やみえるふらいふ (輪音)
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微笑みよ、こんにちは


古い銃身後退式散弾銃を持ったおっさんが走る
ひいひい言いながらも走る
希望が残っていると信じて
パンデミック
ゾンビがそこかしこにいる
絶望的な状況
やさしい少女を守るために
慣れない高級散弾銃を撃つ
重くて反動の強い銃を撃つ
失われた日常
消えゆく文明
そんな中
ドングリクッキーでほっこりしつつ
彼はなけなしの勇気を振るって撃つ
終わりゆくセカイを認識しながらも


なにか美しいものは見えますか
なにか素敵なものは見えますか




 

 

「大井さん! 大井さん! 死なないで!」

 

嗚呼、北上さんの声が聞こえる。

球磨さんと多磨さんが、彼女をトラックの中へ押し込もうとしていた。

私はのろのろと起き上がる。

最後のトラックはまだ発進していないようだ。

猟友会のご老人たちは既に確認出来ず、決死隊の自衛官たちもどこにいるのか分からない。

不味い、命の源が枯渇しつつある。

他のトラックは、『感染者』の包囲網を突破出来たのだろうか?

木曾二尉は上手くやったのだろうか?

嗚呼、生命力がどんどんと流水の如く失われてゆくのを感じる。

北上さんを逃がさなくちゃ。

彼女はまだ中学生なんだし。

私のような、先の無いアラフォーなおっさんとはまるで異なる存在だ。

 

「北上さん、多磨さんたちについて早く逃げなさい。」

「どこへ……どこへ逃げろっていうんですか、もう日本は……いえ、世界は……。」

「それでも、貴女に生きて欲しいのですよ、私としては。」

「大井さん!」

 

最後の気力を振り絞り、私は駐屯地へ迫りつつある『感染者』たちへ発砲した。

ははは、撃ち放題じゃないか。

トラックの発進する音が聞こえて来る。

自己満足的な達成感さえ覚えながら、私は手持ちの散弾をどんどん『感染者』たちへ撒き散らした。

やさしい死神たちへ、無情な鉛弾を叩き付けてゆく。

それが生きてきた証と信じて。

 

 

 

最初に医療機関がヤられたらしい。

風邪かインフルエンザなどで倒れたと思われた『感染者』たちは意識を取り戻すと、笑顔で医師や看護師などに近づいて『接触』したという。

まるで、ゾンビ映画のような展開だ。

ゾンビのようなモノたちは、それまで語られてきたゾンビとはかなり異なる存在だった。

腐っている訳でない。

狂暴な顔も見せない。

笑顔で近づいてくる。

それだけなのだった。

ゆっくりゆっくりやって来るのはゾンビ的だったが、『彼ら』は別に噛んだり引っ掻いたりするでなく、ただただ他者に『接触』してきたと逃げ出してきた人は語った。

『接触』された人間は生命力をなんらかの形で吸い取られ、潜伏期間を経て同業の『感染者』化するそうだ。

 

 

 

 

私は蒸し暑ささえ感じる日がちらほら出だしたある日、『球磨てつほう店』にいた。

家の裏手にある畑の鳥獣害が洒落にならなくなってきたので、空気銃か散弾銃を持とうと思ったのだ。

周囲の家でも困っているが、彼らは総じて高齢者たち。

行政に訴えてもぼやかされる日々だ。

罠を設置してもダメ、エアガンで撃ってもダメ、矢で射てもダメ。

ダメダメ尽くし。

やってられない。

そうだ!

鳥獣による被害者である私が、同時に駆除する側となってしまえばいい。

それが、私の銃砲所持目的だ。

昔のように無免許で空気銃を持てる時代ではないから、やや病的で面倒極まりない手続きの後に銃火器を所有するしかない。

周囲に猟友会の人はいないし、互助団体というよりも同好会めいた彼らがあらゆる負荷を背負う現状は政府と警察の共謀による仕打ちだから、環境省と農林水産省とが猟師を募集する事態はマッチポンプにさえ見える。

しかも、免許皆伝……いや免許取得後に放置プレイときた。

それでなにかやらかしたら、他の免許取得者に多大な迷惑をかけてしまう。

なんてこったい。

不合理非合理な仕打ちに耐え、それでもケモノたちと戦う。

不条理系小説みたいな展開だ。

権力者側の印象操作は実に狡猾で、警察へ文句を堂々と言うような人へ彼らが銃砲所持させる訳も無いから、卑怯千万な振る舞いにさえ思われる。

だが、大抵の人は警察を支持するだろう。

汚職や腐敗や隠蔽や天下りなどが、目白押しであっても。

庶民はたぶん愚かしい存在なのだろう、警察にとっては。

皆、よく訓練されている。

大本営発表方式は、現在進行形で有効活用出来る方策だ。

人は歴史から学べないのだろう、たぶん。

 

 

 

店主の球磨さんはとても穏やかな感じの人で、銃器に造詣のある人物だった。

頂き物ですが、とドングリクッキーを出される。

素朴で歯触りがサクサクして旨い。

好みの味だわい。

木の実の恵みだ。

森の香りがした。

実に素晴らしい。

雑談をしている時に、大学生らしき若者たちが我が物顔で店内に入って来た。

彼らは五人いる。

散弾銃を渡せボルトアクションライフルを渡せ空気銃でもいいから寄越せ金は出すからと、盗賊だか強盗だかなんだかよくわからない感じで彼らはとんでもないことを言い出した。

無論、店主がそんな暴言に応じる筈もない。

私も、狂人たちがやって来たのかと思った。

彼らは意外と紳士的だったのか、一人が手に持った携帯端末を操作し、我々に動画を見せる。

それは、ニューヨークと呼ばれる場所の繁華街だった。

昔行ったことのあるその場所は、阿鼻叫喚渦巻く戦地のように見える。

映画の撮影でもしているんじゃないかとさえ思えるほどの、それは地獄に思えた。

所々火災が発生していて、時折発砲音さえも聞こえる。

悲鳴が複数聞こえ、祈りや断末魔ではないかと考えられる声さえ聞こえた。

カメラがぶれている。

持っている人間が震えているのだろう。

ゾンビ、というにはあまりにもキレイでやさしいモノたちが、人間に近づいては『仲間』を増やしているように見える。

彼らは噛みもせず、引っ掻きもしない。

そして、もう一人が違う動画を見せた。

どうやら、テレビ局の生中継のようだ。

それは、東京にある新宿駅らしかった。

人々が逃げ惑い、惨状が広がっている。

倒れている人も画面のあちこちにいた。

こちらも、なにかの撮影風景に見える。

続けて三人目が、政府発表の動画をこちらに見せてくれた。

やり手らしき官房長官が、淡々と政府見解をマスコミに発表している。

ゾンビのようなモノは、『感染者』と呼ばれていた。

政府は緊急事態宣言したとのことだ。

不用意に外を出歩かないようにと、彼は発言をそう括(くく)った。

普段のったりこったりして対応が後手に回っている感のある政府が、意外にも素早く適切に対応しているように見える。

報道機関の人々の一部もそう思ったらしく、そうした質問をしていた。

のらりくらりと質問をかわしながらも、彼は素早く質問を締め切った。

 

球磨さんが警察へ電話を掛ける。

現状把握するためにだ。

確認することは大事だ。

警察署は市民からの問い合わせや出動要請などで、てんやわんやらしい。

警察官を二名、今日中に銃砲店へ派遣すると向こう様は請け負ったとか。

まあ、そうなるな。

不用意に人を店内へ入れないようにとの、『お願い』があったみたいだ。

彼は苦笑いをしている。

学生たちは以降もなんやかんやと理屈を並べて粘っていたけど、警察官たちがやって来て無情にも勇者たちを追っ払ってしまった。

まあ、ああいう英雄願望のある子たちが銃を暴発させたり人間を撃ったりしても、責任問題は銃砲店店主に行きそうな感じがする。

若手とおっさんによる二人の警察官たちも、それを指摘した。

彼らはとっても仲がよさそうに思える。

どっちが攻めで……いや、こんな不謹慎なことを考えてはイカンイカン。

銃の事故は人が死ぬ可能性も高いしな。

 

更に状況は悪化する。

なんと、医療機関の多くが『感染者』たちの巣窟化してしまったとか。

倒れてしまった複数の患者を受け入れた病院から、順次機能不全に陥っていったという。

それは数日前から発生し出していたらしく、我々は知らない内にパンデミックのセカイへ突入したようだ。

幸い、まだライフラインは生き残っている。

その上、球磨さんは災害用に備蓄をきちんと用意していた。

銃砲店へ近づく人はちょこちょこ存在したが、制服姿の警察官を見て殆どの人が立ち去った。

店の前に白黒のパトロールカーがあるのだから、まともな判断力を有する人が喰ってかかることも無いだろう。

そう思っていた。

だが、そういう『良識』がある人ばかりでも無いようだ。

嘆かわしい。

中にはやたらと粘る人もいたが、なにも知らない素人に銃器は扱えないと追い払われている。

 

「その内、その素人が鉄砲を撃つ世界になるかもしれません。」

 

じわりと来るが如くに爽やかな笑顔で、球磨さんはそう言った。

 

 

私は一人暮らしをしている球磨さんの手伝い役にとなし崩しに警察から『お願い』され、まあ、緊急事態だからこういうのも致し方無いかと思ってそれを受け入れた。

『感染者』に銃器は有効らしく、球磨さんは警察の指導の元に猟友会の人や銃砲所持資格者たちへ銃器や弾丸を提供する。

後々事態が収拾されたら精算するとのことで、彼は帳簿にきちんと細かく記入していた。

 

「平和になった途端に御用、というのは勘弁してもらいたいですからね。」

 

近くにいた権力の猟犬たる人たちは、それを聞いて苦笑していた。

判断するのは、彼らではない。

お偉いさんたちなのだ。

罪を判断するのは、その座を得るために周りを蹴倒した人たち。

頭がよく、小さな頃から蹴落とすことばかりやってきた人たち。

そんな人たちが権力を有した時、庶民のことを考えてくれるか?

マスメディアの一員になった時、庶民のことを考えてくれるか?

庶民は無邪気に考えたりするが、彼らもそうだという保証はどこにも存在しない。

誠実な商売をしている店が大きくならない理由など、少しも考えようとはしない。

商売上手の意味さえ知ろうとしない。

実に不思議なことだ。

大衆は利用されることを己の安全策とし、いざ不要品と断じたら間断なく斬り捨てるのだろう。

それが庶民の知恵なのだとしたら、なんだか厭だ。

 

 

 

私たちのいる市は有能な人が多かったのか治安面ではかなりよかったが、他所から暴徒たちが徒党を組んでやって来た。

ユー・アー・ショック!

流石にモヒカンの人は見かけない。

 

「まさに人間の敵は人間ですね。」

 

球磨さんが冷ややかに言った。

世紀末な人々は独自の不思議論理を鼻高々と引っ提げ、我らのいる銃砲店を白昼堂々と襲ってきた。

彼らは、如何にも暴力が好きそうな風貌をしている。

殴ったり蹴ったりが大好きな人々なんだ、おそらく。

殴った後で、これが愛なんだとかお前のためなんだと真顔で言うのかもしれない。

既にここは平和な日本でなく、頭のイカれた人たちが闊歩する異形のセカイへと成り果てつつある。

 

結局、古い銃身後退式の高級な半自動式散弾銃を人間に向けて撃つ破目に陥った。

警察官の職務質問を鼻で笑って突撃してきた。

公務執行妨害という言葉も彼らには響かない。

私は天才設計者の生み出した銃を構える。

ブローニングのオート5という銃らしい。

操作自体は練習してきたが本番は初めて。

他の銃器は経験者たちに供与されている。

もう少しで廃棄される予定の銃だったのだとか。

かなりお高そうなのだけど、なんとも勿体無い。

日本の銃砲所持許可制度に於ける不条理不合理が、私には幸いしたのかもしれぬ。

ずしりと重たい銃を肩付けして撃ったら、ガツンとする反動が肩に伝わって来る。

鉛弾が容赦なく敵対者の皮膚に食い込み、肉体内部へ入り込んで彼の死を強いた。

バールのようなモノを振り上げた暴徒は、呆然とした顔つきのままモノへ変わる。

どさりと倒れた。

人のまま死んだ。

人のまま死ねてよかったのだろうか?

これで私は立派な殺人者だ。とほほ。

一応、正当防衛にはなるらしかった。

その晩、胃がむかむかして非常に気持ち悪くなり、私は何度も何度も吐いた。

 

 

 

球磨さんや生き残りの警察官たちと共に避難所の人々の元へ向かい、市の郊外にある自衛隊駐屯地へ落ち延びることになった。

既に電力は供給されていないため、連絡すら出来ない状況だ。

それでも希望を捨ててはならないと、警察車輌で暴徒たちへ立ち向かった。

 

人の敵は人、か。

古い散弾銃をぶっ放しながら、話し合いすら出来ない状況に悲しくなってくる。

ダブルオーバックな九粒弾が、容赦なく敵対者たちの肉体に食い込んでいった。

これも一種の害獣駆除になるのだろうか?

 

 

 

駐屯地の司令は冷静沈着な人らしく、自衛官たちは整然と行動していた。

一等陸佐、というから、旧軍でいうと大佐に該当するそうな。

流石の暴徒たちもここへは来まい。

大半の人がそう思っていたようだ。

私もそう思っていた。

だがしかし。

頭がイカれると、人は斜め上の行動を取るものらしい。

彼らは犯罪者という意識すら無いのか、銃器を寄越せと延々主張した。

そうしている内に、彼ら自身が呼び水になったのか『感染者』たちが暴徒たちへ『接触』を開始する。

やがて、正門の前には何人もの『感染者』たちが現れるようになった。

彼らはいずれもニコニコとしていて、時折吸い込まれそうにさえなる。

気持ち悪い、と言う人はいなかった。

そういう雰囲気ではないのだ。

まるで基地解放日にやって来た一般市民のように、彼らはそこにいる。

あれ程吠え猛っていた暴徒たちですら、やさしい顔立ちになっていた。

まるで別人だ。

 

「なんだかこわいです、大井さん。」

 

ぎゅっと私にしがみつく北上さん。

彼女は市内の中学校に通っていた。

家族と連絡が付かないまま、避難所暮らししていたそうだ。

彼女の微笑みが、子供たちを引っ張る原動力になっている。

とても眩しい存在だ。

 

 

北上さんが、拾ったドングリを使ってクッキー作りすると言い出した。

丁度先日、学校の授業で作り方を習ったらしい。

駐屯地は比較的安全な場所のようだが、こうした状況に苦しむ人は確実に存在する。

そういった現状打破の一環としてお菓子作りに挑戦するのだと、彼女は熱く語った。

いいなあ、若い子の情熱って。

彼女が作ったドングリクッキーはやさしい味わいで、自衛官たちにも好評であった。

 

 

もう、あの日には帰れない。

私はどうでもいいが、北上さんや子供たちが気がかりだ。

 

 

事態が悪化したと知ったのは、ある夜のラジオ放送が決め手であった。

手回し式の携帯型ラジオは、世界各地の政府が崩壊したことを告げた。

きれいな声。

やさしい声。

アニメに疎い私は知らないが、球磨さんと北上さんによると大変人気のある人が語っているそうだ。

尊いらしい。

東京は、既にどうにもならない程に壊れてしまったと彼女はそう語る。

泣きながら原稿を読んでいるらしい女性声優は、これが最後の放送になるだろうと言っている。

発電室がもうどうにもならないという。

放送局に残っているのは自身を含む三人だけだそうで、覚悟はしていたつもりだけど終わりが近づくのはとてもこわいと彼女は嗚咽(おえつ)を交えつつ言った。

これを聴いて、嗚呼このセカイはもうじき終わるのだと、すとんとナニかが下りてきた。

ならば、出来る限りのことをしよう。

北上さんや子供たちや生き残っている人たちのために。

そして、ラジオは不意にその音を発しなくなった。

女性が発する情報は急に途切れ、終末を知らせる。

 

 

どんどん『感染者』が増える。

やさしい笑顔を浮かべた死神。

勇者たちも仲間になっていた。

血まみれな服をまとっている。

駐屯地は完全に包囲網の中だ。

自衛官たちの表情はみな固い。

 

 

そして、異常事態がいきなり訪れる。

駐屯地の正門が何故か開かれていた。

わらわらと現れ、ぞろぞろと中に入ってくる『感染者』たち。

粛々と。

微笑みを浮かべながら。

 

 

やらせはせん!

やらせはせんぞっ!

発砲音が複数聞こえる。

先日知り合いになった多磨さんも、勇敢にポンプ式の散弾銃をガッシャンコガッシャンコさせながら撃っていた。

勇ましい女性だ。

しかし、多勢に無勢。

どんどん不利になってゆく。

なんとか押し返し、正門を再び閉じた。

このままでは、じり貧に陥るばかりだ。

次の日。

トラックで『感染者』の群れを突破し、他所の駐屯地へ逃げようという案が採択された。

そちらの方が防衛戦向きらしい。

そういう構想自体は以前からあったという。

確かに、このままではどうにもならないな。

木曾二尉率いる部隊と連携し、『感染者』を引き付けるための決死隊の募集が行われた。

私は挙手し、捨て石になることを選ぶ。

アラフォーのおっさんが命を捨てるには、いい頃合いじゃないか。

人のために死ねる。

いいじゃないか。

無意味じゃないかとさえ思っていた命を、最後に有意義に燃焼出来る。

それが、私が世界へ貢献出来る最後の仕事だ。

 

「馬鹿です。大井さんは大馬鹿者です。」

 

ぽろぽろ泣きながら、北上さんはそう言った。

女の子を泣かせてしまう私はなんて罪作りなんだとふざけたら、思いっきりグーで殴られた。

うん、いいパンチだ。

 

 

自衛官六名、民間人三名。

それが引き付け役の内訳。

三名の内、二名は猟友会のご老人たち。

もうここでいいと言い切った勇者たち。

 

さてと。

『感染者』たちよ、死に候(そうら)へ。

 

 






【四級管理神、メリケンのホームセンターへ行って買い物す】


あら、いらっしゃいな。
これ、プレゼントなの?
嬉しいわ、あなたが焼いたドングリ(エイコーン)のクッキーね。
これ、みんながオーガニックでおいしいって喜んで食べたのよ。
ニホンのジョーモンジダイに作られたのと同じ作り方なのよね?
一万年も昔から、お菓子(スイーツ)は食べられていたのねえ。
これ、お店で売ればいいのに。
あたしたち、みんな買うわよ。

また牧場(ランチ)にコヨーテが出たの?
小害獣(バーミント)駆除も大変なのね。
うちの店長(ボス)だったら、あなたの牧場へ喜んで駆除に行くわよ。
あの人、そういうのがとっても得意だし。
行かせよっか?
あはは、あの独特の冗談がねえ。
冗談が下手だから、ちょっと困るかしら。
今日はなにを買ってく?
弾(アモ)は全品二割引、レミントンなら三割引にするわ。
ほら、レミントンはダメになっちゃったでしょ。
店長がキレちゃってキレちゃって、そりゃあもう大変だったわ。
.22LRの五五〇発入りボーナスパックが在庫過剰になっちゃってね。
売れない小銃(ライフル)とか、どうしようって話になったの。
おまけに、かなり古い弾が倉庫からたんまり出てきちゃってね。
.475ウィルディなんてどうすんのよ、って感じだし。
そりゃあもう、変な弾もごろごろ出てきたのよ。
見たい?
あはは、あなたって面白い人ね。
前任かその前の店長が在庫管理をきちんとしていなかったのよ。
きっと、そうだわ。
ネットオークションにも出品したけど、なかなか売れなくてね。
どう?
あなたはよく買ってくれるから、五箱買ってくれたら古い弾をおまけするわよ。
全部あげてもいいわ。
あっても困るだけよ。
フェデラルやウィンチェスターのバリューパックも、三割引にするわ。
あら、なかなか交渉上手ね。
いいわ、ウィンチェスターの.38スペシャルのバリューパックも三割引にするわ。
ついでに、レミントンの在庫も買ってくれないかしら?
ちっとも売れなくてねえ。
広告を打っても、お客さんたちの反応は今一つ。
悲しいことだわ。
ええ、こっちよ。
ナイコン(ニコン)の望遠照準器は一割引ね。
じゃあ、買って欲しい商品の説明をするわよ。



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ああ、情けの深き星たちよ、もし天にいて


嗚呼、もうすぐ死んじゃうんだ。
あの人にもう一度会いたかった。
あの子たちを救えたことは誇りに思うけど、それとこれとは別の話だ。
会いたい。
会いたい。
でも、会えない。
ゴメンね。
ゴメンね。
あんなにやさしくしてくれたのに。
嗚呼、大井さん。
あの時、あなたと一緒にいられたらよかったのかな。
わたしも一緒に散弾銃を撃てたならよかったのにな。
大井さん。
大井さん。
わたしの大井さん。

「お主は、新しい人生を歩みてえか?」

声が聞こえる。
やさしい声音。
さあ答えよう。

あの人と一緒。
それが、それこそがわたしの求める唯一無二の条件です。

「あの者は現在ワシが確保しとるけどのう、お主の知る姿じゃのうなっとる。それに。」

それに?
それに、なんでしょう?

