とある竜騎士のお話 (魚の目)
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1話 あるオリ主の栄光と転落

注意!
この物語はふと思いついて放置していた一発ネタに気が向いたので練習がてら続きを加筆したものです。
その為最初の1話がある意味クライマックスみたいなものです。また私の趣味を反映して居る為多くのテンプレとご都合主義による俺TUEEや無双の他、文章力、語彙力の無さや描写不足による強引な巻き展開などが存在しています。
あまり過度な期待はなされないようご注意ください。
なお批判、指摘などは随時募集しておりますのでよろしければお願いします。



牛が草を食む草原。

この地に住む人々が創り上げた広大な畑。

古ぼけたような、しかしどこか温かみを感じる家屋。

それも今日までの話。今では全て火の海の中。

下手人は今話題のレコン・キスタ、アルビオン新政府からの使者だった筈の者たち。

騙し討ちの形で進行してきた彼らの手でラ・ロシェール上空に停泊していたトリステイン艦隊は既に全滅。

彼らレコン・キスタは上陸場所にラ・ロシェール近郊のタルブを選択した。招かれざる客に対して打って出たタルブ領主とその軍勢も多勢に無勢、あっけなく全滅した。タルブの村に住んでいた人々は森に隠れ無法者共にただただ恐怖していた。

そんな中に響き渡る爆音。

濃い緑に染め上げられた装甲に翼と胴体には真っ赤な日の丸。

この世界、ハルケギニアでは完全な異形。

零式艦上戦闘機。通称、ゼロ戦。

風竜すら遥か後方に置いてけぼりにするその速度。

これに乗る少年の生まれた時代の地球では型落ちもいい所ではある物の、産業革命すら成し遂げていないこの世界では何者も追いつくことは出来ない。

当初雲霞の如く宙を舞っていた竜はゼロ戦の機関銃に撃ち落とされては次第に数を減らしていく。

その中で一騎。

風竜に速度で劣る火竜に乗って雷撃の如き恐るべき一撃を紙一重で回避していく竜と騎士。

竜の名はレッド。

いささか安直すぎる名前を送った竜の主である騎士はウルドという。

 

 

ウルドことウルダール・シュヴァリエ・オブ・ウィーバーは転生者である。

テンプレの様に日本の何処かでトラックに轢殺されこの世界に転生。

平民として生まれたかと思いきや実は平民の母と貴族の父の間の子で、その母が流行病で死に途方に暮れていた所を偶然墓参りに現れた父に引き取られるという如何にもテンプレな展開に巻き込まれ。これまたテンプレ的に魔法、剣術、槍術、棒術を叩き込まれ盗賊討伐にも参加。

ついでと言わんばかりに13歳にしてスクエアメイジになった挙句にその翌年にはデカい火竜、レッドを召喚、使い魔とするテンプレ。

ゲのつくアレが崩壊しそうになるくらいテンプレに塗れて生きてきた今世。

そんな彼がどうしてお先真っ暗なレコン・キスタに参加しているかというと。

 

ウルドは、この世界が「ゼロの使い魔」の世界だということに全く気付かず、さらに言えば内容どころかタイトルすら殆ど忘却しているからである。

神様が面白くないというテンプレ的な理由で忘れさせたのか或いはテンプレ的な師匠に課せられたこれまたテンプレ的な地獄の特訓で余計なことを考える余裕がなかったのか。

どちらかは分からないがとにかくそれが致命的だった。

彼は、アンドバリの指輪の力で操られているのである。

彼はレッドを召喚した後に竜騎士となりアルビオン空中騎行隊という遊撃部隊に配属されていた。

アルビオン各地を飛び回り反逆者との戦いに明け暮れる毎日。

駐屯地に戻り束の間の安息を得ようとしていた時に部隊長に呼び出され、そこでクロムウェルと邂逅。

スクエアメイジでありこれまたテンプレ的に優秀な竜騎士となっていたウルドはクロムウェルに目を付けられており、協力を要請されるもウルドはこれを拒否。

あえなく洗脳されてしまい、部隊ごとレコン・キスタに寝返ることとなった。

 

そんなこんなで参加したレコン・キスタで図らずも色々功績を立ててしまいアルビオンを掌握したクロムウェルによってシュヴァリエの位を貰い晴れて貴族の仲間入りを果たした直後のタルブ戦。

次々と撃ち落されていく竜騎士たち。

何処かうつろな表情でゼロ戦を見つめていたウルドは感情の窺えない声で部下に命令を下す。

 

「纏まっていれば鴨撃ちだ、いつも通り2騎一組の分隊で敵に当たれ。直線なら奴の方が速いが機動性ならこちらの方が上だ。くれぐれも奴の前には出ないようにしろ」

 

正体不明の強敵に動揺する竜騎士たちであったが上官であるウルドの冷静な姿を見て平静を取り戻す。

 

「行くぞ」

 

疾風の如き敵騎に追いすがらんと竜と騎士は空を駆けていく。

上空からブレスでゼロ戦を狙うも舞い散る木の葉の様にひらひら避けられお返しと言わんばかりの銃撃で次々撃墜される僚騎。

恐るべき敵を前に何の気負いも無くウルドが躍り出る。

損耗を避けるべく自分がゼロ戦を引き付けるためにである。

ただレコン・キスタの尖兵として、立ちはだかる眼前の敵を叩き潰すために。

そこにウルドの意思は存在しない。

 

急降下からのすれ違いざまの射撃で一騎がミンチとなる。

機銃の恐るべき弾速、長い射程と威力にもウルドは動じることなく分隊を組んでいた騎士と共になんとかゼロ戦の尻に付けるように追いすがる。

 

『レッド、ブレスはいらない。飛ぶことだけに集中しろ』

「グルォオオオ!」

 

レッドはただでさえ速度に劣る火竜なのだ。

それをウルドが不満に思ったことは一度も無いが下手に攻撃すればそれが隙になりかねないとフラットすぎる思考で判断。

レッドが了解の唸りを上げる。

不意にゼロ戦の機首が右上を向く。旋回しつつ高度を取りその高度を速度に変えるシャンデルと呼ばれる機動にて旋回してこちらの後ろに付こうとしているのだろう。

そうは行くものかと言わんばかりにウルドは魔法衛士隊もかくやというほどの速度で詠唱、『ファイアー・ボール』を発生させ、更にそれを分裂させ小さな火の玉を創り出して、タイミングを窺う。。

ゼロ戦がこちらの後方に付こうとして円を描くかの様な機動で旋回してきた丁度その時に、発生させた火球を後方に向かって散弾のようにやたら滅多らばら撒く。

牽制弾である。

それと同時にレッドに風を受けるように翼を広げさせて急減速し、ブンと尻尾を振るわせその勢いでその場で後方宙返りのように、くるん、と一回転し翼を折りたたませて急降下する。

回転してる時についでにもう一発、今度は『火球』をお見舞いしてやった。

急降下を始めた時にゼロ戦は機銃を使ってきたが、ばら撒かれた『ファイアー・ボール』と『火球』に驚いたのかあらぬ方向にそれる。

ウルドとコンビを組んでいた竜騎士は難を逃れたものの、離れた位置に居た1騎が流れ弾にあたり撃墜されてしまった。

 

急降下でスピードに乗りつつレッドに態勢を戻させて、徐々に高度を上げていく。

ついでとばかりにウルドは風を起こして速度を上乗せさせる。

ウルドが狙っているのは機銃の弾切れである。ゼロ戦の特徴たる2200~2500キロにも及ぶ長大な航続距離から考えてガス欠を狙うのは現実的ではないからだ。

性能で劣る竜に弾を回避されるという状況で相手は焦り、判断力を削がれて無駄弾が多くなっていくだろうが、何かの拍子にあたってしまう恐れがある。

ただでさえこちらは、乗ってるのも飛んでるのも生き物であるから疲労がどんどん蓄積されていく。

避ける為には相手の動きを先読みしつつアクロバットな機動で避けざるを得ないのだから更に疲労は加速する。

数以外は不利なチキンレース。

しかしウルドは焦りを感じない。感じられない。

 

レッドの飛行を風を生み出して補助し高度を回復、更に上昇していく。

味方は当初の命令通り2騎ずつゼロ戦に当たっていた。

遠い星ではロッテ戦術と呼ばれる、単機戦闘をさけ相互支援の元に格闘戦にて優位を保つことを目的に編み出された戦術である。

片方が援護・哨戒を行うことで片方が攻撃・追撃追撃に専念する。

無線機のような気の利いたものはこの世界にはない為聊か不完全なものではあるが精強無比と謳われるアルビオン竜騎士団の名声を更に上げる筈「だった」。

レコン・キスタに吸収されたため悪名を轟かす要因の一つになっていたものが今は見る影も無く無残な有様に成り果てていた。

風竜でも最大でも時速にして200キロ程の速度なのに対してゼロ戦は巡航速度ですら同じ程度の速度を難なく出せ最大速度に至っては機種にもよるが約560キロ程。

風竜も瞬間的にはもっと出せないことも無いがそれでもなお竜と戦闘機の間に存在する絶望的な速度差。

速度が出る風竜に乗る竜騎士たちが追い立て火竜に乗る者達が自身の魔法や竜のブレスで撃墜しようと試みるも、エンジンが唸りを上げて風竜すら追いつけないほどの速度で戦闘機動に入るゼロ戦。

対応しきれない竜騎士たちを情け容赦なく真正面から分隊ごと打ち砕いていく濃緑の悪魔。

ゼロ戦の素早く軽快な戦闘機道に対応しきれずに次々と撃墜されていく。20騎はいたであろう竜騎士団はすでにその数を半分程に減らしていた。

まだ戦闘を開始してから10分もたっていないのにもかかわらずこの惨状である。

もはや敗走といっても過言ではないこの状況でもウルドは諦めない。

 

ウルドに気付いたのかゼロ戦は猛然とした勢いで旋回しながら下降してくる。

そうはいかない、とウルドは詠唱を開始する。

使うのは風のスペル。

ウルドはあらかじめレッドには少し痛いぞ、と謝罪した。レッドからは訳が分からないという意思が飛んできたが無視した。

ゼロ戦との距離はかなり近づいている。敵機の機首がレッドの方を向く直前にウルドは遅延していた呪文を開放する。

グオ、と下から押し上げてくる衝撃。『エア・ハンマー』だ。ウルドはこの呪文で無理矢理レッドを押し上げ機銃を避けようと考えたのだ。

遅れてすぐ下方から聞こえてくる機銃の轟音。間一髪間に合ったようだ。

火系統ほど得意ではない風系統の魔法。

ぶつけるのではなく、押し上げるように『エア・ハンマー』を発動するのは流石のウルドにも骨が折れたが成功したのだから問題ない。

レッドは一瞬態勢を崩しかけたが即座に復帰し、怒りの思念を寄越してきたがこれが終われば牛を好きなだけ食わせてやるから我慢しろ、とウルドが平坦な思考を飛ばすと渋々引き下がった。

 

ウルドの後方に居た僚騎を行き掛けの駄賃とばかりに撃ち落としゼロ戦はそのまま下降していったため高度的にはこちらが有利だ。

大したアドバンテージでは無いがこれを利用し速度を上昇させる。

ウルドはレッドに翼を畳み身体を一直線にピンと伸ばすようにさせ、自身も態勢を低くして空気抵抗がなるべく少なくなるようにした。

一人と一匹は砲弾の様にゼロ戦に向かって急降下していく。

ゼロ戦もこちらに対抗しようと向きを変え機銃を撃ってくる。

ウルドはあらかじめ詠唱しておいた呪文で、風をおこしてレッドの機動を補助している。

レッドの背を内側に円筒の内壁をなぞるように螺旋を描きながら急降下していく。真っ直ぐ視界に捉えたゼロ戦がクルクルまわっていく。

機銃は掠りもせず距離が近づいてくる。

ウルドは手にしたハルバードを構え、ゼロ戦と丁度すれ違おうとするその時に力の限り振りかぶった。

ガキィン!

耳をつんざくような激しい音が鳴り響く。

コックピットに当てることは出来なかったが、コックピット後方の装甲にぶち当てることができ、その部分には亀裂が入っていた。

このまま追撃したい所だったがそうはいかなかった。

 

急降下とウルドの補助によって増したレッドの速度は時速にして300キロを越えていた。

対するゼロ戦は上昇しながらである為速度が落ちている。

およそ7、800キロ程であろう相対速度による衝撃はハルバードを取り落すには十分であり、それだけでなくウルドの右肩は外れ、右腕は嫌な音を立てて折れ曲がり、手に至っては恐らくは骨が粉々になっているだろう。

あまりの激痛に意識が遠のく。

激痛によってかウルドの感情が一瞬呼び起こされる。

痛い。痛い。なんでこんな。このファンタジー世界でゼロ戦とか反則だろ。

まだ死にたくない。機銃掃射でミンチなんて嫌だ。

でも、俺は、レコン・キスタで。

そうだ、レコン・キスタはハルケギニアを統一するのだ。ここで負ける訳にはいかない。

苦痛に歪み涙すら流していた表情が次の瞬間にはそれまでの無表情に戻る。

操られる前からもしものためにと心配性である父親から渡された秘薬。それまでの習慣からか操られた後も常に持ち歩いていたものを使う。

即効性の麻酔効果を持つ水の秘薬をがぶ飲みする。

痛みが無くなってきたところで肩を入れ、折れ曲がった右腕を真っ直ぐにし、手と合わせて形を整える。

ここで漸く回復効果のある水の秘薬を使う。

水魔法の心得が殆ど無いからかゆっくりと治っていく骨に違和感を覚えるも無視。

低空を飛びゼロ戦から身を隠し漸く戦線復帰したころに戦況が変っていた。

 

ふと上空を見上げてみると、竜が一匹も見当たらない。

もう自分以外は全滅してしまったのか。

ウルドは最悪の状況を思い浮かべつつも、さらにくまなく探していくと、ようやくゼロ戦と、生き残りの竜騎士を見つける。

ゼロ戦が一騎の竜騎士と戦っている。

あの速度から考えて恐らくは風竜。アルビオンの竜騎士団で叩き込まれるものとは違う、しかし卓越した竜捌き。

ワルド子爵か、とあたりをつける。

風竜を巧みに操るワルド子爵がぴったりと後ろにくっついているせいで、ゼロ戦は機銃を撃てていない。

なるほどハルケギニアには自信が操れぬ獣などいないと豪語するだけのことはあるらしい。

漸く勝ち目が見えてきた、とウルドは笑った。久しぶりに笑った気がした。

動きの悪い体に鞭をうって、レッドを上昇させる。ゼロ戦に気付かれないように、フネの影に身を隠しつつ、慎重に。

 

 

 

ドクン、とフラットだったものが波を打っている。

一時的に感情が呼び起こされた影響だろうか。

本人は気付いてはいなかったものの、ウルドには久しぶりに恐怖と闘争心が芽生えていた。

死の気配が知らず知らずの内に感覚を鋭くしていく。もっと速く。もっと熱く。

それは迫りくる死によって目覚めさせられた本能が、アンドバリの指輪によって封じ込められていた感情を呼び覚ましているという証だった。

 

 

 

火竜は嬉しかった。

今までまるでガーゴイルかなにかと疑うほどに感情が殆ど動かなかった主が、久方ぶりに感情を発露させたのをルーンを通して知ったからだ。

チャンスだと思った。

水精霊の魔力によって歪められた主を取り戻せるかもしれないからだ。

主の精神を破壊してしまうのを恐れ、ほんの少しずつ自身の誇る火精霊の魔力で水精霊の魔力を中和するも全く先が見えない状態。

この土壇場で漸く、漸く見えてきた光明。

あの異形の竜に感謝してやっても良いとすら思っていた。

しかし、主の生命を奪わせはしない。

今は生き残れるように最大限の力を出して見せよう、と竜は神経を研ぎ澄ませていた。

 

 

 

うまい具合に雲に隠れられたウルドはゼロ戦とワルドの戦闘を観察していた。

レコン・キスタ旗艦たるレキシントン号の上空に行きたいゼロ戦と、そうはさせるかといわんばかりのワルド。

彼らは壮絶に尽きる鬼ごっこの真っ最中で、虚を突いてゼロ戦がワルドを機銃で撃てば、ひらり、と本職の竜騎士顔負けの機動で器用に避けていく。

また、ワルドが隙をついて、呪文―恐らく『エア・ニードル』だろう―でゼロ戦の濃緑の機体装甲を穿とうとすれば、先ほどのウルドのようにバレルロールの機動を取って、側転するかのごとく機体位置を横にずらして避けてみせる。

間違いなくゼロ戦パイロットの技量は先ほどよりも向上しているとウルドは確信した。

下手に動くと墜とされかねない、そんな戦闘を前にウルドは精神を必死に集中させていた。

先ほど使った麻酔薬の効果で少しボーっとした感じがしている。

右腕はまだ動かせないので、取り落したハルバードの代わりに抜き放った愛用の剣は左手に持っている。

精神力も先ほどの大盤振る舞いで心もとない状況だ。

それでも、と機を窺っていた。

ゼロ戦はワルドとのドッグファイトに夢中でこちらには気付いていない。

今だ!

とレッドを駆って、矢が放たれたように雲間から飛び出していく。

速度は重力の力を借りてぐんぐん上がっていく。

今度こそはと心に決めて敵機に向かって突撃する。

 

不意に、ゼロ戦が急に失速しワルドを追い抜かせた。

これは不味い、と思いウルドは牽制代わりの『火球』を詠唱してワルドを援護しようとした。

しかしゼロ戦は一向に機銃を撃たず、遅れて現れた火球を避ける為に回避機動をとった。

絶妙なタイミングだった。撃っていれば今頃、ワルドは地に墜ちて居たかもしれないほどに。何故、撃たなかったのか?

ウルドにはすぐに見当がついた。

撃たなかったのではなく、撃てなかったのだ。

弾切れだ。待ちに待った弾切れが漸く今ここで到来したのだ。

レッドに今まで使うなと言っていたブレスを解禁させる。

 

「出し惜しみなしだ、全力で行くぞ」

 

ウルドが言うと、レッドは心得たとばかりに低く唸り声を上げた。

一段階上がる速度。

回避することを放棄した捨て身の全速力。

レッドの口が開き三連発でブレスを打ち出す。

突如として現れた狼藉者に狼狽える素振りを見せる敵騎。

すかさずウルドによって雨霰と打ち込まれる火の玉のシャワー。

恐るべき技量。

失速、加速、反転。

ありとあらゆる業を持ってして必死に避け続ける濃緑の機体に遂に一撃が突き刺さる。

当たり所が良かったのか爆発炎上はしなかったが失速し高度を落としていく機体。

此方の速度は全く落ちておらず徐々に距離が近づく。

後方からワルドも追い上げてくる。

ワルドの『エア・ニードル』で更に機体に穴が開いていく。

不意にゼロ戦の涙滴型風防が開きピンクブロンドの少女が顔を出す。

突然の奇行に面喰う。

しかし此方にとっては都合がいい。

更に下がるゼロ戦の速度。

それでも、ウルド、ワルドの魔法にレキシントンからの砲撃を避けきるパイロットに敬意を送りたい。

ついでにアクロバットな機動に異様な体勢で難なく耐える少女にも。

もう少し、もう少し。

遂にレッドがゼロ戦を追い越したその時ウルドは鞍から延びる体を固定していたベルトを切り裂きレッドの背から飛び出した。

 

ごく一瞬のフライの魔法を発動させ滞空。

右側の主翼の端っこに未だ感覚の鈍い右手で如何にか掴まる。

突然の凶行で驚くレッド、パイロットの少年を尻目に残り少ない精神力で『ブレイド』を発動。

 

「ぬぅうんん!」

 

雄叫びのままに放たれた一撃は、片腕でしかも安定していない体勢だったからか翼を断ち切ることは無く。

しかし、致命的な歪みを与えたことでゼロ戦が制御を失い始める。

レコン・キスタの前に立ちはだかる強敵を何とか墜落させることができると確信し、使い過ぎた精神力の反動で意識が落ちる直前。

ウルドは見た。

 

爆発(エクスプロ―ジョン)!」

 

高らかと謳い上げられたルーン。

直後膨れ上がる閃光。

白一色となった視界の中に少しだけ見えた、見えてしまった。

所々爆発炎上し高度を下げていく艦隊。

 

(……負け、た?)

 

その思考を最後にウルドは意識を失いふき飛ばされた。

 

 

 




超簡単オリキャラ紹介

ウルド

オリ主。竜騎士。洗脳済み。


レッド

オリ主の使い魔。火竜?


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2話 正気とブラクラ

ちょっと追加しました。

10/6 またまたちょっと追加

10/12 指摘により少しばかり文章を変更。


「……じ」

「あ…じ」

 

倦怠感が身を包む中、聴こえてくる言葉。

何だよ、うるせなぁ。

今良い気持ちで寝てんだから起こすなよ。

次第に体が揺さぶられるようになり、不快感が増す。

いい加減にしろと重い瞼を頑張って開き見えてくるピンぼけしてぼやけた視界。

次第にピントが合ってくると見えてきたもの。

 

「漸く起きたか、主」

 

すっくと立ち上がる人影。

鮮烈な紅に彩られ風が吹く度に陽炎のように揺らめく長髪。

まばゆいばかりに白く輝く絹のような肌。

スラッと伸びて均整のとれた肢体。

彫りが深く整った顔立ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処を見ても彫像のように美しい肉体をした全裸の"男"。

 

 

 

「いぎゃあああああ!!誰だてめえ!?俺に何の用があるってんだよ!?」

 

どう見ても変質者です。

森の中に全裸で佇む美男子。

どこぞの惑星なら「それ、森の妖精さんじゃね?」と某掲示板でネタにされることこの上なく何かがズレた状況。

実際に遭遇してみれば恐怖以外の何物も感じない。

体が言うことを聞かないというのも恐怖に拍車をかけている。

 

「むう。そんなに驚くことないじゃないか。傷つくぞ」

 

どこか悲しげに顔を曇らせる全裸。

 

「そんな顔したって無駄だ!早く名前と要件を言えよ。あと俺のケツには何もしてないだろうな!?」

 

最後の方は殆ど悲鳴染みたものになってる。

情けないことこの上ないが、童貞の前に処女を失うのは真っ平だった。

 

「そうか。この姿を見せるのは初めてだったか。」

 

意味深な事をほざく全裸に段々イライラしてくるが次の瞬間にそのイライラは更なる衝撃で吹き飛ばされた。

 

「私はレッドだよ。主の使い魔で、人間が言う所の火"韻"竜のな。あとどうしてそんなに尻にこだわるのかは知らんが特に触ってはいないぞ」

「へ?」

 

俺の尻が無事だと宣言する不審者に絶えず疑惑の視線を送りつつも言われた言葉を反芻する。

はあ、レッド?俺の使い魔?こいつどう見ても人間じゃん。

こいつ気でも狂ってんじゃないかと更に疑いを強めるが気になることを言っていたことを思い出す。

火"韻"竜?

火竜じゃなくて?

てか韻竜って確か絶滅したんじゃなかったか。

この世界での学が無い俺ですら知ってるぞ。

混乱していると全裸が説明してくる。

 

「まず一つ目に人間は韻竜が絶滅したと思っているようだがそれは間違いだ。人間の立ち入ることのできない環境で細々と暮らしている。」

 

いい加減フリーズしかかった脳みそでほえー、そうなんだーと相槌を打つ。

いやあ、勉強になるなあ。

 

「二つ目に韻竜は精霊の力を借りることで自身の姿を偽ることができる。私の場合は火精霊の力を借りている」

「じゃあつまり、その姿は仮のものだということか?」

「そういうことになる」

 

そんな都合の良い能力なら服を着た姿に変身しろよと突っ込むもそれは無理らしい。

言葉だけの説明では信じきれない為変身を解いてもらうと現れたのは一般的な火竜よりも大きな体躯が特徴の赤い鱗の竜。

額の辺りに存在する『同調』のルーンを確認することで取り敢えず納得した。

 

「しっかしまあ韻竜なんてけったいなやつ召喚したもんだな」

「打ち明けて何だが韻竜が今なお存在していることは誰にも言わないで欲しい」

「わかってるさ、相棒とその仲間を売り払うようなことはしねえよ」

 

変身しなおしたレッドが安堵の表情を浮かべる。

全裸なのは気に食わないが服の持ち合わせなんてないから致し方なかろう。

 

「それと、俺のことはウルドでいい。主と言われるとトンデモ無い性癖だと誤解されそうだ」

「そうか?なら遠慮なくウルドと呼ばせてもらうぞ。これからもよろしく頼む、ウルド」

「おうよ」

 

全裸のまま打ち解け始めてしまうのに言い知れぬ恐ろしさを感じるも少し話し込む。

今まで秘密を黙っていてすまないとか、あとは。

 

「名前?」

「そうだウルドから貰った名前以外にも父母から貰った名前がある」

 

考えてみればそうだ。

人間と同じかそれ以上の知性を持つ生命体。

名前があってもおかしくないしむしろ当然と言える。

 

「父母から貰った名はククルカン。偉大なる竜から取られた名だ。」

 

誇らしげに言うレッド、いやククルカンになんだか微笑ましい気持ちを感じる。全裸だが。

 

「なら今度からククルカンって呼んだ方が良いか?」

「いや父母から貰った名も大事だが、ウルドから貰った名も同じくらい大事だ。今までと同じようにレッドと呼んでくれ」

 

今更ながらに安直な名前を付けたことを後悔する。

こんなことならもっと凝った名前にすりゃ良かった。

嬉しそうに言うレッドに後ろめたい気持ちを覚える。

で、でも、某山に一人佇む幽霊疑惑のある頂点さんと同じ名前だし。強そうだよ、うん。

 

 

 

「しかし、俺はどうしてこんな所に居るんだ?体も思うように動かないし」

 

森の中で目覚めた俺は何故こんな所に居るのか前後がサッパリだった。

俺の発言を聞きレッドが今までの表情を一変させ神妙な表情を浮かべる。

 

「ウルド、落ち着いて聞いてほしい」

 

そう前置きしてから語りだすレッド。

レッドから語られる内容に俺は次第に顔を青褪めさせながら靄がかった記憶を思い出す。

クロムウェルとかいう金髪カール野郎に変な指輪を翳されて。

それまで王党派だった俺はさも当然の様にレコン・キスタに鞍替え。

レッドを駆り王党派の貴族を何の感情も無く駆逐殲滅する生活。

騙し討ちの形で始まる対トリステイン艦隊戦。

上陸の為のタルブ焼き討ちとそして。

 

零式艦上戦闘機。

ピンク女の放った謎の光。

焼け落ちていくレコン・キスタ艦隊。

 

既視感。

俺は今世ではなく前世、某トップをねらうアニメで最終的に質量兵器に仕立て上げられるあの星で生活していた頃にこの一連の流れを見たことがある。

そう、あれは、確か。

 

(何とかの何とかってライトノベルだ!)

 

ってなんなんだよ!

結局覚えてないじゃん!

クソが、全然内容覚えてないよ。

どうしようもねえよ。

ああああああと唸り始めた俺を心配するように覗き込んでくるレッド。

 

「だ、大丈夫か、ウルド?どこか痛むか?」

「いや、大丈夫だ」

 

強がりを言う俺に心配の眼差しを投げかけてくるレッドが説明を続ける。

どうやら俺はクロムウェルの野郎の指輪の力で操られ良いように使われてきたらしい。

レッドが火精霊の力で指輪の力、水精霊の物らしいがそれを中和しようと試みるも下手を撃てばあっぱらぱーの廃人一直線だったらしく思うように進まず。

それが先のゼロ戦との戦いでの負傷で一瞬感情が復活、綻びが生じ更にあの光を受けた衝撃からか水精霊の働きが弱まりレッドによる中和が効果を発揮したようだ。

自分の意思ではないが確かに自分がやってきた数々の蛮行の記憶はある。しかし、まるで映画でも見るかのような感覚で、正直に言うと実感が湧かない。

それよりも。

指輪。

読んだ話でもそんな感じのがあったような。

言われてから気付くなんてどんだけ鈍いんだよ。

この先似たようなことが間違いなく有るだろうという切ない確信を持ってしまったところで話が終わる。

沈黙の中で一つだけ質問を絞り出す。

 

「なあ、あれからどれ位時間が経ったんだ?」

 

日が落ち始めているため夕刻であることだけは確かだがそれが「何時」のかは判断できなかった。

 

「まだそこまで時間は経っていないぞ。戦闘が終結して2、3刻といった所か」

「そうか、ならやることは一つだな」

 

やる気のない全身に喝を入れてフラフラしながらも自分の足で立つ。

キョトンとした顔で俺を見つめる全裸が聞いてくる。

 

「何をするんだ?」

「投降」

「えっ」

 

沈黙するレッドにもう一度言い放つ。

 

「だから、トリステイン軍に投降するんだよ」

「えっ」

 

負けたならこうするしかないだろう?

 

 

 

その後未だタルブに留まっていたトリステイン軍の前にノコノコと出ていき武器を捨て下着一丁となったとある男が使い魔の竜と共に捕縛された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捕まったからと言って別に暴行三昧という訳でも無く。

恭順の意思を示したスクエアメイジ(竜付き)を其処まで無下に扱いはせんだろうという思惑が上手くいった為心の中でほくそ笑む。

自分で言うのもなんだがこう見えて優秀なのだ。操られていようと竜騎士団の筆頭になれる程度に、ゼロ戦からの銃撃をあの手この手で避ける程度には。

竜騎士団以外のアルビオンの軍人も精強だ。

なんてったって遥か天空に浮かぶ大地に住んでるのだ。

普通に暮らしてるだけで心肺機能が他の国の人々よりも鍛え上げらえる。

軍人など、もはや一級のアスリートみたいなものだ。

数ではガリア、ゲルマニアに劣るが全体の質としては引けを取らないどころか勝っていると言えよう。

敵地での経戦能力はクソみたいな物だが。

あと飯がマズい。日の出づる国出身の俺には結構キツい。食わんとやってられんので気合で掻き込むが。

と、いう訳で現在キツい視線を無視しながらアルビオン竜騎士団のノウハウを教えている所。

これくらいの憎しみの視線に耐えられなきゃ戦争なんてやれんよ。

今は機動に耐える為の取っ手と身体固定用のベルトが追加され改良された竜専用の鞍を教えている所。

咄嗟の脱出とかはやり辛いが飛躍的に空戦能力がアップするからね。動きに耐えられれば。

俺はそもそもレッドを見捨てる気も無いし、そもそもつけなきゃバレルロールとか絶対無理。付けても出来ない奴が殆どだがね。

戦闘技術に関しては取り敢えず対ゼロ戦で見せたような限界ギリギリのアクロバットは置いといて一般的な高度を利用して速度を上げるとかどうやって速度を落とさず相手の上を取るかとかそういうのを教える予定。

俺以外にも生き残りはいるが結構酷い怪我だったり竜が死んでたりするので時間がかかるようだった。

 

 

 

質素ながらも祖国より格段に美味い飯を食ったり指導したりして日々を過ごしていたらいきなり召集を喰らった。

通されたのは玉座の間。

は?

 

「貴方が竜の羽衣を落とした竜騎士ですね」

 

竜の羽衣。

この世界でのゼロ戦の名称。

本当の名前教えたら絶対疑われるので何も言わない。言えない。

発言したのは麗しき元トリステイン王女、現女王アンリエッタ・ド・トリステイン。

天上の存在にも等しい可憐な、しかしどこか怖ろしい空気を放つ少女。

怖い目をしている。

空虚に見えてその実何か熾烈なモノを孕む眼光。

 

「はい。ウルダー…」

「発言は許可しておりません。それと、貴方の名前などどうでもよろしいのです」

 

にべも無く切り捨てられる。

 

「貴方にはとある人物の専属の竜騎士となってもらいます。それに伴い『制約』の魔法を受けてもらいます。拒否権はありません」

 

『制約』までかけるとは念入りである。たしか禁呪だったような。

そこまでする様な案件かと戦慄する。

まあ始祖の血脈にケンカ売った奴に対して涙が出るほど優しい対応だと思うが。

内容はトリステイン王家への絶対服従。

偽名を名乗り、偽のもの以外自身の素性を語らないこと

任務内容とそれに付随する情報を口外してはならないこと。

 

 

「安心なさい。任務が終われば『制約』は解除します」

 

全く持って安心できない表情で言い放つ女王陛下に対して俺の忠誠心は溢れんばかりだ。勿論皮肉。

内面などおくびも出さず部屋を退出すると直ぐに『制約』の準備が始まる。

『制約』をかけられる前に精霊の力などはぼかしてクロムウェルは人を操る何らかのマジックアイテムを持っていることは伝えておいたが何処まで信じてくれたことやら。

俺が操られている時に見た感じ一度に術をかけられる数は少なそうだったことも一応言っておく。操られていたこと言わなかったけどね。

もしかしたら勘違いかもしれないということも忘れずに。

しかしどうしてこうも最近の俺は精神系の魔法に好かれてるんだろうね。

ルーンが完成して『制約』をかけられた俺は、架空の貴族、ロナル・ド・ブーケルとなった。

レコン・キスタでの爵位はどうでも良いが俺の名前は一体どれだけ変わるのかね。

唯のウルドに戻れる日が待ち遠しいよ。

 

 

 




超簡単キャラ解説

ウルド

洗脳解けるも再度魔法で縛られる。
なお地の文の微妙に乱暴な言葉遣いが本性。

レッド

オスの火韻竜。テンプレ。


アンリエッタ

女王即位済み。病ンリエッタ。


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3話 主観と客観

10/12 指摘により少し追加


はーるばるー来たぜー。

トリステイン魔法学院。語呂悪い。

上司(みたいなもの)が学生と使い魔の2人(2人って表現おかしくない?と最初は思った)ということなので学生になってね!とのお達しで19歳になって学生服を着る羞恥プレイにイラっとくる今日この頃。

愛用の得物すら使えなくて少し心細い。

腰に差してるのはただの杖。予備というか子供のころに使っていた奴だ。

ちなみに本来の俺の得物はハルバードと剣。

ハルバードは棒の部分が、剣は柄の部分が杖となっている。

まあ最後の切り札としてもう一つあるがどっちにしろ使うのはNG。

寮の部屋には持ち込んで良いらしい。こんなこともあろうかとって奴だ。

今現在2年生のなんたらってクラスで護衛対象と共に授業を受けている。

ピンクブロンドの小柄な少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという覚えるのが大変な長い名前を持った凄い偉い貴族の末娘。

黒髪で何か親近感と懐かしさが湧いてくるサイト・ヒラガ少年。

うん、人間が使い魔ってなんかスゴイ。

ご主人様と下僕って言い換えるとそこはかとない背徳感を感じる。

なんとかのなんとかに出てきた気がするようなしないような。うむ、わからん。

サイト・ヒラガ、漢字に直すと平賀才人といったところか?

多分日本人、だよね?

パーカー着てる上、スニーカー履いてるし。

ザ・日本人という表現がぴったりな彼とは何時か日本語で話してみたいものだ。多分怪しまれるけど。

というかこの2人ゼロ戦に乗ってたよね。彼らはも俺の顔見てびっくりしてた気がするし。

部下を撃ち落されたりしたので色々思うことが無い訳でも無いが、戦争であり、尚且つ自身が操られていた時に出来た部下で、それまであまり面識が無かった為あまり感情が湧かないのである。

なので上手くやれる、筈。多分。

彼らと引き合わされたあと学生の身分として魔法学院に送り込まれた俺は季節外れの転校生ということになっている。

すっげー怪しい目で見られたけど。

俺が彼らの立場でも怪しいと思う。

俺のアルビオン訛りはそこまで酷くなくちょっと矯正されただけで問題ないだろうとの話だが、ボロが出ると嫌なので寡黙キャラで押し通している。

無口でミステリアスな謎の転校生。

自分で言ってて腹を抱えて笑いそうになる。

さて全く持って馴染めていないクラスではあるが、このクラス2人ほど学生の身分に似つかわしくないほどの使い手が居る。

一人目はキュルケという赤髪で褐色の肌、グラマラスな肉体を持つ美人さん。

ゲルマニアの名門ツェルプストーの出らしいがなんでここにいるんだろう。

授業での魔法実演で見せられた彼女の火魔法から察するにトライアングルくらいはあるんじゃないかな。きっかけがあればスクエアになれるだろう。

もう一人の方は青髪でヴァリエール嬢に輪をかけて小柄な体系の美人ちゃん、タバサ。

家名は不明。名前も貴族らしからぬ、簡単に言えば平民っぽい名前がなんだかとっても怪しい感じ。

そんな彼女は魔法がトライアングルクラスと言うのもあるが、身のこなしがヤバい。

本気で動いている所を見たわけじゃないが筋肉の付き方からして相当な瞬発力があるだろう。

魔法も凄そうだし、いやー恐ろしいね。

くわばらくわばら。

我らがお嬢はそんなおっかない奴らとギャースカやってそれにサイト君が巻き込まれている。

微笑ましいがハラハラする。

 

肝心の授業であるが魔法、特に実技に関しては問題ない。火と風に関しては。

俺は火が一番得意でスクエアまで重ねられ、風はライン、土はドットまでで水に至ってはドットスペルすら失敗することがある。

ある程度実力のあるメイジは魔法を見ただけでその魔法の使い手の技量を予測できる。

学院の教師はそれ相応に技量を持つものしかいないので、手の抜き方には苦労する。

水と土は投げ捨てるもの。

ルーンなどの座学も同様、火と風は大丈夫。

基本的に俺は必要なルーンだけしか覚えてない。

その為火系統と風系統はそこそこ覚えてはいるものの、土と水はほぼノータッチである。

というか土系統で使えるのは錬金だけで、水系統は何一つ知らない。

これは俺自身の得意な属性の傾向による影響が大きい。

次に算学、というか算数みたいなもんだがこちらも問題ない。元現代人を舐めるなよ。指数関数とか大分忘れているが。

次に貴族としての礼儀作法の授業。

格調高いこのトリステイン魔法学院で要求されるマナーは結構レベル高い。

来る前に突貫で叩き込まれたがそう簡単に身に着くはずも無く、田舎の貴族だという嘘の設定があるからこそなんとかなっているレベル。

こちとら平民生まれで脳筋にしごかれて育ったんだ。誰か助けてください。

歴史?

寝てるよ。

 

 

 

刈り込まれたくすんだ赤髪。

日焼けして浅黒くなっている肌。

鋭い眼光。

制服の上からでも良くわかる鍛え上げられた肉体。

極めつけに成体と比べてもなお大きい火竜の使い魔。

何処をどう見ても堅気の人間ではない、怪しさ満点の男がトリステイン魔法学院の2年生として転入してきてから丸1週間。

誰一人として彼に声をかけようとする者は居ない。

当の本人はこれでも抑えているつもりなのだが危険な雰囲気が漂う風貌と何も喋らないという2つの要素によって避けられている。

そんなクラスの中で2人だけ、正確には片方は生徒ではないが彼の事情を知るものが居る。

名門貴族の娘、ルイズとその使い魔、才人である。

ロナル・ド・ブーケル、偽名であるらしいが彼にはルイズと才人の緊急時の護衛兼移動手段という役割が与えられている。

先のタルブ戦にて2人の乗る竜の羽衣ことゼロ戦を地に叩き落した人物でもある。

才人はなんとかゼロ戦を大破させることなく着陸させることに成功したが装甲各部の損傷と、特に右側の主翼が折れ曲がって居る為現在飛行不能。

学院教師コルベールの元で修復作業中である。

速度に劣る火竜で機銃の一撃を悉く回避しあまつさえ撃墜しかける程の腕前を買われたからこそ彼が選ばれたと2人は聞いていた。

ルイズは投降兵にこんなことさせて大丈夫なのかと苦言を呈したが魔法で行動を縛って居る為問題ないと退けられた。

2人にも色々と思う所があったが王宮からの命令である為承諾した。

当の本人との関係だがロナルは必要以上には絡んでこない為2人は彼との距離感を取りあぐねていた。

一度は殺し合いをした間柄でもあるためそうそう打ち解けられるものでもない。

ロナル曰くいきなり転入してきた人物が大貴族の令嬢と絡みを持つのは不自然、とのことだがそれにしては他のクラスメイトとも交流していない。

詰まる所、現在彼は浮いていた。

 

 

 

(陛下…)

 

ルイズは女王に即位したアンリエッタの事を思う。

アルビオンでの一件にて自分たちの力不足で彼女の愛しき人、ウェールズ皇太子を死なせてしまったのみならず偽りの生命を持ってして結果的に彼の生命を冒涜させてしまった。

その報告をして以来一度も彼女と会っていなかった。

タルブ戦の後、呼び出されては『虚無』と竜の羽衣の事を詰問された時に会ったアンリエッタは、少しやつれていたものの今までと変わりなかった。

その目に宿る昏く、しかし烈しいもの以外は。

ルイズには察せられた。

きっと姫様は、あのレコン・キスタに復讐しようとしているのだと。

愛するウェールズを奪っただけでは飽き足らず死したその肉体を弄んだ仇敵を滅ぼしてやろうと。

だからこそ女王になった重圧も気にならない。むしろ都合が良いとすら考えているかもしれない。

自分に恋人はいないが、その気持ちを推し量ることはできる。

だが、だからといって。

 

(ご自身が禁呪を使っても良いというのですか?)

 

ロナルにかけられている魔法。

明言されてはいないものの魔法が使えなかったためにそれを補おうとひたすら勉学に打ち込んできたルイズにはどんな魔法であるのかわかってしまった。

『制約』。

人の心を操る禁呪。

かけられた当の本人はどこ吹く風といった体だが、少なくとも正しい行いではないだろう。

ここ数日同じことをグルグル考え続けてきたが答えなんて出る筈も無く。

埒が明かない、とロナル本人と話をしに行くことを決めた。

ここぞというときに頼りになる、使い魔と一緒に。

 

 

 

学院の敷地外の草原。

だだっ広く牧場でも開けば情操教育にも良いんじゃないかなと思えるそんな場所でレッドに飯をくれてやる。

クソデカい肉塊といくらかの野菜。

レッド自身も狩りをしているらしいが使い魔と思しき風竜の幼生体が居る為遠慮しているらしい。

図体がデカく日々嵩む食費に、これ経費で落ちるかな?と易も無いことを考えていると不意にレッドが学院の方に目を向ける。

ピンクと黒。

キツい顔してこちらに向かってくるルイズ嬢と、のほほんとしているサイト君。

此方から先んじて声をかける。

 

「こんな所までわざわざご苦労様です、ミス・ヴァリエール、ミスタ・ヒラガ。何の御用ですかな?」

 

「話をしに来たのよ。アンタったら学院内じゃ寄ってこないじゃない」

 

話しと言ったって『制約』でガチガチの俺には言えることなんて大してないのだが。

何が不満なのかは知らないがそれで納得してもらえるなら安いものか。

ならば。

 

「では、此処では人の目につくかもしれないので遊覧飛行でもどうですか?」

 

 

風を切り空に舞い上がるレッド。

天気が良くこのまま風を感じながら昼寝でもしたい所だったがそうは問屋が卸さないと言わんばかりのお嬢さん。

本名はだのアルビオンの何処出身よだとか根掘り葉掘り聞こうとしてくる。

護衛対象だろうと任務中に素性を漏らすなと『制約』で縛られているのでお答えできませんとしか言えなかったが。

一度物の試しに言おうとしてみたものの言う位なら死んだ方がマシと言わんばかりに自分で自分の首絞めそうになったので無理だった。

精神系の魔法って怖いね。

 

「じゃあどんな事なら話せるっていうのよ!」

 

咆えるお嬢。

普通にしてりゃ可愛いのに台無しである。

 

「あんまりかっかするなよルイズ。ロナル…さんが困ってるだろ」

 

一応年上であるためかさん付けにしてくるサイト君。

年上ではあるけれどの幼いころから筋肉付けすぎたせいかサイト君よりも少し(此処大事)背は低いけどね。

前世より背が低くなったことに凹みそうになる。

 

 

「ロナルで良いですよ。ミスタ・ヒラガ」

 

「そうですか?だったらオレもサイトで良いっすよ」

 

「なら、そうさせてもらいます。よろしく、サイト」

 

立場が上であろうと、学院内では俺は貴族ということになっているので使い魔とはいえ平民であるサイト君にへつらうのは流石にまずい。

元々そのつもりだったとはいえ、これ幸いと許可を貰っておく。

ちょっと空気が和らいだもののお嬢様がまたも噛みついてくる。

 

「そんな風に喋れるならもっとクラスに打ち解けようとしなさいよ!スゴイ浮いてるのよアンタ!」

 

「しかし私は貴族の方々の嗜むものなどに造詣が深くなく、またアルビオンの訛りもあるため怪しまれるものかと…」

 

「こんな微妙な時期に、しかもいきなり2年生のクラスに転入してきたんだから最初から怪しさ満点よ!」

 

ぐうの音もでないほどの正論である。

なんとか反論しようとするも、お嬢さんは俺に喋る暇を与えてはくれない。

 

「だから!怪しいのは仕方ないからもっと他の人と交流深めてなんとか悪い印象を無くしていった方が私は良いと思うわ」

 

「それは…そうですね」

 

他人から見た自分の印象。

最初から期待はしていなかったがそれを払拭する努力を、俺は怠っていたようだ。

正気に戻ってから一息つく間もなく目まぐるしく変化していく環境に不貞腐れていたのかもしれない。

目の前のいつもプリプリ怒っているようにみえるこの年下の少女に窘められるなんて、情けないものだ。

 

「もしかして、私の事を心配してくれていたのですか、ミス・ヴァリエール?」

 

「な、何言ってんのよ。アンタが頭悪いことしてたから心の広い私が注意してあげただけよ」

 

我が上司はキツい性格なのは確かだが同時に優しさも兼ね備えているようだ。

照れたように顔を逸らすルイズ嬢に、サイトと共に苦笑してしまう。

 

「それと、ミス・ヴァリエール。私は自分にかけられている『制約』に対して特に思う所はありませんよ」

 

はっとした風にこちらを見返すお嬢さんに笑いかける。顔怖いとか、言うなよ?

授業を見ているとこの少女はとても勉強熱心でかつ頭が良い。

そんな頭脳明晰なお嬢さんには説明がなくとも俺にかけられた魔法が分かったのだろう。

この優しい少女が俺に声をかけてきた目的は最初からこれだったのだろう。

 

「あなた方にどのような事情があるのか私は知らされておりませんが、『制約』をかけるに値する何かがあるのでしょう?」

「それならば仕方がありませんよ。それに私は始祖の血脈に杖を向けた反逆者でした。本来なら問答無用で縛り首でも可笑しくはありません」

 

それに任務が終われば解除して貰える様なのでご心配なく、と付け加える。

本当にそうしてもらえるのかは分からないが信じる他ない。

まあ戦争が始まったらクロムウェルの首でも持って帰れば大丈夫だろう。

この俺を良いように操った報いは受けてもらう。

俺は根に持つタイプなのだ。

 

傾き始めた日が空を赤く染め上げていく。

暗くなるまでもう少し他愛のないことでも話していようかな。

取り敢えず聞きたいことは。

 

「私って、そんなに怪しかったですか?」

 

「悪いけど、俺も怪しいって思ってた。制服着てるのに筋肉でピチピチだし」

 

「そうよ。もうちょっと何とかしなさいよ」

 

仕方ないじゃんか。騎士だから、筋肉は。

 

 

 

 

 



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4話 友達できるかな by 筋肉

お嬢さんの忠告を素直に聞き入れ友達100人できましたっ!

とうまくいく筈も無く。

授業後に分からない部分を聞く振りして声をかけても

 

「せ、先生に聞けばいいんじゃないかな、ごめん!」

 

と、勢いよく謝られ逃げ出される始末。

正論だがそんなに俺が怖いのかとブルーな気持ちになる。

顔か、それとも筋肉が怖いのか?

両方か、ははっ。そりゃ参ったな。

俺が席に座れば周りに人は来なくてポッカリ穴が開き、俺が立ち上がればビクッとする。

特に反応をしないのはルイズ嬢とサイトを除けば、ちっこいタバサとエロボディのキュルケくらいである。

一定の距離感を保ちながらこちらを窺っているというか。

例えて言うならつかず離れず何かあっても対応できる距離で、かつ一撃で俺を葬り去れる位置取り?

多分これが正解。

ちなみにルイズ嬢とサイトは俺に友達ができるのをただ只管に見守っている気がする。

己らは入学式で我が子に友達ができるか見守る保護者か。

 

優秀な面を見せつければ誰か頼ってくれるんじゃないかと気合入れて実技に臨めば例の2人の警戒レベルが上がるだけ。

俺は何もしちゃいない。何もしていなかったのが悪いのか、すいません。

本(母の形見のイーヴァルディの勇者)を読んで話題を共有できる奴がいないか探してみても殆ど意味は無く。

そういやこれ、平民が活躍するからか平民受けは良いけど貴族受けは良くないんだっけ。

例の青くてちっこいのがチラチラこっち見てたのは来たか!と思ったが見返すといつもの警戒する視線に戻った。

泣きそう。

 

 

そんなこんなで傷ついた心を癒す傍ら、クロムウェルの変な指輪に当りを付ける為訪れた図書館。

それと並行して精神系魔法に抵抗する方法も探しに来たが、レッド曰く水精霊の先住の力とやらで俺らの使う魔法とは別物であるため恐らくは無理だろう。

クロムウェルの野郎を血祭りに上げるのは決めたが例の指輪を如何にかしないといけないからね。

見つからなきゃ最悪捨て身でやられる前に殺るしかないかもしれん。

貴族の親父の家で字は仕込まれたがあまり本を読んではこなかったので時間がかかる。

リードランゲージでも使うかとも思ったがアレはこうこうこんな感じっていう凄まじく曖昧な情報しか流れてこないから止める。

静かな館内には学生は数えるほどしかいない。

学生なんて大抵試験が迫るかレポートの提出日が近づいてる時くらいしか図書館なんて来やしないだろう。

前世だってそうだった。

館内の学生は殆どが3年生だったがその中に1人見知った顔がいた。

青髪のチビっ子、タバサ。

街ですれ違ったらハッと後ろを見返してしまいそうな程綺麗な顔立ちだが無表情なので可愛くない。

勿体ないよね。

そんなタバサではあるが教室と同じような距離感の席に腰を下ろしており時折窺うような視線を向けてくる。

ええい、こちとらお前を気にしている暇は無いし、先ほど期待をお前には裏切られたばっかりなんだよと理不尽な逆ギレをかましながら無視する。

そんな風に一日を過ごしている。

勿論友達は出来ない。

 

 

 

なんの成果も上げらえぬまま1週間ほど経ち、遂にルイズ嬢から「アンタ早く友達作りなさいよ!」と叱責を受ける。

俺氏、「簡単に友達出来たら苦労しませんよ、チクショウ!図書館行ってきます!」と返しアホを見る目で見てくるルイズ嬢から逃げる。

緊急時に備え何処にいるかをハッキリ伝えるおれマジ仕事人。

だったら護衛しろよという突っ込みは置いておく。

学院内ではそこまで求められていない。

まあ学院外への外出時はちゃんと着いていくけどね。

俺なんてちょっと腕の立つタクシードライバーみたいなもんだよ。

ハリウッドみたいなカーチェイス(この世界ならドラゴンチェイスか?)はちょっと遠慮したい所だが。

廊下を走るなっ!と注意してきた先生が俺の顔見たとたんに委縮してなんか謝ってきそうになって、泣きたくなったが図書館到着。

先生にも怖がられる俺ってなんなの。今度から廊下を走るのはやめます。

図書館の住民はよくよく観察してみるとここ一週間で殆ど変わらず同じ顔ばかり。

ここまでメンツが変らないと「ははーん、お前らさてはボッチだな!」と言いたくなったが、盛大なブーメランになることに気付く。

意気消沈しつつも目当てのジャンルの本を探して席に着く。

いつも同じところに座っている為殆ど指定席の様になっている。

この一週間でクロムウェルの野郎の指輪が何なのか絞り込めた。

アンドバリの指輪という水精霊の秘宝がある、らしい。

らしい、とはいうものの確認されたのはかなり昔のでそれっきり何処かの湖に沈んでいると本には書かれていた。

水の力で死者を操り、生者の心を惑わせるとかなんとか。

ボロッちく汚らしい、所謂禁書欄にあった本で信憑性に関してはかなり怪しいものがあるが、ぶっちゃけこれ以外に精霊が絡むお宝は見つからなかった。

夜に忍び込んで漸く見つけたはいいがこれであるのかは微妙な所である。

王立図書館にでも行ければ見つかるかもしれないが俺には入る権限がない。

とりあえずそれと思しき物は見つかったので今は主に対抗手段について調べている。

秘薬やら迷信やら根性論やらどれも怪しげなものが多くどれが当てになるのやら。

目が疲れを訴え暫し顔を上げる事にするとやっぱりいつものところにいつもの奴が居る。

奴ことタバサは物静かで無表情という典型的なボッチのように見えるが実は違う。

どうやらタバサはあのエロボディと仲が良いらしい。

凸凹コンビ(主に胸が)という言葉が瞬時に浮かんでしまったが俺は悪くない。

もしかしたら俺だけかもしれないという不安は無視してこのボッチの園にボッチじゃない奴が来るなよ!という理不尽極まりないことを考える。

ルイズ嬢とサイトは友達ではないと思う。彼らは上司枠。

ボッチの敵め、と恨めしげな視線を送る。

へへん、こいつは俺と視線が合うと直ぐに逸らしてくるからな。俺の勝ちで決まりだぜ。

しかし今日に限っては様子が違った。

 

(コイツ、目を逸らしやがらねえ…!)

 

ジッ、と見つめてくる2つの目。

宝石の様に美しいその澄んだ水色に一瞬心を奪われるも負けじと見返す。

正直ちょっとキュンときた。いかんいかん。

内心ビクビクしているとタバサがやおら立ち上がる。

ふうっと一息つき視線を本に戻す。

いやービビったビビった。

普段と違う行動をとられるだけで慌ててしまうなんて俺もまだまだ未熟だ。

落ち着いて本を読み進めようとした時影がかかる。

何だよ、暗くて読みずらいよと文句を言おうと顔を上げる。

 

「…」

「」

 

近い。青い。

目の前に立つタバサ。

小柄な体躯とその表情の無い顔から人形の様にも見えてしまう。

 

「な、なんですか?」

 

それしか返せなかった。

それに対してタバサは無言。

いや、言葉を選んでいるのか。

 

「何か御用でしたら取り敢えず外に出ませんか。」

 

こくりと頷く青い少女。

調子崩されっぱなしの俺はなんとかこちらのペースに持っていこうと提案をした。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

時刻は夕暮れ。

人影のない中庭のオープンテラスの隅の席。

始まらない会話。

向かい合って座りひたすら無言。

人見知りのお見合いかよ。。

しかたないと声を出す。

 

「あの、どんなご用件で?」

 

帰って来ない言葉。

一人相撲みたいで虚しくなってくる。

大人しく待っているかと、しばらく待つ。

 

「本」

 

「本、ですか?」

 

頷いた後に言葉を続ける

 

「ここ最近ずっと同じ分野の本ばかり見ていた」

 

「確かにそうですが」

 

「精神に作用する魔法とマジックアイテムと秘宝。何故?」

 

見られていた?

理由は分からないが、いや。

俺が見ていた本、正確にはその分野に興味があるのか。

 

 

「少し興味がありまして。」

 

「貴方は火の系統が得意なはず。畑違い」

 

やはり気付かれていた。

今考えてみれば確かに不自然か。

図書館で他の奴が読んでる本など気にも留めないだろうと高をくくったからか。

任務には関係ないが素性には絡んでくるから話せない、な。、

手が首に伸びそうだ。

 

「…申し訳ありませんがお答えできません」

 

正直に話すしか無かろう。言えないと。

これで怪しさが更にましたか。

現にちょっと目つきが厳しくなっている。

でも、なんだろう。違和感がある。

 

「わかった」

 

警戒を解いている訳ではないがかといって避けるような様子も無い。

このタバサという少女。

分かりづらいが実に足腰が鍛え上げられている。

羊の皮を被った狼。

俺ほどではないがどこか怪しげで、不穏なモノを抱え込んでいるようにも見える。

もし彼女が俺の予測通り何かあるのなら。

もしかしたら俺は彼女の同類とみなされたのかもしれない。

 

「一つだけ、答えられるなら聞かせてほしい」

 

探る様な視線。

 

「貴方は、何を探していたの?」

 

ド直球の質問。

答えられるか答えられないか。

少しぼかしたら大丈夫かな。

グレーゾーンだったが体の様子を見るにどうやらいけるようだ。

 

「人の精神に関する秘宝とそれに対抗する方法…です」

 

そのものずばりという訳ではないが答えなくても良い筈なのに答えてしまった。

やっぱり美人は罪深いね。

そんなに物欲しそうな顔されると答えてしまうよ。

タバサは変らぬ無表情、のはずが何か違う。

何かが変わった。

それが何なのかは分からない。

 

そう、とだけ呟いてそれきりタバサは押し黙る。

ではこれでと立ち去ろうとするも待って、と声をかけられもう一度座り直す。

 

「最後にもう一つだけ」

 

「なんでしょう?」

 

「良ければ、本を貸して欲しい」

 

本って図書館の本は自分で借りればいいのに。

 

「ご自分で借りればよろしいのでは」

 

「違う。貴方が教室で読んでいた本」

 

教室?

俺教室で本なんて読んでたっけ。

教科書、な訳ないよな。

うんうん唸りながら頭をひねりながら考える。

ふと思い出される1週間前。

あの時たしかアレを読んで。

でタバサがこっち見てて。

 

「イーヴァルディの勇者、ですか?」

 

「そう」

 

何処にでも転がってるような本だぞ。

 

「読んだことは無いんですか?」

 

「ある。でもあなたの持っていた物は特別な装丁がなされている絶版本。有名な著者であるド・ベイレンの作で10冊しか発行されていない物。私は読んだことがない。彼の著書は…」

 

至って真剣な顔でつらつらとド・なんたらの作品の蘊蓄やら素晴らしい所を語っていくタバサ。

殆ど聞き流してしまっているがあんなに無表情な子が熱く語るほど素晴らしいものだということだけは良くわかった。

というかそんな貴重且つ高価な物だったのか、あれ。

形見ということで常に肌身離さず血なまぐさい戦場にすら持って行っていたのだが…持ち歩くのやめようかな。

適当に相槌を打ちはじめてどれ位経っただろうか。

一息つこうと休んだところで気が付いたのか、元の無表情に戻る。

無表情ではあるが、頬が微かに赤くなっている。

どうやら恥ずかしがっているようだ。癒される。

 

「…ダメ?」

 

少し遠慮しがちに聞いてくるタバサ。

まあ、減るもんじゃないし。

 

「良いですよ」

 

「本当?」

 

「本当です」

 

喜んでるのかイマイチ分からないが取り敢えず表情が柔らかくなった、気がする。

ブックホルダーごと外して渡してやる。

ほっそりした小さな手でしっかりと握りしめるタバサ。

では今度こそこれで、と席を立つ俺に向けて声が届く。

 

「…ありがとう」

 

友達と言えるような関係ではないが、漸くただのクラスメイトにはなれたのかな。

ほんの小さな一歩ではあるが大収穫じゃあないかな。

ちょっとだけ上を向いた気持ちの中、俺は部屋に戻ることにした。

こわーいお友達も居るみたいだし。

 

 

 




俺氏、心の中の終身名誉畜生たる蜘蛛野郎をチラシで百叩きの刑に処す。
なお、このお話には関係ない模様。


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4話裏 クラスメイトから見た彼 

1日に2話の大盤振る舞い。
書き溜めが…消えていく。


いきなりの、しかも2年次の学年への転入生。

これで何の変哲もない唯の貴族の子女なら問題なかった。

しかし新たなクラスメイトは明らかに異質で場違いな人間に見えた。

髪をある程度伸ばしていることが多い貴族とは違い短く刈り上げられたくすんだ赤髪。

油断なく細められ油断なく周囲を観察している鋭い目。

制服に隠されていても分かるほどに鍛え上げられた肉体。

視覚から得た情報からも、自身の直感からも彼が戦闘を生業とする者だということはわかった。

短い髪も近接戦闘を想定していると考えると納得できる。

授業時間中の魔法の実技において彼が行使した魔法からも彼の実力の一端が垣間見えた。

淀みなく紡がれるルーン。それと同時に高まる熱量。

一瞬の内に膨れ上がり一定の大きさを保ちつつ辺りを赤々と照らし出す火球。

始めのうちは手を抜いていたのか、行使された魔法から感じる熱量に不自然さに疑問を抱いていた。

しかしここ最近では何を思ったか全力かそれに近い力で魔法を使っている。

大きさは変わらないが明らかに熱と光量を増した火球。

特殊な境遇から見かけとは裏腹に戦闘経験豊富な自分でも見たことのない凶暴な物であった。

自身の親友であるキュルケからも太鼓判を押される程の使い手。

転入生、ロナル・ド・ブーケルは間違いなくスクエアクラスのメイジであった。

微妙な時期に、異例の転入。

それに不審な気持ちを抱かない者はおらず結果として彼はクラスから浮いていた。

当然自身とキュルケも例に漏れず彼に警戒心を抱いていた。

 

彼の動きに注意し始めてしばらく経った頃何の用があるのか図書館に居るところを見た。

最初は何の興味も抱かずただ注意を払いつつ本を探していた。

ロナルの読む本に興味を持ち始めたきっかけは彼が教室で読んでいた本だった。

イーヴァルディの勇者。

タイトルだけ見ればどこにでもありふれた物語。

幼いころに母親に読み聞かされた、思い出深い物語。

始祖の祝福を受けた平民、イーヴァルディの冒険活劇である。

しかし、見る人が見ればそれは大金を払ってでも手に入れるであろう一品であった。

精緻な装丁のハードカバーのそれはたった10冊しかないとされるド・ベイレンの作であった。

丁寧で情緒溢れる巧みな描写から人気を得ている作家の貴重な一冊。

それを何故彼が持っているかはいらないがきっかけはそんな単純なものだった。

一心不乱に何かを読んでいる所をすれ違いざまにちらと盗み見してみれば専門的な内容を含む魔法に関係する書物。

それも本人の苦手とする水系統の物。

少なくとも『凝集』すら失敗する人間が読むものでは無い。

不自然極まりなかったがその時は無駄なあがきをしているのか思考を打ち切った。

しかし次も、その次に見ても本人には扱えな様な高位の水系統魔法に関する書物であった。

本人の前に積み上げられている本もマジックアイテムや、秘宝など内容は様々だがどれも水系統に関係するものである。

それらを注意深く見ていると水系統であるという以外にどれも一つの共通点があった。

これらはどれも水系統の、特に精神にまつわる魔法、マジックアイテム、秘宝に関する書物であるという。

良く見てみると自分も一度見たことがある様な書物も混じっていた。

思い出されるのは自分の大事な人の記憶。

優しくて暖かい記憶と、陰鬱で憎悪に塗れた絶望の記憶。

甘い思い出と現在にまで続く狂態。

この男も自分と同じなのだろうか。

仲間を見つけたような昏い同族意識。

きっかけはドロドロとした良くない物だったがロナルに対して初めて興味を抱いた。

 

何時もの様に図書館でロナルが本を読んでいる姿をちらと見る。

目を休ませるのか瞬きしながらロナルが顔を上げるとこちらの視線に気付いた。

彼はこちらが警戒していることに気付いている。

こちらも彼が自分とキュルケに注意しているのは知っている。

普段ならどちらかが視線を逸らして終わりであったが今日は違った。

鬱陶しげな視線を送ってくるロナルをただじっと見つめ返す。

途中呆けた表情をしたがその後それまでよりも挑発的で凶暴な表情に変わった。

暫くそのまま膠着状態が続いたが自分が立ち上がることで唐突に終わった。

それまで読んでた本を棚に戻しロナルの元に向かう。

近くまで来たところでそれまで本に落としていた視線をこちらに向けてきた。

此処まで来たのは良いが何て言葉をかければいいのか。

口下手な自分に少し自己嫌悪しているとロナルの方から話しかけてきた。

 

「な、なんですか?」

 

相手も戸惑っているのか短い言葉。

それに対してどう言葉を返していいものか困っているとまた彼が口を開いた。

 

「何か御用でしたら取り敢えず外に出ませんか。」

 

 

選んだ席は中庭のオープンテラスの隅の席。

夕暮れの時間帯だからか人影はない。

向かい合う困ったような表情の男。

漸く出せた言葉は「本」という単語しかなく。

困惑の色を強くするロナルにつづけたのは何故分野違いの書物を読んでいるのかということ。

何故精神に関連する魔法、マジックアイテム、秘宝を調べているのか。

少し興味があるだけとはぐらかされるがそれだけでは無い筈。

鬼気迫る表情で見ているし、読む量が日に日に増えている。

指摘すると考え込むように押し黙った。

暫くの沈黙の後に返ってきた答えは。

 

「…申し訳ありませんがお答えできません」

 

答えられないような後ろ暗い何かがあるのだろう。

それが何なのか、この学院に来たことと関係があるのかは分からない。

ただ、少し強張った顔が印象的だった。

再び訪れる沈黙を破って答えてくれれば儲けものとばかりにもう一度今度は、何を探していたのか聞いてしまった。

 

「人の精神に関する秘宝とそれに対抗する方法…です」

 

答えては貰えないとばかり思っていた為面喰ってしまう。

多少ぼかされたきらいのある答え。

理由を聞かれても答えられないのに探していたものは答えられるのか。

少し違和感があるが自分だって何故ロナルが読んでいたものと同じ分野の本を読んでいるのか聞かれても答えられない。

答えてはいけない。

自分と同じく精神に関するもので苦しめられているということは分かっただけでも良しとしようかという所でロナルが席を立とうとする。

 

「待って」

 

勢いで引き留めてしまったが今更何を聞こうというのか。

わざわざ座りなおすロナルに若干の可笑しさを感じつつ混乱した頭で言葉を紡ぐ。

何故このタイミングで言うのか、自分でも笑ってしまいそうな本を貸して欲しいというお願い。

当初何を言っているのか分からないという顔をしていたが自分の途切れ途切れの言葉で漸く納得がいったらしい。

読んだことは無いのかという問いに、なぜわざわざこれなのかというニュアンスが感じられたのでつい熱くなってベラベラと語ってしまった。

気付いた時には目の前に苦笑のような何とも言えない曖昧な笑顔を浮かべたロナルが居た。

普段の印象とは違ったからか、理由は分からないがとにかく気恥ずかしかった。

顔に出ていたのだろうか、強面の彼の笑みが更に深くなった気がした。

それからすぐにロナルは渋ることなくド・ベイレンの「イーヴァルディの勇者」を貸してくれた。

思わず聞き返してしまった自分に責められる謂れはない。

きっと彼はこの本の価値を知らないのだろう。

彼の著者の素晴らしさを余すところなく語りそうになったが堪えた。

 

「…ありがとう」

 

ロナルが歩き去ろうというときにポツリとでた言葉。

聞こえたのか聞こえなかったのか、ただ彼の歩みが軽やかな物になったのは確かだった。

手の中に残ったブックホルダーに入った彼の本。

部屋に帰ってからじっくり読もうと席を立とうとした時に声がかけられた。

 

「あなたが殿方と密会なんて大胆なことするなんて思わなかったわ」

 

顔を見なくとも分かる親友、キュルケの声。

情熱を謳い恋多き毎日を送る陽気な女性。

 

「たまたま通りがかったらあなたと例のカレがいるじゃない。ハラハラしたわよ」

「で、何の用だったの?」

 

 

心配していたのは間違いないだろうがこの親友はもしや自分と男が一緒に居たということを面白がってはいないか。

十分あり得る自分の想像に辟易しつつもブックホルダーから借り受けた本取り出してをニヤニヤと笑みを浮かべるキュルケに見せる。

 

「これ」

 

「へーえ、イーヴァルディの勇者ね。本の虫のあなたがこれを読んだことないとは思わないけどどうしたの?」

 

事実ではあるが失礼な言い回し、キュルケだからか嫌な気持ちはしない。

先ほどの様に語りたくなるのをぐっとこらえ簡潔に伝える。

 

「数が少ない特別な物。だから読んだことがなかった」

 

「そうなの?よく見ると綺麗な装丁ねえ。もしかして教室でカレが読んでたのを見た時から気になってた?」

 

気付かれていたことに少し恥ずかしくなるが頷く。

不意に、気になっていた、のニュアンスがおかしかったように感じる。

途端にキュルケの笑みが深くなった。

今までがニヤニヤだったら、今のはニンマリといった表現が的確だろう。

 

「なるほどねえ。遂にタバサにも春が訪れたのねえ」

 

やはり。

気になっていたのはロナルではなく本の方だというのに

人の上げ足を取ってからかう親友にムッとする。

殿方を落とすなら自分からグイグイいきなさい、とか適当なことを言ってくるキュルケに声を上げる。

 

「違う」

 

「やあね、ムキになるなんて尚更怪しいじゃない」

 

声色からして本気で言ってるわけじゃないことは分かるがやめてほしい。

 

「気になっていたのは、本の方」

 

「冗談よ、冗談。からかってごめんなさい、タバサ」

 

謝ってくるキュルケ。

突然その顔が真剣なものになる。

 

「それで、彼はどうだったの?」

 

本以外にも話し込んでいたことに気が付いているのだろう。

彼には悪いがキュルケには話しておくことにする。

自分の陰鬱な事情に巻き込んでしまったこのお節介な、でも大事な親友なら下手なことはしないだろう。

恐らくは自分と同じように精神操作系の魔法で人生を狂わされた人間であるということ。

それが彼自身なのか、彼の家族や大事な人だったかは分からないということ。

これらをかいつまんで話す。

次第に険しくなっていったキュルケに自分の考えを伝える。

 

「裏があるのは確か。でも、この学院の誰かに危害を加えようというものではない、と思う」

 

そんな簡単に人の腹の中が分かれば苦労しないが、なんとなく邪悪な何かを持った人間ではないと感じた。

 

「そう…。あなたがそう思うなら私も信じるわ」

 

意外な言葉に驚く。

キュルケは情熱的で熱いものをもつ人物ではあるが、だからといって目を曇らせはしない人間だ。

キュルケの方を見ると不思議そうな顔で見返してきた。

 

「意外かしら?確かに最初は何も話そうともせず不審なものを感じたけど、今のカレってなんだか…」

 

一呼吸おいてからキュルケが言い放つ。

 

「頑張って友達作ろうとしている新入生みたいじゃない?」

 

キュルケの言うとおり、当初の彼は近寄るなと言わんばかりの厳つい表情で周囲を睨み付けていたのだが。

ここしばらくの彼は打って変わって、クラスメイトの気を引こうとして話しかけたり実技に力を入れては空回りしていて、言っては悪いが正直間抜けにしか見えない。

声をかけたクラスメイトに逃げられるたびに、しょんぼりと肩を落としている強面に何度吹き出しそうになったことか。

だけれども。

 

「怪しい事は確か」

 

「そうよねー。すっごい厳ついし、あれで学生は犯罪よ」

 

失礼なことを言っているキュルケだが、ちょっとだけ同意してしまったのは内緒。

怪しいには怪しいけど、交流するのは大丈夫だろう。

キュルケと2人そう決めた。

 

それ以来、ロナルとは少しづつ話すようになった。

 

 

 

 



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5話 夏休みは消滅しました

言葉を交わしたタバサとちょこちょこ話すようになったのは良いが。

何故か、エロボディことキュルケにも絡まれるようになったのはなんでや。

いきなり話しかけられて、すわ恐喝かと身構えたがいきなり挨拶されて拍子抜けした。

名乗り返し家名+さん付けで呼ぶも「キュルケで良いわ。私もロナルって呼ばせてもらうからよろしくね~」と随分フランクに返されて以来キュルケと呼んでいる。

なんでや。

それ以来クラスの他の面々に避けられるようなことは徐々に減ってきた。

嬉しい反面なんか怖い。友達料とか取られないよな?

上司の主従2人はなんか感動したらしく少し涙目だった。ふざけんな、見世物じゃねえぞ。

貸していた本が帰ってきて迂闊にも感想を聞いたら長々とタバサに語られて、当のタバサもまたちょっと頬を赤らめていた。

進歩しないな。可愛いからいいけど。

その後にキュルケに絡まれて大変だったけどな!

