正義の味方が箱庭入りしたそうですよ? (雄良 景)
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あいすべきばかなひと
prologue-one:かつて夢見た美しき





賽は振られた。歯車は動き出す。カウントダウンは始まっている―――――

それは誰かが夢見た『奇跡』のおはなし
誰かが流した涙の数だけ、叶うことの無かった夢物語

赤い魔女は怒った
花の少女は願った
器の家族は祈った


赤い影が言う―――――愚かな未熟者がいたのだと、そんなザマを笑ってくれと言う。


―――――馬鹿な人。笑うくらいなら、救いたいのよ





 

 

 

 ―――――『英雄』の話をするとしよう。

 

 ―――――古今東西、世界には様々な『英雄』が存在する。一覧表なんて作ろうものなら広辞苑をゆうに超えるだろうさ。

 ―――――今回はその一部をちょっとおさらいしてみようか!

 

 ―――――例えばケルトの英雄『クー・フーリン』。彼は父親が太陽神だね。

 ―――――インドの英雄『カルナ』の父親も太陽神だ。で、異父兄弟の『アルジュナ』だって神様の息子というのも知っているね?よしよし。

 ―――――あとは、『ギルガメッシュ王』や…『イスカンダル王』にも神様の血が流れていると言われているねえ。

 

 ―――――さぁて、ここでクエスチョン!『そも、英雄とは何ぞや』。

 

 ―――――まあ三者三様、十人十色な回答がある質問だけれど、そうだな…ここでは『人智を超えた偉業を成し遂げた者』としようか。

 ―――――ふむ、念のため、『アーラシュ・カマンガー』くんは除外しておこうか。ファラオ基準では彼は『勇者』だからね。ファラオの英雄観もなかなか興味深いものだ。ああ、実に。

 

 ―――――え?質問してきたのに答えを聞いてくれないのかだって? いやいや、前代未聞な(マスター)の英雄観なんてめちゃくちゃ気になるに決まっているとも!

 ―――――このカルデアの英霊召喚システムってかなり無茶苦茶で判定ガバガバだだし、英霊にもめちゃくちゃ干渉されてて面白いよね。本来の聖杯戦争じゃ呼べない面子まで石と運で釣りあげちゃうし…え? そこにかかる苦労? うーんその話はまた今度ね! 来世くらいに聞くよ、長くなりそうだし。

 ―――――まあ私は世界が滅びないと死なないから来世なんてないのだけれど! 夢魔ジョークだよ。どうかな?

 

 ―――――話を戻そう。ええと、どこまで話したかな。え? 回りくどくて長い? 簡潔にダイジェストで話せ? ええ…流石に酷くない? あ、酷くない。はい。絶対話聞かなかったの根に持ってるよね…

 

 ―――――まあいいや。で、だ。英雄が生まれるのには『超常的な何か』…つまり『神仏』だとか『神秘』だとかが関わってくる確率が非常に高い、という認識をしてもらえればいいよ。統計的な話だけれどね。

 

 ―――――『ジークフリード』は邪龍を討ち滅ぼし

 ―――――『ジャンヌ・ダルク』は神の声を聴いた

 

 ―――――100%人間として生まれても、どっかで祝福を貰ったり災いを贈られたり、だいたいはその時代の神秘に見合った結果とかが付いてくる。ほら、『ドラゴン』なんて神秘の薄い現代じゃお目にかかれないだろう?ああいうのを、『英雄』が生まれるための『必要悪』とでもいうのかな…いや、この話はやめよう。場合によっては君の保護者に袋叩きにあいそうだからね!

 

 ―――――ああ待って急かさないで! つまり本来、神秘が薄れるに比例して新しい『英雄』というのは産まれにくくなっていくわけなのだけれども。

 

 

 ―――――だから…ああ! 君が急かすから話がごちゃごちゃになっちゃったじゃないか! こんなんじゃあ語り部として名乗れないよ。

 ―――――もう、仕方ないなあ。じゃあ本題に入るけど、

 

 

 

 

 ―――――君は『彼』を『英雄』だと思うかい。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、その問いに君は何と?」

「…んー……なんか―――――分かんなくなっちゃってさあ」

 

 

 薄暗い夜の食堂で、そっと二人分の声が響く。ひとりはカウンターに座り、もうひとりは小さな音を立てながらキッチンで作業をしながらの会話だった。食器のこすれる音だけの静かな空間には、話し声がよく響く。

 昼間は賑わうこの場所も、夜更けは他に人影はなく、しかし、夜の静けさが背徳感を煽り自ずと声を潜めてしまう。

 

 

「……『英雄』の定義が『人智を超えた偉業を成し遂げた者』なら―――――『あの人』は『英雄』と呼ばれるんじゃないかなって、思った」

 

 

 カウンターに座っているひとり―――――多くの英霊にマスターと呼び慕われる子供の声はどこか不安定で、迷子のように揺らいでいた。

 

 

「思った、ん、だけど…」

 

 

 言い淀んだそれを、しかし相手は気にするそぶりを見せない。その手はただ黙って作業を続けた。

 

 ―――――『英雄とは何ぞや』

 

 最期に見た背中を思い出す。神との決別。全能の王は奇跡に願い、只人となった。しかし彼は、今際の際に願いを捨てた。

 

 それが、正しいことであるかのように。

 

 

 

「―――――いやだなあ、って、思っちゃった」

 

 

 

 そっと、小さな声で子供から零されたのは、歳に見合わない癇癪のようで、しかし―――――その子供の確かな本心だった。

 

 

「別に、英霊がやだとか、変な意味じゃないんだよ。でもさ、なんか、だって……」

 

 ―――――コト、

 

 

 整理のつかない感情を荒ぶらせたような子供の声が、ふと―――――止まる。

 いつの間にか俯いていた視界に、柔らかい白が割り込んだからだ。

 ―――――それは、キッチンで作業していたもうひとりが話を遮るように置いたマグカップ。

 

 置かれた白いマグカップ。何の変哲もない無地のそれからは柔らかい湯気が出ていて、見るだけで暖かいとわかる。

 思わず子供は誘われるように手を伸ばし、口を付けた。

 

 ―――――ああ、甘い。ミルクセーキだ。

 

 

 

「………お゛いじ ぃ 、」

 

 

 

 子供の声が、震える。

 温度は飲みやすい適温で、やけどをしないように熱すぎず、けれど温まるようにぬるすぎず。その繊細なひと手間が目の前の優しい人の心遣いを感じた。

 じんわりと、夜の冷たさに侵されたような体に温かさが沁み込んでいく。

 

