うちの母港は確率がおかしいと思うんだ (出口のない周回)
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確率がおかしい

 ──一体、いつになれば終わるのだろうか。

 

 執務室の机に座る私は、今回の出撃に関する報告を述べた目の前の女性に視線をやった。

 その蒼い瞳を真っ直ぐにこちらへ向けた、どこか気品を感じられる姿の彼女の名はフッド。第二艦隊の旗艦を務めている。

 

「……ええ。今回もこれと言った収穫はございませんわ、指揮官様」

 

「……そうか。ご苦労だった。皆にもしっかりと休息をとるように伝えておいてくれ」

 

 やっぱりか。

 なんとなく予想はしていたものの、少しばかり抱いていた期待を打ち砕かれるような思いに私は肩を落とす。

 これで何回目だ。最早数える事などとうに放棄した私には精細な回数などわからない。

 友人は三十回くらいで出ただのと言ってはいたが、今となってはその言葉の真偽は定かではない。ただ言えるのは、それが真実なら友人はとんでもない運の持ち主だと言うことか。

 

 どこか申し訳なさそうな顔を浮かべているフッドに、「貴女が悪いわけではない」と言っておく。

 

 事実、ただ単純に私の引きが弱いだけなのだ。

 彼女に責任等あるはずもない。

 

 

 

 さて、現在私が率いる艦隊の最高到達地点は6-1と呼ばれる海域。

 10-1だとかまで進んでいる友人等他の指揮官達と比べて、その進行は目に見えて遅い。それはさながら兎と亀のような。

 

 と、言うのも。それにはワケがある。

 私は今、とある問題にぶつかっているのだ。

 3-4と言えば、わかる者にはわかるだろう。

 

 そう。私は例の空母、赤城と加賀を持っていないのだ。

 どちらかしか持っていない、というわけではない。

 どちらともを持っていないのだ。

 

 かつてそんな存在を知らなかった私は海域攻略にそれなりに熱を持っており、6-1まで進めたものだ。

 しかし、友人より3-4で強い空母が手に入ると聞いてからというもの。今までの海域の中で他に見落としがないか、と様々な資料を読み漁った。

 やがて私は周回と言う名の深海に沈み、気が付けば執着と言う名の海藻に足を絡めとられていたのだ。

 

 そこからは毎日毎日3-4を回り、時には5-1を回り。

 そして先ほどのように毎回同じ報告を聞く。そんな日々が続いている。

 

 おかげさまで練度百の艦が何体になったことか……。

 

 

 フッドが部屋を退室した後、私は一時中断していた手元の書類とのにらめっこを再開していた。

 机の上では書類が小さな山を形成しているが、それでもこんなのはほんの一部でしかない。

 何せ背後には、既に必要な処理を施した紙の束が高く積まれているのだ。

 全く、秘書艦のウォースパイトが居なければどうなっていたことやら。

 

 

 太陽より降り注ぐ赤みがかった光が弱まり、ぽつぽつと建物の中に光が灯り始めてきた頃。

 不意に、誰かが執務室の扉を叩いた。

 私の「入れ」と言う入室を許可する言葉と共に木製の扉が開かれ、姿を現したのはエンタープライズだった。

 手元の書類から目線を外し、顔を上げる。彼女の手に見えるのは少量の書類。

 

 ……はて、何か彼女に頼んでいた事があっただろうか。

 

 そう頭を悩ませる私の目の前までつかつかと歩み寄ってきた彼女は、抱えていた書類を差し出すと口を開いた。

 

「指揮官、建造結果についての報告書だ」

 

 ああ、そう言えばイベント限定艦のために回していたんだったか。

 しかし、いつもなら明石がしれっと机の上に置いていくのだが……。

 まあ大方、明石が手を離せない状況にあり、それを見かねたエンタープライズが代理として持ってきてくれたのだろう。

 

 私は軽く礼を述べて書類を受け取ろうと手を伸ばすも、彼女が書類を掴んだまま手を引っ込めたのでそれはかなわなかった。

 

「いや、指揮官はそのまま作業を進めてくれ。私が読み上げよう」

 

 そう言い、自身の胸の前辺りに書類を持っていった彼女の提案は有難いものだった。

 できれば机に積まれた書類共とは早々におさらばしたい。

 

 ……いや。

 ありがたい、のか……?

 

 書類と内容が混ざって変な事を言ってしまわないよう聞くことに集中すれば当然、書類は疎かになる。

 となると、何も変わらない。

 

 「やっぱり自分で読む」と静止の言葉を告げる間も無く、彼女は私が現在座る椅子に詰めるように座り、耳元で囁くように報告を上げ始めた。

 正直、一人用の椅子に二人で座るのは無理があると思う。ほとんど私の膝の上に彼女が座るような形になっているしな。

 別に私は耳が遠いわけではないのだから、そう近付く必要もないのではないだろうか。

 

 しかし彼女が上司である自分の為にわざわざやってくれている以上、無下に扱うわけにもいかない。

 おそらくこの距離も書類を進める私が一言も聞き逃すことがないようにとの、彼女なりの配慮なのだろう。

 

 私は一旦手を止め、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

 

 端的な建造結果としては、SSレアが三体と残り七体はN。

 

 良い。

 確率的には良い流れだ。

 

 流石に三体も居れば、その中の一体くらいは限定艦だろう。

 

 そんな期待を胸に抱えていた私の耳に突き刺さったのは恐るべき事実であった。

 

 三体ともサンディエゴ。

 

 その言葉を突き付けられた瞬間、目の前がほんの一瞬ばかり暗くなった。

 

 三体が三体ともサンディエゴだと……?

 なるほどな、これが正しく3ディエゴと言うことか。

 

 いや、おかしいだろうこれは。

 うちのドックには既に星6のサンディエゴ、謂わば5ディエゴがいるんだぞ。

 もうそれこそ3ディエゴどころではない。

 実質8ディエゴだ。

 

 あまりにも辛く厳しい現実に私は頭を抱えた。

 

 

 ガタン。

 

 視界の端で、書類作業を手伝ってくれていた秘書官のウォースパイトが立ち上がったのが見えた。

 

「たしか……エンタープライズ、と言ったかしら。貴女、それは上官に対する距離としておかしいのではなくて?」

 

「指揮官は、私と共に数多の意志を背負ってくれるかもしれない人だ。ならば、もはや運命共同体と言って良い私達の距離はこれが適正なはずだ」

 

 ウォースパイトとエンタープライズ、両者の鋭い視線がぶつかり合う。その様を形容するなれば『火花が散るような』と言う言葉が正しいだろう。

 

 また始まった。そんな思いを胸に二人のやりとりを私は呆然と眺める。

 

 一体何が原因かは知らないが、いつからか二人はこうして衝突することが多くなった。

 昔は同じ第一艦隊に居る古参メンバーとしてそれなりに仲が良かったはずなんだが。

 

 まあ私が何かした所で解決できるような問題でもないだろう。それに放っておけば大抵は勝手に収まる。

 

 ウォースパイトがエンタープライズの胸ぐらを掴み、膝の上に乗った彼女の腰が少しばかり浮く。

 私はその隙を狙い、二人の邪魔をしないようにそっと執務室を後にした。

 

 できることなら書類を終わらせてしまいたかったが、ああなってしまっては手の出しようがない。

 その件に関しては、落ち着いた頃に彼女らも手伝ってくれるだろうと期待しておこう。もし手伝ってくれない場合は……まあ、頑張るしかないな。

 

 そんな最悪の事態を想定し、私は拳を握りしめて気合いを入れ直す。

 と、そこで、船の帰港を知らせる汽笛の音が聞こえた。

 そう言えばそろそろ委託任務に出向いていた艦が帰ってくる時間か。

 

 どうせ執務室にはしばらく戻れないのだ。このまま彼女達の出迎えに行くとしよう。

 今日はいつもと違って随伴する秘書艦がいないが、まあなんとかなるだろう。

 

 私は楽観的な気分で港へと向かった。




 正直、3ディエゴって書きたかっただけなんだ……。

 十連3ディエゴを体験した人は結構居るはず。私はそう思いたい。


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レナウン級巡洋戦艦1番艦 レナウン

「第一委託艦隊、旗艦レナウン以下六名帰港しました! お出迎えありがとうございます、指揮官様!」

 

 

 小さな波が寄せては返す、潮風の香る港に六つの影があった。

 沈みかけた夕日に赤く染められた海を背に、どこか気品を感じる少女が他の少女らより一歩前に出て、敬礼と共に凛とした声でそう述べる。

 フッドのものと比べるとやや小さい青のケープが風に揺れた。

 

 彼女の名はレナウン。先ほど彼女自身が名乗った通り、第一委託艦隊の旗艦を任せている。

 第一委託艦隊は基本的にレベリング用の艦隊であり、上級○○の委託へと着工したばかりの者や経験が浅い者を向かわせるのだが、そのまとめ役として練度百の彼女を付けているのだ。

 着工したばかりの艦船達は色々と不安に思う事もあるだろうが、レナウンなら上手くまとめ上げてくれると私は信頼している。

 

「ご苦労だった。各自休息をとってまた明日に備えてくれ、以上だ」

 

 私の言葉にレナウン以外の艦は寮舎へとそれぞれ戻って行った。

 

「それではまた後ほど、今回の任務について記した報告書を執務室までお持ちします!」

 

 一人残ったレナウンはそう言う。

 

 とりあえず全員が寮舎に戻るなりなんなりするのを見届けてから執務室へ戻ろうとでも思っていたのだが、なぜか彼女はその場から動く様子がない。

 はて、と私が首を傾げると、彼女も同じく小首を傾げた。

 

「えっと……、報告書を書くんじゃないのか?」

 

「え、いえ? 既に完了していますので……」

 

 彼女は「何を当然な」とでも言いたそうな無表情で再び小首を傾げる。

 

 いや、うん。

 さすが練度百、と言うべきなのか?

 

「あー……、ならここで受け取っておくとしよう」

 

「了解しました。確認をお願いします」

 

 うん。多分まだ執務室には戻らない方がいいだろう。

 

 彼女が何処からか取り出した書類を受け取り、目を通す。

 それぞれが獲得した経験値、消費燃料、獲得資金。そして獲得メンタルキューブの数。が記されていた。

 手に入れたキューブの個数は相変わらず五個と最低数ではあるが、元々の所持数と合わせるとまた十連建造が可能な数にはなったはずだ。

 

 と、なれば。やるべき事は決まったと同然である。

 どうせしばらくの間は執務室に戻れないのだ、時間潰しにも最適だろう。

 などと適当な理由をつけ、勝手に心の内で納得した私は建造ドックへと足を向ける。

 

 

 建造ドックへと続く静かな廊下に靴が床を叩く音が響く。

 私の足音とは別に、もうひとつの足音が重なるように追従していた。

 

 現在はおよそ夕食時であり、大体の艦は食堂へと集い食事を行っているだろう。

 そしてこの廊下の先には建造ドックしか存在せず、寮舎や食堂は真反対の方向とは言わないが既に通りすぎている。

 そのため、今この時にわざわざこの廊下を歩く者など私くらいしかいないはずだ。

 

 私が立ち止まると、追従するもう一人も同じよう立ち止まる。

 

「……? どうかされましたか?」

 

 振り返ると、背後のレナウンが不思議そうに小首を傾げてそう言う。彼女の青い瞳と目が合った。

 

 私は彼女に「問題ない」とだけ告げると再び前へと向き直り歩を進める。

 そして当然の如く彼女も私と同じく歩き始めた。

 

 いや、『問題ない』ではない。

 どう考えても問題ありだろう。

 なぜ彼女、もといレナウンは着いてくるのだろうか。

 

 任務終了直後だと言うのに、先ほどの報告書類を私が受理してから彼女は一度も部屋に帰っていない。

 よくわからないが、彼女はそれが当然かのように私の側を常としているのだ。

 任務とトイレと睡眠の時くらいだろうか。彼女が側にいない時と言えば。

 ……厳密には睡眠の時にいないと言えるのかは定かではないが。

 

 前になぜ着いてくるのかと聞いた時は「……変、でしょうか?」と返された。当然、私が聞きたかった答えにはなっていない。

 それ以降、私は特に気にしていない様子を装ってはいる。

 正直なところ、とても気になる。

 何か言いたい事があるのならば言ってくれれば良いものを。と言っても彼女の様子からするに、何かがあるわけではなさそうだ。

 

 

 ふと、少し進んだあたりで立ち止まり、再度後ろへと振り返る。

 何か、物を落としたような音が聞こえた気がしたのだが。

 

 足元や周囲を軽く見回すと、レナウンの後方数メートルの辺りに何かプラスチックの……筒(?)のようなものが落ちているのが目につく。

 自分の持ち物にそんな物の見覚えはない。

 

「……レナウン、あれは貴女の落とし物か?」

 