情熱だか微熱だか知らんがホイホイ恋愛に絡めないでくれ。

そんな騒がしくも充実した毎日に俺なんでここに来たんだっけと存在意義を忘れかける。

流石にいかんなと人目につかない夜の森の中、具体的にはレッドが作ったらしい掘立小屋みたいな巣の近くで行っていた鍛錬の量を増やす。

びょ、描写が無かっただけで一応今までもやってたし(汗)

相手が居ない為ひたすら型通りにハルバードや剣を振ったり単純に筋トレや森の中を全速力で走るしかないのだが。

レッド?アイツは人間形態での動きは論外だから無理。レッド曰く二足歩行は辛いとのこと。この畜生め。

突く、斬る、叩く、引っかけるなど様々な動作を可能とするハルバードは当然のことながら使いこなすのが難しい。

横薙ぎに振るうだけでも斬る、叩く、引っかけるの3つのバリエーションがある時点でお察しだろう。俺とて習熟してはいるが使いこなせているかは分からない。

そのリーチだけでなく同じ動作の内でどんな攻撃をしてくるか分からないという変幻自在さがハルバードの強みであるといえる。

勿論槍と同じく密着されるとキツい為その場合剣に持ち替える事で対応している。

どちらかと言えばハルバード優先だがそこそこ剣も使える、と思う。

体に染みついた動きだからこそどこか歪みは無いものか何度も振るい入念にチェックしていく。

忘れそうになるが、タルブ戦で右腕をぶっ壊しているのだ。

竜騎士になる俺を心配して親父が持たせてくれた切り札中の切り札である鎮痛と回復の秘薬を両方丸々使ってしまったのが結構痛い。

下手に怪我は出来ない為に慎重に調整しているという面もある。

数えるのも面倒なくらいハルバードを振り回した俺の肌はじっとり汗をかいている。

これくらいで今日は止めにしようか。

途中の泉で身を清めてから帰ることにする。

 

 

 

期待させて悪いが水浴びしていた女の子との出会いとかは無かった。

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに夏も本番を迎え学院も今日で授業を終え明日から夏季休業に入る。

初めての仕事がルイズ嬢の帰省の送り迎えとは、喜んでいいのやら悲しんだ方が良いのやら。

一応緊急時っていう言葉が頭についていたような気がするが。暇だから良いけどさ。

ちなみに馬車が来るらしく俺はこっそりと上空から索敵しつつ護衛することとなっている。

場所はルイズ嬢の部屋。

ルイズ嬢とサイトは同棲しているらしい。うーむ、やらしい。

そんな2人の愛の巣に俺と黒髪のメイドがお邪魔している訳だが。

メイドさんは良く知らんがいろいろあってサイトに恩義を感じているらしい。

俺の存在が酷く場違いな気がする。

一応帰省に際して日にちはいつでどのような経路で行くとかそういった予定の最終調整という名目で来ているのだが…。

サイトのちょっとしたお願いからことは始まった。

 

「あのー、一週間ほどお暇を頂きたいのですが…」

 

普段の貴族相手に馴れ馴れしいというか身分差を気にしていない口調とは打って変わってイヤにへりくだった口調でルイズ嬢におねだりするサイト。

 

「明日から夏季休業が始まる訳だけど…何よ」

 

ギロリ、と擬音が聞こえてきそうな睨み。

 

「シエスタがタルブの村に遊びに来ないかっていうからさ。行こうかな…という訳です、はい」

 

少し滞在したらすぐ行くしとかたまにはお前も家族水入らずってのもいいだろ?と説得を続けるサイト。

無理じゃねと思った瞬間にはお嬢さんの足に頭を踏まれていた。素でSMする主従ってどうよ。

シエスタ、というのはメイドさんの事だろうがしかしタルブか。

送り迎えは俺だろう。焼き討ちした側の人間からしたらなんだか気まずいな。滞在せざるを得ない気がするし。

俺もできることなら行きたかねえなと思っているとシエスタさんとやらがサイトの援護をし始めた。

 

「あの、ミス・ヴァリエール。サイトさんにだってお休みは必要だと思います」

 

その後は取り合いというか痴話喧嘩になっていたから壁際に退避。

サイトが懇願するような目で助けてを求めてくる。

悪いが俺には無理だ。自分で何とかしろ。

ギャースカやってるのを尻目にあくびを堪えながら呆けていると窓からフクロウが入って来た。

小さな書簡を加えている。

遠目から花押を見てみるとどうやらトリステイン王家の物。

さて、どうやら仕事のようだ。

 

 

 

与えられた任務は身分を隠しての情報収集。

切った張った燃やしたの方が得意な俺としては門外漢も良い所。

適当に部屋でもかりて短期でも雇ってくれるそこはかとないブラックスメル漂う所で働きつつ酒場で管まきゃ良いかなと思っていたのも束の間。

何故か賭博場に即入店しまあ情報は集まるかなと高をくくっていたら、目を離した隙に素寒貧の一文無しになっているルイズ嬢。

ギャンブルで女王陛下から賜ったお金を全部スるようなアホには風呂に沈んでもらうかと現実逃避していると唐突に現れる筋肉モリモリマッチョマンの変態。

あれよあれよと決まる就職先兼下宿先。

かくしてミ・マドモワゼルことスカロン氏の好意で彼の経営する「魅惑の妖精」亭にて住み込みで働き始めることとなったルイズ嬢とサイトであった。

俺?住む場所は同じだけど別の仕事を見つけたよ。

 

「しっかし、その服似合ってるなロナル。」

 

「うるさいよ、サイト」

 

言外に貴族らしく無いと言われているようだが事実その通りである。

好きで似合う訳じゃないさ。

学院の制服でもなく鎧姿でもなく至って普通のちょっとボロめの平民の恰好。

俺たち3人は訳ありの兄弟という設定でスカロン氏の元へ転がりこませてもらった。

ギャンブル狂いとサイトはそれぞれ接客と皿洗い。

ルイズ嬢に接客なんて出来んるのかと不安になる。

当の俺は荷物運びの仕事と相成った。

スカロンさんに口利きをして貰えた為割とスムーズに決まった。

見た目は犯罪だが面倒見が良く人情溢れる良い人だと、思う。

 

 

 

仕事終わりに酒場で安酒をチビチビ飲んでわ「魅惑の妖精」亭に帰って寝る。

そんな毎日に慣れ始めている自分。

順調に人間が腐っていってる気がする。

その日その日で酒場を変えたりしているがどこの酒場のおっちゃんも安酒チビチビ飲んで蒸かしたイモのようなこれまた安いものしか食べない俺にシケた客だという表情を隠そうとしない。

俺は一応弟妹の為に働いている設定なのであまり無駄遣いできない。

安いと言ってもアルビオンに端を発するここ最近の不穏な情勢や王宮主導の元に行われている食料の買い占めなどで物価が上がっている為中々痛い出費だ。

大して栄養の無い粗末な食事に自慢の筋肉も心なしか元気がない。

傭兵のような連中は高まる戦争の機運に張り切っているが、そこらの普通の奴らは日々上がる物価にヒーヒー言ってるようだ。

露店もその数を減らし始めているようで市場にも活気が無いように見える。

偶に恰好を正してから一応自身が貰えている王宮からの給金を下ろして高級な店にも入ったりしている。

そう言う所に出入りできるような豪商は結構儲かっているようだ。

前世で軍産複合体だか聞いたことがあるが、王宮に取り入れるような奴らは戦争の到来を歓迎しているのかもしれない。

そんな「偶」にある神経が疲れる作業を切り上げ、ボロに着替えてから「魅惑の妖精」亭へと戻る。

少し仕事ぶりを見させてもらった事があるが、ルイズ嬢は基本的に接客に向いていない。

今まで貴族として育てられてきたからかやっぱり貴族としての誇りと意地がある訳で。

それが邪魔をするのか、媚を売るということが根本的に出来ないらしい。

勿論それ以外にも問題は山積みだが、一番はそこだと思う。

サイトの方は手慣れてきたのか皿も割らなくなったようだし良いんじゃないの。

流石に表の入り口から入る訳にもいかないため裏口からこっそり入る。

 

「おかえりー、今日は遅かったね」

 

「ああ、どうも。ちょいと悪酔いしちゃいましてね」

 

お喋りな奴に捕まったせいで帰ってきたのは妖精亭の閉店後。

くいっとジョッキを傾げる動作を交えて声の主に答える。

ジェシカという長い黒髪の少女。

最近妙に身の回りに増え始めた黒髪の一人である。

愛嬌のある顔立ちで更に中々豊かなモノをお持ちで店でも一番人気らしいがあのスカロンさんの娘であるなんて信じられない。

とても子供が居るようには見えなかったので始めて聞いたときはなんでそんな見え透いた嘘を言うんだと大笑いしてしまった。

 

「そんなに飲んだようには見えないけどね。顔全然赤くないじゃん」

 

「俺は元々顔に出ない性質なんスよ」

 

元々顔に出にくいのは確かなのであながち間違いではない。今日も今日とて大して酒飲んでは居ないが。

そもそも前後不覚になるのが嫌なので必要が無ければ飲まない主義だ。

そうなんだと言いつつも探る様な視線をやめないジェシカに辟易とする。

彼女は何かと詮索してくるので困る。

噂好きのおばちゃんみたいなもんだと諦めてホラ吹いたりしてあしらうことにしている。

 

「2人はもう部屋ですか?」

 

「多分ね。もう寝てるかも」

 

どうもと会釈してさっさと部屋に逃げるに限る。

どうやら俺よりもサイトの方がやりやすいと思ってくれているようなので深追いはしてこない。

…もしかして、サイトの奴ゲロッては居ないだろうな。

健康的なことにとても女の子に弱いサイトならあるかもなと思ってしまった。

 

 

 

珍しいことに酒場が閉店していたので偶には妖精亭でも手伝うかと思い立ち帰宅。

皿洗いなりやろうとすれば。

 

「良いって良いって。それよりも偶にはウチで食べなよ?」

 

とジェシカに諭され渋々従う。まあ下手にやられるとかえって迷惑かもしれない。

安くしとくからさ~と笑顔のジェシカに、安くする分チップで搾り取るんだろとつっこむ。

 

「わかってるじゃない。じゃあ1名様、ごあんなーい!」

 

あっけらかんと言い放つジェシカにコイツは敵わないとため息を吐いてしまう。

今日の稼ぎがパーになるかもしれないが偶には良いの、かな?

せめてもの意趣返しにひたすら安いものだけを頼む。

俺から毟り取れるものなら取ってみやがれ。

 

 

(色仕掛けには)勝てなかったよ…。

さっきは必要が無ければ飲まないって言ったのに…。

チップレースとやらをやっていると聞いてはいたがぐいぐい攻めてくる女の子に不覚にもクラクラ来てしまった。

学院の女生徒程レベルが高いという訳でも無いが、みんながみんな愛嬌があってしかも酌やらなにやらしてくれるので気分が良くなってしまうというのも仕方ないというもの。

自分は忍耐力が有る方だと思っていたがやっぱり男は狼だね。

ただしジェシカにだけは死んでもチップはやらん。

凄いカラダですね~と褒められれば気をよくして力瘤なんか作り触られてスゴーイ、カチカチだ~と言われれば上機嫌にお酒を追加する。

そんな悪循環に嵌ってしまった俺は完全に飲んだくれになっていた。

 

「フゥーン…どうだ~、良い筋肉だろう?」

 

キャーキャー言われるのがとても気持ちいい。

珍しくマトモな接客をしていたルイズがチラリと此方を見てくる。

なんだぁ、惚れたか?

いや悪いなサイト。どうやらルイズは俺に乗り換えるってさ。

アルコールが回りきって論理が破綻している頭で都合の良いことだけをを考えてしまう。

気持ちいい気分で肉をつまみ口に運ぼうとすると羽扉が開いて豚が入って来た。

スカロンさんが恭しく丁寧に豚に挨拶している。

チュレンヌとかいう豚は、よく見ると豚では無くどうやら肥え太った人間のようだ。

客らしいが何か言うと周りにいた軍人風の奴らがレイピア風の杖を引き抜いた。

他の客は恐れるように立ち上がりそそくさ会計をすませて足早に帰ってしまった。

特に恐怖を感じる程練度が高い訳じゃねえな、大体こんな風に脅しかける奴なんざ威張り散らしたロクデナシ野郎だ。

気にするまでもねぇ。

 

「マレーネちゃん、チップあげちゃうからお酒追加ねー♪」

 

「え?は、はい!」

 

怯えたような顔をしているマレーネちゃんにチップを渡して酒を持ってきてもらう。

あんなの怖がる必要ないよ。

何かあってもお兄さんが助けてあげちゃうからね~。

いくら酔った頭でも杖をいつでも抜ける様に袖に隠しておくのは忘れない。

動かない俺を睨んでくるチュレンヌとかいうやつ。

口を開こうとしているが鬱陶しいので殺気を込めて睨み返す。

マトモに殺し合いもしたことがないのか取り巻きともども蛇に睨まれた様に動きを止める。まあ殺し合いする奴なんて皆マトモじゃないがな。

反応に満足したので殺気を緩めてニタァと笑いかけてやる。

 

「ふ、ふん!ただの酔っぱらいか」

 

勇ましく負け惜しみを言って席に着くチュレンヌ達。

席に座りやれこれは良い酒だやれあの服はどこぞの仕立てだの威張り散らすように喚いている。

取り巻きも呼応して音頭を取っている。

なんでかは知らないが一向に女の子たちが集まらず遂に誰かいないのかと騒ぎ立てている。

あ、マレーネちゃんお酒注いでくれてありがとうね。チップあげちゃう。

 

「酔っぱらい如きに酌をして、この女王陛下の徴税官たる私に酌をする者は居ないというのかね、この店は!」

 

あーあ癇癪起こしてら。こっち向いて顔真っ赤だね。

酌をする側だって気持ちよくしたいだろうからね。

あれじゃ嫌がられてもしょうがないね。

見ればマレーネちゃんが震えている。

あはは、お兄さん怒っちゃったぞー。

杖を構えようとする丁度その時何処かで見たことがあるというか、ルイズ嬢その人が何を思ったかお盆にワインを乗せてやってきた。

杖を袖から完全に露出させテーブルの下で構える。

小さくルーンを唱え魔法の発動を遅延しておく。

今現在ルイズ嬢は給仕なんてやってるもんだから平民か、良くて没落貴族だと思われるだろう。

ルイズ嬢が何かやらかして奴が激発したら困る。

仕事を忘れちゃいかんね。

 

「なんだねこの子供は」

 

案の定胡散臭げにルイズ嬢を見るチュレンヌ。

言われた当の本人はどこ吹く風と言わんばかりにおべっかを使う。

子供を雇っているのかと笑いピンポイントでルイズ嬢が気にしているであろうポイント(小さいこと。何がとは言わないが)を撃ち抜く。

わなわな震えだしたルイズに追撃とばかりに「どれ、大きさを確かめてやろう」と手を伸ばすチュレンヌ。

ああ、やっちゃったと思った次の瞬間には黄金の右足が炸裂。チュレンヌくんふっとばされたー!

目を白黒させ呆けている肥満体。

杖を引き抜く取り巻き。

激おこぷんぷん丸でルイズ嬢を守ろうと間に入り今にも殴りかかりそうなサイト。

そして試合終了。

 

「はーい、そこまで」

 

吹き抜ける疾風。

遅延し続けていた高圧縮かつ範囲を狭めた『エア・ハンマー』で取り巻きの杖をまとめて吹き飛ばす。

杖を奪い去った空気の塊は壁の手前で霧散する。壁壊したらいけないからね。

得意でなかろうとスクエアの魔法の威力思い知ったか。

自分の手元に杖が無いことに気付き慌てる取り巻きを尻目に発動した『ブレイド』をチュレンヌに突きつける。

 

「ルイズ、例のアレを」

 

何とも曖昧な言葉に反応してルイズ嬢が取り出したるそれは。

テテテテッテテー。

女王陛下の許可証。

 

 

 

許可証がご隠居様の印籠ばりの効力を見せ、有り金全部おいて逃げて行ったチュレンヌご一行を見送ってから暫し経ち。

サイトと一緒に酒を飲み続ける。

 

「たく、武器も持たずに飛び出す奴が何処にいるんだよ」

 

「悪い悪い、ついカッとなっちまってさ」

 

「今度からナイフなりなんなり持ったらどうよ」

 

「考えとくよ」

 

酔いに任せて先ほどのサイトに駄目だしする。

まあでも。

 

「カッコ良かったぜー、サイト。お姫様のピンチに颯爽と登場する、正に騎士(ナイト)って奴だな」

 

「よせやい、照れるぜ。まあそれ程でもあるがな」

 

俺ですら驚くほどの速度だったからな。やっぱ愛の力って奴かな。

いいね、愛の戦士サイト、ただいま参上、ってか。

 

「なあ、お嬢の何処に惚れたんだよサイト。俺に教えてくれよ~」

 

「な、なに言ってんだよロナル。別にあんなちんちくりん好きじゃ、ねーし」

 

グラスに残っていたワインを一口に飲み干してサイトが言う。

なあ良いだろうちょっとくらい教えてくれよー。先っちょだけ先っちょだけ。

先っちょとなんだよと突っ込んできたサイトが口を開く。

 

「そりゃあ、あいつは胸だって小さいし怒りっぽいしすぐ殴ってくるけど…でも、自分の信念をしっかり持っててかっこいいし優しいとこだってあるし何よりか、可愛いし…」

 

「ヒュー!惚れ気るねぇ。お熱いこった。良いねえ、お兄さんにもっと話してみ」

 

やめろよーとか良いじゃねえか―とか言い合ってたら案の定ルイズ嬢の雷が落ちて2人纏めてノックアウトされた。

そうして次の朝、二日酔いで頭の痛む俺に笑顔のスカロンさんが渡してきたのは。

 

 

 

今月の給金が殆ど吹き飛ぶ程の金額が書かれた食事代の請求書だった。

 

 

 




オリ主が酒に飲まれるだけのお話。
私はどうしてこんな話に7000字もかけてしまったのだろうか。


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6話 集う暇人

酒は2度と飲まないと誓った今日この頃。

とっくのとうに訳あり貴族だとばれていたならようで、それならしょうがないと開き直って遠慮なく日常生活で魔法を使うことにした。

昼は荷物運び、夜は妖精亭の雑用兼皿洗い兼用心棒したりと意外と充実した日々を送っている。

金欠だが。

これではルイズ嬢の事を笑えない。

日々の仕事でコツコツ貯めてはいるが雀の涙程しかたまらない。

金がないため仕方なく酒場での情報収集はお休み。

 

いきなり仕事が休みになり何とか単発の仕事を探したものの今日の晩飯はそこら辺の雑草かと腹をくくりながら妖精亭に戻るとなんだか人だかりが出来ている。

野次馬根性を発揮して輪に入り込めば3人の軍人と一人の見知った少女。

ベラベラ大仰に語る軍人に対して小柄な少女はダンマリを決め込んでいる。

そんなにリラックスして喋ってる余裕がある様な実力には見えず恥かくだろうなと名前も知らぬ軍人に黙とうを捧げる。

1人の軍人が件の少女に先手を譲ると宣言した直後に勝負は終わっていた。

少女を侮る表情のまま何かにぶつかったかのように無様に吹き飛んでいく軍人たち。

なんてことはないただの『エア・ハンマー』が使い手によっては人を3人纏めて通りの向こう側まで吹き飛ばす威力になるのだ。

誰がどう見ても少女の、クラスメイトであるタバサの勝利である。

自信満々の軍人だから良い勝負でも見られるかなと期待して損をした。

何故こんな所に居るのかは知らんが部屋に戻ってさっさと寝て空腹を紛らわそうと小路に入り裏口を目指す。

小路を半ばまで進んだその時袖を引っ張られる。

誰が引っ張ったのか、思い浮かんだ人物でないといいなと思いつつも振り返ればそこには予想通りの人物が居る。

 

「なんの、御用で?」

 

「ロナル」

 

すっとぼけてやり過ごそうと思うも即堕ち2コマシリーズ並みの速度でばれる。

袖を引っ張られ続けているまま大人しく連行されることにした。

 

 

「あら、タバサお帰り。ってなんでロナルも一緒なの?」

 

「そこですれ違ってね」

 

店内に居たのはキュルケと、あまり絡みの無いギーシュというキザな奴とモンモランシーという思わず拝みたくなるほど見事な巻き髪が特徴の女生徒。

どちらもクラスメイトなので名前と顔は覚えていた。

俺が来ると同時にギーシュは少し腰が引け、モンモランシーは表情を硬くした。

だいぶ馴染んだと思ったのがどうやらまだこの2人には避けられているようだ。

 

「というかその格好ったらまるで平民みたいじゃないの。どうしたのよ?」

 

「うーん、社会体験、かな?」

 

これまたおざなりなホラを吹くとまあ、いいわと身を引いてくれた。

珍しく大人しい反応に拍子抜けする。なんか、今日は優しいな。

 

「その服、似合ってるわよ」

 

「余計なお世話だよ」

 

やっぱりキュルケはキュルケか。

少し顔を傾げてウインクしながら言ってくるのが小憎い。

 

「所で、本当にご一緒して宜しいのですか、お2人さん?」

 

ビビりがちなギーシュとピリピリしているモンモランシーに確認を取る。

俺だって良く知らない人間と食事はしたくない。

正直料理の匂いに腹がうずいてしょうがない。早く寝たい。

 

「ええ遠慮せずにかけたまえ、えっと、ロナル」

 

「……良いわよ」

 

「それじゃ遠慮なく」

 

端っこに避けられた椅子を引っ掴みどかりと座る。

本当は遠慮したいが交流を深めるのも大事だろう。

 

「あら、ロナルさん。また夕食をここに決めてくれたんですか?」

 

座ったと同時にかけてくるのは金髪で笑った時のえくぼが可愛い俺の金を搾り取った張本人であるマレーネちゃんその人だった。

 

「え?ああ、ちょっと友達にバッタリ会っちゃって」

 

「本当ですか?私嬉しいです!また前みたいにいっぱいお酒お注ぎしましょうか?」

 

「き、今日は友達と一緒だから良いよ。また今度お願いね」

 

残念です…。また今度、約束ですからね!と手を振りながら他のテーブルにかけていくマレーネちゃん。

やめてくれ、君のおかげで今月はカツカツなんだ。そんな笑顔で約束とかされるとまた失敗してもいいかなと思ってしまうじゃあないか。

キャバクラ通いになるおっさんの気持ちが分かりそうで怖い。

振り返ればゴミを見るような目で見てくるタバサとおもちゃを見つけた子供みたいな目をしているキュルケ。

あっけにとられたギーシュに侮蔑の表情で見てくるモンモランシーの姿だった。

 

「あなたって、そういう趣味があったのね。私びっくりしちゃった」

 

「意外」

 

キュルケがからかう様に絡んできて、タバサは言いつつもさっきより気持ち俺から距離を取った。

やめてくれ。タバサみたいな反応されるのが一番傷つく。

弁解するために声を張り上げる。

 

「待ってくれ、俺がここで食事をしたのは1回こっきりだし、別におさわりみたいな疾しいことなんてしちゃいない!」

「確かにお酌して貰ったり楽しくお喋りしてお金を使い過ぎてしまったが…そう!なんというかアレは若さゆえの過ちというヤツだ!!」

 

言い終ってから勢い余ったのか自分が立ち上がってしまっていることに気付く。

俺の必死の弁解を聞いたからなのかキュルケとギーシュは大笑いしているしタバサは憐れむような視線に変わっているしモンモランシーは口から「不潔…」と言葉が漏れている。

周りを見れば「新しい常連の誕生だ、ハッピーバースデイ!」とか「へ!底なし沼に嵌ったようだな」とか勝手なことをほざいている常連共。

気恥ずかしさのあまり唇を噛みながらすごすごと席に着く。

ひとしきり笑って満足したのかギーシュが声をかけてくる。

 

「笑ってしまってすまない、ロナル君。僕は正直君の事を勘違いしていたようだ。」

 

何を勘違いしていたのか知らないがギーシュは続ける。

 

「君の事を何も知らないでただ風貌から君の事を怖がっていたんだ」

「でも漸くわかったよ。君は僕と同じように可愛い女の子に魅了されてしまう"男"なんだってね」

 

魅了されてしまったのは正論だから言い返したくても言い返せない。

 

「改めて。僕はギーシュ・ド・グラモン。よろしく頼むよ」

 

「…ロナル・ド・ブーケル。よろしくお願いします」

 

なんでいきなり自己紹介になってるのか分からないが差し出された手を握り返す。

すると、沈黙を保っていたモンモランシーが口を開く。

 

「…モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ」

 

よろしくと短く続けられる言葉にこちらもよろしくお願いしますと返す。

何故か始まった挨拶合戦に戸惑っているとキュルケが漸く笑いから復帰した。

 

「さっきのあなた、本当に傑作だったわ。だって拳を握りあげながらいきなり立ち上がるんですもの」

 

「頼むから止めてくれ。引っ張るなよ」

 

一言一句違えずに声真似しながら俺の言葉を再生するキュルケに勘弁してくれと懇願する。

キュルケが言い終って、ギーシュも含めて思い出し笑いをするのをなるべく視界に入れないようにして強引に話題を変更する。

 

「それで、さっきのは何の騒ぎだったのさタバサ」

 

キュルケの説明によるとキュルケがさっきの3人に酌をしてくれと絡まれ断るとゲルマニア人だということで負け惜しみを言われすったもんだの挑発合戦の末に決闘沙汰に。

んでキュルケの代わりにタバサが決闘を受けたと。

タバサに聞いたはずなのにキュルケが答えてくれた。分かったから良いけど。

しかし口車に乗ったからとは言え3対1とはなんとも情けない奴らだな。

自分の先ほどの醜態を棚に上げて軍人を罵る俺はふと思いついた疑問をキュルケ曰くルイズの奢りである料理を食べながら投げかける。

 

「なんでタバサが代わりに受けたのさ?」

 

仲が良いのは知っているがだからといって決闘を肩代わりするか?

キュルケならあの程度の有象無象どうにでもできる気がする。

油断している格下が束になったところで何の脅威でもないはずだ。

 

「貸し」

 

貸し、ねえ。

分かる様な分からない様なタバサの簡潔に過ぎる答え。

確かに仲が良くて貸しがあるならやるかな。

 

「なあキュルケ、一つ聞いてもいいかい?」

「君たちがそんなに仲が良いのはどうしてだい?性格だって正反対の様に僕は思うのだが。」

 

心底不思議そうにポツリと呟くギーシュに気が合うのよと素っ気無く返すキュルケ。

尚も食い下がるギーシュと興味を惹かれてかモンモランシーも便乗する。

気になりはするが詮索する程でもないと思う俺は、正直満腹になって眠くなってきた為少し気だるげに話題の2人を眺めていた。

見つめ合い2人にしか分からない何かで通じ合ったのかキュルケがタバサの許可を得たとグラスを傾げながらぽつり、ぽつりと話し始めた。

 

 

 

1年生の頃のタバサとキュルケを取り巻いていた環境。

魔法の実力と男子生徒からの人気。

理由はそれぞれ違うがどちらも一部生徒の嫉妬の対象になっていたこと。

夜会にて「風の魔法」で切り裂かれるキュルケのドレス。その後「火の魔法」で黒焦げにされたタバサの本棚。

「目撃者」の証言に踊らされ、お互いがお互いの事を犯人だと思い込んだまま行われた決闘。

決闘にて行使される魔法から互いの実力を見抜き自分たちの受けた被害と比べて感じられる違和感から犯人は別人であると確信する2人。

結局は自分たちに嫉妬する「目撃者」が仕組んだことだったということ。

2人協力してのお仕置き。

 

話し始めた頃には夕暮れの日が眩しい程だったが今ではとっくに夜空にお月様が昇っている。

客の数も少なくなり上がっていいと言われたのかいつの間にかルイズ嬢とサイトまで輪に加わっていた。

かく言う俺も情景がありありと浮かぶようなキュルケの語り口に眠気を忘れて聞き入っていた。

しっかし予想外にも青春なことして仲良くなるなんてちょっと憧れてしまう。

聞いてる最中いつぞやと同じような既視感を感じたがどうせ思い出せないしどうにかなる訳でも無いので無視していた。

やっぱり2人もなんとかのなんとかに出てたのかね。

 

「いやー、なんだか良い話だったね!ついつい聞き入ってしまったよ。なあ、サイト、ロナル!」

 

「本当になー。なんか2人共格好いいなあ」

 

「そうだね。本にでも出てきそうな話だったなあ」

 

バンバンと背中を叩きながらサイトと俺に同意を求めてくるギーシュ。

こいつ随分慣れるの早いな。悪い気はしないが。

 

「アンタたちそんなことやってたのね。全然知らなかったわ」

 

「まあねー」

 

酒がイイ感じに回ったのかとろんとした目でキュルケがルイズ嬢に気の抜けた返答をする。

色っぽいなーと思いつつボーっとしていると、此処に泊まると言い出しキュルケとタバサが2階へと上がっていった。

ルイズ嬢に代金をツケて。

お嬢、俺もゴチになります!

他人のツケでメシが美味いとは正にこのこと。

俺も上機嫌で部屋に戻ろうとする所で何者かがぞろぞろと団体様で店の中に入ってくる。

目を向けてみればいきなり店内になだれ込んできたのはさっき情けない様を晒していた軍人とそのお友達。

この野郎ども、夜に団体様で殴り込みのお礼参りかよ。

一個中隊は居るぞ。

どんだけ大人気ねえんだよ。ギャグか何かかよ。

 

 

 

反撃を試みるも数の暴力でボコボコにされて地に伏す5人。

ナヴァール連隊だったか、戦場であったら頭の上からの流れ弾に気を付けろよ、チクショウが。

 

 

 

 




オリ主が酒の失敗を女の子に蔑まれる話。
そこ、ご褒美だといった奴、手を挙げなさい。


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7話 幕間のような何か

戦場であったらあの腐れ中隊にスクエアスペルをぶちかましてやろうと決意してからどれ位経っただろうか。

ルイズ嬢とサイトが2人で演劇デートに出かけたり、高等法院長がアルビオンの間諜で逃亡を図ったため討ち取られたとか。

デートの邪魔をするつもりは無かったが護衛であるためこそこそ付いていくのは苦痛な作業だった。

現在情報収集任務は解かれルイズ嬢とサイトは一足先に学院に戻っている。

当の俺は召集を喰らい残り少ない夏休みの間再編成される予定である竜騎士隊の調練に駆り出されている。

それまで見習いだった少年たちを繰り上げで隊に組み込むため聊か微妙な仕上がりになりそうである。

ゲルマニアやロマリアからも増援があるみたいだから後方に組み込まれるんじゃないかと思う。

レコン・キスタの竜騎士は数を減らしている筈だがそれでもハルケギニア中に勇名が轟くほど精強なのである。

配備されて数カ月じゃあどうにもならない。

即席でもなんとかアクロバットもどきでも出来ないかと言われ今現在宇宙飛行士よろしく適応訓練を実施している最中である。

 

「ぅううぅあああああぁぁぁ!」

 

全速降下後に躯体を水平に戻しそこから振り子の軌跡の様に左右に体を揺らし勢い着いたところでぐるっと連続で回転していく。

飛行補助の風魔法を全開にして、絶えず発生させた風の向きを変えつつ高度を保つ。

耐えきれずあらぬ方向に体を捻じ曲げる見習いに檄を飛ばす。

 

「金玉付いてんだったら意地でも前向きやがれ!前傾姿勢で体全体を使って踏ん張るんだよ!」

 

「はいいぃ!」

 

事前に姿勢を指導しては居たが遠心力に耐えられなかったのか姿勢が潰れて這いつくばってしまっていた。

そんなんじゃ敵を見失ってしまうため意地でも耐えなきゃならない。

同年代よりはがっしりしているが未だ体の出来上がっていない少年には少々荷が重かったのだろう。

涙を流しながらも懸命に足掻き遂には体制を立て直した少年を褒める。

 

「良くやった!このまま男を見せろよ!次、旋回上昇後バレルロール、その直後に宙返り、行くぞ!」

 

「はいっ!」

 

威勢よく帰ってくる返事。

少年が流す涙の粒が後ろの俺に当たって少し痛い。

だがゲロと小便を漏らさないだけこいつは大分マシだ。

漏らされると後でレッドがうるさい。今も大丈夫だよな?とルーンを通して不安がる気持ちが流れてくる。

飛ぶのに集中しやがれと喝を入れ集中させる。

大きく円を描きながら徐々に高度を上げていく。

十分に高度をとってからレッドに機動の開始を指示。

心得たとばかりに咆哮を上げる。

レッドの体が水平状態から右上方を向く様に発生させた風で持ち上げる。

直後視界がぐるりと反時計周りに回転し始める。

実際には視界だけではない。

レッド自身が、俺たちが引っ付いているレッドの背を内側にして樽の胴を添うような軌道で回転している。

まず最初に重力によって大地に引き付けられるよう力がかかりにレッドから引き剥がされるそうな感覚に陥る。

鞍に追加されている取っ手に捕まりそれを耐えれば次には回転による遠心力のままに俺を押しつぶしてくるように力がかかる。

回転による平衡感覚の狂いと合わさりどちらも独特の不快感を与えてくる。

何度もこの動きを繰り返した俺には慣れ親しんだ物でもある。

漸く水平方向に戻れば進行方向と高度を維持したまま横方向に位置がスライドしている。

バレルロールと呼ばれる空中戦闘機動。

前世でカッチョイイ鉄の塊が行っていたものを魔法でゴリ押しして再現したもの。

姿勢制御のために風のスペルを使用する為結構精神力を喰うがスクエアなので俺には特に問題ない。

そのまま休むことなく宙返りに突入。

回転半径を小さめにした為通常よりも圧力が強い。

必死の形相でたえている少年。

良い竜騎士になるかもしれない。

ちょっとの期待と芽生えた悪戯心で少し機動を追加することにする。

レッドの体が水平になったところでそのまま45度くらい体を傾けてもらいそのまま斜め上に上方宙返り。

頂点を少し超えたあたりで体勢を水平に戻す。

速度が減少する代わりに高度を得ることができるシャンデルと呼ばれる機動。

突然の追加にも耐えきった少年は中々良い竜騎士に成るんじゃなかろうか。

まあ鍛えるのは俺じゃあないからどうかは分からないが。

 

 

その後も数日の間に代わる代わる調練中の見習いを乗せて飛んでいた。

漸く終わりが見えてきたその時最後の奴がゲロ撒き散らしながら小便漏らしたのでレッドの機嫌が良くない。

慣れるにつれ徐々に荒々しさを増していた機動に耐えられなかった様だ。

済まなかったと謝りながら体を洗う。

時折気持ちよさそうに目を瞑ったりしているレッドはお座りのような体勢をしている。

普通よりもガタイが大きいから何度も何度も井戸から水を汲み直しその都度泡立ちの悪い石鹸を使ってモップを使ってごしごし洗い流す。

 

『だからウルド以外は乗せたくなかったのだ』

 

『その件は本当に悪かったよ。ごめんな、俺の事情に巻き込んで』

 

俺とレッドのコンビが最もアクロバティックな機動が出来るということで今回の適応訓練に抜擢されることとなった。

元々アルビオンの竜騎士団に不完全ながらも概念持ち込んだのは俺だし今の所一番というのは間違いなかろう。

元々主と使い魔の関係だし、『同調』のルーンのおかげで言葉を話さなくても意思疎通できる。

それについ最近発覚したが韻竜であり普通の火竜より更に頭が良いのだ。

他はみんなママチャリ乗ってるのに俺だけ電動アシスト付きの自転車に乗ってるようなものだろう。

それに加えてレッドと共にゲロやら何やら撒き散らしながらどうすれば再現できるのか努力してきたのだ。

負ける気がしないとは正にこのことか。

 

『こうして洗ってくれて、肉の量を増やしてくれれば、まあ我慢しよう』

 

『ありがとうな。でも俺だって以前はお前にゲロかけたりしてただろ。それはどうなのさ?』

 

『自身の主なら不快ではあるが耐えるさ。それに、こうやって丁寧に洗ってくれるしな』

 

他の竜騎士も自分の竜の世話くらい自分でする。

竜騎士が自身の相棒たる竜との信頼関係を構築、維持するためにも重要なことだと叩き込まれる。

その為見習いは竜騎士の従士として1年か2年程の間に竜の世話を身に着ける。

俺は使い魔がレッドだったので期間が短かったり同時進行でレッドの世話や飛行訓練をしていた。

食い物だって栄養を考えてやらないと体調を崩したり飛行のコンディション、ブレスの威力に直結するので結構大変だ。

情報収集任務に就いていたときはあらかじめ献立を決めておき学院の方に前払いでしばらく分のお金を払ってなんとかして貰っていた。

レッド自身も自分で得物をとって体調管理できるみたいだから最近は楽になっている。

なお、国の竜舎に入っている時は税金から食費が出る模様。

話が逸れたが言いたいことはつまり自分の竜を大事に出来ない奴は竜騎士失格だということ。

 

『それとここ最近あんまり世話してやれなかったからそれも謝るよ、ごめん』

 

『良いさ、ウルドが生きる為には必要な事だろう?』

 

そういう意味ではここ最近の俺は竜騎士、というか主失格だったかもしれない。

だからこそ今日は色んな不手際の謝罪の意も込めて何時もより念入りに洗っていた。

 

『さてと、こんなもんかな。何処か気になるとこはあるか』

 

『分かっているのだろう?そんな所は無いよ』

 

確かに分かっては居たが念のための確認。

今はレッドが韻竜だからこうやって『同調』のルーンを介して明確な言葉で意思疎通しているが勿論普通はそんな都合の良いものは無い。

故に仕草から読み取ってやる必要があるのだが、見習いとかはよく失敗して蹴られていたりする。

俺も従士の頃に先輩の竜を洗っていたらよく蹴られた。

これまではルーンを介して聞くことは無かった。

なんかズルい気がするし韻竜だということを明かしていなかった頃のレッドは大雑把な意思しか飛ばしてこなかったからね。

今回は話し込んでいたからその流れで偶々聞いてみただけ。

 

『そろそろ寝ることにするよ、明日からは学院だからな』

 

『体調は万全だ。空の事は任せろ、ウルド』

 

『おう。頼りにしてるぜ、レッド』

 

洗ったばかりの鱗が双子の月の光を反射してキラキラと輝いている。

鱗を輝かせたまま翼を誇らしげに大きく開くレッドの顎を撫でながら返事をする。

竜舎に割り当てられた寝床にレッドが入るのを見送ってから竜舎を後にする。

夜空に丸々と輝く2つの月を見ながら寄宿舎に向かう。

そういえば久しぶりに本当の名前で呼ばれたなと気づく。

 

 

できることならば。

ロナル・ド・ブーケルじゃあなくて。

ただのウルダールとして学院で過ごしたいなと思った。

 

 

 

 

トリステイン王宮。

玉座に座る麗しき少女は謁見を終え暫し休憩を取っていた。

トリステイン現女王、アンリエッタ・ド・トリステイン。

蝶よ花よと箱入りで育てられていたトリステインの宝と呼ばれていた少女。

箱入りで育てられてきた少女は王族としては聊か甘さが過ぎると言われていた彼女は、しかし今現在それまでの彼女を知る者を驚嘆させる程の変貌を遂げていた。

女王に即位してすぐの事。

誘拐騒ぎで一時塞ぎ込んでいたものの、立ち直ってからは別人のように政務に携わる様になった。

レコン・キスタ捕虜の積極的登用。

自身の親衛隊である銃士隊を活用しトリステインに潜む反逆者への有無を言わさぬ処刑。

口を割らぬ者には禁呪や禁止されている秘薬すら使った尋問。

一切の甘さを捨て去り敵対する者には熾烈なまでの報復を為し今や確かに王者たる風格を見せつけている。

宰相であるマザリーニ枢機卿を筆頭に彼女に忠実な家臣達が幾度となくやり過ぎであると諫言した。。

国政の中心に位置する者たちには彼女の変貌に心当たりがあったためそれを指摘するも彼女の巧みな話術で逆に言い負かされ一つとして聞き入られるものはなかった。

 

次の謁見までの時間を暫しの休憩に充てるアンリエッタ。

彼女はたった一つの事だけに囚われていた。

復讐。

単純明快でそれゆえに鋼の様に強靭な行動理念。

例え偽りであろうとも構わない。

自身を連れ去ろうとした死んだはずのウェールズに一度はそう思った。

自分自身を騙してでも信じた筈の奇跡はただのまやかしで、愛を誓い合ったラグドリアンの湖畔にウェールズが沈んでゆく姿を見て自身の何かが変わる様な気がした。

始めは何かを為そうという思いは無くただ悲嘆にくれるだけ。

父王の死に喪に服し続ける母の気持ちが分かった気がした。

きっかけなどほんの小さなものでしかなかった。

なぜウェールズが死ななければならなかったのか、ただそう思っただけ。

そこから膨れ上がる自身の愛したウェールズを奪いあろうことか王族として殉じたその生き様すら冒涜したレコン・キスタへの憎悪。

止めることは出来なかった。いや、止めようとも思わなかった。

半ば取り付かれるように戦争への準備を始めた。

合法、非合法を問わず証拠を集め時にでっち上げ半ば強引に反逆者を処刑し国内の体制を立て直し、ゲルマニアとの軍事同盟の締結に奔走した。

死者を蘇らせ、あまつさえ洗脳すら可能とするマジックアイテムを使いクロムウェルは『虚無』を騙るが、こちらはそのマジックアイテムの効果すら打ち消す真なる『虚無』を味方につけている。

「虚無」という伝説の力をその身に宿す自身の親友であるルイズと使い魔の少年には『制約』で縛った投降兵を護衛に付け不測の事態に備えた。

万が一、敵に「虚無」の存在を知られれば戦争が始まる前に強力な手札を失うことになりかねない為である。

そう、手札である。

自身の復讐を完遂するために親友すら生贄に捧げるのだ。

自身の親友を含む数万の兵士の命をチップに、望むはレコン・キスタの死山血河と首魁であるクロムウェルの首。

戦意を喪失し投降するならそれでも良い。隷属させ死ぬまで使い潰すまでだ。

漸く、漸くここまで来たのだ。

まだ軍の再編成や食料の確保などやり残している事はあるが内憂が消え去ったためこれで集中できる。

 

「そう、わたくしはとても善きことをしているわ」

 

トリステインという国を転覆させ罪のない民を傷つけんとする卑怯者達を抹殺し。

あまつさえ始祖の偉大なる力を騙り、その血脈に杖を向ける愚か者共に鉄槌を与えんと奔走する。

これを善と言わずして何を善と言うのか。

 

「女王陛下、よろしいですかな?」

 

「どうしたというのです、マザリーニ?」

 

腹心たる宰相マザリーニが近寄り小声で話す。

 

「例の『ミス・ゼロ』に付けた竜騎士、どうなされるお積りで」

 

はて、竜騎士とは?

そういえば、あの男は竜騎士だったか。

クロムウェルは死体を操る事が出来るだけではなく、1度に出来る数は少ないが生きた人間も操れるらしいという情報をもたらした男。

情報をもたらしたのは評価できるがそれだけ。

竜騎士としては優秀らしいがさして興味は無い。

 

「前線に送ってしまいなさい。竜騎士ならいくらでも使い道はあるでしょう」

 

「『制約』に関してはいかがします?」

 

「そのままで良いでしょう。何か大きな武功を立てれば服従も解除するとそう伝えておきなさい」

 

もはやあんな男になど用は無い。

如何に優秀と言えど代わりなどいくらでもいる。

些事など頭から消し去り、逸る気持ちを抑えながら次の謁見に向け気持ちを切り換えた。

 

 

 

 

 




アンアン、ハイパー病ンリエッタ化。

なお、オリ主はイベントを完全にスルーした模様。


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8話 戦争の影と彼の気持ち

追記

予約投稿しようとしたら間違えて普通に投稿してしまったでござる。


ヴァリエールの領地の直ぐ近く、丁度隣接する他の貴族の領地との境目辺りで上司2人とメイドを乗せた馬車を待ち続けて3日。

いい加減何かあったのではとヴァリエール領に入り探りを入れようとする俺になぜか届いたルイズ嬢からの1通の手紙。

要約すると「事情があって先に学院に戻ったけどあなたが待ってること完全に忘れちゃってたわ、テヘっ☆許してチョ♪」という内容に青筋を浮かべつつも冷静に学院に帰還。

事情が有ったなら仕方ないんだと自分に言い聞かせて耐えた。

学院に戻ったら漸くゼロ戦の修理が終わったらしいことを知る。

ゼロ戦を弄っていたのは学院教師のコルベール先生。

人の良さそうな見た目に反して、所々錆びついている印象は受けるが身のこなしが尋常じゃない。

怖ろしいことに独学で内燃機関と思しき物を作りだすという、一人だけ頭の中が産業革命後みたいな人物だが本当にゼロ戦は大丈夫なのだろうか。

飛行機械黎明期には飛んでる時に空中分解するなんて割とありふれていることだった。

ちょっとしたフレームの歪みが命取りになるはずだが…。

まあ実際に飛んだところを見たからには黙らざるを得ないけどね。

大空に舞う濃緑にペイントされた超々ジュラルミン合金製の装甲を持つゼロファイターの姿に元日の本の国の人間としては感動を覚えてしまう。

…しかし、サイトはどうしてゼロ戦なんて操縦出来るのだろうか。

見たところ俺のよく知る現代っぽい格好だし俺よりも年下だぞ。

深まる謎にまあいっかと考えることをやめる。

考えても答えの出なさそうなことは考えないに限る。

 

日差しも和らぎ過ごしやすくなってきたラドの月。

俺の周りは夏休み前よりも賑やかさを増していた。

ギーシュの野郎が相変わらず俺の事を女好きの様に話しかけてきやがる為そういう話に興味のある男どもが集まってきやがる。

まあそのおかげで避けられることも無くなってきたためちょっとだけ感謝している。

代わりというかなんというか最近の情勢からかちょっと暗めの噂話が囁かれるようになり始めた。

学生の戦時徴用。

そんな訳ないだろうという声や手柄を上げてみせるという勇ましい声も聞こえてくる。

十分に考えられることだと俺は考えている。

戦争をしばらく経験していない為士官数は少ないようだし一部練度の高い部隊もあるようだが全体でみると割とお粗末だ。

クソ忌々しいあの中隊も一人一人は大したことは無かった。

ボコボコにされてたじゃないかって?

いくらなんでも100人以上いる奴らとマトモな装備もなしに勝てるかよ。詠唱する暇なかったし。

何はともあれ戦争が起きるのは間違いなく、そうすれば必然的に前線に飛ばされるであろう俺が気にするようなことじゃあない。

俺以外に昨今の状況を意に介してない奴はいる。

キュルケとタバサである。

同盟がなされているためゲルマニアも参戦するだろうがキュルケ自身は参加しないらしい。

タバサはガリア人だからそもそも今回の件にはノータッチ。

 

「あなたはどうするつもりなの、ロナル?」

 

「まあ、行くんじゃないの?」

 

「何で疑問形なのよ…」

 

呆れたような声を出すキュルケにただボケッとしているタバサ。

ロナルとウルド、どっちで従軍するのかまだ知らない。

どっちにしろ今はまだ『制約』が解かれていない為素性を明かせないから何も言えない。

まあウルドに戻った時点ではどうせ此処には居ないだろう。

一抹の寂しさを感じる。

 

「行かざるを得ないとは思うよ。行けないならそれ相応の理由が必要だろうけど特に理由も無いからね」

 

ふうん、と興が削がれたかのように返事をしてくる。

別に俺自身に戦意が無いという訳じゃない。

親父達に合わせる顔がないためアルビオンにはあまり近づきたくないが、クロムウェルの野郎にはたっぷりお礼がしたい。

レコン・キスタ首魁の首を上げた褒賞というのも魅力的だが、何よりもやられたからやり返すというのが一番だ。

その上で『制約』が解いて貰えたら言うこと無しだ。

 

「やる気ない」

 

「やーるき無いって訳じゃあないんだけどね」

 

教室に備え付けられている机にグダーっと身を預けながらタバサに言い返す。

大体まだ始まってもいないことにやる気を出しても途中でガス欠になるのがオチだ。

それなら体の調整しながらリラックスしている方が俺は良いと思う。

 

「私にはその態度からはやる気は一欠片も見えてこないわね」

 

「同感」

 

「今からやる気だしてどうすんのさ」

 

気温が下がってきて大分過ごし易くなってきたためかあくびが出そうになる。

 

「先生来たら起こして。俺は寝る」

 

おやすみ~とそのまま机に突っ伏す。

呆れたようなため息が聞こえてくるが無視無視。

ああ、ええ気分やぁ。

 

暫くしてタバサの杖で叩き起こされた。

痛い。

態度がくだけてきたのは良いが、俺の扱いがぞんざい過ぎやしませかね、タバサさんや。

 

 

 

 

新学期が始まって少し経ち漸く久しぶりの授業に頭が慣れてきた。

歴史とかは相変わらず眠気を誘ってくるがなんとか食らいついている。

自分でも不思議だが意外と学生生活を楽しんでいるのかもしれない。

精神系の魔法への対抗法なども未だに調べてはいるが、今ではむしろ授業に追いつくために図書館へ書籍を求めて行く方が多い有様だ。

どういう風の吹き回しか図書館事情に詳しいタバサが本の在り処を教えてくれたりするが、とてもありがたい。

授業用のみならずまだ読んでいなかった精神系魔法に関する書物の方まで教えてくれる親切ぶり。

その小動物的な容姿と仕草から頭を撫でてしまいそうになる。

此処まで仲良くなったのに嫌われるのは遠慮したいからしないけどさ。

ここ最近は本を読むときはお互い席ひとつ空けて隣に座ってる。

なんとも言えない微妙な距離感であるがそれがまた心地良いのかもしれない。

日が傾き館内が夕焼けに染まる頃になるとどちらからともなく揃って図書館を出て駄弁りながら歩き途中で分かれて自室に帰るというのが習慣になってきた。

もしかして俺、青春してる?

(中の人の)年甲斐も無く泣きそうだ。

 

「…何故泣いてるの?」

 

「べ、別に泣いてなんかないよ。今日のミートパイが美味しくて感動しただけだよ」

 

「そうかしら?何時もと変わらないような気がするけど」

 

本当に泣いていたらしく苦しい言い訳でごまかすも、変なモノを見る目で見てくるタバサ。

キュルケは何処が違うのかと不思議そうな顔で一口食べてる。

口からの出まかせでごめんね。

美味しいというのは事実であるが。

まあ仮にも貴族の学校だし、ここはアルビオンじゃないしね。

本当に我が祖国は如何にかならんかね。

食事は栄養補給と割り切っていたがトリステインに来て文明の味に触れてから日々の食事が楽しい。

アルビオンは浮遊大陸だからどうしても他の国に比べて土地が痩せてるからね。

しかし。

 

「それ、ハシバミ草だよね?…よくそんなに食べれるな」

 

「苦さが癖になるし栄養豊富」

 

もしゃもしゃとクソ苦いハシバミ草を食べるタバサ。

こうしてたまに一緒に食べる様になってから気付いたが良くこんなに食べれるものだ。

いらないなら貰うとキュルケの皿の上に残っていたハシバミ草のサラダを強奪してまで食べる姿に戦慄を覚える。

俺だって出された分は食うが進んで食いたいとは思わない。

 

「その辺の雑草の方がまだ苦くないと思うんだが…」

 

「…ちょっと待って。あなた雑草を食べたがことあるの?」

 

無言の返答を肯定と取るか否定と取るかはキュルケの自由だ。

実を言うと食べたことはあるがね。

実家でクソ忌々しい師匠殿に課せられたサバイバル訓練で獣1匹どころか食べられる野草一つ見つけられなかった時に1度だけ。

今思えばあのころは未熟だった。

黄昏ていると2人から憐れみの視線で見られた。

雑草にだって食物繊維はあるだろうから別にいいじゃん。

 

 

そうこうしているうちにいつしかケンの月に入り遂に学院に学生の戦時徴用のお触れが下った。

殆どと言っていいほどの数の男子生徒が募兵官に志願の紙を提出していた。

残ることになるのは戦争に反対する貴族の息子かなんかだろう。

当然俺も召集を喰らった。ロナル・ド・ブーケルとして。

どうやら大きな武功を上げれば『制約』を解除して貰えるらしい。

戦争が終わるまでは一応学園の籍はそのまま残しておくそうなので生き残れば一度はここに戻って来れるみたいだ。

生き残って大きな武功を上げて『制約』を解除して貰う。

そしてただのウルダールとして皆に会う。

うむ、俄然やる気が湧いてくる。

込み上げてくる闘志に応じて体に力が入るが、まだ早いと落ち着かせる。

まだまだ期間があるのでゆっくりとしかし着実に燃え上がらせていくことにする。

武功ならクロムウェルの首で丁度良いだろう。

俺も既に届け出を出したことになっているらしい。

現在艤装中の竜母艦ヴュセンタール所属の第2竜騎士大隊第1中隊に配属される事となった。

第2なのか第1なのか紛らわしい名である。

それに伴い部隊に合流し調練に励めということだ。

明日の昼までに合流すれば良いらしく、鎖帷子、軽鎧、手甲などの戦装束を纏めてズタ袋に放り込み、一応そのつもりは無いが最後に成るかもしれないので部屋の掃除をしておいた。

掃除も一段落したところで、ふと机の上にあるとある物に目を向ける。

タバサ曰くとても希少で価値の有るらしい亡き母の形見。

今までは戦場だろうと肌身離さず持っていたブックホルダーに入ったその本をどうしようか悩む。

うぅむ、確かにコイツを持っていきたい気持ちもあるがそれでもし失われても勿体無い気がしてしまう。

人間実際の価値を知ると言葉ではどう取り繕うとも変な見方をしてしまうのは仕方のないことだと思う。

暫くうんうん悩んだが天啓の如く思いついたことを実行するため中身入りのブックホルダーを引っ掴みとある場所へ向かう。

この時間帯ならあそこに居るんじゃあないかなと行き当たりばったりな考えだったが想像と違わず彼女はそこに佇んでいた。

図書館のいつものテーブルのいつもの席。

いつも通り何かの本を読みふける少女に小声で話しかける。

 

「ちょっと良いかい?」

 

タバサが此方を見ながら本を閉じるのを俺は肯定と判断した。

 

 

 

廊下に出て少し歩く。

多くの学生たちが士官として徴用されたからかガランとして寂しい空気が漂っている。

 

「何かあった?」

 

短く聞いてくるタバサに答える。

 

「俺も戦争に行くことにしたからさ、それでちいっと頼みたいことがあるんだよ」

 

「何?」

 

戦争行くんだ~と気楽に言う俺に特に表情を変えずに続きを促してくるタバサ。

無反応に少し傷つく。

まあ、どうやらある程度戦えるということがバレているみたいなので心配無用だと思ってんのかもしれないがね。

 

「俺、前タバサに本を貸したことがあったじゃん。何か希少らしい『イーヴァルディの勇者』」

「あれって実を言うと親の形見でね。だから今までいつも持ち歩いていたんだけどさ」

「今回は持っていかないことにしたんだ。高価みたいだし、それに生きて帰れるとも限らないしさ」

 

「…それで?」

 

一息に言われどうやらタバサは困惑しているらしい。最近表情が分かる様になってきた。

そんな困惑しているタバサに気まぐれの様に思いついたことを頼む。

 

「それで、どうせ置いていくんだったらタバサに持っててもらいたいのさ。俺が此処に帰って来なかったとしても、この本の価値を知っているタバサなら大事にしてくれそうだし」

 

これが思い付き。

そんな思い付きを聞いて少し悩む様にタバサが考え込んでいる。

しばしの沈黙の後に口を開いた。

 

「…できない。大事なものだったら、貴方が持っているべき」

 

 

これは困った。

断られると思っていなかったから断られたときにどうするか考えてなかった。

むう、どうしよう。

悩んだあげく選んだのは心からの本心を伝えることだった。

 

「おまじないだよ」

 

「おまじない?」

 

「そう、また学院に戻って来れますように、っておまじない」

「変な時期に転入してきて散々怪しまれた俺だけどさ、でもみんなとの学院での生活が楽しかったんだ」

 

それに、と一旦句切る。

 

「それにさ、俺みんなとも、タバサともまだ沢山話したいことがあるんだ」

 

「…何を、話すの?」

 

「それは秘密。帰ってきてからのお楽しみだ」

 

まだ俺は本当の意味でタバサやキュルケ、ギーシュにモンモランシー等といった人たちと友達になった訳じゃあない。

ルイズ嬢やサイト達とも上司部下の関係じゃなく友達になりたい。

偽物の俺じゃなくウルダールとしてみんなと友達になりたい。

だからこそ『ロナル・ド・ブーケル』ではなくただのウルダールとしてこの学院に戻ってきたい。

 

言い終ってから続く沈黙。

駄目だったかな。

夕焼けに照らされるタバサの顔には何故だろうか、夕日以外の朱が混じっている気がする。

何か、不味いこと言ったかな。

もしや、体調でも悪いのかと声をかけようとしたその時に不意にタバサが戸惑いがちに口を開いた。

 

「………わかった…」

 

何時もの短いながらもはっきりした声とは違い、遠慮がちでか細い声。

ともすれば聞こえかったかもしれない程弱々しい声だったが確かに俺の耳には確かに届いた。

 

「本当?」

 

「本当」

 

「嘘じゃない?」

 

「しつこい。嘘じゃない。だから」

 

思わず2度も聞き返してしまった俺に対して、タバサは何故か息を整える様に一拍おいてそれから、何時もよりちょっと上ずったような声で言った。

 

「だから、ちゃんと帰ってきて」

 

いつもの無表情ではなく、ちょっとはにかんだ様な、つまりタバサの容姿と相まってとても愛らしい表情。

え、と呆気に取られ思考停止している間にいつも通りの、でもちょっと頬が赤い無表情に戻る。

一瞬で消えてしまった初めてみたタバサの笑顔。

俺はそれを名残惜しいと感じてしまう。

つまり、なんだ、その。

 

「…わかりました」

 

凄い、可愛いかった。

 

 

その後ぎこちない動きで部屋に戻ろうとする俺にキュルケが「青春ねえ」と声をかけてきたが心此処に在らずといった俺は「そうだね」と適当に言ってそのまま部屋まで帰った。

ボケッとしながらもズタ袋を背負い腰に愛用の剣を引っ提げハルバードを持ち部屋を後にする。

どんな道で行ったか覚えていないがレッドの掘立小屋まで行きそのまま一路トリスタニアに向かった。

その途中飛ぶのをレッドに任せ休憩がてら目を瞑り少し落ち着いたところで漸く俺は気が付いた。

 

 

俺、もしかして、タバサに告白してね?

 

 




オリ主、無自覚にタバサを口説く。
フラグが……?


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9話 開戦

アルビオン動乱編開始。


草原広がる演習場の上の空。

激しい動きを繰り出す複数の竜の影。

大空を舞台とした竜同士によって繰り広げられるドッグファイトは次第に激しさを増していく。

混戦での戦闘技術を高める目的で行われている訓練はしかし少しだけその様相を変えていた。

訓練で攻撃に魔法を使うことも出来ないので被弾判定に使用されているペイントボール。

それをぶつけられ多くの竜と騎士が塗料をぶちまけたかのようにその身をカラフルに染められている中ただ1騎のみ平常通りの格好をしている。

 

(何故だ、何故当たらん!)

 

被弾により続々と脱落していく中何色にも染められていない竜騎に食い下がり執拗に攻撃を仕掛けようとするこの部隊の隊長である男は焦りを感じていた。

見習いから繰り上げで配属された者が多い部隊の中トリステインの竜騎士として経験を積み上げてきた男は自分の能力に誇りを持っていた。

事実竜騎士隊として長い時間をかけて力を磨き上げてきた男はトリステインの竜騎士隊の中でもかなりの実力者であった。

そうであった筈だった。

しかし、自分の視界の中にいる男には一撃も通らなかった。

曲芸染みた機動で避けられるのはまだしも。

攻撃を仕掛ける前に突然の急制動からの急降下やまるで空中で側転するかのような動きなどあの手この手で視界の中から消えて攻撃そのものをさせてくれないことすらある。

男が乗る火竜に比べ飛行速度に優れる筈の風竜に乗っているのにも関わらず、だ。

自分に追いすがられている筈なのに近づいてくる別の竜騎からの攻撃を少し体をずらすだけで避ける男。

避けるばかりか逆に一撃を与え撃墜数を増やす。

高度を取ろうというのか男の騎乗する竜が上昇していく。

高度上げればその分速度が遅くなる。閉めたものだと自分の騎竜に追撃させる。

上昇中に必死に後ろを取ろうとし漸く射程範囲に捉えた。

今だ、と『念力』にてペイントボールを撃ち出そうとしいうその時に目の前の竜が突如その速度を急激に落とす。

いきなりの出来事に反応できずそのまま追い越してしまう。

パン、と何かが弾けるような音と自身を揺らす衝撃。自身の体を見ると心臓の辺りに増えている染料の跡。

すれ違いざまにぶつけられた様だ。

自身が最後だったようで悔しい気持ちを堪えつつ全体を集合させ一時地に降りる。

降りる途中に染料の付いていない竜と騎士を睨む。

詰まらないとばかりに無表情のままの男。

訓練中も同じ表情だった男にプライドを傷つけられた気持ちになる。

そんなに我らの相手をするのは詰まらないかと心の中で男に吐きすてる隊長。

実際には詰まらないとかそんな事すら考えていなく、ただある少女への自身の発言を顧みて悶々としているだけであるのが尚性質が悪い。

男の騎乗する使い魔である竜もそんな主に呆れる反面、関係ないことを考えつつも尚正確な指示を自身に与える主に従い行動するだけだった。

 

詰まる所、男、ロナルことウルドは学院のクラスの次に今度は部隊から浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…」

 

『さっきからため息が多すぎるぞウルド。訓練とはいえしゃんとしてくれないと困るぞ』

 

竜舎前の広場でレッドから駄目だしを受けてしまう。

気が付けば気もそぞろなまま訓練を終えてしまっていた。

訓練にまともに集中することもできず訓練後は部隊員からは避けられ隊長からは親の仇を見るような目で見られている。

体調面は全く持って問題なくむしろ頗る快調なのだが、精神面が完全に死んでいる。

なんでナチュラルに友人である(と思う)タバサを口説いているんだよ、俺は。

嫌いではない、むしろ好ましく思っている相手ではあるが、いや違う違う。

あの笑顔、すげー可愛かったなあってまたズレてるよ。

ここ最近ずっとではあるが、ふとした瞬間に少し頬を赤くしていたタバサを思い出してしまう。

思い出しては胸の高鳴りが感じられて集中どころの騒ぎではない。

中の人は前世も合わせればおっさんみたいなものだが、まるで思春期の片思いみたいな気分に陥る。

そもそもこの世界に生を受けて以来恋愛感情なんぞすっかり忘れていたが今になって思い出すとは。

 

『すまない…』

 

『謝るくらいなら行動で示せ。今もだらだらと情けない感情が流れてきているぞ。好きなら好きでそれで良いだろう?』

 

相当腹に据えかねているのかレッドの尻尾の先が座り込んでいる俺の頭にビシビシ当たって痛い。

女の子に意味ありげなことほざいて何やってんだろうね本当に。

またもフラッシュバックする夕日に照らされたあの日の光景を振り払うように頭を振る。

 

『むう。今のウルドの相手をしていると頭が悪くなりそうだ。大人しく何も考えずに剣なりなんなり振ってきたらどうだ?』

 

『そうする…。情けない主でごめんなレッド』

 

『良いさ。だが明日には何とかしろよ』

 

努力するよ、と『同調』を打ち切りレッドを竜舎に入れる。

そのまま愛用の剣を片手に練兵場に向かう。

微妙な時間で人気のない練兵場でひたすら雑念を振り払うように剣を振るう。

精神の乱れを表すかのように太刀筋はブレにブレて、重心すら安定しない。

体調は問題ないが体の動作がちぐはぐだ。

一太刀の速度を下げ確認するかのようゆっくり一つ一つの動作を丁寧に。

体に慣れ親しんだ筈の動作が今の俺には妙に難しい。

体が温まり調子を取り戻し始めたので徐々に速度を上げる。

一心不乱に打ち込み始めると心のざわつきも徐々に落ち着いていく。

次第に息が上がり始め汗が滴り落ちる。

苦しいが心地よい感覚。

これ以上は明日に障る、と判断し素振りをやめると空には月が昇っている。

息を整え終わったころにはまた少しざわつきが戻ってきたがそれでもやる前よりは大分マシだ。

まずは戦争を戦い抜く。

言い訳するのも遅れてきた青春に一喜一憂するのもその後だ。

 

 

 

少しはマシになったとレッドからのお墨付きを貰い訓練に明け暮れ流れる様に日々が過ぎ。

始まるのは人殺しを生業とする人でなしでロクデナシの畜生どもによる醜悪な宴。

トリステイン・ゲルマニア連合軍対レコン・キスタ改め神聖アルビオン共和国軍の戦争が幕を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は冬に近づき寒さを増しているうえに空高くである為結構な寒さである新造艦ヴュセンタール号の飛行甲板上。

そこからデンドンデンドンとBGMが聞こえてきそうな連合艦隊の威容を眺めると寄せ集めにしては中々どうして頼りがいが有りそうだ。

先ほどから聞こえていた爆音の主に目を向ける。

完全に修復され見事大空を再び舞うことができるようになったゼロ戦。

本当にコルベール先生の頭の中はどうなっているのやら。

着艦し機体から降りてくる見覚えのある2人に手を振っておく。

驚いたような顔をしているが士官に促され何処かに連れて行かれる。

やはりあの2人には何かがあるんだろうな。

サイトは何故かゼロ戦を動かせるし、ルイズ嬢の場合はタルブ戦で見た謎の閃光の魔法か?

まあ、知らないことを考えたって仕方ないさ。

薄くなっていく空気と増していく冷気。

何故か与えられた今の人生で慣れ親しんだものから判断するに明日にはアルビオンだ。

懐かしの故郷を血に染め上げる為に戻ってきた。

戻ってきてしまった。

後戻りなんて出来ないんだから、やると決めたことをやろう。

 

 

 

 

広いとはいえ艦内である為体を動かすこともできない。

哨戒任務無いと暇だなーとしばらくボーっとしているといつの間にか戻ってきていたサイト達がこれまたいつの間にか竜騎士たちと仲良くなってる。

確か第2中隊の奴らだろう。

よくよく見れば適応訓練の時に目を付けた奴もいる。

ボケーっと眺めていると気づいたサイトが手を振って俺を呼びつける。

 

「おーい、ロナル何やってんだ?こっち来いよ」

 

わざわざ呼びつけてくれたおかげでサイトの周りの連中に注目されてしまう。

やることも無いのでえっちらおっちら向かっていく。

 

「第2竜騎士大隊第1中隊所属、ロナル・ド・ブーケルであります。ルネ・フォンク中隊長殿」

 

サイトに話しかける前に取り敢えず階級が上の奴に挨拶しておく。

中隊長になっていることから考えるに目を付けたのは間違いなかったか。

 

「君、もしかしてニイドの月にやった訓練の時の」

 

「はい、その通りです。お久しぶりです中隊長殿」

 

向こうも覚えていたようだ。

周りも合わせて少し顔が引きつっている所を見るとどうやら大分思い出深い訓練になったようだ。

 

「その堅苦しい喋り方は止めてくれ。階級はともかく、腕は君の方が上だろう?」

 

「では、そのようにさせて頂きます。中隊長になったからか顔つきが良くなったな」

 

「はは、ありがとう」

「それで、君たちどういう関係だい?」

 

俺とサイトを見比べながら言うルネ。

 

「なあに。ちょっとした知り合いさ。なあ、サイト?」

 

「お、おう」

 

余計なこと言うなよ、と軽く睨み付けながら言う。

サイトも察してくれたようだ。

 

「というか、ロナル、お前なんで此処にいるんだよ」

 

「うーん。サプライズ、かな?」

 

んな訳あるかよとツッコんでくるサイトに当たり前だろ、竜騎士だからだよと返す。

 

「竜騎士かあ。そういやお前の使い魔レッドって言うんだっけ?あのスゴイでっかいの」

 

「ああ、アイツが俺の相棒さ」

 

「タバサのシルフィードよりも此処にいる風竜たちの方がデカいけど、ロナルのレッドは更に輪をかけてデカいからな」

 

俺アレが普通なのかと思ってたよ、と続けるサイト。

確かに成体の火竜に比べてすらなおデカいからな。

このヴュセンタール号の竜舎が狭いと文句を言っていた。

 

「そうそう、タバサで思い出したけどさ。ロナル、お前タバサにこモガっ!」

 

「サーイトくーん。ちょーっとアッチ行きましょうねー」

 

口元に右手でアイアンクローをかましそのまま左腕を肩に回し甲板の端の方に引きずっていく。

サイトも暴れるがその程度では俺の拘束を逃れることは出来ない。

 

「サイト、誰から聞いたー?」

 

「きゅ、キュルケだよ!なんかニヨニヨしてたからどうしたんだって聞いたら、ロナルがタバサにこ!?言わない!言わないから、落とさないでくれ!」

 

大声でポロリと言いそうになったサイトに空中散歩してもらう所だった。

必死にすがりつき懇願するサイトに説明を聞く。

所々改変されてたり誇張されているが、ほぼ俺が言った通りの内容に閉口してしまう。

あの野郎、最初から聞いてやがったのか。

あの時、誤解を招く言い方をしてしまったが別にそういう意図で言ったのでは無いと弁解する。

じゃあどんな意図だったんだよと言い返してくるサイト。

言い返せない俺。

サイトが怪しいなーとニヤニヤしだす。

あれやこれやの問答の末この話は終わりだと強制的に打ち切る。

逃げたなと言われるが気にしない。

これは、そう、戦略的撤退だ。

 

 

 

 

その後酒盛りに誘われたルイズ嬢とサイトが第2中隊の面々と話し込んでいると突然「カカシよ!」と走り去るルイズ嬢。

酸素不足でおかしくなったのかなと失礼極まりないことを思ったのが昨日。

天気に関して言えば、雲はあるが良く晴れているといった所。

ヴュセンタール号から続々と発艦する竜騎士たち。

俺もレッドを駆り空を舞う。

敵艦の砲撃でヴュセンタール号が傾いたことで甲板を横滑りし真っ逆さまに落ちていくも、自由落下時の風でプロペラが回り無事飛翔するゼロ戦。

ゼロ戦は風竜で構成されている、第二中隊と思わしき部隊と共にアルビオンの方に飛んでいく。

そっちは良いとして。我が第1中隊の任務は敵竜騎士からの対空防御に加え場合によっては敵艦への直接攻撃である。

飛翔し迫りくる敵竜騎士にレッドを向かわせ、手甲に覆われた右手に持つハルバードに力を入れ持ち直す。

 

 

 

アルビオン上陸作戦、開始。

 

 

 




次回、戦闘回。


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10話 血濡れの悪魔

今回オリジナルスペル有り。


絶え間なく続く砲撃。

眼下に砲撃戦を望みながら敵艦隊に向かい突撃する。

近くを飛翔する僚騎は全騎火竜乗りである。

艦隊戦において対艦攻撃時の火力が低くなりがちな風竜はよっぽどの理由がない限り用いられず、また連合軍は消耗を避けているらしく火竜に乗る竜騎士の一部しか出撃していない。

ゼロ戦と共に何処かに飛び去った風竜で構成された部隊は恐らくは別の任務であろう。

敵の艦から出撃した竜騎士の数はこちらとほぼ同数。

しかし敵はアルビオンの竜騎士。

見習い上がりを含む此方の方が分が悪い。

敢えて自身が突出し敵を惹き付ける。

早速食いついてくる前方の2騎。

1騎で2騎を相手取るという基本的な戦術理論を崩さずに逸ることなく対処してくる。

レッドに体を少し傾けさせ敵騎からの『マジック・アロー』と火竜のブレスを回避。

そのまますれ違う直後に後方からくるもう一騎に牽制代わりの分裂火球を御馳走し傾いた姿勢のまま斜め上方に後方宙返りし向きを反転。

高度を得て最初の1騎を追撃する。

急旋回などで必死に尻に付かれるのを防ごうとする敵機だが甘い甘い。

こちとらルーンのお蔭で手綱要らずなんだ。反応速度で勝てると思うなよ。

必死の抵抗も虚しく俺に後ろを取られてしまい苦し紛れに攻撃を避けようと蛇行するような軌道で飛行する哀れな敵騎に『マジック・アロー』を撃ち…込まずに右側面から来る敵僚騎の騎手の心臓にブチ込む。

ポッカリと胸に開いた穴から溢れる様に血を吹き出し真っ逆さまに落ちていく。

哀れ僚騎を撃ち落とされ自身も後ろから仲良く同じ魔法で永遠の眠りにつく敵竜騎士。

背後を取られた方が僚騎の前をS字飛行し、僚騎は逆S字に飛行することで敵騎と交差する際に攻撃を叩き込む。

地球に於いてサッチ・ウィーブ(サッチの機織り)と呼ばれる戦術。

俺が過ごしていた現代ですら基本的な空中戦術として存在していたものである。

本来は太平洋戦争時2機で編隊を組むロッテ戦術から一撃離脱戦法を敢行し、ゼロ戦に攻撃を回避あるいは後ろを取られた際にこの戦術を用い罠に陥れるという手法で使われたもの。

敵は俺を罠に掛けたつもりだったようだが逆に最初からそう来るように仕向けていた俺の罠に掛かってしまったという訳だ。

主人に先立たれ残された火竜2匹。

片方は落ち行く主人の亡骸を抱き留め慟哭し、もう一方は主人が死んだことにすら気づいていない。

どちらもかわいそうなのでレッドのブレスと俺の魔法で同じところに送ってやる。

一方は脳髄を貫かれ腕に抱き留めた主人と共に雲の下の大海原に魚の餌になるべく落ちていき、もう一方はまだ背に乗ったままの主人共々消し炭になった。

意外と主が死んだ後に竜が怒り狂って襲い掛かってくることってあるからね、容赦はしない。

今更2人と2匹殺したところで何も感じることなどない。

月並みな表現だが同情すれば次にそうなるのは自分自身だ。

 

『体は温まったか。次行くぞレッド。いつも通り油断せずに、な』

 

『応ともさ、ウルド!』

 

咆哮と共に答えるレッド。

人竜一体となって眼前の敵を排除するべく飛翔する。

俺は、アルビオンの、懐かしき闘争の空に帰ってきた。

 

 

 

連合軍の竜騎士を振りきり対艦攻撃に夢中で自身の存在に気付かない奴らには容赦なくレッドのブレスで撃墜し。

一撃を避けられれば即座に離脱し、追いすがられている時に急制動と同時に『エア・ハンマー』で無理矢理レッドの体を持ち上げ自身の下方を通り過ぎ前に出た竜の騎手を撃ち殺す。

纏わり付かれれば精神力を過剰供給し刀身をスーパーでロボットな大戦に出てくる刀の如く無理矢理伸ばした『ブレイド』をハルバードの穂先に展開、すれ違いざまに主従共々切り捨てる。

追い立てていると敵竜騎士が雲に紛れつつ回避行動に移る。

即座に追撃してやろうと思ったが…これは。

良く見れば他にも雲から出たり入ったり紛れつつ攻撃を加えてきている奴らが居る。

思い立ったが吉日レッドに高度を取る様に指示する。

同意の意思と共に速度を上げてから緩やかに大きく円を描く様に高度を上げるレッド。

徐々に高度が上がり此処で良いかと思ったところで下方を見やる。

ほぼ同じような高さからは分からなかったが、雲に隠されている所があるが思った通り複数の竜が円を描く様に飛んでいる。

明らかに防御陣形である。

敵を撃ち落とそうと下手に後ろに着けば後続からの一撃でやられる。

見れば同じことを思いついたのか2騎同じように高度を取っていた。

ハンドサインで一番槍を貰うことを提案、了承を貰いすぐさま速度を上げ降下体勢を取る。

魔法による加速補助と自由落下とで自身に掛かる強烈な風圧。

顔の肉が風圧で波打ちレッドから引き剥がされそうになるも常日頃から鍛え上げた自慢の肉体で抑え込む。

低くした体勢はそのままに風圧に負けることなくルーンを紡ぐ。

急降下による速度より劣る為発動すれば自分に当たることとなる魔法は避け、近接攻撃用の魔法を発動する。

再びは得物の穂先から延びる輝く刀身。

振り回す必要などなくすれ違うだけで速度の恩恵を受けた魔法の刃は敵を切り裂く。

 

ドチャア。

 

何とも形容しがたい何かを潰した様な音が鳴る。

降りしきる血と臓物のシャワーが降り注ぐ。

汚物が雨霰と体を汚すのを気にすることなく降下をやめるべく徐々に角度を緩めようとする俺たちの真後ろを肉塊に成り果てたものが落ちていく。

竜の方は間違いなく真っ二つだがもしかしたら乗り手は生きているかもしれない。

最期の足掻きを警戒しチラリと落ちていくものを見る。

大きい塊2つに小さい塊2つ。

速度の所為か最早切断面が切断面と言えないような、爆裂したようになっているがこれで一安心。

後に続いた2騎の追撃に完全に陣形を破壊された敵だが、それを苦にすることも無く即座に散開し急降下をかけた俺を含む3騎に追撃を仕掛けてくる。

俺には大盤振る舞いなのか4騎も来やがった。

これは流石にヤバいかも。

頭の中ではそう考えるが即座に判断を下し、降下再開。

敵味方両方の艦隊からの砲撃を避ける為、艦隊の上方または下方で戦闘を行う竜騎士であるがその限度スレスレを飛ぶ。

砲撃を恐れたのか1騎が手近な獲物に狙いを切り換えた。

散々喰い散らかしてやったのと意外なまでの連合側の竜騎士たちの奮戦でアルビオン側の竜騎士の数は此方を下回っている。

堅実に戦えれば問題なかろう。他人の心配ができるような状況ではない。

こいつら纏めて叩き落したらそろそろ対艦攻撃でもするか。

獲らぬ狸の何とやらではあるがその前に一仕事気を引き締める。

2騎で追い立て、残る1騎がケツを狙ってくる。

悪いが掘られて喜ぶような趣味は無いんだ。

ちょっと勿体無いがトライアングル・スペルを使うことにする。

 

「ラグーズ・カーノ・ラーク・ソル・ウィンデ!」

 

余裕はあるがガリガリと何かが減るような抜けていくような感覚。

メイジなら大小あるだろうが誰でも持っている、精神力と呼ばれる曖昧なものが消費される。

直後俺の後方に発生する炎を纏うつむじ風。

火1つ、風2つのトライアングル・スペル。

『火炎旋風』。

発生直後は大した大きさではないが直ぐに大きく成長し炎と共に対象を巻き上げる。

今回は壁として発生させたがスクエアの精神力を受けたそれは巨大なもので、かなりの速度で突っ込んでしまった竜2頭を飲み込んで離さない。

チラリと後方を確認すると巻き上げられあらぬ方向に飛ばされていく2騎。

どうせこの程度では致命傷足りえないが邪魔者が両方纏めて一時戦線離脱となった為問題なし。

突っ込んでくる騎士の攻撃をバレルロールで位置をずらして回避、すぐさまレッドに体を135度、殆ど背面飛行に近い状態まで傾けさせ斜め下方に宙返りし反転。

高度が更に下がり限界ラインを超えるがその代わりに上昇する速度に物を言わせて相手に追いすがる。

魔法の大盤振る舞いで無理矢理速度を下げずに高度を上げる敵騎と同じ高さまで戻る。

追い風を吹かせ此方側を優速にし嫌がる敵から一旦離れ上がった速度のままに高度を取る。

良い感じに上がったところで後方に宙返りし背面飛行のまま敵騎に猛然と迫る。

降下し速度が上がり近づく敵騎。

気付いて迎撃しようと杖を構えるももう遅い。

例え天地が逆転していようと外しはしない。

既に詠唱を済ませていた『マジック・アロー』に撃ち抜かれ、レッドのブレスによって止めを刺され黒焦げになりながら落ちていく竜騎士から目を話す。

周囲を確認してみれば所々焦げている竜騎士2騎が群がる味方にボコボコにされ落ちていく。

ご愁傷様。

残る精神力は体感にして約半分程だが充分だろう。

さて、お待ちかねの大物を狩りに参りますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奴は、何なのだ。

神聖アルビオン共和国のとある艦の艦長である男は自身の視界に映る光景に目を疑っていた。

僚艦が一つまた一つと立て続けに2隻の艦が高度を下げ遥か下方の海上に落下していく。

これが敵艦隊からの砲撃によるものであれば理解できる光景であった。

艦の上空より飛来する数多の竜騎士に群がられた結果で有っても理解できたはずである。

それが、たった1騎の竜騎士によって引き起こされた光景で無ければ。

砲撃の合間を掻い潜り火竜のブレスで正確に風石の力を抜き出し艦を動かしている機関部を正確に打ち抜き風石を暴走させ艦の航行能力を喪失させる。

言葉にすれば簡単だが実際には敵の砲撃と共に味方からの誤射も気にしないといけない針の穴を通すような困難なものだ。

ハッ、と放心状態から立ち直り叫ぶかのように声を上げる。

 

「味方の竜騎士はどうしたっ!何故奴の攻撃を許しているのだ!?直ぐに指示を送れ!!」

 

「そ、それが…」

 

言いよどむ士官に苛立ちも隠さずに怒鳴りつける。

 

「はっきり物を言わんか、早くしろ!」

 

「は!それが、我が方の竜騎士隊は壊滅、生き残りもいますが現在敗走中とのことです!」

 

「バカな…」

 

誉れ高いアルビオンの竜騎士隊が弱小のトリステインと成り上がりのゲルマニアの混成竜騎士隊に敗れたと?