 優しい味だ。悪い夢を見たと泣く子供のためにお母さんが作ってくれたような、甘くて優しい味だった。作った人の優しやが溶けた味だった。

 

 

 ―――――グッと、目頭が熱くななる。子供はどうしようもなく泣きたくなった。

 優しい気持ちになったからだ。幸せな気持ちになったからだ。

 

 ―――――ああ、あの人にもこうやって、あったかいものを…たくさんたくさん渡したかった。渡せばよかった。渡せるはずだったんだ、いくらでも。

 

 今は全てが繋がってしまう。何もかにもが後悔となってこどもを締め付けてくる。

 『後に悔いる』から『後悔』。使い古された皮肉が子供の胸を焼く。

 

 恥も見分もなく、みっともないくらいに泣きわめいてしまいたくなった。

 

 

「…―――――どくたーが、えいゆうになるのは、やだなあ…」

 

 

 それでも涙を流せなかったのは、複雑な思春期のちっぽけなプライドか。それとも―――――背負っていた世界という重圧の弊害か。

 もうひとりは、何も言わない。ただ、子供の横にそっと座って変わらず話を聞き続けた。

 

 

「ドクターは、ヘタレでチキンで、ゆるふわで、ちょっと頼りなくて、」

 ―――――本当に?

 

「ほんとはすんごく頑張ってて、たくさんたくさん頑張ってくれてて、」

 ―――――俺が見ていたドクターは、本当に彼の本心だったの?

 

「俺、俺は、そんなドクターが、―――――大好きで、」

 ―――――俺が甘えてしまっていた彼は、俺をどう思っていたの。

 

 

「立香」

 

 

 ぽろぽろと言葉が零れ出す。そこにはたくさんの感情が溶けていた。何より、言葉の裏で彼を疑ってしまっている自分の心が苦しかった。

 悲しい。寂しい。苦しい。怒りもある。整理のつかないぐちゃぐちゃの気持ちをひっかきまわすと吐き気がした。苦しさから逃れるために彼の優しさを十字架にかけようとしている自分の心が醜くて仕方なかった。

 零れる声は内容に反してか細く冷たく。かえしの付いた針のように子供に刺さる。音になった重たい気持ちは子供を埋め尽くし窒息させてしまいそうで、だからこそ、もうひとりが名前を呼ぶ。

 

 それは静かな声だった。それでいて、優しい声だった。

 

 

「『英雄』の定義は千差万別だと言われたのだろう? まったくもってその通りだ。あの男が言った『人智を超えた偉業を成し遂げた者』というのも数多ある答えの一つに過ぎない。―――――この問いに、正解はないのだから」

 

 

 優しい声が子供の心に沁み込んでいく。隣から伝わる体温が温かい。

 

 

 

 

「…ああ、そうだな。例えば私にとって、英雄とは―――――

 

 

 

 ―――――『背中』だった」

 

 

 

 

 俯いてもうひとりの言葉に耳を澄ませていた子供は、思わず顔を上げた。

 

 『背中』。そのワードで思い出すものがある。あの時、あの瞬間、あの人がかつての願いを捨てたとき―――――ああ、ならばあの人は本当に、『英雄』になってしまうのだろうか。

 

 ―――――いや、違う。そうじゃない。子供は思いとどまる。

 歯を食いしばるように考えを留める。結論に駆け寄るな。まだ、この優しい人の声をちゃんと聞け。答えはきっとそこじゃない。

 

 子供の瞳に光が差していく。それは沈んだ夜に朝日が昇るような美しさがあって、もうひとりは小さく笑ってしまった。

 そうだ。この、諦めが悪くて素直で誠実な子供が、多くの英雄に慕われたその心のありようなのだと、何かと比べるように。

 

 

「いい感情だけを抱くわけじゃない。実際酷く憎く思ったこともある。隣にいても遠い。走っても走っても手が届く気がしない。―――――それなのに、諦めきれずに手を伸ばしてしまう。自分の中の理屈じゃないところがどうしようもなく『憧れ』てしまう。嫌いでも、遠くても、その『背中』に追いつきたいと思ってしまう。」

 

 

 

 

「彼女たちは紛れもなく―――――『地上の星(えいゆう)』で、」

 

 

 

 

 

「『英雄』は、私にとって―――――『背中(あこがれ)』だった」

 

 

 

 

 

 それは、どこか幼さを孕んだ声だった。それでいて、なんだかとても納得してしまうような声だった。

 きっとその言葉は、小さな子供がいつの日か抱きしめた、柔らかい光の色をしていた。

 きっとその音には、歴戦の老兵がかつての優しい記憶に思いを馳せるような、鋭い柔らかさがあった。

 

 頭の中の呆けたところが、彼女がこういった心情を吐露してくれるのは珍しいなあ、とズレたことを思う。それが自分のためだと子供は理解していた。だから子供はこの優しい人がどうしようもなく大好きだった。

 

 

 『憧れ』―――――そうか。

 『追いつきたい背中』―――――ああ、そうか。

 

 

 

「立香。ロマニ・アーキマンは君の『英雄』だったかね?」

「―――――ううん」

 

 

 

 今度こそ―――――子供ははっきりと、自分の心を決められた。

 そこに、自分の『英雄観』を持って、子供は確かに、否定することができた。

 

 

「…うん、うん、違うなあ……ドクターのこと、すごいとは思うけど、『英雄』じゃないよ。」

 

 

 あの瞬間、彼の背中を押したのは何なのだろうか。彼に階段を上らせたのは誰だったのだろうか。もう、想像することしかできない。

 いつか、彼の人生とは本来ならありえないボーナスステージで、いつ消えるともわからない幻影(きせき)だったのだと誰かが言っていた。

 それでも確かにそこにはあったのだ。彼が生き抜いた、『願い(じんせい)』が、十年間があったのだ。

 かけがえのない尊いもの。それを、あの場で捨てることで―――――世界を救うための一歩を踏み出してくれた。

 

 それは義務感だったのだろうか。使命感だったのだろうか。正義感だったのだろうか。

 彼の心はもう本人に聞くことができない。

 けれどただひとつ、子供にも分かることがあった。

 

 彼は、懸命に生き抜いた十年間の答えを示してくれた。

 この世界を―――――愛しているのだと。

 

 子供はただ、その美しさに応えたかった。

 

 

 

