのか、びっくりだよ私は。

 

 あれ?でも慧音ってこの前聞いた話だと。

 

 

「慧音って確か人里の人間なんでしょ?妖力の使い方なんてわかるの?」

 

 

「そういやまだ紗由理に言ってなかったか、慧音は半人半妖っていって人間と妖怪のハーフなんだ。だから霊力と妖力両方が扱える……まあ本人は主に妖力を使っているようだが」

 

 

 なるほど、普通じゃない人か。私以外にも力の掛け持ちをする人(?)がいたのか。

 

 

「でも大丈夫かなぁ、門前払いとかさせられない?」

 

 いざ行ってはいダメでした~じゃ骨折り損だし。

 

 

「そんなものは行ってから考えればいいんだよ、ほら行くぜ」

 

 

 そういうと魔理紗はほうきに足をかけ空へと舞い上がる。

 ……まさか飛んでいくとか言いませんよね?

 

「調度いい飛行練習にもなるだろ」

 

「あっはい」

 

 その通りでした。

 

 

 ……まあ人里はここから見えるくらいには近いし多分大丈夫…だといいなあ。

 

 内心で不安をごちりながら私は体得して間もない飛翔を始めた。

 

 



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初戦

 

 

「ま、魔理紗ー……まってえ」

 

 

 人里まであと少しというところで私の魔力は空っぽになってしまった。

 

 

 ……うぅ、魔力枯渇による目眩が…。

 

 

 徐々に高度と速度を落とし、地面に着地する。

 

 

 魔理紗も私に合わせて降りてくれた。

 

 

「ここで限界か。まあそこまで距離もない、せっかくだから歩いていくか」

 

 

「はーい」

 

 

 距離的に考えてお昼前には間に合うだろう。

 

 

 にしても魔力枯渇の脱力感が結構つらい……今度から少し残しとこう。

 

 

「大丈夫か?」

 

「なん……とか………魔力は空っぽっだけど」

 

 

 相変わらず脱力感は凄いがそれもさっきよりは引いてきた。

 

 

「空っぽ?なのに立ってられるのか?」

 

 

「うん、脱力感は凄いけど動く分には問題ないよ?」

 

 

「へえ、妖力があるからか?普通は魔力が無くなると立てなくなるんだがな」

 

 

 目の前の茂みを掻き分けながら道なき道を進んでいく。

 

 ……あ、畑が見えた。

 

 

 

「よし、あれが人里だ。入り口は……あそこだな」

 

 魔理紗の指差す先には門らしきところがあり、人が立っているように見える。

 どうやら無事妖怪に襲われることもなくたどり着いたようだ。

 

 

 

 

 

 

「よ、邪魔するぜ」

 

 軽い挨拶と共に門番の横を抜けていく魔理紗。

 私も軽く会釈しながら離れまいとついていく。

 

 

「わあ、ここが人里」

 

 

 入って驚くのはその人の多さ。そして街並みだ。

 古い、歴史の教科書で見たことあるような平屋の連なり。

 甘味所に、呉服屋に色々ある。

 

 実に2ヶ月振りの人混みである……ちょっと息苦しい。

 

 

 あ、あれは鈴奈庵?なんのお店だろ。

 

「お、魔理紗じゃないか。お前が人里に来るなんて珍しいな」

 

 

 横合いから声をかけたのは若干青みがかった銀髪に変に四角い帽子を被った綺麗な人だ。

 

 

「慧音じゃないか、調度良かった。こいつに妖力の使い方を教えてくれないか」

 

 

 なんと、この人が慧音さんか。半分妖怪というからにはもっと禍々しいのを想像してた。

 

 

「妖力?また唐突だな。だがこいつは妖怪じゃないのか?」

 

 

 慧音も私からでる妖力を感じたのだろう、私を妖怪と認識したようだ。

 

 

「違う違う、こいつは人間だ。能力で妖力を持ってる」

 

「私紗由理っていいます慧音さん、どうか妖力の使い方について教えてくれませんか?」

 

 姿勢を正し、頭を下げる。

 ここの作法は知らないが、失礼にはならないだろう。

 

「私は上白沢慧音、慧音でいい。寺子屋があるからそのあとか休講日になるが……それでも構わないか?」

 

「はい、ありがとうございます。慧音」

 

 

 快く受けてくれた。魔理紗の言うとおり本当に優しい人だ、半分妖怪なのが信じられないくらいに。

 

「それと……妖怪と勘違いして悪かったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……本当に良い人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 あれから2週間、少ない時間ながらもコツコツ慧音に妖力の使い方を教えてもらい。なんとか弾幕を放てるまでになった。

 慧音の教え方は堅苦しい所があり、昔いた国語の教師を思い出したが。せっかく教えてもらってるので根性で耐えた。

 私の拙い魔法の知識で作る弾幕と違い、妖力の弾幕は消費が少なく効率が非常に良いこともわかり、今なら弾幕と呼べるくらいには妖力弾を展開できるはずだ。

 飛翔の方も慣れ、速度が出せるようになり一時間は問題なく飛べるはずだ。

 スペルカードも考える時間なら沢山あったしね。

 

 

 

 というわけで……

 

 

 

 

「魔理紗、弾幕ごっこをしよう!」

 

 いざ宣戦布告と参ろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルールは被弾、スペルカード共に3回で!」

 

「オッケー、手加減してやるから全力で来い!」

 

 

 宣言と共に二人とも空に飛び上がる。

 最初の頃に比べだいぶ飛翔も良くなり、そこらの人外と遜色ない速度が出せるようになっている。

 

「あら、慧音じゃない。珍しいわねこんなとこまで来るなんて」

 

 縁側でお茶を片手に見物しようとしてると、紗由理の教師をしている慧音が現れた。

 

「弟子の初陣だ、観ないわけにもいかないだろう」

 

 

 神社の敷地にて行われる弾幕ごっこを、巫女と教師という珍しい組み合わせが観戦する。

 

「あんたも飲む?出涸らしだけど」

 

「ありがたくいただくよ」

 

 

 慧音が言い切る前に、彼女の前に湯呑みが置かれる。

 

 

 予想以上に薄いその中身を見て今度なにか差し入れしようかと考える慧音だが、それはまた別のお話。

 

 

 

「それにしても……楽しそうね」

 

 上空では既に二人の弾幕による応酬が始まっていた。

 ここに来る前はあまり良くない生活をしていたらしい紗由理だが、今弾幕ごっこを行う彼女はとても生き生きしてる様に見える。

 

「そうだな、まるで初めて楽しいことに打ち込めてる感じだ」

 

「…紗由理から聞いた?」

 

「いや、見てればわかる。これでも教師として、何人も人を見てきたんだ」

 

 

 伊達に教師をやっていないらしい。慧音の目が様々な人を見てきた長寿の者のそれに変わる。

 

 

「親の為にと努力する子、親が嫌いでなかなか帰ろうとしない子。もちろん、彼女のような子もいた」

 

「……」

 

「だがそんな子らは今もしっかりこの地に立っている……あの様子なら大丈夫だろう」

 

「わかってるわよ、そんなこと」

 

 

 

 そう言うと霊夢は自分のお茶を飲み干し、上へと視線を戻す。

 

 

 紗由理はどうやら一度被弾したようで、腕が煤汚れていた。

 

 魔理紗はある程度加減しているが、紗由理は初戦の割になかなか良い動きをしてる。

 牽制しながらの移動、相手の動きを阻害する弾幕の張り方……とても初心者にはできないほどの立ち回りだ。

 

 

 丸と星形の弾幕の応酬を観ていると、遂に紗由理から最初のスペルカードが掲げられた。

 

 

「人符「幻想花火」!!」

 

 

 紗由理から一発の大型弾幕が放たれる。

 

 

「来たな……私に魅せてみろ紗由理!お前という存在を!」

 

 

 それは魔理紗に近づくと派手な音と共に弾け、その中心から外側へとカラフルな小弾幕に変化した。

 

 名前の通り花火を模したそれは次第に色が変化し、またその度に分裂し消えていった。

 

 勿論一度だけで終わるわけではなく、撃つ度に花火の色、形は変わっていく。

 

「あっぶね……その調子その調子!ペースあげていくぜ!」

 

 

 花火の数が7を越えた辺りで魔理紗が速度を上げた。

 決して余裕ではないが、被弾もなく紗由理のスペルカードを攻略していく。

 最後は特大の花火で締め、紗由理初のスペルカードが幕を閉じる。

 

 終わりの寂しさも含め、花火と呼ぶにふさわしいスペルカードだった。

 

「面白くなってきたな、今度はこっちの番だぜ!魔符「スターダストレヴァリエ」!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………楽しい。

 

 

「人符「幻想花火」!!」

 

 

 

 

 

 ……もっとやりたい。

 

 

 

 

 

 

「魔符「スターダストレヴァリエ」!!」

 

 

 

 

 気がつけば熱中していた。

 

 

 初めての弾幕ごっこ、二人で互いに自分を魅せ合う。

 

 妖力はまだもつ、魔力も十分。まだ私は戦える……魅せられる。

 

 

 だが魔理紗の弾幕を避けるのもなかなかにキツい。

 まだ手加減が入ってるのはわかるけど、ギリギリ当たるか当たらないかだ。

 

 

「グッ……っつ」

 

 

 そうこうしていると、右肩に被弾してしまう……しまった、集中力を乱した。

 

 だけど構わない、0-3で終わらせるつもりはない。

 

 

 ならばやるのは一つだけ。残りの妖力魔力を全部つぎ込んでやる。

 

 

「いくよ魔理紗!石符「明日は藍晶石と共に」!!」

 

 

 魔理紗に向けなるべく広範囲に黒、藍、緑、灰、白色の大小様々な弾幕を展開。

 初めは黒を多く、段々と白へ向けて割合を調整する。

 それだけでなくある程度の間隔で柱状の原石を模した弾幕を魔理紗に放つ。

 

 

 

 ぐぅ……さすがに弾幕の量が多い、妖力がすぐに尽きそうだ。

 

 だけどここで止めるわけにはいかない、むしろもっと量を増やす。

 

 魔理紗の動きがより速くなる。こちらはそれに答えるように量を増やしていく。

 

 私の放つ弾幕がほとんど白になったとき、遂に避けきれなかった魔理紗の足を捉えた。

 

「いっ……つつ、やるな紗由理。なら最後は私の全力を見せてやるぜ!」

 

 魔理紗がスカートをごそごそと漁り、多角形の何かを取り出した。

 

 

「恋符「マスタースパーク」」

 

 

 その直後、魔理紗は私に向けて魔力の激流を放ち、視界が白で塗りつぶされた。



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酒宴

思ったより長くなってしまった。


 

 

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 

 ぺちぺちと叩くが反応がない。どうやら気絶しているようだ。

 

 マスタースパークに直撃した紗由理は、そのまま気を失ったらしく落下している所をなんとか回収した。

 

 しばらく起きそうもないので紗由理の寝床にでも寝かせておこう。

 

 

「大丈夫か紗由理!」

 

 

 神社の方へと降り立つと魔理紗に抱えられぐったりしてる紗由理を心配した慧音が駆け寄ってくる。

 

 

「気絶してるみたいだ、しばらく寝かせておけば大丈夫だろ」

 

「初心者に本気出しすぎよ」

 

「あそこまで魅せられたんだから仕方ないだろ」

 

 なによそれとそっぽを向く霊夢。

 実際回避の方は少し本気出したし。

 

 

「にしても、初心者にしてはいい動きだったな」

 

 いくら動き方を教えたとはいえ初戦であそこまでの動きは私でもできなかった。

 

 こっそり用意してたらしいスペルカードも美しさには申し分なかった。

 

 

「もうそこいらの雑魚妖怪では歯が立たないでしょうね」

 

 今の紗由理なら一人でも十分大丈夫だろう。もっと経験を積めば中級妖怪ぐらいなら相手できるはずだ。

 

「となると……卒業か」

 

「なら宴会をしないとね、卒業祝いってやつを」

 

「とびっきりのやつを用意しないとな」

 

 ここしばらく宴会もしてなかったし、久しぶりに羽目をはずすとするか!

 

 

「はあい皆様」

 

 すると突如目の前に目玉をふんだんにあしらった空間が出現し、中から紫色のドレスを着た人が出てくる。

 こういった神出鬼没な登場の仕方をするやつといえば、私は一人しか知らない。

 

 

「隙間じゃないか、どうしたこんな時に」

 

「ちょっとその子に用があるのよ、お借りしてもいいかしら?」

 

 

 扇子を広げ口元を隠し、妖怪らしく自分勝手に行動する妖怪の賢者八雲 紫。

 

 無論渡す訳にはいかないので、紗由理を抱えたまま後ずさる。そこに霊夢が私と紫の間に割り込んだ。

 

「どういうつもり?理由によってはタダじゃおかないわよ」

 

 

 構えるのは御札とお払い棒。脅しにしては過剰な霊力を込めたそれらは容易に大妖怪にもダメージが通る程強力だ。

 

 

「あらあら、嫌われたものね。私はただお話がしたいだけですのに」

 

 扇子でよく見えないが、その裏では裏ではいつもの胡散臭い笑みを浮かべていることだろう。

 

「ご覧の通り紗由理は今寝てるんだ、話がしたいなら後にしな」

 

 

 そういうと紫はしばらく霊夢と紗由理に視線を行き来し悩む素振りを見せた後

 

「しょうがありませんわね、また別の機会に伺うとしますわ」

 

 スキマを開き消えたいった。

 

「まったく……神出鬼没なやつだぜ」

 

 そして同時に油断ならない妖怪でもある。

 

 ……ま、あいつがその気になれば紗由理を拐う機会なんていくらでもあるし、そうしないということはさして重要な事でもないんだろう。

 

 

「……っとと、まずは紗由理を寝かせないとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 ここは……私の部屋か。

 

 

 あのあと気を失って運ばれたのか。

 原因は恐らく魔力と妖力の枯渇だろう。

 

 やはり体に無理させ過ぎたなぁ、でも手を抜きたくはなかったし…仕方ないか。

 

 上半身だけ起こし伸びをすると襖が開き、霊夢が入ってきた。

 

 

「起きたのね、気分はどう?」

 

「大丈夫……どのくらい寝てた?」

 

 

 今は魔力も妖力も十分回復してるし、行動に支障はないだろう。

 

「えーっと…二時間くらいね」

 

 

 うわあ、結構寝てたなあ…これが実戦だったら致命的な隙になるだろう。気を付けないと。

 

 

「ま、今は寝てなさい。またあとで起こしてあげるから」

 

 霊夢が私の頭をトンッと突き寝かされる。

 

 仕方ない、もうひと眠りしますか。

 

 

 

 ……あ、そうだ。

 

 

 

「霊夢」

 

「ん、どうかした?」

 

 戻ろうとしていた霊夢を引き留める。なんだかその顔は幼少期風で寝込んでいたとき看病してくれた母に似ていた。

 

「今度弾幕ごっこやろうね」

 

「はいはい」

 

 

 霊夢は呆れた顔で部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 宴会

 

 それは幻想郷において友好を深めるものでもあり、また祝い事や異変解決、何でもない日でも行われる伝統行事みたいなものである。

 

 

「えーっと……霊夢、この状況はなに?」

 

「なにって宴会よ、さっき説明したじゃない」

 

 それは見ればわかる。

 人が沢山いるし……人じゃないのもいるけど。

 

 問題はあのでかでかと下げられている垂れ幕だ。なんだこれ。

 

 

[紗由理卒業祝い]

 

 

 

 

 ……うん、わからない。

 

 

「いやそうじゃなくてあの垂れま「起きたのか紗由理。卒業おめでとう!」…………いやだから卒業ってなんですか!」

 

 

 盃を手に持った魔理紗に肩を叩かれる。顔が赤くないのはまだ宴会が始まっていないからか。

 

 

「卒業ってのは紗由理が一人前になった事だよ。あれだけ弾幕ごっこができりゃ上等だぜ」

 

 

 そういうことか。

 

 

「なるほど、卒業…ね」

 

 

 つまりはもうこの神社から出て一人立ちするということである。

 

 ……一人暮らし、結局どこに住もうかな…魔理紗の住んでる魔法の森とかどうだろう。探さないと。

 

「そういうこと、ほら」

 

 

 魔理紗に手渡されたのは盃、中にはもちろんお酒が入っている。

 

 

 ……匂いキツいなこれ。

 

 

「ありがとう魔理紗」

 

「どういたしまして。さ、主役も来たんだし……乾杯!!」

 

 

「「「かんぱ~い!!」」」

 

 

 

 かくして宴会が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても紗由理のスペルカード綺麗だったなあ、いつの間に考えてたんだ?」

 

「魔理紗が帰ったあとに少しずつね、霊夢にはバレてたみたいだけどね」

 

 

 敷物に腰を下ろし、お酒を酌み交わす。

 初めは飲酒に抵抗あったけど、それを叱る人も法律もないみたいだしね。

 

 

「他にもスペルカードあるのか?」

 

「うん、あと一枚だけね」

 

 

 内容は秘密だけど。

 

 こういうのはいざ使うときに明かすほうが面白いしね。

 

 

「そうか、次に見られることを期待してるぜ」

 

 

 弾幕ごっこ経験の長い魔理紗はそこらへんよく分かっているようだ、言及しないでいてくれた。

 

 

「今の紗由理なら妖怪退治のひとつも出来るだろうし、これからはライバルだな」

 

「ええー仲間じゃダメなの?」

 

 

 仲間と一緒の方が成功率とか高そうだけど。

 

「駄目だ、私がそう決めたんだから紗由理は私のライバルだ」

 

 

 この時の魔理紗はテコでも動かないし、ライバルになるのは確定みたいだ。

 

 

「じゃあその時は勝負しようね」

 

 

 ならば楽しむとしよう、勝っても負けてもそれはきっと楽しいだろうから。

 

 

 

「こんばんわあ、紗由理ちゃん」

 

 

 ねちっこい女性の声が聞こえたと思ったら、目の前になんか出た。

 

 奇抜な服に金髪の髪、そして扇子で顔を隠した全身で胡散臭さを表現してる。

 

 驚くのはこの人がとんでもない妖力を放っていることだ。そこらへんで飲んだくれてる妖怪とは格が違う、私が何人いようが勝てる気がしない。

 

 

「ッ紫!」

 

 目の前の妖怪に反応したのかその名前らしきものを叫び霊夢が御札を構える。

 

「そんなピリピリしないの、カルシウムでもとって落ち着きなさいな」

 

 そういうとなにもない空間に亀裂?みたいなのが走り、端をリボンで閉じた目玉の蠢く空間が現れた。

 

 ……凄く気持ち悪い。

 

 その空間から小箱を取り出すと霊夢に渡し、霊夢が蓋を開けるとそこには干した小魚が入っていた。

 

 

「そんなことよりなんの用よ」

 

 箱の中身を確認し、それを懐へと持っていった霊夢は警戒を解くことなく話しかける。

 

「手荒なことはしないわよ。私はただこの子と話がしたいだけ、さっきも言ったでしょう?」

 

 どうやらこの人は私と話がしたいらしい。

 

「……変な動きしたら退治するからね」

 

 霊夢がやたら過激なのは気のせいだろうか。確かに相手は妖怪だしこれでいいのかも知れないけど、なにか違和感が。

 

「はいはい……それでは改めまして、私は八雲紫と申します。以後お見知りおきを」

 

「あ、っえと…紗由理です」

 

 綺麗な佇まいからの完璧なお辞儀をされ、思わず声が詰まってしまう。

 

「前から貴方が気になってたの、お話しませんこと?」

 

 すると紫がまたあの気持ち悪い空間を開き、見たことのある外の世界のお酒を取り出して私の盃に注いだ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 こういうのをお酌って言うんだっけ、立場的に私がする方だと思うんだけど。

 

「どう?霊夢の所は、あの子変に無愛想だから心配で…」

 

 なんで知ってるんですか、というか貴方親戚の家に暮らし始めた子供の親かなにかですか。

 

「よくしてもらってますよ。確かに無愛想というか誰にも態度を変えないところがありますけど、私にとってはあまりある生活です」

 

「そう、それは良かったわ。話は変わるけど貴方は弾幕ごっこで妖怪退治をしたことがあるかしら」

 

 私の解答に満足したのか話題を変える紫。

 

「無いですね、そもそも弾幕ごっこを初めてやったのが今日ですし」

 

 霊夢に妖怪退治のやり方として霊力を使った退治なら一度あるけど、弾幕ごっこはまだだ。

 そもそも妖怪って弾幕ごっこに応じてくれるのだろうか……してくれなきゃ意味ないか。

 

「あら、それは意外ね……っと、私ばかり聞いても面白くないわね。なにか質問があるなら聴きましてよ?」

 

 ここで質問タイム、せっかくだからここで彼女がどんな人物が見極めておきたい。

 

「えーっと、紫さんは霊夢のなんなんですか?」

 

 霊夢についてよく知ってるようだし、保護者みたいなこともいってるし…なにより妖怪とそれを退治する巫女なのだ、気にするなと言う方が無理だろう。

 

「うーん、そうねえ…育て親みたいなものだと思っていいわ。今はあんなだけど、昔の霊夢は可愛かったのよ」

 

 