「お主は既に言葉を失っとる。もう二度とあやつと会話は出来ん。それでもええんか?」

それくらいなら、なんでもありません。

「つええのう。」

恋する女の子は強いんですよ。

「あやつとの道は苦難の道じゃぞ。」

それでも一緒にいられるなら、わたしは幸せです。

「わかった。お主をワシの権限で異世界へ顕現させちゃる。あやつも喜ぶじゃろう。」

ありがとうございます、神様。

「ワシは単なる下っ端じゃ。」

大井さんとわたしを会わせてくれる方は、是非とも崇(あが)めないといけません。

「くすぐってえのう。ワシの名はシカリ。四級管理神のシカリじゃ。一級管理神に命ぜられるままに地べたを這いずり回る、そんな存在よ。」

よろしくお願いいたします、シカリ様。

「様、はいらん。恥ずかしいがな。」

では、シカリ。よろしくお願いします。

「それでええ。ただ、ワシにもどうにもおえんことがある。こらえてくれよ。」

ふふふ、大丈夫ですよ。

「では、生まれ変わるがいい。」

はい、わかりました。


大井さん、今度もよろしくお願いしますね。





 

 

「ほれ、ワシ手製のドングリクッキーとドングリ珈琲じゃ。食うて飲んでみるがええ。」

「ありがとうございます。」

 

目が覚めたら、クッキーが盛られた木の皿及び珈琲の入ったマグカップをおっさんから手渡された。

ずいずいって感じ。

おっさんの背は低めで、一五〇センチくらいってとこか。

狩猟用の野外服を着ている。

髭もじゃもじゃ親爺。

私もおっさんだけど。

まるでドワーフだな。

いやいやいやまさか。

うん、気のせいだな。

きっと、そうなんだ。

つまり、彼と私はおっさん仲間だ。

そういうことにしておきましょか。

クッキーをもきゅもきゅと食べる。

こいうまか。

自然の恵みに溢れた、森の香りがした。

あれ?

以前、どこかでこれを食べた気がする。

気のせいかな?

珈琲はあっさりしていて、飲みやすい。

 

「どうじゃ、体に不具合は感じるか?」

「いえ、特には。あの、国内の『感染者』たちはどうなったかご存じですか? それと、他の生存者たちの安否はご存じないでしょうか?」

「あんな、お主はな、一度死んでしもうたんじゃ。」

「はい?」

「お主は自衛隊駐屯地前で脱出する面々を応援すべく、決死隊の一人として奮戦。最後の一発で自決じゃ。なんともようやるのう。」

 

そうだ。

私は、あの場所で死んだのだ。

では、ここにいる私はなんだ?

 

「ワシの名はシカリ。四級管理神のシカリじゃ。この名はマタギ言葉で頭領を意味する。」

「よろしくお願いいたします、シカリ様。」

 

神様?

四級管理神?

違和感が膨らんでゆく。

私は現在、何者なんだ?

 

「様、はいらん。シカリでええ。」

「ではシカリ、よろしくお願いします。」

「うむ、それでええ。ワシの最上位の上司である一級管理神は、お主の自己犠牲の精神に感心した。他の決死隊の面々の魂は回収出来んかったそうじゃが、お主の魂は回収出来た。そこが先ず、大変気に入ったようじゃな。ちなみに今のお主は、両性具有の闇エルフじゃ。」

「や、闇エルフ? 両性具有? え? はい? 私が? 私が闇エルフで女の子で男の子? あの、それは一体どういうことなのでしょうか?」

「約二〇〇年前の『継承戦争』時のことじゃ。異世界から多数の勇者たちが召喚されてしもうた。お主たちの国で最近流行っとる軽快小説風に言うと、異世界転移とやらかのう。そのお主の体の元の持ち主は、召喚術によって転移してきた勇者たちを何人も葬った暗殺者なのじゃよ。」

「な、なんだってー!?」

「その『彼女』が何故暗殺者になったのかというとじゃ、異世界人の持ち込んだインフルエンザが元で同族の住む村を失ったという理由らしい。『彼女』は復讐鬼となり、勇者たちを殺し回ったそうじゃ。一応、選別はしとったらしいが、原因となった勇者はむごたらしい最期だったらしい。性格的にろくでなしだったそうじゃから、同情の余地は無いがの。最期は魔女と相討ちになって、『彼女』は呪いで魂を消滅させられたらしい。そいで、その村一番の美人じゃった肉体を保存しとった一級管理神がお主の魂をその肉体に当て嵌めてみたところ、これがピッタリ。気をよくした一級管理神は、以前からワシが要望していた任務支援員としてお主をこの世界へ送り込んできたという話じゃ。」

 

エルフ?

闇エルフ?

両性具有の闇エルフ?

ふたなり?

え?

は?

おっさんだった私が女体化?

…………………………………………。

な、なんだってー?

 

「ええと……その……。」

「まあ、今んとこはまだ心と体の食い違いに馴れてねえけえ、いろいろ悩まされるじゃろう。じっくり向き合うしかねえわなあ。生理用品も用意したけえ、要るようならつこうてな。」

「は、はい。」

 

あっさり風味で語られたけど、重い話を聞かされてしまった。

彼女はどんな思いで、異世界から来た我が同胞たちを暗殺したのだろうか?

もやもやが深まった。

じっと我が手を見る。

褐色の両腕が見える。

この手は既に血塗れ。

私自身も、もやもやしながら『感染者』たちを何名も撃った。

どちらも人殺し、か。

大きなおっぱいも見える。

サラサラの、銀色が混じった金髪も見えた。

つまり、私は人間を辞めて闇エルフへと変わった訳だ。

なんてこったい!

ところで、ここはどこなんだろうか?

随分現代的な雰囲気のあるダブルベッドだ。

室内にしてはなにか違う感じもする。

聞いてみよう。

 

「あの、ちなみにここはどこでしょうか?」

「ここはダブルキャビンのウニモグを徹底的に魔改装した、魔力で走る六輪型高走破性豪華キャンピングカーの中じゃ。これをワシはウスケシと名付けた。それはアイヌ言葉で『湾の端』を意味し、現在の函館市を指すんじゃ。」

「それは大層なことですね。」

「前々回の二〇〇年ほど前と前回の一〇〇年ほど前は、延々馬車で独り転々と放浪したからのう。もう、あげなしんどいんはこりごりじゃけえ、今回は一級管理神にいろいろ融通を効かせてもろうたんじゃ。増員されたしの。他の四級管理神たちもかなりぼやいとったけえ、あれらもなんか手立てを講じとることじゃろう。現地人を使役するもんもおるようじゃが。」

「はあ。」

「後、ワシの任務支援員はもう一人おる。」

「えっ?」

「こっちに来てええで。」

 

とっとっと階段を上がり、可愛い女の子がやって来る。

北上さん!?

緑色の学生服を着た、やさしい中学生の彼女が現れた。

……え?

何故! ?

どうして!?

 

「北上さん!? 何故ここに? あの、大丈夫ですか?」

 

顔色があまりよくない。

まさか調子が悪いのか?

或いは重い病気なのか?

私は考え込んでしまった。

シカリが話しかけてくる。

 

「現在彼女はな、半不死者なんじゃ。」

「半不死者?」

「彼女は、ゾンビ四分の一なんじゃ。」

「えっ? 治療は出来ないんですか?」

「治療した姿がな、今の姿なんじゃ。」

「え…………。」

「逃亡先で子供たちを庇って、彼女は感染したんじゃ。記録映像を見たが、びっくりしたぞ。バールを振り回して、戦乙女か鬼神のように暴れとったからのう。」

「え?」

 

北上さんがモジモジしている。

変なところで私が影響を与えちゃったのかな?

 

「彼女の『感染者』としての特性はほぼ排除したし、接触による感染は一切無いようにしといた。じゃが、言葉を話すことは出来んくなっとる。また、敏捷性を半分くらい失った代わりに怪力を得とる。通常は握力四〇キロくらいじゃが、制限を解除すると三〇〇キロくらいは余裕じゃし、最大五〇〇キロか六〇〇キロくらいは出せるようじゃ。.454カスールを使うリボルバーでも、普通に撃てるということじゃの。でえれえのう。寿命は今んとこ不明じゃが、長生きしそうではあるなあ。生きとる、ゆうのは多少語弊があるかもしれんけど。ワシの仕事的には好都合じゃ。」

 

力瘤を作る北上さん。

 

「北上さん……。」

 

ぽんぽん、と私の豊かな胸を軽く叩く彼女。

ついでに軽くもみもみされた。

びくんびくん、とする我が体。

うわ、感じやすいの、この体?

じっと見つめる彼女。

少しゾクリ、とした。

あれ、おかしいなあ。

 

「大井浩之。」

「はい。」

 

前世の名前を呼ばれた。

 

「お主は今後シュマリと名乗るがええ。」

「シュマリ?」

「シュマリとは、アイヌ言葉で狐を意味する。その肉体の前の持ち主は中央大陸を中心に暴れまわっとった時、『黒い狐』と呼ばれとったそうじゃ。丁度ええじゃろ。」

「わかりました。」

「そこの北上雪乃は、ユキノでええか。」

「ユキノちゃんはそのままなんですね。」

「多数召喚された異世界勇者の影響で黒目黒髪の人間は今も全大陸でちらほら見かけるし、日本人ぽい名前はたまに聞く。まあ、よかろう。名前も日本的なもんが流通しとるからそげに違和感はねえし。軽い認識阻害は全体にかけとくからでえじょうぶ(作者註:大丈夫の意)じゃろう。」

「ではユキノちゃん、改めてよろしくお願いします。」

 

こくこくと頷く彼女。

可愛い。

シカリがこほんと咳払いし、改めた感じで言う。

 

「では、これからのワシらの行動計画案を伝える。先ずはこの帝政アレンシアの北西部最大都市であるシアトリアを起点として、周辺の村落に於いて害獣駆除と井戸の点検並びに掘削などを行う予定じゃ。そんで、田畑の開墾手入れなども出来そうならやる。そっちの方はノームお助け隊の面々がやってくれるけえ、心配はいらんのじゃ。」

「成程。」

「知り合いの養蜂家がシアトリア近郊におるけえ、寄ってみる。最後におうたのが半世紀ほど昔じゃけえ、まあ生きとらんかも知れんがのう。あそこの蜂蜜は、見逃すにはでえれえ惜しい。」

「あの。」

「なんじゃ。」

「シカリって、食いしん坊なんですか?」

「あたりきしゃりきのこんこんちきよ。」

 

朝食にしようとシカリが言った。

朝か。

また朝を迎えるとは思いもよらなかった。

嗚呼。

いと情けの深き星たちよ、もし天にいて。

 

豪華な雰囲気の居間に移動する。

高そうな調度品が使われていた。

 

新鮮卵を使ったミルクセーキに、お出汁たっぷりなふんわり厚焼き玉子サンド。

それに、チーズをみっしり載せたピザトーストが振る舞われる。

筑前煮もワカメの味噌汁もよい味付けだ。

食後、シカリが言った。

 

「では、チュートリアルを始めよう。」

「チュートリアル、ってなんですか?」

「あれやこれやを説明しちゃうよ、ってことじゃ。一級管理神からは三〇日もろうとるけえ、みっしり銃火器の特訓じゃ。それと座学じゃな。」

「はあ。」

「ワシは同時進行で、周辺地域の害獣駆除を実施する。ノームお助け隊の操る驢馬ゴーレムに乗って、ゴリアテを魔改造して無線操作式にした運搬車輌のシルトクレーテを使えばワシだけで済むけえ、問題はねえな。ケッテンクラートも使えるようにしとくべきじゃったかのう。」

 

 

 

「よし、行くぞ。」

 

おいしい朝食を堪能した後、キャンピングカーの外に出る。

平原ぽいところだ。

石の街道が遠くに見える。

ローマ街道みたいな感じ。

少し離れたところに赤い木の扉が現れた。

それを開いて、ずんずん進むシカリ。

ついてゆく我々。

扉の向こう側は、夕方の荒野だった。

 

「ここはワシら専用の射撃場じゃ。二〇メートルから二〇〇〇メートルの射撃場まで各種備えとる。これはワシの行き付けのホームセンターで買(こ)うてきた、スターム・ルガー10/22の中古品三挺じゃ。ちなみに三二九ドルじゃった。これをひたすら撃ってもらう。安く買った品じゃが、雑には扱わんこと。暴発でもしたら、洒落にならんからのう。それと、少しでもおかしい思うたら、すぐに言うこと。亀裂が入るおそれがあるしの。撃ってもらうのはこの弾薬じゃ。」

 

ちっちゃな弾を見せられる。

三センチも無さそうな弾丸。

 

「.22LR(ロングライフル)。世界で最も多く生産され、最も多くの獣の命を奪ってきた弾じゃ。人間の命も直接取ったゆうんでは一番じゃった思う。」

「こんなちっちゃな弾でですか。」

「この弾薬を馬鹿にする奴もおるが、試しに第二次世界大戦時の主要国のヘルメットをこの弾つこうてライフルで一〇メートル先から撃ったら、なんと全部撃ち抜けたんじゃぞ。コヨーテもこれで倒せるし、鹿を撃ち倒した奴もおるようじゃな。小害獣退治に使われる定番の弾薬のひとつじゃ。射程五〇メートルと限れば、一秒間に三二〇メートル程ですっ飛んでゆくこの弾薬が最高の命中精度を誇る。この弾は射撃に於ける基本中の基本よ。で、これをばんばん撃ってもらう。」

 

目の前にどさどさと紙箱が置かれる。

色とりどりの弾薬を詰め込んだ物品。

容易に瞬時に命を奪える、金属の塊。

安易に使ってはいけない品だと思う。

 

「レミントン、ウィンチェスター、フェデラルのボーナスパックやバリューパックじゃ。ウィンチェスターは五五五発、後の二つは五五〇発入り。これを今からガンガン撃て。当てる先は五〇メートル。ほれ、的が見えるじゃろ。光学式望遠照準器は使わず、付属の金属製照準器で当てるように。七日間は兎に角この弾に慣れることじゃな。欧州の軍隊でも訓練用に使われるくらいじゃ。反動も音も小さい。安心せえ。射撃用眼鏡と耳当ても装備するように。三社混合で弾を弾倉に詰めるよりも、同じ会社の弾を一つの銃でつこうた方がええじゃろう。新品同様ならば兎も角、散々使われてくたびれとるけえの。元々半世紀以上生産されとる優秀な銃じゃが、過信は禁物じゃ。弾倉はこれらを使えばええ。一つの弾倉に詰めた弾を撃ち終えたら、次の銃を撃つ。そんな感じでやってみい。」

「わかりました。」

 

ユキノちゃんが右手を上げながら、ぴょんぴょん跳び跳ねている。

可愛い。

 

「なんじゃ、ユキノも撃ちたいんか。じゃあ、お主はこっちじゃな。新品のスイス製のSIG522ターゲットじゃ。こちらも.22LRを使う銃じゃの。これは最初から光学式望遠照準器が付いとるが、それで撃てばええわ。ええじゃろ、シュマリ。」

「それでいいと思います。」

「よし、では、撃て。」

 

シカリの懇切丁寧な指導の元、銃を構えて撃ち始めた。

てっぽうはパチンパチンパチンと軽やかな音を立てる。

命を失わせる、それは殺しの音。

魂の奥底にある、戦いの原初のなにかを揺さぶる音だ。

 

 

 

「今日はここまでにしとくか。」

 

シカリが終了宣言した。

あちこちに転がる薬莢は、ちっこいノームたちがわいわいしながら回収している。

この子たちがノームお助け隊か。

可愛い。

何人かを思わず撫でるが、問題はなかったようだ。

ぴょんぴょんと跳び跳ねていた。

赤い帽子に緑の服着た、ちっちゃな精霊たちはすこぶる有能な技能者集団だった。

助かる。

幾ら反動が低いとは言え、一六〇〇発以上も撃っていては手が疲れるし気疲れだ。

発射済みの弾頭も回収していた。

わーいわーいと走り回っている。

それは意外と思える程の速度だ。

お礼を言うと、またぴょんぴょん跳び跳ねていた。

銃の手入れを行い、浸透性防錆潤滑剤のWD-40を塗布する。

ユキノちゃんも同様に手入れをしていた。

 

「今晩はダイナーで食べるとしようかのう。」

 

シカリが夕方の荒野で銃器を片付けながら、そう提案してきた。

 

「キングダイナー?」

「そりゃ、キングゲイナーじゃ。そうではなく、ダイナーとはアメリカ版大衆食堂或いは簡易食堂のことじゃな。昔は全米各地に世界各地の料理を出すダイナーがあって郷土料理みたいになっとったんじゃけど、多店舗経営する大資本経営系飲食店が進出してのう。今でこそ米国は英国と並ぶ飯の不味い国とか言われとるが、この頃まではそうでもなかったという説がある。で、小規模経営の個人飲食店は、いけいけどんどんの大規模攻勢によって段々と閉店に追い込まれた。まあ、どの国でも発展期には似たようなことが起こるもんじゃ。そげな店を喜ぶもんが多いのも事実じゃし、しょうがねえんじゃろうのう。便利な方が素晴らしいと考えるのは当然じゃろうし、大手の広報や宣伝は狡猾じゃからな。大してうもうのうても、『教育』次第でうまいうまいと思い込むようになるけえ、ぼっけえきょうてえのう。まあ、印象商法に踊らされるのは世の常人の常じゃしなあ。大きい声が正しいとは限らんのにのう。」