 瞼の奥で思い出す。ふわふわの髪の毛を揺らしながらびっくりした顔の初対面。そのときの会話を、鮮明に思い出す。

 ベッドの上で、嬉しそうに微笑んだ彼と交わした、社交辞令のような、他愛もない、宝物のような会話を頭の中でリフレインする。

 

 

「ドクターは『友達』だから」

 

 

 子供の頬がやんわりと緩む。それは、心からの笑顔だった。

 

 ゆるふわなあの人。リアクションがオーバーで、怖がりだったあの人。臆病なくせに、嘘つきで、優しかったあの人。大好きな、『友達』。

 彼のかけてくれた言葉が、笑顔が、本物かどうかなんてどうだっていいんだ。そんなことは悩むほどのことじゃない。

 なぜなら彼はあの時、確かに信じてくれたはずだから。十年間分の人生を、費やした成果を、あの玉座の前で俺に託してくれたから。

 

 それこそが何人も侵すことのできない真実だった。

 

 ―――――もうひとりが教えてくれた彼女の英雄観。例えばそれに彼を当てはめてみたら、なるほど。まったくダメだ!

 背中なんて追っかけない。そもそも、そんなに後ろに居たらあのゆるふわが転んだときに助けてあげられないじゃないか。―――――だから、隣で一緒に歩かないと。

 並んで一緒に、生きていかないと。

 

 

「『うわぁい、やったぞう!』…なんてね」

「ふ、彼の真似か?」

「似てるでしょ? 自信あるんだ」

「ああ、そっくりだった」

「へへ…なんかいちごタルト食べたくなってきたなあ」

「なら、明日のおやつはそれにしようか」

 

 

 既にお互いの声は柔らかく、そこには温かさがあった。

 なぜ英雄になってほしくなかったのか。なぜあれほど拒絶感を感じたのか。最初は全然わからなかった。未知の不快感。だからなおさら嫌だった。

 出どころも、落としどころも分からないようなそれが、あまりにも苦しくて―――――

 

 ―――――けれどもう、大丈夫。

 

 今ならわかる。それは多分きっと、寂しかったのだ。彼への否定のように感じてしまったのだ。

 

 英霊のみんなはすでに終えた人生があって、だから今をボーナスステージだという。自分たちがすでに過去のものだという認識がある。もちろん、そうでない人もいるけれど。

 ただ、それを彼に当てはめたくなかっただけ。そうすることで、彼を、『ロマニ・アーキマン』という一人の人間の人生を、否定してしまうような気になっただけ。

 

 ―――――だからもう、大丈夫。

 

 

 彼の声を、笑顔を、思い返すだけで視界が熱く滲んでしまうけれど。

 大丈夫だよ、愛しい人。きっといつか、美しい空耳になる。―――――人間はそうやって、明日を生きていくのだと教えてもらったから。

 

 

 そっと、子供は手のひらを握りしめる。そこには自分だけの答えがあった。壊れないように、なくさないように、尊いものを慈しむように。

 明日は朝イチでこの答えをあのロクデナシに叩きつけてやろう。―――――ああ、そうだ。自分の見つけた英雄観と一緒に。

 

 隣に座る人を見つめる。『英雄とは何ぞや』。俺はそれに、どう答えるのか。

 

 『英雄とは』。思い返す旅の思い出。出会った人々。『英雄』。そして今、隣にいる人。

 いつも、皆が導いてくれた。進む先を照らしてくれた。怖いこともたくさんあった。絶望に膝をついたことだってあった。その度に、彼らの、彼女らの背中が恐ろしいものから守ってくれた。支えてくれた。先に進むことを、願うことを、許してくれた。

 だから、どんな状況だって皆がいれば大丈夫だって―――――そう、信じることができた。

 

 導いてくれるもの。照らしてくれるもの。希望をくれるもの。

 

 ―――――決めた。

 藤丸立夏にとって『英雄』とは―――――『みちしるべ』だ。

 

 その言葉で、背中で、生き様で、『後世の人々(まようひと)』に『未来(みち)』を示してくれるもの。

 みんながいるから、いてくれたから、俺は、俺たちは、自分の未来を生きて(えらんで)いけるから。

 

 

「ねえ―――――エミヤ」

 

 

 子供はもうひとり―――――エミヤに話しかける。

 どうか届けと、願いながら。

 忘れないでと、祈りながら。

 彼にできなかった後悔を、繰り返さないように。

 

 たくさんの感謝と、親愛をこめて。

 

 

「ありがとう―――――大好き」

 

 

 叙事詩のない無名の英雄。厳しくて、暖かくて、面倒見がよくて、優しい―――――優しい、カルデアの英雄(みちしるべ)

 いつかの悪意の生贄にされた少年は嗤っていた。「優しいィ? まっさか!『アレ』はどうしようもない『歪み』だぜ。―――――狂ってんのさ。」

 

 ―――――けれど子供は何度だって、それを『優しい』と呼びたかったから。

 

 

「 いつか、いつかエミヤも――――― 」

 

 

 

 

 ―――――薄桃色が舞う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、君もそれを願うのだね。」

 

 

 

 







 拝啓、愛しい人(Dear friend)

 あなたとのたくさんの思い出を抱えて、俺たちは未来を歩きます。
 悲しいこともたくさんあるでしょう。何度も貴方に会いたいと思うかもしれません。

 今だって、貴方の声を追ってしまいます。

 それでも歩み続けます。あなたが愛したこの世界を、俺たちも、愛していたいから。
 この胸の奥を締め付ける、どうしようもない苦しさや、寂しさも、いつか思い出にしてみせるから。

 ただ、ひとつ。

 貴方に十年分のご褒美をあげたかったなあ。

 あれだけたくさん頑張ったのだから、貴方にはその権利があったはずだから。聖杯を賭けたっていい。
 誰だっていいって言うだろう。ダウィンチちゃんだって花丸をくれる。何より俺が、そうしたかった。

 だって、きっと喜んでくれると思うんだ。

 ―――――それとも、貴方はもう、知っていたのかな。

 全能を取り戻したあの一瞬。未来を見通すその瞳は、あの景色を見ることができていたのかな。

 だから、あんなにも優しく微笑んでくれたのかな。
 ―――――そうだといいなあ。

 でも、やっぱり、その場で見てほしい気持ちもあるんだ。
 だって、誰よりも貴方が望んだことのはずだったから。
 きっと泣くほど喜んでくれるんじゃないかって思うんだ。
 そんなことになったら、みんながからかうかもしれなかったけど。
 でもそうなったらきっと、俺も泣いちゃうだろうから、ふたりでみんなに怒るんだ。
 その場に居てほしかったんだ。一緒にその奇跡と幸福を、噛みしめてほしかったと思ってしまうんだ。