思わず乾いた笑いが出る。

それでは、あの竜騎士にとって我々は鴨のようなものでは無いか。

艦橋に居る者の間にも動揺が広がっていく。

現在唯でさえトリステイン・ゲルマニア連合艦隊に押され気味なのだ。

これでは。

士気が下がり始めている周囲に叱咤激励する。

それは自分自身にも言い聞かせるようなものであった。

 

「狼狽えるな、我々は誇り高きアルビオン軍人だ!もう少し経てば時期増援が来る。冷静に対処すればこの程度どうという…」

 

「ウルドだ…」

 

一人の士官が呟いた言葉が艦橋中に波を打ったように広がっていく。

 

「ウルドが、帰って来たんだ」

 

「そうだ…。あの男が、敵として…」

 

ウルド。

そう呼ばれる人物に心当たりがあった。

ウルダール・シュヴァリエ・オブ・ウィーバー。

元は貴族と平民の間に生まれた妾腹の子とされるメイジ。

そのメイジとして、竜騎士としての卓越した技量にと冷徹なまでの判断力で次々と王党派の貴族を討ち取り総司令官たるオリバー・クロムウェル閣下の計らいでシュヴァリエの、貴族の位を手に入れた男。

平民上がりで様々な方面から嫉妬を買っていたが本人は全く気にせず黙々と功績を上げ続けるその姿勢には唸らされるものがあった。

そんな男が必ず勝てるであろうとされていたタルブでの戦闘で生死不明、信じられないことだが恐らくは死んだものだろうとされていた。

それが、生きていてしかも我らにその研ぎ澄まされた牙を向けると。

魔法で心を操られたかのようなまるでガーゴイルの如き忠誠心を閣下に向けていたあの男が?

何を馬鹿なことを。

 

「何を馬鹿なことを言っているのだ、奴は死んだのだ!それに奴の忠誠心を忘れたのか!」

 

「それは…っ!ヒィいいッ!」

 

「な、何が!?」

 

突如怯えだす士官につられ後ろを振り向く。

自身が討ち果たした竜騎士の返り血に塗れた、この世のものとは思えない悪鬼の如き形相で口元を動かす男。

男の騎乗する火竜もブレスを放たんと口を開け開いた口からはチロチロと炎が見えている。

 

「何をしている!?応戦しっ」

 

艦長である男がそれ以上言葉を紡ぐことは無く膨大な熱量を孕む2つの炎で跡形も無く焼き尽くされる。

放たれた炎はそれだけに飽き足らず艦橋内に居たすべての人間を等しく塵に変えていった。

直後1騎の竜騎士が艦橋であったには目もくれず飛び上がる。

 

その数十秒後。艦橋からの連絡が途絶え完全に指揮系統が崩壊したとある艦が機関部を破壊され航行不能となり炎を上げながら雲海の中に消えていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦隊の数を半分以下にして逃げ帰ることとなった神聖アルビオン共和国艦隊と勝利し意気揚々とロサイスに攻め込むトリステイン・ゲルマニア同盟艦隊。

両軍の中にはとある竜騎士を指してこう呼ぶものが居た。

敵の血潮に濡れたその姿から。

血塗れの悪魔と。

 

 

 

 




10話にして漸く戦闘に突入。無双だけど。
長かった(小並感)


そろそろチートタグでも入れたほうが良いですかね?


オリジナルスペル紹介

『火炎旋風』

火風風のトライアングル・スペル。『アイス・ストーム』の炎版みたいな感じ。
オリジナルと言いつつぶっちゃけパクリ。

スペルは「ラグーズ・カーノ・ラーク・ソル・ウィンデ」。
色々見つつそれっぽく適当につくった。


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11話 戦火の大地にて

血塗れで帰艦したら化け物を見る目で見られたでござる。

敵竜騎士9騎とフネ3隻。

何処をどう見ても大戦果なのに誰も祝ってくれない。

やっぱ血化粧はいかんかったか。

内蔵から漏れ出した汚物も微妙に混じってるから臭いしね。

そこはかとなく感じるアウェーの空気に耐えつつ漸くロサイスに降りて主従共々じゃぶじゃぶ井戸水で体を洗い流すと既に夜。

速やかに与えられた粗末な天幕に侵入して睡眠の任務に就いた。

大活躍したんだから休み位くれても良いんじゃないのと思いもするが社会というものはそんなに甘くは無い。

竜騎士なんて華々しそうに見えるが実際には便利屋も良い所だ。

哨戒や敵竜騎士の迎撃は勿論の事侵攻作戦時には歩兵への航空支援だってする。

挙句の果てには作戦命令書の配達だってやらされることもある。

あんまり休んでいる暇は無い。

ロサイス上陸してから直ぐに始まった哨戒任務に翌朝早朝に参加するなんて全く運が悪いものだ。

1度寝れたからまだマシだけどね。

何故か知らないが第2中隊の奴らが全滅しているためそのシワ寄せも来ている。

あいつら風竜のみで構成された機動力重視の特化部隊だったから非常にもったいない。

艦隊戦に参加していなかったのに全滅しているという所に不審さは感じつつも偵察をこなす。

厚手のコートに身を包み寒風を凌ぎつつも眼下に広がる光景の懐かしさ。

時期も時期なのでそろそろ雪が降るだろう。

歩兵にも竜騎士にもやり辛い季節。

本当に勝てるかなー?

 

『しっかし、なんで態々こんな時期に攻めることにしたんだか。もうちょいで降臨祭だしじきに冬だぞ』

 

『ウルドに分からないんなら私にも分からんよ』

 

かの有名なナポレオンだって「ロシアの冬には勝てなかったよ…」と言ったとされるのに。

え?言ってないって?

いいんだ、細かいことは。

 

『寒いし雪が降ると足場も悪くなるし、春くらいまで経済封鎖でもして置けば良かったんじゃないか?』

 

『確かに私も寒いのは嫌だな』

 

『火竜だしな』

 

『うむ』

 

火だし、竜とは言え爬虫類だし倍率ヤバいなと思考が逸れたその時に次の担当が来た。

ハンドサインで頑張れよと送ってから僚騎と共に離脱する。

はやくスープなり飲んで暖まりたいや。

 

 

 

 

 

 

 

同じ仕事ばかりやり始めて5日ほど。

一向にアルビオンの竜騎士に出くわさないので緊張感が無くなり始めた。

完全にロサイスを放棄したのかと考えながらいつも通り哨戒上がりに小銭握りしめて飯を食いに街に繰り出した帰り。

第2大体の天幕の中で一番豪華だが同時にお葬式みたいな雰囲気を醸し出しているそれから丁度ルイズ嬢が出てきた。

俺の姿に気付いたのかこちらに向かってくるルイズ嬢に手を上げながら挨拶をする。

 

「どうも、ミス・ヴァリエール。何だか元気なさそうに見えますがどうしました?」

 

「ちょっと、来てくれないかしら」

 

暗い顔で躊躇いがちに言ってくるルイズ嬢の後ろを着いて行き彼女の天幕に入ろうとしたところでそいつを見つけた。

 

「サイトか?一体どうしたんだよ?」

 

此方に背を向ける少年、サイトからの返事は無い。

仕方ないのでルイズ嬢に話を聞く。

任務の性質上詳しいことは言えないがロサイス上陸作戦の際、第2中隊とともに出撃したはいいが自分達しか生き残らなかったと。

よく聞くような話ではあるが。

 

「それでこれか」

 

「ええ。確かに私だって彼らの死は哀しいけど、でも彼らの犠牲のお蔭で私たちは…」

 

言い淀むルイズ嬢。

スレていない2人の少年少女に言い表せない眩しさみたいなのを感じる。

犠牲無き戦争なんて有り得ない。

ついさっきまで笑い合っていた同僚が突然死ぬことなんて特に珍しくない。

親しい人間が死ぬのは確かに哀しいがだからと言ってそこで足踏みしてたら次は自分だ。

だから、気にしない。気にしてはいけない。

少なくとも、戦地に居る時は。

そんな風に考える様になった俺にはなんて声をかけていいのか分からない。

こればっかりは自分で折り合い付けるしかないのだ。

 

「なあ、サイト。詳しいことは知らんがあまり思いつめるなよ」

 

「…」

 

「参考にはならないと思うが、俺は死んだ人間の事は気にしないようにしている。うだうだ考えても死んだ奴は戻ってはこないし立ち止まったら死ぬのは自分だ。生きてる奴が死んだ奴に引っ張られるなんて有っちゃいけないんだよ」

 

やはり、反応は無い。

それでも言葉を続ける。

 

「無視はきついなあ。まあいい。話したくないんだったら俺はもう行くからな。じゃあ…」

 

「…なあ、ロナル」

 

漸くの反応。

天幕の扉から体が半分出かけた状態。タイミングの悪い奴め。

体を戻して向き直る。

 

「どうした?」

 

「お前も、名誉の為なら死んでも良いって、思ってるのか?」

 

「へあ?」

 

突然の意図の読めない質問に目を白黒させてしまう。

名誉、かあ。

 

「どうなんだよ、ロナル?」

 

「うーん…。正直に言うと俺が命を懸ける理由なんて生きる為のお金が欲しいとかそんな俗な理由が大半だけどね。まあ今回は他にもあるけど…」

 

「…つくづくお前って貴族っぽく無いよな。でも、俺にはそっちの方が解る、かも。少なくとも名誉なんて馬鹿げたもので命を懸けるくらいなら…」

 

「でも、生きていくためにはお金とかが必要になる様に、貴族にとってしてみても生きていくためには名誉とか見栄ってのが必要だってのは分かる、気がする」

 

一度急上昇しかけたサイトの機嫌が急降下していくのが見て取れた。

目がヤバい。

 

「…どういうことだよ」

 

「貴族ってのは面倒臭い生き方をしなきゃ生きていけない人種だってことさ。特権貰ったり威張り腐るにもそれ相応の実績とかが必要なんだよ、多分ね」

 

「…すごい曖昧だな。というか貴族がそんなぶっちゃけた話しても良いのかよ」

 

「田舎貴族だからね、俺」

 

嘘だけど。

 

「そういう問題かよ…」

 

「そういう問題でいいのさ、面倒だから」

 

頭が痛そうにしているサイト。

人をバカを見るような目で見やがって。

こんなもんでいいかな、少しは気が紛れたみたいだし。

 

「まあ、あれこれ悩むのはしょうが無いと思うがあまり時間はかけるなよ。今は静かなものだが何時まで膠着状態が続くかは分からない。もし敵が来てその時に戦えなかったら次に死ぬのはお前だ」

 

そういってから天幕を去ろうとする。

 

「…色々言いたいことはあるけど今回は勘弁しといて上げる。……もう少し、言い方とかアドバイスとかあるんじゃないの?」

 

「こういうのは他の人があれこれ言って納得できる問題じゃないですよ。自分で納得できる答えを見つけない限り悩み続けるだけです。あんまり力に成れず、申し訳ない」

 

軽く睨み付けながら聞いてくるルイズ嬢に謝りながら今度こそこの場を去る。

冷たいようだがおセンチになった奴のカウンセリングをしてやれるほど俺は大層な人間ではないのだ。

どうやって折り合い付けるのかは人それぞれだがサイトが乗り越えられることを願う。

 

 

まあ結局この数日後には妖精さん(仮)だかに助けられたとかで第2中隊の奴らは1人を除いて騎竜を失ったが全員帰還したのだが。

…結構真面目にサイトに説教しちゃったんだけど。

本気で恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

何故かルイズ嬢とサイトの天幕で連日行われる宴会に青筋を立てつつも暇では無いが変わり映えの無い日々が続く。

なんで第2中隊の奴らは食い物や酒をあんなに輜重の方から貰えるんだろうか。

決められた3食以外は寄越してもらえないからこっちは仕方なく任務終わりにアルビオンのお世辞にも美味くないスープを飲みに行ってるというのに。

いい加減腹が立ってきた。

ロクに働きもせずにバカスカ食いやがって。

注意しても「護衛任務中であります!」と無駄に威勢よく返事してきやがる。

…歩兵連隊にでも組み込まれないかな、こいつら?

無駄飯ぐらいは置いておいて、膠着した状況を打開するためにシティ・オブ・サウスゴータ攻略作戦が計画されているようだ。

その煽りを喰らいサウスゴータ近辺の哨戒飛行が強化され始めた今日この頃。

有り難くないことにルイズ嬢と第3中隊の隊長が何日か前に強行偵察を敢行したらしく目標周辺の敵騎士の動きが活発しているのが厄介だ。

空高く飛んでいるアルビオンの更に高く、太陽に隠れながら高高度から『遠見』の魔法での偵察。

じりじりと強い日差しに焼かれ、天空故の寒さに身を震わせつつただ都市を見やる。

敵さんもこちらの動きに気付いているのか軍の物と思しき馬車や一団の行き交いが活発化している。

街に入ってくるのは亜人の部隊で、出ていくのは人間の部隊。

亜人を主体とした防衛線なんて中々聞かないがどういうつもりだ。

図体はデカい為バリスタを引くのには役立つだろうが頭は悪いしノロマだからあまり使い道なんてなかろうに。

一兵卒の癖に無駄に戦術の事など考えながらメモを取っていると視界の端に移る複数の点。

 

『来たぞウルド』

 

『分かってる』

 

高速で飛来する竜騎士の一団の姿を見て即座に撤退を決定。

大きな戦いを控えているのに無茶は出来ない。

 

「撤収するぞ、遅れるな!」

 

俺と同様に偵察に励んでいた僚騎に声を張り上げそのまま降下して速度を上げながら味方の勢力圏まで引き返す。

高度差も手伝い交戦することなく帰還することに成功した。

 

 

 

『野ざらしは結構堪えるのだがな』

 

『悪いな、少し街の方で肉でも買ってくるから我慢してくれ』

 

帰還後、レッドを杭に繋ぎ一息ついた所でぼやかれた。

屋根も壁も無く藁が敷き詰められている訳でも無い唯のだだっ広い草原に杭で繋がれた竜たち。

大隊長に文句を言った所で特に変わらずそのままなので、せめてとご機嫌取りをする。

肉、と伝えた瞬間にいつもより尻尾の振りが大きくなるレッドに苦笑してしまう。

 

「やっぱり、立派なものだね。君の相棒は」

 

不意に聞こえる透き通るような美声。

声の主を知らなければ胸を高鳴らせてしまうかもしれないそいつに癪ではあるが反応してやる。

俺より高い身長で顔立ちの整った美形の男。

日の光にキラキラと輝いて見える金髪に月目が特徴的なロマリアの神官。

 

「一体全体こんな一兵卒に何の用ですか、中隊長殿」

 

「どうやら僕は歓迎されていないようだね、『血塗れ』殿」

 

第3中隊の中隊長であるロマリアの坊主、ジュリオ・チェザーレ。

外人部隊であるという理由もあるが、それにしたって早過ぎる異例のスピードで中隊長に抜擢されたため色々とやっかみをかけられている男。

ちょろっと見ただけだが、確かにその操竜術には卓越したものが感じられたので俺からは特に言うことは無い。

しかし。

 

「その渾名で呼びやがらないでくださいな、中隊長殿」

 

「中々勇ましいものじゃないか。僕は似合っていると思うけどね」

 

クソ坊主め。誰が野蛮人だ。

胸の内で吐き捨てる。

上陸作戦において血みどろで帰艦した俺に何時からか付けられていた渾名。

『血塗れの悪魔』。

致し方ないかとスルーしていたがこうも面と向かって言われるとムカつく。

なので厭味ったらしく態々中隊長"殿"と呼んでやることにする。

ジトっとした視線で見ていると月目の神官は飄々とした態度のまま口を開く。

 

「偵察任務ご苦労様。どうだったんだい?」

 

「何処かのバカ野郎の所為で敵竜騎士が張り切っていたこととイヤに敵部隊に亜人が多かったのを除けば特に問題ありませんよ」

 

コイツが風竜単騎で9騎だかの敵騎を叩き落としやがったせいで無駄に空高く飛ばなきゃならんかったのだ、嫌味の一つも言いたくなる。

本当にやったのかは知らんが何処となく他とは異質な雰囲気があるのでなんとなく事実なんじゃないかなと思ってしまう。。

 

「亜人が…」

 

「悩むのは勝手ですけど、俺は報告行きますからね」

 

悩みこむ中隊長殿を尻目に大隊本部に向かう。

手に入れた情報を元にどんな作戦を立てるかは知らないが出来ることなら楽に攻め落とせるようなものを考えてくれるのを望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

シティ・オブ・サウスゴータ。

古都と呼ばれるほど歴史が深いその街に連合軍は侵攻した。

まずは竜騎士隊にて敵の竜騎士隊を撃滅。

制空権を完全に確保した後に艦隊からの砲撃で都市防衛用に配備されていた大砲を破壊。

それからまたも艦砲射撃で城壁の如き街を囲む岩壁を破壊し陸戦に移行し占領。

作戦の概要はこんなもの。

露払いの任を帯びた同盟側の竜騎士隊は第1大隊の第1~第3中隊、第2大隊の第1、第3中隊の計5中隊が作戦に参加しており、残りはロサイスの防衛に当たっている。

計50騎もの竜騎士に対抗する、数に劣るアルビオンの竜騎士たちは奮戦しているがそれも何時まで持つものか。

アルビノなのか白い鱗が特徴的な風竜を駆る騎士。

野生的で有りながらまるで人間であるかのような狡猾さを感じる機動は圧巻の一言。

同盟側の竜騎士が追い立てて1か所に固まってしまった複数の敵騎からの攻撃をロール、蛇行して器用に避けながら接近。

一部を風竜の物とは思えない威力のブレスで吹き飛ばしながらすれ違いざまに爪や尾を用い戦闘能力を奪い去るその手際に目を見張る。

竜をあたかも自分の手足を動かす様に操っているジュリオ。

中隊長を任されるにたる実力は本物である。

俺にはあんな風に騎竜に接近戦をさせる度胸は無い。

1歩間違えば接触事故を起こしかねないからな。

しかし、此方も負けては居られない。

 

『レッド。奴の動きは見たな』

 

『応。負けては、居られないな!』

 

不用意に前に出てきた敵騎にブレスを放てば、業火に焼かれながら落ちていく。

1騎。

此方に目を付けたのか敵騎が高高度からの突撃をかけてきて後方に付く。

バレルロールで魔法の一斉射を避けつつ、機動終了後にレッドに速度を落とさせる。

詠唱。スペル、『ブレイド』。

刀身の伸びたハルバードを横一閃。

俺達の位置が側面にずれ尚且つ速度を落としたため、降下の勢いのままに側面を通り過ぎる格好となってしまった敵騎士の胴が横一文字に分かたれ、上半分が血飛沫を上げながらくるくるとあらぬ方向に飛んでいく。

腹圧からか切断面から内臓を溢れさせる主人の下半分を乗せたまま前方を飛ぶ竜をレッドのブレスが打ち抜いた。

2騎。

多勢に無勢。

見れば敗走し始めた敵騎を追い立ててを撃ち落としていく味方。

あまり気持ちいいものでは無いが後に響くので今の内に出来る限り落としておく方が良い。

大きく羽ばたいたレッドがスピードに乗ると滑空し始める。

逃げ惑う敵騎の背中をブレスで打ち抜く。

そうして辺りが漸く静かになったところで艦砲射撃が始まった。

 

事前に指定された艦の上で静かに見守る。

今頃は陣地を構築した陸戦隊も見守っている筈だ。

明日以降陸戦隊が街に突入しやすいように街のいたる所に置かれている砲台が根こそぎ破壊されていく。

位置を特定したのも竜騎士隊だ。マジ便利屋。

明日からは哨戒と陸戦隊への航空支援。

レッドは火竜ということになっているので航空支援か。

いたる所から煙が上がり空を黒く汚していく風景をそのまま呆けたように見続けた。

 

 

 

 




オリ主、SEKKYOUに失敗する。


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11話裏 クロムウェルという男

ロサイスに続くトリステイン・ゲルマニア連合軍の次なる戦略目標がシティ・オブ・サウスゴータと推定されたことによって行われた軍議。

いくら話し合えど確実な勝算がある作戦が出てこず、集まる貴族達の疲労と焦りはピークに達していた。

タルブでは閃光により艦隊を撃滅され、幻影の艦隊で注目を引き付けられロサイスへの上陸を許し、魔法学院の子女を人質とする作戦も失敗に終わった。

そんな後の無い状況下で発せられた王たるクロムウェルの鶴の一声。

シティ・オブ・サウスゴータを敢えて取らせればいい。

同時に街にある食料を全て取り上げることで食糧を分けざるを得ない状況にし食糧不足という形で連合軍の足を止める。

その後始祖の降臨祭がおわる頃まで停戦協定を結び更に時間を稼ぐことで、「虚無」の力を持って戦況をひっくり返す。

大都市一つを敵に回しかねないという諫言は亜人に罪を被せればいいと却下された。

時間さえ稼げればガリアの艦隊が到着する。

クロムウェルのその発言に先ほどまでの事はすっかり忘れ熱狂が広がっていく。

そんな中ただ1人。

自身が煽った群衆の姿にクロムウェルは虚しさを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

オリヴァー・クロムウェルという男は元はアルビオンの一介の司教でしかなかった。

ロマリアでの権謀術数渦巻く悍ましき権力闘争に嫌気がさしていた所に降ってわいたアルビオンでの司教就任。

喜び勇んでこの地に降りたったのはかれこれ十数年前の話。

ロマリアから離れ司教としてではあるが自由に活動できたことに彼は感動すら覚えていた。

これぞ、始祖の思し召しだ、と。

のんびりと日々の幸せを噛み締めながらの暮らしにも終わりが訪れた。

今から4年ほど前。

王弟にして財務監督官であったモード大公が反逆を企てたとされ彼を含め少なくない貴族が処罰された事件。

実際にはモード大公が忌まわしきエルフを妾として囲っていたことに端を発した事件にクロムウェルは巻き込まれた。

運が悪いことに彼が司教として就任した土地こそモード大公の領地であり、それゆえに関与を疑われた。

何を馬鹿な、始祖の仇敵たるエルフを司教であるこの私がモード大公と結託して匿っただと、冗談にしても悪質である。

自身のこれまでの信仰を否定されるかの様な言葉の数々に憤るもどうにもなる物では無かった。

結局クロムウェルは多額の金銭と教会の規模の縮小などと言った条件のもと牢から出ることが出来た。

エルフを匿ったモード大公、自身を疑った王。

牢の中でクロムウェルは彼らの事を胸中で罵り、また彼らだけでなくアルビオン王家、いやこのアルビオンという国その者への恨みを募らせた。

しかし魔法すら使えない自身には何もすることなど出来ないと鬱屈した心のまま、過ごし辛くなってしまった日常へ戻った。

 

彼にとって忌まわしき事件の直後。

クロムウェルがガリアへと届け物をした時の事であった。

物乞いらしき老人に酒を奢った時の事。

 

『司教殿。酒のお礼に何か一つ、望むものを差し上げましょう。ささ、遠慮せずに言って御覧なさい』

 

物乞いに何が与えられるというのか。

戯れと判断したクロムウェルの脳裏に一つだけ浮かんだ。

憎きアルビオン王家への復讐。

ならば…。

ほろ酔いで気分の良かったクロムウェルは老人の戯れに乗ってやろうと口を開いた。

 

『そうだな。私は、王になってみたい』

 

クロムウェルはこう発言してしまったことを後に後悔することとなる。

 

 

 

 

 

『どうした?そう恐れることは無い。俺はただ、王になりたいというお前を手助けしてやりたいだけだと言っているだろう?』

 

青髪の偉丈夫。

服の上からでもわかる、分厚い筋肉に覆われた肉体。

愉しそうに口元を歪めてはいるものの、その眼には何の感情も映してはいない。

また男の声も抑揚自体はあるもののどこか空虚な印象を受ける。

 

『王になりたいのだろう?王になってお前にあらぬ疑いをかけさせ、潔白を信じてはくれなかった王家を見返してやりたいのだろう?』

 

いきなり連れてこられて天上の存在たる男との謁見。

展開についてこれなかったクロムウェルは男からの言葉で恐慌し始める。

知られて、いる?

何故、とただその言葉だけが脳裏を駆け巡るクロムウェルに男から甘い言葉がかけられる。

 

『さあ、遠慮することは無い。お前が、お前自身の口で一言、王になりたいと言えばいいのだ』

 

栄光を欲したのか。それとも目の前の存在に恐怖したのか。

クロムウェルには、抗うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

有無を言わさぬシェフィールド、クロムウェルの秘書とされている女からの言葉。

罵倒され、嘲笑われ、靴を舐めさせるという恥辱。

何度経験したことだろうか。

クロムウェルは思考する。

数えることが出来なくなるほどに同じことをされている事だけは確かだった。

クロムウェルの秘書とされるシェフィールドはその実例の男から遣わされた自身に命令を与え、影からこの国を操っている存在である。

折檻が終わり、シェフィールドは自身が「虚無」を騙る為の力の源、アンドバリの指輪を手に部屋から出ていく。

あの指輪を使い連合軍の人間を操る準備をすると言っていた。

自身は一度に1人づつしか操り人形に出来なかったが怖ろしい程マジックアイテムの扱いに長ける彼女であれば一度に複数操ることなど造作も無いのだろう。

アンドバリの指輪のことを考えているとクロムウェルの頭に1人の部下の事が浮かんだ。

自身がこうも屈辱的な扱いを受けることとなった失敗をクロムウェルは思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

クロムウェルが折檻を受けているのには理由があった。

 

アンドヴァリの指輪の力で亜人を操り、果ては死体すら蘇らせ使役する。

何度も何度も繰り返しているうちにふと気が付いた。

亜人と、死体を操れるなら生身の人間はどうなのだろう、と。

この頃のクロムウェルは勢いで男の誘いに乗ったことを後悔し始めていた。

底知れぬ何かを感じさせる男と腹心の部下たる女。

もし、何か失敗を犯してしまえば自身は容易く切り捨てられてしまうという確信がクロムウェルにはあった。

だからこそ、もしもの時の為にクロムウェルは自身に忠実な人間を探していた。

そんな折に生身の人間を操るという思い付き。

軽い気持ちから試してみると、あっさりと成功させてしまい逆に戸惑ってしまった。

しかし、これで。

クロムウェルは今思えば自身には分不相応な、あの男への反逆を企ててしまった。

 

かといって大々的に味方を増やすわけにもいかなく、取り敢えず今は少数精鋭で、と考えたクロムウェル。

恐るべきあの男たちに対抗できそうな非常に優秀な人物がそういる筈も無く難航していた。

ある戦場。

頭上にてアルビオン空中騎行隊という各地を転戦する新設された遊撃部隊とレコン・キスタ側の竜騎士隊との戦いが行われているその時。

無双と名高いアルビオンの竜騎士の中で1人際立って活躍している竜騎士が居た。

ある時は単騎でこちら側の竜騎士の陣の中に突っ込み討ち取りながら陣を乱し。

またある時は追い立てられていた味方を助ける為に割って入り連携して困難な状況を凌ぎ切る。

剣の心得も無く魔法も使えない、戦闘とは無縁なクロムウェルですら見惚れる程の動き。

まるで空中でダンスでも踊っているかのようなその竜捌きにクロムウェルは思った。

見つけた、と。

その後地上での戦いにレコン・キスタが勝利し、王軍が撤退していく際に自軍の竜騎士に聞いてみた。

 

『あの一際目立っていた竜騎士は何という名前かね』

 

『はっ!恐らくはウルドという竜騎士であります!』

 

ウルド。

何度も何度も反芻する。

クロムウェルは次に取る行動を決めた。

 

アルビオン空中騎行隊宿舎。

クロムウェルは内通者の手引きで通された隊長室にて人を待つ。

隊長の椅子に座りながら、今か、今かと待ち続ける。

本来のその席の主である空中騎行隊の隊長は文句一つ言わずただ虚ろな表情のままに傍で突っ立っている

既に心を奪われ操られているためである。

コンコン、と扉がノックされると隊長は虚ろな表情のまま入れ、と言う。

 

『失礼します、隊長』

 

入ってくるのは顔に年相応の少年らしさを残しながらもとても鋭い目つきをしている鍛え上げられた肉体を持ったくすんだ赤毛の男。

 

『やあ、君が、ウルドだね?』

 

『っ!!…貴様は…!』

 

『私の顔も効く様になったものだ…。そう、私はレコン・キスタ総司令官、オリヴァー・クロムウェルだ』

 

入ってくるなりただでさえ鋭かった目を更に吊り上げ敵対心をぶつけてくるウルド。

内心穏やかではないがクロムウェルはそれを表面には出さない。

演じることは、この男の特技だ。

 

『さて、私は今日君にお願いがあって此処に来たのだ。単刀直入に言おう。私の、同志になってはくれないかね?』

 

『面白い冗談だ、クロムウェル。楽しませてくれたお礼に…死ねやぁー!』

 

腰に差した剣を抜き、距離を一瞬にして詰めるウルド。

しかし。

 

ギィィン!!

 

『…隊長…何故、邪魔をするんです!』

 

『……』

 

無言のままに間に割って入った隊長がレイピア型の杖を抜き放ちウルドの一閃を受け止める。

驚愕しながらも力を緩めないウルドと鍔迫り合いになりながらも押さえ続ける。

 

『ご苦労、隊長』

 

手を翳しアンドバリの指輪の力を開放する。

次第に表情が無くなり体の力を抜いていくウルド。

満足げな表情でクロムウェルはウルドに話しかける。

 

『もう一度聞こう。私の同志になってくれないかね、ウルド』

 

『わかり、ました』

 

これでウルドは操り人形となった。

笑みを湛えながらクロムウェルは言葉を続ける。

 

『君と仲良くなれて嬉しいよ。仲良くなったのだからもう一度挨拶をしよう』

『私はオリヴァー・クロムウェル。これからよろしく頼む』

 

『私はウルダールと申します。よろしくお願いします、総指令』

 

はて、とクロムウェルは頭をかしげる。

この男はウルドという名前ではなかったか。

 

『君はウルドという名前ではなかったかね、なぜウルダールという名を名乗っていないのだ?』

 

『私は貴族の父と平民の母の間に生まれました。父からウルダールという名前を頂きましたが、貴族的な響きであることと素性を隠すためにウルドと名乗っていました』

 

なんということか。

この男は平民の血が混じっていながらもあんなに自由に竜を操ってみせるのか。

いや、生まれは関係ない、か。

クロムウェルは余計な思考を振り払う。

 

『そうか、ならばこれからはウルダールと名乗りなさい。武功を挙げれば貴族として取り立てよう。励みなさい』

 

『はっ。了解しました』

 

 

 

 

 

 

 

ウルダールはクロムウェルの期待通り数々の武勲を上げ続け遂には貴族の位階を手にする。

これを機に吸収した空中騎行隊を母体としウルドを隊長に据えた自身の親衛隊を設立しようとクロムウェルは考えた。

しかし、此処で遂にシェフィールドに企みが露見した。

 

『お前の反逆にもあの方はお喜びになられるだろうけど…私は出来る限りあのお方の害になるものは排除しようと思っているの』

 

淡々と静かな口調で語られる言葉に凍り付き身じろぎすら出来なくなる。

爛々と輝く目と、額に浮かび上がる紋章。

クロムウェルは次に起きた時それ以外は何も覚えていなかった。

いや、思い出したく無かったのかもしれない。

親衛隊構想は立ち消えになり、ウルダールはタルブ戦に参加。

タルブ戦の結果は知っての通り予想もしなかった敗北で終わる。

タルブ戦に参加したウルダールは行方不明。

恐らくは戦死したと伝えられた。

 

企みが露見したことと、何より怪物とすら言えるあの2人に対抗出来得ると思われる人材の1人の中で、特に目をかけていたウルダールが、恐らくは死んだということ。

 

この2つの理由からクロムウェルはただの傀儡となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

シェフィールドが出て行った自室で1人ぼんやりと思考に耽る。

自分に残された時間も後僅かであろう。

破滅的で飽きっぽいあの男がアルビオンから他へと関心を移すのも時間の問題だ。

先ほどはガリアからの応援が来ると煽ったがどこまで本当の事だろうか。

飽きたあの男が神聖アルビオン共和国を破壊するために送り込んだと聞かされても納得できる。

国と自身の終わりの光景を幻視しながら、しかし何もする気にはならない。

願わくは少しでも楽な最期を送りたいと思い、しかし大罪人である自分にはそんなものは訪れないだろうと自嘲する。

 

クロムウェルもまた、今まで操ってきた者達と同じ、飽きたら捨てられるただの操り人形だった。

 

 

 

 




原作ではアルビオン王家に恥をかかされたと書かれていただけだった気がしたので捏造。
それに伴い性格もちょっと改変。

この話が誰得なのか私にもわかりません。




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12話 聖夜の悪夢

いつの間にか日間ランキング入りしていたでござる。
怖い。


与えられた仕事を淡々とこなし、連合軍がサウスゴータを占領し終わったのは戦端が開かれてからおよそ1週間。

このシティ・オブ・サウスゴータをロンディニウム攻略の足掛かりとする目論見は崩れていた。

占拠した時点でこの街の食糧庫は完全に空で、さらに言えば此処に住む住民からも食糧は取り上げられていたのだ。

いっそ清々しいまでの嫌がらせ。

正義の名の下に侵攻してきた連合軍はただでさえ少ない食糧を分けざるを得なかった。

更に食糧不足という理由から侵攻に二の足を踏みかねていた連合軍に届いた神聖アルビオン共和国からの停戦の申し入れ。

始祖の降臨祭が終わるまでの間の停戦。

疑わしくもあるが食糧が無いというこの状況で断るという選択肢は有り得なかった。

 

 

先行きが見えない為どうしても下がってしまう士気。

士気を維持するためなのか、行われた勲章の授与。

我らが司令官、ド・ポワチエ将軍と同じ台の上に居るキザな学友とキザな神官。

キザコンビだと易の無いことを思い浮かべる。あ、ウチの中隊長も居るけどどうでもいいや。

自分の置かれている状況に戸惑っているらしいギーシュにいつもの調子を崩さないジュリオ。

対照的な2人の姿にキザ度ではジュリオの勝ちかと意味も無く比べてみる。

まあ親しみ安さではギーシュの圧勝だがな。

だから何の勝負だとセルフツッコミを入れる。

虚しい。

 

式典の後アンリエッタ女王陛下が戦地の視察に来ると将軍からお達しが出た。

食糧の運搬ついでに来るらしい。

慰労とかなんとか。

警戒態勢のレベルが上がって仕事が増えるのでノーセンキューである。

降臨祭終わりまでいるらしいから今から気が滅入る。

アルビオンのメシが不味いからかトリステインからお店が幾らか出張してくるらしく、名簿の中に「魅惑の妖精」亭の名前があったのは嬉しいと思うべきか財布の紐が緩くなりそうなのを怖がるべきか。

この機会にアルビオンの飯屋も料理ってものを理解してくれるといいがまあ無理だろう。

そんな簡単に理解できたらとっくの昔に良くなってるだろう。

淡い期待を抱きつつも寒さをごまかすためにその辺の飯屋に入り暖かいスープを飲む。

ああ、懐かしき故郷の味。涙が出てきそうだ。悪い意味で。

早くお店来ないかなーと願う冬の1日。

 

 

 

 

 

 

相も変わらず駆り出される哨戒に嫌気がさしてくる。

ロンディニウムに籠りっきりの共和国軍だがあいつら一度騙し討ちでトリステインに侵攻したから警戒を緩める訳にもいかないし。あの時は不本意ながら俺も参加してたけどね。

ついでに言うと今は麗しの女王陛下が来てるから尚更だ。

竜騎士隊にも一度顔を出していた。

俺にとって女王陛下の印象はあの謁見の時だけだから、正直笑顔を振りまく女王陛下はすごく不気味で気持ち悪い。

俺にもその笑顔は向けられた訳だが鳥肌が立ってしょうが無かった。

そんなこんなで当初の予定から大分少なくなってしまった休暇だったが運良くヤラの月の初日、つまり降臨祭初日は終日休みと相成った。

何時もよりも豪勢なメシをレッドにやってから向かうのは妖精亭アルビオン出張所。

店内に入ると人と料理とその他色々の熱気で外の雪でも降りそうな寒さとは似つかない暖かさ。

夏休み中に見た顔もチラホラいる。こんなとこまで来て此処にするのか。俺が言えたことでは無いが。

あ、ルイズ嬢とシエスタってメイドもいる。なんで学院のメイドが居るんだ?

気を取り直してそのまま店内を見渡していると、探し人を見つける。

 

「遅くなってごめん」

 

「良いさ。気にすることは無いよ、ロナル」

 

「まあ待ってたのは確かだからさっさと乾杯しようぜ」

 

ギーシュとサイト。

何故か第2中隊の奴らも居るが良いだろう。

めでたい日だからな。

 

「「「かんぱーい!」」」

 

カチャンとグラスを鳴らして思い思いに飲み始める。

俺もチビチビ飲み始める。

以前2度と酒飲まないって決めた気がするがこういう場では仕方ないと思う。

それに酔うほど飲まなきゃ大丈夫さ!

テーブルの料理を一斉に摘まむもんだから直ぐに皿の中身が消えていく。

仕方ないので料理を頼むことにする。

 

「すいませーん。料理の追加お願いしまーす」

 

「はーい。…あっ!!」

 

「」

 

振り返れば奴が居る。

流石に奴なんて言うのはかわいそうだな。

以前見た時より少し伸びた金髪。

口元を抑えてびっくりした様を表現しているのは。

以前俺の財布どころか口座まですっからかんにした張本人、マレーネちゃん。

 

「どうしてロナルさんがアルビオンに居るんですか?」

 

「一応これでも貴族なんでね。動員されたのさ」

 

「そういえばそうでしたね。お疲れ様です」

 

苦い記憶が蘇るがそれでも癒されてしまうのは男の性か。

戦争だから色々と溜まる物もあるので仕方ないだろう。仕方ないったら仕方ない。

適当に目についたメニューとマレーネちゃんのお勧めを持ってきてもらうことにする。

気付いたらチップを握らせていた自分に戦慄しつつも見送る。

 

「すぐ持ってきますねー!」

 

「ありがとー!」

 

「…」

 

「…なんだいギーシュ?」

 

「あの子、前一緒に食べた時の子だろう?やっぱりロナルはあの子推しなのかい?」

 

「そういうつもりじゃないけど…」

 

少しニヤニヤしながら聞いてくるギーシュ。

突然何かを思いついたような表情になって聞いてくる。

 

「そういえばロナル。君、タバサに告白したそうだね」

 

「ッ!?ゴホッ、エホッ!!…な、どうして」

 

「キュルケから聞いたのだよ。なるほど、君もやっぱり恋多き男のようだね、ロナル」

 

あの野郎。

この分だと学院中に広まっていることも覚悟しておかねばならない。

取り敢えず先ずは誤解を解くことが先決だ。

 

「アレは誤解なんだ。少し言葉を間違えたというか、その…」

 

「ロナル、君は学院に帰れるようにというおまじないで親の形見をタバサに預けて、尚且つ帰ったらタバサに話したいことがあるんだろう?これじゃあ愛の告白以外の何物にも聞こえないのだが…」

 

「そうだそうだ。それなのに照れて俺の事フネから突き落とそうとするなんて…」

 

「いや、だから、それは、色々あって…」

 

「照れてるようだね」

 

「ああ、照れて顔真っ赤だ」

 

なんかサイトまで話に入ってきやがってクソが。

事情はまだ話せないので何の弁解もできない。

こんなアホみたいな理由で自分にかけられた『制約』がもどかしくなるなんて思ってもみなかった。

いや確かにタバサは色々ちっちゃいが綺麗だし。

照れた時に無表情で取り繕おうとしても顔赤くなっててほっこりするし。

あの時見た笑顔は……。

危ない危ない。トリップするところだった。

 

「とにかく!この話はナシだ」

 

「逃げたね」

 

「ああ、逃げた」

 

うるせえ。戦略的撤退だ。

無理矢理話題を変える。

 

「あー。遅れたけどギーシュ、杖付白毛精霊勲章の叙勲、おめでとう。学院に戻ったらモンモランシーに自慢できるんじゃないか?」

 

「随分いきなりだね。けど、ありがとう、ロナル。僕としてはもう少し手柄は立てたい所だけどね」

 

「そうかい?勲章なんてそうそう貰えるものじゃないと思うけど」

 

ギーシュの表情は嬉しそうな反面ちょっと不満そうな感じも確かに見受けられる。

 

「僕なんてまだまださ。補佐をしてくれた軍曹や中隊員におんぶに抱っこだしね」

「だから、まだまだ僕は未熟だけれどそれでも必死に喰らいついて…そして、モンモランシーに報告して、認めて貰いたいのさ」

 

照れ臭そうに言うギーシュ。

学院に居た時はもう少しナヨッとしていた気がするが、いやはや「男子三日会わざれば括目して見よ」とは言ったものだ。

普通に恰好良い。

 

「それじゃあ、頑張らない訳にはいかないな。そこまで言うからにはやるんだろ、ギーシュ?」

 

「勿論だとも」

 

「…それで、死んじまっても良いのかよ?」

 

口を閉ざしていたサイトが静かに、しかしはっきり聞こえる声で言う。

 

「どういうことかね、サイト?」

 

「お前ら貴族ってのが名誉とか大事にするのも納得は出来ないけど理解できないことはないさ」

「でも名誉の為に戦って、それで死ぬかもしれないんだぞ」

「お前が認めて貰いたいモンモランシーにしてみればそっちの方が困るだろ。アホか!?」

 

叫ぶように声を上げるサイト。

第2中隊の奴らが戻ってきて少しはマシになったと思ったが…。

悩み続けてたのか。

ギーシュが手を握りしめながら口を開く。

 

「君は…僕の行いを侮辱するのか!」

 

「落ち着け、ギーシュ。サイトも抑えろ」

 

ルネ達第2中隊も間に入って仲裁している。

睨み合ったままの2人の間には剣呑な空気。

一触即発。

 

「確かに君は平民だから名誉なんて知ったこっちゃないのかもしれないけどさ…」

 

ルネがポツリと漏らした言葉にサイトが激発する。

 

「お前らだって死にかけたのになんでそんなに平然としてられるんだよ!偶々運良く生き残れたかもしれないけど今度は本当に死ぬかもしれないんだぞ!?」

「其れなのにまだ名誉だなんだってバカじゃないか!?」

 

「サ「サイトッ!!」

 

被った。

余りの声量に完全に俺の声をかき消したのはルイズ嬢。

肩をいからせて近づいてくる。

 

「サイト、ギーシュとルネ達に謝りなさい」

 

「…なんでだよ」

 

「"名誉"を侮辱することは許せないわ。だから、謝りなさい」

 

有無を言わせぬ高圧的な物言い。

沈黙。

2人の間に広がる距離はまるで2人の間に存在する"溝"を表しているようにも見える。

他に守るべきものは無いのかと言うサイト。

対するルイズ嬢は名誉は命よりも大切だと譲らず。

平行線。

 

お前は命令されれば死ぬのか。

あたりまえよ。

なら俺も、お前が死ねと命令されれば死ぬのか。

…あったりまえじゃない。

 

ルイズ嬢は困ったような顔で答える。

 

死ぬのが怖いの?

当たり前だろ。

臆病者。覚悟が足りないのよ。

俺は連れてこられただけだから当たり前だろ。

誰も頼んじゃいないわよ。

考える時間もくれなかったじゃねえか。

 

激しくなっていく応酬に周りはすっかり冷静になって止めに入る。

止められると我に返ったのかルイズ嬢が終わりにしましょうとサイトに伝える。

一瞬の沈黙ののちにサイトは吐き出すように言葉を紡いだ。

 

「結局、お前もあの将軍たちと同じなんじゃねえか…」

 

何処か失望したような絶望したような。

そんな言葉にルイズ嬢は反応した。

 

「どういう意味なのよ、それ!」

 

「俺は"道具"なんだもんな?そりゃそうか、使い魔だしな」

 

言うなり天幕から出て行くサイト。

サイトを追うメイド。

ワインを注いで一気飲みするルイズ嬢。

 

(ままならんな…)

 

いきなりの展開に全く対応できず狼狽えたまま何も言えなかった自分。

情けなくなる。

 

「あの、ロナルさん?お料理お持ちしたんですけど…」

 

「ああ、ごめんね。マレーネちゃん。ありがとう。あと悪いんだけど飛び切り良いお酒持ってきてくれないかな?」

 

「飛び切り、ですか?分かりました、すぐお持ちしますね」

 

厨房の方に飛んでいったマレーネちゃんは直ぐにお酒を持って戻ってきてくれた。

注いでもらい一気に飲み干せば喉を焼くアルコールにむせそうになる。

ギーシュ達も交えてさっきの口論を忘れる様にどんちゃん騒ぎをするが皆どこかぎこちなかった。

飛び切り良いものである筈のお酒はあんまり美味しく感じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日酔いと、飛び切り良いお酒の飛び切りお高い値段に頭を痛くした日も既に1週間以上前。

ぎこちないサイトとルイズ嬢にどこかバツの悪いものを感じつつもこっちもこっちで警備なり何なりで忙しく何一つしてやれることは無かった。

 

『マシになったと思ったら今度はまた別の悩みか。人間と言うものは中々大変な生き物なのだな、ウルド』

 

『前はこんな風に悩むようなことは無かったからな。俺含めて脳筋ばっかだったし。俺も色々と変わったのかね』

 

空中を駆けるレッドと雑談しながらの早朝の哨戒任務。

最も既に引き継ぎも終わっており俺には飛ぶ理由なぞ何ひとつないんだがレッドがどうしてもというので気晴らしを兼ねてシティ・オブ・サウスゴータ上空を遊覧飛行している。

悩み云々言ってくるレッドではあるが、当の本人(本竜?)も何だか考え込んでいる様子だ。

しばらくの間レッドの自由に飛ばせていると時折黙り込み考え事に没頭するので気になる。

 

『なあレッド。どうしたって言うんだ、いい加減教えてくれないか?』

 

『……やはり、おかしいな』

 

『?…おかしいって何がだ?』

 

しびれを切らして訊いてみるとなんとも要領の得ない答えが返ってきたので聞き返す。

 

『俺に分かる様に言ってくれないか?』

 

『ああ、すまん。…ここ最近この地の一部の水の流れに違和感を感じてな。最初は気のせいだと思ったのだが…』

 

『水の流れってどういうことだ?』

 

『私は火韻竜であり、火の精霊を操る事を得意としてはいるが他の精霊に呼びかけることも出来ない訳じゃあないし、そういった精霊の力の流れを読むこともできる』

 

『つまり、この街の水の精霊の力がおかしいって事か』

 

『いや、この街だけではなくこの地方と言った方が良いかもしれない。』

 

レッドの言葉に不穏な物を感じる。

精霊の力と訊くと思い出されるものがある。

指輪。

 

『特に今日は今までにない力の高まりを感じる。何者かの意思すらも感じられる』

 

「おい、それってつまり…!」

 

思わず言葉に出てしまう。

此方に向けて器用に首を曲げたレッドが頷く様に首を縦に振る。

 

『ああ、今までは判然としなかったが今分かった。この力は、ウルドを操ったあの力だ。しかし、こうまで巨大な力の行使をするとは…』

 

同時に街の各所から聞こえてくる爆発音。

ついで銃声や怒号と言った戦闘音が聞こえてくる。

ギリ、と歯を噛み締める。

 

『レッド!高度を落とせ!』

 

『分かった!』

 

全速力で都市に降下していく。

悪夢は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『しっかし、竜騎士まで操られている奴が居るのを見ると俺達は運が良かったと言えるか!』

 

『この状況では運が良いも悪いも言ってられんぞ!』

 

どいつが敵でどいつが味方なのか。

操られている奴らはどいつもこいつも虚ろな表情しているうえに一言も喋りもしない為分かり易いものではある。

いつぞやのマヌケな自分を見ているようで腹が立ってくる。

もっとも、腹が立つのはその力の存在を知っていたにも関わらずタカをくくり楽観視していた自分にでもあるかもしれないが。

しっかしまあ。

 

「単調だな!」

 

自分も操られていたときはこんな情けない機動をしていたのだろうか。

八つ当たり気味に纏わり付く1騎を焼き尽くしてちらりと街の通りに目をやる。

友人だったのだろうか、何故こんなことをと問いかける者に対して浴びせられる鉄と魔法の返答。

いきなりの離反に困惑し対応できず敗走する部隊が各地に見受けられる。

昨日まで味方だった奴に躊躇なく攻撃できる奴なぞあまり居なかろう。

 

『動きは単調だがやり辛いものがあるな』

 

『ああ…!?レッド、あそこ、あの追い立てられている奴らだ。追っ手にブレスを撃ちつつ降下!』

 

『応!』

 

追い立てられている部隊の一つに見知った顔がいた。

降下で上乗せされた速度の分だけ速くなったブレスの乱射で追っ手の部隊を蹴散らかす。

突然の援護に驚いたようだが直ぐに体勢を立て直し残った敵を撃っていく部隊。

随分と練度が高いようだ。

 

「ギーシュ、無事か!?」

 

「ロナルかい?!…僕は無事さ。でも今は良くてもこの状況では何時まで持つか…」

 

ギーシュの率いていた部隊。

見れば中々に年かさのいった連中で構成されている。

なるほど、さっきのあの切り返しは亀の甲よりなんとやらって奴か。

 

「中隊長どの、この竜騎士の方は?」

 

「僕の友達さ。ありがとうロナル。お蔭で助かったよ」

 

「良いさ、それよりもこのまま進むとヤバそうなのに鉢合わせるぞ」

 

空からなら建物の陰に多少隠れてしまうがそれでも地上よりは遥かに見通しが良いからこそ気付いた。

追っ手を何とかするためではなく挟み撃ちになるのを防ぐため。

 

「そんな、それじゃあどうすれば…いや、そうだ。ロナル、ここの攻略作戦の時に城壁に開けた穴はどうだったか分かるかい!?」

 

「なるほど、確かにあっちの方は敵が少ないな。よし、撤退を支援する。構築されてるバリケードは俺が吹っ飛ばすから心配するな」

 

「ありがとう…。さて、訊いたね、諸君。竜騎士が僕らを支援してくれることになった。絶対に、生き残るぞ!」

 

『『『応っ!!!』』』

 

ギーシュの声に呼応して老兵たちが声を上げる。

生の渇望に満ちた咆哮を背に飛び上がるレッド。

先導しながら進行方向の邪魔な敵を狙い撃ちし、撃ち漏らしはギーシュの中隊の奴らが銃で剣で対応する。

そうして敵を蹴散らしながら徐々に生き残りの部隊を吸収しつつ破壊された外壁部分に到達する。

あらかじめ先行した俺とレッドで物見やぐらが追加されていた仮のバリケードを破壊しておいた為スムーズに街の外へと逃げていく。

 

「すまないギーシュ。此処までだ」

 

「いや、充分さ。しかし、君はどうするんだね?」

 

「ルイズ嬢とサイトを探す。そっちも油断するなよ」

 

「君も生き残れよ。タバサに伝えたいことがあるんだろ?」

 

「いや、だからそれは……今はその話はいい。また、学院で」

 

「ああ、勿論だとも、ロナル」

 

友人に背を向けて、レッドと共に空を行く。

悪夢はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「狼狽えてはなりません。応戦しつつ後退。部隊を集結させた後にロサイスまで退却なさい」

 

「しかし、敵味方入り乱れているこの状況では…」

 

「貴方に与えられた階級は飾りなのですか?そうではない筈です。それに、斥候からの情報では離反した兵は皆虚ろな表情で分かり易いとの話です。それとも…貴方はここで戦死なされたいのですか?」

 

「はっ、いいえ!ですが…」

 

「言い訳は聞きたくありませんわ。それに偵察の竜騎士が持ち帰った情報によると敵軍主力がロンディニウムから出撃したとの話です。早くしなければどうにもなりませんわ」

 

突然の離反に際して、ド・ポワチエ将軍以下多数の将校に死者が出たため、指揮系統が混乱するかと思われたが未だこの街に残っていた女王の有無を言わさぬ命令によって致命的な混乱は避けられることができた。

しかし、状況は思わしくなくロサイスへの撤退が開始されるまでに離反、戦闘での死傷者を含め連合軍はその数を半分以下にまで減らしていた。

ユニコーンに引かれる馬車の中でアンリエッタは一人歯噛みする。

 

(こんな、まさかあんなに複数の人間を一度に操る事が出来るなんて、完全に想定の範囲外だったわ)

 

あの忌まわしい事件と、かき集めた情報、あの竜騎士の言からクロムウェルは死体は一度でかなりの数を操る事は出来るが、生きた人間はそうはいかないだろう。

アンリエッタはそう予測を立てていたが、まさか実態としてはここまで大きく食い違っていたのかと自身の過ちを悔いる。

この状況まで隠し玉としてとっておき、ここぞというタイミングで最大の効果を発揮させる。

悔しいが敵の方が何枚も上手だったということかとそのほっそりとした白い絹のような肌をした手が青白くなるくらい握りしめるアンリエッタ。

 

(ああ、ウェールズ様。お許しください…)

 

遠のいたクロムウェルの首と、共和国の滅亡。

悲壮なまでに張りつめた表情で手を組み祈る様に涙を流す。

トリステイン内部の鼠共を排除し健全化させたことで増長していたのだろうか。

自身が未熟であることを忘れ、その結果がこの有様か。

いや、まだだ。まだ終わってはいない。

涙を振り払いその眼に消えぬ憎悪を宿しながらもアンリエッタは決意する。

折れてはいけない。

大損害であることは間違いない。

国も傾くことだろうし、ゲルマニアとの軍事同盟も解消されるかもしれない。

しかし、自分はまだ生きているのだ。

愛しいウェールズとは違い今なおこの世界で生き続けているのだ。

ならば諦めることなどあってはならない。

たとえ、王位を追われ泥水を啜ることとなろうと絶対に諦めない。

どんな汚い手を使おうとせめて、クロムウェルに対する復讐だけは。

 

復讐の炎は未だ消えない。

 

 

ロサイスに撤退完了後。

敵の進行速度が思ったよりも速く、このままでは撤退完了までにロサイスへの侵入を許してしまうという凶報がもたらされ、司令部で行われている会議は紛糾していた。

敵軍主力4万に加え離反した連合軍3万、計7万もの大軍勢にまともに抵抗する力は連合軍には残されてはいない。

誰かが、残って足止めをする他ない。

皆それに気付いているため押し付け合う様に議論が進められていた。

喧騒を尻目にどうするべきかと思案していたアンリエッタ。

その時、死亡したド・ポワチエ将軍に代わり指令を代行しているウィンプフェンが思いついたかのように話し出した。

 

「陛下、彼女を、使いましょう」

 

「彼女、ですか?」

 

「そうです。彼女をミス・"虚無(ゼロ)"を使いましょう」

 

「ルイズを、ですか?」

 

その通りだ、確かに彼女なら、と口々に言いだす貴族達。

アンリエッタは思案する。

半数以下にまで減った連合にこれ以上損害を与えることは得策ではないし、マトモな精神をしている者達なら足止めなどせずに寝返る事だろう。

なるほど、忠義深く強大な力を持つ個人であるルイズならば都合は良いだろう。

しかし、今ここでルイズの"虚無"を失う訳にはいかない。

強大無比な力を失うことは復讐を完遂するにあたって避けねばならないことである

それに、彼女は自分に大切な…。

ここまで考えてふと気付いた。

復讐のために、強力な力を持っているだけで戦とは無関係なルイズを参加させたのは自分だ。

ルイズを自分の復讐の道具に仕立て上げたのは彼女の親友であった筈の自分自身だ。

それなのに未だ自分は彼女の親友だと、言えるものなのか。いや、言える筈もない。

ふっ、と自嘲が漏れる。

本当なら今ここで大声で自分自身を嘲り笑い転げまわりたい位だ。

それ位、自分は愚かな人間だと気付いた。

 

「陛下、ご決断を…」

 

さも、神妙そうに聞いてくるウィンプフェン。

関係性を知っているのか痛ましい表情でこちらを見てくるがそんなの嘘八百なのは一目瞭然だ。

ここにいる全員がここから一目散に逃げたいのだろうが自分の目がある為に哀れな生贄を捧げて逃れようとしているのだろう。

自分も同じだ。

生き残らねばならないのだ。

復讐を完遂するまでは、死ねない。

爪が皮膚を破り血が滲む程にきつく握りしめられた手。

食いしばる様に歯を噛み締めながらゆっくりとアンリエッタは口を開く。

自身の復讐と、親友であった筈の少女の命を秤にかけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルイズを……ここに呼びなさい…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

秤は復讐に傾いた。

 

 

 

 




一応補足ですがマレーネちゃんは原作に登場しています。


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13話 戦いの果てには

ちょっと書き方変えてみました。



ちょいと書き足しました。


 ルイズ嬢とサイトが「魅惑の妖精」亭に割り振られた天幕から妖精亭の面々と逃げ出そうとするところを発見しそのまま一緒にロサイスへ向かう。

 サウスゴータの司令部は既にもぬけの殻だから勝手にロサイスに撤退しても別に良いだろう。

 時折後方から追ってくる部隊に地獄を見せたりもしたがなんとかロサイスには着いた。

 其処からが問題だったわけで。

 規模の割に桟橋が少ないロサイスの港湾施設には押しかけた連合の軍人や傭兵、街を覆う異様な空気に逃げてきたサウスゴータからの難民で溢れ返って一向に撤収作業は進まない。

 そんな中俺はロサイスのそこいらの物資集積所に集められた種々の物品を漁っていた。

 

『本当にこんなことをしていいのか、ウルド?』

 

『バレなきゃ良いんだよ。どうせあの人数じゃ荷物なんぞ置いて行かざるを得ないから敵に奪われるだけだ。なら俺が使っても良いだろう?』

 

 暴論も良い所ではあるが有無は言わせない。

 態々自分から殿を買って出てやろうというのだ。細かいことは気にしない。

 アホにも程があるかもしれないが、これを機に手薄になったロンディニウムに単身で特攻しクロムウェルを狙うのが俺の目的。

 ここでやらなきゃ俺は一生縛られたままだろう。

 結構自由にやってきたと思うがそれでも俺は「ウルド」である自分自身を取り戻したいのだ。

 偽りの自分のままなんてまっぴらなのだ。

 だから無茶だろうとアホだろうと何だろうとやってみせる。

 

「けっ、ロクな物がありゃしねえ。火薬とか秘薬って何処の集積所にあるんだっけ?まあいいや。レッド、次行くぞ」

 

『むう。いささか気乗りはしないが、無茶をやって生き残るためには致し方無いか』

 

『今更だがレッド、お前まで巻き込んで済まない』

 

『良いさ、私はウルドの使い魔だからな。生きるも死ぬも一緒だ』

 

 本当に俺には勿体無いくらいの最高の使い魔だよ、お前って奴は。

 必ず生き残って胸を張って学院に戻ってやるさ、レッドと一緒に。

 俺が前世と今世で生きてきた中で前代未聞の、無茶で無謀な大博打に気持ちが昂っていくの感じる。

 コソ泥みたいに物漁りに精を出しながらだから格好つかないけどさ。

 

 

 

 

 

 何か所か探してようやく見つけた火薬を樽に満載して即席の爆弾を2個ほど作る。

 レッドなら後4個くらいぶら下げて飛べるが孤立無援であるから速度も考えないと行けないので2個で我慢。

 他にも色々と必要となる物を見つけたのでポッケナイナイした。

 今の所精神力も、情けなく操られた自分を見せられるかのような、そんなクソ腹が立つ光景を見せられたからか絶好調なので後はメシを食って元気を補給するだけ。

 上級士官用の食糧庫だと思われる氷室から肉や野菜などの生ものをパクり、人気の無い所で焼いて食べようと煉瓦に鉄板、薪とついでに調味料の塩も拝借しレッドに乗って見つけたのは町はずれの寺院。

 適当に煉瓦を組み上げて魔法で薪に火をつけて鉄板を上に乗っける。

 油を持ってくるのを忘れていたので寺院の反対側の空き地に積み上がっている物資の中から引っ張り出す。

 

 ジューーッ!

 

 薄く油を引いた鉄板の上で見るからに霜降りである良いお肉が香ばしい匂いを周辺に撒き散らしている。

 肉の油が溶け出てとてもいい感じ。一緒に焼いてるニンニクの香りと共に鼻腔をくすぐり食欲を掻き立てる。

 レッドも涎を垂らしながら見ている。

 

「なんだ、お前も食いたいのか?」

 

『ああ、生も好きだが、焼いたのもまた違った味わいがあって良いものだ…』

 

 レッドの分もそこそこ良さそうな塊を見繕ってきたのだが、我慢が出来なさそうだ。凄い勢いで尻尾を振ってる。

 

「もうちょっと待てよ、裏返してっと」

 

 少しレア目に焼いたものをレッドにやると一口で丸のみにする。

 やっぱレッドにしてみれば少し小さ目か。

 

『ふーっ…なあ、もう少し食べても良いか?』

 

「遠慮すんなよ、って俺の分まで全部食い切るなよ?」

 

 わかっているわかっているとあまりあてになりそうにない思念を飛ばしてくる。

 肉から溶け出た油で野菜も焼きつつ、分厚いサーロインステーキみたいなのを貪る。

 溶け出る油の甘み、前世のそれと比べ粗いながらも良い味をしている塩気、香ばしいニンニクの香りが口の中に広がる。

 はあ、と溜め息が出る。

 何故こんな大雑把な鉄板焼きなのにこうまで美味いのか。

 一口で半分程食ってしまい余程腹が減っていたのかと今更ながらに実感する。

 朝以来まともに食ってなかったからな。

 野菜なども同じように貪り食べていると寺院の扉が開く音。

 何ぞやと鉄板の上に残っていたものを皿に移し手掴みで食べながら接近する。

 そろりと、角から顔を出すと飛び込んでくるのは見知った顔で。

 第3中隊の中隊長、ジュリオ・チェザーレとサイト、サイトに抱えられたままに眠るルイズ嬢。

 不意に人身売買の4文字が頭の中に浮かぶが、あのサイトがいくらギスギスしてるからと言ってルイズ嬢を売る訳ないか。

 相手は神官だし。

 面倒なのでえっちらおっちら近づくことにする。

 

「よお、サイトに中隊長。眠ったルイズ嬢に悪戯するのはかわいそうだから止めなよ」

 

「なっ、ロナル!なんでこんな所に、ってか悪戯なんかするわけないだろ!」

 

「おや、いささか心外な物言いだが君も何か用なのかい?」

 

 なんだよ。悪戯じゃないのかよ。

 でもなサイト、俺の耳にはお前が最後にボソッと出来るならしたいけどさって呟いたの聞こえているからな。

 肉を一つまみ食べて飲み込んでから答える。

 

「いやあ、メシ食べてたら扉が開く音したから気になって来たんだよ」

 

「メシ?」

 

「うん。この後やることあるからさ、それで一仕事前に腹ごしらえしようと鉄板焼きでもやろうって…」

 

「お前の所為かよ!中に居た時途中から良い匂いしてきたからなんだろうと思ったよ!お蔭で結婚式の間中お腹なるの我慢してたんだぞ!?」

 

「サイト、お前、ルイズ嬢と結婚したのか…」

 

 一足お先に墓場入りしたサイトに合掌する。

 皿はレビテーションで浮かせた。

 沸騰するかのように顔を真っ赤に染めたサイトはしどろもどろになりながら弁解をする。

 

「いや、その、あれだ…ごっこというか、でも俺としてはむしろどんと来いって気持ちだったけど…」

 

「まあ墓場入りしたのはどうでも良いけどさ、食べる?冷めるよ」

 

「……………食べる…」

 

「僕もご一緒しても良いかね?」

 

「良いよ」

 

 2人メンバーが加わったことで凄いスピードで消えていく肉と野菜。

 眠り続けているルイズ嬢のお腹からグーグー音がなるのを俺は聞いてはいない。

 聞いてないったら聞いてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう日付が変わっているのだろうか。

 双子の月は空の真上にから位置を落とし始めている。

 食べ終わったあと、サイトもどうやら共和国軍に用事があるらしいので「乗ってくかい?」と途中まで一緒に行くことを決める。

 奴らにばれないように慎重に、低空飛行で飛んでいくレッドの背の上。

 どちらともなく話し始めた。

 ほんの少しは何とも思っていなかったようなどうでも良い内容の雑談。

 今は、得難いものなんだなと感じられる。

 

「相棒と同じく単騎で突っ込もうなんざ、お前さんも物好きな男だあね」

 

「ウソォ?!剣が喋った!」

 

 カチカチと鍔を鳴らしながら声を響かせてくる剣。

 結構一緒に居たりしたのに全然知らなかった。

 いきなり増えた話し相手に名前を訊ねる。

 

「俺はロナル。お前なんて名前なんだ?」

 

「俺はデルフリンガーだ。まあ短い付き合いになるかもしれねえがよろしくな」

 

「コイツはご丁寧にありがとう。よーし折角だ。レッド、お前も挨拶しな」

 

 サイトは不思議そうな顔。

 デルフリンガーはカチカチと鍔を鳴らすのをやめている。

 

「うむ。ウ…ロナルが良いのならそうしよう。ロナルの使い魔のレッドだ」

 

「…え、今の声。レッドなの?」

 

「うん」

 

「ほぉ。火韻竜を使い魔にするなんて大した奴だぜ。こいつはおでれーた!」

 

「内緒だぜ?」

 

 急に賑やかになった愚連隊ご一行。

 すっげーすっげー言いまくるサイトとおでれーたおでれーたと連呼するデルフリンガー。

 ペットは飼い主によく似るとは言うが、剣も使い手に似るものなのだろうか。

 比較対象が無いのでなんとも言えない。

 もうそろそろ敵さんの大軍勢が目に入るかなと言う所でサイトが切り出してきた。

 

「ロナルは、どうして戦うんだ?」

 

「ちょいと取り戻したいものがあってね。理由があって何とは言えないけど。そういうサイトこそどうして戦う気になったんだ。名誉だなんだで死ぬのなんてアホらしいんじゃなかったか?」

 

「そんなんじゃねえよ」

 

「ルイズ嬢か?」

 

「いや…多分、自分の為のような気がする」

 

 自分、か。

 理由や方向性は違うけど、自分の為に戦うってのは同じだな。

 

「…その心は?」

 

「ルイズに好きだって言った、その言葉を嘘にはしたくないからな」

 

 そいつは確かに身勝手だ。

 残される側にしてみればこれだけ無責任なことは無い。

 でも。

 

「ふっ、ふふふっ。そいつは分かり易くって良いや」

 

「なんだよ。こっちは真剣なんだぞ?」

 

「悪い悪い。サイト、お前さん俺なんかよりよっぽど貴族らしいよ」

 

「…それ、ジュリオも似たようなこと言ってたぞ」

 

「そうなのか?なら、いけ好かない野郎だが案外アイツとは良い友人になれるかもな」

 

 冗談めかせて俺が言う言葉に少し呆れ顔のサイト。

 まあ友達になるもならないも生き残らにゃいかんのだがね。

 敵陣の一番前が見えてきたな…。

 時間が遅いからか進軍はしていない。

 所々天幕が張ってあり人の営みの証である明かりらしきものが見える。

 丁度その時に森の中に朽ち果てたボロ家を見つける。

 ボロ家に向かって降下し始める。

 

「ようし、終わったら明後日の昼までに此処に集合だ。そんなに森が深くない場所だし目印に丁度いい」

 

「どうしてだ?」

 

「帰るにも足は居るだろ?俺はレッドが居るからどうにでもなるがお前さんには居ないだろう。フネ使うにもロサイス抑えられちゃ無理だしな」

「俺は終わったら此処に戻ってくるからさ。お前さんの方が速かったら待っててくれ。俺が戻って来なかったら、まあなんとか帰ってくれや」

 

「無責任だなぁ」

 

「そう言うなって」

 

 それきりお互い黙り込んでしまう。

 そのまま荷物の最終チェックを済ませレッドに跨る。

 ベルトを軽鎧の腹回り辺りに付いている金具に通し、丁度いいキツさに調整。

 結構高い所を飛ぶため厚めの布で鼻まで隠れる様に顔を覆う。

 飾り気の少ない愛用の兜を被り直し準備は完了。

 

「本当は奴らに見つからないように迂回してロンディニウムまで飛んで行こうかと思ったんだが、行き掛けの駄賃だ。少しは支援させてもらうよ」

 

「そうだったのか。…ありがとな、ロナル」

 

「礼なんぞいらんさ。俺はお前が奴らを引っ掻き回すのを利用して中央突破するだけだ」

 

「それでも、ありがとう」

 

 サイトからのお礼にむず痒くなる。

 レッドが羽ばたきフワリ、と浮遊感に襲われる。

 飛び立って声が聞こえなくなる前に大声で叫んだ。

 

「サイト、デルフ!絶対に、生きて帰るぞ、約束だ!!」

 

「おう!ロナルもレッドも、死ぬんじゃねえぞー!!」

 

 サイトに手を振り返しながら行くは天空。

 高く高く舞い上がる。

 天上から位置を落とした月に照らされ冷気に身を凍えさせながら。

 求める勝利の為にただ精神を研ぎ澄ませて。

 

 

 

 

 

 

 風を切る音と自身の呼吸音以外は聞こえない。

 月の光で敵軍に影を捕捉されないように月の位置を確認しながら飛ぶ。

 先ほどからそこまで時間は経ってない。

 サイトの突撃に合わせて即席爆弾を投下するため『遠見』の魔法で確認している。

 

「ッ!?来た、行くぞレッド!」

 

「応ともさ!」

 

 羽を畳みがちに頭を下に降下を開始する。

 風圧を前傾姿勢で耐えつつじっとタイミングを窺う。

 集中が極限まで高まっているのか、それまでカチャカチャと耳障りだった装備の金具がぶつかる音はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 豆粒のような点にしか見えなかった敵軍の上空を飛ぶ竜騎士のシルエットが大きくなってくる。

 夜間哨戒とはまた運の無い奴らだ。

 疾風の如き速度で呆けたままの竜騎士を追い越して徐々に体勢を水平に戻し始めるレッド。

 視界の真ん前には第一目標である竜騎士の天幕。

 

「今だ!左ィ、落とせぇいッ!!」

 

 レッドが左手で抱えていた樽がゆっくりと放物線を描きながら目標に向かって落ちていく。

 合わせてスペルを詠唱。『フレイム・ボール』。

 弱いながらもホーミング性能があるそれを全力で発射。合わせてレッドの体を90度傾かせて右方向に大きく旋回。

 丁度樽が天幕の布を突き破りそのまま落ちようとするところで間に合った「フレイム・ボール」を炸裂させる。

 直後。

 炎が急速に膨れ上がり爆発。

 真夜中を真っ赤に染め上げる閃光と遅れて聞こえてくる爆音。

 突然の爆発に驚いたかぞろぞろと天幕から出てくる共和国軍兵士。

 眠ってたところ悪いねえ。

 まだ、これで終わりって訳じゃあないんだ。

 たっぷり味わってくれ。

 

『レッド、これから俺は詠唱に集中する。高度を取りつつ好きに飛べ』

 

『このやり取り随分と久しぶりだな。了解した』

 

 旋回中に地に繋がれた竜を休息中の主たちもろとも撃滅するべく次なる呪文を唱える。

 奥の手である詠唱中のこれと合わせてこの次に使うのは随分と久しぶりだが俺が最も得意としているスペルなのだ。

 失敗することなど有り得ない。

 爆発で撒き散らされた炎が不自然に勢いを失って消えていき、雪が所々に積もっている辺りには更なる冷気が立ち込める。

 魔法行使の反動でじわりと汗をかき始めるがレッドの荒っぽい機動によって滴は夜の闇に消えていく。

 野性的な動きで敵竜騎士の攻撃を避けつつ高度を取ったレッド。

 眼下には竜騎士と地に繋がれ傷ついているものの未だ元気いっぱいの竜たちの姿が一直線上に見えるのだが。

 ほんの一部分だけ、炎の形こそ成していないが確かに存在する"熱"で蜃気楼のように揺らめいている。

 俺のしたいことを理解しているからこその完璧な位置取り。

 流石、レッド。

 唱えていたスペルを解除し少しの時間だけ効果が持続している間に淀みなく詠唱されるスペル。

 謡う様に、朗々と。

 言葉が意味を為し力を発揮すれば不可視の何かが空の竜騎士と地に繋がれた竜に向かって吹き抜けていく。

 瞬間、燃え上がる竜騎士と竜。

 皮膚も鎧も、鱗も甲殻も何もかも、沸騰・破裂し溶け落ちながら発火炎上する様は地獄の亡者の再現。

 一瞬にして声帯すら焼き尽くされ無言のままただ溶け落ち、残った肉塊のようなナニカが炎に焼かれ死に絶えていく。

 竜の繋がれていた大地は一部白っぽくなっていた。

 

「これ、で竜騎士はあらかた片付いたはずだ。ハア、もう一度、サイトが敵陣中央に突入したから左翼、にやるぞ」

 

『了解だ、ウルド。しっかり掴まっていろよ』

 

 一度に大量の精神力を失い汗が吹き出し息が荒くなるがもう一度、左翼に進路を取り一番大きな天幕を目指す。

 突然の奇襲と竜騎士団の無力化により混乱する敵陣の中央を風が吹き抜けるかのようにするするとすれ違いざまに切りつけながら駆け抜けていくサイト。

 剣一本で叩き伏せ、浴びせられる魔法を閃光が奔ったかのようなあまりにも鋭すぎる一閃で切り払い無効化していくその姿に母に読み聞かされた「イーヴァルディの勇者」の姿が想起される。

 しかもアイツは見たところ誰一人として殺しちゃいない。恐るべき技量。

 あそこまで強かったのかとサイトの印象を改める。

 しかし。

 

(あの野郎、なんで殺さないんだよ!!)