「はあ。」

「気にし過ぎてもおえりゃあせんけえ、そこそこうめえもんでも食うて明日への活力にせにゃあおえんわ。」

「そうですね、おいしく食べることは大切だと思います。」

 

ユキノちゃんも頷いている。

 

「よし、この扉を通ればワシの行き付けのダイナーじゃ。その名をチコクレーター・カフェという。」

 

いつの間にか眼前には白い扉が有って、それをシカリが開けるとその向こう側はアメリカの映画やドラマに出てくるような飲食店になっていた。

ほほう、いいじゃないか。

まるでどこにでも行けるドアだが、シカリによると限定版らしい。

客は、一人もいなかった。

まるで映画の撮影場所だ。

連邦捜査官がここの珈琲は旨いとかこのアメリカンチェリーパイは最高だ、とか言いそうな雰囲気さえ感じる。

木製品を主体とした店内。

天井の灯りはピカピカし過ぎておらず、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

床は白黒の市松模様で、合成皮革らしき赤い革貼りのスツールが九つ等間隔で並んでいる。

古きよきアメリカ、か。

通路を挟んで窓側は四人掛けの席になっていて、その一つへどかりとシカリが座る。

ユキノちゃんと私も彼の向かい側に座り、改めて店内を見渡した。

高級店ではないが、居心地のよさそうな感じがする。

たぶん、ここの料理はおいしいのだろう。

そこへ、セルリアンブルーのきれいな青地の半袖ミニスカートに白いエプロンという制服姿の少女が近付いてきた。

衿と袖口は白く、清潔感がある。

金髪にはしばみ色の瞳で、可愛らしい顔立ちをしている。

彼女は好奇心旺盛な気配もある。

ハイティーンブギ、ってとこか。

 

「ハーイ、シカーリ。お久し振り。今日はとっても可愛らしいガールフレンドたちを連れてきたのね。」

「なにをゆうとんじゃ、イエナ。そげなんじゃねえわ。うちの牧場に働きに来とる娘さんたちじゃが。」

「へえ。あっ、わかった! 彼女たち、ブラジルから来たんでしょ!」

「おう、ようわかったのう。では当てたご褒美に、手土産のドングリクッキーとドングリ珈琲じゃ。一人で消費しないで、みんなで分けるんじゃぞ。」

「あら、とっても嬉しいわ。これ、とっても好評なのよ。うちのメニューにしたいって、ボスが言っていたわ。」

「それは光栄じゃな。じゃが、今はでえれえ忙しくてな。なかなか大量には作れやせんのじゃ。」

「とっても残念だわ。」

「仕方がなかろうが。」

「次の機会に期待しているわ。」

「じゃあ、注文しようかのう。」

「今日のお勧めは、ターキーのフライドチキンよ。いいのが入荷したの。」

「ターキー?」

「七面鳥じゃ。じゃあ、そのフライドチキンを二人前。」

「三人前にしないの、シカーリ?」

「そうなると山盛りじゃろうが。」

「食べきれなかったら、テイクアウトすればいいじゃない。」

「それもそうか。じゃあ、三人前。」

「ありがとう、シカーリ。サービスにフライドポテトを多めにしとくわ。後ね、茄子の在庫をどうにかしたいから、ムサカを注文してくれたらありがたいんだけど。」

「ムサカってなんですか、シカリ?」

「ギリシャ料理で、茄子と挽き肉とチーズを使ったもんじゃ。ここのはかなり旨いぞ。」

「では、それね。ありがとう。」

「ああ、まあ、ええか。後はグリークサラダに、ハンバーガーかのう。チリ・ドッグもイケるぞ、この店は。」

「今日はチリ・ドッグの方がお勧めね。」

「私はそれにします。」

 

ユキノちゃんもこくこく頷く。

やはり、可愛い。

 

「じゃあ、それを三人前。デザートは食べてから考えるとするけえ。」

「わかったわ、飲み物はどうする?」

「ワシはバナナ・シェイクにするか。お主らはどげんする?」

「バナナ・シェイクはどんな内容なんですか?」

「完熟バナナに自家製アイスクリームと地元牧場の低温殺菌牛乳を、がーっと撹拌した飲み物じゃな。旨いぞ。」

「ユキノちゃん、それでいい?」

 

頷く彼女。

 

「では、私たちもそれにします。」

「バナナシェイクを三人前じゃ。」

「オーケー、シェイクはすぐに持ってくるわ。楽しんでいってね。」

 

ミキサーの軽やかな音が聞こえてきて、程なく止んだ。

日本のシェイクが可愛いとさえ思える程の量が入った、白い飲み物が三つ届けられた。

まさか、大ジョッキになみなみと入っているとは思わなかった。

不味かったらどうしようかとの考えは、一口目で雲散霧消する。

旨い。

滑らかな喉ごしに深い余韻。

素材のよさを粉々に砕く大雑把な味つけがアメリカ料理だとの先入観が、これによって見事に打ち砕かれた。

 

「うめえじゃろうが。」

 

シカリがにやりとする。

然り、然り、然り。

ユキノちゃんもおいしそうに飲んでいる。

白濁した液体をば。

 

「もう少しかかるから、これを食べてて。」

 

大きなボウルに入ったサラダが来た。

え?

これが前菜?

五、六人前くらいはありそうな感じ。

わしわしと、勢いよく食べるシカリ。

ユキノちゃんも意外と食べるようだ。

 

 

料理の山が届けられた。

まさにアメリカンだな。

山盛りの鳥の揚げ物。

山盛りの芋の揚げ物。

ひたすらでかい容器に入った茄子料理。

二〇センチくらいはありそうなチリ・ドッグ。

なんじゃ、こりゃあ。

 

「ぐはは、これぞアメリカンってとこじゃな。安心せえ、朝は比較的少なめじゃけえ。」

「ホントですか?」

「気にすな、気にすな、まあ食え食え。」

 

おいしかったのだが、デザートまでは辿り着けなかった。

ちなみにシカリは最後にパンケーキを注文して、山盛りのそれを残らず平らげた。

 

 

 

翌日は座学から始まった。

 

「発端は、およそ二〇〇年前に西方大陸で起こった『継承戦争』じゃ。あん時は中央大陸でも東方大陸でも戦争しとって、世界中がしっちゃかめっちゃかじゃった。帝政アレンシアでも、その南のメヒカルマス共和国でも、帝国の北のカタリナ王国でも、アラスカニア大公国でも、戦乱は酷く激しく国土を覆って血の流れぬ日は一日たりとて無かった。」

 

「そんなある時、召喚術によって異世界から勇者を呼び出そうという試みが行われた。しかもそれは、二級管理神二柱と三級管理神六柱による肝煎りの大事業として華々しく全大陸の主要国家で開催された。まるで、多店舗展開する大企業が国内外に大型ショッピングモールを幾つも同時建設するみたいにのう。」

「最初は上手くいっているかに見えたんじゃが、落とし穴が複数あった。『検疫』も『予防接種』も無いまま、アフリカの奥地に向かうようなもんじゃったと言えばいいか、それとも森のいいにおいと呼ばれる元のフィトンチッドはエスキモーやアボリジニなどにとって猛毒なんじゃと言えばいいんか。」

 

「インフルエンザにかかった勇者がおった。性格も悪かった。熱があるのに、ふらふら出歩くような奴じゃった。その病は伝染力が強く、潜伏期間が悲劇を増産した。結果、異世界のウイルスによって免疫力の無い現地人たちは次々と病に倒れ、あっさりぽっくり死んでいった。朝発症して、夕方には亡くなるもんまでおった程じゃ。半年後には、一〇〇万都市を誇った三大陸の大国首都の人口が四分の一かそれ以下くらいに激減。都市機能は崩壊し、全大陸が荒れた。戦争後にワシは後始末役として呼ばれ、火縄銃を持って馬車に乗って西方大陸を半世紀ほど巡った。害獣駆除しまくりじゃった。一方、上司たちは伝染病を勇者由来と言わず、存在しとらん魔王の仕業と宣伝しよった。なにをしとんじゃ、とあきれたもんじゃわ。魔王討伐隊が華々しく結成され、おりもせん魔王は程なく倒されたそうじゃ。インフルエンザは根絶したらしいが、上司たちは一級管理神にえっと叱られたそうじゃ。」

 

「半世紀ほどぐるぐる西方大陸を巡って任務達成してしばらくしたら、一級管理神に再び呼び出された。なんじゃいと思うたら、また戦争があったという。ぼっけえ驚いたわなあ。あんなに国が荒れて少しよくなっただけなのに、また愚行を繰り返したらしい。ワシら四級管理神たちがそれぞれ戦後世界での任務を終えて帰還した半世紀後じゃから、今から一〇〇年前のことじゃな。今度は『八年戦争』と呼ばれる戦をやらかしたらしい。しかも、また異世界から勇者を複数召喚したそうじゃ。懲りんのう。前回の反省から検疫は施したようじゃったが、問題はそこじゃねえがな。人は歴史から学べん生きもんじゃが、神でもそういうもんらしい。」

 

「三〇万前後に増えた大国首都の人口は『八年戦争』のためにそれぞれ半減して、どの国もおおよそ半数の人口を失ってしもうた。阿呆の積み重ねで世界そのものが崩壊に向かいつつあるんじゃわ。結果的に、二〇〇年前の人口のおおよそ七分の一に減ってしもうたんじゃぞ、七分の一に。どげんせえ言うんじゃ。で、今度もやらかした二級管理神と三級管理神たちは一級管理神によって拘束され、軟禁されてしもうた。一級管理神が直轄するこの世界にまたもやワシら四級管理神たちが派遣され、各々害獣駆除やら田畑の開墾やらに奔走する破目に陥った。お主たちの欧州世界的に言うと、中世近世近代が入り交じったようなわけのわからん世界をな。日本でゆうたら、室町時代と戦国時代と江戸時代と明治とが入り交じったような世界と言えばええんかのう。」

 

「またもや半世紀ほど、三八式歩兵銃やらモーゼルKar98kやらレバー・アクション・ライフルやら空気銃やら散弾銃やらをぶっ放しなから、ノームお助け隊と共に西方大陸を転々としつつ害獣駆除やら田畑の開墾やら井戸の掘削やらなんやらを行った。」

 

「任務完了後にやれやれと思うとったら、また呼び出された。衰退する一方じゃから、今度は権限強化して助手を付けるからもっと梃子入れしろとのお沙汰じゃ。今更なにをどうせえゆうんじゃろうなあ。従うしかない下っ端はたまらんのう。」

 

「つまり、ワシらシカリ隊の任務は、上司たちや異世界の勇者たちや地元民たちが散々やらかして荒廃した世界の庶民たちをちょこっとお助けする感じかのう。抜本的な対策じゃのうて、対症療法じみとるのがなんとはなしにお役所仕事めいとるがの。まあ、やらんよりはマシ、というとこか。」

 

うんざりした表情で、シカリは話を締めくくった。

 

その晩は、彼の焼いた鹿肉のステーキが主力だった。

脂身が少なく、牛肉みたいな味わいで大変旨かった。

オハウという汁物も旨い。

鹿肉の団子に行者ニンニクやキノコ類や馬鈴薯や葉野菜などが入っていて、味の深みを増していた。

石窯にて焼かれたピザも旨かった。

シカリはどぶろくも堪能していた。

 

 

シカリは天然温泉さえ有していた。

混浴ではなくて、それは男女別だ。

私はどっちだ?

女にしとけばええが、とシカリは言った。

認識阻害とやらで、問題は無いらしいが。

ユキノちゃんが一緒にお風呂に入ろうと誘ってきて、最初は断ったのだが、身振り手振りが可愛かったので敢えなく陥落してしまった。

風呂はなかなかよかった。

思わず、あふうと言う位。

ぴたりと彼女がくっついてきて、大変困惑した。

おっぱいって浮くんだな。

 

 

女性と男性双方の部分を持つ肉体に慣れ、近いうちに来るだろう生理に慣れ、ブラジャーに慣れ、射撃に慣れ、解体に慣れ、と様々なことに慣れないといけない。

エディー・バウアーの小豆色のシャツとリーバイスのブラックジーンズを身にまとい、私は嘆息する。

 

 

でも、まあ、あれだ。

 

これからの人生や世界には思うところが沢山あるけれども、折角助けてもらった命だ。

やらまいか。

頑張りまっしょい。

 

のんびりやるとするか。

 

 





※妄想です。読まれなくとも、特に問題ありません。


【剣と魔法と火器と異世界】

剣と魔法の異世界に銃火器を持ち込んだ場合、それは有効な手段になり得るでしょうか?
以下は、『ウィザードリィ(Wizardry)』というゲームを元にほんのり考察した余談です。
ここでは、銅貨一枚で並の品質の林檎が一個買えると想定しています。
また、各種弾薬の金額はメリケンに於ける流通価格で考えております。


《矛と盾》
なにはともあれ、銃火器が敵への有効打を与えられる存在でなくては運用し甲斐がありません。
現在多くの国の軍隊が制式採用している.223レミントン(5.56ミリNATO)だと、どの程度の敵対者を倒せるでしょうか?
ちなみに、狩猟に於いては小害獣(バーミント)駆除用に使われる位の威力です。
人間系ならば、大半をこの弾薬で仕留められるでしょう。
ただ、相手が一発で倒れるかどうかは不明なところもあるので、確実に倒したいならば三〇口径の方が向いているでしょう。
魔法職は早めに仕留めないと不味いので、詠唱が終わる前に素早く倒さないといけません。
鍛え上げた戦士などの場合は、.308ウィンチェスター(7.62ミリNATO)辺りの弾薬を使わないと一発で打ち倒せないかも知れませんが。
低級悪魔たるレッサー・デーモン辺りの敵対者も、三〇口径位の弾薬を使う必要性はあるものと考えます。
竜や巨人、グレーター・デーモン辺りになると相当強力な弾薬が必要でしょう。
それこそ、象撃ちにも使われたという.375H&Hマグナム級の強力な弾薬が。
それでも、確実に打ち倒せるかどうかまでは判明しませんけれども。
撃ちました効きませんでしたテヘ、という訳にもいかないでしょう。
魔法弾?
なんですか、それは?
上記の象をも打ち倒せそうな弾薬でも、マイルフィックのごとき大悪魔やワードナのごとき大魔法使いのまとう障壁を破れるかどうかはわかりませんけれども。
補助的な戦闘員としてならば、銃火器遣いは有利な状況をしばしば生み出すことも可能かと考えます。
いわゆる、中ボスくらいの敵対者までは上手く倒せるかも知れません。
えっ?
アンチマテリアルライフル?
これなら、マイルフィックやワードナも倒せる?
迷宮内のような、閉鎖空間では使わない方がいいような気もしますけれども。
取り回しが大変でしょうし。
費用対効果に見合いますか?
一発銅貨七枚か八枚相当だとなんとかなるのかしらん?
どうやって持ち歩くのですか?
荷物係は必須になるでしょう。

《射手は二人》
中口径小銃または連発性の高い散弾銃を使う射手と、小口径小銃または連発性の高い散弾銃を使う射手との計二名が最低必要かと愚考します。
近接戦闘主体ならば、散弾銃の方が有利かも知れません。
即応性を考えると、敵対者が人系なのか獣系なのか二二口径で充分なのか三〇口径が必要なのか散弾銃が適切なのかで即時に対応出来ることも必要でしょう。
経費の問題もあります。
二二口径で充分な相手に三〇口径の弾薬を使うとオーバーキル(過剰殺傷)ですし、逆は無駄弾になってしまいます。
非常に予算が潤沢で、経済的に裕福な場合は別ですが。

《費用対効果》
仮に二二口径の弾薬が一発銅貨一枚相当として、これを一日の戦闘で平均六〇発使うとします。
銅貨六〇枚が一日の費用ですね。
さて、一日の稼ぎは幾らでしょうか?
銅貨一〇〇枚が銀貨一枚として、一日の戦闘に対しては銀貨一枚の稼ぎでなんとか凌げると仮定した場合、必ずそれだけの稼ぎが無いと不味いことになります。
下手をすると、組んだパーティーでもかなりの金食い虫になるでしょう。
射撃の腕が今一つならば、状況は更に悲惨となります。
弾を安く仕入れることが出来たらよいのですが、不発弾が多く混ざった場合は命に関わってきます。
『安物買いの銭失い』ならぬ、『安物買いの命失い』ですね。
仮に命が助かったとしても、信用を失うことでしょう。
バーゲンセール中心か放出品を狙うか、薬莢や弾頭や火薬や雷菅を別々に買って自作するか。
そもそも、そんなことが出来得る環境なのでしょうか?
出来るとするならば、それはどこかいびつな世界ではないでしょうか?

