無能の烙印、森宮の使命 (トマトしるこ)
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第一章 1話 「”無能”」

 どうも、トマトしるこです。
 一夏君の扱いがちょっとひどくなる予定です。お気をつけください。



「ただいま」

 

 学校が終わって家に帰る。礼儀らしいのでいつも言っている事だけど、誰かが返してくれたことは1度もない。

靴を綺麗にそろえて上がり、部屋にランドセルを置いてリビングへ向かう。食材を確認して夕食に足りない物をメモしてポケットに入れて、今度は手洗い場に行って、洗濯機を回して外に出た。もう慣れたので5分とかからない。

 

 向かうはスーパー――じゃなくて商店街。こっちの方が安いし新鮮だ。ただし、それは新鮮な物を売ってくれればの話だけど。

 

「いらっしゃい! ――ってお前かよ。とっとと選びな」

「これ2つ」

「まいど」

「………いらっしゃい」

「それ3つ」

「ふん……」

「お、秋介ちゃん――じゃなくてアンタかい。紛らわしいんだよ」

「すいません。それ1つ」

「ほらよっと。さっさと行っちまいな。アンタが居ると商売にならないんだよ」

「はい」

 

 今日は珍しく何も無く食材ゲット。形が悪く、状態も良いとは言えないものばかりだけど、売ってくれただけまだマシだ。今日は運がいい日かもしれない。

 

 見ての通りというか、俺は御近所の人や商店街の人、学校の児童や先生などから好かれていない。もはや嫌われている。何かした覚えは無いが、よく言われるのが「姉の面汚し」「弟に劣るクズ」「なんで同じ血を引いているのか分からない」「救いようのないゴミ」等々。

 事実なので言い返せないまま過ごしていたが、いつの間にか慣れてしまった。おかげで面倒なことに対する直感レーダーなるものが鍛えられ、色々と避けられるようになった。このレーダー意外と頼りになるので重宝している。

 

 さっそくレーダーが捕らえたようだ。本能に従って2歩ほど大股で歩く。すると俺がいた場所を握りこぶし程の石が通り過ぎて行った。当たれば堪ったもんじゃない。こっちはまだ小学生だっていうのにこんなことをしてくる人はザラにいる。

 いつ何が起こるか分からない、寝ている時でもお構いなしなのでレーダーは常に全開なのだ。マジで便利だよこいつ。

 

「ちっ……死ねばいいのに」

 

 この声はさっきの八百屋さんかな。前回八百屋さんが仕掛けてきたのは1週間前だったから随分ストレスがたまってたんだろうね。

 

 商店街を抜けて誰も通らない河川敷を歩いて帰る。やっぱり今日は良い日だ。思わず鼻歌歌っちゃうね。歌なんて小学校で習うような奴しかしらないけど。

 

 ~~~♪

 

 ボチャン!

 

 上を向きながら歩いていたので、大きな水たまりに気付かずに脚を突っ込んでしまった。………前言撤回。今日もいつも通り厄日だ。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 本日2度目のただいま、ちょっと声大きめです。靴が2人分あるってことは姉さんも秋介も帰ってきてるってことなんだろうけど、やっぱり返事は帰ってこない。玄関から入ってすぐのリビングに2人とも居るのにね。いつも通りだ。

 

 水たまりに突っ込んだ方の靴下――もういいや、どっちも洗濯かごに放り込んで、台所へ直行。踏み台を持ってきて野菜を洗い、包丁で皮を剥く。

 

「ん? なんだ一夏、帰ってきていたのか。お帰り」

「………ただいま」

 

 水の音で気付いた千冬姉さんに挨拶を返して、皮剥きに戻る。手元が狂うからあんまり話しかけないで、的な雰囲気を出す。読み取った姉さんはリビングに戻っていった。

 

 時刻は5時58分。いつもより大分遅れている。仕方ない、速く作れる料理に変えるか。カレーでいいか。僕が食べるわけじゃないし。

 

「一夏ー、ごはんまだー?」

「……あと15分から20分」

「ええー! いつもなら食べてる時間じゃないかー!」

「……今日は居残り授業の日だったんだ」

「はぁ、だからいつも勉強しなよって言ってるじゃないか。他人に迷惑かけるなっていっつも千冬姉さん言ってるだろー」

「……そうだな」

「そんなこと言ってさ、結局何でも平均以下じゃん。努力しなよ努力。これじゃどっちが兄かわかんないよね」

「……そうだな」

 

 ホントだよ。まったく。

 

 

 

 

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

 洗濯物の皺を伸ばしながら干していく内に2人は食べ終わる。幸い、2人とも台所まで持っていって水につけてくれるので、中断して洗い物をする必要はない。

 

「一夏、私は部屋に居る。何かあったら直ぐに言えよ」

「はい」

「………」

 

 何が気に入らないのか、俺が返事する度に姉さんは睨む。昔は怖かったがもう慣れた。ちなみにレーダーは反応してくれない。流石のこいつも、殆ど人間辞めてる姉さんには勝てないらしい。

 

 姉さんが階段を上がる音を聞きながら洗濯物を干していく。今からの時間外には干せないので自分の部屋まで持っていくようにしている。朝起きれば大体乾いてるし、直ぐに畳めるから便利だ。まあ、他に干せる場所が無いだけなんだけどね。

 

 2階の部屋まで運んで、夕食を食べようとリビングへ戻る途中、電話が鳴った。すぐ近くだったので俺が取る。

 

「はい、織斑です」

『んー誰かな? あまり聞き慣れない声だけど、しゅーくんのお友達?』

「一夏です」

『ん、んー? あーーあいつかぁ! 束さんお前に電話かけたつもり無いんだけど? とっととちーちゃんに代わってくれない? ああ、返事はしなくていいよ。腐った声聞きたくないし』

 

 今日は随分と緩い毒舌だなあ。やっぱり今日は良い日なのかもしれない。

 2階に上がって姉さんの部屋のドアを3回ノックする。

 

「どうした?」

「束さんからお電話です」

「……わかった」

 

 またしても睨まれてしまった。

 

「束か。何だ?」

『……………』

 

 さて、俺もご飯を食べるとしようか。

 2日前と昨日の残り物を冷蔵庫から出して、レンジで温める。リビングで食べればテレビを見ている秋介にまた何を言われるか分からないので、台所で食べるようにしている。

 しゃもじを濡らしてご飯をよそうつもりだったが止めた。ちょうど2人分残っていたので明日に回そう。今日はパンだ。冷凍庫から食パンをだして、トースターで温める。

 

「ねえ一夏ー、さっきからうるさいんだけどー」

「……あと1分」

「はいはい、わかりましたー」

 

 さすがにトースターはうるさかったか……。音はレンジと同じくらいなんだけど何が違うんだろうか? まあいいや。はやく食べよう。この後もやることはたくさんあるんだ。

 

「いただきます」

 

 5分後。

 

「ご馳走様でした」

 

 お茶も飲まずに食器洗い開始、食器洗い機を束さんが姉さんにプレゼントしたらしく、台所に置いてあるが、使い方がさっぱりなので放置。自分で洗っている。色々なところでケチる俺だが、これだけは洗剤バリバリ使いまくっている。衛生面だけはしっかりしないとね。家族になにかあってからじゃ遅い。

 

 次は風呂。洗剤ぶちまけてバス、床、壁までしっかり磨いて洗い流し、お湯を溜めて、冷めないように上からシートをかぶせる。

 ついでに自分の髪を洗うのを忘れない。身体はあとでタオルを使えばいい。

 

「秋介。風呂が沸いたら入っていいよ」

「わかった」

 

 言う事は言ったしやることはやった、あとは自分の時間だ。時計を見るといつの間にか10時を過ぎていた。今日寝るのは2時過ぎになりそうだ。

 

 部屋に入ってドアを閉める。代わりに窓を開けて換気をする。

 ランドセルから中身を全部出して机の隅にまとめておく。ここで重要なのがドンと置かないこと。結構重いので静かに置かないとうるさいのだ。

 

「今日の宿題はーっと」

 

 クリアファイルからプリントを出して鉛筆を持ってうなり始めた。

 

 

 

 

 

 

「ふう、終わったー」

 

 宿題から始めて、次は今日の授業の復習で、その次が明日の予習、で、最後に今までの総復習。時計を見れば3時を過ぎていた。

 

「あらら、1時間オーバーだ」

 

 眠たいのを必死に我慢して、1階に下りる。

 勉強が終わった後に、戸締りチェックをして、トイレに行って始めて1日が終わる。前はこんなことはやっていなかったが、ある日夜中に起きて用を足した後に、玄関が開きっぱなしだったことに気がついて慌てて閉めたのだ。それ以来ずっと行っている。

 

 広くない家をぐるっと回って部屋に入ろうとした時、話し声が聞えた。多分姉さんだ。相手は束さんだろう。まあ俺には関係ない、眠いし、寝よう。

 

「一夏か?」

 

 その言葉に脚が止まる。話題は俺?

 

「まあそうだな」

 

 止めろと勘が言っているし、レーダーはビンビンだ。それでも脚が動かなかった。

 

 この時俺は無理矢理にでも部屋に戻るべきだった。この一言を聞かなければ、俺の人生が変わるあの日が来ても、まだ希望を持てていたかもしれない。

 

 

 

「確かにお前の言うとおりだよ。一夏は“無能”だ」

 

 

 

 俺はそこから先の事を覚えていない。気がつけば布団で朝を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の居残り授業はいつもの2倍長かった。これもう法律違反なんじゃねってくらい。と言うのも俺がボーっとしていたからなんだけど。理由は言わずもがな、昨日の姉さんの一言である。

 

『確かにお前の言うとおりだよ。一夏は“無能”だ』

 

 そんなの昔っからわかってる。どれだけ悪口陰口を言われ続けてきたことか。姉さんが俺に期待して無いことも、どうでもいいことも、邪魔な奴だって思われてることも知ってる。だから秋介だけを可愛がる。いや、これはさすがに卑屈すぎたかも。

 

 でも姉さんが俺のことを良く思っていないのははっきりした。

 だからと言ってこれからの生活が変わるわけでもない。俺1人では1週間も生きていけないし、姉さんが俺に優しくしてくれるわけでもない。

 結局何も変わらない、やることやるだけの毎日だ。変わったのは俺。心の奥の奥の奥の方にあった希望というカケラが消え去っただけだ。それだけのこと。些細な変化だ。

 

 日はすでに沈んでいる。いまから商店街に行っても開いてないだろうし、今日は売ってくれないだろう。スーパー決定。無駄な出費だ……。

 

 というか今から家に帰るんだから買い物も糞もない。家に残っている物で作るしか無いじゃん。流石に今の時間を小学生が1人で歩いているのはマズイ。というわけでとっとと帰ろう。

 

 いつもは近道を通っているが、今日はもう暗いので街灯がついている所を通って帰ることにした。

 

「確かこっちだったはず。うん、この道あんまり通らないからさっぱりわからん」

 

 方角的にはあってるはず。俺はバカだが方向音痴じゃあない、と信じたい。

 かすかな記憶を頼りに角を曲がる。

 

 ガスッ!!

 

 その瞬間、俺は頭に強い衝撃を受けて気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろガキ」

「ぐッ!」

 

 誰かに頭を蹴られて目を覚ました。ってまた頭かよ。

 目を開ければどこかの倉庫っぽいところだ。外が暗いのでまだそんなに時間はたってたいはず。他には俺の頭を蹴り飛ばしたと思われる男の他に、2人の男と1人の女がいた。

 

「どこだよココ……」

「どっかの倉庫だって言っておくぜ。で、もっと大事な事を聞かなくていいのかい?」

「あんたら誰だよ、誘拐か?」

「おう、誘拐犯だ。ナマで見れて嬉しいだろ? もっと喜べよ」

「おーすげー、誘拐犯だー」

「………なんだよこのガキ。気味が悪い」

 

 経験は無いけど、いつかこうなるんじゃないかって思ってたからな。なんとなく。姉さんは最強女子高生だし、その友人の束さんは天才女子高生だし。

 

「で、身代金でも要求すんの? 止めた方がいいよ。そもそも金にならないから」

「誰がんなことするかよ、お前は依頼人に売り飛ばす」

「で、なんで金にならないんだよ?」

「血は繋がっていても俺は家族じゃない。家族と思われていない」

 

 自分でこんなことを言っているが、何も感じなかった。この感じは“諦め”だ。俺はもう全部諦めているんだ。それが分かった。

 

「へえ、あのブラコン織斑千冬がねえ」

「それは俺の弟の方だ。俺じゃない」

「天才秋介か。できる方を可愛がるのは当然だな」

「てわけで俺は姉さんに対してなんの価値もない、金を要求しても無駄だぞ」

「さっきも言っただろうが、依頼人に売り飛ばす。お前はあいつの弟だからな。かなりの高値で売れたぜ。てっきり邪魔が入るかと思えばすんなりといった。今回は楽だったな」

「確かになあ。小学生1人をこんな時間にうろつかせるってのに驚いたぜ。正気じゃねえ」

 

 いや、正気じゃないのは姉さんじゃなくて先生だって。

 

「で、俺を幾らで売るの?」

「おう、気分がいいから教えてやる。4000万だ。山分けして1人1000万だな。ありがとよ、お前のおかげでこれからしばらく働かなくて済むぜ」

「そう………良かった」

「……はぁ?」

 

 良かった。俺はこの時本気でそう思っていた。

 世界が認める天才2人に価値無しの烙印を押された俺が、4000万で売られた。人身売買がどうこうとかまったく思わなかった。この4人の誘拐犯の生活が楽になるんだ、とかなり場違いなことで頭がいっぱいで、奇妙な達成感があった。

 

「俺を売って、あんたらの暮らしが楽になる。そう思ったんだよ」

「お前………馬鹿か?」

「当たり前の事言うんだな。俺は“無能”だぜ」

「………」

 

 言葉を失っているようだ。そりゃそうだ、ガキが何言ってんだよって感じだ。俺でも思う。

 

 ガガガガガ、という音と共に、倉庫の中が明るくなっていく。誰か――きっと依頼人――が入り口を開けていた。そして、近づいてくる。帽子を深くかぶり、サングラスをかけているので顔はよく見えない。

 

「約束の金だ、織斑一夏をよこせ」

「………おう。そら、いけよガキ」

「はいはい。じゃあねおじさん達、よい暮らしを」

 

 ドラマでよくあるあの薬を嗅がされて、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、一夏の奴どこいったんだよ。泊まるなら泊まるって連絡ぐらいしろっての。相手の親に電話させるとか、恥ずかしいったら無いよ。ねえ、千冬姉さん」

「………」

「姉さん?」

「あ、ああ。そうだな」

 

 一夏は10時を過ぎても帰って来ず、先程クラスメイトの母親が泊まっていくと連絡が入ったばかりだ。

 

 今日の家事は2人で手分けしてやろうとしたが、私がやると余計にややこしくなると秋介が言ったので、秋介が1人でやった。

 手際も順序も一夏に比べて断然良く、素早い。食事も一夏より美味しい。だが、私には一味足りない気がしてならない。

 

 いつになく不安だ。

 一夏は物心ついた頃から私に対して余所余所しかった。大きくなるにつれて他人行儀になっていき、歳不相応な言葉遣いと態度、そして悪い意味での歳不相応な学力と記憶力、運動能力。

 

 比べて秋介は何でもこなした。見ただけで理解し、工夫を加える。まさに天才だった。一夏の才能を全て秋介が持っていったかのように。

 

 そして比べられる。私と、秋介と。

 

 そこからはさらに酷くなっていった。身体のどこかに痣はあるし、元気は無くなっていき、笑う事も泣くことも無くなった。何かを言えば「はい」と答えるだけで会話すら成り立たない。上手く言っても敬語で話されのらりくらり。

 1度嫌がらせを受けている場面に遭遇して、子供達を怒った事がある。次の日の一夏は頭から血を流して帰って来た。

 

 私が何かを言えば一夏はさらに傷ついていく、何もしなくても苦しんでいく。私は何もできないでいた。

 

「お風呂沸いたよー」

「……ああ、先に入っても良いか?」

「もちろんだよ」

「すまない」

 

 私は寝る寸前まで、この不安を消すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから一夏が帰ってくることは無かった。

 

 

 

 

 

 




 感想、御指摘、アドバイス、いつでもお待ちしております!


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2話 「A-1」

 後半の一夏の地の文とセリフは誤字ではありません。仕様です。



「あぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 誘拐されてからどれくらい経ったんだっけ? 時間の感覚が無いからよく分からないが、とりあえずそこそこの日が経った。俺がどう扱われているのかは知らないが、少なくともただの家出ではないと分かるだろう。まあ、気付かれたところでどうでもいいけど。あの家に居場所なんてない、どうせ誰かに言われたことを黙々とこなすだけだ。それならあのおっさん達の金になった方がまだマシだ。

 

「ぎぃぃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっうううううううああああああああ!!!!!!!!」

 

 絶賛人間とは思えない声を出している俺だが、何をやらされているのかと言うと、簡単に言えば人体実験だ。毎日クスリ漬けだし、電流と一緒に流れ込んでくる情報、明らかに何か入ってるマズイ飯、寝る時は体中に電極張られたりしてるから間違いない。

 

「ぐふぇええぇぇっぇぇえええぇふううあああああああうううあうあうあぎぎぃぃぃぃいいいえええええええァァァァァああああああああああああ!!!!!!」

 

 で、なんでこんなに呑気に考えごとができるのかと言うと、慣れた。いや、勿論自分が異常なのは分かる。でも慣れてしまった、多分クスリが効いているってことなんだろう。でもやっぱり苦しいので叫んでしまう。というか日に日に出力が上がってきてる。

 

 意識を手放したくなっても手放せない。かといってぶっ飛ぶ事も出来ない。常に冷静な思考をしてしまう。俺はもう自分が人間じゃないってことを分かってきていた。姉とは全く違うベクトルの。

 

「ああ……………ぎ……………ぃ………う……ぅぁ…………………ぁ」

 

 おお、ようやく喉が潰れてきたか。ここまでくると終わってくれるので一種の時報と化している。あわれ俺の喉。

 

『放電止め。睡眠薬を投与して、部屋に放り込んでおけ』

 

 ほらね。じゃ、ひと眠りしますか。

 

 

 

 

 

 

 ぱっ。という効果音がふさわしいくらいスカッと目を覚ました。時間になったので覚醒剤(麻薬じゃなくて、目を覚まさせるクスリらしい)を投与されたんだろう。最初は驚いたがこれも慣れた。ここじゃ、睡眠すら管理されている。もしかしたら夢とかも見させられているのかもしれない。

 

『起きろ。C-1』

 

 さあ、今日もクソッたれな1日の始まりだ。

 

 部屋をでてホールに入る。

 

 電流と一緒に色々な情報が流されてくるわけだが、偶にそれが定着しているか確認する日がある。今日はその日だった。

 というわけで、模擬戦と言う名の殺し合い(・・・・)が今日のメニューだ。

 

 昨日まで流されて来たのは銃器の基本的な扱い方。

 テーブルに置かれた部品の数々を産まれて始めて手に取り、なんの問題も無く組み立てる。1つも部品を余らせること無く、4分38秒で組み立てた。

 直ぐに構えて、スコープを除き、遠くの的を狙って撃つ。

 

『命中。今回も成功だ』

 

 いやあ、この瞬間が結構焦るんだよね。失敗したらまた電流だし。まあ成功してもあんまり嬉しくないんだけど。

 

『続いて実戦テスト開始』

 

 奥の方のシャッターが開いて、俺と同じくらいの子供が5人出てきた。散らばって俺を囲もうとしてくる。反射的に構えて距離を取り発砲。早速1人が死んだ。

 

 これが嬉しくない理由。

たとえインストールに成功したとしても、実戦で使えなければ意味が無い。それを確認するために、同じ境遇の子供たちと殺し合いをするのだ。

 

「くらえっ!」

 

 気合いを入れた声と共に銃が火を吹いて、俺を襲う。

 

 対する俺は唯一携帯を許されている特殊合金製のナイフを抜いて、刃の腹を銃弾に添えるようにして弾道を逸らす。軌道を変えた鉛は俺の右後ろに居た2人目の眉間に命中した。のこり3。

 やられてばかりも何なので仕返し……したくは無いがするようにプログラミングされている。俺の意志とは無関係に。だったらこんなことしなくてもいいだろが! と思うが批判的な声を出すことはできない。

 

「ぎゃあっ!」

「   」

 

 牽制するつもりでばら撒いた弾に2人が命中。1人は声を出すことなく倒れていった。あと1。

 その1人はカタカタと銃を震わせて泣いていた。まだ日が浅いんだろうな、それなりに長くいる奴は震えたりしない。俺もその一人だ。

 

「う、うああぁ」

 

 目に涙を浮かべて俺を見上げてくる。

 

「た、助けて……」

 

 悪いがそれはできないんだよな。俺は助けてやりたいが、ここの連中が許してくれるはずないし、俺も勝手に動く自分を止められない。

 俺に出来るのは、ただ一つ。こうなる前に、楽にさせてやることだけ。自分で何一つ出来なくなるより、まだ自由に出来る今死んでしまった方が幸せだ。だからと言って殺していい理由にはならないが。

 

「助けてやるさ、この地獄から」

 

 引き金を引く。頭、首、心臓に弾がめり込んでいき貫通する。あふれ出た鮮血のシャワーを浴びながら、俺は何も感じず、ただボーっとしていた。

 

『実戦テストを終了する。本日は部屋で待機。以上』

 

 言われた通りに動く。銃をテーブルに置いて、彼らが出てきたシャッターとは別の所からここをでて、部屋に向かう。この施設はかなり広いが、自分の部屋まではシャッターを上手く使って1本道を作るので迷うことは無い。

 

 部屋に入るとピピッという音と共に鍵が閉まる。出たところで行く場所なんてどこにもないっていうのに。

 

 浴びた血を落とそうと思い、シャワールームへ行く。俺はどうでもいいが、ここの連中はそうでもないらしく、血液から細菌やDNAがどうのこうの言っていたのを覚えている。わざと放置していたら丸3日電流を流されたのでもうしない。絶対に。流石にあれはキツかった。

 

 服を脱いで蛇口をひねる。温かい雨が身体を打つ。ここでもっとも満たされる時間をしっかり有意義に使うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も今日も無駄な一日が始まったったたあ。

 

 おっと、最近こういう事が増えてきて困る。のか? もういっそ壊れてしまった方がらくなんじゃないかいいい?

 もうどれくらいここに居るかとか思い出せないし、昔の事はさっぱりだ。どこに居たとか、何してたとかぁ、何もんだったのぉかとか。というかここに居た頃のこともよく覚えていない。

 

『起きろA-1』

 

 忘れてもいいようにってことで書かされている日記に曰く、昔はC-1だったらしいけど、今の俺はA-1と呼ばれている。

 なんかAの方が進んでいるとか。うん、さっぱああありだ。

 

『ベッド脇の下から3段目の引出しを開けて装着しろ』

 

 言われたところを開ければそこに入っていたのは、イヤフォぉンとマイクが一体化した通信機だった。左耳につけて電源を入れる。

 

『これから指示するルートを記憶しろ。指示された通りのコースを通って、ホールまで行け。では始める』

 

 シャッターが開く。

 

『上下下下右左上左下左下右右左上右下右下上上上下下右右下左左右右上左斜上下』

 

 ……………。

 

『開始。制限時間は10分だ』

 

 ダッシュ。記憶した通りにいいい進んでいく。100mごとに分かれる道、上と下には梯子を使って移動する。そして1階ごとの移ぃ動が時間を食うので、さっさと動く必要がある。

 

「………」

 

 到着。タイマーは7分53秒。

 

『成功。その場で待機せよ』

 

 なんか出来ちゃったよ。まあいいんだけどさ。

 

 ふとその場にあるマジックミラーに目をやる。きっとこの向こうには連中が居て、データがどうのこうのああのそうの言ってるうだろう。

 そして目に映る自分の姿。ボサボサの長くて白い髪。きっとストレスとか、クスリの影響で脱色しちんだろう。前髪は目元が見えなくなるくらい伸びていて、ウ後ろは膝裏まである。

 

 どれくらいここに居るのか分からないし、記憶が無いので身体がどれくちい大きくなったかとかから推測もできない。

 そいえばいたであろう家族とか友達とかどうしてるかなー。今となっては他人だけどー。

 

『成功。その場で待機せよ』

「はあっ、はあっ……」

 

 誰かが入って来た。それに続いて続々と子供が入ってくる。どうやら俺以外にも同じことをやらせていたらしい。

 その中に見たことがあるような顔をした子がいたので近づいてみる。

 

「ふう………あ、兄さん」

「にいさんんん? エット………マドか、だっけ?」

「うん! マドカだよ! 今日は覚えてくれてたんだね!」

 

 飛び付いてすりすりしてくる女の子、A-5って言われていたと思うんだけど、俺にはマドカだって言ってきて、俺の事を兄さんといってついてくる。謎。

 

「兄さん凄いよね。私は1番だって思ってたのに、入ってきたら2番だったよ」

「俺の部やが、ホぉるにさかいってだけだロ?」

「近いも遠いも無いよ。ホールと私達の部屋は一定の距離を保たれている。指定されたルートもグネグネしてるけど、全員同じ距離なんだよ」

「へぇえぇ……まどカは者知りダな」

「そ、そんなこと無いって。もう、兄さんのバカ」

 

 確か……頭撫でると喜ぶんだっけ? なんでマドカの事はしっかありと覚えてるんだおるな? 俺が兄さんだから? 謎。てかよく俺の言葉が分かるな、自分でもおかしいって思うんだが。

 

『10分経過。シャッターを閉める。通路にガスを散布開始。ホールに居る物は待機』

 

 ああ。間に合わなかった奴は死ぬのか。うらやましいな、楽になれるんだからさあっ。

 

「あいつら……絶対いつか殺してやる!」

 

 おお、怒ってぇる。何に対してなのかはさっぱりだけど。

 

 ズドン………

 

 なんの揺れだ? って尋ねようとした時、イヤフォンから声が聞こえた。

 

『A-1、G-2、A-3、B-9、P-11、T-7。銃を取り、こちらの指示に従って行動せよ』

 

 呼ばれた。身体が動く。

 

 テーブルに置かれた銃をてにとって、走り出、した。

 

 

 

 

 

 

シャッターを抜けて声の通りに進んでいく。曲がってぁあぁ曲がってぉ上がってぇ曲がってぇ上がっぁた。

 

 そこに居たのは黒っぽい男達、銃を持ってこっちを見ていぃる。

 

「おい、あれが例の子供たちじゃないのか?」

「かもな、保護するぞ」

 

 複数のおこと達がこっちにくる。

 

『撃て』

 

 身体が動いた。構えて、引き金を引くまで1秒も無い。

 それからはひたすら撃ち続けた。俺以外の奴もたいしてくぁわらない。人を見かけたら撃つ、とりあえず引き金を引く、グレネードが投げ込まれても撃ち返す。

 

 沈黙。

 

「なあ、終わったのか?」

「しらね」

「てか、何だったの今の? 大人じゃん」

「どーでもいいだろー、撃てって言われたんだから」

「確かに」

 

 待っていても何もない、だが指示も無い。警戒しつつも駄弁る。まあ俺はこんおとおりだから話さないけど。

 

 ぱしゅっ

 

 今何か音がした。他も気が付いたようで、前を向く。

 

 すると飛んできたのはミサイル。勿論撃つ。

 勿論そんなことをすれば爆風で煙だらけで見えなくなるわけで。隣も誰だか分からなくなってしまった。

 そんな状況になっても撃ち続ける隣の奴。あほかぁあぁ?

 

「ウツな! ばしょがバレる!」

「何言ってんのか分かんねえっての! 日本語喋りやがれ!」

「じュうをウツなといってル!」

「はぁ!? お前な、この状況でミサイル撃たれたらどうすんだよ!」

「ヤツらはミエ無いバショニウたない! 煙にマギレてホヘイがチカヅいテくるぞ!」

 

 タァン!

 

 俺達が扱う銃とは違うオト、行ってるソバからこれ階なぁ。

 動こうとした時、後ろに気配を感じた。振り向くとそこには銃口。俺は構える前に撃たれてしまった。

 

「いタ」

 

 ああ、痛い、熱い。何度も経験した血が流れる感覚がするし、耐えられない熱さを腹に感じる。

 でも、これで死ねる。今まで殺してきたであろう奴らと同じように楽になれる。次は俺の番ってだけだ。ああ、これが嬉しいって気持ちかい?

 

「あー眠い眠い」

 

 あ、俺始めて(・・・)まともに喋ったんじゃね?

 

 銃を握る力もでず、首も動かす事も出来なくなり、眠気に負けて瞼を閉じた。傷の熱さも、失血で身体が冷えていく感覚すら無くなっていき、俺は全てを投げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄さん達がホールを出て行ったあと、直ぐに変化は起きた。

 

『ぎゃあっ!』

 

 突然の事にみんなが動揺する。私も耳元でそんな声がしたので驚いた。

 

『あー、あー』

 

 死んだであろう男の代わりに聞えて来たのは女の声。それと同時に、兄さんが行った方の近くのシャッターが爆発して、武装した男達がなだれ込んできた。

 

『あなた達、そこの男達の誘導に従って。ここから出してあげるわ。さあ、速く!』

 

 逃げられる!

 日が浅い実験体からどんどんとそちらに走っていく。ちょっとすれば全員が破壊されたシャッターを目指していた。

 

 が、私は1人で逃げるつもりなんてサラサラ無い。クソッたれな両親に連れ出されて姉さんと兄さんと引き離され、金に困ったあいつらに売られてここに来た。そこには居るはずのない兄の……一夏兄さんの変わり果てた姿。髪も、声も、身体も何もかもが記憶と違っていたけど、やっぱり兄さんだった。頭をグチャグチャにされて、1人をろくに覚えられなくなった兄さんは私の事だけちゃんと覚えてくれていた。家族なんだから当然の事だ。その家族を置いて逃げるわけにはいかない!

 

「すまない! 兄を探しくれ! 兄さんと一緒じゃなければ逃げられない! 経った1人の家族なんだ! 頼む!」

「………司令。指示を」

『許可するわ。探してあげて』

「だそうだ。特徴を教えてくれ」

「ああ、ありがとう! 白くて長い髪で、前は目が見えないくらいで、後ろは膝裏まである。目は右が赤で左が緑、どちらも虚ろだ。声もどこかおかしくて発音がしっかり出来なくて、慣れてないと聞き取りにくいかもしれない」

「大分いじくられているな。分かったよ譲ちゃん、部下に探させる。どっちに行ったかとか分からねえかい?」

「あっちだ! 頼む!」

 

 私は開きっぱなしのシャッターを指差した。

 

「おい、聞いてたな、行け! 譲ちゃん、向かわせた部下とは外で落ち合う事になってる。今はこっちに従って逃げてくれ」

「………分かった」

 

 本当はここに残りたい。兄さんと一緒に出たい。

 だが、これ以上助けてくれると言っているこの人たちに迷惑をかけられない。大人しく従って、私は先に行った子供達を追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつはヒデェ……」

 

 俺たちは更識本家の指示で、子供達を使って人体実験している施設がある場所を訪れていた。本来なら、偵察で済ませるはずだったが、先に亡国機業が来ていたらしく、恐らく子供達の救助と情報収集の為に中に入って行ったのだろう。入口は瓦礫ばかりだ。

 

「当主、こっちに子供たちが……!」

「なんだと!」

 

 そこに行けば確かに子供たちがいた。だが、どの子も致命傷を受けている。即死だ。

 銃を握っているので、恐らく防衛に出たのだろう。それがこの子達の意志かどうかは分からないが。

 

「あっちにもいます!」

「生き残りが居るかもしれん、くまなく探せ! 亡国機業が直ぐに来るぞ! それまでに何としても見つけるんだ!」

 

 部下達に檄を飛ばして、自分も動く。足場が悪いことなど気にもならない。走って、瓦礫を動かして、ただただ探し続けた。

 

 

 

 

 

 

 腕の中には1人の少年。

 髪は女性よりも長い、だが、ボサボサで手入れなどしておらず、自らの血と土埃で汚れきっていた。服と身体も同様に汚れており、お腹を中心に赤い染みが広がっている。

 

 結局見つけられたのはこの少年1人だった。だが、この少年の命もまた、他の子供と同じように消えようとしている。

 俺は捜索を打ち切り、この少年を抱えて本家御用達の病院へ向かっている。

 

「絶対に死なせはしない……!」

 

 結果から言うと、この少年は助かった。

 だが、失ったものは大きく多かったようだ。ろくに言葉を離せず、簡単なこともすぐに忘れてしまう。

 助けたことに後悔は無い。だが、これから生き続けることがこの少年の為になるのか、俺には分からなかった。

 

 崩壊した施設に再度侵入し、残っていた資料とデータ、この少年の首輪に刻まれた番号から、この少年について分かった事が幾つかある。

 あの織斑千冬の弟、織斑一夏だったこと。誘拐され、施設に入ったこと、そして、彼が受けた全ての実験。

 

 始めは彼を織斑千冬の元へ送り返そうと思った。が、彼はもはや織斑一夏ではなくなっている。これではただ一夏の家族を、そして本人を傷つけるだけだ、という結論に至り、俺の養子になることになった。名は森宮一夏。

 

 これからの彼の人生が幸あるように。ただそれだけを願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つかった?」

「いえ、施設周辺まで調べましたが、いませんでした。そもそも、白髪の子供自体見当たりません」

「……死体も?」

「……ええ。恐らく、爆発に巻き込まれて……」

「そう」

「嘘だ」

 

 私はその言葉を信じられなかった。

 

「兄さんは強いんだ! ここにいた誰よりも兄さんが強かった、A-1なんだ! そんなことで死んだりなんかしないんだ!」

 

 でも、認めるしかなかった。

 

「ううっ……兄さんが、死ぬわけ……無いんだ……」

 

 たった1人の家族は、もういない。

 

「うああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 言葉通り、塵も残らず、消えた。

 




 拾われた一夏が、そのまま養子になるところがかなり無理やり感ありますけど、スルーで。


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3話 「森宮」

 どこだ? ここ。

 

「ア゛ッ……!」

 

 少し身体を動かしただけで腹のあたりにと左腕に激痛が走る。それも数分経てばなんとか治まってくれた。首だけを動かす分には問題ないようなので、自分の身体を見てみた。

 見えない。

 左腕は掛け布団の上に合ったので見えるが、腹を含め、自分の身体がどうなっているのか見えなかった。腕は三角巾と特殊なサポーターを付けられていたので、多分骨折だろう。

 

 部屋は純和風っぽい感じだ。天井の蛍光灯と、隅にあるディスプレイ、俺の傍にある見慣れない機械以外はだが。

 始めて(・・・)見るタタミという床や、ショウジというスライド式のドアなど、あの部屋では見られないものばかりで新鮮だ。

 

 そのショウジがスッと開いた。

 そこに立っていたのは見慣れない服を着た男。一言で言うならナイスガイ。なんで俺はこんな微妙な使い道をする言葉ばかり覚えてるんだろうな?

 

「お、起きたのか! 大丈夫か? 痛むところは無いか?」

 

 俺と目があった瞬間に駆け寄ってきて、勢いよく俺に話しかけてきた。

 

「左ウでとハラが」

「腹は撃たれたところだ。弾は貫通していた。腕は瓦礫に挟まって折れていたよ。……っていきなりこんなこと話したが大丈夫か?」

「思イだす」

 

 確か……いつも通り実験やらされて、ホールに集められて、そしたら誰かに襲撃されて、迎撃に出て、撃たれた。で、気が付いたら寝ていた、と。

 

「シンだとおモッた」

「正確には死ぬ寸前だった、だな。何とか治療が間に合って、今に至ると言うわけだ。さて、聞きたいことがあるだろう?」

「おっさんダれ? こコドコ?」

「俺は森宮陣。森宮家第16代目当主。んで、ここは俺の家の森宮本家だ。ついでに言っておくが、俺はおっさんなんて言われる歳じゃない」

「ジン?」

「スルーかよ……ああそうだ。俺はお前の父親だ」

「チチオや?」

「ああ、養子にすることにした。あの施設はもう無いし、お前の本当の家族については何も分からなかった。クスリ漬けにされたお前を病院や孤児施設に預けても同じことを繰り返すだけだからな。俺が引き取った。悪いがこれは決まった事だ」

「ベツニ、ドウでもイい」

「そうか。ま、しばらくは動けないだろうからじっとしてる事だ。何かあったら呼んでくれ」

 

 おっさん――もとい、ジンは言うだけ言ってどこかに行った。

 ………暇だ。

 

 思えば暇な時間なんて今までなかった。実験実験実験の毎日。日記に書いてある限りでは、一番最初の頃……つまり、施設に来た頃に書いていたところでも俺は忙しい毎日を送っていたらしい。それからは予想がつくので、考えるまでも無い。

 

 何をしようか? と思ったが何も思い付かない。今まで娯楽についてカケラも考えた事なんてないから、今すぐやれなんて言われてもさっぱりだ。まあ、この身体で出来る事なんてたかがしれてるだろうけど。

 

 でもまあ。あれだ。

 

「ネる」

 

 傷を治そう。

 今気が付いたけど、頭の中にあった違和感が消えてる。すんなりと物を考えられる。依然と声はおかしいけど。さっぱりだ。

 

 

 

 

 

 

 数日後。完治した。

 

「なんであれだけの怪我が数日で完治するんだ? 腹には風穴、腕は骨折だぞ?」

「クスリに感シャ?」

「俺に聞くんじゃない……」

 

 寝ていたらいつの間にか傷は塞がっていて、腕の骨はくっついていた。念のために病院にも行かされたが、問題ないとのこと。医者はどこが悪いのかと首をかしげていた。

 

「もう考えるのもメンドクセェ……。あーっと、これからの話をするぞ、お前が俺の養子になったって話をしたのは覚えてるか?」

「? シラなイ」

「お前なぁ、つい何日か前の事だろうが! 寝ぼけてたわけでもないし、忘れてんじゃねえよ!」

「…………ソウいえばそんあコトアった、きガスる」

「気がするじゃねぇ! したって言ってんだろ! アホ!」

「で?」

「はぁ……それで、森宮の家は“更識家”ってところに仕える家だ。んで、森宮の名前を背負う奴は更識に仕える義務がある。森宮の仕事は護衛と暗殺。俺はお前にその技術を教えないといけない」

 

 護衛、は出来るかどうかさっぱりだけど、殺しならお手の物だ。どんな武器でも扱える自信はある。無手でも余裕で殺せる。毎日やっていた事だから。

 

「!?」

 

 というわけで早速見せてみる。座った体勢から一歩で密着、手刀をジンの首にトン、と当てる。鍛えているならこれがどういう事なのか、分かると思う。

 

「……そういえば、銃で亡国企業と戦っていたな。確認するまでも無かった、スマン」

「アヤまらなクていい」

「腕は分かった。だが、必要なものはまだまだあるぞ。みっちり詰め込んでやる」

 

 詰めた傍から抜けていきそうだ。日記曰く、昔の俺は物覚えが悪かったらしい。クスリ漬けで更に悪化した今、マトモにいきそうにないだろうな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うと言っとるだろうが! 何回間違えれば気が済むのだ貴様は!」

「申し訳ありません」

「いい加減聞き飽きたわ!」

 

 また叱られる。これで何度目だろうか? もう数えてない。

 

「なぜ当主はこのような“無能”を養子になどしたのだ……まるで価値が無いではないか。ただの穀潰しだ」

 

 今教えてもらっていたのは戦術論。それも森宮独自のものだとか。おかげで、電流と一緒にインストールされた情報と食い違いがあってしまい理解できない。加えて俺自身の能力の低さも合わさってまったく覚えられない。テストなら赤点以下、0点だ。

 

 これらの知識に加えて一般教養を身につける為、お嬢様方と同じ学校に通わされているが、成績は学年最下位。それに比べてお嬢様方はそろって学年1位。メイドの布仏様の姉妹も学年上位組に入っている。

 

「そんなことで森宮の使命が果たせるものか! 恥さらしめ!」

 

 そして決まってこう言われる。“恥さらし”“無能”“クズ”その他諸々。守るべきお嬢様方より劣っていちゃ意味が無い。“殺し”以外は一般以下。いや、もしかしたらそれすらも劣っているかもしれない。

 

「付き合ってられん。それを全て解いて片付けておけ。罰として屋敷を今日中に掃除しろ。それまで食事および休憩は認めない」

「はい」

「……何故貴様がここに居るのか私には分からん。とっとと放り出してしまえばいいのに。当主は何を考えているのか……」

 

 そんなの俺が聞きたいよ。俺がここに居る意味をさ。

 

 殺しができたって、今の世の中じゃ何の意味も無い。たとえこれらが抜きん出ていたとしても使い道が全くない。というか単純な力が通用する世界じゃない。無くなった。

 

 インフィニット・ストラトス。通称IS。女性にしか扱えないという欠点があるが、現時点において究極の兵器であることに変わりは無い。本来は宇宙開発用のパワード・スーツだったらしいが、今では兵器同然。軍用型まで開発されているぐらいだからな。軍用ISは非公式だがこれでも森宮の末端、それくらいの情報の閲覧は可能だ。

 これの登場、普及によって男性の立場は悪化の一途をたどり、女性の優遇制度なんてものが設けられ、学校を始めとした教育機関であるものがよく見られた。女尊男卑。学校がこんな態度をとるのだから、この風潮が広まり、定着するのは当然だった。そして現在進行中である。

 

 まあISがあろうとなかろうと、俺の立場は家も学校も変わらない。白い髪にオッドアイ、加えて“無能”だからな。

 

 使い古された指南書を見る。

 そこに書かれているのは分かりやすく言えば、こんな時どうする? というもの。答えをノートに書いていくが、確実にこれは間違いだと言われるだろう。俺が合っていたためしがないってのもあるが、さっきも言った通り、インストールされている情報とまったく違う為に、理解ができない。インストールされている情報はもはや遺伝子レベルで染みついているのだ、もはや本能に近い何か。

 ジンが言っていた。俺の脳のキャパシティはクスリと実験によって減少しており、そして余った部分の大半にインストールされた情報を収納している為、必要のない知識が入りこむスキマが存在しないらしい。というわけで、俺にとってこの授業は無駄なことなんだが、特別扱いするわけにはいかないだろうし、誰も納得しないだろう。

 

 てきとうな回答をして、ノートを閉じる。

 ここからが問題だ。このバカでかい屋敷を1人で掃除するのは骨が折れる。無駄なことは考えずにとっとと済ませよう。

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

 掃除終了。現在の時刻、午前1時26分。だいたい半日ぐらいかな。前は1日掛けていたからかなり良くなった方だと思う。それでも全然ダメな方なんだけど。

 

「片付け片付けーっと」

 

 用具を詰め込んだ俺専用になりつつあるバケツを持って倉庫へ向かう。趣のある日本家屋には欠かせない縁側を歩く。ギッ、ギッ、と歩くたびに音が鳴りそうだが、そこは俺、足音を殺して歩くのが普通だったので、音は無く、虫の鳴く声だけが響いている。

 

「こんなことはできてもな」

 

 愚痴りながら片付ける。こちらも俺専用になりつつある倉庫の鍵を使って閉める。開かない事を確認してから部屋に戻ろうと、足音を立てずに縁側を歩いている時、話し声に気が付いた。

 この時間に誰かが起きているのは別に不思議じゃない。護衛と暗殺を受け持つ森宮ではむしろ普通……とはいかないまでも、珍しいことじゃない。

 だが、ここで気になるのはそんなことじゃない。場所があれなんだ。

 

 陣の部屋。

 あいつ――じゃなくて、養父はこんな時間に起きていることはあまりない。現役ではあるが、それなりに歳を取っている為、健康的な生活を心がけているらしい。早寝早起き朝ごはんブーム真っ最中。

 その養父がこんな真夜中に誰かと話している。あまり良い話しじゃないだろうし、末端の俺には関係ないだろう。そう思って通り過ぎようとした時、1つの言葉が耳に入った。

 

「一夏がどうした?」

 

 ………別に俺の名前が出たからって気にする必要なんてない。一応養子だし。

 

 そう結論付けて離れようとした。が、身体は動かない。

 

 ……前にもこんなことが無かったか?

 

「今日という今日は申させていただく」

 

 相手は俺のお目付け役らしい。

 

「あのように物覚えの悪い者は見たことが無い。本人にもやる気を感じられないし、屋敷の者を始め、布仏や更識本家の者にまで「森宮は……」と関係のない我々に対してまで小言を言われる始末。屋敷の者は皆、小僧の追放を望んでおります」

「前にも言っただろうが。それは仕方のないことだと。布仏や本家には俺から言っておくから、お前たちは今まで通り、一夏に教えてやってくれ」

「断ります。ご存知ですか? あやつは罰を何とも思っておりませぬ。面倒だから、どうせ理解できないからと、解くように言っておいた問題の解を適当に書いております。これは今日の物です。明らかに関係無い言葉まで出てくる始末。奴に教えることなど何もありません」

「………」

 

 さすがに“麦茶とほうじ茶の味の違い”について書いたのは拙かったか……。やっぱりもっと詳しい内容じゃないとダメなのか? 違うか。

 

「刀奈様も簪様もよくは思ってない様子。あやつもお嬢様方の事を軽んじている傾向がございます。森宮の使命を果たそうとしない者をこの屋敷に置いておくのですか?」

「…………」

 

 森宮の使命は物覚えの悪い俺に養父が直々に何時間も何日もかけて俺に刷り込んだ(・・・・・)事だし。使命に忠実な養父からすれば、この返しはきつい。

 というかなんで養父は俺をかばうんだ? そこからして謎なんだが……。

 

「あ奴めの処分を」

「………」

 

 あれか? こんなときだけ親面してるのか? まあ養父は他の人に比べて優しいところがあるが、多分俺に一番呆れて、イラついているのも養父だ。

 だとしたらこれはこの屋敷にとって、布仏に、更識本家にとって絶好の機会だ。なにせ、俺を追放すれば人体実験の被験者が無償で手に入るんだからな。モルモットに人権なんてあるはずない。好きにし放題だ。

 

 とするとこれは俺にとってピンチな状況になる。何せ衣食住が無くなるんだから。別にここじゃなくてもかまわないし、1人で(狩りをして)生きていける自信はあるが、流石にこいつらから逃げきれるのは不可能だ。

 

 どうする?

 

「……一夏の」

 

 ここでまたボーっと突っ立っておくのか? あの時みたいに?(・・・・・・・)

 

「一夏の処分は……」

 

 それは拙い。どれだけ今の立場が悪くなろうと構わない。クスリ漬けにされない為ならなんだってやってやるさ。

 

 俺は無意識に障子を開けてこう言っていた。

 

「森宮一夏の処分は、全教育課程を修了し、代わりに各方面からの暗殺依頼を回す。でいかかでしょうか当主様」

「「!?」」

 

 ちなみにこれは俺が人生初の“自分の為に”動いた瞬間である。

 

「身に付きもしない事を延々と教えていたところで時間と人員の無駄です。ならば止めてしまえばいい。幸い、私は“殺し”の技術だけはそこそこ持ち合わせております。ならば私に暗殺依頼を回せばよろしいと思いませんか?」

「盗み聞きの上にその態度! 無礼であるぞ小僧! 単に座学を受けたくないだけであろうが!」

「その座学で教えられるものはどれも戦い方ばかり。突き詰めれば“殺し方”です。もともと身についている技術を教えたところで意味はございません。先ほども申し上げました通り、時間と人員の無駄です」

「なんと生意気な! あれは森宮の者が必ず通る道である! 貴様だけ特別扱いするわけにはいかん! たとえどれだけ出来が悪く、“無能”であってもな!」

「森宮の使命はただ1つ、“更識家への忠誠”でしょう? 用はそれさえ果たせばいいのです。加えて、森宮としての義務……私にできる事でしたら暗殺のみになりますが、これも果たせばいいだけ。何も問題はありません」

「貴様ァ!」

「待て」

 

 そこでやっと養父が口を挟む。

 

 理由は知らないが、アンタは俺をここから出す事を渋っている。この提案を呑めば、俺は今まで通り森宮の人間だし、ついでに使命も仕事もこなす。俺としては自分がどうなろうがまた被検体にされなければなにされようが別にどうでもいいから、この案ならお互いの要望を通せる。かなり強引だが。

 

「一夏、人が殺せるか?」

「ここに住む誰よりも私は人を殺しております」

「………わかった。森宮一夏の処分は以下の物とする。全教育課程を修了し、明日より任務に当たれ。当面は先人達のサポートに回ってもらう」

「かしこまりました」

「当主!」

「さあ、部屋に戻れ。もう遅いし、これ以上騒げば誰かが起きる。私も眠たいしな」

「失礼します」

「待たんか!」

 

 お目付け役の制止の言葉を無視して俺は部屋へ戻った。

 

 とりあえず、これで面倒な座学も罰も無くなる。その代わりに任務が入ってくるわけだが、俺からすれば人殺しこそが常識だ。別にどうでもいい。

 

 やったね! 明日からが楽しみだぜ!

 

 

 

 

 

 

 なんて甘い希望を持っていたが、今まで“森宮”に向けられていた小言、悪意、悪戯などが全て“森宮一夏”へと矛先を向けて襲いかかって来た。すれ違いざまに脚を掛けたりボディーブローは当たり前、拳大の石は普通に飛んでくるし、食事にペット用の飯が混ざっていたことだってあった。一番ヤバかったのはわざと俺を狙って銃を撃って来た事だったかな。

 ヒエラルキーで俺が一番底辺なのを良いことに、多種多様な悪意がこれから数年間俺に向かってくるわけだ。正直座学と罰の数百倍キツイ。寝てる時でも気を抜けない、数m先に誰かの気配を感じただけで飛び起きてしまう。今まで以上に閉鎖的になっていって、自傷行為が増えていったのを嫌でも実感する。

 ISとか関係無しで俺の立場は最悪で、いつ、誰が俺を殺しに来てもおかしくない状況だ。常在戦場である。

 

 1年経てば傷が増え、2年経てば心が砕けた。

 数年後、俺は言う事を聞くだけの機械のようになっていた。

 

 そんな折に行われたある行事が俺を変える。

 17代目楯無の襲名式。お嬢様方との再会だ。

 



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4話 襲名式1

 後半は会話文でごり押しです。



 14歳のある日。俺は養父――当主様から突然そのことを告げられた。

 

「明日、更識本家で刀奈お嬢様が17代目楯無を襲名することになった。俺とお前は行くからそのつもりでいろよ」

「はい」

「………」

 

 当主様はゴミを見るような眼で俺を見た後、どこかへ行った。

 

 しかし明日か……いきなりだな。刀奈お嬢様は俺と同い年の14歳。中学3年になったばかりだってのにもう当主か。凄いなぁ。

 

 今の時期にやるのは多分ISが関わってるんだろうな。本家に男子は産まれなかったから危ぶまれてたけど、女性にしか扱えないISが男女の立場を変えた今、女性じゃなければダメみたいな感じになってる。

 

 加えて刀奈お嬢様の才能。まさに天才なお嬢様なら子供の今でも、大人以上に立派に当主をやり遂げるだろう。

 

「俺には関係ない」

 

 森宮に来たばかりの頃、歳が近いからという理由で夏休みの間、お嬢様方の執事まがいの事を任されたことがあるが、結果はやはりダメダメ。目も当てられないほどだった。一夏の苦い経験だ。多分お嬢様方も俺の事を覚えてないだろう。怒られてばっかりだったし。

 

 何もせずに当主様の後について行って、適当に挨拶して速攻帰ってくればいい。宿題に任務にとやる事は山のようにあるんだから。森宮に来る依頼の半分をこなすのはさすがにキツイ。

 

 えーっと、ここの問題は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、更識本家。

 

 朝から本家には大勢の人間が押し寄せていた。でありながらまだまだ広さに余裕を感じる。どれだけでかいんだよ。

 

 当主様と受付を済ませ、中に入る。そして突きささる視線視線視線。森宮一夏だから、というのもあるが、今日はそれだけじゃない。

 前が見えるのかってくらい長い白い髪に赤と緑のオッドアイ。いつもならフード付きのパーカーを着て、目が黒く見えるように細工された伊達メガネを付けているんだが、今日は無い。

 ただでさえ浮いてるってのにスーツを着ているのが拍車をかけてる。男性は紋付袴、女性は振袖、和服オンリーのなかで俺だけ洋服。仕方ないじゃん、持ってないし。

 レンタルという手もあったけど、無駄な金だし、何より動きづらい。護衛と暗殺が仕事の森宮が「動きづらい服を着てたので守れませんでした」なんて間抜けな言い訳はしたくない、といって当主様を納得させた。

 

 場所は式が執り行われる大広間……ではなく、立派な庭園。

 本来なら各家の当主とその付き添いまでが参列するのだが、俺は辞退した。場違い感が半端じゃないし、お嬢様の折角の晴れ舞台を汚してしまう。

 

 いつも思ってしまう。どうして自分を蔑む連中を命がけで守らなければならないのか、と。そうしなければここには居られないから嫌々ながらするし、刷り込まれてしまっているので、嫌でも身体が更識にとって最善の行動を取ってしまう。

俺個人はやる気があんまりない。養ってくれるのはありがたいと思っているから、その分の仕事は絶対にするし文句も言わない。だが、森宮はどうだ? 更識は? 他の家は? 学校が終われば飯も食わずに直ぐに任務。夜遅くに帰ってきても誰もねぎらってはくれず、用意されているのは冷めている適当に作った簡素な食事。他人の万倍以上の時間をかけなければ平均の成績すら出せない俺が、勉強時間もプライベートな時間も潰しているのに、まるで家畜のような扱いを受け、仲間に命を狙われることすらある。利害関係が一致しない。“=”じゃなくて完全な“>”だ。

 

 ここも施設とたいして変わらない。義務を強要して、俺を良いように利用する。面倒な任務だったり、ストレスのはけ口にされたり。更識の為に、という言葉で俺を操り、縛る。

 

 ここ最近ようやく気付いた。自由になんかなっていないって事に。施設に居た頃よりも束縛されて、利用されている事に。

 俺の努力次第で少しは変わっていたかもしれない。が、俺は努力したところで全く意味が無い。どれだけ繰り返しても同じ結果になるのだから。

 

 ぼーっとしながらブラブラと時間をつぶす。池にかかった石橋に、優雅に泳ぐ鯉、カコンと音を立てるししおどし。本で読むような日本庭園を歩く。正直ここまでして庭を手入れしていることに関心する、もっと有意義なお金の使い道があるだろうに……維持費だってバカにならないはず。偉い人の考えはよく分からない。

 

 もう帰ろうか。俺が居たって意味は無いし、集まった奴も俺を見て良い気はしないだろうしな。

 

 その辺の塀を飛び越えようと思い、近いところを探していると声をかけられた。いや、呼ばれた。

 

「一夏?」

「ッ! ……何故ここにおられるのですか? 簪様」

 

 声の主は意外や意外の人物、式に参列しているはずの簪お嬢様だった。

 

「私の出番……終わったから、散歩。一夏は?」

「……辞退しました。私が参列してしまえば、刀奈お嬢様の輝かしい日に泥を塗ってしまいますので。というより、よく私の事を覚えておられましたね。1ヶ月お仕えしただけだというのに」

「そんなこと…ないよ…」

 

 気の弱いところは変わってないみたいだ。小動物みたいな可愛さに磨きがかかっている。

 

「ひさしぶりだね…会いに来ればよかったのに…」

「私がどう思われているかは、簪お嬢様もご存じでしょう? それに、森宮への依頼もありましたので」

「ぁぅ……ごめん……」

「あ、い、いえ、責めているわけではございません。ただ、行こうにも行けなかったと言いますか……」

「そ、そう? よかった……」

 

 ふぅ…と息をつかれる。その様子は本当にそう思っているようで、演技には見えない。まさかとは思うが、俺を気遣ってくださっているのか? ないな。ありえない。

 

「そ、そうだ! もうすぐ式も終わるから、お姉ちゃん呼んで来るね!」

「え、ちょ、お嬢様!」

「ちゃんとここに居てね~」

 

 それは俺が式を辞退した意味をなくす行為だってことに気がついてますか~?

 

 心の訴えも空しく、簪様は小走りで大広間へと去って行った。

 ……居るように言われた以上動けない。腹決めて、刀奈――楯無お嬢様と会うしかないか……。

 

 その時、俺の警戒範囲に誰かが入って来た。それはいつもの事なのだが、今回は違う。隠し切れていない敵意と殺気(・・・・・)を感じた。位置からして裏門のあたり。気付かれないように、平常を装いながら向かう。待つようにという命令だったが、ここは安全を最優先する。現場の判断というやつだ。

 

 近づくにつれてなんとなく分かってくる。数は……2。最少人数で来ているみたいだな。式で浮ついているとはいえここは更識本家、その度胸は評価するべきか、はたまたただの阿呆か。何にせよ、見逃すわけにはいかない。

 

 更に近づく。風に乗ってかすかに話し声が聞えてくるほどの距離だが、まだ気が付いていないらしい。出て行きたくなるのをこらえて、耳を傾ける。情報は時に銃弾よりも脅威になる。

 

 声の高さからして、女のようだ。

 

「……本当に2人でやるのか? せめてあと3人は居た方が……」

「仕方ねぇだろ。人は居ても、ここに入りこめる奴なんてそうそう居ねえんだ。俺からすれば、テメェが居るだけでもかなり助かってるんだぜ? これでもな。なんだ、ビビってんのか?」

「し、仕方ないだろう。実動部隊に配属されて初の任務があの更識本家への潜入、当主の暗殺など……」

 

 ……なるほどな。まあこんな時に攻めてくるんだから目的は一つしかないよな。これでこいつらを泳がせておくことは出来なくなった。今すぐ“殺せ”と、使命を刷り込まれた頭が身体を動かそうとするのを必死に抑えて、聞きに徹する。せめて、こいつらがどこから送られて来たのかを聞かなければ……。

 

《ザザザ……》

 

「こんな時に聞くのも何だがよ、なんでお前ウチの部隊に志願したんだよ。あのまま逃げてりゃ良かったのにさ」

「兄さんを探す為だ。ここに居れば様々な情報が手に入る。私はともかく、兄さんはすでにまっとうな暮らしは出来ないからな、必ず裏の世界で生き延びているはずだ。同じ世界に生きていれば兄さんの情報が手に入ると踏んだ。あの時遺体が無かったんだから、兄さんは絶対に生きてる。今度こそ一緒に居るために……」

「ブラコンだなァ。俺には家族が居ねぇから、お前の気持ちは分からねえな。んで、見つけた後はどうすんだ?」

「誰にも邪魔されない静かな場所で暮らす。2人でずっと。1年ぐらいしたら子作りに励んで子供たちと幸せに過ごすんだ……ふふふふふふ」

「……コエェな」

 

 《ザザザザザザザ………》

 

 こんな時に雑談とはな……。警戒も緩いし、素人なのか?

 しかし、その兄さんとやらは苦労しそうだな。少女には悪いが見つからない事を祈ろう。俺も“姉”に狙われている身だから分かる。きついんだよ、色々と。

 

 《ザザザザザザザザザザザザザザザザザ………》

 

「で、なんでいきなりこんな話を?」

「俺らは何時死ぬか分からないだろ? 思い立ったが吉日、その時にやりたいことやっとくんだよ。悔いが残らないようにな。ついでに生き残った仲間の思い出になって生き続ける。だから、こうやって自分の夢とか願いとかを仲間に話すのはウチじゃ珍しい話じゃないぜ。俺も先人達からそうやって色んな事を学んでいったんだ」

「……そうか、私も倣うとしよう。だが、兄さんは渡さないぞ」

「誰もそんな話はしてねえよ」

 

 《ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ……》

 

 仲間……ね。話に聞く限りじゃアンタらがうらやましいね。背中を狙われる恐怖が無いんだからどれだけ気が楽だろうか。

 くそ、さっきからノイズと頭痛が……。

 頭が……割れそうだ……!

 

 《ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ》

 

「そろそろ時間だな、行くぞ」

 

 《ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ》

 

 その言葉を聞いた途端、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ時間だな、行くぞエム」

「わかった」

 

 まぎれる為に着た振袖を気遣いながら潜んでいたが、オータムの合図に合わせて立ち上がり、庭を進む。

 

「!?」

 

 殺気を感じたので真後ろに飛び退く。完全に本能に任せた行動で、全く気が付かなかった。私がいた空間をナイフが飛んでいき、桜の木に刃の根元まで突き刺さった。掠っただけでも肉を持っていかれそうだ。投擲であそこまでの破壊力を出すなんて化け物だ。

 飛んできた方向を見る。そこに居たのは……

 

「兄さん?」

 

 前が見えるのかと言いたくなるほど長い白い髪に、髪の隙間から覗く紅と緑のオッドアイ。

 話に出たばかりの家族だった。

 

「兄さん!」

「アホかお前は! 奴の眼を見ろ!」

 

 ナイフを投げられたことも忘れて駆け寄ろうとしたところをオータムに止められた。

 言われるがままに兄さんの眼を見る。ハイライトを失い、施設に居た頃よりも虚ろになった瞳が私達を見ていた。いや、見ているのか? 焦点が合っているのかすら疑わしい。

 

「に、兄さん……なんで、そんな……」

「随分前から気付かれてたみたいだな。にしても正気じゃあないぜ、お前の兄貴。いつもあんななのか?」

「そんなわけない! きっと、何かされたんだ……更識の奴ら、絶対に許さない……!」

「何にせよ、俺らはお前の兄貴を突破しないといけないわけだ。成功すれば任務達成ついでに兄貴も帰ってくる。良いことづくめだ。行くぜ、エム!」

「ま、待てオータム!」

 

 今度は私がオータムを止める。

 

「んだよ」

「兄さんは私の数倍強い。さっきはギリギリで避けられたが……次は無い。確実に殺されてしまう……」

「諦めろってか? お前の兄貴は目の前に居る、任務だってまだ果たしていないのにか!」

「仕方ないだろう! 無駄死にするよりマシだ!」

 

 これは兄さんを危険にさらす事を意味する。

 私もオータムも、部隊の中ではかなりの実力を持っている方だ。だが、それでも兄さんには届かない。私は昔よりも強くなったはずだが、兄さんは明らかに私の上を行っている。近づけば死んだことにも気付かずに殺されるだろう。

 

「幸い、近づかなければ攻撃してこない。このまま回れ右で戻るべきだ。追って来ないとは限らないが、前に進めば確実に犬死にする」

「ここまで来たってのに……クソッ! 退くぞ!」

 

 最愛の人を置いて去らなければならない事が悔しくてたまらない。思わず握った拳から血が出るほどに。

 最愛の人が更に傷ついていく事実に悲しくて涙が止まらない。視界がにじんで、思わずしゃがみこんで泣き叫びたくなるほどに。

 

「待ってて兄さん。今度は私が兄さんを救うから、そしたら……」

 

 ずっと一緒にいよう。

 

 力のない自分に、これから先をいう資格は無いと思い、言葉を飲み込む。後ろ髪をひかれる思いで、更識本家を後にした。

 

 

 

 

 

 

「…………はっ!」

 

 ブラックアウトしたと思ったら直ぐに意識が戻った。いつの間にか自分は茂みから動いており、裏門と本家の中間の庭に突っ立っていた。

 遠くの木にナイフが刺さっているのが見える。

 どうやら勝手に身体が動いて、侵入者を追い返したようだ。周りに争った形跡は無く、血も空薬莢も見当たらない。何もせずに帰ったのか……。

 

「刷り込み……か……」

 

 身体が勝手に動いたのは“本家に侵入者が入って来た”ことが原因だろう。インストールされた情報同様……いや、無理矢理身体を乗っ取る辺り、インストールよりも質が悪い。もはや刷り込みじゃなくて“呪い”と呼ぶ方がふさわしい。

 

 施設が可愛く思えてくる。それほど、俺は身体を奪う“呪い”が恐ろしかった。

 

 意識を切り替えよう。

 

 侵入者は去った。ならばここに居る必要はない。簪様が楯無様を連れてこられる前に戻らなければ。

 

 気付かれずに移動できる最高速度で駆ける。砂を巻き上げず、葉を散らさずに音も無くスルスルと動く。そして、ノッてきたところで角を曲がる前に急ブレーキ。向こう側から人の話し声が聞こえたのだ。

 

「やっぱり、帰っちゃったんだ……」

「そんなことないよ…きっと、ウロウロしてるだけだよ…。ほら、本家に来たのは数年ぶりだし……だからあきらめちゃダメ。ね、お姉ちゃん」

「……そうね。もう少しだけ、探してみよっか」

「うん!」

 

 簪様の声だ。お姉ちゃん、と呼ぶという事はもう1人は楯無様か。

 隠れ続けるわけにもいかないので、角から出る。

 

「あ、一夏…探したよ? 帰ったかと思ってた」

「申し訳ありません。あまりこういった物を見る機会がございませんので見ておりました。無意識に歩き回っていたようで……」

 

 本当に帰ろうかなーとか思ってましたスイマセン。

 さっきと殆ど同じ理由だ。芸が無いと自分でも思う。ここに他の誰かが居たら間違いなく俺はフルボッコにされている。

 

「……刀奈お嬢様、楯無襲名、おめでとうございます。聞けば史上最年少だとか。森宮の末端の私にも、耳にはさむほどの快挙ですね」

「ええ、ありがとう。久しぶりね、一夏。いつ以来かしら?」

「覚えておりません」

「そう……」

 

 正直に言うと小学生の頃という事しか覚えていない。何年生の夏だったか忘れた。まあ何をしたのかすら覚えていないし、小言ばかりの日々で嫌な思い出しかないし、早々に忘れることにした。

 

「お嬢様も私の事を覚えておられるのですね」

「当たり前じゃない! 一夏の事を忘れるわけないでしょ!」

 

 力の入った反撃にたじろいでしまった。

 

「は、はぁ……」

「あ、こ、これは……そのぉ……」

 

 今度は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 前に思ったことがあるようだが、感情豊かな人だ。つかみどころがない。

 

「ああああああのね、一夏! こ、これどう? 似合ってる?」

「あ、ずるいお姉ちゃん! ねえ、私は?」

「え、ええ。お2人とも良く似合っておられますよ。可愛らしいですね」

「「ホ、ホントに?」」

「ホ、ホントです」

「「やった!!」」

 

 2人とも同じように顔を赤くしたり、喜んだりとせわしない。簪様はもっと大人しい方だと思っていたが……。

 

「楯無様ー!! どちらにおられますかー!」

 

 その時、俺から見て前、お嬢様方から見て後ろの方から声が聞こえた。恐らく、本家の人間だろう。

 見つかると面倒なことになるので、ここいらで退散することにする。

 

「お嬢様方、失礼いたします」

 

 そういって踵を返して裏門へ向かおうとした時、左からスーツの裾をつかまれ、右から腕を掴まれた。

 

「あ、あの……早々に立ち去らないと、後で私が大変なのですが……」

 

 森宮の使命とかその他諸々を取り除けば、自分第一なのが俺だ。損になること、嫌だと思う事はしたくない性格なので、こういう時は素直になってしまう。

 あ。と思った時はもう遅い、ぶん殴られても文句は言えない。俺達従者にとって、口答えをするという事はそれほどの事だ。

 

「大丈夫よ。私が良いって言ってるんだから。だから帰らないで」

「わ、私が居てはお嬢様方に迷惑が……」

「そんなこと……ないよ…」

「私もそう思うわ。簪ちゃんだってこう言ってるし、ね」

「他の方々がどう思うか……」

「私は一夏に居てほしい。ううん、一夏が居なくちゃダメなの。だから、お願い」

 

 なぜそこまで私にこだわるのですか?

 そう言いたいが、言ってはいけない気がする。それに言う前に、本家の人間が来てしまった。

 

「おお、楯無様こちらにおられましたか…………で、何故そちらの男とおられるのですか?」

「悪いかしら? 彼は私に尽くしてくれる従者よ。同年代だし、一緒にいても不思議じゃないでしょ?」

「宴にそ奴を連れ込むおつもりで?」

「いいじゃない。一夏は陣さんの息子だから本当は居なければいけないのよ。出席する義務があるわ。あなた達を気にして出席しない事の方がおかしいと思わない?」

「……………」

「さ、行きましょう」

「お姉ちゃんナイス」

「ふふん。任せなさいって」

 

 ………どうなってるんだ?

 

 




 “姉”がいるのですよ。もちろん千冬さんではありません。
 ヒントは“森宮”です。


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5話 襲名式2

 長いです。
 そして後半かなりごり押しです。本当に申し訳ないです。

 今週はまったく時間が無いので今日中に仕上げたくて、かなり無茶しました。



「ほらほら、もっと食べなさいよ。美味しいわよ~」

「え、ええ。頂きます……」

「一夏…具合悪い?」

「い、いえ。そういうわけでは……」

 

 気まずい、非常に……。一生食べられないであろう豪華な食事の味も分からないぐらいに、簪様に見破られるほどポーカーフェイスが崩れるくらいに。

 

 式の後の宴に楯無様のワガママ(?)でなぜか招待された俺。いや、出席する義務があるから出なくちゃいけないんだけど、こういう行事や集会があっても俺は毎度のごとくサボっていたから落ちつかない。周囲からの視線はどうでもいいが、俺1人が居ることによって今一盛り上がらないこの雰囲気が落ちつかない。そんなことを気にも留めずに美味しそうに食べるお嬢様方が隣に居るもんだから更に落ちつかない。誰かと一緒に食事をした事なんて数える程度しかないから更に更に落ちつかない。

 

 この状況をなんとかしなくてはいけないと思う。俺がとっととここを出て家に帰れば済む事だ。済むことなんだが……。

 

「お、お嬢様。やはり私はだだ」

「あらぁ~? 言う事聞けない子にはO☆SHI☆O☆KIよ~?」

「ひぃっ……くすぐり怖い……」

 

 というわけで帰して貰えない。

 くすぐりはどうでもいい。効かないから。だが、お嬢様の言う事には逆らえない。どんな状況であれ、お嬢様の“言う事”“お願い”“命令”に“呪い”が反応する。モノによっては“呟き”にすら反応する。

 

 お嬢様方は良い人間だと思っている、俺の存在に対してあまり否定的ではないみたいだし(世間体があるからというものも考えられるが)。だから、“呪い”とは関係なく言う事を聞くのはやぶさかではないと思いつつある。が、それにも限度というものがある。

 俺の中の出来たばかりのボーダーラインは早速意味を成さなくなってしまった。

 

「もしかして嫌いな食べ物とかあったりするの?」

「そういうわけでは……あまり食べることのないものばかりなので、尻込みしてしまうと言いますか……」

「……魚の煮付け、食べないの?」

「ええ、任務から帰って食事を取るので、あまり手が込んだものは作れませんから、食べる機会が無いんです」

 

 カラスが食い散らかしたような余りものじゃ足りないからな。野菜の皮とか粗大ごみ一歩手前の食材を使ってもなんとか腹が膨れるくらい。味には目をつぶる事にしている。火を通しても腐りかけばかりだが、弄られた身体は問題ないらしい。クスリ漬けの身体は意外なところで役に立つ。

 この料理の味が分からないのは、残飯以下の料理で舌が狂っているからかもしれない。

 

「へぇ~、自炊するんだー。食べてみたいわ~」

「じ、時間があれば……」

 

 あれは自炊とは言えません、なんて言えない。なんせ“呟き”だからな。

 

「やっぱり…具合悪い?」

「無問題です。大丈夫ですから」

 

 だからそんな目で見ないでくださいっ! 穢れた心には眩しすぎます!

 

「じゃあ……はい、これ」

「…………」

「あーん」

「………………………」

「ぅぅ……いや?」

「イタダキマス」

「美味しい?」

「ハイ」

「良かった……」

 

 味なんて分かりません。

 寿命が5年は縮まった気がする……。

 

「良かったわね簪ちゃん。自慢の料理褒めてもらって」

「うん」

 

 手作りだとっ!? ……美味しいって言っといてよかった。

 

「一夏、あーん」

「…………イタダキマス」

「美味しい?」

「ハイ。オイシイデス」

 

 寿命が更に10年は縮んだな。

 

「一夏……これも」

「こっちもいってみましょうか~♪」

 

 俺、明日、死ぬかも。

 

 

 

 

 

 

 今一盛り上がりに欠ける雰囲気の中、俺はお嬢様方からひたすら「あーん」をやらされ続けて、数十分。久しぶりに腹一杯になるまで食べた俺と、満足しきったお嬢様方、更にきっつい視線を飛ばしてくる大人達がいた。

 

 というかなんでこんなことに……。味見なら他の人にやらせれば良いじゃないですか……。胃が食べ物とストレスでマッハだ……。何言ってんだろ?

 

「もうお腹いっぱいなの? 男の子なんだからもうちょっと食べないと駄目よ~」

「お水…いる?」

 

 水はいりますありがとうございます。だからそんな目で見ないでください。浄化されてしまいます簪様。

 

「食べてすぐに寝ると牛になっちゃうわよ?」

「寝ませんよ…」

「ホントに~? じゃあ、寝ないようにお喋りしましょう」

「かしこまりました。寝ませんが」

「丁度簪ちゃんが聞きたいことがあるんだって、ね?」

「うん」

 

 楯無様の“お願い”だ。簪様の方を向く。

 

「一夏は私達と会わなくなってからどう過ごしてきたの? 一夏、詳しく教えて(・・・・・・)

『!?』

 

 教えて、と言った簪様の眼は先程までの可愛らしい物とは全く違う。内側から震えるほどの意志を感じる。

 そして、森宮家の奴らから緊張と焦りを感じる。

 

 そしてこの発言だ。

 

 俺の事は悪い意味でよく知られている。しかし、森宮の人間以外は“物覚えの悪いバカ”とかその辺の認識だと聞いている。つまり、奴隷と家畜を混ぜ合わせたような今の暮らしも、中学生でありながら任務についていることを誰も知らないのだ。

 

 学生でありながら任務をこなし、人権があるのかと言えるほどの貧しい暮らし。隊暗部用暗部である更識では表向きも重視しているが、俺には表が存在しない。この本家の方針に逆らっている事がバレれば森宮はただでは済まない。

 

 “お願い”付きの迎撃不可能の爆弾が森宮へ投下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!」

「あら、どうしたの?」

 

 息苦しいし邪魔だろうから、そういって式を退室した妹が駆けよって来た。

 

「一夏が…来てる…!」

「え? 一夏が?」

 

 森宮一夏。本性は織斑で、あの織斑千冬の実の弟。誘拐された後に人体実験を行っていた施設に売られた。そこから先は思い出したくも無い。そして私達が救出し、森宮家の養子になった。

 

 その話を聞いた時、ただ可哀想だと思った。小学生のころだったけど人体実験なんて絶対に良いことじゃないという事だけは分かった。でも、もうそんなことは無いんだし、きっと楽しく過ごしてるんだろうなって勝手に想像してた。

 

 でも、現実は全く違う。彼は人じゃなかった。

 

 小学2年生の頃の夏休み。一夏が1ヶ月の間だけ、本家で過ごしていた事がある。多分当の本人はもう覚えていないだろうけど。歳が近いからという理由で従者にするとお父さんと陣さんが決めたらしい。

 

『森宮一夏です』

 

 前が見えるのかと言いたくなるほど伸びた白い髪、後ろは腰より長くて地面につきそうだ。両目が違う色をしていて、肌は病気なんじゃないかってほど白い。声に抑揚は無くて、顔から感情は読み取れない。そして腕には切り傷に刺し傷、蚯蚓腫れ、大量の注射の後。

 

 私は驚いた。それ以上に怖かった。同じ子供なのか? それ以前に人間なのか? 普通じゃない、異常なんだ。そう思って私から彼に近寄らなかった。

 

 偶に何かを頼む時があった。でも、何もできない。すぐに忘れるし、簡単なことでもできない。一生かけても出来ないんじゃないかって思うくらいに、彼は何もできなかった。次期更識当主として育てられた私は様々な事を求められてきた。何度やっても出来ない事なんてありえない、数回やればある程度の事は出来るようになるものだ、現に私がそうだった。という変なエリート意識を持っていた。そんなこともあってか、私は何もできない、何も知らない彼が嫌いだった。

 

 ある日を境に、そんな一夏への認識が変わる。その日は普通の日で、一緒に宿題をしていた時だった。1日のノルマを終えて一息ついていた時、彼のプリントをちらっと見た。教科は国語。一夏は記述も記号問題も全て飛ばして、漢字を解いていた。

 

 おかしい。

 一緒に始めた時と同じページを1時間ほど経っても解いているのだ。しかも殆どの問題を飛ばしていながら、唯一解いている漢字も穴だらけで終わっていない。

 

『ねえ』

『何でしょうか』

 

 一夏は鉛筆を置いて、姿勢を正して私の方を向く。

 

『どうしてそこやってるの? それ1ページ目でしょ?』

『分からないからです』

『分からないの? どれも簡単な問題じゃない。同じ意味の文章を探して、記号に丸をつけるだけ。漢字は毎日見るようなものばっかりよ?』

『お嬢様から見ればとても簡単に思えるでしょうが、私にとってはとても難しい問題です。問題の意図を理解したところで、文章を理解できません。記号も同じく、選択肢は複数あることが分かりますが、区別がつきません。毎日見るような一般的な漢字でも、実際に見るまで思い出せません』

『あなたって見た目に反して本当にバカよね』

『バカ、という言葉はよく知りませんが、家では“無能”と呼ばれています』

 

 無能って……バカよりよっぽど酷いわね。

 家族からそんなこと言われるのって、かなり辛いわよね。簪ちゃんにちょっと嫌われただけですごくつらかったから、なんとなくわかる気がする。きっと私よりも心が痛いんだろうな……。

 

 この時、私は森宮一夏という人物に興味を持った。自分からは絶対に話さないから、単に彼との会話が存外楽しかったのかもしれない。或いは、普通じゃないって思っていたのに、どこか人間っぽさを感じたからかもしれない。

 

『ねえ、あなたのこともっと聞かせてほしいな』

『覚えている範囲でよろしければ』

『そうねえ……じゃあ、ここに来る前のこと教えて』

 

 私は人生で1番の後悔をすることになる。聞かなければよかった、と。

 私は人生で最大の感謝をすることになる。聞いて良かった、って。

 

『午前7時にクスリによって起床。10分後に栄養剤をチューブから投与され、待機。

 午前8時より実験開始。数時間にわたって情報を流されます。情報とは、は戦闘に関する技能や知識の事で、これを脳や身体に染みつかせる為に同時に電流を流していました。詳しい原理は知りません』

『……………て』

『ある時を境に情報を読み取れなくなりました。科学者曰く、脳の許容量が限界に達していたそうです。記憶の部分を削ることでこの問題を解消したとか。同じような事が何度も起こるたびに、脳の一部の機能を消去、もしくは上書きされていきました』

『…………めて』

『そうやって情報を付け足されていくのですが、その部位は本来の用途とは違った事を行うわけですから、あまり進行状況は良いとは言えず、今までの倍以上の時間電流を流され続けました』

『………やめて』

『日記を見直していくと、だんだんと最初に比べて大分寂しくなっていきまして。それを見て初めて自分が色々なものをなくしてることに気がつきました。髪も目も色が変わっていることにも、感情が無くなって何も感じなくなってたことにも、記憶が無くなっていたことにも。まぁ、本当の家族からもあまり良いように思われていなかったらしいので、記憶なんてどうでもいいんですが』

『………もうやめてよ』

『話がずれましたね。電流を流した後は、送られて来た情報がしっかりと定着しているかどうかを確認する為のテストがあります。同じように実験されている子供たちと殺し合って、生き残って初めて実験が終了します。テストは週に1回ほどでしたね。電流は毎日何ですが。それで―――』

『もうやめてぇっ!! 聞きたくないっ!!』

 

 私は目を塞いで、両手で耳を閉じて、その場にうずくまった。

それから先の事はあんまり覚えていない。気が付いたら布団の中で泣いていた。なんて事を聞いてしまったんだろうって、すごく後悔した。私だったら絶対に耐えられない。電流が~のあたりからもう聞きたくなかった。

 

 そして不謹慎だけどちょっぴり感謝した。自分がどれだけ恵まれているのか、それを思い知らされた。家族がいて、友達がいて、家があって、あったかいご飯があって、やりたいことができる。一夏からすれば、私のような生活はありえないんだろう。でも、世間ではこれが普通、差はあれどある程度の自由は約束されているのに、こんなことって、無いよ。

 

 宿題が出来ないのも、覚えが悪いのも、知らないことだらけなのも、感情が無いのも、見た目が普通じゃないことも、全部彼のせいじゃない。人体実験の被験者という事を知っていれば、誰だって思い付くような当たり前のことにようやく気が付いた。

 

(どんな顔して会えばいいのよ……)

 

 次の日、なんと彼は謝って来た。その表情や態度はやっぱり事務的で、感情の類は見られない。きっと昨日の私なら無視するかイラついてた。でも知ってしまった今は違う。

 

『いいのよ。私が悪かったんだから』

 

 それからは一夏と仲良くするようになった。勉強も教えてあげたし、それ以外でも知らない事をたくさん教えてあげた。相変わらず何も覚えられないみたいだけど、色んな事を教えた。お父さんは事情を知ってたから一夏に優しかったけど、ほかの人が酷く嫌ってしまい、森宮へ帰ることになった。

 

『刀奈様』

『んー?』

『ありがとうございました』

 

 帰り際の一言。ただのお礼の言葉だけど、私はすごく驚いていた。

 本当によーーーーく見なければ分からなかったけど、一夏は笑ってくれた。

 

 勝手な思い込みかもしれないけど、いつも気を張ってばかりでばかりの一夏が私の事を認めてくれた気がした。

 この日の事を覚えてはいないだろうけど、私は絶対に忘れたりしない。

 

 私の恋はその時から始まったんだから。

 

 だから、あれからずっと苦しみ続けている彼を見過ごす事なんてできない。

 

「丁度簪ちゃんが聞きたいことがあるんだって、ね?」

「うん」

 

 私は知ってる。一夏がどういう生活をしてるのかも、放課後に任務に行っているのも、本当は料理ができないことも、この家が嫌いなことも。

 専属メイドの虚ちゃんと本音ちゃんに調べてもらった。随分と詳しくて引くくらいだったけど、おかげでそれが分かった。

 

 環境や人の気持ちをすぐに変えることはできないけれど、少しでも一夏にとって良くなるようにすることはできるはず。

 

 好きな男の為に女が頑張るのは当然でしょ?

 

「一夏は私達と会わなくなってからどう過ごしてきたの? 一夏、詳しく教えて(・・・・・・)

『!?』

 

 簪ちゃんと決めた通りに進める。

 

「……平日は午前7時に起床して学校に、放課後はそのまま任務へ。現場で着替えて、それを終えてから帰宅。すぐに食事を摂って、風呂に入って勉強、午前3時に就寝です。休日は午前の内に勉強をして、午後から深夜まで任務をタイムスケジュールは殆ど同じですね」

「辛く…ないの?」

「もう慣れましたから」

「でも……ダメだよ。ちゃんとした暮らししないと」

「いえ、これは自分で―――」

「あら? それは聞き逃せないわね。中学生にそこまでのハードワークをさせるのはあんまり良くないのでは陣さん? 私でも2時間前後なんだけど?」

「仰るとおりです……」

「余裕を持たせてあげてください。森宮の任務の半分以上(・・・・)を子供に任せるのは誰の目から見ても異常です」

「かしこまりました……」

 

 森宮の任務は“暗殺と護衛”が主になる。今の時代に暗殺なんて殆どないから、“護衛”が主な任務だ。虚ちゃん達が調べた事が本当なら、一夏は依頼の半分以上を任務をこなしている。ろくな睡眠時間も食事も無く、義務に追われる毎日に余裕なんてあるはずがない。それでありながら仕事をこなす一夏は流石としか言いようがないと思う。

これで一夏の事が少しは認められたはず。彼への誹謗中傷は少なくなると思う。“森宮”を見る目が少し厳しくなるけれど、そこは仕方が無い。

 

やりきった感じの簪ちゃんと何が何だかって顔の一夏を見ながら、これが一夏に対する認識が良くなるように祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと、良くなった。予想以上に。簪ちゃんと小躍りするくらいに。

 

 古くから更識に仕える家の当主が集まる集会が翌日に開かれ、森宮陣への罰と、森宮一夏の生活の改善が決まった。

 陣さんに関しては詳しく知らされなかった。いくら当主といっても楯無を継いだばかりで中学生だ。その辺りを考慮されて、罰が決まったとしか聞いていない。

 一夏はというと、任務の数が激減したとか。1割にも満たないらしく、ここ最近の森宮の家は忙しい。ブラコンの一夏のお姉さんから感謝の言葉がズラリと並んだ手紙が届いた。これだけでは終わらず、お姉さんと同じ次期当主候補へと名を連ねた。さらに私にとって嬉しいことが。

 

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくね、一夏」

 

 更識本家使用人として、本家で暮らす事になったのだ。優秀さ(戦闘に関して)と、森宮で何らかの仕返しなどを警戒しての措置らしい。勿論大賛成だったので即実行してもらった。

 

「ふふふ、ビシバシいくわよ~」

「ええ。昔のように(・・・・・)お願いしますね」

「!? ええ!」

 

 覚えていてくれた。それだけの事がとても嬉しかった。

 



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6話 「蒼乃姉さん」

 今回もごり押ししてます。申し訳ないです。

 それにしてもワンサマの出番が無いなぁ………



「ふぅ……」

 

 溜まっていた書類を片付け、一息つく。俺の秘書を務めている天林から緑茶を貰ってズズズズと音をたてながらゆっくりと呑む。最近はこの一瞬がとても気にいっていた。

 

 17代目楯無襲名式の際に楯無様が曝露した森宮の実態。天林に調べさせたが、ほんの数人(・・・・・)が行っていたらしい。森宮だけでなく、更識本家にまで影響力をもつ者達が、一夏を失踪させ実験道具にする為に色々と手を回していたみたいだ。権力にモノを言わせて家の者には無視するように言い、他の家には「森宮一夏は全く使い物にならない」という情報を流していた。1ヶ月だけ楯無様と簪様につかせていた時の事はよく知られているので、信憑性は高かった。

 情報を流した結果、“森宮”が悪く見られる様になったが、一夏自ら任務に就くのを認めた(認めざるを得なかった)事が影響し、その視線が“一夏”へと向き、全てが彼らの思惑通りに動いていた。

 逃げ出すなら捕まえればいい、死んだのならそれはそれで利用価値がある。生きたまま捕まえられたのなら最高だ。そういう事だ。

 

 幹部会の決定を待たずして、この事を知った俺はこいつらに相応の罰を与えた。これでもかってくらいに酷い奴を。そして俺自身も罰を受けた。

 

 原因は俺が家に居なかったことだろう。任務を他の者に任せて、俺は企業側の責任者の一人として動いていたので、家に帰るのは月に2回程度だった。こまめに情報と一夏の状態に関する報告を受けていたが、それを改竄するのは容易だ。

 帰ったところでやることだらけだった。一夏の為に時間を作ることもできず、ろくに話せなかった。

 

 “もし俺に時間の余裕があれば……”。そう思うようになった俺は、本家に無理を言って出勤の時間を減らしてもらった。以前にまして忙しくなった気もするが、それ以上にゆっくりする時間ができた。肩こりもよくなった気がする。

 

 とはいえ、こうして無理に時間を作っても肝心の一夏は家には居ないが。

 

「もう1年か。時間が経つのは早いな」

「そうですねぇ……楯無様はあっという間にロシア代表になってIS学園に進学。簪様と一夏君は中学3年生で受験シーズン入り」

「で、“あの子”はIS学園で2年生か。日本代表を勝ち取ったというのに生徒会長のイスを蹴っ飛ばすとは……相変わらずのヤンデレブラコンっぷりだな」

「私もその時は驚きましたよ。でもなんで生徒会長にならなかったんでしょうか?」

「去年の夏休みも冬休みも一夏は楯無様の指示で長期任務に出張っていてな。1年会っていないんだよ。多分禁断症状でも起こしてるんじゃないか? 更に生徒会長になってみろ、忙しさとストレスでぶっ壊れる。長期休暇もたいしてもらえないだろうしな」

「要するに“お嬢様”は忙しいのが嫌なんですね。加えて一夏君に会えなくてストレスも溜まっていると」

「そうそう。“あの子”はちょっと自己中心的なところがあるからな」

「ふぅん……お父さんは私の事そんなふうに思ってたの……」

 

 ぴしっ

 

 今のこの場に居るはずのない“娘”の声が後ろから聞こえた。ゆっくりと首を回して後ろを見ると、“娘”は無表情で俺を見下ろしていた。

 

「あ、蒼乃お嬢様……おかえりなさいませ」

「うん。ねえお父さん、許してほしかったら一夏を呼んで。1ヶ月前に送った手紙に書いてたよね、今日から3日間は家に帰るって」

「な、何の話だ? 俺は手紙すら貰ってないぞ?」

「えっと……当主様宛の手紙はこちらでは?」

 

 天林は懐から取り出したのは透明のビニール袋。その中にはシュレッダーにかけられて糸くずのようになった紙が入っていた。

 ………まさか。

 

「見やすいように当主様のデスクに置いていたのですが、他の要らない書類とごちゃまぜになったみたいで、一緒にシュレッダーにかけられてしまったのです。掃除をしていた時に中から切手のようなものが入っていたのでもしかしたらと……」

「………一夏、今は本家に居るのよね?」

「はい。ですが今日は政府御用達の倉持技研まで行かれています。簪お嬢様が日本代表候補生に選ばれて専用機を与えられるので、それに関する話を聞きに。一夏君は簪様の護衛として一緒に」

「そう。お父さん」

「な、なんだ?」

「死刑」

 

 ぐーで殴り飛ばされ俺は意識を失った。

 次に目が覚めたのは真夜中で、庭の木にミノムシのように吊るされていた。

 ………誰か降ろしてくれてもいいだろっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう緊張されなくても大丈夫ですよ。話を聞くだけですから」

「う、ぅん」

「………」

 

 ため息を飲み込む。今日は朝からずっとこんな感じだ。実際にISを動かすわけでもないのに、ずっとキョロキョロしてばかりだ。従者として、主人にはもう少ししっかりしてほしいと思う。楯無様もしかり。俺ができないと分かっていながら色々と押し付ける。悪意は感じないし、ただからかっているだけなのは分かるが、疲れるので止めてほしい。

 

 1年前から本家で生活しているが、俺は色んな意味でこの姉妹に振り回されている。楯無様が全寮制のIS学園に進学してもそれは変わらなかった。

 

 しばらく待合室で人を待ちながら簪様を落ちつかせる。

 それから少し経ってから人が来た。

 

「いやぁ、お待たせしました。私はここの責任者の1人、芝山と言います。本日はどうぞよろしくお願いします」

「は、はい。更識簪です。よろしくお願いします」

「護衛の森宮です」

「では行きましょう。研究所を案内がてらお話します。これからはここによく来ることになるでしょうからね」

 

 芝山さんを先頭に歩きだす。

 

 ここの工場では細かなパーツからISの装甲までの全てを作っているわけではない。ここでは実験的に作られたものや、全く新しいものなど、とにかく最先端のモノが作られているらしい。

 それを地下の実験室で実験したり、各専門部署で計測したりと、様々な方向から研究しているそうだ。

 

 ベルトコンベアーで物が運ばれていく所などなかなか見られるものじゃない。面白い、とまでは言わないが、退屈はしないと思いながら歩いていた。

 簪様はやっぱりガクブルしたままだ。なんとなく、昨日の楯無様との電話を思い出した。

 

『簪ちゃんはどう?』

『あうあう言ってます。本音様が付いてますが、明日が心配です』

『やっぱり? 簪ちゃんアガリ症だもんねー。多分施設見学とかしてる間でもガクブルしてたりするかも』

『私はそのまま重要な話を聞き逃してしまいそうで心配です。私は覚えられませんから』

『もしそうなったら……ていうかそうなるから、頭を撫でるか手を握ってあげたらいいわよ。こうかはばつぐんね』

『はぁ……わかりました。メモしておきます。念のためにボイスレコーダーも用意しておきますが、持ち込めますかね?』

『一般開放されているエリアなら大丈夫。そこから先は多分駄目ね。なんとかして簪ちゃんが聞ける体勢を作ってあげて』

『かしこまりました』

 

 今ここでこの会話を思い出したのは奇跡という他ない。さっきから芝山さんは施設の紹介しか話していないので、専用機の話は奥の方でするのだろう。楯無様の言う事が正しいならボイスレコーダーは持ち込めない。書類を持って帰ったところで理解できないところだってあるだろうが、学園の入試に向けてもう一度倉持技研まで行くというのは時間がもったいない。

 つまり、ここで簪様の緊張を解かねばならない。

 

「ぁぅぁぅ……」

 

 しかし、ここでもし簪様の逆鱗に触れたとしたら?

 まちがいなく俺は死ぬ。社会的にも肉体的にも精神的にも。以前よりも数倍恐ろしい実験の日々が待っていることだろう。

 

「あばばばばば………」

 

 ………はっ! いかん、俺がガクブルしてしまっていた。

 

 と、とにかく、緊張をほぐさなければいけない。俺に良い案が思い付かない以上、楯無様が言った通りの事をするしかない。

 

 ゆっくりやってはいけない。素早く、それでいて傷つけないように優しく頭に手を置いて撫でるのだ。………やるしかないか。

 

 覚悟を決めて手を伸ばそうとした時、警戒範囲にものすごい勢いでこっちに来るよく知っている人間を探知した。俺が知っている人物の中で、建物の中をこの速度で突っ走るのは1人しかいない。

 振り向いたその瞬間、白い何かが俺に飛び込んできて抱きついた。

 

「久しぶり、蒼乃姉さん」

「うん」

 

 森宮の直系、俺の姉、森宮蒼乃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもお姉ちゃんと比べられてた。

 何かあるたびに周りの人たちは「それに比べて……」って言う。私が居るからお姉ちゃんが光って見える、とか言う人もいたくらいだった。

 

 私は自分で見てもお姉ちゃんに凄く劣っていると思ったことはあまりなかったりする。学校のテストの差は10点以内、お姉ちゃんも私も学年1位、料理だってレパートリーは少ないけど同年代の子の何倍も美味しく作れる。

 どれだけ一生懸命頑張っても、学校の先生や友達、クラスメイトが凄いって言ってくれても、更識の人達は絶対に褒めてくれなかった。褒めてくれるのはいつもお姉ちゃんとお父さんお母さんだけ。

 

 色んな事が嫌だった。お姉ちゃんは気にしちゃダメって言うけど、それは無理な話。頑張ることを止めようとした時、一夏に出会った。

 

『よろしくお願いします』

 

 その時の私は一夏の事をよく知らなかった。考えられないような酷い目にあってるのよ、ってお姉ちゃんが言っていたのを聞いただけ。だから白い髪と色の違う目を見た時、ちょっと気持ち悪いって思った。

 

 話しかけても「はい」とか「いいえ」って応えるだけ。何も言わないし、何もしない。そのくせ何もできない。私よりも何もできないくせにクールぶってる男子、それが一夏の印象だった。

 

 その印象が180度ガラリと変わる出来事が起きた。

 

 たいして面白くないヒーローアニメを見ながらボーっとしていた。

 何度もやられて、それでも立ち向かって、最終的には敵を倒す。特撮アニメに言う事じゃないと思うけど、とても単純で絶対にあり得ないことばっかり、それでいて何も考えていないような、苦労も何もないシンプルなところが私は嫌いだ。でもこの時間帯はニュースばっかりだから仕方なく見ていた。

 

 それが終わったらいつも宿題の時間だ。テレビを消して部屋に戻ってプリントを広げる。今は夏休みだから怠けないように毎日朝2時間するようにしていた。

 

『………わかんない』

 

 まったく分からない問題がでてきた。中学生の問題だって解けるのに、まったくと言っていいほど分からない。(あとから分かった事だが、先生がプリントをミスして印刷したらしく、やらなくても良かったらしい。私が聞いていなかっただけ)

 

 ……あまり気は進まないけどお姉ちゃんに聞こう。

 

 私がお姉ちゃんを遠ざけているので、私たち姉妹の仲はあまり良いとは言えない。でも、勉強は大事だし、何としてでも知りたいという欲求が勝ったので、お姉ちゃんを探すことにした。

 

『ここに来る前の事教えて』

 

 家中を探しまわっていると、隣の今からお姉ちゃんの声が聞こえてきた。ふすまをこっそり開けると、お姉ちゃんと一夏が宿題をしていた。

 

 お姉ちゃんもあまり一夏と仲が良い方じゃないのに、どうしてそんなことを話すんだろう?

 

 そう思ったが、私も一夏の過去には興味があったので、黙って聞くことにした。気付かれてないみたいだし、このままじっとしていよう。

 

 そして知ったのは軽い気持ちで盗み聞きしてしまった後悔と、今まで絶対にあり得ないと思っていたような人生。唖然としていた私は時間の流れも忘れて、気がつけば夜になっていた。何も考えたくなかったので、部屋に戻ってそのまま寝ることにした。

 

『おはようございます』

 

 起きるとすぐ横に一夏が正座で私を見ていた。

 

『……なんで、いるの?』

『私は刀奈様と簪様の使用人としてここにいます。刀奈様は体調が優れないらしいので、そっとしておくように言われました』

『そう……』

 

 お姉ちゃんもショックだったんだ、あの話。当たり前だよね、本人からそんな生々しい話を聞かされるんだから。

 私がお姉ちゃんだったらイヤイヤ言いながら泣き叫んでたと思う。

 

『……ねぇ』

『何でしょう?』

『昨日言ってた事って本当なの?』

『刀奈様に話した事でしたら全て本当ですよ。ふすま越しに聞かれていたのでしょう』

『!? ……うん、ごめん』

『お気になさらず。言っておきますが、この髪も目もその実験で変色したもので、生まれた時からではありませんよ』

『え? なんでそのことを……』

『視力や聴力などが異常に発達しているので、なんとなくわかるんです。何を考えているのか。これもクスリ漬けがもたらしたものです』

『……ごめんなさい』

『?』

『あなたの事、気持ち悪いって思ってた。髪とか目とか、話し方とか、無表情なとことか何にも知らないとことか。あなたのせいじゃないのに……』

『大丈夫ですよ。もう慣れました。言われることにも、この身体にも』

『嫌、じゃないの? 慣れるなんて』

『嫌いになれないんですよ、比べることができませんから。慣れるしかないんです。それに、これもいい所はありますよ。さっきみたいに色々と鋭くなってますし、身体も思った以上に速く動きます』

 

 理不尽なことにもめげずに、受け入れ、生きていく。

 それは昨日の朝に見た特撮アニメみたいな、絵に描いたヒーローみたい。私はそのシンプルさがとても嫌いだ。

 

『嫌な方が多いんですけどね』

 

でも、それ以上に悪を倒す正義のヒーローはかっこよくて大好きだ。

 

 お姉ちゃんだけを見ていた私とは違って、一夏は目に見える人全てが壁なんだ。それでも頑張ろうとする姿に、私は憧れて、いつも一夏を目で追うようになってた。

 

この1年で色んなことを知った。

 

 ちょっぴり自分本位なところ。無表情だけど心の中では感情豊かなところ。料理と掃除が得意で家庭的なところ。そして更識が嫌いなこと。

 

 それでも一夏なりに私の事を助けようとしてくれたり、励まそうとしてくれる。そうしなければいけないからっていうのもあるだろうけど、自分じゃない誰かを――お姉ちゃんや私を優先してくれるところ。

 

 きっと私は一夏の事が大好きなんだと思う。ううん、大好き。

 

「あ、蒼乃…さん?」

「ん。久しぶり」

「ホントだよ姉さん。1年ぶりかな」

「1年3ヶ月23日15時間21分11秒ぶり。大きくなったね。髪も目も前より綺麗になった。身体もしっかりしてるし、18歳になるのを待つだけね」

「………なんで?」

「結婚」

「だ、だめっ!」

 

 お姉ちゃんや蒼乃さんには負けない。一夏には私だけのヒーローで居てほしいから。

 

「………」

「………」

「………どうなってるんだ?」

「さぁ……しかし、森宮さんも隅に置けませんねぇ。両手に花ですか」

「?」

 

 私と蒼乃さんの睨みあいは2人を放っておいてしばらく続いた。

 

 




 「sola」という作品を御存知でしょうか? ガンダムオンリーだったトマトしるこをこの世界に引き込み、萌えぶ……オタになるきっかけとなった作品です。自分の考え方もずいぶんと変わりました。
 蒼乃はその作品のヒロインです。主人公の実の姉で2人暮らし。たった1人の家族であり弟の主人公を溺愛しています。もらったプレゼントは全て大切にしておき、ほつれたり壊れたりしていればしっかりと直していく。無口で無表情、全ては弟のために。そんなヤンデレブラコンなお姉さんです。

 せっかくss書いてるんだから、何とか姉さんを出したい。そう思ったので出しました。
 主人公の名字を姉さんに合わせて“森宮”にして、姉さんと同じ舞台で活躍させるためにものすごく若返ってもらったりと。

 というわけで、姉さんにはものすごく頑張ってもらいます。
 姉さんかわいいよ姉さん。


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7話 「ごめん」

 ヤンデレって思ってたより書きづらい。ここまで、っていう壁みたいなものが無いから人によって「それ違うだろ!」みたいなものがありそうで。挑戦したことがないってのもあるんだろうけど。

 そして一夏の出番の少なさ。



「―――というわけです」

「はい」

 

 数歩前で芝山さんと簪様が話をしている。内容は施設の紹介ではなく、専用機に関する事だ。対弾強化ガラスの向こうでは簪様の専用機、『打鉄弐式』が組み立てられていた。と言っても配線むき出しパーツもバラバラの状態だが。

 

 先程姉さんとにらみ合っていた時の雰囲気などカケラも無い。真剣な表情で資料をめくるその横顔は代表候補生らしい。

 

「一夏、晩御飯何食べたい?」

「姉さんが今食べたいものかな。姉さんの料理は全部美味しいから」

「私は一夏が食べたいものが食べたい」

「え、えーっと……」

 

 対する姉さんは呑気なもんだ。まぁ、あんまり関係ない事だからだろうけど。ここに来たってことは日本代表として簪様の事を気にかけての事だと、思いたい。俺が居るから、ではないと思いたい。会えるのは嬉しいけど、姉さんは色々とやり過ぎるところがあるからなぁ。

 

 俺の姉、森宮蒼乃。水色と白が混ざり合ったような短い髪と、透き通った赤い目が特徴のIS学園2年生。実技座学一般教養全て満点、余裕で首席を勝ち取った。世界最年少の13歳で国家代表に選ばれるという偉業を成し遂げ、第2回モンド・グロッソにも出場しベスト8に入るという本物の実力者。それはつまり、日本で2番目に強いIS乗りという事。ぶっちゃけ楯無様以上の天才だ。

 

 姉さんを一言で言い表すなら俺の正反対にいる存在、という言葉が適切だ。何度やってもできない“無能”な俺と、たった1度見聞きするだけで理解する“天才”の姉さん。全てにおいて対極に位置している。

 そんな姉さんだが、俺は今知っている人物の中で最も信頼している。姉さんの前なら俺は仮面を外して本来の俺になれる。きっと姉さんも俺と同じだろう。その次に楯無様、簪様、先代楯無様と奥様だろうか。その他は変わらない。

 

 なぜ姉さんを信頼しているか? それは姉さんも俺と変わらないから。俺は“無能”過ぎて迫害されたが、姉さんは“天才”過ぎて遠ざけられた。出来すぎたのだ。故に気味悪がられた。

 

 それでも姉さんは俺に世話を焼いてくれていた。勉強を教えてくれたり、罰を与えられた時、手伝ってくれた。わざわざ学校を休んで授業参観に来てくれたことだってザラにある。似た境遇だったからか、優しくしてくれたからか、多分後者だと思うが俺は姉さんにだけ懐いていた。

 

 そして、小さい頃に楯無様の所で過ごした時間と、姉さんとの絆がクスリづけだった俺に感情を取り戻させてくれた。まあ表には絶対に出さないが。それからは更に姉さんに甘えた。姉さんは嫌な顔1つせずに俺にかまってくれ、親以上の愛情を注いでくれた。シスコンだか何だか知らないが、俺は何と言われようが構わなかった。

 

 姉さんは家族だ。たった1人の、俺の家族。

 

 俺は昔家族から捨てられた、それだけは覚えている。すごく悲しいことだってことは分かる、そんなことはもう経験したくないし、誰かに経験してほしくない。だから、俺は家族を大切にしようと決めた。家族にいい加減なことは言わない、家族には正直になるなど、幾つか決めたこともある。

 

 というわけで返答に困っていた。本当にそう思っていたからなぁ。

 

「そうだな……手間のかかる料理がいいな。俺は作れないし、時間無いからなかなか食べられないし」

「ん」

 

 姉さんはそういって微笑みながら俺の腕に抱きついた。昔からこうやって姉さんが抱きしめてくれるとすごく安心するから好きだ。俺も知らずに微笑んでしまう。

 

 きっと傍から見たら姉弟には見えないんだろうな。誰も俺が弟だなんて思わないだろう。仲の良いカップルみたいだな。

 

 ………待て待て! 確かに姉さんは可愛くて綺麗で美しくてカッコよくてスタイルもよくて勉強もできて強くて性格もよくて何でもできる人だけど、流石にそれは………ありだな。でも姉弟なんだから………って言っても姉さんには関係なさそうだな。血も繋がって無いし……あれ? もしかしたらイケるんじゃね?

 

『一夏……』

『蒼乃……』

 

 って違うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

「一夏、大丈夫?」

「え、ええ、考えごとをしていただけですので。問題ありません」

「む」

「ふふん」

 

 むっ、と顔をしかめる簪様と、ドヤ顔の姉さん。どちらもなかなか見られないレアな光景だ。

 なぜそんな顔をするのかは分からないが。

 

「芝山さん、お話は終わりましたか?」

「ええ。これから打鉄弐式のデータをお見せしに行くところです。聞けば更識さんはプログラマーとして優秀だとか。これからの為にも、是非と思って」

「私の同行は?」

「OKですよ。護衛ですからね。勿論蒼乃さんも。『災禍』はウチの最新鋭機ですし、なにより日本代表ですし。では早速行きましょう」

「はい。さ、簪様行きましょう」

 

 簪様の方を向くと、手を出された。握手か?

 

「握手ですか?」

「………バカ」

 

 簪様はぷぅっと頬を膨らませて、早歩きで芝山さんのあとを追いかけていった。………なんなんだ? 分からんなぁ……。

 

「一夏、いこ」

「あ、うん」

 

 姉さんが出した手を握って簪様の後を追いかける。チラチラと振り返る簪様と目があった。視点はそのまま姉さんに移っていく。

 

「むむ」

「うふふふ」

 

 さっきの2割増しで顔をしかめる簪様と、さっきの3倍はイラってくるドヤ顔を見せる姉さん。

 錯覚かもしれないが、2人の間に火花が見えた気がした。

 

 いったい何が起きているというんだ……!?

 

 何度かそのやり取りを繰り返しながら、芝山さんの後をついて行く。エレベーターに乗り、2階ほど下に降りると、そこは先ほど見ていた『打鉄弐式』を組み立てているホールだった。上からではよくわからなかったが、研究者たちの怒号が飛び交い、辺りは装甲やパーツで溢れかえっている。ついでに完徹して力尽きたような研究者たちも見つけた。

 

「世界は第3世代の開発に躍起になっています。ISにおいて大国と呼ぶにふさわしいアメリカ、中国、イギリス、ドイツ、ロシアは既に完成させました。そして我々日本も蒼乃さんの『白紙(シラガミ)』を完成させています」

「でも……打鉄弐式は第2世代型って…さっき言いましたよね? どうしてですか? 第3世代型を作ることができるのに…なぜ第2世代型を……」

「第3世代型の定義は“単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)を発現せずとも、それと同等の力を搭乗者が使用できる”ことです。先ほども言いましたが各国は独自の技術の開発を目指しており、形の無い特許のようなものができているのです。例えば、BT兵器を開発したとして、それをビットに搭載してしまえばイギリスは黙っていないでしょう。我々の技術を盗んだ、と言ってね」

「他国家が開発、もしくは発表していない新技術を搭載しなければならない」

「蒼乃さんの言うとおりです。これに従っていけば日本は――我々倉持技研は『白紙』の2号機を作成しても問題はありませんでした。ですが、更識さんもご存じのとおり、あれをまともに扱えるのは殆どいないといっても間違いはありません。他の第3世代型兵装と違い、『白紙』は常に防御シールドを展開させつつ、状況に応じて必要な武装をイメージしなければなりません。いくら機体の防御力が高いとはいえ、判断をしくじれば、或いはうまくイメージをまとめられなければ戦うことすら難しいのです」

「つまり、ある意味姉さん専用のISということですか」

「そうなりますね。我々も蒼乃さんでなければあんな無茶苦茶な機体作りませんよ。ヴァルキリーやブリュンヒルデでさえまともに扱う事はできないでしょう。私が見た限り、蒼乃さんのように『白紙』を扱えるのはあの“織斑千冬”ぐらいでしょうか」

「え……?」

 

 “織斑千冬”。その名前を聞いた時、全身が強張って動かなくなってしまった。初めて聞いた名前のはずなのに、どこか懐かしい感じがする。それに、なぜか顔も思い浮かんだ。見る人に鋭い日本刀のような印象を与える女性。

 

『●●………お前は――』

 

 あったことも見たことも無いはずの人が、

 

『色々と気が利くというのに、なんでそうも“無能”なんだろうな』

 

 俺を憐れんでいた。

 

「う…あ……」

「一夏! 聞いちゃダメ!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 何も言うな聞きたくないうるさい黙れ消えろウセロ邪魔だ腐れカス共が何も知らないくせに何がムノウだふざけるな好きでこんなになったんじゃないそれを俺が悪いみたいに扱いやがって調子に乗るなよ糞がやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろもうしゃべるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

「一夏!」

「ッ!?」

「大丈夫、姉さんがいるから!」

「……あ」

「姉さん、どこにもいかないから。ずっと一緒だよ。私が(・・)一夏の姉さんだから」

「………姉さん?」

「うん。姉さん」

「……ごめん。ありがとう」

「いい」

 

 姉さんに抱きしめられて、どこからともなく湧きあがってきた黒い感情が収まっていくのを感じた。大分収まってきたので、礼を言って立ち上がろうとした時、背後数十mに気配を感じた。明確な敵意を持った気配を。

 

 回避不可能。

 

 それを理解した俺は振り返らずにそのまま姉さんを突き飛ばした。タッチの差で俺の胸から巨大な剣が生えてきた……というより、背後から刺されたというべきか。

 あの距離を一瞬で詰めるスピードといい、この剣の大きさからして……

 

「IS……か……げふっ」

「御名答だ、“鴉”さんよ。この間の借りを返しに来たぜ、個人的にな。まあ任務なんだけどよ」

「襲名式に…忍びこんでいたやつか」

「おう。運が悪かったな、今日ここにいるなんて。マドカに会わせる顔がねえよ……ったく、スコールも無茶言うぜ」

「まど…か……。知ってるのか?」

「さあな、これ以上言うつもりはねぇ。あばよ」

 

 ゆっくりと剣が持ち上げられる。俺の身体も浮き上がり、重力に従ってさらに根元まで食い込んでいく。

 

「い、いち…か……」

「ごめ…ん姉さん。あと、頼む……」

 

 振り抜かれる剣。今度は慣性に従って飛ばされる。勢いよく剣から飛ばされた俺は対弾強化ガラスを軽々とぶち破って階下へと落ちていった。

 

「いやあああああああああああああああ!!」

「貴様ああああああああああああああァァァァァ!!」

 

 簪様の悲鳴と姉さんの叫び声を聞きながら、ついさっき思い出した妹の事を考えながら更に落ちていく。痛みも忘れ、何時になったら止まるんだろう、と思いながら下を見ようとすると同時に、俺は床に激突した。

 

 ぐしゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弟ができた。

 人体実験の被験者を拾って来たらしい。養子にして引き取るそうなので、つまり私の弟になるという事。

 

『ハジメましテ?』

 

 顔を合わせた時、弟は私と正反対の位置にいる人間だと気付いた。それと同時に、最も私に近い位置にいる人間だと分かった。上手く言葉には言い表せないけど、とにかくそう感じた。私の勘はよく当たる。

 

 実際そうだった。私達は誰からも理解されなかった。お父さんもお母さんも皆、誰一人として分かってくれなかった。私達を理解できるのは私達だけだった。

 その証拠に、お互いべったりだった。大好き、愛しているなんて言葉では言い尽くせないぐらいに。依存、という言葉がヌルイぐらいに。起きる時も歯を磨くときも遊ぶ時もご飯を食べる時もお風呂に入る時も寝る時も、いつでも一緒だった。私は一夏にだったら何をされても許せる。きっと一夏だって同じ。とても広い世界で、大きいお屋敷で、私達姉弟は2人で生きていた。

 

 私が日本代表に選ばれて、モンド・グロッソ予選の為に合宿で家を開けている間に、一夏は森宮との溝を更に深めて、任務に駆り出されるようになってしまった。一夏自身がそれを望んだとかふざけたことを言っていたが、それは大間違い。私が1ヶ月ほど家を留守にしていただけで、一夏はそこまで追い込まれてしまった。急いで家に帰って見たのは変わり果てた一夏の姿だった。

 

 私は思った。世界なんてどうでもいい、私達はお互いの為だけに生きるべきだと。

 

『一夏、私日本代表なんて辞める。少し離れただけでこんなになってしまうなら、ISなんて要らない』

『そんなこと言わないでよ姉さん。俺は大丈夫だから。折角やりたいことを見つけたんだから、頑張ってほしいな』

 

 一夏オンリーだった私がやりたいこと、それがISだった。これだけの力があれば一夏を守れると思ったから、制限はあるもののある程度私物化できる専用機を貰う為に日本代表になった。それから世界の広さを知った私は、自分の力がどこまで通用するのか知りたくなった。共に暮らす人たちから敬遠されるこの力は、いったいどれほどのものなのか、ちょっとだけ気になった。その程度のこと。私の一夏至上主義は絶対にぶれない。

 

『姉さんがISに乗って頑張る姿、俺好きだよ。カッコよくて、綺麗でさ。支給された携帯端末でこっそり見てるんだ。まるで童話に出てきそうな世界で有名なお姫様みたいだって思ったよ。励みになるんだ』

『お、お姫様………』

『俺は耐えられるから。それに、まだ生きたいから死ぬつもりも無いよ。自分が生きる意味を知りたいっていうのもあるけど、俺は家族を――姉さんを守りたいから。まぁ、何一つまともにできないんだけどね』

『一夏………』

『姉さんなら世界一になれるよ。だから諦めないで』

『……ねえ一夏。お姫様が最後はどうなるか知ってる?』

『え? 幸せになってお終い。ハッピーエンドってやつかな?』

『そうね。王子様と結ばれて幸せになるか、悪の組織とか触手やモンスター達にヤられまくって雌奴隷になるかの二択よね』

『え、えっと……何言ってるの?』

『でも私はそんな奴らに負けるはず無いから王子様と結ばれるハッピーエンド一択。さあ一夏、お姫様(姉さん)を幸せにして。どんなプレイも喜んで受けるし、好きになってみせるわ。で、子供は何人ほしいの?』

『姉さんホントに何言ってるのさ!?』

 

 そのあとは色々と言いくるめられてしまった。流石に昼間からは恥ずかしかったみたいね。真夜中にがっつりするのかしら、とか思ってたら政府に呼び出されてすぐに他国家との親善試合の準備をしなければならなくなり、また家を留守にしてしまった。

 

 私は結局辞めることはしなかった。なぜなら一夏がそれを望んだから。

 世界の頂点を決めるモンド・グロッソ。私は最年少で出場し、あえてベスト8進出、準決勝敗退という記録にとどめた。上に人が居るようにしておかないと、私のやりたいことが終わってしまう。引いては一夏の励みが無くなってしまう。だから負けた。それっぽく。個人的にはやっぱり1位が良かったけど、一夏の事や日本の意向とか私の経歴とかも色々と考えた結果、ベスト8に妥協した。

 

『また今度頑張ればいいよ。それに、ベスト8だって凄いことなんだからさ、もっと喜ぼうよ!』

 

 一夏は電話でそう言ってくれた。その時の私は喜びのあまり鼻血を流していた気がする。

 

 それからもなかなか会えない日々が続いた。今度は中学校を卒業して半ば強制的にIS学園に入学させられた。専用機の事があるから文句は言えても逆らえないので渋々従う事にしたがそれでも不満だった。

 進学するつもりなんて無かったのだから。そのまま森宮の家に帰って、お父さんの手伝いをするつもりだった。要するに更識が経営している会社へ勤めるつもりだったのに……。

 

 今まで以上に一夏に会えない日々が続いた。しかもまとまった休みの日に帰れば任務任務任務。まるで私を邪魔するかのように一夏は家に居なかった。

 だが、それも昔の事。更識姉妹のおかげで一夏の任務は激減、生活は一変。普通の中学生になれたのだ。嬉しさのあまり今度は泣いてしまった記憶がある。これで一夏に会える、もう苦しまなくて済むと。

 

 早速手紙を書いた。学校にはISの整備の為公欠します、という書類を出して休むことにするから、一夏を本家から呼び戻しておいてほしいと。手紙なんてめったに書かない私からだから、きっと読んでくれるはず。まさか、シュレッダーにかけるなんて予想外だったけど。

 

 それでもなんとか会う事ができた。法定速度ギリギリで車を出してもらい、研究所は顔パスして全力疾走。面倒なコーナーや階段は壁を走り、時には天井を走った。最後は面倒になったのでISも起動してようやくゴール。愛しの愛する可愛い唯一無二の弟と再会することができた。ホントは押し倒したかったけど、流石に公私混同するわけにはいかないから我慢した。

 

 家に帰って、一緒にご飯を作って食べて、流石にお風呂は無理だろうけど、手を繋いで寝るくらいは許してくれそう。たった数日だけど、この1年余りの寂しさを埋めるくらい甘い時間を過ごしたかった。

 

 それなのに

 

「ごめ…ん姉さ……ん」

 

 私を庇って一夏はIS用近接ブレードに串刺しにされ、放り捨てられた。しかも強化ガラスを突き破るほど強く。あの下は確かスクラップが詰め込まれている場所だったはず。廃材だらけの場所に落とされては幾らあの子でも、生きては、いない。

 

「最大の難関はなんとかなったな。後はコアと技術を奪うだけ、か」

 

 殺した。私が? それともこの女が?

 決まってる。

 

「貴様ああああああああああああああああああああああああァァァァァァァ!!」

 

 この女が殺したに決まってる!!

 

「殺してやる!!」

 

 『白紙』を纏い、突進する。盾で突進し体勢を崩したところで『災禍』でブレードを生成して一気に決める。競技用リミッターなんてとっくに外した。後はコイツの心臓を一夏と同じように貫いて、一夏と同じように思いっきり振り抜いて、そして形が分からなくなるまでグチャグチャにして、細胞の1カケラも残さずに消し飛ばすだけ。

 

 そのはずだったのに、『災禍』は起動せず、私は突進を止められない。このままではただの的だ。

 

「蒼乃さん! 避けて!」

 

 芝山さんの声が聞こえたがもう遅い。いくらPICが積んであっても慣性をゼロにすることは不可能に近い。この女は血で濡れたブレードで私を貫くだろう。

 

 それもいいかもしれない。一夏と同じように、一夏の血で赤く染まったブレードで殺されるのも、悪くないかもしれない。

 だって、一夏がいないんだから。死んでしまったのだから。もうこの世界に価値なんてカケラも残っちゃいない。死んだ方がマシ。

 

 いや、死ぬんじゃない。会いに行くんだ。

 一足先に逝ってしまった弟に会いに。歳もとらず、衰えも無いと言われる世界で私を待っているんだ。

 

 迫るブレード、まるで一夏が私に手を伸ばしているように見えた。

 

「一夏……」

 

 思わずつぶやく。

 

「呼んだ?」

 

 そのつぶやきに声が返ってくるなんて、私は思いもしなかったけど。

 

 



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8話 「行くぞ、夜叉」

 今週は学園祭があるので忙しそう……というわけで2話投稿します。



 何が起きたのかさっぱりわからなかった。

 

 芝山さんが“織斑千冬”名を出した時、一夏が発狂した。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 お姉ちゃんやお父さんから一夏の事はある程度は聞いていた。あの織斑千冬の弟だったってことも、知ってる。でも、どうして? 忘れてしまったはずの姉の名前を聞いただけで、あんな……普段じゃ考えられないくらい取り乱して、感情が表に出るの?

 

「大丈夫、姉さんがいるから」

 

 私には分からない。でも蒼乃さんは分かっている。私よりも、多分お姉ちゃんよりも、誰よりも一夏の事を知ってて、理解して、愛してる。不謹慎だけど、ほんの一瞬だけ私は嫉妬した。

 

 そして驚愕に変わる。

 

 一夏が蒼乃さんを突き飛ばして、赤い液体を撒き散らした。

 

「え?」

 

 一夏の胸から剣が生えてきたのだ。……いや、あれはISのブレードだ。少し細めだから多分機動性重視の機体だと思う。そんな場違いの事を考えていた。というより、現実逃避だったのかもしれない。

 

 嫌でも現実に引き戻されるわけだけど。そして、それが夢でないことも思い知らされる。

 

 振り抜かれるブレード、慣性に従って飛ばされた一夏は私の真横を通ってガラスを突き破り、下へと落ちていった。大量の■を撒き散らしながら。私の髪を、顔を、服を、赤いまだら模様に染めて。

 

「あ、ああ……」

 

 ゆっくりと、顔に触れる。ねっとりとした生温かい感触が手のひらと頬に広がる。そのまま手を顔の前に持っていく。■で真っ赤に染まった手だ。顔を、目を動かす。私はどこもかしこも■で染まっていた。

 顔を上げる。少し離れたところには私と同じように■まみれの蒼乃さんと、謎のIS。そのISのブレードも■でぬらぬらと光っている。

 そしてそこから私の所へ■の道ができていて、私の左側を通って……通って下へ、落ちた。

 

「ぃやぁ……」

 

 ■が……一夏の、■が、大量の血が、そこらじゅうに、私に、蒼乃さんに、ブレードに。多量出血に、強化ガラスを破るほどの衝撃、そして階下への落下。

 

 つまり。“死”。

 

「いいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 そんなはずない! ちょっと物覚えが悪いけど、一夏の力は誰よりも強い。お姉ちゃんよりも、お父さんよりも、そして蒼乃さんよりも。銃弾を見て避けたりすることだってできる。一夏が誰かに負けるなんて、死んでしまうなんてありえない。

 

 だって、私のヒーローなんだから……。

 

「一夏っ! 一夏あああああああああああああああああぁぁ!!」

 

 きっとすぐそこに居るんだ。下に落ちたりなんてしてない、淵に捕まったりしているんだ。もしかしたらガラスの向こうはそんなに深くないかもしれない。

 

 ぱしゃぱしゃと音を立てながら血の道を転びそうになりながらも駆ける。膝と両手をついて四つん這いになり、下を除く。

 

 視界が涙で滲んでいても分かるくらい真っ暗だった。この穴に面している研究室はここだけじゃない、それでも、光はこの穴の底まで照らしていない。つまり、それほど深いということ。

 

 一夏は、底が見えないほど深いこの穴の底まで落ちていったことを理解した。

 

「一夏ぁ! 一夏ぁぁぁぁ!!」

 

 そこに向かって手を伸ばす。そのままこの穴に落ちてもかまわなかった。

 

「危険です! 下がってください更識さん!」

「うるさい! 放せ!」

「絶対に放しません! そのまま落ちてしまう事を彼が望んでいると思っているんですか!?」

「ッ!? ……ぅぅぁぁぁあああああああああああああああ!!」

 

 卑怯だ。そんなこと言われたら何もできない。

 

 そうだ、私は何もできない。あの時一夏を受け止めていたら何か変わっていたかもしれない。もし、私が今すぐに『打鉄弐式』を使えたら下まですぐにいけるのに。蒼乃さんの援護に行けるのに……。

 

 また、何もできない。守ってもらうだけ。それが嫌で仕方無くて、私は代表候補になったのにまったく変わって無い。

 

「何が…代表候補生よ……」

「そんな言葉は軽々しく吐いていいものではありませんよ、お嬢様。その代表候補生になれなかった人たちは山のようにいるのですから」

「!?」

 

 ありえないはずの声。いや、違う。聞えて当然の声が聞こえた。涙は一瞬にして晴れて、満面の笑顔になっているのが自分でもわかる。多分、代表候補生に選ばれた時よりもいい顔をしてる。

 

「一夏!」

「はい」

 

 一夏は帰ってきた。光沢の無い真っ黒なISを纏って。いつもの無表情で。

 

「こんな私の為に泣いてくださるのは嬉しいですが、飛び下りようとしたことはあまり感心しません。もっと自分を大事にしてください。ISや私と違って頑丈では無いのですから」

「うんっ!」

「……やれやれ」

 

 いつものお小言も全然気にならない。むしろ嬉しかった。

 

 ぎゅっと抱きつく。ついさっきまでは手を握るのすら恥ずかしかったのに、力いっぱい抱きしめて頬ずりしても何にもない。むしろ気持ちがいい。ISの装甲がちょっと痛いけど。

 

 ……IS?

 

「一夏、どうしてISを?」

「下に落ちたらISがあったので拝借してきました」

「あ、あはは……」

 

 相変わらずの常識破りだった。一夏、ISは女性しか扱えないって知ってるのかな?

 

「蒼乃さん! 避けて!」

 

 芝山さんの声につられてそちらを見る。

 

 蒼乃さんは武器も持たずに敵に突進していた。

 

「簪様、少々お待ちを。蹴散らして参ります」

「あ、一夏!」

 

 一夏はブースターを吹かして飛び出していった。そのまま敵の横に回り込み、飛び蹴りをして蒼乃さんを助けた。そのまま2対1で戦闘が再開する。

 

 数では有利だ。でも、一夏は多量出血で身体が危ない上にISに乗ったばかり、蒼乃さんはなぜか武器を展開せずに素手で立ち回って、一夏を守っている。攻め手が無い。互角、もしくは不利な状況だ。

 

「芝山さん……」

「何ですか!?」

 

 芝山さんは研究員の避難と機材の搬出を急がせていた。泣き叫ぶだけの私とは違った大人の対応だ。忙しかったのに私に気付いて助けてくれるあたり、この人は思ったよりも凄い人だと思う。

 

「どうして、蒼乃さんは武器を展開しないんですか?」

「ちょっと待ってください……安立、少しの間任せた! ……で、なぜ蒼乃さんが武装展開できないかでしたね。『白紙』に搭載されている武装はただ一つだけ、『災禍』と言う物です」

「『災禍』?」

「ええ。『白紙』を第3世代型たらしめる武装。恐らく、現時点で世界一の武装ですよ。数千数万のクリスタルと、その倍以上のナノマシンを使って、搭乗者が思い描く武器を再現する武装です。ナイフから核弾頭、衛星砲まで何でもござれの万能兵装。『白紙』の第3世代とは言えないほどの異常な機体性能と合わせて、近接、中距離、遠距離、狙撃、援護、遊撃、爆撃とあらゆる戦闘行動をこなす事ができ、蒼乃さんの実力もあってかなり強力な機体に仕上がっています」

「……それってもう第3世代じゃ、無い気が……」

「私もそう思いますよ。いっそ第4世代を提唱しようかと思ったくらいです。……話が逸れましたね。さっきも言った通り、『災禍』は搭乗者が思い描く武器を作りだすわけですが、そんな夢のような武器を簡単に扱えると思いますか? 各国の第3世代型兵装を思い出してみてください。なんとなくわかると思いますよ」

 

 各国の……。イギリスのBTビット。中国の衝撃砲。ドイツのAIC。ロシアのアクア・クリスタル。オーストラリアのナイトメア。

 

 ………。

 

「ものすごい集中しないといけない?」

「正解です。簡単なものならそうでもないかもしれませんが、銃のような複雑な構造をしたものはかなりの集中を要します。常人でしたら脳の神経が焼ききれるほど、です」

「今の蒼乃さんは、一夏が来たことで混乱してる?」

「そんなところでしょうね。いくらあの『神子』でも、弟さんの事になると年相応のお姉さんですから」

 

 蒼乃さんの両手が靄につつまれているのがそうなんだろうか。非固定物理シールドを上手く使って攻撃と防御をしているけど、なかなか押しきれない。

 流石の一夏もISには慣れないみたい。PICとブースターを使って移動するから、筋力で素早く動くことが得意な一夏には難しいはず。何度もこけそうになったり、上手く滞空できていない。

 

 あと1つ。状況を動かすだけの何かがあれば、敵を撃退できる。でもそれはISでなければならない。そして、私には無い。

 

(また、何もできないままで終わるの?)

 

 それは、嫌だ。もうあんな思いはしたくない。

 

『おい譲ちゃん、あいつら助けたいんだろ? ちょっとこっち来な』

「え? 今の……何?」

 

 どこからか声が聞こえた。芝山さんは作業に戻っていった、他の研究員の人がこんな状況でそんな事を言うとは思えない。

 

 周りを見渡す私の視線が『打鉄弐式』に、焦点が合う。

何かに導かれるように、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざしゅっ!

 

 耳に悪い音を、けれども聞きなれた音が自分からした。そちらを見ると、どうやら廃材のようなものが俺の腹から突き出ているようだ。さっきの剣と合わせて、2ヶ所の風穴が開いたことになる。

 

「痛ぇ……」

 

 久しぶりの感覚だ。銃で撃たれて、ナイフで切られてが当たり前だったのに……この1年で随分と温くなったもんだ。

 とはいえ、流石に心臓ギリギリを貫かれた時はかなり焦った。ガラにもなく終わったとすら思った。まぁ、終わりそうなんだが。人間辞めた俺でも、これは致命傷だった。多量出血で死ぬだろう。

 

 そんな俺が考えていたのは、出会った人たちの事と、その人たちとの思い出。

 

 楯無様と簪様。俺に感情を取り戻させてくれた恩人であり、仕える主。“呪い”によって従わされていたが、今ではそんなものが無くても2人のお嬢様の命令は聞く。人柄に惹かれたのか、俺の事を人として扱ってくれるからなのか、助けてくれたからなのか、下っ端根性が染みついたからなのか、よくわからないが付いて行こうと思わせてくれる。迷惑をかけられたり、からかわれたり、なぜか俺が説教をしたりと色々あったが、俺は楽しかった。顔には出さないけどな。

 

 姉さん。どんな時でも傍に居てくれて、助けてくれた。あらゆるモノを共有し合う愛する家族。姉さんがいなかったら、俺は死んでいた。精神的にも、肉体的にも。多分、耐えきれなくて森宮を抜けだして、捕まって、また実験道具に逆戻りだっただろう。姉さんがいたから生きたいと思うようになったし、生きてこられた。これからもそうだろう。俺は姉さん無じゃ生きていけない。………こんなこと本気で思うからシスコン呼ばわりされるんだろうな。胸を張ってシスコンだと言うけどな。

 

 そして、マドカ。俺の血のつながった本当の家族(姉さんだって本当の家族だけど)。恥ずかしいことに、言われるまで思い出せなかった。きりっとした雰囲気だけど、どこか可愛らしい俺の自慢の妹。姉さんが俺を愛してくれるように、俺が姉さんを愛しているように、俺はマドカを愛している。あんなクソみたいな施設で、毎日苦痛しかない場所でも、俺が俺でいられたのはマドカがいたからだ。初めて会った時に大声で「兄さん!」といって泣きながら抱きついてきた時は驚いた、が、それと同時に壊れ始めていた頭でも理解した。こいつは……マドカは俺の妹なんだ、って。理由も根拠も無いけど、そうだ、と確信を持てた。今なら分かる、“家族の絆”ってやつだ。森宮に救い出された後、まだマドカを覚えていた頃、施設跡まで行ったことがある。見覚えのある奴の死体ばかりが転がっていた。だが、マドカはそこにはいなかった。そして、死体の数と、収容されていた子供の数も合わないことから、誰かが助けた、もしくは逃げ出したと推測をたてて、会える日を待ち望むようになった。忘れたんだけど……。

 

 会いたい。

 

 もう一度、なんて言わない。何度でも、あの人たちに……家族に会いたい。

 

 生きたい!

 

「う……ああああっ!」

 

 廃材をへし折って、身体から引き抜き仰向けからうつ伏せになる。どれだけ醜くたっていい、どうせ誰も見ちゃいない、生きて帰る、戦っているであろう姉さんを助けて、簪様と家に帰って、何事も無かったように楯無様と電話して、マドカを探す。

 

 人間辞めた俺なら、救いようのない“無能”でもそれくらいの事できるはずだ。

 

『おや? 人間ですか?』

「………誰だ?」

『あなたの左手がさわっているモノですよ』

 

 血まみれの左手を見る。そこには光沢のない黒い何かがある事しか分からない。明りが無くても俺には問題ないのだが、血を流し過ぎたせいであまり見えない。

 

「スマン、よく…見えない」

『まぁ暗いですからね、ここ』

「そう言えば、ここは…どこ…なんだ?」

『良く言うならリサイクルBOX、悪く言えば粗大ごみ捨て場。ここは日本中の研究所から廃材や使えなくなったモノが送られて来て、捨てられているんです。それを倉持技研の技術者は再利用している。そんな場所ですよ』

「で、お前は?」

『ISです。名前はありません。実験機だったのですが、ここにポイされました。私、悲しさのあまり泣いちゃいます。よよよ』

「随分と面白い奴……なのはよくわかる一言……を、どうもありがとう」

 

 だが、ISは喋ったりするのか? 俺がおかしいだけなのか? というか何故ISが捨てられている?

 

『疑問にお答えしましょう』

「心を読むな…」

『誰もが持つであろう当然の疑問ですよ。まず、私がここに居る理由から。様々な装備を搭載し、ISという存在の限界を探る為のIS、それが私です。実験が進み、他のISとの平均値を取り、ある程度理解した研究者達は私をこうして捨てました。そして、私がこうしてあなたと話す事ができるのは、研究者達がアホなことにコアを抜き忘れていたから。あなたと私が“シンクロ”しているからです』

「“シンクロ”?」

『ISは進化し続ける未知の存在。“クロッシング現象”通称“シンクロ”もその未知の1つです。ある一定の条件下において、ISと搭乗者、ISとIS、搭乗者と搭乗者の意識が対面、会話、一時的に融合することを指します。条件は私達でも把握しているのはほんの一部のみです』

「なるほど、俺とお前は…“シンクロ”しているからこうして……話せるんだな」

『そういう事です』

 

 ………これはチャンスじゃないか? ISを使えば上に上がれるし、敵を撃退できる。更に上手くいけば、姉さんやお嬢様達と同じ世界に入る事ができる。これからもお守りすることが……恩を返す事ができるかもしれない。

 何故ISが女性にしか扱えないのか。それは知らないが、こうして対話すれば男の俺でもなんとかなるかもしれない。

 

「頼みが…ある」

『私を使いたいと?』

「ああ…」

『そして乗り回した揚句私を捨てるんですね! あの男達みたいに! うう…私、悲しいです。あうあう』

「冗談なのか…真剣…なのか分からない事を…言うなっての」

『冗談です☆』

「ったく……見ての通り、俺は…死にかけだ。だが、こんなところで…死ねない」

『何故、と聞きましょう。久しぶりの会話で私のテンションは高いのです』

「守りたい。家族を。姉さんを、主を。そして、生き別れた妹を探したい。それに、上で姉さんは戦ってるんだ」

『………』

「俺は“無能”呼ばわりされてる…人間辞めたクズだ。そんな俺に…愛情を持って育ててくれた人がいる、俺を人として見てくれる人がいる、こんな俺を自慢の兄だと言ってくれた人がいる。だから、生きたい。その人たちの為に、生きたい。その人たちの為に、恥じない俺になりたい!」

 

 誰にも語ったことのない俺の……森宮一夏の本音。だから俺はここにいる。他のどこでもない、森宮の一族に。

 

『覚悟は?』

「ある……この命、惜しくは……ない!」

『良いでしょう! あなたを認めます。名は?』

「森宮一夏」

『搭乗者登録、森宮一夏。さぁお乗りください我が主(マイマスター)、一夏。私はあなたを無限の空へと、あなたの愛する家族のもとへ駆けつける翼となりましょう』

「ああ、ありがとう」

 

 殆ど見えなくなった視界が光りに包まれていく。余りの強さに目をつぶった。網膜を焼いた光に次いで、身体に何かがフィットしていく感覚。数秒経って目を開くと、俺の左手下にあった何かは無くなっており、俺が纏っていた。

 

 ゆっくりと立ち上がる。傷の痛みはあるが無視する。一回り身体が大きくなったような感じがする。視線が高くなったからかもしれない。

 

 見えなくなっていたはずの視界は鮮明になっており、光源の無いこのゴミ箱でもはっきりと何があるか分かる。上を見上げれば簪様がこっちに向かって手を伸ばしているのが見えた。

 

「凄いな……俺の眼よりもいいぜ」

《ISは宇宙空間での活動をコンセプトに作られた物ですから、このくらい当然です。さぁ、飛びましょう》

「ああ。……っと、その前にだ。お前の名前は?」

《ありません。名無しのISです。まったく、研究者達は気が効かないですよね。こんな可愛らしい乙女をほうってポイするんですから》

「お前が何に怒っているのかよくわかんねえ。んじゃ、俺が決めるぞ?」

《どうぞどうぞ、あなたは私のマスターですから。カッコ可愛い名前を希望します》

 

 装甲を見る。鈍さも光沢も無い装甲。そして、こいつが今までいたこの空間を見渡す。何もかもが真っ黒だった。飾り気なんてカケラも無い。その分、性格ははっちゃけてるけど。

 

 影、闇、夜。そんな言葉が、俺とこいつにはふさわしい気がする。

 

「よし、決めた。だが、あんまり期待するなよ」

《じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか》

「ドラムロールを流すな」

《てーてん!》

「………ったく、いくぞ『夜叉』。捨てられたもの同士、仲良くしようぜ」

《………ふふっ、そうですね。使うだけ使われ、ボロ雑巾のようになるまで酷使され、用済みの乾電池のようにポイされた者同士、仲良くしましょう。マスター》

「そこまで言ってねえよ」

 

 地べたを這いずる様に生きてきた“無能(オレ)”は、翼を手に入れ、力強く羽ばたいた。

 



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9話 「弟をバカにする奴は極刑」

「ISって奴は動きづらいな!」

《360度の視界に自由自在に動けるPIC、人間ではありえないブースター、そして間合い。生身の状態での経験値はそのまま活かせますが、ISを動かすにはISの経験が必要です。まずは慣れてください》

「一夏……慣れて」

「分かってるって!」

 

 『夜叉』と姉さんが同じことを言う。やっぱり慣れなのか? 実戦で最新兵器を使いこなせって言われた成りたての新兵ってこんな気持ちなんだろうな……。

 

 ハイパーセンサー、だったか? とにかくそれのおかげで出血しまくって見えにくい目でも避けられる。元々弾丸を見てから避けられる俺からすれば見えるだけで十分だってのに、ロックオン警報とか、弾道予測射線なんてものもあるから簡単に避けられる。

 

 が、動きづらい。走るだけでバランスが崩れて転びそうになる。そして、そのたびに狙われて姉さんがカバーに入る。これをひたすら繰り返していた。姉さんなら武装が無くてもあの敵には勝てる、だが、俺のカバーに入らなければいけない為、敵に近づけずにいた。助けに来たはずの俺は思いっきり足を引っ張ってた。

 

 情けない。だが、俺に出来るのは慣れることだけ。とにかく動いて避けてISに慣れるんだ。

 

《大分良くなってきましたね。マスターは身体で覚えるタイプですか?》

(昔色々とあってな、身体を動かす事なら多少の自信がある。ISが座学じゃなくて良かった……)

《おや、勘違いをなさっているようですね。ISは最先端科学の結晶、その技術は日用品、家電、雑貨に至るまで応用されているのです。科学には座学が付き物ですよ》

(マジかよ……)

《ふぁいとっ、おー♪》

 

 お茶目で騒がしい奴だ……。俺にしか聞こえないからっておちょくりやがって……。

 

 それは置いといて、だ。歩く、走るには結構慣れた。地上なら生身同様複雑な動きができるだろう。流石に同じぐらい動けるとは思えないが、整備されずにほったらかしだった『夜叉』が俺の動きについてこれるとは思えないし。

 

《確かに私はさっきまでスクラップでしたが、ISの頑丈さをバカにしてはいけませんよ》

(俺の最高速度は秒速340m……つまり音速だって言ってもか?)

《………マスターは本当に人間ですか?》

(人間は辞めたって言ったろ)

 

 というか今でさえちょっとぎこちないところがある、これ以上の速度は出せない。走る動きで精一杯なら、恐らく殴る蹴るも無理だろう。大人しく的になれってことか。

 

「ちょこまかとうざってぇな! いい加減当たりやがれ!」

「誰が!」

 

 姉さんと一定の距離を保ちながら俺に向かって弾をばら撒いてくる。悪いが地上戦は得意なんだ、当たりはしねぇよ、なんせ見えるんだからな。俺に当てたかったらレールガンでも持って来やがれ。

 

 ブースターをとPICを使った動きにも大分慣れてきた。地上を滑空して、直角に曲がったり、宙返りしたりと、直線的な動きもいい感じになってるだろう。

 

「クソ……ISが男に乗ってるってだけでもありえないってのに、こいつの動き素人とは思えねぇ……たった数分で代表候補クラスになったってのかよ!? “無能”ってやつじゃねえのか!?」

「誰もが勘違いしている。私ばかり持て囃してちやほやする。そして、一夏には侮辱と下劣な言葉ばかり。違う。一夏は私と同じ。私が“神子”なら一夏だって“神子”」

「だからなんだってんだ?」

「弟をバカにするやつは極刑」

「支離滅裂だっての!? 流石は世界一のブラコンだな!」

「それは褒め言葉にしか聞こえない」

 

 ………。

 

《面白いお姉さんをお持ちですね》

(自慢の姉さんだよ)

《あなたも相当なシスコンでしたか……》

 

 姉さんが敵に向かって突進していく。本当なら距離をとるべきなのだが、後ろには避難している研究員たちと簪様がいる。敵の狙いが『打鉄弐式』のコアという事は分かっているので、自分達が防衛線になる。下がるわけにはいかない。止まるわけにもいかない。倒れるわけには―――

 

「ぐっ!」

《マスター!?》

 

 いかないってのに……今になって貧血かよ! こんなところでやらかすから“無能”とか言われるんだっていい加減分かれよ俺!

 

「貰ったぁ!」

「どこに行って………ッ! 一夏!」

 

 いち早く俺に気付いた敵が異常な速度で接近して来る。遅れて姉さんも同じように異常な速度でこっちへ来る。だが、敵の方が早い。

 

「もう一ヶ所風穴開けてやるよ!」

 

 今俺がやるべきことは倒れることじゃない、避ける事だ。どうにかして、この倒れそうな体勢から敵の剣の間合いより外へ逃げなければいけない。

 何か方法があるはずだ……!

 

“後退瞬間加速”

 

 ! これだ!

 

「そいつは御免だ!」

「何っ! 瞬間加速だと! しかも後ろに!」

 

 十分離れたところで加速を止める。敵は止まり切れずにそのまま床に剣を突き立てた。強引に引きぬかずに、峰の部分を蹴りあげ、床を切り裂く形で剣を引き抜き、後ろから来る姉さんに対して構える。

 

「面倒な姉弟だな!」

「それは俺と姉さんの事か? それとも俺とマドカの事か?」

「どっちもだよ!」

 

 慣れない滞空の動きに戸惑いながらも必死に避ける。姉さんの援護もあってなんとかダメージをくらう事は無い、が、ジリ貧だな……。何か、戦局を動かす一手が欲しい。

 

「ぐあっ!」

 

 そう思っていた時、敵がよろめいた。そして、その隙を逃す姉さんじゃない。

 

「はっ」

 

 気の抜けた気合いとは真逆の激しい非固定シールドの嵐。菱形のそれは敵を刻み、殴り、突く。そして追い打ちの回転踵落とし。モロに腹でくらった敵は床に叩きつけられた。

 

「く……そがぁ……」

 

 あれだけの攻撃を受けても立ち上がってくるか……。タフな奴だ。

 

「オータム様をなめんじゃねぇええええええ!」

「そうか、お前はオータムと言うのか。忘れないようにメモしておこう。“マドカを知る謎の襲撃者”とでもしておくか」

「!?」

 

 瞬間加速で目の前に着地、右手を貫手にし、弓矢のように引き、構えをとる。逃がしはしない。俺の最速の1つだ。

 

「てめっ……」

「“刀拳・穿(ウガチ)”」

 

 引き絞った矢を放つように、右手で突く……いや、穿つ。

 

 とっさに剣を盾代わりにして身を守ろうとするが、そんなものは無駄としか言いようがない。“刀拳・穿”は剣を砕くことなく貫通し、装甲を貫き、生身に傷をつけた。

 

「んのやろぉぉぉぉおお!!」

「ちっ!」

 

 腕を引きぬく前に掴まれ、展開したマシンガンが俺の眉間を狙う。マズルが火を噴くが、俺に当たることは無かった。

 

「一夏を傷つけるものは許さない」

 

 姉さんのシールドが俺と銃の間に入って守ってくれていた。そのまま敵の視界を遮るようにシールドが動いたので、それに合わせて俺も動く。思いっきり蹴飛ばして腕を引きぬいた。

 

「げふっ! ………この!」

 

 壁に叩きつけられる前にPICを作動させるあたり、やっぱりこいつは強い。タフなところや、判断の良さと速さ、リスタートの速さは俺が見てきた中でも高い部類に入る。ちょうど今のように、マシンガンを構えたりとか。そこからさらにシールドを展開したりとか。

 

「くそ! なんだよこの火力は……! 3対1はさすがに無理があるだろ! ………撤退する!」

 

 シールドの向こう側から転がってくる丸い物体。あれは……グレネードか!

 

「姉さん伏せて!」

「きゃ!」

 

 コン、と床に落ちる音が響いた瞬間、爆発の代わりに強烈な光と爆音が襲った。スタングレネードだったか……。撤退すると言っていたし、俺の索敵範囲からも、『夜叉』のレーダーにも感は無い。多分大丈夫だろう。

 

 目も耳も元通りになってきたところで、俺は身体を起こした。

 

「姉さん大丈夫? ゴメン、危ないからって押し倒して………姉さん?」

「…………」

《ま、拙いですよこれは! マスター、速くじんこーこきゅーを!》

「わ、分かった!」

 

 色々とおかしいだろと思いつつも、『夜叉』が言うとおりにする。腕の装甲を解除して、横を向いていた顔をこちらに向ける。天使のように整った顔、長いまつ毛、ふっくらとした薄紅色の唇。眠っている姉さんはいつもの3割増しで綺麗だ。そして今からキス……じゃなくて人工呼吸をするんだ。やましい気持ちは……多分にあるが、これは姉さんを助けるためなのだ、俺は悪くない。無心になれ一夏!

 

 顔をゆっくり近づける。近づけば近づくほど俺の心臓の鼓動が速くなっていく。姉さんの吐息を感じる距離になり、あと少しで互いの唇が触れ合うその瞬間。バチィッ! とはじける音が俺の左側から聞えた。

 

 姉さんのISのシールドが俺を守るように浮いていた。

 

「は?」

「一夏」

「ね、ねえさ………んむっ!」

 

 い、今起こったことをありのままに話すぜ……。な、何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何をされているのかわからない! 頭がどうにかなりそうだ……楯無様の持っていた漫画にあるような、転んだ拍子にしたりとか、付き合い始めた初々しいカップルみたいなのとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ! もっとおそろしいものの片鱗を現在進行形で味わっているぜ……。

 いやホントマジで。気持ちの良い生温かさとか、口の中を蹂躙してくる姉さんの舌とかの気持ちよさが半端じゃない。俺の舌とねっとりと絡まって、蛇みたいにうねうね動いている。お互いの唾液が混ざり合って、ねちゃねちゃと音を立てているのがリアルで気持ちを高ぶらせる。心まで姉さんに溶かされた俺は、甘ったるい味に蕩けて乗り気になった。

 

 それからたっぷり数分間、姉さんを押し倒したまま、ディープな大人の味を堪能した。ちなみにその間中、ずっと耳元でバチバチと音が鳴ってた気がする。

 

 

 

 

 

 

「あ、ははは……」

 

 今の状況をどうすることもできず、乾いた笑いしか湧いてこない。

 

「…………」

「…………」

 

 光りを失った目で瞬きもせずに姉さんを見続ける簪様と、気にも留めずに顔を真っ赤にして昇天している姉さん。そして板ばさみになっている俺。人間離れの再生力で傷は塞がったはずなのに、この雰囲気に耐えられず、傷が疼いているように感じる……。

 

「どうしてこうなった……?」

《色男はつらいですねぇ……》

(誰が色男だ)

《マスターに決まってるじゃないですかぁ~。私は一目惚れでしたよ? イ☆チ☆コ☆ロってやつですね! しかも姉とあんなねっとりとした……きゃー!》

 

 うるせぇ……。

 

 芝山さんは事後処理に忙しく、他の研究員の人達もあわただしい。フォローは期待できない。俺がなんとかするしかない、この雰囲気を! ………絶対無理だ。

 

「か、簪様……?」

「   」

 

 返事は無く俺を見上げるだけ。あの小動物のような目はどこに逝ってしまったのだろうか?

 

「字が違う」

「あ、はい、すいません」

「で?」

「えっとですね……なぜ、ISを展開できたのかと……」

「………」

 

 すぅーっと目が元に戻っていく。ふぅ、助かった。

 

「声が、聞えたの」

「声?」

「うん。お前の覚悟を教えろ、アタシの魂を震わせたなら力を貸してやる、って」

 

 俺と似たような話だ。

 

(『夜叉』)

《“クロッシング現象”ですね。先程は未知と言いましたが、実は幾つかの条件を知っています。その1つが“覚悟”というわけです》

(お前が俺に言った、覚悟は? というようにか)

《ええ》

(だが、あの様子だと簪様は『打鉄弐式』と会話できていないんじゃないか?)

《全てのコアが私のように話せるわけではないのです。長い間初期化されず、自意識が表現できるようになるまで時間をかけて、搭乗者との相性が良くて、初めて対話ができるのです。一度ISの方から呼びかけることができたのですから、簪さんもあと1年もすれば対話できるでしょう》

(そうか)

 

「それで、『打鉄弐式』に触れたら搭乗待機形態になって、私が乗ったらいきなり周りに置かれていた装甲を纏い始めて……気がついたらこうなってた。武装もシステムも問題無し。いつでも動かせるように……」

「つまり、完成したという事ですか?」

「多分……調整が難しい荷電粒子砲も問題なかったし」

「驚きました……配線剥きだしの状態だったのが一瞬でシステムと武装を含めて完成するとは。待機形態にもなっていますし、かなり早くなりましたが、引き渡しとなりそうですね」

「驚いたのは私…一夏、ISに乗ってた」

「……私も簪様と同じですよ。“覚悟”を示しただけです」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 それから1時間ほど待った後、芝山さんは書類を持ってきた。俺の読み通り、引き渡しに関する物だった。誓約書etc……。それを書き終えていざ帰ろうとした時呼び止められた。

 

「君のISはいったい何なんだい?」

「落っこちた穴の下にあったゴミ箱で眠っていたISです。譲る気はありませんよ?」

「いや、そんなことはしないよ。まさか、あそこにISがコアごとあったなんてね……酷いことをしたなぁ……」

 

 あははは、と苦笑いしながら頬を掻く芝山さん。ISの意志を尊重しているんだな。

 

《とてもいい人ですね。ですが、今回は上手く使わせてもらいましょう》

(というと、修理か?)

《丸々改修してもらった方がいいかもしれません、この身体は第1世代ですからね。この際、マスター好みの専用機を作ってもらいましょう。お姉さんのようにピーキーな仕様にしてみては?》

(そうだな……聞いてみるか。倉持は更識の傘下だったはず。可能性はある)

 

「芝山さん、お願いが」

「改修でしょう? 喜んで引き受けますよ。もし森宮君が言いださなければ私が言っていました。君がISを動かしたという事も秘密にしておきます。私が信頼している凄腕の技術者達で『白紙』に負けないほどのピーキーな機体を作りましょう!」

「は、はぁ……」

 

 ピーキーなのは止めてほしいが、これで『夜叉』の心配はしなくて済む。しばらくの間は今の機体で我慢してもらう事になるが。

 

「また後日来てください。詳しい話はその時に」

「分かりました。『夜叉』の新しい身体、よろしくお願いします」

「ええ」

 

 

 

 

 

 

 帰宅後、電話がかかってきた。

 

「森宮です」

『簪ちゃんから聞いたんだけど、蒼乃さんとたっぷり1時間以上公衆の面前でねっとりとした濃厚なベーゼを交わしていたって本当? というか本当ね。詳しく聞かせなさい。これ、命令』

 

 抑揚のない恐ろしい声でねじ曲がった事を仰る楯無様だった。そして“命令”には逆らえないので話すしかない俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しい『夜叉』の機体が完成し、ようやく馴染んだ頃。とんでもない事が起きた。

 

「あの時の…敵?」

「おそらく。この画像の『夜叉』は以前の状態ですから」

 

 簪様に呼ばれて来て、PCの画面を見ればISを纏った俺の画像が上がっていた。つまり、俺が……男性がISを動かしたという事がインターネットを通じて世界中に広がったのだ。俺が『夜叉』を展開するのは倉持の研究室と実験室だけ。消去法であの時の女……えーっと、オータム、だったか? あいつになる。

 

「この画像は何時から?」

「私もさっき見たばかりで……実はお姉ちゃんから――」

 