 

 殺さないのはどうかと思う。

 敵を残しておけば後ろから撃たれる可能性だってあるのに。

 とことんアマちゃんだ。

 生き残るって約束だってしたじゃねえか。

 でも、何となくサイトならそうするかと納得できる節もある。

 俺は"道具"なんだもんな、とルイズ嬢に言っていたサイト。

 なるほど、もし予想通り地球で現代を生きていたのなら自分も他人も"道具"扱いするのはお気に召さないか。

 1人の個人として、相手を自分が生き残る為の"道具"にはしたくないと、いった所か?

 本当に笑っちゃいそうなくらいアホな奴だ。そんなんでこのハルケギニアを生き残れるかよ。

 でも。

 

(悔しいなあ…)

 

 殺さずに相手を無力化するサイトと、殺すことでしか相手を無力化出来ない俺。

 本当にお伽噺のヒーローみたいじゃあないか。

 悔しいがアイツの方が何枚も上手だ。あんな真似は俺には出来ない。

 俺には出来なかった生き方。自身の生存のみを考えて、人殺しに対する罪悪感も忌避感も倫理観もも、前世で培ったものを全てひっくるめて投げ捨てることでしか俺は生きてこられ無かった。

 悔しいけど、しかし俺は俺の方法でやるしかないのだ。

 今の俺にはバカなアイツがどうか生き残ってくれるようにと祈る事しかできない。

 疲れからか良くない方向に逸れかけた思考を振り払い、ハルバードを強く握りしめる。

 

「レッド!右ィ、落とせぇぇッ!」

 

「グゥウォォォオッ!!」

 

 返答は咆哮。

 投下されクルクルと回転しながら落ちていく樽。

 追いすがる『フレイム・ボール』。

 二度目は許すまいと迎撃の『エア・ハンマー』で明後日の方向に飛んでいくが問題は無い。

 焦っていたのか高度の問題か、『水球』を使わなかったのが仇となったな。

 頑張り過ぎたな。もう少し落ち着いて引き付けていれば良かったものを。

 そのまま『フレイム・ボール』を追尾させ起爆。

 夜空に物騒な花火が上がる。

 逃がすまいと、即詠唱に移る。

 

「カーン・バージ・ウル・カーノ…」

 

 精神統一が甘かったからか先ほどよりも精神力の消費が激しい。

 それでも、まだ、大丈夫だ。

 綺麗に花開いた爆発によって発生した熱量が在る一点に集まっていく。

 唯でさえ寒風吹きすさび凍えるような冷気に包まれている陣地周辺の気温が更に下がっていく。

 周囲の空間に存在する熱を奪いながらただ一点のみ、異常なまでに熱量が上昇し陽炎のように揺らめく。

 『収束』。

 火の4乗のスクエア・スペルにして俺の奥の手。

 たった一つだけ、俺が編み出した、俺だけにしか使えない奥義。

 これだけでは特に意味がない魔法ではあるが。

 伝わってくる感覚から熱量の収束が完了したことを悟る。

 同時に詠唱を終了し未だ収束した状態が保たれている僅かな時間で次の詠唱に移る。

 

「ラグーズ・ウィンデ・エスタ・ドル・カーノ…!」

 

 力ある言葉に自分の意思を乗せて声を発すれば。

 自分の中の何かが吸い取られその何かを燃料に自身の思い描いた現象を発生させる事が出来る。

 それが、メイジと言う人種。

 不可視の熱量。

 『収束』で集められた熱量を吸い取り巨大な物に成長していく実態の無い塊。

 俺の最も得意とするスペル、『熱風』。

 火の2乗に風1つ。

 通常はトライアングル・スペルであるそれにもう1つ火を加えることで不可視の熱の塊は更に熱量を上げる。

 そこに、『収束』で集めた熱量も加えれば正に一撃必殺。

 目には見えぬ地獄の顕現。

 膨れ上がったそれに指向性を与えてやると俺の前方に「風」が発生しそのまま吹き抜けていく。

 人を吹き飛ばすような荒々しいものでは無い。

 しかし、一度その「風」をを浴びたならば。

 

 ボウッ!

 

 ただ聞こえるのは炎が上がる音のみ。

 呼吸をただ一度するだけで自らの肉体を内部から焼き尽くすこととなる。

 声帯を焼き尽くされ悲鳴すら上げることすら許されずに死に絶える無音の地獄。

 火傷によるショックで一瞬にして死ねた奴は幸運だろう。

 ある者は息を吸い過ぎたのか内部から急速に沸騰し沸き立つ血を撒き散らしながらはじけ飛び。

 またある者は身に纏う鎧ごと体液を沸騰させながら溶け落ちていき発火する。

 風竜も、火炎を吐き出す火竜すらも例外でなく鱗も何もかも溶かされ場合によっては火竜の体内に存在する油袋に引火して爆発四散することも珍しくは無い。

 熱量で眼下の大地を所々白くガラスにしながら漸く風が吹き止めば、風が通り過ぎたところには生き残っている者など存在しない。

 天幕も燃え尽き溶け落ちた鎧や剣だったであろう金属の残骸が残っているのみ。

 味方に損害を与えかねない為この戦争中は一度も使ってこなかった必勝必殺の術。

 アルビオン空中騎行隊で、レコン・キスタで使用して大戦果を収めたがゆえに付けられた俺の二つ名は。

 

 人呼んで、「熱風」のウルド。

 

 

 

 

 

 精神力の使い過ぎで今にも気絶しかねないがこれで義理は果たしたと、この空域を離脱する。

 有りっ丈の憎しみを込めて放たれる魔法の回避をレッドに任せて思い浮かぶのはサイトのこと。

 陣の中央から聞こえていた戦闘音は既に無い。

 疲労で回らない頭で信じても居ない始祖に祈る。

 自身に圧倒的な不利な状況でも尚人殺しはしない、大バカ野郎なサイトが無事に生き残っていますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはクロムウェルにとって突然の事であった。

 

 理由は未だ情報が錯綜し定かではないが敵の妨害によってロサイスに到達した時点で既に連合軍は撤退した後だったという知らせ。

 真相を確かめるべくロサイスに向かう直前にようやく耳にした情報。

 曰く、敵は一人の剣士と1騎の竜騎士であると。

 最初に聞いたときは何の間違いだ、冗談にしてももっとましな冗談があると情報を持ち込んだ連絡将校を詰りかけたが話をよく聞いて納得した。

 

 剣士の方は、恐るべき剣技で誰一人として殺さずにまっすぐ中央を突破し指揮系統を引っ掻き回したがホーキンス将軍に襲い掛かろうという正にそのときに力尽きたらしい。

 しかしその直後いきなり息を吹き返し死にかけの人間とは思えぬ身のこなしで反転し撤退したそうだ。

 まるで絵物語のような話に馬鹿馬鹿しいと一笑に付そうとしたが次の、竜騎士の話を聞いてその考えは改めようと考えた。

 

 竜騎士の方は、見事な急降下爆撃で竜騎士隊の天幕を急襲しこれを爆破、直後なんらかのルーンを唱えるといきなり人体が溶け落ち発火するという謎の呪文で竜騎士は天幕ごとほぼ全滅。

 その後、同じように左翼本陣を爆撃しようというのを防ぎはしたものの同じものと思われる呪文にて左翼本陣を壊滅させ悠々と飛び去ったという情報が寄せられた。

 

 クロムウェルは理解した。

 自身の忠実なる臣下であったウルダールがこの地に帰ってきたということを。

 それもどうやったのかは知らないが、どうやら洗脳は既に解けている様だ。

 

「く、ふふっ。そうかそうか、ウルダールめ、生きていたのか。ふっふっふっ。くっ、くはぁ。あは、アッハッハッ!!」

 

 クロムウェルは高笑いを上げる。

 そうかそうか。なるほど、『収束』と『熱風』を使ったのか。

 主君であった自身にのみ打ち明けられた、辺り一帯を全て焼き尽くす恐るべき術法。

 ウルダールが所属していた部隊の人間は既にほとんど残ってはいない。

 皆戦死したり逃亡しているから謎の呪文と思われても仕方ない。

 同時に戦闘に入った剣士もあの化け物のような強さを誇っていたあの男の戦友だというのであれば納得できる。

 

「そうか、ウルダールめ。私を狙っているのか」

 

 洗脳が解けているのであれば、このアルビオンに戻ってきた理由は自分以外に他ないとクロムウェルは確信した。

 ならば、待っていればいずれ私の元に来るか。

 そう考えた正にその時、求めた瞬間が訪れた。

 窓ガラスから入ってくる光を遮る巨大な何か。

 瞬間、壁が粉砕されると同時に砕け散る窓ガラスがクロムウェルを傷つける。

 しかしクロムウェルは狼狽えなかった。

 頭から滴り落ちる血が目に入ろうとも気にさえならなかった。

 朱に染まる視界の中、期待通りの人物を捉え笑顔で迎える。

 

「やあ、ウルダール!元気そうで何よりだ、会えて嬉しいよ!」

 

「オォリヴァー・クロォムウェルゥッ!!覚悟ォッ!!」

 

 スクエア・スペルを連発したからか生気の無い顔色だが発せられる殺気は以前剣を向けられた時と変わりない。

 問答無用と言わんばかりに剣を抜き放ち距離を詰めるウルド。

 以前とは違いウルドとクロムウェルの間に割って入る者は居ない。

 

 果たしてウルドの剣はクロムウェルに届いた。

 正確に、指輪を嵌めていた右手を切り落とし、そのまま突進してクロムウェルを壁まで弾き飛ばす。

 右手を切り落とされた痛みと壁にぶつかった衝撃で一瞬息が出来なくなりそのまま壁にもたれかかる形となったクロムウェル。

 悶絶しているクロムウェルに対し切り落とした右手と無傷の左手を見てウルドが高圧的な口調で詰問する。

 

「指輪はどうした?」

 

「やはり指輪に気付いていたのか。流石は私の見込んだウルダールだ!…しかし、残念ながらここには無いのだよ。私にも今どこにあるのかは分からない」

 

 クロムウェルは激痛に耐えながらも決して笑みを崩そうとはしない。

 初めに首では無く右手を狙ったのが何よりの証拠だと、クロムウェルは自身の予想が当たったことを素直に喜んでいた。

 そんな姿にイラついたのか乱暴にクロムウェルの首に剣を当てながら僧服を調べる。

 数瞬の後にクロムウェルが言っていたことを信じたのかウルドがクロムウェルに剣を突きつけながら立ち上がる。

 その姿にクロムウェルはこんなにも早くこの時が来たかと喜び、ウルドに語りかけた。

 

「私の最期はあの男に玩具の様に飽きられ捨てられる結果のによるものだとばかり思っていたが…」

 

「…?」

 

「ウルダール、死んだとばかり思っていた君にこの首を落とされるという最期だとは予想できなかったよ」

 

「…」

 

 無言のままに剣を振ろうと構えるウルド。

 その顔は心底理解できない者を見たかのような形容しがたい表情である。

 クロムウェルはそんなウルドを見てニッコリと笑いかける。

 ただいずれ訪れるであろう避けられぬものとなってしまった自身の明確な死に脅え続け精神の均衡を崩したクロムウェル。

 真綿で首を絞めつけられるようにじりじりと、迫りくる死の予感に苦しめられ続けている現状でウルドの存在というものは、クロムウェルにとっては自身を楽にしてくれる、天使の様にも見えていた。

 ウルドの筋肉が蠢き蓄えられた力が解放される。

 走馬灯なのかゆっくりと流れる時間の中。

 自身に向かって迫る刃にクロムウェルの目からは漸く解放されるという喜びからか一筋の涙が流れる。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロムウェルの意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 




 オリ主、メイジとしての本領発揮。
 2話連続で長くて疲れた。

オリジナル(?)スペル紹介。

『収束』

 火火火火のスクエア・スペル。周囲の熱を奪い一時的に術者の望む位置に留める。
 次の魔法への布石として用いる。
 オリ主が思いついてテキトーにつくったオリ主のみのスペル。
 スペルは「カーン・バージ・ウル・カーノ」。
 スペルはそれっぽく捏造。

『熱風』

 火火風のトライアングル・スペル。炎を纏わないが風と共に運ばれる熱量で相手を焼く。イメージとしては最終幻想の6番目に出てきた黒魔法、メ〇トン。
 他の作者さんの奴でもあったような気がしないでも無いが気にしない。
 オリ主の得意技。残酷魔法。
 スペルは「ラグーズ・ウィンデ・エスタ・ドル・カーノ」
 勿論それっぽく捏造。


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14話 帰還

3日前辺りから妙に伸び始めたお気に入り登録数に戦慄を隠しきれません。
更に言うなら一時日間3位になっていて驚きのあまり変な笑いが出てしまいました。



 生き残るという約束。

 友人との約束を守るのなら本来ならなんの情け容赦なく殺すべきであろう。ウルドと同じように。

 だけど、殺さない。

 ただ杖を切り裂き、痛めつけて動けなくして戦闘力を奪うだけ。

 

「相棒ッ!何故殺さないんだ!?生き残るってロナルの奴と約束したんだろうが?!」 

 

「俺は、嫌だ」 

 

「何言ってんだよ相棒ッ!」 

 

「俺は道具なんかじゃあなくて、自分の意思で戦っているんだ」

「だから、敵だろうとも、自分が生き残るための道具にはしたくないんだ」 

 

 呆れたように黙り込むデルフ。

 ロナルには悪いがなんと言われようともこれだけは俺は曲げたくない。

 だから、殺さない。

 魔法を切り払い、杖を破壊して、相手を強かに峰で殴りつけ動けなくする。

 繰り返し、繰り返し、気の遠くなるほど繰り返す。

 魔法を避けるが、あまりの多さに徐々に身を削られていく。

 ただ只管に引っ掻き回して駆け抜けていく。

 そうして漸くたどり着いた一番大きな天幕。 

 入り口を固める騎士を中に弾き飛ばしてそのまま突入する。

 勲章のようなものを沢山身につけた一番偉そうな格好で騎士たちに囲まれている奴に目を付けガンダールブの力で神速の域にまで高められた剣閃で騎士達に畳み掛ける。

 動き回るには少し狭い天幕の中で縦横無尽に相手を撹乱し、同士討ちを避け狙いを付けられないフルプレートの鎧に身を固めた騎士たちの杖を叩き斬り、強化された力でデルフを力いっぱい叩きつけて装甲ごと相手の骨を砕き、引き倒して鎧の重みで立てなくする。

 そうして周りが全部片付いたときに悠然と佇む指揮官と思しき男に剣を突きつけたところで。

 

(あれ?)

 

 その場で倒れ込んだ。

 立ち上がろうとも体は動かない。

 ハイになっていたからであろうか。

 既に体のいたる所が傷つき血を垂れ流していたり、黒く焦げて炭化している部分が見受けられる。

 気付いてみれば痛みが感じられるとも思ったが、そうはならなかった。

 体中の感覚が全て鈍化していく。

 痛みも感じられぬほどに自身の肉体は限界なのだと漸くそこで気が付いた。

 瞼が、重い。

 薄れていく意識。

 

(わりぃ、ロナル。約束、守れそうにないぜ) 

 

 遠くなっていく意識の中ロナルへと謝罪する。

 聞き届けられることは無いであろうが、それでも。

 自分自身が曖昧になりもう駄目なんだなと思った時。

 

 桃色の髪をした少女の姿が浮かんだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで人形のような動きで暗き森の中を駆け抜ける何者かの影。

 暗く足場の悪い森の中を恐ろしいまでの速度で駆けるその影は突然、糸が切れたかのように制御を失い転びながら動きを止める。

 

「溜め込んだ魔法の分だけ使い手を動かすことができるなんて、そんな能力今更思い出すことになるなんてなあ」

 

「…」

 

 闇に閉ざされた森の中何者かの声が響き渡り、暗い闇の中に消えていく。。

 

「もう少しだったんだがなあ、すまねえな、相棒」

 

「…」

 

「もう…聞こえちゃいねえか…バカ野郎が」

 

 寂しそうに呟かれた声もまた響いて、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必要なことを全てやり終えレッドと共に這う這うの体で森のボロ家に戻る。

 ロンディニウムから離脱するときにまたも竜騎士に襲われたがどうやって戦ったのかは良く覚えていない。

 気付いたらロンディニウムからかなり離れた地点を飛んでいた。

 迂回するようにあのボロ家に向かう途中、レッドもかなり憔悴していたので途中何回か森に身を潜め休息を取った。

 増えた"荷物"を時折確認しながらも漸くたどり着いた時には約束していた時間帯のギリギリ前。

 人間形態に変身したレッドと共にボロ家の中に身を隠して気付いてみれば既に夜。

 お互い死んだように寝ていた為今が何時の夜なのか分からなかった。

 森で野生動物を取っては適当に処理してから焼いて食う。

 そんな生活を3日続けて、俺達はボロ家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリスタニアの王城に降り立つ俺を待っていたのは当然の如く衛士の皆様方で。

 速やかに所属と名前を名乗り、"荷物"の中身を確認してもらう。

 偉そうなおっさんが慌てて城内に走り、戻ってきたと思えば風呂に突っ込まれた。

 いや、確かにここ数日自然に帰ってたから汚いけどさ。

 ある程度体裁が整ったら通されたのは懐かしの玉座の間。

 玉座の主である麗しの女王陛下への挨拶はそこそこに本題である"荷物"の件に入る。

 

「貴方が、単身で捕まえてきたというのですか?」

 

「いえ、途中まではミス・ヴァリエールに代わり彼女の使い魔であるサイト殿と共に敵軍を足止めしておりました。彼のお蔭で敵軍を乗り越え此の者を捕らえることがことができたため、彼の功績でもあります」

 

「では、あの少年は…」

 

「無事であればお互い落ち合う約束をしていましたが…彼は戻っては来ませんでした」

 

「そう、ですか…」

 

 能面のような固まりきった表情で言葉を紡ぐ女王はまるでガーゴイルのようで気味が悪かった。

 彼女は俺の話を聞いてはいるが、その視線は件の"荷物"の方を向いている。

 右手は切り落とされ俺が適当に焼いて止血したためグロテスクな断面を覗かせている。

 

「さて、ご機嫌は如何ですか、"元"神聖アルビオン共和国皇帝、オリバー・クロムウェル殿」

 

「いやはや最悪ですな、そう、楽しみにしていた茶菓子を目の前にしていながらお預けを喰らうような気持ちと言えばいいのか」

 

「安心なさい。貴方にはこの世の全ての苦痛を味あわせた後にお望み通り死を頂戴して差し上げますわ」

 

「それはそれは、とてもトリステインの誇る宝の口から出てくる言葉とは思えないものですな」

 

 何を勘違いしていたのか俺に殺されると思って喜んでいた意味不明な皇帝をふん縛って簀巻きにして袋詰めにしたのもほんの数日前。

 いや、あの戦いの後突如ロサイスに現れたガリア両用艦隊によって共和国は瓦解したらしいから元なのか。

 まあどっちでも良いが、補給物資から拝借した水の秘薬で眠らせながらここまで連れて来たって次第だ。

 自分で首を落とすのも良かったが連合軍が撤退しているような状況でこの首はクロムウェルのものですよと持って行った所で詐欺師扱いされるだけだと考えたからこその行動である。

 気味の悪い2人の応酬を聞き流しつつ我関せずを貫いていると楽しいお話が終わったのか女王陛下が此方を向く。

 

「形はどうであれ敵の首魁を捕らえるという功績を打ち立てたのであればそれ相応の褒美を取らせない訳にはいけませんね…」

「『制約』の完全な解除にエキュー金貨1万枚、それ以外に望むものはありますか?」

 

「ならば…ウルダールとして、このまま学院で学ぶことを許しては戴けないでしょうか?」

 

 女王陛下の能面のような顔が呆れたような色を帯びる。

 

「そんなことで良いのですか?」

 

「はい。私はそのためにこの男を捕らえたのです」

 

「そんな理由の為に私は責め苦を味会わねばいけないのかね、ウルダール?」

 

「貴方は黙っていなさい、クロムウェル。…良いでしょう、ウルダール。このまま学院に残ることを許可します。学費も都合をつけて差し上げましょう」

 

 大盤振る舞いに此方がビクビクしてしまいそうだ。

 詐欺、いや暗殺か?

 アホなことを考えながらも口を開く。

 

「そこまでして貰ってよろしいので?」

 

「構いません。貴方は、憎きこの男をわたくしの元に送り届けてくれたのですから…」

 

 話は終わりだと言われ『制約』を解除して貰うべく隣の部屋に向かってお付きの貴族っぽい人の後ろを着いて行く。

 そんな俺の背中に不意に声がかけられた。

 

「本当に、それだけで宜しいのですか?あなたは望めば貴族の地位すら得ることが容易なほど、大きな功績を挙げたのですよ?」

 

 心底不思議そうな気持ちが滲み出ている声に、向き直り返答する。

 

「私には、貴族の位など大きすぎて背負いきれません。つまり、向いていないのです」

 

「……気が向いたら何時でもわたくしに申しなさい。いつでも、歓迎いたしますわ」

 

「ご厚意だけは……戴きます」

 

 その言葉を最後に玉座の間を後にする。

 クロムウェルが憎いとか言ってた気がするがいくらなんでも俺の待遇に関する手のひら返しが酷いものだ。

 まあ、これが社会ってやつか。

 一人納得して『制約』を解除してもらう。

 うーん、あんまり違いが分からない。

 

 

 

 

 

 

 原隊復帰する必要は無いと有り難いお達しを受けて仕方ないから学院に帰ろうと王城内をてくてく歩く。

 

「私はウルダール。父はアルビオンのバーミンガム伯。母は普通の平民。よろしくお願いします」

 

「あの…いきなり、どうしました?」

 

「いえ、お気になさらず。ちょっとした実験です」

 

「?」

 

 途中、王城内のそこら辺を歩いていたメイドっぽい服装をした人を捕まえて自己紹介してみた。

 結果、普通に全部言えたがメイドさんからはかわいそうな人を見る目で見られました。

 メイドさんを見送りながらレッドのいる庭のような所に向かう。

 うーむ、実感があまり湧かないが大丈夫そうだ。

 

『おーいレッド。なんかウルドに戻れたぞ』

 

『…ウルド、そういう時はもう少し喜ぶものじゃないのか?』

 

『言いたいことは分かるが、実感が湧かないんだよ。んじゃ学院に帰るぞ』

 

『…言いたいことも聞きたいことも沢山あるが飛びながらで良いか』

 

 警備してる衛士の人に敬礼してから離陸。

 久しぶりの何の警戒もいらない空に安心感が得られる。

 戦争が終わったからなのかどことなく活気が戻ってきてる気がする。

 ボロ負けだが、共和国も瓦解したしね。

 これから我が祖国はそれこそ切り分けられたケーキやチーズの様に各国に領土を取り分けられるのだろう。

 結局親父にも自慢の異母弟にも会わなかったが元気にしてるかね。

 …もう少し、俺も、アルビオンも落ち着いてから帰ってみるのもあり、かな?

 根掘り葉掘りレッドに聞かれながら風に揺られて学院にたどり着いた俺を待ち構えていたものは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の気配が感じられない校舎だった。

 …そうだよね。戦争、終わったばっかりだからね。

 仕方ないから『アンロック』で窓から入って荷物置いて、数日掛かりで森の中の泉から水を引いて露天風呂を作ることにした。

 学院のは空いてないし、そもそも俺はあの香水漬けの風呂が嫌いなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああ…」

 

「うむ…」

 

 レッドの巨体が入れるくらい広く、一部深くなっているかなりの大作が出来て初めての入浴。

 掘るのは何も考えなくて良かったが苦手な錬金で石畳の浴槽にするのに時間が嫌にかかってしまった。

 魔法で適当に熱した石何個か突っ込み泉から水を引きつつ温度を調整。

 レッドは俺が作業しているうちに掘立小屋を風呂の近くに引っ越ししていた。手伝って欲しかったという気持ちも無い訳ではない。

 しかし、まあ。

 結構、良い。

 レッドの厳つい顔も心なしか緩んでいる気がする。

 思い付きでこんなアホなことやったのも動いていた方が余計な事を考えずに済むからで。

 

 

 思い出されるのは7万の軍勢が蠢く陣地。

 夜襲とは言えデルフリンガーを握りしめ、たった一人で敵陣中央に殴り込みをかけた大バカ野郎。

 相手を殺さないことを選択して結局戻ってこなかった大バカ野郎。

 何より。

 

 

 友人になりたかったその大バカ野郎を、自分の都合を優先して助けなかった俺の方がよっぽど大バカ野郎だ。

 

 

 トリスタニアで適当に買い込んだ安いワインをグイッとラッパ飲みする。

 喉が焼けそうだ。

 

「ウルド、まだあの少年、サイトの事を気にしているのか?」

 

「そりゃ、気にするだろうさ。俺は生き残って本懐を遂げてついでに色々貰ってさ、でもアイツには、死んじまったアイツにはしっかり殿を勤め上げたって名誉しかないんだぜ?!」

 

「…」

 

「そりゃあ、好きな女守れてある意味満足かもしれねえが、本人が一番望まない名誉とお嬢への消えない傷しか残らなかったんだ。…やってられるかよ…」

 

 八つ当たりにも程がある。

 覚悟していた筈なのに。

 死を覚悟して臨んだ決戦だったってのに。

 終わってみれば後悔しか残らなかった。

 

「ウルド」

 

「…」

 

「サイトは自分の為に、ウルドもウルド自身の為に戦ったのだろう?だから、ウルドがサイトの死に責任を感じる必要なんてない」

 

「そんなの、分かってるさ。でも、俺にもさ…わかっててもままならない時が、あるみたいなんだ…」

 

 言い終わりワインの瓶を傾げ流しこむ。

 風呂に入りながらバカに飲み過ぎたのか酔いが回るのが早い。

 アルコールに焼かれた喉で呼吸をすると何をする訳でも無くむせてしまう。

 風呂の熱と体に回ったアルコールのせいか、熱い。

 ザバっと立ち上がり風呂の縁に腰掛ける。

 足だけお湯に浸かったまま風呂の縁に座れば冬の寒さが茹った俺の頭を冷やしていく。

 情けない姿を見せる俺に、レッドは湯の中でぬくぬくしながらその大きな口を開いて言葉を発する。

 

「ならば、此処で燻っていないでサイトを探しに行けば良いのではないか?」

 

「え?」

 

「彼の亡骸は見つかってはいないのだろう。ならばまだ生きているの可能性は僅かながら在るのではないか?」

 

「それは、そうだが、しかし…」

 

 確かに、あのボロ家に来なかったというだけでサイトが死んだものだと決めつけてた。

 動けないから来なかっただけで、死んだから来なかったという訳ではないかもしれない。

 もしかしたら、底抜けのお人好しがサイトを助けたのかもしれない。

 場合によっては道が分からなくなって諦めたという可能性もあるかもしれない。

 

「なんで俺は死んだものだと決めつけていたのかね…」

 

「目先の事に囚われ過ぎると他の物には目がいかなくなるということだな。まあ生きている保証は無いがな」

 

「折角人が立ち直ったのに萎えそうになること言うなよ」

 

「むう。すまない」

 

 何となくスッキリした。

 風に当たったからか酔いもいきなり醒めた気がする。

 

「よーし、善は急げだ。明日からまたアルビオンだ。頼むぞ、レッド」

 

「うむ」

 

 学院に人が戻らぬまま、誰の見送りも無くアルビオンに行くことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ湯冷めしたせいで酷い風邪引いて出発が暫く延期になったんだが。

 …やっぱり、寒空の下で風呂から体出すもんじゃ無いな。

 

 

 

 




金貨1万枚って多すぎですかね?


オリ主ってなんか露天風呂とか作ってるイメージがあります。
そんな訳で爬虫類と筋肉質な男による誰得温泉回でした。


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15話 2人の時間

休みって、良いですね。







「う、ん…」

 

 学院の自室。

 グワングワンする頭とうまくピントの合わない視界。

 体が熱っぽく喉がカラカラに渇いている。

 鼻水も止まらず呼吸がし辛い。

 二日酔いだけならまだしも、不用意に濡れた体のまま冬の外気にさらしていたことでどうやら風邪も引いているようだ。

 もしかしたら此処にきて今までの疲れが出たのかもしれない。

 レッドに思念を飛ばしたかったが熱に浮かされた頭では出来なかった。

 なんとか水をと、学院のフカフカのベッドから転げ落ちつつ、這いながら部屋を出て廊下に出る。

 床がひんやりと気持ちいい。このままずっとこうして冷気を感じていたい。

 井戸まで、行かなきゃ。

 頭ではそう考えているものの、体は言うことを聞かない。

 くそぅ。

 熱に浮かされ意識が遠のいていく。

 その時、マトモに機能していない耳が何らかの音を捉えた。

 次第に音が大きくなり近づいてくるような。

 足音、か?

 残された力を振り絞り頭の向きを変えてみるとブレにブレている視界にボンヤリと影が映っている。

 

「み、みずぅ…」

 

 手を伸ばしながらそう言葉を紡いだ直後意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 与えられた幾つかの「任務」を終えて一段落したある日。

 風の噂にトリステイン・ゲルマニアとアルビオンとの戦争がこの国の介入により終わったことを知った。

 戦争終結の報にあまり考えないようにしていた事を思い出してしまう。

 

 

 

 

 

 去年のケンの月。

 図書館で何時もの様に本を読んでいた時にかけられた声。

 言われるままに付いて行った人気の無い廊下での一幕。

 

『それで、どうせ置いていくんだったらタバサに持っててもらいたいのさ』

 

 その頃には随分と学院に馴染んでいたロナルからの頼み。

 戦争に行くから親の形見を預かっていてほしい、いつもと変わらぬ軽い口調でそう頼まれた。

 以前にも貸してもらった希少な「イーヴァルディの勇者」。

 それが親の形見なんて、そんな大事なものだとは想像もしていなかった。

 だから、一度は断った。

 

『…できない。大事なものだったら、貴方が持っているべき』

 

 下種の勘繰りでしかないが、もしかしたら、ロナルが精神系魔法の関連書物を読み漁っていたことに関係があるのかもしれない、その本。

 そうでなくとも、親の形見のような重いものを預かる気にはなれなかった。

 拒否の言葉に少し困ったような顔で考え込むロナル。

 しばし考え込んだ後、紡がれた言葉。

 

『おまじないだよ』

 

『おまじない?』

 

 学院に帰って来れるようにという願掛け。、

 おかしな時期に転入し散々怪しまれたが、学院での生活を楽しんでいたからまた戻ってきたいという、厳つい彼に似つかわしくない、かわいらしい願い。

 あれで怪しまれていた自覚あったんだと変な方向に思考が逸れかけるが、しかし。

 これは、もしかして?

 

『それにさ、俺みんなとも、タバサともまだ沢山話したいことがあるんだ』

 

『…何を、話すの?』

 

『それは秘密。帰ってきてからのお楽しみだ』

 

 私は、告白、されているのだろうか?

 

 

 

 ロナル・ド・ブーケル。

 最初はその尋常ではない雰囲気に疑念と警戒を向けた。

 故に警戒する意味でロナルを観察していた。

 

 クラスに馴染もうとあの手この手を試しては玉砕してしょんぼりと肩を落とす、彼には悪いが笑ってしまいそうなくらい間抜けに見えてしまった姿。

 自身と似たような境遇かもしれないという、最初に抱いた物とは別の得体の知れなさ。

 

 最終的に此方に害意は無いという結論に落ち着き、キュルケと共に言葉を交わす様になってからも同類を見つけたからなのか時折見ていた。

 

 酒に飲まれて酒場の給仕にありったけの財産を全て貢いでしまったという、アホ臭くはあるがある意味人間らしい面。

 夏休みが終わりいきなり真面目に勉強に精を出すようになってからは、事情を抱えているという事への同情の念もあったからか種々の書物の在り処を教えもした。

 流石に、雑草の方がハシバミ草より苦くないという発言にはどういう生活を送って来たのかと憐れみを感じてしまったが。

 

 …個性的にも過ぎるが、今にしてみれば意外と良い友人だった様にも思える。

 2人そろって言葉を交わすことなく夕方まで図書館で本を読み、部屋に戻る道すがらその日読んでいた本や授業について雑談を交わすのも意外と心地よいものだった。

 親友であるキュルケはそこまで本を読まないので本に関する話し相手として自分も会話を楽しんでいた。

 

 

 

 夕焼けに照らされる廊下。

 突然の告白にどう答えていいのか分からなかった。

 嫌いでは、無い。

 だけど、好きかは分からない。

 何よりも、色恋になんてかまけては居られない。

 私は、母の心を取り戻し、そしてあの男に復讐を果たさねばならないのだから。

 けれども、これから死地に赴く、目の前で能天気な表情を浮かべている友人を勇気付ける為に、ほんの少しくらいは…。

 

『………わかった…』

 

 自分でも驚きそうになるくらい、か細い声が出てしまった。

 顔が熱い。もしかしたら赤くなっているかもしれない。

 恥ずかしさをごまかす様にスカートの裾をぎゅっと握りしめる。

 いつの間にか能天気な表情を不安そうなものに変えていた男が口を開く。

 

『本当?』

 

『本当』

 

『嘘じゃない?』

 

『しつこい。嘘じゃない。だから』

 

 不安だったのか2度も聞き返してくるロナルに対して、一息すって心を落ちつけてから言葉を紡ぐ。

 

『だから、ちゃんと帰ってきて』

 

 言葉と共に一瞬だけ、笑みを浮かべる。

 記憶の中のあの忌まわしい日から殆ど笑みなど浮かべたことなど無いのでうまく出来たかは分からない。

 ただ。

 

『…わかりました』

 

 呆けたように言葉を発するロナルの姿を見るに、うまくいったようだ。

 

 

 

 

 

 

 今思い出しても恥ずかしさが込み上げてくる。

 いきなりの告白に自分も混乱していたのかもしれない。

 だからあんな恥ずかしい真似が出来たのだと思う。

 いきなりの告白に自分は照れていただけなのだ、きっと。

 あの後キュルケに聞かれていたのか根掘り葉掘り色々とロナルについて聞かれるのを誤魔化すのには苦労した。

 他にもそこそこ近しいルイズやサイト、ギーシュといったような人たちにも知られることになってしまい恥ずかしさは更に増した。

 帰ってきているなら責任を取って貰いたい所である。

 別に、付き合うとか、そういう事じゃあ無い…筈。

 

 

 ……ロナルはもう学院に戻ったのだろうか?

 一段落付いたばかりだから時間はある。

 戦争も終わったのだから、学院も再開しているかもしれない。

 一度、確認しに行っても良いだろう。

 思いついたが吉日、ブックホルダーの中に入っている預かり物のそれを持って自身の使い魔の元へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 流石に、人気の無い学院の中、風邪を引いて廊下に蹲っている状態で再開するとは、思ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 何故ロナル一人だけがこの学院に戻ってきているのか、理由はわからない。

 しかし病人を1人放って置くこともできず、結果として自分が看病することとなってしまった。

 出会い頭にわざわざ「み、みずぅ…」と言っていた為扉が開いていたロナルの部屋のベッドに寝かせた後、井戸の水を汲んで飲ませた。

 布きれに水を含ませ頭に乗せて、ここで手持無沙汰となってしまった。

 自身がかなり昔に風邪を引いたときには秘薬を飲ませて貰ったことがあるが手持ちには無い。

 それに、自身は水のメイジではない為効果を充分に発揮させることは出来ないだろう。

 これ以上、どうして良いのか分からなかった。

 定期的に水分を補給させ布が乾けばもう一度濡らして額に乗せる。

 何回か繰り返して昼も過ぎた頃。

 それまで熱に魘されてかうんうんあーあー唸っていたロナルが不意に目を開いた。

 

「あー…?なんで俺、ベッドに…」

 

「私が運んだ」

 

「あれ?…タバサか?帰って来たのか…」

 

 調子が悪いためか半開きの目で此方を見てくるロナル。

 起き上がろうとする彼を制止する。

 

「ロナル、起き上がらないで」

 

「少し、くらい大丈夫、だ」

 

 水、ちょうだいと頼むロナルにグラスを渡す。

 一息に飲み干し此方に向き直ったロナルが口を開く。

 

「久しぶり。介抱してくれてありがとう、タバサ」

 

「気にしないで良い。…ロナル、どうしてあんな所に?」

 

「水を汲みに行こうとしたのは良いが力尽きてな。ああ、なんだ、タバサ…」

 

「何?」

 

 少し言い辛そうに窺うように此方を見てくる。

 やがて、決心したかのように言葉を続けた。

 

「俺は、実は『ロナル・ド・ブーケル』って名前じゃあないんだ」

 

 唐突に過ぎる告白に困惑する。

 いきなり何を言い出すのだろうか。

 もしや、熱に侵されて…。

 

「ロナル、少し、休んだ方が良い」

 

「熱に頭がやられてる訳じゃあないからな?…まあ寝っ転がりながら説明させてもらうよ」

 

 言うなりごろ寝して此方に顔を向けたロナル?が続ける。

 

「俺の本当の名前はウルダール。まあいつもはウルドと名乗っていたからそっちで呼んでもらえると嬉しいかな?」

 

 堰を切ったかのように話し続ける。

 貴族と平民の子としてアルビオンに生まれたこと。

 母が死に色々あって父であるバーミンガム伯に引き取られたこと。

 腹違いの弟が居ること。

 厳しい師匠に虐待同然に鍛えられたこと。

 使い魔のレッドを召喚し、竜騎士に成ったこと。

 そして水の秘宝、恐らくはアンドバリの指輪と思われるそれによってレコン・キスタ首魁であったクロムウェルに操られてしまったこと。

 

「だから、調べていたの?」

 

「まあね。結局、対抗策が見つからなかったから使われる前になんとかするって実に脳筋な結論しか出なかったけどね」

 

 母と同じように精神を狂わされて、人生も狂わされた男。

 友人でもある筈のその男への同情よりも。

 人の心を操る秘宝、アンドバリの指輪の方に興味を惹かれる自分はなんと冷たい女であろうか。

 母を救えるかも知れないという希望に縋る様にロナル、いやウルドに問う。

 

「ウルド、今、指輪が何処にあるのか、分かる?」

 

 クロムウェルは姿を消し、皇帝を失った共和国もガリアの介入で滅亡した。

 知っている筈が無い。

 けれども聞かずには居られなかった。

 

「悪いが今何処にあるかは分からない。ただ、少なくともアルビオンには無いと思う。クロムウェルの手にも、部屋の中にも無かったからな。あの野郎が自分の近くに切り札を置いていないというのは考えられない」

 

 何故そんなことを知っているのか。

 まるで、クロムウェルに会ったような口ぶり。

 疑念に満ちた視線に気付いたのかウルドは取り繕う様に言い放った。

 

「ああ…クロムウェルをふん捕まえてトリステインの王宮に突き出したんだ。今から説明するよ」

 

 言うなり、説明を始める。

 タルブ戦の後に洗脳が解けトリステインに投降したが、色々あって王宮の命令で偽名を用いて貴族として学院に入学。

 入学した理由は、とある任務ではあるが詳しい内容は機密に当たる為言う気は無いらしい。

 それから後に功績を上げることで任務から解放されるという戦争に参加。

 紆余曲折はあったが敵軍を突破しクロムウェルを捕縛。

 見事名前を取り戻し任務とは関係なく卒業まで学院に残ることを許された。

 

 俄かには信じがたい。

 別に信じてくれなくとも良いが、自身がウルドだということだけは忘れないで欲しいという事だった。

 

「…まあ、そんな訳で気が抜けて、体を冷やした結果がこの様さ……」

 

 言い終えて満足したのか目を瞑るウルド。

 顔の赤みが増しているので少し無理をさせてしまったのかもしれない。

 少し申し訳なくなる。

 はて。

 もしや、ウルドの言いたかったという事と言うのは…。

 

「ウルド」

 

「…」

 

 無言。

 体を揺すりながらもう一度話しかける。

 

「ウルド」

 

「……」

 

 耳を澄ませてみると微かにスーッ、スーッと聞こえる規則正しい呼吸音。

 

「寝てる…」

 

 疲れ果てたのか眠り始めたウルドに悶々とした感情を覚えながら毛布をかけてやる。

 少し、乱暴になってしまったのは仕方ないと思う。

 その後に、水を飲ませてやるのも布を交換してやるのも同じように先ほどよりも乱暴になってしまったのも仕方のないことだ。

 いくら普段そういうことに無関心である私であっても。

 

 

 

 

 

 

 

 乙女心を弄ばれるのは、流石に許しがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 2日後ウルドの調子も大分良くなって、もう大丈夫かと思えた丁度その夜。

 次の「任務」が書面にて下された。

 

 

 

 

 

 

 

 完調とは言い難いが調子が戻った次の日の朝。

 なんか途中タバサの看病が荒っぽくなっていた気がしたが多分気のせいだろう。

 わざわざ野郎の看病なんぞをさせた礼を言い今度食事にでも行こうと提案したらあっさりオーケー貰って驚いたりしたがそろそろ行くことにする。

 

「アルビオンへ?」

 

「うん。実を言うと敵陣に突っ込んだ時サイトも一緒だったのさ」

「落ち合う約束をしていたけど来なかったもんだから、死んだものだとばかり思って1人でむざむざ帰って来たんだけど…」

「よくよく考えるとこの目で死体を見たわけじゃないから、一応確認しにね。生きてるかもしれないし、もしそうでなくとも形見位は見つけてやりたいからね」

 

「…当てはあるの?」

 

「まあ、一応。妖精さんとやらには期待している」

 

「……妖精?」

 

「うん」

 

 如何わしいものを見るような目でタバサが見てくる。

 まだ「魅惑の妖精」亭でのことを覚えていたのだろうか。

 これ以外に言いようがないので勘弁してくれ。

 全滅したと思われていた第2中隊の1人が零していた妖精を見たという証言。

 瀕死の傷を負っていた筈らしい彼らが何故生き残っていたのか。

 藁にもすがる様な希望ではあるが、望みが無いよりはマシだと思う。

 少し考え込むようなそぶりを見せていたタバサが口を開く。

 

「私も、ウルドと行く」

 

「なんでさ?散々看病させておいてなんだけどそっちにも都合があるんじゃないの?」

 

「病み上がりだから少し心配」

 

「…ありがとう」

 

 タバサにウルドと呼ばれたこと、体を心配されたこと。

 こそばゆい様な、嬉しい様な。

 いつぞやの告白騒動を思い出してしまう。

 あの時帰ってきたら伝えたいことがあると言ったその内容は熱に浮かされた頭でベラベラ喋ってしまった訳ではあるが。

 今更、愛の告白では無かったんだと素直に白状するのは………嫌だ。

 そんなことをすればタバサに嫌われてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 タバサに嫌われたくない。

 そう思ってしまう程度には、俺は、タバサの事を……。

 

 

 

 

 

 

 

 結局一緒に行くことになった。

 あの時何の気なし自覚の無いままに言ってしまった、勘違いさせてしまうような告白ともとれる言葉。

 それが本当の物になってしまいそうな心を押し隠しながら。

 

 

 

 

 





ギャグオチがギャグで終わらなかった15話にして、唐突に始まったラブコメ回その1。
ちなみに漢方だかで風熱型と呼ばれる風邪をイメージ。
火のメイジなので結構アカン体温です。

タバサさんからオリ主へのフラグが立つ前に、オリ主からタバサさんへのフラグが立ちました。


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16話 捜索隊

昨日気が向いたので初めてGUNDAM CONVERGEを買ってみたら一発でF91 ハリソン機が当たりました。
このお話と良い、ここ最近全体的に運気が天元突破している気がします。
近々私は死ぬのでしょうか?



『おいレッド、お前なんで俺のとこに来なかったんだよ。お蔭でタバサに看病させることになっちまっただろうが』

 

 トリスタニアに向かう短い空の旅路。

 アルビオンに向かう前に少々とある人物に確認したいことがある為に向かう道すがら。

 レッドに並んで飛翔するタバサとシルフィードを横目にレッドを問い詰める。

 

『実は一度様子を見に行ったのだが既に先客がいてな。…それにウルドとしても私に看病されるよりは同族の雌に看病された方が嬉しいだろう?』

 

『雌とか言うなよ生々しい。…余計な気を回しやがって。褒めてやる』

 

 前世と今世合わせても経験が無かった、女の子に看病されるというシチュエーションに心動かされたのは事実だから素直に褒める。

 それに、相手は…。

 チラリと横目で並走するシルフィードの背の上の少女、タバサを見る。

 風圧で本がめくられぬように魔法で器用に気流を制御しているのか、何時もの調子で本を読んでいる。

 短めに整えられた空を思わせるような青い髪。

 宝石を思わせるような透き通った青色の瞳。

 無表情ではあるが目鼻立ちの整った、どこか気品の感じられる顔立ち。

 出発前のやり取りで意識しているのか、見ていると胸がどきどきしてくる。

 先ほどからちょくちょくチラ見しているので気付かれているかもしれない。

 まだ、自分の気持ちに整理はついていない。

 どんな意味での「好き」なのか。

 学友として?

 それとも…。

 前方にトリスタニアの城壁が見えてきた為そこで思考を打ち切る。

 降下し民営の竜舎に一時預かって貰い目指すのは、トリスタニアの外に臨時で設けられている撤退してきた同盟軍竜騎士部隊の天幕。

 目撃者に話を聞いてやろうというのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、お前らが撃墜されたのはロサイスとサウスゴータの間で良いんだな?」

 

「ああ、そうだとも。しっかし帰りのフネに居なかったものだからてっきり死んだものだと思っていたよ」

 

 第2大隊第2中隊の中隊長、ルネ・フォンクとの再会に積もる話もそこそこにして本題を尋ねた。

 彼らが撃墜された位置と共和国軍にカチコミをかけた場所は、期待通りそこまで離れていない位置関係だった。

 ならば、妖精とやらにサイトが助けられている可能性も無いとは言えないだろう。

 

「…サイトが7万の軍勢に立ち向かったってのは本当なのだろうか?」

 

「そういう話だがな。それを確かめる為にも探しに行くって寸法さ」

 

 良い結果を期待しているよ、とルネは俺を見送ってくれた。

 さも知らない風にしているのはカチコミをかけたもう片方、竜騎士が俺だという事は一応秘密だからである。

 というか、『ロナル・ド・ブーケル』は実在する竜騎士では無いからね。俺の希望と言うのもあるが、公表は無しになったらしいというのを風呂作ってる時の手紙のやり取りで知った。

 尚、手紙は証拠隠滅の為燃やした。

 その為足止めをしたのは剣士だったとか竜騎士だったとか2人いたとか色々と情報が錯綜している、らしい。

 まあ、関係ないことだ。

 流石に天幕にタバサを連れていくわけにもいかなかったので、噴水のある街中の広場で待って貰っている。

 量が量であるためか分割払いとなった褒賞金の一部を下ろしてから向かう。

 活気付く街の中を人ごみをやり過ごしつつ抜けていくと開けた場所に出ると。

 冬だからなのか水が噴き出ていない出ていない噴水があるこの広場には戦が終わったことで多くの露店が立ち並んでいる。

 そのうちの一つで軽食にとサンドイッチを買ってから待ってくれているタバサを探す。

 大道芸人のショーに歓声を上げる人々。

 玩具をねだる子供とそれを阻止しようとあの手この手で懐柔を試みる母親。

 漸く得られた平穏を心から喜んでいる人々の微笑ましい光景を目にしつつ、遂に見つけたタバサは予想通りと言うべきかベンチにて本を読んでいた。

 

「遅くなってごめん。これ、ラ・ロシェールに行く前に軽くでもと思ったんだけど…要らなかったみたいだね」

 

「大丈夫、まだ食べられる」

 

「そう?……あー、ソース、付いてるよ」

 

 口元に少しばかり残っていたソースから不必要だったかと判断したが、随分と食い意地が張っているものだ。

 タバサは少し顔を赤らめながら指でソースを拭い舐め取った。

 指をちょろっと舐めるというちょっとした仕草に妙な艶めかしさを覚えてしまった俺は既に末期かもしれない。

 気恥ずかしいがタバサが座っているベンチに2人並ぶように腰を下ろし俺もサンドイッチに齧り付く。

 タバサは、今度こそは口元にソースを付けないようにと、少しゆっくりめに食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時期的にアルビオンはハルケギニアから大分離れた位置にある為一度ラ・ロシェールを経由、一泊した後に早朝から丸2日ほど夜通しで飛び漸くアルビオンはロサイスに到着し、そこで宿を取る。

 勿論部屋は別である。

 飛んでいただけとはいえそれでもレッドとシルフィードの体に溜まっている疲れを癒す為に2日ほどロサイスで休養がてら情報を収集する。

 ガリアが駐屯するようになって人が居なくなったかと思えばそうでもなく。

 むしろ金の匂いを嗅ぎつけたのか商人たちが集まっていたり、木の板に名前を書いて人を探している者もいる。

 戦争が終わった直後で街のいたる所に破壊された箇所があるというのにご苦労な事である。

 夜には宿で戦争中の事とかの雑談も交えつつ手に入れた情報を交換する。

 どうやら俺らが居なかった時にアルビオンの奴らが学院を襲撃したらしく、コルベール先生の活躍でなんとかなったらしい。

 コルベール先生も瀕死の重傷を負い、更には何やら因縁の有るらしい人が学院の女生徒に戦闘訓練をさせていた銃士隊の中に居たため、死んでしまったと偽りキュルケが領地に連れ帰り療養中とのことだ。

 敵にはスクエアが居たらしく、俺やサイトが居ればもっと楽だったと言われたがそんなこと言われてってどうしようもない。

 雑談はこれくらいにして。

 

 真面目な情報交換の結果、ロサイス―サウスゴータ間に存在する人里の情報、妖精と見紛うばかりに美しい金髪の女性などなど色々聞いたが明確には分からず実際に行って確かめるしかないというある意味当然の結果となった。

 

「陸は俺ら2人、空からはレッドとシルフィードに見てもらおうか。幸い俺ら2人、方向性は違うけど気配にはそこそこ敏感だし」

 

「わかった」

 

 どちらも高位のメイジであるため、俺は温度に、タバサは音に敏感である。

 サイトが死んでいれば全く持って意味を為さないがまあそこは気にしない。

 相場より高めの金額を提示することで人でごった返すこのロサイスでなんとかとれた宿の1室。

 俺の方の部屋で作戦会議と言う名目で話込んでいた俺ら2人。

 決して無理に連れ込んだわけではない。

 ちゃんと確認は取った。 

 …これじゃあエッチな感じに聞こえてしまう。

 落ち着け、ウルド。

 

「サイトらしき剣士は森の中へ消えてったって話だから、取り敢えず明日戦場になった街道沿いの草原に行って上空から一応見渡してその後で森の方を調べてみようか。こんなもんで大丈夫かな?」

 

「…異論は無い」

 

 何かあった時は魔法で音を立てて知らせるとか、細かいことも色々決めていけばいよいよ夜も深まってきた。

 タバサも少し眠いのか目を擦りながら「戻る」と一言言って部屋を出ようとする。

 

「おやすみ、タバサ」

 

「…おやすみなさい」

 

 就寝前のこんなちょっとしたやり取りでも暖かい気分になれるのはどうしてなのか。

 答えなんてとっくに分かっている筈なのに一歩が踏み出せなかった。

 まあこんなムードもへったくれも無い所で踏み出されても嫌だろうけどさ。

 ……タバサは、俺の事、どう思っているのかな?

 悶々としながら眠りにつこうとする俺は19歳。

 もう少しで20歳で。

 前世を含めればもう40過ぎのオッサンである。

 実に、情けないです…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所々ハゲている部分が見える草原、7万の軍勢を迎え撃った正にその場所をぐるっと周回し目立ったものが無いことを確認し、本命の森へと向かう。

 事前の打ち合わせ通り俺とタバサが二手に分かれて森の中を、レッドとシルフィードが上空からめぼしいものを探そうとしたわけだが。

 

『ウルド、村のようなものがあるぞ』

 

「早いよ!」

 

「………何が?」

 

 さあ森の中へと言う所で先に出発させたレッドから知らせが届く。

 いきなり叫びだした俺にタバサの視線が突き刺さる。

 ああ、この視線はかわいそうな物を見る視線だなと当たりを付けながら弁解する。

 

「いや、レッドが村みたいなのを見つけたんだってさ」

 

「…行く?」

 

「下手な鉄砲、数撃ちゃなんとやらってな。行ってみよう」

 

 そういうことになった。

 

 どうやら街道から小路が伸びていたようでそれに沿って歩き続けること十数分。

 丸太と漆喰で作られているらしい建物がいくつか立ち並ぶ開けた場所が目に入る。

 少し離れた茂みに隠れ様子を窺いながら相談する。

 

「どうしよっか?」

 

「率直に要件を言うべき」

 

「まあそうするしかないよね」

 

 とは言ったが相手の出方によっては対応を変えざるを得ないかもしれないがね。

 でもまあ。

 

「そうはならない…かな」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでも」

 

 建物がほんの数軒並んでいるだけの小さな村から聞こえてくる子供たちの声。

 メイジみたいなおっかないのが2人も居るんだから下手なことはしないだろう。

 どこの村や町でも聞くことのできるそれを聞きながら村で一番大きな家、恐らく村長の物であると思われるそれに近づいていく。

 レッドとシルフィードは空中を旋回しつつ待機。

 ドアノッカーでごんごんとドアを叩きしばらく待つ。

 …。

 中々出てこないな。

 タバサと顔を一度顔を見合わせてからもう一度叩こうとするその時、中からの人の気配を感じた。

 

「遅くなってごめんなさい。…あの、どちら様ですか」

 

 デカい。

 じゃなくて。

 中から出てきたのは室内である筈なのに深く帽子を被っており、その帽子から流れるような金色の長髪を覗かせている少女。

 影になっていて見辛いが美しく整った顔をしている、気がする。

 何か最近周りの美形人口多くね?とズレた思考のまま、少女をまじまじと見ているとタバサに脇腹を小突かれて我に返る。

 向かい合う少女は戸惑ったような表情をしていた。

 

「いきなりジロジロと見てしまって申し訳ない。私たちはちょいと人を探しているのですが…話を聞いて貰えませんか?」

 

「はあ。良いですけれども」

 

「有り難い。探している人ってのはそうですね、黒髪の男性、いや、少年なんですが…」

 

 少女が少し思案するように伏し目がちになる。

 心当たりでもあるのだろうか。

 これは、当たりか?

 いや、まさかそんな簡単に見つかるはず無いよな?

 …無いよな?

 少女の様子に黙り込んでいた俺を、当の少女本人が言葉を促す。

 

「それで、他にはどんな特徴があるんですか?」

 

「ああ、すいません。えーっと、喋る剣を持ってますね。あとちょっと変わった服装です」

 

「…」

 

 あ、これは。

 

「…あなた方とその人はどんな関係なんですか?」

 

「えっ……戦友、ですかね」

 

「知り合い」

 

 脈絡のない質問に詰まりながらも答える。

 考え込む様に押し黙ってしまった少女が口を開くのを待つ。

 不意に金糸のような髪を揺らしながら少女が顔を上げる。

 

「どうぞ、入ってください」

 

「はあ?」

 

「案内します」

 

 

 

 あっさりと見つかったことを喜ぶべきなのだろうがあまり納得はできない。

 此処までうまくいくと何処かでケチが付きそうだ。

 探し求めた男、サイトはその肌を包帯に覆われベッドで眠り続けている。

 金髪の少女ことティファニアさんが言うにはこの村、ウエストウッド村は孤児院らしいがその中の1人の少女が丁度あの戦いの次の日辺りに見つけたらしい。

 見つけた時は酷い傷で死にかけていたらしいがなんとか治療できて、傷は殆ど癒えてはいるがそれからずっと目を覚まさないらしい。

 この人、死にかけの人間を治せるような凄腕の水のメイジなのだろうか。

 竜騎士隊の言っていた「妖精」とやらはこの人で間違いない…かな。

 なんとも良くできた偶然である。

 まあ、生きていたしどうでも良いか。普段は祈らないブリミルさんに感謝する。

 まだ眠りこけているけど。

 

「でも、この人、サイトさんでしたっけ、知り合いの人が訪ねてきてくれて本当良かったです」

 

「こっちこそ、サイトの事を助けてくれてありがとう。見ず知らずの行き倒れを助けられる奴なんてそうは居ない」

 

「そんな、大げさですよ」

 

 少し照れているような少女。

 少なくとも俺は知らない奴がぶっ倒れていても助けないだろう。

 こっちが切羽詰まっている状況なら身包みを剥ぐのも辞さない。

 その程度には人間性が腐っている。

 まあ俺の人間性の話は置いといて。

 

「あっさり見つかったけど…どうする、タバサ?俺はサイトが目を覚ますまでは居ようと思っているが…」

 

「私もそうする」

 

 らしい。

 そんなこんなでティファニアさんに頼み込んで了承してもらい、お世話になるので袖の下を渡しつつ。

 薪割ったり力仕事を任される。

 なんでさん付けかって?

 いやあ、見事なモノだろう?

 何がとは言わないが。

 不審そうな目で見てくるタバサに謝りつつ休暇みたいな感じで過ごす。

 あれ、俺って、褒美でわざわざ学院に残らせてもらったのにこんな所で何やってんだろう?

 そろそろ、学院も始まるだろうに。

 

 …。

 

 考えないことにした。タバサも素でサボってるし。

 

 

 

 

 

 

 

 カン、カンと小気味良い音を立てながら薪を割る。

 力仕事をもりもり出来るような人が居ないらしいからやってくれませんか?との事。

 立派なモノをお持ちであり、上目遣いで且つ遠慮がちに言われればやるしかない。あざといのは罪である。

 子供たちは遊びながら遠巻きにこっちの様子を見ている。

 興味の対象は俺…ではなく俺の近くにいるレッドとシルフィードだろう。

 ロマンだもんな、うん。

 薪割りの前に子供たちに混ざって遊ぼうかと思ったがギャン泣きされかけた。

 「顔が怖いからウルドには無理」とタバサに毒を吐かれ仕方ないのでご覧の有様である。

 当のタバサは本を読みつつ魔法を使って子供たちを浮かせたりしてキャッキャさせている。

 解せぬ。

 うむ?

 後方に感じる熱量。

 

「お、お疲れ様です。あの、これ…」 

 

「ああどうも。なら遠慮なく」

 

 おずおずとお茶を差し出してくるティファニアさんから受け取りぐいっと傾ける。

 寒空の下働いていると美味い物である。

 帽子、好きなのかな?

 ずっと被ってる気がする。

 

「わざわざこんなことありがとうございます、えっと、ウルド…さん」 

 

「ウルドで良いよ。それにこの程度何の問題もないさ」 

 

 何となく男慣れしていなさそうなティファニアさん。

 視線があっちゃこっちゃ行ってる。

 

「しかしまあ、1人でこの孤児院を経営してるのか?大変じゃないか?」 

 

「ううん。もう1人、姉さんがいて、姉さんが此処にお金を入れてくれてるの。滅多に帰ってきてくれないけど…」 

 

 お茶でほっこりした喉で疑問を投げかけてみればもう1人居るとのことで。

 『姉さん』とやらの事を口にするティファニアさんは何となく寂しそうな不安そうな心配そうな顔をしていた。

 …孤児院を動かせるだけのお金を稼ぐなんて凄いな。どんな職業なんだろう?

 まあ、ティファニアさんみたいな良い人のお姉さんなんだ。きっと良い人だろう。

 子供だけの孤児院。

 入り組んだ事情とかは有りそうだが、それをむざむざ突っついたりはしない。

 嫌じゃん。痛いとこ突かれるの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後すぐにあっさり目を覚ましたサイトになんとも言えない気持ちを覚える。

 タイミングの良い奴め。

 起きて早々ティファニアさんにちょっかいかけて子供たちにボコボコにされたりガンダールブ?だか言うルーンが無いと大騒ぎしていた。

 良くわからん。

 灰色の?

 まあいいや。

 

「しっかしお前生き残るぞって約束する位ならきっちり相手に止め刺しとけよな。後ろから撃たれたらどうすんだよ?」

 

「いや、そういうのも考えたけど、でもさ…」

 

「いいさ、別に理由を聞こうって事じゃあないんだ。こうして生きてるんだから良しとしようぜ」

「まあ、これに懲りたらもう2度と敵軍にカチコミかけようとか、あんな真似するんじゃあないぞ。命がいくつ有っても足りはしないからな」

 

「うん、そうする。俺も死ぬような経験はもうごめんだ。ていうかお前もしてたじゃねえか!」

 

 愚痴のようなものに反応するサイトを抑える。

 これでも、お前の事は尊敬してるんだぜ。あんな救いようのないバカな真似出来るくらい凄い奴だってな。

 褒め言葉だぜ?

 面と向かって言いはしないが。

 

「で、やっぱり帰んないのか?」

 

 と本題に入る。

 

「ああ。ルーンが無い今の俺じゃあアイツの力にゃなれねえからな……」

 

 言ってる途中でどんどんテンションが下がっていくサイト。

 なんでも使い魔としてのルーンがサイトに力を与えていたらしく、一度心臓が止まったせいでルーンがオサラバしてしまって力が使えなくなったとか。

 心臓が止まった奴を癒したティファニアさんって凄いのを通り越して逆に怖いとか、あらゆる武器を扱うことができるようにするルーンって手足が発達した奴限定だけど反則じゃねとか、それでゼロ戦動かせるなんてそんなのアリかよとか思いつつサイトの愚痴に付き合う。

 ルーンが無くなっちまったら俺なんて唯の人じゃねえか。

 もう、帰れねえよなあ。

 ルイズ…。

 暫く付き合っていたがいい加減こっちまで暗くなりそうだったので聞こえてきた子供たちの歓声の方に目を向けるとレッドとシルフィードがいつの間にか子供たちの玩具になっていた。

 レッドの方は特に嫌がっては居ないみたいなのでされるがままにしておく。

 シルフィードは…ごめん。

 一応注意の声はかけてみたがあの分じゃ変わりはしないだろう。

 本当にごめん。

 サイトに注意を戻してみると鬱病一歩手前みたいになっていたので思いついたことを言ってみる。

 

「なら、ルーンが必要ないくらいに強くなれば、良いんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、朝から走ったりデルフリンガー振ったりしているサイトに興が乗ったので適当に木を伐り出して木剣を作り相手してみる。

 体が覚えているのか剣の握りとか振り方とかは良いが、肝心の体力、筋力が足りていないようだ。

 後、攻め一辺倒の戦い方なので大して得意でもない俺のフェイントにすら面白いように引っかかってくれる。

 間合いをどうとるか。

 攻めだけでなく受けも大事なんだとか。

 相手を見て、どの様に回避するか、または受けるのか。

 その際にどの様に自分がして欲しい攻撃を誘うか。

 そういった戦術を考えることも大事なんだぜと教えておく。

 俺もそんな出来てる訳じゃないけどね。本業はレッドの上で魔法ブッパだし。

 

 木剣を撃ち合う俺とサイト。

 そんな簡単にできるものでは無いのだが、筋が良いのかさっきより動きが少し良くなっている。

 良く俺の動きを見て避けれるものは避け、避けきれないものはぎこちないながらも受け流したりして衝撃を抑えている。

 攻め気も抑えているが抑え過ぎていて逆に受けに徹しすぎているのはちょっと頂けないが。

 少し、籠める力を強くする。

 踏み込む足の裏が靴越しに地面を掴み、曲げられている関節を伸ばす時に地面との間に生まれる反発力で体を押し出す。

 先ほどまでと比較していきなり跳ね上がった速度に回避を諦め受けることを選択したサイトの視線が良く感じられる。

 あまり大げさになり過ぎないように上段で構えサイトの視線を上方に集中させる。

 剣を寝かせ上からの攻撃に備えるサイト。

 そのまま剣を振る……ことは無く、サイトが剣を持つその手を右足で強かに蹴り上げる。

 完全に注意の範囲外だったようで木剣を手放し目を白黒させているサイトを、蹴り上げたままの右足で体重をかけて押し倒す。

 上手い具合に受け身は出来たようだが首元に剣を突きつける。

 

「このように剣では無く足が飛んでくることもあるので、剣だけに集中せずに相手の一挙手一投足に注意を向けること」

 

「…汚えぞ、ロナ……ウルド」

 

「確かに今のタイミングはサイトも剣の鍛錬だと思い込んでいただろうから卑怯かもな」

「でも、実際の殺し合いでは卑怯も汚いも無いので教訓にして貰えると嬉しい。不意打ちなんて、結構あるよ」

 

 一応事情を話しておいたのでサイトは俺の事をウルドと呼んでくれる。

 喉も乾いたのでその辺に置いておいた桶から水を直接飲む。

 サイトも同じように飲んでいる。

 日が傾き始めているのでここで終わり。

 見ていたタバサやティファニアさん、子供たちと共に食事をとる。

 シチューを食べながらその席で声を上げる。

 余談ではあるがこのシチュー、アルビオンにしては良いお味。

 

「そろそろ帰ろうと思うんだけど、タバサはどうする?」

 

「…私もそうする」

 

「そうか」

 

「そっか、帰っちまうのか」

 

 寂しそうな顔で呟くサイト。

 

「そろそろ授業も始まるだろうしね」

 

「私も用事がある」

 

「…授業にでる訳じゃあ無いのね」

 

 コクンと頷くタバサ。

 授業よりも大切な用事なんて……まあそこそこあるか。

 

「そうだよな…」

 

「そんな顔すんなよ、また来るからさ」

 

 しんみりしてしまう空気。

 俺のせいなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウエストウッド村の人々に見送られながら飛び去る俺とタバサ。

 途中アルビオンのロサイスで別れ1人レッドに跨りながら学院に帰る俺。

 案の定授業が始まっており出遅れてしまった。

 ギーシュを筆頭に活躍した奴らがちやほやされていたりしていたがそれよりも問題だったのはルイズ嬢で。

 部屋に籠りっきりで偶に顔をみたらこの世の絶望全てを鍋に突っ込んで煮詰めた様な表情をしていた。

 一応サイトからルイズに生きていることを言わないでくれと口止めされていたのだが。

 今にも自殺しそうで見ていられなかったので、「ロサイスとサウスゴータの間でやりあったらしいのでもしかしたら「妖精」とやらに助けられているかもしれませんよ、死体も出てないらしいですし」と伝えておいた。

 生きてるよ、とは言ってないし正確な場所も教えていないので約束は破っていない、筈。

 暫く悩んだみたいだが、例のメイドと共にアルビオンに行くらしい。

 

 なんとか上手い具合に丸く収まってくれると俺としても嬉しいなと思いつつも、改めてクラスメイトに挨拶して回る俺だった。

 

 

 




オリ主とタバサさんがサイトさんを探す話にして、あんまりラブコメになっていないラブコメ回その2。
オリ主、ティファニアさんの事情をスルー。
ティファニアさんは2人に何も知られなかったので記憶を奪いませんでした。


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17話 人生山あり谷あり

本当に読んでしまうのか?(ニヤリ




 レッドは見ていた。

 

「まあ、その、ウルド、元気を出したまえ。ショックだったのは分かるが他にもいい人はきっといるさ」

 

「……ああ…」

 

 目の前で確かギーシュとかいう名前の軽そうな少年がウルドの肩を叩きながら言うが、それに対するウルドの反応は鈍いものだ。

 ウルドがこうなるより前にウエストウッド村に残った筈のサイトもルイズに連れられて戻ってきており、先日同じように励まそうとしていたが今と大差ない反応を返していたはずだ。

 

(ウルドめ、気持ちは分からないでもないがいよいよ本格的にマズいな)

 

 お手上げと言わんばかりに渋々去っていくギーシュを見送りつつ主の姿を見る。

 呆けたような表情でただ中空を見上げるばかりでその気が無くとも他者を威圧してしまう厳つい姿は見る影もない。

 魂が抜け落ちているかのようで生気がまるで存在していない。

 

『ウルド。…ウルド!聞こえているか?聞こえているのなら返事をしろ』

 

『……ああ…』

 

『辛いのは分かるが雌なら他にも居るではないか。ほら、キュルケとかいう雌はどうだ?なかなか肉付きが良いではないか』

 

『……ああ…』

 

(ダメだな)

 

 同じ反応をひたすら繰り返すウルドに苦いものを感じる。

 ルーンを利用しての会話ですらこれなのだ。

 完全に自閉している。

 使い魔になってから今の今までに、多少落ち込むことは有ろうとも此処まで酷いのは無かったのでどう対処していいか困る。

 情けない姿に怒り出したくもなるが、それほどまでに執心していたのかと気の毒な気持ちが勝り何も言えない。

 これでいて授業には出ており、自身の使い魔への食事も忘れておらず、尚且つ筋力トレーニングなどの鍛錬も欠かしていないのだから生活習慣とは恐ろしいものである。

 まあ、鍛錬などの様子を見るに、授業もただ聞き流しているだけだろうが。

 

(なんとかならぬものかな)

 

 竜として自身よりも幼い風の子の主。

 レッドは、こんな所で会うとは到底思っていなかった同じ"韻"竜と幾らか言葉を交わしていた。

 その有り余る好奇心にて使い魔になることを選んだらしい、幼い風韻竜。まあ自分も彼女の事を言えはしないが。

 一人前とは言い難い彼女を気にかけてしまうのも致し方ないことだと思う。

 自身らの秘密を守るためにもあまり深いことは聞いていない。

 しかし彼女の主たる少女にもまた、ウルドと同じように、いや、それ以上に複雑な事情を現在進行形で抱えていると推測できるのは、お喋りな彼女の話を聞いていれば一目瞭然だった。

 意外なことに、竜たる自身から見ても分かるほど満更でも無い気持ちをウルドに対して少女、タバサは抱いているように見えた。

 なんで同じ種族である筈の当のウルド本人は気付いていないのだと当初疑問に思っていたがもしかしたら、気付いていたからこそのあの落ち込み様なのかもしれない。

 

(今度こそ立ち直るのに時間がかかりそうだな)

 

 学院の外の草原にポツンと存在している岩の上で微動だにせず黄昏続けるウルドの姿に嘆息してしまう。

 誰か何とかしてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院に戻りしばらくしてのこと。

 いつの間にか帰ってきていたサイトにルーンが無くなったら唯の人なんじゃなかったのかと聞くと自信満々に左手に刻まれたルーンを見せてきた。

 ……まあ、基礎的な鍛錬も続けているらしいし、何より丸く収まったので良しとしようではないか。

 周りも俺の事をウルドと呼ぶのに慣れてきたようで一安心だ。

 帰ってきたルイズ嬢にも言ったので後知らないのはキュルケだけだ。

 コルベール先生をツェルプストーの領地に連れて行ってから一向に帰って来ないのでどうしようもないが。

 死んだとばかり思い込んで落ち込んでいるサイトに本当の事を伝えてやりたいが言い触らさないでほしいと口止めを受けているのでどうにもならん。

 すまんな、サイト。きっとまた何時か会えるさ。

 さて、俺はと言うと戦争前と特に変わらぬ生活を送っていた訳で、違いと言えばタバサとキュルケが居ないこと位である。

 あんなに休んで良いのだろうか。

 まああの2人は成績良いからね、大丈夫なんじゃないかなと流す。

 火の系統魔法以外であの2人より成績が良いのが算学しかない俺には言えた義理ではない。

 そんなこんなで心休まる日々を送っていると噂をすればというヤツで、タバサがふらっと学院に戻ってきた。

 また一週間くらいしたらまた何処か行ってしまうらしいが久々に顔を見れて嬉しい。

 次の機会が何時になるか分からないので今の内に前の約束を果たそうと口を開く。

 

「一週間時間があるなら、前に約束した食事、虚無の曜日にでも行こうか?」

 

「行く」

 

 覚えていたのかは知らないが即答である。

 なんとなく目を輝かせているような雰囲気だが…。

 タバサって、もしかしなくとも食いしん坊だよな。ザルだし。

 

「一応見繕っておいたけど、他に何処か行きたい所でも在るかい?」

 

「ウルドに任せる」

 

「へいへい、任されましたよ、お嬢さま」

 

 最後だけお嬢さんとキザっぽく言ってみた反応は薄い。

 それどころか怪訝な目で見られてる。

 やっぱ、俺にはこういうの無理だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんな大好き虚無の曜日。

 夕方位になると鬱々とした感情が湧いてくるのを除けば一週間で最高の日だと思う。

 そんな惰眠を貪りたくなること請け合いな日の朝っぱら。

 楽しみ過ぎて日が昇る前から目が覚めたため野原を森を駆け巡り一汗かいた後にざばんと朝風呂に入ったせいで既に心地よい疲労が体を襲っている。

 いつもの俺ならばふかふかベッドで寝てしまうかもしれないが今日の俺は一味違う。

 溢れ出る脳内麻薬のお蔭で全てのバッドステータスを無効化出来てしまうかもしれないくらいだ、疲労なんてどうってこと無い。

 ふははは。

 タバサが居なかった間に下見は万全。

 必要以上に下ろしてきた金貨の入った袋はずっしりと重みを持っている。

 本当は褒賞金をサイトと分割しようと思ったのだが当のサイトは何時の間にかシュヴァリエ、つまり貴族になっていていらねえよ、と拒否されてしまった。

 知らぬ間にサイトが遠い所に行ってしまったように感じたが貴族の年金で買った馬に「ルイズ」と名前を付けてルイズ嬢本人にボコボコにされていたのを見ると多分気のせいだ。

 そんなことはさておき今日の食事である。

 食事とは銘打ったもののこれは間違いなくデートである。

 そう。

 

 デートなのだ。

 

 デートである。誰が何と言おうとデートなのだ。

 何か忘れていることがある様な気がしないでも無いが今は気にする暇は無い。

 

 俺は、今日。

 やり遂げるのだ。

 今日、伝えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 トリスタニアの活気は日に日に戻っていく。

 8カ月にも及ぶ戦争によって穿たれた穴を埋める様に。

 目的のお店はまだ開いていないので時間を潰す様に冷やかしがてらブラブラしている。

 そこかしこに店を構える露店。

 食べ物を売っていたり、アクセサリーを売っていたり、出自不明のなんとも胡散臭い物が置かれていた店もあった。

 何時の日にか見たような何らかの金属でできたフレームに取っ手らしき出っ張りと、車輪と思しき金属と謎の軟質物質の複合体が付けられた糸車もどき。

 カゴが付いていることからも明白な、俗に言うママチャリという世の奥さま御用達の逸品がずでんと置かれていたのには流石に面喰った。

 ゼロ戦といい、ママチャリといい、いったいこの世界はどうなっているのだろうか。

 まじまじと見てしまった為タバサに変な顔をされてしまったじゃないか。

 

「アレがどうかした?」

 

「いや、ごめんごめん。金属製の糸車?なんて初めて見たからさ」 

 

 ママチャリを指差しつつ訊いてくるタバサに当たり障りのない答えを返す。

 一度じっとママチャリを見つめてから「行く」と短く言いながら俺を引っ張っていくタバサ。

 ママチャリを見つめる姿が、新鮮な食料品を見抜くために真剣な目をした地球の奥様方と被ってしまったのは内緒だ。

 失礼なことを考えたのが見透かされたのか脇腹を小突かれた。痛い。

 タバサの手にはいつものように本は無くただその身の丈に似合わぬ大きな杖を抱えているだけである。

 そんな姿に新鮮さを覚えつつも、大きな杖を持つ小柄なタバサの姿に魔女っ娘というフレーズが浮かぶ。

 魔女っ娘タバサちゃん。

 …うん、そのまんまじゃねえか。

 

 

 

 

 タバサに引っ張られながら「あれ、これじゃあ下見した意味無くない?」とエスコートが全くできていない自身に情けなさを感じつつも、たどり着いたのは本屋。

 では無く貴族様御用達の服屋さん。

 ここは確か学院の女生徒向けに制服やマントを下ろしていたりもするはずである。

 なんで知ってるかって?