《発射音と発射炎》
銃火器は発射時に大きな音を立てて、銃口付近に瞬間的な炎が見えます。
これをどう抑えるか、どう出来るかが銃火器遣いの重要な課題でしょう。
減音器(サプレッサー)を使ったり、魔法的な静粛化を使ったりなどが出来れば問題の多くが超えられるかも知れません。
費用や経費が見合えばいいのですが。

《供給》
弾薬の供給は勿論、替え銃身や場合によっては銃火器そのものの買い替えも視野に入れないといけません。
では、それは誰が出来るのか?
どのようにして、出来るのか?
『エリア88』のマッコイ爺さんみたいな武器商人がいるのか?
不発弾を押し付けられるのか?
なんちゃって中世ヨーロッパ的な異世界へ銃火器を持ち込むことがそもそも出来るのか、という課題を乗り越えたとしても次々に課題はやってきます。
自由自在に銃火器並びに弾薬関連製品を召喚或いは引き寄せられる能力があれば、こうした問題は対応可能です。
しかし、その対価はなんでしょう?
代金は?
代償は?
なんの対価も無しに自由自在に銃火器を異世界へ持ち込めるだなんて、どうにも胡散臭い話に思えます。
作用があれば、反作用がある筈です。
無敵で弱点無しの存在は無いのですから。
もしかしたら、知らない間になにかを失っているのかも知れません。



《仮結論》
射手は基本的に二名、荷物係は最低一名を用意。
銃火器や弾薬は安定供給されていて、費用対効果に見合うものでなければ使いにくい。
銃の発する音と光(炎)をどう出来るか?
それらの条件をすべて消化出来れば、銃火器遣いは異世界に於いて実用的な存在になれるでしょう。
たぶん。




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はや、やさしき初夏は微笑む



一級管理神はこの頃、目を覚ますという楽しみに耽(ふけ)っている。
其処は神の座所(すわりところ)。
神々の本拠。
本来眠る必要は無いのだが、眠ってから目覚めると案外楽しいものだ。
神は夢を見ない。
もしも夢を見ることが出来たなら、それはとても興味深いことではないだろうか。
丁寧な職人技が光る寝台から降りて、一級管理神はメイドの姿をした四級管理神の手を借りて衣服を整える。
最近、一級管理神は人の真似を行うのが趣味になっていた。
それは四級管理神たちからの報告書を読み、異世界の小説や漫画などを読むようになってからのことだ。

一級管理神は花々が鮮やかに描かれた壁紙に囲まれた部屋へ入り、精緻な作りの椅子に腰掛けた。
机はミッドセンチュリーな感じのもので、ハワイにて購入されたもの。

最初に出されるのは、ドングリクッキーとトルコ式のチャイ。
それをゆっくりと楽しむ。
焼菓子は部下の手作りだ。
目覚めの一杯を堪能する。

出来立ての朝食が運ばれてきた。
神の座所に本来朝も昼も無いが、一級管理神は自身の座所と管理する世界を現在進行形で同期させていた。
朝昼晩の概念を取り入れるようにもしている。
信頼していた部下たちの失策がその原因とも言われているが、一級管理神は黙してなにも語ろうとしない。

数々の逸品が、一級管理神の目の前に並べられてゆく。
栃木県は御料牧場の低温殺菌牛乳と奈良県産の蘇。
乳製品のカルグルトには銀の匙が添えられている。
ブルーベリーのソースを掛けた自家製ヨーグルト。
ぱちぱち音を立てている、焼きたてのクロワッサンにトラピストバター。
青森県産のトマトジュースにタバスコ。
鹿肉の腸詰めと熊の血の腸詰めとを炙(あぶ)ったもの。
とある四級管理神手製のチーズ。
愛媛県産の蜜柑を搾った果汁水。
長野県産の林檎を搾った果汁水。
ワカメと麩の赤味噌おみおつけ。
干し果実やトリプルベリーが入ったシリアルのキウイソースかけ。

それらは、英国で作られていた頃のウェッジウッドの食器に盛られていた。
戦前の銀のフォークやナイフやスプーン。
優雅に食べ始める一級管理神。
新鮮な卵を使った、大阪式ミルクセーキ。
これもなかなか旨い。
某四級管理神たちが飲んでいたバナナ・シェイクもおいしそうだったので、明日の朝はそれにしようと一級管理神は思った。


食後は紅茶。
本日はアッサム。
北海道は八雲町の低温殺菌牛乳を添えて。
日本式カスタード・プリンを食べながら、一級管理神は下界の部下たちへ思いを馳せる。
部下たちは今日、なにを食べているのだろう。
報告書にはなにを食べたか、詳細に書くよう求めている。
知らぬことも楽しみのひとつか、と期待を込めて考えた。

そして、一級管理神は部屋の片隅の鳥籠で小さくなっている二級管理神たちや三級管理神たちへ慈愛溢れる眼差しを向けた。
邪気無き、無垢な面持ちで。



 

 

 

まだ暗い時間帯にこそっと起きる。

隣のユキノちゃんはまだ寝ていた。

半不死者にも睡眠は必要みたいだ。

よくわからないが、そういうものなのかもしれない。

紆余曲折はあったけど、再会出来てよかったと思う。

 

ウニモグを魔改装して作られた超高性能系高走破的高級キャンピングカーのウスケシから外へ出ると、ひんやりした夜気が身を包んだ。

獣の類の気配は感じない。

高性能過ぎる体の機能は、まだまだ不明点が多かった。

季節は初夏だが、夜明けは肌寒い。

濃緑色のジャージを着ているけど、これはユキノちゃんとお揃いにさせられたやつだが、そのジッパーをしゅっと引き上げて喉元まで生地で覆う。

ジャージの下には、陸上部の子が着ているような運動着を身に付けている。

最初見た時はびっくりした。

おっさんは最近の陸上部を知らなかったので、なんという破廉恥なものを着ているんだと思ったものだ。

ユキノちゃんは元々陸上部だったそうで、そのなんだかエロい感じさえするスポーツブラめいた上半身の装備と変形ブルマみたいな下半身の装備とに違和感は無いそうだ。

恥ずかしくないの? と聞いたら、首をかしげられた。

うん、おっさんには意味不明です。

しかしまあ、曲線が浮き出るなあ。

今の肉体はワガママボディなのだ。

まだ違和感が大きく慣れない感じ。

シカリはまったく気にしていない。

まあ、四級とは言え、神様からすると私たちの姿恰好は全然気にならないのだろう。

たぶん。

 

ノームお助け隊がこさえてくれたかまどの種火をがさごそ掘り起こし、薪をくべた。

闇の中で、ぼんやりと火が点き始める。

なんとはなしにほっとする文明の火だ。

戦国時代のものという備前焼の大瓶(おおかめ)から水を汲んでケトルに注ぎ入れ、湯を沸かし始めた。

この水は、ルサールカという精霊が用意してくれているのだとか。

女性の精霊で、元は人間らしい。

シカリによると、魔力が高く素質のある人間から精霊に至ることは稀にあるという。

世を深く恨む者は悪霊に、そうでない者は精霊になる可能性が存在するのだという。

ちなみに魔女級の存在が悪霊になったら、それはもう大変らしい。

ルサールカにまだ会えていないけど、会った時は挨拶しておこう。

湯の沸くまでに銃器を用意し、弾倉へ丁寧に弾込めしてゆく。

闇エルフの特性なのか、夜目が効くので作業は問題なかった。

茶葉や茶器を用意し、一人きりのお茶の時間を準備し始める。

湯が沸いた。

トルコ式チャイを作って飲んで、シカリが作り置きしてあったドングリクッキーを食べる。

旨い。

クッキーは香ばしくて素朴でやさしい風味だ。

チャイもなかなかよい味わいである。

夜空には、無数の星々が瞬いていた。

 

銃と弾や手入れ道具を入れた箱を持って、シカリが設置している射撃場への扉を開いた。

別空間の異界。

夕暮れの荒野。

然程暗くない。

一人たたずむ。

さて撃とうか。

 

.22LR(ロングライフル)を一六〇〇発ほど撃つ。

パチンパチンと音を立て、金属片が空を飛んでゆく。

焦らず、しっかり、じっくりと。

中古のスターム・ルガーの小銃三挺を代わる代わる使い、五〇メートル先の的を狙った。

それなりに当たるが、全弾狙ったところに命中とまではいかない。

いつの間にかそこかしこにいたノームお助け隊の面々が、進んで補助してくれる。

彼らはぴょんぴょんと軽やかに飛び回っていた。

近寄ってきた子たちをやさしく撫でる。

ありがたいことだな。

まだまだ腕前は微妙。

練習練習また練習だ。

若葉マークだからな。

やがて、射ち終えた。

射撃場から出ると何故かユキノちゃんが扉の前で待ち構えていて、不機嫌な様子でぽかぽか叩かれた。

少し痛かった。

解せぬ。

 

外はまだ暗い。

何処かに出掛けていたらしいシカリが戻ってきて、朝食はシアトリアで食べようと言い出した。

それはいいですね、と我々も即座に呼応する。

ノームお助け隊が地面を勃起させ起動させた土驢馬にそれぞれ乗って、ぽっこりぽっこり草原を進んだ。

夜がどんどん明けてゆき、青黒い空が白み始めてやがて青くなってゆく。

 

初老のドワーフな外装仕様の世話焼き四級管理神一柱。

中の人は四〇代なおっさんの両性具有系闇エルフ一名。

ゾンビ四分の一の怪力的半不死者な元女子中学生一名。

変わったパーティだな。

三名とも野戦服仕様だ。

おっさんくさいとも言う服装だ。

実用性は高いが、女子力は低い。

女子力とやらを上げた方がいい?

やり方はちっともわからないが。

 

私の武器はシカリと同じ散弾銃。

彼が調整し直してくれた、元の世界から持ち込んだブローニングの古い銃身後退式の銃器。

リコイル・オートとも言うらしい。

帆布製の小銃用鞄へと入れてある。

ユキノちゃんはひのきの棒+8を装備している。

うむ、由緒正しき初期装備だなや。

違うかな?

 

 

要塞都市シアトリアが見えてきた。

でかい城壁が都市を覆っているぞ。

二〇〇年ほど昔は二〇万を超える人口がいて、帝国北西の要衝として大変重要な役割を担っていたらしい。

軍都って言えばいいのか?

旭川みたいなところかな?

第七師団みたいな精強部隊が守備しているのか?

都市の形は六稜郭仕様だ。

星の形をしているらしい。

少し離れた場所に四稜郭(そこは城塞のみだ)があり、いざ開戦となったら連携して援軍が来るまで持ちこたえていたそうな。

難攻不落を誇る堅牢要塞。

だが、それも今は昔の話。

今はのどかな田舎の街だ。

隣接する他国の都市からも、普通に人が訪れる場所とか。

継戦能力のある国家など、どこにもありはしないそうだ。

連合してもすぐ瓦解するだろうとは、シカリの弁である。

 

「そりゃあ、大昔はよその大陸にある国家と喧嘩出来るくらいの体力があったらしいんじゃけど、今ではそがあなことは出来やせんのじゃ。そもそも、人口ががた減りじゃからな。」

 

近隣の村々から来ただろう、素朴っぽい感じの人々の列に混ざって順番待ちする。

 

「都市への入場料ってどれくらいかかるんですか?」

「さあなあ? ワシはずっとこれであちこち通っとったからのう。」

 

ごそごそと懐をまさぐっていたシカリがほれ、と古びた羊皮紙を取り出した。

相当な年代物ですね、わかります。

 

「それは、今も使えるんですか?」

「それを今から確かめるんじゃ。」

 

出たとこ勝負だった。

オーマイガッ!

 

 

後方からなにかが、のそりのそりと歩いてきている。

目を凝らす。

あれは獣だ。

四つ足の獣。

馬でも牛でもない。

……え?

それはまごうかたなき恐竜だった。

トリケラトプスみたいな獣だった。

…………はい?

 

「シカリ。」

 

小声で前方の四級管理神に話しかける。

ユキノちゃんは目を真ん丸くしていた。

 

「なんじゃ。」

「恐竜が近づいてきています。」

「そうじゃな。」

「あの、もしかして、この世界には恐竜が今も生息しているんですか?」

「そうじゃよ。」

「えええええ。」

「驚くほどのことかの?」

「驚くようなことです。」

 

のそのそと歩いてきた恐竜は、その、なんというか、人なつっこい感じがした。

やさしげな瞳でこちらを見つめている。

いかん、なんだか触りたくなってきた。

彼女だか彼だかは荷車を引いていて、その荷車には少し年かさのお姉さんが座っている。

近隣の村からなにか売りに来たみたいに見えた。

たぶん、そうなのだろうな。

 

「のう、お姉さん。」

 

シカリが女性に話しかけた。

 

「おや、ドワーフかい。今時珍しい。なんだい、あたしになにか用かい?」

「なにを売りに来たんか、聞こうと思ってのう。」

「近くの村から、野菜や果物を売りに来たのさ。」

「見せてくれるかの?」

「いいよ。」

 

新鮮な野菜や果物が籠に入っている。

どれもこれもがおいしそうな感じだ。

匂いたち溢れたつ、畑や果樹の恵み。

 

「ほう、どれもよさそうじゃな。」

「わかるかい?」

「わかるがな。これらを全部買(こ)うてもええか?」

「お得意さんたちが中にいるんでね。その人たちが買った後ならかまわないよ。」

「では、その時に買わせてもらうけえ、よろしゅう頼むわ。」

「こちらこそ頼んだよ。」

 

商談、はや!

朝摘みの苺を一粒食べさせてもらった。

旨い。

歯ごたえしゃきしゃきで、酸味がきっちりしている。

うむ、これは全部買いですな。

 

門が見えてきた。

隊長らしき老人がこちらを見て、驚愕したような顔立ちになる。

彼は歳を感じさせない動きで我々の方へどどっと走ってきて、四級管理神の手をがっしり握り締めた。

 

「シカリさん! シカリさんじゃないですか!」

 

ぶんぶん手を振る老戦士。

 

「ワシを知っとるんか?」

「ハンスです! ほら、何度もヨイトマケ村で遊んでもらったじゃないですか!」

「はなたれのハンスか?」

「そうです、ハンスです。はなたれ小僧が今では、この街の騎士隊隊長ですよ。」

「でえれえ出世したなあ。」

「これもみなシカリさんのお陰です。」

 

話が盛り上がる。

詰所で通行証の書き換えをしてもらえた。

かなり古い形式らしく、今も一応通用はするらしい。

騎士隊隊長の署名が為され、保証される。

シカリは彼にとっての大英雄らしかった。

べた褒めな程に称える隊長と、以前から聞かされていたらしくほほうと感心する騎士たち。

街の人たちもさりげなく聞いている。

わーい、あっという間に有名人だね。

噂の拡散速度は如何程のものだろう?

伝説の英雄みたいに言われ、四級管理神は非常に居心地悪そうな表情をしている。

結局、彼は老隊長と夕食の約束をした。

老騎士はめちゃめちゃ張り切っている。

なんだか急激に若返ったかにも見えた。

きらきら輝いてさえいる。

おそるべし、シカリ効果。

 

三頭の土驢馬は、騎士隊の詰所に隣接する厩舎で預かってもらえることになった。

どうも失われた技術の魔道具だと思われたらしく、騎士たちが次々に触っている。

シカリが認識阻害の術をかけているので、少し変わった代物くらいに感じるとか。

 

さあ、やっと朝飯にありつけるぞ!

 

 

シアトリアの中に入った。

流石に防衛設備関係の場所には行けないけれども、案外あちこち歩けるみたいだ。

赤い屋根の石造りの建物がずらりと並んでいた。

文化的な雰囲気が漂っている。

朝市らしきものが見えてきた。

天幕が幾つもあって、露店商が何軒も何軒も軒(のき)を連ねている。

けっこう長そうだ。

高知城近くの朝市を連想する。

 

「さて、朝飯を喰うか。」

「あんたら、朝飯を食べに来たのかい?」

 

先程のお姉さんが近づいてきて、我々に話しかけてきた。

 

「そうじゃ。他人の作った飯もええもんじゃけえな。」

「シアトリアは初めてかい?」

「この二人は初めて、ワシは久しぶりじゃ。」

「シアトリアに来たなら、珈琲だよ。」

 

丁度、珈琲を淹れる匂いが漂ってきた。

おっさんやらお姉さんやらあんちゃんやらお嬢ちゃんやらが店頭にわらわら寄って、珈琲を飲んでいる。

自前の珈琲茶碗を持っている人もいた。

 

「それと、ハンバーガーも旨いよ。」

 

ハンバーガー!?

そういうのもあるのか?

 

「ほう。」

「挽き肉にした鹿肉と豚肉を程よく混ぜるのがコツなのさ。それと、腸詰めを使ったホットドッグもイケるよ。」

「それは旨そうじゃ。」

「せっかく、シアトリアまで来てくれたんだ。地元民も食べてるとても旨いもんを、客人に食べて欲しいのさ。」

「じゃあ、お勧めに従うとするわ。食べ終わったら買いに行かせてもらうけえ、よろしゅう頼むで。」

「任せときな。」

 

彼女に勧められたので、人がよく買っている店でハンバーガーを購入する。

古新聞に包んだものを渡された。

パンは素朴で荒っぽい感じもあるが、それがいい。

口に入れると、じゅわーと肉汁が滲み出してくる。

うむ、こいはまっことよかもんじゃ。

ハンバーグは塩味がきちんと付けられていて、味に深みがある。

森の恵みが感じられた。

玉葱とパン粉と卵とベーコンが、材料に使われているみたいだ。

マッシュルームぽいキノコも入っていて、なかなかに旨かった。

シカリとユキノちゃんはホットドッグを食べて、こちらも満足度が高かったらしい。

ユキノちゃんと互いにアーンしあっこした。

この腸詰めも旨い。

もしかしたら、シアトリアは美食の街なのかもしれない。

 

 

ぶらぶら歩いていると、『RR』と記された天幕の店が見えてくる。

レッドリ……いやいやまさか。

異世界のアルファベットが生き残っているのか?

或いは、こちら独自の単語なのだろうか?

珈琲と揚げ物の匂いの双方が漂ってくる。

シカリに話しかけようとしたら、お店の子から声をかけられた。

 

「アールアールカフェへようこそ。」

 

お仕着せっぽい服を着た若い赤毛の女の子が、我々に向かって微笑んだ。

 

「ここにしようか。」

 

シカリが当たり前のように天幕の中へ入ってゆく。

続けて中へ入った。

きちんと並べられた机と椅子が目に入る。

四級管理神はその椅子のひとつに座った。

その向かい側にユキノちゃんと並び座る。

整頓された雰囲気がした。

この店はたぶん当たりだ。

きちんとした配慮が隅々まで届いている。

 

「珈琲とドーナッツでいいですか?」

 

彼女が聞いてきた。

 

「他にはなにかあるかのう?」

「チェリーパイがあります。」

「じゃあ、それも貰おうか。」

 

微笑むようにやさしき初夏の風吹く中、我々はおいしい珈琲とドーナッツとチェリーパイを堪能した。

珈琲は酸味が程よく、苦すぎない味わい。

ドーナッツはかりっとして中はふんわり。

チェリーパイはざっくりした生地と甘酸っぱいサクランボの砂糖煮が、とても上手く絡み合っている感じがする。

揚げ物が普通に食べられるってことは、油の生産量がけっこう多いってことかな?

