怠惰は幻想となりて眠る (風凪 空)
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幻想となった怠惰

 日本の某所。九月半ば。朝の八時。

 マンションの一室で、一人の青年がゴロゴロとしながら唸っていた。

 

「あー、だるい。今日から秋期の大学かぁー……。」

 

 床に敷いた布団に寝転がりながら愚痴口と喋るこの男の名は、秋口修也。

 しがない教職志望の大学二年生。

 一人暮らしで夏休みを満喫していた彼だが、そんな彼にもついに休みの終わりが訪れた。

 つまり、もう一日中パソコンを見ているだけの自堕落な生活を続けることはできないのである。

 今も本来ならば、もう布団からでて準備をしなければならない。

 彼はそれを理解しているが故に、布団から抜け出して起き上がり──、

 

「だるい。まだ数分余裕あるし、もう少し寝るか」

 

 そのまま布団の中に再び潜り込んだ。

 大丈夫。うん、まだ時間あるし。ちゃんと起きるから。

 そんな言い訳をしながら数分の惰眠を貪り始める。

 

 

 この時、もし彼が二度寝をせずに起きていたのなら。これから彼に訪れる出来事は回避できていたのかもしれない。

 一大学生として、代わり映えのしない退屈で安定した生活に再び身を投じることができただろう。

 しかし、「もしも」は存在しない。

 彼はこの場面で二度寝をすることを選択したのだ。

 

 

 

       ◆

 

 

 

「ん、流石にそろそろ起きるか」

 

 睡眠中の短い夢も終わりそろそろ起きなければと思った修也。その身にかかっている布団を払いのけ、

 

「……ん?」

 

 ようとしたが、彼にかかっていたはずの布団は存在しなかった。

 それどころか、敷布団もない。

 彼が横になっていたのは、土に覆われていた地面で。

 先程までいたはずの彼の部屋はどこにもなく、辺りにはただ鬱蒼とした森が広がっているだけ。

 

「んっんー?」

 

 これは何ぞや。

 それが彼の起きてから抱いてから最初の感想であった。

 二度寝してから起きると、そこはどこか知らない森の中。

 さらに、今の自分の声に違和感を感じ自分の体を見やると。

 

「縮んでる……?」

 

 もともと中高と運動部だった彼の手は大きくごつごつとしていた。だが、今の彼の目に見えた手は、小さく柔らかい。子供……とまではいかないだろうが、中学生の女子程度の大きさのように感じる。

 声も変わっている。年相応の低めの声であったが、今は同じ低いにしても、男性の声ではなくまるで女性のようだ。

 髪も。短めの黒髪だったが、非常に長い白髪となってる。

 

「ハッハッハ」

 

 とりあえず笑ってみるも、動揺は隠し切れない。

 何だこれは。

 いくらなんでもこんな状況は想像していなかった。

 とりあえず誰かいないか探してみるために、辺りを見回す。

 この身に起こった謎の現象を考えるに、ここが現代日本である可能性は低いだろう。

 せめて大自然溢れる異世界とかではないことを祈りつつ付近を数分間探索していると、近くの木の根元に人を見つけた。

 灰色の肌に、銀色の長髪。そして、これが一番目立っているが、謎の大きな被り物。

 何なのだろうか。

 ともあれ、人であるのは間違いないだろう。

 そう思い、その人に近づく。

 

「あ、あのー」

 

 とりあえず、話かけてみよう。

 そう思い実行するも、その女性は眠っているのか、横になったまま目を開けてくれない。

 

「すいませーん」

 

 肩をゆさゆさと揺らして、再度話しかけてみる。

 それを数秒間続けていると、その女性が反応をし始める。

 起きたのだろうか。そう思い女性の顔を覗きこむと、パッチリと目が開き目が合ってしまった。

 正直気まずい。

 なのでとりああえず弁明をしようと口を開き。

 

「ヲ」

 

「お、ヲ?」

 