 ~~~~♪

 

 噂をすれば何とやら、だな。

 タブレット型の携帯を取り出して、電話に出る。一応スピーカーモードにしておいた。

 

「楯無様、これはいったい?」

『私にもわからないわ。政府にだって隠していたのに、どっかから漏れてるのよ。まぁ、十中八九、亡国機業でしょうけど』

「? なんですそれは?」

『ISとか色々集めて世界中で活動している組織よ。目的は不明、分かっているのは目下の方針がコアの回収って事と、第2次世界大戦後に発足したってことだけ』

「コアを? 何に使うのでしょうか?」

『さあね、戦争でもするんじゃない? ただ、どの国も公開してないけど、それなりのコアと機体を奪われてるらしいわ。アメリカ、イギリス、ベルギー、アイルランド、インド、ブラジル、バルト連合国って具合にね』

 

 『夜叉』を手に入れてから、俺は少しまともになった。ISが知らずのうちに補助してくれているらしい。『夜叉』は全くの無自覚らしいが、これで少なくともすぐに忘れる、テストで0点は免れるようになった。期末で12点をとった時は初めて2桁の点数をとったって事で結構嬉しかった。それに、何か忘れていても『夜叉』が教えてくれる。知の部分はこいつに任せるようにしていた。

 

《アメリカとイギリスは高い技術力を持ったISがいたから、その他の国家は力が弱いからでしょうね》

(戦力を増強しつつ、コアをそろえるか……厄介だな)

 

『で、日本政府とIS委員会の決定で、一夏はIS学園に入学させることになったわ。私も賛成に1票入れたから』

「まあ、それは構いませんが、大丈夫なんでしょうか?」

『一種の治外法権が働いててね、どの国家も手出しはできない場所よ。一夏の所属国家は無所属だから、明日になれば世界中からスカウトが来るわよ。ついでに貴重な男性操縦者のサンプル欲しさに色んな機関が動くでしょうね。それでもいいなら来なくてもいいけど?』

「是非入学させてください」

『そういうと思って簪ちゃんと本音ちゃんの分と一緒に書類を送ったから。あと、制服もね』

「流石ですお嬢様」

『ふふん、もっと褒めてもいいのよ~♪』

 

 ピンポーン

 

「では、届いたようなので失礼します」

『え、ちょ、もうちょっとおねーさんとおはn――』

 

 通話を切って、ポケットにしまう。

 

「いってきます。その間、情報集めをお願いしてもよろしいですか?」

「うん。得意」

 

 なんとなくわくわくしているように見えるのは間違いないだろう。簪様は漫画、ゲーム、PC大好きっ子だからな。IS整備に関する知識も豊富なのでPCは友達とか言い出しても俺は信じる。

 

 それにしてもおかしい。何故今になってばらす? 倉持が公表するかもしれないとか思っていた? いや、何ヶ月前の話だよ……。うーーん、わからん。

 

(『夜叉』、お前分かるか?)

《何とも言えませんね。マスターが男性操縦者であることを公表したとして、どれだけの利益が彼らに入るのか分かりませんから》

(今の今まで渋っていたのは都合が悪いことがあったからか?)

《もしくは、もっと別の何か、ですかね。まぁ、私達には分からないことですし考えるだけ無駄です。向かってくるのなら蹴散らせばいいだけです》

(それもそうだ)

 

 俺のISの実力はかなり上がった。多分国家代表と互角以上に渡り合えるくらいに。少なくとも楯無様と同等であることは、模擬戦で分かった。

 理由は機体ではなく俺にある。施設に居た頃にインストールされた情報で理解できない部分が大量にあった。その量全体の7割。それがISに乗ったことで解凍されたのだ。中身は勿論ISの知識と技術。基本から応用、机上の空論まで幅広くそろっていた。オータムと戦った時、異常なまでにISに順応したことと、後退瞬間加速を使う事ができたのはそういう事だった。

 

 何故あの施設が俺にISの情報をインストールしたのかは分からないが、利用させてもらおう。棚からぼたもち、ってあってるかな?

 

 ピンポーン

 

「はーい」

 

 ったく、せっかちな客だな。

 

「すみません、お待たせしました」

兄さん(・・・)!!」

「ぐえっ!」

 

 玄関を開けた途端、かなりのパワーで抱きつかれたので思わぬダメージをくらってしまった。誰だこいつは、投げ飛ばしてやろうか、そう思ったがそんな考えは一瞬で吹き飛んだ。

 

「ま、マドカ!?」

「うん………ただいま」

 

 行方知らずの妹が俺にしがみついていた。

 




 さて、次回からようやくIS学園に突入です。物語は大きく動き出すことでしょう。章分けするとしたらこれで1章終了ですかね。………いや、もしかしたら序章かも? その前にマドカ登場したわけですが……どうなることやら。

 色々と大丈夫なのか? と思われるでしょうが、多分大丈夫でしょう。今まで出番皆無だった織斑姉弟だったり、篠ノ之姉妹だったり、原作ヒロインだったり、どういう展開になるか自分にも予想できないです。でも、仲良くしてほしいなぁと思ってます。まぁアンチヘイトのタグを追加することになるでしょうが……。

 そして『夜叉』の登場。まったく新しい彼女(?)の身体はどんな性能を誇っているのか……楽しみにしておいてください。必要でしたら機体解説ものっけます(基本的に解説は無しでいきます)。

 学園には楯無と蒼乃が既にいるわけですが、学年が違う2人をどう絡ませていくかが悩みどころ。姉さんはヤンデレだから、で済みそうだけど、楯無はなぁ~会長だからなぁ~。でもメインヒロインの1人なのでしっかりイチャついてもらいますけどね。

 なにはともあれ、皆様のおかげでこうして投稿を続けることができます。1つの節目を無事迎えることができました。もう1作と違って高い評価も頂いて……本当にうれしいです。感想が来るたびにやる気出ます。御質問でも全然OKです、しるこはお待ちしております。


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10話 「兄さんに色眼を使う奴と、傷つける者は絶対に許さない」

 今週唯一の暇な時間。これを逃すわけにはいかないっ!!

 というわけでハイスピード投稿。雑な仕上がりになってしまいました……。



「ほい、お茶」

「ありがとう。………うん、おいしい」

「バカ言うな、素直に拙いって言え」

「兄さんが作るものなら何でもおいしいよ」

「……はぁ」

 

 俺と大分離れてたってのに、変なところだけ似るんだからなぁ。姉さんみたいに色々とできるくせに、こんなところだけ何もできない俺と兄妹してるよな。

 

「一夏……ダレ?」

「え、えっと、ほら、前に言いませんでしたっけ? 生き別れの妹がいるって……」

「それがこの子?」

「はい、マドカです」

 

 目をじーっと細めてマドカを見る。対するマドカは全く気にせずお茶を飲んで和んでいた。次に俺をじーっと見る。そしてまたマドカ。見比べてるのかな? 俺は実験の影響で殆ど別人になってるから似てないと思いますよ。

 

「……なんだか、雰囲気が似てるかも。納得」

 

 似てるか?

 

《見た目鋭い所とかじゃないんですか? マスターはデフォで睨んでますし、マドカちゃんもそんな感じですし》

(……俺ってそんな感じなのか?)

《視線で人を殺せますよ♪》

(マジかよ……気をつけた方がいいのか?)

《マスターはどう頑張っても社交性は皆無、警戒心MAXですし、誰かと仲良くするなんて絶対に無理ですから今のままでいいと思いますよ。そっちの方がカッコイイってのもありますけど》

(………社交性皆無は否定できない)

 

 いや、分かってるよそんなことは。でもさ、そんなザックリ言われたらちょっと落ち込むぞ、いくら俺でも。うん。気にしてるんだよ……道歩いてたらモーゼみたいに人が割れていくし、電車に乗ったら混んでても俺の周りに空間できるし……。

 

《ほ、ほら! 聞きたいことがたくさんあるんじゃないんですか? せっかく再会したんですからもっと楽しくいきましょうよ! マスターふぁいとっ!》

(……ああ)

《思ったよりも傷が深かった!?》

 

 デフォで睨んでるって……というかマドカまでそんなふうに見られてるなんて……。なんてこった……マドカがぼっちになっちまう!?

 

《ホントにシスコンですねぇ!?》

 

「兄さんどうかしたの? もしかして、来ちゃダメだった?」

「ん? そんなことないさ。だから、冗談でもそんなことは言うな。俺はずっとお前に会いたかったんだからな」

「本当! 嬉しい! アハハハッ」

 

 見たことが無いくらい綺麗な笑顔で抱きつくマドカの頭を撫でる。昔はこうしていると喜んでたっけ。いつの間にか寝ちゃってたりしてたな。またこうして一緒に居られるのか……俺も嬉しいよ、マドカ。

 

 主がいて、姉がいて、妹がいる。森宮に居た頃じゃ考えられないくらい、今の俺は幸せというものを肌で感じていた。誰にも壊させたりしない。必ず主と家族を守ってみせる。その為に俺はいる、そのためのISだ。頼むぜ『夜叉』。

 

「ねえ、兄さん」

「ん?」

「あの女、誰?」

 

 ………目が笑っていないぞ、妹よ。

 

 とりあえずざっくばらんに俺がここにいる経緯を話した。何かあるたびに怒り狂うマドカをなだめるのに苦労したが、最終的には納得したようだ。

 

「私も森宮を名乗る」

「そう言うだろうと思ったよ。……簪様、何かいい方法はございませんか?」

「え? ……やっぱり陣さんに言うしかないんじゃないかな? もしくはお姉ちゃん、もいい、のかなぁ……?」

「楯無様にしましょう。森宮は更識に仕える者、その更識の当主の決定には逆らえないでしょうから」

「………えげつないね」

「確実な方法をとったまでですよ」

 

 ポケットから再び登場タブレット型端末。通話履歴の一番上にある名前――“17代目楯無様”に発信する。

 驚いたことにワンコールを待たずに出た。念のためのスピーカーモード。

 

『やあやあ待ってたよ一夏ー! さあ、おねーさんともっとお話ししよう!』

「すみません、少々簪様共々困っていることがありまして……」

『なぬ!? 一夏と簪ちゃんのピンチですって!? 任せなさい! 今の私は超野菜人9を凌駕するわ!』

「……そんなのないと思う。というか、やっぱりえげつない」

「森宮に新しい席を用意したいのですが、どうすればいいのかと……」

『んー? 誰かな?』

「私が信頼している者です」

『へぇ、一夏がねぇ~。いいよ、私が許可する。近々そっちに帰るからその時にね。それまでは家で暮らすように言ってて頂戴』

「かしこまりました。では、失礼致します」

『え、ちょ、おねーさんとのおh――』

 

 通話を終了して、端末をポケットに入れる。昔なら考えられないようなことだが、なんとなく、楯無様の扱い方というものが染みついていた。あれだけ悪戯に振り回されていたら嫌でも身につくか。というか俺が覚えるってどれだけ性質悪いんだよ……。

 

「ってことで、楯無様が戻ってくるまでは保留だな。屋敷から出ないように」

「わかった。兄さんにベッタリくっついてる」

「俺と簪様は学校があるから無理だ。ここで大人しくしておいてくれ」

「私は追われる身なんだよ? 可愛い妹を放っておくの?」

「わかった、連れていく」

《ええー!?》

 

 うるさいぞ。妹が大事で何が悪い。

 

「一夏……」

「うぐっ……そ、そうだ。マドカ、追われているってどういう事だ?」

「話逸らした……」

 

 申し訳ありません簪様、私は自分本位な男なのです。

 

「兄さんは亡国機業って知ってる? 私はそこのエリート部隊のメンバーだったんだ。ISだって持ってる」

「亡国企業と言えば……あいつがいる組織だったな。たしか名前は……」

「オータム、じゃなかった?」

「ああ。オータムでしたね」

「そいつだ。オータムが兄さんを刺した事を知った私は組織を抜けだしたんだ。私を手伝うだの言ってたが、全くのウソだった! 兄さんに剣を向けるだけでも許せないのに、ISのブレードで串刺しにするなんて………絶ッッッ対に殺してやる!!」

 

 大体は分かった。オータムと同じ組織にマドカはいた。多分、あの日俺が森宮に救い出されたように、マドカも亡国企業に救い出されたんだろうな。で、そのままエリート部隊入りして活動していたが、オータムが俺を刺したことを知って脱走、と。どうして俺がここに居ることを知ったのかは知らないが、訪ねてきて今に至るということか。

 

《マドカちゃんがいたから、マスターの事を公表しなかったのかもしれませんね。マスターが兄だという事を知ってたようでしたし、こうなることを予測していたんでしょう》

(その線が濃いな。というか、マドカを見ればそうとしか考えられない)

《マドカちゃんがブラコンで良かったですね♪》

(まったくだ)

《慣れろと言うんですね? このシスコンとブラコンばかりのこの空間に慣れろと言ってるんですね!?》

 

 まったく、失礼な奴だな。家族を大事にして何が悪いと言うんだ。

 

「学校にも更識の人間はいますから、なんとかなるでしょう。最悪、転校生にしてしまえばいい話です」

「本当に、やるの?」

「簪様……」

 

 そこから先は口に出して言えない。どれだけ小声であろうとも、俺と同様にクスリと情報によって強化されたマドカには聞こえてしまう。続きはプライベート・チャネルを使う。

 

『マドカを見たでしょう。俺が言うのもなんですが、傍についていないと何をするか分かりません。最悪、ISで学校に乗り込んできてもおかしくないんですよ。だったら、最初から目が届く場所に居させる方が安全です。追われているという事もありますしね』

『それは分かるけど……信用していいの? 洗脳されててスパイしているってことだってあるかもしれない…』

『その手の心配は無用です。私達は洗脳や自白剤、毒などには耐性がありますので。もし、無理矢理投与されたとしても、身体が拒絶して破壊します。裏切り防止の為に色々と仕込まれることがあるので、それに対する為です』

『ぅ……分かった。………またライバルが増えちゃった』

『?』

 

 とりあえず、これで主からのお許しは頂いた。多分姉さんも問題ないと……思う、よ? うん。修羅場になりませんように……。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 日課である日記を書きながら、今日の出来事を整理していた。

 

 マドカが亡国機業を抜けだして、俺の元を訪れた――いや、帰ってきた。それもイギリスから強奪したIS『サイレント・ゼフィルス』を持って。マドカの安全を考えるなら一緒にIS学園に入学した方がいいと考えた。だが、元テロリストな上に強奪した第3世代型を日本人が使うのだ、下手しなくても国際問題に発展する。そこで姉さんに電話してアドバイスを貰う事にした。どうやらイギリスにも更識の息がかかった会社があるらしく、そこ経由で仲の良い国家代表を通して政府と交渉してくれるそうだ。政府と交渉とか……スケールが違うな。こればっかりは姉さんに任せるしかない。結果を待つだけだ。

 

 学校の話は簡単に決まった。転校生の体でいく。学校側には妹を1人で留守番させるわけにはいかないから、といった当たり触りのない理由でゴリ押しした。明日から卒業まで一緒に登校することになる。教材は……まぁなんとかなるだろう。俺と違って日本人に見えるし、友達にも困らない……はず。メチャクチャ不安だ。

 

 後は……そうだな、簪様とマドカが仲良くなったところだろうか? 所々で険悪なムードを感じることもあったが、基本的に仲は良いようだ。人見知りの簪様と、野生の動物のように他人を警戒していたマドカが、仲良くお菓子を食べているのは意外だった。昔と違って、マドカは変われたようだ。しっかりと人間に見える。

 

《マスターだって人間ですよ》

「見た目はギリギリだが、そうだろうさ」

 

 ここには誰もいない。『夜叉』もスピーカーをオンにして話しかけてきたので、俺も頭の中で返さず声に出す。

 

「前は目が見えないくらい、後ろは膝まで伸びた真っ白な髪。右目は赤、左目は緑のオッドアイ。全身は傷だらけ。そこまで身体がしっかりしているわけでもないのに、片手で重機を軽々と持ち上げる力。最高速度は音速。中身はスッカラカンの大馬鹿野郎ときた。その上男のくせにISを使う。これが人間って言えるかよ」

《マスター、私は――》

「世事はいい。ったく、お前はいっつも喧しいくせに、優しいよな。俺には過ぎた相棒だ。なぁに気にしなくていい、言われるのには慣れてるんだ。俺も自分の事をそう思ってる。正真正銘“化け物”だってな」

《世辞ではありませんよ、私は本気でそう思っています。自分本位なところだったり、家族や主の為に命をかける覚悟といい、マスターは自分で思っているよりも人間臭いんです。少しスペックが高いからなんだと言うんですか? それに、マスターは楯無さんや簪さん、お姉さんの前だけですが、偶に笑顔を見せてますよ。そんな人が“化け物”なわけ無いでしょう?》

「………ありがとう」

《おやおや、素直にお礼を言うとは。私、驚きです》

「なんだ? うるさい、って言った方が嬉しかったのか? 虐められる方が好きなんだな」

《サディスティックなマスターとの相性はバツグンですね☆》

「……どうだかな」

 

 きっと最高に良いんだろうさ。『夜叉』、お前が俺のISで良かったよ。口にも顔にも絶対に出さないけどな。

 

 コンコン

 

「はい?」

「兄さん……」

 

 障子を開けながら入ってきたのはマドカだった。

 

「寝れないのか? 安心しろ、誰が来ようが兄さんが守ってやる」

「いや、そうじゃないんだ。ただ、その……い、一緒に寝たいなって……」

「は?」

「だ、だって……兄さんと一緒に寝たのはたったの1回だけだし……」

「待て待て待て! 俺はお前と寝た覚えは無いぞ!」

「それはそうだよ。兄さんは昔の事を覚えて無いだろう。私だってあんまり覚えてないくらいだから。すっごく小さい頃、多分私が物心つく前、雷が怖くて寝れなかった私と一緒に寝てくれたんだ」

「あ、ああ……そういうことか」

 

 俺はてっきり無意識のうちに妹に手を出していたのかと……。

 

「折角一緒に暮らせるんだから……その、我儘を言ってもいいかなって。ダメ、かな?」

「ダメじゃない……ちょうどそろそろ寝ようと思っていたところだ。ほら、こっち来いよ」

「うん!」

 

 先に敷いていた布団をポンポンと叩いてマドカを呼ぶ。マドカが先にもぞもぞと入って、俺が入る。

 

「枕使うか?」

「いい。その代わり、腕枕してほしい」

「分かった。ほら」

 

 伸ばした右腕に軽い重さを感じる。

 

「堅いね」

「そりゃそうだ。男だからな」

「でも、どんな枕よりも安心できる。生まれて初めて安らかな眠りにつけそうだよ」

「嬉しい限りだ」

 

 マドカは俺の胸に手を当てて目を閉じた。それを言うなら俺もそうだ。昔姉さんにこうやって寝かされていた時、俺も同じことを思ってたよ。姉さんがいるから大丈夫だって、安心して寝られた。きっと、マドカも同じなんだろうな。

 

 自由な左手で頭を優しく撫でる。昔は匂わなかったシャンプーの甘い香りと、女性特有の男を誘う香り。綺麗になったな、マドカ。

 

「兄さん、お休み」

「ああ、お休みマドカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、諸君。まずは入学おめでとうと言っとく。あたしはこの1年4組担任の大場ミナトだ。んで、あっちは副担任の古森京子。この1年お前等の面倒見るから嫌でも覚えるように」

 

 時は流れてIS学園入学式。俺は1人目の男性操縦者(・・・・・・・・・・)として特別入学(実技は首席、座学は全受験者最下位だった)、簪様は当然のように首席で合格し、本音様もマドカも合格した。本音様は2人目の男性操縦者(・・・・・・・・・)がいる1組へ、後は同じ4組に入る事になった。どう考えても楯無様の仕業だろう。

 

 俺の席は窓際の前から2番目、前が簪様で、隣がマドカと、これまた仕組まれたとしか思えない並びだ。護衛の俺が離れるわけにはいかないし、マドカに何かあったら俺が対処するしかないので妥当ではあるが。

 

 ちなみにマドカの事だが、結果から言えば何とかなった。亡国機業所属時に強奪したIS『サイレント・ゼフィルス』はそのままマドカの専用機となった。イギリスの代表は姉さんと非常に仲が良く、製造会社であるBBCを説得し、データ採集と研究に協力することを条件に倉持技研と提携し、ISを譲渡してもらった。“森宮”マドカは倉持技研所属のテストパイロットであり、技術提携したイギリスのBBCから譲渡されたBT2号機の稼働データをとる。こういう事になった。前代未聞とはこの事だ。

 

 そしてもう一つ。マドカは俺と兄妹なんだが、どう見てもそうは思われないだろうということからマドカは白髪のウィッグをしている。カラーコンタクトまではしていないようだが、それだけでも大分印象が変わった。鏡に並んで見ると結構似合っており、兄妹にも見えなくもない。だが、これは別の意味があるだろうと思っている。楯無様がそんなことを言うはずが無いからな。なんだよ、兄妹に見えないから、って。

 

「じゃあ、そっちから自己紹介」

 

 俺がいる窓際ではなく、廊下側の方から自己紹介が始まる。わざわざ教壇まで行って全員の前でするあたり、いい性格してる先生だと思う。

 

 順番は巡ってマドカの番。

 

「森宮マドカ。私の隣に座っている男性、森宮一夏の妹だ。倉持技研所属のテストパイロットで、イギリス製の『サイレント・ゼフィルス』が専用機だ。こんな口調だし、口下手だから色々と迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」

 

 ふぅ……普通だ。よかった、何かとんでもないことを言いそうだったからな。あんまり目立つようなことはしてくれるなよ。主に俺の精神が困る。

 

「あと、これだけは言っておく。私は兄さんに色眼を使う奴と、傷つける奴は絶対に許さない。それだけだ」

 

 やりやがったぁぁぁぁぁ!! 宣言しちゃったよこの子! みんな引いてるよ!

