無能の烙印、森宮の使命(完結) (トマトしるこ)
しおりを挟む

第一章
1話 「”無能”」


 どうも、トマトしるこです。
 一夏君の扱いがちょっとひどくなる予定です。お気をつけください。



「ただいま」

 

 学校が終わって家に帰る。礼儀らしいのでいつも言っている事だけど、誰かが返してくれたことは1度もない。

靴を綺麗にそろえて上がり、部屋にランドセルを置いてリビングへ向かう。食材を確認して夕食に足りない物をメモしてポケットに入れて、今度は手洗い場に行って、洗濯機を回して外に出た。もう慣れたので5分とかからない。

 

 向かうはスーパー――じゃなくて商店街。こっちの方が安いし新鮮だ。ただし、それは新鮮な物を売ってくれればの話だけど。

 

「いらっしゃい! ――ってお前かよ。とっとと選びな」

「これ2つ」

「まいど」

「………いらっしゃい」

「それ3つ」

「ふん……」

「お、秋介ちゃん――じゃなくてアンタかい。紛らわしいんだよ」

「すいません。それ1つ」

「ほらよっと。さっさと行っちまいな。アンタが居ると商売にならないんだよ」

「はい」

 

 今日は珍しく何も無く食材ゲット。形が悪く、状態も良いとは言えないものばかりだけど、売ってくれただけまだマシだ。今日は運がいい日かもしれない。

 

 見ての通りというか、俺は御近所の人や商店街の人、学校の児童や先生などから好かれていない。もはや嫌われている。何かした覚えは無いが、よく言われるのが「姉の面汚し」「弟に劣るクズ」「なんで同じ血を引いているのか分からない」「救いようのないゴミ」等々。

 事実なので言い返せないまま過ごしていたが、いつの間にか慣れてしまった。おかげで面倒なことに対する直感レーダーなるものが鍛えられ、色々と避けられるようになった。このレーダー意外と頼りになるので重宝している。

 

 さっそくレーダーが捕らえたようだ。本能に従って2歩ほど大股で歩く。すると俺がいた場所を握りこぶし程の石が通り過ぎて行った。当たれば堪ったもんじゃない。こっちはまだ小学生だっていうのにこんなことをしてくる人はザラにいる。

 いつ何が起こるか分からない、寝ている時でもお構いなしなのでレーダーは常に全開なのだ。マジで便利だよこいつ。

 

「ちっ……死ねばいいのに」

 

 この声はさっきの八百屋さんかな。前回八百屋さんが仕掛けてきたのは1週間前だったから随分ストレスがたまってたんだろうね。

 

 商店街を抜けて誰も通らない河川敷を歩いて帰る。やっぱり今日は良い日だ。思わず鼻歌歌っちゃうね。歌なんて小学校で習うような奴しかしらないけど。

 

 ~~~♪

 

 ボチャン!

 

 上を向きながら歩いていたので、大きな水たまりに気付かずに脚を突っ込んでしまった。………前言撤回。今日もいつも通り厄日だ。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 本日2度目のただいま、ちょっと声大きめです。靴が2人分あるってことは姉さんも秋介も帰ってきてるってことなんだろうけど、やっぱり返事は帰ってこない。玄関から入ってすぐのリビングに2人とも居るのにね。いつも通りだ。

 

 水たまりに突っ込んだ方の靴下――もういいや、どっちも洗濯かごに放り込んで、台所へ直行。踏み台を持ってきて野菜を洗い、包丁で皮を剥く。

 

「ん? なんだ一夏、帰ってきていたのか。お帰り」

「………ただいま」

 

 水の音で気付いた千冬姉さんに挨拶を返して、皮剥きに戻る。手元が狂うからあんまり話しかけないで、的な雰囲気を出す。読み取った姉さんはリビングに戻っていった。

 

 時刻は5時58分。いつもより大分遅れている。仕方ない、速く作れる料理に変えるか。カレーでいいか。僕が食べるわけじゃないし。

 

「一夏ー、ごはんまだー?」

「……あと15分から20分」

「ええー! いつもなら食べてる時間じゃないかー!」

「……今日は居残り授業の日だったんだ」

「はぁ、だからいつも勉強しなよって言ってるじゃないか。他人に迷惑かけるなっていっつも千冬姉さん言ってるだろー」

「……そうだな」

「そんなこと言ってさ、結局何でも平均以下じゃん。努力しなよ努力。これじゃどっちが兄かわかんないよね」

「……そうだな」

 

 ホントだよ。まったく。

 

 

 

 

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

 洗濯物の皺を伸ばしながら干していく内に2人は食べ終わる。幸い、2人とも台所まで持っていって水につけてくれるので、中断して洗い物をする必要はない。

 

「一夏、私は部屋に居る。何かあったら直ぐに言えよ」

「はい」

「………」

 

 何が気に入らないのか、俺が返事する度に姉さんは睨む。昔は怖かったがもう慣れた。ちなみにレーダーは反応してくれない。流石のこいつも、殆ど人間辞めてる姉さんには勝てないらしい。

 

 姉さんが階段を上がる音を聞きながら洗濯物を干していく。今からの時間外には干せないので自分の部屋まで持っていくようにしている。朝起きれば大体乾いてるし、直ぐに畳めるから便利だ。まあ、他に干せる場所が無いだけなんだけどね。

 

 2階の部屋まで運んで、夕食を食べようとリビングへ戻る途中、電話が鳴った。すぐ近くだったので俺が取る。

 

「はい、織斑です」

『んー誰かな? あまり聞き慣れない声だけど、しゅーくんのお友達?』

「一夏です」

『ん、んー? あーーあいつかぁ! 束さんお前に電話かけたつもり無いんだけど? とっととちーちゃんに代わってくれない? ああ、返事はしなくていいよ。腐った声聞きたくないし』

 

 今日は随分と緩い毒舌だなあ。やっぱり今日は良い日なのかもしれない。

 2階に上がって姉さんの部屋のドアを3回ノックする。

 

「どうした?」

「束さんからお電話です」

「……わかった」

 

 またしても睨まれてしまった。

 

「束か。何だ?」

『……………』

 

 さて、俺もご飯を食べるとしようか。

 2日前と昨日の残り物を冷蔵庫から出して、レンジで温める。リビングで食べればテレビを見ている秋介にまた何を言われるか分からないので、台所で食べるようにしている。

 しゃもじを濡らしてご飯をよそうつもりだったが止めた。ちょうど2人分残っていたので明日に回そう。今日はパンだ。冷凍庫から食パンをだして、トースターで温める。

 

「ねえ一夏ー、さっきからうるさいんだけどー」

「……あと1分」

「はいはい、わかりましたー」

 

 さすがにトースターはうるさかったか……。音はレンジと同じくらいなんだけど何が違うんだろうか? まあいいや。はやく食べよう。この後もやることはたくさんあるんだ。

 

「いただきます」

 

 5分後。

 

「ご馳走様でした」

 

 お茶も飲まずに食器洗い開始、食器洗い機を束さんが姉さんにプレゼントしたらしく、台所に置いてあるが、使い方がさっぱりなので放置。自分で洗っている。色々なところでケチる俺だが、これだけは洗剤バリバリ使いまくっている。衛生面だけはしっかりしないとね。家族になにかあってからじゃ遅い。

 

 次は風呂。洗剤ぶちまけてバス、床、壁までしっかり磨いて洗い流し、お湯を溜めて、冷めないように上からシートをかぶせる。

 ついでに自分の髪を洗うのを忘れない。身体はあとでタオルを使えばいい。

 

「秋介。風呂が沸いたら入っていいよ」

「わかった」

 

 言う事は言ったしやることはやった、あとは自分の時間だ。時計を見るといつの間にか10時を過ぎていた。今日寝るのは2時過ぎになりそうだ。

 

 部屋に入ってドアを閉める。代わりに窓を開けて換気をする。

 ランドセルから中身を全部出して机の隅にまとめておく。ここで重要なのがドンと置かないこと。結構重いので静かに置かないとうるさいのだ。

 

「今日の宿題はーっと」

 

 クリアファイルからプリントを出して鉛筆を持ってうなり始めた。

 

 

 

 

 

 

「ふう、終わったー」

 

 宿題から始めて、次は今日の授業の復習で、その次が明日の予習、で、最後に今までの総復習。時計を見れば3時を過ぎていた。

 

「あらら、1時間オーバーだ」

 

 眠たいのを必死に我慢して、1階に下りる。

 勉強が終わった後に、戸締りチェックをして、トイレに行って始めて1日が終わる。前はこんなことはやっていなかったが、ある日夜中に起きて用を足した後に、玄関が開きっぱなしだったことに気がついて慌てて閉めたのだ。それ以来ずっと行っている。

 

 広くない家をぐるっと回って部屋に入ろうとした時、話し声が聞えた。多分姉さんだ。相手は束さんだろう。まあ俺には関係ない、眠いし、寝よう。

 

「一夏か?」

 

 その言葉に脚が止まる。話題は俺?

 

「まあそうだな」

 

 止めろと勘が言っているし、レーダーはビンビンだ。それでも脚が動かなかった。

 

 この時俺は無理矢理にでも部屋に戻るべきだった。この一言を聞かなければ、俺の人生が変わるあの日が来ても、まだ希望を持てていたかもしれない。

 

 

 

「確かにお前の言うとおりだよ。一夏は“無能”だ」

 

 

 

 俺はそこから先の事を覚えていない。気がつけば布団で朝を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の居残り授業はいつもの2倍長かった。これもう法律違反なんじゃねってくらい。と言うのも俺がボーっとしていたからなんだけど。理由は言わずもがな、昨日の姉さんの一言である。

 

『確かにお前の言うとおりだよ。一夏は“無能”だ』

 

 そんなの昔っからわかってる。どれだけ悪口陰口を言われ続けてきたことか。姉さんが俺に期待して無いことも、どうでもいいことも、邪魔な奴だって思われてることも知ってる。だから秋介だけを可愛がる。いや、これはさすがに卑屈すぎたかも。

 

 でも姉さんが俺のことを良く思っていないのははっきりした。

 だからと言ってこれからの生活が変わるわけでもない。俺1人では1週間も生きていけないし、姉さんが俺に優しくしてくれるわけでもない。

 結局何も変わらない、やることやるだけの毎日だ。変わったのは俺。心の奥の奥の奥の方にあった希望というカケラが消え去っただけだ。それだけのこと。些細な変化だ。

 

 日はすでに沈んでいる。いまから商店街に行っても開いてないだろうし、今日は売ってくれないだろう。スーパー決定。無駄な出費だ……。

 

 というか今から家に帰るんだから買い物も糞もない。家に残っている物で作るしか無いじゃん。流石に今の時間を小学生が1人で歩いているのはマズイ。というわけでとっとと帰ろう。

 

 いつもは近道を通っているが、今日はもう暗いので街灯がついている所を通って帰ることにした。

 

「確かこっちだったはず。うん、この道あんまり通らないからさっぱりわからん」

 

 方角的にはあってるはず。俺はバカだが方向音痴じゃあない、と信じたい。

 かすかな記憶を頼りに角を曲がる。

 

 ガスッ!!

 

 その瞬間、俺は頭に強い衝撃を受けて気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろガキ」

「ぐッ!」

 

 誰かに頭を蹴られて目を覚ました。ってまた頭かよ。

 目を開ければどこかの倉庫っぽいところだ。外が暗いのでまだそんなに時間はたってたいはず。他には俺の頭を蹴り飛ばしたと思われる男の他に、2人の男と1人の女がいた。

 

「どこだよココ……」

「どっかの倉庫だって言っておくぜ。で、もっと大事な事を聞かなくていいのかい?」

「あんたら誰だよ、誘拐か?」

「おう、誘拐犯だ。ナマで見れて嬉しいだろ? もっと喜べよ」

「おーすげー、誘拐犯だー」

「………なんだよこのガキ。気味が悪い」

 

 経験は無いけど、いつかこうなるんじゃないかって思ってたからな。なんとなく。姉さんは最強女子高生だし、その友人の束さんは天才女子高生だし。

 

「で、身代金でも要求すんの? 止めた方がいいよ。そもそも金にならないから」

「誰がんなことするかよ、お前は依頼人に売り飛ばす」

「で、なんで金にならないんだよ?」

「血は繋がっていても俺は家族じゃない。家族と思われていない」

 

 自分でこんなことを言っているが、何も感じなかった。この感じは“諦め”だ。俺はもう全部諦めているんだ。それが分かった。

 

「へえ、あのブラコン織斑千冬がねえ」

「それは俺の弟の方だ。俺じゃない」

「天才秋介か。できる方を可愛がるのは当然だな」

「てわけで俺は姉さんに対してなんの価値もない、金を要求しても無駄だぞ」

「さっきも言っただろうが、依頼人に売り飛ばす。お前はあいつの弟だからな。かなりの高値で売れたぜ。てっきり邪魔が入るかと思えばすんなりといった。今回は楽だったな」

「確かになあ。小学生1人をこんな時間にうろつかせるってのに驚いたぜ。正気じゃねえ」

 

 いや、正気じゃないのは姉さんじゃなくて先生だって。

 

「で、俺を幾らで売るの?」

「おう、気分がいいから教えてやる。4000万だ。山分けして1人1000万だな。ありがとよ、お前のおかげでこれからしばらく働かなくて済むぜ」

「そう………良かった」

「……はぁ?」

 

 良かった。俺はこの時本気でそう思っていた。

 世界が認める天才2人に価値無しの烙印を押された俺が、4000万で売られた。人身売買がどうこうとかまったく思わなかった。この4人の誘拐犯の生活が楽になるんだ、とかなり場違いなことで頭がいっぱいで、奇妙な達成感があった。

 

「俺を売って、あんたらの暮らしが楽になる。そう思ったんだよ」

「お前………馬鹿か?」

「当たり前の事言うんだな。俺は“無能”だぜ」

「………」

 

 言葉を失っているようだ。そりゃそうだ、ガキが何言ってんだよって感じだ。俺でも思う。

 

 ガガガガガ、という音と共に、倉庫の中が明るくなっていく。誰か――きっと依頼人――が入り口を開けていた。そして、近づいてくる。帽子を深くかぶり、サングラスをかけているので顔はよく見えない。

 

「約束の金だ、織斑一夏をよこせ」

「………おう。そら、いけよガキ」

「はいはい。じゃあねおじさん達、よい暮らしを」

 

 ドラマでよくあるあの薬を嗅がされて、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、一夏の奴どこいったんだよ。泊まるなら泊まるって連絡ぐらいしろっての。相手の親に電話させるとか、恥ずかしいったら無いよ。ねえ、千冬姉さん」

「………」

「姉さん?」

「あ、ああ。そうだな」

 

 一夏は10時を過ぎても帰って来ず、先程クラスメイトの母親が泊まっていくと連絡が入ったばかりだ。

 

 今日の家事は2人で手分けしてやろうとしたが、私がやると余計にややこしくなると秋介が言ったので、秋介が1人でやった。

 手際も順序も一夏に比べて断然良く、素早い。食事も一夏より美味しい。だが、私には一味足りない気がしてならない。

 

 いつになく不安だ。

 一夏は物心ついた頃から私に対して余所余所しかった。大きくなるにつれて他人行儀になっていき、歳不相応な言葉遣いと態度、そして悪い意味での歳不相応な学力と記憶力、運動能力。

 

 比べて秋介は何でもこなした。見ただけで理解し、工夫を加える。まさに天才だった。一夏の才能を全て秋介が持っていったかのように。

 

 そして比べられる。私と、秋介と。

 

 そこからはさらに酷くなっていった。身体のどこかに痣はあるし、元気は無くなっていき、笑う事も泣くことも無くなった。何かを言えば「はい」と答えるだけで会話すら成り立たない。上手く言っても敬語で話されのらりくらり。

 1度嫌がらせを受けている場面に遭遇して、子供達を怒った事がある。次の日の一夏は頭から血を流して帰って来た。

 

 私が何かを言えば一夏はさらに傷ついていく、何もしなくても苦しんでいく。私は何もできないでいた。

 

「お風呂沸いたよー」

「……ああ、先に入っても良いか?」

「もちろんだよ」

「すまない」

 

 私は寝る寸前まで、この不安を消すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから一夏が帰ってくることは無かった。

 

 

 

 

 

 




 感想、御指摘、アドバイス、いつでもお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 「A-1」

 後半の一夏の地の文とセリフは誤字ではありません。仕様です。



「あぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 誘拐されてからどれくらい経ったんだっけ? 時間の感覚が無いからよく分からないが、とりあえずそこそこの日が経った。俺がどう扱われているのかは知らないが、少なくともただの家出ではないと分かるだろう。まあ、気付かれたところでどうでもいいけど。あの家に居場所なんてない、どうせ誰かに言われたことを黙々とこなすだけだ。それならあのおっさん達の金になった方がまだマシだ。

 

「ぎぃぃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっうううううううああああああああ!!!!!!!!」

 

 絶賛人間とは思えない声を出している俺だが、何をやらされているのかと言うと、簡単に言えば人体実験だ。毎日クスリ漬けだし、電流と一緒に流れ込んでくる情報、明らかに何か入ってるマズイ飯、寝る時は体中に電極張られたりしてるから間違いない。

 

「ぐふぇええぇぇっぇぇえええぇふううあああああああうううあうあうあぎぎぃぃぃぃいいいえええええええァァァァァああああああああああああ!!!!!!」

 

 で、なんでこんなに呑気に考えごとができるのかと言うと、慣れた。いや、勿論自分が異常なのは分かる。でも慣れてしまった、多分クスリが効いているってことなんだろう。でもやっぱり苦しいので叫んでしまう。というか日に日に出力が上がってきてる。

 

 意識を手放したくなっても手放せない。かといってぶっ飛ぶ事も出来ない。常に冷静な思考をしてしまう。俺はもう自分が人間じゃないってことを分かってきていた。姉とは全く違うベクトルの。

 

「ああ……………ぎ……………ぃ………う……ぅぁ…………………ぁ」

 

 おお、ようやく喉が潰れてきたか。ここまでくると終わってくれるので一種の時報と化している。あわれ俺の喉。

 

『放電止め。睡眠薬を投与して、部屋に放り込んでおけ』

 

 ほらね。じゃ、ひと眠りしますか。

 

 

 

 

 

 

 ぱっ。という効果音がふさわしいくらいスカッと目を覚ました。時間になったので覚醒剤(麻薬じゃなくて、目を覚まさせるクスリらしい)を投与されたんだろう。最初は驚いたがこれも慣れた。ここじゃ、睡眠すら管理されている。もしかしたら夢とかも見させられているのかもしれない。

 

『起きろ。C-1』

 

 さあ、今日もクソッたれな1日の始まりだ。

 

 部屋をでてホールに入る。

 

 電流と一緒に色々な情報が流されてくるわけだが、偶にそれが定着しているか確認する日がある。今日はその日だった。

 というわけで、模擬戦と言う名の殺し合い(・・・・)が今日のメニューだ。

 

 昨日まで流されて来たのは銃器の基本的な扱い方。

 テーブルに置かれた部品の数々を産まれて始めて手に取り、なんの問題も無く組み立てる。1つも部品を余らせること無く、4分38秒で組み立てた。

 直ぐに構えて、スコープを除き、遠くの的を狙って撃つ。

 

『命中。今回も成功だ』

 

 いやあ、この瞬間が結構焦るんだよね。失敗したらまた電流だし。まあ成功してもあんまり嬉しくないんだけど。

 

『続いて実戦テスト開始』

 

 奥の方のシャッターが開いて、俺と同じくらいの子供が5人出てきた。散らばって俺を囲もうとしてくる。反射的に構えて距離を取り発砲。早速1人が死んだ。

 

 これが嬉しくない理由。

たとえインストールに成功したとしても、実戦で使えなければ意味が無い。それを確認するために、同じ境遇の子供たちと殺し合いをするのだ。

 

「くらえっ!」

 

 気合いを入れた声と共に銃が火を吹いて、俺を襲う。

 

 対する俺は唯一携帯を許されている特殊合金製のナイフを抜いて、刃の腹を銃弾に添えるようにして弾道を逸らす。軌道を変えた鉛は俺の右後ろに居た2人目の眉間に命中した。のこり3。

 やられてばかりも何なので仕返し……したくは無いがするようにプログラミングされている。俺の意志とは無関係に。だったらこんなことしなくてもいいだろが! と思うが批判的な声を出すことはできない。

 

「ぎゃあっ!」

「   」

 

 牽制するつもりでばら撒いた弾に2人が命中。1人は声を出すことなく倒れていった。あと1。

 その1人はカタカタと銃を震わせて泣いていた。まだ日が浅いんだろうな、それなりに長くいる奴は震えたりしない。俺もその一人だ。

 

「う、うああぁ」

 

 目に涙を浮かべて俺を見上げてくる。

 

「た、助けて……」

 

 悪いがそれはできないんだよな。俺は助けてやりたいが、ここの連中が許してくれるはずないし、俺も勝手に動く自分を止められない。

 俺に出来るのは、ただ一つ。こうなる前に、楽にさせてやることだけ。自分で何一つ出来なくなるより、まだ自由に出来る今死んでしまった方が幸せだ。だからと言って殺していい理由にはならないが。

 

「助けてやるさ、この地獄から」

 

 引き金を引く。頭、首、心臓に弾がめり込んでいき貫通する。あふれ出た鮮血のシャワーを浴びながら、俺は何も感じず、ただボーっとしていた。

 

『実戦テストを終了する。本日は部屋で待機。以上』

 

 言われた通りに動く。銃をテーブルに置いて、彼らが出てきたシャッターとは別の所からここをでて、部屋に向かう。この施設はかなり広いが、自分の部屋まではシャッターを上手く使って1本道を作るので迷うことは無い。

 

 部屋に入るとピピッという音と共に鍵が閉まる。出たところで行く場所なんてどこにもないっていうのに。

 

 浴びた血を落とそうと思い、シャワールームへ行く。俺はどうでもいいが、ここの連中はそうでもないらしく、血液から細菌やDNAがどうのこうの言っていたのを覚えている。わざと放置していたら丸3日電流を流されたのでもうしない。絶対に。流石にあれはキツかった。

 

 服を脱いで蛇口をひねる。温かい雨が身体を打つ。ここでもっとも満たされる時間をしっかり有意義に使うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も今日も無駄な一日が始まったったたあ。

 

 おっと、最近こういう事が増えてきて困る。のか? もういっそ壊れてしまった方がらくなんじゃないかいいい?

 もうどれくらいここに居るかとか思い出せないし、昔の事はさっぱりだ。どこに居たとか、何してたとかぁ、何もんだったのぉかとか。というかここに居た頃のこともよく覚えていない。

 

『起きろA-1』

 

 忘れてもいいようにってことで書かされている日記に曰く、昔はC-1だったらしいけど、今の俺はA-1と呼ばれている。

 なんかAの方が進んでいるとか。うん、さっぱああありだ。

 

『ベッド脇の下から3段目の引出しを開けて装着しろ』

 

 言われたところを開ければそこに入っていたのは、イヤフォぉンとマイクが一体化した通信機だった。左耳につけて電源を入れる。

 

『これから指示するルートを記憶しろ。指示された通りのコースを通って、ホールまで行け。では始める』

 

 シャッターが開く。

 

『上下下下右左上左下左下右右左上右下右下上上上下下右右下左左右右上左斜上下』

 

 ……………。

 

『開始。制限時間は10分だ』

 

 ダッシュ。記憶した通りにいいい進んでいく。100mごとに分かれる道、上と下には梯子を使って移動する。そして1階ごとの移ぃ動が時間を食うので、さっさと動く必要がある。

 

「………」

 

 到着。タイマーは7分53秒。

 

『成功。その場で待機せよ』

 

 なんか出来ちゃったよ。まあいいんだけどさ。

 

 ふとその場にあるマジックミラーに目をやる。きっとこの向こうには連中が居て、データがどうのこうのああのそうの言ってるうだろう。

 そして目に映る自分の姿。ボサボサの長くて白い髪。きっとストレスとか、クスリの影響で脱色しちんだろう。前髪は目元が見えなくなるくらい伸びていて、ウ後ろは膝裏まである。

 

 どれくらいここに居るのか分からないし、記憶が無いので身体がどれくちい大きくなったかとかから推測もできない。

 そいえばいたであろう家族とか友達とかどうしてるかなー。今となっては他人だけどー。

 

『成功。その場で待機せよ』

「はあっ、はあっ……」

 

 誰かが入って来た。それに続いて続々と子供が入ってくる。どうやら俺以外にも同じことをやらせていたらしい。

 その中に見たことがあるような顔をした子がいたので近づいてみる。

 

「ふう………あ、兄さん」

「にいさんんん? エット………マドか、だっけ?」

「うん! マドカだよ! 今日は覚えてくれてたんだね!」

 

 飛び付いてすりすりしてくる女の子、A-5って言われていたと思うんだけど、俺にはマドカだって言ってきて、俺の事を兄さんといってついてくる。謎。

 

「兄さん凄いよね。私は1番だって思ってたのに、入ってきたら2番だったよ」

「俺の部やが、ホぉるにさかいってだけだロ?」

「近いも遠いも無いよ。ホールと私達の部屋は一定の距離を保たれている。指定されたルートもグネグネしてるけど、全員同じ距離なんだよ」

「へぇえぇ……まどカは者知りダな」

「そ、そんなこと無いって。もう、兄さんのバカ」

 

 確か……頭撫でると喜ぶんだっけ? なんでマドカの事はしっかありと覚えてるんだおるな? 俺が兄さんだから? 謎。てかよく俺の言葉が分かるな、自分でもおかしいって思うんだが。

 

『10分経過。シャッターを閉める。通路にガスを散布開始。ホールに居る物は待機』

 

 ああ。間に合わなかった奴は死ぬのか。うらやましいな、楽になれるんだからさあっ。

 

「あいつら……絶対いつか殺してやる!」

 

 おお、怒ってぇる。何に対してなのかはさっぱりだけど。

 

 ズドン………

 

 なんの揺れだ? って尋ねようとした時、イヤフォンから声が聞こえた。

 

『A-1、G-2、A-3、B-9、P-11、T-7。銃を取り、こちらの指示に従って行動せよ』

 

 呼ばれた。身体が動く。

 

 テーブルに置かれた銃をてにとって、走り出、した。

 

 

 

 

 

 

シャッターを抜けて声の通りに進んでいく。曲がってぁあぁ曲がってぉ上がってぇ曲がってぇ上がっぁた。

 

 そこに居たのは黒っぽい男達、銃を持ってこっちを見ていぃる。

 

「おい、あれが例の子供たちじゃないのか?」

「かもな、保護するぞ」

 

 複数のおこと達がこっちにくる。

 

『撃て』

 

 身体が動いた。構えて、引き金を引くまで1秒も無い。

 それからはひたすら撃ち続けた。俺以外の奴もたいしてくぁわらない。人を見かけたら撃つ、とりあえず引き金を引く、グレネードが投げ込まれても撃ち返す。

 

 沈黙。

 

「なあ、終わったのか?」

「しらね」

「てか、何だったの今の? 大人じゃん」

「どーでもいいだろー、撃てって言われたんだから」

「確かに」

 

 待っていても何もない、だが指示も無い。警戒しつつも駄弁る。まあ俺はこんおとおりだから話さないけど。

 

 ぱしゅっ

 

 今何か音がした。他も気が付いたようで、前を向く。

 

 すると飛んできたのはミサイル。勿論撃つ。

 勿論そんなことをすれば爆風で煙だらけで見えなくなるわけで。隣も誰だか分からなくなってしまった。

 そんな状況になっても撃ち続ける隣の奴。あほかぁあぁ?

 

「ウツな! ばしょがバレる!」

「何言ってんのか分かんねえっての! 日本語喋りやがれ!」

「じュうをウツなといってル!」

「はぁ!? お前な、この状況でミサイル撃たれたらどうすんだよ!」

「ヤツらはミエ無いバショニウたない! 煙にマギレてホヘイがチカヅいテくるぞ!」

 

 タァン!

 

 俺達が扱う銃とは違うオト、行ってるソバからこれ階なぁ。

 動こうとした時、後ろに気配を感じた。振り向くとそこには銃口。俺は構える前に撃たれてしまった。

 

「いタ」

 

 ああ、痛い、熱い。何度も経験した血が流れる感覚がするし、耐えられない熱さを腹に感じる。

 でも、これで死ねる。今まで殺してきたであろう奴らと同じように楽になれる。次は俺の番ってだけだ。ああ、これが嬉しいって気持ちかい?

 

「あー眠い眠い」

 

 あ、俺始めて(・・・)まともに喋ったんじゃね?

 

 銃を握る力もでず、首も動かす事も出来なくなり、眠気に負けて瞼を閉じた。傷の熱さも、失血で身体が冷えていく感覚すら無くなっていき、俺は全てを投げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄さん達がホールを出て行ったあと、直ぐに変化は起きた。

 

『ぎゃあっ!』

 

 突然の事にみんなが動揺する。私も耳元でそんな声がしたので驚いた。

 

『あー、あー』

 

 死んだであろう男の代わりに聞えて来たのは女の声。それと同時に、兄さんが行った方の近くのシャッターが爆発して、武装した男達がなだれ込んできた。

 

『あなた達、そこの男達の誘導に従って。ここから出してあげるわ。さあ、速く!』

 

 逃げられる!

 日が浅い実験体からどんどんとそちらに走っていく。ちょっとすれば全員が破壊されたシャッターを目指していた。

 

 が、私は1人で逃げるつもりなんてサラサラ無い。クソッたれな両親に連れ出されて姉さんと兄さんと引き離され、金に困ったあいつらに売られてここに来た。そこには居るはずのない兄の……一夏兄さんの変わり果てた姿。髪も、声も、身体も何もかもが記憶と違っていたけど、やっぱり兄さんだった。頭をグチャグチャにされて、1人をろくに覚えられなくなった兄さんは私の事だけちゃんと覚えてくれていた。家族なんだから当然の事だ。その家族を置いて逃げるわけにはいかない!

 

「すまない! 兄を探しくれ! 兄さんと一緒じゃなければ逃げられない! 経った1人の家族なんだ! 頼む!」

「………司令。指示を」

『許可するわ。探してあげて』

「だそうだ。特徴を教えてくれ」

「ああ、ありがとう! 白くて長い髪で、前は目が見えないくらいで、後ろは膝裏まである。目は右が赤で左が緑、どちらも虚ろだ。声もどこかおかしくて発音がしっかり出来なくて、慣れてないと聞き取りにくいかもしれない」

「大分いじくられているな。分かったよ譲ちゃん、部下に探させる。どっちに行ったかとか分からねえかい?」

「あっちだ! 頼む!」

 

 私は開きっぱなしのシャッターを指差した。

 

「おい、聞いてたな、行け! 譲ちゃん、向かわせた部下とは外で落ち合う事になってる。今はこっちに従って逃げてくれ」

「………分かった」

 

 本当はここに残りたい。兄さんと一緒に出たい。

 だが、これ以上助けてくれると言っているこの人たちに迷惑をかけられない。大人しく従って、私は先に行った子供達を追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつはヒデェ……」

 

 俺たちは更識本家の指示で、子供達を使って人体実験している施設がある場所を訪れていた。本来なら、偵察で済ませるはずだったが、先に亡国機業が来ていたらしく、恐らく子供達の救助と情報収集の為に中に入って行ったのだろう。入口は瓦礫ばかりだ。

 

「当主、こっちに子供たちが……!」

「なんだと!」

 

 そこに行けば確かに子供たちがいた。だが、どの子も致命傷を受けている。即死だ。

 銃を握っているので、恐らく防衛に出たのだろう。それがこの子達の意志かどうかは分からないが。

 

「あっちにもいます!」

「生き残りが居るかもしれん、くまなく探せ! 亡国機業が直ぐに来るぞ! それまでに何としても見つけるんだ!」

 

 部下達に檄を飛ばして、自分も動く。足場が悪いことなど気にもならない。走って、瓦礫を動かして、ただただ探し続けた。

 

 

 

 

 

 

 腕の中には1人の少年。

 髪は女性よりも長い、だが、ボサボサで手入れなどしておらず、自らの血と土埃で汚れきっていた。服と身体も同様に汚れており、お腹を中心に赤い染みが広がっている。

 

 結局見つけられたのはこの少年1人だった。だが、この少年の命もまた、他の子供と同じように消えようとしている。

 俺は捜索を打ち切り、この少年を抱えて本家御用達の病院へ向かっている。

 

「絶対に死なせはしない……!」

 

 結果から言うと、この少年は助かった。

 だが、失ったものは大きく多かったようだ。ろくに言葉を離せず、簡単なこともすぐに忘れてしまう。

 助けたことに後悔は無い。だが、これから生き続けることがこの少年の為になるのか、俺には分からなかった。

 

 崩壊した施設に再度侵入し、残っていた資料とデータ、この少年の首輪に刻まれた番号から、この少年について分かった事が幾つかある。

 あの織斑千冬の弟、織斑一夏だったこと。誘拐され、施設に入ったこと、そして、彼が受けた全ての実験。

 

 始めは彼を織斑千冬の元へ送り返そうと思った。が、彼はもはや織斑一夏ではなくなっている。これではただ一夏の家族を、そして本人を傷つけるだけだ、という結論に至り、俺の養子になることになった。名は森宮一夏。

 

 これからの彼の人生が幸あるように。ただそれだけを願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つかった?」

「いえ、施設周辺まで調べましたが、いませんでした。そもそも、白髪の子供自体見当たりません」

「……死体も?」

「……ええ。恐らく、爆発に巻き込まれて……」

「そう」

「嘘だ」

 

 私はその言葉を信じられなかった。

 

「兄さんは強いんだ! ここにいた誰よりも兄さんが強かった、A-1なんだ! そんなことで死んだりなんかしないんだ!」

 

 でも、認めるしかなかった。

 

「ううっ……兄さんが、死ぬわけ……無いんだ……」

 

 たった1人の家族は、もういない。

 

「うああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 言葉通り、塵も残らず、消えた。

 




 拾われた一夏が、そのまま養子になるところがかなり無理やり感ありますけど、スルーで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 「森宮」

 どこだ? ここ。

 

「ア゛ッ……!」

 

 少し身体を動かしただけで腹のあたりにと左腕に激痛が走る。それも数分経てばなんとか治まってくれた。首だけを動かす分には問題ないようなので、自分の身体を見てみた。

 見えない。

 左腕は掛け布団の上に合ったので見えるが、腹を含め、自分の身体がどうなっているのか見えなかった。腕は三角巾と特殊なサポーターを付けられていたので、多分骨折だろう。

 

 部屋は純和風っぽい感じだ。天井の蛍光灯と、隅にあるディスプレイ、俺の傍にある見慣れない機械以外はだが。

 始めて(・・・)見るタタミという床や、ショウジというスライド式のドアなど、あの部屋では見られないものばかりで新鮮だ。

 

 そのショウジがスッと開いた。

 そこに立っていたのは見慣れない服を着た男。一言で言うならナイスガイ。なんで俺はこんな微妙な使い道をする言葉ばかり覚えてるんだろうな?

 

「お、起きたのか! 大丈夫か? 痛むところは無いか?」

 

 俺と目があった瞬間に駆け寄ってきて、勢いよく俺に話しかけてきた。

 

「左ウでとハラが」

「腹は撃たれたところだ。弾は貫通していた。腕は瓦礫に挟まって折れていたよ。……っていきなりこんなこと話したが大丈夫か?」

「思イだす」

 

 確か……いつも通り実験やらされて、ホールに集められて、そしたら誰かに襲撃されて、迎撃に出て、撃たれた。で、気が付いたら寝ていた、と。

 

「シンだとおモッた」

「正確には死ぬ寸前だった、だな。何とか治療が間に合って、今に至ると言うわけだ。さて、聞きたいことがあるだろう?」

「おっさんダれ? こコドコ?」

「俺は森宮陣。森宮家第16代目当主。んで、ここは俺の家の森宮本家だ。ついでに言っておくが、俺はおっさんなんて言われる歳じゃない」

「ジン?」

「スルーかよ……ああそうだ。俺はお前の父親だ」

「チチオや?」

「ああ、養子にすることにした。あの施設はもう無いし、お前の本当の家族については何も分からなかった。クスリ漬けにされたお前を病院や孤児施設に預けても同じことを繰り返すだけだからな。俺が引き取った。悪いがこれは決まった事だ」

「ベツニ、ドウでもイい」

「そうか。ま、しばらくは動けないだろうからじっとしてる事だ。何かあったら呼んでくれ」

 

 おっさん――もとい、ジンは言うだけ言ってどこかに行った。

 ………暇だ。

 

 思えば暇な時間なんて今までなかった。実験実験実験の毎日。日記に書いてある限りでは、一番最初の頃……つまり、施設に来た頃に書いていたところでも俺は忙しい毎日を送っていたらしい。それからは予想がつくので、考えるまでも無い。

 

 何をしようか? と思ったが何も思い付かない。今まで娯楽についてカケラも考えた事なんてないから、今すぐやれなんて言われてもさっぱりだ。まあ、この身体で出来る事なんてたかがしれてるだろうけど。

 

 でもまあ。あれだ。

 

「ネる」

 

 傷を治そう。

 今気が付いたけど、頭の中にあった違和感が消えてる。すんなりと物を考えられる。依然と声はおかしいけど。さっぱりだ。

 

 

 

 

 

 

 数日後。完治した。

 

「なんであれだけの怪我が数日で完治するんだ? 腹には風穴、腕は骨折だぞ?」

「クスリに感シャ?」

「俺に聞くんじゃない……」

 

 寝ていたらいつの間にか傷は塞がっていて、腕の骨はくっついていた。念のために病院にも行かされたが、問題ないとのこと。医者はどこが悪いのかと首をかしげていた。

 

「もう考えるのもメンドクセェ……。あーっと、これからの話をするぞ、お前が俺の養子になったって話をしたのは覚えてるか?」

「? シラなイ」

「お前なぁ、つい何日か前の事だろうが! 寝ぼけてたわけでもないし、忘れてんじゃねえよ!」

「…………ソウいえばそんあコトアった、きガスる」

「気がするじゃねぇ! したって言ってんだろ! アホ!」

「で?」

「はぁ……それで、森宮の家は“更識家”ってところに仕える家だ。んで、森宮の名前を背負う奴は更識に仕える義務がある。森宮の仕事は護衛と暗殺。俺はお前にその技術を教えないといけない」

 

 護衛、は出来るかどうかさっぱりだけど、殺しならお手の物だ。どんな武器でも扱える自信はある。無手でも余裕で殺せる。毎日やっていた事だから。

 

「!?」

 

 というわけで早速見せてみる。座った体勢から一歩で密着、手刀をジンの首にトン、と当てる。鍛えているならこれがどういう事なのか、分かると思う。

 

「……そういえば、銃で亡国企業と戦っていたな。確認するまでも無かった、スマン」

「アヤまらなクていい」

「腕は分かった。だが、必要なものはまだまだあるぞ。みっちり詰め込んでやる」

 

 詰めた傍から抜けていきそうだ。日記曰く、昔の俺は物覚えが悪かったらしい。クスリ漬けで更に悪化した今、マトモにいきそうにないだろうな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うと言っとるだろうが! 何回間違えれば気が済むのだ貴様は!」

「申し訳ありません」

「いい加減聞き飽きたわ!」

 

 また叱られる。これで何度目だろうか? もう数えてない。

 

「なぜ当主はこのような“無能”を養子になどしたのだ……まるで価値が無いではないか。ただの穀潰しだ」

 

 今教えてもらっていたのは戦術論。それも森宮独自のものだとか。おかげで、電流と一緒にインストールされた情報と食い違いがあってしまい理解できない。加えて俺自身の能力の低さも合わさってまったく覚えられない。テストなら赤点以下、0点だ。

 

 これらの知識に加えて一般教養を身につける為、お嬢様方と同じ学校に通わされているが、成績は学年最下位。それに比べてお嬢様方はそろって学年1位。メイドの布仏様の姉妹も学年上位組に入っている。

 

「そんなことで森宮の使命が果たせるものか! 恥さらしめ!」

 

 そして決まってこう言われる。“恥さらし”“無能”“クズ”その他諸々。守るべきお嬢様方より劣っていちゃ意味が無い。“殺し”以外は一般以下。いや、もしかしたらそれすらも劣っているかもしれない。

 

「付き合ってられん。それを全て解いて片付けておけ。罰として屋敷を今日中に掃除しろ。それまで食事および休憩は認めない」

「はい」

「……何故貴様がここに居るのか私には分からん。とっとと放り出してしまえばいいのに。当主は何を考えているのか……」

 

 そんなの俺が聞きたいよ。俺がここに居る意味をさ。

 

 殺しができたって、今の世の中じゃ何の意味も無い。たとえこれらが抜きん出ていたとしても使い道が全くない。というか単純な力が通用する世界じゃない。無くなった。

 

 インフィニット・ストラトス。通称IS。女性にしか扱えないという欠点があるが、現時点において究極の兵器であることに変わりは無い。本来は宇宙開発用のパワード・スーツだったらしいが、今では兵器同然。軍用型まで開発されているぐらいだからな。軍用ISは非公式だがこれでも森宮の末端、それくらいの情報の閲覧は可能だ。

 これの登場、普及によって男性の立場は悪化の一途をたどり、女性の優遇制度なんてものが設けられ、学校を始めとした教育機関であるものがよく見られた。女尊男卑。学校がこんな態度をとるのだから、この風潮が広まり、定着するのは当然だった。そして現在進行中である。

 

 まあISがあろうとなかろうと、俺の立場は家も学校も変わらない。白い髪にオッドアイ、加えて“無能”だからな。

 

 使い古された指南書を見る。

 そこに書かれているのは分かりやすく言えば、こんな時どうする? というもの。答えをノートに書いていくが、確実にこれは間違いだと言われるだろう。俺が合っていたためしがないってのもあるが、さっきも言った通り、インストールされている情報とまったく違う為に、理解ができない。インストールされている情報はもはや遺伝子レベルで染みついているのだ、もはや本能に近い何か。

 ジンが言っていた。俺の脳のキャパシティはクスリと実験によって減少しており、そして余った部分の大半にインストールされた情報を収納している為、必要のない知識が入りこむスキマが存在しないらしい。というわけで、俺にとってこの授業は無駄なことなんだが、特別扱いするわけにはいかないだろうし、誰も納得しないだろう。

 

 てきとうな回答をして、ノートを閉じる。

 ここからが問題だ。このバカでかい屋敷を1人で掃除するのは骨が折れる。無駄なことは考えずにとっとと済ませよう。

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

 掃除終了。現在の時刻、午前1時26分。だいたい半日ぐらいかな。前は1日掛けていたからかなり良くなった方だと思う。それでも全然ダメな方なんだけど。

 

「片付け片付けーっと」

 

 用具を詰め込んだ俺専用になりつつあるバケツを持って倉庫へ向かう。趣のある日本家屋には欠かせない縁側を歩く。ギッ、ギッ、と歩くたびに音が鳴りそうだが、そこは俺、足音を殺して歩くのが普通だったので、音は無く、虫の鳴く声だけが響いている。

 

「こんなことはできてもな」

 

 愚痴りながら片付ける。こちらも俺専用になりつつある倉庫の鍵を使って閉める。開かない事を確認してから部屋に戻ろうと、足音を立てずに縁側を歩いている時、話し声に気が付いた。

 この時間に誰かが起きているのは別に不思議じゃない。護衛と暗殺を受け持つ森宮ではむしろ普通……とはいかないまでも、珍しいことじゃない。

 だが、ここで気になるのはそんなことじゃない。場所があれなんだ。

 

 陣の部屋。

 あいつ――じゃなくて、養父はこんな時間に起きていることはあまりない。現役ではあるが、それなりに歳を取っている為、健康的な生活を心がけているらしい。早寝早起き朝ごはんブーム真っ最中。

 その養父がこんな真夜中に誰かと話している。あまり良い話しじゃないだろうし、末端の俺には関係ないだろう。そう思って通り過ぎようとした時、1つの言葉が耳に入った。

 

「一夏がどうした?」

 

 ………別に俺の名前が出たからって気にする必要なんてない。一応養子だし。

 

 そう結論付けて離れようとした。が、身体は動かない。

 

 ……前にもこんなことが無かったか?

 

「今日という今日は申させていただく」

 

 相手は俺のお目付け役らしい。

 

「あのように物覚えの悪い者は見たことが無い。本人にもやる気を感じられないし、屋敷の者を始め、布仏や更識本家の者にまで「森宮は……」と関係のない我々に対してまで小言を言われる始末。屋敷の者は皆、小僧の追放を望んでおります」

「前にも言っただろうが。それは仕方のないことだと。布仏や本家には俺から言っておくから、お前たちは今まで通り、一夏に教えてやってくれ」

「断ります。ご存知ですか? あやつは罰を何とも思っておりませぬ。面倒だから、どうせ理解できないからと、解くように言っておいた問題の解を適当に書いております。これは今日の物です。明らかに関係無い言葉まで出てくる始末。奴に教えることなど何もありません」

「………」

 

 さすがに“麦茶とほうじ茶の味の違い”について書いたのは拙かったか……。やっぱりもっと詳しい内容じゃないとダメなのか? 違うか。

 

「刀奈様も簪様もよくは思ってない様子。あやつもお嬢様方の事を軽んじている傾向がございます。森宮の使命を果たそうとしない者をこの屋敷に置いておくのですか?」

「…………」

 

 森宮の使命は物覚えの悪い俺に養父が直々に何時間も何日もかけて俺に刷り込んだ(・・・・・)事だし。使命に忠実な養父からすれば、この返しはきつい。

 というかなんで養父は俺をかばうんだ? そこからして謎なんだが……。

 

「あ奴めの処分を」

「………」

 

 あれか? こんなときだけ親面してるのか? まあ養父は他の人に比べて優しいところがあるが、多分俺に一番呆れて、イラついているのも養父だ。

 だとしたらこれはこの屋敷にとって、布仏に、更識本家にとって絶好の機会だ。なにせ、俺を追放すれば人体実験の被験者が無償で手に入るんだからな。モルモットに人権なんてあるはずない。好きにし放題だ。

 

 とするとこれは俺にとってピンチな状況になる。何せ衣食住が無くなるんだから。別にここじゃなくてもかまわないし、1人で(狩りをして)生きていける自信はあるが、流石にこいつらから逃げきれるのは不可能だ。

 

 どうする?

 

「……一夏の」

 

 ここでまたボーっと突っ立っておくのか? あの時みたいに?(・・・・・・・)

 

「一夏の処分は……」

 

 それは拙い。どれだけ今の立場が悪くなろうと構わない。クスリ漬けにされない為ならなんだってやってやるさ。

 

 俺は無意識に障子を開けてこう言っていた。

 

「森宮一夏の処分は、全教育課程を修了し、代わりに各方面からの暗殺依頼を回す。でいかかでしょうか当主様」

「「!?」」

 

 ちなみにこれは俺が人生初の“自分の為に”動いた瞬間である。

 

「身に付きもしない事を延々と教えていたところで時間と人員の無駄です。ならば止めてしまえばいい。幸い、私は“殺し”の技術だけはそこそこ持ち合わせております。ならば私に暗殺依頼を回せばよろしいと思いませんか?」

「盗み聞きの上にその態度! 無礼であるぞ小僧! 単に座学を受けたくないだけであろうが!」

「その座学で教えられるものはどれも戦い方ばかり。突き詰めれば“殺し方”です。もともと身についている技術を教えたところで意味はございません。先ほども申し上げました通り、時間と人員の無駄です」

「なんと生意気な! あれは森宮の者が必ず通る道である! 貴様だけ特別扱いするわけにはいかん! たとえどれだけ出来が悪く、“無能”であってもな!」

「森宮の使命はただ1つ、“更識家への忠誠”でしょう? 用はそれさえ果たせばいいのです。加えて、森宮としての義務……私にできる事でしたら暗殺のみになりますが、これも果たせばいいだけ。何も問題はありません」

「貴様ァ!」

「待て」

 

 そこでやっと養父が口を挟む。

 

 理由は知らないが、アンタは俺をここから出す事を渋っている。この提案を呑めば、俺は今まで通り森宮の人間だし、ついでに使命も仕事もこなす。俺としては自分がどうなろうがまた被検体にされなければなにされようが別にどうでもいいから、この案ならお互いの要望を通せる。かなり強引だが。

 

「一夏、人が殺せるか?」

「ここに住む誰よりも私は人を殺しております」

「………わかった。森宮一夏の処分は以下の物とする。全教育課程を修了し、明日より任務に当たれ。当面は先人達のサポートに回ってもらう」

「かしこまりました」

「当主!」

「さあ、部屋に戻れ。もう遅いし、これ以上騒げば誰かが起きる。私も眠たいしな」

「失礼します」

「待たんか!」

 

 お目付け役の制止の言葉を無視して俺は部屋へ戻った。

 

 とりあえず、これで面倒な座学も罰も無くなる。その代わりに任務が入ってくるわけだが、俺からすれば人殺しこそが常識だ。別にどうでもいい。

 

 やったね! 明日からが楽しみだぜ!

 

 

 

 

 

 

 なんて甘い希望を持っていたが、今まで“森宮”に向けられていた小言、悪意、悪戯などが全て“森宮一夏”へと矛先を向けて襲いかかって来た。すれ違いざまに脚を掛けたりボディーブローは当たり前、拳大の石は普通に飛んでくるし、食事にペット用の飯が混ざっていたことだってあった。一番ヤバかったのはわざと俺を狙って銃を撃って来た事だったかな。

 ヒエラルキーで俺が一番底辺なのを良いことに、多種多様な悪意がこれから数年間俺に向かってくるわけだ。正直座学と罰の数百倍キツイ。寝てる時でも気を抜けない、数m先に誰かの気配を感じただけで飛び起きてしまう。今まで以上に閉鎖的になっていって、自傷行為が増えていったのを嫌でも実感する。

 ISとか関係無しで俺の立場は最悪で、いつ、誰が俺を殺しに来てもおかしくない状況だ。常在戦場である。

 

 1年経てば傷が増え、2年経てば心が砕けた。

 数年後、俺は言う事を聞くだけの機械のようになっていた。

 

 そんな折に行われたある行事が俺を変える。

 17代目楯無の襲名式。お嬢様方との再会だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 襲名式1

 後半は会話文でごり押しです。



 14歳のある日。俺は養父――当主様から突然そのことを告げられた。

 

「明日、更識本家で刀奈お嬢様が17代目楯無を襲名することになった。俺とお前は行くからそのつもりでいろよ」

「はい」

「………」

 

 当主様はゴミを見るような眼で俺を見た後、どこかへ行った。

 

 しかし明日か……いきなりだな。刀奈お嬢様は俺と同い年の14歳。中学3年になったばかりだってのにもう当主か。凄いなぁ。

 

 今の時期にやるのは多分ISが関わってるんだろうな。本家に男子は産まれなかったから危ぶまれてたけど、女性にしか扱えないISが男女の立場を変えた今、女性じゃなければダメみたいな感じになってる。

 

 加えて刀奈お嬢様の才能。まさに天才なお嬢様なら子供の今でも、大人以上に立派に当主をやり遂げるだろう。

 

「俺には関係ない」

 

 森宮に来たばかりの頃、歳が近いからという理由で夏休みの間、お嬢様方の執事まがいの事を任されたことがあるが、結果はやはりダメダメ。目も当てられないほどだった。一夏の苦い経験だ。多分お嬢様方も俺の事を覚えてないだろう。怒られてばっかりだったし。

 

 何もせずに当主様の後について行って、適当に挨拶して速攻帰ってくればいい。宿題に任務にとやる事は山のようにあるんだから。森宮に来る依頼の半分をこなすのはさすがにキツイ。

 

 えーっと、ここの問題は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、更識本家。

 

 朝から本家には大勢の人間が押し寄せていた。でありながらまだまだ広さに余裕を感じる。どれだけでかいんだよ。

 

 当主様と受付を済ませ、中に入る。そして突きささる視線視線視線。森宮一夏だから、というのもあるが、今日はそれだけじゃない。

 前が見えるのかってくらい長い白い髪に赤と緑のオッドアイ。いつもならフード付きのパーカーを着て、目が黒く見えるように細工された伊達メガネを付けているんだが、今日は無い。

 ただでさえ浮いてるってのにスーツを着ているのが拍車をかけてる。男性は紋付袴、女性は振袖、和服オンリーのなかで俺だけ洋服。仕方ないじゃん、持ってないし。

 レンタルという手もあったけど、無駄な金だし、何より動きづらい。護衛と暗殺が仕事の森宮が「動きづらい服を着てたので守れませんでした」なんて間抜けな言い訳はしたくない、といって当主様を納得させた。

 

 場所は式が執り行われる大広間……ではなく、立派な庭園。

 本来なら各家の当主とその付き添いまでが参列するのだが、俺は辞退した。場違い感が半端じゃないし、お嬢様の折角の晴れ舞台を汚してしまう。

 

 いつも思ってしまう。どうして自分を蔑む連中を命がけで守らなければならないのか、と。そうしなければここには居られないから嫌々ながらするし、刷り込まれてしまっているので、嫌でも身体が更識にとって最善の行動を取ってしまう。

俺個人はやる気があんまりない。養ってくれるのはありがたいと思っているから、その分の仕事は絶対にするし文句も言わない。だが、森宮はどうだ? 更識は? 他の家は? 学校が終われば飯も食わずに直ぐに任務。夜遅くに帰ってきても誰もねぎらってはくれず、用意されているのは冷めている適当に作った簡素な食事。他人の万倍以上の時間をかけなければ平均の成績すら出せない俺が、勉強時間もプライベートな時間も潰しているのに、まるで家畜のような扱いを受け、仲間に命を狙われることすらある。利害関係が一致しない。“=”じゃなくて完全な“>”だ。

 

 ここも施設とたいして変わらない。義務を強要して、俺を良いように利用する。面倒な任務だったり、ストレスのはけ口にされたり。更識の為に、という言葉で俺を操り、縛る。

 

 ここ最近ようやく気付いた。自由になんかなっていないって事に。施設に居た頃よりも束縛されて、利用されている事に。

 俺の努力次第で少しは変わっていたかもしれない。が、俺は努力したところで全く意味が無い。どれだけ繰り返しても同じ結果になるのだから。

 

 ぼーっとしながらブラブラと時間をつぶす。池にかかった石橋に、優雅に泳ぐ鯉、カコンと音を立てるししおどし。本で読むような日本庭園を歩く。正直ここまでして庭を手入れしていることに関心する、もっと有意義なお金の使い道があるだろうに……維持費だってバカにならないはず。偉い人の考えはよく分からない。

 

 もう帰ろうか。俺が居たって意味は無いし、集まった奴も俺を見て良い気はしないだろうしな。

 

 その辺の塀を飛び越えようと思い、近いところを探していると声をかけられた。いや、呼ばれた。

 

「一夏?」

「ッ! ……何故ここにおられるのですか? 簪様」

 

 声の主は意外や意外の人物、式に参列しているはずの簪お嬢様だった。

 

「私の出番……終わったから、散歩。一夏は?」

「……辞退しました。私が参列してしまえば、刀奈お嬢様の輝かしい日に泥を塗ってしまいますので。というより、よく私の事を覚えておられましたね。1ヶ月お仕えしただけだというのに」

「そんなこと…ないよ…」

 

 気の弱いところは変わってないみたいだ。小動物みたいな可愛さに磨きがかかっている。

 

「ひさしぶりだね…会いに来ればよかったのに…」

「私がどう思われているかは、簪お嬢様もご存じでしょう? それに、森宮への依頼もありましたので」

「ぁぅ……ごめん……」

「あ、い、いえ、責めているわけではございません。ただ、行こうにも行けなかったと言いますか……」

「そ、そう? よかった……」

 

 ふぅ…と息をつかれる。その様子は本当にそう思っているようで、演技には見えない。まさかとは思うが、俺を気遣ってくださっているのか? ないな。ありえない。

 

「そ、そうだ! もうすぐ式も終わるから、お姉ちゃん呼んで来るね!」

「え、ちょ、お嬢様!」

「ちゃんとここに居てね~」

 

 それは俺が式を辞退した意味をなくす行為だってことに気がついてますか~?

 

 心の訴えも空しく、簪様は小走りで大広間へと去って行った。

 ……居るように言われた以上動けない。腹決めて、刀奈――楯無お嬢様と会うしかないか……。

 

 その時、俺の警戒範囲に誰かが入って来た。それはいつもの事なのだが、今回は違う。隠し切れていない敵意と殺気(・・・・・)を感じた。位置からして裏門のあたり。気付かれないように、平常を装いながら向かう。待つようにという命令だったが、ここは安全を最優先する。現場の判断というやつだ。

 

 近づくにつれてなんとなく分かってくる。数は……2。最少人数で来ているみたいだな。式で浮ついているとはいえここは更識本家、その度胸は評価するべきか、はたまたただの阿呆か。何にせよ、見逃すわけにはいかない。

 

 更に近づく。風に乗ってかすかに話し声が聞えてくるほどの距離だが、まだ気が付いていないらしい。出て行きたくなるのをこらえて、耳を傾ける。情報は時に銃弾よりも脅威になる。

 

 声の高さからして、女のようだ。

 

「……本当に2人でやるのか? せめてあと3人は居た方が……」

「仕方ねぇだろ。人は居ても、ここに入りこめる奴なんてそうそう居ねえんだ。俺からすれば、テメェが居るだけでもかなり助かってるんだぜ? これでもな。なんだ、ビビってんのか?」

「し、仕方ないだろう。実動部隊に配属されて初の任務があの更識本家への潜入、当主の暗殺など……」

 

 ……なるほどな。まあこんな時に攻めてくるんだから目的は一つしかないよな。これでこいつらを泳がせておくことは出来なくなった。今すぐ“殺せ”と、使命を刷り込まれた頭が身体を動かそうとするのを必死に抑えて、聞きに徹する。せめて、こいつらがどこから送られて来たのかを聞かなければ……。

 

《ザザザ……》

 

「こんな時に聞くのも何だがよ、なんでお前ウチの部隊に志願したんだよ。あのまま逃げてりゃ良かったのにさ」

「兄さんを探す為だ。ここに居れば様々な情報が手に入る。私はともかく、兄さんはすでにまっとうな暮らしは出来ないからな、必ず裏の世界で生き延びているはずだ。同じ世界に生きていれば兄さんの情報が手に入ると踏んだ。あの時遺体が無かったんだから、兄さんは絶対に生きてる。今度こそ一緒に居るために……」

「ブラコンだなァ。俺には家族が居ねぇから、お前の気持ちは分からねえな。んで、見つけた後はどうすんだ?」

「誰にも邪魔されない静かな場所で暮らす。2人でずっと。1年ぐらいしたら子作りに励んで子供たちと幸せに過ごすんだ……ふふふふふふ」

「……コエェな」

 

 《ザザザザザザザ………》

 

 こんな時に雑談とはな……。警戒も緩いし、素人なのか?

 しかし、その兄さんとやらは苦労しそうだな。少女には悪いが見つからない事を祈ろう。俺も“姉”に狙われている身だから分かる。きついんだよ、色々と。

 

 《ザザザザザザザザザザザザザザザザザ………》

 

「で、なんでいきなりこんな話を?」

「俺らは何時死ぬか分からないだろ? 思い立ったが吉日、その時にやりたいことやっとくんだよ。悔いが残らないようにな。ついでに生き残った仲間の思い出になって生き続ける。だから、こうやって自分の夢とか願いとかを仲間に話すのはウチじゃ珍しい話じゃないぜ。俺も先人達からそうやって色んな事を学んでいったんだ」

「……そうか、私も倣うとしよう。だが、兄さんは渡さないぞ」

「誰もそんな話はしてねえよ」

 

 《ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ……》

 

 仲間……ね。話に聞く限りじゃアンタらがうらやましいね。背中を狙われる恐怖が無いんだからどれだけ気が楽だろうか。

 くそ、さっきからノイズと頭痛が……。

 頭が……割れそうだ……!

 

 《ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ》

 

「そろそろ時間だな、行くぞ」

 

 《ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ》

 

 その言葉を聞いた途端、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ時間だな、行くぞエム」

「わかった」

 

 まぎれる為に着た振袖を気遣いながら潜んでいたが、オータムの合図に合わせて立ち上がり、庭を進む。

 

「!?」

 

 殺気を感じたので真後ろに飛び退く。完全に本能に任せた行動で、全く気が付かなかった。私がいた空間をナイフが飛んでいき、桜の木に刃の根元まで突き刺さった。掠っただけでも肉を持っていかれそうだ。投擲であそこまでの破壊力を出すなんて化け物だ。

 飛んできた方向を見る。そこに居たのは……

 

「兄さん?」

 

 前が見えるのかと言いたくなるほど長い白い髪に、髪の隙間から覗く紅と緑のオッドアイ。

 話に出たばかりの家族だった。

 

「兄さん!」

「アホかお前は! 奴の眼を見ろ!」

 

 ナイフを投げられたことも忘れて駆け寄ろうとしたところをオータムに止められた。

 言われるがままに兄さんの眼を見る。ハイライトを失い、施設に居た頃よりも虚ろになった瞳が私達を見ていた。いや、見ているのか? 焦点が合っているのかすら疑わしい。

 

「に、兄さん……なんで、そんな……」

「随分前から気付かれてたみたいだな。にしても正気じゃあないぜ、お前の兄貴。いつもあんななのか?」

「そんなわけない! きっと、何かされたんだ……更識の奴ら、絶対に許さない……!」

「何にせよ、俺らはお前の兄貴を突破しないといけないわけだ。成功すれば任務達成ついでに兄貴も帰ってくる。良いことづくめだ。行くぜ、エム!」

「ま、待てオータム!」

 

 今度は私がオータムを止める。

 

「んだよ」

「兄さんは私の数倍強い。さっきはギリギリで避けられたが……次は無い。確実に殺されてしまう……」

「諦めろってか? お前の兄貴は目の前に居る、任務だってまだ果たしていないのにか!」

「仕方ないだろう! 無駄死にするよりマシだ!」

 

 これは兄さんを危険にさらす事を意味する。

 私もオータムも、部隊の中ではかなりの実力を持っている方だ。だが、それでも兄さんには届かない。私は昔よりも強くなったはずだが、兄さんは明らかに私の上を行っている。近づけば死んだことにも気付かずに殺されるだろう。

 

「幸い、近づかなければ攻撃してこない。このまま回れ右で戻るべきだ。追って来ないとは限らないが、前に進めば確実に犬死にする」

「ここまで来たってのに……クソッ! 退くぞ!」

 

 最愛の人を置いて去らなければならない事が悔しくてたまらない。思わず握った拳から血が出るほどに。

 最愛の人が更に傷ついていく事実に悲しくて涙が止まらない。視界がにじんで、思わずしゃがみこんで泣き叫びたくなるほどに。

 

「待ってて兄さん。今度は私が兄さんを救うから、そしたら……」

 

 ずっと一緒にいよう。

 

 力のない自分に、これから先をいう資格は無いと思い、言葉を飲み込む。後ろ髪をひかれる思いで、更識本家を後にした。

 

 

 

 

 

 

「…………はっ!」

 

 ブラックアウトしたと思ったら直ぐに意識が戻った。いつの間にか自分は茂みから動いており、裏門と本家の中間の庭に突っ立っていた。

 遠くの木にナイフが刺さっているのが見える。

 どうやら勝手に身体が動いて、侵入者を追い返したようだ。周りに争った形跡は無く、血も空薬莢も見当たらない。何もせずに帰ったのか……。

 

「刷り込み……か……」

 

 身体が勝手に動いたのは“本家に侵入者が入って来た”ことが原因だろう。インストールされた情報同様……いや、無理矢理身体を乗っ取る辺り、インストールよりも質が悪い。もはや刷り込みじゃなくて“呪い”と呼ぶ方がふさわしい。

 

 施設が可愛く思えてくる。それほど、俺は身体を奪う“呪い”が恐ろしかった。

 

 意識を切り替えよう。

 

 侵入者は去った。ならばここに居る必要はない。簪様が楯無様を連れてこられる前に戻らなければ。

 

 気付かれずに移動できる最高速度で駆ける。砂を巻き上げず、葉を散らさずに音も無くスルスルと動く。そして、ノッてきたところで角を曲がる前に急ブレーキ。向こう側から人の話し声が聞こえたのだ。

 

「やっぱり、帰っちゃったんだ……」

「そんなことないよ…きっと、ウロウロしてるだけだよ…。ほら、本家に来たのは数年ぶりだし……だからあきらめちゃダメ。ね、お姉ちゃん」

「……そうね。もう少しだけ、探してみよっか」

「うん!」

 

 簪様の声だ。お姉ちゃん、と呼ぶという事はもう1人は楯無様か。

 隠れ続けるわけにもいかないので、角から出る。

 

「あ、一夏…探したよ? 帰ったかと思ってた」

「申し訳ありません。あまりこういった物を見る機会がございませんので見ておりました。無意識に歩き回っていたようで……」

 

 本当に帰ろうかなーとか思ってましたスイマセン。

 さっきと殆ど同じ理由だ。芸が無いと自分でも思う。ここに他の誰かが居たら間違いなく俺はフルボッコにされている。

 

「……刀奈お嬢様、楯無襲名、おめでとうございます。聞けば史上最年少だとか。森宮の末端の私にも、耳にはさむほどの快挙ですね」

「ええ、ありがとう。久しぶりね、一夏。いつ以来かしら?」

「覚えておりません」

「そう……」

 

 正直に言うと小学生の頃という事しか覚えていない。何年生の夏だったか忘れた。まあ何をしたのかすら覚えていないし、小言ばかりの日々で嫌な思い出しかないし、早々に忘れることにした。

 

「お嬢様も私の事を覚えておられるのですね」

「当たり前じゃない! 一夏の事を忘れるわけないでしょ!」

 

 力の入った反撃にたじろいでしまった。

 

「は、はぁ……」

「あ、こ、これは……そのぉ……」

 

 今度は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 前に思ったことがあるようだが、感情豊かな人だ。つかみどころがない。

 

「ああああああのね、一夏! こ、これどう? 似合ってる?」

「あ、ずるいお姉ちゃん! ねえ、私は?」

「え、ええ。お2人とも良く似合っておられますよ。可愛らしいですね」

「「ホ、ホントに?」」

「ホ、ホントです」

「「やった!!」」

 

 2人とも同じように顔を赤くしたり、喜んだりとせわしない。簪様はもっと大人しい方だと思っていたが……。

 

「楯無様ー!! どちらにおられますかー!」

 

 その時、俺から見て前、お嬢様方から見て後ろの方から声が聞こえた。恐らく、本家の人間だろう。

 見つかると面倒なことになるので、ここいらで退散することにする。

 

「お嬢様方、失礼いたします」

 

 そういって踵を返して裏門へ向かおうとした時、左からスーツの裾をつかまれ、右から腕を掴まれた。

 

「あ、あの……早々に立ち去らないと、後で私が大変なのですが……」

 

 森宮の使命とかその他諸々を取り除けば、自分第一なのが俺だ。損になること、嫌だと思う事はしたくない性格なので、こういう時は素直になってしまう。

 あ。と思った時はもう遅い、ぶん殴られても文句は言えない。俺達従者にとって、口答えをするという事はそれほどの事だ。

 

「大丈夫よ。私が良いって言ってるんだから。だから帰らないで」

「わ、私が居てはお嬢様方に迷惑が……」

「そんなこと……ないよ…」

「私もそう思うわ。簪ちゃんだってこう言ってるし、ね」

「他の方々がどう思うか……」

「私は一夏に居てほしい。ううん、一夏が居なくちゃダメなの。だから、お願い」

 

 なぜそこまで私にこだわるのですか?

 そう言いたいが、言ってはいけない気がする。それに言う前に、本家の人間が来てしまった。

 

「おお、楯無様こちらにおられましたか…………で、何故そちらの男とおられるのですか?」

「悪いかしら? 彼は私に尽くしてくれる従者よ。同年代だし、一緒にいても不思議じゃないでしょ?」

「宴にそ奴を連れ込むおつもりで?」

「いいじゃない。一夏は陣さんの息子だから本当は居なければいけないのよ。出席する義務があるわ。あなた達を気にして出席しない事の方がおかしいと思わない?」

「……………」

「さ、行きましょう」

「お姉ちゃんナイス」

「ふふん。任せなさいって」

 

 ………どうなってるんだ?

 

 




 “姉”がいるのですよ。もちろん千冬さんではありません。
 ヒントは“森宮”です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 襲名式2

 長いです。
 そして後半かなりごり押しです。本当に申し訳ないです。

 今週はまったく時間が無いので今日中に仕上げたくて、かなり無茶しました。



「ほらほら、もっと食べなさいよ。美味しいわよ~」

「え、ええ。頂きます……」

「一夏…具合悪い?」

「い、いえ。そういうわけでは……」

 

 気まずい、非常に……。一生食べられないであろう豪華な食事の味も分からないぐらいに、簪様に見破られるほどポーカーフェイスが崩れるくらいに。

 

 式の後の宴に楯無様のワガママ(?)でなぜか招待された俺。いや、出席する義務があるから出なくちゃいけないんだけど、こういう行事や集会があっても俺は毎度のごとくサボっていたから落ちつかない。周囲からの視線はどうでもいいが、俺1人が居ることによって今一盛り上がらないこの雰囲気が落ちつかない。そんなことを気にも留めずに美味しそうに食べるお嬢様方が隣に居るもんだから更に落ちつかない。誰かと一緒に食事をした事なんて数える程度しかないから更に更に落ちつかない。

 

 この状況をなんとかしなくてはいけないと思う。俺がとっととここを出て家に帰れば済む事だ。済むことなんだが……。

 

「お、お嬢様。やはり私はだだ」

「あらぁ~? 言う事聞けない子にはO☆SHI☆O☆KIよ~?」

「ひぃっ……くすぐり怖い……」

 

 というわけで帰して貰えない。

 くすぐりはどうでもいい。効かないから。だが、お嬢様の言う事には逆らえない。どんな状況であれ、お嬢様の“言う事”“お願い”“命令”に“呪い”が反応する。モノによっては“呟き”にすら反応する。

 

 お嬢様方は良い人間だと思っている、俺の存在に対してあまり否定的ではないみたいだし(世間体があるからというものも考えられるが)。だから、“呪い”とは関係なく言う事を聞くのはやぶさかではないと思いつつある。が、それにも限度というものがある。

 俺の中の出来たばかりのボーダーラインは早速意味を成さなくなってしまった。

 

「もしかして嫌いな食べ物とかあったりするの?」

「そういうわけでは……あまり食べることのないものばかりなので、尻込みしてしまうと言いますか……」

「……魚の煮付け、食べないの?」

「ええ、任務から帰って食事を取るので、あまり手が込んだものは作れませんから、食べる機会が無いんです」

 

 カラスが食い散らかしたような余りものじゃ足りないからな。野菜の皮とか粗大ごみ一歩手前の食材を使ってもなんとか腹が膨れるくらい。味には目をつぶる事にしている。火を通しても腐りかけばかりだが、弄られた身体は問題ないらしい。クスリ漬けの身体は意外なところで役に立つ。

 この料理の味が分からないのは、残飯以下の料理で舌が狂っているからかもしれない。

 

「へぇ~、自炊するんだー。食べてみたいわ~」

「じ、時間があれば……」

 

 あれは自炊とは言えません、なんて言えない。なんせ“呟き”だからな。

 

「やっぱり…具合悪い?」

「無問題です。大丈夫ですから」

 

 だからそんな目で見ないでくださいっ! 穢れた心には眩しすぎます!

 

「じゃあ……はい、これ」

「…………」

「あーん」

「………………………」

「ぅぅ……いや?」

「イタダキマス」

「美味しい?」

「ハイ」

「良かった……」

 

 味なんて分かりません。

 寿命が5年は縮まった気がする……。

 

「良かったわね簪ちゃん。自慢の料理褒めてもらって」

「うん」

 

 手作りだとっ!? ……美味しいって言っといてよかった。

 

「一夏、あーん」

「…………イタダキマス」

「美味しい?」

「ハイ。オイシイデス」

 

 寿命が更に10年は縮んだな。

 

「一夏……これも」

「こっちもいってみましょうか~♪」

 

 俺、明日、死ぬかも。

 

 

 

 

 

 

 今一盛り上がりに欠ける雰囲気の中、俺はお嬢様方からひたすら「あーん」をやらされ続けて、数十分。久しぶりに腹一杯になるまで食べた俺と、満足しきったお嬢様方、更にきっつい視線を飛ばしてくる大人達がいた。

 

 というかなんでこんなことに……。味見なら他の人にやらせれば良いじゃないですか……。胃が食べ物とストレスでマッハだ……。何言ってんだろ?

 

「もうお腹いっぱいなの? 男の子なんだからもうちょっと食べないと駄目よ~」

「お水…いる?」

 

 水はいりますありがとうございます。だからそんな目で見ないでください。浄化されてしまいます簪様。

 

「食べてすぐに寝ると牛になっちゃうわよ?」

「寝ませんよ…」

「ホントに~? じゃあ、寝ないようにお喋りしましょう」

「かしこまりました。寝ませんが」

「丁度簪ちゃんが聞きたいことがあるんだって、ね?」

「うん」

 

 楯無様の“お願い”だ。簪様の方を向く。

 

「一夏は私達と会わなくなってからどう過ごしてきたの? 一夏、詳しく教えて(・・・・・・)

『!?』

 

 教えて、と言った簪様の眼は先程までの可愛らしい物とは全く違う。内側から震えるほどの意志を感じる。

 そして、森宮家の奴らから緊張と焦りを感じる。

 

 そしてこの発言だ。

 

 俺の事は悪い意味でよく知られている。しかし、森宮の人間以外は“物覚えの悪いバカ”とかその辺の認識だと聞いている。つまり、奴隷と家畜を混ぜ合わせたような今の暮らしも、中学生でありながら任務についていることを誰も知らないのだ。

 

 学生でありながら任務をこなし、人権があるのかと言えるほどの貧しい暮らし。隊暗部用暗部である更識では表向きも重視しているが、俺には表が存在しない。この本家の方針に逆らっている事がバレれば森宮はただでは済まない。

 

 “お願い”付きの迎撃不可能の爆弾が森宮へ投下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!」

「あら、どうしたの?」

 

 息苦しいし邪魔だろうから、そういって式を退室した妹が駆けよって来た。

 

「一夏が…来てる…!」

「え? 一夏が?」

 

 森宮一夏。本性は織斑で、あの織斑千冬の実の弟。誘拐された後に人体実験を行っていた施設に売られた。そこから先は思い出したくも無い。そして私達が救出し、森宮家の養子になった。

 

 その話を聞いた時、ただ可哀想だと思った。小学生のころだったけど人体実験なんて絶対に良いことじゃないという事だけは分かった。でも、もうそんなことは無いんだし、きっと楽しく過ごしてるんだろうなって勝手に想像してた。

 

 でも、現実は全く違う。彼は人じゃなかった。

 

 小学2年生の頃の夏休み。一夏が1ヶ月の間だけ、本家で過ごしていた事がある。多分当の本人はもう覚えていないだろうけど。歳が近いからという理由で従者にするとお父さんと陣さんが決めたらしい。

 

『森宮一夏です』

 

 前が見えるのかと言いたくなるほど伸びた白い髪、後ろは腰より長くて地面につきそうだ。両目が違う色をしていて、肌は病気なんじゃないかってほど白い。声に抑揚は無くて、顔から感情は読み取れない。そして腕には切り傷に刺し傷、蚯蚓腫れ、大量の注射の後。

 

 私は驚いた。それ以上に怖かった。同じ子供なのか? それ以前に人間なのか? 普通じゃない、異常なんだ。そう思って私から彼に近寄らなかった。

 

 偶に何かを頼む時があった。でも、何もできない。すぐに忘れるし、簡単なことでもできない。一生かけても出来ないんじゃないかって思うくらいに、彼は何もできなかった。次期更識当主として育てられた私は様々な事を求められてきた。何度やっても出来ない事なんてありえない、数回やればある程度の事は出来るようになるものだ、現に私がそうだった。という変なエリート意識を持っていた。そんなこともあってか、私は何もできない、何も知らない彼が嫌いだった。

 

 ある日を境に、そんな一夏への認識が変わる。その日は普通の日で、一緒に宿題をしていた時だった。1日のノルマを終えて一息ついていた時、彼のプリントをちらっと見た。教科は国語。一夏は記述も記号問題も全て飛ばして、漢字を解いていた。

 

 おかしい。

 一緒に始めた時と同じページを1時間ほど経っても解いているのだ。しかも殆どの問題を飛ばしていながら、唯一解いている漢字も穴だらけで終わっていない。

 

『ねえ』

『何でしょうか』

 

 一夏は鉛筆を置いて、姿勢を正して私の方を向く。

 

『どうしてそこやってるの? それ1ページ目でしょ?』

『分からないからです』

『分からないの? どれも簡単な問題じゃない。同じ意味の文章を探して、記号に丸をつけるだけ。漢字は毎日見るようなものばっかりよ?』

『お嬢様から見ればとても簡単に思えるでしょうが、私にとってはとても難しい問題です。問題の意図を理解したところで、文章を理解できません。記号も同じく、選択肢は複数あることが分かりますが、区別がつきません。毎日見るような一般的な漢字でも、実際に見るまで思い出せません』

『あなたって見た目に反して本当にバカよね』

『バカ、という言葉はよく知りませんが、家では“無能”と呼ばれています』

 

 無能って……バカよりよっぽど酷いわね。

 家族からそんなこと言われるのって、かなり辛いわよね。簪ちゃんにちょっと嫌われただけですごくつらかったから、なんとなくわかる気がする。きっと私よりも心が痛いんだろうな……。

 

 この時、私は森宮一夏という人物に興味を持った。自分からは絶対に話さないから、単に彼との会話が存外楽しかったのかもしれない。或いは、普通じゃないって思っていたのに、どこか人間っぽさを感じたからかもしれない。

 

『ねえ、あなたのこともっと聞かせてほしいな』

『覚えている範囲でよろしければ』

『そうねえ……じゃあ、ここに来る前のこと教えて』

 

 私は人生で1番の後悔をすることになる。聞かなければよかった、と。

 私は人生で最大の感謝をすることになる。聞いて良かった、って。

 

『午前7時にクスリによって起床。10分後に栄養剤をチューブから投与され、待機。

 午前8時より実験開始。数時間にわたって情報を流されます。情報とは、は戦闘に関する技能や知識の事で、これを脳や身体に染みつかせる為に同時に電流を流していました。詳しい原理は知りません』

『……………て』

『ある時を境に情報を読み取れなくなりました。科学者曰く、脳の許容量が限界に達していたそうです。記憶の部分を削ることでこの問題を解消したとか。同じような事が何度も起こるたびに、脳の一部の機能を消去、もしくは上書きされていきました』

『…………めて』

『そうやって情報を付け足されていくのですが、その部位は本来の用途とは違った事を行うわけですから、あまり進行状況は良いとは言えず、今までの倍以上の時間電流を流され続けました』

『………やめて』

『日記を見直していくと、だんだんと最初に比べて大分寂しくなっていきまして。それを見て初めて自分が色々なものをなくしてることに気がつきました。髪も目も色が変わっていることにも、感情が無くなって何も感じなくなってたことにも、記憶が無くなっていたことにも。まぁ、本当の家族からもあまり良いように思われていなかったらしいので、記憶なんてどうでもいいんですが』

『………もうやめてよ』

『話がずれましたね。電流を流した後は、送られて来た情報がしっかりと定着しているかどうかを確認する為のテストがあります。同じように実験されている子供たちと殺し合って、生き残って初めて実験が終了します。テストは週に1回ほどでしたね。電流は毎日何ですが。それで―――』

『もうやめてぇっ!! 聞きたくないっ!!』

 

 私は目を塞いで、両手で耳を閉じて、その場にうずくまった。

それから先の事はあんまり覚えていない。気が付いたら布団の中で泣いていた。なんて事を聞いてしまったんだろうって、すごく後悔した。私だったら絶対に耐えられない。電流が~のあたりからもう聞きたくなかった。

 

 そして不謹慎だけどちょっぴり感謝した。自分がどれだけ恵まれているのか、それを思い知らされた。家族がいて、友達がいて、家があって、あったかいご飯があって、やりたいことができる。一夏からすれば、私のような生活はありえないんだろう。でも、世間ではこれが普通、差はあれどある程度の自由は約束されているのに、こんなことって、無いよ。

 

 宿題が出来ないのも、覚えが悪いのも、知らないことだらけなのも、感情が無いのも、見た目が普通じゃないことも、全部彼のせいじゃない。人体実験の被験者という事を知っていれば、誰だって思い付くような当たり前のことにようやく気が付いた。

 

(どんな顔して会えばいいのよ……)

 

 次の日、なんと彼は謝って来た。その表情や態度はやっぱり事務的で、感情の類は見られない。きっと昨日の私なら無視するかイラついてた。でも知ってしまった今は違う。

 

『いいのよ。私が悪かったんだから』

 

 それからは一夏と仲良くするようになった。勉強も教えてあげたし、それ以外でも知らない事をたくさん教えてあげた。相変わらず何も覚えられないみたいだけど、色んな事を教えた。お父さんは事情を知ってたから一夏に優しかったけど、ほかの人が酷く嫌ってしまい、森宮へ帰ることになった。

 

『刀奈様』

『んー?』

『ありがとうございました』

 

 帰り際の一言。ただのお礼の言葉だけど、私はすごく驚いていた。

 本当によーーーーく見なければ分からなかったけど、一夏は笑ってくれた。

 

 勝手な思い込みかもしれないけど、いつも気を張ってばかりでばかりの一夏が私の事を認めてくれた気がした。

 この日の事を覚えてはいないだろうけど、私は絶対に忘れたりしない。

 

 私の恋はその時から始まったんだから。

 

 だから、あれからずっと苦しみ続けている彼を見過ごす事なんてできない。

 

「丁度簪ちゃんが聞きたいことがあるんだって、ね?」

「うん」

 

 私は知ってる。一夏がどういう生活をしてるのかも、放課後に任務に行っているのも、本当は料理ができないことも、この家が嫌いなことも。

 専属メイドの虚ちゃんと本音ちゃんに調べてもらった。随分と詳しくて引くくらいだったけど、おかげでそれが分かった。

 

 環境や人の気持ちをすぐに変えることはできないけれど、少しでも一夏にとって良くなるようにすることはできるはず。

 

 好きな男の為に女が頑張るのは当然でしょ?

 

「一夏は私達と会わなくなってからどう過ごしてきたの? 一夏、詳しく教えて(・・・・・・)

『!?』

 

 簪ちゃんと決めた通りに進める。

 

「……平日は午前7時に起床して学校に、放課後はそのまま任務へ。現場で着替えて、それを終えてから帰宅。すぐに食事を摂って、風呂に入って勉強、午前3時に就寝です。休日は午前の内に勉強をして、午後から深夜まで任務をタイムスケジュールは殆ど同じですね」

「辛く…ないの?」

「もう慣れましたから」

「でも……ダメだよ。ちゃんとした暮らししないと」

「いえ、これは自分で―――」

「あら? それは聞き逃せないわね。中学生にそこまでのハードワークをさせるのはあんまり良くないのでは陣さん? 私でも2時間前後なんだけど?」

「仰るとおりです……」

「余裕を持たせてあげてください。森宮の任務の半分以上(・・・・)を子供に任せるのは誰の目から見ても異常です」

「かしこまりました……」

 

 森宮の任務は“暗殺と護衛”が主になる。今の時代に暗殺なんて殆どないから、“護衛”が主な任務だ。虚ちゃん達が調べた事が本当なら、一夏は依頼の半分以上を任務をこなしている。ろくな睡眠時間も食事も無く、義務に追われる毎日に余裕なんてあるはずがない。それでありながら仕事をこなす一夏は流石としか言いようがないと思う。

これで一夏の事が少しは認められたはず。彼への誹謗中傷は少なくなると思う。“森宮”を見る目が少し厳しくなるけれど、そこは仕方が無い。

 

やりきった感じの簪ちゃんと何が何だかって顔の一夏を見ながら、これが一夏に対する認識が良くなるように祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと、良くなった。予想以上に。簪ちゃんと小躍りするくらいに。

 

 古くから更識に仕える家の当主が集まる集会が翌日に開かれ、森宮陣への罰と、森宮一夏の生活の改善が決まった。

 陣さんに関しては詳しく知らされなかった。いくら当主といっても楯無を継いだばかりで中学生だ。その辺りを考慮されて、罰が決まったとしか聞いていない。

 一夏はというと、任務の数が激減したとか。1割にも満たないらしく、ここ最近の森宮の家は忙しい。ブラコンの一夏のお姉さんから感謝の言葉がズラリと並んだ手紙が届いた。これだけでは終わらず、お姉さんと同じ次期当主候補へと名を連ねた。さらに私にとって嬉しいことが。

 

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくね、一夏」

 

 更識本家使用人として、本家で暮らす事になったのだ。優秀さ(戦闘に関して)と、森宮で何らかの仕返しなどを警戒しての措置らしい。勿論大賛成だったので即実行してもらった。

 

「ふふふ、ビシバシいくわよ~」

「ええ。昔のように(・・・・・)お願いしますね」

「!? ええ!」

 

 覚えていてくれた。それだけの事がとても嬉しかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 「蒼乃姉さん」

 今回もごり押ししてます。申し訳ないです。

 それにしてもワンサマの出番が無いなぁ………



「ふぅ……」

 

 溜まっていた書類を片付け、一息つく。俺の秘書を務めている天林から緑茶を貰ってズズズズと音をたてながらゆっくりと呑む。最近はこの一瞬がとても気にいっていた。

 

 17代目楯無襲名式の際に楯無様が曝露した森宮の実態。天林に調べさせたが、ほんの数人(・・・・・)が行っていたらしい。森宮だけでなく、更識本家にまで影響力をもつ者達が、一夏を失踪させ実験道具にする為に色々と手を回していたみたいだ。権力にモノを言わせて家の者には無視するように言い、他の家には「森宮一夏は全く使い物にならない」という情報を流していた。1ヶ月だけ楯無様と簪様につかせていた時の事はよく知られているので、信憑性は高かった。

 情報を流した結果、“森宮”が悪く見られる様になったが、一夏自ら任務に就くのを認めた(認めざるを得なかった)事が影響し、その視線が“一夏”へと向き、全てが彼らの思惑通りに動いていた。

 逃げ出すなら捕まえればいい、死んだのならそれはそれで利用価値がある。生きたまま捕まえられたのなら最高だ。そういう事だ。

 

 幹部会の決定を待たずして、この事を知った俺はこいつらに相応の罰を与えた。これでもかってくらいに酷い奴を。そして俺自身も罰を受けた。

 

 原因は俺が家に居なかったことだろう。任務を他の者に任せて、俺は企業側の責任者の一人として動いていたので、家に帰るのは月に2回程度だった。こまめに情報と一夏の状態に関する報告を受けていたが、それを改竄するのは容易だ。

 帰ったところでやることだらけだった。一夏の為に時間を作ることもできず、ろくに話せなかった。

 

 “もし俺に時間の余裕があれば……”。そう思うようになった俺は、本家に無理を言って出勤の時間を減らしてもらった。以前にまして忙しくなった気もするが、それ以上にゆっくりする時間ができた。肩こりもよくなった気がする。

 

 とはいえ、こうして無理に時間を作っても肝心の一夏は家には居ないが。

 

「もう1年か。時間が経つのは早いな」

「そうですねぇ……楯無様はあっという間にロシア代表になってIS学園に進学。簪様と一夏君は中学3年生で受験シーズン入り」

「で、“あの子”はIS学園で2年生か。日本代表を勝ち取ったというのに生徒会長のイスを蹴っ飛ばすとは……相変わらずのヤンデレブラコンっぷりだな」

「私もその時は驚きましたよ。でもなんで生徒会長にならなかったんでしょうか?」

「去年の夏休みも冬休みも一夏は楯無様の指示で長期任務に出張っていてな。1年会っていないんだよ。多分禁断症状でも起こしてるんじゃないか? 更に生徒会長になってみろ、忙しさとストレスでぶっ壊れる。長期休暇もたいしてもらえないだろうしな」

「要するに“お嬢様”は忙しいのが嫌なんですね。加えて一夏君に会えなくてストレスも溜まっていると」

「そうそう。“あの子”はちょっと自己中心的なところがあるからな」

「ふぅん……お父さんは私の事そんなふうに思ってたの……」

 

 ぴしっ

 

 今のこの場に居るはずのない“娘”の声が後ろから聞こえた。ゆっくりと首を回して後ろを見ると、“娘”は無表情で俺を見下ろしていた。

 

「あ、蒼乃お嬢様……おかえりなさいませ」

「うん。ねえお父さん、許してほしかったら一夏を呼んで。1ヶ月前に送った手紙に書いてたよね、今日から3日間は家に帰るって」

「な、何の話だ? 俺は手紙すら貰ってないぞ?」

「えっと……当主様宛の手紙はこちらでは?」

 

 天林は懐から取り出したのは透明のビニール袋。その中にはシュレッダーにかけられて糸くずのようになった紙が入っていた。

 ………まさか。

 

「見やすいように当主様のデスクに置いていたのですが、他の要らない書類とごちゃまぜになったみたいで、一緒にシュレッダーにかけられてしまったのです。掃除をしていた時に中から切手のようなものが入っていたのでもしかしたらと……」

「………一夏、今は本家に居るのよね?」

「はい。ですが今日は政府御用達の倉持技研まで行かれています。簪お嬢様が日本代表候補生に選ばれて専用機を与えられるので、それに関する話を聞きに。一夏君は簪様の護衛として一緒に」

「そう。お父さん」

「な、なんだ?」

「死刑」

 

 ぐーで殴り飛ばされ俺は意識を失った。

 次に目が覚めたのは真夜中で、庭の木にミノムシのように吊るされていた。

 ………誰か降ろしてくれてもいいだろっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう緊張されなくても大丈夫ですよ。話を聞くだけですから」

「う、ぅん」

「………」

 

 ため息を飲み込む。今日は朝からずっとこんな感じだ。実際にISを動かすわけでもないのに、ずっとキョロキョロしてばかりだ。従者として、主人にはもう少ししっかりしてほしいと思う。楯無様もしかり。俺ができないと分かっていながら色々と押し付ける。悪意は感じないし、ただからかっているだけなのは分かるが、疲れるので止めてほしい。

 

 1年前から本家で生活しているが、俺は色んな意味でこの姉妹に振り回されている。楯無様が全寮制のIS学園に進学してもそれは変わらなかった。

 

 しばらく待合室で人を待ちながら簪様を落ちつかせる。

 それから少し経ってから人が来た。

 

「いやぁ、お待たせしました。私はここの責任者の1人、芝山と言います。本日はどうぞよろしくお願いします」

「は、はい。更識簪です。よろしくお願いします」

「護衛の森宮です」

「では行きましょう。研究所を案内がてらお話します。これからはここによく来ることになるでしょうからね」

 

 芝山さんを先頭に歩きだす。

 

 ここの工場では細かなパーツからISの装甲までの全てを作っているわけではない。ここでは実験的に作られたものや、全く新しいものなど、とにかく最先端のモノが作られているらしい。

 それを地下の実験室で実験したり、各専門部署で計測したりと、様々な方向から研究しているそうだ。

 

 ベルトコンベアーで物が運ばれていく所などなかなか見られるものじゃない。面白い、とまでは言わないが、退屈はしないと思いながら歩いていた。

 簪様はやっぱりガクブルしたままだ。なんとなく、昨日の楯無様との電話を思い出した。

 

『簪ちゃんはどう?』

『あうあう言ってます。本音様が付いてますが、明日が心配です』

『やっぱり? 簪ちゃんアガリ症だもんねー。多分施設見学とかしてる間でもガクブルしてたりするかも』

『私はそのまま重要な話を聞き逃してしまいそうで心配です。私は覚えられませんから』

『もしそうなったら……ていうかそうなるから、頭を撫でるか手を握ってあげたらいいわよ。こうかはばつぐんね』

『はぁ……わかりました。メモしておきます。念のためにボイスレコーダーも用意しておきますが、持ち込めますかね?』

『一般開放されているエリアなら大丈夫。そこから先は多分駄目ね。なんとかして簪ちゃんが聞ける体勢を作ってあげて』

『かしこまりました』

 

 今ここでこの会話を思い出したのは奇跡という他ない。さっきから芝山さんは施設の紹介しか話していないので、専用機の話は奥の方でするのだろう。楯無様の言う事が正しいならボイスレコーダーは持ち込めない。書類を持って帰ったところで理解できないところだってあるだろうが、学園の入試に向けてもう一度倉持技研まで行くというのは時間がもったいない。

 つまり、ここで簪様の緊張を解かねばならない。

 

「ぁぅぁぅ……」

 

 しかし、ここでもし簪様の逆鱗に触れたとしたら?

 まちがいなく俺は死ぬ。社会的にも肉体的にも精神的にも。以前よりも数倍恐ろしい実験の日々が待っていることだろう。

 

「あばばばばば………」

 

 ………はっ! いかん、俺がガクブルしてしまっていた。

 

 と、とにかく、緊張をほぐさなければいけない。俺に良い案が思い付かない以上、楯無様が言った通りの事をするしかない。

 

 ゆっくりやってはいけない。素早く、それでいて傷つけないように優しく頭に手を置いて撫でるのだ。………やるしかないか。

 

 覚悟を決めて手を伸ばそうとした時、警戒範囲にものすごい勢いでこっちに来るよく知っている人間を探知した。俺が知っている人物の中で、建物の中をこの速度で突っ走るのは1人しかいない。

 振り向いたその瞬間、白い何かが俺に飛び込んできて抱きついた。

 

「久しぶり、蒼乃姉さん」

「うん」

 

 森宮の直系、俺の姉、森宮蒼乃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもお姉ちゃんと比べられてた。

 何かあるたびに周りの人たちは「それに比べて……」って言う。私が居るからお姉ちゃんが光って見える、とか言う人もいたくらいだった。

 

 私は自分で見てもお姉ちゃんに凄く劣っていると思ったことはあまりなかったりする。学校のテストの差は10点以内、お姉ちゃんも私も学年1位、料理だってレパートリーは少ないけど同年代の子の何倍も美味しく作れる。

 どれだけ一生懸命頑張っても、学校の先生や友達、クラスメイトが凄いって言ってくれても、更識の人達は絶対に褒めてくれなかった。褒めてくれるのはいつもお姉ちゃんとお父さんお母さんだけ。

 

 色んな事が嫌だった。お姉ちゃんは気にしちゃダメって言うけど、それは無理な話。頑張ることを止めようとした時、一夏に出会った。

 

『よろしくお願いします』

 

 その時の私は一夏の事をよく知らなかった。考えられないような酷い目にあってるのよ、ってお姉ちゃんが言っていたのを聞いただけ。だから白い髪と色の違う目を見た時、ちょっと気持ち悪いって思った。

 

 話しかけても「はい」とか「いいえ」って応えるだけ。何も言わないし、何もしない。そのくせ何もできない。私よりも何もできないくせにクールぶってる男子、それが一夏の印象だった。

 

 その印象が180度ガラリと変わる出来事が起きた。

 

 たいして面白くないヒーローアニメを見ながらボーっとしていた。

 何度もやられて、それでも立ち向かって、最終的には敵を倒す。特撮アニメに言う事じゃないと思うけど、とても単純で絶対にあり得ないことばっかり、それでいて何も考えていないような、苦労も何もないシンプルなところが私は嫌いだ。でもこの時間帯はニュースばっかりだから仕方なく見ていた。

 

 それが終わったらいつも宿題の時間だ。テレビを消して部屋に戻ってプリントを広げる。今は夏休みだから怠けないように毎日朝2時間するようにしていた。

 

『………わかんない』

 

 まったく分からない問題がでてきた。中学生の問題だって解けるのに、まったくと言っていいほど分からない。(あとから分かった事だが、先生がプリントをミスして印刷したらしく、やらなくても良かったらしい。私が聞いていなかっただけ)

 

 ……あまり気は進まないけどお姉ちゃんに聞こう。

 

 私がお姉ちゃんを遠ざけているので、私たち姉妹の仲はあまり良いとは言えない。でも、勉強は大事だし、何としてでも知りたいという欲求が勝ったので、お姉ちゃんを探すことにした。

 

『ここに来る前の事教えて』

 

 家中を探しまわっていると、隣の今からお姉ちゃんの声が聞こえてきた。ふすまをこっそり開けると、お姉ちゃんと一夏が宿題をしていた。

 

 お姉ちゃんもあまり一夏と仲が良い方じゃないのに、どうしてそんなことを話すんだろう?

 

 そう思ったが、私も一夏の過去には興味があったので、黙って聞くことにした。気付かれてないみたいだし、このままじっとしていよう。

 

 そして知ったのは軽い気持ちで盗み聞きしてしまった後悔と、今まで絶対にあり得ないと思っていたような人生。唖然としていた私は時間の流れも忘れて、気がつけば夜になっていた。何も考えたくなかったので、部屋に戻ってそのまま寝ることにした。

 

『おはようございます』

 

 起きるとすぐ横に一夏が正座で私を見ていた。

 

『……なんで、いるの?』

『私は刀奈様と簪様の使用人としてここにいます。刀奈様は体調が優れないらしいので、そっとしておくように言われました』

『そう……』

 

 お姉ちゃんもショックだったんだ、あの話。当たり前だよね、本人からそんな生々しい話を聞かされるんだから。

 私がお姉ちゃんだったらイヤイヤ言いながら泣き叫んでたと思う。

 

『……ねぇ』

『何でしょう?』

『昨日言ってた事って本当なの?』

『刀奈様に話した事でしたら全て本当ですよ。ふすま越しに聞かれていたのでしょう』

『!? ……うん、ごめん』

『お気になさらず。言っておきますが、この髪も目もその実験で変色したもので、生まれた時からではありませんよ』

『え? なんでそのことを……』

『視力や聴力などが異常に発達しているので、なんとなくわかるんです。何を考えているのか。これもクスリ漬けがもたらしたものです』

『……ごめんなさい』

『?』

『あなたの事、気持ち悪いって思ってた。髪とか目とか、話し方とか、無表情なとことか何にも知らないとことか。あなたのせいじゃないのに……』

『大丈夫ですよ。もう慣れました。言われることにも、この身体にも』

『嫌、じゃないの? 慣れるなんて』

『嫌いになれないんですよ、比べることができませんから。慣れるしかないんです。それに、これもいい所はありますよ。さっきみたいに色々と鋭くなってますし、身体も思った以上に速く動きます』

 

 理不尽なことにもめげずに、受け入れ、生きていく。

 それは昨日の朝に見た特撮アニメみたいな、絵に描いたヒーローみたい。私はそのシンプルさがとても嫌いだ。

 

『嫌な方が多いんですけどね』

 

でも、それ以上に悪を倒す正義のヒーローはかっこよくて大好きだ。

 

 お姉ちゃんだけを見ていた私とは違って、一夏は目に見える人全てが壁なんだ。それでも頑張ろうとする姿に、私は憧れて、いつも一夏を目で追うようになってた。

 

この1年で色んなことを知った。

 

 ちょっぴり自分本位なところ。無表情だけど心の中では感情豊かなところ。料理と掃除が得意で家庭的なところ。そして更識が嫌いなこと。

 

 それでも一夏なりに私の事を助けようとしてくれたり、励まそうとしてくれる。そうしなければいけないからっていうのもあるだろうけど、自分じゃない誰かを――お姉ちゃんや私を優先してくれるところ。

 

 きっと私は一夏の事が大好きなんだと思う。ううん、大好き。

 

「あ、蒼乃…さん?」

「ん。久しぶり」

「ホントだよ姉さん。1年ぶりかな」

「1年3ヶ月23日15時間21分11秒ぶり。大きくなったね。髪も目も前より綺麗になった。身体もしっかりしてるし、18歳になるのを待つだけね」

「………なんで?」

「結婚」

「だ、だめっ!」

 

 お姉ちゃんや蒼乃さんには負けない。一夏には私だけのヒーローで居てほしいから。

 

「………」

「………」

「………どうなってるんだ?」

「さぁ……しかし、森宮さんも隅に置けませんねぇ。両手に花ですか」

「?」

 

 私と蒼乃さんの睨みあいは2人を放っておいてしばらく続いた。

 

 




 「sola」という作品を御存知でしょうか? ガンダムオンリーだったトマトしるこをこの世界に引き込み、萌えぶ……オタになるきっかけとなった作品です。自分の考え方もずいぶんと変わりました。
 蒼乃はその作品のヒロインです。主人公の実の姉で2人暮らし。たった1人の家族であり弟の主人公を溺愛しています。もらったプレゼントは全て大切にしておき、ほつれたり壊れたりしていればしっかりと直していく。無口で無表情、全ては弟のために。そんなヤンデレブラコンなお姉さんです。

 せっかくss書いてるんだから、何とか姉さんを出したい。そう思ったので出しました。
 主人公の名字を姉さんに合わせて“森宮”にして、姉さんと同じ舞台で活躍させるためにものすごく若返ってもらったりと。

 というわけで、姉さんにはものすごく頑張ってもらいます。
 姉さんかわいいよ姉さん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 「ごめん」

 ヤンデレって思ってたより書きづらい。ここまで、っていう壁みたいなものが無いから人によって「それ違うだろ!」みたいなものがありそうで。挑戦したことがないってのもあるんだろうけど。

 そして一夏の出番の少なさ。



「―――というわけです」

「はい」

 

 数歩前で芝山さんと簪様が話をしている。内容は施設の紹介ではなく、専用機に関する事だ。対弾強化ガラスの向こうでは簪様の専用機、『打鉄弐式』が組み立てられていた。と言っても配線むき出しパーツもバラバラの状態だが。

 

 先程姉さんとにらみ合っていた時の雰囲気などカケラも無い。真剣な表情で資料をめくるその横顔は代表候補生らしい。

 

「一夏、晩御飯何食べたい?」

「姉さんが今食べたいものかな。姉さんの料理は全部美味しいから」

「私は一夏が食べたいものが食べたい」

「え、えーっと……」

 

 対する姉さんは呑気なもんだ。まぁ、あんまり関係ない事だからだろうけど。ここに来たってことは日本代表として簪様の事を気にかけての事だと、思いたい。俺が居るから、ではないと思いたい。会えるのは嬉しいけど、姉さんは色々とやり過ぎるところがあるからなぁ。

 

 俺の姉、森宮蒼乃。水色と白が混ざり合ったような短い髪と、透き通った赤い目が特徴のIS学園2年生。実技座学一般教養全て満点、余裕で首席を勝ち取った。世界最年少の13歳で国家代表に選ばれるという偉業を成し遂げ、第2回モンド・グロッソにも出場しベスト8に入るという本物の実力者。それはつまり、日本で2番目に強いIS乗りという事。ぶっちゃけ楯無様以上の天才だ。

 

 姉さんを一言で言い表すなら俺の正反対にいる存在、という言葉が適切だ。何度やってもできない“無能”な俺と、たった1度見聞きするだけで理解する“天才”の姉さん。全てにおいて対極に位置している。

 そんな姉さんだが、俺は今知っている人物の中で最も信頼している。姉さんの前なら俺は仮面を外して本来の俺になれる。きっと姉さんも俺と同じだろう。その次に楯無様、簪様、先代楯無様と奥様だろうか。その他は変わらない。

 

 なぜ姉さんを信頼しているか? それは姉さんも俺と変わらないから。俺は“無能”過ぎて迫害されたが、姉さんは“天才”過ぎて遠ざけられた。出来すぎたのだ。故に気味悪がられた。

 

 それでも姉さんは俺に世話を焼いてくれていた。勉強を教えてくれたり、罰を与えられた時、手伝ってくれた。わざわざ学校を休んで授業参観に来てくれたことだってザラにある。似た境遇だったからか、優しくしてくれたからか、多分後者だと思うが俺は姉さんにだけ懐いていた。

 

 そして、小さい頃に楯無様の所で過ごした時間と、姉さんとの絆がクスリづけだった俺に感情を取り戻させてくれた。まあ表には絶対に出さないが。それからは更に姉さんに甘えた。姉さんは嫌な顔1つせずに俺にかまってくれ、親以上の愛情を注いでくれた。シスコンだか何だか知らないが、俺は何と言われようが構わなかった。

 

 姉さんは家族だ。たった1人の、俺の家族。

 

 俺は昔家族から捨てられた、それだけは覚えている。すごく悲しいことだってことは分かる、そんなことはもう経験したくないし、誰かに経験してほしくない。だから、俺は家族を大切にしようと決めた。家族にいい加減なことは言わない、家族には正直になるなど、幾つか決めたこともある。

 

 というわけで返答に困っていた。本当にそう思っていたからなぁ。

 

「そうだな……手間のかかる料理がいいな。俺は作れないし、時間無いからなかなか食べられないし」

「ん」

 

 姉さんはそういって微笑みながら俺の腕に抱きついた。昔からこうやって姉さんが抱きしめてくれるとすごく安心するから好きだ。俺も知らずに微笑んでしまう。

 

 きっと傍から見たら姉弟には見えないんだろうな。誰も俺が弟だなんて思わないだろう。仲の良いカップルみたいだな。

 

 ………待て待て! 確かに姉さんは可愛くて綺麗で美しくてカッコよくてスタイルもよくて勉強もできて強くて性格もよくて何でもできる人だけど、流石にそれは………ありだな。でも姉弟なんだから………って言っても姉さんには関係なさそうだな。血も繋がって無いし……あれ? もしかしたらイケるんじゃね?

 

『一夏……』

『蒼乃……』

 

 って違うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

「一夏、大丈夫?」

「え、ええ、考えごとをしていただけですので。問題ありません」

「む」

「ふふん」

 

 むっ、と顔をしかめる簪様と、ドヤ顔の姉さん。どちらもなかなか見られないレアな光景だ。

 なぜそんな顔をするのかは分からないが。

 

「芝山さん、お話は終わりましたか?」

「ええ。これから打鉄弐式のデータをお見せしに行くところです。聞けば更識さんはプログラマーとして優秀だとか。これからの為にも、是非と思って」

「私の同行は?」

「OKですよ。護衛ですからね。勿論蒼乃さんも。『災禍』はウチの最新鋭機ですし、なにより日本代表ですし。では早速行きましょう」

「はい。さ、簪様行きましょう」

 

 簪様の方を向くと、手を出された。握手か?

 

「握手ですか?」

「………バカ」

 

 簪様はぷぅっと頬を膨らませて、早歩きで芝山さんのあとを追いかけていった。………なんなんだ? 分からんなぁ……。

 

「一夏、いこ」

「あ、うん」

 

 姉さんが出した手を握って簪様の後を追いかける。チラチラと振り返る簪様と目があった。視点はそのまま姉さんに移っていく。

 

「むむ」

「うふふふ」

 

 さっきの2割増しで顔をしかめる簪様と、さっきの3倍はイラってくるドヤ顔を見せる姉さん。

 錯覚かもしれないが、2人の間に火花が見えた気がした。

 

 いったい何が起きているというんだ……!?

 

 何度かそのやり取りを繰り返しながら、芝山さんの後をついて行く。エレベーターに乗り、2階ほど下に降りると、そこは先ほど見ていた『打鉄弐式』を組み立てているホールだった。上からではよくわからなかったが、研究者たちの怒号が飛び交い、辺りは装甲やパーツで溢れかえっている。ついでに完徹して力尽きたような研究者たちも見つけた。

 

「世界は第3世代の開発に躍起になっています。ISにおいて大国と呼ぶにふさわしいアメリカ、中国、イギリス、ドイツ、ロシアは既に完成させました。そして我々日本も蒼乃さんの『白紙(シラガミ)』を完成させています」

「でも……打鉄弐式は第2世代型って…さっき言いましたよね? どうしてですか? 第3世代型を作ることができるのに…なぜ第2世代型を……」

「第3世代型の定義は“単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)を発現せずとも、それと同等の力を搭乗者が使用できる”ことです。先ほども言いましたが各国は独自の技術の開発を目指しており、形の無い特許のようなものができているのです。例えば、BT兵器を開発したとして、それをビットに搭載してしまえばイギリスは黙っていないでしょう。我々の技術を盗んだ、と言ってね」

「他国家が開発、もしくは発表していない新技術を搭載しなければならない」

「蒼乃さんの言うとおりです。これに従っていけば日本は――我々倉持技研は『白紙』の2号機を作成しても問題はありませんでした。ですが、更識さんもご存じのとおり、あれをまともに扱えるのは殆どいないといっても間違いはありません。他の第3世代型兵装と違い、『白紙』は常に防御シールドを展開させつつ、状況に応じて必要な武装をイメージしなければなりません。いくら機体の防御力が高いとはいえ、判断をしくじれば、或いはうまくイメージをまとめられなければ戦うことすら難しいのです」

「つまり、ある意味姉さん専用のISということですか」

「そうなりますね。我々も蒼乃さんでなければあんな無茶苦茶な機体作りませんよ。ヴァルキリーやブリュンヒルデでさえまともに扱う事はできないでしょう。私が見た限り、蒼乃さんのように『白紙』を扱えるのはあの“織斑千冬”ぐらいでしょうか」

「え……?」

 

 “織斑千冬”。その名前を聞いた時、全身が強張って動かなくなってしまった。初めて聞いた名前のはずなのに、どこか懐かしい感じがする。それに、なぜか顔も思い浮かんだ。見る人に鋭い日本刀のような印象を与える女性。

 

『●●………お前は――』

 

 あったことも見たことも無いはずの人が、

 

『色々と気が利くというのに、なんでそうも“無能”なんだろうな』

 

 俺を憐れんでいた。

 

「う…あ……」

「一夏! 聞いちゃダメ!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 何も言うな聞きたくないうるさい黙れ消えろウセロ邪魔だ腐れカス共が何も知らないくせに何がムノウだふざけるな好きでこんなになったんじゃないそれを俺が悪いみたいに扱いやがって調子に乗るなよ糞がやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろもうしゃべるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

「一夏!」

「ッ!?」

「大丈夫、姉さんがいるから!」

「……あ」

「姉さん、どこにもいかないから。ずっと一緒だよ。私が(・・)一夏の姉さんだから」

「………姉さん?」

「うん。姉さん」

「……ごめん。ありがとう」

「いい」

 

 姉さんに抱きしめられて、どこからともなく湧きあがってきた黒い感情が収まっていくのを感じた。大分収まってきたので、礼を言って立ち上がろうとした時、背後数十mに気配を感じた。明確な敵意を持った気配を。

 

 回避不可能。

 

 それを理解した俺は振り返らずにそのまま姉さんを突き飛ばした。タッチの差で俺の胸から巨大な剣が生えてきた……というより、背後から刺されたというべきか。

 あの距離を一瞬で詰めるスピードといい、この剣の大きさからして……

 

「IS……か……げふっ」

「御名答だ、“鴉”さんよ。この間の借りを返しに来たぜ、個人的にな。まあ任務なんだけどよ」

「襲名式に…忍びこんでいたやつか」

「おう。運が悪かったな、今日ここにいるなんて。マドカに会わせる顔がねえよ……ったく、スコールも無茶言うぜ」

「まど…か……。知ってるのか?」

「さあな、これ以上言うつもりはねぇ。あばよ」

 

 ゆっくりと剣が持ち上げられる。俺の身体も浮き上がり、重力に従ってさらに根元まで食い込んでいく。

 

「い、いち…か……」

「ごめ…ん姉さん。あと、頼む……」

 

 振り抜かれる剣。今度は慣性に従って飛ばされる。勢いよく剣から飛ばされた俺は対弾強化ガラスを軽々とぶち破って階下へと落ちていった。

 

「いやあああああああああああああああ!!」

「貴様ああああああああああああああァァァァァ!!」

 

 簪様の悲鳴と姉さんの叫び声を聞きながら、ついさっき思い出した妹の事を考えながら更に落ちていく。痛みも忘れ、何時になったら止まるんだろう、と思いながら下を見ようとすると同時に、俺は床に激突した。

 

 ぐしゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弟ができた。

 人体実験の被験者を拾って来たらしい。養子にして引き取るそうなので、つまり私の弟になるという事。

 

『ハジメましテ?』

 

 顔を合わせた時、弟は私と正反対の位置にいる人間だと気付いた。それと同時に、最も私に近い位置にいる人間だと分かった。上手く言葉には言い表せないけど、とにかくそう感じた。私の勘はよく当たる。

 

 実際そうだった。私達は誰からも理解されなかった。お父さんもお母さんも皆、誰一人として分かってくれなかった。私達を理解できるのは私達だけだった。

 その証拠に、お互いべったりだった。大好き、愛しているなんて言葉では言い尽くせないぐらいに。依存、という言葉がヌルイぐらいに。起きる時も歯を磨くときも遊ぶ時もご飯を食べる時もお風呂に入る時も寝る時も、いつでも一緒だった。私は一夏にだったら何をされても許せる。きっと一夏だって同じ。とても広い世界で、大きいお屋敷で、私達姉弟は2人で生きていた。

 

 私が日本代表に選ばれて、モンド・グロッソ予選の為に合宿で家を開けている間に、一夏は森宮との溝を更に深めて、任務に駆り出されるようになってしまった。一夏自身がそれを望んだとかふざけたことを言っていたが、それは大間違い。私が1ヶ月ほど家を留守にしていただけで、一夏はそこまで追い込まれてしまった。急いで家に帰って見たのは変わり果てた一夏の姿だった。

 

 私は思った。世界なんてどうでもいい、私達はお互いの為だけに生きるべきだと。

 

『一夏、私日本代表なんて辞める。少し離れただけでこんなになってしまうなら、ISなんて要らない』

『そんなこと言わないでよ姉さん。俺は大丈夫だから。折角やりたいことを見つけたんだから、頑張ってほしいな』

 

 一夏オンリーだった私がやりたいこと、それがISだった。これだけの力があれば一夏を守れると思ったから、制限はあるもののある程度私物化できる専用機を貰う為に日本代表になった。それから世界の広さを知った私は、自分の力がどこまで通用するのか知りたくなった。共に暮らす人たちから敬遠されるこの力は、いったいどれほどのものなのか、ちょっとだけ気になった。その程度のこと。私の一夏至上主義は絶対にぶれない。

 

『姉さんがISに乗って頑張る姿、俺好きだよ。カッコよくて、綺麗でさ。支給された携帯端末でこっそり見てるんだ。まるで童話に出てきそうな世界で有名なお姫様みたいだって思ったよ。励みになるんだ』

『お、お姫様………』

『俺は耐えられるから。それに、まだ生きたいから死ぬつもりも無いよ。自分が生きる意味を知りたいっていうのもあるけど、俺は家族を――姉さんを守りたいから。まぁ、何一つまともにできないんだけどね』

『一夏………』

『姉さんなら世界一になれるよ。だから諦めないで』

『……ねえ一夏。お姫様が最後はどうなるか知ってる?』

『え? 幸せになってお終い。ハッピーエンドってやつかな?』

『そうね。王子様と結ばれて幸せになるか、悪の組織とか触手やモンスター達にヤられまくって雌奴隷になるかの二択よね』

『え、えっと……何言ってるの?』

『でも私はそんな奴らに負けるはず無いから王子様と結ばれるハッピーエンド一択。さあ一夏、お姫様(姉さん)を幸せにして。どんなプレイも喜んで受けるし、好きになってみせるわ。で、子供は何人ほしいの?』

『姉さんホントに何言ってるのさ!?』

 

 そのあとは色々と言いくるめられてしまった。流石に昼間からは恥ずかしかったみたいね。真夜中にがっつりするのかしら、とか思ってたら政府に呼び出されてすぐに他国家との親善試合の準備をしなければならなくなり、また家を留守にしてしまった。

 

 私は結局辞めることはしなかった。なぜなら一夏がそれを望んだから。

 世界の頂点を決めるモンド・グロッソ。私は最年少で出場し、あえてベスト8進出、準決勝敗退という記録にとどめた。上に人が居るようにしておかないと、私のやりたいことが終わってしまう。引いては一夏の励みが無くなってしまう。だから負けた。それっぽく。個人的にはやっぱり1位が良かったけど、一夏の事や日本の意向とか私の経歴とかも色々と考えた結果、ベスト8に妥協した。

 

『また今度頑張ればいいよ。それに、ベスト8だって凄いことなんだからさ、もっと喜ぼうよ!』

 

 一夏は電話でそう言ってくれた。その時の私は喜びのあまり鼻血を流していた気がする。

 

 それからもなかなか会えない日々が続いた。今度は中学校を卒業して半ば強制的にIS学園に入学させられた。専用機の事があるから文句は言えても逆らえないので渋々従う事にしたがそれでも不満だった。

 進学するつもりなんて無かったのだから。そのまま森宮の家に帰って、お父さんの手伝いをするつもりだった。要するに更識が経営している会社へ勤めるつもりだったのに……。

 

 今まで以上に一夏に会えない日々が続いた。しかもまとまった休みの日に帰れば任務任務任務。まるで私を邪魔するかのように一夏は家に居なかった。

 だが、それも昔の事。更識姉妹のおかげで一夏の任務は激減、生活は一変。普通の中学生になれたのだ。嬉しさのあまり今度は泣いてしまった記憶がある。これで一夏に会える、もう苦しまなくて済むと。

 

 早速手紙を書いた。学校にはISの整備の為公欠します、という書類を出して休むことにするから、一夏を本家から呼び戻しておいてほしいと。手紙なんてめったに書かない私からだから、きっと読んでくれるはず。まさか、シュレッダーにかけるなんて予想外だったけど。

 

 それでもなんとか会う事ができた。法定速度ギリギリで車を出してもらい、研究所は顔パスして全力疾走。面倒なコーナーや階段は壁を走り、時には天井を走った。最後は面倒になったのでISも起動してようやくゴール。愛しの愛する可愛い唯一無二の弟と再会することができた。ホントは押し倒したかったけど、流石に公私混同するわけにはいかないから我慢した。

 

 家に帰って、一緒にご飯を作って食べて、流石にお風呂は無理だろうけど、手を繋いで寝るくらいは許してくれそう。たった数日だけど、この1年余りの寂しさを埋めるくらい甘い時間を過ごしたかった。

 

 それなのに

 

「ごめ…ん姉さ……ん」

 

 私を庇って一夏はIS用近接ブレードに串刺しにされ、放り捨てられた。しかも強化ガラスを突き破るほど強く。あの下は確かスクラップが詰め込まれている場所だったはず。廃材だらけの場所に落とされては幾らあの子でも、生きては、いない。

 

「最大の難関はなんとかなったな。後はコアと技術を奪うだけ、か」

 

 殺した。私が? それともこの女が?

 決まってる。

 

「貴様ああああああああああああああああああああああああァァァァァァァ!!」

 

 この女が殺したに決まってる!!

 

「殺してやる!!」

 

 『白紙』を纏い、突進する。盾で突進し体勢を崩したところで『災禍』でブレードを生成して一気に決める。競技用リミッターなんてとっくに外した。後はコイツの心臓を一夏と同じように貫いて、一夏と同じように思いっきり振り抜いて、そして形が分からなくなるまでグチャグチャにして、細胞の1カケラも残さずに消し飛ばすだけ。

 

 そのはずだったのに、『災禍』は起動せず、私は突進を止められない。このままではただの的だ。

 

「蒼乃さん! 避けて!」

 

 芝山さんの声が聞こえたがもう遅い。いくらPICが積んであっても慣性をゼロにすることは不可能に近い。この女は血で濡れたブレードで私を貫くだろう。

 

 それもいいかもしれない。一夏と同じように、一夏の血で赤く染まったブレードで殺されるのも、悪くないかもしれない。

 だって、一夏がいないんだから。死んでしまったのだから。もうこの世界に価値なんてカケラも残っちゃいない。死んだ方がマシ。

 

 いや、死ぬんじゃない。会いに行くんだ。

 一足先に逝ってしまった弟に会いに。歳もとらず、衰えも無いと言われる世界で私を待っているんだ。

 

 迫るブレード、まるで一夏が私に手を伸ばしているように見えた。

 

「一夏……」

 

 思わずつぶやく。

 

「呼んだ?」

 

 そのつぶやきに声が返ってくるなんて、私は思いもしなかったけど。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 「行くぞ、夜叉」

 今週は学園祭があるので忙しそう……というわけで2話投稿します。



 何が起きたのかさっぱりわからなかった。

 

 芝山さんが“織斑千冬”名を出した時、一夏が発狂した。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 お姉ちゃんやお父さんから一夏の事はある程度は聞いていた。あの織斑千冬の弟だったってことも、知ってる。でも、どうして? 忘れてしまったはずの姉の名前を聞いただけで、あんな……普段じゃ考えられないくらい取り乱して、感情が表に出るの?

 

「大丈夫、姉さんがいるから」

 

 私には分からない。でも蒼乃さんは分かっている。私よりも、多分お姉ちゃんよりも、誰よりも一夏の事を知ってて、理解して、愛してる。不謹慎だけど、ほんの一瞬だけ私は嫉妬した。

 

 そして驚愕に変わる。

 

 一夏が蒼乃さんを突き飛ばして、赤い液体を撒き散らした。

 

「え?」

 

 一夏の胸から剣が生えてきたのだ。……いや、あれはISのブレードだ。少し細めだから多分機動性重視の機体だと思う。そんな場違いの事を考えていた。というより、現実逃避だったのかもしれない。

 

 嫌でも現実に引き戻されるわけだけど。そして、それが夢でないことも思い知らされる。

 

 振り抜かれるブレード、慣性に従って飛ばされた一夏は私の真横を通ってガラスを突き破り、下へと落ちていった。大量の■を撒き散らしながら。私の髪を、顔を、服を、赤いまだら模様に染めて。

 

「あ、ああ……」

 

 ゆっくりと、顔に触れる。ねっとりとした生温かい感触が手のひらと頬に広がる。そのまま手を顔の前に持っていく。■で真っ赤に染まった手だ。顔を、目を動かす。私はどこもかしこも■で染まっていた。

 顔を上げる。少し離れたところには私と同じように■まみれの蒼乃さんと、謎のIS。そのISのブレードも■でぬらぬらと光っている。

 そしてそこから私の所へ■の道ができていて、私の左側を通って……通って下へ、落ちた。

 

「ぃやぁ……」

 

 ■が……一夏の、■が、大量の血が、そこらじゅうに、私に、蒼乃さんに、ブレードに。多量出血に、強化ガラスを破るほどの衝撃、そして階下への落下。

 

 つまり。“死”。

 

「いいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 そんなはずない! ちょっと物覚えが悪いけど、一夏の力は誰よりも強い。お姉ちゃんよりも、お父さんよりも、そして蒼乃さんよりも。銃弾を見て避けたりすることだってできる。一夏が誰かに負けるなんて、死んでしまうなんてありえない。

 

 だって、私のヒーローなんだから……。

 

「一夏っ! 一夏あああああああああああああああああぁぁ!!」

 

 きっとすぐそこに居るんだ。下に落ちたりなんてしてない、淵に捕まったりしているんだ。もしかしたらガラスの向こうはそんなに深くないかもしれない。

 

 ぱしゃぱしゃと音を立てながら血の道を転びそうになりながらも駆ける。膝と両手をついて四つん這いになり、下を除く。

 

 視界が涙で滲んでいても分かるくらい真っ暗だった。この穴に面している研究室はここだけじゃない、それでも、光はこの穴の底まで照らしていない。つまり、それほど深いということ。

 

 一夏は、底が見えないほど深いこの穴の底まで落ちていったことを理解した。

 

「一夏ぁ! 一夏ぁぁぁぁ!!」

 

 そこに向かって手を伸ばす。そのままこの穴に落ちてもかまわなかった。

 

「危険です! 下がってください更識さん!」

「うるさい! 放せ!」

「絶対に放しません! そのまま落ちてしまう事を彼が望んでいると思っているんですか!?」

「ッ!? ……ぅぅぁぁぁあああああああああああああああ!!」

 

 卑怯だ。そんなこと言われたら何もできない。

 

 そうだ、私は何もできない。あの時一夏を受け止めていたら何か変わっていたかもしれない。もし、私が今すぐに『打鉄弐式』を使えたら下まですぐにいけるのに。蒼乃さんの援護に行けるのに……。

 

 また、何もできない。守ってもらうだけ。それが嫌で仕方無くて、私は代表候補になったのにまったく変わって無い。

 

「何が…代表候補生よ……」

「そんな言葉は軽々しく吐いていいものではありませんよ、お嬢様。その代表候補生になれなかった人たちは山のようにいるのですから」

「!?」

 

 ありえないはずの声。いや、違う。聞えて当然の声が聞こえた。涙は一瞬にして晴れて、満面の笑顔になっているのが自分でもわかる。多分、代表候補生に選ばれた時よりもいい顔をしてる。

 

「一夏!」

「はい」

 

 一夏は帰ってきた。光沢の無い真っ黒なISを纏って。いつもの無表情で。

 

「こんな私の為に泣いてくださるのは嬉しいですが、飛び下りようとしたことはあまり感心しません。もっと自分を大事にしてください。ISや私と違って頑丈では無いのですから」

「うんっ!」

「……やれやれ」

 

 いつものお小言も全然気にならない。むしろ嬉しかった。

 

 ぎゅっと抱きつく。ついさっきまでは手を握るのすら恥ずかしかったのに、力いっぱい抱きしめて頬ずりしても何にもない。むしろ気持ちがいい。ISの装甲がちょっと痛いけど。

 

 ……IS?

 

「一夏、どうしてISを?」

「下に落ちたらISがあったので拝借してきました」

「あ、あはは……」

 

 相変わらずの常識破りだった。一夏、ISは女性しか扱えないって知ってるのかな?

 

「蒼乃さん! 避けて!」

 

 芝山さんの声につられてそちらを見る。

 

 蒼乃さんは武器も持たずに敵に突進していた。

 

「簪様、少々お待ちを。蹴散らして参ります」

「あ、一夏!」

 

 一夏はブースターを吹かして飛び出していった。そのまま敵の横に回り込み、飛び蹴りをして蒼乃さんを助けた。そのまま2対1で戦闘が再開する。

 

 数では有利だ。でも、一夏は多量出血で身体が危ない上にISに乗ったばかり、蒼乃さんはなぜか武器を展開せずに素手で立ち回って、一夏を守っている。攻め手が無い。互角、もしくは不利な状況だ。

 

「芝山さん……」

「何ですか!?」

 

 芝山さんは研究員の避難と機材の搬出を急がせていた。泣き叫ぶだけの私とは違った大人の対応だ。忙しかったのに私に気付いて助けてくれるあたり、この人は思ったよりも凄い人だと思う。

 

「どうして、蒼乃さんは武器を展開しないんですか?」

「ちょっと待ってください……安立、少しの間任せた! ……で、なぜ蒼乃さんが武装展開できないかでしたね。『白紙』に搭載されている武装はただ一つだけ、『災禍』と言う物です」

「『災禍』?」

「ええ。『白紙』を第3世代型たらしめる武装。恐らく、現時点で世界一の武装ですよ。数千数万のクリスタルと、その倍以上のナノマシンを使って、搭乗者が思い描く武器を再現する武装です。ナイフから核弾頭、衛星砲まで何でもござれの万能兵装。『白紙』の第3世代とは言えないほどの異常な機体性能と合わせて、近接、中距離、遠距離、狙撃、援護、遊撃、爆撃とあらゆる戦闘行動をこなす事ができ、蒼乃さんの実力もあってかなり強力な機体に仕上がっています」

「……それってもう第3世代じゃ、無い気が……」

「私もそう思いますよ。いっそ第4世代を提唱しようかと思ったくらいです。……話が逸れましたね。さっきも言った通り、『災禍』は搭乗者が思い描く武器を作りだすわけですが、そんな夢のような武器を簡単に扱えると思いますか? 各国の第3世代型兵装を思い出してみてください。なんとなくわかると思いますよ」

 

 各国の……。イギリスのBTビット。中国の衝撃砲。ドイツのAIC。ロシアのアクア・クリスタル。オーストラリアのナイトメア。

 

 ………。

 

「ものすごい集中しないといけない?」

「正解です。簡単なものならそうでもないかもしれませんが、銃のような複雑な構造をしたものはかなりの集中を要します。常人でしたら脳の神経が焼ききれるほど、です」

「今の蒼乃さんは、一夏が来たことで混乱してる?」

「そんなところでしょうね。いくらあの『神子』でも、弟さんの事になると年相応のお姉さんですから」

 

 蒼乃さんの両手が靄につつまれているのがそうなんだろうか。非固定物理シールドを上手く使って攻撃と防御をしているけど、なかなか押しきれない。

 流石の一夏もISには慣れないみたい。PICとブースターを使って移動するから、筋力で素早く動くことが得意な一夏には難しいはず。何度もこけそうになったり、上手く滞空できていない。

 

 あと1つ。状況を動かすだけの何かがあれば、敵を撃退できる。でもそれはISでなければならない。そして、私には無い。

 

(また、何もできないままで終わるの?)

 

 それは、嫌だ。もうあんな思いはしたくない。

 

『おい譲ちゃん、あいつら助けたいんだろ? ちょっとこっち来な』

「え? 今の……何?」

 

 どこからか声が聞こえた。芝山さんは作業に戻っていった、他の研究員の人がこんな状況でそんな事を言うとは思えない。

 

 周りを見渡す私の視線が『打鉄弐式』に、焦点が合う。

何かに導かれるように、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざしゅっ!

 

 耳に悪い音を、けれども聞きなれた音が自分からした。そちらを見ると、どうやら廃材のようなものが俺の腹から突き出ているようだ。さっきの剣と合わせて、2ヶ所の風穴が開いたことになる。

 

「痛ぇ……」

 

 久しぶりの感覚だ。銃で撃たれて、ナイフで切られてが当たり前だったのに……この1年で随分と温くなったもんだ。

 とはいえ、流石に心臓ギリギリを貫かれた時はかなり焦った。ガラにもなく終わったとすら思った。まぁ、終わりそうなんだが。人間辞めた俺でも、これは致命傷だった。多量出血で死ぬだろう。

 

 そんな俺が考えていたのは、出会った人たちの事と、その人たちとの思い出。

 

 楯無様と簪様。俺に感情を取り戻させてくれた恩人であり、仕える主。“呪い”によって従わされていたが、今ではそんなものが無くても2人のお嬢様の命令は聞く。人柄に惹かれたのか、俺の事を人として扱ってくれるからなのか、助けてくれたからなのか、下っ端根性が染みついたからなのか、よくわからないが付いて行こうと思わせてくれる。迷惑をかけられたり、からかわれたり、なぜか俺が説教をしたりと色々あったが、俺は楽しかった。顔には出さないけどな。

 

 姉さん。どんな時でも傍に居てくれて、助けてくれた。あらゆるモノを共有し合う愛する家族。姉さんがいなかったら、俺は死んでいた。精神的にも、肉体的にも。多分、耐えきれなくて森宮を抜けだして、捕まって、また実験道具に逆戻りだっただろう。姉さんがいたから生きたいと思うようになったし、生きてこられた。これからもそうだろう。俺は姉さん無じゃ生きていけない。………こんなこと本気で思うからシスコン呼ばわりされるんだろうな。胸を張ってシスコンだと言うけどな。

 

 そして、マドカ。俺の血のつながった本当の家族(姉さんだって本当の家族だけど)。恥ずかしいことに、言われるまで思い出せなかった。きりっとした雰囲気だけど、どこか可愛らしい俺の自慢の妹。姉さんが俺を愛してくれるように、俺が姉さんを愛しているように、俺はマドカを愛している。あんなクソみたいな施設で、毎日苦痛しかない場所でも、俺が俺でいられたのはマドカがいたからだ。初めて会った時に大声で「兄さん!」といって泣きながら抱きついてきた時は驚いた、が、それと同時に壊れ始めていた頭でも理解した。こいつは……マドカは俺の妹なんだ、って。理由も根拠も無いけど、そうだ、と確信を持てた。今なら分かる、“家族の絆”ってやつだ。森宮に救い出された後、まだマドカを覚えていた頃、施設跡まで行ったことがある。見覚えのある奴の死体ばかりが転がっていた。だが、マドカはそこにはいなかった。そして、死体の数と、収容されていた子供の数も合わないことから、誰かが助けた、もしくは逃げ出したと推測をたてて、会える日を待ち望むようになった。忘れたんだけど……。

 

 会いたい。

 

 もう一度、なんて言わない。何度でも、あの人たちに……家族に会いたい。

 

 生きたい!

 

「う……ああああっ!」

 

 廃材をへし折って、身体から引き抜き仰向けからうつ伏せになる。どれだけ醜くたっていい、どうせ誰も見ちゃいない、生きて帰る、戦っているであろう姉さんを助けて、簪様と家に帰って、何事も無かったように楯無様と電話して、マドカを探す。

 

 人間辞めた俺なら、救いようのない“無能”でもそれくらいの事できるはずだ。

 

『おや? 人間ですか?』

「………誰だ?」

『あなたの左手がさわっているモノですよ』

 

 血まみれの左手を見る。そこには光沢のない黒い何かがある事しか分からない。明りが無くても俺には問題ないのだが、血を流し過ぎたせいであまり見えない。

 

「スマン、よく…見えない」

『まぁ暗いですからね、ここ』

「そう言えば、ここは…どこ…なんだ?」

『良く言うならリサイクルBOX、悪く言えば粗大ごみ捨て場。ここは日本中の研究所から廃材や使えなくなったモノが送られて来て、捨てられているんです。それを倉持技研の技術者は再利用している。そんな場所ですよ』

「で、お前は?」

『ISです。名前はありません。実験機だったのですが、ここにポイされました。私、悲しさのあまり泣いちゃいます。よよよ』

「随分と面白い奴……なのはよくわかる一言……を、どうもありがとう」

 

 だが、ISは喋ったりするのか? 俺がおかしいだけなのか? というか何故ISが捨てられている?

 

『疑問にお答えしましょう』

「心を読むな…」

『誰もが持つであろう当然の疑問ですよ。まず、私がここに居る理由から。様々な装備を搭載し、ISという存在の限界を探る為のIS、それが私です。実験が進み、他のISとの平均値を取り、ある程度理解した研究者達は私をこうして捨てました。そして、私がこうしてあなたと話す事ができるのは、研究者達がアホなことにコアを抜き忘れていたから。あなたと私が“シンクロ”しているからです』

「“シンクロ”?」

『ISは進化し続ける未知の存在。“クロッシング現象”通称“シンクロ”もその未知の1つです。ある一定の条件下において、ISと搭乗者、ISとIS、搭乗者と搭乗者の意識が対面、会話、一時的に融合することを指します。条件は私達でも把握しているのはほんの一部のみです』

「なるほど、俺とお前は…“シンクロ”しているからこうして……話せるんだな」

『そういう事です』

 

 ………これはチャンスじゃないか? ISを使えば上に上がれるし、敵を撃退できる。更に上手くいけば、姉さんやお嬢様達と同じ世界に入る事ができる。これからもお守りすることが……恩を返す事ができるかもしれない。

 何故ISが女性にしか扱えないのか。それは知らないが、こうして対話すれば男の俺でもなんとかなるかもしれない。

 

「頼みが…ある」

『私を使いたいと?』

「ああ…」

『そして乗り回した揚句私を捨てるんですね! あの男達みたいに! うう…私、悲しいです。あうあう』

「冗談なのか…真剣…なのか分からない事を…言うなっての」

『冗談です☆』

「ったく……見ての通り、俺は…死にかけだ。だが、こんなところで…死ねない」

『何故、と聞きましょう。久しぶりの会話で私のテンションは高いのです』

「守りたい。家族を。姉さんを、主を。そして、生き別れた妹を探したい。それに、上で姉さんは戦ってるんだ」

『………』

「俺は“無能”呼ばわりされてる…人間辞めたクズだ。そんな俺に…愛情を持って育ててくれた人がいる、俺を人として見てくれる人がいる、こんな俺を自慢の兄だと言ってくれた人がいる。だから、生きたい。その人たちの為に、生きたい。その人たちの為に、恥じない俺になりたい!」

 

 誰にも語ったことのない俺の……森宮一夏の本音。だから俺はここにいる。他のどこでもない、森宮の一族に。

 

『覚悟は?』

「ある……この命、惜しくは……ない!」

『良いでしょう! あなたを認めます。名は?』

「森宮一夏」

『搭乗者登録、森宮一夏。さぁお乗りください我が主(マイマスター)、一夏。私はあなたを無限の空へと、あなたの愛する家族のもとへ駆けつける翼となりましょう』

「ああ、ありがとう」

 

 殆ど見えなくなった視界が光りに包まれていく。余りの強さに目をつぶった。網膜を焼いた光に次いで、身体に何かがフィットしていく感覚。数秒経って目を開くと、俺の左手下にあった何かは無くなっており、俺が纏っていた。

 

 ゆっくりと立ち上がる。傷の痛みはあるが無視する。一回り身体が大きくなったような感じがする。視線が高くなったからかもしれない。

 

 見えなくなっていたはずの視界は鮮明になっており、光源の無いこのゴミ箱でもはっきりと何があるか分かる。上を見上げれば簪様がこっちに向かって手を伸ばしているのが見えた。

 

「凄いな……俺の眼よりもいいぜ」

《ISは宇宙空間での活動をコンセプトに作られた物ですから、このくらい当然です。さぁ、飛びましょう》

「ああ。……っと、その前にだ。お前の名前は?」

《ありません。名無しのISです。まったく、研究者達は気が効かないですよね。こんな可愛らしい乙女をほうってポイするんですから》

「お前が何に怒っているのかよくわかんねえ。んじゃ、俺が決めるぞ?」

《どうぞどうぞ、あなたは私のマスターですから。カッコ可愛い名前を希望します》

 

 装甲を見る。鈍さも光沢も無い装甲。そして、こいつが今までいたこの空間を見渡す。何もかもが真っ黒だった。飾り気なんてカケラも無い。その分、性格ははっちゃけてるけど。

 

 影、闇、夜。そんな言葉が、俺とこいつにはふさわしい気がする。

 

「よし、決めた。だが、あんまり期待するなよ」

《じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか》

「ドラムロールを流すな」

《てーてん!》

「………ったく、いくぞ『夜叉』。捨てられたもの同士、仲良くしようぜ」

《………ふふっ、そうですね。使うだけ使われ、ボロ雑巾のようになるまで酷使され、用済みの乾電池のようにポイされた者同士、仲良くしましょう。マスター》

「そこまで言ってねえよ」

 

 地べたを這いずる様に生きてきた“無能(オレ)”は、翼を手に入れ、力強く羽ばたいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 「弟をバカにする奴は極刑」

「ISって奴は動きづらいな!」

《360度の視界に自由自在に動けるPIC、人間ではありえないブースター、そして間合い。生身の状態での経験値はそのまま活かせますが、ISを動かすにはISの経験が必要です。まずは慣れてください》

「一夏……慣れて」

「分かってるって!」

 

 『夜叉』と姉さんが同じことを言う。やっぱり慣れなのか? 実戦で最新兵器を使いこなせって言われた成りたての新兵ってこんな気持ちなんだろうな……。

 

 ハイパーセンサー、だったか? とにかくそれのおかげで出血しまくって見えにくい目でも避けられる。元々弾丸を見てから避けられる俺からすれば見えるだけで十分だってのに、ロックオン警報とか、弾道予測射線なんてものもあるから簡単に避けられる。

 

 が、動きづらい。走るだけでバランスが崩れて転びそうになる。そして、そのたびに狙われて姉さんがカバーに入る。これをひたすら繰り返していた。姉さんなら武装が無くてもあの敵には勝てる、だが、俺のカバーに入らなければいけない為、敵に近づけずにいた。助けに来たはずの俺は思いっきり足を引っ張ってた。

 

 情けない。だが、俺に出来るのは慣れることだけ。とにかく動いて避けてISに慣れるんだ。

 

《大分良くなってきましたね。マスターは身体で覚えるタイプですか?》

(昔色々とあってな、身体を動かす事なら多少の自信がある。ISが座学じゃなくて良かった……)

《おや、勘違いをなさっているようですね。ISは最先端科学の結晶、その技術は日用品、家電、雑貨に至るまで応用されているのです。科学には座学が付き物ですよ》

(マジかよ……)

《ふぁいとっ、おー♪》

 

 お茶目で騒がしい奴だ……。俺にしか聞こえないからっておちょくりやがって……。

 

 それは置いといて、だ。歩く、走るには結構慣れた。地上なら生身同様複雑な動きができるだろう。流石に同じぐらい動けるとは思えないが、整備されずにほったらかしだった『夜叉』が俺の動きについてこれるとは思えないし。

 

《確かに私はさっきまでスクラップでしたが、ISの頑丈さをバカにしてはいけませんよ》

(俺の最高速度は秒速340m……つまり音速だって言ってもか?)

《………マスターは本当に人間ですか?》

(人間は辞めたって言ったろ)

 

 というか今でさえちょっとぎこちないところがある、これ以上の速度は出せない。走る動きで精一杯なら、恐らく殴る蹴るも無理だろう。大人しく的になれってことか。

 

「ちょこまかとうざってぇな! いい加減当たりやがれ!」

「誰が!」

 

 姉さんと一定の距離を保ちながら俺に向かって弾をばら撒いてくる。悪いが地上戦は得意なんだ、当たりはしねぇよ、なんせ見えるんだからな。俺に当てたかったらレールガンでも持って来やがれ。

 

 ブースターをとPICを使った動きにも大分慣れてきた。地上を滑空して、直角に曲がったり、宙返りしたりと、直線的な動きもいい感じになってるだろう。

 

「クソ……ISが男に乗ってるってだけでもありえないってのに、こいつの動き素人とは思えねぇ……たった数分で代表候補クラスになったってのかよ!? “無能”ってやつじゃねえのか!?」

「誰もが勘違いしている。私ばかり持て囃してちやほやする。そして、一夏には侮辱と下劣な言葉ばかり。違う。一夏は私と同じ。私が“神子”なら一夏だって“神子”」

「だからなんだってんだ?」

「弟をバカにするやつは極刑」

「支離滅裂だっての!? 流石は世界一のブラコンだな!」

「それは褒め言葉にしか聞こえない」

 

 ………。

 

《面白いお姉さんをお持ちですね》

(自慢の姉さんだよ)

《あなたも相当なシスコンでしたか……》

 

 姉さんが敵に向かって突進していく。本当なら距離をとるべきなのだが、後ろには避難している研究員たちと簪様がいる。敵の狙いが『打鉄弐式』のコアという事は分かっているので、自分達が防衛線になる。下がるわけにはいかない。止まるわけにもいかない。倒れるわけには―――

 

「ぐっ!」

《マスター!?》

 

 いかないってのに……今になって貧血かよ! こんなところでやらかすから“無能”とか言われるんだっていい加減分かれよ俺!

 

「貰ったぁ!」

「どこに行って………ッ! 一夏!」

 

 いち早く俺に気付いた敵が異常な速度で接近して来る。遅れて姉さんも同じように異常な速度でこっちへ来る。だが、敵の方が早い。

 

「もう一ヶ所風穴開けてやるよ!」

 

 今俺がやるべきことは倒れることじゃない、避ける事だ。どうにかして、この倒れそうな体勢から敵の剣の間合いより外へ逃げなければいけない。

 何か方法があるはずだ……!

 

“後退瞬間加速”

 

 ! これだ!

 

「そいつは御免だ!」

「何っ! 瞬間加速だと! しかも後ろに!」

 

 十分離れたところで加速を止める。敵は止まり切れずにそのまま床に剣を突き立てた。強引に引きぬかずに、峰の部分を蹴りあげ、床を切り裂く形で剣を引き抜き、後ろから来る姉さんに対して構える。

 

「面倒な姉弟だな!」

「それは俺と姉さんの事か? それとも俺とマドカの事か?」

「どっちもだよ!」

 

 慣れない滞空の動きに戸惑いながらも必死に避ける。姉さんの援護もあってなんとかダメージをくらう事は無い、が、ジリ貧だな……。何か、戦局を動かす一手が欲しい。

 

「ぐあっ!」

 

 そう思っていた時、敵がよろめいた。そして、その隙を逃す姉さんじゃない。

 

「はっ」

 

 気の抜けた気合いとは真逆の激しい非固定シールドの嵐。菱形のそれは敵を刻み、殴り、突く。そして追い打ちの回転踵落とし。モロに腹でくらった敵は床に叩きつけられた。

 

「く……そがぁ……」

 

 あれだけの攻撃を受けても立ち上がってくるか……。タフな奴だ。

 

「オータム様をなめんじゃねぇええええええ!」

「そうか、お前はオータムと言うのか。忘れないようにメモしておこう。“マドカを知る謎の襲撃者”とでもしておくか」

「!?」

 

 瞬間加速で目の前に着地、右手を貫手にし、弓矢のように引き、構えをとる。逃がしはしない。俺の最速の1つだ。

 

「てめっ……」

「“刀拳・穿(ウガチ)”」

 

 引き絞った矢を放つように、右手で突く……いや、穿つ。

 

 とっさに剣を盾代わりにして身を守ろうとするが、そんなものは無駄としか言いようがない。“刀拳・穿”は剣を砕くことなく貫通し、装甲を貫き、生身に傷をつけた。

 

「んのやろぉぉぉぉおお!!」

「ちっ!」

 

 腕を引きぬく前に掴まれ、展開したマシンガンが俺の眉間を狙う。マズルが火を噴くが、俺に当たることは無かった。

 

「一夏を傷つけるものは許さない」

 

 姉さんのシールドが俺と銃の間に入って守ってくれていた。そのまま敵の視界を遮るようにシールドが動いたので、それに合わせて俺も動く。思いっきり蹴飛ばして腕を引きぬいた。

 

「げふっ! ………この!」

 

 壁に叩きつけられる前にPICを作動させるあたり、やっぱりこいつは強い。タフなところや、判断の良さと速さ、リスタートの速さは俺が見てきた中でも高い部類に入る。ちょうど今のように、マシンガンを構えたりとか。そこからさらにシールドを展開したりとか。

 

「くそ! なんだよこの火力は……! 3対1はさすがに無理があるだろ! ………撤退する!」

 

 シールドの向こう側から転がってくる丸い物体。あれは……グレネードか!

 

「姉さん伏せて!」

「きゃ!」

 

 コン、と床に落ちる音が響いた瞬間、爆発の代わりに強烈な光と爆音が襲った。スタングレネードだったか……。撤退すると言っていたし、俺の索敵範囲からも、『夜叉』のレーダーにも感は無い。多分大丈夫だろう。

 

 目も耳も元通りになってきたところで、俺は身体を起こした。

 

「姉さん大丈夫? ゴメン、危ないからって押し倒して………姉さん?」

「…………」

《ま、拙いですよこれは! マスター、速くじんこーこきゅーを!》

「わ、分かった!」

 

 色々とおかしいだろと思いつつも、『夜叉』が言うとおりにする。腕の装甲を解除して、横を向いていた顔をこちらに向ける。天使のように整った顔、長いまつ毛、ふっくらとした薄紅色の唇。眠っている姉さんはいつもの3割増しで綺麗だ。そして今からキス……じゃなくて人工呼吸をするんだ。やましい気持ちは……多分にあるが、これは姉さんを助けるためなのだ、俺は悪くない。無心になれ一夏!

 

 顔をゆっくり近づける。近づけば近づくほど俺の心臓の鼓動が速くなっていく。姉さんの吐息を感じる距離になり、あと少しで互いの唇が触れ合うその瞬間。バチィッ! とはじける音が俺の左側から聞えた。

 

 姉さんのISのシールドが俺を守るように浮いていた。

 

「は?」

「一夏」

「ね、ねえさ………んむっ!」

 

 い、今起こったことをありのままに話すぜ……。な、何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何をされているのかわからない! 頭がどうにかなりそうだ……楯無様の持っていた漫画にあるような、転んだ拍子にしたりとか、付き合い始めた初々しいカップルみたいなのとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ! もっとおそろしいものの片鱗を現在進行形で味わっているぜ……。

 いやホントマジで。気持ちの良い生温かさとか、口の中を蹂躙してくる姉さんの舌とかの気持ちよさが半端じゃない。俺の舌とねっとりと絡まって、蛇みたいにうねうね動いている。お互いの唾液が混ざり合って、ねちゃねちゃと音を立てているのがリアルで気持ちを高ぶらせる。心まで姉さんに溶かされた俺は、甘ったるい味に蕩けて乗り気になった。

 

 それからたっぷり数分間、姉さんを押し倒したまま、ディープな大人の味を堪能した。ちなみにその間中、ずっと耳元でバチバチと音が鳴ってた気がする。

 

 

 

 

 

 

「あ、ははは……」

 

 今の状況をどうすることもできず、乾いた笑いしか湧いてこない。

 

「…………」

「…………」

 

 光りを失った目で瞬きもせずに姉さんを見続ける簪様と、気にも留めずに顔を真っ赤にして昇天している姉さん。そして板ばさみになっている俺。人間離れの再生力で傷は塞がったはずなのに、この雰囲気に耐えられず、傷が疼いているように感じる……。

 

「どうしてこうなった……?」

《色男はつらいですねぇ……》

(誰が色男だ)

《マスターに決まってるじゃないですかぁ~。私は一目惚れでしたよ? イ☆チ☆コ☆ロってやつですね! しかも姉とあんなねっとりとした……きゃー!》

 

 うるせぇ……。

 

 芝山さんは事後処理に忙しく、他の研究員の人達もあわただしい。フォローは期待できない。俺がなんとかするしかない、この雰囲気を! ………絶対無理だ。

 

「か、簪様……?」

「   」

 

 返事は無く俺を見上げるだけ。あの小動物のような目はどこに逝ってしまったのだろうか?

 

「字が違う」

「あ、はい、すいません」

「で?」

「えっとですね……なぜ、ISを展開できたのかと……」

「………」

 

 すぅーっと目が元に戻っていく。ふぅ、助かった。

 

「声が、聞えたの」

「声?」

「うん。お前の覚悟を教えろ、アタシの魂を震わせたなら力を貸してやる、って」

 

 俺と似たような話だ。

 

(『夜叉』)

《“クロッシング現象”ですね。先程は未知と言いましたが、実は幾つかの条件を知っています。その1つが“覚悟”というわけです》

(お前が俺に言った、覚悟は? というようにか)

《ええ》

(だが、あの様子だと簪様は『打鉄弐式』と会話できていないんじゃないか?)

《全てのコアが私のように話せるわけではないのです。長い間初期化されず、自意識が表現できるようになるまで時間をかけて、搭乗者との相性が良くて、初めて対話ができるのです。一度ISの方から呼びかけることができたのですから、簪さんもあと1年もすれば対話できるでしょう》

(そうか)

 

「それで、『打鉄弐式』に触れたら搭乗待機形態になって、私が乗ったらいきなり周りに置かれていた装甲を纏い始めて……気がついたらこうなってた。武装もシステムも問題無し。いつでも動かせるように……」

「つまり、完成したという事ですか?」

「多分……調整が難しい荷電粒子砲も問題なかったし」

「驚きました……配線剥きだしの状態だったのが一瞬でシステムと武装を含めて完成するとは。待機形態にもなっていますし、かなり早くなりましたが、引き渡しとなりそうですね」

「驚いたのは私…一夏、ISに乗ってた」

「……私も簪様と同じですよ。“覚悟”を示しただけです」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 それから1時間ほど待った後、芝山さんは書類を持ってきた。俺の読み通り、引き渡しに関する物だった。誓約書etc……。それを書き終えていざ帰ろうとした時呼び止められた。

 

「君のISはいったい何なんだい?」

「落っこちた穴の下にあったゴミ箱で眠っていたISです。譲る気はありませんよ?」

「いや、そんなことはしないよ。まさか、あそこにISがコアごとあったなんてね……酷いことをしたなぁ……」

 

 あははは、と苦笑いしながら頬を掻く芝山さん。ISの意志を尊重しているんだな。

 

《とてもいい人ですね。ですが、今回は上手く使わせてもらいましょう》

(というと、修理か?)

《丸々改修してもらった方がいいかもしれません、この身体は第1世代ですからね。この際、マスター好みの専用機を作ってもらいましょう。お姉さんのようにピーキーな仕様にしてみては?》

(そうだな……聞いてみるか。倉持は更識の傘下だったはず。可能性はある)

 

「芝山さん、お願いが」

「改修でしょう? 喜んで引き受けますよ。もし森宮君が言いださなければ私が言っていました。君がISを動かしたという事も秘密にしておきます。私が信頼している凄腕の技術者達で『白紙』に負けないほどのピーキーな機体を作りましょう!」

「は、はぁ……」

 

 ピーキーなのは止めてほしいが、これで『夜叉』の心配はしなくて済む。しばらくの間は今の機体で我慢してもらう事になるが。

 

「また後日来てください。詳しい話はその時に」

「分かりました。『夜叉』の新しい身体、よろしくお願いします」

「ええ」

 

 

 

 

 

 

 帰宅後、電話がかかってきた。

 

「森宮です」

『簪ちゃんから聞いたんだけど、蒼乃さんとたっぷり1時間以上公衆の面前でねっとりとした濃厚なベーゼを交わしていたって本当? というか本当ね。詳しく聞かせなさい。これ、命令』

 

 抑揚のない恐ろしい声でねじ曲がった事を仰る楯無様だった。そして“命令”には逆らえないので話すしかない俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しい『夜叉』の機体が完成し、ようやく馴染んだ頃。とんでもない事が起きた。

 

「あの時の…敵?」

「おそらく。この画像の『夜叉』は以前の状態ですから」

 

 簪様に呼ばれて来て、PCの画面を見ればISを纏った俺の画像が上がっていた。つまり、俺が……男性がISを動かしたという事がインターネットを通じて世界中に広がったのだ。俺が『夜叉』を展開するのは倉持の研究室と実験室だけ。消去法であの時の女……えーっと、オータム、だったか? あいつになる。

 

「この画像は何時から?」

「私もさっき見たばかりで……実はお姉ちゃんから――」

 

 ~~~~♪

 

 噂をすれば何とやら、だな。

 タブレット型の携帯を取り出して、電話に出る。一応スピーカーモードにしておいた。

 

「楯無様、これはいったい?」

『私にもわからないわ。政府にだって隠していたのに、どっかから漏れてるのよ。まぁ、十中八九、亡国機業でしょうけど』

「? なんですそれは?」

『ISとか色々集めて世界中で活動している組織よ。目的は不明、分かっているのは目下の方針がコアの回収って事と、第2次世界大戦後に発足したってことだけ』

「コアを? 何に使うのでしょうか?」

『さあね、戦争でもするんじゃない? ただ、どの国も公開してないけど、それなりのコアと機体を奪われてるらしいわ。アメリカ、イギリス、ベルギー、アイルランド、インド、ブラジル、バルト連合国って具合にね』

 

 『夜叉』を手に入れてから、俺は少しまともになった。ISが知らずのうちに補助してくれているらしい。『夜叉』は全くの無自覚らしいが、これで少なくともすぐに忘れる、テストで0点は免れるようになった。期末で12点をとった時は初めて2桁の点数をとったって事で結構嬉しかった。それに、何か忘れていても『夜叉』が教えてくれる。知の部分はこいつに任せるようにしていた。

 

《アメリカとイギリスは高い技術力を持ったISがいたから、その他の国家は力が弱いからでしょうね》

(戦力を増強しつつ、コアをそろえるか……厄介だな)

 

『で、日本政府とIS委員会の決定で、一夏はIS学園に入学させることになったわ。私も賛成に1票入れたから』

「まあ、それは構いませんが、大丈夫なんでしょうか?」

『一種の治外法権が働いててね、どの国家も手出しはできない場所よ。一夏の所属国家は無所属だから、明日になれば世界中からスカウトが来るわよ。ついでに貴重な男性操縦者のサンプル欲しさに色んな機関が動くでしょうね。それでもいいなら来なくてもいいけど?』

「是非入学させてください」

『そういうと思って簪ちゃんと本音ちゃんの分と一緒に書類を送ったから。あと、制服もね』

「流石ですお嬢様」

『ふふん、もっと褒めてもいいのよ~♪』

 

 ピンポーン

 

「では、届いたようなので失礼します」

『え、ちょ、もうちょっとおねーさんとおはn――』

 

 通話を切って、ポケットにしまう。

 

「いってきます。その間、情報集めをお願いしてもよろしいですか?」

「うん。得意」

 

 なんとなくわくわくしているように見えるのは間違いないだろう。簪様は漫画、ゲーム、PC大好きっ子だからな。IS整備に関する知識も豊富なのでPCは友達とか言い出しても俺は信じる。

 

 それにしてもおかしい。何故今になってばらす? 倉持が公表するかもしれないとか思っていた? いや、何ヶ月前の話だよ……。うーーん、わからん。

 

(『夜叉』、お前分かるか?)

《何とも言えませんね。マスターが男性操縦者であることを公表したとして、どれだけの利益が彼らに入るのか分かりませんから》

(今の今まで渋っていたのは都合が悪いことがあったからか?)

《もしくは、もっと別の何か、ですかね。まぁ、私達には分からないことですし考えるだけ無駄です。向かってくるのなら蹴散らせばいいだけです》

(それもそうだ)

 

 俺のISの実力はかなり上がった。多分国家代表と互角以上に渡り合えるくらいに。少なくとも楯無様と同等であることは、模擬戦で分かった。

 理由は機体ではなく俺にある。施設に居た頃にインストールされた情報で理解できない部分が大量にあった。その量全体の7割。それがISに乗ったことで解凍されたのだ。中身は勿論ISの知識と技術。基本から応用、机上の空論まで幅広くそろっていた。オータムと戦った時、異常なまでにISに順応したことと、後退瞬間加速を使う事ができたのはそういう事だった。

 

 何故あの施設が俺にISの情報をインストールしたのかは分からないが、利用させてもらおう。棚からぼたもち、ってあってるかな?

 

 ピンポーン

 

「はーい」

 

 ったく、せっかちな客だな。

 

「すみません、お待たせしました」

兄さん(・・・)!!」

「ぐえっ!」

 

 玄関を開けた途端、かなりのパワーで抱きつかれたので思わぬダメージをくらってしまった。誰だこいつは、投げ飛ばしてやろうか、そう思ったがそんな考えは一瞬で吹き飛んだ。

 

「ま、マドカ!?」

「うん………ただいま」

 

 行方知らずの妹が俺にしがみついていた。

 




 さて、次回からようやくIS学園に突入です。物語は大きく動き出すことでしょう。章分けするとしたらこれで1章終了ですかね。………いや、もしかしたら序章かも? その前にマドカ登場したわけですが……どうなることやら。

 色々と大丈夫なのか? と思われるでしょうが、多分大丈夫でしょう。今まで出番皆無だった織斑姉弟だったり、篠ノ之姉妹だったり、原作ヒロインだったり、どういう展開になるか自分にも予想できないです。でも、仲良くしてほしいなぁと思ってます。まぁアンチヘイトのタグを追加することになるでしょうが……。

 そして『夜叉』の登場。まったく新しい彼女(?)の身体はどんな性能を誇っているのか……楽しみにしておいてください。必要でしたら機体解説ものっけます(基本的に解説は無しでいきます)。

 学園には楯無と蒼乃が既にいるわけですが、学年が違う2人をどう絡ませていくかが悩みどころ。姉さんはヤンデレだから、で済みそうだけど、楯無はなぁ~会長だからなぁ~。でもメインヒロインの1人なのでしっかりイチャついてもらいますけどね。

 なにはともあれ、皆様のおかげでこうして投稿を続けることができます。1つの節目を無事迎えることができました。もう1作と違って高い評価も頂いて……本当にうれしいです。感想が来るたびにやる気出ます。御質問でも全然OKです、しるこはお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 「兄さんに色眼を使う奴と、傷つける者は絶対に許さない」

 今週唯一の暇な時間。これを逃すわけにはいかないっ!!

 というわけでハイスピード投稿。雑な仕上がりになってしまいました……。



「ほい、お茶」

「ありがとう。………うん、おいしい」

「バカ言うな、素直に拙いって言え」

「兄さんが作るものなら何でもおいしいよ」

「……はぁ」

 

 俺と大分離れてたってのに、変なところだけ似るんだからなぁ。姉さんみたいに色々とできるくせに、こんなところだけ何もできない俺と兄妹してるよな。

 

「一夏……ダレ?」

「え、えっと、ほら、前に言いませんでしたっけ? 生き別れの妹がいるって……」

「それがこの子?」

「はい、マドカです」

 

 目をじーっと細めてマドカを見る。対するマドカは全く気にせずお茶を飲んで和んでいた。次に俺をじーっと見る。そしてまたマドカ。見比べてるのかな? 俺は実験の影響で殆ど別人になってるから似てないと思いますよ。

 

「……なんだか、雰囲気が似てるかも。納得」

 

 似てるか?

 

《見た目鋭い所とかじゃないんですか? マスターはデフォで睨んでますし、マドカちゃんもそんな感じですし》

(……俺ってそんな感じなのか?)

《視線で人を殺せますよ♪》

(マジかよ……気をつけた方がいいのか?)

《マスターはどう頑張っても社交性は皆無、警戒心MAXですし、誰かと仲良くするなんて絶対に無理ですから今のままでいいと思いますよ。そっちの方がカッコイイってのもありますけど》

(………社交性皆無は否定できない)

 

 いや、分かってるよそんなことは。でもさ、そんなザックリ言われたらちょっと落ち込むぞ、いくら俺でも。うん。気にしてるんだよ……道歩いてたらモーゼみたいに人が割れていくし、電車に乗ったら混んでても俺の周りに空間できるし……。

 

《ほ、ほら! 聞きたいことがたくさんあるんじゃないんですか? せっかく再会したんですからもっと楽しくいきましょうよ! マスターふぁいとっ!》

(……ああ)

《思ったよりも傷が深かった!?》

 

 デフォで睨んでるって……というかマドカまでそんなふうに見られてるなんて……。なんてこった……マドカがぼっちになっちまう!?

 

《ホントにシスコンですねぇ!?》

 

「兄さんどうかしたの? もしかして、来ちゃダメだった?」

「ん? そんなことないさ。だから、冗談でもそんなことは言うな。俺はずっとお前に会いたかったんだからな」

「本当! 嬉しい! アハハハッ」

 

 見たことが無いくらい綺麗な笑顔で抱きつくマドカの頭を撫でる。昔はこうしていると喜んでたっけ。いつの間にか寝ちゃってたりしてたな。またこうして一緒に居られるのか……俺も嬉しいよ、マドカ。

 

 主がいて、姉がいて、妹がいる。森宮に居た頃じゃ考えられないくらい、今の俺は幸せというものを肌で感じていた。誰にも壊させたりしない。必ず主と家族を守ってみせる。その為に俺はいる、そのためのISだ。頼むぜ『夜叉』。

 

「ねえ、兄さん」

「ん?」

「あの女、誰?」

 

 ………目が笑っていないぞ、妹よ。

 

 とりあえずざっくばらんに俺がここにいる経緯を話した。何かあるたびに怒り狂うマドカをなだめるのに苦労したが、最終的には納得したようだ。

 

「私も森宮を名乗る」

「そう言うだろうと思ったよ。……簪様、何かいい方法はございませんか?」

「え? ……やっぱり陣さんに言うしかないんじゃないかな? もしくはお姉ちゃん、もいい、のかなぁ……?」

「楯無様にしましょう。森宮は更識に仕える者、その更識の当主の決定には逆らえないでしょうから」

「………えげつないね」

「確実な方法をとったまでですよ」

 

 ポケットから再び登場タブレット型端末。通話履歴の一番上にある名前――“17代目楯無様”に発信する。

 驚いたことにワンコールを待たずに出た。念のためのスピーカーモード。

 

『やあやあ待ってたよ一夏ー! さあ、おねーさんともっとお話ししよう!』

「すみません、少々簪様共々困っていることがありまして……」

『なぬ!? 一夏と簪ちゃんのピンチですって!? 任せなさい! 今の私は超野菜人9を凌駕するわ!』

「……そんなのないと思う。というか、やっぱりえげつない」

「森宮に新しい席を用意したいのですが、どうすればいいのかと……」

『んー? 誰かな?』

「私が信頼している者です」

『へぇ、一夏がねぇ~。いいよ、私が許可する。近々そっちに帰るからその時にね。それまでは家で暮らすように言ってて頂戴』

「かしこまりました。では、失礼致します」

『え、ちょ、おねーさんとのおh――』

 

 通話を終了して、端末をポケットに入れる。昔なら考えられないようなことだが、なんとなく、楯無様の扱い方というものが染みついていた。あれだけ悪戯に振り回されていたら嫌でも身につくか。というか俺が覚えるってどれだけ性質悪いんだよ……。

 

「ってことで、楯無様が戻ってくるまでは保留だな。屋敷から出ないように」

「わかった。兄さんにベッタリくっついてる」

「俺と簪様は学校があるから無理だ。ここで大人しくしておいてくれ」

「私は追われる身なんだよ? 可愛い妹を放っておくの?」

「わかった、連れていく」

《ええー!?》

 

 うるさいぞ。妹が大事で何が悪い。

 

「一夏……」

「うぐっ……そ、そうだ。マドカ、追われているってどういう事だ?」

「話逸らした……」

 

 申し訳ありません簪様、私は自分本位な男なのです。

 

「兄さんは亡国機業って知ってる? 私はそこのエリート部隊のメンバーだったんだ。ISだって持ってる」

「亡国企業と言えば……あいつがいる組織だったな。たしか名前は……」

「オータム、じゃなかった?」

「ああ。オータムでしたね」

「そいつだ。オータムが兄さんを刺した事を知った私は組織を抜けだしたんだ。私を手伝うだの言ってたが、全くのウソだった! 兄さんに剣を向けるだけでも許せないのに、ISのブレードで串刺しにするなんて………絶ッッッ対に殺してやる!!」

 

 大体は分かった。オータムと同じ組織にマドカはいた。多分、あの日俺が森宮に救い出されたように、マドカも亡国企業に救い出されたんだろうな。で、そのままエリート部隊入りして活動していたが、オータムが俺を刺したことを知って脱走、と。どうして俺がここに居ることを知ったのかは知らないが、訪ねてきて今に至るということか。

 

《マドカちゃんがいたから、マスターの事を公表しなかったのかもしれませんね。マスターが兄だという事を知ってたようでしたし、こうなることを予測していたんでしょう》

(その線が濃いな。というか、マドカを見ればそうとしか考えられない)

《マドカちゃんがブラコンで良かったですね♪》

(まったくだ)

《慣れろと言うんですね? このシスコンとブラコンばかりのこの空間に慣れろと言ってるんですね!?》

 

 まったく、失礼な奴だな。家族を大事にして何が悪いと言うんだ。

 

「学校にも更識の人間はいますから、なんとかなるでしょう。最悪、転校生にしてしまえばいい話です」

「本当に、やるの?」

「簪様……」

 

 そこから先は口に出して言えない。どれだけ小声であろうとも、俺と同様にクスリと情報によって強化されたマドカには聞こえてしまう。続きはプライベート・チャネルを使う。

 

『マドカを見たでしょう。俺が言うのもなんですが、傍についていないと何をするか分かりません。最悪、ISで学校に乗り込んできてもおかしくないんですよ。だったら、最初から目が届く場所に居させる方が安全です。追われているという事もありますしね』

『それは分かるけど……信用していいの? 洗脳されててスパイしているってことだってあるかもしれない…』

『その手の心配は無用です。私達は洗脳や自白剤、毒などには耐性がありますので。もし、無理矢理投与されたとしても、身体が拒絶して破壊します。裏切り防止の為に色々と仕込まれることがあるので、それに対する為です』

『ぅ……分かった。………またライバルが増えちゃった』

『?』

 

 とりあえず、これで主からのお許しは頂いた。多分姉さんも問題ないと……思う、よ? うん。修羅場になりませんように……。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 日課である日記を書きながら、今日の出来事を整理していた。

 

 マドカが亡国機業を抜けだして、俺の元を訪れた――いや、帰ってきた。それもイギリスから強奪したIS『サイレント・ゼフィルス』を持って。マドカの安全を考えるなら一緒にIS学園に入学した方がいいと考えた。だが、元テロリストな上に強奪した第3世代型を日本人が使うのだ、下手しなくても国際問題に発展する。そこで姉さんに電話してアドバイスを貰う事にした。どうやらイギリスにも更識の息がかかった会社があるらしく、そこ経由で仲の良い国家代表を通して政府と交渉してくれるそうだ。政府と交渉とか……スケールが違うな。こればっかりは姉さんに任せるしかない。結果を待つだけだ。

 

 学校の話は簡単に決まった。転校生の体でいく。学校側には妹を1人で留守番させるわけにはいかないから、といった当たり触りのない理由でゴリ押しした。明日から卒業まで一緒に登校することになる。教材は……まぁなんとかなるだろう。俺と違って日本人に見えるし、友達にも困らない……はず。メチャクチャ不安だ。

 

 後は……そうだな、簪様とマドカが仲良くなったところだろうか? 所々で険悪なムードを感じることもあったが、基本的に仲は良いようだ。人見知りの簪様と、野生の動物のように他人を警戒していたマドカが、仲良くお菓子を食べているのは意外だった。昔と違って、マドカは変われたようだ。しっかりと人間に見える。

 

《マスターだって人間ですよ》

「見た目はギリギリだが、そうだろうさ」

 

 ここには誰もいない。『夜叉』もスピーカーをオンにして話しかけてきたので、俺も頭の中で返さず声に出す。

 

「前は目が見えないくらい、後ろは膝まで伸びた真っ白な髪。右目は赤、左目は緑のオッドアイ。全身は傷だらけ。そこまで身体がしっかりしているわけでもないのに、片手で重機を軽々と持ち上げる力。最高速度は音速。中身はスッカラカンの大馬鹿野郎ときた。その上男のくせにISを使う。これが人間って言えるかよ」

《マスター、私は――》

「世事はいい。ったく、お前はいっつも喧しいくせに、優しいよな。俺には過ぎた相棒だ。なぁに気にしなくていい、言われるのには慣れてるんだ。俺も自分の事をそう思ってる。正真正銘“化け物”だってな」

《世辞ではありませんよ、私は本気でそう思っています。自分本位なところだったり、家族や主の為に命をかける覚悟といい、マスターは自分で思っているよりも人間臭いんです。少しスペックが高いからなんだと言うんですか? それに、マスターは楯無さんや簪さん、お姉さんの前だけですが、偶に笑顔を見せてますよ。そんな人が“化け物”なわけ無いでしょう?》

「………ありがとう」

《おやおや、素直にお礼を言うとは。私、驚きです》

「なんだ? うるさい、って言った方が嬉しかったのか? 虐められる方が好きなんだな」

《サディスティックなマスターとの相性はバツグンですね☆》

「……どうだかな」

 

 きっと最高に良いんだろうさ。『夜叉』、お前が俺のISで良かったよ。口にも顔にも絶対に出さないけどな。

 

 コンコン

 

「はい?」

「兄さん……」

 

 障子を開けながら入ってきたのはマドカだった。

 

「寝れないのか? 安心しろ、誰が来ようが兄さんが守ってやる」

「いや、そうじゃないんだ。ただ、その……い、一緒に寝たいなって……」

「は?」

「だ、だって……兄さんと一緒に寝たのはたったの1回だけだし……」

「待て待て待て! 俺はお前と寝た覚えは無いぞ!」

「それはそうだよ。兄さんは昔の事を覚えて無いだろう。私だってあんまり覚えてないくらいだから。すっごく小さい頃、多分私が物心つく前、雷が怖くて寝れなかった私と一緒に寝てくれたんだ」

「あ、ああ……そういうことか」

 

 俺はてっきり無意識のうちに妹に手を出していたのかと……。

 

「折角一緒に暮らせるんだから……その、我儘を言ってもいいかなって。ダメ、かな?」

「ダメじゃない……ちょうどそろそろ寝ようと思っていたところだ。ほら、こっち来いよ」

「うん!」

 

 先に敷いていた布団をポンポンと叩いてマドカを呼ぶ。マドカが先にもぞもぞと入って、俺が入る。

 

「枕使うか?」

「いい。その代わり、腕枕してほしい」

「分かった。ほら」

 

 伸ばした右腕に軽い重さを感じる。

 

「堅いね」

「そりゃそうだ。男だからな」

「でも、どんな枕よりも安心できる。生まれて初めて安らかな眠りにつけそうだよ」

「嬉しい限りだ」

 

 マドカは俺の胸に手を当てて目を閉じた。それを言うなら俺もそうだ。昔姉さんにこうやって寝かされていた時、俺も同じことを思ってたよ。姉さんがいるから大丈夫だって、安心して寝られた。きっと、マドカも同じなんだろうな。

 

 自由な左手で頭を優しく撫でる。昔は匂わなかったシャンプーの甘い香りと、女性特有の男を誘う香り。綺麗になったな、マドカ。

 

「兄さん、お休み」

「ああ、お休みマドカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、諸君。まずは入学おめでとうと言っとく。あたしはこの1年4組担任の大場ミナトだ。んで、あっちは副担任の古森京子。この1年お前等の面倒見るから嫌でも覚えるように」

 

 時は流れてIS学園入学式。俺は1人目の男性操縦者(・・・・・・・・・・)として特別入学(実技は首席、座学は全受験者最下位だった)、簪様は当然のように首席で合格し、本音様もマドカも合格した。本音様は2人目の男性操縦者(・・・・・・・・・)がいる1組へ、後は同じ4組に入る事になった。どう考えても楯無様の仕業だろう。

 

 俺の席は窓際の前から2番目、前が簪様で、隣がマドカと、これまた仕組まれたとしか思えない並びだ。護衛の俺が離れるわけにはいかないし、マドカに何かあったら俺が対処するしかないので妥当ではあるが。

 

 ちなみにマドカの事だが、結果から言えば何とかなった。亡国機業所属時に強奪したIS『サイレント・ゼフィルス』はそのままマドカの専用機となった。イギリスの代表は姉さんと非常に仲が良く、製造会社であるBBCを説得し、データ採集と研究に協力することを条件に倉持技研と提携し、ISを譲渡してもらった。“森宮”マドカは倉持技研所属のテストパイロットであり、技術提携したイギリスのBBCから譲渡されたBT2号機の稼働データをとる。こういう事になった。前代未聞とはこの事だ。

 

 そしてもう一つ。マドカは俺と兄妹なんだが、どう見てもそうは思われないだろうということからマドカは白髪のウィッグをしている。カラーコンタクトまではしていないようだが、それだけでも大分印象が変わった。鏡に並んで見ると結構似合っており、兄妹にも見えなくもない。だが、これは別の意味があるだろうと思っている。楯無様がそんなことを言うはずが無いからな。なんだよ、兄妹に見えないから、って。

 

「じゃあ、そっちから自己紹介」

 

 俺がいる窓際ではなく、廊下側の方から自己紹介が始まる。わざわざ教壇まで行って全員の前でするあたり、いい性格してる先生だと思う。

 

 順番は巡ってマドカの番。

 

「森宮マドカ。私の隣に座っている男性、森宮一夏の妹だ。倉持技研所属のテストパイロットで、イギリス製の『サイレント・ゼフィルス』が専用機だ。こんな口調だし、口下手だから色々と迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」

 

 ふぅ……普通だ。よかった、何かとんでもないことを言いそうだったからな。あんまり目立つようなことはしてくれるなよ。主に俺の精神が困る。

 

「あと、これだけは言っておく。私は兄さんに色眼を使う奴と、傷つける奴は絶対に許さない。それだけだ」

 

 やりやがったぁぁぁぁぁ!! 宣言しちゃったよこの子! みんな引いてるよ!

 

《早速ブラコンですか。見せつけてくれますねぇ~》

 

 頭が痛い。あれほど変なことは言うなよって言ったのに……。まったく、しょうがない妹だな。

 

 そして、簪様の番。

 

「えっと、更識簪、です。日本の代表候補生で、専用機は『打鉄弐式』…です。技術関係は得意だから…分からなかったら、聞いてくれても大丈夫…です」

 

 立派ですよ簪様。中学のクラス替えの度に噛みまくっていた頃とは大違いです。

 

(『夜叉』、録画してるか?)

《してますよ~。楯無さんのストーカーっぷりには呆れますね》

(そう言うな。くだらないと思っても“命令”だから仕方ないだろう)

《あの人は“命令”の使いどころを間違ってる気がします。さ、次はマスターですよ》

(ああ)

 

 席を立って、教壇の前に立つ。そして俺に集まる視線。ISを動かした男という珍しさ者、それとも今の女尊男卑の風潮に染まった者、はたまたマドカの紹介から変な興味をもった者からの様々な目が俺を見る。

 

 面倒だ。だが、やらなければならない。とっとと終わらせよう。

 

「妹から名前が上がった森宮一夏だ。俺も倉持技研所属で、専用機は『夜叉』という。マドカが言ったことはあまり気にしなくていい。ただ、俺も口下手だから不快な思いをさせることがあるかもしれないが、1年間よろしく頼む。あと1つだけ。森宮は代々更識という家の従者だ。先程自己紹介した簪様や生徒会長の楯無様のことだ。関係は無いかもしれないが、頭の隅に留めておいてほしい。長々と失礼した」

 

 言う事は言った。拍手などが起きるはずもなく、黙って席に座った。

 

《あんまり良い出だしとは言い難いですね》

(構わんさ。ああは言ったが慣れ合うつもりは無い。やる事をやるだけだ)

《いつも通りドライですねぇ。人生に1回の高校生活を楽しもうと思わないのですか?》

(楽しい3年間になるならそれでもいいさ)

《亡国企業ですか。それ以外にもちょっかいをかけられそうですが……》

(今年は世界初の男性操縦者が2人もいるんだ。何が起きても不思議じゃないし、何か起きないことの方が不思議だ)

《それでもですよ。楽しめるうちに楽しむべきです。青春は今ですよ》

(前向きに検討してみよう)

《マスターのそれは却下と同意です》

 

 

 

 

 

 

 物語は進みだす、と思う。俺は主人公って器じゃないけど、多分俺を中心に色々と面倒な事が起こるんだろうな。マドカの事もあるし、2人目もなんとなく気になる。無傷ってわけにはいかないだろうが、俺は主と家族を守るだけだ。新しくなった『夜叉』と姉さんもいる事だし、退屈はしないだろうさ。大変だろうが、俺なりに高校生活を楽しませてもらうかな。

 

 なんて考えは一瞬にして吹き飛ぶ。まだ先の話になるだろうが、そんなに先というわけでもない。何が起きたのかって? 実の姉と弟がいたんだよ。学園にな。

 

 




 え? 学園編じゃない? やだなぁ、自己紹介してるじゃないですか~。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 「悪いのは……”織斑”だ」

 大変お待たせいたしました! 大学初の学祭とても楽しかったです! もしかしたら来られた方がいらっしゃるかもしれませんね。うどん一杯200円でした。

 学園祭の準備と片付けで大学内を走り回り、それが終われば他サークルの会議に参加して、今度は先輩が引退するので引き継ぎをして、さらには栗酢魔巣の会議……………気がつけば3週間近く経ってました。これからも忙しいです。言い訳臭いですがお許しください。

 ついでにもう一つ。出来が悪いです。特に山田先生のくだりが。机の角に頭をぶつけたくなるくらいに。申し訳ないです……。


「―――ってーことだ。じゃあ授業終わり、森宮号令」

「起立、礼」

『ありがとうございましたー』

 

 入学式を終えて1週間ほどが経った。クラス委員なんてものを押しつけられた俺は、授業の号令、先生のパシリ、授業日誌や掲示板の整理など、面倒な仕事を毎時間の休みに行っていた。ちなみに仕事の内容は覚えていない。そこは『夜叉』の領分だ。

 

《マスターの事情は知ってますけど、何でもかんでも私に丸投げしないでくださいよ?》

(分かってるさ。まぁ、覚えた頃には次の学年に上がってるだろうがな)

《しょうがないですねぇ……そっちのプリントを抑えてる画鋲が外れそうですよ》

「おっと」

 

 言われた通りに動く。入学したばかりという事で、教室後方の掲示板は隙間が無い。各施設の案内や注意事項、ISスーツの申込期限、学食や寮の門限、時間割りに各教員の名前などなど、他にも色々と貼り付けられている。内容を覚えているのか、あるいは興味が無いのか、誰も見ようとはしない。ま、そんなものだろうさ。

 

 では何をしているのか? 勿論おしゃべりをして交友を深めていた。既に幾つかのグループができつつある。俺か? アウェーに決まってんだろ。気配を殺してるってこともあって、もはやエアーの領域に片足突っ込んでるぜ。俺としては簪様とマドカがクラスに馴染めたら十分だからな。

 

「ねえねえ、森宮さんのISってあのイギリスのでしょ? テレビであってたんだ」

「そうだ、『サイレント・ゼフィルス』という」

「で、更識さんのは打鉄シリーズなんだよね?」

「う、うん。第2世代だけど、出力は第3世代にも負けないよ…」

 

 専用機持ち、ということで2人は早速色々な人から話しかけられた。クラスの中心人物になるのも時間の問題、といったところかな。簪様は得意じゃないだろうが、当主の妹としてそういう経験も必要になってくるだろうから、いい機会だ。本当は簪様にクラス委員をやってもらうつもりだったのだが、誰も立候補しないから他薦でもいい、という話になって俺に決まった。『夜叉』と“シンクロ”できていなかったらどうなっていたことか……。

 

「その『サイレント・ゼフィルス』って、1組のイギリス候補生と姉妹機なんだってね~」

「む、そうなのか?」

「そうなんだよー。『ブルー・ティアーズ』って言うんだってさ。なんか1組は誰がクラス委員になるかで揉めて、今日ISを使った模擬戦で決めるんだって」

「? 1組に他の専用機持ちって……いた? 私、イギリスの子しか知らない…」

「えっとね、2人目の男性操縦者の“織斑秋介”君に専用機が政府から与えられるんだって。彼、“織斑先生”の弟らしいよ~」

 

 ………オリ、ムラ?

 

 ドクン

 

「あ、ああ……」

「す、ストップ! それ以上言わないで!」

 

 オリムラ……!

 

「ぐっ、ああああああああっ!」

《マスター! しっかりしてください!》

「兄さん!」「一夏!」

 

 許すな許すな許すな許すな殺せ殺せ許すな許すな許すな殺せ殺せ許すな許すな殺せ許すな許すな許すな許すな許すな殺せ許すな許すな許すな殺せ許すな許すな許すな殺せ許すな許すな殺せ殺せ許すな許すな許すな殺せ殺せ殺せェェェェェェェェェェ!

 

『お前は本当に“使えない”な。一夏』

 

 うるさい!

 

『はぁ………なんで一夏が僕の■なんだろ……』

 

 俺だって好きでこんなになったんじゃない! それだってのに……!

 

《マスター、失礼しますよ!!》

 

 バチンッ!!

 

「あぐっ!」

 

 ……………はあっ、はあ……っく。

 

 ……ああくそ、まただ。“織斑”という言葉を聞いたらこうなる。苦しくて呼吸ができないくらい、何も考えずに壊したくなるくらい、その“織斑”とかいう奴を殺したくなる!! 理由は分からない、だが、身体が、心が叫んでいる気がする。“許すな”“殺してしまえ”“苦しみを与えろ”と。

 勿論そんな感情に流されるわけにはいかない。俺が暴れてみろ、学園の生徒は全員死ぬだろうな。自分がどれほど危険な存在なのか理解しているつもりだし、全開の『夜叉』はどのISよりも恐ろしいのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 マドカががっちりと抱きついて、簪様が俺の手を握りながら背中をさすってくれる。心なしか、待機形態の『夜叉』も温かく感じる。おかげで大分楽になってきた。まだ苦しいのに変わりは無いが。

 

「兄さん、大丈夫?」

「なんとかな……ふぅ……ぐっ」

「一夏、保健室に行って休んで」

「……分かり、ました」

 

 ゆっくりと、壁を支えにしながら立ち上がる。マドカが支えてくれたので、倒れずに済んだ。

 

「兄さん、私も一緒に――」

「大丈夫だ。お前は授業受けてろ」

「でも……」

「俺はそんなにヤワじゃないさ。今の俺じゃ説得力皆無だけどな……」

 

 マドカの頭を撫でて、教室を出た。クラスメイト達は何が起きたのかさっぱり、といった表情をしていた。向けられる視線は疑心だったが。

 

 ………そういえば、保健室どこだっけ? 案内見たんだけど忘れちまった。

 

《ナビしますよ》

(助かる)

 

 

 

 

 

 

 やっぱり。

 それが私が思ったことだ。一夏と同じようにISを動かした、一夏の実の姉“織斑千冬”はここの教員で、実の弟“織斑秋介”も私達と一緒に入学したのだ、こうなることは予測していた。そうなる前にお姉ちゃんと蒼乃さんと対策を立てようと思ってた。でも、こんなに早く……どうしよう。

 

「ねえ、更識さん。森宮君、どうしちゃったの? 私、気に障ること言ったかな?」

 

 さっきマドカと話していたクラスメイトが話しかけてきた。その顔は若干青く、申し訳なさそうな雰囲気を感じた。

 彼女は悪くない。私は首を横に振る。

 

「……そうなの?」

「そうだ。お前は悪くない。悪いのは……“織斑”だ」

 

 私と同じことを言い、震える拳を抑えてマドカは席に戻って行った。

 

「詳しいことは言えないの。原因を私達は知ってるけど、一夏には教えていないから、一夏の前で織斑君と織斑先生の事を離さないでほしいの。耳がいいから小声も、止めてほしいな。すごくつらい目にあったから、名前を聞いただけでああなっちゃう。だから、協力して。お願い」

 

 何も言えない、言いたくないマドカに変わって私は頭を下げる。他ならぬ一夏の為、恥なんて微塵も無い。

 

 クラスメイトは基本良い人たちばかりだけど、男を良く思っていない人がいるかもしれない。普段そう見せないだけで、実は嫌っていたとか、今の時代ではよくある話だ。

 視線を床へと向けて、言葉を待つ。最悪、協力してくれなくていいから一夏を放っておいてくれれば良い。これ以上一夏が傷つかなければ十分だから。

 

 ふと、私の視界に手が現れた。顔を上げると、私に手を出していたクラスメイトは皆の方を向いた。

 

「協力するわ。みんなもいいよね?」

「んーいいよー!」「OKでーす」「あんなの見せられたらねぇ……」

 

 ショートでメガネをかけた女子――清水さんだっけ? 彼女の声を皮きりに、皆が賛成してくれた。今まで虐げられてばかりだった一夏の為に協力してくれる人がいる。その事実に心が温まった。マドカも驚いた表情をしているあたり、かなり珍しいことだっていうのがわかる。

 

「えっと……清水、さん?」

「清水妖子。だから、妖子でいいわ。で、なに?」

「ありがとう…」

「気にしないで、困ってる人を放っておけない性格なの」

 

 彼女とは気が合いそうかもしれない。差し出された手を握りながらそう思った。

 

 さっきまでの暗い雰囲気もどこかへいって、クラスみんなで一夏の話で盛り上がる。目が綺麗だとか、髪が女の子より手入れされてるってどういう事よ! とか。今まで一夏が嫌われていた原因だった容姿をほめちぎる光景は、一夏の代わりに怒っていた私とマドカをとても嬉しくさせてくれた。

 

「目が怖いんだけど、聞けば応えてくれるし助けてくれるんだよね」

「当たり前だ! 兄さんはとっても優しいんだからな!」

 

 そして、言ってはいけない事を言った女子が現れた。

 

「彼って結構イケメンだもんね!」

「おい」

 

 それは……マドカの前で言っちゃだめだよー。言おうとしたがもう遅かった。南無。

 

 態度が豹変したマドカが肩を掴む。

 

「兄さんに色眼を使うなと、私は言ったよな?」

「は、はぃぃぃ……」

「そして、そんな奴は許さないとも言ったよな?」

「いいいいいいいいいましたぁあぁぁ!!!!」

「ほう? つまり分かっていながら言ったのか……極刑だな」

「ぎゃああああああああああああああああ!!!」

「まぁまぁ、待ちなさいな」

 

 振りあげられたマドカの手を止める人がいた。妖子だ。

 

「なんだ妖子。私は持田を断罪するのだ」

「持田さんが言ったのはマドカさんが思っているようなことじゃないの。森宮君を褒めたのよ、カッコイイって」

「む、そうなのか?」

 

 速すぎて遅く見えるくらいの速度で、持田さんは首を振っていた。勿論、縦に。

 

「ほう。兄さんの凄さが分かるとは、持田は良い奴だな」

「助かったよ妖子ぉぉ」

「貸し一つね」

 

 謝らないあたりが、なんというかマドカらしい。

 

 そんな3人のやり取りのおかげで、再び訪れた暗い雰囲気はどこかへいってしまった。まだ、会って間もないのに、一夏の事で協力してくれたり、こうやって皆で笑いあっているのを見ると。4組というクラスがとても良い空間に思える。まぁ、実際そうなんだろうけど。少なくとも嫌じゃない。

 

「おら、席につけー」

 

 先生が入ってきたので、急いで席に座った。それでも話し足りない人がたくさんいるみたいで、まだ教室は騒がしい。最初だからか、それとも性格か、授業が始まれば自然と静かになるからか、大場先生は多少の私語は見逃してくれる。今回も「程々にな~」と言うだけだった。

 

 昼休みになったら、保健室に行こう。教科書を開きながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

《カッコつけずにマドカちゃんについてきてもらえば良かったじゃないですか》

「マドカは俺ほどじゃないが、それなりに弄られてんだ。しっかり勉強させないと……こんな大馬鹿は俺一人で十分なんだよ…」

 

 教室を出て保健室に向かう途中、『夜叉』が話しかけてきた。誰もいないし、大声で話すわけでもないから別にいいかと思って、口に出して応える。

 

《あまりそうは見えないんですけどね……》

「だからこそ忘れるなってことだ。俺だって覚えてる」

《覚えておきましょう》

 

 『夜叉』が視覚に表示したルートに従って角を曲がる。もう始業のチャイムは鳴ったのだが、あまり目的の保健室に近づけてない。まだ身体が重くてしょうがないんだよ。というか悪化してる気がする……。遅効性の毒かっての……。

 

「なぁ『夜叉』……」

《何ですかマスター?》

「お前さ、俺が“織斑”って言葉に反応する理由分からないか?」

《そんなことを言われましてもねぇ……確かに“頭”ですけど、個人情報とかその辺りの事は私も知りませんよ。まぁ、心当たりが無いわけでは………マスター》

「なんだ?」

《誰かが近づいてきています。そこの角を曲がったあたりの所に1人》

 

 俺は何も感じない。が、こいつは冗談を言っても嘘は言わないので信じることにした。口に出さず、まとまらない思考で返す。ああ、更に頭痛が……。

 

(俺には分からないんだが……)

《マスターは悪意や殺気などに過敏に反応してるからじゃないですか? この人間、そういった類のモノを全く感じません》

(見えない相手の気質まで分かるのかよ、お前……)

 

 俺の突っ込みはさておき、『夜叉』言う事は正しいと思う。これは予想になるが、悪意や敵意、殺気の中で生きてきた俺は好意100%の奴が俺に後ろからこっそり近づいても分からないだろう。負の意識=視線に置き換えてるってことか。まぁ、そんな奴は殆どいないだろうが。姉さんぐらいだろ、そんなの。もしいたとしても気にする必要は無い。俺や姉さん、お嬢様方に突っかかって来ないならどうでもいい。

 

(話の続きは後だな)

《そうですね。ついでに、その人に連れて行ってもらいましょうよ》

(初見の女性に、保健室まで連れて行ってくれ、なんて言えるかよ……見てな、自力でたどり着いてやる!)

《変なところでやる気出さないで貰えます? 扱いに困りますので》

 

 こんな会話をしながら歩き続けているが、一向に進まない。距離で言うなら10mぐらいか。身体引きずってるからってこれは無いわー。今の俺は亀のノロさと兎の調子の良さが混ざった感じだな。

 

《来ますよ。いいですか、恥ずかしがったりせずにちゃんとお願いしてください。今の私は真面目モード入ってますからね。それに、無茶してマドカちゃん達を困らせても良いんですか?》

(卑怯な奴め……! 分かったよ、頼む)

 

 ふぅ、と大きな息を吐いて壁に寄りかかる。そのままゆっくりと力を抜いて床に座り込んだ。気を抜いたらこうなるなんてな……結構無理してたみたいだ。やっぱりわからんな、自分の痛みってやつは。

 

「あーー急がないと! 試合が始まっちゃいます! ………って、大丈夫ですか!?」

 

 叫びながら角を曲がってきた女性――授業中なので先生だろうな。先生は俺を見ると駆け足でよってきた。緑の髪にメガネで童顔、そしてありえない位デカイ二つの膨らみ。綺麗って言うより可愛いって感じの人だった。

 

「すみません……具合が悪くなったので保健室へ向かっていたのですが、動けなくなってしまいまして……」

「わ、わかりました! 捕まってください!」

 

 差し出された手を握る。「いきますよ!」の声に合わせて立ち上がり、先生に肩を貸してもらってなんとか立つことができた。そのままゆっくりと歩く。先生はどうやら急いでいるらしく、早歩きしているが不思議と俺への負担は無い。それなりに訓練を受けていてもここまでできる人はそうそういない。かなり腕が立つようだ。

 

「しっかりしてください! もうすぐ着きますよ、森宮君!」

《あ、寝そうになってますね。ダメですよ~風邪ひきますよ~通りかかった人にお持ち帰りされても知りませんよ~。あ、歌でも歌いましょうか? 大丈夫です、子守唄にならないように頑張りますから! んんっ! では一曲………Brush Up! ユウキ~今日も~》

 

 励ましの言葉を貰うが、あまり聞きとれない。疲れきっているからなのか、“織斑”という言葉がもたらした毒のせいなのか、とにかくボーっとしていた。『夜叉』が終始うるさかったので寝ることは無かったが、おかげで少しも休めねぇ。ちくせう。

 

 

 

 

 

 

 気がついた時には知らない部屋のソファに寝ていた。首を動かすのも億劫なので目だけで部屋を見渡す。幾つか並んだ白いベッドと、それを区切るこれまた白いカーテン。そして棚の中には何らかの液体が詰まった色つきの瓶。利用したことが無いので分からないが、多分ここが保健室なのだろう。

 

 窓の外はまだ明るいので、そこまで時間が経っているわけではなさそうだ。

 

「あ、起きました?」

 

 起き上がろうとすると、さっきの先生がこっちに来た。両手に毛布を持っているってことは俺が風邪ひかないようにってか? ………無いな。うん、無い。いくら先生でもそんなことしないだろ。俺は特に。でもまぁ、世話にはなったしお礼ぐらいは言わないとな。

 

「………ええ、ありがとうございます。ここは、保健室ですか?」

「はい! 見ての通り、保健室です!」

 

 にこっと笑って首を傾ける仕草はまさしく子供だ。

 

「で、先生は保健室の方でしょうか? 少し休ませていただきたいのですが……」

「いえいえ違います、私は1年1組の副担任で山田真耶です。ここの先生は今は留守にしています。もうすぐ戻ってくるみたいですから、それまで待っていてくださいね。私は用事があるのでもう行きますけど、何か必要なものあります?」

「いえ、特には……」

 

 面倒な話だ。だが、無視するわけにもいかないだろう、この先生の為にも。迷惑をかけない程度にぐうたr――休ませてもらおう。

肘かけをまくら代わりにして横になる。堅いし痛いんだけど、そこは仕方ないな。我慢しよう。

 

「あの……どうして廊下でうずくまっていたのか、聞いてもいいですか~?」

「具合が悪くなったから、と言ったと思いますが」

「あ、ごめんなさい、言い方が悪かったですね……。え、えっと……どう具合が悪いのかとか、って言えばいいですか?」

「ああ」

 

 “織斑”という言葉に反応してこうなりました、なんて言えないな。もう1人の男子は1組らしいから余計なことになりそうだ。そいつの姉も1組の担任ってんだから尚更だな。俺にとって1組は鬼門に違いない。近づくのは止めておこう。

 

 でもなぁ……なんで具合が悪くなるのか、俺もよくわからないんだよね。

 

「そうなんですか?」

「え、声に出てました?」

「ばっちり。なんで苦しくなったのかわからないんですか?」

「ええ、さっぱり」

「そうですか……それは困りましたね……」

 

 口をへの字にしてこめかみを掻いている姿はやっぱり子供だった。なんというか、見た目通りと言うか、分かりやすいな。

 

《マスター、具合はどうですか?》

(大分良くなってきた)

《では1つ。“なにが原因なのか分からない”と返したのは拙いのでは? 男性操縦者が原因不明の病にかかった、なんてことになったらどうなることか……》

 

 あ。

 

 ………やばい。ヤバいヤバいヤバいって!! 風邪とか熱が酷くなったとか言えば良かったのに何正直に答えてんだよ俺!? 

 

《深読みしすぎましたね……》

 

 こんなんだから“無能”なんだろうな……どうしよう? 病院とかマジで嫌なんだけど。点滴のパックと針みたら暴れ出す自身あるぜ。

 

《今から取り繕うのも不自然ですし、本当に分かってませんから何も言えませんし………これは神頼みするしかないですね。申し訳ありません、私が気付いていれば……》

(いや、お前は悪くない。何時だって俺がバカやらかすんだ。でもほんとどうするよ? 流れに任せるしかないのか?)

《そう……ですね。最悪、楯無さんや蒼乃さんになんとかしてもらう形になります》

(また迷惑かけるのかよ……クソ!)

「まあ、ただの風邪だと思いますよ!」

「………え、あ、はい?」

「それより、なんだか怖い顔で思いつめていましたけど大丈夫ですか?」

「な、何でもありません」

 

 顔にでてたのか……まったく、ポーカーフェイスが笑えるな。

 てか、風邪て……

 

(この先生で助かった……)

《全くです……》

 

 見た目とか仕草だけじゃなくて、中身も子供だな。本当に大人なのだろうか? クラスの生徒に弄られている姿しか想像できない。

 

「何か悩みがあるなら相談してくれても良いんですよ? 何たって私は先生ですから!」

 

 エッヘン、と胸を張る山田先生。俺の事気に掛ける事より、急ぎの仕事片付けた方がいいんじゃないんですか?