 女性が突如何かを言い始めたので、意表をつかれ思わずその言葉を繰り返してしまう。

 女性はその返答に満足したのか、満足げな顔で再び喋りだす。

 

「ヲッ。ヲー。」

 

「あのー、ここがどこかわかります?」

 

「ヲ? ヲー」

 

 それでも会話を試みるも、あえなく断念。

 どうしようかと思案に耽ろうとすると、女性が横になっていた地面に何やら見覚えのあるリュックサックがある。

 

「って、これ俺のリュックじゃん。なんでここに」

 

 そのリュックを手に取り、中身を確認する。

 その中には彼が愛用していたノートPCと携帯電話、ノート、そして筆箱が入っていた。

 とりあえず、ルーズリーフを一枚抜き取り、鉛筆で文字を書く。

 側で同じくリュックを覗き込んでいる女性と何とか意思疎通を図れないか、というものである。

 

『すいませんが、ここがどこかわかりますか?』

 

 このように書き、鉛筆と一緒に女性に手渡す。

 女性はそれでわかったのか、受け取ると、何か書き出した。

 よかった、筆談はできるらしい。

 そうほっと一安心するも、しかし、女性がノートに書いた文字を見てその安心は取り消されることとなる。

 

『わからない』

 

 女性が返してきたノートに書かれていたのは、そのようなことであった。

 

「どうしよう……?」

 

「ヲッ」

 

 

 

to be continued?




風が吹く。
悠久の時を流れる風が。
風はすべてを運ぶ。
時も、人も。
運ばれるものの意思は関係ない。
ならば。
今此処に世界を超えた青年は。
いったいどうすればいいのだろうか?
答える者は誰もいない。


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歩みだした怠惰

Q.「前回よりさらに文字数が少ないんですがそれは」

A.「ヲ級ちゃんは可愛い。そういうことだ」


 深い森の中。その少し開けた場所で、二人の女性が立ちすくんでいた。

 一人は、長い白髪を揺らしながら目を軽く瞑ってる中学生くらいの少女。

 もう一人は、大きな被り物を頭につけた銀髪の少女。こちらはおおよそ18歳くらいであろうか。白髪の少女のことをじっと見つめている。

 

「さーて、どうしたものか……」

 

 白髪の少女が、目を開き、顔を上げる。

 

「下手に出歩くのは不味いだろう……。だけど、此処にじっとしていても何もいいことはない。なら、やっぱり出歩くしか……」

 

 ぶつぶつと呟いていた少女であったが、何か思いついたかのように突然言葉を止め、顔を勢いよく上げる。

 そうしてその勢いのまま傍らの少女に話しかけようとし、

 

「ん、いやこっちか」

 

 しかしそこで思いとどまり、手元のノートに何か書いて銀髪の少女に渡す。

 

『あなたの名前は何ですか?』

 

 そういえば名前を聞いてなかったと思い、今さらながら書いて尋ねようとした修也。

 しかし、銀髪の少女から返ってきた答えは次のようなものであり、修也はまた新たに悩むことになる。

 

『わからない』

 

 手元に戻ってきたノートには、そのように書かれている。

 わからない。

 これはいったいどういうことだろうか。

 彼にはわからないし、考えても無駄だろう。

 ならば、と。

 彼は思考する。この場でできる最善の答えを。それは即ち──。

 

「それは……記憶喪失か何かですかね? 呼ぶ名前が無いのも困りますので、私が仮に名前をつけてもいいですか?」

 

 そう、名前がないのなら一時的にでもつけてしまえばいい。

 ちょっと冷たい反応と思われただろうか……。

 そう少し後悔しながら少女の反応を待つ。

 

「ヲ? ヲー、ヲッヲッ」

 

 ……何を言っているのかわからない。が、まあ声の調子と顔を見るに文句を言っているわけではないだろう。たぶん。

 そう判断し、仮の名前を考え始める修也。

 ──どうつけようか。まったくやめたほうが関係ない名前をつけるのはいいだろう。しかし、この娘の特徴といえば……。

 

「を、ヲリヴィアとかどう?」

 

 まあしかし、思いつくのはこんなところが関の山であった。

 どこか日本人離れした見た目のため、この名前でも大丈夫だろう。

 果たして反応はどうか。

 

「ヲ……。ヲッヲー!」

 

 喜んでる……?