 

《早速ブラコンですか。見せつけてくれますねぇ~》

 

 頭が痛い。あれほど変なことは言うなよって言ったのに……。まったく、しょうがない妹だな。

 

 そして、簪様の番。

 

「えっと、更識簪、です。日本の代表候補生で、専用機は『打鉄弐式』…です。技術関係は得意だから…分からなかったら、聞いてくれても大丈夫…です」

 

 立派ですよ簪様。中学のクラス替えの度に噛みまくっていた頃とは大違いです。

 

(『夜叉』、録画してるか?)

《してますよ~。楯無さんのストーカーっぷりには呆れますね》

(そう言うな。くだらないと思っても“命令”だから仕方ないだろう)

《あの人は“命令”の使いどころを間違ってる気がします。さ、次はマスターですよ》

(ああ)

 

 席を立って、教壇の前に立つ。そして俺に集まる視線。ISを動かした男という珍しさ者、それとも今の女尊男卑の風潮に染まった者、はたまたマドカの紹介から変な興味をもった者からの様々な目が俺を見る。

 

 面倒だ。だが、やらなければならない。とっとと終わらせよう。

 

「妹から名前が上がった森宮一夏だ。俺も倉持技研所属で、専用機は『夜叉』という。マドカが言ったことはあまり気にしなくていい。ただ、俺も口下手だから不快な思いをさせることがあるかもしれないが、1年間よろしく頼む。あと1つだけ。森宮は代々更識という家の従者だ。先程自己紹介した簪様や生徒会長の楯無様のことだ。関係は無いかもしれないが、頭の隅に留めておいてほしい。長々と失礼した」

 

 言う事は言った。拍手などが起きるはずもなく、黙って席に座った。

 

《あんまり良い出だしとは言い難いですね》

(構わんさ。ああは言ったが慣れ合うつもりは無い。やる事をやるだけだ)

《いつも通りドライですねぇ。人生に1回の高校生活を楽しもうと思わないのですか?》

(楽しい3年間になるならそれでもいいさ)

《亡国企業ですか。それ以外にもちょっかいをかけられそうですが……》

(今年は世界初の男性操縦者が2人もいるんだ。何が起きても不思議じゃないし、何か起きないことの方が不思議だ)

《それでもですよ。楽しめるうちに楽しむべきです。青春は今ですよ》

(前向きに検討してみよう)

《マスターのそれは却下と同意です》

 

 

 

 

 

 

 物語は進みだす、と思う。俺は主人公って器じゃないけど、多分俺を中心に色々と面倒な事が起こるんだろうな。マドカの事もあるし、2人目もなんとなく気になる。無傷ってわけにはいかないだろうが、俺は主と家族を守るだけだ。新しくなった『夜叉』と姉さんもいる事だし、退屈はしないだろうさ。大変だろうが、俺なりに高校生活を楽しませてもらうかな。

 

 なんて考えは一瞬にして吹き飛ぶ。まだ先の話になるだろうが、そんなに先というわけでもない。何が起きたのかって? 実の姉と弟がいたんだよ。学園にな。

 

 




 え? 学園編じゃない? やだなぁ、自己紹介してるじゃないですか~。


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11話 「悪いのは……”織斑”だ」

 大変お待たせいたしました! 大学初の学祭とても楽しかったです! もしかしたら来られた方がいらっしゃるかもしれませんね。うどん一杯200円でした。

 学園祭の準備と片付けで大学内を走り回り、それが終われば他サークルの会議に参加して、今度は先輩が引退するので引き継ぎをして、さらには栗酢魔巣の会議……………気がつけば3週間近く経ってました。これからも忙しいです。言い訳臭いですがお許しください。

 ついでにもう一つ。出来が悪いです。特に山田先生のくだりが。机の角に頭をぶつけたくなるくらいに。申し訳ないです……。


「―――ってーことだ。じゃあ授業終わり、森宮号令」

「起立、礼」

『ありがとうございましたー』

 

 入学式を終えて1週間ほどが経った。クラス委員なんてものを押しつけられた俺は、授業の号令、先生のパシリ、授業日誌や掲示板の整理など、面倒な仕事を毎時間の休みに行っていた。ちなみに仕事の内容は覚えていない。そこは『夜叉』の領分だ。

 

《マスターの事情は知ってますけど、何でもかんでも私に丸投げしないでくださいよ?》

(分かってるさ。まぁ、覚えた頃には次の学年に上がってるだろうがな)

《しょうがないですねぇ……そっちのプリントを抑えてる画鋲が外れそうですよ》

「おっと」

 

 言われた通りに動く。入学したばかりという事で、教室後方の掲示板は隙間が無い。各施設の案内や注意事項、ISスーツの申込期限、学食や寮の門限、時間割りに各教員の名前などなど、他にも色々と貼り付けられている。内容を覚えているのか、あるいは興味が無いのか、誰も見ようとはしない。ま、そんなものだろうさ。

 

 では何をしているのか? 勿論おしゃべりをして交友を深めていた。既に幾つかのグループができつつある。俺か? アウェーに決まってんだろ。気配を殺してるってこともあって、もはやエアーの領域に片足突っ込んでるぜ。俺としては簪様とマドカがクラスに馴染めたら十分だからな。

 

「ねえねえ、森宮さんのISってあのイギリスのでしょ? テレビであってたんだ」

「そうだ、『サイレント・ゼフィルス』という」

「で、更識さんのは打鉄シリーズなんだよね?」

「う、うん。第2世代だけど、出力は第3世代にも負けないよ…」

 

 専用機持ち、ということで2人は早速色々な人から話しかけられた。クラスの中心人物になるのも時間の問題、といったところかな。簪様は得意じゃないだろうが、当主の妹としてそういう経験も必要になってくるだろうから、いい機会だ。本当は簪様にクラス委員をやってもらうつもりだったのだが、誰も立候補しないから他薦でもいい、という話になって俺に決まった。『夜叉』と“シンクロ”できていなかったらどうなっていたことか……。

 

「その『サイレント・ゼフィルス』って、1組のイギリス候補生と姉妹機なんだってね~」

「む、そうなのか?」

「そうなんだよー。『ブルー・ティアーズ』って言うんだってさ。なんか1組は誰がクラス委員になるかで揉めて、今日ISを使った模擬戦で決めるんだって」

「? 1組に他の専用機持ちって……いた? 私、イギリスの子しか知らない…」

「えっとね、2人目の男性操縦者の“織斑秋介”君に専用機が政府から与えられるんだって。彼、“織斑先生”の弟らしいよ~」

 

 ………オリ、ムラ?

 

 ドクン

 

「あ、ああ……」

「す、ストップ! それ以上言わないで!」

 

 オリムラ……!

 

「ぐっ、ああああああああっ!」

《マスター! しっかりしてください!》

「兄さん!」「一夏!」

 

 許すな許すな許すな許すな殺せ殺せ許すな許すな許すな殺せ殺せ許すな許すな殺せ許すな許すな許すな許すな許すな殺せ許すな許すな許すな殺せ許すな許すな許すな殺せ許すな許すな殺せ殺せ許すな許すな許すな殺せ殺せ殺せェェェェェェェェェェ!

 

『お前は本当に“使えない”な。一夏』

 

 うるさい!

 

『はぁ………なんで一夏が僕の■なんだろ……』

 

 俺だって好きでこんなになったんじゃない! それだってのに……!

 

《マスター、失礼しますよ!!》

 

 バチンッ!!

 

「あぐっ!」

 

 ……………はあっ、はあ……っく。

 

 ……ああくそ、まただ。“織斑”という言葉を聞いたらこうなる。苦しくて呼吸ができないくらい、何も考えずに壊したくなるくらい、その“織斑”とかいう奴を殺したくなる!! 理由は分からない、だが、身体が、心が叫んでいる気がする。“許すな”“殺してしまえ”“苦しみを与えろ”と。

 勿論そんな感情に流されるわけにはいかない。俺が暴れてみろ、学園の生徒は全員死ぬだろうな。自分がどれほど危険な存在なのか理解しているつもりだし、全開の『夜叉』はどのISよりも恐ろしいのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 マドカががっちりと抱きついて、簪様が俺の手を握りながら背中をさすってくれる。心なしか、待機形態の『夜叉』も温かく感じる。おかげで大分楽になってきた。まだ苦しいのに変わりは無いが。

 

「兄さん、大丈夫?」

「なんとかな……ふぅ……ぐっ」

「一夏、保健室に行って休んで」

「……分かり、ました」

 

 ゆっくりと、壁を支えにしながら立ち上がる。マドカが支えてくれたので、倒れずに済んだ。

 

「兄さん、私も一緒に――」

「大丈夫だ。お前は授業受けてろ」

「でも……」

「俺はそんなにヤワじゃないさ。今の俺じゃ説得力皆無だけどな……」

 

 マドカの頭を撫でて、教室を出た。クラスメイト達は何が起きたのかさっぱり、といった表情をしていた。向けられる視線は疑心だったが。

 

 ………そういえば、保健室どこだっけ? 案内見たんだけど忘れちまった。

 

《ナビしますよ》

(助かる)

 

 

 

 

 

 

 やっぱり。

 それが私が思ったことだ。一夏と同じようにISを動かした、一夏の実の姉“織斑千冬”はここの教員で、実の弟“織斑秋介”も私達と一緒に入学したのだ、こうなることは予測していた。そうなる前にお姉ちゃんと蒼乃さんと対策を立てようと思ってた。でも、こんなに早く……どうしよう。

 

「ねえ、更識さん。森宮君、どうしちゃったの? 私、気に障ること言ったかな?」

 

 さっきマドカと話していたクラスメイトが話しかけてきた。その顔は若干青く、申し訳なさそうな雰囲気を感じた。

 彼女は悪くない。私は首を横に振る。

 

「……そうなの?」

「そうだ。お前は悪くない。悪いのは……“織斑”だ」

 

 私と同じことを言い、震える拳を抑えてマドカは席に戻って行った。

 

「詳しいことは言えないの。原因を私達は知ってるけど、一夏には教えていないから、一夏の前で織斑君と織斑先生の事を離さないでほしいの。耳がいいから小声も、止めてほしいな。すごくつらい目にあったから、名前を聞いただけでああなっちゃう。だから、協力して。お願い」

 

 何も言えない、言いたくないマドカに変わって私は頭を下げる。他ならぬ一夏の為、恥なんて微塵も無い。

 

 クラスメイトは基本良い人たちばかりだけど、男を良く思っていない人がいるかもしれない。普段そう見せないだけで、実は嫌っていたとか、今の時代ではよくある話だ。

 視線を床へと向けて、言葉を待つ。最悪、協力してくれなくていいから一夏を放っておいてくれれば良い。これ以上一夏が傷つかなければ十分だから。

 

 ふと、私の視界に手が現れた。顔を上げると、私に手を出していたクラスメイトは皆の方を向いた。

 

「協力するわ。みんなもいいよね?」

「んーいいよー!」「OKでーす」「あんなの見せられたらねぇ……」

 

 ショートでメガネをかけた女子――清水さんだっけ? 彼女の声を皮きりに、皆が賛成してくれた。今まで虐げられてばかりだった一夏の為に協力してくれる人がいる。その事実に心が温まった。マドカも驚いた表情をしているあたり、かなり珍しいことだっていうのがわかる。

 

「えっと……清水、さん?」

「清水妖子。だから、妖子でいいわ。で、なに?」

「ありがとう…」

「気にしないで、困ってる人を放っておけない性格なの」

 

 彼女とは気が合いそうかもしれない。差し出された手を握りながらそう思った。

 

 さっきまでの暗い雰囲気もどこかへいって、クラスみんなで一夏の話で盛り上がる。目が綺麗だとか、髪が女の子より手入れされてるってどういう事よ! とか。今まで一夏が嫌われていた原因だった容姿をほめちぎる光景は、一夏の代わりに怒っていた私とマドカをとても嬉しくさせてくれた。

 

「目が怖いんだけど、聞けば応えてくれるし助けてくれるんだよね」

「当たり前だ! 兄さんはとっても優しいんだからな!」

 

 そして、言ってはいけない事を言った女子が現れた。

 

「彼って結構イケメンだもんね!」

「おい」

 

 それは……マドカの前で言っちゃだめだよー。言おうとしたがもう遅かった。南無。

 

 態度が豹変したマドカが肩を掴む。

 

「兄さんに色眼を使うなと、私は言ったよな?」

「は、はぃぃぃ……」

「そして、そんな奴は許さないとも言ったよな?」

「いいいいいいいいいましたぁあぁぁ!!!!」

「ほう? つまり分かっていながら言ったのか……極刑だな」

「ぎゃああああああああああああああああ!!!」

「まぁまぁ、待ちなさいな」

 

 振りあげられたマドカの手を止める人がいた。妖子だ。

 

「なんだ妖子。私は持田を断罪するのだ」

「持田さんが言ったのはマドカさんが思っているようなことじゃないの。森宮君を褒めたのよ、カッコイイって」

「む、そうなのか?」

 

 速すぎて遅く見えるくらいの速度で、持田さんは首を振っていた。勿論、縦に。

 

「ほう。兄さんの凄さが分かるとは、持田は良い奴だな」

「助かったよ妖子ぉぉ」

「貸し一つね」

 

 謝らないあたりが、なんというかマドカらしい。

 

 そんな3人のやり取りのおかげで、再び訪れた暗い雰囲気はどこかへいってしまった。まだ、会って間もないのに、一夏の事で協力してくれたり、こうやって皆で笑いあっているのを見ると。4組というクラスがとても良い空間に思える。まぁ、実際そうなんだろうけど。少なくとも嫌じゃない。

 

「おら、席につけー」

 

 先生が入ってきたので、急いで席に座った。それでも話し足りない人がたくさんいるみたいで、まだ教室は騒がしい。最初だからか、それとも性格か、授業が始まれば自然と静かになるからか、大場先生は多少の私語は見逃してくれる。今回も「程々にな~」と言うだけだった。

 

 昼休みになったら、保健室に行こう。教科書を開きながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

《カッコつけずにマドカちゃんについてきてもらえば良かったじゃないですか》

「マドカは俺ほどじゃないが、それなりに弄られてんだ。しっかり勉強させないと……こんな大馬鹿は俺一人で十分なんだよ…」

 

 教室を出て保健室に向かう途中、『夜叉』が話しかけてきた。誰もいないし、大声で話すわけでもないから別にいいかと思って、口に出して応える。

 

《あまりそうは見えないんですけどね……》

「だからこそ忘れるなってことだ。俺だって覚えてる」

《覚えておきましょう》

 

 『夜叉』が視覚に表示したルートに従って角を曲がる。もう始業のチャイムは鳴ったのだが、あまり目的の保健室に近づけてない。まだ身体が重くてしょうがないんだよ。というか悪化してる気がする……。遅効性の毒かっての……。

 

「なぁ『夜叉』……」

《何ですかマスター?》

「お前さ、俺が“織斑”って言葉に反応する理由分からないか?」

《そんなことを言われましてもねぇ……確かに“頭”ですけど、個人情報とかその辺りの事は私も知りませんよ。まぁ、心当たりが無いわけでは………マスター》

「なんだ?」

《誰かが近づいてきています。そこの角を曲がったあたりの所に1人》

 

 俺は何も感じない。が、こいつは冗談を言っても嘘は言わないので信じることにした。口に出さず、まとまらない思考で返す。ああ、更に頭痛が……。

 

(俺には分からないんだが……)

《マスターは悪意や殺気などに過敏に反応してるからじゃないですか? この人間、そういった類のモノを全く感じません》

(見えない相手の気質まで分かるのかよ、お前……)

 

 俺の突っ込みはさておき、『夜叉』言う事は正しいと思う。これは予想になるが、悪意や敵意、殺気の中で生きてきた俺は好意100%の奴が俺に後ろからこっそり近づいても分からないだろう。負の意識=視線に置き換えてるってことか。まぁ、そんな奴は殆どいないだろうが。姉さんぐらいだろ、そんなの。もしいたとしても気にする必要は無い。俺や姉さん、お嬢様方に突っかかって来ないならどうでもいい。

 

(話の続きは後だな)

《そうですね。ついでに、その人に連れて行ってもらいましょうよ》

(初見の女性に、保健室まで連れて行ってくれ、なんて言えるかよ……見てな、自力でたどり着いてやる!)

《変なところでやる気出さないで貰えます? 扱いに困りますので》

 

 こんな会話をしながら歩き続けているが、一向に進まない。距離で言うなら10mぐらいか。身体引きずってるからってこれは無いわー。今の俺は亀のノロさと兎の調子の良さが混ざった感じだな。

 

《来ますよ。いいですか、恥ずかしがったりせずにちゃんとお願いしてください。今の私は真面目モード入ってますからね。それに、無茶してマドカちゃん達を困らせても良いんですか?》

(卑怯な奴め……! 分かったよ、頼む)

 

 ふぅ、と大きな息を吐いて壁に寄りかかる。そのままゆっくりと力を抜いて床に座り込んだ。気を抜いたらこうなるなんてな……結構無理してたみたいだ。やっぱりわからんな、自分の痛みってやつは。

 

「あーー急がないと! 試合が始まっちゃいます! ………って、大丈夫ですか!?」

 

 叫びながら角を曲がってきた女性――授業中なので先生だろうな。先生は俺を見ると駆け足でよってきた。緑の髪にメガネで童顔、そしてありえない位デカイ二つの膨らみ。綺麗って言うより可愛いって感じの人だった。

 

「すみません……具合が悪くなったので保健室へ向かっていたのですが、動けなくなってしまいまして……」

「わ、わかりました! 捕まってください!」

 

 差し出された手を握る。「いきますよ!」の声に合わせて立ち上がり、先生に肩を貸してもらってなんとか立つことができた。そのままゆっくりと歩く。先生はどうやら急いでいるらしく、早歩きしているが不思議と俺への負担は無い。それなりに訓練を受けていてもここまでできる人はそうそういない。かなり腕が立つようだ。

 

「しっかりしてください! もうすぐ着きますよ、森宮君!」

《あ、寝そうになってますね。ダメですよ~風邪ひきますよ~通りかかった人にお持ち帰りされても知りませんよ~。あ、歌でも歌いましょうか? 大丈夫です、子守唄にならないように頑張りますから! んんっ! では一曲………Brush Up! ユウキ~今日も~》

 

 励ましの言葉を貰うが、あまり聞きとれない。疲れきっているからなのか、“織斑”という言葉がもたらした毒のせいなのか、とにかくボーっとしていた。『夜叉』が終始うるさかったので寝ることは無かったが、おかげで少しも休めねぇ。ちくせう。

 

 

 

 

 

 

 気がついた時には知らない部屋のソファに寝ていた。首を動かすのも億劫なので目だけで部屋を見渡す。幾つか並んだ白いベッドと、それを区切るこれまた白いカーテン。そして棚の中には何らかの液体が詰まった色つきの瓶。利用したことが無いので分からないが、多分ここが保健室なのだろう。

 

 窓の外はまだ明るいので、そこまで時間が経っているわけではなさそうだ。

 

「あ、起きました?」

 

 起き上がろうとすると、さっきの先生がこっちに来た。両手に毛布を持っているってことは俺が風邪ひかないようにってか? ………無いな。うん、無い。いくら先生でもそんなことしないだろ。俺は特に。でもまぁ、世話にはなったしお礼ぐらいは言わないとな。

 

「………ええ、ありがとうございます。ここは、保健室ですか?」

「はい! 見ての通り、保健室です!」

 

 にこっと笑って首を傾ける仕草はまさしく子供だ。

 

「で、先生は保健室の方でしょうか? 少し休ませていただきたいのですが……」

「いえいえ違います、私は1年1組の副担任で山田真耶です。ここの先生は今は留守にしています。もうすぐ戻ってくるみたいですから、それまで待っていてくださいね。私は用事があるのでもう行きますけど、何か必要なものあります?」

「いえ、特には……」

 

 面倒な話だ。だが、無視するわけにもいかないだろう、この先生の為にも。迷惑をかけない程度にぐうたr――休ませてもらおう。

肘かけをまくら代わりにして横になる。堅いし痛いんだけど、そこは仕方ないな。我慢しよう。

 

「あの……どうして廊下でうずくまっていたのか、聞いてもいいですか~?」

「具合が悪くなったから、と言ったと思いますが」

「あ、ごめんなさい、言い方が悪かったですね……。え、えっと……どう具合が悪いのかとか、って言えばいいですか?」

「ああ」

 

 “織斑”という言葉に反応してこうなりました、なんて言えないな。もう1人の男子は1組らしいから余計なことになりそうだ。そいつの姉も1組の担任ってんだから尚更だな。俺にとって1組は鬼門に違いない。近づくのは止めておこう。

 

 でもなぁ……なんで具合が悪くなるのか、俺もよくわからないんだよね。

 

「そうなんですか?」

「え、声に出てました?」

「ばっちり。なんで苦しくなったのかわからないんですか?」

「ええ、さっぱり」

「そうですか……それは困りましたね……」

 

 口をへの字にしてこめかみを掻いている姿はやっぱり子供だった。なんというか、見た目通りと言うか、分かりやすいな。

 

《マスター、具合はどうですか?》

(大分良くなってきた)

《では1つ。“なにが原因なのか分からない”と返したのは拙いのでは? 男性操縦者が原因不明の病にかかった、なんてことになったらどうなることか……》

 

 あ。

 

 ………やばい。ヤバいヤバいヤバいって!! 風邪とか熱が酷くなったとか言えば良かったのに何正直に答えてんだよ俺!? 

 

《深読みしすぎましたね……》

 

 こんなんだから“無能”なんだろうな……どうしよう? 病院とかマジで嫌なんだけど。点滴のパックと針みたら暴れ出す自身あるぜ。

 

《今から取り繕うのも不自然ですし、本当に分かってませんから何も言えませんし………これは神頼みするしかないですね。申し訳ありません、私が気付いていれば……》

(いや、お前は悪くない。何時だって俺がバカやらかすんだ。でもほんとどうするよ? 流れに任せるしかないのか?)

《そう……ですね。最悪、楯無さんや蒼乃さんになんとかしてもらう形になります》

(また迷惑かけるのかよ……クソ!)

「まあ、ただの風邪だと思いますよ!」

「………え、あ、はい?」

「それより、なんだか怖い顔で思いつめていましたけど大丈夫ですか?」

「な、何でもありません」

 

 顔にでてたのか……まったく、ポーカーフェイスが笑えるな。

 てか、風邪て……

 

(この先生で助かった……)

《全くです……》

 

 見た目とか仕草だけじゃなくて、中身も子供だな。本当に大人なのだろうか? クラスの生徒に弄られている姿しか想像できない。

 

「何か悩みがあるなら相談してくれても良いんですよ? 何たって私は先生ですから!」

 

 エッヘン、と胸を張る山田先生。俺の事気に掛ける事より、急ぎの仕事片付けた方がいいんじゃないんですか?