食べ物が豊かってのは、とってもいいことだと思う。

 

ふと、空を見上げた。

快晴の透き通る青空が見える。

今日もいい天気になりそうだ。

 

 





昔、『ツインピークス』というTVドラマがありました。
放映当時に観たのではなく、レンタルビデオにて後追いした感じで視聴したのですが、その世界観は今もわたしの中で根付いているようにも思われます。

アメリカの田舎町を舞台として物語が繰り広げられるのですけれども、その中で町の人々が訪れるダイナーは大変重要な役割を担(にな)っています。
ダイナーとはアメリカ版簡易食堂というか大衆食堂のようなところで、日本的に表現するならば、軽食も出す喫茶店みたいな感じとでも言えばいいのかも知れません。
カイル・マクラクラン氏を主役に据えたことは、この作品にとってとても幸運なことになりました。
雰囲気のある俳優が演じることによって、独特の世界観が更に強められたからです。

マクラクラン氏演ずるクーパー捜査官は、町のダイナーで提供される珈琲とドーナッツとチェリーパイに嵌まります。
嵌まり役の人がハマった訳ですね。
これがもう、役者魂の炸裂と演出の妙技と映像の奥深さとが、まるでがっちり手を組んだかに見えたものです。
彼がおいしそうに珈琲を飲み、チェリーパイに舌鼓を打ち、ドーナッツをむしゃむしゃ食べる様は数あるドラマの中でも影響力の強さに於いて屈指のものではないでしょうか。
おいしそうだなあ、と思いながら見ていました。

そんな風景をどこかで描きたかったのですが、今作でそれが出来て嬉しく思っています。



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ひっそりと逝け、戯れる雲よ

 

 

シアトリアの騎士隊隊長たるハンスさんの家でいただいた夕食は、家庭料理のやさしさ満開で慈味に溢れて大変おいしかった。

野菜や肉団子を煮込んだシチューに、みっしりどっしりしたもちもちパン。

キャベツの酢漬けに焼いた腸詰めに蒸した馬鈴薯。

とどめは四種類のチーズを使ったケーキ。

麦酒は雑味が殆ど感じられず、それはとても現代的な風味みたいだ。

まるで、ビール純粋令発布後の酒精のようである。

昔の話だが、麦酒にこだわる異世界人たちが地元勢の心を動かし、やがてその情熱は旨い酒として結実したという。

ええ話や。

窓には硝子が嵌められているし、火縄銃もあることからかなり文明的に進んでいるのだろう。

銃火器は今も前装式で技術的にどうのこうのとシカリから聞かされたが、なにがなんだかさっぱり分からない。

個人で大量に人を殺せる兵器が作られていない社会だというのは、なんとかわかった気がする。

 

ハンスさんによると、春先より街の北部の山に熊が出るそうだ。

なかなか狡猾な獣らしく、既に猟師二名と近隣の村の住人八名が犠牲になっていた。

騎士隊が何度か出動したそうだが、すべて空振りだったという。

 

「殺らにゃあおえんのう。」

「殺らんといかんのです。」

 

現在山は人の出入りを禁止しているが、このままではこっそり出向く者が出てくるだろう。

人の味を覚えた熊は、早々に撃ち倒さねばならない。

そう教えられた。

山のことを知らない者では、なかなか熊を倒せない。

いや、返り討ちに逢う可能性すらある。

街中に出てくるまでに被害が拡大するおそれもある。

ならば、我々が倒すしかないのだろう。

夏の熊は春先よりも強くなるのだから。

 

 

その翌日。

夜の間に拠点を引き払い、ウニモグのキャンピングカーで移動する。

シアトリアの北へ向かい、街から歩いて一日程の距離にある林でシカリは高性能車を停車させた。

ぽっかりと開いた、けっこう広い空間。

闇夜を見通す目だとそれがよくわかる。

 

「ここを宿泊地とする。以前にもここで宿泊したけえ、使い勝手はわかっとる。」

 

シカリが宣言した。

街道にキャンピングカーの前面が相対するように停車し、車から降りると既にノームお助け隊の妖精たちがぴょんぴょん飛び回って石を片付けたり枯れ木を集めたりしている。

仕事が早い。

キャンピングカーに隣接して、方形の土塁が勃起する。

縦横それぞれ二〇メートルくらいか。

高さ五〇センチ、幅二〇センチってとこかな。触ってみると固い。カチカチだ。

陣地みたいだなあ。

 

「ゲルを作るぞ。」

「ゲル?」

「モンゴル式の移動住居じゃな。」

 

簡易住居の製作に取り掛かる。

円形の絨毯を先ず敷いて、その縁を折り畳み式の木の柵みたいなもので取り囲んでゆく。

大黒柱みたいな明かり取りを真ん中に起き、石炭ストーブを設置。

柵と大黒柱を何本もの棒で繋ぎ合わせ、玄関の扉を付ける。

しかる後に羊毛製の不織布(ふしょくふ)を全体に被せ、更にその上に防水加工された帆布を被せる。

この帆布は倉敷帆布の特注品とか。

家具やら寝具やらなんやらを運び込んだら、そこで完成。

手慣れると一時間ほどでも出来るらしい。

 

出入口は木の枝を三本合わせて作った柱が二つ並ぶ上に、横棒を通す形。

その横棒には、『シカリ隊宿泊地』と日本語で書かれた板が付いていた。

 

ウニモグの傍に旗が立てられる。

風向きを知るためのものだとか。

 

風下に、焚き火台が設置される。

ノームお助け隊の作ったおよそ一メートル四方の方形土塁の両端へY字になった枝を二本地面に刺し、そこへ横棒を通すと出来上がり。

石窯もいつの間にか出来ている。

 

ゲルの隣に商売用のテントを張り、タープと呼ばれる帆布の天井を作る。

こちらは尾道帆布の特注品だとか。

妖精たちが瞬く間に、土の机や椅子までこさえてゆく。

なんとまあ、おったまげることよ。

てきぱきと作業が進み、空が明るくなった頃には作業が完了する。

シカリが早速、ドングリクッキーを焼き始めた。

 

 

 

熊退治が決定したので、三〇口径級の小銃に慣れるようにとシカリから通達された。

いつもの夕暮れの荒野の射撃場。

シカリの所有する特別製の空間。

 

「兎に角、今日一日撃ちまくれ。撃っている内に慣れてくるけえ。」

 

どさどさと、何挺もの猟銃と軍用小銃が射撃場に設置された平台へ置かれる。

どかどかと、何種類もの弾薬と銃器の使用説明書やお菓子も置かれていった。

 

「この二挺のM1ガランドは第二次世界大戦末期製造品で、行きつけのホームセンターでボロいのをもろうてきた分じゃ。銃身の螺旋溝は二本じゃがまあそれなりに当たる。使用する弾は.30-06で、これはホームセンターの店長が自分で手詰めしたもんじゃ。なにしろ安かったんじゃが、動作性は心配せんでええ。ワシ自身が何度もつこうとる。反動が強いんで気をつけるように。」

「わかりました。」

「こっちの小銃は、ロシア製のM91モシン・ナガシン。かなりくたびれとるが、まあ使えんことも無い。体制崩壊に合わせてこういうのをごろごろ手に入れたもんじゃ。後で、第二次世界大戦時に女性兵士が着とったのと同じ仕様の軍服を出すけえ、服はそれを着ればええじゃろ。どれも新品じゃから、安心せえ。で、こいつの弾は7.62ミリ×54Rロシアン。日露戦争時のロシア軍の主役を張った弾じゃな。メリケンでも、この小銃は生産されたことがあるんじゃ。この弾薬の威力は.30-06級じゃけえ、軍用としてはかなり強い部類に入る。」

「ほほう。」

「こちらはオーストリア製のFALとドイツ製G3。戦後第一世代の軍用小銃じゃな。どちらも軍で破棄予定じゃった分を回してもろうた。銃身は交換済みじゃ。これの弾は.308NATO。今も軍用として狙撃銃や機関銃で使われたりしとる。狩猟用としては汎用性が高く、中型の獣までを打ち倒せる威力がある。で、こっちが本命のブローニング・オート・ライフル。この二挺も三〇年ものでかなりくたびれとるが、どちらも部品取り用じゃから気にせず撃て。口径は.300ウィンチェスター・マグナム。並べた弾薬の中では一番強い威力を持つけえ、気を引き締めて撃つんじゃぞ。グリズリーくらいの相手をも倒せる弾じゃということを忘れんようにの。さ、撃て撃て撃ちまくれ。」

 

合計七挺。

用意された四種類の銃弾を次々に銃本体やら箱形弾倉やらに装填し、ばんばん撃ち始める。

射撃用眼鏡を掛けて、耳当て附けて。

闇エルフ仕様の耳が少し尖っているので、耳当ての中に押し込む感じにした。

左隣ではユキノちゃんが、イタリア製の散弾銃を練習し始める。

どっしり安定した感じで撃てているみたいだ。

四分の一ゾンビという肉体が効果的なのかな?

ちっこいノームお助け隊がどこからともなく現れ、射撃の手伝いをしてくれる。

ありがたいことだ。

 

銃によって反動やら撃ち具合やらが異なるので、感覚がなかなか掴み辛い。

午前中は兎に角、全種の銃を撃ちまくる。

ボルト式小銃より、反動利用式小銃の方が撃ちやすい気がしないでもない。

当たり具合は、似たり寄ったりてとこか。

 

平台に用意されたシリアルバーやエナジーバーなどをぼりぼり食べながら、各銃の使用説明書を読みつつ射撃してゆく。

ユキノちゃんと食べ物を取りかえっこしたり、妖精たちに分け与えたりした。

携帯糧食とも呼ばれる簡易食品はメリケン製で多種多様な製品があるのだけれども、微妙な味付けのものも少なくない。

冷凍冷蔵庫に入っていた低温殺菌された畜大牛乳で胃の腑へ流し込みながら、鉄砲を撃ってゆく。

冷凍庫には畜大牛乳アイスクリームもあったので、妖精たちと一緒においしくいただいた。

 

 

午後になって、拳銃を追加で渡される。

新宿の種馬とか宇宙海賊とか怪盗の仲間とかが撃ちそうな口径の円筒型弾倉式拳銃。

 

「いざという時のサイドアームズじゃ。ほれ、ゆうじゃろ。拳銃は最後の武器じゃって。」

「はあ。」

 

やだなあ、いざという時って。

 

「ちとボロくなっとるが、いずれもまだ撃てる。兎に角、練習あるのみじゃ。」

「付け焼き刃でなんとかなるんですか?」

「やらんよりはずっとマシじゃ。」

「うわあ。」

「左から、スターム・ルガーのセキュリティ・シックス、S&W・M586、コルト・トルーパーMkⅢ。本番用のスターム・ルガーのスーパー・レッドホーク。ほれ、撃て撃て撃て撃ちまくれ。」

 

新たに四挺の拳銃が仲間に加わった。

君たちは火を吐くフレンズなんだね。

 

「いずれも対人目的では強力な.357マグナムを使用するが、狩猟目線で考えるとそれはそんなに強力でもない。」

「はあ。」

「.357マグナムが使える円筒型弾倉式拳銃は.38スペシャルとの共用性があるけえ、先ずは.38スペシャルの強装弾である+Pを撃ってゆけ。それに慣れたら、今度はマグナムを撃ちゃあええ。ほれ、これがこれらの使用説明書じゃ。ワシはちと周辺の害獣駆除に出掛けてくる。」

 

大量の弾丸とドングリクッキーとを渡される。

シカリはノームお助け隊がこしらえた土驢馬に乗って、パカパカと出掛けた。

我々がいない間の宿泊地は認識阻害がかけられているので、大丈夫だそうな。

 

熊退治に向かう日がやって来た。

朝から雨が断続的に降っている。

地面がぬかるんでいるので、足元に気をつけなくちゃな。

ウニモグ内の台所にある調理用加熱器で熱せられたお湯を使って、アマノフーズの豚汁を作って飲む。

シカリは茄子の味噌汁、ユキノちゃんはほうれん草の味噌汁。

昨日焼かれた平たいパンにチーズを載せ、はぐはぐと食べた。

低温殺菌された八雲町の牛乳を飲んで、食器を片付け始める。

 

第二次世界大戦当時の、ソヴィエト軍女性兵士仕様の軍服に着替える。

古い服かと思ったのだけど、シカリが言ったようにまるで新品みたい。

不思議だなあ。

隣でユキノちゃんも同じ服に着替えている。

下着姿(それは彼女とお揃いだ)になって、カーキ色のシャツとズボンを身に付けた。

ベルトに銃嚢(じゅうのう)とも呼ばれるホルスターと弾入れと小物入れを付け、腰に巻いてゆく。

防水加工された外套を羽織り、出撃準備を調(ととの)える。

 

ブローニング・オートマチック・ライフルの固定弾倉を開き、小銃弾を丁寧に装填する。

送弾不良は困るからな。

弾倉を元の状態にし、暴発を防ぐために薬室への送弾は行わない。

小銃の予備の弾をバラで弾入れへ落とし込み、ゴツい円筒型弾倉式拳銃を腰の銃嚢に入れる。

拳銃用の予備弾は、再装填を早めるためのスピード・ローダーと呼ばれる器具に詰め込んだ。

これを使うと、五秒間で排莢と弾込めが可能になるらしい。

これは二つ用意した。

アイヌが使っていたという小刀のタシロも腰に差し、小銃を防水加工された帆布の収納具に入れて肩に掛ける。

ええと、後持ってゆくものは、と。

そうだ、ドイツ製の双眼鏡もいる。

携帯型光学式距離計も持たないと。

水筒にお茶を入れ、小物入れに一口羊羹やエナジーバーや飴ちゃんなどを入れてゆく。

これでいいのかな?

 

シカリは、なんともでかい円筒型弾倉式拳銃を磨いていた。

スターム・ルガーのスーパー・レッドホークの.454カスール仕様だとか。

銃身は9.5インチだから、二四センチ少々か。

シカリ曰くアメリカ人の浪漫嗜好が生み出したアホの使う弾らしく、威力はとんでもないという。

 

「反動は滅茶苦茶強い、発射時に発生した有毒ガスが銃の隙間から射手へ直撃する、.44マグナムを使ってもアホ扱いされるのにそれを遥かに上回る威力。まさに、アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための弾じゃ。」

「はあ。」

 

そして我々はノームお助け隊が用意してくれた土驢馬に乗って、熊退治に出撃した。

 

 

土砂降りではなく、ぱらぱら降る感じの雨。

我らは森の中へ入ってゆく。

妖精たちは索敵に出掛けて時折戻ってくるものの、結果は出ていないようだ。

 

「足跡がこの雨で消えとるかもしれんし、狡猾な奴じゃったら足跡そのものが欺瞞(ぎまん)じゃからなあ。しかし、フンすら見当たらんゆうのは腑に落ちんなあ。」

「フンですか。」

「生きとったらするじゃろ。」

「そう言えば、そうですね。」

「森の中が静か過ぎるのも気に食わん。」

 

 

ナニかがいる。

 

「シカリ。」

 

四級管理神が呻(うめ)いている。

のそのそと近づいてくる熊。

 

「まさかの遭遇戦か。二人とも、射撃の用意をせい。しかし、生きもんの気配が全然無かったじゃと? なんでじゃ?」

「シカリ。」

「なんじゃ、シュマリ。」

「あの熊、吠えませんね。」

「吠えん? ん?」

「あの熊、走りませんね。」

「走らん? ん?」

「あの熊、なんだか動きがぎくしゃくしていませんか?」

「ぎくしゃくしとる? ん?」

 

携帯型光学式距離計で距離を測る。

 

「距離、三八七メートル。」

「吠えもせん、走りもせん、ぎくしゃくしながらこっちへ来とる……まさか、まさか……そんな筈は……。」

「シカリ、どうしますか?」

「試しに一発撃ってみる。」

「熊が逃げませんか?」

「ワシの推測が当たっとったら、アレは逃げん。いや、そうなるとかなり不味いのう。」

「えっ?」

「薬室に弾を送り込んどけ! よし!」

 

シカリが電光石火の動きでボルトを動かし、三八式小銃機関部利用の猟銃を素早く構え、狙い定めて撃った。

それは、流れるように美しい所作だった。

パァン!

7ミリウェザビーの高速弾が熊に当たる。

流石の腕前だ。

ツァイスの双眼鏡で、しっかりと見えた。

 

「左目に着弾。動き変わらず。」

「変わらんじゃと?」

「ガスっぽい気体が口元から漏れているようにも見えますけど……あれは、この世界の熊ではよく見られるものなんでしょうか?」

「わかった! あれの中身は熊と違う!」

「はい?」

「あれの中身は……『継承戦争』で多く用いられた忌まわしい魔獣の生き残りじゃ。ガス・クラウドが、熊の体を乗っ取って動かしとるんじゃ!」

「えっ?」

「ちまちま何年も何年も倒して回っとったのに、逃げおおせた個体がおったんか!」

「シカリ?」

「二〇〇年近く生きとった魔獣じゃ。熊とは比べもんにならん程狡猾かもしれん。」

「ならば、我々の方へ向かってくるのはおかしくないですか?」

「ワシらを排除するために、奴は来とるんかもしれん。これが本能的なもんならやりやすいんじゃけどな。……奴はあまり賢くはねえんか? それにしては、長生きし過ぎとる。慢心禁止の油断大敵じゃな。」

「もしかして……かなり不味いですか?」

「わからん。そげな相手なぞと戦ったことなんて無いけえの。よし、三〇〇まで近づいたらワシがどんどん撃ってく。シュマリは二〇〇になったらどんどん撃ってけ。ユキノは五〇まで近づいたら、大型弾のスラッグ弾をどんどん撃て。」

「わかりました。」

 

ユキノちゃんもぶんぶん首を縦に振る。

彼女は大量の弾を装備していた。

気合いが入り過ぎかとも思ったが、これが今回よい方向付けになるかもしれない。

 

 

射撃が始まった。

 

「くう、.338ラプア・マグナムのウィンチェスターM70を持ってくるべきじゃったか!」

 

シカリが的確に、熊の目やら体やらに弾を当ててゆく。

中型小銃弾としては強力な弾を撃っているそうだが、相手が悪すぎたのだろう。

当たっても当たってもガス生命体の動きは止まらない。

頭蓋骨は頑丈なので、其処は当てない方がいいらしい。

 

「シカリ。」

「なんじゃ?」

「ガス・クラウドが用いる、主な攻撃方法はなんでしょうか?」

「確か、魔術師系呪文とガス状の体を活かした麻痺攻撃じゃ。」

「その有効射程範囲は如何程で?」

「さて、下位の攻撃呪文ならばまだ距離的に大丈夫じゃろうが、今の奴がどれ程の火力を持っておるんか見当も付かん。」

「つまり、双方で火力の撃ち合いになったら……。」

「近距離じゃと、下手をしたら負けるかもしれん。」

 

のそのそと尚も近づいてくる熊。

いや、ガス・クラウド。

熊の体に弾を当てても、それが致命傷に出来るかどうかが分からない。

相対距離が二〇〇メートルを切ったので私も撃ってみるが、弾が当たっても効いたように見えない。

ガス状の魔獣は、一体どうやって熊の死骸を動かしているのだろうか?

 

「のそのそ近づいてくるんで、猟師も村人も油断したとこを殺られたんじゃろうなあ。遺体を検分すべきじゃったか。或いはこっそり近づいて生気でも吸っとったんか。くっ、不覚。」

 

 

およそ六〇メートルの距離。

熊が突然、その姿を消した。

いや、熊は穴に落ちたのだ。

妖精たちが穴の回りで、ぴょんぴょん跳び跳ねている。

よく引っ掛けられたものだ。

 

「落とし穴? 流石はシカリです。」

「あれはノームお助け隊の判断じゃ。よくやったぞ、お前たち! よし、二人とも走れ! 穴の底へ向けて撃つぞ!」

 

ぴょんぴょん走って近づいてきた妖精たちの頭を撫でつつ、穴へ到達した。

かなり深い。

八、九メートルくらいありそうだ。

雨を避けながら、弾を再装填する。

 

「妖精たちよ、あやつを生き埋めにせい!」

 

声を出さない魔獣へ弾を放ってゆく。

土砂がどんどんと、被せられてゆく。

熊の足元は固められているみたいだ。

と。

たまらないと見たのか、分離したとおぼしきガスがゆらりゆらりと立ち昇ってきた。

 

「あのガスを撃て!」

 

ばんばん撃つ。

もがくガス体。

なにやら詠唱ぽい響きが聞こえる。

なんか不味い!

 

「逃げろ!」

 

散開する。

その瞬間。

ドカーン!