 あの、突き抜ける青空の下で微笑む、貴方が最も愛した少女の姿を―――――




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prologue-two:桃源郷にグッド・バイ




夢、とは。

理想、とは。

幸福(しあわせ)とは、なんなのだろうか。





 

 

 

 ―――――長い、長い夢が、終わる。

 

 

 (そら)に浮かぶ錆びた歯車

 荒れ果てた荒野に突き刺さる無数の武具

 

 救いのない丘の上―――――彼女は一人、夢に浸る。

 

 

 

 ―――――およそ一年。あまりに長く、あまりに……満たされた時間だった。

 

 

 

 浮かんだ意識を抱きしめて、静かに目を伏せ思いを馳せる。

 

 

 極限の一年間を経て、人理は修復された。

 どうにもできぬ事情により一時退避(・・・・)となったが、そちらの方は万能の天才や数奇の名探偵が中心となって手を回していたのだからどうにかなるだろう。

 不安はある。心配もある。しかし最善は尽くした。―――――もともと、人理修復後の敵(・・・・・・・)については話が出ていたのだから、不覚の事態にはなりえないだろう。

 おおよその推測は、どれも当たってほしくはないものだが―――――世界と言うのはいつだって理不尽なのだから。

 

 

 かわいらしい子らだった。手がかかる、純粋で、一生懸命な、子供だった。

 明日を夢見る、命の輝きを持った、まだ幼い子らだった。

 

 心配に決まっている。それでも、どうしようもないことというのはあるのだ。

 

 

「皮肉な話だな。人間を害する悪を滅ぼすのは英雄だが、その英雄を殺すのは人間だ」

 

 

 英雄にならなくてはいけなかった(・・・・・・・・・・・・)子供。あの子の人生はあまりにも波乱万丈すぎた。

 恐ろしい話だ。身震いする。世界はこの時代に、新たな英雄を作り上げようとしたのだ。

 

 明確な敵。

 数多の冒険。

 多くの出会いと別れ。

 手を取り合うヒロイン。

 偉大な仲間。

 ただ一人のマスターと言う重圧と孤独。

 不屈の胆力と、成長と、勝利と喪失の末の―――――不遇(あつかい)

 

 認めるわけにはいかない。許すわけにはいかない。世界にあの子を好き勝手させはしない。

 それがどれだけ残酷なことかを、『私たち』は知っているのだから。

 

 あの二人がよりそい必死に歩んできたその姿を知っている。その輝きを知っている。

 あの美しさを奪わせはしない。

 

 

 ―――――仕掛けは上々、後は結果をご覧じろ、というわけだ

 

 

 世界を救った子供。なら、次は子供が救われる番だろう。……もちろん、世の中がそんな都合よくできているとは思っていないけれど。

 善意とはおおよそにして使いつぶされるものだ。擦り切れるまで、無くなるまで。

 

 ―――――けれどあの子たちにはカルデアの英雄がいる。

 各々の叙事詩で数多の活躍を記された英雄がいる。『反英霊』であってもあの子たちのために力を行使してくれる味方がいる。

 ひと癖以上もある手に負えないような連中もいあるが―――――きっと、大丈夫だろう。

 カルデアはそういうところだった。そんな奇跡を生んだ場所だった。

 

 それに、早く手を打たねば過激派の連中が「次は世界があの子を救え」と言わんばかりに暴れ始めかねない。

 

 

「もう少し、頑張ってくれたまえ」

   ―――――必ず、君たちを救ってみせるから。

 

 

 ふと、我ながらあまりにはっきりとした物言いに、少しの笑いがこみあげてきてしまう。

 皮肉屋だとまで言われた身が、随分と丸くなったものだ。―――――昔みたいに?

 

 それは気に食わんな、と頭を緩慢に振る。別に戻ったわけじゃない。戻れるわけがない。いち度知ってしまえば、知らなかった頃になど戻れない。

 ただ、あのカルデアで。戦場に立ち、戦い、かと思えばキッチンに立ち、奉仕し。

 そんな奇天烈な日常が、尊かったのだ。

 

 料理を作っていればいつも思った。そうだ、こんなのを作ってみよう。作ってみたことがある。喜ぶだろうか。喜んでくれたことがある。

 文化も違う英傑たちに振舞うには緊張感があったが、口に含んだのち綻ぶ顔を見ていれば、かつて愛した何かの影がちらついた。

 カルデアにいる生身の人間であるスタッフたちも、激務の中少しでも気休めになればと趣向を凝らしてみた料理に、心からの笑顔を向けてくれた。

 「ありがとう」―――――そう言われるたびに、ひび割れた何かの奥にあるものを思い出しそうになる。

 暖かな瞳をする彼らに、この瞬間、自分は確かに世界の明日を支えているのだというような……馬鹿な自己満足を抱いたものだ。

 

 それでも、誰も傷付けない仕事は、たしかに胸の奥の何かをくすぐった。

 

 

 この一年を思い出す。荒唐無稽の奇々怪々な冒険録を思い出す。

 いったい誰が予想できた? たった一人の一般人(こども)が、名だたる英雄英傑と共に世界を救ってみせるなど!

 悪夢があった。絶望もあった。それでもあまりに輝いていたのだ。命の輝きに満ちた時間だったのだ。

 

 

 遠い、『記憶』。

 

 

 ―――――かつて呼ばれた聖杯戦争で、一つの悲劇があった。

 本人に言えば殺されそうだが、あの時のどこかの私にとっては悲劇にしか見えなかったその記憶を、おぼろげながらに引っ張り出す。

 かつて『恋』によって絶望に落とされた一人の女が、死後に『本当の恋』を得た話だ。

 

 悲劇だ。死に人(すでにおわったもの)生者(いまをいきるもの)の恋に何が残せるのだと。しかも相手は魔術師ですらないときた。彼女は自身が現世に留まるだけの魔力を自身でどうにかしなくてはいけない。それどころか、愛する者へ寄り添うために実体化する分の魔力を考えれば、いくら優秀な魔女である彼女でも手こずる案件だ。

 たとえただ二人で慎ましく生きていこうとも、ハイエナのように嗅ぎつけた魔術協会や聖堂教会、カルト連中や飢えた魔術師どもに追い掛け回されることになるだろう。

 そして、浮世離れした彼女に違和感を感じる人間も必ず出てくるはずだ。孤独の中で、自分を置いて老いていく愛する人を看取ることになる。

 