 

 ~~~~~♪

 

「ひゃあっ!!」

「………先生の携帯ですよ」

「え? あ、ホントですね……すいません」

 

 先生は後ろを向いて電話に出た。外に出ないのは俺がいるからだろうな。……別に逃げたりとかしないのに。

 

「はい、山田です………す、スイマセン~! えっと、実は体調を崩した生徒がいたので保健室で介抱を……はい、はい……担当の先生がもうすぐ来られるので、すぐに変わって……え、今来たんですか!? わ、わかりました、すぐに行きます!」

 

 電話を切ると同時に慌てて先生は支度を始めた。元々持ってきていた資料をかき集めて、バタバタしながら保健室内を走り回っていた。

 

「本当に申し訳ないんですけど、今から外せない用事があるんです! もうすぐしたら保健の先生も来ますから、1人でいてもらっても良いですか!?」

 

 言わんこっちゃない。

 

「………ええ、大丈夫です」

「ありがとうございます!! そしてごめんなさぁぁぁ………」

 

 勢いよくドアを開けて、走り回っていた勢いのままエコーを響かせて去って行った。

 

 ………せわしない人だったな。

 

 開けっぱなしのドアを閉めて、入口から一番遠いベッド目指して歩く。体調を崩した生徒の為の備品なんだ。薬品を勝手に使うわけでもないし、別に良いだろう。フラフラと頼りないが、休んだおかげでさっきよりはまともに歩けるようになっていたので、こけたり躓いたりすることなくたどり着けた。もぞもぞと潜りこみ目を閉じた。

 

 ふぅ……やっと一息つける。大分楽にはなったが、それでも身体は重いし、頭も痛いままだ。名前を聞いただけでこうなるなんてな……俺は相当“織斑”って奴と縁があるらしい。それも悪い意味での。

 

《話の続きをしても?》

(………ああ、そうだったな)

《“織斑”という言葉に反応する心当たりがあります》

(俺には無いんだが……)

《ただの推測ですよ。私は人体の仕組みはよく分かりませんが、1つの仮説を立ててみました。マスターは実験の影響によって記憶を失い、今も障害が残っています。でも“織斑”という人名に反応してしまう。間違いありませんか?》

(ああ)

《マスターは昔の出来事を覚えていません。ですがマスターの“身体”が覚えているのではないでしょうか? 何をされたのか、何があったのか、どう過ごしていたのか、“織斑”という人物とどういう関係で、どう関わっていたのか。マスター自身が忘れていても、実際に動いて触れ合った“身体”が覚えている》

(俺の……身体の記憶?)

《反射と同じようなものだと考えています。後ろから肩を掴まれたら投げ飛ばしてしまうように、ナイフを持てば切りたくてたまらなくなるように……“織斑”という名前を聞いたら、傷つけたくて、殺したくてたまらなくなるのでは?》

 

 反射、習慣、癖、そんなところか。でも、なんとなくそうなんじゃないかって思えるな。『夜叉』の考えを覆すような案は浮かばないし、否定もできないし。

 名前を聞いただけで殺したくなる、それってさ、殺したくなるほど憎い相手だって事だよな? どんな関係だったんだ……?

 

《さすがにそこまでは分かりませんよ。ですが、マスターが“織斑”を憎んでいるのは確かな事だと言えます。でなきゃ、殺したくなるなんてありえないでしょう。それがマスターの一方的な感情なのか、それとも互いに憎みあっていたのかは知りませんが》

(何にせよ、関わりたくは無いな)

《ですが、避けられる問題ではありません。いつか必ず直面するでしょう。同じ学園に居るのですから》

(何とかしないとな、“織斑”って聞くたびに暴れてちゃ世話無い)

《………良いのですか? 拡大解釈になりますが、マスターがしようとしていることは昔を知ることですよ? 下手したら今より酷い精神状態になります。今は何も考えず、休まれては?》

(………そうだな、今は忘れよう。入学したばかりなんだ、時間はまだある。今すぐ知る必要は無いよな)

《まずは身体を休めてください。ゆっくりと学園に慣れて、それから考えてみましょう。マスターに必要なのは時間だと私は考えます》

 

 言ってみればただ問題を先延ばしにしただけだ。良いことじゃないのは分かるが、今は許してほしい。今の俺を狂わせ、過去を知る手がかりである人達が数十枚壁を挟んだ向こう側に居るのだから。

 とにかく疲れた。寝よう。

 

「ああ……そうだな」

「何が?」

「!?」

 

 『夜叉』へ言葉を返して寝ようとした時、声をかけられた。さっきまで俺だけだったし、ドアが開く音もしなかった。先生が後から来るからと山田先生から聞いていたので鍵は駆けていなかったから誰かが入ってくることはできる。だが、俺が気付けないはずが無い。しかし、声の主は入って来た。俺でも拾えないほどの小さな音だけで、ベッドのすぐ脇まで。

 

 袖に忍ばせた特殊合金ナイフをいつでも抜けるようにして、ゆっくりと目を開く。

 

 そこに居たのは……

 

「久しぶりね、一夏君」

「貴女は……当主様の秘書」

「ええ。でも名前は覚えていないのね……」

《天林美里、ですよ》

「(助かる)……天林美里様、ですか?」

「そう! 覚えててくれてうれしいわ~」

 

 森宮現当主秘書、天林美里だった。

 



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12話 「その程度なのね……つまらない」

 たっちゃんは痴女じゃないよ! どうすればいいかわからないからとりあえず襲わせようとしているだけなんだよ!

 ………多分



「何故ここに?」

「聞かなくても分かるんじゃないですか? 私は更識の関係者ですから」

「ああ……」

 

 俺は突然現れた天林秘書に、何故ここに居るのか、どうやって入って来たのか、等々、色々と聞いていた。

 

 この人は俺が森宮に拾われる前、姉さんが生まれるずっと前から当主様の秘書として働いてきたらしい。その実態は世界でもトップクラスの腕前の持ち主らしい。だが、現役時代に受けた怪我と、更識の次世代育成の為に一線を退いて、秘書になったそうだ。俺が気付けなかった事が、この人の技術力の高さ、踏んできた場数を物語っている。

 

 いつからこの世界に足を踏み入れたのか知らないが、年齢は40前後と思われる。が、その外見はどう見ても20代前半。無理に若作りしていない、でも綺麗! ということで更識の女性陣から多大な信頼を受けている。らしい。

 

「任務ですか」

「ええ。知りたいですか?」

「どうでもいいです」

「あ……そうなの……」

 

 うわ、すっごいしゅんとしちゃったよ。俺悪いことしちゃったかな?

 

(お嬢様方の護衛とか、その辺りだろ)

《でしたら去年からここに居ることになります。ですが、こちらに勤めているなんて話は聞いていません。恐らく今年からでしょう。で、今年と言えば男性操縦者ですよね?》

(まさか……俺か?)

《後は1組の彼ですね。まぁ、マスターの為だと思いますけどね》

(無い無い。森宮が俺の為に何かするとか絶対にあり得ない。アイツが保健室に来た時、色々とデータ貰うんだろうさ)

《………マスターがそう言うのならそれでいいです》

 

 含みのある言い方だな? ……どうでもいいか。本人がそう言ってるんだからな。

 

「何故保険医を?」

「私が実習なんてしたら皆ここ辞めちゃいますよ?」

「………資格は?」

「あるに決まってるじゃないですか~」

 

 天林秘書は上品に笑いながら、カーテンを閉めていく。

 

「体調を崩されたんでしょう? ゆっくり休まれてください。基本私はここに居ますので、何かあったら保健室までどうぞ。その為に潜りこんだんですから。色々と用意してますよ~。コーヒーとかお茶とかお菓子とか……勿論これもね」

 

 カチャ、と聞きなれた音が聞こえた。……拳銃か。確かに、何かあった時は頼りにしてよさそうだ。

 

 ………本当に? この人、いつもニコニコしてるから良い印象があるが、他の奴らみたいに俺を後ろから撃つんじゃないのか? 確実に俺を殺す為に送られて来たんじゃないのか? もしかしたら今の音は俺に照準を合わせているんじゃないのか?

 

《大丈夫ですよ。今男性操縦者を殺す事に何のメリットもありません。だから何も気にせず、眠ってください》

 

 本当に、いいのか?

 

《何かあれば起こして差し上げます。ほら、もうお疲れなんですから、ね?》

 

 ああ、確かに。すげぇ………眠い。

 

《お休みなさい。愛しのマイ・マスター》

 

 うん……おやすみ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の目の前ではISによる模擬戦が行われている。イギリス代表候補生、セシリア・オルコットVS2番目の男性操縦者、織斑秋介。オルコットはBT適性の高さからイギリスより専用機を与えられ、秋介はデータ収集の為委員会から専用機を与えられた。とはいっても、まだ初期状態なんだが。それでも未だに被弾していないのは流石と言うべきだろう。

 

「織斑君凄いですね~。ISに2回しか乗ったとは思えない動きです……昔からあんな感じなんですか?」

「……そうだな。1度言えば全てを理解し、2度目には完璧にこなす。織斑はそういう奴だ」

「ほえ~。やっぱり“天才”なんですね~」

「秋介……」

 

 感心する山田先生に、心配そうな篠ノ之。対照的な反応に年季を感じるな。私は全く別の事を考えているが。

 “天才”。その言葉を聞くたびに家族を思い出す。“無能”と呼ばれ石を投げられ続けた弟と、私にそっくりの“天才”だった妹を。

 

 

 

 

 

 

 まだ一夏と秋介が小さかった頃、父と母がまだ居た頃の事だ。その日、束の家に泊まる事になっていた私は家を留守にしていた。とても嫌な予感がしていたにもかかわらず、私は無視して束が作った発明品で遊んでいた。

 

 家から私の携帯にずっと電話が鳴っていた事にも気付かずに……。

 

 その結果、次の日の朝、一夏から掛かってきた電話で両親とマドカが居なくなったことを知った。

 その時のことはよく覚えている。一夏がたった一度だけ叫んだからだ。

 

『父さんと母さんとマドカが居ない』

「落ちつけ、どこかに出かけただけかもしれないだろう?」

『は? 何言ってるの?』

「い、一夏?」

 

 いつもと違う雰囲気に私は戸惑った。事務的な返事じゃない、感情がこもった返事だ。それも“怒り”という今まで一度も一夏が見せなかったモノだった。

 

『もしかしてふざけてるの?』

「そんなことはないぞ。ただ、私はただの勘違いかもしれないだろう、と――」

『今は朝の4時だよ。姉さんも父さんも、母さんだって起きてないこの時間に、マドカが自分で起きられるわけないじゃん。俺が起きてるのは俺だからだよ。なのに3人とも居ない、書き置きも見当たらないし、何よりお金も通帳も貴重品も何も無い。ただのお出かけにここまでするの? しないよね。どう考えても夜逃げだよね。そこまで分かったから姉さんに電話をかけたんだよ。いつも言ってるじゃないか、すぐに決めつけないでよく考えてよく調べろって。秋介を起こさないように1時間かけて家中を探しまわった。それなのに、どこかに出かけただけ? 勘違いかもしれない? ふざけるな!!』

「っ!?」

『姉さんいつもそうだよ、俺とマドカには無頓着な癖に、父さんと母さんにはいつもニコニコしてて、秋介ばっかり可愛がってる。秋介が転んだらおぶったりするのに、俺が転んだ時は大丈夫って聞いてくれることすら無い。マドカが指を切った時は無視してたよね。毎年の誕生日の日なんて早く終われってばかりに嫌そうな顔してさ。姉さんは俺とマドカの事なんてどうでもいいんでしょ。むしろ居なくなって嬉しいって思ってるんじゃない?』

「……………」

 

 戸惑うなんてものじゃない。何周か回って驚きだった。

 秋介はとにかく手がかかる子なので、何があっても文句を言わず、我慢する2人には日ごろから感謝している。2人に時間を割いて何かしてあげたい、そう思う事はあっても現実はそれを許してはくれなかった。

 

 いつも何を考えているのかわからなかったが、まさかそんなことを思っていたなんて……。時に私よりも大人びたところが見えていたので安心していたのだが、やっぱりまだ子供なんだな……。

 

『黙るって事はそうなんだね』

「っ!? ち、違う! 私はそんなことを思って――」

『言い訳でもするの? 見苦しいったらないね』

「一夏、私は―――」

『昔言ってたよね、家族とは無条件で愛し合い支え合う存在だ、って。でも姉さんはどうかな? 俺らの事考えてくれてた?』

「当たり前だ! 私の弟と妹だぞ!」

『俺はそう思わない。マドカだってきっとそうだ。俺達の為だけに何かしてくれた? 叱られるときに庇ってくれたことだって無い、勉強を教えてくれたことすらない。愛なんてこれっぽっちも感じないし、支えられてるって感じたことも無い。だから俺は姉さんが――』

 

 

 

 

 

 

 いったい何時からだろう、一夏があんなことを考え始めたのは。……きっと最初からだろうな。

 

 両親が居なくなったため、親戚からの援助金やアルバイトで何とかやりくりを始めた私は、当然家に居ることが少なくなった。おかげで秋介は自分で何でもできるようになり、“天才”という才能を開花させた、そう人から呼ばれるようになった。その代わり、一夏は目に見えて酷くなっていった。元々下2人に色々と持っていかれたのか、あまりデキる子じゃ無かったが、何時しか“無能”と呼ばれるほどになってしまった。関係を修復するなど夢のまた夢、溝は深くなるばかりだった。

 

 何とかしたかった。だから私なりに色々と試してみた。話しかけたり、家事を手伝ったり、遊んだり……。だが、どれも上手くいかない。他人行儀な話し方から言外に「こっちくんな」と言われたような気になってしまうのだ。結果、私は何もできなかった。

 

 束から何度も「捨てちゃいなよ」と言われたことがある。束だけじゃない、会う人皆がそう言う。私はそのたびに怒ってこう言う。

 

「確かに一夏はお前の言うように“無能”なのかもしれない。だが、あいつは私以上に大人だ。冷めているんじゃない、誰よりも冷静だ。物事を落ちついて様々な視点から見ることができる人間はそうそういない。それは時に、どんな才能よりも武器になる。そして一夏はそれを活かせる。あの子は誰よりも良いものを持ってるのさ」

 

 だが、努力空しく、一夏は消えた。どこへ行ったのか誰にもわからない。警察に捜索願を出しても、束に頼んでも、見つかることは無かった。そしてそれは今も変わらない。私個人の人脈を使って探してもらっているが、それっぽい人を見かけたという話すら舞い込んでこない。

 

 死んだ、なんてことは絶対に考えない。必ず探し出して見せる。今度こそ………

 

「織斑先生?」

「………何か?」

「いえ、なんだか思いつめていたように見えたので……」

「考えごとです、お気になさらず」

「はぁ……」

 

 いかんな、山田先生に心配されてしまった。しっかりしなければ……代表時代からの後輩だから何を考えているのかばれてしまう。天然の割に鋭いからな……。

 

 試合の方はまだ時間がかかりそうだ。秋介をみていたら色々と思いだしてしまったな……。気分を変えよう。

 

 席についてインスタントコーヒーを飲む。いつもなら山田先生に淹れてもらうのだが、邪魔するわけにもいかないから、あらかじめ持ってきておいたものだ。昔はお茶ばかりだったが、今ではこちらばかり飲むようになった。これも一夏とマドカが居なくなった影響だろうか? ……流石にこじつけが過ぎるか。

 

 そこでふと思い出した。

 

「山田先生」

「はーい」

「先程電話で倒れていた生徒を介抱していたと言っていましたが……」

「そうなんです! 角を曲がったら森宮君が倒れていたので保健室まで運んだんですよ。すごく驚きました……それにしてもカッコよかったです~。私もああいう人に出会いたいですねぇ~」

「森宮君? ……確かもう1人の男性操縦者、でしたか」

「はい……って織斑先生知らないんですか?」

「ええ」

 

 頷いて、山田先生に近づく。ここからは生徒の篠ノ之に聞かせられない事だ。もっとも、秋介が心配で周りの音なんて聞えちゃいないだろうがな。

 

「なぜか私の所には彼の情報が入って来ない。真耶(・・)、何か知らないか?」

「……普通に考えて千冬さん(・・・・)との接触を避けているってことじゃないんですか? それが更識さんの家なのか、それともお姉さんの考えなのかは知りませんけど。森宮さんとの仲悪いんでしょう?」

「ああ、森宮の妹なのか……確かに私は嫌われているようだからな。近づけるな、と圧力をかけてきそうだ」

 

 理由は知らないが、昔から私は3年生の森宮蒼乃という生徒に嫌われている。まだ私が日本代表だった頃からずっとだ。真耶と同様に代表候補生だった森宮は、初対面の時に唾を吐いてきそうなほど睨んできたな……。

 

 森宮蒼乃、他称“天才”。つまり本物の“天才”だ。史上最年少(ISができてからまだ10年ほどしか経っていないが)で代表候補に選ばれ、これまた史上最年少で国家代表に選ばれた少女。名家更識に仕える森宮家出身の為、非常に戦闘技術が高い。加えて本人のスペックも高いので生身最強と言われているほどだ。恐らく私と対等だろう。

 しかし性格に難有り、とされている。稀に自己中心的なところが見られるのだ。そしてそれらが気にならないほどのブラコンらしい。生徒会長の椅子を蹴ったのも「弟に会えないから」だそうだ。

 基本的に優しく、人受けは良いので老若男女問わず人気者である。

 ただし、織斑千冬(わたし)という例外も居るにはいるが。

 

 その弟か。……気になるな。

 部屋にある情報端末を篠ノ之に見えないように操作して、生徒の情報を閲覧する。教員のみがアクセス、閲覧できるフォルダを開いて“森宮”で検索。引っかかったのは3。そのプロフィールを開こうとした手が一瞬止まる。

 

 “森宮一夏”。

 

 そしてその下には

 

 “森宮マドカ”

 

 ………いや、それは無いだろう。同じ名前の人間なんて五万といるだろう。偶然だ。

 

 震えそうになる手を抑えてフォルダを開く、そこには………

 

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名前:森宮一夏 モリミヤイチカ

性別:男

身長:177cm  体重:64.2kg

国籍:日本

親族:父、姉、妹

専用機:純日本製全距離対応高機動型第2世代IS『夜叉』 倉持技研 作

備考

 ○3年生の森宮蒼乃の弟。同じクラスの森宮マドカは妹。シスコン。

 ○姉同様倉持製の専用機を使用する。彼は日本の代表候補ではなく、倉持技研所属である。

 ○幼い頃から精神的障害を持っている。特に記憶、演算が上手くいかない様子。精神に過度な負担をかけないように注意が必要。座学の成績評価に関してはこの点をよく踏まえてつけること。   轡木

 

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名前:森宮マドカ

性別:女

身長:159cm  体重:47kg  B:89 W:56 H:89

国籍:日本

親族:父、姉、兄

専用機:イギリス製中距離対応射撃型第3世代IS『サイレント・ゼフィルス』 BBC 作

備考

 ○織斑先生と瓜二つだが、間違えないように。髪の色が違う。

 ○3年生の森宮蒼乃の妹。同じクラスの森宮一夏は兄。ブラコン。

 ○生まれも国籍も日本であるが、専用機はイギリス製。倉持技研とBBCが技術提携し、その証として当機が彼女に与えられた。彼女は倉持技研所属のテスターである。

 

----------------

 

 ………偶然にしては出来過ぎていないだろうか? 髪と目は確かに別人だが、名前と私そっくりだというところが気になる。だが、他にも色々と載っているが不審な点は無い。更識、森宮という家は特殊ではあるが、その点に目をつぶれば普通の学生だ。親との仲はあまり良いとは言えないようだが、姉弟間は非常に良好であることが窺える。うらやましいくらいに。

 

 私の勘はもう黒で良いじゃないか、と言っているが確証も無しに決めつけるのは拙い。立場的にも世間体にも。

 

「織斑君!」「秋介!」

 

 2人の悲鳴が管制室に響いた。顔を上げるとオルコットの『ブルー・ティアーズ』と爆発によってできた煙しか見えない。

 

「ミサイルか」

「はい。オルコットさんの『ブルー・ティアーズ』はBT試験機と聞いていたので、てっきりBT兵器のみかと思ってました。まさかミサイルを隠し持ってるなんて……」

「先生! すぐに中止を!」

「篠ノ之、これはISの模擬戦だぞ。銃弾やミサイルが命中するなど当たり前だろうが」

「で、ですが……」

「よく見ろ、アレにダメージは無い。機体に救われたな」

 

 強化ガラスと電磁シールドの向こう側では煙の中で眩い光りを放つ白式の姿があった。

 

 そして――

 

「その程度なのね……つまらない」

「「「!?」」」

 

 ここにはいるはずのない人物、森宮蒼乃が私の後ろに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電磁ロックを外して管制室に入る。ここの自動ドアは元々あまり音がしないので、少し設定を弄ってゆっくり開くようにすれば時間はかかるが、音も無く開ける事ができた。ヒールが響かせる甲高い音を出さないようにゆっくり歩いて、織斑千冬の後ろに立ち、モニターを眺めていた。

 

 金髪の方はマドカの姉妹機らしい。残念かな、機体の性能を30%ほどしか引き出せていない。偏向射撃ができない時点でたかが知れている。私だってできると言うのに……。同タイプのマドカと、あのISが可哀想に思えるくらいだ。ミサイルをギリギリまで隠し持っていたのは良かったけど。

 

 そしてもう片方のいかにも初期設定という雰囲気のIS。白を基調とした大きなスラスター二基が目立つ。

 

 織斑秋介。一夏の弟。

 

 ビットの射撃を必死に避ける真剣な表情は似てなくもない。身長は一夏よりも低いが、体つきがしっかりしている。見た目からして文武両道という印象をうける。爽やかそうな感じもする。一夏よりずっと人に好かれやすいだろう。

 

 だが、その動きは一夏とは大違いだ。人を本気で殴ったことも無いような人の動き。一手先すら読もうとしない。周りが見えないから自分に向かってくる攻撃しか見えていない。ブレードは握っているだけ。走ってばかりで飛ぼうとしない。360度見渡せるというのに首を振ってばかりでそれを上手く利用していない。

 試験は受けていないそうなので今日初めて乗ったのだろう。そう見れば確かに上手な部類に入る。まず30分間一度も被弾しないのはほぼ不可能と言っていい。流石“天才”と言ったところか。

 

 それでも一夏には届かない。

 贔屓目に見ている、そう言われればそうだ。事前に情報をインストールされていたというのもある。だが、それを差し引いても一夏には及ばない。これは私、森宮蒼乃の確信だ。

 

 だから正直な気持ちを口に出してしまった。

 

「その程度なのね……つまらない」

 

 こっそり見て帰るつもりだったのだけど……仕方ない、少しお話していきましょう。

 

「森宮、どうやって入った」

「こっそり」

「な、何をしに来られたんですか?」

「模擬戦を見て帰るだけのつもりだった」

 

 そんな疑いの目で見られても困る。本当の事なのに……。

 

「あ。真耶さん」

「な、何です、か?」

私の弟(・・・)が世話になった。ありがとう」

「え、ああ、そ、そんなこと無いですよ……私は先生ですから!」

 

 なんだか嬉しそうな真耶さんを放っておいて、千冬さんにカマをかけてみる。この人の事だ、一夏とマドカのことは既に知っているだろうから。

 

「………森宮」

「………」

 

 カマをかけるどころかヒントをあげちゃったみたい……。別にいいけど、一夏は私のモノだから。マドカも気に入らないところはあるけど、私の妹。2人は誰にも渡しはしない。特に、織斑千冬(あなた)には。

 

「織斑千冬、これは警告。分かっているだろうから何にとは言わない。必要以上に近づくな」

「何?」

「本当は同じ空気すら吸わせたくない。でも貴女は先輩だし、感謝しているし、先生。だからとても妥協した」

「だから、必要以上に近づくな。と?」

「そう。これは貴女の為でもある」

「私の為だと?」

 

 名前を聞いただけで発狂しそうになっているのだから、面と向かって会えばどうなるか分からない。もし――

 

「もし、これを破った場合、貴女はただの肉塊に成り果て、私達が背負う業の一つになる。それが嫌なら……家族を大切にしたいなら、近づかないこと」

「…………」

「それだけ」

 

 千冬さんの顔も見ずに私は管制室を後にする。自動ドアの設定を元に戻して、外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な海の中をぷかぷかと浮いている感覚だ。全身を程良い冷たさの上質なゼリーに包まれているようで気持ちがいい。

 

 …………なんだか、すごく懐かしい夢を見た気がする。

 

《きっと昔の記憶ですよ》

 

 声がする方を向くと、キラキラと光る長くて綺麗な黒髪の女性が俺と同じように浮いていた。すらっとした身体と艶のある黒髪からなんとなく大和撫子という言葉が思い浮かんだ。例によって意味は分からないが。響きからして日本関係なんだろう。でもこの女性が着ているのはレースやフリルばっかりの黒いドレスだ。印象と服はミスマッチなんだけど、この人はこれが良いって気分になるのは謎だ。

 

《これは結構気にっているので、そう言っていただけると嬉しいです》

 

 ――お前、『夜叉』か?

 

《肯定。私は貴方の相棒ですよ。精神レベルで同調しているので私のもう一つの姿を見ているというわけです》

 

 ――綺麗だな

 

《私は美少女だって前に言ったじゃないですか~》

 

 真っ赤に染まった頬に両手を添えながらくねくね動き出した。そういう動きもかわいく見えるから不思議だ。………きっとコイツだからだろうな。

 

《それは置いといて、です》

 

 物を横にどける動きをして、真剣な顔を作った。

 

《昔の事は忘れてください。マスターが見るべきものは“今”です。精神状態とか、そういうのを抜きにして》

 

――どうしてなんだ?

 

《過去とは非常に大事なものです。これまでの過去――歴史を振り返って成長していく、それが人間です。しかし、それは時として枷にもなります》

 

 ――そうなのか?

 

《生みの親が現れて、すまなかった、これからは一緒に暮らそう、とか言い出したらどうします? それを言われたらどう思いますか?》

 

 ――分からない。でも、ふざけるな! って叫ぶと思う。それから色々と言いまくって、殴りまくるだろうな。俺とマドカを売っておきながら何してたんだよ! って感じで。ああ、色々考えてたらムカついてきた。多分俺は許さないんじゃないかな?

 

《蒼乃さんとマドカちゃんが現れたら? 楯無さんと簪ちゃんが居たら?》

 

 ――嬉しい。昔はよくわからなかったけどさ、今はなんとなくわかるんだ。自分は嫌われていないって。それでさ、俺は4人に会えるのが楽しみなんだって、こんな俺と一緒に居て笑ってくれる人が居るんだなって、そういうのが思えるようになった、と思う。なんか言葉変だな……

 

《そんなことありませんよ♪ 喜ばしい限りです。つまりはそういう事なんですよ》

 

 ――どういう事だよ……

 

《捨てた家族か、拾った家族か。捨てた、そう一方的に決めつけるのは良くないと思いますが、この場では比較しやすく捨てたと言いました》

 

 ――てことは、だ。捨てた家族が現れても、俺は拾った家族を選ぶのか?

 

《決めるのはマスターですよ》

 

 ――じゃあ拾った家族を――更識と森宮を選ぶんだろうな、俺は

 

《どちらを選ぼうと私はついて行きますから安心してくださいね♪》

 

 ――そいつは助かる

 

《クスクス。さぁ、そろそろ起きましょうか。家族がお待ちですよ》

 

 ――ん、そうか。わかった

 

 起きよう。そう思った瞬間、俺は身体を置いて意識だけが海から浮上していった。

 

 

 

 

 

 

《でもマスターは優しいですから、きっと拾った方も捨てた方も選ぶんでしょうね……》

 

 

 

 

 

「おはよう、一夏」

「おはよう姉さん……って今夕暮れじゃん」

「起きた時にとりあえずおはようって言えば大丈夫」

「そうなの?」

「そう」

「そうなのか……」

 

 ちょっとしたカルチャーショックだ。

 

「兄さん、具合はどう?」

「頭痛は治まったよ。心配かけてゴメンな」

「そんなこと無い! 兄さんが無事ならそれで良いんだ」

「ありがとう。俺もマドカが居たら嬉しいよ」

 

 ぽふ、と頭を撫でる。目を細めてんーってする仕草が猫みたいで可愛いな。

 

「ごめんなさい、私のせいで……。クラスのみんなには私から言っておいたから……」

「簪様の……誰のせいでもありませんよ。お気遣い、ありがとうございます」

「そんな……」

「悩まないでください。別の理由で頭が痛くなりそうです」

「じゃあ、止める」

「そうしてください」

 

 にぱーっと笑ってください。私はそれだけで十分です。

 

「はい、これ。私のお手製だから結構効くわよ~」

「マドカ、これをトイレに流してきてくれ」

「ちょっと!? 今回はちゃんとした栄養ドリンクなのよ!」

「冗談です」

「はぁ……あなた、最近私の扱いが雑過ぎない? これでも主なんだけど……」

「そんなことはありませんよ。全てをそつなくこなされる楯無様のお姿に毎回憧れております」

「え、そ、そう?」

「勿論でございます。私には到底できない事を平然とやってのける。いやはや、私もああなりたいものです――」

「じゃあいっぱい色々なものを見て練習しないとね。わ、私の隣に居ればそういう機会はたくさんあるから良かったら――」

「具体的には水着1枚で私の部屋に突貫してきて、簪様とマドカの目の前で堂々とハニートラップを仕掛けてきたり」

「副会長に………え?」

「シャワーを浴びている最中に裸ワイシャツで入ってきたり」

「え、いや、ちょ……」

「私が起きていることを知っていながら全裸でベッドに潜り込んできたりとかですかね」

「そ、それは、そのぉ……」

 

 溜めこむばかりの男子の精神を極限まですり減らしてくれたお礼ですよ! まったく……こっちの身にもなってほしいものですな。

 それに、露骨すぎるんですよ。嫌いじゃありませんが、応えるわけにはいかない私には本当に地獄なんですって。

 

「ちょ、ちょっとしたドッキリのつもりだったのよ! ほら、私そういうの好きだし!」

「水着」「ワイシャツ」「全裸」

「うぐっ!?」

「お茶の中にその気にさせる薬が入っていたこともありましたね」

「火に油を注がないでぇーー!」

「「楯無」」「お姉ちゃん」

「はひっ!」

「「「死刑」」」

「いぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 保健室の叫び声は校舎中に響き渡ったとか何とか。

 




 とりあえずノータッチで。

 一番悩んだのがプロフィールの部分でした。多分1時間ぐらい。
 平均身長と体重とスリーサイズと………自分の欲望がにじみでてますね……。マドカは千冬さんの妹だからきっとすごいグラマーなお姉さんになるんだろうなぁ……。


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13話 「一夏が負けるところ、見たくないな」

「編入生?」

「ええ。昨日、楯無様から聞いたのですが、2組に中国の代表候補生が来るとか。第3世代型の専用機を持って」

「兄さん、入学早々編入って普通?」

「変だ」

「わかった。兄さんがそう言うならその女は変だ」

 

 妹のまちがいを指摘するべきなんだろうが、とうの昔に諦めているのでスルーする。問題は編入生だ。この時期に来るという事は間違いなく男性操縦者のデータが目的だろう。2組なのは恐らくアイツ狙いだ。

 

《いつかはマスター狙いの国が出てきてもおかしくは無いでしょう》

(日本は何とかなる。ロシアも同じような理由で大丈夫。百歩譲ってイギリスもか?)

《イギリスは微妙ですね。脅迫すれば間違いなく干渉してこないでしょうけど……他の国はそうもいかないでしょうね》

(ああ)

 

 どうしたものか……。あと数ヶ月もすれば各国の代表候補生が俺の所にも来るのだろうか? わざわざ本国から編入してきたり、毎時間授業の合間や放課後に付きまとってきたり……どう見てもストーカーじゃねえか……。というか女の子が俺に付きまとうところを想像するとか、ただの自意識過剰だろ。

 

「一夏?」

「少し考えごとを。私の所にもそういった輩が来るのかと……」

「……多分。でも、お姉ちゃんと蒼乃さんがいるから……」

「何時までもおんぶにだっこというわけにはいかないでしょう? 私で何とかしたいのですが、生憎社交性なんてものは持っていませんので……うまくあしらえるか心配です」

「大丈夫だよ、兄さん。私がゴミ掃除するから!」

「ん、そうか。ありがとな」

「えへへ」

 

 ゴミ掃除、の部分を自分の都合の良いように脳内変換して、俺の為にと言ってくれたマドカを撫でる。普段とはまるで別人のような笑顔だな……そこがマドカの可愛いところでもあるんだけどな。

 

《マスターだけですよ。そう考えてるの》

(姉さんもだぞ)

《……そうでしたか。ここは本当にシスコンばかりですね》

 

 妹を可愛がることの何が悪いというのだ……。

 

 とまあそれは置いといて。

 男性操縦者のデータを求めて各国がここIS学園に代表候補生、もしくは代表を送ってくるだろう。既に中国は動いているわけだし。ISの技術が発展していて尚且つ1学年に代表候補生が居ない国……ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、オーストラリア、カナダ、オランダ等々、急に編入してきそうな国はまだまだある。俺も無関係じゃいられないな……。

 

《今は気に留める程度でいいと思いますよ。前も言った通り、とにかくここでの生活に慣れましょう。考えるのは余裕ができてからです》

(悩みが多いな……“織斑”といい代表候補といい)

《ふぁいとっ、おー♪》

 

 まぁ、頑張るさ。心の準備だけしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終礼後。

 

「頑張ってね、一夏」

「兄さんなら大丈夫だよね」

「森宮君頑張ってね」

「スイーツの為に!」

 

 その他諸々、つい先日まで俺は空気だったはずなのに、いつの間にかフレンドリーに接してくるようになったクラスメイトから応援される。

 何でかって?

 少し遡ろう。

 

 

 

 

 

「大分先の話になるが、クラス対抗戦を行う」

 

 教室に入ってきて号令をかけてすぐの一言がこれだ。無駄に前置きを用意しない、結果からズバッと行くのが我らが教師、大場先生だ。

 

「クラス対抗戦?」

「そうだ」

 

 誰かのつぶやきに先生が応える。

 

「毎年恒例の行事でな、1年生の大体の実力の把握、IS戦の雰囲気を感じたりと様々な目的がある。初めてのクラス単位で挑む行事でもあるから、一致団結して交流を深めるとかそういう意味合いも無いわけじゃない。私としては教員の打ち上げで飲みに行くのが楽しみだ」

 

 非常に素直だ。これが我らが大場教師である。

 

「誰が出るんですか?」

「クラス委員だから、4組は森宮ってことだ。良かったなお前等、専用機持ちが代表で。優勝したクラスにはデザート券半年分だぞ~」

『!?』

 

 

 

 

 

 

 ということだ。皆が応援してくれているわけだが、その真意は「絶対に優勝しろよ!」ってとこだろう。

 デザートはどうでもいいが、こういった勝負事で負けるわけにはいかないので、優勝しようという気は十分にあるし、勝てるという自信も少しはある。安全が約束された環境で訓練してきた候補生なんて目じゃない。油断はしないが容赦もしないぞー。

 

「まあ、頑張る」

「もっとやる気出せよ! なんでそこで気の抜けた返事が返ってくるんだよ! もうちょっと声出せよ! もっとぉぉ! 熱くなれよぉぉぉぉぉ!!!」

 

 修○先生、自分はその熱さと一生縁が無いのです。

 

「適当にやるさ。勝てばいいんだろ? どうせ殆ど素人なんだから軽くでいいだろ。これでも現生徒会長とは互角にやれるんだぞ」

「えー、でもなー」「心配だなー」「デザート~」「お米食べろ!!」「欲しいな~」

 

 ブーイングの嵐と修○先生のありがたいお言葉が襲いかかってくる。

 当然か。学園最強と互角とか、素人扱いしたりとか、どう考えても舐めて掛かってやられる奴の台詞だよな。俺もそう思う。

 

 でもな、やる気はあっても本気は出せないんだよ。『夜叉』で本気になったら多分相手が死ぬ。絶対防御なんて紙みたいなものなんだって。

 

 詳しくは言わないし、そもそも企業秘密なので言えないし、勝手に使えない。『夜叉』のお披露目は楯無様と姉さんの許可が必要なのだ。

 という事で今回は打鉄を使う。それでも勝てる自信はある。不器用な俺からの目に見えるハンデとでも思ってくれ。

 

 この事を伝えると更にブーイングが襲いかかる。もはや台風、ハリケーン、サイクロン、ダイ○ン掃除機。

 

「くっ……どうあってもやる気を出さないつもりね!!」

「こうなったら……更識さん、マドカちゃん、ちょっといい?」

「「?」」

 

 だからね、俺の専用機は使えないの。ピーキーすぎてリミッター掛かってるけど、それでも酷いんだって。俺もね、辛いんだよ。折角要望通りに仕上がったってのに、危険すぎるからってリミッターかけられてさ、展開するのに許可取らないといけないんだ。『夜叉』も新しい身体を気にいってるんだぜ? マドカ、お前も言ってくれ。俺は訓練機でも大丈夫だって。………うん、俺の目とかどうでもいいから。

 

「い、一夏?」

「はい?」

「専用機が使えないの知ってるから、打鉄で対抗戦に出るのは何も言わないけど……」

「………」

 

 嫌な予感がするなぁ……にやにやしてる奴がいるし。

 

「一夏が負けるところ、見たくないな……」

「ぐはっ!」

「兄さん……」

「な、なんだ……」

「一度でいいから、デザートでお腹いっぱいになってみたい」

「げふぅっ!」

 

 強烈な顔面パンチからのアッパー、追い打ちの踵落とし。そのどれもが殺人級の威力を秘めていると来た。これは……無理だ。

 

 なるほどな。簪様からの言葉と、マドカのお願いなら俺が腰を上げると思ったんだな。的確な判断だ。俺には対抗する手段は無いし、する気も無いし、そもそも出来ない。というか最初からやる気は出してるんだって……。

 

「マドカ」

「ん?」

「兄さんに任せろ」

「やった! ありがとう兄さん!」

「簪様」

「な、何?」

「必ずや、貴女に勝利を捧げましょう」

「う、うん」

 

 マドカの頭をぽんぽんと撫でて、簪様には片膝をついて頭を垂れる。いい加減反射的にこの行動をとるようになってしまった。俺は早々に慣れたが、簪様はそうではないらしく顔が真っ赤で、始めて見たクラスの面々は黄色い歓声をあげた。

 

 

 

 

 

 

「あれでいいのか? 妖子」

「ちゃんとしたから、約束の……」

「はいはい、分かってる。これ、報酬よ」

「ふふふ、これで1ヶ月は心配しなくて済むな」

「はぅ……かっこいい……」

(………森宮君の写真数枚で色々引き受けてくれるんだから助かるわ~。チョロいわね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの俺は毎日放課後にアリーナへ赴いた。理由は勿論、対抗戦で勝つためにだ。しかし、展開するのは『夜叉』ではなく『打鉄』。経験や実力の差に甘えるつもりは更々ない。勝利を確実なものにするため、俺は『夜叉』しか乗ったことが無いので、『打鉄』に慣れようと思ってのことだ。

 

 とにかくスペックが低い。専用機と比べれば仕方のない事だが、それでもやはり低いと言わざるを得ない。俺の場合、比較対象が『夜叉』や姉さんの『白紙』だからというのもあるだろうが。

 そして、動かしづらいのが一番困った。俺がISを動かせるのは『夜叉』と“シンクロ”して対話し、『夜叉』が俺を搭乗者と認めたからだ。コアが変われば当然、俺はISを1mmも動かせない。ではどうやって動かしているのかというと、『夜叉』を中継して電気信号を送っている。『打鉄』は『夜叉』を搭乗者だと御認識させている状態だ。本来なら必要無い工程を挟んでいるので、動きが鈍るのは必然だと言える。

 動かしづらい、遅い、なんて言ってもせいぜい0.5秒ほどだ。だが、0.01秒が生死を分けることを知っている俺としては、この遅さは結構怖い。が、今回ばかりはしょうがない、割りきろう。

 

 幸いなことに、大場先生は対抗戦で『打鉄』を使う旨を伝えると、優先的に機体を回してくれるように手配してくれた。しかもずっと同じ機体を使っていいそうなので、こっそり設定値を弄ったり、武装を変えたりと少し手を加えた。反応速度と機動関係の出力を限界まで上昇させることで、何とか第2世代専用機辺りの速度が出るようになった。おかげで各部のストレスが激しいので、使用する度に換装しなければならないが。

 

 設定を弄って、『打鉄』を乗り回し、最後に消耗の激しいパーツを取り替えて、学園側に返却する。これを毎日ひたすら繰り返した。

 遠中近どの距離でも戦えるので、どれも等しく同じぐらいの練習を行った。個人的には近~中距離が得意なので、特にこの部分を集中的にした。

 

 とりあえず、これで大丈夫だろう。すくなくとも、同じ『打鉄』で対抗戦に出場する女子には負けない。

 問題は専用機持ちだ。確認しているだけで、1組、2組がいる。毎年、専用機を持って入学するのは多くて3人。いない年もあるらしいので、クラスに専用機持ちが別に珍しくは無い。代表候補生がいないクラスだってあるくらいだ。今年は色々とイレギュラーなことが起きているのでかなり多いが、以前も話した通り、まだ増えるだろう。

 

 1組は……アイツ、2組は中国、この2人がどういった戦い方をするのか、抽選が決まって観戦する余裕があれば是非とも観て、対策を立てたいところだ。機体で既に負けているのだ、足りない部分は実力と経験と情報で埋めるしかない。

 

 というわけで、マドカにも手伝ってもらいながら、俺なりに情報を纏めてみた。

 

まずは1組。

織斑秋介。専用機『白式』。第3世代型。武装は『雪片弐型』という刀のみという、近接戦闘オンリーなIS。ハンドガンや小さなシールドを搭載する余裕すらないらしい。だが、その分性能はずば抜けて高い。特に近接戦闘において重要な機動性と旋回性、繊細かつ丈夫なマニピュレーターと関節部は目を見張るものがある。最も特筆すべきはその攻撃力。『雪片弐型』は物理刀、ビーム刀どちらも使えるという優秀な武器であり、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『零落白夜』は一撃必殺の威力を誇る。その戦闘スタイルや、ISの性能、何より単一仕様能力は、かのブリュンヒルデ、織斑千冬を彷彿とさせる。実力はまだまだだが、搭乗者は“天才”と呼ばれている。呑み込みの早さ、それをすぐに扱いこなし応用する柔軟性、同学年の数十歩先を行く知力等々、可能性を秘めている。将来有望な優良物件として、女子からの人気は非常に高い。こうしている間にもうなぎ登りだろう。だが、織斑千冬がそれを認めるかと言えば99.999999%の確率でNOだろうが……。

 

 次に2組。

 凰鈴音。専用機『甲龍(シェンロン)』。分類は第3世代。柄の短い二振りの青龍刀『双天牙月』と当ISを第3世代たらしめる『衝撃砲』が主な武装。第3世代型共通の課題である“燃費の悪さ”というところに着眼し解消した機体。全体的に安定した性能を持ちつつ、パワータイプの中でもなかなかの破壊力を秘めている。『双天牙月』は柄を連結させてることで双刃刀となり、ブーメランのように投擲することが可能。『衝撃砲』も含め、中距離での戦闘、援護もそつなくこなせる。『衝撃砲』だが、これは周囲の空間を圧縮、砲身を形成して放つ見えない空気の弾丸と言えば分かるだろう。砲身による弾道の見切り、射角修正等の必要が無い為、短い時間で高威力の弾をばら撒くことができる。そこそこの弾幕は張れるが、連射は向いていないので注意が必要。逆に言えば、そこを狙うと良い。ISのハイパーセンサーは360度見渡す事ができ、『衝撃砲』に制限は無いので基本死角は無いと思っていい。自分から近づくのではなく、向こうから近づいてくるのを待って、自分の距離に入ったところで畳みかけるのがベスト。典型的なツンデレで、貧乳。これを言うと怒るらしいので注意が必要。

 

 ………うん、少しばかり必要ないものが入っていたが、大体分かった。専用機の情報は基本後悔しなければならないので、こちらでもある程度のデータは手に入る。これはかなり貴重な情報だ。それとは別で、実際にどういった戦い方をするのかもまた重要である。情報とは、とても貴重なものだ。

 

 練習の片手間に情報収集をしていると、あっという間に前日になった。明日の準備のために、今日の授業は早めに終わり、アリーナの調整に入る。本番当日は試合前にISに乗ることはできないので、調整までの間に最終確認等を終えて、万全な状態を作らなければならない。自然と気が引き締まる。

 

 勿論俺も行く。1日の休みは3日の遅れ、なのだ。1日でも鍛錬を怠ってはいけない。

 

 更衣室へ向かう途中、1人の女子とすれ違った。見るからに貴族、といった雰囲気の奴だ。

 

「あら? もしかして、貴方が森宮一夏?」

「だからなんだ」

「確か4組の代表でしたわね。という事は今から最後の調整に入るのかしら?」

「分かっているなら通してほしいものだな。今日のアリーナの使用時間が短いのは知っているだろう? えーっと……」

「失礼しました。私、セシリア・オルコットですわ。イギリス代表候補生でして、専用機は貴方の妹のマドカさんが使われている『サイレント・ゼフィルス』の姉妹機、『ブルー・ティアーズ』です。今後ともよしなに」

「自己紹介なんぞ意味は無い、俺の事だからどうせすぐに忘れる。で、何か用か?」

「企業所属のパイロットだそうで」

「それが?」

「私達1組代表の秋介さんは“天才”ですわ。私が色々と教えて差し上げたのですが、わずか数週間足らずで様々なことを身につけられ、今では代表候補クラスの実力をお持ちです。貴方も専用機をお持ちのようで。きっと、いい勝負ができるでしょう」

「それで?」

「もしトーナメントで当たることがありましたら全力でお相手してあげてくださいな。経験では秋介さんは貴方より劣っているのですから」

 

 こいつは言外に「踏み台になれ」と言っているようだな。オブラートに包んだつもりのようだが、少しも隠せていない。尻尾じゃなくて全身が丸見えだな。現代の典型的な女性だ。無条件で女性は偉く、これまた無条件で男性は家畜同然だ、そう思っている奴だろう。この手の奴は嫌いだね。ISが産んだ負の遺産と言ってもいい。

 

 ここではっきりそう言うと面倒なので、適当にスルーしておく。

 

「そうだな、そうさせてもらおう。元より、手を抜くつもりなどない」

「そうお伝えしておきますわ。それでは」

 

 彼女――えーっと……イギリスの候補生は優雅に去って行った。見た目はホントに可愛いのに、中身がアレじゃあな……。

 

《そんなこと言ってる場合ですか。はやくいきましょう》

「そうだな。なんか久しぶりにお前と話した気がする」

《気のせいです。気にしたら負けです》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。風呂上がりの身体を覚まさないようにココアを飲みながら、各クラス代表の情報をチェックしていた。俺は忘れるだろうから、『夜叉』に覚えてもらっているところだ。どこも代表候補生が代表になっているようなので、そう簡単に勝負が決まることはそうそうないだろう。対策を練っておいて損は無い。

 

「兄さん、もう寝た方がいいんじゃない?」

「俺があんまり寝れないの知ってるだろ。眠くなったら寝るから、先に寝てていいぞ」

「兄さんより先に寝たりなんてしないよ。待つ」

「………ったく、しょうがない奴だな」

 

 寝れないから寝ない→じゃあ私も寝ない→仕方ない奴め→結局寝る。週に3回はこのやり取りをしている気がする。実際もっとしているかもしれない。なんとなく、マドカが楽しんでいる風なので付き合っている。

 

「電気消すぞ」

「うん」

 

 枕元のスイッチを押して電気を消す。カーテンも締まっているので月明かりも無く、部屋は真っ暗になった。

 

 枕を置いて、マドカがゴロゴロと転がってきてしがみついてきた。本来は2つのベッドの間には仕切りがあるのだが、マドカの要望により、仕切りを取り払ってベッドをくっつけている。これが意外と広くて俺も気に入っている。

 

「兄さん」

「なんだ」

「明日、頑張ってね」

「ああ」

「あんな奴に負けちゃ……嫌だよ」

「……ああ」

 

 あんな奴、というのは1組のアイツ――織斑秋介の事だろう。俺もよくわからないが、負けられないという気持ちが湧いてくる。それと同時に、マドカに、簪様に、ついでにクラスメイトに、デザート券を持って帰りたいとも思う。特に、マドカには。

 

「マドカ」

「何?」

「俺たちは、まっとうな生き方をしてきていないよな」

「うん」

「身体中弄られて、無理矢理人殺しをやらされて、自由な時なんか無くて」

「……うん」

「だから俺は勝ちたいと思っている。お前にデザート券をこの手で渡したいってな」

「………」

「お腹いっぱいデザートを食べたいって言ったろ? その時俺嬉しかった。ようやく我儘言ってくれたなって。それが俺の腕にかかっているって考えたら、もっと嬉しくなった。マドカに年頃の女の子らしいことをさせてやれるって、そう思った」

「そんな……我儘なんて……。妖子が兄さんのやる気を出させてほしいって言ったから……(写真をやるって言ってたから……)」

「だったら普通に頑張ってで良いだろ。でもそれを言ったって事はそう言う事なんだよ。だから嬉しかった」

「そうかな?」

「そうだ。だから頑張るよ」

「うん、頑張って」

 

 しがみつく腕の力が微妙に強くなった。返すように俺も抱きしめ、頭を撫でる。

 

「お休み」

「お休み」

 

 今日は久しぶりにぐっすりと寝れそうだ。

 

 




 セシリア初登場。
 本人はただ単に「いい試合をしよう!」と本人なりのエールを送ったにも関わらず、一夏は喧嘩を売られたと思って激オコぷんぷん丸。言葉って怖いね。


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14話 「蹴散らす」

 新ヒロイン登場! おかげで後半ぐだった感が……


 日は変わってクラス対抗戦当日。この学園は一学年10クラスあるので、今回の出場者は10人となる。俺含む10人は一番大きな第1アリーナに集まっていた。綺麗に1列に並んで、学園長を始めとしたお偉いさんや、来賓来客がズラッと並んでいる観客席を向いている。既に開始時刻を過ぎているので、開会式を執り行っている最中だ。たった10人しか参加しないのに開会式を行う必要があるのだろうか?

 

《外から客を招くからでしょう。確かに内輪事ではありますが、人に見られる以上必要なんだと思いますよ》

(面倒くさい……)

《そう言わずに。ほら、マスターの出番ですよ》

(ああ)

 

 参加者側の出番と言ったらアレしかない。選手宣誓。体育祭じゃあるまいし、なんでこんなことを……と楯無様に聞いてみた。

 

「1年生初の行事でしょ。これから頑張ってね! みたいな意味があるらしいわ。IS学園には普通の体育の授業はあっても体育祭は無いから。あ、ちなみに私もしたわよ。滅多に出来ることじゃないし、名誉なことなんだからやっておきなさいな。一夏がそう言う事に興味が無いのは知ってるけどね」

 

 らしい。分かるような分からないような話だ。行事には積極的に参加するタイプじゃ無いので体育祭の有無なんてどうでもいい。

 

「選手宣誓。4組の森宮一夏が、選手宣誓を行います」

《ここでマイクスタンドまで進んでください》

 

 式を進行するにあたって、必要な行動やセリフなどをかかれたカンペを『夜叉』が思いだして俺に指示する。A4数枚にわたって書かれていた指示を俺が覚えられるはずもなく、少しも悩まずに『夜叉』に丸投げした。

 しかし、流石のこいつも全部覚えるのは無理だった。そこで、どこでどう動けばいいのかだけを覚えてもらい、残りの部分……台詞はデータ化して網膜投影することで解決した。

 ということで、俺の目にはプリントが丸々映っている。これでテストも安心だな。

 

「宣誓、我々10名は――――」

 

 後は読むだけ。ルビも振っているので抜かりは無い。

 

 緊張することも無くあっさりと終わり、開会式は終わった。

 

 

 

 

 

 学園にはIS実習用のアリーナが、グラウンドや体育館とは別に幾つも設けられている。当然授業はそこで行われるし、放課後の自主練習や今日のような試合などもここだ。しかし、どれだけアリーナが大きくても全学生を1つのアリーナに収容し、観戦することは不可能に近い。外や控室、観客席とは別に、観戦室などもあるが難しいだろう。

 なので、トーナメント式の試合、大会が行われる場合は他のスポーツ同様に会場を分ける。見たい選手や試合が行われるアリーナへ向かうのだ。重なっても後で学園の端末から視聴できるので問題ない。

 

 俺は開会式が行われた第1アリーナに待機している。1回戦がここなのだ。色々と言いたいことがあるが、組み合わせは自分たちが引いたクジで決まったので文句は言えない。

 相手は6組のイタリア代表候補生。専用機は無いが、基礎的な技術と無駄のない素早い動きが武器と聞いている。優勝候補の1人ということで、非公式に行われているトトカルチョでのオッズは低い。

今回の出場者は学園が認める範囲内なら『打鉄』もしくは『ラファール・リヴァイヴ』の設定を弄ってもいいことになっている。少しでも『夜叉』の速度に近づけるために俺も弄った。恐らく、相手は俺同様に速度特化に調整してくる。射撃も近接もこなすバランスタイプだそうで、どんな戦法を取ってくるか読みづらいがまぁ大丈夫だろう。

 

 ピットにはクラスメイトと先生2人が応援に来ていた。正直気が散るので簪様とマドカ以外とっとと観客席に行ってほしいが、流石に我慢している。その程度の社会性は持っているつもりだ。

 

「コスプレ?」

「違う。俺の専用機専用のISスーツだ」

 

 そして面倒なことに事あるごとに俺のスーツを弄ってくるのだ。珍しいのは分かるが、集中しているのだから空気を読んで後日聞くとかしてほしい。

 

 ISスーツは操縦者の電気信号を少しでも効率よくISに送る為のスーツである。着用義務は無いが、ある方が良い。最近になって、耐弾耐刃性能もついたそうだ。安全性を考慮して、と言えばそれまでだが、ISがますます軍用化していっているとも言える。

 話が逸れた。

 女性用の場合、スクール水着にオーバーニーソックスにブーツを履く。男性は例によって前例がない為、比較のしようがない。織斑は短パン半袖(へそ出し)なのでそれに比べたら確かに変だ。というか女性用から見ても変だ。

 

「全身なのはまあ分かるんだけどさ……」

「なんで所々に機械がついてるの?」

「お腹とか太ももとか二の腕とか中途半端に肌が見えてるんだけど」

「いえ~、いっちーせくしぃ~」

 

 まず全身スーツ。これはまだいい、調べたところ、無いわけではないらしい。問題なのはちらほらと肌が露出していること、スーツの各所にアシストデバイスが取り付けられている事だ。背中、膝と肘から先は機械で覆われており、言われた通り、二の腕、脇腹、足の付け根部分の太ももはスーツではなく肌が除いている。本当に肌ではなく、特殊生地で透明になっているだけなので、他の部分同様しっかりと身体を保護してくれる。

 すごく簡単に言うなら、最近のロボットアニメのパイロットスーツと言えば、誰もが納得するような見た目をしている。これを始めて着たとき、簪様が少し興奮していた。アニメ好きな人なので、似たようなものを見たことがあるのかもしれない。

 始めて見た時は俺も嫌だったが、女装よりマシだと思って諦めて着ることにした。着心地は割と良い方なので気にいっている。

 

「本音様、何故ここに?」

「応援に来たのだ~」

「1組……でしたよね?」

「いかにも! デザートは惜しいけど、おりむーよりいっちーに勝ってほしいから抜けだしてきたんだよ~」

「はぁ……」

 

 いいのだろうか? ……本人が良いって言ってるんだからいいか。更識>布仏≧森宮という組織図なので、上の人が言う事に俺に口答えする権利は無い。結構個性的な人なので返しに困るが、見ているだけでなんとなく楽しくなったような気分になるので、本音様はこのままでいいと思っている。

 

「そろそろ戻らないといけないから行くけど、ちゃんと応援してるからね~。かんちゃん泣かせちゃだめだよ」

「存じております」

「よしよし。じゃあね~」

 

 長い袖をぱたぱた振りながら、本音様はこっそり出て行った。気付かれずに抜けだすあたり、流石更識専属メイドだなと思う。気が抜けているようで、見ている所は見ているし、勘も鋭い。

 

「そろそろ時間になりますので、席までお戻りください。クラス全員分の席は用意されているのでしょう?」

「うん、そうする。頑張ってね、一夏」

「兄さんだったら優勝できるよ」

「ありがとうございます」

 

 やり取りを終えると、クラスメイトを連れて簪様とマドカはピットから出て行った。

 

試合開始まであと数分。最終チェックも済んでいるし、アリーナへ出よう。

 

「いくぞ」

《ちゃんと手加減しましょうねー》

「わかってるさ」

 

 待機状態の『打鉄』を起動させ、開いた装甲に手足を突っ込んで纏う。視界と思考がクリアになっていき、『夜叉』との違いに酔いそうになりつつも我慢して歩く。

 

 アリーナから歓声が上がった。空中投影ディスプレイにはちょうど向こうの『ラファール・リヴァイヴ』がピットから出てきたところを移している。

 

「ハッチ開放」

《ハッチ開放完了》

 

 薄暗いピットに眩い光が差し込む。ハッチから見える景色の先から、6組代表がこちらをじっと見ていた。随分と警戒されているな。

 

「なんだっていいさ」

《?》

「蹴散らす」

《おお、怖い怖い》

 

 カタパルトに足を乗せ、アリーナへと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めまして、であってるか?」

「ええ。ベアトリーチェ・カリーナよ」

「森宮一夏だ」

 

 目の前の女子――6組クラス委員、イタリア代表候補生ベアトリーチェ・カリーナと握手を交わす。お互いの右手を部分解除して、手を握った。

 

 金髪碧眼のセミロングヘアーなんて本当にいるんだな。

 

「何か失礼なことを考えてない?」

「いや、初めて金髪碧眼の女子を見たんだが、結構綺麗だなと思ってた」

「そ、そう? 実は自慢なのよね」

「自分の身体に自信を持つことは誇らしい事だと思うぞ」

「ありがとう。貴方みたいな男子もいるのね」

 

 にっこりと満面の笑みを浮かべるベアトリーチェ。俺みたいな男子って……何を言ってるんだと思うが、彼女は男と何かあったと推測する。聞こうとは思わないし、聞く気も無いのでスルー。

 

《先日すれ違ったイギリス代表候補生も金髪碧眼ですよ?》

(そんな奴いたっけ?)

《居たんです》

 

 忘れた。これっぽっちも思いだせないって事はその程度って事だ。忘れていい。

 

「お互い正々堂々と試合(しあ)おう」

「望むところよ。こんな公の場で、全学年(・・・)実技首席と戦える機会なんてそうそうないしね」

「ただの噂を信じるのか?」

「目の前に立って確信に変わったのよ」

「そうか」

 

 入試の実技試験の際に、担当教員を3秒でKOしてしまったので、全学年合わせて最も強い=実技首席なんて噂が立っている。自信が無いわけではないし、3年生だろうと負けるつもりは無いが、学園における最強は生徒会長に与えられる称号だ。楯無様の名誉に傷をつけるような行為をするはずが無いので、俺としては否定の位置を取っている。楯無様より姉さんの方が強いのは秘密だ。

 

 何にせよ、首席だろうが次席だろうが底辺だろうが、この場で向かい合うならやるべきことは1つ。

 

「簡単に墜ちてくれるなよ? ベアトリーチェ」

「そっちこそ、黒焦げのハチの巣になっちゃダメよ? 森宮」

 

 シールドエネルギーが0になる(息の根を止める)まで、戦うだけ。

 

 試合開始のブザーと、観客の歓声が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬時に近接ブレードをコールして飛び出す。ベアトリーチェも同じことを考えていたようで、『打鉄』と『ラファール・リヴァイヴ』はアリーナの中央でぶつかりあった。

 

「見た目に寄らず、血の気が多いのかしら?」

「長引けばそれだけ手の内を晒す事になる。早めに決めさせてもらおうか」

「随分と先を見ているのね。そんな事だと――」

 

 ベアトリーチェはわざと力を抜いて鍔迫り合いの拮抗を崩した。スラスターの噴射を止めるも間に合わず、前かがみになって体勢を崩した俺の胴を狙って2本目のショートブレードを振りかぶる。

 

「――足元を掬われるわよ!」

 

 迫ってくるブレード。対する俺は身体をひねって、ちょうど『打鉄』の浮遊シールドがブレードの軌道上に来るように体勢を変える。

 

 ガキンッ!

 

「嘘ッ!?」

「さっきの言葉、そのまま返すぞ」

 

 スラスターを噴射してその場で一回転。ブレードが弾かれたことによってガラ空きになった胴を全力で切り裂き、その勢いで回し蹴り。モロにくらったベアトリーチェはきれいにアリーナの電磁シールドまで吹き飛んだ。

 

「痛っ!」

 

 電磁シールドとの接触によって若干のシールドエネルギーを奪われ、ベアトリーチェに隙が生まれた。そこへ追い打ちのこいつをブチ込む。

 投擲用の巨槍。『打鉄』同様学園からレンタルした物なので、『夜叉』とは比べるまでも無いが、それでも威力は高い。相手が量産型なら尚更だ。上手く命中すればこれで終わる。センサーのロックに合わせて、引き金を引いた。槍は吸い込まれるように『ラファール・リヴァイヴ』へ向かい命中。

 

「こんなもの!」

 

 することは無く、シールドで弾かれた。槍に対して垂直に構えるのではなく、すこし斜めに構えて軌道を逸らす事で防いだようだ。伊達に代表候補生をやっていないということだろう。その代わり、槍が貫通してシールドは使えなくなった。

 

「驚いた。あれで終わったと思ったんだがな」

「言ってくれるわね!」

 

 シールドを捨て、代わりに両手にサブマシンガンを持ってこちらへ迫ってくるベアトリーチェ。なんとなく怒っているように見えなくもない。

 

《怒りじゃなくて焦りだと思いますよ》

(む、そうなのか?)

《相手に怒ってどうするんですか……ほら、来ますよ》

 

 どこからどう見ても怒っているようにしか見えないんだが……。

 

「考えごとなんて余裕ねぇ!」

「まあな」

「まともに返されると困るんだけどー!?」

 

 急発進、急停止、急上昇、急降下をひたすら繰り返しながら弾幕の雨をすり抜ける。時に浮遊シールドで防いだり、近接ブレードで弾いたり斬り裂いたり。掠ることも無いので、俺のシールドエネルギーは満タンだ。

 

「どうした? このままだと俺の完封になるぞ」

「言ったわね……! やってやろうじゃないの!」

 

 サブマシンガンを放り投げ、次にコールしたのは自動拳銃2丁。銃身下部には分厚いナイフが取り付けられているのが見えた。

 

 俺に接近戦を挑むか!

 

「はあああああ!!」

「ふんっ!」

 

 交わる刃と銃から火花が散りあう。武器だけでなく肘や肩、足など全身を使ってお互いに攻防を繰り返す。

 

「俺についてくるとはな……」

「私が一番驚いてるって、の!」

「おっと」

「一発くらい当たってくれてもいいんじゃないかしら!?」

「情けでダメージを与えたところで嬉しくないだろう?」

 

 俺も大分飛ばしている方だが、それでもついてくるベアトリーチェに驚いたが、彼女は限界ぎりぎりのようだ。そろそろ終いにすべきだろう。

 

 わざと大きく振りあげて大上段から真正面に斬りおろす。銃剣を交差して受け止めたベアトリーチェと、開始時のように鍔迫り合いをする。

 

「久しぶりに楽しめた」

「いきなり何の話かしら? もう勝負を終わらせるって聞えるんだけど?」

「分かってるじゃないか。ベアトリーチェ・カリーナ、その名前、覚えておく」

 

 一瞬だけスラスターを全開にして押し切る。左から右へ大きく振ってベアトリーチェを弾き、返す手でブレードと浮遊シールド2枚を回転するように投擲する。

 

「なんの!」

 

 上手に3つとも弾いたようだが……

 

「それは悪手だ」

「目暗まし!?」

 

 投擲物に対応している内に瞬間加速で距離を詰める。両手を使って手首を握って動きを封じ、もう一度瞬間加速。壁に叩きつける。ベアトリーチェは頭を下に向けて大の字になった。

 

 手刀を胸の前で交差させてそのまま上げて、めいっぱいの力で振り抜く。

 

「“刀拳・燕”」

 

 壁と『ラファール・リヴァイヴ』に×の傷痕を刻むほどの威力を秘めた技は当然のように残りのシールドエネルギーを削り取った。

 

『勝者、森宮一夏』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……あれ?」

「気がついたか。気分はどうだ? 怪我はないか?」

「わからない……特に痛い所とかはないけど」

「そうか、よかった。少し待てば教員が来る。それまで待ってくれ」

「あ、ありがとう」

 

 気絶したベアトリーチェを抱えてピットに戻った。次の試合は大体2時間後に行われる予定なので、それまでの間に準備を済ませる必要がある。『打鉄』の設定を限界ギリギリまで弄っているので各部パーツの損傷具合が酷い為、毎試合の後に交換しなければならないので待ち時間はありがたい。ピットにあるモニターで他の試合も観戦できるので、相手選手の情報もそこそこ手に入る。

 

「聞いてたより優しいね」

「何がだ?」

「君が。視線も態度もキッツイって言われてるわよ」

「俺は何時だって普通にしている。それが他人からは厳しく見えているだけだろ」

「正論ね」

「珍しいこともあるもんだ」

 

 かけていた毛布を羽織って、ベアトリーチェが隣に座った。彼女との試合が終わったが、大会自体は終わっていないので余り覗かないでほしいんだが……。

 

「ねえ、森宮」

「なんだ?」

「君はイタリアのIS事情をどれだけ知ってる?」

「すまないが、全くだ」

「そっか。今の欧州――特にIS技術が高いイギリス、イタリア、ドイツ、フランス、オーストリア、オランダ、トルコみたいな国は、次の波に乗る為に新技術開発に躍起になってる。簡単に言うと、第3世代型を開発して他国より一歩リードしたいの。『イグニッション・プラン』っていう計画のモデルに選ばれる為にね」

「競争を生き残る……とでも言うのか?」

「そうそう。でもさ、技術力が高いって言ってもピンからキリまであるよね? イギリスがBT兵器を実用化させたように、ドイツがAICを開発したように、イタリアが可変型を作ったように上手くいくところはいく。そうじゃない国は失敗して事業から撤退しなくちゃいけない。そういった国々がとった対策って何だと思う?」

 

 今までの話を纏めると、新技術開発に成功した国と失敗した国に分かれてしまった、失敗した国は撤退しない為に何をしたのか? であっているだろう。

 

 似たような状況は今まで見てきたことがある。歴史の教科書にだって載っているだろう。つまり……

 

「手を組んだ」

「そう。アラスカ条約を始めとして、たくさんケチ付けて技術公開を迫ったんだ。議会は大荒れだったらしいよ。ま、最低限の情報は公開してたから条約には触れてないし、どの国も研究成果をばらしたくは無いから失敗に終わったんだけど」

「ならイタリアには何も起きてないじゃないか。含みのあるような言い方をしていたが?」

「世間から見ればね。でもイタリアとしてはとても困っているんだ。私達が持つ技術の可変機構は確かに凄いよ。ISは纏うように展開するからね、関節を邪魔せずに形態を変えるんだから。でもそれを上手く活かせないのが現状。世界大会で使用された『テンペスタⅡ』以降、新型の開発ができていない。『イグニッション・プラン』の有力候補に選ばれてはいるけど、いつ弾かれてもおかしくないわ。『テンペスタ』に求められるのは究極の機動力。その為には優秀なパイロットと、お金が必要なのよ。候補生を下ろされていった子たちは三ケタに入ってるわ」

「お前もその1人ということか」

「一応ね。これでもイタリア代表候補生の中じゃ1,2を争うぐらいの実力はあるんだよ? ってそうじゃなくて。私としてはそういう背景があるから、今日の試合を楽しみにしてたんだ。完封されたけどね」

「………」

「私から見た森宮の動きはね、無駄を感じなかった。体の捌きや重心の置き方、指一本に至るまで。きっと君の動きや感じ方、考え方、戦闘スタイルは『テンペスタ』に必要なものを秘めていると思ったんだ。だから、その辺りをちょーっとおしえてほしいなー……なんて」

 

 よくわからないが、ベアトリーチェは俺が新型の鍵になる何かを持っていると考えたようだ。そんなこと言われてもなぁ……。俺の場合、身につけたんじゃなくて刷り込まれたんだから、こうしろって言葉にできないんだよ。次にどう動くべきなのか、実は余り考えていない。

 でもこういう話をされたら「知らん」って無下に返すのもな……。

 

「上手く言葉にできん。俺からは経験が全てとしか言いようがない。すまん」

「あ、謝らないでよ……これは私の我儘みたいなものだから……」

「口では言えないが、まぁ、見せるぐらいなら構わないぞ」

「は?」

「これが終わって一段落ついたら模擬戦でもしよう」

「………ありがとう」

 

 ベアトリーチェは静かに立ちあがった。教員が迎えに来たようだ。その後ろには4組と6組の生徒がちらほら見える。

 

「ベアトリーチェ。2つ言っておくことがある」

「ん?」

「非常に残念な話だが、俺は完封勝ちできなかった。最後にブレードとシールドを弾く為にばら撒いた弾が掠っていたようでな」

「それは……喜んでいいのかな?」

「好きなように解釈するといい。もう一つ、俺には姉がいるから名前で呼べ。面倒くさいことになる」

「はいはい。じゃあね、一夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の試合でシード権を勝ち取った俺は1試合浮いた。準決勝を10秒で終わらせ決勝進出を難なく果たす。何時の間に仲良くなったのか、4組と6組の面子がハイタッチをしながら喜んでいた。

 

 『打鉄』のチェックをしながら決勝戦であたる相手の情報を見る。近接戦闘オンリーの高速機動型IS『白式』。単一仕様能力の“零落白夜”はまさしく一撃必殺だ。そこに気をつければ『打鉄』でも負けは無い。

 

 トーナメント表に残ったのは2人。俺と織斑秋介だけだった。

 




 語る機会が無いだろうからここでかるーく紹介。

〇ベアトリーチェ・カリーナ
・6組クラス委員。イタリア代表候補生。実力は折り紙つきで、本人は否定しているが本国では代表並の評価を得ている。本来なら新型『テンペスタⅢ』を与えられるはずだったが、本編で語られた通りの理由で実現せず。
・金髪碧眼のモデル体型。若干癖のあるセミロング+ちっこいアホ毛。
・普通にやさしい。普通に優秀。


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15話 「一夏の笑顔は私だけのもの」

 新年明けましておめでとうございます! 

 今年は何年だっけ? ……ま、いいか。後で調べよう。

 2013年は私にとってもだいぶ驚きの年だったと思います。SS投稿に始まり、大学を中心に色々とありましたよ……ほんと。今年もいい年になるように頑張ります。もちろんSSも!



第1アリーナの観戦席。私と蒼乃さんはならんで電光掲示板を見ていた。そこにはこれから行われる決勝戦の組み合わせが表示されている。

 

 森宮一夏 vs 織斑秋介

 

 本人達は全く気付いていないだろうが、これは正真正銘の兄弟対決だ。“天才”の名をほしいままにした弟と、“無能”の烙印を押しつけられた兄の。

 

「まさかこんなに早く戦う事になるなんてね」

「遅かれ早かれこうなることは分かっていた。あとは私たちじゃどうしようもない。何も起きないことを信じるだけ」

「『夜叉』の展開許可は?」

「出していない。自我がある限り、あるいは余程の事が無い限り『打鉄』で戦い続けるように言っておいた」

「あとは一夏次第……か」

 

 話に聞いたように暴れまわるのか、それとも逆に落ちついて対処するのか、両方か、それ以外か。今回ばかりは私も蒼乃さんも予想がつかない。

 

 なんとなく任務帰りの一夏を思い出した。真っ黒のスーツと白い髪を鮮血に染めて、眉一つ動かさずナイフと自動拳銃を持ったあの姿を。話しかけても最低限の反応しか返って来ず、自分から何かをすることは無い。後ろから近付こうものなら首が飛んでもおかしくなかった。

 もし、もしも、何かの手違いであの頃に戻ってしまったら……考えただけでも震えが止まらない。

 

「大丈夫」

「……そうみたいね。心配して損しちゃった」

 

 蒼乃さんの声で顔を上げると、一夏は既にアリーナへと登場しており、織斑君と対面しても変化は無い。今まで以上に真剣な目をしている。

 

「頑張れ♪」

 

 必勝、と書かれた扇子を広げ、一観客として楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《いつかはこうなると思ってましたよ》

「それはそうだろうさ、同じ学園に通って、同じ寮で生活してるんだから。早いか遅いかの違いだろ。初対面が公式試合の決勝戦だなんて思ってなかったけどな」

 

 『打鉄』の部品交換を終え、最終チェックをしながら『夜叉』と話をしていた。集中したいから、と言って簪様とマドカを始めとしたクラスの面々、なぜかクラス同士仲良くなった6組とベアトリーチェには観客席に戻ってもらった。ピットには俺と『夜叉』だけ。

 

 不思議だ。“織斑”と聞くだけで発狂していたのが嘘のように、今の俺は落ちついている。

 

「なんでだろうな?」

《慣れた。というほど色々と起きたわけでもありませんし……》

「わからん」

《いつものことです》

「それもそうだ」

 

 これで済ませていいのか? ……考えないようにしよう。次が勝負なんだ、集中集中。

 

《行きましょうか》

「ああ」

 

 カタパルトに足を乗せ、ピットを飛び出し、今回の相手である『白式』の50mほど前で停止する。

 

 織斑秋介。

 世界最強の姉を持つ“天才”。容姿端麗文武両道の絵に描いたような主人公らしい。すこし我儘なところも見られるが、基本他人の為に動く今の時代では珍しい若者だ。どこをとっても俺とは正反対の人物。俺が魔物ならこいつは勇者。

 

「織斑秋介、よろしく」

「森宮一夏だ」

 

 わざわざ右手を部分解除して握手を求めてきた。こういう細かな行動でも純粋な好意だと感じさせられる。他人を安心させる才能でもあるのかもしれない。

 俺としては受け取るつもりなんて無いので、手のひらを向けてストップの意を示す。

 

「?」

「先に言っておくが、俺はどうやらお前の事が嫌いなようでな。何故かという理由すら分からない。これに関しては心からすまないと思う」

「はぁ……」

「だから言っておく。死ぬなよ」

 

 そう、今の俺は不思議なほどに落ちついている反面、今までになくココロが騒いでいる。ぶっ飛ばせと、見せてやれと! だからこそ、あえて今言った。オープン・チャネルによって会場に来ている全員に聞かれるという代償を払って。もっとも、俺はどれだけ蔑まれようがどうでもいいので代償と呼べるのか謎だが。

 言えるのはここまで。名前を聞いただけで殺したいと思いましたなんて言えないし、シャレにならない。

 

「残念だな、俺は一夏と仲良くしたいと思ってるんだけど。懐かしい名前だしね」

 

 懐かしい名前、ね。これで俺が“織斑”と何らかの関係があることは分かった。これについては後で考えよう。覚えていたら。

 

「俺はそう思う事ができない。男友達はできたことが無いから興味があったんだがな」

 

 互いに近接ブレードをコールする。武器としてのランクは雲泥の差があるものの、勝負を決めるのは武器やISの性能ではない。ISなど使い手が、乗り手が悪ければ何の価値も無いただの鉄屑だ。

 

 それを教えてやる。

 

 試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4組に森宮一夏という俺と同じ男性操縦者がいるらしい。

 

 そう“一夏”。小さい頃に行方不明になっていた兄と同じ名前であり、同じ字だ。少し……どころかかなり気になったのでこっそりと見に行ったことがある。膝まで届くような長い白髪、前髪も長いので顔はよく見えなかったが、紅と緑のオッドアイだったと記憶している。

 結論。全くの別人だった。雰囲気とか佇まいとかはなんとなく似ている気がするが、見た目が違いすぎる。失礼かもしれないが、正直日本人じゃないと思ったぐらいだ。何より優秀そうだ。“無能”なあいつとは何から何まで違う。

 

 一夏の奴はトロイし、要領悪いし、不器用だし、バカだった。見ているこっちがイライラするぐらいに。俺は他人に比べて幾らか上手に出来る。自分でもそう思うし、周りの人からもそう言われている。だが、それを差し引いても一夏は酷かった。料理は暗黒物質ギリギリの炭の塊を作ったこともあったし、洗濯物が皺くちゃのままで放置してたから大変なことになってたり、掃除をする為の掃除機をぶっ壊したりと毎日頭が痛かった。

 

 そんなアイツでも、居なくなった時は少し寂しかった。それ以上に今まで一夏に押し付けていた家事をすることになったから、面倒くさいって事の方が俺の中では大きかったから、寂しさなんてすぐに忘れた。居ても居なくても同じような奴って偶にいるだろ? 俺の中では一夏はその程度の奴だったってこと。ひょっとしたらそれより下かもしれない。しかし、姉さんはそうでもなかったようだ。

 

『姉さん、ご飯できたよー』

『………』

『どうしたの?』

『………』

『姉さん!』

『……ん? どうした秋介』

『ご飯できたよってさっきからずっと言ってるよ』

『今日の夕飯はお前が作ったのか?』

『何言ってるのさ。一夏が居ないんだから、俺がやるしかないでしょ』

『あ……そう、だったな』

 

 どこにいてもボーっとしていて、話しかけたら二の句は「一夏」。優しい姉さんの事だ、とてもショックだったんだろう。今では立ち直っているからそうは見えないけど。

 

 一夏が居ないことに次第に慣れていって、気がつけば居ないことが日常になっていた。はっきり言うと、俺はココに来るまで一夏のことを忘れていた。

 

 それを思い出させた一夏に似ているようで似ていない目の前の男。俺はちょっとだけ興味を持った。あたり触りのない挨拶をして、握手の手を出したが拒否された。それだけでも驚きだったが、次に飛び出してきた言葉には一瞬言葉を失った。

 

「死ぬなよ」

 

 ISがとても危険なものだってことは理解している。でもここは学校だし、公式試合だし、絶対防御がある。そんな事態になるはずがない。クールな格好つけ、どうやら彼はそんな性格だったらしい。

 

 お互い最後に一言交わして武器を構える。地面は無いし、竹刀じゃなくて剣ではあるが、慣れ親しんだ剣道の構えを取る。ぴたりと正眼に構え、背筋を伸ばす。気持ち的にこの姿勢が落ちつくし、戦うという感覚を得られるのだ。集中するにはうってつけ。

 対する森宮は右手一本でブレードを持ち、両腕をだらりと下げて左半身を前にしている。程よく力と緊張のこもったその構えからは隙が全く見えない。それだけで俺や箒以上に強いという事が分かる。もしかしたら姉さんと同等かもしれない。それだけの圧力というか……プレッシャー? を感じる。

 

(幸い、アイツは『打鉄』だから性能ではこっちが勝っている。距離を離される前に懐に入って“零落白夜”で一気に決める!)

 

 瞬間加速を使うまでも無い。一瞬で決めてやる。自信を漲らせ、ブザーに合わせて森宮へ向かって加速する。

 

 次の瞬間、俺はアリーナの壁に叩きつけられ、シールドエネルギーの2割を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブザーと同時に織斑は突進してきた。一気に決めるつもりだろう。近接装備のブレード一本しかない『白式』に限って、その戦法は正しく、正攻法だと言える。逆に、最強の攻撃力と最高の機動力を兼ね備えた燃費の悪い機体では、それ以外の戦法を取るとなると勝率はガクンと落ちる。ISに乗り始めてまだ1ヶ月ちょっと、戦いを知らない高校生なら尚更だ。余程の凄腕でない限りは。だからこそ読みやすい。

 

 ブザーが鳴ると同時に瞬間加速を行い、すれ違う瞬間、織斑の頭を鷲掴みにして壁へと放り投げた。叩きつけられた壁は織斑を中心として蜘蛛の巣状にヒビが入り、細かな破片を撒き散らす。ウインドウを見れば、織斑のIS『白式』のシールドエネルギーは2割を失っていた。

 

「うそ……」

「なにあれ……」

「何がおきたってのよ……」

 

 開始1秒も経たずに起きた出来事に会場は騒然としていた。

 

 最新の高機動型第3世代の初速を、量産型がカウンターを決めた。代表候補生を倒したあの織斑秋介に一発かましたのだ。生徒、教員、来賓までもが驚愕だった。ただ、数人の生徒を除いて。

 

『良い一撃』

『初っ端からえげつないことするわね』

『……離されないようにね』

 

 プライベート・チャネルでの応援はいいんでしょうか?

 

《素直に受け取りましょうよ。ほら、来ますよ》

 

 ついさっきまで何が起きたか分からないって顔をしていたが、気持ちを切り替えたようだ。油断と余裕はもう見られない。

 

「何したんだよ……今の」

「接近してきたお前の頭を掴んで放り投げただけだ。どう攻めてくるかなんて分かりきっている」

「そうかい……これからはそう上手くいかねぇぞ!」

 

 両手でブレードを握りなおして、織斑が向かってくる。バカ正直にチャンバラをする気は無いので両手にマシンガンを展開して、一定の距離を保ちつつ弾幕を張る。時に掠りながら、直撃しつつも確実に距離を詰めてくる。

 

「おらよっ!」

「温い」

 

 織斑は瞬間加速で一気に懐に入り込んできた。急停止をして、マシンガンを交差させてブレードが来るのを待つ。大上段から振りおろされたブレードを受け止め、切り裂かれるか否かの所で左に逸らす。

 

「マジかよ!」

 

 そのままマシンガンごと織斑のブレードを捨てた。

 

「くそっ……」

「あのブレードしか武装は無いと聞いている。さて、どうする?」

「なめんなよ。篠ノ之流には徒手空拳だってある」

「それはそれは。だが――」

 

 今度はアサルトライフルとウェポンラックを展開する。ラックに詰め込まれたミサイルが織斑をロックオンし、姿を現す。その数20。

 

「――俺に近づけるか?」

《全弾発射》

 

 その全てが織斑に向かって飛んでいく。

 

「んだよこれ!? 森宮、あれは拳で戦う流れだろ!」

「知らん。そうしたいなら此処まで来てみろ」

「言われなくても!」

 

 アリーナ中をグルグルと回り、ミサイル同士をぶつけて爆発させたり、壁や地面に激突させたりと少しずつ数を減らしていく。上手い、代表候補生に勝つだけのことはある……のか? 相手になった女子を全く知らないので何とも言えない。少なくとも、1年でトップクラスの実力を身につけていることは確かだ。流石“天才”、か。

 

(なるほど……)

 

 狙いはこぼしたブレードか。どさくさにまぎれて拾うつもりらしい。

 

「こんのぉー!」

 

 ブレードを拾い、ついでに俺のマシンガンも拾う織斑。他人の装備は許可なしに使用できないってことぐらい知っているはずだが……。と思ったら、撃つんじゃなくて、ミサイル群に向けて投げた。確かにそれぐらいなら問題ない。よく考えるな。

 

 投げられたマシンガンは先頭のミサイルに見事命中し、全弾巻き込んで爆発した。この時点で織斑のシールドエネルギーは既に5割を切っている。それに比べて俺は無傷。圧倒的だった。

 

 織斑は地面に片膝をつき、ブレードを杖代わりにして身体を支えている。息も大分荒い。そんな奴から少し離れた場所に降り立つ。

 

「そう言えば拳がどうのこうのって言ってたっけな」

「……それが?」

「お望み通り殴ってやることはできないが、思う存分斬り合おうじゃないか」

 

 マシンガンを地面に突き立て、ウェポンラックを外す。ズドン、と大きな音を響かせてそれは落ちる。あまりの重さに20cmほど地面にめり込んだ。空いた右手に、近接ブレードを展開して、軽く握る。

 

 ありえない。そんな目で俺と沈んだ場所を見る。

 

「PICでも相殺できないくらい重くてな。滞空して撃つ分には問題ないが、近接戦闘では邪魔だ」

 

 ついでに『打鉄』の浮遊シールドも外して、ウェポンラックと一緒に突き立てる。

 

「さあ、やろうか」

「……上等だ!」

 

 ホバリング機能があるにもかかわらず、お互い走って距離を詰める。あと4歩で、織斑の間合いに入る。そんな時だった。

 

《マスター!》

(どうし………上か!?)

《緊急回避を!》

(間に合わない!)

 

 気付くのが少し遅かったようで、真上に突如現れた敵から放たれたビームに俺は呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然起きた出来事に誰も反応ができなかった。

 

 アリーナの電磁シールドはISの絶対防御では比べ物にならないほどの強度を誇っている。それを、たったの一射で貫き、威力が衰えることなく一夏に直撃させた。これがもし、何の遮るものもなく直撃したら……ISでもタダでは済まないだろう。

 

 そんな場違いなことを考えていた。

 

「……す」

 

 一夏が……撃たれた。大事な試合の最中に、水を差されただけじゃない。撃たれた。

 

「殺す!」

 

 ISスーツごと『白紙』を緊急展開。見えない相手に向けた怒りと憎しみをイメージに変えて、『災禍』を形にする。

 

 握ったのはシンプルなデザインの十字剣だった。細い刀身は銀に輝き、柄には私と一夏が好きな模様……小さな雪結晶のアクセサリがついている。

 十字剣は私が最も使い慣れた武器。故に、使う事は無い。一夏が無手ではなく銃火器や刀剣を使うように、私もこれを使う事は避けている。別に、握ったら性格が変わってしまうとか、無性に切りたくなるとか、そんなことじゃない。強すぎる力は封印しなければ、誰かを傷つけてしまうもの。現に、一夏の身体には十字剣の傷痕が残っている。

 

 私は自分のことを自由な人間だと思っているし、周りからもよく言われる。やりたいようにやって、嫌いなことはやらない。一夏があーんしてくれなければ人参なんて絶対に食べない。だから縛られることも嫌だ。

 

 それでも私は自分を戒め、枷を作った。それを無意識に解いている。我慢できない性格なのか、それほど許せないのか。どう考えても後者だ。

 

 周りに逃げ惑う後輩たちがいるにもかかわらず、私はその剣を振りあげ――

 

「待って!」

「………」

 

 楯無に止められた。

 

「私だって今すぐにでも犯人をバラバラにしてやりたいわ。でも待って。生徒を避難させることを優先して。どこも隔壁が閉じられて逃げられないの。まずは全員を外へ出してからよ」

「どうでもいい」

「だめ。これは当主としての命令でもあるわ。私達は国家代表で、専用機持ちなのよ」

「………」

「信じましょう」

 

 そんなこと分かってる。私は一夏の姉であると同時に、森宮の長女で、日本の国家代表。もっと上げるなら学園の最上級生で、相応の態度と振る舞いを見せなければならない。ならば、今しなければならないことは避難誘導。でも私は一夏の姉さんで……でも私は国家代表で……でも……でも……

 

「ッアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 私は……!

 

 十字剣を振りおろし、観客席を覆うように展開されている非常時用のシャッターを切り裂いた。それと同時に、全ての入口に『災禍』を飛ばして爆破。人1人が何とか通れる程度の隙間を作った。アリーナを破壊してしまったが、非常時という事で許してもらえるだろう。

 

「早くして」

「……ありがとう」

 

 私は、森宮蒼乃。そう思う事にした。

 

 切り裂いたシャッターの向こうへ飛びだす。が、次はアリーナの電磁シールドが立ちはだかる。

 

「邪魔!」

 

 バチバチッ! とショートした時のような音を十字剣とシールドが立てるが、あまり変化は無い。『白紙』の推力を上げ、全身全霊の力を込めてみる。ほんの少し、目をこらさなければ分からないほどの小さなヒビができただけだ。

 

 シャッターや隔壁何かとは比べ物にならないほど堅い。破壊するには織斑秋介の“零落白夜”のような特殊な兵装や単一仕様能力か、先の高威力の兵器で強引にぶち破るか。ハッキングでもして解除するか。といったところか。

 

 私がとる方法は、勿論威力に物を言わせる方法。

 

「邪魔と――」

 

 両手で握っていた十字剣を右手一本に持ち替え、左手を頭上めいっぱいに伸ばして、手を開く。手のひらが向く先では、小さな丸い塊が出来上がり回転を始めていた。それに巻き込まれるように『災禍』のクリスタルとナノマシンが纏わり、1つの大きなドリルのようなものを形成した。一点突破に特化した形態だ。

 ギュルギュル、と今直ぐにでも壊れそうな音を響かせるドリルを、勢いよく振りおろされた手に従い、小さなヒビ目掛けて突き立てた。

 

「――言った!」

 

 わずか数秒で、電磁シールドはガラスのように砕けた。

 

 アリーナ内に飛び出し、土煙が立ち込める場所まで真っすぐ向かう。対戦相手の織斑は煙のない場所で滞空し、ビームが飛んできた方向を睨んでいる。

 

「一夏!」

 

 返事をして。

 

「一夏ぁ!」

 

 お願いっ!

 

「……さん?」

「!? 一夏!」

 

 微かに聞えた声。『白紙』はそれを拾い、視界に位置情報を送ってくれた。

 

 横たわる『打鉄』の周囲だけ煙を払い、身体を抱き起こす。シールドエネルギーは0。装甲はどこもかしこも舐め溶かされたようにドロドロ。スーツに覆われた場所は分からないが、唯一肌を見せていた顔の一部……頬は大きな火傷をしていた。

 

「う、ああ、ああぁっ……」

 

 無事でよかった。心から、そう思った。優しく、強く、ぎゅっと抱きしめる。

 

「姉さん、どうして、何が……」

「分からない。いきなりアリーナ上空からビームが。あれは……」

「明らかに、俺、を狙ってた。気付くのが……遅すぎ、て、避けられなかった」

「……ごめんなさい。『夜叉』なら、絶対に避けられたはずなのに」

「気にしてないよ。俺は、大丈夫だから。ほら、もう治った」

 

 ゆっくりと身体を離す。『打鉄』はボロボロのままだが、一夏は先程のように辛そうじゃ無くなっている。顔の火傷もさっきよりはマシだ。

 

「良かった……」

「心配かけて、ゴメン」

「いいの。さ、あとは任せて」

 

 そのまま身体を抱き起こして、入ってきたところから保健室まで運ぼうとしたが、手を止められた。そして、待機姿勢をとって『打鉄』を下りてしまった。

 

「ダメ」

「やらせてほしいんだ。どうしても」

「ダメ。怪我してる」

「大丈夫だよ。こんなの怪我の内に入らないって」

「一夏がやる必要なんてない。私がやる」

「それじゃダメなんだ」

 

 『白紙』を解除して、一夏の手を握って止める。私もこの子も頑固だから、きっとどちらかが引かないと終わらない。無論、引く気は無い。無かった(・・・・)というべきか。

 

「これは、俺の試合だから。俺がケリをつける、『夜叉』と一緒に」

「………」

「大丈夫だって! 負けたりなんかしない。『夜叉』も上手く使って見せる」

「………条件」

「何でも」

「怪我しないこと、無事に帰ってくること、膝枕と耳かきから逃げないこと、週に一回のお泊まりを許可すること、私に手料理のお弁当を作ること。他にもいろいろあるけど、とりあえずこれだけ」

「りょ、了解……」

 

 結局私が下がってしまう。その分、うんと良い思いをしてるから別にいいんだけど。長くなるのが嫌なんじゃない。それだけ弟を信じているってこと。

 

「最後にもう一つ。1人でやらせないから」

「……ありがと」

 

 『白紙』をもう一度展開する。目を開ければ、そこに居たのは光沢のない真っ黒な装甲のIS。どの装甲にも小さい刃が2,3あり、触れれば切れるような印象を見るものに与える。一般的な高機動型同様、装甲は薄め、その分特殊な金属を使用しているので防御力は十分にあったり(何気に『白紙』と同じ素材)。防御力と機動力の強化を兼ねた、ブースター内蔵の大型物理シールド4枚が、『夜叉』を守るように浮遊しており、バランスの整った機体に仕上がった。攻撃力は言わずもがな。

 

 全距離対応高機動型IS『夜叉』、『打鉄弐式』同様最後発の第2世代(・・・・)

 

「んじゃ、お先!」

 

 ブースターを噴かせて、夜は飛び出した。

 

《元気ね》

「私の前でだけ、ね」

《それが良いんでしょ》

「勿論。一夏の笑顔は私だけのもの。そうでしょう? シロ」

《私に振らないで、ブラコン》

 

 相棒とともに、一夏を追うように私も飛んだ。

 



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16話 「むむ、姉さんは着痩せするのか」

 何が起きたのかさっぱりだった。

 

 覚えているのは、森宮が背中のでっかい奴を下ろして、剣を持って向かって来たこと。だから迎え撃つつもりで俺も走った。すると、あと数歩のところで、視界がピンク色に染まった。あとから思いだしたんだが、あれはセシリアの『ブルー・ティアーズ』が出すビームと同じ色だった。つまり、森宮を飲み込んだアレはでっかいビームだったってことか。自分だったらと思うと怖くてたまらない。

 

 とにかく離れた。明らかに森宮を狙っていたから、次は俺かもしれない、そう思ったんだ。上を見て、いつでも避けれるようにって。でも、しばらく待っても何も無かった。代わりに観客席から誰かが入ってきた。

 

「一夏ぁ!」

 

 どうやらあいつの知り合いらしい。専用機持ちであんな美人の知り合いがいるとか羨ましい……じゃなくて、何とかしないと。理由はさっぱりだが、先生たちは来れないみたいだから、助けが来るまで粘るか、倒すかしなければならない。とはいえ、俺は倒すつもりでいる。どのエネルギーも半分を切っているが、皆が避難する時間を稼がなければ。アリーナのシールドもシャッターもあのビームの前じゃ意味が無い。我儘な俺でも、こんな時ぐらいは人の為に動くさ。

 

 でも1人じゃ多分無理だ。鈴に勝ったのだって殆ど偶然見たいなもんだったし、俺をいいようにしていた森宮でさえ気付くことができなかった相手だ。不可能に近い。

 だから、途中で入ってきた女子に手伝ってもらおう。専用機持ちなら多分俺よりは強いだろうし、森宮のこと大事そうにしてたから、きっとあいつを倒すのに力を貸してくれる。

 

 プライベート・チャネルを開こうとした時だった。

 

「じゃ、お先!」

 

 そう言いながら森宮が飛び出していった。……ん? あいつ、さっき撃たれて無かったっけ? それに、『打鉄』じゃない? どうなってんだ。

 

「織斑秋介」

「!? えっと……もしかして、さっきアリーナに入ってきた人?」

「森宮蒼乃。一夏の姉」

「は?」

 

 姉なんて居たのかよ。

 

「邪魔。ピットに下がって」

「何の話……って、聞くまでもないか。俺だってまだ戦えるし、時間稼がないといけないだろ? だったら、人数多い方が――」

「ウロチョロされるとこっちが困る。大人しく下がって」

「いやでも――」

「素人は邪魔と言ってる。それと、弟に近づかないで。それだけ」

「はぁ!? あ、おい、待てって!」

 

 言いたいだけ言って、森宮の姉は飛んでいく……かと思いきや、アリーナの中心に向かって移動した。そこでISの何倍も大きな大剣を展開して、何も無い空間に振りおろし始めた。

 

 何やってんだアイツ。そうやって森宮の姉を笑ったのは最初だけ。

 

 大剣の軌道上に、さっきのビームを撃った奴が現れた。というか、上から飛んできた。その先には何故か復活している森宮。………お互いがどう動くのか、全部分かっていたみたいな動きだ。

 

 森宮の姉は大剣をそのまま振りおろして、敵を真っ二つにした。そこへ追い打ちをかけるように、もう一度振りあげ、下半身の方をぶった切った。上半身の方は、どこからか――上空の森宮が狙撃銃らしきもので狙い撃った。弾は着弾と同時に爆発して、敵の身体をバラバラにしてしまった。

 

 そう、バラバラに。ISを!

 

「おい! 何してるんだよ!」

 

 大声でそう叫ぶ。だって、ISは人が乗って初めて動く。あれもISだ。つまり、あいつらは剣や銃で人をバラバラにしやがったんだ。殺しやがった。

 

「騒ぐな。よく見ろ、それは無人機だ」

「何を……!?」

 

 言われた通りにソレを見る。転がっていたのは人の身体や内臓……じゃなくて、全て機械の部品だった。コードやネジだったり、精密機械でよく見る小さなものだった。血と思っていたのは、よく見るとオイルに見えなくもない。というかオイル。

 

「ど、どういうことなんだよ……なんで、ISが」

 

 呆然とする俺を放って、何事も無かったかのように2人は去っていった。その数分後、姉さんを始めとした教員が来るまで、俺はただ呆けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ『夜叉』は危険なのか? それは“速さ”にある。細かな部品に至るまで、最高の物を使用する。そして、機体そのものの速度も目を見張るものがあるが、それ以上に“神経伝達速度”が異常だ。

 

 通常のIS……というか『打鉄』の場合、腕を振りあげようと考えて動かすまでを0.5としよう。『夜叉』の場合、限りなく0に近い1と表現するのが正しい。それほどまでに、『夜叉』は速い。

 

 身体を動かそうと思って、動くまでの速さ。動きそのものの速さ。センサー類の認識と判断の速さ。武装展開の速さ。機体の速さ。そして、神経伝達の速さ。思考の加速。『夜叉』は“究極の速さ”を追求したISとなった。

 

 だから、俺も上手く扱える自信はいまだに無い。倉持の芝山さんが言った通り、姉さんの『白紙』以上にピーキーな仕上がりだ。これでもリミッター掛かってるって信じられるか? 全リミッターを外したら軍用ISも真っ青な速度らしい。

 

《余計なこと考えてると、また事故りますよー》

「おっと。そうだな」

 