 

 ~~~~~♪

 

「ひゃあっ!!」

「………先生の携帯ですよ」

「え? あ、ホントですね……すいません」

 

 先生は後ろを向いて電話に出た。外に出ないのは俺がいるからだろうな。……別に逃げたりとかしないのに。

 

「はい、山田です………す、スイマセン~! えっと、実は体調を崩した生徒がいたので保健室で介抱を……はい、はい……担当の先生がもうすぐ来られるので、すぐに変わって……え、今来たんですか!? わ、わかりました、すぐに行きます!」

 

 電話を切ると同時に慌てて先生は支度を始めた。元々持ってきていた資料をかき集めて、バタバタしながら保健室内を走り回っていた。

 

「本当に申し訳ないんですけど、今から外せない用事があるんです! もうすぐしたら保健の先生も来ますから、1人でいてもらっても良いですか!?」

 

 言わんこっちゃない。

 

「………ええ、大丈夫です」

「ありがとうございます!! そしてごめんなさぁぁぁ………」

 

 勢いよくドアを開けて、走り回っていた勢いのままエコーを響かせて去って行った。

 

 ………せわしない人だったな。

 

 開けっぱなしのドアを閉めて、入口から一番遠いベッド目指して歩く。体調を崩した生徒の為の備品なんだ。薬品を勝手に使うわけでもないし、別に良いだろう。フラフラと頼りないが、休んだおかげでさっきよりはまともに歩けるようになっていたので、こけたり躓いたりすることなくたどり着けた。もぞもぞと潜りこみ目を閉じた。

 

 ふぅ……やっと一息つける。大分楽にはなったが、それでも身体は重いし、頭も痛いままだ。名前を聞いただけでこうなるなんてな……俺は相当“織斑”って奴と縁があるらしい。それも悪い意味での。

 

《話の続きをしても?》

(………ああ、そうだったな)

《“織斑”という言葉に反応する心当たりがあります》

(俺には無いんだが……)

《ただの推測ですよ。私は人体の仕組みはよく分かりませんが、1つの仮説を立ててみました。マスターは実験の影響によって記憶を失い、今も障害が残っています。でも“織斑”という人名に反応してしまう。間違いありませんか?》

(ああ)

《マスターは昔の出来事を覚えていません。ですがマスターの“身体”が覚えているのではないでしょうか? 何をされたのか、何があったのか、どう過ごしていたのか、“織斑”という人物とどういう関係で、どう関わっていたのか。マスター自身が忘れていても、実際に動いて触れ合った“身体”が覚えている》

(俺の……身体の記憶?)

《反射と同じようなものだと考えています。後ろから肩を掴まれたら投げ飛ばしてしまうように、ナイフを持てば切りたくてたまらなくなるように……“織斑”という名前を聞いたら、傷つけたくて、殺したくてたまらなくなるのでは?》

 

 反射、習慣、癖、そんなところか。でも、なんとなくそうなんじゃないかって思えるな。『夜叉』の考えを覆すような案は浮かばないし、否定もできないし。

 名前を聞いただけで殺したくなる、それってさ、殺したくなるほど憎い相手だって事だよな? どんな関係だったんだ……?

 

《さすがにそこまでは分かりませんよ。ですが、マスターが“織斑”を憎んでいるのは確かな事だと言えます。でなきゃ、殺したくなるなんてありえないでしょう。それがマスターの一方的な感情なのか、それとも互いに憎みあっていたのかは知りませんが》

(何にせよ、関わりたくは無いな)

《ですが、避けられる問題ではありません。いつか必ず直面するでしょう。同じ学園に居るのですから》

(何とかしないとな、“織斑”って聞くたびに暴れてちゃ世話無い)

《………良いのですか? 拡大解釈になりますが、マスターがしようとしていることは昔を知ることですよ? 下手したら今より酷い精神状態になります。今は何も考えず、休まれては?》

(………そうだな、今は忘れよう。入学したばかりなんだ、時間はまだある。今すぐ知る必要は無いよな)

《まずは身体を休めてください。ゆっくりと学園に慣れて、それから考えてみましょう。マスターに必要なのは時間だと私は考えます》

 

 言ってみればただ問題を先延ばしにしただけだ。良いことじゃないのは分かるが、今は許してほしい。今の俺を狂わせ、過去を知る手がかりである人達が数十枚壁を挟んだ向こう側に居るのだから。

 とにかく疲れた。寝よう。

 

「ああ……そうだな」

「何が?」

「!?」

 

 『夜叉』へ言葉を返して寝ようとした時、声をかけられた。さっきまで俺だけだったし、ドアが開く音もしなかった。先生が後から来るからと山田先生から聞いていたので鍵は駆けていなかったから誰かが入ってくることはできる。だが、俺が気付けないはずが無い。しかし、声の主は入って来た。俺でも拾えないほどの小さな音だけで、ベッドのすぐ脇まで。

 

 袖に忍ばせた特殊合金ナイフをいつでも抜けるようにして、ゆっくりと目を開く。

 

 そこに居たのは……

 

「久しぶりね、一夏君」

「貴女は……当主様の秘書」

「ええ。でも名前は覚えていないのね……」

《天林美里、ですよ》

「(助かる)……天林美里様、ですか?」

「そう! 覚えててくれてうれしいわ~」

 

 森宮現当主秘書、天林美里だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 「その程度なのね……つまらない」

 たっちゃんは痴女じゃないよ! どうすればいいかわからないからとりあえず襲わせようとしているだけなんだよ!

 ………多分



「何故ここに?」

「聞かなくても分かるんじゃないですか? 私は更識の関係者ですから」

「ああ……」

 

 俺は突然現れた天林秘書に、何故ここに居るのか、どうやって入って来たのか、等々、色々と聞いていた。

 

 この人は俺が森宮に拾われる前、姉さんが生まれるずっと前から当主様の秘書として働いてきたらしい。その実態は世界でもトップクラスの腕前の持ち主らしい。だが、現役時代に受けた怪我と、更識の次世代育成の為に一線を退いて、秘書になったそうだ。俺が気付けなかった事が、この人の技術力の高さ、踏んできた場数を物語っている。

 

 いつからこの世界に足を踏み入れたのか知らないが、年齢は40前後と思われる。が、その外見はどう見ても20代前半。無理に若作りしていない、でも綺麗! ということで更識の女性陣から多大な信頼を受けている。らしい。

 

「任務ですか」

「ええ。知りたいですか?」

「どうでもいいです」

「あ……そうなの……」

 

 うわ、すっごいしゅんとしちゃったよ。俺悪いことしちゃったかな?

 

(お嬢様方の護衛とか、その辺りだろ)

《でしたら去年からここに居ることになります。ですが、こちらに勤めているなんて話は聞いていません。恐らく今年からでしょう。で、今年と言えば男性操縦者ですよね?》

(まさか……俺か?)

《後は1組の彼ですね。まぁ、マスターの為だと思いますけどね》

(無い無い。森宮が俺の為に何かするとか絶対にあり得ない。アイツが保健室に来た時、色々とデータ貰うんだろうさ)

《………マスターがそう言うのならそれでいいです》

 

 含みのある言い方だな? ……どうでもいいか。本人がそう言ってるんだからな。

 

「何故保険医を?」

「私が実習なんてしたら皆ここ辞めちゃいますよ?」

「………資格は?」

「あるに決まってるじゃないですか~」

 

 天林秘書は上品に笑いながら、カーテンを閉めていく。

 

「体調を崩されたんでしょう? ゆっくり休まれてください。基本私はここに居ますので、何かあったら保健室までどうぞ。その為に潜りこんだんですから。色々と用意してますよ~。コーヒーとかお茶とかお菓子とか……勿論これもね」

 

 カチャ、と聞きなれた音が聞こえた。……拳銃か。確かに、何かあった時は頼りにしてよさそうだ。

 

 ………本当に? この人、いつもニコニコしてるから良い印象があるが、他の奴らみたいに俺を後ろから撃つんじゃないのか? 確実に俺を殺す為に送られて来たんじゃないのか? もしかしたら今の音は俺に照準を合わせているんじゃないのか?

 

《大丈夫ですよ。今男性操縦者を殺す事に何のメリットもありません。だから何も気にせず、眠ってください》

 

 本当に、いいのか?

 

《何かあれば起こして差し上げます。ほら、もうお疲れなんですから、ね?》

 

 ああ、確かに。すげぇ………眠い。

 

《お休みなさい。愛しのマイ・マスター》

 

 うん……おやすみ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の目の前ではISによる模擬戦が行われている。イギリス代表候補生、セシリア・オルコットVS2番目の男性操縦者、織斑秋介。オルコットはBT適性の高さからイギリスより専用機を与えられ、秋介はデータ収集の為委員会から専用機を与えられた。とはいっても、まだ初期状態なんだが。それでも未だに被弾していないのは流石と言うべきだろう。

 

「織斑君凄いですね~。ISに2回しか乗ったとは思えない動きです……昔からあんな感じなんですか?」

「……そうだな。1度言えば全てを理解し、2度目には完璧にこなす。織斑はそういう奴だ」

「ほえ~。やっぱり“天才”なんですね~」

「秋介……」

 

 感心する山田先生に、心配そうな篠ノ之。対照的な反応に年季を感じるな。私は全く別の事を考えているが。

 “天才”。その言葉を聞くたびに家族を思い出す。“無能”と呼ばれ石を投げられ続けた弟と、私にそっくりの“天才”だった妹を。

 

 

 

 

 

 

 まだ一夏と秋介が小さかった頃、父と母がまだ居た頃の事だ。その日、束の家に泊まる事になっていた私は家を留守にしていた。とても嫌な予感がしていたにもかかわらず、私は無視して束が作った発明品で遊んでいた。

 

 家から私の携帯にずっと電話が鳴っていた事にも気付かずに……。

 

 その結果、次の日の朝、一夏から掛かってきた電話で両親とマドカが居なくなったことを知った。

 その時のことはよく覚えている。一夏がたった一度だけ叫んだからだ。

 

『父さんと母さんとマドカが居ない』

「落ちつけ、どこかに出かけただけかもしれないだろう?」

『は? 何言ってるの?』

「い、一夏?」

 

 いつもと違う雰囲気に私は戸惑った。事務的な返事じゃない、感情がこもった返事だ。それも“怒り”という今まで一度も一夏が見せなかったモノだった。

 

『もしかしてふざけてるの?』

「そんなことはないぞ。ただ、私はただの勘違いかもしれないだろう、と――」

『今は朝の4時だよ。姉さんも父さんも、母さんだって起きてないこの時間に、マドカが自分で起きられるわけないじゃん。俺が起きてるのは俺だからだよ。なのに3人とも居ない、書き置きも見当たらないし、何よりお金も通帳も貴重品も何も無い。ただのお出かけにここまでするの? しないよね。どう考えても夜逃げだよね。そこまで分かったから姉さんに電話をかけたんだよ。いつも言ってるじゃないか、すぐに決めつけないでよく考えてよく調べろって。秋介を起こさないように1時間かけて家中を探しまわった。それなのに、どこかに出かけただけ? 勘違いかもしれない? ふざけるな!!』

「っ!?」

『姉さんいつもそうだよ、俺とマドカには無頓着な癖に、父さんと母さんにはいつもニコニコしてて、秋介ばっかり可愛がってる。秋介が転んだらおぶったりするのに、俺が転んだ時は大丈夫って聞いてくれることすら無い。マドカが指を切った時は無視してたよね。毎年の誕生日の日なんて早く終われってばかりに嫌そうな顔してさ。姉さんは俺とマドカの事なんてどうでもいいんでしょ。むしろ居なくなって嬉しいって思ってるんじゃない?』

「……………」

 

 戸惑うなんてものじゃない。何周か回って驚きだった。

 秋介はとにかく手がかかる子なので、何があっても文句を言わず、我慢する2人には日ごろから感謝している。2人に時間を割いて何かしてあげたい、そう思う事はあっても現実はそれを許してはくれなかった。

 

 いつも何を考えているのかわからなかったが、まさかそんなことを思っていたなんて……。時に私よりも大人びたところが見えていたので安心していたのだが、やっぱりまだ子供なんだな……。

 

『黙るって事はそうなんだね』

「っ!? ち、違う! 私はそんなことを思って――」

『言い訳でもするの? 見苦しいったらないね』

「一夏、私は―――」

『昔言ってたよね、家族とは無条件で愛し合い支え合う存在だ、って。でも姉さんはどうかな? 俺らの事考えてくれてた?』

「当たり前だ! 私の弟と妹だぞ!」

『俺はそう思わない。マドカだってきっとそうだ。俺達の為だけに何かしてくれた? 叱られるときに庇ってくれたことだって無い、勉強を教えてくれたことすらない。愛なんてこれっぽっちも感じないし、支えられてるって感じたことも無い。だから俺は姉さんが――』

 

 

 

 

 

 

 いったい何時からだろう、一夏があんなことを考え始めたのは。……きっと最初からだろうな。

 

 両親が居なくなったため、親戚からの援助金やアルバイトで何とかやりくりを始めた私は、当然家に居ることが少なくなった。おかげで秋介は自分で何でもできるようになり、“天才”という才能を開花させた、そう人から呼ばれるようになった。その代わり、一夏は目に見えて酷くなっていった。元々下2人に色々と持っていかれたのか、あまりデキる子じゃ無かったが、何時しか“無能”と呼ばれるほどになってしまった。関係を修復するなど夢のまた夢、溝は深くなるばかりだった。

 

 何とかしたかった。だから私なりに色々と試してみた。話しかけたり、家事を手伝ったり、遊んだり……。だが、どれも上手くいかない。他人行儀な話し方から言外に「こっちくんな」と言われたような気になってしまうのだ。結果、私は何もできなかった。

 

 束から何度も「捨てちゃいなよ」と言われたことがある。束だけじゃない、会う人皆がそう言う。私はそのたびに怒ってこう言う。

 

「確かに一夏はお前の言うように“無能”なのかもしれない。だが、あいつは私以上に大人だ。冷めているんじゃない、誰よりも冷静だ。物事を落ちついて様々な視点から見ることができる人間はそうそういない。それは時に、どんな才能よりも武器になる。そして一夏はそれを活かせる。あの子は誰よりも良いものを持ってるのさ」

 

 だが、努力空しく、一夏は消えた。どこへ行ったのか誰にもわからない。警察に捜索願を出しても、束に頼んでも、見つかることは無かった。そしてそれは今も変わらない。私個人の人脈を使って探してもらっているが、それっぽい人を見かけたという話すら舞い込んでこない。

 

 死んだ、なんてことは絶対に考えない。必ず探し出して見せる。今度こそ………

 

「織斑先生?」

「………何か?」

「いえ、なんだか思いつめていたように見えたので……」

「考えごとです、お気になさらず」

「はぁ……」

 

 いかんな、山田先生に心配されてしまった。しっかりしなければ……代表時代からの後輩だから何を考えているのかばれてしまう。天然の割に鋭いからな……。

 

 試合の方はまだ時間がかかりそうだ。秋介をみていたら色々と思いだしてしまったな……。気分を変えよう。

 

 席についてインスタントコーヒーを飲む。いつもなら山田先生に淹れてもらうのだが、邪魔するわけにもいかないから、あらかじめ持ってきておいたものだ。昔はお茶ばかりだったが、今ではこちらばかり飲むようになった。これも一夏とマドカが居なくなった影響だろうか? ……流石にこじつけが過ぎるか。

 

 そこでふと思い出した。

 

「山田先生」

「はーい」

「先程電話で倒れていた生徒を介抱していたと言っていましたが……」

「そうなんです! 角を曲がったら森宮君が倒れていたので保健室まで運んだんですよ。すごく驚きました……それにしてもカッコよかったです~。私もああいう人に出会いたいですねぇ~」

「森宮君? ……確かもう1人の男性操縦者、でしたか」

「はい……って織斑先生知らないんですか?」

「ええ」

 

 頷いて、山田先生に近づく。ここからは生徒の篠ノ之に聞かせられない事だ。もっとも、秋介が心配で周りの音なんて聞えちゃいないだろうがな。

 

「なぜか私の所には彼の情報が入って来ない。真耶(・・)、何か知らないか?」

「……普通に考えて千冬さん(・・・・)との接触を避けているってことじゃないんですか? それが更識さんの家なのか、それともお姉さんの考えなのかは知りませんけど。森宮さんとの仲悪いんでしょう?」

「ああ、森宮の妹なのか……確かに私は嫌われているようだからな。近づけるな、と圧力をかけてきそうだ」

 

 理由は知らないが、昔から私は3年生の森宮蒼乃という生徒に嫌われている。まだ私が日本代表だった頃からずっとだ。真耶と同様に代表候補生だった森宮は、初対面の時に唾を吐いてきそうなほど睨んできたな……。

 

 森宮蒼乃、他称“天才”。つまり本物の“天才”だ。史上最年少(ISができてからまだ10年ほどしか経っていないが)で代表候補に選ばれ、これまた史上最年少で国家代表に選ばれた少女。名家更識に仕える森宮家出身の為、非常に戦闘技術が高い。加えて本人のスペックも高いので生身最強と言われているほどだ。恐らく私と対等だろう。

 しかし性格に難有り、とされている。稀に自己中心的なところが見られるのだ。そしてそれらが気にならないほどのブラコンらしい。生徒会長の椅子を蹴ったのも「弟に会えないから」だそうだ。

 基本的に優しく、人受けは良いので老若男女問わず人気者である。

 ただし、織斑千冬(わたし)という例外も居るにはいるが。

 

 その弟か。……気になるな。

 部屋にある情報端末を篠ノ之に見えないように操作して、生徒の情報を閲覧する。教員のみがアクセス、閲覧できるフォルダを開いて“森宮”で検索。引っかかったのは3。そのプロフィールを開こうとした手が一瞬止まる。

 

 “森宮一夏”。

 

 そしてその下には

 

 “森宮マドカ”

 

 ………いや、それは無いだろう。同じ名前の人間なんて五万といるだろう。偶然だ。

 

 震えそうになる手を抑えてフォルダを開く、そこには………

 

---------------

 

名前:森宮一夏 モリミヤイチカ

性別:男

身長:177cm  体重:64.2kg

国籍:日本

親族:父、姉、妹

専用機:純日本製全距離対応高機動型第2世代IS『夜叉』 倉持技研 作

備考

 ○3年生の森宮蒼乃の弟。同じクラスの森宮マドカは妹。シスコン。

 ○姉同様倉持製の専用機を使用する。彼は日本の代表候補ではなく、倉持技研所属である。

 ○幼い頃から精神的障害を持っている。特に記憶、演算が上手くいかない様子。精神に過度な負担をかけないように注意が必要。座学の成績評価に関してはこの点をよく踏まえてつけること。   轡木

 

-------------

 

-------------

 

名前:森宮マドカ

性別:女

身長:159cm  体重:47kg  B:89 W:56 H:89

国籍:日本

親族:父、姉、兄

専用機:イギリス製中距離対応射撃型第3世代IS『サイレント・ゼフィルス』 BBC 作

備考

 ○織斑先生と瓜二つだが、間違えないように。髪の色が違う。

 ○3年生の森宮蒼乃の妹。同じクラスの森宮一夏は兄。ブラコン。

 ○生まれも国籍も日本であるが、専用機はイギリス製。倉持技研とBBCが技術提携し、その証として当機が彼女に与えられた。彼女は倉持技研所属のテスターである。

 

----------------

 

 ………偶然にしては出来過ぎていないだろうか? 髪と目は確かに別人だが、名前と私そっくりだというところが気になる。だが、他にも色々と載っているが不審な点は無い。更識、森宮という家は特殊ではあるが、その点に目をつぶれば普通の学生だ。親との仲はあまり良いとは言えないようだが、姉弟間は非常に良好であることが窺える。うらやましいくらいに。

 

 私の勘はもう黒で良いじゃないか、と言っているが確証も無しに決めつけるのは拙い。立場的にも世間体にも。

 

「織斑君!」「秋介!」

 

 2人の悲鳴が管制室に響いた。顔を上げるとオルコットの『ブルー・ティアーズ』と爆発によってできた煙しか見えない。

 

「ミサイルか」

「はい。オルコットさんの『ブルー・ティアーズ』はBT試験機と聞いていたので、てっきりBT兵器のみかと思ってました。まさかミサイルを隠し持ってるなんて……」

「先生! すぐに中止を!」

「篠ノ之、これはISの模擬戦だぞ。銃弾やミサイルが命中するなど当たり前だろうが」

「で、ですが……」

「よく見ろ、アレにダメージは無い。機体に救われたな」

 

 強化ガラスと電磁シールドの向こう側では煙の中で眩い光りを放つ白式の姿があった。

 

 そして――

 

「その程度なのね……つまらない」

「「「!?」」」

 

 ここにはいるはずのない人物、森宮蒼乃が私の後ろに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電磁ロックを外して管制室に入る。ここの自動ドアは元々あまり音がしないので、少し設定を弄ってゆっくり開くようにすれば時間はかかるが、音も無く開ける事ができた。ヒールが響かせる甲高い音を出さないようにゆっくり歩いて、織斑千冬の後ろに立ち、モニターを眺めていた。

 

 金髪の方はマドカの姉妹機らしい。残念かな、機体の性能を30%ほどしか引き出せていない。偏向射撃ができない時点でたかが知れている。私だってできると言うのに……。同タイプのマドカと、あのISが可哀想に思えるくらいだ。ミサイルをギリギリまで隠し持っていたのは良かったけど。

 

 そしてもう片方のいかにも初期設定という雰囲気のIS。白を基調とした大きなスラスター二基が目立つ。

 

 織斑秋介。一夏の弟。

 

 ビットの射撃を必死に避ける真剣な表情は似てなくもない。身長は一夏よりも低いが、体つきがしっかりしている。見た目からして文武両道という印象をうける。爽やかそうな感じもする。一夏よりずっと人に好かれやすいだろう。

 

 だが、その動きは一夏とは大違いだ。人を本気で殴ったことも無いような人の動き。一手先すら読もうとしない。周りが見えないから自分に向かってくる攻撃しか見えていない。ブレードは握っているだけ。走ってばかりで飛ぼうとしない。360度見渡せるというのに首を振ってばかりでそれを上手く利用していない。

 試験は受けていないそうなので今日初めて乗ったのだろう。そう見れば確かに上手な部類に入る。まず30分間一度も被弾しないのはほぼ不可能と言っていい。流石“天才”と言ったところか。

 

 それでも一夏には届かない。

 贔屓目に見ている、そう言われればそうだ。事前に情報をインストールされていたというのもある。だが、それを差し引いても一夏には及ばない。これは私、森宮蒼乃の確信だ。

 

 だから正直な気持ちを口に出してしまった。

 

「その程度なのね……つまらない」

 

 こっそり見て帰るつもりだったのだけど……仕方ない、少しお話していきましょう。

 

「森宮、どうやって入った」

「こっそり」

「な、何をしに来られたんですか?」

「模擬戦を見て帰るだけのつもりだった」

 

 そんな疑いの目で見られても困る。本当の事なのに……。

 

「あ。真耶さん」

「な、何です、か?」

私の弟(・・・)が世話になった。ありがとう」

「え、ああ、そ、そんなこと無いですよ……私は先生ですから!」

 

 なんだか嬉しそうな真耶さんを放っておいて、千冬さんにカマをかけてみる。この人の事だ、一夏とマドカのことは既に知っているだろうから。

 

「………森宮」

「………」

 

 カマをかけるどころかヒントをあげちゃったみたい……。別にいいけど、一夏は私のモノだから。マドカも気に入らないところはあるけど、私の妹。2人は誰にも渡しはしない。特に、織斑千冬(あなた)には。

 

「織斑千冬、これは警告。分かっているだろうから何にとは言わない。必要以上に近づくな」

「何?」

「本当は同じ空気すら吸わせたくない。でも貴女は先輩だし、感謝しているし、先生。だからとても妥協した」

「だから、必要以上に近づくな。と?」

「そう。これは貴女の為でもある」

「私の為だと?」

 

 名前を聞いただけで発狂しそうになっているのだから、面と向かって会えばどうなるか分からない。もし――

 

「もし、これを破った場合、貴女はただの肉塊に成り果て、私達が背負う業の一つになる。それが嫌なら……家族を大切にしたいなら、近づかないこと」

「…………」

「それだけ」

 

 千冬さんの顔も見ずに私は管制室を後にする。自動ドアの設定を元に戻して、外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な海の中をぷかぷかと浮いている感覚だ。全身を程良い冷たさの上質なゼリーに包まれているようで気持ちがいい。

 

 …………なんだか、すごく懐かしい夢を見た気がする。

 

《きっと昔の記憶ですよ》

 

 声がする方を向くと、キラキラと光る長くて綺麗な黒髪の女性が俺と同じように浮いていた。すらっとした身体と艶のある黒髪からなんとなく大和撫子という言葉が思い浮かんだ。例によって意味は分からないが。響きからして日本関係なんだろう。でもこの女性が着ているのはレースやフリルばっかりの黒いドレスだ。印象と服はミスマッチなんだけど、この人はこれが良いって気分になるのは謎だ。

 

《これは結構気にっているので、そう言っていただけると嬉しいです》

 

 ――お前、『夜叉』か?

 

《肯定。私は貴方の相棒ですよ。精神レベルで同調しているので私のもう一つの姿を見ているというわけです》

 

 ――綺麗だな

 

《私は美少女だって前に言ったじゃないですか~》

 

 真っ赤に染まった頬に両手を添えながらくねくね動き出した。そういう動きもかわいく見えるから不思議だ。………きっとコイツだからだろうな。

 

《それは置いといて、です》

 

 物を横にどける動きをして、真剣な顔を作った。

 

《昔の事は忘れてください。マスターが見るべきものは“今”です。精神状態とか、そういうのを抜きにして》

 

――どうしてなんだ?

 

《過去とは非常に大事なものです。これまでの過去――歴史を振り返って成長していく、それが人間です。しかし、それは時として枷にもなります》

 

 ――そうなのか?

 

《生みの親が現れて、すまなかった、これからは一緒に暮らそう、とか言い出したらどうします? それを言われたらどう思いますか?》

 

 ――分からない。でも、ふざけるな! って叫ぶと思う。それから色々と言いまくって、殴りまくるだろうな。俺とマドカを売っておきながら何してたんだよ! って感じで。ああ、色々考えてたらムカついてきた。多分俺は許さないんじゃないかな?

 

《蒼乃さんとマドカちゃんが現れたら? 楯無さんと簪ちゃんが居たら?》

 

 ――嬉しい。昔はよくわからなかったけどさ、今はなんとなくわかるんだ。自分は嫌われていないって。それでさ、俺は4人に会えるのが楽しみなんだって、こんな俺と一緒に居て笑ってくれる人が居るんだなって、そういうのが思えるようになった、と思う。なんか言葉変だな……

 

《そんなことありませんよ♪ 喜ばしい限りです。つまりはそういう事なんですよ》

 

 ――どういう事だよ……

 

《捨てた家族か、拾った家族か。捨てた、そう一方的に決めつけるのは良くないと思いますが、この場では比較しやすく捨てたと言いました》

 

 ――てことは、だ。捨てた家族が現れても、俺は拾った家族を選ぶのか?

 

《決めるのはマスターですよ》

 

 ――じゃあ拾った家族を――更識と森宮を選ぶんだろうな、俺は

 

《どちらを選ぼうと私はついて行きますから安心してくださいね♪》

 

 ――そいつは助かる

 

《クスクス。さぁ、そろそろ起きましょうか。家族がお待ちですよ》

 

 ――ん、そうか。わかった

 

 起きよう。そう思った瞬間、俺は身体を置いて意識だけが海から浮上していった。

 

 

 

 

 

 

《でもマスターは優しいですから、きっと拾った方も捨てた方も選ぶんでしょうね……》

 

 

 

 

 

「おはよう、一夏」

「おはよう姉さん……って今夕暮れじゃん」

「起きた時にとりあえずおはようって言えば大丈夫」

「そうなの?」

「そう」

「そうなのか……」

 

 ちょっとしたカルチャーショックだ。

 

「兄さん、具合はどう?」

「頭痛は治まったよ。心配かけてゴメンな」

「そんなこと無い! 兄さんが無事ならそれで良いんだ」

「ありがとう。俺もマドカが居たら嬉しいよ」

 

 ぽふ、と頭を撫でる。目を細めてんーってする仕草が猫みたいで可愛いな。

 

「ごめんなさい、私のせいで……。クラスのみんなには私から言っておいたから……」

「簪様の……誰のせいでもありませんよ。お気遣い、ありがとうございます」

「そんな……」

「悩まないでください。別の理由で頭が痛くなりそうです」

「じゃあ、止める」

「そうしてください」

 

 にぱーっと笑ってください。私はそれだけで十分です。

 

「はい、これ。私のお手製だから結構効くわよ~」

「マドカ、これをトイレに流してきてくれ」

「ちょっと!? 今回はちゃんとした栄養ドリンクなのよ!」

「冗談です」

「はぁ……あなた、最近私の扱いが雑過ぎない? これでも主なんだけど……」

「そんなことはありませんよ。全てをそつなくこなされる楯無様のお姿に毎回憧れております」

「え、そ、そう?」

「勿論でございます。私には到底できない事を平然とやってのける。いやはや、私もああなりたいものです――」

「じゃあいっぱい色々なものを見て練習しないとね。わ、私の隣に居ればそういう機会はたくさんあるから良かったら――」

「具体的には水着1枚で私の部屋に突貫してきて、簪様とマドカの目の前で堂々とハニートラップを仕掛けてきたり」

「副会長に………え?」

「シャワーを浴びている最中に裸ワイシャツで入ってきたり」

「え、いや、ちょ……」

「私が起きていることを知っていながら全裸でベッドに潜り込んできたりとかですかね」

「そ、それは、そのぉ……」

 

 溜めこむばかりの男子の精神を極限まですり減らしてくれたお礼ですよ! まったく……こっちの身にもなってほしいものですな。

 それに、露骨すぎるんですよ。嫌いじゃありませんが、応えるわけにはいかない私には本当に地獄なんですって。

 

「ちょ、ちょっとしたドッキリのつもりだったのよ! ほら、私そういうの好きだし!」

「水着」「ワイシャツ」「全裸」

「うぐっ!?」

「お茶の中にその気にさせる薬が入っていたこともありましたね」

「火に油を注がないでぇーー!」

「「楯無」」「お姉ちゃん」

「はひっ!」

「「「死刑」」」

「いぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 保健室の叫び声は校舎中に響き渡ったとか何とか。

 




 とりあえずノータッチで。

 一番悩んだのがプロフィールの部分でした。多分1時間ぐらい。
 平均身長と体重とスリーサイズと………自分の欲望がにじみでてますね……。マドカは千冬さんの妹だからきっとすごいグラマーなお姉さんになるんだろうなぁ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 「一夏が負けるところ、見たくないな」

「編入生?」

「ええ。昨日、楯無様から聞いたのですが、2組に中国の代表候補生が来るとか。第3世代型の専用機を持って」

「兄さん、入学早々編入って普通?」

「変だ」

「わかった。兄さんがそう言うならその女は変だ」

 

 妹のまちがいを指摘するべきなんだろうが、とうの昔に諦めているのでスルーする。問題は編入生だ。この時期に来るという事は間違いなく男性操縦者のデータが目的だろう。2組なのは恐らくアイツ狙いだ。

 

《いつかはマスター狙いの国が出てきてもおかしくは無いでしょう》

(日本は何とかなる。ロシアも同じような理由で大丈夫。百歩譲ってイギリスもか?)

《イギリスは微妙ですね。脅迫すれば間違いなく干渉してこないでしょうけど……他の国はそうもいかないでしょうね》

(ああ)

 

 どうしたものか……。あと数ヶ月もすれば各国の代表候補生が俺の所にも来るのだろうか? わざわざ本国から編入してきたり、毎時間授業の合間や放課後に付きまとってきたり……どう見てもストーカーじゃねえか……。というか女の子が俺に付きまとうところを想像するとか、ただの自意識過剰だろ。

 

「一夏?」

「少し考えごとを。私の所にもそういった輩が来るのかと……」

「……多分。でも、お姉ちゃんと蒼乃さんがいるから……」

「何時までもおんぶにだっこというわけにはいかないでしょう? 私で何とかしたいのですが、生憎社交性なんてものは持っていませんので……うまくあしらえるか心配です」

「大丈夫だよ、兄さん。私がゴミ掃除するから!」

「ん、そうか。ありがとな」

「えへへ」

 

 ゴミ掃除、の部分を自分の都合の良いように脳内変換して、俺の為にと言ってくれたマドカを撫でる。普段とはまるで別人のような笑顔だな……そこがマドカの可愛いところでもあるんだけどな。

 

《マスターだけですよ。そう考えてるの》

(姉さんもだぞ)

《……そうでしたか。ここは本当にシスコンばかりですね》

 

 妹を可愛がることの何が悪いというのだ……。

 

 とまあそれは置いといて。

 男性操縦者のデータを求めて各国がここIS学園に代表候補生、もしくは代表を送ってくるだろう。既に中国は動いているわけだし。ISの技術が発展していて尚且つ1学年に代表候補生が居ない国……ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、オーストラリア、カナダ、オランダ等々、急に編入してきそうな国はまだまだある。俺も無関係じゃいられないな……。

 

《今は気に留める程度でいいと思いますよ。前も言った通り、とにかくここでの生活に慣れましょう。考えるのは余裕ができてからです》

(悩みが多いな……“織斑”といい代表候補といい)

《ふぁいとっ、おー♪》

 

 まぁ、頑張るさ。心の準備だけしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終礼後。

 

「頑張ってね、一夏」

「兄さんなら大丈夫だよね」

「森宮君頑張ってね」

「スイーツの為に!」

 

 その他諸々、つい先日まで俺は空気だったはずなのに、いつの間にかフレンドリーに接してくるようになったクラスメイトから応援される。

 何でかって?

 少し遡ろう。

 

 

 

 

 

「大分先の話になるが、クラス対抗戦を行う」

 

 教室に入ってきて号令をかけてすぐの一言がこれだ。無駄に前置きを用意しない、結果からズバッと行くのが我らが教師、大場先生だ。

 

「クラス対抗戦?」

「そうだ」

 

 誰かのつぶやきに先生が応える。

 

「毎年恒例の行事でな、1年生の大体の実力の把握、IS戦の雰囲気を感じたりと様々な目的がある。初めてのクラス単位で挑む行事でもあるから、一致団結して交流を深めるとかそういう意味合いも無いわけじゃない。私としては教員の打ち上げで飲みに行くのが楽しみだ」

 

 非常に素直だ。これが我らが大場教師である。

 

「誰が出るんですか?」

「クラス委員だから、4組は森宮ってことだ。良かったなお前等、専用機持ちが代表で。優勝したクラスにはデザート券半年分だぞ~」

『!?』

 

 

 

 

 

 

 ということだ。皆が応援してくれているわけだが、その真意は「絶対に優勝しろよ!」ってとこだろう。

 デザートはどうでもいいが、こういった勝負事で負けるわけにはいかないので、優勝しようという気は十分にあるし、勝てるという自信も少しはある。安全が約束された環境で訓練してきた候補生なんて目じゃない。油断はしないが容赦もしないぞー。

 

「まあ、頑張る」

「もっとやる気出せよ! なんでそこで気の抜けた返事が返ってくるんだよ! もうちょっと声出せよ! もっとぉぉ! 熱くなれよぉぉぉぉぉ!!!」

 

 修○先生、自分はその熱さと一生縁が無いのです。

 

「適当にやるさ。勝てばいいんだろ? どうせ殆ど素人なんだから軽くでいいだろ。これでも現生徒会長とは互角にやれるんだぞ」

「えー、でもなー」「心配だなー」「デザート~」「お米食べろ!!」「欲しいな~」

 

 ブーイングの嵐と修○先生のありがたいお言葉が襲いかかってくる。

 当然か。学園最強と互角とか、素人扱いしたりとか、どう考えても舐めて掛かってやられる奴の台詞だよな。俺もそう思う。

 

 でもな、やる気はあっても本気は出せないんだよ。『夜叉』で本気になったら多分相手が死ぬ。絶対防御なんて紙みたいなものなんだって。

 

 詳しくは言わないし、そもそも企業秘密なので言えないし、勝手に使えない。『夜叉』のお披露目は楯無様と姉さんの許可が必要なのだ。

 という事で今回は打鉄を使う。それでも勝てる自信はある。不器用な俺からの目に見えるハンデとでも思ってくれ。

 

 この事を伝えると更にブーイングが襲いかかる。もはや台風、ハリケーン、サイクロン、ダイ○ン掃除機。

 

「くっ……どうあってもやる気を出さないつもりね!!」

「こうなったら……更識さん、マドカちゃん、ちょっといい?」

「「?」」

 

 だからね、俺の専用機は使えないの。ピーキーすぎてリミッター掛かってるけど、それでも酷いんだって。俺もね、辛いんだよ。折角要望通りに仕上がったってのに、危険すぎるからってリミッターかけられてさ、展開するのに許可取らないといけないんだ。『夜叉』も新しい身体を気にいってるんだぜ? マドカ、お前も言ってくれ。俺は訓練機でも大丈夫だって。………うん、俺の目とかどうでもいいから。

 

「い、一夏?」

「はい?」

「専用機が使えないの知ってるから、打鉄で対抗戦に出るのは何も言わないけど……」

「………」

 

 嫌な予感がするなぁ……にやにやしてる奴がいるし。

 

「一夏が負けるところ、見たくないな……」

「ぐはっ!」

「兄さん……」

「な、なんだ……」

「一度でいいから、デザートでお腹いっぱいになってみたい」

「げふぅっ!」

 

 強烈な顔面パンチからのアッパー、追い打ちの踵落とし。そのどれもが殺人級の威力を秘めていると来た。これは……無理だ。

 

 なるほどな。簪様からの言葉と、マドカのお願いなら俺が腰を上げると思ったんだな。的確な判断だ。俺には対抗する手段は無いし、する気も無いし、そもそも出来ない。というか最初からやる気は出してるんだって……。

 

「マドカ」

「ん?」

「兄さんに任せろ」

「やった! ありがとう兄さん!」

「簪様」

「な、何?」

「必ずや、貴女に勝利を捧げましょう」

「う、うん」

 

 マドカの頭をぽんぽんと撫でて、簪様には片膝をついて頭を垂れる。いい加減反射的にこの行動をとるようになってしまった。俺は早々に慣れたが、簪様はそうではないらしく顔が真っ赤で、始めて見たクラスの面々は黄色い歓声をあげた。

 

 

 

 

 

 

「あれでいいのか? 妖子」

「ちゃんとしたから、約束の……」

「はいはい、分かってる。これ、報酬よ」

「ふふふ、これで1ヶ月は心配しなくて済むな」

「はぅ……かっこいい……」

(………森宮君の写真数枚で色々引き受けてくれるんだから助かるわ~。チョロいわね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの俺は毎日放課後にアリーナへ赴いた。理由は勿論、対抗戦で勝つためにだ。しかし、展開するのは『夜叉』ではなく『打鉄』。経験や実力の差に甘えるつもりは更々ない。勝利を確実なものにするため、俺は『夜叉』しか乗ったことが無いので、『打鉄』に慣れようと思ってのことだ。

 

 とにかくスペックが低い。専用機と比べれば仕方のない事だが、それでもやはり低いと言わざるを得ない。俺の場合、比較対象が『夜叉』や姉さんの『白紙』だからというのもあるだろうが。

 そして、動かしづらいのが一番困った。俺がISを動かせるのは『夜叉』と“シンクロ”して対話し、『夜叉』が俺を搭乗者と認めたからだ。コアが変われば当然、俺はISを1mmも動かせない。ではどうやって動かしているのかというと、『夜叉』を中継して電気信号を送っている。『打鉄』は『夜叉』を搭乗者だと御認識させている状態だ。本来なら必要無い工程を挟んでいるので、動きが鈍るのは必然だと言える。

 動かしづらい、遅い、なんて言ってもせいぜい0.5秒ほどだ。だが、0.01秒が生死を分けることを知っている俺としては、この遅さは結構怖い。が、今回ばかりはしょうがない、割りきろう。

 

 幸いなことに、大場先生は対抗戦で『打鉄』を使う旨を伝えると、優先的に機体を回してくれるように手配してくれた。しかもずっと同じ機体を使っていいそうなので、こっそり設定値を弄ったり、武装を変えたりと少し手を加えた。反応速度と機動関係の出力を限界まで上昇させることで、何とか第2世代専用機辺りの速度が出るようになった。おかげで各部のストレスが激しいので、使用する度に換装しなければならないが。

 

 設定を弄って、『打鉄』を乗り回し、最後に消耗の激しいパーツを取り替えて、学園側に返却する。これを毎日ひたすら繰り返した。

 遠中近どの距離でも戦えるので、どれも等しく同じぐらいの練習を行った。個人的には近~中距離が得意なので、特にこの部分を集中的にした。

 

 とりあえず、これで大丈夫だろう。すくなくとも、同じ『打鉄』で対抗戦に出場する女子には負けない。

 問題は専用機持ちだ。確認しているだけで、1組、2組がいる。毎年、専用機を持って入学するのは多くて3人。いない年もあるらしいので、クラスに専用機持ちが別に珍しくは無い。代表候補生がいないクラスだってあるくらいだ。今年は色々とイレギュラーなことが起きているのでかなり多いが、以前も話した通り、まだ増えるだろう。

 

 1組は……アイツ、2組は中国、この2人がどういった戦い方をするのか、抽選が決まって観戦する余裕があれば是非とも観て、対策を立てたいところだ。機体で既に負けているのだ、足りない部分は実力と経験と情報で埋めるしかない。

 

 というわけで、マドカにも手伝ってもらいながら、俺なりに情報を纏めてみた。

 

まずは1組。

織斑秋介。専用機『白式』。第3世代型。武装は『雪片弐型』という刀のみという、近接戦闘オンリーなIS。ハンドガンや小さなシールドを搭載する余裕すらないらしい。だが、その分性能はずば抜けて高い。特に近接戦闘において重要な機動性と旋回性、繊細かつ丈夫なマニピュレーターと関節部は目を見張るものがある。最も特筆すべきはその攻撃力。『雪片弐型』は物理刀、ビーム刀どちらも使えるという優秀な武器であり、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『零落白夜』は一撃必殺の威力を誇る。その戦闘スタイルや、ISの性能、何より単一仕様能力は、かのブリュンヒルデ、織斑千冬を彷彿とさせる。実力はまだまだだが、搭乗者は“天才”と呼ばれている。呑み込みの早さ、それをすぐに扱いこなし応用する柔軟性、同学年の数十歩先を行く知力等々、可能性を秘めている。将来有望な優良物件として、女子からの人気は非常に高い。こうしている間にもうなぎ登りだろう。だが、織斑千冬がそれを認めるかと言えば99.999999%の確率でNOだろうが……。

 

 次に2組。

 凰鈴音。専用機『甲龍(シェンロン)』。分類は第3世代。柄の短い二振りの青龍刀『双天牙月』と当ISを第3世代たらしめる『衝撃砲』が主な武装。第3世代型共通の課題である“燃費の悪さ”というところに着眼し解消した機体。全体的に安定した性能を持ちつつ、パワータイプの中でもなかなかの破壊力を秘めている。『双天牙月』は柄を連結させてることで双刃刀となり、ブーメランのように投擲することが可能。『衝撃砲』も含め、中距離での戦闘、援護もそつなくこなせる。『衝撃砲』だが、これは周囲の空間を圧縮、砲身を形成して放つ見えない空気の弾丸と言えば分かるだろう。砲身による弾道の見切り、射角修正等の必要が無い為、短い時間で高威力の弾をばら撒くことができる。そこそこの弾幕は張れるが、連射は向いていないので注意が必要。逆に言えば、そこを狙うと良い。ISのハイパーセンサーは360度見渡す事ができ、『衝撃砲』に制限は無いので基本死角は無いと思っていい。自分から近づくのではなく、向こうから近づいてくるのを待って、自分の距離に入ったところで畳みかけるのがベスト。典型的なツンデレで、貧乳。これを言うと怒るらしいので注意が必要。

 

 ………うん、少しばかり必要ないものが入っていたが、大体分かった。専用機の情報は基本後悔しなければならないので、こちらでもある程度のデータは手に入る。これはかなり貴重な情報だ。それとは別で、実際にどういった戦い方をするのかもまた重要である。情報とは、とても貴重なものだ。

 

 練習の片手間に情報収集をしていると、あっという間に前日になった。明日の準備のために、今日の授業は早めに終わり、アリーナの調整に入る。本番当日は試合前にISに乗ることはできないので、調整までの間に最終確認等を終えて、万全な状態を作らなければならない。自然と気が引き締まる。

 

 勿論俺も行く。1日の休みは3日の遅れ、なのだ。1日でも鍛錬を怠ってはいけない。

 

 更衣室へ向かう途中、1人の女子とすれ違った。見るからに貴族、といった雰囲気の奴だ。

 

「あら? もしかして、貴方が森宮一夏?」

「だからなんだ」

「確か4組の代表でしたわね。という事は今から最後の調整に入るのかしら?」

「分かっているなら通してほしいものだな。今日のアリーナの使用時間が短いのは知っているだろう? えーっと……」

「失礼しました。私、セシリア・オルコットですわ。イギリス代表候補生でして、専用機は貴方の妹のマドカさんが使われている『サイレント・ゼフィルス』の姉妹機、『ブルー・ティアーズ』です。今後ともよしなに」

「自己紹介なんぞ意味は無い、俺の事だからどうせすぐに忘れる。で、何か用か?」

「企業所属のパイロットだそうで」

「それが?」

「私達1組代表の秋介さんは“天才”ですわ。私が色々と教えて差し上げたのですが、わずか数週間足らずで様々なことを身につけられ、今では代表候補クラスの実力をお持ちです。貴方も専用機をお持ちのようで。きっと、いい勝負ができるでしょう」

「それで?」

「もしトーナメントで当たることがありましたら全力でお相手してあげてくださいな。経験では秋介さんは貴方より劣っているのですから」

 

 こいつは言外に「踏み台になれ」と言っているようだな。オブラートに包んだつもりのようだが、少しも隠せていない。尻尾じゃなくて全身が丸見えだな。現代の典型的な女性だ。無条件で女性は偉く、これまた無条件で男性は家畜同然だ、そう思っている奴だろう。この手の奴は嫌いだね。ISが産んだ負の遺産と言ってもいい。

 

 ここではっきりそう言うと面倒なので、適当にスルーしておく。

 

「そうだな、そうさせてもらおう。元より、手を抜くつもりなどない」

「そうお伝えしておきますわ。それでは」

 

 彼女――えーっと……イギリスの候補生は優雅に去って行った。見た目はホントに可愛いのに、中身がアレじゃあな……。

 

《そんなこと言ってる場合ですか。はやくいきましょう》

「そうだな。なんか久しぶりにお前と話した気がする」

《気のせいです。気にしたら負けです》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。風呂上がりの身体を覚まさないようにココアを飲みながら、各クラス代表の情報をチェックしていた。俺は忘れるだろうから、『夜叉』に覚えてもらっているところだ。どこも代表候補生が代表になっているようなので、そう簡単に勝負が決まることはそうそうないだろう。対策を練っておいて損は無い。

 

「兄さん、もう寝た方がいいんじゃない?」

「俺があんまり寝れないの知ってるだろ。眠くなったら寝るから、先に寝てていいぞ」

「兄さんより先に寝たりなんてしないよ。待つ」

「………ったく、しょうがない奴だな」

 

 寝れないから寝ない→じゃあ私も寝ない→仕方ない奴め→結局寝る。週に3回はこのやり取りをしている気がする。実際もっとしているかもしれない。なんとなく、マドカが楽しんでいる風なので付き合っている。

 

「電気消すぞ」

「うん」

 

 枕元のスイッチを押して電気を消す。カーテンも締まっているので月明かりも無く、部屋は真っ暗になった。

 

 枕を置いて、マドカがゴロゴロと転がってきてしがみついてきた。本来は2つのベッドの間には仕切りがあるのだが、マドカの要望により、仕切りを取り払ってベッドをくっつけている。これが意外と広くて俺も気に入っている。

 

「兄さん」

「なんだ」

「明日、頑張ってね」

「ああ」

「あんな奴に負けちゃ……嫌だよ」

「……ああ」

 

 あんな奴、というのは1組のアイツ――織斑秋介の事だろう。俺もよくわからないが、負けられないという気持ちが湧いてくる。それと同時に、マドカに、簪様に、ついでにクラスメイトに、デザート券を持って帰りたいとも思う。特に、マドカには。

 

「マドカ」

「何?」

「俺たちは、まっとうな生き方をしてきていないよな」

「うん」

「身体中弄られて、無理矢理人殺しをやらされて、自由な時なんか無くて」

「……うん」

「だから俺は勝ちたいと思っている。お前にデザート券をこの手で渡したいってな」

「………」

「お腹いっぱいデザートを食べたいって言ったろ? その時俺嬉しかった。ようやく我儘言ってくれたなって。それが俺の腕にかかっているって考えたら、もっと嬉しくなった。マドカに年頃の女の子らしいことをさせてやれるって、そう思った」

「そんな……我儘なんて……。妖子が兄さんのやる気を出させてほしいって言ったから……(写真をやるって言ってたから……)」

「だったら普通に頑張ってで良いだろ。でもそれを言ったって事はそう言う事なんだよ。だから嬉しかった」

「そうかな?」

「そうだ。だから頑張るよ」

「うん、頑張って」

 

 しがみつく腕の力が微妙に強くなった。返すように俺も抱きしめ、頭を撫でる。

 

「お休み」

「お休み」

 

 今日は久しぶりにぐっすりと寝れそうだ。

 

 




 セシリア初登場。
 本人はただ単に「いい試合をしよう!」と本人なりのエールを送ったにも関わらず、一夏は喧嘩を売られたと思って激オコぷんぷん丸。言葉って怖いね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 「蹴散らす」

 新ヒロイン登場! おかげで後半ぐだった感が……


 日は変わってクラス対抗戦当日。この学園は一学年10クラスあるので、今回の出場者は10人となる。俺含む10人は一番大きな第1アリーナに集まっていた。綺麗に1列に並んで、学園長を始めとしたお偉いさんや、来賓来客がズラッと並んでいる観客席を向いている。既に開始時刻を過ぎているので、開会式を執り行っている最中だ。たった10人しか参加しないのに開会式を行う必要があるのだろうか?

 

《外から客を招くからでしょう。確かに内輪事ではありますが、人に見られる以上必要なんだと思いますよ》

(面倒くさい……)

《そう言わずに。ほら、マスターの出番ですよ》

(ああ)

 

 参加者側の出番と言ったらアレしかない。選手宣誓。体育祭じゃあるまいし、なんでこんなことを……と楯無様に聞いてみた。

 

「1年生初の行事でしょ。これから頑張ってね! みたいな意味があるらしいわ。IS学園には普通の体育の授業はあっても体育祭は無いから。あ、ちなみに私もしたわよ。滅多に出来ることじゃないし、名誉なことなんだからやっておきなさいな。一夏がそう言う事に興味が無いのは知ってるけどね」

 

 らしい。分かるような分からないような話だ。行事には積極的に参加するタイプじゃ無いので体育祭の有無なんてどうでもいい。

 

「選手宣誓。4組の森宮一夏が、選手宣誓を行います」

《ここでマイクスタンドまで進んでください》

 

 式を進行するにあたって、必要な行動やセリフなどをかかれたカンペを『夜叉』が思いだして俺に指示する。A4数枚にわたって書かれていた指示を俺が覚えられるはずもなく、少しも悩まずに『夜叉』に丸投げした。

 しかし、流石のこいつも全部覚えるのは無理だった。そこで、どこでどう動けばいいのかだけを覚えてもらい、残りの部分……台詞はデータ化して網膜投影することで解決した。

 ということで、俺の目にはプリントが丸々映っている。これでテストも安心だな。

 

「宣誓、我々10名は――――」

 

 後は読むだけ。ルビも振っているので抜かりは無い。

 

 緊張することも無くあっさりと終わり、開会式は終わった。

 

 

 

 

 

 学園にはIS実習用のアリーナが、グラウンドや体育館とは別に幾つも設けられている。当然授業はそこで行われるし、放課後の自主練習や今日のような試合などもここだ。しかし、どれだけアリーナが大きくても全学生を1つのアリーナに収容し、観戦することは不可能に近い。外や控室、観客席とは別に、観戦室などもあるが難しいだろう。

 なので、トーナメント式の試合、大会が行われる場合は他のスポーツ同様に会場を分ける。見たい選手や試合が行われるアリーナへ向かうのだ。重なっても後で学園の端末から視聴できるので問題ない。

 

 俺は開会式が行われた第1アリーナに待機している。1回戦がここなのだ。色々と言いたいことがあるが、組み合わせは自分たちが引いたクジで決まったので文句は言えない。

 相手は6組のイタリア代表候補生。専用機は無いが、基礎的な技術と無駄のない素早い動きが武器と聞いている。優勝候補の1人ということで、非公式に行われているトトカルチョでのオッズは低い。

今回の出場者は学園が認める範囲内なら『打鉄』もしくは『ラファール・リヴァイヴ』の設定を弄ってもいいことになっている。少しでも『夜叉』の速度に近づけるために俺も弄った。恐らく、相手は俺同様に速度特化に調整してくる。射撃も近接もこなすバランスタイプだそうで、どんな戦法を取ってくるか読みづらいがまぁ大丈夫だろう。

 

 ピットにはクラスメイトと先生2人が応援に来ていた。正直気が散るので簪様とマドカ以外とっとと観客席に行ってほしいが、流石に我慢している。その程度の社会性は持っているつもりだ。

 

「コスプレ?」

「違う。俺の専用機専用のISスーツだ」

 

 そして面倒なことに事あるごとに俺のスーツを弄ってくるのだ。珍しいのは分かるが、集中しているのだから空気を読んで後日聞くとかしてほしい。

 

 ISスーツは操縦者の電気信号を少しでも効率よくISに送る為のスーツである。着用義務は無いが、ある方が良い。最近になって、耐弾耐刃性能もついたそうだ。安全性を考慮して、と言えばそれまでだが、ISがますます軍用化していっているとも言える。

 話が逸れた。

 女性用の場合、スクール水着にオーバーニーソックスにブーツを履く。男性は例によって前例がない為、比較のしようがない。織斑は短パン半袖(へそ出し)なのでそれに比べたら確かに変だ。というか女性用から見ても変だ。

 

「全身なのはまあ分かるんだけどさ……」

「なんで所々に機械がついてるの?」

「お腹とか太ももとか二の腕とか中途半端に肌が見えてるんだけど」

「いえ~、いっちーせくしぃ~」

 

 まず全身スーツ。これはまだいい、調べたところ、無いわけではないらしい。問題なのはちらほらと肌が露出していること、スーツの各所にアシストデバイスが取り付けられている事だ。背中、膝と肘から先は機械で覆われており、言われた通り、二の腕、脇腹、足の付け根部分の太ももはスーツではなく肌が除いている。本当に肌ではなく、特殊生地で透明になっているだけなので、他の部分同様しっかりと身体を保護してくれる。

 すごく簡単に言うなら、最近のロボットアニメのパイロットスーツと言えば、誰もが納得するような見た目をしている。これを始めて着たとき、簪様が少し興奮していた。アニメ好きな人なので、似たようなものを見たことがあるのかもしれない。

 始めて見た時は俺も嫌だったが、女装よりマシだと思って諦めて着ることにした。着心地は割と良い方なので気にいっている。

 

「本音様、何故ここに?」

「応援に来たのだ~」

「1組……でしたよね?」

「いかにも! デザートは惜しいけど、おりむーよりいっちーに勝ってほしいから抜けだしてきたんだよ~」

「はぁ……」

 

 いいのだろうか? ……本人が良いって言ってるんだからいいか。更識>布仏≧森宮という組織図なので、上の人が言う事に俺に口答えする権利は無い。結構個性的な人なので返しに困るが、見ているだけでなんとなく楽しくなったような気分になるので、本音様はこのままでいいと思っている。

 

「そろそろ戻らないといけないから行くけど、ちゃんと応援してるからね~。かんちゃん泣かせちゃだめだよ」

「存じております」

「よしよし。じゃあね~」

 

 長い袖をぱたぱた振りながら、本音様はこっそり出て行った。気付かれずに抜けだすあたり、流石更識専属メイドだなと思う。気が抜けているようで、見ている所は見ているし、勘も鋭い。

 

「そろそろ時間になりますので、席までお戻りください。クラス全員分の席は用意されているのでしょう?」

「うん、そうする。頑張ってね、一夏」

「兄さんだったら優勝できるよ」

「ありがとうございます」

 

 やり取りを終えると、クラスメイトを連れて簪様とマドカはピットから出て行った。

 

試合開始まであと数分。最終チェックも済んでいるし、アリーナへ出よう。

 

「いくぞ」

《ちゃんと手加減しましょうねー》

「わかってるさ」

 

 待機状態の『打鉄』を起動させ、開いた装甲に手足を突っ込んで纏う。視界と思考がクリアになっていき、『夜叉』との違いに酔いそうになりつつも我慢して歩く。

 

 アリーナから歓声が上がった。空中投影ディスプレイにはちょうど向こうの『ラファール・リヴァイヴ』がピットから出てきたところを移している。

 

「ハッチ開放」

《ハッチ開放完了》

 

 薄暗いピットに眩い光が差し込む。ハッチから見える景色の先から、6組代表がこちらをじっと見ていた。随分と警戒されているな。

 

「なんだっていいさ」

《?》

「蹴散らす」

《おお、怖い怖い》

 

 カタパルトに足を乗せ、アリーナへと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めまして、であってるか?」

「ええ。ベアトリーチェ・カリーナよ」

「森宮一夏だ」

 

 目の前の女子――6組クラス委員、イタリア代表候補生ベアトリーチェ・カリーナと握手を交わす。お互いの右手を部分解除して、手を握った。

 

 金髪碧眼のセミロングヘアーなんて本当にいるんだな。

 

「何か失礼なことを考えてない?」

「いや、初めて金髪碧眼の女子を見たんだが、結構綺麗だなと思ってた」

「そ、そう? 実は自慢なのよね」

「自分の身体に自信を持つことは誇らしい事だと思うぞ」

「ありがとう。貴方みたいな男子もいるのね」

 

 にっこりと満面の笑みを浮かべるベアトリーチェ。俺みたいな男子って……何を言ってるんだと思うが、彼女は男と何かあったと推測する。聞こうとは思わないし、聞く気も無いのでスルー。

 

《先日すれ違ったイギリス代表候補生も金髪碧眼ですよ?》

(そんな奴いたっけ?)

《居たんです》

 

 忘れた。これっぽっちも思いだせないって事はその程度って事だ。忘れていい。

 

「お互い正々堂々と試合(しあ)おう」

「望むところよ。こんな公の場で、全学年(・・・)実技首席と戦える機会なんてそうそうないしね」

「ただの噂を信じるのか?」

「目の前に立って確信に変わったのよ」

「そうか」

 

 入試の実技試験の際に、担当教員を3秒でKOしてしまったので、全学年合わせて最も強い=実技首席なんて噂が立っている。自信が無いわけではないし、3年生だろうと負けるつもりは無いが、学園における最強は生徒会長に与えられる称号だ。楯無様の名誉に傷をつけるような行為をするはずが無いので、俺としては否定の位置を取っている。楯無様より姉さんの方が強いのは秘密だ。

 

 何にせよ、首席だろうが次席だろうが底辺だろうが、この場で向かい合うならやるべきことは1つ。

 

「簡単に墜ちてくれるなよ? ベアトリーチェ」

「そっちこそ、黒焦げのハチの巣になっちゃダメよ? 森宮」

 

 シールドエネルギーが0になる(息の根を止める)まで、戦うだけ。

 

 試合開始のブザーと、観客の歓声が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬時に近接ブレードをコールして飛び出す。ベアトリーチェも同じことを考えていたようで、『打鉄』と『ラファール・リヴァイヴ』はアリーナの中央でぶつかりあった。

 

「見た目に寄らず、血の気が多いのかしら?」

「長引けばそれだけ手の内を晒す事になる。早めに決めさせてもらおうか」

「随分と先を見ているのね。そんな事だと――」

 

 ベアトリーチェはわざと力を抜いて鍔迫り合いの拮抗を崩した。スラスターの噴射を止めるも間に合わず、前かがみになって体勢を崩した俺の胴を狙って2本目のショートブレードを振りかぶる。

 

「――足元を掬われるわよ!」

 

 迫ってくるブレード。対する俺は身体をひねって、ちょうど『打鉄』の浮遊シールドがブレードの軌道上に来るように体勢を変える。

 

 ガキンッ!

 

「嘘ッ!?」

「さっきの言葉、そのまま返すぞ」

 

 スラスターを噴射してその場で一回転。ブレードが弾かれたことによってガラ空きになった胴を全力で切り裂き、その勢いで回し蹴り。モロにくらったベアトリーチェはきれいにアリーナの電磁シールドまで吹き飛んだ。

 

「痛っ!」

 

 電磁シールドとの接触によって若干のシールドエネルギーを奪われ、ベアトリーチェに隙が生まれた。そこへ追い打ちのこいつをブチ込む。

 投擲用の巨槍。『打鉄』同様学園からレンタルした物なので、『夜叉』とは比べるまでも無いが、それでも威力は高い。相手が量産型なら尚更だ。上手く命中すればこれで終わる。センサーのロックに合わせて、引き金を引いた。槍は吸い込まれるように『ラファール・リヴァイヴ』へ向かい命中。

 

「こんなもの!」

 

 することは無く、シールドで弾かれた。槍に対して垂直に構えるのではなく、すこし斜めに構えて軌道を逸らす事で防いだようだ。伊達に代表候補生をやっていないということだろう。その代わり、槍が貫通してシールドは使えなくなった。

 

「驚いた。あれで終わったと思ったんだがな」

「言ってくれるわね!」

 

 シールドを捨て、代わりに両手にサブマシンガンを持ってこちらへ迫ってくるベアトリーチェ。なんとなく怒っているように見えなくもない。

 

《怒りじゃなくて焦りだと思いますよ》

(む、そうなのか?)

《相手に怒ってどうするんですか……ほら、来ますよ》

 

 どこからどう見ても怒っているようにしか見えないんだが……。

 

「考えごとなんて余裕ねぇ!」

「まあな」

「まともに返されると困るんだけどー!?」

 

 急発進、急停止、急上昇、急降下をひたすら繰り返しながら弾幕の雨をすり抜ける。時に浮遊シールドで防いだり、近接ブレードで弾いたり斬り裂いたり。掠ることも無いので、俺のシールドエネルギーは満タンだ。

 

「どうした? このままだと俺の完封になるぞ」

「言ったわね……! やってやろうじゃないの!」

 

 サブマシンガンを放り投げ、次にコールしたのは自動拳銃2丁。銃身下部には分厚いナイフが取り付けられているのが見えた。

 

 俺に接近戦を挑むか!

 

「はあああああ!!」

「ふんっ!」

 

 交わる刃と銃から火花が散りあう。武器だけでなく肘や肩、足など全身を使ってお互いに攻防を繰り返す。

 

「俺についてくるとはな……」

「私が一番驚いてるって、の!」

「おっと」

「一発くらい当たってくれてもいいんじゃないかしら!?」

「情けでダメージを与えたところで嬉しくないだろう?」

 

 俺も大分飛ばしている方だが、それでもついてくるベアトリーチェに驚いたが、彼女は限界ぎりぎりのようだ。そろそろ終いにすべきだろう。

 

 わざと大きく振りあげて大上段から真正面に斬りおろす。銃剣を交差して受け止めたベアトリーチェと、開始時のように鍔迫り合いをする。

 

「久しぶりに楽しめた」

「いきなり何の話かしら? もう勝負を終わらせるって聞えるんだけど?」

「分かってるじゃないか。ベアトリーチェ・カリーナ、その名前、覚えておく」

 

 一瞬だけスラスターを全開にして押し切る。左から右へ大きく振ってベアトリーチェを弾き、返す手でブレードと浮遊シールド2枚を回転するように投擲する。

 

「なんの!」

 

 上手に3つとも弾いたようだが……

 

「それは悪手だ」

「目暗まし!?」

 

 投擲物に対応している内に瞬間加速で距離を詰める。両手を使って手首を握って動きを封じ、もう一度瞬間加速。壁に叩きつける。ベアトリーチェは頭を下に向けて大の字になった。

 

 手刀を胸の前で交差させてそのまま上げて、めいっぱいの力で振り抜く。

 

「“刀拳・燕”」

 

 壁と『ラファール・リヴァイヴ』に×の傷痕を刻むほどの威力を秘めた技は当然のように残りのシールドエネルギーを削り取った。

 

『勝者、森宮一夏』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……あれ?」

「気がついたか。気分はどうだ? 怪我はないか?」

「わからない……特に痛い所とかはないけど」

「そうか、よかった。少し待てば教員が来る。それまで待ってくれ」

「あ、ありがとう」

 

 気絶したベアトリーチェを抱えてピットに戻った。次の試合は大体2時間後に行われる予定なので、それまでの間に準備を済ませる必要がある。『打鉄』の設定を限界ギリギリまで弄っているので各部パーツの損傷具合が酷い為、毎試合の後に交換しなければならないので待ち時間はありがたい。ピットにあるモニターで他の試合も観戦できるので、相手選手の情報もそこそこ手に入る。

 

「聞いてたより優しいね」

「何がだ?」

「君が。視線も態度もキッツイって言われてるわよ」

「俺は何時だって普通にしている。それが他人からは厳しく見えているだけだろ」

「正論ね」

「珍しいこともあるもんだ」

 

 かけていた毛布を羽織って、ベアトリーチェが隣に座った。彼女との試合が終わったが、大会自体は終わっていないので余り覗かないでほしいんだが……。

 

「ねえ、森宮」

「なんだ?」

「君はイタリアのIS事情をどれだけ知ってる?」

「すまないが、全くだ」

「そっか。今の欧州――特にIS技術が高いイギリス、イタリア、ドイツ、フランス、オーストリア、オランダ、トルコみたいな国は、次の波に乗る為に新技術開発に躍起になってる。簡単に言うと、第3世代型を開発して他国より一歩リードしたいの。『イグニッション・プラン』っていう計画のモデルに選ばれる為にね」

「競争を生き残る……とでも言うのか?」

「そうそう。でもさ、技術力が高いって言ってもピンからキリまであるよね? イギリスがBT兵器を実用化させたように、ドイツがAICを開発したように、イタリアが可変型を作ったように上手くいくところはいく。そうじゃない国は失敗して事業から撤退しなくちゃいけない。そういった国々がとった対策って何だと思う?」

 

 今までの話を纏めると、新技術開発に成功した国と失敗した国に分かれてしまった、失敗した国は撤退しない為に何をしたのか? であっているだろう。

 

 似たような状況は今まで見てきたことがある。歴史の教科書にだって載っているだろう。つまり……

 

「手を組んだ」

「そう。アラスカ条約を始めとして、たくさんケチ付けて技術公開を迫ったんだ。議会は大荒れだったらしいよ。ま、最低限の情報は公開してたから条約には触れてないし、どの国も研究成果をばらしたくは無いから失敗に終わったんだけど」

「ならイタリアには何も起きてないじゃないか。含みのあるような言い方をしていたが?」

「世間から見ればね。でもイタリアとしてはとても困っているんだ。私達が持つ技術の可変機構は確かに凄いよ。ISは纏うように展開するからね、関節を邪魔せずに形態を変えるんだから。でもそれを上手く活かせないのが現状。世界大会で使用された『テンペスタⅡ』以降、新型の開発ができていない。『イグニッション・プラン』の有力候補に選ばれてはいるけど、いつ弾かれてもおかしくないわ。『テンペスタ』に求められるのは究極の機動力。その為には優秀なパイロットと、お金が必要なのよ。候補生を下ろされていった子たちは三ケタに入ってるわ」

「お前もその1人ということか」

「一応ね。これでもイタリア代表候補生の中じゃ1,2を争うぐらいの実力はあるんだよ? ってそうじゃなくて。私としてはそういう背景があるから、今日の試合を楽しみにしてたんだ。完封されたけどね」

「………」

「私から見た森宮の動きはね、無駄を感じなかった。体の捌きや重心の置き方、指一本に至るまで。きっと君の動きや感じ方、考え方、戦闘スタイルは『テンペスタ』に必要なものを秘めていると思ったんだ。だから、その辺りをちょーっとおしえてほしいなー……なんて」

 

 よくわからないが、ベアトリーチェは俺が新型の鍵になる何かを持っていると考えたようだ。そんなこと言われてもなぁ……。俺の場合、身につけたんじゃなくて刷り込まれたんだから、こうしろって言葉にできないんだよ。次にどう動くべきなのか、実は余り考えていない。

 でもこういう話をされたら「知らん」って無下に返すのもな……。

 

「上手く言葉にできん。俺からは経験が全てとしか言いようがない。すまん」

「あ、謝らないでよ……これは私の我儘みたいなものだから……」

「口では言えないが、まぁ、見せるぐらいなら構わないぞ」

「は?」

「これが終わって一段落ついたら模擬戦でもしよう」

「………ありがとう」

 

 ベアトリーチェは静かに立ちあがった。教員が迎えに来たようだ。その後ろには4組と6組の生徒がちらほら見える。

 

「ベアトリーチェ。2つ言っておくことがある」

「ん?」

「非常に残念な話だが、俺は完封勝ちできなかった。最後にブレードとシールドを弾く為にばら撒いた弾が掠っていたようでな」

「それは……喜んでいいのかな?」

「好きなように解釈するといい。もう一つ、俺には姉がいるから名前で呼べ。面倒くさいことになる」

「はいはい。じゃあね、一夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の試合でシード権を勝ち取った俺は1試合浮いた。準決勝を10秒で終わらせ決勝進出を難なく果たす。何時の間に仲良くなったのか、4組と6組の面子がハイタッチをしながら喜んでいた。

 

 『打鉄』のチェックをしながら決勝戦であたる相手の情報を見る。近接戦闘オンリーの高速機動型IS『白式』。単一仕様能力の“零落白夜”はまさしく一撃必殺だ。そこに気をつければ『打鉄』でも負けは無い。

 

 トーナメント表に残ったのは2人。俺と織斑秋介だけだった。

 




 語る機会が無いだろうからここでかるーく紹介。

〇ベアトリーチェ・カリーナ
・6組クラス委員。イタリア代表候補生。実力は折り紙つきで、本人は否定しているが本国では代表並の評価を得ている。本来なら新型『テンペスタⅢ』を与えられるはずだったが、本編で語られた通りの理由で実現せず。
・金髪碧眼のモデル体型。若干癖のあるセミロング+ちっこいアホ毛。
・普通にやさしい。普通に優秀。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 「一夏の笑顔は私だけのもの」

 新年明けましておめでとうございます! 

 今年は何年だっけ? ……ま、いいか。後で調べよう。

 2013年は私にとってもだいぶ驚きの年だったと思います。SS投稿に始まり、大学を中心に色々とありましたよ……ほんと。今年もいい年になるように頑張ります。もちろんSSも!



第1アリーナの観戦席。私と蒼乃さんはならんで電光掲示板を見ていた。そこにはこれから行われる決勝戦の組み合わせが表示されている。

 

 森宮一夏 vs 織斑秋介

 

 本人達は全く気付いていないだろうが、これは正真正銘の兄弟対決だ。“天才”の名をほしいままにした弟と、“無能”の烙印を押しつけられた兄の。

 

「まさかこんなに早く戦う事になるなんてね」

「遅かれ早かれこうなることは分かっていた。あとは私たちじゃどうしようもない。何も起きないことを信じるだけ」

「『夜叉』の展開許可は?」

「出していない。自我がある限り、あるいは余程の事が無い限り『打鉄』で戦い続けるように言っておいた」

「あとは一夏次第……か」

 

 話に聞いたように暴れまわるのか、それとも逆に落ちついて対処するのか、両方か、それ以外か。今回ばかりは私も蒼乃さんも予想がつかない。

 

 なんとなく任務帰りの一夏を思い出した。真っ黒のスーツと白い髪を鮮血に染めて、眉一つ動かさずナイフと自動拳銃を持ったあの姿を。話しかけても最低限の反応しか返って来ず、自分から何かをすることは無い。後ろから近付こうものなら首が飛んでもおかしくなかった。

 もし、もしも、何かの手違いであの頃に戻ってしまったら……考えただけでも震えが止まらない。

 

「大丈夫」

「……そうみたいね。心配して損しちゃった」

 

 蒼乃さんの声で顔を上げると、一夏は既にアリーナへと登場しており、織斑君と対面しても変化は無い。今まで以上に真剣な目をしている。

 

「頑張れ♪」

 

 必勝、と書かれた扇子を広げ、一観客として楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《いつかはこうなると思ってましたよ》

「それはそうだろうさ、同じ学園に通って、同じ寮で生活してるんだから。早いか遅いかの違いだろ。初対面が公式試合の決勝戦だなんて思ってなかったけどな」

 

 『打鉄』の部品交換を終え、最終チェックをしながら『夜叉』と話をしていた。集中したいから、と言って簪様とマドカを始めとしたクラスの面々、なぜかクラス同士仲良くなった6組とベアトリーチェには観客席に戻ってもらった。ピットには俺と『夜叉』だけ。

 

 不思議だ。“織斑”と聞くだけで発狂していたのが嘘のように、今の俺は落ちついている。

 

「なんでだろうな?」

《慣れた。というほど色々と起きたわけでもありませんし……》

「わからん」

《いつものことです》

「それもそうだ」

 

 これで済ませていいのか? ……考えないようにしよう。次が勝負なんだ、集中集中。

 

《行きましょうか》

「ああ」

 

 カタパルトに足を乗せ、ピットを飛び出し、今回の相手である『白式』の50mほど前で停止する。

 

 織斑秋介。

 世界最強の姉を持つ“天才”。容姿端麗文武両道の絵に描いたような主人公らしい。すこし我儘なところも見られるが、基本他人の為に動く今の時代では珍しい若者だ。どこをとっても俺とは正反対の人物。俺が魔物ならこいつは勇者。

 

「織斑秋介、よろしく」

「森宮一夏だ」

 

 わざわざ右手を部分解除して握手を求めてきた。こういう細かな行動でも純粋な好意だと感じさせられる。他人を安心させる才能でもあるのかもしれない。

 俺としては受け取るつもりなんて無いので、手のひらを向けてストップの意を示す。

 

「?」

「先に言っておくが、俺はどうやらお前の事が嫌いなようでな。何故かという理由すら分からない。これに関しては心からすまないと思う」

「はぁ……」

「だから言っておく。死ぬなよ」

 

 そう、今の俺は不思議なほどに落ちついている反面、今までになくココロが騒いでいる。ぶっ飛ばせと、見せてやれと! だからこそ、あえて今言った。オープン・チャネルによって会場に来ている全員に聞かれるという代償を払って。もっとも、俺はどれだけ蔑まれようがどうでもいいので代償と呼べるのか謎だが。

 言えるのはここまで。名前を聞いただけで殺したいと思いましたなんて言えないし、シャレにならない。

 

「残念だな、俺は一夏と仲良くしたいと思ってるんだけど。懐かしい名前だしね」

 

 懐かしい名前、ね。これで俺が“織斑”と何らかの関係があることは分かった。これについては後で考えよう。覚えていたら。

 

「俺はそう思う事ができない。男友達はできたことが無いから興味があったんだがな」

 

 互いに近接ブレードをコールする。武器としてのランクは雲泥の差があるものの、勝負を決めるのは武器やISの性能ではない。ISなど使い手が、乗り手が悪ければ何の価値も無いただの鉄屑だ。

 

 それを教えてやる。

 

 試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4組に森宮一夏という俺と同じ男性操縦者がいるらしい。

 

 そう“一夏”。小さい頃に行方不明になっていた兄と同じ名前であり、同じ字だ。少し……どころかかなり気になったのでこっそりと見に行ったことがある。膝まで届くような長い白髪、前髪も長いので顔はよく見えなかったが、紅と緑のオッドアイだったと記憶している。

 結論。全くの別人だった。雰囲気とか佇まいとかはなんとなく似ている気がするが、見た目が違いすぎる。失礼かもしれないが、正直日本人じゃないと思ったぐらいだ。何より優秀そうだ。“無能”なあいつとは何から何まで違う。

 

 一夏の奴はトロイし、要領悪いし、不器用だし、バカだった。見ているこっちがイライラするぐらいに。俺は他人に比べて幾らか上手に出来る。自分でもそう思うし、周りの人からもそう言われている。だが、それを差し引いても一夏は酷かった。料理は暗黒物質ギリギリの炭の塊を作ったこともあったし、洗濯物が皺くちゃのままで放置してたから大変なことになってたり、掃除をする為の掃除機をぶっ壊したりと毎日頭が痛かった。

 

 そんなアイツでも、居なくなった時は少し寂しかった。それ以上に今まで一夏に押し付けていた家事をすることになったから、面倒くさいって事の方が俺の中では大きかったから、寂しさなんてすぐに忘れた。居ても居なくても同じような奴って偶にいるだろ? 俺の中では一夏はその程度の奴だったってこと。ひょっとしたらそれより下かもしれない。しかし、姉さんはそうでもなかったようだ。

 

『姉さん、ご飯できたよー』

『………』

『どうしたの?』

『………』

『姉さん!』

『……ん? どうした秋介』

『ご飯できたよってさっきからずっと言ってるよ』

『今日の夕飯はお前が作ったのか?』

『何言ってるのさ。一夏が居ないんだから、俺がやるしかないでしょ』

『あ……そう、だったな』

 

 どこにいてもボーっとしていて、話しかけたら二の句は「一夏」。優しい姉さんの事だ、とてもショックだったんだろう。今では立ち直っているからそうは見えないけど。

 

 一夏が居ないことに次第に慣れていって、気がつけば居ないことが日常になっていた。はっきり言うと、俺はココに来るまで一夏のことを忘れていた。

 

 それを思い出させた一夏に似ているようで似ていない目の前の男。俺はちょっとだけ興味を持った。あたり触りのない挨拶をして、握手の手を出したが拒否された。それだけでも驚きだったが、次に飛び出してきた言葉には一瞬言葉を失った。

 

「死ぬなよ」

 

 ISがとても危険なものだってことは理解している。でもここは学校だし、公式試合だし、絶対防御がある。そんな事態になるはずがない。クールな格好つけ、どうやら彼はそんな性格だったらしい。

 

 お互い最後に一言交わして武器を構える。地面は無いし、竹刀じゃなくて剣ではあるが、慣れ親しんだ剣道の構えを取る。ぴたりと正眼に構え、背筋を伸ばす。気持ち的にこの姿勢が落ちつくし、戦うという感覚を得られるのだ。集中するにはうってつけ。

 対する森宮は右手一本でブレードを持ち、両腕をだらりと下げて左半身を前にしている。程よく力と緊張のこもったその構えからは隙が全く見えない。それだけで俺や箒以上に強いという事が分かる。もしかしたら姉さんと同等かもしれない。それだけの圧力というか……プレッシャー? を感じる。

 

(幸い、アイツは『打鉄』だから性能ではこっちが勝っている。距離を離される前に懐に入って“零落白夜”で一気に決める!)

 

 瞬間加速を使うまでも無い。一瞬で決めてやる。自信を漲らせ、ブザーに合わせて森宮へ向かって加速する。

 

 次の瞬間、俺はアリーナの壁に叩きつけられ、シールドエネルギーの2割を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブザーと同時に織斑は突進してきた。一気に決めるつもりだろう。近接装備のブレード一本しかない『白式』に限って、その戦法は正しく、正攻法だと言える。逆に、最強の攻撃力と最高の機動力を兼ね備えた燃費の悪い機体では、それ以外の戦法を取るとなると勝率はガクンと落ちる。ISに乗り始めてまだ1ヶ月ちょっと、戦いを知らない高校生なら尚更だ。余程の凄腕でない限りは。だからこそ読みやすい。

 

 ブザーが鳴ると同時に瞬間加速を行い、すれ違う瞬間、織斑の頭を鷲掴みにして壁へと放り投げた。叩きつけられた壁は織斑を中心として蜘蛛の巣状にヒビが入り、細かな破片を撒き散らす。ウインドウを見れば、織斑のIS『白式』のシールドエネルギーは2割を失っていた。

 

「うそ……」

「なにあれ……」

「何がおきたってのよ……」

 

 開始1秒も経たずに起きた出来事に会場は騒然としていた。

 

 最新の高機動型第3世代の初速を、量産型がカウンターを決めた。代表候補生を倒したあの織斑秋介に一発かましたのだ。生徒、教員、来賓までもが驚愕だった。ただ、数人の生徒を除いて。

 

『良い一撃』

『初っ端からえげつないことするわね』

『……離されないようにね』

 

 プライベート・チャネルでの応援はいいんでしょうか?

 

《素直に受け取りましょうよ。ほら、来ますよ》

 

 ついさっきまで何が起きたか分からないって顔をしていたが、気持ちを切り替えたようだ。油断と余裕はもう見られない。

 

「何したんだよ……今の」

「接近してきたお前の頭を掴んで放り投げただけだ。どう攻めてくるかなんて分かりきっている」

「そうかい……これからはそう上手くいかねぇぞ!」

 

 両手でブレードを握りなおして、織斑が向かってくる。バカ正直にチャンバラをする気は無いので両手にマシンガンを展開して、一定の距離を保ちつつ弾幕を張る。時に掠りながら、直撃しつつも確実に距離を詰めてくる。

 

「おらよっ!」

「温い」

 

 織斑は瞬間加速で一気に懐に入り込んできた。急停止をして、マシンガンを交差させてブレードが来るのを待つ。大上段から振りおろされたブレードを受け止め、切り裂かれるか否かの所で左に逸らす。

 

「マジかよ!」

 

 そのままマシンガンごと織斑のブレードを捨てた。

 

「くそっ……」

「あのブレードしか武装は無いと聞いている。さて、どうする?」

「なめんなよ。篠ノ之流には徒手空拳だってある」

「それはそれは。だが――」

 

 今度はアサルトライフルとウェポンラックを展開する。ラックに詰め込まれたミサイルが織斑をロックオンし、姿を現す。その数20。

 

「――俺に近づけるか?」

《全弾発射》

 

 その全てが織斑に向かって飛んでいく。

 

「んだよこれ!? 森宮、あれは拳で戦う流れだろ!」

「知らん。そうしたいなら此処まで来てみろ」

「言われなくても!」

 

 アリーナ中をグルグルと回り、ミサイル同士をぶつけて爆発させたり、壁や地面に激突させたりと少しずつ数を減らしていく。上手い、代表候補生に勝つだけのことはある……のか? 相手になった女子を全く知らないので何とも言えない。少なくとも、1年でトップクラスの実力を身につけていることは確かだ。流石“天才”、か。

 

(なるほど……)

 

 狙いはこぼしたブレードか。どさくさにまぎれて拾うつもりらしい。

 

「こんのぉー!」

 

 ブレードを拾い、ついでに俺のマシンガンも拾う織斑。他人の装備は許可なしに使用できないってことぐらい知っているはずだが……。と思ったら、撃つんじゃなくて、ミサイル群に向けて投げた。確かにそれぐらいなら問題ない。よく考えるな。

 

 投げられたマシンガンは先頭のミサイルに見事命中し、全弾巻き込んで爆発した。この時点で織斑のシールドエネルギーは既に5割を切っている。それに比べて俺は無傷。圧倒的だった。

 

 織斑は地面に片膝をつき、ブレードを杖代わりにして身体を支えている。息も大分荒い。そんな奴から少し離れた場所に降り立つ。

 

「そう言えば拳がどうのこうのって言ってたっけな」

「……それが?」

「お望み通り殴ってやることはできないが、思う存分斬り合おうじゃないか」

 

 マシンガンを地面に突き立て、ウェポンラックを外す。ズドン、と大きな音を響かせてそれは落ちる。あまりの重さに20cmほど地面にめり込んだ。空いた右手に、近接ブレードを展開して、軽く握る。

 

 ありえない。そんな目で俺と沈んだ場所を見る。

 

「PICでも相殺できないくらい重くてな。滞空して撃つ分には問題ないが、近接戦闘では邪魔だ」

 

 ついでに『打鉄』の浮遊シールドも外して、ウェポンラックと一緒に突き立てる。

 

「さあ、やろうか」

「……上等だ!」

 

 ホバリング機能があるにもかかわらず、お互い走って距離を詰める。あと4歩で、織斑の間合いに入る。そんな時だった。

 

《マスター!》

(どうし………上か!?)

《緊急回避を!》

(間に合わない!)

 

 気付くのが少し遅かったようで、真上に突如現れた敵から放たれたビームに俺は呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然起きた出来事に誰も反応ができなかった。

 

 アリーナの電磁シールドはISの絶対防御では比べ物にならないほどの強度を誇っている。それを、たったの一射で貫き、威力が衰えることなく一夏に直撃させた。これがもし、何の遮るものもなく直撃したら……ISでもタダでは済まないだろう。

 

 そんな場違いなことを考えていた。

 

「……す」

 

 一夏が……撃たれた。大事な試合の最中に、水を差されただけじゃない。撃たれた。

 

「殺す!」

 

 ISスーツごと『白紙』を緊急展開。見えない相手に向けた怒りと憎しみをイメージに変えて、『災禍』を形にする。

 

 握ったのはシンプルなデザインの十字剣だった。細い刀身は銀に輝き、柄には私と一夏が好きな模様……小さな雪結晶のアクセサリがついている。

 十字剣は私が最も使い慣れた武器。故に、使う事は無い。一夏が無手ではなく銃火器や刀剣を使うように、私もこれを使う事は避けている。別に、握ったら性格が変わってしまうとか、無性に切りたくなるとか、そんなことじゃない。強すぎる力は封印しなければ、誰かを傷つけてしまうもの。現に、一夏の身体には十字剣の傷痕が残っている。

 

 私は自分のことを自由な人間だと思っているし、周りからもよく言われる。やりたいようにやって、嫌いなことはやらない。一夏があーんしてくれなければ人参なんて絶対に食べない。だから縛られることも嫌だ。

 

 それでも私は自分を戒め、枷を作った。それを無意識に解いている。我慢できない性格なのか、それほど許せないのか。どう考えても後者だ。

 

 周りに逃げ惑う後輩たちがいるにもかかわらず、私はその剣を振りあげ――

 

「待って!」

「………」

 

 楯無に止められた。

 

「私だって今すぐにでも犯人をバラバラにしてやりたいわ。でも待って。生徒を避難させることを優先して。どこも隔壁が閉じられて逃げられないの。まずは全員を外へ出してからよ」

「どうでもいい」

「だめ。これは当主としての命令でもあるわ。私達は国家代表で、専用機持ちなのよ」

「………」

「信じましょう」

 

 そんなこと分かってる。私は一夏の姉であると同時に、森宮の長女で、日本の国家代表。もっと上げるなら学園の最上級生で、相応の態度と振る舞いを見せなければならない。ならば、今しなければならないことは避難誘導。でも私は一夏の姉さんで……でも私は国家代表で……でも……でも……

 

「ッアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 私は……!

 

 十字剣を振りおろし、観客席を覆うように展開されている非常時用のシャッターを切り裂いた。それと同時に、全ての入口に『災禍』を飛ばして爆破。人1人が何とか通れる程度の隙間を作った。アリーナを破壊してしまったが、非常時という事で許してもらえるだろう。

 

「早くして」

「……ありがとう」

 

 私は、森宮蒼乃。そう思う事にした。

 

 切り裂いたシャッターの向こうへ飛びだす。が、次はアリーナの電磁シールドが立ちはだかる。

 

「邪魔!」

 

 バチバチッ! とショートした時のような音を十字剣とシールドが立てるが、あまり変化は無い。『白紙』の推力を上げ、全身全霊の力を込めてみる。ほんの少し、目をこらさなければ分からないほどの小さなヒビができただけだ。

 

 シャッターや隔壁何かとは比べ物にならないほど堅い。破壊するには織斑秋介の“零落白夜”のような特殊な兵装や単一仕様能力か、先の高威力の兵器で強引にぶち破るか。ハッキングでもして解除するか。といったところか。

 

 私がとる方法は、勿論威力に物を言わせる方法。

 

「邪魔と――」

 

 両手で握っていた十字剣を右手一本に持ち替え、左手を頭上めいっぱいに伸ばして、手を開く。手のひらが向く先では、小さな丸い塊が出来上がり回転を始めていた。それに巻き込まれるように『災禍』のクリスタルとナノマシンが纏わり、1つの大きなドリルのようなものを形成した。一点突破に特化した形態だ。

 ギュルギュル、と今直ぐにでも壊れそうな音を響かせるドリルを、勢いよく振りおろされた手に従い、小さなヒビ目掛けて突き立てた。

 

「――言った!」

 

 わずか数秒で、電磁シールドはガラスのように砕けた。

 

 アリーナ内に飛び出し、土煙が立ち込める場所まで真っすぐ向かう。対戦相手の織斑は煙のない場所で滞空し、ビームが飛んできた方向を睨んでいる。

 

「一夏!」

 

 返事をして。

 

「一夏ぁ!」

 

 お願いっ!

 

「……さん?」

「!? 一夏!」

 

 微かに聞えた声。『白紙』はそれを拾い、視界に位置情報を送ってくれた。

 

 横たわる『打鉄』の周囲だけ煙を払い、身体を抱き起こす。シールドエネルギーは0。装甲はどこもかしこも舐め溶かされたようにドロドロ。スーツに覆われた場所は分からないが、唯一肌を見せていた顔の一部……頬は大きな火傷をしていた。

 

「う、ああ、ああぁっ……」

 

 無事でよかった。心から、そう思った。優しく、強く、ぎゅっと抱きしめる。

 

「姉さん、どうして、何が……」

「分からない。いきなりアリーナ上空からビームが。あれは……」

「明らかに、俺、を狙ってた。気付くのが……遅すぎ、て、避けられなかった」

「……ごめんなさい。『夜叉』なら、絶対に避けられたはずなのに」

「気にしてないよ。俺は、大丈夫だから。ほら、もう治った」

 

 ゆっくりと身体を離す。『打鉄』はボロボロのままだが、一夏は先程のように辛そうじゃ無くなっている。顔の火傷もさっきよりはマシだ。

 

「良かった……」

「心配かけて、ゴメン」

「いいの。さ、あとは任せて」

 

 そのまま身体を抱き起こして、入ってきたところから保健室まで運ぼうとしたが、手を止められた。そして、待機姿勢をとって『打鉄』を下りてしまった。

 

「ダメ」

「やらせてほしいんだ。どうしても」

「ダメ。怪我してる」

「大丈夫だよ。こんなの怪我の内に入らないって」

「一夏がやる必要なんてない。私がやる」

「それじゃダメなんだ」

 

 『白紙』を解除して、一夏の手を握って止める。私もこの子も頑固だから、きっとどちらかが引かないと終わらない。無論、引く気は無い。無かった(・・・・)というべきか。

 

「これは、俺の試合だから。俺がケリをつける、『夜叉』と一緒に」

「………」

「大丈夫だって! 負けたりなんかしない。『夜叉』も上手く使って見せる」

「………条件」

「何でも」

「怪我しないこと、無事に帰ってくること、膝枕と耳かきから逃げないこと、週に一回のお泊まりを許可すること、私に手料理のお弁当を作ること。他にもいろいろあるけど、とりあえずこれだけ」

「りょ、了解……」

 

 結局私が下がってしまう。その分、うんと良い思いをしてるから別にいいんだけど。長くなるのが嫌なんじゃない。それだけ弟を信じているってこと。

 

「最後にもう一つ。1人でやらせないから」

「……ありがと」

 

 『白紙』をもう一度展開する。目を開ければ、そこに居たのは光沢のない真っ黒な装甲のIS。どの装甲にも小さい刃が2,3あり、触れれば切れるような印象を見るものに与える。一般的な高機動型同様、装甲は薄め、その分特殊な金属を使用しているので防御力は十分にあったり(何気に『白紙』と同じ素材)。防御力と機動力の強化を兼ねた、ブースター内蔵の大型物理シールド4枚が、『夜叉』を守るように浮遊しており、バランスの整った機体に仕上がった。攻撃力は言わずもがな。

 

 全距離対応高機動型IS『夜叉』、『打鉄弐式』同様最後発の第2世代(・・・・)

 

「んじゃ、お先!」

 

 ブースターを噴かせて、夜は飛び出した。

 

《元気ね》

「私の前でだけ、ね」

《それが良いんでしょ》

「勿論。一夏の笑顔は私だけのもの。そうでしょう? シロ」

《私に振らないで、ブラコン》

 

 相棒とともに、一夏を追うように私も飛んだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 「むむ、姉さんは着痩せするのか」

 何が起きたのかさっぱりだった。

 

 覚えているのは、森宮が背中のでっかい奴を下ろして、剣を持って向かって来たこと。だから迎え撃つつもりで俺も走った。すると、あと数歩のところで、視界がピンク色に染まった。あとから思いだしたんだが、あれはセシリアの『ブルー・ティアーズ』が出すビームと同じ色だった。つまり、森宮を飲み込んだアレはでっかいビームだったってことか。自分だったらと思うと怖くてたまらない。

 

 とにかく離れた。明らかに森宮を狙っていたから、次は俺かもしれない、そう思ったんだ。上を見て、いつでも避けれるようにって。でも、しばらく待っても何も無かった。代わりに観客席から誰かが入ってきた。

 

「一夏ぁ!」

 

 どうやらあいつの知り合いらしい。専用機持ちであんな美人の知り合いがいるとか羨ましい……じゃなくて、何とかしないと。理由はさっぱりだが、先生たちは来れないみたいだから、助けが来るまで粘るか、倒すかしなければならない。とはいえ、俺は倒すつもりでいる。どのエネルギーも半分を切っているが、皆が避難する時間を稼がなければ。アリーナのシールドもシャッターもあのビームの前じゃ意味が無い。我儘な俺でも、こんな時ぐらいは人の為に動くさ。

 

 でも1人じゃ多分無理だ。鈴に勝ったのだって殆ど偶然見たいなもんだったし、俺をいいようにしていた森宮でさえ気付くことができなかった相手だ。不可能に近い。

 だから、途中で入ってきた女子に手伝ってもらおう。専用機持ちなら多分俺よりは強いだろうし、森宮のこと大事そうにしてたから、きっとあいつを倒すのに力を貸してくれる。

 

 プライベート・チャネルを開こうとした時だった。

 

「じゃ、お先!」

 

 そう言いながら森宮が飛び出していった。……ん? あいつ、さっき撃たれて無かったっけ? それに、『打鉄』じゃない? どうなってんだ。

 

「織斑秋介」

「!? えっと……もしかして、さっきアリーナに入ってきた人?」

「森宮蒼乃。一夏の姉」

「は?」

 

 姉なんて居たのかよ。

 

「邪魔。ピットに下がって」

「何の話……って、聞くまでもないか。俺だってまだ戦えるし、時間稼がないといけないだろ? だったら、人数多い方が――」

「ウロチョロされるとこっちが困る。大人しく下がって」

「いやでも――」

「素人は邪魔と言ってる。それと、弟に近づかないで。それだけ」

「はぁ!? あ、おい、待てって!」

 

 言いたいだけ言って、森宮の姉は飛んでいく……かと思いきや、アリーナの中心に向かって移動した。そこでISの何倍も大きな大剣を展開して、何も無い空間に振りおろし始めた。

 

 何やってんだアイツ。そうやって森宮の姉を笑ったのは最初だけ。

 

 大剣の軌道上に、さっきのビームを撃った奴が現れた。というか、上から飛んできた。その先には何故か復活している森宮。………お互いがどう動くのか、全部分かっていたみたいな動きだ。

 

 森宮の姉は大剣をそのまま振りおろして、敵を真っ二つにした。そこへ追い打ちをかけるように、もう一度振りあげ、下半身の方をぶった切った。上半身の方は、どこからか――上空の森宮が狙撃銃らしきもので狙い撃った。弾は着弾と同時に爆発して、敵の身体をバラバラにしてしまった。

 

 そう、バラバラに。ISを!

 

「おい! 何してるんだよ!」

 

 大声でそう叫ぶ。だって、ISは人が乗って初めて動く。あれもISだ。つまり、あいつらは剣や銃で人をバラバラにしやがったんだ。殺しやがった。

 

「騒ぐな。よく見ろ、それは無人機だ」

「何を……!?」

 

 言われた通りにソレを見る。転がっていたのは人の身体や内臓……じゃなくて、全て機械の部品だった。コードやネジだったり、精密機械でよく見る小さなものだった。血と思っていたのは、よく見るとオイルに見えなくもない。というかオイル。

 

「ど、どういうことなんだよ……なんで、ISが」

 

 呆然とする俺を放って、何事も無かったかのように2人は去っていった。その数分後、姉さんを始めとした教員が来るまで、俺はただ呆けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ『夜叉』は危険なのか? それは“速さ”にある。細かな部品に至るまで、最高の物を使用する。そして、機体そのものの速度も目を見張るものがあるが、それ以上に“神経伝達速度”が異常だ。

 

 通常のIS……というか『打鉄』の場合、腕を振りあげようと考えて動かすまでを0.5としよう。『夜叉』の場合、限りなく0に近い1と表現するのが正しい。それほどまでに、『夜叉』は速い。

 

 身体を動かそうと思って、動くまでの速さ。動きそのものの速さ。センサー類の認識と判断の速さ。武装展開の速さ。機体の速さ。そして、神経伝達の速さ。思考の加速。『夜叉』は“究極の速さ”を追求したISとなった。

 

 だから、俺も上手く扱える自信はいまだに無い。倉持の芝山さんが言った通り、姉さんの『白紙』以上にピーキーな仕上がりだ。これでもリミッター掛かってるって信じられるか? 全リミッターを外したら軍用ISも真っ青な速度らしい。

 

《余計なこと考えてると、また事故りますよー》

「おっと。そうだな」

 

 軽く返事を返し、視界に映るISに向かって飛ぶ。異常に腕の長い全身装甲のそれは、『夜叉』に乗り換えた俺にとって酷く遅い。

 

「遅い!」

 

 さっき俺に撃ったビームを軽々と避け、懐に入りブレードを一閃。そこそこ堅かった。

 

「……サーモセンサーでアイツ見てくれ」

《? ……ほうほう。無人とは驚きです。よく気付きましたね》

「無駄に人斬りしてきたからな」

《カッコつけずに正直なあなたが大好きですっ☆》

「とっとと片付けるか」

《無視!? 久しぶりにボケたのに……》

 

 無人なら容赦しなくていい。思いっきり、鬱憤晴らさせてもらうぜ。

 

 急停止、前を向いたまま後退してブレードで腹を貫く。抉るようにブレードの角度を90度変えて、横に凪ぐ。お腹の左半分を切り離された無人機は上手く動けない様で、手足をじたばたさせている。人間で言う脊髄と神経にあたる部分がイカレたんだろう。

 

 背負い投げの要領で、腕をとって下へ放り投げる。姉さんへバトンパス。

 

《わお、アレが世に聞く一刀両断ですね》

「流石だな」

《その狙撃銃は?》

「アレごときですっきりするかよ」

 

 展開したのは『炸薬狙撃銃・絶火』。重量はかなりのもので、携行できる弾薬も少ないが、その分威力と爆発半径は折り紙つきの一品。ちょっとお気に入り。ISでは必要ないスコープとドットサイトだが、使えないわけではないそれを覗く。ちょうど真っ二つにされた下半身を姉さんが切っている所だ。自然と狙いは上半身に移る。

 

「消し飛べ」

 

 躊躇いもなく、引き金を引く。少しもブレることなく、弾は胸の部分に着弾し、爆発した。爆散していく身体。姉さんが何かをつかみ取って拡張領域内に保存している姿を見つつ、アリーナに戻る。

 

「大丈夫? 怪我してない? 火傷は?」

「何ともないよ。もう治ったって」

「無理してない?」

「してない」

「そう」

 

 頬や身体をさわられるのをくすぐったいと思いながらも、嬉しさと温もりを感じながらピットに入った。既にロックは解除されており、隔壁やシャッターは開放されている。

 

「そういえば……」

「?」

「さっき無人機を破壊した時さ、何か拾ってなかった?」

「ああ……」

 

 互いにISを解除して、手をつなぎながら歩く。疑問を口にした時、姉さんは立ち止ってそーっと俺の耳に顔を近づけて……。

 

「コア」

「は?」

「無人機に使われていたコアをこっそり手に入れた。学園側には狙撃によって消滅したと言うつもり」

「コアは?」

「ウチの企業に横流し」

「流石というか何と言うか」

 

 コアの解析を始めとした様々なことに使えるだろう。ISはいまだに分かっていないことがたくさんあるだろうし、コアそのものが謎に包まれている。本当に上手くいけば複製だってできる。解析が進まなくとも、非公式ではあるが更識としてISを所有できる。バレるとただ事では済まないが、その辺りは楯無様の腕の見せ所だろう。

 

「秘密」

「わかった」

 

 更衣室で一度分かれて、仲良く姉さんと部屋に戻った。

 

 ………あ。

 

《事情聴取忘れてますね。まぁ、先生来なかったんで大丈夫ですよ。多分明日あるんじゃないんですか?》

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。『夜叉』の予想通り、1限目を潰して事情聴取が行われた。色々と面倒なことを言われたが殆ど覚えていない。要するに言いふらさなければいいってことらしいので、それだけ守っておこう。

 

 クラス対抗戦は中止になった――といっても決勝戦を残すだけだったが。その為、優勝クラスに与えられる食堂のデザートフリーパスも無効となった。殆ど俺の勝ちだったんだからくれてもいいじゃないか。そう思って楯無様に愚痴ってみたが、ダメだった。フリーパスはどこへ行くのか、永遠の謎だ。

 

「すみません簪様。勝つことはできたのでしょうが、どこぞの誰かのせいで……」

「……い、一夏は悪くないから、気にしないで。ね、マドカ」

「そうだな。代わりに良いものを見れた」

「良いもの?」

「兄さんのカッコイイところ! 織斑の奴とあの乱入してきた奴を叩きのめすところが、こう、ジーンときた」

「……うん」

 

 この2人は偶によくわからないことで盛り上がる。俺が関わっているらしいが、その辺りは全く分からない。

 

《可哀想な2人……》

 

 何にせよ、無人機襲来の件は秘匿するように言われている。俺と姉さんも今朝サインさせられた。織斑もだろう。そのあたり、あとでマドカに言っておくとしよう。

 

「妖子、今度現像してくれ」

「任せなさい」

 

 なんとまあ堂々とした裏取引だこと。今までなら放っておくんだが、今回はそうもいかない。すまんなマドカ。

 

「簪様、お詫びに駅前のデザートをご馳走いたします」

「……ホント? 嘘じゃない」

「本当です」

「ありがとう!」

「む~」

「そう睨むな。分かってる」

「な、ならいいんだが……」

 

 うん。やっぱり主と妹の笑顔は良いものだな。

 

《カッコつけちゃってまぁ……》

(俺なりの償いみたいなもんだよ。カッコつけとかそんなこと考えてない)

《私のマスター本当にカッコいいんですけどねー!》

(………強く生きろ)

《………》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ってゆっくりしていると、ふと何か忘れているような感覚がした。よくわからないけど、思いだした方が良いような、結構大事なことな気がするんだが……。うーん。

 

「兄さん、シャワー空いたよ」

「ああ、すぐに入るよ」

 

 白髪のヴィッグをとって、半袖短パンというラフな格好でマドカがバスルームから出てきた。うーん、いい女に育ってきたな。身体つき限定だが。中身はまだまだ子供っぽいところが多いし、自分で言うのも何だがブラコンだから、将来が心配だ。

 

「? 顔に何かついてる?」

「良い子に育ってくれたなって思ってたんだ」

「当たり前じゃないか。私は兄さんの妹なんだから」

「そうだな……自慢の妹だよ」

 

 そしてもう少し兄離れをしてくれ。お前の為にも。

 

《マドカちゃんがこの人と付き合うって言って男連れてきたらどうしますか?》

(死んだ方がマシだと思えるほどの生き地獄を味わわせてやる……あれ?)

 

 俺、矛盾してないか? ………まあいいか。

 

「ほら、身体冷やさないようにな」

「ありがとう」

 

 温めておいたホットココアを手渡して、マドカが愛用しているジャージを肩にかけてあげる。離れようとしたらそのまま寄りかかってきたので、肩を持って支える。

 

「どうした? もう眠たくなったか?」

「ううん。兄さんが暖かいから、つい……ダメかな?」

「そんなこと言わないって。一緒にテレビでも見よう」

「うん」

 

 肩を抱いたまま、一緒に持ちこんだチェアに腰掛ける。マドカがココアを、俺はコーヒーをすすりながらボーっと液晶を眺めた。巷でそこそこ人気のあるバラエティー番組らしい。学生時代と今を比べて盛り上がっているようだ。何がどう面白いのかとか、俺には分からないのでとりあえずつけて流しているだけなんだが、マドカは面白そうに見ていた。

 

 こういうところで、俺とマドカの違いが、施設で受けた実験の差があるなと最近ふと思うようになった。髪や目の色だったり、言語機能とか記憶力とか。当時のことは全く思い出せないが、マドカはまだ普通だったんじゃないかと思う。聞いたところによれば、今のようにペラペラと喋ることすらできなかったとか。

 

 別に羨ましいとか、なんで俺だけとか、そんなことを考えているわけじゃない。むしろ俺でよかったと思うくらいだ。死にたくなるほど辛い思いをしていたんだろうけど、こんなに良い子がボロボロになっていいはずがない。身内贔屓じゃないぞ! ……多分。

 

 とにかく、妹の将来は明るい。それがこの頃よくわかる。俺と違って普通の人間として生きていける。自分がやり直せることよりも、嬉しい。

 

 ぽんぽん、と頭を撫でる。良い子に育ってくれよ。

 

「? 兄さん」

「妹の将来が楽しみだな」

「私は兄さんから離れるつもりなんてない」

「………」

 

 楽しみ、だなぁ。

 

 コンコン。

 

「ちょっと行ってくる」

「うん」

 

 コーヒーをテーブルに置いてドアを開ける。

 

「来た」

 

 姉さんだった。はて、何か約束してたっけ?

 

「会う約束してたっけ。しかもこんな時間に」

「昨日の事思い出して。『夜叉』で撃退する前、約束した」

 

 ………なんか、あったな。『夜叉』、覚えてるか?

 

《録音再生しますね》

 

『怪我しないこと、無事に帰ってくること、膝枕と耳かきから逃げないこと、週に一回のお泊まりを許可すること、私に手料理のお弁当を作ること。他にもいろいろあるけど、とりあえずこれだけ』

 

《恐らくこの部分かと》

 

 思いだした! ということは……膝枕と耳かきなのか!? やべぇよ……マドカと同室なのにそんなことされるのか。恥ずかしいとかそんな域じゃない……。

 

「思いだした?」

「ひ、膝枕と耳かき?」

「それもあるけど、大事なの忘れてる」

「えっと……お、お泊まり?」

「おじゃましまーす」

「………マジか」

 

 安易に約束しちゃだめだな。覚えておこう。日記にも書こう。

 

「む、姉さんじゃないか。遊びに来たのか?」

「お泊まり」

「な、なんだって!? 私と兄さんのあ、ああああい愛の……なんだ?」

「愛の巣?」

「それだ! 連絡もなしに上がりこんでくるとは……!」

「一夏と約束した。週一でお泊まり」

「兄さん!」

「悪い……どうしても譲れない事があってな。色々と約束しちゃったんだ」

「……はぁ」

 

 今度埋め合わせをしようじゃないか。……そう言えば駅前のデザート驕るんだった。一緒で良いか。

 

「一夏、お風呂は?」

「今からだけど」

「一緒に入ろう」

「ぶふっ!」

 

 ち、小さい子供じゃあるまいし、恥ずかしくてできるか! 2人でシャワーっておかしいでしょ。ほら、マドカも何か言ってくれ。

 

「私も入るぞ!」

 

 何と言う事だ……!

 

 

 

 

 

 

 数分後。普通に断った。

 

 ちょっと……どころかかなり勿体ないことをした気分になったが、煩悩を振り払って姉さんが上がるのを待つ。

 

「むむ、姉さんは着痩せするのか」

「うん」

「胸もお尻も私より大きい……ウエストは、私の勝ちだな! ふふん」

「残念、私の勝ち」

「な、何? ……本当だ、くそっ!」

 

 ぼ、煩悩を……。

 

「お、おのれ……こうなったら!」

「何を……んぁっ!」

「か、感度まで良いだと! ええい、私と兄さんの姉は化け物か!」

 

 ……俺さ、人間辞めてるって日ごろから言ってるけどさ、これでも一応年頃の男の子なんだぜ。分かってほしいなぁ。察してほしいな……。

 

《私でよければいくらでもお聞かせしますよ♪》

「だから止めろって言ってるだろ!」

 

 姉さんが泊まりに来る日は恐ろしく、嬉しくなる日なんだなって、思った。

 




 『夜叉』のことを散々ヨイショしていた割には、これといって特殊な武装は(今のところ)無く、単一使用能力があるわけでもなし、ただ速いだけ。「なんじゃそりゃ!」と肩透かしを食らった方が多かったのでは?

 ちゃんとした理由があるんです。設定があるんです。

 一夏が『夜叉』製作の際に提示した条件は1つ、“とにかく速く!”だけです。何度も何度も命をかけた戦闘をこなしてきた彼は、速さこそが重要だという考えを持っています。早く気付けばそれだけ速く対処できる。速く動けばそれだけ早く相手を倒せる。一夏が何よりも重点を置くのは、圧倒するパワーでなく、崩れないガードでもなく、背中すら見せないスピードなのです。

 攻撃力? どんな武器よりも殺傷力のある武器は己の身体。速さ×重さ=破壊力だ。
 防御力? 当たらなければどうということはない。そもそも、相手に攻撃させない。

 そんな考えを体現したのが『夜叉』です。身体は丈夫だからということで、搭乗者の事をまったく考えない『マシンマキシマム構造』となりました。んで、スピード上がるなら、人間ではなく他のパーツが耐えられるようにしなければならない。というわけで、他機能もそれに合わせて強化。その結果、全体的にスペックが上がっていくわけです。おや、“速さ”一辺倒の機体がいつの間にか万能機に……。

 そんな『夜叉』の設定をすこし公開。

 Limit Lv.0…競技用に設定された状態。現在の『夜叉』。何重にもリミッターがかけられている。
 Limit Lv.1…通常の状態。この時点で軍用機とスペックとそれ以上の速度をもつ。
        例) 『夜叉』>>>>『銀の福音』
 Limit Lv.2…ここからはさらに速度を強化。
 Limit Lv.3…もっともっともっと強化。この状態で稼働し続けると、流石の一夏でも死ぬ。

 こうなっているわけであります。もしも、こうしたほうがいいよ! とか、こんな機能追加してほしいなとかありましたらどうぞ。自分の中でも『夜叉』強化案は一応ありますが……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話 「お前にはいつも驚かされてばかりだ」

 続きよりも、新しいSSのアイデアが浮かびあがる。

 疲れるなぁ……



「私にできる事でしたら」

「うん……ありがとう」

 

 今日は以前の約束通り、簪様とマドカに駅前のデザートを驕りに来ていた。ここは美味しい、甘い、高いの三拍子がそろった地元では甘味で有名な店だ。

 

「何の話をしているんだ?」

「マドカ、お前簪様の『打鉄弐式』についてどれだけ知ってる?」

「日本の主力IS『打鉄』の発展機……だったか。違いと言えば、『打鉄』は防御力特化の機体で、『打鉄弐式』が機動力特化ということぐらいだな」

「他には?」

「………専用機なら何らかの試験的なものを搭載しているんじゃないのか?」

「うーん、まぁ及第点だな」

「むぅ、答えは?」

「……マルチロックオン・システム」

 

 従来のロックオン・システムは、基本ハイパーセンサーによるオートロックが主流だ。射撃武器、投擲武器、物や機体によっては近接武器ですらロックオンすることがある。

 

 元々、ISにおけるロックオンはゲームと違って補助的なものだ。しっかりと弾丸が敵に向かうように手振れ補正や若干のパワーアシストをしたり、全天周視界の中でもどこにいるのかはっきり分かるようにしたり、ホーミング性能がついたモノが目指すためのマーキングだったりする。ISは機械ではなく、人が動かすのだから当然だ。

 

 しかし、それは1対1の話。多数の相手と戦闘する場合、状況にもよるが基本ロックオンは邪魔でしかない。じゃあ、皆ロックオンしちゃえばいいじゃない! という発想のもと生まれたのがマルチロックオン・システムらしい。それが『打鉄弐式』に搭載されているわけだが……

 

「世界初の試みだからな。まだ分からないことが多いみたいで、上手く作動しないそうだ。今のままではただ性能が抜きん出ている第2世代だ」

「それが兄さんとどう関係があるんだ?」

「一夏は、IS関連の事とても詳しいから」

「ああ、そう言う事か」

 

 俺はISの情報にだけは詳しい。というのも、施設でそれらの情報をインストールされて染みついただけで、必死こいて勉強したわけじゃない。勉強したところで覚えられるはずが無い。

 

「何ができるかは分かりませんが、精一杯やらせていただきます。楯無様や姉さんにも声をかけてみては? 虚様や本音様も整備の知識は明るいと聞いてます」

「帰ってから聞いてみるつもり。できればマドカにも……」

「私か? そんなに詳しくは無いぞ。できることと言ったら、代表のように簡易整備と定期点検ぐらいだが……」

「それでもいいから……お願い」

「そう言われれば断るわけにはいかない。何せ、簪の頼みなのだからな」

 

 むふー、と円満の笑みで胸を張るマドカ。いや、お前が胸を張る意味がわからん。そして簪様の目が光りを失っていく。視線は服の内側にある二つの柔らかな膨らみ。2人を比べてみるとその差は歴然だった。

 

「む、どうした簪?」

「……すいませーん」

 

 ハイライトを失ったままの瞳でベルを押し、店員を呼んだ。……何をするつもりなのだろうか?

 

「はい、お呼びですか?」

「……コレと、コレを追加で」

「かしこまりました。少々お時間頂きますが宜しいですか?」

 

 無言で頷いて、店員を下げさせた。いったい何を頼んだんだ? そーっとメニュー表をみて、額に驚いた。

 

「3500円と3680円……」

 

 どこの高級料理店だよ! なんでこんなものがなんで駅前にある!? 金持ちしか食べそうにないものを……。

 

「な、何故これを?」

「この中じゃ、そんなに高くないから」

「高くないって……」

 

 確かにもっと値の張るものがある。だが、あれで高くない方って……どんだけ金持なんだよ。

 

《更識は日本有数の名家でしょう? なら、当主の妹である簪ちゃんは立派なお金持ちでは?》

 

 そうだった……。本当のお金持ちだったな。庶民以下の俺とは感覚が違って当然だ。

 

「しかし、そんなに食べてもいいのか? 写真を見る限りかなりの量だ。相当運動しなければ太るぞ」

「……いいもん。たくさん動くし、余剰分は胸とお尻に……」

《お財布、大丈夫ですか?》

(今はな。だが、この調子で追加されまくったら分からん。止めるわけにもいかないし……)

《ご苦労様です》

 

 美味しそうに食べる簪様を見ているととても安らぐが、財布の中身がどうしても気になって焦ってしまう。

 

「よし、私も同じものを追加しよう」

「!?」

「だ、ダメか?」

「何を言うんだ。良いに決まってるだろう」

 

 ……無理だ。俺には断れない……。

 

 気遣ってもらったのか、満足したのか、これ以上の追加は無かった。が、今まで生きてきた中で一番の出費だった。向こう1年ぐらいは節約しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日を挟んで月曜日、クラスでは1つの話題で盛り上がっていた。

 

「あ、森宮君」

「ん?」

「知ってる? 1組に編入生が来るんだって」

「今度は1組か」

 

 中国の代表候補生が2組に編入してわずか1ヶ月ちょっと。またしても、織斑のデータを狙って他国家から来るらしい。しかも2人、どちらも代表候補生で専用機持ちだそうだ。送られてくる女子も大変だな……。

 

「で、フランスから来る人ってね、3人目らしいよ」

「3人目? 何のだ?」

「男子。実は、男性操縦者が他にも居たんだって!」

「………胡散臭いな」

「ソースは信頼できるよ。なんたって大場先生だから」

「………そうか」

 

 あの人、結構大雑把なところがあるけど、嘘だけは言わないんだよな。冗談と事実(嫌がらせ)は言いまくってるけど。

 

「気になるでしょ~」

「全然。元々必要以上に他人と関わるつもりは無い。口下手だし、コミュニケーションをとることが苦手だからな」

「そうなの? 普通に喋ってる気がするけど」

「昔に比べたらかなり良くなったけど、まだまだだな」

「ふーん」

 

 正直に言うと、かなり気になる。何故今更公表したのかとか、どういう奴なのかとか、今までどんな暮らしをしてたのかとか、自分のことをどう思ってるのかとか。それ以上に、俺達姉弟や更識にどう関わってくるのか。

 

《クラスが離れていますから、しばらくは無視してもいいんじゃないんですか? 1組という事は、狙いは織斑でしょう》

(今はそれでいい……のか? とりあえず、休み時間にこっそり見に行く)

《まずは情報ですね》

 

 近いうちに……できれば今日が良い。時間割りの関係もあるので上手くいくか分からないが、なるべく早めに済ませたい。その3人目が脅威となるのか、邪魔ものなのか。敵かどうかをはっきりとしなければ。

 

《楯無さんに聞けばいいのでは?》

(主を頼るバカが居るか。それに、自分で確かめて見るのが一番だ。なんて言ったかな……)

《百聞は一見にしかず、ですか?》

(そうそう)

 

 記憶力はかなり衰えているが、代わりに五感は発達してる。表情や態度から心境を読むこともできなくはないし、読唇術もそれなりに習得した。見て、感じ取ったものは何よりの証拠、判断材料、情報になると俺は思う。

 

 後から来たマドカ、簪様と一緒に本音様がいたので今日の時間割りを聞いたところ、普通に昼休みが開いてそうだったので、その時間帯に行くことにした。授業が終わってすぐに1組に向かう旨を伝えると、少しなら教室にとどまるよう足止めすると言ってくださった。ここは好意に甘えるとしよう。

 

《楯無さんには頼らないのに?》

(本人が手伝うと言ってくれたんだ。断ることはできない)

《マスターの基準がイマイチ分かりませんわー》

(覚えておいてくれよ。忘れたら大事だ)

《了解です》

 

 

 

 

 

 

 4限目終了間際に『夜叉』の一言で思いだした俺は、マドカを連れて1組へ来ていた。そこで問題発生。

 

「人が多すぎる」

「むぅ……兄さん、蹴散らそうか?」

「止めい。普通に人をかき分けながら行くぞ」

 

 世界で3人目の男性操縦者を一目見ようと見物客が押し寄せていた。見ればリボンやネクタイの色が違う女子も混じっているので、2年3年の生徒も来ているのかもしれない。昼休みという事でかなりの人数が廊下に集まっていた。

 

 とにかく謝罪の言葉を口にしながら、教室の中が見える場所まで移動する。嫌な目で見られることもあったが無視する。俺に対する評価などどうでもいい。

 

 ようやく最前列に到着。ここで更に問題が発生。

 

「誰が3人目何だ……? マドカ、分かるか?」

「さっぱり。織斑以外女子にしか見えない。というか、誰が1組なのかすらわからない」

「そうなんだよな」

 

 誰が誰なのか分からなかった。

 

(どうすればいい?)

《人に聞きましょうよ……》

(その手があったか!)

 

 近くの誰か……できれば1年生がいいな。よし、教室に入ろうとしているポニーテールの子に聞いてみよう。

 

「すまない。今日編入してきた生徒を教えてくれないか」

「!? お、お前は決勝で秋介と戦っていた……」

「それが?」

「よくも秋介を……!」

「あれは試合だろうが。それで一方的になったからといって、俺を憎むのは違う」

「くっ! ……転校生だったな。あの眼帯をつけた銀髪がドイツ代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒ、秋介と話しているのが3人目の男性操縦者でフランス代表候補生シャルル・デュノアだ。さっさと行け!」

「どうも」

 

 聞きたいことは聞けた。オマケでもう1人の編入生も教えてくれたし、とっとと4組に戻ろう。あの手の我儘系女子は苦手だ。同じことを考えている奴が他にもいるみたいだし、居心地が悪いことこの上ない。どれだけ視線に慣れてもこの感覚は中々拭えないな。

 

《マスター。マドカちゃんが……》

「ん?」

 

 ………居ない。どこに行ったんだ! マイシスタァァァァ!

 

《とりみだし過ぎですって。ほら、さっきいた場所にいますよ》

(何!?)

 

 勢いよく振り返る。マドカは……さっき話しかけた女子の所にいた。

 

「おい」

「………なんだ、連れの男子は行ったぞ」

「お前、もう一度兄さんにあんな口をきいてみろ。貴様が誰だろうと関係ない。次は、コロス」

「っ!」

「今日は見逃してやる」

 

 思いっきり喧嘩売ってた。……俺の為に怒ってくれたのか。何か、嬉しいな。マドカでも……いや、だからこそかな。

 

「お待たせ。ゴメン、どうしてもあいつが許せなくて。今騒ぎを起こしたら絶対に兄さんに迷惑かけるからって我慢したけど……ああもう! 今すぐナイフでグシャグシャにしてやりたい! でも、兄さんが……」

「………ありがとう」

「ぁぅ」

 

 いつもの二割増しで優しく頭を撫でる。良い妹をもって嬉しい限りだ。持つべきものは家族、だな。

 

「ラウラ……」

「どうした?」

「な、何でもないよ! 早く戻ってご飯食べよう。今日は楯無と姉さんも一緒だからな!」

「そうだな」

「兄さんの弁当は美味しいから大好きだ。楽しみだな♪」

「世事なんていいぞ」

「そんなこと無い!」

 

 マドカのつぶやきが気になるところではあったが、教室に帰ってからのお楽しみを前にすると忘れてしまった。別にいつものことなんだが、こればっかりは忘れてはいけないことだったこと、しっかりと本人に問いたださなければならなかったことをこの後俺は後悔した。嫌なこと、面倒なことは先に済ませるに限るというのに。

 

「で、どうだった?」

「?」

「3人目さ。マドカから見て」

「男装」

「同じく」

 

 だよなぁ。さっきの子に聞くまで、ズボンを履いただけの女子にしか見えなかった。だからこそ、着いた時に見つけられなかった。その道の人間なら一発で見抜かれる程度の変装だな。嘘が露見した時のリスクを考えると、こんなお粗末な変装で大丈夫なわけがない。本人、或いはフランスが抜けているのか、それともバレることが目的なのか。

 

(お前はどう思う)

《少し感がいい人なら誰でも気付く程度にしか見えません。何か裏があるとしか………………ふむふむ》

(どうだ? 何か分かるか?)

《ハニートラップでも仕掛けるんじゃないんですか? 目的の『白式』のデータ含め織斑のデータや遺伝子情報も手に入る。暗い過去でも捏造して気を引けば更に相手の気持ちを引きつけられる。男女の関係になって、事後に捨てられたゴムの中の精液でも手に入れれば、本国の連中は発狂モノですよ》

(意外と普通の理由だったな)

 

 ……まぁ、俺にはどうでもいい話だ。帰ろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕時計を見る。針は午後10時58分を指していた。寮の門限は言わずもがな、消灯時間まで過ぎようとしているこの夜中に、私は屋上で人を待っていた。ベタではあるが、ゲタ箱と机の引き出しにこっそりと手紙を仕込んでおいたのだ。ラブレター何かでは決してない。兄さん以外の男に惚れるとかありえない。

 

「待たせたな」

 

 声がしたので振り向く。そこには私が呼んだ人物が――ラウラ・ボーデヴィッヒがいた。兄さんと似て異なる銀色の長髪、目を引く無骨な眼帯、鋭い眼。昔と随分と変わった。

 

「久しぶりだな、織斑(・・)マドカ」

「その名で呼ばないでくれ、私は織斑が嫌いだ。私と、兄さんを捨てたあの家が。今は森宮マドカだ」

「すまん。無事なようで安心したぞ」

「ラウラこそ」

 

 どちらからともなく、手を差し出して握る。初めて会った時の柔らかさは薄れ、ナイフや銃を握り続けてできたであろうタコの感触がした。私も似たようなものだが、身体の強度が違う。それは遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)でも比較にならない。

 

「マドカ、お前あの後どうしていた?」

「施設を襲撃した組織――亡国機業と共に人を探していた」

「亡国機業だと? あのテロリスト集団のことか。なぜそんな奴らが施設を破壊したのだ……いや、今は関係ないな。だが、どうやってここに? テレビの事もそうだが、お前にはいつも驚かされてばかりだ」

「はははっ、追って話そう。亡国機業に入ってから数年経った頃、私は実力を認められて実動部隊に配属されたんだ。簡単に言うとエリート部隊だな。上に上がれば上がるほど、持てる力も動かせる人も多くなる。必死だったよ。それで、初の任務先で探していた人を見つけたんだ。その時は仕方なく引き下がって、もう一度会う機会を待っていたんだが……同じ部隊の奴がその人を殺そうとしたんだ。事実、死にかけた。だから私は、機会を待たずに亡国機業を脱走して、追い返される覚悟で単身その人の元へ向かったんだ。腹いせと自衛のためにISを持ってな」

「そのISが『サイレント・ゼフィルス』というわけか」

「ああ。正直な話、私は返すつもりだった。無理矢理持たされて、戦わされていたとか嘘を言うつもりだったんだ。学園の入試なんて専用機が無くても簡単だしな。だが、私の為にと手を回してくれて……。そこからは知っての通り、私は専用機を手に入れた」

「良い人に出会ったのだな……」

「ラウラはどうだ?」

「私か? 元いた場所……ドイツ軍になんとか帰ることができた。私が奴らに捕まったのは、野外で基礎的な教育を受けている時だったのは話しただろう? あの後、何とか軍と連絡を取ることができ、無事に帰ったというわけだ。一時期大変だったが、今では軍の特殊部隊隊長と専用機を任され、国家代表候補生だ。いつまでもお前に負けている私じゃないぞ」

 

 肌寒さや規則も忘れて、昔話に花を咲かせる。施設は決して良い場所ではなかったが、そこで出会った同じ境遇の仲間達との思い出はとても大事なものだ。兄さんと再会できたこと、ラウラを始めとした人達に出会えたことだけは、あの施設に感謝していると言ってもいい。私にとって、それだけ大事だという事だ。

 

「編入してきた日、クラスまで来ていただろう?」

「なんだ、気付いていたのか?」

「あれだけ殺気を出せば気付くに決まっている。流石の私も一瞬竦んでしまった」

「すまんすまん、あいつが兄さんを侮辱したからつい……」

「兄さん、か……やはり、お前と一緒に居るあの男子は……」

「覚えているだろう? 私の実の兄、ずっと探していた人、森宮一夏。兄さんも織斑を捨てた……というか、忘れてしまっているだけだが」

「そうか、ではやはり……」

 

 月明かりだけで薄暗い屋上でも分かるくらい、ラウラは頬を染めていた。見ての通り、兄さんに恋してる。ラウラだけでなく、施設にいた半分以上の女子は兄さんの事が好きだった。優しいからだ。どれだけ頭がイカレてしまっても、物を忘れてしまっても、何があっても同じように実験体にされた子供たちには優しかった。男女を問わず、兄さんは人気者だった。

 

「会いたいか?」

「当たり前だ。だが、迷惑ではないだろうか……」

「そんなことあるものか。むしろ、優しくしてくれるに決まっている」

 

 あの施設にいた子で、兄さんのことをとても慕っていた。そう言えば大丈夫なはず。ライバルが増えてしまうのは嫌だが、数年前からずっと想い続けているラウラに意地悪なんてできない。私にとって、唯一心を許した友だ(簪と楯無は主だ。2人よりも年下で、友のように接しているがそのことを忘れてはいない)。

 

「よし、いくぞ」

「ど、どこにだ?」

「決まっている。兄さんの所にだ」

「な、まてまて!」

 

 有無を言わせず、私はラウラを部屋まで引っ張って行くことした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い……」

《ついさっき出かけたばかりじゃないですか》

「もしマドカに何かあったら……」

《大丈夫ですよ。マスターの妹じゃないですか》

「そ、そうだな。うん、大丈夫なはずだ」

《何これ可愛い……♪》

「やっぱり心配だーー!」

《何これ超メンドクサイ……》

 

 マドカがつい10分ほど前、人と会う約束をしているからと言って出かけて行ってしまった。既に寮の消灯時間を過ぎているが、まったく帰って来ない。心配だ。先生に捕まってしまったのかもしれない。どこかのスパイにさらわれた可能性だって0じゃない。風邪をひいてしまったら……ぬああああああああ!!

 

「………」

「………………!」

 

 ……話声が聞こえる。この声は……マドカだ!

 

 ドアをすーっと開けて外を見る。マドカは銀髪の女子を連れてこっちに……というか部屋に来ていた。

 

「あ、兄さん」

「何!?」

「遅かったじゃないか、心配したぞ。それで、その子は?」

「ごめんね兄さん。大事な話もあるから、部屋に入れてもいいかな」

「ああ。いらっしゃい、寒かったろ」

「あ、う、うむ」

 

 ラフな格好のマドカと違って、眼帯をつけた子はきっちりと制服を着ていた。真面目なのか、服が無いのか……。カスタム自由な学園の制服をまるで軍服のように仕立てている所を見ると、ミリタリーの知識があるのか、本当に軍属なのかだろう。ここは本当に様々な人種が集まる。

 

 適当に好きな場所に座ってもらい、淹れたお茶を渡した。

 

「日本茶しかない。それで我慢してくれ」

「う、うむ。ああ、いや……ありがとうございます」

「そう堅くなるな。同い年だ」

「あ、ああ……」

 

 ガチガチだな……大丈夫なのか? と思う反面、俺の心は狂喜乱舞していた。マドカが……あのマドカが友達を連れてきた! もし、ココに誰もおらず監視カメラも無ければ、小躍りしていたかもしれない。

 

「それで、話は?」

「その前に自己紹介だな。ラウラ」

「ラ、ラウラ・ボーデヴィッヒであります! 所属はドイツ軍IS特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ(黒ウサギ)。階級は少佐、同部隊の隊長と国家代表候補生を兼任しております!」

「……ココは軍隊じゃないから、そんな肩肘張った挨拶なんてしなくていいぞ」

「そ、そうか……いや、失礼しました」

 

 ビシィッ! そんな擬音が似合う年季を感じさせる挨拶と敬礼に驚きつつ、言外に止めてほしいと言ってみる。たいして変わらなかった。俺は軍人じゃないし、君の上官でも無いんだぞ。

 

「は、話というのは、だな……その……私のことを覚えてはいないだろうか!?」

「うん? ………悪いが覚えに無い。どこかで会ったことがあるのか?」

「とある施設で1年と少し……。私を含めたたくさんの子供たちが、貴方の世話になった。私がここに居るのは、紛れもなく貴方のおかげだ」

「施設? まさか、あそこの事か!」

「そう。ラウラは、私の後に来たんだ。あの辺りから、兄さん特に酷くなっていったから覚えてないと思う」

「あ、ああ。さっぱりだ……」

 

 まさか、まさかこんな場所で、あの施設で過ごしたことのある奴と会う事になるとは。しかも、俺とこの子――ラウラは知らない仲じゃ無いらしい。それどころか、どこか尊敬に近い何かすら感じる。

 

 向こうは俺のことを覚えているというのに、俺は全く思い出せない。マドカの時とは違って、カケラもラウラのことを思い出せなかった。

 

「すまない。君のことを思い出せない」

「あ、いや、いいんだ。私は他の奴よりも貴方に近かった。だから、どういう状態だったのかもよく知っている。気にしなくていい」

「助かる」

 

 深々と、頭を下げて謝罪の意を示す。俺がここまですることはあまりないレアなシーンだったことだろう。

 

「森宮一夏だ。よろしくラウラ」

「あ、ああ。よろしく頼む、一夏」

 

 互いに手を出して握手をした。

 

「言った通りだろう? あんな心配などするだけ無駄だ」

「そうだな。何に怯えていたのやら」

 

 丸く収まったようで何よりだ。マドカに友達ができたことはとても嬉しいし、俺としても過去を共有している人間がいるのは悪い気分じゃない。笑って話せるような内容じゃないが。

 

「今日はもう遅い、ルームメイトも心配しているだろうから帰った方が良い」

「む、そうだな。名残惜しいが、明日もあることだしな」

「ラウラ」

「何だ?」

「妹をよろしく頼む」

「任された。他ならぬ貴方の頼みだ」

 

 こうして俺にとって初めてと言ってもいい友達ができた。

 




 ラウラを主人公側に。

「それにしてもラウラも変わったな」
「昔はどんな奴だったんだ?」
「お兄ちゃんお兄ちゃんと言って、私と一緒に兄さんの後ろをついて回っていた」
「…………」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話 「これは――私の戦いだ!」

 他の書かれている方に触発されてすっごくまじめに書いたら1万オーバー。目指せ2万字!

 ………ないわー


「一夏」

「あれ? 姉さんだ」

 

 昼休み、購買で買ったパンを食べていると、教室に姉さんが来た。一緒に過ごす事は多々あるが、それは教室ではなく屋上や食堂、中庭などが殆どで、教室に来て中に入ってくるのは珍しい。というのも理由がある。

 

「あ、森宮先輩だ!」

「えっ? ああーっ、本当だ!」

 

 こんな感じで姉さんは学園でもかなり有名だったりする。入学してまだ2カ月と少ししか経っていない1年生でも、これだけの人数が知っていて尚且つ尊敬している態度をとるあたり、半端じゃない知名度だというのがよくわかる。追っかけや、本人非公認のファンクラブまであるとか……。女子校怖い。

 

「どうしたの? 姉さんが教室まで来るなんて珍しいね」

「これ、『夜叉』にインストールして」

 

 渡されたのはUSBメモリ。目的はさっぱりだけど、姉さんがやれという事に逆らう意味が無いので、言われた通りにする。といっても、『夜叉』の待機形態は黒い首輪とそれに繋がった逆十字のアクセサリ、端子があるはずない。

 

「分かった。あとでやっておくよ」

「ダメ、今すぐ」

「でも道具が無いし……」

「? 机から送ればいい」

 

 え? そんなことができるのか?

 

《できますよ。ほら、机の隅っこに端子あります》

 

 ……本当だ。でもこんなの普通使うか? 学園は無駄に設備がいいよな。

 

 言われた通り、メモリを差し込んで起動。ここで凍結されたファイルを開かずにそのまま『夜叉』へ全データを送信。届くと同時に解凍され、自動的にウインドウが開いた。

 

「これは……」

「倉持から送られて来た後付けのリミッター。コレを使って。そうすれば、授業や放課後でも『夜叉』が使えるようになる」

「うげ……さらに遅くなるのか。もう『夜叉』のアドバンテージ無くなっちゃうんじゃね?」

「その代わり、搭乗時間も伸びるし訓練もできる。我慢して」

「分かってるって、この間みたいな襲撃があってもいいようにって、わざわざ倉持に取り次いでくれたんでしょ? ありがとう、姉さん」

「いい。一夏の為だから」

「そうだ! 今日の放課後、早速模擬戦でもしない?」

「分かった。アリーナを貸し切ってくる!」

「いや、そこまでしなくていいから!」

「むー。SHR終わったら来るから、教室で待ってて」

「うん」

 

 メモリを返して、にっこりとほほ笑む。姉さんは満足そうな顔で教室を出て行った。

 

 視線を入口からモニターに移す。今現在の『夜叉』の稼働率は60%。これでも結構な数のリミッターがかけられている。そこへ今貰った物を追加してみると………うわ、45%にまで下がった。しかも速度関連が酷いな……。ま、使えるだけマシか。これでも十分な速度はある。最高速度は多分『白式』と同じぐらいだな。これでもし、Limit.Lv3開放したらどうなるんだろう……。

 

「ねえ、森宮君!」

「な、なんだ?」

 

 にらめっこしていると、急に後ろから声をかけられた。顔を上げると周りを囲まれている。

 

「森宮先輩の弟だったんだね!?」

「ってことはマドカちゃんもそうなるの?」

「すっごいニコニコしてたんだけど、どういう事!? もしかしてお姉ちゃん大好きっ子だったりする?」

「昔はお姉ちゃんと結婚するー! とか言ってたりして……」

「先輩もまんざらじゃなさそうな感じじゃなかった? あんなに優しそうな先輩初めて見たんだけど!」

 

 …………面倒なことになった。

 

「おら、席につけー。そろそろ授業を始めるぞ」

 

 大場先生ナイス! 助かった……。

 

「先生、森宮先輩と森宮君ってどんな関係なんですか?」

「あ? そりゃ普通の姉弟だろ。……いや、普通じゃないな。厄介なブラコンとシスコンだな。知ってるか、森宮姉のやつは弟に会えなくなるからって理由で生徒会長にならなかったんだぜ」

「「「「「きゃーーーーーーーーーーっ!!」」」」」

 

 先生はまさかの敵だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、姉さんが来るのを待つ。簪様とマドカにも話すと一緒に行くことになった。

 

「ようやく『夜叉』解禁か。これで兄さんとも模擬戦ができるな」

「うん。一夏は強いから、きっと勉強になる」

「私は驚きですよ。確かに競技用にまでスペックを落としていますけど、それでも結構危ない機体ですから」

「そこなんだけど、なにが危ないの? 速度特化のISとどう違うの?」

 

 以前『夜叉』に関して説明した時は、ただ“はやい”ISとしか言っていなかった。種明かし、というほど隠していたわけでもないが、模擬戦前にちゃんと説明しておこう。最低限のスペックデータの公開はまだまだ先になるだろうし、2人には知ってもらわなければならない。

 

「もし、相手が認識できる限界を超えた速度で移動できるとしましょう。するとどうなります?」

「……一種のステルス?」

「流石でございます。少しお見せしましょう」

 

 取り出したのは青森産リンゴ。両隣がぎょっとした表情をしているがあえてのスルー。ポケットから出したんじゃなくて、ただ単に拡張領域に入れてただけなんだけど。余談ではあるが、拡張領域内に入れた食べ物は『夜叉』が美味しく頂けたりする。偶に果物関連をあげるようにしている、最近の流行はブドウとか言っていた。

 

「コレをゆっくりと投げます」

 

 ふわっと山なりにリンゴが飛ぶ。放物線を描いて、廊下に落ちていく。

 

「投げたリンゴを、認識できない速度で――」

 

 立った状態で両足に力を込める。溜めこんだものを爆発させるように力を開放して、前に飛び出し、リンゴを追い抜いて方向転換。

 

「――リンゴをキャッチする」

 

 俺からすれば朝飯前なことだ。もっと素早く動けるし、弾丸だって見切れる。それはマドカも同じだし、多分ラウラもできるだろう。それはあの施設にいたのなら誰だってできる事だ。ISが戦闘を仕掛けてきても、生身で戦える自信がある。

 でも世間や一般常識ではありえないことであるわけで、当然簪様には俺が何をしたのか全く見えていない。隣にいたのに、いつの間にか投げたリンゴをキャッチしている。丁寧にこちらを向いて。そう見えたことだろう。

 

「見えました?」

「……全く」

「これが現行のISと『夜叉』の違いです。あらゆるセンサーで捉えることはできず、当然目視できるはずもない。攻撃をすることもできず、常に先手を取られる。たとえ電子戦装備であったとしても、捉えることは不可能でしょう」

「戦う以前の問題だな。流石の私も、見えなければどうしようもない」

「……そういうことかぁ」

「何にせよ、リミッターのかかった今の状態ではそこまでの速度は出せませんけどね。折角実戦仕様に仕上げてもらったというのに……」

 

 姉さんと倉持に文句を言うつもりは無いけど、稼働率45%は流石にきついな。制限かけないといけないのは分かるんだけど、これ『夜叉』って言えるか? いや、『夜叉』なんだけど。

 

「よかった。そんなのされたら、私絶対に勝てないもん」

「私も無理だな、見えても対処ができない。結局、兄さんとの模擬戦は1度も勝てたことがない」

「……何もできずに終わりそう」

「……お互い頑張ろう」

 

 ………。話題、ミスったかな。

 

「一夏」

「おっ待たせ~♪」

 

 姉さんと楯無様だ、いいタイミングだ。

 

「簪様、姉さんも来ましたし、行きましょう」

「……うん」

「ほら、マドカも」

「……むぅ」

 

 アンニュイな気分の2人の手を取って歩きだす。何かいいことでもあったのか、憑き物がとれたように上機嫌になってくっついてきた。逆に姉さんと楯無様がちょっと不機嫌になっている。………何が起きた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例のコスプレ(俺は否定している)ISスーツを着てピットに集まった。大分早めに来たが、既にアリーナでは他の生徒たちが自主練習を始めているので危ない。決めることは今のうちに決めて、外に出るつもりだ。

 

 それにしても……いい眺めだ。うん。姉さんはホントに着痩せするよな、身体のラインがはっきり分かるISスーツを見てるとよく分かる。

 

《相手は姉弟と主ですよ》

(俺も男だ)

《最近それ多いです。にしても、随分と変わりましたね。記憶力も上がってきてますし、以前に比べてだいぶ自然に振る舞えるようになりましたし》

(ああ。入学する数ヶ月前……マドカが来てから調子が良くなってきたんだ。おかげでテストは大丈夫そうだ)

《アホなところは治してください。何にせよ、普通の人間に近づきつつあるのは良い事でしょう》

(当然だ。必要以上に頼らなくて済む)

《またそういう事を……1人ではできない事なんて星の数だけありますよ》

(分かってるって、だから必要以上にって言ったろ。でもまぁ……)

《?》

(もし、普通と引き換えに化け物並の力を失うなら、俺は普通なんて要らないけどな)

《………》

 

 あら、怒らせちゃったかな? 俺の本心なんだけど。

 

《ふふっ》

(なんだよ。今のは真面目に言ったんだぞ)

《分かってますって。マスターらしいですね。普通よりも、異常であることを……“無能”であることを望む。でなければ守れないから。あった時と変わらず、全ては主と家族の為に》

(そう生きるって決めたからな、お前との約束もある)

《あぁ、なんてカッコいいんでしょう♪ 人間だったら絶対に惚れてます。いや、今の身体でも惚れてます!》

 

 ………扱いに困るなあ、ホント。気遣いとか嬉しいんだけどもう少しどうにかなりませんかね?

 

「一夏」

「何?」

「えっち」

「ぶふっ!?」

 

 『夜叉』と話していたからぼーっとしていたが、どうやら姉さんを凝視していたらしい。両手で身体を隠すように抱きながら、頬を染めて言う姿はとても可愛らしかった。こう、普段とのギャップというかなんというか。入学してから姉さんが多彩になっていく。

 

「ね、姉さんには劣るが、私でよければ――」

「こら、楯無様みたいなことを言うな」

「ちょっと!? 私そんなこと言わないわよ!」

「そういえばさっき更衣室で後ろから抱きつかれたんだよなー。アレって――」

「キャーーーー!?」

 

 続きを言おうとした時、後ろから楯無様に抱きつかれて口を塞がれた。真っ赤な顔で必死になっているが、その行動が肯定を表しているとは気付いていない様子。ちょっと抜けてるところが愛嬌。

 

「むぐむぐ(何をするんですか)」

「い、一夏が変なこと言おうとするからでしょ!」

「もごもご(事実ですから。というかバレてますよ、誰のことなのか)」

「うぐ……」

 

 3人からの視線が……特に簪様からの視線が刺さる。楯無様が俺の後ろに居るから、俺が悪い事をしてしまったようになっている。何もしてないのに。

 

「そ、それを言うなら一夏だって満更でもなさそうだったじゃない!」

「!?」

 

 なんという切り返し! そして一瞬の隙を突かれてしまった。それは戦闘に於いてもそうだが、こういう時の楯無様に隙を見せること、それすなわち死を意味する。良くて重傷。からかう時の遠慮の無さと本人のハイテンションっぷりは全校生徒の知るところだ。

 

 さっきまでは無かった背中にあるやわらかい感触に、くらっといきそうになる。くそ、イイ笑顔してんだろうな。

 

「あら? もしかして恥ずかしいの? さっきはおねーさんのおっぱい鷲掴みにしてモミモミしてたのに?」

「「「!?」」」

「だーれもいない更衣室で押し倒された時は流石に覚悟しちゃった♪」

「「「!?!?」」」

 

 なんてことは無い。着替え中に後ろから気配を消して寄ってくる誰かを組み伏せたら楯無様だった、というだけだ。その時偶然手が胸を掴んでいただけなんだ。故意じゃない! ……いや、故意なんだけどそうじゃなくて、他意はない! でもよく考えたら主組み伏せるって懲罰モノだよな。

 

「ふん、どうせ」

「お姉ちゃんが」

「後ろからにじり寄っただけ」

「何その一体感!? しかも間違ってないし!」

「間違ってないんだ……ふぅん?」

「え、あ、それは……そのぉ」

「オネエチャン?」

「はいっ!」

「ナニカイウコトハ?」

「すみませんでしたーっ!」

 

 俺から離れて綺麗に腰を曲げて謝る楯無様。威厳台無しだよ。

 

「一夏?」

「はいっ!」

「一夏も気をつけてね。ワカッタ?」

「かしこまりましたーっ!」

 

 教訓、簪様を怒らせてはいけません。俺はまた1つ賢くなった。

 

《くだらなっ!》

(言うな)

《言いませんよ。それに――》

 

 『夜叉』が言葉を切った。その瞬間、アリーナの方から爆音が腹の底まで響いた。今のは……爆弾か? 訓練用ISが積める爆発系武器でここまで強力なものは無いはずだから、どこかの専用機の仕業か、襲撃か。警報の有無からして前者だろう。

 

《――そんな暇はなさそうです》

 

 モニターを見ると、煙の中から1機のISが飛び出してきた。黒い装甲に所々にあしらわれた金の装飾、ドイツの第3世代型『シュヴァルツェア・レーゲン』……ラウラだ。遠目でも分かるほど装甲は痛んでおり、ISもラウラも疲れきっている。

 

 ……また面倒なことが起きそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日の休みは三日の遅れ。

 

 そんな言葉が日本にはあるらしい。なるほどと思う。その言葉に従ったわけではないが、どれだけ簡素であっても毎日の訓練は欠かさない。織斑教官や、一夏に近づくためなら尚更だ。というわけで私はアリーナに来た。ここでやることはただ一つ、ISの訓練である。

 

 更衣室で着替え、ピットに寄らずそのままアリーナへ行く。様々な人間が訓練機で練習をしている。歩行や飛行のような基本から、三次元立体機動のような応用まで。私からすればどれもできて当たり前であるが、軍人と比べるのは酷というもの。出来ないなりに、苦手なりに、必死に頑張る姿と表情は、ISをファッションとしか見做していない女子とは思えない。ここにもそれなりに骨のある奴がいるようだ。

 

 そして、運のいいことにヤツもいた。

 

「おい」

「ん?」

 

 織斑秋介。教官の大会2連覇を砕いた原因であり、一夏とマドカを侮辱した男。

 

 許すわけにはいかない。

 

「織斑秋介、私と勝負しろ」

「一緒に特訓……って雰囲気じゃなさそうだな。理由聞いてもいいか?」

「私はお前を許さない」

「よくわからんが、ボーデヴィッヒさんに許されようが許されまいがどうでもいい。俺にはやることがあるから勝負はそれが終わってからってことで」

「ほう? やること?」

「知らないだろうけど、ちょっと前にトーナメントがあったんだよ。ギリギリだけど鈴に勝って、そのまま優勝まで突き進むはずが、森宮って奴に完封された。あいつに勝つまでは……」

「はっ……」

「……んだよ」

 

 聞いているさ。チューニングした『打鉄』に乗った一夏に一撃も与えられず、無人機乱入で中止になったそうじゃないか。

 

 それにしても、一夏に勝つまでは……か。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 これを笑わずして何に笑えと言うのだ?

 

「うるせぇ! なにが可笑しいってんだよ!」

「勝つ? 誰にだ? 一夏にか? ハハッハハハハハッ! 面白い冗談を言うじゃないか、芸人にでもなったらどうだ?」

「人の目標を(けな)すなんて、ドイツの候補生は随分と人が出来てないんだね」

「シャルロット――いや、シャルル・デュノアか。専用機含め優秀だと聞いている。是非とも手合わせ願いたいが……まずはコイツからだ」

 

 横に向けた視線を織斑秋介へと戻す。開いた右手を上へ向け、人差し指をクイクイと動かす。俗に言う「かかってこい」のジェスチャー。

 

「てめぇ……」

「待ちなさいよ秋介。挑発に乗ってんじゃないわよ」

「ボーデヴィッヒさん、なぜそこまで秋介さんとの勝負にこだわりますの?」

「……いいだろう、教えてやる」

 

 己の罪を知るがいい。それに、話が進まん。

 

「第2回モンド・グロッソ決勝戦の時、織斑教官を棄権させたからだ」

「それは……」

「ふん、本当に分かっているのか?」

「そのことに関しては、悪かったと思う。姉さんにとても嫌な思いをさせちまった……」

「ハァ……やれやれ、聞いていた通りの男だな。自己中心的で我儘な他称“天才”。いいか、私が言ったのは、“第2回モンド・グロッソ決勝戦の時、織斑教官を棄権させたから”。教官が決勝戦よりもお前が大事だと思ったからあの行動をとった、全ての責任を投げ捨ててな! 教官がそう決めたのなら、ドイツ軍少佐としての私(・・・・・・・・・・・・)は異を唱えるつもりは無い」

「全ての、責任……」

「そうだ。教官が背負っていたのは何も日本の威信だけではない。大会2連覇という快挙、期待するIS乗りや世界中の人々、他の日本代表や、その下の候補生、踏み台にしてきた他国のライバル達、そして何より決勝戦で戦うはずだった対戦相手の選手! 1人のIS乗りとしてのラウラ・ボーデヴィッヒは殴り倒したくなるほどの気持ちだった! なぜ世界中の期待を裏切ったのかとな!」

「………」

「親のいない私でも、家族の大切さはよくわかる。たった1人の大切な弟が誘拐されたと知った時の教官の気持ちなど、私ごときでは計り知れない。お前を助けに、試合を棄権するのは必然だったと言える。では何故、そうなってしまったのか。分かっているだろう?」

「……ああ」

 

 危機意識の薄さ、自己管理の未徹底、あげればキリが無い。保護しなかった日本政府だって、もっと言えば頼まなかった織斑教官にだって責任の一端はある。全てコイツ1人が悪いわけではないのだ。十分に反省し、その経験を活かし、二度と同じことが起きないように努力する。本人が心からそう決意させるしか、この問題は収まらない。有名人とその関係者は、自衛に関して少し神経質なぐらいが丁度いいのかもしれない。

 

「そしてもう一つ」

 

 私が最も許せないもの、それは……

 

「私が教官と同様に尊敬する兄のような人と、唯一無二の大親友を地獄の底へと叩き落としたことだ!」

 

 先程に比べれば非常に個人的で稚拙な問題。だが、私にとっては落ちこぼれを拾ってくださった恩師よりも大事なことだ。生きていられるのも、こうしてISに乗ることができるのも、左目のことも、全て一夏とマドカに会えたからこそ。

 

 聞けば教官には弟と妹がいたそうだ。だが、妹は両親に無理矢理連れられて夜逃げ。弟の方はある日突然行方不明に。

 

『溝がありはしたものの、不器用ながら精一杯面倒を見て愛した。結局、愛したつもりだったわけだが。だから、謝りたいんだ。そしてやり直したい。今度こそ、全力で2人を愛してあげたい。秋介と一緒にな』

 

 ――こんな私を、軟弱者だと笑うか?

 

 ――そんなことはありません。教官ほど、思いやりと勇気がある人間はいないでしょう。

 

 ――ありがとう。

 

「織斑秋介ェ! 2人の目の前で、額が割れるまで土下座させてやる! 二度とそんな真似が出来なくなるまで、貴様の全てを叩き潰してやる!」

 

 もう待てない。返答も聞かずに『シュヴァルツェア・レーゲン』と共に駆ける。

 

 流石のあの男も、呆然としているようだ。今のうちに一発殴って、ISもろともプライドまで粉々にしてやる!

 

「秋介、下がって!」

「今のアンタじゃ、相手がドンだけ弱くても絶対負ける!」

「ここは私達にお任せを! 篠ノ之さん、秋介さんを連れて下がってください!」

「わ、分かった。行くぞ!」

「で、でもよ……」

「でもじゃない! 戦うつもりがあるなら気持ちの整理をつけてからにしろ!」

 

 『打鉄』に乗った篠ノ之束の妹が織斑秋介を連れて下がっていく。それを阻むように立ち塞がる3機のIS。フランスの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』と全てを高い水準でそつなくこなすシャルル・デュノア、中国の『甲龍』とたった1年で代表候補生になり専用機を任された天才肌の凰鈴音、イギリスの『ブルー・ティアーズ』と実力で今の座を勝ち取った努力型の秀才セシリア・オルコット。

 

 どいつもこいつも、“天才”と言われる部類の人間だ。私達のように、全てから拒絶される世界を知らないヤツら。

 

「邪魔するならば、撃つ!」

「アンタ正気!? 3対1でやろうっての!?」

「当然、これは――」

 

 こんなこと、誰も喜んだりしないだろう。教官はゲンコツだけじゃ済まなさそうだし、一夏とマドカは何をするかすら予想できない。それでも、だ。これは自己満足に過ぎない。師と兄と友人の為の……

 

「――私の戦いだ!」

 

 ワイヤーブレードを全て飛ばして、3機の動きを制限する。気付かれないように誘導して、しぶとく機を狙う。ばらけて多方向から攻められると勝率がガクンと下がってしまう。そうなる前に決める、チャンスは一度だけ。

 

 待て、待て、まだだぞ………ココだ!

 

 進路を阻み、動きを制限し、パーツに巻きつけ、一ヶ所に集める。

 

「鈴さん! こっちに来すぎですわ!」

「足にアイツのワイヤーが絡みついてんのよ!」

「鈴、動いて! まとまったらやられる!」

「もう遅い!」

 

 瞬間加速。迎撃の弾幕の嵐を突き進む。直撃しようが構わず突進、『シュヴァルツェア・レーゲン』がボロボロになっていくが構わない。後で整備班に謝っておこう。

 

 AIC発動。

 

「動けない……なんで!?」

「これがAICっ……厄介な武装ですわね……」

 

 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、通称AIC。PICを応用して、慣性を停止させる領域を作りだす。そのまま慣性停止結界とも言う。効果範囲は訓練次第で伸びるらしいが、今の私では前方……というより、手を向けた方向15m~20mが限界だ。こんな狭い範囲にIS3機を取り込むなど殆ど不可能に近い。それでも出来たのは運がいいからか、実力か。私としては後者でありたい。

 

「消し飛べ!」

 

 動こうとしてもがく3人へ向けて、レールカノンを連射。砲身が焼けて使えなくなるギリギリまで撃ち続けた。

 

 AICとの同時使用で頭が焼けそうになるが、それを耐えてセンサーに目を凝らす。煙が立ち込めているので目は使えない。どの機体にも大ダメージを与えたはずだが、シールドエネルギーを全損させるには至っていないはず。奇襲に警戒しつつ、ステルスモードでゆっくりと離れる。

 

 トン。

 

「流石にアレで終わったなんて思ってないよね?」

「っ!?」

 

 シャルル・デュノア! まさか後ろに回り込まれていたとは……! 本当に第2世代型なのか!?

 

「お返しだよ!」

「あぐぁっ!」

 

 背中から走る激痛。銃じゃない、ナイフでもない、鈍器でもない、鋭い痛み。まるで……杭のような。

 

「パイルバンカーか! あがっ!」

「御名答! もう一つオマケだよ!」

「うああああっ!」

 

 こんどは爆発。どれだけ武器を積んでいるんだこいつは! 火薬庫以外の何物でもないな、まったく!

 

「くそっ」

 

 煙の中から飛び出して、牽制にレールカノンを一発撃ち込む。煙を散らしながら進むそれは地面に着弾してまたしても煙をまきあげる。すぐ後に、煙の中から爆風を利用して、双刃の槍が回転しながら飛んできた。プラズマ手刀で弾く。

 

「そっちは囮よ!」

「ならば……」

「背中がガラ空きですわよ!」

「横もね」

「……っ」

 

 八方ならぬ三方塞がり。だが、ISの機動力と錬度からして封殺されている気しかしない。

 

 ここからどうするか……『ブルー・ティアーズ』を落としておきたいところだが、近づかせてくれないだろう。ならば『甲龍』から行きたくても、同じく無理がある。要はシャルル・デュノアだ。残った2人はタッグの相性が悪く、教員にも負けたと聞いている。落とすならコイツからだ。だが、一番厄介で強いのも恐らくシャルル・デュノア。楽には勝たせてくれないらしい。

 

 迫る3機。

 

 まずは真正面の『甲龍』を受け流す。武器を投擲した為素手のようだが、手刀が武器の私と無手で張り合うなど無理がある。ワイヤーを巻きつけて重たいパンチを一発、そのまま後ろに放り投げて『ブルー・ティアーズ』の盾にする。牽制射撃を仕掛けてくる『ラファール。リヴァイヴ・カスタムⅡ』へAIC発動。弾丸を止める。

 

 どの機体も残りシールドエネルギーは3割を切っていると見た。プラズマ手刀で攻撃して近距離でレールカノンを撃てばそれで終わる。まずはシャルル・デュノアから。もう一度瞬間加速をかけて突進した。

 

 これが拙かった。

 

「隙あり!」「この程度障害にはなりませんことよ!」

「何っ! がぁっ!」

 

 放り投げた『甲龍』の衝撃砲と、元々狙っていた『ブルー・ティアーズ』の射撃を真後ろから受けた。予測軌道コースと姿勢を大きく崩され、整えることのできないまま近づいてくる。視線の先の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は先程撃ちこんできたパイルバンカーを構えている。

 

 色々と考える、抜けだす方法、カウンターを決める方法、軌道修正する方法………無理か。残りは4割。あのタイプは連発が効くからハマったら抜けだせない。そしてそう簡単に逃がしてくれる相手でもない。つまり、負け。

 

(負ける? たったの3機(・・・・・・・)に?)

 

 確かに手強い相手だ。だが、勝てない相手ではないはず。教官なら、一夏とマドカなら難なくのしているだろう。ならば私にだってできる。いや、出来なければならない。

 

 思いとは真逆にせまる現実。パイルバンカーが振りあげられ、突きつけられる。

 

 軍人としてはあるまじき行為……私は抜けだせない敗北感から目をつぶってしまった。

 

 そして襲ってくる衝撃。だが、それは背中に受けた鋭いものではなく、包み込むような温かさ。

 

「3対1とは、随分とえげつないことをやっているな」

「………なっ、お兄ちゃん?」

「おう。………ん? お兄ちゃん?」

 

 シャルル・デュノアを吹き飛ばし、一夏が私を抱きとめていた。

 

 




 一夏とマドカの存在が、ラウラの千冬依存を薄めていたりいなかったり。良い子になったり無かったり。貪欲に力を求めないラウラは原作よりちょっと弱いかもしれない。それでも1年ではトップクラスなんだけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話 「お前は俺以上の”無能”だな」

 BB武器登場!
 異常に強化された“魔剣”はもう自分でもこれはやばいと思ったくらいです。

 ボーダーの方なら、魔剣と聞けばお分かりですよね?



「ラウラ!」

 

 爆煙から出てきた黒いIS『シュヴァルツェア・レーゲン』。ラウラはボロボロになりながらも、イギリス、中国、フランスの代表候補生達と同等の戦いを繰り広げていた。それも劣勢に陥りつつある。

 

「マドカ、いくぞ」

「分かった!」

 

 理由はわからない。もしかしたらただの模擬戦かもしれないが、ラウラの表情からして違うと断定。あれは覚悟を秘めた目だ。

 

「知り合いなの?」

「……施設にいた子だよ。マドカの話じゃ俺と一緒にいたらしい」

「そう。なら、いかないとね♪」

「ええ」

 

 専用機を展開して、アリーナに出る。制限がかかっているとはいえ、この中では『夜叉』が最速だ。頭一つとびぬけてラウラへ一直線。パイルバンカーを構えていたオレンジ色を蹴り飛ばして、ラウラをキャッチした。

 

「3対1とは、随分とえげつないことをやっているな」

「………なっ、お兄ちゃん?」

「おう。………ん? お兄ちゃん?」

 

 確かにお前は妹みたいな感じがするけど、お兄ちゃんって……。

 

 んーー?

 

「ちょっと失礼」

「あ、何を……」

「ふむふむ」

 

 眼帯を外してみる。その左目は右目と違って金色に輝いている。俺と違って、吸い込まれるような綺麗なオッドアイだ。確か“越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)”とか言ったっけ。

 

「思い出した」

「は?」

「眼の色が一緒だったら見た目だけでも妹になれたのにって、毎度のようにぼやいてたっけ」

「あ」

「マドカといっつも追いかけっこしてさ。髪の毛梳いてもらったこともあったっけ。膝枕してっておねだりばっか、稀の昼寝はマドカと一緒に寝てたな」

「お、思い出した……のか?」

「ちょーーっとだけな」

「う、ああ……」

 

 ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でる。こうしてやるのが一番大好きだった……はず。

 

「おかえり」

「うあああああああああああああん!!」

 

 そうそう、泣いちまえ。ガラにもなく、子供みたいに大声で泣いて色々と吐きだしちゃいな。お兄ちゃん(・・・・・)が全部受け止めてやるからさ。

 

「で、何が起きたんだ?」

「そいつが一方的に襲って来たのよ! 秋介がどうのこうのって!」

「と中国の子が言ってるが、本当か?」

 

 両目の涙をぬぐいながら、優しく問いかける。俺は怒るつもりなんて全くない。

 

「……我慢できなかったんだ」

「嫌なことでもされたか?」

「そうじゃない。教官と2人を苦しめたあいつが……織斑秋介が許せなかったんだ! 傲慢で、自分勝手で、我儘なヤツを悔い改めさせて、土下座でもなんでもさせてやる! そう、思ったんだ……」

「そっか……ありがとう、俺達の為に怒ってくれて」

 

 教官と2人を苦しめた、か。ラウラが言う教官が誰なのかは知らないが、2人は間違いなく俺とマドカ。それを織斑が原因だとラウラは言っている。正直なこの子が嘘を言うとは思えないし、嘘の為にここまでする人間じゃない。ということは真実、なのか? 少なくとも、俺と織斑が何らかの関係を持っているという信憑性は高まった。

 

「これ、本当か?」

 

 良識のありそうな、落ちついた雰囲気の女子――じゃなくて男子の奴に聞いてみる。シャ、シャル……シャルロッテ?

 

《シャルル・デュノアですよ》

 

 そうだ、シャルル・デュノアだ。

 

「えっと、多分。ボーデヴィッヒさんは織斑君と勝負したがってたんだよ。理由も色々言ってたから間違ってないと思う。強引に勝負しようとしてきたから、僕らが割って入ったんだ」

「他人の決闘にか」

「織斑君はその気じゃ無かった。見ればわかるでしょ」

「それはそこにいる、やる気が満ち満ちている男の事か?」

「え?」

 

 シャルルが振り向く。俺から見ればシャルル・デュノアを挟んだ向こう側だ。目をギラギラと光らせる織斑がこっちを睨んでいた。ライバル視でもされたかな? 相手じゃないが。

 

「森宮、一夏……!」

「トーナメント以来だな。睨まれるようなことをした覚えなんて俺には無いが」

「次は負けねぇ!」

 

 傍にいる『打鉄』を纏った子の制止を振り切って、ブレードを構える織斑。

 

「ラウラの決闘を無視しておきながら、俺とやろうって? それは虫がよすぎるとは思わないのか?」

「負けることは別にかまわねぇ、それは俺の糧になる。でもな、お前が俺のことを嫌いだって言ったのと同じように、俺はお前にだけは負けたくねえ!」

「はぁ……話がかみ合わない。姉さん、楯無様、どうすれば……?」

「模擬戦すればいい」「相手してあげたら?」

「はい?」

 

 なんとまぁ同じ答えが返ってきた。

 

「一度徹底的に叩けばいい」

「その気が無くなるまでね」

「………模擬戦しろって事ですね」

 

 やれやれ、2人がそう言うのならそれがいいんだろう。ラウラを下ろして、織斑に歩み寄る。間に立っていた他の代表候補生は道を開けてくれた。その顔には警戒と恐れが見える。実際に戦った織斑ならともかく、この人たちからそんな目で見られるようなことしたっけなぁ……?

 

《『打鉄』で専用機を圧倒したからですよ》

(そんなことか)

 

 性能は確かに戦闘に於いて重要なファクターであると言える。だが、それ以上に重要なのは乗り手、それを扱う人間の技量だ。身体のどこに命中しても一発で殺せる銃があったとしても、イロハも知らない素人が扱えばただの銃に成り下がる。豚に真珠と言ったかな? つまりはそういう事。いつかの金髪が言ったように、俺と織斑では経験が段違い……いや、次元が違うと言っても過言ではない。住んでいる世界が違う。

 

「ということらしいが、どうする?」

「決まってる、やるさ」

「そうか………」

「なんだよ」

 

 相手をしてもいいんだけど、時間無くなっちゃうよな。瞬殺でもいいけど、外野がうるさそうだ。この専用機組もそうだけど、アリーナに居る他の女子たちも織斑の味方って感じだし。

 時間を無駄にせず、尚且つこちらに利益がある方法。

 

 ………。

 

「どうせだ、専用機持ちで試合をしないか? 俺と姉さんはもともと模擬戦しに来たんだよ。『打鉄』の子は悪いけど訓練機で、5対5でさ。ラウラは損傷が酷いから抜き。勝負自体は1対1で、勝ち星の多い方が勝ち」

 

 時間を潰すなら使いつくしてしまえばいい。惜しい気持ちはかなりあるが、姉さんとの模擬戦はまた今度にしてもらおう。その代わりに、他国家の代表候補生の実力と専用機の実戦データを手に入れる。まったくもって釣り合わないが、このあとの準備運動(・・・・)程度にはなるだろう。

 

《うわ、なめきってますねー》

(織斑に負けるようなやつ、そしてそれと同等が3人でようやくラウラを追い込める程度の実力では、こちら側の誰にも勝てはしない。俺と姉さん、楯無様は別格だし、マドカも俺と同じく施設の出だ、簪様だって更識の人間。負けるか?)

《想像がつかないに一票》

 

「………みんなはどうだ?」

「エネルギー補給だけさせてほしいかな」

「あたしは10分欲しい」

「そちらのBT2号機の方と出来るのでしたら」

「秋介が言うなら、私は構わん」

「よし、やる。10分後だ」

「分かった」

 

 それだけを行って、5機はピットに戻って行った。

 

「勝手に話決めちゃってー、このこの」

「すみません。サクッと済ませて、この後の姉さんとの模擬戦の準備運動ぐらいにはなるかと思いましてね」

「あはははははははは! うんうん、大分良くなってきたね」

「大丈夫ですか?」

「うん? 私は特に問題ないよ。後輩たちを指導するのも先輩のお仕事よ」

「同じく」

「……丁度実戦データが欲しかったところだから」

「調子に乗ったヤツらの鼻っ柱をへし折ってやろうじゃないか。あの『打鉄』と出来ないのは癪だが」

「まだ根に持ってたのか……」

 

 こちらは特にすることは無い。エネルギーも満タンだし、整備も既に済んでいる。ラウラの自己紹介とか、駄弁ったりとかした。相手の戦術の予測と作戦も必要ない。全て、全員の頭に入っている。ラウラを除けば更識と森宮の人間だ、歳が近いこともあって共同作業や遊んだりすることも多かった(俺は付き合わされた)ので、このあたりは阿吽の呼吸と言っておこう。

 

 8分ほどで戻ってきた。

 

「組み合わせはどうする」

「そっちで好きに決めていい。ハンデ、欲しいだろ?」

「バカにしやがって……!」

 

 挑発もいい感じに効いてくれる。青いなぁ。

 

 因みにこうなった。

 

 マドカ VS イギリス候補生

 簪様  VS 『打鉄』の子

 姉さん VS フランス候補生

 楯無様 VS 中国候補生

 俺   VS 織斑

 

 試合相手も、順番も全てあちら側に決めさせた。偶然かどうかは知らないが、まるで剣道の試合のような組み合わせだ。俺は大将の気質じゃないっての。先鋒で玉砕するタイプだな。

 

 

 

 

 

 急ではあるが、ダイジェストでお送りしようと思う。何故かって? そこまで魅力的な試合じゃ無かったからさ。

 

 マドカ VS イギリス候補生

 同じBT試験機どうしで模擬戦がしてみたかったのだろう。実弾が全く飛ばないという珍しい風景だった。が、イギリス候補生は全く手が出せず完敗。『サイレント・ゼフィルス』のみに搭載されたシールド・ビットに防がれて届かず、マドカの攻撃は“偏向射撃”という特殊な技能を用いたことで驚くように当たった。どうやら向こうの金髪はできないらしい。非常に悔しそうだった。

 

 簪様  VS 『打鉄』の子

 狙ったのかどうかは知らないが、同じ『打鉄』シリーズ同士の対決だ。俺が予想するに、簪様の雰囲気や見た目から弱そうとか思ったんだろう。

 大間違いである。IS最先端の国日本で、森宮蒼乃に次ぐレコードを記録し続け、国家代表に最も近い代表候補生と言われているのだ。世界で最も強い代表候補生の1人である。近接特化の『打鉄』とそれが得意な搭乗者だが、一太刀も入れることはおろかかすりもしなかった。まさかの完全勝利2連である。マドカから、先日の話を聞いて怒り心頭と言った表情だった簪様は非常にすっきりした顔で戻って来られた。怖い。

 

 姉さん VS フランス候補生

 一瞬で決まった。わずか15秒の出来事である。

 フランス候補生がものすごい武器展開速度を披露しながら牽制してくるのに対して、姉さんは一歩も動かず『災禍』で作りだしたシールドで防ぎ、これまた『災禍』で作りだした一本の矢を命中させ、そこへ無数の剣やら槍やら矢やらを降り注がせた。あれはトラウマになっても仕方ないレベルだな。十字剣が無かっただけまだマシだと言える。

 

 楯無様 VS 中国候補生

 『ミステリアス・レイディ』の水のヴェールはかなりの高威力で無い限り、何でも止める。武器の種類に関わらずだ。爆弾だってお手の物。中国候補生の専用機が持つ第3世代相当の武装『龍砲』はこれっぽっちも通用せず、槍捌きは楯無様の方が圧倒的に上。ひょいひょいと避けられるのが頭に来たのか、突貫したところを綺麗に捕まり、水蒸気爆発『クリア・パッション』でワンキルした。

 

 ただいま4連続完封記録を更新中でーす。責任重大だ。

 

 

 

 

 

 

 注目の……というか本来の目的である俺VS織斑戦。

 

「お前、専用機を持ってたのか。なんで『打鉄』でトーナメントに出てたんだよ」

「『夜叉』が使えなかったから。当時の稼働率は60%前後だったが、更にリミッターをかけた稼働率45%でようやく使用許可が下りたんだ。今日はそれに慣らすために来たんだよ」

「45%って……半分以下じゃないか!」

「そうだ、そこまで削って削ってようやくこうして使えるんだ。お前のISと同じぐらいの基本スペックらしい」

「つまり、同じ土俵に立ってるわけだな」

「好きに解釈すればいい」

 

 同じ土俵だって? とんでもない。

 

「試合開始!」

 

 審判役のラウラが合図を出す。

 

「前回の続きといこう。剣を使ってやる」

「いいぜ、来いよ! 前の俺とは違う!」

「“死体あさりの鴉”と“銀の流星”、特別にほんの少しだけ見せてやろう」

「ほざけ!」

 

 ブレードを構えて突進してきた織斑。

 

 対する俺が展開したのはIS一機分の重量と大きさを持つ大剣『SW-ティアダウナー』。大きさ、破壊力、リーチ、もはや剣というカテゴリに分類していいのか分からないほどのコレは開発者から“魔剣”と恐れられている。どう考えても使えるISがいないのでお遊び武器だったらしいコイツを使わせてもらった。理由? 使えるからさ。

 

 両手持ち+PIC込みでも持てるか怪しいそれを片手(・・)で織斑と打ち合った。

 

「うおっ!」

 

 たったの一合で吹き飛ばされる織斑。電磁シールドに接触する直前にブースターを吹かして何とか姿勢を持ちなおしたようだが、気持ちまでは持ち直せていない様子。

 

「なんて武器だよ……加速して思いっきり斬りつけたのに、ただの一振りでここまで吹き飛ばされるって」

「見かけ倒しと思ったか?」

 

 ぶらりと『ティアダウナー』を持ち、織斑へ向けて加速する。

 

「残念、見かけ以上だ」

 

 ビビったヤツは電磁シールド沿いに逃げていく。それを追うように、右後ろにつけて並走していた。

 

「どうした? お前が望んだ剣の勝負だぞ、逃げるのか?」

「作戦を考えてるだけだ!」

「精々悩めよ。この“魔剣”と『夜叉』の前では、お前など蟻だからな」

 

 窮鼠猫をかむ、ということわざがある。舐めてかかると手痛いしっぺ返しを食らうぞ、という教訓であるが、この状況ではありえない。神に名を連ねた鬼と蟻では食らいつくことさえできはしない。

 

 敵からすれば、『夜叉』もなかなかだが、『ティアダウナー』が与えるプレッシャーは相当なものだ。流石の姉さんでもビビったらしい。言ってしまえばISを振り回しているようなもの、訓練機など粉々に出来る。

 

「そろそろ覚悟を決めろ」

「一か八か……いくぜ!」

「来い」

 

 誘いに乗って、電磁シールドまで接近。魔剣を叩きこむ。紙一重で避けた織斑は俺の頭上を通って後ろをとった。が、センサー越しにみた織斑の表情は驚愕と恐怖に染まっていた。

 

 魔剣の名にふさわしい光景である。

 

 たったの一振りでアリーナの電磁シールドを破壊していた。

 

「嘘だろ……」

「どうした? 折角後ろをとったのに何も仕掛けないのか?」

「っ!?」

「来ないのなら――」

 

 ゆっくりと首だけを振り向いて、織斑を視界に収める。ああ、今の俺は――

 

「――俺から行ってやろう」

 

 最ッッッッ高にイイ笑顔をしていることだろう。

 

《シャッターチャンス! さぁ、今のうちに撮りまくるのです!》

 

 ………台無しだ。

 

「クソッタレェーーー!」

「その度胸は評価してやる」

 

 勝負に出てきた織斑は、一際刀身が大きくなったブレードを構えて突進してきた。速度からして瞬間加速。そして一撃必殺の“零落白夜”か。

 

 学ばない奴め。

 

「うごっ!」

「前もこうして捕まえたことを忘れたのか?」

 

 顔を掴んだ左手を後ろの壁にブチ込む。織斑は頭からアリーナの壁に埋もれた。

 

「だとしたら――」

 

 『ティアダウナー』をゆっくりと両手(・・)で振りあげる。威力は電磁シールドを破壊した時の比ではない。

 

「お前は俺以上の“無能”だな」

 

 勢いよく振りおろ……せなかった。

 

 俺と織斑の間には一本のIS用ブレード。柄の方へ視線を移すと、スーツを着た女性が生身でそれを持っていた。

 

「何でしょうか? 生身では危ないですよ」

「心配無用だ。模擬戦をするのは結構だが、流石にアリーナにシールドを破壊されるのを見過ごすわけにはいかない。森宮一夏、織斑秋介、この勝負は私が預からせてもらう」

 

 その鋭い眼は有無を言わせない強さを感じる。1人の教員とは思えないほどの重さだ。

 

この人は、強い。

 

「この勝負は織斑が挑んできたものです。そいつに聞いてください」

「だそうだが、どうなんだ?」

「お、俺はまだ負けて――」

「諦めろ、お前では絶対に勝てない。それに、ビビって手を震わせているヤツが言っても何の説得力もないぞ」

「くっ………わかり、ました」

「よし。では、次のタッグマッチトーナメントまで一切の私闘を禁ずる。解散! 森宮、お前のその武器だが、模擬戦ならびに公式戦での使用を禁止する。理由はわかるな?」

「分かりました」

 

 言いたいことを言って女性は去って行った。

 

 悔しそうに顔を伏せている織斑を一瞥して、俺は姉さん達の居る場所まで移動した。称賛は無い。勝って当たり前なのだから。

 

「お疲れ」

「疲れてないけどね。どうします? 模擬戦出来なくなっちゃいましたけど」

「そうねぇ……何だかやる気無くなっちゃった」

「わ、私は機体のチェックがしたいな」

「眠たい」

「じゃあお開きって事で。簪ちゃんの機体整備終わったら、皆で食堂にでも行きましょう♪」

「楯無の驕りか?」

「違うわよ!」

 

 どんどん話が進んでいく中、俺はさっきの女性が気になっていた。どこかで、あった気がするんだよなー。

 

「姉さん」

「?」

「さっきの人って誰?」

「………織斑千冬。元日本代表で、世界最強の称号を持っている。織斑秋介の姉」

「ふぅん……」

「一夏。近づいちゃダメ。一夏は姉さんと一緒に居るの」

「そのつもりだよ。行こう」

 

 それっきり俺は織斑千冬への関心を失った。

 

 世界最強、ね。その程度か(・・・・・)

 

 急遽行われた5対5の模擬戦は、俺達の完全勝利によって終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏……」

 

 遠くに居るようで、実はとても近くにいた弟の名を呟きつつ、先程の模擬戦を思い出す。

 

 偶然管制室で訓練している生徒を見ていたので、実はボーデヴィッヒが勝負をしろと言っていたところからじっと見ていた。あんなことまで考えていたのかと教え子の成長に嬉しくなり、秋介がまたやらかしたのかというちょっとした疲れ、ボーデヴィッヒの言う尊敬する兄が わ た し の 弟だったことに驚いた(決して森宮を意識しているわけではない)。

 

 見た目は全くの別人である。というか日本人とはかけ離れているし、外国人でもそうそういない。だが、それでも一夏だなと思える場面が多々あった。

 

 流れで行われた模擬戦。圧倒的な力の差を見せつける森宮達。それもそのはず、経験の差が違い過ぎるのだ。暗部の家で教育を受けてきた人間と、軍の訓練に参加しつつも普通の学生として過ごしてきた人間では話にならない。私の目から見ても勝負は見えていた。これがいい経験になることを願っている。

 

 最後の兄弟対決は前回のトーナメントを思い出させたが、内容は以前にもまして酷かった。ワンサイドゲームという言葉では足りないほどの一方的な試合内容だ。最後の秋介はもはや竦んでいて何もできなかった。それでも“零落白夜”を発動させたのは意地だろう。それすらもあしらい、アリーナのシールドを破壊した武器を軽々と扱い止めを刺そうとしたところまで見て、危ないと判断して中止させた。

 

 アリーナのシールドを破壊されたから、という理由は間違いではない。むしろ正しすぎる。だが、それ以上にあの一撃を受けたら秋介は再起不能に陥ると判断した。一夏があの大剣を振り抜こうが寸止めしようが結果は同じだ。寸止めの方がむしろ酷いかもしれない。

 

――私の弟と妹に近づかないで

 

 以前森宮に言われた言葉を思い出す。

 

 そんなもの知るか、一夏は私の弟だ。マドカは私の妹だ!

 

 だが、森宮と一緒に居る2人は私に一度も見せたことのない笑顔で幸せそうに話していた。

 

 悲しい、だがそれ以上に悔しかった。それが自分に向けられたものではないことが。

 

 人知れず、誰も居ない管制室で私は涙をこぼした。

 




 シールドを破壊した時の一夏の笑顔はシャフトの顔だけ振り向くあれをイメージ。やばいめっちゃ怖い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話 《世界は黒いですね》

 長らくお待たせいたしました。

 地獄の日々=テスト期間は終わりをつげ、春休みがやってきました。いつも通りのペースで更新していけることがこんなにうれしいなんて……


 あの模擬戦(笑)から3日ほど経った。織斑側からは何の接触もない。ついでに言えば、織斑を狙って現れた代表候補生達のような存在も感じない。至って普通な生活を過ごしていた。姉さんに撫でまわされ、マドカを撫でまわし、簪様の手伝いをして、楯無様にはおちょくられ、虚様のお茶を堪能し、本音様とお菓子を食べる。うん、従者失格。

 

 従者失格。昔はその言葉にかなりびくびくしていた。ここ以外に居場所なんてないし、ぽいっと放り出されれば即誘拐で実験体としての日々が再スタートする。学園生活で忘れがちになるけど、今でも十分俺の肩身は狭い。本家に戻れば地味な嫌がらせを四六時中受けることになるだろう。

 

 今でも十分怖い。色んなものを、人の温かさを知ってしまった今では昔よりも怖い。贅沢を覚えてしまったのだ。呪われたように更識に尽くす身体も、たいして気にならないし、最近不思議なことに強制力が無くなり始めている。心をバッキバキに折られたあの陰湿な虐めも、どうだっていい。俺はまた1人になるのが、姉さんとマドカと楯無様と簪様と離れ離れになるのが嫌なんだ。

 

 でも、その恐怖と同じくらい……それ以上かもしれない。俺は信じている。楯無様と簪様はそんな方ではないと、姉さんはきっと俺を助けてくれると、マドカは俺を信じてくれると。『夜叉』だって傍にいる。

 

 その思いを支えているのは最近の生活だった。昔では考えられないのだ。物覚えが良くなった、クラスメイトの名前を覚え始めた、1年前の出来事がすらすらと出てくる、IS以外の授業でもさほど遅れてはいない、ベアトリーチェという友ができた、心に余裕が生まれて織斑に対する感情を抑えられるようになった。

 

 普通の人間に近づきつつある。それでいて、今のところ化け物のような力を失うことは無い。

 

 その事実に、俺こと森宮一夏は喜んでいた。

 

 自分が何者なのかを忘れたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『打鉄弐式』の装備である『山嵐』最大の特徴は世界初のシステム“マルチロックオン・システム”だ。世界初故にまだまだ試行錯誤の段階を抜け出せていないのが現状であるが、実用化に至れば、IS史にその名を残すであろう。「実用性のあるロックオン・システムを世界で最初に開発した更識簪。当時はまだIS学園1年生だったのだ!」みたいな。

 

 その為に、ではなく単に主の願いという事でシステム開発の手伝いに没頭していた。

 

「r13からv56までの数値をプラス3,22。a33からj06、l24、s55、x72を先の数値と連動させてみてください」

「うん」

「どうですか?」

「………ダメ」

「むう」

 

 失敗の連続ではあるが、諦めるつもりは毛頭ない。別に倉持技研に渡してもいいのだが、織斑の『白式』の方が優先されるのは目に見えている。たいして変わらないだろう。森宮の“望月技研”とコアを交換して所属とか変えて、そっちに頼めたりできないのだろうか? このあたりの話はさっぱりわからない。今度姉さんに相談してみよう。

 

 勿論、簪様が完成させる事が最良であるのは変わりない。

 

「なあ簪」

「なに、マドカ」

「システムを組まなくても手動で相手をロックすればいいじゃないか。ペアがいるなら時間を稼いでもらって、1人の時は相手が攻撃しにくい状況を作ってしまえばいい。例えば、スモークやスタングレネード、トリモチなんてどうだ? 『山嵐』の為だけの装備じゃないから、戦略だって幅広くなる」

「それを簡単にする為のシステム…だから。それに、両手塞がっちゃうし、これは成功させなくちゃいけない事、越えなければならない壁なの」

「そうか……」

 

 はぁ、と溜め息を吐いて落ち込む2人。

 

 しかし、手動か。最悪の場合そうなるんだろう。それでは『山嵐』の性能を、『打鉄弐式』を持て余していることと同義。何とかしたい。

 

(なあ『夜叉』、なんとかならないか?)

《私達は戦闘補助が主な仕事なので、一部のコア人格を除いて整備面に関することはあまり詳しくありません。少しでも電気信号伝達速度を上げたり、警報鳴らしたり、武器展開速度を上げたり、ブレを補正したりですね。多分マスターの方が詳しいと思いますよ》

(なら、『打鉄弐式』のコアと簪様が“シンクロ”するようにしたりは……?)

《こればっかりは当人次第ですね。時間や相性、そして愛情、他にも様々な条件が必要ですから。IS学園という狭い箱庭で、2人もシンクロしている人間がいること自体がありえないんですよ》

(2人?)

《マスターと私、そして蒼乃さんと『白紙』です》

(………姉さんって、やっぱすげえな)

 

 さりげなく凄いことをカミングアウトされた。俺、姉さんに追いつける気がしない。

 

 気持ちを切り替えよう。

 

 『夜叉』は専門外と言った以上、これ以上聞く必要は無い。こいつには悪いが時間の無駄とも言える。さて、どうするか……。

 

 手動、手動、自動………………ん?

 

「簪様、少し試して頂きたいことが」

「何?」

「仮想ターゲットに向かって、『山嵐』を手動でマルチロックして破壊してもらえませんか? 弾数は……6で」

「分かった」

 

 電子キーボードをガガガガガガというありえない音と速度でキーを叩きながら、ロックオンしていく。こちらのモニターでは膨大なデータの量がスクロールしている。それをじっと睨み続けた。

 

「全弾命中」

「あと3回ほどお願いします」

「? うん」

 

 そして3回……合計4回の測定が終わった。

 

 思わずにやりと笑ってしまう。読みは当たっていた。

 

「兄さん、どうして何回も撃たせたんだ?」

「まぁコレを見てくれ。簪様もどうぞ」

 

 『打鉄弐式』をスリープモードに切り替えて、手足を抜いた簪様がこちらへ寄ってくる。マドカと簪様の為にイスのスペースを開けて、モニターの画面を切り替えた。4等分、つまり先の4回のデータだ。

 

「これはさっきの4回の……?」

「そうです。『山嵐』のマルチロックを手動で行い、ターゲットを破壊するまでのログだと思ってください」

「ふむふむ」

「この4つを重ねます。ゆっくりスクロールしていきましょう」

 

 画面に写された4回分のログを一つに合体させて、モニターをいっぱいに使ったログがゆっくりと流れる。

 

「あ」

 

 気付いてもらえたようだ。

 

「そういう事です」

「じゃあ、コレを繋げて調整すれば……?」

「完成……とはいかないでしょうが、少なくとも今より数歩前進したと言えるでしょう。いや、ほぼ完成と言ってもいい」

「むぅ、兄さん私にもわかるように説明してくれ」

 

 ぷーっと頬を膨らませたマドカをつつく。可愛い奴め。

 

「もう一度最初から流していくぞ。…………ここ、どうなってる?」

「色が濃い」

「まあそうなんだが……結果から言うと、位置の違うターゲットをロックオンする際に、毎回必ず同じ手順を踏んでいる個所が幾つもあるって事だ」

「う、うん?」

「そうだな……ここから寮に行くとしよう。壁を壊してショートカットしたりとか、ISを使って飛ぶとか無し、普通に歩いてな。時間や距離は考えないものとする」

「なら、何百通りとあるんじゃないか? 真っすぐ行ってもいい、アリーナや教室に立ちよってもいい、駅まで行ってとんぼ返りしたっていいということだろう?」

「その通り。考えだしたらキリが無い。でも、必ず寄らなければいけない場所が幾つかあるだろ?」

「……整備ロッカーの出るためにカードリーダーを通して、昇降口で下足に履き替えて、寮に戻ったらカードリーダーをまた通して、とか?」

「うん。それが答え。どれだけ寄り道をしたとしても、必ず省けない工程や手間が存在する。マルチロックオン・システムも同じだったってことだ。だったら、最小限の入力で済むようにこれから手を加えれば完成になるよな。さっきの例え話で言うなら、ルールを守りつつ最短距離で寮に帰る事を言ってる」

「な、なるほど……流石兄さんだ!」

 

 見えないはずの耳としっぽがパタパタ動いている。まるでチワワだな。

 

「あとは、大丈夫。今日中に完成するから、実戦テストで手伝って」

「模擬戦は禁止されていますが……」

「新システムの実験と言えば通してくれる。学園はその為の施設でもあるから」

「なるほど」

 

 あと一押し。それでこのシステムは、『打鉄弐式』は完成する。

 

 頑張ってください。

 

 

 

 

 

 

 この後、見事マルチロックオン・システムは完成した。倉持技研にデータとレポートの提出はまだしていないそうだ。簪様曰く、「倉持は『白式』優先になってるから嫌」という何とも我儘な理由だった。加えて俺の『夜叉』も倉持製。世界に2人だけの男性操縦者のISを2機も扱っているのだ、開発スタッフが割かれるのは仕方が無い事だと言える。それに関する愚痴を言わないあたり簪様も分かっているのだろうけど、やっぱり専用機は大事にしたい大切な相棒。強化はおろかまともな整備すらできない現状に不満をぶつけるのもまた当然と言えた。

 

「じゃあどうするんですか?」

「コレを材料にしてどうにかできないか、お姉ちゃんに相談してみる」

「また無茶苦茶しそうな予感が……」

 

 簪様は楯無様がやる事を分かっていて、相談を持ちかけようとしていた。というかした。なんか、黒いものを垣間見た気がする。

 

「要するに、『打鉄弐式』と『夜叉』のお引っ越しね」

「え、俺もですか?」

「簪ちゃんにだけさせるつもり?」

「いや、そういうわけでは……」

「ボディーガードも兼ねてるんだから、同じ研究所じゃないと困るでしょ。それに、蒼乃さんが言ってたのよね。『白紙』と『夜叉』のデータが『白式』に流れそう、って」

「派閥ができちゃってますからね……」

 

 更識傘下であると同時に、政府御用達の倉持技研には派閥が出来ているらしい。研究員は少ないながらも技術力の高い更識派と正反対の政府派だ(倉持技研の中での話であって、別に政府派の技術力が低いわけではない)。当初、最も技術力があった倉持に姉さんが専用機製作依頼を出したことがはじまりで、倉持技研に更識派が誕生。民間企業だった倉持を更識が経営するグループが買い取ったことが拍車をかけて、今ではすっぱりと分かれているらしい。といっても更識派はごく少数だが。

倉持が製作した専用機を分けると、『白紙』と『夜叉』を製作したのが更識派で、『白式』と『打鉄弐式』を製作したのが政府派となる。政府派はスタッフが多いにも拘らず『白式』につきっきりなのは、それだけ大事であると同時に未知であるから。現状の『打鉄弐式』は殆ど放置に近い状態になっていた。俺と姉さんはそんなことは無い。

 

 データが流れる、つまり政府派のスパイがいる。秘密主義な更識派は研究棟や社員寮から変電施設、マザーPCまで分ける徹底ぶりで漏れることは無い。もう同じ研究所とは言えないぐらいだと思う。政府派としては『災禍』の仕組みと『夜叉』の速さの秘密は喉から手が出るほど欲しい物らしい。故のスパイ。しかし、スパイが紛れ込むのを防ぐのは容易ではないし、彼らはそれを生業としていない為見つけるのも困難だろう。近いうちに研究者ごと別の研究所へ移す事を考えていたそうだ。

 

 妹の専用機が放置される現状、専用機のデータが対抗派閥に流出する可能性。コレを見逃す姉2人ではない。

 

「だから、研究員ごとお引っ越し。更識派の全員を更識と森宮直営の望月技研に異動させて、望月技研からは色んなところから忍び込んでるアホな人達を倉持にプレゼントしましょう。私が直接指示を出すから、マルチロックオン・システムのデータをくれてやる必要は無いわ。ついでに倉持技研は売りましょう。いいですか、蒼乃さん?」

「今すぐ」

「りょーかい。虚ちゃん、聞いてたわよね? 手をまわして」

「かしこまりました」

「うわぁ」

「……黒い」

「あはっ♪」

 

 開いた扇子には“職権乱用”の文字が書かれていた。

 

 次の日の新聞とニュースの話題が1つ埋まったな。

 

 よく考えると、専用機を作るための資金や資材をタダで頂いたようなものだということに気がつく。

 

《世界は黒いですね》

(ああ)

 

 裏社会はもっとどす黒いぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マドカの希望により、久しぶりに簪様とマドカで食堂に行ってみた。すると、姉さんと楯無様が一緒にご飯を食べていた。意外なことに、ラウラが同席している。銀髪の黒ウサギが随分と緊張しているのが遠目に見ても分かるな。

 

「よう、ラウラ」

「い、一夏か」

「姉さんたちと一緒ってのが珍しいな。それ以上に、緊張しているラウラが珍しいけど」

「ば、バカ者! 国家代表の2人だぞ! 方や世界で名を轟かせる日本名家の当主! 方や教官の後を継いだ日本代表でありながらお前の姉、更に半世紀は破られることは無いと言われる世界レコードを次々と塗り替えた全IS乗りの憧れなんだぞ! き、緊張しないはずがないではないか!」

「え? 姉さんと楯無様ってそんなにすごい人達なんですか?」

「私はやりたいようにやってるだけ。周りなんて気にしたことないわ」

「同じく」

「お姉ちゃん……すごい」

「もっかい言って! 録音するから! いや何度でも言っていいのよ!」

「これが無ければ、立派な姉だというのに………。その点、私の兄と姉は素晴らしい!」

「隣の芝生は青い」

「姉さん……」

 

 その言葉は、ここに居る全員に言えることだと思うよ。

 

「あ、そうだ」

 

 楯無様の頭の上で豆電球が光る。何かを思い付いたのか、閃いたのか。ヒラメ+板………ゴメン。

 

「月末のタッグマッチトーナメントについて、1年生諸君は知ってるかな?」

「俺は全く……」

「私も…」

「私も知らん」

「同じく」

 

 全滅だった。俺クラス委員なのに何にも聞いてないぞ? 大丈夫か大場先生。

 

《大丈夫だ、問題ない》

(やめろ)

 

 頭の中のドヤ顔ゴスロリ大和撫子にチョップを叩きこむイメージ。

 

「名前の通り、タッグでトーナメントを勝ち抜く公式戦よ。全学年行うから色んなところからお偉いさんがやってくるわ。今年は特に多いでしょうね。なんたって貴重な男性操縦者が出るわけだし。片方は世界最強の弟、片方は世界レコード保持者の弟(実はどっちも織斑先生の弟なんだけど)」

「実力は太陽と冥王星ぐらいの差がある」

「まぁね♪ それに合わせて専用機がたくさんあるから、きっと学園史上の盛り上がりになるわ。変な試合しちゃだめよ~」

「しませんよ」

 

 扇子で頬をぷにぷにされる。これって確か紙の部分斬れるようになってたよな? 怪我しませんように。

 

「ね、姉さん」

「何? マドカから話しかけるのは珍しい」

「タッグ、なんだよね? なら兄さんと――」

「一夏はここに居る誰も組めない。私含めて」

「何っ!?」

「専用機が多いことから、今年は専用機同士がタッグを組めなくなっている」

「実はこれ、まだ発表されてないのよね。はやくいいペア見つけなさいな」

 

 なんだって? 俺はマドカか簪様のどちらかと組むことになるだろうと思ってばかり……どうする? 専用機が無い、でも実力のある人物か。

 

 ………いるじゃないか。前回のトーナメントで偶然ではあったものの唯一俺に傷をつけた実力者が。

 

 携帯を取り出して、電話帳から相手を選んでコール。

 

「電話?」

「兄さんには私達以外で連絡先を知っている人がいたのか」

 

 地味に失礼なことを言うんじゃない、妹よ。倉持……じゃなくて、今は望月か。『夜叉』開発スタッフリーダーの芝山さんとか。他には……ほか、には……。うん、考えるのを止めよう。

 

『もしもし』

 

 おお、出た。

 

「森宮だ。ベアトリーチェか?」

『うん。まさか一夏が電話掛けるなんてね。アドレスは教えたけどメール1つ送らないからさー』

「別にメールを使うほど連絡しなければならないことがあるわけでもないだろう? 用があるなら会いに行けばいい」

『え? 会いに? そっか、その方がいいよね……うん。敵は多いし』

「敵?」

『な、何でもない! それで、何か用があるんでしょ。急ぎの』

「月末のトーナメントでは専用機同士が組めないらしい。そこで、ペアを探しているんだが……」

『やる! 絶対やる!』

「そ、そうか。助かる。近いうちにSHRで連絡されるだろうから、またその時にな」

『分かった、ありがとう! やったぁーーーー! 一夏と一緒の時間が増え』

 

 ……………やたらハイテンションだったな。

 

《国の威信を背負っていようが、まだまだ花の十代。恋する乙女なのですよ》

(へー)

《イラっ☆》

 

 超時空シンデレラのポーズからどす黒いオーラを感じたのは初めてだよ。

 

「というわけで、俺のペアは決まった」

「私は本音に頼もうかな……」

「な、何だって……くそ、誰かいないのか!?」

「く、クラリッサ、私だ。い、いったいどうすればいいのだ!?」

 

 あたふたしている2人を眺めながら、楽しく昼を過ごした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話 「一夏が大切な人を支えるのなら、一夏を支える人が必要でしょ?」

 アイマスの映画を見てきた感動と喜びのあまり、2日連続投稿。いやぁー、千早と杏奈可愛かったなぁ……♪

 今回もBB装備登場です。ブラスト・ランナーに合わせたままだとISじゃ活躍しそうにないのでかなり魔改造施してます。〇〇が数分間使えるだなんて……麻乗りじゃなくても、いや、麻乗りじゃないからこそ恐怖しか感じない。


「よし、じゃあ始めるか」

「オッケー」

 

 食堂で楯無様から情報をフライングゲットした俺はその場で友人であるベアトリーチェ・カリーナにペアを申し込んだ。彼女に申し込んだ理由は2つ。

 

 1つ、強い。そもそもベアトリーチェと知り合ったのは前回の公式戦である、クラス代表対抗戦で対戦相手だった時だった。諸々の理由で『夜叉』を使うわけにはいかず、俺用にチューニングした『打鉄』で勝負を挑んだ。決勝戦まで行ったので結果は勿論俺の勝ち。だが、俺個人の感覚から言わせてもらうとあの1回戦が決勝戦のような気分だった。彼女は俺が当たった誰よりも強かった。専用機で出場した織斑よりも、だ。今回の特別ルール、専用機同士では組めない事を考えると、どう考えても最高のペアだと言える。

 

 2つ、知り合いが極端に少ないから。特に1年は。ベアトリーチェという友人ができたこと自体が奇跡に近い。

 

《自分で言っててものすごく寂しくありませんか?》

(そうでもない)

《変なところで図太いですね》

 

 以上の理由から、俺は彼女をペアに選んだ。以前の約束もあるから丁度いいだろう。今日発表されたトーナメント情報と配られた用紙を持って、受付に俺達は一番で乗りこみ、その流れでアリーナに来ていた。無論、練習あるのみ。

 

「時にベアトリーチェ、お前の得意な事を教えてくれ」

「私? 基本何でもできる器用貧乏」

「自分でそんなことを言うな」

「事実だし、それがイタリア候補生ってものなのよ。全てを高い水準で保つ必要があるの。理由は、前に言ったわよね?」

「覚えている」

 

 珍しいことにな。

 

「その中でも、自分が得意としている事だ。技術に関して俺から言うことは無い。後は連携を磨くこと、そして武装の扱いを徹底すれば問題ない」

「うーーん………機動、かな。ウチのテンペスタは世界最速レベルだし」

「ほう? 他には?」

「わかんない」

「では逆の質問をしよう。苦手なものを教えてくれ、それ以外は得意と判断する」

「苦手かぁ……狙撃は好きじゃないな。あとは偵察とか」

「よし、分かった」

 

 ここから導き出される解は1つ。俺と同じタイプだ。ムラがあるが、磨けばもっと光るであろう原石。これだけの力を持っていながら彼女はまだ路上の石のまま。殻がついたままのヒヨコ状態。

 

 俺がやるべきことは、彼女を次の段階へステップアップさせることだ。今回のトーナメントの勝利へと直結するし、彼女が求める国家代表と専用機にぐっと近づく。悪いことは何もない。

 

「今回は全生徒が参加することになっているから、設定を弄ることができない。その代わり、装備は自由に選択できる。だから、この練習期間は装備に慣れてもらいつつ、連携を磨こうと思う」

「装備ねぇ……そんな言い方するってことは、何かいいの持ってたりするってことよね?」

「機動が得意と言った自分を憎むなよ」

「うわ、いい顔してるね」

 

 ベアトリーチェの『ラファール・リヴァイヴ』にとあるものをプレゼントした。

 

「こ、これってもしかして『アサルト・チャージャー』!?」

「よく知っているな。いや、イタリア候補生なら常識か」

 

 『アサルト・チャージャー』とは?

 簡単に言うと、増槽のようなものだ。しかし、たかが増槽と侮るなかれ。ISに装着するこのAC(アサルト・チャージャー)が出す最高速は勿論通常速度は瞬間加速を優に超える、尚且つそれが数分間エネルギーが切れるまで持続するのだ。AC独自のエネルギーを持っているためISのエネルギー残量を気にせず使用できる。切れたエネルギーは自動でリチャージを始めるし、このリチャージもISのエネルギーを使用することは無い。

 使い方は至って簡単、展開するだけ。基本どこにでも装着できるように小型の箱のような形に作られた。大体のIS乗りは背中か腰につけている。それだけでエネルギー系統が切り替わりISではなくACのエネルギーを消費し始めるのだ。ACの種類に寄るが、爆発的な速度を得られる。重火力タイプのISでも、高機動型同等の速度を実験では見せつけた。世界最速の戦闘機が出した最高速はマッハ2.8前後。IS最速の機体、イタリアの『テンペスタⅡ』高速形態がマッハ3.1。その『テンペスタⅡ』にACを搭載した時の最高速は……マッハ4.3。ACがどれだけ異常なのか、分かっていただけると思う。

 

 弱点……というより欠点も勿論ある。ノーリスクならどんなISにだって装着されている。

まずは速度。非常識と言ってもいい速度を与えてくれるわけだが、速すぎて逆に使いこなせないのだ。汎用性が低すぎた。アリーナのような閉鎖された空間での使用、戦闘のように複雑な機動を求められる状況ではまず不向き。小回りが利くタイプも開発されたがそれでもAC、やはり速かった。

次にコスト。ISの武装にしては考えられないほどのコストがかかる。量産することなど出来るはずもなく、完全なオーダーメイドとなった。

 

「さらに強化した物だ。名前は『AC-マルチウェイⅡ』。出力を犠牲にする代わり、使用時間と消費エネルギー効率を改善してある。最大の特徴はACの速度を保ちながら小回りが利くところにある」

「ACの速度を保ちつつ、小回りが利く? それってかなり凄いわよね」

「お前の知っているACに比べればかなり遅いが、それでもACだ。速度はバカにならないぞ」

「こいつを使いこなせってことね」

「将来『テンペスタⅡ』を越える速度のISに乗る代表候補生の練習にはちょうどいいだろう?」

「言うじゃないの」

 

 ガン、と拳を合わせて特訓を始めた。

 

 

 

 

 

 

「いぃぃぃぃぃぃやあああああぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」

「………はぁ」

 

 『AC-マルチウェイⅡ』はACの中では比較的遅い部類に入る。ベアトリーチェにも言ったように、連続使用時間やエネルギー効率、小回りに着眼した物だ。故に、あまり速い方ではない。だが、それでもACだぞ。確かにそう言った。

 

 しかし、訓練を始めて見れば散々な結果。今までのテストパイロット同様ACに振り回されていた。

 

「とりあえず戻ってこい。飛行機が着陸するときのイメージだ」

「無理無理むりむりムリムリだってばぁあああああああ!!」

「仕方が無いな……」

 

 『夜叉』を展開して、ベアトリーチェの予想進路に移動して待つ。

 

「何してんの! ぶつかるわよ!?」

「それが狙いなんだよっ!」

「きゃっ!」

 

 通常ではありえない速度で突進してきた『ラファール・リヴァイヴ』を受け止める。ブースターを全開にしても慣性を相殺できるはずもなく、地面に叩きつけられ壁に激突した。出来ることと言ったら、ベアトリーチェが怪我しないようにギュッと抱きしめるぐらいだ。

 

「いってぇ……大丈夫か?」

「あ、うん……ありがとう。それと、ゴメン」

「気にするな、最初からできる奴なんて1人も居ない。ゆっくりやろう、時間ならあるしな」

「ん」

 

 コイツにしては随分としおらしいな……頭でも打ったか?

 

「顔が赤いぞ」

「もう少しだけこのままでいさせてくれたら治るかもね」

「1分な」

「ありがと」

 

 そのまま眠るんじゃないかってくらいゆったりとしたまま、1分が過ぎた。寝てないだろうな?

 

「ベアトリーチェ」

「うん、やろうか。続き」

「ああ」

 

 ベアトリーチェを立たせて、自分も立ち上がる。後ろの壁は幸いなことに壊れていなかったので、始末書を書く必要は無さそうだ。

 

「俺が手本を見せよう。同じ『AC-マルチウェイⅡ』でな」

「おおっ。ちゃんとできるのかな?」

「舐めるな」

 

 上昇してから『AC-マルチウェイⅡ』を装着。エネルギー系統が切り替わり、武装欄に項目が追加、腰に装着された物のシルエットとSPゲージが現れた。ACの残量はこのSPゲージで表示され、ゲージが無くなった時強制的に収納しリチャージが始まる。途中で収納した場合も同様だ。因みに、使いきってからのリチャージよりも、途中で収納した時のリチャージの方が早く回復するようだ。

 

 いつもの数倍繊細に扱うイメージを持って、飛び始めた。それなりに扱う瞬間加速よりも早く景色が流れて行く。あっという間に端から端へ、しかし慌てず鋭角を描くように方向転換する。アリーナをグルグルと回り、少しずつその円を小さくしていく。

 

「嘘……」

 

 その半径が1mも無くなり狭まっていく。急に出力を上げては楕円を描き、N字飛行のうなカクカクと飛んでは、蛇のように滑らかに仮想障害物をすり抜けて行く。

 

 白い髪をたなびかせ、夜が縦横無尽にアリーナを駆け巡った。

 

 残り稼働時間が3秒を切ったところでACを収納、エネルギー系統が切り替わり、飛行速度が元に戻った。ゆっくりと呆けているベアトリーチェの元へ下りる。

 

「まああれぐらいはできるようになってもらわないとな」