 まさかの保護者だった…それもかなり親バカ入ってそうな。

 でも妖怪退治をする巫女が妖怪に育てられるって不思議な感じ。

 

 

「なんで妖怪である紫さんが霊夢を育てたんですか?」

 

 いつか自分を退治するかもしれない存在をなぜ育てたのか。

 

「紫でいいわよ……そうね、あの子を育てたのは必要だったから」

 

 必要?なんでまた。

 

 そう聞こうとするも、紫が手でそれを制止する。

 

「この先はまた今度ね、これ以上はあの子がなにかしてきそうだから今日はこれまでにしておきますわ」

 

 それではと言い残し、あの空間を開きそのなかに身を落とす紫。

 

 よくあんな空間に入れるなあ。

 

 

「やっと帰ったわねあのババア、いつまでも親気取って邪魔ばかりするんだから」

 

 先ほど紫から貰った小魚をバリバリ食べながらこちらに歩み寄る霊夢。

 

 自分で言うのもなんだが仮にも親にその態度は無いと思う。

 

 …まあ霊夢の親をしてる紫の姿を知らないのでなにも言えないのだけど。

 

 

「霊夢って本当に紫さ…紫に育てられたの?」

 

「……そうよ、一様先代博麗の巫女が私の母親代わりだったけど、私に構ってくれるほど暇じゃなかったし」

 

 そうだったのか、なんだか悪いことを聞いちゃったな。

 

「………ごめん」

 

「べつにいいわよ気にしなくて、過去が変わるわけじゃあるまいし。そんなことよりそれ、私にも寄越しなさいよ」

 

 霊夢が指差す先には、先ほど紫が置いていった外の世界の酒瓶があった。

 

「はいどうぞ」

 

 それを手に取り、霊夢にお酌をする。

 

「ありがと………っぷは、外のお酒もなかなか悪くないわね」

 

 注がれた酒をイッキ飲みした霊夢が感想をこぼす。

 

 なぜイッキ飲みして潰れないのか、私はこの前それで戻しかけたというのに。

 

 霊夢といい向こうで飲んでる魔理紗といい、お酒強すぎないだろうか。

 

 

 私もあんな風に飲めたらもっと楽しいだろうに。

 

 

「ほーらボケッとしてないであんたも飲みなさい」

 

 油断しているといつの間にか私の手から酒瓶が消えて霊夢の手に移っていた。

 そしてそれが容赦なく私の盃に注がれていく。

 

「ちょ、もうそんなに飲めないって」

 

「どうせ明日から忙しくなるんだから今日は潰れておきなさい」

 

 

 無慈悲な……。

 

 

 私の心の嘆きも届かず、あれよあれよと酒ご注がれていく。

 

 どうやら諦めるしかなさそうだ。

 

 

 霊夢の言うとおり明日から私の家の建築を考えないといけないし。

 

 

「しょうがない……今日は飲むとしますか」

 

 

 

 

 宴もたけなわ、皆酔いが回りなにがなんだかわからなくなっている。

 だがこれこそが博麗神社の宴会であり、日常風景なのだ。

 

 

 

「これがいつまでも続いたらなあ」

 

 

 ふと夜空を見て呟く私だが、そんなことはあり得ないのは分かっている。時は無情に私達を運んで行くのだから。

 

 だけど、もう少しだけこの幸せを噛み締めていたかった。

 お酒を呷り、視線を戻して皆を眺める。

 

 

 

 

 

 

 それは、幻想郷を赤い霧が覆う数日前の出来事だった。

 

 




次回はいよいよ紅魔郷です。


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妖精

 幻想郷の空が赤い霧によって塗り潰される。

 日光が届かず薄暗いけど遠くが見えないわけでもないこの不思議な霧は、特有の湿っぽさもなくただただ朱に染めるためにあるようだ。

 

「ねね、霊夢!空が赤いよ!」

 

「そうね……はあ、面倒だわ」

 

 

 テンションの高い私とその逆の霊夢。理由はその肩にかかった責務だろうか。

 

 そんなことを考えていると、いつものように箒に乗った魔理紗がやって来た。

 

 

「よ、霊夢に紗由理。今日は待ちに待った異変ってやつだな」

「異変?」

「そ、妖怪達の起こしたばか騒ぎさ。異変は私達人間が弾幕ごっこで解決するんだぜ」

 

 へー。でもなんで異変なんだろ、いや異変ではあるんだけど。今回はただの霧みたいだけど場合によっては災害レベルになりそうなのに異変で片付けるのか。

 

 

「さて、せっかくの異変なんだから勝負といこうぜ、誰が一番に異変の首謀者を倒すか競争だ!」

 

 今から開始な!といって魔理紗は赤い空へと消えてった。行動力高いなあ。

 

 

 

 ……あれ、これ私強制参加じゃない?まあ元よりそのつもりだけど。

 異変解決に向かうべく私も空へと舞い上がると霊夢は大きなため息をして

 

 

「……あんたたちに任してお茶でも飲んでようかしら」

 

 

 今日も霊夢は絶好調らしい。

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 さて、意気揚々と出てきたのは良いが。いかんせん情報が足りない。

 

 というわけで情報収集を始めようと思うんだが、私には知ってそうな人物に心当たりがない。

 慧音はこんなことしないだろうし、紫は居場所がわからない……手詰まりじゃない?これ。

 

 仕方がない。そこら辺を適当に飛んでれば誰かに会うかもだし、お散歩しますか。

 

 

「ふんふふふんふーん……ん?」

 

 

 鼻歌を歌いながら飛んでいると、周囲の異変に気がついた。

 

 周りの木々に所々氷のようなものがついていて、弾幕でできたらしい抉れた木もある。

 

 

「なにこれ」

 

 誰かが弾幕ごっこをしたらしいが、その主はいったい何処にいるのか。

 

 しばらくキョロキョロしていると、それっぽい人を見つけた。

 

 青いワンピースに氷の結晶のような羽、そしてこんな人里から離れたところにいる見た目の幼い少女などおおよそ人間ではない。

 

 妖精ってやつだろうか、魔理紗から聞いた内容と似た点がいくつかある。

 

「ねえ、貴方が木に氷をくっつけた犯人?」

 

「あ、人間!さてはさっきのやつの仲間ね!あたいと勝負しなさい!!」

 

 

 妖精はこちらに気が付くと3枚のスペルカードを掲げてそう宣言した。

 

 

 …なんでよ、なんでそうなるんですか。

 そんな目があったらなんとやらみたいに殺伐としてるのかこの世界は。

 

「弾幕ごっこは構わないけど、まず貴方の名前を教えてくれない?私は紗由理っていうの」

 

「あたいはチルノ!このへんをしきってる妖精だ!」

 

 

 やはり妖精だったようだ。

 純真無垢だという妖精の例にもれず、活発な雰囲気のチルノはその体から冷気を放ち始めた。

 

「それじゃあ始めるよ!」

 

 

 試合開始の宣言をし、後方へと飛ぶ。

 チルノも同じく飛び上がり、空中戦の準備が整う。

 

 

「さて、早速一枚…人符『幻想花火』!!」

 

 

 早々にスペルカードを発動、大型の弾幕が複数チルノへ向かう。

 

 

「なにこれ、こんなのめをつむっててもよけられ…へぶっ!」

 

 

 花火が炸裂すると同時にチルノが被弾……なんで本当に目を閉じたんだ。

 

 純真無垢に加えて単純とは面白い種族である。

 だが幸先は良い、このまま押しきってしまいたい。

 

「くそー、こんどはあたいのばんだ!氷符『アイシクルフォール』!!」

 

 私のスペルカードが終わる間も待たずにチルノがスペルカードを宣言した。

 チルノのスペルカードが切られた瞬間チルノを中心に氷の弾幕が上下左右、私に対して垂直になるよう展開され反輪を描くように向かってくる。氷がキラキラしていて結構綺麗。

 だからといって見惚れている訳にはいかない、すぐさま自分のスペルカードを中断し回避に専念する。

 

 だが魔理紗と比べると弾幕の密度も薄く、かなり避けやすいのであまり苦もなく突破する。

 

 

「ふう、やっぱり魔理紗は上手な方なんだなあ」

 

 チルノに聞こえないように小声で呟く。相手に失礼だもんね。

 

「むう!こんなのまだじょのうちよ!凍符『パーフェクトフリーズ』」

 

 

 それは序の口ではないのか。

 

 そんな突っ込みが口から出る前に連続してスペルカードが切られ、七色の高速弾幕が四方八方ランダムに放たれる……ちょっと危ないかも。

 

 すると弾幕がピタリと止まった。これがフリーズの部分だろうか。

 

「あっぶな!」

 

 

 油断大敵、止まった弾幕に目がいっている時を狙ってチルノが早めの弾幕を放ってきたのだ。

 幸いにも回避が間に合い、目の前を青い光が掠める形でなんとか避ける。

 

「ぐぬぅ、さっきのやつみたいにすらすらよけて!」

 

「こっちはヒヤヒヤしてますけどね!!石符『明日は藍晶石と共に』」

 

 

 こちらもスペルを発動、赤色を含まない私の弾幕を形成していく。

 

 遠くからでも見えるであろう量の弾幕がチルノに殺到し頑張って避けていたが、ついにはその腕に被弾させた。

 

 

「いづっ……あたいをここまで追いつめるなんてなかなかやるわね!」

 

 よし、被弾をとれた!あともう1つ!!

 

 これで私が被弾0、チルノが被弾2の0-2になった。スペルカードは互いにあと1だが有利なのは変わらないだろう。

 

「これならどうだ!雪符『ダイアモンドブリザード』!!」

 

 

 おおう、もう3枚目のスペルを切ってきた。これで3被弾が取れる自信があるということか。

 

 スペルカードルールとして、宣言したカード枚数を全て使いきると、自動的に負けになってしまうルールがある。つまりチルノはこのスペルカードが終了する前に私を倒さない限り負けが確定してしまったのだ。

 

 もしくはやけくそになってるという可能性もあるけど、警戒するに越したことはない。

 

 

 チルノから白い弾幕が縦横無尽に放たれ、視界を白く染め上げる。

 季節は夏前だというのにあっという間に雪景色となってしまった。

 しかも気温も下がっているらしく、あまり厚着をしてないので結構寒い。

 

「スペルカード終わるまで耐えられるかな…」

 

 

 私が低体温症でダウンするのが先かチルノのスペルカードが終わるのが先か。

 

 一様こちらも牽制程度にチルノに向けて通常の弾幕を撃つも、雪を模した弾幕に阻まれたり避けられたりとうまくいかない。

 

「いっ……冷た!」

 

 そうこうしているうちに足に被弾、異様に冷たい弾幕が足から冷気を伝えてくる。

 弾幕なのに痛いのではなく冷たい。

 これ大丈夫?凍傷とかにならないよね?

 

 

 あとで暖めておこう。

 

 

 その後はなんとか避けきり、チルノのスペルカードを攻略する。

 

 これでカード使いきりでチルノの敗北だ。

 

 

「くそー、ぜったい倒せると思ったのにー!」

 

 チルノが空中で地団駄を踏むという高等テクニックを披露してるが、あの状況でスペルカードを使うのはどうかと思う。

 

 結局1つ被弾しちゃったんだけどね。

 

 

「私の勝ち、じゃあ質問に答えてもらおうかな」

 

 弾幕ごっこに勝ったので勝者が敗者に何かしらの要求ができる。互いに何かを賭けてから試合を行うのが主流らしいけど、向こうから一方的に始めたのだし良いだろう。

 

「私より前に誰かと闘ってたみたいだけど、どんな人で何処に向かったか教えてくれる?」

 

 今現在必要なのは情報収集だ、そして試合前チルノは“あ、人間!さてはさっきのやつの仲間ね!“と言っていた。

 

 こんな異変時に行動する人間などそう多くない、しかもここは人里からそれなりに離れている。

 

 

 私の予想が外れることなく、チルノはその名前を口にした。

 

 

「魔理紗ってやつ、あたいに勝ったあとあっちに飛んでいった」

 

 

 

 そういって指差す先には全体が真紅で塗られた館が建っていた。



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異変

「……というわけで、頼むわよ」

「フン、要は殺さなければ良いのだろう?」

 

 薄暗い広間にて2つの人影が語り合う。

 

「それじゃダメよ、スペルカードルールを広める為の異変だって説明したじゃない。ならば誰もが安全だと認識出来るようにしなければならない」

「郷に入っては郷に従え、だったか…善処するとしよう」

 

 背の高い人影が低い方へと“なにか“について説明をする。

 

「もうそろそろ来るわよ、くれぐれもあの子を壊さないよう」

 

 そう言い残すと、背の高い人影は消えていった。

 

「……ッチ、あの年寄りめ。厄介な注文をしてくれる」

 

 一人を除いて誰も居なくなった空間に、静かな悪態がつかれる。

 

「しかしこれも愛しい我が妹の為、今しばらく道化を演じるとするか」

 

 彼女は自分が家族と認めた者の為に尽力する。

 それが実の姉妹とあらば尚更に。

 

 小さい暴君は、一人静かに微笑むのであった。

 

 

 

 ーーーー

 

 

「今日からあんたもあたいのライバルね!」

 

 そう別れ際に言われ、現在赤に赤を足したような館に向けて進行中。

 それにしても元気な子だったなあ。妖精は皆ああなのだろうか。

 

 

「湖だ」

 

 さっきは木々で見えなかったが、あの館は湖の側に建てられているらしい。

 赤い霧はこの館から出ているようで、ここが異変の中心で間違い無さそうだ。

 

 

「あ、誰かいる」

 

 

 さらに近付けば、門の所に人が立っているのが見えた。

 

「こんにちは」

「貴方は…妖怪?」

 

 ありゃりゃ、また間違えられた。やっぱり妖力があると妖怪と見られちゃうのかな。

 

「違います、私は歴とした人間ですよー」

 

 彼女の服はボロボロで、恐らく魔理紗と弾幕勝負をした時こうなったのだろう。

 

「それは失礼、貴方はここ紅魔館にどんなご用件で?」

「異変解決ですね、首謀者がいるのはここでしょう?」

「そうですか…確かに首謀者はここにいます。レミリア・スカーレット、此度の異変の首謀者にして私達の使える主です」

 

 説明を終えると彼女は門に手を掛けそれを人一人通れるように開いた。

 

「いいんですか?」

「私はここの門番を請け負っていますが、“妖怪のような人間“が来たら通すように言われているんです」

 

 妖怪のような人間とは疑うまでもなく私の事だ、なんでここに来ることがわかったんだろ。

 

「レミリアお嬢様は運命を見ることができます。貴方がここに来ることも、先程来た白黒の魔法使いが来ることもあの方は理解していたことでしょう」

 

 私の内面を察してか、なぜ知っていたかの説明をしてくれる。

 

「私は美紅鈴、メイリンとでもお呼びください」

「私は紗由理、ではお邪魔しますね」

「どうぞ、私が言うのもおかしな話ですが…健闘を祈ります」

 

 

 ありがとうとお礼を言い、館へと入る。

 

 

 

 

「広いなあ」

 

 

 歩くこと数分…いや数十分?同じ景色ばっかりだから時間感覚が狂う。

 似たような扉に似たような部屋、廊下を何回曲がったかも覚えてない。

 

「大きい扉発見」

 

 もう出られないんじゃないかと悩んでいたら、さっきまで見てきた扉とは大きさも模様も違うのを見つけた。

 

 一様ノックをしてから扉に手を掛け、押し開く。

 

「お邪魔しまーす」

 

 入ってまず目に入ったのが自分の何倍もの高さのある本棚、それがズラリと列を組んでいる。

 

 図書館なのかな?

 

「あら、さっきのと比べて随分礼儀正しいお客様だこと」

 

 本棚を眺めながら歩いてると、大きい机とそこに座る紫色の服を着た人物の声を掛けられた。

 

「あ、お邪魔してます」

「知ってるわ、貴方が扉を潜ったときからね」

 

 分厚い本を開き読書の体制をとる彼女。その見た目は、あまり外に出てないのか病弱そうに肌が白かった。

 

「それで、私の図書館に何の用?」

「異変解決の為にレミリアって人を探してるんですけど、迷子になっちゃって」

 

 

 言うと露骨にため息を吐かれた。解せぬ。

 

「レミィのいる玉座はここの反対よ、今から行っても先に来たあの未熟な魔法使いと博麗の巫女が異変の首謀者として退治するでしょうね」

 

 あらら、もう私の勝ち筋が無くなっちゃったみたい。

 

「そっか、結局異変解決一番乗りは出来なかったのか」

 

 ならここにいる必要もない。

 来てからそんなに経ってないけど帰ろうかと考えていたとき、ふと目の前の人に目を向けるとあることに気がついた。

 

「魔力の…反応。貴方魔法使いなんですか?」

「良くわかったわね、気づかなければそのまま帰そうかと思ったけど。私はパチュリー・ノーレッジ、生粋の魔女よ」

 

 本を閉じ、真っ直ぐこちらを見るパチュリー。

 最初はただの司書さんかと思ったけど、魔理紗に魔力の捉え方を習った甲斐があった。

 

「私は紗由理、空を飛ぶくらいしか魔法は使えないけど」

「空を飛べるのに他が出来ない?一体どんな手順で魔法を学んだのよ」

 

 不思議そうにパチュリーが疑問を繰り出す。

 

「多分さっき来たはずの魔理紗って人から飛び方だけ」

「それで飛べたの?本当に?」

「はい」

「……」

 

 パチュリーが固まってしまった。

 

 おーい。

 

 

 目の前で手を振って上げると、ハッという効果音が聞こえそうな勢いで意識を戻した。

 

「ごめんなさい…とにかく、貴方には興味が沸いたわ。私が直々に魔法を教えてあげる、あんな未熟者とは比べ物にならない知識と経験をもってね」

「いいんですか?」

「話は通しておいてあげる、今日は忙しいから無理だけど。貴方の都合の良いときにここに来なさい」

 

 一体私の何に興味を持ったのだろう。なんだか気になるけれど、今日は忙しいみたいだし帰るとしますか。

 

「それじゃあお言葉に甘えさせていただきますね、それと今日は帰ります」

「そう、案内をしたい所だけど。今誰も手が空いてないのよ、私はこれから一仕事あるから動けないし」

「大丈夫です、自力で帰れますから」

 

 そういって、扉を開き廊下へと出る。

 不安しかないけど、まあなんとかなるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた時期が私にもありました。

 

 

「ここどこー?」

 

 私は来たとき以上に迷子になるのでした。

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 信じられない。

 まさか基礎を通さずに難易度の高い飛翔を成し遂げるなんて。

 

 それにあの体。

 魔力に対する適性は抜群、魔力容量は少ないが、それは魔法を日頃使ってないからだろう。あの金髪なんか比ではない程強大な魔法使いになる素質を秘めている。

 もしかしたら、私なんかよりも。

 

 

 見届けたい。

 

 

 今だかつて私以上の存在に遭遇したことはない。

 今目の前にあるのはその私以上の可能性。

 あの子は育てればどこまでも強くなる。

 そして私にはそれを手助けする力がある。

 

 先に覗き見した時からわかっていたが、人間なのに妖力を持ち、かつそれを扱って見せた。

 

 普通の人間は、妖力を扱うと穢れが溜まり妖怪へと近づいていく。それなのにそういった気配はなかった。

 

 これほどまでに謎と可能性を秘めたものはないだろう。そんな人材。

 

 

 齢100を越えた魔女の興味を引くには十分過ぎた。

 

 

「小悪魔」

「はいパチュリー様」

「あの子が来るまでに魔法の基礎について書かれた魔導書を全て集めておきなさい」

「かしこまりました、紅茶のおかわりはどうなさいますか?」

「いただくわ」

 

 召し使いである小悪魔に仕事を頼み、その職務を全うするためにこの場から去る背中を見送りつつ。

 

「まずは基礎から教えないとね。人にものを教えるなんて何十年ぶりかしら」

 

 滅多にしない体験に、僅かながらに心の踊る魔女。

 

 さてどこから教えようかと考えにうつつを抜かしていると、突然地面が揺れた。

 地震などの自然現象ではない衝撃による揺れ。その震源はある人物を幽閉している地下からだった。

 

 すぐさまそこの映像を魔法によって呼び出し、なにが起こったのかを確認する。

 

 

「紗由理!なぜ貴方が…」

 

 

 そこにはあろうことか先程別れた紗由理と、絶対に身内以外と会わせてはいけない人物が映っていた。




活動報告にて本編で書きづらい設定について書いてたりしますので、そちらもよろしくお願いします。


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殺意

 

「……ここどこ?」

 

 

 おかしいな、来たときの道を辿ってたと思ったんだけど。

 

 いつの間に降りたのか地下っぽい所に来ちゃったし。

 

 

 

 ……もしかして私って方向音痴?

 

 

 

「誰かたすけてえ」

 

 声を出すも虚しく響いておしまい、そろそろ泣きたくなってきた。

 

 

「あ、扉だ」

 

 

 地下に来てから見る回数ががっくりと減った扉、しかもこれは装飾されていてパチュリーの時みたいに誰かがいるかもしれないという期待を膨らませた。

 

 

「おじゃましまーす」

 

 

 先程と同じようにノックと挨拶をして入室する。

 

 

「あなた、だあれ?」

 

 

 そこは一人部屋だった。もう見慣れた全体的に赤でまとめられベッドに棺桶、ドレッサーや人形など赤すぎたり棺桶があったりするという点を除けば羨ましいぐらいの豪華な部屋。

 

 そして今まさに遊んでいたであろう人形を握りつぶしてこちらに問い掛ける金髪で宝石のような羽のはえた少女。

 

 

 

 …………いや、ちょっと待って。人形軽く握り潰すってなに?その細い腕には何が詰まってるの?