 悲劇だ。救われない。手に入れた恋があまりに尊く、儚く、だからこそ彼女は救われない。

 

 ―――――そう、思っていた。

 

 

 カルデアの『記憶』を思い出す。本来の聖杯戦争と違い人理が脅かされた大事に『世界』が反応したのか、召喚された英霊は随分と『本体に近く』、だからこそ『記憶が明確だった』。

 

 

 ―――――笑った女が居た。泣いた男が居た。かつて失われた何かを取り戻した女が居た。ようやく無念を晴らすことができた男が居た。

 ―――――敵対することで、たどり着いた答えがあった。

 ―――――味方として召喚される(よばれる)ことで、ようやく手を取り合うことができた誰かが居た。

 

 

 数多の英雄が集った人類の最後の砦―――――そこは、誰かの夢見た桃源郷

 

 

 ―――――救いはあったのだ。無意味ではなかったのだ。あの時の私は、何を物知り顔で憐れんでいたのだろうか。

 そも、自分もまたあの聖杯戦争で『答えを得た』にもかかわらず。

 

 ―――――彼女は知っていたのだ。その恋の残酷さも、美しさも。だからあんなにも、強く恋焦がれ、深く愛したのだろう。

 

 

 そうだ、死後であろうと、虚構であろうと、たどり着く場所は必ずある。

 

 死んだ者が今更と、生まれすらしなかった者が何をと、蔑まれることもあるだろう。

 

 けれど、それでも、あそこには正しいもの(うつくしいもの)があった。

 かつて朽ちた誰かの(ゆめ)が、咲くことを許された場所だった。

 

 ―――――私で、さえも。

 

 

 

 星が瞬く。

 

 

 

 ―――――それは、ずっと手放せなかった夢だった。

 何度現実に打ちのめされても、

 残りカスになるほどに精神が磨耗しても、

 聞き分けの無い駄々っ子のように手放せなかった、夢だった。

 

 それでも、そんな資格は私にはないのだと、奥に、奥にしまい込んだ夢だった。

 

 

「世界を滅ぼす悪に、手を取り立ち向かう。―――――まるで、『正義の味方(いつかのゆめ)』のようじゃないか」

 

 

 恵まれていた。満たされていた。それがあまりに幸福すぎて、―――――恐ろしかった。

 ―――――こんな幸福(もの)を、私のような存在が享受していいのだろうか。

 ふとした瞬間に積み重ねた屍が足元で囁く―――――お前にそんな資格があるものかと、恨みを込めて睨み付けてくる。

 

 ………それでも、忘れたくないと、思うのだ。

 

 

 どれだけ願っても、磨耗していく魂はいとも容易く思い出たちをこぼしてしまうのだろう。

 あの魔都と化した新宿で―――――魔殿となった油田基地で生まれた、私の可能性(なれのはて)のように。いつか私も、何もかもを抱えることすらできなくなってしまうのだろうか。

 ―――――ああどうか、許してはくれまいか。奪わないでくれないか。これさえあれば、もういいから。千を越える苦痛も、万を数える呪詛も、億に至る絶望でさえも、超えてゆけるはずなのだから。

 

 そんな贅沢を、許して(わたしにつみを、おかさせて)くれ。

 

 

 

 瞳の奥で、星が瞬く。

 

 

 

 桃源郷には期限があった。期間限定の夢なのだ。

 永遠は存在しない。ゆえにそこには美しさがあるのだと説いたのは誰だったか。

 人は欲深い。与えられた幸福を恐れ多いと慄いておきながら、無意識だろうと手を伸ばす。

 与えてくれと縋りつく。

 

 

「あの子たちには見せられない姿だ」

 

 

 少なくとも、私のことを『頼りになる大人』として見てくれていたあの子供たちには見せるわけにはいかない。

 それはちっぽけなプライドだけれど、私にとって胸を張って誇れたことなのだから。

 みっともない人間になってしまったけれど。重ねた罪に溺れてしまいそうになるけれど。

 あの子たちが私に安心を抱いてくれることは、誰に誇ったっていいはずだ。それが、……私の罪を知らないからだとしても。

 

 

 

 

 ―――――不意に、甘い香りを感じた気がした

 

 

 

 

 ―――――そうだ、そういえば、あの夜

 二人ぼっちのあの静かな夜。

 あの子と私が過ごした、あの一晩。あの子は私に、何と言ったのだったか。

 

 

 ―――――『記録』がめぐる。

 

 

 静かな声で、万感の思いを込めたような音で。

 あの子は私に、何を伝えたのだったか。

 

 

 

「 しあわせ に 」

 

 

 

 

 そうだ―――――しあわせになって と

 

 

 

「しあわせ ―――――しあわせ に」

 

 

 

 あの子の青い瞳が瞬く幻覚を見る。

 『自分を愛して(わがままをいって)』とあの子が言う。

 

 

 

 

 私は―――――不幸な人間に見えたのだろうか。

 

 たとえそうだとして―――――私に、この身に降りかかる不幸を、嘆く資格があるのだろうか。

 

 我が身を、愛する資格があるのだろうか。

 

 

 

 

 少なくとも、私は私を(ゆる)せなかった。

 

 

 

 

 ―――――それは花の香りのような気がした

 

 

 

 

 「 しあわせ に――――― 」

 

 

 このタイミングであの子の言葉を思い出すだなんて、自身の自分勝手さにはほとほと嫌悪を抱く。

 心を込めて贈ってくれた言葉を、都合のいい免罪符にしようとしている我が身のなんと醜いことか!