「………はは、いいわ。やってやるわよ! 見てなさい! エネルギーも回復したし、あれぐらいすぐに出来るわ!」

 

 『ラファール・リヴァイヴ』が再びACを装着し、超高速飛行を再開する。

 

 が……

 

「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「………はぁ」

 

 ま、急に出来るようになるはずが無い。特にアレはじゃじゃ馬だからな。出来るようになるまで、気長に付き合うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

「そう落ち込むな。そう簡単に出来るようなものじゃないし、出来たら俺が困る」

「なんで?」

「直ぐに自分のものにしてしまう奴ばかりだと、俺みたいな無能は立つ瀬が無いのさ」

「ふぅん」

 

 更衣室で着替えを済ませて、外でベアトリーチェと合流。折角なので一緒に夕食をとることにした。俺は日替わり定食、ベアトリーチェはカルボナーラだ。

 

「一夏はさ、“無能”なんかじゃないよ」

「ん?」

 

 フォークをクルクルと回して麺を絡めて崩す、それを何度も繰り返してソースを絡めていく。目の前の彼女は下を向きつつも、優しい笑顔で俺の言葉を否定した。

 

「何でもできる、何でもしてくれるとかそんなことじゃなくて、それだけは違うって私は思うな」

「根拠は?」

「実は私さ、一夏の小さい頃のことちょっと聞いたことがあるんだ。イタリアに来たことあるでしょ? その時、私の友達が会ったの。すごく驚いたわ。IS学園に入学して、トーナメントで面と向かい会ったら、聞いてた印象と全然違うんだもの。知り合ってからも少しずつ変わっていって、私にも笑顔見せてくれるようになって、こうして私のこと頼ってくれて。それだけ必死に努力してる人のこと、私は“無能”なんて思わない。そんな人がいたらまず私が一発ぶちかましてやるわ」

「………そんなことないさ。確かに俺は変わってきたと思う、でも、俺がどれだけ頑張ったとしても“無能”って言葉は一生ついてくる。俺だからな」

「それでいいの?」

「良いも悪いも無い、森宮一夏はそうあるべきなんだよ。俺という存在がいて、より際立つ人たちがいる。この家で生きていくことを決めた時から、日に照らされることのない影として、命を捧げると」

 

 最初は嫌だったけどな、という言葉は口に出さない。確か、はっきりとそう決めたのは『夜叉』に会った時だったか。それまでは仕事だからとか、森宮としての義務だからと思って深くかかわるつもりは無かったけど、無意識に俺は楯無様と簪様を信頼していた。

 

「強いね」

「弱いさ」

「いいや、強い。一夏が弱かったら私はなんなのさ。自分の事をよく知ってて、誰かの為に自分を落として、命賭けて。そんなのできる人なんてほんの一握りしかいないよ」

「そうか?」

「そうだよ。前から思ってたけど、一夏って戦ってる時以外はまるで別人みたい。自信ないし、どっか抜けてるし……ネガティブっていうの?」

「インドアじゃないとは思う」

「そういうとこが抜けてるって言ってるの。因みにインドアとネガティブは別」

「…………分からん」

「ま、それが一夏らしいんだけどね」

 

 釈然としないな。俺は天然じゃないぞ、それは否定させてもらおうか。自信ないとかネガティブは分からなくもない。

 

 ベアトリーチェは上品にパスタを食べ、ナプキンで口をぬぐって言葉をつづけた。

 

「本人がそう言うんならそれでいいか、言っても聞くとは思えないし」

「どういう意味だよそれ」

「そのまんま。決意が固いってこと。何かあったらいつでも言ってよ、出来る限りのことは協力するからさ。一夏が大切な人を支えるのなら、一夏を支える人が必要でしょ?」

「ん、そうか。なら困ったことがあったら相談するとしよう」

「はぁ………軽く流してくれちゃって。勇気だして言ったのになぁ」

「?」

 

 流す? 俺何もしてないんだが……。

 

《どれだけ調子がよくなっても、鈍感なのは変わりませんね》

(?)

 

 一気に呆れられた気がした。

 

「おい女狐、そこをどけ」

「あら? 私の場所じゃなくて隣に座ればいいじゃない。それとも、わざわざ隣を譲ってくれるのかしら?」

「兄さんの隣など誰がくれてやるか。兄さんは私と食べるのだ、お前ではない」

「残念だけど、私じゃなくて一夏のお誘いで食堂に来たのよね~」

「うぐ」

 

 後ろから声がしたと思ったらマドカだった。それが当り前であるようにベアトリーチェへ威嚇し、俺の隣に座る。お前も日替わり定食か。

 

「兄さん、友達を作るのはいいことかもしれないけど、その一線を越えさせちゃダメだよ。厄介事の種になるんだから」

「? 俺とベアトリーチェは友人だぞ」

「向こうがそう思ってないことだってあるって事」

「え? ベアトリーチェは俺のこと友人だと思ってないのか?」

「そんなわけないじゃない! ただ、その、ねぇ……もう一歩踏み込みたいなーとか思ってるけど……」

「そういうこと。とにかく! 兄さんは――」

「「「「私のことを見ていればいい!」」」」

「うおっ!?」

 

 いきなり色々な方向から声が聞こえてきた。しかも同じセリフ。

 

 机の下から楯無様が、マドカの隣にいつの間にか座っていた簪様が、マドカとは反対側の俺の隣に姉さんが現れた。楯無様に至っては器用に器の乗ったトレーを持ったままの登場である。

 

「………いつからそこに?」

「最初から♪」

 

 絶対嘘だ。

 

「おお、一夏。ここにいたのか。む、なんだその目は」

 

 ラウラは悪くない、出遅れた感が漂ってるけどラウラは悪くない。はず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トーナメント当日まであと3日。第3アリーナで上級生に囲まれながらも、俺とベアトリーチェは特訓を続けていた。見られている事を頭の隅に放りやって、ひたすらベアトリーチェのAC操作に付き合う。

 

「まだまだ。もっと小刻みに動けるはずだ」

「こんな、ふう、にっ!」

「いい感じじゃないか」

 

 ほぼ毎日、放課後にアリーナへ足を運んでAC操作と連携を磨いてきた。それなりに互いのクセも把握できたと思うし、俺につられてベアトリーチェの技術も格段に上がってきている。日に日にやる気をましていった彼女はとうとうAC技術を物にした。今では応用としてACを起動させた状態で近接戦闘の訓練を行っている。振り回されることはもう無く、滑らかな機動は時に俺すら翻弄される事があるくらいだ。始めた頃はシールドエネルギー満タンのまま訓練を終わっていたが、今では少しずつ削られてきている。目に見えて成果が出ていることを喜んだベアトリーチェは更にやる気を出す。これをひたすらループしている状態だ。

 

「もっとスピード上げられるか?」

「厳しいかも! ISもだけど、私が、キツイ!」

「分かった。あと10秒このペースを維持。終わったら休憩を挟もう」

「了解っと!」

 

 学園から借りることができるショートブレードで何合も打ち合う。『夜叉』と比べて格段に性能が劣っている『ラファール・リヴァイヴ』でも、ベアトリーチェは俺についてくる。

 

 10秒経過。丁度SPゲージが切れたようで、ACが収納された。

 

「隅の方まで移動するか」

「オッケー」

 

 疲れ切ったベアトリーチェを支えながらフラフラと飛行する。ピットから伸びるカタパルトでできた日蔭まで運んで、腰を下ろした。

 

「しかしまぁ、よくここまで出来るようになったな。俺は無理だろうと踏んでいたんだが」

「前に言ったでしょ、イタリアが求めているモノを一夏が持ってるって。必死になるのは当たり前なの」

「ベアトリーチェ・カリーナ個人としては?」

「最新型専用機はIS乗りの憧れってね。それに、簪達と対等になれるわけだし」

「お嬢様と対等? ライバルなのか?」

「そうよ。他にもマドカとか……最近はラウラもかな? 一夏は見てないかもしれないけど、私達結構仲がいいのよ。手加減もしないし、負けるつもりも無いけどね。………ISも恋も」

 

 最後に何か言っていたようだが、仲良しなのはわかった。そのままいい友人でいてほしいと思う。勿論俺ともだ。

 

「試合の組み合わせがどうなるかは当日まで分からないが、戦いたいならとにかく勝ち上がる事だ。そして目指すは優勝、だろ?」

「当たり前じゃない。訓練機だろうが、専用機だろうが、負けるつもりなんてこれっぽっちも無いんだから」

「頼むぜ相棒」

「任せなさい相棒」

 

 ISの拳をガンとぶつけ、訓練を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、知ってる?」

「何を? 豆しば?」

「噂よウワサ!」

「もしかして、アレ? 今度のタッグマッチで優勝したら――」

「何かあるのか?」

「「ひゃあああああああ!!」」

 

 単なる雑談だと思っていたが、聞いてみれば優勝したら何か貰える、みたいな言い方じゃないか。失礼して会話に割り込んでみると凄い驚かれた。最近はクラスメイトとも話すようになってきたので、これくらいじゃ嫌われたりはしない、はず。どうも女子校育ちが多いらしく、男が珍しいようだ。

 

「い、いきなり話しかけないでよ!」

「そうそう! 驚くじゃん!」

「すまん。ちょっと気になる事を話していたからな。それで、優勝したら何かあるのか?」

「そ、それは……」

 

 クラス委員なのに、何か聞き逃していた事があったのかもしれないからな。本当にあったら大事だ。

 

「おら、席につけー」

「せ、先生!」

「助かったー! 森宮君また後でね!」

 

 俺が何か悪いことをしたみたいな言い方だなオイ。助かったって何だよ。

 

 しかし先生が来ているので止めることもできず、仕方なく席に着く。

 

「おはよう一夏」

「おはようございます」

 

 そうだ、簪様とマドカなら何か知ってるかもしれない。俺よりもクラスに馴染んでいるからな。

 

「マドカ。何か噂が流れているんだが、知ってるか? トーナメントの優勝者がどうのこうのって……」

「なななななななな何のことだか!?」

「………簪様はご存知ですか」

「しっ知らないっ!」

「………」

 

《絶対知ってますよね、コレ》

(分かりやすいなぁ)

《隠すって事は、公にはされていないことでは? 例えば、賭け事とか》

(あー、そうかもな)

 

 教室のひそひそ話に耳を傾けると、誰もが「あのウワサ……」と言っている。俺にだけ秘密にされてるのか。って事は、俺が景品? 嫌だなぁ……また晒し物かよ。

 

《勝てばいいんですよ、勝てば。仮にマスターが景品扱いされていたとしても、マスターが勝ってしまえば無効です》

(おお、なるほど。これで優勝しなければならない理由が増えたわけだ)

 

 ただ単に勝つために、簪様やマドカ達ライバルに負けない為に、そして景品にされない為に!

 

 ………最後の奴、余計に聞こえる。

 

「今日からトーナメントが数日間にわたって行われるわけだが、羽目外し過ぎないように。トトカルチョなんてもってのほかだからな、見つけ次第没収、その分の金はアタシの酒になるぞ。まあ優勝目指して頑張んな。4組には優勝候補が3人も揃ってるからな。負けんじゃねーぞ」

『はい!』

「配るプリントに日程書いてあるから、失くさないように。一番前の奴取りに来い。それと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更衣を済ませた1年生全員が更衣室でトーナメント表の発表を待っていた。もうちょっとで分かるはず。

 

「誰になると思う?」

「名前も顔も知らないどっかのクラスの女子」

「もしくは専用機持ちのペアかな」

「その2択しかないだろうが」

「まあねー」

 

 俺もベアトリーチェも緊張はなく、リラックスしている。元の地力が高いことに加えて今日の為にかなり訓練を重ねてきた。付け焼刃の連携ではあるが、それでも他のペアに比べればまだいい方だろう。余程の事が無い限り、負ける気がしない。

 

 自信はある、実力もある、油断しなければまず負けない。

 

「お、出た出た」

「ふむ」

 

 更衣室の仮想ウインドウには今日の対戦表が映し出されている。

 

 俺とベアトリーチェはシードか。先の公式戦もそうだったが、微妙なところで運が良いな、俺。

 簪様と本音様のペア、マドカと清水妖子(期待の新聞部、1年4組)は別のブロック、順当に行けば準々決勝、準決勝辺りで戦うことになる。

 

 気になる1組の専用機持ちは、ラウラ含めて全く反対側のブロックだった。

 

「決勝で簪様達と会うことは無い、か。惜しいな」

「確かに、残念だね。でもまぁ1組の専用機とやれるかもしれないって思ったらちょっとやる気出た」

「出るのか?」

「実力知らないもん。織斑秋介は一夏と戦ってるの見たけどさ、一夏がいれば問題ないでしょ」

「他の奴らもたいして変わらないぞ。この前偶然模擬戦をすることになってな、拍子抜けした。流石に姉さんと楯無様に当たった2人は可哀想だったが」

「あ、あはは………」

「やることは変わらない、前を見て戦い続ければいいだけだ」

「相手が誰であろうと」

「「ぶっ飛ばす」」

 

 互いにニッと笑って更衣室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 トーナメントの幕が開ける。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話 「―――殺す」

 他人のPCから投稿。

 またしても1万字超えた。


 6回。それだけ勝てば優勝だ。

1学年400人、つまり200のペアが出来る。2回戦で残る人数は100、3回戦で50、4回戦で25、5回戦で13、6回戦で7、準決勝で4、決勝で2。シード権を勝ち取った俺とベアトリーチェは5回戦、6回戦がパスされる。普通は最初の2戦をパスするものだと思うんだが……。

 

 というわけで、先生に抗議。

 

「スマン、それ訂正する前の奴だわ。こっちがモノホン」

 

 大場先生ェ………。

 1、2回戦をパスすることになりました。

 

 という事もありはしたが、何事も無く当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏!」

「任せろ」

 

 ベアトリーチェと交代(スイッチ)して前に出る。『炸薬狙撃銃・絶火』を収納して、大口径ハンドガン『マーゲイ・バリアンス』を両手に展開する。3点バーストのくせにマガジンには6発……つまり二回分しかないという主武器に近いハンドガンだ。しかし、大口径だけあって全弾命中した時のダメージはマーゲイシリーズの中でもトップクラス、弾が少ない面を除けば優秀と言える。

 

 両手合わせて12発、全弾命中すれば量産機のシールドエネルギーを6、7割を削れる。装甲が薄い、もしくは無い場所を狙えば全損だって余裕。

 

 それを残り4割の『ラファール・リヴァイヴ』2機へ向けてブチ込むとどうなるか?

 

『試合終了。森宮・カリーナペア勝利』

 

 当然、俺達の勝ちだ。

 

 ベアトリーチェとハイタッチしてピットに戻った。

 

「次は?」

「うーん、どっちも一般生徒だね。でも1組だから油断はできないかな?」

「なんだそりゃ?」

「専用機がたくさんいるから、1年のどのクラスよりも成績がいいの。知らない?」

「興味が無い」

「言うと思った」

 

 次の選手とすれ違いながら、無駄話に花を咲かせる。次の相手が誰かなんて無駄も良いところ、相手は戦士でも兵隊でも傭兵でも殺し屋でも強化人間でもない、ISだけを少し齧った程度の学生なのだから。油断しているわけではないのであしからず。

 

「しっかし驚いたなぁー」

「何が?」

「だって無傷で勝てたんだもん。一夏はともかく、私までノーダメージだし」

「お前は元々実力があった、それに加えてあの訓練だ。これくらい出来て当然だし、出来なきゃ俺が怒ってたぞ」

「きゃー、こわーい」

「代表候補生だろうと関係ない。専用機と当たるまではこのペースを維持する」

「任せときなさいって。今なら専用機だって落とせるわ」

「その意気だ」

 

 楯無様同様に強気でありながら慎重なベアトリーチェがここまで言うとは……今のお前の発言が俺は驚きだ。

 

「なら、次の次に当たるであろう中国の第3世代はお前に任せるとしようかな」

「ええ!?」

「専用機と戦えるなんてそうそう出来ることじゃない。ヤバそうになったら直ぐに変わってやるから、少し頑張ってみるといい。相手のペアは足止めしておいてやるから。自分の限界を知るのも、大事なことだと俺は思う」

「そこまで言うならやってやるわ。一夏がペアのラファールを倒すよりも先に私が中国の子を墜とす」

「ははっ、期待しているとしよう。ラク出来るのは嬉しいからな」

「………」

「どうした?」

「わ、笑った。一夏が……」

「失礼な。俺だって笑うことぐらいある」

 

 まさかこんなセリフを言う時が俺に来るとはな……。

 

 だが、ベアトリーチェが言いたいこともよくわかる。普段は笑うどころか無表情を貫いているし、感情がぶれたかと思えば不機嫌オーラを撒き散らしている(らしい)。俺が笑う時なんて家族といるか、主といるかのどちらか。

 さっきのは本当に無意識だった。なら、俺はベアトリーチェに対して慣れたのかもしれない。少なくとも、高い好感を持っていることは事実だ。

 

 変わったな。いや、よく変わることが出来たな。

 

 『ラファール・リヴァイヴ』を降りたベアトリーチェと一緒に控室まで歩く。使い回される訓練機は直ぐに教員が整備に取り掛かり、バラバラになった。武装に関しては貸し出されている特別製メモリに移される。ベアトリーチェは大事そうにそれを持ちつつ、開いた手でドリンクを持っていた。こういう時、専用機を持っていて良かったと思う。

 

「失くすなよ」

「一夏じゃないから失くしませーん」

「うぐ……」

 

 この前、ペンを失くして6組まで訪ねたことをまだ言ってくるとは……。4組でしか使わない物が6組にあるはずないのは分かってるんだがな……念のためという言葉があるだろう? こいつバカみたいに笑いやがって……。

 

「それよりも、大丈夫なの?」

「何が?」

「この間、アリーナで思いっきり織斑君とかとやりあったんでしょ? 聞いてるわよ、森宮一夏は織斑秋介に一方的な暴力をふるったって」

「ああ、あれか。向こうが仕掛けてきたって言うのに、いつの間にか俺の方が悪者扱いだ。一方的というなら姉さんの方が酷かったぞ」

「どんな感じだった?」

「一本の矢と大量の剣で15秒KO。アレは酷い場合トラウマになる」

「うへぇ……とにかく、気をつけた方がいいわよ。女子って陰湿だから、みんな大好き織斑君をリンチした見た目厨二男子は虐めの対象にされるかもしれないわ」

「頭の隅に入れておこう」

「もう! 人が心配してるのに!」

「来るなら来い、だ。上級生だろうが教師だろうがな。俺じゃなくてマドカや簪様、ラウラとお前に矛先が向いた時は……晒し物にしてやろうか。フフ」

「そういう笑顔はしなくていいの。でも、私のことも気にかけてくれるんだ」

「こうしてタッグを組んでいるからな、視野には入れるべきだ。それに、お前からすればそうでもないだろうが、俺からすれば貴重な友人だ。気にするなというのが無理」

「そ、そう? 嬉しい……」

 

 頬を染めて、嬉しそうにくねくねと動くベアトリーチェを視界に収めつつ、焦点を試合表に合わせる。

 

1、2回戦をシードでパスしてさっきのが3回戦。4回戦は1組のペアで、次の5回戦が恐らく中国の第3世代機と戦うことになるだろう。次の試合は勝てるので、今考えるのはその次の事だ。

 

 中国代表候補生、凰鈴音。先のクラス代表戦で当たる可能性があったのである程度は調べている。IS『甲龍』は全体的にバランスが整ったパワータイプ、中距離援護もできるため割と優秀。凰鈴音はたったの1年で素人から代表候補生になり専用機を勝ち取ったという天才肌。楯無様にワンサイドゲームされた時点で実力は知れているが、油断して良いわけでもない、ベアトリーチェにとっては強敵なのだ。

 そしてペアを組むのは、ルームメイトのティナ・ハミルトン。学年全体で見ても優秀な成績を残している。母国アメリカから来た1年生の中では最も実力ある生徒だ。代表候補生でもないし、企業所属でもない。更識が裏を洗ってみたが、どこかの特殊部隊に所属しているわけでもない一般人。脅威度は低いが、凰鈴音との連携は注意が必要。

 

《油断はいかんな……》

(いきなり渋い声を出すな)

 

 まあ『夜叉』の言うとおりなんだが。油断はしない、する気も無い、手加減なんてもってのほか。ただ潰す。

 

「AC使っていい?」

「タイミングは任せる。だが、俺としてはその次のマドカ戦か簪様戦までとっておいた方がいいと思う」

「だよねぇ……明らかにあの2人の方が強いもんねー。次の試合はどうする?」

「さっきと同じでいこう。わざわざ手の内をさらしてやることは無い」

「オッケー」

 

 余った時間を有効に使いつつ、その時を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋介」

「お、箒か。勝ってるか?」

「何とかな」

 

 近々ルームメイトになる予定の鷹月とペアを組んだ私は何とか3回戦を勝ち残っていた。近接特化で感情的な私と中~遠距離が得意で冷静な鷹月は割といい感じにカバーし合って戦う事が出来ている。といってもどの試合もギリギリだったが。

 

「お前の方はどうだ?」

「まだ余裕はあるな。俺が対応できないところを(スメラギ)さんがヘルプに入ってくれるからさ」

「そうか」

 

 専用機同士で組むことはできない。コレを聞いた時はチャンスだと思った。私と秋介の周りには専用機を持った代表候補生ばかり、次第に仲良くなっていく彼女達を見ていると、幼馴染みという最大のアドバンテージなんて無いようなものだと感じ始めている。事実、凰の存在がそれを証明していた。そこへISの要素が入る。ライバル達には日々差をつけられるばかり。挽回のチャンスが巡って来た。

 

 がしかし、結果として秋介のペアになることはできなかった。この大会で秋介のペアを勝ち取ったのは同じクラスの皇桜花(スメラギ オウカ)という女子。

 

 皇桜花。桜の字が似合うような可愛らしい子で、髪は桃色、腰まである長い髪を桜の髪飾りでサイドテールにしている。身長は平均的な女子そのものだが、体つきは男性の理想そのもの。性格は見た目とは違って大人っぽく、温厚で育ちの良さが窺える。本人は知らないだろうが、一部では“女神”と言われているらしい。そしてありがちなことに、怒ると怖い。

 

 私を始めとして、多くの女子がチャンスと思ったのだ。秋介はてっきり専用機と組むと思っていたのだから。だがペアは傍に居た私ではなく、秋介と関わりの無かった皇だった。脅されたわけでもなく、秋介が選んだわけでもない。いつの間にかペアが決まっていた。

 

「皇との仲はどうだ?」

「そうだな……合わせてくれるって感じだな。どんなに悪い状況でも、俺に合わせてくれるうえに好転させるんだ。すごい人だよ」

「そうか……」

 

 秋介との関係は良好のようだ。勿論、男女としてではなくペアとして。だが、私は今一皇が信用できない。良くも悪くも、裏表が無いように見える。1つと言わず、腹に幾つも黒いものを抱えていそうだ。

 

 秋介のペアという本来ならば私がいるはずだった場所を奪ったことに憤慨したものの、笑顔の裏にあるナニカを垣間見た私は怖くて何も言えなかった。

 

「箒と当たるのは……準決勝か。負けるなよ?」

「当然だ。たとえ専用機だろうと斬ってみせる」

 

 面白いことに、秋介は準決勝まで専用機と当たることは無い。余程の事が無い限り、準決勝まで勝ちあがっていくだろう。私、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒの誰かが秋介と準決勝で戦い、決勝へ進むという形になると予想している。反対側のブロックには凰、更識簪、森宮マドカ、そして森宮一夏。4組の3人はかなりの実力を持っていることは、先日の模擬戦で分かっている。悔しいことに、私は更識簪のシールドエネルギーを1も減らす事はできなかった。そして私だけでなく、全員がかすり傷すら負わせることすらできず負けた時の屈辱と言ったら言葉にできない。残念だが、凰は恐らく勝てないだろう。勝ちあがってくるのは恐らく森宮一夏だ。2度に渡って秋介を嬲ったふざけた男、嬉々として剣を振り回す異常者、秋介の心を砕いた狂人。だが、実力は3機の専用機相手で互角に立ちまわったボーデヴィッヒより何倍もある。どう見ても1学年最強。

 

 あの日から秋介は更に訓練に励んでいるが、森宮一夏の名前を口に出したことは無い。寮の部屋でも、食堂でも。

 

「待ってるぜ」

「それは私の台詞だ」

 

 秋介は、もし決勝に上がったとして、森宮一夏と相対したとして、戦えるのだろうか?

 

 震える右手を隠すようにふるまう秋介を見て、私は不安をぬぐえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題などなく、4回戦を完封した俺とベアトリーチェは5回戦へと駒を進めた。オッズがどうなっているのか気になるが、ここから先は気を引き締めて行くつもりなので頭から追い出した。あとで清水に聞けば教えてくれるだろう。

 

 気を引き締める、とは言ったが少し気合いを入れ直す程度だ。3割の楯無様に一撃も加えられないようなヤツは相手じゃない。ベアトリーチェといい勝負をしてくれることだろう。

 

「もう一度確認しておくぞ。凰鈴音とそのIS『甲龍』の特徴は?」

「燃費の良さ、パワー、見えない砲弾こと『龍砲』、搭乗者の直感とセンス」

「どう対処する?」

「長期戦に持ち込まない、ミドルレンジで戦って近づかれたら流して返す、『龍砲』は視線で弾道を見切る、たかが1年程度のキャリアじゃ私は崩されない」

「狙うは?」

「完☆全☆勝☆利!」

「よし、いくぞ」

「ちょ……突っ込みナシ?」

 

 星は見なかったことにしよう。

 

 ピットのハッチを開けると同時に、眩しい光と大きな歓声が聞こえてくる。ここまでくれば注目度は嫌でも上がるし、この試合はトーナメント初の専用機対決でもあるからだろうな。

 

 先にベアトリーチェのラファールがカタパルトに足を乗せ、アリーナに飛び出していった。更に歓声が大きくなる。

 

《今回はどうします?》

(特に何も。今まで通りでいくさ。変更点は凰鈴音はベアトリーチェが相手をするぐらいかな)

《大丈夫でしょうか?》

(お前も見てたろ? 俺でさえACをマスターするのは1ヶ月以上かかった。戦闘に関しては姉さんよりも秀でている俺がだ。なのにアイツはたったの2週間で自在に操れるようになってる)

《アレは驚きましたねぇ……》

 

 トーナメントのタッグを申し込んだのが月初め、受付が始まって訓練を開始したのが2週間前。しかも放課後にしか時間は無い。アリーナという狭い空間で、更に限られた小さなスペースだけでACをマスターした彼女は凄いの一言に尽きる。ベアトリーチェが階段を1つ昇れればいいと考えていたが、実際は数段ほど一気に駆けのぼった。

 

《ベアトリーチェちゃんなら大丈夫ですかね?》

(俺はそう思っている。技術はベアトリーチェが、ISの性能は凰鈴音が高い。どっこいどっこいってところか)

 

 どっちに転んでもおかしくは無いが、ベアトリーチェにはACがある。少なくとも一方的な試合内容にはならないだろう。

 

「行くぞ」

 

 カタパルトに両足を乗せ、アリーナへと飛び立つ。身体に密着させていた4枚の大型シールドを横と後ろへ回し、ベアトリーチェと並び腕を組む。相手は既に来ていた。

 

「あの時以来ね」

「そうだな。あまり覚えちゃいないが」

「あれだけやっておいて?」

「あれだけ? あの程度の間違いだろう。軽くならす程度でビビるような奴との模擬戦なんて価値は無い」

「ッ! アンタがどれだけ強いか知らないけどね、楽にこの試合終われるとは思わないことね! ISもろともボロボロにしてやるわ!」

 

 2振りの槍を構える凰鈴音。それに合わせて相手のペアもアサルトライフル『レッドバレット』を展開した。対するこちらは無手。別に舐めているわけではなく、開始まで手の内を読まれたくないだけだ。挑発にとってくれれば御の字ぐらいの気持ち。

 

『試合開始!』

 

 気合いの入った開始宣言。同時に真っすぐ2機へ……『甲龍』へと突っ込んだ。

 

「はっ!」

 

 槍を交差させるように振りおろしてきた凰鈴音の両腕を素早く殴る。槍をとり落とす事はしなかったものの、振り切ることはできず痛みに顔をしかめた。そこへガラ空きのボディへ重い一発をくれてやった。

 

「か……はっ」

「ボロボロにしてやると言ったな。精々頑張るといい、お前の相手は――」

 

 顎に掌底を入れて、足を掴み後ろへ投げる。その先には『甲龍』の槍に合わせてショートブレードを2振り展開したベアトリーチェ。

 

「――俺のペアだ」

 

 もう聞こえていないだろうが、一応言っておいた。

 

「さて、しばらく付き合ってもらおうか」

「はは……最悪」

 

 前を向き直して、先に居るティナ・ハミルトンとにらみ合い、互いに銃を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来た来た。

 

 ぎゅっとブレードの柄を握り直す。

 

 無傷……できるといいけど流石に無理がある。確実に一撃を入れて、流し、弾いて避ける。『甲龍』の主武器『双天牙月』はバカにならない威力を秘めている。まともに打ち合えばブレードが耐えきれない。聞けば絶対防御を発動させるほどの威力があるとか無いとか。

 

 ACを使わず、持てる全てを使って専用機を倒して見せる。1人で。見ているであろう本国のお偉いさん方に分からせてやるのだ。私は国家代表に足る実力を持っていると、新型『テンペスタ』にふさわしいのは私だと。

 

 幼い頃の夢を叶えるために、マドカや簪と並ぶ為に、一夏の傍に居る為に、亡くなったお母さんとお父さんとの約束の為に!

 

「勝負!」

 

 私は負けない!

 

「アンタなんて……! 邪魔よ!」

「邪魔してんのよ!」

 

 学園の訓練機で国の最新型に挑むなんて正気とは思えない行動に見える。実際はそうじゃなくて、誰がどう扱うかが問題。別に凰さんが使いこなせていないとか言ってるわけじゃない。ただ、幼い頃からISを学び続けてきた私とでは経験が違い過ぎるというだけ。勝負はISの性能が全てじゃない。武器が全てじゃない。

 

 矢鱈滅多に振り回されているようで、実はしっかりと武器を活かした扱いをしている凰さんの攻撃を苦もなく捌く。それだけでもこのショートブレードじゃ一苦労だけど、やってやれないことはない。

 

「なんで当たらないか分かる?」

「知るか!」

「激情家のくせして冷静なのは凄いと思うけどね――」

 

 右から迫る槍を身体ごと使って逸らし、2振りのショートブレードを上手く絡めて左で持っている槍を落とさせることに成功した。キャッチされる前に蹴り飛ばす。適当な方向ではなく、一夏が戦っている辺りを目掛けて。これで取りには行けない。ペアの子から投げてもらう事が出来たとしても、一夏がそれを拒む。

 

「――型にハマりすぎ、しかも直線的だし」

「やってくれるじゃない……」

 

 これで、単純な手数に於いては私が有利になった。とはいえ『龍砲』はまだ使ってきてないし、まだまだ此方が不利であるのは明白。しかし、ここからが私の腕の見せ所。

 

Inizio(かかってっきなさい)

 

 ブレードを握ったまま、挑発するように右手の人差し指をクイクイと動かす。私的なニュアンスとしては、あなた訓練機にも勝てないの? だ。

 

「何言ってるのか分からないけど、言いたいことは分かるわよ!」

「じゃなきゃ困るわ」

 

 再び激突。

 

 まずやらなきゃいけないことは両肩の非固定武装『龍砲』を壊すこと。射撃能力を奪った後は追い付かれないように動き回って撃ちまくればいい。ただ、そう簡単にはいかないだろうし、そもそもそこに至るまでが難しい。

 

「柄の短い槍でよく堪えるじゃない!」

「代表候補生舐めて貰っちゃ困るわね!」

「私だって代表候補生なんだけど?」

「え、マジ?」

「大マジ。相手のことぐらい調べておきなさいな、常識よ。これだから変に自信を持ったやつって嫌いなのよねー」

 

 やれやれ、と呆れのポーズ。実際に呆れているけど。

 

「ま、そういうのに限って強がるだけのザコだったりしてー。クスクス」

「なんですってぇ! 専用機も無い癖に!」

「人が気にしていることを……! ま、大した腕もキャリアも無いおこぼれで貰ったお子様に何言われても気にしないけど」

「誰が貧乳よ!」

「誰もそんなこと言ってないじゃない。というかそっちに食いつくのね……。でもよく見たらお子様らしい貧相な体系ねー!」

「むっかああぁぁあぁ!! そ、そんなのただの脂肪の塊よ! 太ってるのと同じよ!」

「ふ、太ってる!? あなた女性そのものを否定してるって気付いてる!?」

「何やっても大きくならないならみんな敵よ敵! 女の武器はスタイルだけじゃないんだからね!」

「暴力系女子が何をいってるのやら……」

「専用機もないくせに……」

「あ゛あ゛!」

「何よ!」

 

 ………あれ、なんでこんな話になってるんだろ?

 

 仕切り直しに開いた距離は0、両腕を部分解除して取っ組み合いという名のキャットファイトが始まっていた。地面をゴロゴロ転がったり、頬をつねったり、胸を揉んだり揉まれたり。場所も考えずにね! なんて言うか、醜い争いだったわ……。一夏の方も戦闘を止めてこっちをじーっと見てたし。会場静かになってたし。

 

 そして話は男の事に……。

 

「まな板を胸に貼り付けて何がしたいのかしらね!」

「目障りな重りをぶら下げないでもらえる! 邪魔なんだけど!」

僻み(ひがみ)妬みもそこまで来たら滑稽ね! 一生処女のまま終わるんじゃない?」

「しょっ……!?」」

「初心ねぇ……そんなことで彼に振り向いてもらえるのかしら?」

「うっさいわね! 私にかかれば秋介なんてイチコロよ! アンタは逆に水商売でもしてんじゃないのー?」

「今時私みたいな清純派ヒロインはそうそう居ないってのにねぇ……」

「なーにが清純派よ。あんたみたいなのが一番怪しいのよ」

「私は言葉の代わりに拳がとんで来る方が怖いわ。可哀想ね、織斑君」

「そこの森宮もね。何考えてるか分かんない女に狙われてるんだから」

「あら? 女は秘密をもってこそよ」

 

 それ私の台詞! とか聞こえたような気がしたけど……気のせいね!

 

 最初に比べてかなり話がずれ始めていることに、気付いてはいたものの流れに任せていた。どこかで不意を突いて逆転(シールドエネルギーは私が多いけれど、性能的にいつでもまき返される可能性大。故に勝っているとは思っていない)してやるつもりでいた。だから凰さんの言葉を否定しない。

 

 このあたりで止めておけばよかった、後で私はそう思うことになる。

 

「正直、彼のどこがいいのか……。完璧すぎる男はつまらないわ」

 

 

「森宮一夏はどうなのよ。見た目がイタイだけの暴力“無能”男だし」

 

 

 

 それはあの先輩の目の前で言ってはいけないことの1つを、目の前のバカが言ってしまったから。

 

 瞬間、超至近距離でハイパーセンサーを使わなければ見えないほどの小さな何かがラファールに張り付いた。視界には“制御不能”の文字。

 

(な、何よこれ!?)

 

 声を出す余裕が私の中にあるはずもなく、意志とは反してラファールが勝手に動きだした。

 

 組み伏せていた『甲龍』を投げ飛ばし、一瞬だけ『AC-マルチウェイⅡ』を展開してスラスターを吹かし、ACを収納する。生じた速度と慣性を利用して一気に壁までの距離を詰めて叩きつけた。

 

「っ!?」

 

 何が起きたのか分からないといった顔の凰さんを置いて、ラファールの攻撃は続く。

 

 ショートブレード2振りを『龍砲』に突き刺して抉るように斬り、脚部装甲の足が通ってない場所に突き立てて動けなくした。次に取り出したのはサブマシンガンとガトリングガン。それぞれを片手で持ち一斉射を始める。弾が切れればまた別の銃を、弾が切れるまで撃ち尽くす。

 

「あ……ぐうっ……!」

 

 顔を覆うように両腕を盾にすることなど気にも留めないのか、ただひたすら拡張領域内に入っている銃器を撃ち続けている。視界の武装欄がものすごい勢いで残弾が減っていき、あっという間に“EMPTY(残弾数0)”が表示される。

 

 空になった今の銃を収納して、腰に内蔵していた大型ナイフを取り出して、両腕の手のひらに突き刺す。装甲にヒビが入り、ボロボロの『甲龍』は地面に大の字で磔にされた。

 

 10近くあった全ての銃を撃ち尽くしたラファールが取り出した最後の銃は……。

 

「ぐ、グレネードランチャー……!」

 

 躊躇いも無く、ラファールは引き金を連続で引いた。

 

『試合終了』

 

 私達の勝ちを告げるアナウンスが響いた。

 

 

 

 

 

 

「ベアトリーチェ」

「一夏……」

 

 試合が終わってから直ぐに一夏に呼び止められた。言いたいことは大体分かる。

 

「身体はどこか痛いところは無いか?」

「え、うん……」

「そうか」

「何か、ゴメン。期待してたのに、わけわかんないことになっちゃって」

「謝らなくていいさ、終始流れを握っていたのを見ていればよくわかる。お前は頑張ったよ」

「でも……」

「試合の最後のことを言いたいなら、姉さんに言うといい。1000%聞いちゃくれないだろうけどな」

「は? 森宮先輩?」

 

 いきなり出てきた一夏の姉の名前に驚いた。確かに観客席で見ていたのかもしれないけど、実際は割りこんだりとか問題も無く普通だった。ただ、ラファールが暴走したことを除いて。

 

「姉さんのIS『白紙』についてどこまで知ってる?」

「凄い集中力がいる武装が積まれてるってことと、十字剣を抜かせるなってことぐらい」

「『白紙』唯一の武装『災禍』は、姉さんがイメージした物を具現化させる。剣でもいいし、盾でもいいし、銃でもいい。イメージ次第では何でもできる最強の武装。姉さんはコレを使ってベアトリーチェのラファールをコントロールジャックしたんだ。理由は……まあ分かるだろ?」

「ああ、うん」

 

 誰もが認めるブラコンですから。

 

「でもどうやって?」

「簡単な話だ、ISの制御権を奪う武装をイメージしてラファールに取り付けた」

「あの白い霧みたいなやつ?」

「正確には追加装甲だな。かなり薄っぺらい膜を装甲の上に貼り付けたんだ」

「うわぁ……」

 

 それってもう無敵じゃん……。チートだよ。だって、イメージが出来るなら何でも具現化できるってことでしょ?

 

「その代わり、集中が必要だってことだ。常人だと脳の神経が焼き切れるほどの激痛を伴うらしい」

「うげ、それ大丈夫なの?」

「姉さんのデータって全部計測不能の値を出してるんだ。多分大丈夫」

 

 計測不能って……凄過ぎて色々とわかんない。

 

「とにかく、これも勝ったわけだ。次の準々決勝は簪様と本音様のペアだな、そろそろ気が抜けなくなる」

「アンタ、まだ余裕こいてたの?」

「当たり前だ。お前は違うのか?」

「違います。毎度必死です」

 

 コイツも人間離れしてるなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメンね、ティナ。負けちゃった」

「私はいいのよ。それより、大丈夫」

「負けた数なんてもう数えてないわ、だから大丈夫」

 

 ここまで勝ちあがってきたが、私達はついさっきの5回戦で負けてしまった。誰も居ない更衣室で謝りあっている。

 

 専用機どうしで戦うのだろうと思っていた私は、ひたすら森宮一夏の戦闘ログや映像を見直し、戦略を立てていた。乗ったばかりの秋介は偶然とはいえ私を倒し、その秋介を訓練機でも専用機でも遊びながら勝つという、ふざけるなと言いたくなるほどの実力を持った相手。勝てる見込みなんて0.00001%も無い。あの時戦った生徒会長と同等か、それ以上の圧力に竦みそうになる。

 

 でも、勝たなくちゃいけない。話題の噂もそうだけど、笑いながら秋介に剣を振りあげたあの男と握手して、正々堂々いざ勝負! なんて私にはできない。綺麗な顔が青くはれ上がるまでぶん殴ってやりたいし、口には出さないけど怯えている秋介と戦わせるわけにはいかない。今度こそ、立ち直れなくなるほどの傷を負ってしまう。

 

 迎えた第5試合ではまさかのペアが相手をするという正気を疑う行為。相手をするに値しない、そう言われた気がした。直ぐにのして2対1の状況を作り出してやると思ったものの、私は結局相手のラファールを抜けるどころか勝つことすらできなかった。

態度が豹変した時に反応できなかった。そう、私は怯えていた。

 

 まるで……

 

「凰鈴音」

「「!?」」

 

 この人が相手だったような感覚が全身から伝わってきた。模擬戦の時の生徒会長なんて比じゃないぐらいの、押しつぶされそうなほどの存在感。宝石のような紅い目は不気味に光り、一歩私に近づく度に死神が鎌を振りあげるような恐怖が襲ってくる。なんでもない体を装っているが、少しでも気を抜けば失禁してしまうぐらい私は怯えていた。

 

 全力で狩りに来る恐竜に食われそうになる兎の気持ちだった。

 

 森宮蒼乃。全IS乗りの憧れの的。今この瞬間に限っては、神様すら殺せそうなほどの殺気と怒りを撒き散らしている。

 

「………なんでしょうか?」

 

 震える声と身体を必死に抑えつけて、声を絞り出す。

 

「今日あの程度で済ませたのは、試合だったから。それに、この後にはマドカや簪、そして勝ちあがってくる1年1組の専用機が来る。一夏はただの遊びで試合をすることを楽しんでいる」

「遊び……」

「そう、遊び。私達姉弟から見ればこんなもの遊び以外の何物でもない。好きなだけ戯れていればいい」

 

 先輩は歩みを止め、右手をゆっくりと持ちあげる。手の中には光が集まり、溢れ、形を成していく。毎日のように見るISの武装展開。

 

「ただし、一夏を侮辱することは許さない。見た目がイタイ? 何も知らない小娘風情が調子に乗るな」

 

その手に握られていたのは十字剣……ではなく、一般的な西洋の剣。刀のように斬り裂く剣ではなく、叩き斬る剣。その事に一瞬だけ安心したものの、身体は更に強張る。生身の人間に向けてISの武器が突きつけられているのだから。普段の優しい雰囲気はどこかへ行ってしまい、殺気を撒き散らすだけのナニカにしか見えない。同じ人間なのか疑問を持つほどに、全てが人間離れしていた。

 

 “十字剣を握らせるな”。森宮蒼乃という人物に対する時の要注意事項の一つ。噂ではあるが、防御型ISの装甲を紙のように斬り裂き、一撃で絶対防御を貫通させ、シールドエネルギーを全損させた武器らしい。自由奔放な面が見られる本人が戒めるほどの力を秘めている。

 

「本当なら今ここで殺している。昔の私なら先の試合中に殺していた」

「……国家代表が、他国の代表候補生を、ですか?」

「専用機が手に入った時点で、国家代表の座に興味も執着も無い」

 

 何考えてんの、この人? 正気?

 

「今回は見逃す。ただ、次は無い。どこへ居ようと、何をしていようと、どんな状況であろうと、もう一度一夏を侮辱すれば――」

 

 ふわっと首に風を感じた。

 

「――殺す」

 

 それだけを言って先輩は去って行った。右手に握っていた剣は既に収納したのか、どこにも見当たらない。

 

 無意識に、風を感じた場所に手を触れる。ねちゃ、とまとわりつくような嫌な感触がした。手を顔の前に持ってくると、触れた指先が赤に染まっていた。

 

 風は剣を振ってできたもので、首の皮がギリギリ繋がる深さで切り裂かれていた。あと数mm深ければ、私は赤い噴水を撒き散らしていたことだろう。

 

「はあっ、はあっ、はあっ………!」

 

 両腕で身体を抱き締め、息を荒くしながらペタンと床に座り込む。ティナの声がぼーっとしか聞こえない。

 

 恐怖のあまり、私はしばらく動けなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話 「勝つ以外の、何があるというのですか?」

 お久しぶりです。約半月、お待たせして申し訳ないです。

 山あり谷ありの忙しい日々だったもんで、なかなか書けず……。ちょこちょこ時間を見つけては少し書いて、をひたすら繰り返しているので、つじつま合わなかったりおもしろくなかったりとするかもです。多分また誤字がありそうです。何かありましたら感想、活動報告までお願いします。

 べ、べつに提督になれてうれしかったわけじゃないんだからね!


 第5回戦、凰鈴音&ティナ・ハミルトンのペアを多少のアクシデントが起きたものの、特に気付かれることなく第6回戦……準々決勝戦へと駒を進めた。ガラガラになった更衣室で見ているモニターでは、次の対戦相手が決まる試合が行われている。

 

 本音様がサポートに徹して前に出ない事で2対1の状況になっているが、簪様は苦も無く相手をしている。数で負けているはずなのに誰が見ても分かるほど圧倒していた。

 

『はっ!』

『きゃああああああっ!』

 

 『打鉄弐式』の荷電粒子砲が相手の『打鉄』を直撃して試合は終わった。

 

 予想通り、次の相手は簪様&本音様のペアだ。

 

 

 

 

 

「さて、俺から言えることは一つだけだ」

「何かしら?」

「好きにやれ」

「ええ!?」

「偶に指示を出したらなるべく従ってほしい。下手に縛るとパフォーマンスが下がってしまう、俺とお前はそんなタイプだ」

「んー分かった」

 

 試合前の最後の作戦会議、特に言うことは無い。やれるだけのことはやってきた、これ以上は逆にこんがらがってしまう。

 

「よし、行くぞ」

「オッケー」

 

 ざっと確認を済ませてアリーナに出る。同じタイミングで4機が姿を現した。

 

 『打鉄弐式』。日本産量産型IS『打鉄』の後継機で、機動力を重視したコンセプトになっている。第2世代型と侮るなかれ、最後発だけあって第3世代と同等の機体性能に加えて世界初の“マルチロックオン・システム”を搭載している。搭乗者は姉さんを追うように才能を開花させている簪様。実戦経験が無いとはいえ更識の直系、戦闘技能は代表候補生の中でも群を抜いている。

 

 ペアの本音様は整備志望ということもあって戦闘は得意としていない。が、機体への理解が人一倍深く、的確に弱点を突いてくる。普段ののほほんとした雰囲気からは考えられないほど鋭さと勘の良さは侮れない。ここぞというところで必ず邪魔が入ると思うべきだ。

 

「一夏……私達が勝つから」

「それは私の台詞ですよ」

 

 高周波振動薙刀『夢現』を俺に向け、簪様が宣言する。今この場に限って、俺はただの対戦相手に立場が昇格するので加減はするけど負けるつもりは無い。俺個人としても勝たなければならない理由があったりするが、ベアトリーチェにとっては俺が思っているよりも大事な試合だったりする。隠しているつもりかもしれないが、思いつめているのはバレバレだ。何とかして勝たせてやりたいので、余計負けられない。

 

「わー、りーちゃんだー。終わったら駅前のスイーツ食べに行こうねー」

「なんて言うか、相変わらずね……」

 

 もうちょっとピリピリしてもいいと思いませんかね?

 

《本音ちゃんには言うだけ無駄でしょう》

(それもそうか)

 

 一種の諦め。姉の虚様が匙を投げている時点でどうしようもないのだ。

 

《なんだか久しぶりに喋った気分です♪》

(まあ集中しているからな、おかげで助かっている)

《そろそろ私のサポートが恋しい頃じゃありませんか?》

(この試合までは粘って見せる。マドカは……キツイな)

《そうですか、頑張ってくださいね♪》

(ああ)

 

 IS戦に於いては『夜叉』からのサポートを受けて戦うのが俺の基本スタイルだ。無くても十分強い方に入るが、流石に姉さんクラスの相手は1人では無理がある。知力の大部分をISに依存しているため、経験と直感では勝っていても戦略の面で劣ってしまう。IS戦における森宮一夏は『夜叉』からのサポートがあって初めて成り立つ。

 

 言ってしまえば、簪様はまだそこまでの域に達していない。

 

『試合開始』

 

 『打鉄弐式』の武装は3つ。その内警戒するべきは“マルチロックオン・システム”を搭載した『山嵐』だ。それほど苦にはならないが、迎撃は骨が折れるしベアトリーチェにとっては避けるのは一苦労かかる。

 

 接近して常に張り付き妨害する。そうすれば俺の得意な距離で戦えるし、ロックオンする暇を与えることも無い。

 

 選んだ武器は『LM(リヒトメッサー)-ジリオス』。日本刀のような反りのある片刃の近接武器で、刃にあたる部分がビームで構成されている。『ティアダウナー』のような大きさは無くとも、切れ味と威力は同等かそれ以上の業物だ。小回りが利くし平均的なIS用ブレードより少し軽いので魔剣のように扱いやすさには困らない。が、使いこなすにはかなりの時間を要するのでやはり同様にピーキーな武器と言える。

 

 下がりながら荷電粒子砲『春雷』を撃ち続ける簪様を追う。予想進路を上手く塞いでくる射撃を避け、時には大型シールドで弾く。近づけば『ジリオス』と『夢現』の格闘戦。

 

「強い……!」

「まだまだこんなものではありませんよ?」

 

 ギアを一段上げる。

 

 少しずつ、確実に捌ききれなくなった簪様は地味にダメージを重ねていく。大振りで崩れた所へ横に一撃入れた。

 

「っ……捕まえた!」

「ぐっ!」

 

 横から抜けようとしたところを捕まえられ、零距離で『春雷』の連続射撃をくらってしまった。

 

 振りほどこうにも力が強いのでちょっとやそっとじゃ抜けられない。少々手荒になるが……!

 

「きゃっ!」

 

 4枚の大型シールドの下部を『打鉄弐式』の中央部……特に『春雷』に向け、内蔵しているブースターを点火。『夜叉』の貴重な機動力源の推力には耐えられなかったようで、思いっきり吹き飛ばされた。俺は直ぐに逆噴射をかけて止まったが、『打鉄弐式』には撃ち消すほどの勢いを作れず壁に激突。狙った通り、『春雷』は左右両方ともブースターの熱で変形しており、あの状態ではもう使えない。

 

 恐らく煙に隠れて『山嵐』が来る。

 

 『ジリオス』を収納して、二丁同時運用を前提としたサブマシンガン『D90カスタム』を両手に展開、直ぐに煙の中に向かって斉射する。示し合わせたように煙の中から出てきた多弾頭ミサイルを見事に全弾迎撃した。

 

 またしても煙が立ち込める。そこで気付いた。

 

(レーダーとセンサーの調子がおかしい……)

 

 ただでさえ大量のミサイルが爆発したことに加えて、地面を抉り粉塵までまきあがっている。煙は俺がいる高度まで上昇してきて、視界が悪くなり始めていた。塵などで天然のジャミングが起きるのは割と普通のことなので気にしない。

 

 普通は。

 

(ミサイルにジャミング粒子でも混じっていたか)

 

 たかが粉塵程度でかく乱されるほどISは安っぽくは無い。

 

 本当に、強くなられた。

 

 この手の粒子は索敵も兼ねていることがある。少しでも動けば、ISの反応を探知して搭乗者へより正確な位置を敵に送ることになる。それは、ミサイルの軌道を自在に操れる『打鉄弐式』相手にやっていいことではない。ことごとく進路を潰され、ここから抜け出すだけでミサイルの雨を突っ切ることになる。

 

 ブースターで晴らしてもいいが、試合的によろしくない。こうして仕掛けてこないということは俺のアクションを待っているってことか。

 

「………ふむ」

 

 ISの展開を解除する。管制室からは見えていないのでバレてない、ISを展開していないのでISを探知する粒子は機能しない。重力に引かれて地面に激突して頭を割る事も無く、音を立てずに着地。俺個人が持っている気配察知能力で簪様の気配を探る。………………煙の中で待機、細かな指の動きから察するに、今度こそ正真正銘『山嵐』だ。

 

 煙の中を移動し、回り込んで『打鉄弐式』の背後をとる。ギリギリ見えない位置まで近づく。めいっぱいに屈んで飛び出し、『打鉄弐式』の右脚を掴んで投げ飛ばした(・・・・・・)

 

 一瞬で『夜叉』を再展開し、『打鉄弐式』を追って追撃――

 

「へぶっ!」

 

 ――しようと煙をでた瞬間、『山嵐』の一つが俺の顔面に直撃して爆発した。生身……それも顔面だったこともあって絶対防御が発動。『ジリオス』で地味に削って作ったシールドエネルギーの差が覆されてしまった。

 

 公式戦でまともにダメージをくらったのはこれが初めてだ。

 

「いてぇ……」

「あはは……」

 

 思わず簪様も苦笑いだ。

 

「あははっははははははははははははは!!」

 

 そしてペアは腹を抱えて大笑いしている。あの本音様がオロオロしてしまうぐらい扱いに困っている。お前が笑ってどうするんだよ。

 

 反射に近い速度でベアトリーチェに銃を撃ちたくなるのを抑えて『ジリオス』を展開。『山嵐』の厄介さは十分にわかったのでもう使わせない。

 

「まさか複数の弾種があるとは思ってませんでしたよ。少なくとも、前までは無かったはず」

「増やしたの。ふふ……まだまだあるよ。特にこの試合は一夏が特に嫌がりそうなのがたくさん」

「それもう試合とか関係ありませんよね? ただの嫌がらせですよね?」

「日ごろのお説教の恨み!」

「すごく個人的!?」

 

 そんなにガミガミ言った覚えはありませんよ!?

 

《そうでもないと思うんですけどねぇ……》

(そうだよなー)

《たまーに小姑みたいになりますけどね》

 

 ………ぐさっと来たぞ。

 

「やああああっ!」

「………」

 

 『夢現』を縦横無尽に振り回し、鋭く突いてくる。リーチと重さで劣る『ジリオス』で捌き、確実にカウンターを決めてシールドエネルギーを削る。開いた差は徐々に縮まっていき、ついに逆転した。

 

 余裕のある俺と違って、切羽詰まっている簪様は必死だ。焦りから攻撃が単調になり始めてきている。だからこそ仕掛けることにした。

 

 突き出された『夢現』に合わせて『ジリオス』を構える。『ジリオス』が触れた瞬間に軽く押さえ、くるりと回す。『夢現』の刃先は俺の胸から明後日の方向へ向いて突きだされた。ガラ空きの胴へ渾身の一振り、魔剣と並ぶ攻撃力を秘めた妖刀は残った4割を一気に喰らいつくした。

 

『更識簪、シールドエネルギー0』

 

 アナウンスが流れても事態を呑み込めていないらしい。キョロキョロと俺とスクリーンを見ている。

 

「…負け?」

「負けです」

「そっか……。一夏、今のってもしかして?」

「察しの通り“燕返し”です」

 

 “燕返し”。相手の突きを槍を回転させていなし、十全の一撃を決める更識に伝わる槍術の奥義が一つ。本来は刀ではなく槍の技なので、俺がしたことは無謀以外の何物でもない。でも成功するのが俺である。戦闘に関してだけ姉さんにも勝てる自信はある。

 

 偶然なのかは謎だが、主こと更識姉妹は2人とも槍を得意としている。故に見慣れたものだが、流石に刀でやられるとは思ってなかっただろう。因みに、楯無様は大の得意としている。

 

『試合終了』

「お、ベアトリーチェも勝ったか」

「かなり手こずったけどね……やらしいったらないよ」

 

 ベアトリーチェの機体は見事にある部分がボロボロだった。それ以外は戦う前と変わっていない。

 

「関節ばっかりなんてムカツクったらないわよ! 本音!」

「勝負は残酷なんだよ……」

「残酷なのはアンタの頭!」

「わはー」

 

 勝負後なのかと疑いたくなるほど和気藹々(わきあいあい)としている。やはり本音様なのか……!?

 

「いっちーがんばってねー」

「次は……マドカが来るのかな?」

「恐らくは。まぁ、妹には負けませんよ」

「怖いなー。『サイレント・ゼフィルス』怖いなー」

 

 もうしばらく、この雰囲気が続きましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が終わったというにも関わらず、4人は未だにアリーナで話している。勝者にエールを送っているようだが、次の試合もあるのでさっさと捌けてほしい。

 

「彼が怖いですか? 織斑さん」

「……皇さん」

 

 後ろから声をかけてきたのはペアになった皇桜花さん。背は鈴と同じぐらい小さいのに、体つきは箒並に女性的、おっとりとした性格でクラスの良心と言われている。

 

専用機同士では組めないと言われていたので、実は女子だったシャルルと組むつもりだった計画が崩れた。大丈夫かなーと思いつつもペアを探していたところに、皇さんが声をかけてくれたので好意に甘えさせてもらった。授業ではクラスの中でも好成績を収めているし、俺が対応できない距離もカバーしてくれるので実力的にも安心できる。

 

 最近の箒が苦い顔をしているが、それを気にする余裕が俺には無かった。

 

 森宮一夏。

 

 もう隠す事はできない、自分も周りも騙せない。

 

 俺はあいつが怖い。

 

「そうだな、怖い」

「初めて負けたからでしょうか?」

「負けた事なんて何回もあるよ。スポーツとか、勉強とか。というか姉さんには勝てないから。喧嘩は……したことが無い」

「くすくす、正直なことで。では何故?」

 

 振り返る。

 

 初めて会ったのはクラス代表対抗戦。1人目が気になっていたけど、とにかく慣れるのが大変でいつの間にか忘れていた。その内会うことになりそうだったし。初顔合わせが初試合の決勝ってのは面白かった、よく知らないけど俺なら勝てると思っていた。

 結果は無人ISの乱入で中止。もう一度行われることは無かったので、優勝者は決まらなかった。が、実際は違う。どれだけ続けていても俺はあいつのシールドエネルギーを1も減らせなかったはずだ。

 

 認めたくなかった俺は訓練に力を入れた。今思えば、生まれてから本気で努力したのはこれが初めてだ。どうしてか、負けちゃいけないと自分に焦らされていた。

 

 早速機会が訪れた模擬戦。その前にドイツからの転校生に色々と言われたのも効いたが、その後の1対1はもう心も身体もボロボロだった。バカでかい剣にもビビったが、それ以上にあいつと専用機が出すプレッシャーは異常の一言だった。姉さんとは違うベクトルの強さと眼に、始まる前から呑まれていた俺は何もできず以前にもましてボロ負けした。

 

「森宮は……決勝まで進むでしょう。俺達も今のペースならボーデヴィッヒだって勝てるかもしれない。だからこそ余計怖いんですよ。決勝に進んで、あいつと戦えるのか」

 

 ボーデヴィッヒも少し苦手な感じがある。俺も悔しくて泣いたあの誘拐事件を言われるとなにも言い返せない。

 

「どうなるのか、それはその時までは分かりません。今気にしていては、次のオルコットさんにも勝てませんよ?」

「分かっちゃいるけど、今のあいつを見たらさ……。手が震えちまってる」

「あらあら……」

 

 手を頬に添えて、困ったような様子を見せる皇さん。絵にかいたような天然系お姉さんの仕草だが、見た目ただのロリ巨乳でしかない。

 

「タッグマッチペアを組む前も組んだ後も、訓練を怠ったことは無いのでしょう? 自信を持ってくださいな」

「自信か……俺はまた持てるかな?」

「持ってもらわなければ困ります。今までが不安なら今からつけましょう。次のオルコットさん、そしてボーデヴィッヒさん、強敵と呼ぶにふさわしく、いち……森宮さんと戦う前の前哨戦には持ってこいではありませんか」

「……そうだな。よし! やるか!」

「その意気でございます」

 

 にこりと微笑んで励ましてくれた。不思議な人だ。

 

 そういえば……。

 

「皇さん」

「なんでしょう?」

「どうして俺とペアを? 皇さん、ボーデヴィッヒと話してるとこ見てたけど、ペア組まなかったんだ?」

「気になりますか?」

「少し……」

「ふふっ、理由なんて一つでしょう?」

 

 背を向けていた皇さんはそのまま顔だけを俺に向け、妖艶な笑みを浮かべてこう言った。

 

「勝つ以外の、何があるというのですか?」

 

 今まで見てきた笑顔の中で一番大人っぽくて、底が見えないほど暗く黒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実は入学前、『夜叉』を手に入れて今の機体になってからマドカと模擬戦をしたことは何度かある。戦績は全戦全勝してはいるものの、それは稼働率が60%の状態。競技用に更にリミッターがかけられた今の状態でいかに戦う事が出来るのか。

 

 加えてペアの清水がかなり気になる。ペアが決まってからの期間は訓練をみっちり行ったと聞いている、マドカがつきっきりに指導したのなら0からのスタートでもそれなりに上達しているはず。ベアトリーチェとまともに戦えるとは思わないが、どう連携を組んでくるかによる。

 

 というわけで今までのマドカ達の試合を早送りで見ていた。試合が進むにつれてインターバルが短くなるので、ゆっくり見ている暇は無い。

 

「これは……」

「予想通りとしか言いようがないな」

 

 マドカが前に出て2機を抑え、清水は完全なアウトレンジからの援護に徹していた。清水の『ラファール・リヴァイヴ』は国際試合のタッグマッチでも見ないほどの重武装で、榴弾砲にミサイルポッド、バズーカ、狙撃銃、グレネードランチャー等々、機体特性を活かして多彩な武装を見せている。容量的にもまだ余裕はあるはずなので隠している武装がありそうだ。

 

「驚くべきはその精度と集中力ね」

「判断力も高い、接近されても焦らない冷静さも持っている」

「………意外と強敵なんじゃない?」

「普通のペアなら確かにそうだろう。だが、俺達には通用しない戦法だ」

「えらく自信があるのね」

「マドカと模擬戦を何度かしたから手の内は読める。俺との1対1で負けるというのに、2対1の状況を作れるはずが無いだろ」

「へえー。じゃあこの試合は一夏におまかせしようかしら?」

「きっちりと働いてもらうぞ」

「はいはい」

 

 マドカからすれば、俺が最もやりにくい相手のはずだ。同時に俺もマドカがやりづらい。お互いに知り尽くしていることが多すぎる。

 

 俺の予想。今まで以上にペア組んでるのかよ!? って言いたくなると思う。

 

「仕方ないな」

「仕方ないね」

《仕方ないですね~》

 

 

 

 

 

 

『試合開始』

 

 それと同時にビームの雨が降り注ぐ。俺は間を縫うように、ベアトリーチェはわざと大周りをして清水へと向かう。避けたビームが後ろから来ないので、まだ“偏向射撃”を使うつもりは無いようだ。

 

 ただし、ベアトリーチェを抜かせるつもりも無いようで、ライフルビットの殆どはベアトリーチェを向いている。

 

「身体が温まるまで付き合ってやるつもりは無いぞ」

「つれないなぁ。楽しもうって気はないの?」

「じゃあ聞いてみるか。どうしてほしい?」

 

 にやりと笑うマドカ。これを待ってましたって顔だ。

 

「ビット対決」

「ほう? 散々にやられたのが効いてるな?」

「勿論! 今度は負けないから!」

 

 そういうと俺が乗ると決まっているかのようにBTロングライフル『スターブレイカー』を収納した。代わりに全てのビットを展開。ライフルビットが6基、シールドビットが4基。不規則に並び、直角的に動き続けている。

 

「いいぜ、のってやる」

 

 両手に展開していた『マーゲイ・バリアンス』を収納して、後方に配置している大型シールドの内側から4つの円盤が出てきた。

 

 『UAD-レモラ』。円盤型のビットで、着弾すると爆発を起こすエネルギー弾を撃つ。射程が短いので中距離以内でないと使えないが、威力はそこそこあるので複数の敵と戦う時にこそ真価を発揮する。

 

「ベアトリーチェ、清水。気をつけろよ?」

「は?」

「何を?」

「流れ弾だ」

 

 計14のビットが同時に動きだした。

 

 マドカのライフルビットがビームを見当違いな方向に撃ったり、真っすぐ俺目掛けて撃ったりしている。避ければ“偏向射撃”で進路を曲げて時に直角に、時には滑らかな軌跡を描いて再び襲いかかってくる。この間もマドカは撃ち続けているので、それも意識しなければいけない。増えるばかりのビームを消すには衝突か消滅の二択。俺は“零落白夜”なんぞ持っていないので、上手くシールドで弾き続けた。それでも漏らすこともあるので、少しずつシールドエネルギーが減っていく。

 

 『レモラ』の数は劣っているが、威力は負けてはいない。着弾すると爆発するので、シールドビットであろうと当たり所が悪ければ簡単に破壊してしまうこともある。撃ちだしたビームで相殺するか、ビットを斜めに構えて逸らすようにして防がなければならない。しかし、『レモラ』もエネルギー。“偏向射撃”によって複雑な軌道を描くので相殺すら一苦労する。一発が重い『レモラ』を、マドカは俺のように掠ることすら許されない。

 

「上手くなったじゃないか」

「目標が高いおかげでね」

「だがまぁ……360度常に警戒するのはまだ難しいみたいだな」

 

 IS操縦の熟練者ならさほど難しくない行為“全天周警戒(オールチェック)”だが、イメージ・インターフェースを用いた武器、特に異常なまでに集中力を要する『白紙』や繊細な機動を求められる『ビット』などを使用していると話は変わる。動かして撃つだけでも最低100時間近くの訓練を積まなければならないし、実戦で使おうものなら倍以上の時間をかける必要がある。

 

 マドカは十分すぎるほど実力を持っている。だが、極めているかと言われるとそうでもない。

 

 更に言うなら、対ビット戦の経験も俺との1戦しかないのでどう対応するべきなのかもよくわからない。

 

 全ての攻撃を防ぐには、マドカの経験は足りなさすぎる。

 

「うあっ!」

 

 縦横無尽に駆け巡るエネルギー弾がとうとう『サイレント・ゼフィルス』に命中。しかも背中に直撃した。

 

 爆発により体制を崩したところへ追い打ちを仕掛ける。シールドビットとライフルビットを巻き込んで次々に爆発を起こして、ダメージを与えつつ武装を破壊した。

 

『試合終了』

 

 そこからはもう勢いだ。立て直す暇を与えないようにひたすら撃ち続けた。相当激しい試合だったが、時間にすればたったの10分ほどだっただろう。手の内を知っている相手との模擬戦(・・・)なんてそんなもの。慣れると“しばり”みたいな普通ではない戦いがやりたくなる。

 

 ぶっちゃけ飽きた。次の決勝で誰が勝ちあがってこようと、マドカ以上に強い相手は居ないから面白みが無い。

 

「つまらない決勝になりそうだ」

「まぁまぁそう言わずに。ベアトリーチェの為にもさ」

「分かってるよ」

 

 釈然としないまま、俺達は決勝にコマを進めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話 「それが分かっていないんですよ」

 バイトは無い代わりにサークルで忙しい春休みは終わりを告げて新学期を迎えました。

 お久しぶり、お待たせしました。トマトしるこです。

 ちょこちょこ書いていく毎日が終わって投稿しようとすればなんと前回の投稿から2カ月も経っていたことに今更ながら気づきました。申し訳ないです。

 そのくせに少ない? いえいえ、前回が多かっただけです。6000~7000が目安です。



 当然というか、必然と言うか。とにかく、森宮は決勝に進んだ。妹の方……マドカとか言ったっけ? そいつだってかなりの実力を持っているのはこの目で見たし、まだまだ本気じゃないってことも分かる。それでも、森宮に勝つことはできなかった。

 

 そう、強い。圧倒的なまでに。

 

 かといって負けるつもりは無い。………勝つビジョンも見えないが。

 

「こら」

「いてっ」

 

 ピットへ戻っていく森宮達をモニターで眺めていると頭を小突かれた。

 

「また余計なことを考えていますね?」

「ええっと……ゴメン」

「まぁ分からなくもありませんよ。学校という養成機関に居る必要のない人ですから」

「確かに」

 

 ペアの皇さんは目の前に集中しようと言う。間違いじゃないし、むしろ正しいので反論する理由なんてない。でも、あいつが先に居ると思うと意識せずにはいられない。

 

 俺の中で“怖い”と“勝ちたい”が混ざり合ってる……。なぜか負けちゃいけない気がするんだよな……。

 

「次の試合は大丈夫ですか? ボーデヴィッヒさんのペアは篠ノ之さんですよ?」

「ああ、その辺は大丈夫。スポーツはそういうもんだって分かってるから。俺も箒も」

「そうですか……」

 

 いつものようににこりと笑わず、皇さんはラファールへ足を向けた。

 

「それが分かっていないんですよ」

 

 そう言われた気がした。

 

 

 

 

 

 入念にミーティングを重ね、ピットから出る。

 

「こうしてアリーナで顔をあわせるのは以前の模擬戦以来か」

「そうだな」

「あの時はいきなり襲いかかって済まなかったな。だが、私が貴様に吐いた暴言を撤回するつもりは無い。そうしてほしくば正々堂々と私に勝ってみろ」

「そいつはいいことを聞いた。何が何でもやってやる!」

 

 口では強気に構えているが、正直言うとラウラも若干苦手だ。強いとか弱いとかじゃなくて……うん、上手く言えない。湧き上がる謎の恐怖を理性と気合いで抑え込み、『雪片弐型』を物理刀の状態で構える。

 

 『雪片弐型』のモードは今の所3つある。展開した状態の物理刀のモード、刀身を真ん中から2つに割ってビームの刀身になるモード、そこからさらに“零落白夜”を発動させたモード。先に進むに従ってエネルギーの消費が激しくなる。というか物理刀の状態では消費は無い。

 

 今までの試合では即ビーム刀身の状態で速攻勝負に出ていた。専用機相手でも、懐に滑り込めば“零落白夜”で一撃必殺が決まるし、ペアになっている訓練機なら苦労しなくても余裕で決められる。

 

 ただ、それは相手がセシリア、シャルルと言った遠距離仕様だった場合。近づくまでが大変だが、俺の距離に入れば無理をしてでも一撃入れるだけでいい。相手には対抗手段が殆どないからだ。近接の場合は近づいてからが本番。射撃がメインになりがちなIS戦は、総じて近距離に弱いことが多々ある。そういう意味では、格闘戦が得意な鈴が別のブロックに行ったことはかなりの幸運だった。

 

 それに比べて目の前の2人は違う。

 

 姉さんが直々に仕込んだ現役軍人と、全中剣道大会優勝者。どちらも俺以上に近接戦が上手い。今までのように速攻勝負はまず不可能、耐えて耐えて耐えて“零落白夜”で逆転するしか勝ち目は無い。

 

 その為の作戦もしっかりと考えた。大丈夫、勝てる。

 

『試合開始』

 

「行くぜ!」

「来い!」

 

 まずは接近。ただし、お得意のAICがあるので気をつける。最初の1回でおおよその距離を測ってから、コイツの攻略を始める。

 

 ……つもりで近づくとあっさり捕まってしまった。おいおい、まだ10mしか前に進んでないんだぞ!?

 

「!? こんなに遠くまで届くのかよ!」

「この程度で驚かれては困るな。その気になれば、この狭いアリーナでは逃げ場は無いぞ?」

「なっ……!」

 

 それはつまり、時間を与えればどこに居ようがAICに捕まり、ほぼ確実に攻撃をくらうことになる。ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』には一目で高火力だと分かる大型レールカノンが飛んで来るだろう。

 

「分かったなら、無闇な突進は控える事だな」

 

 来ると構えていたが、その言葉と同時に身体が軽くなって動き出した。と同時に頭の真横を何かが通って行った。そしてそれを避けるラウラ。

 

 大口径の弾丸じゃねーか!

 

「おいこら!」

「当たらなかったからいいじゃないですか」

「はぁ……」

 

 いい人で通っている皇さんだが、実は戦闘や勝負になるとかなりドライ……というか手段を選ばなくなる。今みたいに「当たっていたら……」なんて事になっても謝ることは無い。

 

(AICに無闇に突っ込んではいけませんよと言いましたよね?)

 

 そしていつものような優しさはなりを潜めてすげぇ厳しい。

 

(まずは分断からって話だったじゃん。適当に引きつけて、砂でも投げて射程を測りたかったんだよ)

(迂闊ですね、思慮が全く足りません。次は助けませんよ)

(なるべく早く箒を倒してくれよ。俺とラウラは相性が悪いし実力も差があり過ぎるんだ)

(善処しましょう)

 

 作戦、それはタッグマッチに於いては基本且つ確実と言える2対1の状況を作り出す事だ。遮蔽物のないアリーナでは相手を隔離することは不可能だし、そんな装備は俺も皇さんも無い。方法は自然と先に1人倒すことになる。

 

 “零落白夜”を決めるには近づかなければならない。だが、近づけばAICに捕らわれ今度こそ嬲り殺しにされる。

 

皇さんが箒を倒すまでの間、俺は少しでも多くのエネルギーを温存しつつ生き残らなければならないわけだ。

 

「逃げ足はそこそこあるようだな」

「そいつはどうも!」

「貴様等の狙いは分かっている。さっさと決めさせてもらうぞ!」

「うおっ!」

 

 さらに激しくなるワイヤーブレードの網をくぐりぬける。これに加えてマシンガンやライフル、ミサイルが混ざったらと思うとぞっとするぐらいの勢いだ。

 

「あぶねぇ!」

「ふむ、これならどうだ?」

「遊んでんじゃねぇ!」

「まさか。至って真面目だぞ、私は」

「ざけんな!」

「焦るだろう?」

「!?」

 

 痛いところを突かれた。

 

「気持ちの駆け引き――心理戦も重要なファクターだと知れ、新兵」

「がふっ!」

 

 油断したところを思いっきり蹴り飛ばされた。ワイヤーを足に絡められて鉄球のように振り回される。壁に、地面に、電磁シールドに叩きつけられるたびにシールドエネルギーが減っていき、怒りが増していく。

 

「好き勝手させられてたまるかっての……!」

 

 ワイヤーを切ろうと『雪片弐型』を振り抜く。流石に堅く、何度も何度もやってみるが切れない。

 

「こんのっ――」

 

 無我夢中で『雪片弐型』を地面に突き刺して踏ん張る。足のクローを地面に突き刺して、腰を低くして空を向く。綱引きの体勢から背負い投げのようにワイヤーを担いで――

 

「くっそがああぁぁぁぁぁ!!」

 

 投げる!

 

「面白いことをする奴だな……だが、ワイヤーは一本だけではないぞ?」

「それが狙いだっての!」

 

 当然足は止まる。AICか、レールカノンか、それともワイヤーか、正直賭けだったが……何とかなりそうだ。

 

 ワイヤーの先……ラウラから残りの5本が俺に向かってくる。そのどれもが独特な軌道を描いているが、最終的に俺を攻撃することには変わりない。完璧に読むのは不可能だが、ある程度の見当はつく。

 

 一本目、巻き付いていない方の足に絡みついた。

 二本目、肩を巻き込んで身体に巻きつく。

 三本目、背部のウイングユニットに直撃。

 四本目、右腕を庇って左腕で受け止める。

 五本目、心臓直撃コースだったのをギリギリでかわす。その代わり、首に巻き付いた。

 

 そこへ追い打ちのレールカノン!

 

「右腕さえ動けば……っ!?」

 

 ワイヤーを纏めてぶった斬る。だから敢えて避けなかった。ワイヤーを使うならAICは無いだろうと思ってたし、だから追い打ちのレールカノンは読めていた。その為に右腕をかばったんだが……後ろに引っ張られて動かなかった。見ればワイヤーが絡まっている。

 

「七本目!? 六本じゃねえのかよ!?」

「六本だぞ。よく自分の身体を見て見ろ」

 

 右腕、左腕、首、身体、両足に一本ずつ巻き付いている。最初からの分を引いて、それから………そうか!

 

「ユニットを破壊した三本目か!」

「そうだ。時間を置いてから拘束した。右腕を守ろうとしているのは見えたからな」

 

 これは……拙い。直撃したらどれだけのシールドエネルギーを削られるやら。そのあとに2対1に持ちこめても俺がやられたら負けが決まったようなもんだし……。

 

 身体は動かない。皇さんは来ない。射撃武器は無い!

 

 当たる………!

 

「世話が焼けますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さぁ、どうかわすのか)

 

 鍛えられた私の目から見ても、織斑秋介は決して弱くは無い。強くも無いが、学生の身分で考えるなら十分な実力を持っている。ISに触れてわずか数ヶ月で専用機があるとはいえ代表候補生と渡り合える技術を身につけた。腐ってはいるが、努力家で負けず嫌い。伸びるヤツに多く見られる傾向だ。戦闘に於いては、コイツをそれなりに評価している。

 

 私自身気付いていないが、この勝負を楽しんでいた。

 

「消し飛べ!」

 

 よく狙いを定めてレールカノンを放った。

 

 電力で超加速した弾丸は―――

 

「世話が焼けますね」

 

 ―――私のペアの篠ノ之に直撃した。

 

「うああああああああああああっ!」

「なっ!?」

 

 バカな!? 私達とは離れた場所で戦っていたはずだぞ! ついさっきまで対極の位置に居たことはレーダーで分かっていた!

 

「助かったよ。ありがと、皇さん」

「助けた? ……まさか。労せず効率的にダメージを与える方法がこれだっただけです」

「そうかい。でもまぁ、やられずに済んだ」

「よかったですね」

 

 この女……たしか皇と言ったな。……授業中は全く分からなかったが私と同じニオイがする。それに、こいつは織斑をペアとして見ていない。攻撃しないだけで、敵のように見ている。

 

 非常に冷めた目だ。裏の人間か。

 

(すまない篠ノ之、動けるか?)

(気にするな。まぁ、なんとかな)

(よし、織斑の相手はお前に任せたぞ。何の気兼ねも無く叩きのめせ)

(何? お前が皇の相手をするのか?)

(そういうことだ)

 

 未だにワイヤーを切り離せていない織斑をアリーナの端へ放り投げ、再び1対1の状況を作る。ただし、今度は相手が入れ換わっているが。

 

「おや? 選手交代ですか?」

「悪いか?」

「いえいえ、それも作戦なのでしょう。しかし訓練機相手に最新鋭の専用機ですか……」いささか私には荷が重い」

「冗談も上手いな、言葉に反して身にまとうソレは人を越えているぞ」

「あらあら」

 

 頬に手をあて、困ったようなふりをする皇。一見すれば天然系お姉さんの仕草だが、眼は鋭く、触れれば殺されそうな殺気を撒き散らしている。

 

「素直に“化け物”と仰ってもいいのですよ?」

 

 笑顔という仮面を貼り付けた皇はブレードを振りかざして接近してきた。

 

「異常な加速……速度特化か!?」

「これぐらいで驚かれては困りますわぁ」

 

 私のプラズマ手刀に合わせてショートブレードを一振り増やして正面から打ち合ってくる。性能で圧倒的に劣っているにも関わらず、ついてくるどころか私を上回る勢いだ。

 

 ……強い。

 

大きく右腕を振って距離をとり、左目の眼帯を外して眼を開く。

 

「“越界の瞳”でしたか?」

「知っているなら話ははやいな。出し惜しみは無しだ!」

「望むところです」

 

 全力を出さなければ、この女には勝てない。この後も考えると使いたくは無かったがそんなことも言ってられない……まずは勝つことが先決だ。

 

 今日一番の気合いを入れて、皇へと駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、やってるな」

「これで勝った方が次の相手なんだから、ちゃんと見てなさいって」

「わかってるさ」

 

 休憩と偵察がてらに俺とベアトリーチェは別ブロックの準決勝を見ていた。織斑が勝つのか、もしくはラウラか。客観的に見ても織斑が勝つ見込みは少ない。現役軍人の試験官ベイビーは世間が思っているよりも強いのだ。加えて『白式』には遠距離攻撃が無い。防戦一方は間違いない。

 

 そう思っていた。

 

「へぇ……専用機対訓練機なんだ。珍しいね。先に織斑がラウラのペアを倒す作戦かな?」

「いや……これは……」

 

 どちらも互角の戦いといったところか。

 

 剣道とISは全くの別物だが、剣道で鍛えた読みと勘で篠ノ之は織斑と対等に戦っている。織斑は攻めあぐねているようだ。なかなか踏み込めないらしい。

 

 ラウラの方はまったく別次元の戦いになっていた。何合も切り結んだかと思えばいつの間にか弾幕の張り合いになっている。戦況と戦場がコロコロと変わる中でも2人は決定的なダメージを与えることが出来ないまま、少しずつシールドエネルギーを減らしていく。

 

 明らかにただの学生とは思えない動きだ。

 

「あの動きは……」

 

 どこかで見たことがあるような……

 

「順調みたいね、一夏」

「楯無様」

 

 何かを思い出しそうなところで後ろから声をかけられた。先生と一緒に居ると思っていた楯無様だ。おなじみの扇子には「常勝」の二文字。

 

「機体の性能を半分以下にまで下げても、技術がとびぬけてたらどうしようも無いわね……」

「何の話ですか」

「んーとね、なんか一夏が負けてるところが見たくなってね。ちょっと噂を流して発破掛けて見たの。結果はこの通りだけどね」

「また面倒事を……因みに噂とは?」

「生徒会長権限で一夏と同室プレゼント♪」

「勝ってよかった……!」

 

 マドカが何をしでかすか分からないからな!

 

「ベアトリーチェちゃんも調子いいみたいだし、このままいけば優勝かしら?」

「まだチェックってところ。この後ダメ押しの一手を決めてきますよ」

「強気ねー。まぁ代表候補生はそれぐらいがちょうどいいわ」

「ペアがアレですから」

「……そうね」

「失礼な。ちょっとばかり戦い慣れしているだけです」

「そういうことにしておきましょうか」

 

 楯無様はくすくすと笑いながら視線をモニターへ戻して、顔をしかめた。つられて俺とベアトリーチェもそちらを向く。

 

 ついさっきまでは4機のISが動き回っていたのに、今は煙で何も見えなくなっていた。

 

「見えませんね」

「そうね」

「スモークにしては広範囲過ぎると思わない?」

「戦術としては非常に有効ではある。当然ジャミングもしているだろうから、織斑たちはたまったもんじゃないだろう」

「音は聞こえるんだけどね……」

「まぁ待ちましょうか」

 

 無理矢理煙を晴らすわけにもいかないので待つことに。その間も金属音が聞こえているので戦ってはいるようだ。

 

 待つこと数分。ようやく煙が晴れてきた。

 

 アリーナには――

 

『試合終了。織斑・皇ペア勝利』

 

 ――横たわるラウラと篠ノ之、傍らには片膝をついて息を荒くしている織斑と、何事も無かったかのように立っている織斑のペア――皇桜花がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何かわかった?」

「さっぱりだ」

 

 あの後、ラウラが医務室に運ばれるのを見送ってさっきの試合の映像を見直していた。楯無様が来てからモニターを見ていなかったので、そこから煙一色になるまでの間何が起きたのかを視る為だ。

 

 結果、普通の煙幕だった。

 

「いきなり煙幕を張ったと思ったら勝負が決まってた、か。なんかつまんないなぁ」

「皇らしくはあるがな」

「そう言えば知り合いっぽい事言ってたね」

「ああ」

 

 皇桜花。おっとりとした性格で優しく平等、スタイルもよく、世の男性が描く女性の理想像といったところか。

 

 もっとも、それは彼女の一面でしかない。どんな人間にも裏の面はあるものだ。

 

「更識は多くの家や企業を従えているが、その中でも御三家と言われる家系がある」

「日本の国民的ポケットゲームみたいな?」

「それはよく知らん。で、その御三家が布仏、森宮、そして皇だ」

「本音と虚さん、蒼乃さんと一夏とマドカ、それとあの皇桜花って子の事ね」

「学園に居るのはな。御三家にはきっちりと役割が決まっていて、幼いことから仕事をこなしていくんだ。その中で、俺は皇……桜花と知り合った」

「仕事仲間の同僚みたいじゃん」

「その通り。それでまぁ色々とあってな……」

 

 あー思い出したくも無いな。

 

《情けは人の為ならず、と言いますが、あの一件はマスターにとっていいことなんでしょうか?》

(しらん)

 

 昔の俺にあったら殴ってでも止めてやる。それぐらい桜花はメンドクサイ。

 

「それで、実力の方はどうなの?」

「見ての通りだ。まず今のベアトリーチェより数倍強い」

「うげぇ」

「狙いは俺だろうからな、何が何でも俺の方に向かってくるはずだ。厳しいだろうが織斑を頼む」

「りょーかいっと」

 

 モニターを閉じて、ちびちびと飲んでいたコーヒーをゴミ箱に投げ入れる。空き缶は綺麗な放物線を描いてゴミ箱に入った。ベアトリーチェは俺を真似てジュースの空き缶を投げた。

 

 カーン。

 

 ………。

 

「何故俺の頭に投げる?」

「て、手が滑って……てへ♪」

「ヘタクソ」

「うぐ……も、もう一回!」

 

 しゅっ。

 

 スコーン。

 

「………」

「……もう一回!」

 

 10回ほど投げ続けた結果、俺の頭に8回、ゴミ箱とは正反対の方向へ1回、自販機へ1回投擲した。

 

 結論。イタリア代表候補生ベアトリーチェ・カリーナさんはノーコンのようです。

 

「……行くぞ」

「……うん」

 

 なぜか俺まで沈んだ気持ちで決勝戦を迎えることになってしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話 「またこの展開~!?」

 まだ消えませんよ。トマトしるこです。

 お待たせしました25話! かなりぐだってますが……


 シャーッというカーテンが開く音で私は目を覚ました。

 

「ん? すまん、起こしてしまったか」

「教官……」

「ここでは織斑先生だ。……まぁ今ぐらいは許してやろう」

「はぁ……」

 

 教官はこういうことには厳しいのだが……珍しいこともあるものだ。ドイツで教官を務めていたころに比べて良い意味で柔らかくなったような気がする。それでいて衰えてはいない。

 

 やはりこの人は凄い。

 

「試合はどうだった?」

「それは織斑秋介のことですか?」

「皇の事もだ。2人と戦った感想を是非とも聞かせてほしい。因みに篠ノ之は皇を気味が悪いと言っていた」

「なるほど……分からなくもないです。私と似たような雰囲気を感じました」

「だろうな。更識の関係者と聞いている」

 

 簪や一夏の関係者……裏の人間か。どうりで私がぞっとするわけだ。篠ノ之では相手にならないのも当然だな。“越界の瞳”を使った私に追随する身体能力と読みは本物だった。

 

「織斑はどうだ?」

「以前の模擬戦よりは確実に上手くなっていました。機体に助けられているとはいえ、既に一年生の中では上位に食い込む腕前と見ます」

「ほう? お前が褒めるか」

「その程度の分別はつけられるつもりです」

「そうか」

 

 珍しいことに、教官は私の感想に対して何も言わなかった。厳しいことで知られるというのに、褒めたことに異論を唱えなかったのだから。

 

 以外に感じたものの、それ以上は考えなかった。本題は別にあるはずだ。

 

「何か話があって来られたのでは?」

「……日を改めるつもりだったが、その様子なら大丈夫そうだな。VTS(ヴァルキリー・トレース・システム)がお前の専用機から見つかった。今ドイツを問いただしている真っ最中だ」

「モンド・グロッソ総合優勝者のデータをトレースして再現するシステム……」

「私か彼女(・・)のデータだろうな。まぁ十中八九私だろう……。何か覚えていないか?」

 

 呆れた、と教官は隠す事もせず、溜め息をつきながらパイプイスに座って私の方を向いた。

 

「あの時は――」

 

 あの時は……そう、突然声が聞こえた。暗くて、黒い声が。何十人もの人間が同時に別々のことを喋っているように聞こえて、何を言っているのかはわからなかった。声は次第に大きくなっていって……まるで、まるで私を呑み込もうとしているかのようだった。自分を保つことに必死で、気がつけばベッドの上で寝ていた。

 

 ……これくらいか。

 

「ふむ……」

「すみません」

「いや、気にするな。無事で何よりだ。ほら、コレをやろう」

 

 教官がポケットから出したのは見慣れたアメ玉だった。ドイツではいつもコレを貰っていた。餌付けではない、教官なりの飴と鞭らしい。

 

「あ、ありがとうございます」

「さて、私はそろそろ行くぞ。もうすぐ決勝戦が始まるのでな。気になるのならそこのモニターは使っていいぞ」

 

 お礼を言う前にさっさと教官は保健室を出て行った。

 

「………」

 

 することも無いし、決勝戦は気になるのでモニターをつけた。映っているのは織斑・皇ペアだけで一夏の方はまだ居ない。

 

「……うむ、こうしてはおれんな。やはりこういうのは間近で見なければ」

 

 貰ったアメ玉を口に放り込んでモニターの電源を切り、ベッドから飛び降りて保健室を出た。

 

 「モニターを使っても良いぞ」と言われただけで「保健室から出るな」とは言われていないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

 

 さて、どうしたものか。

 

「ねえ一夏」

「なんだ?」

「皇さん、だっけ? ものすごーく一夏見てるよ」

「そうだな」

 

 予想していた通り、アリーナに出ると桜花がじっとこっちを見てきた。そんな予想はできれば外れてほしかったが。

 

「何か言ってあげなよ。期待に満ち溢れた目をしてるよ」

「………そうだな」

「さっきからそればっかだね」

「………そうだな」

「嫌いなの?」

「ちょっとな」

「どうみてもちょっとじゃないわよね?」

「………」

「スルーですか」

 

 俺にだって苦手なものくらいある。かといっていつまでも子供みたいに顔をそむけるわけにもいかない。

 

 意を決して正面を向く。

 

 落ち着きと若干の怯えが見え隠れする織斑と、今までの試合で一度も動かなかった無表情を崩している皇を視界に捉えた。

 

 因縁が絡みに絡まった試合だな……簡単に終わりそうにない気がする。

 

「ご無沙汰しております、一夏様」

「去年の夏以来か」

「正確には10カ月7日9時間21分33秒ぶりです」

「そ、そうか……相変わらず正確だな……」

「当たり前です! 一夏様との思い出は原子レベルで私の中に刻まれていますもの」

「はは……」

「うわぁ……」

 

 これが皇桜花を苦手とする理由だ。

 

 好意、依存を通り越した崇拝、執着。皇桜花という人間は嫌いではないし、珍しく昔から俺を対等に扱ってくれる事もあって好意的ですらある。

 ただ、ある一件を境に桜花の態度はガラリと変わってしまった。桜花の中の俺は“偶に会う友達”から“揺るぐことのない絶対の存在”にランクアップ(?)してしまった。それが好意100%だから無下にするわけにもいかないし、当時の桜花や周囲の環境を思い出すとむしろ眼が離せないというのが困りものだ。

 

 眉を引くつかせながら引いているベアトリーチェに近づいて耳打ちする。

 

「まぁ、そういうことだ」

「あれは凄いなぁ……まさか森宮先輩以上のツワモノがいたとはね」

「どうしてそこで姉さんの名前が出てくる?」

「あ、やっぱ自覚ないんだ……何でもないよ」

 

 なにか聞こえた気もするが歓声のせいでよく聞こえなかった。言い直さないってことは大したことじゃないだろうから忘れることにする。

 

 そこで桜花に話を振られた。

 

「時に――」

「ん?」

「一夏様は覚えておいでですか?」

 

 覚えて……何かの話か? もしくは約束……?

 

《ほら、あれじゃありませんか? 勝負して勝ったら……っていう》

 

 ………………。

 

(俺は何も思い出していない。いいな?)

《言うと思いました》

「スマン、覚えていない」

「ええ、分かっていますわ。ここ最近は調子が良いと聞いていますが、流石に数年前を思い出せるとは私も思ってはおりません。思い出してください、というのも酷なことでしょう」

 

 だったら聞くんじゃない。

 

「しかし、思い出していただかなければ私としても困ってしまいます。何せ――」

(どうせ碌なことじゃないんだろうな。桜花の事だから単なる思い込みも十分あり得そうだ……)

「――更識が揺れるかもしれないほどの事ですから」

「………何?」

 

 適当なことを言っているんだろう? 面倒なだけだろう? 曲解しているだけだろう? そういう事を考える傍ら、この言葉を聞き流す事はできなかった。森宮の末席とはいえ、現更識当主の護衛なのだ。これがもし暗殺、誘拐の類だった場合、たとえ桜花であっても相応の対処をする必要がある。

 

「だってそうでしょう? 私達は更識最強の矛である“鴉”と、世界の裏を知り尽くしている皇の“戦略級(バーサーカー)”」

 

 “鴉”というのは俺の事。どこに居ても目立つ白髪を隠すために、脛まで隠す黒一色のミリタリーコートを仕事の時に着ている。俺が出る時はほぼ夜だ。迷彩柄とか、建物に合わせた物を仕立てるより、真っ黒の方が汎用性が高い。なにより気に入っている。

 そのコートを着て仕事を続けた結果、自然と“鴉”呼ばわりされる羽目に。噂によれば死体から武器を漁る姿が烏のように見えるとか。それは鷹だという突っ込みは当然のように無視された。

 

 “戦略級”は桜花のこと。名前や可愛らしい容姿、何より女性にとっては非常に不名誉な二つ名だが、本人は事実だから気にしないと言っている。“戦略級”の由来は桜花の家、皇にある。

 

 御三家はどの家もハイレベルな水準の教育を施される。本音様もああ見えてかなりデキル方だ(そうでなければ現当主妹の傍付きなど務まらない)。それでいて、各家には特色……専門分野がある。

 

 諜報・潜入の布仏、暗殺・護衛の森宮、情報・戦略の皇。言葉通りだ。

 

 桜花の「世界の裏を知り尽くしている」というのは事実で、最有力次期当主候補の名に恥じない情報収集力、権限は他家の当主、更識のものすら凌駕している。更識という組織を桜花ほど熟知している者は居ないと言っても過言ではない。

 だが、それだけではない。むしろここからと言える。

 皇家の“戦略”という言葉は、桜花に限ってもう一つの意味を含む。

 

 “戦略級”。

 

ISが主力になりつつあるとはいえ、未だに恐怖の対象である核兵器に冠される名を桜花は持った。

 

 俺に近い戦闘力(・・・・・・・)を持つ桜花が、更識随一の知識を持っていれば恐れられるのは当たり前だ。

 

 世界に名を轟かせる更識家。その更識が所有(・・)する化け物(・・・)が制御なく動けばどうなるか……考えたくも無い。前更識当主はそう言っていた。

 

 確かにそんなことが起きれば更識が揺れる。俺が主を、家族を裏切るなどあり得ないが。

 

 続く桜花の言葉を構えて待つ。その唇から紡がれた言葉は――

 

 

 

「だって勝負の結果次第では私が森宮に籍を入れるかもしれないんですからね! あぁ、こんなに大勢の前で言ってしまいましたわ……♪」

 

 

 

 私欲全開桃色オンリーの予想通りな回答だった。

 

『………………………』

 

 観客はいきなりの爆弾発言に沈黙し、

 

「「うわぁ……」」

 

 お互いのペアは精一杯の遠慮を含んだリアクションをとり、

 

「殺す」

「二度と息が出来ない身体にしてやる」

「まって蒼乃さん!」

「ま、マドカも……」

 

 荒れ狂う姉と妹に、それを必死に止める主。

 

「ここでやるんじゃなくて、場所を選ばなくちゃ。TPOって言うじゃない?」

「外堀を埋めてじっくりと確実に弱らせて、生まれてきたことを後悔して最後にはゴメンナサイしか言えなくなるまで嬲る方がずっといい」

 

 ひ、必死に、止めている?

 

《誰よりもヤル(殺る)気ですね》

(字が違う! いや、あってるのか? ……とにかくそのルビはおかしい)

《メタいですね》

(うるさい)

 

 色々と突っ込みどころが多すぎるだろ! なんで俺がこんなことを……

 

「えど、皇さん……だっけ。どうしてさっきの話からそこに行きつくの?」

 

 早速復帰したベアトリーチェが質問で返す。そう、それは当然の疑問だ。更識の部外者から見れば。関係者でも理解に苦しむが。

 

 ただし、俺は分かっている。その手の質問が桜花にとっては意味を成さない事を。

 

「うふふ、嫉妬しているのね。そんなあなたには特別に教えてあげます。あの日、絶望に染まった私に一夏様はこう言いました。強くなれ、と。それはつまり強くなったら相手をしてやるということに他ならないのです! 相手をしてやる……つまり嫁に貰ってやるってことなんですよ! キャー!」

 

『…………………』

 

 ………今回ばかりは俺も驚いたけどな。幾らなんでも曲解し過ぎだろ……。しかも結婚て。

 

「というわけで、勝たせていただきます!」

「どういうわけだ!?」

「私が勝ったら嫁に参ります!」

「色々とおかしいだろ!?」

 

『……試合開始』

 

「はぁ!?」

 

 突っ込みは無視され、説明もなく、やる気のない開始宣言によって火蓋が切られた。

 

 グダグダすぎんだろ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏の不意を突く形で決勝戦が始まった。ただ流されるように見ていれば、言いたいことを言って勝負を仕掛けたけに見えるが、彼女を知っている人間はこれ――爆弾発言すらも策だと知っている。

 

 皇桜花は戦う前から戦っている。

 

 まぁ、そんな小手先は一夏に通用しないけど。

 

「なぁ、姉さん。アイツは一体誰なんだ? 兄さんを知ってるみたいだ」

「更識御三家、皇家の次期当主候補」

「それだけ?」

「同年代の子供はそうそういないの。だから繋がりが少なからずある。一夏も私も毛嫌いされるから殆どの子は知らないけど、皇桜花は特殊だから知っている」

「特殊………ああ、確かに」

 

 マドカは素早く察したみたい。あれだけうるさかったら誰だって分かるから不思議じゃないか。

 

「ただ、実力は本物」

「……そう、聞いています。でも、本当なんでしょうか?」

「結構できるみたいだけど、ただのIS操縦が上手い奴にしか見えない」

「2人がそう思うのは当然」

 

 マドカに加えて簪を混ぜて皇桜花について語る。私も彼女が戦うのを見るのは初めてだから聞いた話しかできないけど。……いや、よく知っている人が近くに居たわね。

 

「楯無」

「桜花ちゃんのことですか? 報告書越しにしか知らないことでよければ。結構キツイ話も混じるかもしれませんよ?」

「構わない」

「はーいはいはい」

 

 開いた扇子を閉じてポケットから端末(携帯電話とは別の物)を取り出す楯無。少し待つと私の……私達3人の端末が軽く振動した。一斉送信で送られて来たファイルを開く。

 

「私達の代はどの家もちょっと特殊な子供が生まれているみたい。具体的に言うなら私、虚、蒼乃さん、そして桜花ちゃんの4人。他人より少しできるだけの私達は色々と苦労したけど、最終的には今みたいに落ちついたわ。けど、桜花ちゃんは違ったのよ」

 

 楯無の話を聞きつつ、関連しそうな項目を選んで開く。そのフォルダは皇桜花の生まれてから今日までの出来事が逐一書かれていた。

 

「……なんて、悲しい」

「そうね、簪ちゃんの言うとおり。でもね、御三家、皇家としてはとても正しいことなの」

 

 要訳するならこう。

 

 更識の情報源かつ電波塔として非常に重要な役割を担っている皇家としては、他家のように才能を開花させる事を恐れた。理由としては2つ。理解の及ぶ範囲から外れる……手綱を握れない事があってはならないから。もう1つは桜花の性格が問題だった。物心ついた時からであろう、はっきりと分かるほど桜花は異端すぎた。

 

「皇として正しくある為に、色々と躾けられたみたい。一夏やマドカみたいな事じゃないわよ? 精々一般家庭よりちょっと厳しいぐらいで、殴る蹴るの暴行は無かったって。結果は大失敗、より性格がねじ曲がった。何度か会った事あるけど、ひねくれ者とかそんなレベルじゃ無かったわ……誰かに優しくしてるなんて信じられないくらいにね」

「………そう」

「それを、兄さんが変えた?」

「って事になってるみたい。報告書では急に人が変わった、としか書かれて無かった。別の人格に切り替わったようだってね。これ以上のことは私でも分からないわ。一夏に聞くのが一番じゃない?」

「……終わったら聞く」

 

 どこでそんな変態を引っかけたのか、教えてもらわないと。追い払う方法も一緒に教えてあげなくちゃ……。

 

 まだまだ姉さんが見てあげないとダメね。

 

「ふふっ」

「? 蒼乃さん?」

「何でもないわ」

 

 戸惑いながらも、きっと真面目に聞いてくれる弟の姿を想像すると笑みがこぼれた。楯無にも、簪にも、マドカにすら見せたことのない私だけの一夏はとても可愛いのだ。

 

《……蒼乃》

(何)

《お楽しみの所悪いけど、お客さん》

(そう……)

 

 お楽しみ、の部分を強調して『シロ』が伝えてくる。その通りなので否定しないし、返す言葉は別にある。

 

(数は)

《そこまでは。ただ、複数いる》

(十分)

 

 そこまで考えたところでアリーナで爆発が起きる。否、またしても電磁シールドを突破して現れた愚か者がいるのだ。

 

(一夏を傷つけるものは許さない)

 

 緊急時に作動するシャッターが下りる前に『白紙』を展開してアリーナへ出た。

 

「またこの展開~!? 学園は何してるのよー!」

 

 お前が言うな、と言いたくなる生徒会長の叫びを背に。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話 あの織斑千冬でさえ不可能と言わせたことを……

 ペアそっちのけでいきなり始まったこの試合、先手を奪ったのは明らかに桜花だったが、初撃を与えたのは意外なことに織斑だった。

 

 “戦略級”の名にふさわしい動きと先読みを見せる桜花は俺の攻撃を躱すし、俺だって避ける。ただ、お互いにISという枷をはめた状態で満足に動くことは出来ない為、今までになく必死に避け、隙あらば武器を交えた。追って追われてをひたすら繰り返すが、いまだに俺と桜花のシールドエネルギーは1も削れていない。何合も交え、百に近い弾丸が飛び交っているにもかかわらず、非固定武装にかすりすらしていないのだ。機体の性能差と実力を得意の先読みと戦略で埋める桜花と、少しずつギアを上げていく俺の戦いは膠着していた。

 

 

 

 

 

 変わり映えしない展開から自然ともう片方のペア同士の試合に注目が逸れる。

 

 織斑の専用機『白式』は『雪片弐型』一本による近接戦闘オンリーに対して、私の『ラファール・リヴァイヴ』には銃火器がたっぷりと積まれている。かの天才、篠ノ之束が設計を手掛けただけあって、『白式』の性能(射撃関連を除いた)は全体的に見ても第三世代型ではトップクラスに位置する。性能差はどうやっても覆せないので、搭乗者としての技量と経験、戦法で何とかするしかない。皇桜花のように、ね。

 ここで、織斑に遠距離武器が無いことがヤツにとって不利に働く(というより、いつだって不利と言えるかもしれない)。そして、私が遠距離武器を持っていること、ACを持っていることがこちらにとって有利に働く。大概のことは技量で勝っているのでカバーできる。何より、近接能力に並ぶ『白式』最大の武器の一つ、速度はACによって奪ったのだ。五分五分なんてものじゃない、圧倒的と言って差し支えないほど有利な状況。

 

 だからこそ、織斑が無傷で(・・・)接近し、掠りとはいえ私に一撃を与えたことは意外と同時に驚きだった。この事をより深く理解していた専用機組、代表候補生達はとても呆けた顔をしていたに違いない。

 

 『雪片弐型』がかすめた肩の装甲をさすりながら、ついつい笑みを浮かべてしまう。

 

「そうじゃなくちゃ困るよね。向こうほどじゃないけど、それなりの試合はしないと見てる人にも悪いし、決勝って感じしないし、何より得られるモノがない」

「勤勉なんだな。意外だ」

「その言葉そっくり返す。ちゃんと対策してきてたんだからさ」

「当たり前だろ。俺の戦いは如何にして近づくか。無鉄砲に突っ込んでちゃ誰にも勝てねぇよ」

「発想が面白いよね。突きでフルオートの銃弾を弾く(・・・・・・・・・・・・・・)なんて、そうそう考えないし上手くいかないと思うんだけど?」

「直撃する弾丸だけ弾いてるだけだ、そこまで難しくないぜ? やってみたらどうだ?」

「別にいいけど、ラファールじゃちょっと無理かなー。システムも武装もキビシイ」

 

 織斑が接近するのをただで見過ごすわけにはいかない。比喩ではなく文字通り一撃必殺の“零落白夜”はどんなISであろうと恐怖だ。なんせあのブリュンヒルデが用いた単一仕様能力。操縦者が違っても、単一仕様能力としてなら全世界がその威力を知っている。勿論、私も。目の前にすれば嫌でも分かってしまう、アレは異質だと。当然サブマシンガンで迎撃した。

 

 鉛玉の雨の中を恐れることなく、織斑は突っ込んでくる。あろうことか、突きのみで銃弾を防ぎ接近してきたのだ。おかげで先手を打たれてしまった。あんな対処の仕方は完全に私の想像の外でしょ。

 

 織斑秋介は紛れもなく天才だ。だが特異であるが為に埋もれている。周囲の代表候補生達に、同じ男性操縦者に、最強の称号を持つ姉に。しかし決して弱くない、むしろ強い。

 

 発想といい、それを実現させる実力といい、根性はまさに強者だ。

 

「まぁどれだけ凄くても、私には届かない―――追いつけやしない」

 

 だからなんだっての、負けてやるつもりなんてカケラも無い。

 

 AC展開、SPゲージチャージ完了。次にブースターを吹かせば私は風になる。テンペスタじゃなくてラファールなのが本当に残念だなぁ……。

 

「AC……だっけか? 鈴の試合は凄かったな。いいぜ、来いよ。そのスピード勝負乗った」

「へぇ。これの最高速度知ってて言ってるのかな? 勝負仕掛けたつもりは無いんだけど、そっちがその気ならいいよ」

 

 イタリアの代表候補生は常に競い合っている。個人が得意としていることは別々の分野で在りながら、国が定めたメチャクチャな基準をクリアするべく自分を磨いて、他者を踏み台にして国家代表になる為に努力を怠らない。それでいて皆が仲良しで、和気藹々としている雰囲気が好きだ。

 国が定めた基準だが、ここで挙げていってもキリがない。そもそも不必要に公開していいものでもない。ただし、どれだけ自分達の得意分野があっても、苦手なものに顔をしかめても、私達の意識に深く根付く一つの概念がある。

 

 “速さ”。

 

 世界最高速を叩きだしたイギリスの『テンペスタ』シリーズは、私達の誇りであり、目指すべき場所、そして憧れだ。追随を許さず、視界に映ることを許さず、被弾を許さない。故に、実力に関係なく速度に対する執着心は世界一と言える。

 

 勿論、私だってそうだ。だからこそ、私は一夏と『夜叉』に魅せられたのだから。

 

「その台詞がどれだけ愚かな事か、教えてアゲル!!」

 

 

 

 

 

 

 同じヨーロッパ出身のセシリアとシャルルに色々とアドバイスを聞いていた。口をそろえて出てきた言葉は「「速い」」。

 

「速い?」

「秋介さんは、『テンペスタ』をご存じで?」

「えーっと……イタリアの専用機だっけ? 速度特化の」

「そのとおりですわ。彼らイタリアの代表候補生……というより、イタリアのISに関わる方々は“速さ”にこだわりを持っていますの」

「こだわり?」

「『テンペスタ』シリーズは、世界最高速なんだよ。ただ速度を叩きだす為のマシンよりも速い。その気になれば初期型でもマッハを越えるって話さ。黎明期の第一世代でそれだけの事を成し遂げたんだ、それは誇りにもなるよね」

「イタリアのIS操縦者や研究者にとって“速さ”は特別なんだな……日本がISにも刀を使ったり、侍みたいな装甲をしていることもそうなのかな?」

「どうだろうね? でも、これで国によって特色が見られる事がわかったんじゃないかな?」

「近接寄りの日本、安定性の中国、遠距離のイギリス、汎用性のフランス、特殊技術のドイツ、そして速度のイタリア。他にも色々とあるんですけど、今の秋介さんには必要ないでしょう」

「だな」

 

 たとえ学園配備の量産機とはいえど、侮っては負ける。相手は――ベアトリーチェ・カリーナには日が浅い俺から見ても無駄な動きが見られない。ただ動きが速いだけじゃなくて、思考や判断も“はやい”んだ。

 迷えば、考えれば、それだけの時間を与えてしまう。とっさにやってみたとはいえ、掠りでも一撃を入れられたのは大きい。

 

 ただ、ちょっぴり刺激し過ぎてしまったのか、ここでアレを出してきた。鈴の試合で一瞬だけ見せた追加ブースターだ。これも聞いてみるととんでもないものだった。

 

「ACっていうのか、あの四角いブースターみたいなの」

「正しくはアサルト・チャージャーだけどね。しかもAC自体はブースターじゃないんだ」

「あれは何度でも使い回せる、速度倍増の増槽と思っていただいて構いませんわ」

「…………んん?」

「あー、えーっとね………。普通はコアからエネルギーを貰ってブースターを使うよね?」

「ああ」

「ACは、コアからエネルギーを供給せずに、AC自身がエネルギーを送り出す装置なんだ」

「………だから出力が段違いだし、コア――ISのエネルギーを消費せずに済む?」

「そう! すごく画期的かつエコロジーで強力な武装なんだ。使いきったACのチャージもISからエネルギーを貰わずに空気中の物質で補える」

「それメチャクチャすげえな……でも、なんで皆使わないんだ? というかソレ自体をISに装着すればいいのに」

「ハイスペックにはハイリスクが付き物だよ。秋介の“零落白夜”みたいにね。これは実際に使ったことのあるセシリアに聞いてみた方がいいかも」

「え、使ったことあるのか?」

「あまり思い出したくはありませんけど……。まずはコスト、こんなに便利なものを幾つも量産できるほど、どこの国も潤ってはいませんし、技術もありません。次に容量、今はどうなっているか知りませんが、私が使用した頃は拡張領域を大幅に陣取る厄介者でしたわ。ACを入れるぐらいならBT兵器が4つほど装備した方が実戦的でしょう。そして、何よりもその“殺人的な加速”でしょうか」

「そんなに速いのか?」

「当時はまだISに触れて間もない頃でしたから、私は使用して10秒も耐えられませんでした。今なら使いこなすとは言わないまでも、耐えられないなんて醜態は晒しませんわよ?」

「ゲェ!」

「幾つか用途に分かれた種類が生産されたと聞いていますが、どれも瞬間加速より数倍の速度を常時維持するというものです。想像できますか? 切り札とされる高等技術が遅く見えるほどの速さ……殺人的といっても過言ではありませんし、比喩でもありません。事実、『テンペスタ』にACを装着した際の最高速度を計測する実験が行われ、搭乗者は亡くなっています」

「その実験が、さっき言ってたやつか……」

「それに、イタリアの代表候補生の実力は他国と比べて突出しているんだ。専用機とかそういう要素を抜きにして、同じ条件で戦ったらたとえ僕ら代表候補生でも勝てるかどうか……少なくとも、秋介よりは強いよ」

「すげぇよな、ホント。ラファールで鈴に勝ったんだから」

「全くですわ」

 

 つまり、ただでさえ俺は色々と負けている。武装のバリエーションも目立つし、実力、経験は特に差が大きいと思う。勝っている要素なんて『白式』と『零落白夜』ぐらいだ。

 かといって、はいそうですかと負けるわけにもいかない。今までだってそうだった。初めて『白式』に乗った時のセシリア戦、クラス対抗の鈴、一夏戦、模擬戦、ラウラ・ボーデヴィッヒと箒戦、完敗した時だってあるが勝ちを掴んだのはいつだってピンチからの切り返しだった。得意な勉強とIS戦は違う。どれだけ頑張っても届きそうにない奴が世界には五万といる、こんな狭い学校でへこたれる暇は無い。

 

 強い? 上等!

 

「避けれるもんなら避けてみなさい!」

「来い!」

 

 一瞬しか見れなかったが、鈴との試合の時、こいつは完璧に使いこなしていたように見えた。準々決勝、準決勝では使ってなかったようだから、このACは切り札のはず。ここさえ上手くやり過ごせれば俺にも勝機が巡ってくる、そこまでなんとか『零落白夜』が使えるだけのシールドエネルギーを残せばいい。

 

 ベアトリーチェ・カリーナがサブマシンガンを放り投げて展開したのは二振りのショートブレード。過度な装飾も無く、凝った機能があるわけでもない。訓練機用にチューンされたシンプルな武装だ。それだけあって触れる機会は多いため、扱いには慣れてるだろう。

 

 来た。距離を真っすぐ詰めたと思ったら、直角に曲がってグルグルと動きまわりだした。離れたと思ったら直ぐ近くにいて、防ごうと『雪片弐型』を軌道上に割り込ませても、カバーできない場所を上手く切り裂いて通り抜けていく。綺麗なヒット&アウェイだ。

 

(褒めてる場合かよ……)

 

 あれこそが俺が目指すスタイルなんだよなー。現役の姉さんもそうだったっけ。

 

(集中集中……よし)

 

 “盗む”ぞ、俺。

 

 まずはよく視る。この際少しずつ削られるダメージは無視だ。一撃さえ入れられればいいんだからな。ハイパーセンサーも使え。

 

………ここか?

 

「よし!」

「へぇ……?」

 

 殆ど勘に近かったが、予想的中。捉える事が出来た。加速に負けそうになるが、気合いで鍔迫り合いを維持する。これは結構なチャンスなんだ。

 

 ベアトリーチェ・カリーナはACを使いこなしている。完璧かどうかは見えない俺には区別がつかないが、少なくとも攻撃のタイミングを見切ることはできた。

 ロックオンのない『白式』じゃ普通の軌道でもACを使われると全く見えない。それが曲線でも直線でも関係なく、瞬時加速の何倍も速い。だからこそ、コントロールは瞬時加速の何倍も集中が必要なはず。広いようで狭いアリーナなら尚のこと。

 見切ることのできたタネはそこにある。ズバリ、“減速”。考えればわかる単純な事だが、めちゃくちゃ大変だったぜ。

 

「で、ここからどうするのかな?」

「勿論、斬る!」

「させるか!」

 

 十字の形で『雪片弐型』と火花をちらすショートブレードを弾こうと力を込めた瞬間、逆に俺が押された。ACの加速で押し切る気か。

 

 なら!

 

(流す!)

 

抵抗の力を抜いて筋肉を弛緩させ、ゆったりと身体をリラックスさせる。イメージは流水。逸らすように、逸れるように横へ滑り込んだ。超速で真横を通り過ぎるラファールが起こす風に流されないよう力を入れ直して踏ん張る。

 

いつ通り過ぎるか、今どこにいるのかなんてわからない。だから直ぐに行動を起こした。

 

「おおおおおお!!」

 

 瞬間加速。後を追うように加速し、同時に『零落白夜』で斬りつける! 既に遠くへと去ってしまったが、まだ追える距離だ。『白式』ならまだ捉えられる。

 

 背中を追う俺を、わざわざ顔を横に向けて視線を合わせてきたベアトリーチェ・カリーナは急停止、反転で俺と向き合うように向きを変えた。

 

 再びぶつかる視線、それは必死な顔をしているであろう俺と違って、ヤツはにやりと口角を釣り上げた。嫌な予感が体中を駆けめぐる。

 

(届くか……? いや、届く! というかやられる!)

「ラアアァァァァ!!」

 

 『零落白夜』発動。勘に従って大きく振り抜いた。

 

 

 

 そしてわずか1秒後、目の前にいたはずのベアトリーチェ・カリーナは最初からそこに居なかったかのように姿を消し、『白式』の左脚と左腕が宙を舞っていた。

 

 

 

 な………

 

「何が……なんで」

 

 今のは必中まではいかなくとも、斬れることは確実と言っていい間合いだった。だと言うのに手ごたえは無し。ISの認識を越えた速度で脇をすり抜けて、脚と腕を斬り飛ばした……のか?

 

 ISの姿勢制御の要、PICは主に脚部に集中している。片足を失くした今では浮くだけでも精一杯だ。フラフラと危なげな浮遊で支え、言葉を待つ。因みに、斬られたのは『白式』の脚であって、俺の生身の足まで斬られたわけではない。

 

「まあ想像通りじゃないかな?」

「………ACを展開した状態で瞬間加速」

「そそ。めっちゃ速かったでしょ?」

「いくらISだからって言っても、身体が壊れるかもしれないんだぞ?」

「問題ないね。耐G訓練は基本中の基本。イタリアの話、知ってるんでしょ?」

 

 ………ここまでとは思ってなかったけどな。

 

 絶望的じゃないか……。満足に動けず、刀も触れない。

 

「そういえばケンドー経験者なんだっけ? 聞いたんだけど、左って結構大事らしいね。左足で地面蹴って、左腕で竹刀を振るんでしょ?」

 

 だからこそ、絶望的なんだよ。

 

 さて、どうするか………。

 

 

 

 

 

 

 ふふーんとそれが当然みたいな雰囲気出してるけど、実は結構キツイ。耐G訓練は嘘じゃないけど、それでも叫びたくなるくらい身体が軋んだ。流石にコレを連発しろっていうのは無理だわ。

 

 AC装着の瞬時加速―――閃光加速(フラッシュ・イグニッション)と言われる高等技術はまだ私には扱いきれないかな。

 

 ここで差を開けたのは大きい。口にした通り、先程のような動きはもうできないだろうし、なにより力を込めて刀を触れないはず。ただ、流石に私も無傷では済まなかった。視界に映る機体状況……ACのSPゲージ残量は僅か18%。5分もない。そして武装欄の真上、勝敗を決めるシールドエネルギーは32しか残っていない。

 

 避けた。左腕と左脚を斬り飛ばせた、はずだった。でも、閃光加速をした瞬間迫ったのは真っ青な私を狩る光。『零落白夜』は私の直ぐ目の前まで迫っていた。軋む身体をひねってなんとか直撃を避け、掠りで抑えられたものの、ほぼ無傷だったシールドエネルギーはもう一割残っていない。

 

 明らかに剣の間合いじゃない。以前見たことのある『零落白夜』はあそこまで長く(・・)なかった。考えられるとすればただ一つ。形を変えた(・・・・・)、ということ。ビーム――BT兵器・光学兵器の近接武器はスイッチが入ると一定の形状を保つように制御される。1mと設定されれば1mしか形成されない。この設定を変えられるのは技術者だけで、たとえ知識と技術をもった操縦者がいても、戦闘中では変更できるほどの余裕は全くない。

 

 単一仕様能力の形状変化。こんなの……聞いたことがない。恐らく、いや確実に世界初の偉業だ。あの織斑千冬ですら(・・・・・・・)不可能と言わせた事を……。

 

 流石、と言うべきかしら? きっとどれほどのことか、織斑は気付いてないんでしょうけど。

 

 あと一撃で終わる私と、一撃入れられるかの織斑。ここで射撃武器を使えば簡単に済むんだろうけど、そんなつまらない決着は望んじゃいない。

 

「………」

「………」

 

 無言で構え、音も声も無く合図を交わす。残りエネルギーを全て使いきるつもりでスラスターを全開にして突撃する。

 

 その前に、轟音が響いて、アリーナは揺れた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話 「すぐにでも嫁に参ります」

(いったぁ~~)

 

 腕とブレードが折れなかったことが不思議なくらいの力を腕全体で感じつつも、攻める手を止めない。距離をとったら最後、こんな量産機では二度と近づけません。しかし近接戦で一夏様に勝とうなんて泳いで世界を一周することよりも難しい。それは不可能と同義。

 生身で勝つこともできないのに、IS戦なんて論外。蒼乃姉様の『白紙』と同等以上の機体性能を誇る『夜叉』とこんなポンコツでは論外の論外の論外の論外の論外の論外の論外。

 

 た・だ・し。勝機がないわけではありません。蜘蛛の糸より細く脆いんですけれど。

 

 ココが学校であること、そして殺し合いではなく試合だということ。何重にも掛けられたリミッターのせいで半分の力も出せない『夜叉』の状態と、学園生だけでなく各国の要人も直に観戦に来ている決勝戦という場が、私の可能性を上げてくれる。

 誰よりも私を理解しているが為に手を抜きにくく、でも手を抜かなければならない今が最大の好機。蒼乃姉様が許可を出すのか、もしくは一夏様が自ら吹っ切れるか、そうなったら如何に私と言えども勝ち目はなくなる。大きく成長した織斑さんが時折見せた奇跡も通用しないでしょう。というより元からアテにはしていませんけど。あの金髪さんを足止めしてくれれば十分。

 

「はっ!」

「おおっと……」

 

 右、左、上、下と縦横無尽にひたすらブレードを振り続けても、掠ることなく避けられ、いなされる。水のように流れる身体を留める事はできず、鋼のような守りは傷一つ付けることはおろか逆にこちらが痛手を負う。

 故に攻める。休むことなく攻め続ける。逃げられないように、攻められないように。弾かれる度に手が痺れても、一撃も入れられないとしても、私が出来る事はそれしかない。

 

「よし」

「……!」

「今度は俺の番だな」

 

 もう見切られたというのですか!? 速すぎます!

 

「くっ……」

 

 高速で抜かれた武器をブレードでなんとか防ぐ。今までで一番強い衝撃が指、手首、腕、肩を通って全身へ響いた。

 

 四枚の浮遊シールドを上手く操って弾き続けてきた一夏様はここにきて初めて武器を展開した。『LM-ジリオス』……ですね。まだ『SW-ティアダウナー』よりマシだと思うべきか、否か。どちらにせよ望月製の武器はどれもハイスペックで、頭のネジが百本ほど飛んでるんじゃないかってぐらいおかしな設計で有名。ピーキーすぎて需要のないそれらを手足のように使いこなす一夏様はやはり素晴らしいです!

 

 ………失礼。

 

 まぁ、危機と言えば危機でしょうか。まだ動きも見えますし、ブレードもしばらくは持つ――

 

 バキンッ!

 

 ……持つと思ったんですけどね。

 

「ようやくか、結構時間がかかったな」

「あら? 安心する暇なんてありますの?」

「お前がしてくることにイチイチ驚いて突っ込んでたらキリがないんでな。考えない」

「そう言われると、驚かしたくなりますわ」

 

 ぽいっと折れたブレードを捨てて、スペアを取り出す。展開しておいて思うのも可笑しな話、このブレードは大した意味を持たない。何度も何度も振りぬいて折れなかったのは一重に一夏様が防ぐのではなく、流していたから。たったの一合で折れたのは『ジリオス』での攻撃を受けたから。

 

 『ジリオス』はただの刀ではなく、刃の部分が“ニュード”と呼ばれるエネルギー体で覆われており、切れ味を増している。『雪片弐型』が刀身を二つに割って完全なビームの刀身に切り替わるのに対して、『ジリオス』は刃を覆うようにニュードが発生し、刀としての形を崩さない。勿論物理刀としても扱える。

 この“ニュード”。実はかなり危険な物質なのですけど、兵器化するあたり流石望月と言ったところですか。

 

 とにかく、普通のBT兵器とは違った物質“ニュード”を使用した『ジリオス』は、オルコットさんの『スターライト・MkⅢ』以上の威力を秘めている。現在のブレードを始めとした武器、装甲はBT兵器に対してある程度の耐性がつけられており、たったの一撃で武器破壊までいくことは無いんですけど……。

 

「11本目。どうした? もう終わりなのか?」

「分かっているくせに……いやらしいお方」

 

 やはりというか、一撃しか持ってはくれませんか。………いや、バターのように溶かされて盾にすらならないよりはマシと考えましょう。

 

「だろ? という事で俺は諦めろ」

「まさか! そんな可愛らしい一面も素敵です!!」

「か、可愛らしいって………はぁ」

 

 むぅ、肩を落としているにも関わらず、一撃も入れられません。こうして考えている間も会話している間もずっと攻撃しているというのに……悔しいですけど、やっぱり一夏様は素晴らしい方です。

 

 ただでしてやられるつもりはありませんけど。それでは“戦略級”の名が廃れます。

 

「そろそろ終いだ」

「できるとお思いで?」

「思ってない。が、ここで決めないとメンドクサイ事になりそうだからな」

「あらあら。私の事を分かっていただけて嬉しいです」

 

 返事は無く、答えは構え。鞘は無い為威力は衰えるだろうけど、腰だめに『ジリオス』を構える姿は抜刀術。

 

 “刀()(イタチ)”、ですか。

 

 雑学ですが、更識に伝わる剣術は拳術でもあるとか。同じ“鼬”でも、“刀剣”と“刀拳”があるとは聞いていましたけど……真でしょうか? 気になります。

 

 ま。それはさておき、集中しなければ。

 

 ………。

 

 向こうが気になりますわ……。

 

「ふっ」

「!?」

 

 緩んだ隙を……!

 

 なんて予想通り(・・・・)なんでしょう! うふふっ。

 

 架空の鞘から放たれた『ジリオス』は高速で私に迫り、ぴたりと止まった。刃の先には、私の………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………なんて奴。

 

 考えごとをするなんていう誘いを受けてみたらこれか。

 

 試合とはいえ、戦闘中にISの展開を解く(・・・・・・・・)なんてな。流石は“戦略級”、考えてる。

 

 勝敗条件は相手チームのシールドエネルギーをゼロにすること、気絶等の試合続行不可能な状態になること。後者はやり過ぎると反則を飛び越えて説教では済まなくなるので、殆どは前者で試合は決めること、もはや不文律のようなものだ。世界大会であるモンド・グロッソのルールブックにも、展開を解いたら失格、なんてものは書かれていない。勿論、今回の試合でもそうだ。ただし、非常に危険。

 

 放ったのは“刀剣・鼬”。それが桜花――ラファールの胴体部分を斬り裂こうとした瞬間、桜花は胴体部分のみの展開を解除した。ISの一部を展開する部分展開の真逆、部分解除。

 展開していなくても、ISは操縦者を守ってくれる。ただし、それは怪我をしないという意味合いではなく、死なないという意味。ISのエネルギーを上回る攻撃には耐えられずに威力は貫通し、決まって操縦者は大きな怪我をする。余りにも大きすぎる場合は死ぬ事だってありえる。“ニュード”ならもっての外だ。

 

 桜花はそれを知っている。分かっていてやって見せた。『ジリオス』を寸止めすることを分かっていたんだ。逆にそこまでしなければ、俺に一撃を入れる事はできないと判断したということでもある。

 

 呆れてモノも言えない……。

 

《なんて危険な事を……!》

 

 珍しく『夜叉』も怒ってやがるよ。

 

「死ぬぞ」

「死にません。止めると分かっていたのですから」

「そこまでして勝ちたいのかよ」

「勿論です!」

 

 だらりと垂れ下がった左手は俺に向けられ、ライフルが握られていた。ライフル……と言うよりはマスケット銃だな。流石に木製のパーツは見られないが、限りなく似せようとしているのか、茶色に塗られているしわざわざ木目も付けられている。装飾は無し、スコープなどのカスタムパーツも見られない、ISの武装とは思えないほどアンティークな雰囲気があり、飾り気も無くシンプル。トリガーから数センチ離れたところにマガジンが取り付けられているのがよく目立つ。

 

 どこかで見た覚えが……気のせいか?

 

「私に専用機はありません。ですが、使い慣れた武器ならあります。ご存じなのではありませんか?」

「………見たことはないが、聞いたことはある。随分古風な銃を改造して使う酔狂な奴がいる、と」

「くすくす。そうですね、実に酔狂な奴です。威力も射程も劣るというのに。ですが気に入っているのですよ。手を加えたとはいえ、変に機構化されていないシンプルなこの子が。まあこれはIS用なので機械100%なんですけど」

 

 桜花は銃口を俺から逸らし、両腕で愛でるように抱きしめた。

 

「望月に頼んで私が実際に使用しているこの子を再現(・・)してもらいました。おかげ様で、試射する必要もありません。同じように使いこなして見せましょう」

 

 槍、ステッキ、ロッドのようにクルクルと銃を回し、もう一度俺に銃口を向けて引き金に指をかけ、俺に向ける。

 

「ご紹介します。私の相棒、『桔梗(キキョウ)』です」

 

 その銃口から覗く先は、とてもどす黒い。試射の必要は無い、という事は使ったことがないということ。望月がいつ作成し、いつ桜花が入手したのかはわからないが、今日のこの日まで触れることは無かった。にも関わらず、感じる。一度も弾丸を撃ち出したことのない銃から、血のニオイを。

 

 一瞬だけ、背筋が凍った。

 

「俺には名乗るほどの武器は無いな。言うなら、ISそのものが相棒だ」

「専用機ですからね。それが当然でしょう。故に、ここからは更に過激に参りますよ」

「来い」

「行きます」

 

 桜花が『桔梗』を振りかざして真正面から向かって来た。どう考えてもマスケット銃で俺を殴るようにしか見えない。大丈夫なのか? 

………いや、型にはまるな。そんな考えは無意味だ。

 

 遠慮せずに『ジリオス』を振り抜く。触れたものを切り裂くその刃は、嫌な予想通り『桔梗』に阻まれた。同じ望月製だし、背筋が凍るほどのプレッシャーを発したこの銃を簡単に切れるとは思わない。

 

 力の限り押し合い、火花を散らせる。ふっと力を抜いても、分かっていたように桜花にも力を抜かれて体を崩せない。ガードが異様に固いな、まるで別人だ。どうしたものかな……。

 

《マスター!》

「……!? しまっ――」

 

 突然の『夜叉』の警告。ほんの一瞬だけ気を緩めた俺を桜花が見逃すはずはなく、手痛い反撃をくらった。

 

 『桔梗』をステッキのようにくるっと一回転させ、鍔競り合いをしていた『ジリオス』は巻き込まれて彼方へと飛ばされた。

 これには結構驚いたが、素早く頭のスイッチを切り替える。新しく武器を展開するか、距離がとれるまでシールドで防御するか。迷わず後者を選んだ。武器を展開しても弾かれるだけだし、今の桜花に射撃戦は分が悪いと思われる。それだけの迫力がある。それに、俺は素手の方が強い。

 

 背中にまわしていたシールド全四枚を前に移動させ、視界を遮りながら身体を守るようにひたすらランダムに動かす。迂闊に撃てば角度を調整して反射できるように準備しておく。正確に銃弾を狙った場所に命中させ跳弾で攻撃する“反射弾丸(リフレクト・バレット)”という高等技術を応用したものだ。初見で見切るのは不可能に近い。これを反撃の切り口にしよう。

 

 あえて一発の銃弾が通れる隙を作る。普通に見てはわからないぐらいの小さな穴を自然を装って。桜花は……乗った。

 

 前方三枚のシールドを通り抜けた弾丸を四枚目で弾く。勢いを殺さずに進行方向を変え、残ったシールドで軌道を調整して桜花へ向けて弾き返した。速度は幾分か落ちているが、まだまだ捉えにくい速さだ。命中する。弾を追うように前進して拳を握り、どこでも狙えるように目を凝らした俺が見たものは、さらに弾かれた弾丸だった。

 

(どこから……!?)

 

 シールドを前面に押し出していたのが裏目に出た。視界が制限されて肝心な場所が見えづらい。ただし引くわけにもいかない。このまま攻める。

 

 次の瞬間、身体がくの字に折れるほどの衝撃が腹に響いた。

 

「ぐっ……!」

 

 追い打ちをかける桜花の『桔梗』をシールドで弾いて距離をとる。まだ痛む腹を抑えながら桜花を視界に入れた。

 

「……二丁だったのか」

「私としては『桔梗』までしか使わないつもりでしたけれど、一夏様はそこまで甘くありませんし、ありのままの私を知っていただきたくて、つい……ふふっ」

 

 弾かれた弾丸も、俺へのカウンターも説明が付く。

 

 なんてことは無い、皇桜花は二丁の銃を使いこなしている。

 

 右手には『桔梗』。近くでも振り回していることから、メインがこちらだと思える。そしてさっきまでは無かった銃が左手に握られていた。

 『桔梗』が中世を想像させるクラシックなマスケット銃、対して左手の銃は現代では見慣れたグレーのシンプルな自動拳銃だった。銃身下部にはナイフが取り付けられているので、こっちでも近接戦が出来るってことか。

 

「こちらも私の相棒、『忍冬(スイカズラ)』です」

「……それが、お前本来のスタイル」

「はい」

「さっきの射撃は左手の『忍冬』か?」

「ええ。こちらも望月製で、徹甲弾を使用しております。勿論、『桔梗』も」

 

 どうりで効くわけだ。装甲が薄いとはいえ、『夜叉』の装甲は特殊なものを使用している。ただの弾丸じゃあ傷をつけられない。だが、使われた徹甲弾と銃は、内側にまで衝撃を届かせるほどの威力を叩きだせる、か。

 

 流石、桜花だな。

 

「そろそろ俺も攻撃しないとな、このままだと負けそうだ」

「そのままやられてくださいな。すぐにでも嫁に参ります」

「お断り、だ!」

「そんなに恥ずかしがらなくても……」

「ポジティブな奴め……」

 

 嫁がとうとか、結婚がどうとか、勝手に決められては困る。何より姉さんが怖い。これ以上はいい加減面倒……手間がかかるので終わらせよう。さっさとぶっ飛ばしてベアトリーチェのフォローに行かないと。

 

 取り出しますは『炸薬狙撃銃・絶火』。銃の破壊は難しいが、弾くならお釣りがくるほどの威力がある。桜花なら炸薬弾を撃ち抜いてきそうな物だが……。速度ならこっちに分がある。こだわらずに攻める。

 

 俺より少し高い位置に滞空している桜花をスコープ越しに捉える。視界いっぱいにラファールが広がった。

 

 だが、俺が注目したのはその向こう側。

 

《しつこい相手ですね。また来ますか……》

 

 桜花の背後、アリーナの外、更に上空に複数のISを見つけた。そしてこっちへ向かってくる。

 

「桜花! こっちに来い!」

「!? ………これは、敵!」

 

 間もなくソレは電磁シールドを突き破って侵入してきた。

 




 なんとなく皇桜花のモデルがわかったんじゃないかなーと………


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話 「俺は驕っているだけの馬鹿野郎だった」

 ちょっぴり長め


視認できたのはおよそ三体。そのどれもが前回乱入してきた無人機とは様々な点で異なる。カラーリング、フォルム、装甲、武装等々。細かく上げればキリが無い。

 

そしてはっきりわかること、それは前回とは違う勢力だ。

 

人間には個々が何かしらの拘りを持っている。分かりやすい例がイタリアの速度への執着と信仰だろう。とある分野を極める人種にとってはプライドも同然で、譲れないモノだ。それは滲み出るように、主張するように拘りは表れる。

 

だから理解できた。奴等は新しい勢力と。今の今まで現れなかっただけであって、何者かがIS学園を狙うのは珍しくない。世界最先端の技術、各国の機密がココに集まるんだ。誰もが喉から手が出るほど欲しいに決まってる。

 

とにかく、敵であることには代わりない。さっさと返り討ちにしてやる。

 

『夜叉』が指示する前にサーモセンサーを起動させ、無人機であることを確認して弾かれた『ジリオス』を拾う。

 

「ベアトリーチェ、桜花、織斑! こっちまで下がれ!」

 

まずは現状確認。以前なら一体だったので素早く済ませることができたが、複数で攻めてきた今回はそうもいかない。

目的は不明。恐らくはデータ収集、新型の確保と思われる。パーツの一部すら持ち帰らせず、データ収集もできないほど一瞬で破壊するのが望ましいな。

戦力。三対四――いや、姉さん合わせて五。数では勝るが、試合の損傷からしてベアトリーチェと織斑は数に入れられない。特に織斑はバッサリとPICを斬られているので動くことすらままならない。現にベアトリーチェに肩を借りてこっちへきてる。ベアトリーチェもシールドエネルギーが怪しい。二人を守りつつ撃破しなければならない、か。

 

余裕だな。

 

「ベアトリーチェと織斑はアリーナの端で待機。流れ弾に一発も当たるんじゃないぞ。盾を貸すから上手く使え」

「当たったら私全損するから、織斑ヨロシク」

「……だな。今の俺は邪魔にしかならない。盾は俺が使う。所有者が許可を出せば他人の武装も使えるんだっけ?」

「ああ。『バリアユニットγ』だ。全方位をカバーしてくれる」

 

そんなに長い時間展開することはできないんだが、あえて言わないことにした。気にする必要はない。そうなる前に終わらせればいいだけの事。

 

「迎撃は私と一夏と桜花」

「誰がどれを潰します?」

「適当でいいだろ。パッと見たが三機とも同じだった」

「では折角ですし、競争しませんか?」

「先に破壊したら勝ち、か。なら――勝った人は他の二人に一度だけ命令できる、なんてどうだ?」

 

この程度、俺達からすれば大した危機じゃない。それでも油断しないに越した事はないが、この遊びを推したのには理由がある。そう、桜花に諦めさせる為。

一対一で戦うわけだから、有利なのは専用機を持つ俺と姉さん。『桔梗』と『忍冬』があるとはいえ、元がラファールじゃあどう頑張っても桜花は数歩俺達に劣る。

 

 勝負には勝ち、襲撃者を撃退できる。なんてすばらしいアイデアだ。

 

《どうでもいいですから、早く倒しましょうよ》

 

 わかってるって。

 

 にやけそうになる気持ちを抑えて、三機が巻き上げた土煙を睨む。程なくして三本の光――ビームが俺達を狙って現れ、それを追うように大量のミサイルの雨が降り注いだ。

 

 あれは……俺達が避けれても後ろの二人は防ぎきれないだろうな。撃ち落とすか。

 

「『ヴェスパイン』だ。最も弾幕の厚い場所を割り出せ」

 

 わざわざ全部を撃ち落とすのは骨だ。誘爆させて全弾破壊する。『絶火』でも十分だろうが、ここは貫通力のある『LZ-ヴェスパイン』を使う事にした。望月が作製した中でも危ない部類に入るこの狙撃銃はニュード100%。世界広しと言えど、純ニュード兵器はこの『ヴェスパイン』と『アグニ』だけ。

 

《視界に表示します》

 

 ぱっと現れる赤いサークル。直径が『ヴェスパイン』の口径と同じって事は、寸分狂わずアレを狙えってことか。

 迫ってきたビームをシールドで防いで狙いを定める。ゆっくりと引き金に指をかけ、躊躇いなく引いた。吸い込まれるようにニュードの緑色の光はミサイルの雨を突き抜けて空を突き抜け、一拍置いて爆発を巻き起こし、アリーナを黒煙で包んだ。同時にアラートがないり響いて以上を知らせる。

 

《ジャミングですね》

(元々破壊される前提だったってことか。馬鹿じゃないらしい)

 

 こっちの戦力を測ってきている証拠だ。ということはあまり手の内を見せない方がいいな。こう考えると『ヴェスパイン』は失敗だったかもしれない。

 

「邪魔」

「姉さん?」

 

 つぶやきと共に『災禍』が形作っていく。それは大剣、『ティアダウナー』も真っ青なデカイ剣を、同じく『災禍』で作りだした腕で振り抜く。たったの一振りで先の土煙と、爆発による黒煙を消し去り、敵を露わにした。姉さん自身が呼ぶ『災禍』を用いたバリエーションの一つ“巨人(タイタン)”だ。

 

「わお」

「相変わらず、唯我独尊なのですね。姉様」

 

 視界を悪くされたまま戦う、という選択肢は姉さんには無い。どんな状況であれ、不利に陥っても五分に持ち直し、流れを自分へ引き寄せる。相手が有利になる状況を作らせないのが姉さんの凄いところだ。

 

「んじゃ、お先」

 

 後ろから色々と聞こえてくるが全部無視。これは勝負だからな。

 

 そう、勝負。だからさっさと終わらせよう。

 

 先程のように大きな一撃は無く、代わりに弾丸の壁が押し寄せた。両手に持っている銃だけじゃない、背中、腰、膝、肩と至る所に銃器が取り付けられている。他の二機を見ても全く同じ、コイツが砲撃型というわけじゃないのか。確かにこれだけの火力があればアリーナの電磁シールドもぶち抜ける。ただし、IS戦で低速は命取りだ。俺みたいな速度特化が相手だと特にな。

 

「気付いたってもう遅い」

 

 減速せずに飛びかかって両腕を握りつぶし、ブレーキをかけるように全体重を両足に乗せて相手の膝を破壊した。一瞬で四肢を失った無人機は背中のスラスターを吹かして逃げようとしたが、逃がすはずもなく首を掴んで地面へ叩きつける。頭部も失ったため、胴体だけになった身体へ一発、拳は貫通して地面に穴を開けた。動かなくなった骸を空へ放り投げて『絶火』で破壊、四散した。

 

「こんなものか」

 

 ふぅ、と軽く息を吐いて両隣を見る。姉さんは煙を払った“巨人”をそのまま叩きつけた様で、無人機は粉々に潰されていた。桜花の方の無人機は的確に関節を撃ち抜いた揚句、ハチの巣よろしく穴だらけ。

 

 これは、引き分けかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒の避難誘導をしていた私が気付いたのはある意味奇跡だった。なんとなくアリーナが気になって、ヘッドギアだけを部分展開してレーダーを見ていた時に、それは急に姿を現した。

 

「これは……増援? もしくは新手?」

 

『ミステリアス・レイディ』は高速でココへ向かってくる機体を捉えていた。数は二。片方はさっき乱入してきた機体と似た信号を出しているけど、もう片方は全く別。争いながらこっちへ来ているわけじゃなさそうだし、仲間と見るべきね。蒼乃さんは中に行っちゃったし、これはようやく私の出番かしら?

 

 ……いけないいけない。襲撃されて喜んじゃダメでしょ。

 

「簪ちゃん、マドカちゃん。みんなをよろしくね。おねえさん行く所あるから」

「迎撃なら手伝うぞ」

「大丈夫よ。これは私の仕事」

 

 ありがたい誘いを断っ……って気付いてたら教えてよ! ……と、とにかく移動しなきゃ。

 

 列を離れて人のいない場所まで移動してISを展開。少しでも学園から離れた場所で迎え撃つ為に全速力でこちらへ来る敵の方へ急いだ。

 

「ぐっ!」

 

 程なくして、私は海に落ちた。

 

(何、今の……攻撃された!? この距離で!?)

 

 レーダーではまだ数十km離れた場所にいる事を示している。移動を止めたわけでもない。どれだけ索敵能力を上げて、射程がある武器を使っても私がいる地点まで誤差なく攻撃できるなんて不可能に近い。それだけの射撃能力を持ったISなんて聞いたことないし、それを可能にする武装はIS二機で使えるものじゃない。

 ステルス機能を持った機体がここにいる? ……だったら今も追撃してくるはず。

 

 つまり、相手は何らかの方法でこれだけ離れた私を攻撃してきた事になる。

 

「無人機なんてありえない物作った奴らなら、私が知らないISや武装を持っていても不思議じゃないかもね」

 

 とりあえず、これで納得しておこう。今はやることが他にある。

 

 空中はまた攻撃されそうだから、水中から進もうかしら。丁度使ってみたい機能もあることだし。実戦ではまだ使ったことないのよね。

 

「特殊武装『人魚姫(マーメイド)』。久しぶりね、コレ」

 

 水中はたとえISであっても動きが鈍ってしまう。それを解消する為に、『ミステリアス・レイディ』に試験的に実装された新機能。それが『人魚姫』。

 普段は閉じている機体各所に幾つもの空気を噴き出す噴射口を設け、水中での高速移動をサポートする機構。ただソレだけなんだけれども、これが結構強力。空気の圧縮量や噴射時間を細かく変更できる為、不可能と言われた水中での細かな軌道も可能にした。長距離高速航行もできる為、水中戦においてかなりのアドバンテージを得られる。学園では単にそういった機会が無かっただけ。

 

 上手く引きずり込めればいいけれど……。まずは近づかないとね。

 

 空と同じように加速するが、速度は段違い。メーターも『ミステリアス・レイディ』の最高速度を優に超えている。動きも滑らかで、ひょっとしたら水の中の方が強くない? ってぐらい。おかげで妨害の為の攻撃は全く当たらずに進める。

 

(そろそろね)

 

 残り五kmを切ったところで少しずつ浮上する。海面ギリギリを泳いで(・・・)、敵を真上に捉えた瞬間跳ねた。飛沫を纏って躍り出る姿はまさに人魚姫ね。

 

 数はレーダーの通り二機。読んでいた通り、アリーナに入ってきた機体と、見たことのない機体。前者――恐らく前回同様無人機はどうとでもなる。問題はもう一機。

 

 強い。久しぶりに身の危険を感じるほどに。こっちは後に回しましょう。

 

「はっ!」

 

 前進に装備された銃の砲門をこちらに向ける前に『蒼流旋』で一突き。重武装高火力の割に装甲は堅くなく、あっさりと貫いた。そのままガトリングを零距離で連射してもう一機へ放り投げる。

 

「はぁ……」

「……喋った?」

 

 少なくとも溜め息は聞こえた。私が放り投げた無人機をゴミのように弾いて海へ叩き付けた敵は無骨な槍を肩に担いで語り始めた。

 

「気付かれるだろうなーって思ってはいたけど、まさかこんなに早くこっちに来るなんて思ってなかった。アンタが更識楯無?」

「聞かなくても知っているんでしょ? アナタは誰かしら?」

「さぁ? 誰かな?」

「親切じゃない子はおねえさん好きになれそうにないわ」

「どうやってこんなに近づいた? 海中を通って来たんだろうが、お前は予測していたよりも早く来た。それは空中よりも速いということ」

 

 なんて言うか、やりづらそうな相手ね。単純なおバカの方が面白くて弄りやすくていいんだけど。

 

「教えると思って?」

「嬲り殺しにして嫌でも見せてもらおうか」

「できるものならやってみなさいな」

「………」

「………」

 

 目の前の機体を今になってじっくりと見る。既存のISとは全くと言っていいほど異なる仕組みの様で、PICが搭載されているにも関わらず両足はそれほど大きくない。腕も人間より一回り大きいぐらいのサイズ。ISは両手両足を機械に突っ込むように装着するが、目の前の機体はぬいぐるみを着るように装着している。腰にはブースターが取り付けられて、背中には量子分解せずに装着された二種類の武装。銀と金で塗られた装甲で全身を包んでいる。

 

 もしかしたら……ISとは全く別のナニカ?

 

 よく見てはいないけれど、破壊した無人機もISより小さかった気がする。そもそも無人機という時点でISとは言い難い。……何者なの?

 

 絶対に捕まえて吐かせる。これは、また世界を揺らすわ。

 

「……止めた」

「?」

「イオ、退くぞ」

「なっ……待ちなさ――」

「喋るより、目と耳を塞いだ方がいいぞ」

 

 いきなり何を言い出すのかと思えば、敵は黒いボール――グレネードを取り出して投げつけてきた。

 

「くっ……」

 

 『蒼流旋』のガトリングで迎撃する。命中したグレネードはカン、と跳ねた後白く光りはじめた。あれは……

 

(フラッシュグレネード!?)

 

 目と耳を塞げってそういう意味だったわけね……! 慌てて迎撃なんてするんじゃ無かった。でもまぁ、どちらにせよ爆発していたんでしょうけど。

 

 『アクア・ヴェール』で正面に壁を作り、両腕で耳を塞いで思いっきり目を閉じた。それでも網膜がやけるんじゃないかってくらい眩しい光と、鼓膜が吹き飛びそうなほどの轟音で頭が揺れた。

 数分程してようやく感覚が戻ってきたので、ゆっくりと目を開く。当たり前だけど、ここに居るのは私だけだった。上空や海中にも、機体の反応はない。

 

「はぁ……なんか最近イイトコ無しね。帰ったら簪ちゃんに慰めてもらおうかしら?」

 

 その前に、ログとスクリーンショットの画像を本家に送って調べて貰うのが先ね。一年生はもうすぐ課外授業があるし、夏休み明けには学園祭があるから招待状も書かなきゃ、忙しいったらありゃしない……。

 

「はぁ」

 

 溜め息が出るのも仕方ない、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事後処理が済んだのは日が暮れてからだった。今日は以前と違って全学年が参加することになっていたし、外部からの人間も見られた。同じ襲撃を受けた、でも学園にとっては規模が違うらしい。落ち込んだ様に見えた楯無様は忙しそうにペンを走らせていた。邪魔にならないように、数日は大人しくしておくとしよう。

 

 マドカは……食堂か。暇だな……。結局、桜花との勝負は引き分けだったし、以前から校内で流れていた噂とやらも、トーナメント自体が中止になったからナシ。と言っても、決勝戦まで行ってたわけだから、決まったようなものだよな。

 

 『夜叉』のメンテナンスは明日以降にやるとして、今日は何をしようか……。テレビでも見るか?

 

 考えてみれば、学園に入学してから一人の時間が無くなった。まぁ守護霊の様にピッタリ寄り添う相棒がいるから、それは殆どありえないんだが。それを除いても、常に隣にはマドカがいて、気が付けば姉さんと腕を組んでいて。主がいて……。昔とは大違いだ。

 

 昔? それは、施設にいた頃なのか。それとも、それ以前の頃?

 

 そういえば、俺は施設に入れられる前はどこでどんな生活を送っていたんだろうか?

 

《マスター。お湯が湧きましたよ》

「ん? おお」

 

 いつの間にかケトルの水が湯に変わっていた。さっそくコーヒーを淹れてゆっくりと飲む。うん、悪くない。やっぱり部屋にキッチンや冷蔵庫があるっていいよな。

 

 コンコン。

 

「……どうぞ」

 

 ……夜中に何の用だ? しかも、今日は色々と騒がしかったから疲れてるってのに。

 

「………」

 

 驚いたことに、客人は織斑だった。『白式』はボロボロで、コイツも疲れてるだろうに。

 

「何の用だ?」

「聞きたいことがあってな。邪魔なら帰る」

「……コーヒーでいいなら出す」

「え、ああ……悪いな」

 

 俺のイスに座るように促して、織斑にコーヒーを淹れて渡した。俺の分は残り少しを飲みほしてからおかわりを注いで、マドカのイスに座って織斑と向かい合うように向きを変えた。一口すすって話を切り出す。

 

「以外か? 部屋に入れたことが」

「俺のことを嫌っていたじゃないか」

「まぁな。でも、最近はそうでもなくなった。それに、嫌いな俺の部屋に来てまで面と向かって話したいことがあるんだろ? 追い返すほど俺も鬼のつもりは無い」

「……助かる」

「で、話は?」

 

 織斑はコーヒーを一口だけ飲んで、口を開いた。

 

「自分で言うのも嫌なんだが、俺は普通という基準より上の方にいると思う。デキル奴なんだって自信もある。色んな分野で結果も残してきた。姉さんに泥を塗らない為に、俺はただの弟じゃないってことを証明する為に」

「織斑千冬、か」

 

 分からなくもない。というか分かる。俺にも人類を超越したとしか思えないデキル姉がいるからな。

 

「そんな俺にとってはISって関心の外側で、ここに来るなんて考えもしてなかった。連れて来られて、専用機持たされて、勉強して、クラス代表になって……色んな経験したよ。最初はスゲェ嫌だった。入学する前はやりたいことがあったからな。でも今は少しもそんなこと思ってねえよ。毎日が為になるし、楽しい」

「………」

「それで気付いたんだ。いや、今まで以上に思い知らされたのか? どっちでもいいか。とにかく、俺は驕ってるだけの馬鹿野郎だった。負けてようやく気付いたよ」

「クラス対抗戦のことか?」

「そう、それ。辛勝とはいえ代表候補生の鈴に勝てた。半分嬉しかったけど、もう半分呆れてて、結局ISもこんなもんなのか……って勝手に思ってた。たった一ヶ月ちょっとの奴に負けるようなのが代表候補生なんだなってさ。結果それは大間違いだったわけで、お前にボコされるわけだ。負けるのなんて何度もあった。でも、初めて本気で悔しいって思ったよ。同年代の男に、一緒に入学したってのに、相手は訓練機だったのに、手も足も出なかった」

 

 俺はお前より1歳年上だし、そもそも下地が違うから当然なんだけどな。お前から見れば関係無いか。

 

「意地になってでも認めたくなかった。駄々までこねた。馬鹿みたいに訓練もした。それでも、俺は勝てなかった。それどころかビビっちまった。それからも色々と見てて思ったよ。この間の模擬戦とか、今日の決勝戦とか、無人機が乱入してきた時とか。俺とお前は育った環境とか、住んでる世界が違うのかなって。お前と関係のある皇さんもきっとそうなんだろうなって」

「お前の言うとおりだ。桜花はどうだろう……本人に聞いてみろ。更識っていう俺が仕える家は日本の名家で、この国に根付いている。それこそ、政治にもな。そういった主人を守るのが俺達従者の役目で、その為に手段を色々と学んだ。戦い方も、人の殺し方もな」

「やっぱか……」

 

 ふう、と一息ついてコーヒーを飲んだ織斑は言葉を続けた。

 

「だからって、諦めるつもりは無い。悔しいままは絶対に嫌だからな」

「何を?」

「お前に負けたままだってことがさ。事情はわかった。でも、それが俺が負ける理由にはならないよな。勝てるまで強くなればいい」

「随分と前向きだな」

 

 確かに、コイツ変わったな。前までの高慢な雰囲気が全く感じられなくなった。成長したってことか。

 

「どれだけ困難なことか、分かるか?」

「逆に燃えるね。楽に行かなかった試しが無い俺にとっては、いい経験だ」

「……本当に、前向きな事だ。精々頑張れ」

 

 何かを志す人間はどこまでも強くなる、誰かがそんなことを言ってたっけ。じゃあコイツはどこまで伸びるんだろうか……少しだけ、楽しみだ。

 

 そう言えば、俺もコイツに対して思う事が無くなったな。これも成長……なのか? まあ悪化じゃあ無いだろう。

 

「ソレだけを言いに来たのか?」

「いや、特に考えて無かった。ただ何か言ってやりたいなーぐらい」

「はぁ」

 

 天才とか言われる割には結構な馬鹿だな。でも、今の織斑はそんなに悪い奴には見えない。騒がしいだけじゃ無くなったし、コイツなりの考えもあるみたいだ。これからどんどん立派な人間に変わって行くことだろう。さなぎから蝶になったように、清々しくなった。

 

「んじゃ、帰る。邪魔したな」

「全くだ、帰れ。そろそろ妹も帰ってくる」

「おお、それは怖い」

 

 ドアを開けて織斑が閉めようとした時、俺はふと思ったことを口にしていた。

 

「一つ聞いてもいいか?」

「何を?」

「ここに来る前に、お前がしたかった事って何だ?」

「ああ、それ? それは―――

 

 

 

   ―――行方不明の兄と妹を見つけること」

 

 

 

「………見つかるといいな」

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。自室でお茶を飲んでいた私を楯無が訪ねてきた。

 

「ちょっといい、蒼乃さん」

「昼の事?」

「そう。学園の外にこんな機体がいたわ。しかも無人機を従えてね」

「……」

 

 見せられたのは数枚の画像。映っていたのは見たことも聞いたことも無いIS。全体的にスリムだし、全身が装甲で覆われている。領域内に武装を保存せずに、背中のホルダーで固定したり、見ただけで分かる全く違う構造。

 

 ISじゃない。

 

「ISとは違う新しい機体」

「やっぱりそう思う?」

「一部技術が応用されているとは思う、でもこれをISとは言えない」

「根拠は?」

「勘」

「………」

「冗談」

「無表情だと嘘か本当かまったくわからないので止めてくださいおねがいします。それで?」

「ISである、という定義は?」

「質問を質問で返すって……」

「いいから」

「えっと……女性しか乗れない?」

「一夏と織斑秋介という存在がいる以上、それはもはや定義として成り立たなくなった。もっと他の、はっきりとしたモノがある」

「ISがISである理由か……。あ、もしかして、コア?」

「そう」

 

 もっとも、私の考えだけど。

 

 ISはコアからのエネルギーによって活動し、コアが保有する領域内に装甲と武装を格納している。そして意識があり、常に成長を行い、ありとあらゆるデータはコアによって観測、保存される。当然、コアを抜けばISはぴくりとも動くことは無い。コアが無ければISなんてただの鉄屑でしかない。

 

「写真の機体には恐らくコアが内蔵されていない」

「なるほど……確かに、あのサイズを格納できる場所はどこにもなさそうね。身体を装甲で覆っているだけにしか見えないわ」

 

 待機状態のISはアクセサリーで、この時のコアは角砂糖よりも小さいのが殆ど。そしてIS本来の状態では、コアはソフトボールやリンゴ並に大きく、攻撃を受けにくい場所とされている背中に配置され、装甲で何処よりも強固に守られる。私の『白紙』も、一夏の『夜叉』も、楯無の『ミステリアス・レイディ』も、訓練機だって例外ではない。破壊は不可能とされてはいるものの、本当に何かあって壊されては堪ったものじゃないから。

 

 そのコアが、この機体には見られない。正確に言えば、コアを格納していると思われる場所が見つからない。襲撃してきた無人機は兎も角、写真の機体は有人機だと楯無は言った。それを考慮して人体があると思われる空間を除けば、頭、腕、脚、身体、どこを見てもそんな余裕は全くない。

 

 もしもあるとすれば、それは……。

 

「現段階では情報が無さ過ぎる。それでも敢えて言うなら、これはISではない」

「蒼乃さんが言うなら、そうなんでしょうね」

「アテにされても困る」

「本家に伝えて情報を集めてもらってるから、何か分かったらまた連絡はするわ。ありがとう」

「ええ」

 

 にっこりと笑って楯無はドアを閉めた。

 

 イスに座りなおして、湯呑みを口に運んだ。程よい温かさの緑茶が喉を通って身体を内側から温めてくれる。

 

「また面倒なことが起きそうね、シロ」

《嬉しそうな顔ね》

「一夏の成長にはとてもいい機会。それに、一夏は今回も私の元へ来るでしょう? 姉さん手伝って、って」

《はいはい、そうですね。このブラコン》

「ふふっ」

 




 なんだか見づらくなってきたので、《》とか『』の使い方を変えてみようかなー………なんて


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話 「負けた」

 短め


 夏が来た。またしても、この季節が。

 

「あっつーい」

「リーチェ、それは夏だから……」

「簪の言うとおりだ。夏だから暑くて当たり前だろう」

「ぶぅ。紫外線とか、その他諸々は乙女の天敵なのよ!」

「私は……外に出ないから」

「クーラーばかりだと、身体に悪いわよ」

「大丈夫……扇風機派」

「どんな派閥よ……一夏、簪が外に出たがって無いわよ。従者として主の健康管理もしなくちゃいけないんじゃない?」

「そんなの兄さんには言うだけ無駄だ」

「なんで?」

 

 そう、俺こと森宮一“夏”は……

 

「兄さん、夏が苦手だから」

 

 夏が嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、来週から一年生は課外授業だ。タイムスケジュールは配ったしおりの通りだから、必要なものがあるなら今のうちに買っておけよ。売店に無いものは休日に揃えるか通販で取り寄せるように」

 

 ひさしいぶりの大場先生登場。

 

 帰りのSHRで発表されたのは来週末に行われる課外授業についてだった。年間行事予定表にしっかりと書かれているし、部活動に所属しているなら先輩から色々と聞かされている為驚きは無いが、その分楽しい話を聞かされているので騒ぎようが半端じゃない。

 

「ということは……海か!」

 

 妹のはしゃぎようも凄かった。

 

 二泊三日で旅館を貸し切るそうだ。初日はバスの移動で、到着してからは自由時間になっているらしい。ここが一番楽しいとか。水着を着て海で遊びまくるのが毎年恒例なんだそうだ。浜辺でビーチボール、砂遊び、遠泳は……どうだろうか? とにかく、一年生が楽しみにしていることに変わりは無い。二日目と三日目で実習を行い、三日目の夜に学園へ戻る、と。

 

 ちょっとした例外を除いて。

 

「うあー、熱そうね……」

 

 清水のようなインドアはどちらかと言えば休日をゆったり思うように過ごしたいだろうから、外泊は苦手だろう。学校の様に完璧な設備は存在しないはずだから、彼女の様なタイプには退屈な三日間になる。

 

《よりによって海ですって! マスター! ぷっくくく……!》

 

 そして俺。もしくは俺の様な夏が苦手な奴にとっては地獄。三途の川を渡って天使とやらとこんにちはするかもしれないぐらいには苦痛。

 俺の場合、熱いのはまだ分かる。何が嫌いなのかというと……日光と海だ。

 実は肌が弱かったりする。身体の作りからして人間とは違ったりする場所もありはするが、肌に関しては人間よりも弱かった。妙に白い肌もそういうこと。直ぐに日焼けして火傷しそうなのが嫌いだ。

 そして海が……というよりも身体を水に浸かるという事自体が苦手で、海に行けば必ずと行っていいほど沖へ放り投げられるのでひどく困る。泳げないわけじゃない。ただ嫌いなだけだ。泳ぐくらいなら海面を走るね。

 

 ひっそりとやり抜くつもりだが、IS学園でそれは不可能そうなので諦めている。まだ先の話であるにもかかわらず、とても憂鬱です。

 

「来年はから無いのが救いだなー」

「まったくだ」

「……森宮君、この三日間は仲良くできそうだね」

「……清水、どうやら俺とお前は同士のようだな」

 

 日ごろから盗撮して稼いでいる怪しい奴だが、今回ばかりは頼もしい味方になってくれそうだ。

 

「簪、水着を買いに行こう!」

「うん……日曜に行こうね。リーチェも誘う?」

「予定が合えばいいが……」

 

 元気だなぁ……そう言えば去年もこの時期に水着を買っていたような……。どうして毎年毎年新しいものを買いたがるんだろう? 洋服みたいに何度も着るわけじゃあないし、使い回せばいいのに。

 

「休み時間になったら、4組に行こ?」

「分かった。というわけで兄さん、日曜はお出掛けだ!」

「………えぇ?」

 

 俺、行くの? いや、放っておけないから行くけどさ。

 

 水着選びを手伝ってとか、ちょっとした荷物持ちなら別に良いが、お財布担当は勘弁な。この前の駅前スイーツの比じゃないくらい高そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして冒頭に戻る。

 

 ベアトリーチェ……リーチェは親しい友人にそう呼ばせているらしく、俺達もそう呼ぶように言われた。日曜日は空いていたらしく、誰かを誘って自分も買いに行こうとしていたので快く受けてくれた。

 

 学園は無人島を開拓して作られた為、本島から離れている。繋ぐのはモノレールと物資運搬用の港のみ。学生が買い物の為だけに船を使えるはずも無いので、当然モノレールを使用して本島へ来た。

 

 時刻は午前十時を過ぎたころ。そろそろ熱くなり始める。

 

 案の定、文句を垂れるヤツはいたというわけだ。

 

「え!? 一夏って夏嫌いなの? 名前に夏の字入っているのに?」

「悪いか?」

「イーエ。意外だっただけ」

「ふん」

 

 ニヤニヤしながら言ってもムカツクだけなんだが……。

 

「で。どこへ向かっているんだ?」

「直ぐそこに、大きなショッピングモールがあるの。学園の生徒が買い物するとなったら、殆どはココで済ませられるくらい大きい場所」

「私も来たことがあるぞ。すっっごく大きいんだ」

「学園行きのモノレール乗り場と直結しているから、交通の面でも便利なのよ」

「なるほどな」

 

 それは確かに。売店に売られている物は限られてくるから、どうしても外出して買い物をする場面が出てくる。洋服だったり、お気に入りのシャンプーとか、香水とか、好みが分かれる物はどうしようもないし、ゲーム、漫画、CDなどの娯楽関係全般は少しも入荷しない。

 そんな時の最寄りの巨大ショッピングセンターか。確かに便利だし、頻繁に利用したくなる気持ちも分かる。

 

「ここはそんなに大きいのか?」

「まーね。そこのゲート通ればわかるよ」

 

 ということでゲートをくぐる。

 

「なるほどな……確かに」

《これは大きいですね……》

 

 見わたす限りの人、人、人。首を上に向ければ上の階へ上がる為のエスカレーターがそこかしこに掛けられていて、それがずーっと上の最上階まで続いている。どうやら建物の中央は吹き抜けで、エスカレーターが掛けられているようだ。探せばエレベーターもどこかにあるはず。

 筒の様な構造で、円の淵にあたる部分に店がずらりと並んでいた。見える場所だけじゃなく、奥にもまだまだ店があるようだ。買い物袋を下げたIS学園の生徒がちらほらと見られる。

 

 案内板には飲食店から始まって、何から何まで記されている。ここのウリは“ここにない物はない”らしい。

 

「んで、どこへ行くんだ。水着店だけでもそれなりにあるみたいだぞ」

「私のお勧めで良ければ案内するよ?」

「ほう、では私はリーチェのセンスを信じる事にしよう」

「私も、いいよ」

「こっちこっち」

 

 三人はリーチェを先頭にして人ごみの中へ割って入って行った。見失わないようについて行く。女性が多めな為に白い目で見られがちだが、気にしても仕方が無いので全て無視だ。今日は簪様の護衛も兼ねているから、目を離すわけにはいかない。

 

「そういえば……」

「どうした?」

「ラウラは?」

「ああ、織斑先生を尾行するとか言っていましたよ」

「「「………」」」

 

 相変わらずな奴だよな。

 

 店の場所は三階のエスカレーターのすぐ近くにある有名な場所だった。本社がイタリアにある世界的に有名な企業でCMも流している……らしい。テレビは見ないし、服には興味が無いのでまったく知らない。

 

 ただの洋服店だが、季節に合わせて取り扱っている商品が夏物や水着ばかりとなっている。言うまでも無く99.99%が女性物で0.01%が男性物の割合で、当然客も女性ばかり。男なんて付き添いぐらいで、どれも面倒くさそうだ。俺もその一人なわけだが。

 

「さて、どうするんだ?」

「そうだね……各々気に入った水着を持ってきて一夏に見てもらう、とか」

「いいなそれ!」

「……やる」

「それじゃあ10分で! 一夏、アンタはココを動いちゃ駄目よ」

「んん? わ、わかった」

 

 なぜか俺の意見を全く無視して話が進んでいった。………何をしろと?

 

 優劣をつければいいのか? それとも褒めればいいのか?

 

《思ったことを素直に言えばいいんですよ》

 

 ………そうか。

 

《今絶対にこいつ適当言ってるなとか思ったでしょう?》

 

 否定はしないぞ。

 

《嘘じゃありませんからね。かわいいとか綺麗とか言えば大丈夫ですよ》

 

 世辞を言えばいいんだな?

 

《それが素直に言えってことです》

 

 は?

 

《流石に私ほどではありませんが、彼女達は十分に可愛いです。保護欲を掻き立てる小動物系、無邪気で活発な妹系、女子力全開な相棒系。若干簪ちゃんとマドカちゃんがキャラ被りしているように見えますが、上手くジャンルがばらけておりとてもバランスが整っています。これだけの年頃の女子三人を前にすれば自然と褒め言葉が出てくるでしょう》

 

 そういうものなのか……。

 

《想像してみればいいじゃないですか》

 

 ふむ。

 

 ………。

 

 …………………。

 

「素晴らしい」

「ホント……?」

「やっぱり私が一番だな」

「なーに言ってるのよ。私でしょ」

「………お?」

 

 いつの間にか三人とも戻ってきていて、片手には水着が握られている。オレンジのビキニ、黒のビキニ、水色のビキニ。………女子は肌を見せたがらない人が多いと聞いているし、少なくとも簪様はその部類だと思っていたが……どうやら女子はビキニが好きらしい。

 

「一夏……」

「兄さん!」

「一夏!」

「「「誰が一番可愛いの!」」」

《あー、なんて予想通りでベタな展開なんでしょう……》

 

 な、何……夜叉の奴め、この展開が予想できていたなら教えてくれたっていいものを……。くそ、愚痴っても仕方が無い。なんとかこの状況を脱出しなければ。

 

 以前、まだ入学する前に簪様がゲームをしていたところを見た。それはロールプレイングとかシューティングとかとは全く違って、文を読むだけのゲームだった。楯無様に聞いてみたところ、どうやら“恋愛シュミレーション”というジャンルらしい。男性がやるものはギャルゲーで女性がやるものを乙女ゲーという区分までついているそうだ。

 この状況はその乙女ゲーとやらに似ている。選択肢が現れて、どのキャラクターの好感度を上げるか選べるという状況に。

 

 難しい……。主を選ぶべきか、妹を選ぶべきか、初の友人を選ぶべきか………。誰を選んでも同じ結末しか見えないんだが……!?

 

 ……無難な選択を選ぼう、そうしよう。

 

「ぜ、全員可愛いと思い、ます。ハイ」

「「「………」」」

 

 だ、ダメか?

 

「可愛い……ふふっ」

「まあ当然だな!」

「そう言うと思ってたわよ」

 

 約一名を除いた二人が、全員のところを自分の名前に置き換えて妄想していた。その点、リーチェはものすごく大人だった。

 

「私が可愛いってね!」

 

 前言撤回。そうでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の洋服店で騒ぎまくって追い出されるんじゃないかと思っていたが、そうはならずに無事買い物を済ませる事が出来た。他にも欲しいものがあるからと、専門店をグルグルと歩きまわっている内に日が暮れて、気が付けば建物を一周していた。まったく疲れた様子が見られないあたり、女子は買い物好きが多いと確信した。

 

 十分満足したようで、モノレール乗り場へ向かって歩いている時のことだった。

 

「あ、一夏さん」

「ん? ああ、こより。久しぶり」

「はい!」

 

 知り合いに会った。

 

 石月こより、小学二年生。まだまだランドセルが新しい。折り紙が大好きで、黒のロングヘアーが良く似合う。歳の割にとても礼儀正しくて誰にでも優しい良い子だ。

 

 そして姉さんの友達。

 

「随分と大きくなったね。病気は良くなった?」

「おかげ様で元気いっぱいです!」

「姉さんは?」

「後ろですよ」

 

 その瞬間にぞわっとした寒気が全身を巡った。ゆっくりと、振り向けばそこには無表情で俺を見下す姉さんが。これは……怒っている。

 

「一夏」

「え、えっと……」

「あの子達の買い物には付き合って、私は放っておくの?」

「いや、来週の課外授業のための買い物だったから」

 

 水着を買いにいきましたなんて言えない。

 

「私に聞けば何が必要なのかもわかるでしょう?」

「……それもそうだ」

 

 一度行ったことのある人に聞けば一発で分かる。しおりに書かれて無くてもあればよかったなーとか、そんな物があるはずだ。

 ……おい、なぜ姉さんの後ろに居る三人は俯いているんだ? マドカ、お前は分かりや過ぎるぞ。絶対に分かっていて言わなかったな。

 

「い、今から行く?」

「こより」

「行ってらっしゃいませ、蒼乃さん、一夏さん。寮の規則は守ってくださいね。こよりは大丈夫です!」

「大丈夫。外出届は出してきた」

「流石です!」

 

 引き攣った笑顔の簪様とリーチェ、悔しそうなマドカ、満面の笑顔で手を振るこよりに見送られて、俺と姉さんは引き返す事になった。

 

 また、一周するのか……。

 

「ねえ」

「何?」

「二人っきりでお出掛けなんて、何時以来かしら?」

「うーん……数年は無かったかも」

「………そう」

 

 腕に抱き付いて、頭を俺の肩に乗せた姉さんはにっこりと笑ってとても嬉しそうだ。

 

 言われてみればそうだ。姉さんと一緒に居る事はあっても、外出なんて全くなかった。望月へ行くときも、昼食の時も、誰かがいた。部屋に居ても誰かがいる。姉さんと二人きりという状況事態とても久しぶりだ。

 

「どこに行く?」

「そうね……一夏の服でも見ましょうか」

「俺の?」

「私服なんてないでしょ?」

「まぁ、そうだけどさ。いいの?」

「いいの」

「じゃあ終わったら姉さんの服を見ようか」

「そうね、そうしましょう。似合うのを選んで」

「勿論」

 

 そう思えば疲れなんて無くなる。きっとさっきよりも楽しめるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けた」

「ああ」

「完敗、ね」

「? 何にでしょう?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話 「36000――大三元だ」

 ※注意!!

  今回は飛ばしても問題ない内容になっています。それと同時に分からない人には非常につまらない回になっている可能性が高いです。アンタ何やってんの? 感が満載となっております。ご注意ください!!

 用語を最後に載せておりますが、非常に見づらいです。説明が難しいです。


「わあ……」

「綺麗……」

「マドカ、窓にぺったり張り付くんじゃない。簪様、口にお菓子のかすが付いたままですよ」

「はーい」

「ふえっ……!」

 

 前日の夜までかなり騒がしく、問題ばかり起き続けたので正直言って疲れている。買った水着が無くなったとか、夜中は何で遊ぼうかとか、香水何にしようかしらーとか、最初は兎も角としてどんどんどうでもよくなっていく事に、流石の俺も若干苛立った。

 

 一応言っておくが、これは遠足ではなく課外授業の一環である。誰一人としてそう言った雰囲気が見られないのは女子だからか。俺としては国語や数学のような一般高校でも習う教科をしなくて済んでいるから文句は無い。そもそも授業を真面目に受けるつもりもない。

 

「あれが泊まる旅館か?」

「そうみたいね」

「さて、どうなることやら」

 

 今回もまた面倒なことが起きるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然だが、同じ部屋になったのはマドカではなく織斑だった。さっさと荷物だけおいて水着を片手に海へ向かったようだ。都合がいい、俺はここでぐっすり眠るとしよう。

 

「なんだ、お前は海へ行かんのか?」

「……織斑先生」

 

 目を閉じた瞬間にふすまが開いて人が入ってきたと思ったら織斑千冬だった。傍にはいつぞやのメガネをかけた先生もいる。

 

「何故こちらに?」

「ここは私の部屋だからに決まっているだろう」

「は?」

「私達としても男子二人にしておきたかったが、以前の模擬戦もあるし、夜中に女子共が群がってきて他の部屋に結構な迷惑がかかるだろうからということで、私がこの部屋で寝る事になった。私ならお前たちも女子共も、手を出そうとは思わんだろう?」

「……まぁ、そうですね」

「そういうことだ、すまんが少し我慢をしてくれ。もし二人にしても大丈夫だと判断できれば、今日からでも私は他の部屋に移る」

「どうぞお好きに。気にしませんので」

 

 これ以上は興味ありません。という態度を示して、俺は入口の二人に背を向けた。目をもう一度閉じて今度こそ寝ようとした時に、またしても呼ばれる。

 

「もう一つ、お前宛に大場先生から伝言がある。『荷物を部屋に置いたら私の部屋に来い』だそうだ。伝えたぞ」

「………はぁ」

 

 面倒くさい。どうせ何か相手をさせられるんだろうな。先生も海へ行けばいいのに、生徒引っかけて何が楽しいんだ。

 

「確かに聞きました」

「私は職員会議があるから部屋は開けておく。時間を守って好きに使え」

「はい」

 

 今度こそ織斑千冬はどこかへ行った。口にした通り、職員会議があるのだろう。だったら大場先生は一体何の用だ? 意外に会議よりも真面目な内容だったりするのか?

 

「夜叉」

《ここから………右に四つ、角を曲がって左へ八つ目の部屋ですね》

 

 大分遠いな……旅館の部屋がある区画の端から端へ行くぐらいの距離がある。遠いとも言えないし……地味な距離だ。グチグチ言っても歩かなければ1cmも縮まらないので、ため息交じりに歩く。

 

 ふすまをノックするわけにもいかないので、外から声をかけて先生を呼んだ。

 

「大場先生、森宮です」

「おお、入ってこい」

「失礼します」

 

 中に入ると、そこに居たのは呼び出した本人の大場先生、いつも一緒に居る古森先生、そして意外………そうでもないな、清水がテーブルを囲んでいた。これで真面目な話という線は消えたな。俺一人ならともかく、清水がいる時点でどう考えてもマトモな事もマトモじゃなくなる。

 

「お前を呼びだしたのは他でもない……頼みがあるからだ」

「……何でしょう」

 

 あまりにも暇なので、すこし茶番に付き合うことにした。

 

「その前に、一つ聞いておきたい」

「はい」

「お前……麻雀(マージャン)できるか?」

「………」

 

 ゑ?

 

「私と清水を呼んだのは四人で打つ為ですか」

「おお。清水が出来るのは知っていたからな、後1人はどうしようかと悩んでいたところでお前を思い出した。まあできるだろうと思って呼んだんだが……出来るのか?」

「一通りは」

「そうか、なら座れ。やるぞ」

 

 麻雀って……意外すぎる。

 

 ルールは知らなくても名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないかと思うが、麻雀は中国発祥のテーブルゲームだ。萬子(マンズ)筒子(ピンズ)索子(ソウズ)字牌(ツーパイ)(一般的には字牌(ジハイ)と言われる)の四種類の牌を四人が順に一つずつ山から取って(ツモと言われる)切り、役を完成させる。

 手牌は13枚、自分がツモるか、他人が切った自分のアガリ牌を含めた14枚を集める。出来あがった役や手牌の形で点数が決まり、点数を多く稼いだ者が勝つというのが大まかなルール。実際はもっと色々とあるしローカルルールも多い。

 

 これが存外面白く、昔の俺にしては珍しくするっと覚えた。楯無様が入学する前は、楯無様、簪様、虚様、俺でよく打っていたもんだ。懐かしい。

 

 ………ってそうじゃなくて、この人はまったく……。

 

「職員会議があると聞きましたが?」

「ああ、あれ? 職員会議という名を借りた千冬からの説教だ。まああいつは学年主任でもあるし、気にするのは当然なんだけどな。あたしらはお咎めを受けるようなことしてないからパス」

「はぁ……」

 

 こう見えてかなり優秀なのがこの二人だ。学園では織斑千冬に次ぐナンバー2とナンバー3と噂されるぐらいには。

 

「んじゃ、やるぞー。京子」

「ういうい」

 

 古森先生がマットを敷いて、その上に牌をばら撒く。清水が点数棒を全員分振り分ける間に残った三人で牌をよく混ぜて山を作った。

 

 サイコロを三回振って親決め、大場先生からだ。

 

 ちなみに並びは大場先生から()時計周りに古森先生、清水、俺。麻雀は逆時計周りにツモって切る。

 

「いやー久しぶりに打つなぁ。学園じゃあ打てる先生なんてそうそういなくてな、あたしは好きなのに出来なくってね。前は卒業生や今の三年生とやってたよ」

「いつからやられているんですか?」

「あたしは中学から、京子は幼稚園から」

「幼稚園!?」

「私の家、麻雀一家」

「そ、そうですか……」

 

 意外な事実に驚きながらも清水は冷静に切る。まだ一巡目では全く相手の待ちは読めないので、捨て牌を軽く確認する程度で流す。

 

 俺の番だ。お、入る入る。とりあえずこれはいらないから切ろう。

 

 そういえば俺も久しぶりだ。楯無様が入学されてからは全く牌にさわっていない気がする。暇つぶしには丁度いいし、何だかんだで早速楽しんでいるので、これはこれで良かったかも。

 

「呼びだしておいて言うのもアレだが、海にはいかないのか?」

 

 今日は授業のじの字もない。完全な自由時間で、大体はみんな海に行って遊ぶ。学園は海に囲まれていても砂浜は無いし、プールがあるので海へ行くという言葉は夏に入ってもまったく聞かない。偶に魚釣りをする人が何人かいるくらいか。あれだけ近くに海があるのにまったく反応せず、ここに来てからははしゃぐのはよくわからない。というか、島の外縁部には近づいてはいけないんだっけ?

 

「夏が嫌いなので」

「海が嫌いなので」

「……おう」

 

 聞いちゃいけないこと聞いちゃったかなー、みたいな気まずい顔をしながら大場先生は牌を切る。ドラを切ってきた。

 

「こんな序盤にドラ切りですか」

「まあ見てなって」

 

 ドラ、というのは持っているだけで点が高くなる牌の事。山が無くなるまで打って流れるか、誰かがアガるかする度にドラは変わる。ただし、ドラのみではアガれない。

 持つだけで点が高くなる為に基本切る事はあまりない。こんな序盤では尚更、ドラ表示牌を見ていなかったとかいう凡ミスならまだしも意図的に切った。

 

 それだけ自信があるのか……染め手か?

 

「清水はいつから?」

「小学校、かな。友達から教えられた」

「友達、か」

「とっても強い子でね、イカサマを疑うくらいよ」

「へぇ」

「友達の打ち方、真似てあげましょうか?」

「そんなことが出来るのか?」

「100%再現は無理だけどね。他人の打ち方を真似るの、結構得意なのよ」

「なるほど、お手並み拝見といこうか」

 

 しばらく雑談しながら牌を切って行く。そろそろ捨て牌から手が見え始めるころだ。おもった通り、大場先生は染まっている様だ。ソウズが一枚しか切られていない。大場先生は字牌を切っていない。無いのか、既に字牌を絡めた手が出来つつあるのか。清水は、よくわからん。まだ出来あがっていないのか? 友達の打ち方がなんとなく気になる。

 

 欲しいのこないかなーと考えながらアガリ方を考えている時に、それは起きた。

 

 ぶわっと、風が吹いたような感覚。左側、清水の方からだ。窓は無い。

 

 ………空気が変わった。

 

「カン」

 

 一つの牌は四枚まである。カンはその四枚全てを使ってドラを増やす。

 

 カンした牌は三元牌の白。字牌を四枚抱えていたのか……。

 

 そうして新たに嶺上牌というカンしなければツモれない牌をツモる。

 

 普通にツモするのとは違って結構特殊と言える。これでアガルことも難しい為に嶺上牌でツモアガリすると役が付く。役満ほどではないにせよ、十分珍しいアガリだ。

 

 触れる事の出来ない頂に光が差すような美しさ。

 

「ホンイツ、三暗刻、チャンタ、白、嶺上開花。8000/4000です」

 

 嶺上開花(リンシャンカイホウ)という。

 とあるアニメの主人公は馬鹿のようにこの役ばかりでアガっている。実際はそんなに何度もアガれる役ではないので、どう考えてもありえないとしか言えない。作品中では牌に愛された子と言われていた。とある界隈では白い悪魔とも言われるらしい。

 

 アニメ大好きな簪様は強い影響を受けてカンばっかりする時期があったりする。無闇にドラを増やすだけでアガれなかったが。

 

 しかしいきなり倍満か。親じゃなくて良かった。

 

「それがお友達の打ち方って奴か?」

「はい。嶺上開花がとても好きな子なんです」

 

 いるんだな……リアルでそういう奴が。

 

「早速点棒が悲しい……」

「なぁに、巻き返せばいいのよ。あたしなんて8000マイナスだぞ」

「始まったばかりですからね、まだ巻き返しもできますよ」

 

 さて、親が流れて古森先生へ。

 

 次はどういう手で行こうかな……さっきの満貫手も中々良かったんだが……。

 

 ふむ、これはこれは。狙うしかないな。

 

 

 手牌: 二 二 4 7 8 9 ④ ⑦ 白 白 發 中 中

 

 

 最低でも小三元、染めてホンイツでもいいし、上手くいけばトイトイも付けられそうだ。勿論、大三元を狙うが。

 

 役満手が早速見えるのは心が躍る。

 

 鳴くと警戒されるのでできればツモって揃えたいところだが……。

 

 

 ツモ牌: 發

 捨て牌: ⑦

 

 

 ……おう。

 

 二巡目。

 

 

 ツモ牌: 發

 捨て牌: 4

 

 

 三巡目。

 

 

 ツモ牌: 白

 

 

 ………おわかりだろうか? 三巡目で小三元聴牌である。無駄ヅモ無し。このままリーチをかけてもいいが、大三元でアガれない可能性があるのでここは普通に切る。まだまだ序盤だ、時間をかけてじっくりと行こう。

 

 

 捨て牌: ④

 

 

 こうすると、中をツモろうが鳴こうが数牌の手を変える必要がある。フリテンだからな。そんな凡ミスで役満を台無しにしたくない。

 

「あー、進まねえ……」

「俺はスパスパ入りますがね」

「ムカツク奴」

「さっきはなんだったんですか?」

「チンイツ四暗刻のイーシャンテンだ」

 

 ………化け物ばっかりだな。この部屋。古森先生もヤバい人かもしれない。

 

 お、清水が中を切ってくれた。

 

「ポン」

 

 当然鳴いて確保、二を切った。

 

 

 手牌: 二 7 8 9 白 白 白 發 發 發  中 中 中

 

 

 これで大三元が確定したわけだな。あとは二を他の牌に変えて待つだけだ。

 

 十巡目。

 

 今までのツモ牌は全て今までに切った牌ばかりだったので差し替えずに切り続けたが、ここでようやく来た。

 

 5か。出にくいところだ……。まあこの後も当てやすい牌がくれば差し替えればいい。

 

 

 手牌: 5 7 8 9 白 白 白 發 發 發  中 中 中

 

 

「ポン」

 

 清水が6で鳴いた。誰も切っていないからあと一枚残っている状態だな。ここで鳴いたって事は……またカンして嶺上開花ねらいか? ふむ……ピンズは危なくなった。

 

 ……いや、いいことを思いついた。賭けじゃないし、しくじってもアガれる自信はある。少しばかりやってみようか。

 

 十三巡目。

 

 

 ツモ牌: 8

 捨て牌: 9

 

 

 槍槓狙いなら絶対に6で加槓するはずだ。なんとなくだが清水は6をツモる気がする。

 

「カン」

 

 やっぱりな。

 

「「ロン」」

 

 うお。

 

「あ、やっぱり分かりましたか?」

「まあ、俺は直感だよりだったのと、手牌が良かったからな」

「そのつもりでポンさせた」

「うん、お強いですね」

 

 ダブロンだ。待ちが重なっていたら同時にロンされる事がままある。その場合は二人に点数を支払う。

 

 古森先生は平和、タンヤオ、槍槓、自風牌の満貫か。親だから清水が12000点を渡した。

 

「それで、森宮君は何点?」

「36000」

「「「え?」」」

「大三元だ」

「………トんだ」

「だろうな」

 

 まだ東場も終わってないんだけどな。まぁアレは狙いたくなるし、役満でアガれたのは久しぶりだし満足している。まだしたいなら最初からやり直せばいいだけだ。

 

「お前等結構やるのな。よし、夕飯前にあたしをトばせたら平常点やるよ」

「不純ですね」

「嫌か? お前は普通の授業点無いに等しいぞ」

「やらないとは言っていませんが?」

「そう来ないとな」

 

 悪い顔をしながら下衆な笑いを滲ませながら、山と手牌を崩して牌をかき混ぜる。

 

 夕飯までなら丁度いいか。こっちは何のリスクも無いし、勝てば成績が上がる(かもしれない)なら文句も無い。いっちょやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日の自由時間を海で堪能した私は一夏を探していた。

 

「ねえ、一夏は?」

「うーん、見てない。私も探しているところだ」

 

 海嫌いな一夏は予想通り浜辺に顔を出す事は無かった。折角の新しい水着だったのに……着ているところを見てほしかったし、たくさん遊びたかったな……。上手くいけば溺れた振りをして遠く離れて見えない浜辺まで流されて、二人っきりで探検して、そのまま草陰で……きゃっ。

 

「簪、何かやらしいことを考えていないか?」

「な、何にも!」

「どうせ二人っきりになって兄さんとイチャイチャできるかもーとか思ってたんだろう」

「………な、なんで」

「私も同じことを考えていたからだ!!」

 

 胸を張って言える事じゃないよね……。

 

「と、とにかく、一夏を探さない?」

「そうだな。私は温泉と売店を見てきたが居なかった」

「じゃあ、あとは部屋?」

「だろうな。行くぞ」

 

 マドカはぱたぱたと歩きだしたので追いついて隣に並ぶ。着替えた浴衣は、温泉で火照った身体に程よく風を入れてくれるし寒くならないのでとても快適。ある一点を除けば。

 

 浴衣などの和服はお腹にあたる部分で帯を締めるので、どうしても身体のラインが浮き上がってしまう。私の親しい人達はみんなプロポーションが良いから、周りを見ても自分を見ても敗北感を突きつけられたような気持ちになって落ち込んでしまう。

 和服は胸の小さな人の方が良く似合うって言うけど、男の人が注目するのはやっぱり胸なわけで、小さいとインパクトに欠けるし、並ばれたらもう最悪。もぎとってやりたくなる。

 

 今とか。

 

 マドカの胸でぷるぷる揺れる柔らかな塊は、私の心を黒く濁らせるには十分すぎるくらい大きかった。

 

「~~~♪ ~~~~~~♪」

 

 鼻歌を歌いながらスキップまで………。もっと激しく揺れるソレは更に私を黒く染めていく。

 

 嫌がらせ? 私への嫌がらせなの? もしかして虐められてる?

 

 黒い何かの正体――怒りが頂点に達したので我慢するのを止められずに、両手が勝手に動いてしまった。

 

ガッシリと マドカの胸を わしづかみ   更識簪

 

「わわわわ!? 何をする簪!?」

「マドカが悪いの!」

「私が何をしたと言うのだ!?」

「スキップ!」

「何故悪い!?」

「浴衣!」

「服を着るなと!?」

「おっきいマドカが悪いのーーっ!!」

「わけがわからんぞーー!?」

 

 叫びながら逃げ出したマドカを追って走り出す。走っちゃいけないとか言われてた気もするけど忘れる。何としても捕まえて成敗する!

 

 角を曲がってまた角を曲がる。織斑先生との関係を疑われないようにつけたウィッグはこんな時に意外と役に立つ。旅館の壁紙は茶色だから、私と同じぐらいの髪の長さでも軌跡を描いていくそれが道しるべになった。

 マドカの身体能力はずば抜けて高いけれど、一夏ほどじゃないし、私も同年代のなかじゃ高い方だって自信がある。インドアな私だけど走るのは得意。

 

 だから何とか追いつけた。

 

「今度は逃がさない……!」

「だ、だから止めてくれ! 何か気に障ることをしたのなら謝るから……んっ」

「気が済むまで許さない……」

「そんな……あっ、んあっ……こんなところ、兄さんに見られたら――」

「俺がどうした?」

 

 ………あ。

 

 私達の後ろにある部屋から一夏がひょっと顔を出していた。

 

「二人とも、そんな趣味が……」

「ち、違うの、これは……マドカが悪いの!」

「簪がいきなり胸を揉んできたんじゃないか!」

「あー、落ちつけマドカ。簪様もです」

「「むぅー」」

 

 そのまま部屋から出てきた一夏によってマドカと引き離される。……手に柔らかい感触がしっかり残っているのがムカツク。私だって……もう少しすれば……。

 

 諭されるように事の顛末を最初から話す事にした。こういう時の一夏はとっても怖い。しっかりと怒ってくる。一度だけ叩かれた事もあった。痛くはなかったけど、その後の一夏の落ち込み様と言ったら言葉にできないくらい酷かったから、揉めた時は何も言わないと決めた。小言やお説教もちゃんと聞く。というかまず私が悪い場合が多いから言い返せない。

 

「マドカ、とりあえず簪様の前でスキップするのは止めろ」

「え、そんなこと?」

「いいから」

「わかった」

「簪様、お気持ちは分かりますが、マドカに悪気が無いのはご存じでしょう? ただの八つ当たりなど、もっての外です」

「………うん」

「ちゃんと謝って、仲良くしてください。誰かに嫌われる簪様など見たくはありません」

「………ごめん」

「いや、うん、私も何かしてしまったようだし、スマン」

 

 ……だんだん頭が冷めてきた気がする。怒りは収まらないけど、マドカにあたるのは違うってことぐらいは分かるぐらいには冷めた。

 

私の悪い癖……だよね。気をつけなきゃ。

 

「兄さん、もうすぐ夕飯だよ。一緒に食べよう。私と簪はそのために探してたんだ」

「ああ、時間をみて俺も切り上げたところだ。腹も減ったし、食べるとしよう」

「新鮮なお魚が、沢山出るんだって」

「海鮮ですか、楽しみですね」

 

気分を切り替えて、楽しくご飯を食べよう。学園の食堂だと生物は出ないから楽しみ。学園御用達ならきっと凄く美味しいはず。

隣に座ってあーんとかしてくれるかな……?

 

「早くいこうよ!」

「こら、引っ張るんじゃない。慌てなくても行くから」

 

一夏の右腕に抱きつくように、マドカは身体を絡めている。いいな、やってみようかな……。

左腕にそろそろと両手を伸ばした時、またしても気づいてしまった。

 

腕に抱くつくマドカの……胸が!?

 

「ううっ」

「簪様?」

「もーーーっ!! マドカーーっ!!」

「わあ!?」

「………はぁ」

 

食堂に着いたのは一番最後だった……。

 

 

 

 

 

 

 用語

 

ツモ…………山から牌を取る動作。

ドラ…………持っているだけで役がつく牌。毎回変わる。

ポン…………鳴きの一種。同種の牌を三枚揃える。

カン…………鳴きの一種。同種の牌を四枚揃える。ドラを増やす。

ロン…………他人が捨てた牌で上がること。

平和…………自風牌・場風牌を持たず、全て連番、鳴かない、両面待ち(聴牌の時、連番の両方でアガれる状態)でつく役。

タンヤオ……1・9・字牌以外の場合付く役。

槍槓…………他人が加槓した牌で上がること。

加槓…………ポンした後に、自分で四枚目をツモったとき、カンすること。

嶺上開花……嶺上牌(カンしなければツモれない牌)で上がること。

混一色………字牌とある一種類の牌で作った役。

清一色………一種類の数牌のみで作った役。

暗刻…………同じ種類の牌が三枚そろっており、鳴いてない状態。

三暗刻………暗刻が三つ手牌にある状態。

四暗刻………暗刻が四つ手牌にある状態。役満。

チャンタ……字牌、数牌の1と9が絡んだ役。

満貫…………子は8000点、親は12000点。

倍満…………子は16000点、親は24000点。

役満…………子は32000点、親は48000点。

三元牌………白、發、中の三つの字牌のこと。

小三元………三元牌の内、二種類を三枚揃えて、一種類を頭にした役。

大三元………三元牌を三種類とも三枚揃える役。役満。

対々和………頭以外を全て三枚揃える役。

リーチ………聴牌の状態でかけられる。役が無くても、、リーチが役になる。

フリテン……アガリ牌を既に切っていること。

聴牌…………後一枚でアガれる状態。リーチがかけられる。

一向聴………聴牌まであと一手の状態。

 




 嶺上開花に成功した喜びがここまで影響してしまうとは……申し訳ない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話 「待っててね! ちーちゃああぁぁぁん! 箒ちゃあああぁぁぁん!」

 夏休み、ですね! リアルもこの話も。

 だからと行って更新速度は変わりませんが。


「………くぁ」

 

 朝……か。

 

《おはようございます、マスター》

 

 夜叉の挨拶も頭に入って来ない。久しぶりにぐっすりと眠れた気がする……。

 

 時計を見る。デジタル表記は慣れないが、午前7時なのは理解できた。

 

《よくお休みになられていましたね》

「昨日は結構疲れたから、かな」

《ああ、麻雀してましたね》

「なんとか勝てた。これで留年の心配は無いな」

 

 昨日はと言えば、学園から旅館まで移動してきて、海に行きたくないからと部屋でごろごろしていたら大場先生から呼び出されて、平常点を得るために必死に麻雀して、終わったら嫉妬全開の簪様をなだめて、リーチェのピンポン勝負に駆り出されて、ラウラも混ぜてトランプで遊んで…………何をしているんだ俺は。

 

《学生らしくていいじゃないですか》

「ここまでだらけていたら腑抜けになる」

《そこまで言います……?》

 

 弱くなる事だけは勘弁だ。それは俺で無くなる。

 

 時計から視点を移動させると、部屋には見慣れない人物が二人寝ている。

 

 織斑秋介、織斑千冬。生徒と教師、弟と姉。

 

 つい数ヶ月前まではよくわからないが憎かった相手だ。名前を聞くことすら嫌だった。それがどうだ……話す事を不快に思う事は無いし、同じ部屋で寝泊まりしてもなんの変化も無い。気にしなくなっただけなのか、それとも慣れたのか……。

 

 主に干渉しなければ別にどうでもいい。大事なところはそこだ。

 

 何度も疑問に思ったことに、俺は何度も同じ答えを出し続けている。だが、違和感というか、しこりと言うべきか、胸に残っている何かを取り除くことが未だに出来ないままだ。

 

 俺は……どうしてしまったんだろうな?

 

 これがなんなのか、俺には見当が付かない。

 

《マスター》

「ん?」

《今日は望月から新武装が届く日です》

「ああ、そうだったな」

《体調を崩されませんよう……いつも通り、お願いします》

「迷惑をかける」

《マスターの為、ならばです。元気で過ごしていただけるのであれば、夜叉はどこまでもお伴致します》

「………どうした?」

《ご自分に疑問を持たれているのでしょう?》

 

 ………隠すつもりはないが、よくもまあ分かるな。

 

《正直に申し上げますと、私はその理由を知っています。いえ、理由と言うよりも原因でしょうか? 上手く表現できませんが……》

「それは今俺に言えないことなんだな?」

《言うことは簡単です。今ここで言ってもかまいません。ですが、それを認識したところで理解し、自分の物として使いこなす事は不可能でしょう》

「気付けってことか」

《はい。マスターならできると信じております》

 

 夜叉はこう言っている。

 

 俺に訪れた変化には何らかの原因があって、夜叉はそれを知っている。だが、夜叉が今ここでそれを明かしたところで意味は無く、俺のこの不気味な何かは取れないまま。これを解消して、モノにするには俺が自分で何とかするしかない。

 

 ってところか。

 

 それだけ分かれば、あとは何とかする。自分でしてみせる。

 

「………よし、やるか」

《はい!》

「今日送られてくる武装の一覧を整理して後で見せてくれ」

《既に出来ております》

「流石だな」

《今度、新しいアニメをインストールしてくださいね》

「簪様にお勧めでも聞いてみようか?」

《大賛成です!》

「そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は昨日と違って一日中授業で埋め尽くされている。アリーナではなかなかできない広域を使った高機動が練習メニューとなっているらしい。電磁シールドはここには無いので、一般生徒は今回武装の使用を禁止されている。

 

 対して候補生……専用機を持っている生徒は、企業や国家から送られてくる新武装やパッケージのテストを行う。他国の人間が居る前でやってもいいのかと思うが、そんなことを言いだしてはキリがないので、誰も突っ込みはしない。どうせバレる事だし、どこぞの国はスパイでも送っているんだから知ってるはずだ。情報公開の制度もある。

 

 そしていい知らせが一つ。

 

「ベアトリーチェ」

「はい?」

「イタリア本国からお前宛に手紙が届いている。差出人は……飯田博士、か?」

「先生から!?」

「代理で読むぞ。『クラス対抗戦、タッグマッチトーナメント、お疲れ様。政府や国家代表の一部からリーチェを称える声がそこかしこから上がってきて私も鼻が高いです。そ・こ・で。以前から作成をしていた最新型テンペスタを君に預けます。政府からの許可も取り付けました。イタリアの技術を詰め込んだ最強のIS、使いこなす姿を私達に見せてくださいね。今度の帰国でお友達を連れて来てくれると嬉しいです。  飯田明美』だそうだ」

「………うそ」

「山田先生、案内を」

「はい。こっちですよー」

「は、はい! やったぁー!」

 

 リーチェはイタリア政府の最新型ISを託された。

 

 第三世代型『テンペスタ・ステラカデンテ(流星)』。白をベースとしたカラーリングで、流線的なフォルムが特徴だ。目を引くのは大きな四枚の翼と、両腕に付属しているシールドか。第三世代相当の装備や、テンペスタらしさがどう磨かれているのか、見ものだな。

 

「ベアトリーチェさん、調整はできますか?」

「大丈夫です! うっはーー! 何これ何これぇ! めっちゃ凄いんですけど!!」

 

 ………相当凄いらしい。

 

「一夏! 調整終わったら勝負よ!」

「いいだろう」

 

 リーチェの言う勝負は恐らくスピード勝負だな。夜叉も相当な化け物だと知っているはずだが、それでも仕掛けてくるって事は相当な暴れ馬らしい。俄然興味がわいた。

 

「さて、それでは各々送られて来た新装備やパッケージの換装、調整に入れ。監督は山田先生と古森先生にお願いしている」

「分からないことがあれば聞いてくださいね」

「問題起こしたらぶっ殺」

 

 おっかないな。隣の山田先生の眉が引きつってるぞ。

 

 織斑先生と大場先生を始めとした教員は、他の生徒達の実習監督を行うべく離れた場所へと去って行った。どちらかと言うとココが離れているのか? ……まあどっちでもいいか。

 

 俺も望月からの新装備、試してみるか。

 

(夜叉、リストを見せてくれ)

《はい。今回送られて来たのは二つです》

 

 ヘッドギアを部分展開、視界がクリアになり、現在の夜叉の稼働状況と新装備リストが現れる。

 支援兵装『リペアフィールド』、散弾銃『ワイドスマック』か。芝山さんは何を考えているのやら……。

 

《まったくです! 夜叉は万能機ですが、後方支援が主ではないのです! おこですよ!》

 

 夜叉が言うように、日本二台目の第二世代型IS『夜叉』は高機動型万能機にカテゴライズされる。高機動、ということは素早さがウリなわけで、それが輝くのは中~近距離戦闘。万能機、ということは、場所、時間、環境、戦況、状況等を選ばずどんな場面においても最高のパフォーマンスが出来る機体というわけで、どんな兵装であれ、ある分には問題ない。

 ただ、幾ら夜叉といっても拡張領域には限界が当然あるし、その兵装があったとしても常に携行していて使うのかは謎だ。

 

 何に夜叉が怒っているのか? それは『リペアフィールド』に対してだろう。

 

 夜叉のコンセプト上、どうしても装甲が薄くなりがちだ。特殊な合金を使用していても、薄いことには変わりない。具体的には「量産機よりは堅いけど、他の高機動型と比べると見劣りするかなー」ぐらいだ。白式と比較したとして、正確なデータは無いが、恐らく夜叉の方が装甲防御力は僅差で低い。

 

 ただし、装甲を薄くしているのは機体速度を速くするためで、機体速度を上げているのは「どんな攻撃でも当たらなければ意味が無い」という言葉を体現する為だ。夜叉に限って……とまでは言わないが、装甲を削ってまで高速化した機体は“速度が防御力”になる。

 

 被弾前提の回復装置は本来夜叉には不要な装備だ。

 

 そして俺は近接戦を得意としているし、夜叉も遠くからピスピス撃つよりはそっちの方が爽快感があって気持ちいいと呟いていた。

 

 どうやら、夜叉は『リペアフィールド』が気に入らないようだ。

 

「怒るな。必ずしもお前に装備されるって決まったわけじゃない」

《いやぁ、分かってはいるんですけどね……。回復装置なんて甘ったれたモノは積みたくはないと言いますか。出来れば地雷なんかも……》

「そう言うなよ。ISの修理装備なんて世界初じゃないか」

《むむっ! そう言われると悪い気はしませんね……。もう、マスターは口が上手なんだからっ♪》

「なんか……久しぶりだな、そのテンション」

《シリアス続きでしたから》

「それもそうか」

「ねぇねぇ一夏。誰かと電話中?」

「……まぁそんなところです」

「だめだよ、ちゃんとしよ?」

「はい」

 

 ………俺、口に出して夜叉と喋ってたのか。まだ今朝の眠気が取れていないのか? とにかく、気をつけないとな。こんなこと久しぶりだ。

 

《私も皆さんとお喋りしたいんですけどねぇ……》

(我慢してくれ、姉さんから厳しく言われている。夕食の海鮮をまた食わせてやるから)

《手打ちにしましょう!》

 

 以前は果物を好んで食べていたが、今は普通の食事を気にいっているようだ。昨日の夕食で出された刺身は俺でも分かるほど格別な味で、夜叉も大層喜んでいた。ここしばらくは海鮮がブームになるかもしれない。

 

「さて、やるか」

 

 リペアフィールドに関しては何かしらの負傷を負わなければ実験できない。これは後回しにしよう。リーチェとの模擬戦後に使ってみるか。今はワイドスマックを試してみる。何気にショットガンを使う事ってないんだよな、コレの射程に入るなら直接斬った方がはやい。まぁ、何かしらの削りには使えるか。

 

 どちらにせよ、今日の二つは夜叉に載せることはないかな。

 

 

 

 

 

 リーチェが新型に慣れたという事で模擬戦を先生監督の元に行った。ペイント弾の使用を勧められたが、リペアフィールドの実験もある為に断った。ただし、大きな損傷を受けるわけにもいかないので、ペイント弾以上実弾以下の模擬弾を使用する。口径が合わない絶火や、ニュード兵器、爆裂するタイプは勿論使えない。

 

「楽しみだな」

「もっと期待していいよ」

「なら――」

 

 左手に展開するのは『M92ヴァイパー』。速度特化型ならとにかく弾をばら撒くのが意外と効いてくれる。掠めるだけでも他機種よりは削れるし、何より焦りが出て行動を単調化させやすい。

 

「――どれほどのもんか見てやるさ」

 

 前進。どこかで聞いた話だが、戦闘が始まった瞬間に前に進まない奴は気持ちで負けているらしい。後ろは勿論、横も逃げ。斜めでもいいから前に出ろ。それに影響されるわけじゃないが、下がることは基本しない。それじゃあ楽しくない。

 

 ヴァイパーをリーチェに向かって発砲。反動が小さいおかげで弾がばらけることなく、敵を捉える。それでいてしっかりと弾幕を張ってくれるから牽制にも丁度いい。

 

 勿論これが当たるとは思っていない。量産機でも避けられる。本命は高火力・大口径のバリアンスだ。

 

 予想通り、リーチェは苦もなく避けた。そして、俺が予想していたよりも接近された。瞬きをする間にヴァイパーの適性距離の内側に入り込まれ、バリアンスの必中距離に入っていた。なるほど、現行の高機動型を大きく引き離す速度だ。

 

 すかさずバリアンスを二度発砲。狙いをつけずにただ銃口を向けただけだが、距離は関係ないところにまで近づかれているので問題はない。三点バーストにセットされているため、三つの模擬弾が微妙に軌道をずらしながらステラカデンテへ向かっていく。が、それすらも避けた。

 

「ほう? アレを避けるか」

「どうよ!」

 

 うっすらと機体各所から小さな火が見えた。恐らく、背中の大きな翼を含めて全身に姿勢制御のバーニアがあるようだ。高速移動中でも、問題なく安定して細かな軌道変更ができる出力か。よくできている。

 

 ヴァイパーを収納して、ジリオスを展開。この模擬戦ではニュード兵器を使わないと決めているので、ニュードによる刀身形成は行わずに、物理刀として使う。左手のバリアンスはそのままで、空になったマガジンを交換する。

 

リーチェもヴァイパーを二丁とも収納。腰からナイフを二振り引き抜いて、ジリオスと刃を交えた。

 

 ガガガガガガ!!

 

「くっ……『高振動ブレード』か!」

「知ってるなら説明なくていいよね!」

 

 ブレードと名が付いているが、刀身の長さや形状はまんまナイフそのもの。ただし、文字通り高振動を起こすので切れ味はナイフと馬鹿に出来ない。むしろブレード以上に斬れる。勿論望月製。このままだとジリオスといえど持たない………!

 

 バリアンスをリーチェへ向けながら引き金を引き続ける。再びマガジンが空になるまで撃ち続けた結果、六発の模擬弾の内三発がステラカデンテに命中。右のわき腹の真新しい装甲がペイントで染まる。

 

 それと同時に、リーチェは自らの肩越しにガトリングを俺に向けて連射してきた。バリアンスを撃ちきった時点でステラカデンテの脇をすり抜けていたので直撃はなかったが、何発か掠ったようだ。夜叉のシールドにペイント弾の飛沫が付いている。

 

 先手は貰った。至近距離からの直撃と、回避+シールド防御の差は明らか。

 

 まだ模擬戦開始から3分も経っていない。現時点で結構なアドバンテージを得た。

 

「やっぱはやいなぁ……」

「夜叉は特別だからな」

「むむ、なんかムカツク」