 下見で色々調べてたからだよ。決して疾しい気持ちで調べたんじゃあないんだ。信じてくれ。

 店員が変な目で見てくるが俺が何をしたって言うのだ。少なくともまだ何もしちゃいない。

 "用事"で一つマントが駄目になったらしく新調するために来たかったらしい。今身に着けているのは予備だとか。

 されるがままに採寸されているタバサを横目に店内を見渡してみる。

 オーダーメイドの店であるためクソ高そうな布地が所狭しと置かれているがサンプルとしていくつか完成品も展示されている。

 歩き回りながらぐるりと見渡してとある一角に目を取られ…。

 直ぐに逸らした。

 遠目に見たからデザインは良く見えなかったが上質そうな生地で作られた三角形の布きれだった。

 ここ、下着も作ってんのかよ。知らなかった。

 だから俺が入った時に店員に変な目で見られたのか。

 窺う様にちらりとタバサの方を見る。

 目が合う。

 俺は目を逸らした。…バレた?

 なんか視線にジトっとしたものを感じたし、今も背中に突き刺さる様な視線を感じる。

 気を紛らわす様に価値が分かりもしない生地をただぼーっと見つめていたらチョイチョイと袖を引っ張られる。

 先ほどと大差ない視線を投げかけるタバサである。

 

「やあ、終わったかい?」

 

「下着、見てた」 

 

 硬直。

 顔をまじまじと見てくるタバサ。

 歪んでしまったまま張り付いた恐らく気持ち悪いであろう笑みを浮かべる俺。

 汗が頬を伝って落ちていくのを感じる。

 妙なプレッシャーを感じつつ、弁解の為に口を開く。

 

「いや、たまたま、そう、たまたま目に入っちゃって…」 

 

「スケベ」 

 

「いや、だから」 

 

「スケベ」 

 

「…はい。スケベですいません」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羞恥プレイを喰らって店から出た頃には良い感じに時間が過ぎており、今日の本題である食事へと向かう。

 人の事を小声ではあるがスケベスケベと言ってきたタバサはどこ吹く風といった感じで隣りを歩いていた。

 くそう、こんなので本当に大丈夫なのか?

 本当にちゃんと伝えられるのだろうか、凄い不安だ。

 うだうだ考えながらもきちんと目的地に到着する。

 褒賞金に物を言わせて背伸びどころか『フライ』を使ってまで見栄を張るが如く、俺には全くといっていい程ご縁の無かったお高めのお店を選択したことに後悔は無い。

 学院の生徒や、様々な場所で情報収集をした結果此処にすることを決めた。

 学院の生徒でも背伸びをすればなんとか行けないことも無いという店選びである。褒賞金が無ければ俺には致命の一撃だった。

 酒場とか大衆食堂くらいにしか行ったことが無い俺には、店に入る際にボーイ?みたいな感じの人に迎えられることすら衝撃であるが顔にはそれを出さない。動作はぎこちないが。

 なんとか、やり過ごし席に着く。座る時に席をボーイに引かれるのが俺には妙に鬱陶しく感じられる。俺の手は一体何のために付いているというのか。

 タバサは慣れたもので当然の物と言わんばかりのすまし顔だった。流石本物の貴族。ガリアの何処の貴族かは知らないが。

 ガチガチに緊張する俺ではあるが、俺は今日この時のためにわざわざ礼儀作法に関する授業を真面目に受け、自習までしてきたのだ。ビークール、ビークール。

 

「まあ、遠慮せずに頼んでよ。お金の心配はしないで良いからさ」 

 

「そこまで言うならそうする」 

 

 結果として俺はこんなことを気安く言ってしまったことを後悔することとなった。

 肉やら魚やらパイやら何やら、果てにはチェック外だったのか俺が見たことは愚か聞いたことすらない料理の数々。

 次々に運ばれてくる皿に俺は一瞬この店が食べ放題の店だったのかと思ってしまう。

 下調べしたからそんな筈無いのは百も承知だが、どれだけこの娘は食べる気なのだろうか。

 

「?…食べないの?」 

 

「え、ああ。食べる」 

 

 ものを飲み込んでから聞いてくるタバサに応じて、今まであまり気にしてこなかったテーブルマナーに四苦八苦しつつ料理に手を付ける。

 こんな予定じゃあ無かったが食べなきゃ損だよね、と開き直って舌鼓を打つ。

 なんなのかよくわからないが美味しい物を食べながら、タバサの方を見やる。

 タバサを良く知らない人には何時もと変わらぬ無表情に見えるかもしれない。

 そう見えるだけで実際には満足げに手に持つフォークやナイフの勢いを止めていない当たり喜んで貰えているのではないかと思う。

 一応は自分の努力も無駄では無かったのかなと、タバサの様子を見ていると何となく嬉しくなる。

 俺にとっては料理にかかっているソースよりも、そっちの方が良い調味料だった。

 

 

 

 

 

 デザートまで食べ終わり満腹そうだからか軽く表情が緩んでいるタバサと少し休憩した後、さあ行こうかと会計をしたその時。

 一気に袋の中身が3分の1近くにまで減ったことに戦慄し崩れ落ち膝を着きそうになる体を叱咤激励して何とかこらえる俺をタバサが店の外に引っ張り出し死刑宣告をする。

 

「次に行く」 

 

「………ゑ?」 

 

「次はスイーツ」 

 

 さっきあんなに、デザートまで食べたじゃないですか、と思わず聞き返した俺に別腹と短く答えたタバサは有無を言わさず俺を連行していく。

 アカン。

 いつぞやの妖精亭での一件が思い出される。

 でも、惚れた弱みなのか、俺には抵抗できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後何軒かハシゴしてすっかり頼りない重さになってしまった袋に内心涙を流す。嬉し涙ですよ、多分。

 強がるのは置いておいて時刻はすっかり夕方。

 食べすぎたので休ませてくれと訴え、1ヶ月ほど前、アルビオンに行く前に一緒にサンドイッチを食べた広場のベンチに2人並んで腰掛けている。

 視界に映る風景からして恐らく同じベンチだろう。

 

「なんか食べてばっかりだったけど、どうだった?殆どエスコート出来てなかったけどさ」 

 

「悪くない」 

 

 良いとは言って貰えなかったが少なくとも嫌がられてはいない。

 悔しい反面、嬉しくもある。

 夕日に照らされるタバサの横顔は以前戦争に行く前に見た時と同じで、やっぱり綺麗だった。

 

「そう言って貰えると助かるよ。俺もぐだぐだ言ったけど、やっぱりタバサと一緒に色んなお店回って食べ歩きするの楽しかったな」 

 

「…本当に、嫌じゃなかった?」 

 

「うん、嫌じゃなかった。嫌だったなら都合でもでっち上げて帰るさ」 

 

 無表情に見える端正なその顔に若干の不安みたいな色を見せながら聞いてきたタバサに笑いかけながら冗談交じりに返す。

 うん。

 覚悟を決めろ、ウルド。

 時刻は夕暮れ、後は学院に帰るだけだ。

 ここで言わなきゃ男じゃない。

 

「なあ、戦争に行く前に帰ってきたら話したいことがあるって言ったじゃないか」 

 

「言ってた」 

 

「聞いてくれるか?」 

 

「……聞く」 

 

 すうっと息を大きく吸って深呼吸。

 破裂しそうな程に鼓動が激しくなっている心臓を落ち着かせようとして、出来なかった。 

 言葉が途切れ途切れになりそうなくらい口が震えそうになるが一度真一文字に引き締め震えを抑える。

 不安な気持ちに決意を押し潰されそうになるが、意を決して口を開く。

 

「歯が浮きそうになる言葉なんて俺は知らないから率直に言うぞ」

 

「…」

 

コクリと頷くタバサに言葉を続ける。

 

 

 

「好きだ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「タバサ…君の事が好きだ。だから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と、付き合ってくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲の喧騒なんて最早耳が音として認識しない。

 ただ、タバサの、好きな人の言葉を逃がさぬように。

 見つめ続けているタバサの瞳に込められている感情は読めない。

 沈黙。

 吐息の音が聞こえる。

 目の前のタバサのものだ。

 大きく吸われた息に遂に答えが返ってくるのを感じ取る。

 そうして、魅力的に映るその唇が可愛らしく動いて、紡がれた言葉は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 拒絶の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉を言い終え、ベンチから立ち上がり歩き去っていくタバサの後ろ姿。

 夕日に照らされたその綺麗な、真っ青で澄み渡った大空を思わせるような色の髪が揺れながら光を反射してキラキラと輝き幻想的な光景を創る。

 そんな後ろ姿に無意識に手を伸ばそうとするも、何一つとして掴めるものは無かった。

 雑踏の中にタバサの姿が消えると力を失ったかのように手が下りてしまう。

 ベンチの、丁度タバサが座っていた、未だ彼女の温もりが残る辺りに手が下ろされると手が何かにぶつかった。

 動かすのも億劫だが、顔を向けるとそこにあったのは袋。

 感触からして恐らくお金でも入ってるのでは無いだろうか。

 多分、今日の飲食代だろう。

 律儀なものだ

 

「手切れ金って、奴なのかな?」 

 

 自嘲するように呟くと徐々に実感が湧いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺、フラれてしまった。

 

 

 




オリ主がフラれるだけのお話。
自分から告白しておいて挙句の果てにフラれるオリ主はあんまり居ないと思います。
唐突に始まったラブコメもどき回も取り敢えずこれで最後。



雨に混じって雪降ってやがる。
嘘だろ。
まだ10月やぞ。


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18話 踊りませんか


流石にごまかしも効かなくなってきたのでタグ追加しました。
?が付いているのは私がちゃんと表現できているかどうか不安だからです。
予防線を張ったとも言う。






 気が付いたら新学期だった。

 ショックでしばらくの期間呆けていたようだが漸く自身を取り戻すことができた。

 といっても完全にやる気が抜け落ちている状態だが。

 新学期までの記憶も完全に飛んでいるが、あの娘も何日か前に帰ってきたようだ。

 惰性のままに続けていた図書館通いを続けていた折にばったり出くわしてしまったので逃げる様にその場を後にしてしまった。

 その後は気まずいので図書館には行ってない。

 以前のような微妙な距離で共に本を読み漁っていたのが懐かしい。

 もう戻れない過去であろうことが寂しい。

 さて、俺のS○N値が削れる話は置いといて。

 いつの間にか学院で水精霊騎士隊(オンディーヌ)なんて物が設立されていて物好きな奴らが参加しているとか。

 何でこんな話をしているかと言うと。

 

 

「なあ、ウルド。君も入らないかね。我が水精霊騎士隊(オンディーヌ)にね」 

 

 

「どうだ、ウルド?気晴らしにでも一緒に体動かそうぜ?」 

 

 

 現在進行形で隊長に収まったギーシュと副隊長のサイトに勧誘されている訳だからだ。

 

 

「と言っても、俺はメイジではあるが貴族じゃないぜ?特例でこの学院に居ることを許されてはいるが、それはどうなのさ?」 

 

 

 言外にやりたくないという意図を滲ませつつ返答する。

 悪いが気分では無いんだ。

 出来るなら他を当たって欲しい。

 

 

「なに、貴族でなくとも君だって竜騎士として戦争に参加していたじゃあないか」 

 

 

「そうだぜ、7ま……とにかくお前だって凄い強いじゃないか」

 

 竜騎士と言う言葉が発された瞬間に周りの他の隊員たちにも動揺が広がっていった。

 吹聴されるのは好きじゃあないがまあ致し方ないだろう。

 あと、サイトはもう少し考えてから喋ってくれ。

 でもなあ。

 

 

「お前ら2人はそう言ってくれてるが、他はちょろちょろ嫌そうな奴らが居るじゃないの」

 

 

 貴族じゃないとか色々理由は有るだろうが無遠慮に視線をぶつけられるのは結構堪える訳である。

 指摘するとさっと目を逸らしたりする辺り自白しているようなものだ。

 

 

「う、だが、しかしなあ」 

 

「なら、文句の有る奴と模擬戦でもして決めたりするのはどうだい?」

 

 割り込んできた奴、確かレイナールとか言ったっけ。

 眼鏡を掛けた大人しそうな外見のそいつの鶴の一声であれよあれよと流されてしまう。

 入りたい訳じゃあ無いんだが、抵抗する気力も無い。

 仕方ないなあ、と新学期以来使い古しの杖を身に着けることを止めて腰に差したままの剣の柄に軽く触れながら誘われるままに歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 面倒だから纏めてかかってこいよと見え透いた挑発をかけて、皆さん単純なことに良い感じに頭に血が昇らせてくれたので。

 離れた位置で各自詠唱している所に、パパッと詠唱を終わらせ分裂させた『ファイヤー・ボール』で纏めて牽制。

 良い感じの所で炸裂させ生じる熱波で驚いてる隙に適当に杖を蹴り上げたり腕を掴んで取り上げたり。

 勝ったは良いが結局入隊はせずそんなに言うなら調練位は見るよと非常に微妙な立場になった。

 つまり、軍曹殿の真似事をさせられる羽目になった訳だ。

 基本的に体力が足りねえという事で走らせたり筋トレさせてみたり、妙に腕を上げたサイトと共に接近戦の指南を行ったり。

 というかサイトの奴め、化けやがったな。

 大分いい感じじゃあねえか。

 アルビオンに居る間に探しに来た銃士隊の隊長さんとやらに随分と扱かれたらしく大分サマになっている。 

 暫くしたら抜かれるのは間違いないな。

 まあ。

 

 

「おらどうしたどうした。随分と貧弱じゃねえか!」 

 

 

「く、そう…」

 

 まだまだ筋力では負けはしないがな。

 筋肉は偉大である。

 木剣で撃ち合っている為ルーンが発動しないからサイトはどうしてもパワー負けしている。

 

「ウルド、お前どんな馬鹿力してるんだよ!ゴリラか!」

 

「これも日々の積み重ねの賜物ってね。精進するが良い」

 

 ぐぬぬ、と納得のいかなそうな顔で人をゴリラ扱いしてくる失礼なサイトにドヤァとウザい笑みを浮かべる。

 筋力と体力のアドバンテージと言うのは大きいものなのだ。

 という訳で休憩の後またも走り込みを追加する。

 大丈夫、1ヶ月も走ってたら慣れるから。まあ慣れたら慣れたでまたキツくするがね。

 騎士隊員の後ろを走りながら魔法を使いつつ追い立てる俺に恨みがましい視線が降り注ぐ。

 負け犬共が、悔しかったら俺に勝ってみやがれってんだ。ふはは。

 ……虚しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憎きクロムウェルは存在そのものを忘れかけていたある竜騎士の手で捕縛され、己が元に転がり込み。

 王党派を、ウェールズを否定した恥知らずな貴族派の手で作られた神聖アルビオン共和国もガリアの手で崩壊した。

 自分の手で引導を渡せなかったことは歯痒いが、良しとする。

 クロムウェルの尋問はまだ終わった訳ではないがこれから先のトリステインの事について考えていくしかない。

 自分は王たるに相応しい人間では無いし、贖罪と言う言葉を使う事すら許されないだろう。

 全ては自分で決めて、考えて、戦争を起こして民を戦に駆り立て、国を傾けたのだ。

 長いトリステインの歴史上でも類を見ないほどの暴君ではないか。

 王位を追われ縛り首にされても文句など言えない筈なのだ。

 だが、マザリーニを筆頭とする忠臣から、貴方は今のこの国に必要な方なのだと言われ、王を続けている。

 ゴーレムやガーゴイルといった心を持たない魔法生物の様に唯粛々と。

 自身を必要としている者達の期待に応えるべく心を封じ込めて、望まれるままの王という偶像として。

 

 

 

 

「ガリア、ですか」 

 

 

「はい、彼の者の口から出た言葉であり、当のガリアの手で共和国は滅びておりますのでどこまで信じて良いかは分かりませぬが…」 

 

 

 クロムウェルの吐いた情報。

 それは、ガリアの手引きによってレコン・キスタを起こしたというもの。

 現実感の無い話である。

 それを為した上で、ガリア主催で開かれた会議で共和国の勃興を防ぐための"王権同盟"に参加しているというのであれば大した面の皮の厚さであろう。

 かの同盟軍の離反もアンドバリの指輪と呼ばれる水の先住魔法の力を秘めた秘宝にて行われたという話だった。

 この戦争後の微妙な情勢下に真偽は定かではないが頭の痛くなる内容が舞い込んできたものだと独りごちる。

 例え、ガリアが黒幕だったとして動くことなど出来はしない。

 戦争での損害から立ち直っていない上に、此度の戦と同じように他の国と同盟を結べるとは限らない上に。

 そもそも。

 国力が違い過ぎる。

 トリステインでは到底太刀打ち出来る訳がない。

 

 

「このことは他の者には?」 

 

「いえ、あまりに物騒な話でありますゆえまだ、誰も」

 

「よろしい。この情報は機密とします。何者にも漏らしてはいけません」

 

「仰せのままに」

 

 自分の蒔いた種とは言え、来る日も来る日も別の問題の対応に追われる毎日。

 自身の心に決着を付けられぬまま忙殺されていく。

 

 だからだろうか。

 

 戦争に対する慰労と新入生の歓迎にと臣下に送り出された魔法学院はスレイプニィルの舞踏会。

 "真実の鏡"というマジックアイテムで自身の理想の姿となってから参加することになるこの会で自身がルイズの姿となってしまったのはなんと皮肉な事か。

 自嘲の笑いが込み上げてくるのを抑えつつ1人佇むこととした。

 そんな舞踏会に於いて。

 

 

「ルイズ…」 

 

 

 甘く囁かれる言葉の主。

 親友であったルイズの使い魔の、自身がシュヴァリエとしたサイトという少年。

 その少年に抱きしめられ成すすべなく、いや広がる安心感のままにされるがままにしているというのが正解か。

 自身を見ている訳ではないが、それでも尚縋るべきを全て失っていた自身の体に人の温もりはまさしく甘い毒その物であった。

 しかし、これではいけないのだ。

 自身がルイズを死地に送ったからこそ、この少年はルイズの代わりに7万の軍勢に立ち向かった。

 結果としては、生きて帰ることができたかもしれないがそれでも自身の采配で死なせかけたのだ。

 この温もりに縋ることなど許されない。

 意を決して声を出そうとしたその時に。

 押し付けられ唇。

 口づけ。

 そして。

 

「姫、さま…?」 

 

 

 目に映る特徴的な桃色のブロンドの長髪。

 ルイズ。

 同時に聞こえてくる喧騒から事態を知る。

 

 

 魔法は、いつの間にか解けていたのだ。

 

 

 走り去るルイズと其れを追うサイト。

 残された少女、アンリエッタはへなへなとその場に座り込んだまま呆然とした表情で見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎士隊がタバサを勧誘しようとして、騎士ごっこに興味は無いと断じられ、成り行きで鬼教官ごっこしていた俺のSA○値にまで余計なダメージが入ったりした事もあったが俺の精神衛生上の観点から深くは言わない。

 いや、気にすることは無い筈だ。だって俺は実際竜騎士だったし。

 今はただの国籍不明の学生だけど。

 うん。落ち着け、落ち着け。

 …。

 さて、今現在新入生歓迎のスレイプニィルの舞踏会だかが開催されているが、料理だけパクって1人月見酒と洒落込んでいた。

 サイトやギーシュ他騎士隊のお蔭で少しは気が紛れてはいるが、やっぱりどうにもままならない感情を持て余し気味なので余り騒がしい所には行きたくない。

 

 

『まだ、辛いのかウルド』 

 

 

「そう簡単に割り切れる筈無いさね。はぁ…」 

 

 

 人気が無いので言葉で伝える。

 早々と食べ終わったので既に皿は空。

 レッドの巨体にもたれ掛りながら目を瞑る。

 ああ、フラれたもんな。

 そんな簡単に割り切れるならそもそも最初から告白なんぞする訳無い。

 相変わらず何か忘れている気がするが今はフラれたことの方がショックでどうでも良い。

 満腹感からか眠気が湧いてきてひと眠りでもしようかとしたその時。

 

 

『ウルド、ルイズが会場から飛び出していったぞ』 

 

「うん?」 

 

『ただ事では無い雰囲気だったが、どうする?』

 

「…様子でも見るか」

 

 言うなり学生服と、腰に差した剣に手甲という軽装でレッドの背に飛び乗り空へと舞いあがる。

 

 

「どっちの方だ?」 

 

 

『恐らく正門側だろう』 

 

 

「なら、向かってくれ」 

 

 

 羽ばたくとともに一息に学院の壁を飛び越え正門側へと進路を向ける。

 一瞬の後に正門上空にたどり着くと遠く街道の上に人影のようなものを見つける。

 『遠見』で確認するとやはりルイズ嬢のようで、その角度が付いていた為チラリと見えたその横顔には涙らしき水滴が付着していた。

 

「なんだってんだ、あれ…!?」

 

『ウルド!戦闘だ!』

 

 月に照らされた夜の学院の敷地内、中庭、ヴェストリの広場の方から戦闘音が聞こえてくる。

 敵襲?

 一体誰が?

 学院内での戦闘などただ事では無いとタバサから聞いた学院襲撃事件を思い出しながら、疑問を投げ捨て即座に中庭の方に行くとそこには。

 

 

 氷の矢、『ウインディ・アイシクル』であろう魔法を放つ青髪の少女タバサと。

 

 その氷の矢をデルフリンガーで受け止めるサイトの姿があった。

 

 

 何か良くないことがあったのだと理解する。

 剣を抜き放ち詠唱しつつレッドを降下させ地面すれすれを飛行している所で飛び降り2人の間に割って入る。

 着地して直後にスペルを開放。

 今にも放たれんとしていた『ウインディ・アイシクル』を『ファイヤー・ウォール』で焼き溶かす。

 

 

「サイト、事情は知らんがルイズ嬢は正門から街道沿いに走ってった。レッドを使え」

 

 

「ウルド!…でも、相手は…!」

 

 

「余計なことは考えんでいい。……お前のお姫様だろうが、自分で迎えに行け」

 

 

 

「……分かった。ウルド、後は頼んだぞ!」 

 

 

 

 返答はせずサイトがレッドに乗り飛び立とうとしている所を狙うタバサに肉薄し握りっぱなしの剣を振るう。

 駆け寄る勢いをそのままに、踏み込んだ前足に体重をかけて全力での横一閃。

 分かってはいたがさも当然の様に避ける姿を見るにやっぱりこの娘は訳有りなのだろう。

 剣の腹を当てようとしていたのだが、それでも全身の筋肉を使い全力全開のフルスピードで殴り掛かるのを不意打ちの状態から避けるのは並ではない。

 ひらり、と宙を舞う様に跳躍することで後方に下がり、体勢を崩すことなく即座に詠唱を始める姿には手慣れている物を感じる。

 

 

「良くは分からんがこれも"用事"って奴か?舞踏会だっていうのに随分物騒なダンスを踊りやがって」 

 

「!…貴方に用は無い。下がってくれるなら何もしない」

 

「そういう事言うならさ、魔法を解除してからにしてくれ、よっと!」

 

 "用事"という言葉で少しだけ無表情が崩れるが即座に立て直し、無表情のまま魔法が解放される。

 一撃の威力では無く、如何に相手に攻撃を当てられることを重視したのか『ウインディ・アイシクル』が放たれた。

 むざむざ当たる趣味は無いので『フレイム・ボール』を前方に発射・炸裂させ、そのままその方向に向かって走り出す

 一本一本はそれ程大きくは無い氷の矢の一部を溶かし、炸裂させた衝撃で周辺に散らばっていた他の氷の矢を弾き飛ばして道を開く。

 爆炎に紛れつつそのまま直進、腕と巻き付けた学院のマントで庇うも顔が熱で焼けてちょっと痛いが知ったことではない。

 炎を突破すれば目の前に居るのはタバサ、間合いを調節するように軽く後ろに下がるがその程度では意味が無い。

 全力疾走しつつも短く正確に詠唱するのは『ブレイド』。

 剣を覆う様に光の刀身が構築され、そのまま走りながら剣を振るう。

 振り被りと合わせて精神力を注ぎ込み、刀身を長くして間合いの不足を補う。

 

 

 ガィンッ!!

 

 

 いきなり長くなった刀身に驚いたかどうかは分からないが手に持つ大きな杖で受け止められる。

 しかしそのままの勢いで距離を詰めることは出来た。

 流石に良い杖だ。

 鍔迫り合いのようなこの状態からでは切断できそうにない。

 見た目から想像もできない力で押し返してくるが上から押さえつける様な状態であることとそもそもの体格や筋力量の違いから徐々に手が下がっていく。

 このまま抑え込め…

 ゴスン、と脇腹に突き刺さる衝撃。

 ぐふう、と思わず声にも成らない音が空気と共に口から漏れ出す。

 俺の力が緩んだ瞬間に全力で後方に疾走し距離をとるタバサ。

 もろに入ったタバサの足。

 よくもまあ抑え込まれた状況から蹴りなんぞ出せるものだ。

 ジンジンと痛みを発する脇腹に涙を堪えつつ詠唱し始めたタバサに此方も応じる。

 

 

「いつつ、やるとは思ったが、ここまでとはな。目的はサイトの足止めか?それなら任務は失敗といった所か」 

 

 

「これから追いかければ良い。もう一度言う。退いて。貴方とは戦いたくない」 

 

「俺も戦いたくは無いがね。でも好きな人と友人が殺し合うのは見たくないのさ」

 

 『エア・カッター』が頬を掠める。

 どの言葉に反応したのかな?

 好きな人って辺りだと嬉しいかも。

 

「なら貴方が私と戦っているのは何故?」

 

「さあてな。俺にも良く分からん。でも一つだけ言いたいのは…」

 

 またも放たれた『ウインディ・アイシクル』を用意していた『熱風』で融かしつくす。

 自身の放った氷の矢群が一瞬にして融け落ち、水蒸気に変化した光景に軽く驚いている気がする。

 

 

 

「俺と一緒に踊りませんかレディ、ってな!」 

 

 

 

「そんな暇は無い」 

 

 

 

 最もではあるが連れないことを言うタバサにそのまま躍り掛かる。

 俺としても軽く酔っているのかもしれない。

 酒にも、このシチュエーションにも。

 タバサとしてはさっさとシルフィードで追いかけたいのだろう。

 少し焦り始めている気がする。

 

 

「事情ってのがあるなら話して欲しい所だな。そしたらやめても良いぞ」 

 

「話せない」 

 

 

 ジグザグに動きながら再度展開したブレイドで体に当たりそうな氷の矢だけ弾き飛ばしながら近づこうとするが同じようにタバサもちょこまかと動き回っているので思うように近づけない。 

 

 

「話せないって、何時ぞやの俺みたいだな!」 

 

 

 無理に近づこうとすると氷の矢が制服を切り裂き真っ白なシャツが血で赤く染まる。

 本当になんでタバサとこんなことしてるんだろうな。

 

「…巻き込みたくない!」

 

 理由はやっぱり言ってはくれないが巻き込みたくないってのは本音だと思う。

 そんな辛そうな顔しないでくれよ。

 放っておけなくなるからさ。

 

「ラグーズ・ウォータル・デル・ウインデ…」 

 

 

 良く覚えてはいないが確か『アイス・ストーム』だったか?

 ならば。

 

 

「ラグーズ・カーノ・ラーク・ソル・ウィンデ…!」 

 

 

 発生する2つの旋風。

 方や氷の粒を内包する『アイス・ストーム』、方や炎を纏う『火炎旋風』。

 ぶつかりながら水蒸気を発生させるその2つ。

 優勢なのはタバサの『アイス・ストーム』。

 俺は確かに火のスクエアだが風に関してはタバサの方が上という事だ。

 勢力が弱まり今にも押し負けそうな『火炎旋風』を解除。

 引き寄せられそうになる氷の暴風を避ける様に迂回しつつ術者であるタバサを狙う。

 『マジック・ニードル』を放ち、敢えて回避させることで集中を乱すと暴風が力を失い消えていく。

 そのまま弱い追尾性能のある『フレイム・ボール』を放ち追撃にする。

 一方のタバサの口が微かに動いたかに見えると跳躍、いや飛翔する。

 

 『フライ』。

 

 スカートが翻るのも気にせず飛翔しつつ背後の炎球を撒こうとする彼女に、炎球を分裂させて対応する。

 増加した炎球のホーミング制御に気を取られ俺は動きを止めざるを得なくなる。

 四方八方から肉薄する火の玉に、前後と上下左右、自由自在に飛び回るその姿には優雅ささえも感じられる。

 まるで木の葉の様にヒラヒラ火の玉を避け続け、遂にはその全てを回避しきり、『フライ』を解除。

 まるで猫の様に足を柔軟に使い着地を果たした瞬間には集中する時間が足りなかったのだろうか、ほんの数本に数を減らした氷の矢が飛来する。

 しかし。

 ブシュ、と左腕に突き刺さる一本の氷の矢。

 確かに、ホーミングの制御に立ち止まらざるを得なかった俺も即座にスペルを破棄して自由を取り戻し回避の為全力で疾走していた。

 しかし、初動が遅れたのであろう。

 丁度頭を庇う位置にあった左腕に直撃を受けてしまった。

 凍てつく冷気からか血の出る量が少ない。

 傷口から痛みと共に凍える様な寒ささえ感じる怪我に一瞬だけ気を取られていた間に感じられる巨大な冷気。

 既に春だというのに離れている俺にすら感じられるその冷気の発生源は巨大な氷の槍だった。

 

 『ジャベリン』というスペルだろう。

 

 凶暴な様相を呈しているそれに当たればノックダウンと言うか致命傷になりかねない。

 死すら幻視するほどのそれに半ば反射的にスペルを吐き捨てる。

 此方のスペルは『フレイム・ボール』。

 いささか見劣りするが殆ど完成していた『ジャベリン』にある程度対応できそうで最も早く詠唱できたのがこれだったのだ。

 直後推進し始める氷の槍に此方も負けじと炎球をぶつけんと射出する。

 

 

 ボシュウ、と間抜けな音が聞こえ辺りに蒸気が立ち込める。

 

 

 不意に蒸気をかき分けて此方に向かってくる物が見える。

 それは、体積を落としながらもなお健在であった 氷の槍。

 

 撃ち負けることは予測していた。

 予想より少しばかり大きいままだが、何とかするしかない。

 

 短いルーンと共に展開されるのは『ブレイド』。

 展開と同時に走り出す。

 目標は、徐々に近づいてくる氷槍で、『ブレイド』を纏った剣を構えつつ接触しようというその時に剣を振りその槍の先端付近にブチ当てる。

 ギャリギャリと不快な音を立てつつ、只管直進し続けようとする氷槍の進路を変更する為に。

 未だ氷の矢が突き立ったままであまり力の出ない左腕にも有りっ丈の力を込める。

 一瞬でしかない接触にも関わらず筋肉が軋み上げるのが感じられるが、力の限り耐え続ける。

 思わず、咆哮が漏れる。

 

 

 

「んぎ。ぬぅぅおぉぉオッ!!」

 

 

 

 

 弾かれ宙を舞う剣。

 

 

 

 少し進路をずらされ後方を飛んでいく『ジャベリン』。

 

 

 

 押し勝ったことに喜びを感じぬまま、左腕の氷の矢を引き抜きつつ疾走し、タバサに向かって肉薄する。

 タバサは驚きの表情を浮かべた後に、俺の手に剣が、魔法の発動媒体が無いことを確認するといつもの無表情に戻る。

 そのまま冷静に詠唱を完成させ2本目の『ジャベリン』を撃たんとするタバサに向かって。

 

 

 

 俺は、疾走の勢いのまま、低空で文字通り『飛翔(フライ)』する。

 

 

 

 何の対応もできないまま俺と衝突し一緒になって転げまわるタバサ。

 

 

 別に杖が無くとも詠唱できるという訳では無く。

 何てことは無い。

 ただもう一つ『杖』を持っていただけで。

 右腕の手甲。

 およそ杖とは似つかないそれと無理くり契約した結果、その反動なのか魔法は発動できるが扱い辛いことこの上ない物に仕上がった為普段は使う事すらしないそれ。

 不意を打つためだけに使うそれを、このタイミングで使っただけの事。

 全速で直進する以外碌な制御も出来ないままにタバサと接触しその結果。

 

 

 

 

 

 

 馬乗りで仰向けのタバサのマウントポジションを取って押さえつけたまま、振り上げた右手を覆う様な形でゆらゆらと長さや形状が一定しない無様で不安定な『ブレイド』を展開している俺。

 無表情のまま、俺を見つめ続けるタバサ。

 手に持っていた大きな杖も衝突の衝撃で吹き飛んだからか、タバサは観念したかのように目を瞑り体から力を抜く。

 死ぬことすら受け入れたかのようなタバサの様子に内心狼狽えながらも言葉を紡ぐ。

 

「俺の勝ちだな」 

 

 

「そう、みたい」 

 

 

「だから勝者の特権だ。訳を、話せ」 

 

 

「でも」 

 

 

「お前は俺に脅されて知っていることを吐くだけだ。巻き込むとか巻き込まないとか関係ない」 

 

 

 

 

「俺の意思で首を突っ込むだけだ」 

 

 

 

 

 

 

 事情が有るのは知ってるんだ。

 ちょっとストーカー染みてるかもしれないが助けになれるなら、なりたいんだ。

 強情な俺に諦めたのかぽつぽつと喋り始める。

 

 

「私は、私の本当の名前はシャルロット。シャルロット・エレーヌ・オルレアン」

 

 

 

「父はガリア王家のオルレアン公シャルル。でも、もう居ない。……叔父の、ガリア王ジョゼフに謀殺された」 

 

 

 

「母はまだ生きている。けど、私を庇って毒を呷り、心を壊された」 

 

 

「私は、父が死に、母が狂わされてから、ガリアの騎士として幾多の任務をこなしてきた。今回もその中の任務の1つ」

 

 

「任務はルイズの使い魔、サイトの足止めと、抹殺。報酬は…」 

 

 

 

 

 

「母の心を取り戻すことが出来る、薬」

 

 

 

 

 

 聞き入っていたからか、衝撃を受けたからなのか、言葉を上げることは出来なくて。

 重い口を開いたタバサ、いや、シャルロットの瞳は語るにつれて徐々に潤んでいった。

 そりゃあそうだろう。

 任務は無関係な俺の介入で失敗し、母を救う手だてを失ったのだから。

 それに、こんな少女に碌でもないことを遣らせてきた奴らだ。

 任務失敗によるペナルティだって当然発生するだろう。

 そう。

 

 

 

 俺が、邪魔をしたのだ。

 

 

 

 触れれば折れてしまいそうなほどに華奢なこの少女の悲願は。

 事情を知らなかったとはいえ、たった俺一人の所為で瓦解したのだ。

 

 右手の『ブレイド』が輝きを失い消えていく。

 仰向けに押し倒されたままの青い少女の隣に腰を下ろし。

 震えそうになる唇で、言葉を紡ぐ。

 

 

「邪魔、しちまったんだな」 

 

「…」

 

「本当に、すまない」

 

 少女は黙したまま語らない。 

 

 

「シャルロットって、呼んだ方が良いのか?」

 

「私はまだシャルロットには戻れない。母を救うまでは…」

 

「なら、タバサ。邪魔した俺が言える言葉じゃあないが」

 

 

 

「俺にその手助けをさせて貰えないか?」

 

 

 口から付いて出た言葉。

 贖罪の念からなのか、はたまた、こんな時にも付いて回る醜悪な下心からなのか。

 理由がどちらかなんて事は、俺自身にも分からない。

 ただ、その綺麗な瞳に涙を浮かべながら小さく嗚咽するタバサの力になりたいと思ったことだけは確かだった。

 上体を起こしたタバサが此方に顔を向ける。

 瞳に涙を浮かべたままの困惑したような、驚いたような表情。

 申し訳なくて、どうしようもなくて逸らしてしまいそうになる瞳で何とかタバサを見つめ続けながら言葉を続ける。

 

 

「俺が仕出かしたことだ。償わせて、くれないか?」 

 

 

「そんな必要ない。…それに、途中で、死ぬかもしれない」 

 

 

「死ぬ様な経験なら何度もあるさ」 

 

 

「でも」

 

 

「でもも何もない。君がシャルロットに戻れるまでの間で良い。だから」

 

 見つめたまま、その先を口にする。

 

 

 

 

「君の、騎士にしてくれ」 

 

 

 

 

 

 恥知らずかもしれない。

 自分勝手なエゴで引っ掻き回しておいて。

 けど、言ってしまった。

 知ってしまったのだ。

 この手で機会を奪ってしまったのだ。

 自分だけ安穏と暮らしている訳には、いかない。

 

 

 元の無表情に戻ったタバサ。

 戸惑いがちに開かられた口からの返答は。

 

 

 

 

「……ありがとう、ウルド」 

 

 

 

 

 少し、柔らかな笑みを浮かべたままでのその言葉。

 

 オーケーで、良いんだよね?

 

 

 




あんまり読まなくても良い解説


アンアン、ロイヤルビッチ化…という訳でも無く。
原作通りの展開でサイトさんに抱きしめられちゃいました。
フラグは建ってません。
復讐の熱が喉元を通り過ぎたからかむしろ罪悪感がヤバい。
なのであまりアンアンを責めないで上げてください。



オリ主は手甲も杖にしていました。
3話の時点で一応仄めかしていましたが果たしてどれだけの人が覚えていたのか。
精密なコントロールが全く効かないため、精神力の込め具合で発動する魔法の規模を制御するしかないという産廃。
パワーの収束とか拡散とかするのは不可能。
 

自分で考えて何ですが今回のセリフ回しが臭すぎる気がします。私の脳にもダメージが…。
ギッ○ルが出そう。



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19話 エルフ驚異の先住魔法



書き溜めが…消えていく……






 

「ねえ、サイト。タバサが居ないのは分かったわ。でももう1人昨日から一度も見てないのが居るんだけど」

 

「へ?」

 

「ロナルよ、ロナル。折角帰って来たんだから挨拶位して欲しい物よね~」

 

 タバサの事情について話を聞いた直後、キュルケから投げかけられた突然の疑問。

 ロナル、いや、ウルドの事か。

 そういえばちょこちょこ帰ってきていたタバサと違ってキュルケはずっとゲルマニアに居たから偽名だったってことは知らないのか。

 1人納得した。

 そういえばと、昨日タバサに襲われた時、空からやって来たウルドにレッドを借りた事を思い出す。

 空戦では口を出すなよと、厳しい言葉とは裏腹な柔らかい口調で言われたから何もせずにしがみついたままだったが、滅茶苦茶に揺さぶられるが何らかの戦術が感じられる動きで数十匹ものガーゴイルの群れと真っ向から戦って拮抗していたのには驚いた。

 目まぐるしく天地が変わる視界の中ルーンの力で知覚が強化されていた為、何とか見えていた光景。

 巧みな高度・速度両方の調節で一匹のガーゴイルも寄せ付けず。

 器用なことに、威力を下げたブレスを3連射することで最初の2発でガーゴイルを追い込んで最後の1発で正確に打ち抜いたり。

 逆に威力を上げたブレスで複数匹纏めて打ち抜いて火達磨にしていく。

 そんな、彼我の圧倒的な実力差が感じられる光景だった。

 俺、要らなくね?とサイトは思ってしまったが無理も無いだろう。

 途中でコルベール先生の『東方(オストラント)』号が「空飛ぶヘビくん」で加勢してくれたが、多分この心強い援軍が来なくてもレッド、いや、レッドさんなら問題なく全滅させただろう。

 「空飛ぶヘビくん」に乗ってルイズを助け出した後も上手い具合に助けてくれたし。

 そこまで考えた後どさくさに紛れてルイズとキスしたことを思い出してしまいにやにやしてしまう。

 

「ちょっと、サイト。聞いてるの?」

 

「ああ、わりい。えっと、ウルドの事だよな?」

 

「……誰なの、その人?」

 

 ああ、しまった。

 先ずはそこからだったっけと、改めてキュルケに説明をする。

 ロナルとして特殊な任務で学院に入学して。

 ロナルとして出兵して。

 功績を挙げて。

 本当の名前であるウルドとして学院に戻ってきて。

 タバサにフラれました。

 ざっくばらんに言うとこんな感じだろうか。

 

 

「…何か色々と見逃して悔しいけれど、取り敢えず解ったわ。で、そのウルドは?」

 

「たしか昨日タバサとの戦闘を代わって貰って、ルイズを連れ戻した後にレッドさんを返して……そういえば今日は見てないな」

 

「「……」」

 

 キュルケと顔を見合わせお互いに頷きあってからとある場所へ向かう。

 寮塔の2階、話題に上がった人物であるウルドの部屋。

 声を掛けても返事は無く鍵も掛かっていたがキュルケの『アンロック』にて押し入る。

 部屋の中には案の定人影は無く、椅子に掛けられたマントと何かの紋章の様な物が描かれた小さな布きれ、無造作に脱ぎ捨てられた制服、そしてテーブルの上に一枚の紙切れが置かれていた。

 紙切れを掴みあげて読もうとするが…。

 そういえば読めなかったっけ。

 仕方なくキュルケに渡しながら尋ねる。

 

「なあ、キュルケ。これ何て書かれてるんだ?」

 

「いい加減少しは覚えなさいよ。"探しても良いのよ?"……ウザいわね」

 

「ああ、ウザいな」

 

 わざわざそんなこと書かないでもっと建設的なこと書けよ。

 言葉にはしないが、表情を見るにキュルケも同じことを考えているだろう。

 しかし、これでタバサとウルドが行動を共にしている可能性が高いと分かった。

 暫くの間お互いに避け合っていた2人。

 そういえば戦って居た筈なのに昨日戻ってきた時には何故か前とあんまり変わらないような距離感に戻っていた気がする。

 それは置いておいて。

 レッドさんに乗っていたとはいえ7万の敵陣を突破した男と、今まで自分たちが助けられっぱなしになってきた少女だ。

 一先ずは安心だろう。

 本来ならそう思える筈なのだが。

 

 

(なんだってこんなに不安なんだよ?)

 

 

 言いようの無い不安に駆られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局あの後直ぐにサイトがルイズ嬢と共にレッドに跨りながらフネを引き連れて帰って来るという超展開に頭が付いて行けなくなったのが昨日。

 そして本日。

 今まで自分一人で重苦しい事情を背負い込んでいたタバサだったので1人で何処かに行ってしまうのではないかという不安もあり睡眠時間を削りつつ警戒していたのだが。

 やっぱりと言うかなんというかタバサに置いてかれかけたので長期行動用に見繕った最小限の荷物を鞍に括り付けたレッドを駆り無駄に加速補助しながら何とか追いつく。

 いやー、褒賞金下ろしたばっかで助かったな。

 一応部屋には置手紙をしておいた。

 そうそう読まれることは無い気がするが。

 シルフィードの側面につけぐるっとそのまま一回転させて丁度ループの頂上、天地が完全に反転している所で飛び降りてシルフィードに取り付く。

 

 

「よっ…と。やーっぱり置いていきやがったな。…任務失敗のペナルティか?」

 

 

「そう。母の身柄を拘束された。…どうして来たの?」

 

 

「昨日のアレ、あんなクサいセリフを忘れたのか?…ありがとうって言ってたから了承だと勝手に解釈させてもらった」

 

 

「確かに気取ってた。似合わないし自分勝手」

 

 

 やっぱり、昨日の事怒ってるのかね…。

 怒られても仕方のないこととは言えもう決めたのだ。

 この娘の力になるって。

 

「なんとでも言ってくれ。例え地の果てだろうと着いて行くさ。それとも、やっぱり…イヤ?」

 

 嫌がられるとこちらとしてもちょっと弱い。

 それにしても、眠い。

 唯でさえ昨日は遅くまで起きていた上に今朝も早朝から張り込んでいたのだ。

 ストーカーって言わないでくれ。お願いします。

 

「……別にイヤじゃ、ない」

 

「?…悪い、今何か言った?」

 

「何も言ってない」

 

 眠気に気を取られていたせいで聞こえなかった。

 特に言い直さないなら大丈夫なこと、かな。

 しかし、レッド以外の竜に乗った経験は無いので新鮮な感覚だ。

 

 

「怪我、大丈夫?」 

 

「どってことねえよ。処置はしたから放っときゃ治るさ。そっちこそ大丈夫か、かなり激しくぶつかったろ?」 

 

「問題ない」

 

 左腕の事を心配してくれたのか顔の向きは前方に固定されたままだがタバサが聞いてくる。

 ちょいと穴ポコが開いたが特に問題ない。

 秘薬を使うのも面倒なので適当に縫っておいた。

 クソ痛かった。

 むしろタバサの方がヤバいんじゃないかと昨日を思い出して内心冷や汗をかく。

 いつも通りの声色だが思い出してみればやっぱりちょっと心配。

 だからと言って無理矢理ひん剥いて確かめる訳にもいかない。

 "任務"とやらでこういうのには慣れているだろうから一応大丈夫、かな。

 まあ本人が大丈夫だと言っているので信じる他ない。

 しかしまあ。

 

「ふぁあ」

 

「…眠いの?」

 

「ちょっち」

 

 眠い。

 精神力の損耗はそうでもないが、余り寝ていないから肉体的な疲労が残ってる。

 最も、それはタバサも同じであろうが。

 無理矢理ついて来たというのにこの体たらく。

 しかも相手はハルケギニア1の大国ガリアだってのにな。

 俺もヤキが回ったもんだ。

 後悔なんぞする気も無いが。

 結局目的地、ラグドリアン湖のガリア側の岸部からちょっと行った所だったがそこに着くまで眠気と格闘している俺であった。

 締まらねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び続けること数時間、水精霊の住んでいるとされるラグドリアンの湖を越えてトリステインの対岸、ガリアの領地。

 古びた館の前に降り立てば、先ず目に付くのはガリア王家の紋章。

 バッテン印の傷が有るのは廃嫡とかお家取り潰しの印とかそんな感じだろう。

 

 

『レッド、上空を旋回しつつ警戒。何かあったら知らせろよ』

 

 

『ウルドも気を付けろ。何か、ざわざわした感覚がある』 

 

 

 大きく翼を広げ風を巻き起こしつつ羽ばたき空に舞うレッドを見送る。

 見ればタバサもシルフィードに何か言っている。

 暫くするとシルフィードもまたレッドと同じ様に空に舞い上がっていった。

 

「タバサ。レッドが怯えている。気を付けたほうが良い」 

 

 

「わかってる」 

 

 

 風に木々が揺られる音以外何も聞こえない。

 小鳥の囀り位あってもおかしくないだろうに。

 なるほど確かに嫌な雰囲気だ。

 持ってきた装備は上から兜に新しく買ってみた口元を保護するためのマスク、軽鎧、その下には鎖帷子、腕には手甲。そのほか要所要所のプロテクター。

 つまり戦争時と大差ない装備である。用心のためだ。

 一応マントもつけてはいるが念には念を入れて素性を示す装飾の入っていないものを使っている。

 他も同様に紋章などは全て完全に剥ぎ取ってきたし実を言うと制服も持ってきてはいない。

 屋内での戦闘が想定されたためハルバードは邪魔かと思いレッドに預けたまま。

 腰の剣を抜き放ち臨戦態勢に移る。

 昨日の戦闘で『ジャベリン』の機動を無理矢理変えた為少しばかり心配ではある。

 一息ついたら刀身だけでも変更するべきかもしれない。

 

 

「俺が前、タバサが後ろ。異論は?」 

 

「無い」

 

 タバサに指示されるままに玄関扉を開いて中に入る。

 しんと静まり返る館の中には人の影は気配も感じられない。

 なるべく熱を知覚できるよう集中する。

 火のスクエア・メイジとしての知覚はチョットしたサーマル・センサーのようなものがある。

 壁とも生き物とも違う違和感の塊とほんの2つだけ、何かの熱を感じる。

 片方は恐らく人間、そうでなくとも何らかの生物だろうが、もう片方は壁が厚くて判然としない。

 

 

「ガーゴイルと思しき物複数以外に生命反応は恐らく2つ、片方は壁に阻まれて良く分からん。もう片方は向こうの廊下を真っ直ぐ行った先。ガーゴイルも同じ方向だ」 

 

 

「…母さまの部屋の方向」 

 

 

「あらら、ならそっちか」 

 

 

 ぎゅうと杖を握りしめるタバサの顔は怖いばかりである。

 始めてみた心の底からの怒りの表情だ。

 あんまり見たいものでは無い。

 そのまま突き進んでいけば廊下にある部屋から出るわ出るわのガーゴイルの群れ。

 放たれる矢を駆けよりながら『発火』で舐め取る様に燃やしつくし、火事を起こさぬように解除した後に踏み込みのままに一番前の奴を左肩から腰の右側にかけとバッサリと袈裟斬りにする。

 振りきった直後に背後に冷気の発生を感じとり、倒れんとしている目の前のガーゴイルを足場に跳躍。

 剣を投げ捨てつつ廊下の天井と壁にある装飾の出っ張りに両手両足でNINJAさながらに引っ付き、昨日より遥かに速い速度で飛翔する『ウインディ・アイシクル』をやり過ごす。

 ガーゴイルに突き刺さり吹き飛ばしながら後ろを巻き込んでいく一段と強くなった威力に感嘆の念を覚える。

 …もしかしてタバサ、スクエアになってね?

 感情の昂りで位階が上がるということは聞いたことがある。

 よっぽど腹に据えかねてるのか。俺にじゃ無い、よね?

 

 

「胆が冷えたぜ。殺す気かよ」 

 

 

「ウルドなら避けると信じてた」 

 

 

 この言い様である。

 まあ、避けられるけどさ。

 やっぱり、嫌われたか?

 いや、そんなこと考えてる暇は無い。

 昨日からロクな目に遭っていない愛剣を回収して更に奥に。

 この後は特に何も起きず、それはそれで逆に嵐の前触れのようで気味が悪いが、一際大きな観音扉の部屋に辿り着く。 

 

 

「ここか。…動きは無いが確かに居るな。開けるぞ」

 

「…」

 

 扉を盾に隠れる様に開けて中を覗き込む。

 窓が開け放たれているのか風が入ってきており澄んだ空気が感じられる。

 窓の方向には目もくれず、熱を感じた方向に何時でも動ける様に姿勢を低くしながら体を向ける。

 男。

 此方に背を向け本棚に向かい手にはそこから取ったのか本がある。

 ページをめくる音。

 余程自信があるのか、救いがたい程のバカなのか。

 どちらにしろ異様である。

 恰好もそれに拍車をかけている。

 ハルケギニアのどの国家でも見られない何処か異国の雰囲気を漂わせる衣服。

 羽根つきのお洒落な帽子からは綺麗な金の長髪が覗いている。

 

 

「母を何処にやったの?」 

 

 

 抑揚の無い言葉で男の背にに問いを投げかける。

 俺知ってる。ブチ切れると逆に感情が出なくなるって。

 男は声を掛けられて漸く俺達の存在に気付いたのか「母?」と間抜けにも振り向きながら声を上げる。

 余りに日常的な仕草に逆に警戒を覚える。

 小声且つ早口で『マジック・アロー』を唱え、発動を遅延する。

 もう一度母は何処なのかと投げかけられたタバサの質問に得心がいったのか、行先は知らないと答える男。

 あ、やばいと思った時には時既に遅し。

 タバサを止める間もなく男の胸に向かって氷の矢が射出され。

 驚愕する。

 

 ピタリ。

 

 まるで擬音が聞こえてくるかのような光景。

 さも最初から止まっていたかのように急速に速度を失い床に落ちて砕け散る氷矢。

 異様な雰囲気が極まって俺は警戒を最大限まで引き上げる。

 今までは一応タバサの家だという事で遠慮していたが、この家が焼け落ちかねない規模の魔法を行使することも視野に入れる。

 詠唱が無かったのは、良い。

 既に準備が終わっていたとも考えられる。

 だがさっきの光景を見るに、風魔法で速度を殺したとか言う次元じゃない。

 慣性を打ち消してるんじゃないかと思ってしまう位の一瞬での停止。

 

 

「この、"物語"というのは興味深いものだ。我々には無い文化だ。お前たちも良く読むのか?」 

 

 

 もう一度放たれる複数の矢。

 それは狙い違わず男を打ち抜くと言う所でまたも停止する。

 あんなの反則だ。

 同時に撃った俺の『マジック・アロー』も寸でのところで停止し霧散した。

 男は攻撃されたことを意に反さずただ"物語"とは良いものだと仰々しく、長ったらしく演説する。

 奴の言ってることは殆ど頭に入って来ない。

 焦りが頭を支配していく。

 奴の使った手品。

 あれはもしや…。

 

 

「…先住魔法」 

 

 

 ポツリと呟かれたタバサの言葉は、俺が思い浮かべたものと同じで。

 系統魔法以外のもう一つの魔法。

 そんな物騒なモノを扱えるなんてこいつは。

 

 

「お前たち蛮人はどうしてそう無粋な言い方をするのだ。…まあいい」 

 

 

「蛮人呼ばわりとは失敬だな。てめえ、『人間』じゃあねえな?」 

 

 

「気に障ったのなら謝ろう。失礼した。確か…お前たちには初めて会った相手に対して帽子を取って挨拶するという礼儀があったな」 

 

 

 何処か勘違い外国人みたいな印象を受けるが、挨拶をする為に帽子を取ったその姿は、なるほど、正に『異邦人』であろう。

 長く尖った耳。

 

 

「私は"ネフテス"のビダーシャルという。出会いに、感謝を…」 

 

 

 出会いに感謝を、か。

 感謝は出来ねえな。

 クソッタレが。

 

 

「俺はウルド、こっちはタバサ。悪いがこっちは生憎と感謝できそうにねえな」

 

「エルフ」

 

 タバサからは驚いたような声が上がる。

 一応挨拶しつつ逃げる算段を組もうと試みるが、相手が他にどんな手品を使ってくるか分からない為お手上げだ。

 レッドに意思を飛ばす。

 

『レッド、相手はエルフだ!繰り返す、相手はエルフだ!合図と同時に館から脱出するから俺らを回収しろ!何処から外に出るかは分からん。だから、それまで館全体を見渡せるように高度を上げて旋回待機!』

 

『な、どういうことだウルド!本当にエ…』

 

 伝えて即打ち切る。

 集中したいのだ。

 

 

「ふむ、一人多いようだがまあ良い。そこのお前に要求したいことがある」 

 

 

 タバサの方を向きながら言うエルフの男、ビダーシャル。

 俺には用が無いらしい。

 当然だろう、勝手に着いてきたのは俺だからな。

 好都合だ。

 小声で『熱風』を詠唱、一応火を1つ足して威力を底上げした上で、発生を遅延する。

 奴の防御を貫けるかは、分からない。

 

「なに?」 

 

 

「要求と言うのは、抵抗しないで欲しいという事だ。我らエルフは争いを好まないし、お前が望もうと望まないとに関係なくジョゼフの元に連れて行くと約束してしまったのだ。だから、大人しく同行してもらいたい」 

 

 

 人をバカにしたようなその物言い。

 他人事ながら頭にくる。

 舐め腐りやがって。

 言われた本人であるタバサは。

 

 

「ラグーズ・ウォータル・デル・ウィンデ…!」 

 

 

 案の定と言うか。

 それにしたって問答無用すぎるから何かカチンとくるところがあったのか。

 極寒の敵意をその瞳に宿したまま『アイス・ストーム』を詠唱。

 集まる氷の粒は昨夜見たものよりも明らかに大きく、発生する風も鋭さを増している。

 近くにいるだけで怖気が走るそれがどこか遠慮のような表情が見受けられるビダーシャルを包み込んだ時。

 

 

 俺はタバサに向かって走り出した。

 目に映るタバサの足元にはいつの間にか粘土の様に姿を変えた床が足かせとなっていて。

 突如としてタバサの制御を離れ向きを変える氷嵐。

 

 

 タバサに向かって進行方向が『反転』し猛進する氷の嵐に、それまで止めておいた『熱風』をぶつけ、間に立ち塞がる。

 

 

「速く足を何とかしろタバサーッ!!」 

 

 

「!?」 

 

 

 ぶつかり合う2つの魔法の余波で激しく蒸気が発生する。

 風の勢いが、強すぎる。

 もともと『熱風』の勢いはそこまで強くない為徐々に押されていくのをドバドバ精神力を注ぎ込むことで抑え込もうとして、出来なかった。

 体積と数を減らした氷の粒が俺の体のいたる所にぶつかり肉を削り取ろうとする。

 両腕で顔、特に目を庇いながら耐え続ける。

 頬の肉が一部こそげ取られ、装甲の隙間から入り込んだ粒に中身を傷つけられ、特に防御の薄い脚から血が噴き出す。

 『熱風』は既に解除して、単純な『ウインド』で何とか進行を遅らせている。

 一瞬に近い時間が引き伸ばされたかのような感覚の中で漸く背後からタバサの気配が消えたところで即座に離脱。

 痛む体を押して扉付近に退避したタバサの元に向かう。

 

 

「ウルド、助か…!?その傷は」

 

「心配するな、見た目は酷いがそこまで傷は深くない。浅くも無いがな。それより」

 

 強がって後々足を引っ張るのも嫌なので素直に申告する。

 

「制御が効かなくなった」

 

「ああ、それに向きが反転した」

 

 試しに『ファイヤー・ボール』を牽制がてら最小出力で打ち込めば。

 何かの膜の様なモノとぶつかり、一瞬の拮抗の後に向きを変え俺に向かって直進してくる。

 即座に発動させたブレイドで『ファイヤー・ボール』を切り払い打ち消す。

 

「ダメみたいだ。撤退しよう」

 

「でも」

 

「目的は君の母親の救出だろう?なら、勝ち目の見えない相手と戦う必要はない」

 

「もっと強力なスペルを使えば良い」

 

「詠唱する時間を与えてくれるか分からないし、それで反射されちゃあ今度こそお終いだ」

 

「…わかった」

 

 油断なくビダーシャルを見据えつつ話す。

 タバサも少し落ち着いてくれたようで了承してくれた。

 ならば。

 

 

「俺がフライで君を運ぶ。君は魔法で後方からの攻撃を迎撃してくれ」

 

「任せて」

 

「よし。タバサ、ごめん」

 

 先に謝り、タバサを抱きしめるような形で左腕のみで持ち上げる。

 先ほどの氷嵐で昨日の傷が開いていてズキリ、と痛むが無視できない痛さじゃあない。

 そのまま右手に持つ剣でフライを唱え、フワリと浮き上がる。

 

「逃げるというのか?」

 

「勝てない戦はあんまりしないんだ」

 

「逃がすと思うか?」

 

「逃げるさ」

 

 横滑りするようにビダーシャルを見据えたまま開け放たれたままの扉まで飛びそのまま廊下に飛び出る。

 廊下に出た直後床だけでなく天上や壁など至る所から粘土上の腕が伸びる。

 蹴りを入れるなどの接触も危険と判断し最大速度で飛び抜ける。

 後ろからの腕はタバサに任せればいいのでただ俺は前方を見据え続ける。

 後方でタバサの攻撃が炸裂しているのか轟音が聞こえてくる。

 後ろに気を取られることなく、ただ前方の障害物()を掻い潜り廊下の直線をそのまま真っ直ぐに飛び続ける。

 高度や位置を微調整することで避けていくのは神経を徐々にすり減らしていく。

 前方、廊下の突き当たりに遠目ながらお誂え向きの窓を発見する。

 

 

「たく、俺は竜に乗って飛ぶのが得意なだけで自分で飛ぶのは其処までなのにさ。タバサ!正面、廊下の突き当たりの窓、吹き飛ばせるか?!」 

 

 

「少し待って」 

 

 

 見上げる様に頭を動かして窓を見据えるタバサ。

 数瞬の後に、視界に映る窓がバラバラに砕け散り前方に現れた腕をギリギリ回避して窓の跡地をくぐる。

 

 

『出たぞレッドー!!』 

 

 

『分かった!!』 

 

 

 

 大地を後ろに背面で飛び高度を上げれば見えてくるレッドの影。

 そして。

 

 

 

 

 

 いつの間にか館の屋根の上に佇んでいたエルフ、ビダーシャル。

 

 

 

 

 

 

 視界に映る大気が揺れる。

 何かが揺らめく様に見えたそれは。

 風で編み込まれた網、か?

 呆然とする俺達を捕まえるべく放たれんとしたそれは。

 しかし何かに抑え込まれるように、放たれることは無かった。

 

 

 上空、レッドとは違う方向から降下してくるシルフィード。

 

 

 俺達を庇うようかのように前方に滞空する。

 何だというんだ?

 

 

『ウルド!』 

 

 

 投げかけられた思念に正気を取り戻す。

 上空から降下し続けるレッドがビダーシャルに向かいブレスを撃ち出す。

 轟々と燃え盛るそれはレッドが出せる全身全霊の一撃であり、猛然と獲物に向かって直進する。

 

 しかし。

 

 想定していた通りではあるが膜を貫くことは無く。

 爆炎の砲弾は既にレッドが通り過ぎていた所目掛けて向きを反転し、小さな豆粒に見えるくらい遠くまでいった所まで飛んでから力を失い消えた。

 

「な、『反射』だとォッ?!」

 

 何か知っているのか声を上げて驚いている、近くまで来ていたレッド文字通り飛び乗る。

 そのまま反転し極力距離を離す。

 シルフィードも滞空するのを止めて此方に足並みを揃え様と飛翔している。

 

「話は後だ。レッド、全速で離脱!トリステインには…逃げられないか。ガリアの何処に向かえばいい?!」

 

「私が指示するからその通りに飛んで。まずは南に」

 

「分かった。2人とも、しっかり掴まっていろ!」

 

 

 取り繕う事すら止めたレッドの声に従いその背にしがみ付くように乗ったままタバサの実家を後にする。 

 ビダーシャルは、追ってきてはいないようだ。

 しばらく飛び続け、ようやく大丈夫かと安堵を覚えたその時。

 

 

 少しばかり血を流し過ぎたのか、ふっ、と意識が遠のいて行った。

 

 

 

 





オリ主、一時的に突発性難聴に罹患。
そして敗走。

もう1つの生体反応はペルスランさんです。
急いで逃げたので哀れにもペルスランさんは存在を忘れ去られました。


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20話 休息

 

 

 パチパチ、と何かが弾ける様な音が聞こえる。

 左半身に感じる熱、焚き火、かな。

 そこ以外にも、暖かなものを感じる部分があった。

 後頭部と首元。

 何だろう。

 そういえば俺ってエルフから逃げてたんじゃなかったか?

 湧き上がってきた警戒心から漸く重い瞼を開けることに成功する。

 暗くて明るくて、どうやら今は夜で月が出ているのではないだろうか。

 未だボンヤリとしている視界でそう判断する。

 目の前には何かの影、後ろに月が輝きぽつぽつと星が瞬いている夜空が見えるのでどうやら仰向けに寝ている様だ。

 月の光を遮り俺に影を落としているそれにピントを合わせる。

 徐々にぼやけが消えて輪郭や色がハッキリしていく。

 焚き火の赤に照らされたそれは。

 透き通るような青い髪に、これまた綺麗な青をした虹彩に彩られた目。青が映える真っ新な絹の様に白い肌。

 

 

「タバサか…」 

 

 

「目、覚めた?」 

 

 

 名残惜しさを感じつつ頭を押さえながら起き上がる。

 所々体が痛むし、少しフラフラするがまあ大丈夫だろう。

 意識を失う前、エルフを振りきった直後が思い出される。

 止血せずにしばらく放って置いたから、血を流し過ぎたな。

 戦装束の外された自身の肉体の状態を手で触れて確かめる。

 体のいたる所に巻き付けられた、所々血が滲んでる包帯。

 半ミイラ男状態だ

 

 

「これ、タバサがやってくれたのか」

 

 

 両腕を持ち上げ包帯を見せる。

 

 

「ええ。…秘薬も無いし、私も『ヒーリング(癒し)』が得意ではない。完全には癒せなかったからウルドの持ち物から拝借して使わせて貰った。ごめんなさい…」

 

「謝ることは無いよ。俺なんて使えやしないんだから。本当に、助かったよ。ありがとう、タバサ」

 

 

 しょんぼりしたようにどこか落ち込んだ雰囲気を見せるタバサにお礼を伝える。

 

 

「でも、傷が残る」 

 

 

「戦いが生業なんだ。そういう時には勲章って言い換えるんだぜ?」 

 

 

 おどけた調子でフォローを入れると少しはタバサの纏う雰囲気が柔らかくなった、かな。

 良かった。

 

 

「ところで、今は何処にいるんだ?」 

 

 

 意識がずっとトんでいた為本気で分からん。

 タバサが説明の為か、口を開く。

 

 

「リュティスへ向かう途中。ラグドリアン湖から300リーグほど南」 

 

 

「大分南下したな」

 

「母の情報が欲しかった。…ごめんなさい」

 

「その為に着いて来たのさ。謝る必要なんてこれっぽっちも無いぜ。まあそれでぶっ倒れてちゃ世話無いな。…こっちこそ、ごめん」

 

「良い………ありがとう、ウルド」

 

 

 それっきりお互いに黙り込んでしまった。

 無言のままに手渡された焚き火で焼かれていたナニカの肉、タバサが獲ったのかは分からないがそれを胃袋がビックリしない程度にゆっくりと食べる。

 咀嚼音に混じり、夜風に吹かれて木々が揺れる音が聞こえてくる。

 食べ終わり、1人分の隙間を空けて大木に身を委ねる俺とタバサ。

 それは奇しくも、以前2人で図書館に通っていた時と同じ様な位置取りである。

 いや、もしかしたら、その時よりもちょっと近づいているかもしれない。

 だからなのか。

 非常時だってのに、タバサの事を意識してしまっている俺が居る。

 横目にチラリと視線を向ける。

 少し眠いのか俯きがちになっている。

 ついついスカートから覗く、白いタイツ?いやスパッツか?それともレギンス?まあ良く分からんそれに包まれた足に目が行ってしまう。

 俺、さっき膝枕して貰ってたんだもんな…。

 温もりを思い出して後頭部と首元が熱くなる。

 

 

「何?」

 

 

 視線に気付いたのかタバサがちょっと疲れたようなその顔を此方に向けてくる。

 心臓がドキンと跳ね上がりそうになる。

 

 

「ああ、いや。……足、痛くなかったか?」

 

「平気」

 

「そうか。良かった」

 

「…また、して欲しいの?」

 

 

 ぶふぅ、と息が漏れる。

 何、その不意打ち。

 反則だよ。

 エルフの野郎並みに。

 

 

「いや、そうじゃ無くて。眠そうだしタバサも少し休んだらどうだ?俺はさっきまで寝てたから元気だし、見張ってるよ」 

 

 

「ありがとう。でも、感情が昂ってどうしても眠れない」 

 

 

「そっか。眠れそうなら何時でも眠れよ?」 

 

 

「そうする」 

 

 

 心臓の鼓動は激しくなったまま元に戻らない。

 あれか?

 頼んだら、また膝枕してくれるのだろうか?