 

 

 というか目が怖い、具体的には獲物を見つけた獣のような目をしている。

 

 

「え、えと…私は紗由理。ご、ごめんね。勝手に部屋入っちゃって」

 

 

 とととりあえず謝る、下手に逆撫でしたらどうにかされそうだ。

 本能的に死を悟るとはこのこと、冷や汗が全身から出てくるが、取り乱すこともできない。

 

 

「いいの、私はフランドール・ドールスカーレット」

 

 よ、よかった…怒った様子は見受けられない。

 落ち着こう私、はい深呼吸。

 

 

「ふ、フランちゃんかー。いい名前だね」

 

おだててみるも、その表情に変化はない。

 

「そんなことはどうでもいい…ねえ、さゆり」

「……はい、なんでしょうフランちゃん」

 

 

 フランは潰れて元がなんだったかもわからない物体を投げ捨て

 

 

「あそびましょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひいいい!」

「アハハハハ、おもしろい!あなた最高よさゆり!」

 

 フランが右手を握る…と同時に自分の体を横にずらす。刹那私のもといた位置の壁が爆ぜた。

 

「もうひとつ!」

 

 今度は左手を握り、私が体を反らす。

 

 開戦の挨拶代わりにさっきの爆発を目の前でやられてからずっとこんな調子だ。そろそろ集中力が…。

 

「キャハ!もっともっと!次は同時にいくよ!」

 

 今度は両手を構え、握る動作に入る。

 それが握られる直前に上へ飛ぶことで回避する。

 

「すごいすごい!んじゃー次はねー」

 

 このまま彼女のおもちゃとして終わるつもりはない、なんとか打開策を立てないと…。

 このまま逃げるといっても逃げ切れる自信はないし…。

 

 攻撃しようにも弾幕を作る暇もないし……弾幕?

 

「ちょ、ちょっとまってフランちゃん!!」

 

 次の攻撃体制に入られる前に声を掛ける。

 

「なあに?降参は受け付けてないよ?」

「ちがうちがう!……弾幕ごっこって知ってます?」

 

 ダメで元々、もし弾幕勝負に持ち込めれば勝機が出てくる。本来その為のルールだし。

 

「知ってるよ、お姉様が教えてくれたもん。お外での戦いは全部これなんだって」

「それで私と勝負しませんか?せっかく覚えた遊びなんですから、やらないと損だと思うの!」

「あそび?」

「そう!こんな殺伐としたものじゃなくて、もっと綺麗で美しい遊び。それが弾幕ごっこだよ!」

 

 さあ…どう出る!

 

 フランは手をこちらに向けるのをやめ、思考に入った。

 

「うーん……いいよ!」

 

 

 いよっし!

 これで私にも勝機が見えてきた!

 神様ありがとーう!

 

「じゃ、じゃあ被弾、スペカ両方とも3回でいい?」

「うん!じゃあこのコインが落ちたら開始ね!」

 

 フランが懐から西洋風のコインを取り出し、指で弾く。

 

 コインは回転しながら私の頭の上程の高さまで登ったあと、ゆっくりと降下を始めた。

 

 このコインが落ちたら試合が始まる。それまでに妖力をできるだけ練り上げる。

 

 コイン床に落ち、キーンという甲高い音を発する。

 

「「はじめ!」」

 

 一気に後ろへ後退、すると同時に気がついた。

 

 弾幕ごっこをするにはこの部屋は狭すぎる!

 

 これじゃ避けれるものも避けられない。

 

「フランちゃん!移動するよ!」

 

 牽制を強め、入ってきたドアを蹴破り廊下へ出る。うん、十分な広さだ。

 弾幕を撃ったり避けたりしながら、廊下を進むように交戦する。

 

 二つ目の曲がり角を曲がった所で、フランが最初のスペルを切った。

 

「わたしからいくよ!禁忌『クランベリートラップ』」

 

 フランから四つの白い球体が現れ、私を中心に一定の距離を置いて、丁度×印が組めそうなところに陣取り弾幕を放ちはじめる。

 

「わわっ……と」

 

 

 前と後ろ両方から飛んでくる弾幕。私の目は前に2つしかないので、首をあちこちに回さないといけない。

 しっかりとフランも弾幕を撃ってきているのでより大変。

 

 

 幸いなのは規則性を持っていること。それぞれの白い球体の真ん中を撃つようになっているらしく、これがなければすぐに被弾していただろう。

 

「やるじゃないさゆり」

「お褒めに預りどうも!」

 

 フランの弾幕に込められた妖力が心なしか増えた気がする。

 白い球体も移動してるし…当たらないことを祈ろう。

 

 

 祈りを交えながらフランのスペルカードをやっとの思いで乗り切る。

 

「ふう、やっと終わった…」

「まだまだ始まったばかりじゃない、さ!次はさゆりの番!」

 

 次のスペルカード宣言を譲ってくれるらしい、なら期待に応えてあげよう。

 

「じゃあいくよ!石符『明日は藍晶石と共に』!!」

 

 黒色を中心とした弾幕を大量にフランへと放つ。

 

 …はやい、避けるスピードが尋常じゃない。そういえばフランって種族なんなんだろ。

 

「アハハ!」

 

 これ当てられるのか?いや、当てるつもりで撃たないと当たらないか。

 

「楽しいわさゆり!こんな楽しい遊びがあったなんて!」

 

 負けの色が濃厚になりつつある私を他所に、顔一杯の笑顔を張りつけ楽しそうなフラン。

 

 楽しんでるとこ悪いんだけど込める妖力押さえてもらえない?喰らったら割と危ない怪我しそうなの。

 

「もういい!?ねえもういい!?」

「なにがですか?」

 

 フランがなにかを待っているようだが、聞き返す私の問に答えもなく、代わりに出されたのは一枚のカードだった。

 

「禁忌『フォーオブアカインド』」

 

「え?」

 

 フランが増えた。

 

 

「さあ!」「ここからは」「ほんきで」「いくよ!!」

 

 

 ちょちょ、それは反則だって。

 

 なんで四人に増えてるのよ。

 しかも幻影とかそんな生易しいものではなくしっかりと実体を持って弾幕放ってる。

 

「さあさあ!」「もっといそがないと!」「よけないと!」「あたっちゃうよ!」

 

「ああもう!あちこちでしゃべらないで!」

 

 右斜め前に左上に後ろに下から声を掛けられよくわからないことになってる。

 

「まとめて当たれ!人符『幻想花火』」

 

 この場合四人に当ててもルールによる所謂無敵時間があるために被弾は一つしかとれないが、相手の集中を乱しスペルカードを中断させるのが目的なので気にしない。

 

 それぞれの方向に向けて大型弾幕を放ち、炸裂させる。

 

 このスペルカード遠くから見たら綺麗なのだが、間近で見るとよく分からないのが欠点だ。

 

「アハハ」「キャッ!」「まだまだ!」「グッ!やったなあ!」

 

 二人にヒット、でも被弾は一つだ。

 

「「「「おかえしだあ!」」」」

 

 分身が消えることなく、体制を立て直し四人同時に弾幕を放ってきた。

 

「グッ!……いつつ」

 

 

 さすがに避けきれず被弾…ちょっと血が出たしかなり痛いけどまだ大丈夫。

 

 フランのスペルカードも終わり、私は被弾した時に中断。これで互いに1被弾のスペルカード2枚使用だ。

 

「これで二人ともあと一枚だね……ねえ、一騎打ちしない?」

 

 

 一人に戻り、声の聞きやすくなったフランが弾幕を撃つ手をやめる。

 

「一騎打ち?二人でスペルカードでも使うの?」

「そう!そんで、当たった方の負け!」

 

 なるほど確かにこれなら長期戦にならずに済みそうだ。

 気がつけば廊下には窓がついていて、その外は赤い霧が晴れかかっているようだ。

 

「いいよ、それじゃあいっせーのでいこうか」

 

 もう異変は解決されたのだろう、ならばこちらも終わらせるとしよう。

 二人は同じ高さかで少し距離を置き、深呼吸をしてから。

 

「「いっせーのーで!!」」

 

 




文字数もっと増やしたいな


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解決

 

「「いっせーのーで!!」」

 

 

「妖刀『ファルシオン』」

「禁忌『レーヴァテイン』」

 

 

 妖力を練り上げ、弾幕とは違う形で具現化する。

 ちょっと前に出来るんじゃないかと思って試したらできちゃったなんちゃって妖術で、ノルマン人が使っていたとされる私の好きな剣ファルシオン。意味は鎌だったはず。

 

 そしてフランも剣を出してきた、以外な所で気が合うのかもしれない。

 レーヴァテインって北欧神話に出てきた剣のことかな?

 

 

「まさかフランちゃんも剣を出してくるとはね」

「そっちこそ!」

 

 

 剣を弾くように後退、剣の打ち合いとなる。

 

 剣の腕前なんてこのスペルが出来てから木などを相手に練習してたのと長い棒切れを振り回して遊んだ程度だが、弾幕ごっこによって鍛えられた反射神経が打ち合いを可能していた。

 

 

 袈裟懸け横凪ぎ突き、よく見ていたアニメキャラを真似て斬りかかる。

 

「せいっ!」

「とう!」

 

 避けたり受けたり斬りかかったりをひたすら繰り返し、剣が交わる毎に大きな音が鳴る。

 

 

 やっぱりきついなあ、もっと練習を積んでおけばよかった。

 …まあ弾幕ごっこである以上死ぬことはないだろうからいいか。

 

 

 二人とも剣術なんて立派なものはなく、他所から見たらさぞかし危なっかしいチャンバラをしていることだろう。

 

 二人は打ち合いながら少しずつ場所を移動していく。

 

 

 ……あ、高そうなツボ割っちゃった。あとで謝っとこう。

 

 

 周りへの被害は増えていく一方だった。

 

 

 ーーーー

 

 

 

「なんてこと…」

 

 

 フランと紗由理が出会ったのを確認したパチュリーは、急いで地下へと向かっていた。

 

 止めなくてはならない、あの子は人間に触れるにはまだ危険過ぎる。

 

「間に合うといいけど…」

 

 出来る限りの速度で飛行しながら考える。

 

 すでに頭の方では生存確率なんて1パーセントも無いと叫んでいるが、それでも無事だという方に掛けたかった。

 

「え?」

 

 十字路に差し掛かったところで目の前を左から右へと派手な音をならしながら通る2つの影。

 

「今のは…!」

 

 後を追ってみれば、そこには剣を持って打ち合う二人の姿が。

 

「あれは…弾幕ごっこ……なの?」

 

 七曜の魔女は弾幕を使わない弾幕ごっこという一見矛盾した行為に戸惑うが、フランのレーヴァテインに込められている妖力がこの前癇癪を起こしたときより格段に少ないことがそれが弾幕ごっこであると主張していた。

 

 そして二人とも笑っているのだ、楽しそうに。

 

 

「……紗由理、貴方は本当に凄い子ね」

 

 人に触れるのにまだ何十年と掛ける必要があったと考えていた身としてはこの光景は驚くべきものだった。

 

「パチュリー様、この状況は…」

 

 横から声がかかり、まるで最初からそこにいたかのように登場したのは紅魔館のメイド長十六夜咲夜。

 

 彼女も驚いているのだろう、フランが人間と対等に笑っているその姿に。

 

「あれは弾幕ごっこよ…少し危いけど止めなくていいわ」

「左様ですか…しかし妹様の笑顔など初めて見ました」

 

 隣にいる咲夜も初めてフランに出会った時は殺され掛けたらしい。

 

 原因はただの事故、フランの存在を知る前に掃除をしようと地下に踏み入れたのだ。

 

 その後はレミィによって口煩く言われたようで、以降は咲夜に罪悪感を抱いてあまり接触するのを避けているようだった。

 

「……レミィが言っていたのはこの事だったのかしらね」

 

 ふと、幻想郷に来るときの話を思い出す。

 

 

 “これであの子を救うことができる。羽を伸ばし自由に遊ぶことのできるように……“

 

 

 あれはてっきりこの異変で幻想郷を赤く染めて吸血鬼の弱点である日光の入らないようにしてからだと思っていたけど、もしかしたら異変が解決されるのはあくまで過程でしかなかったのかもしれない。

 

「これで私達も変われるのですかね」

「変わるでしょうね、これでこの土地の多くの人妖に私達の存在が知れたでしょうから」

 

 主人の趣味でこんなに目立つ館なのだ、視認妨害の魔法を解いた今その存在を知って興味を持たない方がおかしいだろう。

 これまでの生活が少なからず変わるのは目に見えていた。

 

「彼女には大きな借りが出来たわね」

「まったくです」

 

 これでフランも変われるはずだ。どのような形であれ人間や、身内以外の人外と交流する機会が増え主人や私達の悩みの種も減るだろう。

 そのきっかけを作ってくれた紗由理にはそれだけで十分なほどに借りが出来てしまった。

 

 

 

 二人の勝負は、紗由理が剣を弾かれ隙を作った所を突かれて終わったが、些細なことだろう。

 

 

 

 

 

 

「楽しかったねさゆり!また今度やろう!」

「次は私が勝つからね……あれ、パチュリーどうしたの?それとそちらの方は?」

 

 弾幕とレーヴァテインを受け、ボロボロな姿の紗由理。多少の出血はあるが、フランと戦ってそれなら良い方である。

 フランもこちらの存在に気が付き萎縮する。散々暴れまわったことによる気負いだろう。

 

「はあ…貴方を心配して来たのよ、こっちは紅魔館メイド長の十六夜咲夜」

「お初にお目にかかります」

 

 従者として文句なしのお辞儀をする咲夜。

 

「初めまして咲夜さん、それとごめんなさい館をめちゃめちゃにしてしまって」

「構いません、むしろ私達は貴方に感謝しています」

 

 感謝?と首をかしげる紗由理。

 

「そう、実感は無いかもしれないけど。私達はとても助かったわ」

「私はただ遊んでただけだよ、確かにちょっと危なかったけど…なんとも思ってない」

 

 楽しかったからねと笑う紗由理のその言葉は、心からくるものだとわかった。

 

「パチュリー……」

「フラン、後でレミィの所に行くわ「その必要はない」

 

 言葉を遮ったのは吸血鬼にして紅魔館の主、レミリア・スカーレットだった。

 博麗の巫女と戦った為だろう、傷一つ無いものの服は多少汚れていた。

 

「お姉さま…」

「フラン、後でお話ね……貴方、お名前は?」

 

「紗由理、そういう貴方は?」

「礼を言う紗由理。私は吸血鬼のレミリア・スカーレット、この紅魔館の主にしてフランの姉でもある…今回は身内が迷惑を掛けた」

 

 丁寧なお辞儀をする主。その姿はどこに出しても恥ずかしくなかった。

 

「いえいえ、私も楽しかったですし」

「ありがとう、さゆりのお陰で我々は前へ進めそうだ」

 

「そうですか、なら良かったです。私はもうそろそろ帰りますね……あ、多分近い内に神社で宴会があると思うので、よかったら来てください」

「ああ、是非とも参加させていただくよ。昼間は出歩けないが」

 

 思えば随分とここに留まらせてしまった。

 

「紗由理、じっとしてなさい」

 

 怪我をしている腕をとり、事故治癒能力を促進させる魔法を掛ける。

 腕を淡い緑色の光が包み、少しずつその傷を塞いでいく。

 戦闘中に使うような強いものではないが、十分に効果を発揮するだろう。

 

「ありがとう、パチュリー」

「気にしなくていいわ」

 

 動かしても問題ないところまで治癒を続け、光を止める。

 

「帰りは案内しよう…咲夜」

「畏まりました」

 

 終わりを見届けたレミィが従者へと送迎を命令する。

 

「フランちゃん、またね」

「また遊ぼうね!さゆりお姉ちゃん!」

 

 

 後に紅霧異変と呼ばれるこの異変は。

 異変らしく、一人の死者も重傷者も出さずに解決した。

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

「そこでな!私のマスタースパークがレミリアに当たったんだよ!」

 

 盛大に話酒を一気に煽る魔理紗、その姿はまさにうわばみと呼ぶにふさわしいと思う。

 

「へー、私はフランちゃんとしか戦ってないからなー」

「フランってレミリアの妹だろ?やっぱり強いんだろうなあ……今度声かけに行くか」

 

 現在異変解決の宴会で、時刻は夜に差し掛かった頃。朝からずっとやってます。

 

 この話も5回目です。ちなみに霊夢から聞いた話と結構違います。

 

 

「こんばんは皆様方」

「やっときたわねえあんたたち!」

 

 霊夢も随分出来上がってるなあ…。

 

 と、紅魔館の皆さんが到着だ。

 

 

「いらっしゃい、レミリアさん」

「こんばんは紗由理、約束通り来てあげたわよ」

 

 小さなカリスマさんことレミリアに、メイリン、咲夜、パチュリー、フラン。

 

「さゆりお姉ちゃーん!」

 

 っとと、フランが抱きついてきた。

 加減されてるからいいものの、もし吸血鬼のタックルを本気でくらったらと思うとゾッとする。

 

 そんなことないってわかってはいるけどね。

 

「こんばんはフラン」

 

 そっと頭を撫でてあげる。これが意外と楽しい。

 

「えへへー、ちゃんといい子にしてたんだよ?」

「えらいえらい」

 

 今の私はきっとお姉ちゃん的なポジションにいるのだろう、実年齢はまるっきり逆だが。

 

 あのあと咲夜さんに教えてもらったのだが、スカーレット姉妹は吸血鬼でその年齢は二人ともおおよそ500歳という驚愕の数字だった。

 

「はい紗由理」

 

 パチュリーが抱えてる本の内の一冊を差し出す。

 

「これは?」

「魔導書よ、これにのってるのはほんの基礎。貸してあげるから読んでおきなさい」

 

 受けとる、見ると表紙がなんだかおしゃれでいかにも魔導書っぽい。

 

「ありがとうパチュリー、今日帰ったら読んでみるよ」

「ゆっくりでいいわよ、魔術は勉強と反復の積み重ねなんだから」

 

 流し読みはするなと言うことですね、わかりました。

 

「いいなー、パチュリー私にもなんか貸してくれよー」

「貴方に貸す義理は無いわね」

 

 魔理紗がごねるが、パチュリーは冷たい反応だ。

 まあ酔っぱらいには正しい対処だと思う。

 

「紗由理様、こちらはお嬢様からです」

「ワイン?」

「よくご存知ですね、これは当家でも数本とない一級品です。レミリアお嬢様が是非にと」

 

 そういってワイングラスに……多分赤ワインを注いでいく。

 

 ワインなんて飲んだことないけどどんな味なんだろ……というか私お酒の良し悪しあんまりわからないのにこんなのもらっていいんだろうか。

 

「いいんですか?私なんかがこんな良いものを貰ってしまって」

「お嬢様が良しとするなら、それは紅魔館の皆の総意ですから」

 

 なんだか今の咲夜さんからは断ってはいけない雰囲気が漂っていた。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 ワイングラスを口につけ、少し含む……うん、わからない。けどふるーてぃな感じがする。

 

「なんだかふるーてぃで爽やかな味ですね」

「はい、それはベリーや柑橘類を中心に時間を掛けて熟成させたもので……」

 

 あ、地雷踏んだ。これは説明長くなりそう。

 

「えーい、ながったらしいのは勘弁だ!飲むぞお前らぁ!」

 

 魔理紗が強制的に中断してくれ、また宴会モードへと空気が変わる。

 

「賑やかね」

「いつもこんな感じ、退屈しなくていいよ」

 

 パチュリーの疑問に答えを返す。

 本当にここは退屈しない、ほぼ毎日何かが起こるのだ。

 

「あまり騒がしいのは好きじゃないのだけど」

「まあまあそう言わずに」

 

 手近にあった日本酒を注ぎ手渡す。

 紅魔館の皆洋風っぽいけど口に合うかな。

 

「ありがとう………ん、不思議な味がするわね。悪くないわ」

 

 どうやら日本酒は初めてだったらしい、同じお酒でもワインとは結構違うよね。

 

「それはよかった」

 

 私も貰ったワインを飲む…うん、美味しいかも。

 

「にしても異変の主犯を呼んで宴会だなんてどうかしてるわ」

「霊夢が昨日の敵は今日の友って言ってたよ」

「その割にはあまり良い歓迎を受けてないようだけど」

 

 遠くの方で酔っ払った霊夢にしつこく絡まれてるメイリンの姿があった。

 

「れ、霊夢なりの歓迎だよ……たぶん………」

 

 私はそう信じている。

 

 

 

 

 

 そんな感じで、紅魔館一行を新たに交えた宴会は朝まで続いた。

 



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夏祭り

 紅霧異変から約1ヶ月、やっと新居に移り住んだ。

 

 新居と言っても魔法の森近くに打ち捨てられていた小屋を修繕しただけなのだが。

 

 ……新居?