 軽く返事を返し、視界に映るISに向かって飛ぶ。異常に腕の長い全身装甲のそれは、『夜叉』に乗り換えた俺にとって酷く遅い。

 

「遅い!」

 

 さっき俺に撃ったビームを軽々と避け、懐に入りブレードを一閃。そこそこ堅かった。

 

「……サーモセンサーでアイツ見てくれ」

《? ……ほうほう。無人とは驚きです。よく気付きましたね》

「無駄に人斬りしてきたからな」

《カッコつけずに正直なあなたが大好きですっ☆》

「とっとと片付けるか」

《無視!? 久しぶりにボケたのに……》

 

 無人なら容赦しなくていい。思いっきり、鬱憤晴らさせてもらうぜ。

 

 急停止、前を向いたまま後退してブレードで腹を貫く。抉るようにブレードの角度を90度変えて、横に凪ぐ。お腹の左半分を切り離された無人機は上手く動けない様で、手足をじたばたさせている。人間で言う脊髄と神経にあたる部分がイカレたんだろう。

 

 背負い投げの要領で、腕をとって下へ放り投げる。姉さんへバトンパス。

 

《わお、アレが世に聞く一刀両断ですね》

「流石だな」

《その狙撃銃は?》

「アレごときですっきりするかよ」

 

 展開したのは『炸薬狙撃銃・絶火』。重量はかなりのもので、携行できる弾薬も少ないが、その分威力と爆発半径は折り紙つきの一品。ちょっとお気に入り。ISでは必要ないスコープとドットサイトだが、使えないわけではないそれを覗く。ちょうど真っ二つにされた下半身を姉さんが切っている所だ。自然と狙いは上半身に移る。

 

「消し飛べ」

 

 躊躇いもなく、引き金を引く。少しもブレることなく、弾は胸の部分に着弾し、爆発した。爆散していく身体。姉さんが何かをつかみ取って拡張領域内に保存している姿を見つつ、アリーナに戻る。

 

「大丈夫? 怪我してない? 火傷は?」

「何ともないよ。もう治ったって」

「無理してない?」

「してない」

「そう」

 

 頬や身体をさわられるのをくすぐったいと思いながらも、嬉しさと温もりを感じながらピットに入った。既にロックは解除されており、隔壁やシャッターは開放されている。

 

「そういえば……」

「?」

「さっき無人機を破壊した時さ、何か拾ってなかった?」

「ああ……」

 

 互いにISを解除して、手をつなぎながら歩く。疑問を口にした時、姉さんは立ち止ってそーっと俺の耳に顔を近づけて……。

 

「コア」

「は?」

「無人機に使われていたコアをこっそり手に入れた。学園側には狙撃によって消滅したと言うつもり」

「コアは?」

「ウチの企業に横流し」

「流石というか何と言うか」

 

 コアの解析を始めとした様々なことに使えるだろう。ISはいまだに分かっていないことがたくさんあるだろうし、コアそのものが謎に包まれている。本当に上手くいけば複製だってできる。解析が進まなくとも、非公式ではあるが更識としてISを所有できる。バレるとただ事では済まないが、その辺りは楯無様の腕の見せ所だろう。

 

「秘密」

「わかった」

 

 更衣室で一度分かれて、仲良く姉さんと部屋に戻った。

 

 ………あ。

 

《事情聴取忘れてますね。まぁ、先生来なかったんで大丈夫ですよ。多分明日あるんじゃないんですか?》

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。『夜叉』の予想通り、1限目を潰して事情聴取が行われた。色々と面倒なことを言われたが殆ど覚えていない。要するに言いふらさなければいいってことらしいので、それだけ守っておこう。

 

 クラス対抗戦は中止になった――といっても決勝戦を残すだけだったが。その為、優勝クラスに与えられる食堂のデザートフリーパスも無効となった。殆ど俺の勝ちだったんだからくれてもいいじゃないか。そう思って楯無様に愚痴ってみたが、ダメだった。フリーパスはどこへ行くのか、永遠の謎だ。

 

「すみません簪様。勝つことはできたのでしょうが、どこぞの誰かのせいで……」

「……い、一夏は悪くないから、気にしないで。ね、マドカ」

「そうだな。代わりに良いものを見れた」

「良いもの?」

「兄さんのカッコイイところ! 織斑の奴とあの乱入してきた奴を叩きのめすところが、こう、ジーンときた」

「……うん」

 

 この2人は偶によくわからないことで盛り上がる。俺が関わっているらしいが、その辺りは全く分からない。

 

《可哀想な2人……》

 

 何にせよ、無人機襲来の件は秘匿するように言われている。俺と姉さんも今朝サインさせられた。織斑もだろう。そのあたり、あとでマドカに言っておくとしよう。

 

「妖子、今度現像してくれ」

「任せなさい」

 

 なんとまあ堂々とした裏取引だこと。今までなら放っておくんだが、今回はそうもいかない。すまんなマドカ。

 

「簪様、お詫びに駅前のデザートをご馳走いたします」

「……ホント? 嘘じゃない」

「本当です」

「ありがとう!」

「む~」

「そう睨むな。分かってる」

「な、ならいいんだが……」

 

 うん。やっぱり主と妹の笑顔は良いものだな。

 

《カッコつけちゃってまぁ……》

(俺なりの償いみたいなもんだよ。カッコつけとかそんなこと考えてない)

《私のマスター本当にカッコいいんですけどねー!》

(………強く生きろ)

《………》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ってゆっくりしていると、ふと何か忘れているような感覚がした。よくわからないけど、思いだした方が良いような、結構大事なことな気がするんだが……。うーん。

 

「兄さん、シャワー空いたよ」

「ああ、すぐに入るよ」

 

 白髪のヴィッグをとって、半袖短パンというラフな格好でマドカがバスルームから出てきた。うーん、いい女に育ってきたな。身体つき限定だが。中身はまだまだ子供っぽいところが多いし、自分で言うのも何だがブラコンだから、将来が心配だ。

 

「? 顔に何かついてる?」

「良い子に育ってくれたなって思ってたんだ」

「当たり前じゃないか。私は兄さんの妹なんだから」

「そうだな……自慢の妹だよ」

 

 そしてもう少し兄離れをしてくれ。お前の為にも。

 

《マドカちゃんがこの人と付き合うって言って男連れてきたらどうしますか?》

(死んだ方がマシだと思えるほどの生き地獄を味わわせてやる……あれ?)

 

 俺、矛盾してないか? ………まあいいか。

 

「ほら、身体冷やさないようにな」

「ありがとう」

 

 温めておいたホットココアを手渡して、マドカが愛用しているジャージを肩にかけてあげる。離れようとしたらそのまま寄りかかってきたので、肩を持って支える。

 

「どうした? もう眠たくなったか?」

「ううん。兄さんが暖かいから、つい……ダメかな?」

「そんなこと言わないって。一緒にテレビでも見よう」

「うん」

 

 肩を抱いたまま、一緒に持ちこんだチェアに腰掛ける。マドカがココアを、俺はコーヒーをすすりながらボーっと液晶を眺めた。巷でそこそこ人気のあるバラエティー番組らしい。学生時代と今を比べて盛り上がっているようだ。何がどう面白いのかとか、俺には分からないのでとりあえずつけて流しているだけなんだが、マドカは面白そうに見ていた。

 

 こういうところで、俺とマドカの違いが、施設で受けた実験の差があるなと最近ふと思うようになった。髪や目の色だったり、言語機能とか記憶力とか。当時のことは全く思い出せないが、マドカはまだ普通だったんじゃないかと思う。聞いたところによれば、今のようにペラペラと喋ることすらできなかったとか。

 

 別に羨ましいとか、なんで俺だけとか、そんなことを考えているわけじゃない。むしろ俺でよかったと思うくらいだ。死にたくなるほど辛い思いをしていたんだろうけど、こんなに良い子がボロボロになっていいはずがない。身内贔屓じゃないぞ! ……多分。

 

 とにかく、妹の将来は明るい。それがこの頃よくわかる。俺と違って普通の人間として生きていける。自分がやり直せることよりも、嬉しい。

 

 ぽんぽん、と頭を撫でる。良い子に育ってくれよ。

 

「? 兄さん」

「妹の将来が楽しみだな」

「私は兄さんから離れるつもりなんてない」

「………」

 

 楽しみ、だなぁ。

 

 コンコン。

 

「ちょっと行ってくる」

「うん」

 

 コーヒーをテーブルに置いてドアを開ける。

 

「来た」

 

 姉さんだった。はて、何か約束してたっけ?

 

「会う約束してたっけ。しかもこんな時間に」

「昨日の事思い出して。『夜叉』で撃退する前、約束した」

 

 ………なんか、あったな。『夜叉』、覚えてるか?

 

《録音再生しますね》

 

『怪我しないこと、無事に帰ってくること、膝枕と耳かきから逃げないこと、週に一回のお泊まりを許可すること、私に手料理のお弁当を作ること。他にもいろいろあるけど、とりあえずこれだけ』

 

《恐らくこの部分かと》

 

 思いだした! ということは……膝枕と耳かきなのか!? やべぇよ……マドカと同室なのにそんなことされるのか。恥ずかしいとかそんな域じゃない……。

 

「思いだした?」

「ひ、膝枕と耳かき?」

「それもあるけど、大事なの忘れてる」

「えっと……お、お泊まり?」

「おじゃましまーす」

「………マジか」

 

 安易に約束しちゃだめだな。覚えておこう。日記にも書こう。

 

「む、姉さんじゃないか。遊びに来たのか?」

「お泊まり」

「な、なんだって!? 私と兄さんのあ、ああああい愛の……なんだ?」

「愛の巣?」

「それだ! 連絡もなしに上がりこんでくるとは……!」

「一夏と約束した。週一でお泊まり」

「兄さん!」

「悪い……どうしても譲れない事があってな。色々と約束しちゃったんだ」

「……はぁ」

 

 今度埋め合わせをしようじゃないか。……そう言えば駅前のデザート驕るんだった。一緒で良いか。

 

「一夏、お風呂は?」

「今からだけど」

「一緒に入ろう」

「ぶふっ!」

 

 ち、小さい子供じゃあるまいし、恥ずかしくてできるか! 2人でシャワーっておかしいでしょ。ほら、マドカも何か言ってくれ。

 

「私も入るぞ!」

 

 何と言う事だ……!

 

 

 

 

 

 

 数分後。普通に断った。

 

 ちょっと……どころかかなり勿体ないことをした気分になったが、煩悩を振り払って姉さんが上がるのを待つ。

 

「むむ、姉さんは着痩せするのか」

「うん」

「胸もお尻も私より大きい……ウエストは、私の勝ちだな! ふふん」

「残念、私の勝ち」

「な、何? ……本当だ、くそっ!」

 

 ぼ、煩悩を……。

 

「お、おのれ……こうなったら!」

「何を……んぁっ!」

「か、感度まで良いだと! ええい、私と兄さんの姉は化け物か!」

 

 ……俺さ、人間辞めてるって日ごろから言ってるけどさ、これでも一応年頃の男の子なんだぜ。分かってほしいなぁ。察してほしいな……。

 

《私でよければいくらでもお聞かせしますよ♪》

「だから止めろって言ってるだろ!」

 

 姉さんが泊まりに来る日は恐ろしく、嬉しくなる日なんだなって、思った。

 




 『夜叉』のことを散々ヨイショしていた割には、これといって特殊な武装は(今のところ)無く、単一使用能力があるわけでもなし、ただ速いだけ。「なんじゃそりゃ!」と肩透かしを食らった方が多かったのでは?

 ちゃんとした理由があるんです。設定があるんです。

 一夏が『夜叉』製作の際に提示した条件は1つ、“とにかく速く!”だけです。何度も何度も命をかけた戦闘をこなしてきた彼は、速さこそが重要だという考えを持っています。早く気付けばそれだけ速く対処できる。速く動けばそれだけ早く相手を倒せる。一夏が何よりも重点を置くのは、圧倒するパワーでなく、崩れないガードでもなく、背中すら見せないスピードなのです。

 攻撃力? どんな武器よりも殺傷力のある武器は己の身体。速さ×重さ=破壊力だ。
 防御力? 当たらなければどうということはない。そもそも、相手に攻撃させない。

 そんな考えを体現したのが『夜叉』です。身体は丈夫だからということで、搭乗者の事をまったく考えない『マシンマキシマム構造』となりました。んで、スピード上がるなら、人間ではなく他のパーツが耐えられるようにしなければならない。というわけで、他機能もそれに合わせて強化。その結果、全体的にスペックが上がっていくわけです。おや、“速さ”一辺倒の機体がいつの間にか万能機に……。

 そんな『夜叉』の設定をすこし公開。

 Limit Lv.0…競技用に設定された状態。現在の『夜叉』。何重にもリミッターがかけられている。
 Limit Lv.1…通常の状態。この時点で軍用機とスペックとそれ以上の速度をもつ。
        例) 『夜叉』>>>>『銀の福音』
 Limit Lv.2…ここからはさらに速度を強化。
 Limit Lv.3…もっともっともっと強化。この状態で稼働し続けると、流石の一夏でも死ぬ。

 こうなっているわけであります。もしも、こうしたほうがいいよ! とか、こんな機能追加してほしいなとかありましたらどうぞ。自分の中でも『夜叉』強化案は一応ありますが……。


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17話 「お前にはいつも驚かされてばかりだ」

 続きよりも、新しいSSのアイデアが浮かびあがる。

 疲れるなぁ……



「私にできる事でしたら」

「うん……ありがとう」

 

 今日は以前の約束通り、簪様とマドカに駅前のデザートを驕りに来ていた。ここは美味しい、甘い、高いの三拍子がそろった地元では甘味で有名な店だ。

 

「何の話をしているんだ?」

「マドカ、お前簪様の『打鉄弐式』についてどれだけ知ってる?」

「日本の主力IS『打鉄』の発展機……だったか。違いと言えば、『打鉄』は防御力特化の機体で、『打鉄弐式』が機動力特化ということぐらいだな」

「他には?」

「………専用機なら何らかの試験的なものを搭載しているんじゃないのか?」

「うーん、まぁ及第点だな」

「むぅ、答えは?」

「……マルチロックオン・システム」

 

 従来のロックオン・システムは、基本ハイパーセンサーによるオートロックが主流だ。射撃武器、投擲武器、物や機体によっては近接武器ですらロックオンすることがある。

 

 元々、ISにおけるロックオンはゲームと違って補助的なものだ。しっかりと弾丸が敵に向かうように手振れ補正や若干のパワーアシストをしたり、全天周視界の中でもどこにいるのかはっきり分かるようにしたり、ホーミング性能がついたモノが目指すためのマーキングだったりする。ISは機械ではなく、人が動かすのだから当然だ。

 

 しかし、それは1対1の話。多数の相手と戦闘する場合、状況にもよるが基本ロックオンは邪魔でしかない。じゃあ、皆ロックオンしちゃえばいいじゃない! という発想のもと生まれたのがマルチロックオン・システムらしい。それが『打鉄弐式』に搭載されているわけだが……

 

「世界初の試みだからな。まだ分からないことが多いみたいで、上手く作動しないそうだ。今のままではただ性能が抜きん出ている第2世代だ」

「それが兄さんとどう関係があるんだ?」

「一夏は、IS関連の事とても詳しいから」

「ああ、そう言う事か」

 

 俺はISの情報にだけは詳しい。というのも、施設でそれらの情報をインストールされて染みついただけで、必死こいて勉強したわけじゃない。勉強したところで覚えられるはずが無い。

 

「何ができるかは分かりませんが、精一杯やらせていただきます。楯無様や姉さんにも声をかけてみては? 虚様や本音様も整備の知識は明るいと聞いてます」

「帰ってから聞いてみるつもり。できればマドカにも……」

「私か? そんなに詳しくは無いぞ。できることと言ったら、代表のように簡易整備と定期点検ぐらいだが……」

「それでもいいから……お願い」

「そう言われれば断るわけにはいかない。何せ、簪の頼みなのだからな」

 

 むふー、と円満の笑みで胸を張るマドカ。いや、お前が胸を張る意味がわからん。そして簪様の目が光りを失っていく。視線は服の内側にある二つの柔らかな膨らみ。2人を比べてみるとその差は歴然だった。

 

「む、どうした簪?」

「……すいませーん」

 

 ハイライトを失ったままの瞳でベルを押し、店員を呼んだ。……何をするつもりなのだろうか?

 

「はい、お呼びですか?」

「……コレと、コレを追加で」

「かしこまりました。少々お時間頂きますが宜しいですか?」

 

 無言で頷いて、店員を下げさせた。いったい何を頼んだんだ? そーっとメニュー表をみて、額に驚いた。

 

「3500円と3680円……」

 

 どこの高級料理店だよ! なんでこんなものがなんで駅前にある!? 金持ちしか食べそうにないものを……。

 

「な、何故これを?」

「この中じゃ、そんなに高くないから」

「高くないって……」

 

 確かにもっと値の張るものがある。だが、あれで高くない方って……どんだけ金持なんだよ。

 

《更識は日本有数の名家でしょう? なら、当主の妹である簪ちゃんは立派なお金持ちでは?》

 

 そうだった……。本当のお金持ちだったな。庶民以下の俺とは感覚が違って当然だ。

 

「しかし、そんなに食べてもいいのか? 写真を見る限りかなりの量だ。相当運動しなければ太るぞ」

「……いいもん。たくさん動くし、余剰分は胸とお尻に……」

《お財布、大丈夫ですか?》

(今はな。だが、この調子で追加されまくったら分からん。止めるわけにもいかないし……)

《ご苦労様です》

 

 美味しそうに食べる簪様を見ているととても安らぐが、財布の中身がどうしても気になって焦ってしまう。

 

「よし、私も同じものを追加しよう」

「!?」

「だ、ダメか?」

「何を言うんだ。良いに決まってるだろう」

 

 ……無理だ。俺には断れない……。

 

 気遣ってもらったのか、満足したのか、これ以上の追加は無かった。が、今まで生きてきた中で一番の出費だった。向こう1年ぐらいは節約しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日を挟んで月曜日、クラスでは1つの話題で盛り上がっていた。

 

「あ、森宮君」

「ん?」

「知ってる? 1組に編入生が来るんだって」

「今度は1組か」

 

 中国の代表候補生が2組に編入してわずか1ヶ月ちょっと。またしても、織斑のデータを狙って他国家から来るらしい。しかも2人、どちらも代表候補生で専用機持ちだそうだ。送られてくる女子も大変だな……。

 

「で、フランスから来る人ってね、3人目らしいよ」

「3人目? 何のだ?」

「男子。実は、男性操縦者が他にも居たんだって!」

「………胡散臭いな」

「ソースは信頼できるよ。なんたって大場先生だから」

「………そうか」

 

 あの人、結構大雑把なところがあるけど、嘘だけは言わないんだよな。冗談と事実(嫌がらせ)は言いまくってるけど。

 

「気になるでしょ~」

「全然。元々必要以上に他人と関わるつもりは無い。口下手だし、コミュニケーションをとることが苦手だからな」

「そうなの? 普通に喋ってる気がするけど」

「昔に比べたらかなり良くなったけど、まだまだだな」

「ふーん」

 

 正直に言うと、かなり気になる。何故今更公表したのかとか、どういう奴なのかとか、今までどんな暮らしをしてたのかとか、自分のことをどう思ってるのかとか。それ以上に、俺達姉弟や更識にどう関わってくるのか。

 

《クラスが離れていますから、しばらくは無視してもいいんじゃないんですか? 1組という事は、狙いは織斑でしょう》

(今はそれでいい……のか? とりあえず、休み時間にこっそり見に行く)

《まずは情報ですね》

 

 近いうちに……できれば今日が良い。時間割りの関係もあるので上手くいくか分からないが、なるべく早めに済ませたい。その3人目が脅威となるのか、邪魔ものなのか。敵かどうかをはっきりとしなければ。

 

《楯無さんに聞けばいいのでは?》

(主を頼るバカが居るか。それに、自分で確かめて見るのが一番だ。なんて言ったかな……)

《百聞は一見にしかず、ですか?》

(そうそう)

 

 記憶力はかなり衰えているが、代わりに五感は発達してる。表情や態度から心境を読むこともできなくはないし、読唇術もそれなりに習得した。見て、感じ取ったものは何よりの証拠、判断材料、情報になると俺は思う。

 

 後から来たマドカ、簪様と一緒に本音様がいたので今日の時間割りを聞いたところ、普通に昼休みが開いてそうだったので、その時間帯に行くことにした。授業が終わってすぐに1組に向かう旨を伝えると、少しなら教室にとどまるよう足止めすると言ってくださった。ここは好意に甘えるとしよう。

 

《楯無さんには頼らないのに?》

(本人が手伝うと言ってくれたんだ。断ることはできない)

《マスターの基準がイマイチ分かりませんわー》

(覚えておいてくれよ。忘れたら大事だ)

《了解です》

 

 

 

 

 

 

 4限目終了間際に『夜叉』の一言で思いだした俺は、マドカを連れて1組へ来ていた。そこで問題発生。

 

「人が多すぎる」

「むぅ……兄さん、蹴散らそうか?」

「止めい。普通に人をかき分けながら行くぞ」

 

 世界で3人目の男性操縦者を一目見ようと見物客が押し寄せていた。見ればリボンやネクタイの色が違う女子も混じっているので、2年3年の生徒も来ているのかもしれない。昼休みという事でかなりの人数が廊下に集まっていた。

 

 とにかく謝罪の言葉を口にしながら、教室の中が見える場所まで移動する。嫌な目で見られることもあったが無視する。俺に対する評価などどうでもいい。

 

 ようやく最前列に到着。ここで更に問題が発生。

 

「誰が3人目何だ……? マドカ、分かるか?」

「さっぱり。織斑以外女子にしか見えない。というか、誰が1組なのかすらわからない」

「そうなんだよな」

 

 誰が誰なのか分からなかった。

 

(どうすればいい?)

《人に聞きましょうよ……》

(その手があったか!)

 

 近くの誰か……できれば1年生がいいな。よし、教室に入ろうとしているポニーテールの子に聞いてみよう。

 

「すまない。今日編入してきた生徒を教えてくれないか」

「!? お、お前は決勝で秋介と戦っていた……」

「それが?」

「よくも秋介を……!」

「あれは試合だろうが。それで一方的になったからといって、俺を憎むのは違う」

「くっ! ……転校生だったな。あの眼帯をつけた銀髪がドイツ代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒ、秋介と話しているのが3人目の男性操縦者でフランス代表候補生シャルル・デュノアだ。さっさと行け!」

「どうも」

 

 聞きたいことは聞けた。オマケでもう1人の編入生も教えてくれたし、とっとと4組に戻ろう。あの手の我儘系女子は苦手だ。同じことを考えている奴が他にもいるみたいだし、居心地が悪いことこの上ない。どれだけ視線に慣れてもこの感覚は中々拭えないな。

 

《マスター。マドカちゃんが……》

「ん?」

 

 ………居ない。どこに行ったんだ! マイシスタァァァァ!

 

《とりみだし過ぎですって。ほら、さっきいた場所にいますよ》

(何!?)

 

 勢いよく振り返る。マドカは……さっき話しかけた女子の所にいた。

 

「おい」

「………なんだ、連れの男子は行ったぞ」

「お前、もう一度兄さんにあんな口をきいてみろ。貴様が誰だろうと関係ない。次は、コロス」

「っ!」

「今日は見逃してやる」

 

 思いっきり喧嘩売ってた。……俺の為に怒ってくれたのか。何か、嬉しいな。マドカでも……いや、だからこそかな。

 

「お待たせ。ゴメン、どうしてもあいつが許せなくて。今騒ぎを起こしたら絶対に兄さんに迷惑かけるからって我慢したけど……ああもう! 今すぐナイフでグシャグシャにしてやりたい! でも、兄さんが……」

「………ありがとう」

「ぁぅ」

 

 いつもの二割増しで優しく頭を撫でる。良い妹をもって嬉しい限りだ。持つべきものは家族、だな。

 

「ラウラ……」

「どうした?」

「な、何でもないよ! 早く戻ってご飯食べよう。今日は楯無と姉さんも一緒だからな!」

「そうだな」

「兄さんの弁当は美味しいから大好きだ。楽しみだな♪」

「世事なんていいぞ」

「そんなこと無い!」

 

 マドカのつぶやきが気になるところではあったが、教室に帰ってからのお楽しみを前にすると忘れてしまった。別にいつものことなんだが、こればっかりは忘れてはいけないことだったこと、しっかりと本人に問いたださなければならなかったことをこの後俺は後悔した。嫌なこと、面倒なことは先に済ませるに限るというのに。

 

「で、どうだった?」

「?」

「3人目さ。マドカから見て」

「男装」

「同じく」

 

 だよなぁ。さっきの子に聞くまで、ズボンを履いただけの女子にしか見えなかった。だからこそ、着いた時に見つけられなかった。その道の人間なら一発で見抜かれる程度の変装だな。嘘が露見した時のリスクを考えると、こんなお粗末な変装で大丈夫なわけがない。本人、或いはフランスが抜けているのか、それともバレることが目的なのか。

 

(お前はどう思う)

《少し感がいい人なら誰でも気付く程度にしか見えません。何か裏があるとしか………………ふむふむ》

(どうだ? 何か分かるか?)

《ハニートラップでも仕掛けるんじゃないんですか? 目的の『白式』のデータ含め織斑のデータや遺伝子情報も手に入る。暗い過去でも捏造して気を引けば更に相手の気持ちを引きつけられる。男女の関係になって、事後に捨てられたゴムの中の精液でも手に入れれば、本国の連中は発狂モノですよ》

(意外と普通の理由だったな)

 

 ……まぁ、俺にはどうでもいい話だ。帰ろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕時計を見る。針は午後10時58分を指していた。寮の門限は言わずもがな、消灯時間まで過ぎようとしているこの夜中に、私は屋上で人を待っていた。ベタではあるが、ゲタ箱と机の引き出しにこっそりと手紙を仕込んでおいたのだ。ラブレター何かでは決してない。兄さん以外の男に惚れるとかありえない。

 

「待たせたな」

 

 声がしたので振り向く。そこには私が呼んだ人物が――ラウラ・ボーデヴィッヒがいた。兄さんと似て異なる銀色の長髪、目を引く無骨な眼帯、鋭い眼。昔と随分と変わった。

 

「久しぶりだな、織斑(・・)マドカ」

「その名で呼ばないでくれ、私は織斑が嫌いだ。私と、兄さんを捨てたあの家が。今は森宮マドカだ」

「すまん。無事なようで安心したぞ」

「ラウラこそ」

 

 どちらからともなく、手を差し出して握る。初めて会った時の柔らかさは薄れ、ナイフや銃を握り続けてできたであろうタコの感触がした。私も似たようなものだが、身体の強度が違う。それは遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)でも比較にならない。

 

「マドカ、お前あの後どうしていた?」

「施設を襲撃した組織――亡国機業と共に人を探していた」

「亡国機業だと? あのテロリスト集団のことか。なぜそんな奴らが施設を破壊したのだ……いや、今は関係ないな。だが、どうやってここに? テレビの事もそうだが、お前にはいつも驚かされてばかりだ」

「はははっ、追って話そう。亡国機業に入ってから数年経った頃、私は実力を認められて実動部隊に配属されたんだ。簡単に言うとエリート部隊だな。上に上がれば上がるほど、持てる力も動かせる人も多くなる。必死だったよ。それで、初の任務先で探していた人を見つけたんだ。その時は仕方なく引き下がって、もう一度会う機会を待っていたんだが……同じ部隊の奴がその人を殺そうとしたんだ。事実、死にかけた。だから私は、機会を待たずに亡国機業を脱走して、追い返される覚悟で単身その人の元へ向かったんだ。腹いせと自衛のためにISを持ってな」

「そのISが『サイレント・ゼフィルス』というわけか」

「ああ。正直な話、私は返すつもりだった。無理矢理持たされて、戦わされていたとか嘘を言うつもりだったんだ。学園の入試なんて専用機が無くても簡単だしな。だが、私の為にと手を回してくれて……。そこからは知っての通り、私は専用機を手に入れた」

「良い人に出会ったのだな……」

「ラウラはどうだ?」

「私か? 元いた場所……ドイツ軍になんとか帰ることができた。私が奴らに捕まったのは、野外で基礎的な教育を受けている時だったのは話しただろう? あの後、何とか軍と連絡を取ることができ、無事に帰ったというわけだ。一時期大変だったが、今では軍の特殊部隊隊長と専用機を任され、国家代表候補生だ。いつまでもお前に負けている私じゃないぞ」

 

 肌寒さや規則も忘れて、昔話に花を咲かせる。施設は決して良い場所ではなかったが、そこで出会った同じ境遇の仲間達との思い出はとても大事なものだ。兄さんと再会できたこと、ラウラを始めとした人達に出会えたことだけは、あの施設に感謝していると言ってもいい。私にとって、それだけ大事だという事だ。

 

「編入してきた日、クラスまで来ていただろう?」

「なんだ、気付いていたのか?」

「あれだけ殺気を出せば気付くに決まっている。流石の私も一瞬竦んでしまった」

「すまんすまん、あいつが兄さんを侮辱したからつい……」

「兄さん、か……やはり、お前と一緒に居るあの男子は……」

「覚えているだろう? 私の実の兄、ずっと探していた人、森宮一夏。兄さんも織斑を捨てた……というか、忘れてしまっているだけだが」

「そうか、ではやはり……」

 

 月明かりだけで薄暗い屋上でも分かるくらい、ラウラは頬を染めていた。見ての通り、兄さんに恋してる。ラウラだけでなく、施設にいた半分以上の女子は兄さんの事が好きだった。優しいからだ。どれだけ頭がイカレてしまっても、物を忘れてしまっても、何があっても同じように実験体にされた子供たちには優しかった。男女を問わず、兄さんは人気者だった。

 

「会いたいか?」

「当たり前だ。だが、迷惑ではないだろうか……」

「そんなことあるものか。むしろ、優しくしてくれるに決まっている」

 

 あの施設にいた子で、兄さんのことをとても慕っていた。そう言えば大丈夫なはず。ライバルが増えてしまうのは嫌だが、数年前からずっと想い続けているラウラに意地悪なんてできない。私にとって、唯一心を許した友だ(簪と楯無は主だ。2人よりも年下で、友のように接しているがそのことを忘れてはいない)。

 

「よし、いくぞ」

「ど、どこにだ?」

「決まっている。兄さんの所にだ」

「な、まてまて!」

 

 有無を言わせず、私はラウラを部屋まで引っ張って行くことした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い……」

《ついさっき出かけたばかりじゃないですか》

「もしマドカに何かあったら……」

《大丈夫ですよ。マスターの妹じゃないですか》

「そ、そうだな。うん、大丈夫なはずだ」

《何これ可愛い……♪》

「やっぱり心配だーー!」

《何これ超メンドクサイ……》

 

 マドカがつい10分ほど前、人と会う約束をしているからと言って出かけて行ってしまった。既に寮の消灯時間を過ぎているが、まったく帰って来ない。心配だ。先生に捕まってしまったのかもしれない。どこかのスパイにさらわれた可能性だって0じゃない。風邪をひいてしまったら……ぬああああああああ!!

 

「………」

「………………!」

 

 ……話声が聞こえる。この声は……マドカだ!

 

 ドアをすーっと開けて外を見る。マドカは銀髪の女子を連れてこっちに……というか部屋に来ていた。

 

「あ、兄さん」

「何!?」

「遅かったじゃないか、心配したぞ。それで、その子は?」

「ごめんね兄さん。大事な話もあるから、部屋に入れてもいいかな」

「ああ。いらっしゃい、寒かったろ」

「あ、う、うむ」

 

 ラフな格好のマドカと違って、眼帯をつけた子はきっちりと制服を着ていた。真面目なのか、服が無いのか……。カスタム自由な学園の制服をまるで軍服のように仕立てている所を見ると、ミリタリーの知識があるのか、本当に軍属なのかだろう。ここは本当に様々な人種が集まる。

 

 適当に好きな場所に座ってもらい、淹れたお茶を渡した。

 

「日本茶しかない。それで我慢してくれ」

「う、うむ。ああ、いや……ありがとうございます」

「そう堅くなるな。同い年だ」

「あ、ああ……」

 

 ガチガチだな……大丈夫なのか? と思う反面、俺の心は狂喜乱舞していた。マドカが……あのマドカが友達を連れてきた! もし、ココに誰もおらず監視カメラも無ければ、小躍りしていたかもしれない。

 

「それで、話は?」

「その前に自己紹介だな。ラウラ」

「ラ、ラウラ・ボーデヴィッヒであります! 所属はドイツ軍IS特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ(黒ウサギ)。階級は少佐、同部隊の隊長と国家代表候補生を兼任しております!」

「……ココは軍隊じゃないから、そんな肩肘張った挨拶なんてしなくていいぞ」

「そ、そうか……いや、失礼しました」

 

 ビシィッ! そんな擬音が似合う年季を感じさせる挨拶と敬礼に驚きつつ、言外に止めてほしいと言ってみる。たいして変わらなかった。俺は軍人じゃないし、君の上官でも無いんだぞ。

 

「は、話というのは、だな……その……私のことを覚えてはいないだろうか!?」

「うん? ………悪いが覚えに無い。どこかで会ったことがあるのか?」

「とある施設で1年と少し……。私を含めたたくさんの子供たちが、貴方の世話になった。私がここに居るのは、紛れもなく貴方のおかげだ」

「施設? まさか、あそこの事か!」

「そう。ラウラは、私の後に来たんだ。あの辺りから、兄さん特に酷くなっていったから覚えてないと思う」

「あ、ああ。さっぱりだ……」

 

 まさか、まさかこんな場所で、あの施設で過ごしたことのある奴と会う事になるとは。しかも、俺とこの子――ラウラは知らない仲じゃ無いらしい。それどころか、どこか尊敬に近い何かすら感じる。

 

 向こうは俺のことを覚えているというのに、俺は全く思い出せない。マドカの時とは違って、カケラもラウラのことを思い出せなかった。

 

「すまない。君のことを思い出せない」

「あ、いや、いいんだ。私は他の奴よりも貴方に近かった。だから、どういう状態だったのかもよく知っている。気にしなくていい」

「助かる」

 

 深々と、頭を下げて謝罪の意を示す。俺がここまですることはあまりないレアなシーンだったことだろう。

 

「森宮一夏だ。よろしくラウラ」

「あ、ああ。よろしく頼む、一夏」

 

 互いに手を出して握手をした。

 

「言った通りだろう? あんな心配などするだけ無駄だ」

「そうだな。何に怯えていたのやら」

 

 丸く収まったようで何よりだ。マドカに友達ができたことはとても嬉しいし、俺としても過去を共有している人間がいるのは悪い気分じゃない。笑って話せるような内容じゃないが。

 

「今日はもう遅い、ルームメイトも心配しているだろうから帰った方が良い」

「む、そうだな。名残惜しいが、明日もあることだしな」

「ラウラ」

「何だ?」

「妹をよろしく頼む」

「任された。他ならぬ貴方の頼みだ」

 

 こうして俺にとって初めてと言ってもいい友達ができた。

 




 ラウラを主人公側に。

「それにしてもラウラも変わったな」
「昔はどんな奴だったんだ?」
「お兄ちゃんお兄ちゃんと言って、私と一緒に兄さんの後ろをついて回っていた」
「…………」


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18話 「これは――私の戦いだ!」

 他の書かれている方に触発されてすっごくまじめに書いたら1万オーバー。目指せ2万字!

 ………ないわー


「一夏」

「あれ? 姉さんだ」

 

 昼休み、購買で買ったパンを食べていると、教室に姉さんが来た。一緒に過ごす事は多々あるが、それは教室ではなく屋上や食堂、中庭などが殆どで、教室に来て中に入ってくるのは珍しい。というのも理由がある。

 

「あ、森宮先輩だ!」

「えっ? ああーっ、本当だ!」

 

 こんな感じで姉さんは学園でもかなり有名だったりする。入学してまだ2カ月と少ししか経っていない1年生でも、これだけの人数が知っていて尚且つ尊敬している態度をとるあたり、半端じゃない知名度だというのがよくわかる。追っかけや、本人非公認のファンクラブまであるとか……。女子校怖い。

 

「どうしたの? 姉さんが教室まで来るなんて珍しいね」

「これ、『夜叉』にインストールして」

 

 渡されたのはUSBメモリ。目的はさっぱりだけど、姉さんがやれという事に逆らう意味が無いので、言われた通りにする。といっても、『夜叉』の待機形態は黒い首輪とそれに繋がった逆十字のアクセサリ、端子があるはずない。

 

「分かった。あとでやっておくよ」

「ダメ、今すぐ」

「でも道具が無いし……」

「? 机から送ればいい」

 

 え? そんなことができるのか?

 

《できますよ。ほら、机の隅っこに端子あります》

 

 ……本当だ。でもこんなの普通使うか? 学園は無駄に設備がいいよな。

 

 言われた通り、メモリを差し込んで起動。ここで凍結されたファイルを開かずにそのまま『夜叉』へ全データを送信。届くと同時に解凍され、自動的にウインドウが開いた。

 

「これは……」

「倉持から送られて来た後付けのリミッター。コレを使って。そうすれば、授業や放課後でも『夜叉』が使えるようになる」

「うげ……さらに遅くなるのか。もう『夜叉』のアドバンテージ無くなっちゃうんじゃね?」

「その代わり、搭乗時間も伸びるし訓練もできる。我慢して」

「分かってるって、この間みたいな襲撃があってもいいようにって、わざわざ倉持に取り次いでくれたんでしょ? ありがとう、姉さん」

「いい。一夏の為だから」

「そうだ! 今日の放課後、早速模擬戦でもしない?」

「分かった。アリーナを貸し切ってくる!」

「いや、そこまでしなくていいから!」

「むー。SHR終わったら来るから、教室で待ってて」

「うん」

 

 メモリを返して、にっこりとほほ笑む。姉さんは満足そうな顔で教室を出て行った。

 

 視線を入口からモニターに移す。今現在の『夜叉』の稼働率は60%。これでも結構な数のリミッターがかけられている。そこへ今貰った物を追加してみると………うわ、45%にまで下がった。しかも速度関連が酷いな……。ま、使えるだけマシか。これでも十分な速度はある。最高速度は多分『白式』と同じぐらいだな。これでもし、Limit.Lv3開放したらどうなるんだろう……。

 

「ねえ、森宮君!」

「な、なんだ?」

 

 にらめっこしていると、急に後ろから声をかけられた。顔を上げると周りを囲まれている。

 

「森宮先輩の弟だったんだね!?」

「ってことはマドカちゃんもそうなるの?」

「すっごいニコニコしてたんだけど、どういう事!? もしかしてお姉ちゃん大好きっ子だったりする?」

「昔はお姉ちゃんと結婚するー! とか言ってたりして……」

「先輩もまんざらじゃなさそうな感じじゃなかった? あんなに優しそうな先輩初めて見たんだけど!」

 

 …………面倒なことになった。

 

「おら、席につけー。そろそろ授業を始めるぞ」

 

 大場先生ナイス! 助かった……。

 

「先生、森宮先輩と森宮君ってどんな関係なんですか?」

「あ? そりゃ普通の姉弟だろ。……いや、普通じゃないな。厄介なブラコンとシスコンだな。知ってるか、森宮姉のやつは弟に会えなくなるからって理由で生徒会長にならなかったんだぜ」

「「「「「きゃーーーーーーーーーーっ!!」」」」」

 

 先生はまさかの敵だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、姉さんが来るのを待つ。簪様とマドカにも話すと一緒に行くことになった。

 

「ようやく『夜叉』解禁か。これで兄さんとも模擬戦ができるな」

「うん。一夏は強いから、きっと勉強になる」

「私は驚きですよ。確かに競技用にまでスペックを落としていますけど、それでも結構危ない機体ですから」

「そこなんだけど、なにが危ないの? 速度特化のISとどう違うの?」

 

 以前『夜叉』に関して説明した時は、ただ“はやい”ISとしか言っていなかった。種明かし、というほど隠していたわけでもないが、模擬戦前にちゃんと説明しておこう。最低限のスペックデータの公開はまだまだ先になるだろうし、2人には知ってもらわなければならない。

 

「もし、相手が認識できる限界を超えた速度で移動できるとしましょう。するとどうなります?」

「……一種のステルス?」

「流石でございます。少しお見せしましょう」

 

 取り出したのは青森産リンゴ。両隣がぎょっとした表情をしているがあえてのスルー。ポケットから出したんじゃなくて、ただ単に拡張領域に入れてただけなんだけど。余談ではあるが、拡張領域内に入れた食べ物は『夜叉』が美味しく頂けたりする。偶に果物関連をあげるようにしている、最近の流行はブドウとか言っていた。

 

「コレをゆっくりと投げます」

 

 ふわっと山なりにリンゴが飛ぶ。放物線を描いて、廊下に落ちていく。

 

「投げたリンゴを、認識できない速度で――」

 

 立った状態で両足に力を込める。溜めこんだものを爆発させるように力を開放して、前に飛び出し、リンゴを追い抜いて方向転換。

 

「――リンゴをキャッチする」

 

 俺からすれば朝飯前なことだ。もっと素早く動けるし、弾丸だって見切れる。それはマドカも同じだし、多分ラウラもできるだろう。それはあの施設にいたのなら誰だってできる事だ。ISが戦闘を仕掛けてきても、生身で戦える自信がある。

 でも世間や一般常識ではありえないことであるわけで、当然簪様には俺が何をしたのか全く見えていない。隣にいたのに、いつの間にか投げたリンゴをキャッチしている。丁寧にこちらを向いて。そう見えたことだろう。

 

「見えました?」

「……全く」

「これが現行のISと『夜叉』の違いです。あらゆるセンサーで捉えることはできず、当然目視できるはずもない。攻撃をすることもできず、常に先手を取られる。たとえ電子戦装備であったとしても、捉えることは不可能でしょう」

「戦う以前の問題だな。流石の私も、見えなければどうしようもない」

「……そういうことかぁ」

「何にせよ、リミッターのかかった今の状態ではそこまでの速度は出せませんけどね。折角実戦仕様に仕上げてもらったというのに……」

 

 姉さんと倉持に文句を言うつもりは無いけど、稼働率45%は流石にきついな。制限かけないといけないのは分かるんだけど、これ『夜叉』って言えるか? いや、『夜叉』なんだけど。

 

「よかった。そんなのされたら、私絶対に勝てないもん」

「私も無理だな、見えても対処ができない。結局、兄さんとの模擬戦は1度も勝てたことがない」

「……何もできずに終わりそう」

「……お互い頑張ろう」

 

 ………。話題、ミスったかな。

 

「一夏」

「おっ待たせ~♪」

 

 姉さんと楯無様だ、いいタイミングだ。

 

「簪様、姉さんも来ましたし、行きましょう」

「……うん」

「ほら、マドカも」

「……むぅ」

 

 アンニュイな気分の2人の手を取って歩きだす。何かいいことでもあったのか、憑き物がとれたように上機嫌になってくっついてきた。逆に姉さんと楯無様がちょっと不機嫌になっている。………何が起きた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例のコスプレ(俺は否定している)ISスーツを着てピットに集まった。大分早めに来たが、既にアリーナでは他の生徒たちが自主練習を始めているので危ない。決めることは今のうちに決めて、外に出るつもりだ。

 

 それにしても……いい眺めだ。うん。姉さんはホントに着痩せするよな、身体のラインがはっきり分かるISスーツを見てるとよく分かる。

 

《相手は姉弟と主ですよ》

(俺も男だ)

《最近それ多いです。にしても、随分と変わりましたね。記憶力も上がってきてますし、以前に比べてだいぶ自然に振る舞えるようになりましたし》

(ああ。入学する数ヶ月前……マドカが来てから調子が良くなってきたんだ。おかげでテストは大丈夫そうだ)

《アホなところは治してください。何にせよ、普通の人間に近づきつつあるのは良い事でしょう》

(当然だ。必要以上に頼らなくて済む)

《またそういう事を……1人ではできない事なんて星の数だけありますよ》

(分かってるって、だから必要以上にって言ったろ。でもまぁ……)

《?》

(もし、普通と引き換えに化け物並の力を失うなら、俺は普通なんて要らないけどな)

《………》

 

 あら、怒らせちゃったかな? 俺の本心なんだけど。

 

《ふふっ》

(なんだよ。今のは真面目に言ったんだぞ)

《分かってますって。マスターらしいですね。普通よりも、異常であることを……“無能”であることを望む。でなければ守れないから。あった時と変わらず、全ては主と家族の為に》

(そう生きるって決めたからな、お前との約束もある)

《あぁ、なんてカッコいいんでしょう♪ 人間だったら絶対に惚れてます。いや、今の身体でも惚れてます!》

 

 ………扱いに困るなあ、ホント。気遣いとか嬉しいんだけどもう少しどうにかなりませんかね?

 

「一夏」

「何?」

「えっち」

「ぶふっ!?」

 

 『夜叉』と話していたからぼーっとしていたが、どうやら姉さんを凝視していたらしい。両手で身体を隠すように抱きながら、頬を染めて言う姿はとても可愛らしかった。こう、普段とのギャップというかなんというか。入学してから姉さんが多彩になっていく。

 

「ね、姉さんには劣るが、私でよければ――」

「こら、楯無様みたいなことを言うな」

「ちょっと!? 私そんなこと言わないわよ!」

「そういえばさっき更衣室で後ろから抱きつかれたんだよなー。アレって――」

「キャーーーー!?」

 

 続きを言おうとした時、後ろから楯無様に抱きつかれて口を塞がれた。真っ赤な顔で必死になっているが、その行動が肯定を表しているとは気付いていない様子。ちょっと抜けてるところが愛嬌。

 

「むぐむぐ(何をするんですか)」

「い、一夏が変なこと言おうとするからでしょ!」

「もごもご(事実ですから。というかバレてますよ、誰のことなのか)」

「うぐ……」

 

 3人からの視線が……特に簪様からの視線が刺さる。楯無様が俺の後ろに居るから、俺が悪い事をしてしまったようになっている。何もしてないのに。

 

「そ、それを言うなら一夏だって満更でもなさそうだったじゃない!」

「!?」

 

 なんという切り返し! そして一瞬の隙を突かれてしまった。それは戦闘に於いてもそうだが、こういう時の楯無様に隙を見せること、それすなわち死を意味する。良くて重傷。からかう時の遠慮の無さと本人のハイテンションっぷりは全校生徒の知るところだ。

 

 さっきまでは無かった背中にあるやわらかい感触に、くらっといきそうになる。くそ、イイ笑顔してんだろうな。

 

「あら? もしかして恥ずかしいの? さっきはおねーさんのおっぱい鷲掴みにしてモミモミしてたのに?」

「「「!?」」」

「だーれもいない更衣室で押し倒された時は流石に覚悟しちゃった♪」

「「「!?!?」」」

 

 なんてことは無い。着替え中に後ろから気配を消して寄ってくる誰かを組み伏せたら楯無様だった、というだけだ。その時偶然手が胸を掴んでいただけなんだ。故意じゃない! ……いや、故意なんだけどそうじゃなくて、他意はない! でもよく考えたら主組み伏せるって懲罰モノだよな。

 

「ふん、どうせ」

「お姉ちゃんが」

「後ろからにじり寄っただけ」

「何その一体感!? しかも間違ってないし!」

「間違ってないんだ……ふぅん?」

「え、あ、それは……そのぉ」

「オネエチャン?」

「はいっ!」

「ナニカイウコトハ?」

「すみませんでしたーっ!」

 

 俺から離れて綺麗に腰を曲げて謝る楯無様。威厳台無しだよ。

 

「一夏?」

「はいっ!」

「一夏も気をつけてね。ワカッタ?」

「かしこまりましたーっ!」

 

 教訓、簪様を怒らせてはいけません。俺はまた1つ賢くなった。

 

《くだらなっ!》

(言うな)

《言いませんよ。それに――》

 

 『夜叉』が言葉を切った。その瞬間、アリーナの方から爆音が腹の底まで響いた。今のは……爆弾か? 訓練用ISが積める爆発系武器でここまで強力なものは無いはずだから、どこかの専用機の仕業か、襲撃か。警報の有無からして前者だろう。

 

《――そんな暇はなさそうです》

 

 モニターを見ると、煙の中から1機のISが飛び出してきた。黒い装甲に所々にあしらわれた金の装飾、ドイツの第3世代型『シュヴァルツェア・レーゲン』……ラウラだ。遠目でも分かるほど装甲は痛んでおり、ISもラウラも疲れきっている。

 

 ……また面倒なことが起きそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日の休みは三日の遅れ。

 

 そんな言葉が日本にはあるらしい。なるほどと思う。その言葉に従ったわけではないが、どれだけ簡素であっても毎日の訓練は欠かさない。織斑教官や、一夏に近づくためなら尚更だ。というわけで私はアリーナに来た。ここでやることはただ一つ、ISの訓練である。

 

 更衣室で着替え、ピットに寄らずそのままアリーナへ行く。様々な人間が訓練機で練習をしている。歩行や飛行のような基本から、三次元立体機動のような応用まで。私からすればどれもできて当たり前であるが、軍人と比べるのは酷というもの。出来ないなりに、苦手なりに、必死に頑張る姿と表情は、ISをファッションとしか見做していない女子とは思えない。ここにもそれなりに骨のある奴がいるようだ。

 

 そして、運のいいことにヤツもいた。

 

「おい」

「ん?」

 

 織斑秋介。教官の大会2連覇を砕いた原因であり、一夏とマドカを侮辱した男。

 

 許すわけにはいかない。

 

「織斑秋介、私と勝負しろ」

「一緒に特訓……って雰囲気じゃなさそうだな。理由聞いてもいいか?」

「私はお前を許さない」

「よくわからんが、ボーデヴィッヒさんに許されようが許されまいがどうでもいい。俺にはやることがあるから勝負はそれが終わってからってことで」

「ほう? やること?」

「知らないだろうけど、ちょっと前にトーナメントがあったんだよ。ギリギリだけど鈴に勝って、そのまま優勝まで突き進むはずが、森宮って奴に完封された。あいつに勝つまでは……」

「はっ……」

「……んだよ」

 

 聞いているさ。チューニングした『打鉄』に乗った一夏に一撃も与えられず、無人機乱入で中止になったそうじゃないか。

 

 それにしても、一夏に勝つまでは……か。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 これを笑わずして何に笑えと言うのだ?

 

「うるせぇ! なにが可笑しいってんだよ!」

「勝つ? 誰にだ? 一夏にか? ハハッハハハハハッ! 面白い冗談を言うじゃないか、芸人にでもなったらどうだ?」

「人の目標を(けな)すなんて、ドイツの候補生は随分と人が出来てないんだね」

「シャルロット――いや、シャルル・デュノアか。専用機含め優秀だと聞いている。是非とも手合わせ願いたいが……まずはコイツからだ」

 

 横に向けた視線を織斑秋介へと戻す。開いた右手を上へ向け、人差し指をクイクイと動かす。俗に言う「かかってこい」のジェスチャー。

 

「てめぇ……」

「待ちなさいよ秋介。挑発に乗ってんじゃないわよ」

「ボーデヴィッヒさん、なぜそこまで秋介さんとの勝負にこだわりますの?」

「……いいだろう、教えてやる」

 

 己の罪を知るがいい。それに、話が進まん。

 

「第2回モンド・グロッソ決勝戦の時、織斑教官を棄権させたからだ」

「それは……」

「ふん、本当に分かっているのか?」

「そのことに関しては、悪かったと思う。姉さんにとても嫌な思いをさせちまった……」

「ハァ……やれやれ、聞いていた通りの男だな。自己中心的で我儘な他称“天才”。いいか、私が言ったのは、“第2回モンド・グロッソ決勝戦の時、織斑教官を棄権させたから”。教官が決勝戦よりもお前が大事だと思ったからあの行動をとった、全ての責任を投げ捨ててな! 教官がそう決めたのなら、ドイツ軍少佐としての私(・・・・・・・・・・・・)は異を唱えるつもりは無い」

「全ての、責任……」

「そうだ。教官が背負っていたのは何も日本の威信だけではない。大会2連覇という快挙、期待するIS乗りや世界中の人々、他の日本代表や、その下の候補生、踏み台にしてきた他国のライバル達、そして何より決勝戦で戦うはずだった対戦相手の選手! 1人のIS乗りとしてのラウラ・ボーデヴィッヒは殴り倒したくなるほどの気持ちだった! なぜ世界中の期待を裏切ったのかとな!」

「………」

「親のいない私でも、家族の大切さはよくわかる。たった1人の大切な弟が誘拐されたと知った時の教官の気持ちなど、私ごときでは計り知れない。お前を助けに、試合を棄権するのは必然だったと言える。では何故、そうなってしまったのか。分かっているだろう?」

「……ああ」

 

 危機意識の薄さ、自己管理の未徹底、あげればキリが無い。保護しなかった日本政府だって、もっと言えば頼まなかった織斑教官にだって責任の一端はある。全てコイツ1人が悪いわけではないのだ。十分に反省し、その経験を活かし、二度と同じことが起きないように努力する。本人が心からそう決意させるしか、この問題は収まらない。有名人とその関係者は、自衛に関して少し神経質なぐらいが丁度いいのかもしれない。

 

「そしてもう一つ」

 

 私が最も許せないもの、それは……

 

「私が教官と同様に尊敬する兄のような人と、唯一無二の大親友を地獄の底へと叩き落としたことだ!」

 

 先程に比べれば非常に個人的で稚拙な問題。だが、私にとっては落ちこぼれを拾ってくださった恩師よりも大事なことだ。生きていられるのも、こうしてISに乗ることができるのも、左目のことも、全て一夏とマドカに会えたからこそ。

 

 聞けば教官には弟と妹がいたそうだ。だが、妹は両親に無理矢理連れられて夜逃げ。弟の方はある日突然行方不明に。

 

『溝がありはしたものの、不器用ながら精一杯面倒を見て愛した。結局、愛したつもりだったわけだが。だから、謝りたいんだ。そしてやり直したい。今度こそ、全力で2人を愛してあげたい。秋介と一緒にな』

 

 ――こんな私を、軟弱者だと笑うか?

 

 ――そんなことはありません。教官ほど、思いやりと勇気がある人間はいないでしょう。

 

 ――ありがとう。

 

「織斑秋介ェ! 2人の目の前で、額が割れるまで土下座させてやる! 二度とそんな真似が出来なくなるまで、貴様の全てを叩き潰してやる!」

 

 もう待てない。返答も聞かずに『シュヴァルツェア・レーゲン』と共に駆ける。

 

 流石のあの男も、呆然としているようだ。今のうちに一発殴って、ISもろともプライドまで粉々にしてやる!

 

「秋介、下がって!」

「今のアンタじゃ、相手がドンだけ弱くても絶対負ける!」

「ここは私達にお任せを! 篠ノ之さん、秋介さんを連れて下がってください!」

「わ、分かった。行くぞ!」

「で、でもよ……」

「でもじゃない! 戦うつもりがあるなら気持ちの整理をつけてからにしろ!」

 

 『打鉄』に乗った篠ノ之束の妹が織斑秋介を連れて下がっていく。それを阻むように立ち塞がる3機のIS。フランスの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』と全てを高い水準でそつなくこなすシャルル・デュノア、中国の『甲龍』とたった1年で代表候補生になり専用機を任された天才肌の凰鈴音、イギリスの『ブルー・ティアーズ』と実力で今の座を勝ち取った努力型の秀才セシリア・オルコット。

 

 どいつもこいつも、“天才”と言われる部類の人間だ。私達のように、全てから拒絶される世界を知らないヤツら。

 

「邪魔するならば、撃つ!」

「アンタ正気!? 3対1でやろうっての!?」

「当然、これは――」

 

 こんなこと、誰も喜んだりしないだろう。教官はゲンコツだけじゃ済まなさそうだし、一夏とマドカは何をするかすら予想できない。それでも、だ。これは自己満足に過ぎない。師と兄と友人の為の……

 

「――私の戦いだ!」

 

 ワイヤーブレードを全て飛ばして、3機の動きを制限する。気付かれないように誘導して、しぶとく機を狙う。ばらけて多方向から攻められると勝率がガクンと下がってしまう。そうなる前に決める、チャンスは一度だけ。

 

 待て、待て、まだだぞ………ココだ!

 

 進路を阻み、動きを制限し、パーツに巻きつけ、一ヶ所に集める。

 

「鈴さん! こっちに来すぎですわ!」

「足にアイツのワイヤーが絡みついてんのよ!」

「鈴、動いて! まとまったらやられる!」

「もう遅い!」

 

 瞬間加速。迎撃の弾幕の嵐を突き進む。直撃しようが構わず突進、『シュヴァルツェア・レーゲン』がボロボロになっていくが構わない。後で整備班に謝っておこう。

 

 AIC発動。

 

「動けない……なんで!?」

「これがAICっ……厄介な武装ですわね……」

 

 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、通称AIC。PICを応用して、慣性を停止させる領域を作りだす。そのまま慣性停止結界とも言う。効果範囲は訓練次第で伸びるらしいが、今の私では前方……というより、手を向けた方向15m~20mが限界だ。こんな狭い範囲にIS3機を取り込むなど殆ど不可能に近い。それでも出来たのは運がいいからか、実力か。私としては後者でありたい。

 

「消し飛べ!」

 

 動こうとしてもがく3人へ向けて、レールカノンを連射。砲身が焼けて使えなくなるギリギリまで撃ち続けた。

 

 AICとの同時使用で頭が焼けそうになるが、それを耐えてセンサーに目を凝らす。煙が立ち込めているので目は使えない。どの機体にも大ダメージを与えたはずだが、シールドエネルギーを全損させるには至っていないはず。奇襲に警戒しつつ、ステルスモードでゆっくりと離れる。

 

 トン。

 

「流石にアレで終わったなんて思ってないよね?」

「っ!?」

 

 シャルル・デュノア! まさか後ろに回り込まれていたとは……! 本当に第2世代型なのか!?

 

「お返しだよ!」

「あぐぁっ!」

 

 背中から走る激痛。銃じゃない、ナイフでもない、鈍器でもない、鋭い痛み。まるで……杭のような。

 

「パイルバンカーか! あがっ!」

「御名答! もう一つオマケだよ!」

「うああああっ!」

 

 こんどは爆発。どれだけ武器を積んでいるんだこいつは! 火薬庫以外の何物でもないな、まったく!

 

「くそっ」

 

 煙の中から飛び出して、牽制にレールカノンを一発撃ち込む。煙を散らしながら進むそれは地面に着弾してまたしても煙をまきあげる。すぐ後に、煙の中から爆風を利用して、双刃の槍が回転しながら飛んできた。プラズマ手刀で弾く。

 

「そっちは囮よ!」

「ならば……」

「背中がガラ空きですわよ!」

「横もね」

「……っ」

 

 八方ならぬ三方塞がり。だが、ISの機動力と錬度からして封殺されている気しかしない。

 

 ここからどうするか……『ブルー・ティアーズ』を落としておきたいところだが、近づかせてくれないだろう。ならば『甲龍』から行きたくても、同じく無理がある。要はシャルル・デュノアだ。残った2人はタッグの相性が悪く、教員にも負けたと聞いている。落とすならコイツからだ。だが、一番厄介で強いのも恐らくシャルル・デュノア。楽には勝たせてくれないらしい。

 

 迫る3機。

 

 まずは真正面の『甲龍』を受け流す。武器を投擲した為素手のようだが、手刀が武器の私と無手で張り合うなど無理がある。ワイヤーを巻きつけて重たいパンチを一発、そのまま後ろに放り投げて『ブルー・ティアーズ』の盾にする。牽制射撃を仕掛けてくる『ラファール。リヴァイヴ・カスタムⅡ』へAIC発動。弾丸を止める。

 

 どの機体も残りシールドエネルギーは3割を切っていると見た。プラズマ手刀で攻撃して近距離でレールカノンを撃てばそれで終わる。まずはシャルル・デュノアから。もう一度瞬間加速をかけて突進した。

 

 これが拙かった。

 

「隙あり!」「この程度障害にはなりませんことよ!」

「何っ! がぁっ!」

 

 放り投げた『甲龍』の衝撃砲と、元々狙っていた『ブルー・ティアーズ』の射撃を真後ろから受けた。予測軌道コースと姿勢を大きく崩され、整えることのできないまま近づいてくる。視線の先の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は先程撃ちこんできたパイルバンカーを構えている。

 

 色々と考える、抜けだす方法、カウンターを決める方法、軌道修正する方法………無理か。残りは4割。あのタイプは連発が効くからハマったら抜けだせない。そしてそう簡単に逃がしてくれる相手でもない。つまり、負け。

 

(負ける? たったの3機(・・・・・・・)に?)

 

 確かに手強い相手だ。だが、勝てない相手ではないはず。教官なら、一夏とマドカなら難なくのしているだろう。ならば私にだってできる。いや、出来なければならない。

 

 思いとは真逆にせまる現実。パイルバンカーが振りあげられ、突きつけられる。

 

 軍人としてはあるまじき行為……私は抜けだせない敗北感から目をつぶってしまった。

 

 そして襲ってくる衝撃。だが、それは背中に受けた鋭いものではなく、包み込むような温かさ。

 

「3対1とは、随分とえげつないことをやっているな」

「………なっ、お兄ちゃん?」

「おう。………ん? お兄ちゃん?」

 

 シャルル・デュノアを吹き飛ばし、一夏が私を抱きとめていた。

 

 




 一夏とマドカの存在が、ラウラの千冬依存を薄めていたりいなかったり。良い子になったり無かったり。貪欲に力を求めないラウラは原作よりちょっと弱いかもしれない。それでも1年ではトップクラスなんだけどね。


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19話 「お前は俺以上の”無能”だな」

 BB武器登場!
 異常に強化された“魔剣”はもう自分でもこれはやばいと思ったくらいです。

 ボーダーの方なら、魔剣と聞けばお分かりですよね?



「ラウラ!」

 

 爆煙から出てきた黒いIS『シュヴァルツェア・レーゲン』。ラウラはボロボロになりながらも、イギリス、中国、フランスの代表候補生達と同等の戦いを繰り広げていた。それも劣勢に陥りつつある。

 

「マドカ、いくぞ」

「分かった!」

 

 理由はわからない。もしかしたらただの模擬戦かもしれないが、ラウラの表情からして違うと断定。あれは覚悟を秘めた目だ。

 

「知り合いなの?」

「……施設にいた子だよ。マドカの話じゃ俺と一緒にいたらしい」

「そう。なら、いかないとね♪」

「ええ」

 

 専用機を展開して、アリーナに出る。制限がかかっているとはいえ、この中では『夜叉』が最速だ。頭一つとびぬけてラウラへ一直線。パイルバンカーを構えていたオレンジ色を蹴り飛ばして、ラウラをキャッチした。

 

「3対1とは、随分とえげつないことをやっているな」

「………なっ、お兄ちゃん?」

「おう。………ん? お兄ちゃん?」

 

 確かにお前は妹みたいな感じがするけど、お兄ちゃんって……。

 

 んーー?

 

「ちょっと失礼」

「あ、何を……」

「ふむふむ」

 

 眼帯を外してみる。その左目は右目と違って金色に輝いている。俺と違って、吸い込まれるような綺麗なオッドアイだ。確か“越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)”とか言ったっけ。

 

「思い出した」

「は?」

「眼の色が一緒だったら見た目だけでも妹になれたのにって、毎度のようにぼやいてたっけ」

「あ」

「マドカといっつも追いかけっこしてさ。髪の毛梳いてもらったこともあったっけ。膝枕してっておねだりばっか、稀の昼寝はマドカと一緒に寝てたな」

「お、思い出した……のか?」

「ちょーーっとだけな」

「う、ああ……」

 

 ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でる。こうしてやるのが一番大好きだった……はず。

 

「おかえり」

「うあああああああああああああん!!」

 

 そうそう、泣いちまえ。ガラにもなく、子供みたいに大声で泣いて色々と吐きだしちゃいな。お兄ちゃん(・・・・・)が全部受け止めてやるからさ。

 

「で、何が起きたんだ?」

「そいつが一方的に襲って来たのよ! 秋介がどうのこうのって!」

「と中国の子が言ってるが、本当か?」

 

 両目の涙をぬぐいながら、優しく問いかける。俺は怒るつもりなんて全くない。

 

「……我慢できなかったんだ」

「嫌なことでもされたか?」

「そうじゃない。教官と2人を苦しめたあいつが……織斑秋介が許せなかったんだ! 傲慢で、自分勝手で、我儘なヤツを悔い改めさせて、土下座でもなんでもさせてやる! そう、思ったんだ……」

「そっか……ありがとう、俺達の為に怒ってくれて」

 

 教官と2人を苦しめた、か。ラウラが言う教官が誰なのかは知らないが、2人は間違いなく俺とマドカ。それを織斑が原因だとラウラは言っている。正直なこの子が嘘を言うとは思えないし、嘘の為にここまでする人間じゃない。ということは真実、なのか? 少なくとも、俺と織斑が何らかの関係を持っているという信憑性は高まった。

 

「これ、本当か?」

 

 良識のありそうな、落ちついた雰囲気の女子――じゃなくて男子の奴に聞いてみる。シャ、シャル……シャルロッテ?

 

《シャルル・デュノアですよ》

 

 そうだ、シャルル・デュノアだ。

 

「えっと、多分。ボーデヴィッヒさんは織斑君と勝負したがってたんだよ。理由も色々言ってたから間違ってないと思う。強引に勝負しようとしてきたから、僕らが割って入ったんだ」

「他人の決闘にか」

「織斑君はその気じゃ無かった。見ればわかるでしょ」

「それはそこにいる、やる気が満ち満ちている男の事か?」

「え?」

 

 シャルルが振り向く。俺から見ればシャルル・デュノアを挟んだ向こう側だ。目をギラギラと光らせる織斑がこっちを睨んでいた。ライバル視でもされたかな? 相手じゃないが。

 

「森宮、一夏……!」

「トーナメント以来だな。睨まれるようなことをした覚えなんて俺には無いが」

「次は負けねぇ!」

 

 傍にいる『打鉄』を纏った子の制止を振り切って、ブレードを構える織斑。

 

「ラウラの決闘を無視しておきながら、俺とやろうって? それは虫がよすぎるとは思わないのか?」

「負けることは別にかまわねぇ、それは俺の糧になる。でもな、お前が俺のことを嫌いだって言ったのと同じように、俺はお前にだけは負けたくねえ!」

「はぁ……話がかみ合わない。姉さん、楯無様、どうすれば……?」

「模擬戦すればいい」「相手してあげたら?」

「はい?」

 

 なんとまぁ同じ答えが返ってきた。

 

「一度徹底的に叩けばいい」

「その気が無くなるまでね」

「………模擬戦しろって事ですね」

 

 やれやれ、2人がそう言うのならそれがいいんだろう。ラウラを下ろして、織斑に歩み寄る。間に立っていた他の代表候補生は道を開けてくれた。その顔には警戒と恐れが見える。実際に戦った織斑ならともかく、この人たちからそんな目で見られるようなことしたっけなぁ……?

 

《『打鉄』で専用機を圧倒したからですよ》

(そんなことか)

 

 性能は確かに戦闘に於いて重要なファクターであると言える。だが、それ以上に重要なのは乗り手、それを扱う人間の技量だ。身体のどこに命中しても一発で殺せる銃があったとしても、イロハも知らない素人が扱えばただの銃に成り下がる。豚に真珠と言ったかな? つまりはそういう事。いつかの金髪が言ったように、俺と織斑では経験が段違い……いや、次元が違うと言っても過言ではない。住んでいる世界が違う。

 

「ということらしいが、どうする?」

「決まってる、やるさ」

「そうか………」

「なんだよ」

 

 相手をしてもいいんだけど、時間無くなっちゃうよな。瞬殺でもいいけど、外野がうるさそうだ。この専用機組もそうだけど、アリーナに居る他の女子たちも織斑の味方って感じだし。

 時間を無駄にせず、尚且つこちらに利益がある方法。

 

 ………。

 

「どうせだ、専用機持ちで試合をしないか? 俺と姉さんはもともと模擬戦しに来たんだよ。『打鉄』の子は悪いけど訓練機で、5対5でさ。ラウラは損傷が酷いから抜き。勝負自体は1対1で、勝ち星の多い方が勝ち」

 

 時間を潰すなら使いつくしてしまえばいい。惜しい気持ちはかなりあるが、姉さんとの模擬戦はまた今度にしてもらおう。その代わりに、他国家の代表候補生の実力と専用機の実戦データを手に入れる。まったくもって釣り合わないが、このあとの準備運動(・・・・)程度にはなるだろう。

 

《うわ、なめきってますねー》

(織斑に負けるようなやつ、そしてそれと同等が3人でようやくラウラを追い込める程度の実力では、こちら側の誰にも勝てはしない。俺と姉さん、楯無様は別格だし、マドカも俺と同じく施設の出だ、簪様だって更識の人間。負けるか?)

《想像がつかないに一票》

 

「………みんなはどうだ?」

「エネルギー補給だけさせてほしいかな」

「あたしは10分欲しい」

「そちらのBT2号機の方と出来るのでしたら」

「秋介が言うなら、私は構わん」

「よし、やる。10分後だ」

「分かった」

 

 それだけを行って、5機はピットに戻って行った。

 

「勝手に話決めちゃってー、このこの」

「すみません。サクッと済ませて、この後の姉さんとの模擬戦の準備運動ぐらいにはなるかと思いましてね」

「あはははははははは! うんうん、大分良くなってきたね」

「大丈夫ですか?」

「うん? 私は特に問題ないよ。後輩たちを指導するのも先輩のお仕事よ」

「同じく」

「……丁度実戦データが欲しかったところだから」

「調子に乗ったヤツらの鼻っ柱をへし折ってやろうじゃないか。あの『打鉄』と出来ないのは癪だが」

「まだ根に持ってたのか……」

 

 こちらは特にすることは無い。エネルギーも満タンだし、整備も既に済んでいる。ラウラの自己紹介とか、駄弁ったりとかした。相手の戦術の予測と作戦も必要ない。全て、全員の頭に入っている。ラウラを除けば更識と森宮の人間だ、歳が近いこともあって共同作業や遊んだりすることも多かった(俺は付き合わされた)ので、このあたりは阿吽の呼吸と言っておこう。

 

 8分ほどで戻ってきた。

 

「組み合わせはどうする」

「そっちで好きに決めていい。ハンデ、欲しいだろ?」

「バカにしやがって……!」

 

 挑発もいい感じに効いてくれる。青いなぁ。

 

 因みにこうなった。

 

 マドカ VS イギリス候補生

 簪様  VS 『打鉄』の子

 姉さん VS フランス候補生

 楯無様 VS 中国候補生

 俺   VS 織斑

 

 試合相手も、順番も全てあちら側に決めさせた。偶然かどうかは知らないが、まるで剣道の試合のような組み合わせだ。俺は大将の気質じゃないっての。先鋒で玉砕するタイプだな。

 

 

 

 

 

 急ではあるが、ダイジェストでお送りしようと思う。何故かって? そこまで魅力的な試合じゃ無かったからさ。

 

 マドカ VS イギリス候補生

 同じBT試験機どうしで模擬戦がしてみたかったのだろう。実弾が全く飛ばないという珍しい風景だった。が、イギリス候補生は全く手が出せず完敗。『サイレント・ゼフィルス』のみに搭載されたシールド・ビットに防がれて届かず、マドカの攻撃は“偏向射撃”という特殊な技能を用いたことで驚くように当たった。どうやら向こうの金髪はできないらしい。非常に悔しそうだった。

 

 簪様  VS 『打鉄』の子

 狙ったのかどうかは知らないが、同じ『打鉄』シリーズ同士の対決だ。俺が予想するに、簪様の雰囲気や見た目から弱そうとか思ったんだろう。

 大間違いである。IS最先端の国日本で、森宮蒼乃に次ぐレコードを記録し続け、国家代表に最も近い代表候補生と言われているのだ。世界で最も強い代表候補生の1人である。近接特化の『打鉄』とそれが得意な搭乗者だが、一太刀も入れることはおろかかすりもしなかった。まさかの完全勝利2連である。マドカから、先日の話を聞いて怒り心頭と言った表情だった簪様は非常にすっきりした顔で戻って来られた。怖い。

 

 姉さん VS フランス候補生

 一瞬で決まった。わずか15秒の出来事である。

 フランス候補生がものすごい武器展開速度を披露しながら牽制してくるのに対して、姉さんは一歩も動かず『災禍』で作りだしたシールドで防ぎ、これまた『災禍』で作りだした一本の矢を命中させ、そこへ無数の剣やら槍やら矢やらを降り注がせた。あれはトラウマになっても仕方ないレベルだな。十字剣が無かっただけまだマシだと言える。

 

 楯無様 VS 中国候補生

 『ミステリアス・レイディ』の水のヴェールはかなりの高威力で無い限り、何でも止める。武器の種類に関わらずだ。爆弾だってお手の物。中国候補生の専用機が持つ第3世代相当の武装『龍砲』はこれっぽっちも通用せず、槍捌きは楯無様の方が圧倒的に上。ひょいひょいと避けられるのが頭に来たのか、突貫したところを綺麗に捕まり、水蒸気爆発『クリア・パッション』でワンキルした。

 

 ただいま4連続完封記録を更新中でーす。責任重大だ。

 

 

 

 

 

 

 注目の……というか本来の目的である俺VS織斑戦。

 

「お前、専用機を持ってたのか。なんで『打鉄』でトーナメントに出てたんだよ」

「『夜叉』が使えなかったから。当時の稼働率は60%前後だったが、更にリミッターをかけた稼働率45%でようやく使用許可が下りたんだ。今日はそれに慣らすために来たんだよ」

「45%って……半分以下じゃないか!」

「そうだ、そこまで削って削ってようやくこうして使えるんだ。お前のISと同じぐらいの基本スペックらしい」

「つまり、同じ土俵に立ってるわけだな」

「好きに解釈すればいい」

 

 同じ土俵だって? とんでもない。

 

「試合開始!」

 

 審判役のラウラが合図を出す。

 

「前回の続きといこう。剣を使ってやる」

「いいぜ、来いよ! 前の俺とは違う!」

「“死体あさりの鴉”と“銀の流星”、特別にほんの少しだけ見せてやろう」

「ほざけ!」

 

 ブレードを構えて突進してきた織斑。

 

 対する俺が展開したのはIS一機分の重量と大きさを持つ大剣『SW-ティアダウナー』。大きさ、破壊力、リーチ、もはや剣というカテゴリに分類していいのか分からないほどのコレは開発者から“魔剣”と恐れられている。どう考えても使えるISがいないのでお遊び武器だったらしいコイツを使わせてもらった。理由? 使えるからさ。

 

 両手持ち+PIC込みでも持てるか怪しいそれを片手(・・)で織斑と打ち合った。

 

「うおっ!」

 

 たったの一合で吹き飛ばされる織斑。電磁シールドに接触する直前にブースターを吹かして何とか姿勢を持ちなおしたようだが、気持ちまでは持ち直せていない様子。

 

「なんて武器だよ……加速して思いっきり斬りつけたのに、ただの一振りでここまで吹き飛ばされるって」

「見かけ倒しと思ったか?」

 

 ぶらりと『ティアダウナー』を持ち、織斑へ向けて加速する。

 

「残念、見かけ以上だ」

 

 ビビったヤツは電磁シールド沿いに逃げていく。それを追うように、右後ろにつけて並走していた。

 

「どうした? お前が望んだ剣の勝負だぞ、逃げるのか?」

「作戦を考えてるだけだ!」

「精々悩めよ。この“魔剣”と『夜叉』の前では、お前など蟻だからな」

 

 窮鼠猫をかむ、ということわざがある。舐めてかかると手痛いしっぺ返しを食らうぞ、という教訓であるが、この状況ではありえない。神に名を連ねた鬼と蟻では食らいつくことさえできはしない。

 

 敵からすれば、『夜叉』もなかなかだが、『ティアダウナー』が与えるプレッシャーは相当なものだ。流石の姉さんでもビビったらしい。言ってしまえばISを振り回しているようなもの、訓練機など粉々に出来る。

 

「そろそろ覚悟を決めろ」

「一か八か……いくぜ!」

「来い」

 

 誘いに乗って、電磁シールドまで接近。魔剣を叩きこむ。紙一重で避けた織斑は俺の頭上を通って後ろをとった。が、センサー越しにみた織斑の表情は驚愕と恐怖に染まっていた。

 

 魔剣の名にふさわしい光景である。

 

 たったの一振りでアリーナの電磁シールドを破壊していた。

 

「嘘だろ……」

「どうした? 折角後ろをとったのに何も仕掛けないのか?」

「っ!?」

「来ないのなら――」

 

 ゆっくりと首だけを振り向いて、織斑を視界に収める。ああ、今の俺は――

 

「――俺から行ってやろう」

 

 最ッッッッ高にイイ笑顔をしていることだろう。

 

《シャッターチャンス! さぁ、今のうちに撮りまくるのです!》

 

 ………台無しだ。

 

「クソッタレェーーー!」

「その度胸は評価してやる」

 

 勝負に出てきた織斑は、一際刀身が大きくなったブレードを構えて突進してきた。速度からして瞬間加速。そして一撃必殺の“零落白夜”か。

 

 学ばない奴め。

 

「うごっ!」

「前もこうして捕まえたことを忘れたのか?」

 

 顔を掴んだ左手を後ろの壁にブチ込む。織斑は頭からアリーナの壁に埋もれた。

 

「だとしたら――」

 

 『ティアダウナー』をゆっくりと両手(・・)で振りあげる。威力は電磁シールドを破壊した時の比ではない。

 

「お前は俺以上の“無能”だな」

 

 勢いよく振りおろ……せなかった。

 

 俺と織斑の間には一本のIS用ブレード。柄の方へ視線を移すと、スーツを着た女性が生身でそれを持っていた。

 

「何でしょうか? 生身では危ないですよ」

「心配無用だ。模擬戦をするのは結構だが、流石にアリーナにシールドを破壊されるのを見過ごすわけにはいかない。森宮一夏、織斑秋介、この勝負は私が預からせてもらう」

 

 その鋭い眼は有無を言わせない強さを感じる。1人の教員とは思えないほどの重さだ。

 

この人は、強い。

 

「この勝負は織斑が挑んできたものです。そいつに聞いてください」

「だそうだが、どうなんだ?」

「お、俺はまだ負けて――」

「諦めろ、お前では絶対に勝てない。それに、ビビって手を震わせているヤツが言っても何の説得力もないぞ」

「くっ………わかり、ました」

「よし。では、次のタッグマッチトーナメントまで一切の私闘を禁ずる。解散! 森宮、お前のその武器だが、模擬戦ならびに公式戦での使用を禁止する。理由はわかるな?」

「分かりました」

 

 言いたいことを言って女性は去って行った。

 

 悔しそうに顔を伏せている織斑を一瞥して、俺は姉さん達の居る場所まで移動した。称賛は無い。勝って当たり前なのだから。

 

「お疲れ」

「疲れてないけどね。どうします? 模擬戦出来なくなっちゃいましたけど」

「そうねぇ……何だかやる気無くなっちゃった」

「わ、私は機体のチェックがしたいな」

「眠たい」

「じゃあお開きって事で。簪ちゃんの機体整備終わったら、皆で食堂にでも行きましょう♪」

「楯無の驕りか?」

「違うわよ!」

 

 どんどん話が進んでいく中、俺はさっきの女性が気になっていた。どこかで、あった気がするんだよなー。

 

「姉さん」

「?」

「さっきの人って誰?」

「………織斑千冬。元日本代表で、世界最強の称号を持っている。織斑秋介の姉」

「ふぅん……」

「一夏。近づいちゃダメ。一夏は姉さんと一緒に居るの」

「そのつもりだよ。行こう」

 

 それっきり俺は織斑千冬への関心を失った。

 

 世界最強、ね。その程度か(・・・・・)

 

 急遽行われた5対5の模擬戦は、俺達の完全勝利によって終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏……」

 

 遠くに居るようで、実はとても近くにいた弟の名を呟きつつ、先程の模擬戦を思い出す。

 

 偶然管制室で訓練している生徒を見ていたので、実はボーデヴィッヒが勝負をしろと言っていたところからじっと見ていた。あんなことまで考えていたのかと教え子の成長に嬉しくなり、秋介がまたやらかしたのかというちょっとした疲れ、ボーデヴィッヒの言う尊敬する兄が わ た し の 弟だったことに驚いた(決して森宮を意識しているわけではない)。

 

 見た目は全くの別人である。というか日本人とはかけ離れているし、外国人でもそうそういない。だが、それでも一夏だなと思える場面が多々あった。

 

 流れで行われた模擬戦。圧倒的な力の差を見せつける森宮達。それもそのはず、経験の差が違い過ぎるのだ。暗部の家で教育を受けてきた人間と、軍の訓練に参加しつつも普通の学生として過ごしてきた人間では話にならない。私の目から見ても勝負は見えていた。これがいい経験になることを願っている。

 

 最後の兄弟対決は前回のトーナメントを思い出させたが、内容は以前にもまして酷かった。ワンサイドゲームという言葉では足りないほどの一方的な試合内容だ。最後の秋介はもはや竦んでいて何もできなかった。それでも“零落白夜”を発動させたのは意地だろう。それすらもあしらい、アリーナのシールドを破壊した武器を軽々と扱い止めを刺そうとしたところまで見て、危ないと判断して中止させた。

 

 アリーナのシールドを破壊されたから、という理由は間違いではない。むしろ正しすぎる。だが、それ以上にあの一撃を受けたら秋介は再起不能に陥ると判断した。一夏があの大剣を振り抜こうが寸止めしようが結果は同じだ。寸止めの方がむしろ酷いかもしれない。

 

――私の弟と妹に近づかないで

 

 以前森宮に言われた言葉を思い出す。

 

 そんなもの知るか、一夏は私の弟だ。マドカは私の妹だ!

 

 だが、森宮と一緒に居る2人は私に一度も見せたことのない笑顔で幸せそうに話していた。

 

 悲しい、だがそれ以上に悔しかった。それが自分に向けられたものではないことが。

 

 人知れず、誰も居ない管制室で私は涙をこぼした。

 




 シールドを破壊した時の一夏の笑顔はシャフトの顔だけ振り向くあれをイメージ。やばいめっちゃ怖い。


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20話 《世界は黒いですね》

 長らくお待たせいたしました。

 地獄の日々=テスト期間は終わりをつげ、春休みがやってきました。いつも通りのペースで更新していけることがこんなにうれしいなんて……


 あの模擬戦(笑)から3日ほど経った。織斑側からは何の接触もない。ついでに言えば、織斑を狙って現れた代表候補生達のような存在も感じない。至って普通な生活を過ごしていた。姉さんに撫でまわされ、マドカを撫でまわし、簪様の手伝いをして、楯無様にはおちょくられ、虚様のお茶を堪能し、本音様とお菓子を食べる。うん、従者失格。

 

 従者失格。昔はその言葉にかなりびくびくしていた。ここ以外に居場所なんてないし、ぽいっと放り出されれば即誘拐で実験体としての日々が再スタートする。学園生活で忘れがちになるけど、今でも十分俺の肩身は狭い。本家に戻れば地味な嫌がらせを四六時中受けることになるだろう。

 

 今でも十分怖い。色んなものを、人の温かさを知ってしまった今では昔よりも怖い。贅沢を覚えてしまったのだ。呪われたように更識に尽くす身体も、たいして気にならないし、最近不思議なことに強制力が無くなり始めている。心をバッキバキに折られたあの陰湿な虐めも、どうだっていい。俺はまた1人になるのが、姉さんとマドカと楯無様と簪様と離れ離れになるのが嫌なんだ。

 

 でも、その恐怖と同じくらい……それ以上かもしれない。俺は信じている。楯無様と簪様はそんな方ではないと、姉さんはきっと俺を助けてくれると、マドカは俺を信じてくれると。『夜叉』だって傍にいる。

 

 その思いを支えているのは最近の生活だった。昔では考えられないのだ。物覚えが良くなった、クラスメイトの名前を覚え始めた、1年前の出来事がすらすらと出てくる、IS以外の授業でもさほど遅れてはいない、ベアトリーチェという友ができた、心に余裕が生まれて織斑に対する感情を抑えられるようになった。

 

 普通の人間に近づきつつある。それでいて、今のところ化け物のような力を失うことは無い。

 

 その事実に、俺こと森宮一夏は喜んでいた。

 

 自分が何者なのかを忘れたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『打鉄弐式』の装備である『山嵐』最大の特徴は世界初のシステム“マルチロックオン・システム”だ。世界初故にまだまだ試行錯誤の段階を抜け出せていないのが現状であるが、実用化に至れば、IS史にその名を残すであろう。「実用性のあるロックオン・システムを世界で最初に開発した更識簪。当時はまだIS学園1年生だったのだ!」みたいな。

 

 その為に、ではなく単に主の願いという事でシステム開発の手伝いに没頭していた。

 

「r13からv56までの数値をプラス3,22。a33からj06、l24、s55、x72を先の数値と連動させてみてください」

「うん」

「どうですか?」

「………ダメ」

「むう」

 

 失敗の連続ではあるが、諦めるつもりは毛頭ない。別に倉持技研に渡してもいいのだが、織斑の『白式』の方が優先されるのは目に見えている。たいして変わらないだろう。森宮の“望月技研”とコアを交換して所属とか変えて、そっちに頼めたりできないのだろうか? このあたりの話はさっぱりわからない。今度姉さんに相談してみよう。

 

 勿論、簪様が完成させる事が最良であるのは変わりない。

 

「なあ簪」

「なに、マドカ」

「システムを組まなくても手動で相手をロックすればいいじゃないか。ペアがいるなら時間を稼いでもらって、1人の時は相手が攻撃しにくい状況を作ってしまえばいい。例えば、スモークやスタングレネード、トリモチなんてどうだ? 『山嵐』の為だけの装備じゃないから、戦略だって幅広くなる」

「それを簡単にする為のシステム…だから。それに、両手塞がっちゃうし、これは成功させなくちゃいけない事、越えなければならない壁なの」

「そうか……」

 

 はぁ、と溜め息を吐いて落ち込む2人。

 

 しかし、手動か。最悪の場合そうなるんだろう。それでは『山嵐』の性能を、『打鉄弐式』を持て余していることと同義。何とかしたい。

 

(なあ『夜叉』、なんとかならないか?)

《私達は戦闘補助が主な仕事なので、一部のコア人格を除いて整備面に関することはあまり詳しくありません。少しでも電気信号伝達速度を上げたり、警報鳴らしたり、武器展開速度を上げたり、ブレを補正したりですね。多分マスターの方が詳しいと思いますよ》

(なら、『打鉄弐式』のコアと簪様が“シンクロ”するようにしたりは……?)

《こればっかりは当人次第ですね。時間や相性、そして愛情、他にも様々な条件が必要ですから。IS学園という狭い箱庭で、2人もシンクロしている人間がいること自体がありえないんですよ》

(2人?)

《マスターと私、そして蒼乃さんと『白紙』です》

(………姉さんって、やっぱすげえな)

 

 さりげなく凄いことをカミングアウトされた。俺、姉さんに追いつける気がしない。

 

 気持ちを切り替えよう。

 

 『夜叉』は専門外と言った以上、これ以上聞く必要は無い。こいつには悪いが時間の無駄とも言える。さて、どうするか……。

 

 手動、手動、自動………………ん?

 

「簪様、少し試して頂きたいことが」

「何?」

「仮想ターゲットに向かって、『山嵐』を手動でマルチロックして破壊してもらえませんか? 弾数は……6で」

「分かった」

 

 電子キーボードをガガガガガガというありえない音と速度でキーを叩きながら、ロックオンしていく。こちらのモニターでは膨大なデータの量がスクロールしている。それをじっと睨み続けた。

 

「全弾命中」

「あと3回ほどお願いします」

「? うん」

 

 そして3回……合計4回の測定が終わった。

 

 思わずにやりと笑ってしまう。読みは当たっていた。

 

「兄さん、どうして何回も撃たせたんだ?」

「まぁコレを見てくれ。簪様もどうぞ」

 

 『打鉄弐式』をスリープモードに切り替えて、手足を抜いた簪様がこちらへ寄ってくる。マドカと簪様の為にイスのスペースを開けて、モニターの画面を切り替えた。4等分、つまり先の4回のデータだ。

 

「これはさっきの4回の……?」

「そうです。『山嵐』のマルチロックを手動で行い、ターゲットを破壊するまでのログだと思ってください」

「ふむふむ」

「この4つを重ねます。ゆっくりスクロールしていきましょう」

 

 画面に写された4回分のログを一つに合体させて、モニターをいっぱいに使ったログがゆっくりと流れる。

 

「あ」

 

 気付いてもらえたようだ。

 

「そういう事です」

「じゃあ、コレを繋げて調整すれば……?」

「完成……とはいかないでしょうが、少なくとも今より数歩前進したと言えるでしょう。いや、ほぼ完成と言ってもいい」

「むぅ、兄さん私にもわかるように説明してくれ」

 

 ぷーっと頬を膨らませたマドカをつつく。可愛い奴め。

 

「もう一度最初から流していくぞ。…………ここ、どうなってる?」

「色が濃い」

「まあそうなんだが……結果から言うと、位置の違うターゲットをロックオンする際に、毎回必ず同じ手順を踏んでいる個所が幾つもあるって事だ」

「う、うん?」

「そうだな……ここから寮に行くとしよう。壁を壊してショートカットしたりとか、ISを使って飛ぶとか無し、普通に歩いてな。時間や距離は考えないものとする」

「なら、何百通りとあるんじゃないか? 真っすぐ行ってもいい、アリーナや教室に立ちよってもいい、駅まで行ってとんぼ返りしたっていいということだろう?」

「その通り。考えだしたらキリが無い。でも、必ず寄らなければいけない場所が幾つかあるだろ?」

「……整備ロッカーの出るためにカードリーダーを通して、昇降口で下足に履き替えて、寮に戻ったらカードリーダーをまた通して、とか?」

「うん。それが答え。どれだけ寄り道をしたとしても、必ず省けない工程や手間が存在する。マルチロックオン・システムも同じだったってことだ。だったら、最小限の入力で済むようにこれから手を加えれば完成になるよな。さっきの例え話で言うなら、ルールを守りつつ最短距離で寮に帰る事を言ってる」

「な、なるほど……流石兄さんだ!」

 

 見えないはずの耳としっぽがパタパタ動いている。まるでチワワだな。

 

「あとは、大丈夫。今日中に完成するから、実戦テストで手伝って」

「模擬戦は禁止されていますが……」

「新システムの実験と言えば通してくれる。学園はその為の施設でもあるから」

「なるほど」

 

 あと一押し。それでこのシステムは、『打鉄弐式』は完成する。

 

 頑張ってください。

 

 

 

 

 

 

 この後、見事マルチロックオン・システムは完成した。倉持技研にデータとレポートの提出はまだしていないそうだ。簪様曰く、「倉持は『白式』優先になってるから嫌」という何とも我儘な理由だった。加えて俺の『夜叉』も倉持製。世界に2人だけの男性操縦者のISを2機も扱っているのだ、開発スタッフが割かれるのは仕方が無い事だと言える。それに関する愚痴を言わないあたり簪様も分かっているのだろうけど、やっぱり専用機は大事にしたい大切な相棒。強化はおろかまともな整備すらできない現状に不満をぶつけるのもまた当然と言えた。

 

「じゃあどうするんですか?」

「コレを材料にしてどうにかできないか、お姉ちゃんに相談してみる」

「また無茶苦茶しそうな予感が……」

 

 簪様は楯無様がやる事を分かっていて、相談を持ちかけようとしていた。というかした。なんか、黒いものを垣間見た気がする。

 

「要するに、『打鉄弐式』と『夜叉』のお引っ越しね」

「え、俺もですか?」

「簪ちゃんにだけさせるつもり?」

「いや、そういうわけでは……」

「ボディーガードも兼ねてるんだから、同じ研究所じゃないと困るでしょ。それに、蒼乃さんが言ってたのよね。『白紙』と『夜叉』のデータが『白式』に流れそう、って」

「派閥ができちゃってますからね……」

 

 更識傘下であると同時に、政府御用達の倉持技研には派閥が出来ているらしい。研究員は少ないながらも技術力の高い更識派と正反対の政府派だ(倉持技研の中での話であって、別に政府派の技術力が低いわけではない)。当初、最も技術力があった倉持に姉さんが専用機製作依頼を出したことがはじまりで、倉持技研に更識派が誕生。民間企業だった倉持を更識が経営するグループが買い取ったことが拍車をかけて、今ではすっぱりと分かれているらしい。といっても更識派はごく少数だが。

倉持が製作した専用機を分けると、『白紙』と『夜叉』を製作したのが更識派で、『白式』と『打鉄弐式』を製作したのが政府派となる。政府派はスタッフが多いにも拘らず『白式』につきっきりなのは、それだけ大事であると同時に未知であるから。現状の『打鉄弐式』は殆ど放置に近い状態になっていた。俺と姉さんはそんなことは無い。

 

 データが流れる、つまり政府派のスパイがいる。秘密主義な更識派は研究棟や社員寮から変電施設、マザーPCまで分ける徹底ぶりで漏れることは無い。もう同じ研究所とは言えないぐらいだと思う。政府派としては『災禍』の仕組みと『夜叉』の速さの秘密は喉から手が出るほど欲しい物らしい。故のスパイ。しかし、スパイが紛れ込むのを防ぐのは容易ではないし、彼らはそれを生業としていない為見つけるのも困難だろう。近いうちに研究者ごと別の研究所へ移す事を考えていたそうだ。

 

 妹の専用機が放置される現状、専用機のデータが対抗派閥に流出する可能性。コレを見逃す姉2人ではない。

 

「だから、研究員ごとお引っ越し。更識派の全員を更識と森宮直営の望月技研に異動させて、望月技研からは色んなところから忍び込んでるアホな人達を倉持にプレゼントしましょう。私が直接指示を出すから、マルチロックオン・システムのデータをくれてやる必要は無いわ。ついでに倉持技研は売りましょう。いいですか、蒼乃さん?」

「今すぐ」

「りょーかい。虚ちゃん、聞いてたわよね? 手をまわして」

「かしこまりました」

「うわぁ」

「……黒い」

「あはっ♪」

 

 開いた扇子には“職権乱用”の文字が書かれていた。

 

 次の日の新聞とニュースの話題が1つ埋まったな。

 

 よく考えると、専用機を作るための資金や資材をタダで頂いたようなものだということに気がつく。

 

《世界は黒いですね》

(ああ)

 

 裏社会はもっとどす黒いぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マドカの希望により、久しぶりに簪様とマドカで食堂に行ってみた。すると、姉さんと楯無様が一緒にご飯を食べていた。意外なことに、ラウラが同席している。銀髪の黒ウサギが随分と緊張しているのが遠目に見ても分かるな。

 

「よう、ラウラ」

「い、一夏か」

「姉さんたちと一緒ってのが珍しいな。それ以上に、緊張しているラウラが珍しいけど」

「ば、バカ者! 国家代表の2人だぞ! 方や世界で名を轟かせる日本名家の当主! 方や教官の後を継いだ日本代表でありながらお前の姉、更に半世紀は破られることは無いと言われる世界レコードを次々と塗り替えた全IS乗りの憧れなんだぞ! き、緊張しないはずがないではないか!」

「え? 姉さんと楯無様ってそんなにすごい人達なんですか?」

「私はやりたいようにやってるだけ。周りなんて気にしたことないわ」

「同じく」

「お姉ちゃん……すごい」

「もっかい言って! 録音するから! いや何度でも言っていいのよ!」

「これが無ければ、立派な姉だというのに………。その点、私の兄と姉は素晴らしい!」

「隣の芝生は青い」

「姉さん……」

 

 その言葉は、ここに居る全員に言えることだと思うよ。

 

「あ、そうだ」

 

 楯無様の頭の上で豆電球が光る。何かを思い付いたのか、閃いたのか。ヒラメ+板………ゴメン。

 

「月末のタッグマッチトーナメントについて、1年生諸君は知ってるかな?」

「俺は全く……」

「私も…」

「私も知らん」

「同じく」

 

 全滅だった。俺クラス委員なのに何にも聞いてないぞ? 大丈夫か大場先生。

 

《大丈夫だ、問題ない》

(やめろ)

 

 頭の中のドヤ顔ゴスロリ大和撫子にチョップを叩きこむイメージ。

 

「名前の通り、タッグでトーナメントを勝ち抜く公式戦よ。全学年行うから色んなところからお偉いさんがやってくるわ。今年は特に多いでしょうね。なんたって貴重な男性操縦者が出るわけだし。片方は世界最強の弟、片方は世界レコード保持者の弟(実はどっちも織斑先生の弟なんだけど)」

「実力は太陽と冥王星ぐらいの差がある」

「まぁね♪ それに合わせて専用機がたくさんあるから、きっと学園史上の盛り上がりになるわ。変な試合しちゃだめよ~」

「しませんよ」

 

 扇子で頬をぷにぷにされる。これって確か紙の部分斬れるようになってたよな? 怪我しませんように。

 

「ね、姉さん」

「何? マドカから話しかけるのは珍しい」

「タッグ、なんだよね? なら兄さんと――」

「一夏はここに居る誰も組めない。私含めて」

「何っ!?」

「専用機が多いことから、今年は専用機同士がタッグを組めなくなっている」

「実はこれ、まだ発表されてないのよね。はやくいいペア見つけなさいな」

 

 なんだって? 俺はマドカか簪様のどちらかと組むことになるだろうと思ってばかり……どうする? 専用機が無い、でも実力のある人物か。

 

 ………いるじゃないか。前回のトーナメントで偶然ではあったものの唯一俺に傷をつけた実力者が。

 

 携帯を取り出して、電話帳から相手を選んでコール。

 

「電話?」

「兄さんには私達以外で連絡先を知っている人がいたのか」

 

 地味に失礼なことを言うんじゃない、妹よ。倉持……じゃなくて、今は望月か。『夜叉』開発スタッフリーダーの芝山さんとか。他には……ほか、には……。うん、考えるのを止めよう。

 

『もしもし』

 

 おお、出た。

 

「森宮だ。ベアトリーチェか?」

『うん。まさか一夏が電話掛けるなんてね。アドレスは教えたけどメール1つ送らないからさー』

「別にメールを使うほど連絡しなければならないことがあるわけでもないだろう? 用があるなら会いに行けばいい」

『え? 会いに? そっか、その方がいいよね……うん。敵は多いし』

「敵?」

『な、何でもない! それで、何か用があるんでしょ。急ぎの』

「月末のトーナメントでは専用機同士が組めないらしい。そこで、ペアを探しているんだが……」

『やる! 絶対やる!』

「そ、そうか。助かる。近いうちにSHRで連絡されるだろうから、またその時にな」

『分かった、ありがとう! やったぁーーーー! 一夏と一緒の時間が増え』

 