 思わずごくり、と唾を飲み込んでしまう。

 いやいや何を考えているのだウルドよ。

 これでは破廉恥な男という不名誉な烙印を押されてしまうぞ。

 そうだ、落ち着け、落ち着け。

 森の中、周囲の木々の間を風が吹き抜けていく。

 中々に強い風。

 春とは言え、夜だし、内陸だしで大分冷えるものだ。

 少し、冷静になった、筈。

 

 

「冷えるな…」 

 

 

「同感」 

 

 

 女の子だから俺よりもこういうのは堪えるだろうに。

 …。

 気付けば横、タバサの側、寄りかかっている木の幹の上に掌を上に左手を伸ばしていた。

 アホか、何やってんだろうな俺と一人ごちる。冷静じゃないねやっぱり。

 

 

 ふわり。

 

 

 左手を包み込む感触。

 思わず目をやれば、俺の手に重ねられたタバサの左手。

 ひんやりとした華奢な手が、マメだらけでごつごつとした手に重ねられている。

 柔らかさの中にも硬さが感じられる。

 あれだけの使い手だからな、マメだって有るわな。

 そういえば手の冷たい人は優しい人だって聞いたことがあったっけ。

 突然の衝撃に混乱して思考が逸れた。

 …。

 こんな冷たくなるまで我慢していたのか。

 まあ、我慢と言う表現はちょっとおかしいか。 

 

 ギュッと手を握れば、抵抗するどころか握り返してくる。

 尻を動かしてちょっとずつタバサの方に近づく。

 尻が幹に当り、邪魔だと言わんばかりに乗り越える。

 既に幹の上に手は無い。

 絡み合ったまま少し持ち上がった状態。

 そうして障害物を乗り越えお互いの肩がが触れ合って―― 

 

 

 

 

「ウルド、起きたのか?」

 

 

 

 

 直ぐに離れた。

 

 荷物の中身の一つであった衣服に身を包む、捕まえたらしいウサギっぽいのを片手に何処からか戻ってきた人間形態のレッドが現れたことで、驚きのあまりお互い弾かれる様に距離を取った。

 …この野郎、と思う反面危なかったと空気を読まなかったレッドに感謝する気持ちも覚えた。

 

 顔から火が出そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体調が大分良くなったので一応色々と着込んで。

 もうしらばっくれることもできない為、レッドが火竜改め火韻竜であることをタバサに説明すれば、向こうも少し考え込んだ後で警戒の為に飛行していたと思われるシルフィードを呼び戻しそっちも風竜では無く風韻竜の幼生であることを明かしてきた。

 さっきのあれといきなりすぎる告白で「ああ、そうなんだ」としか言えなかった。

 「よろしくなのねー、ムキムキ人間」と気が抜けそうになる声で挨拶してきたと思ったらいきなり光に包まれて、中から女性が出てきた。

 全裸の。

 レッドに張り合ったらしい。

 大分前のレッドとのやり取りを直前で思い出したため、現れると同時に後ろを向くことに成功した。ちょっと肌色が見えてしまったが。

 タバサが持ってきていた衣服を引っ張り出すまでの間、仕方ないので所々ボロボロになっていた俺のマントを貸したが、某ヤマサキさんのように「逆にエッチじゃない?」と言ってしまいそうな、なんとも悩ましい恰好でやっぱり視線を逸らさざるを得なかった。

 それは兎も角、意味深な事をほざいていたレッドを問いただす。

 

 

「レッド、ブレスが弾かれたときに『反射』とか言っていたよな?知っているのか?」 

 

 

「ああ、知っている。私やシルフィード以外に他の竜たちや、ウルド達が幻獣と呼んでいる者たちは大なり小なり規模の差はあれど精霊の力を行使することができる」 

 

 

「前にも精霊がどうたらと言っていたな」 

 

「うむ。それ以外でも亜人と言われている者たちもまた同様の事が出来るが恐らくはこのハルケギニアの中で、エルフたちはこと精霊の扱いに関しては抜きんでて秀でている」

 

 

 俺もタバサも黙ったままレッドの言葉を聴き続けている。

 早く進めろと無言の圧力をかけてしまうが、レッドも少しばかり急いでいるのか直ぐに続ける。

 

 

「さて、奴が使っていたのは『反射』という、文字通り全ての攻撃を打ち返す、恐るべき防御魔法だ。その場の精霊と契約しなければ使うことは出来ないが、一度使用されれば攻防一体の恐るべき城塞と化す」 

 

 

「…対処法は?」

 

「私も父母に教えられただけでな。確か、限界以上の一撃をぶつければ破れるとは聞いたが…。そこまでの威力を出せるものもそうはいないだろう」

「私も全力のブレスを弾かれてしまったからな。これでも父母よりも強力で、自信があったのだが…」

 

 もしかしたらもう一度戦うことになるかも知れない、いや、タバサの母親を助け出すのなら間違いなくもう一度対峙することになるであろう相手。

 タバサも真剣な眼差しでレッドに問うが困り果てたような表情でしょんぼりしながら答えるレッドに肩を落とす。

 先住魔法、いや、レッド曰く精霊魔法についてもう少し聞いてみる。

 系統魔法と精霊魔法の違い。

 個人の意思で『理』とやらを捻じ曲げて行使するのが系統魔法、『理』に沿ったまま行使されるのが精霊魔法、との話。 

 分かるような、分からない話である。

 能動的に無理矢理使うのか、受動的に無理なく使うのかという違い、なのか?

 良く分からん。

 しかし。

 

 

「奴が『理』に沿っているんなら、俺らの魔法でその『理』って奴その物を捻じ曲げることはできないのか?」

 

「そこまでは分からん。ただ、恐らく無理だろう。ウルド、お前は巨大な天変地異を抑えることは出来るか」

 

「自信は無いな」

 

「なんでそこで出来ないと言わないのだ…。まあ、つまり、ウルドが相手にしようと考えた物はそういった自然その物の、巨大過ぎる力だ。正面から打ち克とうという考えは捨てた方が良い」

 

 

 負けず嫌いなんだ、チクショウが。

 厄介過ぎて話にならん。

 落ち込みそうになる俺をレッドがフォローする。

 

 

「まあ、発想その物は良いかもしれない。『理』を歪めるのではなく、乱すことなら出来るだろう」

 

「乱す?」

 

「そうだ。その場に満ちる精霊をウルド達の魔法で乱すことで、相手の魔法行使を多少なりとも妨害出来る可能性は十分にある」

 

 

 ふむ。

 多少なりとも『反射』できる上限が減れば『収束』と合わせたスクエア・スペルの全力行使で何とかなるかもしれない。

 道は、見えたか?

 

 

「『反射』が弱まるなら、ブチ抜けるかもしれないな。タバサはどうだ?」

 

「自信は無い。だから、貴方の援護をする」

 

「そうか、その時が来たら頼む」

 

 

 これで話は纏まったのかな。 

 通じるかどうかは分からないが方針はこんなもので良いか。

 そういえば。

 

 

「あの時、風の網が不自然に止まっていたように感じたけど…」

 

 

「良くぞ聞いてくれたのねっ、ムキムキ人間!!」 

 

 

 今度こそ衣服を身に纏ったシルフィードがその大きなモノを揺らしながらビシッと指をさしてきた。

 何処となくタバサと似たような顔立ちだったり髪や瞳の色だったりするが、元となったと思われるタバサ本人には無いモノがある。

 ナニとは言わない。

 其処まで似せるなら最後まで似せろやと言いたくなる。

 タバサの視線がキツくなった気がするからもう考えるのはやめる。

 そんなシルフィード、本人曰くイルククゥらしいが、取り敢えずシルフィードはその瞳を輝かせながらドヤーンとした表情を浮かべている。

 ああ、聞くんじゃなかった。

 ウザそう。

 

 

「何を隠そうこの私、イルククゥがお姉さまを助ける為に頑張って抑え込んだのね!お前はついでなのね」

 

 

 別についででも助かったのだから良いのだが…。

 推定年齢20歳程度の女性に見える姿できゅいきゅい言われるとかわいそうな人に見えてしまう。

 

 

『レッド、お前以外の韻竜は皆こんな感じなのか?』

 

『イルククゥは竜としてはまだ幼い。だからちょっと落ち着きが足りないのだ。…多分』

 

 

 自信なさげに思念を飛ばすレッドを胡散臭そうな目で見つつ此処で話し合いは終了することとなった。

 タバサと元の姿に戻った竜2頭は寝ることとなり、俺はそのまま見張ることとなった。

 

 

「さて、明日も早いだろうから何とか寝ろよ、タバサ」

 

「…おやすみなさい」

 

「ああ、おやす――」

 

「申し訳ないが、その『明日』とやらを迎えさせるわけにはいかない」

 

 

 何の気配も無く突然現れて、ごく自然に会話に割り込んでくる誰か。

 いや、声だけでも充分誰なのか分かった。

 咄嗟に足元に置いていた剣を引っ掴み詠唱を始めて。

 

 

 風に吹き飛ばされた。

 かはっ、と吹き飛ばされた方向にあった木に叩きつけられて肺から空気が漏れる。

 ずるずると木にもたれ掛りながら崩れ落ちていきそうになるのを何とか堪えてふら付きながらも立ち続ける。

 背中からぶち当たったが立ち上がれるので背骨は折れていないだろう。

 しかしバランスが取り辛い、三半規管がやられたのか。

 揺れる視界で見てみると既にタバサやレッドにシルフィードも戦闘態勢に入っている。

 

 

「随分しつこいな、エルフさんや」 

 

 

「此方にも事情が有ってな、どうしてもそこの娘をジョセフの元に連れて行かねばならんのだ」 

 

 

 ジョセフ、館でも言っていたがガリア王のことか?

 精神力も体力もまだ完全には回復していない。

 だが。

 奴は今ここにきた。

 まだ、ここの精霊とやらとは契約をしていないのではないか?

 だったら。

 

 

「ウル・カーノ・カーラ・ウルル・ラーヴァ…!」

 

 

 火の2乗と風1つ、『火砲』のスペル。

 風で酸素の供給量を高めることで青白い高温の炎を発生、一直線に高圧放射するトライアングル・スペル。

 剣の振りに合わせて夜の闇を青白く染め上げる直線が奔る先には余裕の表情を浮かべたビダーシャル。

 その表情に背筋が凍る感覚を覚えた俺は即座にその場を離脱して。

 

 

 想像通り俺の元居たところを青白い炎が奔った。

 

 

 丁度俺の後ろに在った木が燃え上がり辺りを赤々と照らし始めた。

 

 

「チクショウが。マジかよ…!」

 

「一度逃げられた相手に何の準備もせずに接触するとでも思ったのか?」

 

 

 ごもっともなことだ。

 精霊との契約なんてそんな簡単にできるものなのか。

 タバサが杖を油断なく杖を構え、レッドとシルフィードが凶暴な唸り声を上げるのを耳にしながら俺は。

 頬を嫌な汗が滴り落ちていくのを感じながら、手の震えを隠す様に愛剣を握りしめる力を強めた。

 

 

 





美少女と野獣。
傍目から見ると犯罪にしか見えない情景であることは確定的に明らか。

帰ってきたラブコメからの追撃者。

オリジナル(?)・スペル紹介

『火砲』

火2つ、風1つのトライアングル・スペル。
オリ主の独白通り、風で周囲の酸素を集め酸素の供給量を高ることで青白く高温の炎を一直線に放射する。
『発火』の強化版…と言いたい所だがアニメ2期でコルベール先生がメンヌヴィル相手に使っていた炎みたいな感じ。
パクリって言っても良いのよ?
アレよりも細くして更に熱量を上げたことで火炎放射器みたいになっているが。


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21話 夢から覚めれば

 

 看病してくれたお礼、とウルドに食事に誘われ迷うことなく了承した。

 乙女心を弄ばれた腹癒せに随分潤ったらしいウルドの懐事情に打撃を与えてやろうと画策したためだ。

 少しは自分の罪を思い知れば良い。

 アルビオンでのサイト捜索を終え、ウルドと別れた後はまた何時も通り「任務」に従事していた。

 一週間ほど時間が出来て学院に戻ったがウルドは突然の出来事にも嫌な顔一つせず「虚無の曜日にでも行こうか?」と何時もの調子で快く応じてくれた。

 この時には冷静になっていたので、初めての異性との2人きりでの外出に少しどぎまぎした感情を覚えていた。

 もっともそれも街に行くまでの話だったが。

 

 ウルドが連れて行ってくれるという店が開くまでには時間があった為、街に着いてからは先ず最初にそこかしこに出店してた露店を冷やかしがてら回ることになった。

 戦争による経済の停滞を払拭するが如く威勢よく声を上げる商売人につられて多くの人々で混雑していた。

 青果、食料品、日用雑貨、アクセサリーなど各自様々な物を取り扱っていた為どこのお店から見ればいいのか困った。

 取り敢えず空いているお店から覗こうという意見で一致してあっちこっち動き回っていた。

 アクセサリー店を流し見した後、最後に怪しげな物品を扱っている露店を物色しているとウルドが一つの商品を見て固まっていることに気付いた。

 アレがどうしたのかと訊いてみれば金属製の糸車は見たことが無いから驚いたと目を逸らしがちに答えた。

 …糸車には見えない気もするし、第一微妙に取り乱していた感じが有ったので何かを誤魔化された様にも感じた。

 少し気になったのでジッと糸車の様なナニカを見ているとウルドの目つきが何か失礼なことを考えているような目つきに思えたので脇腹を小突いて引っ張って行くことにした。

 あんな得体のしれないものよりも、もうちょっとアクセサリーなり何なり見てくれれば少しは見直していたというのに…。

 

 

 

 ウルドを引っ張って行ったのは学院の女学生向けに制服やマントと言った衣料を下ろしている、由緒正しいらしいお店。

 入学の時から今まで度々世話になっていたお店ある。

 任務中に下手を撃ち身に着けていたマントをボロボロにされてしまった為、新しく用意するために寄らせて貰った。

 身に着けていた予備を外し寸法を測って貰っていると、ウルドはフラフラと店内を練り歩き始めた。

 ここは女性向けの店で、下着とかのサンプルも展示されているのだが…。

 店に入る時も何の気負いも無く何時もの調子で入り、店員に変な顔をされていたのに対して不思議そうな顔をしていたのを見るに、気付いていないか、気付いているうえで無視できるほど心臓が強いのか、まあ様子を見る限り前者だろう。

 布地を見たり展示されているサンプルを見たりとフラフラ歩き回り、不意にとある一角にウルドが目をやると。

 直ぐに目を逸らした。

 涼しい顔をしているつもりだろうが、目を逸らすのが速過ぎたので逆に怪しく思ってしまう。

 チラリとこちらを窺うウルドの視線を真っ向から受け止め、こちらも見返す。

 バツの悪そうな顔を浮かべ足早にその場を立ち去り布地をボケッと見つめるウルドから視線を逸らさずに、採寸が終わり自由になった身で近づき袖をチョイチョイと引っ張ってやる。

 

 

『やあ、終わったかい?』 

 

 

 とさも何もありませんでしたよと言わんばかりの表情で話しかけてきたウルドに言葉を浴びせる。

 

 

『下着、見てた』

 

 

 その後、明らかに狼狽えだし取り繕おうとするウルドに小声でスケベスケベと畳み掛ける。

 やがてがっくりと肩を落として「…はい。スケベですいません」と何に謝っているのか分からない謝罪をしてくる姿を見て満足する。

 

 

 やっぱり、ウルドはイジると面白い。

 

 

 

 

 ようやく良い時間になって当初の目的であった食事に向かうとカチンコチンに固まったぎこちない動作で対応するウルド。

 緊張するウルドが遠慮せずに頼んでくれと言ってきたので、それならばと予定通り料理をこれでもかと頼んでやる。 

 次々に運ばれてくる料理に目を真ん丸にして呆けるウルド。

 食べないのかと尋ねれば、ちょっとぎこちないが戦争前よりはよっぽど上達した動きで皿の上のものを口に運んで行った。

 デザートまで完食し少し休んだ後に支払いをするウルドがあまりの金額にフラフラと力無い動きをしていたが、別の店に行こうとまたも引っ張る。

 次はスイーツを食べに行くと伝えると絶望したかのような表情を浮かべる引っ張られるがままになっているウルドには見えないように会心の笑みを浮かべた。

 してやったり、と。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、時間は過ぎ去っていき時刻は夕暮れとなっていた。

 当初の目的を果たしたため此方としては大満足であったし、なんだかんだでウルドと食べ歩くのは楽しかった。

 何時ぞや待ち合わせをして2人並んでサンドイッチを食べた広場のベンチ。

 夕日が沈み始めている為そろそろ帰ろうかという時間。

 ウルドは食べすぎたから休憩させてくれというので、また2人一緒に座り込んだ。

 今日はどうだったかと雑談を続けると不意に真剣な表情をウルドは浮かべた。

 実を言うとこの日何度も同じような表情を浮かべているのを見ていた。

 それまでは直ぐに何時も通りの厳ついが気の抜けた顔に戻っていたがこの時は違っていた。

 

 

『なあ、戦争に行く前に帰ってきたら話したいことがあるって言ったじゃないか』 

 

 

 不意にかけられた言葉に心臓が跳ね上がった様な気がした。

 少し緊張しながらも「言ってた」と返すと。

 

 

『聞いてくれるか?』 

 

 

 と、問いかけられた。

 心臓が自分のものでは無くなったと思ってしまいそうほどに鼓動を速めていく。

 緊張からか、無意識に手をぎゅっと握りしめる。

 震える唇で「……聞く」と返答する。

 気の利いた言葉は言えないから率直に言う、という前置きに頷く。

 数瞬の後。

 

 

 

『好きだ』

 

 

 

『タバサ…君の事が好きだ。だから…』

 

 

 

 

 

 

『俺と、付き合ってくれないか?』

 

 

 

 伝えられた言葉に胸が高鳴ってしまう。

 自分自身もしかしたらと、期待はしていたのかもしれない。

 2人一緒に食事に出かけること。

 それは、世間一般で言う所のデートというものでは無いか。

 看病していた時も、共にアルビオンへと向かった時も、ウルドからの好意的な視線を感じていた。

 だから。

 

 

 でも。

 同時に恐れていた言葉でもあった。

 アルビオンへ向かう前、何故ついてくるのかという問いに心配だからと答えたことがあった。

 確かに心配もしていたがそれよりも、前日にルイズの使い魔であるサイトの生死を確かめよという任務が与えられていたから、同じ目的を持っていたウルドを利用したという事が大きい。

 人を騙して、気持ちを利用して。

 悪い女だろう。

 ウルドの思いには応えられないと、最初から解っていたという事もある。

 母を救うという先の見えない苦難の道。

 ジョゼフに復讐を果たすという悪鬼の道。

 ウルドに優しい言葉を投げかけられれば一人で戦い続けるという決意が鈍ってしまいそうで。

 ウルドに縋ってしまいそうで。

 何も知らないウルドを巻き込んでしまいそうで。

 

 

 

 だからこそ、決断せねばならない。

 例え胸が張り裂けそうだとしても。

 零れ落ちそうになる涙を我慢して、泣き叫びそうになる感情を押し殺しても。

 しくしくと痛む何かを無視してでも。

 だから。

 

 

 

『……ごめんなさい』

 

 

 

 何もかも摩耗させ、自分自身の感情すら見失いそうになりながら。

 頭の中の冷静な一部が、奢ってもらっていた自身の食事代を払わないのは拙いのではないかと、金貨を袋に入れたままその場に置いて。

 ベンチから立ち上がりウルドの前から去ろうとした時に少しだけ見えた、力が抜け落ちてただ呆然としている彼の表情に、一瞬だけちくりと何かが痛んだのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、関係は清算されたと思っていた。

 過去のものになった筈だった。

 でも、ウルドはサイトとの戦闘に割って入って来た。

 与えられた任務は、ルイズをガリアへ誘拐するための援護として使い魔であるサイトを足止め・抹殺すること。

 直感的になのであろう。

 すぐさまサイトを自身の使い魔であるレッドに乗せてルイズを追いかけさせた。

 自身はその場に残り私の足止め。

 母の心が治るかどうかがかかっていたのだ。

 だから、邪魔をするというのであれば殺す気で戦うほか無かった。

 身体能力も魔法も格上であるから容赦などできる筈も無かったが。

 魔法を撃ち合い、互いの得物を交え。

 回避し続けることで遂に掴んだ隙。

 『ウインディ・アイシクル』を牽制で当ててからの『ジャベリン』。

 苦し紛れの『フレイム・ボール』で威力を削がれ、驚くべきことに手に持つ剣に『ブレイド』を纏わせ弾かれた。

 驚きはしたが、剣を取り落していた為、走り駆け寄るウルドに対して余裕を持って2発目の『ジャベリン』を構築して。

 射出する前に、どうやったのか『フライ』を発動させて低空を高速で移動するウルドとそのまま接触し転げまわった。

 結果。

 

 

 

 

 

 

 自身の上に馬乗りになり体重をかけて押さえつけたまま、振り上げられた手甲に覆われた右手からゆらゆらと『ブレイド』を展開し、『ブレイド』の発する光でぼんやりと照らされているウルド。

 察するに手甲を杖として契約しているのだろう。一体ウルドは幾つの物品と契約すれば気が済むのだろうか。

 こんなタイミングまで使わないということは切り札の様な物か。

 自分にウルドを押しのける様な力は無い。

 負けた、のか。

 力が抜けていく。 

 

 無力感に襲われている自分に訳を話せと言うウルド。

 話せるわけない。

 話してしまえば何のためにあの時遠ざけたのか解らなくなってしまう。

 でも。

 

 

 

『お前は俺に脅されて知っていることを吐くだけだ。巻き込むとか巻き込まないとか関係ない』 

 

 

 

『俺の意思で首を突っ込むだけだ』 

  

 

 

 

 全く。

 こっちの悩みも知らないで。

 思わず観念して洗いざらい全て吐き出してしまった。

 最後は涙が堪えられなくなってしまった。

 好きだと言われた時の決断が無駄になったのと、大事な任務に失敗してしまったこと。

 今まで辛かったこと全て思い出してしまったのだ。

 狼狽える様に自身の上から退いて地面に座り込むウルド。

 もっと狼狽えると良い。

 涙は女の最後の武器なんだから。

 でも。

 あれこれ考えていたらしいウルドが罪悪感からなのか。

 

 

 

『君がシャルロットに戻れるまでの間で良い。だから』

 

  

 

『君の、騎士にしてくれ』 

  

 

 

 

 

 なんて顔に似合わない、クサいセリフをいきなり言われてしまったら。

 

 

 

『……ありがとう、ウルド』 

 

 

 

 笑顔で、こうとしか答えられないではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて。

 母が拘束されたことを送りつけられてきた手紙で知った。

 昨日は確かに嬉しかったが、やはり巻き込まないようにと一人で行こうとしたというのに、勝手に着いてきたウルド。

 腹立ち半分、嬉しさ半分。

 シルフィードに飛び乗ってきたウルドが置いて行ったことに対してあんなクサいセリフを忘れたのかと言ってくるが、忘れられる訳がないだろう。

 

『君の、騎士にしてくれ』

 

 女なら一度は言われてみたいセリフかもしれない。

 ウルドにはあまり似合わないセリフではあるが。

 でも、言われて嬉しかった。

 

 騎士。

 私の、私だけの騎士。

 初めての味方。

 

 父の派閥だった者も味方と呼べるかもしれない。

 でもそれは自分がオルレアン公シャルルの娘だからなのではないか、という疑問をどうしても覚えてしまう。

 それに表立って味方になってくれた訳でも無い。

 皆、自分が生きるので必死なのだ。

 

 だけど。

 ウルドだけは。

 オルレアン公シャルルの娘では無い、自分の味方になってくれた気がする。

 確かに下心もちょっとは有るかもしれないが、人間なのだから仕方ないのではないかとも思う。

 ただ単に嬉しいから、……だからそう思うのかもしれないが。

 

 だから。

 着いてくるのはイヤかと訊かれて、イヤじゃないとちゃんと答えた。

 それなのに、ウルドの返答ときたら眠そうな顔で「何か言った?」だ。

 少し、ムッとしてしまった。

 勇気を出して言ったのに。

 

 自身との戦闘での負傷。

 放って置けば治ると気楽そうに言うウルド。

 逆にこちらの体の心配をされてしまい困惑してしまうが嬉しさもあった。

 あれくらい、いくらでも経験してきたのだ。

 そこまで軟じゃない。

 必死だったために何の手加減も無い全力の自分を傷つけることなく、深手を負うこともなかった文字通りの完勝。

 火のスクエアであるウルドならもっと威力の高い魔法を使えた筈なのに使わなかったのだから、最初から無傷かそれに近い軽傷で抑え込もうとしていたのであろう。

 悔しさもあるがやっぱり嬉しい。

 そんな風を考えてしまうのだから自分ももうダメなのかも知れない。

 

 半開きの目をなんとか閉じるまいと格闘しているらしいウルド。

 『タバサ』の騎士。

 じゃあ、私が『シャルロット』に戻ったなら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の家に到着。

 ウルドが敵を探知すると敵が居たのは母の居室。

 現れたガーゴイルにウルドが突っ込み牽制している隙に『ウインディ・アイシクル』を発生させ丁度彼が避けれるであろうタイミングで放ち、ガーゴイルを蹴散らして。

 敵からの挑発とも取れる行動に怒り狂い誘われるままに真っ直ぐに向かった母の部屋の中でのエルフとの戦い。

 大人しく投降しろなどと言う相手に魔法を打ち込めば弾かれて、帰ってきた自身の魔法はウルドが庇ってくれたことで自身を傷つけることは無かった。

 ウルドは傷だらけになりながらも問題ないと一蹴する。

 それどころか、正体不明の先住魔法を使ってくる相手に対して、頭に血が昇り過ぎた自身を諫めてウルドは撤退を勧めてくれた。

 撤退する為とは言え抱き上げられたことにはそんな場合では無いにも関わらず少し恥ずかしさを覚えてしまった。

 抱き上げた本人は気付いていなかったが。

 

 撤退時に気を失ったウルドに拙いながらも治療を施して森に身を隠し。

 自身の使い魔であるシルフィードと、韻竜である事が発覚したレッドに周辺の警戒をお願いした。

 自身はその場に残りウルドの様子を見ていた。

 傷が痛むのか時折顔を顰めるウルド。

 身を挺して庇ってくれたことへの感謝と、ちょっとの悪戯心から膝枕をしてみた。

 結局、寝ぼけていたのか大した反応はされなかったが。 

 ウルドが起きた後は、レッドが取ってきてくれたウサギの肉を焼いたものを渡して。

 起きるまでの事を質問されたり。

 そうしていると今頃になって意識しだしたのかウルドがこちらを見る様になってきた。

 その視線が何となくではあるが足の方を見ているような感じがして少しばかり恥ずかしかったため「何?」と問いかけてみれば慌てて視線を逸らしながら平静を取り繕うかのように足は痛くないかと聞いてくる。

 驚いているのが分かり易いウルドにもう一度膝枕をして欲しいのかと聞いてみたり。

 結局することは無かったが。

 しても、良かったのに。

 「冷えるな」と言うウルドに同意する。

 まだ春だからか夜は流石に冷える。

 それっきりお互い黙り込んでしまったが不意に、体を預けていた大木の幹の上にウルドが掌を上にして投げ出す様に左手を放った。

 恥ずかしいのかどうなのかは解らないが澄ましたようなぶっきらぼうな表情の横顔。

 さも偶然ですよといったその態度に思わず苦笑が漏れてしまった。

 だからという訳ではないが。

 優しく、投げ出されたごつごつとした左手に自身の右手を重ねる。

 重ねた時に驚いたようにびくっとウルドの左手が強張るが、それから間もなく右手を握りしめてくる。

 こちらも握り返せば伝わってくる熱でじんわりと右手が温まってくる。

 心地よいが、気恥ずかしい。

 触れてもいない顔までぼおっと熱くなる。

 手を握りしめたままウルドがちょっとずつ近づいてくる。

 ただでさえ短かった距離が詰められていく内に胸の高鳴りが大きくなっていく。

 母を取り戻すためにここまで来たのに、何でこんなことをしているのだろうかと言う疑問は、エルフと言う恐るべき敵に遭遇したため昂ったままなのだと自分を誤魔化して。

 距離が完全に詰められ手を繋いだまま肩が一瞬だけ触れ合ったという所で、レッドが帰ってきた。

 行く所まで行かなくて良かったとホッとする反面、右肩に残った温もりに名残惜しさを感じてしまう。

 

 少しした後でレッドが韻竜であるという事をウルドの口から実際に明かされたためこちらもシルフィードを戻してレッドと同じ韻竜である事を明かして『反射』への対策を話し合って。

 眠りにつこうとして。

 それから。

 

 

 

 それから?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、あ…」

 

 急速に意識が浮上する。

 夢を、見ていたようだ。

 閉じていた目を見開けば飛び込んでくる惨状。

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟々と燃え盛る周囲一帯の木々。見渡す限りが炎に包まれているため森そのものが燃えているようにも見えてしまう。

 所々切り倒された樹木にも火が燃え移っている。

 切り倒したのは自分だ。

 スクエアとなったから使えるようになった『カッター・トルネード』によるものだ。

 森というフィールドはエルフにとって独擅場だった。

 大地も、森の木々も、吹き抜ける風も全てエルフの味方である。

 大地からは剛腕が伸び、森の木々は意思を持つかのように自らの枝を飛ばし、風は渦を巻き動きを阻害する。

 シルフィードやレッドは風の影響で身動きが取れなくなってしまうので、無理矢理風を抑え込んだ隙に逃がし、その結果遠距離からの援護攻撃しかできていない。

 術者であるビダーシャル本人を攻撃する暇も無くただ襲いくる周囲の環境に対処することで手一杯だった。

 自身の『カッター・トルネード』で風を阻害しつつ木々を切り倒し、それでも尚枝を飛ばす木々は精神力を限界まで注ぎ込まれ怖ろしい太さにまで膨張したウルドの『火砲』で根こそぎ焼き払い、射線上に存在していた土の腕を巻き込みドロドロに溶かしていく。

 それでも尚尽きることの無い物量。 

 確か、対処が追いつかなくなり、土の腕に殴り飛ばされて…。

 

「う、ん」

 

 思い出し自覚してしまったからか全身に痛みが走る。

 殴り飛ばされる前にウルドの叫び声が聞こえて…。

 

 ウルドは?

 

 うつ伏せになっている状態で体があまり言う事を聞かない。

 何とか腕を必死に動かしもがく様に上体を起こし周囲を確認する。

 意思を持つかのように動き回る火炎。

 渦を巻くそれは何か、いや、ビダーシャルに殺到し、『反射』される。

 炎の使い手、ウルドは反射された火炎を滑り込む様に回避し、回避と同時に次の詠唱に入っていた。

 館での戦闘で負った傷は既に開いており、この戦闘で負ったであろう裂傷なども合わせて全身から血を垂れ流しているウルド。

 絞り出すかのように声を張り上げるその姿は痛々しく凄絶なものだった。

 地面から伸びる腕は詠唱するウルドを殴り飛ばそうとするが。

 

 

 ゴオォウッ!!

 

 突如発生した『火炎旋風』に焼かれ、ボロボロになって崩れ落ち吹き飛ばされていく。

 自身との戦闘で使ったそれよりも遥かに高い熱量と強力な風によって齎される破壊力を余すところ無く全て発揮している。

 そのまま周囲に存在する全ての敵意を持つ自然を殲滅しようとして。

 そこで、お終いだった。

 

 『火炎旋風』がきれいさっぱり跡形も無く消え去り、力が抜けたようにウルドは両膝を着きそれでも尚倒れまいと力を入れて耐えるが、そこに土の腕が襲い掛かった。

 吹き飛び、転がり続けて、燃え残っていた先ほどまで共に寄りかかっていた大木に激突して動きを止めた。

 

「ウル、ド…」

 

 呼吸はしている様だが気を失ったのか身動き一つしないウルド。

 自身も漸く弾き飛ばされていた杖を見つけ、這いずる様に、徐々に近づいて行き。

 あと少しで漸く手が届こうという所で取り上げられた。

 

「まだ意識があったのか」

 

 無造作に杖を取り上げたのはビダーシャル。

 杖をその手に近づいてくる。

 

「眠りを導く風よ…」

 

 ふわりと暖かい風が自身の体を包み込む。

 包み込まれた直後に強烈な眠気が襲ってくる。

 眠気に抗う事すら出来ないまま最後に見た光景は。

 

 いつの間にかやって来たレッドの腕に抱かれたまま、自身に向かって手を伸ばすウルドの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ」

 

 主を助けようと突撃を敢行した幼い風韻竜は『反射』によってあっさり弾き飛ばされ、次いで発生させた暴風で無造作に吹き飛ばす。

 何度も何度も繰り返し吹き飛ばされ傷ついた風韻竜はようやく諦めたのか、飛翔し逃げて行った。

 無駄だと理解していながらも精神力が尽きる限界まで戦い続けた結果満身創痍になった主を抱えて先に飛び去った火韻竜と同じように。

 足元には枝や土の腕で傷ついたまま眠り続ける、ジョゼフの前に連れて行くと約束した少女。

 少しの言葉を紡げば、時を巻き戻すかのように少女の体に刻まれた傷は跡すら残さず消える。

 傷一つなくなった少女を抱き上げ荒れ果てたこの場を去ろうとして。

 

「む?」

 

 1つの物を見つけた。

 男と少女、どちらの物かは分からないが散乱し一部は既に炎に焼かれて炭化している荷物の一つ。

 運良く焼かれることを免れ、皮でできたケースの中からはみ出していたそれは。

 

「これは、書物………どうやら"物語"のようだな」

 

 少女を抱えながら地面に落ちていたそれを拾い上げてまじまじと見る。

 

「"イーヴァルディの勇者"か。一度読んだがこれは…装丁が違うな」

 

 俯きがちにどうしようか悩む。

 暫しの黙考の後に決めた。

 

「このまま焼け落ちるのも忍びない、持って行くか。もしかしたら、内容も違うやもしれぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま、指輪に嵌め込まれている風石の力を開放し1人のエルフは飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 





回想からの現実回帰。
夢から覚めてしまったのはタバサさんでした。

忘れ去られていた形見。流石に強引だったか。

最初からビダーシャルとの2戦目を真面目に書くつもりは有りませんでした。
エルフには勝てなかったよ…






書き溜めが遂にお亡くなりになりました。
当初10話程度までしか出来ていなかったのを騙し騙し書き溜めつつ投稿してきたことによる息切れと、リアルが立て込んできたことによる余裕の無さから更新速度が極端に落ちます。
申し訳ありません。


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22話 蠢く誰かさん


骨盤って捻挫するんですね。初めて知りました。






 

 

 深き森の中に広がる、荒野の様な不毛の大地。

 周囲に転がる樹木と思しき物の残骸は全て炭化しており、この焼野原一帯が空恐ろしい程の熱量を孕んだ炎に焼き尽くされたという事が窺える。

 そんな荒れ果てた土地に立つ、大小二つの影。

 片方は巨大な体躯を誇る火竜。

 もう片方は全身を満遍なく包帯で覆いその上からマントや軽鎧などを着込んでいる男。

 確かめる様に一歩一歩大地を踏みしめる動きに応じて揺れるマントから覗く包帯には所々血が滲んでおり、未だ傷が癒えてない有様を見せつけている。

 その足取りは鎧に隠された部分を含めて全身を包帯で覆われた満身創痍の人間には似つかわしくない程しっかりした物だった。

 巨竜はそんなある種異様な風体をした男に付き従う様に、男から一歩下がった位置を保ち続ける。

 不意に両者が立ち止まる。

 焼野原のほぼ中心部。

 焼かれ崩れ落ちている樹木の中で一つだけ、その大きさからか大地に根を張ったままに燃え残っていた大木の残骸。

 それを一瞥すると、もう用は済んだと言わんばかりに突如巨竜に負傷しているとは思えない軽やかさで飛び乗り巨竜と共に飛び立った。

 

 包帯の間から覗く男の瞳はドロドロとした熱を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルケギニア最大の国家であるガリア。 

 母なる大洋に流れ込むシレ河、その中洲を中心地として発展したガリアが王都はリュティス。

 真っ赤な薔薇色の大理石にガリア王族の特徴たる青髪にならった青いレンガのコントラストが印象的な『グラン・トロワ』。

 北を除く三方を百花繚乱という言葉が浮かぶほどに花が咲き乱れている手入れの行き届いた花壇に囲まれた『プチ・トロワ』。

 先々代の王であるロベスピエール3世が都市の郊外の森を切り開かせて建造させた、未だ国の内外を問わず世界中から招かれた建築家や造園師の手で増改築が進められている『ヴェルサルテイル宮殿』。

 以上3つの王族の居城を有するハルケギニア最大の都市であるリュティスの一角。

 古く壮麗な街並みをしているこの都市ではあるが大都市の常といった所か、やはり治安の良くない区画が存在している。

 壮麗な古めかしい街並みではあるが、この区画ばかりはその物騒な雰囲気を強調するようであった。

 この何処か危険な臭いが感じられる裏路地を行き交う人々の中に一人の男の姿があった。

 服装など一見何の変哲も無いように見える年かさの男ではあったがその眼はこの区画を住処とする者に相応しい皮肉げで剣呑な色を見せている。

 自身の食い扶持となっているあるものを仕入れお勤めは終わりだと言わんばかりにそそくさと男は行きつけの酒場に入っていく。

 傭兵かあるいははみだし者か、どちらにしろ碌でもない奴らであることは確かであろう無精髭を生やしたままの粗野な乱暴者たちに混じりカウンター席の一番端のいつもの席に男は腰を下ろす。

 一見冴えない風貌に見えるため無法者たちに絡まれてしまいそうな男ではあったが彼に難癖を付けに行く者は一人も居なかった。

 

麦酒(エール)をくれ」

 

 大した時間も置かず、この酒場のマスターは男が入ってきて直ぐに用意していたジョッキに溢れんばかりに入れられた安っぽい麦酒(エール)を差し出した。

 長年の付き合い上、この男が店に入ってきて最初に頼むものはこれだと理解していたからである。

 ことガリアに置いてはワインやブランデー、蒸留酒に果実やハーブなどで香り付けをしたリキュールが好まれているが趣向なのか、単にけち臭いだけなのか男は決まってこれしか飲まなかった。

 最高級の酒を飲むかの如く美味そうにジョッキを呷る男は彼を知る者からはダグと呼ばれている。

 『裏通りのダグ』。

 本名では無く唯の通り名。

 男は所謂情報屋と呼ばれるものを生業としていた。

 不貞調査から対立派閥の弱みなどありとあらゆる情報を仕入れるその手腕。

 依頼人には多少割高な金額を請求するが、その確かな能力からさる大物貴族など有力人物を多数顧客に持っている。

 また、頼まれれば余り表には出回らないようなご禁制品すら引っ張ってくる為便利屋と言う方が近いのかもしれない。

 この男に手を出せば後ろのおっかない貴族様に何をされるか分からない為特に用の無いならず者たちは我関せずを貫いているのである。

 上機嫌に麦酒を飲みながら頼んだ料理を掻き込む男が頭の中で吟味しているのは今日この日に仕入れることが出来た情報の数々。

 余りにも物騒な代物以外知っていて困る事など無いと常日頃から情報を仕入れることがダグという男の日課となっていた。

 ちょっとした噂程度のものからさる貴婦人の情夫の名前など様々なジャンルの情報を頭の中で整理していく。

 少しばかり気になるのはここ数日間の王軍の不審な動き。

 トリステイン・ゲルマニアとアルビオンの戦争がガリアの介入で終わったばかりだからかいつも以上に男の頭に残っていた。

 そこまで多いとは言えないが少ないとも言えない隊列が護衛している何か。

 いや、そこそこ良い馬車を中心に隊列が組まれていたらしいのでかなり重要な人物なのかもしれない。

 それが、2回。

 さして時期を置かずに連続して行われていた。

 多少のきな臭さは感じるが噂の『実験農場』よりはマシだろうとダグは胸中で一人ごちた。

 

 ギィ、と酒場の入り口の羽扉が開かれる音。

 珍しくも無い、唯の客だろうと向き直りもせずつまみを頬張るダグの直ぐ隣の席に腰を下ろす人影。

 ちらりと横を見てみればフード付きのローブをすっぽりと被った男。

 フードから覗く所々血の滲んだ包帯に覆われた顔の下半分の形と、頼んだ麦酒のジョッキを掴むごつごつと硬そうな手、あまり背が大きい訳では無い様だが随分と肩幅がありガタイの良さそうな体つきから男と判断した。

 これでもし女なのであれば何処かでオーガか何かの亜人の血が混ざったのだろう。

 

 

「マスター、隣の奴にも麦酒(エール)を」 

 

 

 ダグの隣に腰を下ろした、声の低さから男で間違いないだろう怪しげな風体の人物が発する声。

 自身の隣に座った時からそうでは無いだろうかと思ってはいたがこれで間違いない。

 この酒場のカウンター席の端に座る男に麦酒を奢ること。

 これがダグに依頼を持ちかける時の合図。

 矯正されてはいたが言葉に微妙に残っていた癖から異国人、恐らくはアルビオンから来た人間だろうとダグは当たりを付ける。

 少なくとも声に関しては初めて聞いた物であろう。

 聞き覚えは無かった。

 何処で合図を知ったのやら。

 目の前に置かれた麦酒を一気に呷りそそくさと勘定を終わらせて店を出る。

 そのすぐ後に件の男も同様に店内から出てくる。

 付かず離れずの距離で路地を進む男2人。

 ダグが脇の小路に入れば男もそれに追従する。

 何度か繰り返せばダグが寝床としている石造りの建築物の裏口に到着する。

 ダグは手招きして男を中へと招き入れる。

 じりと音を鳴らしながら階段を踏みしめて行けば目の前に一つの扉が現れる。

 懐から取り出した鍵で扉が開け放たれ中に踏み込む。

 やたら重厚な造りであった対『アンロック』用の妨害魔法が施されていた扉を潜れば幾つかの棚に来客用のテーブルと椅子、ダグが日頃から使っているデスクが置かれた部屋が広がっている。

 所々纏められた紙束が置いてあり、そのあまりの数に圧迫された印象が見受けられる。

 ダグのプライベート・スペースに繋がっていると思われるこれまた重厚な拵えの扉は固く閉ざされたままだった。

 

「まあ、座りなさいな」

 

「そうさせてもらう」 

 

 

 ダグの許しを得てから遠慮の欠片も無くどっかりとクッション付きの椅子に腰を下ろす男。

 まるで自分の部屋で寛ぐかのような自然な態度のローブ男に大した図太さの野郎だと心の中だけで吐き捨てるダグは自身のデスクに陣取って男に言い放つ。

 

 

「で、依頼はなんでさ?」 

 

 

「ここ数日間の王軍の動きが知りたいのと、用意して貰いたいものがある。3日以内でだ」 

 

 

 これに書いてある奴を用意してくれ、と男が右手に持っていた羊皮紙が『レビテーション』でフヨフヨとダグの方に向かっていく。

 メイジか、恐らくローブに隠れた左手で杖でも握っているのだろうと当たりを付けながら紙を受け取る。

 書かれていた物品はどれもこれも物騒な代物であった。

 使用を禁止されている薬物やマジックアイテム、そして…。

 

「1人で戦争でも起こそうってんですかい?」

 

「余計な詮索はするんじゃない」

 

 ダグが茶化す様に聞いてみても返答は連れないものだった。 

 格好からしてこれから碌でもないことをしますよと言っているような男だ、ダグも返答は最初から期待して居なかった。

 不意にデスクの上に投げ落とされる袋。

 乗っかった際に中から聞こえてきたのは金属が擦れる様な音だった。

 

「エキュー金貨で800ある。足りるか?」

 

 中身を数え始めるダグ。

 数えながらも頭の中では別の事を考え始めていた。

 つまり、この金額で足りるかという事である。

 要求されている物は用意できないという訳では無いがどれも少しばかり厄介なものだ。

 王軍の情報しかり、物品しかり。

 危ない橋を渡ることをあるかもしれない。

 簡単に言えば手間賃が欲しいのである。

 

「確かに、800きっかりありますな。しかし、何分お客さんが要求されているのはどれも厄介な代物でね。手間賃としてあと200欲しい所ですな」

 

「話には聞いていたが随分とぼったくるんだな。合わせりゃ家が買える金額だ」

 

「嫌なら他を当たってくれてもいいんですぜ?」

 

 ダグにフードの下から鋭い視線が浴びせられる。

 怖い目だ、とダグは胆を冷やす。

 しかし、表には出さない。似たような経験はいくらでもあるのだ。今回の客は特にヤバそうな雰囲気が漂っているが。

 しかしこの客はきっと他を当たるなんてことはしないだろう、とダグは判断していた。

 話に聞いていたと男本人が言っていた通り、ダグがぼったくるのを知っていて頼んできたのだろう。

 余裕そうに見えてその実余裕などこれっぽちも無いのであろうことが推測できた。

 余裕があるなら自分でやるか、さもなくば他を当たる筈だ。

 

 

「金の亡者が…」 

 

 

「良く言われます」 

 

 

 吐き捨てる様に言葉を発した男は目の前に置かれているテーブルに懐から取り出した袋の中の金貨をばら撒いて数を数え始める。

 じゃらじゃらと音を鳴らしながら丁度200数え終わったのか残りを袋に仕舞い込み、金貨200枚はまたも『レビテーション』でデスクに向かって浮かんでいく。

 手慣れた手つきで数え終るとダグは男に言葉を発した。

 

「確かに頂きましたぜ。王軍の動きとは言いますがどういった動きが知りたいので?」

 

「人物の、貴人の護送だ」

 

「了解。では、3日後のこの時間にまた此処においでくださいな」

 

 話が済めば男は用は済んだと言わんばかりの態度でダグの事務所から足早に立ち去って行った。 

 男が立ち去ったのを確認するや否やダグはデスクからパイプを取り出してふう、と一服つく。

 

「怖いねえ…」

 

 フードの下から時折ちらちらと見え隠れてしていた瞳を思い出す。

 顔を覆う包帯の隙間から覗いていた瞳は熾烈な光を帯びており、触れれば此方が焼かれてしまう様なおどろおどろしい熱を孕んでいた。

 執念と言うのか執着と言うのか。

 はたまた憤怒か、あるいは憎悪か。

 判断出来なかったが、ダグにはそういうおっかない物が感じられたのだ。

 碌でも無いことをするのは間違いないだろう。

 1人ごちるダグはしかし、とほくそ笑む様に顔を愉快そうに歪める。

 今日仕入れたばかりの情報が早速役に立つときが来たのだ。

 こんなに上手い具合に物事が進むことはそうは無いだろう。ダグは形だけ信仰している始祖に今日という日の幸運を感謝する。

 ローブを被ってやって来たカモに難癖付けられないように精々頑張りますか。

 まずは、とダグは部屋の其処ら中にある紙束の中から"仕事"に必要な書類を引っこ抜いてどうやって頼まれた物品を集めようかと算段を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






オリ主、激おこ。
そして脈絡のない固ゆで卵モドキ。

それに加えて三人称視点の練習。出来てるかどうかは自信ないです。
多分今後もあんまり使わない、というか使えないと思うけど。

サイトさん達の動きも書こうかと思ったけど殆ど原作と大差ないので途中まで書いてやめました。

あと一週間も引っ張ったのに微妙に短い。


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23話 囚われの姫君と暗躍する男

今回下種注意かもしれないです。


12/17 後半を改定しました。その結果下種成分が無くなった……?


 

 

 深い深い眠りの中。

 自身の存在すら曖昧なまま心地よい牢獄に身を置き続けていたがそれも終わり。

 安らぎすら感じられるその場所から追いやられる時は来てしまった。

 

 どれくらい眠り続けていたのだろうかと疑問を覚える程に開いた目から映り込む視界はぼやけたまま。

 眩しい方と暗い方、その2つしか判別できなかった。

 何度も何度もまばたきを繰り返すことで徐々に目を慣らしていき、本の読み過ぎからか落ちてしまった視力を矯正している眼鏡をベッドの傍、小さな机の上から取る。

 そうやって飛び込んできた景色は何処か郷愁を掻き立てる在りし日の自身を取り巻いていた様な、そんな何処かの一室だった。

 下品になり過ぎないようなシンプルで、しかし目の肥えたものが見れば直ぐに一級品であることを見抜くことができる様な調度品が綺麗に纏まっている室内。

 自身がその身を任せていたベッドの天蓋からはベッドごと自分を優しく包み込むようにレースのカーテンが下りている。

 身に纏っていた学院の制服は影も形も無く、自身の身を包むのは最上級の布地がふんだんに使用されているのであろう着心地の良い寝間着。

 まるで過去、満ち足りて輝いていた公女時代に迷い込んでしまったような待遇はあの男からの嫌がらせのようにも感じられてしまう。

 部屋の中を観察するように視線を彷徨わせていると何か、ヒトガタの影を発見する。

 大まかなシルエットは人間に準じているが唯一つ、長く尖った耳だけが異形を露わにしている。

 

 

「起きたのか」

 

 

 

「ここは何処?」 

 

 

 

「サハラのすぐ近く、アーハンブラ城だ。仮にも元王族なら知っているだろう?我らエルフが築城し、数百年前にお前らの先祖によって奪われた城だ」

 

 

 廃城となっていた筈のアーハンブラ城。

 整理されたのか室内の状況からはここが廃城とは到底思えない。

 ラグドリアンの湖畔から更に南下してガリアの真ん中付近。

 つまり自分たちが野営していた所からは大きく離れたものだ。

 自身の操る暴風と、一緒に居たウルドの放つ獄炎で見るも無残な荒れ地と成り果てた森の中、エルフとの決戦場が脳裏に蘇る。

 意識を奪われる前に最後に見た光景は傷ついたウルドをレッドが抱えて飛び去ろうとする直前。

 彼は無事に逃げ切れたのだろうか。

 

 

「私と共に居た人は?」 

 

 

「ふむ、嫌に粘ったあの男か?…奴ならば使い魔にされた哀れな韻竜に抱えられて撤退したぞ。追っても良かったのだがお前をジョゼフの元に連れて行くことを優先した」 

 

「そう」 

 

 どこか見覚えのある様な表紙の本から目を離さずに語るエルフ。

 なら良かったと心の中だけで呟く。

 何も自分と心中することも無いだろう。

 ウルドは勝手に着いてきたが本来自分の事情とは無関係なのだ。

 大人しくしていればこれ以上は追及されないだろう。

 彼が黙ったまま大人しくしているかというと疑問符が付いてしまうが。

 今の自分が彼に出来ることは、彼が大人しく引き下がってくれることを祈る事だけだ。

 他に今自分に出来ることは母の事を訊ねることしかないだろう。

 口を開く。

 

「母はどこ?」

 

「暴れるのでな、隣の部屋で眠って貰っている」

 

 読み終わったのか手に持つ本を閉じて律儀に扉の方を指し示しながら答えるエルフ、ビダーシャル。

 ベッドから降りて扉に向かって行っても何の行動も起こさないことから行き来は自由のようだ。

 きっと隣の部屋からも外に出ることは適わないのだろう。

 扉を開け放てば室内の真ん中にポツンと置かれたベッドと鏡台、鏡台の上の古ぼけた人形のみの殺風景な光景。

 ベッドの上には女性が居る。

 自身と同じ髪の色、やせ細ってはいるが何処か気品の感じられる顔立ち。

 先ほどまでの自分と同じく深い眠りに落ちているからか久方ぶりに見た穏やかな表情の母。

 

 

 

「私たちをどうするというの?」 

 

 

 

「お前の母親の方は当面の間はただ守れとだけジョゼフに言われた」 

 

 

 

 何時の間に入って来たのか、開け放たれたままの扉のすぐ横の壁に背を預けながら佇むビダーシャルの言葉。

 母の方は、と言ったがなら自分はどうなるのか。

 

「私は?」

 

 

「心を失って貰う。お前の母親と同じようにな。その後は母親と同じように守れという命令だ」

 

 躊躇いがちに紡がれた言葉に激昂しかけるが杖の無い状態では何もできないし、たとえ杖がこの手の中に在った所で前2回と同じように手玉に取られるだけだ。

 一瞬にして燃え上がったやり場のない怒りは心に芽生えてしまった諦念により徐々に鎮火していく。

 熱さが消え失せていくにつれ心も弱気になっていく。

 意図せず一瞬だけ体が小さく震えてしまった。

 その姿を見たからなのかビダーシャルはその瞳に浮かべていた憐れみの色を濃くしていた。

 

「あれは、母を狂わせたあの薬は、エルフがつくった物だったというの?」

 

 

「そうだ」

 

 解毒薬が何一つ見つからない訳だ。

 あの毒は人間の手で作られた物では無かったのだから。

 もしかしたらエルフならば解毒薬を作れるのかもしれないという微かな希望が、囚われの身になって漸く手に入るとは。

 自分がしてきたことは一体なんだったのであろうかと、自嘲の念が湧きあがる。

 無力感が体を苛む。

 

 

 

「何も直ぐにという訳では無い。何分作るのに手間がかかる代物でな、完成まであと10日程かかる」

 

 何の気休めにもならない。

 精神の死を人間としての死であると考えるならば、遠回しな死刑宣告。

 あと10日。

 それが、『シャルロット』であり『タバサ』でもある自分が、そのどちらでも無くなるまでの猶予。

 実感は湧いてこない。

 あまりにも唐突で現実離れした様な事だからだろうか。

 日が昇って、落ちてを繰り返すごとに恐怖が煽られていくのだろうか。

 そうだとしたらこれ以上ない位惨い刑だろう。

 反逆者にはお似合いの最期なのかもしれないが。

 

 グルグルと堂々巡りをする思考の片隅でふと母の狂態が思い出される。

 昔々に『シャルロット』が『タバサ』と名付けた人形を実の娘と、近寄る人全てをジョゼフの手の者と思い込み人形の娘を守ろうとしている母。

 私も、あんな風になるのだろうか。

 暖かな友人たちと『タバサ』の騎士を自称する彼に、発狂した姿を見られたくは無い。

  

 恐怖は芽生え始めた。

 

「残された時間をどう使うかはお前の自由だ。警護の蛮人たちが怖がるので私もこの部屋に籠りきっている状態でな。だから何冊か本も持ち込んだのだが、読みたければお前も読むが良い。……ああ、そうだった」

 

 抱えられていた本が持ち上げられる。

 古びてはいるが精緻な装丁が施された見覚えのある一冊。

 あれは…。

 

 

「お前たちのどちらの持ち物かは知らないが焼失するのも惜しくてな。勝手だが読ませて貰った」

 

 そういってビダーシャルが手渡してきたのは『イーヴァルディの勇者』。

 それも、預かっていてくれとウルドに頼まれた物。

 そういえば風邪で廊下に倒れていたりアルビオンに行ったり告白されたりと様々なゴタゴタで返し忘れていたと今更ながらに思い出す。

 この期に及んで罪悪感まで芽生えてしまう。

 これがウルドの手に戻る可能性は限りなく低いだろう。

 受け取ったそれを両手でしっかと支える。

 教室で偶々目にして勢いのままに借りてしまったこともあった。

 思い出の一つが浮かんだことで、学院に入学してこれまでのことが思い出されていく。

 キュルケと友人になったことやルイズがサイトを召喚したり協力してフーケを倒したり。

 ウルドが転入して来たりドギマギさせられたり。

 

 思わず手の中の本をぎゅっと抱きしめてしまう。

 自分に残された最後の他者との繋がりに縋る様に。

 良いものも悪いものも、自分を自分足らしめていた記憶が奪われることを恐れる様に。

 涙を堪えながら。

 

 

 もしかしたら竜に乗った騎士が自分たちの事を助け出してくれるのではないかと言う、淡い期待を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の俺を支配しているのは何なのだろうか。

 多すぎて良く分からない。

 啖呵きって為す術なく負けたことに対する情けなさか。

 自身の無力に対する苛立ちか。

 あのクソッタレエルフへの理不尽かもしれない憎悪か。

 その他色々、どれもこれも正解だろう。

 数日前に使い切った筈の精神力はそれらの感情を糧にして湧き上がる現状へのフラストレーションで満ちるどころか完全に溢れ出している。

 油断しているとスペルを唱えていない筈なのにちらちら火の粉が飛び散るのだ。

 過去最大級に精神力が高まっている。

 これはある意味好機でもある。

 前回はついぞ膜をブチ抜けなかったがもしかしたら手が届くかもしれないのだから。

 まあどうせまだまだ足りていないだろうからダグとか言う胡散臭い便利屋のような情報屋に色々と手配して貰った訳だ。

 リュティスに潜入した際に色々と回ったりお話したりして辿り着いたあの男は確かに街のアウトロー共の噂に違わぬ優秀な奴だった。

 ガタが来ていた装備を替えたり決戦前の休息を取ったりして期日に事務所に向かえば、お姫様の足取りだけでなく求めいていたイケないお薬やマジックアイテムもちゃんと用意していたのだ。

 しかも予想していたよりは質の良い感じの物がだ。

 親子の行先は人間とエルフの生活圏の境界線付近、アーハンブラ城だというので知ったその日に夜の闇に紛れてリュティスを発った。

 そうして現在。

 城塞の規模が小さいので軍事拠点としては完全に死んでいるが近くのオアシスのお蔭で結構発達しているアーハンブラ。

 エルフが建てたとか言われている放棄された筈の城に立て籠もる2個中隊、約300人。

 怪しんでくださいと言わんばかりの物々しい体制に当たりかと見当を付けるがまだ確定した訳じゃあ無い。

 そこで活躍するのがイケないお薬その1こと睡眠薬とその2の自白剤、スクエア・スペルである『フェイス・チェンジ』の魔法が込められたかなり高い割にたった3回しか使えないという使い捨てに近い首飾り。

 自白剤は地球におけるLSDやラボナールの様な扱いが面倒な代物では無く、魔法的でファンタジックな作用で聞いたことを相手が知っていることだけ正確に自白させられる代物である。

 精神操作系の薬物なので忌避感が無い訳じゃないがこの際出し惜しみしてる訳にはいかないのである。

 ちなみにイケないお薬はその4まである。

 

 

 

 

 時間は夜中、既に日付が変わった頃。

 お誂え向きに月が完全に雲に隠れているので、首飾りで顔を変えた俺は闇に紛れて城内への侵入を敢行した。

 チョットだけだが出来た下調べで一番警備が薄そうだった城壁の一角を鉤爪付きのロープを用いてよじ登る。

 廃城ではあるので『フライ』で飛び越えても良かったのだが一応『ディテクト・マジック』を警戒した結果の措置である。

 力む程に包帯へと血が滲んでいくがここ最近ずっとこんな感じなので最早気にならない。

 ようは痕跡が残らなきゃ良いのだ。

 ロープ一本に命を預けて初めてのウォールクライミングに四苦八苦しつつ城壁の上端に手が掛かった時には少しばかり息が上がっていた。

 少し荒くなった呼吸音を押し隠し、こそこそと周囲を見回して漸く宙ぶらりんの状態から解放される。

 高さ的にさぞ昼間ならさぞ絶景が楽しめるであろうが生憎今は夜中。

 交易拠点として発展していると言っても田舎に毛が生えた程度の物なので夜景も大したことが無い。

 まあ景色を楽しみに来たわけじゃないのでそろそろ本題に入ろうと思う。

 所々篝火の焚かれた城内ではあるがどうしても死角と言うのは出来てしまうもので影に隠れつつ探索。

 見つけた詰所に丁度一人だけ居た夜勤だからか眠そうでとても可哀相な、俺と背丈が似通った貴族士官へと睡眠薬を風に乗せて送り込み眠りの国へと招待する。

 即効性の強いそれでたちまち昏睡する士官をふん縛りながら眠気には効かないが前後不覚になって色々と要らないことを喋りたくなるお薬を飲ませて準備が出来たところで蹴り起こす。

 

「…」

 

「聞こえてるか?聞こえてるなら頷け」

 

 目をトロンとさせ口から涎を垂らしている間抜け面の士官がゆっくりと首を縦に振る。

 効果は上々といった所、か?

 

「聞きたいことがあるんだ。まず一つ目。お前らは何を守っているんだ?」

 

「親、子…」

 

「どんな親子だ?」

 

「元、王ぞ、くの親子だ…」

 

「どうやって知った?」

 

「隊、長、ミスコー、ル男爵から聞か、された」

 

 イイ効き目してるぜ。

 誰かは確認していないが可能性は高まっただろう。

 質問を続ける。

 

 

「名前、知ってるか?」 

 

 

「知、らない」 

 

 

知る必要のある者だけ知る(ニード・トゥ・ノウ)って奴か。何処に居るか知ってる?」 

 

 

「天、守の、中の貴人、室だ」 

 

 

 貴人室と言われても位置が良く分からん。

 

 

「天守の見取り図は無いか?」

 

「棚の、上か、ら3番目、の引き、出しの中だ」

 

「ほいほいっと……これか。貴人室の位置を指で指し示せ」

 

「ここ、だ」

 

「そうか、態々ありがとうな」

 

 簡単にではあるが見取り図を書き写して懐に大事にしまい込む。

 何から何まで親切な士官殿にはお礼に再度嗅がせた睡眠薬で安眠をプレゼントしてあげた。

 夜勤だから、寝落ちしても仕方ないよね。

 一応顔を変えつつ詰所を後にして自身の熱感知能力でなるべく巡回の兵を避けつつ脱出を図る。

 とは言うものの深夜だからなのか或いはやる気が無いからなのか巡回の兵とかち合うことは無かった。

 幸運なのかも知れない。顔を変えた意味が無かったからどちらかというとマイナスだが。

 城壁上の侵入してきたところまで難なく戻ってくる事が出来た俺はそのまま飛び降りて脱出しようかと思ったがふと城の一角に目を向けた。

 城壁に囲まれる様にして存在しているその建物、天守の周りには篝火が焚かれており少なくは無い数の人影が突っ立っているのがぼんやりと見える。

 明らかに他と違って警戒レベルが高いあそこにタバサと彼女のお母さんが囚われている。

 軽く走れば直ぐに辿り着けることが出来る距離。

 たった数日の間の出来事だったが漸くここまで来たのだなと思ってしまう。

 まあたとえどんなに近い距離だったとしても2個中隊と、いるかもしれないエルフという壁が間に立ちはだかっているのだから楽な道のりではない。

 戦力は俺とレッドだけ。

 名前つながりでレッドが地獄っぽいナパームでも使えれば良いんだが……。

 冗談は置いておこう。

 取り敢えず今やるべきことだけは分かってる。

 脱出だ。

 名残惜しむ様に一度ちらりと天守を見て、その後助走を付けて城壁から跳躍、ある程度城壁から距離が離れた所で落下しながら『フライ』を詠唱。

 地面にぶつかる数秒前に発動した『フライ』が俺の体を浮かび上がらせて滑る様に暫くの間移動する。

 空中遊泳の後スペルを解除した時には城との距離は大分開いていた。

 またタバサとの距離が開いてしまったが、ガリアを殆ど横断した後なので誤差みたいなものだろう。

 顔を元に戻してからもう一度アーハンブラ城に向き直る。

 

 

 もう少しだけ待っててくれ、タバサ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





前半からのこの落差。

ご都合主義的な捏造アイテムの嵐に端折られた城内への侵入、いきなり自重を止めたオリ主による下種な行い。
怒られそう。


12/17 ディテクトマジック使われたら警戒レベル上がりそうじゃね?という考えの下改訂しました。その所為でオリ主大分キレイ(?)になりました。



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24話 相見える

 

 居場所が判ったからと言って喜び勇んで突っ込むようなことは無かった。

 2個中隊程度であれば今の精神状態なら余裕で殲滅できる自信があるのだが、アイツが居る可能性があったからである。

 というか多分居る。

 突っ込まずとも遠距離からの『遠見』を用いた偵察を行ったり、酒場で管を巻く兵士に酒を奢る代わりに話を聞いたりしていた訳なのだが、どうも話を聞いた兵隊共が『隊長』殿と呼ぶ者が2人居るらしかった。

 片方は先日聞いたミスコールとかいう男爵。

 相当な色ボケらしくメイジでも無いごく普通の兵士からも影で馬鹿にされているらしい。

 だからと言って油断をする訳では無いのだが問題はもう一人の方である。

 もう片方の『隊長』殿は大層恐れられているらしく話を聞いた全員が全員口を割らなかったのだ。

 いい加減イライラしたので、ベロンベロンに酔わせた奴に軽くイケないお薬その2を盛った所漸くゲロった次第である。

 金色に輝く長髪でいつも帽子を被った耳長の男。

 ガリアが他にもエルフを囲っていなければ十中八九奴、ビダーシャルだろう。

 必ずしも正面切ってぶつかる必要は無いのだが、エルフが居るのであれば相手を下すか抑え込むかしない限り数日前の様な追撃を延々と喰らう羽目になるだろう。

 此方の駒は自分自身とレッドしか居ないのだ。

 取れる策は限られてくる。

 

 

「本当にやるのかウルド?…奴と決まった訳では無いがエルフが居るのだ。止めるべきだ」 

 

 

「何度も言わせるなよ。これはもう決めたことだ」 

 

 

「そうまでする義理があるというのか?」 

 

 

「俺はあの娘の騎士だぜ?あるに決まっているだろう」 

 

 

 自称、と頭に付くがね。

 しっかしまあ今回はレッドが随分渋るものだ。

 以前の7万の軍勢よりもたった一人のエルフの方を危険視しているのだ。

 普段なら何を馬鹿なと思ってしまうかもしれないが、今回は俺もそう思う。

 攻撃が全く通じないなんてお話にならないのだから。

 

 

「ならばせめて私も共に戦わせろ。ウルドだけ矢面に立つのは納得できない!」 

 

 俺が2個中隊とエルフの両方を引き付けている間にレッドが目標の部屋に突入、母子2人を奪回した後に俺を回収して離脱。

 強襲して引っ掻き回して奪い返して逃げるだけという、自分の頭の出来の悪さを嘆きたくなるくらい単純明快な作戦モドキ。。

 1人と1匹にしてはそこそこ成功率は有る方だろう。

 俺に負担がかかりまくるが。

 詰まる所レッドはそれが気に食わないらしい。

 

「お前がキモなんだ。そんなことは言わないでくれ」

 

 助け出さないことにはこの地を離れる訳にはいかず、一度失敗すれば次のチャンスは間違いなく来ないだろうという大博打。

 これ以上諜報に時間をかけ過ぎれば無事なままでいる保証なんて存在しないことはタバサの母親が狂わされたことからも明白なんだ。

 いや、もしかしたら、既に……。

 バチンと頬を両手で叩き頭に浮かんだ最悪の想像を追い出す。

 ともかく、自分の命をベットする位は必要だろう。

 話は平行線のまま、結局押し切る形で不満げな表情のレッドを拝み倒して了承させるのに結構時間がかかってしまった。

 決行は明日の夜。

 今日は取り敢えず休養という事になった、のだが。

 

(何か、どっかで見たことがある様な奴が…) 

 

 時刻は夕刻、メシを済ませて宿に帰ろうという道すがら。

 視線の先には真っ赤な夕日に照らされる小太りの商人風の金髪の男。

 勿論というべきか俺には商人の知り合いなど居ない。

 何故か頬が膨らんでいて髭も付いているが、どこか優男風味なその顔に見覚えがある。

 というかつい最近まで毎日ツラを拝んでいたと思う。

 大きな樽を乗せた荷車を馬に引っ張らせえっちらおっちら何処かに向かって荷車に揺られ続ける男の後を付ける。

 包帯だらけでローブを纏った姿はさぞ怪しいだろうが男はどうやらなるべく人通りの少ない道を選んでいるらしく特に問題にはならないだろう。

 そうこうしているうちに男が目的地に到着したようだ。

 宿と思しき建物の敷地の一角、ででんと置かれた幌馬車の目の前である。

 男は注意深くきょろきょろと辺りを見回し、やおら懐から取り出した先端に何かが付いている細い棒状の物、バラの造花を取り出して大樽に『レビテーション』を掛ける。

 バラの造花なんてけったいな物を杖にするようなアホなんぞ俺は一人しか知らない。

 男が誰なのか、確信を胸に秘めつつ抜き足差し足忍び足で近づいていく。

 クソ師匠のお蔭なのが癪だが、ある程度気配の消し方を心得て居る為男が気付いた様子は無い。

 一歩ごとに近づいていく男の輪郭。

 それは、まぎれもなく。

 

「ギーシュくーん!なーにしてるのー?」

 

 

「へ?…いぎゃああああっ!包帯のオバケェッ!?」 

 

 

 ギーシュだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくらなんでも失礼ではなかろうか。

 友人を捕まえてオバケだなんて。

 そりゃあ、夕暮れ時にフード被ったまま某生物災害よろしく力なく両腕を突き出した様な格好で自分でも吐き気がしそうなくらい甘ったるく野太い声を出したけどさ。

 種明かしと言わんばかりに所々血の浮いた包帯塗れの顔を見せたら腰を抜かしかけたギーシュに決定打を与えてしまったりもしたがそれは置いておく。

 レッドに「ちょっと帰り遅くなるわ」と念を飛ばした俺は、ひっさしぶりに見た学友たち囲まれているところである。

 

「いやー、こんなハルケギニアの果てみたいな所で会うなんて奇遇じゃないか」

 

 

「本当に、ロナ…ウルドなのよね?」 

 

 

「おう。あれ、キュルケに言ったっけ、俺?」 

 

 

「サイトから聞いたわ」 

 

 

 戦争以来半年近く会っていなかったキュルケである。

 本気で久しぶりだ。

 その久しぶりに再会した友人が露出の激しい踊り子の格好をしていることに内心戦慄してしまったが。

 そんな気はしていたが本気で痴女だったとは。

 それはさておき、今みたいな状況じゃ無けりゃ色々飲み食いしながら世間話にでも花を咲かせたい所だが、生憎それをやるには1人足りない。

 終わったらぱあっとやりたい物である。

 キュルケの他には剣奴らしき格好のサイト、平民というか下働きの少女みたいな格好のルイズ嬢、さっきの商人姿のままのギーシュ、これまた露出狂なのかと疑ってしまいかねない格好の踊り子モンモランシー、道化師姿が妙に似合っているマリコルヌと、いつ服を脱ぎださないか心配なシルフィードがいた。

 来るとしたらこいつらだろうなとは思っていた。

 予想と合ってて何となく嬉しい。

 

 

「そんなに疑うなら包帯の下でも見せようか?なんというか、所々、とってもジューシーだけど」 

 

 

「遠慮しとく…」 

 

 

 ジューシーという表現がお気に召さなかったのか、うえっという風な顔で拒否するサイト。

 他の奴らも皆一様に首を縦に振っている。

 ならしょうがないな。

 

 

「取り敢えず君が無事で何よりだよ、ウルド」 

 

 

「心配かけちゃったようで悪いな」 

 

 

 ギーシュの言葉に素直に謝っておく。

 勿論、ギーシュだけじゃ無く此処までやって来た全員にである。

 

 

「まあ、積もる話は置いといて本題に入ろうじゃあないか。皆そのために此処まで来たんだろう?」 

 

「そうね。お互いに知ってる情報を交換しましょう」

 

「取り敢えずほい」

 

「何よそれ?」

 

「天守の見取り図の簡単な写し。忍び込んで調べてきた」

 

 ルイズ嬢の質問に答えるとルイズ嬢を含めた全員から変な顔をされる。

 解せぬ。

 もっと喜んでくれてもいいのよ。

 え、もっと慎重に行動しなさいよこの単細胞?

 …すいません。

 お前どんな計画で助け出すつもりだったんだよとか根ほり葉ほり聞かれていけば、徐々に可哀相なものを見る目になっていく面々。

 やめろ、そんな目で俺を見るんじゃない。

 

 

「全く、あんたって本当に脳筋ね」 

 

「ウルド、悪いけど俺もルイズに同意だ」

 

「どうしようもない奴なのね」

 

 他の奴らも僕も私もって同意の声を上げている。

 くそう、シルフィードにだけは言われたくなかったぜ。

 頭は多少冷えたがこの話を続けていると折角溜まった精神力がすり減ってしまいそうなので無理矢理話題を変える。

 つまりは敵戦力のお話である。

 マリコルヌの齎したアーハンブラ城の概略図。

 流石に内部までは無理だったらしいが天守の見取り図と合わせてそこそこ使えるのでは無かろうか。

 敵通常戦力も俺とマリコルヌのどちらも2個中隊程だろうという見解で一致した。

 ご一行には博打ではあるがこの2個中隊を如何にかする当てが有るらしい。

 問題は。

 

「やっぱりエルフがいるのかね?」

 

 

「恐らくな。俺達が負けた相手かどうかまでは解らないけどね」 

 

 エルフである。

 

 

「魔法が跳ね返されたって本当なのかね?」

 

「おうよ。バンバン跳ね返ってきた。『固定化』掛けられた城壁の方がまだマシさ。鉄壁ってレベルじゃあねえ」

 

「そんな相手に本当に勝てるの?」

 

 シルフィードから聞いたであろう『反射』。

 実際に相対した俺が言うのだから説得力が生まれるというものだ。

 マリコルヌの怯えた声に皆が押し黙ってしまう。

 

「お前さん方は中隊をどうにかしてくれれば良いさ。いい所取りで悪いがエルフの足止めは俺がやる」

 

 

 言い終ると室内がしんと静まり返る。

 四方八方から何とも言えないような視線が俺に突き刺さる。

 なんだろう、俺のあまりの男らしさに惚れたか。

 照れちゃうじゃないか。

 照れる俺にキュルケが口を開く。

 

「予想はしていたけど…。そんなボロボロにされてあなたまだやる気なの?」

 

「当たり前じゃないか。じゃなきゃこんな所に来ないよ」

 

「だったら俺とルイズも…」 

 

「ダメ」

 

 サイトの提案をバッサリ切り捨てる。

 譲れないよ、こればっかりは。

 

「聞いて頂戴ウルド。私の魔法ならエルフの『反射』を無効化できる可能性があるの」

 

「うん?ルイズ、って何系統だっけ?」

 

 危うく嬢まで言いかけたがそれはそれとして。

 今まで結構長い間一緒に居たが未だにルイズ嬢の系統が何なのか知らないことに今更気付いた。

 偶に爆発を起こしていた気がするから……火系統?