 

 まあ気にすることないか。そんなことより…。

 

「暑い……」

 

 

 幻想郷は夏だった。

 

 

 

 

 

「溶ける~」

 

 魔法の森近くなだけあってここは木が多い、そして蝉の音と量がやばい。

 時折セミじゃない鳴き声もするし…。

 

 エアコンが欲しいです。

 

 夢の一人暮らしなのはいいんだけどそれにしたってどうよ。

 

 パチュリーの所に行こうかな…あそこ魔法で涼しいし。

 

 私も家を涼しくしたいけどまだ習得に時間がかかりそう。

 

 

「よ、紗由理。遊びに来てやったぜ」

 

 派手な着地音と共にドアを開けたのは金髪の自称普通の魔法使い。

 

「あー魔理紗、いらっしゃーい」

 

 机に突っ伏しながら気だるげに迎える。

 

「なんだよ、この暑さでへばっちまったか?」

「仰るとおりでーす」

 

 

 もう動けましぇん。

 

「なにかこの暑さを和らげるものなーい?」

「あるぜ、今日人里で夏祭りがあるんだ、紗由理も一緒にいかないか?」

「行きます」

 

 

 私は即答した。

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

「それじゃあ後でなー!」

 

 

 そう言い残し箒に乗って飛び立っていく魔理紗。

 

「元気だなぁ……っとと、こうしちゃいられない」

 

 魔理紗は夕方頃に始まると言っていた、現在お昼手前。そんなに時間は無い。

 

「えーっと、まず日課を終わらせるか」

 

 私が強くなるために自身に課した修行。

 体術と妖力魔力におまけで霊力、これを毎日決まったメニューこなすのだ。

 

 体術と妖力は朝に終わらせたからあとは魔力と霊力だ。

 

 

 霊力といっても教わることの出来る人間が感覚派のせいで全く進まないんだけどね。最近ようやく霊力を感じれるようになったところ。

 

「さて…始めますか」

 

 パチュリーから借りた魔導書を開き、練習すべき項目を一つ一つこなしていく。

 

 どれも凄く地味だけど魔力の扱いを上手くなるには必要な工程らしいのでコツコツ進めていく。

 

 

 魔術に触れてみてわかったのだが、魔法というのは不思議力で好き勝手出来る代物では無いということだ。

 

 私はつみ木という表現がしっくり来るのだが、様々なパーツを組み立てて形である魔法を作るので構成の仕方が違っていても形さえ同じならばそれは同じ魔法になるということ。

 

 なので二人が同じ魔法を作ったとしても、その中身は全然違うなんてこともあり得る。

 

 科学でも同じことが言えると思う。ライターで火を着けるのも火打ち石で火を付けるのも同じ着火なのに効率と工程がまるで違う。

 

 それと魔法にも相性があるらしく、その人に合った魔法を使わないと効率が悪くなったり最悪使い物にならなくなるという。

 だから私が魔理紗に教えて貰った飛翔や弾幕を使うときは魔力の消費が激しかったのだとか。

 

 今後私に合った術式を組んで、魔力だけで弾幕ごっこが出来るようにするのが課題だ。

 

 

「ふう、魔力の修行終わりっと」

 

 そんなことを考えていたら今日の分は終わってしまった、次は霊力か。

 

「といっても…ねえ」

 

 師匠である霊夢に聞いても勘としか答えを貰っていないので修行の仕方がわからない。

 

 その状況で霊力を認識出来るようになった私って実はすごいんじゃなかろうか。

 

「とりあえず霊力を練る練習しますか」

 

 当分このメニューからは変わりそうもない。

 

 魔力や妖力は数十分掛けたのに霊力は5分で終わってしまう。だからおまけなんだけども。

 

 

「今日のメニューおしまい!」

 

 

 なんであれ今日の修行は終わった、早速準備と参ろう。

 

「折角なら浴衣着たいよねー」

 

 そう思いタンスを漁るも、そんな大層なものは持ち合わせていない。

 

 基本的には幻想郷に来た頃の服装に、魔理紗が何処からともなく持ってきた外の世界の服を着ているだけだ。

 

「浴衣……買いますか」

 

 

 最近始めた妖怪退治のお陰で少量ながらも収益はある、大分使うだろうが必要経費ってことで。

 

 あ、お祭り用のお金は残しとかないと。

 

「それじゃあ出発!」

 

 戸締まりをしっかりして、家を出る。

 

 …こんなところに人が来るとは思えないけど。まあ気持ちの問題だ。

 

 さーて、気に入る浴衣はあるかな。

 

 いつの間にか暑さを忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

「お待たせ魔理紗」

「お、紗由理は浴衣か」

 

 時は夕方、待ち合わせ場所である人里の入り口にて先に待っていた魔理紗と合流する。

 

 

「うん、さっき買ってきたんだ。夏祭りっていったら浴衣かなって」

「似合ってるぜ」

「ありがとう」

 

 今の私は水色をベースにした花柄の浴衣に薄い黄色の帯をして、普段はそのままの鎖骨ほどまである髪を後ろで束ねている。

 

「早速行こうぜ」

「うん」

 

 私達は既にお祭り騒ぎの人里へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「人が多いねー」

「見失わないよう注意しないとな」

 

 沢山の屋台とそれに集まる人だかり、それと食べ物のいい匂いが辺りに立ち込める。

 

「色々あるね」

「里中が祭り会場なんだ、少ないわけないぜ」

 

 見渡せばりんご飴や金魚すくい、焼きそばに焼き鳥など一通りの屋台が列を為している。

 

 あ、お面屋さんだ。狐とか天狗のお面があるけど、幻想郷には本物が居そうだ。

 

「おじさん、りんご飴頂戴!」

「あいよ、そこの嬢ちゃんも買ってくか?」

「お願いするぜ」

 

 前から食べてみたかったりんご飴を購入。ちっちゃくてかわいいなぁ。

 

 

 りんご飴を食べながら歩くこと数分、慧音と遭遇した。

 

「紗由理に魔理紗じゃないか、どうだ祭りは楽しんでるか?」

「もちろん、慧音は見回り?」

「ああ、あってほしくはないが祭りの時は少なからず悪事を働くのがいるんだ」

 

 

 この人は会うたびに人里の為に行動している、ちゃんと休憩は取ってるのかな。

 

「心配せずともちゃんと休んでいるよ、あとで別の者に交代してから私も祭りに参加するつもりさ」

 

 

 慧音は心が読めるのか。

 

 だけど安心した、ちゃんと休憩はしてたんだね。

 

「それならよかった」

「全くだぜ。教師が倒れちゃ世話ないからな」

 

「そういうことだ。じゃあなお前たち、くれぐれも不祥事を起こさないように」

 

 とくに魔理紗はな、と付け加えて私達の通ってきた方へと向かっていった。

 

「慧音のやつ、まるで私が盗みを働くみたいな言いぐさじゃないか」

「その通りですよ、パチュリーの所に行って魔導書を盗んでるの知ってるんですからね」

「あれは借りているだけで盗んでないからノーカンだぜ」

 

 それを人は借りパクという。

 

「パチュリー困ってたよ?取り返しに行くのが面倒だって」

「運動不足のあいつに外に出る機会を作ってやってるんだ、感謝してもらいたいぜ」

 

 凄い自分に対する正当化が強い。いや知ってたけどさ。

 

「ちゃんと返すんだよ?」

「わかってるぜ、そのうちな」

 

 ……まあいいや。

 

 

「あれ、あんたたちこんなところで何してるの?」

 

 

 魔理紗の説得に諦めていると、今度は霊夢と遭遇した。

 

「なにって祭りだよ、霊夢も遊びに来たんじゃないのか?」

「見回りよ、祭りなんかでは妖怪が人間に混じってよく悪さをするの」

 

「へー」

 

 そういえば辺りに霊力に混じって妖力を感じる。数は少ないし、その主を見るとちゃんと人の形をしてた……あ、会釈された。完全に仲間だと思われてるなこれ。

 

「あんたらもせいぜい化かされないように気を付けなさいよ……ん、それじゃあ」

 

 なにかを察知したのか足早に飛んでいく霊夢。

 

 しばらくすると明らかに人間じゃないモノの悲鳴が聞こえた。

 

 

「大変そうだね」

「ま、あいつに任せておけば問題ないだろ」

 

 うん、とても納得がいく。

 

「さて、次は何食べるか」

「焼き鳥食べたい!」

 

 

 なんにせよ祭りは始まったばかり、もっと見て回らないと。

 

 

 焼き鳥焼きそばに氷菓子、一通りの屋台を制覇していく。

 

 

「ふう、結構食べたな」

「うん、もう入らないや」

 

 すっかり日も落ち月と星空が顔を出す。

 現在ペットボトル代わりの竹筒を片手にこれから始まる花火を見るため川縁に座って休憩中。

 

「こんにちは、紗由理」

「紫?」

 

 ふと後ろを向くと扇子を構えた浴衣姿の紫がいた。

 

 金髪に浴衣だけど、とても似合っているのがなんとなく腹立つ。

 

 

「お久しぶりね、元気そうで何よりだわ」

「お久しぶり、紫もその様子だと大丈夫そうだね」

「私は妖怪ですもの、風邪なんかにはかかりませんわ」

 

 へー、妖怪って風邪引かないんだ。

 

「なんだ、またお話か?」

「そんなところね、あとお祭りを楽しみに」

 

 この人胡散臭さが滲み出てるから信用ならないけど、聞き出すこともできなさそうだから諦めよう。

 

「出来れば二人きりが良いのだけど……」

「無理だな、信用が出来ない」

 

 まあ、そうなる。

 

「はあ……仕方ないわね。紗由理、貴方に頼みたいことがあるのよ」

「はい?」

 

 意外だ、大妖怪ともあろう紫が私に依頼だなんて。

 

「もちろん、受けるのは貴方の自由だしそれなりの報酬も用意してある。どう?」

「とりあえず内容を聞かせて」

 

「早い話が妖怪退治ね、大丈夫。大した相手ではないわ」

 

 なら貴方が行けば良いのでは……。

 

 そんな眼差しを送ってやると。

 

「私はそういうことにはあまり関わらないようにしてますの」

「にしてもなんで紗由理なんだ?妖怪退治なら私に依頼してもいいだろ」

 

 それもそうだ、なにも私にだけ依頼することはないはずだ。

 

「いいえ、貴方ではダメ。これは紗由理への修行なの」

「修行?」

「そう、こちらに来てから少し経って妖怪退治が出来るようになったでしょう?私は紗由理がどこまで戦えるのかを知りたいのよ」

 

 もちろん弾幕ごっこでね。と付け加える紫。

 

「……報酬は?」

 

 紫の目的はそれだけじゃないだろうけど、ただの妖怪退治なら私にだって出来る。

 断ってもいいんだろうけど、まずは報酬を聞いておこう。

 

「霊力の使い方……でどうかしら?」

 

 

 ……いったいどこまで知ってるのやら。

 現状霊力については手詰まりな私に取って興味をそそる報酬だ。

 

 

「……わかりました、受けますよ」

 

 

 悪魔に魂を売ろう…いや妖怪だけど。

 

「良い返事が聞けて嬉しいわ、それじゃあ明日の朝にお迎えに向かうわね」

 

 そう言うと紫はあの変な空間を出現させその中に消えてった。

 

 

「いいのか?あんなやつの依頼を受けちまって」

「霊力の使い方は習いたかったし、本人曰く弾幕ごっこらしいから多分安全でしょ」

 

 

 私にとって脅威なのは弾幕ごっこが出来ないほど知能の少ない妖怪だ。

 

 あいつら本気で殺しにかかってくるから嫌い。知能が低いだけあって弱いんだけど、それでも奇声を発しながら爪かなんかを振り回して来たときはちょっと怖かった。

 

 でもそれも霊力の使い方さえ解れば解決するのだ、霊夢みたいに御札をぺって投げて終了。威力を上げた弾幕でぺちぺちして攻撃手段を剥いでからファルシオンで両断する必要もなし。

 

 その点弾幕ごっこなら安全がある程度保証されているし、なにより楽しめる。

 

「とりあえず頑張ってみるよ」

「程々にしろよ、危なかったら私達を頼っていいんだからな」

 

「うん、危なそうだったら引き上げるよ」

 

 

 こういう信頼関係って、なんかこそばゆい。

 

 

 

 ……と、空から急に派手な音が鳴り響く。

 花火大会が始まったのだ。

 

「お、始まったみたいだな。とにかく今日は祭りなんだ、今はそれを楽しもうぜ」

「そうだね」

 

 明日のことは明日考えればいい。

 

 これが許されるのは、多分ここだけだろう。外の世界じゃ考えられないことだ。

 

 

 

 ……ああ、毎日を生きてるって感じがするなあ。

 

 

 

 

 

 

 そんなことを考えながら、私のスペルカードでもある花火を眺めていた。




修正:紫に対する紗由理の口調


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特訓

 

「うーん……」

 

 

 暖かい日差しと体の圧迫感で目が覚める。

 

 

「ん……んん?」

 

 

 視線を体に向けると、まあるい何かが乗っかっている。

 私が顔を上げたことで気がついたのかモゾモゾと動き始めた。

 

「むにゃ?」

 

 猫耳のついた幼女がこちらを覗きこんだ。

 

「「………」」

 

 

 しばらくの硬直、そしてこの子可愛いなとの考えが浮かぶ。

 

 

 ……違うそうじゃない。

 

「…!ど、どちら様?」

「…!そっちこそ私の寝床に何のようだ!」

 

 ?ここは私の家のはずだ、だって見慣れた布団に見慣れた天井、見慣れた壁…間違いない。

 

 

「ここは私の家だよ、周りを見てみなさいな」

 

 言われてから猫っ子がキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「ほ、本当だ!なんで私がこんな所に……?」

「しらないよ、とりあえずどいて……重い」

「あ、ごめん」

 

 

 降りてくれた……あ、尻尾生えてる。2本あるけど。

 やっぱり妖怪なのか、こんなに可愛いのに。

 いや、妖怪だから人に近い見た目なのかな?

 

「ふう……それで、貴方はどこの誰さんですか?」

 

「私は「どうもーさゆりちゃん」」

 

 猫っ子の言葉を遮って現れたのは言うまでもなく紫さん。今日はワンピースなのか。

 

「紫様!」

「様?……ていうか紫、屋内で傘差すのはやめて」

 

 

 なんかもう、胃が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ紹介するわね、この子が橙。うちの式神の式神よ」

 

 仕切り直して猫っ子の紹介をする紫。式神とはなんだろうか。

 

 ていうか身内だったのね。

 

 

「それはわかったけど、なんでここに居るのよ」

「今日の討伐目標よ」

 

「へ?」

 

 

 こんな可愛いのを?というか身内では。

 

 

「昨日言ったようにこれは貴方の修行でもあるけど、この子の修行でもあるの。最近藍が…私の式神ね、この子を迎え入れたのだけどまだまだ未熟だから」

「はあ、経緯はなんとなくわかった。それで橙ちゃんと弾幕勝負すればいいんだよね?」

「そうそう、場所はこっちで用意してあるから」

 

 紫が手を振り上げると私達の下にあの気持ち悪い空間が開いた。

 そして体重の行き場を失った体はそのまま地面を求めて下降を始めた。

 

「ちょ!ひぃぃ!!」

「ふふふ」

 

 紫の笑い声がこだまする空間にて私は密かに復習を誓うのでした。

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

「ったくもう!」

 

 地面ギリギリで飛翔を発動し、最悪の事態は免れる。

 

 まったく……こっちの配慮が足りてないんじゃない?

 

「ていうかここどこ?」

 

 辺りは草原?いや、言うほどでもないか。ちょっと開けた草地かな。

 

 あ、人里が見える。結構高い位置にあるみたい。

 

 

 橙ちゃんはー……いた、頭から落ちたのか押さえてうずくまってる。

 

 

「大丈夫?」

「だ、大丈夫……こんなのいつもの修行に比べたら……」

 

 

 普段なにしてるのよ。頭打つより痛いって結構なことだよ。

 

 あ、立ち上がった。耐久力は妖怪そのままか。

 

 

「それじゃあ弾幕ごっこって話だけどルールはどうする?」

「普通ので」

「はいよー」

 

 

 軽く準備体操しておく、寝起きに運動って健康悪そう。

 

 

「さて、始めますか」

 

「うん……藍様の式神、化猫橙」

 

 姿勢を正し手を揃える橙ちゃん、名乗るのが礼儀なのかな。ならばこちらもそれに習おう。

 

「いたって普通の外来人、紗由理」

 

 

 

「「よろしくお願いします」」

 

 

 手を合わせ、3秒ほど頭を下げた後直ぐ様飛翔。

 

 ある程度距離を取ったらまず魔力と妖力の両方で弾幕を放ってみる……うん、問題なさそうだ。

 

 向こうも距離を開けているので早めの弾幕を放ち牽制しつつ、こちらのスペカが有効な距離まで近づ……橙ちゃんの動きが速すぎて牽制になってないやこれ。

 

 

「速いなあ」

 

 縦横無尽に飛んで跳ねてを繰り返す橙ちゃん。この距離だと当てられる気がしない。

 動物から変化した妖怪……所謂妖獣は、その元となった動物の速度に比例して速い事が多く橙ちゃんは猫から変化した妖怪だろうから、機動力がとても高い。

 

 

 うわこっちきた!

 

「あっ……ぶない!」

 

 

 私から10mほどまで近づき放たれた弾幕が頬を掠める。

 

 ……これは早急に手を打たないと厳しいかも。

 

 

「それなら!花符『些細なペンタス』!!」

 

 ピンク色の花を模した弾幕をばらまき、そこから5枚の花弁に散開させる。

 

 

「ふにゃ!」

 

 しかもただ散開させるだけでなく、この花弁は目標に追尾するのだ。

 まだそんなに離れていなかった事もあり、被弾をもぎ取る。

 

 妖力は感覚でなんとかなるとは慧音先生からの教えだ。

 あの人からそんな言葉が出るとは思わなかったが、それもあながち間違いではなさそう。

 

 実際なんとなくでファルシオン出来たし。

 

 しかし何となくでやるとこのスペカに欠点が出てくる。

 

 視界……というか意識から外すと追尾しなくなることがあるのだ。

 

 

「ま、要修正ってことで」

 

 今度パチュリーから本格的な誘導方法でも聞いて魔力への置き換えでもしよう。

 

 とりあえず一つは取ったし、出だしは順調っと。

 

 

「うぅ……やってくれたわね!仙符『鳳凰卵』!!」

 

 

 橙ちゃんの周りに魔方陣がいくつか現れ、楔型の弾幕が円形に放たれた。

 

 円形は回転しながら開き、多少ばらつきながらこちらに飛来する。

 

 

 うう、まだ体が本調子じゃないなー……なんで朝にこんなことやらせるんだ紫は。

 

 

 目前まで迫った弾幕を回避し、反撃としていくらか返すがあっさり避けられてしまう。

 

 

「当たらないなぁ……」

「それはこっちの台詞!」

 

 

 怒られちゃった、まあ向こうはスペカ使ってるしね。

 

 今のやり取りで橙ちゃんの弾幕が激しくなるが、さっきの被弾で距離を詰めるのを警戒してるのか危ないという程でもない。

 

 

「今度は私がいくよ!人符『幻想花火』」

 

 カードを掲げ、お気に入りのスペルを発動。花火大会の始まりだ。

 

 

「ッ!……っと、なかなか綺麗じゃない!」

 

 

 一発目の花火をすんでのところで回避した橙ちゃんが感想を述べる。

 

 

「お褒めに預かり至極光栄…ってね」

 

 スペルカードは自分の象徴、それが綺麗だと言われるのは嬉しいものだ。

 

「さ、まだまだいくよ!」

 

 

 昨日見た花火のように、派手に美しく打ち上げる。

 夜にやったならもっと綺麗だろうけど、それはまたの機会だ。

 

 一つ、また一つと花火を増やし、橙ちゃんを着々と追い込む。

 

 橙ちゃんは動きが早いけど、それでもこの量の弾幕なら逃げられる前に動きを抑えられる。

 

 

 

 

 

 そして、追い詰めたと思ったところで向こうが動いた。

 

「式符『飛翔晴明』!!」

 

 

 橙ちゃんが高速で星を描き、その先端から円錐形と球状形の弾幕を出してきた。まるで星がそのまま弾幕として広がってるようだ。

 

 

 ……うへぇ、密度が濃い。

 

 

 スペカの中断を余儀なくされ、右へ左へ上へとできる限り最小の動きで避ける。

 こうしたほうが体への負担が少なく、次の動きに余裕が出来るからだ。

 

 すぐそばを弾幕が通りすぎるのはなかなか恐いけど、これは慣れるしかないかな。

 

 

「これでどうだ!」

 

 

 先のを二週、三週と繰り返す。

 

 

 …そして私の側を弾幕が通過する度にこう……キュッてなる。

 耐えるんだ私…当たらなければどうということはない!