 私が指し示した方向へと振り返りソレの存在を確認した彼女は私の言葉に肯定し、急いでそれを回収して戻ってきた。一連の動作を眺めていたが、どこに収納したのかは全くわからなかった。

 

 そんなに急ぐ必要はないのだが……。

 そう思いつつも再び建造ドックへと止まっていた歩を進める。

 

 しかし何に使われるのだろうか、あの……筒は。

 いや、遠目からは筒にしか見えなかっただけで何か別の物なのかもしれない。

 まあそれを考察する理由は特にないが、こうして色々と考える事が普段の思考力に繋がるのだ。

 

 と、あれこれ考えている内に建造ドックへ到着だ。

 それほど宿舎や食堂等がある区画から離れているわけではないので、当然と言えば当然である。

 

「どこ行ったにゃ~……」

 

 建造ドックに入ってまず目についたのは何かを探している様子の明石の姿だった。

 右へ左へ行ったり来たり。何やら慌てているように見える。

 何か大事なものでも無くしたのだろうか。

 

「にゃ~……。にゃっ! 指揮官~、報告書はもう少し待って欲しいにゃ~!」

 

 こちらに気付いた明石が、紙束の山を漁りながら片手を上げてそう言った。

 

 報告書、と言うのは建造結果についてのモノのことだろうか。

 もしそうならエンタープライズが先ほど届けてくれた、という事を伝えると明石はほっとしたように一息つき手を止めた。

 書類を無くしたと思い、焦って探していたらしい。

 紛失してしまうかもしれないような環境もどうかと思うが、私の執務室も似たようなものなのであまり言えない。

 

「……それで指揮官、今日は何のようかにゃ?」

 

「ああ、いつものを頼む」

 

 明石は私の言葉に「了解にゃ~」と言いどこかへ行ったかと思うと、建造素材であるメンタルキューブを大量にくくりつけたロープを引っ張って戻ってきた。

 明石の身長とだいたい同等くらいのそれの数は目測でざっと数えて約二十個。約、ではなくぴったりと言った方が正しい。うちのキューブ事情は寂しいものであり、現在はそれが最大個数なのだ……。

 

 それはさておき、一度、キューブをひとつだけ持ってみた事はあるがそれなりの重さを有していた。それなりとは言ったものの、ひとつを持つので手一杯なほどだ。思念体という話だが、何故それほどの質量を持つのかは不明である。

 それを軽々と運んでしまう彼女達。艦船である以上、人とは馬力が違うのだろう。しかし、あの小さな体のどこにそんな力があるのかと毎回思う。

 そしてそれと同時に、彼女達に本気で殴られでもすれば私は文字通り弾けてしまうのだろう、と。

 

 好かれずともなるべく嫌われないような行動を心がけねば。

 

 それはそうと、私の建造依頼に慣れている明石は数を言わずとも私が求めている回数を回せるだけの量をぴったり持ってきてくれる。まあほとんど十連なのだが。

 

「にゃー……。じゃあ特殊建造で実行するにゃ」

 

 明石は少しのあいだ私の顔を見て、そう言った。そして私の確認を取ることもなく、よく分からない機械へとキューブを投入していく。

 本当に明石はこの作業に手慣れたもので、私の顔を見ればどの建造方針を求めているのかがわかるらしい。機械と同じ、よく分からない技術だ。

 

「……明石」

 

「了解にゃ~」

 

 ドリルを頼む、と言おうとしたところで明石が被せるようにそう言った。そして再びどこかへ行きドリルを手に戻ってきた。

 

 まだ名前しか呼んでいないのだが。

 

 慣れと言うのは凄い。そう納得することにしておこう。

 

「この明石を誰だと思っていやがるにゃ!!!」

 

 明石は叫び、メンタルキューブが投入された謎の機械へとドリル片手に突撃していった。

 やがて轟音と共に衝突し、機械は明石を巻き込んで強烈な光を放つ。その際に建造ドック全体が大きく揺れた。

 

 この揺れは……SSRだな。

 いや、そんなことよりも建造ドック自体が壊れそうだ。毎度のことではあるが、よく崩壊しないものだな。

 

 やがて光は収まり、そこには稼働が終わった機械と何かをやりきったような表情を浮かべる明石の姿があった。

 

「いつも通り、全員直接寮へ送っておいたにゃ。一応これが建造結果にゃー」

 

 そう言って手渡された一枚の紙。

 艦船による自己紹介がなかったということはつまり、新規の艦船は居なかった。そういうことだ。

 が、しかし。既存の艦船だとしても限界突破など戦力増強の効果は得られる。

 要するに、だ。

 

 もうサンディエゴじゃなかったらなんでも良いよ。

 

 意を決して手元の書類に目を落とした。

 

 ……ウォースパイトだった。

 残りの九体は全てN。

 

 確率の偏りが……。

 

 サンディエゴじゃなければなんでも良いと言ったが、あれは訂正しておこう。

 古参メンバーであり秘書艦でもあるウォースパイトは星6、つまり限界突破最大に達している。それに加える形でウォースパイトは後二人いた。

 つまり現状、星6ウォースパイト+ウォースパイト×3である。

 

 せめてRやSRであれば勲章と交換できるのだが、SSRともなると……。

 

「大丈夫ですか、指揮官様? 具合でも悪いのですか?」

 

 頭を抱える私に、レナウンがそんな言葉をかけてくる。

 

「か……」

 

「か……?」

 

「確率がおかしい……」




 SSRはなんかもったいなくてサンディエゴですら退役できなくてどんどん溜まっていってる。
 むしろ二体目の星6が居る。

 とか言う人は他にもいると思うんだ。
 いや、そう思いたい。うん。


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エンタープライズ曰く『編成がおかしい』

 固い硬い靴底が、地面を打つような音が鳴り響いていた。その音をたてている人物は、随分と気が立っているように思える。

 彼女とすれ違った駆逐艦、クレセントはそのただならぬ雰囲気に圧されて道を譲るように壁際へと駆け寄り、怯えた表情で彼女の事を見送った。

 

 

 その白い髪を靡かせて、長く静かな廊下を行くのはかの有名なグレイゴーストこと、ヨークタウン級航空母艦2番艦エンタープライズ。

 一枚の紙を片手にやや早歩きで先を急ぐ様子の彼女は目を吊り上げて、怒り心頭と言った表情であり。すれ違った者達の一部が、怯えて泣き出すほどの雰囲気を纏っている。

 そんな彼女が、自身の羽織る外套をゆらゆらと揺らしながら向かう先は指揮官が居るであろう執務室。

 彼女は指揮官に対して文句、もとい抗議の言葉を言ってやろうとその歩を進めているのである。

 

 原因となったのはエンタープライズが手に持つ紙。それに記されているのはとある編成についてである。

 見る者のほとんどは特に何も感じることのない、ただの伝達書。しかし、何かが彼女の機嫌を損ねる事となってしまったのだろう。

 

 やがて執務室の前へとたどり着いたエンタープライズは、ノックをすることもなく扉を開いた。

 壊れてしまうのではないか、と思われるような勢いで開かれた木製の扉の先、執務室。通常であればそこにあるはずの指揮官の姿は残念ながら見当たらなかった──。

 

 何故。

 

 指揮官の姿がない事に、一瞬思考を停止したエンタープライズ。

 しかし指揮官と共に姿の見えないある人物を思い浮かべ、忌々しそうに舌打ちをすると、執務室を後にした。依然、纏う雰囲気は変わらず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──怖い。

 

 ウォースパイトの私室にて、執務室に設置してあると言う防犯カメラの映像を見せてもらった私はそう思った。

 そもそも今初めて知ったカメラの存在自体もそうであるが、憤怒の様相で執務室に入ってきたエンタープライズ。彼女の姿は相当に強烈である。

 執務室の扉は先ほどの衝撃により、もはや扉としての機能は期待できないだろう。明石に修理の依頼をする必要がある。

 

 今現在、私は秘書艦であるウォースパイトと共に、彼女自身の部屋に居る。

 事の発端は午前の執務と言う名の書類との格闘を行っていた際、同じく作業をしていた秘書艦のウォースパイトが「危険が迫っている」と、ふいに立ち上がって私の手を引いたので移動してきたのだ。

 そしてそこから約十分後の今に至る。

 

 

 失敗した、のだろうか。

 

 彼女ら艦船達には嫌われないよう努めてきた。

 古参メンバーであり、それなりに付き合いも長いエンタープライズがあれほどの怒りを露にするなど、よほどの事だろう。

 特にこの身に覚えはない。が、現実と言うものは唐突に鋭い刃となり、目の前に突き付けられるものだ。

 

 

 エンタープライズが去った後の執務室の映像をぼんやりと眺めていると、私の耳に何かの物音が入ってきた。こんな時に何の音だろうか。

 耳を澄まして、音へと意識を傾ける。

 エンジンの駆動音のようなものと……、これはプロペラが回る音、か。

 

 やや殺風景な女の子らしくない部屋、もとい私が普段作業を行っている執務室にとてもよく似ている内装のウォースパイトの部屋にはそんな音が出るような代物は見当たらない。

 外からの音だろうか。

 

「指揮官、それはいけないわ」

 

 部屋に備え付けられた窓から外を見ようとしたが、ウォースパイトの手によってそれは阻止された。

 彼女がカーテンを閉めて少しして、その何かの音が接近する。そしてカーテンに影が落ち、何かの形がぼんやりとしたシルエットとして映し出されやがて消えた。

 先ほどまではとても近くにあった音が、遠退いた。気がする。

 

 

「今のは彼女の艦載機よ、おそらくここの全域に点在している。……その意味はわかるかしら?」

 

 日の光が差さなくなり暗くなった部屋で、私は唾を飲んでゆっくりと彼女の言葉に頷いた。

 

 おそらく。いや、確実に。エンタープライズが私を探しているのだろう。

 あるいは。

 彼女の艦載機に見付かってしまえばそれが最後。こちらへと照準を向けられた機関銃が火を吹き、私は瞬きをする間もなく蜂の巣へと変えられてしまうのだろう。

 

 そんな少し先の、想像ではあるがそう間違ってもいないだろう未来(じぶん)の姿に身震いをし、目の前にいるウォースパイトを見つめるが彼女は何も答えない。

 

 沈黙が訪れる。

 

 

 

「指揮官はここに居て頂戴。多分、安全だと思うわ」

 

 沈黙を破ったのは、ウォースパイトの放ったそんな言葉だった。

 果たして、この場所で危機が去るまでやり過ごす事は正しいのだろうか。ここは指揮官として、事態の収拾に努めるべきではないか。

 

 いや、そんなことよりも彼女の口ぶりはまるで自身はこの場を離れるとでも言うかのようである。

 何と言うべきか、それは非常にマズい。

 エンタープライズと対談を行うにしても、私一人では最悪の場合言葉を交わすこともできないかもしれない。

 そのような事にならない為にも、是非ウォースパイトには付き添ってもらいたい。

 

「私は……ええ。少しアレと話す必要がありそうね」

 

 ──しかし、現実は非情である。

 

 私が呼び止める間もなく、彼女はそんな言葉を置いて部屋を出てしまった。

 

 さて、どうしたものか。

 明石に助けを求める……。としても、今の所使える連絡手段がない。

 レナウン……。は、現在委託任務に出ている。帰ってくるのはまだまだ先だろう。

 

 などと、あまり有効な手を思い付かずに思考を重ねていると、なにやら窓の外から声が聞こえてきた。

 

「いい加減にしないかエンタープライズ! 駆逐艦の妹達がひどく怯えている! 悪ふざけは止せ!」

 

 声の主はアークロイヤルだ。

 随分と声を張り上げているようだが、もしかしてそこにエンタープライズも居るのだろうか。

 

 私が部屋の窓を開いたのと爆発音が響いたのは同時だった。

 すぐさま窓から身を乗り出して下へ目をやると、まず目に入ったのは地面を覆うような砂煙。

 少ししてそれが晴れると、そこには広範囲に抉れたコンクリートとその中心に倒れ伏すアークロイヤルの姿が。

 そして少し離れた所に、幾つかの艦載機を近くに滞空させたエンタープライズ。

 状況から察するに、おそらくはそういう事だろう。

 

「……っく、わ、私は……。駆逐、艦……の。妹……達の、為。倒れる……、わけに、は……」

 

 ──アークロイヤル、貴女の勇姿は立派な物だった。

 

 立ち上がろうとするも、力尽き倒れてしまったアークロイヤルの姿に私は思わずその名を叫びそうになったが、すんでの所で堪えて窓際から離れた。

 

 アークロイヤル、彼女は戦ったのだ。駆逐艦達を守るために。

 ならば私も指揮官として戦わなければならないだろう。今立ち上がらずして、いつ立ち上がると言うのか。

 