 どうやら喜んでいる様子の少女。いや、ヲリヴィア。

 まあよかった、と安心する彼であったが、残念ながら事態はほとんど進展していない。

 そのことに気づいたのか、諦めたような顔で溜め息をつき、ヲリヴィアに話しかける修也。

 

「あのー。ここにいてもどうしようもないんで、とりあえず歩いて家か人か。そこらへんを探しに行きましょう」

 

 こくんと頷いてそれに応じるヲリヴィア。

 服をパンパンとはたき、ほこりを落とし。リュックも背負った。

 

「じゃあ、いきましょうかヲリヴィアさん」

 

 声をかけ、手を引く。

 連れ添って歩く二人。

 風が吹く。

 木々が震える。

 それはまるで二人の出会いと旅立ちを祝福するかのように。




風が大気を駆ける。
木々を揺らし、頬を撫でる。
木漏れ日は二人を包み。
祝福されし二人は歩く。
どこまでか。
答えはまだない。


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宵闇の怠惰

「うー、何も見つからない」

 

 森の中を探索し始めて二時間ほどが経っただろうか。

 修也とヲリヴィアは森の中を二人で探索していたが、その間に人や家を見つけることはなかった。

 

「とりあえず、そこの木の幹にでも寄りかかって少し休憩しましょうか」

 

 そういって、木の下に座り込む修也。

 ヲリヴィアも無言でそれに続き、お互いによっかかる形となる。

 ヲリヴィアは汗一つかかず涼しい顔をしているが、修也はそうもいかなかった。

 軽く息を整え、服の袖で顔の汗を拭う。

 さすがに、元運動部とはいえ二年近くも碌に運動していない大学生に二時間歩きっぱなしは厳しかったらしい。

 さらに、現在は何の現象か体が変化しているのだ。体にかかる負担は増えていると考えられる。

 

「ちょっと、疲れた、な……。ヲリヴィアさん、すぐに起きるけど、何かあったら教えて」

 

 そういうと、ゆっくりと横になり目を閉じ始める。

 十数秒後、すーすーと寝息が聞こえてくる。

 肉体の変化の影響であろうか。

 どちらにせよ、すぐに起きれるなどということはなく。

 彼が起きたのは、その数時間後であった。

 

「ヲ」

 

 

 

       ◆

 

 

 

 

 ゆさゆさと肩が揺らされる。

 

「んん……。ん」

 

 それで目を覚ましたのか、目を擦りながら起き上がる修也。

 まだ眠そうな顔をしてはいるが、しかし寝る前の疲労は残っていないように見受けられる。

 

「ヲリヴィアさん、どうしたの……って、暗い?!」

 

 傍らのヲリヴィアに何かあったかと尋ねようとして、既に夜が更けていることに気づく修也。

 そのことに慌てつつも、とりあえず立ち上がろうとし──、

 

「おー、起きたのだー」

 

「うわっ!」

 

 目の前にあった少女の顔を見て驚き、尻餅をつく。

 修也の顔のすぐ前に、金髪の女の子の顔があって、目があったのだ。

 頭の左上に小さな赤いリボンをつけた、金髪の少女。

 年は現在の修也よりさらに若く見え、おそらくは小学生くらいであろうか。

 その赤い瞳が夜の闇の中で輝いて見える。

 その小さな口が開かれ、言葉が紡がれる。

 

「ねえ。あなたは食べて良い人間?」

 

 その口から放たれたのは、予想外の一言であり。

 理解できずに数秒ほど固まり。

 その意味を理解して、彼の顔は青ざめた。

 

「──ッ!」

 

 本能が訴えかける。

 この少女は危険だ。

 にげろ逃げろニゲロ……!