 

 

 内心叫びながらも、私は飛来する弾幕を避け続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

「なかなか頑張るじゃない」

 

 

 二人の弾幕ごっこをスキマ経由で覗く紫。

 

 

「まだ修行の身とはいえ、橙を相手にあそこまで優勢なのは流石としか言いようがありません」

 

 

 同じく隣で称賛を述べるのは、紫の最高傑作にしてその従者。八雲の姓を与えた藍だ。

 

 

「人間はこれだから侮れないのよねぇ……稀にああいうのが出てくるから」

 

 

 外来人がおよそ3ヶ月で、外では信じられてない魔法を使い空を飛び、妖術を使い弾幕ごっこを可能にした。

 信じる力とはこの幻想郷において物理的なものとなり影響を与える。

 神や妖怪がまさにそうだ。信仰心がそのまま神の力となり、人の畏れが妖怪の力に直結する。

 

 実際は個々の性質やらその他要因で多少の変動があるもののおおよそはそれに当てはまり、信じる事が出来なければ魔法等を扱えない。

 紗由理はそれをやってのけたのだ。

 

 

「しかし、よろしかったのですか?博麗の巫女ではない外来人を幻想郷に定住させても」

 

 彼女は外の知識をここへ持ち込むことによる里の飛躍的な発展…これを恐れているのだ。

 

 それを容認してしまえば最後、幻想郷は外の世界と同じ末路をたどり消えてしまうだろう。妖怪という脅威を取り除くため徹底的に意識から排し、畏れという糧を受けられなくすることで。

 

 それはここの管理者として、避けねばならない事態でもある。

 

 

「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それに、あの子はそんな事しないわ」

 

 だがその心配は無用だ。

 その最悪の事態が起こるようであれば消せばよい話だし、そもそもそうならないように育てているのだから。

 

 やるからには1から10まで対策を講じ、その上で実行する。

 それが八雲のやり方だった。

 

 

「左様ですか」

 

 

 主への質疑を終わらせ、観戦へと戻る従者。

 

 

「それに…あの子の弾幕はとても綺麗ですもの、消すなんて勿体無いわ」

 

 

 尤も、大分個人的な考えでこの状況を作ったのは最早言うまでもない。

 

 

 

 



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報酬

 

「はぁ、はぁ、はぁ……か、勝った~……」

 

 

 なんとか勝ちをもぎ取り、勝利のガッツポーズをする。

 

 

「ま、負けたぁ…」

 

 

 草地に多少息を荒くしながら横になる橙ちゃん。

 結果は3-1、上々だと言えるだろう。

 橙ちゃんが最後に出したスペルカード──天符『天仙鳴動』あの速さは反則だと思う。

 

 

「お疲れ様♪」

 

 

 まさに音符を付けたような言葉遣いで空間の切れ目登場する紫。

 その隣に続いて尻尾が沢山ついた狐っぽい人がやってきた。

 

 この前の紫と似たような服装だからさっき言ってた藍って人かな。

 

 

「労いどうも…まったく、移動させるならもっとゆっくり下ろしてよね。妖怪と違ってそんなに頑丈じゃないんだから」

 

 

 弾幕勝負を始める前の事を思い出す。

 

 朝一から危うく首がポッキリいくところだった、妖怪は人間の命を軽く見すぎだと思う。

 

 

「生きてたんだからいいじゃないの、これも修行の一環よ」

 

 

 なんと無茶苦茶な。

 抗議をしても、本人はどこ吹く風だ。聞く耳をもっちゃいない。

 

 

「はぁ……それで、妖怪退治はこれでおしまい?」

「ええ、約束通り霊力の使い方を教えてあげるわ」

 

 

 ふぅ……と胸を撫で下ろす。

 

 良かった、報酬はちゃんと貰えるみたいだ。

 

 

「うぅ…藍様紫様、申し訳ございません。人間に負けてしまいました……」

 

 

 尻尾を垂らし、項垂れながら報告を行う橙ちゃん。その姿は親に叱られるのを待つ子どもそっくりだ。

 

 ちょっと可哀想……私が退治したんだけど。

 

「なに、今回は二人の実力を見るため試合だ。気にするな」

 

 

 優しい手つきで頭を撫でて慰める藍さん、こうしてみるとまるで親子の様だ。

 

 

「……っと、自己紹介が遅れたな。私は紫様の式の藍だ。呼び捨てで構わない」

「私は紗由理、よろしく藍」

 

 

 挨拶ついでに尻尾の数を数えてみると九本あった。ということはかの有名な九尾か。

 

 

「ん、尻尾が気になるか。見ての通り九尾だ……触りたいのか?」

 

 

 コクコクと無言で頷く。

 

 その尻尾はモフモフで、さわり心地がよいというのが一目でわかる。

 

 

「藍の尻尾は格別よ、きっともう他のでは満足できない体になってしまうでしょうね……」

 

 いつの間にか藍の尻尾に飛び込み体を埋めている紫、子供か。

 それとその言葉は誤解を招くと思うけど。

 

 

「紫様、話が進まなくなりますのでお戯れは程々に……」

 

 

 案の定叱られてる。まったくだよ、早く話を進めてくださいな。

 

 

「むぅ、藍のいじわる……ん、で報酬だったわよね」

「そうそう、霊力の使い方って話だけど具体的にはどんなことを教えてくれるの?」

「うーん、霊撃や結界の張り方とか基本的なことね。幼い頃の霊夢に教えたのとほとんど同じ事よ」

 

 

 あの感覚だけでなんとかなるような霊夢に教えたことって……というか霊夢には先代さんがいた筈だけどその人が教えてたんじゃないのかな。

 

 

「霊夢に霊力を教えたのって先代さんじゃないんですか?」

「博麗の奥義だとかは代々巫女が継承していくから私達妖怪じゃ教えられないわ。でも先代も忙しかったからそれ以外の殆どは私や藍が稽古していたのよ」

「へぇー、妖怪なのに霊力について教えられるんだ」

 

 基本的に妖怪は霊力を持たないって聞いたから難しいと思うけど。

 

 

「…勘違いしているようだから教えておくけど。私や藍、橙は霊力使えるわよ?一部の大妖怪や妖獣なんかは生まれつきだったり後天的に使えるようにしたりしてね」

 

 

 そうなのか…あ、そういえば慧音も霊力を持っていたか。

 

 ……妖怪に基本的という言葉は使わない方が良い気がする。例外が多すぎて意味をなしてない。

 

 

「じゃあ紫が私に霊力を教えてくれるの?」

「私は忙しいもの、藍にやってもらうわ」

 

 

 一体何に忙しいのか。紫が何かをしている所なんて見たことないんだよね、まあ紫が用のあるときにしか来ないというのもあるんだけどさ。

 

 

「わかった、稽古の時はそっちが来てくれるってことでいいの?」

「ええ、いつ行くかはその都度伝えておくからその時に家にいてくれれば構わないわ」

 

 

 よし、これで一通りの話はついただろう……ふう、やっぱり朝一で派手な運動するもんじゃない。いつもより疲れたや。

 

 

「紫、私そろそろ帰りたいんだけど」

 

 そういいながら出てきた欠伸をかみ殺す。

 

 起きたばっかりだけど寝たい。現在の時間は昼前といったところか。

 

 

「そう、ならこのスキマを通りなさい。稽古は明日から始めるから」

 

「はーい──それじゃあ橙ちゃん、また弾幕ごっこやろうね」

「ふん、次は負けないんだから!」

 

 

 気だるげな声の私と対照的に元気な橙ちゃん。

 それに対し私はいはいと生返事を返しながら目の前に開かれたスキマを通る。

 

 見慣れた内装…うん、間違いなく我が家だ。

 

 

「ふぁ~……さて、もう一眠り…………」

 

 

 布団に寝転がり、眠気に意識をゆっくり委ねていく。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

「よう紗由理!邪魔するぜ……ってこんな時間まで寝てるのか?寝坊は三文の損だぜ」

 

 

 それから小一時間と立たずに。ドアを盛大に開け放ちながらやって来た魔法使いにたたき起こされた。

 

 ……早起きは三文の徳のことを言ってるのだろうけどそれはなんか意味が変わってくる気がする。

 

 

「んぅ……眠い………何の用?」

 

 

 

 眼を擦り未だ眠気を訴える体を起こし、問い掛ける。

 

 返答が返ってくるのを伸びを一つし、鉄瓶でお湯を沸かしながら待つ。

 

「いや、大した用はないんだが昨日の事が気になってな。その様子見だ」

 

 

 辺りを見回しながら、手近にあった椅子に腰かける魔理紗。

 

 心配してきてくれたのか。いいねこういうの、親友って感じで。

 

 

「ありがとう、でも大丈夫。さっき終わって疲れて寝てたとこだから」

「そうか、ちゃんと報酬は貰えたか?あいつはすぐに話を有耶無耶にするからな」

「うん、明日から稽古をつけてもらう予定だよ」

 

 

 急須に茶葉を入れ、二人分のお茶を用意する。

 相も変わらず紫の評価は低いようだ。

 

 

「それならよかった……私はこれから神社に遊びに行くけど、紗由理もどうだ?」

「行く、これ以上寝ても夜眠れなくなっちゃうからね」

 

 

 昼夜逆転は健康に悪いし、それにこのあたり夜中になると周囲の物音が……。

 

 一様霊夢に貰った簡易的な結界を張る御札をつけてはいるから安全ではあるんだけど気になって眠れなくなる。

 

 

 恥ずかしいから言わないけどね。

 

 

 

「おっし、じゃあ行くか」

「おー」

 

 

 

 なんにせよ、今日はまだまだ始まったばかりだ。



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返却

 

 季節は流れ、炬燵とみかんから離れたくない時期。

 

 

 今年は冬明けが遅いのか桜がもう咲いてもおかしくないのに雪が降り止む気配もなし。

 

 

 あ~、お茶が美味しい。

 

 

「今日も雪か、外出するのも気が引けるなー」

 

 

 雪といっても吹雪いている訳ではなく、小雪程度。

 

 それでも外出の気が失せるのには十分だった。

 

「こんな日は家で大人しく修行をするに限る!」っとは思うんだが、そんな日がずーっと続けばそのうち飽きてしまう。

 

 現に今日の鍛練も終えて、こうしてお茶を飲んで暇をつぶしているのだ。

 

 

「異変かなんか来ないかなー」

 

 

 この時期は基本的に冬妖怪位しか活動しないし、畑にも大して作物があるわけではないので人里から妖怪退治の依頼も少ない。人も家に籠るから襲われることも少ない。

 

 それでも里の外に出る者はいるので、その護衛だとかが今の主な仕事だ。

 

 

「魔理紗の家にでも行こうかな」

 

 

 魔理紗の家である霧雨魔法店は魔法の森と呼ばれる瘴気の漂う普通の人間では数時間ともたない環境に住んでいる。

 瘴気は主に化けキノコの胞子で、幻覚作用が強いんだとか。

 

 

 魔理紗は体を保護する魔法を使っているようで、そこに長期間滞在できるのだ。

 

 私もパチュリーに習った魔法の知識を活かし、最近やっとガスマスクモドキなる魔法を身に付けたので住もうと思えば住める。

 

 

 あの森は妖怪も避けるらしく、かつ魔力を高める効果があるみたいで瘴気さえどうにかなるなら魔法使いにとって文句のない良立地…と魔理紗は力説していたけど、ジメジメしてるし暗いしで正直住む気にはならない。

 

 

「あ、先に本を返しに行かないと」

 

 パチュリーから借りている魔導書、昨日読み終えて他の本とまとめて返そうと思ってたんだ。

 

 

「んじゃパチュリーの所に行ってから魔理紗の家かな」

 

 まだ日はあるので問題ないだろう。寒いから外に出たくないけど、引きこもりすぎてそろそろもやしにでもなってしまいそうだ。

 

 

 

 

 私はいそいそと身支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、美鈴」

「こんにちは、紗由理さん」

 

 

 門番である美鈴に挨拶したあと、館に入れてもらう。

 

 この館の面積の半分近くが廊下ではないかと疑う程にここの廊下は広く複雑だ。

 明らかに外から見た面積を越えているが、咲夜が能力で広げているんだとかなんとか。

 

 お陰さまで初めは咲夜の案内がないと図書館の反対側に行ってしまったりしたものだ。

 

 それも今では難なく大図書館たどり着けるけどね。

 

 

「さゆりおねえちゃーん!」

 

 

 …っと、後ろから凄まじい速度で迫ってくる気配があったので横に回避しながら振り替える。

 

 

 同時に私のいたところを高速で突っ切っていく影……あれは当たったら死ぬのではないだろうか。

 

 

「おっとと……今日もパチュリーのとこ?」

「うん、一緒にくる?」

「いく!」

 

 

 ててーん、フランちゃんが仲間になった!

 

 

 紅霧異変からしばらくして、フランちゃんに凄くなつかれてしまった。

 

 会うたびに今のような挨殺がくるが、どれも回避出来ているので問題なし……のままだといいなぁ。

 

 

 私の内心なんて知ったことではないフランちゃんは、楽しそうに昨日の出来事について話し始める。

 

 

 ま、私が気を付けていれば良い話だよね。

 

 それにこんな可愛いフランちゃんを叱れるものか。

 

 

 道中では終始咲夜のちょっとお茶目な出来事やレミリアが外来のペットを欲しがってるなどを話してくれるので、この無駄に長い廊下も退屈はしなかった。

 

 

 フランの話に一つ一つ受け答えしながら、やっと大図書館の大扉へとたどり着く。

 

 ノックをして、なるべく静かにドアを開ける。

 

 図書館ではお静かにってね。

 

 

 

 

「こんにちは紗由理さん」

 

 パチュリーの所へ歩いていると本棚の上からやってきた白いシャツに黒のベストを着た赤髪の女の子声をかけられた。

 

 この子は異変の時には合ってないのだけど、ここに通っているうちにすっかり仲良くなった小悪魔ちゃん。

 この図書館の司書兼パチュリーの従者をしていて、妖精にも似て悪戯好きだったりする。

 

 

「こんにちは、パチュリーはいる?」

「はい、今日も朝から紗由理さんを待っていました」

 

 

 ……ん、"今日も"待っていた?

 

 

 その言葉に疑問を覚えるもパチュリーのいる机は目の前なので、本人に聞くことにした。

 

 

「こんにちは、パチュリー」

「ええ、こんにちは紗由理」

 

 

 会ってみれば、何時ものように日陰の魔女は本を読んでいた。

 

 

「私を待ってるって聞いたけど…あ、これ返す本」

「こぁの悪い癖よ、気にしないでいいわ」

 

 

 そういうと、私の持ってきた本達を一瞥した。

 

 

「新しいのはこれ、今回は精霊魔法を中心に纏めたわ。貴方なら問題なく使えるでしょう」

 

 

 そこには“精霊魔法の基礎“、“精霊魔術“、“精霊の生態“など、精霊のオンパレードだった。

 

 

「精霊魔法って、普通の魔法とどう違うの?」

「そうね、普通の魔法は術者の魔力を使い魔法を使うのに対し精霊魔法は精霊が魔力の一部を肩代わりしてくれるの。けれどその分精霊に命令を出すのは普通の魔法を習得するより難しいわ」

 

 

 難しいけどエコな精霊魔法か、私は魔力の消費が結構激しいから是非とも覚えたいな。

 

 

「そもそも精霊ってなんなの?見たことないけど」

「はい、紅茶とクッキーです」

 

 

 ……っと、小悪魔がワゴンに二人分の紅茶と芳しい香りを放つクッキーを運んできた。

 

 

「ありがとう、こぁ」

 

 

 本を閉じ、ティータイムへと入るパチュリー。

 

 私もお礼を言い紅茶を手に取る。

 

 ここの紅茶は上品で飲みやすく、匂いからしても茶葉が良いものだとわかる。

 

 

 

「精霊というのはね」

 

 

 紅茶を一口啜った所でパチュリーの精霊講座が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要約すると精霊は木や土、空気中に存在していて実体を持たない妖精のようなものだという。

 

 精霊は自分の持つ魔力属性と同じ環境を好むので、例えば火の周りには火属性の精霊が。水辺では水属性の精霊が多く生息している。

 

 これらの属性魔力は人間が生み出すものより質がよいことや、術者の魔力をそんなに使わないので重宝されるが、その分デメリットもある。

 

 まず精霊に起こしてもらいたい行動を伝えなければならない。

 これを詠唱とするなりまた別の手段にするなりで行う訳だが、向こうは伝えれば必ず答えてくれるただの道具ではないということだ。

 無礼な振る舞いをすると無視されたり最悪攻撃される。

 

 それに伝えるというのもまた大変で、魔法が複雑になればなるほど難易度が上がる。

 

 

「ざっと言うとこんなものね、続きは精霊魔法の基礎が出来てからにしましょう」

 

 

 数分程の説明を終え、従者に紅茶をもう一杯注文するパチュリー。

 

 

 パチュリーの後ろにあるアンティークな時計を見れば現在2時とちょっと。

 これから魔理紗の家に向かっても十分余裕はあるだろう。

 

 

「この後予定でもあるの?」

 

 時間を気にしているのがわかったのだろうパチュリーが紅茶を片手に聞いてくる。

 

「うん、魔理紗の家にでも遊びに行こうかなって」

「なら私の本を返してもらうように言ってきて頂戴、持ってくだけで一向に返しにこないのよ」

 

 そう言うパチュリーにはなんだか諦めにも似た表情が出ている。

 

 ……魔理紗はパチュリーに外に出る機会を作ってる~だとか言っていたけど、当のパチュリーが図書館から出ているのを見たことがない。

 

 

「わかった、なんなら私が持ってくるよ」

「お願いするわ、こんな寒い時期に外なんて出たくないもの」

 

 

 その気持ちは解る。

 

 

「さゆりお姉ちゃんもう帰るの?」

 

 

 私の帰る雰囲気に気がついたのか精霊の説明に入った辺りからウトウトしていたフランちゃんが起きた。

 

「うん、魔理紗の家にね」

「また来てくれる?」

「もちろん」

 

 よくここまでなつかれたと思う。

 

 最近じゃ姉のレミリアよりも私に会うことを優先しているとか聞いたし。

 

 その事をレミリアはあまりよく思ってないようで、直接は言ってこないがパチュリーによく愚痴を言っている様子。それは姉として良いんだか悪いんだか。

 

 

 

 ま、それはレミリアさんの問題だからいいか。それより魔理紗の家だ。

 

 取り敢えず本を返させないと。

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「なにこれ」

 

 なんか、蠢いてる。

 

「珍しいな、紗由理がここに来るなんて」

 

 突然の来訪だった為魔理紗が作業中だったわけだが……。

 

 

 まず部屋が汚いのは仕方ないとして、この瓶詰めされた玉虫色の可愛くないスライムみたいなのはなんだと。

 

「暇だったからね……ところでこれは何?」

「それか?さっき森を散歩してたら見つけたんだ、今年は冬が長いからか変わったものをよく見かける」

 

「確かに冬長いよね…異変とか?」

「異変か。うーん…まだそう決めつけるには早いかもな、単に遅れてるだけかも知れないし」

 

 

 まあそうだよねー。

 

 

「でもこれ以上冬が伸びるようなら気を付けないといけないかもな」

 

 

 幻想郷は四季に関する存在が多い。

 その中には冬眠する動物や妖怪がいて、このまま冬が続けば彼らがどうにかなってしまうかもしれない。

 

 

「だよねぇ、人里もなんだかしんみりしちゃってるし」

 

 

 八百屋なんかでは目に見えて陳列してる商品が減っている。食料の総数が減少しているのと今後を見て蓄えたい人がいるのだろう。

 このままでは春や夏収穫の作物等に影響が出るかもしれない。

 

 

「もう少し様子をみてから調べてみようかな」

「私もそうするぜ。今しか採れないものもあるからな」

 

 

 そうこういいながらスコップを取り出す魔理紗。また何か採取に行くのだろう。

 

 確かに魔法の触媒になる氷の鱗なんかは冬があければ採れなくなってしまうし、魔理紗は触媒を使った魔法や製薬を得意にしてるから素材が欲しいのは解るけど…研究熱心だことで。

 

 

「ああそうだ、パチュリーが本返してって言ってたよ?」

「ええー、私はこれから忙しいんだが」

「外に出るついででいいから」

 

 

 ほらほらと魔理紗を促す。

 こうでもしないと何だかんだと先延ばしにして返さないのだ。

 

 

 自分で返してくれるようになれば……というかちゃんとパチュリーに頼んで借りていればこんなことにはならないだろうに。

 

 

「仕方ないな、じゃあついでに新しいのを借りてくるか」

「ちゃんと借りるんだよ?」

 

 

 釘を5,6本刺しておき、念のため返すとこまで同行しよう。

 

 

 

 

 

 

 そこまでするくらいには、魔理紗の“物を返すという行為“に信用がなかった。



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吹雪


内定決まった学生ってもっと楽なもんだと思ってました。


 

 

 

「うーん……異変、だよね」

 

 

 梅雨が間近というのに未だ雪が降っている。

 冬妖怪は未だ活動しているし、一度冬眠から覚めた妖怪は空を見上げて肩を落としながら巣穴へと戻っていった。

 

 

 そういえばそろそろ私が幻想郷に来て1年になる。本当にあっという間だった。

 自殺のつもりで山に入ったと思ったらこっちに来ていて名前をなくして…。

 そこで弾幕ごっこを知って、魔理紗や霊夢達と知り合って現在まで……まるでつい昨日の出来事のようだ。

 

 

「…っとと、今は異変解決に集中しないと。この話は皆と花見をし たときまでお預け」

 

 

 首を横に振り、思考を強制的にシャットアウトする。

 

 さて、まずは情報収集と参りますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず紅魔館に到着。私よりもずっと頭の切れるパチュリーなら何か気がついているだろう。

 

 

 

 

「という訳でなにか知らない?」

 

 早速大図書館にお邪魔し、なにやら紫色したバスケットボールサイズの丸い球体を弄るパチュリーに聞いてみる。

 

「詳しくは知らないわ。ただ春が何者かによって奪われているのは確かよ」

 

 

 

 春が……奪われている?