土砂を吹き上げながらの爆発が発生した。

 

「攻撃するために一番強力な呪文を唱えたんじゃろうが、あげな空間でガス体が火炎魔法を使ったらどうなるかまではわからんかったんじゃろうなあ。或いは熊自体が腐敗ガスを出して、余計に炎上したのかもしれん。」

「シカリ!」

 

私はシカリを突き飛ばし、腰の銃嚢に入れていたマグナム・リボルバーを抜くと穴の外へ出ていた魔獣へ六連射する。

ガス・クラウドは意外と近くにいたのだ。

危うくシカリが麻痺させられるところだった。

光の炸裂。

全弾命中。

咆哮するガス生命体。

それは、悲鳴なのか?

一瞬遅れて、シカリの.454カスールとユキノちゃんの放つスラッグ弾が魔獣を引き裂いた。

スラッグ弾は散弾銃用の銅塊だ。

鉛が標準らしいが、環境に配慮した結果、銅素材を使っているという。

ガス体にも有効打を与えていた。

拳銃左側面にあるボタンを押し、円筒型弾倉を銃本体の左側へと抜き出す。

使用済みの薬莢を拳銃から排莢し、スピード・ローダーで再装填してゆく。

弾倉を嵌め込み直し、もがき苦しむ魔獣へ新たな銃弾を放った。

シカリも再装填し始める。

ユキノちゃんが油断することなく、的確に散弾銃をばんばん撃った。

彼女の放つ何発もの塊が、魔獣の命の灯をどんどん小さくしてゆく。

 

やがて、使い捨ての尖兵としてはおそろしく長生きしたであろう魔獣がその生涯を閉じた。

 

「もしかしたら、この魔獣は死に場所を求めていたんじゃないでしょうか?」

「案外センチメンタルじゃのう、シュマリは。」

 

ユキノちゃんがぽんぽん肩を叩いてくる。

爽やかな一陣の風がさあっと吹いてきた。

雨が上がり、空には晴れ間が覗いている。

明日はたぶん、晴れるだろう。

 

 

ひっそりと逝け、戯れる雲よ。

 

 



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私の楽しみは愉快な狩りにて

 

 

 

雨がしとしと降ったり止んだりする今日この頃。

シアトリアより北に設けた宿泊地を拠点として、雨の止んだ時を狙って兎や鳥撃ちなどに出掛けている。

使う弾は.22LR(ロングライフル)。

三センチに満たない小さな弾だが、小害獣(バーミント)相手には充分な威力を持つ。

光学式望遠照準器と二脚が付いたスターム・ルガーの小銃で、パチンパチンと獣を撃っている。

低反動で当たりやすいのがとてもよい。

半人前以下の私では、さほど当てられないけれども。

まあ、その辺は致し方あるまい。

他は、ブローニングの古い銃身後退式散弾銃やシャープ・チバの空気銃。

腰には.357マグナム弾を使う、スターム・ルガーの円筒式弾倉型拳銃。

シカリの手入れのお陰で、いすれの銃も調子がよい。

未明の暗い内に撃ちに行き、シカリの戦果に及ばぬへっぽこ鉄砲玉……もとい鉄砲撃ちとして猟銃を操っている。

なかなか当たらぬものよ。

そうそう上手くはいかぬ。

練習は日々続けているが、早々に上手くなる人ばかりではないことがよくわかる。

毎日兎に角撃つしかない。

撃って体で覚えるのみだ。

故にユキノちゃんと共に、毎日散々撃ちまくっている。

鹿撃ちはシカリの担当だ。

猪も、内装四級管理神の外装初老ドワーフが撃ち倒していた。

見事な腕前であることよ。

熟成中の鳥獣が幾つも宿泊地の熟成庫内にぶら下がっていて、元の世界だと苦手な人がいるかもしれない。

でもまあ、この世界の人々にとってはご馳走に見えるのだろう。

夏の曇天(どんてん)模様の、鈍色(にびいろ)の空の宿泊地。

熟成中の鳥獣の前では、行商人らしきおっちゃんたちや周囲の村から来たと思われる老若男女がわんさかいる。

いつの間に、こんなにも人が集まってきたのだろうか。

彼らは肉を厳しく鑑定しつつ、激しく競りをしていた。

解体の手際がよく、熟成のさせ方も上手いところから高値が付きそうである。

シアトリアの領主様には既に一等よいものが販売されているとのことで、後は金額の違いが他の獲物の値段的な雌雄を決する要因だ。

現物取引もアリなので、織物や細工品や穀物野菜果物加工品乳製品なども、代価として受け取っていた。

それを目当てにする人さえいて、馴れたシカリがいないとよくわからない有り様だ。

猪が穀物に変わり、その穀物が織物に変わり、織物が今度は乳製品に変わる商取引。

猪やら鹿やら様々な鳥やら兎やら小型の獣やらが、ばんばん売れてゆく。

恐竜の牽く荷車などが立ち去って、入れ替わりに別の人々がやってきた。

恐竜がいる世界だとの認識は、ここが異世界だとの感覚を定着化させる。

まさに野生の王国ってとこか。

シカリ手製のドングリクッキーやドングリ珈琲もがんがん売れ、瞬く間に在庫量が減ってゆく。

淹れたドングリ珈琲を飲んでいたら、それさえ売ってくれと言われた。

まあ、一杯価格で良心的価格にしたけど。

そんなに欲しくなるものを置いているか?

現金決済ばかりではないのが、昔ながらの商いになっているのだろう。

合間に焼き鳥を作っていたら、それも売ってくれと言われて販売した。

シカリの焼いたパンも好評で、こちらも売れてしまった。

食べるものがどんどん消えてしまうぞ。

着ている服を売ってくれ、と言われた時は流石に驚いた。

話しかけてきた若い女性は服飾店を営んでいるのだとか。

第二次世界大戦時にソヴィエト軍の女性兵士が着ていたような服を身にまとっているのだが、頑丈そうで動きやすそうだからというのが求める理由らしい。

ニタァとした顔のシカリが、彼女と商談を始めた。

中東の海千山千の外人部隊へモノを売るみたいに。

シカリはそういった駆け引きが案外好みのようだ。

彼は技術の神じゃなく、商売の神じゃないのかね。

 

 

酸っぱい果物も、砂糖漬けにするとガラッと変わってきたりする。

砂糖煮にしてもいいな。

果物やバターなどが手に入ったので、パウンドケーキを焼かせてもらうことにした。

地産地消っていいよね。

鴨の卵も狩りの際に入手出来たし、石窯もあるし、折角の異世界生活なのだから堪能しないとな。

野苺や蛇苺みたいな果実を複数種収穫して干しておいたのだが、それを多めに用意する。

期待した目付きのユキノちゃんやノームお助け隊の面々に果実の恵みを渡しながら、生地や胡桃などの堅果類と共に干し果実や果実の砂糖漬けを練り込んで型に入れて焼いてゆく。

バターをたっぷりと使ったので、芳醇な香りが周辺に漂った。

うむ、これはおいしくなるぞ。

日持ちするから多めに作ろう。

今から出来上がりが楽しみだ。

 

ケーキを焼いていたらまたまた何処からともなく人々がやって来て、それは売らないのかと訊かれた。

どっから来ているんですかね、皆さんは。

おいしいかどうかは全然わかりませんと答えたが、こんなにいい匂いをしているのだから不味いことは無いだろうと言われる。

焼き上がると歓声があがった。

周囲の視線に根負けして一口ずつ提供したら、売ってくれ売ってくれの大合唱に陥った。

あまり売りたくないので少し高値にしてみたが、それでも購入希望者が多くて殆ど売れてしまった。

 

 

次の日。

少し暑い。

晴れた日。

シカリやユキノちゃんやぴょんぴょん跳ねるノームお助け隊と共に、森へと向かう。

茸狩りをしたり、自生している果物や香草を探したりする。

茸は気を付けて採取しないと、吐いたり腹を壊したり幻覚を見たり最悪あの世逝きだという。

 

「茸は『森の殺し屋』じゃけえのう。」

「そんなにこわいんですか?」

「おいしい茸と思うて取ってきたら毒茸じゃったゆうのは、今でも起こっておる話じゃけえな。」

 

シカリが地味そうな茸を指し、これは猛毒を持っているが干して煎じると薬になるのだと言って収穫していた。

毒転じて薬か。

安全な茸を教えてもらい、収穫してゆく。

宿泊地へ戻り、天日で茸を干していった。

夕方から、汁物のオハウ作りをしてゆく。

昆布出汁で野草香草茸に腸詰めに肉団子。

味噌仕立てでこれを喰らう。

ダッチオーブンで炊いたご飯も一緒ナリ。

不味かろう筈もなかろうて。

アイヌ語で旨いは、ヒンナと言うらしい。

ヒンナヒンナしながら汁物を貪り食べた。

 

 

そんなある日。

そろそろ移動しようかと言われた日の朝。

茂みから私を見つめる、つぶらな瞳に気付いた。

 

「バウ、バウ。」

 

恐竜の赤ちゃんが現れた。

体色は薄い赤色。

よちよちと近づいてきて、無防備に私の前で腹を見せつつごろごろ転がった。

え?

え?

なにこれ?

 

「親がおる筈じゃがのう。子育てせん恐竜もおるし、もしかしたら、棄てられたんかも知れんのう。」

 

シカリが目線でどうする気じゃ、と私に訊ねてくる。

困った。

とても困った。

動物を飼ったことなんて無いぞ。

足下ですりすりしてくる幼な子。

むう。

 

「これは角竜じゃな。」

「角竜?」

「トリケラトプスとかそういうのがおるじゃろ。これは角(つの)が無い小型種かも知れんのう。」

「はあ。」

 

ユキノちゃんとノームお助け隊の面々がじっと私を見つめる。

赤ちゃんもシカリも私を見つめる。

……えっ?

私が決めるの?

どうしようか?

さてはて。

 

 



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幸いなるかな、ああ魂の愛する君は



ほんのり怪談風味です。

シモの話が少々ありますので、食事中に読まれない方が賢明かも知れません。


 

 

 

帝政アレンシアとカタリナ王国の国境地帯に広がる、巨大な古戦場。

だだっ広い荒野。

遮蔽物(しゃへいぶつ)は殆ど無く、真っ向勝負するしかない土地。

死屍累々だったんだろうなあ。

屍山血河だったんだろうなあ。

ここを北上してゆくと草原が見えてきて、しかる後にカタリナ王国のマルクニアへ到達するという。

そこは帝政アレンシアのシアトリアと対になる要塞都市で、そちらも辺境伯が治めている。

其処は王国西海岸の港湾都市でもあり、商業都市としての側面も持ち、難攻不落であることを住民たちは誇っている。

人口密度はシアトリアとほぼ同程度とか。

シアトリアとの交易や人の行き来は多い。

戦前から日常的な往還があり、現在は特別憎み合う状況でもない。

こだわる者はちらほらいるらしいが、彼らは主流派程の力もない。

騎乗用恐竜を全力で走らせたならば、一日で往復が可能な距離だ。

替え竜は必要だろうが。

帝国王国の要塞都市は双方ともに陥落しなかったけれども、死者は多かったそうだ。

シアトリア同様にゆっくりと回復方向に向かってはいるが、その歩みは同様に遅い。

それはこの世界全般に言えることだ。

 

二〇〇年前の往時の姿を取り戻すには、二〇〇年かかるとも三〇〇年かかるとも言われている。

人口を増やすには食料事情の改善が必要だし、低い税率や衛生面の向上や上下水道の完備に収入の安定化に治安の向上、それに乳幼児の死亡率を下げる努力などが必要だ。

異世界から来た同胞たちが善意と悪意の混成によってこれらのことをしっちゃかめっちゃかに掻き回してくれたため、地域によってその水準には驚くほどの差が生じている。

そして現在は、それらの平均化の真っ最中だ。

あまりに違い過ぎると人口が偏るし、過疎化の要因ともなる。

 

調査隊の竜車を引っ張ってきた恐竜や騎士を乗せていた恐竜が、下働きらしい男たちによって干し草や肉を与えられている。

鞍(くら)を外された恐竜が騎士へ甘えている姿を見ると、なんだかほっこりしてきた。

先日拾った角竜の赤ちゃんがそれを見て、私へ甘えてくる。

撫でると目を細めて鳴く。

なんだか、犬みたいだな。

そろそろ名前を付けようかとは思うのだけど、なかなか思い付かないな。

ポチとかフントとか太郎とか。

ま、近い内に名付けよう。

草食系と肉食系の共存か。

興味深い。

草食恐竜のフンは干して燃料にするのだとか。

肉食恐竜のソレよりも燃焼時間が長いらしい。

足りない時は肉食恐竜のソレも使うらしいが。

ふうん。

この辺りだと、一日か長くて二日も干せばからっからに乾燥するらしい。

乾燥しきってしまえば、くさいにおいも発しない。

樹木の無いここらでは、燃料を得るのは大変難しいので貴重なのだった。

予備の薪も運ばれてはいるが、それはなるべく使わない方針なのだとか。

 

 

我々は調査隊の護衛というかお手伝いというか、なんというかそんな感じだ。

帝政アレンシアの帝室調査隊隊長のフランツはシアトリアの騎士隊隊長たるハンスの古い友人で、その関係からこの仕事が我らに舞い込んできた。

浪花節のシカリが、人情を絡めて頼まれたら断れる筈などなかろうて。

百戦錬磨で海千山千の擦れっ枯らしからしたら、チョロいんだろうな。

貧乏籖を何度も引く気質は、我々三名に共通の性質なのかもしれない。

但し。

シカリは四級管理神だから、騙したら天罰を間違いなく喰らうだろう。

 

風は強いが、荒れ地だからか気温は高い。

複数の陣地跡らしき場所から古井戸が幾つか見つかったけれども、どれも使い物にならなかった。

いずれも破壊されていたし、どれも枯れ井戸だ。

シカリに言わせると、これらを復活させるよりも新規で掘った方が早いらしい。

急遽、ノームお助け隊に掘削して貰った。

ぴょんぴょん跳ねて、さくさく仕事する。

水を双方の都市から運ぶのも一仕事だし。

水質はルサールカが後程確認してくれる。

一時間ほど彼らに掘って貰ったら、じわじわ水が出始めた。

あの闇エルフは精霊使いか、と驚愕する声が聞こえてくる。

ちゃうぞ。

私は精霊を使役など出来ない。

シカリの配下である彼らに、単にお願いしているだけだぞ。

 

戦争ってほんと、金食い虫だ。

物資はばんばん消耗するし、人はがんがん死ぬ。

土地は痩せたり破壊されたりするし、よいことなどろくに無い。

 

 

「規律のアレンシア対気合いのカタリナ。その双方の軍勢が、この荒れ地で何度も何度も血を流しあったんじゃ。二〇〇年前の継承戦争と一〇〇年前の八年戦争が、ここいらでも特に激戦じゃった。」

 

調査隊の作業を見るともなくちらちら見ていたら、シカリがそう言った。

時折カール・ツァイスの双眼鏡で周辺を監視しているが、野生動物や野良恐竜が近づいてくる様子は見られない。

角竜の赤ちゃんやユキノちゃんやノームお助け隊の面々と時々追いかけっこしながら周囲を調べ、ネズミを狩ったりした。

ひょこひょこ歩いてきた肉食恐竜たちにねだられ、仕方なしに撃ち殺したばかりの生き物から鉛玉を抜いて彼らへ与える。

 

今は供養と周辺調査を兼ねた帝室調査隊と王室調査隊とが合同で、この荒れ地を調べ回っていた。

我々は彼らを害獣から守るための護衛だ。

調査隊はそれぞれ辺境伯直属の騎士隊が守っているものの、長距離狙撃はこちらに分がある。

攻撃魔法は存在せず、火縄銃の威力と命中精度は今一つ心もとない。

投石兵までいた。

銃自体は改良が続けられているらしいが、こうした護衛任務では弓矢の方が実戦的だろう。

クロスボウを装備した騎士も見える。

銃は形式的に持ってきている感じだ。

大きな音で獣を追い払う算段なのか?

シカリは、ウィルディという半自動式拳銃を元にした騎兵銃(カービン)を装備している。

それは16インチの長銃身と光学式望遠照準器、そして銃床を付けた猟銃だ。

口径は.475ウィルディ。

かなり強力な弾丸らしい。

.44マグナムを超える威力だとか。

腰にはスターム・ルガーが作った円筒式弾倉型拳銃(リボルバー)の、スーパー・レッドホーク。

銃身長は9.5インチ。

こちらの口径は.454カスール。

シカリに言わせると、アホウのアホウによるアホウのための弾だとか。

その威力は先日のガス・クラウド戦で目の当たりにしたが、私ではとても扱えそうに無い程の強烈な反動があるじゃじゃ馬だ。

 

ユキノちゃんは、半自動式拳銃のグロック20を土台にした16インチの長銃身と銃床で強化せし騎兵銃が主兵装。

口径は10ミリオート。

.357マグナム程の威力があるらしい。

腰には二挺拳銃。

右腰にはチアッパ・ライノ60DS。

6インチ銃身長の円筒式弾倉型拳銃。

銃身が下寄りにある、少々変則的銃。

口径は.357マグナム。

特注品らしく、金属部分は主にイタリアンレッドで塗装されている。

ガンブルーならぬ、ガンレッド仕上げか?

精緻な葡萄模様の彫刻が為され、引き金や撃鉄同様に金細工されている。

左腰にはスターム・ルガーのスーパー・レッドホーク。

こちらも6インチ銃身長で、口径は10ミリオート。

ハーフムーンクリップという半月状の留め具で三発ずつ留めるようになっていて、それを円筒式弾倉に入れる形だ。

予備の弾や弾倉を含めると相当重いんじゃないかと思ったが、今は半不死者である彼女からすると別に苦ではないそうな。

拳銃を両手に持ってニヤリとする姿は勇ましいというか、可愛らしいというか。

調査隊や騎士隊の面々は半信半疑の顔をしている。

実用性が疑わしいと考えているのだろう。

ユキノちゃんはぷんすか怒っているが、世の中そういうものだ。

 

私の主兵装はスターム・ルガーの10/22。

これも一応騎兵銃の分類になるそうな。

光学式望遠照準器と二脚が付いている。

口径は.22LR(ロングライフル)だ。

小害獣(バーミント)対策だ。

強力なマグナム弾を使うと過剰殺傷(オーバーキル)なので、ちっこい獣は私の担当だ。

コヨーテとか野犬とか、かな?