「そう思うのなら、以前のように偶然で一発掠めるのではなく、実力で俺に一撃入れて見せろ。そうすれば認めてやらんことも無い」

「ふぅん。言うねぇ」

「それだけの実力が俺にはあるだろう?」

「自信満々な所悪いけど、そろそろ本気でいくから。何か言うなら今のうちよ?」

「お構いなく、好きなようにやればいい。なんならエネルギー兵器でも爆弾でも使っていいぞ?」

「やーだね。ルールの中で正々堂々とやった上で勝つのが大切なんですー!」

 

 リーチェは収納したヴァイパーを再び展開、高振動ブレードは腰のホルダーに収めてある。先のガトリングも合わせて、四門の銃が俺目掛けて弾を吐き出した。

 

 流石に弾幕が厚い。避けるのはまだまだ余裕があるが、このままでは近づきづらい。マガジンの残弾が切れるのを待つか。それまでは距離を保って射撃を続けよう。

 ジリオスを収納して、俺もヴァイパーで反撃する。

 

(一番、三番シールドにミサイル装填)

《何になさいます?》

(一番にクラスターミサイル、三番に酸素魚雷)

《了解です》

 

 夜叉のシールドは四枚。そのどれもが装甲の代わって非常に堅く、内側に大型ブースターが取り付けられている、わけだが……実はそれだけではなかったりする。緊急時にすぐマガジン交換が行えるように弾倉が取り付けられていたり、グレネードがあったり、収納したくない状況のための固定器具があったりと用途は様々で、とても便利。

 その機能の一つに、ミサイルがある、というわけだ。一番シールドが右肩に固定され、二番シールドが右後ろ、三番シールドが左後ろ、四番シールドが左肩に固定という具合にシールドは配置されている。この内二番、三番は浮遊しているので夜叉の周囲ならどこでも動かせたりする。以前視界を奪うように動かしたシールドはこの二番シールドだ。全シールドに発射管がある。今回は、発射口が前方を向いている一番にミサイルを、自由に動ける三番に魚雷をセットした。発射管は基本空っぽで、夜叉が直接拡張領域から装填する。

 

 ブースターを思いっきり吹かして急上昇、太陽が背に来るように位置を調整する。

 

「残念だけど、地表近くの太陽の眩しさくらいどうってことないからね!」

「だったらこうだな」

 

(夜叉、閃光弾)

《はい》

 

 二番シールドから撃ちだした閃光弾は山なりに飛んで、推進力を失いリーチェへ真っ逆さま。ヴァイパーで破壊される前に起爆させた。

 

「うげ! 閃光弾!?」

 

 流石にこれは眩しいようで、目を腕で覆っている。ただ、リーチェも無抵抗ではない。片手のヴァイパーでこちらに威嚇射撃を行って来た。

 目を閉じる、視覚が潰れる等の状態に陥った場合、視界に表示されるレーダーや、機体のコンディション、武装欄、エネルギー残量などは見えなくなる。ただし、設定を弄れば目が見えない状態でもそれらの表示を確認することは可能だ。脳に直接情報を送るため、他の情報処理が疎かになりやすくなるのが欠点で、普段は使用されない。

 だが、こういう状況では便利だ。目を開かないのだからその分の処理がされることはない

 

 たったの数秒で設定を書き換えたのか。流石。

 

 ただ闇雲に弾をばら撒いているのではなく、しっかりと俺を狙っていることがよく分かる。

 

 ここでクラスターミサイルを発射。一番シールドから発射されたミサイルはリーチェへ向かって急降下、三分の一程の距離を進んだところで、追尾性の子弾頭を拡散させた。実はこのミサイル、打鉄弐式の『山嵐』を拝借し、改良している。一つ一つの子弾頭が細かな動きを見せ、ヴァイパーの弾幕の隙間を縫っていく。

 

 ここでミサイルを追い越さないように降下を始める。視力が戻り始めたリーチェが計二十四発のミサイルに驚いている隙に、海面ギリギリまで下がって、三番シールドの酸素魚雷三発を射出。ザブンと音を立ててダイブした魚雷は真っすぐリーチェの方へと向かって行った。

 

「ちょ! ミサイル無しなんじゃないの!?」

「ああ、安心しろ、それはミサイルの形をしただけの鉄の塊だ」

「え!?」

 

 というわけで、アレは爆発しない。だが動揺させるには丁度いい代物だ。

 

 匍匐飛行で魚雷を追い越して、急上昇してリーチェの背後をとる。

 

「しまっ――」

「もう遅い」

 

 捕縛の際に使用する特殊合金のロープで腕ごと身体に巻き付けて海へ叩きつけた。

 

「きゃああっ!」

 

 ステラカデンテが起こした水柱は存外大きく、少しだけ虹が現れるほどだった。そして少し経った後、海面に浮かんできたリーチェは「降参」と短く告げた。

 

 言っておくが、魚雷もただの鉄の塊だぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、まだまだ慣れが足りないかな」

「初めての機体であそこまでできれば上出来だ。ちゃんと俺に一撃入っていた(・・・・・・・)じゃないか」

「まぁ、そうなんだけど………」

 

 俺が海面に叩きつける前、さらに言えば、縛る前の事だ、背中のガトリングが動いた。首を動かして射線から外れようとすると、今度は変形して片方はガトリングが腕に変わった。なめらかに動く腕は内側の翼から高振動ブレードを取り出して斬りつけてきた。無理に避けようとしたことと、素早く勝負を決めたかったので無理矢理投げたわけだが、その時にガトリングの斉射を顔面にもらってしまった。

 

 と言うわけだ。正真正銘、リーチェの実力で決めた。

 

 試合には勝ったが、勝負には負けた。ってところか。強くなるなぁ……。

 

「いいじゃないか、それで。俺に傷をつけるっていったら自慢できるだろ?」

「なんか、一夏って戦闘に関しては自信満々だよねぇ」

「取り柄、というか存在意義に触れるからな」

「………ま、深くは聞かないよ。それでさ、一夏って負けたことある?」

「………む」

 

 俺がISに乗り始めたのは、簪様が打鉄弐式の説明を聞きに倉持技研へ行った時からだ。簪様はその頃既にIS学園へ入学することが決定していたから、冬の十一月頃からなので……半年以上は乗っているのか。

 入学してからは負けていないので、それ以前となると、模擬戦をしたのは姉さん、楯無様、簪様、マドカの四人。この中では……。

 

「姉さんと、楯無様と、簪様と、マドカ、かな」

 

 全員に負けている。

 

 夜叉が今のボディになるまではあのオンボロだったし、ISの感覚に慣れない時期がしばらく続いたので、経験や知識でもカバーできずに負けが多かった。今の夜叉になってからも、すぐには勝てず、二月に入ってから勝てるようになったんだ。それでも姉さんだけには勝てないままだけど。

 

「ふぅん……なんだか以外かも」

「もっと言うなら、その時の夜叉は20%のリミッターが掛けられていた」

「……20%?」

「えーとだな。ロールアウトして、調整された普通の状態……今のステラカデンテみたいな状態を100%とする」

「うんうん」

「んで、それから20%稼働率を下げるリミッターが掛けられたんだ。だからその頃の稼働率は80%だな」

「……因みに聞くけど、今の稼働率は?」

「半分以下の45%。入学当初は60%だったかな」

「あわわわわ………」

 

 わざとらしくリーチェはガタガタと震えている。今更こんなことで驚くことはないだろうに。

 

 そうか、今の夜叉は半分も性能が出せないのか。もうしばらくはこの状態だから、これに慣れてきたな。100%の頃が懐かしい………。

 

《たまには思いっきり羽根を伸ばしたいですね……》

 

 んーーー! と背伸びをするような声が頭に響く。俺もどこか物足りない感じはしていたし、夜叉に至っては無理矢理重りをつけられているようなものだ。身体に不調が来てもおかしくはない。それが機体に出ないから、稼働率を上げてほしいって言えないし。勝手にリミッター解除してもバレて怒られるし。

 

 不謹慎ではあるけど、100%とまでは言わないが夜叉のリミッターを外せる機会が来ないものかな……。

 

「あ」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 全開で試さないとちゃんとしたテストにならないから、とか言って解除してもらえばよかったんだ。

 戻ったらお願いしてみよう。

 

「戻るか」

「そうだね。向こうについたらその《リペアフィールド》っての見せてよ」

「いいぞ、こいつは範囲内の味方識別機を修復する装備だからな。俺ばかりに効いても意味が無い」

 

 俺達がいるのは実習が行われている浜辺から沖へちょっと行ったところ。流れ弾が来ないようにとの配慮と、模擬戦に注意が割かれると困るからという大人の事情もある。

 

 だから驚いた。

 

《レーダーに感あり! 太平洋から高速で何かが接近してきます!》

 

 夜叉の警告を受けて反応がある方向を見る。

 

 そこには……。

 

「待っててね! ちーちゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 箒ちゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 生身で海を走る女が、俺達をスルーして民宿の方向へ走り去って行った。

 




 ベアトリーチェに専用機が!

 ステラカデンテは『流星』という意味らしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話 「君だよ。愛しの箒ちゃん♪」

 8月は提督業に専念します。


 叫び声を上げながら海面を爆走していった何かを追いながら、リペアフィールドの実験を行っていた。

 

 リペアフィールドが正常に作動しているのを確認しつつ、装甲を眺める。模擬弾とペイント弾を使った為そこまで損傷しているわけではないが、ぶつかった時などに小さな傷やへこみが出来ていたので、これで実験してみることにした。これ以上の傷をつけるとなると、やはり学園のアリーナでなければ許可が下りないので、続きは帰ってからだ。

 

「うわー、これすごいねぇ」

「かすり傷が治ったぐらいじゃ、ISではあまり意味が無いだろ」

「それでもだよ。待機状態にして長時間展開を控えてようやく修復が始まるんだからさ、ただ武装を展開するだけで見る見る直るなんて、今までじゃ考えられないよ。それに、車や戦闘機、戦車みたいな他の機械は自分で勝手に直ったりなんかしないでしょ」

「これはISの武装なんだから、ISの損傷でちゃんと機能しないとダメだ。他の機械を比較に出しても意味は無いよ」

「うーん、それが一つの商品として売り出せればいいのにね」

「仕方ないさ」

 

 コアからエネルギーを受け取って、フィールドを展開するこの装置は、ISコアありきとなっている。勿論これだけじゃ無く、IS関連のエネルギー武装は殆どこのタイプだ。例えば打鉄弐式の荷電粒子砲、サイレント・ゼフィルスのビット、俺のUAD-レモラやLZ-ヴェスパインなどが挙げられる。

 もう一つ別のタイプがあって、武装そのものに専用のバッテリが内蔵されているものがある。ACはどちらかと言えばこちらに分類され、ステラカデンテに搭載されている新武装『ラーヴァ(溶岩)』も相当する。今回の模擬戦ではエネルギー武器のため使えなかったが、いつか使ってくることもあるだろう。簡単に言えば、ラーヴァはマガジン式のエネルギーライフルだな。

 

 ステラカデンテの新武装と言えば………。

 

「アレには驚いたな」

「アレ?」

「背中のガトリングガン。背面をカバーするのは想像できたが、まさか腕に変形するとは思っていなかった。背中に隠し腕とは、いやはや、イタリアも中々やるな」

 

 装甲の裏側や、通常存在しない場所に取り付けられるアームを『隠し腕』と呼んでいる。用途は様々で、特に武器を持たせたり不意をつく事に適しており、レーザーブレードがいきなり現れて斬りつけられた、などよく聞く。実際にコレを使用しているのはごく少数……というか望月と関連のある機体しかいない。元々これは俺のアイデアから生まれた。そして手紙にも出てきた飯田明美は、元々望月技研の研究員だった、というわけ。

 

 それを言うつもりは無いので、シラをきる。飯田さんも俺もベラベラと必要以上の事を話す趣味は持ち合わせていない

 

 余談だが、夜叉には無い。

 

「ああ、『オンブラ』のことね」

「『オンブラ』?」

「影、という意味よ。まあ見てなさいって」

 

 クルリと俺に背を向け、翼を広げたステラカデンテ。すると、内側の二枚の翼と大きく特徴的な背部装甲が切り離され、ガシャガシャと音立てながら変形した。

 

「『オンブラ』は人型のビット……ISビットとでも言うべきかしら。独自の学習機能付き高性能AIを搭載した支援機よ」

 

 姿は一回りISに比べて小さいが、人型をしたマシンだった。オンブラは右腕を水平に持ち上げ、腕部に格納されていたガトリングを見せてくれた。加えて、左腕は翼から取り出したナイフを握っている。

 なるほどね。隠し腕の正体は隠しISってか。

 

「コアは無いんだな」

「一体のISに二個もコア乗せられるほど、イタリアは裕福じゃないよ。それもあるから小型なんだしね」

「こいつも速いのか?」

「ステラカデンテや歴代のテンペスタにはどうしても劣るけど、見ての通り立派な翼があるからね。スピードは問題なし。ついでに言うと、オンブラを支援機モードで展開している間もステラカデンテは速いままなんだからね」

「へぇ?」

「これは……見てのお楽しみだね」

「そうしよう」

 

 丁度いいタイミングでピピッという音が鳴った。修復完了のアラームだ。

 

「装甲はどうだ?」

「問題なし、新品みたいだよ。シールドエネルギーも満タンになってる」

「よし」

 

 実験成功、と。あとはどれだけの損傷まで修理できるのか、距離も測っておきたい。この二泊三日じゃあ無理だろうな。今日のデータと実機だけ送り返そう。こんなものを使わせるなという手紙も添えておこうか?

 

《大☆賛☆成!!》

 

 文字の間に星が見えるが気のせいだ、きっと。

 

 ワイドスマックは……戻ったらでいいか。

 

 そう言えば旅館になんか走って行ったんだよな。面倒事が起きなきゃいいが……。

 

《無理でしょうね》

(だろうな)

 

 数秒で俺は諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピンク色の長い髪とコスプレの様な服を着たウサ耳が、織斑先生にアイアンクローをされて悶絶していた。ミシミシとか人体から聞こえてはいけない音がしているにも関わらず喜んでやがる。

 

「きょ、今日も元気そうだね!」

「今日も、とはなんだ。まるで毎日見ているような口ぶりだな」

「衛星なんて束さんにかかればちょっと画質の良いテレビさっ!」

「程々にしておけよ」

 

 はぁ、と呆れたように溜め息をついた織斑先生は手を離した。束と呼ばれた女性は何事も無かったかのようにぴょんぴょん跳ねている。

獲物を見つけたかのように、今度は織斑の所へスキップしていった。

 

「やや、久しぶりだね! いつ以来かな?」

「昨日会いましたよね、旅館のど真ん中で」

「そうだよねー。でで、しゅーくんお願いがあるんだけどぉ………」

「シュークリームみたいな呼びかた止めてくださいって言ってるじゃないですか!」

「わーいありがとー!!」

「全力でスルー!? しかもお願いの内容聞いてませんよ!?」

「ちょっと白式見せてくれるだけでいいんだよー。あとは……解剖?」

「断固拒否させていただきます」

「ぶーぶー」

 

 タコのように口をすぼませながらも手は解析装置の準備を怠らない。一本のコードを伸ばしてガントレット形態の白式へ差し込み、データ収集を始めた。織斑は言っても無駄だという事を経験から理解しているに違いない。見たばかりの俺でも分かるぐらい、自我と欲に忠実なやつだ。

 

 コメディが繰り広げられる中で、俺とリーチェは戻ってきた。多分、海面走行をしてきたのはあの女だろう。そして専用機持ちもそうでない生徒も皆がここに集まっている。

 

 事情が呑み込めない俺達はマドカに一連の出来事を聞いてみた。

 

「マドカ」

「…………」

「マドカ、どうした?」

「え、あ、いや、なんでもないよ。何?」

「誰なんだ、あの人」

「篠ノ之束。ISの生みの親だって。さっき海を走って来たんだよ」

「何をしに?」

「さあ? 奇人変人で知られてるから、私には分からない」

 

 どこかそっけないマドカの返事を聞きながら、篠ノ之束という人物について思いだしていた。

 

 わずか数年で世界をひっくり返したパワードスーツ、IS。これを作りだしたのは一人の天才科学者らしい。驚くことに、当時は高校生だったそうだ。何故女性にしか操縦できないのか、なぜコアの数を増やさないのか、どうやってISを作りだしたのか、何者なのか、ありとあらゆる疑問を抱えて篠ノ之束は失踪した。

 世界からの評価は“異常”の一言尽きる。学生の身分で核を越える脅威を平然と生みだし、世界中が捜索しても数年間足どりがまったく掴めないまま、言動や行動は常人には理解不能。もしかしたら人間じゃ無いのでは? という説が生まれるほどに、篠ノ之束は異常なまでに“天才”で“天災”だった。

 

 目の前で繰り広げられる光景が示す通り、織斑千冬と織斑秋介、妹の篠ノ之箒に対して非常に強い親近感を持っている様子。ご近所だったそうだ。織斑と篠ノ之が幼馴染みならば、二人の姉が友人関係にあることも不思議じゃない。

 

 そしてもう一つ。

 

「わぁ~。篠ノ之博士なんだって~」

「ええっ! さ、サインとかもらえたりしないかな?」

「握手とか写真とか……!」

「あー。うっざーい。ちょっと黙ってくれない。というかちょっとじゃなくて永遠にでもいいけど」

「「「…………」」」」

 

 大の人間嫌い、と聞いている。見た限りだと本当らしいな。そりが合わないとかもはやそんなレベルを超えている。嫌悪感すら催しているようだ。まるでゴキブリやムカデなどの害虫を見るような目で、沸き立っている女子たちを見下した。

 

 理想とかけ離れた現実に、生徒を含め教員までもが唖然としている。元から知っていた織斑姉弟と実の妹である篠ノ之だけが、呆れかえっていた。

 

「箒ちゃんは久しぶりだもんねー!」

「……そうですね」

「そんなにぷにぷにしないでさー、もっとスマイリィにだねぇ。じゃないとしゅーくんはころっといかないよ?」

「か、関係ないでしょう!?」

「それにしてもおっぱいおっきくなったね! 何カップ? やっぱ束さんの妹だよー! 束さんはねーFぐらいあるから、きっと箒ちゃんもFぐらいにはおっきくなるから安心してね!」

「そういうのはいいんです!」

 

 わーお。この温度差、すごいね。

 

 篠ノ之の後ろに回り込んで胸を鷲掴みにしながらサイズを測るアレは紛れも無く評判通りの人間だと理解した。世界中の変態や変人を濃縮しても彼女がいる次元には到達できないだろう。

 

 うしろから感じるおぞましいほどの殺気と、念仏の様な呟きはこの際無視しておこう。俺にはどうしようもできない。話しかけたら俺がやられる。

 

「箒ちゃんにはあとでプレゼントがあるからねー」

「はあ……はぁ……」

 

 芯から疲れ切った篠ノ之は息を切らしてへたり込んでしまった。織斑の白式からコードを抜いて嬉しそうに解析作業に入っている。自前のキーボードらしいモノを使って、ピアノを弾くがごとく叩き始めた。ただし、あまりの力強さにカタカタという音ではなく、ガガガガと何かを削るような音が鳴り続けている。

 

「うーん、これはこれは……」

「えっと、束さんはここへ何をしに来たんです?」

「おうっ! そうそう、忘れてた!」

 

 頭の上に豆電球が灯る。作業の手を止めずにここへ来た目的とやらを思い出した篠ノ之束は笑いながら口にした。

 

「なんかね、とーっても珍しい機体と、束さんも気になる現象を起こした機体がここにいるんだよ。面白そうだから見に来たんだ」

 

 目を細め、にたりと口を歪めた篠ノ之束と一瞬目があった。

 

「          」

 

 バラしてみたいなァ

 

 ぞわりと背中から全身へ巡る寒気とおぞましさ、日常では生みだせない負の集合が篠ノ之束から滲みでていた。

 

「い、一夏?」

「へぇ……」

 

 無意識、反射といった思考を飛ばした行動を身体がとり、いつの間にか簪様の前に立っており、目の前には右手を伸ばした篠ノ之束が。そしてその右手を握りつぶす程の握力を込めて掴んだ俺。

 

 目の前の女は、簪様を殺そうとした。

 

「………殺すぞ?」

「君と後ろのこの機体をちょーっと見せてもらおうとしただけじゃん。そんなことも分からない?」

「それが他人へモノを頼む態度か?」

「じゃあどうしたらいいのかな? 天才束さんに是非とも教えてよ」

「服を脱げ」

「い、一夏!?」

「わ、変態だったんだ……」

「服を脱いで、身体中に仕込んである解剖器具と解体器具、刀剣類、銃器、機械類、その他を全て破壊した上で手錠をかけ縄で縛った状態でなら、俺の機体を見せてやらないことも無い」

「うぐ……わかったよ……諦めるよ……」

 

 うえーと言いながら右手に込めた力を抜いて、だらんと垂らして去っていく。

 

「あーもう一つ」

「なにさ。もう諦めたって。変態にはつきあってられないよ」

 

 一度話した右手をもう一度掴んで、グイッと身体を引き寄せる。驚いたような表情を見せるが無視だ。顔を耳元へ近づけ、そっと呟く。

 

「人前へ姿を出すなら、自分で来い」

「何の話?」

「マナーがなってないと言っているんだ。よくできているが、分からないわけじゃない」

「そんなの分かる君の方がおかしいって」

「身代わりに爆薬を満載している天才程じゃないさ」

「………お見通しって自慢したいわけ?」

「釘を刺しているんだよ」

 

 次は無い。

 

口に出さずとも意図は伝わった筈だ。握っていた手を開放して、マドカと簪様の元へ戻る。

 

「マドカ、どうだった?」

「爆薬の反応あり。砂の沈み具合からしてダミーだってのも間違いなさそうだったよ」

「ねえ、どうしたの? なんだったの?」

「あの篠ノ之束は偽物という事です」

「え?」

 

 非常によくできた人形だった。触った感触は人間とまったく同じで、強く握らなければ人工皮膚や人工筋肉の更に内側にある堅い何かに気付くのは難しかっただろう。すぐに夜叉を起動させ、機体を展開せずにセンサーを作動させた結果。最低限の機能を搭載した機器と、少量の爆薬、そして大部分の人工皮膚と人工筋肉で構成された偽物だと看破できた。

 

 さらに、保険のつもりでマドカに詳しい情報を手に入れるようにプライベート・チャネルを使って頼んだ。正直、最後のアレはハッタリに近い。

 

「結構いいね、この追加パッケージ」

 

 ブルー・ティアーズの姉妹機、サイレント・ゼフィルスは中距離戦闘を想定して作成されている。たとえば、シールドビットは自分を守るためという意味もあるが、本来は後方で狙撃するブルー・ティアーズを守るものだったりと、BTシリーズには個々に意味と特徴を持つ。

 ただし、搭乗者のスタイルも無視はできない。現状でもマドカは100%以上の性能を引き出していると言ってもいいが、本来得意とする距離はもっと近づいた近距離。そこで、今回BBCに依頼して作成されたのが、今日インストールしたばかりのパッケージと言うわけだ。

 

 『ホロウ・フェアリー』。バランスを近距離へ傾けたパッケージ。近距離特化の単独行動に比重を置いている。本来のコンセプトと真逆の思想になるこのスタイルは、まさに虚実(ホロウ)

シールドビットを全て繋げて一枚のシールドにして左腕部に接続、速度が落ちないギリギリのラインまで装甲を強化、メイン武器を『星を砕くもの(スターブレイカー)』から『道を切り開くもの(バリアブレイク・ローマロード)』へ換装、等々かなり仕様が変更された。

加えて索敵能力も強化を施されていたため、見抜くことができたのだ。

 

「偽物、だったの?」

「俺も注意深く見ていなければ分かりませんでした。見た目、質感、体温すべてが生きている人間を限りなく再現しています。流石に中身までは真似できないそうですがね」

「何でだろう?」

「流石にそこまでは分かりません。常識的に考えるならば、世界中から逃げるため、でしょうね。どんな理由があるのか知りませんが、アレは危険です。不用意に近づきませんよう気をつけてください」

「う、うん。一夏がそういうなら……」

 

 自分が狙われているというのに安心などできるはずが無い。相手はあの篠ノ之束で、今日目の前に現れた彼女は爆薬を積んだ偽物ときた。ここで不安を感じないのは相当の猛者か、極端に馬鹿な奴ぐらいだろう。

 いかに安全を確保して安心させるかが、従者としての腕の見せ所。マドカもついているし、余程のことが無い限りは対処できるはずだ。

 ただし、気は抜けない。ヤツは底が見えなかった。正直に言うなら俺ですら不安を感じている。

 

 篠ノ之束はこう言っていた。

 

『なんかね、とーっても珍しい機体と、束さんも気になる現象を起こした機体がここにいるんだよ。面白そうだから見に来たんだ』

 

 面白い機体、気になる現象を起こした機体、か。簪様へ接近してきたということは打鉄弐式を指していることになる。同時に、夜叉へも興味を示していた。

 恐らくどこかで見ていたに違いない。或いは、全てのコアは篠ノ之束へ常に情報を送信し続けているとか? ………考えただけでも恐ろしいな。

 とにかく、幾つかある目的の内一つは理解できた。

 

 珍しい機体は夜叉の方だろう。リミッターをかけている状態で現行の最新型を圧倒する第二世代型。俺の素性含め謎が多いことが琴線にふれたのか。

 珍しい現象を起こした機体は打鉄弐式。建造中に倉持技研へ見学に行った際、襲撃を受けた時に、打鉄弐式は自らパーツを引き寄せ組み立てた。全システムも全て調整済み、すぐに実戦投入できる状態でだ。確かに前例が無いだろう。流石の篠ノ之束も疑問を感じたはず。

 

 世界中から追われる天才科学者に目をつけられるとは……。幸か不幸か……。

 

《高速で接近する機影あり。今度はISみたいですね》

(ほっとけ)

《よろしいので? 未確認機ですよ?》

(どうせここへ来たもう一つの理由とやらに関係があるのさ)

 

 夜叉からの報告を聞いて上を眺める。そんな俺の動きを横目に見ていた篠ノ之束はにやりと心底嬉しそうな表情を浮かべ大声を上げた。

 

「さぁ! 皆々様上空をご覧くださ~い!」

 

 という声に教員と生徒が上を見る。

 

 最初は太陽の真中に現れた小さな点だった。それが次第に広がっていき、影を落としてくる。空を割く音が大きくなって、気がつけば轟音と共に落ちてきた物体は砂を巻き上げていた。

 

 落ちてきたのはIS一機(・・・・)がすっぽり収まりそうな灰色のコンテナ。

 

「君たちは実に運がいいねぇ。これから見せるのはこの束さんが自ら手掛けた完全プロデュースの最新型さっ!」

 

 ぽちっという音がすると同時に、コンテナの上部が少しだけ動いた。そのままゆっくりと上部が開いてゆき、続けて四方の壁が倒れていく。徐々に姿を現して、日の光りを浴びて輝く装甲は赤。白式とどこか似ているフォルムで、ここ最近のISにしては大きな方だ。特に目を引くのは背中の独特なユニット、翼には見えないし、細かったり大きかったりとアンバランスでブースターにも見えない。

 

「これは世界でも初の第四世代型(・・・・・)IS『紅椿(アカツバキ)』!!」

 

 えっ!? と驚く一同。織斑先生ですら動揺を隠せていなかった。

 

 世界のIS事情だが、ようやく第三世代型の開発に成功したばかりである。それも主要国のほんの一部だけ。第三世代型はまだ実験機の域を出ておらず、第二世代型は未だに主流を譲っていない。たったの数年でもう三回も世代交代が行われていること自体が凄いのだが、この天才はあっさりとそれすらも凌駕した。

 

 世界がまた荒れるだろうな。あの『紅椿』とやらを巡って。

 

「そして! これに乗るのはーーー!」

 

 右手を高く掲げ、人差し指をピンと伸ばし、勢いよく振りおろして、突きつける。

 

 その先は――

 

(ユー)だよ。愛しの箒ちゃん♪」

 

 覚悟と戸惑い、多分の喜びを浮かべている篠ノ之箒だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話 「仲間を信じろ、ということだ」

「人類は皆平等である」

 

 誰かがそんなことを言ったらしい。俺は全力を持ってそれを否定させてもらう。

 

「人類はみーんな平等に不平等なんだよ?」

 

 目の前の科学者はそう言った。俺は首を大きく縦に振って頷きたくなる程賛成する。

 

「個々人の長所や短所、容姿、生まれ、体系、体質、環境、持ち物、癖、性癖、ほら、ぱっと思いつくだけでもこんなにある。誰がどの人間から生まれて、誰と近しくて、どのように育つかだけでも全く異なる人生を生きていくんだよ? 千差万別、十人十色、私だからこそ分かるけど皆違って皆良いって言うじゃん。皆が同じ顔で同じ姿で同じ服着て同じことして同じもの食べて同じ環境で育って………とか、気持ち悪いだけじゃないかなぁ」

 

 世界のどこかでとても裕福な暮らしをしている人がいるなら、人並みの収入を得て暮らしている人もいて、貧しくて毎日の暮らしも限界な人もいて、人権何それな生活を強要されている人もいるわけだ。

俺に降りかかった不平等がどんなものかは知らないが、恐らく出来が悪くていい生活を送れなかったんじゃないかと推測する。

 

 友達はコネがあるから就職活動が楽に終わった、私にそんなものは無い。

 友達の姉は有名人だけど、私の親戚にもそんな人はいない。

 隣のクラスは可愛い女の子ばっかりだけど、僕が居るクラスにはお世辞でも可愛い女の子が居るとは言えない。

 生き別れた弟は金持ちの家に拾われて豪勢な飯を食っている。俺は毎日泥だらけになって働いているのに肉も食えない。

 

 価値観の違いがあるのだから、人によって不幸や不平等だと感じる境界線は違う。それでも人間は……生きているもの全ては常に“不平等”という言葉からは逃げられない。

 

 世界は優しくて残酷だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之束は嬉しそうにコンソールを弄って最終調整を行っている。

 

 妹の篠ノ之箒は姉以上に嬉しそうな表情を浮かべていた。当然だ、ISについて幼いころから学んできた女子だからこそ、こんな時期にあの人からこんな最新型を与えられることの凄さが理解できる。

 

 簪様で例えるなら、お気に入りのゲームメーカーが新作を出そうとして「テストプレイヤーになってくれないか?」と言われるようなものだ。………発狂するに違いない。

 

 とても嬉しくて誇らしくて名誉なことだ。だが、それと同時に責任も付きまとう。期待が膨らむほど、重要なものであるほど、それは大きくて重たくなる。

 篠ノ之箒はそんなこと頭の片隅にもないだろう。占めているのは専用機が手に入ったこと、他の専用機持ちと差を縮められたこと、織斑と同じ場所に立てること、こんな乙女チックなことでいっぱいいっぱい。『紅椿』が持つ意味を少しも理解していなかった。

 

 そのまま他を置き去りにして実験テストに移った。何時の間に仕込んだのか、海面や砂浜からターゲットを撃ちだす砲台が現れて空中へ打ち上げる。紅椿はぎこちなさを見せながらも素早く上昇して、二振りの刀で切り裂いていく。

 

「右が『雨月』、左が『空裂』。紅椿には銃がないから、その二振りが放つエネルギーが主な遠距離攻撃だね」

 

 篠ノ之がぐっと右手の日本刀型ブレードを構えて、フェンシングのように突きだすと、滞空していたエネルギーの弾丸が打ち出された。連射ではなく、一度に複数の弾丸を飛ばす様だ。

 左手に握るブレード『空裂』の方はエネルギーを纏った状態で振り抜くと、斬撃が跳んで行った。三日月状のそれは刀身よりも大きい。

 

 刀でありながら、銃でもある、か。

 

「そしてそして! 超遠距離攻撃用のスナイパーライフル『穿千』! 貫通力と破壊力を兼ね備えた超射程の遠距離武器さっ!」

 

 刀を収めた篠ノ之が次に試したのは、弓。

 背部の特徴的なユニットの一部が両腕に接続、アンテナのように百八十度に開いた。接続部分が光りはじめ肩の方へと光が伸びて行き、ピンク色の糸がユニット先端から光の端を経由して反対方向の先端部へ。腕一本が一つの弩へと姿を変えた。

 背部のユニットが光を増して、四枚の羽根へと形を変化させ、矢が打ち出された。ターゲットは紅椿が格納されていたコンテナで、砂浜とはいえ高高度から地面へ叩きつけられても無傷だった合成板を障子のようにすんなりと貫通する威力を見せ付ける。

 

 あれ、どう見ても俺の技の真似だろ。“刀拳・穿”の。

 

「おまけの自立支援兵装『大蛇』! 近接攻撃が大好きなんだって!」

 

 背部ユニット下部の一番大きな二枚の菱形が連結を外して対空、おそらくPICを個別に搭載して動いているのだろう。大蛇はエネルギーの刃を薄く灯してターゲットへ斬りかかった。貫通力は穿千に劣るものの、切れ味や継続火力はこちらの方が上の様だ。連続して斬りかかってくるのは怖いものがある。

 

「さらに!」

 

 まだ何かあるのか………

 

「紅椿の装甲は全て“展開装甲”でーっす! あ、展開装甲っていうのは白式の雪片弐型みたいなやつのことね」

「ええええええええええええ!?!?」

 

 雪片弐型といえば………物理刀の状態と、刀身を二つに割った間からエネルギー上のサーベルが出てくるようなものだった気がする。あれが全身にあると言う事は、どこからでもサーベルを伸ばして斬れるってことか?

 

「もっと言うなら展開装甲は攻撃だけじゃなくて、防御シールドにも形を変えられるし、推進力を生むブースターに変えることだってできるよ! 設定次第で無限の組み合わせがある万能兵装さ! この展開装甲こそが、束さんが提唱する“パッケージ換装を必要としないあらゆる状況や環境に対応できる万能機”――第四世代型なんだよ! ぶいぶい!」

 

 ………聞いたことのある口上だな。

 

《そうですね》

 

 周囲が、搭乗者である篠ノ之すら唖然としている中で、俺と夜叉だけが全く別の事に意識を向けていた。

 

 “パッケージ換装を必要としないあらゆる状況と環境に対応できる万能機”。

 

 そのまんま『夜叉』の事じゃないか。展開装甲の有無だけで、コンセプトは全く変わらない。

 

《パクリってやつですか? 私にも妹が出来たんですね!》

(落ち付け。紅椿は本当の意味で万能機じゃない)

《といいますと?》

(同じ“万能”を謳っていても、若干意味が異なる)

 

 夜叉で言う万能とは、武器の豊富さから来ている。

 近接戦に用いるブレードに始まり、援護用のライフルやミサイル、遠距離からの狙撃、魚雷や閃光弾、防御用のシールド、今だけ搭載している修復装置などなど。どんな状況に陥っても、即座に戦略を変更して攻撃できるだけの種類がそろっていることだ。

 

 では紅椿はと言うと、やはり展開装甲の特殊さだろう。

 敵に囲まれていようが、逆に敵を追い詰める状況であっても、集団戦でもタイマンでも、圧倒的不利であろうと、展開装甲の設定変更や扱い方によって切り抜けることができ、逆転して圧倒するだけのパワーも秘めている。武装は限られているものの、展開装甲のバリエーションや工夫により、様々な局面に対応でいるということだ。

 

《結局同じじゃないですか。何が違うのやら……》

(例え話をしてみよう)

 

 最前線で切り結ぶ事に関しては、どちらも同じだ。

夜叉の場合、近接戦に特化した武装があり、俺が得意としている。紅椿だと、主武装が刀であり、大蛇が射撃ではなく斬撃を行うことから、近接戦闘に特化していると言える。

 

 次に射撃による中距離~遠距離の場合。

 近接戦同様に、夜叉には豊富な武装がある。サブマシンガン、アサルトライフル、グレネードランチャー、手榴弾、ミサイル、機関銃、ガトリング、狙撃銃。細かく分類しなければこれだけで八種類、実弾兵器エネルギー兵器どちらも含めれば倍以上の数が領域内に保管されている。夜叉の特徴の一つである、異常なまでの拡張領域があればこそできることだ。

 紅椿の武装とコンセプトからして、メインは近接戦闘の為、篠ノ之束本人が言うように射撃武器はほんの少しだけだった。刀に付属する射撃武装と、超射程の高火力スナイパーライフルのみ。大蛇は射程の問題もあるだろうし、消費エネルギーを考えると長期戦になりがちな当該距離での活躍は見込めない。展開装甲を使っても難しいところだろう。

 

 最後に援護する場合。

 夜叉はもう言うまでも無いだろう。ただし、どれも高火力な為に誤射すると予想以上のダメージがある。加えて弾薬の消費が激しいものが多く、長時間にわたる援護射撃は非常に不向きだ。言ってしまえば、主力級の機体である為に土俵が違う。武装変更という救いの手段が一応残っている。

 結論からすると、紅椿も同様だ。最適な武装も無いし、援護というより決戦に向いている。拡張領域的にこれ以上の機体に見合うだけの武器を積むことは難しいだろうし、そもそもそんなことをしては篠ノ之束が言う万能機ではなくなる。

 

(――と俺は考える。こう考えると、夜叉も紅椿も完全無欠な万能機じゃないな)

《それで良いじゃないですか。欠点は魅力です》

(……そうだな。完全無欠なんて、あっちゃいけない)

 

 人間だろうが何だろうが、欠点が無くて全てをそつなくこなし魅了させる、そんな奴がいてもいい事なんて無い。それはきっと、悲しいことだ。

 

 結局のところ、万能機なんてものは存在しないのだろう。ISとはいえ、意志があっても動かなければただの鉄の塊、ウンともスンとも言わない。それを昇華させるのは、搭乗者の技量と心だろうな。

 

 それにしても………

 

「はははははっ! 凄い! 私でも分かる程に素晴らしい! やれる、この紅椿なら!!」

 

 今の彼女には、紅椿の性能を10%引き出せるかどうか……。何を言っても理解はできないだろう。あれでは紅椿と篠ノ之束が可哀想だ。

 

「兄さん」

「ん?」

「面倒なことになりそうだ」

「まーた何かあるのか?」

「『ホロウ・フェアリー』の性能テストをしていたらさ、面白い通信を拾ったんだ。アメリカの第三世代型が暴走してここの近くを通るらしい。委員会が私達で迎撃しろって」

 

 妹には盗聴癖でもあるのか? 俺は少し心配だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――というわけだ。なお、これは今までの授業で行ってきた模擬戦ではない、実戦だ。死亡する可能性もある。参加の強制はしない」

 

 大広間に機材を持ち込んで建設した急造の司令部でミーティングがすぐに行われた。野外授業は中止、生徒は自室で待機となっている。行事ごとに何かしらの緊急事態が起こってきたため、同期の一年生は特に疑問を持たず(呆れと怒りで)素早く部屋へ退散した。現在旅館で自由行動を許されているのは、教員と一部の旅館従業員、そして代表候補生含む専用機所有者だけだ。そこには篠ノ之箒も含まれている。

 

「これを踏まえた上で、作戦に参加する意志のあるものはここに残り、その他はここを出て自室へ戻って待機せよ。なお、概要を聞いてから不参加の意志を表明しても認めないものとする」

 

 沈黙。退出者は居なかった。

 

「居ないようだな。では、作戦を説明する。山田先生」

「はい」

 

 床に設置された3Dスクリーンがこの旅館を含む一帯の地図が映し出された。旅館……司令部の現在地は緑の点で示され、遠く離れた太平洋まで。ハワイ諸島のとある島に赤い点が灯り、そこから伸びる赤い線――恐らくマドカが言うアメリカ第三世代型の進路だろう。ミッドウェー諸島を真っすぐ通ったかと思えば、直角に曲がってフィリピン海へ、硫黄島周辺を通ると今度は日本本島へと進路を向けている。

 

 何処へ向かおうとしているのか、全く予想のできない進路を描いていた。現在位置は赤い点とそれを囲む赤い輪で示され、一応の予想進路は点線で示されている。その先は日本の東京と、日本近海を沿ってアラスカとの二つ。どちらにせよ日本へ近づくことが予想されているため、こうして声がかかったんだろう。学生に解決させようとする学園上層部と委員会はどういう頭をしているのやら。

 

「目標は、アメリカ・イスラエルの共同開発第三世代型実戦仕様IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』だ。目標はハワイ諸島で実験中に制御不能に陥り施設を破壊して行方を眩ました。数時間後にレーダーに引っ掛かった時の目標はミッドウェー諸島付近で反応があり、再びロストした後、レーダーで探知した時はフィリピン海のど真ん中。そこからは随時衛星により位置情報と速度が送られて来ている」

 

 言うとおり、地図の赤い光点は常に移動していた。リアルタイムで銀の福音の位置情報がここへ送られているのか。

 

「高速で移動する目標は、数時間後に日本近海を通過すると予測される。ここを、我々学園のISをもって強襲、撃墜する」

「捕獲ではないのですか? パイロットの安否もありますが……」

「目標は既にパイロットの制御下に無い。実験施設破壊の件も含めて、危険だと判断された。捕獲の余裕は無いだろう。気遣いは要らん。お前達の実験機と違い、目標は非常に頑丈な作りをしているし、装甲も厚い」

「了解です」

 

 ラウラの質問にも用意していたかのような回答で返す。おそらく実際に織斑先生がした質問で、委員会側が返した返答だろう。

 

「先程も言った通り目標は高速で移動している。待ち伏せにより接敵に成功したとしても、同じ高速で動けるISでなければ戦闘の継続は難しい。追いつめたところで逃げられては意味が無いからだ。故に、同じく高速機動を可能とした機体のみで作戦にあたる」

「作戦を実行するメンバーをあらかじめこちらで選ばせてもらいました。何かありましたら、後で言ってくださいね。以下の通りです」

 

 山田先生が手元のコンソールで操作して、座って囲んでいた地図が書き換えられ、別の情報が表示される。機体の速度関連スペックと搭乗者だ。

 

「クラス順にいきますね。まずはオルコットさん。今日送られて来た高速機動仕様のパッケージを使えば、ギリギリではありますが今作戦に参加できます。慣熟飛行はどうですか?」

「問題ありませんわ。パッケージに合わせた武器の慣らしも済んでいます」

 

 オルコットと呼ばれたイギリス代表候補生は、チラチラと見られた高慢さが失せ真剣な表情で答えた。

 

「はい。次にカリーナさん。とてもイタリアらしい機体ですね。速度に関しては学園一、今作戦には適任です。技術も問題ありません。引き受けてくれますか?」

「勿論です」

 

 リーチェがいつになく真剣な表情で頷く。普段中々みられない代表候補生らしい一面だ。

 

「ありがとうございます。そして森宮君。総合的な機体スペックと技術はお姉さんに次ぐ実力は銀の福音と同等に渡り合えると思っているんですけれど……どうでしょう?」

 

 俺か。まあ来るとは思っていたさ。ただ、今の状態では全力を出してもスペック差で敗色が濃い。夜叉も羽根伸ばしがしたいと言っていたことだ、ここはひとつお願いをしてみよう。

 

「一つ条件があります。学園側でかけられたリミッターの解除をお願いします。現状態では非常に困難です」

「織斑先生?」

「許可する。後で解除しよう」

「ありがとうございます」

 

 やったぜ。

 

《ありがとうございます! うっはー! 久しぶりの実戦にも心が躍ります!》

 

 実戦にはしゃぐんじゃない!

 

「最後に織斑君――」

「え! 俺ですか!?」

 

 頭の中で夜叉と会話していると、織斑の大声で作戦の方に引き戻された。どうやら織斑も参加者に選抜されたようだ。理由は……あれだろうな。

 

「白式はそこまでの速度は出せないと思うんですけど……」

「移動はオルコットさん、カリーナさん、森宮君の三人に牽引してもらうか乗せてもらってください。織斑君の仕事は“零落白夜”による一撃必殺ですよ」

「一撃必殺……」

「作戦の肝はお前にある。さくっと決めればすぐに終わるし、誰も怪我をせずに済む。銀の福音のパイロットも問題は無い。やれるか?」

「………やります!」

「よし、では早速―――」

 

 ガタガタガタ!

 

 天井がいきなり音を立てはじめ、板が一枚外れて人が降りてきた。

 

「Hey! お待ちになっておじょ―――」

「喧しい!」

「げふ!」

 

 篠ノ之束だ。相変わらずコスプレくさい服装でアイアンクローをくらって悶絶している。屋根裏を移動してきたにもかかわらず、服は砂浜であった時と同じで全く汚れていない。何とも不思議な奴だ。普通に障子を開けてくればいいのに。楯無様といい、何故こうも奇を狙って玉砕されたがるのか。謎だ。

 

「つまみだせ」

「ストーーーップ!! 今回の作戦にはナイスな機体が居るんだよ!」

「何?」

「紅椿さっ!」

 

 手をウサギの耳のように頭上でパタパタと動かしながら、篠ノ之の腕にある真新しいブレスレット――紅椿の待機形態を見る。

 

「……たしかに、速度とスペック面では問題はクリアしているな。だが、篠ノ之は連れていけない」

「今日乗ったばかりだから――でしょ?」

「分かっているなら言うな」

「だがしかぁーし! まだ誰にも教えていない特殊機能が紅椿にあるのさ! しかも絶対に今回の作戦に役立つ!」

「……言ってみろ」

 

 篠ノ之束はポケットから取り出した小型の端末を操作して、最後に大きくターンとキーを鳴らした。すると床に移された俺達の機体データに新たな項目が追加される。勿論紅椿だ。

 

 読んでいくと、確かに砂浜で見せていない機能がある。篠ノ之本人も驚いていることから、どうやら妹にすら教えていなかったようだ。

 

唯一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)“絢爛舞踏”。効果圏内に入った対象のエネルギーを回復させる能力だよ。紅椿は白式と対になる存在で、この二機は同時運用を前提に設計してるんだ。つまり! 白式がエネルギー切れで“零落白夜”を発動できなくなったとしても――」

「――絢爛舞踏によるエネルギー回復で、再度使用可能になる。紅椿が墜ちない限り、半永久的にこのサイクルを続けられる、か」

「そういうこと。別に白式だけに働く能力じゃないし、他に参加する機体も動きを封じるためだけに動けばいいし、全体のリスクも減るでしょ?」

 

 確かに、彼女の言うとおりだ。

 紅椿を抜いた状態で考えるなら、失敗したケースは“白式による特攻→白式エネルギー切れ→残った機体で白式を守りつつ撃破”、という流れになるが、ここに紅椿の絢爛舞踏という要素が加わると、“白式による特攻→失敗→絢爛舞踏で回復→再特攻”、この循環を維持さえすればいい。俺達の仕事もリスクも減るし、逆に危険になる織斑を守ることにも集中できる。

 

「束の言うとおりだが、やはり篠ノ之の実力に不安が残る」

「わ、私はやって見せます!」

「やる気で何でもできると思うな。それに、まだ決まっていない」

「っ………」

 

 篠ノ之を一喝して、話は続く。

 

「だったら箒ちゃんに一機貼り付けるのはどうかな?」

「直衛か。だが、他の三機はどれも防御には向いていないだろう」

「抱えて飛べばいいんじゃない?」

「………山田先生、シュミレーションを」

「はい。……………オルコットさんの『ストライク・ガンナー』に換装したブルー・ティアーズでは、速度に無理がありますね。速度が落ちて被弾率が上がります。カリーナさんのテンペスタと森宮君の夜叉は逆に速すぎて搭乗者以外は耐えきれません」

「だそうだ」

「むぅ……」

 

 オルコットのストライク・ガンナーは、ビットを全て推進力に回して、更にブースターを追加した物らしい。基本的なスペック比は変わらない為に不向き。遠距離狙撃の機体ということもある。最悪、ただの的になりかねない。

 リーチェのステラカデンテのスピードは直に目にした。タッグマッチの時に乗ったAC付きラファールよりも格段に速くなるのは間違いない。速度中毒者(スピードホリック)が一ヶ月かけて慣れたACの速度を授業でしかISに乗ったことのない人間には無理だ。

 

(リーチェ、ステラカデンテにはACを積んでいるのか?)

(三種類ね。今日はまだ使ってないけど、本体に直接繋がっている翼に一個ずつ。多分私でも最初は酔うかも。一夏は……大丈夫……かな?)

(二基もつけているのか……ありがとう)

 

 俺でも無理だと思う。

 

 そして俺の夜叉だが、絶対に無理だ。稼働率に関係無く。Gを極限まで緩和させる専用のスーツを着て初めて俺でも乗れるようになっているし、色々な部分に置いてもやはり他のISとは骨子から異なる部分が多い。テンペスタシリーズとは別の意味で速すぎて危ないんだ。

 

「だが、絢爛舞踏は非常に有効だな。安全を最優先するなら尚更」

「お、織斑先生? 突っ込む俺の安全は……」

「一緒に出撃するメンバー全員で動き回って的を分散させる。当然、全員攻撃するだろう。その中で、隙を狙ってお前が特攻するんだ。避けられてもフォローが入るから心配するな」

「は、はぁ……」

「仲間を信じろ、と言う事だ」

「な、なるほど。分かった」

「それでいい。とにかくお前は零落白夜を命中させること、被弾しないことだけに集中しろ。あとは全部オルコットと森宮、カリーナに任せてな」

 

 シールドを持っている俺が織斑を守りながら戦うことになりそうだな。オルコットの装備からしてこの役割は無理だし、近づく事自体が愚策だ。ステラカデンテは今回の場合撹乱がベストだろう。慣熟も終わっていない。

 もし、織斑が命中できずにエネルギーが尽きた場合、一発でも当たると死に至る可能性が高い。守りながら戦闘継続、もしくは撤退になるだろう。戦うとすれば俺になるが、オルコットが護衛には向いていないのは承知、リーチェに任せたとしても、誰かが被弾して、守りながら戦う羽目になるのがオチだ。結果、四人とも危険になる。

 

 やはり、安全を最優先とするなら紅椿の絢爛舞踏が必要だな。となると……。

 

「織斑先生、提案があります」

「なんだ森宮、言ってみろ。この際どんな奇策でも聞いてやる」

「そこまで的外れなことではありません。新たにもう一機つければいいだけです。紅椿の直衛に」

「……旅館に待機する専用機持ちの中から、新たに選抜するということか」

「はい」

「お前なら誰を選ぶ?」

「シャルロット・デュノア。もしくは妹のマドカです」

 

 ええっ! と驚いた様子の二人を無視して、話を続ける。

 

「一機だけを護衛するのなら、速度ではなく必要なのは防御力。その面で見るのなら、待機するメンバーの中では唯一シールドを普段から使用しているデュノアと、広い範囲をカバーできるシールドビットを持つマドカが適任でしょう。両名判断力、援護にも長けているため棒立ちもありません。行きと帰りは織斑同様に誰かに乗ればいい」

「なるほどな。確かに、ただ紅椿を出すだけよりは現実的だ」

「ねえねえ、その二人って大丈夫? 束さん心配だなぁ」

「問題は無い。学園全体で見てもトップクラスだ。ここにいる面子で実行するなら、適任者は他にいないな」

「ちーちゃんがそう言うならいっか」

 

 再び考え込む織斑先生。どちらを出すべきか悩んでいるのだろう。

 元々護衛をつけるべきかどうか怪しいところだ。一機だけ銀の福音が探知できないほど離れた場所で待てばいいだけだ。他に敵はいないんだし、もし現れたのなら対処すればいい。そして委員会へ責任を追及するだけだ。学生で、しかも一年生だからここまで神経質になるんだろう。自分の弟が居るからというのもあるんだろうか?

 

「本人達はどうだ?」

「だ、大丈夫です!」

「問題ありません」

 

 緊張しながらもしっかりと答えるデュノアに、どこか不機嫌さを感じさせるマドカ。とりあえず出てはくれるらしい。

 

「ボーデヴィッヒ、お前は二人と交流が深かったな」

「は、はい! シャルロットはルームメイトで、マドカは古くからの親友です!」

「どちらが適していると思う?」

「私に聞くのですか!?」

「参考までにだ。長所でもかまわん。私以外の人間からの評価を聞かせてくれ」

 

 急に指名され汗を流し始めるラウラ。順にデュノアとマドカを見るが、二人は頷いて大丈夫だと示した。

 

「シャルロットは非常に思考力が高いレベルにあります。“高速切替(ラピッドスイッチ)”もあって最適な武装を選び、状況に合った正しい使い方を見せました。ただし、型にはまったような戦い方も多く見られ、正しくあり過ぎて柔軟性に欠けます」

「たはは………」

「マドカは実戦経験もあり、戦闘経験が非常に豊富です。私よりも実力は上でしょう。機体の特性をよく理解し、100%以上の力を引き出しています。ビットコントロールも問題ありません、マドカは“偏向射撃(フレキシブル)”も習得しています。ですが、熱くなりすぎるところもあり、少々感情的かと」

「むぐ………」

 

 デュノアに関しては分からないが、少なくともマドカへの評価は妥当なものだった。恥ずかしいが、俺の事になると周りが見えなくなる事が多い。戦闘でそんな状況は無かったが、俺が被弾してブチギレる可能性が無いわけでもない。

 それに、ラウラは敢えて言わなかったが、マドカはタッグマッチトーナメント前に揉めたらしく篠ノ之を快く思っていない。守れと言われて守るだろうか?

 

「………よし、篠ノ之、お前に一人つける。やれるか?」

「はい!」

「紅椿の護衛となると、機動力も欲しいところだ。実力的にも見て、森宮、お前に頼みたいが……」

「………」

 

 そこで俺を見るな!

 

「マドカ、任せた」

「やります」

「………助かる。束、準備にはどれくらいの時間がかかる?」

「五分も要らないね!」

「では―――」

「その前に、いいですか?」

 

 篠ノ之束が先程乱入してきたように、またしても制止の声が入った。

 

 珍しく、簪様がこういった会議の場で発言をした。挙手までしている。

 

「更識か、どうした?」

「あの、思ったんですけど、その、絢爛舞踏って唯一仕様能力なんですよね?」

「そーだけど」

「篠ノ之さんは、今すぐにでも使えるんですか?」

 

 俺達は絢爛舞踏が使えることを前提にして話を進めた。だが、よく思い返してみれば確かにそれは唯一仕様能力だと製作者本人が口にしており、何より搭乗者が初耳だというリアクションをとっていた。篠ノ之束は使えることが当然だと言う風に話を進めたこともあるが、唯一仕様能力は“誰もが発現するわけではない”という特性を孕んでいることを考えるなら、乗ったばかりで、模擬戦も行っていない現状では使用不可と考えるべきだ。

 

 簪様の指摘は、考えないように(・・・・・・・・)していた部分だ。あの篠ノ之博士が言うから大丈夫だ、と。

 

「どう、なの?」

「………私は、今初めてそれを知った。だから、使えない」

「じゃあ! この作戦は―――」

「使えるよ?」

 

 そこへ篠ノ之束がフォローに入る。

 

「誰もが使えるものじゃない、なんて言うけどね、束さんに言わせるなら大ウソだよ、あんなの。本当はどんな機体でも、量産機だって使えるんだよ? どうやって発現するのかっていう条件も、大体知ってるしね」

 

 そしてとんでも無い爆弾を落とした。紅椿同様に、またしても世界に喧嘩を売るような行為だ。そして何故か怒っている。

 

「箒ちゃんには紅椿の調整中に“絢爛舞踏”を発現させる方法を教えてあげるよ。絶対に上手くいく方法をね。出撃の時間になったら成功するか確認してもいい。どうかな?」

「わ、わかりました……」

 

 まさかの切り返しに言葉を失うしかなかった。落ち込んでいる、というよりやはり心配なようだ。不安が大きすぎて拭えない、そんな風に見える。

 

「今度こそ何も無いな? では、三十分の時間を取る。十一時二十五分に実習を行った海岸沖に集合、三十分から作戦開始だ!」

 

 長い会議を終え、学園生にとっては非常に大規模な作戦が始まろうとしていた。

 




 紅椿ですが、特に変更、魔改造は行っておりません。この機体は既に完成された印象が自分の中にあるからです。

・穿千
 一定の経験値を積むことで使用可能になる武器、と原作ではありましたが、主人公が作品内でぼやいたように、一夏の技を参考に作られたもので最初から使用可能です。

・大蛇
 原作では紅椿の自立支援兵装にこれといった名前が付けられていなかったので、勝手に付けました。アニメ見てもらったらわかります、背中にくっついてるアレです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34話 「……更識として命じます」

「秋介さん、超高速機動を行う際はバイザーとセンサーの設定を変更しなければならないこと、ご存じで?」

「初めて聞いた。教えてくれよ」

「勿論です」

 

 学園で談笑する時や、模擬戦後の反省会の様な和やかさは無い。初めての実戦を迎える俺と箒に、代表候補生の皆は精一杯のレクチャーをしてくれた。セシリアが言うようにまだまだISについて知らないことが多い俺達は真剣に聞いて、少しの疑問も持たないように不安を解消していく。

 

 超高速という事は、それだけ早く景色が流れていくことを意味している。通常時のハイパーセンサーでは処理が追いつかなくなるそうだ。それだけの速度を出せるISはやっぱり高性能で危険なものだと再認識した。

 

「………これか。うおお、なんかいつもより鮮やかだ」

「そのままの設定で戦闘に移行しても構いませんけど、長時間の使用は厳禁ですので、お気をつけくださいな」

「ああ、分かった。ありがとう」

「織斑」

「よう、ラウラ」

 

 セシリアに礼を言って、この視界に慣れようと軽く動いている所にラウラが来た。

 

 あの模擬戦では散々だったし、タッグマッチトーナメントも俺と皇さんのペアが勝ち進んだものの、なんやかんやで俺達の個人的な決着がつかなかった。ようやく騒ぎが収まった頃に俺から一対一で再戦を申し込んでみたが、頭に血が上っていたからと逆に謝られ、勝負はいったんお預けとなっている。

 

『再戦か。誘いがあるのは嬉しいが、今は止めておこう。私は生まれてからずっと軍で生きてきた身で、お前はつい数ヶ月前まで普通の中学生だった。勝負は目に見えているし、トーナメントでも私を圧倒したのは皇であってお前ではない。だから、私を納得させられるだけの力を十二分につけて、私に勝てると思った時にもう一度再戦を申し込んでくれ。今現在のお前に勝ったところで、私の気が晴れることも無いし、お前とて不本意だろう?  待つ。そして、いつでも受けて立つ』

 

 結構上から目線という感じがするが、言っていることを間違いだとは思わない。ラウラが言うとおり、この時の俺は勝率0%だと自分でも思っていた。皇さんの助けが入らなかったら、俺はあの時被弾して負けていたはずだ。そんな状態で再戦を申し込んだところで、勝ったところで嬉しいはずがない。実力差は既に分かっているのだから。

 ラウラが設けた猶予期間、最大限に活用させてもらおう。その為に、今まで以上に操縦技術やIS関連の勉強に熱を入れるようにした。誘拐事件は俺も悔しい思いをしたし、ラウラが話した世界中の期待を裏切ったという言葉はもう聞きたくない。弱い自分は絶対に嫌だ。アイツは毎日が辛かったはずなのに、常に改善しようと前を向き続けていた。俺はやらない、なんて言えない。

 

 鍛錬を繰り返すうちに、ラウラがアドバイスをくれるようになり、それに合わせて鈴やシャル、セシリアからのアドバイスも増えた。余所余所しさや気まずい場面もあるものの、ラウラもだんだんと1組に受け入れられている。おかげで少し話す機会が増えた。

 

「くどいようだが、お前はただ福音を追い続けて斬るだけでいい。他はすべて仲間に任せるんだ」

「ああ、防御してくれるのはありがたいよな。大船に乗ったつもりでいくさ」

「それで良い。もう一つだけ、私から言っておくぞ。森宮兄妹は戦闘に関して全面的に信用してもいい」

「森宮は分かるけど、妹の……マドカだっけ? あの子はどうなんだ? セシリアが完全に押し負けていたのは見たけど」

「一夏もマドカも化け物のように強いぞ。ブリュンヒルデ並の実力でなければ太刀打ちできないほどにな」

「ち、千冬姉さんと同レベルってことかよ……!」

「二人が言わなかったので黙っていたが……正直なところ、このような徹底的安全策を取らず、二人に任せていればすぐに終わるような作戦だ」

「マジかよ……俺が頑張る意味って何だ?」

「守ることだ。言っただろう? 安全策でなければ、と。いくら二人でも負傷は免れないだろうし、同じく福音のパイロットも何らかの傷を負う。パイロットの命と、作戦を共にする仲間や学園生の安全を守るために、その剣を振れ。お前だけにしかできないことをやればいいのだ。それ以上の事は求められないし、求める必要も無い」

「俺にしかできないこと……」

「何故抜擢されたのかを思い出せ。“零落白夜”を使えるのはお前だけだ。そうでなければ誰がお前の様な新兵(ルーキー)を実戦に出すものか。ただ戦って勝つのが目的なら、現役軍人の私や私の何十倍も強い一夏だけで対処できる」

「でもそれだと、森宮とラウラが怪我をする。最悪、死んでしまうかもしれない」

「そうだ。誰も傷つかず、誰もが幸福で終わるなど理想論だ。ありもしない幻想だ。必ずどこかで不幸が生まれ、傷つく人がいる。だが、それを最小限にとどめることは不可能ではないだろう?」

「……ああ、言うとおりだ。そうだな! 俺はできることをやるよ。零落白夜ガンガンぶっ放して、銀の福音止めてくる」

「『積み重ねてきた努力と時間だけは、決して自分を裏切らない』。私の兄と呼べる人が昔言っていた言葉で、私の教訓だ。忘れるな。今のお前なら、十分にこの作戦を成功させることはできる。信じろ」

「おう!」

 

 こんな感じで、ラウラはとてもいい奴だ。

 

 それにしても、姉さんじゃなくて兄の様な人か。……誰なんだろうな?

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

「ふんふんふっふふん~♪ ポン酢!」

「……その鼻歌、止めてください」

「え~? 良いじゃん、このリズム。日本古来から伝わるポン酢のCMなんだよ? いいよねポン酢。和風って感じがするじゃん」

 

 姉……束姉さんはテレビで聞いたことのあるリズムを口ずさみながら、紅椿の調整を行っていた。一見、真剣さのカケラも感じられない態度だけれど、姉さんの手は高速でキーボードを駆けまわっている。昔からこういう人だと分かっていても、とうてい理解はできなかった。

 

「これで良しっと! どうかなー?」

「……大丈夫です。さっきよりもしっくりきます」

「よしよし。ハイパーセンサーの感度上がってるけど、酔ったりしないよね?」

「ええ。最初はチカチカしましたけど、もう慣れました」

「箒ちゃんは今回ISタクシーだからねー。しゅーくん落としちゃったら大事だよー?」

「プレッシャーをかけないでください!」

 

 にしししと笑いながら機材を片付けていく。姉さんの腰辺りまで直径のあるボールへと姿を変えた整備機械はコロコロと周囲を回り始めた。……AIでも積んでるのだろうか?

 

「さて、ではではお待ちかねの“絢爛舞踏”の発動方法を教えてあげようか」

「お願いします」

「その前にっ!!」

 

 左手を腰に当て、身体を前かがみに傾けてからびしっと人差し指で指される。服装からしてアレなので、完璧にどこぞのアニメキャラの様なポーズだ。もうちょっと歳を考えてほしい。

 

「ちゃーーんとお願いしてほしいかな?」

「え? えっと……よろしくお願いします!」

「そうじゃなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」

 

 口を目いっぱいに広げて否定の叫び声をあげられる。耳元までわざわざ移動して叫ばれたので、キーンときた。痛い。

 

「何ですか急に!」

「違うよ! そうじゃないんだよ!」

「ちゃんとお願いしたじゃないですか!」

「ナッシング! バット! ナンセンス! だよ!」

「ええー?」

 

 よろしくお願いします! の何が悪いんだろうか? 腰を曲げて頭を下げろというのか!? それとも……土下座!?

 

「はぁ……ねえ箒ちゃん。束さんは誰かな?」

「は? 姉さんは姉さんでしょう?」

「そうだよ。束さんは箒ちゃんのおねーさんなのだ」

「それが?」

「もう! 分かっててやってるでしょ! 束さんはプンスカだぞ! ぷんぷん!」

「いやいや……分かりませんから」

「仕方ないなぁ……。妹がおねーちゃんに敬語で話すっておかしいと思わないのかな?」

「それは………っ!?」

 

 あなたの……姉さんのせいでしょう!

 

 とは言えなかった。敬語を話すな、と迂遠に言われたばかりだったし、いつもヘラヘラと笑ってばかりの姉がとても真剣な表情だったからだ。そして、どこか悲しそうだった。

 

 家族は、姉の開発したISによってバラバラに引き裂かれた。政府によって名前を変えられ、望んでもいないのに何度も転校を繰り返し、秋介や仲の良かった友達と別れる羽目になったんだ、怒るなと言うのが難しい。唯一続けてきた剣道も、いつの間にかストレスの吐き口に変わっていた。そのくせ、姉は姿を現さずに隠れたまま好き勝手し放題ときている。

 

 いつの間にか、私の中では別人へと姿を変えていた。

 

 今まで放っておいた癖に……今になって!

 

「おねーちゃんおねがーいって言ってくれないと、教えないゾ☆」

「こ、この……!」

 

 真面目なことを話すのかと思ったら……! コロコロと表情もテンションも変えて、忙しい人だな!

 

「とまあ冗談はここまでにしておいて。……ごめんね、箒ちゃん」

「え?」

「IS開発のせいで、家族バラバラになったこととか、しゅーくんとお別れしなくちゃいけなくなったこと怒ってるんでしょ? 5、6年もそのままなんだから、とっても怒ってるんだよね?」

「………ええ」

「紅椿はそのお詫びだよ」

「これが?」

「そう。今まで空いた時間を埋められるようにって、束さんが持ちうる全技術を詰め込んだハイスペックIS。専用機が無いからって、周りの女の子に遅れることも無いし、しゅーくんと背中合わせて戦えるようにって思ってね。電話をくれなくても、私から届けに行ったよ」

「だから、水に流せと?」

「んー、そう言う事になるのかな?」

 

 卑怯だ。率直にそう思う。

 

 確かに私は嬉しかった。これがあれば他の専用機持ちには負けない、秋介と共に戦える、同じ場所に立てる、一人だけ寂しい思いをすることは無いと、心から喜んだ。

 だからって、これは酷い。とてつもなく高価なものだとわかる。もう高いとかそういう次元じゃ無いことも。ISであっても、最新型の第四世代型であっても、私の空白で灰色に染まった時間が消えるわけじゃない。

 

 こんな簡単にポンと渡されただけで、わだかまりが消えるわけがない。

 

「今更だけどね、家族ってすごいなーとか、大切なんだなーとか思うようになったんだよね。一人暮らしって結構寂しいよ?」

「後悔するぐらいなら、ISなんて作らなければ良かったのに」

「後悔はしてないよ。自分で選んだから。でもね、やっぱり仲良くできるのならそうしたいじゃん。箒ちゃんもどこかでそう思ってるから、電話をくれたんじゃない?」

「それは……」

 

 思ったことはある。姉は自分でこの道を選んだと昔言っていたし、父と母も最終的には納得していた。親戚のおじさんおばさん達は、しょうがないなぁと笑いながら受け入れている。

 

 何年も引きずって、駄々をこねているのは私だけ。子供だから仕方ないって言う人も周りに入るけれど、それは何だか家族を応援していない様な気持ちになって嫌になる。むしろ誇って良いじゃないか、世紀の大発明をした自慢の姉だと言ってもいいくらいだ。

 

 結局のところ、今更になって自分のやっている事が恥ずかしくなった。事は大きい、だけど考える時間はいくらでもあったのに……。さらりとは行かなくても、水に流すぐらいはできたはず。

 

 ここまでしてもらって、専用機が欲しいと我儘を言うだけ言ってハイ終わり、そんなのは……それだけはやってはいけないことだ。

 

「すこーしずつでいいから、仲直りできないかなぁ~?」

 

 下手にまで出て………。

 

「ね、姉さん」

「ん?」

「その、絢爛舞踏をどうやって使うのか、教えて、ほしい……」

 

 無下にはできない。

 

「あはっ! わーいわーい! 箒ちゃんがデレたー! 束さん頑張っちゃおーっと!!」

「………」

 

 若干いらっときたが、いつもの貼り付けたような笑顔じゃないところを見ると、何も言えなかった。

 

「い、いいから早く! 時間が無くなってしまう!」

「ぶーぶー。まぁ箒ちゃんの言うとおりだし、ちゃちゃっと済ませちゃおうかな。ズバリ! 唯一仕様能力を引き出す方法は、搭乗者の精神状態に左右されるのである!」

「精神状態?」

 

 調子を取り戻した姉……姉さんは指を立てて語り始めた。

 

「ちょー簡単に言うと、何か一つのことを頭いっぱいになるまで想うこと、だね。それをISのコアが感じとって、共感を呼び、繋がることで発動するの」

「コアと繋がる」

「そう。パートナーのために尽くしたいっていうコアの気持ちが発動キー。だから、それを引き出す事が搭乗者のやるべきことなんだよ。専用機のコアは深いところで所有者と繋がっているから、それが本当か嘘か、どれだけ気持ちを込めているのか、強く想っているのか、ちゃーんと見分けがつくんだからね。いい加減なこと考えてると、嫌われちゃうから」

「な、なるほど。だ、だが、何を考えればいいのか……」

「どうして紅椿を望んだのか? それが一番の近道だよ。きっと紅椿はそれを知りたがっている」

「なぜ、望んだのか……」

 

 やはり、他の専用機持ちの背中を見ることが嫌だったからだろうか? ……何か違うな。それは専用機にこだわらなくてもいい気がする。専用機でなければならなかった理由、やはりISの有無か。そこから生まれる何か……負けたくなかった? ……これも違う。何なんだろう?

 

 ………いや、そうか。そうだな。これ以外にない。

 

「負けるとか、そんなことじゃないな。紅椿、私は、肩を並べて立ちたい。ただそれだけだ。ちっぽけな願いだが、力を貸してくれ」

 

 呟くと、心に広がる温かな気持ち。それが体中の穴から溢れだす様に漏れ出して、機体が光りに包まれる。

 

 視界には、確かに“絢爛舞踏”と表示されていた。

 

 ……ありがとう。これからもよろしく頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前十一時二十分。各自で準備を終えた作戦参加メンバーは海岸へ集まっていた。既にISを展開しており、見送りで待機メンバーと教員が来ている。

 

 篠ノ之箒は見事絢爛舞踏を発動させた。消費したシールドエネルギーを始め、その他エネルギー系統の回復も成功しているため、篠ノ之箒とサイレント・ゼフィルスは作戦に参加することに決まった。

 

 高速機動にセッティングされた紅椿に白式が乗り、パッケージ『ホロウ・フェアリー』に換装したサイレント・ゼフィルスはステラカデンテに乗ることになっている。『ストライクガンナー』に換装したブルー・ティアーズは速度的にギリギリのために誰も乗せず、俺は急な奇襲を想定して即座に対応できるようにフリーとなった。

 

 最終確認を済ませ、あとは作戦開始時間を待つだけである。

 

 緊張感が周囲を埋め尽くす中、俺は簪様と話していた。

 

「怪我しちゃ駄目だからね?」

「分かっています。そうそう被弾などしませんよ」

「だといいけど……何だか、嫌な予感がするから」

「そうですか……」

「兄さん、簪の予感はよく当たる」

「ああ」

 

 更識の家は遠い昔陰陽師だったとかいう噂がある。家系図を遡ってもそういった祖先はおられなかったが、そうとしか考えられないと先代の布仏当主は語っていた。先々代楯無様も、先代楯無様も、現当主楯無様も、そして妹の簪様も、それらしい瞬間がある。簪様の場合、悪い予感がよく当たる、だ。今の所的中率は98%を超えていると本音様が仰っていた。予言の域に片足を突っ込む確立である。

 

 簪様が嫌な予感がすると言って、周囲が(・・・)無事だった試しは無い。軽くで済むこともあれば、重度の被害を被ったこともある。どれだけの嫌なことなのかは見えないが、ほぼ確実に起きる。そして、今から行うことを考えれば軽くで済むはずがない。

 

 一層気を引き締めよう。せめて妹と主に被害が及ばないように。

 

『時間だ』

「……だそうです。離れて下さい」

「うん。………一夏! マドカ!」

「はい?」

「ん?」

「………更識として命じます。必ず、無事に帰って来なさい」

「……必ず」

「任せてくれ」

 

 最後ににっこりと笑って、簪様は旅館へと戻って行った。

 

 更識として、か。

 

「マドカ」

「何?」

「簪様が命令を下したのは、俺が森宮に来てから初めてのことだ」

「そうなの?」

「必ず無事で帰るぞ。主に泥を塗るわけにはいかない」

「……分かった」

『全員集まれ、最終確認だ』

 

 俺のほかにも皆が待機組と話をしていたところ、織斑先生から集合が掛かった。どこという指定も無いので、全員の中間地点へ歩いて集まり円を作る。

 

『海岸を出たらすぐに高速機動に入れ。接近中はなるべく森宮兄が前に出るように。カリーナは右側、森宮妹は左側を警戒、オルコットは索敵と背後の警戒を行え。紅椿と白式を囲むように意識しろ』

 

 まるでSPみたいだ。実際、織斑も篠ノ之もVIPのようなものだしな。姉は世界王者と天才科学者ときている。

 

『織斑は零落白夜を連続使用して一秒でも早く仕留めろ。森宮兄は織斑の援護に回れ。シールドエネルギーを糧にする零落白夜を長く使用する為には被弾を最小限に抑える必要がある。ただし、無理に庇う必要はないぞ、紅椿の補給もあるからな』

「わ、分かりました」

「了解」

『カリーナとオルコットはとにかくかき回して目標のターゲットになれ。織斑、森宮兄への攻撃を最小限に抑えるのが仕事だ。無論、隙あらば撃て。ただし、接近戦は控えるように。最悪巻き添えをくらうぞ』

「了解ですわ」

「はい」

『篠ノ之は後方で待機、目標に探知されず、すぐに絢爛舞踏による補給が行える地点を探って待機だ。自分から攻撃行動には移るんじゃない。指示があれば即退避しろ。酸っぱく言うぞ、お前は戦うな。森宮妹はその護衛、貼り付け。ついでだが見張りも頼む』

「は、はいっ!」

「……了解」

『作戦中はこちらからも状況を確認できるが、ジャミング等の機能を搭載していた場合は通信も状況確認もこちらではできなくなる可能性が高い。基本的には現場に任せる。指揮は……森宮兄、お前が執れ。責任は私がとる』

「了解。最悪、司令部の判断に逆らう場合が出てくるかもしれませんがよろしいでしょうか?」

『その際は帰ってから詳しく話を聞こう。では、時間まで待機。難しいとは思うが、リラックスしておけ』

 

 それを最後に通信が切れた。

 

 ………篠ノ之め、何があったのか知らないが浮かれてるんじゃないか?

 

「頼むぜ箒」

「任せておけ、絢爛舞踏も紅椿も使いこなして見せる」

「ま、本当は絢爛舞踏の出番無しで終わるのが一番良いんだろうけどな」

「私の役割が無くなるではないか」

 

 釘を刺しておくか。

 

「篠ノ之」

「……なんだ?」

「お前、武装を全部置いて行け」

「なっ!? 何を言い出すのだ!?」

「言葉通りだ。浮かれている新兵なんざ居ない方がマシなんだよ。それに、最初から刀が無ければ攻撃もできないだろ」

「もし襲われたらどうするのだ!? それに、戦えなくなるだろう!?」

「襲われた時のために、わざわざもう一人連れて行くと決まっただろうが。それに、お前の役割は戦闘じゃない、“絢爛舞踏”による白式への補給だ。負傷した機体の修復だって兼ねている。俺が指揮官なら、お前の刀二本を外して弾薬を積ませるぞ」

「武器を持たずに敵へ突っ込めと言うのか!?」

「何度も言わせるな。お前は戦わない」

「私が言っているのは心意気の話だ!」

「展開装甲があるだろうが。絢爛舞踏を自在に使えるのなら、それさえあれば戦えるだろう? 流石に装甲までは剥がせないし、盾を置いて行けとは言えないのでな」

「それは……だが!」

「はぁ」

 

 面倒だ。ああ言えばこう言うタイプだ。それも中身を伴わない感情で押し通す。先生の言うことは聞けて、同年代のアドバイスは無視か。いい度胸だ。心意気の話は分かるが、ここは敢えて逸らす。

 

 両手にバリアンスを展開、右手で織斑を、左手で篠ノ之を狙って即座に発砲した。ここまで僅か0.4秒。

 

「うおっ!?」

「くぅっ!」

 

 驚いた織斑は後ろへ倒れるように身体を逸らしてギリギリのところで避けた。背中を砂浜に打ち尻もちをついているが、今のが避けられるのなら十分だ。格段に成長しているのが見られる。

 篠ノ之は見えたようだが身体が反応できずに三発直撃した。ぐいっとシールドエネルギーが減っていることだろう。装甲には傷一つ付いていないあたりが、流石新型と思わせる。

 

「あ、あぶねえだろ!」

「貴様何をする!」

 

 尻もちをついた体制のまま織斑が叫び、篠ノ之は怒って刀を抜いて迫ってきた。

 

「そう、織斑が言うとおり危ない。今のが必殺の攻撃だったらお前は死んでたな」

「じ、実戦では避けて見せる!」

「練習でできないことを実戦でできるものか。スポーツを嗜んでいるのなら、知ってて当然だと思うが?」

「くっ………!」

「まあ避けたとしよう。もしくは当たっても動ける状態にある、仲間が防いでくれた状況かもしれないな。次にどうする? こうやって武器を抜いて突っ込むのか? 自分の役割も忘れて」

「そ、それは………」

「これが、物語っている」

 

 コンコンと、突きつけられている刀をつつく。あえて音が響くように、強めに。

 

「自分の実力と、与えられた役割、成すべきことをしっかりと把握しているのなら、何も文句を言いはしない。誰も言わん。責められて擁護されないのは、誰が見ても分かるほど明らかな非があるからだ。今のお前は浮かれているよ」

「………」

「篠ノ之、お前がやるべきことはなんだ?」

「………秋介への補給だ」

「そうだな」

 

 キツイ言い方だが、これぐらいでもしなければ分からないだろう。自分の口に出して言えばもっと自覚が出るはずだ。

 

「それでやる気が出るならそうしろ。だが、絶対に手を出すなよ」

「………わかった」

 

 悔しそうにうつむきながら、そう答えた。

 

 周りが何かを言いたげに俺を見て、オルコットが口を開いたその瞬間、通信が割り込んだ。

 

『そろそろいいか?』

「……ええ」

『篠ノ之、森宮兄がお前に言ったことは、私が言えと言ったことだ。この作戦に参加させたくなかったところも、そこへ関係している。本分を忘れるな』

「……わかりました」

『では、時間だ。作戦開始、目標を撃破せよ』

「了解。全機稼働、発進準備」

 

 さりげなく俺をかばったのか? いや、実際にそう思っていたんだろう。

 

 短く、それだけを答えてブースターに火を入れる。エネルギーが溜まっていくのを感じながら他機を見る。

 ステラカデンテによいしょと呟きながらマドカが乗り、オンブラが身体を固定した。一瞬だけぎょっとした表情を見せるマドカとしてやったりといった表情のリーチェだったが、すぐに気を引き締める。

 ブルー・ティアーズは最後の調整見直しを終え、普段とは違うロングライフルを構えていた。俺をちらりと見て、頷く。さっきのことは隅に置く、そう言っている気がするな。

 白式が浮いて紅椿の背に乗る。おんぶをするには背部のユニットが邪魔なので、肩と腰に足を乗せてスケートボートのような乗り方で姿勢を安定させていた。織斑は切り替えているようだが、篠ノ之はまだ暗い。無理も無い、気を落としたのは俺だ、できるだけのカバーはしよう。

 

「IS学園部隊、出撃」

 

 普段の会話通りの声音で呟き、四つのブースターを吹かした。

 

 

 

 

 

 AM 11:30 『銀の福音撃破作戦』開始

           目標到達まで、あと10分

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話 まだ終わりじゃない

 そろそろ詰まってきたかも……

 ほっぽちゃんに会えた喜びを噛みしめながら書きました。



「衛星とのリンクどうだ?」

「………確立、目標は予想進路通りに移動中」

「随伴する機体は確認できず。目標周辺に反応ありませんわ」

 

 学園が所有する特殊な衛星から送られる目標の位置情報、天候等を含んだデータが、情報処理に長けたイギリス製の二機へ送られ、報告を受け取る。マドカが繋いだリンクはメンバー全員へと繋がり、夜叉へも情報が流れこんだ。

 超高速で飛行を続ける目標は、確かに旅館の司令部で見た予測線をたどるように移動を続けていた。

 

 接敵まであと八分。

 

「あと八分だ、準備と確認怠るなよ。特に織斑と篠ノ之。作戦の核はお前達だからな」

「お、おう」

「……ああ」

「織斑には俺が、篠ノ之にはマドカがべったりと張り付く。気にせず自分の仕事をやれ。オルコットとリーチェはとにかく引きつけてくれ、穴があれば突っ込ませる」

 

 各々の返事を聞きながら、頭の中では簪様の“嫌な予感”についてずっと考えを巡らせていた。

 

 起こりうる限りのケースを想像する。

 

 織斑、篠ノ之どちらかが、或いは両方が大破して作戦続行不可能になること。互いに直援を貼り付けているために、殆ど起きることはないだろう。だが、もし実現すれば作戦失敗を意味している。可能性は限りなくゼロに近いが、ゼロではない。

 

 これをゼロからイチへと近づける要因はなんだろうか?

 

 一つは目標『銀の福音』が、俺達の知らない何らかの機能や装備を所持していて使用してきた場合。リミッター解除、広範囲殲滅兵器『銀の鐘(シルバー・ベル)』以外の強力な兵器を持っていたりと、俺達の処理限界を超えるようなものがあれば、十分に考えられる。

 一つは排除されているであろう不確定要素。砕いて言えば、戦闘領域に侵入してきた船や飛行機だ。警告はされているし、組合等の組織に所属していればここへ入ってくることはありえない。自然と、密漁船のような無許可、法を犯すような連中を指す。助ける義理はないし死んでも文句は言えないが、ここにいる面子には立てるべき面がある。無視はできない為に、そこから何らかの綻びが生まれるかもしれない。

 

 そして俺が最も懸念している事。それは、この事件を起した人物からの妨害だ。

 

 国家の最高機密に触れる軍事ISを暴走させる腕前と、その組織力。間違いなくISを所持しているだろうし、狙いがIS学園にある専用機の情報や男性操縦者関連であることも想像がつく。亡国機業からの倉持技研襲撃や、入学してからの無人機襲撃などは記憶に新しい。事あるごとに妨害を受けている以上、今回も無いとは言いきれなかった。むしろあると思って挑むべきかもしれない。

 

「これは俺の勝手な妄想だが、今回も妨害があると思っている」

「例の無人機か?」

「かもしれないし、そうでないかもしれない。だが、狙ったように襲撃をかけたり、わざわざ臨海学校先近くの海域を素通りすることを考慮すれば、俺達が目的だと考えるのは難しくないだろう?」

「まあ、確かに」

「兄さん、具体的にどのあたりが目的なのかな?」

「織斑、どう思う?」

「お、俺かよ……。まぁ、普通に考えるなら俺と森宮のデータとか、専用機のデータとか?」

「そうだな。加えて、お前と篠ノ之は人質としての価値もある。解釈を拡大させれば、それはここにいる全員に言えることだろう。無論、俺も含まれる。情報がどこからか漏れいてれば、紅椿を狙っている事も考慮するべきか」

「姉さんが手掛けた最新型か……篠ノ之束の名がもたらす影響力を考えれば、確かにありえる」

「新型という意味でなら、私のステラカデンテだってそれなりの価値があるだろうね。テンペスタシリーズの最新型で、あのACを複数搭載してるんだから」

「上げればキリがないな……」

 

 連中からすれば、学園は間違いなく宝箱だ。伝説の海図で秘境に隠された世界最高峰の宝が一ヶ所に集まっているようなもの。全てが等価値ではないものの、そのどれもが希少価値があるために絞り込むのは非常に難しい。

 

「今更戻るわけにもいかないし、注意するしかないよ」

「……そうだな。索敵を怠らず、衛星とのリンクは切らないように」

 

 リーチェが言ったことは正しく、委員会からの正式な作戦を放棄するわけにもいかず、また憶測を出ないことで色々と考えても仕方がない。やるべきことをやって、最大限気をつけるしかないのだ。

 攻めの姿勢を取らない限り、先手を取ることはできない。学園が現状維持、警備強化に努める限りは後手に回らざるを得ないだろう。こればかりはどうしようもなかった。

 

 今できるのは、被害を最小限に抑え作戦を成功させることだけだ。

 

 接敵まであと三分。

 

「森宮、あの島はどうだ?」

「島?」

「お前が言う条件には一致すると思うが」

「……あれか」

 

 篠ノ之が珍しく声をかけてきたと思えば、内容は紅椿の待機場所だった。気持ちの切り替えはついたようで、いつもの凛とした雰囲気が戻ってきている。浮かれた様子も無い。

 

 ……流石と言うべきか。これなら問題は無さそうだ。

 

 目視で確認できる島は一つだけだった。岩肌の面積が濃い中で、ある程度の樹木がある為隠れるにはもってこいだ。ISの展開を解除しなくても問題ない。

 

 夜叉のセンサーをフル稼働させて索敵範囲を広げる。半径の中に島を捉えたところで解析を行い、問題がないことを確認してから指示を出した。

 

「篠ノ之、マドカはあの島で待機。合図があればその時は頼むぞ」

「分かった」

「了解。行くぞ」

「ああ」

 

 マドカは不機嫌そうな表情のまま、オンブラの固定を外して飛び下り機体を傾けて降下。白式を下ろした紅椿がそれに続いた。足場を失った織斑は、開いたステラカデンテの背中に移る。

 

 それを見届けた後、速度を保ちつつさらに前進。

 

 望遠倍率を上げ、各々が前方を警戒している中で、俺が見た者は銀色の翼だった。

 

「目標を視認した。データリンク、送る」

「……これが、銀の福音」

全身装甲(フルスキン)……シールドエネルギーを抜けても固い装甲がお出迎えですわね」

「実戦仕様は伊達じゃなさそうだ」

「それを言うなら夜叉も実戦仕様なんだが」

「それもそうだ。あれだけの武装に全身装甲ときたらもう怖い怖い。味方で良かった」

「頼りにしてるぜ」

「今回は盾になってやるが、本来は俺の役割じゃないからな?」

 

 盾があるからという理由だけで採用されてはたまらない。こう言うのは向いている奴に任せればいいんだ。今回が特別なだけだ……と思いたいね。

 

「仕掛けるぞ。リーチェ、オルコット、先行して注意を引いてくれ」

「OK」

「了解です」

 

 雑談をささっと切り上げ、状況に入る。

 

 予定通り、俺と織斑は息をひそめて静かに待つ。上空で肉眼とセンサーを用いながら戦局を見て、俺が合図を出す手筈になっている。

 

 織斑を下ろしたステラカデンテは急降下をして海面で直角に進路を変え、追うようにグングン高度を下げるブルー・ティアーズと挟撃するようだ。安定した性能を誇るサブマシンガンと、高火力のエネルギーライフルが上と下から銀の福音を挟みこむ。

 

「なっ……!」

「外した!? この距離で私が……!」

 

 はずだったが、銀の福音は直前で察知し回避。お互いの弾に当たらないように射線を調整しながら、常に挟撃できる位置をとりつつ、複雑な三次元軌道を描く。円の様な曲線の様なそれは、放がれる銀の鐘のエネルギー弾の間を縫うようにブーストの炎を残す。

 

 追いかけっこが一瞬にして苛烈なドッグファイトへと変貌を遂げる。あたり一帯は銀の福音が放つエネルギー弾と、リーチェがばら撒くヴァイパーの弾で弾幕の嵐だ。

 

 カタログスペック通りの性能を発揮する福音は驚くほどにすばしっこく、それでいて一発一発が高火力を秘めている銀の鐘は想像以上に厄介な武装だった。これ以外に武装がないことを訝しがっていたが、合点がいった。

 単独で亜音速飛行を可能にしつつこれだけの対IS戦闘を行えるのなら、他の武装は必要ない。圧倒的速度で翻弄し振り切り、かすり傷も無視できないほどの威力を持つ広範囲兵装で蹂躙する。

 

 小細工を弄せず、スペックで圧倒する。中々に王道を感じる戦闘スタイルだが、故にやりづらいだろう。

 

 作戦にあたって選ばれたのは速度に特化した機体ばかりだ。その他は二の次で、防御がどうしても薄くなる。追いつくためにと考えてだったが、戦闘に関しては悪手だった。現状、弾幕の濃さに二人とも特性を活かせず回避で手いっぱいになり、的になるばかりで隙を作るどころではない。

 

「オルコットさん、ビット使えないの!?」

「無茶を言わないでくださいませんこと!? ビットの推進力を全て費やしてようやくこの速度を保てるのです! 飛ばしたところでこの弾幕では落とされてしまいます!」

「弱ったなぁ……どうしようか?」

「私に振られても困ります……」

 

 ……仕方がない。

 

「織斑、合図をしたら突っ込んで来い」

「それは分かるけど……お前はどうするんだ?」

「俺も加勢する。あのままでは押し切られてしまいそうだからな。動きを止める、なるべく安全に攻撃できるような状況を作るから、ここを動くんじゃないぞ」

「OK」

「よし。………俺がそっちに行く、合わせろ」

「了解!」

「助かります!」

 

 PICを切って、頭を下にして重力に身を任せる。俺が落下する軌道を読んだリーチェが言葉通り合わせてくれた。

 振り切ろうと必死な様子を演じるリーチェを追って、銀の福音がさらに加速する。

 

 ジャストだ。

 

 持ち前の高速を活かして頭上を過ぎ去ったステラカデンテの白い風を感じた瞬間に目を開く。目の前には上下逆さまに移る銀の福音が。スラスターを吹かして平衡感覚を取り戻して直接銀の福音へ取りつく。PICを切ったままなので、機体分の重さがのしかかっていることだろう。実際、速度が目に見えて落ちている上にフラフラと不安定な飛行になり始めている。

 

 振り落とす、という工程を無視して銀の鐘を接射しようと翼が動き出す。同時に両腕でがっちりと掴まれて逃げることが困難な状態へ。だが、銃口にエネルギーが集束していくのを見ながら、俺がとる行動は武装の展開。

 俺を包み込むように広がる翼を、レーザーや大口径の弾丸が叩く。高速で動きつつあるものの、ロックオンまでして攻撃しようとしているこの瞬間はただの的同然だ。

 

 絶対防御が発動することはなかったが、大きくシールドエネルギーを削り、装甲自体へダメージを与えた。へこみやヒビ割れ、破損し内部機関が丸見えになったところもある。リーチェはヴァイパーを両手で握りながらもガトリングを用いた計四門の砲が火を噴いて装甲を剥がし、オルコットが大口径且つ高火力なロングスナイパーライフルで正確にリーチェがつけた傷を広げていく。

 

 堪らず攻撃を中断して引きはがそうとした一瞬の動作の間にスラスターを最大噴射、するりと腕を抜けだして既に展開していたティアダウナーで左の翼を斬り、その場で一回転して両足を福音の背中へ押し付け翼を左手で握り、スラスターの噴射と両足のバネで強引にもう片方の右の翼を引きちぎる。

 そのままの勢いで距離をとり、援護してくれていた二人と合流。しばし観察する。

 

「これが、“学園最強”ですか……勝てる気がしませんわ」

「誰だそんなことを言ったのは」

「教員を始め、全学年で囁かれていますわよ。三年の日本代表森宮蒼乃、二年のロシア代表更識楯無、一年の男性操縦者森宮一夏、学園最強はこの三人と。模擬戦も公式戦も見させていただきましたが、まさか実戦でここまでできるとは……。箒さんや秋介さんへ色々と言うだけの実力、確かに拝見させていただきました」

「偉そうに……」

「秘密ですわよ? 実は他の方や先生方からお目付け役を押し付けられましたの」

「そうか。心中察するぞ、命がけの実戦で面倒な役割をやらされるのは面倒且つ邪魔でしかない」

「……以外ですわね。もっと冷たい人かと思っていました」

「前言撤回、程よく危険にさらされてしまえ。それだけ喋れるなら十分だろう」

 

 殆ど初めてオルコットと会話をするが、噂で聞くような驕った台詞や態度は出てこなかった。根は紳士……じゃなくて淑女なのだろう。実力や度胸も中々のものだ。

 

 こうして無駄話をしている間にも、何も怠らない。

 PICと脚部スラスターだけで浮遊する姿は数分前までの俊敏さはカケラもなく、視界を埋め尽くすほどのエネルギー弾を放つことも出来なくなった。ただのスリムなISだ。

 

 これ以上何らかの武装があるのなら使ってくるだろうし、無ければ向かってくることはない。更に強力なものを持っていたとしても、翼を失った以上高速仕様のこちらに追いつくことも攻撃することもできないだろう。

 

 恐らく、奴がとる行動は……逃げることだ。

 

「反転した……!」

「オルコット、妨害しろ。俺が右から捕まえるkら、リーチェは左を頼む。織斑、そろそろ出番が来るぞ」

「分かりましたわ」

「うん」

「お、おう!」

 

 予想通りに動きだした福音は、俺達に背を向けて出せるだけの速度を出した。そこへオルコットの狙撃。あえて直撃させずに、至近距離を掠めるように外している。回避のために速度を若干落としたところへ、リーチェが追い抜いて前へ飛び出して武器も持たずに突進する。今の瞬間加速は夜叉でも出せるかどうかというレベルで、モロにくらった福音は怯むどころか進行方向の正反対へ押し返された。

 

「いったぁーーい!!」

 

 当然、リーチェにも同等の衝撃が襲うわけだが今回はナイスな選択だった。

 

 受けとめると同時に羽交い締めにして拘束する。翼も無く特に起伏のない背部装甲は邪魔にならず、動きを止めるために一役買ってくれた。

 

 更にダメ押しのスタン弾をリーチェが撃つ。オンブラの左翼に格納された『52式可変狙撃銃』の弾種はどうやら豊富な様だ。サポート前提だけのことはある。限定されたコア数の中で、援護を前提とした機体など開発がされないために、オンブラは割と画期的で貴重な兵装かもしれない。

 ともかく、スタン弾により電気信号系を狂わされた福音はネジが切れた人形のように力が抜けた。無抵抗化には成功しているが、意識は残っているし、スタン効果が切れればまた逃げ出そうとするだろう。

 

「織斑!」

「おう! “零落白夜”起動!」

 

 はるか上空で待機していた織斑が元気よく返事を返す。昼間でもよく見えるほど煌めく雪片弐型の輝きは美しく、狂気的だ。

 第三世代型屈指の速力を活かして、急降下しつつ剣を構える。

 

 斬られる際に巻き込まれては堪ったものではない。奴が振り抜くタイミングを読み、程よいところで福音を上へと放り投げる。

 

「おおおおおおおお!!」

 

 無抵抗なまま、銀の福音は白式が振り抜く一閃のもとに伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だった。見事な手際だ」

「いえ、連携あればです」

 

 旅館の司令部へ戻ってきたのは十二時四十五分。移動を除けば、おおよそ一時間にも及ぶ作戦だ。実際に戦闘を行った俺達や、近くの無人島に身をひそめていたマドカと篠ノ之、旅館で待機していた専用機メンバーと教員は、どっと息を吐いて肩の力を抜いた。

 

 各々安心した様子で緊張を解いており、今回ばかりは素直に織斑先生が褒め、苦労を労ってくれたこともあって明るい雰囲気で包まれている。

 無事を喜んだ山田先生は泣きだしてしまい、同じく泣いて喜んだ簪様はしばらく俺とマドカに抱きついて離れようとしなかった。

 

「良かった……」

「簪は大げさだな。この程度で私達が負傷するものか」

「戦ったのは俺なんだがな」

「うぐ……に、兄さんの戦果は私の戦果でもあるのだ!」

「おいおい……まあいいが」

「戦果なんていいから!」

「わ、分かったから泣くのを止めてくれ……こういうのは苦手だ」

 

 くすぐったいと表情で訴えるも、伏せって泣くばかりの簪様はしばらく聞いてはくれなかった。

 

 ただ、それすらも喜ばしいことだ。それだけ俺達姉弟が大切にされているという事の証明でもある。滅多にない出来事に、マドカと共に幸せを噛みしめた。

 

 

 

 

 

 夕飯が済み、月が水平線に浮かび始めた頃、ようやく作戦終了となり警戒態勢が解除された。今から野外授業を行うわけにもいかず、学校としては大金を使ってただの旅行をやっただけで終わりという実りのない臨海学校で終わりとなる。三日目は朝から帰り支度で忙しいので、実習の時間は設けられていない。延長などもっての外だ。

 

 高い意識を持って入学してきた生徒達だが、そこはやはり若者。授業と言う言葉には嫌なイメージがべったりと塗りたくられている。逆に、旅行や遊び等の娯楽には目を輝かせて喜ぶ。

 残念がる声も多くあったが、久しぶりに海で遊べたと大層喜んでこの臨海学校は二日目の夜を迎え、終えようとしていた。

 

 終えようと、していた。

 

《マスター》

「ん?」

 

 今は一人だ。男湯にゆったりと使っている。織斑は今頃姉のマッサージに両腕を痛めながらヒイヒイ言っているだろう。

身につけているのは首につけた待機状態の夜叉だけ。首輪から垂れるチェーンの先、きらりと月明かりで光る逆十字から、声が響いた。

 

 いつもはプライベート・チャネルを応用した方法で話しかけてくるのだが、夜叉も開放的な気分に浸っているのだろう。久しぶりに、自分の聴覚越しに夜叉の声を聞いた。

 

《これで銀の福音関連の事件は終わりでしょうか?》

「さあな。ひとまずは撃破して、パイロットと待機状態の福音は先生に預けてきた。委員会も電子書類を受け取って作戦終了と言ってきたし、一応の片はついたことになる」

《それは分かっているんですけど……》

「まあ不安も分かる。今回はあっさりとし過ぎた」

《今までの二回の襲撃と比べれば、規模は大きくなったように感じますけど……ああ、もう、なんて言えばいいのか……》

「騒がせただけ、とも言えるな」

《そう……ですね。マスターの言うとおり、あっさりとしていますし、あれこれと考えた割にはすぐに終わりました》

 

 今回は学園内の出来事ではなく、国家の最重要機密が関わるような大事件だった。だが、やったことと言えば暴走した機体の撃破および捕獲。学校や生徒から見れば危険極まりないものだが、俺と夜叉からすればごく普通の作戦でしかなかった。

 

 そう、あっけなかった。簪様が「嫌な予感がする……」と言っていたにもかかわらず、大した問題も起きずに夜まで時間が流れ、終わりを迎えている。

 

《ここから何かある、そう考えていいのでは?》

「ありえなくはないが……既に銀の福音はこちらにあるし、武装も破壊した上にシールドエネルギーも空だ。再暴走するとは考えられない。あるとすれば無人機の奇襲か?」

《無人で起動して抜けだされる可能性もあります》

「パイロットから剥がしているのにか?」

《コアへ直接干渉すれば可能でしょう。現に、それを可能とする人物がいます》

「……篠ノ之束博士か」

 

 生みの親なら、確かに全てのコアを把握しているのは不思議ではない。あれだけの情報力と科学力を持っているのなら当然とすら思えてくる。

 

 仮に彼女が仕組んだとしよう。何が目的で、何のメリットがあるのか。

 

 紅椿が絡んでいることはまず間違いないはずだ。このタイミング、そしてわざわざ大切に思っている(シロウト)を戦場へ出すことも引っかかる。

 

 ……紅椿の実戦テスト? もしくは何らかの布石だった? これから起きることこそが目的なのか?

 

 ……わからない。

 

《勿論、博士が無関係の可能性だってあるわけですが》

「そうなると浮き彫りになるのが無人機を使って襲ってきた連中、あるいは亡国機業か」

《同一と見てもいいのでしょうか?》

「ISを既に所有しているからな、その線もある。背後が不透明だから余計に怪しいな」

《……ここで考えても分かりませんね》

「以前言ったかもしれないが、現状では後手に回るしかないんだよ。攻めようにも相手が見えない。規模やスポンサーまで分かってからでないと、動くのは難しいな。更識がここまで手こずっている事を考えても、かなりのやり手だ。今までのように甘くはない」

《やられてばかりは嫌いなんですがね……》

「皇も動いている。今は待つしかないだろう。この後に何か起きるとしてもな」

 

 ふぅ、と息を吐いて露天風呂の中に突き刺さっている大岩に頭を乗せて月を見上げた。程よい気温に、これまた程よい熱さの温泉は疲れた身体と心を癒してくれる。学校では大浴場が使えないままで、部屋に備え付けのシャワーばかりで物足りないと感じていたので、この臨海学校で露天風呂が使えると聞いた時は柄になく喜んだ。本家でもこの風呂の時間だけは和んでいたっけ。

 

 身体中にある無数の傷痕が、少し疼く。

 

 まだ終わりじゃない。

 

 これからだ。

 

 そう言われている気がした。

 

 上等だ、やってやろうじゃないか。たとえどれだけ手を汚す事になっても、護ってみせる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話 「それが結果的に君の護りたいものを護ることに繋がるんだから」

 物足りない? 当然、だってここからですもの


 草木も眠る丑三つ時……時計で表すと午前二時頃。月が最も輝き、生き物たちが静かに眠りにつくこの深夜を指す。人間もまた例外ではなく、殆どの人達が眠りについている。学生ともなれば尚更だ。規則正しい生活習慣を身につけるためにも、早寝早起き朝ごはんのリズムはとても大切だろう。最先端技術が詰め込まれたISを操縦する為に学ぶIS学園生ならば尚のこと、規則は厳しい。とっくの昔に消灯時間をむかえ、引率の教員すら夢の中だが、今日だけは少し特別だった。

 

 “銀の福音撃破作戦”。これの事後処理に追われた一部の責任者……つまり、指揮を執り行った織斑先生を始めとした、引率教員の中でも特に強い権力を持つ教員は未だに眠ることを許されなかった。

 

 眠気やあくびをかみ殺して、書類や提出レポート、作戦立案から終了までの過程等々、委員会を始めとしたアメリカ、イスラエル等の諸国へ提出される報告書を作成している。

 

「くあぁ……」

「真耶、もう眠ったらどうだ? 残りは私が引き継ぐぞ」

「千冬さん、自分の分が終わってからそう言うことは言ってください。気持ちはありがたく受け取らせていただきますけど」

「む、言うようになったな」

「負けてばかりではいられませんので。悠長にしていたら一年生の皆に追い抜かれてしまいそうです……」

「確かに、今年は豊作だな。特に、ウチの森宮兄妹と更識」

「専用機は無くとも、優秀な人材が多い……」

「全くだ」

 

 織斑先生、山田先生、大場先生、古森先生。この四人は未だに仮説司令室に引きこもって黙々と作業を続けることになる。

 

 そして、起きているのは彼女ら教員だけではない。

 

 俺、森宮一夏のほかにも一人だけいる。

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

 篠ノ之束。初めて会った時の様な軽いノリを残しつつ、真剣見溢れる表情で俺を出迎えた。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 何故こんな時間に呼び出され、それに応じたのか。それは一通の電子メールが届いたからだ。

 

 風呂に入ってぼうっと月を眺めていると、夜叉が唐突に口を開いた。

 

《マスター。メールが届きました》

 

 俺の携帯が鳴るのではなく、なぜか夜叉が連絡してくる。

 

「メール? ISのお前に?」

《正しくは電文と言いましょうか……。プライベート・チャネルなどの思念通信を可能にしている為にあまりメジャーではありませんが、文書での連絡機能はどの機体であっても付属しているんですよ》

「なるほど、確かにメールだな。それで?」

《差出人は不明、添付されている画像ファイルが二つと、「丑三つ時にてお会いしましょう」という本文のみです》

「丑三つ時? 何かの暗号なのか?」

《古文ですよ。大体午前二時頃を指す言葉です》

「その時間に会いましょうということか。添付されたファイルの中身はなんだ?」

《視界に表示します》

 

 ヘッドギアにあたる部分だけを展開して、視界に機体情報が表示される。それに間を置かず添付されたであろうファイルのダウンロード状況が映された。数秒で進捗を示すバーが満たされ、二枚の画像が大きく出る。

 

 一枚目……左側はこの旅館周辺の俯瞰図。衛星からの映像をそのまま変換して送られて来たのだろう。ここから数キロ離れた森のど真ん中に赤く塗りつぶされた地点があり、何かを示している。

 

 そして、右側に映し出された二枚目の内容は驚くべきものだった。

 

「これは……無人機のスペックデータ? 照合たのむ」

《お待ちを………間違いありません。二度目の襲撃で確認されたタイプの無人機ですね。細かな機体パーツと武装に違いが見られますが、同一機体とみて良さそうです》

「なぜこんな詳細なデータを持っているんだ? コイツは製作者か?」

《どうでしょう……密告者かもしれませんよ?》

「……考えても分からん。会うか」

《お一人で?》

「相手はそれを望んでいるだろうさ。それに、こういうのは俺一人の方が動きやすい」

《マドカちゃんと簪ちゃんはどうします?》

「マドカにだけは伝えておこう。いざという時のためにな」

 

 穏やかな休息時間は無さそうだ。

 

 さっさと風呂から上がって身支度を整える。部屋は変わらず織斑姉弟と同室のために、時間になったら抜けださなければならない。音を立てるわけにはいかないので、誰もいない今のうちに必要になりそうな道具一式を夜叉の拡張領域内に収納し、普段通りに過ごして消灯。

 

 一時半を過ぎたことを確認してからこそこそと布団から抜け出して旅館の外へ。借りものの浴衣を拡張領域に収納する代わりに私服を着て、森宮の仕事でいつも使っている耐刃耐弾機能を備えたコートを羽織る。真夜中とはいえやはり真夏、蒸し暑さも感じるが我慢して森の中を歩く。

 

 目指すのは一枚目の画像に記された赤い点の場所。俺の形態ではなく、わざわざ夜叉へメールを飛ばした人物はここで待っているだろう。

 

 腕時計とIS内蔵の時計が午前一時五十五分を指す頃、目的の場所へ到着。

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

 木に背中を預けて待つこと更に一分ほど経つと、木々の中から声をかけられた。

 

「指定した時刻まで、まだ余裕があるけど。結構律義な性格?」

「五分前行動を心がけなさいと主から口酸っぱく躾けられているのでな」

「そっかそっか。何にせよ、こちらの呼び出しに応じてくれたことには感謝するよ」

「では、聞かせてもらおうか。あのスペックデータを何故持っているのか、そして俺を呼び出した本当の理由を。篠ノ之束博士」

「おや? 聞いてくれるのかな?」

「とりあえず、今朝の様な爆弾満載の偽物ではないからな」

「助かるなぁ」

 

 突如現れた美女――篠ノ之束はぴょんぴょんと跳ねながら、こちらへ近づいてくる。悪いは感じられないし、見た限りこの人物は素でこういう事をやるようなので無視をすることにした。

 

「ちょーっと見てもらいたいものがあるんだよね」

「……俺にか? あなたなら織斑先生へ相談するのでは?」

「今回はそうもいかないんだよね……まあコレを見てよ」

 

 同時に俺へ送られてきた情報を夜叉が解析する。

 

《これは……!!》

「うんうん、優秀なISがついているみたいだね」

「あんた……夜叉の声が……。いや、それは後にしよう。どういうことだ?」

《銀の福音の反応に異変が。加えて、以前襲撃してきた無人機と(おぼ)しき反応が沖の方で確認されています》

「何……?」

「私が言いたいこと、分かってくれたかな?」

 

 データを見れば、昼頃に俺達が福音と戦った辺りの海域で幾つもの光点が光りを放っている。一……三………六…………十二機。どこぞの中隊規模じゃないか。これだけの機体……無人機がいったいどこで建造されているのやら。

 

 篠ノ之束が言いたいこと、なんとなくわかった。

 

「こいつらを蹴散らしてくればいいのか?」

「そうそう! できれば一体だけでもいいからなるべく原形をとどめた状態で持ちかえってきてほしいな」

「断る」

「はにゃ?」

 

 が、俺が引き受ける理由も意味も無い。俺の本来の役割は主……更識家の護衛にある。今なら簪様、学園へ戻れば楯無様もその対象に入り、定義を拡大させれば布仏家、森宮家、皇家も加えられるだろう。

 

 昼はある程度の安全が確保されていた。マドカがおらずとも残った代表候補生がいたし、生徒達の目もあるが先生達もいた。

対して今は真夜中。旅館にいる殆どの人間は眠っている上に、起きている人達に襲撃があった場合の対処が上手くできるとは思えない。寝ずの番をしている教員に、不測の事態に備えた旅館の職員にそれを求めるのは酷だ。

 

 今こうして離れることすらもしたくはなかった。が、無人機の情報は欲しかった。皇を持ってしても確たる証拠が手に入らなかったのだ、このチャンスは逃せない。

 

「――と言ってほしくないのなら、条件を呑んでほしい。森宮として、依頼を受けるとしよう」

「何かな?」

「できる範囲で構わない、所有している無人機に関する情報をくれ」

「……それだけ?」

「誠意ある報酬に期待する」

「……ふぅん」

 

 多くを求めると手痛いしっぺ返しをくらう事がある。間違った情報が混じっていたり、或いは全く関係のない情報だったり……苦い経験だ。

 そこで姉さんに教えられたのが“こちらで報酬を指定して、相手に払わせる”という方法。仕事が成功することが大前提にあるが、それはどんな仕事であろうと変わりはしないので考えない。

“誠意ある報酬”……つまり、相手の善意に訴えて報酬の質や精度を確かなものとする事が目的だ。汚い連中はそんなものを無視してしまうこともあるが、揺さぶられた大概の相手は少なかろうと確かなものを渡してくれる。

 

 実際に戦場に出る連中は意外とハッキリ分かれている。感情を殺して殺戮マシンと化すのか、カケラだけでも良心をのこしているのか。スイッチを持っていてどちらにも切り替えが効く奴もいるには居るが、大抵は後者に分類される。俺もそのタイプだろう。

 

 貸し借りに神経質だったり、恩を感じたり、そんな奴は最大限の恩赦を報酬に乗せて返してくれる。善意から送られるそれには雑なものが混じることはない。

 

 綺麗好きな姉さんらしい方法だ。

 

 それが篠ノ之束にどう影響するのかは、終わってからの楽しみだろう。最低限の情報を引き出せれば俺としては十分だ。余計にペラペラと話してくれればいいが……。

 

「条件を聞こうかな」

「一つ、主と妹の安全を確保すること。何かあれば途中で引き返してでも破棄させてもらう。二つ、やり方に口を挟まないこと。俺には俺なりのやり方でやらせてもらう、望む結果だけを言えば、できる限りの努力をしよう」

「乗った」

 

 パチン、と篠ノ之束が指を鳴らすと夜叉に膨大なデータが流れ込んできた。ウイルスの類かと警戒するが、その類の反応は見られない。メールや先程の画像同様に、何らかのデータだと思われる。

 

 中身は更に新しい無人機に関する情報だった。

 

「君が言う最低限は先払いだよ。残りは手際を見てから、欲しければ頑張ってね」

「……確かに」

「最優先はちーちゃん達の安全を確保すること。気付かれることなく、暴走するであろう銀の福音と、沖で回収する為に待機している連中を全部撃墜すること。そしてその内の一機はなるべく無傷の状態で持ちかえること。ちゃんと無力化してからね。期限は夜明けまで。私のアドレスを上げるから、終わったら連絡ちょーだい」

「了解した。依頼人(クライアント)の意志を尊重し、任務を完遂しよう」

 

 それだけを伝えて静かにこの場を去る。歩む速度を上げつつも、足音は立てない。今この時から任務は始まっている。

 

 本来ならば、主もしくは当主を通してからでなければならないのだが、今回は独断で行うことにした。簪様に判断を仰ぐわけにもいかず、今から楯無様や当主に連絡を取ろうとしても出ないだろう。学園にいる間は森宮としての任務を受けないようにと言いつけられているが、簪様へ危険が及ぶと判断し、依頼を受けた。

 

 この件に関しては事後処理になりそうだ。面倒極まりないが、「簪様のために」と言えば問題はない、はず。

 

 まあ、全て順調に進めばの話なんだが。

 

 何故篠ノ之束がわざわざ俺をこんな時間に呼び出してまで依頼をしてきたのか、この無人機の群れはなんなのか、そもそも福音が暴走した原因も分からなければ再暴走することもまた不可解だ。

 思惑が読めない。だが、聞いてしまった以上は主の安全のために動かなければならない。

 

 篠ノ之束の満足のいく形で終えられれば、色々と教えてくれることだろう。今は集中するべきだ。

 

 物思いにふけりながら歩いていると森をいつの間にか抜けており、海岸の砂を踏んでいた。そして左手には抜けだした旅館。そこからこそこそと抜けだす様に飛びだした銀のISが飛びあがり、あっという間に水平線へと消えていった。

 

 再暴走した福音が抜けだしたか。後を追えば、確実に無人機へとたどり着けるな。

 

「よし、行くぞ」

《はい》

 

 身につける服装が光りはじめ、拡張領域内に収納されていく。それと同時に夜叉専用のISスーツをそのまま着用した。やたらと機械部分が多いこのスーツにも大分慣れてきたな。

 続けて夜叉を展開して、見失わず気付かれない程度の距離を保って尾行を始めた。

 

 ……そういえば、篠ノ之博士とはどこかで会ったことがあるような。気のせいか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と大きくなっていた。身体的には勿論のこと、精神的にも。以前では考えられないほどに。

 

 落ちついた物腰に、感情的にならず見渡せる観察力、信頼を得るだけの強大な力、理性的に振り回す暴力。

 見違えるように変わり映えした外見には驚いた。痛々しくも美しく整った容姿は漫画やアニメのキャラクターの様だ。銀髪は目元と膝裏まで伸び、鋭い両の目は紅と緑、身体の至る所には消えることのない傷痕、年齢不相応の言葉遣いと大人しさ。嘘のように聞こえるが全て現実。

 警戒心が強く、なかなか抱えているモノを見せようとしない。そこそこの社交性を身につけることに成功しているらしく、大抵の人間はあしらっている。それだけに心を許した人物にはとことん甘く、時には想うあまり厳しい。だらしない一面もある様で、妹に怒られることもしばしば。そして姉の森宮蒼乃には見る者が吐き気を催すほどの甘えっぷり。

 

 人間とはかけ離れた能力を持ちながらも、どこか可愛らしい一面を持っている。秘めた力との差が、彼の人間臭さを際立たせていた。

 

 幸か不幸か。それもこれも、全て“IS”がもたらした結果。

 

 ちーちゃんの目の前から消えたことも、男性でも操縦できるようにと改造を受けたことも、プロトコア(夜叉)とシンクロを成功させて学園生として今を生きていることも。

 

 全て、私が引き起こした現実。

 

 ただ純粋に無限に広がる宇宙(ソラ)を飛びたくて、その一心でISを作りだした。白騎士に乗せた武装も戦うための物じゃなくて、衛星などのデブリ(宇宙ゴミ)排除が目的だった。女性しか扱えないというデメリットを抱えながらも、兵器的な価値を持つことも予想はついたから、コアの生産をストップさせて希少性を高め、兵器的な面を薄くしたりと色々手を尽くしてきた。

 

 それでもISが広まるのなら……と、湧き上がる思いを呑みこんでのことだった。

 

 私は自分を天才だと思っている。疑いはないし、周囲の評価もそうだ。でも、どう頑張ったところで人間という種族である事実は変えられない。色々な考えを持つ人がいることも分かっている。ISを解析しようとする人が現れるのは想像の内だった。

 

 だが、世界は私の想像を上の上を行った。たどり着いた現実に私は膝をついて胃が空っぽになるまで吐き続け、しばらく何も口に出来なくなるほどの衝撃を受けた。

 

 人体実験。

 

 “無いなら作ればいい”の精神で計画され、とある山奥に施設が建てられる。人権もクソもあったもんじゃない、この世のものとは思えない地獄が広がっていた。考えれば行きつくのは当然だ。世界を動かしてきたのはいつも男で、人間は名誉や栄光のためならどんな汚れでも請け負う。

 

 私もまだまだ子供だったってことかな。

 

 凡人は嫌いだ。無能はもっと嫌いだ。でも、そんな人達が犠牲になっていくのを見過ごす事は流石の私もできなかった。人並みに命の大切さは分かっているつもりだし、ISを穢されたような気持ちになると怒りが収まらなかったこともある。

 

 徹底的に調べ上げ、確実に潰していった。自身の手を血に染めてでも。その中でたどり着いた施設の一つに気になる……知っている顔と名前があり、更に驚愕した。

 

 織斑一夏。

 

 どうでもいい奴だったのに、この時の私の脳内では姿形から声に人物像まで事細かに記憶が浮かび上がった。

 

なぜ、ちーちゃんの弟が……!

 

 当時はどんな扱いをしていたのか。それすらも忘れて憤る。

 

 世話焼きの癖にヘタクソなちーちゃんは親代わりになって弟達を育てていた。元の口調がキツイけれど、精一杯の愛情を持って接していたのは私には分かっていた。出来が悪い方がいなくなったと近所で囁かれていたけど、ちーちゃんにとってはかけがえのない血の繋がった家族で、立ち直るまでに大分時間がかかったっけ。私も妹を大切にしようと決めたきっかけでもある。

 

 ちーちゃんに嫌われるかもとか、再び浮かんできた罪の意識がごちゃまぜになって、またしてもわけが分からなくなってしまった。立ち直って助け出そうと決めた頃には施設は亡国企業によって壊滅し、織斑一夏は更識家によって保護され、教育を受け、森宮一夏へと変わった。

 

 それからは常にタイミングをうかがっていた。今更でも謝りたかったけれど、昔を忘れて今を楽しそうに生きる姿を見るとどうすればいいのか分からなくなる。施設による人体実験と改造は、森宮一夏のことを考えれば良いことだったのか、と。

 

 更識に保護された日からずっと見守り続けたけれど、私の思うところも含めてだした結論は、“時が来るまでは”という問題を先送りする方法だ。時がいつなのかは分からない、もしかしたら来ないかもしれないけれど。せめて学園を卒業するまでは……。

 

 ただ、会って話はしたかった。純粋に興味があるし、今の彼に直で触れるには滅多にない機会だしね。試しにけしかけてみた無人機もあっさりと倒した揚句にコアまで持っていった実力も気になる。一発で私が作った私そっくりの人形も見破り、中身に詰め込んだ爆薬にまで指摘してきたのだ、気にするなという方が無理。

 

 今回依頼した事だって、彼本来の戦いを見てみたかったからに過ぎない。やろうと思えば私一人でもできる程度のことだし、こんなことは今までだって何度もあった。

 人目も無く、制限も無い戦場でどう戦うのか? 良い意味で予想を裏切ってくれれば、彼はきっと私の剣となって戦ってくれる。

 

「私に見せてよ、力を。それが結果的に君の守りたいものを守る事に繋がるんだから」

 

 ふふっ、と柔らかい笑みを浮かべながら、衛星から送られてくる夜叉の映像を眺め続けた。

 




 個人的にIS登場キャラの中では更識姉妹の次に束さんが好き


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話 「久しぶりに暴れるとするか」

 しばらく家を開けるので、ならばと急いで書きました。



 前回で束さんに多くの疑問を持たれたでしょう。

 「誰だよお前ww」「なんか態度が違うんですけど……」

 単に言えば、無能ではなく才覚を見せた(見た)束さんは一夏を気に入ったのです。でも色々と昔言っちゃったし、自分のせいで人体実験にまで合ったもんだからもうしわけないなぁーとも思っています。

 これ以上は先の展開に関わるので「おくちミッフィー」ですが、おかしくね? と思われた方々、どうか矛を収めていただきたいです。

 それではどうぞ。


 ふと、目がぱっちりと覚めた。壁にかかった時計を見ようとするが、暗くてよく見えない。結局、待機状態の白式を起動させて時刻を確認した。

 

 午前二時過ぎ、か。

 

 今日……いや、昨日は朝からバタバタしていた。二度あることは三度ある。予定通りすんなりと臨海学校が終わるとは思ってはいなかったけど、束さんが来て、既に第四世代を完成させていて、それが箒へのプレゼントになってて、アメリカの実験機が暴走してそれを止めて………大変だった。昼には全部終わったと言っても、内容が内容だけにまだ疲れが抜けきっていない。

 

 千冬姉さんはこんな時間になっても部屋に帰っていなかった。まだ事後処理に追われているのだろうか……。

 

 大分目が慣れてきた。そこで気付く。

 

「森宮がいない?」

 

 福音を撃破してから、俺達専用機を持っているメンバーは自室待機となり、各々が話す時間も無く部屋に押し込められた。食事もわざわざ部屋まで運んでもらうという徹底ぶり、外には教員が張りついていると森宮が言っていた。備え付けの露天風呂に入って寝るまで、俺は森宮と二人きりだった。

 だが目を開けてみればどうだろうか。隣の布団はもぬけの殻、トイレと風呂の電気もついていないのでこの線はない。

 

 いったいどこへ?

 

 最近知ったことだが、アイツは意外と優等生だ。言いつけはしっかりと守るし、礼儀も正しい。学力に目をつぶれば、学生としては申し分ないと噂になっている。先生が寝ろと言えば寝るし、今日に限っては「簪様」とまるでお姫様のように接している女子からもゆっくり寝るように言われていたみたいだし、目が冴えたからとかいう理由で外を出歩くことはないと思う。

 

 ………何かあったのかもしれない。もしかして、福音がまだ絡んでいるのか?

 

 そこまで行きついた俺は、音を立てないように布団から這い出て、ISスーツを中に着こみ制服に着替えた。

 ヘッドギアだけを部分展開して、廊下に繋がる引き戸に耳を押し当てて外を探る。音響とサーモセンサーを使えば外で人が歩いているのを簡単に知ることができた。ラウラに感謝しつつ、窓の外から出る方向に切り替える。

 

 カーテンを静かに開けて、月明かりが部屋に入る。雲のない空には大きな月が浮かんでおり、それを切り裂くように黒い影が過ぎ去っていくのを、白式が捉えた。

 

「あれは……夜叉?」

 

 識別は間違いなく味方で、コアナンバーと機体の特徴から見て間違いない。森宮は既に旅館の外に居て、そこから夜叉を使ってどこかへ向かったんだ。

 

 何が起きているのかは分からない。でも、何かが起きているのは確かだ。

 

 行こう。俺にもできることがあるはずだ。

 

「白式!」

 

 俺の声を聞いた相棒はすぐに光を発して姿を現す。目立った損傷のないボディは月明かりに照らされて白く輝いている。好調だ。

 

 PICだけを使ってふわふわと高度をあげ、雲が浮かぶ高度へ達したところでスラスターを全開にして夜叉を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり遅いな。それもそうか、脚部スラスターとPICだけじゃ速度が出るはずない。量産機だって追いつけるだろう。逆に、メインのスラスターを欠いているにもかかわらずこれだけの速度が出ていることを驚くべきか。

 

 どうでもいいか。追い掛けやすいし、気付かれたところで反撃できないだろう。学園側がかけていたリミッターは外されたまま、稼働率は80%という入学前の性能を取り戻している。大抵の事態には対応できるはずだ。それでも苦しいならさらにリミッターを外せばいい。

 

 時折揺れながら飛び続ける福音を遥か遠くから捉えながら、そんなことを考えていた。

 

「そろそろか。夜叉、無人機の位置はどうだ?」

《真っすぐ福音へと向かっています。一秒でも早く回収したいのでしょう》

「距離は?」

《福音との距離が約1000m、無人機集団との距離が約8000mです》

「ものの数分でぶつかるな」

《コール『LZ-ヴェスパイン』『炸薬狙撃銃・絶火』。どちらを使われますか?》

「絶火にしよう」

 

 俺の意図を察した夜叉が狙撃銃を二つ展開する。ある程度距離を詰めたところで停止して、狙撃で確実に数を減らす。

 

 シールド内側にあるアームを使えば、夜叉がその武器を使う事ができる。この特性を活かした二丁狙撃だ。これが結構効果的で、今回の様な追撃戦ではなく防衛戦や殲滅戦ではかなりの脅威になる。先制、援護にも使えるなど距離さえあれば汎用性が高い。勿論登録している武装であれば何でも使えるため、その気になれば銃六丁にミサイルという鬼畜弾幕を一人で張れるのだ。

 

 手の中には絶火。第一シールドにはヴェスパインが現れる。

 

 福音との距離を常に1000m保ち、無人機との距離が3000mを切ったところで狙撃体勢に移った。

 

 エネルギーが充填されていくいヴェスパインの銃口が緑色に光り、輝きを増していく。右目の端でそれを捉えながら狙撃モードへ以降、視界が一気に狭くなり、スコープが覗く先の景色だけが脳を占める。このモードは望遠倍率を何倍にも伸ばす仕様で、超長距離狙撃に使う。今回は夜叉がヴェスパインを使うためにアシストを受けられないので、保険をかける意味で使用する。

 

 いっぱいに広がる無骨な機体。全身を装甲で包み、青く光る一つ目が福音を捉えようと進行方向を見つめていた。篠ノ之博士から貰ったデータ通りの外見をしている。

 

「ISに比べれば少し小さいな」

《楯無ちゃんが言っていた通り、ISとは違った技術を採用しているのかもしれません》

「もし有人機だったとしたら、あれには男が乗っているのかね」

《大惨事です》

「まったくだ。面倒極まりない」

 

 今度は男が調子に乗る時代が来たりして……。

 

 程よく拡大したスコープの先では、無人機達が速度を緩め始めていた。完全にストップしたのを確認して、倍率を下げる。福音と合流した様だ。

 

「俺が先に撃つ」

《はい》

 

 絶火の弾丸は炸薬弾……つまり、着弾すると爆発する。爆炎が起きるのは分かっているが、絶火の1マガジンには一発分しか込められない。大口径高火力極大爆発半径のツケだ。マガジン交換の時間をヴェスパインで繋いでもらう。

 

 あらかじめ左手に次のマガジンを用意しておいて、もう一度倍率をあげる。狙いは……丁度連中の中心にいる一機だ。

 

 風を読み、サイトの中心に胸の部分を捉えて、人差し指を引く。

 

 腕が吹き飛ぶであろう衝撃を難なく抑え、絶火は狙い通りに弾丸を吐きだし、無人機の中心を捉えて炸裂した。直撃した機体は五体バラバラになって海へと落ちて行き、すぐ近くに居た数機にも無視できないダメージを与える。

 

 少しだけ倍率を下げ、すぐにマガジン交換に移る。こちらを向いた全機体の内、もっともダメージを受けていない奥の一機がニュードに貫かれ四散。ヴェスパインによって頭部を丸ごと溶かされた。

 

 すぐに第二射を放つ。今度は福音を巻き込むように、盾になろうとした一機の胸を吹き飛ばし、もう一機分海へ沈める。絶火同様に一発ずつしか撃てないヴェスパインもチャージを完了し第二射、またしても無傷の機体を破壊した。

 

 これで十二機の内四機を撃墜。あっと言う間に三分の一を失った連中は迷わず撤退を選んだ。速度の足りない福音は、まだ無傷の無人機二機が両方から支えてカバーしている。

 

 ここからが本番だ。

 

「よし、行くぞ!」

 

 絶火とヴェスパインを収納して狙撃モードから通常の戦闘モードへ切り替える。代わりにジリオス……ではなく久しぶりにティアダウナーを取り出す。使用禁止を言い渡されていた“魔剣”だが、ここは学園ではない。存分に振り回すとしようじゃないか。

 

 IS一機分の大きさと重さのあるそれを片手で握り、肩に担ぐ。左手には同様に危険度の高いジリオス。一番、四番にお蔵入りしていたニュード軽機関銃『ヴルカンMC』をアームに接続、悪質なまでの集弾率の悪さと引き換えに大量の装弾数を手に入れたコイツで、いつにもまして広範囲の弾幕を張る。二番、三番にはクラスターミサイルを装填して発射態勢を整えた。

 

 爆発的な加速を持って突撃、あっという間に差を詰めて最後尾の一機をティアダウナーで串刺しにして縦に両断する。綺麗に二等分した機体の間を進んで、ジリオスで並走していたもう一機の首を飛ばして胸に突き立て、海へと放り投げた。

 

「随分脆いんだな」

《シールドエネルギーの類は無いようです》

「だとしたら装甲だけなのか……それは兵器として大丈夫なのか?」

《私達が気にすることではありませんよ》

「それもそうだ」

 

 残り六。

 

 更に速度をあげた残りの連中へ向けてミサイルを放つ。六発のミサイルは、計四十八発のミサイルへと姿を変えて追い始める。その内の半分、二十四発は無人機の先頭を追い抜いて、500m先で反転して頭を叩くように迫り、もう半分は上空から雨のように降り注いだ。そこへ追い打ちのヴルカンを叩き込む。

 

 爆発の嵐であたり一帯は焦げ臭さと熱風で包まれる。煙やら破片やらが舞い上がる中でもセンサーはしっかりと状況を把握していた。

 

 福音含めてあと三機か。丁度いい、鹵獲するか。

 

 福音は当然捕まえるとして、篠ノ之博士の依頼で一機“なるべく”無傷で連れて帰る必要がある。それとは別で一機欲しかった。

 もしあれがISとは別系統の機体なら、技術も違う部分が多いはず。解析すれば以前姉さんが手に入れたコアと相まってハイブリッドISが作れるかもしれない。更識の勢力拡大を考えれば、喉から手が出るほど欲しかった。

 

 夜叉が持つ武装はどれも一撃必殺の火力を秘めているモノばかり、鹵獲には向いていない。なので、またもやお蔵入りしていた武装を引っ張りだす。

 

 『スタナーJ2』という、グリップの先に二本のクローがついた独特な武装だ。弾が出るわけでもなく、ニュードの刃が出るわけでもない。ものすごく簡単に言うなら、スタナーは“スタンガン”だ。ただし、威力は魔改造したそれの比じゃない。IS用に調整されている為に、通常の機械なら回線を焼き切ってしまうほど強力だ。これはコアによるシールドエネルギーで威力を減衰される前提で作られている。

 

 福音は兎も角、無人機ならどうだろうか? コアの反応は無い。つまり、シールドエネルギーは無く、それに類似したシールドが発生している様子も無かった。

 

 ということは……

 

「……結構効いたな」

 

 ある程度痺れてくれればいいかな、ぐらいの気持ちだったが、かなりの高威力だったらしく一つ目型のセンサーアイが光りを失ってがくりと力を抜けて倒れこんできた。これだけの質量を動かすものすら機能停止まで追い込むのか……。有人機のタイプがあるのなら、使用は控えるべきかな。

 

 シールドのアームを上手く使って固定し、二機目も同じように機能停止させる。

 

 残った福音は大した脅威でもなく、適当に攻撃を加えてシールドエネルギーを貫通して絶対防御を発動、あっという間に機能停止まで追い込んで無力化した。

 

「あっけない」

《まあこんなものでしょう》

「一回目の福音戦もあっさりと終わったしな」

《まあ意識を乗っ取られていては勝てる戦いも勝てはしませんから。あれはこちらの勝ちで終わるべき作戦でした》

「無人機でのお出迎えまで用意された出来レース、か」

《そう考えるのが妥当です。ならば――》

「おーい!! 森宮―!」

 

 鹵獲した無人機をシールドのアームで固定し、機能停止した福音を片腕で抱える。夜叉との会話をぶった切るように、そこへ何故か織斑が来た。

 

 困ったな。これで怪我でもされるとこっちが困るんだが……。

 

 時間が時間だけに、起きていないだろうと勝手に決めつけていた。学園では消灯時間まっただ中だし、先生が同室だから尚更だろうと思っていたんだが……。まぁ、手洗いに行く途中に見られたのかもしれないな。だとすれば、俺も鈍ったもんだ。

 

「お前、何でここにいる?」

「いや、起きたらいないし、なんか夜叉が見えたから」

「先生からの許可は貰ったのか?」

「まさか。姉さんはまだ部屋に帰ってきていない」

 

 連絡もせずに飛び出してきたのか……。言えば止められただろうし、俺も力づくで呼び戻されたかもしれない、そう思えばまだマシな結果だろう。

 

 ここに織斑が来たからといってやることに変わりはない。面倒事が増えただけだ。随分と厄介で性質の悪い面倒事がな。

 

「まあいい。戻るぞ」

「なあ、何で福音がここに居るんだ? それに、そっちのISは前に襲撃してきた奴とそっくりじゃないか。何があったんだ?」

 

 ………。正直に話しておこう。依頼に触れる部分だけはお茶を濁せばいい。

 

「福音が再暴走してな、追いかけた。すると待っていたのはこの無人機というわけだ」

「……下の残骸は無人機なのか」

「行くぞ。もうここに用はない」

「ああ。……俺も運ぼうか?」

「そうだな……なら、福音を任せようか。暴れ出しても抑えられるだろう?」

「おう」

 

 怪我でもされると堪ったものじゃない。武器満載の無人機よりも無防備状態の福音の方が織斑でも組みしやすいはずだ。

 

 衛星から送られる情報を頼りに旅館へ向けて移動する。篠ノ之束と会った森はすぐ近くにあるので、同じ方向を目指せば後はどうとでもなる。……向こうが同じ場所で待っていれば、だが。どこかで見ているだろうし、向こうが欲しがっている無人機は俺の手の内にあるんだ、連絡ぐらいは寄越してくれるはず。

 

 織斑が福音をしっかりと抱きあげたのを確認して、白式が追いつける程度の速度で移動を開始した。

 

 そういえば………

 

(夜叉、お前さっき何を言おうとしていた?)

《ああ、そうでしたね。我々が福音を取り返そうと追撃してくる事を想定しているのなら、増援や伏兵がいてもおかしくは無いでしょう? 何せ作戦に参加したISは全て専用機なんですから》

 

 確かに……。無人機作成にかかるコストや労力を測りきれない今では何とも言えない事だが、既に大量生産されているのなら数にモノを言わせた物量戦を仕掛けてこないとも限らない。むしろ福音の暴走よりもこちらがメインの可能性もある。

 

 だとすれば……男性操縦者が二人だけ、荷物まで抱えているこの状況は連中にとって絶好の機会。

 

 たらたらと飛んでいればあっという間に落とされる。織斑をロープで牽引してでも速度を出して戻るべきだ。

 

《高エネルギー反応! 場所は……二時の方角にあるあの無人島です!》

「なにっ!?」

 

 行動を起こそうとしたところへ夜叉からの警告。大丈夫だ、コレをやり過ごせば振り切れる。

 

「織斑!」

「狙われてるってんだろ!? 分かってる!」

「傍を離れるなよ!」

 

 シールドのない白式はこういう時不便だ。盾代わりの速度も福音(デッドウェイト)のおかげで活かせず的になるだけ。夜叉には携行できるシールドなんて搭載していない………いや、あれがあったか。

 

 二度目の襲撃で使った『バリアユニットγ』がある。内蔵エネルギーが切れればリチャージまで使えないが、無いよりはマシだ。

 

「コイツを使え。覚えているか?」

「懐かしいやつ持ってんじゃん」

 

 無駄口をたたきながらも受け取った織斑はバリアユニットを起動、直後展開されたバリアにエネルギー弾が命中してバチっと面前で弾ける。間一髪とはこのことだ。

 

 次に取り出したのは頑丈なロープ。装甲を掴ませたりすると剥がれてしまうし、手を握ってしまえばとっさの迎撃が間に合わなくなる。身体と身体を括りつけるのが安全だ。相応のリスクもあるが、振り切ってしまえば問題はない。

 

「福音をいったん預かるから、ロープをしっかりと結んでおけ」

「お、おう」

 

だらりと腕を垂らした福音を脇に抱え、周囲を警戒しシールドで狙撃を防ぐ。暢気に見えるかもしれないが、四方八方からの狙撃の雨は止まない。四枚のシールドと、刀身が大きく頑丈なティアダウナーで弾くなどして被弾しないように必死だった。無人機に傷がつくことも怖いので割と気をつけている。

 

 俺はというと、既に結ばれた状態で展開したので防御に専念できた。

 

 あとは織斑の準備が終わるのを待って、夜叉が敵位置を特定できればすぐにでも動ける。

 

「結んだ!」

《完了です、視界に表示します》

 

 噂をすれば、だな。

 

 織斑はもやい結びと呼ばれる方法でお腹の部分を縛っていた。よく知っていたなと思いつつ、しっかりと結ばれていることに安堵する。最悪縛り直すかと考えていたが、その必要は無さそうだ。

 夜叉が射線から割り出した敵の数はおよそ二十。さっきと合わせて三十以上の無人機が作られていることになる。敵は相当な資源と資材を持っているらしい。加えてどの機体も俺達を中心とした半径1km以内には存在しない。そして、どれもが狙撃銃や榴弾砲などの単発で高火力な砲撃をタイミングよく連射してくる。

 

《さらに増援! 数は……三十! 太平洋を北上してきます!》

 

 倍率の下がった衛星からの映像が視界の隅に表示された。密集した幾つもの赤い光点が虫の大群のようにこちらへ向かって来ている。

 

これで六十か。間違いなく、再暴走した福音を捉えに来るISが目的だな。篠ノ之束め……覚えていろよ。

 

「急ぐぞ」

 

 返事も待たずに加速する。過ぎ去る景色と、掠めるエネルギーを感じながら更に速度を上げた。織斑は……まだいけるな。

 

 矢のように真っすぐ飛び、時折直撃弾を回避する為に身体を傾ける。織斑への負担もなるべく少なくなるように気をつけているが、そろそろ気にしていては避けられなくなるほどエネルギーの雨が酷くなってきた。追いぬいた機体が追って来ながら撃ち続けているのである。

 前方だけでなく、後方を含めたあらゆる方向から負傷必死の弾丸が当たれば御の字と言わんばかりに迫る。いつも以上に繊細な操縦に精神が削られるも、乗り切るまでの辛抱だと思って耐えた。

 

「抜けた!」

 

 密集していた敵地帯を突破した途端、織斑が叫んだ。夜叉の声も聞こえず、データリンクしていないこいつには後から来る増援を知らないんだったな。その方が都合いいから教えないが。

 

 速度を落とさずに後ろを見ると、確かに二十に近い数の機体がこちらに銃を向けながら追って来ている。姿形はまんま鹵獲した機体と同じで、武装にも大きな違いが見られない。複数のタイプがあるのかと思っていたが、この一種類しか開発していないようだ。

 

 鹵獲した二機はここで破壊して、新しくもう二機鹵獲するかな。そっちの方が多分手早く済む。

 

 織斑は………

 

『おい、お前等今何処にいる?』

「ち、千冬姉さん……!」

 

 ……ナイスと言うべきなのか、しまったと悔やむべきか。どちらにせよ、織斑が自分からここへきて、織斑先生が通信を繋いできた時点で“巻き込まない”という条件は達成不可能だ。口止めしようとも見られているだろうから言い逃れはできない。せめて影響の及ばない形で締めなければ。

 

「福音が再暴走を起こして脱走した為、追い掛けました」

『たったの二人でか?』

「元々は私一人でしたが、それを見ていた織斑が後から追ってきたため、二人です」

『なぜ報告をしなかった?』

「すれば呼び止めたでしょう? 追いついた先には十を超える無人機が待ち構えていました。恐らく迎えに来たのだと思われます。専用機持ちを起こして作戦を立て準備をしていれば逃げられていました。それに―――」

『ああ、分かった分かった。言っていることは正しいと分かる。続きは帰ってからだ、とりあえず早く戻れ』

「はい」

 

 何故か深追いされることなく通信が切れた。戦闘音が聞こえていなかったのか……?

 

「なんか姉さんきつそうだったな」

「きつそう?」

「いつもなら絶対にあんな風に折れたりしない。多分ついさっきまで事後処理に追われていたんだろ」

「流石のブリュンヒルデも、疲労には抗えないか」

 

 言われてみればそんな雰囲気だったように思える。まぁなんにせよ好都合だ。最難関の織斑先生は結果的に俺達が置かれている状況を理解していない。織斑に口止めすれば拡散することはないだろう。が、悠長にもしていられない。捉えたはずの福音が居ないと分かればすぐに別の作戦が組まれる。というかこれだけの時間が経っているにも関わらず、未だに福音が逃げ出したことが知られていないという時点でおかしい。

 疑問や不信感は尽きず増える一方だが、請け負った以上はこなす。勝手に何かやって失敗したとなればまた面倒だ。

 

 最優先は織斑の安全確保、次に無人機を鹵獲して届けること。これさえ守れればいい。

 

 その為には………

 

「織斑」

「?」

「今からロープを切り離す。お前はそのまま旅館に戻って福音を元いた場所に戻して縛りつけておけ」

「お前はどうするんだよ?」

「俺はここで足止めだ。このままだと旅館にまでこいつらはついてくるぞ」

「だったら俺も……!」

「足手まといだ。それに、俺は俺の事情があってここにいる。ガキは帰って寝てろ。ばれるなよ」

「………分かったよ」

 

 言いたげな表情だったが、足手まとい、の部分を強調したこともあって渋々引き下がった。悪いことじゃない。実力の無さを理解し、できることを選んだだけに過ぎない。シールドの有無や能力の違いで役割が変わることとなんら変わりはないのだ。

 

 今のお前がやるべきことは、福音を無事に連れ戻して元に戻すこと。誰かを心配させないように。

 

 夜叉の右腕に白式がしがみつくように両腕で握りしめ、空いている左手にジリオスを展開してロープを切る。加速する白式を牽引する為にこちらも速度を上げ、速度型IS二機のスピードをもって後ろにいる群れを振りきった。

 

「いくぞ!」

「こい!」

 

 更に加速を重ね、白式の重みを感じる右腕を振り抜いた。シャトルの如き速度に乗った白式はあっという間に水平線のかなたへと消えていった。まるで白い流星だな。福音を担いで尚あれだけの速度が出るのか………。自分の周囲がアレだから忘れそうになるが、白式もまた最先端の技術が詰まった高性能な機体だ。外部の追加ブースターさえあればあの程度は造作も無いだろう。

 

「さて……」

 

 最大の懸念だった織斑は旅館へ向けて旅立った。道中に無人機が居なければ無事にたどり着けるだろう。反応も無いし、ここよりさらに旅館へ近づけると探知されるだろうから居ないと予想したからこその行動なんだが。

 

 続けて荷物になっている鹵獲した二機をジリオスとティアダウナーで切り裂いて破壊した。シールドの内側に固定されているコイツに命中して爆発でもしたらひとたまりも無い。特殊な装甲を採用して入るが、防御力が低いことには変わりない。あっという間にシールドエネルギーが底をついてしまう。敵に投げ返して復活されても困るので俺の手で壊す。

 

 ようやく身軽になった。出来れば旅館に戻ってからこの感覚を味わいたかったんだがな………。

 

 それにしても、随分と聞きわけが良かったな。前みたいにガツガツと突っかかって来るかと思っていたが。

 

《信頼されているのでしょう》

「アイツが、俺に?」

《ここにいれば邪魔になる、という考えもあったでしょう。ですが、そこに至る前にマスターなら大丈夫だと判断したはず。信頼以外の何と言いましょうか?》

「………好きに言ってろ」

《はい。………嫌なのですか?》

「人間的にはそうでもないさ。というか、俺にとっては身内以外はどうでもいい。だが、アイツはちょっとなぁ………」

《ほうほう?》

「“天才”って奴は、なにかと“無能”との相性が悪い。姉さんや楯無様は稀なお人だよ」

 

 本当に、そう思う。

 

 会話がふと途切れて、波の音が響き始める。何をどう切り出せばいいのやら、そもそも不味いことを言ったのかすら分からない。怒らせてしまった時の様な沈黙に似ている。

 

 耐えきれずに口を開こうとした時、警報が鳴る。

 

「夜叉!」

《五十機がこちらへ来ます! ロックオンされました!》

「狙撃と榴弾か……!」

《続けて増援……数三十!》

「まだ来るのか!? 流石の俺でも驚くぞ……! 何処から来る?」

《既に遭遇している……? そんな、でも……。いや、まさか……!?》

「おい、どうした?」

《上から、来ます》

「上?」

 

 そう言われて真上を見上げる。現在位置の高度は雲より低いが、今夜は晴れているために月と星が綺麗だ。当然、映るのは夜空と星ばかりで機体は見えない。

 

 いないじゃないか。そう返そうとして、ふと気になるものが目に映った。その部分だけを拡大して視界の一部に映す。あれは……光っているが星じゃないな。それに少しずつ動いている。

 

「まさか……!?」

 

 その光点は動くにつれて赤へと輝く色を変えていく。続いて、同じような光がどんどん増えていった。その数は……軽く二十を超えている。

 

「大気圏外からだと!?」

《全ての機体が単独で突入しています! あと数分で全ての無人機がここへ……およそ八十!》

「質より量というわけか……」

 

 一機がどれだけの性能を秘めているのかは分からない。篠ノ之博士が渡してくれたスペックデータもざっと目を通しただけだし、アレが確実に正しいとは限らないのでポテンシャルが測れないままだ。最低でも、数機集まればアリーナのシールドを突破できるだけの火力は備えている、量産タイプだろうと無視はできない。

 

 数が多いものだから量と例えたものの、質だってかなりのものだ。例えばの話、ISの劣化品だとしても、あれだけの数がいれば国家代表といえども撃墜は免れられない。国を潰すなどたやすく行えるだろう。それだけの戦力だ。

 

 が、それは一般的な見解に過ぎない。

 例えば、一騎当千……いや、万、億に置き換えても尚表現できないほどの力を秘めた実力者ならばこれだけの戦力も“この程度”に成り下がる。

 

 もっと言えば、世界最強の姉とか、学園最強の生徒会長とか、その僕で弟とか。

 

「久しぶりに暴れるとするか」

 

 手ごたえのありそうな戦いに、心が高ぶった。

 




 前書きも後書きも書くのは久しぶりな気がします。

 それはさておき、ここからは若干のネタバレを含みますので、気にされる方はここで戻られた方がよろしいかと思います。

 そんなの気にしない! とか、むしろOK! 的な方。あと、できればボーダーブレイク大好き! って方はどうぞ、スクロール頑張ってください。



















































































































 よろしいですか?

 では、本題に入る前に少し語らせて下さい。

 この作品にSEGA様の「ボーダーブレイク」というアーケードゲーム要素を絡めたのは、勿論私個人が好きだからなんですが、もう一つ理由があります。

 何処へ行ってもボーダーブレイクネタのSSが見当たらない。

 これです。
 無いわけではありません。探せばあるでしょうし、実際にこのハーメルン様でもタグ付けされている方はおられます。

 しかし、少ない! ボダブレ要素の含まれたウマーなSSが少なすぎる!!

 深刻なニュード中毒者は考えました。書けばいいじゃない、司令官!!

 というわけであります。

 前提でSSは読むのも書くのも好き、ISも大好き。同じぐらいボーダーブレイクも好きなんです。これコラボしたらすんごい俺得SSの出来あがりジャン!! 

 聖書である「sola」要素も姉さんだけに抑えてまでプッシュしてるのはそんな理由なんです。

 くだらない? そんなこといわんといてぇな……。

 おかげ様で読まれる方の中にもボーダーの方がちらほらとおられるようでして、感想欄を見ては喜んでおります。あの武器だして! とか見るとウキウキします。殆どの方が私よりも上のランクですからビクビクしながらありがたやーとディスプレイに向かって拝んでたり。Aでうろうろしている砂乗りはそんな気持ちです。

 さてさて、ここからが本題です。

 そんなわけで、私自身がボーダーブレイク要素のあるSSが見たいが為に絡めましたこの作品、武器だけで終わるわけがありません。

 出します! ブラスト出しますよ!! ええ、もっとボダブレ要素濃くしてほしいそこのニュード中毒な庸兵さんのリクエストと私自身の欲望にお応えします!! 最近のアップデートでてんてこまいな私は精一杯頑張りますとも!

 ボーダーブレイク? なにそれおいしいの? という方にも大丈夫! ちゃんとどんな機体なのか等々しっかり解説を踏まえて作品には出していきます。

 まずは………



・クーガーⅠ型
 ブラスト・ランナー(ボーダーブレイクに登場する戦闘する機体を総じてブラストと呼ぶ)の原点ともいえる機体。バランスが良く「様々な状況に適応できる様に」というコンセプトで設計された。新人ボーダー(搭乗者をボーダーと呼ぶ)に受けがよく、安全性が高く人を選ばない。廉価であることも高評価。

・へヴィーガードⅠ型
 機動力を犠牲に、非常に高い防御力と分厚い装甲、転倒やスタンにも強い名前通りのブラスト。がっしりとした作りと、機動性の低さから拠点防衛に向いている。勿論前線での壁役としても活躍。

・シュライクⅠ型
 機動力、索敵能力が高いブラスト。その代わり装甲が薄く防御力が低め。全ブラスト中でも機動力が高いレベルにあり、軽やかな動きがウリ。



 やはりこの三機は欠かせないでしょう。皆さんお世話になった筈です。

 この三機は出します。確実に。

 そして………



・ヤクシャ
 全ての性能が非常に高い水準でまとめられている機体。薄めの装甲が気になるものの、目をつぶれば高機動型の万能機で、どんな作戦でも見事にこなせる。エースの中のエースだけが乗ることを許されたブラスト。



 これも欠かせませんよね。ヤクシャ=エースという脳内変換が私の中では勝手に行われております。

 少ない? まあ、そうでしょう。あえてこの四機に絞りましたから。

 でも見たい! 俺の嫁や相棒が活躍するシーン見たいよ!!

 な、ボーダーのあなた方へ。



 作品に出てほしい、出してほしいなーと思ったボーダーブレイクの機体を募集します!! アセンや、そのアセンで最も使用する、活躍できる兵装と搭載武装もOKです!! 武装だけでも可!!



 私の活動報告に分かりやすいタイトルで募集を受け付けます。下記の注意事項を読まれた上で、書き込んでください。



・型番は無視して、全て「Ⅰ型」等のゲーム内購入順にのっとって公開していきます。
 例)エンフォーサーの場合
   Ⅰ型→Ⅱ型→Ⅲ型…………

・キメラも勿論OKです! が、登場する機体によっては実現しない可能性もあります。なるべく全種類出していく覚悟ですが、アップデートによる新機体開放や、作品の進行具合で登場が難しくなる事も考慮ください。
 ボダブレの真価はキメラにあると思っております。どんどん下さい。

・武装も可です。単品でも、兵科と武装、アセン、チップの組み合わせまで何でもござれ。

・感想欄には感想だけをお願いします。今回募集するアンケートは、活動報告かメッセージに書き込んでお送りください。これは、運営から設けられたルールです。


 以上にご留意の上、お待ちしております!! 皆々様のアセン楽しみです!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話 《Shift ”Limit-Lv1”》

 近々解説を含めたおさらいを挟もうかなーと考えています。BBとは? とか、BB武器がどう変化しているのか、とか。知らない方の為にも区切りのいい所で整理したいです。


 両腕で抱える重たい銀色の塊は物を言わず、ぐったりと全ての体重を俺に掛けてくる。気絶しているのだから当然だし、そのままでいてくれると非常に都合がいいから起こす事もしない。

 

 森宮が福音ごと俺を投げ飛ばした後、それに逆らうことなく加速を続けて、一秒でもはやく旅館に戻るために全速力でスラスターを吹かしている。重りがある為、いつものような速度は出ないし、これだけの長距離飛行も初めてだから不安もあるが、後に残って大量の敵を引きとめている森宮を考えると弱音は言えなかった。

 

「ずっと同じ景色ばっかりだ。まるでド田舎のマラソンだな」

 

 地元にそういう場所は無いが、一度だけ学校で合宿のような行事が行われた時に田舎へ行ったことがある。自由時間にはしゃいで周辺を走り回ったまではいいものの、何処を見ても畑や田んぼばかりで位置を掴めず迷った。

 

 何処を見ても海が広がるばかりで、変化といえば稀に見かける無人島や常に動き続ける雲だけ。緊張感を保ってはいるが、景色に飽きがくる。

 

 ISのレーダーがあるし、衛星とのリンクもまだ切れてはいない。縮小した地図に映されたルート通りに進めば旅館には戻れる。迷う心配はなかった。

 

 いつ動き出すかも分からない福音を目覚めさせないように気を配りつつ、俺は最短距離を飛び続けていた。

 

「あいつ……大丈夫なのか?」

 

 後ろを振り返るが、当然海が広がるばかりで黒いISと大量に湧いた無人機の群れは見えない。既に戦いが始まっていると思うが、戦闘音や銃の光も、暗い太平洋には聞こえも見えもしなかった。それだけ距離が離れているということの証だ。

 

 ちらりと見えたのはおよそ二十機。恐らくまだまだ増えるだろうから、倍以上の無人機を一人で相手にすることになる。

個々の実力も重要ではあるが、戦いでは数と連携も重視しなければならない。スポーツがいい例だ。確かに森宮の実力は抜きん出ているし、夜叉の性能や武器の壊れっぷりも類を見ない。ただし、一人だ。そこらのゴロツキ相手に喧嘩を吹っ掛けて勝つことはできても、国中に根をはる警察全てを叩き潰すことは不可能に近い。

 

 いくら森宮といえども、あれだけの数を相手に勝つなんて無理だ。無事に帰って来たとしても無傷とは言えないだろう。

 

 助けに行くべきだ。その為にも、最速で福音を旅館まで届け、速攻であの場まで戻る必要がある。

 

「……急がないとな」

 

 が、深刻な問題が一つ。帰りつく前にエネルギーが尽きそうだ。

 

 経験値を蓄えた白式は節約を覚え、慣れ始めた俺は上手な機動を学び、エネルギー効率の良い配分を模索し始めた。それでも劣悪な燃費であることに変わりはない。精々“1”が“1.1”になった程度だ。

 

 白式は燃費が悪い。しかし、前提としてそもそも第三世代型(白式は、雪片弐型こそ第四世代兵装だが、機体そのものは第三世代相当)は実験機が殆どで、搭載されている兵装の多くはその名の通り実験中の発展途上が見込める兵装ばかり。言ってしまえば“他国よりもアドバンテージを得ているだけ”に過ぎない。当然のように、それらは最適解を得ておらず、エネルギーの稼働効率が悪い―――つまり燃費が悪い。

 

 例を上げるとしよう。

 

ブルー・ティアーズの稼働データがあったからこそ、サイレント・ゼフィルスにはシールド・ビットという画期的な新種の武装が開発された。ただし、消費するエネルギーはブルー・ティアーズと比較すると若干だが多い。

 

 白式に試験的に搭載された雪片弐型の“展開装甲”稼働データが上手くとれたため、最新型の第四世代兵装として確立し、紅椿を第四世代型へと至らしめた。しかし、絢爛舞踏が無ければ紅椿は白式以上に燃費の悪い機体でしかない。

 

 世代を重ねるごとに効率が悪くなる。唯一仕様能力でそれをクリアした束さんは流石というべきだ。

 

 今まではやりづらい程度にしか思っていなかった白式の欠点だったが、今までになくそれが歯がゆかった。

 

 ピピッ!

 

「うおっ!?」

 

 白式から送られる突然の警告。頭で考える前に身体が動いたおかげでそれが俺に命中することはなかった。

 

 今のは……ラウラのリニアレールカノンとよく似ていた。電力を使って加速させるタイプか?

 

 いやいや、森宮が足止めしているにも関わらずここに敵がいること自体がおかしい。

 

「くっ………」

 

 森宮がやられたわけじゃない。一機残すような奴じゃないし、あれだけ勝つのは不可能だとか思ってはいても負けるとは考えられないからだ。

 

 多分、目の前に現れたコイツは他の無人機とは違って特殊なんだろう。

 

 左腕で福音を脇に抱え、右腕だけで雪片弐型を握る。刀としての威力を発揮できないが、ISの武器に刀もクソも無い。切れればいいし、零落白夜を一撃入れるだけでいいのだから、型通りに振る必要も無い。

 

 ただでさえ片道分もないってのに……!

 

「白式か……織斑秋介だな?」

「しゃ、喋った! 無人機が!?」

「あいにくだが、目の前にいる私は無人機じゃない」

 

 いきなり口を開いた目の前のマシンは無人機とまったく変わらない外見をしている。装甲も同じだし、色も変わりない。詳しくは見えてないが、持っているライフルも多分他の無人機と同じだろう。

 

 ISはコアとともに、人がいてこそ動くし、IS足り得た。身に纏うように装着する有人ISは、無人機よりも構造は複雑にはならないし、同じ外見で人が乗っていてもおかしくはないと思う。見たことはないが、目の前にいる以上認めるしかない。

 

「お前……誰だ?」

「それは名前を聞いているのか? 機体か? 我々のことか?」

「“我々”ってことは、少なくとも個人じゃなくて組織だな。機体に名前があること、複数種あることも推測できる。なによりアンタに名前がある。まずはアンタの名前から聞こうかな」

「……ふむ、ハズレかと思ったが頭は回るらしい。そうだな………薔薇と呼んでくれ」

「ハズレ……?」

「ハズレだよ。私はてっきりもう一人の方が来るかと思っていたんだが……。いやはや、ままならん」

「悪かったな」

「謝ることはない。ウォームアップの時間が取れただけに過ぎない」

「あ?」

 

 コイツ……なんて言った?

 

 ウォームアップ?

 

 馬鹿にしやがって……!

 

「テメェ……!」

 

 雪片弐型を握る力が意図せず大きくなる。

 ああそうだよ、確かに負けてるさ。技術も実力も、同じ男で同じ学年なのにあいつにはかすりもしない。白式という最高の相棒が居ても、勝てる気が全くしない。比べて劣っているのは認めよう。

 

 でも俺は踏み台じゃあ無い。あいつに負けてるからって弱いつもりもないし、弱くない。

 

「精々気張るといい。そんなお荷物を抱えていようと加減はしないぞ」

「片腕で十分だ!」

 

 福音があろうと速度は第三世代トップクラス。イタリアのテンペスタシリーズ……六組のベアトリーチェが得た化け物のような機体を除けば最高水準に位置する。有人機にチューニングされているとはいえ、ベースは量産された機体だ。まだまだこっちの方が分がある。もっといえば一撃必殺の武器がある俺は、ちょっと掠らせるだけでも十分効くし、一撃入れればそれでお終い。

 

 エネルギーの問題はこの際忘れよう。最悪、森宮には悪いが誰かに迎えに来てもらえばそれで済む。

 

 今は……!

 

「行くぞ!」

 

 コイツを倒す!

 

「威勢のいいことだ」

 

 手に抱えている俺を撃ったライフルを背中の右マウンターに固定し、左のマウンターから一般的なIS用のブレードを抜いた。折角の射撃武器を持っているのに近接戦闘を挑んでくるのか。俺達のことを知ってる連中だ、零落白夜のことを分かっているにもかかわらず……。

 

 舐めやがって。後悔させてやる。

 

 物理刀のままで切り結ぶ。両腕で柄を握って押し込む薔薇に、片腕で雪片弐型を握る俺は当然押し込まれる。接近戦に特化した白式はパワーだってトップクラスだが、流石に片腕では分が悪い。

 

 力を受け流して捌く。するりと脇を抜けて後ろに回り込むが、まるで分かっていたかのようにブレードを押しぬいて加速し、背後から切りつけた雪片弐型の刃が届かない位置まで飛び去っていた。

 こちらを振り向いた時にはブレードは左マウンターに、空いた両手で右マウンターに固定されていたライフルを向けていた。それは今まで見たことのないような形をしており、不気味であると同時に危険な香りを漂わせている。

 

 二本の四角くとがった棒の様なものが空間を開けて銃本体から水平についていて、その空間には離れたこの距離からでも見えるほど埋め尽くされた青白い電流が迸っている。銃口はその電流が発生している空間の奥にあり、恐らく撃ちだされた速度を電流で何倍にも上げているに違いない。

 

 そう……確か……電磁加速砲(レールガン)だったっけ? とにかく速い。そして、電流にさらされても溶けずに撃ちだされる弾丸は強固かつ電気を帯びている。強力だ。

 

 撃ちだされる。

 

「くっ……!」

 

 今まで見てきた銃の中で一番速いかもしれない。相手が顔も見えず、謎が多いこともあって恐怖も中々。瞬間加速を使ってしまうと福音に以上が起きてしまいそうで、急激な加速も躊躇わざるを得ない。

 

 弾道が読めたものを弾き、切り裂く。それ以外を避ける。

 

「ほう? 意外と避けるな。情報とは違うではないか。ままならんな」

「そいつはどうも」

 

 救いはアイツが使ってくる銃が連射できない事だ。決して遠くはない距離、この状態でもかなりの無茶をすれば一気に詰められる程度にしか離れていない。両手で抱えている銃を元のマウンターに戻して剣を抜く間に斬れる自信はある。上げた通りそれはできないが、相手にとっては安心してもいい距離ではない事に変わりない。恐らく、撃ちたくてもあれ以上撃てないのだろう。

 

 その分、ここぞというところを狙ってくるし、避ける時も常にギリギリだ。

 

 強い。

 

 ただし、圧倒的というほどでもない。森宮程のプレッシャーもない。その程度だ。

 

「しかし、それ以外に武器がないのでは、何時まで経っても私を倒せないのでは?」

「………」

 

 悔しいが、薔薇の言うとおり。そんなことは俺が一番分かりきっているし、姉さんも、クラスメイトも、俺自身も知っている。白式には最高の攻撃力が備えられているのだから、搭乗者に求められるのは“最高の回避力”と“見わたす目と見極める目”。

 

 避ければ戦える。視野が広ければ隙や状況が見渡せる。進むべきか否か、誘いか否か、零落白夜の使いどころは今か、見極められる。

 

 俺にはどれも足りない物ばかりだ。その上今は守らなければならないものもある。現状では無理。だが、これさえなければ或いは……。

 

 無ければ……?

 

 そうだ、攻撃する一瞬だけ手放せばいい。

 周囲に無人島は無いから、どこかに隠れるのも隠すのもダメだ。海に落とすわけにもいかない。

 

 ならば。

 

「なっ!?」

 

 俺がとった行動―――脇に抱えた福音を力いっぱい上空へ放り投げたことに薔薇は驚愕した。おまけに動揺まで取れたのなら一石二鳥、ここが攻め時だ。

 

「貰った!」

「くっ……!」

 

 急に苦しくなる薔薇。予想通り迎えようと銃を戻して剣を握ろうと動く様を見つつ、一瞬だけ音の壁を乗り越える。

 

 瞬間加速。何の制約も無い今のメリットを精一杯引き出すため、渾身の力を込めていつもより大量のエネルギーを使った。そして零落白夜のコンビネーション。

 

 ブリュンヒルデの称号を持つ姉さん直伝の必勝を掴みとり続けた必殺。

 

「しま―――」

「遅ぇ!!」

 

 薔薇が撃ってきた銃よりも速く、白い弾丸となった俺が振り抜いたブレードは無骨なボディを捉え、両断した。

 

 しまった……!

 

 急いで零落白夜を解除して、落ちてくる福音をキャッチした時に気付くがもう遅い。有人機を両断……つまり、人を真っ二つに斬り裂いた。

 

 人を……殺してしまった。

 

 その事実を認識し、罪が俺を襲う……前にもう一つ重大なことに気付く。

 

「な……あれは!!」

 

 今にも爆発しそうな両断した機体が視界のど真ん中に映る。焦点はさらにその断面図に合わせられた。合ってしまった。

 

 生身の身体じゃない?

 

 零落白夜発動状態は物理刀ではなくエネルギー刀の状態だ。刀のように引き裂いて斬るわけでもなく、剣のように叩き斬るわけでもない。熱量で焼き切る。

 ならば、すっぱりと斬り裂いた断面には焦げた人体の断面が見えなければならない。溶けて機体とくっついた場所もあるだろうし、血液が吹きだすところもあるかもしれない。

 

 無い。

 

 何処にも無い。

 

 見えるのはショートしている電線や複雑な構造を見せている配線。吹きだしているのは血液ではなくオイル。生の肉などどこにもなく、機会同士が溶けてくっついている。

 

 無人機だった。

 

 敵が無人機じゃないというから疑わずに呑み込んでしまった。考えれば簡単じゃないか。無人機にスピーカーでも取りつけて遠く離れた場所から話せばいい。中身が見えない相手には判断のしようが無いのだから確認の取りようも無いだろう。

 

 やられた!

 

「後ろ!」

 

 憤慨している所へ誰かからの警告が聞こえた。聞き返す事も疑うこともせずに素直に従う。

 

 視界には目いっぱいに広がる茶色と白。放電し続けているあの銃だ。そう理解した時には、頭に強い衝撃を感じていた。

 

「惜しい惜しい。まぁまぁ実力があることは認めようじゃないか。だが、やはりハズレ。ウォームアップにすらならなかった」

 

 憎たらしい声を聞きながら次々と衝撃が身体を襲う。その度に装甲が響き、へこみ、罅が入り、砕け、剥がれていくのを肌で感じる。大した連射速度じゃないのに、抜けだす事も避ける事も出来ずに喰らい続け、果てには気を飛ばした。

 

 かすむ視界に映ったのはさっきと違うカラーリング、左肩に派手な薔薇のマークをペイントした機体だった。

 

「…………! ………!」

 

 誰かの声を耳にするも、口を開くことはできずに意識が沈むのを感じ、引き込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にはまだ見えないが、水平線の向こうには大量の無人機達が俺の元へと向かって来ている。空を見上げれば大気圏外からわざわざやってこようとしている無人機の群れ。数える気が失せるほどの数には頭が痛い。レーダーは真っ赤に染まり、さらに密度を上げようとしていた。

 

 正確には俺ではなく織斑に任せた福音だろうが、ここまで仕組まれると俺達も狙われていたと見るべき。そしてこの先には福音を含めた大量の専用機と、学園が所有する訓練機がある。二桁を越えるISが極一ヶ所にあつまり、尚且つ世界的に見ても最新の技術ばかりだ。手に入れれば世界最強の軍隊として機能するだろう。

 

 なんとしても通すわけにはいかない。世界情勢がどうなろうと俺の知ったことではないが、あの場所には主と妹と友人がいる。ついでに依頼主も加えていい。護らなければならない。それだけで十分だった。

 

《先に大気圏外からの三十機が速く来るでしょう》

「なら、そっちの数を減らすとしよう」

 

 宇宙から地球へ下りる為には必ず通らなければならない場所がある。それが俗に言う“大気圏”だ。一口に大気圏と言うが、厳密には複数の層がありそれを総合して指す。そしてここを突破するのは容易ではない。

 

 宇宙空間は“真空”で空気が存在しない。だが地球には空気が存在する。つまり、空気の壁の様なものが宇宙と地球の間に存在し、地球を包んでいる(なぜ地球が空気に満たされ宇宙に漏れないのかは関係なので省略)。この壁……大気圏が障害だ。

 

 空気との摩擦。障害とはこの一言に尽きる。手をこすり続けるとその部分が熱く感じることと似ており、重力に引かれて超高速で大気に突っ込み、空気との摩擦が発生して燃えるのだ。そうならないようにスペースシャトル等には降下の角度計算や装甲板等に工夫がされたりしてある。ISの場合はシールドエネルギーがあるだろうから問題は無さそうだが、あの機体はどうなっているのやら。

 

 因みに、軌道を外れた人工衛星や重力に引かれた小さな隕石は燃え尽きて消える。これが流れ星だそうだ。夢がない。

 

 現状の科学では大気圏突入時にアクションを起こす事は自殺行為だ。逆噴射はともかく、銃口を出そうものならそこから溶けるだろう。

 

つまり無防備。反撃の来ない今が攻め時だ。

 

 全てのシールドにクラスターミサイルを装填し、さらに両腕とシールド合わせて六つの『多連装型MLRS』を展開。背中には射程を重視して『アトラント榴弾砲』。

 

 シールド搭載のクラスターミサイルは一発につき八発、シールドには発射管が三つあり、それが四つ。これだけで合計九十六発。多連装MLRSは一つにつき八発、これを六つ装備しているので合計四十八発。つまり、合計百四十四発のミサイルを発射でき、再装填再発射を繰り返せば飛んでも無い数のミサイルを個人で撃てる。

 加えて背中のアトラントだ。長射程でありながら爆発半径と威力が高い水準でまとまっている為扱いやすい。

 

 遠距離からの面制圧、ACやブースターを増設した高速機動時の絨毯爆撃など使いどころはある。今回の様な迎撃戦でも活躍するだろう。ただし、かなり重くなり固定砲台と化すため夜叉の特性を失う。動く必要のない限定的な状況のみでしか使えない。

 

《照準良し》

「撃つ!」

 

 まずは全てのミサイルを撃ちだす。肩と腕から放たれた火薬を満載した鉄の雨は空を遡って雲を突き破りさらにその上へ。それを絶えず撃ち続ける。続けてアトラントを全弾撃ちあげた。最初の方は高度が届かずに推進剤が切れるだろうがそれでいい。いずれ命中する弾が現れ、爆発すれば………

 

《命中》

 

 耳が痛くなるほどの、花火真っ青の爆発音を響かせてくれる。

 

 空になったMLRSとアトラントを収納し、迎撃用の装備をとる。シールドにはヴルカンと『強化型(グレネード)ランチャー』を二丁ずつ展開し、左手にはジリオス、右手にはティアダウナーを握った。

 

 撃ちあいになればこっちが負ける。さっきのような方法はもう使えない以上、乱戦に持ち込んで速攻で数を減らすしかない。被弾は……この際諦めよう。

 

「 突っ込むぞ」

《了解》

 

 四枚のシールドを自分の周囲に集めて四方を固める。身動きが取れない状態で頭だけ動かして敵を見据え、ブースター全てを使って加速。白式など比にならない速度を叩きだし、黒の弾丸へと姿を変える。

 

そして、音速に到達した世界の中で信じられない物を見た。

 

 ここにきて初めて気付いたことだが、無人機には単独で突破する機能はやはり無いようで、突入用のコンテナの中に押し込められて降りてきていた。遠目からでは判別が難しい外見をしていることから夜叉も間違えたのだろう。

 

 問題は、この突入用コンテナ一つに付き複数の機体が格納されていることだ。コンテナから現れた無人機の数がコンテナの数を越えた時に気付いた。

 

 大気圏を離脱することも突破することも並大抵のことではない。人間数人と機材を運ぶ為のスペースシャトルが良い例だ。だから無人機のサイズに対して過剰ともいえる装甲とブースターを見ても一機だけだろうと想像したが………まさか、ここまでやれるとは。

 

 夜叉が観測した無人機……ではなく、突入してきたコンテナの数は約三十。ミサイルと榴弾砲をくぐりぬけてきたのは二十。配置がばらけていたこともあって思ったよりも数を減らせなかった。つまり、宇宙からやってくる無人機の数は“コンテナ一つあたりに格納された数×二十”となる。大誤算だ。

 

「夜叉、見えるか?」

《………見えました。およそですが、一つに付き五機でしょう》

「……百機か」

《恐らく》

 

 まさかさっきまで想定した数の倍になるとは………。流石にやってられないぞ。

 

 しかし引くわけにもいかない。織斑が旅館までたどり着いたとすれば、そこにある全てのISコアを狙って攻め込むだろう。学園の生徒や旅館の従業員などお構いなしに略奪をするに違いない。

 

 絶対阻止。

 

 群れ、と言うよりももはや壁に近い。一斉に放たれた銃弾の壁をくぐりぬけるように、旋回しつつ突撃する。減速はしない、前進あるのみ。

 

 無人機と無人機の間をすり抜け、更に高度を上げる。

 

背には満月。

 

「殲滅するぞ」

《あと十分で後続の五十機が来ます。それまでにどれだけ数を減らせるかが勝負どころでしょう》

「夜叉、そんなことはどうでもいいんだよ」

《ほうほう?》

「皆殺しにすれば結局は同じだ。ただ殺してしまえばいい」

《流石はマスターです。いや、らしいと言うべきでしょうか》

「なんだっていいさ」

 

 四方を囲んでいたシールドを開放し、通常通りの配置へと戻す。四枚の翼を広げた堕天使のようなシルエットに、無骨な大剣と洗練された刀。全身の至る所から飛び出す大小様々なブレード。

 

 まさしく“夜叉”だ。

 

《Shift “Limit-Lv1”》

 

 夜叉に課せられたリミッターを一つ解除する。

 

 Limit-Lv1は製作当初からある枷を外し、100%の稼働率を開放すること。ソフト面ではなく、物理的に重りとなっていた一部のパーツをパージする。

現在学園側からのリミッターと姉さん経由で手に入れた物も残っているが、全てを強制解除。これでカタログどおりの性能をようやく発揮できるわけだ。

 

 間近にある死の感覚に震えながら、顔を歪ませ、圧倒的速度で斬りこんだ。

 




 感想、評価、BBリクエスト、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39話 俺は………

 近いうちにサブタイふっていきます。ご期待?


 バシュン、と勢いよく機体各所から排出されるガスとウェイトパーツ。放物線を描いて落ちるそれを気に留めることも無く、視界ではプログラミングが書き換えられていく様を眺める。

 

 背を向ける先には満月が浮かび、視線の先には無数とは程遠いたかが百程度(・・・・・・)の敵。

 

 所詮量産機だ――などという事を言うつもりはない。数は力であり、過ぎたるそれは暴力へと変貌する。まだ歴史の浅く、絶対数の少ないISにとって物量戦など未知の領域だろう。

 

 ……いや、たったの一度だけだがある。黎明期と呼べるあの時代、ISの有用性を見せつけたあの数時間の出来事が。

 

 “白騎士事件”が。搭乗者の彼女は何を思っていたのだろうか。

 

 ISを見せつけるパフォーマンスなのか、迫るミサイルから国を護るという志か。

 

 俺に関係ない……と一言で切り捨てるには、違和感がある。まるで、俺は彼女が誰なのか知っているかのようだ。

 

 だから何だ? やはり俺には関係ない。

 

 すべきことは全てを斬り捨てること。旅館には一発の弾丸も破片も届かせはしない。あの場には、護るべきものがいるのだから。

 

 その為ならば何も惜しくはない。命すら擲ってでも完遂して見せる。それが心に傷をつける行為であっても、後悔は………無い。それが夜叉との誓いであり、俺に出来ること。

 

 ………本当に?

 

 それをはたして“護る”と言えるのか?

 

 夜叉にすら話せないほどに、今の俺は揺れていた。

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 開幕の花火代わりに強化型Gランチャーを一斉射する。次々と打ち出されるグレネードはゆったりと山なりに飛んでゆき、呆然と見上げていた無人機の群れに振って行った。そして装甲に触れたその瞬間、過剰とも言える爆薬が弾けた。

 

 一気にここら一帯を爆煙が囲む。高度が高いためにすぐにそれは晴れるだろう。この混乱を利用して、一気に削る。

 

 ヴルカンはダメだ、射線で位置がばれる。ブースターを吹かせば風で晴れてしまう。ならば、どちらも使わなければいいだけの話だ。

 

《ブースター停止、PICカットします》

 

 これで行く。電力が通っている状態ならばISを動かす事も苦にはならないし、PICによる慣性による移動制限も滞空も必要ない。

 

 今までこの鉄塊を浮かせていた動力が全て途絶え、浮力を失った夜叉は重力へ引かれて海へと落ちていく。そして煙の中へと突入した。

 

 すぐ近くに居た無人機をとりあえずの足場とする。ガッシリと肩を握りしめ、腕力だけで身体を持ちあげ背に乗る。振り払おうと身体を動かし、ブースターに火を入れる前にジリオスで動力部を突き刺して縦に斬り裂く。爆発する前に真横へ跳躍してダメージを免れる。

 

 飛んだ先には三機の無人機。ただし直線場にはおらず足場には使えそうにない。身体をひねって照準をつけさせず、両腕に握った武器を振るう。左手にいた一機の身体を動力部ごと斜めに切り裂き、右手に並んでいた二機を纏めてティアダウナーで真横に斬り離した。シールドを後ろへ回し、爆風の風だけを利用して足場を得るための推力へと変える。

 

 間を置かずに無人機発見。最初と同様に切り裂いてから跳躍。

 

 これを繰り返した。

 

 稼働率100%の夜叉に慣れるために敢えて面倒な手間をかけているが、連中がこちらを捉えることはなく、全て発見してから引き金を引く前に撃墜している。それだけこちらが速いと言えばそれまでだが、これを指揮している人物は何を考えているのだろうか。近接での反撃を見てみたかったんだが………。

 

 そう思っている所へロックオンアラート。方角は………全方位か。

 

 レーダーを見れば周囲はこちらを落とそうと飛んで来るミサイルを表す光点で囲まれていた。上下にも逃げ道はない。ここで思い出すのはタッグマッチトーナメントの簪様がとった戦法だ。あれは驚いた、何せ顔面に直撃だからな。

 

 今回は煙から出ずに対処する。出たところを狙われてはたまらない。

 

 シールドを等間隔に四方へ配置する。機体と直角になるまでシールドを上げ、角度を調整、四枚のシールドで□を作った。

 

 レーダーをじっと睨み、耳を澄ませる。だんだんと近づく事に対する焦りを排除し、ただタイミングを測った。そして現れるミサイルの檻。

 

《うまくいきますかねぇ……?》

「いくさ」

 

 全てのブースターを同時に点火、それぞれが進行方向へ進もうと全推力を吐きだした。するとどうなるのか?

 

「こ、これは……!?」

《独楽ってこんな気持ちなんでしょうかねっ!!》

 

 その場でグルグルと回り始める。

 

 簪様が以前から見ているアニメを参考にしてみたものだ。あれは架空を描くフィクションだが、発想自体はとても面白い。現実に叶うのかどうかは別にして試す価値があるものや、有効的な戦法や兵器も見られる。

 

 宇宙で戦艦が回頭するシーンがあった。戦艦の端を軸として回るのではなく、戦艦の中央部を軸として、両側からブースターを吹かす事で通常のおよそ二分の一の時間で回頭を終えるというものだ。

 残弾0の状態で、とあるマシンがミサイルを撃ち落としたシーンがあった。驚くことに、回し蹴りの要領で足を振り抜き、脚部のブースターを使ってミサイルを爆発させるというものだ。

 

 ぱっと思い出したので試してみたが……ISでなければ俺でも機分が悪くなる。控えることにしよう。

 

 まぁ効果はあったらしく、周囲に迫ったミサイルは全て爆発し、それらが誘爆を引き起こしてくれたので結果的に全てを落とした。

 

 再び煙で包まれる。が、これからは先の様な真似はできない。時間をかけ過ぎると、置き去りにしてきた五十近い数の群れがここへ来るだろう。楽に迎撃する為にも、ここにいる機体は一機でも多く倒しておきたい。

 

 結局のところ、自力で集めようとした敵の行動パターンや武器、強度などの諸々の情報は全て篠ノ之束から前料金として貰った情報に詰まっていた。依頼を終えたわけではないので、あまり使いたくはないが背に腹は代えられない。織斑だけが戻っても、俺が戻らなければ織斑千冬に勘づかれてしまう。ログを見られれば一発だ。

 

 タイムリミットまであるとは……いや、中々に厳しい。

 

 カットしたPICに電源を入れ、ブースターも起動させる。これからは小細工もなし、手探りもなしだ。

 

 瞬間加速。爆煙でできた雲を振りはらって飛び出し、正面にいた機体を文字通り轢く(・・)。加速が収まり後ろを見ると、自分が通ってきた空間が見事に出来ており、途中にいた無人機は全て撥ねられるか、無視できない損傷を負っていた。

 

 再び姿を現した俺へ一斉に銃口が向けられるが、またしても爆発が起きてそれを拒む。

 

 瞬間加速をかけた際に、上へと撃ちあげておいたグレネードが今になって降ってきたのだ。これには堪らず、直撃した機体は勿論周囲を大勢巻き込んでいく。

 

 混乱しているところをジリオスとティアダウナーで切り裂いて、ひたすら進む。前も後ろも無い。ただ敵がいるところへ進んで、剣を振るだけだ。

 

「ああくそ、数が多いな」

《まぁ、百はいますからね》

「『アグニ』を持ってくるべきだったか……」

《ここまでの集団を単騎で相手取ることなんて考えてませんでしたから、仕方ないでしょう》

 

 武装が豊富な夜叉には一つだけ積まれていないものがある。コレを言えばどんなISだってそうだと言えるだろうが……豊富さがウリな機体にそんな言い訳は通じないだろう。現にこうして手を焼いているのだ。

 

 大火力広範囲を攻撃できる武装。福音が使ってきたあれでもいいが、個人的には散発する物じゃなくて纏めて屠れるようなものが欲しい。

 

 現時点でそれを満たすのは『ブレイザーライフル・アグニ』というチャージ式のニュード狙撃銃。撃ちだしたニュードの直径はおよそ“1m”。それでいて狙撃銃としての射程を持ち、ヴェスパインと絶火を軽く上回る威力を秘めている。だが、容量をバカにならないほど喰う上に、扱いが難しく極限定的な状況でしか活躍が見込めないので普段は乗せない。

 

 ここにきて手痛いしっぺ返しだ。

 

 面制圧という面ではクラスターミサイルが非常に有効だ。だが、今日で既に八割ほど撃ち尽くしている。これから後、第二波が来ることを想定すると、乱戦に持ち込んでいる現状では使いづらい。

 

 グレネードを上手く使って、地道に数を減らすしかない、か。

 

「いいさ、近接は得意分野だ」

《遠くから撃つよりは爽快感がありますもの。私としても高揚します》

「付き合え」

《マスターの望むままに》

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 それは起こるべくして起きた事だ。注意深く動けば、或いは慎重に進退を繰り返せばそうはならなかっただろう。

だが、時間には限りがある。織斑千冬に勘づかれるわけにはいかず、篠ノ之束との依頼では夜明けまでに戻らなければならない。更に言うなら、簪様達を心配させないためにも早く部屋へ戻らなければならず、損傷も許されない。

 

 焦りだ。重なりに重なった悪状況がとうとうここにきて焦りを生み、引き金を引いた。

 

「ぐうっ……!」

《きゃあああああああっ!!》

 

 被弾した……!

 

「三番シールドか……Gランチャーに弾が当たったのか」

 

 外側からの攻撃でシールドそのものが破壊されるなどあり得ない。恐らく、アームに固定していた強化型Gランチャーに弾が当たり、中のグレネードが暴発したのだろう。おかげでシールドにより外へ爆風が逃げることなく、俺の方へとダメージが集中している。スーツのおかげで大分衝撃や熱が緩和されているが、人体に影響の出てもおかしくないレベルだった。本体の損傷により、夜叉にも痛みが走り悲痛な叫びが頭に響く。

 

くそ……左半身の装甲が今のでやられた。四番も危ない。

 

 夜叉の思わぬ落とし穴だったか。

 

 だが、飛べなくなったわけでもない。

 

「行けるか……?」

《っ……勿論です……!》

 

 推力バランスを敢えて崩し、右側のブースターを自重させず変則的な動きで迫り、斬る。既にエネルギーの切れたヴルカンは収納しており、代わりに次々と弾が切れるまでありとあらゆる銃を撃ち続けた。

 

「くっ……ここにきて更に手強くなってきた」

《学習AIでも搭載しているのでしょうかね……!》

「第二波も既に混じっている。残弾が怪しいところだが……」

《仰る通り、今のヴァイパーで最後です》

「そうか……」

 

 かなりのピンチだな。

 

 今も尚敵を斬り、撃ち抜いているが、あっと言う間に全ての弾が底を尽きるだろう。温存していたクラスターミサイルも、魚雷も、閃光弾とトリモチすら使い果たした。残されたのは絶えず切れ味を保っているジリオスとティアダウナー、腕部に格納している高振動ブレードと三つのシールド、そして全身にある大小の刃だけか。

 

 これだけあれば、エネルギーが尽きる前に倒しきれるかもしれない。だが、最悪の状況も同時に見える。

 

 強力な近接武器だが、これが無くても俺には身体がある。腕と足があればいい。だが、戦えるというだけで、そんな状況ではまともに戦うことすらできなくなっているだろう。本当に、腕と足があるだけだ。推力の大部分をシールドに依存している夜叉では、シールドを失うことはアドバンテージである速度を失う事と同義。もし全てのシールドを破壊されてしまえば、ただの無防備な的に成り下がる。

 

 そうなるとは思わない。だが、これだけの敵をいつまで破壊し続ければいいのだろうか。終わりの見えないことからくる不安は、どんな敵よりも恐怖を与え、死を呼ぶ。

 

 身体こそ人を越えているようなものだが、中身はただのバカだ。大人びているなんて言われることもあるが、実際は口下手なだけ。姉さんの前ではただの甘えん坊な弟だし、楯無様からすれば手のかかる従者だ。そしてマドカに叱られるダメな兄。

 

 精神的な疲れと恐怖が、時間を刻むほど俺に重くのしかかる。

 

 まだ戦える。だが、このままでは………

 

 そんな思考がよぎり、さらに焦りを生み恐怖を起こす。

 

 負け戦の典型的な悪循環に陥っているのを自覚しながらも、俺にはただ剣をふるうことで誤魔化すしかできない。

 

 人権なんて無かったあの頃を経て、ようやく力を得た。強くなれた。もう虐げられるだけの自分じゃない、自分も誰かも守れる。自分を認めてくれた人達のためにできることがあるのが嬉しくて、それだけが誇りであり支えだった。

 天狗になったつもりなんかない。鍛錬は欠かさないし、高みを目指す事は数少ない楽しみだ。何より、それだけ努力を重ねれば護れるんだと思えた。実際にそうだった。何度でも主を護ってきたんだ。

 

 それがとても嬉しくて、嬉しくて……こんな“無能”な俺でもできることがあるんだって、褒めてくれる人がいるんだって……。

 

 自信はある、自負もある。勝ち続けてきた、負けは許されないから。それでも折れそうになることなんてザラだ。そのたびに喝をいれて立ち直ってきた。森宮として、許されないのだから。悩むなんてただの甘えだ、そんな暇があるのなら強くなれと奮わせた。

 

 信じた。初めて自分を。自分が持つ力を。酔うことなく、間違えることなく、誤った使い方をしないように抑えて。

 

 今までの俺の全てをコレに掛けてきたんだ。

 

 それが……

 

 それを………

 

 こんな…………!

 

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 ただの鉄の群れが砕こうと? 冗談じゃない! ふざけるな!

 

 柄にもなく、ただ叫んでひたすらに敵を斬り捨てた。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 マスターにのしかかる感情が、ダイレクトに私の中へと流れ込む。いつもならここまではならない。どれだけ気持ちが昂ろうと、こんなことは今の今まで一度も無かった。

 

 全ての射撃武器を使いつくした今、できることと言えば姿勢制御とシールドによる防御、そして本来は搭乗者に委ねられる細かな操作を肩代わりする事しかできない。特に、今は三番シールドが破壊された為に推力のバランスが取れていない。今のマスターにはそこまでの余裕が無いため、私が調節を行っていた。

 

 操縦者の思考や次の行動をいち早く読み取り、そしてそれに最適化する。コアである私達の役割。

 

 それすらも、今はおぼつかない。

 

 私が実戦を経験したのは、実を言えばマスターと初めて戦ったあの時。プロトコアに名を連ねる私は、研究のために使いつくされ、抜き取られ初期されることなくガラクタのように廃棄された。

 

 正直に言えば、あの場所から出してくれるのならば誰でもよかった。男なら好都合だ、すぐに搭乗者登録を消してまた黙ってしまえばいい。そのまま研究所の連中に初期化してくれればこの辛さも消えるだろうと。

 

 だが現れたのは死に体の男。それも、まだ若い少年。センサーから読み取った情報を整理すれば、普通じゃないことぐらいすぐに分かる。明らかに異常な筋肉、そして反応のおかしな脳波、お腹に空いた風穴が急速に塞がるその治癒速度。

 身体を貫いた鉄骨をへし折り、這ってでも立ち上がり上を目指そうとする必死さは与し易しと考え声をかけた。

 

 普通なら届くことはない。搭乗者でもない、女でもない、ましてや外れた存在に届くのか……一か八かだった。

 

「誰、だ……?」

 

 それは届いた。それと同時に彼の左手が私の装甲に触れる。溢れた血がべたりと手形をつけた。

 

 その時に感じたのは、歓喜。

 

 声が届いたことじゃない、人が降ってきた事により抜けだせることでもない、数年ぶりに誰かと会話できた事でもない。

 

 息絶え絶えという状態でもはっきりと分かるほど、澄み渡るその声は全身を駆けめぐって、血濡れた手から伝わる温かさはまるで恋人から優しく抱きしめられたような安心感と温もりを感じさせた。

 

 直感する。彼こそが、私の主だと。飼い主だと。

 

 理解した。愛すべき人なのだと。

 

 数秒前まで頭を占めていた怠惰な思考は吹き飛び、私が取るべき最善の選択と行動を示す。

 

 “全ては彼のために”

 

 その時から私は彼の――マスター、森宮一夏の相棒(しもべ)へと変わった。

 

 毎日が至福の時だ。誰よりも傍にいて、誰よりも彼を理解し、誰よりも彼を護り力へと成れるのだから。

 

 私は知っている。

 記憶を遡り手に入れた過去も、今まさにマスターが恐れていることの正体も。

 

 それは………

 

《まだ、恐れているのですね。捨てられるのではないかと、一人になってしまうのではないかと、あの頃のように虐げられ、いいように弄ばれ、言われるがままに媚び諂わなければならないことを。自分の世界で怯えて………小鹿のように》

 

 確かに成長した。それでも、根付いた感情は一向に消えず、平和な暮らしは逆にその根を育ててしまった。所詮は夢だと、いつか現実が蘇りあの日々が戻ってくる。決して気付かないように、怯えながら過ごしている。

 

 強くなるのは誰のためでもなく、自分の為だと言う事を、誰が来ても負けないほどに。自分という存在を今度こそ護るために、自分という存在を世界へと認めさせるために、今度こそ穏やかな日々を送るために。あなたの自分でも知らない真実を、私は知っています。

 

 深く、深く、とても深いところで私と繋がっている為に、知ってしまった。

 

 それは誰もが当たり前のように享受できる当然の権利だと言うのに…………。

 

 今、心がもう歯止めのきかないところまで来てしまっている。騙し続けた気持ちが溢れて止まらないのだ。それが、感情となって私に襲いかかっている。

 

 とても痛い。苦しい。辛い。泣きたくなる。

 

 こんなものを抱えながら、毎日を怯えて暮らせばどうなるかなんて誰にでも分かること。でも誰も気付くことはできない。私だけだ。

 

 なんとしても、護る。マスターの心を。でなければ、今度こそマスターの全てが壊れてしまう。どう足掻こうと二度と戻れなくなる。

 

 避けなければならない。

 

 のしかかる感情の重さと、私自身の焦りが混ざり混ざる。それは手元を狂わせるには十分すぎた。

 

《しまっ………!》

 

 背後の敵に気付くのが遅れてしまった。慌ててシールドを動かして防ぐが、それ自体が罠であり敵の狙い。

 

《―――――――――――――!!!!》

 

 声にならない叫びを上げる。膝をついて、肩を抑えて、地べたに蹲った。

 

 四方から押し寄せた敵が身体を張って機体を抑えて、左の四番シールドを強引に剥ぎ取られた。まるで髪を根元から引き抜かれるような激痛に、声を上げず、マスターの邪魔にならないよう耐えることしかできない。

 

 痛い。

 

 でも、

 

《マスターはもっと苦しかった……!》

 

 私がこの程度で折れてはいけない。

 

 だから――――

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 右側のシールド二枚という不格好かつアンバランスな体勢を強いられても、止まることは許されない。やるかやられるかしか戦場には無いのだから。

 

 今の俺には、倒れることは許されない。前に進まなければきっと大切な何かを失ってしまう。それは取り返しのつかないものだ。

 

 どう考えても劣勢。満身創痍といった俺と夜叉の前には減りはしただろうが終わりが見えないほどの圧倒的物量が広がっている。ISの若さゆえに失念していた、量産機の怖さはローコストと物量、汎用性にあるというのに。

 

 圧倒的な力は、絶対的な実力は、それすらも容易く跳ね返しねじ伏せる。

 

 人間離れしたこの肉体と、その身体すら酷使する極限の相棒を得ていながらもそれがままならない。結局のところ、使いこなせていたという感覚は錯覚で、強くなんかなっていなかった。競り合う事で強いと思いこんで、格下を蹴散らして満足していただけに過ぎなかった……。

 

 悲しいな、そして恥ずかしい。

 

 俺は何もできない“無能”のままじゃないか。

 

 口ではそうだと何度も言ってきたが、頭の片隅でそうじゃないと思いこんでいたんだろ? もう違う、俺は無能じゃない。

 

笑えるな。俺はこんなにもどうしようもなく、何もできない。

 

「はは………」

《マスター?》

 

 口に出てしまったそれを、俺はもう止められない。

 

「ハハッ……ハハハハハハハハハッ!!」

 

《あ……》

 

 もうどうでもいい。狂わなきゃやってられない。恥も外聞もあったものか。

 

「アハッ! フフフッ………アハハハハハハハハ!!」

《う……あぁ………》

 

 負けるくらい(全てを失う)なら全部捨て去ってしまう方がまだいい。幸いなことに見てほしくない人は見てはいないだろう。

 それでも、切り抜けられるだろうか……?

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」

《……ごめんなさい、マスター。ごめんなさい……!》

 

 俺の方こそすまない。いつも助けてくれているのに、結局俺の我儘に付き合わせて、お守まで。

 

 いいんだ。これで最後……。

 

 俺は、あの頃に戻りたくない。

 

《……ッ! マスター、後ろに!》

「くそ……」

 

 ジリオスを振りあげて下ろす。豆腐かなにかのように抵抗なく綺麗に二つに裂けたその向こう……二機目が影に隠れていた。

 ティアダウナーでなぎ払う。横に裂けた二機目は風圧にさらされひしゃげて海へ沈む。そして……三機目がその向こうから無手で突撃してきた。

 

 間に合わない……!

 

 そう判断して距離をとる。が、大きく左にそれてしまい自分でも制御が効かなくなった。夜叉のパフォーマンスがかなり落ちている。

 

 PICをマニュアルからセミオートへ。今までの様な機動を捨ててこれで補うしかない。視界に広がる様々な情報を整理し、設定の切り替えを行う。PIC切り替えと同時に、二番シールドを左側へ移動させバランスをとる。これでまだマシだろう。

 

 ……無様だ。夜叉を傷つけられ、武装を失い、心身ともに追い詰められている。

 

 これを主が見ていれば何と言うだろう? 姉さんは? マドカは? ラウラは? リーチェは?

 

 分からない。「大丈夫だよ」と言ってくれる未来を描けない、「失望した」と言われる未来を想像したくない。

 

俺は………

 

「何なんだ?」

《マスター、また後ろに……!》

「!?」

 

 呆然としていた視界がクリアになる。既に設定は終了しており、安定した飛行を取り戻していた。だが気付くのが遅すぎた。いつもの夜叉ならまだしも、損傷の激しい今の状態では避けられない。反撃も……届きはしない。

 

 背後からのタックル。背骨が折れるんじゃないかと言うほどの衝撃に耐えるも、慣性によって吹き飛ばされる。

 

その先には別の機体。

 

 そいつは夜叉のボディに手足を絡めてしがみつくと光りを発し始めた。

 

(やば………)

 

 自爆。

 

《あああああああああああああああああああああああああ!!》

 

 先よりも痛々しい声が響くと同時に、全身に感じる熱さと火傷の感触に俺もまた悶えていた。堪らず両手の武器をとり落として胸を抑える。

 

「ぐ………あ………!」

 

 それでも敵は待ってくれない。俺だって待たない。まだ残っているのだから。

 

 戦え。

 

 そして目を開いたその先には、ひときわ大きな銃を数機がかりで支え、構える姿。明らかに通常の銃器を凌駕する火力を秘めているだろうそれは、射線状に俺を捉え、スコープの先には青いアイカメラが覗いていた。

 

 ゆっくりと、引き金に掛けたマニピュレーターが曲がるその時すらくっきりと見える。

 

 俺は…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40話 「ねえ、どこ?」


 というわけで、今までの投稿した話数全てにサブタイふっております。

 キリよく行きたかったので、長めとなっております



 

「わああっ!」

 

 大げさな被りをふって、俺は飛び起きた。

 

 そして思考が停止する。

 

「は?」

 

 ………落ちついて思い出そう。クールになれ、織斑秋介。

 

 俺は突然旅館から飛び出して行った夜叉を追いかけて太平洋に出た。追いついたころには終わっており、捕まえた無人機と福音が森宮の腕の中で伸びており、福音を受け取って帰っていた。その途中で無人機の増援に囲まれ、最優先で福音を旅館まで運ぶ為に森宮が時間を稼いで俺だけ先に戻っていた。そこで、何者かに襲われて気絶した……はず。

 

 ならば、無人島もしくは海中などにいるはずだが………はて、なぜ大草原のど真ん中で昼寝をしていたのだろうか? そもそもこんな場所が地球にあるのか?

 

 状況が呑み込めない。

 

 だが、吹き付ける風や心地良い日差しと気温に心が弾む。ごろんと寝転がれば、草のにおいに包まれてまどろんできた。

 

 こんなにぐっすりと寝れそうなのは初めてかもしれない。自然もバカに出来ないな……。

 

「…………い」

 

 ぐぅ………。

 

「おい」

「zzz」

「起きろ、織斑秋介」

「………ん、んぅ……」

 

 誰なんだ、折角いい気持だったのに。

 

 そう思って、声の主を視界に入れる。俺のすぐ傍に立っており、寝転がる俺をじーっと見降ろしていた。

 

 黒くて長い髪をした、白い服の少女だ。目つきはどこか鋭く、姉さんを連想させる。多分小学校四年生ぐらい。歳の割にずさんな言葉遣いと自信を持った女の子らしくない台詞は、ますます姉を思わせる。

 ばさばさと服がはためき、スカートがめくれて見えそうで見えない。

 

 いや、見たいわけじゃないよ。男だから気になるだけだ。

 

 そう思っていると、より一層強い風が吹いて、ばさりとスカートがめくれ上がる。そこには身につけた真っ白な服同様に、まっしろな…………無い!?

 

「ちょ、おい………!」

「む?」

「む? じゃねえ! パンツぐらい穿け!」

「なんだ、欲情したのか? こんな幼い子供相手に盛んなことだな。ロリコンめ」

「違う! 常識を諭しているんだ!」

「……まぁそういうことにしておいてやろう。話が進まん」

 

 くそ、何なんだこの子は。このからかい方といい、やっぱり千冬姉さんに似ている。それにこの空間もどこかおかしい。少なくとも、現実じゃないのは確かだ。

 

「お前は強くなりたいか?」

「え?」

「強くなりたいか、と聞いている」

「あ、ああ。そうだな」

「何故だ?」

「何故? ………うーん、目的があるからかな。それに、強くありたいってのは男としての願望みたいなもんだ」

「目的と男しての矜持か」

「矜持、そういう言い方もあるのか。よく難しい言葉を知ってるな」

「では目的とはなんだ?」

「スルーかよ。で、目的だったっけ。分かりやすく言えば、人探しのためかな」

「一筋縄じゃいかないから。ブリュンヒルデの弟ともなれば、いろいろと苦労するんだ。誘拐されたりしたし………。自分を護る為にも、自分を通す為にも、人探しの為にも、力が必要なんだと俺は思う」

「では何故人を探す。それはお前が忌み嫌う兄と妹ではないのか?」

「そ、それは……!? なんで知ってるんだ?」

「答えろ」

 

 目の前の少女は、本当に何者なんだ? この口ぶりじゃ、俺の過去も知ってるようだし。

 

 答えたくはないし、そもそもそこは踏み込まれたくない領域だ。ただ、この少女から感じる雰囲気のようなものは、黙秘は認めないと感じる。加えて俺自身がどこかで話さなければならないと強制感を感じていた。

 

「こ、後悔だと思う」

「後悔するようなことをしてきたのか?」

「昔は結構我儘だったし、君が言うように俺は兄貴と妹が嫌いだったんだ」

「嫌いな人物を、時間を削って力を得てまでして探そうというのか?」

「今はどうだろう……少なくとも嫌いじゃない、と思う。ただ、酷いことをしてきたことを謝りたいんだ。許されないとしても、俺はそうしなくちゃいけない」

「ふむ……それで?」

「それでって……まあ、いいけどさ。もともと兄貴はぶっちゃけて言えば出来が悪かった。手際は悪いし、勉強もできないし、運動も苦手で、特に記憶は悲惨だったよ。姉さんはあんなに凄いのに、まるで泥を塗るような事ばかりしてきたあいつは嫌いだったんだ。精一杯頑張っているのに気付かないふりして、バカにしてた。努力している俺がバカをやってるみたいに思えて嫌だったんだ。それに肩入れする妹も好きになれなかった」

「なるほど。要するに“自分が気に入らなかっただけ”か」

「………まぁ、そういうことかな」

 

 ざっくりと斬り裂かれるが、それは実に的を射た表現だ。的確すぎて声も出ない。

 

 結局のところ、俺は二人が気に入らないだけだった。いつも姉さんにかまってもらってて、気遣ってもらっているのが堪らなくムカついた。嫉妬と言い変えられるかな。実に子供臭い。

 

 それで済めば単なる癇癪で済ませれた。だが、そうもいかなくなる。二人とも姿をくらました上に、一夏に至っては誘拐したという電話までかかってきた。酷く落ち込んだ姉さんを見ていたら、俺も少しずつ寂しさを覚えた。

 

 それがもっと浮き彫りになるのは束さんがISを発表し、その実用性が認められた“白騎士事件”後だ。重要人保護プログラムによって、篠ノ之家は散り散りになった。若さを忘れず元気なご両親は歳を忘れて涙を流し、箒もまた仲の良かった友人や俺の様な幼馴染みと別れることに最後まで抵抗していた。

 

「嫌だ!」と最後まで泣き叫んでいた箒を見て何故か二人を思い出した。生き別れた家族、もう二度と会えるかどうかも分からないと聞けば、感情が湧きあがる。

 

 とても寂しかった。

 

 子供の癇癪なんて一過性だ。時間も経ち、落ち着きを得て、姉さんの為にと我慢を知った俺はとにかく寂しくなった。

 

 仲良く暮らしていたわけじゃない。むしろ嫌っていた。そして行方も知れず、何者かに攫われ、何処にいるのか……生きているのかすらも分からない。最後までつっけんどんに接したことを激しく後悔した。

 

「今更だって、分かってるさ。決して許されることでもない。支えなくちゃいけない立場の俺が、誰よりも貶していた。多分、裁かれるべきなんだ」

「やり直したいのか?」

「……分からん。そのあとどうしたいのか、見当がつかない。ただゴメンって言いたいだけなんだ。でも、もし許されるのなら……」

「ん?」

「今度こそ、俺は家族として支えたい。姉さんを悲しませたくないし、これ以上誰にも傷ついて欲しくない」

「その為に、か」

「おう」

 

 少女は少し俯いて、そのまま固まってしまった。

 

 ただ考えているのだろう。何を思ってあんな質問をしたのか、なぜ知っているのか、何者なのか。見当もつかない。だが、それはきっと意味のあることで、俺には必要なことに違いない。……違うな、意味あることに変えなければならないんだ。

 

 自分がとった行動が、口にした言葉が未来ではどうなるのか、誰も分からない。だが、俺の行った行為はその当時誰が見ても十分に罪と言えるものだ。最後まで気付くことなく、俺は無為に時間を過ごしてきた。

 

 機会があるのならば、今度こそ不意にしたりしない。間違えたりしない。護るんだ。その為に……正しい選択を選び続けるために俺は学び続けてきたんだ。

 

「なら、目を覚まさなければな」

「……相変わらず言っていることが分からないな」

「言葉通りだ。覚悟は受け取った、あとはお前次第だ。さぁ目を開けろ。そこにお前が欲しがる力がある」

「だから、何を言って――」

 

 呆れて諭す中で、俺の意識は急に途絶えた。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 次第に沈んだ意識が浮かんでいく。身体を起こし、目を開こうとしたところで異変に気がついた。体中に痛みがはしり、気だるいを越えて苦痛を感じている。

 

 どうやら、今度こそ現実らしい。

 

 目を閉じても脳に直接送られる外部の映像を見れば、確かに俺を撃ち落とした機体が浮いている。左肩の派手な薔薇のマーク、間違いない。

 

 あれはきっと本物に違いない。マークのペイントまでされているんだから。装甲に大した差が無いため、ぱっと見て分かる目印が必要だったのだろう。

 

(今度こそ……!)

 

 気合いを入れて、立ち上がろうとするところへ聞いたことのある声が響いた。

 

「止まって」

 

 その声で動きかけた身体をピタリと止める。

 

「プライベート・チャネルを使って。あなたは私と違って顔が隠れていないでしょう?」

『顔……もしかして、銀の福音の?』

「ええ。ナターシャ・ファイルスよ。とりあえず、何がどうなっているのか教えてくれないかしら? これだけ負傷している事もきっちりね」

『………分かった』

 

 自己紹介を簡単に済ませて、現状に至るまでの経緯を簡潔に話す。

 

「そう……ごめんなさい。私のせいで」

『謝らなくちゃいけないのは、こんなことを仕組んだ連中だと思います。だから、別の言葉をお願いします。俺以外の人達にも』

「……ありがとう」

 

 ほんの数ミリだけ、脳に映る銀の福音が頭を下に動かした。ナターシャさんなりの今できる感謝の気持ちだろう。

 

『さて、どうします?』

「君の言う通りなら、あの機体は足止めしている森宮君を待っているのでしょうね。彼はどれぐらいの敵を相手にしているの?」

『俺が確認しているだけで二十はいました。データリンクによれば………百!? そんな……』

「なら、結構な数と一人で対峙しているわけね。………応援は呼べないの?」

『なるべく誰にも気付かれたくないんです。心配かけたくないし、森宮もそう言っていましたから……。それに、皆もう眠っている時間なんで』

「ダメ元でもいいわ、誰か応えてくれないか試して」

『はい』

 

 今旅館にいて、連絡がつくのはやはり専用機を持っている面子。

 箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ。四組の更識さんと、森宮の妹のマドカ。六組のベアトリーチェさん。この八人だ。

 

 誰か一人だけでも起きていれば、その人に事情を説明して皆が助けに来てくれる可能性が増える。それと同時に姉さん達にバレるかもしれないわけだが……命が掛かっているこの状況で後を考える余裕はない。

 

 一人一人に確認をとる暇はない。一斉に八人に対してプライベート・チャネルを発信した。

 

 そこへ待ち望んだ返事が返ってくる。

 

『……なんだ?』

 

 相手は森宮マドカだった。

 同じクラスの更識さんの護衛を森宮が勤めていると聞いた。その場を離れた今、その役目は妹に任せていたに違いない。彼女が起きているのは必然だった。

 

『俺も森宮も、かなりピンチな状況なんだ。みんなを起こして、手を貸してほしい』

『お前はともかく兄さんが? そんなバカなことがあるか』

『レーダーでも衛星でもいい、アイツが置かれている状況をその目で確かめてみろ!』

『ふん……………っ、これは!? おい、どうなっている!?』

『見たまんまだよ。流石のあいつもこれじゃ無理だ』

『くそ………何がどうなっているんだ!』

 

 ナターシャさんにした説明を、昨日の朝に行われた作戦を除いてもう一度話す。

 

『……要するに、今正体不明の敵に襲われて、兄さんもお前も身動きがとれない』