 

 

「何をいっているかわからないって顔をしているわね」

「だって春を奪うって言っても意味がわからないもん」

 

 まず形のない季節をどうやって奪うのか、掃除機かなんかで吸いとったり出来るのかな。

 

「これが春、その結晶よ。首謀者はこれを集めて何かをするつもりのようね」

 

 作業の手を止めパチュリーが取り出したのは一枚の大きな桜の花弁。

 触ってみるとほんのり温かく、柔らかいのにちぎれそうもない不思議な手触りだ。

 

 

「これが……春?」

「ええ、私も始めて見たわ。恐らく異変の影響ね」

 

 

 なるほど、異変だからか。何でもありだね異変って。春を形にして、それを奪うのも異変で片付くんだね。

 

 

「妖怪は凄いなぁ……」

 

 

 人間とは比較にならないほどの体力、再生力。理不尽とも言える力を目の前に軽くげんなりする。

 

 

「その妖怪が起こした異変を解決するのは、人間である貴方の役目でしょう」

 

 こちらを真っ直ぐ見つめるパチュリー。

 

「それは……そうだけどさ」

「なら腹を括りなさい。それとも、保護者として同伴して欲しいのかしら?」

 

 

 からかうように、普段は無愛想な顔に軽い笑みを漏らす。

 何気に珍しいパチュリーの笑顔。

 

 そしてこの安い挑発だ、この図書館から滅多に出ない癖に。

 

 

「……いらない、一人で大丈夫」

「そう、ならこの春を辿っていくといいわ。その内これを集める者と出会うでしょう」

「ありがとう、そうしてみる」

 

 

 

 

 

 

 さてと、久し振りの異変解決だ。今度こそ首謀者までたどり着きたい。

 パチュリーから一枚の春を受け取った私は再び外へと繰り出し、妖怪の山と呼ばれる山近くを空中散歩中。

 

 

「そういえばこの山に入ったことないなぁ」

 

 こわーい妖怪がいるから近付くなと魔理紗に言われてたし、特に用事もないから手付かずのままだ。

 

 

「ええっと、春は……」

 

 雪が降り始めた灰色の空を手を額に持ってきて遠くを見回す。

 

 遠くを見ても私の手に持つ桜のような物は見つからない。

 

 

「パチュリーの時みたいに誰かが持ってるのかなぁ」

 

 確かに魔法の触媒には良さそうだし魔理紗辺りが集めてそうだけど。

 

「むむ、あれは……雪女?」

 

 

 遠くの空に浮かぶ白い人、その周りは一段と雪が吹雪いている。

 私の予想通り雪女だとすればほぼ間違いなく冬妖怪だ。そしてこの長い冬を謳歌している彼ら彼女は通常の四季妖怪よりも強い傾向にある。

 

 あまり争いたくないが冬が長い異変に冬妖怪が絡んでない可能性の方が低いので、異変の手掛かりを持っているかもしれない以上お近づきになる必要はありそうだ。

 

 

 

 意を決して速度を落とし警戒させないように接近すると、向こうもこちらに気がついた様子。

 

 

「くろまく~」

「くろまく?…えと、こんにちは」

 

 

 ふよふよと、吹雪を伴って自身を黒幕だと言う彼女。

 

 

 えぇ……いきなり黒幕来ちゃったよ。どうしよう過程とかもろもろすっ飛ばしちゃった。

 

 

「あの、貴女が黒幕でいいんですかね?」

「ええそうよ、普通の黒幕」

 

 

 普通?でも吹雪操ってるようにも見えるし、黒幕で間違いないのかな。

 

「ええっと、じゃあ異変解決の為退治させて貰いますね。残機、カード共に3枚でどうですか?」

 

 

 どちらにせよ、相手が妖怪なら弾幕勝負に持ち込んで情報を引き出そう。それなら私にも勝ち目がある。

 

 

「いいわよ、貴女が勝ったらこの吹雪を止めてあげるわ」

 

 

 

 ──寒符『リンガリングコールド』

 

 

 ──石符『明日は藍晶石と共に』

 

 

 

 二つの意識(スペル)がぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─強くなる。

 

 

 

 そう決めたのは私が人里に住む事が難しいと言われたときだ。

 

 

「人里は妖怪が人を襲ってはならない場所だけど、人が妖怪を退治しても何も言われないの」

 

 淡々と、霊夢の口から言葉が紡がれる。

 

「そして一般人はともかく少ないながらもいる里の退治屋に、貴女は間違いなく妖怪と認識されるでしょうね」

 

 それは私の持つ妖力が原因だった。

 

 現在の私は霊力や魔力より妖力の方が容量が多い。そして妖怪の中には霊力を持つ者もいることからどれだけ人間だと説得しようにも聞いてはくれないだろう。

 

「弱い妖怪は人に倒される……これが人の意識の根底にある限り、貴女はたまに入る程度ならまだしも目立つような行為は出来ない」

 

 

 ──なら、どうしたらいいの?

 

 

「妖怪の中には普通に人里を闊歩しているのもいる。それは皆里の退治屋には手の追えない連中ばかりで、そいつらはそれなりに知恵があるから里の中で変な事件も起こさない」

 

 

 ─つまり強くなれってこと?

 

 

「そういうこと、人里の退治屋より強いと証明できれば貴方は問題なく出入りが出来るでしょう」

 

 

 

 それを聞いてから、日々の鍛練のメニューを組んだ。退治屋に認めてもらうために妖怪退治の依頼を受けた。

 

 でもまだ足りない。私が人間の味方だと知ってもらうにはもっと多くの人に見てもらわないといけない。

 

 

 

 だから私は異変解決を行う。知ってもらうために。

 霊夢や魔理紗と肩を並べられるように。

 

 

 

 

 気が付けば冬妖怪との弾幕ごっこも佳境に差し掛かっていた。

 

 

「貴方は吹雪がお好きかしら?」

 

 

 ──白符『アンデュレイションレイ』

 

 

「あんまり寒いのは好きじゃない」

 

 

 ──人符『幻想花火』

 

 

 彼女の出す吹雪さながらの弾幕に、夏の象徴である花火を模した弾幕で答えを返す。

 

 

 

 激しい弾幕の応酬。勝つのは……私。

 

 

 スペル時間最後の特大花火の直撃を受けた彼女は軽く煙を上げながら滑落し、森へと落ちた。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 妖怪だし問題はないだろうけど、一様心配しながら彼女の墜落地点へと私も降りる。

 

 

「いっつつ……負けちゃった」

 

 木の枝で切ったのだろう、あちらこちら服に切れ目と弾幕の被弾の際の焦げ目みたいなのがついていた。

 

「さて、貴方は本当に黒幕?」

 

 出血などは見られないし特に怪我はなさそうだ。

 

 そう判断し、自称黒幕に勝者の尋問を開始する。

 弾幕ごっこで勝利したこの状況では妖怪は嘘をつきにくいことを存分に活用し、引き出せるだけ情報を出させてもらおう。

 

「違うわ、私はただこの長い冬を楽しんでいただけ」

 

 

 ……なあんだ、黒幕じゃないのか。

 

 

 いや薄々わかっていたけどさ。

 

 

「じゃあ本物の黒幕についてなにか知らない?」

「そうね……春度って知ってる?」

 

「春度?これのこと?」

 

 そういいつつ懐からパチュリーから貰った春を見せる。

 

「そうそれ、それがどうやら何者かによって集められているみたいなのよ」

 

 そこまでは知っている、欲しいのはそのつぎだ。

 

「場所は?」

 

 

 

「……上の方、としか」

 

 

 

 ……上?

 

 

 指差す先には、ただただ曇り空が広がるだけ。

 本当に?という目線を送ると嘘はついてないと首を振る。

 

「上……っていってもなぁ」

 

 

 どうしようか……取り敢えず昇ってみるか?

 いや、霊夢達と合流しよう。なにか情報もってるかもしれないし。

 

 

「それじゃあ私はもう行っていい?」

「あ、うーん……いいよ」

 

 

 これ以上は聞き出せないと踏んだ私は、そのまま魔理紗の家を目指すべく魔法の森へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 家に行ったものの居なかった。多分私と同じで異変解決にでも向かっているのだろう。

 

「うーん、この様子だと霊夢も神社に居ないだろうしなぁ」

 

 取り敢えず魔法の森を抜けるため、適当に飛んで行く。

あの雪女を倒してから吹雪が弱まったとはいえ、まだまだ寒い。

 

 

「魔理紗達大丈夫かなぁ……」

「他人の心配をするよりまず自分からじゃない?」

 

 後ろから突然声をかけられ、慌てて振り向く。

 

 金髪の碧眼をした、一冊のグリモワールらしきものを抱えている人形と言われても信じてしまいそうな美人だ。

 そして、その人の周りにはふよふよと彼女の後ろを飛ぶように赤と青の人形が浮いている。

 

 

「どういうこと?」

「そのまんまよ。こんな時期に外をうろつくなんて、自殺でもしたいのかしら」

「お生憎様、自殺は去年やりました」

「あら、じゃあ今私が見ているのは亡霊かしら」

「残念、歴とした人間ですよ」

 

 

 要は実力を示せという解釈の下、カードを“四枚“掲げる。

 

 

 その解釈は間違っていなかったようで、向こうも私と同じ枚数のカードを掲げる。

 

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

 

 ──蒼符『博愛の仏蘭西人形』

 

 

 

 

 人形を操る魔法使いがスペルを開く。

 弾幕が少数放たれ、しばらくするとそれが数を増やしその向きを変える。

 

 相手にとって不足はない。

 

 

 

 

 

 さてと、ちょっと本気を出してみますか。

 




真面目な戦闘シーンは次回かも。


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人形

 

 

 

 ──蒼符『博愛の仏蘭西人形』

 

 

 

 人形遣いから複数の人形が現れ一つの弾幕を放つ。放たれた弾幕は反転と共に数を増やしこちらへと迫る。

 

 人形が現れる寸前に魔力を感じたことから召喚魔法で呼び寄せたのだろう。やはり魔法使いで間違い無さそうだ。

 

 そのままだと被弾する軌道だけを探し、なるべく少ない動きで。なおかつ視線は人形遣いから離さないように。

 

 一瞬でも目を離すとその隙に距離を詰めてくるヒト達がいるから気を付けなければならない。ソースはフランちゃん。

 

 

 第一波を切り抜け。また第二、第三と反転する弾幕が迫る。

 

「いい動きね」

 

 

 そんな無表情で言われても恐いだけですよ。

 

 

 パチュリーもそうだが、捨虫の魔法を修得して寿命がなくなった魔法使いは普通の人より表情があまり変わらないようだ。

 

 このヒトもそうなのだろう。

 

 

「そりゃどーも!」

 

 

 地表まで降り、木々に隠れる。

 弾幕は魔法の森の分厚い枝や葉等で防がれ、その破砕音を響かせる。

 

 

「そろそろかな」

 

 妖力は…このあと使う予定だから温存、という訳で魔力を練り弾幕を張る用意をする。

 

 

 ……3……2……1……今!

 

 

 木葉をかき分け、一気に上昇。

 

 

 すぐに相手を捕捉、溜めていた魔力を解放。

 後ろからの強襲、避けれるかな?

 

 

 

 弾幕はしっかり人形遣いを捉え、あと少しで当たるだろう。

 

 

 

 

 

 ……そう思ってました。

 

 

「なッ!」

 

 当たる直前、盾を装備した人形がその射線上に割って入る。

 

 弾幕はその盾に防がれ。人形遣いがこちらを振り向く。

 

 

「視界から消えたらまず後ろに気を付けることよ」

 

 

 その顔にはまさしく魔女の微笑みがあった。

 

 

 

 

「その上で後ろをとるなら陽動をすることね」

 

 

 アドバイスをくれながら人形を展開し、本体と人形から弾幕を放ってくる。

 

 一対一の勝負の筈なのに、数的優位をとられてしまっている。これは不味い。

 

 

 正直この手は気が引けるが仕方がない。

 

 

 

 ──妖刀『ファルシオン』

 

 

 妖力を纏め、剣へと形作る。

 

 普段は誰かに当たっても火傷する程度の力しか込めてないが、目標は人ではないので出力を上げる。

 

 

 そして私を囲もうとしていた人形の一体に急接近し切り裂く。

 

 持っていた槍のような武器を盾にしていたが、さっきの弾幕とは比べ物にならない妖力で、人形を分断する。

 

 

「ッ!……まさか妖怪だったなんてね」

 

 

 私が妖力を使ったことで妖怪だと察したようだ。まあ人間だと言って魔法で戦っていればそんな反応になるよね。

 

 読み違えたことに軽く驚きながら人形を撤退させている。

 

 このタイミングで気が付いたということは、妖力の放つ気配……妖気に敏感という訳では無さそうだ。

 

 

 

 ……そしてそろそろこの誤解を解くのもめんどくさくなってきた。

 

「人間なんですけど……ねっ!」

 

 

 加速。

 

 

 逃げ遅れた人形を一体潰す。

 

 

 

 人形遣いから弾幕が放たれるが、この距離ならその動きを見てファルシオンで切ることが出来る。

 

 

 

「ッ!?…これならどうかしら!」

 

 

 紅符『紅毛の和蘭人形』

 

 

 主の元へと戻った人形から纏まった数の弾幕が放たれる。

 

 これではさすがに対象仕切れない。それにスペルの残り時間も心もとないし……。

 

 

 回避に専念し、それでも邪魔な奴だけ切り、隙が出来たところで自分で出せる最高速で一気に距離を詰める。

 

 まさか接近されるとは思っていなかったのだろう。驚きの表情を見せている人形遣いに、ちゃんと弾幕ごっこ用に威力を落として切りかかる。

 

 盾を持った人形が割り込もうとしたが、こちらが一瞬速く人形遣いの腕を切る。

 

 

「…ぐっ!」

 

 

 威力はちゃんと落とせていたらしく軽い切り傷程度だ、あれなら直ぐに治せるだろう。

 これでは被弾かどうか怪しいが、相手は魔法使い。人間と殆ど変わらない耐久しかないのでこれ以上は危ないだろう。

 

 

 即座に側まで来ていた人形の盾を踏み台に、距離を取る。

 

 しかしスペルカードとして放たれていた弾幕と追撃として放たれた弾幕が迫り、防ごうとするもこの距離では対象仕切れず被弾してしまう。

 

 そのまま離脱し、ファルシオンは時間切れ。

 

 

 

 これで互いに被弾1、残り残機はあと3つか。

 

 残機4は流石に多い。次からは3で挑むことにしよう。

 

 

「順調、かな」

 

 

 さて、仕切り直しだ。互いに残機3でスペルはこちらが残り3で向こうが2。優勢と言えるだろう。

 

 では今度はこちらから仕掛けるとしますか。丁度試したいスペルがあるしね。

 

 

「それ!」

 

 

 ──魔導『リフレクションレーザー』

 

 

 

 魔理紗のマスタースパークを参考にして、私の中ではじめてのレーザーを放つスペルカード。

 流石にあんな極太レーザーは撃てないが、細いものだったらそれなりの数を放てる。

 

 そこにアレンジとして、途中で相手に向け方向を変える術式を組んだ。

 

 

 ……どうやってレーザーを曲げるのか苦悩んだが、屈折点に鏡のようなものを出現させることで解決。苦労の甲斐あってなかなか良いスペルが出来た。

 

 

 

「なるほどね、でもこちらに来ることが分かっているなら対処は簡単よ」

 

 

 驚いたのは最初だけで、その後は避けるなり人形を盾にするなどされている。

 

 

 

 

 …確かに、ただ相手目掛けて飛んでいくだけのレーザーなんて避けてくださいと言っているようなものだろう。

 

 

 

「面白い発想だけど……ッぐ!?」

 

 

 

 

 油断大敵。一度躱したと思っていたレーザーが反転し、その背中にヒットする。

 

 

 これを警戒の強い初めにやってしまうと直ぐ対処されてしまうのと、自分に飛んで来る事を考え一つ二つしか使えないのが残念だが、効果はあったようだ。

 

 

「まさか、ここまでとはね……」

 

 

 

 少し侮っていたわ……と付け加える。

 

 

「さ、折り返し地点ですよ」

「そのようね、なら私も全力でいきましょう」

 

 

 

 ──闇符『霧の倫敦人形』

 

 

 

 人形が増え、主を守るように囲いを作る。

 

 そこから放たれるのは、大量の弾幕。

 

 

「ちょ、多い!」

 

 

 

 規則的に放たれるが、主が動くと人形も追従するので予測出来ない。

 反撃をしようにも、人形が邪魔して効果がない。

 

 

 

 縦に横に前に後ろに……厄介なスペルだ。

 

 

「うぐっ!……っつ」

 

 

 避けた先に来た弾幕を躱し切れず足先に被弾。

 

 

 直ぐ様体制を立て直す。まだ弾幕は止んでいない。

 

 さてどうしたものか、このままではこのスペルの内にもう一つ被弾を増やしてしまいそうだ。

 

 

 

「ならば中断させるまで!」

 

 

 ──人符『幻想花火』

 

 

 避けきれないなら、止めさせてしまえばよい。

 

 急遽打ち出した暴論を実行すべく、弾幕を込めた特大の玉を射つ。

 

 

 冬の上空で季節感のない花火大会の始まりだ。

 

 

「さ、もっと楽しもう!」

 

 

 

 私の顔は、知らず内に笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「…そういえば自己紹介をしてなかったわね。魔法使いのアリスよ、アリス・マーガトロイド」

 

 

 数分後、煤やほつれの見える服を払いつつ、そういえば名前を聞いてなかったと自己紹介をする。

 

 

「紗由理。色んな力が使えるだけの、普通の人間」

 

 

 普通の人間は妖力を使わないと思うけど。能力かしら。

 

 

「紗由理……いい名前ね」

「でしょ?友達につけてもらったの」

 

 

 自身についた煤を払いながら、名を友人につけてもらったと言う彼女。

 

 

「友達?親ではなくて?」

「そ、前の名前忘れちゃったから」

 

 

 忘れる……封印?いや、人間にそれをするメリットがない。妖精のイタズラ?しかし記憶に深く刻まれている名前を、他の記憶に影響させず忘れさせるなんて器用なことが出来るとは思えない。

 

 名を奪い新しく付けることで眷属にする術があるけれど、彼女からは悲壮さや誰かの眷属であることを匂わす行動は見受けられない。

 

 

「ふぅん……事情は聞かないけど、気に入ってるならよかったわね」

 

 

 事故でないとしたらこんなことが出来るのは強い力を持っている大妖怪クラスの化物か能力持ちのどちらか。あまり深入りはしない方が良さそうね。

 

 

「あ、途中で人形切っちゃたのごめんね」

「いいわよ。覚悟の上だったし、まさか真っ二つにされるとは思わなかったけどね」

 

 

 一様切られてしまった人形達は回収しているが、直した場合新しいパーツの方が多くなるだろう。

 

 

 ……今度防刃仕様の子でも作ってみようかしら。

 

 

「そうだ。アリスさん、この異変についてなにか知りませんか?」

「アリスでいいわよ…異変というのは春が奪われていることかしら?」

 

 

 そうそう。と肯定する紗由理。

 私も気になって調べてはいたが、わかったのは……

 

 

「丁度この真上……雲の向こう、その一ヶ所に向けて春が集められていることと、それを集めて回っているヒトがいるってことね」

 

 

 あまり調べてないからこれ以上はわからないけど、提供する情報としては十分でしょう。

 

 

「集めて回ってるヒトか……まあいいや。ありがとう、いってみるね」

「貴方なら問題ないでしょうけど、気を付けてね」

 

 

 弾幕勝負を仕掛けた私が言うのもなんだけど。

 

 

「じゃあまたねアリス。今度は博麗神社の宴会で会おうね」

 

 

 そういって飛んでいく紗由理。

 

 

 きっとあの子はもっと強くなるでしょうね。私との勝負の時、凄く楽しそうにしていたもの。

 

 

 まるで無邪気な…随分昔に置いてきた、子供のような笑顔。

 

 

 たまにはあんな風に……いえ、やめておきましょう。恥ずかしいし。

 

 

 

 

「……ったく、寒いったらありゃしないわね。なんでこんなに寒いのかしら」

 

 

 考え事をしていると、少し離れた所に紅白の巫女服に身を包んだ見覚えのある少女が飛行していた。

 

 

 紗由理が友人と呼べそうな歳の近そうな見た目。そして博麗神社で宴会をしようというお誘い……。

 

 

 

 まさか、ね。

 

 

 

 私はふと沸いた疑問を解消するため、今代の巫女の前に躍り出て。

 

 

 

 

 

 

「冷えるのは、貴方の春度が足りないからじゃなくて?」

 

 



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斬撃

あけましておめでとうございます。
気が付いたら正月が終わってました。


 

 

 皆の証言を元に、現在雲が眼前にくるほどの高さを上昇中。

 

 

 

「なんか……暖かくなってる?」

 

 

 

 普通は上へ行くほど寒くなる筈なのに、なぜか上へ行くほど気温が上がっている。

 

 風は地上とは比べ物にならないほど強く、耳を劈くような轟音を鳴らしている。

 

 

「もっと上なのかな」

 

 

 

 そこにはただただ灰色の雲が広がるだけで特に何かあるようには見られない。

 

 しかし、風の流れとそれに乗って飛んで行く春がこの先に目的地があることを示していた。

 

 

 

 意を決して雲へと突っ込む。

 

 

 視界はほぼゼロ。上下の感覚が直ぐ様失われたがより暖かい方へと進んで行く。

 

 

 

「うん………ん?」

 

 

 

 なにか、壁みたいなものにぶつかった。

 

「あ、これ結界だ」

 

 

 こんな上空に結界?博麗大結界はもっと上にあるというし、ここにある結界の強度は大したものでもない。

 

 これはこの向こうに異変の元凶がいるってことでいいよね?