 覚悟を決めた私はウォースパイトの部屋を後に、執務室へと向かった。

 決着をつけるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エンタープライズへ告げる。至急、執務室まで出頭せよ』

 

 母港全域へと放送を流した以上、数分と経たない内にエンタープライズはその姿を現すだろう。

 果たしてその砲口が私へ向けられるか否か。あるいは私の思い過ごしか。もう、すぐに結果は出る。

 

 私は手に持った紙、もとい遺書を机の引き出しへと入れた。これは念のためにと、先ほど書き上げたものである。

 内容は主に私の死因は事故死として大本営へ通達するようにと、まあその程度だ。他には取り立てて書き記すような事柄もない。

 もちろんこのような志半ばで死にたいわけでない。しかし、もし私が死んでしまったとしてもここの艦船達は幸いにも皆優秀であるので、私があれこれ書き残さずとも上手くやっていけるだろう。安心して逝くことができる。

 いや、そもそも死んでしまうかもしれないこの状況自体、何一つ安心できるものではないが。

 

 などと考えている内に、決着の時は訪れたようだ。

 

 入り口の脇に立て掛けられている既に扉としての機能を失った木板を尻目に、その向こうへと意識を傾けた。

 こつこつと、靴底が廊下の床を打つ音が静かに響いている。

 徐々に、扉があった位置の空間が歪んでいくように見えるが、これは私の心理的な恐怖の表れだろうか。それとも彼女の放つプレッシャーによるものだろうか。

 

 私はそんな考えを吹き飛ばすように軽く頭を振り、重く体にのしかかるような重圧と共に姿を現した彼女、エンタープライズと向かい合った。

 高熱を秘め静かに燃える炎のような青い瞳がこちらを見据えている。

 

 ──よし。

 

 そもそも彼女と対話を出来なければ意味がないこの状況で、顔を合わせたその瞬間にジ・エンドというような結末を迎えなかったことに、私は内心ホッとした。

 

「さて、エンタープライズ。話を────」

 

 つかつかと歩みよってきたエンタープライズは、私の言葉を遮るように目の前の執務机へ手を叩きつけた。

 なるほど。つまらない話に付き合うつもりはない、か。

 

 よく見れば何かの紙を叩きつけたらしく、彼女の手と机との間にややシワの入った紙があった。

 当然ではあるが、彼女の手が覆い隠すような形になっているため、そこに書かれた文字等は見えない。

 

「指揮官! これはどういうことだ!」

 

 彼女の指す『これ』と言うのは、ほぼ確実にこの紙の事だろう。

 そう理解していようが、そもそも紙の内容を読み取れなければ何も分かっていないのと同義である。

 つまり、だ。

 

 ──手を退けてくれ、エンタープライズ。

 

 しかし、どんな言葉がトリガーとしてこの体に風穴を開けられるかわからないような状況下で、そう言葉に出して言うわけにもいかないだろう。

 察してもらえる事を願いながら、彼女の目を見つめる。

 

「……! そんな手には乗らないぞ。早くこれについての説明を願おうか!」

 

 特に何かをした覚えはないのでエンタープライズの言うそんな手が何なのかはわからないが、幸いにも彼女は紙を私の目の前へ突き付けるように手を突き出してきた。

 

 鼻先に触れそうなほどに近付けられたその紙へと焦点を合わせ、文字を読み込んでいけばその内容と彼女の怒りの原因がわかるはず。

 しかし、いま目の前にあるこれは私が今朝方に発行した演習においての防御艦隊の編成に関しての通達書だ。書き損じがあるだとか、そんなことはない。

 どこに問題があるのかさっぱりわからない。

 

「指揮官、黙っていないで答えてくれ! これはどういうことだ!」

 

 エンタープライズが間違えて別のものを私に見せている可能性も少なからず考えた。しかし今しがた彼女はその紙を自身の目で確かめ、怒りによるものか手をわなわなと震わせると改めて私へと突き付けてきたのでおそらく間違えてはいないのだろう。

 

 そうなると、エンタープライズが何に対して腹を立てているのかがますますわからなくなってきた。

 普段は冷静に物事を考えて行動に移すことの出来る彼女が、これほどの怒りを露にするのならばそれ相応の原因があるはずだ。

 私はそう考え、何度となく紙を読み返す。が、やはり何も目につくようなものは見当たらない。

 

 ふと、視線を外すとエンタープライズの艦載機が私を囲むように空中で佇んでいた。

 その姿を確認したことで、やっとそのエンジン音が私の耳へと入ってくる。

 背筋を、ひんやりとした汗が通った。まるで刃物でゆっくりと撫でられたような冷たさを感じた。

 

 

 落ち着け。

 よく考えろ。ここは分岐点だ。

 おそらく、ここで間違えれば私は死ぬ。

 慎重に。確実に。早急に。

 答えを探さなければ。

 

 私の書いた文字に問題がある?

 いや、そんなことはないはずだ。もしそうならもっと前に私は死んでいる。

 

 内容。もとい、編成に問題がある?

 おそらく、彼女の気に障る可能性があるとすればこの部分以外はないだろう。

 しかし、私の目には特に何の問題もないようにしか映らない。

 

「……エンタープライズ。それは、編成について、と言うことだろうか」

 

 そう、一言一言を確かめるようにゆっくりと絞り出す。

 声を震わせることのないよう。冷静に、確実に。

 おそらく、彼女に不自然に思われても即DEADだ。

 

「────ああ。その編成は間違っている。そうだろう? 指揮官、すぐに訂正してほしい」

 

 

 

 第一関門突破。

 が、しかし。次が最大の難所であり、ほとんど最終関門と言っても差し支えない箇所だ。

 

 私は今一度、編成を見返す。いや、一度と言わず何度となく。

 もしも私に、念力のような力が備わっていれば紙は穴が開くを通り越して紙くずの山となり、原型が残っていないだろうと思えるほどに見返した。

 けれども、私が自身の手で生み出しそして今自らの首を絞める原因となっている目の前の紙は何一つ答えやしない。

 

 ギリッ、と。エンタープライズが奥歯を噛みしめたような音が聞こえた。

 タイムリミットが迫っている。

 

 額を嫌な汗が伝った。

 

 

 

「……指揮官」

 

 エンタープライズが口を開いた。

 

 まずい。

 その先を言わせてしまえば終わりだ。間違いない。

 どうする。

 誰か、教えてくれないか。

 私は、どうすれば良い。

 

 私の目の前に突き付けられていた紙が、ひらひらと宙を舞い、やがて机の上へと落ちた。

 

 もはやこれまで、か。

 

 ウォースパイト、明石。後は頼んだ──。

 

 

「……指揮官、私は」

 

 

 衝撃に備えて目を閉ざし、終わりの時を待つが一向にその時は訪れない。いや、あるいは既にここは死後の世界か。

 ゆっくりと目を開くと、視界に入ったのは静かに涙を流すエンタープライズの姿。

 一体何が起こったと言うのだろうか。

 

「……私は、自身がここで一番の戦力だと自負している。そして、指揮官にもそう思ってもらえているはずだ」

 

 エンタープライズが視線をやや上に向けて、静かに語り始める。

 

 状況がいまいち理解できない。が、即座に思考を切り替えて話の続きを促す。

 

「……その証拠として、指揮官は一番良い装備を私に使用させ、新海域攻略においては必ず私を出撃させていたはずだ」

 

 私はその言葉に肯定するように頷いて見せた。

 

 エンタープライズの言う通り、私は彼女をこの母港においての最大戦力として信頼している。

 だが、それが今日の件についてどう関係するのだろうか。

 

 私はもう一度、防御艦隊の編成について思い返す。

 前衛に駆逐艦クレセント、不知火、カッシン。

 後衛は軽空母レンジャー、ハーミーズ、ボーグ。

 当然、練度は全員百。

 

 やはり、問題のある箇所は無い。

 問題は無い、のだが。もしや彼女は……。

 

「……指揮官、何故だ。それでも、私では頼りないか? 答えてくれ、指揮官!」

 

 そう言い、私を真っ直ぐに見つめるエンタープライズ。

 普段ならば毅然とした態度を崩さない彼女だが、微かに瞳が揺れている。気がする。

 

 間違いない。彼女は──。

 

「……エンタープライズ。私は貴官が自身でもそう感じている通り、貴官をこの母港においての最大戦力として考えている」

 

「指揮官……! そうだとすれば何故!」

 

「──この編成には意味がある」

 

 ──エンタープライズは、勘違いしている。

 

 彼女自身が明言していない以上ほとんど私の推測ではあるが、彼女は戦力外として自分が編成から外されたのだと勘違いしたのだろう。

 それは自身をここの最大戦力として自負している彼女のプライドを傷付けたはずだ。

 だからこそ、こうして私へ対しての直談判を行うまでに至った。と、そう言う事だろう。

 

 だが。

 例えそうだとしても、私にも譲れないものはある。

 

「貴官に話す事は出来ないが、とても大切な意味がある。どうか分かって欲しい」

 

 そう。これは私がかつて新人指揮官だった頃に世話になった、先人達へ表す敬意だ。

 様々な報酬と交換可能な演習ポイントを貯める上で、かつての私のような新人の為に防御艦隊をNだけで組んでくれていた先人達は本当にありがたい存在だった。

 おそらくエンタープライズを含め、他の艦船達に話しても理解してはもらえないだろうが、これだけは絶対に譲れない。

 

「……指揮官。その編成を組む事に意味があるからであり、私では頼りないから外したわけではないんだな?」

 

「ああ。誓って私はそのように思った事はない。貴官の事は信頼している」

 

 エンタープライズを頼りないと言ってしまえば、一体誰であれば充足していると言えるだろうか。

 と、そんな程度には彼女の事を信頼している。それは事実だ。

 

 さて、この返答がどう転ぶのか。

 もう既に命の危機からは脱したはずである為、安全は確保されている。と思いたい。

 

「……そうか。それを聞いて安心した」

 

 気が抜けたのか、エンタープライズへと向けていた視線をほんの一時外した瞬間に偶然か、狙ってなのか彼女は私の背後へと回ったようだ。

 耳元で声がすると同時に首元へ腕が回された。

 一瞬、冷や汗を感じたが、このまま首が絞められるような事はないはず。

 しかしそうなると、彼女のこの行動の意図がわからない。

 

「指揮官。少し、このままでも良いだろうか」

 

 やがてエンタープライズは、背後からもたれ掛かるように体重をこちらに預けて私の肩へと顎を乗せそう囁いた。

 問題が解決した以上、特に拒否する理由もないのでそのままにさせておくがやはり意図はわからない。

 

 よく考えればこうして彼女達へ対する信頼を口にしたことはほとんどなかったかもしれない。

 それが、今日の事件に繋がったのだとするならば、少し改善を考える必要があるようだ。

 

「──指揮官! アレを呼び出すなんて無茶を……!」

 

 私を呼び、疾風の如く執務室へと飛び込んできたのはウォースパイト。

 私とエンタープライズの姿を見た彼女は、ほんのコンマ一秒すらも遅れることなく大砲をこちらへ向けて構える。

 

 何故それをこちらへ向けるのか。

 

 いや、ウォースパイトからすれば、エンタープライズが私の首に腕を回しているこの状況。先ほどまでの経緯を考えるに私が首を絞められる寸前にしか見えないわけだ。

 

「エンタープライズ! 指揮官から離れなさい!」

 

「待ってくれないか、ウォースパイト。もう既にエンタープライズと話し合い、問題は解決した」

 

 とりあえずそれを下げて欲しい。

 それが放たれてしまうと間違いなく私が死ぬ。

 

「ええ、指揮官。それは見れば分かるわ。だけどこれは譲れない!」

 

「……ふっ。ウォースパイト、年長者の嫉妬は見苦しいぞ?」

 

 

 どうやら、私の死は避けられない事項だったようだ。

 

 ────明石、後は頼んだ。




 最近はさ、わりと減ったような気がするけれども。
 昔はそれなりに居た演習防御艦隊全Nの人達。初心者の頃はもうさ、神様にしか見えなかったんだ。うん。
 だって、ガチ艦隊組んでる人相手とか勝てなかったもん。

 最近はなんかガチ艦隊の人増えたような気がするけどさ。
 それでも初心者だった頃を忘れずにN艦隊を組む人は居ると思うんだ。いや、思いたい。

 いや、居てくれ(切実


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『しゅんかんいどう』はおかしい

 青い空、白い雲。寄せては返す、波のさざめき。

 指揮官の任についてからは見慣れた光景だ。

 

 船の影すら見えない水平線をぼんやりと眺めていると、手元の釣竿から引っ張るような力を感じる。

 私は座ったまま、さほど力を入れずに竿を引く。少しの抵抗の後、きらきらと輝く海面から小さな影が飛び出した。

 釣り針にかかったソレは、小ぶりな魚。名前はいまいちわからないが、焼けば食べられないこともないだろう。

 私はその魚から釣り針を外すと、傍らに置いてあるそう大きくもないバケツへと放り入れる。

 水の張られたそのバケツには今しがた釣り上げた魚と同じような魚が数匹、ところ狭しと泳いでいた。

 