 

 

 それでも、ほんの少し

 

 あの輝かしい桃源郷(きおく)を、覚えておくこと

 

 そんな―――――そんな些細な(しあわせ)なら、あるいは―――――

 

 

 

「わたしの―――――しあわせを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――瞬間、世界が塗り替わる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっとか」

「君って随分と頑固なものだから、必要なピースが揃うのにこんなにかかってしまったよ」

 

「―――――それでは君に、夢のような時間を」

 







これは、誰かが望んだ可能性の行く末

願いは連鎖する

願いは収束する

あらゆる可能性が混じり合い、一つの奇跡を作り出す

それは、まるで夢のようなおはなし―――――




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prologue-three:理想に忠実な




 例えば、朝起きて朝食を作るとき。
 昼になり学校で友人と会話をするとき。
 夕方、にぎやかな食卓で夕食を食べるとき。
 夜が来て、おやすみとあいさつするとき。

 そんな節々の、日常の些細な出来事。
 ―――――それがあまりに愛おしく、罪深かった。




 

ごう ごう

  めら  めら

 

 

 炎が燃えます。まちが燃えます。

 お空には真っ黒なたいようが昇り、たいようは黒い涙を流してしくしくと泣いています。

 

 

 

 

 

しく しく

  めそ  めそ

 

 

 涙はたくさんあふれてきて、まちを燃やしてしまいます。

 

 

しく しく

  めそ  めそ

 

 

 子供が泣いています。一人ぼっちで泣いています。

 周りには誰もいません。おとうさんもおかあさんもいません。

 

 

ふら ふら

  とぼ  とぼ

 

 

 子供は歩き始めました。目的地はありません。いえ、もしかしたらあったかもしれません。

 けれど子供にはもう、何もわかりません。

 

 

よた よた

  のろ  のろ

 

 

 なんで歩いているのでしょうか。どこに向かっているのでしょうか。何が欲しかったのでしょうか。

 子供にはもう、何もわかりません。

 

 

ごう ごう

  めら  めら

 

 

 まちが燃えています。人も燃えています。

 まだ息のあるいのちが、子供に手を伸ばします。

 

 

たすけて あつい くるしい くるしい たすけて

 

 

 たくさんたくさん声がかけられます。でも、子供は何もできません。

 子供の小さな手では、何もできません。ぼろぼろの体では、誰も救えません。

 

 

ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい

 

 

 やがて子供は力尽き、その場に倒れ込んでしまいます。

 

 

ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい

 

 

ごう ごう 

  めら  めら

 

 

 

 ―――――■■■■

 

 

 

 

「ああ―――――よかった」

 

 

 

 

 

 

 

(たち)の悪い悪夢よ、こんなの」

 

「だって全然納得いかないもの」

 

「全部よ! 全部! 道理にかなってないわ。理不尽よ」

 

「あんたが納得しても私は納得できない」

 

「ねえ、■■■。あんたは―――――しあわせになるべきよ」

 

 

 

 

 

 

「■■。私、■■のこと、大好きです」

 

「私を救ってくれた人。私を見つけてくれた人」

 

「地獄の幕開けのようだった毎朝が、あなたのおかげで美しいものになりました」

 

「あなたに会えると思っただけで、先の見えない暗闇のようだった明日が待ち遠しくて仕方なくなりました」

 

「ねえ、■■。どうかあなたも―――――しあわせになってください」

 

 

 

 

 

 

「本当にしょうがないんだから」

 

「でもいいわ、私はお姉ちゃんだから」

 

「私たち、兄妹(きょうだい)だもの。そうして、姉弟(きょうだい)だもの。ふたりぼっちの、家族だもの」

 

「私の兄。私の弟。私の家族。愛しい子」

 

「ねえ、■■■。あなたに―――――しあわせを贈ってあげる」

 

 

 

 

 

 

「優しい子。そいういところ、本当に切嗣さんにそっくりだったわ」

 

「あの人がいなくなってから、小さな■■を守るのは私だって、ずっと思ってたの」

 

「それがいつの間にか随分と大きくなって、安心安心って思ったのに」

 

「おっきくなったのは図体だけじゃない。……本当に、変わらなかったのね」

 

「ねえ、■■。こんどはちゃんと―――――しあわせを教えてあげたいの」

 

 

 

 

 

 

「■■■。私の鞘。我がマスター。私が愛した、ただひとり」

 

「あなたは私を尽くただの女の子のように扱おうとしました。当時はそれに思うところが多くありましたが」

 

「あなたの性質をよく知れば知るほど、その言動の真意にどうにも照れくさく感じたものです」

 

「きっとあれは、まぎれもない私の幸福の形でした。私にとってあなたは、あまりにまばゆいものでした」

 

「ねえ、■■■。いまは只のひとりとして、私はあなたの―――――しあわせを願います。」

 

 

 

 

 

 

「ほとほと呆れかえるぜ。あの皮肉屋の正体が小僧と知ったときはひっくり返るかと思ったが」

 

「魂や精神と一緒に愛嬌まで削り節みたいにしやがってよお。このひねくれもんが」

 

「あれだけのいい女にこぞって『しあわせ』を願われて祈られて、だのにテメェはそのザマってんだから甲斐性無しにもほどがあらぁ」

 

「だがま、いい加減その辛気臭せぇ澄まし面も見飽きたところだ」

 

「なあ、■■■■■。それでもお前が『しあわせ』に成れないってんなら、そんときゃ俺が―――――『おまえのしあわせ』をくれてやるよ」

 

 

 

 

 

 

「ねえ、■■■。俺はさ、結局■■■のことをほとんど知らないんだ」

 

「でもさ、■■■の作ったご飯は美味しくて、たくさん心配してくれて、怒ってくれてて、皆のことをよく気にしてくれてることは知ってるよ」

 

「無名だっていうけど、すんごく頼りになることも知ってる」

 

「それにね、きっと聖杯戦争に出たことがあるんだろうなぁ、とか………たくさん、たくさん、いろんなことが有ったんだろうなって事とかも、ちょっと分かったよ」

 

「だからね、■■■。あの夜あなたがくれたみたいに、あなたにも―――――しあわせを、たくさんもらってほしいなぁ」

 

 

 

 

 

 

ぎい ぎ い

 ぎぃ  ぎぃい

 

 

 きしむ音が響きます。

 

 

ぎいい ぎぃ

 ぎ ぎい ぎぃ

 

 

 それは縄がきしむ音です。

 

 

ぎ   ぎい ぎ

 ぎい ぎぃ ぎぃ

 

 

 それは縄に吊られたなにかが揺れる音です。

 

 

 ぎーい ぎい

ぎい ぎい ぎい

 

 

 

 これでいいのです。これでいいのです。

 

 これが正しい形なのでしょう ――――― 何にとって?