ネズミは既に数匹射ち倒した。

腰にはスターム・ルガーのスーパー・レッドホーク。

銃身長は7.5インチ。

口径は.357マグナム。

 

拳銃にはいずれも散弾が装填されている。

蛇撃ち弾(スネーク・ショット)だとか。

毒蛇がたまに出てくるので、それ対策だ。

何事も無いといいな。

 

調査日数は七日間を目処にするという。

二ヵ国の調査員たちはいがみ合うこともなく、互いにその知識を照合しあって調べている。

てきぱき仕事をする姿は実に素晴らしい。

 

 

シカリが周囲を警戒しながら言った。

 

「戦場を知らない兵士ばかりというのは、素晴らしいことじゃなあ。」

「私もそう思います。」

「実戦を知らんから、もしここに邪悪なもんがやって来たらひとたまりも無い。」

「いるんですか?」

「おらんとは言いきれんのう。」

「先日のガス・クラウドみたいなのが来たら、厄介じゃないですか?」

「今度は後(おく)れを取らん。」

 

彼はニヤリと笑った。

 

 

調査隊と騎士隊は陣屋跡近くに幕舎を張っているが、我々は近場に丁度よい洞窟を見付けたので其処を宿泊地としている。

幕舎と程よく離れているのもよい。

洞窟内は骸骨が幾つも折り重なっていたので、集めて一箇所に埋めてお経を唱えた。

 

「早いもん勝ちじゃ。」

「然り、然り、然り。」

 

調査隊が洞窟内部を調べ終わった後で設営をしたら、彼らと騎士隊の面々から微妙な視線をいただく。

図太く見えるのかな?

かまどは洞窟の外、出入口近くに設けた。

 

ユキノちゃんが突然拳銃を撃つ。

響く発射音に驚く調査員と騎士。

全員で彼女の目線の先を追った。

びくんびくん跳ね回っている蛇がいた。

頭が潰されているのに旺盛な生命力だ。

 

「おお、丁度ええ晩飯のおかずじゃ。」

 

シカリが固茹で玉子的な表情で笑った。

調査隊側の料理人がすっ飛んで来たので、彼らに無償提供する。

生きのいい小動物は肉食恐竜の餌にもいいのだとか。

周囲を調べた結果、蛇を更に二匹とそこそこの大きさの蜥蜴(とかげ)一匹、そしてネズミ五匹の戦果を得た。

シカリはこれらも惜しげなく提供する。

 

 

 

さあ、飯の時間だ。

ダッチオーブンにてご飯を炊くシカリ。

北海道は七飯町(ななえちょう)産のななつぼしだとか。

もう一つの鍋は、野菜と茸と肉団子のオハウ(汁物)だ。

ご飯は余ったら、握り飯にするという。

だが、余らなかった。

調査隊隊員二人と騎士隊隊員一人がやって来て、彼らにもお裾分けしたからだ。

異世界の人にジャポニカ米は大丈夫なんだろうか?

と思っていたら、リゾット風に仕上げて食べさせていた。

成程。

 

その夜。

最初の不寝番としてユキノちゃんと共に警戒していたら、フラフラと光の玉が幾つも浮かんでいてこちらへ近づいてくる。

彼女と一緒に腰からマグナム・リボルバーを引き抜き、上空へ向けてパンパン撃った。

弾は既に通常弾頭へ交換してある。

物音と共に起き出してくる騎士隊。

調査隊の隊員は起きたり違ったり。

寝たふりをしていたシカリが、のそりと私たちへ近づいてくる。

 

「あれは火の玉ですかね?」

「たぶん、鬼火じゃろう。」

 

特に悪質なモノではないらしいが、不用意にこちらへ近づけないように幕舎や宿泊地周辺には広範囲結界が張られている。

シカリ謹製だから、お墨付きだな。

兵隊のようなモノが近づいてくる。

足音は聞こえない。

 

「怨霊とかじゃないですよね?」

「シッ、今から喋ってはいかんぞ。騎士隊や調査隊の面々も、アレが去るまで一切誰も喋ってはいかん。」

 

集まってきた全員が頷く。

兵隊のようなモノはまるでなにかを探しているかの如く、結界の前をふらりふらりと歩いている。

 

「オーイ、ダレカイナイカ。」

 

声が聞こえる!?

ギョッとしてシカリを見る。

シカリは人差し指を唇に当て、喋るでないと皆に無言で知らしめていた。

 

「オーイ。オーイ。カエッテキタゾウ。」

 

知らず知らずの内に冷や汗が流れてくる。

剣や弓を握る手が白くなっている騎士もいた。

 

「ナンダカジャマガアッテ、ミエナイ。」

 

じっと皆で一塊になる。

 

「オーイ、オーイ、カエッテキタゾウ。」

 

シカリへ目線で訴える、帝国の調査隊隊員たちと騎士隊隊員たち。

隊長のフランツもシカリをじっと見つめている。

どうやら、帝国系兵士の言葉らしい。

私にはどちらも似た言葉に聞こえる。

今結界の向こう側で喋っているナニカは、妙な抑揚で話していて違和感が強い。

既に夜半過ぎだ。

その後もナニカはなにかしら喋っていたが、どんどん聞き取れなくなってゆく。

調査隊の持ち込んだ鶏が鳴いた頃、ナニカの気配は消えた。

 

撃ったらダメなのかとシカリに聞いたら、撃っても全然効かんから結局無駄弾になるんじゃと言われる。

 

翌晩も、同じ幽霊らしきモノが現れる。

しかも、今度は複数体引き連れていた。

戦友かな。

いやん。

王室騎士隊隊長も蒼白な顔をしていた。

 

 

それなりの調査と簡易な埋葬と簡単な供養が終わったので帝国側陣地近くに設けた幕舎を引き払い、今度は王国側陣地近くに幕舎を組み立てる調査隊と騎士隊。

最初はお互い離れた場所に幕舎を設けようかとのことだったが、それも面倒だと隣接して組み立てることになった。

いがみ合っているままでは進展が無いと、彼らは理解しているようだ。

案外、私の元の世界の人間よりもだいぶん進んでいるのかもしれない。

こっちには近場に洞窟が見当たらなかったので、彼らの幕舎近くに我らが移動式住まいのゲルを組み立てる。

石窯や焚き火台や土壁などは、ノームお助け隊がちゃっちゃと拵(こしら)えてくれた。

キャンピングカーのウスケシはゲルの傍。

新規の井戸は掘らず、古戦場を横断して先に宿泊した場所のものを使うことになる。

今後のことを考えても、利用者は殆どいないだろうことが予想されたからであった。

住むには不都合だしな。

帝国王国の共同作業だ。

それぞれの都市から持ち込んだ水を先に使い、井戸の水は煮炊き中心に使うそうだ。

 

さて、今晩はナニが出るかな?

夜になったら、普通に現れた。

 

「オーイ、オーイ、モドッテキタゾ!」

 

王国兵士のようなモノが現れた。

いや。

王国兵士だったモノであろうな。

慣れてきたのか、王国側帝国側の調査隊騎士隊の面々も深刻な顔はしていない。

慣れってこわいな。

 

 

試しに翌朝塩を撒いてみたが、夜になったらまた現れたので効果はないようだ。

 

調査開始日の次の朝飯時からちらほら調査隊や騎士隊の人間が我々の宿泊地に混ざってきてはいたが、この頃になると合同朝食が当たり前になってしまった。

互いに食材を持ち寄り、同じ釜の飯を喰らう。

御先祖様たちも、感慨深いものを感じるかも。

焼きたてのパンに温かい野菜スープに新鮮な牛乳にチャイ。

パンは酸味が強めだったり平たかったり。

コーンフレークと雑穀と干し果実とが入ったグラノーラに、ヨーグルトとブルーベリーのソースを掛けたもの。

ちょっとにおい出した彼らに混ざって、わしわし食べる。

男たちからあれこれ声をかけられるが、適当にあしらう。

体を洗ってから、またはきちんと拭いてからお越しやす。

くさいのは厭でありんす。

 

五日目の夜は団体さんだった。

しかも、帝国王国混成仕様だ。

幽霊たちは軍歌を唄い始めた。

みんな仲がいいな。

せっせと記録する調査隊隊員。

貴重な資料らしい。

彼らは既に調査対象と化している。

おそれる者はもう誰もいない状況。

もう、なにもこわくない。

 

次の日の朝。

朝食後。

シカリは、なにやら仏塔のようなものをいじくり回していた。

 

「おはようございます、なんですかそれ?」

「うむ、おはよう。これは鎮魂塔じゃな。」

「鎮魂塔?」

「最初の晩に幽霊が出た時、一級管理神にメールを送っといたんじゃが、その回答がこれじゃな。」

「ほほう。」

「さ迷える魂はこの塔に引き寄せられ、それらは有無を言わさず強制昇天させられる仕組みじゃ。いつまでもフラフラさせる訳にもいかんしのう。」

「言っていることはわかるけど、なんだか酷い方法ですね。。」

「最初に一級管理神から送られてきたのは霊魂消滅装置じゃったんで、それはすぐに送り返した。」

「それは酷いです。」

「ワシもそう思う。」

 

これで少しは成仏出来るといいな。

帝国王国双方の人間が願っている。

ご先祖様に対する子孫たちの願いだ。

幸いなるかな、ああ魂の愛する君は。

 

 



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暁の星のいと美しきかな

 

 

 

未明の湖沼。

やや肌寒い。

得物を持って、草むらから獲物へと接近してゆく。

四級管理神のシカリの合図を受け、三方に別れた。

我らが頭領で中年ドワーフの外殻を持つ彼は、エルマ・ヴェルケ社製M1カービン複製品の.22LR(ロングライフル)仕様を構える。

私はいつものスタームルガー社の10/22、ユキノちゃんはSIG522ターゲットを構えた。

独米瑞の三国同盟という感じだな。

こちらも口径はシカリの銃に同じ。

三挺とも望遠式光学照準器付きだ。

水面に浮かぶ、鴨の群れがよく見える。

距離はおよそ五〇メートル程先にいる。

小銃に込められた小さな弾の必殺圏内。

私は右手から、ユキノちゃんは左手から鴨を撃ってゆくのだ。

扇状陣形というか、鶴翼の陣というか。

パチン。

小さな射撃音が聞こえてきた。

シカリの放った小さな小さな弾が群れへと飛んでゆく。

おそらく、あの立派な青首のオスに当てるためだろう。

一拍遅れて、我々も射撃を開始した。

射つべし撃つべし撃つべし撃つべし。

糧を得るため撃つべし。

おいしく胃袋へ入れて進ぜましょう。

パチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチン。

すぐには異変に気づかなかった鴨たちも、流石に変だと気づいたのか飛翔の準備を始める。

当たれば仕留められるが、当たらねば逃げられるだけ。

飛ばれたならば、先ず当たらない。

散弾は今誰も用意してなどいない。

散弾も言うほど弾が拡がる訳ではないらしい。

一発勝負! なのかな?

光学照準器にて複数の動く相手を次々撃つのは難しい。

倍率は低めにしてあるが、観測手のいない状況では次の獲物を射つのがけっこう困難だ。

だが、殺らねばならぬ。

君たちは我々のご飯になるのだから。

パチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチン。

 

結局。

シカリが八羽、ユキノちゃんが五羽、わたしが四羽という成績で終了した。

さあ、熟成させよう!

ちなみに、使用済みの薬莢や潰れた弾頭などはすべてノームお助け隊が回収してくれた。

 

 

二日前に設けた野営地で、トルコ式珈琲と肉と野菜のごった煮に讃岐うどんの乾麺をぶち込んだ朝食。

わしわしと食べていたら、どことなくなんとなくシカリに似た雰囲気の人々がぞろぞろとやって来た。

シカリと同じドワーフや金髪碧眼のエルフもいるが、多くは人間の姿だ。

白い肌、黄色い肌、褐色の肌と多国籍的な感じである。

山羊の乳を飲んで満腹状態の角竜の赤ちゃんが、バウバウと吠えていた。

あ、そういえば、まだこの子の名前を付けていなかったな。

確認したらメスだったから、女の子らしい名前にしようか。

どうやら、歓迎しているつもりのようだ。

神々しいとまではいかないが、彼らは近隣の村人たちとはまるで違う気配を漂わせている。

もしかして……冒険者?

昨日や一昨日訪れた村人たちは、目の色を変えて交渉してきた。

初対面でえげつないことを言う人間は相手にしないように努めたが(もしかしたら、彼は二度と会わないだろうからと考えたのかも知れない)、それは極一部の例外に過ぎず、大抵は人のよい感じだった。

相互扶助が生きている土地柄なのだろう。

銀製品やターコイズらしき石を持ち込む村人もいたな。

ユキノちゃんに似合いそうな首飾りがあったので、どんぐりクッキーなどの焼菓子詰め合わせと交換した。

その後、その場で沢山焼菓子を作る破目になってしまったのはご愛嬌だ。

えげつないことを言った男は奥さんらしき人にえらくどやされ、後程我々は普通の商いを行った。

 

「なんじゃ、来たんか。」

 

熟成庫から出てきたシカリが、オリーブドラブの帆布製前掛けを脱ぎながらそう言った。

知り合いなのか?

……同僚?

すると彼らは四級管理神なのか?

 

彼らは中央大陸や東方大陸で上司たちの後始末をしている同僚なのだと、シカリから紹介された。

なるほどなー。

 

昼食は四級管理神たちと共に摂る。

腸詰めやパンケーキや野菜スープ。

とどめはどんぐりクッキーナリヨ。

チャイを飲みつつ、廃鉱や鉱山などの復活や掘削(くっさく)などの話が出る。

文明をどこまで進めるのか。

彼らは真剣に討議してゆく。

 

産業革命は全員一致で否決。

公害対策がまともに取れないだろうとの理由から。

また、それによる世界戦争の可能性も危惧された。

鉄道も否決。

そんなに大量の鉄の精錬は不可能だ。

かつて異世界転移者で趣味全開の鉄路を策謀した者もいたようだが、技術基準が追いつかずに断念した模様。

 

人口減問題については、三級管理神と二級管理神への悪口が噴出。

いいのかな?

これにも異世界転移者たちが絡んでいて、世界各地をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回したそうな。

自称勇者たちの子孫がこれまた滅茶苦茶をした事例さえ複数あり、緩やかにその悪行の痕を直してゆくしか無いのが歯痒いという。

まあ、そうだわなあ。

『マタギの夢』『鳥海恵(ちょうかいめぐみ)』『さわのどぶろく』『遠野どぶろく』『河童の舞』という濁酒(どぶろく)がシカリから提供され、神々はそれを供物的な感じで次々に呑んでゆく。

炒った豆や炙った干し魚や干し肉などを肴として、宴が開催された。

 

 

三日後。

荒れ地をも踏破し得る高性能キャンピングカーのウスケシが異世界を走る。

夜から明け方にかけて走る我々。

北へ北へと向かって走ってゆく。

ウニモグのキャンピングカー仕様を魔改造した車輌は、どんどんカナリア王国の都市へ近づいてゆく。

 

都市近隣の村々で、土塁やら柵やら井戸堀りやら田畑の耕作やらをせねばなるまいて。

害獣退治も同時進行だ。

鹿や熊退治もやらねば。

シカリから渡された、ブローニング製の半自動式小銃や豊和製の高性能ボルト式小銃の出番が近々来そうだ。

馴らし撃ちを順次進めてはいるが、まだ二〇〇メートル先の的の真ん中へ集中的に当てることさえ覚束ない。

精進あるのみだ。

空気がどんどん冷たくなってゆく。

林檎も食べたいな。

 

 

星が瞬いて見えた。

暁の星のいと美しきかな。

 



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我、大いに悩みありて

 

 

 

 

ある日、急に女の子の日になった。

あ、と思った時には始まっていた。

ぬるり、となにかが堕ちゆく感覚。

この美しい闇エルフの体になって、初めての経験だ。

女の子って、いつもいつもこうした現象と向き合っているんだな。

私は女性と男性双方の機能を有しているようだが、少しは馴染んできたのだろうか?

これが、馴染んできた証拠なのか?

不定期で不意にやってくるのかな?

ドバドバ、でなくてよかったのか?

体が重く、気分もあまりよくない。

食欲はまあまあ、元気は少な目だ。

これを何度も何度も繰り返すのか?

これを何年も何年も繰り返すのか?

改めて女性って偉大なんだと思う。

毎月のようにこんなことを経験しながら、恋を夢見られるのだから。

これが安定してきたら、もっと普通に受け入れられるのだろうかな?

ショーツが朱に染まったので手洗いし、以前渡されたナプキンとタンポンの双方を試そうと説明書を読んでいたら、ユキノちゃんにタンポンを取り上げられた。

彼女はナプキン推しらしい。

ギュッと抱きついてくるのはいいんだけれど、おっぱいをもみもみするのは正直止めて欲しい。

でも、少し落ち着いた。

 

 

角竜の幼体はアン・シャーリーと名付けることにした。

元気な彼女に相応しい名前だろう。

バウバウと走り回る姿が好ましい。

少しばかり体が大きくなってきた。

甘えん坊なところはそのままだが。

抱っこを時々せがむのは、拾った時によくやっていたからかな?

 

 

 

「食事が済んだら、自衛(セルフ・ディフェンス)用の円筒型弾倉式拳銃(リヴォルバー)を用意しちゃろう。」

 

雪の降る中、宿場町のサケサマ近くまで来た朝。

キャンピングカー内の調理器具で作った讃岐うどんを食べながら、ドワーフ型外装の四級管理神たるシカリがそう言った。

素うどん、旨い。

みんなでちゅるりちゅるりと食べる。

四杯目を食べ始める彼。

ユキノちゃんも二杯目を黙々と食べている。

私は中年ドワーフに問うた。

 

「円筒型弾倉式拳銃、ですか。」

「口径は.38Spl.(スペシャル)じゃな。隠匿性(コンシーラビリティ)を考えると.357マグナムを使う大型拳銃はこの口径の弾も使えるがあまり好ましいと言えんし、じゃからといって.22LR(ロングライフル)の半自動式拳銃(セミオートマチックピストル)はやや火力不足。その点、.38Spl.で158グレインのセミワッドカッター(作者註:殺傷力強化型弾頭。ちなみに+Pの強装弾)ならば家の壁くらいぶち抜ける。威力的に問題は無かろうて。」

 

よくわからないけど、シカリがそう言うならば丁度いいのだろう。

.38Spl.自体はスタームルガーの大型円筒型弾倉式拳銃の射撃練習で何発も撃っているし、確かに他者から見てわかりにくい方がいいだろうな。

重さも全然違うそうだし。

弾頭の多様性も高いので、軽量高速弾から重量級の弾までいろいろある。

 

「そういう訳で、スミス&ウェッソンのM64を自衛用に使いやすくしちゃろう。これの材質はステンレススチール。野外で使うことも考えると、錆びにくい方がええからのう。銃身長は二インチで約五センチのスナブ・ノーズ(作者註:獅子っ鼻のこと)。実用性を考えると、これが妥当じゃろう。重さは約八〇〇グラム。スタームルガーのスーパー・レッドホークがゴツくて約一.五キロじゃから、携帯性や持ち運び易さが断然違うのはわかるじゃろう? 半自動式の三二口径も悪うないが、こちらの方が暴発しにくいし火力も勝るし弾頭の多様性はずっと上じゃからこれにしとこう。」

 

ごとり。

机の上に銀色の武器が置かれる。

一八センチくらいの米国製拳銃。

当たりどころによっては、一発で相手をお陀仏にする火器だ。

人の命の灯火(ともしび)を一瞬にして消し得るのが銃器だ。

 

「撃つということは人を殺すことじゃ。それを忘れんようにな。」

「はい。」

 

ユキノちゃんがツンツンとシカリをつつく。

 

「なんじゃ、お主も欲しいんか?」

 

コクコクと頷くおかっぱ頭の彼女。

可愛い。

 

「良かろう。二丁改造しようか。」

 

 

いつもの特殊空間の荒野の射撃場近くにある工作室にて、シカリが手早く拳銃をカスタマイズしてゆく。

それはまさしく熟練工の手捌(てさば)きで、よどみなく作業が行われていた。

 

彼は撃鉄(ハンマー)のコッキング・レバーを、高速モーター・ツールで削り落とす。

咄嗟に腰のホルスターから抜く際、このコッキング・レバーで引っ掛けないようにするためだという。

デホーニングという作業だとか。

角(つの)削り、とでも訳したらいいのかな?