 とりあえず、今日の食糧はこれで事足りるだろう。足りなければまた後で釣りに来れば良い。

 

 私は釣竿をバケツの隣に置くと再びコンクリートの地面へ腰を下ろし、遥か遠くの水平線へ目を向けた。

 

 

 さて、本日に処理しなければいけない書類は幸いにも少なかったため午前中に終えてあるとは言え、休日でもない日に私は何をやっているのだろうか。

 そんな考えが頭をよぎったが、この状況では仕方ないと自分自身を納得させるかのように何度か頷く。

 

 不意に、背後からバチバチと空気が弾けるような音が聞こえ、振り返るとそこに居たのは。

 

「──エルドリッジ。こちらは駄目だった。船など小船すら見当たらなかった」

 

「……人、居なかった」

 

 私と同じように水平線の方へと体を向けて、隣にちょこんと座ったエルドリッジは、いつもと同じような口調でそう呟いた。

 

「そうか……、ご苦労だった」

 

 私はエルドリッジの頭を撫で、再び後ろへと振り返る。

 視線の先にはつい先刻も探索した、今は打ち捨てられ、かつては前線基地として建設されたのだろう廃墟。

 そして人の手など届いていないことを示すかのように草木の生い茂った深い森。

 

 どうやら現在いるこの場所は無人島らしい。

 

 

 

 

 さて、どうしてこうなったのか。

 

 

 遡ること数時間前、正確な時刻を覚えてはいないが正午よりは前だったはずだ。

 

 事務作業が午前中に終了した私は手が空いたわけだが、暇をもて余すことは無かった。前々からこういう時間には様々な資料や、ネットの情報に目を通していた。

 艦船である彼女達自身の情報はあまりないが、彼女達への理解を深めるためにその元となった艦について少しだけでも知っておこうと、まあ始まりはそんな動機からではあった。

 

 その時の私は、様々な箇所で噂としてまことしやかに囁かれているフィラデルフィア計画に目を通していた。

 まあ当然、資料として残っていたりするわけではないので、あくまでも噂話程度の情報をかき集めていただけにすぎない。

 

 そしてフッドが旗艦を務める第二艦隊にエルドリッジを編入させて、最近行き詰まっていた(元より目的の物がドロップしたことはない)3-4ではなく、5-1へと出撃させた。

 たしか「行けエルドリッジ。その電磁力(?)でコンセント、もとい127mm連装両用砲の設計図を手に入れろ」とか考えていたはずだ。

 おそらく3-4周回という悪魔にまとわり憑かれて疲れていたのだろう。

 

 まあ私の目論見通り設計図は獲得したのだが、作戦完了の報告に来たエルドリッジに飛び付かれて、受け止めた瞬間目の前が真っ白になったと思えばここに居たわけだ。

 

 

 

 さて、こうして思い返してはみたものの。わけがわからない状況であることはたしかだろう。

 ため息をはきそうになった所、隣のエルドリッジにつんつんと指でつつかれた。

 

「……指揮官、大丈夫。エルドリッジがいる」

 

 そう言った彼女の顔はいつもと同じ無表情であった。

 いや、ほんの数ミリにも満たないほどだがいつもより口角が上がっているような気がする。あるいは私がそう思いたいだけか。

 

 彼女自身もこんな場所に上官である私と二人きりになるような状況になってしまって辛いはずだが、暗い顔を見せないように気を使いながら、私を元気付けようとしてくれているのだろう。ありがたいことだ。

 

 私はエルドリッジに感謝の言葉を告げ、再び水平線を眺める作業に戻った。

 

 

 小さな影が私の頭上をよぎった。

 大空を自由に羽ばたく鳥達が、何かを伝えあうかのように囀ずっている。私にも彼らのように大空を自由に駆けられる翼があれば。

 

 太陽は真上よりやや傾いていた。

 今は十二時を少し過ぎたくらいだろうか。

 そう認識した途端、腹が空腹感を訴え始めた。

 

 そう言えば、ここに来てから昼食をとっていなかった。

 

「指揮官、腹減った」

 

 バケツの中の魚を眺めていたエルドリッジもそう言った。

 

 そろそろ食事にしよう。

 私は立ち上がり、背後の廃墟と化した元前線基地へと足を運ぶ。

 コンクリートの建物内部を歩いて行き、火を着けるのに便利な着火剤とライター、そして少量の飲料水を手にエルドリッジが待つ海岸へ。

 物の場所は、先ほど探索した時にある程度覚えておいたのだ。記憶力はそこそこに良い方なのが幸いした。

 

 この元前線基地は、よほどの急ぎで打ち捨てられたのか持ち運ばれなかったであろう保存食や飲料水、様々な物資等がそれなりにあった。が、どれほどの期間ここに居なければいけないかもわからないため、体力がある今の内は保存食に手を付けたくなかった。

 それに加え。……何と言えば良いのだろうか。

 何故かはわからないが、保存食や飲料水が長期保存されていたようには見えなかったのだ。

 いや、地下の貯蔵庫で埃を被っていたような物なので古いのは間違いないはず。

 が、そこそこ新しい物のような、何故かそんな違和感があった。

 水は手を付けざるを得ないので仕方なしと納得したが、保存食に関してはどうしようもなくなった時の最終手段として使わせてもらうことにした。

 

 

 海岸に戻った私は着火剤とライターで、薪に火を着ける。薪はエルドリッジが森から集めてきてくれた。

 ライターが湿気っていた場合は少し手間であったが、問題なく火を起こせたのですぐに食事にありつけそうだ。

 灰色の煙が空高く立ち上る。

 

 適当に森の木々から拝借した枝を串にして魚を刺す。口にするものなので、串に使った木は私が取りに行った。

 毒を持っている植物や生物等の知識は指揮官になるにあたってある程度は学んである。

 知識を持っているのならばそれを利用しない手はないだろう。

 

 魚を火に掲げるように串の端を地面に刺し、ゆらゆらと風に揺らめく火を眺めていると、やがて魚が焼ける香ばしい匂いが鼻を刺激する。

 そろそろ食べ頃だろう。

 調味料等の贅沢なものは無いが、ここでの生活が長くなりそうなら塩くらいは作ることを考えても良いかもしれない。

 と、まあそんな考えは後に回すとしよう。

 

 私は静かに手を合わせると、串に手を伸ばし魚にかぶりつく。

 淡白な味だが美味である。やはり食べることにおいては空腹が一番の調味料だ。

 

 ふと、隣に座っているエルドリッジへと目を向ける。

 彼女はその小さな口で小動物のように少しずつ魚を食べていた。

 

「……指揮官、おいしい?」

 

 私の視線に気付いたエルドリッジは食べるのを止め、そんな言葉をかけてきた。

 私を気遣ってくれているのだろう。

 

「……ああ。エルドリッジはどうだ?」

 

「……ん。楽しい」

 

 肯定して、同じような言葉を投げかけるとそう返ってきた。

 エルドリッジも楽しんでいるらしい。

 

 いや、何か違う答えだったような気がする。言い間違いだろうか。

 まあそう深く考えたところで特に意味はない。

 黙々と魚を食べるエルドリッジの姿を尻目にそう納得し、私も同じように食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここに集まった者達よ。諸君らはそう、わざわざ言われるまでもなく知っているのだろう。指揮官が消えてしまった事を」

 

 現在、執務室には多数の艦が押し掛けていた。まるで、大規模な作戦が始まる前かのように。

 と、言っても誰かが召集をかけたわけでもなく、ただあることを知っている者達が事実を確認すべく集まっただけにすぎない。

 

 そんなまとまりの欠片もない者達をまとめるべく、ウォースパイトはそう言葉を発し集まった面々を見渡す。それと同時に執務室内の一見特に何の変哲もないように見える所々を照らし合わせるようにちらと見た。

 

 全員が集まっているわけではない、か。

 

 当然、ウォースパイトは他の艦船達が仕掛けたカメラや盗聴機の位置や数は把握している。秘書艦としての嗜みだ。

 

「率直に言わせてもらうけど、あのガキよくもやってくれたわね。全く面白くないわ」

 

 そう声をあげたのはプリンツ・オイゲンだった。

 いつもの飄々とした態度は微塵も見られず、その顔に表されたものは怒りと言う感情のみ。

 姉のアドミラル・ヒッパーや、壁にもたれかかっているグラーフ・ツェッペリン。他の鉄血勢力は何を言うでもなく、静観していた。その態度は、それが我らの総意であると示すかのよう。

 

「面白くないと言う意見には同意するが、エルドリッジが故意に起こした事かはわからないだろう」

 

「……何? お前はアレの肩を持つわけ?」

 

 淡々と、冷静にそう述べたエンタープライズ。

 当然の如く、気が立っているオイゲンはエンタープライズの発言に対して噛みつく。

 それに対し、エンタープライズは面倒だとでも言わんばかりにため息を吐き、その蒼い瞳を静かに閉ざした。

 

 集まった他の者達も言葉を発するわけではないが、ほとんどはオイゲンと同じように怒りのような感情を抱いているのだろう。

 殺伐とした、険悪なムードが場を満たしていく。

 

「……私としましては、オイゲンさんに同調するわけではありませんが。彼女、エルドリッジさんがテレポートのようなものをするという事は指揮官様から度々、話の種として伺っておりましたので。実際に目の当たりにしたのは初めてですが、ええ。やはり……、この件は意図的に引き起こされたものではないかと、そう邪推しますわ」

 

 そんな中に、フッドが更に火に油を注いでいくような発言をした。

 当然、フッドとしては特にそのような心づもりなどないのだろう。あくまでも、現場を直接見た者としての発言であるはずだ。

 

「──フッド。そう結論付けるには、まだ早いわ。そして、今私達がしなくてはいけない事はそんな些細な事ではないはずよ」

 

 ぱん。と、乾いた音がそう広くない執務室に鳴り響き、続いてウォースパイトの声が通る。

 危うく皆の矛先が現在この場にいない、事の発端となったエルドリッジへと向きそうになるも、ウォースパイトは話を切り換える方向へ持っていこうと考えた。

 これも偏に、指揮官より秘書艦としての地位を与えられ、母港を任されているという責任感によるものだ。

 

「──まず、第一に行わなければならないのは指揮官の捜索だ。決して、原因の究明などではない。全ては指揮官の身の安全が確保されてからだ。この件において我らは所属の壁を越え、一時的に共同戦線を結ぶ事を提案する!」

 

 ウォースパイトの地の底から轟くようなそんな発言に、所々から同意するような言葉が漏れ始め。皆がまとまるかに見えた。

 しかし、いつの間にか本来なら指揮官が座っている椅子に腰かけていたグラーフ・ツェッペリンが不穏な空気を纏わせて口を開いた。

 

「──ふ。流石はロイヤル、と言ったところだ。人の上に立つことに慣れている」

 

「……何が言いたい、グラーフ・ツェッペリン」

 

 どこか嘲るようなグラーフの物言いに、ウォースパイトは食って掛かるような言葉で返す。

 睨み付けるような眼光のウォースパイトを愚弄するようにツェッペリンは鼻で笑い、首を振って見せた。

 

「──なに。言いたいことなど何も無い。ただ、我ら鉄血は我らで行動させてもらう」

 

 そして、静かにそう言うと外套をひらひらと揺らしながら執務室を出て行った。

 

「──何者でもない私はただ縁をたどるのみ。私と、愛する人の間に、たしかな縁があるならばやがてたどり着く」

 

「全く……しょうがねぇやつだなぁ、指揮官は。このZ1様が姉貴分として、探しに行ってやるか」

 

 鉄血に属する者達はグラーフ・ツェッペリンに続くように一人、また一人と去って行き。やがて、執務室内に残った鉄血の艦船はプリンツ・オイゲンただ一人。

 しかし、エンタープライズへと一度鋭い視線を向けた後に彼女も他の鉄血艦船らと同じく去って行った。

 

 鉄血艦船らが出て行ったため、先ほどより窮屈でなくなった執務室。

 室内を軽く見渡したウォースパイトは、指揮官に任せられているにも関わらずこのような不甲斐ない事となってしまい強く握りしめた拳を震わせる。

 

 一方、今しがたプリンツ・オイゲンに睨まれたエンタープライズはと言うと、やはり我関せずとでも言うかのように瞳を閉ざしたままだった。

 

「……エンタープライズ。貴女、今日はやけに静かね。つい先日、騒ぎ立てて指揮官へ追及していた姿からは想像もできないわ」

 

 思うように立ち行かなかった苛立ちからか、ウォースパイトはエンタープライズへ対してそんな言葉を放つ。

 彼女はその言葉に反応してか、今まで閉ざしていた眼を開いた。

 