 これがあるべき姿なのでしょう ――――― そんなの誰が決めたというの

 

 いいのです。いいのです。

 彼/彼女はこれでいいのです。

 

 めでたしめでたし、ハッピーエンド。

 彼/彼女の骸の上で、みんなは幸せになりました。

 

 

 だからこれで―――――

 

 

 

 

 

 

「いいわけないでしょ」

 

 

 

 

 

 

 ―――――ものがたりに、続きを追加しましょう

 

 

 

「あんた、馬鹿よね。ほんとうに馬鹿。」

「好き勝手やって、こんなくたばり方して」

 

「でもいいわ。あんたがそうするなら、私も―――私たち(・・・)も、好き勝手にするんだから」

 

 

 

 ―――――本編すら霞むような、盛り沢山の蛇足を加えましょう

 

 

 

「頑張ってるヤツには、頑張った分だけ報酬がないと納得がいかないのが私だもの」

 

 

 

 ―――――原作すら食いつぶしかねない、夢物語のような荒唐無稽の二次創作(アフターストリー)

 

 ―――――読者から匙を投げられそうな、ご都合主義の主人公補正(オリジナル)だって添えて

 

 ―――――友情も努力も勝利も、きれいなものはところ構わずつぎ込んで

 

 ―――――たくさんの温かくてやわらかくて優しいもので満たしてしまえばいいのです。

 

 

 

 ―――――だってこれは、私たちがあんたへ贈る、私たちのため(・・・・・・)の『ものがたり(ハッピーエンド)』。

 

 







「おやおや、罪作りなレディだね」
「さすがの手腕だわ。流石すぎてドン引きだわ」
「ここまで想われていて当人がああだと、周囲はそうとうヤキモキしてただろうねえ」
「まったくだぜ、だから(たち)が悪ぃのさ」
「ある種の『釣った魚にエサはやらない』では?」
「なるほど言い得て妙だ! 釣った自覚もないだろうがな」
「まあ本人がどう思っていようと、私は勝手に手を出させてもらうよ。」
「流石半魔。言いぐさが人外のそれ! ケケケ、まっ、あのオニーサマ……いやオネーサマか? も年貢の納め時ってわけだ」
「事が事だし、相手が相手だからねえ。今回ばかりは傍観者の私も積極的に介入せざるをえまい」
「神妙な面しやがって色男さんよぉ。介入は今に始まったことじゃねぇ(・・・・・・・・・・・・・・・)くせに」
「さぁて、なんのことかな?」
「ま、ここは大魔術師様にここまで慎重なテコ入れされなきゃどうにもできない、あのオネーサマの精神構造に感服しておくか」
「まったく手強いレディだよ。……レディと言えば彼女たちにも随分と驚かされた」
「ガッツ有りすぎだよなあ」
「まさか私がこんなことをする羽目になるとは」
「各々のポテンシャルがやべぇってったって、限度があるっつーの」
冠位魔術師(グランドキャスター)の私が使いっ走り扱いだ!」
「アンタもオレをおつまみ感覚で引っ張り出してきたけどな」
「必要経費さ。君は適役だった(・・・・・・・)
「ひっじょーに腹立つ話だが、納得せざるをえまい」
「さて」
「時間か」
「彼女がようやくピースを揃えてくれたからね」
「いやぁ長かった! いやここからも長いんだが」
「見ごたえがあるだけいいじゃあないか」
「にしてもなんで『あそこ』なんだ?」
「ベストだろう?」
「不釣り合いでもある」
「多少いびつでないと彼女を留めておけないのだから仕方ない」
「そしてきれいに型にハマっていても『しあわせ』を認めてくれない、ってわけか」
「今回の私は大盤振る舞いさ!」
「ご都合主義がすぎるぜまったく」


「それじゃあ、夢で逢おう」
「ケケケ、観念しろよぉオネーサマ!」




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prologue‐final:希望はまだ捨ててはいけないな




―――――つまらなかった

―――――ひとりだった

―――――“何か”が欲しかった





 

 

 

「やあ、私はみんなの頼れるお兄さん! そしてこれはお供のアンリたん」

「フォウフォーウッ!(cv.寺◯拓篤)」

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、先輩!」

「おはよう、桜」

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃじゃじゃーん! ここで抽選結果の発表です」

「ふんだんに含まれた依怙贔屓と好みと趣味で選ばれた被害者(ラッキーボーイ)は~~~どぅるるるるるrrrrrr………デン!!」

 

 

 

 

 

 

「私が悪い子になったら―――――どうしますか?」

 

 

 

 

 

 

「ばーん! ここで飛び出てジャガジャガー!」

「ちなみに今のは『ジャジャジャジャーン』と『ジャガー』をかけていたのであった…分かったかな?」

「えっ、私二番煎じ? うっそー!」

 

 

 

 

 

 

「―――――君に決めた!」

「ヒューヒュー! やるじゃねえか豪運ボーイ! んえ? ああ、コッチ(・・・)ガール(・・・)だったか」

 

 

 

 

 

 

「むむむっいい匂いです…シロウ、今日の晩御飯は何ですか?」

「おっと、危ないぞセイバー。えっと、今日は貰い物のタケノコを使って…」

 

 

 

 

 

 

「選ばれたアナタには豪華景品をプレゼント!」

「テッテレー、『片道切符』!」

 

 

 

 

 

 

「あなたが欲しい」

 

 

 

 

 

 

「テッテレー! リベンジよ!」

「古き良き効果音による場面の転換を狙える最高のパフォーマンス…キてるわこれは!」

「え? マジで? 既出?」

「もはや分かり合えぬ」

 

 

 

 

 

 

「きゃーっ! ちょ、ちょっと衛宮君! この機械壊れてるわよ、どうすればいいのよ!」

「いや、それは壊れてるんじゃなくて今遠坂が壊したんじゃ……」

 

 

 

 

 

 

「今どこからか野生の怒りのようなものを感じたような気がしないこともないようなあるような気のせいなような………まあいっか!」

「それより何だよその胡散臭さそうな顔はよ~、豪華景品なんだから喜べよ」

「切符には見えない? そりゃあ、『切符の役割を担う手紙』だからね。え? いらない? ふふふ、実は君の意見は聞いてないぞう!」

 

 

 

 

 

 

「悔やむのはここまでよ。悩んでいる暇があったら行動するのが私の信条」

 

 

 

 

 

 

「おっ! そろそろ順番来るかしら?? ジャガーの華麗な出番の気配を察知!」

「いや~困っちゃうわ~! あまりの華麗さと大人の色気と野生の雄々しさでリスナーのみんなをメロメロにしちゃうかもしれないわね~!」

 

「えっ、出番ないの?」

「もはや通じ合えぬ」

 

 

 

 

 

 

「ねえシロウ、また明日も会ってくれる?」

「ああ。……イリヤの好きなもの、たくさん作ってやるよ」

 

 

 

 

 

 

「渡してもどうせ君は読んでくれないだろうから私が今ここでご開帳さしあげよう! 何なら音読サービスも今なら無料さ!」

「俺も中身までは知らねえんだよな~」

「えーっと…」

 