 しかし、体は動かない。

 ガタガタと震えるのみで、一向に動きはしない。

 心拍数が急激に上昇する。

 脂汗が噴き出し、少女の動きがやけにスローに見える。

 

「返事がないってことは、食べていいのかな? じゃあいただきまーす」

 

「──ぁ……あぁ……」

 

 少女の口がゆっくりと開き──、

 

「あーん、ってきゃっ!」

 

 少女の背中に何か爆撃のようなものが直撃した。

 

「……え?」

 

 視線を巡らせると、その先にいたのはヲリヴィアで。

 

「ヲ」

 

 彼女が手を伸ばして呟くと、彼女の頭部の被り物の口が開き、小型の戦闘機のようなものがいくつも飛び出してきた。

 その戦闘機は、小さな銃弾を撃ってきたり、そのまま突撃したりと。

 金髪の少女に対して攻撃をしかけていっている。

 

「ちょ、ちょっと。これは何、痛っ」

 

「ヲリヴィア……?」

 

 これはいったい何なんだろうか。

 そう思いヲリヴィアに視線を向けると、ギリギリ人が乗れそうな程度の大きさの戦闘機を出し、こちらに手を向けてきた。

 とりあえず、その手を掴んでみる修也。

 

「ヲッ!」

 

 そんな掛け声と共に、戦闘機が飛び立つ。

 金髪の少女はそれを追いかけようとするが、いまだ残っている小型戦闘機の邪魔によってそれは防がれた。

 その隙に、二人はその場から逃げ。

 少女が戦闘機を全部壊した頃には、すでに二人の姿はまったく見えない状態であった。

 

「あー。うーん、まあいっかなのだー」

 

 もう飽きたのか、それを追いかけるのをやめ、どこかへ歩いていく少女。

 夜空を滑空する二人。

 秋の夜風が肌に突き刺さる。

 さてはて、この戦闘機はどこへ向かっているのであろうか。

 それはまだ、誰も知らない。




宵闇に赤く光る瞳。。
人ならざる妖。
銀の少女は人か妖か。
名前のない怪物よ、そなたは美しい。

貴女はだあれ?


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邂逅する怠惰

 夜空に、小さな光が輝く。

 光の側には、二人の少女。

 静かな夜に戦闘機の音だけが響くなか、修也はヲリヴィアに話しかける。

 

「ねえヲリヴィアさん。これ、どこまで飛ぶの……?」

 

 そう尋ねるが、ヲリヴィアは何も答えない。

 答えることができず、無言で顔を背けるだけであった。

 

「え、ちょっとどうするのこれ。

 ……って、あれ町じゃない? 家とか見えるし」

 

 ヲリヴィアに抗議しようとした修也であったが、その最中になにやら町らしき場所を発見する。

 前方にあるそこを指差してヲリヴィアに教える修也であるが、その途中に何やら嫌な音がし始める。

 その音は断続的に続き、それに連動して機体の高度が徐々に下がっていく。

 これは、まさか……。

 嫌な予感がする修也がヲリヴィアを見やると、彼女は目を合わせてコクンと頷く。

 機体の高度がどんどんと下がっていく。

 黒煙がもうもうと上がる。

 この機体もう限界に近く、このままでは地面に落ちる前に爆発してしまうだろう。

 ヲリヴィアもそう判断したのだろうか。彼女は修也の手を引き、そのまま体を抱きかかえた。

 

「うわ、ちょっ……きゃあああ!」

 

 修也が混乱しているのを無視し、そのまま地面に向かってジャンプするヲリヴィア。

 数メートルの滑空。

 草の生えた柔らかな地面の上に、二人はスライディングするような形で着地した。

 

「た、助かっ、た……?」

 