 ……………やたらハイテンションだったな。

 

《国の威信を背負っていようが、まだまだ花の十代。恋する乙女なのですよ》

(へー)

《イラっ☆》

 

 超時空シンデレラのポーズからどす黒いオーラを感じたのは初めてだよ。

 

「というわけで、俺のペアは決まった」

「私は本音に頼もうかな……」

「な、何だって……くそ、誰かいないのか!?」

「く、クラリッサ、私だ。い、いったいどうすればいいのだ!?」

 

 あたふたしている2人を眺めながら、楽しく昼を過ごした。

 



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21話 「一夏が大切な人を支えるのなら、一夏を支える人が必要でしょ?」

 アイマスの映画を見てきた感動と喜びのあまり、2日連続投稿。いやぁー、千早と杏奈可愛かったなぁ……♪

 今回もBB装備登場です。ブラスト・ランナーに合わせたままだとISじゃ活躍しそうにないのでかなり魔改造施してます。〇〇が数分間使えるだなんて……麻乗りじゃなくても、いや、麻乗りじゃないからこそ恐怖しか感じない。


「よし、じゃあ始めるか」

「オッケー」

 

 食堂で楯無様から情報をフライングゲットした俺はその場で友人であるベアトリーチェ・カリーナにペアを申し込んだ。彼女に申し込んだ理由は2つ。

 

 1つ、強い。そもそもベアトリーチェと知り合ったのは前回の公式戦である、クラス代表対抗戦で対戦相手だった時だった。諸々の理由で『夜叉』を使うわけにはいかず、俺用にチューニングした『打鉄』で勝負を挑んだ。決勝戦まで行ったので結果は勿論俺の勝ち。だが、俺個人の感覚から言わせてもらうとあの1回戦が決勝戦のような気分だった。彼女は俺が当たった誰よりも強かった。専用機で出場した織斑よりも、だ。今回の特別ルール、専用機同士では組めない事を考えると、どう考えても最高のペアだと言える。

 

 2つ、知り合いが極端に少ないから。特に1年は。ベアトリーチェという友人ができたこと自体が奇跡に近い。

 

《自分で言っててものすごく寂しくありませんか?》

(そうでもない)

《変なところで図太いですね》

 

 以上の理由から、俺は彼女をペアに選んだ。以前の約束もあるから丁度いいだろう。今日発表されたトーナメント情報と配られた用紙を持って、受付に俺達は一番で乗りこみ、その流れでアリーナに来ていた。無論、練習あるのみ。

 

「時にベアトリーチェ、お前の得意な事を教えてくれ」

「私? 基本何でもできる器用貧乏」

「自分でそんなことを言うな」

「事実だし、それがイタリア候補生ってものなのよ。全てを高い水準で保つ必要があるの。理由は、前に言ったわよね?」

「覚えている」

 

 珍しいことにな。

 

「その中でも、自分が得意としている事だ。技術に関して俺から言うことは無い。後は連携を磨くこと、そして武装の扱いを徹底すれば問題ない」

「うーーん………機動、かな。ウチのテンペスタは世界最速レベルだし」

「ほう? 他には?」

「わかんない」

「では逆の質問をしよう。苦手なものを教えてくれ、それ以外は得意と判断する」

「苦手かぁ……狙撃は好きじゃないな。あとは偵察とか」

「よし、分かった」

 

 ここから導き出される解は1つ。俺と同じタイプだ。ムラがあるが、磨けばもっと光るであろう原石。これだけの力を持っていながら彼女はまだ路上の石のまま。殻がついたままのヒヨコ状態。

 

 俺がやるべきことは、彼女を次の段階へステップアップさせることだ。今回のトーナメントの勝利へと直結するし、彼女が求める国家代表と専用機にぐっと近づく。悪いことは何もない。

 

「今回は全生徒が参加することになっているから、設定を弄ることができない。その代わり、装備は自由に選択できる。だから、この練習期間は装備に慣れてもらいつつ、連携を磨こうと思う」

「装備ねぇ……そんな言い方するってことは、何かいいの持ってたりするってことよね?」

「機動が得意と言った自分を憎むなよ」

「うわ、いい顔してるね」

 

 ベアトリーチェの『ラファール・リヴァイヴ』にとあるものをプレゼントした。

 

「こ、これってもしかして『アサルト・チャージャー』!?」

「よく知っているな。いや、イタリア候補生なら常識か」

 

 『アサルト・チャージャー』とは?

 簡単に言うと、増槽のようなものだ。しかし、たかが増槽と侮るなかれ。ISに装着するこのAC(アサルト・チャージャー)が出す最高速は勿論通常速度は瞬間加速を優に超える、尚且つそれが数分間エネルギーが切れるまで持続するのだ。AC独自のエネルギーを持っているためISのエネルギー残量を気にせず使用できる。切れたエネルギーは自動でリチャージを始めるし、このリチャージもISのエネルギーを使用することは無い。

 使い方は至って簡単、展開するだけ。基本どこにでも装着できるように小型の箱のような形に作られた。大体のIS乗りは背中か腰につけている。それだけでエネルギー系統が切り替わりISではなくACのエネルギーを消費し始めるのだ。ACの種類に寄るが、爆発的な速度を得られる。重火力タイプのISでも、高機動型同等の速度を実験では見せつけた。世界最速の戦闘機が出した最高速はマッハ2.8前後。IS最速の機体、イタリアの『テンペスタⅡ』高速形態がマッハ3.1。その『テンペスタⅡ』にACを搭載した時の最高速は……マッハ4.3。ACがどれだけ異常なのか、分かっていただけると思う。

 

 弱点……というより欠点も勿論ある。ノーリスクならどんなISにだって装着されている。

まずは速度。非常識と言ってもいい速度を与えてくれるわけだが、速すぎて逆に使いこなせないのだ。汎用性が低すぎた。アリーナのような閉鎖された空間での使用、戦闘のように複雑な機動を求められる状況ではまず不向き。小回りが利くタイプも開発されたがそれでもAC、やはり速かった。

次にコスト。ISの武装にしては考えられないほどのコストがかかる。量産することなど出来るはずもなく、完全なオーダーメイドとなった。

 

「さらに強化した物だ。名前は『AC-マルチウェイⅡ』。出力を犠牲にする代わり、使用時間と消費エネルギー効率を改善してある。最大の特徴はACの速度を保ちながら小回りが利くところにある」

「ACの速度を保ちつつ、小回りが利く? それってかなり凄いわよね」

「お前の知っているACに比べればかなり遅いが、それでもACだ。速度はバカにならないぞ」

「こいつを使いこなせってことね」

「将来『テンペスタⅡ』を越える速度のISに乗る代表候補生の練習にはちょうどいいだろう?」

「言うじゃないの」

 

 ガン、と拳を合わせて特訓を始めた。

 

 

 

 

 

 

「いぃぃぃぃぃぃやあああああぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」

「………はぁ」

 

 『AC-マルチウェイⅡ』はACの中では比較的遅い部類に入る。ベアトリーチェにも言ったように、連続使用時間やエネルギー効率、小回りに着眼した物だ。故に、あまり速い方ではない。だが、それでもACだぞ。確かにそう言った。

 

 しかし、訓練を始めて見れば散々な結果。今までのテストパイロット同様ACに振り回されていた。

 

「とりあえず戻ってこい。飛行機が着陸するときのイメージだ」

「無理無理むりむりムリムリだってばぁあああああああ!!」

「仕方が無いな……」

 

 『夜叉』を展開して、ベアトリーチェの予想進路に移動して待つ。

 

「何してんの! ぶつかるわよ!?」

「それが狙いなんだよっ!」

「きゃっ!」

 

 通常ではありえない速度で突進してきた『ラファール・リヴァイヴ』を受け止める。ブースターを全開にしても慣性を相殺できるはずもなく、地面に叩きつけられ壁に激突した。出来ることと言ったら、ベアトリーチェが怪我しないようにギュッと抱きしめるぐらいだ。

 

「いってぇ……大丈夫か?」

「あ、うん……ありがとう。それと、ゴメン」

「気にするな、最初からできる奴なんて1人も居ない。ゆっくりやろう、時間ならあるしな」

「ん」

 

 コイツにしては随分としおらしいな……頭でも打ったか?

 

「顔が赤いぞ」

「もう少しだけこのままでいさせてくれたら治るかもね」

「1分な」

「ありがと」

 

 そのまま眠るんじゃないかってくらいゆったりとしたまま、1分が過ぎた。寝てないだろうな?

 

「ベアトリーチェ」

「うん、やろうか。続き」

「ああ」

 

 ベアトリーチェを立たせて、自分も立ち上がる。後ろの壁は幸いなことに壊れていなかったので、始末書を書く必要は無さそうだ。

 

「俺が手本を見せよう。同じ『AC-マルチウェイⅡ』でな」

「おおっ。ちゃんとできるのかな?」

「舐めるな」

 

 上昇してから『AC-マルチウェイⅡ』を装着。エネルギー系統が切り替わり、武装欄に項目が追加、腰に装着された物のシルエットとSPゲージが現れた。ACの残量はこのSPゲージで表示され、ゲージが無くなった時強制的に収納しリチャージが始まる。途中で収納した場合も同様だ。因みに、使いきってからのリチャージよりも、途中で収納した時のリチャージの方が早く回復するようだ。

 

 いつもの数倍繊細に扱うイメージを持って、飛び始めた。それなりに扱う瞬間加速よりも早く景色が流れて行く。あっという間に端から端へ、しかし慌てず鋭角を描くように方向転換する。アリーナをグルグルと回り、少しずつその円を小さくしていく。

 

「嘘……」

 

 その半径が1mも無くなり狭まっていく。急に出力を上げては楕円を描き、N字飛行のうなカクカクと飛んでは、蛇のように滑らかに仮想障害物をすり抜けて行く。

 

 白い髪をたなびかせ、夜が縦横無尽にアリーナを駆け巡った。

 

 残り稼働時間が3秒を切ったところでACを収納、エネルギー系統が切り替わり、飛行速度が元に戻った。ゆっくりと呆けているベアトリーチェの元へ下りる。

 

「まああれぐらいはできるようになってもらわないとな」

「………はは、いいわ。やってやるわよ! 見てなさい! エネルギーも回復したし、あれぐらいすぐに出来るわ!」

 

 『ラファール・リヴァイヴ』が再びACを装着し、超高速飛行を再開する。

 

 が……

 

「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「………はぁ」

 

 ま、急に出来るようになるはずが無い。特にアレはじゃじゃ馬だからな。出来るようになるまで、気長に付き合うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

「そう落ち込むな。そう簡単に出来るようなものじゃないし、出来たら俺が困る」

「なんで?」

「直ぐに自分のものにしてしまう奴ばかりだと、俺みたいな無能は立つ瀬が無いのさ」

「ふぅん」

 

 更衣室で着替えを済ませて、外でベアトリーチェと合流。折角なので一緒に夕食をとることにした。俺は日替わり定食、ベアトリーチェはカルボナーラだ。

 

「一夏はさ、“無能”なんかじゃないよ」

「ん?」

 

 フォークをクルクルと回して麺を絡めて崩す、それを何度も繰り返してソースを絡めていく。目の前の彼女は下を向きつつも、優しい笑顔で俺の言葉を否定した。

 

「何でもできる、何でもしてくれるとかそんなことじゃなくて、それだけは違うって私は思うな」

「根拠は?」

「実は私さ、一夏の小さい頃のことちょっと聞いたことがあるんだ。イタリアに来たことあるでしょ? その時、私の友達が会ったの。すごく驚いたわ。IS学園に入学して、トーナメントで面と向かい会ったら、聞いてた印象と全然違うんだもの。知り合ってからも少しずつ変わっていって、私にも笑顔見せてくれるようになって、こうして私のこと頼ってくれて。それだけ必死に努力してる人のこと、私は“無能”なんて思わない。そんな人がいたらまず私が一発ぶちかましてやるわ」

「………そんなことないさ。確かに俺は変わってきたと思う、でも、俺がどれだけ頑張ったとしても“無能”って言葉は一生ついてくる。俺だからな」

「それでいいの?」

「良いも悪いも無い、森宮一夏はそうあるべきなんだよ。俺という存在がいて、より際立つ人たちがいる。この家で生きていくことを決めた時から、日に照らされることのない影として、命を捧げると」

 

 最初は嫌だったけどな、という言葉は口に出さない。確か、はっきりとそう決めたのは『夜叉』に会った時だったか。それまでは仕事だからとか、森宮としての義務だからと思って深くかかわるつもりは無かったけど、無意識に俺は楯無様と簪様を信頼していた。

 

「強いね」

「弱いさ」

「いいや、強い。一夏が弱かったら私はなんなのさ。自分の事をよく知ってて、誰かの為に自分を落として、命賭けて。そんなのできる人なんてほんの一握りしかいないよ」

「そうか?」

「そうだよ。前から思ってたけど、一夏って戦ってる時以外はまるで別人みたい。自信ないし、どっか抜けてるし……ネガティブっていうの?」

「インドアじゃないとは思う」

「そういうとこが抜けてるって言ってるの。因みにインドアとネガティブは別」

「…………分からん」

「ま、それが一夏らしいんだけどね」

 

 釈然としないな。俺は天然じゃないぞ、それは否定させてもらおうか。自信ないとかネガティブは分からなくもない。

 

 ベアトリーチェは上品にパスタを食べ、ナプキンで口をぬぐって言葉をつづけた。

 

「本人がそう言うんならそれでいいか、言っても聞くとは思えないし」

「どういう意味だよそれ」

「そのまんま。決意が固いってこと。何かあったらいつでも言ってよ、出来る限りのことは協力するからさ。一夏が大切な人を支えるのなら、一夏を支える人が必要でしょ?」

「ん、そうか。なら困ったことがあったら相談するとしよう」

「はぁ………軽く流してくれちゃって。勇気だして言ったのになぁ」

「?」

 

 流す? 俺何もしてないんだが……。

 

《どれだけ調子がよくなっても、鈍感なのは変わりませんね》

(?)

 

 一気に呆れられた気がした。

 

「おい女狐、そこをどけ」

「あら? 私の場所じゃなくて隣に座ればいいじゃない。それとも、わざわざ隣を譲ってくれるのかしら?」

「兄さんの隣など誰がくれてやるか。兄さんは私と食べるのだ、お前ではない」

「残念だけど、私じゃなくて一夏のお誘いで食堂に来たのよね~」

「うぐ」

 

 後ろから声がしたと思ったらマドカだった。それが当り前であるようにベアトリーチェへ威嚇し、俺の隣に座る。お前も日替わり定食か。

 

「兄さん、友達を作るのはいいことかもしれないけど、その一線を越えさせちゃダメだよ。厄介事の種になるんだから」

「? 俺とベアトリーチェは友人だぞ」

「向こうがそう思ってないことだってあるって事」

「え? ベアトリーチェは俺のこと友人だと思ってないのか?」

「そんなわけないじゃない! ただ、その、ねぇ……もう一歩踏み込みたいなーとか思ってるけど……」

「そういうこと。とにかく! 兄さんは――」

「「「「私のことを見ていればいい!」」」」

「うおっ!?」

 

 いきなり色々な方向から声が聞こえてきた。しかも同じセリフ。

 

 机の下から楯無様が、マドカの隣にいつの間にか座っていた簪様が、マドカとは反対側の俺の隣に姉さんが現れた。楯無様に至っては器用に器の乗ったトレーを持ったままの登場である。

 

「………いつからそこに?」

「最初から♪」

 

 絶対嘘だ。

 

「おお、一夏。ここにいたのか。む、なんだその目は」

 

 ラウラは悪くない、出遅れた感が漂ってるけどラウラは悪くない。はず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トーナメント当日まであと3日。第3アリーナで上級生に囲まれながらも、俺とベアトリーチェは特訓を続けていた。見られている事を頭の隅に放りやって、ひたすらベアトリーチェのAC操作に付き合う。

 

「まだまだ。もっと小刻みに動けるはずだ」

「こんな、ふう、にっ!」

「いい感じじゃないか」

 

 ほぼ毎日、放課後にアリーナへ足を運んでAC操作と連携を磨いてきた。それなりに互いのクセも把握できたと思うし、俺につられてベアトリーチェの技術も格段に上がってきている。日に日にやる気をましていった彼女はとうとうAC技術を物にした。今では応用としてACを起動させた状態で近接戦闘の訓練を行っている。振り回されることはもう無く、滑らかな機動は時に俺すら翻弄される事があるくらいだ。始めた頃はシールドエネルギー満タンのまま訓練を終わっていたが、今では少しずつ削られてきている。目に見えて成果が出ていることを喜んだベアトリーチェは更にやる気を出す。これをひたすらループしている状態だ。

 

「もっとスピード上げられるか?」

「厳しいかも! ISもだけど、私が、キツイ!」

「分かった。あと10秒このペースを維持。終わったら休憩を挟もう」

「了解っと!」

 

 学園から借りることができるショートブレードで何合も打ち合う。『夜叉』と比べて格段に性能が劣っている『ラファール・リヴァイヴ』でも、ベアトリーチェは俺についてくる。

 

 10秒経過。丁度SPゲージが切れたようで、ACが収納された。

 

「隅の方まで移動するか」

「オッケー」

 

 疲れ切ったベアトリーチェを支えながらフラフラと飛行する。ピットから伸びるカタパルトでできた日蔭まで運んで、腰を下ろした。

 

「しかしまぁ、よくここまで出来るようになったな。俺は無理だろうと踏んでいたんだが」

「前に言ったでしょ、イタリアが求めているモノを一夏が持ってるって。必死になるのは当たり前なの」

「ベアトリーチェ・カリーナ個人としては?」

「最新型専用機はIS乗りの憧れってね。それに、簪達と対等になれるわけだし」

「お嬢様と対等? ライバルなのか?」

「そうよ。他にもマドカとか……最近はラウラもかな? 一夏は見てないかもしれないけど、私達結構仲がいいのよ。手加減もしないし、負けるつもりも無いけどね。………ISも恋も」

 

 最後に何か言っていたようだが、仲良しなのはわかった。そのままいい友人でいてほしいと思う。勿論俺ともだ。

 

「試合の組み合わせがどうなるかは当日まで分からないが、戦いたいならとにかく勝ち上がる事だ。そして目指すは優勝、だろ?」

「当たり前じゃない。訓練機だろうが、専用機だろうが、負けるつもりなんてこれっぽっちも無いんだから」

「頼むぜ相棒」

「任せなさい相棒」

 

 ISの拳をガンとぶつけ、訓練を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、知ってる?」

「何を? 豆しば?」

「噂よウワサ!」

「もしかして、アレ? 今度のタッグマッチで優勝したら――」

「何かあるのか?」

「「ひゃあああああああ!!」」

 

 単なる雑談だと思っていたが、聞いてみれば優勝したら何か貰える、みたいな言い方じゃないか。失礼して会話に割り込んでみると凄い驚かれた。最近はクラスメイトとも話すようになってきたので、これくらいじゃ嫌われたりはしない、はず。どうも女子校育ちが多いらしく、男が珍しいようだ。

 

「い、いきなり話しかけないでよ!」

「そうそう! 驚くじゃん!」

「すまん。ちょっと気になる事を話していたからな。それで、優勝したら何かあるのか?」

「そ、それは……」

 

 クラス委員なのに、何か聞き逃していた事があったのかもしれないからな。本当にあったら大事だ。

 

「おら、席につけー」

「せ、先生!」

「助かったー! 森宮君また後でね!」

 

 俺が何か悪いことをしたみたいな言い方だなオイ。助かったって何だよ。

 

 しかし先生が来ているので止めることもできず、仕方なく席に着く。

 

「おはよう一夏」

「おはようございます」

 

 そうだ、簪様とマドカなら何か知ってるかもしれない。俺よりもクラスに馴染んでいるからな。

 

「マドカ。何か噂が流れているんだが、知ってるか? トーナメントの優勝者がどうのこうのって……」

「なななななななな何のことだか!?」

「………簪様はご存知ですか」

「しっ知らないっ!」

「………」

 

《絶対知ってますよね、コレ》

(分かりやすいなぁ)

《隠すって事は、公にはされていないことでは? 例えば、賭け事とか》

(あー、そうかもな)

 

 教室のひそひそ話に耳を傾けると、誰もが「あのウワサ……」と言っている。俺にだけ秘密にされてるのか。って事は、俺が景品? 嫌だなぁ……また晒し物かよ。

 

《勝てばいいんですよ、勝てば。仮にマスターが景品扱いされていたとしても、マスターが勝ってしまえば無効です》

(おお、なるほど。これで優勝しなければならない理由が増えたわけだ)

 

 ただ単に勝つために、簪様やマドカ達ライバルに負けない為に、そして景品にされない為に!

 

 ………最後の奴、余計に聞こえる。

 

「今日からトーナメントが数日間にわたって行われるわけだが、羽目外し過ぎないように。トトカルチョなんてもってのほかだからな、見つけ次第没収、その分の金はアタシの酒になるぞ。まあ優勝目指して頑張んな。4組には優勝候補が3人も揃ってるからな。負けんじゃねーぞ」

『はい!』

「配るプリントに日程書いてあるから、失くさないように。一番前の奴取りに来い。それと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更衣を済ませた1年生全員が更衣室でトーナメント表の発表を待っていた。もうちょっとで分かるはず。

 

「誰になると思う?」

「名前も顔も知らないどっかのクラスの女子」

「もしくは専用機持ちのペアかな」

「その2択しかないだろうが」

「まあねー」

 

 俺もベアトリーチェも緊張はなく、リラックスしている。元の地力が高いことに加えて今日の為にかなり訓練を重ねてきた。付け焼刃の連携ではあるが、それでも他のペアに比べればまだいい方だろう。余程の事が無い限り、負ける気がしない。

 

 自信はある、実力もある、油断しなければまず負けない。

 

「お、出た出た」

「ふむ」

 

 更衣室の仮想ウインドウには今日の対戦表が映し出されている。

 

 俺とベアトリーチェはシードか。先の公式戦もそうだったが、微妙なところで運が良いな、俺。

 簪様と本音様のペア、マドカと清水妖子(期待の新聞部、1年4組)は別のブロック、順当に行けば準々決勝、準決勝辺りで戦うことになる。

 

 気になる1組の専用機持ちは、ラウラ含めて全く反対側のブロックだった。

 

「決勝で簪様達と会うことは無い、か。惜しいな」

「確かに、残念だね。でもまぁ1組の専用機とやれるかもしれないって思ったらちょっとやる気出た」

「出るのか?」

「実力知らないもん。織斑秋介は一夏と戦ってるの見たけどさ、一夏がいれば問題ないでしょ」

「他の奴らもたいして変わらないぞ。この前偶然模擬戦をすることになってな、拍子抜けした。流石に姉さんと楯無様に当たった2人は可哀想だったが」

「あ、あはは………」

「やることは変わらない、前を見て戦い続ければいいだけだ」

「相手が誰であろうと」

「「ぶっ飛ばす」」

 

 互いにニッと笑って更衣室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 トーナメントの幕が開ける。

 



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22話 「―――殺す」

 他人のPCから投稿。

 またしても1万字超えた。


 6回。それだけ勝てば優勝だ。

1学年400人、つまり200のペアが出来る。2回戦で残る人数は100、3回戦で50、4回戦で25、5回戦で13、6回戦で7、準決勝で4、決勝で2。シード権を勝ち取った俺とベアトリーチェは5回戦、6回戦がパスされる。普通は最初の2戦をパスするものだと思うんだが……。

 

 というわけで、先生に抗議。

 

「スマン、それ訂正する前の奴だわ。こっちがモノホン」

 

 大場先生ェ………。

 1、2回戦をパスすることになりました。

 

 という事もありはしたが、何事も無く当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏!」

「任せろ」

 

 ベアトリーチェと交代(スイッチ)して前に出る。『炸薬狙撃銃・絶火』を収納して、大口径ハンドガン『マーゲイ・バリアンス』を両手に展開する。3点バーストのくせにマガジンには6発……つまり二回分しかないという主武器に近いハンドガンだ。しかし、大口径だけあって全弾命中した時のダメージはマーゲイシリーズの中でもトップクラス、弾が少ない面を除けば優秀と言える。

 

 両手合わせて12発、全弾命中すれば量産機のシールドエネルギーを6、7割を削れる。装甲が薄い、もしくは無い場所を狙えば全損だって余裕。

 

 それを残り4割の『ラファール・リヴァイヴ』2機へ向けてブチ込むとどうなるか?

 

『試合終了。森宮・カリーナペア勝利』

 

 当然、俺達の勝ちだ。

 

 ベアトリーチェとハイタッチしてピットに戻った。

 

「次は?」

「うーん、どっちも一般生徒だね。でも1組だから油断はできないかな?」

「なんだそりゃ?」

「専用機がたくさんいるから、1年のどのクラスよりも成績がいいの。知らない?」

「興味が無い」

「言うと思った」

 

 次の選手とすれ違いながら、無駄話に花を咲かせる。次の相手が誰かなんて無駄も良いところ、相手は戦士でも兵隊でも傭兵でも殺し屋でも強化人間でもない、ISだけを少し齧った程度の学生なのだから。油断しているわけではないのであしからず。

 

「しっかし驚いたなぁー」

「何が?」

「だって無傷で勝てたんだもん。一夏はともかく、私までノーダメージだし」

「お前は元々実力があった、それに加えてあの訓練だ。これくらい出来て当然だし、出来なきゃ俺が怒ってたぞ」

「きゃー、こわーい」

「代表候補生だろうと関係ない。専用機と当たるまではこのペースを維持する」

「任せときなさいって。今なら専用機だって落とせるわ」

「その意気だ」

 

 楯無様同様に強気でありながら慎重なベアトリーチェがここまで言うとは……今のお前の発言が俺は驚きだ。

 

「なら、次の次に当たるであろう中国の第3世代はお前に任せるとしようかな」

「ええ!?」

「専用機と戦えるなんてそうそう出来ることじゃない。ヤバそうになったら直ぐに変わってやるから、少し頑張ってみるといい。相手のペアは足止めしておいてやるから。自分の限界を知るのも、大事なことだと俺は思う」

「そこまで言うならやってやるわ。一夏がペアのラファールを倒すよりも先に私が中国の子を墜とす」

「ははっ、期待しているとしよう。ラク出来るのは嬉しいからな」

「………」

「どうした?」

「わ、笑った。一夏が……」

「失礼な。俺だって笑うことぐらいある」

 

 まさかこんなセリフを言う時が俺に来るとはな……。

 

 だが、ベアトリーチェが言いたいこともよくわかる。普段は笑うどころか無表情を貫いているし、感情がぶれたかと思えば不機嫌オーラを撒き散らしている(らしい)。俺が笑う時なんて家族といるか、主といるかのどちらか。

 さっきのは本当に無意識だった。なら、俺はベアトリーチェに対して慣れたのかもしれない。少なくとも、高い好感を持っていることは事実だ。

 

 変わったな。いや、よく変わることが出来たな。

 

 『ラファール・リヴァイヴ』を降りたベアトリーチェと一緒に控室まで歩く。使い回される訓練機は直ぐに教員が整備に取り掛かり、バラバラになった。武装に関しては貸し出されている特別製メモリに移される。ベアトリーチェは大事そうにそれを持ちつつ、開いた手でドリンクを持っていた。こういう時、専用機を持っていて良かったと思う。

 

「失くすなよ」

「一夏じゃないから失くしませーん」

「うぐ……」

 

 この前、ペンを失くして6組まで訪ねたことをまだ言ってくるとは……。4組でしか使わない物が6組にあるはずないのは分かってるんだがな……念のためという言葉があるだろう? こいつバカみたいに笑いやがって……。

 

「それよりも、大丈夫なの?」

「何が?」

「この間、アリーナで思いっきり織斑君とかとやりあったんでしょ? 聞いてるわよ、森宮一夏は織斑秋介に一方的な暴力をふるったって」

「ああ、あれか。向こうが仕掛けてきたって言うのに、いつの間にか俺の方が悪者扱いだ。一方的というなら姉さんの方が酷かったぞ」

「どんな感じだった?」

「一本の矢と大量の剣で15秒KO。アレは酷い場合トラウマになる」

「うへぇ……とにかく、気をつけた方がいいわよ。女子って陰湿だから、みんな大好き織斑君をリンチした見た目厨二男子は虐めの対象にされるかもしれないわ」

「頭の隅に入れておこう」

「もう! 人が心配してるのに!」

「来るなら来い、だ。上級生だろうが教師だろうがな。俺じゃなくてマドカや簪様、ラウラとお前に矛先が向いた時は……晒し物にしてやろうか。フフ」

「そういう笑顔はしなくていいの。でも、私のことも気にかけてくれるんだ」

「こうしてタッグを組んでいるからな、視野には入れるべきだ。それに、お前からすればそうでもないだろうが、俺からすれば貴重な友人だ。気にするなというのが無理」

「そ、そう? 嬉しい……」

 

 頬を染めて、嬉しそうにくねくねと動くベアトリーチェを視界に収めつつ、焦点を試合表に合わせる。

 

1、2回戦をシードでパスしてさっきのが3回戦。4回戦は1組のペアで、次の5回戦が恐らく中国の第3世代機と戦うことになるだろう。次の試合は勝てるので、今考えるのはその次の事だ。

 

 中国代表候補生、凰鈴音。先のクラス代表戦で当たる可能性があったのである程度は調べている。IS『甲龍』は全体的にバランスが整ったパワータイプ、中距離援護もできるため割と優秀。凰鈴音はたったの1年で素人から代表候補生になり専用機を勝ち取ったという天才肌。楯無様にワンサイドゲームされた時点で実力は知れているが、油断して良いわけでもない、ベアトリーチェにとっては強敵なのだ。

 そしてペアを組むのは、ルームメイトのティナ・ハミルトン。学年全体で見ても優秀な成績を残している。母国アメリカから来た1年生の中では最も実力ある生徒だ。代表候補生でもないし、企業所属でもない。更識が裏を洗ってみたが、どこかの特殊部隊に所属しているわけでもない一般人。脅威度は低いが、凰鈴音との連携は注意が必要。

 

《油断はいかんな……》

(いきなり渋い声を出すな)

 

 まあ『夜叉』の言うとおりなんだが。油断はしない、する気も無い、手加減なんてもってのほか。ただ潰す。

 

「AC使っていい?」

「タイミングは任せる。だが、俺としてはその次のマドカ戦か簪様戦までとっておいた方がいいと思う」

「だよねぇ……明らかにあの2人の方が強いもんねー。次の試合はどうする?」

「さっきと同じでいこう。わざわざ手の内をさらしてやることは無い」

「オッケー」

 

 余った時間を有効に使いつつ、その時を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋介」

「お、箒か。勝ってるか?」

「何とかな」

 

 近々ルームメイトになる予定の鷹月とペアを組んだ私は何とか3回戦を勝ち残っていた。近接特化で感情的な私と中~遠距離が得意で冷静な鷹月は割といい感じにカバーし合って戦う事が出来ている。といってもどの試合もギリギリだったが。

 

「お前の方はどうだ?」

「まだ余裕はあるな。俺が対応できないところを(スメラギ)さんがヘルプに入ってくれるからさ」

「そうか」

 

 専用機同士で組むことはできない。コレを聞いた時はチャンスだと思った。私と秋介の周りには専用機を持った代表候補生ばかり、次第に仲良くなっていく彼女達を見ていると、幼馴染みという最大のアドバンテージなんて無いようなものだと感じ始めている。事実、凰の存在がそれを証明していた。そこへISの要素が入る。ライバル達には日々差をつけられるばかり。挽回のチャンスが巡って来た。

 

 がしかし、結果として秋介のペアになることはできなかった。この大会で秋介のペアを勝ち取ったのは同じクラスの皇桜花(スメラギ オウカ)という女子。

 

 皇桜花。桜の字が似合うような可愛らしい子で、髪は桃色、腰まである長い髪を桜の髪飾りでサイドテールにしている。身長は平均的な女子そのものだが、体つきは男性の理想そのもの。性格は見た目とは違って大人っぽく、温厚で育ちの良さが窺える。本人は知らないだろうが、一部では“女神”と言われているらしい。そしてありがちなことに、怒ると怖い。

 

 私を始めとして、多くの女子がチャンスと思ったのだ。秋介はてっきり専用機と組むと思っていたのだから。だがペアは傍に居た私ではなく、秋介と関わりの無かった皇だった。脅されたわけでもなく、秋介が選んだわけでもない。いつの間にかペアが決まっていた。

 

「皇との仲はどうだ?」

「そうだな……合わせてくれるって感じだな。どんなに悪い状況でも、俺に合わせてくれるうえに好転させるんだ。すごい人だよ」

「そうか……」

 

 秋介との関係は良好のようだ。勿論、男女としてではなくペアとして。だが、私は今一皇が信用できない。良くも悪くも、裏表が無いように見える。1つと言わず、腹に幾つも黒いものを抱えていそうだ。

 

 秋介のペアという本来ならば私がいるはずだった場所を奪ったことに憤慨したものの、笑顔の裏にあるナニカを垣間見た私は怖くて何も言えなかった。

 

「箒と当たるのは……準決勝か。負けるなよ?」

「当然だ。たとえ専用機だろうと斬ってみせる」

 

 面白いことに、秋介は準決勝まで専用機と当たることは無い。余程の事が無い限り、準決勝まで勝ちあがっていくだろう。私、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒの誰かが秋介と準決勝で戦い、決勝へ進むという形になると予想している。反対側のブロックには凰、更識簪、森宮マドカ、そして森宮一夏。4組の3人はかなりの実力を持っていることは、先日の模擬戦で分かっている。悔しいことに、私は更識簪のシールドエネルギーを1も減らす事はできなかった。そして私だけでなく、全員がかすり傷すら負わせることすらできず負けた時の屈辱と言ったら言葉にできない。残念だが、凰は恐らく勝てないだろう。勝ちあがってくるのは恐らく森宮一夏だ。2度に渡って秋介を嬲ったふざけた男、嬉々として剣を振り回す異常者、秋介の心を砕いた狂人。だが、実力は3機の専用機相手で互角に立ちまわったボーデヴィッヒより何倍もある。どう見ても1学年最強。

 

 あの日から秋介は更に訓練に励んでいるが、森宮一夏の名前を口に出したことは無い。寮の部屋でも、食堂でも。

 

「待ってるぜ」

「それは私の台詞だ」

 

 秋介は、もし決勝に上がったとして、森宮一夏と相対したとして、戦えるのだろうか?

 

 震える右手を隠すようにふるまう秋介を見て、私は不安をぬぐえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題などなく、4回戦を完封した俺とベアトリーチェは5回戦へと駒を進めた。オッズがどうなっているのか気になるが、ここから先は気を引き締めて行くつもりなので頭から追い出した。あとで清水に聞けば教えてくれるだろう。

 

 気を引き締める、とは言ったが少し気合いを入れ直す程度だ。3割の楯無様に一撃も加えられないようなヤツは相手じゃない。ベアトリーチェといい勝負をしてくれることだろう。

 

「もう一度確認しておくぞ。凰鈴音とそのIS『甲龍』の特徴は?」

「燃費の良さ、パワー、見えない砲弾こと『龍砲』、搭乗者の直感とセンス」

「どう対処する?」

「長期戦に持ち込まない、ミドルレンジで戦って近づかれたら流して返す、『龍砲』は視線で弾道を見切る、たかが1年程度のキャリアじゃ私は崩されない」

「狙うは?」

「完☆全☆勝☆利!」

「よし、いくぞ」

「ちょ……突っ込みナシ?」

 

 星は見なかったことにしよう。

 

 ピットのハッチを開けると同時に、眩しい光と大きな歓声が聞こえてくる。ここまでくれば注目度は嫌でも上がるし、この試合はトーナメント初の専用機対決でもあるからだろうな。

 

 先にベアトリーチェのラファールがカタパルトに足を乗せ、アリーナに飛び出していった。更に歓声が大きくなる。

 

《今回はどうします?》

(特に何も。今まで通りでいくさ。変更点は凰鈴音はベアトリーチェが相手をするぐらいかな)

《大丈夫でしょうか?》

(お前も見てたろ? 俺でさえACをマスターするのは1ヶ月以上かかった。戦闘に関しては姉さんよりも秀でている俺がだ。なのにアイツはたったの2週間で自在に操れるようになってる)

《アレは驚きましたねぇ……》

 

 トーナメントのタッグを申し込んだのが月初め、受付が始まって訓練を開始したのが2週間前。しかも放課後にしか時間は無い。アリーナという狭い空間で、更に限られた小さなスペースだけでACをマスターした彼女は凄いの一言に尽きる。ベアトリーチェが階段を1つ昇れればいいと考えていたが、実際は数段ほど一気に駆けのぼった。

 

《ベアトリーチェちゃんなら大丈夫ですかね?》

(俺はそう思っている。技術はベアトリーチェが、ISの性能は凰鈴音が高い。どっこいどっこいってところか)

 

 どっちに転んでもおかしくは無いが、ベアトリーチェにはACがある。少なくとも一方的な試合内容にはならないだろう。

 

「行くぞ」

 

 カタパルトに両足を乗せ、アリーナへと飛び立つ。身体に密着させていた4枚の大型シールドを横と後ろへ回し、ベアトリーチェと並び腕を組む。相手は既に来ていた。

 

「あの時以来ね」

「そうだな。あまり覚えちゃいないが」

「あれだけやっておいて?」

「あれだけ? あの程度の間違いだろう。軽くならす程度でビビるような奴との模擬戦なんて価値は無い」

「ッ! アンタがどれだけ強いか知らないけどね、楽にこの試合終われるとは思わないことね! ISもろともボロボロにしてやるわ!」

 

 2振りの槍を構える凰鈴音。それに合わせて相手のペアもアサルトライフル『レッドバレット』を展開した。対するこちらは無手。別に舐めているわけではなく、開始まで手の内を読まれたくないだけだ。挑発にとってくれれば御の字ぐらいの気持ち。

 

『試合開始!』

 

 気合いの入った開始宣言。同時に真っすぐ2機へ……『甲龍』へと突っ込んだ。

 

「はっ!」

 

 槍を交差させるように振りおろしてきた凰鈴音の両腕を素早く殴る。槍をとり落とす事はしなかったものの、振り切ることはできず痛みに顔をしかめた。そこへガラ空きのボディへ重い一発をくれてやった。

 

「か……はっ」

「ボロボロにしてやると言ったな。精々頑張るといい、お前の相手は――」

 

 顎に掌底を入れて、足を掴み後ろへ投げる。その先には『甲龍』の槍に合わせてショートブレードを2振り展開したベアトリーチェ。

 

「――俺のペアだ」

 

 もう聞こえていないだろうが、一応言っておいた。

 

「さて、しばらく付き合ってもらおうか」

「はは……最悪」

 

 前を向き直して、先に居るティナ・ハミルトンとにらみ合い、互いに銃を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来た来た。

 

 ぎゅっとブレードの柄を握り直す。

 

 無傷……できるといいけど流石に無理がある。確実に一撃を入れて、流し、弾いて避ける。『甲龍』の主武器『双天牙月』はバカにならない威力を秘めている。まともに打ち合えばブレードが耐えきれない。聞けば絶対防御を発動させるほどの威力があるとか無いとか。

 

 ACを使わず、持てる全てを使って専用機を倒して見せる。1人で。見ているであろう本国のお偉いさん方に分からせてやるのだ。私は国家代表に足る実力を持っていると、新型『テンペスタ』にふさわしいのは私だと。

 

 幼い頃の夢を叶えるために、マドカや簪と並ぶ為に、一夏の傍に居る為に、亡くなったお母さんとお父さんとの約束の為に!

 

「勝負!」

 

 私は負けない!

 

「アンタなんて……! 邪魔よ!」

「邪魔してんのよ!」

 

 学園の訓練機で国の最新型に挑むなんて正気とは思えない行動に見える。実際はそうじゃなくて、誰がどう扱うかが問題。別に凰さんが使いこなせていないとか言ってるわけじゃない。ただ、幼い頃からISを学び続けてきた私とでは経験が違い過ぎるというだけ。勝負はISの性能が全てじゃない。武器が全てじゃない。

 

 矢鱈滅多に振り回されているようで、実はしっかりと武器を活かした扱いをしている凰さんの攻撃を苦もなく捌く。それだけでもこのショートブレードじゃ一苦労だけど、やってやれないことはない。

 

「なんで当たらないか分かる?」

「知るか!」

「激情家のくせして冷静なのは凄いと思うけどね――」

 

 右から迫る槍を身体ごと使って逸らし、2振りのショートブレードを上手く絡めて左で持っている槍を落とさせることに成功した。キャッチされる前に蹴り飛ばす。適当な方向ではなく、一夏が戦っている辺りを目掛けて。これで取りには行けない。ペアの子から投げてもらう事が出来たとしても、一夏がそれを拒む。

 

「――型にハマりすぎ、しかも直線的だし」

「やってくれるじゃない……」

 

 これで、単純な手数に於いては私が有利になった。とはいえ『龍砲』はまだ使ってきてないし、まだまだ此方が不利であるのは明白。しかし、ここからが私の腕の見せ所。

 

Inizio(かかってっきなさい)

 

 ブレードを握ったまま、挑発するように右手の人差し指をクイクイと動かす。私的なニュアンスとしては、あなた訓練機にも勝てないの? だ。

 

「何言ってるのか分からないけど、言いたいことは分かるわよ!」

「じゃなきゃ困るわ」

 

 再び激突。

 

 まずやらなきゃいけないことは両肩の非固定武装『龍砲』を壊すこと。射撃能力を奪った後は追い付かれないように動き回って撃ちまくればいい。ただ、そう簡単にはいかないだろうし、そもそもそこに至るまでが難しい。

 

「柄の短い槍でよく堪えるじゃない!」

「代表候補生舐めて貰っちゃ困るわね!」

「私だって代表候補生なんだけど?」

「え、マジ?」

「大マジ。相手のことぐらい調べておきなさいな、常識よ。これだから変に自信を持ったやつって嫌いなのよねー」

 

 やれやれ、と呆れのポーズ。実際に呆れているけど。

 

「ま、そういうのに限って強がるだけのザコだったりしてー。クスクス」

「なんですってぇ! 専用機も無い癖に!」

「人が気にしていることを……! ま、大した腕もキャリアも無いおこぼれで貰ったお子様に何言われても気にしないけど」

「誰が貧乳よ!」

「誰もそんなこと言ってないじゃない。というかそっちに食いつくのね……。でもよく見たらお子様らしい貧相な体系ねー!」

「むっかああぁぁあぁ!! そ、そんなのただの脂肪の塊よ! 太ってるのと同じよ!」

「ふ、太ってる!? あなた女性そのものを否定してるって気付いてる!?」

「何やっても大きくならないならみんな敵よ敵! 女の武器はスタイルだけじゃないんだからね!」

「暴力系女子が何をいってるのやら……」

「専用機もないくせに……」

「あ゛あ゛!」

「何よ!」

 

 ………あれ、なんでこんな話になってるんだろ?

 

 仕切り直しに開いた距離は0、両腕を部分解除して取っ組み合いという名のキャットファイトが始まっていた。地面をゴロゴロ転がったり、頬をつねったり、胸を揉んだり揉まれたり。場所も考えずにね! なんて言うか、醜い争いだったわ……。一夏の方も戦闘を止めてこっちをじーっと見てたし。会場静かになってたし。

 

 そして話は男の事に……。

 

「まな板を胸に貼り付けて何がしたいのかしらね!」

「目障りな重りをぶら下げないでもらえる! 邪魔なんだけど!」

僻み(ひがみ)妬みもそこまで来たら滑稽ね! 一生処女のまま終わるんじゃない?」

「しょっ……!?」」

「初心ねぇ……そんなことで彼に振り向いてもらえるのかしら?」

「うっさいわね! 私にかかれば秋介なんてイチコロよ! アンタは逆に水商売でもしてんじゃないのー?」

「今時私みたいな清純派ヒロインはそうそう居ないってのにねぇ……」

「なーにが清純派よ。あんたみたいなのが一番怪しいのよ」

「私は言葉の代わりに拳がとんで来る方が怖いわ。可哀想ね、織斑君」

「そこの森宮もね。何考えてるか分かんない女に狙われてるんだから」

「あら? 女は秘密をもってこそよ」

 

 それ私の台詞! とか聞こえたような気がしたけど……気のせいね!

 

 最初に比べてかなり話がずれ始めていることに、気付いてはいたものの流れに任せていた。どこかで不意を突いて逆転(シールドエネルギーは私が多いけれど、性能的にいつでもまき返される可能性大。故に勝っているとは思っていない)してやるつもりでいた。だから凰さんの言葉を否定しない。

 

 このあたりで止めておけばよかった、後で私はそう思うことになる。

 

「正直、彼のどこがいいのか……。完璧すぎる男はつまらないわ」

 

 

「森宮一夏はどうなのよ。見た目がイタイだけの暴力“無能”男だし」

 

 

 

 それはあの先輩の目の前で言ってはいけないことの1つを、目の前のバカが言ってしまったから。

 

 瞬間、超至近距離でハイパーセンサーを使わなければ見えないほどの小さな何かがラファールに張り付いた。視界には“制御不能”の文字。

 

(な、何よこれ!?)

 

 声を出す余裕が私の中にあるはずもなく、意志とは反してラファールが勝手に動きだした。

 

 組み伏せていた『甲龍』を投げ飛ばし、一瞬だけ『AC-マルチウェイⅡ』を展開してスラスターを吹かし、ACを収納する。生じた速度と慣性を利用して一気に壁までの距離を詰めて叩きつけた。

 

「っ!?」

 

 何が起きたのか分からないといった顔の凰さんを置いて、ラファールの攻撃は続く。

 

 ショートブレード2振りを『龍砲』に突き刺して抉るように斬り、脚部装甲の足が通ってない場所に突き立てて動けなくした。次に取り出したのはサブマシンガンとガトリングガン。それぞれを片手で持ち一斉射を始める。弾が切れればまた別の銃を、弾が切れるまで撃ち尽くす。

 

「あ……ぐうっ……!」

 

 顔を覆うように両腕を盾にすることなど気にも留めないのか、ただひたすら拡張領域内に入っている銃器を撃ち続けている。視界の武装欄がものすごい勢いで残弾が減っていき、あっという間に“EMPTY(残弾数0)”が表示される。

 

 空になった今の銃を収納して、腰に内蔵していた大型ナイフを取り出して、両腕の手のひらに突き刺す。装甲にヒビが入り、ボロボロの『甲龍』は地面に大の字で磔にされた。

 

 10近くあった全ての銃を撃ち尽くしたラファールが取り出した最後の銃は……。

 

「ぐ、グレネードランチャー……!」

 

 躊躇いも無く、ラファールは引き金を連続で引いた。

 

『試合終了』

 

 私達の勝ちを告げるアナウンスが響いた。

 

 

 

 

 

 

「ベアトリーチェ」

「一夏……」

 

 試合が終わってから直ぐに一夏に呼び止められた。言いたいことは大体分かる。

 

「身体はどこか痛いところは無いか?」

「え、うん……」

「そうか」

「何か、ゴメン。期待してたのに、わけわかんないことになっちゃって」

「謝らなくていいさ、終始流れを握っていたのを見ていればよくわかる。お前は頑張ったよ」

「でも……」

「試合の最後のことを言いたいなら、姉さんに言うといい。1000%聞いちゃくれないだろうけどな」

「は? 森宮先輩?」

 

 いきなり出てきた一夏の姉の名前に驚いた。確かに観客席で見ていたのかもしれないけど、実際は割りこんだりとか問題も無く普通だった。ただ、ラファールが暴走したことを除いて。

 

「姉さんのIS『白紙』についてどこまで知ってる?」

「凄い集中力がいる武装が積まれてるってことと、十字剣を抜かせるなってことぐらい」

「『白紙』唯一の武装『災禍』は、姉さんがイメージした物を具現化させる。剣でもいいし、盾でもいいし、銃でもいい。イメージ次第では何でもできる最強の武装。姉さんはコレを使ってベアトリーチェのラファールをコントロールジャックしたんだ。理由は……まあ分かるだろ?」

「ああ、うん」

 

 誰もが認めるブラコンですから。

 

「でもどうやって?」

「簡単な話だ、ISの制御権を奪う武装をイメージしてラファールに取り付けた」

「あの白い霧みたいなやつ?」

「正確には追加装甲だな。かなり薄っぺらい膜を装甲の上に貼り付けたんだ」

「うわぁ……」

 

 それってもう無敵じゃん……。チートだよ。だって、イメージが出来るなら何でも具現化できるってことでしょ?

 

「その代わり、集中が必要だってことだ。常人だと脳の神経が焼き切れるほどの激痛を伴うらしい」

「うげ、それ大丈夫なの?」

「姉さんのデータって全部計測不能の値を出してるんだ。多分大丈夫」

 

 計測不能って……凄過ぎて色々とわかんない。

 

「とにかく、これも勝ったわけだ。次の準々決勝は簪様と本音様のペアだな、そろそろ気が抜けなくなる」

「アンタ、まだ余裕こいてたの?」

「当たり前だ。お前は違うのか?」

「違います。毎度必死です」

 

 コイツも人間離れしてるなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメンね、ティナ。負けちゃった」

「私はいいのよ。それより、大丈夫」

「負けた数なんてもう数えてないわ、だから大丈夫」

 

 ここまで勝ちあがってきたが、私達はついさっきの5回戦で負けてしまった。誰も居ない更衣室で謝りあっている。

 

 専用機どうしで戦うのだろうと思っていた私は、ひたすら森宮一夏の戦闘ログや映像を見直し、戦略を立てていた。乗ったばかりの秋介は偶然とはいえ私を倒し、その秋介を訓練機でも専用機でも遊びながら勝つという、ふざけるなと言いたくなるほどの実力を持った相手。勝てる見込みなんて0.00001%も無い。あの時戦った生徒会長と同等か、それ以上の圧力に竦みそうになる。

 

 でも、勝たなくちゃいけない。話題の噂もそうだけど、笑いながら秋介に剣を振りあげたあの男と握手して、正々堂々いざ勝負! なんて私にはできない。綺麗な顔が青くはれ上がるまでぶん殴ってやりたいし、口には出さないけど怯えている秋介と戦わせるわけにはいかない。今度こそ、立ち直れなくなるほどの傷を負ってしまう。

 

 迎えた第5試合ではまさかのペアが相手をするという正気を疑う行為。相手をするに値しない、そう言われた気がした。直ぐにのして2対1の状況を作り出してやると思ったものの、私は結局相手のラファールを抜けるどころか勝つことすらできなかった。

態度が豹変した時に反応できなかった。そう、私は怯えていた。

 

 まるで……

 

「凰鈴音」

「「!?」」

 

 この人が相手だったような感覚が全身から伝わってきた。模擬戦の時の生徒会長なんて比じゃないぐらいの、押しつぶされそうなほどの存在感。宝石のような紅い目は不気味に光り、一歩私に近づく度に死神が鎌を振りあげるような恐怖が襲ってくる。なんでもない体を装っているが、少しでも気を抜けば失禁してしまうぐらい私は怯えていた。

 

 全力で狩りに来る恐竜に食われそうになる兎の気持ちだった。

 

 森宮蒼乃。全IS乗りの憧れの的。今この瞬間に限っては、神様すら殺せそうなほどの殺気と怒りを撒き散らしている。

 

「………なんでしょうか?」

 

 震える声と身体を必死に抑えつけて、声を絞り出す。

 

「今日あの程度で済ませたのは、試合だったから。それに、この後にはマドカや簪、そして勝ちあがってくる1年1組の専用機が来る。一夏はただの遊びで試合をすることを楽しんでいる」

「遊び……」

「そう、遊び。私達姉弟から見ればこんなもの遊び以外の何物でもない。好きなだけ戯れていればいい」

 

 先輩は歩みを止め、右手をゆっくりと持ちあげる。手の中には光が集まり、溢れ、形を成していく。毎日のように見るISの武装展開。

 

「ただし、一夏を侮辱することは許さない。見た目がイタイ? 何も知らない小娘風情が調子に乗るな」

 

その手に握られていたのは十字剣……ではなく、一般的な西洋の剣。刀のように斬り裂く剣ではなく、叩き斬る剣。その事に一瞬だけ安心したものの、身体は更に強張る。生身の人間に向けてISの武器が突きつけられているのだから。普段の優しい雰囲気はどこかへ行ってしまい、殺気を撒き散らすだけのナニカにしか見えない。同じ人間なのか疑問を持つほどに、全てが人間離れしていた。

 

 “十字剣を握らせるな”。森宮蒼乃という人物に対する時の要注意事項の一つ。噂ではあるが、防御型ISの装甲を紙のように斬り裂き、一撃で絶対防御を貫通させ、シールドエネルギーを全損させた武器らしい。自由奔放な面が見られる本人が戒めるほどの力を秘めている。

 

「本当なら今ここで殺している。昔の私なら先の試合中に殺していた」

「……国家代表が、他国の代表候補生を、ですか?」

「専用機が手に入った時点で、国家代表の座に興味も執着も無い」

 

 何考えてんの、この人? 正気?

 

「今回は見逃す。ただ、次は無い。どこへ居ようと、何をしていようと、どんな状況であろうと、もう一度一夏を侮辱すれば――」

 

 ふわっと首に風を感じた。

 

「――殺す」

 

 それだけを言って先輩は去って行った。右手に握っていた剣は既に収納したのか、どこにも見当たらない。

 

 無意識に、風を感じた場所に手を触れる。ねちゃ、とまとわりつくような嫌な感触がした。手を顔の前に持ってくると、触れた指先が赤に染まっていた。

 

 風は剣を振ってできたもので、首の皮がギリギリ繋がる深さで切り裂かれていた。あと数mm深ければ、私は赤い噴水を撒き散らしていたことだろう。

 

「はあっ、はあっ、はあっ………!」

 

 両腕で身体を抱き締め、息を荒くしながらペタンと床に座り込む。ティナの声がぼーっとしか聞こえない。

 

 恐怖のあまり、私はしばらく動けなかった。

 



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23話 「勝つ以外の、何があるというのですか?」

 お久しぶりです。約半月、お待たせして申し訳ないです。

 山あり谷ありの忙しい日々だったもんで、なかなか書けず……。ちょこちょこ時間を見つけては少し書いて、をひたすら繰り返しているので、つじつま合わなかったりおもしろくなかったりとするかもです。多分また誤字がありそうです。何かありましたら感想、活動報告までお願いします。

 べ、べつに提督になれてうれしかったわけじゃないんだからね!


 第5回戦、凰鈴音&ティナ・ハミルトンのペアを多少のアクシデントが起きたものの、特に気付かれることなく第6回戦……準々決勝戦へと駒を進めた。ガラガラになった更衣室で見ているモニターでは、次の対戦相手が決まる試合が行われている。

 

 本音様がサポートに徹して前に出ない事で2対1の状況になっているが、簪様は苦も無く相手をしている。数で負けているはずなのに誰が見ても分かるほど圧倒していた。

 

『はっ!』

『きゃああああああっ!』

 

 『打鉄弐式』の荷電粒子砲が相手の『打鉄』を直撃して試合は終わった。

 

 予想通り、次の相手は簪様&本音様のペアだ。

 

 

 

 

 

「さて、俺から言えることは一つだけだ」

「何かしら?」

「好きにやれ」

「ええ!?」

「偶に指示を出したらなるべく従ってほしい。下手に縛るとパフォーマンスが下がってしまう、俺とお前はそんなタイプだ」

「んー分かった」

 

 試合前の最後の作戦会議、特に言うことは無い。やれるだけのことはやってきた、これ以上は逆にこんがらがってしまう。

 

「よし、行くぞ」

「オッケー」

 

 ざっと確認を済ませてアリーナに出る。同じタイミングで4機が姿を現した。

 

 『打鉄弐式』。日本産量産型IS『打鉄』の後継機で、機動力を重視したコンセプトになっている。第2世代型と侮るなかれ、最後発だけあって第3世代と同等の機体性能に加えて世界初の“マルチロックオン・システム”を搭載している。搭乗者は姉さんを追うように才能を開花させている簪様。実戦経験が無いとはいえ更識の直系、戦闘技能は代表候補生の中でも群を抜いている。

 

 ペアの本音様は整備志望ということもあって戦闘は得意としていない。が、機体への理解が人一倍深く、的確に弱点を突いてくる。普段ののほほんとした雰囲気からは考えられないほど鋭さと勘の良さは侮れない。ここぞというところで必ず邪魔が入ると思うべきだ。

 

「一夏……私達が勝つから」

「それは私の台詞ですよ」

 

 高周波振動薙刀『夢現』を俺に向け、簪様が宣言する。今この場に限って、俺はただの対戦相手に立場が昇格するので加減はするけど負けるつもりは無い。俺個人としても勝たなければならない理由があったりするが、ベアトリーチェにとっては俺が思っているよりも大事な試合だったりする。隠しているつもりかもしれないが、思いつめているのはバレバレだ。何とかして勝たせてやりたいので、余計負けられない。

 

「わー、りーちゃんだー。終わったら駅前のスイーツ食べに行こうねー」

「なんて言うか、相変わらずね……」

 

 もうちょっとピリピリしてもいいと思いませんかね?

 

《本音ちゃんには言うだけ無駄でしょう》

(それもそうか)

 

 一種の諦め。姉の虚様が匙を投げている時点でどうしようもないのだ。

 

《なんだか久しぶりに喋った気分です♪》

(まあ集中しているからな、おかげで助かっている)

《そろそろ私のサポートが恋しい頃じゃありませんか?》

(この試合までは粘って見せる。マドカは……キツイな)

《そうですか、頑張ってくださいね♪》

(ああ)

 

 IS戦に於いては『夜叉』からのサポートを受けて戦うのが俺の基本スタイルだ。無くても十分強い方に入るが、流石に姉さんクラスの相手は1人では無理がある。知力の大部分をISに依存しているため、経験と直感では勝っていても戦略の面で劣ってしまう。IS戦における森宮一夏は『夜叉』からのサポートがあって初めて成り立つ。

 

 言ってしまえば、簪様はまだそこまでの域に達していない。

 

『試合開始』

 

 『打鉄弐式』の武装は3つ。その内警戒するべきは“マルチロックオン・システム”を搭載した『山嵐』だ。それほど苦にはならないが、迎撃は骨が折れるしベアトリーチェにとっては避けるのは一苦労かかる。

 

 接近して常に張り付き妨害する。そうすれば俺の得意な距離で戦えるし、ロックオンする暇を与えることも無い。

 

 選んだ武器は『LM(リヒトメッサー)-ジリオス』。日本刀のような反りのある片刃の近接武器で、刃にあたる部分がビームで構成されている。『ティアダウナー』のような大きさは無くとも、切れ味と威力は同等かそれ以上の業物だ。小回りが利くし平均的なIS用ブレードより少し軽いので魔剣のように扱いやすさには困らない。が、使いこなすにはかなりの時間を要するのでやはり同様にピーキーな武器と言える。

 

 下がりながら荷電粒子砲『春雷』を撃ち続ける簪様を追う。予想進路を上手く塞いでくる射撃を避け、時には大型シールドで弾く。近づけば『ジリオス』と『夢現』の格闘戦。

 

「強い……!」

「まだまだこんなものではありませんよ?」

 

 ギアを一段上げる。

 

 少しずつ、確実に捌ききれなくなった簪様は地味にダメージを重ねていく。大振りで崩れた所へ横に一撃入れた。

 

「っ……捕まえた!」

「ぐっ!」

 

 横から抜けようとしたところを捕まえられ、零距離で『春雷』の連続射撃をくらってしまった。

 

 振りほどこうにも力が強いのでちょっとやそっとじゃ抜けられない。少々手荒になるが……!

 

「きゃっ!」

 

 4枚の大型シールドの下部を『打鉄弐式』の中央部……特に『春雷』に向け、内蔵しているブースターを点火。『夜叉』の貴重な機動力源の推力には耐えられなかったようで、思いっきり吹き飛ばされた。俺は直ぐに逆噴射をかけて止まったが、『打鉄弐式』には撃ち消すほどの勢いを作れず壁に激突。狙った通り、『春雷』は左右両方ともブースターの熱で変形しており、あの状態ではもう使えない。

 

 恐らく煙に隠れて『山嵐』が来る。

 

 『ジリオス』を収納して、二丁同時運用を前提としたサブマシンガン『D90カスタム』を両手に展開、直ぐに煙の中に向かって斉射する。示し合わせたように煙の中から出てきた多弾頭ミサイルを見事に全弾迎撃した。

 

 またしても煙が立ち込める。そこで気付いた。

 

(レーダーとセンサーの調子がおかしい……)

 

 ただでさえ大量のミサイルが爆発したことに加えて、地面を抉り粉塵までまきあがっている。煙は俺がいる高度まで上昇してきて、視界が悪くなり始めていた。塵などで天然のジャミングが起きるのは割と普通のことなので気にしない。

 

 普通は。

 

(ミサイルにジャミング粒子でも混じっていたか)

 

 たかが粉塵程度でかく乱されるほどISは安っぽくは無い。

 

 本当に、強くなられた。

 

 この手の粒子は索敵も兼ねていることがある。少しでも動けば、ISの反応を探知して搭乗者へより正確な位置を敵に送ることになる。それは、ミサイルの軌道を自在に操れる『打鉄弐式』相手にやっていいことではない。ことごとく進路を潰され、ここから抜け出すだけでミサイルの雨を突っ切ることになる。

 

 ブースターで晴らしてもいいが、試合的によろしくない。こうして仕掛けてこないということは俺のアクションを待っているってことか。

 

「………ふむ」

 

 ISの展開を解除する。管制室からは見えていないのでバレてない、ISを展開していないのでISを探知する粒子は機能しない。重力に引かれて地面に激突して頭を割る事も無く、音を立てずに着地。俺個人が持っている気配察知能力で簪様の気配を探る。………………煙の中で待機、細かな指の動きから察するに、今度こそ正真正銘『山嵐』だ。

 

 煙の中を移動し、回り込んで『打鉄弐式』の背後をとる。ギリギリ見えない位置まで近づく。めいっぱいに屈んで飛び出し、『打鉄弐式』の右脚を掴んで投げ飛ばした(・・・・・・)

 

 一瞬で『夜叉』を再展開し、『打鉄弐式』を追って追撃――

 

「へぶっ!」

 

 ――しようと煙をでた瞬間、『山嵐』の一つが俺の顔面に直撃して爆発した。生身……それも顔面だったこともあって絶対防御が発動。『ジリオス』で地味に削って作ったシールドエネルギーの差が覆されてしまった。

 

 公式戦でまともにダメージをくらったのはこれが初めてだ。

 

「いてぇ……」

「あはは……」

 

 思わず簪様も苦笑いだ。

 

「あははっははははははははははははは!!」

 

 そしてペアは腹を抱えて大笑いしている。あの本音様がオロオロしてしまうぐらい扱いに困っている。お前が笑ってどうするんだよ。

 

 反射に近い速度でベアトリーチェに銃を撃ちたくなるのを抑えて『ジリオス』を展開。『山嵐』の厄介さは十分にわかったのでもう使わせない。

 

「まさか複数の弾種があるとは思ってませんでしたよ。少なくとも、前までは無かったはず」

「増やしたの。ふふ……まだまだあるよ。特にこの試合は一夏が特に嫌がりそうなのがたくさん」

「それもう試合とか関係ありませんよね? ただの嫌がらせですよね?」

「日ごろのお説教の恨み!」

「すごく個人的!?」

 

 そんなにガミガミ言った覚えはありませんよ!?

 

《そうでもないと思うんですけどねぇ……》

(そうだよなー)

《たまーに小姑みたいになりますけどね》

 

 ………ぐさっと来たぞ。

 

「やああああっ!」

「………」

 

 『夢現』を縦横無尽に振り回し、鋭く突いてくる。リーチと重さで劣る『ジリオス』で捌き、確実にカウンターを決めてシールドエネルギーを削る。開いた差は徐々に縮まっていき、ついに逆転した。

 

 余裕のある俺と違って、切羽詰まっている簪様は必死だ。焦りから攻撃が単調になり始めてきている。だからこそ仕掛けることにした。

 

 突き出された『夢現』に合わせて『ジリオス』を構える。『ジリオス』が触れた瞬間に軽く押さえ、くるりと回す。『夢現』の刃先は俺の胸から明後日の方向へ向いて突きだされた。ガラ空きの胴へ渾身の一振り、魔剣と並ぶ攻撃力を秘めた妖刀は残った4割を一気に喰らいつくした。

 

『更識簪、シールドエネルギー0』

 

 アナウンスが流れても事態を呑み込めていないらしい。キョロキョロと俺とスクリーンを見ている。

 

「…負け?」

「負けです」

「そっか……。一夏、今のってもしかして?」

「察しの通り“燕返し”です」

 

 “燕返し”。相手の突きを槍を回転させていなし、十全の一撃を決める更識に伝わる槍術の奥義が一つ。本来は刀ではなく槍の技なので、俺がしたことは無謀以外の何物でもない。でも成功するのが俺である。戦闘に関してだけ姉さんにも勝てる自信はある。

 

 偶然なのかは謎だが、主こと更識姉妹は2人とも槍を得意としている。故に見慣れたものだが、流石に刀でやられるとは思ってなかっただろう。因みに、楯無様は大の得意としている。

 

『試合終了』

「お、ベアトリーチェも勝ったか」

「かなり手こずったけどね……やらしいったらないよ」

 

 ベアトリーチェの機体は見事にある部分がボロボロだった。それ以外は戦う前と変わっていない。

 

「関節ばっかりなんてムカツクったらないわよ! 本音!」

「勝負は残酷なんだよ……」

「残酷なのはアンタの頭!」

「わはー」

 

 勝負後なのかと疑いたくなるほど和気藹々(わきあいあい)としている。やはり本音様なのか……!?

 

「いっちーがんばってねー」

「次は……マドカが来るのかな?」

「恐らくは。まぁ、妹には負けませんよ」

「怖いなー。『サイレント・ゼフィルス』怖いなー」

 

 もうしばらく、この雰囲気が続きましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が終わったというにも関わらず、4人は未だにアリーナで話している。勝者にエールを送っているようだが、次の試合もあるのでさっさと捌けてほしい。

 

「彼が怖いですか? 織斑さん」

「……皇さん」

 

 後ろから声をかけてきたのはペアになった皇桜花さん。背は鈴と同じぐらい小さいのに、体つきは箒並に女性的、おっとりとした性格でクラスの良心と言われている。

 

専用機同士では組めないと言われていたので、実は女子だったシャルルと組むつもりだった計画が崩れた。大丈夫かなーと思いつつもペアを探していたところに、皇さんが声をかけてくれたので好意に甘えさせてもらった。授業ではクラスの中でも好成績を収めているし、俺が対応できない距離もカバーしてくれるので実力的にも安心できる。

 

 最近の箒が苦い顔をしているが、それを気にする余裕が俺には無かった。

 

 森宮一夏。

 

 もう隠す事はできない、自分も周りも騙せない。

 

 俺はあいつが怖い。

 

「そうだな、怖い」

「初めて負けたからでしょうか?」

「負けた事なんて何回もあるよ。スポーツとか、勉強とか。というか姉さんには勝てないから。喧嘩は……したことが無い」

「くすくす、正直なことで。では何故?」

 

 振り返る。

 

 初めて会ったのはクラス代表対抗戦。1人目が気になっていたけど、とにかく慣れるのが大変でいつの間にか忘れていた。その内会うことになりそうだったし。初顔合わせが初試合の決勝ってのは面白かった、よく知らないけど俺なら勝てると思っていた。

 結果は無人ISの乱入で中止。もう一度行われることは無かったので、優勝者は決まらなかった。が、実際は違う。どれだけ続けていても俺はあいつのシールドエネルギーを1も減らせなかったはずだ。

 

 認めたくなかった俺は訓練に力を入れた。今思えば、生まれてから本気で努力したのはこれが初めてだ。どうしてか、負けちゃいけないと自分に焦らされていた。

 

 早速機会が訪れた模擬戦。その前にドイツからの転校生に色々と言われたのも効いたが、その後の1対1はもう心も身体もボロボロだった。バカでかい剣にもビビったが、それ以上にあいつと専用機が出すプレッシャーは異常の一言だった。姉さんとは違うベクトルの強さと眼に、始まる前から呑まれていた俺は何もできず以前にもましてボロ負けした。

 

「森宮は……決勝まで進むでしょう。俺達も今のペースならボーデヴィッヒだって勝てるかもしれない。だからこそ余計怖いんですよ。決勝に進んで、あいつと戦えるのか」

 

 ボーデヴィッヒも少し苦手な感じがある。俺も悔しくて泣いたあの誘拐事件を言われるとなにも言い返せない。

 

「どうなるのか、それはその時までは分かりません。今気にしていては、次のオルコットさんにも勝てませんよ?」

「分かっちゃいるけど、今のあいつを見たらさ……。手が震えちまってる」

「あらあら……」

 

 手を頬に添えて、困ったような様子を見せる皇さん。絵にかいたような天然系お姉さんの仕草だが、見た目ただのロリ巨乳でしかない。

 

「タッグマッチペアを組む前も組んだ後も、訓練を怠ったことは無いのでしょう? 自信を持ってくださいな」

「自信か……俺はまた持てるかな?」

「持ってもらわなければ困ります。今までが不安なら今からつけましょう。次のオルコットさん、そしてボーデヴィッヒさん、強敵と呼ぶにふさわしく、いち……森宮さんと戦う前の前哨戦には持ってこいではありませんか」

「……そうだな。よし! やるか!」

「その意気でございます」

 

 にこりと微笑んで励ましてくれた。不思議な人だ。

 

 そういえば……。

 

「皇さん」

「なんでしょう?」

「どうして俺とペアを? 皇さん、ボーデヴィッヒと話してるとこ見てたけど、ペア組まなかったんだ?」

「気になりますか?」

「少し……」

「ふふっ、理由なんて一つでしょう?」

 

 背を向けていた皇さんはそのまま顔だけを俺に向け、妖艶な笑みを浮かべてこう言った。

 

「勝つ以外の、何があるというのですか?」

 

 今まで見てきた笑顔の中で一番大人っぽくて、底が見えないほど暗く黒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実は入学前、『夜叉』を手に入れて今の機体になってからマドカと模擬戦をしたことは何度かある。戦績は全戦全勝してはいるものの、それは稼働率が60%の状態。競技用に更にリミッターがかけられた今の状態でいかに戦う事が出来るのか。

 

 加えてペアの清水がかなり気になる。ペアが決まってからの期間は訓練をみっちり行ったと聞いている、マドカがつきっきりに指導したのなら0からのスタートでもそれなりに上達しているはず。ベアトリーチェとまともに戦えるとは思わないが、どう連携を組んでくるかによる。

 

 というわけで今までのマドカ達の試合を早送りで見ていた。試合が進むにつれてインターバルが短くなるので、ゆっくり見ている暇は無い。

 

「これは……」

「予想通りとしか言いようがないな」

 

 マドカが前に出て2機を抑え、清水は完全なアウトレンジからの援護に徹していた。清水の『ラファール・リヴァイヴ』は国際試合のタッグマッチでも見ないほどの重武装で、榴弾砲にミサイルポッド、バズーカ、狙撃銃、グレネードランチャー等々、機体特性を活かして多彩な武装を見せている。容量的にもまだ余裕はあるはずなので隠している武装がありそうだ。

 

「驚くべきはその精度と集中力ね」

「判断力も高い、接近されても焦らない冷静さも持っている」

「………意外と強敵なんじゃない?」

「普通のペアなら確かにそうだろう。だが、俺達には通用しない戦法だ」

「えらく自信があるのね」

「マドカと模擬戦を何度かしたから手の内は読める。俺との1対1で負けるというのに、2対1の状況を作れるはずが無いだろ」

「へえー。じゃあこの試合は一夏におまかせしようかしら?」

「きっちりと働いてもらうぞ」

「はいはい」

 

 マドカからすれば、俺が最もやりにくい相手のはずだ。同時に俺もマドカがやりづらい。お互いに知り尽くしていることが多すぎる。

 

 俺の予想。今まで以上にペア組んでるのかよ!? って言いたくなると思う。

 

「仕方ないな」

「仕方ないね」

《仕方ないですね~》

 

 

 

 

 

 

『試合開始』

 

 それと同時にビームの雨が降り注ぐ。俺は間を縫うように、ベアトリーチェはわざと大周りをして清水へと向かう。避けたビームが後ろから来ないので、まだ“偏向射撃”を使うつもりは無いようだ。

 

 ただし、ベアトリーチェを抜かせるつもりも無いようで、ライフルビットの殆どはベアトリーチェを向いている。

 

「身体が温まるまで付き合ってやるつもりは無いぞ」

「つれないなぁ。楽しもうって気はないの?」

「じゃあ聞いてみるか。どうしてほしい?」

 

 にやりと笑うマドカ。これを待ってましたって顔だ。

 

「ビット対決」

「ほう? 散々にやられたのが効いてるな?」

「勿論! 今度は負けないから!」

 

 そういうと俺が乗ると決まっているかのようにBTロングライフル『スターブレイカー』を収納した。代わりに全てのビットを展開。ライフルビットが6基、シールドビットが4基。不規則に並び、直角的に動き続けている。

 

「いいぜ、のってやる」

 

 両手に展開していた『マーゲイ・バリアンス』を収納して、後方に配置している大型シールドの内側から4つの円盤が出てきた。

 

 『UAD-レモラ』。円盤型のビットで、着弾すると爆発を起こすエネルギー弾を撃つ。射程が短いので中距離以内でないと使えないが、威力はそこそこあるので複数の敵と戦う時にこそ真価を発揮する。

 

「ベアトリーチェ、清水。気をつけろよ?」

「は?」

「何を?」

「流れ弾だ」

 

 計14のビットが同時に動きだした。

 

 マドカのライフルビットがビームを見当違いな方向に撃ったり、真っすぐ俺目掛けて撃ったりしている。避ければ“偏向射撃”で進路を曲げて時に直角に、時には滑らかな軌跡を描いて再び襲いかかってくる。この間もマドカは撃ち続けているので、それも意識しなければいけない。増えるばかりのビームを消すには衝突か消滅の二択。俺は“零落白夜”なんぞ持っていないので、上手くシールドで弾き続けた。それでも漏らすこともあるので、少しずつシールドエネルギーが減っていく。

 

 『レモラ』の数は劣っているが、威力は負けてはいない。着弾すると爆発するので、シールドビットであろうと当たり所が悪ければ簡単に破壊してしまうこともある。撃ちだしたビームで相殺するか、ビットを斜めに構えて逸らすようにして防がなければならない。しかし、『レモラ』もエネルギー。“偏向射撃”によって複雑な軌道を描くので相殺すら一苦労する。一発が重い『レモラ』を、マドカは俺のように掠ることすら許されない。

 

「上手くなったじゃないか」

「目標が高いおかげでね」

「だがまぁ……360度常に警戒するのはまだ難しいみたいだな」

 

 IS操縦の熟練者ならさほど難しくない行為“全天周警戒(オールチェック)”だが、イメージ・インターフェースを用いた武器、特に異常なまでに集中力を要する『白紙』や繊細な機動を求められる『ビット』などを使用していると話は変わる。動かして撃つだけでも最低100時間近くの訓練を積まなければならないし、実戦で使おうものなら倍以上の時間をかける必要がある。

 

 マドカは十分すぎるほど実力を持っている。だが、極めているかと言われるとそうでもない。

 

 更に言うなら、対ビット戦の経験も俺との1戦しかないのでどう対応するべきなのかもよくわからない。

 

 全ての攻撃を防ぐには、マドカの経験は足りなさすぎる。

 

「うあっ!」

 

 縦横無尽に駆け巡るエネルギー弾がとうとう『サイレント・ゼフィルス』に命中。しかも背中に直撃した。

 

 爆発により体制を崩したところへ追い打ちを仕掛ける。シールドビットとライフルビットを巻き込んで次々に爆発を起こして、ダメージを与えつつ武装を破壊した。

 

『試合終了』

 

 そこからはもう勢いだ。立て直す暇を与えないようにひたすら撃ち続けた。相当激しい試合だったが、時間にすればたったの10分ほどだっただろう。手の内を知っている相手との模擬戦(・・・)なんてそんなもの。慣れると“しばり”みたいな普通ではない戦いがやりたくなる。

 

 ぶっちゃけ飽きた。次の決勝で誰が勝ちあがってこようと、マドカ以上に強い相手は居ないから面白みが無い。

 

「つまらない決勝になりそうだ」

「まぁまぁそう言わずに。ベアトリーチェの為にもさ」

「分かってるよ」

 

 釈然としないまま、俺達は決勝にコマを進めた。

 



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24話 「それが分かっていないんですよ」

 バイトは無い代わりにサークルで忙しい春休みは終わりを告げて新学期を迎えました。

 お久しぶり、お待たせしました。トマトしるこです。

 ちょこちょこ書いていく毎日が終わって投稿しようとすればなんと前回の投稿から2カ月も経っていたことに今更ながら気づきました。申し訳ないです。

 そのくせに少ない? いえいえ、前回が多かっただけです。6000~7000が目安です。



 当然というか、必然と言うか。とにかく、森宮は決勝に進んだ。妹の方……マドカとか言ったっけ? そいつだってかなりの実力を持っているのはこの目で見たし、まだまだ本気じゃないってことも分かる。それでも、森宮に勝つことはできなかった。

 

 そう、強い。圧倒的なまでに。

 

 かといって負けるつもりは無い。………勝つビジョンも見えないが。

 

「こら」

「いてっ」

 

 ピットへ戻っていく森宮達をモニターで眺めていると頭を小突かれた。

 

「また余計なことを考えていますね?」

「ええっと……ゴメン」

「まぁ分からなくもありませんよ。学校という養成機関に居る必要のない人ですから」

「確かに」

 

 ペアの皇さんは目の前に集中しようと言う。間違いじゃないし、むしろ正しいので反論する理由なんてない。でも、あいつが先に居ると思うと意識せずにはいられない。

 

 俺の中で“怖い”と“勝ちたい”が混ざり合ってる……。なぜか負けちゃいけない気がするんだよな……。

 

「次の試合は大丈夫ですか? ボーデヴィッヒさんのペアは篠ノ之さんですよ?」

「ああ、その辺は大丈夫。スポーツはそういうもんだって分かってるから。俺も箒も」

「そうですか……」

 

 いつものようににこりと笑わず、皇さんはラファールへ足を向けた。

 

「それが分かっていないんですよ」

 

 そう言われた気がした。

 

 

 

 

 

 入念にミーティングを重ね、ピットから出る。

 

「こうしてアリーナで顔をあわせるのは以前の模擬戦以来か」

「そうだな」

「あの時はいきなり襲いかかって済まなかったな。だが、私が貴様に吐いた暴言を撤回するつもりは無い。そうしてほしくば正々堂々と私に勝ってみろ」

「そいつはいいことを聞いた。何が何でもやってやる!」

 

 口では強気に構えているが、正直言うとラウラも若干苦手だ。強いとか弱いとかじゃなくて……うん、上手く言えない。湧き上がる謎の恐怖を理性と気合いで抑え込み、『雪片弐型』を物理刀の状態で構える。

 

 『雪片弐型』のモードは今の所3つある。展開した状態の物理刀のモード、刀身を真ん中から2つに割ってビームの刀身になるモード、そこからさらに“零落白夜”を発動させたモード。先に進むに従ってエネルギーの消費が激しくなる。というか物理刀の状態では消費は無い。

 

 今までの試合では即ビーム刀身の状態で速攻勝負に出ていた。専用機相手でも、懐に滑り込めば“零落白夜”で一撃必殺が決まるし、ペアになっている訓練機なら苦労しなくても余裕で決められる。

 

 ただ、それは相手がセシリア、シャルルと言った遠距離仕様だった場合。近づくまでが大変だが、俺の距離に入れば無理をしてでも一撃入れるだけでいい。相手には対抗手段が殆どないからだ。近接の場合は近づいてからが本番。射撃がメインになりがちなIS戦は、総じて近距離に弱いことが多々ある。そういう意味では、格闘戦が得意な鈴が別のブロックに行ったことはかなりの幸運だった。

 

 それに比べて目の前の2人は違う。

 

 姉さんが直々に仕込んだ現役軍人と、全中剣道大会優勝者。どちらも俺以上に近接戦が上手い。今までのように速攻勝負はまず不可能、耐えて耐えて耐えて“零落白夜”で逆転するしか勝ち目は無い。

 

 その為の作戦もしっかりと考えた。大丈夫、勝てる。

 

『試合開始』

 

「行くぜ!」

「来い!」

 

 まずは接近。ただし、お得意のAICがあるので気をつける。最初の1回でおおよその距離を測ってから、コイツの攻略を始める。

 

 ……つもりで近づくとあっさり捕まってしまった。おいおい、まだ10mしか前に進んでないんだぞ!?

 

「!? こんなに遠くまで届くのかよ!」

「この程度で驚かれては困るな。その気になれば、この狭いアリーナでは逃げ場は無いぞ?」

「なっ……!」

 

 それはつまり、時間を与えればどこに居ようがAICに捕まり、ほぼ確実に攻撃をくらうことになる。ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』には一目で高火力だと分かる大型レールカノンが飛んで来るだろう。

 

「分かったなら、無闇な突進は控える事だな」

 

 来ると構えていたが、その言葉と同時に身体が軽くなって動き出した。と同時に頭の真横を何かが通って行った。そしてそれを避けるラウラ。

 

 大口径の弾丸じゃねーか!

 

「おいこら!」

「当たらなかったからいいじゃないですか」

「はぁ……」

 

 いい人で通っている皇さんだが、実は戦闘や勝負になるとかなりドライ……というか手段を選ばなくなる。今みたいに「当たっていたら……」なんて事になっても謝ることは無い。

 

(AICに無闇に突っ込んではいけませんよと言いましたよね?)

 

 そしていつものような優しさはなりを潜めてすげぇ厳しい。

 

(まずは分断からって話だったじゃん。適当に引きつけて、砂でも投げて射程を測りたかったんだよ)

(迂闊ですね、思慮が全く足りません。次は助けませんよ)

(なるべく早く箒を倒してくれよ。俺とラウラは相性が悪いし実力も差があり過ぎるんだ)

(善処しましょう)

 

 作戦、それはタッグマッチに於いては基本且つ確実と言える2対1の状況を作り出す事だ。遮蔽物のないアリーナでは相手を隔離することは不可能だし、そんな装備は俺も皇さんも無い。方法は自然と先に1人倒すことになる。

 

 “零落白夜”を決めるには近づかなければならない。だが、近づけばAICに捕らわれ今度こそ嬲り殺しにされる。

 

皇さんが箒を倒すまでの間、俺は少しでも多くのエネルギーを温存しつつ生き残らなければならないわけだ。

 

「逃げ足はそこそこあるようだな」

「そいつはどうも!」

「貴様等の狙いは分かっている。さっさと決めさせてもらうぞ!」

「うおっ!」

 

 さらに激しくなるワイヤーブレードの網をくぐりぬける。これに加えてマシンガンやライフル、ミサイルが混ざったらと思うとぞっとするぐらいの勢いだ。

 

「あぶねぇ!」

「ふむ、これならどうだ?」

「遊んでんじゃねぇ!」

「まさか。至って真面目だぞ、私は」

「ざけんな!」

「焦るだろう?」

「!?」

 

 痛いところを突かれた。

 

「気持ちの駆け引き――心理戦も重要なファクターだと知れ、新兵」

「がふっ!」

 

 油断したところを思いっきり蹴り飛ばされた。ワイヤーを足に絡められて鉄球のように振り回される。壁に、地面に、電磁シールドに叩きつけられるたびにシールドエネルギーが減っていき、怒りが増していく。

 

「好き勝手させられてたまるかっての……!」

 

 ワイヤーを切ろうと『雪片弐型』を振り抜く。流石に堅く、何度も何度もやってみるが切れない。

 

「こんのっ――」

 

 無我夢中で『雪片弐型』を地面に突き刺して踏ん張る。足のクローを地面に突き刺して、腰を低くして空を向く。綱引きの体勢から背負い投げのようにワイヤーを担いで――

 

「くっそがああぁぁぁぁぁ!!」

 

 投げる!

 

「面白いことをする奴だな……だが、ワイヤーは一本だけではないぞ?」

「それが狙いだっての!」

 

 当然足は止まる。AICか、レールカノンか、それともワイヤーか、正直賭けだったが……何とかなりそうだ。

 

 ワイヤーの先……ラウラから残りの5本が俺に向かってくる。そのどれもが独特な軌道を描いているが、最終的に俺を攻撃することには変わりない。完璧に読むのは不可能だが、ある程度の見当はつく。

 

 一本目、巻き付いていない方の足に絡みついた。

 二本目、肩を巻き込んで身体に巻きつく。

 三本目、背部のウイングユニットに直撃。

 四本目、右腕を庇って左腕で受け止める。

 五本目、心臓直撃コースだったのをギリギリでかわす。その代わり、首に巻き付いた。

 

 そこへ追い打ちのレールカノン!

 

「右腕さえ動けば……っ!?」

 

 ワイヤーを纏めてぶった斬る。だから敢えて避けなかった。ワイヤーを使うならAICは無いだろうと思ってたし、だから追い打ちのレールカノンは読めていた。その為に右腕をかばったんだが……後ろに引っ張られて動かなかった。見ればワイヤーが絡まっている。

 

「七本目!? 六本じゃねえのかよ!?」

「六本だぞ。よく自分の身体を見て見ろ」

 

 右腕、左腕、首、身体、両足に一本ずつ巻き付いている。最初からの分を引いて、それから………そうか!

 

「ユニットを破壊した三本目か!」

「そうだ。時間を置いてから拘束した。右腕を守ろうとしているのは見えたからな」

 

 これは……拙い。直撃したらどれだけのシールドエネルギーを削られるやら。そのあとに2対1に持ちこめても俺がやられたら負けが決まったようなもんだし……。

 

 身体は動かない。皇さんは来ない。射撃武器は無い!

 

 当たる………!

 

「世話が焼けますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さぁ、どうかわすのか)

 

 鍛えられた私の目から見ても、織斑秋介は決して弱くは無い。強くも無いが、学生の身分で考えるなら十分な実力を持っている。ISに触れてわずか数ヶ月で専用機があるとはいえ代表候補生と渡り合える技術を身につけた。腐ってはいるが、努力家で負けず嫌い。伸びるヤツに多く見られる傾向だ。戦闘に於いては、コイツをそれなりに評価している。

 

 私自身気付いていないが、この勝負を楽しんでいた。

 

「消し飛べ!」

 

 よく狙いを定めてレールカノンを放った。

 

 電力で超加速した弾丸は―――

 

「世話が焼けますね」

 

 ―――私のペアの篠ノ之に直撃した。

 

「うああああああああああああっ!」

「なっ!?」

 

 バカな!? 私達とは離れた場所で戦っていたはずだぞ! ついさっきまで対極の位置に居たことはレーダーで分かっていた!

 

「助かったよ。ありがと、皇さん」

「助けた? ……まさか。労せず効率的にダメージを与える方法がこれだっただけです」

「そうかい。でもまぁ、やられずに済んだ」

「よかったですね」

 

 この女……たしか皇と言ったな。……授業中は全く分からなかったが私と同じニオイがする。それに、こいつは織斑をペアとして見ていない。攻撃しないだけで、敵のように見ている。

 

 非常に冷めた目だ。裏の人間か。

 

(すまない篠ノ之、動けるか?)

(気にするな。まぁ、なんとかな)

(よし、織斑の相手はお前に任せたぞ。何の気兼ねも無く叩きのめせ)

(何? お前が皇の相手をするのか?)

(そういうことだ)

 

 未だにワイヤーを切り離せていない織斑をアリーナの端へ放り投げ、再び1対1の状況を作る。ただし、今度は相手が入れ換わっているが。

 

「おや? 選手交代ですか?」

「悪いか?」

「いえいえ、それも作戦なのでしょう。しかし訓練機相手に最新鋭の専用機ですか……」いささか私には荷が重い」

「冗談も上手いな、言葉に反して身にまとうソレは人を越えているぞ」

「あらあら」

 

 頬に手をあて、困ったようなふりをする皇。一見すれば天然系お姉さんの仕草だが、眼は鋭く、触れれば殺されそうな殺気を撒き散らしている。

 

「素直に“化け物”と仰ってもいいのですよ?」

 

 笑顔という仮面を貼り付けた皇はブレードを振りかざして接近してきた。

 

「異常な加速……速度特化か!?」

「これぐらいで驚かれては困りますわぁ」

 

 私のプラズマ手刀に合わせてショートブレードを一振り増やして正面から打ち合ってくる。性能で圧倒的に劣っているにも関わらず、ついてくるどころか私を上回る勢いだ。

 

 ……強い。

 

大きく右腕を振って距離をとり、左目の眼帯を外して眼を開く。

 

「“越界の瞳”でしたか?」

「知っているなら話ははやいな。出し惜しみは無しだ!」

「望むところです」

 

 全力を出さなければ、この女には勝てない。この後も考えると使いたくは無かったがそんなことも言ってられない……まずは勝つことが先決だ。

 

 今日一番の気合いを入れて、皇へと駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、やってるな」

「これで勝った方が次の相手なんだから、ちゃんと見てなさいって」

「わかってるさ」

 

 休憩と偵察がてらに俺とベアトリーチェは別ブロックの準決勝を見ていた。織斑が勝つのか、もしくはラウラか。客観的に見ても織斑が勝つ見込みは少ない。現役軍人の試験官ベイビーは世間が思っているよりも強いのだ。加えて『白式』には遠距離攻撃が無い。防戦一方は間違いない。

 

 そう思っていた。

 

「へぇ……専用機対訓練機なんだ。珍しいね。先に織斑がラウラのペアを倒す作戦かな?」

「いや……これは……」

 

 どちらも互角の戦いといったところか。

 

 剣道とISは全くの別物だが、剣道で鍛えた読みと勘で篠ノ之は織斑と対等に戦っている。織斑は攻めあぐねているようだ。なかなか踏み込めないらしい。

 

 ラウラの方はまったく別次元の戦いになっていた。何合も切り結んだかと思えばいつの間にか弾幕の張り合いになっている。戦況と戦場がコロコロと変わる中でも2人は決定的なダメージを与えることが出来ないまま、少しずつシールドエネルギーを減らしていく。

 

 明らかにただの学生とは思えない動きだ。

 

「あの動きは……」

 

 どこかで見たことがあるような……

 

「順調みたいね、一夏」

「楯無様」

 

 何かを思い出しそうなところで後ろから声をかけられた。先生と一緒に居ると思っていた楯無様だ。おなじみの扇子には「常勝」の二文字。

 

「機体の性能を半分以下にまで下げても、技術がとびぬけてたらどうしようも無いわね……」

「何の話ですか」

「んーとね、なんか一夏が負けてるところが見たくなってね。ちょっと噂を流して発破掛けて見たの。結果はこの通りだけどね」

「また面倒事を……因みに噂とは?」

「生徒会長権限で一夏と同室プレゼント♪」

「勝ってよかった……!」

 

 マドカが何をしでかすか分からないからな!

 

「ベアトリーチェちゃんも調子いいみたいだし、このままいけば優勝かしら?」

「まだチェックってところ。この後ダメ押しの一手を決めてきますよ」

「強気ねー。まぁ代表候補生はそれぐらいがちょうどいいわ」

「ペアがアレですから」

「……そうね」

「失礼な。ちょっとばかり戦い慣れしているだけです」

「そういうことにしておきましょうか」

 

 楯無様はくすくすと笑いながら視線をモニターへ戻して、顔をしかめた。つられて俺とベアトリーチェもそちらを向く。

 

 ついさっきまでは4機のISが動き回っていたのに、今は煙で何も見えなくなっていた。

 

「見えませんね」

「そうね」

「スモークにしては広範囲過ぎると思わない?」

「戦術としては非常に有効ではある。当然ジャミングもしているだろうから、織斑たちはたまったもんじゃないだろう」

「音は聞こえるんだけどね……」

「まぁ待ちましょうか」

 

 無理矢理煙を晴らすわけにもいかないので待つことに。その間も金属音が聞こえているので戦ってはいるようだ。

 

 待つこと数分。ようやく煙が晴れてきた。

 

 アリーナには――

 

『試合終了。織斑・皇ペア勝利』

 

 ――横たわるラウラと篠ノ之、傍らには片膝をついて息を荒くしている織斑と、何事も無かったかのように立っている織斑のペア――皇桜花がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何かわかった?」

「さっぱりだ」

 

 あの後、ラウラが医務室に運ばれるのを見送ってさっきの試合の映像を見直していた。楯無様が来てからモニターを見ていなかったので、そこから煙一色になるまでの間何が起きたのかを視る為だ。

 

 結果、普通の煙幕だった。

 

「いきなり煙幕を張ったと思ったら勝負が決まってた、か。なんかつまんないなぁ」

「皇らしくはあるがな」

「そう言えば知り合いっぽい事言ってたね」

「ああ」

 

 皇桜花。おっとりとした性格で優しく平等、スタイルもよく、世の男性が描く女性の理想像といったところか。

 

 もっとも、それは彼女の一面でしかない。どんな人間にも裏の面はあるものだ。

 

「更識は多くの家や企業を従えているが、その中でも御三家と言われる家系がある」

「日本の国民的ポケットゲームみたいな?」

「それはよく知らん。で、その御三家が布仏、森宮、そして皇だ」

「本音と虚さん、蒼乃さんと一夏とマドカ、それとあの皇桜花って子の事ね」

「学園に居るのはな。御三家にはきっちりと役割が決まっていて、幼いことから仕事をこなしていくんだ。その中で、俺は皇……桜花と知り合った」

「仕事仲間の同僚みたいじゃん」

「その通り。それでまぁ色々とあってな……」

 

 あー思い出したくも無いな。

 

《情けは人の為ならず、と言いますが、あの一件はマスターにとっていいことなんでしょうか?》

(しらん)

 

 昔の俺にあったら殴ってでも止めてやる。それぐらい桜花はメンドクサイ。

 

「それで、実力の方はどうなの?」

「見ての通りだ。まず今のベアトリーチェより数倍強い」

「うげぇ」

「狙いは俺だろうからな、何が何でも俺の方に向かってくるはずだ。厳しいだろうが織斑を頼む」

「りょーかいっと」

 

 モニターを閉じて、ちびちびと飲んでいたコーヒーをゴミ箱に投げ入れる。空き缶は綺麗な放物線を描いてゴミ箱に入った。ベアトリーチェは俺を真似てジュースの空き缶を投げた。

 

 カーン。

 

 ………。

 

「何故俺の頭に投げる?」

「て、手が滑って……てへ♪」

「ヘタクソ」

「うぐ……も、もう一回!」

 

 しゅっ。

 

 スコーン。

 

「………」

「……もう一回!」

 

 10回ほど投げ続けた結果、俺の頭に8回、ゴミ箱とは正反対の方向へ1回、自販機へ1回投擲した。

 

 結論。イタリア代表候補生ベアトリーチェ・カリーナさんはノーコンのようです。

 

「……行くぞ」

「……うん」

 

 なぜか俺まで沈んだ気持ちで決勝戦を迎えることになってしまった。

 



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25話 「またこの展開~!?」

 まだ消えませんよ。トマトしるこです。

 お待たせしました25話! かなりぐだってますが……


 シャーッというカーテンが開く音で私は目を覚ました。

 

「ん? すまん、起こしてしまったか」

「教官……」

「ここでは織斑先生だ。……まぁ今ぐらいは許してやろう」

「はぁ……」

 

 教官はこういうことには厳しいのだが……珍しいこともあるものだ。ドイツで教官を務めていたころに比べて良い意味で柔らかくなったような気がする。それでいて衰えてはいない。

 

 やはりこの人は凄い。

 

「試合はどうだった?」

「それは織斑秋介のことですか?」

「皇の事もだ。2人と戦った感想を是非とも聞かせてほしい。因みに篠ノ之は皇を気味が悪いと言っていた」

「なるほど……分からなくもないです。私と似たような雰囲気を感じました」

「だろうな。更識の関係者と聞いている」

 

 簪や一夏の関係者……裏の人間か。どうりで私がぞっとするわけだ。篠ノ之では相手にならないのも当然だな。“越界の瞳”を使った私に追随する身体能力と読みは本物だった。

 

「織斑はどうだ?」

「以前の模擬戦よりは確実に上手くなっていました。機体に助けられているとはいえ、既に一年生の中では上位に食い込む腕前と見ます」

「ほう? お前が褒めるか」

「その程度の分別はつけられるつもりです」

「そうか」

 

 珍しいことに、教官は私の感想に対して何も言わなかった。厳しいことで知られるというのに、褒めたことに異論を唱えなかったのだから。

 

 以外に感じたものの、それ以上は考えなかった。本題は別にあるはずだ。

 

「何か話があって来られたのでは?」

「……日を改めるつもりだったが、その様子なら大丈夫そうだな。VTS(ヴァルキリー・トレース・システム)がお前の専用機から見つかった。今ドイツを問いただしている真っ最中だ」

「モンド・グロッソ総合優勝者のデータをトレースして再現するシステム……」

「私か彼女(・・)のデータだろうな。まぁ十中八九私だろう……。何か覚えていないか?」

 

 呆れた、と教官は隠す事もせず、溜め息をつきながらパイプイスに座って私の方を向いた。

 

「あの時は――」

 

 あの時は……そう、突然声が聞こえた。暗くて、黒い声が。何十人もの人間が同時に別々のことを喋っているように聞こえて、何を言っているのかはわからなかった。声は次第に大きくなっていって……まるで、まるで私を呑み込もうとしているかのようだった。自分を保つことに必死で、気がつけばベッドの上で寝ていた。

 

 ……これくらいか。

 

「ふむ……」

「すみません」

「いや、気にするな。無事で何よりだ。ほら、コレをやろう」

 

 教官がポケットから出したのは見慣れたアメ玉だった。ドイツではいつもコレを貰っていた。餌付けではない、教官なりの飴と鞭らしい。

 

「あ、ありがとうございます」

「さて、私はそろそろ行くぞ。もうすぐ決勝戦が始まるのでな。気になるのならそこのモニターは使っていいぞ」

 

 お礼を言う前にさっさと教官は保健室を出て行った。

 

「………」

 

 することも無いし、決勝戦は気になるのでモニターをつけた。映っているのは織斑・皇ペアだけで一夏の方はまだ居ない。

 

「……うむ、こうしてはおれんな。やはりこういうのは間近で見なければ」

 

 貰ったアメ玉を口に放り込んでモニターの電源を切り、ベッドから飛び降りて保健室を出た。

 

 「モニターを使っても良いぞ」と言われただけで「保健室から出るな」とは言われていないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

 

 さて、どうしたものか。

 