近距離用の短銃身なので、撃鉄を起こさないで撃つダブル・アクションのみにした方が実用性は高いのだとシカリは言った。

 

撃鉄のデコボコを高速グラインダーで滑らかに削り、更に引き金(トリガー)前面左右の角(かど)を削って丸める。

 

照星(フロント・サイト)にカラー・ランプを付けると言われたので、青系のアクリル樹脂をお願いする。

ユキノちゃんは緑色にした。

ステンレスのままの照星は見にくく、使いにくいのだとか。

成程。

改造は程なく終わり、私とユキノちゃんは新たな拳銃を入手した。

 

新しい銃器を得たら、それを慣らさなくてはならない。

そのまま荒野の射撃場へと移動する。

常に夕暮れの特殊空間で射撃練習だ。

射撃用の眼鏡と耳当てと手袋を装備。

用意された弾は複数種合計四〇〇発。

およそ二〇種類の弾がずらりと並ぶ。

鉛弾は無しだ。

北海道の狩猟同様、動物の鉛中毒症を防ぐために弾頭はそれ以外のモノを使うようにと決められている。

散弾でもそれは同じだ。

五メートル先の標的(ターゲット)に向け、腕を脇腹に付け直角に曲げた状態で射撃練習する。

これはヒップ・シューティングという名前の撃ち方だ。

照門(リア・サイト)と照星を見ないで、標的の中央辺りに集弾させるべく撃つべし撃つべし。

用意された弾をユキノちゃんと等分し、競うように撃ってゆく。

一人でなくてよかった、とこうした時にしみじみ思う。

一人きりの異世界だったらどこまでやれたかわからないし、シカリやユキノちゃんがいるからこそやれている面は沢山ある。

感謝してもしきれない。

 

遮蔽物を利用して、一五メートル先の標的をバンバン撃ってゆく。

このくらいの距離が実用範囲なのだろう。

三〇メートルや四〇メートル先の対象を撃つのは実用的じゃない。

練習で幾ら当たっても、実戦で必ずしも当たるとは限らないのだ。

だが、練習さえもしなければ実戦で力を十全に振るうなど不可能。

故に、撃つべし撃つべし。

 

拳銃の銃把(グリップ)はゴンガロ・アルベス材のオーバー・サイズ・ラウンド・バットで刻み有り(チェッカード)。

木目が美しく、本来の胡桃(ウォールナット)材よりも雰囲気があってなかなかよい。

 

撃った後は手入れだ。

汚れ落としの洗浄液。

純正のワイヤー・ブラシ。

ナイロン・ブラシ。

布。

古新聞を敷いた上で作業する。

排莢具(エキストラクター)の内側の汚れを、特に丹念に落とすようにしないといけない。

下手をすると弾がきちんと装填出来なくなったり、酷い時は弾倉部の円筒(シリンダー)が骨組み(フレーム)に入らなくなる可能性すらある。

 

手に銃が馴染み、普通に使えるようになるまで練習に練習を重ねた。

撃ったら殺すことになるけど、撃たずに済ませるように努力しよう。

 

 

ウスケシと名付けられた車輌が走る。

高度な走破性を持つ独逸のウニモグ改造型キャンピングカーが、寒風に負けじと北へ北へと走る。

やがて、宿場町のサケサマが見えてきた。

…………あれ?

なんだか日本のお城みたいな石垣と黒い瓦葺(ぶ)きの白い漆喰壁と堀と橋と大きめの門が見えてきた。

なんじゃこりゃ?

 

「このサケサマは、戦国時代愛好家が参加して作ったらしいのう。和風城塞都市を目指したとか。」

「な、成程。」

「実際、隣国のアレンシアとの戦争時には兵站基地として機能しとったし、実戦こそ無かったものの砦として使われることも想定しとったから、今現在も随所にそうした面影が残っとる。」

「ほほう。」

 

我らのキャンピングカーは堀の前にある馬車止めに置き、門番のお爺さんたちに挨拶しながら中へ入った。

彼らからすると、我々の乗ってきた車は少し変わった竜車に見えるらしい。

草を食べている恐竜たちは皆のんびりしていて、特に警戒もされなかった。

警備は割とざるっぽい。

褐色の肌でどうこう言われなかった。

そう言えば、私自身にも認識阻害だかなんだかが掛けられているんだよな。

そもそも今まで言われなかったけど。

わたしが闇エルフと判明したら、どういった扱いになるのだろうか?

シカリによると、闇エルフ自体見かけない存在なので大丈夫だとか。

褐色肌の人間はこの西大陸南方に数多く住んでいるので、あちらへ行けば更に目立たなくなるそうな。

 

ユキノちゃん共々フード付きローブとステンレス製の拳銃と短刀を装備し、宿場町をシカリやアン・シャーリーとの四名で歩く。

彼が一昨日古いモーゼルのボルト式小銃で撃ち倒した若いメスの鹿を、彼とわたしとで木に脚を縛った状態で運ぶ。

既に血と腸(はらわた)は抜かれている。

ユキノちゃんは鴨を四羽手に持っていた。

二羽がシカリの成果、残る一羽ずつが我らの成果。

 

彼の腰にある拳銃はメキシコ製の.22LRを使うもので、全自動射撃も可能だとか。

変わった拳銃だなあ。

辺りを見渡した。

どことなくなんとなく懐かしい感じのする町並みだ。

殆ど知り合いばかりの小さな田舎町、って感じかな。

雪国らしく、木製で頑丈な家屋が多く見受けられる。

宿場町は肩透かしを喰らう程に治安がよく平穏で、我々が肉屋に持ち込んだ鹿と鴨は大歓迎された。

某国では国家権力の度重なる苛烈な締め付けによってハンターが減少の一途を辿っていたが、この世界では需要が増えこそすれ減りそうな感じなど無い。

まあ、元の世界はゾンビみたいな存在によって滅びてしまった可能性もあるから、銃刀法がどうのという議論は成り立たないか。

にんともかんとも。

 

町長と話があるというシカリが、最も立派な青首の鴨を手に持って天守閣みたいな場所へと歩いていった。

弘前城や松前城みたいな雰囲気だが、あれが役場なのかな?

或いは領主館なのか?

我々おんな三名で市場の雑貨店や土産物屋を見て歩く。

素朴な木彫りの品や鹿角の加工品、食器や日用品を選んだり買ったりした。

 

林檎の露店を覗く。

大きな木箱に入った林檎は、赤いもの緑のもの大きめのもの小さめのものと八種類確認出来た。

店のおばちゃん曰く、昔林檎の産地が出身地とされる勇者様たちによって、ここいら一帯では林檎の栽培に情熱が燃やされたという。

村によって産する林檎が違い、おらが村が一番的な勢いだとか。

今も燃え続けている人々が多いとか。

生食用も多く加工用もいけるそうだ。

全種類買った。

 

メープルシロップを扱う店があり、覗いてみると薄い色合いのものから濃い褐色のものまで五種類あった。

店主のおばあちゃんによると、昔メープルシロップを特産地とする場所が出身地の勇者様によって、サトウカエデから樹液を採取するやり方が伝授されたという。

現在進行形で味を追求する人も多いそうで、勿論全種類購入した。

 

チーズを商っている店に立ち寄る。

山羊のチーズ、羊のチーズ、牛のチーズなど全部で一五種類あった。

店のお爺ちゃんによると、近隣の村々では盛んに作られているとか。

ハードタイプのものが殆どで、保存性を高めるためにかちんこちん。

宿場町から程近い村で作られた牛のチーズはやわらかく、旨かった。

無論、全部買いだ。

 

砂糖大根から砂糖が作られる技法も伝授されているそうで、市場のカフェで林檎のパイや羊の腸詰めを使ったホットドッグやスイートポテトや紅茶や珈琲を堪能した。

豊かな宿場町だ。

これなら、更に北上した場所にある街でもおいしいものを食べられるだろう。

 

 

 

宿場町から東南へ車で約一時間。

そこが目的地。

町長から依頼された、廃砦の調査に向かっている。

我らは第三次調査隊。

荒れ地を車輌が走る。

ウニモグなウスケシの本領発揮だ。

どこへでも行ける気さえしてくる。

窓から見えるのは荒涼たるセカイ。

農作地も家屋もなんにも見えない。

文明の光など照らされてはいない。

都市部や農村から離れたらこんなものだろう。

人が増えるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

先月始め、町の衛兵隊六人が砦の調査に向かった。

これが第一次調査隊に該当する者たち。

田舎の普通のおっちゃんやあんちゃんだったとか。

七日経っても八日経っても誰も帰ってこなかった。

全員強者でなかったが戦時でもないのに未帰還者だらけはおかしいということで、第二次調査隊が組まれて再調査を行った。

その結果、片付けられていない野営地の跡と砦跡に不法滞在していた盗賊たちやコヨーテの群れに遭遇したという。

野犬群に苦戦したが、なんとか撃退したとのこと。

簡単に捕縛され訊問されかけた盗賊たちはあっさりぺらぺら問われるままに喋ったそうで、第一次の調査隊が来た時はこそこそ隠れていたとか。

では、その第一次調査隊の面々はどうなったのか?

彼らは殺っちゃいないと拷問器具に震えながら犯行を否認しており、ではコヨーテのような野生動物に殺られたのかも知れないという話も出たらしい。

そこへ我々の到着だ。

渡りに船だったのか?

廃棄された砦が徐々に見えてきた。

あそこが我々の調査目標物になる。

ジャージ姿から旧ソヴィエトの女兵士な姿へと、衣裳を着替えた。

長袖シャツにズボンにブーツにゲートル。

軍用外套を着て、寒さに備える。

私は散弾銃と大口径型拳銃と短刀を装備し、ユキノちゃんは長銃身と銃床(ストック)付きの拳銃たるピストルカービン並びに大口径型拳銃とひのきの棒と手斧を装備し、シカリは古いボルトアクションの軍用小銃を魔改造したものと拳銃と手斧を装備。

水筒と行動糧食も勿論持ってゆく。

ユキノちゃんが握ってくれたおにぎりは、必ず私の力となるだろう。

 

 

砦はかつての継承戦争時、激戦の場だったという。

天然の要塞は石弾が当たったのか陥没しているところや、錆びた鏃(やじり)や弾痕がそこかしこに存在していた。

感慨にふけっていたら、シカリから中に入ることを促される。

そうして我らは、冒険者のパーティの如くに内部へと入った。

 

砦は往時の輝きをとっくに無くしており、中は荒廃している。

不法滞在者たちの生活の跡らしき場所も見つけた。

脛に傷あるチンピラたちが、ここでこそこそ暮らしていたようだ。

いや、現在進行形なのかな?

生活感が感じられる。

光の当たらないところは薄暗いが、シカリもユキノちゃんも私もよく見えるので一切問題ない。

 

「おい、おめえら、無駄な抵抗は止めな! 痛い目に遭いたくなかったらな!」

 

薄暗い場所から、後ろめたいことをしているような盗賊らしき連中が現れた。

どいつもこいつも、薄汚れてぼろっちい身形(みなり)をしている。

一四人か。

危機感を少しも感じられない、シカリののんびりした声が放たれた。

 

「どうやら、夜盗(バーグラー)率いる略奪者(ルーター)といったところか。」

「食いっぱぐれたので、こんなところにいるんですかね?」

「おっさん一名に女子二名なんで、侮ったんじゃろうな。」

「たぶん前回、前々回と彼らは隠れていたんでしょうね。」

 

コクコクと頷くユキノちゃん。

可愛い。

 

「おめえら、危機感なくくっちゃべってんじゃねえぞ!」

「そう言えば、北海道にクッチャロ湖ってありますね。」

「あるのう。」

「ふざけとんのか!」

 

短気らしい盗賊たちが襲いかかってきた。

パン! パン! パン!

天井に向け、威嚇射撃する。

足をすくませるは盗賊たち。

いきなり発砲して撃ち殺すのは、流石に躊躇(ためら)われるしな。

目ざとい感じのおっさんが髭まみれのおっさんに話しかける。

 

「親分、こいつら騎士ですよ! 全員見たこともねえ鉄砲を持っていやがる! 首都の近衛かも知れねえ!」

「おい、おめえら!」

「「「へい!」」」

「降伏だ!」

「「「へい!」」」

 

それはもう見事なくらいに彼らは錆びたり欠けたり折れたりしている武器を即時に投げ捨て、栄養状態が良さそうに見えない両手を上げた。

……えええ。

どうすんの、このおっさんたち。

取り敢えず近場に牢屋らしき場所を見つけたので、そこへ全員収監する。

逮捕しちゃったぞ。

これでも食っとれ、とシカリが米軍の賞味期限間近な戦闘糧食を彼らに渡した。

そのまま食べられるやつだ。

もしかして、痩せ細っている彼らに同情したのだろうか?

 

「全員、人殺しはしとらんからのう。これからあいつらは、ここで一旗揚げるつもりだったようじゃな。」

「わかるんですか?」

「これでもワシは一応神に属しておるからなあ。迷える衆生(しゅじょう)を見捨てる訳にもいかんじゃろう。」

「拝みましょうか?」

「せんでええ。」

 

彼らはこんなもん喰ったこともねえと、温めなくてもそのまま食べられる軍用食を貪(むさぼ)るように食べている。

泣いている者さえいた。

結果、我々は『兄貴』とか『姐さん』とか言われるようになった。

嗚呼、わかった。

これは餌付けだ。

コロッと協力的に変化した彼らから情報提供してもらい、不明な点が段々と薄らいでいく。

第一次調査隊は野営地を設置して探索に来て、初心者盗賊たちは隠れてやり過ごしたとか。

そして、調査に訪れた衛兵たちはその内見えなくなった。

帰ったかと思って野営地を見るとそのままで、撤収していないのがわかる。

腐るのは勿体ないと、先住民的盗賊たちが食料を失敬したのはご愛敬。

彼らに気付かれないために、初心者盗賊たちはやり過ごしたのだとか。

交流は無く、あちらはこちらに気づきもしなかったそうな。

新人泥棒たちがいぶかしんでいる内に、新手の衛兵たちが砦へやって来た。

第二次調査隊は腕に覚えがあったようだ。

先に住み着いていた連中が衛兵たちへ突っ掛かり、呆気なく捕縛されたのを見て新人たちはこわくなってやり過ごしたそうな。

そして、我々第三次調査隊へと繋がる。

我らを侮った男たちは簡単に捕まった。

なんだかなあ。

結局、第一次調査隊はどうなったのか?

ううん、情報が圧倒的に足りない。

 

合間に、ユキノちゃんの作ったおにぎりを食べる。

ふっと前世が甦ってきた。

もやもやしてくるが、それは今思うことじゃない。

しんなりした海苔との均衡性もいい。

旨し。

 

探索を続ける。

衛兵隊の所持品らしきものや血痕が見当たらない。

交戦跡が見当たらない。

はて?

コヨーテはすべて駆逐されたのだろうか?

案外どこかで見張っていて、我々がいなくなるのを待っているのかも知れない。

 

盗賊……元盗賊になるのかな? 彼らから得た情報によると、砦には地底湖があるという。

そこへ向かうことになった。

 

 

幅広の石造りの階段を降り、地底湖へ到着する。

けっこう大きい。

これだけ豊かな水場があれば、長期戦にも有利だっただろう。

生活用水として、ここは有効活用されたのだろうな。

湖の傍で、少し感慨にふけった。

と。

いきなり足元をすくわれ、手にしていたブローニングの散弾銃を取り落として私は倒れた。

え?

 

「クローリングケルプじゃと!?」

 

シカリの声が聞こえてきた。

クローリングケルプ?

足に海藻が絡みついている。

は?

 

意外と素早い動きで海藻は私を引き摺り、地底湖へと連れていこうとする。

しまった。油断大敵だ。

こいつが犯人か。

スタームルガーの円筒型弾倉式拳銃を腰のホルスターから引き抜き、ベルトを外して

外套も急いで脱ぐ。

水を吸ったら重くなるから、その前に脱いじゃえ。

間一髪、間に合った。

ザパン!

水中へ引き摺り込まれる。

湖の中で揺らめくそいつへ逆に急接近し、中心部らしき場所へ至近距離から.357マグナム弾を六連射した。

どうだ!

途端、ぐったりして力を失う魔物。

足の拘束も解けた。

よし!

逃げるべ!

えっ?

別の海藻に絡み付かれ、片足を引っ張られる。

なに?

二体いたのか?

ヤバい!

予備弾は手元に無いし、てっきり一体かと思っていた。

短刀のマキリを引き抜いて、接近戦を試みるしかない。

ズボンに付けた鞘からシャッと抜いた刃物で、そいつに斬りかかる。

水中だからか動きが上手くいかない。

不味い。

そろそろ息が苦しくなってきた。

 

意識が薄れかかった時にひのきの棒と手斧の二刀流なユキノちゃんが海藻に突撃し、そいつがあっという間にバラバラにされて屠(ほふ)られたのをちらりと見た。

 

意識が戻った後、焚き火に当たりながらシカリから魔物の説明を受ける。

我々が戦ったのは、クローリングケルプと呼称される魔法生物だそうな。

遺体も六人分見つかったとか。

預かっていた伝書鳩を放ったので、明日か明後日くらいには馬車群がやって来るだろうと言われた。

あの海藻は地底湖に守護者として放たれたか、或いは罠として誰かが持ち込んだか。

憶測と類推は出来るものの、決定打は無いようだ。

地底湖に棲息していたのは二体だけだったようで、シカリがその後詳しく調べたのだとか。

 

結局、サケサマの衛兵たちが来たのは翌日のことだった。

かなり飛ばして来たようだ。

食事を与えられ続けて従順になった盗賊たちは監視付きでの労働者になるようで、縛り首は免れた。

情状酌量ってとこか。

最初に捕まった方は余罪が複数出てきたため、炭鉱送りになるとか。

労働力はどこでも欲しがるが、その労働者が逃げ出す環境というものはそこかしこに存在する。

彼らが更正して、真っ当になれるといいなと思った。

 

 

 

 

生理不順は気になるし、以前倒したガスクラウドや今回倒したクローリングケルプみたいな魔物が今後もまた出てこないとも限らない。

この体に慣れきったかと言われたら微妙な面が多々あるし、本来の力を引き出せるようになるにはどれだけの訓練と時間をかけたらよいのか皆目見当もつかない。

このセカイは不安もまた大きい。

でもまあ、なんとかなるさと思うしかない。

 

我、大いに悩みありて。

 

 



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