 半ば腰を抜かしながらも、傷もなく着地できたことに安心する修也。

 文字通り胸を撫で下ろしながらヲリヴィアの方を見やると、彼女は無傷で立っていた。

 そのピンピンとした様子に理不尽な何かを感じるも、とりあえずはスルーすることとする。

 

「さて、ここが町かな……?」

 

 改めて眼前を眺めると、そこに見えるは家屋の群れ。

 

「ともかく、行ってみましょうか」

 

 ヲリヴィアの手を取り、歩みだす。 

 ようやっと、これでゆっくりと安心できる。

 自然と顔が綻ぶ。

 

「ちょーっと待ってくれないかな、そこのお二人さん」

 

 しかし、そこに二人を呼び止める声が聞こえた。

 二人が振り向くと、そこにいたのは白髪の少女。

 赤いモンペに、何かお札のようなものがいくつも巻きつけてあるのが見える。

 年は16歳くらいであろうか、若干大人びたような雰囲気を周囲に感じさせる。

 

「爆発がいくつか見えたんだが、あれをやったのは君たちであってる?」

 

 気さくな様子で話しかけてくる少女。

 それに安心したのか、修也も応える。

 

「あ、はい。ちょっといろいろありまして……」

 

 モンペ姿の少女はそれを聞いて、そうかそうかと納得した様子で応じる。

 それは笑顔であるが、しかし次の瞬間その顔は引き締まったものとなる。

 

「じゃあどうしようか。危険人物を里に入れるわけにいかないし、ここで消しちゃおうかな?」

 

 赤い目がギラリと光る。

 歯がにいっと出され、戦闘態勢のような姿勢を取る少女。 

 頭にある大きめのリボンが赤く光り、炎のようなものが溢れ出す。

 

「ひぃっ……!?」

 

 怯えて、身を固まらせる修也。

 しかし、その反応がつぼに入ったのか、急に笑いだす少女。

 

「クッ……アハハハハ!

 安心しなよ、冗談さ冗談。なあ、慧音」

 

「まったく、冗談が過ぎるぞ妹紅」

 

 モンペの少女が後ろを振り返りそう言うと、そこには青っぽい服を着た少し身長が高めの女性がいた。

 慧音と呼ばれたその女性は、モンペの少女──どうやら妹紅というらしい──を軽く叱り、それから修也とヲリヴィアに改めて向き合った。

 

「ふむ……妖怪、か? しかしこの様子は……まあいいか。

 すまないな君たち、私の名前は上白沢慧音。この人里で教師をやっている。

 すまないが、少しの間君たちを捕まえさせてもらう。手荒なことはしないから安心してくれ」

 

 そういい終わるか否かの時には、既に妹紅は人の良さそうなお姉さんといった感じに戻っていた。

 修也に出来ることはなにもないので、大人しく二人に従うのであった。




運命とは何か。
神にすら操りきれない、世界の流れ。
少女達は出会う。
密やかに、鮮やかに。
願わくば幸せでありますように。


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見定められる怠惰

「ん……ふぁあ」

 

 朝。とある木造建築の一室で、修也はそのような声をあげていた。

 起き上がり、昨夜の慧音という女性に用意された布団から抜け出す。

 以前まで自分が使っていた布団に比べれば質も悪く、寝心地はそこまで良くない。

 そのせいか体のあちこちが若干痛むものの、文句を言える状況ではないのでそこはぐっと堪える修也。

 抜け出た布団を軽く整頓し、部屋の中を見渡す。

 そこには、もう一つ布団が敷いてあり、そこにヲリヴィアが寝ていた。

 

「あぁ、そうか……ヲリヴィアさんも一緒にしてくれたんだったか」

 