「ねえ一夏」

「なんだ?」

「皇さん、だっけ? ものすごーく一夏見てるよ」

「そうだな」

 

 予想していた通り、アリーナに出ると桜花がじっとこっちを見てきた。そんな予想はできれば外れてほしかったが。

 

「何か言ってあげなよ。期待に満ち溢れた目をしてるよ」

「………そうだな」

「さっきからそればっかだね」

「………そうだな」

「嫌いなの?」

「ちょっとな」

「どうみてもちょっとじゃないわよね?」

「………」

「スルーですか」

 

 俺にだって苦手なものくらいある。かといっていつまでも子供みたいに顔をそむけるわけにもいかない。

 

 意を決して正面を向く。

 

 落ち着きと若干の怯えが見え隠れする織斑と、今までの試合で一度も動かなかった無表情を崩している皇を視界に捉えた。

 

 因縁が絡みに絡まった試合だな……簡単に終わりそうにない気がする。

 

「ご無沙汰しております、一夏様」

「去年の夏以来か」

「正確には10カ月7日9時間21分33秒ぶりです」

「そ、そうか……相変わらず正確だな……」

「当たり前です! 一夏様との思い出は原子レベルで私の中に刻まれていますもの」

「はは……」

「うわぁ……」

 

 これが皇桜花を苦手とする理由だ。

 

 好意、依存を通り越した崇拝、執着。皇桜花という人間は嫌いではないし、珍しく昔から俺を対等に扱ってくれる事もあって好意的ですらある。

 ただ、ある一件を境に桜花の態度はガラリと変わってしまった。桜花の中の俺は“偶に会う友達”から“揺るぐことのない絶対の存在”にランクアップ(?)してしまった。それが好意100%だから無下にするわけにもいかないし、当時の桜花や周囲の環境を思い出すとむしろ眼が離せないというのが困りものだ。

 

 眉を引くつかせながら引いているベアトリーチェに近づいて耳打ちする。

 

「まぁ、そういうことだ」

「あれは凄いなぁ……まさか森宮先輩以上のツワモノがいたとはね」

「どうしてそこで姉さんの名前が出てくる?」

「あ、やっぱ自覚ないんだ……何でもないよ」

 

 なにか聞こえた気もするが歓声のせいでよく聞こえなかった。言い直さないってことは大したことじゃないだろうから忘れることにする。

 

 そこで桜花に話を振られた。

 

「時に――」

「ん?」

「一夏様は覚えておいでですか?」

 

 覚えて……何かの話か? もしくは約束……?

 

《ほら、あれじゃありませんか? 勝負して勝ったら……っていう》

 

 ………………。

 

(俺は何も思い出していない。いいな?)

《言うと思いました》

「スマン、覚えていない」

「ええ、分かっていますわ。ここ最近は調子が良いと聞いていますが、流石に数年前を思い出せるとは私も思ってはおりません。思い出してください、というのも酷なことでしょう」

 

 だったら聞くんじゃない。

 

「しかし、思い出していただかなければ私としても困ってしまいます。何せ――」

(どうせ碌なことじゃないんだろうな。桜花の事だから単なる思い込みも十分あり得そうだ……)

「――更識が揺れるかもしれないほどの事ですから」

「………何?」

 

 適当なことを言っているんだろう? 面倒なだけだろう? 曲解しているだけだろう? そういう事を考える傍ら、この言葉を聞き流す事はできなかった。森宮の末席とはいえ、現更識当主の護衛なのだ。これがもし暗殺、誘拐の類だった場合、たとえ桜花であっても相応の対処をする必要がある。

 

「だってそうでしょう? 私達は更識最強の矛である“鴉”と、世界の裏を知り尽くしている皇の“戦略級(バーサーカー)”」

 

 “鴉”というのは俺の事。どこに居ても目立つ白髪を隠すために、脛まで隠す黒一色のミリタリーコートを仕事の時に着ている。俺が出る時はほぼ夜だ。迷彩柄とか、建物に合わせた物を仕立てるより、真っ黒の方が汎用性が高い。なにより気に入っている。

 そのコートを着て仕事を続けた結果、自然と“鴉”呼ばわりされる羽目に。噂によれば死体から武器を漁る姿が烏のように見えるとか。それは鷹だという突っ込みは当然のように無視された。

 

 “戦略級”は桜花のこと。名前や可愛らしい容姿、何より女性にとっては非常に不名誉な二つ名だが、本人は事実だから気にしないと言っている。“戦略級”の由来は桜花の家、皇にある。

 

 御三家はどの家もハイレベルな水準の教育を施される。本音様もああ見えてかなりデキル方だ(そうでなければ現当主妹の傍付きなど務まらない)。それでいて、各家には特色……専門分野がある。

 

 諜報・潜入の布仏、暗殺・護衛の森宮、情報・戦略の皇。言葉通りだ。

 

 桜花の「世界の裏を知り尽くしている」というのは事実で、最有力次期当主候補の名に恥じない情報収集力、権限は他家の当主、更識のものすら凌駕している。更識という組織を桜花ほど熟知している者は居ないと言っても過言ではない。

 だが、それだけではない。むしろここからと言える。

 皇家の“戦略”という言葉は、桜花に限ってもう一つの意味を含む。

 

 “戦略級”。

 

ISが主力になりつつあるとはいえ、未だに恐怖の対象である核兵器に冠される名を桜花は持った。

 

 俺に近い戦闘力(・・・・・・・)を持つ桜花が、更識随一の知識を持っていれば恐れられるのは当たり前だ。

 

 世界に名を轟かせる更識家。その更識が所有(・・)する化け物(・・・)が制御なく動けばどうなるか……考えたくも無い。前更識当主はそう言っていた。

 

 確かにそんなことが起きれば更識が揺れる。俺が主を、家族を裏切るなどあり得ないが。

 

 続く桜花の言葉を構えて待つ。その唇から紡がれた言葉は――

 

 

 

「だって勝負の結果次第では私が森宮に籍を入れるかもしれないんですからね! あぁ、こんなに大勢の前で言ってしまいましたわ……♪」

 

 

 

 私欲全開桃色オンリーの予想通りな回答だった。

 

『………………………』

 

 観客はいきなりの爆弾発言に沈黙し、

 

「「うわぁ……」」

 

 お互いのペアは精一杯の遠慮を含んだリアクションをとり、

 

「殺す」

「二度と息が出来ない身体にしてやる」

「まって蒼乃さん!」

「ま、マドカも……」

 

 荒れ狂う姉と妹に、それを必死に止める主。

 

「ここでやるんじゃなくて、場所を選ばなくちゃ。TPOって言うじゃない?」

「外堀を埋めてじっくりと確実に弱らせて、生まれてきたことを後悔して最後にはゴメンナサイしか言えなくなるまで嬲る方がずっといい」

 

 ひ、必死に、止めている?

 

《誰よりもヤル(殺る)気ですね》

(字が違う! いや、あってるのか? ……とにかくそのルビはおかしい)

《メタいですね》

(うるさい)

 

 色々と突っ込みどころが多すぎるだろ! なんで俺がこんなことを……

 

「えど、皇さん……だっけ。どうしてさっきの話からそこに行きつくの?」

 

 早速復帰したベアトリーチェが質問で返す。そう、それは当然の疑問だ。更識の部外者から見れば。関係者でも理解に苦しむが。

 

 ただし、俺は分かっている。その手の質問が桜花にとっては意味を成さない事を。

 

「うふふ、嫉妬しているのね。そんなあなたには特別に教えてあげます。あの日、絶望に染まった私に一夏様はこう言いました。強くなれ、と。それはつまり強くなったら相手をしてやるということに他ならないのです! 相手をしてやる……つまり嫁に貰ってやるってことなんですよ! キャー!」

 

『…………………』

 

 ………今回ばかりは俺も驚いたけどな。幾らなんでも曲解し過ぎだろ……。しかも結婚て。

 

「というわけで、勝たせていただきます!」

「どういうわけだ!?」

「私が勝ったら嫁に参ります!」

「色々とおかしいだろ!?」

 

『……試合開始』

 

「はぁ!?」

 

 突っ込みは無視され、説明もなく、やる気のない開始宣言によって火蓋が切られた。

 

 グダグダすぎんだろ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏の不意を突く形で決勝戦が始まった。ただ流されるように見ていれば、言いたいことを言って勝負を仕掛けたけに見えるが、彼女を知っている人間はこれ――爆弾発言すらも策だと知っている。

 

 皇桜花は戦う前から戦っている。

 

 まぁ、そんな小手先は一夏に通用しないけど。

 

「なぁ、姉さん。アイツは一体誰なんだ? 兄さんを知ってるみたいだ」

「更識御三家、皇家の次期当主候補」

「それだけ?」

「同年代の子供はそうそういないの。だから繋がりが少なからずある。一夏も私も毛嫌いされるから殆どの子は知らないけど、皇桜花は特殊だから知っている」

「特殊………ああ、確かに」

 

 マドカは素早く察したみたい。あれだけうるさかったら誰だって分かるから不思議じゃないか。

 

「ただ、実力は本物」

「……そう、聞いています。でも、本当なんでしょうか?」

「結構できるみたいだけど、ただのIS操縦が上手い奴にしか見えない」

「2人がそう思うのは当然」

 

 マドカに加えて簪を混ぜて皇桜花について語る。私も彼女が戦うのを見るのは初めてだから聞いた話しかできないけど。……いや、よく知っている人が近くに居たわね。

 

「楯無」

「桜花ちゃんのことですか? 報告書越しにしか知らないことでよければ。結構キツイ話も混じるかもしれませんよ?」

「構わない」

「はーいはいはい」

 

 開いた扇子を閉じてポケットから端末(携帯電話とは別の物)を取り出す楯無。少し待つと私の……私達3人の端末が軽く振動した。一斉送信で送られて来たファイルを開く。

 

「私達の代はどの家もちょっと特殊な子供が生まれているみたい。具体的に言うなら私、虚、蒼乃さん、そして桜花ちゃんの4人。他人より少しできるだけの私達は色々と苦労したけど、最終的には今みたいに落ちついたわ。けど、桜花ちゃんは違ったのよ」

 

 楯無の話を聞きつつ、関連しそうな項目を選んで開く。そのフォルダは皇桜花の生まれてから今日までの出来事が逐一書かれていた。

 

「……なんて、悲しい」

「そうね、簪ちゃんの言うとおり。でもね、御三家、皇家としてはとても正しいことなの」

 

 要訳するならこう。

 

 更識の情報源かつ電波塔として非常に重要な役割を担っている皇家としては、他家のように才能を開花させる事を恐れた。理由としては2つ。理解の及ぶ範囲から外れる……手綱を握れない事があってはならないから。もう1つは桜花の性格が問題だった。物心ついた時からであろう、はっきりと分かるほど桜花は異端すぎた。

 

「皇として正しくある為に、色々と躾けられたみたい。一夏やマドカみたいな事じゃないわよ? 精々一般家庭よりちょっと厳しいぐらいで、殴る蹴るの暴行は無かったって。結果は大失敗、より性格がねじ曲がった。何度か会った事あるけど、ひねくれ者とかそんなレベルじゃ無かったわ……誰かに優しくしてるなんて信じられないくらいにね」

「………そう」

「それを、兄さんが変えた?」

「って事になってるみたい。報告書では急に人が変わった、としか書かれて無かった。別の人格に切り替わったようだってね。これ以上のことは私でも分からないわ。一夏に聞くのが一番じゃない?」

「……終わったら聞く」

 

 どこでそんな変態を引っかけたのか、教えてもらわないと。追い払う方法も一緒に教えてあげなくちゃ……。

 

 まだまだ姉さんが見てあげないとダメね。

 

「ふふっ」

「? 蒼乃さん?」

「何でもないわ」

 

 戸惑いながらも、きっと真面目に聞いてくれる弟の姿を想像すると笑みがこぼれた。楯無にも、簪にも、マドカにすら見せたことのない私だけの一夏はとても可愛いのだ。

 

《……蒼乃》

(何)

《お楽しみの所悪いけど、お客さん》

(そう……)

 

 お楽しみ、の部分を強調して『シロ』が伝えてくる。その通りなので否定しないし、返す言葉は別にある。

 

(数は)

《そこまでは。ただ、複数いる》

(十分)

 

 そこまで考えたところでアリーナで爆発が起きる。否、またしても電磁シールドを突破して現れた愚か者がいるのだ。

 

(一夏を傷つけるものは許さない)

 

 緊急時に作動するシャッターが下りる前に『白紙』を展開してアリーナへ出た。

 

「またこの展開~!? 学園は何してるのよー!」

 

 お前が言うな、と言いたくなる生徒会長の叫びを背に。

 



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26話 あの織斑千冬でさえ不可能と言わせたことを……

 ペアそっちのけでいきなり始まったこの試合、先手を奪ったのは明らかに桜花だったが、初撃を与えたのは意外なことに織斑だった。

 

 “戦略級”の名にふさわしい動きと先読みを見せる桜花は俺の攻撃を躱すし、俺だって避ける。ただ、お互いにISという枷をはめた状態で満足に動くことは出来ない為、今までになく必死に避け、隙あらば武器を交えた。追って追われてをひたすら繰り返すが、いまだに俺と桜花のシールドエネルギーは1も削れていない。何合も交え、百に近い弾丸が飛び交っているにもかかわらず、非固定武装にかすりすらしていないのだ。機体の性能差と実力を得意の先読みと戦略で埋める桜花と、少しずつギアを上げていく俺の戦いは膠着していた。

 

 

 

 

 

 変わり映えしない展開から自然ともう片方のペア同士の試合に注目が逸れる。

 

 織斑の専用機『白式』は『雪片弐型』一本による近接戦闘オンリーに対して、私の『ラファール・リヴァイヴ』には銃火器がたっぷりと積まれている。かの天才、篠ノ之束が設計を手掛けただけあって、『白式』の性能(射撃関連を除いた)は全体的に見ても第三世代型ではトップクラスに位置する。性能差はどうやっても覆せないので、搭乗者としての技量と経験、戦法で何とかするしかない。皇桜花のように、ね。

 ここで、織斑に遠距離武器が無いことがヤツにとって不利に働く(というより、いつだって不利と言えるかもしれない)。そして、私が遠距離武器を持っていること、ACを持っていることがこちらにとって有利に働く。大概のことは技量で勝っているのでカバーできる。何より、近接能力に並ぶ『白式』最大の武器の一つ、速度はACによって奪ったのだ。五分五分なんてものじゃない、圧倒的と言って差し支えないほど有利な状況。

 

 だからこそ、織斑が無傷で(・・・)接近し、掠りとはいえ私に一撃を与えたことは意外と同時に驚きだった。この事をより深く理解していた専用機組、代表候補生達はとても呆けた顔をしていたに違いない。

 

 『雪片弐型』がかすめた肩の装甲をさすりながら、ついつい笑みを浮かべてしまう。

 

「そうじゃなくちゃ困るよね。向こうほどじゃないけど、それなりの試合はしないと見てる人にも悪いし、決勝って感じしないし、何より得られるモノがない」

「勤勉なんだな。意外だ」

「その言葉そっくり返す。ちゃんと対策してきてたんだからさ」

「当たり前だろ。俺の戦いは如何にして近づくか。無鉄砲に突っ込んでちゃ誰にも勝てねぇよ」

「発想が面白いよね。突きでフルオートの銃弾を弾く(・・・・・・・・・・・・・・)なんて、そうそう考えないし上手くいかないと思うんだけど?」

「直撃する弾丸だけ弾いてるだけだ、そこまで難しくないぜ? やってみたらどうだ?」

「別にいいけど、ラファールじゃちょっと無理かなー。システムも武装もキビシイ」

 

 織斑が接近するのをただで見過ごすわけにはいかない。比喩ではなく文字通り一撃必殺の“零落白夜”はどんなISであろうと恐怖だ。なんせあのブリュンヒルデが用いた単一仕様能力。操縦者が違っても、単一仕様能力としてなら全世界がその威力を知っている。勿論、私も。目の前にすれば嫌でも分かってしまう、アレは異質だと。当然サブマシンガンで迎撃した。

 

 鉛玉の雨の中を恐れることなく、織斑は突っ込んでくる。あろうことか、突きのみで銃弾を防ぎ接近してきたのだ。おかげで先手を打たれてしまった。あんな対処の仕方は完全に私の想像の外でしょ。

 

 織斑秋介は紛れもなく天才だ。だが特異であるが為に埋もれている。周囲の代表候補生達に、同じ男性操縦者に、最強の称号を持つ姉に。しかし決して弱くない、むしろ強い。

 

 発想といい、それを実現させる実力といい、根性はまさに強者だ。

 

「まぁどれだけ凄くても、私には届かない―――追いつけやしない」

 

 だからなんだっての、負けてやるつもりなんてカケラも無い。

 

 AC展開、SPゲージチャージ完了。次にブースターを吹かせば私は風になる。テンペスタじゃなくてラファールなのが本当に残念だなぁ……。

 

「AC……だっけか? 鈴の試合は凄かったな。いいぜ、来いよ。そのスピード勝負乗った」

「へぇ。これの最高速度知ってて言ってるのかな? 勝負仕掛けたつもりは無いんだけど、そっちがその気ならいいよ」

 

 イタリアの代表候補生は常に競い合っている。個人が得意としていることは別々の分野で在りながら、国が定めたメチャクチャな基準をクリアするべく自分を磨いて、他者を踏み台にして国家代表になる為に努力を怠らない。それでいて皆が仲良しで、和気藹々としている雰囲気が好きだ。

 国が定めた基準だが、ここで挙げていってもキリがない。そもそも不必要に公開していいものでもない。ただし、どれだけ自分達の得意分野があっても、苦手なものに顔をしかめても、私達の意識に深く根付く一つの概念がある。

 

 “速さ”。

 

 世界最高速を叩きだしたイギリスの『テンペスタ』シリーズは、私達の誇りであり、目指すべき場所、そして憧れだ。追随を許さず、視界に映ることを許さず、被弾を許さない。故に、実力に関係なく速度に対する執着心は世界一と言える。

 

 勿論、私だってそうだ。だからこそ、私は一夏と『夜叉』に魅せられたのだから。

 

「その台詞がどれだけ愚かな事か、教えてアゲル!!」

 

 

 

 

 

 

 同じヨーロッパ出身のセシリアとシャルルに色々とアドバイスを聞いていた。口をそろえて出てきた言葉は「「速い」」。

 

「速い?」

「秋介さんは、『テンペスタ』をご存じで?」

「えーっと……イタリアの専用機だっけ? 速度特化の」

「そのとおりですわ。彼らイタリアの代表候補生……というより、イタリアのISに関わる方々は“速さ”にこだわりを持っていますの」

「こだわり?」

「『テンペスタ』シリーズは、世界最高速なんだよ。ただ速度を叩きだす為のマシンよりも速い。その気になれば初期型でもマッハを越えるって話さ。黎明期の第一世代でそれだけの事を成し遂げたんだ、それは誇りにもなるよね」

「イタリアのIS操縦者や研究者にとって“速さ”は特別なんだな……日本がISにも刀を使ったり、侍みたいな装甲をしていることもそうなのかな?」

「どうだろうね? でも、これで国によって特色が見られる事がわかったんじゃないかな?」

「近接寄りの日本、安定性の中国、遠距離のイギリス、汎用性のフランス、特殊技術のドイツ、そして速度のイタリア。他にも色々とあるんですけど、今の秋介さんには必要ないでしょう」

「だな」

 

 たとえ学園配備の量産機とはいえど、侮っては負ける。相手は――ベアトリーチェ・カリーナには日が浅い俺から見ても無駄な動きが見られない。ただ動きが速いだけじゃなくて、思考や判断も“はやい”んだ。

 迷えば、考えれば、それだけの時間を与えてしまう。とっさにやってみたとはいえ、掠りでも一撃を入れられたのは大きい。

 

 ただ、ちょっぴり刺激し過ぎてしまったのか、ここでアレを出してきた。鈴の試合で一瞬だけ見せた追加ブースターだ。これも聞いてみるととんでもないものだった。

 

「ACっていうのか、あの四角いブースターみたいなの」

「正しくはアサルト・チャージャーだけどね。しかもAC自体はブースターじゃないんだ」

「あれは何度でも使い回せる、速度倍増の増槽と思っていただいて構いませんわ」

「…………んん?」

「あー、えーっとね………。普通はコアからエネルギーを貰ってブースターを使うよね?」

「ああ」

「ACは、コアからエネルギーを供給せずに、AC自身がエネルギーを送り出す装置なんだ」

「………だから出力が段違いだし、コア――ISのエネルギーを消費せずに済む?」

「そう! すごく画期的かつエコロジーで強力な武装なんだ。使いきったACのチャージもISからエネルギーを貰わずに空気中の物質で補える」

「それメチャクチャすげえな……でも、なんで皆使わないんだ? というかソレ自体をISに装着すればいいのに」

「ハイスペックにはハイリスクが付き物だよ。秋介の“零落白夜”みたいにね。これは実際に使ったことのあるセシリアに聞いてみた方がいいかも」

「え、使ったことあるのか?」

「あまり思い出したくはありませんけど……。まずはコスト、こんなに便利なものを幾つも量産できるほど、どこの国も潤ってはいませんし、技術もありません。次に容量、今はどうなっているか知りませんが、私が使用した頃は拡張領域を大幅に陣取る厄介者でしたわ。ACを入れるぐらいならBT兵器が4つほど装備した方が実戦的でしょう。そして、何よりもその“殺人的な加速”でしょうか」

「そんなに速いのか?」

「当時はまだISに触れて間もない頃でしたから、私は使用して10秒も耐えられませんでした。今なら使いこなすとは言わないまでも、耐えられないなんて醜態は晒しませんわよ?」

「ゲェ!」

「幾つか用途に分かれた種類が生産されたと聞いていますが、どれも瞬間加速より数倍の速度を常時維持するというものです。想像できますか? 切り札とされる高等技術が遅く見えるほどの速さ……殺人的といっても過言ではありませんし、比喩でもありません。事実、『テンペスタ』にACを装着した際の最高速度を計測する実験が行われ、搭乗者は亡くなっています」

「その実験が、さっき言ってたやつか……」

「それに、イタリアの代表候補生の実力は他国と比べて突出しているんだ。専用機とかそういう要素を抜きにして、同じ条件で戦ったらたとえ僕ら代表候補生でも勝てるかどうか……少なくとも、秋介よりは強いよ」

「すげぇよな、ホント。ラファールで鈴に勝ったんだから」

「全くですわ」

 

 つまり、ただでさえ俺は色々と負けている。武装のバリエーションも目立つし、実力、経験は特に差が大きいと思う。勝っている要素なんて『白式』と『零落白夜』ぐらいだ。

 かといって、はいそうですかと負けるわけにもいかない。今までだってそうだった。初めて『白式』に乗った時のセシリア戦、クラス対抗の鈴、一夏戦、模擬戦、ラウラ・ボーデヴィッヒと箒戦、完敗した時だってあるが勝ちを掴んだのはいつだってピンチからの切り返しだった。得意な勉強とIS戦は違う。どれだけ頑張っても届きそうにない奴が世界には五万といる、こんな狭い学校でへこたれる暇は無い。

 

 強い? 上等!

 

「避けれるもんなら避けてみなさい!」

「来い!」

 

 一瞬しか見れなかったが、鈴との試合の時、こいつは完璧に使いこなしていたように見えた。準々決勝、準決勝では使ってなかったようだから、このACは切り札のはず。ここさえ上手くやり過ごせれば俺にも勝機が巡ってくる、そこまでなんとか『零落白夜』が使えるだけのシールドエネルギーを残せばいい。

 

 ベアトリーチェ・カリーナがサブマシンガンを放り投げて展開したのは二振りのショートブレード。過度な装飾も無く、凝った機能があるわけでもない。訓練機用にチューンされたシンプルな武装だ。それだけあって触れる機会は多いため、扱いには慣れてるだろう。

 

 来た。距離を真っすぐ詰めたと思ったら、直角に曲がってグルグルと動きまわりだした。離れたと思ったら直ぐ近くにいて、防ごうと『雪片弐型』を軌道上に割り込ませても、カバーできない場所を上手く切り裂いて通り抜けていく。綺麗なヒット&アウェイだ。

 

(褒めてる場合かよ……)

 

 あれこそが俺が目指すスタイルなんだよなー。現役の姉さんもそうだったっけ。

 

(集中集中……よし)

 

 “盗む”ぞ、俺。

 

 まずはよく視る。この際少しずつ削られるダメージは無視だ。一撃さえ入れられればいいんだからな。ハイパーセンサーも使え。

 

………ここか?

 

「よし!」

「へぇ……?」

 

 殆ど勘に近かったが、予想的中。捉える事が出来た。加速に負けそうになるが、気合いで鍔迫り合いを維持する。これは結構なチャンスなんだ。

 

 ベアトリーチェ・カリーナはACを使いこなしている。完璧かどうかは見えない俺には区別がつかないが、少なくとも攻撃のタイミングを見切ることはできた。

 ロックオンのない『白式』じゃ普通の軌道でもACを使われると全く見えない。それが曲線でも直線でも関係なく、瞬時加速の何倍も速い。だからこそ、コントロールは瞬時加速の何倍も集中が必要なはず。広いようで狭いアリーナなら尚のこと。

 見切ることのできたタネはそこにある。ズバリ、“減速”。考えればわかる単純な事だが、めちゃくちゃ大変だったぜ。

 

「で、ここからどうするのかな?」

「勿論、斬る!」

「させるか!」

 

 十字の形で『雪片弐型』と火花をちらすショートブレードを弾こうと力を込めた瞬間、逆に俺が押された。ACの加速で押し切る気か。

 

 なら!

 

(流す!)

 

抵抗の力を抜いて筋肉を弛緩させ、ゆったりと身体をリラックスさせる。イメージは流水。逸らすように、逸れるように横へ滑り込んだ。超速で真横を通り過ぎるラファールが起こす風に流されないよう力を入れ直して踏ん張る。

 

いつ通り過ぎるか、今どこにいるのかなんてわからない。だから直ぐに行動を起こした。

 

「おおおおおお!!」

 

 瞬間加速。後を追うように加速し、同時に『零落白夜』で斬りつける! 既に遠くへと去ってしまったが、まだ追える距離だ。『白式』ならまだ捉えられる。

 

 背中を追う俺を、わざわざ顔を横に向けて視線を合わせてきたベアトリーチェ・カリーナは急停止、反転で俺と向き合うように向きを変えた。

 

 再びぶつかる視線、それは必死な顔をしているであろう俺と違って、ヤツはにやりと口角を釣り上げた。嫌な予感が体中を駆けめぐる。

 

(届くか……? いや、届く! というかやられる!)

「ラアアァァァァ!!」

 

 『零落白夜』発動。勘に従って大きく振り抜いた。

 

 

 

 そしてわずか1秒後、目の前にいたはずのベアトリーチェ・カリーナは最初からそこに居なかったかのように姿を消し、『白式』の左脚と左腕が宙を舞っていた。

 

 

 

 な………

 

「何が……なんで」

 

 今のは必中まではいかなくとも、斬れることは確実と言っていい間合いだった。だと言うのに手ごたえは無し。ISの認識を越えた速度で脇をすり抜けて、脚と腕を斬り飛ばした……のか?

 

 ISの姿勢制御の要、PICは主に脚部に集中している。片足を失くした今では浮くだけでも精一杯だ。フラフラと危なげな浮遊で支え、言葉を待つ。因みに、斬られたのは『白式』の脚であって、俺の生身の足まで斬られたわけではない。

 

「まあ想像通りじゃないかな?」

「………ACを展開した状態で瞬間加速」

「そそ。めっちゃ速かったでしょ?」

「いくらISだからって言っても、身体が壊れるかもしれないんだぞ?」

「問題ないね。耐G訓練は基本中の基本。イタリアの話、知ってるんでしょ?」

 

 ………ここまでとは思ってなかったけどな。

 

 絶望的じゃないか……。満足に動けず、刀も触れない。

 

「そういえばケンドー経験者なんだっけ? 聞いたんだけど、左って結構大事らしいね。左足で地面蹴って、左腕で竹刀を振るんでしょ?」

 

 だからこそ、絶望的なんだよ。

 

 さて、どうするか………。

 

 

 

 

 

 

 ふふーんとそれが当然みたいな雰囲気出してるけど、実は結構キツイ。耐G訓練は嘘じゃないけど、それでも叫びたくなるくらい身体が軋んだ。流石にコレを連発しろっていうのは無理だわ。

 

 AC装着の瞬時加速―――閃光加速(フラッシュ・イグニッション)と言われる高等技術はまだ私には扱いきれないかな。

 

 ここで差を開けたのは大きい。口にした通り、先程のような動きはもうできないだろうし、なにより力を込めて刀を触れないはず。ただ、流石に私も無傷では済まなかった。視界に映る機体状況……ACのSPゲージ残量は僅か18%。5分もない。そして武装欄の真上、勝敗を決めるシールドエネルギーは32しか残っていない。

 

 避けた。左腕と左脚を斬り飛ばせた、はずだった。でも、閃光加速をした瞬間迫ったのは真っ青な私を狩る光。『零落白夜』は私の直ぐ目の前まで迫っていた。軋む身体をひねってなんとか直撃を避け、掠りで抑えられたものの、ほぼ無傷だったシールドエネルギーはもう一割残っていない。

 

 明らかに剣の間合いじゃない。以前見たことのある『零落白夜』はあそこまで長く(・・)なかった。考えられるとすればただ一つ。形を変えた(・・・・・)、ということ。ビーム――BT兵器・光学兵器の近接武器はスイッチが入ると一定の形状を保つように制御される。1mと設定されれば1mしか形成されない。この設定を変えられるのは技術者だけで、たとえ知識と技術をもった操縦者がいても、戦闘中では変更できるほどの余裕は全くない。

 

 単一仕様能力の形状変化。こんなの……聞いたことがない。恐らく、いや確実に世界初の偉業だ。あの織斑千冬ですら(・・・・・・・)不可能と言わせた事を……。

 

 流石、と言うべきかしら? きっとどれほどのことか、織斑は気付いてないんでしょうけど。

 

 あと一撃で終わる私と、一撃入れられるかの織斑。ここで射撃武器を使えば簡単に済むんだろうけど、そんなつまらない決着は望んじゃいない。

 

「………」

「………」

 

 無言で構え、音も声も無く合図を交わす。残りエネルギーを全て使いきるつもりでスラスターを全開にして突撃する。

 

 その前に、轟音が響いて、アリーナは揺れた。

 



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27話 「すぐにでも嫁に参ります」

(いったぁ~~)

 

 腕とブレードが折れなかったことが不思議なくらいの力を腕全体で感じつつも、攻める手を止めない。距離をとったら最後、こんな量産機では二度と近づけません。しかし近接戦で一夏様に勝とうなんて泳いで世界を一周することよりも難しい。それは不可能と同義。

 生身で勝つこともできないのに、IS戦なんて論外。蒼乃姉様の『白紙』と同等以上の機体性能を誇る『夜叉』とこんなポンコツでは論外の論外の論外の論外の論外の論外の論外。

 

 た・だ・し。勝機がないわけではありません。蜘蛛の糸より細く脆いんですけれど。

 

 ココが学校であること、そして殺し合いではなく試合だということ。何重にも掛けられたリミッターのせいで半分の力も出せない『夜叉』の状態と、学園生だけでなく各国の要人も直に観戦に来ている決勝戦という場が、私の可能性を上げてくれる。

 誰よりも私を理解しているが為に手を抜きにくく、でも手を抜かなければならない今が最大の好機。蒼乃姉様が許可を出すのか、もしくは一夏様が自ら吹っ切れるか、そうなったら如何に私と言えども勝ち目はなくなる。大きく成長した織斑さんが時折見せた奇跡も通用しないでしょう。というより元からアテにはしていませんけど。あの金髪さんを足止めしてくれれば十分。

 

「はっ!」

「おおっと……」

 

 右、左、上、下と縦横無尽にひたすらブレードを振り続けても、掠ることなく避けられ、いなされる。水のように流れる身体を留める事はできず、鋼のような守りは傷一つ付けることはおろか逆にこちらが痛手を負う。

 故に攻める。休むことなく攻め続ける。逃げられないように、攻められないように。弾かれる度に手が痺れても、一撃も入れられないとしても、私が出来る事はそれしかない。

 

「よし」

「……!」

「今度は俺の番だな」

 

 もう見切られたというのですか!? 速すぎます!

 

「くっ……」

 

 高速で抜かれた武器をブレードでなんとか防ぐ。今までで一番強い衝撃が指、手首、腕、肩を通って全身へ響いた。

 

 四枚の浮遊シールドを上手く操って弾き続けてきた一夏様はここにきて初めて武器を展開した。『LM-ジリオス』……ですね。まだ『SW-ティアダウナー』よりマシだと思うべきか、否か。どちらにせよ望月製の武器はどれもハイスペックで、頭のネジが百本ほど飛んでるんじゃないかってぐらいおかしな設計で有名。ピーキーすぎて需要のないそれらを手足のように使いこなす一夏様はやはり素晴らしいです!

 

 ………失礼。

 

 まぁ、危機と言えば危機でしょうか。まだ動きも見えますし、ブレードもしばらくは持つ――

 

 バキンッ!

 

 ……持つと思ったんですけどね。

 

「ようやくか、結構時間がかかったな」

「あら? 安心する暇なんてありますの?」

「お前がしてくることにイチイチ驚いて突っ込んでたらキリがないんでな。考えない」

「そう言われると、驚かしたくなりますわ」

 

 ぽいっと折れたブレードを捨てて、スペアを取り出す。展開しておいて思うのも可笑しな話、このブレードは大した意味を持たない。何度も何度も振りぬいて折れなかったのは一重に一夏様が防ぐのではなく、流していたから。たったの一合で折れたのは『ジリオス』での攻撃を受けたから。

 

 『ジリオス』はただの刀ではなく、刃の部分が“ニュード”と呼ばれるエネルギー体で覆われており、切れ味を増している。『雪片弐型』が刀身を二つに割って完全なビームの刀身に切り替わるのに対して、『ジリオス』は刃を覆うようにニュードが発生し、刀としての形を崩さない。勿論物理刀としても扱える。

 この“ニュード”。実はかなり危険な物質なのですけど、兵器化するあたり流石望月と言ったところですか。

 

 とにかく、普通のBT兵器とは違った物質“ニュード”を使用した『ジリオス』は、オルコットさんの『スターライト・MkⅢ』以上の威力を秘めている。現在のブレードを始めとした武器、装甲はBT兵器に対してある程度の耐性がつけられており、たったの一撃で武器破壊までいくことは無いんですけど……。

 

「11本目。どうした? もう終わりなのか?」

「分かっているくせに……いやらしいお方」

 

 やはりというか、一撃しか持ってはくれませんか。………いや、バターのように溶かされて盾にすらならないよりはマシと考えましょう。

 

「だろ? という事で俺は諦めろ」

「まさか! そんな可愛らしい一面も素敵です!!」

「か、可愛らしいって………はぁ」

 

 むぅ、肩を落としているにも関わらず、一撃も入れられません。こうして考えている間も会話している間もずっと攻撃しているというのに……悔しいですけど、やっぱり一夏様は素晴らしい方です。

 

 ただでしてやられるつもりはありませんけど。それでは“戦略級”の名が廃れます。

 

「そろそろ終いだ」

「できるとお思いで?」

「思ってない。が、ここで決めないとメンドクサイ事になりそうだからな」

「あらあら。私の事を分かっていただけて嬉しいです」

 

 返事は無く、答えは構え。鞘は無い為威力は衰えるだろうけど、腰だめに『ジリオス』を構える姿は抜刀術。

 

 “刀()(イタチ)”、ですか。

 

 雑学ですが、更識に伝わる剣術は拳術でもあるとか。同じ“鼬”でも、“刀剣”と“刀拳”があるとは聞いていましたけど……真でしょうか? 気になります。

 

 ま。それはさておき、集中しなければ。

 

 ………。

 

 向こうが気になりますわ……。

 

「ふっ」

「!?」

 

 緩んだ隙を……!

 

 なんて予想通り(・・・・)なんでしょう! うふふっ。

 

 架空の鞘から放たれた『ジリオス』は高速で私に迫り、ぴたりと止まった。刃の先には、私の………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………なんて奴。

 

 考えごとをするなんていう誘いを受けてみたらこれか。

 

 試合とはいえ、戦闘中にISの展開を解く(・・・・・・・・)なんてな。流石は“戦略級”、考えてる。

 

 勝敗条件は相手チームのシールドエネルギーをゼロにすること、気絶等の試合続行不可能な状態になること。後者はやり過ぎると反則を飛び越えて説教では済まなくなるので、殆どは前者で試合は決めること、もはや不文律のようなものだ。世界大会であるモンド・グロッソのルールブックにも、展開を解いたら失格、なんてものは書かれていない。勿論、今回の試合でもそうだ。ただし、非常に危険。

 

 放ったのは“刀剣・鼬”。それが桜花――ラファールの胴体部分を斬り裂こうとした瞬間、桜花は胴体部分のみの展開を解除した。ISの一部を展開する部分展開の真逆、部分解除。

 展開していなくても、ISは操縦者を守ってくれる。ただし、それは怪我をしないという意味合いではなく、死なないという意味。ISのエネルギーを上回る攻撃には耐えられずに威力は貫通し、決まって操縦者は大きな怪我をする。余りにも大きすぎる場合は死ぬ事だってありえる。“ニュード”ならもっての外だ。

 

 桜花はそれを知っている。分かっていてやって見せた。『ジリオス』を寸止めすることを分かっていたんだ。逆にそこまでしなければ、俺に一撃を入れる事はできないと判断したということでもある。

 

 呆れてモノも言えない……。

 

《なんて危険な事を……!》

 

 珍しく『夜叉』も怒ってやがるよ。

 

「死ぬぞ」

「死にません。止めると分かっていたのですから」

「そこまでして勝ちたいのかよ」

「勿論です!」

 

 だらりと垂れ下がった左手は俺に向けられ、ライフルが握られていた。ライフル……と言うよりはマスケット銃だな。流石に木製のパーツは見られないが、限りなく似せようとしているのか、茶色に塗られているしわざわざ木目も付けられている。装飾は無し、スコープなどのカスタムパーツも見られない、ISの武装とは思えないほどアンティークな雰囲気があり、飾り気も無くシンプル。トリガーから数センチ離れたところにマガジンが取り付けられているのがよく目立つ。

 

 どこかで見た覚えが……気のせいか?

 

「私に専用機はありません。ですが、使い慣れた武器ならあります。ご存じなのではありませんか?」

「………見たことはないが、聞いたことはある。随分古風な銃を改造して使う酔狂な奴がいる、と」

「くすくす。そうですね、実に酔狂な奴です。威力も射程も劣るというのに。ですが気に入っているのですよ。手を加えたとはいえ、変に機構化されていないシンプルなこの子が。まあこれはIS用なので機械100%なんですけど」

 

 桜花は銃口を俺から逸らし、両腕で愛でるように抱きしめた。

 

「望月に頼んで私が実際に使用しているこの子を再現(・・)してもらいました。おかげ様で、試射する必要もありません。同じように使いこなして見せましょう」

 

 槍、ステッキ、ロッドのようにクルクルと銃を回し、もう一度俺に銃口を向けて引き金に指をかけ、俺に向ける。

 

「ご紹介します。私の相棒、『桔梗(キキョウ)』です」

 

 その銃口から覗く先は、とてもどす黒い。試射の必要は無い、という事は使ったことがないということ。望月がいつ作成し、いつ桜花が入手したのかはわからないが、今日のこの日まで触れることは無かった。にも関わらず、感じる。一度も弾丸を撃ち出したことのない銃から、血のニオイを。

 

 一瞬だけ、背筋が凍った。

 

「俺には名乗るほどの武器は無いな。言うなら、ISそのものが相棒だ」

「専用機ですからね。それが当然でしょう。故に、ここからは更に過激に参りますよ」

「来い」

「行きます」

 

 桜花が『桔梗』を振りかざして真正面から向かって来た。どう考えてもマスケット銃で俺を殴るようにしか見えない。大丈夫なのか? 

………いや、型にはまるな。そんな考えは無意味だ。

 

 遠慮せずに『ジリオス』を振り抜く。触れたものを切り裂くその刃は、嫌な予想通り『桔梗』に阻まれた。同じ望月製だし、背筋が凍るほどのプレッシャーを発したこの銃を簡単に切れるとは思わない。

 

 力の限り押し合い、火花を散らせる。ふっと力を抜いても、分かっていたように桜花にも力を抜かれて体を崩せない。ガードが異様に固いな、まるで別人だ。どうしたものかな……。

 

《マスター!》

「……!? しまっ――」

 

 突然の『夜叉』の警告。ほんの一瞬だけ気を緩めた俺を桜花が見逃すはずはなく、手痛い反撃をくらった。

 

 『桔梗』をステッキのようにくるっと一回転させ、鍔競り合いをしていた『ジリオス』は巻き込まれて彼方へと飛ばされた。

 これには結構驚いたが、素早く頭のスイッチを切り替える。新しく武器を展開するか、距離がとれるまでシールドで防御するか。迷わず後者を選んだ。武器を展開しても弾かれるだけだし、今の桜花に射撃戦は分が悪いと思われる。それだけの迫力がある。それに、俺は素手の方が強い。

 

 背中にまわしていたシールド全四枚を前に移動させ、視界を遮りながら身体を守るようにひたすらランダムに動かす。迂闊に撃てば角度を調整して反射できるように準備しておく。正確に銃弾を狙った場所に命中させ跳弾で攻撃する“反射弾丸(リフレクト・バレット)”という高等技術を応用したものだ。初見で見切るのは不可能に近い。これを反撃の切り口にしよう。

 

 あえて一発の銃弾が通れる隙を作る。普通に見てはわからないぐらいの小さな穴を自然を装って。桜花は……乗った。

 

 前方三枚のシールドを通り抜けた弾丸を四枚目で弾く。勢いを殺さずに進行方向を変え、残ったシールドで軌道を調整して桜花へ向けて弾き返した。速度は幾分か落ちているが、まだまだ捉えにくい速さだ。命中する。弾を追うように前進して拳を握り、どこでも狙えるように目を凝らした俺が見たものは、さらに弾かれた弾丸だった。

 

(どこから……!?)

 

 シールドを前面に押し出していたのが裏目に出た。視界が制限されて肝心な場所が見えづらい。ただし引くわけにもいかない。このまま攻める。

 

 次の瞬間、身体がくの字に折れるほどの衝撃が腹に響いた。

 

「ぐっ……!」

 

 追い打ちをかける桜花の『桔梗』をシールドで弾いて距離をとる。まだ痛む腹を抑えながら桜花を視界に入れた。

 

「……二丁だったのか」

「私としては『桔梗』までしか使わないつもりでしたけれど、一夏様はそこまで甘くありませんし、ありのままの私を知っていただきたくて、つい……ふふっ」

 

 弾かれた弾丸も、俺へのカウンターも説明が付く。

 

 なんてことは無い、皇桜花は二丁の銃を使いこなしている。

 

 右手には『桔梗』。近くでも振り回していることから、メインがこちらだと思える。そしてさっきまでは無かった銃が左手に握られていた。

 『桔梗』が中世を想像させるクラシックなマスケット銃、対して左手の銃は現代では見慣れたグレーのシンプルな自動拳銃だった。銃身下部にはナイフが取り付けられているので、こっちでも近接戦が出来るってことか。

 

「こちらも私の相棒、『忍冬(スイカズラ)』です」

「……それが、お前本来のスタイル」

「はい」

「さっきの射撃は左手の『忍冬』か?」

「ええ。こちらも望月製で、徹甲弾を使用しております。勿論、『桔梗』も」

 

 どうりで効くわけだ。装甲が薄いとはいえ、『夜叉』の装甲は特殊なものを使用している。ただの弾丸じゃあ傷をつけられない。だが、使われた徹甲弾と銃は、内側にまで衝撃を届かせるほどの威力を叩きだせる、か。

 

 流石、桜花だな。

 

「そろそろ俺も攻撃しないとな、このままだと負けそうだ」

「そのままやられてくださいな。すぐにでも嫁に参ります」

「お断り、だ!」

「そんなに恥ずかしがらなくても……」

「ポジティブな奴め……」

 

 嫁がとうとか、結婚がどうとか、勝手に決められては困る。何より姉さんが怖い。これ以上はいい加減面倒……手間がかかるので終わらせよう。さっさとぶっ飛ばしてベアトリーチェのフォローに行かないと。

 

 取り出しますは『炸薬狙撃銃・絶火』。銃の破壊は難しいが、弾くならお釣りがくるほどの威力がある。桜花なら炸薬弾を撃ち抜いてきそうな物だが……。速度ならこっちに分がある。こだわらずに攻める。

 

 俺より少し高い位置に滞空している桜花をスコープ越しに捉える。視界いっぱいにラファールが広がった。

 

 だが、俺が注目したのはその向こう側。

 

《しつこい相手ですね。また来ますか……》

 

 桜花の背後、アリーナの外、更に上空に複数のISを見つけた。そしてこっちへ向かってくる。

 

「桜花! こっちに来い!」

「!? ………これは、敵!」

 

 間もなくソレは電磁シールドを突き破って侵入してきた。

 




 なんとなく皇桜花のモデルがわかったんじゃないかなーと………


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28話 「俺は驕っているだけの馬鹿野郎だった」

 ちょっぴり長め


視認できたのはおよそ三体。そのどれもが前回乱入してきた無人機とは様々な点で異なる。カラーリング、フォルム、装甲、武装等々。細かく上げればキリが無い。

 

そしてはっきりわかること、それは前回とは違う勢力だ。

 

人間には個々が何かしらの拘りを持っている。分かりやすい例がイタリアの速度への執着と信仰だろう。とある分野を極める人種にとってはプライドも同然で、譲れないモノだ。それは滲み出るように、主張するように拘りは表れる。

 

だから理解できた。奴等は新しい勢力と。今の今まで現れなかっただけであって、何者かがIS学園を狙うのは珍しくない。世界最先端の技術、各国の機密がココに集まるんだ。誰もが喉から手が出るほど欲しいに決まってる。

 

とにかく、敵であることには代わりない。さっさと返り討ちにしてやる。

 

『夜叉』が指示する前にサーモセンサーを起動させ、無人機であることを確認して弾かれた『ジリオス』を拾う。

 

「ベアトリーチェ、桜花、織斑! こっちまで下がれ!」

 

まずは現状確認。以前なら一体だったので素早く済ませることができたが、複数で攻めてきた今回はそうもいかない。

目的は不明。恐らくはデータ収集、新型の確保と思われる。パーツの一部すら持ち帰らせず、データ収集もできないほど一瞬で破壊するのが望ましいな。

戦力。三対四――いや、姉さん合わせて五。数では勝るが、試合の損傷からしてベアトリーチェと織斑は数に入れられない。特に織斑はバッサリとPICを斬られているので動くことすらままならない。現にベアトリーチェに肩を借りてこっちへきてる。ベアトリーチェもシールドエネルギーが怪しい。二人を守りつつ撃破しなければならない、か。

 

余裕だな。

 

「ベアトリーチェと織斑はアリーナの端で待機。流れ弾に一発も当たるんじゃないぞ。盾を貸すから上手く使え」

「当たったら私全損するから、織斑ヨロシク」

「……だな。今の俺は邪魔にしかならない。盾は俺が使う。所有者が許可を出せば他人の武装も使えるんだっけ?」

「ああ。『バリアユニットγ』だ。全方位をカバーしてくれる」

 

そんなに長い時間展開することはできないんだが、あえて言わないことにした。気にする必要はない。そうなる前に終わらせればいいだけの事。

 

「迎撃は私と一夏と桜花」

「誰がどれを潰します?」

「適当でいいだろ。パッと見たが三機とも同じだった」

「では折角ですし、競争しませんか?」

「先に破壊したら勝ち、か。なら――勝った人は他の二人に一度だけ命令できる、なんてどうだ?」

 

この程度、俺達からすれば大した危機じゃない。それでも油断しないに越した事はないが、この遊びを推したのには理由がある。そう、桜花に諦めさせる為。

一対一で戦うわけだから、有利なのは専用機を持つ俺と姉さん。『桔梗』と『忍冬』があるとはいえ、元がラファールじゃあどう頑張っても桜花は数歩俺達に劣る。

 

 勝負には勝ち、襲撃者を撃退できる。なんてすばらしいアイデアだ。

 

《どうでもいいですから、早く倒しましょうよ》

 

 わかってるって。

 

 にやけそうになる気持ちを抑えて、三機が巻き上げた土煙を睨む。程なくして三本の光――ビームが俺達を狙って現れ、それを追うように大量のミサイルの雨が降り注いだ。

 

 あれは……俺達が避けれても後ろの二人は防ぎきれないだろうな。撃ち落とすか。

 

「『ヴェスパイン』だ。最も弾幕の厚い場所を割り出せ」

 

 わざわざ全部を撃ち落とすのは骨だ。誘爆させて全弾破壊する。『絶火』でも十分だろうが、ここは貫通力のある『LZ-ヴェスパイン』を使う事にした。望月が作製した中でも危ない部類に入るこの狙撃銃はニュード100%。世界広しと言えど、純ニュード兵器はこの『ヴェスパイン』と『アグニ』だけ。

 

《視界に表示します》

 

 ぱっと現れる赤いサークル。直径が『ヴェスパイン』の口径と同じって事は、寸分狂わずアレを狙えってことか。

 迫ってきたビームをシールドで防いで狙いを定める。ゆっくりと引き金に指をかけ、躊躇いなく引いた。吸い込まれるようにニュードの緑色の光はミサイルの雨を突き抜けて空を突き抜け、一拍置いて爆発を巻き起こし、アリーナを黒煙で包んだ。同時にアラートがないり響いて以上を知らせる。

 

《ジャミングですね》

(元々破壊される前提だったってことか。馬鹿じゃないらしい)

 

 こっちの戦力を測ってきている証拠だ。ということはあまり手の内を見せない方がいいな。こう考えると『ヴェスパイン』は失敗だったかもしれない。

 

「邪魔」

「姉さん?」

 

 つぶやきと共に『災禍』が形作っていく。それは大剣、『ティアダウナー』も真っ青なデカイ剣を、同じく『災禍』で作りだした腕で振り抜く。たったの一振りで先の土煙と、爆発による黒煙を消し去り、敵を露わにした。姉さん自身が呼ぶ『災禍』を用いたバリエーションの一つ“巨人(タイタン)”だ。

 

「わお」

「相変わらず、唯我独尊なのですね。姉様」

 

 視界を悪くされたまま戦う、という選択肢は姉さんには無い。どんな状況であれ、不利に陥っても五分に持ち直し、流れを自分へ引き寄せる。相手が有利になる状況を作らせないのが姉さんの凄いところだ。

 

「んじゃ、お先」

 

 後ろから色々と聞こえてくるが全部無視。これは勝負だからな。

 

 そう、勝負。だからさっさと終わらせよう。

 

 先程のように大きな一撃は無く、代わりに弾丸の壁が押し寄せた。両手に持っている銃だけじゃない、背中、腰、膝、肩と至る所に銃器が取り付けられている。他の二機を見ても全く同じ、コイツが砲撃型というわけじゃないのか。確かにこれだけの火力があればアリーナの電磁シールドもぶち抜ける。ただし、IS戦で低速は命取りだ。俺みたいな速度特化が相手だと特にな。

 

「気付いたってもう遅い」

 

 減速せずに飛びかかって両腕を握りつぶし、ブレーキをかけるように全体重を両足に乗せて相手の膝を破壊した。一瞬で四肢を失った無人機は背中のスラスターを吹かして逃げようとしたが、逃がすはずもなく首を掴んで地面へ叩きつける。頭部も失ったため、胴体だけになった身体へ一発、拳は貫通して地面に穴を開けた。動かなくなった骸を空へ放り投げて『絶火』で破壊、四散した。

 

「こんなものか」

 

 ふぅ、と軽く息を吐いて両隣を見る。姉さんは煙を払った“巨人”をそのまま叩きつけた様で、無人機は粉々に潰されていた。桜花の方の無人機は的確に関節を撃ち抜いた揚句、ハチの巣よろしく穴だらけ。

 

 これは、引き分けかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒の避難誘導をしていた私が気付いたのはある意味奇跡だった。なんとなくアリーナが気になって、ヘッドギアだけを部分展開してレーダーを見ていた時に、それは急に姿を現した。

 

「これは……増援? もしくは新手?」

 

『ミステリアス・レイディ』は高速でココへ向かってくる機体を捉えていた。数は二。片方はさっき乱入してきた機体と似た信号を出しているけど、もう片方は全く別。争いながらこっちへ来ているわけじゃなさそうだし、仲間と見るべきね。蒼乃さんは中に行っちゃったし、これはようやく私の出番かしら?

 

 ……いけないいけない。襲撃されて喜んじゃダメでしょ。

 

「簪ちゃん、マドカちゃん。みんなをよろしくね。おねえさん行く所あるから」

「迎撃なら手伝うぞ」

「大丈夫よ。これは私の仕事」

 

 ありがたい誘いを断っ……って気付いてたら教えてよ! ……と、とにかく移動しなきゃ。

 

 列を離れて人のいない場所まで移動してISを展開。少しでも学園から離れた場所で迎え撃つ為に全速力でこちらへ来る敵の方へ急いだ。

 

「ぐっ!」

 

 程なくして、私は海に落ちた。

 

(何、今の……攻撃された!? この距離で!?)

 

 レーダーではまだ数十km離れた場所にいる事を示している。移動を止めたわけでもない。どれだけ索敵能力を上げて、射程がある武器を使っても私がいる地点まで誤差なく攻撃できるなんて不可能に近い。それだけの射撃能力を持ったISなんて聞いたことないし、それを可能にする武装はIS二機で使えるものじゃない。

 ステルス機能を持った機体がここにいる? ……だったら今も追撃してくるはず。

 

 つまり、相手は何らかの方法でこれだけ離れた私を攻撃してきた事になる。

 

「無人機なんてありえない物作った奴らなら、私が知らないISや武装を持っていても不思議じゃないかもね」

 

 とりあえず、これで納得しておこう。今はやることが他にある。

 

 空中はまた攻撃されそうだから、水中から進もうかしら。丁度使ってみたい機能もあることだし。実戦ではまだ使ったことないのよね。

 

「特殊武装『人魚姫(マーメイド)』。久しぶりね、コレ」

 

 水中はたとえISであっても動きが鈍ってしまう。それを解消する為に、『ミステリアス・レイディ』に試験的に実装された新機能。それが『人魚姫』。

 普段は閉じている機体各所に幾つもの空気を噴き出す噴射口を設け、水中での高速移動をサポートする機構。ただソレだけなんだけれども、これが結構強力。空気の圧縮量や噴射時間を細かく変更できる為、不可能と言われた水中での細かな軌道も可能にした。長距離高速航行もできる為、水中戦においてかなりのアドバンテージを得られる。学園では単にそういった機会が無かっただけ。

 

 上手く引きずり込めればいいけれど……。まずは近づかないとね。

 

 空と同じように加速するが、速度は段違い。メーターも『ミステリアス・レイディ』の最高速度を優に超えている。動きも滑らかで、ひょっとしたら水の中の方が強くない? ってぐらい。おかげで妨害の為の攻撃は全く当たらずに進める。

 

(そろそろね)

 

 残り五kmを切ったところで少しずつ浮上する。海面ギリギリを泳いで(・・・)、敵を真上に捉えた瞬間跳ねた。飛沫を纏って躍り出る姿はまさに人魚姫ね。

 

 数はレーダーの通り二機。読んでいた通り、アリーナに入ってきた機体と、見たことのない機体。前者――恐らく前回同様無人機はどうとでもなる。問題はもう一機。

 

 強い。久しぶりに身の危険を感じるほどに。こっちは後に回しましょう。

 

「はっ!」

 

 前進に装備された銃の砲門をこちらに向ける前に『蒼流旋』で一突き。重武装高火力の割に装甲は堅くなく、あっさりと貫いた。そのままガトリングを零距離で連射してもう一機へ放り投げる。

 

「はぁ……」

「……喋った?」

 

 少なくとも溜め息は聞こえた。私が放り投げた無人機をゴミのように弾いて海へ叩き付けた敵は無骨な槍を肩に担いで語り始めた。

 

「気付かれるだろうなーって思ってはいたけど、まさかこんなに早くこっちに来るなんて思ってなかった。アンタが更識楯無?」

「聞かなくても知っているんでしょ? アナタは誰かしら?」

「さぁ? 誰かな?」

「親切じゃない子はおねえさん好きになれそうにないわ」

「どうやってこんなに近づいた? 海中を通って来たんだろうが、お前は予測していたよりも早く来た。それは空中よりも速いということ」

 

 なんて言うか、やりづらそうな相手ね。単純なおバカの方が面白くて弄りやすくていいんだけど。

 

「教えると思って?」

「嬲り殺しにして嫌でも見せてもらおうか」

「できるものならやってみなさいな」

「………」

「………」

 

 目の前の機体を今になってじっくりと見る。既存のISとは全くと言っていいほど異なる仕組みの様で、PICが搭載されているにも関わらず両足はそれほど大きくない。腕も人間より一回り大きいぐらいのサイズ。ISは両手両足を機械に突っ込むように装着するが、目の前の機体はぬいぐるみを着るように装着している。腰にはブースターが取り付けられて、背中には量子分解せずに装着された二種類の武装。銀と金で塗られた装甲で全身を包んでいる。

 

 もしかしたら……ISとは全く別のナニカ?

 

 よく見てはいないけれど、破壊した無人機もISより小さかった気がする。そもそも無人機という時点でISとは言い難い。……何者なの?

 

 絶対に捕まえて吐かせる。これは、また世界を揺らすわ。

 

「……止めた」

「?」

「イオ、退くぞ」

「なっ……待ちなさ――」

「喋るより、目と耳を塞いだ方がいいぞ」

 

 いきなり何を言い出すのかと思えば、敵は黒いボール――グレネードを取り出して投げつけてきた。

 

「くっ……」

 

 『蒼流旋』のガトリングで迎撃する。命中したグレネードはカン、と跳ねた後白く光りはじめた。あれは……

 

(フラッシュグレネード!?)

 

 目と耳を塞げってそういう意味だったわけね……! 慌てて迎撃なんてするんじゃ無かった。でもまぁ、どちらにせよ爆発していたんでしょうけど。

 

 『アクア・ヴェール』で正面に壁を作り、両腕で耳を塞いで思いっきり目を閉じた。それでも網膜がやけるんじゃないかってくらい眩しい光と、鼓膜が吹き飛びそうなほどの轟音で頭が揺れた。

 数分程してようやく感覚が戻ってきたので、ゆっくりと目を開く。当たり前だけど、ここに居るのは私だけだった。上空や海中にも、機体の反応はない。

 

「はぁ……なんか最近イイトコ無しね。帰ったら簪ちゃんに慰めてもらおうかしら?」

 

 その前に、ログとスクリーンショットの画像を本家に送って調べて貰うのが先ね。一年生はもうすぐ課外授業があるし、夏休み明けには学園祭があるから招待状も書かなきゃ、忙しいったらありゃしない……。

 

「はぁ」

 

 溜め息が出るのも仕方ない、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事後処理が済んだのは日が暮れてからだった。今日は以前と違って全学年が参加することになっていたし、外部からの人間も見られた。同じ襲撃を受けた、でも学園にとっては規模が違うらしい。落ち込んだ様に見えた楯無様は忙しそうにペンを走らせていた。邪魔にならないように、数日は大人しくしておくとしよう。

 

 マドカは……食堂か。暇だな……。結局、桜花との勝負は引き分けだったし、以前から校内で流れていた噂とやらも、トーナメント自体が中止になったからナシ。と言っても、決勝戦まで行ってたわけだから、決まったようなものだよな。

 

 『夜叉』のメンテナンスは明日以降にやるとして、今日は何をしようか……。テレビでも見るか?

 

 考えてみれば、学園に入学してから一人の時間が無くなった。まぁ守護霊の様にピッタリ寄り添う相棒がいるから、それは殆どありえないんだが。それを除いても、常に隣にはマドカがいて、気が付けば姉さんと腕を組んでいて。主がいて……。昔とは大違いだ。

 

 昔? それは、施設にいた頃なのか。それとも、それ以前の頃?

 

 そういえば、俺は施設に入れられる前はどこでどんな生活を送っていたんだろうか?

 

《マスター。お湯が湧きましたよ》

「ん? おお」

 

 いつの間にかケトルの水が湯に変わっていた。さっそくコーヒーを淹れてゆっくりと飲む。うん、悪くない。やっぱり部屋にキッチンや冷蔵庫があるっていいよな。

 

 コンコン。

 

「……どうぞ」

 

 ……夜中に何の用だ? しかも、今日は色々と騒がしかったから疲れてるってのに。

 

「………」

 

 驚いたことに、客人は織斑だった。『白式』はボロボロで、コイツも疲れてるだろうに。

 

「何の用だ?」

「聞きたいことがあってな。邪魔なら帰る」

「……コーヒーでいいなら出す」

「え、ああ……悪いな」

 

 俺のイスに座るように促して、織斑にコーヒーを淹れて渡した。俺の分は残り少しを飲みほしてからおかわりを注いで、マドカのイスに座って織斑と向かい合うように向きを変えた。一口すすって話を切り出す。

 

「以外か? 部屋に入れたことが」

「俺のことを嫌っていたじゃないか」

「まぁな。でも、最近はそうでもなくなった。それに、嫌いな俺の部屋に来てまで面と向かって話したいことがあるんだろ? 追い返すほど俺も鬼のつもりは無い」

「……助かる」

「で、話は?」

 

 織斑はコーヒーを一口だけ飲んで、口を開いた。

 

「自分で言うのも嫌なんだが、俺は普通という基準より上の方にいると思う。デキル奴なんだって自信もある。色んな分野で結果も残してきた。姉さんに泥を塗らない為に、俺はただの弟じゃないってことを証明する為に」

「織斑千冬、か」

 

 分からなくもない。というか分かる。俺にも人類を超越したとしか思えないデキル姉がいるからな。

 

「そんな俺にとってはISって関心の外側で、ここに来るなんて考えもしてなかった。連れて来られて、専用機持たされて、勉強して、クラス代表になって……色んな経験したよ。最初はスゲェ嫌だった。入学する前はやりたいことがあったからな。でも今は少しもそんなこと思ってねえよ。毎日が為になるし、楽しい」

「………」

「それで気付いたんだ。いや、今まで以上に思い知らされたのか? どっちでもいいか。とにかく、俺は驕ってるだけの馬鹿野郎だった。負けてようやく気付いたよ」

「クラス対抗戦のことか?」

「そう、それ。辛勝とはいえ代表候補生の鈴に勝てた。半分嬉しかったけど、もう半分呆れてて、結局ISもこんなもんなのか……って勝手に思ってた。たった一ヶ月ちょっとの奴に負けるようなのが代表候補生なんだなってさ。結果それは大間違いだったわけで、お前にボコされるわけだ。負けるのなんて何度もあった。でも、初めて本気で悔しいって思ったよ。同年代の男に、一緒に入学したってのに、相手は訓練機だったのに、手も足も出なかった」

 

 俺はお前より1歳年上だし、そもそも下地が違うから当然なんだけどな。お前から見れば関係無いか。

 

「意地になってでも認めたくなかった。駄々までこねた。馬鹿みたいに訓練もした。それでも、俺は勝てなかった。それどころかビビっちまった。それからも色々と見てて思ったよ。この間の模擬戦とか、今日の決勝戦とか、無人機が乱入してきた時とか。俺とお前は育った環境とか、住んでる世界が違うのかなって。お前と関係のある皇さんもきっとそうなんだろうなって」

「お前の言うとおりだ。桜花はどうだろう……本人に聞いてみろ。更識っていう俺が仕える家は日本の名家で、この国に根付いている。それこそ、政治にもな。そういった主人を守るのが俺達従者の役目で、その為に手段を色々と学んだ。戦い方も、人の殺し方もな」

「やっぱか……」

 

 ふう、と一息ついてコーヒーを飲んだ織斑は言葉を続けた。

 

「だからって、諦めるつもりは無い。悔しいままは絶対に嫌だからな」

「何を?」

「お前に負けたままだってことがさ。事情はわかった。でも、それが俺が負ける理由にはならないよな。勝てるまで強くなればいい」

「随分と前向きだな」

 

 確かに、コイツ変わったな。前までの高慢な雰囲気が全く感じられなくなった。成長したってことか。

 

「どれだけ困難なことか、分かるか?」

「逆に燃えるね。楽に行かなかった試しが無い俺にとっては、いい経験だ」

「……本当に、前向きな事だ。精々頑張れ」

 

 何かを志す人間はどこまでも強くなる、誰かがそんなことを言ってたっけ。じゃあコイツはどこまで伸びるんだろうか……少しだけ、楽しみだ。

 

 そう言えば、俺もコイツに対して思う事が無くなったな。これも成長……なのか? まあ悪化じゃあ無いだろう。

 

「ソレだけを言いに来たのか?」

「いや、特に考えて無かった。ただ何か言ってやりたいなーぐらい」

「はぁ」

 

 天才とか言われる割には結構な馬鹿だな。でも、今の織斑はそんなに悪い奴には見えない。騒がしいだけじゃ無くなったし、コイツなりの考えもあるみたいだ。これからどんどん立派な人間に変わって行くことだろう。さなぎから蝶になったように、清々しくなった。

 

「んじゃ、帰る。邪魔したな」

「全くだ、帰れ。そろそろ妹も帰ってくる」

「おお、それは怖い」

 

 ドアを開けて織斑が閉めようとした時、俺はふと思ったことを口にしていた。

 

「一つ聞いてもいいか?」

「何を?」

「ここに来る前に、お前がしたかった事って何だ?」

「ああ、それ? それは―――

 

 

 

   ―――行方不明の兄と妹を見つけること」

 

 

 

「………見つかるといいな」

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。自室でお茶を飲んでいた私を楯無が訪ねてきた。

 

「ちょっといい、蒼乃さん」

「昼の事?」

「そう。学園の外にこんな機体がいたわ。しかも無人機を従えてね」

「……」

 

 見せられたのは数枚の画像。映っていたのは見たことも聞いたことも無いIS。全体的にスリムだし、全身が装甲で覆われている。領域内に武装を保存せずに、背中のホルダーで固定したり、見ただけで分かる全く違う構造。

 

 ISじゃない。

 

「ISとは違う新しい機体」

「やっぱりそう思う?」

「一部技術が応用されているとは思う、でもこれをISとは言えない」

「根拠は?」

「勘」

「………」

「冗談」

「無表情だと嘘か本当かまったくわからないので止めてくださいおねがいします。それで?」

「ISである、という定義は?」

「質問を質問で返すって……」

「いいから」

「えっと……女性しか乗れない?」

「一夏と織斑秋介という存在がいる以上、それはもはや定義として成り立たなくなった。もっと他の、はっきりとしたモノがある」

「ISがISである理由か……。あ、もしかして、コア?」

「そう」

 

 もっとも、私の考えだけど。

 

 ISはコアからのエネルギーによって活動し、コアが保有する領域内に装甲と武装を格納している。そして意識があり、常に成長を行い、ありとあらゆるデータはコアによって観測、保存される。当然、コアを抜けばISはぴくりとも動くことは無い。コアが無ければISなんてただの鉄屑でしかない。

 

「写真の機体には恐らくコアが内蔵されていない」

「なるほど……確かに、あのサイズを格納できる場所はどこにもなさそうね。身体を装甲で覆っているだけにしか見えないわ」

 

 待機状態のISはアクセサリーで、この時のコアは角砂糖よりも小さいのが殆ど。そしてIS本来の状態では、コアはソフトボールやリンゴ並に大きく、攻撃を受けにくい場所とされている背中に配置され、装甲で何処よりも強固に守られる。私の『白紙』も、一夏の『夜叉』も、楯無の『ミステリアス・レイディ』も、訓練機だって例外ではない。破壊は不可能とされてはいるものの、本当に何かあって壊されては堪ったものじゃないから。

 

 そのコアが、この機体には見られない。正確に言えば、コアを格納していると思われる場所が見つからない。襲撃してきた無人機は兎も角、写真の機体は有人機だと楯無は言った。それを考慮して人体があると思われる空間を除けば、頭、腕、脚、身体、どこを見てもそんな余裕は全くない。

 

 もしもあるとすれば、それは……。

 

「現段階では情報が無さ過ぎる。それでも敢えて言うなら、これはISではない」

「蒼乃さんが言うなら、そうなんでしょうね」

「アテにされても困る」

「本家に伝えて情報を集めてもらってるから、何か分かったらまた連絡はするわ。ありがとう」

「ええ」

 

 にっこりと笑って楯無はドアを閉めた。

 

 イスに座りなおして、湯呑みを口に運んだ。程よい温かさの緑茶が喉を通って身体を内側から温めてくれる。

 

「また面倒なことが起きそうね、シロ」

《嬉しそうな顔ね》

「一夏の成長にはとてもいい機会。それに、一夏は今回も私の元へ来るでしょう? 姉さん手伝って、って」

《はいはい、そうですね。このブラコン》

「ふふっ」

 




 なんだか見づらくなってきたので、《》とか『』の使い方を変えてみようかなー………なんて


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29話 「負けた」

 短め


 夏が来た。またしても、この季節が。

 

「あっつーい」

「リーチェ、それは夏だから……」

「簪の言うとおりだ。夏だから暑くて当たり前だろう」

「ぶぅ。紫外線とか、その他諸々は乙女の天敵なのよ!」

「私は……外に出ないから」

「クーラーばかりだと、身体に悪いわよ」

「大丈夫……扇風機派」

「どんな派閥よ……一夏、簪が外に出たがって無いわよ。従者として主の健康管理もしなくちゃいけないんじゃない?」

「そんなの兄さんには言うだけ無駄だ」

「なんで?」

 

 そう、俺こと森宮一“夏”は……

 

「兄さん、夏が苦手だから」

 

 夏が嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、来週から一年生は課外授業だ。タイムスケジュールは配ったしおりの通りだから、必要なものがあるなら今のうちに買っておけよ。売店に無いものは休日に揃えるか通販で取り寄せるように」

 

 ひさしいぶりの大場先生登場。

 

 帰りのSHRで発表されたのは来週末に行われる課外授業についてだった。年間行事予定表にしっかりと書かれているし、部活動に所属しているなら先輩から色々と聞かされている為驚きは無いが、その分楽しい話を聞かされているので騒ぎようが半端じゃない。

 

「ということは……海か!」

 

 妹のはしゃぎようも凄かった。

 

 二泊三日で旅館を貸し切るそうだ。初日はバスの移動で、到着してからは自由時間になっているらしい。ここが一番楽しいとか。水着を着て海で遊びまくるのが毎年恒例なんだそうだ。浜辺でビーチボール、砂遊び、遠泳は……どうだろうか? とにかく、一年生が楽しみにしていることに変わりは無い。二日目と三日目で実習を行い、三日目の夜に学園へ戻る、と。

 

 ちょっとした例外を除いて。

 

「うあー、熱そうね……」

 

 清水のようなインドアはどちらかと言えば休日をゆったり思うように過ごしたいだろうから、外泊は苦手だろう。学校の様に完璧な設備は存在しないはずだから、彼女の様なタイプには退屈な三日間になる。

 

《よりによって海ですって! マスター! ぷっくくく……!》

 

 そして俺。もしくは俺の様な夏が苦手な奴にとっては地獄。三途の川を渡って天使とやらとこんにちはするかもしれないぐらいには苦痛。

 俺の場合、熱いのはまだ分かる。何が嫌いなのかというと……日光と海だ。

 実は肌が弱かったりする。身体の作りからして人間とは違ったりする場所もありはするが、肌に関しては人間よりも弱かった。妙に白い肌もそういうこと。直ぐに日焼けして火傷しそうなのが嫌いだ。

 そして海が……というよりも身体を水に浸かるという事自体が苦手で、海に行けば必ずと行っていいほど沖へ放り投げられるのでひどく困る。泳げないわけじゃない。ただ嫌いなだけだ。泳ぐくらいなら海面を走るね。

 

 ひっそりとやり抜くつもりだが、IS学園でそれは不可能そうなので諦めている。まだ先の話であるにもかかわらず、とても憂鬱です。

 

「来年はから無いのが救いだなー」

「まったくだ」

「……森宮君、この三日間は仲良くできそうだね」

「……清水、どうやら俺とお前は同士のようだな」

 

 日ごろから盗撮して稼いでいる怪しい奴だが、今回ばかりは頼もしい味方になってくれそうだ。

 

「簪、水着を買いに行こう!」

「うん……日曜に行こうね。リーチェも誘う?」

「予定が合えばいいが……」

 

 元気だなぁ……そう言えば去年もこの時期に水着を買っていたような……。どうして毎年毎年新しいものを買いたがるんだろう? 洋服みたいに何度も着るわけじゃあないし、使い回せばいいのに。

 

「休み時間になったら、4組に行こ?」

「分かった。というわけで兄さん、日曜はお出掛けだ!」

「………えぇ?」

 

 俺、行くの? いや、放っておけないから行くけどさ。

 

 水着選びを手伝ってとか、ちょっとした荷物持ちなら別に良いが、お財布担当は勘弁な。この前の駅前スイーツの比じゃないくらい高そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして冒頭に戻る。

 

 ベアトリーチェ……リーチェは親しい友人にそう呼ばせているらしく、俺達もそう呼ぶように言われた。日曜日は空いていたらしく、誰かを誘って自分も買いに行こうとしていたので快く受けてくれた。

 

 学園は無人島を開拓して作られた為、本島から離れている。繋ぐのはモノレールと物資運搬用の港のみ。学生が買い物の為だけに船を使えるはずも無いので、当然モノレールを使用して本島へ来た。

 

 時刻は午前十時を過ぎたころ。そろそろ熱くなり始める。

 

 案の定、文句を垂れるヤツはいたというわけだ。

 

「え!? 一夏って夏嫌いなの? 名前に夏の字入っているのに?」

「悪いか?」

「イーエ。意外だっただけ」

「ふん」

 

 ニヤニヤしながら言ってもムカツクだけなんだが……。

 

「で。どこへ向かっているんだ?」

「直ぐそこに、大きなショッピングモールがあるの。学園の生徒が買い物するとなったら、殆どはココで済ませられるくらい大きい場所」

「私も来たことがあるぞ。すっっごく大きいんだ」

「学園行きのモノレール乗り場と直結しているから、交通の面でも便利なのよ」

「なるほどな」

 

 それは確かに。売店に売られている物は限られてくるから、どうしても外出して買い物をする場面が出てくる。洋服だったり、お気に入りのシャンプーとか、香水とか、好みが分かれる物はどうしようもないし、ゲーム、漫画、CDなどの娯楽関係全般は少しも入荷しない。

 そんな時の最寄りの巨大ショッピングセンターか。確かに便利だし、頻繁に利用したくなる気持ちも分かる。

 

「ここはそんなに大きいのか?」

「まーね。そこのゲート通ればわかるよ」

 

 ということでゲートをくぐる。

 

「なるほどな……確かに」

《これは大きいですね……》

 

 見わたす限りの人、人、人。首を上に向ければ上の階へ上がる為のエスカレーターがそこかしこに掛けられていて、それがずーっと上の最上階まで続いている。どうやら建物の中央は吹き抜けで、エスカレーターが掛けられているようだ。探せばエレベーターもどこかにあるはず。

 筒の様な構造で、円の淵にあたる部分に店がずらりと並んでいた。見える場所だけじゃなく、奥にもまだまだ店があるようだ。買い物袋を下げたIS学園の生徒がちらほらと見られる。

 

 案内板には飲食店から始まって、何から何まで記されている。ここのウリは“ここにない物はない”らしい。

 

「んで、どこへ行くんだ。水着店だけでもそれなりにあるみたいだぞ」

「私のお勧めで良ければ案内するよ?」

「ほう、では私はリーチェのセンスを信じる事にしよう」

「私も、いいよ」

「こっちこっち」

 

 三人はリーチェを先頭にして人ごみの中へ割って入って行った。見失わないようについて行く。女性が多めな為に白い目で見られがちだが、気にしても仕方が無いので全て無視だ。今日は簪様の護衛も兼ねているから、目を離すわけにはいかない。

 

「そういえば……」

「どうした?」

「ラウラは?」

「ああ、織斑先生を尾行するとか言っていましたよ」

「「「………」」」

 

 相変わらずな奴だよな。

 

 店の場所は三階のエスカレーターのすぐ近くにある有名な場所だった。本社がイタリアにある世界的に有名な企業でCMも流している……らしい。テレビは見ないし、服には興味が無いのでまったく知らない。

 

 ただの洋服店だが、季節に合わせて取り扱っている商品が夏物や水着ばかりとなっている。言うまでも無く99.99%が女性物で0.01%が男性物の割合で、当然客も女性ばかり。男なんて付き添いぐらいで、どれも面倒くさそうだ。俺もその一人なわけだが。

 

「さて、どうするんだ?」

「そうだね……各々気に入った水着を持ってきて一夏に見てもらう、とか」

「いいなそれ!」

「……やる」

「それじゃあ10分で! 一夏、アンタはココを動いちゃ駄目よ」

「んん? わ、わかった」

 

 なぜか俺の意見を全く無視して話が進んでいった。………何をしろと?

 

 優劣をつければいいのか? それとも褒めればいいのか?

 

《思ったことを素直に言えばいいんですよ》

 

 ………そうか。

 

《今絶対にこいつ適当言ってるなとか思ったでしょう?》

 

 否定はしないぞ。

 

《嘘じゃありませんからね。かわいいとか綺麗とか言えば大丈夫ですよ》

 

 世辞を言えばいいんだな?

 

《それが素直に言えってことです》

 

 は?

 

《流石に私ほどではありませんが、彼女達は十分に可愛いです。保護欲を掻き立てる小動物系、無邪気で活発な妹系、女子力全開な相棒系。若干簪ちゃんとマドカちゃんがキャラ被りしているように見えますが、上手くジャンルがばらけておりとてもバランスが整っています。これだけの年頃の女子三人を前にすれば自然と褒め言葉が出てくるでしょう》

 

 そういうものなのか……。

 

《想像してみればいいじゃないですか》

 

 ふむ。

 

 ………。

 

 …………………。

 

「素晴らしい」

「ホント……?」

「やっぱり私が一番だな」

「なーに言ってるのよ。私でしょ」

「………お?」

 

 いつの間にか三人とも戻ってきていて、片手には水着が握られている。オレンジのビキニ、黒のビキニ、水色のビキニ。………女子は肌を見せたがらない人が多いと聞いているし、少なくとも簪様はその部類だと思っていたが……どうやら女子はビキニが好きらしい。

 

「一夏……」

「兄さん!」

「一夏!」

「「「誰が一番可愛いの!」」」

《あー、なんて予想通りでベタな展開なんでしょう……》

 

 な、何……夜叉の奴め、この展開が予想できていたなら教えてくれたっていいものを……。くそ、愚痴っても仕方が無い。なんとかこの状況を脱出しなければ。

 

 以前、まだ入学する前に簪様がゲームをしていたところを見た。それはロールプレイングとかシューティングとかとは全く違って、文を読むだけのゲームだった。楯無様に聞いてみたところ、どうやら“恋愛シュミレーション”というジャンルらしい。男性がやるものはギャルゲーで女性がやるものを乙女ゲーという区分までついているそうだ。

 この状況はその乙女ゲーとやらに似ている。選択肢が現れて、どのキャラクターの好感度を上げるか選べるという状況に。

 

 難しい……。主を選ぶべきか、妹を選ぶべきか、初の友人を選ぶべきか………。誰を選んでも同じ結末しか見えないんだが……!?

 

 ……無難な選択を選ぼう、そうしよう。

 

「ぜ、全員可愛いと思い、ます。ハイ」

「「「………」」」

 

 だ、ダメか?

 

「可愛い……ふふっ」

「まあ当然だな!」

「そう言うと思ってたわよ」

 

 約一名を除いた二人が、全員のところを自分の名前に置き換えて妄想していた。その点、リーチェはものすごく大人だった。

 

「私が可愛いってね!」

 

 前言撤回。そうでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の洋服店で騒ぎまくって追い出されるんじゃないかと思っていたが、そうはならずに無事買い物を済ませる事が出来た。他にも欲しいものがあるからと、専門店をグルグルと歩きまわっている内に日が暮れて、気が付けば建物を一周していた。まったく疲れた様子が見られないあたり、女子は買い物好きが多いと確信した。

 

 十分満足したようで、モノレール乗り場へ向かって歩いている時のことだった。

 

「あ、一夏さん」

「ん? ああ、こより。久しぶり」

「はい!」

 

 知り合いに会った。

 

 石月こより、小学二年生。まだまだランドセルが新しい。折り紙が大好きで、黒のロングヘアーが良く似合う。歳の割にとても礼儀正しくて誰にでも優しい良い子だ。

 

 そして姉さんの友達。

 

「随分と大きくなったね。病気は良くなった?」

「おかげ様で元気いっぱいです!」

「姉さんは?」

「後ろですよ」

 

 その瞬間にぞわっとした寒気が全身を巡った。ゆっくりと、振り向けばそこには無表情で俺を見下す姉さんが。これは……怒っている。

 

「一夏」

「え、えっと……」

「あの子達の買い物には付き合って、私は放っておくの?」

「いや、来週の課外授業のための買い物だったから」

 

 水着を買いにいきましたなんて言えない。

 

「私に聞けば何が必要なのかもわかるでしょう?」

「……それもそうだ」

 

 一度行ったことのある人に聞けば一発で分かる。しおりに書かれて無くてもあればよかったなーとか、そんな物があるはずだ。

 ……おい、なぜ姉さんの後ろに居る三人は俯いているんだ? マドカ、お前は分かりや過ぎるぞ。絶対に分かっていて言わなかったな。

 

「い、今から行く?」

「こより」

「行ってらっしゃいませ、蒼乃さん、一夏さん。寮の規則は守ってくださいね。こよりは大丈夫です!」

「大丈夫。外出届は出してきた」

「流石です!」

 

 引き攣った笑顔の簪様とリーチェ、悔しそうなマドカ、満面の笑顔で手を振るこよりに見送られて、俺と姉さんは引き返す事になった。

 

 また、一周するのか……。

 

「ねえ」

「何?」

「二人っきりでお出掛けなんて、何時以来かしら?」

「うーん……数年は無かったかも」

「………そう」

 

 腕に抱き付いて、頭を俺の肩に乗せた姉さんはにっこりと笑ってとても嬉しそうだ。

 

 言われてみればそうだ。姉さんと一緒に居る事はあっても、外出なんて全くなかった。望月へ行くときも、昼食の時も、誰かがいた。部屋に居ても誰かがいる。姉さんと二人きりという状況事態とても久しぶりだ。

 

「どこに行く?」

「そうね……一夏の服でも見ましょうか」

「俺の?」

「私服なんてないでしょ?」

「まぁ、そうだけどさ。いいの?」

「いいの」

「じゃあ終わったら姉さんの服を見ようか」

「そうね、そうしましょう。似合うのを選んで」

「勿論」

 

 そう思えば疲れなんて無くなる。きっとさっきよりも楽しめるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けた」

「ああ」

「完敗、ね」

「? 何にでしょう?」

 



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30話 「36000――大三元だ」

 ※注意!!

  今回は飛ばしても問題ない内容になっています。それと同時に分からない人には非常につまらない回になっている可能性が高いです。アンタ何やってんの? 感が満載となっております。ご注意ください!!

 用語を最後に載せておりますが、非常に見づらいです。説明が難しいです。


「わあ……」

「綺麗……」

「マドカ、窓にぺったり張り付くんじゃない。簪様、口にお菓子のかすが付いたままですよ」

「はーい」

「ふえっ……!」

 

 前日の夜までかなり騒がしく、問題ばかり起き続けたので正直言って疲れている。買った水着が無くなったとか、夜中は何で遊ぼうかとか、香水何にしようかしらーとか、最初は兎も角としてどんどんどうでもよくなっていく事に、流石の俺も若干苛立った。

 

 一応言っておくが、これは遠足ではなく課外授業の一環である。誰一人としてそう言った雰囲気が見られないのは女子だからか。俺としては国語や数学のような一般高校でも習う教科をしなくて済んでいるから文句は無い。そもそも授業を真面目に受けるつもりもない。

 

「あれが泊まる旅館か?」

「そうみたいね」

「さて、どうなることやら」

 

 今回もまた面倒なことが起きるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然だが、同じ部屋になったのはマドカではなく織斑だった。さっさと荷物だけおいて水着を片手に海へ向かったようだ。都合がいい、俺はここでぐっすり眠るとしよう。

 

「なんだ、お前は海へ行かんのか?」

「……織斑先生」

 

 目を閉じた瞬間にふすまが開いて人が入ってきたと思ったら織斑千冬だった。傍にはいつぞやのメガネをかけた先生もいる。

 

「何故こちらに?」

「ここは私の部屋だからに決まっているだろう」

「は?」

「私達としても男子二人にしておきたかったが、以前の模擬戦もあるし、夜中に女子共が群がってきて他の部屋に結構な迷惑がかかるだろうからということで、私がこの部屋で寝る事になった。私ならお前たちも女子共も、手を出そうとは思わんだろう?」

「……まぁ、そうですね」

「そういうことだ、すまんが少し我慢をしてくれ。もし二人にしても大丈夫だと判断できれば、今日からでも私は他の部屋に移る」

「どうぞお好きに。気にしませんので」

 

 これ以上は興味ありません。という態度を示して、俺は入口の二人に背を向けた。目をもう一度閉じて今度こそ寝ようとした時に、またしても呼ばれる。

 

「もう一つ、お前宛に大場先生から伝言がある。『荷物を部屋に置いたら私の部屋に来い』だそうだ。伝えたぞ」

「………はぁ」

 

 面倒くさい。どうせ何か相手をさせられるんだろうな。先生も海へ行けばいいのに、生徒引っかけて何が楽しいんだ。

 

「確かに聞きました」

「私は職員会議があるから部屋は開けておく。時間を守って好きに使え」

「はい」

 

 今度こそ織斑千冬はどこかへ行った。口にした通り、職員会議があるのだろう。だったら大場先生は一体何の用だ? 意外に会議よりも真面目な内容だったりするのか?

 

「夜叉」

《ここから………右に四つ、角を曲がって左へ八つ目の部屋ですね》

 

 大分遠いな……旅館の部屋がある区画の端から端へ行くぐらいの距離がある。遠いとも言えないし……地味な距離だ。グチグチ言っても歩かなければ1cmも縮まらないので、ため息交じりに歩く。

 

 ふすまをノックするわけにもいかないので、外から声をかけて先生を呼んだ。

 

「大場先生、森宮です」

「おお、入ってこい」

「失礼します」

 

 中に入ると、そこに居たのは呼び出した本人の大場先生、いつも一緒に居る古森先生、そして意外………そうでもないな、清水がテーブルを囲んでいた。これで真面目な話という線は消えたな。俺一人ならともかく、清水がいる時点でどう考えてもマトモな事もマトモじゃなくなる。

 

「お前を呼びだしたのは他でもない……頼みがあるからだ」

「……何でしょう」

 

 あまりにも暇なので、すこし茶番に付き合うことにした。

 

「その前に、一つ聞いておきたい」

「はい」

「お前……麻雀(マージャン)できるか?」

「………」

 

 ゑ?

 

「私と清水を呼んだのは四人で打つ為ですか」

「おお。清水が出来るのは知っていたからな、後1人はどうしようかと悩んでいたところでお前を思い出した。まあできるだろうと思って呼んだんだが……出来るのか?」

「一通りは」

「そうか、なら座れ。やるぞ」

 

 麻雀って……意外すぎる。

 

 ルールは知らなくても名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないかと思うが、麻雀は中国発祥のテーブルゲームだ。萬子(マンズ)筒子(ピンズ)索子(ソウズ)字牌(ツーパイ)(一般的には字牌(ジハイ)と言われる)の四種類の牌を四人が順に一つずつ山から取って(ツモと言われる)切り、役を完成させる。

 手牌は13枚、自分がツモるか、他人が切った自分のアガリ牌を含めた14枚を集める。出来あがった役や手牌の形で点数が決まり、点数を多く稼いだ者が勝つというのが大まかなルール。実際はもっと色々とあるしローカルルールも多い。

 

 これが存外面白く、昔の俺にしては珍しくするっと覚えた。楯無様が入学する前は、楯無様、簪様、虚様、俺でよく打っていたもんだ。懐かしい。

 

 ………ってそうじゃなくて、この人はまったく……。

 

「職員会議があると聞きましたが?」

「ああ、あれ? 職員会議という名を借りた千冬からの説教だ。まああいつは学年主任でもあるし、気にするのは当然なんだけどな。あたしらはお咎めを受けるようなことしてないからパス」

「はぁ……」

 

 こう見えてかなり優秀なのがこの二人だ。学園では織斑千冬に次ぐナンバー2とナンバー3と噂されるぐらいには。

 

「んじゃ、やるぞー。京子」

「ういうい」

 

 古森先生がマットを敷いて、その上に牌をばら撒く。清水が点数棒を全員分振り分ける間に残った三人で牌をよく混ぜて山を作った。

 

 サイコロを三回振って親決め、大場先生からだ。

 

 ちなみに並びは大場先生から()時計周りに古森先生、清水、俺。麻雀は逆時計周りにツモって切る。

 

「いやー久しぶりに打つなぁ。学園じゃあ打てる先生なんてそうそういなくてな、あたしは好きなのに出来なくってね。前は卒業生や今の三年生とやってたよ」

「いつからやられているんですか?」

「あたしは中学から、京子は幼稚園から」

「幼稚園!?」

「私の家、麻雀一家」

「そ、そうですか……」

 

 意外な事実に驚きながらも清水は冷静に切る。まだ一巡目では全く相手の待ちは読めないので、捨て牌を軽く確認する程度で流す。

 

 俺の番だ。お、入る入る。とりあえずこれはいらないから切ろう。

 

 そういえば俺も久しぶりだ。楯無様が入学されてからは全く牌にさわっていない気がする。暇つぶしには丁度いいし、何だかんだで早速楽しんでいるので、これはこれで良かったかも。

 

「呼びだしておいて言うのもアレだが、海にはいかないのか?」

 

 今日は授業のじの字もない。完全な自由時間で、大体はみんな海に行って遊ぶ。学園は海に囲まれていても砂浜は無いし、プールがあるので海へ行くという言葉は夏に入ってもまったく聞かない。偶に魚釣りをする人が何人かいるくらいか。あれだけ近くに海があるのにまったく反応せず、ここに来てからははしゃぐのはよくわからない。というか、島の外縁部には近づいてはいけないんだっけ?

 

「夏が嫌いなので」

「海が嫌いなので」

「……おう」

 

 聞いちゃいけないこと聞いちゃったかなー、みたいな気まずい顔をしながら大場先生は牌を切る。ドラを切ってきた。

 

「こんな序盤にドラ切りですか」

「まあ見てなって」

 

 ドラ、というのは持っているだけで点が高くなる牌の事。山が無くなるまで打って流れるか、誰かがアガるかする度にドラは変わる。ただし、ドラのみではアガれない。

 持つだけで点が高くなる為に基本切る事はあまりない。こんな序盤では尚更、ドラ表示牌を見ていなかったとかいう凡ミスならまだしも意図的に切った。

 

 それだけ自信があるのか……染め手か?

 

「清水はいつから?」

「小学校、かな。友達から教えられた」

「友達、か」

「とっても強い子でね、イカサマを疑うくらいよ」

「へぇ」

「友達の打ち方、真似てあげましょうか?」

「そんなことが出来るのか?」

「100%再現は無理だけどね。他人の打ち方を真似るの、結構得意なのよ」

「なるほど、お手並み拝見といこうか」

 

 しばらく雑談しながら牌を切って行く。そろそろ捨て牌から手が見え始めるころだ。おもった通り、大場先生は染まっている様だ。ソウズが一枚しか切られていない。大場先生は字牌を切っていない。無いのか、既に字牌を絡めた手が出来つつあるのか。清水は、よくわからん。まだ出来あがっていないのか? 友達の打ち方がなんとなく気になる。

 

 欲しいのこないかなーと考えながらアガリ方を考えている時に、それは起きた。

 

 ぶわっと、風が吹いたような感覚。左側、清水の方からだ。窓は無い。

 

 ………空気が変わった。

 

「カン」

 

 一つの牌は四枚まである。カンはその四枚全てを使ってドラを増やす。

 

 カンした牌は三元牌の白。字牌を四枚抱えていたのか……。

 

 そうして新たに嶺上牌というカンしなければツモれない牌をツモる。

 

 普通にツモするのとは違って結構特殊と言える。これでアガルことも難しい為に嶺上牌でツモアガリすると役が付く。役満ほどではないにせよ、十分珍しいアガリだ。

 

 触れる事の出来ない頂に光が差すような美しさ。

 

「ホンイツ、三暗刻、チャンタ、白、嶺上開花。8000/4000です」

 

 嶺上開花(リンシャンカイホウ)という。

 とあるアニメの主人公は馬鹿のようにこの役ばかりでアガっている。実際はそんなに何度もアガれる役ではないので、どう考えてもありえないとしか言えない。作品中では牌に愛された子と言われていた。とある界隈では白い悪魔とも言われるらしい。

 

 アニメ大好きな簪様は強い影響を受けてカンばっかりする時期があったりする。無闇にドラを増やすだけでアガれなかったが。

 

 しかしいきなり倍満か。親じゃなくて良かった。

 

「それがお友達の打ち方って奴か?」

「はい。嶺上開花がとても好きな子なんです」

 

 いるんだな……リアルでそういう奴が。

 

「早速点棒が悲しい……」

「なぁに、巻き返せばいいのよ。あたしなんて8000マイナスだぞ」

「始まったばかりですからね、まだ巻き返しもできますよ」

 

 さて、親が流れて古森先生へ。

 

 次はどういう手で行こうかな……さっきの満貫手も中々良かったんだが……。

 

 ふむ、これはこれは。狙うしかないな。

 

 

 手牌: 二 二 4 7 8 9 ④ ⑦ 白 白 發 中 中

 

 

 最低でも小三元、染めてホンイツでもいいし、上手くいけばトイトイも付けられそうだ。勿論、大三元を狙うが。

 

 役満手が早速見えるのは心が躍る。

 

 鳴くと警戒されるのでできればツモって揃えたいところだが……。

 

 

 ツモ牌: 發

 捨て牌: ⑦

 

 

 ……おう。

 

 二巡目。

 

 

 ツモ牌: 發

 捨て牌: 4

 

 

 三巡目。

 

 

 ツモ牌: 白

 

 

 ………おわかりだろうか? 三巡目で小三元聴牌である。無駄ヅモ無し。このままリーチをかけてもいいが、大三元でアガれない可能性があるのでここは普通に切る。まだまだ序盤だ、時間をかけてじっくりと行こう。

 

 

 捨て牌: ④

 

 

 こうすると、中をツモろうが鳴こうが数牌の手を変える必要がある。フリテンだからな。そんな凡ミスで役満を台無しにしたくない。

 

「あー、進まねえ……」

「俺はスパスパ入りますがね」

「ムカツク奴」

「さっきはなんだったんですか?」

「チンイツ四暗刻のイーシャンテンだ」

 

 ………化け物ばっかりだな。この部屋。古森先生もヤバい人かもしれない。

 

 お、清水が中を切ってくれた。

 

「ポン」

 

 当然鳴いて確保、二を切った。

 

 

 手牌: 二 7 8 9 白 白 白 發 發 發  中 中 中

 

 

 これで大三元が確定したわけだな。あとは二を他の牌に変えて待つだけだ。

 

 十巡目。

 

 今までのツモ牌は全て今までに切った牌ばかりだったので差し替えずに切り続けたが、ここでようやく来た。

 

 5か。出にくいところだ……。まあこの後も当てやすい牌がくれば差し替えればいい。

 

 

 手牌: 5 7 8 9 白 白 白 發 發 發  中 中 中

 

 

「ポン」

 

 清水が6で鳴いた。誰も切っていないからあと一枚残っている状態だな。ここで鳴いたって事は……またカンして嶺上開花ねらいか? ふむ……ピンズは危なくなった。

 

 ……いや、いいことを思いついた。賭けじゃないし、しくじってもアガれる自信はある。少しばかりやってみようか。

 

 十三巡目。

 

 

 ツモ牌: 8

 捨て牌: 9

 

 

 槍槓狙いなら絶対に6で加槓するはずだ。なんとなくだが清水は6をツモる気がする。

 

「カン」

 

 やっぱりな。

 

「「ロン」」

 

 うお。

 

「あ、やっぱり分かりましたか?」

「まあ、俺は直感だよりだったのと、手牌が良かったからな」

「そのつもりでポンさせた」

「うん、お強いですね」

 

 ダブロンだ。待ちが重なっていたら同時にロンされる事がままある。その場合は二人に点数を支払う。

 

 古森先生は平和、タンヤオ、槍槓、自風牌の満貫か。親だから清水が12000点を渡した。

 

「それで、森宮君は何点?」

「36000」

「「「え?」」」

「大三元だ」

「………トんだ」

「だろうな」

 

 まだ東場も終わってないんだけどな。まぁアレは狙いたくなるし、役満でアガれたのは久しぶりだし満足している。まだしたいなら最初からやり直せばいいだけだ。

 

「お前等結構やるのな。よし、夕飯前にあたしをトばせたら平常点やるよ」

「不純ですね」

「嫌か? お前は普通の授業点無いに等しいぞ」

「やらないとは言っていませんが?」

「そう来ないとな」

 

 悪い顔をしながら下衆な笑いを滲ませながら、山と手牌を崩して牌をかき混ぜる。

 

 夕飯までなら丁度いいか。こっちは何のリスクも無いし、勝てば成績が上がる(かもしれない)なら文句も無い。いっちょやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日の自由時間を海で堪能した私は一夏を探していた。

 

「ねえ、一夏は?」

「うーん、見てない。私も探しているところだ」

 

 海嫌いな一夏は予想通り浜辺に顔を出す事は無かった。折角の新しい水着だったのに……着ているところを見てほしかったし、たくさん遊びたかったな……。上手くいけば溺れた振りをして遠く離れて見えない浜辺まで流されて、二人っきりで探検して、そのまま草陰で……きゃっ。

 

「簪、何かやらしいことを考えていないか?」

「な、何にも!」

「どうせ二人っきりになって兄さんとイチャイチャできるかもーとか思ってたんだろう」

「………な、なんで」

「私も同じことを考えていたからだ!!」

 

 胸を張って言える事じゃないよね……。

 

「と、とにかく、一夏を探さない?」

「そうだな。私は温泉と売店を見てきたが居なかった」

「じゃあ、あとは部屋?」

「だろうな。行くぞ」

 

 マドカはぱたぱたと歩きだしたので追いついて隣に並ぶ。着替えた浴衣は、温泉で火照った身体に程よく風を入れてくれるし寒くならないのでとても快適。ある一点を除けば。

 

 浴衣などの和服はお腹にあたる部分で帯を締めるので、どうしても身体のラインが浮き上がってしまう。私の親しい人達はみんなプロポーションが良いから、周りを見ても自分を見ても敗北感を突きつけられたような気持ちになって落ち込んでしまう。

 和服は胸の小さな人の方が良く似合うって言うけど、男の人が注目するのはやっぱり胸なわけで、小さいとインパクトに欠けるし、並ばれたらもう最悪。もぎとってやりたくなる。

 