 

 

 

 さっそく、霊力をぶつけてなんとか人が通れる程の穴を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、地面に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちょっと何があったかわからない。

 

 空を飛んでいたら筈なのに地面に立っていた。

 

 

「桜だ」

 

 

 顔を上げてみれば、長い階段と桜が出迎えてくれた。

 

 周囲は暖かく、まさに春といった感じ。

 

 

 

 とりあえずこの無駄に長い階段を歩いてみるが、数分で飽きて飛んでいった。

 

 登りきると石畳と満開の桜並木が続いていた。

 

「綺麗……」

 

 

 そういえば幻想郷で花見をしたことがない、私が来たときは丁度散った後だったし。

 

 異変解決したらみんなを花見に誘ってみよう。

 そう思い、速度を少し上げようとしたところで。

 

 

「まて!そこの……妖怪?」

 

 

 だから疑問形はやめてってば、自信なくしちゃうから。

 そんなことを思いつつも、声を掛けてきた相手を見る。

 

 白い髪でおかっぱの女の子。歳は……いや、見た目年齢は自分とあまり変わらないだろう。

 大小の刀を帯刀し、横に白い……人魂?を漂わせている。

 

 

「に・ん・げ・ん。ですよ」

 

 

 霊力を高めて、人間アピールをする。

 

「ならば尚更何のようだ、ここは冥界。人間がノコノコと来ていい場所じゃない」

 

 

 冥界?冥界って死んだもの達が行くところっていうあの。

 

 

 あれ、そういえば周囲に白いのが飛んでるような……

 

 

「あれ、もしかして私死んじゃった?」

「まだお呼びじゃないから来た理由を聞いてる」

 

 

 ああ、それもそうか。よかった、まだやりたいこと沢山あるからね。

 

 

「ならよかった…えっとね、春を返して貰いたいなーって」

 

 

 まあ、交渉が上手く行くとは考えていない。異変を起こすやつらにそんな常識が通じるとは思えないし。

 

 

「もうすぐ西行妖(さいぎょうあやかし)が満開になる。それまで春は返せない」

 

「ですよねー」

 

 

 まあわかりきったことだ、はなから期待はしてない。

 

「それじゃ、無理矢理にでも春を返してもらおうかな」

 

 

 カードを構える。今回はどうやって戦おうかな。

 

 

 スペルカード戦の良いところは楽しめる所だ。

 

 

「妖怪の鍛えたこの白桜剣に、斬れぬものなどそんなにない!」

 

 

 

 対して相手が構えたのは背負ってる二刀の内の長刀……はい?

 

 

「ちょっとまって、スペルカード戦だよね?」

 

「……? そうですが」

 

「いや、その刀構えて斬るっていわれて疑わないわけないでしょ」

 

 

 そんな物騒な弾幕ごっこがあってたまるか。

 

 

「大丈夫です。死なない程度に留めますから」

 

 

 なんら問題はない…そう語る目の前の少女は本気でそういってる様に見えた。

 

 

 

「それではいきます……!」

 

 

 

 

 

 

 冥界で死んだらどこに行くんだろうなぁ……。

 

 

 

 

 私は弾幕と共に迫る少女を眺めながら現実逃避を始めるのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 天候が若干良くなり視界が微妙に開け始めた辺りで、霊夢と魔理紗は幻想郷の上空を飛行していた。

 

 

「なあ、本当にこっちで合ってるのか?」

「合ってる筈よ、倒した冬妖怪は皆上に春が向かってるって言ってたし気温も上がってるでしょ」

 

 幻想郷でも指折りの実力者である二人。道中出会った妖怪は何らかの言いがかりにより軒並み退治されていた。

 

「あー、確かにそうだが……正直帰って熱いお茶でも飲んでいたいぜ」

「なら帰れば?異変なら私が解決してあげるから」

 

「む、私が連れ出す寸前まで出たくないと渋ってたくせに良く言うぜ」

 

 

 寒いから出たくないという理由で異変解決を先伸ばしにしていた霊夢だが、魔理紗が「このままいけば今年の花見はどうなるんだろうなー」とわざとらしく一人言を発すればまるで人が変わったかのように動き始めたという。

 

 

「ま、花見が出来なくなるのは私も困るからな。さっさと終わらせて宴会の準備でもしようぜ」

 

 

 彼女達にしてみれば、幻想郷に春がくるかどうかよりも宴会の口実の方が大切なようだ。

 

 人里に住む人間にしてみれば異変解決者がこれでは不安以外の何物でもないだろう。

 

 

「人間だ……」

「姉さん、人間がいるわ!」

「本当ね、一体なんの用かしら」

 

 

 そんな二人に三つの声が掛けられる。

 声の主を見れば、横一列にならんでそれぞれ楽器を持った霊達がいた。

 

 

「なんだありゃ。幽霊か?」

「騒霊ね、それもかなり上位の」

 

 

 即座に札を構え戦闘体勢に入る霊夢とそれに続いて八卦炉を構える魔理紗。

 

 

「この先には行かせないよ!」

「お花見は人間…参加……ダメ」

「そ、食料としてなら特別許してあげてもいいけどね」

 

 

 口々に勝手な事をいう三姉妹。

 

「つまり、この先に春はあるんだな?なら話がはやいぜ」

「意気込みがいいのは結構だけど、足手まといにはならないでよね」

「そっちこそ!」

 

 

 瞬く間にきらびやかな弾幕で彩られる空。

 

 そんな空を、誰にも悟られることなく通過していく者がいた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「……くっ」

 

 

 自身に迫る刃を辛うじて回避し、追撃の弾幕を後ろへ飛ぶことで躱す。

 

 牽制の弾幕を撃ちながら先程刃の掠った所を見ると、綺麗な切り口の服の一部と、浅い切り傷があった。

 

 

 …うへぇ、これは直撃したらスッパリいっちゃいそう。どこかの侍みたいに何でも斬れると言えそうな切れ味。

 

 

「うわっ!……っと」

 

 

 距離があるから大丈夫だろうと思っていると、斬撃が飛んできた(・・・・・)

 仰け反って避けそのまま振り向くと、斬撃の通った先にあった物は文字通り真っ二つにされていた。

 

 

「なんでもありだなぁほんと……」

 

 

 一体どうやったら斬撃が飛ばせるのか。

 

 

 ともかく、気を付けなければならない事が一つ増えた。集中集中。

 

 

 

 

 

 ……といっても。弾幕も切られちゃうし、どうしたものか。

 

 こちらもファルシオンだして対抗する?

 

 

 

 いや、剣術は明らかに向こうのが上だ。わざわざ相手の土俵に立つことも……。

 

 

 

「これで終わりです」

 

 

 

 ……ヤバイ、なんか居合いの構えみたいなの取ったんですけど。

 

 

 

 

 

 

 人符『現世斬』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の視界が、一瞬灰色に染まった気がした。

 

 



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銀の檻

 

 

 迫り来る死の刃を前に目を瞑ってしまった私に響いたのは肉の切れる音……ではなく甲高い金属同士がぶつかり合う音だった。

 

 

 恐る恐る覗いてみるとそこには目の前まで迫る刀と、それを寸前で食い止めているナイフがあった。

 

 その持ち主は紅魔館の瀟洒なメイドこと咲夜さん。

 

 

「さ、咲夜さん!」

「先に行きなさい。ここは私が相手するわ」

 

 

 

 か、かっこいい!

 

 

 

 

「で、でもいいの?弾幕ごっこの途中だけど……」

「あら、ここは冥界。幻想郷のルールを無理に通す必要はないんじゃないかしら」

 

 

 そうかここ幻想郷じゃないのか…………あー、あれ?でも相手は弾幕ごっこで応じてきたような?

 

 

「ここから先には行かせな……ッ!」

 

「ほら、さっさといくの」

 

 

 

 行かせまいと喋っていた敵を目にも止まらぬ早さで蹴り飛ばした後なんでもないように手を振ってこちらを急かす。

 

 

「……わ、わかった。ありがとう咲夜さん」

 

 

 

 せっかく道を開けてくれたのだ、私は黒幕へと挨拶に参ろう。

 

 

「負けないでね!」

「まさか、お嬢様に誓って負けなどありえません」

 

 

 ナイフをいくつも取り出し、戦闘体勢を整える咲夜さん。

 

 私はそれを尻目に、春を集めている大きな木に向け飛翔を始めた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「げほっ、げほ……やってくれましたね」

 

 

 咲夜は吹き飛び転んだ剣士を立ち上がるまで何をするでもなく見ていた。

 

 

「貴方、やり過ぎよ。あれでは弾幕ごっことは呼べないわ」

 

「確かに……幽々子様に聞かされていたものとは少々違うかもしれません。しかし、ここはあくまで冥界。向こうの決まりに従う理由はない!」

 

 

 はぁ……とため息を一つ。

 

 

「それが仮にも剣を持つ者の言葉とは思えないわね」

「貴様に指図される筋合いはない、邪魔をするなら斬る!」

 

 

 再び刀を構え斬りかかる寸前の所で世界が静止した。

 

 

 色の無い世界、白と黒だけが支配する咲夜の世界だ。

 

 

「お嬢様からは多少の功績を獲ればよいとだけ伝えられていますし、"これ"でも十分でしょう」

 

 

 ジャラ……とナイフの束を取り出し投げつける。

 

 

 

『時を操る程度の能力』

 

 

 

 この能力が発動している間は、咲夜以外の動く者はいない。

 それは目の前の剣士とて例外ではなく、刀を構えたまま停止していた。

 

 投げたナイフは剣士に当たる前にその速度を失い、周囲と同じく停止する。この状態は、人や物に対して直接的な攻撃を加えられない。

 

 故に手前で停止させ、解除と共に迫るアイアン・メイデンを作るのだ。

 

 

「貴方の時間も私の物、ワルツを踊れるとは思えませんけど…期待しましょう」

 

 

 

 指を鳴らせば解除の合図。一斉に幾多ものナイフが剣士に迫る。

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 向こうにしてみれば突如大量のナイフが現れたように見えるだろう。

 

 しかし伊達に剣を学んでないのか一瞬驚いただけで事態を瞬時に理解し対象してみせた。

 

 

 とはいえ、この距離では致命傷を避けるのが精一杯らしくあちらこちらに切り傷を作っている。

 

 

「腕は確かなようね」

 

「ハァ…ハァ……奇妙な術を使うようですね」

 

 

 無理に反応したからだろう、肩を上下させながら咲夜を睨み付ける。

 

「あら、マジックはお気に召さなかったかしら」

「私は庭師兼剣士です……手品などに興味はありません」

 

 

 剣士は咲夜の能力を見極めようとはしているが、それ以上の物を見出だそうとはしていない。

 武骨な…それでいて頭の固そうな剣士だと咲夜は思った。

 

 

「そう、けど相手の言葉には少しでも耳を傾けるものよ。それは命を繋ぐ大事な情報なのだから」

 

 

 時を止め、再度ナイフの包囲網を展開する。

 

 

 指を鳴らせば即席牢獄の完成だ。

 

 

 

「ッ!……二度も同じ手は喰らいません!」

 

 

 宣言するや否や今度は殆どのナイフを落としてみせた。

 

 

「お見事、貴方曲芸師の才能があるわ」

「戯れ言を!」

 

 

 一閃の如き一撃を振るう、しかしどれだけ早かろうと咲夜には文字通り止まって見える。

 

 

「貴方に時が切れるなら、届き得るかもしれないわね」

 

 

 クスクスと剣士を嘲笑うかのように、その矜持を折るかのように咲夜は笑う。

 

 

「なめるなぁ!」

 

 

 愚直にただただ型の通りの、まるで誰とも戦闘をこなしたことのないような教範通りの斬撃を放つ剣士。

 柔軟性の無い型にはまりきった動き。しかしそれも極めれば一種の芸術とも呼べる技を繰り出せる。

 

 

 

 

 しかし彼女には経験が浅すぎた。

 また彼女は修練を積みすぎた。

 

 

 

 

 故に、咲夜には届かない。

 

 

 

「何故だ!何故当たらない!」

 

「貴方が未熟者だからよ」

 

 

 

 

 そう、つまりはそういうことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十、二十、百と刀を交える度に思い知らされる。世界には祖父以外にも自分より強い存在がいたのだと。

 

 剣士こと魂魄妖夢は、決して弱くなかった。

 祖父の刀さばきを見て、それを我が物にしようと一心不乱に刀を振り続けた。

 庭師としての仕事も、主人の世話もこなしながら空いた時間を全て費やした。

 

 斬れば解ると教えられ、それを実践してきたつもりでいる。相手は冥界に漂う悪霊か紛れ込んだ妖怪だけしかいなかったが、大した問題でもないと考えていた。

 

 今回だって人間ごときに遅れをとる筈もないと決めつけていた。

 一人目はよかった。相手の狼狽具合が自分への自信になった。

 

 しかし二人目、突如割って入ったこのメイドに一太刀も浴びせられないのはどういうことだ?

 

 

 斬れば解るが斬ることができない。

 妖夢は、戦闘において初めて恐怖を感じていた。

 

 

 

「動きが鈍ってるわよ」

 

 

 

 またナイフの檻だ、自分の眼をもってしても捉えられない速度で展開される銀世界。

 

 

「ふっ!」

 

 

 毎度微妙に違うパターンで配置されるナイフの殆どを落としきるも、浅い傷は増えていく。

 

 

 このままではじり貧だ。

 おそらく相手の能力は時間に干渉する物だろう。先程の口振りからしてそこは間違いない。

 しかし、言われた通りに未熟者な妖夢にはこれまで時を斬れた試しがない。

 

 雨を斬るには30年、空気を斬るには50年、時を斬るには200年と言われている。

 

 

 妖夢は、まだ雨すら満足に斬れていなかった。

 

 

 しかし、だからといって諦める理由にはならない。

 

 

 

 

 腰を落とし、刀を構える。祖父が時を斬って見せた際の構えだ。

 

 何かが来ると思ったかメイドは表情を険しくした。

 

 

 

 それでいい。

 自分が今出せる最大の技だ、先程は邪魔が入ってくれたがうっかり死なせてしまってはあの方に怒られてしまう。

 

 

 せめての思いで妖夢はどうか死なないでくださいと願い。

 

 

 

 最速の一撃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 手応えは……

 

 

 

 

「……今のは…危なかったわね」

 

 

 

 なかった。

 

 

 しかし、向こうが何をしたのかはわからないが息を切らし顔は憔悴しきっている。

 

 

 

「私は……まだ届かないんですね」

 

 

 

 

 この一撃を防がれたなら、もう私に打つ手はない。

 

 

「私の……負けです」

 

 

 

 戦闘の構えを解き刀を鞘に納める。

 

 

 

「私の勝ちでいいの?正直これ以上は御免被るから都合はいいのだけど」

 

「ええ、私には今以上の技を出せませんから」

 

 

 

 また一から鍛え直そう、次は時が切れるようになろう。

 

 200年は長すぎる。あと数年にでも体得しなければ彼女に挑めなくなるかもしれない。

 

 

 

「そ……なら私は少し休ませてもら…………!!」

 

 

 

 

 悪寒が走る。

 

 

 

 

 主人の能力と似て非なる死の香りと洗練されてない莫大な妖力。

 その方角は先程取り逃がした人間が向かった方向であり、私達の御屋敷と……

 

 

 

 

 

 

 西行妖のある場所だ。

 

 

 




※ここの妖夢は普通に強いです


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胡蝶

お久しぶりです。


 

 

 道中のより一際大きな桜の木。

 

 その側まで来たけど、この木はただただ春を求めて呼吸のような鼓動を発している。

 異変の首謀者っぽくはない。どちらかと言えば道具かな。

 

 

「綺麗でしょう? でも足りない、まだこの子には春が必要なのよ」

「えっと……どちら様で?」

 

 

 気が付けば隣に誰かいた。

 和服に身を包み扇子を持ち。

 少々白すぎる肌と、まるで生気を感じない顔。

 

 一言で表すなら死人のような人だ。

 

 

西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)、以後よしなに」

 

「は、はぁ……えと、春が必要ってことは貴方が首謀者?」

 

 先程の予想が正しければこのヒトはこの道具を使う側なわけで。

 

「さあ、どうでしょうね」

 

 

 コロコロと笑う幽々子、からかわれている? 

 

 

 なんだろう、この感覚。

 紫とは違う胡散臭さというか、なに考えてるかわからない感じ。

 

 

 

「そういえば私の前にれい……巫女か魔法使いが来なかった?」

 

「いえ、初めに来たのは貴方よ。そして……」

 

 

 

 おお、今度は一番乗りだ。後で霊夢達に自慢してやらないと。

 

 自分が最初ということで気分は上々。もうなにも怖くないってね。

 

 

 

 

 

「最初に死ぬのも貴方ね」

 

 

 

 

 

 ……あ、これ死亡フラグだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ん? あれは咲夜じゃないか、誰かと戦ってるな」

「あれは黒幕じゃないわね、先に行きましょう」

 

 

 アリスと騒霊三姉妹を撃破し冥界へと足を運んだ二人、しかしどうやら先客がいるようだ。

 

 

「いいのか?」

 

「手助けしたいなら行ってくれば? 私は遠慮するわ」

 

 

 興味なさげな顔で返事をする霊夢。あまり乗り気ではないようだ。

 

 見る限りでは咲夜が優勢だしほっといても大丈夫か。

 

 

「いや、私も進むぜ。咲夜より先に行った紗由理のが心配だ」

 

「あの娘変に抜けてるからねぇ……確かに心配だわ」

 

「中途半端に強いもんだから余計にな」

 

 

 強い人間は妖怪に好かれやすい。

 

 紗由理も強い人間の部類に入るし、既に多くの妖怪は目をつけている。

 いつも新聞撒いてる文屋は今度取材するようなことを仄めかしていた。

 

 

「はぁいお二方、こんばんわぁ」

 

 

 

 声がした。

 

 

 

 

 

 しかし辺りを見回すも姿はない。

 

 どろっとした空気を纏う声、そして頭の中に直接語りかけてくる芸当が出来る存在は私の知るところ一人しかいない。

 

 

「紫か」

 

「ええ、八雲紫で御座いますわ」

 

 

 

 飛行する私達の前にスキマが現れ、紫がそこから半身を乗り出す。

 

 

 

「なんだ、こんなところまできてお節介か?」

 

 

 

 一応、八卦炉はすぐに取り出せる体制にしておく。

 霊夢は既に退治モードの顔だ。

 

 

 

「まあ、そんなところかしらね」

 

 

 

 扇子を広げ、いつもの挑発顔を覗かせる。こういうときのコイツは大抵ロクなことを考えていない。

 

 

「邪魔するんなら退治するわよ」

 

 

 今日の霊夢はどうやらご機嫌斜めのご様子で、今にも霊力弾を放ちそうだ。

 

 

「あらこわい、もしかしてあの日かしら? 体調には気を付けるのよ」

 

 

 そこまで煽ったところで霊夢の陰陽玉が目にも止まらぬ速さで紫に直撃した。

 

 

「イッ!? ごめんごめんなさい私が悪かったわだからそれをしまって頂戴!!」

 

 

 まともに食らえば大妖怪でも致命傷になるという秘宝を容赦なく叩き込んでいく霊夢。

 紫は賢者という肩書きを忘れて割りと本気で謝罪を始めた。いいぞもっとやれ。

 

 

「ぐすっ……、霊夢に苛められましたわぁ……」

 

 

 

 手が止まるや否や嘘泣きをいれる辺りまだ余裕があるのだろう。賢者とも呼ばれるほどの力があるのは素直に感心するがその使いどころはどうかと思う。

 

 

「茶番やってないで目的を話しなさいよ、もう一発喰らいたいの?」

「いえ結構です」

 

 

 

 霊夢が再度構えると演技を一瞬で辞めた。

 

 

「おほん……こうして貴方達の前に現れたのは他でもありません、今回の異変についてです」

 

 

 でしょうねと相槌を打つ霊夢。その顔は面倒なものを見る目だ。

 

 

「まず貴方達はこの冥界について、どれだけのことを知っているかしら」

 

「死んだヤツが行くところだろ?」

「同じく」

 

 

 それ以外はしらん。普段行けないし、死者ばかりの場所にあまり興味はない。

 

 

「そう……あれについては?」

 

 

 紫が扇子で指す先には枯れた桜の木が遠目で確認できる。

 

 

「随分としょぼくれた木だな」

 

 

「そう、今は只の枯木です……しかしこの度の異変で春を吸収し再び返り咲こうとしています」

 

 

 紫の顔が先程とはうってかわって神妙なものになる。

 

 

「つーことはあれか、咲いたらヤバいのか?」

 

 春の力を奪われるってことは春が来なくなり、桜が咲かないってことで……。

 

 つまり花見が出来ない。それは確かに大変だ、さっそく解決に……。

 

 

「ええ、最悪幻想郷が無くなるわ」

 

 

 は? 