「……この程度は私と指揮官、二人にとっての障壁にもならない些細なことだからな」

 

 彼女がそう言うと同時、開いていた窓から何かの影が室内へと飛来する。突然のことに皆が身構えたが、飛来した何かはエンタープライズが常々連れている鷹であった。

 飛来した鷹、いーぐるちゃんを肩に乗せたエンタープライズは、ばさりと外套を翻した。

 

「……どこへ行くつもりかしら?」

 

「指揮官を迎えに行く。ここへは皆の様子を見に来ただけだからな。暴走する者が居れば不在の指揮官に代わって止めるつもりだったが、その必要はなかったようで安心した」

 

 執務室の出口へ向かって歩いて行くエンタープライズの背中へ向かって、ウォースパイトは声を投げかけたが、エンタープライズは振り返る事もなくそう返した。

 

 皆をまとめるようなつもりはないが、指揮官の代理かのようなエンタープライズの言葉に「何と言うことだ」と、ウォースパイトは膝から崩れ落ちそうになる。

 しかし、自分は正しい事をしている、とウォースパイトは首を振った。

 一度でも、エンタープライズの方が秘書艦に相応しいのかも知れない、とそう思った自分が腹立たしい。

 

「……どうでも良いことだが、ここには貴女達ロイヤル艦隊しか残っていないぞ。動かなくても良いのか?」

 

 執務室を去る間際、エンタープライズが立ち止まって残していった言葉にウォースパイトは周囲を見渡す。

 たしかに、残っているのは自身含めロイヤルに属する艦船のみであった。

 鉄血艦やエンタープライズに気をとられすぎたようだ。

 

 ひとつの物事に集中するあまり、全体を見れないなど上に立つ者としては論外だ。

 やはり、自分は秘書艦に向いていないのだろうか。

 と、ウォースパイトは考えるが、首を振ってそれを否定した。

 

 自身が秘書艦に相応しいかどうか、全ては指揮官が決める事だ。

 そして。秘書艦に任命された以上は、その立場に相応しくあらねばならない。

 

 ──そうでなければ、指揮官の判断が間違っていたと言うことになる。

 

「既にご主人様の居場所の特定は済ませております。いかがなされますか? 陛下」

 

「……ベル、出撃の準備を。私が出るわ」

 

 ────指揮官が判断を誤ることなど、あるはずがない。

 

 俯いていた顔を上げ、ウォースパイトは傍に控えていたベルファストへ凛とした声で告げた。

 




 そういえば、アズレンのアニメ始まったよね。
 アニメ見てるともうね、面白いんだけどすっごいダメージ受けるんだよね。
 自分書いてるこれに出てくる艦船達の口調とか設定とかその他諸々の差異にね、もうめちゃくちゃ死にそうなるわけね。

 うーん。


 あ、それと。
 聡明な方々は既に気付いてらっしゃるとは思うんだけど。

 ここ、『勘違い』タグほぼほぼ機能してないんだよね。

 どうしてこうなった……。
 本当はこう、もっとなんか、色々とさ……。








 ……まあええか(遠い目


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戦闘力がおかしい

 どうやら、本日中の救助は望めなさそうだ。

 今にも水平線の向こう側へと沈もうとしている茜色の太陽を眺める私は、釣糸を海へと足らしながらそう思った。

 

 昼頃に釣った魚達は昼食として全て食べてしまったので、現在もこうして釣りと水平線を眺める作業を続けているわけだが、未だに船らしき影はひとつも発見できていない。

 おまけに、日が沈むにつれて釣れる魚の量も少なくなってきた。

 おそらく小一時間ほど、釣糸を海に垂らしているだけの状況が続いている。

 

 

 傍らのバケツを覗きこむと、昼食後に少しばかり釣れたこれもまた小ぶりな魚が数匹泳いでいる姿があった。

 バケツを挟んで隣のエルドリッジも私と同じように中を覗きこんでいた。

 

 まあ、今日はこれでも足りるだろう。

 それよりも、日が完全に暮れてしまう前に寝床の確保をしなければ。

 

 

 

 そう思い引き上げようとした所で、釣竿に重みがかかった。

 手元にかかる中々の重みから考えると、最後にかかった獲物はそれなりに大物かもしれない。

 実際には地面や岩場に引っ掛かっているだけの可能性もあるが少しばかりの期待を抱いて釣竿を引いた。

 

 

 釣り上げたのは魚ではなかった。

 

 グラーフ・ツェッペリンやプリンツ・オイゲン等、鉄血の艦船達がよく連れている鋭い牙を持った、小さな船のような何か。たしか、『生体兵器』と呼ばれていたようなもの。

 ソレが釣糸の先に噛みつくようにぶら下がっていた。

 野生で生息しているものだったのか。まず、最初に私が思ったのはそんなことだった。

 

 

 とりあえず絡み付いている釣糸を外してやると、手足と呼べるかもわからないようなモノでよちよちと歩き、じゃれるようにすり寄ってきた。そしてしばらくすると、私の膝の上に収まった。

 

 ごつごつとしているが、こうして見ると犬や猫みたいで少し愛らしいのかもしれない。

 しかし、見れば見るほどグラーフ・ツェッペリンが連れているアレによく似ている。

 

 

 皆は元気にしているだろうか。

 たった1日程度しか経過してはいないが、生体兵器の姿に懐かしさを覚えた私は、そう呟いた。

 

 思いふけるように、方角があっているかもわからないが、水平線の向こう側を見るように海を眺める。

 

 キラキラと夕焼けの色を反射する水面が目に眩しい。

 

「懐かしむかのような視線の先、海の果てへと沈む夕日。光と闇の境界線、あるいは光と共に過ぎ去りしものが過去か。愛する人よ。一体、水平線の向こう側に何を望むというのだろうか」

 

 エルドリッジが居る方向とは反対側から、突如として声が聞こえた。

 そちらへと視線を向けると、私の隣に並ぶように腰かけているZ46と目が合った。

 

 何故、ここにZ46が。

 これは幻覚か。考えられるとすれば、極度のストレスにより引き起こされたのだろう。

 

 Z46と目が合ったと同時に、先ほどまで私の膝の上に落ち着いていた生体兵器が立ち上がり、よちよちと歩き始めた。

 

 その進む先へ目をやれば、そこにはソレを抱え上げるグラーフ・ツェッペリンの姿。そしてその後ろに続くプリンツ・オイゲンやZ1等の鉄血艦船達。

 

「──卿よ。随分と待たせてしまったが、我ら鉄血はここに集結した。さあ、我らと共に行こう」

 

 ああ。これは、そうか。

 

 彼女達は私達の救助に来てくれたのだろう。

 

 おそらくは私自身が先日その存在を知った、執務室に仕掛けてあるカメラにより異常を察知したウォースパイトが、すぐさま救助隊を派遣してくれたのだろう。

 

 流石はウォースパイトだ。とても頼りになる。

 

 どうやって場所がわかったのか、なんてそんな細かい事はどうだって良いだろう。これで助かったのだから。

 

 私は立ち上がり、エルドリッジの手をとりグラーフ・ツェッペリン達の元へ足を運ぼうとした。

 

「──待つんだ、指揮官。私と共に行こう」

 

 響き渡るような鷹の鳴き声と共に背後からかけられたそんな言葉。

 振り返るとそこには、潮風に髪を靡かせる我が母港最高戦力エンタープライズの姿があった。

 

 どうやら、エンタープライズまで私を探しに来てくれたらしい。ありがたいことだが、母港の守りは問題ないのだろうか。

 現在この場所には、母港に所属している鉄血艦船全員とエンタープライズ、そしてエルドリッジが居ることになる。

 無人島から帰還したら母港が半壊滅状態だった。など。

 洒落にもならない。

 

「──邪魔をしてくれるな。これは我ら鉄血の問題だ」

 

 そう言ったグラーフ・ツェッペリンはエンタープライズを強く睨み付ける。

 何故だろうか。気が付けば、私達を挟むような形でエンタープライズと鉄血艦隊の睨み合いが始まってしまった。

 

 何か危険な空気を私の第六感とも言えるような何かが感じ取ったので、共に居たエルドリッジを抱える。

 その際、すぐ隣にいたZ46がよじ登ってきたので、現在の私はエルドリッジを抱えながらZ46を背負っているような状態だ。

 

「ご主人様、御迎えに上がりました。陛下がお待ちになっておいでです」

 

 そんな私の耳元で囁かれた言葉。

 

 

 声の主であるベルファストが示す先には巨大な戦艦。そして甲板に剣を突き立てて、堂々とした佇まいで風を受けるウォースパイトの姿。

 その背後には、それこそが玉座であると誰もが理解できるかのように華美な装飾が施された椅子。そしてそこにふんぞり返るように腰かけるのはロイヤル艦隊の総大将、クイーンエリザベス。

 

「このエリザベス様が直々に迎えに来てあげたのよ! 感謝しなさい! ……ウォースパイト! そこに立ったら下僕に私の高貴な姿が見えないじゃない!」

 

「申し訳ありません、陛下」

 

「ふふん、わかればいいのよ! ……って、早く横にずれなさい!」

 

 突如として現れた。と、そう表現するしかないほどに突拍子もなく現れたロイヤル艦隊。

 沈み行く太陽を背に、目映いほどに輝く彼女達の姿はまさに王家の威光と評するに相応しい。

 

 彼女達の威風堂々としたその姿に人々は希望を抱き、そして彼女達を誇りに思うのだろう。

 

 

 

 いや、ここにロイヤル艦隊までもが集結してしまったということは。母港の防衛網が普段と比較して半減している状態であるわけだ。

 それは最悪の場合、人類の最終防衛ラインである我らが母港の壊滅に繋がり。つまりは人類の敗北に等しい状況となる。

 他の指揮官は存在しているはずであるが、その姿をこの海上で確認した事が一度もない以上、そう考えておいて支障はないだろう。

 

 

 ついさきほども頭に浮かんだ光景が、やや現実味を帯び始めた。

 その実感に少しばかり肌がざわついたと同時に、この身に訪れた浮遊感。

 

 気が付けば、ウォースパイト達ロイヤル艦隊がすぐ側にいた。

 

 場所が変わったにも関わらず、私の傍らにはさきほどと変わらずベルファストが立っていたので、おそらく彼女によってここへ移動させられたのだと思われる。

 全体を俯瞰できるこの場へ移動させられたのは良いことだろう。この位置は皆をまとめ直ちに帰投行動へと移す事の可能な、現在の状況に適した立ち位置だ。

 

 あるいは、聡明なウォースパイトの事だ。そこまで考えた上で私をここに移動させるように指示を出してくれたのだろう。

 頼りになる秘書艦だ。それこそ、私には勿体ないほどに。

 

「安心して、指揮官は私が守るわ」

 

 皆に指示を出す前に、まずはウォースパイトへ声をかけようとしたが返ってきたのはそんな言葉。

 つまり、どういうことだろうか。

 

 いや、ああ。そうか。

 

 周辺の警戒は自分達に任せて、全体の指揮に専念してくれ、とそう言ってくれているわけだ。

 

 私は、懐からスマートフォンによく似た薄っぺらい板状のものを取り出し、それを起動する。

 すると私の近くにスピーカーを持って宙に浮かぶ、饅頭と呼ばれるヒヨコが現れた。

 

『──全艦隊に次ぐ。これより我々は、我らが母港へ向けて帰投する。各自隊列を組み、警戒態勢をとりつつ可能なものは索敵を行え』

 

 手元の端末へ向けた声が饅頭の持つスピーカーより発せられ、周囲に響いた。

 その声に、何やら言い争いをしているような状態であった鉄血艦隊やエンタープライズらも即座に動き始める。

 私からの指示に思考を即刻切り替えて行動に移す事のできる彼女達は、やはり素晴らしい部下達だ。

 

 各々が配置についた事を確認し、私はウォースパイトに現状の確認を行う。

 彼女は少しばかり戸惑ったような顔を浮かべた。

 そう、言うなれば『間違っているわけではないが、何か思っていたものと違う時』に私は今の彼女と同じ表情を浮かべるだろう。まあ、そんな顔だ。

 彼女が実際にそう思っているのかはわからないが。

 

 しかし、流石はウォースパイトと言うべきだろうか。そんな戸惑いを見せたのもほんの一瞬で、その次の瞬間にはすらすらと淀みなく情報を並べ立てていく。

 

 母港とこことの座標や位置関係は把握済み。

 ウォースパイトが把握している範囲で母港に残っているはずの戦力はエンタープライズ以外のユニオン艦隊、重桜艦隊、そしてロイヤル艦隊の約半数。

 母港からこちらへ向かう途中に敵影はなし。

 

 以上が、ウォースパイトより得られた大まかな情報だ。

 