 

 

 

 

 

「そうよ。好きな子のことを守るのは当たり前でしょ」

 

 

 

 

 

 

「え? あの子のことよく見てるねって?」

「うーん、なんか気になるのよねぇ。ジャガーの野生にビビビっとくるのかしら」

「なんとなーく、責任みたいなものを感じるのよ」

「けど、ここにいるあの子は楽しそうだから」

 

 

 

 

 

 

「『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界のすべてを捨て、―――――我らの“箱庭”に来られたし』」

「ヒーッ! ヒャハハハ!」

「う~む、あそこで転げまわってる彼は放っておいて、うん、これは実に『少年少女』によく刺さるだろうさ。年頃の子供にとって、ままらない不満や承認欲求を満たしてくれることへの希望は馬鹿にできないからね」

「ヒッヒヒ……ん゛、はーっ、笑った笑った! ケケケ、面白い口説き文句だったが…これは不相応じゃねえか?」

「うんうん、これは『君』へ贈るにはちょっと変だね。よし、書き換えようか!」

 

 

 

 

 

 

「よぉ~坊主! 今日の晩飯、俺の分も作ってくれよ! 材料費はちゃんと出すからよ!」

「いって! ちょ、分かったから背中叩かないでくれよランサー!」

 

 

 

 

 

 

「アンだとコラ!」

「躾がなっていないと言ったのだが…理解できんかね? (クー・フーリン)!」

 

 

 

 

 

 

「『理想(へいわ)犠牲(せいぎ)生贄(みかた)であった少女に告げる。君を愛した輝かしい少年少女の願いのもとに、『君のしあわせ』を手に入れるために。―――――彼の“箱庭”へ招かれたし』」

「なんか厨二感増してね? って、お? その顔はやーっと気づいたか。そうそう、これは俺らの独断専行じゃねえってことだよ」

「土台はもともとあった。そこに種がまかれて―――――ようやく芽が出たのさ」

 

 

 

 

 

 

  ―――――それは人類史を守る戦いの中での話。

 

 

「―――――こんな遅くまでご苦労だな、ドクター」

「ひょえっ!? びびび、びっくりしたぁ」

 

 

  ―――――とある静かな、夜の会話。

 

 

「夜食のデリバリーだ。食べられるかね?」

「えっ! いいの? やったぞぅ、ありがとう!」

 

 

  ―――――いずれ消える男が、それでも確かに存在していた話。

 

 

「ところでドクター、とある筋から君がもう3日ほど満足に休息を取っていないとのタレコミがあったのだが」

「むぐっ! むぐぐーっ」

「ちょっ、ええい! 一気に詰め込むからだ! 大丈夫か!?」

「ごっくん! げほっ、だ、誰がそんなこと…レオナルドの奴だな!」

「まあタレコミがなくともめったに食堂に姿を見せない様子から、時間がないか味付けが好みでないかだと思っていたが。…その様子だと、君、後者だな」 

「ぎっくぅ! い、いやまさか、今日だってほら、こうしてマイルームに帰ってきているわけだし…」

「マイルームでこんな夜中まで仕事をしていることを、医療界では『休息』と呼ぶと?」

「呼びませーん…」

「……君が、何を考えているのか。何を抱えているのか。何を、望んでいるのか」

「………」

「正直、君は不審な点が多い。『なぜか英霊に辛辣な態度を取られる』ことについても」

「え、いやそれは彼らの好みじゃないかなあ?」

「様式美のように毎回罵られておいてか?」

「うっ」

「―――けれど」

「………」

「信じよう、君を。少なくとも、私は。―――――『あの子たち』を見る君の顔を見て、疑い続けるのはあまりに難しい」

「、君は」

だからこそ(・・・・・)、ロマニ・アーキマン。私は君を、疑い続けることにした。」

「……ああ、君、……君、お人好しだよねえ」

「ただの職務分担だ。好都合にも私はキッチンを預かる一人に据えてもらっているのでね。職員や英霊の様子はよく見える」

「君のご飯は好評だよ。職員にもね」

「光栄だな。まあ、めったに食堂に来ない人間に言われたところで嫌味に聞こえるが」

「ハイすみません」

「『何か』があれば、『私がしよう』。君は少し、背負いすぎに見える。生きている人間が背負うには多すぎるだろう。こういう時は使えるものをよく使うといい」

「―――――そう、見えるのかい(・・ ・・・・・・)

「? ああ、容量を超えたものを抱え込みすぎだ。君に何かがあれば、君をよく慕っている立花もマシュも、悲しむだろう。もう少し自分を大切にしたまえ」

「うん―――――うん、ありがとう。ところで、わざわざこんな話をするためにお夜食を持ってきてくれたの?」

「まさか、ついでだとも。その夜食は君への善意と好意のものだよ。まあ、こんな皮肉屋に気遣われたところでうっとおしいかもしれんがな」

「君ってたまに自虐入るよね……」

 

 

  ―――――なんでもない夜の、些細な会話だった。

 

 

 

 

 

 

「君はきっと怒るかな。けど―――――君だからこそ、この選択を否定しないだろう?」

「自分を大切にするようにと―――――言ったはずだったのだがな」

 

 

 

 

 

 

「そうそう、ねえ、君。君って実は、ロマンくんのこと嫌いだっただろう?」

「うわっ、ブッこむなあんた」

 

 

 

 

 

 

「人に負けるのは仕方がない。けど自分には勝てる。諦めろと囁く自分にだけは、いつだって抗える」

 

「理想を抱いて溺死しろ」

 

 

 

 

 

 

「おっと時間だ! それじゃあ堪能してきてくれたまえ」

「じゃ~な~」

 

 

 

 

 

 

 ―――――唐突な暗転。そして明転。

 

 

「、は…?」

 

 

 ―――――ビュオオオオオオオオオオ!!!!!

 

 

 頬を噴き上げていく風

 重力にかき回されるような内臓の不快感

 眼下に広がる謎の都市と、それを覆うように広がる天幕のような何か

 そして地球の理論に正面から喧嘩を売っているとしか思えない、断崖絶壁の地平線

 そこは―――――

 

 

 

「―――――なんでさ!!!」

 

 

 

 ―――――どうあがいても完全無欠の異世界だった。

 

 

 







 だってきれいだと思ったから。
 ―――――だから憧れたんだ。

 たとえ選び歩いた道を間違っても―――――この理想だけは間違いじゃない。




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