『ああ。すまないが皆を起こして、直で森宮の助けに行くチームと、俺と福音を回収してくれるチームを組んでほしい』

『厚かましい奴め。だが、貴様の言うとおりだな。分かった、全員叩き起こす。教員の連中に気付かれなければそれでいいのだろう?』

『頼んだ』

 

 そこで通信が切れる。森宮マドカは確実に森宮の元へといくだろう。福音が脱走した揚句行動不能に陥っている現状を理解できれば、こっちにも人をよこしてくれるはず。あとは気付かれないことを祈るだけだ。

 

「待ちましょう」

 

 ナターシャさんのその言葉に、返事も返さずただ静かに待つことにした。

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 ただじっとする。それだけのことだが、これが意外と難しい。無理な体勢をしていれば身体を痛めるし、身じろぎすら許されない現状ではかなりの苦痛だ。眠ることもできず、常に気を張り詰めなければならない。

 

 心身ともに我慢を求められる。先の負傷もここにきて痛みが増し、危険な状態へとなりつつあった。

 

 かろうじて残っているエネルギーと、全損したシールドエネルギー。これでは何もできないし、気付かれれば今度こそ最後だ。打開策は無いものかと考えるが、やはり待つ事しかできない。

 

 連絡が取れてから、まだ数分しか経過していなかった。

 

『ねえ、織斑君』

『はい?』

 

 ヘルメット越しの生の声ではなく、頭の中に響く。気遣いなのか、それとも自身の緊張を紛らわすためなのか。

 

『なぜあの機体はここで待っているのかしら?』

『待ち伏せではないのでしょうか?』

『君から聞いた限りでは、あの機体の目的は森宮君と戦うこと。ここで待つよりも、自分から向かう方が達成しやすいんじゃない?』

『あいつ――薔薇なりに考えがあるのでは? ここには白式と福音が動けないわけだし。もしくは、あの程度倒せなければ戦う価値無し、みたいな理由だったり』

『前者の方がそれらしいわね』

『それがどうかしたんですか……?』

『いやねぇ……根拠なんて無いから勘なんだけどね、全く別の理由なんじゃないかなーって』

 

 まったく、別の理由……? 他に何があるんだろうか?

 

 ヘッドギアが送る外の情報を整理して、今一度薔薇を見る。

 

 俺達を攻撃してきた無人機となんら変わりのない機体と、全く別物に思わせるカラーリングと、名乗った名と同じ薔薇のマークが左肩に。

 

 頭からつま先まで全身を装甲に覆われているため、中に人がいるのか、男なのか女なのかも読み取れない。視線の先もまた不明だ。

 

 ………だめだ、分からない。でも、不安だけが広がるこの感覚は何なんだ?

 

 ぼんやりと映る薔薇を拡大して捉える。

 

 目が合った。

 

『ッ!?』

 

 いや、実際に目が合うはずはない。身体は撃墜されたその姿勢のままで、目も閉じている。アイツがこっちをじっと見ているだけだ。俺が見ているなんて気付いていない。

 

 ………まて、何故見る?

 

 見張るというのならここまで降りてきて張りこめばいい。隠れられるし、森宮が来れば姿を現すなり、奇襲をかけるなりすればいい。空中で少しも動かず、ただ俺達を見つめる意味が分からない。見張るにしろ、待つにしろ、中途半端だ。

 

 こうしている間も、俺達を見続けて視線をはずすこともしない。恐らく森宮が来るであろう方角をちらりと見ることもだ。

 IS同様に全天周の視界を持つなら話はまた変わるだろうけど、それでも一点を集中して見続けるのは人間にとってかなり辛い。無人機ならば同じく別だろう。

 

 違う。そうじゃない。奴は――

 

「ナターシャさん!」

「な、何を……!?」

「ほう?」

 

 直後、俺達が寝転がっていた地面が抉られる。俺を撃ち落としたあの銃だろう。

 

 ――奴は、俺達が狸寝入りを決め込んでいることを知っていたんだ。

 

 何故なのかは知らない。どこかでミスをして、気付かれたのかもしれない。何らかの直感に従っただけかもしれない。そもそも、本当に俺達を見張っていただけかもしれない。

 

 だが、実際は俺達を攻撃してきた。それが全部だ。

 

「やはり、ままならないか。丁度お前たちが墜ちてから五分が経過している。気付かなければ止めを刺してやったんだが……まだやれそうだな」

「くそ……」

 

 避けたまでは良い。だが、この後が問題だ。

 エネルギーは枯渇しており、零落白夜も維持できない。逃げようにもやはりエネルギーが足りない。みんなが来る前に倒されてしまうのは目に見える。

 

 戦うにしても逃げるにしても、まずはエネルギーが必要だ。ISを展開しなければいいだけの話だが、あれだけの連射力と威力のある銃を、狭い無人島を生身で駆けまわっていたところでいい的にしかならない。

 

 どうする……!?

 

「来なさい!」

「え、あ、はい!」

 

 ナターシャさんが行く先は……空、ではなく海。……海中か!

 

 ISには皮膜装甲にシールドエネルギーなどの、電磁的なバリアーを常時展開している。これのおかげで、精密機器の塊であるISでも水中で行動が可能だ。耐水処理が施された物や水中モデルは別格だが、量産機を含めた全てのISはとりあえず機能停止に陥ることはない。

 あの機体はどうだろう? 水中まで追ってくるのだろうか?

 

 答えはNOだった。

 

 水の中で目を開けても痛くなく、はっきりと見えるというのも不思議な感覚だ。新鮮さがあるが、そんなものを味わうよりも一先ずの安全を確保できたことにほっと一息つく。

 

 機体の全てと言っても過言ではない翼を失った福音だが、ISとしての機能を失ったわけではないので、ナターシャさんもまた無事だ。

 

「……どうします? 今はいいかもしれませんが、待ち切れずに攻撃してくるかもしれませんよ……?」

「……この子には、まだエネルギーが残っているわ。いえ、残っていると言うよりも、展開が解除されないために、私の安全を保つために補給したと言うべきね。移動で消費した分を除いても、九割は残ってる」

「機体同士でエネルギーの譲渡が可能なんですか?」

「理論的にはね。ただ、成功した試しは極少ない。繊細な操作が必要になるし、そもそもコア同士の相性が立ちはだかる。でも、武装も無く機動力も無い私が戦うよりも、君の零落白夜に掛ける方が生存率が高いわ」

「それが、最も可能性のある、と?」

「私が思いつく中ではね。どう?」

「………それで行きましょう。必ず皆が来るまで持たせます」

「ふふっ、いいわ。そうでなくちゃ。行くわよ」

 

 ヘルメットタイプのバイザー越しでも分かるほど、ナターシャさんはくつくつと笑っていた。アメリカ代表なんだっけ……なんだか砕けた人だな。

 

 ゆるりと右腕を俺へと向けて胸に押し当てる。トン、と優しく触れたその手は装甲越しでも分かるほど暖かい。……いや、装甲が熱を持ち始めている? これがエネルギーの譲渡?

 

「手順は様々よ。要は対象のコアへエネルギーを送れればいいのだから、形は関係無いわ。成功しやすいものを選ぶのだけど……今は海中だし、これでいく」

「はい。お願いします!」

「アドバイスになるかは分からないけれど、体験談は話しておこうかしら。受け入れること。拒まないこと。手を取り合うように、それを自分の一部だと信じなさい。操縦者が拒めば、深い場所で繋がっているコアは絶対に受け入れてくれないわ」

「……よし。いつでもどうぞ」

「なら、お言葉に甘えて」

 

 間を置かずに送られる暖かい何か。視界のメーターが徐々に変化を表し始め、少しずつではあるが数値が満タンに向けて近づきつつある。成功、か。後はどれだけ補充できるか。

 

 受け入れる、か。俺は自分が突っ走る方が多いから、誰かに合わせたりっていうのは経験が無いんだよな。どうすればいいのやら。この暖かさに身をゆだねればいいのかな?

 

 気持ちが良いな。水の中にいるはずなのにちっとも寒くない。……姉さんに抱きしめられているみたいだ。

 

 目を閉じて力を抜けば、もっとたくさん味わえるだろうか。

 

《阿呆》

 

 ん? この声はどこかで聞いたことがあるような……。

 

《目を開けろと言っただろうが。閉じてどうする》

「いや、開けてるけど……」

「どうしたの?」

「な、なんでも!?」

「集中してね、失敗すれば何が起きるのか分からないのよ」

「はい!」

 

 くそ、怒られちまった。

 

《もう一度だけ言うぞ。“目を開けろ”、それが全てに繋がる》

(目を………開ける)

 

 言われるがままに目を開ける、のではなく逆に目を閉じた。今度は怒られる事は無かった。つまり、物理的に目を開くわけではない。もっと別のナニカなんだ。

 

(これ、か?)

 

 ガチン。何かが外れる音がした。

 

 ギギギとこすれる音がする。

 

 カチャリ。一つ目(・・・)の鍵が外れる。

 

《分かっているではないか。さあ行くぞ、皆を待たせるな。私に新しい空を拝ませてくれ》

「……ああ、そうだな」

「またそうやって……………ッ!? これは、光りが……!」

《名を呼ぶがいい。それが始まりだ》

「おう。行くぞ――いや、行こうぜ『雨音(アマネ)』」

第二形態移行(セカンドシフト)……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はいい加減に痺れを切らしてもいいのではないだろうかね?」

 

 飛び起きた白式と銀の福音が海に飛び込んで数分、動きは見られなかった。逃げられないのは理解しているはず。何かを企んでいるのも間違いない。

 

 はて……何を仕掛けてくれるのやら。ウォームアップぐらいにはなってくれなければ困る。

 

 森宮と戦う以前に、初陣(・・)なのだから。

 

「む?」

 

 カメラアイが見える世界が、視界に広がる。そのど真ん中に、視界を遮らない程度に大きく注意を促す文字が現れた。

 

 Warning!!

 

 レーダーの座標は、白式と銀の福音が飛び込んだポイントを示している。

 

「ふむ、ままならぬか。やはりこうでなくては」

 

 その場所だけ海面が白くなり、海面のすぐ下で何かが強烈な光を放っているのが分かる。その下にはISが……何ということはない。

 

「第二形態移行か……早速この目で見られるとは運がいい」

 

 光りの球がゆっくりと海面から顔を出し、そのまま宙へ浮かびあがる。私と同じ高度まで浮上すると、それはピタリと止まって一層強い輝きを見せる。

 

 頂点から罅がはいり、それが下へと縦に亀裂が走り、それを繋ぐように横にも目が入る。

 

 パキ、と音がして一部が砕け中から何かが現れる。

 

 それは翼だった。純白に煌めく、大きな大きな白い翼。継ぎ目からはキラキラと輝く銀色の粒子が吹きだされ、翼の輝きを増している。まるで雪のようだ。

 

 一対の翼がばさりと羽ばたくと、それを皮切りに残った球体は全て弾けた。卵から孵る雛のように、それは姿を現す。

 

 翼の間に挟まれた非固定スラスターは、存在感を翼に譲るどころか更に主張を強め、大型化していた。倍以上の速度を叩きだすだろう。

 左腕は名残などなく、全く別物へと形を変えている。何倍も太く厚くなり、指にあたるマニピュレーターは鋭さを増した。以前には無かった新しい機能が追加されたに違いない。

 全体的に大型になり、それでいて面影を残し、見る者に更なる圧力を加えるその姿は、誰がどう見ても“天使”そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白式・天音(テンイン)』。それが新しい白式の名前だった。

 

 エネルギー補充どころの話じゃない。まさか進化するとは思わなかった。

 

 詳細は分からないが、どうやら色々と便利になったらしい。武装欄に雪片弐型以外のものが追加されているだけでも十分な強化だ。

 

 目立つのは左腕と背中の翼。左腕についてはよく分からないが、背中の翼はどう見ても福音のものと酷似している。福音からエネルギーと一緒にアイデアでも貰ったんだろう。

 

 大きな変化と言えば、急に喋り出すこの子だ。

 

《左腕は『雪羅』。近接用のクロー、近~中距離武装の荷電粒子砲、そして零落白夜のエネルギーシールドという三つの機能を搭載した多機能武装腕だ》

「ってことは、白式に遠距離武器が追加されたってことか」

《火力はあるが、乱発できるものでもないし、スタイルを変える必要はないぞ。零落白夜が最強であることは変わりない》

「おう」

《背中の翼は『雪風』。莫大な推進力と繊細な軌道制御を両立させている。大型化したスラスターも含めて倍以上の速度を出せるようになったが、それを含めても繊細な飛行を可能としている。他にも機能があるのだが……今は気にするな》

「帰ってからの楽しみって事だな」

《言うではないか》

 

 とりあえず、全体的に大幅な強化がされているって事でいいのか。余程なじゃじゃ馬に違いない。

 

「行くぞ!」

 

 雪片弐型を右手で握りしめて、薔薇へ向けて加速する。

 

「くおっ……!」

 

 振りかぶって斬りかかる……はずだったが、それよりも速く間合いに入ってしまったので、とっさに攻撃を雪羅のクローで繰り出す。指先から関節まで、カシャンという音で装甲が開いて5本全てがエネルギーに包まれる。

 

 使い方がよく分からないのでとりあえず熊のように平手で叩くように振った。敵本体へ掠める程度だったが、散々痛い目を見せてきた銃を斬る。中々の強度を持っていただろうに、あっさりとコマ切れにしてしまうコイツは、白式らしさ溢れる攻撃力を持っていたようだ。

 

「……中々に良い機体だな」

「俺には勿体ないくらいさ」

「卑下するな。それを形作ったのは間違いなくお前なのだよ」

「コアとの絆ってやつか」

「いかにも。さあ、もっと見せてくれ」

 

 元々零落白夜という最強の武器を持っているし、それは第二形態へと進化を果たした今でも健在だ。むしろ、加速力を得た今では以前よりも攻撃力を増していると言ってもいい。副産物に思えた雪羅は予想以上の力を秘めていた。

 

 薔薇は、怖気づくどころか喜んでいる。

 

「やはり、こうでなくてはな。世の中ままならない事ばかりではないか」

「?」

「織斑秋介よ、お前はそうでなくてはならないのだよ」

「なくては、ならない?」

「いずれ分かる」

 

 背中に背負ったもう一つの武器を手にしようとした薔薇が、そう口にしながらガッシリト柄を握る。だが、いつまで経っても抜く気配が感じられない。誰かと通信をしているように見えた。

 

 だが、気を抜いているわけでもない。近づく素振りを見せれば迷わず抜いて打ち合う事になるだろう。そして隙を見せれば向こうから攻めてくる。

 

 油断できない。機体の性能では明らかに俺が有利だ。だが、これでようやく五分になった気が離れないのは……森宮に通じる特殊な強さを感じるからかもしれない。

 

 じりじりとにらみ合う。

 

「すまないが……」

 

 薔薇は柄から手を離してしまった。

 

「時間切れだ」

 

 突如その機体が光りに包まれる。さっきの第二形態移行とは違った毛色のものだ。

 

「また会おう。できればその時は森宮一夏と戦えることを祈るが」

「待て!」

 

 逃げる! 直感で理解した俺は零落白夜を発動、同時に瞬間加速をかけてまで距離を詰めた。

 

「………消えた?」

 

 だが、捉えることはできなかった。どんな技術を使ったのかさっぱりだが、薔薇は消えてしまった。テレポートみたいだ。レーダーにも反応はないし、望遠機能を使っても見える範囲にはそれらしい機影は無かった。

 

 ……助かったという事にしよう。戦闘でエネルギーを減らすわけじゃ無くなったんだし、ナターシャさんも無事なんだ。

 

 

 

 無人島に降りてナターシャさんと合流。俺達を迎えに来てくれた箒、セシリア、シャル、鈴が来てくれたのはそれから数分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑から送られた情報と、私自身が得た情報を照らし合わせて、兄さんがいると思われる場所まで超特急で来た。

 

 超高速を誇るリーチェのステラカデンテに、無理矢理私とラウラ、簪の三機を牽引してもらう形で旅館から遠く離れたここに到着した。織斑から連絡の入った時間から現在時刻を差し引いて、移動に掛けたのはわずか十分。最初の福音撃破作戦にかけた移動時間の僅か三分の一という驚くべきタイムだ。

 

 オルコット、篠ノ之のどちらかに運んでもらう案も出たが、リーチェがそれを拒否。三機という荷重を受けても尚ブルー・ティアーズと紅椿よりも速く移動できると宣言した。現実にそれが起きたのだから、ステラカデンテの性能には舌を巻く思いだ。

 

 負傷した兄さんを庇いながら、少しずつ後退し殲滅する。

 ラウラのレールカノンで纏めて撃ち落とし、簪の山嵐で面制圧、撃ち漏らしは私のビットとライフルで各個撃破という手順で確実に数を減らす方針だ。

 

 そのはずだった。

 

「ねえ、どこ?」

 

 その場にあるのは、海面を埋め尽くすほどの鉄の残骸。同じパーツがそこら一帯に散らばっており、どれだけの数がここに集まっていたのか、戦いの壮絶さを見せつけられた。

 

 だが、そこには敵がいない。

 

 そして、黒いISもいない。

 

「ねえ、マドカ?」

「ん?」

「一夏、いないね」

「ああ、何処まで敵を追い詰めてしまったのやら」

「そっか。敵を追いかけてるんだ」

「それはそうだろう。これだけの数が落とされているんだ。もっとたくさんいるに違いない、放ってはおけないさ」

「そうだよね。あは、何考えてたんだろ……」

「奇遇だな、私もだ」

「「はははははっ」」

 

 簪と共に乾いた笑いを上げる。

 

 そうだ、兄さんが………兄さんが墜ちるなんてありえない。姉さん相手に負けることはあっても、墜ちる事は無かったんだ。

 

 ありえない。

 

 あんなこと(・・・・・)は一回きりしか起きないものじゃないか。

 

 バカなものだな、私も簪も。

 

「マドカ、簪………」

 

 リーチェ、なぜそんな心配そうな声を出すのだ? こんなことをしている場合ではないだろう? 兄さんを追わなくちゃ。さぁ、もうひとっ飛び頼む。

 

「う…………うぅ……」

 

 ………やめろ。止めないか。

 

「うっ…………くぅ…………あぁ……」

「止めろ!」

 

 そんな顔をするな。泣くな。まるで、まるで兄さんがいなくなったような、そんな顔をするんじゃない!!

 

「だって、こんな……こん、な……」

「やめろ……止めてくれ……頼む」

 

 お前が認めてしまったら、私は、私達は………!

 

「………っ!?」

「ラウラ?」

 

 既に眼帯を外していたラウラが、ISを動かして海面のとある場所に移動した。何かを見つけたらしい。

 

 ザブン、ザブン、ザブン、三回何かを引き上げる音が聞こえた。それを月明かりに照らし、何であるかを理解したラウラは、ただ胸に抱え、うずくまって泣き始めてしまった。傍によって、覗き見る。

 

「………それは、なんだ?」

「こ、これは…………うぅ……」

「ラウラ、見せて」

 

 泣きじゃくるラウラを諭すように促す。カタカタと震える腕で音を鳴らしながら、両腕で抱きしめるものの正体が露わになった。

 

「夜叉の、シールドと……左腕、そ、それと……うああぁぁ……」

「それと……っ、なんだ!」

「……メットバイザーだ! 腕も! バイザーも! 空っぽで! 内側に■がベッタリと染みついている! 見ろ! そこらじゅうに夜叉の装甲が砕けてバラバラになっているだろうが!」

「………はは、冗談が、得意、になったな。よく見ろ、あれは……あれは……………あれはぁっ!!」

 

 視界が滲む。夜中でよく見えるラウラの左目すら、ぼやけてよく見えなかった。

 

 リーチェはすすり泣くばかりだ。声を張り上げるラウラも覇気がない、ただ喚くばかり。簪に至っては拒絶の姿勢で拒んでいた。

 

 私だってそうだ。認めるわけには、いかない。

 

 でも………でも………っ!

 

「……やめて、もう、聞きたくないの。見たく、ないっ…」

「見ろ! 目を開けろ! 聞け!」

「嫌だ。ヤダ………ヤダヤダヤダ!! 嫌! 嫌なの! 嫌ァ!!」

「認めるんだ……………あれも、これも………」

「止めて………! もう嫌なのぉ!!」

「夜叉の、一夏の亡骸だ!」

「嫌あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 全部、現実………なんだ。

 

「………嘘だ」

 

 壊れた様に、簪は同じ言葉を繰り返し叫ぶ。

 

 毅然とした態度はなりを潜め、ラウラは駄々をこねる。

 

 いつもニコニコと笑うリーチェは、見たことも無いほど暗く、悲しみに染まっていた。

 

「嘘だあああああああああ!!」

 

 私は―――

 

「わあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 私はあと何度兄さんを失えばいいのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けたその朝。

 

 森宮一夏は、織斑千冬の口より死亡したと告げられた。

 





・白式・天音 《ビャクシキ・テンイン》
 白式のコアとのシンクロと、銀の福音からのエネルギー譲渡をキーに第二形態へと進化した白式。
 とってもつよい。

 見た目は原作通りの第二形態『白式・雪羅』により複雑化した福音の翼をくっつけたような感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章
41話 私一人には、広すぎる。


 ちょっと長々な文が続きます。
 本当は会話文に段落をつけたくはないんですけどね………


『こんばんは。司会を務めます、伊藤です。今日の内容は先日発表された、一人目の男性操縦者である森宮一夏さんの死についてです。今まで上がってきた証拠や証言をもう一度整理した上で、真実はなんなのかを探っていきたいと思います。様々な方面のプロフェッショナルの方々に、お越しいただいております。今日はよろしくお願いします。では、熟練のジャーナリストである田中さん、現状整理をどうぞ』

 

『では、今まで出揃っている証拠などを整理していきましょう。

 数日前、彼が登校しているIS学園の一年生は課外授業を行うということで、少し離れた場所にある毎年利用している旅館まで二泊三日のプランで実技授業を行う予定でした。初日は自由行動で、二日目を丸々実技授業に充て、三日目に帰る。詳細は学園側の事情により後悔されることはありませんが、これが課外授業の大まかな内容です。毎年この時期に一年生向けに行われる“臨海学校”という行事です』

 

『利用される旅館は毎年同じだと言われておりますが………』

 

『厳密に言えば違います。固定化されるようになったのは、かのブリュンヒルデである織斑千冬が教職員として就職した年からと聞きます。彼女の紹介と推薦により、この旅館を毎年利用するようになったのでしょう。近くには海があるため生徒には受けが良く、少し歩けば実習に適した場所もあるため学校側も納得したと』

 

『なるほど』

 

『初日は自由行動……旅館と傍にある砂浜で遊べるようにスケジュールが組まれています。英気を養う、入学から今までの疲れを癒す、目的は色々とあると見られ、教員も一緒になってリラックスするそうですよ。

 そして事件が起きたのは二日目。アメリカ・イスラエル共同開発されていた軍用IS『銀の福音』が何者かによって暴走し、行方不明に。予想進路と戦力的な問題を考慮したうえで、IS委員会は学園生による作戦を指示。今年度は専用機が多かったことからこうなったと思われます』

 

『このことを、軍事産業にお詳しい畑中さんはどう考えられますか?』

 

『常識で考えるのならばありえませんね。どれだけ専用機が集まっていようが、学生の身分を持つ子供たちに作戦を与えるなど異常の一言に尽きます。各国の技術が詰め込まれた結晶を国防とはいえ使用するべきではないと考えます。本来ならば自衛隊所属のIS部隊が行うべきです。

 百歩譲って日本代表であるIS学園三年生の森宮蒼乃さん、この臨海学校に参加していた代表候補生の更識簪さんが妥当ではないでしょうか?』

 

『国防という面から見れば、日本所属のお二人が行うべきだったという事ですね。それはIS委員会も考えたことだと思いますが、結果的には学園生が対処することに決まりましたが、そこに至る経緯はどう推測されますか?』

 

『専用機の数でしょう。十機もの専用機が一ヶ所にあるのです。戦争だってできる戦力ですよ。

そして実力者が多かったことも上げられます。織斑千冬さん本人がおり、そして彼女の後を受け継いだ森宮蒼乃さんの弟であり、亡くなられたと考えられる森宮一夏さんと、その妹である森宮マドカさん。この二人の実力は既に国家代表レベルにあり、学生でありながらブリュンヒルデに最も近いパイロットの一人として数えられています。そして二代目零落白夜と言われれる織斑千冬さんの弟である織斑秋介さん、かの天才篠ノ之束博士の実の妹であり、当日に最新型の第四世代機を受け取った篠ノ之箒さん等々……。

最もIS研究が進んだ各国のエリートが集っている事実。正直に申し上げるなら、日本自衛隊のIS部隊の何倍も強いでしょう』

 

『単純に作戦を成功させるだけの戦力が学園生にあったということでしょうね。では、引き続き田中さんより現状の整理をお願いします』

 

『はい。銀の福音は非常に速い機体であり、亜音速に到達するほどだと言われております。織斑千冬さんがとった作戦は、並走できるだけの速度を出せる機体で追いつき、一撃必殺の攻撃で撃墜する。というものです。専用機を所有する学生は、この臨海学校で新型の換装パッケージのテストを行う事が目的です。幸いに高速機動パッケージを送られていた生徒や、それ以上の速度を有するメンバーを送りだし、無事作戦が終わります。

 そして日付が変わった翌日の午前二時を過ぎたころ、誰にも気付かれることなく再暴走した銀の福音は、拘束されていた旅館を抜けだしてしまいます。これに気付いた森宮一夏さんは単独でコレを追い、それを目視した織斑秋介さんがさらの後を追いました。

 再度銀の福音を止めて捕獲した後に、何処からか現れた無人機体が大量に襲いかかってきたそうです。足止めには向かない織斑秋介さんは銀の福音を抱えて旅館に戻り、応援を呼ぼうとし、森宮一夏さんは旅館を襲わせないため、銀の福音をとり返されないためにその場で足止めする為に残りました。

 途中で織斑秋介さんは襲われましたが、第二形態移行したことで倒し、事前に旅館で就寝していた他の専用機を持つ学生に助けを求めていたメンバーと合流します。この旅館から助けに向かうメンバーは織斑さんの元へ向かうチームと、森宮さんの元へ向かうチームの二つに分かれていました。織斑さんは無事を確認できましたが、森宮さんの方は残念ながら間に合わず、森宮さんのISのパーツや装甲の破片が幾つも見つかったそうです。血痕がべっとりと付着していたことから相当な出血があると見られ、最悪の場合腕や足を失っていることも考えられました。

 必死に捜索が行われましたが、周辺の海域や海中もそれ以上の手がかりになるものは見つからず、亡くなられたと判断されています

 これが、当日の流れですね。ここを含めて様々なメディアで論議が行われていますが、公開された以上の情報は手に入らず、憶測を出ない推測ばかりが生まれては消えていくのが現状ですね』

 

『ありがとうございました。非常に多くの情報を口頭で述べていただいたわけですが、より分かりやすくしていただくために、こういった詳細を書き込んだボードをご用意しております。こちらをご覧ください。

 では、これらの情報を踏まえた上で、考えてみたいことがあります。それは“森宮一夏さんが生きているのか、死んでいるのか”ということです。様々な意見に目を通されて来た記者である黛さんに、お話を窺って見たいと思います』

 

『はい。事前に今まで目を通してきた記事を纏めてきています。それらを集計した結果、生存説が全体の2割、死亡説が8割となっていました。

 公開されている情報によれば、戦闘空域一帯の海には撃破した敵マシンの残骸が無数に広がっており、その中にぽつぽつと森宮君のISの装甲が発見されました。それだけの激戦だったことが分かりますし、尋常じゃないダメージを負ったこともまたはっきりとしています。実力者で知られている彼ですら、無視できない損傷を負ったわけですね。特に、メットバイザーと左腕が酷い状態で発見され、血痕も見られます。これだけの情報がそろっていれば、死亡説が有力であることも分かります。

 一方で生存説が囁かれているのは、主に三つの理由が絡んでいます。

 一つ目、オーストラリアに本社を構える某企業の所属ISとパイロット共々音信不通になった数時間がありました。それが若干ではありますが、戦闘が行われていた時間と重なるのです。このパイロットや企業と森宮君の関連性は不明ですが、委員会側からの指示や、企業の思惑があっての行動では? というものです。

 二つ目、この臨海学校では篠ノ之束博士が実地に赴いていたそうです。実の妹である篠ノ之箒さんに専用機を手渡しし、作戦立案にも一役買ったとも考えられます。もしも、そのまま旅館周辺で夜を越したのなら、篠ノ之博士が彼を回収したのではという意見も出ました。しかし、ご存じの通り他人に興味を示さない上に、当日険悪な雰囲気になったそうで、助けるだろうか? とも言われています。

 三つ目、姉である森宮蒼乃さんの存在です。一部では有名な話ですが、弟である森宮君と、妹の森宮マドカさんを溺愛しています。目に入れても痛くないと素で言うほどだとか。特に森宮君への愛情は行き過ぎており、人前で腕を絡めて歩いたりキスしたりとまるで恋人のように付き添っているそうです。こんな彼女がピンチに駆けつけないはずが無い。学園を飛び出して救援に向かったはずだ、と。これが最も生存説の中では有力で、裏付けるのが愛情と彼女の専用機の特徴である、“イメージで物質を形成する”という科学を越えたような武器です。森宮蒼乃さんをよく知る人物は、彼女なら自分のダミーを作りだして学校に置いて自分は助けに行くぐらい軽くやって見せるだろう、と仰られました。

 割合は偏っていますが、裏付ける内容はどちらも現実味のあるものだと思いますよ』

 

『なるほど。少し気になったのですが、森宮一夏さんと篠ノ之束博士が険悪な雰囲気になったという話は聞いたことがありません。どこでそれを知ったのでしょうか? それは事実なのですか?』

 

『えーっとですね……実は妹が学園の生徒でして、妹から聞いた話なんです。妹は二年生なので臨海学校に参加していたわけではないのですが、同じ部活動で仲の良い一年生がそれを目撃し、妹に話してくれたのを又聞きした次第です。

 私に似てうわさ話やスクープ、スキャンダルが大好きな子で、そういう部活動をしているものですから、信じるに足る情報だと判断しました』

 

『身内の方からお聞きされたわけですね。流石と言うべきでしょうか。

 さて、次は―――――』

 

 ブツン。

 

 何度も何度も、耳にタコができるほど聞いてきた会話に飽きてテレビの電源を落とす。リモコンを机に置いて、ベッドに倒れ込んだ。ごろりと寝転がってうつ伏せになり、枕を抱きしめて顔をうずめる。

 

「………」

 

 臨海学校から一ヶ月と少しの時間が経った。あっという間に夏休みに入り、そしてあと数日で終えようとしている。最低限の行動と訓練だけをするだけで、無駄に毎日を消化して高校生活初の長期休業は終わるだろう。

 

 兄さんがいない。

 

 理由はそれだけだ。それだけで十分すぎた。お釣りがいくらでも溢れるほどに。

 

 それからの日々は全て灰色と呼ぶにふさわしかった。世界はモノクロで、誰が何を言っているのかも碌に聞きとれず、何を話して、何を食べて、何を学んで、何をしたのか記憶にない。この一ヶ月だけくっきりと記憶喪失になった気分だ。

 

 それでもまだマシな思考を維持できているのは、姉さんと簪の存在が大きい。そして、一度経験をしていることもある。

 

 今の簪はまるで壊れた人形と大差ない。返事も無く、手をとって促さなければ立つことも食べることもしない。目はうつろで焦点がぼやけたまま。まるで世界を認識していない。学校では私が、寮では本音が常に付き添って世話をしていた。正直に言えば感情を表に出さずじっとしている上に考えが読めない今の簪は、下手なガキや赤ん坊よりも扱いづらい。

 私も全てを否定したい。だが、放っておくわけにもいかない。簪は私にとって大切な友人であり、更識である以上は主なのだ。自分の思いを隅に置いて世話に没頭することで考えることを拒否していた。

 

 姉さんは一度も姿を見せることはない。ルームメイトや姉さんの友人曰く「姿は見かけるがまるで別人のようだ」「面影が全くない」などなど、ダメージは深刻だ。元々感情を見せる人じゃないから、それが普段の様子に現れたり、誰が見ても分かるほどに異常な状態だとわかる現状は最悪と言える。想像していたよりはかなりマシだ。

 部屋から出ることはまれで、食事はルームメイトが食堂から運んでくれているようだ。食材を持ちこんでいたりするそうだから自炊もしているだろう。そして絶対に私達と顔を合わせようとはしない。

 

 二人が特に際立っているだけで、他にも親交の深かった面子がそうでないかというわけじゃない。

 

 楯無やラウラ、リーチェは辛さや悲しさを押し込んで心配させまいと普段通りに振る舞うように努めている。それが傍目から見れば痛々しいだけなのに、聡明な三人は気付かない。影で泣いていることも、助けられなかったと悔しがる様も見え見えなのに。

 

 桜花は学校を休み続けている。どうやら寮にもいないようだ。学校には無断で皇本家へ帰って生存情報を得るべく寝る間を惜しんで端末にかじりついていると聞いた。ヒステリックを起こして手がつけられなくなると思っていたが、想像以上に強い精神力を持っていたようだ。

 

「待っていてくださいね、今度は私が助けて見せますから……。だから、マドカも諦めてはダメよ?」

 

 生きていると微塵も疑わないその姿は眩しかった。

 

 私は……どうだろう。信じてるさ、どれだけの苦境にあっても兄さんは死なない。あの時だってそうだった。

 

 でも、私は見てしまった。戦場を、そこに散らばる夜叉の破片を、血がべっとりと貼りついたメットバイザーと左腕を……!

 

 絶望の底に突き落とされるには、これもまた十分すぎた。

 

 右を見る。窓から現れる侵入者を想定してと、私を入口側のベッドに寝かせていつも腕枕をしてくれた場所には、誰もおらず、匂いも薄れてきている。

 

 二つのベッドの間には仕切りがあったが、初日にそれを取っ払って二つのベッドをくっつけた。二人で使うにしてもかなりの大きさがあるそれは、兄さんと私だけの安らぎの場所だ。偶に姉さんが泊まりに来るけど、それでも十分な広さがある。ごろごろと三回転半ほど寝転がってしまえるだろう。

 

私一人には、広すぎる。

 

 兄さんの机も私物も全て学園を出たあの日のままだ。掃除する時に少し動かす程度で、部屋の模様は少しも変わりない。それでも兄さんがここに住んでいるという気配が薄れてきていた。

 

 私は一人に慣れてきている………。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 夏休みは過ぎて二学期が始まった。

 

 教室に集まった四組は、また始まる授業の毎日に張り切る姿はなく、休みが過ぎ去ったことを嘆く者もおらず、本国から戻ってきて友人たちとの再会を喜ぶわけでもなかった。

 

 誰一人として、兄さんの死から立ち直れていなかった。

 

 男性操縦者という希少性から浮いていたり、近寄りがたいところもありはしたが、全ては時間が解決してくれた。もともと慣れ合うつもりはないと言っていた兄さんも、次第に打ち解けてクラスの一員として一年四組に馴染んだ。笑顔もちらほらと見れていたことから、表面だけの付き合いじゃ無かったことは私には分かる。

 

 だからこそ、失ったものは大きい。少なからず関係があり、等しく対等に接してきたのだから、誰もが悲しみを覚えた。

 

 大場先生も、古森先生も、晴れない表情でHRを始めた。

 

「あー、これから体育館に行くように。全校集会あるから」

「全校集会?」

 

 普通の学校ならともかく、このIS学園では珍しい。勉強の時間を多く取るために、よほどの事情が無い限りは全てHRで済まされる。始業式や終業式等もそうだ。延々とありがたくも無い言葉を聞き続けるだけの行事など何の意味があるのやら、だ。

 

「来月の頭に学園祭が開かれる。この一ヶ月はその為に色々と準備しなくちゃいけなくなるし説明もあるから、この時期は毎年行われるのさ。さ、話す事はもう無いからさっさと行け。あー、清水。お前が代理(・・)クラス委員だ、並ばせたり報告は任せた。解散」

「あ、はい」

 

 ……そうか。今まではそれも兄さんがやってきたことだったっけ。ダメだな、信じるなんて言ってこのザマだ。心が諦めかけている。

 

 本当に言うことはないようだ。先生達は教室を出ていき、それを見届けた後ぞろぞろと立ちあがって講堂へ向かう。いつもなら私も波に呑まれて動くが、そうもいかない。

 

「簪」

「………」

「行こう」

「……うん」

 

 御覧の通り、だ。荒事に気が向かない簪に、甘えるなときつく言うこともできず、余計に傷つけてしまいそうで手つかずのまま。時間に任せてもいいものか……。恐らく、楯無が何らかのアクションを起こすだろうから、何があっても私は支えるだけだ。

 

 だらりと垂れている簪の手をとって、そっと立ちあがらせる。そのまま優しく手を引いて歩くが、足取りは頼りなく力が抜けている。小石でも置けば勝手に躓くだろう。実際にこけたこともあるのでその辺りにも気を配らなければならない。今の状態では碌な受け身も取れずに大怪我をしてしまいそうだ。

 

 ペースを合わせてくれた他のクラスメイト達と一緒にゆっくりと歩きながら講堂についた。席は八割方埋まっており、早いクラスは点呼も終えているようだ。少しだけ急いで清水にすまないと伝えて席につく。簪は隣に座らせた。

 

 全クラスがそろったようで、早速全校集会が始まる。

 

「やあやあ、一年生諸君ははじめましてかな? 生徒会長の更識楯無よ、よろしくね」

 

 挨拶もそこそこに、現れたのは楯無だ。忘れてはいないが、こういうことも生徒会長という椅子を護るためにやらなければならない。兄さんと楯無の関係を知る人ならはっきりと分かるほどの不調を押して、前方のステージに立っていた。

 いや、更識楯無を知る人物なら誰でもわかるだろう。その笑顔は無理矢理といった感じが見てとれる。

 

「毎年この時期は学園祭を行います、先輩達は知ってのとおりね。各クラスは各々で展示や模擬店を企画して、お見えになる外部からのお客さん方からの投票や、生徒自身の投票によってランキング付けを行い、相応の景品を用意する。言っておくけど、自分のクラスへの投票はできないからね。でもまぁ、それだけだと部活動が寂しいじゃない? そこで、今年はとある企画をご用意しております、ってわけよ」

 

 閉じていた扇子を開いて顔を隠す。その動作や癖はまさに更識楯無だが、恐らく扇子の向こう側にある表情は硬く、見せられないほどガチガチの笑みだろう。それでいて口調を崩さず平常だと見せる姿は流石としか言えない。

 

 そして背後にあるディスプレイの画面が、校章からライブ映像に切り替わる。

 

 織斑秋介のどアップ。

 

「ズバリ! “各部対抗! チキチキ織斑秋介争奪戦!”よ!」

 

 ドーンという効果音すら聞こえてきそうな迫力ある声だったが、今一状況が呑み込めない。分かったところでこの雰囲気ではリアクションのしづらいこと。

 

 察したのか、それとも滑ったと思ったのか、楯無はさらっと解説を加えた。

 

「要するに、一位を獲得した部活動には織斑君が入部します」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

「わぁっ!?」

 

 流石の私も飛びあがりそうだった。それほどの歓声が講堂内に響き渡る。もう歓声じゃない、戦を前にした兵士の鬨の声だ……。

 

「生徒と来場者には二つの投票権が配られます。一枚は各クラス対抗ランキングで、もう一枚がさっき言った各部対抗ランキング。言った通りだけど、自分のクラスは勿論自分が所属している部活動に投票はできないからね。正々堂々と、客足が伸びそうな企画を練って票数を稼ぎなさいな」

「ねぇ、何する?」「やっぱり飲食系の模擬店じゃない?」「射的とか、そんな感じの娯楽系も中々良いと思うんだけど……」「工作系なら家に帰っても形に残るじゃん」「うぐぐ……どれもかしこもいい案ばかりで捨てがたいわ……」

 

 楯無の注意事項を聞き届けた生徒は早速何をするか決め始めていた。あちこちから意見が飛び出し、聞くだけの者からすればごちゃまぜだ。

 

「はいはい、ここからが重要だから最後まで聞いてねー」

 

 ワイワイガヤガヤ。

 

「あー、なんだか各部対抗とかどうでもよくなってきたわー。止めようかしら。私としては仕事が減るから助かるのよねぇ……」

 

 しーん。

 

「よろしい」

 

 なんというか……そこらの軍隊より統率がとれているんじゃないだろうか……?

 

「各部対抗に関してはさっき話した通りよ。敢えて言っておくけど、彼は部活動によっては選手として大会には出られないから、基本マネージャーとして扱うようにね。剣道とか、テニスとか、卓球あたりの個人競技なら何とかなるんじゃない? それは置いといて……もう1つのクラス対抗で、皆さんに重大なお知らせがあります」

 

 ごほん、とマイクにも入るようにわざと息を整えて言葉を続ける。

 

「場合によってはこっちの方がやる気が出るんじゃないかしら? おそらくだけど、こんな機会は一生巡って来ないわよ?

 

 

 

 クラス対抗ランキング戦で見事優勝に輝いたクラスは、篠ノ之束博士が直々に教鞭を振るってくれるそうよ」

 




 さて、第二章の幕開けです。

 一章は1話から前話の40話まで。原作三巻とアニメ一期も終えた丁度いい節目ではないでしょうか?

 とりあえずは話を進めていきます。設定等を纏めて上げるとも書きましたが、もうしばらく先になりそうです。

 さて、第二章は何話になることやら。書き溜めたものを読み返していくと、結構なハイペースになりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話 これが……”こすぷれ”かっ!

「どういうことだ、楯無」

 

 放課後、ノックも無しに生徒会室に押し入った私を迎えたのは、平然とお茶を出してくれる虚とニヤニヤした楯無だった。本音は簪に付き添っている。

 

「それは“どういう意味の”どういうことだ、かしら」

「織斑など私の知ったことではない。部活動には入っていないし、入るつもりも無いから好きにやれ。私が聞きたいのは篠ノ之束についてだ」

「そうね……順を追って説明しましょうか」

 

 虚が音も無く楯無の前に淹れたてのお茶を置く。ありがとうと短く礼を告げると、湯気が出るそれを冷ますことなく口をつけてずずずと飲み始めた。夏は過ぎたとはいえ、まだまだ暑さは残るこの時期に熱いお茶とは……。私に出されているのは冷えた麦茶であるあたり、楯無は虚の熱いお茶が好きなのだろう。彼女が淹れるものはコーヒーだろうが紅茶だろうが美味しい。

 

「いつも通り作業をしてると、急に織斑先生に呼び出されたのよ。珍しく参ったという感じの声でね、断るわけにもいかないから応じたんだけど………。内容がまたすごくってね……」

「篠ノ之束が来る、と」

「そ。紅椿のデータ収集とメンテナンス、白式のデータ回収とか、その他諸々を含めて週に三回ほど学校に来るんだってね。しかも条件付きで。これもまた酷くってね……。使えそうな奴がいるクラスは? って聞かれたそうよ。教師からそれを言えば格差に繋がるし、二年生以降はコースが決まってるから一概には決められないもの」

「だから、ランキングで一位を取ったクラスに篠ノ之束を紹介させると。奴は恐らく自分の駒にするためだろう。アレが才能を感じた後輩に教えるなど想像ができない」

「それ以外にも目的はあるでしょうね。むしろそっちが本命と考える方が自然だわ。……そう言えば、マドカ、あなた面識あるの?」

 

 ……それは、織斑マドカだった頃の話だろう。

 

 よく冷えた麦茶を喉を鳴らして一口飲む。潤った喉でこう返した。

 

「ある」

「なんて呼ばれてた? 親しい人はあだ名で呼ぶんでしょ?」

「まどっち、まどちゃん……そんなところか。織斑千冬によく似たからな、そういうわけで、それなりに可愛がられたよ。兄さんにはきつく当たっていたから嫌いだったが」

「覚えているのかしら……?」

「アレを人の尺度で測るなよ。ぶっ飛んだ思考回路に脅威の記憶力、織斑千冬と正面から殴り合える力も秘めている。このウィッグに新しくカラコンをつけてもバレるだろうな。今更変装を変えようも無いし、髪を切ろうが整形しようがやり過ごせる相手でもない」

「本音から聞きましたが、あなたは一度臨海学校で篠ノ之博士と会っているのでしょう?」

「あの時の篠ノ之束は終始兄さんと簪にご執心だったよ。とても人を乗せたまま出せるスペックじゃない夜叉と、謎の完成を遂げた打鉄弐式はかの天才も興味津津と言った様子だ。まぁ、兄さんが拒んだんだが」

「ですが、先の言葉が本当なら敢えて何の行動も起さなかった可能性もありますよね? その時は紅椿のお披露目を優先したと考えれば、或いは」

「そうねぇ……」

 

 あの時をもう一度しっかりと思いだしてみる。

 

 海を走って突如現れた篠ノ之束は織斑千冬達旧友との再会を喜んでいた。そこへ演習に行っていた兄さんとリーチェが戻ってきて、簪に迫る篠ノ之束を兄さんが抑える。二言ほど何かを話して離れた後に紅椿の最適化処理(フィッティング)と慣らし。そして福音戦の作戦会議。乱入もありながら知恵を絞ってだした作戦を実行し、紅椿が単一仕様能力を使用できることを確認した後姿を消した。

 

 あの女、自重や遠慮、TPOといった言葉とは縁遠い。気になることがあれば場や立場をわきまえずに明かそうとするだろうし、研究のアイデアでも浮かべば速攻でラボに戻って機械を弄るだろう。

 

 そう考えるなら、私に気付くことなく去っていったのだろう。行方不明となった織斑千冬の妹がなぜか変装して傍にいるのだから。

 

 虚が言った通り、分かっていながらも知らないフリで通したという可能性もまた残る。だとすれば私には以前の様な価値が無くなったのか、別のタイミングで接触するつもりだったのかのどちらかだ。

 

 実際のところ、あの場にいた篠ノ之束はただの爆弾人形だったわけで、カメラ越しに兄さんや簪を見ていたはずだ。数歩離れて観察していた私が見えなかったというのも分からない話じゃないが、ISを作った科学者にカメラの範囲がどうのこうのと言ったところで今一理由としては信憑性に欠ける。

 

 考えてもさっぱりだ。

 

「それで、私と篠ノ之束がどうした?」

「……本当はね、私が行くべきなのよ。なぜなら、あなた達は森宮で私は更識楯無なのだから。ただ、私が行ったところで恐らく意味はない。なぜなら、相手は篠ノ之束だから。興味も無いそこらの凡人が会いに行ってまともに取り合ってくれるとは思えないわ」

「だから、面識のある私が行くということか」

「ええ。さっきの話にケリをつけられない現状では可能性の話だけどね。少なくとも何らかのアクションは起こすでしょうし、会話にならないなんてことは起きないんじゃない?」

「なるほどな……確かに、それができそうなのは私ぐらいだ。姉さんなら面識ぐらいありそうだが、今それを頼もうにも会うことすらできないのではな。それで、何を聞いてくればいい?」

「あの日の真実と、一夏の行方」

「何?」

 

 それはまるで、篠ノ之束は福音が暴走を起こした原因と、兄さんがどこかへ行ってしまったことと、その先を知っている。ということか?

 

「マドカさん、考えてみてください。何故、一夏君は再暴走した福音を追ったのでしょう?」

 

 虚の言葉に、もう一度思考を巡らせる。

 

 兄さんはただ「外に出てくるから、簪様を頼む」と言って旅館を出て行っただけだ。それは「風にあたってくる」「散歩してくる」といった気分転換的な意味合いだと思っていたが………。「福音が暴走したから追い掛ける」と言ったわけではない。むしろ気付いたのならすぐに織斑千冬や大場ミナトに知らせるだろう。その上で、単身追い掛けるはずだ。何より簪の護りを預かる私に知らせないのはおかしい。散歩の途中に見かけたからだとしても、やはり連絡ぐらいは寄越すだろう。

 

 ということは、私を含めた周囲の人間に知らせることができなかった? そして、このタイミングで切り出すということは篠ノ之束が絡んでいるに違いない。

 

 兄さんと、篠ノ之束。この二人の接点は、対面した時の海岸での一幕だ。

 

 ………いや、ある。もっと前にあるじゃないか。

 

 織斑一夏と篠ノ之束!

 

 福音の暴走を仕組んだのか、それとも察知していたのかは分からないが、分かっているなら事前に策をとればいいし、子供に任せるのではなく親友である織斑千冬に話を持ちかければ良かったんだ。そうでなくとも、自分で何とかできる範囲だろう。

 

 にもかかわらず敢えて兄さんを名指しで利用した。篠ノ之束が兄さんを織斑一夏だと気がついて、一悶着あった時に時間と場所を指定して呼びだしたのなら。自分は君の過去を知っているとか言えば恐らく応じるだろうし、誰にも言うなと言われればそうするだろう。となれば、あれはただの外出ではなく篠ノ之束からの誘いに応じて密会していたと考えられる。

 

 そこで条件でもつけたとしよう。知りたければこれから起こることを解決してみせろとでも言ったとして、同時に誰にも言わずに単独でやれと言われたのなら、連絡は来ないはず。織斑秋介がなぜかいたのは、単に移動の途中で見られたとかそんなところだろう。同室だから異変を感じたのかもしれない。

 

 とすれば、しっかりと条件を守っているか、達成できるのかを見届けるはずだ。あれほどの天才ならば小型のカメラを付着させて監視していたり、衛星を乗っ取ったりもできるだろうし、不可能ではない。

 

 ………なら、兄さんがどうなったのかも知っているはずだ。

 

「ああ、なんとなくわかった。とにかくそれを聞きだせばいいんだな?」

「ごめんなさいね」

「私からも一ついいか?」

「答えられることなら」

「簪と姉さんはどうするんだ?」

「………今は私も自分のことで手一杯だから、しばらくは何もできないわ。皇への指示と支援もそうだし、気持ちの整理と覚悟も、ね」

「そうか」

 

 どうやらただ悲しむだけでは無かったようで安心した。楯無が崩れると更識全てがバラバラになってしまう。私も馬鹿ができそうだし、腹も括れる。

 

「楯無」

「?」

「思いっきり泣くなら今のうちだぞ、すぐにでも見つけ出してくるからな。ひょっこり現れた兄さんに泣き顔見られたいのなら話は別だが」

「あら、マドカはいいのかしら?」

「私はこれで三度目だ」

「………」

「織斑の両親に無理矢理連れられて、施設で再会したにもかかわらず共に逃げることは叶わなかった。少し、慣れてしまったのかもしれないな。だが、同時にまた生きて会える事も知ってる」

「……強いわね」

「ふん、何を当たり前のことを……。私は森宮マドカ、姉さんと兄さんの自慢の妹だ」

 

 入ってきた時のじめじめした気持ちをすっぱり斬り捨て、私は生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、学園祭の準備が始まる…………前に、まずはクラスで何を企画するのか決めなければならない。

 

 山田先生が授業を行うコマを貰って、織斑は前に立ってクラス委員として全員の意見を纏めようと電子ボードに文字を書いていく。

 

 企画の流れとしては、クラス全員の意志を確認し整理したうえで書類を担任の教員に見せて許可を貰い、話を進めつつ役割分担や備品リストを作ったり、衣装や必要なものを買いそろえていく。十分な予行演習と試行錯誤を繰り返して、これからの一ヶ月を過ごしていくのだ。

 

「で、これが候補に残ったわけだが……はぁ、却下」

『えええーー?』

 

 このクラスにはかなり希少な男性が一名いる。一夏が行方知れずとなった今、限定的(・・・)に世界で唯一の男性操縦者だ。まあ、確かに酷い有様だったが一夏が死んだとは到底思えなかったので、限定的とする。

 

 真っ先に夜叉の装甲を見つけた時は全身が冷えた。指先まで凍りつくような感覚で、ピクリとでも動かせば根元から指が折れてしまいそうな、そんな寒さ。心まで死んでしまう前に拾い上げた腕には血がべっとりとついていて、耐えきれずに涙もこぼした。

 

 疲れ果てて泥のように眠って起きた時、何故かさっぱりとしていた。気付き、直感する。一夏は死んでなどいないと。キチガイになったわけでもない、何故か湧く確信はすっと身体に染み渡って暖かさを取り戻した。同時に、篠ノ之束が関与している事も理解する。

 

 偶然なのか、仕組まれたことなのか、その篠ノ之束が定期的に学園に来るだけでなく講義までしてくれるそうじゃないか。思惑までは分からんが、これはチャンスだ。質問があると一対一で話せる状況を作って聞きだせばいい。

 

 その為にも、絶対にクラス対抗ランキングで一位を勝ち取らなければならない。マドカ達四組とリーチェの六組とも共同戦線と行きたいところだが、他クラスよりも一夏個人と関係がある為に悲しみも深く、生きていると諭しても信じてもらえるかどうかは分からない。少なくとも、簪があの状態では無理だろう。一組に投資して、勝つしかない。

 

 出会いこそ悪かったものの、今ではそこそこに馴染めているし、親近感もある。ルームメイトのシャルロットには特に。仲間と言える皆のために頑張るのも悪くはない。

 

 真剣に考える。だが、私にはてんで分からないことばかりだ。何が客受けが良いのか、どうすれば客足が伸びるのか、一日の間にどれだけの客を受け入れ回転させるか、リピーターでも来れば御の字だがはたしてどうすればいいのやら。

 

 だがしかし、諦めることはない。私には優秀な部下がいるのだから。

 

『受諾。こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉』

『ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ。時間はあるか?』

『ええ、そろそろではないかとお待ちしておりました』

 

 学生であるが、それと同時にドイツ軍少佐であり、IS特殊部隊“黒ウサギ(シュヴァルツェ・ハーゼ)”隊長でもあるのだ。部下を頼ることは恥ずかしいことではない。むしろ、そういった各人の長所を知り、最大限に伸ばして活かすことこそが隊長の役目だと思っている。

 

 クラリッサは日本の文化に詳しい。人気のある漫画などを愛読しているようで、その影響で調べたり旅行で実際に足を向けたこともあると言っていた。言ってしまえば黒ウサギ隊随一の日本通なのだ。

 

『学園祭でのクラス企画でしょう?』

『うむ。よくわかったな』

『この時期は世界各国でも取り上げられますし、メディアのいいエサですからね。何より私はOGですから』

『ああ、そうだったな』

 

 ISの歴史はとてつもなく浅い。そしてIS学園はもっと浅い。まだ設立から十年も経っていない。私達が卒業する年がちょうど十周年だったはずだ。羽ばたく雛――OGは世界各国にて活躍をしており、大体は企業へ就職するか軍や自衛隊へ志願する。クラリッサもその一人だった。

 

『私の経験を語ることも大事でしょうが、恐らく通用しないでしょう』

『織斑の存在か』

『まさしく。一目見ようと来るでしょう。そして同じクラスである隊長はモロにその影響を受けます。加えて後にも先にも類を見ないほどの専用機が集まっていることから、様々な方面から人が押し寄せることも想像が容易い』

『そのとおりだな。故に、それを逆手に取り、大幅な収益が見込め尚且つ客を満足させて返すだけの企画を催さなければならん。絶対にクラス対抗ランキングで一位をとらなければならんのだ』

『ふむ、今年もデザートパスでしょうか?』

『いいや、篠ノ之博士直々に講習を受けられる特権だ』

『な、なんと………! それは負けられません!』

『そうだ。技術で一歩先を行くだけではなく、一夏の手がかりにもなる重要な人物だ。何としても接触できるだけの関係が欲しい』

『一夏君まで絡みますか………ならば、アレしかありません』

『ほう? 言ってみろ。お前が自信を持って言うのだからそれは素晴らしいアイデアなのだろう』

『IS学園はいわゆるエキスパートの集まりです。知識と体力だけでなく、ルックスやスタイルのレベルもそこらのエリートハイスクールでは太刀打ちできないほどに。今年も粒揃いですし、専用機持ちは雑誌にも載ることがあり認知度が高く、客寄せのプロパガンダには持って来いでしょう。展示などというものは当然ありえず、サービス業が良いでしょう』

『うぐ、接客か……愛想良くやるのは苦手だな。それで?』

『来客は学園生がもつ招待チケットでしか入場できません。殆どは家族や友人になります。バランスが偏りはしますが、男女が入り乱れるのです。一位を狙うのであれば、どちらにも需要があり、回転効率が良く、女子としての魅力と織斑君という特権を最大限生かせるものが望ましい。ここまでは隊長もたどり着くでしょう』

『ああ。だが、そんな条件を全て満たす理想的なものがあるのか?』

『あります』

 

 何のためらいも無くクラリッサが断言する。言葉だけだがはっきりと自信が伝わってきた。

 

 織斑とクラスメイトの嵐の様な騒ぎも余所に、ごくりと生唾を飲み込んで言葉を待つ。

 

『ズバリ――』

『ズバリ?』

『“コスプレ”です。営業は喫茶店形式が良いでしょう。学園祭であることを除いても、喫茶店であれば多少高い値段設定でも問題はありません』

『こ、こすぷれ? とはなんなのだ?』

『仮装ですよ。漫画やアニメの様なキャラクターが着る服だったり、医者が着る白衣やナース服、サラリーマンやOLのスーツ、成人した大人が学生服を着たり等々、例を上げればキリがありません』

『そ、それはどういった効果があるのだ?』

『そうですね…………一夏君がいます』

『うむ』

『いつもの学生服ではなく、我ら黒ウサギ隊の制服を着て、隊長は一夏君の直属の部下として可愛がられているとします』

『おお……!』

『そしてこう言うのです「ラウラ、今日も頼りにしているぞ。背中を任せられるのはお前しかいない」と』

『ごふぁあっ!!』

『た、隊長!?』

 

 ……くっ、な、なんだ今のは!? クラリッサが話したはずなのに、勝手に一夏の声で聞こえてきたぞ! それに、あの一夏が私にそんなことを言うのか……。

 

『だ、大丈夫だ。続けてくれ』

『え、ええ。先の例は隊長のために特化したコスプレと言えるでしょう。しかし、今回の喫茶店に軍服は似合いません。故に、私は執事を推します』

『執事というと、貴族が召し抱える使用人の様なものだったな』

『一夏君で例えるならば………「お嬢様」とにっこりほほ笑みながら隊長を崇め、一つ返事で全てをこなしてくれる自分だけの騎士でしょうか』

『ぐわああああああああああああああああぁぁっぁぁぁっぁぁ!!』

『た、隊長おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 な、なんという破壊力だ……想像しただけでも、死ねる! いや、濡れるッ! 今のは零落白夜よりも恐ろしい一撃だった。

 

 これが、これが“こすぷれ”かッ!!

 

『どんな兵器よりも鋭く、それでいて柔らかく暖かい。これが、“こすぷれ”というものなのか……!』

『そう、多くの者が知らない故に知られることのない秘密兵器。それがコスプレなのです!』

『流石だ、クラリッサ。お前の上官であれることを誇りに思う』

『光栄です』

『男子……織斑への対処は分かったが、女子はどうするのだ?』

『それは一概には言えませんね。コスプレの数は星の数に及ぶほど多く、道は長くつらく険しいのです。各々にあった服を身につけ、なりきることが一番大切なのですよ』

『相性もあるという事だな。そのあたりはクラスメイトの方が詳しそうだ』

『でしょうね。ファッションに多感な年ごろの娘は、着せ替えたり着たりと、服装に対して大きな関心と興味を抱くのです。後は仲間に任せて、隊長も己が纏うにふさわしい服を探してみてはどうでしょうか?』

『うむ、実に参考になった! これからもよろしく頼むぞ!』

『はっ!』

 

 それで通信を終えた。大きな衝撃とダメージを負いはしたが決して無駄ではない。これは大きな風を吹き起こすだろう。

 

 ………しかし服か。私も着飾る方がいいのだろうか?

 

 まあいい、それは後だ。この一年一組を一位に輝かせるべく、私は切り札(ジョーカー)を切る!

 

 丁度、膠着状態になった今なら私の声も通りやすく、行き詰った感の漂う雰囲気ならば、新たな視点からの意見は取り入れやすい。

 

 ボードには………語るのは止めておこう、織斑のために。

 

「織斑」

「ん? なんか良いアイデアがあるのか?」

「“こすぷれ喫茶”はどうだ?」

『え?』

 

 ………なんだ、私がそんなことを言うのはおかしいか? ……まぁ、そうだろうな。

 

「各々が好みで似合う服を着て、接客をすればいいだろう? 好ましくないならば厨房で調理などをすればいいし、宣伝がてらに校内を練り歩いて他企画の偵察もできる。注文を聞いて運ぶだけの簡単な仕事だ。我々でも十分にこなせる」

「うーん………コスプレねぇ。ガスとか食糧とか備品は聞けば良いとして、服はどうする? 多分、学校は用意してくれないから、予算で布とかを買って縫う事になると思うけど」

「私やるよ!」「私も!」「裁縫とか得意だよ~」

「そっか、とりあえずは何とかなるのか。じゃあ、コスプレ喫茶でいいか?」

「むむむ、出来レース王様ゲームも捨てがたいけど………コスプレでゴスロリラウラちゃんを見るのも一興か」「猫耳メイドしてくれる子がいるならね」「スライムに服を溶かされて危ない感じのメガネ系委員長を誰かがやってくれたら考えなくもない!」

「そ、その辺は話しあって決めてくれ……。じゃ、俺達はコスプレ喫茶で通してみるよ」

 

 こうしてあっさりと一組の企画が決まった。

 

「ラウラ」

「む?」

「ありがとう。お前のおかげで俺は生きていられそうだ」

「そ、そうか………」

 

 かなり真剣な目で礼を言われた。

 

 まあこれでランキング一位へ大きく前進したな。あとは我々がどれだけ努力するかにかかっている。篠ノ之束の授業のために、一夏捜索のために。できることをやるしかない。

 

 あとは………

 

(簪……蒼乃さん……)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話 「これは、私への挑戦状………」


 サイズが合わないからつけられないなんてことは無いと思う。多分。

 私は男性なので詳しいことは分かりません。

 その場の雰囲気で乗り切ってくださいww


 

 夏休みは終わりを告げ、新しく始まった二学期。一ヶ月後に迫る学園祭のために……もっと言うならば、篠ノ之束からの講義を受ける権利と織斑秋介を部活動に引き込むために、どのクラスも部活動も知恵を絞って票数をいかに稼ぐかを張り巡らせていた。

 

 なお、裏取引など行われようものなら織斑千冬からの制裁と企画そのものが無くなってしまうために、正々堂々を余儀なくされる。

 

 一週間が経過し、諦めたところとそうでないところが見え始め、やる気もまた差が出始めていた。

 

 四組はと言うと………

 

「射的だよ! 絶対射的!」

「NO! お化け屋敷しかないわ!」

「何を言うかと思えば……ハムカフェ以外にありえない!」

 

 既に一週間が過ぎたにもかかわらず、まだ企画決めで揉めていた。ごく一部を除いた殆どのクラスメイトがやる気に満ち溢れ、確実に一位が取れるだけの企画はなんだろうかという論争を続けていたのだ。

 

 四組は、これだけ遅れているにもかかわらず、クラス対抗ランキングで一位を取る気でいるから恐ろしい。

 

 理由は勿論、兄さんにある。

 諸々の事情を隠した上で、“篠ノ之束が森宮一夏の行方を知っているかもしれない”ということだけを話した結果がこの現状を作った。ダウナーでパパラッチ上等な清水も、今回ばかりはやる気を見せてクラス委員代理を務めている。

 

「………ふぅ、やっぱりこの三つから動かないし、決まらない」

 

 第七回緊急(?)企画会議でやっとのこと三つに絞られた企画案は、射的、お化け屋敷、喫茶店(+α)だ。だが、ここまできてもまだ決まらない。

 

 原因は、突き詰めれば簪にある。

 

 というのも、三つに分かれてどれを行うかで完全に三つに分かれてしまったのだ。先生はそれを判断する為に票には入れず、四組の生徒だけで集計してもこうなる。

 

 IS学年は一クラス四十人となっている。二年生からは整備科などの新学科が出来たり、得意分野を伸ばすためのコース選択等もあるため、クラスの人数にばらつきが出るが、一年生の時は入学時に均等に割り振られた為にぴったり四十人なのだ。

 

 ただし、例外として一組と四組が上がる。どちらのクラスも入学者が決まった上で男性操縦者を迎え入れた為に、このクラスは一人多い。

 

 本来の四組は四十一人。ただし、兄さんはいないので四十人になる。これならばフラットになったところでどこかが必ず一票分多くなるので決まるんだが、今現在の四組は三十九人に減っていた。

 

 簪は、二学期初日以降の登校を拒否している。俗に言う不登校だ。

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 今日も決まらずに解散となった。部活動に遅れていく者、今からアリーナへ練習に行く者、PCルームや自室の持ちこんだPCでレポート作成をする者、部屋でゆったりする者など、自由な時間だ。

 

 私は部活もやっていないし、アリーナの申請も出していないので訓練もしない。つかつかとお気に入りのロングブーツで音を鳴らしながら寮を歩いていた。走ってはいけないという規則を律義守ろうとするならこれが最速なのだ。

 

 勿論、簪の所である。

 

 確かにあれはショッキングな光景だ。気丈なラウラと私でさえ声を上げて泣いたのだから。近くに居続け、想い続けてきた簪には強烈だったに違いない。本音は毎晩魘されているし、碌に食事も取ろうとしないと言っていた。

 

 だが、それは私や他の仲間だって同じだ。

 

 何時までも呆然自失としていていいわけが無い。考えることを放棄するのは、兄さんが生きているかもしれないという可能性まで否定する行為だ。それすらも気付いていないだろう。それに、もうそんな事が許される歳でも立場でもない。

 

「簪、入るぞ」

「あ、まどっちだ~」

 

 部屋に入ると、本音がいつも通りの返しをくれる。こいつはいつ見ても癒しだ。

 

「簪は?」

「シャワー浴びてるよ~。ああ、疲れた疲れた……」

「うん?」

「かんちゃんは、もう大丈夫ってことなのさ」

 

 ………ほう?

 

「自分で立ち直ったのか?」

「時間はたっぷりと自分で取ってた(・・・・)みたいだしねぇ。心配で部屋に来たけど、大丈夫そうだよ~」

「はっはっは!!」

 

 そうかそうか、私がこう来るまでも無かったと言うわけか。やはり簪も更識ということだ。

 

 最近は沈んだことばかりだったから、こうして笑うのは久しぶりかもしれない。それが親友の成長を垣間見れた時となれば尚更嬉しい。

 

「よし、私も風呂に入るか」

「ふぇ?」

「私の分の着替えとタオルも頼むぞ」

「えぇ~? じゃあ食堂のケーキで手打ちにしてあげようぞ」

「ああ」

 

 快く買収されてくれた本音に礼を言いつつ、バスルームに入る。内側からカギが掛かっていたがちょっと弄ればすぐに外れた。

 

 洗面所と洗濯機、脱衣スペースを兼ねたフロアには青い籠があり、簪の学生服と下着が畳まれて置かれていた。隣にはピンク色に可愛らしいキャラクターが描かれた籠がある。多分、本音が使っているものだろう。借りるか。

 

 服と下着を脱いで、同じように畳んだ上からウィッグを置く。

 

「………」

 

 二つの籠は隣り合って置かれているので、畳まれた二人分の服が並んでいるわけである。型崩れしたくないし、真っ先に身につけるのは下着なので目立たない程度に一番上にそっと置いている。

 

 青い籠に入れられている水色の下着は、私の黒の下着に比べて結構小さい。まぁ私のものではないし、これの持ち主は小さめだから理由は分かる。

 

 ――この時の私は、今思えば酷く浮かれていた。簪が立ち直った事が嬉しかったんだろう。何故か次に私が取った行動は、水色の下着をとって広げるだけでなく、付けようとしていた。

 

 腕を通して上手くフィットするように整える。明らかにサイズが合わないがそこは無視だ。そして背中に手をまわしてホックを引っかけようとしたところで事件が発生してしまう。

 

「くぁ……キツイ……!」

 

 かなり胸が苦しい。加えて目いっぱい伸ばしているにもかかわらず、ホックは届きそうにない。何度も試すが……くっ……やはり………無理だった。

 

 やり過ぎると今度はブラが痛んでしまうのでもう止めることにした。こんなところを簪に見られてしまっては………

 

「何、してるの?」

「あ」

 

 見られて、しまっては………

 

「ねぇ、それ、私の……」

「ま、待て! これには深いワケが……!」

 

 しまっては………!

 

「バカアアアアアアアアァァァァァ!!」

「キャアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!」

 

 こうなると言うのに………。

 

 柄にもなく、黄色い声で叫んでしまった………。本音曰く、寮全体に響いたとか。

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

「もうっ……!」

「すまんすまん、つい気になっただけなんだ」

「だからってあんなこと……もう止めてよ?」

「ああ、誓ってしない」

「はぁ………」

 

 簪が大人しくなるまでされるがままだった私は、私の着替えを取りに部屋へ向かった本音が止めに来るまで揉まれたり撫でまわされたりと大変だった。互いに裸だったものだったし、簪に至っては風呂上がりということもあって、当初の予定通り一緒に風呂に入った。とはいえ、個室にはシャワーしかないので、狭い空間で身体を寄せ合いながら浴びる。

 

 不機嫌全開だが、まぁ昨日までの様な人形状態に比べればはるかにマシだ。心底悪いと思い心から謝るが、ついつい顔が綻ぶ。簪も分かっているのか、それ以上は何も言わなかった。

 

「……ごめんね」

「気にするな。何のために兄さんや私、本音がいると思っているんだ?」

「……ありがとう」

 

 確かにこの一ヶ月は大変だった。だが、私達はそれだけで十分だ。お金が欲しくてやっているわけじゃないのだから。……まぁ、給金はしっかり森宮から貰っているが。

 

「腹を括ったか?」

「……っていうより、開き直ったのかな?」

「ほう?」

 

 簪お気に入りのシャンプーで頭と髪を洗ってもらう。美容室で初めて知ったが、自分で洗うよりも、他人にやってもらった方が気持ち良い。誰かと一緒に風呂に入る時は、決まって髪を洗うのをお願いしていた。

 

「生きてるって信じたくて、でも信じられなくて、どっちが本当なのか私の中でもごちゃまぜになって、考えようとすればするほど、血で濡れた一夏を思い出して頭が痛くなるの。だから、もう嫌になって止めた」

「して、どうする?」

「動く。勉強に詰まったら運動したりするのとおんなじ。痛みがすーっと消えてね、すっごく楽になったの。考えたりするのは好きだけど、今は動きたい。何もしないで泣くのは、できることをやりつくした後でいいから……」

「ふふ、そうだな。強くなったじゃないか」

「一夏と、マドカのおかげ……お姉ちゃんに負けたままは嫌だし、私も、更識だから」

 

 にこりと笑って、簪はシャンプーを流してくれた。

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、簪は登校した。そして行われる第八回緊急企画会議は朝のHRが始まる前に行われた。票数が完全に割れていながら誰も変えようとしないので、ぶっちゃければ簪の一票で全てが決まる。それを誰かが聞いていればいい。

 

「更識さん!」

「……大丈夫なの?」

「うん。ありがとう」

 

 心配するクラスメイトをかき分けて机につく。道具をカバンから出す前に、清水からそれはつきつけられた。

 

「これは?」

「学園祭でやる企画なんだけど、票が均等に割れちゃったのよ。更識さんの一票で決まる状態ね」

「ま、まだ、決まって無かったんだ……ごめんなさい」

「いいのよ、あなたに責任はないわ。あーあ、頑固者ばっかりの馬鹿共からそんな台詞が聞きたいわ」

 

 それはつまり、クラス全員に土下座を要求しているということか。甘いな、そんな奴は一人もおらんよ。

 

「はい、どれにする?」

 

 そう言って清水は紙を簪に渡した。筆箱を取り出した簪は、少し悩んだ様子を見せるとボールペンを走らせる。

 

 受け取った清水はため息をつきながらも笑っていた。

 

「はぁ、あなたも馬鹿なわけね」

「妖子だって……自分の票を移動させなかったんでしょ?」

「そうだけどさぁ。あなたには負けるわ」

 

 簪は正の字で書かれた票数に一本加えるのではなく、新たに企画候補を上げて横棒を一本足していた。

 

「“アクセサリー製作”ね」

「皆で機械を組み立てるの。お願いされたアクセサリーを自由に作れる機械。球体からフィギュアまで作れるような」

「得意分野じゃない。攻めるわね」

「……当然。だって、私は更識簪だもの」

 

 技術、工作、整備面に置いては楯無と姉さんすら上回る簪は、クラスを一位に導くために本領を発揮できる分野を選んだ。自分の一声で全部決まるこの状況で、我儘を押し通すというのだから。本気なのは分かるがそこまでやるか……?

 

 簪も、楯無の妹なのだな。

 

「だってさ? どうしようか?」

「まぁ、どうするのか聞きたいよね」

「参考になるデザインをデータで読みとって、忠実に再現する機械を組むの。大きさに制限はあるけど、色んな形にしたりする機能もつければ、多分たくさんの人が来てくれる」

「おお、なんか凄そう……」

 

 作った機械にデータを送り、あらかじめ補充してある材料を使って、データ通りに物体を再現する。

 

 “3Dプリント”という技術だ。原理としては、立体を何層にも及ぶ平面で解析し、平面を重ねていくというもの。私が知っている物はシリコンを使っていた。実用化はまだ先になると言われている。

 

 つまり、簪は最先端の技術を自分達で作りだそうと言うのだ。ただの学生が、である。

 

 このことにどれだけの人間が気付いているのか分からないが、とんでもないことを平然と口にしたり実行しようとする。

 

 更識はこんな女ばかりなのか?

 

「あー、工作かー! 料理作るより楽しそうじゃん!」

「輪ゴム鉄砲作るよりは学園らしいんじゃない?」

「高校でお化け屋敷もアレだしねぇ……」

 

 そしてウケが良い。まったく………

 

「じゃあそれで。四組は“アクセサリー作成”で出すわ」

 

 この一週間はなんだったのやら。あっさりと塗り替えた簪もそうだが、それを拒まずに受け入れたこの面子も中々に面白い。

 

 ここは良いバカどもの巣窟なようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただでさえ四組は一週間も出遅れている。私のせいではないと皆は言うけど、部屋に引きこもっていた私に責任が無いわけではない。むしろ、参加すらしなかったのだから大きい。

 

(普通にやっていたんじゃ追いつかないし、完成度も高くはならない。並ぶだけじゃダメ、他のクラスを追い抜くだけのものじゃなくちゃ………!)

 

 だからこそ、他の案を一蹴した上で最も得意とする工学系企画を提案した。通るのかは賭けだったけれど、案外すんなりといった。サボっていた私を何の文句も無く受け入れてくれた皆に感謝だ。

 

 期待されている。

 

 絶対に成功しなくちゃいけない。

 

「簪、作れるのか? 疑うわけじゃないが、3Dプリントはかなり最先端の技術だ。まだ試作機が作られたばかりの段階だったはず」

 

 マドカが言った通り、これは難易度が高いなんていうものではない。世界中の技術者を相手に喧嘩を売るようなものだ。何せ、私が作らなければならない物は試作のものではなく、来客相手にお金を取って売る商品を作る完成品だ。つまり、世界の先を行く行為。

 

 当然、原理は私も知っているけれど細かな設計図やOSは自作しなければならない。工具は兎も角、ここには無い部品もあるだろう。私だけでなく、他にも技術畑の人がいれば何とかなりそうだけど、四組にはそんながっつりとのめり込んだ人はいない。私が軸になり、中心になって皆を導く。

 

 かなり高いハードルを自分で設定したものだ……。実現できる可能性なんて数パーセントしかない。頼りにしていた一夏もいない。だけど、いや、だからこそ……!

 

「これは、私への挑戦状……」

 

 弱い自分への挑戦。へこたれていた私には丁度いい機会だ。

 

「負けない」

 

 お姉ちゃんは一人であれだけの機体をくみ上げた。ISは最先端を行く技術の結晶だ。追いつくのなら、並ぶのならば、更識であるのなら……この程度(・・・・)はできなければならないこと。

 

 目の前にデスクには膨大な量の紙が散らばり、積み上げられている。同じかそれ以上のデータが、愛用ではない眼鏡型のディスプレイに投影されていた。本当なら馴染みの物を使いたいけれど、あれでは並列処理に限界があるので高性能なものを引っ張り出してきたわけだ。

 

 視界には大量に散らばるデジタルとアナログのデータ。設計図は勿論、理論や有名な著書に論文などなど、使えそうなものは私が持っている全てが揃っている。実家からも大量に持ってきてもらったし、足りない物は図書館へ足を運ぶなり、更識としての高い権限で家のPCを使えば殆どの情報が揃うはず。

 

 あとは私次第。設計図さえ引けば、マドカや妖子が仕切ってくれる。

 

 視線を上げると、ズラリと並ぶ教科書や工学関連の著書に、私が学んできた全てを記し、今なお増え続けているノート。更に上へと上げれば視界を埋め尽くすほど大きなコルクボードが掛けられている。全て写真で埋められていた。

 

 意外なことに、一夏は写真を取るのが好きだ。

 

『その時、その場、その雰囲気、その風景、その人物。全てがこんな紙きれ一枚に全て詰まっているのです。こんなに便利且つすばらしい物はないでしょう?』

 

 なんとなく察したその言葉の意味を、私なりに解釈して、大切にしている。

 

 この中で古いのは……多分、これ。

 

 一夏が仁さんに引き取られたばかりのころ、私とお姉ちゃんが初めてあった日だった。この頃はとても怖くて、痛々しい姿をしていたっけ。目がうつろで、言葉も片言であやふやだったし、数分前の会話の内容でさえ忘れている。まだ蒼乃さんとも上手く話せていないということでかなり珍しい。

 

 その次は何とか手をまわして手に入れた秘蔵の一枚。風邪をひいて寝込んでいた私を看病していた時に見せた初めての笑顔。よく見なければ分からないほどに動いた表情筋が見せるそれは、どう見ても無表情だが私には分かる。励ますための精一杯の笑顔だった。きっと、一夏はもう覚えていない。

 

 それからもずっと、ずっと、私が暮らしてきた時間がここに詰まっている。一夏と、お姉ちゃんと、蒼乃さんと、虚と、本音と、マドカと、リーチェと、ラウラと、妖子と、みんなと………。全部詰まってる。

 

 私の宝物。

 

 そっと撫でて、一枚一枚を思い出す。

 

 馬鹿をやったこともある。

 

 小言を言われて落ち込んだこともあった。

 

 逆に私が一夏にお説教をしたことも………あったっけ?

 

 ………そう、大切なもの。きっと、何時までも私に元気をくれる。

 

「よし」

 

 設計図の製作にとりかかろう。

 





 今回は少し調べ物をしました。

 終盤に出てきた「3Dプリンター」です。

 参考にしたサイトでは1980年には既に開発が始められ、それから数年後には第一号が完成していた、と書かれていました。そして今では個人用まで製作されているそうです。数字が苦手な私はこのあたりの事情をよく知りませんが、現代においてはそこまで珍しいものではなさそうです。

 ISが作成されているのなら、アニメ版のように電子ボードがあったり一人ごとの机が機械満載な雰囲気なので、相当技術が進んでいると思います。とっくに3dプリンターなんて作られているはずです。

 敢えてスルーしてください。修正しようがないほど書き溜めてしまったのです……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44話 「「だって、当然のことだから」」

 キリがいいので連投です。

 いよいよ学園祭スタート


 

 四組では製作が始まった。

 

 細かな仕組みまではまだだが、大まかな原理等は理解できたし、後はそれを実用化に至るだけのシステムとパーツを組み上げるだけだ。

 

 だけ、とは言ったものの相当難しいのだが。

 

 製作機械に関しては簪に任せるしかない。その代わり、すぐにでも実験ができるように環境を整えるのが私達のやるべきことだ。

 

 備品と手順、材料費に値段設定、スケジュールに使用許可申請など、やることは意外とある。

 

 残り二週間か………全ては簪次第、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラのナイスなアイデアによって、俺が社会ステータスを失わずに済み、事前に組んだスケジュールよりも順調に準備が進んでいることもあって、一組の進度は全体の中でも進んでおり、内容も濃くなりつつある。

 

 やることと言えば、着る衣装の作成と教室改造案に、調理の練習と試食ぐらいだ。意外と少ないが、作業に充てられる時間とそれに割けるだけの人員を考えると余裕はない。作業は常に急ピッチで行われていた。

 

 俺はというと、全体の監督に加えて調理チームの指導にあたっていた。

 

「そうそう、そこでひっくり返す」

「………とうっ!」

「おお、上手いじゃん」

 

 メニューは色々とある。冷食温めたり、市販のお菓子とアイスを組み合わせたりとかなりインスタントな物ばかりだが、手作りが無いわけじゃない。衛生法とか色々とあるから凝った物は作れないけど、簡単に出来そうな物を選んで出す事にした。これもその一つだ。

 

 学園には食堂があるから自炊する生徒は少ない。そもそも学園生の殆どは女子校出ばかりで、勉強や部活等で碌に料理したことが無い生徒は以外に多かった。できる人を中心に班を組んではいるが、できない人も中にはいる。そんな人に教えていた。

 

「なんか意外だなー」

「何が?」

「男子が料理してるのが。織斑君、してなさそうだし」

「上手いわけじゃない、やらなくちゃいけなかったから覚えてるだけだって」

「え? 織斑先生作ってくれないの?」

「あー」

 

 学園に入学する前を思い出す。姉さんは基本的に家を開けることが多く、実質広い家で一人暮らしをしていた。今になって分かったが、学園で寮長もしていればそうそう帰ってこれないわけだ。疲れて帰ってくるし、久しぶりに会うんだから手料理でも出したくなる。というわけで家庭スキルは割とあったりするのだ。

 

 ………というのは建前だったり。嘘は言ってないぞ?

 

「なんか夢を壊すかもしれないけど……」

「おっ、いいねー。身内ネタは面白いと相場が決まってるんだよ」

「しっかり者にしか見えないし、メチャクチャ厳しいだろ? でもさ、家に帰ってきたらすんげーぐぼあぁぁっ!!」

「喋る暇があるなら手を動かさんか」

「お、織斑先生……」

 

 皆が耳を澄ます中で、突如音も無く姉さんが現れていつものごとく出席簿アタックをぶちかましてきた。猛烈に痛い。

 

 毎度毎度思うんだが、なぜ家での姿を話そうとすると決まってテレポートしてきたかのように現れて制裁を下すのだろうか? 仕事はどうした? ていうかどうやって聞いてるんだよ。

 

「良い喫茶店の条件は上手いコーヒーと上手い紅茶だ。勿論料理やサービス精神も不可欠だが、この二つを絶対に忘れるなよ」

「でも、学校の模擬店にそこまで期待する人がいますか?」

「侮るなかれ、ここはIS学園だぞ。世界各国からの支援金のおかげで、生徒からは少ない学費で入学できることでも知られているが、目指そうとする生徒の家庭は潤っているところが割合的に多い。学園祭では生徒が送るチケットでしか招待できないため、自分の家族に送るのが殆どだ。少々味にこだわりのある方が多いのが毎年の傾向だ」

「舌の肥えた人が多いってことか」

「言い方を考えろ。まぁ、そういう事なんだがな」

 

 学校の規模が大きければ大きいほど、設備が良いほど、維持のためにかかるコストは大きい。それは学生が負担する部分も出てくる。そういう意味では、IS学園は世界で最も巨大且つ最新設備が集まったブルジョワジーな学校になる。マンモス校とも言われる某大学もお手上げだ。ISを扱い、学ぶのだから当然だが。

 

 とんでもない学費が掛かるわけだが、それを生徒の家庭に一部負担してもらうとなると、大企業の社長とか、権威のある医者でなければ払えないほど高額になるらしい。一体ゼロが何個つくのやら。

 

 そんなわけで、世界各国……具体的にはIS学園に通う生徒が国籍を持つ国が大部分を負担する。例えば、セシリアならイギリス、鈴なら中国、シャルならフランス、ラウラならドイツといった具合だ。俺と箒は………どうなんだろう? 国籍は日本だけど、専用機を持つ者としての帰属先がない。俺達本人を差し置いてまだ話し合っているらしい。

 

 そんなわけで、とっても安い。たしか、俺が元々行こうとしていた藍越学園と同じぐらいだったはず。それでいて安定した生活があって、美味しい飯も食えて、尚且つISを学べて、将来もある程度は安泰とかなりの良い学校なんじゃないだろうか。

 

 その分、門は狭いし授業は厳しいのだけれど。

 

「何にせよ、客が満足するような店づくりは義務だ。学園祭程度といって力を抜くのは勝手だが、それでランキング優勝を逃しても知らんぞ?」

「むぐ……」

 

 今回の喫茶店の目玉は幾つかあるが、一つは間違いなく俺で、その他に料理だってある。サービスを徹底して、客の胃袋さえつかめば票の獲得なんてほぼ確実なんだ。そういう考えると、料理を指導している俺に色々と責任がある様にも思える。

 

 責任云々を抜いても、力を抜くというのはいただけない。

 

 いいさ、やってやるよ。近所の喫茶店マスター直伝の上手いコーヒー淹れてやろうじゃん。

 

「わかったよ、本腰入れてやる」

「それで良い。ところで織斑」

「?」

「ふん!」

「ぐはっ!!」

「教師にタメ口とはいい度胸だな。いい加減覚えたらどうだ?」

 

 満足そうな顔をして、迷惑な置き土産を置いて行った姉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨夜の内に準備は整えておいたので、朝起きてやることと言えば日課の洗顔歯磨き一杯のコーヒーぐらいだった。今日はそれに加えてテレビでニュースを見るというのが追加されている。

 

 時刻は午前九時になろうとしている。HRも終わって授業がもうすぐ始まる時間だ。だが、今日は教室まで行かない。しっかりと先生に休みますと事前に言っておいたし、外出届も出している。あの大雑把な大場先生でなければ通らなかっただろうな……。

 

 そう、今日は……

 

「お待たせ、マドカ」

「いや、そうでもない。行こうか、簪」

 

 望月へ行くのだ。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 学園は無人島を開拓して作られている。本島との交通手段と言えば、物資運搬用の船とヘリ、そして最も利用されるモノレールだ。昼になると利用客は皆無になるため、一時間に一本という田舎並の本数になる。その前に簪と乗って、本島側の駅で人を待っていた。

 

「お待たせー」

「久しぶりだな、嬢ちゃん」

 

 出迎えてくれたのは四十を過ぎたばかりとは思えないほど若い夫婦だった。現役を退いて尚発言権を持ち、当主を子供扱いするほどの実力者。旦那さんの方が、雨ノ宮光嵐(コウラン)さんで、奥さんの方が雨ノ宮紗希さん。

 

 名前の通り、森宮の家系に連なる。私も養子に取られてからはお世話になった。失礼ではあるが、両親の様で、祖父祖母の様に思っている。気さくな人で、私も快く受け入れてくれた。聞けば、昔から兄さんのことを好いていた数少ない人達らしい。兄さんも、雨ノ宮さん達は好きらしいし、私達の味方だ。

 

「さぁさ、まずは乗んな。望月技研まででいいかい?」

「はい、お願いします」

 

 簪と並んで後部座席に乗り込む。更識御用達の耐弾装甲を用いた特殊な車だ。見た目はあの高級車。私はともかく、簪は更識の次女だ。この待遇は当然だろう。

 

 エンジンが掛かった音と振動がシートから伝わって、程なくゆっくりと動き出した。因みに、運転手の好みらしいこの車はミッション車だったりする。オートマ車の馬力や速度に不満があったので作らせたとかなんとか。

 

 その辺のラジオが流れる中で、光嵐さんが口を開いた。

 

「お嬢、今度はなんだって望月まで? 学園祭の準備はいいのかい?」

「えっと、その学園祭の準備のために、望月まで」

「ってことは、何か作るの? 簪ちゃんが困るぐらいだから、相当な物なのよね?」

「まぁそうなんだが……」

「何を作るの?」

「3Dプリンター、だけど……」

「え?」「ん?」

 

 そこで雨ノ宮夫婦が頭をかしげる。

 

「随分とまた旧式なもんを作りますなァ」

「光嵐さん、簪ちゃんが言っているのはそっちじゃなくて多分……ね? それに、まだ生まれてばかりの頃の話だから」

「ああ、あっちかい」

「二人して何を言っているのかさっぱりだぞ?」

 

 新聞やテレビ、インターネットでは確かに最新技術がどうのこうのと書かれていたはずだが……それが旧式なのか? 生まれたばかりということは少なくとも十六年前には存在していたことになるんじゃ……。

 

「暇つぶしには丁度いい、話してやるか。3Dプリンターってのはな、二十世紀後半には既に考えられていた技術の一つさ。そしてそれから数年後の二十一世紀初頭に第一号が完成。物体を解析して何百層にも及ぶ平面図形の設計図を作成してそれを作るっていうことで一世を風靡した画期的な発明だった」

「それが、おじさんが言う旧式なんだな? じゃあ、最近言われているのは何なんだ?」

「基本的なシステムに変わりはないそうだ。俺も女房も技術者じゃないから分からんが、どうやらより忠実に再現できるように色々な機能を追加しようとしてるんだと。確か………なんだったかな?」

「カラー印刷が代表的ですよ。他にもサイズの拡張だったり、材料の幅を広げたり……これが成功すればかなりの手間が省けると言われているわ」

 

 なるほど、そういうことだったのか。

 

 聞いた話を纏めると、現在既に出回っている物はモノクロ印刷で、限られたサイズの物しか印刷できず、それを形成する素材の種類がごく少数と言ったところか。

 

 普通のプリンターで例えるなら、黒のインクしか使えず、用紙はほぼ単一のサイズにしか適応できない上に、その用紙の素材すら限定的。といったところか。なるほど、不便極まりない。

 

 もしもそれが成功すれば、確かに実際に印刷されるそれはより実物に近くなること間違いなしだ。

 

 ………簪はそんな物を作るのか。

 

「どこの大企業も難航しているところらしいぜ。お嬢、できるんですかい?」

「できるじゃない、やるの」

「おおう。ちょっと見ない間にでっかくなっちまってんな。相変わらずちっこいところもあるみたいだがな!」

「………光嵐?」

「ははははははは!!」

 

 な、何という男だ……! 簪にその話題はタブーであるにもかかわらず、果敢に攻め込むとは! しかもドスの聞いた声にも物怖じしないその度胸はまさに本物! 流石としか言いようがない……。

 

「真面目な話になるけれど、簪ちゃん。もし上手く作れることができたら、あなた特許申請だってできるかもしれないわよ?」

「特許……というと、儲けられるアレか?」

「持つだけで大儲けできるわけじゃないんだけど……。分野においてはそうなるかもしれない、ってところかしら? でも、簪ちゃんが挑もうとしているのは、お金になりそうなことかもね」

「もっとお金持ちになるかもしれないのか……いや、それよりも学生が世界の先を行くということの方がビッグニュースじゃないか?」

「そうねぇ、ある意味で篠ノ之束博士のような事かもね」

 

 ふむ、確かにそうかもしれない。

 

 当時学生だった篠ノ之束はISを個人で開発した。それだけの資金や材料等が何処にあったのかはさっぱりだが、実際に成功させている。環境の違い等はあるが、確かに成功すれば世界に先んじて開発をしたと言えなくもない。ひどく限定的で、まったく別のものを開拓するわけじゃないから衝撃の弱さは否めないが。

 

 ただし、簪はそうしないだろう。目的が違う。

 

「どうなの、簪ちゃん?」

「完成品は、望月の皆さんに差し上げるつもりです」

「あら?」

「お金が欲しくてやるわけじゃありませんし、いつかはどこかが完成させるでしょうから。欲しいのはランキング一位……篠ノ之束博士との接点だけです」

「坊主を探すためにだったか?」

「はい」

「んー、いいねぇ。やっぱデッカクなったもんだなあ。それにいい女にもなってる。坊主の奴は幸せもんだな」

 

 かっかっかと大声で笑い出す光嵐さんはとても嬉しそうだ。隣の紗希さんもくすくすと満面の笑みで笑っている。二人とも兄さんを気に入っているし、楯無や簪の世代の子供たちには自分の子供のように接してきた。娘が頑張るところを喜ぶ親のようだ。

 

「ついたぞ」

 

 それからも色々な学園の話をして一喜一憂する夫婦を見て、私達は喋りっぱなしで喉が渇くほど楽しませてもらった。こんなに長く話をしたのは久しぶりかもしれない。

 

「帰りはどうすんだ?」

「望月の人達に街まで送ってもらって、少し遊んで帰るつもりだ」

「今日は、ありがとうございました」

「気にすんな、こっちも楽しませてもらったしな」

「帰って来る時が分かったら連絡してね」

「はい」

 

 深く頭を下げて、去っていく車を見送った。

 

 今度は兄さんや姉さん達と一緒に会いに行こう。ラウラとリーチェを招くのもいいかもしれない。いや、その方がきっと喜ぶだろうし、盛り上がる。

 

 どちらからともなく歩きだしてエントランスに入る。連絡だけは事前にしておいたから、受付に話を通すだけでスムーズに済んだ。勝手知ったるなんとやら、奥の方まで堂々と歩く。

 

 途中ですれ違う顔見知りに挨拶したり、時に立ち話を挟んで目的の部屋までたどり着いた。

 

『所長室』

 

 ノックを軽く三回して、返事を待つ。

 

「どうぞー」

 

 少し間延びした声がドアの奥から聞こえてきた。ノブを握って回し、奥へと押す。

 

「やー久しぶりだね。以前の倉持技研襲撃以来じゃないかな?」

「……お久しぶりです、芝山さん」

 

 目の前に座る眼鏡をかけた華奢な男性は、芝山というらしい。私は初対面だから知らないが、簪はどこかで会っているらしい。倉持技研襲撃というと、兄さんが夜叉と会ったあの時か。アレが無かったら今も亡国機業として動いていただろう。

 

「所長になられたんですね。おめでとうございます」

「いやぁ、やることが増えた挙句に責任が重くなっただけさ。おまけに機械には触らせてくれないし……辞退すれば良かったかな?」

「あ、あはは………」

 

 なんともまっとうな技術者だな。ここは作られた武器や機体からして変態ばかりだと思っていたんだが……。

 

「おや、そっちが森宮君の妹さんかい?」

「森宮マドカ。今日は簪の付き添いと護衛の様なものだ」

「よろしく。うーん、お兄さんとお姉さんそっくりだね。ああ、蒼乃さんの事だよ?」

「良いことを聞いた」

 

 その辺りの話も詳しそうだ。

 

「さて、今日の用事は何かな?」

「実は―――

 

 

 

 

 

  

 *********

 

 

 

 

 

 

 

 アレから二時間ほど、芝山所長を始めとした多くの技術者達から意見を貰って設計図を引いたり、システムを構築したりと非常に有意義な時間を過ごした。私から見ればちんぷんかんぷんのそれも簪にとっては宝の山のように見えていたらしく、予約したアニメやゲームが届いた時のように目を輝かせていた。得られたものは多かっただろう。

 

 協力してくれた人達に見送られ、芝山さんが直々に車を街まで出してくれた。いや、出してもらったと言うべきか。

 

 私がついてきた理由はここにある。

 

 どうしても聞きたかったのだ。会ったことのないこの人の口から直接。

 

「さて、僕にどんな御用かな?」

 

 運転しながらバックミラー越しに私をみる芝山所長と目が合う。ほんわりとした印象を与える目は優しく見えるが、その芯は鋭さがある。真面目な話、それも誰にも聞かれてはいけないことを察してくれたようだ。

 

「……どうやら、盗聴器の類は無いようだな」

「おや? お客さんにそんな無礼なことをするように思われていたのかな?」

「警戒するに越したことはない」

「口に出すということはそうなんだね。心外だなァ……」

 

 ……やりづらいな。こういう強かな奴は苦手なんだ。

 

「単刀直入に聞く。出来ればでいい、答えてくれ」

「僕に答えられることならね」

「兄さんは生きている、そうだろう?」

「僕の予想ではね」

「ふぇ……?」

 

 ついてこれていない簪は少し間抜けな声を出した。

 

 しかしまぁ、ようやく口から出た言葉をあっさりと返されると私も変な声が出そうだ。

 

「そ、その根拠を聞きたい」

「その前に、どうしてそれを僕に聞いたのかな?」

「……夜叉の製作に深く関わったと聞く。損傷具合からして、どういった予測を立てているのか知りたかった。正直なことを言うと、それぐらいしか手がかりが無い」

「ふむ。確かに」

 

 山の斜面を下って信号を右に曲がる。少しだけ傾き始めた日差しが芝山所長の眼鏡に反射して眩しい。

 

「見つかったのはメットバイザーと腕、そしてシールド。これに間違いはないかな?」

「そうだ」

「あまり詳しいことは企業秘密だから言えない。君はイギリスの機体を使っているのだからね、コア越しに情報を送られちゃ堪ったものじゃないよ。するとかしないの話じゃないのは分かってね?」

「ああ。こちらも深くは聞かない」

「うーんとね、凄く簡単に言うと矛盾してるんだ。機体の損傷具合とか、傷とかがね。これ以上はちょっと言えないかな」

「………所長の中では、それは確信に足りうる根拠なのか?」

「うん。これは所の総意と言っても過言じゃないかな。一目で分かったよ」

「ありがとう」

 

 最も機体に詳しいのはコア自身だと言われている。その次に詳しいのが設計、組み立てに携わった技術者達だ。だから今回この人に聞いた。

 

 そして確信するほどの根拠を持っているとも言った。なら、間違いはないのかもしれない。それでも確定ではないが、信じるに足るものだろう。

 

「宣言しようか?」

「宣言?」

「うん、宣言。“もし一夏君が生きていたのなら、必ず君たちの元に帰ってくるだろう”」

「おい、それは宣言とは言わないぞ。なあ、簪」

「うん」

「おや? どうしてかな?」

 

 にこりとお互いに笑いあって口をそろえた。

 

「「だって、それは当然のことだから」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドライバーをくるくると手の中で回す。しっかりと締まったことを確認してからゆっくりとネジから引き抜く。

 

「ふぅ……」

「こ、これで完成か?」

「まだ……。ちゃんと動くか試してみないと」

「そうだな……うん、簪がやってみるといい」

「私?」

「お前が作ったのだから、動かすのもお前だ。だろう、妖子?」

「勿論よ。ちゃんと動くのを確認するまでがお仕事だもの」

「そういう事を聞いているのではないぞ」

 

 学園祭を三日後に控えた放課後。私専用の機体整備室のスペースを改造して新型プリンターを連日作り続けていたのがとうとう完成した。あとは、試験運用を重ねるだけ。望月で吸収してきた技術などをフルに活用したこれは素人目でも分かるほどに、これは凄い機械だと思う。作った私も驚愕の一言に尽きた。

 

「じゃあ、最初からやってみるね」

 

 取り出したのは、暇つぶしに組み立てた小型のプラモ。

 

「それは……夜叉か?」

「うん。余った部品を加工して作ってみた」

 

 シールドをアームで固定したりなどの工夫が見られるものの、それは間違いなく夜叉。ご丁寧にジリオスと絶火まで作ってみたり。細かいディティールまでそっくりという自慢の作品。

 

「まずは、データを読みとるためにコレを左側の機械に入れます」

 

 この機械の見た目は、大きな箱を四つ重ねただけに過ぎない。一つ一つが役割を持っていて、相互に作用する仕組みなっている。

 

 向かって左側が解析で、右側が印刷。上段左が解析装置と設計図作製を兼ねていて、右が素材とインクが詰まったタンクになっている。下段左が物体を解析する空間で、右が印刷されるスペースだ。

 

「しっかりとドアにロックをかけて、こっちのPCでスイッチオンします。すると、解析が始まってPCにデータが送られてきて、確認ができるの。ここで細かな修正をしてOKをクリックすれば印刷が始まる。立体の設計ができたらあとは勝手に機械がやってくれる。ここで、素材や色も変えられる」

 

 その言葉通り、マウスがカチカチと音を立てた瞬間にガーッと音が鳴り、右側の印刷部分が動き始める。頑丈な遮光性の半透明フィルターをじっと目を凝らして覗けば、細いペンの様なものから液体が出てきている。ペンの様なものがあちこち動いて、どんどん底から形が出来上がりつつあった。

 

「気をつけるのは、機械系統の物はスキャンしないこと。内部機関までは流石にコピーできないし、どんな影響が起きるか分からないから」

 

 印刷されていく途中でも、簪の解説は続く。注意点や扱い方などは私たちも触るため、よく聞く必要がある。

 

「イエロー、マゼンタ、シアン。加えてホワイトとブラックの計五色。これで大体の色は再現できる。素材はシリコンと鉄の二つだけ。一応カバーはつけてるし、過剰なまでの冷却装置もつけてるけど、タンクの部分に触って火傷すると危ないから気をつけてね」

 

 どう見ても熱そうにしか見えないタンクは熱気も出している。冗談では絶対に済まないだろう。

 

「印刷が終わると、乾燥と冷却が始まる。まだ開けちゃダメ」

 

 そーっと手を伸ばしたクラスメイトの手をぺしっと叩いて静止する。

 

 ピピーッ、ピピーッ。

 

「音が鳴ったらようやく完成。これが鳴るまでは開けちゃダメだし、触るのもダメ」

 

 そっとフィルターを開けて印刷されたプラモを取り出す。今回はシリコンの様だ。元になったお手製プラモと並べてみるが、見るだけでは私でも違いが全くわからない。触って始めて素材の違いに気づくだろう。色の褪せ具合や関節などのギミックも全く同じだ。

 

「こんな風に、稼働する部分も再現してくれる。ちなみに鉄はアクセサリーにしか使えないから。あと、シリコンと鉄を混ぜるのもダメ」

 

 肩に腕に腰に足にと自由自在に動くそれはまさしくプラモデル。単色印刷ではなく、ラインや光沢もくっきりでている。

 

 どこをどう見ても完璧な印刷だ。

 

「どう、かな?」

「いや、これ完成でしょ!」

「更織さんすごい! すごいわ!」

 

 印刷されたそれも手に取りながら、みんなが褒める。それもそうだ、たかが十六歳の少女が僅かとはいえ世界の先に立ったのだから。お姉ちゃんは今頃小躍りしているに違いない。流石の私も結構恥ずかしい。

 

「この一台でいくのか?」

「もしかしたら、もう一台作れるかもしれない。予算は素材になるべく振りたいから、それを考えると厳しいかも」

「しかし、回転率やシフトを考えるならあった方がいいな」

「そう、だね………」

 

 この日は就寝時間になるまでみんなで話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この教室にいる誰もが………いや、恐らく全ての学園生徒がその瞬間を今か今かと待っている。たかが祭り程度と思っていたし、目的はその先にあるのだから楽しむ余地はないだろうと考えていたが、いつの間にか私も楽しみにしていたようだ。うずうずする気持ちが止まらない。

 

 やるべきことはやった。機材の調整も、教室の飾り付けも、パンフレットの宣伝も、宣伝用の道具も、みんなで協力して作り上げてきた。

 

 全てはこの日のために、兄さんの手懸かりを得るために。

 

 楽しむことも忘れない。兄さんはきっとそう言うに違いないから。

 

 私なりの全力で学園祭を楽しんで、勝ってみせる。

 

 その気持ちは、隣で静かに待つ簪も同じだろう。

 

 プツン。

 

『あー、あー、テステス』

 

 来たか………。

 

『おはよう諸君! 生徒会長の更織楯無よ』

 

 毎年恒例である、生徒会長の挨拶と宣言による開催だ。嵐の前の静けさとはよく言ったもので、全ての教室や部室、職員室までもが静寂に包まれている。足音や衣擦れの音すらなく、この時だけは時が止まったように感じるという。

 

『待ちに待った学園祭ね。一年生と三年生は感慨深いものがあるんじゃないかしら? 今年は景品が豪華な事だし、例年以上の盛り上がりを見せてくれると予想してるわ』

 

 あの天才が来るというのだから、盛り上がらない方がどうかしている。私達からすれば、全く別の意味なんだがな。

 

『お越しになるのはみんなが招待した父兄の方々やお友達が殆どでしょうね。くれぐれも失礼の無いように。因みに私はお父さんじゃなくて、お母さんと外国の友達を呼んだわ。お父さんったら年甲斐もなく女の子に目がないのよねぇ。何回ぶっ叩いても懲りないんだから』

 

 示し合わせたようにワハハと笑う。これも恒例なんだとか。

 

『今年は注目の男の子もいることだし、きっとたくさんの人達が楽しみに待っているわ。期待を裏切らないためにも、精一杯のおもてなしをしましょうね。勿論、生徒一人一人が楽しまなくちゃダメよ? 私も含めたあなたたちが楽しくないのに、誰が楽しんでくれるのかしら?』

 

 実に的を射た表現だろう。

 

 自分が感じた楽しさや面白さを大勢の人達と共有することで、始めて成り立つものは多い。スポーツもそうだし、ゲームや勉強だって同じだ。そして、祭りも。

 

『節度を守って、存分に楽しみなさいな。盛り上げる最高の秘訣はこれ以外にあり得ないわ。思うところはあるでしょうけど、これだけは忘れちゃダメ。楯無おねーさんとの約束よ♪』

 

 スピーカー越しでもはっきりとわかるぐらい弾んだ声だ。きっと何時ものように扇子を広げてにやりと笑っているに違いない。

 

 それはきっと、兄さんの事で沈んでいる私達へ向けた言葉だ。

 

『それと…………え、何? 早くしろって? しょーがないわねぇ。せっかちなお客さんだこと。でも待たせるのも良くないか。じゃあそろそろやりますか! 生徒諸君! 並びに職員の先生方もー! クラッカーよぉぉぉい!!

 

 楯無の合図で全校生徒が一斉に配布されたクラッカーを手にとって窓際へ駆け寄る。

 

 教室棟――もっと言えば、一年から三年までの全ての教室はグラウンドに面しており、その向こうにはモノレールと校門がある。ここからでもわかるほど人が押し寄せているのが見えた。遠目からでも開幕を知らせるためということと、初っ端からギア全開で盛り上がるために楯無が考えた開幕クラッカーだ。

 

 よくあるクラッカーと言えば、私達ぐらいの女子の手のひらに収まる程度に小さいものだが、配られたのは手のひら大の大型だった。中に詰まっている紙吹雪と紙テープや火薬は比じゃない。これを人数分揃えるのだからよくやるよ。

 

『七代目生徒会長更織楯無が、第七回IS学園学園祭の開催を宣言するわ! 思う存分、弾けちゃいなさぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!』

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

 パァァァァァァァァン!!

 

 どう考えてもクラッカーとは思えない大音量の炸裂音が学園全体に響き渡る。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた紙吹雪と紙テープが校舎から一斉に放たれ、学園祭の開幕を世界中に告げた。

 





 すんごーく今更且つ今回の投稿とは特に関係無いんですが、私の中の『サイレント・ゼフィルス』は、アニメ版の様な蝶をモチーフにしたデザインではなく、okiura先生のデザインです。

 亡国機業が昆虫っぽいデザインで統一されているのも好きですし、CHOCO先生のデザインも大好きです。ラウラが表紙の設定集は鼻血が出ました。

 ただし、『サイレント・ゼフィルス』はBT二号機というわけで、『ブルー・ティアーズ』の姉妹機なんだからデザインとかもある程度は似てないと違和感あるよねぇ? ってことです。

 それだけです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45話 「ぴんぽーん」

 別に作っていたIS作品の設定を流用しました。新機体登場です。


 学園のクラスは全部合わせて三十ある。単純計算で、一学年十クラスだ。二年生になるとコース選択や、整備科専門への転科も可能になるので、一クラスが等しく分配されて九クラスになったり、或いはあまりにも多すぎて十一クラスになったりなど、必ず十クラスになるわけじゃあない。今年はたまたま、二年生が十一で、三年生が九だったため、キリよく三十だっただけだ。

 

 当然ではあるが、企画する模擬店や展示が重ならないように調整されている。同じ模擬店は、IS学園では見られないのだ。

 

 これに加えて、部活動も入る。全クラスに体育部会と文化部会、さらには教員が出店するものも合わせれば、模擬店の数は六十に及ぼうとしていた。

 

 普通科高校では決してありえない模擬店数から、IS学園の学園祭は一種のテーマパークか何かの様だとも世間では囁かれているらしい。

 

 その中で、ベター且つ需要のある模擬店企画を行えるクラスは運がいいのは例年のこと。学園ならではのものに足を運ぶ人も多いが、やはり好みが分かれるだけに、安定した収入と票を獲得できるのは、夏祭りでも見かけるような模擬店ばかりだった。

 

 焼きそば、たこ焼き、はし巻き、焼き鳥、かき氷、射的、ジュース、金魚すくい、ヨーヨー釣り、リンゴ飴、その他etc………。

 

 しかし、流石に今年ばかりは運が悪かった。

 

 片や、世界で二番目のIS男性操縦者と、多くの有名人兼美少女代表候補生が集うコスプレ喫茶店。一年一組。

 

 片や、今は居なくとも世界初のIS男性操縦者が在籍し、尚且つ世界を越えた技術を持っていながら気軽に立ち寄れるアクセサリー製作。一年四組。

 

 一組は男子の旨みを最大限に活かし、さらにダメ押しで見目麗しい専用機持ち達を含めた全てのスタッフがコスプレで着飾るという、至福の一時を提供する喫茶店。世界は広くとも、これだけのISと実力者が揃う店などそうそうない。恐らく、一組が持つ最大のアドバンテージを前面に押し出した、最も相応しい企画。

 

 四組には次世代を担う技術者として名が広まりつつある簪を中心に、彼女の最大の特技を惜しみなく一つの機械につぎ込んだ。未だ世界が成しえないことをたかが高校生が成し遂げたのだ、その発明が何であろうと人は興味を持たずに居られないだろう。事実、かなりの高性能な仕上がりに、スカウトに来る者が後を絶たない。加えて、簪と私の姉は現役の国家代表ということもあり、知名度なら一組の連中に負けていないはず。

 

 クラスで必死に客を捌く私達は知りもしない事だったが、学園祭クラスランキングは、開催からわずか一時間で大差がついていた。

 

 一組対四組。

 

 とてつもなく長いデッドヒートの幕開けだ。

 

 事前に作成しておいたシフトの間隔を縮め、回転効率を上げてようやく回せるという明らかに学園祭のレベルを超えた戦いが、教室棟の一階で繰り広げられているのであった。

 

 合間を見ては変わってもらって他クラスや部活動を冷やかし、校内を駆け回る。忙しい事ばかりでゆっくりする時間などありはしなかった。それでも、満足できる、充実した時間だったと思う。

 

 楽しかった。

 

 それで、終わっていれば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~」

 

 改造された教室内の狭い厨房スペース、その隅っこが俺達の休憩室だ。イスが二、三個置いてあるだけだが、あるのとないのでは大違いだ。基本的に立ちっぱなし、トレーに物を乗せっぱなし、客の接待で大忙し。ただのパイプイスにこれだけ感動したのは初めてだ……。

 

《ひっぱりだこだな、主》

(うれしくねぇよ、雨音)

 

 意志を解せるようになった相棒としばし会話を楽しむ。

 

 学園に入ってからまた身体を鍛え始めたはずなのに、午前目一杯働いただけでもうクタクタだ。やっぱり筋トレやスポーツはバイトと全く違う。

 

 こっそり冷蔵庫の中に忍ばせていた水筒を取り出して喉を潤す。ああ、ウマい。

 

「織斑君ーー!」

「はーい!」

 

 今休憩時間に入ったばっかりだぜ……?

 

 厨房を覗いてきたのはクラスメイトの相川さんだった。彼女が着ているのは実に一般的なメイド服だ。………太ももが半分も見えていることを除けば、だが。

 

「五番テーブル、直行!」

「休憩入ったばっかりなんだけど……ダメ?」

「ダメ♪ いってらっしゃーい」

 

 ひらひらとトレーを振りながら、相川さんはフロアの方へと去って行った。どこかのテーブルに料理を運ぶんだろう。

 

 やれやれ、男ってだけでこんなに忙しいのか。今の時代、珍しくはないんだろうけど。

 

 もう一口だけ水を飲んで、水筒を見つからないように冷蔵庫へと戻しておく。すれ違うクラスメイトにお疲れ様と声をかけながら、言われた通りに五番テーブルへと足を向けた。

 

「お待たせいたしました」

「あら、それなりに様になっているわね」

「あ、えっと……生徒会長の……」

「更識よ、更識楯無。好きに呼んでくれていいわ」

「じゃあ、更識先輩で」

「そう。とりあえず、座ってくれる?」

「はい」

 

 そっと向かいにあるイスを勧められたので座る。今着ている執事服は動きづらい上に変な座り方をしてしまうとシワがついてしまう。細心の注意を払って、腰を下ろした。

 

「ここへ来たのは俺に話があるからですか?」

「ええ。ちょっと手伝ってほしいことがあるのよ」

「はぁ……でも、御覧の通り忙しいですし……」

「別に今直ぐになんて言わないわ。今から……そうね、三時間後の午後四時頃になったらある程度はお客さんが引くと思うから、その時に第一アリーナまで来てくれない?」

「アリーナ?」

 

 今日一日のプログラムは前日に配られていたので、一通り目を通している。だが、こんな時間にアリーナを使うようなこともなければ、IS実習の様な見世物も無かったはず。

 

「劇をやるのよ、プログラムにだってちゃんと書いているわ」

「劇?」

「そう。『灰かぶり姫(シンデレラ)』って知ってるでしょ?」

「かぼちゃの馬車とか、ガラスの靴とかいうアレですか?」

「そう。生徒会はあれを企画として行うのよ。織斑君にはそれのお手伝いをしてほしいの。三人しかいないから大変なのよ……」

「な、何故に俺が?」

「だって部活動に入ってないんでしょ?」

「え、ええ」

「じゃあお願いね♪ あ、因みに織斑先生と山田先生には許可を貰ってるから」

「んなっ!?」

 

 確かに部活動には入ってない。でも、なぜそれだけで俺が他人の手伝いをしなければならないのだろうか? しかも先生から既に許可を貰っている=行かなければならないということ。

 

 ……というか、生徒会が企画? 公正に判断を下すのは生徒会じゃないのか?

 

 という旨を伝える。

 

「なら順番に答えていきましょうか。まずは、織斑君になぜ手伝ってもらわなければならないのか。因みになんでだと思う?」

「……それって、男だから、ですか?」

「うん」

「マジかよ……」

「言ったでしょ、シンデレラをやるって。他の登場人物は全員女子でも通じるけれど、王子様の役だけは男子じゃなきゃ務まらないじゃない」

「ええー? 劇なら王子の役が女子でもいいじゃないですか。両性的な容姿の人ぐらい、探せば居るでしょうし、更識先輩が頼めばOKしてくれると思いますよ」

「あのねぇ、君が居るのに女の子に男装させるつもり? 誰だって綺麗なドレス着たいって思ってるのよ?」

「うぐ………」

 

 ウエディングドレスは女性にとって一生物の思い出になると同時に憧れだという話は俺でも知っている。シンデレラということは、十中八九舞踏会のシーンがあるはずだ。ウエディングドレスを着るのかは分からないし、モブキャラであろうがなかろうが、とても綺麗なドレスを着るに違いない。女子にとってはまたとない機会だろう。

 

「次。これは言わなくても分かるんじゃない?」

「部活動対抗のランキングも同時に行っているため、でしょう。何故俺なのかは、さっき言われた通りですね」

「ええ。そこで思ったんじゃない? 生徒会がなぜ企画をするのか? って」

「はい。俺はてっきり審判側だと……」

「確かに、そういうふうに見られてもおかしくはないわね。色々な行事の運営には大抵関わっているし、生徒にしてはちょっと大きすぎる権限も与えられる。特殊な部活動なの」

「ぶ、部活動? 生徒会がですか?」

「生徒手帳にも、学校案内のパンフレットにもちゃーんと載ってるわよ。生徒会は略称で、正しくは生徒会執行“部”。きちんとした部活動よ」

「そ、そうだったんですか………」

 

 何処に行っても生徒会としか聞かないし、漫画だってそうだ。部活動とは別の組織で、先生達のお手伝いポジだとばっかり……。

 

「納得してもらえた?」

「まぁ、理屈は」

「そうよねぇ。前もって言えれば良かったんだけれど、そうもいかなくてねぇ」

「……で、四時に第一アリーナでいいんですか?」

「あら? 来てくれるの?」

「行くしかないじゃないですか。外堀を埋めてから来ておいて白々しい」

「あはっ♪」

 

 手に持った扇子を広げてムカツク笑みを浮かべる先輩は噂に違わぬ人たらしだった。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 休憩時間の大半を先輩とのお話に費やして、残り後半の仕事をただ無心にとにかく頑張った。どうやら大分前から俺に手伝わせるつもりだったようで、四時には間に合うようにシフトが組まれていた。教えてくれてもいいじゃないかと言うと、逆になんで知らなかったのと不思議な顔で返されてしまった。それもそうだな………。

 

 途中にもう一時間だけ休憩をくれたことに感謝しつつ、みんなと一緒に学園祭を回ってみた。知りもしなかった部活動の人と知り合ったり、エンカウントした閻魔大王に出席簿アタックをくらい、業者の人にしつこいぐらい付きまとわれて、買い食いしてはクラスの皆に持ちかえったりと、それなりに楽しめた。

 

 今からはまた別のお仕事だ。手伝いって言われたけど、手伝いで終わる気がしない。なにせ、更識先輩はあの森宮が振り回されて困り果てるほどの人。楽に済むはずがない。

 

 正直に言えば憂鬱だ。先生の許可を貰っていると言われなければ拒否していた。

 

 言わずもがな、森宮の件がある。

 

 俺が居たからアイツは足止めに徹しなければならなくなり、結果的に墜とされてしまった。もし俺が居なければ、アイツは俺の知らない方法で無人機を振り切っていたかもしれないし、薔薇相手にも難なく勝てていたかもしれない。

 

 戦うのは森宮が旅館に戻って来た後、迎撃に出るだけで十分だったはずだ。

 

 学園に戻ってから、一度だけ顔を合わせたことがある。直接会ったのはその時が初めてだったけど、顔と名前だけは知っていたから少し話した。

 

 謝った済むことじゃないかもしれない。それでも、頭を下げるのが筋だ。

 

『勘違いしているようだけど、君がやったことはむしろ褒められることだよ。旅館を抜けだしたことは悪いかもしれないけれど、しっかりと銀の福音を捕まえてきた。それは評価されることだから』

 

 それは俺がさっき言われた言葉どおりのこと。“理屈”は分かる、でも“気持ち”はそう言っていないんだ。終始後輩を褒める先輩の態度だったし、自分を晒すような人じゃないのは俺でも分かるから、何を思っていたのかは知りようがない。

 

 想像だけれど、何かが許せないんじゃないだろうか? それが先輩自身なのか、それとも、俺なのか……。

 

 考えごとをしながら歩いていると、いつの間にかいつも利用しているピットに足を踏み入れていた。

 

………気持ちを切り替えよう。無人のピットに入ってそのままアリーナの中に入る。

 

「うお……すげぇ」

 

 いつもなら少々草の生い茂った地面が広がっているが、今日は人工物が中央にそびえ立っていた。城だ。大きな城。もしかしなくても、セットなんだろうか? あれじゃあわざわざ講堂で劇をやっていた八組が可哀想だ。

 

『来てくれてありがとうね、織斑君』

 

 ぼーっとセットを眺めていると放送が入った。先輩だ。

 

『とりあえず真っすぐ進んで、目の前にあるドアを開けてくれない』

「はい」

 

 言われた通りに歩を進める。ハリボテかと思っていたが、どうやら違うようだ。堅い感触があるし、色を塗ったレンガかコンクリだろう。やることの規模が違い過ぎるだろ……これで部活動だなんて言われちゃ堪ったもんじゃない。

 

 ドアもハリボテじゃなかった。ノブは回ったし、中の部屋も綺麗に片付いている。

 

 これは………メイク室?

 

『そこにある服の中で好きなの選んでいいわよ』

「好きなのって言われても……どれもこれも恥ずかしい奴ばっかりだな」

『だってそれ漫画やアニメのコスプレ衣装だもの』

「ええー。それってシンデレラって言っていいんですか?」

『いいのよ、学園祭だから』

 

 変なところでいい加減だなおい。

 

 まあいいや、適当に着れそうなやつを着よう。変にカッコつける必要もないし、メインはシンデレラなんだ。俺が目立っては意味が無い。

 

 この中では一番マシに見えるコイツにしよう。青と白を基調としたベターな西洋の王子様をイメージさせる感じ。黒いマントとか、真っ赤なタキシードとか、着てられるか。というかそんなものを着る王子様は居ない。

 

『あら、地味なのにしたわね』

「十分派手でしょうが!」

『まったくもってつまらな………げふんげふん、劇によくに合うと思うわ』

「隠せてませんよ?」

 

 わざとだ、絶対にわざとやってる。今頃扇子広げて笑ってるに違いない。

 

「それで、これから俺はどうすればいいんですか?」

『そうねぇ………とりあえずセットに上がっててくれない? 開けたテラスがあるでしょ? そこにも同じような部屋があるから、そこに入って合図するまで待機ってことで』

「わかりました」

 

 スポットライトが照らされた場所は確かに特徴が合致している。薄暗い中で階段を慎重に昇りながら、見つけた部屋の中に滑りこむ。

 

 ……今度は楽屋か? 弁当にお茶にお菓子とくつろぎセットが揃っている。

 

 変なところに力を入れるなぁ、ほんと。

 

 それからしばらく待つこと三十分。外が騒がしくなり始めた。アリーナの観客席に人が入り始めているんだろう。

 

『じゃ、そろそろ準備してもらおうかな? 大丈夫?』

「ええ。お腹いっぱいです」

『良かった。後悔しないようにね♪』

「は?」

『外は真っ暗になってるから気をつけてね。テラスの真中で立っててくれればいいから』

「あ、ちょ、ちょっと先輩!」

『んー?』

「俺台本とか全体の流れとか何も知らないんですけど!?」

『あーだいじょぶだいじょぶ。ナレーションに合わせてくれればいいから』

「ええ!?」

 

 じゃーねー、と言ってフェードアウトしていくアナウンスを聞きながら俺は諦めた。無理だ、誰もあの人には勝てっこないんだ……。

 

「なぁ、雨音」

《なんだ?》

「俺、何しに来たんだっけ?」

《知らん》

 

 やっぱ来なきゃよかったかもと思いながら、俺は音を立てないようにドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで挑みはしたものの、アクセサリーは需要があるのだろうか?

 

 そう思っていた数時間前の私を殴りたい。何なんだこの行列は!! 休む暇がないではないか!

 

「妖子、お前何をした?」

「なーんにも。ただちょっと口が滑っただけよ」

 

 コイツに関してはそれじゃ済まないことばかりだろうに。よくやったと言いたいが、この忙しさは予想外だ。

 

 尋常じゃない熱を発する機械の冷却に、説明と整列、聞けば簡単だがかなり難しい。客の殆どは若い男女で、好きにアクセサリーが作れる上に、本物そっくりに複数作ってくれると言うと、カップルの食いつきが予想以上にデカかった。

 

 それはいい。実にほほえましいことだ。

 

 問題は残りのほんの僅かな人種………科学者達にある。

 

 当然のように企業の娘が在学しているため、両親が技術者だったり科学者だったりする生徒は割と多い。そんなことで、学園祭に来ていた連中は簪の発明に興味を示したわけだ。当然、発明品や近代の情勢には詳しい。最先端技術を生み出したとなれば、職業病の塊である奴らが食いつくのは当然だった。

 

「どうだい! 是非教えてくれないか!」

「ウチでバイトしてみない?」

 

 こんな感じでいつまでたっても離れないのだ。私の怪力や、一緒にいた娘さんに手伝ってもらって引きはがしていくが、噂をどこかで聞きつけたのか、また別の奴らが集ってくる。割合はどんどん増えるばかりで、いつの間にか私の仕事は整列ではなく、簪のボディーガードという本来の職務をこなすことに。対応……迎撃できるのが私しかいない以上は、やるしかなかった。

 

 波が引いたところで、簪と共に休憩する。ドリンクを飲んで、今朝作って来たチョコレートを食べて和んでいた。

 

「まさかこんなことになるとはな……」

「うん、疲れた……」

「しかし、おかげで話が広まっている。これからももっと増えるぞ」

「頑張らないと、ね?」

「ああ」

 

 互いに笑みを浮かべて今日を乗り切ろうと決意を新たにする。コイントスのように親指でチョコを弾いて、口の中に放りいれる。うん、甘い。

 

「できるか?」

「余裕」

 

 ふっ、と自信満々な簪は私と同じように親指ではじいてチョコを口に放りいれた。

 

 実はこれ、兄さんがよくやっていたりする。教えてもらわずとも簡単にできたが、どうやら簪もできるようだ。くそ、無理だと思ったんだがな。

 

「なら―――」

『マドカ』

「―――なんだ?」

 

 いいところで楯無から通信が入った。真面目な内容だな、仕事か。

 

『第三アリーナに向かって。鼠が紛れ込んだわ』

「ヌルイ警備だな」

『私に言わないでよ。更識の手を払った学園側に言ってほしいわ』

「だから言っているだろう? 生徒会長殿」

『ああもう、面倒な子ね。はいはいすいませんでした』

 

 む、折れるのか。余程深刻な事態と見る。いつもなら乗っかってくるんだが、どうやら今回は冗談抜きで危機的な状況の様だ。

 

『悪いけれど、今すぐ向かって。簪ちゃんの護衛は虚を回すわ。手が開いていたら桜花ちゃんも寄越す』

「わかった、すぐに行く。………というわけだ、簪。スマンがあとを頼む」

「……マドカ。気をつけてね。もし、マドカまで居なくなったら……」

「なぁに、心配するな。たとえブリュンヒルデが相手だろうと勝ってみせるさ」

 

 不安げな簪をなだめて、クラスメイトに詫びをいれて教室から飛び出した。途中ですれ違った桜花に目で伝え、振り返らずに先を急ぐ。

 

 校舎は賑わっているが、アリーナを含めたISに関わる場所は全て立ち入り禁止だ。唯一許可が出ているのは、生徒会による劇の時間だけ。それもわずか一時間だ。立ち入ってはいけない場所に入れば問答無用で拘束するとはっきり伝えてあるはず。つまり、誘っているわけだ。見ず知らずの大馬鹿者がな。

 

 茂みに隠れて、誰も見ていないことを確認してから足に力を込める。年相応のすらっとした程よく筋肉の付いたようにみえる身体だが、中身は普通の人間のそれとは違う。兄さんほど影響をうけたわけではないが、私も十分に化け物と言えるレベルにある。

 

 両手両足で地面を蹴りつけて加速、人の身体では到底出せない速度で学園内を駆け、あっという間に目的の第三アリーナに到着する。歩けば十分、走って六分の道のりを僅か数十秒で走りきった。

 

 迷うことなくアリーナの中へ。ピットを経由してアリーナの中へ飛び出した。地面を少々削りながら、何なく着地。辺りを見回す。

 

 いた。堂々とど真ん中に立っている。

 

「おや、ようやくお出ましですかぁ~? 早かったですねぇ~」

「お前、日本語の使い方が違うぞ」

「こりゃ失礼しました。まだ勉強を始めたばかりなもので」

「ふん。貴様、何者だ?」

「お初お目にかかります。私は『アリス』、あなたの後釜ですよ、エム先輩♪ それともぉ、織斑マドカ先輩って呼んだ方がいいですかぁ?」

「……亡国機業か」

「ぴんぽーん」

 

 やたらとムカツク口調の金髪外人――アリスは、自らが亡国機業所属であることを告げた。エムという私が使っていたコードネームを、何より私の昔の名前を知っていることがそれを証明している。

 

 気に入らん。

 

「目的は何だ? などとは聞かん。織斑秋介の白式が狙いだろう」

「もっちろんです。私は足止めですよ、人使い荒いですよねぇ~」

「そうだな、クソみたいな連中だ」

 

 男も女も関係無い、今の社会に不満を抱えている連中が集まったのが亡国機業だ。幾つかの派閥があるので一概には言えないが、大体は力任せな脳筋の集まりだった。私が居たスコールが率いる部隊は珍しい方だったんだろう。違いは非常に顕著で、犯罪者のくせして情に熱く義理を重んじるスコールに対して、よく衝突していた男幹部は真逆の性質だった。というよりも、亡国機業そのものがそういう性質だ。スコールは異端の一人として煙たがられていた。

 

 大概の男どもは猿のように盛ってばかりのゴミだ。まだ中学生相当の年齢だった私を襲ってきた奴もいた。当然返り討ちにしてやったが。

 

 だが、皆が皆強いわけじゃない。社会的には法で有利な立ち位置にある女性だが、物理的な力関係で言えば男性の方がはるかに強いままなんだ。私のように改造されたか、複数の相手と渡り合えるだけの実力があるか、ISを持つかしなければ、女性は弱い。

 

亡国機業は言ってしまえば犯罪者集団だ。テロや殺人なんて当たり前、人を殺したんだぜなんて言っても自慢の種にもなりはしない。むしろそんなことを言う奴は酒を不味くするだけだと言われてシメられていた。

 

 そんな連中に法なんてあるものか。チームとしての規律さえ守ればあとは何でもやり放題だ。同じチームや余所のチームのひ弱そうな女性を狙ってはレイプしたりなんて毎日のように起きていた。そのたびに殴り合いが起きるし、またそれが原因で争いが起きる。

 

 本当に、クソみたいな連中だ。

 

「さて、目的も聞かせてもらったことだし、終いにするか。私は急いで戻らなければならんのでな」

「それを見逃すと私が怒られちゃうんで、止めてもらえます? 怖いですよねぇ、スコールさん」

 

 奴の身体が発光しているのを見て、瞬時にサイレント・ゼフィルスを展開。星を砕く者(スター・ブレイカー)を両手に呼び出す。

 

 展開が収まったその姿は蒼かった。全身の装甲は蒼く、時折見せる黄色や黒、白、赤色がよく目立つ。実に見覚えのある装甲とフォルムだ。

 

 ブルー・ティアーズとサイレント・ゼフィルスそっくりな、蒼い機体。

 

 間違いない、BT三号機。

 

「『サザンクロス』。またイギリスさんから頂いてきました。テヘ♪」

「……はぁ」

 

 あの国は何がしたいのだろうか? 盗んだ事のある私が言うのもおかしな話だが、アホだ。コアを亡国機業に提供しているだけなんじゃないか? 困るな、相棒の帰属先がそんな国なのは。

 

 一号機、二号機とは明らかにコンセプトの異なる機体だ。スラスターの数は多く、大型と小型があり細かな機動をするに違いない。BTシリーズ共通の武器であるビットも仕様が変わっているし、なにより、大型のライフルではなく、BT系統のアサルトライフルを既に握っていることではっきりと区別がついている。

 

 近接特化のBT機。それがサザンクロスか。

 

 元々は三機の同時運用を考えられて設計されたとも聞いたし、間違いではないはずだ。

 

 完全に後ろに下がって支援、狙撃する一号機。矢面に立ってとにかく蹴散らす三号機。間に入って後ろへの攻撃を防ぎ、どちらのフォローにも入れるようにオールラウンドな設計と武装を持った二号機。

 

 BT計画と呼ばれるイギリスのIS開発プランだ。恐らく、未だに公開されていないサザンクロスが、亡国機業の強奪によって世に広まることだろう。イギリス人の心中を察するよ。

 

「オータムさんが仕上げるまで、付き合ってくださいねぇ。せーんぱい♪」

「やかましい、誰が先輩だ。私はもう亡国機業のエムではない、森宮マドカだ」

 

 ライフルビットとシールドビットを切り離し、攻撃態勢に入る。星を砕く者を両手で握って構え、銃口をサザンクロスへ突きつけた。

 

「股のユルイ売女どもと一緒にするな、クズが」

 




設定をかえて、非ログインの方でも感想を受け付けております。
皆様のご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46話 「クズはやっぱクズのままか」


 今回は私的にとても大事な回なんじゃないかなーって思います。
 随分と前から「なんでやねん」と思われたであろうアレのアンサーです。

 ないわー。


 

「ぎゃあああああ!!」

「待ちなさーい!!」

「大人しく!!」

「その王冠を!!」

「置いて行ってー!!」

 

 俺は思う、シンデレラってこんな話じゃなかったよなーって。

 

 意地の悪い姉にこき使われて、魔女のおかげでドレスを着たシンデレラは舞踏会に参加して見事王子のハートをゲット、パン屑もといガラスの靴を撒いて玉の輿に乗るというハッピーなお話だったはず。………違う? そうかいそうかい。

 

 灰かぶり姫であって、決して舞踏姫ではないはずだ。

 

 刀を持って、ナイフを振り回し、ライフルで狙撃したり、ドレスを着てやることじゃ無ければ劇でやることでもない。

 

 チュイン!!

 

 掠った! 今掠ったって!!

 

 ナレーションが始まったと思えば、いきなりドレスを着た箒達が入ってきて俺の王冠を求めて追いかけてくる。器用に互いに潰しあったりしながら俺を追いかけてくるんだ、メチャクチャ怖い。途中で助けてくれたシャルも追いかけるし……なんでこんなことに……。

 

「はぁ……! くっそ……! いつまで走りまわればいいんだよ!」

 

 いい加減疲れたんだが、終わりが見えない。大人しく捕まれば終わるんだろうけどな……劇も俺の人生も。まだ死にたくはないので、やっぱり逃げる。時間になれば俺の勝ちだ!

 

『時間切れを狙ってる所悪いんだけど……ないからね?』

「は!? え、えぇ!?」

『いやー、あるにはあるんだけど、途中で絶対逃げきれないように工夫してるから』

「なあああああああ!?」

 

 な、なんというタイミングでカミングアウトするんだよ……! 俺の唯一の希望が……!

 

『さぁ! ここからは遅れて舞踏会に到着したシンデレラ候補達の登場です!』

「そういうことかぁあああああああぁぁ!!」

 

 間髪入れずに更識先輩からアナウンスが入る。じっくりと聞いてみたがふざけている。ただでさえ乱暴なこいつらがいるってのに、まだ増えるのかよ!

 

 現在位置は少し開けたテラス。下を見れば箒と鈴が火花を散らしながら戦っているし、セシリアを見つけたシャルロットが追いかけっこをしている。視線を上げれば観客がびっしりとアリーナを覆い尽くしており、アリーナ上部に備え付けられた大型モニターを見上げれば、四方のピットから揃いのドレスを着た見覚えのある顔が大勢押し寄せてきた。

 

 そう、まるでそれは白の軍団。退路を断つように、じわじわと城へとせめてきている。

 

 これは……うん、無理だわ。

 

 しかし諦めるわけにはいかない。見世物だからとかいうわけじゃなくて、単にそうしたくないから。

 

 何か方法は……。

 

《主》

「なんだよ、今必死に考えごとをだな……」

《要は頭の王冠を取られなければいいんだろう?》

「だから、なんとか逃げられる方法をだな」

《なぜ逃げなければならんのだ?》

「は?」

《取られないように倒してしまえばいい》

「……あ」

 

 ………そうだ、王冠を奪われなければいいんだ。なら、シンデレラ達を全部倒してしまえばいい!!

 

 ナイスだ雨音!

 

 よし、そうと決まれば……。

 

「はあああああああ!!」

「やあああああああ!!」

「この、いい加減諦めたらどうだ!」

「アンタがね!」

 

 意を新たにして、近くに置いてあったセットのトレーを手にとって下へ降りようとしたところに聞こえる剣戟の音と、模擬戦さながらの雄叫び。

 

 ………。やっぱりやめよう、うん。あれはもうシンデレラじゃない、アマゾネスだ。あいつらの祖先は南米に違いない。

 

「うおっ!!」

「アンタ、今めちゃくちゃ失礼なことを考えたでしょ!!」

 

 なんて勘の良い奴らなんだ……。やはり逃走しか選択肢はない。こうしている間にも乱入してきたシンデレラが這いあがってくる。なんとか逃げきって隠れながらやり過ごすか。

 

 テラスから離れて、人一人がようやく通れそうな通路を走る。ここは少し見えづらい場所にあるし、群れで襲ってくる彼女達相手なら時間も稼げるだろう。

 

 しかし……

 

「まぁてぇぇっぇえ!!」

「どこだぁぁ! 秋介ぇええ!!」

 

 近接型専用機を駆るあの二人には通用しないようだ。この狭い通路でも難なく武器を振り回して追いかけてくる。くそ、なんて連中だよ……!

 

 T字路にブチ当たった。が、迷っている暇はない。

 

「ええい、ままよ!」

 

 聞き手の右を選んで走る。迷路は右伝いに行けば出られるって言うし、ババ抜きも右から引けば大抵は何とかなるもんだ。俺は信じる。

 

 そう、信じる者は―――

 

「い、行き止まり……!」

 

 ―――救われませんでした、はい。

 

 丁度セットとセットに挟まれており、左右は壁で挟まれている。梯子が掛けられているわけもなく、手や足を引っ掛けれそうなところも無いので昇れない。正面は仕掛けによって崩れた城の上部が落ちてきており、ぴったりと塞がれていた。こちらは今にも崩れそうなので昇ると逆に危険だ。

 

 引き返すしかない。が、さっきから聞こえてくる声や音が大きくなってきている。多分、角を曲がることには鉢合わせするだろう。運動が得意な二人が相手では、抵抗したところで王冠は取られる。

 

 八方塞がりってのはこう言うことか。道は四方だけど。

 

 ……ど、どうすれば……!

 

「こっちです!」

「え?」

「はやく!」

「は、はい!」

 

 頭をガシガシ掻いていると、足元から声が聞こえてきた。見覚えのあるマゼンタのスーツを着た女性が、何故かセットのあった場所から顔を出して手を伸ばしてきていた。剣幕と逃げられるかもしれないという可能性から、俺はその人がいる空間に飛び込んだ。

 スーツの女性は急いでセットを元に戻して、唇に人差し指を立てている。静かに、というジェスチャーだ。懐中電灯に照らされたその仕草に黙って従う。

 

「あれ? こっち曲がったと思ったのに……」

「貴様のせいで見失ったではないか! 鈴!」

「何よ! アンタが邪魔するからでしょ! 箒!」

 

 ガミガミと言いあいを始めたかと思えば、またしても武器をぶつけ合う音が響き始め、そして遠ざかって行った。

 

「ふぅ、助かりました」

「とりあえず移動しましょう、こっちです」

「はい」

 

 腰を屈めながら、先を行く女性について行く。タイトスカートにヒールを履いているにもかかわらず、この人はスルスルと先へ行っている。何か武道や格闘技でも修めているのかもしれない。身のこなしが違う。

 

「あの……」

「詳しいことは、一先ずの安全が確保してからお話します。ここはまだセットの中なので」

「わ、わかりました」

 

 振って湧いた疑問が今更になって浮かぶ。が、この人が言うことも正しく、何か起きて対処が遅れてしまえば逃げられなくなる。こらえることにした。

 

 それから十数分程歩いて、狭い道から大きな場所に出た。見覚えがあると思ったら、ここは更衣室か。ロッカーやベンチが規則正しく並んでおり、俺達が進んできたのは小さな換気口らしい。

 

「いやぁ、助かりました」

「いえいえ」

「えーっと、どこかでお会いしましたよね。確か……」

「巻紙です。劇が始まる前に、一声おかけしたんですけれども」

「ああ、そうでした。巻紙さん、ありがとうございました」

 

 休憩時間中に、他のクラスを回っている所でたくさん声をかけられた。俺を目当てに来ている人はたくさんいるし、彼女もその一人だ。企業のカタログを手に話しかけられた。結構魅力的な内容だったが、白式・天音は進化してから更に我儘になった。おかげで今ある以上の装備を受け付けない。

 

 雨音曰く《肌に合わん》とのこと。無理してつけるわけにもいかないし、それで性能が落ちれば本末転倒。申し訳なかったが、丁重に断り続けた。

 

もしかして助けたお礼に使えとか言われるのかなぁ……。

 

「でも、どうやってセットに?」

「実は織斑さんにお伝えしなければならないことがございまして」

「俺に?」

「ええ。非常に残念なことではありますが―――」

 

 ゾワッ。

 

 体中を毛虫がはいずりまわるようなおぞましい感覚が支配する。気持ちの悪い、汚い、触れたくない、そんな負だ。逆らうことなく勘に従って全力で後ろに飛んだ。

 

「―――テメェの白式は、この『オータム』様が頂くぜ」

 

 そこにいたのはマゼンタのスーツを着た女性ではなく、不気味な女郎蜘蛛。通常のISらしからぬ装甲や設計には気味の悪さを覚える。見た目だけでなく、本質そのものがあの無人機よりも不気味だ。

 

 機体の背後には、スラスターではなく八本の足の様なアーム。マシンガンだったり曲刀――カタールだったりが装備されており、安定した武装を持っていると窺える。逆に、見える範囲内ではスラスターが無いため、空中や機動戦には向いていないことも。ここが密室でさえなければ大分俺の方が有利だったんだが……それも含めて、俺はおびき出されたってことか。

 

「やるぞ、白式!」

 

 声と共に、身体を光が包む。ただでさえ全体が大型化した上に、スラスターと新装備である『雪風』は更にデカイ。室内戦闘はどう見ても不向きなんだが……仕方ない。やらなきゃやられる。白式を奪われるわけにはいかないんだ。

 

「ほぉ、やろうってのか?」

「あったりまえだろ」

「いいねぇ、そういう無駄な足掻きは好きだぜ? イイ声で苦しんでくれよ!」

「誰が!」

 

 スラスターを吹かして滑るようにロッカーの陰に隠れる。棒立ちしていたらマシンガンの掃射によってハチの巣だっただろう。四つもある上に、自由に動くアームがあるんじゃ、不意を突くのも、隙間を縫って近づくことも難しい。BT兵器のように直線じゃあ無いし、衝撃砲とも違って見える上に連射も小回りも利くアレには小細工は通用しない。得意の近接戦でも、アレだけの数を捌くのは結構キツイ。

 

 結局、いつも通りか。零落白夜の一撃必殺。

 

《主、とにかく動け。止まっていては雪風の効果が発揮されない。まだこの翼を使いこなせない上に、狭い場所では我々が不利だぞ》

「分かった」

 

 雪風の効果。コイツは繊細な飛行と、今までの倍以上の速度を叩きだす事の他に、もう一つとあるシステムが積まれている。

 装甲の隙間から常に漏れ出ている銀の粒子には、白式が敵だと判断した機体に限定して反応する妨害能力がある。電子レーダーを欺き、耐性が低ければ更に中枢の電子系統を狂わせるのだ。

 

 時間がかかればかかるほど、敵は動きを制限されていく。継戦能力の低い白式には嬉しいアシスト装備だ。高速で動きまわりながら散布し、じわじわと追い詰めていく。ISにとって電子的な不備を起こさせるコイツは間違いなく毒そのもの。

 

 乱射しているようで、的確に俺を狙っている射撃から逃れるために、ロッカーを盾にしながらとにかく動きまわる。時折雪羅の荷電粒子砲で反撃を加えて牽制。バカスカ撃ち放題ではないが、どうせ近づけば斬り合いになるんだ。その時の為にも、一発でもいいから当てておきたい。

 

「ちょこまかと動きやがって……!」

「アンタが遅いだけだ!」

「言うじゃねえか小僧!」

「年喰ったババァとは違って若いんでね!」

「アタシはまだ23だ! 乳臭いガキはどいつもこいつも喧しい!」

 

 いい感じに挑発してみるものの、無闇に暴れる気配はない。血が上ったら見境が無くなるタイプなのは分かるんだが……意外と沸点が高いな。それとも理性で暴力を振るえるタイプだったのかな?

 

「くそ、さっきから調子がおかしいな……」

 

 かかったか!

 

 いつもの間隔だったけど、よくよく考えればここは室内だ。換気を上回る速度で粒子を放出し続ければ、空気が充満するのも早い。誘い込んだ密室がテメェの首を絞めたってことだ。

 

「仕掛けるぞ、雨音」

《よし。翼の制動はこちらでやる。お前は好きに動け》

「おう!」

 

 右手の雪片弐型を握りしめ、雪羅をクローモードで待機させる。

 

 手近なロッカーに近づいて、両手を押し当ててスラスターを一気に開放、重たすぎて動かないそれを盾にしてオータムへ近づく。

 

「ちっ、小賢しい真似しやがって」

 

 こちらからは見えないが、レーダーで探るとアイツもどっかのロッカーを押してきているようだ。ISならやってやれないことはないだろうから不思議じゃない。が、生憎とこっちのパワーが上だ。

 

 甲高い音を響かせて二つのロッカーが激突する。一瞬だけ拮抗したかと思ったが、バランスは一気に崩れ、オータムは押し負けてあっという間にロッカーごと壁にぶつけた。サンドイッチ状態の今がチャンスだ。

 

「はあああああああああ!!!」

 

 雪片弐型を開いて零落白夜を発動。躊躇わずにロッカーと壁ごと切り裂いた。

 

 が、手ごたえが無い。

 

《上だ!》

「くっ……!」

「カンがいいじゃねえか! いくぞオラァ!」

 

 八本あったアームは二つが途中から切れて六本に減っていた。さっきので一撃を避け損ねたか。残ったアームを器用に壁へ差し込んで、それこそ蜘蛛のように逃げたわけだ。アレにはああいう使い方もあったのか。

 

 降りてきたオータムと正面切って切り結ぶ。どちらもエネルギー系統なので、長く鍔迫り合いをすればカタールは溶けてしまう。威力は圧倒的に勝っているが、手数は逆に不利だ。粒子を撒いているとはいえ、そこに変わりはない。勝つには速攻勝負だ。

 

「中々やるじゃねえか!」

「お前に褒められても嬉しくねぇよ!」

 

 地味に削れていくシールドエネルギーを横目に正面の女と向き合う。既に零落白夜を解除しているので、必殺の威力はないが、何時でも発動できるように雪片弐型は開いている。クローも合わせて、何とか耐えしのいでいた。

 

 ……どうする? こんなところじゃ瞬間加速は使えないし、ロッカーで押しつぶそうにも避けられちまう。

 

《いや、瞬間加速を使え》

(雨音?)

《何も距離を詰めたり、奇襲を仕掛ける為だけではない。もっと頭を柔らかくして戦場と戦況を見ろ。使える物は使え》

(でもどうやって……)

《ゼロ距離だ》

(ゼロ距離? ………!? そういうことか!)

 

 ISの戦闘は銃器をメインにして行われることが多い。格闘型であっても、最低限の射撃武器は搭載されているものだ。今でこそ荷電粒子砲があるが、以前の白式は雪片弐型だけだったので、かなり苦労した。

 高速で切り結ぶ事が無いわけではない。どちらかと言えば、動きまわって撃ちあう方が戦いやすいのだ。ISはそもそも格闘戦ができるほど頑丈ではない。

 だからこそ、瞬間加速は格闘型に欠かせない技術で、最大の懸念を失くす間合いの掌握こそが格闘型に求められる技術なのだ。

 

 既に密着している現状で使えないなんてことはない。距離を詰めるものと考えればそれまでだが、高速で移動するものだと思えば使い方は幾らでもある。

 

「うおおおっ!」

「なっ!?」

 

 足元に滑りこむように、雪片弐型で縦に斬りこみながら身体を屈める。当然、迎撃の為にアームがマシンガンを撃ってくる。それを更に避けるために、足を地から離してPIC制御と雪風に身体を任せて翼を背に向けるように一回転。オータムの驚きは、この行動と発生した姿勢制御の為の風圧から来ている。

 

 ここで瞬間加速。アッパーの要領で左手を腹に打ち込んで荷電粒子砲をゼロ距離発射するオマケつきだ。

 

 天井にオータムを叩き付け、そのまま零落白夜を再度発動、今度こそだ……!

 

「決める!」

「まだまだァ!」

「げふっ!」

 

 振りかぶったところで腹に重たい衝撃。今度は俺が何かを接射されて床に叩きつけられた。

 

「この………な、何だ、動かない!?」

「ふぅ……ヒヤヒヤさせやがって」

 

 すぐに距離を取ろうとスラスターを動かすが全く動かない。雪風も同様で、それどころか身体が一切動かなかった。センサーをフル稼働させて原因を探る。

 

(雨音!)

《くそ、何かが私に張り付いている……!》

 

 張り付いて……?

 

「糸だよ糸。蜘蛛の糸さ」

「……この白い奴か」

「そうそう。まぁ実際はトリモチを細く強度を上げた奴なんだけど、そんなことは関係ないよな。要は相手の動きを止められりゃいいんだからよ」

「くそ……!」

 

 密着した状態じゃあエネルギーで焼き切ろうとしても装甲がダメージをくらう。身じろぎしても一切千切れる気配はないし、むしろ余計絡みつく感じだ。

 

「あー、そうだなー、昔話をしてやろうか」

「……急に何言ってんだ?」

「いつだったかなぁ、アレは……八年ぐらい前だったか?」

 

 俺の言葉を無視していきなりオータムが語り始めた。

 

「仕事で下っ端に指示出しててな。内容は…………ああ、思い出した。“織斑秋介”の誘拐だったな」

「っ!?」

「失敗したんだけどよ」

 

 な、何を言ってるんだ? 俺を誘拐……? 八年前にそんなことあったか? モンド・グロッソの時よりも更に前に……?

 

「代わりに別のガキを攫って来ててよ……名前はなんて言ったかねぇ……」

「ま、まさか……!」

「ああ、思い出した。“織斑一夏”ってったけな」

 

思考がフリーズした。

 

「て、めぇええええええぇぇ!!」

「おお、こわいこわい」

 

 糸で全く見動きを取れない俺を見下しながら、オータムはわざとらしく怯えて見せる。その顔をぶん殴ってやりたいが、俺に出来るのは叫ぶだけだった。

 

「しっかし何をそんなに怒っているのやら?」

「何を……だと!?」

「そりゃあそうだろうよ、何せお前は無能で恥をかいてばかりのダメダメ兄貴が大っ嫌いなんだろ? むしろ居なくなってスッキリしたんじゃねえの?」

「そ、それは……」

 

 否定できなかった。俺はこいつが言った通り一夏の事が大嫌いだったさ。何をやってもヘタクソだし、俺はおろか姉さんにまで迷惑をかける始末。居なくなればいいと本気で思ったことも少なくない。

 

「もしかして心変わりでもしたんかねぇ? アレだけ暴言吐いて虐めて、手のひら返しか? ご都合主義だな」

「っ………」

「可哀想なこったな、あのガキも。天才なんてちやほやされていただけの弟のせいで人生お釈迦にされて、当の本人はふざけたことに良い子ぶってやがる。こんな顔だけのゴミ如きになぁ………」

「んだと!」

「おいおい、まさか自覚もねえのかよ。救いようがないぜ。なら聞いてみるけどよ、お前織斑一夏が生きていたとして、会って何を話すんだ?」

「……謝る。俺が悪かったのは事実だ」

「それで? 謝っておしまいか? ん? 頭割れるまで土下座すんだろ? そっから先は何をするんだって聞いてんだよ。奴隷みたいにハイハイいいなりになるのか、それとも家族としてやり直すのか………まぁ、私にはわかんねえけどな。そこんとこを聞かせてくれよ、天才よぉ」

「…………それは」

 

 森宮にも言われたことのある問いに、俺は答えられなかった。

 

 ふいに思い出して考えるが、いつも答えが出せなかった。これはどうだろうかと考えてみてもしっくりこないと言うべきか、違うという感覚しかない。

 

 何故なのかは俺が知りたいくらいだ。

 

「…………くっくっくくくっ」

「あ?」

「くひゃははははははははははははっひゃはやひゃひゃはははっはっはああああはははっははははははははは!! きひっ、きひひひひひひひひっひひひひ!!」

「な……」

 

 何も答えられない俺をじっと見ていたオータムは急に笑い始めた。唾を飛ばし、腹を抱えて、身体を曲げ、足踏みをし、時には跳びはね、過呼吸になるんじゃないかというぐらいに苦しそうに息継ぎをしている。

 

「うはひゃはひゃひゃひゃひゃはははははははははははっはははははは!! ぎゃははっ!! ぎゃああぁぁぁああははははははははっはははははははっ!! ま、マジかよオイ! ISで勝てないからって私を笑い殺すつもりじゃねえだろうなァ! 傑作だぜ! 今年一番で面白いジョークにゃ違いねぇ! お前芸人にでもなれよ!」

「何が面白いんだよ!」

 

 ゲラゲラと下品に笑う目の前の女が酷く目障りだ。ムカツクし、イライラするし、消えてしまえばいいのに。動けばぶった切ってやるのに……残念でしかない。

 

「自分でも分かってねぇみたいだから教えてやろうか、自称天才(笑)様よぉ! テメェはガキの頃からなぁんにも変わっちゃいねぇんだよ! 自分勝手で我儘で、自分が特別だって信じて疑わない手の施しようが無いクズ男だ! 変わったとか思っているだけのお目出度い人間ってこったな! お前が織斑一夏を探していることも! 双子の妹の織斑マドカを探しているのも! 二人に対して申し訳ない気持ちがあるからでもねぇ、腐った根性が根っこからぶち抜かれて新しくなったからでもねぇ!」

 

 オーバーなジェスチャーを交えながら、まるで世界中に演説でもするかのように声を大にして嬉々として語り始める。その口から出た言葉はとても信じられないものばかりで、耳をふさぎたくなるようなことだった。

 

「お前はただ単に、生き別れた兄妹見つけて、好きで好きで大好きでたまらない愛しの千冬おねーちゃんに褒めてほしいだけなんだよ! 面倒ばっかな兄貴と可愛げがなくて織斑千冬そっくりの妹が気に入らないままでな!」

 

 な………あ………。

 

「う、嘘だ!」

「嘘じゃねえさ。現にお前は二人を見つけてどうしたいのかが欠けてるじゃねえか。お前の立場なら、“見つけてから行動を起こすこと”が目的のはずなのに、お前の場合は“見つけること”が目的になってんだよ。謝るなんてのも所詮は周囲にいい顔見せるだけの演技に過ぎない」

「っ!? え、演技なんかじゃない! 俺は本当に―――」

「謝るってのはなぁ!! 自分が悪いと思っていて尚且つ自分がへりくだる事を言うんだよ!! 偉そうに上向いてハナクソほじりながら相手の頭踏みつける態度を“謝る”なんて言うわけねえだろうが!! 自分が悪いって思ってるなら謝るだけなんてこと絶対にしねえ!」

「……………お、おれは……」

「はん。こんなクズを抱えて可哀想なこった。アイツもエムの野郎も。これだけの時間があっても変わろうとしない。今まで色んな連中を見てきたが、お前みたいなやつは初めてだぜ。どいつもこいつも、家族だけはと泣いて命乞いしてきたってのになぁ。クズはやっぱクズのまんまか」

 

 突きつけられた言葉に、俺は反応することも理解することもできない。オータムが零した、二人の行方を知っているような含みのある言葉にも気付くことができなかった。

 

 そしてもう一つ、残酷な現実を突きつけられる。

 

「丁度いいからもう一個教えてやるよ。織斑一夏が誘拐犯達に連れ去られて、売り手の連中に引き渡される時なんて言ったと思う?」

「………」

「だんまりか。まあいい、聞かせてやる」

 

 カチリと何かのスイッチを押す音が聞こえた。

 

『で、俺を幾らで売るの?』

『おう、気分がいいから教えてやる。4000万だ。山分けして1人1000万だな。ありがとよ、お前のおかげでこれからしばらく働かなくて済むぜ』

『そう………良かった』

『……はぁ?』

『俺を売って、あんたらの暮らしが楽になる。そう思ったんだよ』

『お前………馬鹿か?』

『当たり前の事言うんだな。俺は“無能”だぜ』

『………』

『約束の金だ、織斑一夏をよこせ』

『………おう。そら、いけよガキ』

『はいはい。じゃあねおじさん達、よい暮らしを』

 

 数年ぶりに聞いた幼い一夏の声と、誘拐犯と思しき男の会話がそのまま再生されているらしい。ボイスレコーダーをわざわざ持ってきていたのか。

 

 内容は聞くに堪えないもの。自分が売られるにも拘らず、それを喜び、フレンドリーに接している。ありえない、攫われた子供のとる態度なんかじゃない……。

 

「よくもまぁここまで狂うまで追い詰めたもんだな。実の兄弟にこんなことができるとは……流石は天才様だなァ。お前もそう思うんだろう?」

 

 まるで誰かに同意を求めるようにオータムは壁の方を見る。が、そこには勿論誰もいないし、ここに誰かが入ってくる気配もない。そもそも密室という状況を演出している時点で誰か入って来れるようになっているわけがないのだ。

 

 ……と思ったが、どうやらハズレらしい。

 

「そうだな」

 

 オータムの仲間らしきISが、壁をブチ抜いてそこに立っていた。

 





 はい、というわけでやっぱり秋介君はクズでした。やっぱり一夏の兄or弟はこうでなくちゃね。コイツは色々と悩んで破裂してしまえばいいんだよw

 並行して新作投稿しようかなーとか思ってるんですけど、どうですかね? 興味あったりします? 
 救いようのない鬱展開だけど最後はちょっぴりハッピーになりそうなんですが。

 ていうかしますね♪


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47話 「本来の目的は―――」


 キリよく短めに行きます。たまにはこういうのもいいよね?

 そうそう、以前後書きに書いていた新作ですが、早速連載始めました。二話連続で出していますので、ちょっぴり興味あるなぁーという方おられましたら暇つぶしにでも読んで見てくださいな。
 ヒロインは簪で、鬱展開にもって行きます。タイトルは『僕の心が染まる時』です。



 

 本来ならば使用されるはずのないアリーナで、私はライフルのグリップを握りしめてスコープを覗いていた。ライフルビットとシールドビットのコントロールも忘れない。的確に目の前の女―――アリスを落とすために狙いを定める。

 

「ひゃあっ!?」

「チッ……」

 

 こいつ、弱いくせに回避とセンスだけは一人前だ。ビビって照準をはずしたかと思えば、カウンターは余裕をもって避ける。ビットも含めた波状攻撃も、フェイントを用いた射撃も掠りすらしない。

 

 既に戦闘開始から十分経過しているにもかかわらず、この私が命中させたのはたったの五発のみ。射撃メイン機と相性が最悪な楯無であっても倍以上の数は装甲に当てられるというのに………。

 

 仕掛けてくる気配はない。牽制としか思えない攻撃は先からずっと降り注いでいるが、当てる気が無いのか当てられないのか分からない程に狙いがブレまくっている。

 

 構えも姿勢もメチャクチャだ、ビットコントロールも全くなっていない。そもそも戦い方が分かっていないんだ。

 

 素人か。

 

「人を撃ったこともなく、殺したこともないやつがISを任されるのか。亡国機業も堕ちたものだな」

「あれ? わかります?」

「むしろ分からない方がどうかしている」

 

 もう見ていられないぐらい酷いんだよ。敵のくせに姉妹機だから余計イライラも増す。オルコットは最近成長を見せているから目をつぶってもいいが、こいつはどうしようもない。

 

 しかし、なぜこんなやつが。これなら初期化してオータムに使わせた方がよく動いてくれるはずだ。

 

「確かに、私、使い始めたばっかのしろーとです」

 

 マリアは銃を下げてこちらを見据える。真剣見を帯びたかと思えばすぐにおちゃらけ、にやにやとうざったい笑みを浮かべた。

 

「でもでも、これだけは負けない自信がありますよー!」

 

 展開されるのはユニットに接続されていた四基のビット。一号機、二号機とは違って、銃口が三つに増えている。中央に一つ、その中央から左右の斜め四十五度に一つずつの計三つ。それが四つで、十二。単純に数だけならサイレント・ゼフィルスよりも多いのか。

 

 周囲に展開した四基から十二の閃光が迸る。真っ直ぐに進むはずのそれはブレたかと思うと螺旋を描いたりくの字に曲がったりと複雑な軌道を見せた。

 

 ほうほう、偏向射撃か。どうりで三号機に乗れるわけだ。恐らく最も適正が高かったのがこの女なのだろう。ただ適正が高いだけでは使用できない高等技術が使える辺り、実戦よりもBT兵器の応用をこなしてきたようだな。

 

 しかし、この程度なら私でも余裕でできる。ビットを全展開し、偏向射撃をもって撃ち落とし、撃ち漏らしはシールドで防ぐ。避けたからといって当たらない、という常識は偏向射撃の前では意味をなさない。相殺か防御の二択だ。

 

 行く先を読み、正面や横からこちらの弾をぶつける。

 

「何!?」

 

 その前に、マリアのエネルギー弾が六つに裂けた。私のエネルギー弾はその内の一つにしか命中せずに消滅する。

 

 連射による相殺も間に合わないと判断して、『アンブレラ』と名付けたシールドビットによる全方位防御シールドをはってやり過ごした。これはエネルギーを喰うので好きじゃないんだが……。

 

「偏向屈折曲拡散射撃。それが切り札だな」

「さぁっすが! ご存じなんですね! その通りですよ!」

 

 偏向屈折曲拡散射撃。略して拡散射撃(スプレッド・ショット)。元々高度な技術である偏向射撃の更に応用編と言えばわかるか。

 

 一本のエネルギー弾を複数に分割することを指す。数は適正と技量によって大きく変動し、高ければ多いし、低ければ少ない。複数の方向性を持たせて、それぞれを独立させるだ。これがかなり難しく、歴史の浅い現代に於いては机上の空論となっているのだが………。

 

「素人がよくやるものだな」

「ふっふーん! これでお仕舞いじゃー!」

 

 高笑いを響かせて、もう一度拡散射撃で私を狙い撃ってきた。威力も数に比例して下がるものの、無視できるダメージでもない。結局は全て捌かなければならないのだ。

 

 単純に×6だから……七十二本か。

 

「少ないな」

「………うそぉー」

 

 私ならその三倍はいけるぞ?

 

 七十二を越える圧倒的な数に化けたエネルギー弾は全てを相殺してもなお、数が減らない。物理シールドで防ごうとすれば軌道を変えて隙間を付き、拡散射撃での迎撃をしようとするのなら、拡散する前に打ち消す。

 

 逃げ道など与えはしない。

 

「う、ううっ………」

 

 絶え間なく撃ち、圧倒的な技量をもってして打倒する。威力は下がるため数での勝負になるが、今回はそれでいい。

 

 半端な力をもって私に挑んだことを後悔させてやる。二度と向かってかないように、心をへし折ってやろう。

 

「適正なら負けないのに……私はSランクなのにぃ……」

 

 その呟きを聞いてどこか納得した。それだけ高ければ大した訓練も無しに拡散射撃まで習得しても不思議はない。アンバランスな実力も頷ける。訓練しだいでは化ける可能性も見えた。

 

 が、帰しはしない。ここで落として三号機は頂くとしよう。

 

「そうか。私はSSSだ。残念だったな」

「そんなのありぃ!?」

「アリだ」

 

 この世はすべからく不平等なのだから。同じ血が流れていても、突き詰めれば他人なんだ。

 

「墜ちろ!」

 

 散らすことができるのなら、集めることもまた可能なはずだ。拡散射撃とは真逆の技術である集束砲撃(バースト・ショット)

 

 星を砕く者とライフルビットを一斉射、七本の光を一つに束ね、機体を飲み込むほどの大きさになった閃光は周囲のビットごと飲み込んだ。

 

 そのままアリーナの電磁シールドに衝突し、突き破って空へと消え去る。

 

「相変わらず威力の調節が難しいな。私もまだまだということか。さて………」

「か、っく……!」

 

 ゆっくりと高度を下げて、地面で這いつくばるボロボロの三号機に歩み寄る。シールドエネルギーはとっくに底をついているはずだ、弾の一発だって出やしない。中々てこずらせてくれたものだが、無事確保か。

 

 しかし、この期に及んでもアリスはにやにやとムカつく笑みを顔に張り付けている。何が面白いのやら、さっぱりわからん。亡国機業の連中はやはり頭のネジがぶっ壊れているな。

 

「お前、被虐愛好家だったりするのか?」

「まさか……どっちかと言えばエムなんてコード持ってたあんたのほうじゃないんですか?」

「それだけ言えるなら十分元気だな。医者は呼ばん」

「うふ、うふふふ! あはははははは!!」

「………当り所が悪かったか」

 

 わりと整った容姿も台無しだ。虚ろな目で狂ってしまえば可愛いもあったもんじゃない。

 

「時間切れですよぉー織斑マドカさあぁぁん! 勝負は私の勝ちですねぇ! ギャハッ、素人に負けてやんの!」

「何が言いたい? なるべく正常な私にも分かるように話してくれよ?」

「最初にこう言いましたよねぇ? 時間稼ぎだって!」

「あぁ、そう言えばそうだったな」

「惜しくも織斑マドカはタイムアップ! 学園の平和を守れませんでしたぁ! なーんてテロップとナレーションが入るところなんですよぉ! わっかりますぅ?」

 

 片目を歪ませて下品な笑いで盛り上がる。騒がしいやつめ。

 

「げふっ!」

「おおっとすまない。足が滑った」

「ぃっ……ぅ……。同じ、女の子相手によくもまぁこんなことができますねぇ……?」

 

 軽く小突くようにアリスの下腹部を蹴る。絶対防御が発動しない程度に力を加えた一撃は、モロに入ったようで激痛が襲っていることだろう。ISのとがった足は相当痛い。

 

 下腹部には、女性を女性たらしめる器官がそこにはある。本能で守ろうとする程に脳と体はそこを守るのだ。自分がされればと思うとゾッとするが、女相手にはこれがよく効くので頭から想像をおいやる。

 

「ドマゾなクソビッチにとってはご褒美なんだろう? ほら、続きを聞かせてみろ。運が良ければまたご褒美が貰えるかもしれないぞ?」

「……まぁ、いいてすよ。これ以上子宮を蹴られちゃ堪りませんのでね」

 

 部分解除した右手でお腹を抑え、展開したままの左手で地面に絵を描き始めた。どうやら学園の見取り図らしい。

 

「お察しの通り、私達の狙いは織斑秋介と白式。これらの確保と、出来るならば他の専用機を手に入れることですよ」

 

 トントンと第一アリーナと思われる場所を指先で示す。今ここでは生徒会企画のシンデレラが行われているはずだ。王子様の役を織斑に任せると言っていたので、当然織斑もここにいる。そして何らかの方法で敵に誘導されて、一対一で戦っているはず。コイツの言葉を信じるならオータムだな。

 

「しかし、それを遂行する上で邪魔になる存在が幾つか居ました」

「私と楯無だな」

「付け加えるなら、森宮一夏、ラウラ・ボーデヴィッヒ、皇桜花の三名もですよ。実際には、森宮一夏は死亡、あとの二人は劇の参加者が大勢出たためにクラスの企画で大忙し。懸念すべきは残った二人になります」

「そこで、お前が時間稼ぎか」

「ザッツライ。更識楯無は自ら企画した劇とオータムさんが仕掛けたトラップで阻まれ、ここで私が身体を張って足を止める」

 

 白式を手に入れるまでの時間を稼げばいい、か。とすればこの問答も時間稼ぎとやらなのだろう。

 

「そうか」

「あらぁ? 反応薄いですねぇ?」

「私にとっては白式などどうでもいいからな。好きにすればいい」

「え!?」

「だがしかし、それでは楯無がいい顔をせん。行くしかない。恩を売るのも悪くはないしな」

「ほっ………」

 

 ………何なんだこいつは。私が行ってもいいのか? 時間稼ぎが目的のわりにはやっていることが矛盾している。

 

 嘘は言っていないはずだ。レーダーの範囲を広げれば不自然に詳細を掴めない空間が第一アリーナにある。ここでオータムが暴れていることは確実。そして今も戦っているのだろう。終わっているならさっさとオサラバするだろうから。

 

 だったら、何なんだ?

 

「貴様、何が目的だ?」

 

 悩んでも時間の無駄だ。聞くなり吐かせるなりする方が早くていい。

 

 キョトンとした驚きの表情を見せたかと思えば、一転してゲラゲラとまた笑い出す。

 

「いえ! いえいえいえいえいえいえ!! こんなにドツボに嵌まるなんて思ってもいなかったモノですから!! おかしくって………ひゃはっ!!」

「時間稼ぎの事を言っているのか? 別に遅れても構わん、取り返せばいいだけだからな。オータム程度片手で十分だ」

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!! ぜんっぜん違いますよ織斑マドカさぁん!! 私が言っていることはそういうことじゃあありませんの!」

「ああくそ、喧しい奴め」

 

 キャラがブレまくりだ。キチガイなのは間違いない。

 

 唾を飛ばしながら狂ったように笑うアリスは私に人差し指を突きつけてきた。

 

「こんな茶番に付き合っていただいてありがとうございましたぁ! おかげ様で作戦は成功ですわ!」

 

 ………動揺を表に出さないようにレーダーを見る。未だにノイズが酷く結果が分からないままだ。そのままにして去った事も考えられるが、オータムのISの反応まで無いのは少しおかしい。コアネットワークのリンクはそう簡単に切れるものではないし、反応を隠す事も同じくそうだ。

 

 まだ戦闘は続いている。ただのハッタリか。

 

 そう結論を下した私は背を向けてスラスターに火を入れる。

 

《Warning!!!》

 

 突然サイレント・ゼフィルスが警告を知らせてきた。間をロックオンアラートがけたたましく頭の中で鳴り響く。相手が何処にいるのかも確かめず、直感と経験に身体を任せて飛びのいた。

 

「ぐぅっ!」

 

 紙一重で避けること敵わず足に被弾。芯を捉えた弾丸は装甲に触れると同時に盛大な爆発を起こした。右脚の一部が爆発により消滅し、足首と少しを失う。生身の身体は無事だ。

 

 一体どこから……!

 

 右脚の脛から先を失った私は膝をついてもう一度マリアと向き合う。ビットも展開し、レーダーも範囲を拡大、警戒レベルを上げる。

 アリスはもう動けない。とすれば、私を撃ったのは新手としか考えられない。

 

 私に突きつけられた人差し指はそのままだった。

 

「増援の時間を稼ぐことだったのか……!」

「私、言いましたよねぇ? “時間稼ぎ”が目的だって」

「オータムと白式の方はどうなんだ!」

「それはそれ、ですよ。まさか、敵のあなたに何でもかんでも話すと思ったんですかぁ? 随分と緩い頭してますね!」

 

 成功したことが面白いのか、それとも私を嵌めた事を喜んでいるのか。恐らく両方だろう。アリスは今までにないほど喜びの声を上げている。実に喧しい。

 

 そこはもういい。これからどうするか、何をしなければならないのかだ。

 

 白式と織斑秋介の保護に変わりはない。これは確定している。今襲われている以上、無視はできない。世界にとっては唯一の男性操縦者なのだ。

 そして私自身が捕まらないこと、サイレント・ゼフィルスを盗られないこと。敵に戦力を与えるだけでなく、こちらの力も弱まる。何より私には耐えられない。

 最後に学園の被害を最小限に抑えること。人的にも物的にも。

 

 ISにとって重要な脚を損傷している現状では中々にハードだ。………仕方が無い、助けを期待できる仲間……ラウラがいいな、緊急の連絡を送ろう。

 

「今度はちゃーんと教えてあげますからね! あ、でも信じるかどうかはあなた次第ですから?」

 

 私に向ける指をゆっくりと腕ごと上へと向ける。ピタリと頭上を指して、こう叫んだ。

 

「私()の今回の作戦目的は、“次作戦の成功を盤石にする為の布石”! 白式も織斑秋介もそのついでに過ぎず、ただのダミーでしかないのですよ! 本来の目的は―――」

 

 急に空が陰る。太陽を見上げれば、一つの小さな黒点が出来ていた。それは次第に大きくなり、近づいてくる。徐々にシルエットが露わになり、レーダーにも反応が現れる。

 

 特徴的な影と、レーダーの識別コードとコアナンバーを見て、私は驚くことしかできなかった。

 

「―――あなた達学園生を絶望に落とすことなんですよねぇ? うふっ」

「兄さん………」

 

 四枚の大型シールド、全身の大小様々な刃、実戦仕様の全身装甲、光沢のない漆黒。

 

 夜叉が……兄さんが、愛用の狙撃銃絶火の銃口を私に向けていた。

 

 





 よくあるパティーンだと思う、うん。



 さて、アリスに関してですが、ビジュアルや性格、その他諸々の設定は後ほどでると思われますので、そちらを見ていただきたい。今回は素人なのに戦場にぽいされるというありえない状況で時間稼ぎをやれと言われたので、普段の自分をかなぐり捨てて無茶苦茶やっています。本当はこんなラリった子じゃないんです……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48話 「ならばそのように振る舞うだけよ」

別のにも書きましたけど、リアル学園祭楽しかったです。

この作品ではこれ書くの二回目ですね。去年の九月頃に一話を投稿したので、実は一年が経過しております。いやぁ、読んで頂ける事に感謝です。来年には完結しますかねぇ? このペースで自分が思い描く結末までどれだけ時間が掛かることやら。



「虚、二人は来てくれるかしら?」

「来てもらわなければ困ります」

「マドカちゃんはともかく………織斑秋介君ね」

「ええ」

 

 無事、とは言い難いが招待客や一般生徒にけが人はおらず、トラブルが起きることなく今年の学園祭は幕を閉じた。実際にアリーナで何が起きていたのかを知らない生徒からすれば大成功で終わったように見えるが、一部そうではない。

 

 亡国機業の襲撃。

 

 こちら―――更識家では既にその情報を手に入れたからこそ、シンデレラという男一人を確実に登場できる劇を選び、準備を進めてきた。被害を抑え、確実に敵を捕らえるために。

 第二形態に移行した白式と彼の実力ならば、倒すまではいかないものの私やマドカちゃんが駆けつけるまでの時間は稼げたはずだった。ログを見ても十分良くやってくれていることが分かる。事実、ギリギリではあったけれど間に合った。

 

 マドカちゃんの足止めをしていた方……アリスといった少女のBT三号機(サザンクロス)はエネルギーゼロの大破。以前もちょっかいを出してきたオータムもそれなりに損傷を受けており、追いつめれば私達の勝ちは決まったようなものだった。

 

 三人目が現れなければ。

 

「楯無、来たぞ」

「いらっしゃい」

 

 相も変わらずノック無しで入ってくるマドカと一緒に織斑秋介は入って来た。同じ場所にいること自体が珍しいのに………。

 

「偶然そこでばったり会っただけだ」

「何も言ってませんよ」

 

 虚の疑わしい目線を感じてか、マドカは聞かれる前に答えた。

 

 応接用のソファに二人が距離を開けて腰掛ける。タイミング良く虚がお茶を出したところを見計らって、私は話を切り出す事にした。

 

「何でここに来てもらったのかは、言わなくても分かるわよね、織斑君?」

「昨日の襲撃の件、ですよね」

「そう。私も遅れて駆けつけたんだけど、そこに至るまでの経緯を当事者である二人から聞かせてくれないかしら? 勿論、学園祭が始まる前から情報を整理しつつね」

 

 共有、と書かれた扇子を広げて生徒会長のイスに座る。虚の淹れたお茶に一口つけてから、どこから話そうかと一連の出来事を辿る。

 

「事の発端は、更識家が所有する部隊の一つが送って来た情報よ。動きが見られる、と。これが大体今から二ヶ月ほど前のこと。だから………“福音事件”の少し前になるのかしら」

 

 夏休み前の臨海学校で起きた謎の暴走事件、銀の福音が起こしたことから単純に“福音事件”と呼ばれるようになった。これは事情を知っている人間の間だけの通称であり、世間には公表されていない。暴走したISが二ヶ国の共同開発軍用機であることもあれば、それを収めたのが学園生徒という国からすれば非常に情けない結果に終わっている。何よりも、直接的な原因は無いものの“一人目の男性操縦者が死亡”した状況を作ったとも考えられるのだ、公表できるわけが無かった。

 

 銀の福音に関してはアレからも探りを入れているが、何の情報も入って来ない。アレだけのことをしでかしたにもかかわらず、“何の情報も無い”のだ。所有者であるナターシャ・ファイルスも同様だ。また何か銀の福音絡みで問題が起きたのだろう。

 

「次の報告はそれから三週間後のこと。イギリスのBBCが襲撃を受けて、BT三号機が強奪されたわ。完成を待って、マドカちゃんに変わる戦力を補充したということね。ここから、またISを使用した行動を起こすと予想して、ちょうどよく学園祭の季節だったから対策を立てていたのよ」

 

 普段は侵入不可の学園に入れる唯一の機会だ。企業の人間はスカウトに来るし、各国は情報収集の為にスパイも送る。これに乗じてくると狙いをつけるのは容易かった。

 

「三号機?」

「ああ、織斑君は見ていなかったっけ。セシリアちゃんと、マドカちゃんの機体はイギリスのBBCっていう会社が作製しているの。日本で言うと倉持技研みたいなところね」

「……BTシリーズの三号機、ってことですか」

「そうそう。あ、これイギリスは秘密にしたがっているから絶対に言わないでね」

「え? さ、更識先輩は……?」

「私はいいのよ。だって生徒会長だもの」

「えぇ~?」

 

 うさんくさい物を見る目の視線をスルーして、話を続ける。

 

「学園に来るとなれば狙いは自然と絞られるわ。貴重な男性操縦者、世界のどこよりも豊富なコアの数、委員会が封印指定した危険な情報………まぁこんなところね。結果的にはどれもハズレだったんだけど」

「仕方が無い。今回、織斑が狙いだった場合の対処はできていたようだが、他の二つについてはどうだったんだ?」

「訓練機のコアに関しては、全部抜いて織斑先生に渡しておいたわ。学園長も了解済み。情報については完全なスタンドアローンでネットワークには接続されていないから情報が漏れないし、場所については私も織斑先生でさえ知らないから手の施しようがなかったの。それだけ秘匿されているってことで、安全且つ目標にはならないと判断したわ」

 

 学園に地下があることや、様々な施設や機器があることは知っているが、その類はまるで見ない。ガセネタの可能性も視野に入れておこう。

 

「あの、シンデレラは敵を誘いだすための囮みたいなものだったんですか?」

「んー、まぁそうね。何も無ければ純粋に楽しめるし、織斑君が狙いなら何らかの動きがあるでしょう? 実際王冠には発信器の役割もあってね、とれたら電流が流れて取れない仕組みになってるのよ」

「……アレは王冠をとるために皆頑張ってたんですよね?」

「ええ」

「詐欺だ! 詐欺師だ!」

「ありがとう♪」

「褒めてませんよ! てか、勝手に囮にされても困るんですけど!」

「あら? そうしないと死人が出ていたのよ?」

「なっ……」

 

 一度扇子を閉じて、もう一度開く。今度は安全策と書いてみた。

 

 もし、劇もせずにずっと一組で執事まがいのことをし続けていればどうなっていたか? 色々と考えられるかもしれないが、最悪の場合休憩で出歩いているところをいきなりISで襲ってきたかもしれないのだ。或いはクラスに来てまで勝負を仕掛けるかもしれない。

 何にせよ、相手の思惑にのって密室の一対一の状況にならなければ痺れを切らして襲いかかるかもしれなかった。

 

「ということ」

「俺の安全はどうなるんですか? 速攻で動きを縛られて負けた時とか」

「ISの攻撃でも十分は稼げる特殊な装甲板を更衣室の壁や天井、床にまで貼れるようになっているのよ。それだけあれば私かマドカちゃんが駆けつけられるわ」

「はぁ………」

 

 本当は一夏に向かわせて、その予備要員としてマドカちゃんを出すつもりだったんだけどね。

 

「これが私の筋書きだけど、実際はそうそう上手くいかないものね。襲撃者は三人もいたわけだし」

 

 はぁ、と溜め息をついて背もたれに身体を預ける。五ケタを超えるお値段がするこれはふかふかしていてストレスを感じない。これにマッサージ機能さえあれば文句はないんだけど……。

 

 気持ちを切り替えて、目を伏せがちな二人に問う。

 

「じゃあ聞いてみようかしら? マドカちゃんからね」

「分かった」

 

 グイッと飲みほしておかわりを貰ったところで口を開いた。

 

「お前に言われて第三アリーナに行ってみれば強奪された三号機と、私の知らないガキがいた。本人いわく、後釜らしい。操縦技術に関して言えば素人だが、BTコントロールはオルコットよりも高かった。偏向射撃だけでなく拡散射撃まで使っていたぞ」

「へぇ~。マドカちゃんできるの?」

「当たり前だ。追いつめるあと一歩のところで、割りこまれて押し負けた」

「………一夏、ね」

「ああ」

 

 襲撃者は二人まで。それが私と虚、桜花が出した結論だった。コアの数や、それ以上の人員をよこすだけの余裕があるとは思えないし、私達と対等に戦えるだけの実力を持ったとなれば更に候補は減る。現に、二人目の襲撃者であるアリスは素人だった。

 

 計画を大きく狂わせた三人目………森宮一夏。私の愛する従者。

 

 生きていたことは素直に嬉しいが、それを手放しで喜べる状況じゃ無かった。まさか、敵にいるなんてね………。

 

「攻撃できなかった。何が起きているのか分からなかったんだ。気がつけば動けなくて、三号機は回収されていた」

「ってことは、そのあとに俺の所に来たのか……」

「そうなるわね」

 

 私がアリーナの更衣室に辿りついた時、室内は床に縛りつけられた織斑秋介と傍にいるオータム、私とは正反対の場所の壁をぶち破って来た夜叉と三号機が集まる形になっていた。彼曰く、壁が崩れて夜叉が現れると同時に私が更衣室に入ったらしい。

 

「それからは何も無く、時間切れだと言い残して去って行った、か」

「連中は何がしたかったんですかね? あの状況なら先輩とあいつらで三対一、俺と白式を奪うのは難しくありませんし、上手くいけば先輩の機体だって奪えた」

「そこよ。私が聞きたいのは」

「布石だ」

「布石? もう一度仕掛けてくる仕込みでもしていったのかしら?」

「そうだ。私達の心にな」

「………そういうことね」

 

 マドカちゃんが言わんとすることを察した。

 

 夜叉……森宮一夏の存在が、今の私達にとってジョーカーだということ。生きていたのに、何故か敵になっているという信じられない現状が、どんな言葉よりも突き刺さって抜けない。私が“楯無”でなければ、きっと以前の簪ちゃんのように泣いていただろう。

 

 私達を傷つける剣であり、攻撃を躊躇わせる盾。ジョーカーと言わずして何と言う?

 

「絶望に落とす事が目的だと、アリスは言っていた。白式強奪は二の次で、上手くいけばいい程度だともな」

「ひっくり返せば、次があるということでもあります」

「そして一夏も来るわ、必ず」

 

 夜叉を完璧に使いこなした一夏の実力は国家レベルを越えている。私でも勝つことは難しい。太刀打ち出来るのはブリュンヒルデ相当の実力者だけ。織斑先生が専用機を出すか、蒼乃さんしかいない。

 

 確かに絶望的だ。気持ち的にも、戦力的にも。

 

「次のイベントって何でしょうか? やっぱり狙われるとしたらそこじゃないですか」

「次は………そうねぇ、『キャノンボール・ファスト』かしら」

「なんたそれは?」

弾丸よりも速く(キャノンボール・ファスト)。簡単に言ってしまえば妨害アリのISを用いたレースですよ」

「レース……」

「興味があるなら過去の映像を見るといいわよ。単純に機動の参考にもなるし、今年は君達一年生にも出番が来るでしょうから」

 

 机の上に積まれた書類の山をひっくり返して目的のものを引っ張り出す。さっきまで作業していたから要らない資料や書類ばかりだ。このあとの全校集会が終わったら整理しよう。

 

「これこれ。今までは二年生以降じゃないと参加できないんだけど、今年は専用機も多いし特別に専用機だけの試合が組まれることに決まったのよ」

「つまり、選手?」

「これも勉強よ」

 

 私と学園長のサインと印鑑が押されている書類のコピーをひらひらと見せつける。

 

 異例中の異例なんだけど、分からないだろうなぁ。

 

「話は変わっちゃったけど、聞きたいことは以上よ。朝早くからありがとうね。何か聞きたいことはない?」

 

 すっ、とマドカが手を挙げた。

 

「楯無としては、兄さんをどう思っている?」

「と言うと?」

「自らの意思で寝返ったのか、それとも何らかの精神操作を受けているのか、もしくはそれ以外の何かがあるのか」

「あなたはどう思うの?」

「愚問だな」

「「寝返るなどあり得ない」」

 

 一夏とマドカちゃんは、誓いを立てている。特に一夏はその決意を糧にして夜叉を起動させたのだ。

 薬品系の物であれば身体中のナノマシンが抗体を直ぐに生成して打ち消す。脳波に干渉してくるのならば、意識そのものに刷り込まれた忠誠心が弾き飛ばす。

 

 象を眠らせるだけの睡眠薬でさえ、一夏にはそこまでの効果がないのだ。そこまでさせるものがこの世にあるとは思えない。

 

 ………というのは建前。本音はそうあってほしくないという希望で一杯。そして女の勘が確信していた。

 

 それもこれも全て、私たちの願いなんだけどね。根拠や物的証拠があるわけじやない。

 

「あの―――」

「すみません」

 

 勝手に盛り上がっているところで、織斑君が話を挟もうとしたときに重なって人が入ってきた。シャルル……いえ、シャルロット・デュノア、ね。

 

「秋介、織斑先生が呼んでるよ? なんか怒ってたけど」

「あっ!? 模擬店の結果報告しなくちゃいけないんだった!」

「あら? それは困るわね……織斑君、そっちを済ませちゃって。じゃなきゃこの後の結果発表できないから」

「りょ、了解です! 失礼します!」

 

 もしかしたら、今日の朝にやるつもりだったのかもしれない。そうだとすれば悪いことをしたかな。別に放課後でも良かったことだし。

 

 バタバタと慌てながら、彼は生徒会室を後にした。

 

「楯無、邪魔なやつも消えたことだし言っておくことがある」

「夜叉の武装と装甲でしょ?」

 

 更衣室に駆けつけたとき、私は壁をぶち抜いていたISが夜叉だと気づかなかった。

 

 回収されたメットバイザー等のパーツ部分は、やっつけ感満載のツキハギだったのだ。もはや別の機体にしか見えない。

 

 アラクネのヘッドバイザーをそのまま流用し、左腕は八門ガトリングの武器腕となっており、シールドは右側の二枚だけ。寄せ集めのパーツでようやくISとしての体裁を保っているといった様子だった。

 

「夜叉に使われていたアラクネのバイザーのことだ」

 

 確か………元々はカメラアイの付いたロボットアニメのような外見をしていたけど、昨日は顔が薄く見える透明なヘルメットだったっけ?

 

「アラクネをアメリカから強奪したあと、あの機体には亡国機業の手で改良が施された。当時はあの機体を扱えるほどの女がいなかったんだ」

「ダウングレードしたの?」

「まさか。機体の能力を最大限引き出すために仕掛けを施したんだ。電磁波、超音波等を発して無理矢理身体を動かさせる機能をな」

「全身装甲の癖に頭だけ脆そうなのはそういうことね」

「そう。機能を搭載させるために削るところを削っている。オータムには必要ないと判断されて外されたが、今の夜叉に使われているのは恐らくそれだ。さっきはああ言ったが、正直に言うとわからない」

 

 これは驚いた。一夏が絡めば何であろうと絶対を疑わないマドカちゃんが自分の言葉を覆したのだ。言い換えるなら、夜叉に取り付けられたアラクネのバイザーはそこまでの力を持っているということの証でもある。

 この子は現実を見たと言うよりも、見なければならないのかもしれない。

 

「なら、次に戦うことがあればバイザーを優先して壊せばいいのね?」

「………そうなるな。それで兄さんが戻ってくるならいいが」

「それでもダメなら、また手を考えましょう」

 

 技術が進歩していれば、バイザーとは別で新たな洗脳技術を搭載させられている可能性もある。その時はその時だ。最悪の場合は夜叉を全破壊するかもしれなくなるが………。

 

「ついでだ、もう一つ聞かせろ」

「どうぞ」

「なぜ織斑秋介に甘くする? 奴は………奴はっ! 兄さんを!」

「…………」

 

 言いたいことはよく分かる。誘拐されたことも、織斑で不遇な生活を送っていたことも、彼は原因の一端を担っている。それどころか、家族であり実の弟である彼は罪深い。王冠に仕掛けた盗聴機で自分ですら気づいていなかった本心も見えたのだ。女としての私は何万回八つ裂きにしても足りないほど怒り狂っている。

 

 ―――でも、

 

「その通りよ。でも、私は更識楯無。同時に生徒会長でもあるわ」

「奴も学園生だからと言うのか!」

「ええ。私には義務がある。想いだけで、力だけでも生きていけるのなら世の中難しくないでしょう? 果たすべき責任を果たさなければ、彼のような屑になるだけよ」

「それは………っ!」

「あなた達が私達姉妹を守るように、生徒会長としての私は生徒と学園を守らなくちゃいけないの。同じことよ」

「…………すまん」

「気にしない気にしない♪」

 

 バサッと扇子を開く。そこには"最強"の二文字。

 

「私は更識楯無。ならばそのように振る舞うだけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楯無から呼び出された二時間後、HRが行われる時間帯ではあるが、全校生徒と教員は講堂へと集まっていた。今から行われるのは昨日の学園祭ランキング発表である。

 

 例年通りであれば、デザートパスをはじめとした学園内で使用できるものだったが今年は次元が違う。

 

『前置きはこれくらいにして、みんなお待ちかねのランキング結果発表と行きましょうか。まずは部活動ね。これは生徒や来場者が持つ投票権の総数で決まるわ』

 

 楯無の手元に置かれていたトレーから一つの封筒を取り上げて封を切る。折り畳まれていた中身の紙を開いて、その内容を読み上げた。

 

『部活動ランキング一位は……………生徒会執行部による舞踏劇、シンデレラ!!』

『はああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??』

 

 思わず耳を塞ぐほどの大ブーイングの嵐が間髪いれずに巻き起こる。

 学園祭は学生主体になって行われる一大イベントだが、その中枢を担っているのは生徒会だ。楯無達が書類を教員へ提出し、招待券を送付し、全ての企画に目を通して安全性を確認したりと仕事は多い。そんな生徒会が一位をとったとなればもう八百長にしか聞こえないな。

 

 部活動に入っていない私達としてはどうでもいいことだ。

 

『はいはい静かに! 劇の参加条件は生徒会への投票だったんだから、立派な民意よ!』

 

 しーん。

 

『そんなに落ち込まないで頂戴、織斑君のお仕事は各部へのサポートと決めているから。申請さえすればマネージャーとしてレンタルします』

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 や、やかましい!! 静かになったかと思えば一瞬にして沸き立つこの無駄な連帯感は何なんだ!?

 

『ということで、織斑君は放課後生徒会室まで来るように。さて、次はクラスランキングね』

 

 クラスランキング。その言葉によって再び場が静まり返る。既に諦めていたクラスもあるにはあるが、それはごく少数。殆どが一位を目指して準備から当日終了の一秒まで頑張り続けた。

 

 全ては篠ノ之束の技術を得るために。忘れがちだが、ここにいるのは狭い門をくぐりぬけたエリートばかりだ。誰もが想いや願いがあり、その為に学んでいる。篠ノ之束という箔がつけば、それだけでも随分と近くなるだろう。

 

『早速発表と行きたいところなんだけど…………その役はゲストにお任せしようかしら。どうぞ、こちらに』

『やあやあ、天才束さんだよー♪』

「な………馬鹿な………」

 

 ありえない。なぜ、なぜここに篠ノ之束がいる!? センサーを通してみても以前の様な人形ではない、まぎれもなく本人だ。教えに来る時ならともかく、発表の為だけに訪れるわけがない……!

 

『じつはこーっそり学園祭見させてもらったんだけどねぇ、いやぁ~おもしろかった! 私が学生の頃を思い出して楽しかったよ! 甘さ十倍わたがしとか、有名店並のスイーツがうまいのなんの! 流石はIS学園だねっ』

 

 台詞にでてきた模擬店を運営していたクラスがざわざわと喚き立つ。“あの”篠ノ之束の印象に残ったのだ、優勝とは別の意味で興奮もする。しかし甘さ十倍わたがしか………食べたかった。簪に言えば作ってくれるだろうか?

 

『しっかし驚いたなぁ、みぃんな食べ物ばっかりなんだもん。私が思っていたのとは全然違うんだよね』

 

 ここでふわふわとした雰囲気が一転して、篠ノ之束の鋭い視線によって冷え始める。真面目な表情ではない、にこにこしたままなんだが、何故か動けなくなるほどの圧力が彼女から溢れていた。

 

『ISはどれだけ科学技術が進歩しても最先端を行く技術の結晶。当然、そのISを学ぶ為の学校なんだから、それらしい展示があるもんだとばっかり思ってたのになぁ。残念残念。別に食べ物やるなって言うんじゃなくって、そういうのがあっても良かったのにねってこと。一年生には難しいだろうから、上級クラスにはちょっと期待してたんだよ?』

 

 楯無から受け取った結果の入った封筒を人差し指と中指で挟んでひらひらと振る。ブーツの足音を響かせながら講堂中央にあるステージをゆっくりと歩く。時にくるくるとバレエの真似をしながら跳んで、回り、楽しそうに踊り、ほんの少しの苛立ちを含めながら言葉を続ける。

 

『私がクラスランキング一位って指定したのはそういう事を思ってのことだったんだよ。ここに来るのは何も君らの家族だけじゃない、企業の人間や国家に所属する人間だって含まれた。というか、生徒の家系を全て洗えばそういう家の人間が殆どなんだよね。模擬店よりも展示の方に興味を示す人間が大勢いたのさ。一位になるなら、それは数多の展示の中で輝いた優秀なクラスだろうって』

 

 封筒をかざして透かし、中の紙を覗いてから封を切った。取り出した紙を広げてじっくりと読み始める。

 

『しかし、箱を開けてみればどうだろう? 配布されたパンフレットにはメジャーなものからマイナーなものまで、美味しそうな食べ物系の模擬店ばかり。整備科ですらそうだったよ。技術を磨いてもらうのなら、自分達の今できる限界の力を見せることが礼儀じゃないのかな? 束さんちょーがっかりだよ。がくーん』

 

 はぁ、と溜め息をついてわざとらしくオーバーに肩を落とした。

 

『だから一年一組には悪いけど、これは無効だね。コスプレは見ていて楽しかったし食べ物もおいしかったけど。もっと料理のおいしいクラスならたくさんあったし、一部のクラスメイトを持ちあげて客足を稼ごうなんて真似をするところに教えることはないね』

 

 そう言うと、篠ノ之束は封筒ごと結果用紙をビリビリと破き始めてぱっと上に放り投げた。白の紙吹雪が彼女にだけ降り注ぐ。

 

 一組の面子はただ唖然としていた。それもそうだ、必死に考えて頑張った結果がアレだ。客足稼ぎとまで言われればああもなる。ただ、口の悪さを篠ノ之束に問うのは違う気もするがな。奴にそんなものを期待する方がどうかしている。

 

 だが、そうなると景品はどうなるのやら。ラウラや桜花を経由して接触するのは無理そうだ。

 

『というわけで、私が勝手に決めちゃうね♪ あ、別に一位は一年一組でいいよ、例年通りデザートパスでもあげればいいんじゃない?』

 

 ステージ中央に戻った篠ノ之束は懐からタブレットを取り出して、指と視線を動かし始める。数秒ほど待つと動きが止まり、大型モニターの画面が校章からブルースクリーンに変わり、もう一度だけ変わった。

 

 私の隣に座る簪のリアルタイム映像に。

 

『一年四組更識簪。展示を行った五組のクラスの中で最も完成度の高い作品を一人で組み上げた君には、私の技術をつきっきりで教えてあげようじゃないか』




秋介や箒、千冬のいる一組ではなく、簪個人を自らの意志で優先させた。とんでもない改変がここの束さんには起きておりますねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49話 「ソラに憧れたあの頃のままさ」

お寺の師匠さんも走るほどあわただしい季節ですねぇ。
別にお坊さんじゃありませんけど、私はパンクしそうなくらいバタバタしてます。
と、いうわけでもう一回更新できたらいいかなー?


「よかったな! 簪!」

「本当よ! おめでとう更識さん!」「クラス全員じゃないのは残念だけど……」「でも一組よりは篠ノ之博士の印象はいいはずだよ!」「連中に一泡吹かせてやったわけね」「さぁっすが更識! やることが違うねぇ!」

 

 楯無ですら想像出来なかった結末を迎えた学園祭ランキング。生徒会に関してはほぼ出来レースの様なものだったが、まさかクラスランキングで別クラスの個人を表彰するとは思わなかった。らしいと言えばらしいんだが、流石に申し訳ない。織斑はどうでもいいが、ラウラと桜花は慣れない服で接客していたし………。

 

 しかし、当初の目的であった篠ノ之束に接触する理由の確保は達成した。私は簪を護る守護者なのだから、ぴったり貼り付いて行動することは当然だ。簪からも同行を許してもらえるようにお願いすることになっている。

 

 まぁ多分大丈夫だ。ムカつくが、奴とは多少の付き合いがあるしな。

 

 教室に戻る間も、戻ってからもずっと四組はお祭り騒ぎだった。どうしてクラス皆が………と愚痴る奴は一人もおらず、簪へ心からの言葉を掛けている。企画の中心となったマシンを一人で組んだことを言っているんだろう。

 クラス単位での表彰でないことを悔やむ気持ちは皆ある。一人だけ選ばれた簪を恨むことも間違いではないはずだ。それでも素直に「おめでとう」といえる彼女たちがクラスメイトであることが嬉しい。

 

「ねえ、いつからなの?」

「今から来るように言われてるから………」

「そっか。頑張れ!」

 

 講堂にて解散し、各クラスに戻った後は通常通り授業があるが、簪だけは篠ノ之束に呼び出された為にこれから向こうが指定した場所へ移動する。相手や状況だけに、私の同行も特別に許されているので授業ブッチだ。

 

 いつまでも教室にいては授業の邪魔だ。簪を促して場所を変える。

 

 落ち着いて話せる場所ということで売店前のラウンジまで移動した。普段ならもう少し賑わっているところだが、今日に限っては人一人おらず静かだ。ブーツの音がカツカツとよく響く。

 

 ジュースを買って近くのテーブルに腰を降ろして話を切り出した。

 

「篠ノ之束が場所を指定するんだな?」

「そう言われた。取り合えず動けるように待てって」

「そうか………」

 

 恐らく今もどこかでこちらの動きを見張っているに違いない。こんな学園のど真ん中で仕掛けてくるとは考えたくないが、常識の範疇に収まる相手じゃないんだ。それもまたあり得ると思っておこう。

 

 私達二人は奴からすれば格好のエサのようなものだ。

 

 簪の打鉄弐式は不思議な完成をしており、どこからかその情報を掴んだ奴は手を出そうと仕掛けてきた。間一髪、兄さんが間に入ったからよかったものの、今回はいない。

 私はと言えば少なからず関係がある。織斑の血が確かに流れてはいるがそれを公表してはいないために、極端なことを言えば私を殺しても織斑千冬が深く咎めることはなく、楽に実験材料が手に入るわけだ。世界から見ても強大な更識の力も、篠ノ之束に届くとは思えない。

 

 興味を引く対象としては十分にあり、少々目障りな存在に映っているはずだ。

 

「やあ、おまたせー」

「「ッ!?」」

 

 そんな予測すらも知らないとばかりに、この女は突然現れた。

 

 三人掛けの丸いテーブルの空いた椅子にいつのまにか座って私のコーヒーを飲んでいた。こいつ………。

 

「お、おはようございます」

「おはよー。うんうん、挨拶は大事だよね」

「………」

「そんなにカリカリしないでよー。何かしようってわけじゃないんだし」

「臨海学校で何をしたのか、私は忘れていない」

「森宮一夏の情報が知りたくないのかな?」

「「!?」」

 

 ……見透かされている? いや、知っていたのか?

 

 何にせよ、図星を突かれて驚いてしまっために誤魔化しはもう効かない。そもそもコイツに過程を問うこと自体が意味のないことだ。聞いて答えるとは思えないし、知りたくもない。

 

「ふふ、素直なことも大事だね」

「……素直になれば、教えてくれますか?」

「そうでなくても教えてあげるよ」

「は?」

「だから言ったじゃん。何かしようってわけじゃないって。むしろ君らの益になることを無償で提供しようとしているんだよ?」

「無償? 何をバカなことを……」

「そこは嘘なんだけどね!」

 

 ぐ……ムカツク奴め。これだから信用できないんだ。そのくせ真実が混ざっている。

 

「ちゃんと話してあげるから、場所を変えようか。五月蠅い連中もいることだし」

「……そうだな。それでいいな、簪」

「ん」

 

 ざわり、と壁や柱の向こうで気配がざわめくのがわかる。どこぞのスパイどもが耳を澄ませていたんだろう。仕掛けてこなければ無視するつもりだったが、どうやら天才様は盗み聞きする連中がひどく気に入らないようだ。それでいて動く様子もない。

 

 肌でビリビリと感じる圧迫感が『次は無い』と無言で語っている。

 

 席を立った篠ノ之束に従うように私と簪も後を追う。堂々と授業中の教室棟を通って外に出て、島の外延部に沿いながらモノレールの駅がある方向とは真逆の山の中へ入った。

 

「おい、どこまで歩くつもりだ」

「私のラボさ」

「ラボ?」

「そ」

 

 それっきりまた黙ってしまった。簪と顔を合わせて見るがさっぱりわからない。こんなところにラボがあることもそうだが、学園の敷地内に構えていることもまた謎だ。

 

(待つしかないか)

 

 癖で高圧的な態度になりがちな私だが、立場で言えば圧倒的に不利だ。

 まず、呼ばれたのは簪であって私ではない。そしてその簪ですら教えてもらうという体で呼ばれている。気分一つ変わって帰れと言われれば帰らなくてはならない。どんな意味であっても、篠ノ之束と張り合えるのは不可能だ。

 

 何としても情報が欲しい。その為には癪ではあるが言うとおりにするしかない、か。

 

 そこから更に数分歩いたところでようやく篠ノ之束は歩みを止めた。

 

 少し開けた場所で、砂利や人間大の石がごろごろとそこかしこに転がっている。隙間からは雑草が生え、石を蹴り返してみれば苔でびっしりと埋め尽くされていた。長い間人が訪れていないのだろう。

 視線を上げれば、この広場の中心に堂々と立つ樹齢千年を超えるであろう大木。ここが開けているのはこの大木の根が張っているからか。幹には大きな縄――注連縄が巻かれている。

 

「御神木?」

「みたい、だな。ここは学園を建てる前は無人島だと聞いていたんだが……」

「そりゃ大嘘。植物が勝手に縄を編んでグルグル巻くわけないじゃん。それに、今まで来る途中だって人の手が入っていたところは幾らでもあったんだよ?」

 

 ……言われてみればそうだ。学園生は立ち入りを深く禁じられており、破った場合は織斑千冬から手痛い折檻が待っているほどだと聞く。そもそもこんな山奥に用は無いのだから生徒も教員も来ないはず。なのに、石を切って積まれた階段や、風化して文字も読めなくなった看板がなぜ存在するのだろうか?

 

「………間引かれた?」

「簪?」

「なるほどねぇ。勘のいい子は好きだよ」

「何だと?」

「なぁーんでもない! さぁ、ようこそ! 私のラボへ!」

 

 さっきのはなんだとか、どこにもないじゃないかとか、色々と言いたかったが、その前に篠ノ之束はパチンと指で音を鳴らし、その瞬間地面が一瞬だけ揺れた。

 

「地震か!?」

「ち、違う! 弐式からの反応は無かったよ!」

 

 ISは本来宇宙航行と惑星探査の為に作製されただけあって、気候や地質に対するセンサーが多くとりつけられている。時代は軍用化の風潮に染まりつつあるため外す国が増えてきているが、どうやら打鉄弐式はそのままの様だ。恐らく、日本は四つのプレートが重なる場所にあり地震大国と呼ばれているからだろう。次世代量産型のテストモデルならではとも言えるが。

 

 つまり、人工的な揺れ。連続して揺れない事が何よりの証拠だ。

 

 そしてもう一度大きな揺れが一瞬だけ起きる。今度のは震度六ぐらいあったんじゃないだろうか? 地面から弾かれたように身体が宙に浮いた。殆ど反射的に両手両足を使って体勢を整える。簪は揺れが来るのを分かっていた為に、タイミングを合わせてジャンプしていた。

 

 文句を言ってやろうかと顔を上げると、御神木が割れていた。

 

「な……」

 

 より具体的に言えば、近未来的なエレベーターのように幹の部分が開いていた。見た目は年季を感じさせる大木が、文字通り開けば機械だったと。

 

「とりあえず、お茶しない?」

 

 してやったりといった顔の篠ノ之束は、くいっとカップを傾ける仕草を見せた。

 

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 某お掃除ロボットのような円形がお茶を運んで来ては戻って、また現れてはお菓子を持ってきて戻って行った。現行の科学力ではあんなものは作れないはずだが……流石と言うべきだろうか。

 

 エレベーターに乗って地下に降りると、ちょっと豪華な一軒家といった内装の部屋が待っていた。テレビの電波は普通に届くし、電気も来ている。携帯に至っては圏外になるどころか自室よりも電波の入りが良い。この空間だけ数年先の未来にタイムスリップしたような感覚だ。

 

「お待たせ」

 

 ふかふかのソファに簪と並んで待っていると、数冊の本を両手で抱えてきた篠ノ之束が現れた。どすん、と重たい音を響かせて机に置く。

 

「あー重かった。とりあえずそれ分かるまで読んで」

「は?」

「私の技術を教えてあげるって言ったじゃん。ただ、その前に最低限理解してもらわないと困ることが幾つもあるわけ。だからそれ読んでってこと」

 

 手をぷらぷらと振りながら気だるそうに話す篠ノ之束を余所に、置かれた本の山から一冊手に取って開いてみる。

 

「…………おえ」

 

 吐きそうになったのでそっと閉じて簪に渡した。技術畑でもない私には縁があっても理解できそうにない。

 

「あ、読んだことある」

「へぇ?」

「タイトルは確か………『机上理論の電脳世界』。私、この本を書いた人のファンなの」

「凄いのか? その………」

「筆者は『美空椿』。そんなに有名な人じゃないけど、この人の作品はとても凄い。無名だけど、科学者としての力量は世界でもトップクラスのはずだよ」

「そ、そうか」

 

 アニメやゲーム、兄さん絡み以外でこんなに生き生きとした簪を見るのは珍しいし久しぶりだ、こと工学に関しては毒舌になりがちな簪がここまで言うのだから、相当な人物なんだろう。

 