「……索敵を行いつつ可能な範囲の最高速度で母港へ向かうならば、おおよそどれくらいの時間がかかるだろうか?」

 

「何もなく、順調に進んだとしても一時間半以上。これから暗くなって視界が悪くなることも含めると……、最低でも二時間は考えておくべきよ」

 

 最低でも二時間、となるとたどり着く頃にはウォースパイト達が母港を出てから少なくとも三時間以上が経過しているわけだ。

 

「……仔細承知した。では、細かな指揮は私よりも現場に慣れているであろう貴女に任せたい。もちろん、敵との遭遇や想定外の問題が起こった場合には私が出させてもらう」

 

「……ええ。私に任せて、指揮官は休んでいると良いわ」

 

 ウォースパイトは少しの間を置いて、いつものように品位のある態度で頷いた。

 

 

 ──母港に残っている者達が無事だと良いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう。高雄ちゃんってば、いつまでそうしてるつもり?」

 

 母港内に設けられた重桜区画。その内に存在する施設、鍛練場。

 重桜の領内によく見られる、畳の敷き詰められた床に木製の壁。壁には『明鏡止水』と筆で書かれた何やら趣のようなものを感じられる掛け軸がかけられ、微かに揺れることもなく静止している。何処かの道場と思えるような内装。

 ここで行われるのは砲撃や雷撃等の戦闘訓練ではなく、精神統一などの内面的な鍛練が主である。それ故に、ここには普段あまり人が訪れることはない。

 

 しかし、現在そんな鍛練場に二人の人影があった。

 二人の内、先ほど声を発したのは重桜艦隊所属、重巡洋艦の愛宕。

 そして、畳の上で座禅を組み静止している同じく重巡洋艦の高雄。先の愛宕の姉妹艦だ。

 両名共にこの鍛練場にはよく姿を現している。謂わば、ここの常連である。

 故に、彼女達がここに居ること。それ自体は特に珍しくもなんともない光景だ。

 

「……拙者とて、指揮官殿が約束を違えるような人ではないと理解している。おそらく、何かやむを得ない事情があったのだろう。……しかし、だ。少しだけ、こうさせてくれ」

 

「高雄ちゃん……」

 

 

 彼女達は本日の昼下がり頃に、この鍛練場にて指揮官と共に鍛練をして過ごす約束をおよそ一週間ほど前から取り付けていた。

 久々に取れた指揮官との時間であるため彼女達は楽しみにしていたが、約束の時間に指揮官が姿を現す事は無く、彼女達は落ち込んだ。

 愛宕は心の中で納得し、落ち着いてその状況を飲み込んだ。

 高雄も同じく納得し、理解しているのだが、精神を落ち着けるためと称してこの場に留まっている。端的に言うなれば幼子によく見られる『拗ねている』状態である。

 

 彼女達は鍛えられて研ぎ澄まされたその感覚により『気』を探知する事を可能として、指揮官の居場所を常に把握しているため、指揮官がここより遠く離れた場所に居るという事は当然知っていた。

 しかし約束の時間から日が沈みかけている現在まで高雄は鍛練場にて微動だにせず、それに付き添っていた愛宕も指揮官が離れている理由は知らない。

 

「そんなこと言って何時間も拗ねてる悪い子は誰かしらぁ~?」

 

「ぅひゃあ! ふふっ、ひひゃ! なっ、何をする愛宕!」

 

 瞳を閉ざして座禅を組む高雄の背後から愛宕が飛びかかり、何処とは言わないが高雄の持つ豊満なモノを弄る。

 高雄の発した艶かしい声が、静かな鍛練場に響いた。

 

「……ふふっ。高雄ちゃん、やっと笑った」

 

 跳び跳ねるように立ち上がった高雄にやや涙目で睨まれた愛宕は、ふわりと柔らかな微笑みを浮かべて立ち上がる。

 そして軽く自身の服を払い、身を整えると高雄の手を自身の両手で優しく包み込んだ。

 

「指揮官が遠方からこっちに向かっていること、高雄ちゃんも気付いてるはずよ。ちゃんと笑顔で迎えてあげないと。ね?」

 

「愛宕……。ああ、そうだな」

 

「──それじゃあ早速、海岸の方に向かいましょう。帰ってくる場所が壊されてたら、指揮官も悲しんじゃうわ」

 

「何を言っ──! うわぁ! 何をそんなに急いでいるんだ愛宕?!」

 

 早歩きで進み始めた愛宕に半ば引っ張られるような形で鍛練場を出た高雄は急ぐ様子の愛宕に疑問を抱きつつ、彼女に着いていくよう足を進めていた。

 やがて愛宕の言葉の意味に気付いた高雄は気を張り巡らせ、この母港全域に留まらず、外に出ている他の艦達を含む全ての位置関係を把握。

 そしてその頃には、高雄と愛宕は横に並ぶような状態で海岸へと向けて走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどまで、水平線からほんの少しだけ顔を覗かせていた太陽はついに沈み、全てを飲み込むかのような闇が世界を覆う。

 そんな海上を埋め尽くす赤、赤、赤。

 徐々に迫りくる、赤き光を放つ黒のシルエット。その姿を見間違えるはずもなく、それは確かに人類の敵『セイレーン』が従える艦だった。

 

「──これは、あまりよろしくない状況ですわね」

 

 現在、この母港が危機的状況に置かれていることを確認した。もとい、理解させられたロイヤル艦隊達。

 その中でイラストリアスがそう呟き、ロイヤル艦隊に少しばかりの動揺の波が立った。

 全体的に見ても比較的古参であり、それなりに上の立場である彼女の言葉ともなれば当然であろう。

 

 普段ならば、イラストリアスも自身の立場を理解しているため、今回のようにネガティブな言葉を口に出す事はほとんどない。

 だからこそ、現在の状況がどれほど悪いのかを彼女の言葉から読み取れる。

 

「そう、悲観的な言葉をあまり口に出してはいけないよ。……他のユニオンのみんなはどっか行っちゃってる人が多いけど、私達も協力するからさ。指揮官達が戻ってくるまで頑張ろうよ!」

 

 そう明るい雰囲気で言ったのはクリーブランド。背後には姉妹艦を連れている。

 彼女達クリーブランド級の艦船もロイヤル艦隊と同じく、母港の防衛のために残った者達であった。

 彼女達以外に残っているユニオン艦達も少しはこの埠頭にその姿を見られるが、やはり大半は居ないようだ。

 おそらくは、指揮官の捜索に向かったのだろう。

 重桜に所属する者達も大半は行方知れずであるが、理由はユニオンの者達と同じであると推測できる。

 

 敵勢力に目を向けると、ピュリファイアーやテスター等の『上位個体』と呼ばれるセイレーンの姿が、無数の赤と黒を越えた向こう側にうっすらと見えている。

 彼我の戦力差は圧倒的なまでにかけ離れていた。

 そんな絶望的状況にこの戦力で当たるなど、結果を見るまでもなく敗北が訪れると誰であろうと理解できる。

 それ故に、クリーブランド率いるユニオンの少数が加わった所でロイヤル艦隊、ひいては現存戦力全体の士気が上がるはずもない。

 

 こちらのコンディションが悪いために、相手が待ってくれるなど。当然、戦争にそんな話はなく。

 このまま進めば、依然として距離を詰めてくるセイレーン等と無し崩し的に衝突し、開戦。そんな流れが予想される。

 

「指揮官が戻ってくるまで、か──。別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう? 誇り高き戦士達よ! 沈まぬ太陽の威光を存分に刻みつけてやろうぞ!」

 

 そんな暗い雰囲気が漂う中、覇気の籠った言葉を口にしたのはキング・ジョージ五世。

 そして普段は腰に吊るされているサーベルを抜き放つと、天高く掲げ、セイレーンへとその鋒を向けた。

 

 ロイヤルの中でも高位の立場である彼女の鼓舞に、ロイヤル艦達は心を奮い立たせ、その波は他の艦へと広がっていく。

 

「ユニコーン、頑張る……!」

 

「指揮官のために、一緒にがんばりましょう!」

 

「……指揮官のため。……みんなのため。ラフィーはもう一度、鬼になる……」

 

「綾波、みんなを守るのです」

 

 各々が強い意志を込めた言葉を口に出し、戦闘態勢を整えていく中を二つの影が駆け抜けた。

 

「──すまないが、ここは拙者達に任せてもらおう」

 

「──ごめんなさいね。私も高雄ちゃんも、ちょーっとだけ、気が立ってるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 あれから真っ暗な海上を進んで暫く経ち、水平線の辺りに母港の存在を示す明かりが見えてきた頃。

 セイレーンとの遭遇戦やこれと言ったトラブルもなく、順調に進んできた私達はやや油断していたのだろう。

 気が付けば、周囲を囲むように位置する謎の陰。

 もはや間に合わないと思いつつも、全艦に戦闘態勢へ移るよう伝達した所で私達はそれの正体に気付いた。

 

 なんと、私達を取り囲んでいた陰は全てセイレーンが従える艦の残骸であった。それも、一太刀の下に両断されたものばかり。

 目を凝らして辺りを見れば、無数とも思えるほどの数の、同じく一刀両断にされた残骸が浮かんでいた。

 おそらくは、私達を狙ったものではなく母港へと襲撃をかけた末に行き着いたものなのだろう。

 そしてそれは、私達が不在の間に母港に対する敵襲があったことに他ならない。

 が、私達が向かっている先である母港はとても静かなもので、火の手はおろかこれといった損壊がないように見える。それこそ、普段と何も変わらない姿で。

 

 母港や、他の者達は無事なのだろうか。

 

「……妙、だな。指揮官、あなたもそう思わないか?」

 

 エンタープライズも同じ考えに行き着いたようで、そう話を振ってきた。

 頷いて返すと、エンタープライズは話を続ける。

 

「この程度の襲撃を防ぐ事が容易いのはわかるんだが……何故だろうか」

 

「……えぇ、そうね。高雄と愛宕。戦闘に参加したのはこの二人だけ。それが少し気がかりね」

 

 すぐ近くに居たウォースパイトが話に入ってきた、のだが。

 どうやらこの二人は、私とは全く異なる点に疑問を抱いているようだ。

 私が考えている母港や他の者の安否。もとい、損害なく防衛されたことを前提とした上で話しをしているらしい。

 

 二人は時折、私に同意を求めるように視線を送ってくるが、話の腰を折るわけにもいかないのでとりあえず頷いて返しておいた。

 

「──ふ。かの両名が、何らかの気晴らしに単騎出撃を行った。そう考えればおのずと答えが出る。卿もそう思わないか?」

 

 ばたばたと、外套が風に大きく揺れる音を鳴らして私の背後に降り立ったグラーフ・ツェッペリンがそう言う。

 エンタープライズやウォースパイトも彼女の言葉に納得するように小さく何度か頷いた。

 とりあえず私も頷いておくことにする。こう言う時、無駄に前の思考を引き摺ることは推奨されない。

 つまりは、何事においても切り換えが大事だ。

 

 彼女達の話を纏めるならば『何らかの理由により気が立っていた高雄と愛宕が全てを斬り伏せた』と言うことだ。途中でピュリファイアーと思われる残骸も見かけたが。

 母港は無事なのだからと、ここで思考を停止してしまっても特に問題はないはずだが、念のためにもその『理由』へと思考を伸ばすこととする。

 

 とは言ったものの。いや、正確には思ったものの、であるが。

 まあそんな事はどうでも良く。特に心当たりはない。

 

 

 ──いや。

 

 確か、今日は彼女達との鍛練を約束していた。

 こんな事態になってしまったため、結果としては約束を反故にしたわけであるが。

 いや、まさか。そんなことがあるわけが。

 

 

 

 ────────

 ──────

 ────

 

 

 

 指揮官:艦船との約束を反故にしてしまったんだが。

 

 3D5指揮官:あっ……(察し

 

 810指揮官:駄目みたいですね……(諦感

 

 774指揮官:[ダメです]

 

 114514指揮官:多分、激おこだと思うんですけど(名推理

 

 

 

 

 ────

 ──────

 ────────

 

 

 

「──卿よ、どうかしたか? 顔色が悪いようだが」

 

 グラーフ・ツェッペリンに言われて気付いたが、確かに端末に反射して写った私の顔は、やや青かった。

 

 少しして、船が大きく揺れた。

 どうやら母港に到着し、海岸沿いに停泊したようだ。

 

「指揮官、後のことは私に任せて。貴方はゆっくり休息をとって頂戴」

 

 ウォースパイトには大丈夫だと言い、船の甲板からコンクリートの地面へ向かって跳んだ。

 数メートルほどの高低差は、まあ一般人であれば軽く骨折はするかもしれないが。指揮官であればこの程度で怪我をするはずもない。

 