 

 

 体が硬直した。

 

 

「あの桜は死に誘う能力を持っています。その力は人も妖怪も見境なく作用し、その生気を糧とするのです」

 

「かつて咲いたときは多大な被害を出しながらも封印を施しました、しかしその効果も時と共に薄まったのでしょう。もう開花が始まっています」

 

 

「つまり満開にしたらいけないってことか」

 

 

 黙って頷く紫。

 

 

「なんでそんなもんが咲こうとしてるのにお前はこんなところにいるんだよ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 アクションの一つもない紫。

 

 

 

 なぜ幻想郷が危ないのに紫は手出ししないのか。

 

 手出し出来ない程の相手なのか? ……いや、あり得ない。なら私達と協力して倒す算段をつけるはずだし、そもそも弾幕ごっこに関係なく霊夢に勝てるヤツなどそうそういないからだ。

 

 なら他には? 私達なら大丈夫で紫だとダメな相手……そんな奴がいるのか? だとしたらそれは霊夢ではないか? 

 

 

 魔法で疑問符を物理的に浮かべながら考えるが、決定付ける情報がない。

 

 

 

 

 すると、いつまでも返事をしない紫に呆れたのか霊夢が大きなため息を吐いた。

 

 

「紫、あんたがそこまで言うなら多分大変なことなんでしょ。そんで私達にそれをなんとかして欲しいと」

 

 

 返事はない。

 

 

「あんたが動かない理由は知らないけど、そもそも異変は人間が解決するものだもの。言われなくったってやるわよ」

 

「霊夢……」

 

 

 

「いつも通りの胡散臭い顔をしてなさい、そんな顔してるあんたはつまらないわよ」

 

 

 

 うぐっ……と小さな呟きが聞こえ、紫は動揺した表情を一瞬見せる。

 

 

「……それもそうですわね、全てあなた達に任せますわ」

 

 

 それではまた後ほどと言い残し、スキマに潜っていった。

 

 

 

「なんだったんだろうな、あいつ」

「知らないわよ、変なものでも食べたんでしょ」

 

 

 先程の話しを聞いても霊夢は顔色一つ変えず、桜目掛けて再び飛び始めた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それは一言で表すのなら"死"だった。

 

 

 美しく、きらびやかで、触れてはいけないと本能が悟る致死の蝶。

 

 

 まるで死に誘っているかのように舞い踊るその姿は、うっかりすると見惚れてしまいそうだった。

 

 

 

「あぶなっ!」

 

 

 

 レーザーを躱し、蝶にだけは当たらないよう半分願いながら負けじと弾幕を放つ。

 

 しかし、幽々子の弾幕を前に私の弾幕は美しさも量も足りない。

 

 

 頭を回す……しかしあまり良い案は出てこない。宣言なしに始まった弾幕ごっこ。ルールの無視されたもはやごっこですらないその遊びに対応する手札はあまりにも少ない。

 

 妖力、霊力、魔力共に余裕はあるが……それだけだ。桁外れの人外に通じる魔法はまだ組めないし、妖刀『ファルシオン』は接近できなければ意味がない。この弾幕の密度では難しい手だ。

 

 それに……できるなら殺したくない。

 

 

「……ッ!」

 

 またグレイズ(至近弾)だ、今のところ蝶には当たってないが。体のあちらこちらに少なくない傷を生む。

 

 

「ほらほら、止まっていると死んじゃうわよ~」

 

 

 かるーい言葉と一緒に投げ掛けられるのは死の蝶。冗談にもなりゃしない。

 

 

 試しに結界を張ってみても、札等の触媒なしでルール無視の威力を持つ弾幕を防ぐにはまだ錬度が足りない。

 

 

 一つ二つ弾幕を受けただけで不快な音と嫌な亀裂が走ってしまう。

 

 

 霊夢お手製の結界や対妖怪用の札を持ってきてはいるけれど、どれも数が少ないから使い辛い。

 

 

 

「ええい! 人符『幻想花火』」

 

 

 

 とにかく段幕を張り、少しでも相手の集中力を削ぐことに専念する。

 

 幸いスペルカード戦ではないので使い放題だ。

 

 

 

「あらあら、まさか冥界で花火が観られるなんてねぇ……あら?」

 

 

 

 その時、桜の方から嫌な鼓動を感じた。

 

 

 同時に幽々子の体が淡い光を放ち、徐々に薄れていく。

 

 

 

 それはあまりに唐突な出来事で、幽々子が放っていた段幕も維持が出来なくなったのか消えていき、自分もスペルを放つ手を止めその光景をただ眺める。

 

 

「な、なに……?」

 

 

 幽霊ぽかったし成仏でもしたのかとも思ったが、どうにも様子がおかしい。

 

 

 幽々子は薄れゆく自身の体を困惑の目で見た後に、その視線を桜へ向け…

 

 

 

「あっ…………」

 

 

 

 驚いた用な顔をして、その姿を完全に消した。

 

 

 

 

「おーい紗由理!」

 

 

 唖然としていると、魔理沙と霊夢がやってきた。

 

 

 

「なにがあったんだ?」

 

 

 箒から降りて、周囲を見渡す魔理沙。

 

 

「なんか黒幕っぽい幽々子っていうヒトと戦ってたんだけど……急に光って消えちゃった」

 

 

 

 消えた? と疑問符を浮かべ訝しむ。

 

 

 

「もしかしてこいつが原因か?」

 

 

 

 魔理沙が見上げるのは桜、先程嫌な脈動みたいなものを発してから大人しくなったけど……。

 

 

「さっき胡散臭いやつから聞いたがどうもこいつは咲かせたらヤバいらしい、ぶったぎるなり封印するなりしないとこの幻想郷が危ないんだとさ」

 

 

 

 ……はい? 

 

 

 

 なにその急展開、いきなりスケール広がりすぎでしょ。

 

 いやいや、いくらなんでもそれは……ねえ? 

 

 

 

 脳が理解を拒み、冗談の類いだろうと結論付ける。

 

 

「まっさか~そんなことないでしょ~」

 

 

 

 だが、嫌でも理解することになる。

 

 

 

 見上げていた桜は再び脈動を始め、その枯れ枝に葉をつけはじめた。

 

 

 葉は瞬く間にその木全体を覆い尽くし、脈打つ度にその葉に蕾を付けていく。

 

 

「お、おい……不味いんじゃないか?」

 

「不味いわね、そろそろ咲くわよ。こいつ」

 

 

 今まで桜を眺めていた霊夢が口を開いた。

 

 

「おい霊夢なんとかしてくれよ、専門だろ?」

 

「あんたねぇ、簡単に言うけど封印って疲れるのよ?」

 

 

 

 いやそんな理由で躊躇されても困るんですけど!? 

 

 

「……ま、流石にやるわよ。だからその目で見るのをやめて」

 

 

 私の戸惑う視線と魔理沙の「お前本当になにがあってもぶれないな」的視線に挟まれながらも霊夢は袖から札を幾つか取り出す。

 

 

 

「……! 避けてッ!」

 

 

 

 

 直後霊夢の叫びにより反射的に桜から距離を取る。

 

 なにが起きたのかと思えば西行妖が動いているではないか。どす黒い、美しさの欠片もない段幕を放ちながらその枝を揺らしている。

 

 

「なんで桜が動いてんの!?」

 

「知るか! そんなことよりどうすんだよこれ!?」

 

 

 飛来してくる段幕はその一つ一つに途方もない力が含まれているが、考えなくただ無差別に放たれているため避けるのは難しくない……しかし、いかんせんその量が多い。

 

 

 

「一旦弱らせるしか無さそうね、あんたたちも手伝いなさい」

 

 

 桜へ向けて弾幕を放ち始める霊夢。

 

 

 追従するように魔理沙も弾幕やレーザーを放つが、被弾箇所はみるみるうちに再生されていく。

 

 私も相手の弾幕を避けながら撃ち込むが、これっぽっちも効いてる気がしない。

 

 

 

「どうするのこれ! 全然効いてる感じがしないんだけど!」

 

 

 自身を結界で囲みつつ、通常の攻撃では歯が立たないと感じたのか霊夢が舌打ちを一つ。

 

 

「こうなったら同時にいくわよ!」

 

 

「わかった!」

「しっかり合わせろよ!」

 

 

 

 行動は早かった。

 

 

 霊符『夢想封印』

 恋符『マスタースパーク』

 妖刀『ファルシオン』

 

 

 

 それぞれ手加減なしの同時攻撃。霊夢は弾幕ごっこで使われる夢想封印とは比べ物にならない霊力を込め西行妖へと放ち、周囲を舞っていたドス黒い弾幕を消し飛ばしながらその木を弱らせる。

 

 魔理沙はありったけの魔力を八卦炉に注ぎ、その枝葉諸とも木を穿った。

 

 私は残っている全ての妖力をファルシオンに使い、鉄塊すら切れる自分の身長を遥かに越えた大きさの剣を振り下ろす。

 

 

 

 西行妖はその葉を散らし、大きな傷痕をその幹に付け活動を停止した。

 

 

 



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道具

 

 

 西行妖が霊夢の手によって再封印され、春が来ない異変が終わり、異変解決の宴会にも幕が降りて間もない日。私はある場所へ向かうために魔法の森の境目を飛行していた。

 

 桜……あっという間だったなぁ。

 

 冬が長続きしたせいか大幅に遅れて開花した桜は、まるで季節に合わせるかのように直ぐに散ってしまった。

 

 桜の下での宴会も殆ど出来ずに、酔っ払いの方々は物足りなさを感じていた。

 

 もっと幽々子や妖夢とお話したかったんだけど……今度冥界に遊びに行こうかな。

 

 

 あの異変の最中、弾幕ごっこの途中で消えてしまった幽々子は霊夢が西行妖を封印すると共にまた出現した。

 

 どうやら居なくなっていた間の記憶が無いらしく、居合わせた三人と半人で状況を説明すると理解したのかしていないのか「そう……残念ね、一目満開のアレを見てみたかったのだけど」と敗けを認めた。

 

 その後の宴会では何処にそんな量が入るのか、無尽蔵とも言える食欲を発揮していた。

 

 挨拶回りで隣に座ったときに私に言った「あなたも美味しそうね」は冗談だと信じたい。

 

 その時に妖夢とも話をし、今度はちゃんと弾幕ごっこをしようと約束をした。ついでに剣術も学んでおきたいので頃合いを見て頼んでみようと思う。

 

 冥界とは今後行き来がしやすくなると聞いたので、寄ることに苦労することはなさそうだ。

 

 

「見えた」

 

 

 考え事をしている内に目的の建物にたどり着き、その扉を叩き家主の返事を待つことなく中へと入る。

 

 

 中は非常にごちゃごちゃしていて、等身大の鏡、食器、絵画……どれも若干埃を被っており一見ゴミと間違えそうな物が散乱している。

 

 初めて来た人が目にすれば廃墟と錯覚することだろう。実際した。

 

 一応存在する足場を頼りに少し奥へと進むと、人が入ってきたことにあまり興味を示した顔もせず家主が読書に勤しんでいるのが見えた。

 

 

霖之助(りんのすけ)さん、おはよう」

 

 

 家主の名は森近霖之助(もりちかりんのすけ)。古道具屋を営む半人半妖だ。

 あまり他人と親密にする性格ではないが、声をかければ視線を本から移し相手をしてくれるので、別段人が嫌いな訳ではないらしい。

 

 

「君か、今日は何をお探しだい? ……お勧めのは昨日入荷したこの『PHS』だ、相手の電話番号を入力すると遠方の同型機と意思の疎通が行える代物だ」

 

 そして今回勧められた商品(ガラクタ)は外の世界でももう見かけないPHSと呼ばれている物体だった。一見すると折り畳めないガラケーのようで、少々汚れている。

 

 もちろん幻想郷には携帯電話どころか電波すら普及していない。一台あったところで何も出来ないし、一番の問題は充電方法だ。本体の電池は切れているだろうし、充電器もなければそもそもの話電気がない。充電も出来ない携帯はそれこそゴミだろう。その上同型機とやらはどこだ。

 

 

「それ一台だけですよね」

 

「うん」

 

 

 ここで肯定してしまうあたり商品を売ることに執着があるわけでもないようだ。商売人に向いているとも思えないが。

 

 

 彼は『道具の名前と用途が判る程度の能力』を持っており、その名の通り本人が知らない道具だろうがその名前と用途が判る。

 ちなみに用途が判るのは彼が手に取った道具だけなので、PHSを充電をする必要があるのは判っても充電の仕方は充電器を手に取らなければ判らないだろう。

 

 道具を売るというよりもただ道具の蘊蓄(うんちく)を喋りたいだけな気がする。

 

 この前は変な棒切れについて熱く語っていた。

 

 段々ヒートアップしていく彼の言葉を聞き流し、見つけたお探しの物を台に置く。私は蘊蓄を聴きに来たのではなく普通に買い物に来たのだ。

 

「それじゃいらないです……それよりもこの服をください」

 

 放置すると延々と話続けるので、半ば強引に話を切り上げる。

 

 

 私が幻想郷に来た当初、魔理沙が私にくれた服はどうやらこのお店の物らしく、なぜ洋服や機械類があるのかと聞けば無縁塚という場所から取ってきたのだという。

 

 そこは外の世界との境界が曖昧になっているらしく、人から忘れられた物等が流れ着くのだとか。

 

 そんな品物を拾ってきては店に並べて商品にしているらしい。

 

 それ故中古品が多いが、買ってそのまま忘れられたらしき新品がたまに入荷するので、最近はそれ目当てでよくここに来る。

 

「まいどあり、君くらいのものだよ、全うな取引に応じてくれるのは」

 

「こんな所に店を構えているのが悪いんですよ」

 

 魔法の森の境目に存在するこの店は人里からも距離があり、数々の危険があることから里の人間が寄ることは滅多にない。

 

 魔理沙や霊夢は時折顔を出すらしいが、お金を払ってもらった試しはないらしい。憐れ。

 

 

「僕はあまり人の多いところは苦手なんだ、これ以上人に来られても困る」

 

「商売をしてるんですよね?」

 

 

 そんなツッコミを反射的にしてしまうが、霖之助さんは半人半妖であり人並みの食事を取る必要がないのでそもそもお金を稼ぐ理由がないのだ。あくまで趣味の範囲で商売をしている。

 

 

「……まあいいです、今日は他に寄るところがあるのでお暇しますね」

 

 

「いつでも来てくれ」

 

 

 

 そういうと霖之助さんは読書へと戻っていった。

 

 

 私はそれを見届けてから、荷物を抱えたまま紅魔館へと向けて飛び始めた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「貴方、そろそろ杖を作ってみたらどうかしら」

 

 

 すっかり定位置となってしまった大図書館の椅子で魔導書を読んでいると、不意にパチュリーから声をかけられた。

 

 

「杖?」

 

「そう、効果は解ってると思うけど魔法の効果を高めたり魔力消費を抑えることができるわ」

 

 杖、ファンタジー世界の魔法使いの誰もが持っているあれだ。

 

 魔法の触媒であり、様々な恩恵を術者に与える魔導具である。

 

 

「普通なら魔力の消費や魔法の成功率を気にして初めから杖を使うのだけど、それに慣れてしまうと杖無しで魔法を使えるまでに時間がかかってしまう……だから今まで保留しておいたけど、もう充分に魔法を扱えるから大丈夫でしょう」

 

「なるほど。でもパチュリーは私よりずっと魔女してるのに杖持ってないよね、なにか理由でもあるの?」

 

 私より遥かに魔法についての技術と知識を持つ彼女ならば既に持っていてもおかしくはないのだが。

 

「私の扱う魔法は精霊魔法、精霊に語りかけることが出来れば触媒なんて要らないの。それに杖だけが魔法の触媒になるわけじゃない。貴方は精霊魔法より魔術の方が得意そうだから必要だと感じたのよ」

 

 精霊魔法についてはパチュリーから本を借りて読んではいるが、本格的な習得はある程度精霊に頼らずに魔法を使えるようになってからの方が都合がいいのだそうだ。

 

「わかった、じゃあ今から材料採取?」

 

「いえ、既に用意してあるわ。この中から選びなさい」

 

 パチュリーが転送魔法で私の前に複数の枝を出現させる。

 

 そのどれもが人の身長と同じくらいの大きさをしていて、この辺では見かけない木や逆に見たことあるような木まで様々だ。

 

 

「ケルト月から選んでも良かったのだけど、実際に手にとってしっくり来るもののほうが良いと思ったのよ」

 

 試しに一つの枝を手に取ってみる。

 

 

 

 握り心地、見た目、匂い、魔力の通り具合を確かめる。

 

 

 ……何が悪いっていうのははっきりしないが、何となく自分には合わない気がした。

 

「何か違う」

 

「直感も大事な魔法使いの要素よ」

 

 

 また一本、一本と手に取り、軽く振ってみたりすること数分。

 

 

 

 

「……これがいい」

 

 

 選んだのは鼠色をした、白い斑点と独特の臭いがあるナナカマドと呼ばれる木だ。

 

 

「そう、なら素材はそれで決まりね。早速制作に入るわよ……といっても作業は貴方がやるのだけど」

 

 

 パチュリーが手元に召喚した小刀を差し出す。

 

 

「これで好きな形に削って、出来たら持ってきなさい」

 

「わかった」

 

 

 小刀を受け取り、杖となる枝をどう加工するか考える。

 

 

「どんな形にしようかな……」

 

 スティックにしようか、この大きさならワンドもいけるだろう。

 宝石とか埋め込んでみるのもいいかもしれない。

 

 埋めるとしたら何がいいかな……というかまず幻想郷で手に入るのかな。

 

「ねえパチュリー、宝石って何処で手に入るかな」

 

「幻想郷の中ではここが一番持ってるわよ。欲しければあげるけど杖に使うならオススメしないわ」

 

 

「どうして?」

 

「実験で使いきって装飾品としての価値しかないゴミばかりだから」

 

 

 ……さいですか。

 

 まあ流石に宝石なんて高価なものまでお世話になるつもりはない。

 

「杖に使える宝石が欲しいなら錬金術という手もあるけど……天然がいいなら妖怪の山ね、あそこなら幾らか出てくるでしょう」

 

 

 錬金術で宝石なんて私じゃ作れないし、何となくだけど天然物がいい。そうなると……。

 

 

 

 妖怪の山……妖怪の山かー…………。

 

 いく必要がないから避けてたけど、それもおしまいのようだ。

 天狗がいるって話だけど頼んだら入れてくれるかな。

 

 ここは魔理沙に頼んで付いてきてもらったり……いや、自分で使うものだし一人で行くべきか。

 

 ……そもそも大前提として採掘なんて出来たっけ私。

 

 

「道具なら貸してあげるわよ、その代わり私が使う用の宝石を幾つか採ってきて頂戴」

 

「ほんと? ありがとうパチュリー! 使いきれない程採ってくるよ」

 

 心でも読んだのかと思えるパチュリーの提案に喜びを隠さずに答える。

 

「宝物庫に入る範囲で頼むわよ」

 

 パチュリーが短く詠唱を行い、採掘に使うという道具を召喚した。

 

 

「これで宝石を探して、後はこっちで掘りなさい」

 

「ダウジングと……ツルハシ?」

 

 片方は完全にL字の鉄の棒に見える。しかしよくみると細かく複雑な術式が施されているようだ。

 

 もう片方は片側が潰されたツルハシだ。こちらも術式が施されていて、辛うじて読み取れるのは魔力を込めると推進力が生まれるということだ。

 

 

「この形にしておけば見ただけで用途がわかるでしょう、両方とも魔力を込めれば使えるわ。ダウジングの方は埋っている場所がわかる。ツルハシは魔力を推進力にすることで採掘の負担を軽減し、尚且つ特定の密度……この場合は宝石ね。うっかり砕かないように自動で止まってくれるわ」

 

「凄い便利だね」

 

 

 安全装置付きツルハシとは恐れ入った。

 

「外にいた頃召し遣いに使わせていたものよ、こっちで機能するかは試してないけど問題ないでしょう」

 

 

「わかった、一度家に帰ってからすぐ掘りに行くよ」

 

 

 もらった枝と採掘道具を持って図書館を後にする。

 

 

 

 

 

「天狗相手にどう立ち回るか……見物ね」

 

 

 扉を潜る瞬間、距離の離れたパチュリーが呟いたその言葉は私の耳に届かなかった。

 



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