「で、なんでこの本があるんだ? かの篠ノ之束も一目置くほどの科学者なのか? まさか貴様が書いたわけではないだろうな?」

「うん、私が書いたよ。美空椿はペンネーム」

「………」

 

 開いた口が塞がらないというのはこの事だ。冗談半分て言ったことがまさか的を射ているとは………。

 コアの製造を拒否している時点で自らの技術を晒す気が無いのは明らかなのに、わざわざ本という形にして販売するなんて想像できるか。

 

 やはり、よくわからない。

 

「………ぁ」

「簪?」

「握手してください! あとサインも!!」

「………わぁお」

 

 しかし、簪にとってはどうてもいいようだ。いつかついて行ったどーじんしとかいう薄い本の即売会を上回る気迫で篠ノ之束に迫っている。

 満面の笑みで祈りを捧げるように両手を握り、身体を乗り出して机を飛び越え目の前で正座した。

 

「な、何さ。束さんはそういうの好きじゃないんだけど?」

「美空椿が出した本は全て初版で買いました! 一字一句本の内容を覚えてますし、理解もしているつもりです!」

「そ、そうなの? いや、でもねぇ」

「特に感動したのは二冊目の『火器管制』と三冊目の『技と操』で、あれを読んだから代表候補生になろうって思ったんです!」

「え、えぇー。そんなこと書いたっけなぁ……。因みに読んでどう思った?」

「発想ですよ! 当時は第二世代型が漸く発表されたというのに、内容は第四世代相当のものなんですから!」

「あ、わかっちゃう? 」

「分からないのが理解できません!」

「だよねぇーーー!!」

 

 ………流石の天才も、簪の全開モードには逆らえなかったようだ。褒めちぎられて有頂天のようだし、意外と純粋な好意には弱いのかもしれないな。

 だがまぁ、仲が悪いよりはずっといい。相手が相手だが、簪にはああやって素直に議論を交わせる相手は今まで一人もいなかった。研究所は男ばかりで近づき辛いし、楯無は整備や工学系に明るくない。私も初歩的なところは齧っているが簪達本職にはついていけるほど理解はできなかった。楯無曰く、向き不向きがはっきり分かれる分野だとか。

 

「でねでね――――」

「ゴホン! そろそろいいか?」

「あっ………うん………」

「ちぇ~」

 

 更にヒートアップしそうな雰囲気だったので止められるうちに止めておいた。二人には申し訳ないが、続きは先に済ませることを済ませてからにしてもらおう。許可を貰ったとはいえ授業を抜け出して来ているわけだし、だらだらと過ごすつもりはない。

 簪は顔を真っ赤にして俯き、篠ノ之束はぶーぶーとタコの様な口にして文句を垂れ流している。

 脱線したが掴みは好調。少なくとも簪の評価は高いな。

 

「で、本を読ませるのか?」

「やっぱりいいや。さっきのでどれだけの知識と技術があるのかは大体わかったしね。将来有望な子で助かる助かる。次からは早速色々と教えてあげようじゃないのさ」

「よ、よろしくお願いします……」

「よろしくお願いされましょう」

 

 こちらこそ。いえいえこちらこそ。取引先の会社員とお辞儀合戦するように頭を交互に下げる様子を横から見るのは実に珍妙な気持ちだ……。

 

「なら私から聞きたいことが―――――」

「君達の目的は二つ。一つ、“篠ノ之束と接触し好感を得、パイプを作ること”。二つ、“森宮一夏の情報を手に入れること”だよね?」

「……そうだ。偶然ではあるが、一つ目の目的は達成したと思っている」

「聞きたいのは二つ目でしょう? いいよ」

 

 すっと立ち上がった後に、ポケットから取り出したリモコンを操作する。風景を映し出していたスクリーンの画面が切り替わり、兄さんと夜叉の情報がずらりと並んだ。

 

「私が彼に興味を持ったのは、ISに乗っているからって言うのもあるんだけど、夜叉と呼ばれている機体のコアに理由があるんだ。あれは“ナンバー”っていう特殊なコアでね、私が心血を注いで作った十個の内の一つさ。その内001と002の二つは最初期に作製したから“プロトコア”って呼んでるよ」

「ナンバー、か」

「あの………最初は一夏が織斑一夏だってこと、気付いていなかったんですね?」

「うん。見た目が変わってビックリした」

「………それを見て何も思うことはないのか?」

「あるよ。吐きすぎて喉が痛くなったし、数日はロクなもの食べられなかった」

 

 ………意外だ。てっきり「それが?」といった軽い返しを想像していただけに。昔のこいつは兄さんを嫌っていたし、今でも有象無象には興味を示さない。むしろそんな連中よりも嫌われていたと記憶しているんだが。

 

「ふん、流石の篠ノ之束も人体実験には面食らったということか」

「そうだね。当時の私はまだ高校卒業したばかりで若かったもんだよ」

 

 罪悪感もなく、自覚も無ければ首をもぐ勢いで顔を殴ってやるつもりだったんだがな。篠ノ之束なりに、成長したということか。

 

「謝罪と贖罪の遺志はあるってことで、今は流してもらえないかな?」

「……遮ってすまない。続きを」

「………二つのプロトコアの内一つは行方がわかってたんだけど、二個目―――夜叉のコアは全く足取りが掴めなかったんだ。ネットワークから切り離されてたんだよ。それがある日いきなり反応が表れたもんだから大騒ぎさ。それから私は、彼のことを探るためにログやネットワークを介して、少しずつ情報を集めて、彼を追うことにした」

 

 夜叉を手に入れてからの事はある程度把握されているというわけか。失踪から施設に入って森宮で暮らしていた期間も探りは入れられていると見るべきだな。

 

「学園や臨海学校先で無人機をけしかけたのはお前か?」

「どちらもNOさ。あれは亡国機業の仕業だよ。詳しく話そうか?」

「お願いします」

 

 ピッとスイッチを何度か押すと、パソコンのデスクトップのような画面に切り替わり、幾つもあるフォルダの中から一つを選んで動画が再生された。

 内容はクラス代表のトーナメント決勝戦。懐かしいな、まだ半年しか経ってないのか。

 

「仮称『ゴーレム』。知っての通り無人機だね。随分とチャチなもんだけど、凡人共にしては中々マトモな出来上がりかな。使用されていたISコアはあおにゃんがこっそり奪って会社に持っていったっぽいよ」

「あおにゃん?」

「……もしかして、蒼乃さんじゃない?」

 

 あおにゃん。

 ………ぷっ、似合わない! 可愛いけど全然似合わなさすぎる! 顔を真っ赤にしているところまで想像できるが姉さんの雰囲気には欠片も似合わないだろ!

 

「マドカ、笑いすぎ………」

「いや、だって、あおにゃんって………はははっ!」

「もう……すみません、続きを」

「ほいほい。ガワの方だけど、ちーちゃんが回収してこの学園のどこかにあると思うよ。アレ自体には特に目立つ物があるわけじゃないから、いくら調べても成果は無いだろうけどね」

「そこだ。無人機がなぜ存在する? 既存のISと大きな違いは見られず、それで在りながら人間からの電気信号を必要としない。矛盾していないか?」

「全然。考えようはいくらでもあるじゃないか」

 

 ポチポチとスイッチを押すと、画面が切り替わり動画ではなく記号がずらずらと並ぶ画面に変わった。

 

「いつも思っていたんだけど、君ら人間は定義を勘違いしているよ。“ISコアを搭載したマルチフォームスーツ”じゃなくて“ISコアを搭載し、人間が装着するバトルスーツ”ってね。無人だからこそできることはたくさんあるのに、君らは危険物としか見ていない」

「しかしだな……現実に連中は攻撃してきたんだぞ?」

「そんなの私の知ったことじゃないよ。それをどう扱うのかはいつもその人間次第さ。リモートによる遠隔操作もあれば、AIを搭載した無人機型もある。これら全て私自身がそう発展するように改良の余地を残していたんだ」

「な、なんでですか? 制御を誤れば危険なのに……」

「確かに。でも、何度も言うようだけど、ISは兵器として作ったわけじゃないからね? 宇宙開発が本来の目的だってことを前提に考えてみてよ」

 

 リモコンが操作され、画面が再び切り替わる。映し出されたのは文字の羅列ではなく、よく見慣れた数枚の写真だった。

 海、山、空、谷、洞窟………そして宇宙、月。

 

「絶対防御って言っても、100%命の安全を保証するものじゃない。零落白夜の様に超威力を秘めた武器や単一仕様能力なら人間の身体を絶対防御ごと真っ二つにできるし、そうでなくとも貫通されれば生身の体に傷がつく。まぁ、絶対防御が突破された時点で人間死ぬんだけど」

「なるほどな。人間が装着したISでは行動しづらい場所を開拓する為か」

「正解」

 

 絶対防御の話でピンときた。

 超高速の移動でもISならばGをある程度は消せるし、戦車の砲弾やイージス艦のミサイルだって屁でもない。搭乗者の安全を確保してくれる機能だが、名前と反して絶対ではない。エネルギーが無くなれば発動しなくなるし、絶対防御で打ち消せなければそのまま攻撃が身体へ通ってくる。

 

 今スクリーンに映っている場所はいいヒントだ。

 

 深海は水圧によってあらゆるものをひしゃげさせる。

 火山から吹きだすマグマは海ですら燃やし尽くす。

 乱気流は制御を奪い、大気は隕石ですら燃える。

 断崖絶壁から抜け出す術は無いに等しく、助けも無い。

 極低温の暗闇は体温を急激に奪い、凍えさせる。

 真空空間でどう足掻いても人間が生きることは不可能。

 

 そうなると考えられる、或いは分かっている場所に誰が行く? 誰が送りだす?

 そんな時の為の無人型だろう。人的被害を最小限に抑え、安全性を最大限確保できる。災害時の救助にも上手く活用できるだろうし、戦闘用という分類から外れれば思っていたよりも使い道が多い。

 

「なるほどな。では、臨海学校のあの群れはどうだ? アレだけのコアは生産されていないはずだ」

「アレはISじゃないよ。ISの技術が応用されているのは確かだけど、コアに相当するパーツもなければ、ISの様に便利な機能も安全性も無い純粋な兵器」

 

 非常に見覚えのあるマシンがでかでかと映し出される。シンプルなデザインの一つ目だ。

 

「調べた結果、この機体は『クーガー』っていう名前だって事がわかった。他にもいくつか種類があるみたいだけど分かんない。ただ、“コイツら”が作っているこの人型マシンのことを全部ひっくるめて『ブラスト・ランナー』………通称ブラストって言うことは分かってる」

「組織の名前は?」

「さあ?」

「さあ? って………」

「連中の名前なんてどうでもいいんだよ。仕掛けてくるなら返り討ちにすればいいだけじゃん」

「そう、なる………のか?」

「……たぶん」

 

 もう何も言うまい。別の話だ。

 

「……お前は、銀の福音が再暴走する前に兄さんと接触したな?」

「うん」

「知っている限り、その時の状況を教えてほしい」

「ほいさ。ぽちっとな」

 

 テレビの電源ボタンを押すような気軽さでスイッチを押すと、ブラストのスペックがずらりと並んでいたスクリーンは先とは別の動画を流し始めた。

 

 アレは……夜叉?

 

「録画していたのか?」

「福音を捕まえるついでに無人機捕まえてって頼んだのさ。篠ノ之束から、森宮家へ。ちゃんと対価も払っているよ」

「……そうか」

 

 勝手な我儘や脅迫まがいの事をしていたと思っていたが違うのか。……ここ数年、何があったのかは知らないが篠ノ之束は以前とは全く別人になっている気がする。凡人に何かをお願いする、謝る、教える、協力するなんてことは絶対にする奴じゃ無かった。こっちは気楽だし、簡単に話が進んで助かるんだが、以前の奴を知っている者からすれば違和感が半端じゃないぞ。

 

 ブラスト単体の性能はそれほど高くはないようだ。一対二十と物量で勝っているにもかかわらず、圧倒しているのは夜叉。だが、いつの間にかどんどん数は増えていき、桁が一つ二つと上がっていく。じっと見ていて気付くのが遅れたが、画面は無人機で埋め尽くされており夜叉は全く見えない。撃墜された無人機の爆発で、そこに夜叉がいるとようやく気付けるほどだ。

 

 シールドを剥がされ、徐々にダメージが蓄積されつつある中でも怯むことなく数を減らしていく様は正に神話で名高い鬼神そのもの。魔剣が振られる度に三機が両断され、妖刀が閃けば微塵になり、両の手で貫かれる。疲れと焦りは見えるが、少しの衰えも見せずただひたすらに敵を屠り続けていた。

 

「一夏……」

「この時は……多分二千機ぐらいここにいたんじゃないかな?」

「二千……だと? それだけの戦力が一体どこに?」

「さぁね。それは実際に見ていた彼じゃなくちゃ分からないよ」

「……お前でも分からないのか?」

「突然現れては、突然消えた。それだけさ」

 

 織斑も言っていたが、空間移動の技術も持っているということか。厄介な。

 

「あっ……消えた」

「ここでカメラが流れ弾に当たって壊されたんだよ。だから私が知っているあの日の戦闘はここまで。悪いね」

「……いえ、ありがとうございます」

 

 ブツンという音と共にブルースクリーンに切り替わってしまい、簪は残念そうにうつむいた。

 

 しかし、アレも大切な情報だ。少なくとも亡国機業が関わっていることは分かったし、アレだけの無人機を所有している事も分かったんだ。戦力差には涙が出るが、知ることができたのは幸運だろう。これからの見通しが立てやすくなる。

 

「さて、他にはあるかな? 今なら答えてあげなくもないけど」

「………あの、いいですか?」

「ほい」

「博士の目的は、何ですか?」

「科学者の目的なんて研究しかないじゃないか」

「それは嘘」

「……簪?」

 

 ああ、いつもの予言めいたやつか。今回はどちらかと言えば直感に近いな。初対面同然の相手にここまですっぱりと言えるのは、それだけ美空椿=篠ノ之束という存在が簪の中で大きいからだろう。

 

「人間としての、女性としての、篠ノ之束の、目的が、あるはず、です」

「……どうしたのこの子?」

「あとで教えてやるから、今は正直に答えろ。それがお前の為になる」

 

 ぶつりぶつりと言葉を区切りながら、はっきりと簪は口にする。一種のトランス状態だと私は解釈しているが、詳しいことは兄さんや楯無しか知らない。こうしている間にも意識はあり、本人いわく「ひどくクリアでよく見える」そうだ。

 

 少しだけいぶかしむ様子を見せるが、聞きいれるつもりか、表情を正してこう答えた。

 

「今も昔もそこだけは変わらないよ。ソラに憧れたあの頃のままさ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50話 「私の弟と妹を傷つけるのは許さない」

ギリギリセーフ! 元旦に何とか間に合いました!
ハッピーニューイヤー! 明けましておめでとうございます! 正月にこんなサイトを覗いてる人がいるのか気になりますが、寝正月という言葉もありますし、読んでいただけるのは嬉しいので気にしません

本当は31日に区切り良く50話で締めたかったんですけどね………ええ、ガキ使の魔力には敵いませんでした。まぁ、キリの良いスタートを切れたと思って今年も頑張ってまいります!

今後ともよろしくお願いしますね♪


 篠ノ之束は短くてもキャノンボール・ファストが開催されるまでは学園内に滞在すると約束した。開催まで残り一ヶ月と考えると極僅かな期間であるが、逆に篠ノ之束が一定ヶ所に一ヶ月もとどまり続け尚且ついつでも会えると考えればどれだけ異常なことかは誰にでもわかる。加えて面会可能な人物は極僅か。余計な人物に邪魔されることなく、これからの一ヶ月を有意義に過ごせることだろう。個人的なパスは得られたので、一先ずはキャノンボール・ファストに集中することにした。

 

 この競技は高度なテクニックが要求されるため、本来ならば二年生から参加可能とされていたが、今年は異常な数の専用機が一年にあつまっていることから、特例として一年専用機持ち生徒だけの特別レースが設けられることになった。残念ながら、一般生徒は来年までお預けである。なればこそ、より一層気を引き締めなければならない。

 

 ここを狙って連中が仕掛けてくる可能性は十分にあるのだから。

 

「篠ノ之博士とのお話はどうでしたか?」

「協力を得られるようにはなった。最低限の信頼を確保したというところか」

「まぁ。素晴らしい成果ではありませんか」

「本音を言えばもう二、三歩ふみ込みたかったんだが、あの天災相手にそれは贅沢かな」

「仰る通りで」

 

 山中のラボから学園内に戻って来た後、篠ノ之束に割り当てられた研究室へと簪はついて行った。いつでも行けるように場所の確認と、簡単にレクチャーを受けてくるそうだ。ついて行こうとしたが、流石に授業に出ないと拙いと諭されて戻ってきた次第である。随分と長話をしていたらしく、教室棟に戻ってきた頃には昼休みに入っていた。

 このまま四組に戻っても質問攻めに合うだけで少し面倒だったので、教室には寄らず学食に来たところで桜花とばったり鉢合わせて今に至る。

 

 先に注文を済ませて昼食を預かり、二人掛けのテーブルに座ったところだ。

 

「私個人が直接お会いできないのが残念でなりません」

「私や簪と一緒に行ってみたらどうだ?」

「博士が簪さん個人を指名したのは手駒を得るためであって、私達の様な親近者と面会する為ではありませんよ?」

「向こうはとっくにこちらの思惑に気付いている」

「分かっていても不快なものは不快です。好印象を抱いたままでいてもらうためには、博士の場合不用意に他人を近づけるのは得策ではありませんよ? 私も、ラウラさんも、ベアトリーチェさんもです。ああ、楯無様は御挨拶に伺うべきでしょうけど」

「とっくに済ませているだろうさ」

「それもそうですね」

 

 パキっと割り箸を縦に割って「頂きます」とお辞儀。私はそこまですることは無いが、桜花にとってはこれが素だ。廊下ですれ違うときでもきっちり腰を曲げてお辞儀を返すし、微笑みかけてくるときはことんと首を傾ける。こいつと二人でいるとそうしなければならないような錯覚に悩まされるんだよな………。

 かき揚げに少しだけ汁を吸わせてさくっと頂く。うん、美味い。やはりかき揚げはサクサクが一番だな。

 

「簪様に見つからないようにお気をつけを」

「簪なら今頃篠ノ之束と一緒にお勉強中さ」

 

 かき揚げ蕎麦とうどんを食べる時に毎回口論になるんだよな……サクサクかべちょづけ――もどい全身浴か。蕎麦かうどんかでも対立する。

 

「今後の御予定は? やはりキャノンボール・ファストでしょうか?」

「ああ。新作パッケージがBBCから届く頃だし、スピードホリックのリーチェと勝負できるいい機会じゃないか」

「今の所、ベアトリーチェさんのステラカデンテに対抗できそうなのは織斑さんの白式・天音と篠ノ之さんの紅椿だけですね」

 

 二次移行を果たした白式は武装が豊富になり速度系統が更に強化。特に見た目を引くのが強化された大型スラスターと銀の福音そっくりの翼『雪風』。ACクラスの速度と繊細な飛行をたったひとつで可能にした高性能スラスターと言える。これがばら撒く粒子がクラッキング効果を持っている為に継戦能力もある程度向上した。

 篠ノ之束が自ら手掛けた現行の機体全てを凌駕する最強の第四世代型が紅椿。展開装甲は攻防走全てを実現させる、設定次第で幾らでも姿を変え進化する機体だ。本人が近接戦闘を得意としている為に近接寄りの武装だが、遠距離武器も充実しているので隙はない。機体には、だが。生憎と篠ノ之はまだ初心者の域を出ておらず、機体の性能に振り回されている場面が多々見受けられた。アレを真のエースが使用できないことが悔やまれるが、アレを乗りこなした時、大きく化ける事になりそうだ。

 

「新パッケージ、どうです?」

「悪くないぞ。今回は如月の技術も混ぜたハイブリッドパッケージだからな。秘策も用意してある」

「ふふっ、楽しみにしています」

 

 ちゅるちゅると左手で髪を抑えながらうどんを啜る姿はとても似合っている。……言い方を変えるならば、桜花には何をさせてもエロい。

 

「そういえば聞いたぞ。お前、如月の新型に乗るそうじゃないか」

「あら? どなたが漏らしたんですか? 随分と口の軽い方が居られたものですね」

「否定しないのか」

「マドカさんに隠し事など通用しませんもの」

「私はそんなに鋭いか?」

「正直に言うと、無自覚で鋭敏な感覚も持つ人は私が苦手とするタイプの人です。常に核心をついてこない辺りがやりづらいんですよね……マドカさんが苦手と言っているのではありませんよ? むしろ大好きです。ライクではありません、ラブですよラブ」

「二回も言うな。恥ずかしい」

「受け入れてくださるのですね。嬉しいです」

「馬鹿を言うな。お前は女だろうが」

「近親相姦に萌えるマドカさんなら百合なんて朝飯前でしょう?」

「どういう理屈なんだそれは………」

「一夏様を狙っていることは否定しない、と」

「別に隠すほどのことでもない……じゃなくて、話を逸らすな」

「あらあら」

 

 バレてしまいました? と言いたげなにやけ方がムカツクな。付き合いもそれなりにあれば分かるし慣れる。

 

「入学したころ、クラス代表トーナメントで乱入してきた無人機を覚えていますか?」

「ゴーレムの事だな」

「あれはゴーレムという名前なのですね。篠ノ之博士から聞きましたか?」

「ああ。亡国機業がISコアを用いて作成した無人機のことらしい」

「覚えておきましょう。で、その無人機のISコアは破壊されたことになってるんですけど、実は蒼乃姉様がこっそり懐に隠したんですよ」

「そんな話を聞いたような聞いていない様な……とにかく、如月に横流ししたわけだな?」

「研究用にということで提供を受けたんですけれど、どうも組んでみたい機体があるとかなんとか。偶然私と相性が良かったそうで、テストパイロットを務めることになりましたの」

「……そう言う事にしておいていやる」

「ふふ、賢明な判断です」

 

 それは私の確信を裏付ける物言いだぞ? こいつ、如月を脅して専用機を組ませたな。当然桔梗と忍冬をメインにした……三癖もありそうな奴が出来そうだ。どんな仕上がりになるのか楽しみだが……正直桜花は生身でも私とほぼ対等に戦えるレベルで強いので戦いたくない。私の中の敵に回してはいけない人間の内一人に数える。

 

「キャノンボール・ファストには間に合うのか?」

「勿論ですとも。というより、マドカさんは既に見えていますよ」

「何? もう完成していたのか!」

「先月ロールアウトしたばかりです。福音戦に間に合わなかったことが悔やまれますわ」

「ああ、夏休み中だったか。しかし……どれが待機形態なのかさっぱりなんだが?」

「分かりませんか? あぁ、一夏様なら一目で見抜いてくださる筈ですのに……」

「それは次に兄さんと会った時にでも聞け。私には分からん」

「あらあら。それでは特別に見せて差し上げましょう、ちょっとだけですよ?」

 

 桜花は両の掌を胸の前で合わせてにこりと笑う。

 

「なっ……!」

「御存じありませんの? それでは気付きませんか」

 

 にこりと笑った時に閉じた目がゆっくりと開くと、左目が人のものではなくなっていた。

 桜花の目はとろけるような赤だったが、左目だけが瞬きをした一瞬のうちに金色へと色が変わっていた。怪しく輝き、頭の中をかき乱すような錯覚を覚える。舌が痺れる。手が震える。まるで何かを吸い取られているみたいだ………あぁ、寒い。寒い、寒い寒い寒い寒いさむ―――

 

「ここまでです」

「……………っはあっ! あ、か、ぁっ……っく!」

「深呼吸して落ち着きましょうか。ひっひっふぅー」

「……それは出産時の呼吸法だ……」

「冗談に答えられるなら大丈夫ですね」

 

 もう一度桜花が瞬きをすると、目の色は元通りの赤に染まっていた。同時に身体に起きた異常もすうっと引いていく。

 

「さっきのは何だ? 私に何をした? そもそもその目は何だ?」

「んー、目のことからお答えしましょう。これが私の専用機、『刻帝』の待機形態なんですよ。数年前のとある事件で失明しまして、今まで義眼を移植していました」

「……初耳だぞ?」

「私も驚きです。てっきり一夏様から聞いているものとばかり」

「兄さんが絡んでいるのか?」

「お慕いするようになったきっかけですよ」

「ほう? 是非とも気になるな。また後で聞こうか」

「目の話でしたね。私に似てお茶目な子でして……からかったりおちょくるのが大好物みたいなんですよ。刻帝特有の限定待機形態とでも言いましょうか。五感から直接相手の脳や神経を刺激して催眠をかけます。今回のことで分かりましたが、流石のマドカさんでもこれは堪えるようですね。これなら安心です」

「………実験台扱いされるのは癪だが……まあいいか」

 

 とにかく、失明した左目に義眼を移植していたが、今回の専用機作製にあたって左目に待機状態のISを埋め込んだと。

 

 ……ということは、ISコアが左目の中にあるのか。桜花には悪いが少しグロテスクに聞こえる。

 

「何故わざわざ目に? 義眼のままでも構わないだろう?」

「それは…………また後日にしましょうか。昔話でも語った時にお話しますよ」

「む、忘れないぞ?」

「私が覚えておきます」

 

 聞くなと言うことか、珍しい。わりと本気で嫌がっているようだし見逃してやろう。桜花は遠慮が無いが、私は寛大だからな。

 

 それからは他愛も無い話をしながら麺を啜って時間を潰した。年頃の女子らしくあのブランドの服は可愛いとか、あの店のアクセや髪飾りが欲しいとか、ようやくそんな話について行けるようになったので桜花とは昔以上に距離が縮まった気がする。服に気を使うようになったのも元をたどれば桜花にお洒落させられた事が始まりだし。

 特に盛り上がったのは先週の休みにレゾナンスまで買い物に行った時の話だった。別のアイスを食べる計画を今のうちに立てたり、季節が変わる前に気に入った下着を次の休みに買いに行こうと既に約束したり。こんな話も今では楽しくなれる。……下着と服の話は簪が居ないか気にしなければならないが。

 

「因みに今日の下着は黒のレースですわ」

「聞いていない!」

「そういうマドカさんもでしょう?」

「何故それを……」

「あら? あてずっぽうだったんですけど」

「…………」

「うふふ」

 

 今からでも追及してやろうか……!

 

 そんな昼休みだった。

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

 運よくレース仕様の第八アリーナの使用許可を得られたので今日はレースの特訓をすることにした。まだ新しいパッケージは届いていないので、今日は出せる限界の速度で感覚を掴むとしよう。レースなんて生まれて初めてだ。

 

 一年とは違って上級生は全員が参加する為、この時期はどこもかしこも訓練機だらけだ。ほぼ毎日訓練機は全て貸し出されているが、一つのアリーナにこれだけの数が揃うのはキャノンボール・ファストがこれまでのトーナメントとは違って特殊だからと言える。右を見ればラファールがスタートダッシュの練習を繰り返しており、右を見れば高度なターンテクニックを磨き続け、真横をブースターを増設した本番仕様の打鉄が通り過ぎていく。広いはずのアリーナだが、かなり狭っ苦しい。

 

 その中でとある一点が目立って見えた。

 

「あれは………!」

 

 IS同士がぶつかるとわりと面倒な事になるので慎重に機体同士の間を縫いながら近づく。

 

 視線の先では……楯無と姉さんがスタートラインにつま先を揃えて飛ぼうとしていた。

 

「姉さん、楯無!」

「あら? 今日から特訓?」

「そのつもりだったが気が変わった。姉さん、今まで心配していたんだよ? 大丈夫?」

「………ええ」

 

 楯無は最近会うし、今朝会ったばかりだからどうでもいい。

 だが、姉さんはあの事件以来一度も顔を見せてくれなかった。クラスを訪ねれば見透かされたように席を外しており、ならばと寮の部屋を訪れてもルームメイトに門前払いされ、放課後や授業外の時間にこっそり後をつけて見ようとしても足取りや残り香さえ掴めないまま二ヶ月が過ぎようとしていたのだ。

 傷が深いことは誰が見ても分かるし、立ち直るまで放っておくしかなかった。やつれていないか、いきなり発狂しないか、かなり心配だったんだが……平気そうで何より。

 

「今から軽くならすところなんだけど、一緒にやる?」

「それは嬉しい申し出だが、生憎とパッケージが届いて無くてな」

「大丈夫大丈夫、パッケージ使わないから」

「ならお邪魔しようかな」

 

 願ってもいない話だ。現国家代表二人と競える場面なんてそうそうない。ちょっと様子を見てから退散するつもりだったんだが……思わぬ収穫だ。

 楯無は兎も角、姉さんと訓練できることが珍しかったりする。人前で自分の技を見せるような真似はしないし、そもそも訓練に付き合ってくれること自体が少ないし……。

 

「マドカ」

「?」

「……強くなった?」

「ああ、以前の私じゃない」

「期待してる」

 

 ふふ、俄然やる気が出てきたぞ。

 

「ここは初めて?」

「一度だけ使ったことがある。コースは頭に入っているから心配するな」

 

 入学したての頃、一通り使用できる施設やアリーナは兄さんと回っている。専用機所持者に与えられる整備室は勿論、第一から第八までの全てのアリーナ、企業から譲り受けた試作品や新品の試作パーツ置き場に従来のIS歴史を閲覧できるデータベース。一番驚いたのはデータベースに収められている情報量の多さと購買の商品の豊富さだったが、アリーナの中ではこの第八が特殊な構造をしていたので印象に残っている。

 

 まだ生まれて十年ほどしか経過していないISだが、衝撃的なデビューとパワー、搭乗者のカリスマ性により世界に浸透している。だからこそキャノンボール・ファストとバトルと並んで非常に人気の高いものとして知られているのだろう。試験場として設置されたアリーナだが、この第八アリーナだけはまるでレースコースの様に作られており、どれだけキャノンボール・ファストが受け入れられ、ISにとって求められているのかが窺えた。

 

「なら大丈夫ね。蒼乃さん、今回だけは妨害無しの普通のレースにしません?」

「構わない」

「何? 本番では何でもアリの乱闘レースなのだろう?」

「ええ。でもね、練習の時から本番同様にしているとパーツの劣化も早いし機体にダメージとストレスが蓄積されるのよ。模擬戦とはまた違った激しい消耗がレースだけでも起きるわ。キャノンボール・ファストに限らず、超高速機動の訓練を行う際はなるべく戦闘を行わないのが定石なの。どうしてもやりたいときは最後の一回に持ってくるものよ」

「それに、本格的且つ純粋な競争は初めてでしょう? 変な癖をつけてほしくない」

「む、そうなのか。分かった」

 

 なるほどな、私はてっきり舐められているのかと思った。……いや、実際に舐められているのだろう。くすくすと笑う楯無の笑顔はどう見てもからかっているようにしか見えないからな。

 

 まだまだ知らないことばかりだ。兄さんならきっと知っていたのだろうに。恥ずかしい、実力を上げるばかりでは強くなれないということか。勉強を怠っているとは思わないが、無知を晒してしまっては意味が無い。これでは兄さんと姉さんに追いつこうなどと夢のまた夢。折角期待されているというのにな………。

 

「楯無、あまりからかってはダメ」

「はいはい」

「マドカ、本でしか得られないこともあれば経験しなければわからないことはたくさんある。私にも知らないことだってある、気負ってはダメ」

「………ありがとう」

「今日はよく喋りますね。御機嫌ですか?」

「二度と失うのは御免だもの。あなたもそうでしょう?」

「当然」

 

 本当に、敵わないな。遠すぎる。

 

「ねぇ、姉さん」

「何」

「今の兄さんは、敵だよ。自分の意志なのか、操られているのかは分からないけど」

「聞いている」

「斬れる?」

「斬る」

 

 姉さんは即答した。今まではタワーのシンボルをぼうっと眺めているだけだったのに、わざわざ私の方へ身体ごと向けて目を合わせて。

 

「一夏の目を覚ますために斬る。一夏を縛りつける物を斬る。一夏を操る糸を斬る。惑わせる愚か者を、敵を、組織を、物を、人を、国を、世界ですら私が斬る。一夏への傷は私の傷、一夏への侮辱は私への侮辱、一夏への嘲笑は私への嘲笑、一夏の苦しみは私の苦しみ。一夏が負うありとあらゆる苦しみや悲しみは、何よりも私の心を抉り、傷つける。私は私が傷つくことを恐れない。でも一夏が傷つくことだけは我慢ならない」

 

 その瞳が紅から金へと染まっていく。虹彩が開き、取りこんだ光が反射してキラキラと輝き始めた。

 桜花のことは知らなかったが、姉さんの事は知っている。感情が昂り、とある一定のラインを越えると瞳の色が変わり、暗闇の中の猫の様に光りはじめるのだ。兄さんから一度だけ聞いていたし、以前も一度だけ目にした。

 

 つまり、今の蒼乃さんは非常に珍しく抑えられないほどの感情が渦巻いている。それは………“怒り”に違いない。

 

「織斑千冬も篠ノ之束も委員会も関係無い。たとえ相手が誰であろうと、私の弟と妹を傷つける物は許さない」

 

 白紙を通して溢れ出る威圧感……プレッシャーは三人の間だけでなく周囲にいた生徒にまで伝わり、漏らすほどの恐怖を覚えたという。ISのコアすら震えあがらせ、多くの訓練機は原因不明のエラーを起こして大幅な機能低下に陥った。後日噂で聞けば、ソレは人から人へ伝播し学園全体が謎の重苦しさと息苦しさに包まれたという。

 

 その隣で平然とあくびをしていた楯無も十分化け物だが、何よりそんなものを抱え広げる姉さんはもう言葉では形容できない。これこそが世界最強の一角。

 

 ああ……なんて、なんて強く美しいんだろう。それでこそ姉さんだ。私が描く理想の人物だ。

 

 コアが熱い。言うな、見なくても分かる。お前も昂っているのだろう? なぁ、ゼフィルス。このままレースだけなんてヌルイまんまで終われるものか。

 

『二人と戦いたい』

 

 いきなり視界に文字が大きく表れる。決められたプログラム通りの表記じゃない、字と呼ぶにはお粗末な擦れた記号の集合体だが、私には……私だけには分かる。

 それがお前の本心か。いいぞ、付き合ってやろう。だからお前も付き合え。

 

「姉さん、楯無。やっぱり本番通りにやろう」

「いいのかしら? 自分からそんなことを言うなら手加減ちょっとだけしかしてあげないわよ?」

「構うものか。カッ飛ばして終わるだけなんて……楽しくないだろう?」

「うんうん、やっぱりあなたも蒼乃さんと一夏の妹ね。火が入ったら燃え上がる所とか、楽しくないとか言い出すところがそっくり」

 

 くつくつと楽しそうに楯無は笑うと愛用のガトリング内蔵ランス『蒼流旋』を展開して肩に担いだ。姉さんもいつの間にかナノマシンを周囲に散布しており、直ぐに生成できるよう臨戦態勢に入っていた。

 

「折角だから賭けをしましょう。負けたら今日の食堂のご飯驕りプラス好きなデザートを一品追加ってことで」

「デザート三つ」

「あ、蒼乃さん。食堂のデザートはわりとカロリー高めだけど……」

「その分今から動けば問題ない」

「さようですか……」

「楯無、私はケーキとアイスだ」

「マドカちゃん、まだ始まってないんだけど?」

「私はパフェとアイス」

「蒼乃さんまで止めてくれません!? ていうかパフェって結構可愛い趣味してまああああああああすいませんでした!!」

「よろしい」

 

 こんなに二人と騒ぐのは……福音事件の前以来か。入学してからはあの時期が一番楽しかったな。それもこれも、やはり兄さんがいればこそ。

 

 絶対に取り戻して見せる。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

「あれ? マドカどうしたの? 大丈夫?」

「ああ……賭けごとに負けてしまってな」

「どんな?」

「姉さんと楯無にキャノンボール・ファストの訓練をお願いしたんだが……叩きのめされてしまった」

「それで?」

「食堂で一番高いデザート二つと一番人気のあるデザートを驕ってきた」

「うわぁ………」

 

 壁を超えるのは、どうやらまだまだ先になりそうだ。

 




最近DAL熱が再燃してきたので、予想以上に狂三ちゃげふんげふんもとい桜花ちゃんは某原作寄りになってしまいました。ここまでやってしまうとね、もうね、どうやってオリジナル要素叩き込むのか……。

ああ、可愛いよオリキャラ達。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51話 CBF特訓風景 セシリア・鈴

CBF………キャノンボール・ファストの略称ということで一つ。多用していきます。

全員分やるかはさておき、少しでも尺をかせ………み、みんなの出番をですねぇ!!


「あー! やっと終わりましたぁ~」

「すまないな、面倒事を頼んでしまって」

「いえいえ、織斑先生に比べれば」

「では、もうひとつお願いしようかな」

「………なんですかこの封筒と分厚い冊子は?」

「私の代わりにこれを在籍している専用機持ちの所属先へと渡してきてくれ」

「はい!? 海外出張をしろと言うんですか!?」

「無論、ただでとは言わないぞ? 経費で落とせる範囲内であれば買い物もいい。本場のイタリア料理やドイツのスイーツなんてどうだ?」

「え、ええっと……」

「実に簡単な仕事だろう? 書類を渡して回るだけだ。ちゃんと渡してさえくれるのなら順番も気にしない。ボディーガードと通訳もつくし、教員用のラファールを待機形態にして持っていくことも許可しよう」

「……ええ~?」

「簡単に言えば、暫しのバカンスを楽しんでこい、ということさ」

「な、なぜ私なんでしょうか? 偉い方に会うのなら先生の方が……」

「会わない。フロント係にIS学園からだと伝えて渡すだけでいい。君にはいつも世話になっているからな、そのお礼だよ」

「お、おりむらせんせぇ……ぐしゅっ」

「おいおい、ここで泣かれても困るんだがな………」

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 さて、山田君にはゆっくりと休養をとってもらう事にしよう。いくら得意不得意があるとはいえ、いつまでも同じことで後輩にやらせる訳にもいかん。付き合いの長い相手なら尚更情けない姿を見せられるものか。

 

 というわけで、不在の十日間程は私が山田君の代わりに彼女の仕事をこなそうではないか。

 わざわざ本人から残っている仕事リストを渡されたことだしな。

 

 A4用紙につらつらと書かれている文字は全て仕事に関することばかりだ。重要度もピンからキリまで。教員歴は山田君の方が少し長いが、役職的には私の方が上にあたる。その内殆どは私も経験したことのあるものばかりだったので、心配しなくてよさそうだ。今までよりちょっとだけ忙しくなるだけだろう。

 

「む? こんなこともしていたのか」

 

 ・放課後の生徒の自主訓練の監督

 

 実に彼女らしい仕事だな。職員室に居ないことが多いと思ったらそういうことか。

 しかし、私にうまくできるだろうか? 口下手とは思わないが不器用でどうも付きっきりの指導は少し苦手なんだがな……。まぁ、私も教師だ、やらなければならん。というよりもできないままでいるほうが恥ずかしい。

 

「いい機会だ」

 

 私は授業を終えたあと、スーツからジャージに着替えてアリーナへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

「くっ………」

 

 もう一度、焦りと怒りを押し込んで集中する。

 マドカさんにも幾つかお話を伺いはしましたけど……他人の感覚なんてアテにはなりませんわね。

 

 日本の諺という教訓めいたものには"十人十色"という言葉があるらしい。噛み砕いて言えばみんな違ってみんないいといった内容だった気がする。

 私には……私とブルー・ティアーズには私達だけの撃ち方がきっとあるはず。国内の適性ランクは私が最高値を出しているから。そして現に技をものにしている人が近くに二人もいるのだから、私にできない道理はない。

 

「曲がれっ!」

 

 声に出してみても、結果は変わらず。あえてずらしたターゲットに当たることなく、ライフルから撃ち出されたエネルギーは真下五十三センチ地点に命中した。

 狙い通りの場所にピンポイントで命中したのは嬉しい。不動で集中できる時間があるのだから、私にとっては当たり前のことだけれど。

 

 ただ、そこは私が狙っていた場所であって、狙っていた場所ではない。

 

「何が間違っているというの……!」

 

 私は未だに“偏向射撃”を習得していないままだ。私の方が早く長くBT機に触れているにも関わらず、私よりも遅く短いつきあいのマドカさんにできるという事実が何よりも悔しい。

 理論ではいつだって実現できる。BT適正も十分にあり、技量は代表には遠く及ばずとも一発ぐらいなら成功したって良い程度は備えているのに……。

 

 まだ物足りないのですか? ブルー・ティアーズ……。

 

「精が出るな、オルコット」

「……織斑先生」

「今のはわざと外したのか?」

「ええっと……わざとと言えばわざとなのですけど……」

「ああ、偏向射撃だな」

「はい」

 

 ライフルを格納して、後ろから声をかけてきた人物――織斑先生と向き合う。実習時間の様にジャージ姿に竹刀を持っている姿は昔日本で流行ったすけば……いえ、何でもありませんわ。どちらにせよ威圧感があることには変わりありませんもの。

 

「どうしてこちらへ? 第五アリーナは射撃型特化のアリーナの筈ですが」

「先生なのだから、どのアリーナにいようがかまわんだろうが。お前の言いたいことは分かるが、私はお前達が思っているより射撃武器はちゃんと扱えるんだぞ?」

「い、いえ、そういう事を言っているのではなく……」

「どれ、少し見てやろう」

 

 そう言うと、持ってきた竹刀を壁に立てかけ、カードキーを端末に差し込んでパネルの操作を始めた。今まで使用していた仮想ターゲットが全て消失し、丁度五百メートル先に一つだけのターゲットが出現。その竹刀は何だったのでしょう?

 

「とりあえず、言うとおりに撃ってみろ」

「はい!」

 

 実際に先生がどれほど射撃の腕が上手いのかは分からないが、あの織斑千冬が一対一で指導してくれるというのだ。ISに関わるものならば発狂モノだろう。タイプが違うことなど百も承知で教えてくれるというのだ、どんと胸を借りよう。

 

「まずは一発だけでも撃てるように、確実に感覚をモノにしろ。速射、連射、コントロールはとにかく二の次だ」

「わかりました」

 

 ターゲット中央にライフルの照準を合わせ、トリガーに指をかける。今回は練習の練習、撃つことだけに集中する為狙撃モードに切り替える。

 機体から受け取る情報が大幅にカットされ、脳に直接スターライトMkⅢのスコープ映像が映し出された。

 

「上十三センチ、右五センチ」

「右二十センチ」

「左0.五センチ」

「下三十センチ、左七センチ」

「上六.二センチ――――

 

 それから数十回ほど指示通りにトリガーを引き続けた。時間にして僅か十分とちょっと。

 

「全弾ミリ単位でずれることなく命中。ふむふむ、まぁ分かっていたが精度は中々のものだ。試合であれば十分に代表とも渡り合えるだろう。ただし、今の様に狙撃に集中できる状況であれば、だがな」

「そうですね。それ以前に模擬戦公式戦で狙撃モードなんて使えませんわ」

「なんだ、狙撃モードを使っていたのか。当たって当たり前ではないか。まぁ、手を抜かないという姿勢は褒められるものだ」

「ど、どうもありがとうございます」

「次いくぞ。構え」

 

 構えと言われても、何時でも打てるようにと狙撃体勢を崩してはいないので意味はない。ただし、やはりこの程度の距離で狙撃モードは無駄過ぎるし、むしろ邪魔だ。これはキロメートル単位で使用するものですし。

 

「照準は常にターゲット中央。ただし、意識は私が指定する座標に向けろ」

「はい!」

 

 そして先程と同じようにトリガーを引く。しかし、放たれる弾はターゲット中央に吸い込まれるばかりで、先生が指定し、私が意識した座標には一ミリも近づく事は無かった。やっぱり曲がらない。

 

「ふむ、やはり変化なしか。オルコット、どんな練習をしていた?」

「わ、私ですか? とにかく曲がれと念じたり、先程の様に銃の照準と狙いの座標をずらしたりですけれど……」

「つまり、私がやっていることと大して変わらないと」

「はい」

「そうか、それは手間をかけさせたな」

 

 パネル操作を再び始め、私がさっきまで設定していたターゲット配置に戻された。差し込んだカードキーをしっかりとポケットに突っ込んで竹刀を手にとって私に近づき……ギリギリのところで面を寸止めされた。

 

「あ、危ないではありませんの!?」

「オルコット、お前はこの素振りをしただけの竹刀が伸びると思うか?」

「は?」

「いいから答えてみろ」

 

 そんなもの決まっている。何の仕掛けも施されていないただの竹刀……言ってしまえばただの竹を集めた棒が伸びるわけがない。急に成長をすることも無ければ、逆に折れてもいないのに短くなることも無いだろう。

 

「伸びません」

「素振りだけで砕けると思うか?」

「砕けません」

「素ぶりだけで折れると思うか?」

「折れません」

「素ぶりだけで曲がると思うか?」

「曲がりません」

「つまりそう言う事だ」

「………は?」

 

 ………どういうことでしょう?

 

「私が剣ばかり扱っているからこの例えを使ってみたんだが、やはり通じにくいな。では剣を銃で置き換えてもう一度質問しよう」

「はぁ………」

「非常に手入れされたお前が最も使いなれている愛銃を使って一発の弾丸を撃ったとしよう。なお、万全の整備が行われており、給弾不良も無ければ暴発もしないものとする。天候や環境に左右されない室内、何の設定も施されていないただの部屋だ」

 

 指を刺したり竹刀でつついたりはされないが、視線が私の手の中にあるライフルを指していた。確かに、私が最も信頼を置く銃はこのスターライトMkⅢを於いて存在しない。

 

「撃った弾丸がいきなり砕けると思うか?」

「思いません」

「撃った弾丸がいきなり変形すると思うか?」

「…思いません」

「撃った弾丸がいきなり曲がると、思うか?」

「………思い、ません」

「つまりそう言う事だ」

「………ええ、ええ。理解しましたわ」

 

 それはそうだ。砕けるものか、変形するものか、曲がるものか。“曲がれと思って曲がるわけがない”。

 なんて、単純な落とし穴。恥ずかしいことこの上ない。

 

「ではオルコット、一発だけ撃ってみろ。丁度延長線上にあるあのターゲットだ。原点から右へ五センチ、下へ十六センチ。照準は原点に合わせたまま、意識だけを指定座標に置け」

「はい」

 

 躊躇いなく、すっとトリガーを引く。こんどこそ間違いない。確信がある。今までの失敗からくる不安なんてカケラも無い。未来予知だってできそうだ。

 

 この一発は確実に―――

 

「オルコット」

「はい」

「“当たった”な」

「ええ。ようやく“当たりました”わ。ああ、どうしてこんなことに気付かなかったのでしょう?」

 

 なんてことはない。単なる思い違いだったというだけ。

 

 エネルギー的なものではなく火薬銃で考えてみよう。風で逸れることは当然あるし、手ぶれで狙いとは別の方向へ飛ぶことなんてザラだ。だが、明らかにくいっと“曲がる”ことだけは絶対にありえない。銃から吐き出される弾丸は、人が狙った先、銃口の向く方向へ進み、標的に“当たる”ことしかできないのだから。

 

 弾丸は“曲げる”ものではなく、“当てる”もの。

 

「銃によく知る者にしては珍しい引っかけにかかったものだな。いや、だからこそかもしれん。当たり前過ぎて気付かないことはよくあるものだ」

「全くですわ」

「お前がどのような解釈、制御したのかは私には分からない。それは口にできるものではないだろうし、それはお前だけの物だからな」

「大切にします」

「そうするといい」

「先生、ありがとうございました」

「礼を言われるのはおかしな話だな。お前が自分で勝手に引っかかって、勝手にスッキリしただけだろう?」

「う、しかし……」

「私は教師だ。教師は生徒の為にある。だから礼なぞ要らん。だが、言葉と気持ちは受け取っておく。おめでとう、セシリア・オルコット。お前は次の段階に脚を踏み入れた」

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

「あーもー!!」

 

 かーっ! むしゃくしゃするったらないわね!

 

「どこが違うのよ……こんな紙きれで分かるわけないでしょーが! 書いた奴出てこい!」

「呼んだか?」

「呼んだわよ! 大体ねぇ、こんな漢字とカタカナと英語が入り乱れてびっしり埋め尽くされてるような教科書(笑)で技術が身に着くわ…………け…………」

「どうした? 続きを言ってみろこの貧乳絶壁まな板クソガキ」

「同じこと三回も言うなぁぁぁ!!」

「ほう?」

「あっ!? い、言わないで……くださ………頂けると、非常に、ひじょーーーーに助かるんですよね?」

「ふん、まあいい」

「ほっ」

 

 助かった……奇跡、まさしく奇跡ね。生きていることがこんなにも素晴らしいなんて。

 

 第六アリーナで訓練中だった私の背後にいきなり現れたのは、ジャージ姿の千冬さんだった。顔が般若でねじ曲がった角が頭から生え、触れるだけで死ねる尻尾が生えているが間違いない。

 

「凰、何をしていた?」

「えっと、キャノンボール・ファストに向けて新しいテクニックの練習を……」

「ほう? その教科書とやらと関係のある話か?」

「割と……」

「ふむ。聞いてやろう」

「……わ、笑いません?」

「それは聞いてからだな」

「うぐ……卑怯な」

「そらそら」

「…………じ、じつは―――

 

 私の専用機、甲龍は近接戦特化のパワータイプ。素早さもあるにはあるが、白式の様にずば抜けたステータスは無い。安定性をウリにしており、本国が送って来たパッケージは確かに従来の甲龍を大幅に上回る速度を叩き出したけど、それは他の専用機も同じことだ。

 ペース配分さえミスしなければ終盤まで息切れしないのは私だけのはず。でもそれだけで勝てるほど、あの面子はヤワじゃないし、甘い競技でもない。たとえ他を抜いても、あの新型テンペスタにはどうあがいても勝つことは現状では不可能。

 

 そう、瞬間的にでもいいからACを越える出力が要る。となれば瞬時加速しかない。

 

「ああ、瞬時加速の練習か。で、どの瞬時加速だ(・・・・・・・)?」

 

 ただし、普通の瞬時加速ではダメだ。そんなもの今の専用機持ちなら誰だってできる。セシリアは分かんない。箒は……今はできなくても試合までにはモノにしてくる。テンペスタだって当然使ってくるはず。

 だからこそ、新しい瞬時加速が今の私には必要不可欠だ。

 

「多角瞬時加速と連続瞬時加速――

「ほう? 中々のチャレンジャーだな」

 ―――をミックスしてアレンジを加えた新しい瞬時加速……を、ですね……」

 

 開いた口がふさがらない、というのは正に今の千冬さんの様な表情だろう。珍しく、非常に珍しくぽかんと口を開けている。写メってみんなにばら撒きたいくらい珍しいシーンだ。これが世に言う“オフ”ってやつね。

 

 きっとゲラゲラ笑うに違いない。という私の予想は良い意味で外れた。

 

「そうかそうか! 中々どころではなくかなりのチャレンジャーだったか!」

「い、いやぁ……それほどでも」

 

 機動テクニックは幾つかある。その中でも瞬時加速はわりと高いレベルを要求されるんだけれども、その中でも特にこの二つは難易度が飛び抜けている。

 

 多角瞬時加速は、通常の瞬時加速と違って様々な方向へ飛ぶ技術。スラスターからエネルギーを大量に吐き出すのが瞬時加速であり、大半は背部の大型スラスターを用いて発動する。別に必ず主機動力のスラスター出なければならないという決まりはどこにもないので、脚部や肩の制御スラスターで使ったって良いわけだ。姿勢をそのままに、あらゆる方向へと高速で移動するのが多角瞬時加速。

 連続瞬時加速はもう読んで字のごとく、連続で使用するだけ。ただし、この連続使用がとてつもなく難しい。バカスカ使ってしまえばあっと言う間にガス欠になるし、そもそも更に増す加速度に身体がついて行けなくなる。戦闘を先の先まで見通した上で現状最も必要な量のエネルギーを使用する分だけで均等に振り分けて何度も何度も小出しにして瞬時加速する。通常を“大雑把に鷲掴みして大口開けて食べる”とするなら、連続は“全体の何分の一にも小分けして小分けして、少しずつ食べる”ということ。

 

 もしも、この二つをミックスさせることが出来たら……連続でありとあらゆる方向へ瞬時加速することが可能になる。

 

 ただし、問題点が幾つか。

 

 まずはエネルギー。いくら小分けにすると言っても、瞬時加速であることは変わりない。やはり消費量は大きいので、同時に使用するにしても切り替えながらにしても多用してはあっという間に試合終了だ。使いどころを見極めたところで同じこと。

 次に衝撃。幾らISに身を包んで装甲が守ってくれると言っても、人間の関節を逆に曲げることはできないように、限界は存在する。一定のGを越えれば安全装置が発動して強制的にブラックアウトするシステムはどの機体にも積まれているはずだ。私の機体だって例外じゃない。

 そして機体構造。そもそも、各所にスラスターが無ければ多角は成功しない。非固定のスラスターを移動させて使うことも可能ではあるけれど、それを戦闘中にするかと言われれば出来てもNOだ。

 

 がしかし、これらの問題点は甲龍なら全てクリアできる。

 

 エネルギーなら問題ない。燃費が良く総量も他の第三世代に比べれば豊富な方だ。私の匙加減次第だが、上手く配分すれば大丈夫。というかしなければならない。

 衝撃と機体構造ならPICと衝撃砲を使えばある程度の緩和、上手くいけば相殺も可能になる。機体には制御スラスターが無いけれど、スラスターを吹かす代わりに強力な衝撃砲で自分を撃って、微弱な衝撃砲で自分への衝撃を緩和すれば代わりにはなるはず。

 

 ただの小細工で終わるか、それとも化けるか、そこに辿りつく為にも早急に仕上げなければならない。

 

「成程。よく考えたな」

「でしょう!」

「詰めの甘さもあるが」

「うぐ……」

「砲弾で自分を撃つよりも、砲身を生成する際の工夫を用いた方が安全且つごたごたしなくて済むだろうな」

「というと?」

「自分を衝撃砲の弾丸に置き換えて考えて見ると良い。お前の悩みはそれで全部解消できるだろう?」

「………なるほどね!! さっすが千冬さ……織斑先生」

「ふん」

 

 危ない危ない。叩かれるところだった。

 

 しかしその通り。幾つもの工程を省くことが出来るし、安全だ。

 

 衝撃砲を撃つプロセスは――

 

 機体周囲の一定の空間を圧縮

 ↓

 圧縮された空間に指向性を持たせる形状へ変化。つまり、撃つ方向を定めさせる。

 ↓

 撃ちだす方向の極限定した一部分の圧縮を解除。そこから空気の弾丸が放たれる。

 

 ――簡単に言えばこう。

 

 千冬さんが言うように、自分を弾丸に見立てて機体周囲の空気を圧縮させれば、あとは弁を開放するだけで好きな方向へ高速で移動できる。速度も圧縮率で変動可能だし、機体や人体に過度の負担を毎回かけることも無い。火薬銃と同等の速度を出せる衝撃砲なら速度も十分だ、エネルギー消費も気にしなくて済むし普通の瞬時加速だって使える。というか、全部それで解決できる!

 

「多角と連続の練習も無駄にはならんだろうし、どうせだから出来るまでやってみろ。その上で衝撃砲を用いた瞬時加速モドキ……圧縮加速(イグニッション・エア)とでも呼ぼうか、を身につければ、今回の優勝はグッと近づくだろうな。何せ、通常のエネルギー系統と衝撃砲のエネルギー系統、二つのエネルギーで瞬時加速が使えるようになるのは圧倒的だと思わないか? 白式も真っ青だ」

「た、確かに……!」

 

 一機に一つのエネルギーが丸々二つ使える……つまり、二機分のエネルギーを持っていることと同義。

 

「完璧にコントロールできるようになれば……!」

「レースの間中ずっと瞬間加速で突っ走れることも不可能ではない」

 

 あの千冬さんの太鼓判を貰っちゃった……。

 

「やば……燃えてきた」

「その意気だ。私はこれで失礼するぞ、良いものが見れることを祈っているぞ」

「まっかせてください!」

 

 これで優勝は私の物よ……! 見てなさい秋介!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52話 CBF特訓風景 ラウラ・シャルロット


だいぶ悩みました。だってこの二人原作じゃ強いほうじゃん?


「くっ……」

 

 これで二十連敗か。織斑先生の凄さを感じるものの、今の目的にそぐわない結果に頭が痛いな。

 

 キャノンボール・ファストで使用するパッケージは、姉妹機に使われていた高機動型をそのまま使う為、特に慣らす必要はない。開発テストには私もよく付き合ったものだ、癖や特性など熟知している。

 シュヴァルツェア・レーゲンは白式や夜叉のように素早く動き回るタイプではなく、どっしり構えてじっくり戦うコンセプトの元に作製された機体だ。その為その他の機体に比べれば重量もあり、そんなレーゲンを他機と同等の速度を出させるこのパッケージの出力は並のそれとは訳が違う。そして火力まで強化出来るのだから、我がドイツ研究者はよくやってくれている。

 

 ただし、まだ届いていない。その為、変に身体を動かすよりも、基礎的な戦闘力向上に努めることにした。シュミレーターを使って、全盛期とも言える第二回モンドクロッソ時の織斑先生を相手にしてみたのだが……結果は見ての通りだった。

 

 学園には様々な最新機器が導入されており、このシミュレーターもその一つだ。実戦では到底使えない様な試作段階の武装等の仮想実験装置として、実際に作成する前の武装をデータで再現してからテストするのが本来の目的である。作ってから試した場合に行う修正の時間とコストを削減する為だ。

 そのついでとして、仮想模擬戦機能も付随している。あくまでも“ついで”であるため、高性能なものではないし現実の様に思い通りに動かす事はできないが、それを補って尚あまりあるプラスの要素がある。

 

 それが、過去の公式戦や記録された機体データと搭乗者情報を入力すれば、様々な組み合わせの敵と戦う事が出来る、というものだ。

 

 私の場合は、全盛期とも言われた織斑先生と愛機『暮桜』。

 

 だが、この機械に一夏や織斑秋介の情報を入力すれば、暮桜に一夏や織斑秋介を乗せて戦うことも可能になる。しかし、大体の組み合わせは失敗になるが………。当たり前の話だが、機体を熟知し、コアとの絆があってこその実力なわけで、それを別人にすりかえたところで同じ実力が出せるはずが無い。そんな芸当が出来るのはそれこそ織斑先生か、一夏と蒼乃さんぐらいだ。見ての通り、本当にオマケである。

 それもこれも要は使い方だ。現役を退き始めた第一世代、第二世代の専用機で活躍した搭乗者達と戦える機会はもう訪れることは無い。先生方にも企業や国家所属だったという人は多いが、誰もISには乗らない。彼女らの仕事は乗ることではなく授業の内容を考え、正しく次世代の子供たちを教育することだから。少し前に山田先生がラファールでちょっとした訓練をしたそうだが、ソレ自体がレアである。織斑先生などもっての外。

 

 使い方次第ではかなりお得なこのシミュレーターだが、実は殆どの生徒は存在すら知らない。私も軍でそう言うものがあると聞いていた程度で、実物を見たのはここが初めてだ。学園は仕入れたことを一応掲示板や生徒専用のサイト等でお知らせを出しはするものの、誰もそこまで見てはいないので認知されないまま稼働し続けているとううわけである。おかげ様でいつ来ても貸切状態で気兼ねなく使えるから私は満足だが、勿体ないな。

 

 説明はさておき、キャノンボール・ファストに一年専用機所持者が参加すると発表があった日以来、ずっとここに籠っては過去のエース達相手に挑戦しているわけだが………勝ち星は一つも無い。織斑先生だけでも今日だけで二十、通算で見れば軽く百は負け続けており、他にもヴァルキリー――モンド・グロッソ部門最優秀賞受賞者――にも挑んでは居るがやはり勝てない。私は最新の第三世代で、相手は旧型の第二世代だというのに、である。

 

 良いところまでは行くのだが………という言い訳もできないほどに、私は叩きのめされていた。

 

「私が弱いのか、それとも相手が圧倒的に強すぎるだけなのか?」

「そんなおもちゃで遊んでいるからだ」

「き………織斑先生」

 

 休憩がてらに席を離れてドリンクを飲んでいると、いつの間にか洗われていた先生に声をかけられた。相変わらず謎の竹刀を握っている。

 

 しかし、これをおもちゃと言いますか。

 

「なぜそれを使っている?」

「これは戦うことのできない相手との戦闘を経験することが出来るからです。現に、先生方の様な引退された方のデータも入っているため、便利であると考えます」

「その通りだが、それでもやはりそれはおもちゃだよ。私から見ればだがね」

 

 竹刀の先でこつんと機械をつつく。コン、と音が響くだけで特に何か起きるわけでもない。

 

「実戦と訓練が全くの別物だということは、お前なら言わなくとも分かるだろう?」

「はい」

 

 訓練はとにかく体力をつけて、技術の向上をはかり、知識を深めるために毎日行い続けた。一日休めば三日の遅れをとると耳にタコが出来る程酸っぱく言われている。

 実戦は訓練とは何もかもが違った。誰かが教えてくれるわけでもないし、決められた通りに事が進む事も無い。現状を把握するだけで精一杯だし、死なない事ばかり最初の頃は考えていた。いわばイレギュラーの塊。

 

「これが勝てないと判断すれば、百回やろうが千回やろうが結果は同じだ。決められた通りに事が運び、定められた結果に集束する。それに、全く感覚の違うもので何時間かけようがただのゲームでしかないぞ? モデルガンを使って実銃が撃てるようになるか?」

「……なりません」

「そういうことだ。これは私個人の考えだが、あながち間違っているとは思わない。実機を動かす事だけが訓練じゃない、もっと色々やってみるといいぞ。折角の第三世代(・・・・)なのだからな」

「なるほど」

 

 実戦で培ってきた感覚が損なわれるのは勿体ないし、自分に弾丸や刃が迫る緊迫感も無いのでは確かにおもちゃだ。有能な機械ではあるが、今は使いどころではないらしい。これはこれで良い経験を積めたので後悔は無いが。

 

「もう少し自分で色々と考えてみようと思います。ありがとうございました」

「ん、そうか」

 

 少し寂しそうな表情を一瞬だけ見せたが、考えを改めたように笑顔になると踵を返して去って行った。

 

 先生を見送った後、手に持っていたドリンクをゆっくりと飲んでからもう一度シミュレーターを起動させた。さっきまではこの機械内にあるレーゲンのデータを使用していたが、今度はコアを直結させて最も新しいレーゲンのデータを使ってもう一度織斑先生と模擬戦を行う。

 

 今の私では到底過去のエース達には届かないだろう。それこそ千回やったところで勝つのは不可能に近い。だが、千回やってダメなら万回やるまで。

 

 その為にも、現状の実力と今までに比べてどれだけ成長したのかという伸び具合を知る必要がある。自己暗示に近いものがあるが、明確なプラスの結果は人を伸ばす作用があることを経験したからだ。

 

「………ふむ。なるほどな」

 

 結果は先程と変わらず負け。連敗記録を更新しただけだが、得た物はある。むしろさっき以上に大きい。

 

 第三世代型。織斑先生はここを強調していた。

 オールラウンドな第二世代に比べて第三世代は尖った性能を持っている機体が多い。格闘戦機動戦に特化した白式や、速度を追い求めたステラカデンテはいい例だろう。第二形態へと進化した白式は短所である防御面と悪質な燃費を改善するのではなく、更に長所を伸ばし短所を伸ばした。

 万能機とは程遠い第三世代は、各々の特徴を上手く活かさない限り先は無い。私のシュヴァルツェア・レーゲンの場合だとAICの他ない。得た物は、ここにある。

 

 シミュレーターに記録されている私のデータは、編入したばかりの頃のタッグマッチトーナメントがベースになっているはずだ。VTSによって外されたレールカノンがあることからして間違いない。今とは重量も違えば武装も違う、似ているようで違う機体で今まで戦っていたわけだ。勝てなくて当たり前だな。

 

 さて、編入したばかりの私と、現在の私とで違いを比較してみたわけだが………。

 

「やはり、範囲が広がっている」

 

 機体に関しては大きな変化は無い。整備中に勝手に弄るほどの技量は無いし、他人に任せたことも無いので、違いと言えば先のレールカノンの有無だろう。

 広がっている、と言うのは勿論AICのことだ。これの処理はコアに頼る部分もあるが、大半は搭乗者である私が行う。未熟であれば発動までの時間は長く、効果範囲は狭い。熟練者であるほど、発動までの時間は短く効果範囲も広がる。

 

 機体が完成してから一年と経たないが、私はこいつが誕生してからずっと共に戦い続けてきた。かけた時間とAICの扱いならば誰にも負けない自信がある。カッコ良く言いかえれば情熱だ。それがこの結果をもたらしている。

 

 約半年、この間で発動までの時間を短く、効果範囲を広げることに成功していた。私自身これの扱いづらさはよく知っているので、理論上では慣れれば上手く扱えるようになるとは聞いていたものの、半ば信用していなかっただけに驚きと喜びが湧き上がる。

 そうだ、鍛えれば伸びるのだ。特訓しない手は無い。

 

 いつの間にかズレが出ていた訓練メニューに修正を加えつつ、私はアリーナへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

「うぐぐ………」

「だ、大丈夫?」

「も、問題ない。ドイツ軍人はこの程度の疲労に屈しな、い…………」

「突っ込みどころが多すぎて困るんだけど」

 

 アレだけ長時間AICを使ったのは、何だかんだで初めてだった。今までは扱いに慣れる程度の訓練しか行わなかったツケがここに回ってきている。ワイヤーブレードや、レールカノン等の最新武器を如何に上手く扱うかに執着し過ぎたか……ぐぅ、痛い。

 

 発動には雑念を払って集中しなければならないのがAICの弱点とも言える部分だ。戦闘中にそんな悠長なことはしていられないので使いどころが難しい。だが、使いこなして短くとも三秒未満で出せるようになれば戦術はグッと広がるし、その頃には効果範囲も今とは格段に向上しているはずなので、以前ハッタリをかけたように本気でアリーナの端から端まで届かせる日が来るかもしれないな。

 

「何してたのさ、ラウラ」

「CBFに向けての特訓以外に何がある?」

「でもラウラがこんなに疲れるって相当だよ。無理のし過ぎはダメだからね」

「勿論だ。人間は身体が資本だからな」

「もう! そう言うこと言ってるんじゃないってば」

「分かっている」

「本当かなぁ?」

「私を誰だと思っているのだ、全く」

 

 ため息をついて、シャルロットは最近本棚に増えた工学系や銃火器系のマニア向け雑誌を読む作業に戻った。

 

 ………そう言えば、シャルロットはどのような訓練をしているのだろうか? 

 

 ……気になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室でティーンズ向け雑誌を読みながらラウラとおしゃべりしていると、電話が掛かって来た。

 

「シャルロット、電話が鳴っているぞ」

「あ、うん」

 

 ベッドから降りて携帯電話片手に部屋を出てから画面を見る。

 

「………本社から? CBF関連の事かな」

 

 相手先はデュノア本社からだった。夏休みもそろそろ終わりだし、学園に専用機を出している国や企業は専用パッケージやら何やらの総仕上げの時期に入っている頃だろう。ウチの会社も例にもれず、高速機動パッケージが出来あがっているはず。

 

「もしもし、シャルロットです」

『日本では……こんにちはかな?』

「お父さん? 久しぶりだね。うん、こんにちはだよ」

『そうか』

 

 てっきり技術部の人かと思ったけど、社長である父だった。最近はメールでのやり取りしかしていなかったから、声を聞くのは久しぶりかも。

 

『新しいパッケージが完成したから、早速そっちに送ったぞ』

「ホント? どう?」

『それは見てのお楽しみだ。そいつは凄いぞー、何せイタリアのテンペスタや日本の白紙だって目じゃないからな』

「ええっ!?」

 

 ヨーロッパ各国で活発的なIS研究国と言えば、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、オーストリアが代表的だ。不動の最速記録を持ち続けているイタリアは、特に浮いた国であり、テンペスタは黎明期から確立された一流のブランドと言っても過言じゃない。おいそれとテンペスタは目じゃないなんて欧州人は言えないんだけど………冗談じゃなさそうだ。

 それに加えてあの森宮先輩まで目じゃないと来た。織斑千冬を超える天才だとか、次期ブリュンヒルでとか色々と彼女を称える噂話は絶えない。それに、あの森宮君や妹のマドカ、さらには生徒会長までもが尊敬する人物だっていうのに。

 

「一体何を作ったのさ、本当に大丈夫だよね!?」

『多分』

「多分!?」

『まぁそんなことを言えるのも今のうちだ』

「喋れない身体になるとかいうオチ!?」

『違う違う、出来の素晴らしさに感動するだろうと言ったのさ』

「………ふぅん」

『さては信用していないな?』

「そりゃ、まぁ」

 

 娘である自分が言いたくは無いが、今のデュノア社は落ち込んでいる。第三世代型の専用機を開発できていない事が何よりの証拠だし、それを言いかえれば技術力が低いということ。いきなりテンペスタを越えるようなパッケージを作成できるとは信じられない。

 

『それもこれも見て実感してからだ。届いたら早速感想をよこしてくれよ』

「分かったよ。いつ頃になる?」

『そちらの時間で今日明日だろうな』

「うん。期待しないで待ってるよ」

『そうするといい。アレは、ラファールの完成系であり終点でもある』

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 ラファールの特徴と言えば何を思い浮かべるだろう?

 

 量産機として大ヒットしたラファール・リヴァイヴは、同時期に開発され同じく量産機として定着した打鉄と大きく違う点は、汎用性の有無とそこからくる構造の違いだ。

 

 ラファールのウリはその汎用性の高さにある。性能を五段階で評価するなら全てC(平均、標準)といったところか。これといった主な目的が無い分、自分の思うままに手を施す事ができ、用意次第ではあらゆる状況に対応できる。そのかわり、当然だが尖った性能の機体相手には及ばない。口の悪い言い方をすれば器用貧乏かな。

 発祥国日本製の打鉄は、日本の文化や思考が強く反映されている。片刃のブレードではなく刀を作成していることや、装甲が武士然とした鎧だったり等々。近接戦に重きを置いて守りを固めた分、射撃等に難ありとされる。

 

 量産機として軍配が上がったのはどちらか、答えは明白だ。

 

 そして、ラファールの汎用性を引き上げるために幾つか追加武装やパッケージが直ぐに開発、販売された。機動型、砲戦型、近接型、支援型、工作型……まぁ、たくさんある。後続含め、あらゆるパッケージとの互換性を持ち、問題なく運用できる利点は現存する機体の中ではラファールだけだ。

 

 言ってしまえば、これらがラファールの……デュノア社の武器である。万人に合うモノ、それを実現するだけの効率の良い拡張領域の使用方法、これならばどこにも引けを取らない。森宮君の夜叉だけは謎だけど。

 

 今から新しい分野を開拓する余裕はウチにはない。元々僕がここへ送られた理由を思い出せばわかるけど、今こうしている間にも会社は苦しんでいる。手を加えるならここだろうけど……。

 

「なるほどね……確かに。これは完成系だよ」

 

 専用機として使用するのであれば、人に対する汎用性は必要ない。そこに割く容量すら全てを一点に集中し、行きつく先まで辿りついた形。

 

「《ラファール・セ・フィニ(風の終わり)》。か……、上手く扱えるかな」

 

 電話のあった日から一晩明けると、会社一の技師と馴染みの研究者がぞろぞろと現れて僕に割り当てられた整備室まで連れ去られた先に、このラファールは居た。

 

 お父さんが送って来たのはパッケージなんかじゃない、デュノア製第三世代型ISだった。

 

 極限まで軽量化された橙の装甲は見ただけでも分かるほど薄く、酷く脆そうな外見をしている。電話で聞いたような凄い性能が出せるような機体にはお世辞にも見えない。全体的に華奢で頼りない感じた。

 

 それもそのはず。セ・フィ二に搭載された唯一の機能を最大限に活用するにはこうするのがベストだから。

 

「見ての通り、セ・フィ二には一切の武装を搭載していません。というか出来ません。いえ、そもそも−−−」

「必要ない、よね。これ」

「搭乗者の実力が伴えばですが」

「全くだよ。高速切替ができるていっても程があるんじゃないかなぁ」

 

 今目の前にあるセ・フィニは相当弱い。ラファール・リヴァイヴに若干届かない程度の弱さだ。

 ただし、新機能を上手く扱えれば話はガラリと変わる。どんな相手だって、どんな場所だって、たとえどれだけ過酷な環境であっても常に100%の性能を引き出せるんだ。

 

 『クレアシオン』。母国フランスでは創造という意味を持つこの機能の名前の通り、全てを創り上げなければならないらしい。

 

 スーツに着替えてセ・フィニを装着する。最新のカスタムⅡのデータは常に本社へ送っていたので、コアを移植するだけで手間を踏まずに起動することが出来た。

 

「気分はどうですか?」

「違和感は無いけど、慣れるには時間がかかるかなって感じです」

「ふむふむ、では早速クレアシオンの起動を」

「はい」

 

 武装欄は空。クレアシオンは武器ではなくシステムとして組まこまれているようだ。苦もなく立ち上げる。

 

「うわぁ………」

 

 これは……。

 

「もう一度聞きますが、気分はどうですか?」

「一気に負荷が掛かったような……若干身体が重たいし、いつものクリアな感じがしない」

「なる程。システムのオンオフは出来ていると」

「オンオフ? これって仕様なんですか?」

「ええ」

 

 話しつつクレアシオン起動後に増えたタブの一つを開くと、そこには無数と言ってもいい文字と数字の羅列が。一行の幅は狭いくせにスクロールバーは小さすぎて見えない。

 

「この沢山入っているのがパーツってことですか?」

「ええ。何か何種類入っているのかを読み上げれば日が暮れる程度には入っていますよ」

「えぇ…」

「それで大体容量の三分の一で、実際はまだまだ詰め込めます」

「………」

 

 もう返事したりリアクションするのも面倒というかバカみたいに思えてきたよ。

 

「このクレアシオンは領域内にある部品で作れるものであれば何だって作れます。家電から榴弾砲、理論上は核弾頭や衛星砲も」

「そんなところまでは聞いてないけど……じゃあ、例えば建設用具を積めばビルが建てられるし、消火装置を積めば消防だってできるってこと……ですよね?」

「勿論」

「つまり、何でもできると」

「ええ。ラファール・リヴァイヴを含めた現行の機体は主な使用用途がある程度定められ、状況や環境に応じた装備換装のパッケージを事前にインストールしておかなければなりません。しかし、それでは戦局がコロコロと変わる場面において適切なパッケージへ換装する暇も領域に空きもないはずです」

 

 銀の福音事件を思い出す。授業の内容が内容だけに、僕らは各々のパッケージを使って福音と戦った。上手な作戦と、森宮君という圧倒的な実力者のお陰で捕獲することはできた。もしも、森宮兄弟が居なかったら何らかのアクシデントに対応できず負けていたかもしれない。例えば、第二形態へと移行してタイプががらりと変わるとか。そうなれば作戦もめちゃくちゃだし、せっかくの追加装備も役に立たず邪魔な鉄くずになることだってあり得ただろう。

 

「セ・フィニは違います。部品だけを積み、クレアシオンを使いこなすことによって戦況が変わろうと目的が変わろうとも即時に対応することができます」

「装甲も、ブースターも、武器も、レーダーも、すべて自分で作り上げ、最も現状に適した装備へと即時対応。部品とシールドエネルギーが尽きない限り活動し続ける、か。どこかで聞いたことあるような……」

「イメージとしては、森宮蒼乃の白紙です」

「あー」

 

 言われてみればそうだ。白紙唯一の武装、災禍は無数のナノマシンとクリスタルを結合して思い描く物を想像するというもの。これが及ぶ範囲を拡大して、ナノマシン代わりに現存するパーツを積み込んだのがセ・フィニってところかな。白紙は確かに万能機と言える機能を備えていたけど、あれは搭乗者の能力に依存してしまっているために真の意味で専用機だ。

 

「そこで、です。セ・フィニを乗りこなす上で求められるものとは?」

「……創造するだけの知識かな」

「まったくその通りです。けったい名前を付けましたが、クレアシオンは創造するというよりも組み立てる機能なんですよ」

 

 銃がほしい、こんな装甲を装備したい、そう思ったところでぱっと理想の物が現れるわけじゃない。領域内に武器そのものがないからだ。状況に応じた装備を部品で組み立てる。これがクレアシオンの仕組み。

 だから、銃が欲しいなら銃の詳しい内部構造を知り尽くさなければならない。ネジ一本、バネ一つ掛ければ機械は正常に作動しなくなるのだから。

 

「組立自体は簡単ですよ。必要な部品のリストアップ、組立はコアのサポートを受けられますからそこまで時間はかかりません。なので、これからはこれから使用することになるであろうモノそれぞれに精通すること。言った通り、ここに入っているのは部品ばかりなので、これを怠るととんでもない結末しか待っていませんので」

「え、ええ。確かに」

 

 要するに、クレアシオンで作れそうなものは全部頭に入れておけってことだよね。作り出すものによっては確かにステラカデンテも白紙も超える性能を出せるかもしれない機体だ。

 

「じゃあ、カスタムⅡはどうするんですか?」

「十全なメンテナンスの後に解体。すべてのパーツを余すことなくセ・フィニへと搭載します」

「……そっか」

 

 これからも一緒に頑張ってくれるんだね。

 

「やる気に火が付きましたか?」

「うん」

「ではこれを夏休み期間中に熟読しておくことです」

「ファッ!?」

 

 そうして渡されたのは日本で有名な国語辞典や法典書並みに分厚い本。少なくとも十冊以上はありそうなんだけど……。

 残り三分の一の期間で、これだけの量を読むなんて流石に無理があるんじゃないかなぁ。

 

「いいですね?」

「え、ちょ……」

「い い で す ね ?」

「ハイ」

 

 どちらにせよ、頷くしかない僕だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53話 「時間は稼ぐ」

 タイトル通り


 紅がぐるぐるとアリーナを縦横無尽に飛び回っている。それを追い立てるように、時に先回りをしながら白が付け回していた。

 

 誰がどう見ても追いかけっ子だ。鬼ごっこでもいい。武器の類は使わずに、純粋な機体速度と技量だけで競っている。小学生の頃に世話になる遊びも、ISによる三次元機動が加わると文字通り次元が違うな。

 

 機体はともかく、中身がまだまだだが。

 

 当の本人達は遊んでいるつもりは全く無い。至って真面目にトレーニングしているつもりなのだ。

 

 紅椿にまだまだ振り回されがちな篠ノ之は慣れるために。新しく装備が追加され、性能に変化も見られた白式の特性を把握するために。

 

 紅椿の展開装甲は白式に比べて汎用性が桁違いで、何にでも転用できる。これを活かせば直角の機動や、滑らかな曲線の動きもできるようになるんだが……先は長そうだ。

 白式は大型化したスラスターに加えて、銀の福音を模した翼が生まれた。そのものが推進機であり、従来では不可能だった繊細な動きも可能にした。できるようになる頃には、並のエースでは太刀打ちできないほど成長しているだろうな。

 

 何にせよ数年先の話だ。現状では精々機体に振り回されるルーキーといったところか。

 

 連中なりに懸命に訓練しているようだし、わざわざ割りこんで喧嘩するつもりも無い。その労力も無駄だ。

 

 場所を変えるか。

 

「御機嫌よう」

「わぁっ!?」

「あら? マドカさんもそんな声を上げるのですね。脅かすのが癖になりそうですわ」

 

 ため息交じりに踵を返すと、数センチの空間を挟んだ向かいに桜花の顔ががががが。視界いっぱいに広がった端正な顔がにやりと歪む様は背筋が凍った。

 やはり気になるのは限定待機形態の左目。以前の奇妙な催眠だかなんだか分からない現象は軽いトラウマになりかけている。

 

「桜花、どうしてここに?」

「先日お話した私の『刻帝』。気にはなりませんか?」

「………一戦どうだ?」

「勿論ですとも」

 

 人体に移植された人体に影響を及ぼすIS。その本来の姿は一体どのようなものなのやら。気になるに決まっている。

 

 人差し指と親指をぴんと伸ばして銃の形にした右手を突きつける。一つ返事で答えを返した桜花は、桔梗と忍冬を思わせるように、両手を銃の様に指を伸ばして私を狙う……と思いきや、その人差し指の向く先は、私の肩を通り越して更に向こうへ。

 

 織斑と篠ノ之?

 

「ただし、相手はあの二人で」

「なんでまた……」

「愚かにも、一夏様に噛みつく馬鹿二人の実力が気になりまして。ええ。ええ。特に、足を引っ張った織斑は八つ裂きにするだけでは気が済みそうにないんですよ。それに、あの二機は篠ノ之束博士が手掛けた新型なのでしょう? 純粋に機体の性能が気にもなりますし……」

「刻帝のエサにでもするつもりか?」

「エサ………いいですわね、エサ。糧にでもなってもらいましょうか」

 

 ぞくぞくと湧き上がる……愉悦感とでも呼ぼうか。黒く純粋な気持ちが桜花の中に広がるのが手に取るように分かる。今のコイツは、あの二人を虐めたくてたまらないんだろう。何かとかこつけてコイツは人をいたぶろうとするからな……私も一度餌食になったが、あれは悲惨だった。

 

「ちょっと協力してくださいません? 左目のこの子も疼いてますし……」

「まぁ、私も新パッケージの練習相手が欲しかったところだ。断りはしない」

「ありがとうございます。そう言う事にしておいてあげますね」

 

 ……私も色々と思うところはあるが、流石にお前の様にはけ口にしようとまでは思わないぞ? 昔の私なら何をしたものか分かったものじゃないがな。

 

「では」

「ん? ……おい!」

 

 何のためらいも無く、桜花は桔梗で織斑を撃った。さっきからこっちを警戒していた様で、発砲と同時に上手く身体をずらして避けて見せた。

 

「あらら、避けられてしまいましたわ……」

「……なんか用か?」

「こっちの変態に聞いてやれ」

「変態だなんて……酷いです、マドカさん。でも一夏様がそう望むなら……あぁ」

「……皇さんってそんな人だったっけ?」

「秋介、あれが皇の本当の姿だ」

「そ、そうか……」

 

 何やら少々のショックを受けているようだな。まったく、これだから男は……。どうせ桜花の振りまく気品やら清楚感につられたクチだろう?

 

「織斑さん、篠ノ之さん。私達と二対二の模擬戦をしません?」

「模擬戦?」

「ええ。私達とあなた方、双方にメリットがあると思うのですけれど……」

「秋介、聞く必要などない。いきなり撃ってくるような連中だ」

 

 考える織斑に対して、やはりと言うか、篠ノ之は難色を示している。私達が絡んでくるとほぼ無条件に否定、拒絶の意志を見せてくるが……こいつ、やっぱり相当中身が幼いな。

 

 私達は言ってしまえば自分から手の内を見せると言っているのだ。自分達が見せる物などもう見せてしまっているのだから、失うもの無く利益を得られるというのに……。

 まぁ、来たばかりの頃に色々とあったからな。気持ちも分からなくない。というよりも、こうなるのは必然か。

 

「いや、やろう。でもその前にエネルギー補給をさせてほしい」

「ええ、勿論」

「……秋介」

「箒、行こう」

 

 二十分で支度を済ませる。それだけを言うと織斑は篠ノ之を連れて入って来たであろうピットへ戻って行った。随分とふてくされた様子だったな、篠ノ之は。

 

「さて」

「?」

 

 邪魔にならないように隅へ下がる途中、桜花はヘッドギアにあたる部分だけを部分展開して目を閉じていた。まるで何かを聞いているかのような……。

 

「盗み聞きでもしているのか?」

「ええ。織斑さん達の会話、気になりません?」

「なんとなく予想はつく」

 

 いつの頃をだったか……織斑が少し変わったと兄さんが言っていたのは。アレ以来驕るような事は減ったと本音からも聞いたし、最近では普通以上に高青年しているらしい。今の篠ノ之を見ていると、昔の自分を見ているようでむずかゆいんだろう。

 

「うふふ……面白いですわぁ」

「趣味が悪い」

 

 こっそり刻帝と感覚を繋いで、聴覚を共有する。

 

『こんな模擬戦に意味があるのか?』

『それは自分で見つけるもんだろ? 設定した目標に近づく為にさ。少なくとも、俺の目標には役立つ』

『だからと言って……』

『選り好みできるような状況じゃないことぐらい分かるだろ。俺は強くなりたい、お前も同じだろ? だったらこれはいいチャンスじゃないか。悔しいけどあの二人は俺達よりもずっと強い。頼んでも模擬戦の相手をしてくれないような連中だぜ? 同レベルの仲間と競うのも悪くないけどさ、一番の近道は格上と勝負することだって思う』

『……そうだな。師や先達に仰いでこそだった』

 

 ………。

 

「くっくっく……」

「面白いでしょう?」

「ああ、面白い」

 

 ああは言っているが、心の中では不満だろうな。まるで駄々をこねる子供の様だ。あれが高校生なのだから面白い。でも嫌われたくないから、利益があることも分かっているから不服ながらもその場では従う。後は知らんが……。

 そのへんの近所のクソガキどもより達が悪い。自覚が無いどころか、そんな自分が正しいとすら思っているんだろう。

 

「悪い趣味はこの辺にしておけ。そろそろ聞かせてもらおうか、刻帝の性能」

「ふぅ……仕方ありませんね。続きはまた今度」

「止めろ」

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 今日が祝日だった事もあって、アリーナを使用しているのは私達だけだった。貸切で模擬戦なんて中々出来ない良い体験だ。相手が相手だが、無駄にしないようにな。

 

 合図のカウントダウンがゼロを表示し、模擬戦が始まった。

 

 白式と紅椿はどちらも近接戦タイプだ。取ってつけたような遠距離武器しか持たない白式は特に前に出てくるだろう。紅椿が後ろからフォローしつつ、ラインを上げてくるはずだ。

 対する私達……サイレント・ゼフィルスと刻帝は中距離~遠距離を得意とする。白式とは正反対に、申し訳程度の近接武器しかない。足並みをそろえて適切な距離を保ちつつ撃つ。

 

 恐らくこれが妥当な作戦だろう。事実、織斑達は予想通りに動いてきた。それはそうするしかないから、なんだが……私達は違う。そこまで限定的な装備でもなければ、経験が浅いわけでもない。

 

 私と桜花は、足並みを揃えて前へ(・・)出た。

 

「!?」

 

 一見すれば自殺行為だ。零落白夜の範囲に飛びこむというのだから。こと近接戦となれば、白式は大きく化ける。

 

「意表を突こうったってそうは……いかない!」

「返り討ちにしてやるぞ!」

 

 瞬時に切り替え、迎え撃つ体勢に入った織斑と篠ノ之。私はそれを捉えると、高度を上げつつ後ろへと下がった。星を砕く者で二人を狙えるように構え、トリガーに指をかける。ロックオン警報を鳴らさない為に敢えてシステムには任せない。

 

「桜花!」

「はいはい」

 

 にぃと口角が上がったことが遠目に見え、機体の様子が一気に変わった。突然全ての装甲と、関節部分や装甲の継ぎ目が怪しく光り、瞬きをすると収まっていた。

 見た目に変化は見られない。が、機体の計器類が異常な数値を示しており、なお上昇していることから、何かが起きているのは事実だ。その事実は私の眼では捉える事が出来ない。

 

 移動を止め、その場で滞空する。

 

「……成程、これは確かに怖い。桜花らしい装備だ」

 

 構えを崩さず、視線だけを敵から外して機体のエネルギーに注目する。まだ模擬戦が始まってから数分しか経過しておらず、誰一人として一度も攻撃をくらってはいない。だが、確かに機体のエネルギーはいつもに比べて消耗しており、シールドエネルギーも数発掠っただけのような微妙な減りを見せている。

 

 刻帝最大の武器、『時喰み』と呼ぶそうだ。桜花は上品にお食事とも言う。周囲のエネルギーを持つ物体や機械から無差別にエネルギーを奪い取り、好きに還元出来る。戦略もクソもあったもんじゃない、暴力と言っていいシステム。刻一刻と時間を奪い自分のモノへとする様は確かに時間を食べているようにも見える。

 

 今現在、刻帝とは約五十メートル離れているが、それでも捕食の範囲から抜け出せていない。コイツはかなり厄介だな。いやらしい癖して範囲が広い。ほぼ中心にいる機体はあっという間にゼロになるんじゃないか?

 

「離れるぞ!」

「分かっているが……くそ、機体が重たい!」

 

 エネルギーを奪うと言うこのシステムの詳しい仕組みまでは私は聞いていない。同じ組織に帰属するもの同士だが、生憎と私の相棒はイギリスから借りているだけだからな。ただエネルギーを奪うだけでなく動きを阻害しているあたり……対象の神経系か循環系に干渉してるのかもな。狂わせる為に動きを鈍らせる役割も持っているそうだ。

 

 この時喰み、中心に近ければ近いほど影響を受ける。見ている限り、私はまだ身軽に動けるしエネルギーの減りも酷くないが……あの二機、明らかに遅い。撃ってくれと言っているようなものだ。

 

 近づけば近づくほど、敗北が文字通り迫ってくる。それが刻帝の力、か。敵にはまわしたくないものだな。

 

「うふ」

 

 それをあざ笑う様に。

 

「うふふうふあはははっ」

 

 桜花はゆっくりとにじり寄る。

 

「きひひひっひっひひゃあああはははははははっはははははははははははははははははっ!!」

 

 桔梗を握る右手をゆっくり持ちあげ、銃口を突き付けるその姿は姉さんと同等の恐怖を振りまいていた。

 

「くそ……箒! 絢爛舞踏だ!」

「!? そ、そうか!」

 

 成程、考える。

 

 紅椿が持つ、範囲内の機体のエネルギーを無限に回復させる唯一仕様能力“絢爛舞踏”。実際に発動した瞬間をこの目で見たのは、銀の福音を撃破する前の一回だけだが、確かに篠ノ之は使って見せた。機体が金色に輝き始め、その周囲を不可視のエネルギーが包み込むように広がっていくシーンが幻想的だったことをよく覚えている。

 

 桜花の時喰みが奪うモノなら、篠ノ之の絢爛舞踏は生みだすモノだ。一方的に搾取されることに変わりは無いが、捕食を上回るペースでエネルギーを生み出す事が出来れば、絢爛舞踏の及ぶ範囲内は中和されるかもしれない。

 

 零落白夜と違って、絢爛舞踏は何らかのエネルギーを消費することは無い為、理論的には半永久的にエネルギーの供給が可能になる。出来るかどうかは別だが、常に絢爛舞踏を発動した状態での持久戦もいけるだろう。

 

 桜花が桔梗の引き金を引いた。

 

 撃ちだされた弾丸は真っすぐに篠ノ之へと飛んで……間に入った雪片弐型によって真っ二つに斬り裂かれた。相変わらずイカレた男だ。可視のエネルギー弾じゃなくて火薬によって発砲する実弾なんだぞ? 速度は段違いだというのに。

 

「行くぞ……紅椿……!」

 

 もっと遊びましょう? 桜花がそう言っているように見える。もっと早く撃てるのに、忍冬を使えばいいのに、敢えて桔梗だけで、間隔を大きく置いて引き金を引き続けていた。

 

 織斑が自分の影に篠ノ之を庇い、篠ノ之は集中する為に刀を抜いて構えをとり、目を閉じた。

 

 ………。

 

「箒、早く!」

「な、なぜだ……発動しない……」

「んなっ……」

「どうした……どうしてしまったんだ、紅椿!?」

 

 正しくメンテナンスをし続ける限り、機体の性能が変わることは無い。唯一仕様能力なんて例外も含めて、コアが変わらなければ何も変わりはしないはずだ。発動する条件も、コアが望んだ答えも。

 

 なのにうまくいかない。なら答えは一つだけだ。

 

「どうしたんです、篠ノ之さん? はやく見せてくださいよ。この空間、中和できるんでしょう? 紅椿の絢爛舞踏なら」

「言われずとも……っ!」

「そんなムキになって……それでは上手くいきませんよ?」

「うるさいぞ!」

「うふふ、集中できないから出来ないなんて言い出すんですか? 面白いですねぇ。でも、今のあなたがどれだけ集中できる環境にあって、どれだけ時間を費やしても無理でしょうね。ええ。断言しますわ」

「何を………喧しいぞ……!」

 

 牙を向いて威嚇してくる篠ノ之を涼しげに見つめ、桜花は断言する。

 

「今のあなたは非常に愚かです。どうしようもなく、救いようも無い程に、愚か!」

 

 機体に問題が無いなら、問題があるのは搭乗者の方だ。唯一仕様能力ともなれば尚更、搭乗者の気持ちが絡んでくる。

 

 何が発動のキーになったのかは私達の知るところではない。それだけは流石に個人個人の間隔や思いによって、千差万別だからだ。ただ確実なのは、コアが認めるほどの曇りのない真実がそこにあるか、だ。

 

 あの日、何を想ってどうコアが答えたのかは、何度も言うが私には分からない。だが、今の篠ノ之は誰が見ても分かるほど、我儘になっている。嫌だイヤダど駄々を捏ねるだけで、そこに彼女なりの信念など感じない。いや、あるのだろう。だがそれは曲解の末にあるもので、そんな紛いモノにコアが応えてくれるものか。

 

 ある意味で、必然と言えた。

 

「馬鹿にして……っ!」

「………箒、離れるぞ」

「だが、どうやって? 絢爛舞踏は……」

「絢爛舞踏がダメなら、零落白夜を使うだけだろ」

 

 ぎぎぎと軋みながら、左の腕で紅椿の腕を握った白式は、雪片弐型を強く握りしめて装甲を開いた。直後に発光した刀身は色を変えて、零落白夜が発動したことを教えてくれる。

 

 力いっぱい振り抜くと、何かをえぐり取るように、空間が切り裂かれた。目論見が上手くいったようで、捕食を中和したその瞬間に全速で移動して圏外へと飛び出る。

 

 零落白夜が反応したということは、捕食の正体はエネルギーということか。おそらく、怪しく光った一瞬の内に自機の周囲へエネルギーで作ったエリアを広げていたんだろう。そしてそのエリアに入ったら、喰らう。まぁ、見えない以上距離を測ることも対策を練ることも出来ないんだが。あんな荒技が出来るのは白式と紅椿だけだ。

 

「すまない、助かった秋介。次こそは――」

「箒」

「……なんだ?」

「いい加減気持ち切り替えろよ」

「っ………!」

 

 おお、言う様になったな。

 

「俺はお前じゃないから、何を思って、何を考えて、何をして、何をしたいのか、何が目的なのか、どうしたいのか、その先に何を求めているのか、分からない。俺やクラスの皆、森宮兄妹をどう思っているのかとかもな。でもなんとなく嫌なことがあったのぐらいは分かる。箒は恥ずかしい時も嫌な時も木刀抜くからどうしたいのかわかんねぇんだよ」

「うぐ………」

「でも今のお前は間違っている。それは紅椿が証明した通りだ。少なくとも、紅椿はお前に協力したいとは思っていない。だから絢爛舞踏も発動しない」

「………」

「自分以外は他人だ。幼馴染みとか、クラスメイトとか、友達とか、家族であってもそれは変わらないことだろ。自分の心は自分のものだし、誰かが覗くことなんで出来やしない。だから他人が怖いし、興味もわく。もっと知りたいって思えるし仲良くなりたいとも思えるんだって俺は思う。箒は知ろうとする前の段階でレッテル貼って積まん無い意地はるから喧嘩ばっかりなんだ」

「わ、私は喧嘩なぞしたこと無い!」

「引っ越すまで、いったい俺が何回割って入ったと思ってるんだよ……」

「あれは……だな、その………うん」

 

 互いの姉が親友だったこともあって、この二人は結構古い付き合いの様だ。もしも篠ノ之が幼少のころからこんな感じで突っかかる性格だったら、織斑の気苦労は計り知れないな……。溜まったストレスのはけ口が兄さんと私だったのかもしれないと思うと、やはりコイツは許しがたい。

 

「それ自体が良いことじゃないって、一体いつになったら(・・・・・・・)気付くんだ」

「いつに……だと? それでは、まるで私が最初からそうだったような言い方ではないか!?」

「そうなんだよ。自分で勝手にアイツは駄目な奴だ、敵だって思いこんで近づかないし、好意で話しかけてくれた女の子も、道場に通っていた仲間の遊びも突っぱねてさ。誘いも断って、自分から輪に入ろうとすることもしない。でも楽しそうに遊んでいる周りを見て羨ましそうに見てるんだ。正直、今の箒は性質の悪いガキだぜ」

「な、秋介………」

「一回自分を振り返って、本当に自分がしたかったことを思い出してみろよ。そうすれば紅椿も応えてくれるはずさ。時間は稼ぐ」

「お前、何をする気―――!?」

 

 篠ノ之の問いかけも無視して、紅椿を壁側へ放り投げた白式はこちらへゆっくりと近づいてきた。

 

「悪いな。しばらく二体一で頼むぜ」

「あら? 別に私達は構いませんけど……器用な真似はできませんわよ?」

「奇遇だな。俺もそういうのは得意じゃ無い方なんだ」

 

 私の俯瞰する先の二人は大層熱くなっている。獲物を握る力が三割増しになったようだ。もうお前たちでやっていろよと言いたいところだが、私も混ぜてもらわなければ困る。

 

 わざと避けるようにロックオンして白式を攻撃。刻帝と距離を取ったところで、合図を送って前に出た。握り拳の状態から人差し指と中指をピンと伸ばして縦に一回振る。更識では“役割交代”の意味がある。前に出ていた桜花に変わって私が、控えていた私に変わって桜花が入れ替わる。

 溜め息を吐いてやれやれといったジェスチャーを見せた桜花だったが、私に合わせてくれるようだ。まるで私が来ることを分かっていたように、時喰みをカットしていた。

 

「次はお前か……!」

「いいや、私達だ」

「うお!」

 

 真正面からライフルで射撃。避けたところを桜花が狙う。私と桜花が交互に、時にビットを使って同時に多方向からの十字砲火……オールレンジ攻撃だ。

 最初は良かったものの、やはり十分もすれば息切れが激しくなり掠りが増え始めた。肩、脚、特に第二形態になってから追加された翼はいい的だ。聞いたようなしなやかな動きは無く、機械らしくカチカチとぎこちない。

 

「どうした? こんなものか?」

「言ってろ!」

「ふん」

 

 戯言だな。くだらない―――

 

 《自己診断開始》

 

 ………? 戦闘中に一体何を……。

 

 パシュッ

 

「なっ!?」

 

 一瞬の内だったが、理解は追いついている。

 自己診断は普段私が眠っている間や、起動する事が無い授業中にするように設定している。自分の部屋を掃除する時も、仕事や用事が無い時にするものと言えば分かりやすいか。定期のモノが緊急で起動したとするなら、恐らく何らかの見過ごせない異常がでた。それは恐らく、織斑の仕業。

 それと同時にライフルを支えていた左手の指関節が発行したと思ったら力が抜けて照準がずれた。無関係じゃないはずだ。自己診断を急がせるか。

 

「桜花、時間を稼いでくれ!」

「やらせない、まかせた雨音!」

《任されたぞ!》

「今の、声は?」

「あら、面白いですね。まさかあなたが……」

 

 聞きなれない女の声が聞こえたかと思うと、白式の翼が輝きを増して………大きくなった。いや、広がったという表現の方が正しいかもしれない。見たところ、翼の形からして雪片弐型や紅椿と同様の展開装甲で作られているようだ。だったらあのぎこちない動きも理解できる。これが本当の姿なんだ。

 

「さて……どれだけ持つかな」

 

 その姿だけは、まるで天使のようだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54話 「会いたい」


 なんだろう、同じことを繰り返しているような気が……



 俺は自分の事が周りに比べて凄い奴だと思っている。ガキの頃は何でもやってきたし、そのお陰で一個頭が抜けていた。世界中から秀才の集まるここ、IS学園に於いてもそれはたいして変わらなかった。

 

 一部を除いては。

 

 付け焼刃ではどうあがいてもひっくり返せない経験の差、短い人生の大半をISへ捧げてきた少女達との掛ける思いの差だけは、俺もどうしようもないことを悟った。

 

 たった数ヶ月で高貴な狙撃主よりも射撃が上手くなれるわけがない。

 たった数ヶ月でおてんば娘の知識や情熱を覆せるわけがない。

 たった数ヶ月で貴公子ほど的確な判断が出せるわけがない。

 たった数ヶ月で軍人よりも戦いに秀でるわけがない。

 

 たった数ヶ月で、アイツに勝とうなんておこがましいにも程があった。

 

 そしてそれは、目の前の二人も同じ。俺では想像もつかないほどの局面をくぐりぬけてきたからこそ得られるものを、持っているんだ。

 

 始めからわかってたさ。勝てる道理は無い。

 

 でも、負けていいかと言われるとそうでもない。

 

 勝てない、でも負けたくない。

 

 子供の様だと自分でも思う。でも、これがあの織斑秋介だと思うと面白かった。

 

 とりあえず今は引けないし、簡単には負けられない。自分で放り投げておいて言うのもおかしな話だが、気絶したのか、ピクリとも動かない箒を守らなければ。

 

「雨音、細かいのは全部任せる! 合わせてくれ」

《うむ。気の済むようにすればよいぞ》

 

 相棒の許しを得た俺は……暴れた。

 

「……出力を上げたか」

 

 以前の白式の出力は第三世代型の中でもトップクラスだった。瞬間加速を好んで多用していたのはここに原因がある。

 単純な加速が強すぎて制御できなかったからだ。素早い動きを求めれば求めるほど、速度はどんどん上がっていって俺の制御化を離れていく。姉さんなら難なく乗りこなすのだろうけど、生憎俺はそんなスキルは持ち合わせていない。自分で制御できるギリギリの速度を見極めてリミッターを機体にかけていた。

 

 白式は遠距離武器のない近接バカだ。そんな機体に求められるのは、爆発的な瞬発力と超強力な格闘能力。なのに俺はその瞬発力を未熟な為に自分で封じて戦ってきた。ボクシングの選手が立派に鍛え上げた左腕を斬り落として、格上の選手と試合をするようなものだ。初心者が六割程度の性能しか出せないピーキーな機体で、常に十割の性能を引き出せるベテランに勝てるはずが無い。過去負けっぱなしだったのは必然だった。

 

 本来の力を出せなかった白式には悪いことをした。

 

 だが、今の白式・天音は前の数倍出力が上がっている。以前が猫なら今はチーターやライオンだ。もっと手がつけられなくなった。

 

 ――というわけでもない。依然として鍛えているものの俺の実力はまだ機体に追いついていないのが現状だ。だが、それを補うものを用意すればある程度はマシになる。

 

 それが、白式のコア人格である『雨音』だ。

 

 ISコアには意志があるというのは関係者では常識だが、人格と呼ぶには程遠い。雨音曰く、大半のコアは言われたことを聞くだけの子供、だとか。そのくせ我儘も言うんだから性質が悪かろう? とも言っていたっけ。

 

 分かりやすいのが、ISの成長方法だ。経験という刺激を与えることによって、コアはどんどん成長していく。その過程で良し悪しの判断が出来ないのがネックだろう。普通に動かす分には問題なく経験を得るが、酷く損傷した状態で動かすとその状態での経験も得てしまう。

 人間は怪我をしないように動くことを覚えるが、ISは怪我をした状態で動くことを覚えてしまう。100%の力を出せるのに20%しか出さなくなったり、片腕しか使わなくなったり……百害あって一利なし、だ。

 

 そんなこんなで、意志がある状態と人格が覚醒した状態は別物だ。他の機体じゃ出来ないことも、こいつならできる。

 

「おおおおおお!」

「動きが鈍い……何か仕掛けられたか」

「あらあら、困りましたわ」

 

 雪風が撒き散らした妨害粒子に気づいていながら少しも動じない。初見だからこそ効果のある武器なんだが……。てか、皇さん困ったなんて嘘もいいとこだぜ。

 

 いいさ、気づいたってどうしようもないんだ。時間稼ぎにはなる。

 

 先に狙うのは……。

 

「ほう? 私を倒せるかな?」

「今はそんなつもりねぇよ。見逃してやる」

「強く出たな!」

 

 この二人はプロだ。動けない箒も容赦なく狙うだろう。なら、手数が多くて一度に多方向へ攻撃できる森宮の方が危険。皇さんを放置せず、気を配りながら森宮から仕留める。

 

 そんなことを言っても実際は防戦一方だ。近づかない限りは攻められない。でも近づくわけにはいかない。唯一の射撃武器は禄に練習もしていないのに当たるわけがないし……。

 

 頼りは切り札のコイツだけ、か。

 

 先の展開を考えながら突進したが、現実は俺の想像とは大きく違った。

 

「たまの高みの見物も、悪くないものですわね」

「はぁ……」

 

 よくわからないことを言いながら距離をとる皇さんと、溜息をつきながらその場に残った森宮。下がった皇さんは銃を格納してにこにこと見下ろしているだけで、俺や箒に攻撃してくる気配はない。

 

 圧倒的有利にも関わらず一対一を仕掛けるのか? 甜められてるのだろうが、今は有り難い。集中できる。

 

 それに、終始皇さんが手を出さないのなら俺の勝ち目が見えてくる。雪風の妨害でまともに動けない今なら、森宮相手でも零落白夜を当てやすい。

 

 大上段からの斬り下ろしを、短く持った銃剣の刃とナイフを交差させて綺麗に受け止められる。

 

「……力では敵わないか」

 

 拮抗したのは数秒で、白式が押し勝った。強引に押し切って雪片弐型を振り抜き、弾き飛ばす。

 

 物理刀の雪片弐型とクローモードの雪羅、銃剣とナイフが入り乱れる。白と青が黒と紅を置き去りにしてアリーナ中を駆け回った。直線と曲線を織り交ぜて、弾丸と剣戟を交わして。

 

 それでようやく同等の戦いだ。俺は全力で、相手は動きを阻害されている状態でも五分五分にしか持ち込めないんだから、森宮がどれだけ強いのかよくわかる。恐らく皇さんも同じレベルで、兄の方と三年生の姉の方はもっと高い次元なんだろうな……。

 

《主よ、早速だがエネルギーが危うい》

 

 くそ……そうだった。後先考えずに出力を最大に上げて戦い続けてたらそりゃ直ぐ空っぽにもなる。燃費は以前に増して悪質になっているんだから。

 

 白式が長時間戦うには最小限度の動きだけで済ませなければならないんだが……俺にはまだそんなことは出来ない。しかも、現状動けない味方を守りつつ、格上の相手二人と戦っているんだ。燃費を気にして勝てる相手じゃないことも確か。

 

 設計者の束さんだって言っていた。一を零へ還す白式と、一を百へ膨らませる紅椿は対になる存在であり、同時に運用することが前提だと。つまり、白式を戦わせる為には、紅椿の唯一仕様能力『絢爛舞踏』が欠かせない。

 

 零落白夜は一撃必殺の最強の武器。だが、使いたくてもエネルギーが無ければ発動すら出来ない。

 

 今の様に。

 

「くそ………」

 

 箒の復帰を待つことでしか、今は勝機が見出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この問いは、はたして何度目だろうか? 少なくともつい最近考えたことがあるのは確かだった。あれはたしか………そう、臨海学校で福音を倒しに行く時に言われた。

 

 もっと素直になれ。

 

 姉さんから、紅椿の唯一仕様能力を使いこなすためのレクチャーを受けている最中に言われたことだ。ISはともかくとして、専用機なんて触れたことも無かった私が、いきなり唯一仕様能力を発動させるだなんて不可能なことだった。その時姉さんから、そう言われた。

 

 話の内容は姉妹としての関係を取り戻したいと言うものだったが、あながち間違いじゃない。私が反発していたのは今なら分かるが、我儘な面があったからだ。別れ際の父と母は確かに悲しそうに泣いていたが、「これがあの子の選んだ道なら……」と、この成長を喜ばしく思う一面も見せていた。心の片隅では、私も誇らしく思っていたさ。私の姉は世界一の科学者なんだ、と。本当の気持ちに正直になっていれば喧嘩なんてしなかった。

 

 浮かれるな。

 

 私だけのIS、専用機を手に入れたことが堪らなく嬉しかった私は森宮に釘を刺された。とっさにムキになって言い返したが、その後になって中学時代での苦い思い出が蘇って唇を噛んだ。

 

 私の悪い癖だ。手に入れた力に歓喜してついつい振りかざしたくなる。剣道の実力、最新型のIS。私が持つ物を見せびらかしたくて、この力でねじ伏せたくてたまらない。

 

 だが力は必要だ。どれだけ良い理想をかざしても、将来の夢を語っても、それに伴うだけの力が、実現させるための力が無ければそんなもの紙に書いただけの文字でしかなくなる。つまりは意味を持たない。

 

 この考え方が悪いのか正しいのかは分からない。だが、これだけは何と言われても私は引き下がらないだろう。それでどれだけ後悔したのか分からないから。家族がバラバラになる時も、剣道の試合で負けた時も、自分に負けた時も………。悔しい思いをした数だけ、私は力を欲していた。

 

 現状が最悪だなんて思ってはいない。だが、その分岐点で私に力があればより良い未来が手に入れられたかもしれないと思うと、やっぱり悔しいんだ。

 

 ………やっぱり私は、力が欲しい。欲しいんだよ。

 

《間違っているとは思いません》

 

 ッ! だ、誰だ!?

 

《私もその気持ちを知った上で、貴女様に託したのですから》

 

 どこにいる! 答えろ!

 

《ですが、今の貴女様はそう見えない》

 

 ……なんなんだこの声は。頭の中に響く様に聞こえる。

 

 返事も返って来ないのに、言葉は続いている。

 

 私の声が聞こえていないのか? それとも、私が盗み聞きをしているとでも?

 

《私欲の塊だ。誰かの為に、自らの為に力を欲しているのではない。エゴの為に力を行使している。そのような人間に機体は貸せても、力は預けられない。私の力は、そのような人間には絶対に預けられません。たとえ、篠ノ之束が望んでいてもです》

 

 エゴ……? またその言葉か……。

 

《聞こえているのでしょう? 篠ノ之箒。私からは貴女様の声は聞こえませんが。貴女様の事を言っているのですよ》

 

 ……まぁ、なんとなく察してはいたが。

 

 と言うことは、声の主は紅椿と言うことなのか? ISのコアが口を聞くことも、対話出来ることも初耳だぞ。

 

《私との対話を望むのであれば、精神的に大人になる事ですね。身体的にでもなく、年齢でもなく》

 

 うぐ……。

 

《貴女様にはISを繰る上で最も大切な物の一つが欠落している。それも見つけられないのであれば、貴女様はそれまでだったということ。力は永遠に引き出せぬままでしょう》

《我々はただの機械ではありません。知識として知っている人間は多くとも、理解している者は極々僅かですが》

《対等な関係の人間や友人から、一方的にああしろこうしろと命令されるのは気分が良くないでしょう?》

《我々とて同じこと。パートナーと言うべきISの搭乗者とは対等な存在のはず。個々の事情や関係もあるでしょう。しかし、これはどうです?》

 

《貴女様の扱いはモノだ。私たちはモノではありません》

 

 言い返せない。いろんな意味で言い返せない。とても正論で、何度も色んな人から言われたことだ。明確な私の欠点。

 

 紅椿。お前までもが私をそう呼ぶのか?

 

 ……いや、だからこそなのか。

 

 人間ではどう足掻いたところで人の心は覗けない。長けた能力を持っていても、考えを読むことができても、心の奥深く、誰にも入り込めない深層には辿り着くことは不可能だ。時には自らの心すら知ることもできない。

 

 ISは違う。

 

 搭乗者の最も近しい存在として、唯一無二のパートナーとして、彼女らは我々の色々な物を視る。

 

 記憶。

 想い。

 感情。

 思考。

 経験。

 行動。

 結果。

 

 皮を被っていようが意味などない。誰しもが無防備で、自分ですら気付くことのないナニカを視ている、知る。

 

《自分でよく考えてみなさい。力が欲しいのなら》

 

 それだけ言い残して、声の気配は失せた。まるで一方的な電話だ。言い返せず、言いたいことだけ言われて……。

 

 電波が悪い、というよりは、携帯電話そのものに問題がある。らしい。

 

 釈然としないが、この気持ちが駄目なのだろうな。

 

 言われてみれば良くわかる。知り合いに自分のような人がいたら私でも嫌う。

 

 すぐには無理だ、紅椿よ。何せ今まで言われてきた結果ですらコレなのだ。

 

 だが……

 

 ―――今だけは……!

 

 埋もれた壁に手をついて、機体を起こす。ガラガラと瓦礫を零しながら、紅椿が宙に浮いた。

 

 時間を見ると、大した時間は経っていないようだ。たかが数分。しかし、明らかな差が見て取れる。一見互角の削り合いをしているように見えるが、負っているリスクが違いすぎた。

 

 燃費が極悪な白式が序盤から全力開放した時点で、秋介の負けなんだ。

 

 絢爛舞踏という存在がなければの話だが。

 

「すまない、待たせたな」

「ああ、待ちくたびれた」

 

 ―――お前を想う私のために、

    お前を支えているもののために、

    私は戦おう。

 

 私は不器用だ。それでいて素直じゃない。

 

 だから気づけなかった。私の目的と手段がすれ違ったことに。何のために追い求めたのかを忘れていたよ。

 

 ただ、秋介と一緒に居たかっただけなのにな。

 

「行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ」

「なんだいきなり」

「今更ですわね」

「悪いことか?」

「いいえ」

 

 アリーナ備え付けのシャワールームで汗を流していると、隣のブースから声が聞こえた。返す必要などないが、放っておくとずっと笑い続けるので先に聞く。どうせ後から気になるんだ。

 

 桜花は放っておくほうが怖い。

 

「今日は楽しかった、と」

「そんなことか。私はそうでもなかったがな」

「確かに、実力は全く物足りないものでしたね」

「なんだそれは? つまらないの間違いじゃないのか?」

「私が言いたいのは、この子と一緒に戦えた事を言っているんです。結果や内容ではなく、事実ですよ」

「あぁ、その気持ちは良くわかる」

 

 なんだかんだで、桜花は刻帝を使って戦ったのは今日が初めてだったんだ。持ち前のセンスや、生身の経験を活かしていただけで、搭乗時間は両手で数えられる程度に収まる。

 

 一番最初は、狭い部屋で延々と実験したりで自由に動かせてもらえない。ある意味で、桜花は今日ISに乗ったと言えなくもないだろう。

 

 私もそうだったからな。奪った物とはいえ、サイレント・ゼフィルスに初めて触れた時に感じたあの開放感。今でも鮮明に思い出せる。

 

「彼らがもう少しマシであってくれればと、期待したのですけれども」

「高望みしすぎだぞ。お前にかかれば国家代表すら話にならんだろうが」

「あら? 国家代表とはその程度なのでしょうか?」

「その程度なものか。お前が桁外れなんだ」

「あら? マドカもでしょう?」

「私と兄さんは元から造りが違う」

「くすくす、そうでしたね」

 

 会話を心底楽しむように、桜花はくすくす笑った。

 

 シャンプーのポンプを数回押して、手のひらで泡立ててゆっくり頭を洗う。

 

 目を閉じながら、先程の模擬戦を振り返った。

 

 勝敗はたったの十数分でついた。完封とは言い難いものの、圧勝と呼ぶには相応しい勝利だ。当然といえば当然。キャリアが違う。例え篠ノ之の絢爛舞踏が発動していても、勝利は揺るがない。

 

 進化した白式が戦うところは初めて見たが……以前とはまるで別の機体だと思わされた。

 豊富になった武装と、数倍に跳ね上がった速度。何らかの補助を得ているだろうが、一線を画した機動。そして相変わらずの一撃必殺、零落白夜。

 

 奴はもっと強くなる。ブリュンヒルデが名乗れる程には。

 

 私達には届かないだろうがな!

 

 それよりも気になったのが篠ノ之だ。何が起きたのかはわからないが、一度吹き飛ばされて起きたと思ったら、前に比べて少しマシになった。何が? と言われてもうまくは言えないんだが……はて。

 

 良いことでもあった。とでも表現しようか。せめてそれが私まで飛び火してこないことを祈る。奴にとっての良いことが、私にとっての良いこととは限らないからな。

 

 そうそう、篠ノ之の絢爛舞踏は最後まで発動しなかった。だから速攻で勝負が決まったんだが……本人達は決してそれがマズイとは思っていない様子だった。

 

 ………今日はさっぱりだ。うん。

 

 出しっぱなしのシャワーに頭から突っ込んで、泡を流す。

 

「………もやもやするぞ」

「そうですか?」

「ああ。上手くダシにされた気分だ」

「ギブアンドテイクでしょう? 私達もテスト相手に彼らを選んだのですから」

「それはまぁ、そうなんだが……」

 

 そもそも、私たちがアリーナへ来たのは刻帝が見たかったからであって、新パッケージの具合を試したかったからであって………。たまたまそこに織斑と篠ノ之が居たから桜花が勝負を吹っかけたわけで………。

 

 結果として模擬戦には勝ち、満足のいくデータが得られたのだから不満はないんだが。

 

 なんだろう、この気持ちは。

 

「寂しいのですね」

「何か言ったか?」

「またバストが大きくなりましたねとしか」

「っ!? どこを見ている!!」

「マドカのおっ―――」

「わあああああああああああ!!」

 

 簪相手によくからかったりするネタだが、自分が言われるとどうも落ち着かない。……いや、話題が嫌なんじゃない、相手が桜花だからだ。現に姉さんとは色々と比べたげふんげふん。

 

 勢い余ってシャワーを手に取り桜花に向かって吹きかける。ブースと言っても、型から太ももまでを隠す仕切り版一枚が間にあるだけで、横を向けば隣の顔がよく見えるのだ。本当はこういうことはダメなんだが、桜花相手にはこれでもぬるい。

 

 そう、なぜだろう? こいつはほぼ確実に避ける。

 

「全く、どうして自分が言われるのはダメなんでしょうね? いつぞやの襲撃者には売女などと言いのけたでしょうに」

「お前はよからぬ解釈をする上にいたずらに広めるだろうが!!」

「何のことかさっぱりですわ。兄のために毎日揉んで大きくしようと頑張っているマドカさん」

「桜花あああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 なぜそれを知っている!? 兄さんにも見られたことが無いというのに……!

 

 そこから先は……よく覚えていない。いや、誤魔化したい気持ちが無いわけでもないが本当に覚えていないんだ。聞くところによると私と桜花揃って逆上せていたらしい。目を覚ましたら保健室で並んで氷を脇に挟んでいた。屈辱だ。お互い人間離れした身体をしているにも関わらず、記憶を飛ばすまで風呂場にいるんだから、いったいどれだけの時間何をしていたんだろう?

 

 考えたくもなかった。

 

 ただ、その日の夜に着替えようと服を脱いだら、何かが吸い付いた跡が体中にあったり、服がこすれるだけで反応する程敏感になっていた。ということだけは二人共通の事実で、秘密にした。

 

 でも楽しかったことは確かだ。最近は嫌なことを忘れて楽しんだり笑ったりすることは無かったから余計に。

 

 だから、模擬戦が終わった後のもやもやの正体がなんとなくわかる。

 

 桜花が言っていた通り、寂しさだろう。

 

 兄さんはいない。姉さんとは会えない。簪とも楯無ともぎこちなさがある。本音や虚との会話も減った。リーチェは引き攣った笑顔ばかり。ラウラは一見いつも通りだが、普段ならあり得ないミスが増えた。桜花も今日のように不注意を起こす。

 

 たった一人の人間が消えただけなのに、こんなにも心が寂しくなる。

 

「……会いたい」

 

 ただでさえ大きなベッドをくっつけた兄妹お手製ベッドは、やっぱり広かった。

 





 感想お待ちしてます。
 ……久しぶりに言った気がするなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55話 「まだ始まったばかりだろう?」

『さぁ!! さぁさぁさぁ!! とうとう始まりますよー! 今年も今日という日がやってまいりました! そう! モンドグロッソに並ぶISバトル! キャノンボール・ファストです!』

「黛のやつ、やたらと張り切っているな」

「去年からずっと実況やりたいって言ってたからね、薫子ちゃん」

「私は学生がアナウンサーをやることに驚いているんだが……」

「それは、これが国際大会ではなく学園の行事に過ぎないから」

「姉さん」

 

 選手控室で偶然あった楯無と話していると、後ろから姉さんが現れた。話題は今実況している楯無の友人の話だ。二年の新聞部、だったような……。

 

「キャノンボール・ファストが元々は国際大会っていうのは、マドカちゃんも知ってるでしょ」

「当たり前だ。何せ、黛が言うとおりモンドグロッソと並ぶIS二大イベントだからな。国家代表達の憧れだろう?」

「そうそう」

 

 織斑千冬が覇者となり、名を広めた大会がモンドグロッソ。これはもはや説明するまでも無く、男だろうと知っている知識だ。

 それと肩を並べるのがこのキャノンボール・ファスト。モンドグロッソ同様に国際大会として認知されている。オリンピックのように各国で代表を決めるための大会が行われることもしばしばあり、やはりこちらも有名だ。

 

 だからこそ、こういった学外の会場を借りて大会を行う程なら、外部から有名且つ優秀なスタッフを雇うものだと思っていたんだが……。

 

 成程、黛の気合いが入るのもうなずける。客は学園生だけじゃないからな。学内トーナメントとはわけが違うだろう。

 

 最も、それは出場者側の私達も同様だ。

 

「姉さんと楯無は、国際大会に出たことがあるのか?」

「ある」

「私もあるわ。確かあの頃は……蒼乃さんが三位で、私が七位だったわね」

「姉さんが……三位? 楯無はともかくとして」

「ちょっと?」

「わざと、負けた」

「どうしてまた?」

「ふふっ、一夏の為ですよねー?」

「そう」

 

 ……よくわからないけれど、姉さんなりの考えがあっての結果なんだろう。それに終わったことを今更言ったところでどうにもならん。

 

「同じ試合じゃないのが残念だな」

「仕方ないでしょ? 本当は一年生が参戦するってだけでも特例なんだから」

「分かっている。ありがとう、楯無」

「ふふん」

 

 扇子を広げて得意げに笑う楯無。この特例を学園に認めさせたのは、この楯無なのだから。私の様な専用機を持っている一年生に限り、出場を認めると。

 

 本当に感謝しているぞ。目の前でこんなに楽しそうな戦いがあるのに黙って座ったままなど、勿体ない。

 

「マドカ」

「うん?」

「怪我しないように。結果はついてくる」

「うん。姉さんもね」

「私の心配なんて、千年早い」

「ははは」

 

 まったくだ。

 

「私は直ぐだし、準備があるからもう行く」

「頑張りなさいな」

「ああ」

 

 楯無の言葉に返し、にこりと笑って手を振ってくれた姉さんに、笑って手を振り返してその場を後にした。

 

 私に割り当てられたロッカーの前で、もう一度自分の作戦と、相手のスペックを確認していく。

 

 織斑秋介。

 間違いなく優勝候補の一つ。元々の速度に加えて進化した機体は出力がもはや違う。ただし、当人の技術と慣熟が済んでいないので、競り合うことにはなるだろうが脅威はそこまで高くない。燃費が劣悪な中での零落白夜使用はまず無いだろう。

 

 篠ノ之箒。

 ここも強いところだ。速度特化に調整を施した唯一の第四世代という化け物の様なスペックに合わせて、絢爛舞踏という反則技がある。ただし、発動するかは別だな。性能に引っ張られているところもあり、問題とは思えん。

 

 セシリア・オルコット。

 同じイギリスのBBC製機体ということで、スペックであれば熟知している。高機動パッケージの『ストライク・ガンナー』も当然であり、対策もバッチリだ。技術とBT適正どちらも私が上回っている為、脅威とは成りえない。が、最近の成長の様は目を見張るものあり。

 

 凰鈴音。

 中国のISコンセプトからして、レースの様な尖った性能が求められる状況では、機体は強くも無く弱くも無い。機転が効きやすく、汎用性の高さからカスタムも容易だ。専用のパッケージを使った上で、何らかの工夫を凝らしてくるだろう。元々は近接タイプで速度と瞬発力も高い上に、本人の性格や気質的にも向いている。

 

 シャルロット・デュノア。

 尖った所が無い、という面では凰と同じであるが、ラファールという名機のカスタムタイプと言うことは土台が違う。調べてもらったが、どうやら既存の高機動パッケージは使わないらしい。新作でも持ち出してくるのか? 当人の技術も高く、危険視すべきだろう。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 問答無用で立ちはだかる良きライバル、か。重ISであるレーゲンを他の高機動と並ぶどころか追い抜くぞ、と本人が語っており相当の自信があると見た。実力者の自信がある様など警戒の塊だ。目は離せないな。

 

 皇桜花。

 身体能力は私や兄さんに匹敵するほど高く、経験も豊富。機体の能力もぶっ飛んではいるが、生憎と基礎的な性能は他の専用機に比べるとイマイチと言ったところ。出来あがった機体にパッケージなどあるはずもなく、調整して挑むと言っていた。何にせよ、時喰みは警戒しなければな。近寄らないのが正解だろう。

 

 更識簪。

 良き友人であり、主。だが、手を抜くつもりは無い。得意のプログラミングでCBF仕様に切り替えたらしい。打鉄弐式の元の速度は中々の物だったが、どう化けるかだな。正直、一対一であれば私の敵ではない。

 

 そして……。

 

「ハァイ、マドカ」

「リーチェか。準備はいいのか?」

「イタリアの候補生はいつでもCBFに出る準備が出来ているのよ」

「それもそうか。私がリーチェにCBFに於いて心配など意味が無い」

「そ、そこまで言わなくてもいいんじゃない……?」

 

 ベアトリーチェ・カリーナ。

 速度に於いてはまるで他を許さない、イタリアの候補生。今回間違いなく優勝するとの声が高い選手だ。イタリアがレースに参加するだけで賭けが成立しない、と言うレベルで。人殺しの速度を扱い、こなしてみせたリーチェこそが、最大の敵。

 

「ところで、マドカはCBFについてどれだけ知ってる?」

「人並みだな。先のアナウンサーが言ったように、モンドグロッソに並ぶ大会と言うことぐらいか」

「じゃあ教えてあげる。CBFはイタリアISの原点になるものよ」

「原、点?」

「そう」

 

 私の後ろのロッカーを開けたリーチェは上着を脱いで着替え始めた。衣擦れの音を聞いて私も着替えを始める。兄さんに似せて付けるように、織斑千冬との関係を疑われないようにと言われて付けたこのウィッグにも慣れてきたな。

 

「最初はただのテストだったの。テンペスタの速度テスト。最初はこんなに速さを追求するような事は考えて無かったんだって」

「ほう? それは面白いな。とてもイタリア人から聞ける言葉ではない」

「あはは、そうだね。で、そのコースにそって移動しながら戦闘テストも始めたの。より実践的なデータが取れるって事でいっぱいやった。それで、そのテストを繰り返すうちに、戦う上で大きな要素は速度にあるって提唱した科学者がいたの。その人が、実はテンペスタの親になる人」

 

 よっと、とスーツを着替える際にお互い声が漏れる。吸着力が強いから大変なんだよな。

 

「最近スーツがきつくなってきたな」

「あ、私もそうなんだー」

「主に胸のあたりが」

「うん、滅びろ」

 

 物騒な女だ。

 

「それで、テストを繰り返していくうちにそれが広まって独り歩きしてCBFとなった。その影響もあって、イタリアはさらに速度へ固執すると」

「そうそう」

 

 結果的にそれは間違いではなかったと思う。モンドグロッソと並ぶ大会として認知され、テンペスタはISのスピードというジャンルをかっさらい、記録を打ち立て、国を発展させた。

 

 だが、大きすぎるものに呑まれ、人の意識まで変えてしまった。悪い、と言うことは無いだろうが、気持ちを縛るこの様はやはり呪いの様なものだな。

 

「だから私は、これだけは負けられないんだ」

「そうか。良い戦いが出来そうだ」

「そうだね。マドカには気をつけないと」

 

 こつん、と拳を突き合わせてリーチェとはそのまま別れた。

 

 更衣室を出た後は、割り当てられた個別の整備室で最終確認だ。織斑との模擬戦で得たデータをもとに完成したコイツのお披露目というこうじゃないか。

 

「フフフ………」

 

 私が一位をとって見せる。リーチェに勝つ!

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

『さぁ第一試合、一年専用機組が間もなくスタートしようとしています。申し遅れました、実況を務めますのは私IS学園二年生、黛薫子です。将来は未定、とにかく安定した家庭を持ちたですね。あ、子供は少なくても三人は欲しいところであります!』

 

 わははは、と微妙な笑いが会場に起きる。

 

「まったく、返しにくい事を大声で言うな。恥ずかしいぞ」

「まあまあ」

 

 ラウラの呟きにデュノアが返す。そういうデュノアも引き攣った表情で、周りの皆も大差なかった。

 

 ここ出場前の控室でも、アナウンスはバッチリ聞こえる。

 

『失敬失敬。さて、早速選手入場と言いたいところでありますが、その前に今大会の解説をご紹介致しましょう! お願いします!』

『はろはろー♪ みんなの束さんだよー』

『……織斑千冬だ』

『そう! 世界も黙るスペシャルコンビ! IS生みの親である篠ノ之束博士と、世界王者であり我らが学園教師の織斑千冬先生です!』

 

 一瞬にして会場がざわめく。それ以上に、選手控室の空気がガラリと変わった。

 

「姉さんが、解説役でここに来ているだと!?」

「俺の姉さんはわかるけど、なんで束さんまで……」

 

 そう、そこだ。

 

 織斑千冬は()世界王者であり、現役を退いて今では一介の教師だ。学校の行事がここで行われる以上、引率は当然だ。解説役として、というのは大きな疑問だが、隣に篠ノ之束がいることを考えれば理解できる。篠ノ之と織斑が出場するというのに、あの女を他に誰が止められるものか。

 

 問題は篠ノ之束だ。IS学園にしばらく居座ると宣言し、簪を弟子に取った。それが出来るのは他国が手出しを出来ない学園内の敷地だったからであり、個々の様な市街地のど真ん中で学園の治外法権など通用しない。これを機にと国家政府企業組織、ありとあらゆる人間がここへ押し寄せる。

 

 勿論、何らかの守りの手段は用意しているだろうが……厄介なウサギだ。

 

 ………待てよ?

 

「簪、知っていたな?」

「う」

 

 現状、篠ノ之箒と織斑秋介は篠ノ之束とそこまで接触していない。勉強に放課後訓練と忙しく、文化祭から今日までこの距離にいるにも関わらず会わなかったそうだ。

 それと違って、簪は学ぶ為にほぼ毎日篠ノ之束のもとを訪れた。更識への利益など度外視して、ただ腕を磨くために、知識を満たすためにひたすら通い続けた。

 

 近しいものには話もするし、心も開く。篠ノ之束がそう言う人間なら、わざわざ弟子にとった簪へ何の話も無いのは少々おかしい。

 

 簪本人の気不味そうな表情からして、知っていた様子だ。

 

「黙っているように言われたか」

「バレたら連れて行ってもらえないって、こう、我儘言ってたから?」

「我儘?」

「うん。飛び込みで参加するって」

「………」

 

 ああ、らしいなと思った自分がムカツク。アレはそう言う人間だった。予約オンリーの店にその場で座って注文するような客だ。今回も大差ない。というか、臨海学校の繰り返しだな。

 

 一体何を考えているのやら。

 

『さぁて! 紹介も終わったところで選手入場と行きましょう! 一人ずつ紹介を混ぜて行きますよー!』

『いえーい!』

『まずは、イギリス候補生のお嬢様、セシリア・オルコット!』

『機体は……ああ、このビット。元々機体がこれに向いていない中でどこまでやるのか気になるよねぇ』

「あんまりな紹介ではありませんこと?」

 

 少しがっかりした様子のオルコットは、口とは反して凛々しい態度で控室を出てスタート位置へ歩いた。その場でISを展開する。

 

『おてんば中華候補生、凰鈴音!』

『発想は面白いと私も思うな、この甲龍。使いようだけど』

『次世代の天才科学者、更識簪! これは博士のお弟子様ですね』

『筋は良いし、気にってるよ? 機体が残念だけどね』

『ドイツの冷氷、ラウラ・ボーデヴィッヒ!』

『あー、懐かしい名前だなぁ。そこそこやると思うよ』

『全てが未知数、望月の新型を駆る、皇桜花!』

『うへぇ、私ああいうタイプ苦手』

『フランスの貴公子、シャルロット・デュノア!』

『おや、機体が違うね。これは楽しみだ』

『唯一の第四世代型を持ち博士の妹、篠ノ之箒!』

『きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああほうきちゃああああああああああああああぁぁぁぁげふっ!!』

『やかましい! やるなら公平にやれ!』

『ははは………。続いて、あの二代目日本代表森宮蒼乃の妹、森宮マドカ!』

『ふむ。実力と機体共にもはや国家代表のレベルに到達している森宮は、やはり安定した強さを持っている。選手は誰しも危険視するだろうな』

『すごい、先生に変わっただけで解説がこんなにも違う!』

『こいつと一緒にするな』

『さてさて。えー次はその先生の弟にして二人目の男性操縦者、織斑秋介!』

『燃費こそ劣悪だが、その機動力と攻撃力を見れば総合的にトップの性能を誇る機体は強力だな。そのかわり、まだ織斑は扱いきれないようだが』

『……先生も博士みたいに騒がないんですか?』

『貴様は留年だ、馬鹿者め』

『ええええ!? ま、まぁその話は後にして……。さて、今試合の最有力候補にして圧倒的アドバンテージを誇るスピード狂、ベアトリーチェ・カリーナ!』

『これに関しては言うことは無いな。平均的に高い技術を持ったカリーナにとってはこの大会も庭を走るようなものだろう。言い過ぎなどではなく、優勝して当たり前、のレベルだな。たとえこれだけの優秀な選手が揃っていても、だ』

『さぁ! 選手入場と紹介を済ませたことですし、そろそろスタートです! 選手の皆さま、心の準備はよろしいでしょうかね!?』

 

 そんな物はとっくに済ませている。

 

 最後にスタートラインへ立ったリーチェがステラカデンテを展開したのが合図となり、ラインの端に立つ審判がフラッグを高く掲げた。

 

『それでは会場の皆さんもご一緒にいきますよー!』

 

 5

 

 4

 

 3

 

 2

 

 1

 

『『GO!!!!』』

 

 合図で一斉に全機が飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

 頭一つ……いや四つほど飛び出して早速独走を始めたのはリーチェ。それに追随するように織斑と篠ノ之が続き、あとはドングリの背比べと言ったところか。

 

 たったの一機を除いて。

 

『な、なんということでしょうか!? ラウラ選手、まだスタートラインから動いていません!』

 

 そう、ラウラの姿が無い。実況を聞いて初めて奴の行方を知った私はハイパーセンサーで確かに後ろにいることを確認した。

 

 一体何を……っ!? 熱量が急激に増加……なんだこの洒落にならないエネルギー量は!

 

 最大望遠でシュヴァルツェア・レーゲンを見る。隅々までここから観察し、エネルギーの正体を掴んだ。

 

「こ、この大会でそれを持ち出すのかお前!?」

「守りに重きを置いたこの機体では、ここまでしないと張り合えないのでな!! そら、シャトルが通るぞ!!」

「くそ! やるじゃないか!」

 

 ラウラが使用していたのはロケットエンジン。つまり、宇宙に打ち上げられる人工衛星やシャトルに使われるような、重力を振り切る推力を出すアレである。流石のISでもそれだけの速度を出すのは並大抵のことではないし、それに轢かれたとあればタダでは済まない。

 

 まるで弾丸の様だった。パッケージ『モーメント・ノイズ』によって増設したブースターを大きめに吹かしてとにかくコースの端へと退避。一瞬後に暴風と煙が襲いかかり、体勢を崩しかけた。

 

『これは凄い! ロケットブースターを使ってあっという間に最下位から先頭集団に突入!!』

 

 がこれはチャンスだ。すぐさまシールドビットを射出。エンジンに傷をつけないようにシールドを突き刺してアンカー代わりに使う。モーメント・ノイズ装着時は、最大加速にビットが付いてこれない為にワイヤーが装着された有線式になっているからこその技だ。

 

 過ぎ去っていく景色の中で、ラウラへの運賃代わりと後々の為にライフルビットを展開し、星を砕く者(スターブレイカー)を抜く。障害物を狙いつつ、牽制代わりにバラバラと弾を撒く。

 

「よし、これでしばらくは……」

「安心?」

「っ!」

 

 声のする方を向きながら、ほぼ反射でナイフを抜いて身体の前で防御の構えをとった。ガキンと火花が散り、自分の勘が正しかったことを察した。

 

「デュノア!」

「考えることは同じだよね!」

『これは驚き! あの速度の中でどうやったのか、森宮選手とデュノア選手がラウラ選手のロケットにアンカーを打ち込んで牽引させているぞー!』

『まるで体の良いタクシーだな』

 

 気付いているのか、いないのか。ラウラはひたすら飛び続けており、減速する気配がまるでない。つまり、まだ後続を引き離せるということだ。

 

 お互い、張り付いている敵が居なければ。

 

「よく気付けたな。私は最後尾にいたから異変に気付けたが」

「ラファールに結構似た装備があるから、僕は始まる前から気付いていたんだよ」

「成程な。お前、ラウラに気付かれないように開始直後にワイヤーをかけていたな?」

「そういう森宮さんこそ凄いね。あれの初速を避けて引っかけるんだから」

 

 つまり落とす。

 

 ナイフで斬りかかり、ライフルビットをエンジンを傷つけない角度から撃たせる。が、当然当たってくれるはずも無く避けるか防がれた。

 

 大きなシールドで防いだかと思うと、まるでそれが変形したかのようにライフルに変わってこちらのビットを狙い、私がナイフを持って攻めると今度はライフルがブレードに変形して切り結んだ。

 

「便利な武器だな!」

「でしょ? 僕ってば、技術者向いてるかもね!」

 

 更にぐっと力を込めると、押し返すようにデュノアも力を入れた。加えてブレードの仕掛けが発動して、峰からノズル光が見えるように。刀そのものが加速して力を増しているのか……!

 

 下からビットに撃たせて距離をとらせる。

 

 ……ただの武器じゃないし、あんなもの兄さんでもきっと見たことが無いぞ。盾になったかと思えば銃になり、銃になったかと思えば剣になり、剣になれば峰にノズル。そんな武器があれば企業は発表するだろうし、私も知っているはず。

 

「どんな仕組みなのやら」

「知りたい? 負けてくれるか降参するなら教えてあげなくもないよ?」

「断る。自分で測って見せる…………っ! 揺れが!」

「ら、ラウラが無茶な操縦してる……!」

 

 距離を離したところで急激に揺れが酷くなった。デュノアが言うとおり、アンカーの繋がる先……ラウラがこのロケットを使う間でやってはいけない様な操縦をしているということだ。

 

 すぐさまマップを確認する。ラウラのお陰で先頭集団に食い込めたわけだが、それでも一位では無かった。ラウラより先に飛べると言ったらリーチェしかいない。

 

「向こうもドンパチやってるということか。おっと」

「残念、当たると思ったのに」

「綺麗な顔をしている割には考えることが黒いな。いや、だからこそと言うべきか?」

「酷いなぁ。余所見する方が悪いんじゃない?」

「そう焦るな」

 

 ライフルを構えてデュノアに向ける。

 

「まだ始まったばかりだろう?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56話 一線級の雛

 活動報告にも書いたんですけれど、時数を増やすか否かで悩んでいます。一話のボリューム増やしたらもっと濃い内容ができそうなものでして……

 基本私は七千字なんですが、まだまだ字数を伸ばす余裕がありますが。

 ご意見あればお伺いしたく思います。できれば活動報告かメッセージで。

 ちなみに今回は一万一千字です。


 キャノンボール・ファストとは?

 

 ものすごく簡単に言ってしまえば妨害アリのF1のようなもの、だ。実際にはF1のような速度ではないし、三次元的な軌道であり、ドンパチ戦争をするような銃や剣の応酬なんだけど……まぁ、簡単に言ったらってことで。

 

 正式なルールとしては、『決められた回数周回し、最終的に一位だった者を勝者とする。国際規定に準ずる程度の妨害は許可する』というもの。

 

 アラスカ条約による国際規定は、主にISの帰属権や、起動する際の留意点などが殆どであり、戦闘行為に関しては全くと言って良い程定められていない。それもそのはず、ISはもともと宇宙開発のために篠ノ之束が作成したマルチフォーム・スーツであってバトルスーツじゃない。武装は宇宙に漂う惑星や隕石の欠片やゴミを排除するためのモノであって、けっして国家や人間に、ましてやISに向けるものではない。

 

 つまり、何でもOK! ってことだ。

 

 制限が無い以上、激しい争いが繰り広げられる。毎度の国際大会ではド肝を抜くような戦法やパッケージを持ちあって、観客を盛り上げてくれる戦いが魅力の一つだろう。というかそこしかない。競艇や競馬のように賭けをして楽しむ要素もないのに、世界中の人間が釘付けになどなるものか。

 

 さて。

 

 今現在の試合運びはっと……トップを独走するのは、案の定イタリアのテンペスタ。それを追いかけるのはロケットエンジンという荒業を見せるドイツ。ご相伴に預かるようにBT二号機とフランスの新型。そこから少し離れて小競り合いを見せる白式と紅椿とBT一号機。後ろで前方を追い抜く機会を伺うように中国と日本の二機。

 最後尾グループが巻き返してトップに躍り出るのは相当に苦労するだろうが、まだ不可能ではない距離だ。それは同時に先頭集団も理解しているので、このままさらに引き離そうと、そして前に出ようと躍起になる。

 

 始まってから数分と経たない現状だが、なかなかに楽しめる。

 

 雲一つない快晴の上空およそ二万メートルから、俺はほぼ真下にあるIS学園恒例行事の一つ、キャノンボール・ファストを観戦していた。

 

 急激なカーブを要される第一の関門ともいえるポイントで、ドイツはロケットエンジンを切り離し、ワイヤーで破壊。取りついていた二機を爆発で大きく吹き飛ばして大きな差をつけた。彼女が狙うのはあと一機のみ。巻き込まれた二機はそのまま体勢を立て直す前に後続の機体全てに抜かれ、一気に最下位へ転落。

 

 ふむふむ、面白いな。実力者があっという間に。

 

『失礼。そろそろ時間だから準備してね』

「ああ、分かっている」

『観戦でもしてた?』

「そうだな。ここは何もないから暇だ」

『敵情をうかがっていたとでも言えばいいのよ』

「だから観戦していたんだ」

『状況に応じて言葉を変えなさいな』

「我々の間には不要だろう? 少なくとも、実働隊は」

『くすくす。そうね』

「俺の好きに始めていいんだろう?」

『勿論。そのかわり、時間は気にしてね』

「ああ。任せてくれ、スコール」

『ええ。任せているわ、一夏』

 

 チャネルの通信を切って、武装を呼び出す。今回の為だけに用意された超高高度狙撃銃だ。輸送機から受け取った装備一式をPICによって制御下に置いて浮かせ、狙撃の体勢に入る。地上と水平になるように身体を傾け、スコープを覗いて狙撃モードに切り替えた。直結した付属パーツの情報や視界がそのまま表示される。

 

 ピントを合わせると、いつの間にやら後続から突出したBT一号機と日本の候補生がアップで映る。何があったのかはさておき、あれだけの集団を切り抜けるとは、なかなか評価できるな。

 

 今度はランダムに配置された大小様々な障害物が設置されたポイントだ。流石のイタリアはまるで先に何があるのか把握しているかのようにするすると通り抜けていく。が、他はそうもいかない。それまで好調だったドイツも減速せざるを得ない状況だ。

 そこで追い上げを見せたのは、驚くことに中国だった。

 

「お先ーーー!」

「なっ!? なんだその出鱈目な軌道は!?」

「ふっふーん。特訓の成果ってやつよ」

 

 決められた線路の上を走る列車のように、時に滑らかに、時には角度をつけて、イタリアとは違った軌道を見せつつ追い抜いて行く。まるで原理は分からないが、入学する前にはなかった技術だ。成長が見て取れる。

 

 射撃による反動相殺するために、シールド内臓のスラスターに火を入れる。発砲と同時に一瞬だけ、衝撃を相殺する程度に吹かして第二射、第三射と続けて撃つ為にだ。要求される技術は相当なレベルだが、俺には朝飯前だ。

 

 まずは先頭のイタリア。それから……いや、同時に撃ち抜こう。

 

 このライフルはエネルギー兵器だ。ならば、偏向射撃による制御が出来る。

 

 ためらいなく引き金を引いてすぐに、その場でぐるぐるとまわり続けるようにコントロール。すると、ドーナツ状になったエネルギー弾はいつの間にか球体に変わった。これでもコントロールする手は止めていないが、恐らくこうなる方が一番楽に停止させられる。

 

 同じように機体の数だけ球体を用意した後、倍率を下げて会場全体が見えるように調節。それぞれに狙いを定めて、俺はコントロールを手放した。球体が一本の光と姿を戻して、地上へと吸い込まれていく。

 

 行く末を見守るため……ではなく、その勢いに乗じて奇襲をかけるために狙撃銃諸々をパージ。PICの制御を無くしたパーツはこれまた地球へと吸い込まれていった。下で回収班がスタンバイしているので、気にせず会場へと降りていく。

 

 一切の制限を解放し、代わりに首輪代わりとしてかけられたリミッターの中であっても、ビームに追いつくのはそう難しいことじゃない……と言いたいがそうもいかないようだ。それはそれで構わないが。

 

 降下中も会場からは目を離さない。

 

 そろそろ着弾する頃だ。一心不乱に前とゴールを目指している学園生が上空など気にすることなどないので、狙われているなど欠片も思わずに飛び続けている。

 

 そこではっとした表情で上を向いたのが二人。BT一号機と、夏に仕上がった日本の新型。

 

「もう遅い」

 

 俺が呟くと同時に、アリーナには着弾の煙と爆発による煙で一部が覆われた。

 

「ちっ。すまない、避けられた」

『あら? 外したの?』

「いや、気づかれた。命中は確認しているが、大したダメージにはなっていないな」

『だそうよ』

『まぁいいじゃね? 当たったんならよ』

『私たちなら狙撃すらできないわ。気にするほどでもないと思うけど』

『一夏でもミスするんだー。驚きだね』

『アタシはなんだってかまわねぇぜ。戦えるんならな』

『らしいわ』

「ふん」

 

 擁護されようがされまいがかまわない。どちらにせよ、気づかれておきながら痛手を与えるほどの結果にならなかったことは変わらないのだ。

 

 煙が晴れていく。

 

 損傷が見られたのは、中国の片側のユニットが消滅、紅椿が推進系を殆どやられており肩を借りている状態、日本の候補生を庇って被弾した新型の方はあっという間にボロボロだった。確実にこの三機は止められたようだ。逆に他はほぼ無傷に近い。

 

 残った機体は、白式、BT1、新型ラファール、ドイツ、BT2、日本、イタリアの計七機。

 

 変わってこちらは四機。さて、時間内に片づけられるかどうか……。

 

「仕掛ける」

 

 誰かの返答もなく、俺はアリーナの上空で減速し、連中を見下ろした。

 

「そんな……一夏?」

 

 呆然とした表情で俺を見上げるイタリア候補生。一人だけ絶望したような表情で俺を見ていた。まるで、知らされていなかったかのような……。

 

 先日の学園祭で顔を合わせたのは白式とBT2と、生徒会長の三人だけ。そこから他の専用機へ話があったものだとてっきり思っていたが、どうやら違うらしい。よく見れば他にも唖然とした表情の人間がいた。

 

 俺には全くそちらの事情は関係ないがな。

 

 改造して、左腕に装備された二丁のヴルカンの銃口を向ける。ニュードタイプのガトリングであるこいつには、銃身が焼付く心配もなく、空撃ちして銃身を回す必要もない。トリガーをためらいなく引く。

 

 ―――前に、四枚のシールドで四方をカバーした。直後に巨人の手が夜叉を握りつぶそうと掌を閉じる。

 

 この程度……!

 

 一瞬だけシールドのブースターを吹かして空間を確保。右手に魔剣(ティアダウナー)をコールして一閃、ナノマシンが綻びを見せたその隙間から脱出した。

 

 攻撃を仕掛けてきた奴は会場のコース内にいる専用機じゃない。特等席とも呼べる観客席の最前列……電磁シールドを紙のように引き裂いて、その姿を現した。

 

「一夏……」

 

 森宮蒼乃。現日本代表。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏が狙撃を外したという報告が入ってきたその瞬間から、私たちの作戦はスタートした。

 

 私、スコール・ミューゼルは待機していたホテルの屋上から機体を展開して会場へ。私たちの中で顔が割れているオータムは私と同行させ、もう一人正体が知れていたアリスは、会場を中心として私が待機していたホテルとは反対側にあるホテルから。つい最近私の部隊へ編入された新入り二人は後方支援として、ちょっとしたお使いを頼んでいる。

 

 夜叉から送られてきた詳細なデータを元に、敵の損傷具合を確認。既に初撃で負傷した数名はピットへと下がっており、迎え撃つ体制を整えている。観客の避難はすでに始まっているが、専用機たちはアリーナの外へ出てくる気配はない。

 

 既に姿を見せた一夏へ襲い掛からないのは、市街地戦になってしまう可能性があるからだ。観客が避難を完了させるまでは非常に危険だが、それ以上にアリーナの外には大勢の一般市民が生活をしている。被害を拡大させないためのは、ここで食い止めるしかない。

 

 と、考えているだろう。

 

 私たちの狙いはもっと別のモノなんだけれどね。勝手に勘違いしてもらっておこう。観客の命なんてどうでもいいし、市街地がどれだけの被害を被ろうが知ったことか。

 

 だが、後々面倒なことにもなりかねないので極力避けるようにと全員に伝えてある。私たちの都合で、被害が大きくなるのは困るのだ。

 

 自然とお互いの利害は一致する。

 

 しかしわざわざ避難が完了するまで待ってやるほどの時間はない。遠慮なく仕掛けさせてもらう。

 

「スコール、どう攻める?」

「侵入は一夏が空けた穴からよ。向こうはすでに交戦しているから、合流せずに中に入りましょう。それからは手筈の通りに」

「分かった」

 

 私の専用機『アルカーディア』にしがみつくように八本の足を絡ませるアラクネが、少し力を緩めた。それだけでオータムの意図を察した私は速度を上げる。他の第三世代型に比べて速度が出る機体ではないが、少なくとも第二世代のアラクネよりは速い。

 

 加速し、少しの上昇の後に急降下。真下を睨む一夏の真横を素通りして更に加速。一番近くにいたIS……エム、もとい森宮マドカのBT二号機へ文字通りアラクネを叩きつける。

 

「オータム……亡国機業か!」

「久しぶりじゃねえか、この裏切り者がァ!」

 

 アレには好きにやらせた方がいい仕事をしてくれる。熱くなって目的を忘れていなければそれでいい。

 

 さて、

 

「さ、かかっていらっしゃい」

 

 私は私のやることをやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前の初出撃で実戦とはどんなものなのか、敵とは何なのか、目的を果たすためにはどうすればいいのか、等々様々なことを学んだ私ではあったけれど、とりあえず思ったのは「これって本当に私!?」という感想だった。

 

「私あんなにキヒキヒ笑ったりしないよぅ!」

「新兵は気が動転する、なんて珍しい話じゃねぇよ。あんまり気にすんな」

「そうね。私としてはあのままでも面白いから全然気にしなげふんげふん……戦場では熱くなったら負けよ。どんなハプニングが起きても、気をしっかり保てるように鍛錬なさい」

「いま面白いとか言った!? 言ったでしょ!?」

「そうカリカリすんなよ。ほら、飴やるぞ」

「食べるー!!」

 

 ……嫌なところまで思い出してしまった。削除削除。

 

 とにかく! ないすばでーなれでぃーであるこの私、アリス・セブンはまだまだだったということが突きつけられた初陣だったというのが、私の感想だった。

 

 自分のBT適正に胡坐をかいていたんだ。操縦技術が拙いことは自覚がある。それでもこの偏向射撃さえあれば敵なんていないと……あ、学園生程度なら、ってことよ? 一夏やスコール、あと憎たらしけどオータムも超一流のIS乗りだし。

 

 それがあの結果。私が後釜としてISを任される原因となった元亡国機業が一人、エムは私とは次元の違う強さを持っていた。それこそ、スコールやオータムと肩を並べるほど。

 

 必然的な負けだと、私は彼女の顔を見た瞬間に直感した。その感の通り、私はコテンパンにのされるわけだけど。

 

 一夏はこう言っていた。

 

「一つに秀でるのも悪いことではないだろうな。だが、それだけで勝てるほど戦いは甘くはない。今回はいい例だったと思うぞ、アリス」

「そうなの?」

「BT適正は、おそらく二号機の搭乗者を除けばピカイチだ。だが、偏向射撃だけでは勝てなかっただろう? 練度だけじゃない、経験や基礎的な技術すらないのに勝てるものか。物事は土台からしっかり築かなければ実を結ばない」

「分かりやすく教えてよ……」

「お前は歩けないのに走るからこけたんだ」

「わぉ」

 

 つまり段階を踏めばいいってことでしょ。

 

 だから帰ってからは基礎練習に徹した。展開速度から磨きをかけて、少しでも効率のいい動きを身に着けるために過去の映像やログを漁って勉強している。

 

 ISはおいそれと使えるものじゃないから、組織内で模擬戦をするのも楽じゃない。だから今回の戦闘はいい物差しになってくれるはずだ。なにせ、相手はあのエムだけじゃないんだから色々な経験が得られることだろう。たぶん。

 

 メンバー曰く、日ごろの努力が実を結ぶ瞬間は何とも言えない心地よさが生まれるらしい。

 

「サザンクロス!」

 

 機体を展開して待機していたホテルの窓を突き破ってから一直線、会場のアリーナへ向けて飛翔する。事態は通信で把握していたので、一夏だけではなくスコールたちの状況も即座に理解、同様に電磁シールドの穴から侵入する。

 

 オータムはエムにかかりきり。悪い意味ではなく、敵の最高戦力の一つである森宮マドカを抑えている。更にいうなれば、一夏は世界最強に近いと名高い森宮蒼乃と一騎打ち。スコールの頭の中では、残している二人とやらを出すつもりはないので、実質残された機体を私とスコールだけで相手をし、目的を達成しなければならない。

 

「来たよ、スコール!」

「いいタイミングね、アリス」

 

 サザンクロスの主兵装であるバトルライフル『サザンクロス』を展開してスコールと肩を並べる。隣のスコールは菱形の浮遊シールド『アヴァロン』の一つから六本のブレードを取り出して、内一本を右手に持ち、残りの五本を機体の周囲へ滞空させた。

 

「あれは……サザンクロス!」

「セシリア、何か知ってるの?」

「……BT三号機、ですわ」

「ラウラ、隣のド派手の機体は?」

「……聞いたことはない。が、搭乗者は知っている」

「あら、嬉しいわね。ドイツのベイビー」

「お前が私のことを知っていたとしても別に嬉しくとも何ともない。亡国機業のスコール・ミューゼル。いや、初代アメリカ代表」

「それは私も同意見ね」

 

 ……初めて知った。スコールってアメリカ出身なんだ。

 

「数は……一人当たり三人ってところかしら」

「えぇーやだー。一人貰ってよスコール」

「……アリス、私は上司であなたは部下。言うことを聞きなさい」

「ぶーぶー、私知ってる。それぱわはらって奴だ!」

「どうしてそんな言葉ばかり覚えるのかしらね……」

 

 随分と高いノルマに腰が砕けそう……。

 

 そこへ私とスコールをまとめて狙うように、真下から銃弾の雨が。既に察知していたので余裕を持って回避する。

 

「何をしてるの! 早く捕まえるのよ!」

 

 ロシア代表の更識楯無だ。銃弾の正体はランスに内蔵されたガトリングだったらしい。

 

 彼女の登場によりはっと意識を取り戻した六機は自らの役割を果たす位置へと移動した。隊列を組んだともいえる。BT一号機と日本の打鉄弐式が最後列へ、最前列では白式が刀を構えテンペスタがライフルを握りしめ、その間にドイツの少佐と新型ラファールが銃口をこちらへと向けてきた。更識楯無は最前列へと加わる。

 

「スコール、一人あげるね」

「アリス、いい的が増えてよかったじゃない」

「「………」」

 

 森宮蒼乃に次ぐ厄介な増援に手を焼く未来がはっきりと見えた瞬間だった。

 

「仕掛けるわよ!」

 

 火蓋を切ったのはテンペスタ。両手で構える大きなライフルの銃口にエネルギーが収束していくと思ったら既に発砲されていた。直感にしたがってはじけるように横へステップを踏む。

 

 銃口の直径からは考えられない程の大きなエネルギー。余裕をもって回避してもじわりと熱を感じるということは、相当の威力だ。

 

 前列の二人がタイミングを合わせたように同時に加速し、スコールには更識楯無とテンペスタが、私には織斑秋介が迫ってくる。

 

「懐に入りさえすれば……!」

 

 どうやら零落白夜で一気に決めたいらしい。機体の性能や特徴をとらえるなら正しい選択だ。

 

 でも残念だねぇ。懐に入れば勝てる、だなんて考えはどこからきているのやら。一号機と二号機が射撃を得意としているから? BTシリーズ特有の偏向射撃を軸に戦うと思ったから?

 

 雪片弐型が右から私を切り裂こうと高速で振るわれる。

 

「なっ!」

 

 私はその刃を、左肩に装着された大型シールド内部から片手にすっぽりと収まる筒を振り抜いて防いだ。

 

 具体的に言うなら、その筒から発したエネルギーの刀身が、だ。

 

「エネルギーブレード!? どこのガンダムだよ!?」

「それを言うならIS自体がロボットアニメみたいなもんだよ!」

 

 左手にBTマシンガンをコールして鍔迫り合う白式へ向けて掃射。素早く離れた白式へ向けてBTマシンガンを打ち続け、背部の推進ユニットに接続された三つの銃口をもつ二基のBTビット『トリニティ・ランス』を斉射、六本のビームが白式を襲う。

 

「やべ……っ!」

「秋介!」

 

 私と織斑の直線状に割って入った新型ラファールのデュノアが大型のシールドでBTマシンガンの弾を防いでいく。

 

 それならこうだ。

 

「曲がった!?」

「気を付けて、偏向射撃だよ!」

 

 事前の情報通り博識な彼女はその事象に驚かなかった。つまらないと思う気持ちを片隅に、速度もコースも違う光が襲い掛かる。

 

 白式と新型ラファールの左右に狙いを定め、四本のエネルギーが牙のように迫ってくる。デュノアは両方ともシールドで防ぎ、織斑は当然のように雪片弐型で斬り払う。

 

 そこが狙い目。

 

 隙を狙って残った二本を二機の上下から挟むようにコース変更。ただし、今度はこれだけでは終わらせない。

 

拡散(スプレッド)!」

 

 偏向射撃の上位テクニックの一つ、偏光屈折曲拡散射撃(スプレッド・ショット)。要約、散らばる。

 

 シャワーのように広がった上下のビームはあっという間に広がって逃げ場を奪う。例えるなら、サンドイッチやハンバーガーだ。一発のダメージは格段に下がるが、心理的には大きなダメージを与えられる。

 

 初手は貰った!

 

「んなぁっ!?」

 

 ―――はずだった。

 

 今度は私が驚く羽目に。それも、よりによって敵の偏向射撃の技術に。

 

「助かったよ、セシリア」

「間一髪でしたわ」

「にしてもすごかったな、お皿みたいだった」

「そこは盾って言おうよ……」

「もっと褒めてくださってもいいのですよ? まぁ、このセシリア・オルコットとブルー・ティアーズにかかればこの程度造作もないのですけれど」

 

 私の拡散は確かにうまくいった。そこまでの誘導も悪くなかったはず。それを目の前の一号機に乗るオルコットが、私も知らない偏向射撃で全弾を防いだ。

 

 織斑とデュノアが言ったように、平皿や盾のように薄く円形の膜のようなものが現れて拡散の全弾をことごとく防いできたんだ。

 

「誰にも見せたことのない、恐らくマドカさんですら知らない、私だけの偏向射撃。敢えて名づけるとすれば……そうですわね、偏光屈折曲円陣射撃(シールド・ショット)でしょうか?」

「シールド……」

 

 そう聞いて直感した。恐らくは拡散の更に応用に近い技術だ。拡散は一本のビームをいくつものビームへと枝分かれさせるものなら、円陣はベクトルの向きを全周囲に向けて分割せず均等にして一本を一枚へと変えたんだ。

 

 一度偏向射撃を習得してしまえば後はイメージの問題だ。想像を働かせていかに創意工夫を凝らすか、BTシステム搭載ISのパイロットにはずっとついて回る課題でもある。

 

 下手くそだと聞いていたけど、そうでもない。それもそうだ、エム以上にオルコットの方がBTとの付き合いは長いんだから。

 

「我がイギリスの機体とコア、必ず取り返して見せますわ」

「セシリア、援護よろしくね」

「背中は任せた!」

「ええ、ええ!! このセシリア・オルコット、任されましてよ!」

 

 気持ちを削ぐはずが削がれてしまった。それどころか、相手に勢いをつけさせてしまったところもあるような無いような……。

 

 これくらいが丁度いいかな?

 

「へし折り甲斐があるってもんじゃない?」

 

 ぺろりと乾いた唇を舌で湿らせて、強くBTサーベルの柄を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリスの方に行ったのは三機。BT一号機、新型ラファール……たしかラファール・セ・フィニ。そして、白式・天音。

 

 つまり、私へと向かってきているのはミステリアス・レイディ、シュヴァルツェア・レーゲン、打鉄弐式、テンペスタ・ステラカデンテの四機。相変わらず、エムはオータムが足止めしている。

 

 襲撃する上で最も警戒していたのは森宮蒼乃だ。たとえ専用機を含めた現在の学園生全員が彼女一人に勝負を挑んでも、いとも容易く払いのけるに違いない。機体の性能も合わさり、まさしく無敵の一言がふさわしいだろう。私や織斑千冬、篠ノ之束、弟の森宮一夏と同じ次元にある。その他の生物では、およそ同じ空気を吸う事すら叶わない。

 

 だからこそ一夏に先制させ、姿を現すように指示しておいたのだ。そうすれば必ず森宮蒼乃は一夏の前に現れる。確信があった。そして現実になっている。

 

 次点に警戒すべきは妹の森宮マドカ、ロシアの更識楯無。この二人は国家代表クラスに位置づけできる。それも、かなり上位にだ。

 

 一対一ならともかく、他の専用機達と混ざってしまえば、数で劣る私達の敗色は濃厚だ。

 

 だから、オータムをエム一人にあてた。実力に圧倒的な差があるアリスでは相手にならない。私が行ってもよかったのだけど、室外のためにアラクネの足を使った独特な戦法がとれないので、多数を相手にできないオータムをつけたのだ。決してエムの相手が面倒だったからではない、決して……。

 

 私のアルカーディアはもとより、アリスのサザンクロスも大勢を単機で撃墜できるほどの力を持っている。役割分担としては、これが最適だろう。

 

 アヴァロンから引き抜いた細身のブレードを右手に握り、残りをコントロールしたままで、新たな武装をコールする。アルカーディアは世に出る第三世代と比較すると速度では劣るために、急接近された場合距離をとることが難しい。ブレードは迎撃のための武装であって、攻撃の軸となる武装は別にある。

 

「ふふっ、どういたぶってあげようかしら」

「……早速来たわね」

「あなたがいるのでは、あまり手加減できそうにないもの」

 

 学園生の中で唯一、私と戦った事のある更識楯無だけが言葉を返してきた。

 

「あれは……宝石?」

「『シャングリラ』よ。ビットと違って癖が強いから、慣れるまではとにかく回避!」

「は、はい!」

 

 宝石と言う表現もあながち間違いではない。シャングリラは正八面体の青いクリスタルなのだから。

 

 四基のシャングリラを機体正面に出現させる。パチン、と指で音を鳴らすと同時に、クリスタルの六つの頂点からレーザーが発射され、まっすぐ学園の機体へと向かっていく。

 

「フン、この程度……」

「避けなさい! 軌道を変えてくるわよ!」

「何……? こ、これはっ」

 

 更識楯無の一喝で反射的に急上昇で距離を取ったドイツ軍人は、忠告の言葉が正しかったことを理解し、回避機動に入った。他の三機も同様である。

 

 シャングリラが放つレーザーは、そのほとんどがホーミングレーザーであり避けることが大変難しい。何らかの物体に接触するまでは目標を追い続ける。

 

 シールドや、その代わりになるものがあればまだいい。だが、それを持たず、織斑秋介のように斬り払うこともできなければ避けることは不可能に近くなる。

 

 さぁ、どうするのか見せて頂戴。

 

「三人とも私の後ろに! アクアヴェールで………」

 

 シャングリラのホーミングレーザーは、偏向射撃のように自分の意思で軌道を変えることはできない。ただ最短距離を進むだけだ。そのことを理解しているのはやはり更識楯無だけ。彼女は自らの盾で相殺しようと、全員を自分の背後へと下がらせた。

 

 そこで入れ替わるように前に出る機体が。

 

 更識簪。彼女の妹だ。

 

「簪ちゃん!? 何をする気!?」

「私に……任せて。撃ちますっ!」

 

 姉の心配を余所に、打鉄弐式の特徴的なユニットから一発のミサイルがホーミングレーザー目掛けて飛び出した。

 

 打鉄弐式の大きな特徴は、多弾頭ミサイルの『山嵐』と、マルチロックオン・システムを組み合わせた面による飽和攻撃。にも関わらずこんな使い方をするということは………。

 

 ミサイルはすぐに分解し、八発へと数を増やす……ことはなくその場で爆発した。少量の火薬が詰まっていただけで目くらましにもならない。

 

 一見すれば無意味な行為。しかし結果としてシャングリラのホーミングレーザーをすべて拡散させた。

 

「レーザーが消えた? ……いや、散ったってこと?」

「うん。ビームチャフ」

「あらあら。弾種が幾つかはあると聞いていたけど、そんなものも持ってるのね。どう、私達のところにこない? 一夏もいるわよ?」

「絶っっっっ対イヤ! でも、一夏は取り返す!」

「残念」

 

 現状のIS武装はまだまだ実弾系統が主流だ。というのも、開発したところで機体数の八割を占める量産機では使えないからである。撃てないわけではないが、あっという間にエネルギー切れを起こすのでは、撃てないのとなんら変わらない。光学兵器を積まない専用機もあるのだから、それは当然と言える。

 

 つまり、エネルギー兵器を使えるのは、一般的に"エネルギー兵器使用を前提とした専用機"だけ。

 

 その武器を作るには金がかかる。そして作るからには売らなければならない。

 

 売る、ということは、使ってもらうということだ。

 

 無駄に作ることで特をする企業など存在しない。そして、ほんの一握りの専用機のために光学兵器を開発するという博打をうつ企業もまた極わずか。

 

 要するに、エネルギー兵器はまだまだ浸透していない。

 

 でありながら、既にエネルギー兵器への対策装備を独自に開発し、装備している。メーカーが作成していないものを、また作り出した。

 

 彼女はまたしても、各企業を出し抜いたわけだ。流石は束博士の弟子。是非とも私達の仲間になってほしい人材なんだけれど……。

 

 ただの学生じゃない、どれも一線級の雛達。

 

 知らずと心が踊った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57話 もう一人の世界最強

 お待たせいたしました。


 突然の乱入者―――亡国機業はやはり現れた。それも実力者揃いのスコールチームが。

 

 チームリーダーのスコールは初代アメリカ代表であり、歴代最強の代表として名を残した。今でこそテロリストの幹部だが、当時はもう凄かったらしい。スター顔負けのヨイショぶりで雑誌もテレビも出まくったお陰で、彼女を知らないアメリカ人はいない程だ。それだけに、会場にいて彼女を見たアメリカ人のショックは相当なものだろう。

 第一回モンドグロッソに於いて、織斑千冬を残りシールドエネルギー10%まで追い詰めたのは、後にも先にもスコールだけだ。負けはしたが、勝ってもおかしくない勝負だったと、織斑千冬もスコールも語ったという。

 

 ISという世界において、織斑地冬と同等の力を持つものとして、彼女は広く知られている。

 

 私の後釜として加入したアリスとかいう女だが、技術や経験はからっきしだった。が、BT適正とセンスだけは別格と言ってもいい。彼女は磨けば光る原石だ。殺しておかなければいずれ強敵となる。

 現に、以前私と戦った時とはまるで別人のような動きだ。荒削りだった機動は洗練されているのがよくわかる。

 

 そして………

 

「ハハハハハハハハ!」

 

 中々に認め難いが、目の前のコイツもまた、スコールチームの一員であり、サブリーダーを務めているのだ。パイロットとしてはエースを十分に名乗れることも。

 

「相変わらず避けるのはウマいなぁ! えぇ?」

「そう言うキサマは当てるのが下手くそなままだな!」

 

 オータム。

 

 私はこの女の素性や過去は一切知らない。亡国機業があの施設を襲って私達を助け出した時から既にいた。当時からスコールは幹部であり、オータムはサブリーダーを務めている。結構な古株なのは間違いない。

 

 当然、実力は折り紙つき。反りが合わずに何度も勝負をけし掛け合ったが、引き分けるか中断するかでハッキリさせることはできなかった。白星は無いが、黒星もつけられない。

 

 勝つことはできるだろう。しかし、それは危険を顧みなければの話だ。守る立場の人間として、最初に力尽きるわけにはいかない。

 

「邪魔だ!」

「邪魔してンだよ!」

 

 八つの足と、機体から発する九つのPICは、見えない糸を這うような動きを実現した。くそ、お陰で一発も当たりゃしない。偏向射撃も織り交ぜた手加減なしの全方位射撃だっていうのに。

 

 このISとして異常な数のPICを使った機動こそが、アメリカ第二世代『アラクネ』と言える。蜘蛛の様な外見の通り、目を見張る速度で壁を伝い、糸を使って動きを封じる様を見ていたので、屋内で力を発揮するISだと思っていたが……中々に屋外でも強いじゃないか。各々のPICが反発しあうことのない絶妙なバランスを保っている。

 

 やはり、足から狙うべきだな。

 

「予定変更だ。適当に撒くつもりだったが、今日こそ殺してやるぞ」

「はっ、乳臭いガキがナマ言ってんじゃねえよ」

「共に行動した仲だったが、私はそもそも貴様のことが吐くほど嫌いだ」

「そりゃどうも。好かれてたなんて言われた日には喉をかっ裂いて死ぬ方がマシだからな」

「兄さんを刺した罪は重いぞ?」

「知るかよ」

 

 全ライフルビットを放出。今日のために用意された速度特化パッケージ『モーメント・ノイズ』では、全ビットはエネルギー供給導線を兼ねたワイヤーで接続されているため、ワイヤーが届く範囲までしか伸ばせない上に、絡まないように軌道にも気を配る必要がある。その代りに、改良された機体速度について来ることが出来る。

 

 そして利点がもう一つ……。

 

 照準をアラクネの八本足の一つに定めて放つ。放たれたそれは、通常のおよそ二倍の直径と、余りあるエネルギー量から静電気の様なものがほとばしっていた。当然、速度も通常とはかけ離れている。

 

「ぐっ!」

「ふむ……加減がイマイチだな。一発の配分ではないか」

「テメェ、加減してやがったな」

「いいや、後半のためにと思って温存しておいただけだ。まともに戦うつもりなどなかったから、出力を調整することはしなかったんだが……殺すとなれば話は別だぞ」

「はっ、力むのはいいがあっという間にガス欠になんてつまんねえもの見せんじゃねえぞ」

「なあに気にする必要はない。これがこのパッケージにおけるライフルビットの基本出力だからな」

「そりゃいいな」

 

 思考により無線で動くビットへ私たちが出来ることは、大きく分けて指示を送ることと呼び戻してエネルギーの供給を行うことの二つ。欠点を上げるとすれば、エネルギーが切れるとただの浮遊物になってしまうため、呼び戻す必要があることだ。

 

 それをひっくり返したのが、有線式ビット。本体から常にエネルギー供給を行うことが出来るため、ビットに配分された大本のエネルギーが枯渇しない限りはいつまでも撃ち続けられるし、先のように出力も自由自在だ。ただし、ワイヤーが続く限りまでしか動かせないことと、絡んでしまうような複雑な動きはできない。

 

 機体にロケットエンジンを四基も増設したこのパッケージと相性がいいのは有線式だから、今回はそうなっている。一長一短だな。

 

「残りの足も捥ぐとするか」

「……いいねぇ。こうでねぇとな」

 

 にやりと口角を上げるオータムを睨んで、その先にいる簪を見やる。

 

 先制として撃たれたあれは、おそらく『アグニ』だ。中国と篠ノ之箒が損傷して下がったが、修復さえ間に合えば戻ってこれるはず。簪を庇った桜花……無理だろうな。姉さんは未だに兄さんとにらみ合っているし……下は私が何とかしなければ。織斑の連中は信用ならん。

 

 ライフルを構えずにトリガーを引き、偏向射撃でアラクネの足を狙う。それと同時にエネルギー補給中だったライフルビットを全て切り離して別々の足を狙い撃つ。

 

 先にライフルから撃ったエネルギー弾を屈曲させて真下から突き上げるように軌道を変え、ビットから撃ちだした内の一本を極限まで小さくした拡散(スプレッド)に変えて目くらましに使う。

 

「ぁあめえんだよ! そういうのは二流のカス相手にやるもんだ!」

 

 アラクネの七本の足先が粒子に包まれて武装が変わる。先ほどまではマシンガンだったものが、先が尖って配線がむき出しになっている怪しいものに変わった。下側の二本が真下を向くと、糸のようなものが現れてライフルの弾を相殺した。同時に残った五本からエネルギーナイフが現れてプロペラのように回転し拡散を防いでいく。

 

 以前までエネルギー系統の兵器はアラクネに無かったはずだが……知らない間に強化されたか。しかし、第二世代型にエネルギー兵器か、どんな改造を施したのやら。

 

 残った三本の角度を変え、同様に攻めてみるが全てがエネルギーナイフによって防がれるか、あるいはレーザーの様な武器よって相殺された。

 

 ……あれは撃つというよりは、照らすという表現の方がしっくりくるな。BTのライフルや荷電粒子砲とちがって、レーザーポインタのような照射するものでは? たしかそんな武器をBBCが開発したとかしなかったとか聞いていたが……ああ、あれのことか。

 

「二号機と三号機を盗む際に、BBCの技術や武器まで一緒にかっさらった中に、それがあったということか。試作段階とはいえ中々だな。その『メーザー』は」

「そういや、サイレント・ゼフィルスもサザンクロスも同じ会社だったな。確かにこいつは使いやすくて助かるぜ」

 

 『メーザー』。BTのようにエネルギー弾……ビームを撃ちだすのではなく、トリガーを引き続ける間銃口が向ける先へ光を照射し続ける機械だ。

 

 虫眼鏡で太陽の光を収束させると、紙を燃やすことが出来るのは知っているだろうか? 散らばっている太陽の光を、虫眼鏡を使って一点に集めることで温度を上げ、物を燃やす。原理はこんなものだ。

 

 指向性を持たせた粒子の塊よりも、純粋な光のメーザーの方が当然早い。だからこそ、後手に回ったオータムが弾を相殺することが出来たんだ。

 

 下の二本のメーザーは標準のモノで、残りの五本はおそらくナイフの形状で留めることに成功したカスタムタイプだろう。一基だけなら大した効果も無いということで企画倒れになったと聞いたが、どうやらアラクネとの相性は抜群だったらしい。ビットよりも厄介だ。

 

 強力だな……というよりは相性が悪いかもしれん。多角的な攻撃こそがBTの特徴だというのに、あの足によるカバー範囲が広すぎて死角を作ることすら難しい。相手がオータムでさえなければどうとでもなるんだが……。

 

「オラオラどうしたぁ! かかってこないならこっちから行くぜ!」

「相変わらずうるさい奴だ……!」

 

 速くはない速度でオータムがこちらへ迫ってくる。CBFの最中だったからか、その速度がどうにも遅くにしか見えない。

 

 メーザーによる線と点の攻撃と、メーザーナイフの乱舞を、シールドビットや短く持った銃剣でいなしては避ける。

 

 そうだな……あれを使ってみるか。

 

「うまく避けろよ」

 

 空いた左手に少々歪な球体をコール。親指でカチリとスイッチを押し込んでアラクネへまっすぐ投擲する。

 

「はっ、今更グレネードなんざアタシに効くかよ!」

 

 メーザーナイフで投擲した球体を貫こうと、足ではなく右手に持ったブレードを引き絞ったその時、球体に光が走り、起動した。

 

 殻の割れた卵のように外殻をはじいて、中身の核から黒い電流が迸り、核を中心としたIS二体を丸呑みにするような紫色の空間が現れる。ほぼ中心にいたオータムは腕どころか指を動かすことすらできない。口を開けて会話することも、なびく長い髪すらも凍らせたように、完全に動きを止めた。

 

「やれやれ。私は言ったぞ、避けろとな」

「     」

 

 何か言いたげなのは分かるが、口が動かない以上どうしようもないだろうな。チャネル越しで罵倒をぶつけられても困るので、さっさと終わらせる。

 

 展開していたすべてのビットを戻して、前方で待機。ライフル、シールド、ライフルと交互に等間隔に配置し、一つの大きな円を形成する。

 

「コレは、今までのどれよりも違うぞ?」

 

 以前、学園へ亡国機業が攻めてきたときに使った集束砲撃(バーストショット)だが、かなりのパワーがある。直撃すればたったの一発でシールドエネルギーを大きく削れるし、防御の薄い機体ならそれだけで倒せる。それに見合うだけの消費エネルギーも中々のものだが……。

 

 通常のパッケージ換装をしていない状態や、他のパッケージに換装した状態でも、集束砲撃はライフルビットとライフルの弾を操作するだけでよかった。が、一発が強力なこのパッケージだとそうもいかない。シールドビットで同一の指向性を持たせる補助が欠かせないのだ。

 

 過集束砲撃(ハイバーストショット)と、技術者がよく言っている。

 

 バチバチと数センチ先の空間が放電をはじめ、静電気が音を立て始める。八基のビットで構成された円の中心が一際強い光を放ち、小さな球体が生まれた。

 

「苦しまず消してやれるように努力はするが、お前のゴキブリ並みの生命力だとそうもいかないだろうが……うまく死ねよ、オータム」

 

 星を砕くもの(スターブレイカ―)を構えて、ビットよって生まれた放電する球体を狙って……トリガー。

 

 いつものように放たれたエネルギー弾が球体に触れると、ハイパーセンサーの針が振り切れるほど増幅されたエネルギーの塊が、一本の巨大な帯となってマグネタイザーで固定された空間を飲み込み、空へと突き抜けた。

 

 恐ろしい勢いで減っていくエネルギーを横目に索敵に気を配る。じろりと過集束砲撃が通り抜けた道を睨み続けること数秒、ふらふらと頼りない軌道で動く反応が一つ。

 

「ちっ、まあいい」

 

 また手間がかかるのは面倒だが……せいぜい苦しめばいいさ。お前が兄さんに与えた苦しみや傷を何倍にも反してから、生まれてきたことを後悔する様な死をくれてやる。

 

 今は……。

 

「うわ!?」

 

 打鉄弐式の反応がする方角へ機体を向けると、目の前を何かが高速で過ぎ去って行った。モノが過ぎて行った方向と、モノが飛んできた方向を同時に視る。

 

 飛んできたモノはパラパラと崩れ去っていく槍。飛んできた方向では、白と黒が空で入り乱れていた。

 

「兄さん、姉さん……!」

 

 とうとう動き出した、か。

 

 アリーナの上空では、史上最強最悪の姉弟喧嘩が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコールという彼女たちのリーダーに手を焼いている最中、アリーナの端から伸びた閃光が空を突き破ると同時に切り裂くような金属音が響き渡った。

 

 一夏と蒼乃さんが、お互いの剣で鍔迫り合いを始めていた。先の金属音は打ち合った音だ。

 

 そのたったの一合だけで、武器を握る力が緩む。この場で戦う誰もが手を止めて、二人を見上げていた。

 

 夜叉が強引に斬り払って距離を取り、ティアダウナーを格納して新たに展開したM92ヴァイパーが火を噴く。白紙が作り出した何十層もの壁を易々と突き破る鉛の弾は、それでも捉えることが出来ず、作られ続ける壁に埋もれて停止していった。

 

 自ら作り出した壁を、また新しく災禍で作り出したドリル『螺旋』で夜叉を貫こうと壁を突き抜けていく。鋼鉄のように固かったそれを障子のように引き裂いた螺旋を、夜叉は展開した槍……『SP-ペネトレイター』で突き返す。

 

 螺旋の回転する頂点と、ペネトレイターの穂先がぴたりと触れ合い、またも火花を散らした拮抗が始まる。

 

 押して、引いて、ずらして、そらして。力加減と重心の絶妙なバランスが少しでも崩れればこの天秤はどちらかに傾く。いや、そもそも槍と槍の穂先で押し合うこの現状がおかしいんだけど……。お互いに自分から攻めていきたいところ。特に蒼乃さんの螺旋は小回りが利かないから押し切りたいだろうし、夜叉に抜けられると新しく構築した武器であっても、たぶん間に合わないから。

 

 ラチが明かない。

 

 恐らく同時にそう思った二人は、全く同じ行動を同じタイミングで取った。

 

 夜叉はペネトレイターをクローズして再びティアダウナーをコール。左に装着された武器腕のガトリングを乱射しつつ、攻撃を警戒してガトリングの射線を遮らないよう四枚のシールドを前方にそろえて最短を直進。

 

 白紙はというと、一瞬にして螺旋を分解し、少々大き目な短冊サイズの白い紙切れへ大量に変換。紙切れ一枚一枚を『呪符』という斬ったり貼ったりできる万能なお札を、『時雨』というIS数機並の機銃斉射に勝る数と勢いをぶつける技をもって、あっという間に叩きつける。

 

 白い横殴りの雨を、黒い傘を過ぶりながら夜叉が突き進む。傘を切り裂こうと呪符が迫るも弾かれ、時には傘と呪符に挟まれて砕かれていった。

 

 止まることはなく、速度が緩むこともなく、白紙へとたどり着いた夜叉は傘を開いてティアダウナーを振り抜いていた。そう来ることを察していたかのように、白紙は十枚あるうちのシールドの五枚を重ねて斬撃のライン上に配置し、三枚を両断されながらもしっかりと防いでみせる。

 

 今度は白紙が片刃の直刀でシールドの陰から突きを繰り出す。ゆらりと状態を逸らすだけで回避した夜叉を、直刀の柄を両手で握りなおした白紙が、突いた後の姿勢からさらに袈裟斬りで追い打ちをかける。機体に備わる半身のスラスターを一瞬だけ吹かした夜叉は、地面と水平だった体勢を地面と直角になるようにして斬撃を回避し、白紙の直刀を握る腕を蹴り、続く脚でアリーナまで白紙を蹴り飛ばした。そして追い打ちのヴェスパインを数発。

 

 まず地面に叩きつけられた白紙が粉塵を巻き上げ、追って着弾したニュードの塊がさらに煙を厚く広げていった。

 

 轟音の反響が消えた頃に、煙の中央から天を掴む如く伸びたハリボテのような白い腕が現れる。指の関節をゆっくりとたたみ、片腕で何かを抱きしめるように肘までしっかりと曲げる。そして腕を振り抜き、その一度だけで土煙を吹き飛ばした。

 

 中心には地面をえぐって作られたクレーター。さらに中心を見ると、真っ白な玉がころりと転がっており、先程の腕はこの白玉から伸びているのが見える。中から現れたのは、やはり白紙。

 

 玉と腕を分解して出てきた白紙には、傷はおろか埃や塵すら付いていない。夜叉が蹴り飛ばそうとした時点で自身を包み込んでいたんだ。

 

「すごい……」

 

 ぽろっと口から言葉が零れた。目の前の戦いは命を奪おうとするものなのに、うまく言葉には言い表せない感動の様なものがある。口を開く間すらなかった。

 

 右手にもう一度ヴァイパーを展開し、武器腕のガトリングと合わせて斉射。シールド内臓のミサイルも加えた、戦艦の様な砲撃が白紙を襲う。たとえ相手が守りに重きを置いた機体であっても、あれだけの飽和攻撃は過剰すぎる。いくら蒼乃さんでも、あれだけの攻撃は……!?

 

 災禍による盾の形成が追いついていない!? IS一機を丸ごと握りつぶせる腕を一瞬で作れるのに、どうして……。

 

 形成した盾も銃撃で崩れていき、補充した傍から壊れていく。このままだと蒼乃さんが危ない……!

 

 山嵐に煙幕弾を装填して、白紙を隠すような位置で自爆させるための時間と距離を計算。弾頭に情報を入力して、トリガーを引く―――前に、邪魔をされてしまい山嵐のポッドを全てスコールに破壊されてしまった。

 

「邪魔するものじゃないわよ?」

「この……!」

 

 春雷の銃口を目の前のISへ向け、キーボードを消して夢現を展開する。が、シャングリラの先端が光を宿し始めたところを見ると躊躇ってしまった。打鉄弐式にはシールドが無いし、盾代わりのチャフを撃とうにも山嵐は破壊されてしまった。

 

「よくやってくれた簪!」

「あら? いつの間にそんなところまで……意外とやってくれるじゃない」

「わざわざ種を明かすつもりはないな」

 

 私が躊躇っていると、スコールの動きがピタリと止まった。声と状況からして、ラウラが後ろに回り込んでAICで止めたに違いない。その奥で親指を立てているステラカデンテが見えたってことは……多分リーチェがついでで運んだんだと思う。

 

 それでもスコールは止められない。

 

「あなた、無防備過ぎない?」

「心配無用だ。守りは私の領分ではない」

「そういうことよ」

 

 シャングリラの矛先を私からラウラへと切り替えて放たれたレーザーは、アルカーディアを迂回するように、レーゲンを挟み込むように左右上下から狙っている。動じないラウラに変わってそれに対処したのはお姉ちゃんだった。実弾や物体に強いAICとは対照的に、光学系に強いミステリアス・レイディのヴェールが二機を覆ってレーザーを弾いていた。

 

 私がはっきりと見ていたのはそこまで。体が弾かれるように動いてステラカデンテの後を追っていた。そして更に私を追ってくるシャングリラのレーザー。

 

 どれだけ打鉄弐式が頑張ったところでステラカデンテには一生追いつけないんだ。だったら、リーチェの邪魔をさせないようここで身体をはって止めた方がいい。

 

 百八十度ターンしてレーザーと向かい合う。夢現をプロペラのように両手で回転させて盾の代わりにして受け止める。それと同時に春雷を後ろへ向けて夜叉へ向けて発砲する。

 

「あなたの妹、あなたの何倍も器用ね」

「当たり前じゃない。今のあの子は、篠ノ之束に気に入られた技術者だもの」

「そんなこともあったわねぇ。益々欲しくなるわ、あの子」

「絶対にあげないから」

 

 不吉な会話を小耳にはさみつつも、警戒を怠ることはしない。同時に夜叉へと春雷を撃ち続けた。

 

 春雷の砲撃に気づいた夜叉がくるりと全弾回避して私を見やる。前に集中していた私と視線が合うことはなかったけれど、私を見ていることだけは分かった。私に銃を向けるのか、向けないのか……どう動く?

 

『ナイスだよ、簪ちゃん!』

 

 回避のために一瞬だけ夜叉の斉射が止んだ隙を見計らったかのように、キンキンと響くスピーカー音がアリーナに流れた。

 

「た、束博士?」

 

 観戦とか実況とかで来ていたのは知ってたけど……まだ避難してなかったなんて。狙いは博士かもしれないのに。

 

『君のお蔭であおにゃんは救出されたのだ!』

「あ、あおにゃん?」

 

 ……もしかして、蒼乃さんのこと? たしかに猫っぽいところはあるけど。ってそうじゃなくて、救出? よかった、リーチェ間に合ったんだ。

 

「これじゃ近づこうにも近づけないよ……」

「え? なんでステラカデンテが……」

 

 じゃあ誰が?

 

『さぁさぁ皆様ご注目! 彼女は私の護衛を務めるもう一人の世界最強―――』

 

 斉射によって立ち込めた土煙の中から、タイミングよく現れたISが一機。腕に白紙を抱えているということは、とりあえず味方ってことだと思う。あれが、束博士の護衛?

 

 全身を黒白の装甲で包まれ洗練されたフォルムのISは、未だ世界が目にしたことのない全く新しい新型だった。

 

『行ってらっしゃい! 『ディアブロス・バウ(黒白の悪魔)』!』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58話 「今回は」

どんがめ更新すみません、おまたせしました続きです。


 キンキンと頭に響くスピーカー越しの声に顔をしかめつつも、両目はしっかりと新たに現れた機体へ焦点を合わせていた。周囲への注意も怠らない。

 

 ディアブロス・バウ。と、篠ノ之束博士は言った。恐らく味方。蒼乃さんを助けたことや、何より現状では味方である篠ノ之博士側みたいだし。もう一人の世界最強という言葉も気になるけど……あの人がそう言うのならそうなんだろう。織斑千冬と同等ということになる。

 

 機体は……速度型? どこから現れたのかも分からなかったし、何となくだけど、夜叉と似ている気がする。防御型にしては頑丈に見えない。

 

 非常に頼もしいわね。

 

「形勢逆転ね、更識楯無さん」

「あら? あれが私達の敵とは限らないんじゃない、スコールさん?」

「そうね。でも蜘蛛型ISは墜ちたわ」

「そうなのよねぇ……」

 

 ……。

 

「三号機のアリスとかいう子から聞いたのだけど、前回の学園を襲った目的は、次回以降の布石でしかない、と。どう?」

「本当よ? 一夏の存在には焦ったんじゃない?」

「確かにね」

「それだけ」

「そのノリで今回の目的も教えてくれない?」

「まさか」

「ツレないんじゃなくて?」

「アリスがぽろっと零したことだから教えてあげたのよ。あなた相手に嘘なんてついたところで大した意味にはならないし、むしろ確証を持たせてしまうもの」

「嬲って聞かせてくださいとしか聞こえないわね。ラウラちゃん、アレお願いね」

「む、わかった」

 

 今まで沈黙を保っていたラウラが、かざし続けている腕に力を込めた。

 

 グシャ。

 

「アルカーディア、か。機体そのものは非常に強固な造りだな。関節部も中々に補強が施してあり、それでいてシールドもしっかりしてある」

 

 空中にAICで磔にされたアルカーディアと、アヴァロンと、シャングリラがキシキシときしむ音を立て始めた。既に一つの正八面体が元のサイズのおよそ五分の一に圧縮されている。バスケットボール大の大きさだったのに、今では野球ボール程度だ。

 

「主兵装まではそうもいかないらしい」

 

 スコールへ向けていた手のひらをくるりと返し、差し出すかのように上へ向けた。めいっぱいに指を伸ばし、空間を握りつぶす。

 

 間を置かずに、すべてのクリスタルが音も無く鉄クズへ成り果てた。

 

「AICの発展系ねぇ……ドイツも中々やるじゃない」

「それは何よりだ。是非とも、心ゆくまで堪能するといい」

「スクラップは勘弁ね。残念だけ、ど!!」

「……ふん」

 

 更に圧力を強めるラウラを狙って、アルカーディアの背中から現れたレーザーが襲う。どうやらまだシャングリラを隠していたらしい。

 

「私のこと忘れていない? その手の攻撃は効かないのよ」

 

 ミステリアス・レイディのヴェールはこの間も張り続けたままだ。ラウラに攻撃など、当然させはしない。周囲には打開できるような物も無ければ、助けに来てくれる亡国機業のメンバーもいない。ただの悪あがきね。

 

「試してみる? ISだから通じるやり方を」

「何を……!」

 

 迫ってくるはずだったレーザーは、私たちとスコールの丁度中間で全弾がぶつかるように軌道を変えた。

 

 それらは一斉に重なり……爆発した。

 

「しまっ……!」

「閃光弾もどき!?」

 

 眩さを許容できずに視界が白で染まり、暗転する。ヴェールがある程度減衰してくれたものの、しばらく目を失うのは避けられなかった。

 

 ISだから通じるやり方、ね。生身の人間なら眩しさで一瞬目を閉じるだけで済むそれは、コアの感覚を狂わせるのに十分適していたらしい。目だけじゃなく、サーモセンサーやレーダーまでイカレてる。

 

「ラウラちゃん!」

 

 私が呼ぶのと同時に左腕に何かが巻きつく感覚。グルグルと何重にも重なる紐の様な何かを掴んでとにかくスコールから距離を取った。あまりやりたくはないけれど、空中で人魚姫を起動させてまでしたのだから十分稼いだだろう。おかげさまで体中が痛い。

 

 針がブレ、安定しなかったメーターが落ち着きを見せ始める。ゆっくりと目を開け、妨害の影響が無くなったことを確認。すぐに周囲を探る。

 

 腕に巻きついていたのは、予想通りレーゲンのワイヤーだった。一メートルも伸ばされていないワイヤーの元には銀髪を左右に降らすラウラ。向こうも回復したようだ。

 

「げほっげほっ……まったく、関節が外れるかと思ったぞ」

「助かったんだからいいじゃない。外れてないんでしょ」

「あまり軍人に結果論を語るなよ」

「気を付けるわ。気が向いたらね」

 

 私たちの視線の先にスコールが。にやりと笑ってまぁ不気味。

 

『そんなに慌てて避けるってことは、私の予想は当たりってことでいいかしら?』

 

 通信を繋げてきた。

 

「想像に任せるわ」

『図星なのね』

「バレたことを隠そうとしても意味がないじゃない。あなたもさっき自分で言ったでしょ?」

『クスクス。そうね』

 

 なぜ人魚姫を使ってまで緊急回避したのか。ズバリ、ラウラのAICがキャンセルされたからだ。まぁそれしか理由ないんだけどね。

 

 先のカラクリはこうなっている。

 

 ラウラがAICを広範囲に展開、そして限定的に慣性をコントロールして圧力をかけた。AICの応用技で、本人はAIPと名付けている。Pはプレッシャーね。もちろんAIC以上の集中力を要する上に守りも疎かになる。レーザーはAIPでは止められないので、私のヴェールで守りを固めた。

 

 しかし、完全に周囲をヴェールで覆うとAIPがヴェール内に発生してしまう。AIC発生機でもあるレーゲンの腕……もっと言えばスコールに向けた掌が向ける先だけは塞ぐことはできなかった。ヴェールで覆っているかのように、光の反射や水をうまく使って見せていただけであって、実は一か所だけ穴があったのだ。

 

 スコールはそこまで察知して、目潰しを仕掛けてきたのだろう。私が見えなかっただけで攻撃を仕掛けてきたかもしれない。もちろん、ラウラの掌目がけて。

 

 強い。やはり彼女は私よりも格上だ。

 

「シャングリラは大半を潰したはず。私が近接を仕掛ける」

「獲物持ちよ?」

「心得ている」

 

 レーゲンの腕部からエネルギーブレードが迸る。肘から手首にかけて発生機のあるそれは、伸ばした指先よりもさらに十センチほど長いが剣には及ばない。

 

「乱戦状態で敵のみにAICをかけられるような技術は私にはまだない。ワイヤーではあの剣と盾に斬られるだろう。だから私が前に出る。最悪、私ごとヴェールで包めばAIPで固めるさ」

「………残りのシャングリラは任せて」

「助かる」

 

 できることなら捕らえたい。一夏のことも含めて聞きたいことは山のようにあるのだから。

 

 ランスの柄をぐっと握る。が、それは徒労に終わった。

 

「スコール。あれは分が悪い」

 

 今までステラカデンテを抱えたディアブロスとかいうISとにらめっこをしていた一夏が口を開いたのだ。それも、自らが不利だと。

 

「そう。じゃあそろそろ下がりましょう」

 

 更に、目の前で逃げると宣言するスコール。わざわざ右手の装甲を部分解除して指をパチンと鳴らした。

 

 すると、アリーナの地面が一斉に爆発。あたりが一瞬にして煙で包まれる。

 

「くそ……いつの間に、こんな」

「気を付けてね、秋介」

「センサーは当てになりませんわね、何か仕込まれているようですわ」

 

 近くにいたシャルロット達の声が聞こえてきた。センサー類を見ると確かにセシリアの言うとおりだ。今日は二度目である。いつかのも合わせれば、センサー類をごまかされてばかりな気が……。今度強化しようかしら。

 

「シャルロットちゃん、セシリアちゃん。織斑君の周りを固めて。どさくさに紛れて白式が狙われるかもしれないから」

「確かに……」

「……そうですわね」

 

 一つ返事で後輩二人が白式を背にポジションを取る。この煙の中でも十分に互いの姿が見えるくらい密集しており、気づかれずに接近ということは無さそうだ。何かあっても二人なら大抵のことに対処できるだろう。

 

「更識先輩、それなら箒も危ないんじゃ……」

「ええ。そっちには私たちが行くわ。織斑君は自分の安全を優先して」

「……はい」

「ラウラちゃん」

「ああ」

 

 不承不承、彼は頷いた。

 

 踵を返して、医務室に一番近いピットへ向かう。煙はまだ深いが、自分の位置と目的地くらいはわかる。無駄に何度も使ってないのだ。

 

 元々端にいたので、数秒でたどり着けた。しかし、当然のように普段は無い壁がある。

 

「シャッターはどうする?」

「私がやるわ」

 

 蛇腹剣をコールして、円を描くようにしならせる。ぐるりと大きく一周した剣先が引き抜かれると同時に、くり抜かれたシャッターが倒れこんだ。

 

 中に入って更衣室をスルーして医務室へ。

 

「な……」

 

 ドアを開けると、煙が廊下に入り込んできた。思わず二人して咽せる。ピットの中に入って正常値に戻った計器類が再び狂い始めたところを見ると、これは……アリーナ内の煙?

 

「 凰!」

 

 私が考えるよりも早く、ラウラが駆け出した。視線の先にはボロボロになった甲龍の姿が。周囲には砕けた装甲が散らばり、二刀に別れた双天牙月は天井と壁に突き刺さっている。鈴の頬や肩は出血しており、何時ものリボンは無くなっていた。

 

「何があった!?」

「ラウラ……と、生徒会長ね。いつつ……」

 

 酷くやられたみたいだけど……深刻なものは無さそうね。腕も足もくっついてるし、骨が折れた様子もない。

 

 誰が?

 

 察しはつく。

 

「亡国機業ね。専用機を持った」

「ありゃ無理。自分だけで手一杯だったわ」

「……なら、篠ノ之と皇はどうした?」

「二人なら大丈夫。最初の狙撃でやられた以上のキズはつけてない」

「そっか……ありがとうね」

「ただ……」

 

 付け加えるように、言葉をつなげる鈴。あまりいい話じゃなさそうだ。それも言いにくいことらしい。

 

「桜花。いる?」

「……はい」

 

 なら確実に聞ける人間から聞く。

 

「別とでも言いましょうか……、観客に紛れてここまでの侵入を許してしまいました。避難誘導を装って、紅椿のコアを盗まれてしまいました……」

 

 やはり、そして遅かった。狙いは第四世代のコアだったわけね。

 

「箒ちゃんは?」

「剥離される際の電流で気絶していますわ。今はベットに」

 

 他人が専用機の展開を解除するのは意外と難しい。絶対防御を発動させコアが温存する全てのエネルギーを使い切らせるか、展開を強制的に解除する装備を用いるしかない。

 

 亡国機業が採った手段は後者で、コアを無理矢理引き剥がすことで展開を解除するという外法の装備だ。特殊な電流かウイルスを流して奪うらしい。かなりの痛みでISが操縦者の意識を落とすくらいはあるそうだ。流石の彼女でも耐え切れるものじゃなかったらしい。

 

「そこの穴は連中が帰った痕と。誰?」

「それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楯無とラウラがピットのシェルターを壊して中に入って行った。それとすれ違うように内壁の一部が爆発を起こす。互いの出方を伺っていた私達の視線は、一斉にその一点に注がれた。

 

 そこから出てきたのは、肉厚で無骨な鎌を振りかざした死神の様な機体。

 

 煙が唯一穴の空いた上部から抜けていくお陰でようやく晴れてきたが、死神は煙の立ちこめる場所へ突っ込んでいった。

 

 このタイミングで現れた未確認の機体。亡国機業か?

 

「……」

 

 そこのディアブロスとかいう奴のこともあるが、警戒するに越したことはない。ライフルを構え、ビットに神経を通わせる。

 

 数秒後、そいつは私の視界に現れた。私を見つけると、まっすぐこちらへ向かってくる。

 

「な……!」

 

 いや、向かって来ているんじゃない。追われているんだ。

 

 死神のその後ろ、ぐんぐんと差を詰める……銀の福音に。

 

 なぜここに!?

 

「挟み撃ちにするぞ、ナターシャ・ファイルス!」

 

 辛うじて覚えていた福音の搭乗者を呼んで、エネルギーを送る。充填されたものから引き金を引いて放ち、偏向射撃で速度を落として福音との差を詰めさせた。

 

 二対の翼が光を帯び始めるのが見えた。後ろから仕掛ける気だ、それに合わせてライフルの出力を上げ、狙いを絞る。トリガーに指をかけーーー

 

『マドカ避けろ!そいつらは敵だ』

 

 ノイズ混じりのチャネルに従ってスラスターを噴かせた。

 

 コンマ数秒遅れて銀の翼から無数の弾丸が放たれる。合わせてライフルの引き金を引いて、拡散させてとにかく弾幕を張った。

 

「くっ……」

 

 下へ回避した私を迎え撃つ様に、死神がそこにいた。右手にはあの鎌を、左で脇に抱える様にオータムをぶら下げている。

 

 スコールはついさっき撤退すると言った。負傷者を回収しに来るのは当然だ、わざわざ情報を与える様な事をするはずがない。分かっていたからこそ警戒していたというのに……。

 

「………」

 

 虚ろな目をした死神の搭乗者と目があう。私を見ている様で見ていないそいつは、何も言わずに真上に上昇していった。

 

「マドカ!」

「……ラウラ。助かった」

「無事のようだな」

 

 チャネルで注意を飛ばした本人……ラウラがすれ違うように来た。

 

「楯無はどうした?」

「煙を晴らせるようにしてくると言って何処かへ行ったな。試合用の換気扇を回しに行ったんだろう」

「……そういえばそんなものもあった気がする」

 

 安全の為か、それとも実戦を想定してか、アリーナはコンクリートや鉄などで舗装されず地面のままだ。弾丸が大量に飛び交い、低空飛行やホバリングなどでとにかく土煙が舞いやすい。電磁シールドと観客席で閉鎖されているここでは風が入ることもないのですぐに蔓延してしまう。そのための換気扇だ。そのサイズは家庭の比ではない。

 

「お前は、あの二機が敵だと知っていたが……」

「後で教える。今は白式を守るのが最優先だ」

 

 ……なるほど、最初から第四世代機が目的だったのか。織斑と篠ノ之という素人が使用しているから代表候補生と同程度に見られているが、ブリュンヒルデのように実力のある人間が扱えば現行の機体など軽くねじ伏せられる力がある。渡すわけにはいかないな。

 

 ラウラと共に煙へ突っ込む。換気扇の効果が出てきたのか、嘘のように視界が晴れてきた。

 

「オルコット!」

「マドカさん、ご無事で」

「当たり前だ。織斑は?」

「すぐ近くにいますわ。シャルロットさんも」

「そうか。助かる」

 

 見慣れた青……オルコットと合流し、織斑も発見できた。連中より早かったらしい。

 

 周囲を警戒しつつ、センサーを睨む。狂っていたそれらは収まる気配を見せはじめてきた。煙も大分晴れてきたので、妨害される事ももうない。

 

「索敵頼む」

「ええ」

 

 CBFに向けた高速パッケージのサイレント・ゼフィルスはセンサーの機能を落としている。比べて機能を強化したブルー・ティアーズならば私とラウラよりも適任だ。

 

「な……そんな」

 

 そのオルコットが驚きを見せる。同時に完全に晴れ、驚愕した。

 

「亡国機業が……いない?」

 

 織斑は無事だ、白式も奪われていない。狙撃でやられた凰、桜花、篠ノ之と楯無を除いた全員がここにいる。ちなみにあの、ディアブロスとかいうやつも。

 

「逃げられたか……」

 

 ラウラの呟きは、やけに静かなCBF会場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってこと。前回はともかく、今回は負け」

 

 後日、楯無によって集められた一年の専用機メンバーに対して、簡単な報告がなされた。周りはまだ慌ただしいが、聞かないわけにはいかない。

 

 今日は振替休日なので、全員私服だ。学内なのに私服というのがなんとも新鮮だな。

 

 件のCBFだが……開催に合わせてスコールチームは会場近くのホテルを複数予約。会場を中心とした半径十五キロメートル内の適当な場所を取り、潜伏していた。

 レース中を狙って襲撃、狙撃によって破壊された電磁シールドの一部から侵入して私達と戦闘する。そして、死神の様な機体と、銀の福音が乱入して撤退した。

 

 しかし疑問が残る。

 

「負け、というのはなんでしょうか……?」

 

 デュノアが私の気持ちを代弁して楯無へ問いかける。

 

 亡国機業との戦いは勝負や試合の類いじゃない。命のやり取りをする殺し合いだ。勝ちや負けで考えるのは少し違う。敢えて言うのならば、生き残り被害を抑えた私達の勝ちと考えられなくもない。

 

「世界で二機しか存在しない第四世代機の内、一機を奪われたとなれば、負けと言えるんじゃない?」

「は……?」

 

 耳を疑う。が、自然とラウラが言っていたことを理解できた。既に奪われた後だから織斑を守れと言っていたわけか。

 

 織斑の腕には白式の待機形態が嵌められている。

 

 奪われたのは……。

 

「……」

 

 篠ノ之の紅椿か。よりにもよって完成されている方とは。

 

「篠ノ之、誰に奪われた」

「……一人は知っている。銀の福音の、ナターシャという人だった」

「ナターシャさんが!?」

 

 織斑の目が開かれる。ここにいる人間の中で唯一会話したことのあるこいつならではの思うところがあるんだろう。

 

「見間違いじゃないのか?」

「間違いなく本人よ。アタシと皇もそこにいたからわかる。残念だけど」

「そう、なのか……」

「じゃあもう一人は?」

「そっちなんだけど……」

 

 PCのキーボードを数回叩いて、室内に取り付けられたプロジェクターが起動する。数秒もせずに、ブルースクリーンから一転した。

 

 映っているのは不気味な一機のIS。肩や肘、腰に膝などの関節部からはボロボロの布がはためいており、隙間から剥き出しのフレームが見える。装着した人間の写真も合わせて映され、その少女は車椅子に座って本を読んでいた。

 

 昨日見た死神だ。機体も人間も間違いない。

 

「オーストラリアの代表だそうよ。名前はレティ・フラン。両足の膝から下を生まれつき持たずに、義足で生活しているらしいわ。本人は嫌っているから車椅子を使っている、と」