「この度は、私の不注意によりこのような事態になってしまい、誠に申し訳ない。以降はこのような事が起こらないよう、努めさせてもらう」

 

 埠頭に集まっている艦船達に向けて私はそう言った。

 随分と少ないが、他の艦は各自の寮舎で休んでいるのだろうか。

 もしそうだとするならば、また後日にでも謝罪の場を設ける必要があるかもしれない。

 が、まあとりあえずは。この場に居る、母港の防衛や私の捜索に尽力してくれた者達の無事を喜ぶべきだろう。

 

 ちらりと愛宕、高雄へと視線を向けて様子を確認したが、両名共に笑顔を浮かべていた。

 おそらくは問題がないだろうと思われるが、また後ほど謝罪を行うとしよう。

 

「本来なら必要のない業務で疲労もあるだろう、各自十分に休息をとって欲しい。では、ご苦労だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──指揮官殿。拙者達に話とは?」

 

「──ああ。まずは、こんな時間に呼び出したことを謝罪しよう。すまない」

 

 あれからウォースパイトと共に事後処理や、他に私の

捜索へと散って行った者達を戻す手配等々を行った。

 そして時間が過ぎ、皆が寝静まるであろう頃に高雄と愛宕の二人は執務室に姿を現した。

 解散した後に二人に声をかけておいたのだ。

 

「そして、本題についてだが。本日の、貴女方二人との約束を反故にしてしまったことを謝罪したい。私に可能なことであれば、出来うる限りの埋め合わせはさせてもらう」

 

 やはりやむを得ない事情があるとは言え、約束を破ってしまった以上は謝罪を行うべきだろう。

 人として、上に立つ者として、当然のことだ。

 

 二人の反応としては、まあ。私がそう思いたいだけかもしれないが、そう悪いものでも無かったように思える。

 『出来うる限りの埋め合わせ』の所で若干の寒気を感じたが、まあ気のせいだろう。あるいは、風邪でも引いてしまったか。

 

「拙者としては、また共に鍛練を──!」

 

「え、えっと。そうだわ! お姉さん達と指揮官で一日デートしましょう! 日にちは指揮官の都合の良い日で大丈夫よ!」

 

 高雄が話している途中で愛宕が彼女の口をその手でふさぎ、代わりにそう言った。

 高雄はやや驚いたような顔を浮かべ、愛宕を睨んでいる。

 

「……私は構わないが」

 

 愛宕は何度も頷いているので、問題はないだろう。やや息が荒いような気もするが、まあ問題なしとしておこう。

 高雄に視線を向けると、愛宕に口を抑えられた状態のまま何度か大きく首を振った。が、やがては小さく頷いて目を伏せた。

 

「……わかった。では、日取りはまた後ほど追って確認しよう」

 

 私のその言葉を皮切りに、愛宕は急ぐように高雄を引き摺って執務室を出ていった。

 

 彼女は『一日デート』と称していたが、つまる所、丸一日自分達に付き合えと言うことだろう。

 これは通常よりも過酷な鍛練となりそうな予感がするが、自分で起こした不始末だ。甘んじて受け入れる他ない。

 いや、むしろ思ったよりも良い結末で喜ぶべきか。

 エンタープライズの件で書いた遺書の出番は、まあまた今度だ。

 

 

 こんこん、と木製の扉を小さく叩く音。

 特に他に呼び出した者は居ないが、入室を促した。

 

「……指揮官、ごめんなさい」

 

 少しして、扉が開くことはなく。私は首を傾げた。

 その瞬間、ばちばちと、空気が弾ける音と共に目の前の空間に現れたのはエルドリッジだった。

 どうやら先ほどのノックは彼女らしい。

 

「いや、今回の事はお互いに不幸な事故だった。それで良い。災難だったな、エルドリッジ」

 

 普段ならば、ふわふわとしている彼女のアホ毛も目に見えてわかるほどに元気なく垂れ下がっており、彼女自身がしょんぼりとしていることはたしかだろう。

 そんな彼女の下まで歩み寄って、元気付けてやろうとその頭を撫でた。

 

 ああ、いや。上司に撫でられてもそれほど嬉しくはないかもしれない。

 いやしかし、彼女の場合は抱っこをせがんでくる節がある。

 問題はないだろう、そう思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………今度は、もっと上手にする」




 (アニメの延期)嫌な事件だったね……。



 うーん。





 それはそうと、前回の感想で『水と食料はエルドリッジが用意したものではないか?』みたいなこと言ってた人いたよね。




 もうね、あなたは名探偵かとね。

 うん。

 聡明な読者方の中には気付く方もいると思ったけどさ。



 早すぎるよね。
 もうね、うん。



 すごい(本音








 あっ、そういえば。

 ここ、ヤンデレタグ付けてないんだよね。

 やっぱ付けたほうが良いかな。







 まあええわ(遠い目


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『指揮官の平凡な一日はおかしい』……らしい

 今日は、私のとある一日を紹介しよう。

 

 本日もまた、書類仕事から始まった。と、言っても。それほど大変なものでもない。

 そもそも、当日中に仕上げる必要のある書類の山が毎日のように降って湧くはずもなく。

 常日頃から一定量の書類整理をしておけば、想定外の事が起こらない限りは午前中に一日の必要な仕事は終わらせてしまえるのだ。

 

 しかし書類仕事が終わった所で、指揮官としての仕事はまだ始まってもいないのが事実だ。

 むしろ、この後に待ち受けている指揮官としての仕事の為に、ほとんどの日は書類仕事を午前中に終わらせていると言っても過言ではない。

 

 

 と、まあ。書き出しの文はこんな所だろうか。

 

 何やら、明石が私の普段の行動に興味があるらしく。メモ書きでも何でも良いから書いて欲しいのだと。

 そして今日これから起こる出来事を書こうと、私はメモとペンを手に取った次第だ。

 

「……指揮官、これで今日の書類仕事は終わりだな」

 

 私は書類仕事が終わったそのままの流れでメモ帳の上を走らせていたペンを机に置き、一息つく。

 私の向かい側に座って同じようにペンを置いたのは、ピンと立った狼のような黒い耳が特徴的な艦船、妙高だ。

 二の腕辺りに巻かれた、赤地に『風紀』の文字が書かれた腕章が普段よりも輝いて見えるような気がする。

 

 と、言うのも。本日は秘書艦であるウォースパイトが、クイーンエリザベスの命によりお茶会の準備へと駆り出されているのだ。

 そして私が一人で書類仕事をやっていた所を偶然、執務室の前を通りがかったらしい妙高が手伝いを申し出てくれた、と。

 そんな成り行きであるので、おそらくは腕章と言うよりも、彼女自身がいつもより輝いて見えるのだろう。

 

「そう言えば指揮官、あなたは朝から何も食べていないだろう」

 

 たしかに、妙高の言うように今日は朝食を食べていない。

 彼女の言葉に答えようと口を開く前に、私の腹が空腹感を主張するように返事をしてしまった。

 なんとなく、今日は朝食を抜くべきだと。そんなよくわからない直感に従った結果とは言え、なんとも情けないものだ。

 

「ふふ。弁当を作ってきたので、一緒に食べよう」

 

 妙高はくすりと笑い、何処からか大きな箱状のものを包んだ風呂敷を取り出して机に置いた。やや可愛らしい刺繍の施された風呂敷だ。

 結び目を解かれた風呂敷がはらりと開き、その中から出てきたのは黒く艶のある漆器。今日は、重箱らしい。

 一般的には正月や節句等の祭事に用いられるものとして知っていたが、こうして普段使いされる場合もあるようだ。

 

「──さあ指揮官、食べてくれ」

 

 四段から成る重箱を机の上に広げて丸箸が一膳入った箸袋を私の前に置いた妙高は、ちらと、こちらに目線を向けてそう言った。

 私は両の手を合わせ、それから箸を手に取る。

 

 たしか、一段目から食べるのが作法だったか。

 そんな事を思い出しながら、ゆっくりと食べ進める。

 

 

「……どうだ? 口にあうか?」

 

 私が食べ始めてから少しして、妙高が言った。

 いつも通り「美味しい」の言葉と感謝を述べると、彼女は嬉しそうに微笑んで。それからやっと、自身も弁当へと手をつけ始めた。

 

 

 

 

「指揮官、また何か私に出来る事があったら頼ってくれ。いつでも手を貸そう」

 

 弁当を食べ終えて少し経ち、いそいそと重箱を片付けた妙高は去り際にそう言って執務室を出ていった。

 私は感謝の言葉と共に、彼女を見送る。

 

 

 まあ、いつも通りだ。

 ウォースパイトが何らかの事情により秘書艦業務を行えない時は、大体がこうして偶然通りがかったらしき艦船が業務を手伝ってくれ、そして丁度その艦船が作って来たらしき弁当を頂くという流れになる。

 

 何か妙な違和感がある気もするが、それに助けられている以上は『偶然』に疑問を持ってはいけないのだろう。

 

 

 さて。書類仕事も終え、昼食も済ませた。これからが、指揮官としての仕事の始まりだ。

 

 指揮官としての仕事、と言っても。言葉にしてしまえばそれほど複雑なものでもない。

 艦船達とのコミュニケーション。

 それだけだ。

 

 「それだけ」と表したものの、これは母港の運営を円滑に行う上で欠かせない業務であり。疎かにしてしまえば、母港全体の機能停止も起こりうる。

 つまりそれは、人類の危機が訪れる事を意味する。

 

 そこまでスケールの大きな話にならなくとも、場合によっては自身の命も危うい。

 とは言ったが、私は問題なく行えているはずなので恐怖などはない。

 いや、恐怖を抱いてしまえばそれはそれでアウトだろうが。

 

 ──例えば。偶然護衛の艦船が席を外している時に、何処かから飛来した九一式徹甲弾が指揮官の居る執務室を崩壊させたとか。

 

 まあ、よほどの事が無い限りそうはならない。

 『指揮官』として恥じぬような行動を心掛ければ、問題はひとつとしてない。はずだ。

 

 それはさておき。

 私が言いたいのは、艦船達とのコミュニケーションは重要であると、それだけだ。

 

 

 

 いや、この部分は必要ないか。

 そう思い直した私はペンで書く動作を一旦止め、直近の文を書いたページを破った。

 

 この文を艦船である明石に見せてしまうと、私の行動がやや押し付けがましいものとして受け取られ、それが誰かの反感を買う可能性もある。

 入念に処理をしておこう。

 

 それがシュレッダーにかけられ、紙くずへと変わっていく姿をぼんやりと眺めていると、不意に執務室の扉が開かれた。

 

「指揮官さーん! 良かったら一緒にお昼しませんか? ジャベリン弁当作ってきたんです!」

 

 そう言い、弁当と思わしき包みを掲げたのはジャベリン。

 彼女は私と同時期にこの母港へと配属された、所謂『初期艦』として数えられる内の一人である。

 

 つい先ほど昼食を済ませたばかりであるため、腹の状況としては今から食事を取るのに適してはいない。が、食べられなくもない。

 そして、これこそが指揮官としての仕事。もとい、務めである。

 と、なれば。彼女に対する答えは一つ。

 

 

 私は感謝の言葉と共に、私と向かい合うように置かれている椅子へ座るよう促す。

 先ほど妙高が使用していたものだ。

 

「えへへ、失礼しますね! ──え、えっと、お弁当広げますね!」

 

 嬉しそうに微笑みながら椅子に座ったジャベリンだが、ほんの一瞬だけ無表情になったような気がした。

 まあおそらくは気のせいだろう。

 

 彼女が包みから取り出した弁当は三段重ねの弁当だった。外側からも見られたその大きさからある程度想定してはいたが、実際に広げられたモノを見ると、こう。腹の内部状況を省みざるを得ない。

 

 いや、問題はない。

 

「指揮官、お箸はこれを使ってください! それじゃあ、いただきまーす!」

 

 楽しそうな様子で少しずつ食べ進めていくジャベリンの姿を眺めながら、私は本日二度目の昼食を口に運ぶ。

 一口目で、天を仰ぎたくなった。

 

 私は軽く深呼吸をし、気持ちを整える。

 腹の容量としては問題ないはずだ。それは間違いない。

 

 いや。

 

 いや、問題はない。

 

 

 

 よし。

 

「──あれ? どうしたんですか? もしかして、どこか悪いんですか?」

 

 と、精神統一をしたのだが。ジャベリンに私の様子がおかしいと疑われる失態を演じてしまったようだ。

 

 いや、ここはむしろ「昼食は既に終えてしまった」と正直に言った方が良いだろうか。

 

「……できれば、指揮官の為に頑張って作ったので食べて欲しかったです。でも、具合があまり良くないなら仕方ないですよね。無理言っちゃってごめんなさい、指揮官」

 

 私が何かを言う前にそう言って微笑んだジャベリン。

 ぎこちなく笑ったような彼女の笑顔に、何処か後ろめたいような感情が私をぎりぎりと絞め上げる。

 