 今とか。

 

 マドカの胸でぷるぷる揺れる柔らかな塊は、私の心を黒く濁らせるには十分すぎるくらい大きかった。

 

「~~~♪ ~~~~~~♪」

 

 鼻歌を歌いながらスキップまで………。もっと激しく揺れるソレは更に私を黒く染めていく。

 

 嫌がらせ? 私への嫌がらせなの? もしかして虐められてる?

 

 黒い何かの正体――怒りが頂点に達したので我慢するのを止められずに、両手が勝手に動いてしまった。

 

ガッシリと マドカの胸を わしづかみ   更識簪

 

「わわわわ!? 何をする簪!?」

「マドカが悪いの!」

「私が何をしたと言うのだ!?」

「スキップ!」

「何故悪い!?」

「浴衣!」

「服を着るなと!?」

「おっきいマドカが悪いのーーっ!!」

「わけがわからんぞーー!?」

 

 叫びながら逃げ出したマドカを追って走り出す。走っちゃいけないとか言われてた気もするけど忘れる。何としても捕まえて成敗する!

 

 角を曲がってまた角を曲がる。織斑先生との関係を疑われないようにつけたウィッグはこんな時に意外と役に立つ。旅館の壁紙は茶色だから、私と同じぐらいの髪の長さでも軌跡を描いていくそれが道しるべになった。

 マドカの身体能力はずば抜けて高いけれど、一夏ほどじゃないし、私も同年代のなかじゃ高い方だって自信がある。インドアな私だけど走るのは得意。

 

 だから何とか追いつけた。

 

「今度は逃がさない……!」

「だ、だから止めてくれ! 何か気に障ることをしたのなら謝るから……んっ」

「気が済むまで許さない……」

「そんな……あっ、んあっ……こんなところ、兄さんに見られたら――」

「俺がどうした?」

 

 ………あ。

 

 私達の後ろにある部屋から一夏がひょっと顔を出していた。

 

「二人とも、そんな趣味が……」

「ち、違うの、これは……マドカが悪いの!」

「簪がいきなり胸を揉んできたんじゃないか!」

「あー、落ちつけマドカ。簪様もです」

「「むぅー」」

 

 そのまま部屋から出てきた一夏によってマドカと引き離される。……手に柔らかい感触がしっかり残っているのがムカツク。私だって……もう少しすれば……。

 

 諭されるように事の顛末を最初から話す事にした。こういう時の一夏はとっても怖い。しっかりと怒ってくる。一度だけ叩かれた事もあった。痛くはなかったけど、その後の一夏の落ち込み様と言ったら言葉にできないくらい酷かったから、揉めた時は何も言わないと決めた。小言やお説教もちゃんと聞く。というかまず私が悪い場合が多いから言い返せない。

 

「マドカ、とりあえず簪様の前でスキップするのは止めろ」

「え、そんなこと?」

「いいから」

「わかった」

「簪様、お気持ちは分かりますが、マドカに悪気が無いのはご存じでしょう? ただの八つ当たりなど、もっての外です」

「………うん」

「ちゃんと謝って、仲良くしてください。誰かに嫌われる簪様など見たくはありません」

「………ごめん」

「いや、うん、私も何かしてしまったようだし、スマン」

 

 ……だんだん頭が冷めてきた気がする。怒りは収まらないけど、マドカにあたるのは違うってことぐらいは分かるぐらいには冷めた。

 

私の悪い癖……だよね。気をつけなきゃ。

 

「兄さん、もうすぐ夕飯だよ。一緒に食べよう。私と簪はそのために探してたんだ」

「ああ、時間をみて俺も切り上げたところだ。腹も減ったし、食べるとしよう」

「新鮮なお魚が、沢山出るんだって」

「海鮮ですか、楽しみですね」

 

気分を切り替えて、楽しくご飯を食べよう。学園の食堂だと生物は出ないから楽しみ。学園御用達ならきっと凄く美味しいはず。

隣に座ってあーんとかしてくれるかな……?

 

「早くいこうよ!」

「こら、引っ張るんじゃない。慌てなくても行くから」

 

一夏の右腕に抱きつくように、マドカは身体を絡めている。いいな、やってみようかな……。

左腕にそろそろと両手を伸ばした時、またしても気づいてしまった。

 

腕に抱くつくマドカの……胸が!?

 

「ううっ」

「簪様?」

「もーーーっ!! マドカーーっ!!」

「わあ!?」

「………はぁ」

 

食堂に着いたのは一番最後だった……。

 

 

 

 

 

 

 用語

 

ツモ…………山から牌を取る動作。

ドラ…………持っているだけで役がつく牌。毎回変わる。

ポン…………鳴きの一種。同種の牌を三枚揃える。

カン…………鳴きの一種。同種の牌を四枚揃える。ドラを増やす。

ロン…………他人が捨てた牌で上がること。

平和…………自風牌・場風牌を持たず、全て連番、鳴かない、両面待ち(聴牌の時、連番の両方でアガれる状態)でつく役。

タンヤオ……1・9・字牌以外の場合付く役。

槍槓…………他人が加槓した牌で上がること。

加槓…………ポンした後に、自分で四枚目をツモったとき、カンすること。

嶺上開花……嶺上牌(カンしなければツモれない牌)で上がること。

混一色………字牌とある一種類の牌で作った役。

清一色………一種類の数牌のみで作った役。

暗刻…………同じ種類の牌が三枚そろっており、鳴いてない状態。

三暗刻………暗刻が三つ手牌にある状態。

四暗刻………暗刻が四つ手牌にある状態。役満。

チャンタ……字牌、数牌の1と9が絡んだ役。

満貫…………子は8000点、親は12000点。

倍満…………子は16000点、親は24000点。

役満…………子は32000点、親は48000点。

三元牌………白、發、中の三つの字牌のこと。

小三元………三元牌の内、二種類を三枚揃えて、一種類を頭にした役。

大三元………三元牌を三種類とも三枚揃える役。役満。

対々和………頭以外を全て三枚揃える役。

リーチ………聴牌の状態でかけられる。役が無くても、、リーチが役になる。

フリテン……アガリ牌を既に切っていること。

聴牌…………後一枚でアガれる状態。リーチがかけられる。

一向聴………聴牌まであと一手の状態。

 




 嶺上開花に成功した喜びがここまで影響してしまうとは……申し訳ない。


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31話 「待っててね! ちーちゃああぁぁぁん! 箒ちゃあああぁぁぁん!」

 夏休み、ですね! リアルもこの話も。

 だからと行って更新速度は変わりませんが。


「………くぁ」

 

 朝……か。

 

《おはようございます、マスター》

 

 夜叉の挨拶も頭に入って来ない。久しぶりにぐっすりと眠れた気がする……。

 

 時計を見る。デジタル表記は慣れないが、午前7時なのは理解できた。

 

《よくお休みになられていましたね》

「昨日は結構疲れたから、かな」

《ああ、麻雀してましたね》

「なんとか勝てた。これで留年の心配は無いな」

 

 昨日はと言えば、学園から旅館まで移動してきて、海に行きたくないからと部屋でごろごろしていたら大場先生から呼び出されて、平常点を得るために必死に麻雀して、終わったら嫉妬全開の簪様をなだめて、リーチェのピンポン勝負に駆り出されて、ラウラも混ぜてトランプで遊んで…………何をしているんだ俺は。

 

《学生らしくていいじゃないですか》

「ここまでだらけていたら腑抜けになる」

《そこまで言います……?》

 

 弱くなる事だけは勘弁だ。それは俺で無くなる。

 

 時計から視点を移動させると、部屋には見慣れない人物が二人寝ている。

 

 織斑秋介、織斑千冬。生徒と教師、弟と姉。

 

 つい数ヶ月前まではよくわからないが憎かった相手だ。名前を聞くことすら嫌だった。それがどうだ……話す事を不快に思う事は無いし、同じ部屋で寝泊まりしてもなんの変化も無い。気にしなくなっただけなのか、それとも慣れたのか……。

 

 主に干渉しなければ別にどうでもいい。大事なところはそこだ。

 

 何度も疑問に思ったことに、俺は何度も同じ答えを出し続けている。だが、違和感というか、しこりと言うべきか、胸に残っている何かを取り除くことが未だに出来ないままだ。

 

 俺は……どうしてしまったんだろうな?

 

 これがなんなのか、俺には見当が付かない。

 

《マスター》

「ん?」

《今日は望月から新武装が届く日です》

「ああ、そうだったな」

《体調を崩されませんよう……いつも通り、お願いします》

「迷惑をかける」

《マスターの為、ならばです。元気で過ごしていただけるのであれば、夜叉はどこまでもお伴致します》

「………どうした?」

《ご自分に疑問を持たれているのでしょう?》

 

 ………隠すつもりはないが、よくもまあ分かるな。

 

《正直に申し上げますと、私はその理由を知っています。いえ、理由と言うよりも原因でしょうか? 上手く表現できませんが……》

「それは今俺に言えないことなんだな?」

《言うことは簡単です。今ここで言ってもかまいません。ですが、それを認識したところで理解し、自分の物として使いこなす事は不可能でしょう》

「気付けってことか」

《はい。マスターならできると信じております》

 

 夜叉はこう言っている。

 

 俺に訪れた変化には何らかの原因があって、夜叉はそれを知っている。だが、夜叉が今ここでそれを明かしたところで意味は無く、俺のこの不気味な何かは取れないまま。これを解消して、モノにするには俺が自分で何とかするしかない。

 

 ってところか。

 

 それだけ分かれば、あとは何とかする。自分でしてみせる。

 

「………よし、やるか」

《はい!》

「今日送られてくる武装の一覧を整理して後で見せてくれ」

《既に出来ております》

「流石だな」

《今度、新しいアニメをインストールしてくださいね》

「簪様にお勧めでも聞いてみようか?」

《大賛成です!》

「そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は昨日と違って一日中授業で埋め尽くされている。アリーナではなかなかできない広域を使った高機動が練習メニューとなっているらしい。電磁シールドはここには無いので、一般生徒は今回武装の使用を禁止されている。

 

 対して候補生……専用機を持っている生徒は、企業や国家から送られてくる新武装やパッケージのテストを行う。他国の人間が居る前でやってもいいのかと思うが、そんなことを言いだしてはキリがないので、誰も突っ込みはしない。どうせバレる事だし、どこぞの国はスパイでも送っているんだから知ってるはずだ。情報公開の制度もある。

 

 そしていい知らせが一つ。

 

「ベアトリーチェ」

「はい?」

「イタリア本国からお前宛に手紙が届いている。差出人は……飯田博士、か?」

「先生から!?」

「代理で読むぞ。『クラス対抗戦、タッグマッチトーナメント、お疲れ様。政府や国家代表の一部からリーチェを称える声がそこかしこから上がってきて私も鼻が高いです。そ・こ・で。以前から作成をしていた最新型テンペスタを君に預けます。政府からの許可も取り付けました。イタリアの技術を詰め込んだ最強のIS、使いこなす姿を私達に見せてくださいね。今度の帰国でお友達を連れて来てくれると嬉しいです。  飯田明美』だそうだ」

「………うそ」

「山田先生、案内を」

「はい。こっちですよー」

「は、はい! やったぁー!」

 

 リーチェはイタリア政府の最新型ISを託された。

 

 第三世代型『テンペスタ・ステラカデンテ(流星)』。白をベースとしたカラーリングで、流線的なフォルムが特徴だ。目を引くのは大きな四枚の翼と、両腕に付属しているシールドか。第三世代相当の装備や、テンペスタらしさがどう磨かれているのか、見ものだな。

 

「ベアトリーチェさん、調整はできますか?」

「大丈夫です! うっはーー! 何これ何これぇ! めっちゃ凄いんですけど!!」

 

 ………相当凄いらしい。

 

「一夏! 調整終わったら勝負よ!」

「いいだろう」

 

 リーチェの言う勝負は恐らくスピード勝負だな。夜叉も相当な化け物だと知っているはずだが、それでも仕掛けてくるって事は相当な暴れ馬らしい。俄然興味がわいた。

 

「さて、それでは各々送られて来た新装備やパッケージの換装、調整に入れ。監督は山田先生と古森先生にお願いしている」

「分からないことがあれば聞いてくださいね」

「問題起こしたらぶっ殺」

 

 おっかないな。隣の山田先生の眉が引きつってるぞ。

 

 織斑先生と大場先生を始めとした教員は、他の生徒達の実習監督を行うべく離れた場所へと去って行った。どちらかと言うとココが離れているのか? ……まあどっちでもいいか。

 

 俺も望月からの新装備、試してみるか。

 

(夜叉、リストを見せてくれ)

《はい。今回送られて来たのは二つです》

 

 ヘッドギアを部分展開、視界がクリアになり、現在の夜叉の稼働状況と新装備リストが現れる。

 支援兵装『リペアフィールド』、散弾銃『ワイドスマック』か。芝山さんは何を考えているのやら……。

 

《まったくです! 夜叉は万能機ですが、後方支援が主ではないのです! おこですよ!》

 

 夜叉が言うように、日本二台目の第二世代型IS『夜叉』は高機動型万能機にカテゴライズされる。高機動、ということは素早さがウリなわけで、それが輝くのは中~近距離戦闘。万能機、ということは、場所、時間、環境、戦況、状況等を選ばずどんな場面においても最高のパフォーマンスが出来る機体というわけで、どんな兵装であれ、ある分には問題ない。

 ただ、幾ら夜叉といっても拡張領域には限界が当然あるし、その兵装があったとしても常に携行していて使うのかは謎だ。

 

 何に夜叉が怒っているのか? それは『リペアフィールド』に対してだろう。

 

 夜叉のコンセプト上、どうしても装甲が薄くなりがちだ。特殊な合金を使用していても、薄いことには変わりない。具体的には「量産機よりは堅いけど、他の高機動型と比べると見劣りするかなー」ぐらいだ。白式と比較したとして、正確なデータは無いが、恐らく夜叉の方が装甲防御力は僅差で低い。

 

 ただし、装甲を薄くしているのは機体速度を速くするためで、機体速度を上げているのは「どんな攻撃でも当たらなければ意味が無い」という言葉を体現する為だ。夜叉に限って……とまでは言わないが、装甲を削ってまで高速化した機体は“速度が防御力”になる。

 

 被弾前提の回復装置は本来夜叉には不要な装備だ。

 

 そして俺は近接戦を得意としているし、夜叉も遠くからピスピス撃つよりはそっちの方が爽快感があって気持ちいいと呟いていた。

 

 どうやら、夜叉は『リペアフィールド』が気に入らないようだ。

 

「怒るな。必ずしもお前に装備されるって決まったわけじゃない」

《いやぁ、分かってはいるんですけどね……。回復装置なんて甘ったれたモノは積みたくはないと言いますか。出来れば地雷なんかも……》

「そう言うなよ。ISの修理装備なんて世界初じゃないか」

《むむっ! そう言われると悪い気はしませんね……。もう、マスターは口が上手なんだからっ♪》

「なんか……久しぶりだな、そのテンション」

《シリアス続きでしたから》

「それもそうか」

「ねぇねぇ一夏。誰かと電話中?」

「……まぁそんなところです」

「だめだよ、ちゃんとしよ?」

「はい」

 

 ………俺、口に出して夜叉と喋ってたのか。まだ今朝の眠気が取れていないのか? とにかく、気をつけないとな。こんなこと久しぶりだ。

 

《私も皆さんとお喋りしたいんですけどねぇ……》

(我慢してくれ、姉さんから厳しく言われている。夕食の海鮮をまた食わせてやるから)

《手打ちにしましょう!》

 

 以前は果物を好んで食べていたが、今は普通の食事を気にいっているようだ。昨日の夕食で出された刺身は俺でも分かるほど格別な味で、夜叉も大層喜んでいた。ここしばらくは海鮮がブームになるかもしれない。

 

「さて、やるか」

 

 リペアフィールドに関しては何かしらの負傷を負わなければ実験できない。これは後回しにしよう。リーチェとの模擬戦後に使ってみるか。今はワイドスマックを試してみる。何気にショットガンを使う事ってないんだよな、コレの射程に入るなら直接斬った方がはやい。まぁ、何かしらの削りには使えるか。

 

 どちらにせよ、今日の二つは夜叉に載せることはないかな。

 

 

 

 

 

 リーチェが新型に慣れたという事で模擬戦を先生監督の元に行った。ペイント弾の使用を勧められたが、リペアフィールドの実験もある為に断った。ただし、大きな損傷を受けるわけにもいかないので、ペイント弾以上実弾以下の模擬弾を使用する。口径が合わない絶火や、ニュード兵器、爆裂するタイプは勿論使えない。

 

「楽しみだな」

「もっと期待していいよ」

「なら――」

 

 左手に展開するのは『M92ヴァイパー』。速度特化型ならとにかく弾をばら撒くのが意外と効いてくれる。掠めるだけでも他機種よりは削れるし、何より焦りが出て行動を単調化させやすい。

 

「――どれほどのもんか見てやるさ」

 

 前進。どこかで聞いた話だが、戦闘が始まった瞬間に前に進まない奴は気持ちで負けているらしい。後ろは勿論、横も逃げ。斜めでもいいから前に出ろ。それに影響されるわけじゃないが、下がることは基本しない。それじゃあ楽しくない。

 

 ヴァイパーをリーチェに向かって発砲。反動が小さいおかげで弾がばらけることなく、敵を捉える。それでいてしっかりと弾幕を張ってくれるから牽制にも丁度いい。

 

 勿論これが当たるとは思っていない。量産機でも避けられる。本命は高火力・大口径のバリアンスだ。

 

 予想通り、リーチェは苦もなく避けた。そして、俺が予想していたよりも接近された。瞬きをする間にヴァイパーの適性距離の内側に入り込まれ、バリアンスの必中距離に入っていた。なるほど、現行の高機動型を大きく引き離す速度だ。

 

 すかさずバリアンスを二度発砲。狙いをつけずにただ銃口を向けただけだが、距離は関係ないところにまで近づかれているので問題はない。三点バーストにセットされているため、三つの模擬弾が微妙に軌道をずらしながらステラカデンテへ向かっていく。が、それすらも避けた。

 

「ほう? アレを避けるか」

「どうよ!」

 

 うっすらと機体各所から小さな火が見えた。恐らく、背中の大きな翼を含めて全身に姿勢制御のバーニアがあるようだ。高速移動中でも、問題なく安定して細かな軌道変更ができる出力か。よくできている。

 

 ヴァイパーを収納して、ジリオスを展開。この模擬戦ではニュード兵器を使わないと決めているので、ニュードによる刀身形成は行わずに、物理刀として使う。左手のバリアンスはそのままで、空になったマガジンを交換する。

 

リーチェもヴァイパーを二丁とも収納。腰からナイフを二振り引き抜いて、ジリオスと刃を交えた。

 

 ガガガガガガ!!

 

「くっ……『高振動ブレード』か!」

「知ってるなら説明なくていいよね!」

 

 ブレードと名が付いているが、刀身の長さや形状はまんまナイフそのもの。ただし、文字通り高振動を起こすので切れ味はナイフと馬鹿に出来ない。むしろブレード以上に斬れる。勿論望月製。このままだとジリオスといえど持たない………!

 

 バリアンスをリーチェへ向けながら引き金を引き続ける。再びマガジンが空になるまで撃ち続けた結果、六発の模擬弾の内三発がステラカデンテに命中。右のわき腹の真新しい装甲がペイントで染まる。

 

 それと同時に、リーチェは自らの肩越しにガトリングを俺に向けて連射してきた。バリアンスを撃ちきった時点でステラカデンテの脇をすり抜けていたので直撃はなかったが、何発か掠ったようだ。夜叉のシールドにペイント弾の飛沫が付いている。

 

 先手は貰った。至近距離からの直撃と、回避+シールド防御の差は明らか。

 

 まだ模擬戦開始から3分も経っていない。現時点で結構なアドバンテージを得た。

 

「やっぱはやいなぁ……」

「夜叉は特別だからな」

「むむ、なんかムカツク」

「そう思うのなら、以前のように偶然で一発掠めるのではなく、実力で俺に一撃入れて見せろ。そうすれば認めてやらんことも無い」

「ふぅん。言うねぇ」

「それだけの実力が俺にはあるだろう?」

「自信満々な所悪いけど、そろそろ本気でいくから。何か言うなら今のうちよ?」

「お構いなく、好きなようにやればいい。なんならエネルギー兵器でも爆弾でも使っていいぞ?」

「やーだね。ルールの中で正々堂々とやった上で勝つのが大切なんですー!」

 

 リーチェは収納したヴァイパーを再び展開、高振動ブレードは腰のホルダーに収めてある。先のガトリングも合わせて、四門の銃が俺目掛けて弾を吐き出した。

 

 流石に弾幕が厚い。避けるのはまだまだ余裕があるが、このままでは近づきづらい。マガジンの残弾が切れるのを待つか。それまでは距離を保って射撃を続けよう。

 ジリオスを収納して、俺もヴァイパーで反撃する。

 

(一番、三番シールドにミサイル装填)

《何になさいます?》

(一番にクラスターミサイル、三番に酸素魚雷)

《了解です》

 

 夜叉のシールドは四枚。そのどれもが装甲の代わって非常に堅く、内側に大型ブースターが取り付けられている、わけだが……実はそれだけではなかったりする。緊急時にすぐマガジン交換が行えるように弾倉が取り付けられていたり、グレネードがあったり、収納したくない状況のための固定器具があったりと用途は様々で、とても便利。

 その機能の一つに、ミサイルがある、というわけだ。一番シールドが右肩に固定され、二番シールドが右後ろ、三番シールドが左後ろ、四番シールドが左肩に固定という具合にシールドは配置されている。この内二番、三番は浮遊しているので夜叉の周囲ならどこでも動かせたりする。以前視界を奪うように動かしたシールドはこの二番シールドだ。全シールドに発射管がある。今回は、発射口が前方を向いている一番にミサイルを、自由に動ける三番に魚雷をセットした。発射管は基本空っぽで、夜叉が直接拡張領域から装填する。

 

 ブースターを思いっきり吹かして急上昇、太陽が背に来るように位置を調整する。

 

「残念だけど、地表近くの太陽の眩しさくらいどうってことないからね!」

「だったらこうだな」

 

(夜叉、閃光弾)

《はい》

 

 二番シールドから撃ちだした閃光弾は山なりに飛んで、推進力を失いリーチェへ真っ逆さま。ヴァイパーで破壊される前に起爆させた。

 

「うげ! 閃光弾!?」

 

 流石にこれは眩しいようで、目を腕で覆っている。ただ、リーチェも無抵抗ではない。片手のヴァイパーでこちらに威嚇射撃を行って来た。

 目を閉じる、視覚が潰れる等の状態に陥った場合、視界に表示されるレーダーや、機体のコンディション、武装欄、エネルギー残量などは見えなくなる。ただし、設定を弄れば目が見えない状態でもそれらの表示を確認することは可能だ。脳に直接情報を送るため、他の情報処理が疎かになりやすくなるのが欠点で、普段は使用されない。

 だが、こういう状況では便利だ。目を開かないのだからその分の処理がされることはない

 

 たったの数秒で設定を書き換えたのか。流石。

 

 ただ闇雲に弾をばら撒いているのではなく、しっかりと俺を狙っていることがよく分かる。

 

 ここでクラスターミサイルを発射。一番シールドから発射されたミサイルはリーチェへ向かって急降下、三分の一程の距離を進んだところで、追尾性の子弾頭を拡散させた。実はこのミサイル、打鉄弐式の『山嵐』を拝借し、改良している。一つ一つの子弾頭が細かな動きを見せ、ヴァイパーの弾幕の隙間を縫っていく。

 

 ここでミサイルを追い越さないように降下を始める。視力が戻り始めたリーチェが計二十四発のミサイルに驚いている隙に、海面ギリギリまで下がって、三番シールドの酸素魚雷三発を射出。ザブンと音を立ててダイブした魚雷は真っすぐリーチェの方へと向かって行った。

 

「ちょ! ミサイル無しなんじゃないの!?」

「ああ、安心しろ、それはミサイルの形をしただけの鉄の塊だ」

「え!?」

 

 というわけで、アレは爆発しない。だが動揺させるには丁度いい代物だ。

 

 匍匐飛行で魚雷を追い越して、急上昇してリーチェの背後をとる。

 

「しまっ――」

「もう遅い」

 

 捕縛の際に使用する特殊合金のロープで腕ごと身体に巻き付けて海へ叩きつけた。

 

「きゃああっ!」

 

 ステラカデンテが起こした水柱は存外大きく、少しだけ虹が現れるほどだった。そして少し経った後、海面に浮かんできたリーチェは「降参」と短く告げた。

 

 言っておくが、魚雷もただの鉄の塊だぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、まだまだ慣れが足りないかな」

「初めての機体であそこまでできれば上出来だ。ちゃんと俺に一撃入っていた(・・・・・・・)じゃないか」

「まぁ、そうなんだけど………」

 

 俺が海面に叩きつける前、さらに言えば、縛る前の事だ、背中のガトリングが動いた。首を動かして射線から外れようとすると、今度は変形して片方はガトリングが腕に変わった。なめらかに動く腕は内側の翼から高振動ブレードを取り出して斬りつけてきた。無理に避けようとしたことと、素早く勝負を決めたかったので無理矢理投げたわけだが、その時にガトリングの斉射を顔面にもらってしまった。

 

 と言うわけだ。正真正銘、リーチェの実力で決めた。

 

 試合には勝ったが、勝負には負けた。ってところか。強くなるなぁ……。

 

「いいじゃないか、それで。俺に傷をつけるっていったら自慢できるだろ?」

「なんか、一夏って戦闘に関しては自信満々だよねぇ」

「取り柄、というか存在意義に触れるからな」

「………ま、深くは聞かないよ。それでさ、一夏って負けたことある?」

「………む」

 

 俺がISに乗り始めたのは、簪様が打鉄弐式の説明を聞きに倉持技研へ行った時からだ。簪様はその頃既にIS学園へ入学することが決定していたから、冬の十一月頃からなので……半年以上は乗っているのか。

 入学してからは負けていないので、それ以前となると、模擬戦をしたのは姉さん、楯無様、簪様、マドカの四人。この中では……。

 

「姉さんと、楯無様と、簪様と、マドカ、かな」

 

 全員に負けている。

 

 夜叉が今のボディになるまではあのオンボロだったし、ISの感覚に慣れない時期がしばらく続いたので、経験や知識でもカバーできずに負けが多かった。今の夜叉になってからも、すぐには勝てず、二月に入ってから勝てるようになったんだ。それでも姉さんだけには勝てないままだけど。

 

「ふぅん……なんだか以外かも」

「もっと言うなら、その時の夜叉は20%のリミッターが掛けられていた」

「……20%?」

「えーとだな。ロールアウトして、調整された普通の状態……今のステラカデンテみたいな状態を100%とする」

「うんうん」

「んで、それから20%稼働率を下げるリミッターが掛けられたんだ。だからその頃の稼働率は80%だな」

「……因みに聞くけど、今の稼働率は?」

「半分以下の45%。入学当初は60%だったかな」

「あわわわわ………」

 

 わざとらしくリーチェはガタガタと震えている。今更こんなことで驚くことはないだろうに。

 

 そうか、今の夜叉は半分も性能が出せないのか。もうしばらくはこの状態だから、これに慣れてきたな。100%の頃が懐かしい………。

 

《たまには思いっきり羽根を伸ばしたいですね……》

 

 んーーー! と背伸びをするような声が頭に響く。俺もどこか物足りない感じはしていたし、夜叉に至っては無理矢理重りをつけられているようなものだ。身体に不調が来てもおかしくはない。それが機体に出ないから、稼働率を上げてほしいって言えないし。勝手にリミッター解除してもバレて怒られるし。

 

 不謹慎ではあるけど、100%とまでは言わないが夜叉のリミッターを外せる機会が来ないものかな……。

 

「あ」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 全開で試さないとちゃんとしたテストにならないから、とか言って解除してもらえばよかったんだ。

 戻ったらお願いしてみよう。

 

「戻るか」

「そうだね。向こうについたらその《リペアフィールド》っての見せてよ」

「いいぞ、こいつは範囲内の味方識別機を修復する装備だからな。俺ばかりに効いても意味が無い」

 

 俺達がいるのは実習が行われている浜辺から沖へちょっと行ったところ。流れ弾が来ないようにとの配慮と、模擬戦に注意が割かれると困るからという大人の事情もある。

 

 だから驚いた。

 

《レーダーに感あり! 太平洋から高速で何かが接近してきます!》

 

 夜叉の警告を受けて反応がある方向を見る。

 

 そこには……。

 

「待っててね! ちーちゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 箒ちゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 生身で海を走る女が、俺達をスルーして民宿の方向へ走り去って行った。

 




 ベアトリーチェに専用機が!

 ステラカデンテは『流星』という意味らしいです。


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32話 「君だよ。愛しの箒ちゃん♪」

 8月は提督業に専念します。


 叫び声を上げながら海面を爆走していった何かを追いながら、リペアフィールドの実験を行っていた。

 

 リペアフィールドが正常に作動しているのを確認しつつ、装甲を眺める。模擬弾とペイント弾を使った為そこまで損傷しているわけではないが、ぶつかった時などに小さな傷やへこみが出来ていたので、これで実験してみることにした。これ以上の傷をつけるとなると、やはり学園のアリーナでなければ許可が下りないので、続きは帰ってからだ。

 

「うわー、これすごいねぇ」

「かすり傷が治ったぐらいじゃ、ISではあまり意味が無いだろ」

「それでもだよ。待機状態にして長時間展開を控えてようやく修復が始まるんだからさ、ただ武装を展開するだけで見る見る直るなんて、今までじゃ考えられないよ。それに、車や戦闘機、戦車みたいな他の機械は自分で勝手に直ったりなんかしないでしょ」

「これはISの武装なんだから、ISの損傷でちゃんと機能しないとダメだ。他の機械を比較に出しても意味は無いよ」

「うーん、それが一つの商品として売り出せればいいのにね」

「仕方ないさ」

 

 コアからエネルギーを受け取って、フィールドを展開するこの装置は、ISコアありきとなっている。勿論これだけじゃ無く、IS関連のエネルギー武装は殆どこのタイプだ。例えば打鉄弐式の荷電粒子砲、サイレント・ゼフィルスのビット、俺のUAD-レモラやLZ-ヴェスパインなどが挙げられる。

 もう一つ別のタイプがあって、武装そのものに専用のバッテリが内蔵されているものがある。ACはどちらかと言えばこちらに分類され、ステラカデンテに搭載されている新武装『ラーヴァ(溶岩)』も相当する。今回の模擬戦ではエネルギー武器のため使えなかったが、いつか使ってくることもあるだろう。簡単に言えば、ラーヴァはマガジン式のエネルギーライフルだな。

 

 ステラカデンテの新武装と言えば………。

 

「アレには驚いたな」

「アレ?」

「背中のガトリングガン。背面をカバーするのは想像できたが、まさか腕に変形するとは思っていなかった。背中に隠し腕とは、いやはや、イタリアも中々やるな」

 

 装甲の裏側や、通常存在しない場所に取り付けられるアームを『隠し腕』と呼んでいる。用途は様々で、特に武器を持たせたり不意をつく事に適しており、レーザーブレードがいきなり現れて斬りつけられた、などよく聞く。実際にコレを使用しているのはごく少数……というか望月と関連のある機体しかいない。元々これは俺のアイデアから生まれた。そして手紙にも出てきた飯田明美は、元々望月技研の研究員だった、というわけ。

 

 それを言うつもりは無いので、シラをきる。飯田さんも俺もベラベラと必要以上の事を話す趣味は持ち合わせていない

 

 余談だが、夜叉には無い。

 

「ああ、『オンブラ』のことね」

「『オンブラ』?」

「影、という意味よ。まあ見てなさいって」

 

 クルリと俺に背を向け、翼を広げたステラカデンテ。すると、内側の二枚の翼と大きく特徴的な背部装甲が切り離され、ガシャガシャと音立てながら変形した。

 

「『オンブラ』は人型のビット……ISビットとでも言うべきかしら。独自の学習機能付き高性能AIを搭載した支援機よ」

 

 姿は一回りISに比べて小さいが、人型をしたマシンだった。オンブラは右腕を水平に持ち上げ、腕部に格納されていたガトリングを見せてくれた。加えて、左腕は翼から取り出したナイフを握っている。

 なるほどね。隠し腕の正体は隠しISってか。

 

「コアは無いんだな」

「一体のISに二個もコア乗せられるほど、イタリアは裕福じゃないよ。それもあるから小型なんだしね」

「こいつも速いのか?」

「ステラカデンテや歴代のテンペスタにはどうしても劣るけど、見ての通り立派な翼があるからね。スピードは問題なし。ついでに言うと、オンブラを支援機モードで展開している間もステラカデンテは速いままなんだからね」

「へぇ?」

「これは……見てのお楽しみだね」

「そうしよう」

 

 丁度いいタイミングでピピッという音が鳴った。修復完了のアラームだ。

 

「装甲はどうだ?」

「問題なし、新品みたいだよ。シールドエネルギーも満タンになってる」

「よし」

 

 実験成功、と。あとはどれだけの損傷まで修理できるのか、距離も測っておきたい。この二泊三日じゃあ無理だろうな。今日のデータと実機だけ送り返そう。こんなものを使わせるなという手紙も添えておこうか?

 

《大☆賛☆成!!》

 

 文字の間に星が見えるが気のせいだ、きっと。

 

 ワイドスマックは……戻ったらでいいか。

 

 そう言えば旅館になんか走って行ったんだよな。面倒事が起きなきゃいいが……。

 

《無理でしょうね》

(だろうな)

 

 数秒で俺は諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピンク色の長い髪とコスプレの様な服を着たウサ耳が、織斑先生にアイアンクローをされて悶絶していた。ミシミシとか人体から聞こえてはいけない音がしているにも関わらず喜んでやがる。

 

「きょ、今日も元気そうだね!」

「今日も、とはなんだ。まるで毎日見ているような口ぶりだな」

「衛星なんて束さんにかかればちょっと画質の良いテレビさっ!」

「程々にしておけよ」

 

 はぁ、と呆れたように溜め息をついた織斑先生は手を離した。束と呼ばれた女性は何事も無かったかのようにぴょんぴょん跳ねている。

獲物を見つけたかのように、今度は織斑の所へスキップしていった。

 

「やや、久しぶりだね! いつ以来かな?」

「昨日会いましたよね、旅館のど真ん中で」

「そうだよねー。でで、しゅーくんお願いがあるんだけどぉ………」

「シュークリームみたいな呼びかた止めてくださいって言ってるじゃないですか!」

「わーいありがとー!!」

「全力でスルー!? しかもお願いの内容聞いてませんよ!?」

「ちょっと白式見せてくれるだけでいいんだよー。あとは……解剖?」

「断固拒否させていただきます」

「ぶーぶー」

 

 タコのように口をすぼませながらも手は解析装置の準備を怠らない。一本のコードを伸ばしてガントレット形態の白式へ差し込み、データ収集を始めた。織斑は言っても無駄だという事を経験から理解しているに違いない。見たばかりの俺でも分かるぐらい、自我と欲に忠実なやつだ。

 

 コメディが繰り広げられる中で、俺とリーチェは戻ってきた。多分、海面走行をしてきたのはあの女だろう。そして専用機持ちもそうでない生徒も皆がここに集まっている。

 

 事情が呑み込めない俺達はマドカに一連の出来事を聞いてみた。

 

「マドカ」

「…………」

「マドカ、どうした?」

「え、あ、いや、なんでもないよ。何?」

「誰なんだ、あの人」

「篠ノ之束。ISの生みの親だって。さっき海を走って来たんだよ」

「何をしに?」

「さあ? 奇人変人で知られてるから、私には分からない」

 

 どこかそっけないマドカの返事を聞きながら、篠ノ之束という人物について思いだしていた。

 

 わずか数年で世界をひっくり返したパワードスーツ、IS。これを作りだしたのは一人の天才科学者らしい。驚くことに、当時は高校生だったそうだ。何故女性にしか操縦できないのか、なぜコアの数を増やさないのか、どうやってISを作りだしたのか、何者なのか、ありとあらゆる疑問を抱えて篠ノ之束は失踪した。

 世界からの評価は“異常”の一言尽きる。学生の身分で核を越える脅威を平然と生みだし、世界中が捜索しても数年間足どりがまったく掴めないまま、言動や行動は常人には理解不能。もしかしたら人間じゃ無いのでは? という説が生まれるほどに、篠ノ之束は異常なまでに“天才”で“天災”だった。

 

 目の前で繰り広げられる光景が示す通り、織斑千冬と織斑秋介、妹の篠ノ之箒に対して非常に強い親近感を持っている様子。ご近所だったそうだ。織斑と篠ノ之が幼馴染みならば、二人の姉が友人関係にあることも不思議じゃない。

 

 そしてもう一つ。

 

「わぁ~。篠ノ之博士なんだって~」

「ええっ! さ、サインとかもらえたりしないかな?」

「握手とか写真とか……!」

「あー。うっざーい。ちょっと黙ってくれない。というかちょっとじゃなくて永遠にでもいいけど」

「「「…………」」」」

 

 大の人間嫌い、と聞いている。見た限りだと本当らしいな。そりが合わないとかもはやそんなレベルを超えている。嫌悪感すら催しているようだ。まるでゴキブリやムカデなどの害虫を見るような目で、沸き立っている女子たちを見下した。

 

 理想とかけ離れた現実に、生徒を含め教員までもが唖然としている。元から知っていた織斑姉弟と実の妹である篠ノ之だけが、呆れかえっていた。

 

「箒ちゃんは久しぶりだもんねー!」

「……そうですね」

「そんなにぷにぷにしないでさー、もっとスマイリィにだねぇ。じゃないとしゅーくんはころっといかないよ?」

「か、関係ないでしょう!?」

「それにしてもおっぱいおっきくなったね! 何カップ? やっぱ束さんの妹だよー! 束さんはねーFぐらいあるから、きっと箒ちゃんもFぐらいにはおっきくなるから安心してね!」

「そういうのはいいんです!」

 

 わーお。この温度差、すごいね。

 

 篠ノ之の後ろに回り込んで胸を鷲掴みにしながらサイズを測るアレは紛れも無く評判通りの人間だと理解した。世界中の変態や変人を濃縮しても彼女がいる次元には到達できないだろう。

 

 うしろから感じるおぞましいほどの殺気と、念仏の様な呟きはこの際無視しておこう。俺にはどうしようもできない。話しかけたら俺がやられる。

 

「箒ちゃんにはあとでプレゼントがあるからねー」

「はあ……はぁ……」

 

 芯から疲れ切った篠ノ之は息を切らしてへたり込んでしまった。織斑の白式からコードを抜いて嬉しそうに解析作業に入っている。自前のキーボードらしいモノを使って、ピアノを弾くがごとく叩き始めた。ただし、あまりの力強さにカタカタという音ではなく、ガガガガと何かを削るような音が鳴り続けている。

 

「うーん、これはこれは……」

「えっと、束さんはここへ何をしに来たんです?」

「おうっ! そうそう、忘れてた!」

 

 頭の上に豆電球が灯る。作業の手を止めずにここへ来た目的とやらを思い出した篠ノ之束は笑いながら口にした。

 

「なんかね、とーっても珍しい機体と、束さんも気になる現象を起こした機体がここにいるんだよ。面白そうだから見に来たんだ」

 

 目を細め、にたりと口を歪めた篠ノ之束と一瞬目があった。

 

「          」

 

 バラしてみたいなァ

 

 ぞわりと背中から全身へ巡る寒気とおぞましさ、日常では生みだせない負の集合が篠ノ之束から滲みでていた。

 

「い、一夏?」

「へぇ……」

 

 無意識、反射といった思考を飛ばした行動を身体がとり、いつの間にか簪様の前に立っており、目の前には右手を伸ばした篠ノ之束が。そしてその右手を握りつぶす程の握力を込めて掴んだ俺。

 

 目の前の女は、簪様を殺そうとした。

 

「………殺すぞ?」

「君と後ろのこの機体をちょーっと見せてもらおうとしただけじゃん。そんなことも分からない?」

「それが他人へモノを頼む態度か?」

「じゃあどうしたらいいのかな? 天才束さんに是非とも教えてよ」

「服を脱げ」

「い、一夏!?」

「わ、変態だったんだ……」

「服を脱いで、身体中に仕込んである解剖器具と解体器具、刀剣類、銃器、機械類、その他を全て破壊した上で手錠をかけ縄で縛った状態でなら、俺の機体を見せてやらないことも無い」

「うぐ……わかったよ……諦めるよ……」

 

 うえーと言いながら右手に込めた力を抜いて、だらんと垂らして去っていく。

 

「あーもう一つ」

「なにさ。もう諦めたって。変態にはつきあってられないよ」

 

 一度話した右手をもう一度掴んで、グイッと身体を引き寄せる。驚いたような表情を見せるが無視だ。顔を耳元へ近づけ、そっと呟く。

 

「人前へ姿を出すなら、自分で来い」

「何の話?」

「マナーがなってないと言っているんだ。よくできているが、分からないわけじゃない」

「そんなの分かる君の方がおかしいって」

「身代わりに爆薬を満載している天才程じゃないさ」

「………お見通しって自慢したいわけ?」

「釘を刺しているんだよ」

 

 次は無い。

 

口に出さずとも意図は伝わった筈だ。握っていた手を開放して、マドカと簪様の元へ戻る。

 

「マドカ、どうだった?」

「爆薬の反応あり。砂の沈み具合からしてダミーだってのも間違いなさそうだったよ」

「ねえ、どうしたの? なんだったの?」

「あの篠ノ之束は偽物という事です」

「え?」

 

 非常によくできた人形だった。触った感触は人間とまったく同じで、強く握らなければ人工皮膚や人工筋肉の更に内側にある堅い何かに気付くのは難しかっただろう。すぐに夜叉を起動させ、機体を展開せずにセンサーを作動させた結果。最低限の機能を搭載した機器と、少量の爆薬、そして大部分の人工皮膚と人工筋肉で構成された偽物だと看破できた。

 

 さらに、保険のつもりでマドカに詳しい情報を手に入れるようにプライベート・チャネルを使って頼んだ。正直、最後のアレはハッタリに近い。

 

「結構いいね、この追加パッケージ」

 

 ブルー・ティアーズの姉妹機、サイレント・ゼフィルスは中距離戦闘を想定して作成されている。たとえば、シールドビットは自分を守るためという意味もあるが、本来は後方で狙撃するブルー・ティアーズを守るものだったりと、BTシリーズには個々に意味と特徴を持つ。

 ただし、搭乗者のスタイルも無視はできない。現状でもマドカは100%以上の性能を引き出していると言ってもいいが、本来得意とする距離はもっと近づいた近距離。そこで、今回BBCに依頼して作成されたのが、今日インストールしたばかりのパッケージと言うわけだ。

 

 『ホロウ・フェアリー』。バランスを近距離へ傾けたパッケージ。近距離特化の単独行動に比重を置いている。本来のコンセプトと真逆の思想になるこのスタイルは、まさに虚実(ホロウ)

シールドビットを全て繋げて一枚のシールドにして左腕部に接続、速度が落ちないギリギリのラインまで装甲を強化、メイン武器を『星を砕くもの(スターブレイカー)』から『道を切り開くもの(バリアブレイク・ローマロード)』へ換装、等々かなり仕様が変更された。

加えて索敵能力も強化を施されていたため、見抜くことができたのだ。

 

「偽物、だったの?」

「俺も注意深く見ていなければ分かりませんでした。見た目、質感、体温すべてが生きている人間を限りなく再現しています。流石に中身までは真似できないそうですがね」

「何でだろう?」

「流石にそこまでは分かりません。常識的に考えるならば、世界中から逃げるため、でしょうね。どんな理由があるのか知りませんが、アレは危険です。不用意に近づきませんよう気をつけてください」

「う、うん。一夏がそういうなら……」

 

 自分が狙われているというのに安心などできるはずが無い。相手はあの篠ノ之束で、今日目の前に現れた彼女は爆薬を積んだ偽物ときた。ここで不安を感じないのは相当の猛者か、極端に馬鹿な奴ぐらいだろう。

 いかに安全を確保して安心させるかが、従者としての腕の見せ所。マドカもついているし、余程のことが無い限りは対処できるはずだ。

 ただし、気は抜けない。ヤツは底が見えなかった。正直に言うなら俺ですら不安を感じている。

 

 篠ノ之束はこう言っていた。

 

『なんかね、とーっても珍しい機体と、束さんも気になる現象を起こした機体がここにいるんだよ。面白そうだから見に来たんだ』

 

 面白い機体、気になる現象を起こした機体、か。簪様へ接近してきたということは打鉄弐式を指していることになる。同時に、夜叉へも興味を示していた。

 恐らくどこかで見ていたに違いない。或いは、全てのコアは篠ノ之束へ常に情報を送信し続けているとか? ………考えただけでも恐ろしいな。

 とにかく、幾つかある目的の内一つは理解できた。

 

 珍しい機体は夜叉の方だろう。リミッターをかけている状態で現行の最新型を圧倒する第二世代型。俺の素性含め謎が多いことが琴線にふれたのか。

 珍しい現象を起こした機体は打鉄弐式。建造中に倉持技研へ見学に行った際、襲撃を受けた時に、打鉄弐式は自らパーツを引き寄せ組み立てた。全システムも全て調整済み、すぐに実戦投入できる状態でだ。確かに前例が無いだろう。流石の篠ノ之束も疑問を感じたはず。

 

 世界中から追われる天才科学者に目をつけられるとは……。幸か不幸か……。

 

《高速で接近する機影あり。今度はISみたいですね》

(ほっとけ)

《よろしいので? 未確認機ですよ?》

(どうせここへ来たもう一つの理由とやらに関係があるのさ)

 

 夜叉からの報告を聞いて上を眺める。そんな俺の動きを横目に見ていた篠ノ之束はにやりと心底嬉しそうな表情を浮かべ大声を上げた。

 

「さぁ! 皆々様上空をご覧くださ~い!」

 

 という声に教員と生徒が上を見る。

 

 最初は太陽の真中に現れた小さな点だった。それが次第に広がっていき、影を落としてくる。空を割く音が大きくなって、気がつけば轟音と共に落ちてきた物体は砂を巻き上げていた。

 

 落ちてきたのはIS一機(・・・・)がすっぽり収まりそうな灰色のコンテナ。

 

「君たちは実に運がいいねぇ。これから見せるのはこの束さんが自ら手掛けた完全プロデュースの最新型さっ!」

 

 ぽちっという音がすると同時に、コンテナの上部が少しだけ動いた。そのままゆっくりと上部が開いてゆき、続けて四方の壁が倒れていく。徐々に姿を現して、日の光りを浴びて輝く装甲は赤。白式とどこか似ているフォルムで、ここ最近のISにしては大きな方だ。特に目を引くのは背中の独特なユニット、翼には見えないし、細かったり大きかったりとアンバランスでブースターにも見えない。

 

「これは世界でも初の第四世代型(・・・・・)IS『紅椿(アカツバキ)』!!」

 

 えっ!? と驚く一同。織斑先生ですら動揺を隠せていなかった。

 

 世界のIS事情だが、ようやく第三世代型の開発に成功したばかりである。それも主要国のほんの一部だけ。第三世代型はまだ実験機の域を出ておらず、第二世代型は未だに主流を譲っていない。たったの数年でもう三回も世代交代が行われていること自体が凄いのだが、この天才はあっさりとそれすらも凌駕した。

 

 世界がまた荒れるだろうな。あの『紅椿』とやらを巡って。

 

「そして! これに乗るのはーーー!」

 

 右手を高く掲げ、人差し指をピンと伸ばし、勢いよく振りおろして、突きつける。

 

 その先は――

 

(ユー)だよ。愛しの箒ちゃん♪」

 

 覚悟と戸惑い、多分の喜びを浮かべている篠ノ之箒だった。

 



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33話 「仲間を信じろ、ということだ」

「人類は皆平等である」

 

 誰かがそんなことを言ったらしい。俺は全力を持ってそれを否定させてもらう。

 

「人類はみーんな平等に不平等なんだよ?」

 

 目の前の科学者はそう言った。俺は首を大きく縦に振って頷きたくなる程賛成する。

 

「個々人の長所や短所、容姿、生まれ、体系、体質、環境、持ち物、癖、性癖、ほら、ぱっと思いつくだけでもこんなにある。誰がどの人間から生まれて、誰と近しくて、どのように育つかだけでも全く異なる人生を生きていくんだよ? 千差万別、十人十色、私だからこそ分かるけど皆違って皆良いって言うじゃん。皆が同じ顔で同じ姿で同じ服着て同じことして同じもの食べて同じ環境で育って………とか、気持ち悪いだけじゃないかなぁ」

 

 世界のどこかでとても裕福な暮らしをしている人がいるなら、人並みの収入を得て暮らしている人もいて、貧しくて毎日の暮らしも限界な人もいて、人権何それな生活を強要されている人もいるわけだ。

俺に降りかかった不平等がどんなものかは知らないが、恐らく出来が悪くていい生活を送れなかったんじゃないかと推測する。

 

 友達はコネがあるから就職活動が楽に終わった、私にそんなものは無い。

 友達の姉は有名人だけど、私の親戚にもそんな人はいない。

 隣のクラスは可愛い女の子ばっかりだけど、僕が居るクラスにはお世辞でも可愛い女の子が居るとは言えない。

 生き別れた弟は金持ちの家に拾われて豪勢な飯を食っている。俺は毎日泥だらけになって働いているのに肉も食えない。

 

 価値観の違いがあるのだから、人によって不幸や不平等だと感じる境界線は違う。それでも人間は……生きているもの全ては常に“不平等”という言葉からは逃げられない。

 

 世界は優しくて残酷だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之束は嬉しそうにコンソールを弄って最終調整を行っている。

 

 妹の篠ノ之箒は姉以上に嬉しそうな表情を浮かべていた。当然だ、ISについて幼いころから学んできた女子だからこそ、こんな時期にあの人からこんな最新型を与えられることの凄さが理解できる。

 

 簪様で例えるなら、お気に入りのゲームメーカーが新作を出そうとして「テストプレイヤーになってくれないか?」と言われるようなものだ。………発狂するに違いない。

 

 とても嬉しくて誇らしくて名誉なことだ。だが、それと同時に責任も付きまとう。期待が膨らむほど、重要なものであるほど、それは大きくて重たくなる。

 篠ノ之箒はそんなこと頭の片隅にもないだろう。占めているのは専用機が手に入ったこと、他の専用機持ちと差を縮められたこと、織斑と同じ場所に立てること、こんな乙女チックなことでいっぱいいっぱい。『紅椿』が持つ意味を少しも理解していなかった。

 

 そのまま他を置き去りにして実験テストに移った。何時の間に仕込んだのか、海面や砂浜からターゲットを撃ちだす砲台が現れて空中へ打ち上げる。紅椿はぎこちなさを見せながらも素早く上昇して、二振りの刀で切り裂いていく。

 

「右が『雨月』、左が『空裂』。紅椿には銃がないから、その二振りが放つエネルギーが主な遠距離攻撃だね」

 

 篠ノ之がぐっと右手の日本刀型ブレードを構えて、フェンシングのように突きだすと、滞空していたエネルギーの弾丸が打ち出された。連射ではなく、一度に複数の弾丸を飛ばす様だ。

 左手に握るブレード『空裂』の方はエネルギーを纏った状態で振り抜くと、斬撃が跳んで行った。三日月状のそれは刀身よりも大きい。

 

 刀でありながら、銃でもある、か。

 

「そしてそして! 超遠距離攻撃用のスナイパーライフル『穿千』! 貫通力と破壊力を兼ね備えた超射程の遠距離武器さっ!」

 

 刀を収めた篠ノ之が次に試したのは、弓。

 背部の特徴的なユニットの一部が両腕に接続、アンテナのように百八十度に開いた。接続部分が光りはじめ肩の方へと光が伸びて行き、ピンク色の糸がユニット先端から光の端を経由して反対方向の先端部へ。腕一本が一つの弩へと姿を変えた。

 背部のユニットが光を増して、四枚の羽根へと形を変化させ、矢が打ち出された。ターゲットは紅椿が格納されていたコンテナで、砂浜とはいえ高高度から地面へ叩きつけられても無傷だった合成板を障子のようにすんなりと貫通する威力を見せ付ける。

 

 あれ、どう見ても俺の技の真似だろ。“刀拳・穿”の。

 

「おまけの自立支援兵装『大蛇』! 近接攻撃が大好きなんだって!」

 

 背部ユニット下部の一番大きな二枚の菱形が連結を外して対空、おそらくPICを個別に搭載して動いているのだろう。大蛇はエネルギーの刃を薄く灯してターゲットへ斬りかかった。貫通力は穿千に劣るものの、切れ味や継続火力はこちらの方が上の様だ。連続して斬りかかってくるのは怖いものがある。

 

「さらに!」

 

 まだ何かあるのか………

 

「紅椿の装甲は全て“展開装甲”でーっす! あ、展開装甲っていうのは白式の雪片弐型みたいなやつのことね」

「ええええええええええええ!?!?」

 

 雪片弐型といえば………物理刀の状態と、刀身を二つに割った間からエネルギー上のサーベルが出てくるようなものだった気がする。あれが全身にあると言う事は、どこからでもサーベルを伸ばして斬れるってことか?

 

「もっと言うなら展開装甲は攻撃だけじゃなくて、防御シールドにも形を変えられるし、推進力を生むブースターに変えることだってできるよ! 設定次第で無限の組み合わせがある万能兵装さ! この展開装甲こそが、束さんが提唱する“パッケージ換装を必要としないあらゆる状況や環境に対応できる万能機”――第四世代型なんだよ! ぶいぶい!」

 

 ………聞いたことのある口上だな。

 

《そうですね》

 

 周囲が、搭乗者である篠ノ之すら唖然としている中で、俺と夜叉だけが全く別の事に意識を向けていた。

 

 “パッケージ換装を必要としないあらゆる状況と環境に対応できる万能機”。

 

 そのまんま『夜叉』の事じゃないか。展開装甲の有無だけで、コンセプトは全く変わらない。

 

《パクリってやつですか? 私にも妹が出来たんですね!》

(落ち付け。紅椿は本当の意味で万能機じゃない)

《といいますと?》

(同じ“万能”を謳っていても、若干意味が異なる)

 

 夜叉で言う万能とは、武器の豊富さから来ている。

 近接戦に用いるブレードに始まり、援護用のライフルやミサイル、遠距離からの狙撃、魚雷や閃光弾、防御用のシールド、今だけ搭載している修復装置などなど。どんな状況に陥っても、即座に戦略を変更して攻撃できるだけの種類がそろっていることだ。

 

 では紅椿はと言うと、やはり展開装甲の特殊さだろう。

 敵に囲まれていようが、逆に敵を追い詰める状況であっても、集団戦でもタイマンでも、圧倒的不利であろうと、展開装甲の設定変更や扱い方によって切り抜けることができ、逆転して圧倒するだけのパワーも秘めている。武装は限られているものの、展開装甲のバリエーションや工夫により、様々な局面に対応でいるということだ。

 

《結局同じじゃないですか。何が違うのやら……》

(例え話をしてみよう)

 

 最前線で切り結ぶ事に関しては、どちらも同じだ。

夜叉の場合、近接戦に特化した武装があり、俺が得意としている。紅椿だと、主武装が刀であり、大蛇が射撃ではなく斬撃を行うことから、近接戦闘に特化していると言える。

 

 次に射撃による中距離~遠距離の場合。

 近接戦同様に、夜叉には豊富な武装がある。サブマシンガン、アサルトライフル、グレネードランチャー、手榴弾、ミサイル、機関銃、ガトリング、狙撃銃。細かく分類しなければこれだけで八種類、実弾兵器エネルギー兵器どちらも含めれば倍以上の数が領域内に保管されている。夜叉の特徴の一つである、異常なまでの拡張領域があればこそできることだ。

 紅椿の武装とコンセプトからして、メインは近接戦闘の為、篠ノ之束本人が言うように射撃武器はほんの少しだけだった。刀に付属する射撃武装と、超射程の高火力スナイパーライフルのみ。大蛇は射程の問題もあるだろうし、消費エネルギーを考えると長期戦になりがちな当該距離での活躍は見込めない。展開装甲を使っても難しいところだろう。

 

 最後に援護する場合。

 夜叉はもう言うまでも無いだろう。ただし、どれも高火力な為に誤射すると予想以上のダメージがある。加えて弾薬の消費が激しいものが多く、長時間にわたる援護射撃は非常に不向きだ。言ってしまえば、主力級の機体である為に土俵が違う。武装変更という救いの手段が一応残っている。

 結論からすると、紅椿も同様だ。最適な武装も無いし、援護というより決戦に向いている。拡張領域的にこれ以上の機体に見合うだけの武器を積むことは難しいだろうし、そもそもそんなことをしては篠ノ之束が言う万能機ではなくなる。

 

(――と俺は考える。こう考えると、夜叉も紅椿も完全無欠な万能機じゃないな)

《それで良いじゃないですか。欠点は魅力です》

(……そうだな。完全無欠なんて、あっちゃいけない)

 

 人間だろうが何だろうが、欠点が無くて全てをそつなくこなし魅了させる、そんな奴がいてもいい事なんて無い。それはきっと、悲しいことだ。

 

 結局のところ、万能機なんてものは存在しないのだろう。ISとはいえ、意志があっても動かなければただの鉄の塊、ウンともスンとも言わない。それを昇華させるのは、搭乗者の技量と心だろうな。

 

 それにしても………

 

「はははははっ! 凄い! 私でも分かる程に素晴らしい! やれる、この紅椿なら!!」

 

 今の彼女には、紅椿の性能を10%引き出せるかどうか……。何を言っても理解はできないだろう。あれでは紅椿と篠ノ之束が可哀想だ。

 

「兄さん」

「ん?」

「面倒なことになりそうだ」

「まーた何かあるのか?」

「『ホロウ・フェアリー』の性能テストをしていたらさ、面白い通信を拾ったんだ。アメリカの第三世代型が暴走してここの近くを通るらしい。委員会が私達で迎撃しろって」

 

 妹には盗聴癖でもあるのか? 俺は少し心配だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――というわけだ。なお、これは今までの授業で行ってきた模擬戦ではない、実戦だ。死亡する可能性もある。参加の強制はしない」

 

 大広間に機材を持ち込んで建設した急造の司令部でミーティングがすぐに行われた。野外授業は中止、生徒は自室で待機となっている。行事ごとに何かしらの緊急事態が起こってきたため、同期の一年生は特に疑問を持たず(呆れと怒りで)素早く部屋へ退散した。現在旅館で自由行動を許されているのは、教員と一部の旅館従業員、そして代表候補生含む専用機所有者だけだ。そこには篠ノ之箒も含まれている。

 

「これを踏まえた上で、作戦に参加する意志のあるものはここに残り、その他はここを出て自室へ戻って待機せよ。なお、概要を聞いてから不参加の意志を表明しても認めないものとする」

 

 沈黙。退出者は居なかった。

 

「居ないようだな。では、作戦を説明する。山田先生」

「はい」

 

 床に設置された3Dスクリーンがこの旅館を含む一帯の地図が映し出された。旅館……司令部の現在地は緑の点で示され、遠く離れた太平洋まで。ハワイ諸島のとある島に赤い点が灯り、そこから伸びる赤い線――恐らくマドカが言うアメリカ第三世代型の進路だろう。ミッドウェー諸島を真っすぐ通ったかと思えば、直角に曲がってフィリピン海へ、硫黄島周辺を通ると今度は日本本島へと進路を向けている。

 

 何処へ向かおうとしているのか、全く予想のできない進路を描いていた。現在位置は赤い点とそれを囲む赤い輪で示され、一応の予想進路は点線で示されている。その先は日本の東京と、日本近海を沿ってアラスカとの二つ。どちらにせよ日本へ近づくことが予想されているため、こうして声がかかったんだろう。学生に解決させようとする学園上層部と委員会はどういう頭をしているのやら。

 

「目標は、アメリカ・イスラエルの共同開発第三世代型実戦仕様IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』だ。目標はハワイ諸島で実験中に制御不能に陥り施設を破壊して行方を眩ました。数時間後にレーダーに引っ掛かった時の目標はミッドウェー諸島付近で反応があり、再びロストした後、レーダーで探知した時はフィリピン海のど真ん中。そこからは随時衛星により位置情報と速度が送られて来ている」

 

 言うとおり、地図の赤い光点は常に移動していた。リアルタイムで銀の福音の位置情報がここへ送られているのか。

 

「高速で移動する目標は、数時間後に日本近海を通過すると予測される。ここを、我々学園のISをもって強襲、撃墜する」

「捕獲ではないのですか? パイロットの安否もありますが……」

「目標は既にパイロットの制御下に無い。実験施設破壊の件も含めて、危険だと判断された。捕獲の余裕は無いだろう。気遣いは要らん。お前達の実験機と違い、目標は非常に頑丈な作りをしているし、装甲も厚い」

「了解です」

 

 ラウラの質問にも用意していたかのような回答で返す。おそらく実際に織斑先生がした質問で、委員会側が返した返答だろう。

 

「先程も言った通り目標は高速で移動している。待ち伏せにより接敵に成功したとしても、同じ高速で動けるISでなければ戦闘の継続は難しい。追いつめたところで逃げられては意味が無いからだ。故に、同じく高速機動を可能とした機体のみで作戦にあたる」

「作戦を実行するメンバーをあらかじめこちらで選ばせてもらいました。何かありましたら、後で言ってくださいね。以下の通りです」

 

 山田先生が手元のコンソールで操作して、座って囲んでいた地図が書き換えられ、別の情報が表示される。機体の速度関連スペックと搭乗者だ。

 

「クラス順にいきますね。まずはオルコットさん。今日送られて来た高速機動仕様のパッケージを使えば、ギリギリではありますが今作戦に参加できます。慣熟飛行はどうですか?」

「問題ありませんわ。パッケージに合わせた武器の慣らしも済んでいます」

 

 オルコットと呼ばれたイギリス代表候補生は、チラチラと見られた高慢さが失せ真剣な表情で答えた。

 

「はい。次にカリーナさん。とてもイタリアらしい機体ですね。速度に関しては学園一、今作戦には適任です。技術も問題ありません。引き受けてくれますか?」

「勿論です」

 

 リーチェがいつになく真剣な表情で頷く。普段中々みられない代表候補生らしい一面だ。

 

「ありがとうございます。そして森宮君。総合的な機体スペックと技術はお姉さんに次ぐ実力は銀の福音と同等に渡り合えると思っているんですけれど……どうでしょう?」

 

 俺か。まあ来るとは思っていたさ。ただ、今の状態では全力を出してもスペック差で敗色が濃い。夜叉も羽根伸ばしがしたいと言っていたことだ、ここはひとつお願いをしてみよう。

 

「一つ条件があります。学園側でかけられたリミッターの解除をお願いします。現状態では非常に困難です」

「織斑先生?」

「許可する。後で解除しよう」

「ありがとうございます」

 

 やったぜ。

 

《ありがとうございます! うっはー! 久しぶりの実戦にも心が躍ります!》

 

 実戦にはしゃぐんじゃない!

 

「最後に織斑君――」

「え! 俺ですか!?」

 

 頭の中で夜叉と会話していると、織斑の大声で作戦の方に引き戻された。どうやら織斑も参加者に選抜されたようだ。理由は……あれだろうな。

 

「白式はそこまでの速度は出せないと思うんですけど……」

「移動はオルコットさん、カリーナさん、森宮君の三人に牽引してもらうか乗せてもらってください。織斑君の仕事は“零落白夜”による一撃必殺ですよ」

「一撃必殺……」

「作戦の肝はお前にある。さくっと決めればすぐに終わるし、誰も怪我をせずに済む。銀の福音のパイロットも問題は無い。やれるか?」

「………やります!」

「よし、では早速―――」

 

 ガタガタガタ!

 

 天井がいきなり音を立てはじめ、板が一枚外れて人が降りてきた。

 

「Hey! お待ちになっておじょ―――」

「喧しい!」

「げふ!」

 

 篠ノ之束だ。相変わらずコスプレくさい服装でアイアンクローをくらって悶絶している。屋根裏を移動してきたにもかかわらず、服は砂浜であった時と同じで全く汚れていない。何とも不思議な奴だ。普通に障子を開けてくればいいのに。楯無様といい、何故こうも奇を狙って玉砕されたがるのか。謎だ。

 

「つまみだせ」

「ストーーーップ!! 今回の作戦にはナイスな機体が居るんだよ!」

「何?」

「紅椿さっ!」

 

 手をウサギの耳のように頭上でパタパタと動かしながら、篠ノ之の腕にある真新しいブレスレット――紅椿の待機形態を見る。

 

「……たしかに、速度とスペック面では問題はクリアしているな。だが、篠ノ之は連れていけない」

「今日乗ったばかりだから――でしょ?」

「分かっているなら言うな」

「だがしかぁーし! まだ誰にも教えていない特殊機能が紅椿にあるのさ! しかも絶対に今回の作戦に役立つ!」

「……言ってみろ」

 

 篠ノ之束はポケットから取り出した小型の端末を操作して、最後に大きくターンとキーを鳴らした。すると床に移された俺達の機体データに新たな項目が追加される。勿論紅椿だ。

 

 読んでいくと、確かに砂浜で見せていない機能がある。篠ノ之本人も驚いていることから、どうやら妹にすら教えていなかったようだ。

 

唯一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)“絢爛舞踏”。効果圏内に入った対象のエネルギーを回復させる能力だよ。紅椿は白式と対になる存在で、この二機は同時運用を前提に設計してるんだ。つまり! 白式がエネルギー切れで“零落白夜”を発動できなくなったとしても――」

「――絢爛舞踏によるエネルギー回復で、再度使用可能になる。紅椿が墜ちない限り、半永久的にこのサイクルを続けられる、か」

「そういうこと。別に白式だけに働く能力じゃないし、他に参加する機体も動きを封じるためだけに動けばいいし、全体のリスクも減るでしょ?」

 

 確かに、彼女の言うとおりだ。

 紅椿を抜いた状態で考えるなら、失敗したケースは“白式による特攻→白式エネルギー切れ→残った機体で白式を守りつつ撃破”、という流れになるが、ここに紅椿の絢爛舞踏という要素が加わると、“白式による特攻→失敗→絢爛舞踏で回復→再特攻”、この循環を維持さえすればいい。俺達の仕事もリスクも減るし、逆に危険になる織斑を守ることにも集中できる。

 

「束の言うとおりだが、やはり篠ノ之の実力に不安が残る」

「わ、私はやって見せます!」

「やる気で何でもできると思うな。それに、まだ決まっていない」

「っ………」

 

 篠ノ之を一喝して、話は続く。

 

「だったら箒ちゃんに一機貼り付けるのはどうかな?」

「直衛か。だが、他の三機はどれも防御には向いていないだろう」

「抱えて飛べばいいんじゃない?」

「………山田先生、シュミレーションを」

「はい。……………オルコットさんの『ストライク・ガンナー』に換装したブルー・ティアーズでは、速度に無理がありますね。速度が落ちて被弾率が上がります。カリーナさんのテンペスタと森宮君の夜叉は逆に速すぎて搭乗者以外は耐えきれません」

「だそうだ」

「むぅ……」

 

 オルコットのストライク・ガンナーは、ビットを全て推進力に回して、更にブースターを追加した物らしい。基本的なスペック比は変わらない為に不向き。遠距離狙撃の機体ということもある。最悪、ただの的になりかねない。

 リーチェのステラカデンテのスピードは直に目にした。タッグマッチの時に乗ったAC付きラファールよりも格段に速くなるのは間違いない。速度中毒者(スピードホリック)が一ヶ月かけて慣れたACの速度を授業でしかISに乗ったことのない人間には無理だ。

 

(リーチェ、ステラカデンテにはACを積んでいるのか?)

(三種類ね。今日はまだ使ってないけど、本体に直接繋がっている翼に一個ずつ。多分私でも最初は酔うかも。一夏は……大丈夫……かな?)

(二基もつけているのか……ありがとう)

 

 俺でも無理だと思う。

 

 そして俺の夜叉だが、絶対に無理だ。稼働率に関係無く。Gを極限まで緩和させる専用のスーツを着て初めて俺でも乗れるようになっているし、色々な部分に置いてもやはり他のISとは骨子から異なる部分が多い。テンペスタシリーズとは別の意味で速すぎて危ないんだ。

 

「だが、絢爛舞踏は非常に有効だな。安全を最優先するなら尚更」

「お、織斑先生? 突っ込む俺の安全は……」

「一緒に出撃するメンバー全員で動き回って的を分散させる。当然、全員攻撃するだろう。その中で、隙を狙ってお前が特攻するんだ。避けられてもフォローが入るから心配するな」

「は、はぁ……」

「仲間を信じろ、と言う事だ」

「な、なるほど。分かった」

「それでいい。とにかくお前は零落白夜を命中させること、被弾しないことだけに集中しろ。あとは全部オルコットと森宮、カリーナに任せてな」

 

 シールドを持っている俺が織斑を守りながら戦うことになりそうだな。オルコットの装備からしてこの役割は無理だし、近づく事自体が愚策だ。ステラカデンテは今回の場合撹乱がベストだろう。慣熟も終わっていない。

 もし、織斑が命中できずにエネルギーが尽きた場合、一発でも当たると死に至る可能性が高い。守りながら戦闘継続、もしくは撤退になるだろう。戦うとすれば俺になるが、オルコットが護衛には向いていないのは承知、リーチェに任せたとしても、誰かが被弾して、守りながら戦う羽目になるのがオチだ。結果、四人とも危険になる。

 

 やはり、安全を最優先とするなら紅椿の絢爛舞踏が必要だな。となると……。

 

「織斑先生、提案があります」

「なんだ森宮、言ってみろ。この際どんな奇策でも聞いてやる」

「そこまで的外れなことではありません。新たにもう一機つければいいだけです。紅椿の直衛に」

「……旅館に待機する専用機持ちの中から、新たに選抜するということか」

「はい」

「お前なら誰を選ぶ?」

「シャルロット・デュノア。もしくは妹のマドカです」

 

 ええっ! と驚いた様子の二人を無視して、話を続ける。

 

「一機だけを護衛するのなら、速度ではなく必要なのは防御力。その面で見るのなら、待機するメンバーの中では唯一シールドを普段から使用しているデュノアと、広い範囲をカバーできるシールドビットを持つマドカが適任でしょう。両名判断力、援護にも長けているため棒立ちもありません。行きと帰りは織斑同様に誰かに乗ればいい」

「なるほどな。確かに、ただ紅椿を出すだけよりは現実的だ」

「ねえねえ、その二人って大丈夫? 束さん心配だなぁ」

「問題は無い。学園全体で見てもトップクラスだ。ここにいる面子で実行するなら、適任者は他にいないな」

「ちーちゃんがそう言うならいっか」

 

 再び考え込む織斑先生。どちらを出すべきか悩んでいるのだろう。

 元々護衛をつけるべきかどうか怪しいところだ。一機だけ銀の福音が探知できないほど離れた場所で待てばいいだけだ。他に敵はいないんだし、もし現れたのなら対処すればいい。そして委員会へ責任を追及するだけだ。学生で、しかも一年生だからここまで神経質になるんだろう。自分の弟が居るからというのもあるんだろうか?

 

「本人達はどうだ?」

「だ、大丈夫です!」

「問題ありません」

 

 緊張しながらもしっかりと答えるデュノアに、どこか不機嫌さを感じさせるマドカ。とりあえず出てはくれるらしい。

 

「ボーデヴィッヒ、お前は二人と交流が深かったな」

「は、はい! シャルロットはルームメイトで、マドカは古くからの親友です!」

「どちらが適していると思う?」

「私に聞くのですか!?」

「参考までにだ。長所でもかまわん。私以外の人間からの評価を聞かせてくれ」

 

 急に指名され汗を流し始めるラウラ。順にデュノアとマドカを見るが、二人は頷いて大丈夫だと示した。

 

「シャルロットは非常に思考力が高いレベルにあります。“高速切替(ラピッドスイッチ)”もあって最適な武装を選び、状況に合った正しい使い方を見せました。ただし、型にはまったような戦い方も多く見られ、正しくあり過ぎて柔軟性に欠けます」

「たはは………」

「マドカは実戦経験もあり、戦闘経験が非常に豊富です。私よりも実力は上でしょう。機体の特性をよく理解し、100%以上の力を引き出しています。ビットコントロールも問題ありません、マドカは“偏向射撃(フレキシブル)”も習得しています。ですが、熱くなりすぎるところもあり、少々感情的かと」

「むぐ………」

 

 デュノアに関しては分からないが、少なくともマドカへの評価は妥当なものだった。恥ずかしいが、俺の事になると周りが見えなくなる事が多い。戦闘でそんな状況は無かったが、俺が被弾してブチギレる可能性が無いわけでもない。

 それに、ラウラは敢えて言わなかったが、マドカはタッグマッチトーナメント前に揉めたらしく篠ノ之を快く思っていない。守れと言われて守るだろうか?

 

「………よし、篠ノ之、お前に一人つける。やれるか?」

「はい!」

「紅椿の護衛となると、機動力も欲しいところだ。実力的にも見て、森宮、お前に頼みたいが……」

「………」

 

 そこで俺を見るな!

 

「マドカ、任せた」

「やります」

「………助かる。束、準備にはどれくらいの時間がかかる?」

「五分も要らないね!」

「では―――」

「その前に、いいですか?」

 

 篠ノ之束が先程乱入してきたように、またしても制止の声が入った。

 

 珍しく、簪様がこういった会議の場で発言をした。挙手までしている。

 

「更識か、どうした?」

「あの、思ったんですけど、その、絢爛舞踏って唯一仕様能力なんですよね?」

「そーだけど」

「篠ノ之さんは、今すぐにでも使えるんですか?」

 

 俺達は絢爛舞踏が使えることを前提にして話を進めた。だが、よく思い返してみれば確かにそれは唯一仕様能力だと製作者本人が口にしており、何より搭乗者が初耳だというリアクションをとっていた。篠ノ之束は使えることが当然だと言う風に話を進めたこともあるが、唯一仕様能力は“誰もが発現するわけではない”という特性を孕んでいることを考えるなら、乗ったばかりで、模擬戦も行っていない現状では使用不可と考えるべきだ。

 

 簪様の指摘は、考えないように(・・・・・・・・)していた部分だ。あの篠ノ之博士が言うから大丈夫だ、と。

 

「どう、なの?」

「………私は、今初めてそれを知った。だから、使えない」

「じゃあ! この作戦は―――」

「使えるよ?」

 

 そこへ篠ノ之束がフォローに入る。

 

「誰もが使えるものじゃない、なんて言うけどね、束さんに言わせるなら大ウソだよ、あんなの。本当はどんな機体でも、量産機だって使えるんだよ? どうやって発現するのかっていう条件も、大体知ってるしね」

 

 そしてとんでも無い爆弾を落とした。紅椿同様に、またしても世界に喧嘩を売るような行為だ。そして何故か怒っている。

 

「箒ちゃんには紅椿の調整中に“絢爛舞踏”を発現させる方法を教えてあげるよ。絶対に上手くいく方法をね。出撃の時間になったら成功するか確認してもいい。どうかな?」

「わ、わかりました……」

 

 まさかの切り返しに言葉を失うしかなかった。落ち込んでいる、というよりやはり心配なようだ。不安が大きすぎて拭えない、そんな風に見える。

 

「今度こそ何も無いな? では、三十分の時間を取る。十一時二十五分に実習を行った海岸沖に集合、三十分から作戦開始だ!」

 

 長い会議を終え、学園生にとっては非常に大規模な作戦が始まろうとしていた。

 




 紅椿ですが、特に変更、魔改造は行っておりません。この機体は既に完成された印象が自分の中にあるからです。

・穿千
 一定の経験値を積むことで使用可能になる武器、と原作ではありましたが、主人公が作品内でぼやいたように、一夏の技を参考に作られたもので最初から使用可能です。

・大蛇
 原作では紅椿の自立支援兵装にこれといった名前が付けられていなかったので、勝手に付けました。アニメ見てもらったらわかります、背中にくっついてるアレです。


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34話 「……更識として命じます」

「秋介さん、超高速機動を行う際はバイザーとセンサーの設定を変更しなければならないこと、ご存じで?」

「初めて聞いた。教えてくれよ」

「勿論です」

 

 学園で談笑する時や、模擬戦後の反省会の様な和やかさは無い。初めての実戦を迎える俺と箒に、代表候補生の皆は精一杯のレクチャーをしてくれた。セシリアが言うようにまだまだISについて知らないことが多い俺達は真剣に聞いて、少しの疑問も持たないように不安を解消していく。

 

 超高速という事は、それだけ早く景色が流れていくことを意味している。通常時のハイパーセンサーでは処理が追いつかなくなるそうだ。それだけの速度を出せるISはやっぱり高性能で危険なものだと再認識した。

 

「………これか。うおお、なんかいつもより鮮やかだ」

「そのままの設定で戦闘に移行しても構いませんけど、長時間の使用は厳禁ですので、お気をつけくださいな」

「ああ、分かった。ありがとう」

「織斑」

「よう、ラウラ」

 

 セシリアに礼を言って、この視界に慣れようと軽く動いている所にラウラが来た。

 

 あの模擬戦では散々だったし、タッグマッチトーナメントも俺と皇さんのペアが勝ち進んだものの、なんやかんやで俺達の個人的な決着がつかなかった。ようやく騒ぎが収まった頃に俺から一対一で再戦を申し込んでみたが、頭に血が上っていたからと逆に謝られ、勝負はいったんお預けとなっている。

 

『再戦か。誘いがあるのは嬉しいが、今は止めておこう。私は生まれてからずっと軍で生きてきた身で、お前はつい数ヶ月前まで普通の中学生だった。勝負は目に見えているし、トーナメントでも私を圧倒したのは皇であってお前ではない。だから、私を納得させられるだけの力を十二分につけて、私に勝てると思った時にもう一度再戦を申し込んでくれ。今現在のお前に勝ったところで、私の気が晴れることも無いし、お前とて不本意だろう?  待つ。そして、いつでも受けて立つ』

 

 結構上から目線という感じがするが、言っていることを間違いだとは思わない。ラウラが言うとおり、この時の俺は勝率0%だと自分でも思っていた。皇さんの助けが入らなかったら、俺はあの時被弾して負けていたはずだ。そんな状態で再戦を申し込んだところで、勝ったところで嬉しいはずがない。実力差は既に分かっているのだから。

 ラウラが設けた猶予期間、最大限に活用させてもらおう。その為に、今まで以上に操縦技術やIS関連の勉強に熱を入れるようにした。誘拐事件は俺も悔しい思いをしたし、ラウラが話した世界中の期待を裏切ったという言葉はもう聞きたくない。弱い自分は絶対に嫌だ。アイツは毎日が辛かったはずなのに、常に改善しようと前を向き続けていた。俺はやらない、なんて言えない。

 

 鍛錬を繰り返すうちに、ラウラがアドバイスをくれるようになり、それに合わせて鈴やシャル、セシリアからのアドバイスも増えた。余所余所しさや気まずい場面もあるものの、ラウラもだんだんと1組に受け入れられている。おかげで少し話す機会が増えた。

 

「くどいようだが、お前はただ福音を追い続けて斬るだけでいい。他はすべて仲間に任せるんだ」

「ああ、防御してくれるのはありがたいよな。大船に乗ったつもりでいくさ」

「それで良い。もう一つだけ、私から言っておくぞ。森宮兄妹は戦闘に関して全面的に信用してもいい」

「森宮は分かるけど、妹の……マドカだっけ? あの子はどうなんだ? セシリアが完全に押し負けていたのは見たけど」

「一夏もマドカも化け物のように強いぞ。ブリュンヒルデ並の実力でなければ太刀打ちできないほどにな」

「ち、千冬姉さんと同レベルってことかよ……!」

「二人が言わなかったので黙っていたが……正直なところ、このような徹底的安全策を取らず、二人に任せていればすぐに終わるような作戦だ」

「マジかよ……俺が頑張る意味って何だ?」

「守ることだ。言っただろう? 安全策でなければ、と。いくら二人でも負傷は免れないだろうし、同じく福音のパイロットも何らかの傷を負う。パイロットの命と、作戦を共にする仲間や学園生の安全を守るために、その剣を振れ。お前だけにしかできないことをやればいいのだ。それ以上の事は求められないし、求める必要も無い」

「俺にしかできないこと……」

「何故抜擢されたのかを思い出せ。“零落白夜”を使えるのはお前だけだ。そうでなければ誰がお前の様な新兵(ルーキー)を実戦に出すものか。ただ戦って勝つのが目的なら、現役軍人の私や私の何十倍も強い一夏だけで対処できる」

「でもそれだと、森宮とラウラが怪我をする。最悪、死んでしまうかもしれない」

「そうだ。誰も傷つかず、誰もが幸福で終わるなど理想論だ。ありもしない幻想だ。必ずどこかで不幸が生まれ、傷つく人がいる。だが、それを最小限にとどめることは不可能ではないだろう?」

「……ああ、言うとおりだ。そうだな! 俺はできることをやるよ。零落白夜ガンガンぶっ放して、銀の福音止めてくる」

「『積み重ねてきた努力と時間だけは、決して自分を裏切らない』。私の兄と呼べる人が昔言っていた言葉で、私の教訓だ。忘れるな。今のお前なら、十分にこの作戦を成功させることはできる。信じろ」

「おう!」

 

 こんな感じで、ラウラはとてもいい奴だ。

 

 それにしても、姉さんじゃなくて兄の様な人か。……誰なんだろうな?

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

「ふんふんふっふふん~♪ ポン酢!」

「……その鼻歌、止めてください」

「え~? 良いじゃん、このリズム。日本古来から伝わるポン酢のCMなんだよ? いいよねポン酢。和風って感じがするじゃん」

 

 姉……束姉さんはテレビで聞いたことのあるリズムを口ずさみながら、紅椿の調整を行っていた。一見、真剣さのカケラも感じられない態度だけれど、姉さんの手は高速でキーボードを駆けまわっている。昔からこういう人だと分かっていても、とうてい理解はできなかった。

 

「これで良しっと! どうかなー?」

「……大丈夫です。さっきよりもしっくりきます」

「よしよし。ハイパーセンサーの感度上がってるけど、酔ったりしないよね?」

「ええ。最初はチカチカしましたけど、もう慣れました」

「箒ちゃんは今回ISタクシーだからねー。しゅーくん落としちゃったら大事だよー?」

「プレッシャーをかけないでください!」

 

 にしししと笑いながら機材を片付けていく。姉さんの腰辺りまで直径のあるボールへと姿を変えた整備機械はコロコロと周囲を回り始めた。……AIでも積んでるのだろうか?

 

「さて、ではではお待ちかねの“絢爛舞踏”の発動方法を教えてあげようか」

「お願いします」

「その前にっ!!」

 

 左手を腰に当て、身体を前かがみに傾けてからびしっと人差し指で指される。服装からしてアレなので、完璧にどこぞのアニメキャラの様なポーズだ。もうちょっと歳を考えてほしい。

 

「ちゃーーんとお願いしてほしいかな?」

「え? えっと……よろしくお願いします!」

「そうじゃなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」

 

 口を目いっぱいに広げて否定の叫び声をあげられる。耳元までわざわざ移動して叫ばれたので、キーンときた。痛い。

 

「何ですか急に!」

「違うよ! そうじゃないんだよ!」

「ちゃんとお願いしたじゃないですか!」

「ナッシング! バット! ナンセンス! だよ!」

「ええー?」

 

 よろしくお願いします! の何が悪いんだろうか? 腰を曲げて頭を下げろというのか!? それとも……土下座!?

 

「はぁ……ねえ箒ちゃん。束さんは誰かな?」

「は? 姉さんは姉さんでしょう?」

「そうだよ。束さんは箒ちゃんのおねーさんなのだ」

「それが?」

「もう! 分かっててやってるでしょ! 束さんはプンスカだぞ! ぷんぷん!」

「いやいや……分かりませんから」

「仕方ないなぁ……。妹がおねーちゃんに敬語で話すっておかしいと思わないのかな?」

「それは………っ!?」

 

 あなたの……姉さんのせいでしょう!

 

 とは言えなかった。敬語を話すな、と迂遠に言われたばかりだったし、いつもヘラヘラと笑ってばかりの姉がとても真剣な表情だったからだ。そして、どこか悲しそうだった。

 

 家族は、姉の開発したISによってバラバラに引き裂かれた。政府によって名前を変えられ、望んでもいないのに何度も転校を繰り返し、秋介や仲の良かった友達と別れる羽目になったんだ、怒るなと言うのが難しい。唯一続けてきた剣道も、いつの間にかストレスの吐き口に変わっていた。そのくせ、姉は姿を現さずに隠れたまま好き勝手し放題ときている。

 

 いつの間にか、私の中では別人へと姿を変えていた。

 

 今まで放っておいた癖に……今になって!

 

「おねーちゃんおねがーいって言ってくれないと、教えないゾ☆」

「こ、この……!」

 

 真面目なことを話すのかと思ったら……! コロコロと表情もテンションも変えて、忙しい人だな!

 

「とまあ冗談はここまでにしておいて。……ごめんね、箒ちゃん」

「え?」

「IS開発のせいで、家族バラバラになったこととか、しゅーくんとお別れしなくちゃいけなくなったこと怒ってるんでしょ? 5、6年もそのままなんだから、とっても怒ってるんだよね?」

「………ええ」

「紅椿はそのお詫びだよ」

「これが?」

「そう。今まで空いた時間を埋められるようにって、束さんが持ちうる全技術を詰め込んだハイスペックIS。専用機が無いからって、周りの女の子に遅れることも無いし、しゅーくんと背中合わせて戦えるようにって思ってね。電話をくれなくても、私から届けに行ったよ」

「だから、水に流せと?」

「んー、そう言う事になるのかな?」

 

 卑怯だ。率直にそう思う。

 

 確かに私は嬉しかった。これがあれば他の専用機持ちには負けない、秋介と共に戦える、同じ場所に立てる、一人だけ寂しい思いをすることは無いと、心から喜んだ。

 だからって、これは酷い。とてつもなく高価なものだとわかる。もう高いとかそういう次元じゃ無いことも。ISであっても、最新型の第四世代型であっても、私の空白で灰色に染まった時間が消えるわけじゃない。

 

 こんな簡単にポンと渡されただけで、わだかまりが消えるわけがない。

 

「今更だけどね、家族ってすごいなーとか、大切なんだなーとか思うようになったんだよね。一人暮らしって結構寂しいよ?」

「後悔するぐらいなら、ISなんて作らなければ良かったのに」

「後悔はしてないよ。自分で選んだから。でもね、やっぱり仲良くできるのならそうしたいじゃん。箒ちゃんもどこかでそう思ってるから、電話をくれたんじゃない?」

「それは……」

 

 思ったことはある。姉は自分でこの道を選んだと昔言っていたし、父と母も最終的には納得していた。親戚のおじさんおばさん達は、しょうがないなぁと笑いながら受け入れている。

 

 何年も引きずって、駄々をこねているのは私だけ。子供だから仕方ないって言う人も周りに入るけれど、それは何だか家族を応援していない様な気持ちになって嫌になる。むしろ誇って良いじゃないか、世紀の大発明をした自慢の姉だと言ってもいいくらいだ。

 

 結局のところ、今更になって自分のやっている事が恥ずかしくなった。事は大きい、だけど考える時間はいくらでもあったのに……。さらりとは行かなくても、水に流すぐらいはできたはず。

 

 ここまでしてもらって、専用機が欲しいと我儘を言うだけ言ってハイ終わり、そんなのは……それだけはやってはいけないことだ。

 

「すこーしずつでいいから、仲直りできないかなぁ~?」

 

 下手にまで出て………。

 

「ね、姉さん」

「ん?」

「その、絢爛舞踏をどうやって使うのか、教えて、ほしい……」

 

 無下にはできない。

 

「あはっ! わーいわーい! 箒ちゃんがデレたー! 束さん頑張っちゃおーっと!!」

「………」

 

 若干いらっときたが、いつもの貼り付けたような笑顔じゃないところを見ると、何も言えなかった。

 

「い、いいから早く! 時間が無くなってしまう!」

「ぶーぶー。まぁ箒ちゃんの言うとおりだし、ちゃちゃっと済ませちゃおうかな。ズバリ! 唯一仕様能力を引き出す方法は、搭乗者の精神状態に左右されるのである!」

「精神状態?」

 

 調子を取り戻した姉……姉さんは指を立てて語り始めた。

 

「ちょー簡単に言うと、何か一つのことを頭いっぱいになるまで想うこと、だね。それをISのコアが感じとって、共感を呼び、繋がることで発動するの」

「コアと繋がる」

「そう。パートナーのために尽くしたいっていうコアの気持ちが発動キー。だから、それを引き出す事が搭乗者のやるべきことなんだよ。専用機のコアは深いところで所有者と繋がっているから、それが本当か嘘か、どれだけ気持ちを込めているのか、強く想っているのか、ちゃーんと見分けがつくんだからね。いい加減なこと考えてると、嫌われちゃうから」

「な、なるほど。だ、だが、何を考えればいいのか……」

「どうして紅椿を望んだのか? それが一番の近道だよ。きっと紅椿はそれを知りたがっている」

「なぜ、望んだのか……」

 

 やはり、他の専用機持ちの背中を見ることが嫌だったからだろうか? ……何か違うな。それは専用機にこだわらなくてもいい気がする。専用機でなければならなかった理由、やはりISの有無か。そこから生まれる何か……負けたくなかった? ……これも違う。何なんだろう?

 

 ………いや、そうか。そうだな。これ以外にない。

 

「負けるとか、そんなことじゃないな。紅椿、私は、肩を並べて立ちたい。ただそれだけだ。ちっぽけな願いだが、力を貸してくれ」

 

 呟くと、心に広がる温かな気持ち。それが体中の穴から溢れだす様に漏れ出して、機体が光りに包まれる。

 

 視界には、確かに“絢爛舞踏”と表示されていた。

 

 ……ありがとう。これからもよろしく頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 午前十一時二十分。各自で準備を終えた作戦参加メンバーは海岸へ集まっていた。既にISを展開しており、見送りで待機メンバーと教員が来ている。

 

 篠ノ之箒は見事絢爛舞踏を発動させた。消費したシールドエネルギーを始め、その他エネルギー系統の回復も成功しているため、篠ノ之箒とサイレント・ゼフィルスは作戦に参加することに決まった。

 

 高速機動にセッティングされた紅椿に白式が乗り、パッケージ『ホロウ・フェアリー』に換装したサイレント・ゼフィルスはステラカデンテに乗ることになっている。『ストライクガンナー』に換装したブルー・ティアーズは速度的にギリギリのために誰も乗せず、俺は急な奇襲を想定して即座に対応できるようにフリーとなった。

 

 最終確認を済ませ、あとは作戦開始時間を待つだけである。

 

 緊張感が周囲を埋め尽くす中、俺は簪様と話していた。

 

「怪我しちゃ駄目だからね?」

「分かっています。そうそう被弾などしませんよ」

「だといいけど……何だか、嫌な予感がするから」

「そうですか……」

「兄さん、簪の予感はよく当たる」

「ああ」

 

 更識の家は遠い昔陰陽師だったとかいう噂がある。家系図を遡ってもそういった祖先はおられなかったが、そうとしか考えられないと先代の布仏当主は語っていた。先々代楯無様も、先代楯無様も、現当主楯無様も、そして妹の簪様も、それらしい瞬間がある。簪様の場合、悪い予感がよく当たる、だ。今の所的中率は98%を超えていると本音様が仰っていた。予言の域に片足を突っ込む確立である。

 

 簪様が嫌な予感がすると言って、周囲が(・・・)無事だった試しは無い。軽くで済むこともあれば、重度の被害を被ったこともある。どれだけの嫌なことなのかは見えないが、ほぼ確実に起きる。そして、今から行うことを考えれば軽くで済むはずがない。

 

 一層気を引き締めよう。せめて妹と主に被害が及ばないように。

 

『時間だ』

「……だそうです。離れて下さい」

「うん。………一夏! マドカ!」

「はい?」

「ん?」

「………更識として命じます。必ず、無事に帰って来なさい」

「……必ず」

「任せてくれ」

 

 最後ににっこりと笑って、簪様は旅館へと戻って行った。

 

 更識として、か。

 

「マドカ」

「何?」

「簪様が命令を下したのは、俺が森宮に来てから初めてのことだ」

「そうなの?」

「必ず無事で帰るぞ。主に泥を塗るわけにはいかない」

「……分かった」

『全員集まれ、最終確認だ』

 

 俺のほかにも皆が待機組と話をしていたところ、織斑先生から集合が掛かった。どこという指定も無いので、全員の中間地点へ歩いて集まり円を作る。

 

『海岸を出たらすぐに高速機動に入れ。接近中はなるべく森宮兄が前に出るように。カリーナは右側、森宮妹は左側を警戒、オルコットは索敵と背後の警戒を行え。紅椿と白式を囲むように意識しろ』

 

 まるでSPみたいだ。実際、織斑も篠ノ之もVIPのようなものだしな。姉は世界王者と天才科学者ときている。

 

『織斑は零落白夜を連続使用して一秒でも早く仕留めろ。森宮兄は織斑の援護に回れ。シールドエネルギーを糧にする零落白夜を長く使用する為には被弾を最小限に抑える必要がある。ただし、無理に庇う必要はないぞ、紅椿の補給もあるからな』

「わ、分かりました」

「了解」

『カリーナとオルコットはとにかくかき回して目標のターゲットになれ。織斑、森宮兄への攻撃を最小限に抑えるのが仕事だ。無論、隙あらば撃て。ただし、接近戦は控えるように。最悪巻き添えをくらうぞ』

「了解ですわ」

「はい」

『篠ノ之は後方で待機、目標に探知されず、すぐに絢爛舞踏による補給が行える地点を探って待機だ。自分から攻撃行動には移るんじゃない。指示があれば即退避しろ。酸っぱく言うぞ、お前は戦うな。森宮妹はその護衛、貼り付け。ついでだが見張りも頼む』

「は、はいっ!」

「……了解」

『作戦中はこちらからも状況を確認できるが、ジャミング等の機能を搭載していた場合は通信も状況確認もこちらではできなくなる可能性が高い。基本的には現場に任せる。指揮は……森宮兄、お前が執れ。責任は私がとる』

「了解。最悪、司令部の判断に逆らう場合が出てくるかもしれませんがよろしいでしょうか?」

『その際は帰ってから詳しく話を聞こう。では、時間まで待機。難しいとは思うが、リラックスしておけ』

 

 それを最後に通信が切れた。

 

 ………篠ノ之め、何があったのか知らないが浮かれてるんじゃないか?

 

「頼むぜ箒」

「任せておけ、絢爛舞踏も紅椿も使いこなして見せる」

「ま、本当は絢爛舞踏の出番無しで終わるのが一番良いんだろうけどな」

「私の役割が無くなるではないか」

 

 釘を刺しておくか。

 

「篠ノ之」

「……なんだ?」

「お前、武装を全部置いて行け」

「なっ!? 何を言い出すのだ!?」

「言葉通りだ。浮かれている新兵なんざ居ない方がマシなんだよ。それに、最初から刀が無ければ攻撃もできないだろ」

「もし襲われたらどうするのだ!? それに、戦えなくなるだろう!?」

「襲われた時のために、わざわざもう一人連れて行くと決まっただろうが。それに、お前の役割は戦闘じゃない、“絢爛舞踏”による白式への補給だ。負傷した機体の修復だって兼ねている。俺が指揮官なら、お前の刀二本を外して弾薬を積ませるぞ」

「武器を持たずに敵へ突っ込めと言うのか!?」

「何度も言わせるな。お前は戦わない」

「私が言っているのは心意気の話だ!」

「展開装甲があるだろうが。絢爛舞踏を自在に使えるのなら、それさえあれば戦えるだろう? 流石に装甲までは剥がせないし、盾を置いて行けとは言えないのでな」

「それは……だが!」

「はぁ」

 

 面倒だ。ああ言えばこう言うタイプだ。それも中身を伴わない感情で押し通す。先生の言うことは聞けて、同年代のアドバイスは無視か。いい度胸だ。心意気の話は分かるが、ここは敢えて逸らす。

 

 両手にバリアンスを展開、右手で織斑を、左手で篠ノ之を狙って即座に発砲した。ここまで僅か0.4秒。

 

「うおっ!?」

「くぅっ!」

 

 驚いた織斑は後ろへ倒れるように身体を逸らしてギリギリのところで避けた。背中を砂浜に打ち尻もちをついているが、今のが避けられるのなら十分だ。格段に成長しているのが見られる。

 篠ノ之は見えたようだが身体が反応できずに三発直撃した。ぐいっとシールドエネルギーが減っていることだろう。装甲には傷一つ付いていないあたりが、流石新型と思わせる。

 

「あ、あぶねえだろ!」

「貴様何をする!」

 

 尻もちをついた体制のまま織斑が叫び、篠ノ之は怒って刀を抜いて迫ってきた。

 

「そう、織斑が言うとおり危ない。今のが必殺の攻撃だったらお前は死んでたな」

「じ、実戦では避けて見せる!」

「練習でできないことを実戦でできるものか。スポーツを嗜んでいるのなら、知ってて当然だと思うが?」

「くっ………!」

「まあ避けたとしよう。もしくは当たっても動ける状態にある、仲間が防いでくれた状況かもしれないな。次にどうする? こうやって武器を抜いて突っ込むのか? 自分の役割も忘れて」

「そ、それは………」

「これが、物語っている」

 

 コンコンと、突きつけられている刀をつつく。あえて音が響くように、強めに。

 

「自分の実力と、与えられた役割、成すべきことをしっかりと把握しているのなら、何も文句を言いはしない。誰も言わん。責められて擁護されないのは、誰が見ても分かるほど明らかな非があるからだ。今のお前は浮かれているよ」

「………」

「篠ノ之、お前がやるべきことはなんだ?」

「………秋介への補給だ」

「そうだな」

 

 キツイ言い方だが、これぐらいでもしなければ分からないだろう。自分の口に出して言えばもっと自覚が出るはずだ。

 

「それでやる気が出るならそうしろ。だが、絶対に手を出すなよ」

「………わかった」

 

 悔しそうにうつむきながら、そう答えた。

 

 周りが何かを言いたげに俺を見て、オルコットが口を開いたその瞬間、通信が割り込んだ。

 

『そろそろいいか?』

「……ええ」

『篠ノ之、森宮兄がお前に言ったことは、私が言えと言ったことだ。この作戦に参加させたくなかったところも、そこへ関係している。本分を忘れるな』

「……わかりました」

『では、時間だ。作戦開始、目標を撃破せよ』

「了解。全機稼働、発進準備」

 

 さりげなく俺をかばったのか? いや、実際にそう思っていたんだろう。

 

 短く、それだけを答えてブースターに火を入れる。エネルギーが溜まっていくのを感じながら他機を見る。

 ステラカデンテによいしょと呟きながらマドカが乗り、オンブラが身体を固定した。一瞬だけぎょっとした表情を見せるマドカとしてやったりといった表情のリーチェだったが、すぐに気を引き締める。

 ブルー・ティアーズは最後の調整見直しを終え、普段とは違うロングライフルを構えていた。俺をちらりと見て、頷く。さっきのことは隅に置く、そう言っている気がするな。

 白式が浮いて紅椿の背に乗る。おんぶをするには背部のユニットが邪魔なので、肩と腰に足を乗せてスケートボートのような乗り方で姿勢を安定さ