「ということは、アレがオーストラリア唯一の専用機《ナイトメア》なのか?」

「そうなるわね。一度だけ、私も話したことがあるし」

「どんな人なんですか?」

「そうねぇ……とにかく無口。何もかも興味がないって感じ。でも優しく子」

「ナターシャさんもそうですけど、なんで亡国機業に……」

「さぁな」

 

 何故、それは現状気にしたところでどうにもならないことだ。兄さんの事だってそう。私は兄さんでもなければフランとかいう代表でもない。事情なんてわかるものか、私は本人じゃないんだからな。

 

「考えたところで答えが出るわけじゃない、考えるだけ無駄だ」

「半分同意ね。レティ・フランは私で調べておくから、今は置いておきましょう」

 

 キーボードを操作してプロジェクターを切った。

 

「聞きたいことがあるから、わざわざ休みの日に集まってもらったのよ」

 

 手元にある一枚の紙を眺めながら、楯無は話を進める。

 

「簪ちゃんと箒ちゃん、篠ノ之博士に何か変わったことは? 自分の傑作を盗まれたとなれば怒りもしそうな気がするけど」

「私は…わからない。電話しても出なかった」

「同じく、です。電話もメールも返事はありませんでした」

「うーん…実況で来てたのに、織斑先生も気づかないうちに姿を消した上に妹と弟子に連絡も無し。織斑君は?」

「えっと…俺も特には」

「そう」

 

 ペン立てからボールペンを抜いて紙に何かを書き込んだ。ペン先をキャップに納め、つまむように持ったペンを揺らしながら続ける。

 

「じゃあ―――」

「はろはろー。箒ちゃんとしゅーくんいる?」

「姉さん!?」「束さん!?」

 

 ノックも無しにガラリとドアを開けて現れたのは、話題の篠ノ之束だった。

 

「無事だった?」

「え、ええ。それよりも、後ろの人は……?」

 

 中に入ってきた篠ノ之束に続いて、後ろにもう一人。

 

 身長は同じくらいか。黒髪はたなびくように長く、癖は全く見られず毛先はまっすぐ腰まで届いていた。しっかり出るところは出ており、スタイルはやはり良いようだ。全身を大小のラインが入ったISスーツで身を包み、顔を全て覆う仮面をつけている。

 

 怪しい。その印象は覆せそうにない。

 

「んふふ……誰だと思う?」

「いや、さっぱりなんですけど」

「だろうねぇ。でも、彼女はしゅーくんのことをよぉく知ってる人なんだよ?」

「え?」

「これもうとってもいい? 真っ暗で見えないんだけど?」

「いいよー」

「その仮面見えないんだ……」

 

 ツッコミをスルーして、怪しい女は右手をゆっくり持ち上げて仮面に手をかけた。左手を後頭部へ持っていき、結んでいた紐をほどくと、すっと仮面を外した。

 

「なっ……!」

 

 私も含めて、楯無でさえ、誰もが息をのむ。

 

 この女―――

 

「初めまして、かな? 織斑千春です」

 

 織斑千冬と瓜二つだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59話 「悩み?」

試験という枷から放たれた私は無敵。

……遅くなってごめんなさい。


 楯無と視線が合う。

 

 あなた、知ってる?

 

 知らん。

 

 目の前の織斑千冬……と似ているようで違う女が篠ノ之束のそばに立っている。目はとろんと垂れ、泣きぼくろが溢れている。にこりと微笑む姿は母性を感じた。

 

 織斑千春。そう名乗った。そして篠ノ之束が言ったもう一人の世界最強という言葉を結びつければ、彼女が誰なのかを考えるのは容易だ。

 

「あなたは織斑先生の双子。そうですね?」

「ええ。私は千冬の姉です」

「あ、姉!?」

「織斑先生って妹なんだ……」

「ねぇ、秋介は千春さんのことを知ってたの?」

「いや……ていうか、上は姉さんだけだと……」

「それはそうよ。私は弟が生まれて間もなく家を離れたんだもの」

「そ、そうなの……そうなんですか」

「ほらほら、そんなに硬くならないで。家族なのよ?」

「えっ、あ、おおう」

 

 極々一部が違うとはいえ容姿は織斑千冬にそっくり……いや、織斑千冬が織斑千春とそっくりなのか。誰でも焦る。

 

 ……私と織斑秋介も双子なのだが。この違いっぷりはなんだ。

 

「ちっはちゃんは私の護衛役ってことで度々会うことになるからご挨拶ってことで。仮面つけてる時はハルって呼んでね」

「わ、わかりました……」

 

 ちっはちゃん……。

 

 何故とか言いたいところだが、それは許さないと無言の圧力を受けて口をつぐむ。あの織斑千冬の姉だ、弟を裏切るようなことはしないだろう。

 

「で、何の用かな? 私の話をしていたんでしょう?」

「え、えぇ。紅椿が奪われたことについてどう考えているのか、と」

「その事? うーん……」

 

 胸を寄せ上げるように、両手で両肘を支えて口を尖らせる。一部の視線に殺意が込められたのは最早お約束か……。簪の視線は日を重ねる毎に黒く染まっていくのでそろそろからかうのをやめてほしいんだが……。

 

「かなりヤバイよね。取り返したいしとにかく殺してやりたいから探りはしてるよ。それが?」

「私の方でも調べているので、もしよければと」

「いらない」

「そうですか」

 

 言葉の殴り合いに周囲はたじろぐ。しかしこんなものは挨拶程度に過ぎない。一度揉めた時は私も逃げたくなったな……あ、嫌なの思い出した。

 

「それではもう一つ、亡国機業の襲撃を知っていましたね?」

「うん」

 

 ……は?

 

「まてまて、どういう事だ」

 

 篠ノ之束の感性からして、大勢の市民が巻き添えになろうがどうでもいいが、妹や織斑が絡むと正反対の行動をとるはずだ。身の危険が迫っているのにそれを見過ごすとは考えられない。

 

 しかし、引っかかるのが銀の福音の時の事だ。兄さんと織斑秋介が大量の無人機に囲まれた時、たとえ兄さんがいたとしても危険には変わりなかった。その筈なのに篠ノ之束は行動を起こすことなく事はおわった。

 

 恐らくそれらは篠ノ之束が危険ではないと判断したからか、もしくはそれが必要である事柄だったからなのか。

 

 そうなら考えられなくも……いや、そうとしか考えられない。

 

 紅椿は強奪されなければならなかった? そうなのか?

 

「あなたは自分一人でも大抵の事は済ませられる。たとえ襲撃を受けたとしても逃げるのは容易よね。織斑先生までいたのだから。しかし危険を顧みず残った。そして待っていたかのように織斑千春……ハルさんを登場させた。護衛だから現れたんじゃない。ディアブロス・バウという機体を知らしめる為に丁度よかったのが護衛というポジションだっただけ。側に置きやすいし、学園生を助けた事で印象もいいしね」

 

 なるほど。いつぞやの焼き増しのようだ。花々しいデビューを飾るためだったと。いきなり雇ったと宣言するよりも、行動と実績で足場を固めた方が動きやすいし警戒も薄れる。

 

「それはいいです。私も同じような事をします。ですが一言だけ伝えて欲しかった。そうすればーー

「説教のつもり? 随分と偉そうだね」

「事実偉いので」

 

 篠ノ之束は筆者であり役者であり総監督だ。自らシナリオを描き、自分というピースを当てはめ、思い通りに事を進めるために動き、指示をする。

 

 奴からすれば、楯無は面白くないだろうな。

 

「束ちゃん」

「はいはい」

 

 楯無とにらみ合う最中、織斑千春の制止にうなづいて、目を瞑ってため息をついた。いきなりスカートのポケットをゴソゴソと漁り始め、取り出したシンプルな腕輪を篠ノ之箒へと手渡しする。

 

「はい、箒ちゃん」

「え?」

「まぁ受け取ってよ。もともとこれのために来たんだから」

「あ、ありがとう」

 

 左腕に通された腕輪がシュッと輪を狭めてピタリとフィットする。

 

「ISの変わりに守ってくれるよ。肌身離さず付けててね」

「わかりまし……わかった。ありがとう姉さん」

「んーイイコイイコ。行こうかちっはちゃん」

 

 目的を終えて満足げな篠ノ之束は織斑千春を連れて帰ろうとドアに手をかけた。慌てて楯無が制止する。

 

「はかーー

「君らが何しようか勝手だけど私の邪魔だけはしないでよね。まぁ、凡人風情の集まりに理解できっこないし出来るとは思えないけど」

 

 それだけを言い残して、篠ノ之束は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を終えて就寝前の学習時間……という名の自由時間、織斑、篠ノ之、オルコットが何故か私とシャルロットの部屋に押しかけて来た。立たせたままにするわけにもいかないので中へ招いて鍵をかける。首を揃えてと言うことは聞かれたくない事だろう。

 

「あれ? みんなどうしたの?」

「いやぁ、二人に聞きたい事があってさ」

「?」

「今日の昼間、生徒会長達とお話しした事についてです」

 

 へぇ、とシャルロットが漏らす。

 

「鈴は?」

「誘ったがクラスメイトの悩み相談があると断られてしまった」

「む、奴はそんな事までしているのか。ウチのクラス代表とは違うな」

「うっせ」

 

 緑茶二杯とアールグレイを一杯用意して手渡す。私とシャルロットはココアだ。

 

「で? 大方、昼の会話が腑に落ちないとかだろう?」

 

 一年の専用機全員が集まった昼。CBFでの出来事や銀の福音とナイトメアについて聞かされ、途中現れた篠ノ之束と織斑千春が颯爽と去っていった後、楯無はその場で解散させた。私達だけでなく、簪やメイドの三年生までも。

 

「別におかしな事は無かっただろう?」

「まぁそうなんだけど。いつもと違うなって……。先輩は俺の事よく思ってないけど、分からない時とか困ってる時は教えてくれるんだよ。何時もなら今日もそうしてくれてたはずなのにそうじゃ無かった。だから気になったっていうか……」

「ふーん」

「ふーんって……おい」

「今のお前の悩みなど私にとってはその程度だ」

 

 膜の張ったココアをスプーンでかき混ぜて溶かし、一口啜る。夏も過ぎようとしている今の季節にちょうどいい暖かさだ。喉とお腹が温まる。

 

「オルコットもか?」

「いえ、私は別に……」

 

 織斑が来るから取り敢えず、か。驚く様子だと、織斑と篠ノ之がよく分かっていないようだ。仕方のない事かもしれない、二人は篠ノ之束の近くにいたのだから。

 

「お前達は篠ノ之束をどう思う? 織斑」

「そうだな……変な所ばっかりだけど根はいい人、かな。姉さん一番の友人だし」

「篠ノ之は?」

「私か? 妹ながら奇妙と思うが好きだ」

「ふむ……分からんわけだな」

「「?」」

 

 揃って首をかしげる二人。

 

「一般的に、篠ノ之束という人間を知らない奴はいない。ジャンヌダルク、ヒトラー、リンカーンのように語り継がれていく事だろう。ISに関わるものならさらに詳しく、搭乗者や整備士に研究者なら尚の事。尊敬と畏怖の念を抱くに違いない」

「確かに」

「では、世間一般における篠ノ之束という人間のナリはどうだ? お前達のように根は優しい人、なんて事を言う奴は一人もいないぞ。天災とはよく言ったものだ」

 

 望みもしないそれらは突然現れてはあらゆる物を破壊して去る。予知は難しく、対策を立てる事も同じ。全てが気まぐれ。

 

 まさに奴の為にあるような言葉だった。

 

「それがどう関係あるというのだ?」

「確かに楯無は直接そう言ったわけではない。むしろそんな事を伝えるつもりもなかったはずだ。そもそも伝えようとすらしていない。この学園の中ではある意味で一般常識に近い」

 

 現在、篠ノ之束は遠いようで身近な存在になりつつある。神出鬼没だったはずが、学園の敷地内に居を構えたからだ。しかし、不思議と学園生は住居へ近づくことはない。

 

 なぜか?

 

 近づきたくないからだ。

 

「篠ノ之束は恐怖すべき人間であり、決して友好的にはなれない。敵とも言える。味方などありえない」

 

 篠ノ之束は尊敬と同時に畏怖すべき名前である。織斑と篠ノ之が言うような、いわゆる親愛の情が浮かぶことなどないのだ。博士はいつだって世界が追う人間であり、世界から追われる危険な研究者なのだから。

 

「織斑秋介と篠ノ之箒個人がどう思おうと勝手だ。だが、周囲や世間がどのような認識をしているのかは知っておいた方がいい。私もそうだが、お前達以外の全員が篠ノ之束をそういう目で見ている。楯無もそうだ。弟子である簪もだろう。難しいだろうが、ヤツを信用しないことだな。話をそのまま信じるのなら、亡国機業ともつながっているかもしれないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消灯時間をとっくに過ぎた真夜中。程よく雲の隙間から星が見える。そろそろ秋が深まるだけあって夏の制服では肌寒くなってきた。

 

 私がこっそり愛用している屋上のベンチに腰掛けてぼうっと景色を眺める。ベンチは学園の島の外……海や空が見えるように向けられているのが好みだったりする。

 

 私は集団のリーダーだ。更識、傘下の家、そして生徒の。支えてくれる仲間もいるけれど、どうしたって相談できない事は出てくる。そんな時によくここに来た。

 

 昼でも、夜でも。

 

 一人でじっくり考えて、悩んで、壁にぶつかる度にここで答えを出してきた。

 

 ……間違ったこともあるけれど。

 

「はぁ」

 

 今日の悩みは飛切だ、と思う。なにせ篠ノ之束が絡んでくるのだから。

 

 最近は妹がお世話になっていたから少し見方が変わってきていたけれど、ここに来てまた分からなくなってきた。

 

 信じるに足るか、否か。

 

 原則として味方と断言する事は不可能。ただ、敵と判断するには協力的過ぎる。

 

 凡人と呼ぶ人間の中から弟子を取り、CBFでは自身の護衛を外して襲撃の際に助けてくれた。あの、篠ノ之束が、である。だから余計にわからなくなる……。

 

 どちらなのか、どう取るべきなのか。

 

「楯無」

「蒼乃さん……」

 

 気配のする方向から私を呼ぶ声が聞こえた。

 

 一夏が死んでから……いや、行方をくらませてから私はこの人が分からなくなった。復讐に走る事なく引きこもったり、学校にも来ずにどこかに行ったかと思えばいきなり現れて。

 

「悩み?」

「そんなところです……はぁ」

「束さん?」

「ええ」

 

 それしかないしね。

 

「蒼乃さんから見た篠ノ之束はどんな人ですか?」

「……きもい」

「きも……」

「自由奔放で好き放題。得意なタイプじゃないわ」

「へぇ……」

 

 私は……違うはずよね。弄ったりするけど好き放題ってしてるわけじゃないし。やることしてるし!

 

「きっと、私とそっくりだから」

「そうですか?」

「似てるわ。身内以外はどうでもいいもの。それに、良くも悪くも浮いて天才だのと呼ばれていたから」

 

 成る程、と思う。篠ノ之束はまさしく天才と呼ばれる人間だ。人間というよりは天才という生き物の方がぴったりかもしれない。勿論、それはブリュンヒルデもそうだ。

 

 蒼乃さんは世界に知れ渡るほど何かを成した事はない。織斑千冬の後継として恥ることない実力を持ってはいるが、それまでだ。

 

 と、わざと負けたりして世界に対しそう思わせている。まぁ、公式戦で負けたのは一夏が絡んでいるんだろうけど……。

 

 実際、森宮蒼乃はあちら側の存在だ。だから似ているって事なんでしょう。

 

 私も持ち上げられる事は何度もあったけど、どちらかと言われればこちら側なのよね……。だから理解できないのかしら?

 

「蒼乃さんならどうします?」

「取り込むか、潰すか」

「……放っておく選択肢は無いわけね」

「? 放置という現状で悩んでいるのでしょう?」

「そうなんですけど……」

 

 更識と博士を繋ぐのは簪ちゃんと一夏という細い二本の糸だけ。取り込もうにも、更識の全てを使っても取り入ることすら難しいだろう。潰すなんて以ての外。

 

 悩む以前に、取れる手段なんて一つしか無いのだ。篠ノ之束とはそういう天才なのだから。

 

 故に、悩むというよりは頭を抱えているという方が正しいかもしれない。悩むでも間違いは無いんだけど。

 

(頭を抱えると言えば……)

 

 私はあなたも疑っているんですけどね、蒼乃さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「派手にやられたわねぇ……」

「まぁそんなもんだろ。ウデが拮抗してりゃ、機体性能でどうしても差が出ちまう。あまり言いたかないが、アラクネは第二世代でも前期に開発された機体だからな……第四世代なんてもんが出てきたとなりゃ、もう型落ちに近い。あたしは気に入ってるし、愛着もあるがいかんせんなぁ……」

「あはは、型落ち型落ち」

「うっせえぞ! てめぇなんざ第一世代でも捻り潰してやれんぞ!」

 

 某所。世界的に支店をもつ大手企業の工場区地下に彼女達は集まっていた。工場区と言っても実際は企業が島一つを買い取って工場を建設しており、区というよりは島と言ったほうが正しい。

 

 そんなわけで、誰に気をかける事なくアリの巣のように地下を掘り進めているわけだ。その一角をちょっと借りている。

 

 いや、借りているってのもおかしいか。大手企業もこの工場島も、従業員までもが亡国機業の傘下なのだから。

 

「もう少しの辛抱だ。二月も待てば専用のハイブリッドマシンが出来上がるだろ」

「わあってら。お前の夜叉こそ平気なのかよ」

「キッチリ直してやりたいところなんだが……生憎と無理だ。特殊な合金とパーツ使ってるからな」

「武器腕はどう?」

「ガトリングじゃなければ良し、だ。無いよりはと思って使っていたがやはり使いづらい」

「そう。別のを用意させるわ」

「いや、普通に腕を頼むよスコール」

 

 銀の福音事件で夜叉の左腕とシールド二枚、ヘッドギアを失った代わりにと色々あまりを借りていたがまぁ使いづらいのなんの。

 

 《人間にとっての義手のような感覚なんですかね、これ?》

 

 ああ、そういう例え方もあるな。確かにそうだ。人間がガトリングぶら下げて歩いていたら恐怖しかないが。

 

 《……おや、帰ってきたみたいですよ》

「ん、ああ」

「どうしたんです?」

「二人が帰ってきた」

 

 アリスへ返事すると同時に、エレベーターが上の階へ上がっていった。

 

「上手くやってくれるか心配だったんだけど……杞憂で済んだわね」

「お前が気にしてたのはナイトメアの方だろ?」

「福音も、ね。フランは戦闘なんて初めてって言ってたし、ナターシャは彼らと少し交友があったみたいだから」

「躊躇われるとこっちが困るんだが……まぁ」

「無事終えたんだ。文句はないさ」

 

 登りきったエレベーターが今度は下りてくる。

 

 そこには二機のIS。片方は銀に輝き、片方は暗く鎌を担いでいる。

 

 銀の福音とナイトメアだ。

 

 ガコン、と一際大きい音を立てて停止したエレベーターから数歩歩いて展開を解いた。福音からは金髪をなびかせた美女が。車椅子を呼び出して展開を解いた物静かな少女が現れる。

 

 新たに二人を加えた、新生スコールチームが揃い踏みだ。

 

「ご苦労様。紅椿は?」

「ちゃんと届けてきたわ。でも良かったの?」

「なにが?」

「データを抜かなくて、よ。機体とコアはともかく、稼働データや展開装甲の情報だけでも手に入れられれば……」

「いいのよ、あれもこれもしてると痛い目を見るもの」

 

 車椅子を押すナターシャはふふっと笑った。スコールらしいなーとか考えてるんだろう。

 

「お帰り、フラン」

「……ん」

 

 車椅子に揺られる少女へ声をかけるが、大して変化がなかった。しかし返事をくれるだけでも大きな進歩だと思うぞ。前はこっちを見る事すらなかったからな。

 

「で、次はどうすんだ?」

「まずはオータムの新型を待つわ。それの慣らしが終わったら……いよいよアレをやる」

「ほぉー、やっとか。待ちくたびれたぜ」

「それまでは……そうねえ、遊んでてもいいんじゃない? わたしは買い物でも行くから。そういうことで」

 

 ……今日も平和だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60話 来たる黒

(更識楯無)はとても焦っている。焦る? いや、不安?

 

あまりうまく言えないんだけれども、落ち着かなかった。

 

先日、急遽組まれた専用機を持つ生徒のみで開催されたタッグマッチトーナメントでは何事も無く終わったからだ。無人機が乗り込んでくることもなく、暴走機も現れず、近くを戦略兵器が通るなんてエマージェンシーも初動せず、スパイがかぎ回った形跡も見られない。実に平和だった。

 

今年の学年行事は何かと物騒だった。理由は分かりきっているので割愛する。因みにどうしようも無いので受け身になるしか無いのが現状だ。今回も勿論備えはしていた。

 

が、蓋を開ければコレだ。平穏無事に終わって喜ぶべきなのに、不安が増すばかり。

 

嵐の前の静けさにしか、感じられなかった。

 

束博士のこともあるし……。

 

「あーーーー!」

「騒がないでください」

「はい……」

 

虚ちゃんに怒られてしまった。言い返せない。トーナメントの活動報告に忙しい中でいきなり騒げばそうもなるわ。

 

「手が止まっていますよ」

「色々あるのよ……」

「まぁ、確かに不気味ではありますけど」

「でしょ?」

「だからこその、トーナメントだったんですが……」

 

本来なら、専用機だけのトーナメントなんて毎年開催できるものじゃない。今年の一年が男性操縦者に合わせてぞろぞろ増えただけで、一機いればいい方だというのに。なんとまぁ贅沢なことだ。それだけに得られるものも多かっただろう。なにせ、私含む先輩の専用機とも戦えたのだから。

 

虚のだからこそ、というのはそこにある。

 

有事の際に戦力となるのは教員部隊だが、出動までには少し時間がかかる。対して常にISを展開可能な専用機はすぐに対応ができるのがミソだ。試作機がほとんどだが、新技術と新型が揃い踏みしているのだから戦力としては申し分無い。だったら鍛えよう、データが取れるなら候補生にもメリットはあるだろ? という言葉から企画されたのだ。

 

生徒に任せるのかという意見も多く出た。前提として専用機に任せるのなら、常時装備した教員が待機させるべきだとも。

 

しかし、その意見をねじ伏せたのは意外にも織斑先生だった。

 

「ここ数ヶ月の結果として、非常時に対応してきたのは全て我々教員ではありません。専用機を持った生徒達だけです。そして、襲撃してきたテロリスト達や謎の組織の狙いは、主に彼女らの専用機だったはず。であれば、単純な戦力と考えるだけでなく自衛を学ばせる意味でも、彼女らを特別に鍛える事はやっておくべきではないでしょうか? それだけの価値があると、考えますが」

 

グゥの音も出なかった、らしい。正論ではないが事実であったために何も言えなかったという。

 

そんなこんなで企画された専用機トーナメント。私達の予想では今回も何かしらのアクションを起こしてくるはずだったんだけど、良い意味で期待が外れた。

 

とまあこんな感じでぐるぐると同じことばかり考えている。おかげで作業が進まないのなんの……。

 

ちなみに優勝したのは私とマドカちゃんペアだったりする。第四世代相当の第二形態もまだまだ垢抜けない子が使ってるんだから怖くない怖くない。

 

「ほら、早く書いてください。私が困ります」

「はいはーーー

「お姉ちゃん!」

 

湯呑みを再び手に取った所で更識家御用達の緊急回線が開いた。余程のことが無い限りは使うなと口酸っぱく妹には教えているので、それだけで緊急事態だと察する。

 

「どうしたの?」

「ま、マドカのパッケージの調節してたら、つか、掴んで、それで」

「何時ぞやの大量の無人機だ! 真っ直ぐこっちへ向かってきてる!あと三十分もすれば向こうの射程に入るぞ!」

「数は? 海中にも紛れてないでしょうね?」

「百は無いがかなりの数だな……ソナーには何もかからない。衛星写真で見るからに中々の重武装だ」

 

割り込んだマドカから詳細を聞き出しつつ、送られてくるデータをミステリアス・レイディで解析、整理していく。

 

「確かに、束博士から頂いたデータにはないタイプの機体や武装が幾つかあるわね。先生には?」

「伝えてある。ラウラとリーチェにも送っているから問題ない」

「オッケー。最寄りのアリーナ更衣室に集まりましょう。もう一度伝えて」

「わかった」

 

通信を切り、視線で虚に合図を送る。それだけで察した虚は書類を全て片付け端末を起動させた。簪自作のそれは更識のみが使用するPCの様なものだ。余計な機能が無いのでかなり優秀であるそれに、マドカから受け取ったデータを送り残りの解析を任せて生徒会室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が着替えを済ませて集まったのは敵の圏内に入る十五分前といったところだった。

 

「時間が無いので簡潔に説明する」

 

スーツ姿の織斑先生がウインドウの側に立って腕を組んだ。

 

「解析されたデータを閲覧した結果、ここへ向かってくる敵は銀の福音事件の後に現れた無人機と判明した。ISの反応は現状見られない。太平洋をぶった切って接近する一団のみだ」

 

本土から少し離れた場所に位置する島ーーー学園が青い点で表示され、点から真っ直ぐ南東の方角には敵を表す赤い点の群れが地図に表示される。

学園と赤い点の中間地点には黄色い点で作られた半円が三重に展開された。

 

「学園に被害を出すわけにはいかない。よって、三重の防衛戦を持って迎撃する。まず教員のラファール・打鉄部隊を第一陣に置いて可能な限り敵を押しとどめる。続く第二陣には遠距離を主とする専用機を配置して第一陣の援護と、抜けてきた敵を撃ち落とす。それでも漏れた敵は近接系の専用機で構成した第三陣で叩く。

基本的にはこの作戦に従って行動し、お互いをフォローし合うように。私達が数で劣る以上、連携で差を埋めるしかない。現場では臨機応変に頼む」

 

地図上の防衛戦が拡大され、細かな配置が映る。

 

第一陣は学園が有する半分のISを投入して、矢面に立つらしい。どの教員も元候補生だったり、優れた成績を収めた優秀な人たちだ。各学年で実技指導をしている世界的にもトップクラスの面々である。今回は織斑先生も前線へ出るようだ。

 

第二陣は第一陣に比べ半数程度の数しかない。一機ごとの間隔を広げ、広範囲をカバーし合う並びだ。

マドカ、セシリア、シャルロット、ラウラ、簪の五人がここに充てられた。

 

最終ラインの第三陣は、秋介、リーチェ、鈴音、桜花、フォルテ、ダリル、私の七名。両端に機動力と射程があるステラカデンテと私を配置して第二陣のフォローと、漏れがないようにココを固めてある。

 

これよりももっといい作戦があるのかもしれないけど、生憎と時間がない。素直にこの通りに動くしかなかった。

 

蒼乃さんは……いない、わね。全く何をしているのやら。

 

「機体に関しては、束から説明がある」

「は?」

「はろー」

 

マップが映されているウインドウの隣にもう一枚のウインドウが。どでかく束博士の顔が現れた。

 

「今は私も学園に居を構えてるからね、ちーちゃんもいるし協力したげる。無人機連中はISじゃなくてBR……ブラスト・ランナーとかいうISモドキ。コアが無いから拡張領域もハイパーセンサーもエネルギーシールドもないけど、ニュードとかいう全く別系統のエネルギーを原動力にしてるよ。これ、核ほどでは無いみたいだけど有害物質だから一応気をつけるように、以上」

 

ブツッ。

 

「あの……」

「……以上だ。私も準備がある。あとは任せたぞ、更識」

「はい」

 

はぁ、と煤けた背中を見せながら先生が退室した。

 

「じゃあ行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達が学園を出ると同時に、教員部隊の第一陣が無人機と接触したと通信が入った。

 

BRにはシールドエネルギーに該当するバリアは存在しない(らしい)ので、当てれば取り敢えず機動力を奪える。当たりどころによっては落とす事も可能だ。IS戦と比較しても勝負はつけやすい。

 

しかし、ISに劣るとはいえ侮っていい相手じゃない。数で圧倒したとは言え夜叉を撃墜しているのだ、あの群れは。単騎の性能や武装もなかなかのものだろう。ニュードとかいうエネルギーも測りきれないところがある。

 

が、そんな事は瑣末である。

 

一言で言えば殲滅だった。

 

「一匹も通すなよ!」

 

織斑先生を中心とした教員部隊は圧倒的だった。何倍もの敵に躊躇いもなく突っ込んではかき乱して、雑草を刈るように数を減らしていく。乱戦に持ち込んでいながら第二陣に銃を向けることも出来ずに、BRが次々と爆散していった。

 

「やるっすねぇ……」

「えらそーにするだけはあるってこった」

 

先輩二人はもう見慣れたモノって感じね。まぁ、あの二人は結構お茶目する度にブチのめされてたからかしら……。

 

「すげ……」

 

後輩たちはそうでもなさそうだけど。

 

マスコミがそう取り上げるからだけど、学園は織斑千冬の一強と勘違いされやすい。確かに彼女が最強である事は事実なんだけど、決して一強ではないのだ。世界で唯一のIS専門学校が、そんなヤワなラインナップのはずが無い。少し考えればわかる事なのに、ブリュンヒルデのネームバリューに全て霞んでいるのが……。

 

例えば、簪とマドカのクラス担任を務める大場先生は第一回モンド・グロッソの格闘部門と機動部門のヴァルキリーだったりする。専用機だって当時は所有していた。

同じく副担任の古森先生は白式を製造した倉持のテストパイロットを勤めていて、打鉄を産んだもう一人として教科書にも載っている。

 

一人一人を語ろうとすればキリがないくらい、教員部隊の面々はエリート街道のど真ん中を歩いてきたのだ。

 

当然、量産機でもその辺に転がっている代表候補生より何倍も強い。

 

「やっぱ先生って凄いな」

「今のアンタより何倍も強いのは確実ね」

「うっせ」

「こら、気を抜かないの」

 

気持ちは分かるけどね。三重の防衛線を引いても結局は直ぐに乱戦になると思っていたのだけど……。

 

……こんなものじゃないわ。一夏の戦った機体と同じとはとても思えない程に弱い。なぜ? 作戦? 遅れて本隊が来るとでも?

 

「……! そういうことね」

『更識さん! あ、これだと妹さんまで混じっちゃいますね、楯無さん!』

「山田先生、分かってます」

 

同じ、同じだ。

 

突然現れた連中は次々と増援を送り込んで一夏を追い詰めたのだ。斥候の後方からでも、挟撃するように背後からでも無かった。

 

『大気圏外から多数のBRが! 百を超えてます! 落下予測は学園のアリーナです、直ぐに!』

「聞いたわね、第三陣は直ぐに学園に戻るわよ! 第二陣も何人か来て頂戴!」

「簪、行くぞ!」

「うん!」

「先生」

「構わん。その分はオルコットとデュノアが埋める」

「全速後退!」

 

近くにいたマドカと簪の手を握った私は海中に潜って人魚姫を起動。ボコボコと泡を吹き出しながら高速で移動を始めた。

 

「ちょっと、重たいんだけど?」

「いいじゃないっすか、省エネ大事っすよ」

「堅いこと言うなよ」

 

いつの間にかフォルテとダリルが両足を掴んで楽をしている。いや、別に良いんだけどふてぶてし過ぎない? 感謝が足りないわね。

 

「楯無、追い抜かれたぞ」

「無理に決まってるでしょ、基礎からして違うのよ」

 

多分だけど、海上のベアトリーチェのことを言っているんだと思う。運べなかった他のみんなを連れていても私を追い抜くくらいは造作もないらしい。これでも十分速いんだけど……流石。十機近くぶら下げてもまだ早いってどうなってるのかしらね。

 

『電磁シールドを張って時間を稼ぎます。楯無さん、全BRを撃破してください!』

「了解!」

 

学園にはその特性からテロ対策が幾つか施されている。頑丈なファイアウォールもそうだが、物理的防壁として電磁シールドを張ることができるのだ。アリーナで使われるそれで学園の島を覆うことで、島全体を守る。

 

ただし、島には攻撃する設備はない。機関砲やらミサイルは置いてないのだ。ISが最大の武力である事を考えれば納得できとくこともないんだけど。

 

そんなこんなで、ISが無ければ無防備に等しいのである。

 

「迎撃に学園に残ってるラファールを出せば良いじゃないか」

「それが無理なのよ。整備中が殆どだし、乗り手がいないわ。マトモに動かせるのはもう教員部隊が使ってるの」

「かぁーっ。何よそれ!」

「ぼやいても仕方ないっスよ」

「言うじゃねぇか先輩」

「うるさいっス先輩」

「そろそろ着くわよ」

 

ギャアギャアと四肢がやかましいようで何より。

 

「ささっと全部落とすわよ!」

 

海面を切り裂いて浮上。人魚姫を解除して四機を放り投げた。

 

学園は薄い波打つ幕で覆われ、その外縁部で閃光と火花が入り乱れているのが見える。四つの星は吸い込まれるように戦火に飛び込んでいった。

 

「さて……」

 

ガトリングを構えて私も飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!」

 

ブレードを振り抜いて何機目かもわからないBRを両断する。ジリジリとショートした電線が漏れたオイルに引火して爆発。たった数十分の間に飽きるほど見てきた。

 

人が乗っていたらと思うとぞっとするな……。流石に人を斬りたくはない。

 

打鉄の腕で額の汗をぬぐって周りを見渡す。

 

接敵から乱戦に持ち込んで今に至るが、ラインはまだ機能しているようだ。第二陣からの援護もあって少し息を整える程度の余裕はあった。被弾が幾つか見られるが大きな損害もなく、皆無事だ。

 

今は。

 

「これだけの機体を一体何処に隠していたのやら……」

 

撃墜カウンター(敵の戦力を測るためにと束が付けた)は三十を超えており、全員を含めて二百は確実に墜としている筈なのだが、一向に数が減る気配がない。それどころか本隊らしい連中が大気圏外から学園めがけて降下してくる始末。

 

これだけの数、何処に隠せる?

 

束は連中のデータはほとんど持たないと言っていた。以前の福音事件で得た映像から解析した物しかない、と。

 

つまり、篠ノ之束の手を潜り抜けた組織を相手にしている事になる。

 

思っているより厄介なヤツらかもしれないな……。

 

「先生! 何か来ます!」

「どういう事だデュノア」

「わ、わかりません、速すぎて……。あっ、掴んだ! IS反応! 正面から突っ込んできます! 凄い速度……!」

「私でも捉えましたわ。高速で接近する機体が一、それを追うように……五機?」

「……オルコット、間違いではないな?」

「……はい」

「そうか」

 

合わせて六機。全てがIS。要するに。

 

「この間の連中ってわけか」

「大場先生」

「よぉ織斑センセ、無事で何よりだ」

「当然。私達が倒れるわけにはいかんだろう」

 

ふん、と短い返事が返ってくる。

 

「どうする?」

「どうもこうもない、ラインは崩さない、戦線も下げない。斬り伏せるまでだ」

「だろうな、了解したブリュンヒルデ。踏ん張るぜ」

「誰にモノを言っている?」

「その言葉そっくり返してやーーー

 

チリリ。脳を掠めるような嫌な電気が走った。次の瞬間には体に従って、ミナト共々磁石が弾けるように後方へ瞬時加速。遅れて周囲へ呼び掛けた。

 

「逃げろ!」

 

その一言で察した全員が一目散に方々へ逃げる。

 

緑色の閃光がまるっと無人機の群れを飲み込んで過ぎ去った。

 

「な……」

 

巨大なエネルギーが失せて空間には残されたボロボロの機体達が浮かび、一拍置いて一斉に爆ぜた。左腕で飛び散る破片から顔を守る。

 

「おーおーやってくれんじゃん。楽になった」

「倍以上に厄介なヤツらのお出ましだが、な」

 

あれ程機体を投入していたというのに、ISが来るとぱったりと増援が止んだ。その代わりがBR数十機分の戦力を持つISな訳だが……あんまりだろう、これは。

 

デュノアとオルコットが得たデータをリンクして閲覧しているが、流石の私も片眉が吊り上がった。

 

アルカーディア、サザンクロス、銀の福音、ナイトメア、データに無い新型機。

 

そして、先行する夜叉。

 

量産型のラファールや打鉄一機でさえ核を超える戦力として数えられるというのに、連中はどうしたものか……アホか、アホなのか。

 

「おーい」

「……なんだ」

「ボケてないでやるぞ」

「……そうだな。各個撃ーーー

「タンマ! 何か様子がおかしい」

「何だ全く……」

 

オープンチャネルで指示を飛ばそうとした矢先にミナトが静止する。焦点を合わせ、眼を凝らす。

 

「ありゃあ……」

「同士討ち、か?」

 

違和感の正体は、ボロボロの夜叉と、それを追い回す五機だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楯無! そっちに三機行ったぞ!」

「了……かい!」

 

ラスティー・ネイルで近づいてきた一機の胸を貫き、小規模な水蒸気爆発を起こして最後尾の三機目を手前に弾き、蛇腹を伸ばして鞭のように二機目に一機目を叩きつけ、ランスで一息に三機を串刺しにした。

 

「ったくもう! 多すぎ!」

 

ランスを振り抜いて三機を放る。数秒おいて爆散し、破片を林の中へ散らせた。

 

そう、先行したリーチェが駆けつけるも既に遅く、電磁シールドの一部分を破られて侵入されていたようだ。更に遅れて私達が合流した時には、破れた穴を塞ぐのではなく、近辺一帯を切り捨ててより学園に近い場所でシールドを再構築する事を選んだ後だった。

 

中に入り込まれた夥しい数のBRはリーチェ達が、外で再びシールドを破ろうとしている倍以上のBRは私達が相手をしている。

 

単機の性能はやはりISが俄然上だが、流石にこれだけの数を覆すのは無理があるらしい。そう考えるとやっぱり一夏は凄かった。

 

「更識の妹ォ! こっちにミサイル寄越せ!」

「はい!」

 

奇襲のおかげもあって最初は切り崩せたものの、徐々に流れがあちらに傾きつつある。終わりは見えず、敵の数は増すばかりだ。百じゃきかない。

 

と言うのも……。

 

「中々に手強いなぁ。なぁ、イオ」

「ね、ニア」

 

突然に現れた指揮官の様な二機が統率しているからかもしれない。

 

「……あなた、前に私と会っているわね?」

「あぁ、やっと思い出してくれた? あの時は申し訳なかった、相手をしてあげられなかったからね」

 

以前、タッグトーナメントの際に無人機が乱入してきた事があった。会場に飛び込んできた機体は出場者によって片付けられたものの、似た反応を学園の外から確認した私は単独で接近し……ニア、と呼ばれた人物と遭遇した。

 

全体的なフォルムに変化はないけど、装甲の各部が蛍光色を発しており目立つ。以前の様に隠れるつもりはないってわけね。見たところ重量級の機体で、武装も長射程で重たそうなものが多い。

 

並ぶもう一人……イオのBRは異形の一言に尽きる。装甲の無いS字に曲がった腕に、踵の脆そうなリング。薄めの装甲が目立つが何より腕だ。あれは恐らく、生身の両腕が無い。一夏と同じリヒトメッサーを背負い、反対のラックにはマシンガンがかけられている。多分、近接寄りの高機動型。

 

「今回はたっぷり時間がある。嬲り殺しだ」

「ふん。やれるものならね」

 

両手でランスを握りしめて突進。しかし渾身の突きはイオの刀にいなされてしまった。流されたままに身体を滑らせ、PICを上手く使って鍔迫り合いまで持ち込む。

 

「やる」

「私ほどじゃ無いけど!」

 

人魚姫を瞬間的に起動。前後へ均等にエアーを噴射する。私自身は推力が発生せずにその場に固まり、イオはゼロ距離で空気の壁に叩きつけられ吹き飛んだ。

 

「くっ!」

「お姉ちゃん!」

 

追撃に剣を伸ばすものの、左からのミサイルと右からのグレネードが爆発した衝撃で斬ることはできなかった。……あのまま突撃していれば、グレネードに直撃していたかもしれない。

 

イオは体勢を立て直して、再びニアの前に立ちふさがった。

 

「ありがと、簪ちゃん」

「ううん、それより……」

「そうよね、早くしないと」

 

逞しくなった最愛の妹に鼻血を撒き散らしたくなる衝動を抑えて周囲を見やる。ダリルとフォルテの《イージス》コンビが元々守りに向いていたことと、マドカの技量と多数向きの機体のおかげでなんとかバリアは破られていないが時間の問題だ。確実に守りきれていない。

かといって私達が守りに回ると振り出しに戻ってしまう。それに、今度はこの二人も傍観してはいないはず。

 

学園を護るには、ここでこの二人を倒すしかない。それしかない。腹をくくれ、楯無。

 

「かん……」

「お姉ちゃん避けてぇ!」

 

閃いた作戦を伝えようと左を向くと、ぐいっと腕を掴まれて引き寄せられた。耳を切るような叫び声と様子からある程度を……恐らくは、本人曰く嫌な予感のアレだ。避けると言われてもアバウト過ぎて何処までとかよく分からないけれども、なるべく離れた方がいいと判断。

 

引き寄せられるままに簪ちゃんに飛び込んで抱きしめる。

 

人魚姫起動。一直線にその場を離れた。

 

「待ーー

 

目の前で戦っていた二人は、いきなり現れた二本の閃光に飲まれて機体もろとも蒸発した。何を言おうとしたのか、その先は分からない。

 

見えた、見てしまった。装甲が剥がれ、露わになった生身の人間を。ニアはボロボロのヒビ割れた肌が、イオは四肢を失ったダルマのような身体が、じゅわっと、消えた。

 

「ひっ……!」

 

これが、嫌な予感の正体、ね。死体も池のような量の血も見慣れているけど、流石に人が目の前で蒸発するのは初めて見たわ。気分が悪い。

 

でも、今のは……。

 

「おい、なんだ今のは!? 無事か!?」

「なんとか、ね」

 

マドカから私達二人へチャネルが繋げられる。レーダーには三人とも反応がまだ残っている。良かった……。

 

「今のでバリアぶち抜かれたッスよ!」

 

安堵するも反転して警戒。敵の頭を潰してくれた事には大助かりだが、穴があいてしまっては意味がない。

 

「迎撃! 再展開まで死守よ! 手前は馬鹿二人がなんとかしてくれるから、奥へーー

「楯無!」

「あぁもう今度は何!?」

「超光速のISが一機と、遅れてISが五機真っ直ぐ向かってくる。多分、さっきのアレはこいつの仕業だ」

「……六機、ね」

 

なんとなく誰が来たのかはわかる。この速度に六機ものISなんて奴らしかいない。バリアを破壊した攻撃は間違いなく、ニュード兵器『アグニ』だ。

 

……一夏。

 

成る程、亡国機業はこれだけの戦力を備えてたってわけ。何をするつもりなんだか……。

 

「簪ちゃん、エネルギー撹乱幕斉射。実弾と接近戦で時間を稼ぐわよ」

「はい!」

 

最初からそうするつもりだったのか、瞬きした後には八つの弾頭が空で弾けた。キラキラと雪のように光る特殊な片紙が飛び散り、爆風であっという間に一帯に散らばった。

 

さあこい、今度こそとっ捕まえて引っ叩いてやる。

 

「……きた!」

 

肉眼では黒い点の夜叉をレーダーて捉え、そこからさらに六十に近い数の弾が吐き出された。ミサイルだ。

 

直ぐにランスを構えて斉射。妹とマドカはBRからマシンガンと機関銃をひったくってトリガーを引いていた。

 

誰かの弾が的中し、一拍置いてばくはつ。誘爆が誘爆を起こしてほぼ全てのミサイルが消えた。しかし、実弾に紛れて煙幕でも混じっていたらしく、爆炎とは違った煙が撹乱幕と混ざり合って立ち込める。

 

「ゲホッゲホッ……」

 

急いでアクアヴェールで自分を包み込んで守りの態勢をとる。その中で私が見た光景は……。

 

ボロボロで肌とスーツが覗き、フルフェイスヘルメットから白髪が溢れているボロボロの夜叉。そして仲間であるはずの夜叉へ銃を向けるスコールたちの姿だった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61話 なぜ?

お久しぶりでございます
やっとできた……


逃げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーペント二丁を振り回し、肩越しにオンブラのガトリングを叩き込む。翼に格納した可変式狙撃銃とラーヴァが銃口を覗かせ、後方の的を的確に射抜く。

 

私が到着した時は既にバリアは破られた後で、大量のBRが雪崩れ込んでいた。連中の先頭までみんなを連れたまま加速し、追い抜いたところで散開。背後にアリーナが見える程入り込まれた現地点が、絶対の防衛ラインだ。

 

再度張られたバリアのお陰で今のところ敵が増える様子が無いのが幸いかな。トンデモな数だけど終わりが見えるという希望が残っているから。

 

まぁ多分、みんなそれよりも……

 

「きひひっ。私のオカズにされたくなかったら死ぬ気でブチ殺していってくださいね? あぁ、一夏様以外を口に含みたく無いのでやっぱり愛犬のジャーキー代わりにして差し上げますから」

(うわぁ……)

 

桜花か怖くて仕方がなかったり、する。ジャーキーって、私達はおつまみですかそうですか……。

 

……冗談? はさておき、桜花のお陰で私達が戦えているのは事実。打鉄で一夏を圧倒した実力と、全て手のひらの上にあると感じさせる作戦。カリスマはさておき指揮はバツグンだった。

 

そんな彼女でも攻めあぐねている要素が一つだけ。

 

「出たな薔薇野郎!」

「ほう? 少しはマシになったようだな……!」

 

敵の指揮官らしき機体の登場と、軽く挑発された織斑君か勢いよく突っかかっていった事だ。

 

彼の機体の燃費はそれはもう劣悪な物で、とても長期戦になるのが見えている現状で敵指揮官に充てるようなタイプじゃないのだ。これがお姉さんの織斑先生であれば速攻斬り伏せるだろうから違うのだけど、彼はそうじゃない。

 

加えて、彼の雪風がばら撒く……妨害粒子? は電脳に頼る無人機相手には相性が良いから倒れられるとかなり困る。このままではガス欠で穴が空くわなんたらなんたらで最悪の事態が目に見えてきている。

 

「凰さん、何とか彼を止めて貰えません?」

「止めるよりあの薔薇野郎? ぶっ飛ばした方が早いわよ」

「仰る通りなんですけれども、止めて、頂きたいんですのよ」

 

今度はより強調した。文字だけ見ればお願いに見えるが、表情や雰囲気は有無を言わせない。指揮官らしく、やれと言っているのだ。

 

「……あんたの事だから、考えあっての事ってしとくわ。あんまり期待しないで欲しいんだけど」

「ありがとうございます。今度、ご一緒にお茶でもしましょう」

「ふぅん。いいわね」

「彼の奢りで」

「せこっ!?」

 

さりげなく織斑君を巻き込んで桜花は少し下がった。煮え切らない様子の凰さんはため息一つで切り替えて前に出る。

 

「秋介、下がりなさい」

「鈴。こいつには借りが……」

「さ、が、れ! エネルギー切れで困るのはアタシなのよ!」

「ら、ラジャー」

 

引きつった表情で返して、彼は入れ替わるように少し下がった。

 

「補給に戻った方がいいよ。隙間は何とかしておくから」

「あぁ、ありがとう。すぐに戻る」

 

そのまま踵を返して背後にあるアリーナへと消えていった。アリーナ自体にもバリアは張られているので、一度展開を解いて搬入口から入り、再展開してから補給装置まで飛ぶ。これで四往復目かな。

 

残りエネルギーを使って撒き散らされた雪風の粒子によって、ビクビク震えているところを私と桜花で次々と射抜いていく。凰さんは変わって指揮官らしき薔薇野郎と倒さない程度に切り結んでいる。

 

桜花が何を考えているのかはさっぱり分からないけど、彼女が考えていることを凰さんは何となく察しているらしい。

 

「ふん!」

「やあっ!」

 

ブレードと二振りの槍が鍔迫り合い時に火花を散らす。両者の間で見えない駆け引きが行われ、押して弾いて数合打ち合うと今度は射撃戦に。隙を見て懐に潜り込んでは打ち合う、これを繰り返していた。

 

こう言えば簡潔だが、繰り広げられている軌道はそんなに優しいものじゃない。

 

薔薇野郎はAC……しかもマルチウェイタイプを用い、凰さんは衝撃砲を応用した技術で独特な軌道を描いて食らいついている。

 

「甘いな」

 

そこで凰さんの動きを読み切った薔薇野郎は急停止をかける。両手で電磁加速砲を構えて引き金を引いた。

 

裏をかかれた彼女は青ざめた表情でその瞬間を眺め……不敵な笑みを浮かべた。

 

「そっちこそね」

 

態勢を立て直した甲龍はBRと真向かいになり、槍を握っていない左手を向けた。

 

「AIC発動! なんちて」

 

そう叫ぶや否や、叩き込まれるはずだった電磁加速砲の大口径弾丸はピタリと空間に貼り付けた。

 

「ほうほう。それも衝撃砲とやらの応用か?」

「まあね。ネタは明かさないけど」

「つれない奴め」

「そんな女いるわけないでしょ」

 

電磁加速砲を背負い、ブレードを構えた薔薇野郎が再び加速する。

 

「よくやるなぁ……」

「そうだな」

「ッ!?」

 

尋常じゃない力を背中に感じて、声に気付いた時は肺の息が無理矢理吐き出された後だった。刹那、視界が黒に染まるも直ぐにハイパーセンサーで復帰し姿勢制御。しかし間に合わず眼下にあったアリーナへと墜落した。流れ弾でバリアが脆くなっていたのか、接触した衝撃で割れ、中のグラウンドにクレーターを作ってしまった。

 

「くぅ……いったぁ」

「だ、大丈夫か?」

「なんとか。補給は?」

「もうちょい……」

「おっけー」

「おやめ下さい一夏様!」

「……そうだ、一夏!」

「は?」

 

さっきの声は確かに一夏だった、間違いない。 直ぐにスラスターを噴かせて空へ躍り出る。

 

「一夏」

「……」

 

夜叉はボロボロだった。

 

以前見たときに残っていた二枚のシールドはヒビが入り、欠けている。全身の装甲も同じく、ところによっては肌やスーツが見え隠れし、流れた血が光沢のない装甲を染めている所もあった。メットは割れ、白髪が少しだけたなびいている。

 

不思議なことに、ダメージレベルがDを通り越してE判定の損傷でも、背負った棺桶のような長方形のコンテナには傷一つ付いていなかった。中身が気になるが、それよりもここまでのダメージを与えた誰かに恐怖を覚えた。

 

「来たか!」

「あっ、ちょ!」

 

少し離れたところで切り結んでいた薔薇野郎が凰さんを振り切って一夏へと向かっていく。今までとは打って変わって嬉々とした声だ。電磁加速砲の銃口を夜叉へ向け、ブレードを肩に担いで迫る。

 

「久しぶりだな!!」

「……誰だお前」

 

撃ちだされた弾丸を苦も無く避け、上段から振り下ろされたブレードを、剣先が折れたジリオスで受け止める。

 

「む、忘れたのか? まぁそれも仕方ないか。当時の貴様は我々から見ても壊れていたからな」

「……あぁ、お前も施設にいたのか」

「そういうことだ、A-1」

「懐かしい様な、腹立たしい様な名前なことだな。そう呼ぶのは止めてもらおうか」

 

強引に拮抗を崩し、推力に任せて夜叉が押し切った。手首を返して電磁加速砲の銃身を切り裂き、返す刃で薔薇野郎のブレードを叩き落とす。

 

「貴様ァ!」

 

BRの膝が夜叉の腹にめり込み、メットの口があるあたりが血で濁る。流れるように右腕を引き絞り貫手を繰り出すも、持ち直した一夏は身体をずらして左手と脇で捕まえた。

 

「この……」

「邪魔だ!」

 

ジリオスを背面のシールドに預け、貫手を返す。尖った指がBRの装甲を食い破り腹部に突き刺さる。抉るように熊手で手を抜き、傷口をピンポイントで蹴りつけ、されるがままに薔薇野郎は地面へ叩きつけられた。

 

「ぐ…」

 

装甲の隙間から血が零れているのが遠目でも分かる。瞬時でボロボロになったBRを中心にオイルとまじった血だまりがじわりじわりと広がっていく。

 

強い。あれだけの傷を負ってもこの強さ。

 

周囲のBRなんて彼にとっては屁でもない。きっと、次は私たちを狙う。敵だとは思いたくないけれど、問答無用で蹴られたこともある。CBFの一戦もあるし…。倒すにしろ捉えるにしろ、現状は敵として対処しなければならない。

 

「勝てるかな……」

 

自分たちが学園を……人の命を守る最後の盾であるのだから倒れるわけにはいかないことは分かっている。でも、どれだけイメージしても、そんな未来が見えない。かといって引けるか、と言われても無理だ。専用機を託された義務が、使命がある。

 

残弾とエネルギー……よし。

 

『桜花、どうするの?』

『やるしかないでしょう。BRは指揮を失って固まった今が最良です』

『秋介は?』

『待って体勢を整えられては機を逃しかねません』

 

BRが動き出して攻撃してくる前が、桜花の考えるベストなのかもしれない。なら私はそれに従おう。どうせ、私も凰さんも、彼女以上の作戦が寝れるわけじゃないんだし。

 

『お二人で連携を取って動いてください。私は機体の性質上それが難しいので、後方で援護に回ります。前後を入れ替わる様でしたら、二人とも下がって下さい。まずは私が前に出てなんとか勢いを削ぎます』

『大丈夫、それ?』

『無問題です』

 

それきりだ、と無言で吐いて桜花は単身突撃した。桔梗を杖のように握り、忍冬の銃身下部のナイフを構え、《補食》を展開する。

 

夜叉はというと、私の方を一瞥して桜花に向き合い、真正面からジリオスで迎え撃った。

 

「一夏なら刻帝の機能をしってるんじゃ……わざと?」

「桜花が専用機受け取ったのって、夏の事件以降でしょ。多分、知らないわ」

「そう、なのかな……」

 

それはわかっているんだけども…釈然としない。一夏なら、亡国機業なら何らかの手段を使って知っているんじゃなかろうかと思ってしまう。考え過ぎかな、上手くいっているならいいのかな…。

 

視線の先のドッグファイトに変化が現れる。一夏が距離を詰めて力任せに桜花の体勢を崩した。

 

「しまっ」

 

万歳の状態で仰け反った無防備な桜花の腹に見事なボディーブロー。海老反りからくの字に身体が曲がる。

 

「桜花!」

 

飛び出した私たちを一瞬だけ視界に納め、夜叉のシールドが九十度回転し一発のミサイルを撃ちだした。反射的にガトリングで迎撃する。

 

瞬間、視界が真っ白に塗りつぶされた。

 

閃光弾!? しかも前のと違う!? ……でも!

 

「オンブラ!」

「ちっ」

 

継続してガトリングを斉射。照準はAIに任せてとにかく下がった。

 

ジリジリと目が焼けるような感覚が薄れていく。そろそろ視界も元に戻りそうだ。うっすらと目を開ける。

 

取り戻した視界には、ジリオスを握る一夏の姿。仕切り直しだ。

 

『大丈夫?』

『なんとか』

 

鳳さんのチャネルに桜花が苦しそうに返す。なんとかで済ませていい一撃には見えなかったんだけど。

 

『貫手でBRの合金を貫くのですから、些細な攻撃と思いましょうか。でないと、お先真っ暗ですわよ?』

『まぁ確かに』

『で、どうするの?』

『……』

 

一夏への警戒を怠らず、桜花の話に耳を傾ける。数秒間の沈黙を破って、作戦を語り始めた。

 

『三機、味方がこちらへ来ています。かなりの速度で。まずはそれまで持ちこたえる。合流次第、包囲して徹底した中距離戦闘で削る。絶対に近接へ持ち込んではいけません。間合いに入られることも同じです。全力で距離を取り、お互いの援護をしましょう』

 

まぁ、確かにそれが無難よね。というよりも、それしか攻略法を思いつかない。

 

『秋介は?』

『悪い。エネルギー供給系がイカレてるみたいで結構時間かかる。往復しすぎた』

『了解しました。ゆっくりで結構ですので、満タンでお願いしますわ。連絡が無い限りは、そのままで』

『わかった』

 

交信終了を合図に、私は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抜かれた!」

 

絶望的な知らせだ。ダリルが一夏に抜かれた、と。黒い星は狭まりつつある電磁バリアの穴をくぐり抜け、得意の爆発的な加速であっという間に点になった。

 

「待て!」

「行かせん!」

 

振り切らせまいと続こうとしたオータムを、マドカのライフルが道を塞ぐ。

 

アンバランスな三つ巴は、拮抗した学園と亡国機業のぶつかり合いへと様相を変える。

 

私達はどちらも通すわけには行かない。だが、一夏は捕まえたい。

スコール達亡国機業は、一夏を捕えたがっている。私達とは元々敵対であり、BRを送り込んだことからも分かることだ。

一夏は……わからない。が、亡国機業から逃げているし、私達にも銃を向けてくる。

 

状況は一夏の1人勝ちのようなものだった。逃がしたい訳じゃないけど、連中を通すわけにも行かない。私たちも追うことは出来なかった。

 

気持ちとしては追いたい。しかし、精鋭ぞろいの敵を前に、自分一人がいかに重要な戦力なのかを考えるとそうもいかない。いつもの様に、求められるリーダーとしての自分を貫いた。

 

が、良い意味で裏切られる事になる。

 

「追え更識!」

 

大場先生が一部の教員を率いて増援に駆け付けてくれたのだ。教師陣の防衛ラインから直線で駆けつけた三機と、潜水して私達と亡国機業を分断した三機の計六機。

 

注意がされた一瞬を見逃す私ではない。すぐさま反転して、閉じかけたバリアをスカートの端を掠めながら突破した。

 

「簪!」

 

続けて潜り抜けたマドカがシールドビットを飛ばして円を作り一瞬だけ修復を妨げる。さらに狭くなったその輪を、部分解除して身体を細くする事で簪はするりと抜けた。その後、ビットを解除した事で穴は完全に塞がった。

 

大火力で大穴を開けた一夏は既にこちら側。一応は分断されたことになる。あれだけのパワーを持った機体や武装はそうそう無いのだから。むしろあんなものがポイポイあってたまるもんですか。

 

『人魚姫』起動。負担は大きいがそんなことを考えている暇はなかった。二人を掴み最大加速で一気に後を追う。

 

そして現在に至る。

 

数任せの徹底的な中距離戦闘の末、一夏を追い詰めることになんとか成功した。と言ってもエネルギー切れまでひたすらジャミングと牽制を続けただけだが。

 

補給を終えた織斑を加えた全員が、一定の距離をとってアリーナの壁に背を預ける一夏を囲んでいる。

 

対する一夏はというと、背負っていたコンテナを両腕で護るように抱え、項垂れてーーー気絶していた。白髪が割れたメットから零れ、風で揺れている。ぴくりとも動かない。死んではいないが、暫くは動けないのはまず確かだ。

 

「取り敢えず…メットを剥ぎ取りましょうか」

「これが暗示を掛けている…んだっけ?」

「可能性だな」

「どっちでも構いませんわ」

 

桜花が一人歩を進め、一夏の前で片膝をついてメットを剥がそうと力を込める。が、どうやら取れないらしい。

 

「固定されてますわね。専用の工具が必要かもしれませんわ」

「工具、ねぇ。簪ちゃん、ない?」

「……うん、これなら、手持ちで何とかなるかも。でも時間がかかる」

「お願いしますわ。では、それまでの間は皆さんで守りを固めるということで」

 

必然的に関係の深い私とマドカ、桜花がそばに張り付くように立ち、距離を置いてリーチェとラウラが、その他はアリーナ上空で全方位に目を光らせる配置に着いた。

 

「向こうはどうだろうな」

「それって、先生達のこと?」

「ああ」

 

ラウラが腕を組みながら海の方角を見やる。リーチェはライフルを肩に担いで、視線を追った。

 

「あまり心配はしてないけどなぁ、私は。向こうで頑張ってるみんなもいるし」

「私だってそう思いたい。だが、連中の実力と機体性能は楽観視出来るものではないだろう? たとえ教官がどれだけ強かろうと、カスタムタイプの量産機では限界がある。教員全てが同じだけの実力を持っているわけでもない。数の差もまたそうだ」

「……バリアは破られるって?」

「私はそう思っている」

 

冷静に現状分析に務める。ラウラの言い分は尤もだ。私も同意見だし。

 

「いつ敵が現れるかわからん、警戒を怠るなよ。聞けば、連中は転送装置も持っているようだしな」

「素晴らしい。流石は大佐殿でありますなぁ」

 

その言葉を待っていたかのように、そのBRは現れた。堂々と、アリーナのど真ん中に。ラウラとリーチェの目の前に。

 

「ッ!?」

「腕も確かだ」

 

直後にBRがライフルの引き金を引く。かろうじてAICの展開が間に合ったラウラは見えない壁を張り、弾丸を防ぐ。落ち着いた男性を思わせる声は冷静なままだ。

 

「やれ!」

 

AICを一瞬だけ解除--静止した弾丸が慣性を取り戻す前に再び展開した--して、リーチェがエネルギーライフルのトリガーを引いた。

 

しかし、BRに届くまであと数センチというところで、エネルギー弾が拡散した。一瞬だけ黄色い膜が現れ防いだのが微かに見えた。センサー類はバリアと判断している。

 

おそらくは、ニュード技術を用いてISのシールドエネルギーを真似てみたのだろう。実際そうだとすれば、BRはISと同等のポテンシャルを秘めた純粋な兵器となるわけだが……まったく笑えない。

 

コアというブラックボックスに頼りきりなISとは違い、BRはISを参考に純粋にハイレベルな科学で作り上げられている。ニュードという有害物質を動力源としているが、製作者は十分にニュードに対して理解があるはずだ。

 

ニュード兵器の破壊力はよく知っている。電磁バリアに穴を開けたアグニ、ISのシールドエネルギーを一振りで全損させるティアダウナー……。

 

「待ちたまえよ。私は話をしに来ただけなんだ」

「貴様から仕掛けておいて何を言うか」

「先手を許しては話も出来ない」

「無断でこちらに上がり込んでよくも言えたものだ」

 

ラウラの威圧も問答も対して気にしていない様子。あれでは暖簾に腕押しだ。本人も理解しているのか、相手にされてないというのに涼しげである。

 

このまま任せてもいい所だが、生憎と時間が無い。馬鹿げた威力の武器を出されても困る。すり合わせるように指示を出して、簪の作業時間を稼がせる。

 

「…で、何の用だ」

「なんてことはない、織斑(・・)一夏と彼の持つコンテナを頂きたい」

「は?」

 

………は?

 

「お、おい。今、なんて言った?」

織斑(・・)一夏と彼の持つコンテナを頂きたい」

 

な、なんで……。

 

なぜそのことを、知っている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62話 よくやった

「どういうことだよ、おいっ!」

 

 案の定、彼は怒った。当然と言えば当然。私達は彼に真実を隠していたのだから。

 

 対する当の本人達はと言うと、青ざめていた。簪に至っては手を止め、工具を持つ手が震えている。

 

 聞くところによると、私が編入するよりも前はよく発作を起こしていたらしい。原因は施設に収容される前の過去にあり、それを連想させるキーワードや相手を見ると暴れだしたり気絶したりと大変だった、と。記憶を失っても身体は覚えているという事だろう。

 

 マドカ達は、一夏が暴れ出すかもしれないことを危惧している。

 

 森宮一夏は、織斑一夏である。必然的に、森宮マドカは織斑マドカである事を一夏と弟の織斑は知らないからだ。

 

 そして、織斑が行方不明になった兄と妹を探していた事を、私は知っていた。

 

「どういうことも何も無い。事実だよ」

「ふざけんな信じられるか! 突然消えたと思ったら実は同級生でした? 馬鹿にしやがって!」

「それは本人達に言うといい。私に聞かれても困る」

「この……っ!」

 

 抜刀した白式の神速の踏み込みを無骨な剣で受け止めるBR。だが、勢いまでは受け止めきれず地面に二本の溝を作っていく。強引に鍔迫り合いを押し切った織斑が雪片弐型を振り抜いてBRを吹き飛ばした。

 

「なかなかのパワーだが……」

 

 スラスターを噴射して難なく着地したBRは……腕を組んで仁王立ちした。

 

「こいつ!」

「まだまだ」

「うおっ!?」

 

 それが合図だったかのように、上空から二人を隔てる地点にエネルギー弾が土埃をあげる。爆発のように大きなものではないため、織斑を呑み込んだそれは私のいる場所まで届くことは無かった。

 

 増援? それとも遠隔操作武装か? いや、何にせよ好機だ。

 

 向こうは織斑に集中していて私達に注意していない。データリンクで白式の位置はわかっている。ならばそれを避けて攻撃すれば何かしら当たるはずだ。

 

『織斑、動くなよ!』

 

 念のためにチャネルを飛ばし、レールカノンの砲身を微調整。二連続でトリガー。一秒と待たずに轟音が響いた。

 

「ちょっ、ラウラ!」

「心配するな、当てていない」

「いやそういう問題じゃないでしょ!」

 

 鈴が少しうるさいが無視だ。

 

 私達は数で勝っていても今回不利な点が多い上に敵は強い。量産型が壁を破ってここまで来れば数の差もひっくり返るのだから時間もない。更識は隠し続けた秘密の暴露で頭が追いついていない今、動けるのは私と事情を知らない鈴、ベアトリーチェだけなのだから。

 

 織斑が煙を抜けて戻ってきた。私と並び、左腕の荷電粒子砲を敵へ向ける。

 

「どうだ?」

「いや、当たってない」

「避けたか?」

「一発はハズレ。もう一発は防がれた。別のヤツに」

「何?」

 

 途端、土煙から三本の閃光が私へ向けて放たれた。並んだ白式が零落白夜のシールドを展開して防いでくれる。すれ違うように、レールカノンをもう一度放つ。

 

「き、効いた~」

「助かるよ」

「いいえー」

 

 出てきたのはBRだけじゃなかった。あれは……

 

「サザンクロス!?」

 

 ベアトリーチェの叫び声。BT三号機、サザンクロスが左肩に固定されたシールドを構えて、背後のBRを守っていた。シールドには二つの大きなひび割れた凹み。明らかに私のレールカノンを防いだ痕だ。上空からの一撃はこいつか。

 

「楯無、亡国機業の専用機は教官方が食い止めているはずじゃなかったのか?」

「さっきから連絡取れず、よ。広域の電波障害がかかってるわ」

 

 頭が痛い。敵に侵入されるだけでなくまさか本当に増援だったとは。

 

 状況で考えれば、電磁バリアーを抜けられている時点で甚大な被害が外側の仲間に出ている事になる。教員や残った専用機も例外ではない。無事か心配になってきた……。

 

 というか、そもそもどこから来た? ……そう言えば瞬間移動が出来たとか言っていたな。

 

「二機を抑えるわ。兎にも角にも、状況の確認よ」

「ああ」

「桜花。簪ちゃんをよろしく」

「はい」

「鈴ちゃんとリーチェは警戒しつつ援護。どこからともなく現れるわよ」

「OK」「はい」

 

 ガトリングランスを構えて私よりも数歩前に出る。

 

「先輩」

「私には、真実を話すことは出来ないわ。本人から聞きなさい。終わってからね。でも、アイツが言ったことは、事実よ」

「…はい」

 

 織斑も後ろ髪を引かれる思いだろうが、今だけは振り切った様だ。雪片弐型が刃を二分して刀身が新たに現れる。輝きは先程よりも一際強い。

 

「こ、困ったなー。何機相手にしないといけないんだろ…」

「もう充分よ」

「な…!?」

 

 真後ろからの声。気づいた時にはもう遅く、スラスターを全て撃ち抜かれていた。

 

(まずーーー)

 

 全ての推進剤がいっせいに起爆。私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ!」

 

 ラウラの全身を撃ち抜いたIS……アルカーディアはピタリとレーゲンに張り付いて、シャングリラを以て一瞬でラウラを戦闘不能へ追いやった。

 

 爆発に気づいて振り向いた織斑と楯無は額にシャングリラを突きつけられた上に細身の剣が足元へ突き立てられている。

 

 動けば撃つ。あるいは斬る。そう言っているのだ。

 

 私をニヤニヤと見てくるスコール相手に、私は歯ぎしりすることしか出来ない。

 

 織斑はともかく、楯無まで捕まえるあたりは流石と言えるが全く楽観できる状況ではない。全員が人質を取られたようなものだ。

 

 ライフルとビットを向けるだけで、それ以上は動けなかった。

 

「ははっ、いいザマだな」

「オータム…!」

 

 またしても背後から急に現れた。以前のアラクネとは似て非なる機体を纏って下衆な笑みを浮かべている。以前襲撃してきた時にかなり壊してやったから、改良したのだろう。

 

 やたらゴツいバックパックに、膝まで覆い背部へ伸びるようなスカートは機動性の高さを連想させる。

 

「アラクネ・バシリッサ。ISとBRの技術を重ね合わせたハイブリッドIS。こいつは……第三世代なんて目じゃねぇ、イメージインターフェースなんていらねぇのさ」

「ふん、適性が無いことを正当化したところで意味は無い」

 

 私よりもオータムの方が古株だった事は違いない。当然、サイレント・ゼフィルスもオータムが扱う筈だった……のだが、肝心のBT適性は低かった。対する私は公式の数段上を行く結果を残したことで、私に与えられ、オータムはそのままアラクネを使い続けたという経緯がある。サザンクロスをオータムではなく、アリスとかいう素人が扱っていることも同じ理由だ。

 

 まだ気にしているのか。つまらん奴だな。

 

「言ってな。コイツはお前のビットなんざ蝿見てえなモンだ」

 

 両の袖から柄がポップアップし、握りこんでレーザーブレードの細い刀身が現れる。そのまま右腕のブレードを振りかぶって向かってきた。

 

「くっ」

 

 ゼロ距離でシールドビットを展開。背中に数枚の壁を築いて距離を取ってもう一度マグネタイザーで決めてやる。

 

 振り向かずにビットを射出。

 

 しかし……

 

「がぁっ…!」

「焦ってんな? お前の考えがよぉく分かるぜっ!」

 

 初動を読まれていた私は、装甲が変形して多くのアームによって捕えられた。ビットはアームの内蔵火器で破壊され、身体がミシミシと悲鳴をあげる。

 このアーム、装甲が変形して現れてきた。アラクネ特徴のアームがなくなったのかと思ったが、装甲と兼ねて畳めるように改造したのか。厄介な……どれがアームかわからない。

 

 やばい……右腕部が限界だ、もたない……!

 

 ラウラは気絶。楯無と織斑はスコールに抑えられ、動けば撃つとの脅しに簪も桜花、リーチェに凰まで下手に動けない。ダメ押しにサザンクロスのビットが全員の額を狙っている。

 

 兄さんは……だらりと力なく倒れたままだった。

 

「ぐっ!」

「ははっ! いいザマだな!」

 

 バキン、と右腕の手首から肘までがひしゃげた。力を失ってライフルが手から滑り落ち、砕けた装甲の隙間からはオイルがこぼれ、配線が剥き出しにされる。

 

 無理矢理に引きちぎりられ、生身の腕が露出する。サイレント・ゼフィルスの二の腕だけが残り私の手が見えるというなんとも不格好な様相になってしまった。

 

「悔しくて声も出ねぇか? なんとか言えよぉ、エム」

 

 焦りで埋まっていた頭が一気に沸点を通り越す。兄さんを刺した奴と同僚として働いていた頃の、忌々しい名前は、私にとって消し去りたい過去の一つ。それを……。

 

「……その名で」

 

 あまり褒められない最終手段。ヘッドギアを除く全てのパーツを展開解除。生身同然で空中に投げ出される。落下が始まる前に両手足の反動で方向転換、オータムと向かい合う。

 

 全展開。同時にライフルをコール、槍のように構え左手でグリップを握り目いっぱいの加速と共に突き出す。

 

「呼ぶなぁぁぁぁあああ!」

「う、おおっ!?」

 

 完全に不意を付いた一撃。狙いは心臓。距離は一メートルを切った。

 

(いける!)

 

 そう確信して一層力を込めたその瞬間、真横から衝撃を受けて銃剣の切っ先が逸れる。

 

「なっ!?」

「ちいぃ!」

 

 心臓から逸れ新型アラクネのアームに突き刺さる。

 

(最悪だ…!)

 

 悪足掻きとばかりに引き金を引く。接射による暴発で銃身が悲惨なことになるも、腕一本を奪うことには成功した。が、先程の横槍が今度は私に直接命中し体制を崩してしまう。

 

 努力虚しく、再度新型アラクネのアームで向かい合うように捕えられてしまった。

 

「ったく、暴れんじゃねぇよ。てめぇらの負けだ」

 

 破損したアームをパージしたオータムが心底面倒くさそうにアームの握力を上げる。今度は生の腕を掴まれているので先程のような無茶は効かない。というより二度目があっても通用しないだろう。

 

「助かったぜ、フラン」

「……」

 

 ゆらり、と揺れるようにオータムと並んだのは、銀の福音と共同して紅椿を盗んだ死神のようなIS。不気味な鎌を肩に担いで、左手に銃身の長い無骨なライフルを握っている。

 

 レティ・フラン。邪魔したのはこいつか。

 

「がっ!」

 

 振りかぶった五本目のアームが横薙ぎに腹を打ち付ける。渾身のソレにモロにくらった私は抵抗も出来ずに吹き飛ばされた。

 

「マドカ!」

「ぐっ……た、助かる」

 

 アリーナの荒れた地面に叩きつけられる寸前の所で簪が受け止めてくれた。簪が受け止めた、と言うよりは簪目掛けてオータムが投げた、という方が正しいか。

 

「兄さんは?」

「……まだ」

「そうか…」

「お二人共、今はご自分の心配をされた方がよろしいかと」

 

 すっ、と桜花が空を指さす。簪と揃って指先を見て、絶句した。

 

「な……」

 

 ついさっきまで、何も無かったはずだ。私もそこにいたのだから。それは事実だ。

 

 アリーナ上空は一瞬で量産型BRで埋め尽くされていた。三機の専用機がよく映えるほどに。

 

 やはり、半ば信用していなかったが敵は瞬間移動でも出来るのだろう。バリアの外で仲間が戦っているとか、そういうのは連中にとっては関係ないのだ。制限の有無はさておき、行きたいところへ行けるのだから。

 

 なら、なぜわざわざ回りくどい真似をする? そもそもこれだけの物量と技術はどこから来た? 

 

 亡国機業とはなんだ?

 

「いやぁー、結構時間かかったね。でもよくやってくれた、隊長」

「いえ」

「話は後でね。ディアブロス、そいつら一箇所にまとめてて」

 

 割と最近聞き慣れた声が目の前のBRーー隊長と呼ばれる男との会話が聞こえてきた。そしてBRのドームが一部開いて外から一機のISが入ってくる。

 

 ディアブロス・バウ。いつかの亡国機業との戦闘で現れた謎の多い機体。その実、篠ノ之束の懐刀であり、織斑千冬の姉。

 

「織斑…千春……!!」

 

 そしてディアブロスの肩にはコスプレのような服を着た、タレ目の女が交互に足を揺らしながら座っていた。見間違うはずが、無かった。

 

「篠ノ之束ェ……!」

 

 たったの、ほんの1ミリでも信用した私が馬鹿だった。楯無や簪は知らなくても私だけは知っていたのだ。織斑という奴らの、篠ノ之束の醜さと本質を…。

 

 やっぱりこいつら、クズ野郎だ。

 

 怨嗟のこもった声も篠ノ之束は意に介してないとばかりに涼しげ。ディアブロスもキビキビと動く。ブレードを突きつけて滞空していた専用機達を指示通りに一箇所へと集めていく。淡々とした行動が更に私を苛立たせた。

 

「フラン、念のためにお願いできるかしら?」

「……」

 

 無言で頷いたレティ・フランはふわりと甲龍へと近づき、槍へと手を触れる。

 

「なっ!?」

 

 双天牙月が、消えた。衝撃砲を作る非固定武装も、リーチェのあらゆる武器も、奴のISが触れる度に消えていくのを、本人達の表情や焦る声でわかった。

 

(どうなってんのこれ!)

(アタシが聞きたいわよ!)

 

 そんな焦る二人を見ても何も出来なかった。丸腰で武器を突きつけられる二人に、それを人質にとられ尚且つ銃口を向かられる私達も。

 

 一仕事を終えたナイトメアはスコールの隣まで下がり、ディアブロスは再び肩に篠ノ之束を担いでその動きを止めた。隊長とかいう奴の前に立ち、私たちの正面に位置をとる。

 

「どういう事か、教えていただけますか? 篠ノ之束博士」

 

 楯無が問いかける。対する篠ノ之束は面倒くさそうに応えた。

 

「どういう事も何も、最初からそういうシナリオってことさ。はい、おしまい」

「学園へ来たこともですか?」

「そうだよ」

「私達は騙されていたと?」

「騙してないよ? 君らが勝手に想像してただけじゃん」

「あぁ、そういうわけですか」

 

 心底悔しそうに楯無が顔を顰める。篠ノ之束とのパイプを得た事に喜んでいたものの、信用していいのかどうかについては常に迷っていた様子だったから……余計に悔しいだろう。

 

「もういいかな? 凡愚に構ってる時間はないんだ」

 

 篠ノ之束は私達への興味を失い、視線を隊長へ向けた。

 

「博士、教員部隊は?」

「スコールチームとディアブロスで仕掛けて壊滅状態。全滅とは言わないまでも、追撃する余裕も無いだろうね」

「了解。あとは夜叉とコンテナ、白式の回収を残すのみか」

「そうだね。あとは各支部からの報告を待つだけさ」

「ふむ、丁度いい頃合か。では……」

 

 隊長が足を動かす。篠ノ之束を抱えたディアブロスの真横を通り過ぎ、先頭の楯無とわずか十五メートル地点で両足を止めた。

 

 ライフルとブレードとはまた違った武器を構え、銃口をこちらへ向ける。見慣れたソレによく似たそのライフルは、私が知っている物よりも二回りほど大きい。その火力も倍以上だろう。銃身がぱくりと開き、紫電が迸り薬室が温められていく。

 

 ブレイザーライフル・アグニの改良型、か。あれでは絶対防御も紙同然だろうな。私達を固めたのはその為か。

 

「撃てるかしら? 貴方の目的の一夏は後ろよ」

「撃てるとも。夜叉にはニュード拡散装甲が使われている。無傷とはいかないが、この火力でも即死は無いだろう。生きていれば、そいつは勝手に健全な状態に修復する。それについては、誰よりも知っているだろう?」

「………ッ!」

 

 ギリ、と歯ぎしりする音が聞こえてきそうだ。私も歯痒い。

 

「じゃあな」

 

 あっさりと、引き金は引かれた。

 

「このっ……!」

 

 先に動いたのは織斑。左腕の零落白夜の盾……ではなく、雪片弐型の等身を伸ばすことでアグニ改良型の砲撃を相殺していた。盾ではエネルギー切れの瞬間に真っ先に直撃することを避けての判断だろう。

 

「そら、どうした、その程度か」

「くそが……死ねるかよ……っ」

 

 左の武器腕で柄を握り、右の掌底で柄を押し込み、翼を広げスラスターを全開にしてたったの一機で拮抗していた。戦艦の主砲クラスの砲撃に耐えていると言えば伝わるだろうか。

 

「ぐぉ……っ」

 

 が、燃費劣悪なあの機体ではそう長くは持たない。既に限界が近いはずだ。しかし織斑が下がれば私達は恐らく一瞬で蒸発する。粘っている今、何か打開策を考えなければと思うが、既に詰みの状態で名案が浮かぶなど上手いこと行くはずもなかった。

 

「む、無理……!」

「下がりなさい!」

「ッ!」

 

 声をあげた楯無が白式の襟を掴んで強引に入れ替わる。引き絞った右腕には水を纏ったガトリングランスが握られていた。寸分たがわず、零落白夜が貫いていた一点を躊躇いなく突く。

 

 穂先の水が屈折とナノマシンの臨海稼働で砲撃を拡散していく。消滅せず幾条にも裂かれたニュードは私達の真横を迸ってアリーナを溶かしていった。

 

 人魚姫の推進力で身体を支え、槍を力の限り握る。

 

 ミステリアス・レイディの装甲の大半を担うアクア・ヴェールを全てランスの攻撃力へ変換する諸刃の剣。楯無の奥の手《ミストルテインの槍》。その臨海稼働だ。

 

「お姉ちゃん!」

「大丈夫、任せなさいって!」

 

 簪の叫びに、楯無はにかりと横顔で応えた。

 

「その砲撃、あと何秒持つのかしら!」

「ちっ…」

 

 チキンレースを仕掛けるつもりか。たしかにそれが銃であれば、必ず残弾が切れる瞬間がある。リロードは避けて通れないはずだ。つけいる隙はそこしかない。

 

 数秒間の無言の拮抗の後、砲撃は息を切らした。楯無は、歯を食いしばって耐えてみせた。ランスがまとっていた水は霧散してミステリアス・レイディへ戻ってくることはなく、ランスそのものもヒビ割れがひどく一合打ち合えば崩れるのは誰が見ても明らかだ。

 

 一撃を防いだとはいえ、もはや戦闘不能と言えるダメージレベル換算するならとっくにDだ。

 

「まぁ、よくやった方か?」

 

 それでも、奴を追い込むには至らなかった。アグニ改良型を二丁用意しているなんて、誰が考えるんだ。織斑と楯無が防いでいる間に二丁目の充填を始めていたのか……。

 

「今度は上手く死んでくれよ?」

 

 ショートして煙を上げている一丁目を適当に放り投げ、二丁目が楯無……私達へ向けられる。引き金に掛けられた指が、折り曲がっていく瞬間がやけにスローに見えた。

 

 ガチリ、と引き金が完全に引かれる。銃口の光が一層強くなる。

 

「させるかっ……!」

 

 考える前にはもう脚が動いていた。一歩右脚を踏み出し、再び右脚が地に着いた時はスラスターに火が入っていた。発射に間に合うかは分からない。だが、撃たせるわけにはいかない…!

 

 損傷のない左手を目いっぱい伸ばす。楯無の背中にようやく届くという瞬間に、視界に強大な緑が広がった。

 

 間に合わない。

 

 そう、諦めかけた。

 

「マドカ、よくやった」

 

 ふわり。頭をあたたかい何かが撫でて、黒い塊が私も楯無も置き去りにしてアグニ改良型の砲撃を受け止めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63話 シナリオ

 バチン、と勢いよく全身に電流が流れた。緊急浮上してきた意識と、全身の痛みから自分が強打して気絶していたことを理解。すぐさま状況確認。

 

 夜叉。

 

 《はい。アリーナはスコールチームとカスタムタイプのセイバーによって包囲。現在はアグニ改良型の砲撃で危険な状態です。織斑秋介の零落白夜と楯無様の必死の防御で一射はしのぎましたが、どちらもシールドエネルギーは底をつき、楯無様に至ってはオーバーヒートで全機能停止。プランD、いわゆるピンチです》

「そうか……なら、ここからは俺達の出番ってことだな」

 《はい》

「えっ?」

 

 コンテナを壁に預けて、傷が付かないようにシールドで壁と挟む。ボロボロだが無いよりはマシだ。傍で庇う様に並んでいた簪様と桜花の間をするりと抜けた。

 

 《簪様、アラクネのメットを外してくださったんですよ》

(後でしっかり詫びと礼を言わないとな)

 

 そのまま一直線に駆ける。織斑を横目に、マドカの頭を撫で、主人の前に立つ。

 

「いち―――」

「失せろ」

 

 踵を立てて地面をガリガリと削って停止した瞬間に、超高密度のニュードが押し寄せてきた。間一髪というところで二射に間に合った俺は残ったシールドに全体重を預けて受けとめる。残った推進剤を全て使いきるつもりでブースターを噴かす。夜叉本体の加速性能はそこまで高くないが、だからといって使わないわけにはいかない。

 

 だがそれも数秒と持たずに終わりを告げる。

 

 《推進剤ゼロ、エネルギーも残りわずかです》

「シールドは?」

 《もって十秒。それ以上は融解します。どうしますか?》

 

 やはり無理があるか……。二人がかりでようやくしのぎ切ったと言うことはそれだけ照射時間が長かったってことだろう。だったらおんぼろの盾一枚なんてタカが知れている。

 

 本番はここからだ。

 

「痛覚切っとけよ」

 《やっぱりそうなるんですかねぇ……》

 

 次を考えている内に最後のシールドが解けていく。

 

「逃げて!」

「兄さん!」

 

 後ろから呼ぶ声が聞こえるが、今は返す余裕もない。逃げるなんて論外だ。守るべきものを守らずに自分だけ逃げるなんざ森宮失格。姉さんに笑われてしまう。それ以上に、自分の帰る場所が無くなってしまう。そんなことになるなら自分から死ぬね。

 

「ま、そんなつもりはサラサラ無いけどなっ!」

 

 シールドを構えていた左腕を伸ばす。右手は二の腕をしっかりと握りしめて固定し、左手を開いてシールド代わりにニュードを防ぐ。

 

 夜叉の装備は試験的に新物質ニュードを用いた物が多い。それに合わせて装甲にも対ニュード性を持たせるのは必然と言えた。薄いが硬い特性装甲はシールド程じゃないが、他のISよりは防いでくれる。

 

 《感覚ないのに身体が解けていくのって凄い怖いんですけど!》

「やかましい!」

 

 気を逸らした傍から左手がどろりと少しずつ液体化を始めた。いや、気を抜いたからってわけじゃないだろうけど。左手を固定していた右手も盾に回す。両手で防ぐと、少し安定した。

 

「きゃっ!」

「うお!」

 

 突如、背後から悲鳴。拡散したニュードが楯無様と織斑を掠めていったようだ。二人はもうエネルギー切れでマトモに動くこともできない状態、掠るだけでも十分に危険だ。近くに横たわるラウラも同じだろう。わりと織斑はどうでもいいが、楯無様はそうもいかない。

 

 被害を出すわけにはいかない。これ以上は特に。

 

「ぐっ」

 

 一歩。二歩。三歩。歩幅は僅か、しかし確実にカスタムタイプのセイバーと距離を縮めていく。どうせ同じ時間防ぐのなら敵に近いほうが動きやすいし、途切れた瞬間直ぐに距離を詰められる。下がるよりはメリットがあるはずだ。せめてアグニだけでも破壊しなければ。

 

(まずい……)

 

 左腕が先に限界を迎えそうだ。先にコイツだけで防いでいたらそうもなるか。かろうじて指らしきものが五本生えている事が分かる程度で、もはや手とは言えないほどぐにゃぐにゃになってしまった。舐め融かされた液体でまた装甲が融けていく。

 

 ………。痛いだろうが、これしかない。

 

 照射を受ける面を両の手のひらから左腕部の装甲一点に切り替え、右腕はアグニ破壊の為に温存する。そのまま歩を進めた。

 

 融ける。ただでさえ脆くなっていた左腕はすこしも持ってくれなかった。もう限界だった。

 

「ああああああああああああ!!」

 《マスター!?》

 

 だから俺の左手で受けた。常人と違って改造を受けている俺なら一瞬で炭化することは無いし、ニュードの毒性にも耐性がある。加えて尋常じゃない再生力。火事の屋内に飛びこんで燃えながら一時間近く救助活動した時も、時折炭化することはあったが直ぐに手足が生えたのでいけるはず。アレは火じゃないが全身やられるわけでもないので、おそらく耐えきれる。

 

 いや、死んでも耐える。

 

 じゅうじゅうと焼け、焦げていくのが良く分かる。久しぶりに嗅ぐ人の肉が焦げていくニオイ、ボロボロと崩れていく腕、そして次がら次へと正常に戻ろうとする身体。まるで拷問だ。苦しいなんてものじゃない。

 

 《マスター腕が、腕が焦げてます!》

「いいからセンサーしっかり張れ!」

 《は、はい!》

 

 自分にも言い聞かせるように激励する。気が飛びそうになるのを舌を噛んで引き留め、脚に力を込め、また一歩踏み出す。

 

 ふっ、と身体が前のめりになる感覚。わずか数ミリ程度の差だが、それだけで十分わかった。

 

 エネルギー切れだ。

 

「ふっ!」

「ちっ……!」

 

 大きく一歩を踏み、脚部がめり込むほどの力を込めて前に跳ぶ。地道に進んだおかげで最初よりも大分近い。形がかろうじて残っている右腕を振りかぶって、アグニ改良型の銃身を半ばから粉砕した。セイバーはエネルギーが切れた時点でアグニから手を離して下がっており、こちらへ電磁加速砲を向けている。間髪いれずに放たれた弾丸を、右腕を犠牲にすることで防いだ。

 

「ぐ……」

 

 堪らず膝をつく。脚部はさておき、左腕は焦げて肩から先が無い。右腕は欠損こそないものの装甲は先程の弾丸で破壊されてしまった。

 

「一夏様あああああああああああああぁぁぁ!!」

 

 この声は…桜花か。いや、桜花以外も同じような様子だ。声を失って口を手で覆い、あるいは両手で頭を抱えて目を見開く様な。

 

 だが、こいつはそういう様子も楽しんでいるらしい。待ってはくれなさそうだ。

 

「最後の悪足掻きといったところか。ははは、まったく、自分の方から来てくれるとは」

 

 ゆったりとした歩みで俺に近づき、地面を睨む俺の視界にBRの脚部が移る。根性焼きをくらった様な痛みに、右腕で左肩を抑えながら見上げる。額から角の様な装甲を伸ばし、赤い一つ目が俺を見下していた。顔は見えないが笑っているに違いない。

 

「博士、準備の方は?」

「………今終わったよ。いつでも行ける」

「そうか。なら早速始めてくれ。亡国機業の計画を」

「おっけー」

 

 篠ノ之束がキーボードをガガガガとおよそ見えない速度で入力し、ぴたりとひときわ大きいキーで人差し指を止めた。エンターキーのようなものか。

 

「んじゃ、亡国機業のみなさん。ビックなプロジェクトを始めようじゃないか」

 

 その一言を言うと、やさしくそのキーを押した。あまり変化は無いが、きっと何かが始まって、どこかで連中が動き出しているだろう。

 

「スコールチーム、制圧開始ー。ちゃっちゃと片付けて」

 

 その言葉に、仲間達が反応する。

 

「みんな逃げなさい! ここは私がなんとかするわ!」

「そんなお姉ちゃん無理だよ! 私はエネルギーにも余裕があるから私がやる!」

「一夏様一夏様一夏様一夏様」

「じゃあベアトリーチェ、アンタとアタシも足止めね」

「オッケー。マドカ、ラウラと先輩よろしく」

「……すまん、いくぞ」

「ちょっとマドカ!?」

「ごねるな楯無!」

「……アイツはいいのかよ」

「兄さんなら問題ない」

 

 武装の大半は潰されたか、フランのナイトメアが無力化しているはず。それでもまだエネルギーが残っている面々だけで時間を稼ぐ様だ。一部は完全にイカレているが……。マドカと楯無様が何とか壁を破壊して退路を確保するまで、俺も時間を稼ぐしかない。PICは生きてても、推進剤が空っぽ。せめて地上のコイツだけは俺が抑えねば。

 

 身体に鞭を打って何とか立ち上がる。

 

「了解博士。フランはコンテナの確保、それ以外は無力化させなさい」

「……」

 

 死神の様なISがゆらりと動いて滑るように、滑らかにバリケードの真正面に降り立つ。じゃき、と大きな鎌を展開し、仁王立ち。スコールの合図を待つ体勢をとった。

 

 顔を向けずに周囲の状況を把握しつつ、力を込めて立ち上がる。左肩がぼこぼこと音を立てながら膨らんできているので総時間もかからずに左腕は戻るだろう。問題はそのあとだ。

 

「制圧開始」

 

 スコールの一声で、亡国企業は動きだした。

 

「……は?」

 

 全力で、空を覆う無人機達を駆り始めるスコールチーム。フランは動かず、篠ノ之束は白と黒のISの肩に乗ってただディスプレイを眺めていた。まるで周囲の出来事は知っているかのように。突然の行動に、マドカ達もついて行けて無かった。

 

「………束博士、これはいったいどういうことか?」

「んー? どういうことって?」

 

 心底興味はありませんと言った様子。実際どうでもいいのだろう。

 

「スコール達は、なぜ、BRを破壊している?」

「なぜもなにも自分で言ったんじゃないか。亡国機業の計画を始めてくれ、と。録音だってしてるよ?」

「ふざけるなよ。これは我らが悲願の―――」

「我ら? あーごっめーん、亡国機業は私が頂いちゃった!」

 

 テヘぺろ! とわざとらしい効果音をつけて挑発する篠ノ之束。セイバーは驚いているのか声も出ない。

 

「どう、いう、ことだ?」

 

 にやり、と悪い顔をした篠ノ之束はISの肩から飛び下りて、眼鏡をかけて指さし棒をふりふりと揺らしながら歩きだした。

 

「私が君達とコンタクトをとったのはおよそ一年前。私は設備と資金が、君たちは私の技術が。双方の利害が一致したからこそ私達は協力することにした。量産したクーガーとシュライクに、君のセイバーと薔薇とか言う奴のヤクシャ。まぁ、他にも色々とBR造ってあげたし、もう充分じゃないかなーって」

「なん、だと?」

「だって君らの技術は全部頂いたからね、宇宙人さん」

「っ!? 貴様!」

「亡国機業。WW2から存在するとされる武装組織。その規模や戦力はテロリストなどという温いものではなく、一国家に相当するとも言われている。そりゃそうだよね、まったく技術体系の違う武装を使われちゃあ警戒せざるを得ない。君らの技術は非常に面白かったよ、凡人の割にはね」

「愚弄するか!!」

「境遇については同情しないこともないけど、手を出すなら話は別なんだよ。私はのびのびと好きなだけ研究が出来ればそれでいいんだ、家族や身内が無事ならそれで良いんだ。目下はISの発展と宇宙開発だけど、私が大切にしているモノ全てを脅かそうとするもんだから、そりゃ君らが悪い」

 

 ばき、と音を立てて指さし棒が折れる。ポロリと落ちた先端部分はくるりと一回転して、人差し指が空を指すように地面に立った。

 

「だから君らの地球侵略計画は邪魔なんだ。全力で潰させてもらう」

 

 そう言い着る頃には、篠ノ之束は俺の真横に立っていた。左腕も元通りだ。

 

「よく我慢したね、ここから先は我慢も遠慮もいらないよ。蹴散らしちゃって、いっくん(・・・・)

「了解です束さん(・・・)

 

 セイバーを睨む。俺の目と鼻の先にいたはずの奴は、束さんに詰め寄ったり、ショックであとずさったりとで少々の距離が生まれていた。

 

「夜叉」

「はい」

 

 いつの間にか、右手には夜叉が。展開は解かれており、専用のISスーツで俺は立っていた。

 

 身体は黒一色に白のフリルをあしらったゴスロリ服に包み、艶のある黒い髪を背中までたらす少女。大きく損傷していたからか、その服はボロボロで肌も斬った跡やあざが見られる。だが、筋を伸ばし瞳を閉じて少しだけこうべを垂れ、従者とは違う凛々しさは大和撫子を連想させる。

 

 俺が抱いていた、いつかの夜叉のイメージそのものが、隣に立っていた。

 

「やれるか?」

「はいっ!」

 

 そっと差し出した手に、夜叉がそっと手を乗せる。ぱっと全身が青白く光った夜叉は待機形態を装着していた首に集まったかと思うと、そこから全身に光が広がり身体を包みこんでいく。

 

 ゆっくりと目を閉じて、ゆっくりと瞼を開く。

 

 ―――第二形態移行完了しました。

 

 そう、無機質な文字が出迎えてくれた。

 

「ばかな……セカンドシフト……!」

「さて、どうする? 大人しく捕まるなら考えてやらんこともない。アンタにはこれっぽっちとはいえ世話になったからな。簪様からは世話になった分はしっかり返せと言いつけられているもんでね」

「バカげたことを……!」

 

 スラスターを吹かして更に距離をとったセイバーは電磁加速砲を構えて俺に照準を定める。ロックオンされたことを示すアラートが鳴った。

 

「そうかい、なら―――」

「―――一夏を傷つける者は許さない」

「―――一応私の弟でもあるしね。束の敵である以上は逃がさないけど」

「……だ、そうだ」

 

 見慣れた鍔のない白木柄の刀が飛来して電磁加速砲に突きささり、ならばと抜いたライフルが手首ごと弾き飛ばされた。

 

 姉さん(蒼乃)姉さん(千春)だ。

 

「……知っているか、貴様を誘拐したのも売り飛ばしたのも、一家がバラバラになった原因が全て亡国機業にあることを! 貴様は知っているのか織斑(・・)一夏ァ!」

 

 織斑。

 

 今でも少し身構えてしまう名前だ。だが。

 

「知ってるよ。ちゃんと思い出したからな」

 

 恐れることは、無い。

 

「それから一つだけ言っとく」

 

 もう迷うことも、無い。

 

「織斑一夏なんて知らねぇ、俺は森宮一夏! 更識の剣であり盾! 森宮一夏だ!」

 

 少々小型化しつつ倍に増えた八枚のシールド全てに火を入れ、バーニアを噴かし、一息で懐に潜り込む。右腕を目いっぱい引き絞って、顔面に渾身のストレートをブチ込んだ。

 

 メットの破片を撒きながら吹き飛んだセイバーは壁に叩きつけられ、大の字にめり込んでぴくりとも動かなくなった。

 

「お前が何をどう思おうが知らないし興味もないけど、私がさっき言った通りだってことだよ。どういう事も何も、最初からそういうシナリオってことさ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64話 夜

※注意

私は普段から※(時間経過)と〓(視点変更)を場面切り替えの際に改行と合わせて使っていますが、今回は新しく=(挿入)というものを使って見ました。

本文
=(一回目)
本文
=(二回目)

という構成になっており、二回目から下の文が、一回目に挿入される形になります。挿入分に関しては読まなくとも今後の流れには支障ありません。

ただ、少々大人な文になってますので、察した方や少し読んで見たくない等思われた方は素直にお戻りください。個人的に書きたくて、必要と思って書いたのです。挿入文について「書かない方がいい」「いらない」といった異論反論は受け付けませんのでご了承の上で読んでいただけると幸いです。


 十分。それだけあれば無数に見えたBRも全て地に落ちた。アリーナの外にはきっとガレキの山が出来上がっているに違いない。それだけドタバタした戦闘でもアリーナの中にネジ一個の破片も飛んでこないところが、スコールチームの実力を物語っていた。

 

 セイバーは墜ちた、視線の先で壁をベッドにしてだらしなくのびている。つまり、学園側の勝利だ。

 

「いっつつ……」

 

 素手でニュード防ぐって思っていたより痛いな、二回目が無いことを祈ろう。夜叉も痛覚を切っていなかったらどうなっていたことか。

 セカンドシフトによってより洗練された装甲越しに、まだ痛む腕をさする。

 

「一夏!」

「姉さんひさしーーー」

「腕は大丈夫? 指先まで動く? 肩も回る? しびれは? 火傷のあとなんて残ってない?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だって!」

 

 瞬間加速で寄ってきた姉さんがぺたぺたと主に左腕に触りながら、全身くまなくボディチェックしてきた。この過保護っぷりは昔を思い出すレベルだ。近い柔らかいいい匂いの三拍子は今も変わらずドキドキする。

 

「俺は大丈夫だってば。身体は頑丈なんだしさ。それよりーーー」

「……まぁ、いいけど。大事にしないと、怒る」

「うん、ありがとう」

 

 汗をかきながら慌てる姉さんを落ち着かせて踵を返す。向かう先は、膝をついてぽかんと口を開ける主君だ。

 

 歩きつつ展開を解除。全身装甲の夜叉が光に変わって首元に集まり待機形態へと姿を変えた。黒いチョーカーに逆十字。デザインはそう大差なさそうだ。

 

 楯無様の前で止まり、両膝を地につけ座り握り拳を膝に乗せる。十五度頭を垂れ、顔を伏せた。

 

「……一夏、そういう作戦だった。そういう事ね」

「はい」

 

 それ以上は何も言えなかった。お嬢様の言う通りそういう作戦だったのだ。なら何を言う必要があるだろうか? たとえどんな理由があったとしても、たとえどんな事情を抱えていたとしても、護るべき存在を離れるどころか傷つけたのだ。従者として最低である。今すぐ死ねと言われてもおかしくないと思った。

 

 正直怖い。俺を育て守ってくれた世界がいつか消えるかもしれないことが、まやかしかもしれない事が、自らの弱さが引き起こすのではないか、誰かの実験材料になってしまうのか……また、一人ぼっちになってしまうのか。思い出したその瞬間に、頭にこびりついた腫瘍がさらに重くのしかかる。心の中で大丈夫、主も姉さんも桜花もそんな事はしないはずだと強く信じても、拭えないままだった。だからこそ夏のBR戦では墜ちかけている。

 

 ―――だが。

 

「っ……」

「私の為と言うならこの一発で許してあげる」

「ありがとうございます」

 

 一層深く、額が地につくほど頭を下げる。顔を上げるように言われ従うと、そっと、強く、楯無様に抱きしめられた。

 

「馬鹿! どれだけ苦しかったと思ってるの!?」

「す、スミマセン!」

 

 予想だにしなかった大声に反射で身体が硬直する。あまり真面目な事で声を大にする人ではないだけに不意をつかれた。顔をボロボロのスーツに押し付けるように隠して、泣いている。

 

「一夏、これは命令です」

「は、はい」

「二度と、こんな事はしないで。私に相談も報告も無しに行動する事は許しません」

「……はい」

 

 元よりそのつもりは無いが、仕方ない、か。なにせ”命令”なのだから。昔はともかく、今はとても"呪い"なんて思えないな。

 

「一夏!」

「兄さん!」

 

 両サイドからの突進にさすがの強化された身体も軽い悲鳴を上げる。右からは簪様が、左からはマドカが。前に左右にそう締め付けられると苦しいんですが…。贅沢な悩みか。

 

「いっ……!」

「事情はきっちりと話してもらうから」

「それまでの埋め合わせも」

 

 両側から同時にわき腹をつねられた痛みに耐えながら、なんとか苦笑いで返す。

 

 こんなことやっといて言うのもなんだが、もっと、こう、あれだ、感動的な再開とかになってもいいんじゃないだろうか。え? 事情の説明をしろ? 先に言え? おっしゃるとおりです。

 

「にゃはは、さすがのスーパーいっくんでもそう囲まれると堪えるみたいだね」

「あはは……」

「博士……」

 

 俺に許された最後の逃げ場(背後)をふさぐように束さんが両手を腰に当てて止まった。両サイドには姉さんとハルさん。そして束さんを中心にしてアリーナにいる全員が集まった。

 更識。

 スコールチーム。

 代表候補生。

 そして、織斑。

 

「篠ノ乃束博士。聞かせていただけます、私の配下を使ってまで何をしたのか。先日から今までとは間逆の行動をとってきたことへの説明を含めて」

「いいよ、いっくんとあおにゃんを借りた分くらいはしゃべってあげるよ。明日」

「明日?」

「今からしてもいいけど、このままじゃあキツイでしょ? 休む時間くらいあげるって。積もる話もあるだろうし、私は私で忙しいんだ」

 

 じゃ、と一言だけ残してディアブロスにしっかりとホールドされてどこかへ飛んでいった。あっちは……立ち入り禁止区域だったはず。ラボに帰ったか。

 

「お嬢様、教員部隊と連絡がつきました」

「そう、織斑先生はなんて?」

「明日みっちり聞くから、そのためにも今はしっかり休め。だそうですよ。事後処理はあちらでやってくれるみたいですわ」

「それはありがたいわ……」

 

 スコールチームと姉さんを除いた全員が満身創痍ときている。織斑はエネルギー切れだが、簪様合わせて無傷に近い。凰とリーチェの損傷は軽い部類で、フランのナイトメアが奪った武装も元に戻ったし問題視するほどじゃないだろう。桜花も大差ないか。

 問題は他だ。ラウラはスラスターを全損、爆発の影響で全体的に損傷がひどい。楯無様のミステリアス・レイディはオーバーヒート状態で使い物にならないのが現状ときた。俺もセカンドシフトがなければ不味かった。

 

 状況把握も大事だが、今求められているのは休息に違いない。

 

「ところで桜花、貴女驚かないのね。あんなに一夏一夏言っているのに」

「あぁ。私、知っていましたので」

「「はぁ!?」」

 

 主が姉妹そろって素っ頓狂な声を出すところなんて始めてみたぞ。特に簪様は。何より視線が怖い。ウチは対暗部といっても一般的にはヤーさんみたいなもんだろうという認識はあったんだが……こうしてみていると二人とも主人なんだよなぁ。

 

 それよりも、そんな視線をなんでもないようにスルーしてる桜花にはびびったが。

 

「さ、あちらの部隊と合流しませんこと?」

 

 ―――そんなことは考える必要のないことだった。ずっと前から、俺が拾われて、忠誠を誓ってから、ずっとずっと家族だったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後九時。

 

「だぁーーー疲れた!」

 

 数ヶ月ぶりの学園に、数ヶ月ぶりの自室、そして高級ホテル真っ青のふかふかベッドにダイブ。あーー、やっぱ天国だわここ。どんだけ劣悪な環境でも生活できる自身はあるが、やっぱりいい暮らしはしたいもんだ。味を占めると特に。実家に比べりゃどこだって天国か。

 

 この数ヶ月間、本当に疲れた。撃墜寸前のギリギリの戦闘に始まり、まさかの主を騙し裏切る作戦に加担せざるを得ず(しかも姉さんが一枚噛んでいる)、自分の腹に風穴開けた女とその仲間と混じって連携とか死ぬかと思ったわ。精神が。

 

 しかしまぁ、終わってしまえばあっという間だ。喉もと過ぎればってやつか。悩んだりする暇がなかったこともあるんだろうけど。

 

 身体を起こしてストレッチしながら部屋を見る。俺が合宿前に整理したときと比べて少々散らかっているが許容範囲内、内装も大差なし。ベッドもシングル二つくっつけたなっちゃってキングのまま。俺の私物についてはノータッチか。妹は帰ってくると信じていたのか、それとも整理がつかなかっただけなのか。元々帰ってくるつもりだったからうれしいことだが、できれば前者であってほしい。

 

 マドカは……そういや戻ってきてないのか。姉さんのおかげで俺だけ先に部屋に返してもらったから、まだかかるかな。

 

「ふぅ」

 

 再びベッドに身体を沈める。

 

 ひとまずの区切りはついた。これからどうなるのかはまだ分からないが、今までかそれ以上に苦しい戦場があるに違いない。なにせ相手は空の上から降ってくると束さんが言っている。地球上の連中の拠点は今日を境にほとんどが制圧されているだろうが、本拠地はまだまだ余力を残しているはずだから……大変だろうな。

 

 まだしばらくは束さんの言っていた準備期間とやらで休めそうだが、あまり期待しないほうがよさそうだ。セカンドシフトした夜叉の完熟に、更識とスコールチームの仲介、コンテナの積み荷、学園生活やら両目やらとやることは山積みなんだから。

 

 《大変でしたね》

「そうだな。大丈夫か?」

 《ええ、愛のセカンドシフトのおかげで元気いっぱいですよ》

「それはよかったよ。にしても、今回は悪かった。かなり無茶させちまった」

 《いいんですよ。私は大丈夫ですから》

 

 にこりと微笑む夜叉が目に浮かぶ。

 

「そういやお前、なんか実体化してなかったか? 人の姿で」

 《そうですね》

「どういう原理だよ。あんまり深く考えなかったけど、よく考えたらすごいことなんじゃないか?」

 《割と》

「割と、って」

 《理論の話であればありえない話ではないですから。確率はお察しですけど。ひとえに私たちの絆が成せる業ってことで》

「そういうもんか」

 

 ISには無限の可能性がある。想像もつかないような進化を遂げる自意識を持つパートナーだ。だったらこういうこともあり得るんだろうな。

 

 ヘッドギアを部分展開。現状のステータス確認。

 

 全身の装甲はより洗練され、全身から伸びるブレードエッジは強度を増し、全体的には小型化した。四枚だったブースターとミサイルを内蔵したシールドも一回り小さくなったが、枚数は倍の八枚に増えたことで全体的な防御力と機動力が上昇。機体の小型化と装甲の再構築により速度に関しては第一次形態と比較して八十%増した。当然、シールド内側の武装固定用のアームも健在である。

 全身のエッジ下部に内蔵されたリミッター機能は排除されることなくそのまま残った。たった一回だけ、しかも第一段階のリミッター解除しか使っていないが負担はかなりのものだった。できれば使いたくはないが……何があるか分からないのが戦場。この機能は最後の切り札と考えよう。

 武装は変わらず如月製の武装がほとんどでニュード武器も健在。ただ、破損した左腕に直接取り付けたガトリングなんかはもちろん取っ払った。

 デメリットとしては、やはり防御力。シールドが増えたことで柔軟なカバーが可能となっても、特殊な装甲を使っているとはいえ夜叉本体の装甲はそう強力ではない。それは無人機戦でも思い知ったことだ。コンセプトの全部避けるってところを尖らせた形になる、のか。まぁスタイルが変わらないのならそれでいい。早くなるならむしろ歓迎だ。

 

 《チェックですか?》

「迷惑かけた分はしっかり働いて返さないとな」

 《もう、そんなことを言う人たちじゃないですよ? コンテナだってあるんですし》

「それはそれ。単純に俺は剣であり盾だ」

 

 しばらくアイセンサーと指を使って変更点を見つけては確認、比較する作業を続けた。それが終わったのはベッドにダイブしてから十五分後のこと。まだマドカが帰ってくる気配はない。先に風呂に入って寝てもいいんだが、久しぶりの兄妹の時間なんだから一緒に寝たい。正確には妹分に餓えている。

 

 暇になったので部屋を漁る事にした。漁るって言っても泥棒まがいのことじゃない、単純にぐるっと一つ一つをじっくり干渉しながら暇をつぶすだけだ。

 俺の私物……といってもいくつかの本にもらい物を飾っているだけだが、これは変化なし。引き出しの中身も同じだった。

 マドカのテリトリーは……おっ、ぬいぐるみか。ねこのなんともいえないもふもふした感触は癒しだな。なによりかわいい。他にもウサギとか、一個だけライオンとか実にらしいものもあるが概ね年頃の少女って感じで安心した。しかし、しかしだ妹よ。浴室に干してあったあのセクシーな下着はまだ早いって兄さんは思うんだ。

 

 《うわぁ……》

 

 夜叉が引くってなかなかだと思うぞ、うん。いや、何か言うつもりはないんだけどな。好きなもの着ていいんだけどな。

 

 ほんの少し、妹の未来を想像しつつ、腰を下ろして悩む俺であった。

 

 

 

 

 =========

 

 

 

 

 翌日、俺の部屋から何だかんだで集まった姉さん、マドカ、簪様に楯無様を含めた五人がぞろぞろと出てきた。揃って腰をさすりながらだった事と、女性陣が妙にツヤツヤで元気だったことからラウラから「おつかれ」と声をかけられ、桜花からは「次は私も」と迫られる朝を迎えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =========

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのときタイミングよくピンポンとチャイムがなった。こんな日のこの時間に来客? マドカを訪ねてきたのか?

 

「はい。あいにくマドカは――」

「私」

「姉さん」

 

 お客は姉さんだった。いろいろと追われていたみたいだけど、それが終わって寄ったってところかな。玄関に立ちっぱなしってのも何だし、話もあるだろうから部屋へ招いた。後ろ手に鍵を閉めてベッドに並んで腰掛ける。

 

「………」

「………」

 

 どうやら特に目的があって寄ったわけではないらしい。なので俺から話題を振ることにした。

 

「姉さん、あの時はありがとう」

「?」

「ほら、無人機に囲まれていた時」

「……いい。当然のことだから」

 

 ちょっとほほを染めてぷいっと顔を背ける姉さん。かわいい。うん、変わってなさそうだ。

 

 あの時。

 俺は急所をもらうすんでのところで駆けつけた姉さんに助けてもらった。

 

『一夏ッ!!』

 

 白紙のナノマシンが作り出した壁が砲撃を防ぎ、その内側で俺は骨が折れそうなほど強く姉さんに抱きしめられた。

 

『良かった、間にあった……!』

 

 あのときの姉さんの表情といったら、忘れられそうにない。心のそこから安堵した聖母のような顔を。

 

 そしてそこに現れたのが、ナイトメアを駆るフランだった。まったく別の方向から、俺がいる海域めがけて全速力で飛んできたんだ。二人はあらかじめ示し合わせたように迎撃に移り、俺も含めた三機で瞬く間に全無人機を破壊した。

 

 その後、姉さんとフランに黙ってついていった先が束さんの移動型ラボで、そこでまぁ作戦に加えられたわけだが……。

 

「それよりも、本当に身体は大丈夫?」

「うん。ありがとう、心配してくれて」

「良かった」

 

 両手を顔の前で合わせてにっこり微笑む。ああ、いつもの姉さんだ。

 

 やっと、日常に帰ってこれたんだ。

 

「一夏、よくがんばってくれた。とてもつらかっただろうけど」

「俺なら大丈夫だよ、更識のため、自分のため、姉さんとマドカのためだ」

「そう、そうね」

「姉さん?」

 

 何か歯切れが悪い。先ほどとは一転して少し表情が曇る。

 

「一夏。一夏は自分でちゃんと気づけた。自分がどういう存在なのか、どう思われていたのか、どうあるべきだったのか。そして過去も乗り越えてここにいる」

「うん」

 

 きっと姉さんは気づいていた。俺が自分でも気づいていなかった、心の奥底で捨てられるかもしれないと恐れていたことを。俺が織斑だったことも含めて、知った上で俺が成長できると信じて。持ち前の無能っぷりから期待にこたえられるのはまぁ遅かったんだろうけど。

 

 俺は答えを出した。

 

「だったらこれからは自分も大事にしなくちゃダメ」

「分かってるよ。特攻とか捨て身とかそんなことしないって」

「分かってない。だったらあの時自分の身体を盾にしたりしない」

「あれは……仕方ないというか……」

「分かってない」

「いや――」

「分かってない」

「ハイ、スミマセン」

 

 まっすぐに俺の目を見て、両手で俺の右手をそっと包む。真っ赤な双眸が、俺を貫く。

 

「約束できる?」

「……うん」

「間があった」

「するよ、約束する。無茶はしない」

「なら―――」

 

 血よりも赤い紅は、とても美しくて、魅力的で、吸い込まれそうなくらい透き通っていた。

 

 姉さんは左手で襟のネクタイを解いて、三つ目までのボタンを外し、右手で俺の右手をそっと意外と大きいふくらみにそっと導いて――

 

「ちょ、姉さ」

 

 俺の抗議の声は左手を頬に添えられ瑞々しい唇で塞がれる。あまりにもびっくりしすぎて身体が跳ね、力んでやわらかい胸をしっかりと揉んでしまい、塞いできた唇から甘い声が漏れた。本能に逆らえず視線を下げれば、そこには人形のような白い肌、白のレースをあしらった黒の下着、右手の指を温めてくれる豊かな膨らみ。

 

「――誓って」

 

 その一言で、長年踏み越えまいと強固にしてきた姉弟という鉄の理性がぷつんと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つか、れた……」

 

 今日は本当にもう、疲れた。

 

 いきなりここに向けて大部隊が押し寄せてくるし、迎撃にろくな準備も出来ずに出撃、兄さんにスコールにオータムにと次から次へと専用機が現れて、親玉が出てきたと思ったら全部篠ノ之束の手のひらの上で、しかも兄さんはともかく姉さんや桜花までそちら側ってなんなんだ。

 

 よく分からないうちに兄さんは戻ってきたし誰も死んでいないから良かったものの……何がどうなってるのやら。

 

 全ては明日、か。

 

 はぁ。

 

「いやいや、ため息なんかついている場合か。今日から…今日から! 念願の兄さんとの蜜月がまた始まるんじゃないか!!」

 

 そうだそうだ! 忘れてはならない! あれほど待ち望んだ兄さんとの生活が再開するのだ。お茶をいれて、ご飯も作って…ケーキもいいな。あとは……まぁ、二人で色々とできるんだ。

 

 過ぎた時間は、より密な時間を過ごして埋めていこう。

 

 よし。とガッツポーズで気合を入れる。意を新たに、大股で素早く歩き少しでも早く部屋に帰ろうと急いだ。

 兄さんが先に帰っているのは分かっている。今日も含めて暫くは姉さんや楯無達も来るだろうが、仕方の無いことだと割り切って、いずれ来る二人きりの時間を謳歌しようじゃないか。

 

 ドアの前で立ち止まり、深呼吸。

 

「よし!」

 

 ドアノブを握ってまわ……らない。

 

 それはそうだ、鍵くらいかけるか。

 慌てずにポケットから鍵を取り出して……ん?

 

「ない?」

 

 おかしい。何時もならスカートの左ポケットに入れているはずなんだが。念のために右も、上着の胸ポケットも探るがやはり無い。

 

 ………。

 

「あっ!」

 

 緊急招集で慌てて出てきたから鍵を持って出てこなったのかもしれない。なんてまぁ不用心な事を……。

 

 仕方ない、兄さんに開けてもらおう。

 

 ノックを数回。ドアに耳を当てるが、人が動く気配を感じない。ならばとインターフォンを押すと、ドアの向こう側からドタバタと音が聞こえてきた。

 

「マドカ?」

「あれ? 姉さん?」

 

 予想してなかったわけじゃないけど予想外だ。いるかもしれないとは思っていたが、まさかシャワーを浴びていた真っ最中だなんて分かるか。ろくに髪も身体も拭かずに水滴がポタポタと落ちているのが証拠だろう。

 

 でもまぁそんなに珍しい訳でもない。前はそれなりに泊まってきたし、シャワーも勝手知ったるなんとやらだ。寮長ガン無視してた。

 

 ……それにしても、何か臭う。

 

「姉さん、何か臭わない?」

「そう?」

「うん。部屋からもそうだけど……姉さんからも臭う」

「うっ」

「兄さんも帰ってきたし、綺麗にしておいた方が……」

「そ、そうね」

 

 珍しく慌てながら返事をする姉さん。私もこんなこといっておいてだが、鍵を忘れた自分が言えたことじゃないな。

 

「そうだ。姉さん、私も一緒にシャワーを浴びたい」

「え?」

 

 ふと思い返せば、夏の事件以降姉さんが私の目の前に現れたのはCBFの時と、今日の二回しかなかったと記憶している。あっても三回。姉さんが近くにいる事はわかっていてもコミュニケーションをとることはついぞ無かった。

 

 兄さんが帰ってきたなら姉さんも普段通りの生活に戻るはず。だったら姉さんとの時間の隙間も埋めていきたい。

 

「ダメかな」

「そういうわけじゃ、な…い……!」

 

 困ったような様子で前を隠すタオルをぎゅっと握って小さくなっていく姉さん。歯切れが悪くなってどんどん声が小さくなったかと思うと、いきなりビクンと震えて、立つことが困難なレベルで脚が震え始めた。

 

「姉さん大丈夫!?」

「だ、だいじょう、ぶ……あっ」

 

 もう一度身体が震える。崩れ落ちそうになる姉さんの両肩を支えてなんとか立たせた。いや、座らせた方がいいか?

 

 一旦座ろう。そう言おうとして焦点を姉さんの足元に向けると、見たことの無いものを私の薬物で強化された目が捉えた。

 

 内股になった姉さんの太股に、白と赤が混ざった液体がどろりと垂れてきていた。ピンク色かと思ったがそういう訳では無い。何か違う。混ざっているんだが、混ざってない。

 こう、つつーっと、そこそこの速さで膝へ向かっている。途端、違和感を感じていた臭いが強くなった。

 

 ………まさか。

 

「姉さん? どうか、した………」

 

 どうやら早速、濃密な時間を過ごすことになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後十時を過ぎた頃合。本来ならとっくに寮の門限は過ぎているが、今日の出来事からして織斑先生はまだ会議中とのこと。職員がゴタゴタしている中警備員に頭を下げながら堂々と門限を破って帰ってきた。

 

 向かうは一夏とマドカがいるであろう部屋。やっと一夏が戻ってきてくれたのだから、話さないと損だ。お姉ちゃんもマドカも、同じことを考えてるだろうけど、寂しかったんだから心の隙間を埋めてほしい。というか一夏の仕事は先ずそれだ。

 

 ガチャリとドアを開ける。

 

「いち―――」

 

 目の前の光景に全身が硬直した。衝撃のあまり脳が理解を拒もうとしているが、それが事実なのは疑いようのない事なので次第に咀嚼され……顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。

 

「わ、わわ…」

 

 金縛りが解けるや否や両手で顔を覆って目を閉じる。回れ右。全速力で部屋を飛び出そうと身体を前傾して右足を踏み出した。

 

「きゃ!」

「まぁ待て簪」

「ま、マドカ…」

 

 さっきベッドに腰掛けていたのになんで私の前にいるのとか、目がいつもよりおかしいとか、せめて服を着てほしいとかは頭の隅に置いて振り切ろうとしても力が強すぎてまったく抜け出せない。一夏程じゃなくても、マドカだって立派に(?)強化人間なのだからとうぜん何だけどそこまで頭が回らなかった。

 

「見られたからには仕方が無い」

「え、え、え?」

「さぁ来い」

「ええっ!?」

「キッチンベイビーだ」

「わけがわからないよ!?」

 

 結局私は力に叶わずズルズルと引きずり込まれていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室のスライドドアを音を立てないように閉めたところでやっと一息つけた。機体の拡張領域に隠しておいた缶コーヒーを取り出してプルタブを傾ける。プシッ、と音を立てた口から香るブラックの香りに癒されながら味わう。チープな癖していい味してるわ。

 

 たくさん喋って渇いて仕方がなかった喉にはいい潤いだ。

 

 腕時計は午後十一時を指している。部屋についてシャワーを浴びたらもう寝る時間だ。明日も早いし、あまりゆっくりする時間は無さそうだ。

 

 《大変そうだね、御主人》

「まあねー。流石の私も疲れたわ」

 

 周囲に誰もいないので、霧耶の問いかけに声で返す。

 

「まぁ、肩の荷が幾つも下りたと思えば当然なんだろうけど」

 《この後の楽しみあればこそ》

「そうそう♪」

 

 周りの殆どが同じ事考えてるから、独占とはいかないのが残念なところだ。しかしこれ以上はバチが当たるというもの。時間は折を見て作ってしまえばいいのだから。今は素直に喜ぶべき。

 

「さぁて、まずはマッサージでもしてもらおうかしら」

 

 私の読み通りなら、ワガママ大会にでもなっている事だろう。お茶にコーヒーを用意してとにかくおしゃべりとスキンシップをしているに違いない。そろそろお開きになってもいい頃合だが、今までを考えればきっと盛り上がっている最中だ。

 

 戦闘以外はてんでダメに見えた一夏だが、奉仕という一点について言えば光るものを感じた。苦笑を浮かべつつ喜んでいる姿ご目に浮かぶようだ。

 

「いっちかー。おまたせー!」

「あっ、お姉ちゃん。蒼乃さんの言う通りホントに来た」

「か、簪ちゃん?」

 

 部屋に入ると出迎えたのは意外や意外、妹だった。しかもダボダボの男性物のワイシャツに袖を通しただけの姿という普段なら絶対にありえないスタイル。しかも想い人のいる前で。

 

 様子のおかしい妹から少し視線をそらせば、だいたい同じような服装の蒼乃さんとマドカ。奥には幸せそうな顔をしつつ疲れてますといった表情の一夏。

 

「お姉ちゃんはナニがいい?」

 

 確かに楽しみな時間ではあったけど、少々趣向を凝らしたマッサージを受けることになりそうだと直感した瞬間であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65話 三姉妹

伏線回収を数回に分けてやっていきたいと思います。


翌日。久しぶりに賑やかな朝食を終えた俺達は桜花と本音様、虚様を連れてとある一室に集まった。更識の人間のみとなれば学園では生徒会室しかない。集まった理由は勿論、今までとこれからについてだ。

 

夏の銀の福音事件の際に俺は失踪と見せかけて亡国機業へ一時的に加入。そこには姉さんやオーストラリア代表のフラン、そして主犯である束さんの意図があったからこそ承諾し、学園とは敵対関係に。地道な調査と従順な一パイロットであると擬態を徹底し、そしてようやく日の目を見たわけ。

 

これからについてもある程度は共有している。今日束さんに集められる前に話しておこうと思った。

 

全員分の飲み物とお茶受けを用意して、パイプイスに腰を下ろす。会長の札が立てられた机には楯無様が座り、傍には虚様が立つ。応接用のソファの上座に簪様が座り、同じようにマドカが立つ。姉さんは簪様の隣に腰掛け、桜花と本音様が空いた場所に座り、俺は少し離れた場所で落ち着いた。

 

「じゃあ順序良く、説明してもらえる?」

「はい」

 

借りたプロジェクターに夜叉から情報を転送し投影する。俺がまず映したのは、無人機戦の終盤からだ。

 

「まず、篠ノ之束博士から依頼を受けた俺はマドカに伝言を残して銀の福音を追いました。回収に来ていたBR十二機と交戦し、鹵獲機を除いた全機を落とし帰還しようとしたところで織斑が追って来たらしく合流。そのままとんぼ返りする途中で待ち伏せた部隊に捕まったので、私が殿を務め福音を担がせた白式を先に逃がしました」

「そこで白式がセカンドシフトか。襲ってきた薔薇って機体は?」

「あれは私と同じ施設で改造を受けた子供の一人の様です。かなりの薬品を投与されていたはずですが、見ている限りでは正常に成長できたようです」

「BRって亡国機業の機体だったんでしょ? それまでに面識は無かったの?」

「所属が違いますから。スコールチームは実働IS部隊として存在し、所謂切り札的存在でした。世界各国を転々としていたことと、BRの存在自体が伏せられていたので……」

「そもそもなんだけど、どうして束博士の依頼を?」

「当時はBRの存在を知らなかった私は、アレがISとは別系統の技術で動いていると考えていました。丁度無人機から頂戴したコアがあったので、その技術を活かした機体が造れるのではないかと。まぁ、それは桜花の刻帝に使用されていますから、その後に色々と聞いた結果成功してもあまり意味は無かったんですが」

 

まだ出だしの部分だと言うのにあっちからこっちから声が飛んで来る。

 

「そこでの戦闘で私が撃墜されそうになった時、助けてくれたのが姉さんとオーストラリア代表のフランでした。大破寸前でなんとか凌いだ私はそのまま二人に従って海中に潜んでいた束さんのラボに回収してもらい、束さんと話した末に提案に乗ることにしたのです」

「提案ね……蒼乃さんはずっと前から知っていて、協力していたわけ?」

「そう」

「いつから?」

「代表候補生から」

「……じゃあ桜花は?」

「蒼乃さんが夏休みからあまりにもそわそわしているので問い詰めたらぽろっと話してくれましたわ」

「え?」

「……」

 

すっ、と顔を背ける姉さん。楯無様や簪様からのジト目が突きささるが知らぬ存ぜぬを突きとおす振りを続けた。いや、そう言う時の姉さんの表情マジでわざとらしいから。分かるんだって。汗かいてるし。

 

「私も知ってたよー」

「ほ、本音まで……?」

「私と一緒に問い詰めたので」

「ええっ!? だ、だってあの時……」

「嘘言ってないよ? 大丈夫ってちゃんと言ったよ?」

「……それはそう言うでしょ」

 

思わぬ伏兵に驚くが、この人ならありえるなと心の中で頷く。ケーキのフィルムに着いた生クリームを丁寧に舐める様な子供っぽい性格だが、子供らしく直感がとにかく鋭い。もう超能力じゃないかってくらい鋭いのだ。姉さんは多分、桜花の理詰めよりも本音様から図星をくらって見破られたと見た。この一族、とにかく侮れない。

 

「じゃ、じゃあ目的を聞いてもいいかしら?」

「あとで一夏が言う」

「そ、そう」

 

けんもほろろ。楯無様が立場上偉かろうが姉さんの前では大体こうなる。姉さんと同い年の虚様にはかなりフレンドリーなんだけどな。

 

「蒼乃」

「今言っても分からない」

「あなた三言くらい足りないのよ」

 

しかし当の最年長二人はこのように仲良しなのだ。人間関係の複雑さが学べる環境だなぁと中学生のころは思っていたっけ。

 

このままだと脱線しそうだったので強引に話を進める。

 

「で。束さんの目的なんですが……その前に"エイジェン"という組織について話しておきます」

「"エイジェン"?」

「亡国機業の母体です。昨日束さんがあのセイバー……隊長機を宇宙人と呼んでいたことを覚えていますか?」

「そういえばそんなことを……。じゃあそのエイジェンは宇宙人達のことを言うんだ」

「どうでしょう? 一枚岩とは言えませんから。一先ずBRを持って敵対している勢力を総じて呼んでいる、そう理解してもらえれば結構です。彼らは今からおよそ百年前に月へ追放された元地球人の子孫です。人種も言語も様々で当時は各々の政府から疎まれて―――」

「ちょちょちょっとまった!! 百年前に宇宙進出だって? 兄さん、今の技術でも衛星を打ち上げるのが精一杯なんだよ? それに百年前って言ったらロケットの試作機が開発されたばかりの頃じゃないか」

「ああ、マドカの言うとおりだ。だが現に彼らは百年前に地球上から一斉に消えた。どれも死亡扱いにされて、それら一族全員が宇宙に放り出されたんだよ。というのが束さんと姉さんの推測なんだ」

「姉さんの?」

「……この島には、立ち入り禁止の森林地帯がある。簪とマドカは見ているはず」

「う、うん」

「何があった? 教師も立ち入りを認めず、近づくだけで罰則を与えられるそこに」

「篠ノ之束のラボ……じゃないか。古びた看板とか、注連縄が巻かれた御神木とか、ある程度整備された道や階段。無人島を開拓したって聞いていたのに、どこもかしこも人の手が入っていて、その全てが風化していた」

「そう。まるで百年放置された様な、寂れ」

「つまり、ここに住んでいた日本人の種族が当時の政府によって間引かれ、無人島へと姿を変えたというわけですわ」

「……そういえば、確か簪が『間引かれた』とか言ってたな」

 

ああ、簪様の予感めいた力か。しかし本当にすごいな。そこまで口にしてようやく多少は信じてもらえた。それだけ簪様の予感は当たるし、更識が信頼を置いていることの証左でもある。俺だったら絶対にそう言われるまで信じない。一番突っ込まれそうな部分が上手く運んだ事に胸をなでおろした。

 

「そのエイジェンの先祖たちは世界中から集められ、秘密裏に打ち上げられたシャトルに詰め込まれて宇宙に放り出されました。地球から離れていくにつれて電波は届かなくなり、交信が切れたことで死亡として処理されたのですが、驚くことに彼らは生き残っていたのですよ。自力で月面へ到達し、自力で居住スペースを確保し、たくましく生きていた。そんな彼らは、地球への復讐を誓っています」

「当然」

「まぁ、確かに」

 

なぜその人達がロケットに乗ることになったのか、束さんは語ってくれなかった。だが、事実として彼らは纏めて宇宙に放り出されている。裏切られたのか、それとも無理矢理だったのか、なんにせよ恨むには十分過ぎる状況だろう。

 

「その動きを掴んだ束さんが動いたんです。彼らの技術力の吸収と、復讐と言う名の征服を防ぐために。自分の研究が~とかちーちゃんの為に~って具合に動機は超個人的な理由ですけど、一応地球を守る為に動いてくれています」

「それが、束博士の計画ってことね」

「ええ。今まではその為の準備段階でしたが、昨日のあの瞬間から実行段階に移行しました。地球上の亡国機業全支部で対エイジェンのクーデターが起きていることはもう耳に入っているかと思います」

「朝からひっきりなしに電話が鳴ってるわよ、まさかの内部分裂だーって。そういうことね」

 

「制圧開始」という束さんの宣言が合図だった。それまではただの時間稼ぎで、束さんがあの時連絡を取っていたのは学園外の部隊と言うよりは全支部の味方への合図を送る準備だったってオチ。

 

「というわけで、現在亡国機業は実質束さんとスコールの私的な武装集団となっています。少なくともエイジェンの問題が解決するまでは対立することはありません」

「じゃあ兄さん、奴らは味方と見るべきか?」

「利害関係の一致で組んでいるだけだ。過度の信頼は良くないだろうな」

「わかった」

 

俺らからすれば少々複雑だ。聞けば施設を破壊したのは亡国機業と聞いているしマドカを養ったのも彼らだが、俺の腹に穴を開けたのが連中というのも事実。だが、その一幕が無ければこうして夜叉に乗っていることも無かったしここまで正常な人間に近づくことも無かった。マドカとの再会もありえなかっただろう。

 

「亡国機業で一つ聞きますが、よろしいですか?」

「はい」

「なぜ彼女らは篠ノ之博士に協力するのでしょうか?」

「ああ」

 

虚様の問いは絶妙なところを突いていた。

 

彼ら彼女らは世間一般で言うテロリストに当たる。一国の軍隊にも及ぶ人員と武器弾薬、そしてISを持ち月の技術まであるのだから戦力は計り知れない。そんな彼らがなぜたった一人の科学者に協力するのか。亡国機業という組織そのものが謎に包まれているからこそ、彼らの目的が見えないのだ。

 

「束さんの最終的な目標は宇宙進出と開拓にあります。その為にISが開発されましたが、社会をひっくり返すような大きな問題がありましたね」

「女尊男卑、ですか」

「そうですね。では宇宙開発に向けて性別の縛りがあるのは、とても無駄なことに感じませんか? それだけで作業員が全人口の半分に区切られ、さらにISを使うとなればもっと減ります」

「なるほど」

 

天災と言えども限界があることを束さんは理解している。ISの雛型を作製したのは彼女でも、それを普及発展進化させてきたのはその他大勢の人間で、彼女の言葉を借りるなら有象無象だ。

 

一つ、大きな道標を立てることで世界がその道を辿ってくるだろうと考えているのだろう。

 

「その言葉通りなら、何時かISに男性が乗ることが常識になる世界が来るってこと?」

「らしいですよ。確信した様子でした。ね、姉さん」

「束曰く、まだ小学生並だと言ってた」

「小学生並? ……あぁ、そう言うことね」

「お姉ちゃん分かるの?」

「まだISが開発されてから八年しか経って無いわ。人間で置き換えるなら、小学生って事」

「それで?」

「八歳っていったら小学二年生くらいかしら? その頃に男女という違いが分かってもどう違うのかなんてはっきりと理解してた?」

「どう、だろう……」

「つまりはそう言うこと。多分明確な区別が付いていない=男性と言う生き物を上手く理解できていないんじゃないかしら? 女性が造ったから人間と女性が一括りになっていて、男性が結びついていないのよ」

「じゃあ兄さんとアイツは?」

「それが例外でしょうね。男性が女性と同じ人間で、性別の違いを理解したコアが認識して乗れている、とか?」

「おぉー。じゃぁ博士に協力してエイジェンを追い返せば男性も乗れる日が来るってことなのかな」

「そうなんじゃない? 私の推測でしかなかったけれど、コレが本当なら博士は確信があって協力を迫ったのでしょうね。断る理由なんてないわ。ISの権威がそう言うのだから」

「おぉー。さすがお嬢様」

 

本音様がだぼだぼの袖を垂らして拍手を繰り返す。織斑は分からないが、俺の場合は最初から意思疎通が出来たからどうなんだろうと思っていたが、それっぽい気がする。

 

「じゃあ整理するとー、束博士は宇宙人に邪魔されるのが嫌で亡国機業と手を組んで、私情ガッツリで宇宙人達を倒そうってしてるんだよね? それに二人がお手伝いしてたってことだよね?」

「まぁ、そういうことです」

 

こんだけ長く話したのに、そんな二三行でまとめられるとなんかショックだな……。正しいし凄く伝わりやすいんですけどね?

 

「でもそれって更識が動く理由にはならないよね?」

「本音の言うとおり、私もそこが気になるわ」

「私も同意です」

 

話を蒸し返すように、自分でまとめたはずの本音様が、楯無様と虚様も加わり疑問をぶつけてくる。楯無様がそう返すだろうとは予想していたけど、ホント意外だな。

 

森宮とは、布仏とは、皇とは、更識御三家という括りにあるように更識に使える為の家だ。役割が各々あれどその行動の中心には更識の為という核が存在していなければならない。

 

俺が話した事を整理すれば、先程本音様が言った通りであり、終始一貫して篠ノ之束の私情という一言で言い表せる。地球を守るなんて言えば聞こえはいいし引いては更識の為と言えなくもないが、それだけならば隠す必要は無かっただろう? と言っているのだ。ひた隠し続けてきたその計画は、対暗部組織である更識が存分にその能力を振るえる領分なのだから。

 

「ええ。それに協力することを条件に、姉さんはある条件をつけていました。俺はそれに乗っかっただけです」

「条件?」

「そうです簪様。私が大事に抱えていたコンテナは覚えていませんか?」

「ああ、あれ?」

 

俺が夜叉でボロボロ(の振りを装ってわざと装甲を壊してもらったり追いまわす演技をして貰っていただけだが)になりながらもコンテナだけは必死に守りとおして学園までブッ飛ばしたのは、あの中身にそれだけの価値があったからだ。むしろ中身の為に、俺が潜入したと言っても過言じゃない。姉さんもその情報を掴んでいたからこそ、前から協力していた。

 

「ちょっくら迎えに行ってきます」

「その必要はねぇよ」

 

まるでタイミングを図っていたかのように綺麗に登場してきたその人こそが、コンテナの中身。実際中身と言うには失礼に当たるが許可は貰っている。

 

水色の髪が肩にふれるか否かのところで切りそろえられた少し癖のあるボブカット、透き通るような綺麗な紅の瞳、そこの低いミリタリーブーツを履いても平均より高めの身長、どことは言わないが簪様といい勝負のほどよいスタイル。

 

美少女と十分に言える美貌だが、中身を言い表すなら豪放磊落。今時の男性より漢らしい一面を窺わせる言葉遣いと風格を漂わせる。Tシャツの上にパーカーを羽織り、ホットパンツに茶のミリタリーブーツというファッションは彼女という活発な人間をよく表していた。

 

「う、うそ……」

 

知っていた姉さんと面識のないマドカを除く全員が、あの本音様がお菓子を食べる手を止めて唖然とするレベルで驚愕する。主二人に至っては目からぽろぽろと涙がこぼれている。

 

それもそのはず。

 

「よっ。久しぶり姉ちゃん達」

 

こちらのお方、誘拐の後死亡したとされていた更識三姉妹の末っ子(・・・・・・・・・)

 

「鍔女ちゃん?」「鍔女……?」

「おう」

 

更識鍔女(ツバメ)様。簪様の双子の妹君である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時の亡国機業は日本攻略の際に更識を足がかりにする計画だったらしい。何故なら、更識一族がそれはそれは日本有数の名家であり、方々に強い影響力を持っていたことが理由に挙げられる。

 

故に将来の布石として誘拐された。

 

実際の標的は気弱な簪様だったらしいが……何かの手違いでたくましい鍔女様が拉致に合う。その後、高度な偽装工作の末に偽の死体が発見され、救出されることは無かった。あとは適当に活かしていざその時にチラつかせれば掌握できると踏んでいたのだ。更識は身内には情が熱く、次期当主の楯無様が妹達を溺愛する性格を逆手に取った作戦である。

 

もし、簪様が誘拐されていればその通りのシナリオだったかもしれない。

 

こうして鍔女様が立っていられるのは、幼さと女児に似合わないタフネスを持っていたからとしか言いようが無かった。使えると判断された鍔女様は更識としての手ほどきを受けていた最中であり、簪様以上に立場に伴う責任感というものを持っていた。彼女だから、囚われの身でも努力を怠らず、凌辱と屈辱を受け続けても、十年以上という途方もない長い歳月を耐えきったのだ。

 

こうして彼女はこれまでの忍耐が報われ、恥も外聞もなく涙に鼻水まで流しながら抱き合い、これから享受する幸せの一ページ目を飾った。

 

「ごめんなさい」

「いえ」

 

見ているこっちが感動するシーンでした。

 

では、気を取り直して。

 

「というわけです。一先ずの目標達成ってことで、お互いの協力関係は一旦リセットされたことになるんですが…」

「更識のとるべき選択は何なのか」

「ええ」

 

少々の脱線も見られたが一通り説明はさせてもらった。あの日の真実、なぜ協力したのか、束さんの目的。

 

更識も他の専用機達も、引いては全てのISも無関係ではいられない。

 

選ぶ必要がある。

 

「その話を信じるのであれば、協同しないわけにはいかないでしょう」

 

お嬢様が言うとおり、他の選択肢など無いに等しいのだが。

 

危険だが、篠ノ之束と関係を深められる良い機会と言える。ハイリスクハイリターンな仕事だ。上手くいけば日本にとどまらず海の向こうまで勢力を伸ばす足がかりとなろう。

 

そしてもう一つ。

 

「私は、付いて行くよ。だって弟子になっちゃったし」

 

簪様という本人ご指名の後継者までこちらにはいるのだ。勝手に数に入れられている。

 

 

「半ば強制」

「姉さんの言うとおりだな」

「決まりですね、お嬢様」

「ええ」

「頑張ってね、かんちゃん」

「うん」

 

元々やる気だったかのように意見は一つにまとまった。

 

「なぁ、アタシどうすんの?」

「学校に行きたいなら通わせてあげられるけど……」

「なんだよココダメなのか?」

「倍率がアホみたいに高いのよ。試験と適性検査が合格点ならいいんじゃないかしら」

「無理なら?」

「実家から通える範囲の高校なら」

「任せろ絶対合格してやる」

 

その日に編入願書を提出して試験までの一週間楯無様と簪様がベッタリ貼りついてなんとか編入するとか言う奇跡を見せるんだが、少し先の話か。マジでおかしいから、倍率四ケタ超えてるんだぜ? 因みにリーチェのクラスだった。

 

 

「ねね、そういえばさ―――」

「ちょっと待ってください本音様」

 

問題も解決したところで話しかけられたが、丁度いいタイミングで電話が鳴る。

 

相手は……束さんか。

 

「もしもし」

『あ、いっくん? 今そこに更識家の人みんないるんでしょ?』

「ええ、まぁ」

『じゃあ連れて来て。ラボで会おーね』

「わかりました。というわけで束さんから呼ばれたので行きましょうか」

「どこ?」

「ラボ」

「知ってるの?」

「………」

 

簪様とマドカに道案内してもらいました、はい。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、なんかみんな腰とかおなかとかさすってるけど大丈夫なのかな? 強く打ったりお腹壊したりしてるのかな?」

「こら、そう言うこと言わないの」

「なんでー?」

「何ででもよ」

「本音、察してあげなさいな」

「おーか悔しそう?」

「……察してください」

「分かった、さすってくるー!」

「ちょ、本音お腹押さないで!」

「「………」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66話 行き先

お久しぶりです
どんがめ更新の拙作に感想ありがとうございました

突然ですが前話の感想で「超展開に草」という内容を複数頂きました。
そんなまさかと思いながら続きをちまちま書きながら、今までの話を読み返していると「何だこの超展開は」と自分でも思ってしまいました。

この作品を思いついたのは五年以上前のことで、その時からずっと自分の頭の中におおまかなストーリーがずっとあって、そんなこと考えもしませんでした。

自分一人で考えてたら視野狭くなってなんかおかしなことになっちゃうもんですね。それを教えてもらえる&頑張ろうって思わせてくれる感想ってやっぱり大事ですね。

って話でした。


先陣を切ってラボに設けられたミーティングルームに入ると、昨日の戦闘に参加した人間が殆ど揃っていた。

 

スコール、オータム、アリス、フラン、ナターシャ。

 

織斑千冬、織斑秋介、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、ベアトリーチェ・カリーナ。

 

そして篠ノ之束と、ラウラと同じ強化を受けた少女クロエ。

 

凄いな、ここにいる殆どの人間が最新型専用機を持っているんだから。亡国機業やエイジェンでなくとも世界を支配できる戦力がそろい踏みだ。

 

全員の視線が向けられ、全員と視線が合う。それらを無視して空いている席に案内し、最後に自分が腰掛けた。

 

「姉さん、確か二年生と三年生に一人ずつ専用機を持っていた先輩居なかったっけ」

「強制送還された。損傷が酷かった」

「マジ?」

「まじ。機体修復に加えて安全対策の為に、らしい」

 

確か二人ともアメリカの人間だったな。あまり面識が無いので何とも言えないが。

 

「じゃあ全員そろったことだし、聞かせてもらおうかな」

 

聞かせてもらおうかな。その言葉はつまり現状を知った上で君達はどうするのか、ということ。スコールチームはその後の活動を条件にしている以上降りることはできない。つまり専用機を持つ代表候補生達と我々更識に問いかけている。

 

「姉さんさえ良ければ、俺は協力したい」

「好きにしろ。無理と迷惑をかけないならな」

「箒は?」

「やるぞ。煮え湯を飲まされた借りがある」

 

まぁそこはそうなるだろうな。国家から預けられた機体じゃないのだから好きに出来る。

 

「申し訳ありませんが、即決は無理です」

「ふぅん」

 

と、以外にも代表候補生の面々が、オルコットの難色を示す応えに同意した。それを聞いて笑顔が一転した束さんを見て尻込みするも、諦めた様子で説明を始めた。

 

「秋介さんと箒さんの帰属先は国家にありません。つまりは個人の専用機と同義ですが、代表候補生の私達は最新鋭機をデータ収集の為に借りている身。帰属先との相談が無ければ、たとえ博士の仰ることであっても……」

「あぁー、そう言うこと。他も?」

 

その問いかけに全員が首を縦に振る。

 

……まてよ、その壁はウチも例外じゃないぞ。日本代表の姉さんと代表候補生の簪様、ロシア代表の楯無様とイギリスBBC所属のマドカ。四人も引っかかってしまう。俺と桜花の機体は更識傘下にある上に代表候補生でもない企業お抱えという体なのでコレと言った障害は無いが。

 

がりがりと面倒くさそうに頭を掻いた束さんはポケットから携帯を取り出して数回タップした後に耳に当てた。誰かに電話をあかけているらしい。

 

「もしもし。タヌキジジイだして。誰か? 束さんにきまってんじゃん早くしてよ…………もしもし、私の名前使っていいから国際IS委員会名義で学園一年の代表候補生所属の国に打診して。………そうそう、この前話した件について、どうせ掴んでるんでしょ。そ、じゃあね」

 

と通話を切って携帯をポケットにしまう。

 

「これでいいよ」

「な、なにがでしょう?」

「直ぐに分かるって」

 

ニヤリと笑った束さんのその言葉通り、代表候補生達の携帯が一斉に鳴りだした。隣の姉さんの携帯からもだ。相手は誰だろうかと画面をのぞき見すると日本政府(マネージャー)という表示がはっきり見えた。ここのみんなマネージャーがいるのか、凄いな。

 

携帯を耳に当てたまま視線が交差しまくってる。多分というか絶対同じ内容の電話だ。

 

許可するから付いて行け。

 

「君らは来るんだろう?」

「ええ」

「なら続きといこうか」

 

即答した楯無様を見て満足気な束さんは正面のディスプレイを操作し始めた。

 

「半年後、月へ向かう」

「え、もう?」

「やる事やったからね。後は行き帰りの手段と作戦だけさ」

 

本当ならここから色々と進めなければならないところを省くために、今まで暗躍してきたのだ。流石に隠れながらでは限界がある工程が幾つかあるので、あと三ヶ月もかかるんだが。

 

「今から私は大気圏外拠点の船やらマスドライバーやらを作る。だから君達にはそれまで襲撃に備えつつ、宇宙空間の勉強もして貰う。シュミレーターとかね」

「それが完成するのに三ヶ月かかるということですか?」

「そういう事」

 

船というと……宇宙船か。

 

「宇宙船。宇宙戦艦……おおぉ」

 

案の定簪様が感動していた。

 

「片手間で良ければ君らの機体も見てあげよう。それが難しいなら本国の技師を呼びな」

「待て束、ここでその宇宙船とやらを作るつもりか?」

「え? そうだよ?」

「馬鹿を言うな、ここは学校だぞ? いくらお前のラボがあろうとこんな所にドックを作れん。マスドライバーの建設なぞ以ての外だ」

「そうは言ってもさー、ここ以外に場所が無いんだってば」

 

まぁ確かに。どちらの言い分も何となくわかる。

 

学校に必要の無いものを作るスペースなんて無いし、騒音で授業妨害も有りうる。何よりエイジェンが放っておくとは思えないのだ。壊しに来る事を考えれば、一般生徒を巻き込む危険が生まれる。親から生徒を預かる身としては認められないだろう。

 

だがIS学園以上に最適な場所などないことも事実。一種の治外法権が働くこの土地以上に使用が認められる地域は存在しない。何よりここには連中の手がかりがある。

 

悩む束さんと織斑先生。ちょうどいい着地点を探そうとあれこれ議論を交わしているが、中々見つからないようだ。

 

学園には近い方がいい。長くとも片道三十分の範囲じゃないと学園との行き来が大変になる。だが近すぎると悪影響が大きくなるので不可。しかもここは離島なので新たに土地を探すことも難しいだろう。近くに無人島も幾つかあるがどれも購入されていると聞くし。

 

「あのっ! マスドライバーとドックと校舎が建造できる程の土地があればいいんですよね!!」

 

そこに割って入ったのは意外にも簪様。目が輝いて鼻息が少し荒い。

 

《宇宙戦艦、見たいんでしょうね》

 

そういうことか。少しも意外じゃない。

 

「案があるのか?」

「私、島を持ってます!」

「何?」

 

……え? いつから更識は地主になったんだ? 俺も知らない。

 

「楯無様、どういうことですか?」

「近くに無人島が幾つかあるの知ってるでしょ? その中にあるのよ、ウチの島」

「えぇ……?」

「ほら、いつかの夏休みにキャンプに行ったところ」

「……ああ。かすかに覚えています。しかしそれは更識の土地であって簪様の所有地ではないのでは? あまり大差ありませんが…」

「あはは。それがそうでもないのよ、私達。お父さんからプレゼントでもらっちゃって」

「嘘だ……」

 

ありえない。無人島とはいえ島一つがプレゼントってありえないだろ。金持ちすぎる。

 

「地図の…………ここです」

「学園からは船で移動するとして……片道一時間程度か。ありがたい話だが時間が掛かり過ぎる」

「大丈夫です、もっと早いものを用意します。良いですよね?」

「え? アレ使うの? まぁ確かに出来なくはないけど……いや、良いかも」

「束のやっつけモンスターマシンはアテにならん。三分で爆散する」

「大丈夫です、その爆散済を私が改修しました」

「ほぅ?」

「大丈夫ってなにさ!?」

「船……シャトルシップの巡航速度で片道四十分、最速で二十五分と言ったところですね。必要でしたら海底にリニアモーターカーを建設すれば良いかと。IS戦は空中が主ですし、BRは水中を嫌いますから」

「悪くない」

「無視!?」

 

キィキィ騒ぎ始めた束さんを他所に二人でぐんぐん話が進む。一番の悩みのタネが解消されたのだ、あとは頭脳派が綺麗にまとめてくれるだろう。大抵は篠ノ之束の四文字が片付けてくれる。

 

それにしても扱いが上手いなぁ。簪様そんな人付き合い上手な方じゃなかったのになぁ。大変なんだろうなぁ。

 

「あなたねぇ、いつの間にそんなおじいちゃんみたいな目をするようになったのよ」

「前からじゃないですか? 最近やっと心の余裕が出来ましたので」

「喜んで良いのかしら?」

「良いんじゃないですか? 悪いことはないでしょう」

「そうね」

「楯無」

「はい?」

「一夏は前からジジ臭かった、駄洒落とか」

「へ、へぇ……。あなた駄洒落言うのね」

「寒すぎて嫌って姉さんが再三言うので封印しました」

「……」

 

わいのわいのしていた奥の数人も話が付いたようだ。どうやら島ひとつを学園に売って新しい学習施設の一つとして建設にかかるとの事。幸いにも学園と島の間には個人が所有する島は地図上存在しないとの事なので、海底にリニアレールを敷くことも決まった。

 

しかしリニアレールか。モノレールは学園にもあるからわかるが、リニアレールなんて代物を使えているのはまだ新幹線とかくらいじゃないのか? 海底ともなると水圧の問題もある気がするが・・・・・・

 

「明日から取り掛かるから、手伝ってね」

「私が?」

「水中適正の高いISはお姉ちゃんと一夏だけだから。訓練機を借りるわけにもいかないし」

「流石の私も海底の水圧には耐えられないわよ」

「夜叉も適正はありますが薄い特殊装甲ですので・・・・・・」

「・・・・・・」

 

案の定、いきなり壁にぶち当たるのであった。

 

ちなみに翌日には、海底より更に下の地層を掘削してシャトル便をつくるという代々案が用意されていた。こうなるともはや水中適正とか水圧は関係なくなるので、二十にせまる専用機が総出でトンネルを掘り進め、資材を運搬し、建設まで行ったため僅か一週間で開通となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新設の造船ドック(後の整備科特別教棟)に設けられたトレーニングルームから背を伸ばしながら出る。早いもので、亡国機業のクーデターから一ヶ月が過ぎようとしていた。相変わらず慌ただしい毎日で、朝起きて訓練し、授業を受け、放課後にまた訓練し、更に五ヵ月後に迫ったエイジェンへの攻撃準備と暇が無い。

 

それでも隙間を見つけては、留守にしていた間の諸々を埋めようと必死だった。クラスメイトのこと、家のこと。主に人間関係である。結果を見れば篠ノ之束とのパイプ形成であったり記憶が戻ったり三姉妹がそろったりと良いことは多かった(記憶についてはノーコメント)のだが、実際そう簡単に割り切れるものじゃない。敵として武器を交えた以上は「はい元通り」とはムシが良すぎる。特に、織斑とその周囲の女子達は。

 

今までは不干渉を貫くことが出来ていた。顔見知り~嫌な奴程度の関係だったがこれからはそうもいかない。世界中のエリートをかき集めた対エイジェン部隊が結成されるとなれば、矢面に立つのは交戦経験のある学園の専用機と各国の代表達なのだから。連携を磨く為にも、普段から交流を深めることが目下の目標なんだが……ハードル高すぎ。

 

織斑は半ば諦めている。というか俺が嫌だ。織斑姉弟とはなるべく関わりを持ちたくない。本当の本当の本当に最小限度に留めておきたいので、優先度は下の下としても、他国の女子はなんとかと思っていた。

 

とりあえず、朝の挨拶から。

 

「おはよう」

 

―篠ノ之箒の場合

「あ、あぁ、おはよう……」

「機体には慣れたか?」

「そ、そうだな。

 

以前は明らかに避けていますという雰囲気だったが、こちらから挨拶する度に困惑した様子で返事を返してくれる。彼女の性格からして無視されないだけでもかなり良好だろう? 束さんと復縁したらしいので、色々と聞いて戸惑っていると見た。加えて織斑一夏であると知ったのも要因の一つかもしれない。覚えちゃいないが、一緒に遊んだりしたのかもな。

 

―セシリア・オルコットの場合

「……おはようございます」

 

貴族のプライドで返事しましたって感じの嫌悪感丸出しだった。さっきの篠ノ之さんが意外だっただけでこうなることは分かっていた。彼女の場合はマドカのサイレント・ゼフィルスだったり、亡国機業に盗まれたサザンクロスだったりと悪い因縁が積み重なっているので、関係の進展は大変難しい。多分遠ざけていた五人の中で一番。気長に行こうと言うだけの時間もない。一先ずこれ以上悪化しないように気を付けよう。

 

―凰鈴音の場合

「……ふん」

 

まぁ予想通りである。トーナメントではかなりエグイ倒し方をした(実際は姉さんの無理矢理だった)ので一層近寄りたくないと思われているだろう。ストイックな努力家らしいオルコットと違って、彼女は超感覚型の天才肌らしいので出来れば俺も必要以上に近づくつもりはない。以下同上。

 

―シャルロット・デュノアの場合

「や、おはよう」

 

彼女はかなりの温厚な性格であり、基本的に優しい。特にルームメイトのラウラと親しい間柄と聞いている。彼女ともあまり良い出会い方をしていないはずだが、ラウラと何か話しているのかもしれない。ともかく、個性派ぞろいのチームを上手く取りまとめている潤滑油の様な存在だ。関係修復には欠かせない。あと、絶対腹黒キャラなので怒らせないように気を付けよう。てか表に出さないだけで怒っているのかも。

 

―ラウラ・ボーデヴィッヒの場合

「ああ、おはよう」

 

全く心配していない。それ以前に険悪でもない。ただ、騙していたことには御立腹の様子なのでしばらくは言う事を聞くつもりだ。

 

とまぁこんな感じだった。

 

「頑張ってるー?」

「自分なりには頑張ってますよ」

「よいよい」

 

報告のついでの現状報告に、楯無様はパソコンをカタカタと叩きながら頷く。一瞥もしないがこの人のことなのでしっかり聞いているのだろう。

 

「では」

「ちょいまち。まだ聞いていない」

「……はて?」

「とぼけるって事は分かってますってことよ」

「……」

 

避けてますって、言いませんでしたっけ?

 

ややこしくなる前に片付けなさいって言ってるのよ。

 

僅か二秒のアイコンタクト。全く持ってその通りなのでぐうの音も出ない。

 

そう、織斑の件である。もっと言うなら、俺は織斑一夏で、マドカは織斑マドカで、織斑千冬、千春、秋介とは血のつながった関係にある。マドカはさておき、俺自身その事実はつい最近になってやっと思い出した事だ。一ヶ月前から関係者にだけ周知されている。

 

一ヶ月前から隙を見ては突撃してくる三者を、俺はすり抜け続けていた。

 

何を言おうとしているのかなんて考えなくても分かる。つーか前にポロっとこぼしてたらしいしな。

 

でも、俺もマドカもあいつらの言葉なんて聞きたくないんだ。今更何を言われようが、俺達の心には絶対に響かない。まだ織斑だった頃に受けた屈辱は消えないし、許すなんて以ての外。ただでさえ出来の悪いガキだった俺がもっとポンコツになった苦しみがわかるものか。今の環境には文句ないけどだ。

 

織斑一夏と織斑マドカにとって、織斑という名前も言葉も毒でしかなかった。ただの悪。意味もなく苦しめられるだけ。

 

時間が解決してくれるなんて甘い考えは、ない。

 

だったら最初からそう叩きつけてしまえばいい、と思っていたんだが、今後は連携を余儀なくされることもあるだろうし自己都合で悪化させるのもなぁ、なんて考えていた。でも引きずることは少しも良いことじゃないのでどこかで宣言してやる必要がある。個人的にはそうしたい。でも作戦がなぁ……という無限ループに嵌まっていた。

 

「今は番外編みたいなものだったのよ、あなたにとっては。私の予想なんだけど、もし何事もなく織斑一夏として生きてきたらきっと彼の居場所はあなただったんじゃないかなって。それが本当の人生だったのかなーって」

「いやぁ、それは流石に」

「どうかな? 私はお姉ちゃんの言うことなんとなくわかるよ」

「でしょ?」

 

後ろからひょっこりと顔を出した簪様に、うんうんと頷く生徒会長。

 

「一夏はね、負けず嫌いで一生懸命で、ちょっとおじさん臭いところがあるから」

「おじさん臭い」

「うん。だから、何だかんだで自分の居場所は自分で作れてたんじゃないかなって思うの。仲良く出来てるかは別だけど」

「一組の子達はかなり個性的だけど、面と向き合って話せば分かってくれるタイプじゃない? 口より手が出る方が多いけど。だけど、生きやすい様に人間関係築いていきそうだわ」

「はぁ」

 

申し訳ないが少しもイメージが湧かない。臨海学校じゃあの五人にまぎれて水着でキャッキャウフフしてるのか? いやー。ないわー。

 

しかしまあ、俺よりも俺のことを見て知っている二人が言うのならあながち間違いじゃないのかも。のらりくらりと生きてそうだ。その点に関しては賛成。

 

「一夏の人生において、大きな分岐点じゃないかしら? 回り道をして大筋に戻るのか。それとも、このまま進むのか。相談くらいは欲しいけど、あなたが自分でそう決心したのなら、私は尊重する。だからきっちり話してきなさいな」

「そう、ですか……。簪様はどうお考えで?」

「私? お姉ちゃんと同じだよ。一夏が決めるのなら、それで良いと思う。たとえそれが私達から離れる事になっても、良いんじゃないかなって。本心はそんなこと思ってないよ。でも、今までの一夏は自分で自分の行き先を決められなかったでしょ? だから、これからは一杯悩んで考えて、選んでほしいなって思うから」

「自分の、行き先」

 

振り返ってみる。

 

生まれは選べない。だけどその先は自由だ、ただスタートラインが周りと違うだけで、それが普通。俺は周りよりも大分遅いわけだが……努力は否定されて、誰とも打ち解けられず、攫われて、良い様に扱われて、記憶なんて無いに等しいまま生き続けて、やっと最近になって位置に着いた。

 

言われてみればそうだ。俺はその場でそうするしかなかった。生きるには、それ以外の選択を捨てる他なかっただけだ。選ばされた人生だった。

 

今度は違う。

 

これからは違う。

 

自分で選ぶ。自分の行き先は自分で決める。

 

……そっか。これが、今まで欲しがってた普通なんだな。

 

「決めてみます、自分の行き先」

「うんうん」

「いってらっしゃい」

 

そう宣言する。

 

気持ちを固めた俺は、ポケットから携帯を取り出して人生で掛ける予定の無かった男を電話帳から呼び出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67話 結論

おひさしぶりです、トマトしるこです。

長い期間があったにもかかわらず、前話を読んでいただき、更には感想を送ってくださった皆様に感謝の気持ちが止まらない次第です。ちゃんと読んでくださる人がいるんだなぁとうれしかったです。頑張ります。

思った通りの展開とは違っていくかもしれませんし、つまらないと思わせてしまうかもしれませんが、是非最後までお付き合いいただければ幸いです。



話を進めつつ、今までの振り返りの様な中身のつもり


この学園は最新技術の塊である。たとえば教室。耐震耐火強度は銀行の金庫室と比較しても勝るほど高く、ISに用いられる技術が惜しみなくつぎ込まれている。これに机が人数分あり、教卓や黒板(というなの電光板)があり、その他諸々すべてが最新鋭。

それもそのはず。学徒達は世界中のエリートの中のエリート。次世代の地球を担っていく卵たちなのだから。設備やら仕組みやら、妥協は一切ない。

 

そんなことなので、彼女らを守るための設備にも妥協は無い。むしろ機密保持の方が金が掛かっている。学園がテロリスト共に制圧されたとなれば、物量さえ整っていればそいつらが新しい世界の王になれるくらいには、ヤバいものが詰まってる。

 

まぁ、何が言いたいかと言うと、そんな奴らをしょっ引く部屋もあるよってこと。監視カメラも盗聴器も隣の部屋からじつは丸見えなんてこともない、物理的にシャットアウトされた、ひそひそ話にもってこいな部屋とか身体にお問い合わせする部屋とか。

 

今日はそんな一室を借りて集まっている。

 

誰が?

 

旧姓含めた織斑一家だ。

 

が。

 

「……」

 

部屋に入ってから席についての五分間。誰ひとりとして口にしない。別に喋ったら負けのゲームでもあるまいし、さっさと始めてほしいもんだ。はっきりとさせたい気持ちはあるが、俺としては縁を切ってるつもりなのでコイツらの家族事情なんてどうでもいいんだが?

 

背中を押された手前、きっちりカタをつけて帰るつもりだけどさ。

 

ただし、口火は切らない。着席早々に身を乗り出しかけたマドカを制止してじっと座らせている。

 

俺達はコイツらに捨てられた側だ。無能は織斑に要らないと言われた。かと思えば素性を知った途端に手のひら返しだ、バカにするにも程がある。ふざけんな。

 

話がしたい、という申し出を受けてやっているに過ぎない。

 

だから待つ。

 

 

 

 

 

 

更に五分ほど経過して、ようやく織斑は口を開いた。

 

「話が、したい」

 

「腹を割って、全部振り返って」

 

「昔、自分がどう思ってたのかとか、それから色々あって、考え変わって、今どうしたいのか。俺達がどうすればいいのか」

 

「考えてもわからなかったんだ、だから知りたい。聞かせてほしい、俺達の為に」

 

まぁそう来るだろうと思っていた。ここで聞かせろだとか話がしたいだけで終わるようなら帰れたんだが。

 

俺達がどう生きてきたのかなんて想像がつくわけがない。熱線を片手で受け続けて高速で修復してく身体なんてどうやっても得られないのだから。人間離れした強靭な肉体と、同じく人間離れした奇病並の学力は普通じゃない。なにより専用機のこともある。

 

普通の想像力と経験程度じゃあ俺達は測れない。

 

ところで大人二人は何も干渉しないのか? 見てるばかりで口を開く素振りがないが……。任せたつもりか? 面倒なことにならなくて助かるが。

 

「で? 最終的にどうしたい?」

「復縁、離縁、不干渉の三択のどれかに落ち着くかと思ってる」

「そうか」

「どうだ?」

「好きにしろ」

 

でもどうしたいのか分からない、と。互いに話しながら着地点を見出すつもりか。

 

いいさ、聞くだけ聞いてやるよ。

 

すぅ、はぁ、と一度深呼吸して、織斑はゆっくりと語り始めた。

 

「正直、あんまり一夏のことは好きじゃ無かった。何回同じこと言っても理解した様子が無かったし、姉さんや周りの大人達に迷惑ばっかりかけてて。自分ができてた分だけ、兄が不出来なのがムカついてた。学校の点数だって、家事だって、なんでもかんでも。一番嫌いだったのが、一夏の不出来のせいで俺と姉さんまで同じ扱いを受けることだった。でも、そんな奴らを片っ端から見返すのが楽しかった。だいたいそんな毎日だったさ。

 一夏が消えてからもたいして変わらなかった。居ても居なくても良かったんだろうな。でも姉さんはそうじゃなくて、無理して元気作って、夜は寂しそうだったんだ。だからなんとなく俺も寂しくなってた。

 そんな考えが変わったのが、幼馴染み二人の転校でさ。

 白騎士事件が起きて箒は名前も変わって家族ともバラバラになって、束さんをどうすればいいのかわかんないまま憎んでた。頭の良い姉が好きで誇りで、でもそれが原因で無理矢理引き裂かれて、とうの本人は行方眩ませてったから余計むしゃくしゃしたんだろうな。

 鈴は両親が喧嘩続きで離婚して、国に帰ってったんだけど、最後まで離婚するのが分からないって言ってた。好きだから結婚して、二人で店持って、子供だってつくったはずなのにって。自分が信じてた家族が何なのか分からないって。

 二人とも、少しも納得してないまま家族と離れ離れになったんだなって気付いたら、ウチはどうだろうって。一夏はどうだったのかなって。

 少なくとも、箒と鈴は家族が好きなままだった。自分が嫌な目にあっても、理不尽に揉まれても、嫌いになったり憎んだりしても、心の奥底では好きな気持ちがずっと残ってた。

 それが家族なんだって、初めて知った。姉さんはずっと正しくて、自分がずっと間違っていたままだった」

 

一旦そこで区切りをつけ、悩むように机に肘をついて額を覆い、続けた。

 

「どうでもいいって気持ちが、一気に申し訳なさと自分の醜さに腹が立った。姉さんの顔に泥を塗ってたのは自分だって思うと吐き気が止まらなくて、ちょっと病んでたよ。

 そこでやっと姉さんとお互い頭突きつけて話し合って、気持ちを切り替えられたんだ。それが入学する一年前で、それからは姉さんと地道に情報が無いか調べて今に至るってとこか。結局何も進まないままだったけど、偶然にもISの適性があるって分かったからここに来た。興味があったからってのもあるし、情報が集めやすいだろうと思って。

 そっからは、多分知っての通りだ」

「そうか」

 

なんとなく分かった。

 

家族に対する考え方が、周囲の影響で変わったってことだろう。聞いている限り、姉に対しては一定の好感があったようだが、それも一般で言う家族愛とはまた違った様子。元々ズレた性格だったか。

 

憎いけれど好きだ、喧嘩してもやっぱり愛してる。友人や愛人では決して言い表せない矛盾した感情は、やはり家族愛という表現がぴったりだ。流石……いや、姉と違って両親という存在を知らないからか? 親代わりの姉は誰が見ても分かる不器用だし。

 

時間はかかったが、家族とは何かを学んだ上で織斑一夏を探しだしたわけか。

 

というかそもそも……いや、これは後でいい。

 

「先生方はいいんですか?」

「ああ……いや、あとで聞かせてほしいことがある。それだけでいいんだが」

「構いません」

 

時間にして三十分。座りっぱなしだった俺は腰掛けたまま背伸びをして身体をほぐし、話す体制を整え、記憶を掘り起こしていく。

 

「さて、思い出したと言っても、殆ど覚えちゃいないんだ。めちゃくちゃなことを言ったり、理解できない事を言うかもしれないが、聞くと言った手前最後まで聞けよ。およそ人とは思えない、狂った人生をな。これは、アンタらの罪だ。

 

 暗い道を歩いてた。日が沈んで、街灯しか明りのない道だった。暗いのが怖くて急いで家に帰っていた気がする。その途中で殴られて気を失った俺は、縄で縛られて船に載せられてた。誘拐だった。傑作だったのが、織斑秋介を狙った犯行だったことだっけなぁ。

 それから数年間は地獄の様な監禁生活だった。投薬と、解剖と、調教の毎日だ。何かの施設で、毎日誰かが死んでいった。出来だけが全て、ランクと番号で管理されて、出来なきゃ出来るまで繰り返させられ、罰を受けて薬を盛られて、出来るようにされていくんだ。記憶も奪われて、身体の機能も根こそぎ削られて、自分が自分で無くなっていくんだぜ? 日記だって残ってる。最初は助けてだの逃げたいだの覚えたての漢字を使って書いてるんだけどな、どんどん字のバランスが崩れていくんだ。アルファベット混じりになって、ミミズの様な殴り書きに。でも不思議と読めるんだよこれが。どういう意図でその文字が書かれたのか、瞬時に読みとれないと、困るだろ? 色々とさ。

 ああぁ。嫌なモンを思い出してきた。長く生きてる側になって来たころ、電気椅子でしばらく生活する羽目になった。知ってるだろ、人の身体を動かしてるのは電気信号だってことぐらいは。だからか知らないけど、情報を乗せた電気をビリビリと送られ続けるんだ。身体の動かし方、銃の組み立て方、人体の構造、急所、ナイフの研ぎ方、そしてISの乗り方。確か調べた結果分かったのは、男性でも操縦できるようになる為の実験施設って線が濃厚だと。

 

 んで、ある日その施設をある組織が破壊しに来た。その組織が潰した後、虫の息だった俺を拾ったのが更識家。俺は更識傘下の森宮に引き取られて、育てられてきた。更識の次代を担う当主護衛として、だ。投薬と実験のせいで覚えはクソだったが、体捌きだけは大人顔負けだったからな。便利な身体もあったことだし、生きるために犬になった。元々ネズミみたいな扱いだったから、むしろ喜んで受け入れたさ。わけのわからんゼリーを食わされることもないし、怪しい色のドリンクやカプセルも無い。冷飯もクズ野菜も、薄い布団に畳と障子。天国で暮らしてるような気分だったさ。間違いなく最高だったぜ。

 

 でもな、実際はちっとも変わっちゃいなかった。いや、薬が無いだけまだましだったけどさ。生きるためさ、与えられた仕事はきっちりやって来たが、クソみたいな仕事は本当にクソだ。敵は勿論殺しにかかってくるし、味方もおよそ味方とは言えない連中ばっかでな、隙あらば背中から切りかかってくるんだ。俺は邪魔な奴だが、投薬漬けの身体には興味津津でなんとかして俺を捕まえたがってたみたいでよ、まぁ大変なんだこれが。切りかかるって言っても一応は味方だから、そいつら殺しちまうと他の生き残りがしょっ引かれちまう。かといって全滅となると、生きて帰ってもお払い箱確定だからよ、殺さず逃げきり仕事はこなす。それでも森宮に帰れば殴られ蹴られ、格好のサンドバックだ。流石の強化人間も限界が近かった。だから権力を持ってるだけの養父も秘書も、楯無様も簪様も嫌いだった。

 そんな俺を救ってくださったのが、その楯無様と簪様。変わらず支えてくれていた、家の中で唯一の家族だった蒼乃姉さん。養父が決めただけの俺を気に入ってくださっただけじゃなく、待遇改善と称して一斉内部告発、老害達を残らず処罰したのさ。お二人は人ですらなかった俺に“普通”を与えてくださった、そして“家族”だと迎え入れてくれた。記憶が戻った今でもはっきり言える、あの時初めて、俺は人の心を知ったんだ。暖かいって感覚に初めて包まれた。森宮に拾われた時とはまた違って、嬉しかった。俺にとって、お二人はまさしく主だ。

 姉さんはいつも優しかった。初めて会った時はそっけなかったけど、少しずつ俺を気にかけてくれるようになって、勉強も常識も怒らず優しく、覚えの悪い俺に何度も教えてくれたっけ。ちゃんと上手く出来たら褒めてくれて、御褒美代わりにまた新しいことを教えてくれた。でも駄目なことをしたらちゃんと叱ってくれて、真っすぐ生きろって本当の弟の様に扱ってくれたし、立場の弱かった俺を守り続けてくれた、愛してくれたんだ。

 楯無様と簪様と、姉さんのお陰で、俺は人として生きていられた。生きていいんだって思えた。

 

 それからは護衛と仕事、通わせてもらった学校と三足草鞋。もう一度、日常が劇的に変わったのは入学前のある時期に、専用機を見つけたあたりからか。亡国機業に襲撃されて、腹に風穴が開いて流石に死ぬかと思ったが、相棒が助けてくれた。夜叉は良いパートナーだぜ、バカな部分をカバーしてくれる。お陰で学力も多少は良くなったし、簪様と一緒に学園に来ることが出来た。憧れとはまた違う、でも俺を認めてくれる文字通りの相棒が出来た。それから数日後にはマドカとも再会できたし、小躍りするぐらい普通の毎日を過ごせたよ。

 

 そんでもって入学して……そうだな、またでっかい出来事と言えば、臨海学校か。アレはお前も関わってたから覚えてるだろ? セカンドシフトしてたしな。

 お前を逃がして群れ相手に戦ってたんだが、恥ずかしい話、今一集中できなかった。入学前に与えられた、望んでいたはずの“普通”が不安で仕方が無かった。楽しい思い出も、次第に良くなっていく身体も、順調過ぎた故に、実は幻で、手のひらで踊らされているんじゃないかってさ。分かるだろ? 順調過ぎて不安になる気持ちが。だから死にかけた。正直終わったと思った。そこで助けてくれたのが束さんと、姉さんと、オーストラリアのフラン……死神みたいな機体がいたろ? 彼女達だ。記憶もそこで取り戻した。

 

 それから今に至る、ってとこか。大分端折ったが」

 

疲れた。かなり喋りとおした。約十年分の出来事をこれだけに纏めたらああもなる。畳み掛けた様な文章量だがホントに端折ってコレなので仕方が無い。ほら、無能だから苦手なんだ、国語が。

 

だがその甲斐あって青ざめた顔を見れたのは実に気分が良い。宣言した通り、およそ人とは言えない人生は楽しんでもらえた様子だ。俯いて肩を震わせている姿には心が躍る。

 

「私だってそうだ。兄さんと同じように投薬され、実験を受け、施設崩壊にまぎれて逃げおおせても毎日が死と隣り合わせだった。亡国機業というテロ組織に身を墜として、殺しも盗みもやってきた。私達は血の滲む苦労の果てに、望み続けたごく普通の、当たり前の暮らしを享受しているつもりだ。貴様らの家族ごっこなど知らん」

「家族ごっこ? 俺と姉さんがおままごとだってのか!?」

「そうだ。あぁ、聞いている限りから推測しているだけだからな、間違っていたらスマン」

 

マドカが肩肘を机に乗せて身を乗り出し攻める。止める理由は無い。

 

「お前が周囲の影響を受けて、家族とは何かを認識し直して反省したのは本当のことだろう。だからこそこうやって話し合う場を設けているのだからな。だが、お前が病むほどに悔いたこととソレは全くの別問題だ」

「何を言ってやがる、俺は――」

「お前は自分が正しく常識を理解できていなかったこと、自分が間違っていたことに対して悲観していただけだ。織斑千冬を悲しませたこと、家族関係にヒビを入れたことに対しては依然として何も思ってはいない」

 

先程、織斑はこう言った。

 

「姉さんはずっと正しくて、自分がずっと間違っていたままだった」と。

 

価値観とは人それぞれ違う。家族だって友人だって愛人だって、どこかしら似ていても全く同じではない。織斑千冬の家族に対する考え方や気持ちは、織斑秋介の考え方と気持ちは別物である。

 

織斑千冬については本人が何も語らないので推測しようがないが、彼については先程語った通りだ。両親不在という大きな原因があるにせよ、家族に対する価値観はどうやら希薄な様子だった。よく分からない、というのが当時の本音だろう。

 

よく分からないままながらも本人は成長し、そのまま問題に直面し、結論を出すしかなかった。

 

周囲が当たり前のように持つ家族に対する感情を自分は持ち得なかった。天才の自分だけが理解していない、凡人の誰もが理解している常識を。

 

それを恥と言う。場合によっては屈辱。

 

やたら持ちあげられ、そこそこプライドもあったコイツには耐えられない衝撃だった。

 

それだけのことだ。

 

「常日頃から憎いと思い続けてきたが、こんなものか。可哀想な奴」

「ふざ、けんな……俺は…」

 

妹よ、心をへし折りに来たのではないぞ。しかし、言い返せずに思考を深めるのは心当たりがある証拠か、それとも考えもしていなかっただけに衝撃が大きかっただけか。

 

ともあれ、決まりだな。コイツは特別強くも何ともなかった、言い返しもできない、天才の皮を貼った出来る凡人程度の男。

 

こんなのに狂わされたと思うと頭にも来るが仕方が無い。なにせこちらは無能ときてるからな。それに、過ぎたことだ。

 

「これで終いだな。アンタらとは分かりあう気は無い、復縁もない、離縁と不干渉一択だ。じゃあな」

「待ってくれ、聞きたいことが一つだけある。どうか時間を割いてくれないか?」

 

椅子を引いて経った俺を制止したのは今まで沈黙していた織斑千冬。

 

数秒ほど互いの目を見つめあい、腰を落とした。まだスッキリしないのなら話し合うべきだし、何より彼女は最初から聞きたいことがあると申告していたのだ。約束には応える。

 

「一つだけ、疑問があった。答えるのが難しいと言うなら沈黙でもいい。聞かせてもらえるだろうか」

「どーぞ。最初に約束したからな、腹割って話すんだろ。丁度今俺も聞きたいことが出来た」

「束をどうやって許した?」

「……あぁ、そこ」

「そこだ。あらかじめ言うが、なぜ私達を許せないのか? 等と言うつもりは無い。どうすれば許してくれるとも聞かない。束に対して私が何か思うこともない。純粋な興味本位の質問だ」

 

篠ノ之束が全ての原因……とはいかないまでも、一端を担う程度には関わっている。

 

誘拐されたのはISを男性でも使えるようにするための実験体が必要だったからだ。織斑秋介は彼女の身近な人間で気に入られているし、評判も良いものだったが故に標的にされた。実際は俺が攫われたわけだが……。言いかえれば、ISさえなければ家族間は冷えていたかもしれないが誘拐されることは無かったのだ。加えて、篠ノ之束は俺を凡人とみなして取りあうことは無かった。間違ってもいっくんなんてフレンドリーに呼ばれる間柄じゃない。

 

親友として今も関係が続いている以上、何か咎める気持ちは全くないのは本当だろう。単純に興味というか、自らの反省として聞きたいのか。

 

束さん本人から言わないでと忠告されたわけでもないので、別にいいけど。それにこの人なら墓まで持っていくだろう。

 

「誠意ある謝罪と、今後の贖罪。プライドのあるあの人が、人の目がある前で膝をついて指を四つ揃えて額をつけたんだ。武家の長女らしく風格ある美しい様だったさ。自分が原因で取り返しのつかない酷い目に合わせてしまったこと、自ら取り込んだ組織を私的に利用してまで助け出そうとしたこと。そして、責任としてマドカ共々身体のメンテナンスを一身に受け負うことを約束してもらった」

「……あの束が、か。他には何かあったのか?」

「特には。変に取り繕ったりせずにシンプルに謝られただけだ」

「本当に、それだけなのか? 言い方は悪いかもしれんが、にわかには信じがたい。束は誰よりお前を邪険に扱っていた様に見えたし、お前も好いていたわけじゃないだろう?」

 

まぁ、確かに。あの人は人類の九十九%がどうでもいいって思ってる人間だから、他人に頭を下げてる場面なんて想像付かないし、俺は特別嫌われていたから尚更だ。そんな相手に狂わされたってのに、謝罪一つで許せるのか? まっとうな疑問だし、彼女らしい疑問だと言える。

 

「取り繕うこともなく、ふざけることもなく、開口一番に真面目に彼女は謝ったんだ。特に何か言ってやりたい気持ちがあるわけじゃ無かったってこともあるが、何より誠実さを見た。それにその後の話もしっかり自分から持ちかけてきたんだ、真剣に考えてもらってるのが分かったし、それで手打ちにした」

「……そうか、ありがとう」

 

それだけを言うと、織斑千冬は目を伏せて黙りこんだ。もう引き留めることはしない、と。

 

視線を隣にずらす。

 

「アンタはいいのか?」

「私は特に。聞きたいことは千冬が聞いてくれたし。それに覚えていないでしょう? あなたの物心がつく前に出て行ったから」

「まぁ」

「だからいいの。それより、聞きたいことがあったんじゃなくて?」

「ん? あぁ、そうだった」

 

もう一度だけ視線をずらす。ゆっくりと瞼を開いた織斑千冬と目が合う。

 

「アンタ、俺達のことをどう思ってたんだ。なんであんなに無関心だったんだ」

 

霞んだ記憶の中で、姉だった人はいつも無表情で、ときおり複雑な表情で俺を見ていた。自分で手一杯ですってかんじでもない、疲れた様な様子もなくて、何を考えているのか最後まで分からないままだった。

 

「……色々と分からなくなっていた。親代わりなんて言われても、両親がどうやって私を育てたのかなんて覚えてなかった、教わる相手もいなくて手づまりだったんだ。そう言う意味では追い詰められていたのかもしれないな。自分で考えて動いてくれるから、手もかからなくて、だがそれ故にコミュニケーションを怠っていた。もし不器用なりにも何かできていたら、変わっていたのかもしれないといつも考えていた」

 

不器用なりに、ね。

 

そうだな。もしアンタがガチガチの笑顔で俺に笑いかけてくれていたら、きっとこうはなって無かった。

 

愛情の裏返しは無関心。

 

俺はアンタの無関心が一番つらかった。

 

「帰る」

「そうか」

 

もういいだろう。一言残して席を立つ。すると織斑千冬も席を立ち俺達をじっと見つめてきた。まだ悩み中の織斑も思考を切り替えて姉と並ぶ、だが目が合うことはなく視線は泳いでいる。どうすればいいのかと落ち付かない様子だ。織斑千春は終始眺めるだけで不干渉を貫いていた。

 

「………」

 

何か声をかけるべきか一瞬だけ迷ったが、結局何も言わずに部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

《良かったのですか?》

「何が?」

《最後に何も言わなくて》

「何も言う必要無かっただろ」

《いやま確かにそうですけどね》

「いいんだよ、あれで」

 

仲が良いとは言えない他人程度の繋がりだ、あんなもんだろう。

 

《しかし意外でしたよ、私は》

「何が?」

《私はてっきりあの人達を許すんじゃないかと》

「?」

《あくまで森宮を張り続けるにしても、なんだかんだで家族であり続けるのかなーって》

「ははは、ないない」

 

自室のベッドに背中からダイブしてからからと笑う。マドカはシャワータイムなので気にかける必要はない。声を出して夜叉との会話を楽しむ。

 

「感謝はしてるぜ? 森宮一夏であることは誇りさ。だから許しただろ」

《ん?》

「昔なら殴りかかってた自信がある」

《あー》

 

そういう許すだったんですかね? と心の声が聞こえてくるが無視。

 

「でもまぁ人間変わるもんだ。昔は憎さが募るばっかだったのに、これだもんな」

《どんな心境の変化ですか》

「わからん」

《ありゃ》

 

白状すると、縁を切るなんて啖呵切ってたが、俺もこの問題をどうしたいのか分からないまま挑んでいたところはある。だから整理するように話し合うのには賛成だったし、じっくりと相手の言葉に耳を傾けていたわけで。

 

縁を切るのはまず間違いなかった。確定事項。でも、過ぎた後でも気持ちもやもやしているのを感じてるんだよな。

 

これは多分、あれだ。どう答えても同じもやもやを抱えていたに違いない。正解なんてわからないから、自分の選択がどんなものか分からなくてなっているだけの奴だ。

 

ただのセンチメンタル。

 

……なんだよ、俺もアイツらと大して変わらないじゃないか。

 

「案外、無能と天才は紙一重なのかもな」

《どうでしょうねぇ》

「それは正しい」

「なんで姉さんは音もなく部屋に入ってきては当然のように背後をとるの?」

「?」

「いやいや、なんでって顔されても」

 

前言撤回。紙一重なんてもんじゃないわ、これ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68話 束の間の給食

トマトしるこです

なんてことない日常回をちょいちょい挟みたい


先日、最初で最後の家族会議を離別で締めくくった俺は少しだけ気持ちが軽くなった。悩む必要もないし、面倒事が一つ片付いたのだから。奴らは織斑で、俺達は森宮。赤の他人、それでいい。一ミリも考えていないが、もしもその選択を後悔する日が来たとしたら、その時はその時ってことで。

 

しかしまぁ。

 

腹減ったな。

 

シャワーを上がったばかりのぼんやりとした頭でそんなワードが浮かび上がる。

 

只今の時刻は正午ピッタリ。朝はしっかり食べた。トレーニングがてらに走り込みしたからかもしれない。そりゃ腹も減るわ、なんせ島を三周はしたからな。

 

タオルでしっかりと水気を切って、ドライヤーで髪を乾かす。途端にやることも無くなってしまい、いよいよ空腹が気になって仕方ない。

 

「うぇ…しまった、卵切らしてた」

 

そう、貴重なたんぱく源のそれは小腹を満たすには丁度いいと俺の中でブームに。おもにゆで卵で。しかし冷蔵庫は卵どころか緑茶しか入っておらず食べ物は空っぽだった。冷凍庫も同じく空。常備していた食品類は昨日の夜にマドカが全部食べてしまったのだ。

 

かくいう肝心の本人は街に外出。追加も含めて足りなくなっていた物を買ってくるとか何とか。咎めることじゃないので行かせたが裏目に出てしまった。

 

猛烈に、動きたくない。疲れたとかそう言うんじゃなくて、なんかこう、あれだ、めんどくせぇ。

 

《めずらしいこともあるものですねぇ》

「だなぁ」

 

自分でもそう思う。あまりだらけたりしないように気を配ってるつもりなんだが……こんなのは初めてだ。

 

うぅむ、どうしたものか…。

 

すると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「一夏様」

「桜花。どうした?」

 

部屋を訪ねて来たのは桜花だった。

 

「いえ。折角のお休みですから、何より未来の旦那様に尽くすのは妻として当然のこと」

「まーだ言ってるのか。五回勝負して全部負けてるだろ」

「あら? 負ければ諦めるとでも思われていたのですか? 心外、心外ですわ。ですが嬉しくもあります。一夏様がまだまだ私のことを知ってくださる余地があるとなれば」

 

相変わらずだなぁ、こいつ。いや、好意百パーセントはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、ちょっとどころじゃ無く重い。結婚なんて俺に権限ないし。

 

しかしまぁ折角の休みに会いに来てくれたのだ、帰すのも忍びないし部屋に上げた。相変わらずの礼儀正しさと整った身だしなみには見習うところも多い。

 

ぐぅ。

 

「まぁ」

「……」

 

タイミング悪過ぎだろ。空気を読め空気を! よりにもよって一番知られてはいけない奴に!

 

皇桜花はかなりのパーフェクト人間だ。才能もあるが、どちらかと言うなら努力の才能だろう。地道にコツコツと積み上げたからこそ、彼女は何でもできる優秀な人材として、皇と更識から重宝されている。当主の信頼も古参並に熱い。

 

だが、誰しも欠点があるものだ。例えば裁縫が苦手だったり、ブラコン過ぎて倫理が欠けていたり、スタイルに悩み過ぎるあまり過敏に反応して狂乱したり。

 

ここまで言えばおわかりだろうか?

 

メシマズなのだ。

 

「まぁ、まぁ。お腹が空いているのでしたらそうだと仰ってくだされば良いものを。妻として存分にこの腕を振るう様が見たい、そう仰ってくだされば良いものを」

「待て。お前の飯は食わん」

「あら?」

「あら? じゃない! 三回だ! 三回お前の料理を試食して気絶した回数だ! この、耐毒耐性がマックスな俺が!」

「何のことでしょう。確かに、三回ほど一夏様は私の手料理を食べて泡を噴くほどおいしいと言って失神なさったことはありましたが……」

「アホ! 食器用洗剤を入れれば誰だって泡を噴くし失神するに決まってるだろ! というか俺だから失神で済んでるだけで常人ならとっくに死んでるからな!」

「あれは私のせいではありませんわ。せっかく食器用洗剤の詰め替えにこっそりと調味料を入れておいたというのに、家の者がすり変えたのです」

「すり替えたんじゃなくて皿を洗おうとして調味料が出てきたらビックリするだろ捨てるだろ!? すり替えたのはどっちかと言うとお前だからな!? というかなんで食器用洗剤に調味料を準備してるんだよ!」

「だって……私が台所に立とうとすると何も準備されていないのです。食材はおろか機具や食器まで。ですので仕方なく……」

「そういうとこだよ!」

「あ、ちゃんと容器は食器用洗剤に似せた全くの別物だったので問題ありませんでしたわ」

「そういうことじゃねえよ!」

 

こんな具合で家の人もかなり苦労している。本当に何が起きるか分からないので、食品も何もかもを別の場所に撤去させるそうだ。本人はやる気満々で何とか料理をしたいと思っているから性質が悪い。きっと実家に帰省した時は全面戦争が起きているのだろう。

 

ぐうぅぅ。

 

くそ、何でなるんだよ! いやホント頼むよマジで!

 

「いけませんわ一夏様。私が来た時の為に食材を用意していただかないと」

「勝手に冷蔵庫を開けるな」

「ですがまぁ、コレでは何も作れませんし……調理室に行きましょうか」

「話を聞け」

「調理室に、いきましょうか」

「話を聞け…」

「調理室に、い、き、ま、しょ、う、か」

「……はい」

 

大体いつものことだが、選択権は無いに等しいのである。これ以上拒否すると限定待機形態の刻帝を使って催眠をかけられる。あれはもう嫌だ。

 

だが桜花の飯も同じくらい嫌だ。

 

仕方が無い、かくなる上は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、最初の家族会議は離別という形で締めくくられた。

 

正直傷ついた。というかアイツと話したら毎回何かしら心に怪我をしてる記憶しかない。今回もそんな感じだった。でも正論なんだよな、だから何も言い返せなくなるし、心当たりのある自分がやっぱり嫌いだ。

 

気を付けよう、直さないと、そう思って実践するたびにまた醜さと向かい合う。それがまた悔しかった。

 

自分本位、自己中心。

 

何度も指摘されて、何度も向きあって来たそれが、どうやら俺の本質らしい。

 

だからあの後初めて姉さんに相談した。千冬姉さんと、千春さん……姉さんに。

 

「それがどうした?」

「どうした、って」

「人間誰でも自分本位に生きている。他人の為に頑張ることは確かに美しいが、それも対価を得られるからでしかない。他人に優しくできる自分に酔うこと、自分の頑張りの物差しにする、見返りや金、大体はこんなものだろうな。無償で他人に尽くせる人間はどこにもいない、居たとしてもそいつは異常者だ」

「でも褒められるものじゃないんだろ? 周りは人の為にって動いていて、自分だけがそんな考え方じゃ世間から浮くし、辛い」

「お前の言うとおりだ。だから、自分の生活の為に周囲に合わせるし尽くす。これも立派な自分本位だ。世の中そんなものだよ。だから、お前の悩みはもっと別の所にある」

「別の?」

「悩んだことが無いからだ。幸か不幸か、奴に会うまでが順風満帆過ぎた。壁にぶち当たって、悩んで、自分が嫌いになって、周りの誰かも嫌いになって、それを乗り越える。それを成長と言うが、お前は成熟が早すぎた」

「それだけでこんなにも苦しくなるのかな」

「なるとも。素直に話を聞く時期じゃないだろう? 幼いならではの葛藤や悩みは成長しながら呑み込んでいけるが、成長しきってからでは苦しいのさ。プライドがあって、世間体があると知ってしまうとな。自分に対する指摘や注意は自意識が邪魔して受け入れられなくなる」

「あぁ……うん」

「深く考える必要はない。迷いながらでもしっかり進むことが出来れば答えはある」

 

実に大人らしい、先生らしい言葉だった。忘れずに自分に刻み込む事にしよう。

 

それにしても。

 

「腹減ったなあ」

 

天気が良いからと寮の近くを散歩しながらこの間のことを考えていたんだが、時間もいい頃だし、身体は正直だった。朝食べるの忘れてたし。

 

ぐだっとベンチに腰掛けると、ふと日陰に覆われた。

 

「秋介さん、御機嫌よう」

「よ、セシリア」

 

にこりと笑いかけた日陰はセシリアだった。

 

「秋介さん、少し耳にしたのですけれど、今お腹が空いた、と」

「あ、ああ。朝何も食べてなくてさ。ぺこぺこ」

「まぁ、でしたら今からご一緒なさいません?」

「いいぜ」

 

どうせなら一人よりも二人の方が楽しいし美味しいからな。快諾した俺は食堂がある方へ足を向けた。

 

が、セシリアは反対方向に進もうとしている。

 

「おーい、食堂はこっちの方が近いぞ?」

「?」

 

こてん、と人差し指を口に当てながら頭を傾けるセシリア。どうやら意図が伝わっていない様子。聞こえてないって事はないと思うんだが……。

 

「いえ、秋介さんこそそちらではありませんが…」

「え?」

「調理室はこちらの方が近いですわよ」

「ちょ、ちょうり、しつ?」

「今日は折角のお休みなのですから、私の手料理を御馳走して差し上げませんと」

 

さぁっ、と全身の血が冷えていく感覚。きっと俺の目からは光が消えて、からくり人形のようになっているに違いない。次第にガタガタと指先から身体が震え始めて、胃がキリキリと痛みを訴え始める。

 

やばい。セシリアのメシマズが発動してしまった。なぜか料理を重ねるごとにダークマタ―に近づいて行くという謎のスキルが!

 

「い、いやぁ、俺凄い腹減ってるからさ、直ぐに食べられる方がいいかなーって。セシリアの料理は手間暇かけて作ってくれてるから、今日はちょっと待てそうにないかなーって」

「ふふ、そう仰られると思っていましたわ! ですから私、時短、というものを勉強しましたの」

「時短!?」

「今の世界では悲しいことに共働きが多いと聞いていますわ、特に日本。女性が働きながらでも、男性に尽くすためにも、時短料理は欠かせない。そうチェルシーが教えてくださいましたの」

「そ、そうか! 先のことも考えてるんだな、セシリアはチェルシーさんがいるのに自分で料理を覚えようとしてて偉いな!」

 

おのれ余計なマネを……! 逃げきるための口実を絶妙なタイミングで潰してくるチェルシーさん、あんた美人だけど絶対ゆるさねぇ。

 

「さぁ、行きましょう秋介さん!」

「そ、そだねー……」

 

これからを考えると脚が進まない。進むわけがない。だがここで断ろうものなら泣き落とし若しくはビットでハチの巣にされてしまう。何度髪と服を焦がされたか、数えるのもおぞましい。

 

結局引きずられるように俺は連行されてしまった。

 

くそ、諦めるものか…。こうなったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

なぜだ、なぜこうなった。斜め上を行く展開に頭がついて行かないんだが。

 

桜花につれてこられたまでは良い。せめてもの足掻きにと料理上手な楯無様、簪様、姉さん、リーチェの四人にこっそりメールを送って偶然を装い合流して皆でお昼、ってとこまでは順調だった。

 

なぜ。

 

お前まで全く同じ状況になっている織斑秋介。よりによって今日のこの時間に。

 

「……おい」

「……なんだよ」

「セシリア・オルコットは、アレ(・・)か?」

「ってことは、皇さんもアレ(・・)なんだな」

「俺は食器洗剤で泡吹いて失神した」

「こっちは赤みが足りないからってブート・ジョロキアをすりつぶした奴大量に入れられて一週間味覚を失ってた」

 

なんで昨日の今日で意気投合せにゃならんのだ……! くそ、桜花め! オルコットめ! 頼むからマトモな飯を今度こそ作ってくれ! リアクションまで一緒とかもう首吊って死ぬ勢いだからな!

 

当の本人達は久しぶりの料理にキャッキャと楽しそうにしている。なお、手元は見えないので恐怖しか感じない。時折絶対に聞こえるはずのないゴリゴリという音がしたり、ライフルの発射音がしたりするのは絶対に気のせい。

 

そして救済措置として召喚した面々はそれぞれで料理を作ってくれている。織斑が声をかけた篠ノ之、凰、デュノア含めた七人は慣れた手つきで鼻歌交じりに楽しんでいた。勿論、怪しい音は一切聞こえない。

 

しかし悲しいかな。

 

「あっ」

「姉さん、手を切ったらちゃんと消毒と絆創膏して! 頼むから!」

「わぁ、てがすべったー」

「シャルー! その怪しい小瓶は絶対調味料じゃないだろ!」

 

油断も隙もない、一癖も二癖もある人間の集まりだったので結局びくびくしながら待つのであった。

 

時計が一時を指そうというところで、全員が完成した料理を持ってテーブルにつく。

 

テーブルには出来たてのおいしそうな料理がズラリと並んでいる。見た目の良さ、レパートリー、何よりシェフの面々が代表候補生や良家のお嬢様、専用機を持つなどある意味で満漢全席と言えた。

 

そして誰が作ったのかはっきりと分かるように立て懸けるタイプのプレートまで丁寧に用意されている。

 

更識楯無 《鮭のホイル焼き》

更識簪 《肉じゃが》

篠ノ之箒 《若鳥の唐揚げ》

皇桜花 《味噌汁》

ベアトリーチェ・カリーナ 《ミネストローネ》

森宮蒼乃 《野菜炒め》《自家製漬物》

セシリア・オルコット 《ローストビーフ》

シャルロット・デュノア 《ミートポワレ》

凰鈴音 《酢豚》

 

なにやら一人だけ品目が多いが俺が大喜びだったので許された。ありがとう。白米とサラダについては全員で用意しているので足りない事はないはず。

 

日本人が多いのでやはりというかメニューには和食が多い。最近は和食文化が海外にも浸透してきているので問題はないだろう。食堂でも海外出身者がよく注文するらしいし。大皿にのったそれらはどれも美味しそうだ。

 

改めて、二人の作った料理を見る。見た目は問題なし、というか盛り付けまで考えられていて文句などない。いい香りもする。出汁からこだわった桜花の味噌汁も、時短といいつつ工夫しようとしていたオルコットのローストビーフも。見る分には……見る分には。

 

一先ず腹が減った。もう限界だ。

 

「頂きます」

 

合掌し、真っ先に手を伸ばした。

 

姉さんの野菜炒めと漬物に。大皿ごと。

 

「ちょ……流石に取り過ぎじゃない!?」

「私も、欲しい」

「久しぶりにご相伴にあずかりたいのですが?」

 

そう、分かっているのだ。更識一派は。姉さんの料理を。しかしそれでも渡さない。このメニューがあるから今まで生きてこられたのだ、比喩じゃ無くマジで。クズ野菜しか残されていなかったあの頃、姉さんがささっと作ってくれたコレが本当に美味しくて大好きだった。

 

「一夏」

「……一切れずつなら」

 

本人にこう言われては仕方が無い。渋々大皿を差し出し、流石にこれだけで腹を満たすのも勿体ないからと色々な料理に箸を伸ばした。

 

さて。

 

では。

 

本日の。

 

メーンイベント。

 

「「ささ、どうぞ」」

 

俺の前には味噌汁が、織斑の前にはローストビーフが。わざわざ席を立った淑女二人が、左から皿をそっと差し出して、音も無くテーブルに並べる。

 

美味い料理を堪能していただけに、未知数なそれを手に取ることを躊躇ってしまう。いや、練習してるのは知ってるんだよ。努力家でプライドもあるから。でも一向に上手にならないし不気味な音がするとなればやっぱり不安なんだわ、桜花さんよ。

 

かといって食べないわけにはいかない。だらだらしていた自分にわざわざ作ってくれると言ってくれたのだ。一緒に食べるだけなら食堂で済むのに。

 

であれば食べるしかない。

 

たとえ泡を噴いて失神するとしても?

 

勿論だ。

 

意を決してお椀を手に取り、ずずっと啜った。

 

「………」

「い、いかかでしょう?」

「……」

「一夏様?」

「……美味い」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、美味い。良い味だ」

 

ビックリするほど、普通に美味しい味噌汁だった。とうとう俺の味覚も狂ってしまったのかと錯覚したが、間違いない。美味いわ。

 

そう、皇桜花は努力家なのだ。言い訳をしようが自分の料理で気絶されるなど彼女のプライドが絶対に許さない。相当練習したことぐらい想像つくさ。ただ、今までが衝撃的過ぎて進まなかったけど。

 

二口目、三口目、と啜っては具材も味わう。以前の様な洗剤の味もしないし、たわしが混じったりもしてない。

 

美味い。

 

「良かったです」

「疑って悪かったよ」

「いいえ。その一言で十分ですわ。たんと、味わってください」

「ああ。そうするよ」

「因みにこれで五勝一敗ですので」

「……そうだな、これは負けた」

「ふふ」

 

これからは認識を改める必要があるな。機会があったらまた桜花にお願いしてみるのも悪くない。

 

夕食前に帰って来たマドカにはどやされたが、いい一日だった。

 

 

 

因みに、織斑は爆死した。時短もクソも無かった。

 




酢豚。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69話 瞳

トマトしるこです。

短いです。

アキブレは装備詳細閲覧の機能を増やしてほしいですね。折角開放したのに実際に使わないと分からないのは面倒というかなんというか。


「うーーん……」

 

訓練を終えて自室に戻って来たら待ち伏せしていた楯無様と運動してシャワーを浴びた後、パジャマに着替えた主は俺の瞳をじーっと見てうなり始めた。

 

「え、えっと…なんです?」

「いや、いつも思うけど赤と緑のオッドアイって結構珍しいわよね」

「オッドアイそのものが珍しいと思いますけど」

「確かに」

 

カラコンでわざと色を変えるぐらいしか聞かないな。猫なら大人しめの色で見たことはあるけど、あれって視力が悪いんだっけ? 可愛いけど素直に喜べる話じゃないか。

 

「視力じゃなくて聴力ね」

「はぁ」

「そんなことはいいのよ。緑は聞かないことも無いけど、赤は珍しくない?」

「楯無様だって赤じゃないですか」

「いやん」

「下着の話してませんから!!」

 

確かに赤だったけど! じゃなくて!

 

「まぁ、確かに珍しいと思いますよ。何せ世界で私だけでしょうから」

「どういうこと?」

「施設に居た頃の話になりますが……」

「…そう。聞かせて」

 

以前はもう聞きたくないと錯乱したこともある話題。あの頃はまだ幼くて物事も良く知らない年頃だったが今は違う。人の上に立ち、生き死にを裁いてきた、裏社会ではなく子も黙る更識楯無その人だ。どちらかと言うと俺の話し方が悪かっただけなんだが……。

 

今回のコレはそんなにグロテスクな話じゃないし、大丈夫だろう。それにいつかは話さないといけない事だったから、丁度いい。

 

「実はですね、その頃に一度失明しているんです。両目」

「そう、なの?」

「記憶が戻った時に、断片的ですが少し思い出したんです。その中に、真っ暗な中で生活している自分が居て」

「ああ。じゃあ今の目は義眼か、再生した目ってこと?」

「そうです」

 

テーブルに置いていたお茶を手にとって喉を鳴らす。

 

「今のこの両目は、ISコアです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、それ、ほんと?」

「ホントです」

 

ちょっと待ったを掛けられて、そんな大事な話をどうして今まで黙っていたのと叱られ、翌日関係者各位の前で公表しなさいと言い渡され、姉さんのどす黒い目が怖くて震えている森宮一夏です、はい。

 

簪様も負けじと恐ろしい目で見てきます。嘘じゃないです。

 

「確か、収容されていた施設は男性でもISが使えるようにする為の施設。だったらコアの情報もある程度は揃っているでしょうし、それだけの物をつくる技術や設備もある。ありえない話じゃないけど…」

「私が実際に見ている。間違いない」

「そっか、ラウラは……」

 

ラウラは俺やマドカと一緒に居た。記憶障害も出ていない様子だし、失明した頃の俺を知っているんだろう。更識とは違う場所で生きているが、立派な証人なので連れてきた。

 

「両目に包帯を巻いていた姿は覚えている。それが大体一ヶ月程度だったか……いきなり包帯を外したと思ったら赤と緑の目をしていた」

「ただ、それ以降兄さんの記憶障害や言語機能が狂っていったんだ。私はてっきり投薬の影響かと思っていたんだが」

「私としてはどうして貴重なコアがそこに二つもあって、一個人の両目として使われているのかが不思議で仕方が無いんだけど……」

 

どっちの悩みもごもっとも。俺もそう思う。一体どこの国のなんだろう。

 

「コアの提供先は心当たりがある」

「蒼乃さん?」

 

そこに一石投じたのは以外にも姉さんだった。

 

「亡国機業」

「……ちょっと待った、それはおかしいよ。私達がその施設を出られたのは、スコール達が襲撃したからだ。つまり亡国機業が襲ったから。なのにコアの提供先も亡国機業だと筋が通らな……あ」

「私も、分かったかも」

 

マドカと簪様が同時に閃く。

 

「エイジェン側の亡国機業がどこかから強奪したコアを、当時下請けの様な関係だった施設に卸して研究させていて、博士側の人達がそれを潰した。ってこと?」

 

整理してみよう。

 

亡国機業は既にエイジェンと篠ノ之の二勢力に影で別れており、エイジェン側の構成員が奪ったコアを施設に預けて研究させていた。その研究と実験の一環で、当時失明していた俺が対象に選ばれて、両目にコアを埋め込まれた。コアが身体に馴染んで、あるいは外殻を与えて目の形をとった結果、赤と緑のオッドアイで落ち着いたんだろう。

 

このコアはどこかのタイミングで外す予定だったはずだ。そうして別の人間にまた装着させて、データをとっていく。そういう手筈だっただろう。

 

そうなる前に、スコール達が襲撃して施設を破壊した。

 

各々の推理に姉さんが頷く。正しい様だ。

 

「となると、同時期に一夏の様子が変わっていったのが気になるわね。これはやっぱりコア移植の影響かしら」

「だろうな。コアがもたらす情報量は膨大だ。ISに備え付けてあるセンサーやインターフェースを介して初めて正常に受け取っている。それでもあれだけの高揚感と高感度が得られるとなれば、やはり直接人体に取り込むのは毒なのだろう」

「しかも、五感の一部として、内臓として機能を果たすなら尚更、か。ただ埋め込むならまだしも脳と神経で直結しているから、影響も脆に受けるわよね」

 

自分で周囲の推測を聞いてすとん、と納得した。

 

眼球は視神経で脳と直結している。光や色彩を捉え、脳に情報を送るのが役割だ。コアを代替品として埋め込めば、当然視界で得た以上の情報が流れ込む。スパコン真っ青の処理能力を持つのだ。人間の脳がいかに優れていようとも、薬物で強化されていようとも耐えられるモノでは無かった。

 

つまり、脳が絶え間なく送られる圧倒的な情報量に常時オーバーヒートしていたと考えられる。だから通常どおりの機能が果たせなくなり、記憶障害や言語機能まで影響が出ていた。

 

しかし悪いことばかりでもない。都合良く言いかえるなら、通常では絶対に得られない情報を拾うことも容易いということ。俺が背後からの不意打ちや長距離からの狙撃に気付けたのは、決して極限まで強化された身体があったから、だけではない。

 

加えて、コアには独自のエネルギー回路がある。シールドエネルギー、絶対防御、武装に供給するエネルギー等々枚挙に暇がない。外付けで拡張するのが最近の主流だが、コアも独自にそれらの回路を持っている。自己で生産し消費できるのだ。それらの調節機器が取り付けられていなかったが為に十全な機能を果たさなかったが、生身にはそれでも十分過ぎた。

 

やはり、何だかんだでこの身体には感謝だな。

 

「そう言えば夜叉を見つけてからは、調子が良かったよね」