 でもルイズ嬢の使い魔はサイト、火の要素が全く無い。

 仮に火系統だったとして『反射』を無効化できるようなそんな便利そうなスペルあったっけ。

 一応火に関しては専門家である俺でも知らないような奥義がヴァリエールには在るのだろうか。

 うんうん唸る俺。

 言い辛そうに口ごもるルイズ嬢。

 

「えっと、それは……」

 

 ルイズ嬢は言い淀み目を泳がせている。

 自分の系統って別に他人に言い辛いような物では無い様な気がするのだが。

 よっぽど特別な……。

 特別…?

  

 

 

 

 あ。

 

 

 天啓の如く頭の中に浮かんだものは第五の、失われた系統である『虚無』。

 そういえばあのラノベって『虚無』がどうたらって奴だったような、気がする。

 相変わらず曖昧だ。もうこの際どうでも良いや、忘れちまえ。

 お話がどうとか登場人物がどうとか気にしてちゃダメだ。

 俺はタバサが好きなんだって、それだけで十分だろう。

 自分に言い聞かせる。

 閑話休題。

 とにかく、ルイズ嬢が『虚無』だとしたら俺が最初に護衛(笑)としてつけられた理由も分かる様な、分からない様な。

 どっちにしろ負けはしたがエルフとやりあったという始祖の『虚無』ならばエルフに対抗できる、のか。

 いきなり見えてきた勝ち目。

 本来なら任せるべきなのだろうが。

 

「言えないことなら無理に言わなくて良い。お前さん方が特別だってことは分かった」

  

 

「だったら俺達2人に任せ…」 

 

「でもな、それとこれとは別なんだサイト」

 

 それは、嫌なんだ。

 

「俺は、あの娘の騎士なんだ。……負けっぱなしじゃ合わせる顔が無い」

 

 これは俺の我が儘だ。

 視線が俺に突き刺さる。

 咎める様なものだったり、融通の利かない奴だと呆れ果てた様な物だったり込められた感情は様々だ。

 

「こんな大事な時に我が儘なんて言うべきじゃないことなんて百も承知だ。もし囚われているのが他の奴なら喜んで譲るさ。でもさ……」

 

 

 昂る感情から一度言葉を切って落ち着かようとはしたが大して変わりは無かった。

 俺は向けられた視線を物ともせず言葉を続けるべく再度口を開いた。

 

「あそこに居るのは、タバサなんだよ。だから、頼む……!」

 

 困惑するサイトを、ルイズを見つめながら俺は絞り出す様に最後の言葉を紡いだ。

 

「……俺に、戦わせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠の夜を二つの月が明るく照らし出す。

 太陽の光を受け空高くに大きく輝く月。

 そんな月に負けじと夜空の暗幕には星々がキラキラと瞬いている。

 ハルケギニアの夜空は地球のそれと比べて格段に美しいと常々思っていたが、今日この時この場所の星空は今まで見てきた中でも随一だと思う。

 お月様とお星さまに見守られながらお姫様を救い出すなんて、なんとも映えるじゃあないか。

 

「本当なら俺がやりたいものだが今日のピーター・パンはレッド、お前だからな。頼んだぜ」

 

「……時々ウルドの言葉の意味が良く分からないことがあるが、今日は輪を掛けて酷いな。一体どこから引っ張り出してくるんだ?」

 

「いつか、気が向いたら教えてやるよ」

 

 いかんいかん、イーヴァルディとでも言っておくべきだったか。

 朝からテンションを上げ過ぎて地球産の言葉を連発してしまっている今日この頃。

 サイトに聞かれていたら問い詰められることは間違いないだろう。

 昨日の夕方を思い出す。

 

 

『勝てよ、ウルド』

 

 サイトの口から出たのはこの一言。

 短くも重い一言だった。

 勿論最初からその積りである。

 出来る出来ないとか無茶無謀ではなくやり遂げるしかないのだ。

 負け犬の誹りを自らの手で雪がなければ俺は自分の事を許せはしない。

 弱いままじゃあの娘の隣りに立っては居られない。

 そんなのはごめんだ。

 

 

「予定通りならそろそろって所か。……さーて、行くか」 

 

 

「言っても無駄だと思うが、くれぐれも無茶はするなよ」

 

「今無茶をしなくて何時やるってんだよ。ま、死ぬ気は無いから心配するな」

 

 既に顔を変えている俺は小瓶の中の液体を飲み干しながらそれだけ言ってレッドに背を向けそのまま歩き出す。

 背後にあったレッドの気配は羽ばたくことで生まれた風に乗って次第に遠ざかっていく。

 1人夜の散歩に興じる。

 行先は分かりきったことだがアーハンブラ城だ。

 一歩一歩踏みしめるごとに死地へ向かっているようで緊張する。

 緊張を少しでも解く為腰に括り付けられた水筒として用いている皮袋の中身を少し飲む。

 口の中に仄かに広がる刺激臭と苦味。

 ……混ぜ物してたの忘れてた。

 

 

 顔を顰めながら歩いていれば何時しか目的地の直ぐ傍まで辿り着いていた。

 城壁の内側からはガヤガヤと大勢の人間が騒ぐ声が聞こえてくる。

 サイト達の仕込みは順調に進んでいる様だ。

 流石に素直に正門から入るのは拙いので依然と同じように壁のぼりに勤しむ。

 二回目だからか昂揚しているからかは知らないが以前よりも楽に壁を登り終えそのまま天守の方まで向かう。

 アーハンブラ中の酒を買い込み、旅芸人の一座に化けた一行が酒と共に娯楽を売り込み酒にしこんだお薬で兵士を無力化するという俺のよりもマシだが殆ど博打のようなサイト達の策は意外と上手く行っているらしい。

 現に俺は兵士の誰とも遭遇しては居ない。

 ミスコール男爵というのは噂に違わず相当のぼんくららしい。

 予定通りならもう少しで薬が効き始める頃だろうか。

 上手く行くのかと少し心配しつつ、皮袋から水分補給をしながら天守前の中庭まで出る。

 どんなことを想定したのかは知らないが随分と広い物である。

 これくらい広ければ戦いやすい。

 一言ルーンを唱えて顔を元に戻す。

 何とか此処まで引き付けたいものだが……おや。

 

 

「お前は随分と諦めが悪いのだな、蛮人」

 

 

「素直に諦める程俺は良い子ちゃんじゃないんだよ」

 

 天守のエントランスからゆっくりとした歩みで出てくる長く尖った耳がチャームポイントの美男子、ビダーシャル。

 その瞳には前回の戦いで途中から隠すことなく見せていた感情、憐れみがはっきりと浮かんでいる。

 

 

「断言しよう。お前では何度やっても私には勝てない」

 

「余裕ぶっこきやがって。お前には3度目の正直という至言を送ってやる」

 

「?……まあいい。最後の警告だ、仲間たちと共に早々にこの場から立ち去れ」

 

 ありゃりゃ、ばれてる。

 こんなタイミングだ、気付かれるのも無理ないか。

 まあ、既に賽は投げられたのだ。

 返答は決まってる。

 

「はいそうですかってなる訳無いだろう。今度こそ膜ぶち抜いてヒイヒイ言わせてやる」

 

「……愚かな」

 

「愚かで悪かったな。愚かついでにあの娘が無事かどうか教えてくれ」

 

「特に悪いようにはしていない。もっとも、明日には……」

 

「なんだよ?」

 

「母親と同じように心を無くして貰うことになる」

 

 喜びと怒りが同時にゲージを振りきる。

 無事でよかった。

 でも、何?

 タバサが、タバサのお母さんと同じ目に遭うの?

 あはは。

 

「ぶっ殺してやる」

 

 無造作に手にしていたハルバードの先から紅い線が迸る。

 それは限界まで細くなった炎。

 ネジが完全に吹っ飛んだ頭が可能としたのか、俺は詠唱すらしてはいない。

 選択したのは基本中の基本である『発火』だが、ハルバードの振りに合わせて鞭の様にしなりながらビダーシャルが瞬時に形成した石壁を容易く焼き切って。

 そして『反射』された。

 そんなことは当然織り込み済みである。

 軽くバックステップするだけで危険地帯から離脱する。

 前方を炎の鞭が通り過ぎるのを見送りながら詠唱。

 石の拳を握りしめたハルバードの柄の部分で受け流しながら返す刀でスペルを発動する。

 

 

「ごああぁッ!!」

 

 獣の様な呻り声を上げながらハルバードの切っ先から一直線に目標に向かうのは前よりも光量を増した青白い炎、『火砲』。

 拳も壁も、遮るもの全てを瞬時に蒸発させながら『反射』の膜にぶち当たる。

 猛烈な勢いで飛び散る火の粉。

 だが。

 

「む?」

 

 ビダーシャルが疑問の声を上げる。

 無理も無かろう。

 何せ今なお切っ先から轟々と噴出している俺の自慢の炎は『反射』されることなく拮抗しているのだから。

 栓が壊れたかのように溢れ出てくる精神力を更に費やして火力を底上げする。

 数秒の内に二回りほど大きくなった『火砲』。

 さらに激しく四方八方に飛び散るようになった炎は石畳の一部をその熱で赤熱させている。

 ここまでやっても膜がぶち抜けないので埒が明かないとスペルを解除する。

 一番の光源であった『火砲』が消えるが赤熱した石畳の一部が辺りを仄かに照らし出す。

 その中心に平静を保ったまま佇んでいたビダーシャルが口を開いた。

 

「驚いたな、前回よりも格段に威力が上がっている。……蛮人、何に手を出した」

 

「巷に溢れ返っている何の変哲もない唯の興奮剤だよ」

 

 少し上がった息を整える為にわざと疑問に答えてやる。

 種明かしをしてみれば至極単純、イケないお薬その3こと興奮剤を使用したのだ。

 正規の部隊でもたまーに使われているという噂のあるこのお薬は小瓶一つ分でメイジの精神力をおよそ1クラス上まで引き上げることが出来るらしい。

 メイジの能力は精神状態に左右されることを利用して人工的にイケイケ状態を作ってやろうという話だ。

 副作用も馬鹿にならないがこの状況で使わない手は無い。

 つまり、来る前に飲んでいた小瓶の中身はこれだったのだ。

 溜まりに溜まったフラストレーションと興奮剤の組み合わせ。

 先ほどの拮抗を見てみれば凶悪極まりないコンボであることは間違いない。

 

 

「何故そうまでして身を削って戦う?」

 

「人間ってのは必要とあれば平気で越えちゃ行けない一線てのを越えられる生き物だ。お前が俺にそうさせたんだよ、ビダーシャル」

 

 瞳にそれまでの憐れみの色では無く困惑を浮かべているビダーシャルに言い放つ。

 身を削る事を躊躇わない程度には俺はあの娘にイカれてるらしい。

 フラれたってのに何やってんだか。

 

「それでもその程度では我が守りを貫くことは出来ない。どうするというのだ?」

 

「血肉を糧にもっと燃え上がるだけだ。御託はもう良いだろう?……ここで因縁を終わらせてやる」

 

 口角を上げて不敵に言い返したは良いが、内心の緊張を表すかのように俺の頬を一筋の汗が伝い石畳に落ちていった。

 

 

 

 

 






こんなに時間かけたのに展開が強引すぎる…。




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25話 灼熱のアーハンブラ

 夜の帳に包まれたアーハンブラの上空をゆっくりと周回する。

 警戒網に引っかからない様に且つ合図に応じて即応できるように。

 背中にいつもの重みを感じることもなく空を飛んでいると自由を感じることが出来るが、どこか物足りない様にも感じられる。

 自身を召喚したウルドという男には良く分からない部分があった。

 竜騎士となる際に先達から教えられた戦術を参考にはすれど殆ど無視して、全く別の戦闘法を自分と共に磨き上げていった。

 そう、創り上げたのではなく磨き上げたのである。

 確証は無いが、ウルドは恐らく最初から今現在用いている空中戦闘機動を知っていてそれを再現するために来る日も来る日も自分と共に空を飛んでいたのではないかと思う。

 そもそもからして、あの飛び方にはかなりの無理がある。

 その無理を『同調』のルーンによる意思伝達と有り余る精神力を用いてウルドが魔法で補うことで、無理矢理あの飛行法を成り立たせているのだ。

 詰まる所あれはそもそも竜の飛び方では無く別の何かの、そう、例えば……。

 脳裏を過るのは濃緑の何か。

 タルブに於いて死闘を繰り広げた、『ゼロ戦』とか呼ばれる理解不能な代物。

 サイトという珍妙な少年曰く『ヒコウキ』とか言うものらしいが、思えばあれの飛び方は自分たちの飛び方に良く似ていた気がする。

 ウルドは『ヒコウキ』の飛び方を最初から知っていた、のか?

 謎は深まるばかりだ。

 そもそも偶にではあるが、意味不明な言葉を口走っていることがある。

 先ほどの『ぴーたーぱん?』とやらのように。

 人名なのだろうか。

 もしかしたら一般的に知られている言葉なのかもしれないが人間社会にさほど詳しくない自分には見当もつかない。

 ……むむ、こうしてみると我が主は凄まじく怪しい人間のような気がする。

 まるで見えない答えを求めて頭を捻っていると頭の中に待ち望んだ声が響き渡る。

 

『敵エルフはビダーシャル、戦闘開始、手はず通りに頼む』

 

『分かった。くれぐれも無茶はするなよ、ウルド』

 

『……』

 

『返事も寄越さないとは、言ったそばから……』

 

 こうなることは半ば予想はしていたが自分の言葉が届かないのは悲しいものがある。

 惚れた雌を取り返す為ならば仕方ないのかもしれない。

 

「気持ちが分からないことも無いからな。やってやるさ」

 

 体を傾け進行方向を変え、高度を落とすことで速度を上げる。

 その身に受ける風を最小限に抑える為に翼を軽く折りたたみ四肢を体にくっ付けることも忘れない。

 ウルド曰く『じゅうりょく』とやらの力を借り、『くうきていこう』とやらを減少させるための体勢。

 見る間に速度を上げ目標の建物を視界に捉える。

 目標、アーハンブラ城天守。

 風になったような感覚を覚えながら突撃を敢行した。

 

 

 

 

 

 

 

 レッドへ思念を飛ばしたその時に奴からの攻撃は始まった。

 飛来する石礫。

 頭上より追尾しながら落ちてくる岩。

 当たりそうなものは、小手に包まれた左手で、振り回しているハルバードで弾き飛ばす。

 流石に俺の背丈の二倍はある岩は弾けそうも無いので大人しく蒸発させている。

 奴の攻撃はこれだけでは無い。

 つむじ風、鎌鼬、突風となんでもござれの不可視の風撃。

 此方の攻撃の余波でそこかしこで燃え上がっている炎が不自然に揺らぐのや微妙な温度変化を感じ取ることで何とか察知出来ている。

 時に余裕をもって飛び退り、時に『熱風』で押し返すことでやり過ごすが、一番胆が冷える攻撃だ。

 炎は今では使って来ない。

 当初余波で出来ている火種から無数の炎弾を飛ばしてきたが悲しくなる程にパワー負けしていたのでやめたようだ。

 

 

「…っ!」

 

 生じる揺らぎ。

 一瞬の後に前方の炎が消し飛ぶ。

 人どころか城壁さえも吹き飛ばせそうな威力の突風。

 おっかない尖り方している石礫までもが無数に混じっている。

 あんなの受けたらミンチになる。

 当然そんな趣味は無いので迎撃。

 興奮しすぎて最早自分でも何て言ってるのか聞き取れないほどの高速で詠唱。

 発動しているのでしっかり発音できているようではある。

 

「弾けろっ!」

 

 対するこちらも不可視の『熱風』。 

 違うのは石が混じっていないのと陽炎のように周囲の景色を屈折させるほどに熱量を溜め込んでいること。

 ぶつかり合う2つの烈風は拮抗しあい、その隙に範囲内から離脱する。

 ローブをはためかせながら炎が上がっている部分を避けてスペルを途中放棄、風が側面を吹き抜けていくことも気にせず再度詠唱を開始する。

 ビダーシャルの周囲の炎を取り込みながら成長していく風の渦。

 浮遊していた石礫を巻き上げながら『反射』の膜を完全に覆い隠す『火炎旋風』。

 ビダーシャルを炎を風の檻に閉じ込め、空気中の酸素を燃やし低酸素状態を生み出す。

 これで失神なり何なりしてくれれば良いのだが……。

 カラカラに渇いた喉を潤すために腰の皮袋を乱暴に取り外してマスクを少しずらして中に満たされた液体を半分以上飲み込むと維持されている『火炎旋風』に異変が起きる。 

 

 

「そよ風だな」 

 

 轟音と共に内部で炸裂した圧縮された空気によって無理矢理引き剥がされる。

 流石に失神してくれるような可愛げのある様な奴じゃあないか。

 ハルバードを構え何時でも動ける様に腰を低く落とす。

 

 

「土よ、硬き石よ、穿つ針となれ」

 

 何かに語りかけるかのように、優しく、しかし厳かに声を発したビダーシャル。

 奴に呼応するかのように地面からかなりの速度で生えてくる石の針。

 土と石に針と来ればどんな攻撃かは簡単に予想が出来たため既に俺は一か所に留まらない様に走り出していた。

 ジグザグに走ったり揺さぶる様にフェイントを掛けたりしながらも『フライ』を詠唱、全速力で垂直に飛び上がる。

 高度を確保してから『フライ』を解除、自由落下しながらも再度『熱風』を詠唱、範囲も威力も全ての制御を放棄して全力で中庭に向けてぶつける。

 地表を舐める様に地面から生えている針を全て消し飛ばす。

 間に合う様に高度を取った為、平坦になった中庭に悠々と『フライ』で降り立つ。

 靴から熱せられた石畳の熱が伝わってくる。

 『熱風』の余波で熱せられた石畳は赤熱しているが、予想通りというべきか『反射』の膜は小揺るぎもしておらずビダーシャルも涼しい顔をしている。

 

 一見拮抗しているように見えるかもしれないが実際にはやっぱり俺の方が押されている。

 未だに『反射』は破れていない上に、破る為の特大の一撃を準備する暇も与えてくれはしない。

 そして何より、この熱が厄介なのだ。

 俺は火のメイジであるから奴に対抗するには必然的に最も得意な火のスペルを大盤振る舞いする必要がある。

 以前レッドが言っていたのを参考に、精霊の動きを阻害することで奴の力の行使を邪魔するという目的もあるので尚更だ。

 結果、常に凄まじい熱気に晒されるため通常よりもかなり体力を削られる。

 その為耐火ローブを纏いイケないお薬の最後の一つにして皮袋の中の水に混ぜた物、効果が極端に短い代わりにクソが付くほど強力な発汗促進剤を併用し無理矢理体温を調節して誤魔化しているのである。

 アホな貴族がダイエットの為に作らせたという碌でもない作成経緯を持つものではあるが、今の所俺を生きながらえさせているので感謝はしている。

 吹き出す汗に鬱陶しさを感じつつも『火砲』で石畳から生えた石の拳を迎撃する。

 拳を蒸発させ、そのままやたら滅多らに振り回すことで『火砲』が通った部分の石畳やら城壁やらが蒸発し付近をドロドロに溶かす。

 廃城ながらも綺麗に整備されていた中庭は装飾も溶け落ちこの場に火山が出来たかのような惨状を見せている。

 石畳が冷えた部分から再び石の針が伸び始めたため走らざるを得なくなる。

 体力が削られているためかなり速度が落ちてはいるが、先ほどよりも針の形成速度が落ちている為何とか躱せる。

 飛来する石礫を今までと同じように弾き飛ばし岩を蒸発させながら針から逃げ回っていると、不意に前方に針が形成され始める。

 回避するために、後ろに飛び退ると途中で何かにぶつかって無理矢理動きを止められる。

 少し首を回して後ろを見れば、それは石壁だった。

 壁、こんな所に?

 不味い、と思った時には全てが遅かった。

 

「……ぃぎィッ」

 

 右上腕部、左手のひら、右大腿、左脹脛から一本ずつ血で赤く染まった石針が生えていた。

 興奮剤の影響か、痛みはそこまでない。

 しかし、磔にされ身動きできないのはそれだけで致命的だった。

 

「蛮人、随分と手こずらせてくれたがこれで終わりだ」

 

「まだ、俺は死んじゃいねえぞ!」

 

 近寄ってきたビダーシャルの後ろに『フレイム・ボール』を発生させぶつけてやろうとするも『反射』に阻まれ一瞬の拮抗の後にあらぬ方向に飛んで行った。

 ビダーシャルが『フレイム・ボール』に一瞬だけ気を取られている隙に、血が噴き出すのも構わずに無理矢理針を四本まとめて引き抜く。

 痛みは無いから、己が肉体にどんな不具合が有ろうとも動かせる。

 少なくとも、今はまだ。

 血を噴き出し軋む手足に鞭を打って走り出す先には鉄壁の守りに囲まれたビダーシャル。

 そこまで開いていない距離を詰める間に詠唱するのは『ブレイド』。

 ハルバードの頂端である槍部から伸びる光の剣。

 長さは程々に刀身を細く、また細く限界まで圧縮していく。

 駆け抜けた勢いのまま踏み込んで大上段に獲物を振るう。

 奔る閃光、弾かれる刀身。

 衝撃で体が浮かび上がりかけたが石畳と接したままだった左足を軸にしてコマのようにその場で一回転することで体勢を立て直し、一瞬の為の後ハルバードを突き出しながら再度突撃する。

 膜と穂先がぶつかった瞬間からピクリとも前に動かなくなると同時に押し戻される感触が強くなるが踏ん張りを利かせて耐える。

 

「ウル・カーノ・カーラ・ウルル・ラーヴァ!」

 

 『ブレイド』を維持したまま詠唱を始めスペルが完成する前に『ブレイド』を解除することでスペルの解除から再度の詠唱までの時間を無理くり短縮する。

 穂先から溢れ出す『火砲』によるほぼゼロ距離での発動、着弾の衝撃で木の葉のように容易く跳ね飛ばされる。

 石畳の上を転がるが勢いが弱まった所で手を付きながらしゃがみこむように体勢を立て直す。

 土壇場での思い付きでもちゃんと発動してくれたみたいだが、無理があるのか頭の中がキリキリ痛む。

 いつまでのしゃがんでは居られないので頭痛を堪えながら立ち上がる。

 目の前には先程までと変わらぬ様子で佇むビダーシャル。

 奴も、『反射』も未だに健在。

 痛みは無いが力が入りにくくなってきた両足でゆっくりとでも奴に近づいて。

 そして、崩れ落ちる様に地面に膝を着いてしまった。

 

「お前の命は私の手の中にある。いい加減に諦めろ」

 

「タバサは目と鼻の先に居て、俺はまだ生きている。……諦める訳、諦められる訳、無いだろうが!!」

 

「お前は十分に足掻いた、もう眠れ。……永遠にな」

 

 此方を見るビダーシャルの頭上に小さな家ほどもある岩が浮いている。

 それは徐々に俺の頭の上に近づいてくる。

 ここで、終わり?

 まだ何もやっちゃいないのに、諦めるのか?

 あの娘があの娘の母親と同じように狂わされるというのにここで諦めるのか?

 否、己の意思が消え果る最期の時まで諦めてたまるものか。

 あの娘を救い出すために。

 あの娘に振り向いて欲しいから。

 

「誰が眠るか、クソッタレ」

 

 時間が有ればもう一度立ち上がれるかもしれないがその時間が無い。

 逃げることは出来ないので未だ握り続けているハルバードを天高く突き上げ狙い定める。

 切っ先が震えるのを更に力を込めて無理矢理抑える。

 

「ウル・カーノ・ドルク・アーダ・ウィタ・ブラーガ…」

 

 唱えるのは、火系統魔法において最大最強の一撃。

 精神力だけはまだ余裕が有るので湯水の如くつぎ込んでいく。

 だけど。

 発動まではまだまだ時間がかかり。

 浮遊する大岩は徐々に落ちてくる速度を上げていて。

 魔法の発動は間に合いそうになかった。

 それでも。

 

「う、おおぉぉっ!!」

 

 精神力をくべて熱量に変換することは止めない。

 眼前に近づく大岩から目を逸らしはしない。

 最期まで、立ち向かう。

 引き伸ばされたかのように間延びした時間。

 既に元の高さの半分まで落ちてきた大岩をしっかと見据えながら、極度の緊張で極限まで高められた思考速度の中、声が聞こえた。

 

「大丈夫」

 

 それは、俺が此処まで追い求めてきた人の声だったような気がした。

 

 

 

 




長くなりすぎたので分割。

後半へ続く。


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26話 雪風と太陽

 

 

『明日には薬が完成する』

 

 数時間ほど前にビダーシャルから伝えられた言葉は自身の終わりを告げる物だった。

 慈悲のつもりか旅芸人の一座の芸を観る為に部屋から出ることを許可してきたが拒否した。

 そんなもの慰めになるものか、鈍感になることで平静を保っているというのに今更生への渇望でも蘇ってしまえば薬で狂わされる前に狂気の渦に落ちてしまいそうなものだ。

 隙を衝いて逃げることも考えたが、何の備えも無く杖すら持たない今の自分では1メイルも逃げ出すことは出来無いだろう。

 何よりも、このエルフに抵抗しようという気勢は既に萎えている。

 神経を磨り潰しながら放った乾坤一擲の一撃が容易く自身に牙を剥くという絶望。

 以前戦ったメンヌヴィルとかいう傭兵と同等か或いはそれ以上に激しく、荒々しく、猛烈に燃え盛る炎。

 ウルドが咆哮と共に放つ、かするだけでもそれだけで間違いなく大火傷を負うであろうそれすらも拮抗することなく弾かれ周囲の木々を燃やすだけであった。

 戦いにすらなっていなかった悪あがき染みた抵抗。

 勝つことなど出来やしないと打ちのめされても仕方は無かろう。

 

 提案を払いのけたは良いが母も眠っておりどうにも手持無沙汰である為、囚われてから何回と読み返している借りっぱなしの『イーヴァルディの勇者』を再び開く。

 部屋の外から微かに漏れ聞こえてくる景気の良い音楽や声を聞き流しながら開かれたそれに目を落とす。

 最初は自分を落ち着かせるために読んでいた。

 熱中することを見つけたことで徐々に落ち着いていくことが出来たが、冷静になり過ぎて自分を登場人物に自己投影して自由の身になることを夢想していることに虚しさを覚えた。

 途中からは本来の持ち主であるウルドとの繋がりを求めて読み続けていた。

 想像以上に自分の心の中を彼が占める割合が大きくなっていることに少しばかり赤面しつつも彼を待ちわびる様に時間を潰していたが、一日、また一日と過ぎていき諦念は膨らんでいった。

 そして今では最早何も考えずにページをめくっている。

 ただ文字の羅列を眺めているだけで、書いている内容も、言葉の裏に隠された意図も何一つとして頭の中に入っては来ない。

 凪いだ海の様に感情の波も風も一つとして存在しない。

 泣き叫ぶことなくただ穏やかに最後の時を迎えること。

 それが、自分を狂わせる薬を調合したエルフと憎き叔父王へのせめてもの意趣返し。

 

 途中まで読んでいたのと、内容を噛み締めることもしなかったためそれ程時間を掛けずに読み終えてしまう。

 本を閉じて表紙を上に自身の膝の上に置く。

 彼と自分が関わりを持つようになった切っ掛け。

 彼を意識してしまうようになった切っ掛け。

 今では彼との唯一の繋がり。

 皮張りの表紙を見ていると少しだけ心をかき乱されるような感覚に襲われてしまう。

 恐怖、後悔、そして……。

 もう、読むのは止めよう、これ以上はきっと良くない。

 それまで腰を下ろしていた母の眠るベッドの横の椅子から立ち上がり、隣の部屋の自身に与えられたベッドの横にある机に手にした本を置きに行く。

 室内に明かりは点いていないが窓から入り込む月明かりに照らされている為薄ぼんやりとしているが問題ない。

 たった数歩の内に目的のテーブルまで辿り着く。

 後ろ髪引かれる様な名残惜しい気持ちを覚えるが、もうそんな気持ちも必要ない。

 意を決してテーブルの上に置こうとした時、室内は闇に包まれる。

 

「っ……何が」

 

 驚いた拍子に思わず彼の本をかき抱いてしまう。

 明かりは元々点けて居なかった、つまり窓の方で何かが起きたということだ。

 気が付けば喧騒も消えている。

 此処まで来て今この城では何かが起きている事に気が付いた。

 警戒しながらゆっくりと窓に近づく。

 何かに覆われたかのように黒い色を覗かせている窓ガラス、異変は直ぐに起こった。

 

「ひっ……」

 

 

 黒い何かが蠢いたと思えばぎょろり、と爛々と輝く巨大な目玉が此方を見据える。

 巨大な目玉はぎょろぎょろと視線を部屋のあちこちに動かし、内部をひとしきりねめつけた後此方に視線を戻した。

 目玉が此方を見ながら満足そうに目を細める仕草に、未知の物へ対する恐怖を覚える。

 交錯する視線。

 目を逸らしてしまえば対応が遅れる。

 元々幽霊のような物が苦手な自分ではあるが、明らかな異常事態を前に怯えるだけではいられない。

 何の抵抗も出来ない母も居るのだ、たとえ杖が無くとも手出しはさせない。

 ……明日には狂わされるというのに自分はどうして立ち向かおうとしているのか。

 視線を逸らさないまま、いくら思考しようとも明確な理由は分からない。

 いっそこのまま喰い殺されでもした方が楽かもしれないというのに。

 自分は、生きることを諦めていない?

 

 思考を打ち切り、瞳を更に険しくして目玉を睨み付けるが様子が少しおかしい。

 目玉は何処か狼狽えたように視線を右往左往させる。

 訝りながらもそのまま様子を窺っていると目玉は謎の光に包まれる。

 窓から入り込む強い光に、闇に慣れてしまった自分は思わず目を瞑る。

 数瞬の後、何とか目を開いてみれば光は収まっていた。

 未だぼやけたままの視界が窓に何かが映り込んでいるのを捉えたため目を凝らす。

 再び月明かりが差し込んでくるようになった窓に映り込んでいたもの、それは。

 

「レッド?」

 

 月に照らされてな鮮烈な紅が特徴的な男。

 ウルドの使い魔たるレッドが人間に化けた姿であった。

 レッドは此方を向いたまま身振り手振りで壁際に寄る様に伝えてくる。

 大人しく指示に従い扉が開かれたままの隣りの部屋に退避すると再度の輝きとほぼ同時に轟音が響き渡る。

 轟音で目を覚ましてしまった母が何かを叫んでいるが今は無視する。

 戻ってみれば先ほどまで王侯貴族の居室の如き佇まいをしていた室内は見る影も無く、壁のなれの果てである石の塊によって滅茶苦茶になっていた。

 その巨大な体躯で天井と母が居る部屋とは逆の方向にある壁すら破壊した張本人は頭と体の一部を室内につっ込みながら話しかけてきた。

 

「"反射"も無しとはエルフめ、油断したな。ああ、遅くなって済まない、とウルドからの伝言だ。……母君は?」

 

「隣りの部屋にいる。……ウルドは?」

 

 またも光に包まれ人に擬態するレッドに返答を返す。

 レッドは少し不機嫌そうにしながらも口を開いた。

 

「あのバカはエルフ、ビダーシャルと交戦中だ。返答も無いからな、相当集中しているらしい」

 

「……ビダーシャルと?」 

 

「そうだ。サイトやキュルケ達が中隊を、ウルドがビダーシャルを抑えている。口では足止めに留めるとは言っていたが案の定あのバカは本気でやり合っている様だがな」

 

 ウルドだけでなくサイトやキュルケ達も来ているという事に内心驚く。

 恐らくウルドかシルフィードのどちらかが助けを求めたのだろう。

 それにしたって、普通こんな所まで来るだろうか。

 敵は国で、エルフだっているのに。

 どうやら自分は、自分で思っていたよりも友人に恵まれていたらしい。

 捕らえられてから今まで一度たりとも反応しなかった瞳から涙が溢れだす。

 嬉しさも今まで誤魔化してきた恐怖も何もかも混ざり合い堪えが効かなかった。

 それでもまだ終わっていない、と乱暴に目元を拭う。

 

「忘れていたが、お前の杖だ。ここに来る前に取りに行った」

 

「場所はどうやって知ったの?」

 

「ウルドが情報収集のついでに聞き出したらしい。後ろ暗いところがあるから聞かないでやってくれ」

 

 そう簡単に口を割るような内容では無いし、聞き出せる様な話術をウルドが持っているとは思えない。

 自ずと選択肢は絞られるが、追求する気は元から無い。

 自分を助ける為に必死にやってくれた、それで良い。

 レッドから差し出された杖を受け取る。

 自身の背丈よりも大きな愛用の杖を握りしめ感触を確かめて。 

 

「そういう訳だ、さっさとサイト達と合流してついでにあのバカを回収して逃げるぞ」

 

「レッド、これ」

 

「む?これはウルドの……って何処へ行く!?」

 

 レッドに『イーヴァルディの勇者』を渡してから崩れた壁から外に向かって走り出し『フライ』で飛び上がる。

 レッドが慌てた様子で大声を上げている。

 

「一体何をやってる!?」

 

「母様をお願い!」

 

 自分でも驚くほど大きな声でレッドに返答しそのまま天守を越える程の高さまで上昇すると、それは視界に入ってきた。

 中庭を埋め尽くす様に荒ぶる炎が夜の闇を蹴散らし周囲を真昼の様に明るく赤々と染め上げている。 

 百メイル以上離れているにも関わらず自身が身を置く上空でさえ感じられる熱気の発生源、生命の存在を拒むかのような炎の庭園の中にただ2人。

 『反射』の膜に守られ涼しい顔をしているビダーシャルと、『ブレイド』を展開したハルバードを弾かれるが即座に反撃に転じて『火砲』を至近距離で撃ち込む男。

 着弾の衝撃で弾き飛ばされる際にローブから垣間見えた顔は包帯とマスクに覆われてはいるがウルドで間違いないだろう。

 目の前の光景に杖を更に強く握りしめる。

 ウルドは言っていた。

 

『"反射"が弱まるなら、ブチ抜けるかもしれないな。タバサはどうだ?』

 

 そして、自分は彼にこう返答したのだ。

 

『自信は無い。だから、貴方の援護をする』

 

 反射が弱まっているかどうかは分からない。

 しかし、ウルドの魔法の威力は明らかに前回の時よりも跳ね上がっている事が分かる。

 だからこそたった一人で今の今まで耐え続けて来れたのだろう。 

 彼が『反射』を破ることだけに集中できれば……。

 ビダーシャルの方に歩き出し膝から崩れ落ちるウルド。

 いつの間にか彼の頭上には大岩が浮かんでいた。

 確かに自分はビダーシャルに心を折られたかもしれない。

 でも、同じように赤子の手を捻る様に一蹴されたウルドは今もなお立ち向かっている。

 だったら、自分がどうするかなんて最初から決まっている。

 様子見は此処まで。

 私は、灼熱の戦いの中に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫」

 

 その言葉と共に少々乱暴に抱き留められながら俺達は低空飛行していた。

 俺を抱き留めている人の性別と体躯から考えて立場が完全に逆だろうと言われることこの上ない状況。

 後方からは大岩が落下した轟音が聞こえてくる。

 大きく距離を取って漸く地面に下ろされた俺の瞳に映ったのは待ち望んだあの娘だった。

 

「……タバサ?」

 

 

「ウルド、体は大丈夫?」

 

「かなり不味い、じゃなくてなんでこんな所に来たんだ!?」

 

 レッドに任せた筈のタバサがどうしてこっちに来たんだ。

 助けれたのは確かだが、何が何だかサッパリ分からない。

 

 

「あの時決めた筈」 

 

 

「……何を言ってる?」 

 

 

「私が援護して貴方が"反射"を破るって、決めたでしょう?」 

 

 

 真っ直ぐと見つめてくるタバサ。

 それは、確かにそういう話になったけど。

 まさかそんなことの為に態々来たって言うのか。

 見つめ返したタバサの表情は至極真面目な物だった。

 

「……っ」

 

「ウルド、痛むの?」

 

「くふ、ふふふっ」

 

 思わず笑ってしまう。

 

 

「何がおかしいの?」

 

「いや、タバサってとんでもなく義理堅いんだなって思ってさ」

 

 少し不機嫌そうに聞いてくるタバサに思わず本音を言ってしまう。

 普通あんな口約束を守るためにわざわざ来るか?

 自分が囚われていたっていうのにさ。

 

「……」

 

「俺が悪かった、睨まないでくれ。……で、体力と精神力の方は?」

 

「今までずっと休んでたから問題ない。有り余ってる」

 

「そいつは良いや」

 

 ジト目で見てくるタバサに謝りを入れながら体調を聞いてみる。

 きっと、多少は強がりの部分があるだろうが確かにそこまで悪くはなさそうだ。

 これじゃ問題なのは俺の方だな。

 

「マトモに動ける状態じゃないんだが大丈夫か?」

 

「問題ない」

 

「そっか。それとこれ、被っとけ」

 

 被っていた耐火ローブをタバサに渡す。

 受け取った体勢のままキョトンとしているタバサに説明する。

 

「耐火ローブだ。俺は動けないからもう良い」

 

「でも……」

 

「今の君の格好ヒラヒラしてるから危ないだろう。それに、折角のお姫さまみたいな格好なんだからコゲるのは忍びない」

 

 仕立てが良く、デザイン的にもタバサに良く似合っている寝間着。

 こんな所じゃ無ければもう少ししっかり目に焼き付けたい所だが我慢我慢。

 

「口説くのは終わってからにして」

 

「終わってからなら口説いて良いのか?」

 

「……ばか」

 

「話し合いは終わったか?」

 

 冗談は此処までか。

 空気を読んだのか今まで手を出してこなかったビダーシャルが話しかけてきた。

 余裕ぶっこきやがって、ありがとう。

 

「ああ、お前をぶっ潰してから続けることにするよ」

 

「無駄な事を」

 

「無駄じゃねえさ。今度はお前が地に伏す番だ」

 

 満身創痍という訳では無いが四肢を穿たれているので立ち上がるのも辛い。

 そうだとしてもタバサが奴を抑えてくれるのだ、せめて立ちあがっているべきだろう?

 手にしたハルバードを支えに何とか立ち上がれば隣にはタバサ。

 既にしっかと両手で杖を持ち鋭い目つきでビダーシャルを睨み付けている。

 

「タバサ。30秒、稼げるか?」

 

「大丈夫、2分いける」

 

「そいつは頼もしい限りだ」

 

 頼もしすぎて情けなくなってくる。

 助けにきた人に逆に助けられるなんてさ、本当に俺は駄目な男だな。

 だからせめて。 

 

「カーン・バージ・ウル・カーノ……」

 

 期待には添わないといけないよな?

 周囲に撒き散らされている炎、熱でとろけている石畳や城壁、息するだけでむせ返りそうな周囲の空気。

 貰った時間を最大限に活用する為に、ありとあらゆる物から手当たり次第に熱を奪い一点に『収束』させていく。

 集める範囲はもっと広く、もっと大量の熱を。

 

「精霊を、いや熱を一点に?……やらせはしない」

 

「それはこっちの台詞」

 

 俺とビダーシャルの間に割って入るタバサ。

 

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ」

 

 声が響けば、ローブに身を包んだタバサの輪郭はぶれ始める。

 蜃気楼のように揺らめく姿は幻想その物。

 一瞬の後に曖昧だった輪郭は2つに分かれた。

 風の奥義、『偏在』。

 スクエアになったのだから出来て当然なのかもしれない。 

 片方は『エア・ストーム』を発動し、もう片方は自身に『フライ』を掛け俺を抱っこしながら空を飛び回る。

 俺達を中心に発生した巨大な竜巻は飛来する石礫と岩石を強烈な勢いで巻き上げ跳ね飛ばし、俺は抱きかかえられながらその光景を見る。

 立ち上がった意味無かったなとか自分より小さな女の子に抱っこされるなんて超恥ずかしいとか自分に突っ込みを入れつつも熱は集めるのは止めはしない。

 

 

「はあぁぁぁ……」

 

 熱が集まれば集まる程その場に止めようとするために必要な労力は加速度的に増えていく。

 自分で編み出しておいて原理が良く分からないんだが、多分精神力で産み出したファンタジーな力場でその場に抑え込んでいるのだと思う。

 流石のスクエア・スペル、無尽蔵にも思えた精神力がゴリゴリ減っていくのが強く感じられる。

 浮かび上がった俺と片割れに対する攻撃は、地上に残った方が迎撃してくれている。

 風と風がぶつかり合い石が吹き飛ぶ戦場の空を縫うように飛行するタバサ、と抱っこされたままの俺。

 今この時も精神力は吸い取られ続け、加速度的に増えていく収束制御の負荷が頭痛を大きくしていく。

 宙を舞う俺達と石畳の上でダンスを踊るかのように石針を、石礫を、風撃を避け続けるもう一人のタバサ。

 気が付けば周囲からは炎が消え、石畳や城壁は完全に冷え切って、先ほどまでとは打って変わって厳しい冷気が立ち込める。

 

「あの景色が歪んで見えている所の手前、降ろしてくれ」

 

 

「分かった」

 

 指し示した場所にお互いに白い息を漏らしながら降ろして貰う。

 目の前で抑え込まれている熱量は既に暴発寸前なので早急に使ってやらないとヤバい。

 

「ウル・カーノ」

 

 俺の経験上、魔法ってのはイメージが大切だ。

 拙い上に虫食いだらけの科学知識であれこれ考えながらやるよりは、どんな感じにしたいのか頭の中で明確にずっとイメージする方が良いと思う。

 科学知識を持っている比較対象が居ないから一概にどうとは言えないが。

 

「ドルク・アーダ」

 

 イメージするのは生命を育んできたもの。

 生命を育む暖かさを持ちながら近づき過ぎればその身を焼かれる熾烈さを持つ熱の塊。

 闇に閉ざされた海を揺蕩う幾千、幾億、もっとそれ以上の数がある恒星の内の一つ。

 それこそは、太陽。

 

「ウィタ……ブラーガ!」

 

 火のスクエア・メイジにのみ許された奥義たる火の四乗、『紅焔』。

 その名の通り紅に燃え上がる焔で『固定化』が掛けられた城壁すら一撃で跡形も無く消し飛ばすことが出来る魔法。

 残りの全精神力と。『収束』で集めに集めた熱量を余すことなく注ぎ込めばどうなるであろうか。

 その答えは今目の前にある。

 

「先ほどの熱を集める業といい蛮人、お前は一体……!」

 

 珍しいことにビダーシャルが焦りを見せているが無理も無かろう。

 頭上に浮かんでいる火の玉には本来の紅色は影も形も無い。

 球状に形を抑え込まれた焔は眩いばかりに輝き続けまるで昼間であるかの様に周囲を明るく染め上げている。

 詳しく調べることなんてできる筈も無いが、恐らくは空気中の窒素やら何やらをプラズマ化させる程度には熱量が有るだろう。

 まあどれくらいでプラズマが発生するのかということもハルケギニアの大気の組成がどうなってるいるのかも知らないんだけどね。

 

「タバサ、下がれぇーッ!」

 

 叫びと共に後方に離脱する2人のタバサ、ビダーシャルに向かって飛んでいく光の塊。

 ビダーシャルは何重にも石壁を作り上げるが、そんなもの役に立つものか。

 いとも容易く障害物をぶち抜きビダーシャルに向かって直進していく。

 そして。

 全身全霊を込めた光弾が薄く輝く『反射』の膜に着弾する。

 膜が揺らぎ、光が飛び散る。

 飛び散った光が辺りを再び灼熱の溶岩地帯に変えていく。

 『反射』の膜がまだ健在だからか、僅かながら安堵の表情を浮かべているビダーシャル。

 このまま行けば、耐えられるとでも思っているのだろうか。

 俺がこのままで終わらせるとでも思ったか。 

 

 

「は、じ、け、ろーッ!!」 

 

 内圧を更に上昇させ最表面の一部、膜と接している部分の抑えを態と弱めてやればその部分から勢いよく焔が炸裂し、視界が完全に真っ白になる。

 即席だが指向性を与えたことである程度緩和された爆発の余波にすら俺は何一つ抵抗することなく吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 石畳の上を跳ねながら数秒間移動していた俺はふわり、と何かに包まれる様に突如として運動を停止する。

 吹き飛ばされた影響で前後不覚に陥りながらも、受け止められた後に優しく石畳に横たえられたのだけは理解できた。

 足音共に誰かが、恐らくというか間違いなくタバサだろうが、駆け寄ってきた。

 仰向けにされ介護老人の様に抱き起される。

 

「生きてる?」 

 

「おう、無事とは言えないがな。そっちは大丈夫か?」

 

「傷一つ無い」

 

 抱き起してくれたのは予想通りタバサだった。

 偏在が消えたのか自分で消したのか1人っきりだったが言葉の通りどこも怪我をしていないみたいで良かった。

 

「ビダーシャルは?」

 

「分からない」

 

 奴が居たであろう所に目を向けてみれば余波で撒き散らされた炎が燃え盛っていて良く見えない。

 今ので無理だったらもうどうしようもないのだが……。

 

「っ……ウルド」

 

「ああ。マジかよ、クソッタレ」

 

 揺らめく炎に影が映る。

 人間と大差ない背丈の何者か、ビダーシャル。

 エルフとはかくも強大な物なのかと、一瞬驚嘆しそうになったが今までとは様子が違っていた。

 頭にかぶっていた羽根つき帽子は何処かに吹き飛び、息を飲むほど美しかった金の長髪は所々焦げ落ちて見る影もない。

 エルフの物であろうゆったりとした衣服も所々焼け落ちて酷い火傷を見せている。

 咄嗟に腕で庇ったのだろう、右腕は上腕の半ばから完全に焦げ落ちており残る左腕も表面が一部黒く炭化している。

 ひと目見ただけで満身創痍だという事が分かる。

 しかし。

 

「嘘だろう?タングステンだって蒸発させる自信があったのに」

 

 俺の全身全霊の一撃が当たったのにこの程度で済むのかよ。

 奴の周りには『反射』の膜は既に存在していない。

 代わりに直撃する前に展開したと思われる、一部薄くなったり穴が開いている分厚い水の膜が存在している。

 あれで凌いだっていうのか?

 というか。

 

「ウルド、あれ。火傷が、治っていってる」

 

 冗談も大概にしろ。

 時間を追うごとに火傷の範囲が明らかに小さくなってやがる。

 流石に腕までは治っていないが放って置いたら生えてきそうだ。

 不意に奴の左手が輝きだす。

 すわ戦闘続行かと思いきやただその場で浮かび上がるだけのビダーシャルは、苦痛に顔を歪めながらそのまま何処かに飛び去って行った。

 

「勝った、のか?」

 

「多分」

 

 今一勝利の実感が湧いてこない。 

 隣りにいるタバサは未だ警戒と不安の色を滲ませながらビダーシャルが飛び去った方向を睨み付けている。

 数分間見続けた後、漸く警戒を解いたのかタバサが此方に向き直る。

 

「今一実感湧かないけど勝ったという事にしておこうか」

 

「賛成」

 

 助けに来た人に助けられた上に勝った実感は無いけど、目の前にタバサが居るんだからそれだけで十分だった。 

 

 

 

 

 

 

 






いつの間にかヒロインの立場になっているオリ主。
やはりこのオリ主は肝心な所で駄目らしい。

Q.『反射』をどうやって破るの?

A.援護してもらいながらドーピングして無理矢理ぶち抜く


私の乏しい想像力ではこれが限界です。
だからと言ってなんでタバサが援軍なんだよというお話。


もうこれより増えないと思うオリジナルスペル紹介

『紅焔』

火の四乗。スペルは勿論適当。なんか凄い威力らしい。





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27話 一つの終わりと彼らの始まり

あけましておめでとうございます。





 

 疲弊しきった状態でタバサとの会話が弾むはずも無く、意識があったのはサイト達と合流してから此方を迎えに来たレッドの背に乗せて貰った所まで。

 失血か脱水か精神力の枯渇なのかあるいはそれら全てが原因なのか分からないが、恐らく気絶してしまったのだろう。

 一度たりとも起きることは無く、その結果として今の状況が出来上がっている。

 

「ここ、どこよ?」

 

 寝ぼけながらも覚醒した意識が徐々に鮮明になっていくにつれて頭の中を困惑が埋め尽くしていく。

 身を預けていたベッドの横にはチェストがあり、上に水差しが置いてある。

 その他室内に置かれている家具や部屋の内装に至るまで全く持って見覚えの無いものばかりで埋め尽くされている。

 思わずこれが知らない天井という奴か、とわざわざ天井を見上げながら独りごちてしまう。

 チェストとは反対側のベッド脇には剣やら何やら愛用の装備品が無造作に置かれているので一安心である。

 最近はどうも武装が手元にないと落ち着かないのである。

 ビダーシャルの蛮人という言葉に同意するわけではないが、かといって心の底から否定できないのが癪である。

 

 

「よっ……痛ってぇ」

 

 

 起き上がろうとすれば四肢に鈍い痛みが走る。

 我慢しつつも一息に体を起こして体の状態を確かめていく。

 一応開けられた穴は塞がっているみたいだがあまり無理は出来ないだろう。

 軋む体を動かして一先ずは水分補給と水差しに直接口を当てて中身を飲み干していく。

 育ちを疑われる飲み方ではあるが、お上品に育てられた訳じゃないしそもそも誰も見ていないから問題なし。

 温くて口当たりがとっても悪いが文句など言っては居られない、何せ起きたばかりだから喉が渇いているのである。

 一息ついてから動作を確認するように軋む体をゆっくりと動かしていく。

 思い切って立ち上がって見れば両足の丁度風穴を開けられた辺りに違和感があるが歩く分には支障は無い。

 じっとり汗ばんでいた体をシーツで適当に拭いてから態々用意されていた真新しい衣服に身を包み、剣を引っ掴んで様子見に部屋から出る。

 長い廊下には幾つも扉が有り随分と景気の良い貴族の屋敷であることが窺える。

 あてどなくフラフラと歩いて行けばこのお屋敷が随分と珍妙なことに気が付く。

 ちょっと歩けば内装がガラッと変わるのである。

 複数の建築様式が混ざり合っているというか、まるで継ぎ接ぎのようだ。

 調度品も奇抜と言うか、正直理解しがたい前衛芸術の様なものがちらほら見受けられる。

 丁度見つけた外への出口から不思議の国を抜け出して見ればやっぱり外側も珍妙だった。

 アルビオンで見る様な外壁だったり、トリステインの建物のように見える部分が有ったりと不思議の国は外から見てもフランケンシュタイン博士の人造人間染みていた。

 外に出ることで新鮮な空気に晒され靄がかっていた頭の中がすっきりしてきた。

 燦々と輝いている太陽に眩しさを感じつつ散歩がてら適当に歩いていくと練兵場だろうか、踏み固められた地面を晒している開けた場所に出る。

 自分が今どんな調子なのか確認しようと鞘から剣を引き抜こうと柄に手を掛けるが、少し考えて止める。

 起きたばっかりだからもう少しダラダラしたいのである。

 当たりをきょろきょろと見回してみると端っこに切り出された石材やら丸太やらが積まれていることに気付く。

 練兵場ではなく資材置き場かも知れないがどっちでも良いだろう。

 同じ大きさに切り出され積み上げられている石材の上に乗っかる。

 

 

「平和、だねぇ……」

 

 屋敷は色々と愉快なことになっているがそれ以外は平穏その物。

 爆音が聞こえてくる訳でも無く怒号が飛んでくることも無い、風が吹き抜け草木が揺れて小鳥の囀りが聞こえるだけ。

 いや、此処がどこなのかさっぱりわからないという異常事態ではあるけどさ。

 こうやって何かに追い立てられることなくゆっくりするというのも随分久しぶりに感じられてしまう。

 学院を飛び出してからまだ3週間と言うのに随分と濃い時間を過ごした気がする。

 タバサと杖を交えて。

 エルフから逃げて。

 守れなくて。

 結局自分一人では何もできなくて。

 

 

「世の中にはとんでもない奴もいるもんだな」

 

 

 正直に言えば自分の戦闘能力に関してはかなり自信があった。

 何せ色々と戦闘技術を叩き込まれた上で最も位階の高いスクエア・メイジになった挙句、韻竜まで召喚して竜騎士に成り果せたのだ。

 これで自信を持たない奴なんて居ないだろう。

 それがたった一人のエルフに良いようにあしらわれたのだ。

 タバサの事が無ければ俺はきっと打ちのめされていただろう。

 まだまだ未熟、か。

 座ったまま剣を鞘から抜き放ち正眼に構える。

 抜身のまま手の中に納まっている力の象徴は日差しを受けてギラギラと輝いている。

 思いついたが吉日と素早く『ファイヤー・ボール』のルーンを唱えて……あまりの結果に思わず溜め息が出てしまう。

 

 

「……はぁ」 

 

 

「こんな所にいた」 

 

 

 かけられる声。

 声が聞こえた方向に目をやれば青い短髪の少女、タバサが居た。

 最後に見た可愛らしい寝間着ではなくどうやって用意したのか既に学院の制服を着ている。

 手には大きな杖、何時ものマントの中にはこれまた何時もの真っ白なブラウス、短めのプリーツスカートに細く伸びた足の殆どを隠している白いタイツ。

 これまでと変わらないごく普通の格好に軽く感動してしまう。

 

 

「やあタバサ、調子は良さそうだね」

 

「ええ。ウルドの方は?」

 

「本調子と言えないのは確かだな」

 

 積み上げられた石材は多少高さがあった為タバサを見下ろす形になっている。

 1メイル程手前で止まったタバサは俺の方をじっと見つめている。

 何か気になるものでも有るのだろうか。

 いつも通りの剣は良いとして、拝借した服だって特に変な所は無い。

 自分の体をぺたぺたと触りながら変な所を探しているとタバサが呟いた。

 

「顔の傷跡、残ってる」

 

「碌な治療もしないまま放って置いたからな、仕方ないよ。……箔が付いただろ?」

 

 残ってしまったものは仕様がないとおどけた調子で笑いかける。 

 タバサが無事なら安い物だろう。

 当のタバサは何故か深刻そうな感じで俺の冗談に答えた。

 

「箔が付いたのは確か。……とても、悪人面になってる」

 

「そういう意味でかよ!?」

 

「ええ。子供が見たら泣き出しそう」

 

 何をそんな深刻そうな顔をしているのかと思いきや、語られた真実に衝撃を受ける。

 いや、確かに我ながらおっかない顔だなと思ってはいたが更に悪化してしまうとは。

 起きてから今まで鏡を見てなかったから気が付かなかった。

 鏡で確認したいが、自分の顔だというのに正直見るのが怖い。

 少し狼狽えたが取り敢えず今は置いておこう。

 俺と同じように石材の上に登ろうとするタバサに手を貸す。

 ひょいと軽やかに飛び乗ったタバサは俺の右隣にちょこんと座りこむ。

 その動作が何だか小動物的で癒されていると、此方側に顔を向けたタバサが口を開いた。 

 

「……いきなり居なくなったから心配した」

 

「ごめんごめん、目が覚めたらつい散歩がしたくなってさ。それでここは一体何処なんだ?」

 

「知らずに出歩くのはどうかと思う」

 

 ごもっともである。

 どこか呆れた目のタバサが言うには何とここはゲルマニアはツェルプストーのお屋敷らしい。

 レッドとシルフィードに分乗して国境を一っ飛び、検問を完全に無視してからキュルケの好意で一先ず此処に身を寄せたらしい。

 どうしても身の回りの世話に人手が必要なオルレアン夫人の面倒も見てくれるという太っ腹加減。

 俺一人で突っ込んでたら碌でもないことになってたなと今更ながらに自分の頭の空っぽさ加減に戦慄する。

 け、結果オーライということで。

 冷や汗をかきながら沈黙しているとタバサに声を掛けられた。

 

 

「私が来た時に溜め息を吐いていたけど何かあったの?」

 

「いや、調子はどんなもんかと試しに『ファイヤー・ボール』を撃ってさ。……まあ、見た方が速いか」

 

 溜め息を聞かれていたようでタバサから追求を受けたので先ほどと同じように『ファイヤー・ボール』を使う。

 淀みなく唱えられたルーンに呼応して発生したのはピンポン玉よりも小さいかもしれないという情けないことこの上ない大きさの火の玉だった。

 

「……本気?」

 

「うん、本気」

 

 胡散臭げな表情で此方を見てくるタバサに正直に答える。

 

 

「いやさ、ビダーシャルに対抗するためにイケないお薬を使った訳よ。その上で限界まで精神力絞り出したからさ、どうやら回復がかなり遅いらしい」

 

「……」

 

 薬で精神力を無理に引き出したことが原因の一時的な精神力の減退。

 エルフに勝った代償がこれならまだ安い物、だろう。

 ついでに言うと起きた時に無駄に喉が渇いていて汗ばんでいたのも微妙にまだ発汗促進剤が残っているから、かもしれない。

 どっちにしたって大した副作用では無い。

 放って置けば治るのだから。

 

 

「無理、させた……」

 

 石材の上、俺の右隣のタバサは伏し目がちになりながら言った。

 何だかとってもしょんぼりしている気がするので慌てて弁解するように言葉を返す。

 

「傷と同じで大したことじゃないから気にしなくていいよ。それに、こっちが好きでやったことだし君に謝らなきゃいけないことだってある」

 

  

「……謝るって、どういうこと?」

 

「本当はあんな無茶苦茶やらなくても何とか出来たかもしれないってことさ」

 

 

 ルイズとサイトの、恐らくは伝説の『虚無』の力。 

 そんな大層な物を持ってるならもっとスマートに何とかできたのだろう。

 それを俺が我が儘を言ってビダーシャルとの再戦と相成った。

 結果圧死寸前までいって、タバサに助けられた。

 正直に、余す所なく伝える。

 

「本当、身勝手で情けない男だろう?……君を思うならもっと冷静に行動するべきだった。済まない」

 

 今更謝った所で意味などない。

 謝るくらいなら最初からそうするべきであるし、結果オーライであるとは言え一応はどうにかなったから。

 それでも、言葉を止めることは出来なかった。

 タバサに嫌われたくないから。

 俺という奴は本当に救いようの無い人間らしい。

 バツが悪くともせめて目は逸らすまいとタバサを見つめ続ける。

 視界の中の実年齢よりも幼げな少女は平常通りの無表情で少し考え込む様に押し黙っていた。

 弁解を続けるかこのまま言葉を待つか悩んでいるとタバサは意を決したようにマントの中に隠していたのであろう何かを差し出してきた。

 

「これ、遅くなったけど」

 

「?……ああ、アルビオンに行く前に預かってもらってた、って何で忘れてたんだよ俺」

 

 差し出されたのは随分前にタバサに預けた『イーヴァルディの勇者』。

 ドタバタしてたせいでずっと忘れていたようだ。 

 ……何か忘れてると思っていたがこれだったか、喉の奥に引っかかった小骨が取れたようなスッキリした気分を覚える。

 それは一先ず置いておいて。

 久しぶりに見た古ぼけたそれを受け取った俺にタバサは言葉を続ける。

 

「囚われている間ずっと、貴方の本を読んでた」

 

「……タバサ?」

 

「正気を失うことが怖かったから心を落ち着かせるために読み始めて、それを読みながら待ってたら貴方が助け出してくれるんじゃないかって縋りついて、でも最後には何も考えたくないって諦めながらずっと」

 

 感情の籠った、口下手なタバサらしからぬ独白。

 堰を切ったかのように語られる言葉に思わずしどろもどろになってしまう。

 一度目を閉じて混乱しかけた頭で語られた内容を思い返す。

 今まで散々実の母親の狂態を見てきた挙句今度は自分も狂わされるというのだ、誰だって恐怖するだろう。

 むしろ、刻々とその時が近づいてくる状況で曲がりなりにも正気を保ったタバサは本当に強い心を持っていると思う。

 俺を待っていてくれたという事には不謹慎ながらも嬉しさを感じてしまった。

 それと同時に、諦めを覚えさせるほどに待たせてしまったことと逆に助けられてしまったことに申し訳なさも感じてしまったが。

 目を開いてタバサの方を盗み見る。

 一見普段と変わりないように見える表情にはいつもの凍てつく氷のような硬さは無く、触れれば壊れてしまいそうなガラス細工の様にも見えてしまう。

 惹き付けらるほどに輝いていて、でも触ることを躊躇してしまうのは変わらない。

 かと言って上手い言葉も浮かばない。

 

「遅くなって、ごめん」

 

 辛うじて出てきた言葉は当たり障りの無い物で。

 そんな俺にタバサは頭を振りながら言葉を続けた。

 

「良いの。だって、最後の最後に貴方は、貴方たちは来てくれたから」

 

 穏やかな声、優しげな笑顔。

 こんなタバサは初めてだけどきっとコッチが本当のタバサ、いや、シャルロットなのだろう。

 

 

「レッドから貴方がビダーシャルと闘ってるって聞いたから、だからもう一度立ち向かえたの。……一度は抵抗することを、生きることを諦めた私が立ち上がれたの」

 

 だから気にしないで、とタバサは話を終えた。

 再び口を閉ざしたタバサの顔にはいつも通りの無表情が戻っていたが、その頬には朱が差している。

 照れてるのと、言い終った後に慰める様に俺の右手の上に置かれた誰かさんの色白な左手が原因だろうか。

 右手に感じる温もりは春の日差しよりもなお心地良い。

 

「ウルド、1つ聞いても良い?」

 

「何さ?」

 

 暫くの間お互いに言葉を交わすことなく心地よい沈黙の中日向ぼっこに興じていた所、隣のタバサから声が上がる。

 

 

「ウルドは私がシャルロットに戻れるまでの私の騎士にしてくれと言った」

 

「言ったなあ」

 

「じゃあ、私がタバサからシャルロットに戻ったらどうするの?」

 

 何時になるかは分からないその時。 

 その後の事を特に考えずに言った言葉。

 

「何処かに行ってしまうの?……私の騎士を続けるの?……それとも」

 

「また、前みたいに一緒に食事にでも行こう」

 

 平坦に聞こえる声色にはどことなく不安げな色が混じっていて、そんなタバサの声を遮る様に普段通りの軽い調子で言う。

 その割には鬱陶しい位に早まっている心臓の鼓動。

 俺は自分でも自覚している程度には脳筋だと思うが鈍感と言う訳では無い、と思う。

 だから右手を裏返してタバサの左手を握り返し、唯でさえ縮まっていた距離を互いの息遣いが聞こえる程近くまで更に縮める。

 腕が絡み合う様な形になってタバサの左肩と俺の右上腕が触れ合う。

 

「いろんなお店回って今度は小物でも買ってみたりして、美味しいご飯食べた後に口直しに甘い物でも探してさ……」

 

「ウルド、それって……つまり」

 

「……そういうこと」

 

 背丈の差から上目遣いのような形で此方を見上げるタバサの顔はリンゴのように真っ赤に染まっているが、それは俺も同じだろう。

 だってまだ一応春だって言うのに顔が凄い熱いからね。

 心臓は更に唸りを上げるし、動いていないのに息苦しいし。

 深呼吸してほんの少しだけ整った呼吸。

 口を開く。

 

「だから、一緒に頑張ろう」

 

「うん。……一緒に食事に行くの、楽しみにしてる」

 

 もう一度見せてくれたタバサの笑顔は雪が解けた後に咲いた花を思わせるようで。

 つまり言葉が出なくなってしまいそうなくらい可憐だった。

 

 

 

 

 




恋愛っぽい雰囲気を表現できているのか心配な今日この頃。
これで一応タバサさんのフラグは建った、と思いたいです。
ルート突入とかそんな感じです。
ダブルヒロインとかハーレムとかには決してならないのでご安心(?)下さい。

当初の予定より凄まじく長くなってしまったガリア編終了。
正直此処まででお話的には一区切り。
後はもう1個裏書いて前章終了。

遅ればせながら。
ヒャッハー!お気に入り登録数1000越えだー!
ありがとうございます。


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27話裏 虚無の王

 

 アルビオンのテューダー王朝が事実上滅亡したことで今現在サハラ以西の人類の生活圏は大きく分けて4つの国によって構成されている事になる。

 若く美しい女王、アンリエッタによって治められ列強に負けじと様々な政策に取り組んでいる国、トリステイン。

 トリステインと同じく若き教皇、聖エイジス32世に率いられるブリミル教の総本山にして「光の国」と謳われる宗教国家ロマリア。

 野心家アルブレヒト3世を頂点に頂き、例え平民であろうとも優秀であれば積極的に登用することで大きく勢力を伸ばした帝政ゲルマニア。

 そして。

 今までの3国を越える国力を持つハルケギニア一の超大国、ガリア。

 広大な国土を持ちその総人口はおよそ1500万人程。

 その莫大な人口に比例して他国を圧倒する数の貴族がいる為、軍の規模と質は4か国の中でも突出している。

 また保有する魔法技術も先進的な物であり、単純に軍事力だけで考えれば他の3国を纏めて相手にすることが可能ではないかとも言われている。

 そんな恐るべき国家ではあるが、その王たるジョゼフ1世の評価に関して言えば散々な物であると言う他無い。

 無能王。

 始祖の直系にしてハルケギニア一の超大国の国主に付けられたその渾名はジョゼフ1世が魔法を全く使えないことに由来する。

 王族にとって魔法が使えないということは有象無象の貴族以上に致命的である。

 そんな男がスクエア・メイジにして実の弟である故オルレアン公シャルルを差し置いて王となり、王となってからも政治を顧みずに気の赴くままに行動しているのだ。

 確かに無能王と呼ばれても可笑しい所は一つも無い。

 しかし、そんな男が王であるこの国が何故大国で有り続けていられるのだろうか。

 優秀な家臣団に支えられているから、など様々な反論があるだろうならば何故その優秀な筈の家臣団が王に対して反逆を企てないのだろうか。

 他に王たるに相応しい人間が居ない?……そんな物いくらでもでっち上げられるだろうし、国の中枢にいる人物ならシャルルの忘れ形見であるシャルロット公女が今なお生き永らえていることも知っているだろう。

 暗愚な者の方が操り易い?……未だ増改築の終わらぬヴェルサルテイル宮殿に掛けられている金は少なからず国政を圧迫しており他にもジョゼフのきまぐれからか多くの使途不明の物品、建築物に多大な金銭を投じている。

 ジョゼフよりももっと金がかからず操り易い人間が居るのではないだろうか。

 仮に、無能王と呼ばれている男が真の意味での「無能」では無かったとしたら……。

 今の時点で真実を知る者は極一部の人間を除いて存在していなかった。

 

 

 

 

 

 ガリアの国政の中枢、グラン・トロワのとある一室。

 以前はこの部屋に置かれている巨大な箱庭の中で本物の様に精巧に作られた戦場を多数の騎士人形が動き回っていたが今は静かなものである。

 今現在小康状態を保っているハルケギニア全土と同じように、人形たちは互いの領土を狙い睨み合いを続けている。

 室内には人形たち以外にヒトガタをしている者が3人。

 うち2人は人間の男女で、もう一人は耳が長い事からエルフであることが分かる。

 豪奢な服を纏った偉丈夫が跪くエルフに声を掛ける。

 

「エルフというのも存外大したことが無いのだな。たった2人のメイジに負けて逃げ帰ってくるとは思いもしなかったぞ。全く、他人の話という物は当てにならんな」

 

 

 どこか面白がっている様な口調だが、よくよく聞いてみればその声からは何一つ感情の色が感じ取れない。

 口角を上げて楽しそうな表情をしているが同じようにその瞳には何の色も浮かんではいない。

 大根役者でももう少し上手く感情を籠められると言えるだろう。

 声を掛けられたエルフの姿は痛々しい物だった。

 女性と見紛うばかりの美しい金色の長髪は焦げ落ちて短くなっており、熱波にやられて艶やかさを失っていた。

 怜悧な美貌を誇っていた顔も一部引き攣れたように醜悪な火傷跡が残っている。

 ゆったりと全身を包むエルフの民族衣装が隠しているが所々に似たような火傷跡が残っており、特に左腕は火傷跡が引き攣れてまるで老人の様であり右腕に至っては上腕部途中から完全に無くなっている。

 エルフの癒しの魔法は多少の傷なら傷一つ残すことなく直ぐ様治すことが出来るがそれにも限度がある。

 エルフの身を焼いた焔はその限度を超えていた為にこのような結果になってしまったのだ。

 黙り込んだままだったエルフがそれまで閉ざされたままだった口を開いた。

 

 

「約束を果たさずして戻ってきてしまい申し訳無い」

 

「謝罪なんぞどうでも良い。それよりも、俺は姪御を助けに来たという男の、お前に手傷を負わせた男の話が聞きたい」

 

 エルフ、ビダーシャルは一瞬何故そんなことをと疑問に囚われたが今の自分に口答えをする様な権利は存在していない"ウルド"と名乗っていた男の事を話し始めた。

 ビダーシャルの眼前の男は真剣に、時折愉しげに口元を歪めつつ話を聞いていたがやはりビダーシャルにはこの男が何を考えているのかは分からなかった。

  

 

「それで、姪御とその男、ウルドとやらは親しげだったというのか?」

 

「その通りだ。でなければ男がああも食い下がることは無く、あの娘がもう一度私に立ち向かうことは無かったと言えるだろう」

 

 男の問いにビダーシャルは太陽の如き輝きを放つ焔を生み出した(ウルド)と10日間ほど同じ時間を過ごした少女(シャルロット)を思い出しながら断言した。

 酷く痛めつけられ傷も癒えていない肉体を薬品、それも恐らくは複数の物を用いて更に痛めつけてまで再度自身の目の前に現れたウルドはシャルロットが心を壊されることを知るや否や怒りを更なる力に変え猛然と襲い掛かってきた。

 圧倒的な力を見せつけられた上で杖を、抵抗する力を奪われ更に母親と同じく狂わされる事を告げられたシャルロットは抵抗する気力を無くして現実から物語の世界に逃げていたにも関わらずウルドが来るや否やもう一度杖を取り2人で立ち向かってきた。

 ビダーシャルは彼らの人となりを殆ど知らないが、以上の事から2人がお互いに思い合っているのではないかという事は十分考えられるだろうと結論付けた。

 思案するように気持ち俯いた青髪の男の反応をビダーシャルと女は待ち続け時間が過ぎていく。

 過ぎていく時間は何処か居心地が悪く奇妙に間延びしているように感じられた。

 

 

「そうか、あの娘も色を知る年頃になったという訳か。ふっ、そうかそうか」

 

 ぽつりとつぶやかれたその言葉にビダーシャルは不穏な色を感じ取ったがわざわざそれを指摘することは無かった。

 男はまた何かを考えようと少し俯きがちになった所で思い出したかのようにビダーシャルの方に向き直り言葉を言い放った。

 

「もう良い、下がれ。あとその傷では辛かろう、ヨルムンガントに細工を施すのは遅らせて構わん」

 

 だからさっさと出ていけ、とでも言わんばかりのぞんざいな物言いに思う所が無い訳でも無かったがビダーシャルは一礼した後に部屋を後にした。

 部屋に残った男と女。

 交わされる言葉は無く静寂だけが場を支配する。 

 部屋を飾る数々の調度品、彫像の様に美しく雄々しい男、男に傅くフードを深く被ったミステリアスな女性と言う構図からはある種の荘厳さが感じられる。

 まるで作り物のようだった。

 

「ミューズ、余のミューズよ」

 

「何でございましょうか、ジョゼフ様」

 

「ウルドとやらを探らせろ。念入りに、な」

 

「仰せのままに」

 

 男、ガリア王ジョゼフは抑揚の無い声で目の前で傅く女に命令した。

 ミューズと呼ばれた女は主の期待に応えるべく迷いなく即座に返答する。

 丁寧に一礼した後に出ていこうとする女にジョゼフはもう一度声を掛けた。

 

「ああ、それと例の件の確認はどうなっている?」

 

「現在対象を絞り込んでいる途中で御座います。何分数が多いのでもう少し時間が掛かりそうです。……急がせますか?」

 

「進んでいるのならば良い。まだ時間はある」

 

「御意」

 

 箱庭の縁に手を付き小さなハルケギニアを睥睨しながら言うジョゼフに女は内心の嫉妬を押し隠しながら答えた。

 やはり、ジョゼフ様のお心を動かすことが出来るのはあの人しかいないのか、と。

 只の一度も会ったことも無い人物への嫉妬を確かに感じながら次の言葉を待った。

 

「ああ、それと以前アルビオンでお前に使わせた玩具、あれはどうした?」

 

「厳重に保管させております。……もう一度使われるお積りで?」

 

「一度使った物を引っ張り出してくるのは風情に欠けるが、今回に限ってはそれもまた面白いかもしれん」

 

「面白い……ですか?」

 

「ああ、余興には丁度良い。万に一つ何か感じ入る物が有るかもしれんしな」

 

 そこで話が終わりジョゼフは箱庭が鎮座する部屋に一人きりとなった。

 その身を流れる始祖の血と、ハルケギニア一の国力を誇るガリア。

 そう言う意味ではジョゼフはハルケギニアの頂点に立つ人間と言えるだろう。

 望めば大抵の物を手に入れられるであろう最も満たされているだろう人物のありのままの姿はは、しかし実際には空っぽのがらんどうであった。

 

 

「シャルル、シャルルよ。お前の娘が"偏在"を使ったらしいぞ!遂にお前と同じスクエアだ。流石はお前の娘だ、俺の娘とは大違いだな」

 

 シャルル・オルレアンとはジョゼフの弟だった人物である。 

 信望厚く、また魔法の腕も超一流であった正に貴族とは、王族とはかくあるべしという見本の様な存在だった。

 魔法の使えないジョゼフはそんな良く出来た弟と比較され続け鬱屈した物を抱えてはいたがが兄弟仲はけして悪い物では無かった。

 

「おお、すっかり忘れるところだった。聞いて驚けシャルル、どうやらお前の娘が恋に落ちたそうだ!相手は同じスクエア、因果な物だな」

 

 しかし、致命的にボタンを掛け違えてしまった。

 先王の今際の際、ジョゼフが王に指名されたことが全ての始まりだった。

 シャルルはジョゼフが王になることを祝福した。

 だからジョゼフは弟に毒矢を浴びせたのだ。

 何故ならばジョゼフは、王の座を王には相応しくない自分に取られて悔しがるシャルルの姿を見たかったのだから。

 他の誰が見ても理不尽に過ぎる理由だったが、ジョゼフにとっては十分すぎる理由だった。

 弓を引いて殺したのはジョゼフだったが、弓を引く後押しを図らずもしてしまったのは間違いなくシャルルだった。

 

「男親としては娘を他の男に取られるのは面白くないことなのだろうが、生憎俺には分からん。……ただ、お前はきっと祝福してやるんだろうな」

 

 在りし日の弟の姿を脳裏に浮かべながらジョゼフは一人ごちる。

 まるで直ぐ傍にシャルルが居て、語りかける様に。

 

 

「まあ、もしかしたら違うのかもしれんな。……シャルル、お前も王族として完璧では無かった様だしな。王族である前にお前も一人の人間だったという事か」

 

 今この瞬間だけはジョゼフは空っぽでは無かったかもしれない。

 少なくとも先程のジョゼフの言葉には微かにではあるが確かに無邪気に喜ぶような色が確かに存在していたのだから。

 その事にジョゼフ本人は気付いていない。

 

「シャルル、俺はお前の娘を傷つけるぞ。しかも、とても残酷な方法でだ!」

 

 気付かないまま、無邪気さは消え失せ代わりに危険な色を帯びる。

 毒を持つ生き物の極彩と良く似たその色を持つそれは悪意。 

 

「……そうすれば俺の胸も少しは痛むかもしれないからな」

 

 ガリア王、ジョゼフ1世。

 もう一度、自身の心の震えを感じたいが為に世を乱す破綻した男。

 がらんどうの心と、そしてその身に宿す伝説の力。

 彼はまさしく、虚無の王だった。

 

 





書いててふと思いました。
これが自分に酔った文章なんだなと。


遅れて申し訳ありません。
次話はある程度出来上がってますので近日中には投稿したいと思います。



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28話 後始末とそのあと

 色んなことが進展した(?)のも束の間、ゲルマニアはツェルプストー領に届いた一通の手紙。

 それは、律儀にも事の顛末を報告したルイズ嬢に対するアンリエッタ女王陛下からの返答だった。

 ラ・ヴァリエール領で待つ、とだけ書かれたそれにイヤに反応するルイズ嬢。

 聞けば母親からの折檻が怖いという話だったが、それは何処の家庭だって同じでは無いだろうか。

 そんな風に楽観視していた俺がバカだったと気が付いたのはラ・ヴァリエールの城が見えた頃だった。

 

 何処かでタバサとのやり取りを見ていたのだろうか、妙なニヤニヤを浮かべているキュルケを極力無視する俺。

 こういうのは反応を面白がっているから弄られるのだ、だから反応しなければいい。

 そう考えていたのだがどうも俺が不自然に無視しているのが可笑しくて堪らないといった風だった。

 どないしろっちゅうねん。

 

 

「しかしルイズの母君がかの"烈風"殿だったなんてなあ」

 

 ギーシュが今一現実感の無さそうな声でぼやく。

 "烈風"カリン。

 マンティコア隊前隊長にして鉄の規律というハルケギニアで1、2を争う程クソみたいに厳しい規律を敷いた女傑。

 とんでもない風の使い手だったらしく噂によると上空約200メイル程まで届くほど巨大な『ストーム』を発生させたことが有るらしい。

 その他にも"烈風"出陣の報を聞いただけでゲルマニア軍が逃げ出したとか嘘か本当か良く分からない様な逸話が天空に浮かぶアルビオンにまで届いている。

 そんなおっかない人(変態)が母親だなんてルイズ嬢の人生はハードモードだなとか適当に考えていると見えてくる城みたいなというか城その物。

 公爵ともなると屋敷も凄いなとボケッとしているとタバサがポツリと呟く。

 

「マンティコアに乗った騎士が居る」

 

 その瞬間のルイズ嬢の動きは速かった。

 窓を突き破りながら脱兎の如く逃げ出す彼女の動きは惚れ惚れするほどのモノだった。

 しなやかな肢体を十分に生かした見事な体捌き、あれは世界を狙えるなと呆気に取られて混乱する俺が次に知覚したのは風の唸る音。

 瞬間、体を襲う浮遊感。

 突如発生した竜巻で馬車ごと持ち上げられたのである。

 

「ひぇええええ!」

 

「こりゃヤバいな。"烈風"殿の腕は錆びついてないみたいだ」

 

「本当ね。どうしましょう?」

 

「打つ手なし」

 

 

 叫ぶギーシュとお手上げなので早々に抵抗を諦める俺とキュルケ、タバサ。

 下手に外に飛び出したらそれこそ死にかね無いし、そもそも俺はまだ精神力が回復しきっていないので本気で命の危険を感じるまでは魔法は温存するつもりだ。

 キュルケは単純に出力不足、タバサは同じスクエアではあるがなったばかりで"烈風"殿に比べて練度不足だから諦めたのだろう。

 

 

「そこ3人共諦めないで抵抗しなさいよぉぉおっ!」

 

「そんなこと言ったって、なあ?」

 

「ねえ?」

 

「……」

 

「ふざけんな、ちょ、あ、あああぁああっ!」

 

 モンモランシーとサイトの叫びも虚しく俺達は皆仲良くシェイクされる事となった。

 ……淡々と状況説明したけどやっぱり納得いかねえ。

 ふざけんな、椅子痛かったぞ!