 傍らで寝るヲリヴィアを見下ろしながら、これからのことを考える。

 おそらく、もう少ししたらあの慧音とかいう女性が来て、いろいろと質問されることだろう。

 昨日彼女達が言っていた内容から考えるに、彼女達はこの町──人里と言っていたが──の治安維持的な役職に就いている可能性が高い。

 まあチラッと垣間見たこの周囲の様子から判断するに、殺されることはないだろうが。

 危険人物として判断された場合、追放や監視つきの生活になる可能性もある。

 そんなのはまったくごめんである、と修也は一人憤慨する。

 そんなわけで平穏に暮らすために、準備をしよう。

 そう決意をし、ヲリヴィアを起こしにいくのであった。

 

 

 

       ◆

 

 

 

 

 

「おーい二人とも、起きてるかー」

 

 フスマ越しに慧音の声が響く。

 朝になったので、二人を起こしに来たのだろう。

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

 返事を返す修也。

 数秒後、フスマがスッと開けられ、慧音の姿が見える。

 姿は昨夜みたものと変わらない。教師とか言っていたから制服のようなものであろうか。

 修也がとりとめのないことを思っている間に、慧音が話を切り出した。

 

「ふむ、よく二人とも寝れたかい?」

 

 笑顔で話しかけてくる慧音。

 修也からすればあまり良い眠りだったとは言えないが、それはおくびにも出さず、笑顔で返す。

 

「ええ、まあ」

 

「そうか。なら良かった。

 朝早くからすまないが、ちょっといくつか確認したいことがるので、二人とも来てくれ」

 

 その言葉に従い、部屋を出る二人。

 慧音の後ろについて移動していくと、客間らしき部屋に辿り着いた。

 

「ああ、そこに座ってくれ」

 

 ちゃぶ台の付近を指しながら、二人分の座布団を出してくる慧音。

 

「ありがとうございます」

 

 それを受け取り、ヲリヴィアと隣り合って座る。

 それを見た慧音は自分の分の座布団を手に取り、その反対側に座った。

 

「さて、早速用件を済ませようか」

 

 そう言って慧音は話し出す。

 

「まあ、といっても大したことじゃないから安心してくれ。

 まず一つ、君たちは妖怪かい?」

 

 妖怪……? 妖怪って、あの妖怪だよな。

 なぜそんな質問をされたのか、理解が追いつかない修也。

 だがしかし、と。

 とりあえず聞かれたことに素直に応える。

 

「いえ……私は普通の人間ですね。

 彼女は……」

 

 そこまで言ってから、彼女のことをほとんど知らないことに気づき言葉に詰まる。

 目で尋ねるが、彼女はただ一言「ヲ」と言ったのみ。

 ここは素直に応えるしかないか……。

 

「彼女はわからないです。自分も会ってからそこまで日が経ってないもので……」

 

 素直にそう応えると、慧音は「ふむ……」と唸りながら二人の顔を眺める。

 

「まあいいだろう。次だ。

 君たちは、この人里に危害を加える気はあるかい?」

 

 そう問いかける彼女の目は真剣そのもので。

 修也はそれに茶化して応えることはできなかった。

 

「いえ……そのつもりはありません。

 ヲリヴィアもそうだよね……?」

 

「ヲ」

 

 彼女も、こくんと頷いて応える。

 慧音にもそれが伝わったのか、彼女は「そうか……」と神妙そうな顔で頷き、そしてそのまま数秒間考え込む。

 考えがまとまったのだろう。顔を上げた彼女が喋ったのは、次のような言葉だった。

 

「──では、ここまでだ。君たちは危険人物ではないと判断した。

 君たちに特別どうこう言うことはないよ。色々とすまなかったな」

 

 そう笑顔で告げる慧音の笑顔はとても柔らかく。

 

「さ、お腹がすいたろう。朝ごはんを用意したあげるからちょっと待っててくれ」

 

 今度こそ修也は心から安心できたのだった。




すべてを受け入れる。
それは底抜けに優しい世界であり。
しかして生命はどうすべきか。
世界は守ってくれない。
ならば自分達の手で守ろう。
私が世界を抱きしめよう。
そう誓った。


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