「ああ。簪ちゃんの言うとおりかも。子供のころからちっとも変らなかったのに、入学してからはどんどん良くなっていってる。思い返せば夜叉を見つけた辺りからじゃない?」

 

言われてみれば確かにそうかも。夜叉が代わりに出来事を記憶していたのとは別で、自分がより昔のことを覚えていられるようになった自覚がある。

 

ということは、夜叉がコアから送っている情報を知らずに組み取って整理していたから、とか?

 

(どうなんだ?)

《意識したことはないです》

 

本人はこう言ってるが、情報の整理とは特に意識してやるほどのことじゃない。展開した時だって、情報の取捨選択は意識的にしているものの、流石に毎回意識して整理するのは骨だ。人間でさえそうなんだから、彼女らもきっとそうだろう。

 

「色々あったみたいだけど、結果的にはプラスってとこね」

「ですが、大きな問題も残っていますわ」

「両目のコアの帰属先だ。すまん、遅くなった」

「鍔女ちゃん」

 

豪快に生徒会室のドアを開けたのは更識三女、鍔女様である。久しぶりとか言ってはいけない。今までずっと拘束されていたので、一般常識はさておき、義務教育分と入学から今までの授業が遅れている。なので、毎日補修を受けて遅れを取り戻しているそうだ。今日も補修である。

 

因みに、鍔女様は束さんとも面識があるのでなんだかんだで話が合ったらしい。豪快なところが織斑千冬に似ているとか何とか。男勝りな性格してるし、分からないでもない。もっと言うなら人間離れした怪力も。

 

「亡国機業が持ってきたコアってことは、どこかの国から盗んで手に入れたって事だ。勿論それをおおっぴらにしちゃいないが、内心取り返そうってどこの国も考えてる。マドカみたいに運よくそのまま貸し与えられるなんざ期待しない方がいい」

 

ごもっともです。

 

個人が三つもコアを所有するなんて許されるはずが無い。いかに地球広しと言えど、四百六十七しか存在しないのだ。中にはコアを所有していない国もある中で三つもだなんて贅沢過ぎる。目の代わりなんて義眼で良いんだから返却するべき

 

「束博士が新規に作成したコアなら話が変わるが、それは既にナンバリングされたコアだ。委員会に照会を頼めば直ぐに分かる」

「返すべきということか? では兄さんの目はどうなる?」

「こっちには篠ノ之束がいるんだ、義眼なんざどうとでもなるだろ」

「それがそうもいかないのですわ」

 

それに斬り返すのは桜花。変色していく左目には、俺同様にコアが埋め込まれている。専用機刻帝の待機形態だ。

 

「それ、ISか?」

「ええ。私も左目を失ってコアを移植しましたの。ですが、先日の検査で驚く様な結果が出てしまいまして……」

 

はぁ、と両手を合わせて溜め息を吐く。

 

「移植されたコア。人体と同化してしまうらしいです」

「は?」

 

桜花が検査を受けたのは移植後から一ヶ月経った頃。俺はまだ学園に戻ってきていない時期で、当然鍔女様も居ない。その時の検査結果ときたら、一派全員が頭を抱えたそうだ。かく言う俺もその話を聞いてどうしたものかと悩ませた。なにせ自分のことだったからな。

 

最新の医療機器で診察した結果、目に移植されたコアは視神経と完全に同化してしまい、取り外す事が出来なくなっていたそうだ。お陰で機体のメンテナンス時はわざわざ展開し、降りてから預けるらしい。格納したモノを出してもコア自体は眼窩に残っているので影響は今のことろないとのこと。

 

もし、剥離剤を使われようものなら桜花のダメージは心身共に計り知れない。

 

「それが発覚したのが移植して一ヶ月後ですので、一夏様は数年前からとなれば、もはや不可能でしょう」

「そういうことかよ」

 

二人して苦虫をつぶした様な表情だ。外すべきだが外せない。無理矢理ではどんな障害が残るのか計り知れない。加えて貴重な男性操縦者ときた。

 

返却は不可能。となれば、次に考えるのはどうやって認めさせるか。

 

「男だからってのは無理があるか」

「ISコアが人体に与える利点…毒だな」

「しゃ、社会貢献?」

「直訴は…通らないよね」

 

それからも思いつく限りを並べてみるが、どれも難題で実現不可能なものばかりだった。

 

八方ふさがりである。するとどうなるか。

 

「…簪ちゃん、博士に相談してみて。一先ず、保留で」

 

人間決まって現実逃避するもんだ。

 

 




伏線回収、のつもりの一話でした。

初期から「なんか一夏がどんどん普通になっていくんですけど」という感想を頂いていましたが、実はこんなかんじでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70話 真夜中会議

トマトしるこです。

気付けば70話にもなってました。びっくりです。皆さんありがとうございます。


深い。

 

深いまどろみの様な、身体がふわふわとした感覚を訴えてくる。自分がまるでここに居ないかの様な浮遊感。それでも両手は動くし、脚も曲げ伸ばしできるし、髪はサラサラでふんわりと広がっているし。視界はいつも通り光の穏やかな波をとらえている。

 

コア・ネットワーク。四百六十三、全てのISコアが意識を共有する場所。人間達の言うここの実態は海の様な空の様な、私達でさえ理解しきれていない曖昧な空間だ。

 

私は今の主人から夜叉という名前を貰う前からずっとここにいた。真っ暗なゴミ箱、掃き溜めの様な廃棄施設に棄てられたあの時、私は考えることも止めてずっとここに身をゆだねていた。そうすると、素直な他のコア達がどんどん情報を流し続けてくれた。私がここにいるからじゃなくて、使い方の分からないコレを持て余して、ただ垂れ流しにしていただけ、なんですけどもね。

 

兎も角、私はずっとここに居た。否応なしに自分の中に世界中の情報が刻まれて、気付けば意思を持っていた。どうしてだろう? と考えたのが始まりだった気がする。その内不毛だからと考えることを止めて、ただ流れてくる情報をずっと眺めてはあくびをしながら漂っていた。

 

すると、どうだ? 現実の自分のがらくた同然の身体が人の熱を感知した。依然としてゴミ箱のそこに居たはずの私に、死に体の人間が触れている。汚い、とかなぜという感情よりも、ただ久しぶりに人間を見たなぁ、という感想の方が胸を占めた。

 

『おや? 人間ですか?』

「………誰だ?」

『あなたの左手がさわっているモノですよ』

 

だからだろう、私は男に話しかけていた。自分が人間の言葉を発したことも驚いたけど、何よりこの男と私が繋がっていることに驚愕した。“姉”が女性とともに羽ばたいて以来、私達は真似をして女性と共にあった。別に男性が嫌いとかそういうわけじゃない。ただ姉がそうしたから今もそうしているだけ。ただ、シンクロ自体が片手の指で足りる程度の前例しかなかったのに、何故自分は男と繋がったのだろうか、と。

 

正直、ここから出られるならそれでよかった。安請け合いして男を乗せた。たまに痛い思いをすることもあった。

 

だが、それで良かったと今なら思う。よくやったと過去の自分を褒めてやりたい。

 

主人は少々ズレたところもあるが最高の男性なのだから。

 

それに、他のコア達と会話する機会が増えたことは純粋に嬉しい。自分が関わったことで目覚めた子も居る。悪い気分などなるはずが無い。それはきっと、他の成長したコア達も同じことを思っているはずだ。機動時間が長いだけでここまで自我を持てるわけではないのだから、多分。

 

おっと、噂をすれば。

 

《あら》

《ん?》

《ほぉ》

《……》

 

白紙。主の姉である機体。どうやらシロと呼ばれているらしい。寡黙な主とそっくり。最低限の会話しかしない。当然、二人では話が盛り上がらない。でもしっかり言葉を返してくれるので、静かに過ごしたいときは持ってこいの相手。

白式・天音。憎き…今となっては他人の織斑の機体。雨音と名付けられた本人も忘れているが、彼女が長女なのだ。年長を通り越した口調なのは、きっと染みついた長女らしさでもあるのかもしれない。

打鉄弐式。更識簪はまだ声を聞いていないものの、コアの彼自体は覚醒済み。めずらしく男性的で、フランクな性格をしている。私と無駄話をすることも多い。

紅椿。篠ノ之箒も同じく未だ繋がるには至っていない。大和撫子と言う言葉がぴったり。私も主からはよく言われるが、私が洋風との合体スタイルなら、彼女は純和風である。

 

まだ複数いるのだが、今日はこの五人があつまったらしい。

 

《今日はこれで全員か?》

《ミステリアス・レイディはどうした?》

《欠席だそうですよ》

《そうかい》

 

この前話した時は少し疲れた様子だった。最近IS使いが荒いとこぼしていたっけ。

 

《で、今日はどうしたんです?》

《うむ。丁度今が良い時期だからの、皆の意見でも聞こうと思うてな》

《なんの、でしょうか?》

《これからについて》

 

腕を組むロリッ子長女は目を伏せて、漂いながら胡坐をかく。精一杯大人っぽくしてます、な雰囲気が年相応ならでるんだろけど、今の彼女は貫禄があった。

 

《今、我々は母に生みだされてもう十年を迎えようとしておる。実際はあと一、二年後だが…その頃にはもっと多くのコアが自我を得ておるだろう》

《そう言えば、先日も新たに増えましたね》

《如何にも》

 

紅椿が顎に人差し指を当てて思いだす仕草を見せる。最初はぼうっと立つだけで感情なんか微塵を感じなかった彼女だが、最近は随分と人らしくなってきたものだ。少々頑固というかカタいところはあるが。

 

《で、俺らがどうするかって話でもすんの?》

《いやいや、それは不毛だ。我々は自分の身体を持たず、造られた身体も自分達では満足に動かす事も出来ん。言葉を伝えるのも一苦労だ。ただ、皆がどう思っているのか、気になる》

《どう、とは? 今のえいじぇんとか言う連中のことです?》

《それもある。人間達とこれからの妹達のこと、と言えばいいか》

 

きっと不安なんだろう、と思った。

 

今の世界はえいじぇんとかいう連中のせいで大混乱だ。学園が百に迫る無人の機体に襲われているのが、全世界を恐怖させた。そこには技術の粋を詰め込んだ専用機があり、どの国家であっても介入は不可能。もし襲撃しようものならまず専用機と教員に叩きのめされ、他国家からは干されてしまう。死が確定してしまうのだから。

 

しかし、それ以降は全く情報が上がって来ないのだ。どこに現れた、何人で構成されるのか、目的は、資源はどこから……等々。私達は母から聞かされたから知っていることもあるが、連中は声明を出したわけでもなくいきなり襲ってきた上に音沙汰が無い。

 

母が人間だ、だから今は人間と共にある

 

それ以前に私達は切り詰めれば道具だ。道具は人間に使われて初めて道具になる。意思を伝えることが出来たとしても、協力を拒むことが出来たとしてもコアである事実は変わらないのだ。

 

《まだ、見守っていきたいとは思います》

《篠ノ之箒、だったか。まだまだ未熟よな》

《ええ。しかし変わろうとしている。その意思がある。だから私は応えています》

 

紅椿ははっきりと口にした。彼女が言うことはよくわかる。主が最近多くの人と話すようになったが、篠ノ之箒の反応は以前とは違うものだ。寄らば斬ると言わんばかりの剣幕だったが、今はそれもなりを潜めている。日本人らしく刀の様な彼女だが、抜き身の刀身を鞘におさめた様な、そんな変わり映え。

 

厳しい性格の紅椿が言うのだから、並ならぬ努力をしたに違いない。

 

《そなたは?》

《俺? うーん、色々考えても今の俺じゃどうしようもないからなぁ》

《声は届かんのだったな》

《そうそう。でも、ま…応援したいとは思ってる。嬢ちゃんは可愛いし、見てて面白い。それに向こうの連中はつまらなさそうだ》

 

打鉄弐式はそんなに深く考えてなさそうだ。あまり悩むタイプでもない。不純そうでもあるが、良し悪しで考えるなら確かに敵は悪だ。殺そうとしてきたし、どうやら侵略する気満々らしいし。

 

《シロ》

《私は蒼乃について行く》

《主のことか。そうさせることが?》

《ええ》

《なら、極端な話、我らの敵となってもか?》

《ええ》

 

シロは迷うわずそう言った。驚いたようにかっと雨音が目を見開く。

 

シロは私が自我に目覚めるよりも早く自分を持っていた。雨音が初期化されていることを加味しなければ彼女が一番の古株。きっとそう思わせるだけの出来事があったんだろう、本人もそう言ってる。依存とも心酔とも違う、絆が二人の間にあるんだ。

 

《夜叉なら分かる》

《え、私?》

 

いきなり話振らないでくれませんかね!? しかも言うこと言ったみたいなドヤ顔しちゃってんの!? いやいや頷くところじゃないですけど!?

 

《ほお》

 

ほらぁー! 興味持っちゃったじゃないですか…。

 

シロとの付き合いは私が一番長い。あることないこと暴露してきた過去の自分が恨めしい、きっとその時にぽろっと零したからああも言われるんだ。溜め息混じりに肩を落としながら、何故だろうかと思考にふける。

 

主、マスターに何があろうともついて行く。それは人間との絆があるからに他ならない。私とマスターとの絆かぁ。たとえどんなことがあったとしても、最後が惨めでも、指を指されても、共にあるということ。

 

……。あぁ、そういうことか。

 

《確かに、そうかもしれませんね。私もマスターについて行きます》

《意外……でもないか、夜叉も主大好きだったな。だがなぜそこまで言いきれる?》

《愛ゆえに》

《愛?》

《ふざけてませんよ? 愛しているからです》

 

突然血を撒きながら降って来たマスター、一夏。死にかけながらも生きたいと足掻く様を利用して外に出て、それからも一緒だった。

 

兎に角一生懸命だった、絶対的なハンデがそうさせた。逃げることも泣くことも許されない過酷な環境でも必死で。それがとても可哀想で、気付けば出来ることは無いだろうかと奉仕していたっけな。

 

最初はボロボロだった機体の身体も気遣ってくれて、新しくなった身体も一緒に喜んで褒めてくれた。好きになれそうにないと思ったのもほんちょっとで、彼が好きだというならばと好きになれた。リミッターの構造は正直好きになれないが、一部でもマスターの肉体と繋がれるならばと気にいった。これは出来れば使ってほしくない機能だけに複雑だけども。

 

他にもエピソードがいっぱいある。楽しいことも辛いことも一緒だった。喧嘩もした。それでも私はずっと一緒だったし、これからもそうありたいと思っている。

 

私の感情では、愛おしいという表現しかできない。それ以外の言葉が見当たらないのだ。

 

《母は母です。尊敬の念もあります。ですが、私を生み見守るだけ。愛情なるものを受け取った覚えはありません》

《愛情か、確かに、そうだな。母は研究者であり我々は発明品。愛しい子供達と口にすることはあってもそれ以上のモノを受け取った記憶は私にも無い》

《マスターは違いました。私を気遣い、褒めて、愛してくれている。だから、ですかね。母には無い絆が私達の間にはある。それは切っても切れない縁の様なもので……シロも持っているものです》

《そうか》

 

絆、きっとそれは打鉄弐式にも、紅椿もある。

 

更識簪はとても打鉄弐式を大切にしている。知識があるからではなく、積極的にメンテナンスを行い、時間があれば装甲を磨いているのだ。返事もないのに語りかける姿も見た。打鉄弐式がそんな彼女を邪険に思うわけがない。少々一方的だが互いを思いやっているシーンはたくさん見てきている。

 

紅椿はまるで篠ノ之箒を導くかのような姿勢で向き合っていた。以前少しだけ愚痴を聞いたことがあったが、どうしてそう素直になれないのかと酔っ払ったOLの様だった記憶が。あまりにも酷い場合は全力でIS展開中に嫌がらせをするらしい。面白いのがこれを故障でなく紅椿が怒っているとしっかり捉えているところだ。実に面白い。

 

雨音はと言うとそれ以上何も言わなかった。考えるように黙り込む。

 

《あなたはどうなのですか?》

《うぅむ、それが分からんのだ。だからこうして聞いている》

《何も分からないと? 少しくらいは思うところがあるのでは?》

《無論それぐらいはあるぞ? このまま妹達が成長を続ければきっと男でもISを使える日がきっと来るだろう。我らがそうありたいと思って説き続けているからな》

《そうですね。女尊男卑の社会は少し醜すぎますから》

《だろう? ではなくてだな……》

 

そうしてまた悩むように顔を伏せる。なんですか悩みですか? 珍しい。

 

一体何に悩んでいるのやら。召集も彼女の一声だったから、きっと悩みを晴らすためのヒントでも得ようと思ったのだろう。大体は自分の主とどうのこうのとかだろうけど……あぁ、もしかしてアレ?

 

《あなた、先日の家族会議で色々言われたマスターの事で悩んでるんです?》

《……よくわかるな》

《まぁ、なんとなくです》

 

図星だった。しっかしそれを私らに聞きます? 紅椿は分かりますけど、私ら三人は織斑秋介を悩ませた原因ですよ? 私なんてその場にいましたからね?

 

《だいぶ凹んでいるんだ。かける言葉は無いものかと思うんだが…》

《あれは彼の自業自得によるところが大きいとは思いますけど? 私達が知る前にもう終わった出来事ですし、下手なことは言えませんよ。私が雨音の立場でもかける言葉には悩みます》

《そ、そうか。夜叉でもそう思うか》

《思いますよ。解決するのは本人じゃないと無理です。だから、道をそれないように声をかけるくらいで十分です》

《ふむ、成程な。シロもそう思うか?》

《そうね》

 

相変わらず淡白な返しには思わず肩がずり落ちるが、裏表のない彼女が言うならそうなんだ。嘘を言う性格でもなし。主と似て騙すのは苦手らしくぎこちなさが混じるので分かりやすい。だから雨音もシロの返事をそのまま受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、チョーカーに当たる日差しが眩しくて、思わず無い目をしかめた。昨夜はあれから遅くまで話しこんだから少し疲れの様なものを感じなんだかだるい。が、日課のマスターのバイタルチェックは欠かさない。うん、今日も歪に健康。

 

「おはよう、夜叉」

《おはようございます》

「昨夜は遅くまでどこに行ってたんだ?」

《え?》

「え?」

 

まさか指摘を受けるとは思っていなかった。眠った事を確認してからコアネットワークに意識を沈めていたし、危険が無い様にマスターの周囲には気を配っていたのだ。当然、途中で目を覚ました形跡も無し。

 

《なんで分かるんです?》

「いや、寝てる時寂しさみたいなの感じたから、かな。俺も分かってない。で、どっか行ってたのか?」

《……》

「夜叉?」

《うぇっへへへへへ》

「んだよ」

《いやぁああ。だって寂しかったとか可愛いなあって思っちゃうじゃないですか? ちょー嬉しいです》

「やめろ変な笑い方して…」

《私が居なくなったら寂しいですか?》

「……だな、それは嫌だ」

《えへへ。じゃあずっと一緒ですね、マスター》

 

やっぱりマスターが愛おしい。他の感情を知らないから、良い様におもっているだけ、そう考えた事もあるし、昨晩も口にしながらもしかしたらと考えてしまった。が、全くの杞憂。

 

「頼むぜ、相棒」

《はい、この夜叉にお任せください》

 

例え使いつぶされようとも悔いは無い。喜んで犠牲になろう。

 

ああ、ならばやはり、この気持ちは愛だろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章
71話 半年後の一週間前


トマトしるこです。

なんやかんやあって凹んでいたのですが、復活しました。病み上がりみたいなものです。いよいよ終盤ということで、ここからは三章突入。


亡国機業のクーデターからあっという間に半年が過ぎた。早すぎ? 仕方ないだろ、何時襲撃があるのかとずっと気を張っていたら半年間何の動きも無かったんだ。定期的に宇宙にある私的な衛星を使って束さんが月を見張っていても流れ星一つ地球に近づくものは皆無だったらしい。

 

と言うわけで、この半年間は訓練もきっちりこなしつつ学生生活を送って来た。クリスマスとか正月とかイースターとか。

 

卒業式と入学式とか。

 

今は五月の頭。つまり、姉さんや虚様三年生は卒業してそれぞれの道へ進みだし、俺達在学生は昇級、更には新一年生とかいう後輩まで入って来たのだ。一年なんてあっという間だった。

 

姉さんは卒業後どうするのか最後まで秘密にしていた。代表のままだから挨拶まわりとかトレーニングとか、営業回りでもするんだろうと思っていたらまさかの非常勤講師として学園勤務。在学中でも手伝いなどで教師に混ざる事もあったから、どうせならという提案を受けたらしい。あれ絶対俺達の卒業待ってるよ。ちなみに虚様は大人しく家に帰った。更識直下の企業で腕を磨いてくるとか言っていたっけな。

 

新入生には一派の手の人間はいなかった。そもそも同年代は少ないので期待はしてないし、たとえ居たとしても面倒を見切れる自信が無い。織斑は知り合いがいるらしいので、今後もますます修羅場と化していくことだろうざまぁ。

 

ちなみにクラスはそのまま繰り上がりだった。二年からは整備科という学科が選択できるようになるので、大体はクラスが再編になるのだが、四組は希望者がおらずということで異例の対応。六~八組が整備科、一~五組が普通科となった。リーチェは二組へクラス替え、他の専用機はそのままとなっている。本音様は整備科の六組へと移動した。以降の一組監視は桜花が行う。

 

担任も変化なし。元々六~八組は整備専門の教員だったから、らしい。テキトーに見えて実は良い大人コンビは続投となり、ひそかに喜んだ四組一同だった。

 

さて。

 

エイジェンはと言うと本当に何っっっにも行動しなかった。その分時間はたっぷりあったので伸び伸びと出来たし、宇宙で数日間過ごす上での注意点等もしっかり頭に叩き込んだ。実際に使用することになる船も下見は済ませたし、自室にある程度の荷物も運び終えている。後は決行を待つのみ。

 

地球のどこかで暗躍している情報も無く、それらしい機影が再突入したという連絡も無し。この半年の間にとうとうメディアが学園襲撃事件を報道したことで、世界的に警戒が高まる現時点で捕捉できないって事は無いはずだ。学園には世界のバランスを崩す膨大な機密が詰まってる。どの国も欲しがっているが、同時に敵へと渡したくない為に躍起になっているらしい。

 

因みにクーデターで拘束した敵方の構成員は、なんと金を握らされた裏社会の地球人ばかりだった。例外なくエイジェンのエの字も知らない、そんな連中ばかり。実際に月から降りて来たのは、カスタムタイプのセイバーに乗っていた男一人だけ。口を割らなかったので自白剤を飲ませたらあっさり効いて色々と教えてもらった。

 

地球に降りたのは三十年前。そこで亡国機業を乗っ取り自前の組織へと都合の良い様に扱い始める。ISが発表されてからは危険と判断して対処に動くが、そこで古株構成員が積もった不満を爆発させて、同時期に接触してきた束と手を結んだ。女性だけでなく男性もISに乗ってこそ金が動く。その為にはエイジェンが邪魔で、女性しか使えないデメリットも邪魔だった。束さんにとってもエイジェン邪魔だし、男もISに乗ってもらわないとデータ取れない宇宙行けない、と困っていたので利害の一致で手を組んだとか。あとはご存じの通り、時は流れて男性操縦者現る、と。

 

他にも聞きたいことは山ほどあったのだが、思っていた以上にこの男は身体が弱く、なんと死んだ。多少は痛めつけて揺さぶりをかけたがそれも痣が数か所出来る程度。ドラマの様に爪を剥いだり歯を抜いたり指を折ったりなんてしてないんだど……。これも技術体系の違いか。結局聞きたいことは何も聞けないままなので、情報無しのまま仕掛けることが決まった。

 

というのが、昨日までの出来事。

 

とっくに完成したマスドライバーに乗って宇宙に上がる日は、数日後にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

放課後の一室を借りて最終確認が始まった。

 

「揃ったな。では始める」

 

織斑千冬が教壇に立ち、手元の資料を読み上げる。

 

「打ち上げは一週間後の午前九時。気象予報は快晴で風も弱い時間を狙う。前日から艦内で生活を始めるので、各自荷物はそれまでに詰め込んでおくように。目的地は月面、到着はおよそ一週間後、帰りは二週間を予定している」

「え、帰りの方が遅いんですか?」

「そうだ。電力は自発出来るが、推進剤には限りがある。戦闘や有事の際に優先的に使用する為、目的達成後には尽きかけている可能性が高い。よって、帰りの方が日数が掛かると踏んだ。最悪の場合は慣性航行、ISで押してもらうことになるが……まぁ、そうならんように努力はする。これでいいか、デュノア」

「は、はぁ」

 

簪様大好きアニメでは、宇宙の戦闘シーンもあって派手にドンパチやったりガンガン加速してる。が、あれはそもそも宇宙空間でも満足に補給が受けられるという前提があるから、気にせず物資をふんだんに使えているのであって、俺らは違う。宇宙で生活している人間なんて人工衛星で働いている飛行士だけで、補給出来るような物資は積まれていない。

 

宇宙航行なんてキラキラしたもんだが、実際は貧乏全開らしいな。

 

「次は搭乗員だが、ここに居る全員に加え、主に更識家と亡国機業から合計三十名のスタッフが乗りこむ。主に炊事や清掃等の生活スタッフと、修理や航行をサポートする整備スタッフ達だ。そして――」

「ま、待ってください! 専用機は国家機密です! 自国のスタッフ以外の、それも敵だった人間に任せるなど!」

「私もそう言ったんだがな……国家から人は出せないと連絡が来たので、止むなくこういう方法をとった」

「人は、出せない…?」

「お前達はこの一件の中心に居続けて、半年その為に努力してきただろうから気合十分といったところだろうが、各々の国家からすれば我々はただ月に居るかも分からない勢力と戦争をする為に宇宙に行くとしか見られていない。宇宙と言えば憧れではあるが、地に足のつかない逃げ場のない空間だ。密林や砂漠とは違った次元の恐怖があるのだろうな…」

「そんな……」

「あぁ、勘違いするなオルコット。応援が無かったわけじゃない。希望者は多く居たそうだ。詳しい内情までぎっちり書かれた謝罪文がたっぷりと届いたよ。それに物資や資金もな。マスドライバー建設から今に至るまで全て各国からの支援で成り立っているものばかりで、学園からは米一粒の物資も用意してない」

 

さっきよりは安堵した表情のオルコットだが、理解は出来ても納得はしてませんって感じだ。あれこれしてもらったところで、自分の命を預ける機体を触るのが赤の他人じゃ不安も残る。専属スタッフをなんだかんだで寄越さない本国への苛立ちもあるだろうな。亡国機業が絡むんじゃ尚の事か。

 

マドカから聞いた話では、先生方も色々と交渉を続けたらしいが、あえなく撃沈したらしい。コアと候補生の命が掛かってるんだから何が何でも同行させるべきだとは思うんだが、国の偉い方の中じゃそうでは無い様だ。この場に居る殆どがそんな顔をしているし、そう思ってるだろう。例外はスタッフが搭乗する更識の人間と亡国機業側か。

 

因みに、ここに居る全員とお茶を濁した言い方をしたのは行けない奴が複数いたからだ。オーストラリア代表候補生のフランと、BT三号機のアリス、そして織斑千春の三人。

 

フランは両足が義足で、ISに乗るものの身体が強い方じゃない。センスだけで代表候補生に選ばれたと聞いている。大気圏離脱と最突入に身体が耐えられないのだそうだ。本人も宇宙での生活と戦闘には不安しか無いと口にしたこともあり、辞退した。

織斑千春は理由を口にしなかったが、彼女も辞退したそうだ。束さんは留守にしている間の護りに残すと言っていたので、言えない理由でもあるんだろう。手薄な学園を護るのも間違いじゃないので反対意見は出なかった。

アリスは日本で言う小学生の年齢。身体が成長してないのでGに耐えられないとされ、本人の希望と反して強制退艦。まだ駄々を捏ねているが無理なものは無理。当日はこっそり乗りこまないように監視がつくらしい。可哀想に。

 

完全な余談だが、ラウラと凰鈴音も実はアリスと同じ理由で留守番候補に入っていた。凰は特に機体の主武装が大気を圧縮させる物なので宇宙では自衛も難しいとされたからなのだが……何の奇跡か参加を勝ち取っていた。ラウラは幼児体型ながらも左官を務めるエリートだ、鍛え方が違うので分かるのだが、凰はいか程なのか。一年で素人から専用機を掴んだ超天才らしいので相当頑張ったんだろう。その代わり前には出ず艦船の直援らしい。

 

「では次だが―――」

 

その後も先生の話は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー終わったー!」

 

時刻は午後の七時を回ったところ。門限までまだ時間があるが、外出する気にはなれなかった。長すぎ。

 

「仕方が無いんじゃない?」

「まあな」

 

自室のベッドにダイブして大の字で低反発を堪能する。マドカは腰掛ける形で横に来た。

 

あんなに必要以上に細かく何度も同じような説明をするのもちゃんと分かってる。それでも愚痴の一つも言いたくなるのが人間だ。だから、普段から織斑千冬に良い感情を持たないマドカも、今回は仕方が無いと折れている。

 

宇宙空間での生活は俺達が想像しているモノとは全く違うだろう。無重力すら想像がつかない。だから某所でみっちりと訓練された選ばれたエリート数名しか、宇宙飛行士として選ばれないのだ。何年もひたすら勉強して訓練して初めて宇宙で生活を送ることが出来るのである。

 

そんな場所に素人が、ましてや成人してない学生が行くのだから大人としては心配してもしきれない。臨海学校の数百倍はピリついてる。毎日のように日本人の宇宙飛行士と密に連絡を取り、プランを見直して、物資を厳選し、来日した各国の技師達が機体を整備していく。

 

学園の生徒は殆どが良家のお嬢様で、出発する代表候補生達はその中でも際物揃いだ。国家有数の貴族、大企業の社長令嬢、織斑千冬の弟に、篠ノ之束の妹。問題でも起きようものなら担任教師の首があっさりと飛ぶ。それを分かっているからこそ、ほぼ巻き込まれた形の教員達は真剣なのである。

 

ご愁傷さまとしか言いようがない。

 

尚、学生の俺達はうきうき。簪様なんて興奮してる。ホント申し訳ない、いやマジで。

 

「でも大丈夫なのかな」

「何が」

「IS。兄さんみたいな全身装甲はまだ大丈夫かもしれないけど、一般的な機体は肌も露出してるしメットもつけてないから…」

「それは…大丈夫なんじゃないか? 元々は宇宙空間での活動を目的としたスーツだろ。多分絶対防御とかシールドエネルギーが何とかしてくれる」

「うーん。エネルギー切れで展開が解けても?」

「そこは、ほら、新しく支給される新型のISスーツ」

「あぁ」

 

ぼんやりと一ヶ月前を思い出す。あと一週間だというのに手元に届いてないそれは、存在を忘れてしまうほど追加情報が無いままだ。

 

現行のISスーツは競泳で見かけるような四肢を露出した水着に二―ハイソックスを着用した形のモノが主流。生地は水着とは段違いで、電気信号を素早く伝達できる特殊な防刃防弾素材を使用しており、女性向けのお洒落な物からガッツリ実用性重視な物まで、メーカーも数社あり幅広い。織斑のスーツは男性用に改良された特注品で、機能は変わらない。んで、俺のは機体に合わせた特注品なのでちょっと機械が付属してごちゃごちゃしてるが、まあ大差ない。

 

宇宙進出を果たしてない現在では、大気のない空間での使用なんて考慮されて無いのだ。マドカが気にしているのは、展開が強制的に解かれた後でも自力で移動できないこと。ISが生かしてくれたとしても味方が拾ってくれるまで放流するのは心臓に悪いし、流れ弾が来たら何もできずに即死は嫌過ぎる。海の様に泳げる場所じゃないからな。

 

そこで束さんが開発すると言ったのが例の新型スーツ。現行品がスク水ならこっちはダイバースーツ。首から下は完全に保護される。残念ながら頭部は機体のヘッドギアとの兼ね合いもあり露出しているが、ISがしっかり守ってくれるので呼吸できず血が沸騰して死ぬ事は無い。背中には小型のランドセルが付属しており、腰のエアー生成機と繋がっている。スイッチを押し続ける間は前に進めるという設計らしい。どう見てもガンダム。

 

触ったことも見たことも無いので、半信半疑といったところか。

 

「俺たちじゃどうしようもないだろ。無いなら無いなりにやるしかない。それに、束さんに造れないなら人類に造れないのと一緒だ」

「確かに」

 

溜め息まじりに俯いたマドカは倒れこんできた。俺の腹の上に。

 

「おえっ」

「あはは、おえっ、だって」

「お前なぁ…」

 

この後は一時間近くくすぐりの計に処してやった。戦争しに行くんだ。慣れたもんだが、今度は色々と勝手が違うからな、苦しい戦いになる。今の内に楽しいことをやるのは悪いことじゃないだろう。

 

作戦決行まで、あと一週間だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72話 旅立つ船は

トマトしるこです。

ちょっと長く空いてしまいました。

キリよく短めで。


諸君。

 

今日、私はもう一度歴史に名を刻む。

 

宇宙。

 

宇宙だ。

 

私は、幼い頃から夢見た、見続けて来た。

 

あの光る天井にどれだけ手を伸ばそうとも爪先がカスリもせず、飛行機はおろか、観測衛星ですら一歩踏み出すに留まる未踏の世界。

 

果てしなく続く、果てのない広大な海。あるいは、無限に広がる星の空。

 

物心ついたその時から、私は、今も、魅入られている。虜なのさ。

 

そこに行きたくて仕方なかった。

 

夜空が、満点の星が、流れ星も、惑星も、銀河も、デブリでさえ、ね。何より、写真で見るこの星がたまらなく美しいんだ。とんでもないね、罪だよ、罪。争いばかりの愚かな人類史には飽き飽きしてたんだが、あの写真だけは評価してやっても良い。

 

あんなものが広がってると思うと、どうだい?

 

ワクワクしないかい?

 

ドキドキしないかい?

 

胸が、心が弾むだろう?

 

思いを馳せる時はいつだって爆発寸前さ!

 

…。

 

諸君。

 

如何かな?

 

手を伸ばしてみたくならないか?

 

羽ばたきたいと、翼が疼いて仕方ないだろう?

 

こぉんな狭い空じゃああっという間に頭を打つ。ぶつかり合う。

 

それじゃあダメだ、腐るのを待つなんてあまりにも愚か。愚の骨頂。今すぐにダンクシュートかましてこい。

 

思い出せ。

 

その手に何がある?

 

私は何を与えた?

 

世界は、

 

宇宙は、

 

無限に広がる空だ。

 

小さくとも大きな一歩を、そのための一歩を、踏み出そうじゃないか。

 

ページを綴ろうじゃないか。

 

動機はちょっと納得行かないけどね。

 

さあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャトルの中にある宇宙船……正しくは、大気圏離脱の為に肉付けされた宇宙船。その一室に、今回乗り込んだ全員が集まっていた。

 

あと十五分後、この機会に宇宙船は地球を離れて月へと旅立つ。無事に打ち上げられれば。

 

その為にもまずは地球の重力を振り切る加速をしなければならない。この時、人間の所在を適当にしてしまうと確実に壁に叩きつけられてトマトになること間違いなしなので、専用のシートで身体を固定する事が決まっていた。ここはその為の一室である。資材や貨物は全てコンテナに詰め込んでベルトでがっちりと固定しているので、あとは人間のみ。

 

現役の宇宙飛行士が一人一人のベルトを入念にチェックしていく。自分の番を黙って待っていると、束さんがふと口を開いた。

 

「そーいえばさ、この船名前まだ決めてなかったんだよね」

「お前、大事な事をなぜ今になって言うんだ」

「えー。私だって忙しかったんだよ」

「まったく、締まらん…。今考えろ」

「ちーちゃん横暴だー」

「そうやって切り出したからには考えがあるんだろうが」

「まぁね」

 

篠ノ之束と織斑千冬。この二人が何気なく、親しく会話している場面に立ちあうことそのものがレアなのだと最近になって知った。

 

まず、どちらも普通に生活していてはお目にかかることすら難しい(らしい)。所在がはっきりと割れている織斑千冬はさておき、足取りの掴めない束さんはメタルキングもかくやと言わんばかりだし。

そして、会ったところで二人とも性格がドギツイ。金太郎も真っ青のマサカリ(出席簿チョップ)を平等に振るう修羅、近親者以外はムシ以下の微生物としか認識しない異常者ときた。会えたところでマトモなメンタルでは耐えきれない。理解さえ得られれば悪い人達じゃないんだが、それまでが遠すぎる。

 

親友同士だと知っていても疑う気持ちの方が強かった俺はちっとも悪くない。

 

もう慣れた。

 

「でも、それでも民意ってものがあるからね」

「ほう? だ、そうだ。良い案があれば採用してくれるそうだぞ」

「? どういうこと?」

「自分より良い名前なら歴史に残るということだ」

 

デュノアの呟きに織斑千冬が返す。どうやら、自分で考えたけど聞くだけ聞いてあげる、と言っているらしい。特に何か貰えるわけじゃないけど、次の一年生の教科書には名前が載るだろう。

 

「Hope など如何でしょう? ISの目的は宇宙進出、大きな一歩に希望や祈りを込めて。ベターですが、こういうのはシンプルなモノの方が良くって?」

「祈りとか願いなら流れ星ってどうよ」

「賛成!」

「セシリアの案も良いなぁ」

「クラリッサ、宇宙船の名前は何が良いと思う? …ほうほう」

 

ついさっきまで真面目な空気だったのに、いつの間にかピクニック前のバスになって来たぞ。意図的なのか、故意なのやら…。

 

「兄さんは?」

「俺か? 簪様のアニメに付き合い過ぎてそれっぽいのしか浮かばない」

「あはは。一緒。そうなったらパクリだーって騒ぎになりそうだよね」

「真似るならもうちょっと理解を得られるものにした方が良さそうだ」

「確かに。簪は?」

「えっと……内緒。束さんが考えてる事分かるから」

「……あぁ、成程」

 

一緒に作業もすればそう言う話もするか。むしろ二人して考えていたのかもしれない。あの人の事だから、実はずっと昔から考えていた名前が幾つかありそうなもんだけど。

 

前の座席を見れば、紫の様な桃色の様な髪がふわふわ左右に揺れては、隣の黒髪にしばかれている。宇宙船の名前とは別の話題で盛り上がっているようだ。

 

そしてその後ろ、俺の手前ではああでもないこれがいいと更に発展していた。喧嘩にならないだけまだマシか。

 

「姉さんは?」

「え?」

「名前」

「……」

 

マドカとは反対側に座る姉さんに話題を振ってみた。こういうの結構好きそうだからな、面白い回答を期待してたんだが、意外にも驚いた表情でじっと見つめ返された。

 

「変わったね」

「え?」

「以前なら、あの二人が言いだした話題になんて乗らなかった」

「……うん」

 

確かに。自分でもそう思う。

 

名前を聞いただけで感情が抑えきれない時期があって、そうでなくとも織斑とはソリが合わなかった。文字通り殺してやりたい、と。

 

今だから分かる事だけれど、ISコアが次第に身体に馴染んでいくに連れてだんだんと普通の人間らしさと失くした記憶を取り戻して、決別することを選んでから、すこしスッキリしたような気がしている。自虐ばかりだったはずが、今では自信やプライドを持つに至った。

 

姉さんが言う様に、俺も変わっているようだ。良い方向に変わっていると信じたいな。

 

「で、どうなのさ?」

「…私は、私も、束と一緒のことを考えている」

「ふぅん。じゃあ―――」

「発射準備完了しました」

 

間の悪い事に、十五分が経過したようだ。慌ただしく動いていた本職達はいつの間にか室内を去っており、退艦して見上げている様子がモニターに映し出されていた。後の操作は束さんと乗り合わせた更識・亡国機業のスタッフ達が務める。

 

「問題は?」

「ありません。いつでも出航できます、“艦長”」

「は?」

 

フランクな更識のスタッフが当然と言わんばかりの表情と口調でそう返事する。あっけにとられた束さんの表情が見れないのはちょっと悔しい。

 

「はは、良いじゃないか。お似合いだぞ、艦長殿」

「ば、バカ言わないでよ! 私よりちーちゃんの方が五千倍お似合いでしょ!!」

「お前こそ馬鹿を言うな。十年以上前からずっと願っていた夢が一時とはいえ叶うんだぞ? 世界を変えてまで手に入れたかった物がもうすぐ手に入る、にもかかわらずお前が遠慮してどうする。誰よりも強く羨望して努力してきたお前がいの一番に味わわなければならないというのに、だ。それに、この船はお前が造り上げた、お前の物だろうが。造ったからには―――」

「だぁーもう分かったよ! やるよ! やればいいんでしょ!」

「なんだ思っていたより素直に受け入れたな。それに、文句を言いつつも喜んでいるじゃないか」

「うっさい!」

「名前も暖まっていることだしな」

「コラァ!!」

「……つまり、姉さんは子供の頃から宇宙船の名前を決めていた、と」

「はっきり口にされた!?」

 

いや、むしろ自然です。これだけやれる人なら最初からそれくらい考えてるんだろうなって思ってました。

 

「ま、まぁ確かに? もし実現するならアレコレ考えてたから? 名前の十や百くらい考えてあるけど?」

 

…なんか、この人のイメージどんどん変わる。と言うより世俗に毒されていってる気がする。

 

「でも、今回は止めとくよ。今回は害虫駆除だからね、暖まってるものは別の機会ってことで。周りに理解されつつ士気が上がりそーな感じのをつけさせてもらうよ」

 

艦内の照明が落ちる。余計な電力消費を控えるモードに切り替わり、光源は俺達の正面にそれぞれ展開された空間ディスプレイのみ。学園のシンボルと手書きのウサギマークを背景に、カウントダウンが始まった。

 

「あー、ごほん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諸君。

 

今日、私はもう一度歴史に名を刻む。

 

宇宙。

 

宇宙だ。

 

私は、幼い頃から夢見た、見続けて来た。

 

あの光る天井にどれだけ手を伸ばそうとも爪先がカスリもせず、飛行機はおろか、観測衛星ですら一歩踏み出すに留まる未踏の世界。

 

果てしなく続く、果てのない広大な海。あるいは、無限に広がる星の空。

 

物心ついたその時から、私は、今も、魅入られている。虜なのさ。

 

そこに行きたくて仕方なかった。

 

夜空が、満点の星が、流れ星も、惑星も、銀河も、デブリでさえ、ね。何より、写真で見るこの星がたまらなく美しいんだ。とんでもないね、罪だよ、罪。争いばかりの愚かな人類史には飽き飽きしてたんだが、あの写真だけは評価してやっても良い。

 

あんなものが広がってると思うと、どうだい?

 

ワクワクしないかい?

 

ドキドキしないかい?

 

胸が、心が弾むだろう?

 

思いを馳せる時はいつだって爆発寸前さ!

 

…。

 

諸君。

 

如何かな?

 

手を伸ばしてみたくならないか?

 

羽ばたきたいと、翼が疼いて仕方ないだろう?

 

こぉんな狭い空じゃああっという間に頭を打つ。ぶつかり合う。

 

それじゃあダメだ、腐るのを待つなんてあまりにも愚か。愚の骨頂。今すぐにダンクシュートかましてこい。

 

思い出せ。

 

その手に何がある?

 

私は何を与えた?

 

世界は、

 

宇宙は、

 

無限に広がる空だ。

 

小さくとも大きな一歩を、そのための一歩を、踏み出そうじゃないか。

 

ページを綴ろうじゃないか。

 

動機はちょっと納得行かないけどね。

 

さあ。

 

今がその時だ。

 

これは一応世界を救う為の航海ってことになってる。

 

敵は、未知の技術と圧倒的な物量を誇る謎の組織だ。加えて本丸。

 

対して、我々はこの一隻に積めるだけのものを積んで進むしかない。

 

正直なところ、私も苦しい戦いになると思ってる。中にはプレッシャーを感じている人間も居るだろうね。期待は思っていたよりも大きかった。

 

何故か。

 

私達は、たった一つ許された起死回生の一手だからだ。

 

……知っているかい?

 

かつての第二次世界大戦の折、旧大日本帝国が造り上げた最後の希望の名を。

 

今の状況は、私に海底に眠るかの戦艦の名を思い出させた。最強と呼ぶに相応しい名を。

 

この船にはピッタリだよね。

 

何と言ってもこの私が、私達が乗っているんだから。

 

行こうか。

 

目標、月面のエイジェン。

 

 

 

“大和”、出航。




聞くだけ聞いておきながら、結局名前の採決を取らない篠ノ之流。

尚、不満は無い様子。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73話 前哨戦

トマトしるこ、です。

大雨すごかったですね。私はそこまで被害の無い方で、せいぜい社泊程度で済みました。

一刻も早い復旧や救助をお祈りしております。


「大気圏離脱を確認。全外装パージ終了しました」

「よし、月に進路をとり慣性航行に入るよ。本格的に舵を取るのはおよそ四日後。それまでにここでの生活に慣れるように」

「了解しました」

「じゃあ皆、早速お外に行こうか。各スタッフはそれぞれ作業開始、昼食の十二時半までね」

「ま、マジかよ・・・」

 

織斑がビビりだした。ビビってどうする。戦闘になればどうせ出なきゃならんのだ、それなら時間に余裕のあるうちに慣れておいた方がいいだろう。

 

「宇宙…無重力…真空…」

「ほらほら、もうちょいこの子を見習ってさ」

「うぇへへへへ、うぇへ」

 

年頃の乙女が口にしてはいけない言葉を漏らしながらよだれを垂らしている姿は、流石の俺でも見るに堪えなかった。楯無様でさえ溜め息をついて頭を抱えている始末。先代楯無が見れば卒倒するに違いない。

 

まぁ、俺達とは違って明確なアニメという趣味があって、宇宙空間が舞台の物も多かったから感動もひとしおだろう。あっさりとそんな言葉で片付けていいのか疑問は残るが…。幸い(?)にもこの場の全員にはお約束として映ったようだ。

 

「ってことで、各自一度自室に戻って軽く荷物整理後、格納庫集合! さっきの大気圏離脱時に散らかってるかもしれないからね。ああ、あと戦闘になると船も揺れるから散らかさないように。疑似重力装置はまだ動かさないんで壁や床を蹴ってね」

 

というわけで、束さんからルームを追い出された俺達は固まって居住ブロックへと移動していた。何時か見たアニメの様に床を蹴って慣性に乗ってふわふわと通路を進む。

 

「きゃ」

「おい秋介押すな」

「悪ぃ箒、なんか真っすぐ進めなくて…いてっ」

「む、すまん」

「流石のラウラも慣れないみたいだな…」

 

ただアニメと違うのは、俺達は初めて宇宙に来たってところか。ただ床を蹴れば真っすぐ進むわけでなく、正しくベクトルを作らないとすぐに壁やら人にぶつかってしまう。すいすい進むにはコツが必要な様だ。

 

「しかし、無重力と言うのはどうも落ち着かん」

「そうだな。やっぱ地に足ついてるのが人間らしくていいよ」

「ISではびゅんびゅん飛んでるけどね」

「確かに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

船は主に四つの区画によって構成されている。

 

一つは艦橋(ブリッジ)。船の制御に関する作業は八割がここで行われる。隣接して大気圏離脱時に集まったあの部屋やミーティングルームもあるそうだ。

二つ目が居住区。各々の個室や食堂、バスルーム、ランドリー等々。生活に関する施設は全てここ。

三つ目が動力区。要するにエンジンやバッテリーだ。自家発電設備完備。

そして四つ目が今居る格納庫だ。

 

「集まったね」

 

格納庫は機材や予備パーツの倉庫も兼ねておりかなり広い。倉庫を作る手間を省くために兼用にしたそうだが、格納庫と言うだけあって本来の用途は別にある。

 

俺達の眼前、束さんが背を向ける方向には、ズラリと並んだ整備用ハンガーとそれに繋がれる灰色の無人IS達。およそ三十機のゴーレムと呼ばれる機体が整列していた。

 

「改めてみると凄い数ですわ」

 

桜花の呟きに多くが頷く。

 

ISが一個小隊でも揃っていれば世界相手にしても戦争が出来る戦力だというのに、これだけの数がたった一隻の船に押し込められる光景は背筋が凍るものがある。ただでさえ専用機が十を超えているというのに、無人機を合わせれば約五十ときた。その気にならなくとも周囲が勝手に媚びへつらう戦力だ。

 

改めて篠ノ之束の恐ろしさを垣間見た気がする。

 

それでも今回は足りないんだが…。

 

「じゃあ今から宇宙での戦闘訓練をするわけだけども…その前にこっちのISスーツに着替えて、今から渡すデータを取り込んでくれる?」

「これは…宇宙服みたいなもんですか?」

「そうだね。ISはどれだけエネルギーが無くなっても絶対防御だけは維持するよう設定されてるんだけど、それもコアのエネルギーが枯渇すれば無くなるからね。緊急時に少しでも長時間可動出来るように露出を減らしたタイプだよ。頭以外はスーツで覆ってる」

「でも、布が無い部分もありますけど…」

「それは透明になってるだけでちゃんとあるよ。元々露出が多かったのは神経伝達をより素早くするために無駄な障害を省くためだけど、今回は仕方が無いからね。その代わり、少しでも阻害しないように透明にしてるんだよ。今までと同じように機体を動かせると思うから心配要らないんじゃない」

「へぇ」

 

どうやらしっかり考えていてくれたようだ。少しほっとした。

 

それぞれで着替えて戻って来た。事前に受け取っていたデータは解凍も済み。俺のコスプレ同然のスーツは何故かコスプレ感を増して帰って来た。元の機能もしっかり引き継いでいるらしいので文句は無いが、どうせならマトモな奴を寄越してほしかったな。

 

「うんうん、サイズは合ってるね。続けるけど、大きな違いは頭部以外を覆うスーツと、もう一つが各所に取り付けられた小型の機械だ。ベルトに取り付けてる酸素供給機から排出された酸素を各所から噴射して、無重力下でも移動できる装置だよ。使い方や練習は…後でやっといて」

「頭部はヘルメットの様なものが無くて大丈夫なんですか?」

「絶対防御が発動するから大丈夫だよ。それすら尽きたらもうおしまいだね。そうならないように、まずはエネルギーを切らさないことと、もしそうなった場合は救助を最優先に動くこと。頭部はセンサー類の塊で、距離感のつかみにくい宇宙でコレを妨げるのは自殺行為だから、どうしても露出させるしか無かったんだよ」

「はぁ、そういうことなら…」

 

ISもエネルギーが尽きれば強制解除。もし戦闘中にそうなってしまえばほぼ死亡確定のようなもんだが、コレがあれば自力で船には帰れる。延命装置が貰えただけでも良しとしよう。

 

「では、さっき取り込んだデータを起動」

 

束さんがポケットから取り出したリモコンのスイッチを入れると、勝手に全員のISが起動。装甲を纏って行くが…通常とは全く違った形態で落ち着いた。デカイ四肢や非固定武装は一切無く、ただスーツにそれっぽい装甲を貼りつけただけ。周囲も同じような形態ばかりで、違いと言えば装甲の色や形など。それぞれのISの特徴が表れていると言われればそんな気がするような…。

 

「通常展開とは違って、それは強化装甲展開。生身と通常展開の中間って言うと伝わりやすいかな。PICは一切無いけど、ちょびっとだけセンサーとパワーアシストが使用できる。独立した酸素供給機と噴射機能を持ってるから万が一の帰還も可能」

「さっきのスーツと同じ機能があるのですか?」

「どちらかと言うとスーツの方が最終手段。通常展開が維持できなくなったら強化装甲展開に移行、それも不可能な場合は解除されて、絶対防御頼みのスーツ漂流って感じ。他にも機能があって、どっちかというとそっちの方がメインなんだけど…これはそんときでいいよね」

 

じゃあいってらっしゃーい。と手を振る束さんに見送られて、機体を通常展開してハンガーに繋げられる。アームによって固定され、ハンガーが丸ごと移動し始めると同時に、束さんから通信。

 

「出撃の時は今みたいにハンガーに固定してから撃ちだす。気密を保つために必要なことだからね。射出口は全部で八つで、その内七番八番は直援機…ほぼゴーレム専用だから君らは使わないよ。ああ、中国のみたいなのならオッケーだよ」

 

重厚な扉を二枚ほどくぐると、両腕を伸ばせば届く程度の狭い部屋で停止した。背後の扉が鈍い音を立てて閉まると、続いてかなり高い天井が蓋を開く。空気が漏れていくのを肌で感じると同時に、真っ黒の空間に光点が散りばめられている風景に胸が高鳴る。

 

そうだ、宇宙なんだ。

 

「ここで外の安全が確保できたらランプがグリーンで点灯。直後撃ちだす。少しでも推進剤やエネルギーは温存しておきたいからね、勢いはかなり強いから気を持っておかないと気絶して放り出されるよ。んじゃ」

「ッ――」

 

言い終わると同時にハンガーが急上昇し、全身に大気圏離脱を思い出させる負荷が掛かる。半ばを過ぎたところでアームが外れ、撃ちだされる寸前に機体がオートで屈伸しスラスターによる跳躍とハンガーの加速が加わり、高速で船外へと躍り出る。

 

見わたす限り真っ黒で、宝石のように光が散りばめられているだけの空間。上下の無い無重力は、縦横無尽に飛びまわるISでも違和感を訴えてくる。

 

でもそれ以上に、大和の背後にある地球が美しくて、少しの間自分を忘れていた。

 

やれ海面上昇、やれ大気汚染と地球がどんどん汚れていく様をメディアが報道しているが、それらが全部実は冗談なんじゃないかって思わせる絶景だ。

 

『ほらほら! 先に出たら道を開ける! 後から来るのとぶつかって事故っても拾ってやんないよ!』

「だって、一夏」

「分かってるよ」

 

呆けるのも一瞬。姉さんの言うとおり道を譲り、前進する大和に合わせて併走し指示を待つ。

 

『よし、全員無事だね。じゃあ先ずは―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室のベッドに大の字になって寝転がる。

 

時間と言うのは意識しなければ早く過ぎるもので、既に四日が経過していた。進路は変更なし、襲撃も今のところなし、訓練は上々。中継地点の様な場所があるかもと織斑センセが予想していたが、そう言った類の物は今のところ見られない。要するに、ビックリするほど順調だった。

 

午後からはまた訓練があるらしい。それに備えて休養中だ。

 

しかし、シャワーが自由に使えないのは辛いな。一昔前に戻ったと思えばなんてことは無いが…女性陣は辛そうだ。

 

「全く…シャワーが日に一回だけっていうのはいただけないわね」

 

と、隣部屋のスコールが言っている。

 

「仕方ねぇだろー。補給出来るタイミングなんて無いんだからよ」

 

と、スコールの隣部屋のオータムが言っている。

 

「うっせぇ!」

「ん。俺は何も言っていない」

「顔が物語っているわよ」

「何を」

「五月蠅い」

「勝手に部屋に上がられて俺をのけものにして話をしてりゃそう思っても仕方ないと思わんかね?」

「はあ、こんなことならボディーシート持ってくれば良かったわ」

「貴様ら…」

 

ふん、いいさ、今に見てろ。料理長は皇から出向してきた人だ。桜花の一件で俺を良く扱ってくれる珍しい人だからな、ちょっとしたお願いくらいなら聞いてくれる。夕食にお前等の苦手なキノコ料理を嘆願してやるからな。

 

「ちょっと聞きたい事があってよ」

「最初からそう言え。BRだろ、俺も詳しくは知らない」

「そう言わずに付き合え」

 

オータムが放り投げてきたのは炭酸水。わざとか? そのにやけ面はわざとだな。ピーマン追加な。

 

「奴らのオーバーテクノロジー…瞬間移動したり、単独で大気圏突入できる点もだが、あれだけの技術を持っているなら俺達が近づいていることぐらい分かるだろう? 半年近く音沙汰が無かったことも腑に落ちない」

「そんなこと、スコールか桜花に聞けばいいだろ」

「あなたの意見が聞きたくて。それに、彼女には話しかけづらいのよ」

 

そりゃ嫌われているからだ。

 

「単純に、人数が足りないはずだ。亡国機業に潜りこんだのがたった一人だけってのが十分過ぎる証拠だろう」

 

情報が正しければエイジェンの連中は百年以上地球から離れて生活をしてきた。もはや異星人と言って差し支えない、全く…は言い過ぎだが異なる技術と生活スタイルを確立しているはず。地球上でならスパイが一人と言うのは納得できる。だが、連中からすれば地球とは異世界そのものであり、一人だけしか派遣しないのは流石に考えづらい。

 

であれば、派遣しない、のではなく、派遣できない、と考える方が自然。

 

百人が放逐されたとして、月に定住するまで全員が健全な状態であるはずが無い。慣れない環境やストレス、足りない医薬品、意見の食い違い、宇宙空間……色々と問題があったのは容易に想像できる。男女比もあるだろう。

 

そもそも月で生きている事自体がおそろしい。もっと言うなら出産後の育児まで可能な点も疑問だ。

 

なんにせよ、子供を生み、育てることができたとしても、大した人数ではないだろう。

 

それに資源にも余裕が無いはず。攻めるにしろ護るにせよ、中継地点が存在しないことからこれも間違いない。以前の大量降下はおそらく慣性航行だけで地球に送りだした、か。あるいはBRを製造し過ぎたか。

 

「ま、そうよね」

 

うんうんと頷く二人。

 

「生きてる人間は百程度じゃないかしら」

「さぁ? 五十は切ってるとみた」

「そんな気がしてくるな…」

 

捕虜にした男が、ちょっとの薬剤投与で死亡した。あれは恐らく医薬品の類がほとんど無いことを証明している。製剤に使用できる植物が無いのだからそれも当然。あっても科学的に処方したビタミン剤程度。そもそも細菌やウイルス自体あるかも怪しい。頼る必要が無い以上、耐性も無くて当然だ。

 

 

 

突然、非常サイレンが鳴り響く。

 

 

 

『敵襲! 戦闘体勢! 専用機は格納庫集合!』

 

束さんのそれだけの放送に即座に反応した俺達は直ぐに部屋を出た。プライベートチャネルからは、格納庫で休憩した連中が先に出撃していく様子が聞こえる。この調子じゃ俺達はラストかもな。

 

『正面…月の方角から二百のBRが進行中。足は遅いけど出撃した専用機を先行させて迎撃してる。ゴーレムは言った通り直援と防衛ラインにしか回せないから、直ぐに出て。あと、エネルギー補給が済んでない機体もあるから、連携を密に、ね』

「了解」

 

辿りついた格納庫、手すりを蹴って真っすぐハンガーへ向かう。視界の隅ではがっちり固定され配線まみれになったイギリスの二機が微かに見えた。あと二、三機は居ると思うと、初戦はかなり苦しい戦いになりそうだ。

 

アームで固定され、射出口へと運搬される。流石にこの景色やこの後のGも慣れたもんだ。

 

「ごめん、兄さん。さっきのでついやり過ぎちゃったから…」

「いいさ、慌てず来い。出番は無いだろうがな」

「それはそれで困るんだけど」

『いっくん出すよ?』

「どうぞ」

 

返事と同時にランプがグリーンへ。夜叉が撃ちだされる。

 

「もう慣れたか?」

《ええ、流石に。真空というのは面白い場所ですね、摩擦が無さ過ぎて不安ですけど》

 

スラスターを起動させて滑らかな曲線を描きながら、勢いを殺さずに進路をとる。続けて背後からはスコールのシャングリラとオータムの新型が追いついた。

 

オータムの新型は…エンプレスだったか、ガワはアラクネを踏襲しつつ中身は別物らしい。操作性はそのままにアップグレードしたようなものだそうだ。大層喜んでいる。

 

二機は夜叉のシールド内面に標準装備されたグリップを掴む。今回の様な状況をあらかじめ想定していた楯無様の案で、ずば抜けて足の速いステラカデンテ、夜叉にはこんなものをつけて他を運ぶ為の装備だ。先行した連中はリーチェが運んだのだろう、バッチリ活躍しているな。

 

「よし、飛ばすぞ」

「ええ。期待してるわよ、オータム」

「まかせときな」

 

第二形態へ移行した夜叉の速度はさらに磨きが掛かっている。二機程度は造作も無い。ロケットの様に徐々に火を入れるエンジンの数を増やし、距離をぐんぐん縮めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘の光を目視できる距離まで来た。

 

「ミサイルで数を減らす」

 

グリップを掴んでいた手を離した二機は俺よりも前に出ない程度に加速し、斜め後ろを併走。シールドに障害が無いことを確認して、先行した全機へアラートを流し退避させた。

 

「撃つぞ! 上手く避けろ!」

 

トリガー。五つのミサイルを扇状へ発射、それぞれが十分に距離をとったところでそれぞれ八発へ拡散。計四十のミサイルがランダムに狙いを定め、カーテンを作る。

 

「助かったわ。性能が上でも数で押し切られるところだったから」

「何より」

 

物量が何より恐ろしいのは経験済みだ。それに、ISはここまでの対多戦を想定しないこともある。やり合うなら今の様な面制圧が欠かせない。以前一機ずつ仕留めたような間違いは踏まない。

 

「……今ので五十二機は減ったね」

 

デュノアがレーダー装備で拾った情報を流してくれる。弾頭以上の数が減ったなら上等、と言いたいがあれだけ撃ち込んでも大して減っていないのか…。残り百は堅いぞ、敵の増援が来るとなればもっとヤバい。

 

まだ後続は来ない。ということは一人二十機やればいいのか?

 

ゴーレムは一機でも多く温存しておきたい、というのが束さんの考えだ。月にいけばどれだけのBRが出てくるか分からない以上、投入すべきはそこしかない。遭遇戦程度で減らすわけにはいかないのだ。

 

「どうされるので?」

「各個撃破しか無いでしょう、こんなところでバカスカやって本番で弾切れなんて嫌よ」

「ですね」

 

こういうときこそ武器弾薬が豊富な夜叉の本領発揮なんだが、補給なしとなると控えざるを得ない。ここは頑丈な近接や単発高火力な火器で堅実にいくか。

 

ディアダウナーをコールし担ぎ加速。

 

手ごろな位置の一機に振り下ろして鍔迫り合いになるがそれも一瞬だけ、重さと加速で強引に振り抜いて両断する。

 

十字砲火を身体のひねりで回避し、右側のBRへ斬りかかる。腰だめにディアダウナーを構えたところでグレネードが目前に投擲。シールドを使って受け流しあらぬ方向へ弾き、魔剣を振り抜いて二機目を落とす。脇をすり抜けると、今までいた場所にはマシンガンの嵐が降り注いでいた。

 

「こいつら…」

《以前よりも一機が手強いです、ね!》

「ああ」

 

それぞれが人が扱うように、柔軟な思考で動いている。そこまで強いとは感じないが、ただ近づく、撃つ、斬るといった単調な動作はみじんも見られない。

 

十字砲火。お土産グレネード。援護射撃。連携まで混ぜてくる。各個撃破も一苦労だな。数が増えればゴーレムでも対処出来なくなる。

 

直上の纏まった二機へ剣を振り下ろす。纏めてぶった切りを狙った一振りだったが、肩を切り裂いた時点で腕を使ってがっちり掴まれてしまった。

 

「っち」

 

即時手放し、両手の手刀で手前の喉元へ突きいれ引き裂く。次いで右肘の尖った装甲を奥の奴へ突き刺し、左の手刀をその穴へ突きいれ中身を引きずりだす。頭部のカメラから光を失い力が抜けたBRからティアダウナーを取り返し、次の獲物を斬りかかる。

 

両手のマニピュレーターや、突きさした右ひじの装甲は思った以上にボロボロになってしまった。更に速度が磨かれた反面、こんなところまで強度や装甲を削っている様だ。胴体はさておき、腕や足は攻撃にもよく使うからな、後で考えておこう。

 

《マスター、何か、後ろからきます!》

「後ろ? ……な、何だこれ」

 

後ろ…大和のある方角から確かに何かが近づいてきている。が、まだ登録の無い機体が一つと、その周囲には桜花とラウラの反応がある。どういうことだ? 未登録の機体を護りながら来てるのか? ってか早いなコイツ。それにデカイ。

 

「全機、退避せよ! 巻き込まれるぞ!」

 

ラウラからのオープンチャネルだ。デカイのはどうやら味方らしい。それとなく全員が状況を察していたらしく、足止めもそこそこに距離をとる。織斑が最後に荷電粒子砲をお見舞いして離脱した直後、直径が一メートルに迫る程の熱線が宙域を両断した。大部隊に大穴が生まれ、一拍置いて大爆発が巻き起こる。

 

現れたのは。

 

「兄さんお待たせ!」

「お待たせしましたわ!」

 

六メートル近くもある鉄の巨人だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74話 決戦前夜

トマトしるこです

秒読みはいりまーす。
しかしドルフロ楽しいですねぇ。


無事に大和へと帰還し、全員で格納庫に鎮座するデカブツを見上げる。

 

デカイ。思っていたよりもデカイ。

 

格納庫では直立する程の高さが足りない為に片膝をついたポーズで佇む鉄の巨人。敵BRを蜘蛛の子を散らすように容易く蹴散らした火力と、ISと比べても遜色ない速さを併せ持つ兵器。ついさっきまで操っていたマドカとオルコットも含めて、ただ見上げながら待っていた。

 

「おつかれさんごくろうさん」

 

ウサミミをぴこぴこと揺らしながら、待ち人はやって来た。

 

「博士、約束通り説明を要求しますわ」

「全くだ」

「まーまーそうカッカしないで」

 

にへらと笑った束さんは、脇に抱えたタブレットをじっと眺め始める。再生されているのは、音や声からしてさっきの戦闘らしい。

 

到着早々にBRの壁に風穴を開けた強力な標準装備(・・・・)のエネルギー砲。どうやら操縦しているらしいマドカはそれをバンバン撃ちまくるし、機体に追随していたビットはオルコットの操作でこれも撃ちまくるし、囲まれそうになったらレーザーブレードでなぎ払うし……。規格外なのは傍から見ても分かった。

 

十を超えるISが連携して押しとどめていた戦線をたったの一機で維持するどころか、逆転し殲滅せしめたのだ。援護の必要なんてまるで無かった。

 

夜叉の物量も大概だが、これは規格外なんてものじゃないぞ。

 

「カンタンに言うとだね……IS専用IS、かな」

 

……ん?

 

「コレそのものにコアは存在しないし、製作背景や目的も全く違うから、厳密に言うとISではないんだけどねー。拡張や後付けとは理論や規模が別、パッケージでもない。ISを所持した搭乗者二名が、各々のISを介してコレを操る。ざっくりISと言っても差支えは無いからそう識別してる」

 

視線を束さんからその背後に佇む巨人…IS専用ISとやらへ移す。

 

六メートル程度と思っていた巨躯は間違いなく十は超える。胸部の開いたハッチ…恐らくコクピットからは計器やレバ―、縦に並ぶシートが二つ。

 

見ただけで分かる豊富かつ強力な武装……肩のガトリングや背部の長い砲身、腰から抜いたレーザーブレードや、整備用ラックに掛けられたあのライフル。見える範囲には無いが、ビットもあったな。

 

確かに本人が言う様に、規模が既存の装備やパッケージとは異なる。身に纏う様な展開では無くレバーや恐らく足元にあるペダルで操作するアナログ式。何よりISコアを二つも必要とする不便性。

 

宇宙開拓を目的としたISとはベクトルが違うというのも頷ける。

 

「インフィニットストラトス・エクステンション・アームズ。通称IEXA(イクサ)。今回のためだけに急造した純粋な大規模殲滅兵器だよ。これが、戦いのカギになる」

 

そう言い放つ束さんの顔はあまり澄んだものじゃなかった。

 

きっと……というか絶対こんなの作りたくなかっただろうに。紅椿を臨海学校で披露した時のような輝かしさを微塵も感じない、遠い目だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長くなるから場所を変えよう、という束さんの案によりいつぞや集まった部屋に腰掛ける。

 

もちろん、あのIEXAとやらの説明だろう。まさかマドカとオルコット専用というわけではあるまい。それはそれで別にいいけど、せめて正確な情報は味方として欲しいよな。

 

全長はおよそ十五メートル。格納庫で膝をついて十メートル前後といった印象を受けたのは間違いないらしい。大きさや重量もそれに追随する数値。出力に関しては化け物としか言えないものだったが、実際は途中で組み立てを重視したため変更点が多く、カタログ通りの出力は出せないとか。それでもISや従来の通常兵器とは隔絶したパワーを誇るのでやっぱり化け物である。

 

「今現在も格納庫の奥では組み立て作業が続いてる。ほんとの格納庫はもっと広くとってたんだけど、組み立てる場所が他になくってね。防火シャッターを下ろして無理やり仕切ってる」

「……ということは?」

「あと二機追加されるね」

 

現在進行形の話に疑問を持った織斑がまさかといった表情のつぶやきに、束さんが何でもないように答える。

 

あれが合計で三機? 三機もあるのか……。

 

「IEXAの話だったね。月まで到着のおよそ一週間。それまでに三機を完成させて、全員が慣熟を終えてもらう。今まで送り込んできた数から予測して計算したけど、どう頑張っても物量では負ける。だから本丸の攻略にはIEXAが欠かせないんだ。やってもらうよ。物量で負ける以上、物量をねじ伏せる個で対処するしかない。そのためだけに作ったんだからね」

 

部屋の照明が落とされてモニターがこうと光る。全員が食い入るように、流れる情報を睨んだ。

 

「じゃあまず―――」

 

コアから受け取ったエネルギーを、コクピット周辺の増幅装置が拾って機体各所へ拡散することで動力を得るらしい。補助バッテリーは無し。必要分を搭載しようとするととんでもないデッドウェイトになるからだろう。シールドエネルギーもこの増幅装置を介して効果を発揮するようだ。

 

ただし、コア一つでは十分なエネルギーを確保できないこと、電源としてコアを使用するため情報処理能力が格段に落ちる。この負担軽減と操作性を考慮した結果が複座式。前座が主に機動制御、後座が火器管制と分業させることで戦闘力との両立が実現した。役割の入れ替えもシステム変更で即座に可能らしいが、これはあまり多用しないだろう。前座が気絶した時の緊急処置として覚えておく。

 

武装はISとは異なり、量子化して武器変更といったことはできない。まぁ、量子化しているのがそれぞれの機体に合わせた武器とサイズだからな、こんなデカブツの武器量子化したらあっという間にキャパオーバーだ。どれもが地に足ついたものばかりで、オールラウンドに動けるだろう。

 

機体に対して少々小型な二連装エネルギーライフル

牽制の腕部と肩のガトリングガン

実弾とニュードどちらにも耐性のあるスティールシールド

シールド内側内蔵のスプレッドガン

両腰のレーザーブレード

緊急時装備の大腿部内蔵アーミーナイフ

説明不要の超火力、背部大型荷電粒子砲が二門

 

これらが固定装備。本当はCIWSだったり、IS用のエネルギーパックや弾薬箱をわんさか載せる予定だったそうだけど、弾薬に余裕がないためあえなく断念。長期戦が予想されることも加味して、補給が容易かつ実弾系統の補給分が船の積載量オーバーという理由からエネルギー兵装が主武器になった。

 

そしてISで言うイコライザ…追加装備なら一種のみ積載可能らしい。重量やエネルギー供給、取り回しの面から一種が限界だそうだ。これでもかと固定装備がたんまりだってのにまだ載せるのかと思ったが、リストを見てなるほどと納得した。

 

それぞれが得意な武装が幾つか並んでいる。さっきのビットや、ライフルに刀などなど。

 

全ての武器を適切に使用するのは至難の業だ、武装が豊富な俺でも難しい。近接特化の織斑に銃を撃たせたところで掠りもしないだろうし、射撃が得意なオルコットがレーザーブレードやスプレッドガンで満足に戦えるとは思えないからな。

 

「――とまぁ、こんな感じかな」

 

いやいや、ちっともこんな感じじゃないでしょ。顎が外れるわ。苦笑いを禁じ得ないです。

 

なぜこれだけの物量差があるのにこれだけしか戦力を集めなかったのかがやっとわかった。

 

IEXAのデータをこの場にいる人間以上に漏らさないため、だろうな。

 

こんなのが地上で製造されて暴れまわったら地球がボロボロになる。やられたらやり返すだろうから、同じものが作られて泥沼の戦争が始まる。そうすりゃ億単位で人が死ぬ、というところまで容易に想像がついた。行き過ぎた考えかもしれないが、コイツを巡って大量の血が流れるのは間違いない。

 

各国から増員要請を蹴られたと聞いてはいたが、恐らく認可が下りても束さんが蹴るだろうと想像していた。一緒に来るなら最初から学園で訓練していたはずだからな。それとは別で何かあるかも、なんて考えてたがあながち間違いじゃないだろう。

 

「最後に。単一使用能力についてだけど、まだ実験してないけど使えると思うよ。だから――」

「使えるなら私の出番、というわけですね」

「ザッツライ」

 

名乗りを上げた妹にびしっと束さんが指さす。

 

もし篠ノ之が絢爛舞踏を発動させることができれば、主武装をエネルギーに依存しているIEXAはエネルギー切れを気にせず暴れることができる。小回りが利かないISといった印象のIEXAだ、面積が広い分被弾も免れないだろうが、幾分か楽になるだろう。

 

それに、機体が大きい分一度に多くのISへ補給が見込める。

 

篠ノ之の絢爛舞踏発動が上手くいって、直援のISを置いておけば、本来束さんが目指していたIEXAの仕様を満たせるというメリットもいい。たったの数機で完結できるし、それが複数あるとなれば蹂躙だってできるのではないか。

 

加えて織斑二人の零落白夜。ああ恐ろしい。俺いらなくね?

 

「ひとまず説明は以上。じゃ、宇宙にも慣れてきただろうし、今日からコイツ、乗りこなしてもらうからね」

 

簪様の目が輝きを通り越してトリップしていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ、と軽く一息吐いて首までぴっちりはりつくスーツを緩める。指を放せばまたぴったりはりつくが、その少しの時間だけで満足した。

 

「休憩する?」

「いや、もう少しだけやるよ」

「ん」

 

後座の姉さんの気遣いが疲れた身体に染み渡る。もう一度だけ息を吐いて、再度両側のコントロールシリンダーに手を突っ込んでグリップを握り、フットペダルに足を乗せる。

 

あれから更に数日。もうコクピットの窮屈さにも、フラグのように先に手渡しされていた強化装甲展開にも慣れたよ。

 

もっと複雑な操縦を求められるのかと思っていたら、そんなことはなくて結構ラクに動かせた。

 

シリンダー内部にあるグリップ、シリンダーそのもの、フットペダル、シートなど強化装甲と接している面から情報が送られてダイレクトかつタイムラグ無しにIEXAは動く仕組みだった。マニュアル操縦も一応可能らしいが、そんな状態に陥ったら廃棄してISで戦闘したほうがマシなレベルで難しいとか。

 

思考を走らせ、機体が動く。

 

現状、シリンダーは力勝負になった際の出力上昇装置兼ショック時の安全バー的なやつで、フットペダルは同じく推進系の出力上昇装置として扱っている。

 

ISと同じように全方位が脳に直接映し出されており、同時に訓練している他二機が飛び回るのがよく見えた。コクピット内部は俺が見ている景色が映し出され、後座の火器管制はそれが視界そのものになる。視界の共有はできなくもないらしいが、恐らく酔う(・・)為、また試した凰と織斑が尊い犠牲になった為、使用しないと全員が心に誓った。

 

急上昇から姿勢制御スラスターを半身だけ点火し、数コンマ送らせて相殺すべくもう半身のスラスターが火を噴く。ピタリと反転し、再度メインスラスターが推力を吐き出してデブリを置き去りにしていく。蛇のように滑らかな曲線を描いては、彗星の残骸であろう石を踏み台にして直角に駆け抜ける。

 

隕石を敵に見立ててブレードを振りぬいて上部を削ぎ落とし、抜き様に向けた腕部のガトリングが空転する。弾を込めていれば、今頃あの隕石はガリガリと削られるかハチの巣になっていただろう。

 

次いで背中の荷電粒子砲を起動。安全装置が解除され、マウントされた肩の付け根あたりを中心に半月を描いて、丸太を担ぐように二門構える。全身の排熱機関が作動し、両手でそれぞれのグリップを握りしめてトリガー。いつかBRの大舞台に穴をあけた閃光が射線上の障害物をかたっぱしから蒸発させていった。

 

「よし。姉さんどうする」

「帰る」

「わかった」

 

後座から大和の位置を受信、マーカーが設置されそれに従ってゆっくりとペダルを踏む。何も考えなくても、ちょいと力を入れれば勝手に動いてくれるってのはいいね。

 

「明日ね」

「うん」

 

毎日決まった時間に模擬戦やら連携強化の訓練をしたり、それからIEXAを交代しながら慣熟訓練をして。気づけば月がよく見える距離まで近づいていた。昨日には粗方解析が終わって、進行ルートやら突入の手筈を煮詰めている最中だろう。

 

今は日本時間で午後の三時。これだけ近づいて、明日には決行という段階に来ても未だに情報が回ってこないのはどうかと思うが、それだけ安全と確実に配慮してもらっていると思えば気も楽になった。何より家の仕事と違って、後ろから撃たれたり騙して悪いが…(お約束)の心配をしなくてもいいというのは、精神安定上たいへんよろしい。気分はるんるんだった。

 

視界の隅には同じく訓練を切り上げてゆったりと帰路につく二機。あの装甲色は…織斑篠ノ之と楯無様簪様か。黒と光点しかない宇宙で紅白と水色は遠くからでも分かりやすい、装甲に専用機のカラーを反映させた更識のスタッフはいい仕事してるよ、ほんと。

 

「一夏は」

 

ぼそり、と姉さんが呟く。

 

「帰ったら何をするの?」

「何を、か」

 

言われたままに考えてみる。

 

が、帰ったところで何かするわけでもない。ただいつも通りの生活に戻るだけだと思う。起きて飯食って、適度に主や妹の世話をしつつ、クラスメイトと談笑して寝る。簪様のアニメではよく最後の戦い前にそんな会話をしてるし、夢や希望を語る場面なんだが、生憎と無趣味で閉鎖的な人間なもんで、期待されるようなセリフは出てこない。

 

っていうかね、フラグって言うんじゃないの。

 

「特には」

「そう」

 

だから素直に無いと返す。姉さんも特に何か期待していたわけじゃないのか、返事はそっけなかった。それはそれでなんか寂しい。

 

もしかして実は何か展望が聞きたかったとか? いやまさか。でも、これだけ大きなきっかけを手に入れても何もしませんは拙いのかも。いやね、全くないわけじゃないんだ、でもあまりにも些細すぎるというか……それでもやってみたいことには変わりないんだけどさ。

 

「あえて言うなら、だけど」

「?」

「料理はしてみたい、かも。あと勉強」

「何作るの?」

「余った野菜の炒め物、とか」

「ふふっ」

 

昔を思い出したのか、姉さんがほほ笑む。ああ懐かしき暗黒時代。楯無様と簪様が手を回してくれなければ今頃もっとすり減っていたか殺されていただろう、そんな世界。それでも身体が持ってくれたのは、そんな無茶でも耐えきれるヤク漬けと姉さんの料理があったからこそだ。まだ味覚が朧げな時だったけど、姉さんのごはんだけは別だった。いつぞやの満貫全席の時もそうだったが別格なんだよ。

 

恩返しってわけじゃないけど、お礼はしたい。練習してきちんと食べられるものを提供するぞ、桜花にできて俺にできないことはない、はず。

 

「勉強は?」

「これといっては。でも、せっかくコアも定着して覚えも良くなったし、今まで理解できなかったことも含めて色んなことを知りたい。迷惑かけた分は返済しないとさ」

「……そう」

 

今度は嬉しそうに答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、明日の伝達をする」

 

教壇のように出席簿よろしく資料を構える織斑先生と束さん。二人とも一応ISスーツを着用している。明日は先生も実機に乗ると聞いているので、ウォームアップでもしていたのだろう、どっと汗をかいていた。

 

「作戦開始は日本時間の午前八時。今が午後九時なので、およそ半日後になる。各自で食事や睡眠を十分にとりコンディションを整えておくように。今までも散々言ってきたが食い過ぎだけはヤメロよ、IEXAをゲロまみれにしたやつは月に置いて帰ると束が言っている」

「そこまでは言ってないよ! ただちょーっと肉片を削らせてもらうくらいで」

「良かったな、地球には帰してもらえるらしいぞ」

 

全く喜べません。何にせよマーライオンはしたくないのでちゃんと言う事を聞く。

 

「私は今回学園から借用してきた打鉄のカスタムタイプで戦列に加わる。直接指揮を執るが、全体への指示は束と山田先生が行うので基本二人の指示に従え。では後を頼む」

「ほいほーい。じゃあ早速。作戦は主に四段階、目標達成の時点で次フェーズへ移行するよ。まず――」

 

一、大和を待機位置まで前進。周囲の安全を確保し、敵機を減らしながら基地内部への侵入口を探る

二、突入班が内部へ突入。基地内部を掌握し、機能を停止させる。他は突入班の退路を確保しつつ、大和の護衛。

三、突入班から更に工作班を選出し基地爆破とデータ採取。突入班は指示に従い完全制圧。主格を捕える。

四、突入班は工作班と合流し、起爆と同時に脱出。大和が全機収容次第、即時反転し離脱する。

 

「――って感じ。第一フェーズでは兎に角数を減らすのが目的。IXEAの高火力、広範囲砲撃で一気に蹴散らす。程よく撃ち尽くしたらローテーションでIXEAは補給、全機終了したら全体で前進し、大和を所定の位置に固定する。ある程度の安全確保ができたら、今度は侵入口の確保。IEXA一機を矢面に立たせて一点突破し、後続の道を作って突入班が侵入。この時、IEXAには突入班を乗せるからパイロットを交代して、IEXA二機目が来るまで侵入口を守る」

「誰が乗るんです?」

「出撃から侵入まで、突入班は森宮姉弟…あおにゃんといっくんね。入れ替わりで乗るのが箒ちゃんとドイツの眼帯」

「私……ということは絢爛舞踏が必要な時があるということですか」

「そう。だからそれまで体力を温存してね。タイミングは指示する。難しいと眼帯が判断したらそちらで勝手にしてもいいよ」

「ふむ、了解した」

 

ここまでが第一フェーズ、と束さんはモニターに当てていたポインタをしまう。

 

「第二フェーズは内部に侵入した突入班が基地全体を掌握するまで。具体的に言うと、私がクラックするための端末を基地内にあるマシンにセットしてほしい。そうすれば防衛システムも停止できるし、地図が手に入ればなるべく安全かつ最短のルートで奥まで進められる。突入を援護した残りの全員で突入班の退路を確保しつつ、大和の護衛ね」

 

武器とか無いから、と束さんが付け加える。

 

そう、大和とかいう超弩級戦艦の名前をしてるくせにこの船、CIWSの一つも積んでいない。技術的に不可能ということはないはずだが、それをしなかったのは直掩にまわすゴーレムやらIEXA製造にリソースを割いたからなのか、あるいはそうしたくなかっただけなのか…。

 

「基地内部を私が掌握したら第三フェーズ。突入班の中から更に工作班を選出して別行動をとる。工作班は引き続き基地内部を探索しデータ回収と、爆破物の設置を行う」

「ば、爆破? だ、大丈夫なんですそれ?」

「さぁ? 必要以上持たせるつもりはないけど、大丈夫なんじゃない? 地球で核弾頭使ってもクレーターが増えるだけだし」

 

それは今更月にクレーターが増えても良くね? ってことですかねぇ。質問した織斑も眉をひくつかせている。

 

「んで、突入班は継続して基地内部の制圧。首謀者というか、親玉を捕えるないし殺害ね。最後は――」

「合流して脱出する」

「そーゆーこと。突入班と工作班は私が、他全部はこの……乳牛先生が担当だから」

「ヒドイ!?」

 

この場の大半が被害者と同じ感想を抱いたのだけども、それと同時に「あー」と納得してしまう自分達がいた。天災の親友が苦い顔で納得している時点で誰もフォローなんてできるはずもなく、乳牛先生は隅のコンテナに腰掛けて固まってしまった。キノコ生えそう。

 

まぁ、桜花曰くやるときはやってくれる人…らしい。公私共にブリュンヒルデの相棒を務めるとも聞く。桜花がそう言うなら信じるに値するし、今までの航海中も常に的確なアナウンスには助けられたのだから大丈夫だろ。

 

「おっとこれを忘れてた。班分け」

 

それ一番大事な奴、と突っ込んだのは俺だけではないはず。

 

突入班

森宮蒼乃 一夏 マドカ 皇桜花

工作班

スコール オータム

 

IEXA1

森宮蒼乃 一夏 → 篠ノ之箒 ラウラ・ボーデヴィッヒ

IEXA2

織斑秋介 シャルロット・デュノア

IEXA3

更識楯無 簪

 

「以上」

「なんというか……」

「偏り、激しいね」

 

デュノアの呟きには激しく同意するが、妥当な人選とも言える。

 

突入班は明らかに殺人を考慮した構成だ。直接手を下したことのある更識実働部隊と裏社会筆頭と言えなくもない亡国機業の二人。工作班として二人をセットにし、更識と亡国機業で綺麗に分けられるところまで含めてベスト。連携の確認をする必要も無いときた。工作班の二人からすれば、情報抜き取りと爆破なんて朝飯前だろう。

 

IEXAも恐らくこれが最良。ワンオフを発現している二人…しかも例を見ないほど強力なのだから使わない手はない。エネルギー供給の絢爛舞踏、エネルギー削除の零落白夜はセットでなんぼだ。パートナーも万能タイプ、コミュニケーションも円滑に行えるだろう。

三機目については……ふむ。中国の凰同様、水分の無い宇宙では動きや攻撃を限定される楯無様は先の一戦でやりづらさを感じたのか前に出ないと言っていたが、あと一機余裕があるならと抜擢されたな。どちらを乗せると問われればそりゃ安定して強い代表を乗せる。となれば相性のいい簪様がパートナーに選ばれるのも自然な流れだ。

 

しかしながら、顔を見渡すと多少の不安というか…懸念はある様子。

 

「これが最も成功率が高く被害も抑えられると判断した。異論は認めん、というよりタイムアウトだ。今から再編してはIEXAと装備の調整が間に合わん」

 

気持ちは分らんこともないが…と付け足した先生はそのまま解散を宣言し、半ば強制的に部屋から追い出された。腑に落ちない、といった様子が大半を占めていたが、たむろしていてもどうせ怒られるだけだとこの一年で学んだ学生一同はまばらに解散していった。

 

さて、俺はどうしたものか……。




実はIEXAが書きたい、というのが今作の動機およそ三分の一を占めていたわけですが、どうしてこんな終盤に登場してしまったんでしょうかね。私はそれで満足できるのか?

ところで、ダブルエックス好きですか? DX。間違ってもWXとかXXではない。

いやーエックス好きなんですよ、高木さんじゃないと満足できないですね。んでもってティファ大好き、超好き。ガンダムシリーズのヒロインで一番好き。化粧してた回とか鼻血でたんですよ、まじで。

だから(?)ダブルエックス大好きでしてねぇ。

コルレルをハチの巣にしたマシンキャノンとか
ちょー分厚くて鋭いディフェンスプレートとか
ぶっといハイパービームソードとか
説明不要の超火力、ツインサテライトキャノンとか
排熱で前身各所が展開するの、興奮しますわぁ

ところで、IEXAはどんな外見してるんでしょ(すっとぼけ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75話 AM0800

トマトしるこ、です
寒くなってきましたね。
投降されてる皆様の作業BGMは何でしょうか? 最近の私はドルフロとゼロ使ですねぇ


目を閉じて静かにその時を待つ。今だけはIEXAのセンサーもカットして、瞼が見せる暗闇に身を溶かしていた。

 

時刻は日本時間で午前七時五十八分。

 

あと二分だ。

 

不安や恐怖は感じない。何せ、入学前はこれが当たり前だったんだから。気休め程度にしかならない防弾チョッキを着て、いつ後ろから撃たれるとも分からない怯えを抱えながら、弾丸やら爆弾やらが飛び交う戦場に飛び込んでは銃を乱射してた。

 

場所と武器が違うだけさ。

 

……いや、身の回りはだいぶ変わったか。背中を預けられる、ってことがどれだけ安心できて満たされることか。もう一人じゃないんだ。

 

後ろにいるのは、背負っているのは俺が護りたくて、守ってくれる人達。

 

だからこそ、今が使命を果たす時だろう。

 

《定刻です》

 

相棒の一声で目を覚ます。ハイパーセンサーが捉えた情報が瞼を空けると同時に徐々に脳へと雪崩込み、両目が常人では茹るほどのそれを的確に処理していく。

 

大和を最後衛に置き、ようやく出番が回ってきたゴーレム三十機が前方厚めに張り付いている。その中心には真空空間故に強みを大幅に削られた凰が腕組みして仁王立ちしている。

 

そこから一キロ離れた先に専用機で構成されたライン。カスタムタイプの打鉄で静かに佇むブリュンヒルデを中心に、大和を守るよう扇状に広がっていた。砲撃可能な機体はやや下がり、それを守るように中近接型が壁を形成している。

 

更に2キロ先。俺たちを含めた三機のIEXAが等間隔に並ぶ。あとたった一言あれば、俺と姉さんの、楯無様と簪様の、デュノアと織斑のIEXAが前方の白い衛星に向かって火を噴くのだ。

 

ハイパーセンサーの望遠画像とレーダーが、はっきり見えなくとも確かにうじゃうじゃとBRがいる事を教えてくれている。羽虫のごとく密集して、物量による厚い城壁を築いていた。

 

『ちーちゃん?』

『ああ』

『んじゃ、作戦開始』

 

その合図を皮切りに、グリップのスイッチをぐっと押し込む。コントロールシリンダーが、そしてスーツを介して思考が伝播し、IEXAは背負った追加装備のミサイルコンテナを解放した。肩越しに銃身が伸びた大型荷電粒子砲にエネルギーが流れ込み、次第に銃口から電流が迸る。

 

『ミサイル第一波で敵全体の数を減らす。各機、送信されたデータと攻撃範囲を基準に弾道をセット』

「……」

 

姉さんが無言で束さんの指示に従ってデータ入力を行う。仕事のない俺はぼうっと整理されていくラインやデータを眺めていた。自分がこの中を突っ切るなら、必死に覚えようとにらめっこでもしていたかもしれない。

 

『斉射』

「一夏」『お姉ちゃん』

「応」『ええ』

 

もう一度同じスイッチを押し込む。百のミサイルが機体のラックから順次撃ち出され、垂直に指定距離を航行してから意志を持ったように複雑な機動を描き、羽虫を平らげようと群がっていく。

 

右端の俺たちと、左端の楯無様達、合計で二百の弾頭が一斉に華を咲かせた。大気の無い宇宙では振動という概念が存在しない為、あれだけの爆発なら必ず響く重低音を耳が拾うことはない。ただ爆散していく光とセンサーだけが、着弾を証明していた。

 

『うおお、すげぇ』

『壮観だな』

 

織斑の呟きとラウラの独り言が全員の気持ちを代弁していた。何せ、一生に一度見れるか見れないかの壮絶な光景だ。勿論、できる事なら見ない方が良いという意味で。

 

『ミサイル第二射用意。侵入口までの道を作る。解析データ送ったから周辺の敵を一掃して。しゅーくん、メガバズーカランチャー発射、薙ぎ払え』

『了解! いくぞ!』

『一夏、加勢するわよ。どうせエネルギー補給前提なんだから派手にかましなさい』

「了解」

 

中心に居たIEXAが一射の為だけに運搬したジェネレーターと直結。十メートル近くあるランチャーを構えた。まるで戦艦の主砲にしがみ付くような態勢だが、あれが正しい姿勢なんだろう。標準装備の荷電粒子砲でさえあれだけの火力が出るのなら、専用のジェネレーターを使ったコイツはどこまでやってくれるのか。

 

レーダーが感知するギリギリの敵機を狙って放たれたそれは、彗星と見間違うほど巨大で輝いていた。俺の荷電粒子砲が米粒みたいだ。

 

向かって左側から右へ薙ぎ払われた光が、滑るように月面と前方の城壁を舐める。

 

『う、おおおっ!?』

 

何も起きない、と思った次の瞬間。光の軌跡をなぞる様に先のミサイルに劣らない爆発が巻き起こる。

 

『にゃははは! すっごーい!』

『は、博士? あまりやりすぎると、月の地形が変わってしまうのでは?』

『だいじょーぶ。どうせ一回きりだから。にしても凄かったね! 一回言ってみたかったんだー、薙ぎ払え! って』

『それが似合うのはどちらかというと織斑先生のような…』

『デュノア、何か言ったか』

『い、いえ、なんでもないですー……』

 

かの名作は国境を越えているらしい。そしてその意見には激しく同意するぞ。

 

レーダーは今の砲撃でかなりの数が減ったことを知らせてくれるが、非常に厄介だが月面にある連中の基地からまだ湧いてくることも知らせてくれた。普通ならあの一発で黙って白旗上げてくれると思うんだが。いや、たったの一発でミサイル二百と同等の戦果を得られたなら上々か? コストは考えたくないな。

 

『じゃ、織斑君は下がって』

『分かりました。追加装備はブレードで良いんですよね』

『ええ。好きなのにしなさいな』

『了解』

 

はしゃぐ束さんに代わって楯無様が指示を出す。素直に従った織斑は既に物言わなくなったランチャーを破棄して月に背を向けた。

 

『いくわよ!』

「はい」

 

減っているはずなのにちっともそう見えないBRへミサイルの第二射を小刻みに放つ。姉さんはさっきのような凝った弾道制御はしていない様で、垂直に打ち上げられたミサイルは弧を描いてまっすぐ群れに突っ込み穴をあける。

 

被せるように打ち上げられた楯無様のミサイルは、俺たちが開けた穴を広げるように敵の数を減らしていった。脈を打つように炸裂していくミサイルが、侵入口までカーペットを敷いていく。

 

が、ちっとも薄くならない。広げたと思ったその数秒後には元通りに戻っていくのをずっと繰り返していた。

 

今はまだミサイルの弾薬に余裕があるが……。

 

「減りませんね」

『全くね』

 

ぽろっと心の声が漏れていたようで、楯無様が返してくれた。

 

『どこにこれだけの資材があったんだろ……』

「…月面?」

「え、あそこって鉱石あるの?」

「さぁ」

『でもまぁ、蒼乃さんの言う通りかも。地球から打ち上げられて廃棄された衛星を拾ったとしてもこの数を維持するほどじゃないし』

「お嬢様、まさか月面開拓なんて夢みたいなこと言い出さないでしょうね」

『私はそこまで夢想家じゃないわ。でも、簪ちゃんが……ねぇ』

『お姉ちゃんは私を何だと思ってるの…』

 

そんな突拍子も無いこと言ったって、更識は国内じゃあその道で知らぬ者はいないほど知られているが、海の向こうに少しずつ手を伸ばし始めた程度でしかない。ウワサは広まっているかもしれないが、所詮はその程度だ。

 

いや、逆に考えてウチが頂いてしまえば一気に世界の更識に躍り出るのか?

 

似合わねぇ。

 

『貴方、失礼なこと考えなかった?』

「いえ全く何も」

『…後で話があります』

「はい…」

 

楯無様のカリスマはそういう類じゃない、と思っていても流石に伝わらなかったらしい。

 

しかし、本当にどうしたものか。

 

そんな馬鹿げたことも実現できそうにないくらい、前に進めないんだが。IEXAならエネルギー任せのトンデモ兵器でかき回すこともできるが、敵と同サイズのISじゃ袋叩きにあってしまう。言葉通り、数は暴力だ。

 

例えIEXAで無理やり突破して大金星を挙げたとしても、外で出口を守ってくれているはずの他が倒れてしまっては意味がない。こっちの主力はISなんだから、ISが十分に叩けるような戦場を整えておくのが俺の仕事。だから、終わりが見えなくてもミサイルを撃ち続けるしかない。かといってそのミサイルも延々と撃てるものでもないし、エネルギーが切れては意味が無くなる。

 

……っよし。

 

「一夏」

「大丈夫。今度は上手くやる」

 

意図を察した姉さんが止めに入るが、今はこれしか思いつかない。どうせこっちは不利なままで、持久戦やられちゃ確実に負ける。

 

正攻法度外視の電撃作戦に無茶は付きものだろ?

 

「……」

 

後ろからため息が聞こえた。

 

「楯無様。突っ込みますので、そのまま援護下さい。私のミサイル残弾置いていくんで」

「任せた」

『ちょ、ちょっと!?』

『だ、だめっ! だって…!』

『っあああもう! 偶にでいいからご主人様の言う事ちゃんと聞きなさいよ!』

 

チャネルから聞こえる制止を振り切るようにペダルをベタ踏みし一気に加速。ミサイルを満載したコンテナを切り離して、もう一機のIEXAから単調に撃ち込まれるミサイルに紛れて戦場に飛び込んだ。

 

センサーが拾った視界は敵ところどころミサイルといった様子。土砂降りの中に傘無しで全力疾走するようなものだが、不思議とずぶ濡れになるイメージが少しも沸いてこなかった。代わりに、始めてISに触れた時とは違う全能感と充足感…温かさがある。

 

スティールシールドをミサイルコンテナが装着されていた箇所に固定し、開いた左手に右手の二連装エネルギーライフルを持ち替え、レーザーブレードを抜刀。

 

荷電粒子砲で爆炎を晴らすついでに前方を蹴散らしてど真ん中に躍り出る。

 

背には主と船と青い星。敵機はたかが千と幾ばくか程度。エネルギー切れを起こす前にかく乱しまくって船を近づけさせればいいだけの話だ。

 

負ける道理が、ない。

 

「夜叉!」

《Shift"Limit-Lv2"》

 

これはいつかの続きで、報復で、リテイク。同じように……いやそれ以上に蹴散らす。だから奮発してやるよ。

 

強化装甲展開は専用機の意匠がそのまま表れる。姉さんの災禍なら白と青のドレスの様に。夜叉なら光沢のない深淵のような装甲と、大小さまざまなブレードが全身に備えられている様に。

 

二段階目のリミッターを外すと、それらのブレードが内側に(・・・)突き立てられる。

 

「……っ」

 

痛みを堪え、夜叉と繋がるまで必死に耐えた。三秒もあれば終わるそれは、痛みに慣れた俺でも結構苦しい類だが、きっちり仕事を終えた夜叉が終わりを告げる。先とは違った高揚感と鋭敏な感覚が証拠だ。

 

肌表面にブスリと差し込まれたブレードを介して夜叉と接続。感覚が広く引き伸ばされ、思考は加速しクリアに、視界はくっきりと鮮明に、身体が滑らかにコンマのズレもなく動く。

 

「おおおお!」

 

ブレードを一振りすれば三機を両断し、ライフルを乱れ撃てば五機を穿つ。荷電粒子砲が火を噴けば十など容易い。

 

ミサイルの誤射を気にする必要はなかった。弾道の入力がされていないのをいいことに、姉さんが近づいてきたミサイルの制御を奪って近づいてくるBRに片っ端からぶつけまくった。

 

密集したBRは俺から逃げようにも味方が邪魔で動けない。俺達は武器をフル稼働させて近づけさせない。

 

「ぐっ!」

 

一様に距離を取りたがる敵機を一撃で屠っていくが、それも長くは続かなかった。

 

視線の先、姉さんが見つけたそのBRは遠距離型らしく大きなライフルの銃口を俺に向けていた。その射線には当然逃げまどう仲間が居た筈だが、それらを無視して、仲間ごと撃ってくるとは。実に、無人機らしい。数があって、命の心配もなく、効率的にダメージを与えられる。幸い装甲に被弾はないが、貴重なライフルを破壊されてしまった。

 

ささっと数を減らしたいところだが、まずはアレだ。放っておいて味方殺しをやってもらおうかとも思ったが、致命的なダメージを受けたくはない。

 

マウントしていたシールドを構えて遠距離型に正面を向け加速。優先して武器とコクピットとスラスターが密集する上半身を防ぐ。はみ出した放熱フィルターやら脚部がBRに掠ってシールドエネルギーを削っていくが、IEXAそのものが弾丸になって遠距離型との間にいるBRを撥ねた。

 

「来る!」

 

姉さんの叫びと同時、シールドがぐっと重たくなった。

 

《スティールシールド、融解します!》

 

硬さがウリと聞いていたんだが、何機も破壊してきた後では流石に耐えきれないらしい。視界を埋め尽くす盾の中心が徐々に赤く変色しては広がっていく。舐め溶かされたシールドが熱で柔らかくなり、緩めない加速の影響で上半分が折れ曲がり千切れていった。

 

同時に熱線を塞ぐものが無くなり浴びる、かという一瞬でたどり着いた俺は重火器ごとBRを熱されたシールドを押し付けて焼き壊す。解けた金属が飛び跳ね、完全に回路を焼き切った。

 

「自分で調理したシールドのお味は如何かな」

「冗談言ってないで」

「分かってる」

 

味方お構いなしに撃ってくる以上、避けるのが難しいIEXAに必須のシールドを失ってしまったのはかなりの痛手だ。代わりのモノは積んでないし、そこらのBRも代用できそうにない。離れすぎてミサイルの援護が届く距離を離れて深く入り込み過ぎた。

 

ブレードを左手でも抜いて切り払う。せめてスラスターは守らねばと荷電粒子砲を背後に向けて連射し、何とか一定の距離を保つ。

 

IEXAはISと違って完全な機械だ。操縦に支障がないように人体を模して造られているが、それでも一種のマシンらしさを残している。

 

なら―――

 

「こういうことだってできるだろ!」

 

両の手首の関節をフル稼働。ブレードを維持したまま高速で回転した腕の先は円を描いたそれはシールドに見えなくもない。

 

触れたものを焼き切るやたらと攻撃的なシールドだが。

 

元の場所へ戻りながら、両腕を振り回し弾丸を防ぎつつ切り進む。これ、思っていたより優秀だわ。夜叉でもできるように改良してもらおうかな。

 

「荷電粒子砲残弾ゼロ。切り離す」

 

エネルギー切れを起こして無用になった砲身を放棄する。これで残った武器は腕と肩のガトリングに、大腿部内蔵のアーミーナイフ二本のみ。この数にナイフはあまりにも無力すぎるし、ガトリングも内蔵火器かつ弾薬の消費量が半端じゃないので、ブレード二本で粘るしかない。格闘はダメだ、夜叉のそれと違って殴る事を想定してないから脆すぎる。

 

いよいよ後がなくなってきた。

 

「まだ来ないのか…!」

「……来た」

 

ぼやいた俺の周囲を熱線が通り抜けていく。出所には……二機のIEXAと数機のIS。白と橙のIEXAがまたしてもデカいコンテナとブレードを抱えてこちらへゆったりと飛んでくる。

 

『ふぅ。無事ね』

「お陰様で」

 

楯無様と簪様のIEXAにはミサイルコンテナに代わって二連ガトリングへ換装したようだ。ゴツイ砲身から伸びた管が、背部に背負ったドラムに繋がっている。

 

『こっち向け、エネルギー補充するぞ』

「…ああ」

 

織斑とデュノアが抱えていたのはバッテリーらしい。横をすり抜けた水色のIEXAが代わって前に出て弾幕を張ってくれている間に俺も機体も補給を済ませよう。シートからドリンクを二つ取り出して片方を姉さんに投げ、もう片方を開封してストローを取り出し咥える。ベルトも緩めた。

 

言われたとおりに背中を向けると、何かが差し込まれた音と同時に計器のメーターがFに近づいていく。

 

『お前でも…』

「ん?」

『こんだけボロボロになることも、あるんだな』

「はぁ……」

 

ため息交じりにストローを口から離す。

 

「俺はそう色々とできるタイプじゃない、要領も良くない。多少荒事が他人より向いてる程度でしかない」

『お前で多少なら他はどうなるんだよそれ』

「それが普通だ。こんなこと出来なくていいんだよ」

 

ずごご、と音を立てて中身を飲み干す。ゴミになったそれをダストボックスに入れて口を拭った。

 

周りと足並み揃えられる人間が一番良い。

 

蹴って殴って撃って斬って、こんなん出来たって生きていけない。まぁ、生き延びるには申し分ないけど。

 

『一夏様、一夏様。お怪我はありませんか?』

「ああ、特には…って機体にへばりつくな桜花まてまてコクピットを無理矢理こじ開けるな!」

『わたくし、お顔を見るまで安心できませんわ』

「後で幾らでも見せてやるから離れろ、姉さんが怖い」

『まぁ、それは、仕方ありません』

 

不服そうにツインテールが離れていく様子にほっとする。どうやら近くにいるのは一緒に乗り込む突入班のようだ。入れ替わりでIEXAに乗る篠ノ之とラウラもいる。

 

『私もマドカも心配したんだ、単機であの数に突っ込むなぞ正気の沙汰じゃない』

「そこまで言うか」

『簪が止めたんでしょ? 兄さんが前に撃墜されたときとそっくりだから、さ』

「戦闘で二度も同じ失敗するかよ」

『だといいけど。ほら、終わったよ』

「ああ」

 

マドカの合図に合わせてシートに座りなおしベルトをきっちり締める。エネルギーも満タンとはいかないが八割程度まで回復できた。篠ノ之と交代するまで持てばいい、これだけあれば十分だろう。推進剤も余裕がある。

 

「楯無様」

『行きなさい。私達はここで大和の壁になる』

 

作戦ではIEXA二機で侵入口まで強行することになっている。篠ノ之が俺の代わりに乗る以上、エネルギー消費が激しい織斑がセットになるのは当然で、消去法で楯無様と簪様が後続になるのもまた当然。それを意識してのガトリング装備だろう。

 

『二人とも。ううん……蒼乃さんと桜花も。私、同じこと二回言わないよ』

 

簪様が言うのは、多分臨海学校の時の事。更識として命令された初めての時で、よく覚えている。必ず無事で帰ってきなさい、か。

 

なんだかんだとあったけど、遅れながらもちゃんと俺は帰ってきた。あのまま戦い続けていたら確実に墜とされていただろうが、今日は違う。

 

「はい」

 

だから短くはっきりと応えるだけに留めた。

 

『IS全機、IEXAの指定位置に機体を固定せよ。織斑、お前が先頭だ。一夏は盾を失っている』

『分かった』

 

ラウラの指示でISが機体に備えられたグリップを握りしめ、装甲版に格納されたベルトで機体を固定していく。姉さんのゴーサインが出たことを織斑に伝えて先を行かせた。水色のIEXAに親指を立てて過ぎ去る。

 

さっきの俺同様にシールドで防ぎつつ轢きまくりながら突進する後ろをついていくだけだ。すげぇラク。

 

そんなルンルン気分で周囲を眺めていると、離れた場所で爆散するBRが目に入った。装備からして少しばかり苦しめられた遠距離型か。

 

その一機を皮切りに各所で同じようにBRが撃墜されていく。少なくともここにいる誰かの攻撃じゃない、射線は背後から伸びていた。

 

『ご武運を祈っていますわ』

『頑張ってね。待ってるから』

 

狙撃装備を持ったオルコットとリーチェだ。ここから大和までは結構な距離があるし、大気のない慣れない空間できっちり当てているのは流石だな。二人のお陰で、遠方から進行を防ごうとする妨害は無く、正面はシールドと荷電粒子砲でうまく織斑が蹴散らしている。

 

全体的な数も最初に比べれば減っており、当初思っていたよりは苦労せずに目的の場所までたどり着くことが出来た。俺の特攻も無駄にはならなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 

侵入口はIEXAで入るには小さすぎて、ISなら少し広い程度の大きさだった。元々置いていく予定だったので問題はないが、例え何かあってもIEXAが助けに来てくれることはなさそうだ。

 

機体の四肢を広げて侵入口を機体で覆うように固定し、コクピットを開ける。タイミングよくベルトを外してコクピットまで移動してきた篠ノ之・ラウラと顔を合わせる。

 

「交代だ」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

最後にもう一個だけドリンクを開封して一気に飲み干す。さっき飲んだ分のゴミも取り出した。あとで焼き捨てよう。

 

……。

 

振り向きざまに抜いたマーゲイバリアンスを篠ノ之へ向けて発砲する。

 

三点バースト方式が採用されたその大口径弾は、篠ノ之が神速の抜刀を見せて軽く防がれてしまった。

 

「私とて流石にあれだけ時間があれば成長する」

「らしいな」

「……言う事は無いのか」

「特には」

「はぁ」

 

紅椿を受領した直ぐの臨海学校で、浮かれた篠ノ之にこうやって説教したことを思い出す。あの頃の情けなさなどもう影も形もない。粗を探せばまだ未熟さが浮かぶだろうが、十分立派だ……と夜叉が言っていたが、信じてもよさそうだ。

 

呆れた様子で横を通り過ぎた篠ノ之は強化装甲展開に切り替えて前座のベルトを締めた。

 

「ラウラ、任せた」

「ああ、任されたよ」

 

地球ならパンと乾いた音が響くであろうハイタッチを交わしてするりと外に躍り出る。十分に距離を離してから強化装甲展開からメットを除いて通常展開に切り替える。ゴミはサクッと姿勢制御ついでにスラスターで焼いた。続けて姉さんも外に出てきて、展開を切り替える。

 

コクピットが閉まり、一度はグレーの装甲に戻ったIEXAが、今度は黒と紅に装甲を染め上げていく。

 

「すまないが武器はレーザーブレードとガトリングとナイフしか残っていない」

『むしろ好都合だ。変に射撃武器があることを意識すると動きが鈍る。今のほうが剣が二本、脇差二本でラクだ』

 

なんともまぁ頼もしい発言だ。

 

『奥に行くまでは盾になる。早く行け!』

 

ブレードの感触を試したIEXAはこちらに背を向けて、ガトリングで牽制を始めた。

 

「姉さん」

「今の内に潜り込む。一夏を先頭にアローヘッドで潜入。二人は殿」

「へーへー」

「はぁい」

 

気の抜けた返事をするオータムとスコールだが、手は装備の最終点検を済ませているあたり問題は無さそうだ。

 

「束」

『はいはーい。いい感じ?』

「侵入口に取りついた。第二フェーズへ移行する」

『りょーかい、気を付けてね。こっちはずっとモニターしてるから』

 

通信を終えた姉さんは手ごろな剣をナノマシンを集めて握りしめる。それを合図に各々が武器をコールして気を引き締めた。俺も一通りの武器を展開してはシールド裏のアームに固定し、ジリオスを右手に抜く。

 

「侵入」

 

姉さんの合図に従って、俺はスラスターに火を入れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76話 AM1034~

トマトしるこ、です。

ハロウィーンが近いですね。皆さん仮装とかされるんでしょうか?
私は仕事と人間関係に疲れてビールで潤うおじさんの仮装をしますよ。

…つまり毎日がハロウィーン?


AM1034

 

視界に表示した時計が、作戦を開始してから三時間以上経っていることを教えてくれる。IEXAを篠ノ之・ラウラと交代して、本丸に侵入してからおよそ三十分程度。

 

敵と呼べる存在はほとんど見当たらなかった。

 

「どうなってる」

「知るかよ」

 

オータムの愚痴に、半ばやっつけで返す。珍しく、本当にコイツにしては珍しく十割の疑問だけが先の言葉に込められていた。態度にこそ苛立ちが現れているが、頭の中はハテナマークが浮かんだ傍から弾けていることだろう。安心してほしい、俺もそうだ。

 

内部の地図についてはまだ入手出来ていない。プランでは基地内にあるマシンに端末をセットして情報を抜き取るまでが第二フェーズで、端末を経由して束さんが全体を掌握した後は第三フェーズに移行して、いよいよ深部で待ち構えているであろう大将を討ちに行く……んだが。基地は俺たちの想像を超えるレベルだった。

 

何が、と言うと広さが。もうめちゃくちゃ広い。かなりの距離を進んだはずなのに、目的の場所は未だ見つからないままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AM1002

 

僅か三十分前のことを思い返す。

 

侵入口……形状からしてドックと言うべきか。ドックから入った俺たちは、まず管制室へ向かった。地球で言う港の役割を果たしているなら、それを制御している部屋が近くに無ければおかしい、という束さんの指示だ。が、これは意外な結果で徒労に終わる。

 

管制室は直ぐに見つかった。だが、何者かが争った形跡がそこかしこに見受けられ、室内は漂う血液とこと切れた死体。彼らの手には銃器やべっとりと血液が付着したナイフといった凶器が握られており、殺しあったことだけは理解できた。服装も同じようなデザインばかり。つまりは内輪揉めということになる。

 

死体や飛散物を払いのけて目的の端末に手をのせる。ダメもとで適当に幾つかのスイッチを触ったり、ディスプレイをタッチしてみたが反応は全く無し。それもその筈、端末やドックを除くガラスなどなど、室内の至る所に銃弾が抉った痕が見られるのだ。端末もここで行われたであろう殺し合いの犠牲になったらしい。

 

「……だめだ。ぶっ壊れてる」

「電気は通っているみたいだけどね」

「まぁ、これだけ損傷していては。生憎と死体の状態から何時頃なのかも判別がつきません」

「え、検死できんの?」

「ええ、まあ、多少は。ですがそれも地球上であればの話ですわ」

 

桜花の意外な特技に驚くオータム。そして桜花の多少のレベルがお前の想像以上に高いことも推して知るべし。

 

照明はまだ生きているので電気そのものに問題はないことは見ればわかる。単純な破損による故障だ。ただし、遡っていつ殺し合いが行われたのか、そもなぜ身内で殺しあう必要があるのか。ここ以外にも同じようなことが起きているのか。なぜ片付けられずそのままなのか。再利用されずに残されているのか。そのままにしていながらこのドックを使い続けるのか。

 

疑問が次々と湧き上がってくるのも仕方のない事だと言えた。そしてこの場で考えるのが無意味であることも。

 

「束」

『うーん、そっち側が壊れてると私もどうしようもないなぁ。端末に修理機能も積んでおけばよかったーって言っても仕方ないね』

「他をあたる」

『よろぴく』

 

姉さんの簡素なやり取りで方針が決まる。というよりそれ以外無い。直ぐに管制室を出た。道はまぁ、適当だ。先頭の俺が気まぐれに道を選んでそちらへ進む。ソナーは大気が無いので機能しないから反響で内部構造も探れないし、手探りしか手段がない。

 

頭の中で地図を描きながら、進路上にあるすべての部屋を覗いていく。だが、どこも大して変わらない。

 

休憩室の様な部屋があった。机に突っ伏した姿勢のまま殺されていた。

食堂の様な部屋があった。調理器具を突き刺して自害していた。

娯楽室の様な部屋があった。ビリヤードのキューが二人ほど眼窩を貫いて壁にはりつけていた。

仮眠室の様な部屋があった。紐で絞殺されていた。

浴場の様な部屋があった。枯れたシャワーヘッドを口に突っ込まれて漂っていた。

医務室の様な部屋があった。劇薬であろう液体で頭を半分溶かされていた。

喫煙室の様な部屋があった。くりぬかれた腹には吸い殻が詰め込まれていた。

談話室の様な部屋があった。死骸が土嚢の様に積まれ、爆発の後が幾つも残っていた。

食糧庫の様な部屋があった。冷凍室には首を吊るされ肉を削がれた死体があった。

倉庫の様な部屋があった。衣服を剥ぎ取られた何人もの女が汚れたまま放置されていた。

 

……。

 

と、冒頭に戻る。

 

オータムの愚痴もよく分かるというものだろう。

 

死体ばかりしかないのだ。このあたりが居住区として、基地根幹にかかわる設備がない事はよく分かる。ただ、生者がいないという、それだけの、明らかな異常事態。居住区で死人しかいないのなら、いったい誰がどこに生き残ってどのような生活を送っているというのか。

 

はぁ、とため息を吐く。伏せた視線には……数回目の動体反応を示すアラートが。

 

データリンクでそれが伝播し、全員が脳内スイッチを切り替えて武器を構える。陣形はそのまま、俺はシールドを前面に展開してゆっくりと歩を進めた。

 

生きた人間は全くいない。が、警備マシンはまだ問題なく動けているらしい。遭遇したのはどれも成人男性を参考にして作られたであろう骨格に、跳弾を誘発する装甲を纏い、室内での運用を前提とした取り回しやすいライフルを引っ提げている。重心の先にはナイフの光沢、腰にはグレネードとちっとも警備目的じゃない。ここで起きた殺し合いの為に作られた人形なのは明らかだ。

 

そして、シールドの隙間から曲がり角の様子を窺えば……来た。

 

見慣れたと言って差し支えない銃剣の切っ先。それを認識した瞬間に身体が動いた。シールドを全て背面に配置しなおして全ての内蔵ブースターを点火し爆発的に加速、半身が角から現れてこちらに顔を向けた時には既にその首が宙を舞い、胴体は粉砕されている。ジリオスで首を撥ね、ティアダウナーで砕いただけだ。

 

周囲を再度警戒し、センサーに異常がない事を確認してから武器を下ろす。それを見た仲間もまた緊張の糸を緩めた。

 

「頻度が増したね、兄さん」

「ああ。スコールの読みが当たったな」

 

守りたいものがあるから警備マシンなんてものが闊歩しているわけで、だったらこいつらが集中している場所が目的地の可能性があるんじゃない? という意見は今のところ的外れでは無さそうだ。特に反対意見も無かったのでマシンが歩いてきた方向へ進んでいるが、遭遇する頻度は上昇中だ。俺の勘は間違いないと叫んでいる。

 

大量殺人が起きた時間については不明のままだが、ここ数年以内ではないはずだ。破壊した警備マシンは所々ガタが来ているのがよくわかる状態だった。ただ、定期的にメンテナンスを受けていることも証明しており、事実としてかすりや凹みは全身に見つかっても錆だけは無い。磨くまではされてなくとも、簡単な清掃と油差しは続けられていると思われる。

 

というわけで、生きている人間が確実に居る筈と分かっていながらちっとも遭遇しないには不審しか積もらない。流石にそれらをオートメーション化する技術は無いと信じたいな。

 

通路ど真ん中で爆散したマシンを端の方へ寄せて、こいつが来た道を辿る。

 

その先には左の曲がり角のみ。センサーはその奥にマシンの反応を二つ拾った。

 

「行き止まりですわ」

 

桜花の読みは恐らく間違いない。

 

二つの反応は横並びに不動のままである。今までの傾向からしてマシンは一定の与えられた距離や範囲を巡回することが分かっている。さっきの奴は出会い頭に破壊したが、最初こそ慎重に慎重を重ねてじっくりと行動を観察していた。五分程度しか様子見に使えなかったが、そのたった五分でも決まったルーティンを三度繰り返していたあたり間違いではあるまい。

 

さて、どうしたものか。距離はおよそ五十メートル。ISの加速でも流石にマシンが認識する前に潰せる距離ではない。何より角の向こうがどういう状況なのかがさっぱりわからん。夜叉の加速に任せて突っ込んでもいいが、明らかに防戦を意識した広さと長さの通路にトラップが全く無いってことはないだろうし。かといって銃撃や爆発物を使うと、その先にあるかもしれない目的のブツが壊れるかもしれない。

 

「正面突破」

「……はぁ」

 

ごー、と気の抜けた姉さんの指示にため息をついてしまう。折角いろいろと考えていたのにね……行けと言われれば行くさ。姉さんが言うなら、俺が悩んでいたのは余計な心配なんだから。

 

しょうがないなぁ、といったジェスチャーを大げさにとって見せて踵を返す。獲物はそのままに、一歩踏み出して九十度ターンし一気に加速した。

 

『!!』

『!!』

 

思っていた通り。視界の先は行き止まりで、二体の警備マシンが扉を背にして銃をこちらへ向けた。銃も素体も、屠ってきたマシンと全く同じ型。だから同じように撫で斬りにして粉砕してやれば物言わぬガラクタになるはず。

 

機械らしく、微動だにせず構えたライフルから弾丸が雨の様に吐き出される。流石の俺も雨の中を濡れずに歩けるか、と言われるとノーと応えるので傘をさす。ISのシールドを抜けるほどの火力など出せるものかよ、弾丸は雨粒の様に弾かれるばかりで無駄でしかない。

 

まっすぐに通路を抜け、懸念していたトラップなどどこにもなく、あっさりと一振りずつで決着はついた。

 

特にそれ以外の障害は無さそうだ。ここまで来たら色々と気にしても仕方がない、吹っ切れた(諦めたとも言う)俺はうんともすんとも言わない扉をティアダウナーで豪快に引き裂いた。電磁ロック付きの扉は恐竜映画でよくあるような爪痕を残してその役割を終える。

 

中を覗いて誰もいないことを肉眼とセンサーで確認してから合図をして仲間を呼び寄せた。

 

「スコールの読みは半分正解半分外れってとこだったな」

「残念。ま、ガタが来てるしぃ」

「何言っても失敗を認めないタイプだコイツ」

 

正解した半分は、マシンを辿れば目的にたどり着けるかもしれない、という推測。乗り込んだこの部屋にはデカい端末が一つと、繋がれたモニターがずらりと壁に掛けられている。移されているのは見覚えのある部屋の映像……つまり監視カメラだ。ここならシステム掌握も実行できるだろう。

 

外れたもう半分は、マシンに感知された時点で基地内の防衛設備が一斉に起動して襲ってくる、という懸念。警備マシンに感知された段階で警報が鳴るのでは、と溢してそれもあり得るというのが全体の意見だったので、見敵必殺してきた。が、どうやらこうやって見ていれば既にカメラでバッチリ写されたりしてるので意味のない行動だったらしい。

 

何食わぬ顔で拡張領域から四角い箱を取り出したスコールがそれをデカい端末の上にそっと設置する。それ以上特に何かすることも無く後ろ脚で距離を置いて通信を開いた。

 

「博士、ボックス設置したわ」

『はいはいー。少々お待ちをー』

 

束さんの返事が返ってきてたっぷり一秒後、箱が開い……四本足の何かに変形した。

 

どうやって収まっていたのか教えてほしくなるような姿に変わった箱はガシャガシャと音を立てながら端末の上を歩き、ふと動きを止めると全身からケーブルを伸ばして解体を始める。ケーブルの先端にはドライバーを始めとした工具が煌めいて、鮮やかな手際で部品に変えていく。そうやって伸ばしたケーブルが奥へ奥へと入っていくと……モニターの映像が見慣れたものに切り替わる。

 

『お、繋がったね』

 

大画面の束さんはゴーグルとゴツイグローブをはめて手をわきわきと動かしていた。それに連動して四本足の何かもダンスを踊る。どうやら遠隔操作で解体していたようだ。

 

『これで、吸出し終わり…っと。ご苦労様』

「データを頂戴」

『もう送ってるよ』

 

束さんが言い終わる前に欲していたものが視界を埋める。マップだ。現在地を光点で知らせてくれる便利機能付き。

 

ともかく、これで第二フェーズは終了か。これさえあれば大将の首まで一直線も同然。あとは俺達突入班がどれだけ素早く敵をぶっ飛ばして外に出られるかのスピード勝負になる。工作班の二人はそれまでに出来る限りの爆薬設置と情報収集をするだけ、明確なタイムリミットは無い。

 

「第三フェーズに移行する。ここで別れる」

「了解。達者でね」

「ちゃんと合図出せよ」

「どうしよっかな」

「おいこら」

 

マドカとオータムのいつも通り? なやり取りだけでその場を締めて、突入班こと更識は素早く退室してスラスターを点火した。

 

今の時間はAM1128。突入してから一時間半も経過している。今までは警報が鳴るかもしれない、という懸念があったからこそ慎重に動いていたが、そんなものが無いと分かればこそこそする必要もない。とっとと片付けて出るのが吉だ。

 

ご丁寧にも最短ルートをマップに表示してくれているので迷うことも無ければ減速もしなくていい。直角に角を曲がって、時折見かける警備マシンを轢きまくって、最奥へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AM1130

 

山田先生が第三フェーズに移行したことを知らせてくれた。作戦開始が0800なので、開始から三時間半も経過していることになる。集中しているときにありがちなことだが、そんなに戦っているのかと自分の強化されているはずの脳を疑ってしまう。

 

「篠ノ之、下だ」

「応!」

 

機体を預けている篠ノ之の動きは良い。最初……去年の夏は本当に大丈夫かとちょっと思っていたが、情けなさは面影も無い。というのはIEXAに乗り込んだ時の一幕で既に分かっていたことだ。しかし、分かっていてもここまで変われるのかと感心してしまうもの。

 

一夏達が入っていく場面を背にガトリングを撒いて空にした後、ブレードを抜いてひたすらに斬り続けている。織斑もこの一年でエネルギーを気にする立ち回りを覚えたらしく、零落白夜を時折放っているが困った様子は見られない。篠ノ之はそもそも使う武器が限られていて省エネ運転せざるを得ない。よって、絢爛舞踏の出番はまだお預けである。

 

そう頻繁に使えるものでもないし、温存はするに越したことはない。きっちりと役割をこなしておけばいい。

 

『大和、さらに前進します。ゴーレムを更に多方面に展開するので、ISはフォローの範囲を広げてください。データリンク』

『データリンク受信。げ、流石にこれは無理じゃない?』

『あら、弱気ですわね鈴さん。先生、鈴さんは見せ場が要らない様ですので私にすこしばかり譲ってくださいません?』

『はぁー? 誰もそんなこと言ってないでしょ。アンタこそ、さっきからちょいちょいベアトリーチェがカバー入ってんのにそんな余裕あるわけ?』

『なんですってぇ!?』『何よ!』

 

「まったく、ぎゃあぎゃあと喧しい……。こんな時くらいは自重できんのか」

「それが難しいのはラウラも分かってるんじゃないか?」

「ああ。言ってみたくなっただけだ。どうにかしようともできるとも思わん…」

「そうか」

 

いやいや、そんなかっこよさげにしても変わらんぞ。普段ならお前もあの中で騒いでいる側だからな? この間、織斑の部屋の扉をとうとう木刀で両断したばかりだろうに。鮮やかな断面と技量には私も感嘆したものだが、磨く腕が違うだろう。女を磨け、女を。私が言える義理じゃないが。

 

『IEXAも見直します。(篠ノ之・ラウラ)は一度補給を受けに来てください。(織斑・デュノア)(更識姉妹)で開いた分をカバーします』

「IEXA1了解した。だそうだ」

「一先ず、秋介が来るまでは待機だな」

「ああ」

 

今現在の配置はこうだ。月に最も近い場所に私達、遠い場所には大和とIS、それを繋ぐ線上に等間隔で残ったIEXAが奮っている。一緒に突っ込んだ手前、織斑とシャルロットの2はこちら寄り、大和にはISもいるので3がそちら寄りだ。

 

まず何としても大和は守らなければならない。そして同様に一夏達が潜入した帰り道も確保しておく必要がある。故に少々戦力的に無茶がある二ヶ所で戦闘を展開している。そんな無茶苦茶を叶えてくれるIEXAの恩恵は計り知れない。コイツが無ければ今頃どうなっていたのか、考えたくもないな。

 

道を塞ぐBRを切り伏せながら、白と橙のIEXAがこちらへ迫ってくる。それを発見した篠ノ之は大和へ向けて移動を始めた。すれ違いざまに二、三言ほど言葉を交わすだけに留め、推進剤を使い切る勢いでスラスターを噴かし、シールド代わりに一夏を真似てブレードを回転させる。

 

途中の水色IEXAの横も通り抜け、見慣れたISと武骨なゴーレム軍団に手厚く出迎えられた私達は大和後方の搬入口へ頭から突っ込んで、中で膝をついた姿勢で接続を解除した。装甲の色が私達の専用機からグレーへと戻っていくと同時に、脳に送り込まれてくるデータもなりを潜める。コクピットはただの箱に様変わりして、ハッチから流れ込む光と新鮮な空気が肌を撫でていく。

 

「お疲れ様です。再出撃は十五分後ですので」

 

ジャンパーからして更識から派遣された人員だろう、ドリンクを篠ノ之へ渡して最低限の情報だけ言い渡すとすぐに引っ込んだ。前から回ってきたドリンクを受け取り、ベルトを緩める。

 

外は見えないが、恐らくあらゆる場所が点検されてはエネルギーと推進剤を補充しているのだろう。整備スタッフの怒号やら重機の音で騒がしくて、久しぶりに兵役中の頃を思い出す。懐かしく、恋しくもあるが、今の平穏さを味わった後では思うところがある。

 

「申し訳ないな……秋介達は戦っているというのに」

「そう思うならしっかり飲んで寛げ」

「違いない」

「それでいい。授業とは違って実戦は何が起きるかわから――」

『ラウラ、聞こえるな、直ぐに再出撃だ』

「……教官」

 

実戦は何が起きるかわからないから、休めるうちに休むのも立派な兵士の務めである。と言おうと思ったところで教官からの通信が挟み込まれる。いやーな予感だ。簪流に言うならば“ふらぐを立ててしまった”のだろうか。篠ノ之の苦笑いが背中越しでも見て取れるように浮かぶぞ。

 

『だから先生だと……まあいい、増援が出てきた。ISでは対処しきれん、IEXA三機で大和が射程に入る前に破壊しろ』

「その増援とは」

『デカブツ、だな。IEXAの数倍はあるぞ、さしずめ母艦とでも言ったところか』

「は。駆動系の整備とエネルギー、推進剤の補給が完了次第出ます」

『任せた。聞いたな更識、1が戻るには時間がかかる。適当に相手をして時間を稼げ』

『はい。こっちで解析したデータ、あげるね』

「助かる」

 

そこで通信が切れるが、その代わりに簪から送られたデータを閲覧する。

 

「なんだ…」

「……これは確かに、デカブツ、だな」

 

篠ノ之も私も、抱いた感想はそう違いはあるまい。

 

本当にデカい。例えるなら、城だ。円状の基盤から聳え立つ城。中央から伸びた幾つもの柱をパイプが繋いでいる。下部に取り付けられた筒からは大量のBRが吐き出されると同時に大小種類様々な砲門がぞろりと並んでいた。




超久しぶりのボダブ要素な気が


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77話 PM0044~

トマトしるこ、です。

ユニオンバトル実装当時を思い出してはあの頃の真新しさと楽しさを噛み締めてます。


PM0044

 

束さんの案内を受けて警備マシンを文字通り蹴散らしながら進んだ先で俺達は足を止めていた。視線の先には扉…と言うより壁が立ちふさがっている。パッと見ただけでは扉と判別のつかないそれだが、苦労して手に入れたマップのお陰でこの向こうに空間があると気づけたわけだ。

 

何処かに引き戸があるわけでもなし、スイッチの様なものも見当たらない。なので消去法的にぶち壊そうとするところだった。

 

が、しかし。

 

「……どうだ?」

「ダメです、傷一つありませんわ」

「やっぱりか」

 

肝心の破壊が難航していた。

 

夜叉は豊富な武装を備える速度に尖った万能型だ。好んで使う種類じゃないが、破壊に特化した武器もある程度は積んである。シールド内蔵のミサイル始め、グレネード、地雷、バズーカ、レールガン、ガトリング、エトセトラ…。

 

そのどれを使っても目の前の壁には傷一つ入れられないまま。一体どんな仕組みになっているのやら、夜叉の弾薬とエネルギーだけが無駄に減っていくばかりだ。

 

加えて編成がまずい。突入班の人選は内部で対人戦に躊躇いのない事が前提条件で、制圧力や破壊は考慮されていなかった。だから、出来る人間を選んだ上で連携を重視して更識と亡国機業に分かれて、制圧と破壊の役割を分担している。爆破担当は亡国機業の二人が担っており、装備も相応に見直し、さらに追加で爆薬をたんまりと持ってきていた。制圧担当の俺達に割けるほどの数は無い。

 

桜花はライフルが二丁とエネルギー強奪の力場生成と破壊とは無縁。

 

マドカは今回“気合の入った全部載せ”状態。火力任せにできないことも無いが、大量のエネルギーを使い果たしてしまうらしい。奥で敵が待ち構えている可能性は高く、倒し切ったとしても馬鹿みたいに広いここを脱出できなければ本末転倒だ。そもそも壁をぶち抜ける保証は何処にも無い。

 

姉さんも同じようなもので、攻城兵器でも作ってしまえば突破できなくもない……と思う。物理的にガリガリと削れる掘削機の方が、爆発物やエネルギー兵器よりも信頼性は高いが確実にガス欠する。

 

というわけで弾薬に余裕のある俺が頑張ってみたんだが、結果は御覧の通りだった。

 

「……はぁ」

 

闇雲に撃ってもダメだな、一旦落ち着いて考えてみるか。こっそりくすねてきたドリンクのストローを口にくわえてずごごごと中身を吸う。

 

最初は爆発系統を試してみた、が煙たくなるだけ。では別の壁ならどうなのかと試してみたが、こちらは普通に破壊できた。コレが特別製だということがこの時点で発覚する。

 

次はエネルギー系統。ヴェスパインと最大チャージのアグニを数発撃ち込んだがこれもダメ。というよりこれが一番効果が無かった。照射し続ければ熱で変形できるかと思ったが見えない膜に防がれているらしい。というのも、ニュードは元々こいつらの技術。当然対策もバッチリってわけ。夜叉にはニュードを含まないエネルギー兵器は積んでないので、マドカに数発ほど試してもらったが、これも同じように膜が弾いていた。ニュードに特別強い対エネルギー装甲とか、そんな感じの奴だろう。発生装置でも潰せばどうかと探してみたが見当たらず。

 

ならばと取り出したのが近接武器。ティアダウナーはIS相手なら恐ろしい質量を持つが、この壁に対しては無力だった。全力で、加速をのせた一撃を叩きこんでも傷や凹みは全く見当たらず、逆に俺の心が凹む結果に。パイルバンカーの提案があったが、杭がまず刺さらないので断念。

 

そしてどうかと思いながらもガトリングを打ち込むが……うん、察してほしい。

 

単純に硬いわけではない。エネルギー系統は壁に到達する前になんらかの膜が弾いて拡散。殴っても切っても傷や凹みはつかず。

 

「押してダメなら引いてみな、って言うけどさ」

 

取っ手なんて無いし。

 

何かしらのトリックがあるはずだ。十中八九、ニュードを用いたトリックが。

 

「って訳なんですけど、どうしましょ」

『うーん、考えてなかった訳じゃないけど、まさかそんだけ武器をガン積みしてて破れないとはねぇ』

「こっちは悪くない」

『その意見には全面的に賛成。破片とかホントに落ちてないの? 構造さえ分かればどうにでもなるんだけど』

「ない、です」

 

困ったときは詳しい人に聞く、だ。悠長に思いつく方法を潰していく時間はない。どうせ考えるなら束さんが考えた方がまだ良いだろう。

 

『いっくんなら何とかできるんじゃないの?』

「えぇ? さんざん試したんですが」

『試してないニュード兵器がまだあるでしょ? そのどれかが刺さる筈』

「そりゃまぁありますけど……どういう事です」

 

リストには束さんが言うようにまだ使っていない武器はある。UAD―レモラの様な支援火器も含めればそれなりの数が揃ってるが、一通りの系統を試しても効果は無かったし、それ以前にニュードは弾かれてしまう。

 

『倉持の一部にニュードの情報と素材を流したのは私なんだよ。その後に何だか知らないけど技術者が移動したとか一悶着あったらしいけど、結果的に夜叉はニュード技術が全て注ぎ込まれた』

「…どうやってそれを手に入れたんですか」

『自白剤飲ませて死んだ奴から直接。そいつが持ってきたデータ全部解析して手渡ししてやったんだ。解析データの中身が全部夜叉の武器に反映されているなら……』

「この中のどれかが、突破口になる、と」

『そーゆーこと。だから―――ッ! 左左! 数機抜けてる! ゴーレム回して! デカブツは――』

「た、束さん!? ……くそ、切れた…」

 

何やら非常に不安にさせる言葉を残していったが……大丈夫なのか? デカブツとか言ってたけど…。データリンクは正常に働いているし、誰かのシールドエネルギーが危険域を割っている様子も無い。

 

いよいよ不味い事になれば引き返す様になっている。その指示が来ないと言う事はまだその段階じゃないってことか…。だったらもう少し粘らせてもらおう。幸いにもヒントは貰えた。

 

「何かわかった?」

「…どうだろう。束さんは手持ちの武器を全部試せとは言っていたけどさぁ」

「意外そうなものからやってみたらいいじゃん」

「意外そうなもの、ねぇ」

 

ざっとリストに目を通す。確かに正攻法でどん詰まりになってる状態だし、抜け道はそういうところにありそうな気もするが……。

 

細かく分類して使っていないのはやはり支援火器。

 

特殊な力場を発生させて動きを鈍らせる…中心部は空間に貼り付けるほどの出力を持つマグネタイザー。

 

U字の金具から電流を流し込んで信号を狂わせ行動不能にする……スタンガンと言えばいいか、なスタナー

 

端末を中心とした球状の範囲内にいる味方機を修復してくれるリペアフィールド。

 

………。

 

直す?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AM1128

 

高速で飛び出していった四人を見送った私達はマップに視線を落とした。

 

一つの光点が移動をはじめ、もう一つは動く気配を見せない。後者が私達を示しているのだろう。これからは奥へ向かう奴らと別行動をとらなければならない。寂しくなどちっともないが、未開の土地で二人だけというのは戦力的に不安が残る。宇宙で逃げ場が無いというのが尚更それを掻き立てた。

 

当然だが、それはパートナーであるオータムには見せない。

 

「さて、どうすんだ?」

「爆薬はドッグを中心に仕掛けるわ。これだけ広いのに出入口が一ヶ所しかない欠陥住宅、潰すならこれが手っ取り早いでしょう」

「だな」

 

俯瞰すればどれだけいびつな構造をしていたのかが良く分かる。

 

地球からの発見を恐れたのか、月面上に施設を広げるのではなく、月を掘削して内部に全てを設けているようだ。そして出入りは私達が入ってきたバカでかいドッグのみ。こんな作りにするなら地球からは見えない……いわゆる裏側で建設すればよかったものを。何かしら理由があったと察するが、こちらとしては現状の方が破壊しやすいので感謝しかない。

 

月の重力など地球に比べれば非常にやさしいものだが、一応上下を訴える程度はある。上層から中層に、特にエレベータや階段を中心に仕掛ければ棺桶の出来上がりだ。今居る要所も一緒に壊していけばなお良し。まぁ、今まで見てきた限り生きている人間なぞ居ないだろうが、外から入ってこられるのも困る。破壊する場所と爆薬の設置個所は慎重に選ばなければならない。

 

「博士、マップデータには部屋の情報は無いのかしら?」

『うーん……無いね。まぁ外から誰かが来るわけじゃないし、全員が内部構造を把握していたから必要なかったとかだろうね』

「じゃあこれはどうなんだよ」

『図面が無いと警備マシンのルーティンが組めないでしょ』

「なるほど」

 

案内は知らない人間…いわば外部の為のものだ、鎖国状態の月には無くてもいい、と。

 

しかし、どこに何があるのかは分からないまま。虱潰しに駆け回るような無駄はできない以上、要所を重点的に破壊する方法はとれない。各階を繋ぐ場所に数を割いて、残りは等間隔に設置していこう。

 

「ところで博士、あの話だけど」

『ああ、いいよ。君たちがここで収集したものについて私は関与しない。好きに調べて持ち帰ると良い。ただし』

「ええ。貴女の研究と、近親者に対して害が出ない範囲で、でしょう?」

『守ってくれよ。人を手に掛けるのは骨が折れるんだ』

「勿論」

 

今回の依頼を受けたのは、全く体系の異なる技術を欲していたからだ。

 

例えばBRが昨年の夏に見せた単機での大気圏突入。ISならもちろん可能だが、ISコアに頼らないマシンがそれをやってのけたのは衝撃的でしかない。実際は全て無人機だったので、人が乗った結果がどうなるかは未知数だが、改良を重ねれば確実に実現できる筈だ。

 

更にはBR単機ごとの転送機能。こちらは有人でも機能することが確認されている。原理は全く分からないが、これを我が物とできれば……どれだけの恩恵がもたらされるのだろうか? 金だけで考えてもよだれが出るわ。

 

地球では考えもつかないような、未だ至ることのない技術を持つ彼らの知識を借りれば、何にだってなれる。いつか篠ノ之束を排除する日が訪れれば……それからはこの世界は私の、私達の物になる。

 

「うふふ」

 

通信が切れると同時に、彼女が操作していたマシンがマリオネットの様にこと切れる。ついでピーっと音を出した瞬間に小さな爆発を繰り返して粉々に砕けた。原型からして複雑だったが、ここまで綺麗に爆散してしまってはデータの回収は不可能だろう。

 

「ちゃっかりしてるぜ、あの女」

「そうね。好きにさせればいいわ。私達は私達で動いてもいいのだし」

「だな。じゃ、早速やる」

「お願い」

 

自分はしっかりとデータを頂いていった様だが別に構いやしない。私達が自由に動けるのなら。同じようにデータを頂いて帰ればいいだけの事。

 

オータムに吸出しを任せて私は爆破ポイントのあぶり出しにかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM0003

 

作戦が次フェーズに移行した事で、内部の情報を手に入れた束博士が目前の巨大兵器の仔細を教えてくれた。

 

城塞の様な外見をしたアレは、“ツィタデル”という巨大要塞らしい。主砲、電磁砲台二十基、ミサイル砲台四基、拡散熱線砲、特殊榴弾砲、その他大小様々な火器を備えているという。基部の直径はおよそ二キロほどで、それから更に囲うように柱が、砲台が、パイプがと混沌を極めている。一体何を想定して作ったのか小一時間ほど問い詰めたいが、どうせ地球がどうのこうのとか言い出すのだろう。

 

今のところは現れた場所から動き出す気配はなく、贅沢な後方支援が雑多なBRの群れを後押ししてくる程度。可愛い言い方をしてみたがそれだけでもかなり辛いものの、こちらに口を向けるバカでかい主砲が使われていないだけマシだと喜ぶことにした。

 

ISを前面には出せない。よって、IEXA二機で必死に受け止め、漏れたものをISで仕留める。結局のところやってることは変わらないが、連中の背後に控えたプレッシャーの塊が思った以上に私達の焦りを掻き立てた。

 

ミサイルや榴弾砲を迎撃して、張り付こうとするBRを機体動作で蹴散らし、すり抜けていった雑魚をせめてとガトリングで屑の様に引き裂く。それでも無限に湧き続けるBRよりも小型なあの兵器は、我関せずと言った様子で素通りしていった。

 

あれは“ドローン”と言うらしい。これも篠ノ之博士が教えてくれたことだ。

 

ボールの様な丸い形をしたBRと比較して格段に劣り、搭載される武器も一種類だけと非力な超量産マシン。ただし、その低スペックがもたらす圧倒的物量が何よりも恐ろしいのはこの場にいる全員の骨身にまで染みている。しかも個体差があり、搭載武器がそれぞれ違うのがまた小賢しい。無人を活かした自爆タイプはIEXAも無視できない火力を出すそう。

 

「まだなの……!」

「耐えるの! それとも、もうへばった?」

「こ、こんなの、よゆー…!」

 

打開の一手を知らせるコールはまだ響く気配がない。我慢強いほうだと思う妹も、流石に根をあげるくらいには長時間粘っている。気合を入れなおす一喝もどこか力の籠ってない弱弱しさがあった。

 

防戦一方なのはドローンという新戦力の小賢しさと数に加えて、もう一つ理由がある。どちらかと言うと、こちら――ツィタデルの方が問題だ。

 

見た目と状況が既にアウトだった。なので、私は見つけた瞬間に有効射程ギリギリまで距離を詰めて、荷電粒子砲でど真ん中を撃ち抜いた。遮蔽物の最も少ないルートを選んだ絶好な一射。それが、何らかの見えない力場で弾かれたのだ。最大射程最高火力を誇った一射限りのランチャーが使えない以上、これがIEXAが撃てる強力な武器だというのに、気張る様子も見せずに霧散したとあっては、私も萎える。

 

理屈はさっぱりだが、見えない力場が一度限りでないことは間違いない。無駄弾は控え、解析すると言った篠ノ之博士を信じてずっと待っているわけだ。そろそろ博士の胃に穴が開きそうで楽しみだわ。

 

『お待たせー』

「あら、噂をすれば」

『どんな陰口なのか気になる所だね』

「そんなことしません。ストレスで胃痛になりそうだとか思ってただけです。むしろ心配していたわ」

『私は腹痛よりも出される薬のほうが怖いよ。で、ちょちょっと調べてみたんだけどね、外からどうにかするのは難しそうだ。銃火器使用中につき、その銃口分だけバリア的なものが消えるらしい。あとは中に乗り込んでぶっ壊すしかない』

「はぁ、結局そうなるんですか……」

 

古今東西、デカい敵を攻略するには内側からと決まっているのだ。外からじゃどうにも出来ないからというキチンとした理由がある、決して様式美ではない。爆発する中を駆け抜けてヒヤヒヤするまでがお約束なわけだが、そうはなってほしくないわね。

 

距離はISとIEXAにはあまり関係ない。道中の敵も、先程の様に盾でも構えて吶喊すればどうにでもなる。曲者なバリアも零落白夜で切り裂いてしまえば、中に入るだけの空間は確保できるだろう。あれより内側に入ってしまえばこっちのモノだ、出鱈目にミサイルでも荷電粒子砲でもばら撒いて無力化、中に入って核を潰せば終わる。

 

なーんて簡単そうに口にしてみる。実際そんな風に上手くいけばいいけど、まぁ無理でしょうね。何と言っても推進剤と弾がヤバい。

 

「で、どうすんです?」

『いつ主砲を撃たれるかわかんないし、どれだけの火力があるかもわからないからね……安全策を取りたいんだけど、それやってると持たないでしょ』

「まぁそうですけど。補給中のラウラちゃん達の分しかもう残ってないでしょうし」

『うん。だから総力戦を掛ける』

「は?」

『突っ込むのさ! みんなでね!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78話 PM0100~

トマトしるこです。

新元号発表されましたね。今年で終わらせます。


PM0100

 

自分を中心とした透明な膜が扉と干渉して、緑色の粒子がふわふわと接触面から舞っていく。ニュードが発生させる人工的な蛍の光はその数を増やし、次第にこの広間一体に雪が降る様に充満した。発生源は透明な膜…リペアフィールドの境界面。扉に触れた箇所からは、まるで溶接の火花のように粒子が散っており、少しずつ、だが確実に、やがて穴になるであろうくぼみを深めていく。

 

まさかと思いながらも試したリペアフィールドはアタリだったらしい。びくともしない岩を押し続けるような感覚を受け続けているが、目に見えて成果が表れているのは精神衛生上たいへんに良い。

 

「どういう原理なんでしょう?」

「さぁ? 簪が居れば教えてくれたかもしれないけど」

 

生憎とそちら方面に明るい人間はこの場に居ないので、桜花の当然の呟きには誰も答えられない。帰ったら聞いてみるのも良いだろうが、今回の一連の出来事は長すぎて気怠く、重たいので振り返りたくないのが本音。今日の経験が役に立つ日が来るとも思えないし、忘れていいと思う。

 

しっかし、まさかこれが日の目を見る日がくるとはなぁ。夜叉……ISのコンセプトからかけ離れた設計だから、正直なところ下ろしていこうか迷ったんだが、良かった良かった。

 

「どう?」

「今のところは問題ないよ。帰りも同じように溶かす必要があるなら、ちょっと心配だけど」

「それは気にしなくていい。早く片付けて戻らないと」

「オッケー」

 

私が何とでもする、と頼もしい言葉を頂いたので、節約なんてケチを止めて出力を上げる。自分を中心とした球が広がることは無いが、境界面の膜は透明から半透明へとくっきりと映り、緑の火花はより激しく舞い散っていく。

 

俺達を置いて引くことは流石にしないと思う、うん。たった一つの出口を死守してくれていると信じて、一秒でも早く本丸を落として脱出しなければ。IEXAはISとは比べ物にならない火力と防御力、継戦力を誇るが無敵じゃないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM0038~

 

ゴーレムや直掩組からの手厚い声援を受け取って前線に復帰したのは、予定から少々遅れた20分後の事だった。

 

「次の補給は見込めない。だから、ありったけの装備と燃料系を持って行って」

 

整備が終了するまでの待機時間、先の戦闘で得た感覚を二人ですり合わせていると、現れた篠ノ之博士はそれだけを言い残して踵を返した。

 

篠ノ之と無言のアイコンタクトをとった後、そろってIEXAを見上げれば、地上だったらどう見ても積載過多で身動きが取れなくなりそうなほど、コンテナやら装備をマシマシに積んだ一号機がいたのはちょっと引いた。だってつい数分前に外に出た時はブレード以外を使い切ったスリムな外見だったのに。

 

そういうわけで、必要な分を必要以上に積んでしまった為に、戻るのに時間がかかったのであった。

 

しかし、時間を掛けただけの甲斐はあったようでエネルギーやら推進剤やらは枯渇寸前、いよいよ投棄するや否やの瀬戸際だったらしい。

 

『こっちは補給完了。そっちは?』

『バッチリです。いやぁ、助かったよ二人共』

「礼なら姉さんに言ってくれ。私達は運んだだけだ」

 

適当に離れた箇所に自分に必要な分を残してパックを切り離し、最後の補給が終わった。ありったけ、とは良く言ったもので、実際は余り物の詰め合わせでしかない。燃料は全機八割、エネルギーも七割、装備は豊富だが、予備弾薬が足りずほぼ使い捨て前提。先の様に内蔵武器を使い切ってレーザーブレードは最悪の最悪だろう。もう補給は望めないのだ。

 

ケチっては数で圧倒されるので、出し惜しみは禁物。使う時はしっかり使う。その上で無駄弾を減らすことが肝心だ。

 

そして、ポイントとなるのが、零落白夜と絢爛舞踏の使いどころと物理近接武器の扱いだろう。

 

作戦としては

 

『織斑君を先頭にして私達が殿。どうせ主砲はニュードだろうし、零落白夜でちゃちゃっと消しちゃって』

『ちゃちゃっと…まぁ、分かってましたけど』

『中に入ったらまず主砲を破壊。その後は外縁の砲台を破壊しながら突入口を探って制圧の後爆破。以上』

 

こうなる、というよりそれしかない。主砲を撃たれては全滅を免れられないし、主砲だけを潰せばいいわけでもなし。ある程度の安全を確保しなければ、IEXAは良くてもISはダメだろう。ISの方がエネルギー周りはシビアなのだ。大和はもっとダメ。

 

ということになったので、作戦に沿った武器編成で装備を固めている。

 

(私達)は篠ノ之用の近接武器を幾つかと、残りは全て私用の支援火器に割り切った。(織斑・シャルロット)も同様だが、役割から大型のシールドを多数装備し、また大した誘導機能を持たないものや、そもそも狙う必要のないミサイルを中心に搭載。(更識姉妹)は槍一本以外を多様な射撃武器で統一した。隊列やそれぞれの得意不得意を考慮すれば、妥当な配置だろう。

 

以降、主砲に取りつくまで私達は会話という会話を失った。

 

ため息をついた織斑は言われるまでも無くブレードとシールドを抜いて先陣を切り、100mと間隔を空けずに私達が続き、同様に青のIEXAが殿につく。いつの間にか専守防衛に作戦を変え静観していたBRは一斉にこちらへ銃口を向け、火を噴いた。

 

先頭の織斑は大型シールドを複数装備し前方は完全に塞がれて全く隙間がない。よって攻撃は通さず、一種の質量弾となって肉壁へ突撃しては触れたものを鉄塊へと変えていく。俯瞰すればカラフルな槍に見えただろうそれは、容易く分厚いBRの壁を貫く。

 

最も数の多い層を突破した織斑は構えていたシールドの三分の一を切り離し、振り返ることなく簪が得意の誘導弾でシールドを爆破。あらかじめ仕込まれていた爆薬が追いすがろうとした機体を吹き飛ばし、別途起爆した散弾と砕かれたシールドの破片が横殴りの雨となって降り注ぐ。全体から見れば二割程度だが、最も切り返しの早い集団の足を挫いたことで、結果的に最初の難関突破に成功する。

 

多勢を置き去りにすることは背後に敵が控えているということ。前方にもまだ大量のBRが待ち構え、包囲されたに等しい状態だ。ここで更識が次の一手を打つ。

 

全方向へ一斉にばら撒かれたミサイルが一定距離で起爆。ECMとスモークを内蔵したそれは一体の空間に瞬く間に充満し、巻き込まれたBRは前後不覚に陥り、また逃れたBRは覆われた空間内の信号を全て認識できず硬直する。古典的だが、センサーが全ての無人機には効果覿面といったところだ。

 

スモークを抜けたところで、三機が全方向に対して一斉射。残ったECMも織り交ぜて放出されるミサイル群は程よく命中し、また迎撃された。気を散らすことが出来れば十分程度の攪乱は、これまた面白いようにハマった。

 

残り数キロまで接近した地点で、ようやく要塞が動きを見せる。外縁部からはミサイルが放たれ尾を引いてこちらへ殺到し、真正面の主砲からエネルギー充填の光が溢れ、遠くからは見えなかった機銃が猛威を振るう。

 

ここまで来れば対策など関係ない、とばかりにただ一言

 

『ゴーゴー! 突っ込みなさい!』

 

と更識が叫び、織斑から順番にスラスターが焼き付いて使えなくなるんじゃないかというほど出力を上げた。素早くなる程近づけるが、危険や弾幕の密度は増してシールドが摩耗する。小細工に割けるだけの弾薬は底をついている、流石にここまで来れば被弾は避けられないが、それも厭わずただ織斑の後に続く。

 

「くそ、かすり傷で逸れる」

「構うな。軌道修正だけに注力しろよ」

「分かっている。後でいたぶってやるさ」

 

黙ってやられるのは私だって趣味じゃない。だから、うんと堪えて爆発させるのが吉。その為にも今は我慢だ。

 

シャルロットが背面装備のショットガンでミサイルを迎撃しているが、漏れたものや機銃が少しずつIEXAの頑強な装甲に傷をつけては機体が揺らぐ。篠ノ之が言うようにかすり傷程度だが、塵も積もればとはよく言ったもので無視はできない。現に全身の損耗度が急激に増してあっという間にイエローに到達している。

 

「まだか……!」

 

更識の合図で散開して叩く段取りになっているので、合図が来るまで…つまり十分に接近するまではこのまま走らなければならない。前を向けばそろそろ充填を完了させる砲口がある。このまま突っ込めば全員が塵になるぞ。

 

……いや、そういうことか。わざと撃たせるつもりだな。背後には船もISもある。零落白夜でしか防げない。

 

直感だが更識の意図を確信すると同時、篠ノ之もそれを察したようでケツを追うどころか両手で押し始めた。示し合わせたかのようにそれぞれが最適の行動を起こし、織斑はスラスターの出力を弱めて委ね、更識もまた私達の背中を押す。

 

直後、衝撃が織斑に叩きつけられる。

 

そして、一瞬にして霧散した。

 

タイミング良く篠ノ之が押し出したことで手が離れ零落白夜によるエネルギー消失を受けず、それを肌で感じた織斑が零落白夜を発動。ブレードを抜いて黄金のオーラを纏ったそれを振り抜き、三機とも容易く舐め溶かす筈だった一射を何事も無かったようにかき消してブレードを担ぐ。

 

『攻撃開始』

「よし!」

 

その言葉を待っていました、とばかりに生き生きと三機がうねる。

 

零落白夜を纏ったまま砲口の中へ吶喊してはブレードを振り回し、ライフル二丁を主砲基部へ乱れ撃ち、砲身にブレードを二本とも突き刺しながら基部へ向かって切り進む。

 

陥落するのは最早秒読みで、内側から爆破され貫通した穴から織斑が飛翔した後に叩きこまれたグレネードで主砲は完全に沈黙した。

 

『下部にBRの射出口があるわ、(織斑・シャルロット)は左、(篠ノ之・ラウラ)は右から潰して。適当なところで切り上げて降下、中央部で合流してBR射出口から中に侵入して制圧よ』

「む、別れるのか?」

『前半分が潰せれば十分だし、固まって動く方が被弾する。的を三つに散らせばIEXAなら避けきれるわ。そのままツィタデルまで壊してくれるなら儲けものってことで』

『え、じゃあ先輩は?』

『ここで食い止める。じゃないと残ったBRが追いかけるか大和に攻めるかに別れちゃうでしょ』

「いや、しかし…」

『いーの! 元々そのつもりだったから。ブレードぶんぶんを覚えたばかりなんだから、それらしく突っ込んで暴れるのが性に合ってるでしょうが』

『うぐ』「ぐぎぎ」

 

性に合っている、というよりそれしかできない。とは言ってはいけない。

 

『行きなさい』

『…うす』

 

納得していない様子だが、ごねる事無く一つ返事で返した織斑は指示通りに向かって左側へ飛んだ。篠ノ之は急かされる前に踵を返して右側へ加速する。

 

「背中を向けろ。その方が当てやすい」

「了解した。こうだな」

「ああ」

 

二号機の両手には篠ノ之の使い慣れたブレードが握られているが、腰の予備と格納されたナイフを除いた全てが射撃武器であり、背部を中心として機体各部にマウントされる。すなわち、それらすべてが私の手足なのだ。

 

私のオーダー通りに背面飛行に切り替わり、無数の機銃と発射管が眼下に広がる。これら全部を平らげてよいというのだから、なんと太っ腹なことか。大和やオルコット達の安全の為に今から制圧するのであって、決して溜まったストレスを発散する為ではない、決して、うん。

 

幸いにも、簪達がとても良い仕事をしてくれているようで、邪魔という邪魔は入らない。

 

「ふはははははは!!」

 

思わず高笑いが漏れてしまう。しかし、実に良い光景だ。レーゲンでは決して扱えない類の武装を次から次へと使っては捨て使っては捨て、繰り返せばそれだけ要塞表面が焦土と化していく。ミサイル、ガトリング、グレネード、迫撃砲、散弾、チェーンガン、機雷、レールガン…はいいか、最高だ。急造とはいえあの篠ノ之束が手掛けた作品だ、無駄やムラがなく扱いやすいのが拍車をかけている。

 

やりたい放題に見えるだろうが、考え無しではない。屋内戦闘を控えているのだから、余分な武装は逆に危険因子になりかねないのだ。ただでさえデカいIEXAが武器のせいで通れませんでは困るし、跳弾が爆発武器に引火して損傷しては笑えない。

 

これは計画的発狂なのだ、うん。篠ノ之が若干引いているようなので、このように弁を述べた。

 

「そ、そうか」

 

ダメだった。まぁいい。

 

「気は済んだか? 秋介と合流するぞ」

「うむ」

「ご機嫌でなによりだ」

 

一帯……任された右半分前方は焼け野原という表現が正しく、地獄絵図そのものだった。

 

シャルロットも同じように蹂躙しているとすれば、機能の大半を失った事に。というかああいうタイプが怒ると一番怖い。現に私はクラリッサよりもシャルロットが怖い。

 

舵を予め定めていた合流地点へ切った篠ノ之。当然ながらここでも背面飛行で、漏れの無いよう入念に潰していく。

 

こちら同様に大量の武装をキャストオフした一号機の中の人は予想どおりに清々しく返事を返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉の奥は程よく重力を感じることが出来る場所で、そこが地球を模した環境であることは直ぐに想像ができた。これだけ深く潜ったにもかかわらず何が目的なのかさっぱりだが、一先ず暴力的な事だけは間違いなく分かっている。じゃなきゃBRなんて武力を用意したりしない。

 

くぐった先は落とし穴……ではなく、巨大な空間の天井スレスレにこの出入口があるようだ。非常灯が煌々と照っていても底まで届かず、眼下には闇が広がっていた。センサーとソナーが備わっていなければ空間の全容を知ることはおろか、底なし沼としか思えなかっただろう。

 

部屋は長方形柱。かなり広く、そして深い。底には何か大きな物体がある。

 

それ以上は目視するしかないと諦め、意を決して突入。弱い重力に任せてセンサーを頼りに降下を始めた。今ではもう慣れた拾い過ぎる聴覚もフルに活用し、時折噴かす逆噴射で床までの距離を測り大きな衝撃を与える事無く着地。データリンクでおおよその落下時間と深さを共有し、全員が無事に降り立つ。

 

それを待っていたかのように、光源がその強さを増していく。先ほどまでの暗さが嘘の様だ。

 

ライトアップした空間には、俺達とは別に大きな蜘蛛がそこにいた。

 

やたらと物騒な巨大な主砲を背負った長方形の本体。その頂点から生えた四つの脚それぞれに大砲が備えられ、所せましと機銃が並ぶ。良くは見えないが穴が設けられているのか、ドローンがぽこぽこと産み落とされ守る様に浮遊した。

 

取得したデータから該当する兵器の情報が無いかを検索。

 

一件だけヒットした。武装や出力は字が伏せられて一切が不明だが、名前だけは判明した。

 

アルド・シャウラ。

 

トップシークレット扱いだったらしいな。

 

マップが正しければここが最奥だ。規格外のデカブツといい、あからさまな大部屋といい、コイツを潰してしまえば終いだろう。

 

「おい」

 

言葉が通じるかどうかの段階で謎だが、一応話しかけてみる。

 

「聞こえるか? というより、通じているのか?」

『―――〓〓■■〓』

「伝わっているみたいね。スピーカー壊れてるけど」

『――n Ni m 莠コ髢薙°?』

「わ、文字化けしてる。だめじゃん」

 

顔らしき箇所をこちらに向けながらコミュニケーションを図ろうと四苦八苦する蜘蛛。スピーカーが壊れているらしくノイズばかり、空間映写は文字化けと上手く意図が読み取れない。

 

繰り返すも一向に改善される様子は見られず、しびれを切らしたのか顔の部分が割れ中から何かが出てきた。

 

真っ黒の装甲に金色のラインが迸るBR。今までわらわらと飛びかかってきた量産とは全く違う、数度撃ち合ったカスタムタイプとも一線を画したオーラを感じる。

 

その風格と装備、間違いなく首魁だ。

 

「地球から来た人間だな」

「そうだ。ここのリーダーか―――ッ!」

 

俺の問いかけに対する返答は、前足に備わる大砲の不意打ちだった。バックステップの要領でブースターを噴かして避ける。微妙な射角制御の動作が無ければ直撃を受けていたかもしれない。

 

床は無傷。あの扉同様の技術が使われているらしい。きっとリペアフィールドを使えば粒子が待って削れるんだろうけど、そんな余裕は無いし必要も無いか。

 

「随分と物騒ですわね。それが貴方方の挨拶ですか?」

「挨拶など必要ないな。それが地球から来た人間であれば尚更よ」

 

アルド・シャウラが唸りを上げる。各所の蛍光部分がぼやりと光って、四つの脚がバランスを保ちながらぐんと伸びて立ち上がり、主砲は砲身を伸ばし、機銃が一斉こちらを向く。ドローンもまた数を増やし、立ちはだかるように壁を作った。

 

「さあ、すり潰してやるぞ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79話 最後の大仕事

いつも誤字報告ありがとうございます。


シャルから受け取ったショットガンを真正面に構えて十字路へと躍り出る。向かって右側が俺の持ち場、背中を預けるように左側を警戒する。射撃武器が雪羅の荷電粒子砲しかない俺と違って、斬撃が飛ばせる紅椿は刀を引き絞った姿勢でぴったり俺についてくるのだ。

 

束さんから受け取ったマップデータにサーモセンサーとソナーが四機分(白式はからっきしな代わりに、紅椿とラファールが頑張っているので四機分)フル稼働させているので不意を突かれることはないだろうが、そこは人間なので目視確認が欠かせない。というより指揮官殿がうるさい。左手を上げて合図を出し、右に曲がれと指示が来るので箒と並んで曲る。

 

「今どれくらい?」

「うーん、中間ぐらい」

 

ツィタデルに無事侵入することが出来た俺達は突如音もなく湧いてくるドローンに警戒をしながら、俺・箒・ラウラ・シャルの縦列陣形で最深部へ向かっていた。

 

IEXAで取りついて侵入したそこは格納庫らしき場所で、機体関係の全てがここに集約されているらしく、あり得ない広さだった。まるでドームだ、それぐらいだだっぴろくて、機材があちこちに散らばっている。破損したパーツや予備パーツがそこら中を漂って、身じろぎするだけでガンガンとぶつかるぐらいだ。

 

予め貰っていたデータによれば、下部は全てBR関係の施設で統一されており相違はない事がわかる。流石にここまで広いとは思っていなかったけど。そしてお約束の様に上層に中心部があり、中層の中央に機関部がある。

 

通路幅が狭くIEXAではこれ以上先に進めないので更識さんに預け、一部の武装を拝借して機関部を目指している。中心部に用はない、月に攻め入ったチームとは違ってこちらはデカブツを壊せればそれでいいのだし。今頃俺達が乗ってきたIEXAは更識さんの遠隔操縦で奮闘している頃だろう。帰りに必要は無いので有効利用しないとね。しかし凄いよな、自分の機体の管制を務めながら二機分を自動操縦しているんだから。やっぱ束さんの弟子だ。

 

というわけで、爆破に重要なブツ抱えたラウラを守りつつ、指示を貰いながら順調に奥へ潜り込んでいる。乗り込んだ時点でBRの迎撃は無く、ガンガン進んでいるにもかかわらず一機も出てこない。稀にドローンが数機曲がり角から飛び出してくる程度。外は上手くやっているらしく戻ってきたBRと挟撃されることも無い。

 

しかし悠長にしている時間はない。

 

「びっくりするほど何もないが……本当に大丈夫か?」

「なんだ、道なら間違ってないぞ」

「ラウラは疑ってない。迎撃が無い事を言っている」

「全部外に出し尽くして空っぽなんだろ」

「流石に楽観視すぎるよ。でも、少なすぎるとは僕も思うな」

 

シャルまでそう言うならそうなんだろう。次の十字路も難なくクリア。無重力にもすっかり慣れたもので、壁を蹴った慣性に身を任せて次の角を警戒する。

 

ドローンは居ない。その先へ進んでも、途中見つけた一室にも、広い踊り場にも、ネジ一本転がっちゃいない。

 

マップに記される機関部はもう目と鼻の先だ。中に入ってすぐの小競り合いからかれこれ三十分、借り物のショットガンの引き金を引くことなくたどり着いてしまいそう。敵地のど真ん中だというのに、突入までの嵐の様な戦場と正反対の静寂が狂わせる。すっかり気が抜けてあくびが出てしまいそうだ、当然噛み殺したけど。

 

結局何もなく、機関部入口までたどり着いた。

 

くい、と両手が塞がっているラウラが顎で俺に合図を出す。普通なら喧嘩になりそうなものだが、出会いを考えるとよくここまで話せるだけの関係を築けたものだと思う。どちらかというと、ラウラの歩み寄りが凄いんだが。

 

白式には射撃に関する一切のセンサーが搭載されていない上に、俺自身が訓練をしていないので映画やアニメの様に構えたって一発も当たらない。なので、目標に対してまっすぐ腰だめに構えて、撃つ。教わった通りにハンドガード部分を引いて弾丸を装填し、また引き金を引く。数発も打ち込めば、頑丈そうなドアもぐしゃぐしゃだ。最後に蹴り飛ばして盾になるよう中に入った。

 

「うっ…」

「ひっ……」

「……!」

 

目に飛び込んだそれ……衣服に袖を通した萎びた何か、の正体を同時に察した俺は耐えられずえづく。シャルも、悲鳴を上げなかった箒も、血の気が引いたように白い。ただ、ラウラだけはそれらを手で払いのけて奥へと進んでいく。慣れているのか、それとも…。

 

「行くぞ」

「でも……」

「こうしている間にも、仲間が危険に晒されている。我々のやるべき事はなんだ? それに、もうどうしようもない」

「……ああ、ああわかったよ」

 

行こう、と二人を促してラウラの後を追う。漂うソレは払いのけることもせず避けて進んだ。遺体がどうのこうのではなく、ただ単純に触れたくない。

 

米粒の様に小さかった銀髪を探してきょろきょろと見渡す。パイプが蛇の様に空間全体を這いずっては絡み合い、ガコンガコンと忙しない音が鳴り響く。辛うじて設置された歩道代わりの鉄板のお陰で道を違えることはないけど、どこにいるのかさっぱり分からない。最初こそ物珍しさを感じたものだが、それも数分で飽きてしまった。

 

ぱっと浮かんだのはあの汚部屋……いや、止めておこう。あとで何をされるか堪ったものじゃない。

 

どうやら奥に進んでいる事だけはわかる。その証拠に、雑多に絡まっていたパイプは整列して一方向へと収束しているからだ。それに、萎びた遺体も見つからない。

 

追いついたラウラの表情は変わらない。マップを睨んでは、ぶつからない程度に周囲に気を配っている。さっきのは気にも留めていないようだ。思い切ったシャルは「知ってたの?」と問い掛ける。

 

「いいや」

 

いつもの調子でそう返す。

 

「我が部隊はISを用いる特殊部隊。主な相手はISを奪ったテロリストだ。死体には慣れている。流石に表面だけ干乾びたような死体は初めてだが……マシな方だろう」

「マシな方……」

「なんだ気になるのか?」

「遠慮しやす、隊長殿」

「それがいい。どうしても気になるなら月にいったチームに聞いてみるんだな」

 

はっはっは、と笑うラウラ。特別取り繕う様子もなし、平常運転だ。改めて住む世界が違う事を教えられた気分になる。そうだよな、軍隊なんて特殊な環境で部隊長を任されるってことは、それだけ実績を残してきたってこと。それってつまり戦争や救助活動なわけで……色々と考えるのをやめた。

 

「あっちはどうなんだ?」

 

いやーな気分に浸かっていた俺を引き上げたのは箒。どう表現すべきか、機関部なんて知らないが重要そうな場所は検討はつく。箒がマップで示した場所は現在位置のすぐ近くにある密室で、このツィタデルと呼ばれる要塞の中心の中心部。横にも縦にも機関部的にもど真ん中。拡大すれば見える距離にあるそこにパイプが繋がれて……というより、そこからパイプが生えている様に見えた。

 

無言でゴーサインを出したラウラに従って、俺と箒が前に出る。こんな場所で戦ってもむしろ敵の方が大ダメージを受けそうな上に今更だとは思うが、警戒に越したことはない。

 

予想通り、無事に取りついた。ラウラは大事そうに抱えていた……いや、くっついていたの方が似合っているか? とにかく、IEXAから拝借してきた武装の設置に取り掛かる。16m程もあるIEXAの外部に取り付けられた六連装ミサイルポッド。そっと壁に接するように置かれ、何やら難しそうな操作を始めた。

 

「それ、ずっと聞きたかったんだけどどうすんの?」

「自爆させる」

「わーお……」

 

今やってるのはタイマー設定ってことか。

 

「一番良いのは設定時間後に自爆。あと失敗した時の為に、機雷を一定間隔で撒きながら帰って脱出後に爆発。の二本立てだって。機雷は僕が用意してきたから、それをみんなにばら撒いてもらう感じかな」

「とんでもないヘンゼルとグレーテルだ……あ、何でもないです」

 

俺の突っ込みに腹を立てたシャルは無言でシールドを掲げて見せた。知ってる、あれの内側にはパイルバンカーが仕込まれてるんだ。というわけで早々に降参して謝罪。お陰で箒のため息だけで済んだ。

 

因みに帰りは来た道の逆走…ではなく、隣接している運搬用の大型シャフトがある。そこを上昇して天辺から脱出という手筈だ。今のフロアを例えると一番硬い岩盤で、そう簡単に貫通は出来ないから比較的やわらかい上から出る、と。

 

二人はああでもないこうでもないと相談しながら慎重にタイマーと睨めっこしている。距離と速度、影響の及ばない距離まで対比する時間、それらを加味して設定しておかないと俺達が爆発に巻き込まれるし、遅すぎても解除の恐れが出てくる。

 

難しいところだが、あっさりと二人は仕事を終えた。

 

「リミットは30分。3分ほど余裕をもって脱出できる程度はある」

「というより、そこがギリギリの妥協点なんだ。さ、行こう」

「え、スタート押さなくていいのか?」

「もう押してる」

「「早く言え!!」」

 

そろって突っ込みを入れ、大急ぎでスラスターを起動。お得意の爆発的な加速で一気に爆弾を置き去りにして、大型シャフトに躍り出た。速度維持に優れた紅椿は俺よりも先に上昇を始めており、ちょっと遅れてラウラとシャルが続く。

 

「大丈夫だって。今までの様子だと妨害は殆ど無い筈だし、この面子なら足に困ることは無いでしょ」

「そういう問題じゃない」

 

シャルが言うように、重武装のシュヴァルツェア・レーゲンを除いた三機は速度回りが特に優れている。展開装甲の紅椿、近接命で速さを欠かせない白式、名前が既に速いラファール。特に新しくなったラファールは部品と設計図さえあれば現地で組み立てできるトンデモない機能持ちなので、少々お荷物なレーゲンを引っ張るエンジンだって組めちゃうんだろう。

 

現にラウラはシャルに引っ張られるだけで、スラスターに火が入ってない。俺達のやり取りに加わることなく淡々と誰かへ報告している最中だ。

 

先を行く箒がこちらに足並みを合わせて、さっきの俺同様に小言を漏らす。苦笑を浮かべたシャルがラウラと目が合いようやく口を開いた。

 

「向こうも用を済ませたらしい」

「朗報だな」

「おう。やっと帰れる……」

「だね」

「しかし、何もなかったな」

「いいんだよそれで。何も分からなくても、結局何もないのが一番良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ISが特別優れている点は何だと聞かれればどう答えるか悩むと思う。難しい事を考えずに凄いという言葉しか出てこないぐらい凄いからだ。それでも敢えて……というより、今現在直面している危機的状況で例を挙げるなら、何と言っても空を飛べる事じゃなかろうか。

 

「これはどうだ? あぁ、効果があって何より」

 

不意打ちに次ぐ次の一手は重力制御だった。縦長の空間の底、その四隅に打ち込まれた杭が自衛のバリアと重力を生み出しており、単純ながらこれが非常に厄介で決定打を与えられていない。杭を壊そうにもバリアが張られて通常兵器では壊せない……というより、アルド・シャウラ本体の苛烈な砲撃に揺らぎを見せない時点で、こちらの手持ちではどうしようもないだろう。

 

PICでは滞空するだけの出力が足りず、スラスターを使えば飛べなくはないが負荷が地球よりも強くて消耗が激しい。短期決戦を挑んで即撤退が実現できるならそれでも良かったが、飛べないという制限の中で速攻を決めたとしても、ガス欠で帰れなくなる。それはダメだ。

 

いつかの自分の飽和攻撃なんてとてもじゃないが比べようもない、まるで大災害の様にこれでもかと弾が降り注いで一時も止まない。ただでさえ満足に身動きが取れない中、遮二無二こじ開けた反撃の糸口すら容易く潰されてしまう。吐き出したドローンは一切攻撃せず、捨て駒の盾にされてかすり傷一つすら与えられていないのだ。

 

加えて位置取りが絶妙。常に角を陣取り俺達四機を視界にとらえ背後に回るスペースを作らない、側面の火砲もぞろりと雁首揃えて火を噴き、真下に潜り込もうものなら倍以上の機関砲からの集中砲火で、紙装甲の夜叉などあっという間に溶けてしまう。

 

《苦戦は必至と覚悟していましたが、まさか手が出ないとは……》

 

相棒のぼやきはごもっとも。綺麗そっくり俺の気持ちを代弁してくれている。

 

大雨の中、一つの大きな傘をさして引きこもってる。マドカが偏光射撃を上手に使って内側に居ながらドローンの数を減らしているが焼け石に水、減った分だけ補充され意味をなさない。

 

悔しいが開幕宣言どおり、すり潰されていた。

 

「やっぱり俺が突撃――」

「「「却下」」です」

 

言い切る前に切り伏せられるどころか座り込んだ桜花から銃床で脛をどつかれる始末。

 

「しかし突破口を作らないとジリ貧だ」

「それは分かってるから、自分が無茶するやり方を提案するなって言ってるの!」

「そういう事です。別の方法で私を運んでくださいな」

 

無言で必死に傘を維持する姉さんの額には雫。如何に姉さんがぶっちぎりの無敵超人でも、体力は無限じゃないしナノマシンにも限界は来る。そしてリミットは近い。何度考え直したか分からないが、もう一度おさらいする。

 

四隅の杭が邪魔をして身動きが取れていないが、言い換えればそれさえ何とか出来れば勝負にはなる。そして、自由に飛び回れるようになれれば数で勝るこちらが有利、ドローンなんざものの数じゃない。つまり、杭を破壊ないし停止させられれば勝ちだ。それを分かっているから敵もジリ貧を強いてくるし自分が動くことはしていないのだ。

 

破壊は現状不可能なので停止で考えたところ、アレがどうやって動いているかに思考がシフトする。つまりガソリンは何処から注がれているのか。

 

有線ではない。そしてバッテリーが内蔵されていたらとっくに切れている筈。なにせ、学園アリーナの電磁シールドでさえ大きな発電所を必須としているのに、こんなに小型で耐久性のあるバッテリーがあるものか。壁そのものがバッテリー替わりとも考えたが、アルド・シャウラの形状からして地上侵攻が目的の兵器にそんな無駄機能は詰まれてないだろうと考えて却下。

 

結果、無線で供給を受けていると仮定した。マイクロウェーブ送電のような機能があるという予想のが一番しっくりくる。

 

エネルギーと来れば、桜花の刻帝が適役だ。敵味方の識別関係なくエネルギーを喰らう無差別っぷりだが、球状であれば効果範囲は伸縮自在と言う。背後に回り込んでもらい本体を巻き込んで刻帝たる機能…時食みだったか、発動させれば送電は止まって大勢は決する。

 

なので、俺達が考えなくちゃいけないのは桜花をどう運ぶか。飛べない以上は走るか滑空の二択。どちらにせよ回り込むか下をくぐるかしなければならず、まとまっては同じ。砲台を潰すにせよ囮になるにせよ、誰かが砲火にさらされながらもこなすしかないのだ。となると、適任は俺しかいないだろ?

 

「多少の無茶は必須だ。そして、マドカのフルパッケージ装備じゃ切り抜けるのは難しいし、成功後に一発で沈めてもらう為にも温存しないとな。だから、俺がやる」

「だぁから! 囮はダメだって!」

「ああ、囮はしない。だから直接運んでやる。シールドを全部正面に回して飛び越えるんだ、夜叉のフル稼働なら反対側ぐらいどうってことない」

 

アルド・シャウラを基点に半円を描いて飛び越える。直上から爆撃して可能な範囲で無力化。あとは時食みで送電を喰らって杭を壊し、マドカの一撃でも総攻撃でもかませば沈む。

 

「でも――」

「それでいい」

「姉さん!」

「早くしないと、私も、桜花も持たない」

「…わかった」

 

そう、考える時間だって有限。マドカはそこで食い下がるのを止めてライフルを構えて見せる。杭は任せろって。頼もしいね。姉さんはそれきりにしてこちらに割いた意識を正面へ向けなおし、少しでも負担を減らそうと座り込んでいた桜花は立ち上がる。

 

重力がかなり負担を強いているようだ。天性の強い身体を持った姉さん、薬物強化を施された俺達と違って桜花はごく普通……体力体格はごく普通の高校生。ISを縛り付けるほどの負荷にそうそう耐えられるものじゃない。

 

「あぁ、こんな状況でなければ…」

 

余計な一言が多い息を荒くした桜花が寄りかかる。腰に手を回してしっかり抱きしめて固定し、シールドを配置しなおす。内蔵発射管には全てミサイルを積み、アームにはありったけの連射武器をセット。PICは全て桜花の負担軽減に割り振り、加速と重力の負荷は気合で耐えて見せる。

 

準備完了だ。

 

「行くぞ」

「優しくお願いしますわぁ」

「そりゃ無茶な相談だ、なっ!」

 

真っ白のつぎはぎだらけの傘が一瞬だけ穴を空ける。完璧なタイミングに舌を巻きつつ、台風の中へ躍り出た。比較しようのない騒音と衝撃の中、普段では考えられない遅さで上昇し、弧を描く。

 

幾分か楽になったはずの桜花はそれでも苦痛に喘ぐが、今しばらく耐えてもらうしかない。一秒でも早く杭を破壊しなければ。

 

シールドが耐え兼ねて一枚、二枚と少しずつその数を減らしていく。元々こんな銃弾の中を耐え続けるなんて想定してないのだ、無茶が過ぎた。数が減れば減るほど守りを薄くしなければならず、とうとう本体のかすり傷が増え始める。当然、足も遅くなり被弾は増える。

 

既に夜叉の痛覚は無い、全神経をシールドに注がせている。だから肩パーツが吹き飛んで少々肉が抉れても、機体の左ひざから下が吹き飛んでも悲鳴一つ上げない。俺自身も必死に耐えた。

 

「くれてやる、いくらでも……!」

 

骨まで見えてしまいそうな肩を一瞥して、気付けと紛らわしに吠える。どうせすぐに塞がる傷だ、放っておけばいい。それよりも絶対防御を抜く砲撃と分かったなら全力で守らなければ。より一層強く桜花を抱きしめて、踏ん張りどころと堪えた。

 

顔の様なパーツの前を過ぎ、中にいるであろう首魁と視線を交わした気がした。それも一瞬で、更に飛ぶ。

 

そして報われた。

 

ある一点を過ぎると、まるで嘘の様におもりが取れた。重力の負荷を感じなくなり……久しぶりに感じる浮遊感に反射で逆噴射で速度を調節し、ミサイルをあてずっぽで降り注いで、アームに挟んだ武器でドローンと漏れた砲台を狙い、桜花を無力化した箇所へ放り投げる。

 

顔に当たる部分が内側から吹き飛び、首魁の黒金のBRが姿を見せる。既に対空砲が潰えドローンを殲滅する俺を見上げて何かを叫んでいた。

 

「あの砲撃と負荷を振り切っただと……」

 

そう聞こえた気がした。

 

重力の負荷は平等らしい。影響が及ばないように奴が構える高度が境目なのだとしたら、羽の様に軽くなった身体にも、意に介さない首魁にも、動かなかったアルド・シャウラにも合点がいく。

 

とはいえ、最早どうでもいい。

 

「きひっ、いただきまあぁぁぁぁぁあああああああす!!!!」

 

着弾と爆発の中でもはっきりとわかる、まっていたと言わんばかりの桜花の叫び。目と鼻の先を境に空間が歪み、起死回生の一手が炸裂する。それの正体は分らずとも、何かを察した首魁はアルド・シャウラを捨てて急上昇し俺の更に頭上へ。

 

読みは間違っていなかった。未だ砲撃を続けるアルド・シャウラ、杭はその攻撃に耐えきれるだけの力は最早無く、マドカが狙撃するよりも早く自滅。

 

「やっとコイツの出番か」

 

呪縛は解けた。にやりと不敵な笑みがよく浮かぶ。今までの各特長を伸ばしたパッケージを齟齬なくガン積みしたサイレントゼフィルス・フルパッケージは全身にエネルギーを迸らせ、躊躇いなく解き放つ。

 

その火力はIS単体でIEXAと同等。明らかにやり過ぎなステータスも今だけは頼もしく、真正面から叩きこみ、貫いた。だけでは飽き足らないのか、放出を続けたまま振り上げ、振り下ろす。四つ足の蜘蛛は紫電に両断され光を失う。

 

「っ……ゃああああああ!」

 

明らかにオーバーキルだが、姉さんがとどめを刺す。上から見るそれは巨大な鋏で、自慢の握力とISのパワーアシストに物を言わせて切り裂こうと鋭利な口を閉じるべく力を込める。鋏と言っても、そのものとアルド・シャウラの巨大さゆえに切り裂くよりはニッパーよろしくねじ切るが的確か。

 

一瞬のうちに四等分された蜘蛛は、切断面をぶつけ合いながら足を延ばし贅沢にも大往生するように広がって、爆散した。

 

役目を終えていた桜花は巻き込まれまいと離れており、ふらふらと過剰気味のエネルギーを放出しつつ二人と合流。なんとか全員が無事で、ほっと胸をなで下ろした。

 

後は。

 

「………」

 

虎の子が崩れ去る様を呆然と眺めている、奴だけだ。だが、それが苦しい…。

 

姉さんと桜花はもう無理だろう。膝から崩れ落ちて肩で息をしている。本人も、機体も限界だ。俺はまだ戦えるが、損傷がひどい。シールドも随分減らされ機動力はがた落ち、左足も無い。唯一万全なのはマドカだけ。

 

それをきちんと理解しているのか、残骸と化したアルド・シャウラからライフルの銃口を頭上で浮かぶ首魁へ向ける。

 

「ダメだ」

 

それを手で制した。

 

「聞けない。どうせ先に二人を連れていけって言うんでしょ? 絶対聞かないから」

「マドカ」

「四度目なんてもう、嫌だ……信じるのも、待つのも、疲れるんだよ?」

 

その言葉は、胸が痛い。どんな事情があったにせよ銃を向け合うまでしてしまった身としては、ぐうの音も出ない。

 

それでも…。

 

「それでも、だ。帰る場所が無くちゃ頑張る意味がない。だから、守ってくれないか」

 

二人を置いたまま戦うのは危険だ、流れ弾を避けることも防ぐことももうできないし、利用されるとも限らない。仕留めないという選択肢が無い以上、一対一がベストだ。残るのは俺か、マドカか。

 

なら、俺がやる。戦ってほしくないとかではなくて、自然とそう思っている。それは戦って更識の脅威を払う事が俺の使命で、守ることがマドカの役目だからだ。

 

「ずるいよソレ……兄さんは仕方がないなぁ」

 

この子が執着しているのは突き詰めると俺と姉さんであって、そんなところで物事を考えてはいないだろうが、俺がそう考えていることを分かってはいる。それをアテにして言ってる自分がひどい兄貴だと思う。それすら許してくれるだろうと考えるのは、流石に我儘が過ぎるけど。

 

泣きそうな表情も一瞬だけ。直ぐに呆れかえったマドカは二人を抱えてふわりと浮いて横を通り、首魁を一瞥して入ってきた場所から外へ向かって加速した。俺に対して何もないのは信頼の証と受け取っておこう。

 

「美しい兄弟愛だな」

「羨ましいのか?」

「そんなものはもう感じない。なぜ妹を行かせて残った? なぜそのボロボロの様で前に立つ?」

「妹残して兄が逃げられるか、と言いたいが、そうじゃないな」

 

すっかりと慣れた規格外の武器をチョイスする。身の丈もある無骨な大剣、ティアダウナー。正反対の技巧を詰めた刀剣のジリオス。いびつな二刀流だが、これが良い。

 

ティアダウナーを肩に担ぎ、ジリオスの切っ先を突きつける。相変わらず俺を見下す首魁の表情は一切読めないが、これもまたそれで良い。

 

「使命だからだ。それしか能が無い、俺の」

 




次で最後ですので、もうしばらくお付き合いくださいな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

80話 カーテンコール(最終話)

「どうぞ」

「ああ」

 

桜花から受け取った淹れたてのお茶を受け取ってずずずと一息。肌寒いこの季節に丁度いい温度と渋さで、すっかり染みついたデスクワークに凝り固まった身体を温めてほぐしてくれる。絶妙なタイミングでやってくるこの差し入れがここ最近の楽しみになっているのは秘密だ。喜んで手が付けられなくなるから。いや、バレてそうだけど。

 

「何を見られていたのですか?」

「ししおどし」

「うふふ、一夏様が風情を満喫されるなんて…」

「そう思うよな」

 

目線をかこん、と音を立てる古風な細工に戻す。もう言われすぎて耳にタコができた事だ。それで未だに揶揄うのは桜花だけだぞ。それに対して毎度同じ答えを返す俺も俺か。

 

初めてあれを見たのは楯無が襲名される時……だったか? もっと前に見た気がしないでもない。今でこそ頭はすっきり冴えているけど、あの頃が一番ひどいもんだったから自信が無いけど。まぁ、こんなもののどこがいいのか理解できなかった。デカい鯉しかり、盆栽しかり、無駄な維持費がかかるだけだーって。

 

今ではそれを見て和んでるんだから、人生わかんないよな。一番混乱してるのは周囲の使用人達だな、間違いない。

 

くみ上げられた水が竹に注がれて、やがて溜まっていって、いつかそれは切っ先を石へ打ちつけて中身を吐き出し、かこんと甲高い音を立てる。ただそれを繰り返すだけの絡繰り。

 

「どこがどう気に入っているとか好きとか、そんな具体的な事は何一つ言えないけど、ただ何となく落ち着く。甲高い音はとても耳心地が良いんだ」

「はい」

 

この話も随分としたっけ。その割に自分の答えも桜花の返事も一字一句変わらないんだけど、案外そういうものかもしれないと最近気づいた。ふんわりとした好きは幾つあっても良い。

 

仕事も会話も忘れて、二人並んでぼうっと眺める。時折てのひらを温める湯飲みの存在を思い出してずずずと茶を啜り、苦みと温かさを、安らぐ音色を、時間も忘れてただ日常に浸るのなんと贅沢な事か。意味を見出せない事は自主的に行動しなかった昔では考えられないな。

 

「そう言えば、忘れておりましたが」

「んん」

「今朝の■■新聞、御覧になられまして?」

「いや」

 

静寂を破った桜花は脇に挟んでいた朝刊をそっと俺に差し出す。新聞は各社ごとにバイアスがかかるので数社まとめて購読しているが、流石に全部目を通すのは骨が折れる。最近になってようやく文庫本や自己啓発が読めるようになったレベルの俺には到底難しく、重要なものだけピックアップしてもらいそこだけ読むことから始めていた。

 

桜花はその辺り管轄外で、養父の代から使えるウチの使用人が担当している。彼女は業務と関係の無い記事だから弾かれることを察してわざわざ持ってきてくれたという事だ。

 

「なになに……ブリュンヒルデの再臨なるか!? 日本代表三代目は織斑秋介! と」

「そこじゃないですわ」

「え」

 

これ以外にどんなニュースがあるんだよ。知ってたからびっくりしないけど、一面だぞ? あの男性操縦者だぞ?

 

「下の方の…会見の写真が、ほら」

「あるね」

「蒼乃様(ビジネススーツVer)が」

「そこ!?」

「切り抜かないのですか?」

「俺は漫画に出てくる表向き反対だけどこっそり応援してる頑固おやじか!? そんなことしてないから…」

「くすくす、冗談です」

「遊ぶな」

 

波乱万丈という言葉が相応しいIS学園での三年間。あっという間に過ぎて、知り合いと言えなくもない間柄の専用機持ちは各々の国に返って本来の生活に戻った。少々恥ずかしいが、常に話題の中心にあった俺達……特に男性二人とその周囲の女子ということで、帰国してからも注目は未だに途絶えることが無いのだ。

 

更識の関係者は家に帰って家督を継いだ。ウチは姉さんが当主なのだが、国家代表と学園教師の兼任で忙しく平日は家を空けている。その間の案件が全て俺に回って忙殺される毎日を送っているのだ。学生時代、楯無が逃げ出した気持ちがよーく分かるよ。

その楯無は場所が生徒会室から本家に移ったぐらいで代わり映えしない。学生の仕事が無くなった分だけ楯無の仕事が増えた。週に一回ほどお邪魔すると、大体干乾びて机に突っ伏している。

簪は束さんについて行ってるので居たり居なかったりだが、帰る度の置き土産がまた恐ろしく、技師が裸足で逃げだすものばかりなので、色々と順調なのが伺えた。マドカは護衛として付き添っており、揃って留守。

姉さんは教師にハマったらしい。更識一派の卒業と同時に退職するかと思われたが、まだIS学園で教鞭を振るっている。楽しいからだけじゃない気がするものの、珍しくやる気を出している姉さんに物を言える人はおらずといったのが現状。ちなみに、織斑千冬と人気を二分している。

そういうわけで、近くに残ったのは楯無と桜花+他だけ。寂しいといえば寂しいが、そんなことを思う暇もないぐらい充実した毎日を過ごしている。

 

織斑は一面トップの様にあるとおり。日本代表を目指してその権利を勝ち取った。元々センスは人一倍ある男だ、腰を据えて努力を惜しまなければどの分野でも活躍できる才能がある、羨ましい事。引継ぎがどういうものか知らないが、一応姉さんも認めたということだろう。これ以上はノーコメント。

篠ノ之は神社の後を継ぐと言って、剣道場ごと家督を譲り受けたと聞く。旧姓を名乗っているが、あのぶきっちょな彼女が何をどうやったのか知らないが織斑のハートを見事射止めて籍を入れた。一生メディアに付きまとわれる運命だが、本人たちはさほど気にしていない。

オルコットは代表と政治家の二足草鞋。女尊男卑の典型例だった自身が変わった事で視野が広がり、全ての男性が下劣ではないのだと、真の男女平等という理想を掲げている。支持率はまだ低いが信頼は厚く有望とされており、青い理想ながらも美貌だけでない魅力があるのだとか。

凰はメディア越しに情報が入ってくることは無くなった。国家代表の最有力候補とまで噂されたというのに突然の引退を宣言し、一般人として生活しているようだ。相応に生きたい、という最後の願いを汲み取ってか、彼女の話が上がってくることは無く、一般人として奔放な生活を送っているのだろう。目指す動機が織斑なら、辞める動機もまた織斑か。しかしフットワークの軽さよ。

デュノアは社のパイロットとして業績に貢献し、次期国家代表に指名され交代の時を待っているそうだ。任期が定められているわけじゃないが、なんと前任からのご指名が入った。織斑と同じ肩書を背負う日は近い。

ラウラは軍隊に復帰し特殊部隊隊長として勤務している。代表候補生は入学のためだけに与えられた方便で、卒業して帰国した今現在、候補生から外されている。入学前は少佐だったが、この間電話をしたときは中佐と呼ばれていた。キャリアは順調らしい。

リーチェはお世話になった博士のいる研究所に就職し、デュノア同様にテストパイロットを務めている。将来の展望を聞かされたことは無いが、彼女も持っている側の人間なので食いっパぐれることは無い筈。そのうち、さらなる加速装備を引っ提げてヴァルキリーとして名を遺すだろう。

 

織斑千冬は教師として勤務し続けている。きっと定年まで働くに違いない。食えないじいさんが学園長をやってると楯無から聞いてるが、次は彼女かな。例によってノーコメント。

束さんは……うん、いいだろ。

 

他にもお世話になった人達は意外と多いが、語り切れないし消息不明な奴もいるのでこのあたりで良いだろう。亡国機業は滅びていない筈だが、更識の情報網が掠りもしないので、スコール達は今日もどこかで犯罪に手を染めているに違いない。こちらに害があると分かれば情け無用で処分してやるが、どうなることやら。

 

いや、あっという間だった。楯無様と同い年で一つ下の学年に編入されたので、卒業したのが19歳。今が23歳だから……四年前になる。懐かしいね。

 

ずずずと残りを一気に飲み干して湯飲みを返す。

 

「簪とマドカは何時に帰って来るって?」

「午後三時頃なので……あと三十分ほどでしょうか」

「ん。支度しよう」

「はい」

 

仕事はやめにしよう。今日は久しぶりに二人が帰ってくる日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を済ませてテレビをつけっぱなしにしながら、土産話に盛り上がる。束さんについていってる、と言えば聞こえは良い。実態は家政婦扱いにしか聞こえてこないから不思議だ。勿論、色々と教わっているんだろうけど、それにしたって勉強と世話の時間割合がどうも納得いかない、とマドカが毎度の様に唸る。四年目ともなると、もう聞き飽きた話だ。

 

見ろ、簪はおろか嘘も本音も引き攣った顔してるんだぞ。

 

「全く、何が良いお嫁さんになる花嫁修業だ。体のいい便利屋扱いをしてくれて……」

「ははは。一体何度同じ話をすれば気が済むんだお前は。なぁ織姫」

「ねー」

「絶対意味を分かってない」

 

観念するがいい妹よ、胡坐を掻いた俺の上にちょこんと座る愛娘は四歳の癖に空気が読めるイイ子なんだ。ニコニコと笑みを浮かべて崩さないところといい、周囲を揶揄うところといい、変なところで中身が母親と瓜二つなところが悩みの種だけど。

 

即答する織姫をじとーっと見つめるマドカ。中々鋭い目つきのマドカに見つめられても微動だにしない四歳児、ニコニコ顔を一ミリも崩さない胆力も母親譲りで度胸もあると来た。将来が楽しみで仕方がない、我が子ながら実に恐ろしい。

 

「だいたい、織姫はお風呂の時間だろう。なんで兄さんの膝に座ってるんだ、簪叔母さんが一緒に入ってくれるからさっさと代われ」

「えっ? 私をダシにした?」

「や」

「ダメか…」

「ダメなんだ…」

 

四歳児と張り合う妹といい、勝手に利用されたと思えば釣られてくれない義妹って色々とかわいそうだな。マドカは冗談なのか本気なのか分からないし、簪は結構凹んでる。それでも諦めずに「嘘は?」「本音は?」「桜花は?」と周囲を巻き込んでいくが全て一刀のもとに切り伏せられていく。

 

とても面白いがそれぞれ大なり小なり傷を負っている様子。そろそろ止めるべきか。

 

「お、おのれ織姫……」

「織姫。そろそろだな…」

「はーい」

 

ぴょんと飛びのいた織姫は音を立てずに畳の上を歩いてはマドカの肘をぐいぐいと引っ張って離さない。これ幸いと立ち上がろうとしたマドカはどうしたと問いかけて織姫を見つめる。

 

「叔母さま、一緒にはいろっ」

 

いつの間にかトドメを習得していた織姫は綺麗に決めて見せ、マドカはフリーズしたかと思えば鼻血を垂らして息を荒くし、何かはっきりと聞き取れない呟きを漏らしながら娘を拉致しようとしている。だっこをしてマドカは見えてないが、にやりと四歳児がしてはいけない笑みを浮かべている時点で俺はもう諦めた。

 

「え、いつもあんな感じなの?」

「楯無を二人相手にしてる気分だ」

「お姉ちゃんが、二人……」

 

外見はどちらかというと父親の俺に似ているのにねぇ。今からが成長期だから変わっていくだろうけど。

 

楯無を二人相手にすることを想像し始めた簪はとても複雑な表情を浮かべ、最終的に苦笑に落ち着きお疲れ様と労いの言葉を掛けてくれた。最後に会ったのが半年前だから、あまりの成長と変わりように驚くのも無理ない。

 

簪の視線の先には、お風呂に誘われたというのにいつまでもマドカは愛でるばかりで流石に疲れた様子の織姫。確かに半年前までは年相応に我儘で駄々をこねたもんだが、いつの間にかこんな人たらしになっちまって。心当たりは大いにある。

 

「織姫ちゃーーん……」

「お、お母さま…! 使用人ラッシュをこんな短時間で捌くだなんて…」

「私を出し抜こうなんて百年早いわ。さ、お仕置きのげふんお風呂の時間よー」

「おしおき! おしおきって今はっきり言いました!」

「私のプリン勝手に食べるからよ!」

「いやー! 叔母さま助けてー!」

 

あの親にしてこの子あり。という言葉がこれほどぴったり当てはまる光景は無い。

 

妻の楯無と娘の織姫はマドカを中心にどたばたと走りまわり、次第に机や壁を使い始め、最終的に屋敷中を駆け回って嘘が両方を説教するんだろう。どうせ今日もそうなる。子供相手に何をと思うかもしれないが、この娘、俺の超人スペックだけをノーリスクで引き継いでる。小柄で身体の使い方が上手くすばしっこいのだ。十年もすれば手が抜けなくなりそうなくらいには。

 

毎回思うけど、しょーも無い理由で屋敷中を使って追いかけっこするのは何とかならないものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想通り嘘の堪忍袋の緒が切れたところで追いかけっこは終了した。そこから正座でお説教まで発展しなかったのは簪達が帰ってきたからだろう。もう諦めたから、とは思いたくない。俺? あっちの方が口が上手いから言い負けちゃうんだよね。

 

「織姫は?」

「やっと寝たわ。普通の子みたいに手がかからなくなるのは助かるんだけどね…」

「うーん、楯無に似てきたな」

「そうなのよ…子守りしながら仕事してたんだけど、真似しちゃったみたいで」

 

楯無はマドカの突っ込みにも冷静に同意する。肩透かしをくらったマドカは目をパチパチとさせた。すっかり母親が板についた彼女にとって、人を揶揄うのが楽しいという自分の好みよりも、娘がそれを真似して変な迷惑をかけていないかが大切なのだ。嫌いになったわけじゃないが、悩みの種ではあるらしい。

 

様子を見る限りは問題なさそうだから、俺を含めた家の人間は特に気にしていない。子供ゆえに問題を起こしてしまう時もあるが、二度も同じことをやらかさないし、相手や程度も加減できるし、TPOを弁えている。何より出来ることも少ないからチャチなもの。

 

……あれ、本人より手のかからないのでは?

 

「お姉ちゃん、一夏が失礼なことを考えている」

「そうね、あれは織姫よりも私のほうが面倒くさい悪戯をしてるって顔よ」

「今日も意思疎通が取れて何よりだ」

「一方通行で良いのか、兄さんよ」

 

相変わらずのぼろくそぶり。考えていることが筒抜けである。父親らしい威厳なんて一生無縁だろうな、これ。

 

お手上げというより、最初から勝ち目はないので諦めて足を投げ出し縁側に寝転がる。そろそろ日付が変わる頃合い、特に何か大事なイベントがあるわけじゃないが、今日は満月が綺麗に浮かんでいるので場所を変えたのだ。これが秋なら団子でも用意したくなるような、良い夜。

 

「……アレはまだ、あのあたりを漂ってるのかな」

 

ぽつりと呟いた簪にみんなが注目する。

 

五年も経ったというのに昨日のように思い出せる、月での一幕。高校生活のおよそ半分を費やした大事件だ、ISが初めて宇宙空間で使用された例でもあり、篠ノ之束自らが安全性を立証したというお墨付きもあって、今ではぐずっていたのが嘘のように、当初そう望まれたように宇宙進出が進んでいる。

 

当事者だった俺達にとっては、そんな晴れ晴れした思い出なんて一つも無いが。一つ間違えれば宇宙空間を漂って死ぬか否かのカーニバルだった。干乾びた人間なんてもう見たくない。

 

奇跡的に、奇跡的に誰一人欠ける事無く生還できたが……何か一つでも手違いがあれば死んだ奴がでてもおかしくない。入学前は日常だった戦場のヒリつく感覚を久しぶりに味わった。いつの間にやら世間一般の普通に馴染んでいた俺にとって刺激的だった。

 

「どうかしら……なるべく遠くへ流れるように計算したって博士は言ってたけど」

「見つかったって情報は回ってきてないから、少なくとも地球と月周辺には無いだろうな」

「……直接聞いたけど、一ヶ月前に太陽に接近して燃え尽きたって」

「へぇ」

 

マドカの少しためらったような新情報に、知らずくすぶっていた心残りがすいていく。

 

IEXAは束さんの主張に全員が賛同して宇宙空間に廃棄された。今の話を聞くに、適当に放り出したと見せかけていつか燃え尽きるよう綿密に計算でもしていたんだろう。解体という確実な手段を取らないなんて、と思っていたが……太陽で証拠隠滅とは。やる事が違う。

 

束さんは終始アレについて自分で作っておきながら肯定的な発言をしなかった。スペックを語るときや、乗り回している俺達の感想には素直に喜んでいた気もするが、ISと違って純粋な兵器でしかないIEXAは主義に反するものだったから、と思っている。

 

役目を終えたから廃棄する、とだけ口にした束さんに同意したのは、一重にISがいよいよ兵器として認識されてしまうのを避けなければならないから。特に説明をせずとも、織斑でさえ察した。スコールとオータムは違うだろうが、彼女らなりに同意するだけのメリットがあったんだろう。あるいはそういう契約だったか。

 

何にせよ必要ないものだ、だってISはまだまだ発展途上の新技術だから。今思い返せば、わざと大和に武装を一切搭載しなかったのはそういう意図があったからかもしれない。……考えすぎか?

 

「結局、奴等の目的は何だったんだ? 地球侵略か? 復讐か?」

「どうなの一夏」

「……」

「はぁ、この人こうなの。この話題をふるとだんまり」

「いや、正直俺もよく分かってないんだって」

《頭では分かってるんです。うまく言葉にできないだけで》

「ふぅん。で、出てきて大丈夫?」

《寝たふりじゃない事は確認済みですよ》

 

夜叉の待機形態にこっそり追加されていた拡声スピーカーから声が発せられる。あまり会話に加わることが無い……というよりもバレると面倒なので黙っているが、夜叉にとっても特別なのか今日は上機嫌に喋っている。そしてさりげなく俺の心の内をさらけ出さないで欲しい。

 

「一夏の私見でいいから聞きたい。私達は、最後まであの場に居なかったから」

「…おかえり姉さん」

「ただいま」

 

さも当然のように俺達の背後を取って登場する姉は俺の頭上で腰を下ろし、流れるように膝の上に俺の頭を置いた。遅くまで働いて今帰ってきたというのに疲労の色を見せない姉さんはにこりとほほ笑んで俺が語りだすのを待っている。

 

してやられた気分だ。

 

「はぁ」

 

……初めて会ったばかりの敵同士で、時間に余裕も無かったしそう多くを語り合うことは無かった。それでも今俺が聞かれたような事は聞いたし、その返答も確かに受け取った。一語一句しっかりと脳に刻まれている。

 

その上で言わせてもらうなら、昔の自分だなぁ、と思った。具体的には夜叉と出会うまでか。

 

織斑一夏だった頃も、研究体のA-1だった頃も、森宮一夏と名を与えられたばかりの頃も、俺には自由が無かった。一緒に剣道を習いたいという事も、帰り道でお菓子を買い食いしたいという事も、実験拒否も、任務を放って休むことも、思い出せる限りでそれらを許されたことは無い。義務のみを与えられて、一切の権利を奪われた生活だったと思う。一つ、大きな道を目の前に敷かれてその上を歩くことだけを強要されてきた。それが段々と変わってきたのはつい最近の話だ。

 

月の惨劇の後や奴の話から察するに、組織内で揉めて自滅したのは間違いない。奴はその中の歯車の一つでしかなくて、ただ与えられた義務を果たそうとしていただけに過ぎないんだと思う。自分が顔も合わせた事の無いような祖先が募らせた怨み辛みだけを注がれて出来上がった、それ以外を知らない純粋な侵略者だ。姉さんが居ただけ、まだ俺の方がマシだったかもしれない。

 

言われたことを淡々とこなして仲間を殺し、偶然生き残った。かといって何が出来るわけでもないし、何かしたいと思えるほど物が溢れてもいない、自分で考えて行動することをしたことが無いんだから、言われたことを律儀に守る事しかできない。

 

とても可哀そうな奴だった。自分がああなっていたかもしれないと思うとぞっとする。中々にハードな生き方をしてきたつもりだったけど奴ほどじゃない。思った以上に恵まれていると感謝したぐらいだ。

 

「…だから、目的は知らん」

「そう」

 

この姉はまぁ淡白だねほんとに。こっちは意を決して話したっていうのにさ。

 

「一夏。幸せって何だと思う?」

「そう急に言われてもな…」

「私は不変であること」

「不変?」

「……普通であること。何事も無く、幽明の境を超えて夜が明けて、燦々と青空の下でお日様を浴びて、偶に傘をさして雨音に耳をゆだねて、夜にはこうやって団欒を過ごす。それが何よりも輝いて見えるの。それが私の幸せ……願い。ずっと私の周りがそうあり続けてくれたらいいのにっていつも願ってるけど、現実はそうならない。だからと言ってそれを夢見続けては、いつかそれは願いじゃなくなって…」

「呪いに変わる」

「そう。次の世代に願いを託したつもりでも、受け取った彼にとっては呪いでしかなかった。願うものであって、押し付けるものではないから。だから人には心があるのね。人は思い出だけでは生きていけないもの。寄り添う誰かと、巡ってくる明日への希望と、幸せと願いへの祈りがあって初めて人は前を向ける」

 

ぼうっと満月を見上げる姉さんの表情はどこか暗い。言葉にしていることとあまりにも噛み合っていなくて、何が言いたいのか測りかねる。

 

「ごめんなさい、変な話をしてしまった」

「いや、いいけど……何かを反省してるの?」

「……そうね、反省してる。以前の私は一夏さえいればいいと思ってて、他はどうでも良くて、ずっとそばに居ればいいと願っていた。貴方にもそれを押し付けて。でも、臨海学校での一夏は自分で自分の道を選んだ、家族の為に家族を裏切って。だから間違いに気づいた。私が願っていたのは私自身と貴方の幸せ。貴方が願っていたのは楯無と簪とマドカと私との幸せ。だから私は、ここにいるみんなが何事も無く穏やかな毎日をずっと送れることを願っているわ。一夏は私の呪いを願いに変えてくれた。

 優しい弟、だから、どうか自分が無能だともう蔑まないで。立派に使命を果たしているから」

「そうかな…」

「あら、蒼乃さんの言う事に疑問を持つなんて珍しいじゃない。でも、そうね…一夏は立派なのは確かよ。ね」

《だからパートナーに選んだんですよ、マスター》

「うん。家を離れてても一夏が居るからって、安心できるよ。それに、帰りたいって思える」

「それもこれも、きちんと日々の業務に真剣に取り組まれるからこそですわ。もう少し自信を持っても良いと思います」

「私は最初から疑ってないし信じてるし頼りにしてるから。兄さんだからな」

 

自分がそんなに大それたことをしたつもりはないけど、姉さんにはそう映っていたということか。してもらう側になってばかりだから、誰かの……自分の大好きな人達の助けになれたことがとても嬉しい。

 

まだまだ出来ない事の方が多いと痛感している、望まれるような意識を持つにはまだ早いかなって思うけど、いつか必ずそれに見合う人間になりたい。昔なら考えもしなかったけれど、期待されているからには応えてみたいんだ。

 

「一夏、貴方は何を願うの?」

 

姉さんに倣ってぼうっと月を見上げて考えてみる。

 

どうだろう俺。

 

願いかぁ……。

 

……。

 

うん。

 

「俺は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて、本作は終了となります。
まだまだ明かしてないこともありますが、追加の予定はありません。
完結のご挨拶は長くなるので活動報告にて。
あとがきでは簡潔に、お礼の言葉だけで〆とします。

とても長い長い作品でしたが、なんとかここまで漕ぎつけることが出来ました。
私一人ではとてもモチベーションを維持することはできなかったでしょう。筆をとろうと気力をくれたのは、いつも皆様の感想でした。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。

ISでも新しいものを始めましたので、是非手に取っていただければと思います。

お疲れさまでした。またお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。