 

 

 

 

 あんまりにもあんまりだったし、目も回ったので不貞寝していたらいつの間にか女王陛下の前に引っ張り出されていた。

 前よりも大分和らいだがそれでもまだヤバそうな雰囲気を漂わせているアンリエッタ女王陛下。

 俺の王宮との繋がりは一応表沙汰にしてはいけない類の物なので女王陛下の傍に控えているのは堅物そうな女騎士ただ1人。

 長い物にはなるべく巻かれておいた方が良いと一応片膝を付き臣下の礼を取る。

 

「随分と好き勝手に動き回ったそうですね」

 

「はい」

 

「非公式とは言えあなたはトリステインの兵として戦争に参加したことが有り、更に言えば王宮の手配で魔法学院に在籍しているのですからもう少し考えて動いて貰わないと困りますわ」

 

 おっしゃる通りで。

 一応まだ王宮と繋がりは在るのだ。

 特に竜騎士隊は卒業後の進路の候補の一つでもあった。

 腐っても竜騎士なので、戦争で消耗した側としては手放したくは無いのだろう。

 去年と比べて随分待遇が良くなった物だ。

 もしかして、今回の件で打ち切られるか?

 

「……不気味なことですが、ガリアからの抗議や身柄の要求は為されていないので今回は不問とします」

 

「はっ」

 

「ですが、今後同じようなことが起こらない様にしなければなりません」

 

 放逐、というか処分されることは無さそうだがどうも雲行きがおかしい。

 この感覚どこかで、というか『制約』掛けられる直前と同じなんですけど。

 

「よってあなたを"水精霊騎士隊"付きの竜騎士とします。騎士隊に所属するという事がどういう事か、竜騎士だったあなたならば分かるでしょう?」

 

 女王陛下の言葉と共に傍に控えていたきつい目付きのパツキン女騎士が手渡してくるのはギーシュ達とお揃いの"水精霊騎士隊"のマント。

 つまり、近衛隊に所属させて正式にトリステインの指揮下に置こうというのだろう。

 弱みに付け込んで早い所囲い込んでおこうという魂胆なのかも知れない。

 正直に言うと罰にもならない罰だ。

 動き辛くはなるが、ただそれだけ。

 一応所属するので少額だが貴族年金まで着くのだろうから寧ろご褒美である。

 ただ、なあ。

 

「……身に着けないという事は、この処分が不服だという事ですか?」

 

「……」

 

 俺はつい最近決心したのである。

 

「口約束ではありますが、私はタバサ嬢の騎士になりました」

 

「タバサ?……ああ、オルレアン公の忘れ形見のあの少女ですか」

 

「はい。先の事は始祖ブリミルのみぞ知るのでしょうが、どうなろうと私は彼女に付いていきます。ですので女王陛下に忠誠を誓うことが出来ません」

 

 タバサと一緒に居ることを。

 別にタバサに忠誠を誓っている訳では無く、むしろもっと俗な理由で騎士になった訳だが1人にしたくないという事だけは確かである。

 

 

「同じ王族とは言え没落した家の娘との口約束の方が大事だと、あなたはそうおっしゃりたいのですか?」

 

「はい」

 

 即答、迷いなど一片も存在しない。

 今ここで手打ちとなる可能性もあるだろう。

 謁見に際して剣は没収されているので何も出来ないと思っているだろうが、俺には奥の手こと右手甲がある。

 剣だけでも杖としては変わっているのにまさか手甲なんかを杖にしているとは夢にも思ってなかった様だ。

 お披露目したのはタバサだけだし仕方ないか。

 最も、本気で使おうという訳では無い。

 そりゃあ、身の危険を感じるなら躊躇なく使うだろうが生憎そんな雰囲気では無かった。

 アンリエッタ女王の視線が俺を射抜いている。

 相も変わらず能面みたいに張り付いた表情にも慣れたものだ。

 ただ、その瞳だけは何かが揺れている。

 始めて会った時の様に熾烈な何かを秘めている訳では無く、かといってクロムウェルを突き出した時の様でも無い。

 嫉妬、だろうか。

 それとも何かを懐かしんでいる?

 女王陛下の考えていることはつくづく良く分からない。

 考え込むかのように目を閉じ、俺は言葉を待つ間チラリとパツキンの方に目を向ける。

 女王陛下が近衛隊である銃士隊の隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランだったか。

 何となく騎士と言うよりは戦士と言った方がしっくり来る。

 鋭い視線を此方に向け、杖が無い(筈である)俺を警戒しているようだ。

 無力である筈の俺への警戒を緩めない、良い戦士だ。もしかしたら戦士としての本能で俺の隠し玉に気付いているのかもしれない。

 張りつめた静かな緊張感の中、女王陛下が遂にその口を開いた

 

「わたくしとしても、彼女はガリアに対して有効な政治の手札の一つだと思います」

 

「……」

 

「ウルダール、あなたは"水精霊騎士隊"の一員として彼女の身辺警護をなさい。……これ以上の譲歩は出来ません」

 

「彼女が王族としてガリアに戻ることになった場合私はどうすれば?」

 

「好きになさい」

 

 好きになさい、ね。

 これじゃあもう罰でもなんでも無いや。

 内心小躍りしそうなくらい浮かれているが真剣そのものな表情を崩しはしない。

 そんな俺に太っ腹な女王陛下はポツリと呟いた。

 

「とまあ、これでは罰にはなりませんね。……所でウルダール、あなた預金にはまだ随分余裕が有ったはずですね」

 

「……はい」

 

 雲行きが、怪しくなる。

 主にお金関係の。

 

「ではしばらくの間俸給は無しで良いですね」

 

 この瞬間暫くの間タダ働きが確定した。

 

 

 

 

 

 

「と、いう訳で正式に騎士隊の一員となった。まあ、よろしく頼むよ」

 

「いや、どういう訳だよ」

 

 

 説明しない俺に律儀に突っ込みを入れてくれるサイト。

 学院に戻って早数日。

 戻ったからと言って特に日常に変化が訪れた訳では無い。

 だから俺の顔を見てギョッとしている奴らなんていない。

 下級生だけでなく、大分打ち解けた同級生まで俺の事をマフィアを見る様な目で見てくるなんてそんな事有る筈無いのだ。

 ……誰か無いと言ってくれ。

 

 騎士隊の一員になったとは言えやってることは入隊前とさほど変わらず、強いて言うなら調練に積極的に参加するようになっただけ。

 またタバサの身辺警護と言えど四六時中ぴったり張り付く訳にも行かないしやっぱり今までとあんまり変わらない。

 変わったことと言えばタバサがちょいちょい王宮の方に行くようになった為それに着いて行くようになったことくらい。

 俺の後に女王陛下と何やら話していたみたいだからそれに関係が有るのだろうか。

 何の用事か気になるが何時かは言ってくれる、と思う。

 俺以外にも騎士隊全体に警護の任が通達されたが、大多数の隊員よりタバサの方が強いためあんま意味は無い気がする。

 仮に戦ったとしてまともに勝機が有るのはサイトと俺くらいだろう。

 トライアングルの時点であんなに強かったんだから今となっては俺も微妙に自信無いが。

 閑話休題。

 走り込みを終えて柔軟しながらの休憩。

 俺達が居ない間も学院に残った隊員たちは体作りを続けていたらしく、修羅場をくぐっていたからサボらざるを得なかったギーシュとマリコルヌは微妙に置いて行かれがちだった。

 たった10日ほどとは言え続けていた者と続けなかった者で差が出てしまうのは若いからだろうか。

 いつの間にか二十歳になってた俺としては羨ましい限りである。

 まだまだ元気とは言え油断してたらいつの間にか老いが牙を剥き始める。

 あーやだやだと軽く柔軟体操を続ける。

 淀みない動きで筋肉を伸ばしていくと心地よさが感じられる。

 前世の知識は大分曖昧になっているが、サイトのお蔭で思い出すことが時たまある。

 この柔軟体操もサイトの提案でやることになって、やってる内に粗方思い出した。

 

 

「んーっ。体柔らかい方が怪我し辛いしなあ。おお……効くぅ」

 

「ジジ臭い声出すなよ」

 

「うるへー、俺はお前やギーシュ達とは違ってもう二十歳なんだよ。少しは労われ」

 

「ぐぅ、そういえばそうだったかね。……正直もっと上に見えるのだが」

 

 体が固いのかちょっと顔を顰め呻りながらギーシュが割かし失礼なことをほざく。

 どうせ俺は老け顔でやくざ顔だよ。

 

 

「ほう、言うじゃねえか。なら今日はギーシュと模擬戦でもやろうかな」

 

「失礼な物言いだったのは謝るよ。……でも、僕だっていつまでもやられっぱなしって訳じゃあないんだぜ」

 

「ほざけ、そんな簡単に強くなれたら軍隊なんて必要ねえよ。まあお手並み拝見、だな」

 

 挑発しあう様に不敵な笑みを浮かべ合う。

 どうボコってやろうかと考えながら立ち上がり休憩を終える。

 こんなバカなこと考えられるんだから、平穏(?)ってのは良い物だなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイトの剣技が冴えを増す一方、副隊長だし貴族だしいい加減文字の読み書きも出来ないというのは問題だという事で近しい奴らでサイトに文字を教えることになった。

 何時になく真面目な顔で相談してきたサイトにちょっと違和感を覚えたがまあ仮にも副隊長だし、良い傾向なのかな?

 タバサの発案とルイズ嬢その他の後押しから、一先ず簡単な本を用いて行うことになった。

 これで駄目なら絵本でも買いに行くかとも話し合ったがその必要は無かった。

 一つ一つの文字までは微妙そうな顔をしていたが、単語になると我が意を得たりと言わんばかりにすいすい理解していったのだ。

 挙句の果てにはミルクを零した云々を一発で取り返しの付かないことをしてしまったと意訳したのだ。

 ……俺が初めてその熟語を知った時は直訳してしまったせいで前後の脈絡がちんぷんかんぷんになったということは黙って置く。

 

 

「これも、ルーンの力って奴なのか?思ったよりも随分とルーンって便利な物なんだな」

 

「契約することで使い魔は話す様になることもあるから、妥当と言えば妥当」

 

 言語翻訳能力とでも言うのだろうか。

 俺も欲しいな、じゃなくて。

 教えている側が不気味に思う程のスピードで飲み込んでいくサイト。

 随分と痒い所に手の届く伝説があったものだ。

 偉大なる始祖に変な親近感が湧いてしまう。

 

「アンタにしては随分冴えてるし物覚えが良いじゃない。どうしちゃったの?」

 

「なんていうか、言葉の意味を教えられてから、読んでると頭の中に直接書いてあることの意味が浮かんでくるっていうか」

 

「……どういうことなのよ?」

 

 語学をやっていたと思いきやいきなり翻訳がどうやら再翻訳がどうとか言う話が始まった。

 こっちの言葉をサイトが聞いたら向こうの言語、恐らくは日本語に変換されて、サイトが話す言葉は俺らの耳に入る時にハルケギニア語に翻訳されるって?

 サイトの考察通りならとんでも無い変換プロセス踏んでるんことになる。

 サイトが日本語を言ってるなら間違いなく分かるとは思うが、今まで話してきた限りは確かにハルケギニア語を言っているように聞こえた。

 ルイズ嬢は難しい顔して1人考え事しているみたいだし、確認してみるか。

 

『ア、あ、うん。……なァ、サイト。腹減らねえカ?』

 

「何言ってんだよウルド。さっき昼食ったばっかりだろう?」

 

「頭脳労働してるからか妙に小腹がすくんだよな」

 

「……それはちょっと分かるかも」

 

 熱心に本を読みこんでいたサイトは集中していたからか俺が日本語で喋ったことに気付かず、日本語で話しかけた内容に対して少し鬱陶しそうにハルケギニア語で返答してきた、様に聞こえた。

 取り敢えず意味は通じてるからサイトが日本人だという事は確定、ハルケギニア語で返答が返ってきたのは……。

 ううむ、言語を理解できるかどうかは別としてハルケギニア人か否かと言う大雑把なくくりで翻訳機能が働いているのだろうか。

 ……うん、ちっともわからねえ。

 

 あれ、ちょっと待てよ。

 もしそうだとしたら、一個人に与えられたルーンが他人の認識にまで影響を与えてるってことになるのか。

 頭の中をサブリミナルやら洗脳といった物騒な言葉が埋め尽くしていく。

 危ない方向にずれていく思考の中、それまで手にした本に視線を落としていたタバサに声を掛けられたことで正気に戻る。

 

「ウルド、お腹空いてるの?」

 

「ちょっとな。それがどうかした?」

 

「ウルドがなんて言ったのか、一瞬分からなかったから」

 

 分かる筈も無い。

 あれは異世界の言語だから。

 流石に正直に答えることも出来ないので誤魔化す。

 

「それだけタバサが集中していたんだろう?」

 

「そう、かもしれない。……ウルド、手が止まってる」

 

「悪い悪い」

 

 誤魔化せた、かな?

 珍しく知的好奇心を覚えたせいで暴走してしまった。

 何かヤバ気な事に気が付いてしまったかもしれないが、きっと気のせいだろう。

 表情を曇らせながらもルイズ嬢が復活する。

 今度は書いてみましょう、とサイトを促している。

 書くのは短時間でどれだけ上達するのか興味津々に見ていたがどうやら世の中そんなに甘くは無いらしい。

 

「流石にまだ書くのは無理だわな」

 

「単語も文法も覚えてないんだから仕方ないだろう」

 

 少し口を尖らせながら反論するサイト。 

 伝説も万能では無い様だ。

 あはは。

 

「ウルド、そこは意味が違う」

 

「はい……」

 

 タバサから鋭い指摘が飛んでくる。

 ……そう。

 俺も一緒にやっているのである。

 一応サイトと同じ本じゃなくて、もっと難しい奴だ。

 チクショウ、貴族が読む本ってのは何でこんな修飾過多だったり回りくどい表現が多いんだよ。

 官能小説じゃないんだぞ。

 

 この世界で20年生きてきたのは伊達では無いのだと思いながらも、早々にサイトに抜かれてしまうのではないかと一抹の不安を抱きながら必死に読み解いていく。

 心中は兎も角として、漸く戻ってきた穏やかな一日だった。

 

 




もし仮に日本語を理解できるハルケギニア人が居たとしたら、どんな感じで翻訳されるのだろうか。
そんなお話。
ふと思いついただけなので面白みに欠け穴が有るのは承知ですが、そこは何卒スルーでお願いします。


ぶっちゃけもっと早い段階で思いつけたらお話に色んな形で組み込めたかもしれないですね。


終わりまでの大まかな流れが出来ました。
完結できるように頑張ります。



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28話裏 女王陛下の憂鬱


 2015.10.20 加筆修正


 ルイズが、"虚無"の魔法使いが誘拐されかけた。

 

 自身の甘さから出た失敗により精神的な衝撃を与えてしまったルイズ。

 サイト少年との一部始終を目撃され走り去った彼女は不審な人物に精神的な隙を衝かれた所を、あわやという所でサイト少年と、巨大なフネを伴って現れたコルベールという名の教師に救われた。

 サイト、ルイズ両名の話から不審人物はガリアからの間者であることが判明したのだった。

 また、ガリアである。

 無能王と呼ばれる美丈夫、ジョゼフ1世。

 クロムウェルからの情報が正しいのであれば、レコン・キスタと同じであの男の手による謀略の一環なのだろう。

 4匹の"竜"を集めて、戦わせる。

 誘拐騒動の次の日にルイズから聞いた間者の言葉である。

 言葉通り"竜"がルイズを表しているのであれば、"竜"とは"虚無"の使い手の事を指しているのだろう。

 そして竜は4匹居るということだ。

 伝承によれば始祖は我がトリステイン、アルビオン、ガリア、ロマリアの開祖に自身の力を分け与えたという。

 つまりトリステインの"竜"がルイズであれば、他の三国にも同じく"竜"が存在しているのではないか。

 その考えに至った時、体が震えた。

 少なくとも強大な大国であるガリアは敵に回っていると考えられる。

 ただでさえ強大であるのに、トリステインの持つそれと同等、或いは更に強力かもしれない切り札(ジョーカー)を持っているのだ。

 黒幕の存在は腹立たしいが相手が悪すぎる。

 

 降って湧いた更なる問題に頭を悩ませていた時に追い打ちをかける様に新たな問題が舞い込んだ。

 ルイズたちの級友だったガリアからの刺客である少女、そしてクロムウェルを自身の前に引きずり出した竜騎士の失踪。

 2人の失踪そのものは特に問題は無かった。

 例えガリア王族であろうとトリステインに仇なした者に慈悲など与える必要も無く、竜騎士についてもトリステインに正式な軍籍は無く知らぬ存ぜぬで通せる人物だった為である。

 問題なのはその二人を自身の近衛である"水精霊騎士隊"が捜索・奪還の許可を求めてきたことである。

 他国の武装勢力が領土内を自由気ままに闊歩することを許すほど国家という物は甘い存在では無い。

 間違いなく戦争になる程度の外交問題となる。

 頑として譲らないサイト達を説き伏せることも敵わず、貴族の位を返上するという前代未聞の行動を前に拘束することでしか応えることが出来なかった。

 もっとも、結局彼らは牢を破ってガリアへと向かって行ってしまったのだが。

 

 

 

 

 

 無事に戻ったというルイズからの手紙が来るまで気が気では無かった。

 親友(今でもそう呼ぶことが許されるのかは疑問だが)の安否もさることながら、いつガリアからの宣戦布告が有っても可笑しくない状況に生きた心地がしなかったのだ。

 唯一情報が回ることを処理できたのは幸運だった。

 下手をすれば暴動が起きても不思議では無かっただろう。

 ラ・ヴァリエールの領地で待つと返答したのは今回の問題を内々で葬る為でもあった。

 娘を心配する親の気持ちを利用する人でなしの策ではあるが明るみに出るよりはマシだった。予想よりも少々折檻が過激だったのは誤算だったが。

 "水精霊騎士隊"の処遇について今回の件はガリアが不気味な沈黙を保っていることを理由に不問とし、貴族位の返上を無かったこととした。

 彼らと同様に騒動の原因の片割れである男も呼び出して問い詰める運びとなった。

 目の前で片膝をついて臣下の礼を取っているウルダールは表情こそ神妙ではあったが微かに垣間見えた瞳からは自身の行いを反省しているようなものは感じられなかった。

 途中想定外の反応でペースを乱されてしまったが、当初の予定から其処まで逸脱しない範囲で話を纏められたから問題は無い。

 最後の俸給カットはただの嫌がらせだったが。

 問題は自ら話をしたいと申し出てきた、騒動の発端である故ガリア王弟オルレアン公シャルルの忘れ形見、シャルロット・エレーヌ・オルレアンだった。

 

「何度かお会いしたことが有りましたわね。手紙の時……それとタルブでの戦の後で」

 

「はい」

 

 自分でも自覚できる程度には突き放した様な冷たさのある声色だったが、目の前の青髪の少女は特に気にしていないのか気持ちの読めない表情で静かに返答した。

 あの頃は自分の事で一杯一杯だった為さして気にも留めはしなかったが今にして見れば、と言うのが正直な気持ちである。

 ガリア王家の特徴とも言うべき青く輝く髪に何も感じなかった自分に情けなさを感じてしまう。

 

 トリステインの切り札、"虚無"の魔法使いであるルイズの誘拐幇助。

 それに端を発した一連の騒動。

 彼女が助けを求めたという訳でも無いが今回の危機を引き起こした原因人物。

 対応が自然と固くなってしまうのは自然なことだろう。

 それに。

 

『口約束ではありますが、私はタバサ嬢の騎士になりました』

 

『先の事は始祖ブリミルのみぞ知るのでしょうが、どうなろうと私は彼女に付いていきます。ですので女王陛下に忠誠を誓うことが出来ません』

 

 思い出された言葉と情景に自然に拳に力が込められてしまう。

 レコン・キスタからの投降兵であるウルダール。

 骨の髄まで利用尽くしてやろうと画策していた忌々しい簒奪者の尖兵の内の1人だった男は、今では自分の復讐を手助けしてくれた恩人でもあった。

 そんな男が語った言葉。

 騎士になる、ということは主に忠誠を誓うという事であり故に自分には忠誠を誓えない。

 本来ならそういう意味合いで有るべきだが、あの男はそういう意味で言ったのでは無い。

 何てことは無い、今目の前に居る少女を好いているからこそあの男は騎士になったのだ。

 女である私を誤魔化すことなど出来ない。

 

『同じ王族とは言え没落した家の娘との口約束の方が大事だと、あなたはそうおっしゃりたいのですか?』

 

『はい』

 

 力強く答えたウルダール。

 自己犠牲を厭わないという意味では似たような物かもしれないがあの男の目に浮かんでいたものは忠誠ではない、あれは恋慕とか愛情とかもっと生々しい物だ。

 ならば命を懸けてというのも頷ける。

 それが、気に食わない。

 どうして、同じ王族とは言え間者にまで落ちぶれたこの少女には救い出してくれた"王子様(騎士)"がいるのだろうか。

 どうして、あの男はレコン・キスタだったのに暢気に恋なんてしてるのだろうか。

 どうして、わたしの"王子様(ウェールズ)"は……。

 何故だろうか、自分とウェールズ、シャルロットとウルダールでは姿かたちも立場さえ違うというのに、多くは無いウェールズとの逢瀬が思い出される。

 懐かしくて、だからこそ妬ましい。

 傍目から見れば随分と理不尽なものだろう。

 しかし、拳に込められた力は思う様に抜けてはくれなかった。

 

 復讐が有る程度果たされてから冷静になれたのか、自分にもウェールズが死んだ原因が少なからずあることには気付いていた。

 もしも、裏切り者の子爵を信用していなければ。

 もしも、そもそも最初から熱情に浮かされてあんな恋文なんて出していなければ。

 全てが遅かった。

  

 この少女は、自分の事を好いている男を戦わせることをどう思っているのだろうか。

 ウルダールが勝手にやっているのかもしれないがそれでも戦いに駆り立てている自覚はあるだろう。

 利用しているだけのか、それとも……。

 ただ、自分たちと同じ様な末路をたどるのは鏡を見せられるようで何となく嫌な気がした事は確かだ。

 だからほんの少しだけお節介をすることにした。

 

「まあ、"騎士"は大切にしなさい」

 

「……どういう、事でしょうか?」

 

「二度は言いませんわ、自分で良く考えることです。……それであなたは、一体わたくしにどのような用件があると言うのですか?」

 

 努めて平静に、淡々と先を促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、話し合いが一段落し眠りにつこうとする前にとある部屋に向かう。

 幼い頃に何度となく過ごしたヴァリエールの屋敷の構造は頭に入っている。

 昔と変わらぬ位置にある部屋の主である目的の人物、ルイズは夜遅くの来客に驚いたものの部屋の中へ入れてくれた。

 

 

「ルイズ、良く帰ってきましたね」

 

「陛下、私は……」

 

「もう、良いわ。確かにあなたの行いは軽率だったけど幸か不幸か問題は起きていないもの。……でも、はらはらさせるのはこれっきりにして頂戴ね」

 

 懐かしい、ウェールズが死ぬ前に学院のルイズの部屋を訊ねた時の様な気持ち。

 あれから自分は随分と変わってしまった。

 復讐に取り付かれ目の前の少女を戦争の道具に仕立て上げる程度には人間性という物を捨ててしまったと自覚している。

 何故今になってルイズと話をしたくなったのか、許される事では無いとしても許しを乞いたいのかもしれない。

 

 

「あなたには随分酷い仕打ちをしてしまったわね、ルイズ」

 

「陛下……?」

 

「わたし、自分の不始末をあなたに押し付けたあげくアルビオンの撤退戦で復讐を果たすためにあなたを捨て駒にしようとして、そして今も王位継承権と言う形で無理を押しつけているわ」

 

 アルビオンで、スレイプニィルの夜会で、そしてつい数時間前。

 

「……先の戦争はやはり……ウェールズ様の、復讐だったのですか?」

 

 突然の告白に目を白黒させ、聞き辛いのか言葉を詰まらせながらのルイズの質問に返答する。

 

「そうよ、その通り。……命を奪うだけでは飽き足らず、あまつさえ人形として操り、王族としての誇りを、人としての尊厳さえも奪った愚か者共を誰が許せるものですか」

 

「……レコン・キスタはトリステインを狙っていました。陛下が立ち上がらなければ今頃トリステインは恥知らずな無礼者共の手に落ちていたのです。……陛下は確かに、このトリステインを守ったのです」

 

「そうね、そういう側面があるのは確かだわ。……でもね、ルイズ。あの戦争はわたしが自分の為に始めた怨念返しだったのも確かな事だわ」

 

 真っ直ぐな瞳を大きく開いて見つめてくるルイズ。

 今の自分には眩しくて、目を逸らしてしまいそうになる。

 全てを正直に告白しよう。

 態々話し合おうというのに隠し事は必要ない。

 

「裏切り者を粛清して、何の関係も無い民から物資を絞り上げ、国の全てを復讐の為の駒に仕立て上げたわ。……当然ルイズ、あなたの事もね」

 

 

 正に暴虐の限りを尽くす暴君である。

 私利私欲の為だけに国の全てを意のままに操り破滅の道を進ませた下劣極まりない畜生である自分を、それなのに何故かルイズは哀しそうな目で此方を見つめている。

 

 

「どうしてそんな目で見ているの、ルイズ?……わたしにはあなたに許してもらえる資格なんてないのに」

 

「陛下、決してその様なことは……」

 

「良いのよ、ルイズ。……自分の事は自分が一番知っているわ」

 

 こんな自分の為に声を張り上げて否定しようとしてくれるルイズ。

 わたしはあなたに酷い事をしたわ。

 

「人肌が恋しかったのね。わたし、あなたの使い魔に抱きしめられて、とても安心したのよ。……心地よさに抗うなんて、出来なかったわ」

 

 

「そ、それは……」

 

「酷い女でしょう?」

 

 はしたない、まるで商売女のような節操の無さ。

 まして相手はルイズの大事な人だ、弁解の余地も無い。

 苦虫を潰したようにその表情を苦しげに歪めるルイズ。

 その表情は胸をきりきりと締め上げる様に罪悪感を加速させるが、今の自分にはその痛みで立ち止まってることは許されない。

 堪えるかのように形の良い唇を真一文字に閉じ眉間に皺を寄せた憎しみすら籠っているかのように錯覚させられる形相のルイズに努めて穏やかに話しかける。

 

「ルイズ、心配しないで。……わたしはあなたから大事な人を奪ったりなんて、しないわ」

 

「へぇ?……ひひひ姫様、べ、別に私はアイツの事なんかこれっぽっちも大事になんか……」

 

「隠したって分かるわ。……あなたは自分にも彼にも、もう少し素直になった方が良いわね」

 

 図星を突かれて慌てたのか、自分の事を昔の様に『姫様』と呼んでくるルイズが何だかおかしくって自然と笑いが込み上げてくる。

 からかわれているとでも思ったのか、顔を真っ赤にして小さく唸りながら睨み付けてくるルイズの姿は、昔喧嘩した時の様で懐かしく可愛らしい。

 自分のしたことを棚に上げて何をと自嘲の言葉が頭を過ぎるが、堪えることは出来なかった。

 

「大事な人を奪われる悲しみや辛さを知ってるのに、本当に、本当にごめんなさい、ルイズ……」

 

 誘拐事件以来、こんなにも素直な気持ちになったことがあっただろうか。

 ごく自然に頭を下げていた。

 見えはしないが、ルイズが慌てているのが分かる。

 

「そんな……陛下が頭をお下げになることなんて」

 

「いいえ、わたしはこうしないといけないのです」 

 

 戸惑うルイズ。

 これで全てを償えるなんて思わないが、けじめとして我を通す。

 暫くそのままでいたが、耐えられなくなったルイズに懇願され姿勢を戻すことになった。

 ……もう、夜も遅い。

 何時までも邪魔していてはいけないと部屋を後にすることにしたが扉の前で一度立ち止まり、もう一度ルイズの方を向いてから言い放つ。

 

「ルイズ、わたくしは、トリステインを必ず今よりももっと、ずっと、繁栄させてみせます」

 

 唐突な言葉に今一良く分からないというキョトンとした表情を浮かべるルイズに構わず自分の思いを吐露する。

 

「それだけが、あなたや、あなたの使い魔、そしてわたくしの都合で苦しめられ、或いは死んでいったトリステインの民に報いる唯一の方法なのですから」

 

 それが、自分に出来る唯一の贖罪なのだ。

 もっとも、贖った所で何一つ、誰一人許してはくれないだろうが。

 そして、それは自分さえも同じ事だ。

 

 永遠に消えない罪を清算し続けること、それこそが愛に狂った女に相応しい罰なのだろう。

 

 

 

 




 はよ話進めろって?
 明日には更新します、多分。
 


※注意!!

 結構長い上微妙な話なので面倒な方は読み飛ばして下さい。

 先ず初めに何故女王陛下がこんなに黒くなったかと言うと、オリ主を出来るだけ自然に学院の方へと合流させるために他なりません。
 復讐に狂わせ、手段を選ばなくさせることで投降兵の学院への転入と言う無理な超展開に僅かばかりの説得力を持たせたのです。
 つまり私の想像力の欠如が招いた惨状です。
 途中から、多少精神的にはブレはするものの復讐という一貫した行動原理を崩さないという個人的にツボな要素に聊か悪乗りした感もありますが、最初の理由としては踏み台の様な物でした。
 なので女王陛下はこのお話で一番割を食っている人物と言えます。
 また性格を大幅に改悪した手前そのまま放っておくのは無責任な感じがするので、どの様に思考して行動を起こしてるのか定期的に視点を挿入しております。
 まあ、展開的には原作となんら変わってないんですけどね。
 以上の事からこのお話では原作主人公のサイトさんやメインヒロインであるルイズさんを差し置いて女王陛下に対して、タバサさんに次いでスポットライトを当てております。
 オリ主が知りえない様な状況を説明させるのにとっても便利な立場でもありますし、多分これからもちょいちょい視点を挟んでいくことになります。
 以上、言い訳にお付き合いしてくださってありがとうございました。



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29話 妖精さん再び

 最近妙に生真面目なサイトが徐々に読み書きを覚えていくことに何とも言えない焦燥感に襲われていたある日。

 戻ってきてからの習慣になった定期的な王宮への訪問でタバサを送り届けた後の事。

 決められた終了時間までどうせ暇なので練兵場のごく一角を貸して貰って魔法の練習と洒落込んでいた。

 練習している系統は得意とする火系統、ではなく最も苦手な水系統である。

 心を落ち着けて集中を高める。

 いつもよりも慎重に精神力を練り上げルーンの詠唱と共に力を開放する。

 

「こ、"凝縮(コンデンセイション)"!」

 

 イメージをより正確なものにするため、使用するスペル名まで謳い上げる。

 目に見えない微小な水蒸気一つ一つを寄せ集め徐々に大きく成長させる。

 言葉にしてみれば単純だが、緊張により俺の額を大粒の汗が伝っていく。

 思う様に大きくなっていかないのだ。

 水蒸気を集める速度が遅すぎて、集めた傍から蒸発しているのかもしれない。

 漸くビー玉大の大きさに成長させた頃には、十分ほど時間が経っていた。

 

「これじゃあ、魔法使うよりも走り込みでもした方がよっぽど効率よく水を集められるぜ」

 

 随分と塩気の多い『凝縮』である。別名、汗。

 事実この十分間で集めた水の量よりも、掻いた汗の方が随分と多い。

 精神力が未だに回復しきっていないことを加味しても酷過ぎる結果だ。

 やっぱり、向いてない。

 

「でも、向いて無いからと言って何時までも食わず嫌いってのも格好悪いし、進歩が無い」

 

 自分が火力特化の脳筋であることをビダーシャルとの戦闘で再認識させられた俺は、もう少し選択の幅を広げるべく苦手とする分野への挑戦を決心することとなった。

 軍隊の歯車としてなら得意分野に特化することは悪いことでは無いが、単独或いは少人数で行動する際には色々と出来る方が都合が良い。

 完全な後方支援に転向する気はさらさら無いが戦闘補助で搦め手を使える様になりたい所だ。

 持ち味を殺さない程度に色々な状況に対応できる様に。

 難しいが、やらなければ停滞したままで何時か後悔するだろう。

 それだけは嫌だった。

 

「良し、もう一度やってみるか」

 

 疲労感が薄れた所でもう一度挑戦する。

 基礎中の基礎ではあるが、『凝縮』出来ないことには発展させることは出来ない。

 感覚を掴んで慣れるまで何度も何度も繰り返す。

 それは遠い道のりの様に見えて実際には一番の近道である。

 先程とは少しイメージを変えてルーンを詠唱する。

 あの手この手で品を変えながら自分に合うものを探すこと。

 それがイメージに左右されやすい系統魔法を上手くなるコツだと俺は信じていた。

 その時々に応じて『凝縮』するまでの時間が短くなったり長くなったり、水球が大きめだったり小さめだったり見事に安定しない。

 どの道戦闘に耐え得る物では無くやはりまだまだ慣れるまで時間は掛かりそうだ。

 最後の奴がそこそこ早く、且つ大きく出来た事に多少なりとも満足は出来た。

 これを安定して出来る様にして更に早くできるように成れば次の段階に進めるだろう。

 そろそろ時間だと判断し精神力を流すのを止めると浮かんでいた水玉が地面に落ちて染み込んでいく。

 厚手の布きれで軽く汗を拭い玉座の間に向かうと話を終えたらしい難しい顔のタバサが固く閉ざされていた扉から姿を現した。

 

 

「お疲れ様、タバサ」

 

「……ウルドも疲れてる?」

 

「ほんのちょっとね」

 

 細かい所まで見られている様で何だか気恥ずかしい気持ちになり、見栄を張って誤魔化す。

 本当は慣れない水系統で結構疲れてます。

 そんな俺の本音を見抜いているのか、タバサが悩んだ表情を崩し口元に手を当てて軽く笑っているのが視界の隅に映り込んだ。

 しかしそれも直ぐに消え去りまた何かを考える様に表情を強張らせる。

 

「軽食でも取ってから戻るか?」

 

 どんな話をしたのか、難しい顔をしているタバサ。

 気晴らしになるかと街に寄ってから学院に戻ることを提案してみる。

 エントランスホールに向かう道すがら、タバサは俺の発言を受けてか強張っていた表情を多少緩めながら如何しようかと悩ましげに小さく息を漏らした。

 多分今悩んでいるのは食べに行くか行かないかじゃなくて何処に行こうか、何を食べようかという事だと思う。

 この子は見た目に反して随分と食い意地が張ってるからな。

 途中くーっと何処かの虫が鳴いたような音が聞こえたがデリカシーの観点から何処の虫か明言は避ける。

 

「サンドイッチ、食べたい」

 

 知らんぷりしたがやはり女の子として恥ずかしいのか、軽く頬を染めながら言うタバサに何時ぞやの出店やってるかなと声を掛けながら王宮を後にした。

 

 

 

 

 それは次の謁見が有る日の事だった。

 元々午前の授業に出て昼を食べた後に向かう予定だったのだが"水精霊騎士隊"に王宮への出頭命令が下ったことでついでとばかりに時間が早められてしまった。

 授業に出れないではないかと言いながら満面の笑みを浮かべているギーシュに連れられ妙に張り切っているサイトと元気の無いルイズ嬢の2人、元々行く予定があったタバサとついでにキュルケの計6人で向かった王宮で、完全に猫を被りあの恐ろしい空気を微塵も感じさせない麗しの女王陛下にきな臭いことを命じらることになった。

 

「アルビオンの虚無の担い手、ティファニア殿を出来る限り早くここに連れてきて頂きたいのです。無論、孤児たちも一緒で構いません」

 

 さらっと明かされた衝撃の事実にしかし他の面々は動じない。

 え、ここ突っ込みどころじゃないの?皆知ってたの?

 釈然としないものを感じながらも神妙な面持ちを崩さずに話を聞き続ける。

 残りの褒賞金まで取り上げられたくは無いのでイエスマンに徹するのだ。

 しかしそうなると。

 

「フネで行くよりも竜で行った方が速いですね」

 

「ええ。ウルダール、貴方の火竜でギーシュ殿とルイズ、そしてサイト殿他数名を乗せて先行なさい。帰りのフネはこちらで手配します。色々と運ぶ者が有るでしょうから騎士隊の一部はそのフネに、残りは学院で待機。よろしいですね」

 

「はっ、杖に懸けて」

 

 キザったらしいギーシュの所作もこういう時には決まって見える。

 ギーシュなりに隊長としての自覚が出来てきたからというのもあるだろう。

 つまり、普通に格好良い。

 ギーシュを見てそんなことを考えていた時にタバサが一歩前に出て声を上げる。

 

「アンリエッタ女王陛下、私のシルフィードもお使いください」

 

「……分乗した方が速度も出るでしょうし好意を無下にすることもありませんね。ウルダール」

 

「っ……はい」

 

 いきなりの提案に一瞬呆けてしまった。

 確かに火竜(実際には火韻竜だが)の中でもほぼ最高の能力を持っているレッドは、風韻竜の幼生であるシルフィードとほぼ同等の飛行速度を誇っているからどちらが遅れることなく目的地まで辿り着けるだろう。

 だからって何を考えているのだとタバサの顔を覗き込もうとしても、彼女は一歩前に出ているのでどんな表情を浮かべているのか見えない。

 

「頼みましたよ」

 

「……我が杖に懸けて」

 

 まあ、言われるまでも無いさ。

 

 

 

 

 その後、タバサの謁見が終わるのを待ってから身支度も兼ねて学院に戻り隊長陣のギーシュとサイト、参報役のレイナールに混ざり部隊の編成を話し合う。

 名目は要人護送。

 俺を含めてギーシュ、サイト、ルイズ嬢、志願したタバサとそして何故かキュルケまでもが先発隊として行くことになった。

 己はゲルマニア人じゃねえのかよと突っ込みはしたが、堅いこと言わないのと無理矢理捻じ込んできやがったのである。

 確かにキュルケは信用できる女性だと思うが最高機密と言えるであろう虚無の担い手とやらの情報を知られても良いのだろうか。

 あの場に居なかった奴らには知らせないというのにだ。

 過去にちょいちょい何か有ったらしいから信用されているのか、それとも積極的に流布する必要は無いがもはや隠すことにあまり意味が無いという事なのだろうか。

 ああ、こんな物騒な情報とはえんがちょ切りたい所である。

 それは置いといて。

 後発隊はレイナールが指揮して、学院に残る部隊は良く知らないが同学年のしっかり者に任せるらしい。

 まあ、妥当だろう。

 話もそこそこに切り上げてある意味俺の正装である戦装束を身に付ける。

 アンダー、鎖帷子と着た上に一応学生服を着用しておく。

 さらにこの上に流れで身に着けることになった真新しいマントを羽織れば一応いつも通りの服装には見える。

 多少の保存食を包んだ小袋と水袋、鞘に入った剣を腰から下げて手甲を嵌めてごついブーツの靴ひもをきつく縛ればこれで準備完了。

 季節外れの小旅行を楽しむ道楽学生に見えないことも無いだろう。

 ハルバードを持っていると目立って仕方ないので今回はお休み。

 部屋を颯爽と後にする。

 気の早いことだがなるべく早くとの事なので早速出発するのだ。

 ギーシュが王宮からの命令書と参加人員の名簿を学院長に提出するので取り敢えず公休ということにはなるだろう。

 だから問題なし。

 軽い足取りで集合場所である学院入口に行けば風竜、シルフィードの傍で1人本を読みながら佇む少女、タバサが居た。

 

 

「随分早いな」

 

「慣れてるから」

 

 慣れている理由は言われなくても分かるから聞かない。

 集合時刻まではまだ早いため手持無沙汰なのでタバサに疑問をぶつけることにする。

 

「何で一緒に来る気になったんだ?今のアルビオンは一応は安定しているらしいが何が起こるか分からんぞ」

 

「私が目的を果たすには王族のように権力を持った人達の後ろ盾が必要不可欠。だから、どんなに小さくても恩を売っておくべきだと判断した」

 

「……そういうことなら何も言わないさ」

 

 まあ、現実的に王様に喧嘩を売って勝つためには間違いなく軍隊が必要だからな。

 その軍隊として妥当であろうガリア内部の旧オルレアン公派を焚きつけるにしてもそれ相応の準備が必要か。

 

 

「それに、ウルドが守ってくれるんでしょう?」

 

「……不意打ちは、止めてくれよ」

 

 悪戯っぽく少し目を細めて笑みを浮かべたタバサが言って来た言葉は心臓に悪かった。

 気恥ずかしくなって思わずそっぽを向いてしまう。

 最近タバサには良いように扱われている気がする。

 勉強してる時に容赦なく突っ込んでくるようになったし、今の様に冗談めかしたことも言うようになった。

 未だ正気に戻せずとも母親を助けられて余裕が出来たからかなのか随分強かになった様に思える。

 これが王族の風格かとアホな事を考えて、ふと頭の中を過る。

 仮にジョゼフ王を打倒できたのなら、次に王様になるのはきっとタバサ、シャルロットだ。

 タバサにはもう一度食事に行こう何て言ったが、俺はその時この娘の隣に立っていられるのだろうか。

 俺が望もうとも、シャルロット女王の周りに控えることになるだろう貴族共が許さないのでは無いだろうか。

 ……。

 取らぬ狸のなんとやらってな。

 傍にいるって決めたし、今考えても仕方ないか。

 

「なあタバサ。君が何をしようとしているのか、俺には教えてくれないのか?」

 

 極自然に言葉が口をついて出た。

 ちょっと拗ねたような声色だったが俺がやっても気持ち悪いだけである。

 

「今はまだ明確なことは言えない。でも、いつか必ず教える」

 

「そっか。ならその時を待ってるよ」

 

 校舎からサイト達の声が聞こえてきたから俺達はそこで話を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまたアルビオンか」

 

「故郷での戦争は、やっぱり辛かったのか?」

 

「まあ、ね」

 

 あの戦争は内乱からの一続きであるからサイトの言葉に対する返答として嘘は言ってない。

 体重的にもその方が良いだろうと、上手い具合に男女別に分かれて空を行くこと2日程、既に視界には白い雲に包まれたアルビオンの大地が映っている。

 知り合いに出くわしてしまうんじゃ無いか思うと憂鬱にもなる。

 そうすれば必然的にバーミンガムの方まで伝わってしまうのだから。

 今更どのツラさげて帰れってんだよ。

 

 

『そう不貞腐れるな。そんな偶然は早々起きないだろう』

 

『……そうだよな。多少近いとはいえ今回行くのはサウスゴータだからな』

 

『そうだとも。だから気にするな』

 

 ルーンを介して念話を飛ばしてくるレッド。

 視線は真っ直ぐ前だけを見据えている。

 此処までくれば一度は杖を捧げた勝手知ったる祖国だから放って置いてもレッドがサウスゴータまで飛んでくれるだろう。

 

「そういえばウルドはアルビオン出身だったね。……戦争はあったがお父君は健在なのかい?」

 

 珍しく神妙な顔つきで聞いてくるギーシュに別に隠すことでもないかと話を始める。

 

「ウルド、言い辛いなら別に無理して言わなくても……」

 

「別に気にして無いよ、サイト。……多分無事だ。バーミンガム領の伯爵様が死んだって話は聞かないからな」

 

「バーミンガムって、サウスゴータからそう遠くはないじゃないか。顔は見せないのかい?」

 

「任務だってこと忘れてないか?……俺は妾腹の子だし、もう帰るつもりは無いよ」

 

 ちっぽけな意地なのかもしれないがそう決めた。 

 クロムウェルに操られたアホ面を下げてまで帰る気は無いと。

 空気が湿っぽくなったのを察してか明るい声色でサイトが声を張る。

 

「な、なあ!アルビオン出身だって言うならおすすめの料理とか教えてくれよ?」

 

「サイト……お前って奴は、アルビオンにそんな物ある訳無いだろう。ふざけるんじゃない!」

 

「其処まで言う程なの?!」

 

 当たり前だろう、いい加減にしろ。

 世の中には言って良い冗談と悪い冗談が有るんだぞ!

 

 

 

 

 

 

 ギーシュが何の気も無く聞いてきたティファニアさんの特徴。

 サウスゴータの森の中を歩きながら女性陣に聞こえない様に胸はヤバいよなとか話していたら、衝撃の事実を知る。

 ばいーん、と何処からか擬音が聞こえてきそうなトンデモ無い兵器(おっぱい)

 入学当初思わずエロボディという渾名を付けてしまったキュルケのそれすら超える大質量は世の男を煩悩ごと圧殺しかねない。

 それでいて華奢な体の、ハーフエルフ。

 そう、彼女はエルフとのハーフらしいのだ。

 帽子に隠されていたその耳はつい最近嫌という程目にした奴と同じく尖っていたらしい。

 どんだけ属性特盛なんだよ!

 思わず叫んでしまいそうな人物に引き付けられることはなく、俺以外の一行は孤児院の中に居たもう一人の方にばかり目を奪われていた。

 

「フーケ」

 

 短く呟いたタバサ。

 タバサを含む他の面々は唖然としていたが、俺は頭を悩ませていた。

 

(何か、どっかで見たことある様な……)

 

 ハルケギニアらしい緑の長髪を揺らす妙齢の美女。

 一度見てみれば早々忘れられはしないだろう整った顔立ちだというのに今一思い出せなかった。

 この空間おっぱい格差激しいなとどうでも良い方向に思考が転がるがサイトの声と共に正気に戻った。

 

「フーケ、お前ぇ……!」

 

 湧き上がる怒りを抑え付ける様に静かに威嚇するサイト。

 妙に攻撃的じゃないかと不審に思うが、止める暇も無く状況は動き出す。

 背中のデルフリンガーを抜き放ち有無を言わさず切りかかるサイト、女性は杖で剣を受け一瞬の後に2人そろって距離を取る。

 良く分からないが取り敢えず止めようと剣を抜こうとするがそれよりも早く少女、ティファニアさんが2人の間に割って入る。

 

「2人とも如何したっていうの!?」

 

 ティファニアさんの悲痛な叫びに毒気を抜かれたのか矛を収める2人。

 俺を除く一行と良く分からない因縁があるらしいが、話し合いのテーブルに付く両者。

 サイト達が「フーケ」と呼ぶ人物はティファニアさん曰く「マチルダ姉さん」らしく以前言っていた孤児院の為に働いているお姉さんらしい。

 実を言うと俺は「フーケ」という名前には少しだけ心当たりがあった。

 巷を騒がしていたコソ泥の名前である。

 最近はめっきり話を聞かなかったがまさかねえ、と思いつつも孤児院を運営するだけの資金を用意するのは並大抵のことではない。

 疑念が湧いてジロジロと見てしまったのがお気に召さなかったのか、話の途中で女性、マチルダさんがじろりと睨み付けてきた。

 

「あんたはあんたでさっきから何なんだい?……あんた、どこかで」

 

「奇遇ですね。私も貴女に見覚えがあるんですよ」

 

 ティファニアさんのお姉さんという事で丁寧語。

 お互い遠慮なくジロジロ見合う。

 あともうちょっとで出そうなんだが。

 女性の方が俺の事を先に思い出したのか声を上げる。

 

「あんた、あのシュヴァリエじゃないか」

 

 俺がシュヴァリエだったのはクロムウェルに操られていた時だけだ。

 つまりその頃に出会った人物。

 記憶に靄がかかっていたのも仕方なかろう。

 緑、レキシントン号の時に、ヒゲが。

 

 

「ああ、ってそんな目で見ないで下さい。別にばらしたりしませんから」

 

 声を上げた瞬間に、殺気の籠った眼で睨みつけてくるマチルダさん。

 この人、タルブでゼロ戦相手に共闘したあのおヒゲの子爵と一緒に居た人だ。

 あの子爵さん結局どうなったんだろう。

 まあ正直どうでも良いし、何も聞くんじゃないってオーラが漂ってるのでどうもしない。

 俺のアハ体験は至極どうでも良いとして話は核心に入っていく。

 トリステインに来ないか。

 話としては単純だがそんな簡単に決められるものでは無い。

 それに反対しそうな人も居るし、と思いきや。

 

「姉さん。私……外の世界が見てみたいの」

 

「そうだね。こんな森に閉じこもってばかりじゃ、いけないからね」

 

 ティファニアさんは森の外に興味を持っていて、マチルダさんはもう孤児院への援助が出来なくて。

 ここいらが潮時だ、と慈愛に満ちた表情のマチルダさんがティファニアさんをあやす様に言い聞かせる。

 親も違うし、種族すら違うというのに本当の姉妹以上に固い絆で繋がっていることが部外者である俺にすら理解できた。

 まるで1枚の絵画の様な情景は、俺が心の中に押し込んでいた筈である郷愁の念を少なからず揺さぶった。

 

 

 

 




 オリ主は搦め手を覚えようとしていますが結局の所相手の隙を誘ってバ火力を叩き込むのが目的なので脳筋であることには変わりありません。

 そして隙あらばいちゃつくオリ主とタバサさん。
 なお、書いてる側にもダメージが有る模様。




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30話 アルビオンの長い夜

 マチルダさんが孤児院を後にしてからというもの、俺は慣れ親しんだ夜のアルビオンの冷たい空気にさらされながら自分の胸に湧き上がった疑問について考えていた。

 

 俺の郷愁の念は一体どこに向いたものだろうか。

 俺はどこに帰りたくて、誰に会いたいのだろうか。

 敢えて言葉にするならこんな感じだ。

 

 故郷はこのアルビオンの大地に存在するバーミンガム伯爵領。より正確に言うならば母さんと過ごしたバーミンガムの片田舎であり、母さんが死んだ後バーミンガム伯に連れられていった屋敷の周りもそうだと言えるかもしれない。

 

 家族は既にこの世を去った母さんと、今なおおっかなびっくり元気でやっている筈であるバーミンガム伯。腹違いだが慕ってくれていた弟もそうと言えるかもしれない。

 

 なら日本は、既に名も定かでない日本人としての「俺」を生み育ててくれた、顔も思い出せない2人は違うというのか。記憶もあやふやで多少の知識が未練がましく残っている程度の「俺」は俺じゃないのか。

 

「どっちも、としか言いようが無いよな」 

 

 夜の森で木に背を預けつつも、我ながらおセンチなことだとため息交じりに言葉を吐き出す。たとえ今の俺がウルダールでろうと、俺の原風景はあの無機質なビル群が立ち並び自動車が行き交い満員電車に辟易する日本なのだ。

 たとえそれが色褪せて風化し今にも崩れそうな程だったとしてもだ。

 

 バーミンガムは近くて遠い。

 俺のちっぽけな意地と今やりたいことが望郷の念を邪魔する。

 

 日本は距離だけでなく概念的にも遠い。

 サイトがいる以上存在することは確かだが、それが俺の望む日本かどうかも分からない。

 

 結論としては悩むだけ無駄、だ。

 

「なら、戦いしか能の無い俺はさっさと全力出せるように努力するしか無いな」

 

 以上、苦悩終了。

 苦悩って程悩んで無いだろうと言われそうだが気にしない。

 

「剣でもふってようか……と、言ってる場合じゃないか」

 

 早速頭を空っぽにして鍛錬にでも励もうかと思ったがそうもいかない。流石に外からでも家の中の声が聞こえてくるくらい白熱した口論は穏やかでないと思う。 

 

 孤児院の中に入るとルイズ嬢とサイトが向き合って対峙していた。

 周りの奴らはそれぞれらしい態度でそんな2人の事を熟視していた。

 

 タバサは本を開きつつも目を通さずに2人の動向をじっと見つめ、キュルケはいつもの陽気な笑顔を引っ込め2人を案じるように真剣な表情で見守っており、ギーシュはどうしたものかと困り顔で2人の動向を窺がっていた。2階に上がる階段の方からはティファニアさんと子供たちが心配そうに覗いており、窓の方を良く見るとレッドやシルフィードも中の様子を覗き込んでいる様だ。

 

「だから俺は別に無理なんてしちゃいねえって!」

 

「いきなり家族と引き離されて、戦争にだって行って、それで無理してないなんてその方がよっぽどおかしいわよ!」

 

 ルイズ嬢とサイトの主従は互いに一歩も引かず、その主張を曲げない。おセンチになってた所為であんまり内容を把握してないがつまりルイズ嬢はサイトの事が心配なのだろう。今まで気にして来なかったのだろうが、冷静に考えれば確かにサイトの境遇は壮絶だ。

 使い魔としての能力があったから何とかやって来れたが、無茶ぶりにも程がある。サイトは今まで、ルイズ嬢と何かと反目しつつも文字通り命を懸けて使い魔としての役割を果たしてきた。それも平和だと思われる日本で学生をやっていた少年が、だ。惚れた腫れたで済む問題を通り越していてもなお、サイトは平静を保っている。理由については見当がついてるが、それはルイズ嬢も同じなのだろう。

 だからこそのこの口論なのだろう。

 

「おーやってるやってる」

 

「大道芸の見物客みたいな反応しないでくれたまえ。一体どこほっつき歩いていたんだい?」

 

 呑気なことを言いながらおっとり刀で家の中に戻ってきた所を、気付いて近づいてきたギーシュに見咎められたので素直に白状する。

 

「若干感傷的になってたがもう大丈夫だ。……サイトのこれからについてか?」

 

「君が感傷的になるなんて想像が……いやタバサの時もそうだった、と言うのは横に置いておくとして君の想像通りだ」 

 

 何か余計なことを言おうとしていた気がするのでメンチビームを飛ばすが、ギーシュは気にせずいけしゃあしゃあと答えてくれた。 どうにもギーシュは俺の扱いを心得たようで釈然としないが、それどころじゃないのでギーシュに習って横に置く。

 

「サイト、あんたはどうして平気な顔してるの?故郷に帰りたくは無いの?家族に会いたいって、思わないの?」

 

「そりゃあ、俺だって両親には会いたいけどよ……でも今はガリアへの対策とか、もっと他にやらなきゃいけないことがあるだろ!」

 

 ルイズ嬢の問いかけにサイトも寂しげな表情を見せるが、直ぐに弱気を振り払い正論……とは言い切れない反論をする。確かに不穏な動きを見せるガリアや、そもそも胡散臭さの塊であるロマリアなんかへの対策は講じなければならない。

 しかし。

 

「サイト、今まで散々私たちの事情に巻き込んできたからでしょうけど、一つ勘違いをしてるわ」 

 

「勘違いって何だよ?」

 

「今までと、そしてこれからの戦争は私たちの戦争であって、私に無理矢理連れてこられたあんたが態々首を突っ込むようなものでは無いのよ」

 

 ルイズ嬢の言う通りだ。

 サイトはそもそもこの世界の人間ではなく、別に俺たちの戦争に無理に首を突っ込む必要は無いのだ。地球に帰れる時が来るまで、大人しくしているのは何も悪い事ではない。

 

「それを言うなら俺は神の左手(ガンダールブ)で、何よりお前の使い魔だろうが」

 

「確かにそうね。……ところであんた、最初の頃は随分私に反抗してくれたわよね?」

 

 対するサイトも始祖の使い魔としての責任と、何よりルイズ嬢の使い魔として彼女を護ることが戦う理由であると言外に主張する。前者は貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)と似通っており少しばかり、力を持ってしまったことからの傲慢さを感じられるが、本音としては後者の方が強いのだろう。

 ルイズ嬢もそれには同意する……と見せかけて話を逸らす。最初の頃とやらはどんな感じか知らないが何となく想像は出来るので聞き流す。

 

「それが何だよ。今だってそんなに変わらないだろう?」

 

「そうね。確かに今でもあんたとはよく口論になるわ。……でも、あんたは、サイトは事あるごとに私を助け、戦ってくれた。私の都合で召喚されて、自分で言うのもなんだけど酷い扱いを受けていたのに、何故かしら?」

 

 酷い扱いがどんなものなのか想像するのは怖いので止めておくが、そう言われると確かにサイトにはルイズの為に命を張る理由なんて無いように思える。

 だが果たして本当にそうなのだろうか。もっと単純で、メイジにしてみれば至極当然な理由があるんじゃあないだろうか。

 

「サイト、コントラクト・サーヴァントにはね、簡単に言うと使い魔がメイジに反抗しないようにメイジに対して好意を抱くようにする効果があるの」

 

 そりゃそうだろう。如何にメイジであろうと自分に敵意を持つ、あるいは獲物と見なすような猛獣を躾けるのは至難の業だ。

 だからこそ竜騎士を筆頭に幻獣を操る騎士達が羨望を集め戦の花形となるのだ。使い魔という反則技はあるものの、騎士団に入ればそれ抜きで幻獣を御す為の技法は誰しも教え込まれるものだし、それは俺も例外ではない。それ相応の力と知識を前提としてそこに更に経験が合わさって漸く形になるのだから、有象無象に出来るものでは無いのだ。

 

 話が逸れたが、メイジはコントラクト・サーヴァントによって使い魔を文字通り自分のものにする。言い方は悪いが予め洗脳して簡単に手懐けられる様にしているのだ。だからこそ、使い魔召喚はメイジにとって一生物であり、使い魔は自分と同じかそれ以上に大切にしなければならない存在なのだ。相手の全てを自分のものとするのだから。

 少なくとも俺はそう解釈している。

 

「……そ、そんな」

 

「嘘だと思うなら皆に聞いてみなさい」

 

 ショックを受けたのか今までとは比べ物にならないほどに動揺し思うように言葉も出ていない様子のサイト。そんなサイトに追い打ちを掛ける様にルイズ嬢は促した。動揺したままのサイトが俺たちを見渡す。

 

「より正確に言うならば記憶の改竄によって主に尽くす為の都合のいい動機が発生するというものらしい。結果として主への好意が発生するのは当然の帰結であり、その効果は時間が経つにつれより強くなることが容易に予想できる」

 

「私はあまり詳しいことは知らないけれど言葉の通じない獣を使役するのだから当然よね。……サイトは獣じゃ無いけど」

 

「そういう意味では最近のサイトが妙にやる気に満ちているように見えることにも得心がいくね」

 

 タバサに始まり、キュルケ、ギーシュの3名はそれぞれらしい言葉をサイトに返した。と言うかそういうプロセスなのか。記憶の改竄が絡んでいると言うのなら文字の覚えが良いと言うのも納得は行く。どうして言葉が通じているのかについても、記憶の改竄でハルケギニアの言語が追加されたのかもしれない。

 

 3人の言葉を受けて表情を凍らせたサイトが俺の方を向く。 こんな酷い顔した奴になんて言えば良いかとても困る。困るが、言ってやらないとダメ、だよな。

 

「まあ、だからこそメイジは使い魔を大切にするし、大切にしない奴は白い目で見られるのさ」

 

 勿論これはさっきも言った通り俺個人の見解であって、他がどう思っているかは知らないしサイトにそれを言うつもりは無い。

 俺からも事実であると肯定されたサイトは頭を手で押さえながら俯き、縋る様にデルフリンガーに問いかけた。 

 

「デルフ……今の話」

 

「始祖のルーンだからって例外は無え。……娘っ子のいう事は本当だよ、相棒」

 

 普段のとぼけた調子を見せず、どこか労わる様な音色を滲ませたデルフリンガーの返答は、やはり肯定だった。デルフリンガーの返答を受けたサイトの表情は依然として見えずどうやら何事かを口走っている様だが、その声はか細くて耳を澄ませても俺には聞こえなかった。

 

「だからって、俺にどうしろって……」

 

 漸く聞こえた言葉は打ちひしがれた様な悲痛な響きをたたえていた。そんなサイトの姿に、ルイズ嬢は今にも涙を溢れさせそうになりながらもそれを堪え毅然とした表情でデルフリンガーを問いただした。

 

「デルフ、あなた伝説の剣なんだから虚無には詳しいのよね。……ティファニアの『忘却』でサイトを縛り付けている動機とやらを消せないかしら」

 

「え、わたし?」

 

 不意に槍玉に挙げられたティファニアさんが目を白黒させながら呟くが今はデルフリンガーの答えに集中する。ルイズ嬢の言葉はサイトが自分の元を離れて行っても構わないという意思の表れでもある。言葉や行動は素直では無いが、明らかにサイトの事を異性として意識している彼女にしてみればとても覚悟の必要な発言だ。

 そんなルイズ嬢の覚悟を汲んだのか、デルフリンガーは重々しく答えを口にした。

 

「出来るだろうさ。虚無に干渉できるのは虚無だけだからな」

 

 デルフリンガーの答えによってルイズ嬢の意図は明確な物になった。説明するほどの物でもないが、つまりサイトを危険に晒したくないのだ。だから自分に尽くす動機を消して争いから遠ざける。単純明快で最も効果的な方法だ。

 サイトが暫く使い物にならなくなる可能性に目をつぶれば、だが。

 学院か、せめてトリステイン領内で行うならまだしも遠征中である現状ではリスクが高すぎる。なので勢いに流される前に口を挟むことにする。

 

「まあ2人ともちょっと落ち着けよ。ルイズの気持ちは分かるがサイトにも気持ちの整理ってものがあるだろうさ」

 

「あなたは黙ってて頂戴、ウルド。……何よりその気持ち自体がルーンで歪められてるものじゃない」

 

 横から口を挟まれたルイズ嬢はいつも以上にきつい目付きで此方を見てくるが負けてはいられない。

 

「たとえ動機がねつ造されてたって、今のサイトにとってはそれが真実だ。それに今俺たちが何をしてる途中なのか考えてもみろよ」

 

「何って……あっ」

 

 気持ちだけが逸ってやっぱり忘れていたようだ。

 

「そこにおわすお姫様達をトリステインまでお連れしなければいけないんだろう。それに正直俺はまだ不調だからさ、今サイトに潰れられると戦力ガタ落ちだよ」

 

 階段の方から覗き込んでいるティファニアさんの方に向かって手を掲げる。お姫様だなんて……とティファニアさんが照れ照れしていて可愛い。それはさておき、色々ごたごたしてるが俺たちはまだ任務の途中なのである。俺の状態もあんまり良くないし、サイトについて色々対応するにも帰ってからの方が都合が良い。

 これ以上ごねられても面倒なので文句が出る前に畳掛ける。

 

「要は迎えの来るロサイスまでの間、戦闘を回避するだけで良いんだよ。明日サウスゴータで竜籠でも手配すればひとっ飛びさ」

 

「確かにそれなら危険は避けられるけど、お金はどうするだい?」

 

「そりゃギーシュ、お前が騎士団の名前と証文を出してトリステインの王宮にツケときゃ良いんだよ。相手が渋った場合は俺の手持ちでなんとかする」

 

 ギーシュが当然の質問をしてくるが問題は無い。女王陛下から文句は言われるかもしれないが背に腹は代えられないのだ。さり気無く対象をギーシュに擦り付けたので俺に文句を言われる心配も無い。なお、なんとかすると言うのは袖の下の事である。

 

「……責任を僕に擦り付けるつもりだな。君の提案なんだから万事君に任せよう」

 

「俺たちの責任者はお前だろ、ギーシュ。騎士団長っていうのはもっと上の人から怒られるのも仕事の内だぞ」

 

「……やっぱり?……どうしてもダメ?」

 

「ダメ」

 

 ここ最近の騒動に巻き込まれまくったからなのか、妙に勘が良くなったらしいギーシュが文句を吐いてくるが、正論で押し潰す。困ったギーシュが媚びるような目で見てくるが毅然とした態度で責任の所在を押し付ける。

 ふむ。

 大分空気は軽くなった、かな。夜も遅いので巻きに入る。

 

「異議がある人は?」

 

「……それで良いわ」

 

「異議無し」

 

「私もそれで構わないわよ」

 

 それぞれ言わないだけで意見はあるのかもしれないが一先ずこれで決着がついた。

 返答が無かったのは先の事を考え今から憂鬱になっているらしいギーシュと、そもそもの話の中心であったサイトだった。ギーシュはいいとして、サイトは心配なので声を掛ける

 

「サイト、今日の所は一先ず休めよ」

 

「……少し、頭冷やしてくる」

 

「おう、風邪引くなよ」

 

 頭がこんがらがっているらしいサイトは、一人家の外へと出ていった。気持ちは分からんでもないので止めはしない。ただ、妙な気を起こされても困るのでレッドに監視を頼む。

 

『レッド、サイトが変な真似しないか気にかけてやってくれ』

 

『やっと念話をよこしたかと思えば便利に使いおって……任せておけ』

 

『ありがとな』

 

 憎まれ口を叩きながらも頼まれてくれるレッドはやはり使い魔の鑑である。

 レッドに念話越しに感謝を伝えた直後、ルイズ嬢が叫ぶ。

 

「待って、サイト!」

 

 当事者であるルイズ嬢としては気が気でないらしい。後を追わんとするルイズ嬢。止めようかと動く前に彼女の歩みは別の人物によって止められた。

 

「……タバサ、手を離して!」

 

 止めたのは意外なことにタバサであった。

 

「彼は、特にあなたには今の姿を見られたくないのだと思う」

 

「……それって、どういう事よ?」

 

「殿方って本当に面倒臭くて、でもそう言うところがまた可愛らしいって事よ、ルイズ」

 

 タバサの言葉に疑問を浮かべたルイズ嬢に対して、キュルケが分かるようで分からない補足を付け加える。男の意地が面倒なのはともかく、可愛いって言うのは同意できないのだが。タバサも同じ意見なのだろうか。

 

「女衆はベッドが当たってるんだから早く行った行った。さもなくば先に占領してしまうぞ」

 

「せっかちな男は嫌われるわよ、ウルド。……後は男2人に任せるわ。お休みなさい」

 

 さっさと寝ろと急かす俺をあしらいつつキュルケが2階へと向かう。あいつがせっかちとか言うとエロい意味で受け取りそうになるから困る。

 

「ルイズも疲れてるだろ?早く寝てさっぱりした方が良い」

 

「……でも」

 

 サイトもそうだがルイズ嬢も頭の中はぐちゃぐちゃも良いところだろう。なので休息を勧めるが、頑固な彼女は何とか反論しようとする。

 

「頑固者め……タバサ、お願いできる?」

 

「分かった。お休みなさい、ウルド、ギーシュ」

 

 面倒なのでタバサに部屋まで拉致して貰うことにした。何事かを言おうと口元を動かそうとするルイズ嬢だったが、やはり疲れていたのだろう。自分よりも体格の小さいタバサに引っ張られ抵抗することなく2階へと上がっていった。

 

「さて、夜も遅いのに騒がしくして悪かったね、ティファニアさん。ちびっ子達も」

 

「いえ、サイトさんの将来に関わる大事なことですから……さあみんな、もう寝ましょう?」

 

 ティファニアさんだって今日、将来に関わるような決断をした上親代わりのような人との別れを経験したというのに気丈なものである。ティファニアさんと子供達からお休みなさい、と声を掛けられ遂に2人取り残されることとなった俺とギーシュ。取り敢えずサイトが戻ってくるまでは起きていようかと思ってはいるがどうにも手持ち無沙汰であった。

 

「レッドにサイトを気に掛けるよう伝えておいたから心配するな。ルイズでなくても俺たちにだって泣き顔なんて見られたくないだろうからな」

 

「使い魔は主に都合良く使われて大変だね……レッドも、そしてサイトも。僕もヴェルダンデをもっと大事にしないといけないな」

 

「お前は充分、と言うか行き過ぎてるくらいに愛情を注いでる気がするけどな」

 

 今日までを振り返ってかギーシュが更なる決意を固めるのを見て、思わず突っ込みを入れてしまう。日頃から巨大モグラと優男のスキンシップを見せられている側としてはこれ以上どう大事にするのか想像が出来ない。

 

 手持無沙汰のまま他愛のない事を談笑していると不意に腹の底から絞り出したような、掠れ切った声が聞こえてきた。

 

 

 俺の思いが、植え付けられたものだって?

 俺が、戦って来たのはルーンのせいだって?

 

 見くびりやがって……!

 俺がどんな思いで今まで戦ってきたのか分かるのかよ?

 俺が、俺が、ルイズの事が好きだって気持ちも、嘘だって言うのかよ?

 ふざけるなよ……ちくしょう……。

 

 

「……他の奴らには内緒だぞ、ギーシュ?」

 

「そうだね、ウルド。……男同士の、約束だ」

 

 泣き疲れてそのまま外でサイトが寝てしまったとレッドからの報告が有るまで、俺たちは静かにその場で佇んでいた。

 

 




 お ま た せ

 一話だけですが更新です。
 ルイズがガンダールブのルーンを何とかしようとした理由について、本作ではその辺の経緯をさっぱり描写していないためバッサリカットしています。

 本作については、20巻までの情報をもとに最後まで書く予定です。
 なので原作とどっちが早く終わるかは分かりませんがご了承ください。


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