 私の体調を気遣って弁当を片付けようとしている彼女をこのまま帰してしまっても良いのか。

 いや、指揮官として部下の好意を無下にしてはいけないだろう。

 

 私は彼女の手をそっと掴み、問題ないことを告げる。

 「美味しさに打ち震えていた」等、取捨選択したそれらしき言葉で彼女を引き止めて昼食を再開した。

 

 

 

 

 

「指揮官、今日は楽しかったです! またお弁当作ってきますね!」

 

 笑顔でそう言ったジャベリンを見送り、再び執務室内は私一人となった。

 

 あれから彼女はやけに機嫌が良かったが、とりあえず私は指揮官として彼女の笑顔を守る事ができたのだろう。

 そう記した私はペンを置いて窓を開き、眼下に広がる母港の景色を見下ろして。少しばかりの達成感と吹き抜ける爽やかな風に息を吐いた。

 

 この後にも困難が待ち受けている事を知らず。

 

 

 ジャベリンのように何人かが食事を持って執務室を訪れたのだが、簡潔に結果だけを記録するとしよう。

 私はこの日、昼食を五回ほど食した。

 

 

 

 さて、現在の時刻は午後二時三十分(ヒトヨンサンマル)

 昼食を幾度となく食し、既に私は満身創痍だ。

 しかし、これからクイーンエリザベス主催のお茶会に参列しなければならない。

 途中で訪れたアークロイヤルより受け取った招待状によると本日午後三時丁度(ヒトゴマルマル)に開始するらしい。

 

 まあ、週に一度くらいの間隔で普段からよく行われているこのお茶会に関しては今更、こうして記す必要もないだろう。

 

 私は身嗜みを整えてから執務室を出ようとしたが、少しばかりの思案の後にメモ帳を懐へとしまった。

 盗み見るような者はこの母港に居ないと確信しているが、何かの拍子にこれが他の艦船達の目に触れてしまった場合、良い方向へと事が運ぶとは限らない。

 おそらくは、業務に関する事柄がほとんど書かれていないので、サボっていると受け取られてしまう。

 

 まあそもそもこのメモ自体、明石に見せる為に書いているのだが、彼女は色々と吹聴して回るような人物でもないのでその点に関しては問題ないだろう。

 

 

 今はそんな事をあれこれと考えている場合ではないか。

 再び現在の時刻を確認した私はそう思った。

 クイーンエリザベスの機嫌を損ねるという事はロイヤルに属する全ての艦からの信頼を、大なり小なり個々の程度はあれど失う事に繋がる。

 

 ──いや。これはあくまでも可能性の話、だとは思う。

 しかし、無いと言い切れない以上、それを避けるべく行動するのが最善である事は間違いない。

 

 そんな思想に脳内を埋め尽くされた私は、やや足早に執務室を後にした。

 

 

 

 

 

「遅かったわね! 何をしていたのかしら? あなたには私の婿となる者としての自覚を持って行動してもらわないと困るわ!」

 

 常に最盛を誇るかのように華麗な姿を見せる花が咲き乱れる花壇に、無駄の一つもなく手入れを施された庭木。

 それぞれ一つ一つを取り上げても文句のつけようがない完成品であり、それでいてそれらの全てを合わせてやっと一つの芸術品として成り立つよう形作られている、まさに『優雅』を体現したかのような庭園。

 お茶会の会場となるロイヤル区画内のこの場所にたどり着いた私を迎えたのは、クイーンエリザベスのそんな言葉であった。

 

 私は確かに五分ほど遅れて到着したが、それも直前でマナーを思い出した故の行動である。

 とは言え、あの言葉はクイーンエリザベスにとって挨拶のようなものであるので、別段彼女の機嫌を損ねたわけではない。はずである。

 

 クイーンエリザベスに対して「申し訳ない」と謝罪の言葉を述べ、既に着席している他の艦船達へ挨拶回りをしていく。

 真っ白なテーブルクロスが掛けられた大きな長机。その周りに置かれた椅子に座るフッドやイラストリアス、給仕を務めるロイヤルメイド達とその取り纏め役を務めるベルファスト。等々、お茶会の参列者達と軽い挨拶を交わしていく。

 

 母港に所属するロイヤル艦達の全員がこのクイーンエリザベス主催のお茶会に出席している為、必然とその全てに顔を合わせる事となるのだが、今回はキング・ジョージ五世の姿が見られなかった。

 おそらくは、そう。彼女の趣味から考察するに、料理を作る側として今回は立っているのだろう。

 いや、本来の趣味である『食事をする事』が高じてシェフ顔負けの料理上手になってしまったものを、趣味と呼んでも良いのかはわからないが。

 

 そうして皆への挨拶回りを済ませて再び戻ってきた長机の中央には、玉座のように豪華な装飾の施された椅子が三つ並んでおり、クイーンエリザベスとウォースパイトが丁度その中央に空席を一つ作るかのようにそれぞれ腰かけていた。

 

 先週にも見た事のある、普段通りの光景だ。

 

「──指揮官、よく来たわね。ええと、そう。丁度ここの席が空いているから、座ると良いわ」

 

 私への歓迎の言葉と共に自身の隣の席、もといクイーンエリザベスとの間に空いている席へと座る事を促すウォースパイト。

 つまりは、彼女らと同じく玉座のような椅子を勧められているわけである。

 

 勧められた椅子に座ると言うのも、このようなお茶会においての基本的マナーだ。

 最初は玉座のような椅子に腰をかける事に少しばかりの躊躇いを覚えたものだが、最近はあまり深く考えないようにしている。

 

 そもそもその席以外に空席が無いので、ある種の諦めに等しい。そう言うのが正解だろうか。

 

 と、まあ。普段通りに着席すると、目の前に置いてあった空のティーカップに紅茶が注がれた。

 微かな泡立ちもない透き通るような紅から立ち上る湯気と共に場に溢れる、上品な香りに優雅さと言うものを知る。

 いや、優雅とは何かを問われてしまえば私は何とも答えられないが、おそらくはこの事なのだろう。と、そう思えた。

 

 一度はこのお茶会に関してのメモを残す必要はないと判断したが、ここに来るまでに思考を重ねた私はやはり書く事にしたのだ。

 そしてここまでの事を素早く書き記した私は、メモ帳を閉じた。

 

「他に何かご用命がございましたら、()()()()この私、ベルファストにお申し付け下さいませ。ご主人様」

 

 紅茶を注いでくれたベルファストと目が合うと、彼女はそう言って綺麗な所作でお辞儀をした。

 一部分が妙に強調されていたように聞こえたが、おそらくは気のせいだろう。

 

 ベルファストに対して軽い会釈と感謝の言葉を返す。

 ふと、彼女からの視線が私の手元にあるメモ帳へとほんの一瞬だけ向けられた事に気付いた。

 

 たしかに、楽しむ場であるお茶会にこのようなものは不粋であったか。

 そう咎められていると解釈した私は、謝罪の言葉と共にメモ帳とペンを懐へしまった。

 

「指揮官、今のは──。いいえ、何でも無いわ。気にしないで頂戴」

 

 ウォースパイトが私に何かを言いかけたが、側にいるベルファストと何度か目線でのやり取りをし、言葉を取り止めた。

 彼女もやはり私の先ほどの行動が目についたようだ。

 こうして私へと直接言わないのは、彼女達の優しさなのだろう。

 しかしその優しさに甘えてばかりではなく、私自身も向上しなければならない。彼女達の指揮官として、相応の覚悟と態度を持って日々精進である。

 

 

「よく集まってくれたわ、王家の戦士達! 今回もまた誰一人として欠けることなく集まれた事を、この私が神に感謝してあげるわ!」

 

 ロイヤルメイド隊によってそれぞれのティーカップに紅茶が注がれていき、丁度全員に行き渡ったタイミングでクイーンエリザベスが立ち上がり、口上の言葉を述べ始めた。

 普段の姿は、そう、何とも言い難いが。やはりこうして周囲の様子を見て行動する事が出来る辺りは、女王として人々の上に立つに相応しいものを持っているのだと感じる。

 更に彼女はこの口上も毎回変えており、同じ事を言わない。お茶会は毎週開かれるのにも関わらずだ。

 

「……ええと、はっきり言ってあげる! 流石にこのエリザベス様でも言う事が無くなったわ! もう難しい事は考えずに楽しみなさい! これは命令よ! 以上!」

 

 流石にもう手が尽きた様子だ。

 当然と言えば当然だろう。

 

 それはさておき、クイーンエリザベスの言葉によってお茶会の始まりが訪れた。

 

「──そう言えば指揮官、今日は何をしていたのかしら?」

 

 そしてすぐさま隣に座るウォースパイトがそう訊ねてきたが、これも毎回恒例の話題となっている。

 おそらくは秘書艦である自身が居ない間に何か問題が起きていないかなど、そのような確認作業の内の一つだろう。

 お茶会の時間に仕事の話等は控えるべきであると言われるが、私はこれもウォースパイトの業務に対しての勤勉さの表れとして受け止め、最初のほんの数分ほどを情報共有の時間として考えている。

 

 と、言っても。お茶会のある日は午後のほとんどを業務にあてる事が出来ず、更には秘書艦のウォースパイトが約丸一日動けないので、まず出撃や委託任務に艦隊を出していない。強いて言うなれば、母港周辺の哨戒任務に向かわせる程度だ。

 実質的には、母港の休日のような扱いとしている。

 最初に痛い目を見たので、そう決めたのだ。

 イレギュラーで降って湧いた終わらない書類の山に、帰還した艦隊を出迎えに行けず艦船の機嫌を損ねる等々。

 

 そのような失態は二度と起こしてはいけない。

 

 

 つまりは、だ。

 私が本日行った業務と言えるものは午前中に済ませた軽い書類作業のみである。

 

「……本当にそれだけかしら? 何か小さな事でも良いわ。教えて頂戴」

 

 初のお茶会以降と同じく軽い書類作業のみと伝えたが、やはりウォースパイトは事細かに訊ねてくる。

 しかし業務に関するものはそれだけであるので、他に言えることなどはない。

 

「……ええと、質問を変えるわ。今日の昼食は何を食べたのかしら?」

 

 業務の話から突如として昼食の話に変わってしまったが、つまりはどういう意図だろうか。

 

 もしかすると自身の目の届かない所で軍用食で済ませたのではないかと、私の食生活を気にしている可能性も。

 いや、流石にそれは考えすぎだ。

 十中八九仕事の話を終わりにして、ただの雑談に切り替えただけだろう。間違いない。

 そうなれば特段隠す必要もないことなので、妙高が弁当を作って来てくれ、それを昼食として共に頂いた事を話した。

 

 

 瞬間。

 

 楽しそうに話す艦船達の声や、食器とフォークやナイフが当たる音等。周囲に溢れていた全ての音と言う音が止み、艦船達から表情が消え、時間が止まった。

 ような気がした。

 

 瞬きを一度する頃には、そんな光景などまるで嘘だったかのように先ほどまでと同じ時が流れ始めたので、やはり気のせいだったのだろう。

 稀に時計の秒針がやけに遅く感じる時もあるくらいだ。人の感覚などあまりアテにならない事もある。

 偶然、そう見えただけだ。

 

「──指揮官、楽しんでいるか? ここらのものは私が料理したものばかりでな。是非とも食して欲しい……ものだ、が。冷や汗をかいているようだが、どうかしたのか?」

 

 背後から声をかけてきたのはキング・ジョージ五世だった。ここに居るという事は料理を作る役目は終えたのだろうか。

 私は額の冷や汗を拭い、彼女に対して問題無い事を伝える。

 そしてケーキスタンドからサンドイッチをナイフとフォークで取り、食した。

 

 そう言えば、腹の空き状況があまりない事を忘れていた。

 

 軽く口に含んだ紅茶で流し込み、キング・ジョージ五世に美味であると感想を告げる。

 

「はははは、そうかそうか! ふむ、どうだ指揮官。どうせならこのままディナーまで共にしようではないか」

 

 そんな夕食への誘いだが、流石にどうにかして回避したい所だ。

 私はもう今日は何も食べられない、と言える程度には満身創痍である。そう考えるのも当然だろう。

 

「ええ、それは良い考えね」

 

「あなた、今日の晩餐は参加しなさい! これは女王様の命令よ!」

 

「おぉ! 陛下達も賛同してくれるか!」

 

 

 これは、そう。

 SGレーダーT3を装備していたとしても最初から回避不可能な案件だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、まあ今日もこのように平凡な一日を送った」

 

「指揮官の『平凡な一日』の基準がおかしいにゃ?!」

 

 ロイヤル艦船達との夕食を終えて、書き上げたメモを明石へと渡しに来たのだが、メモを読み終えた明石はそう声をあげた。

 彼女はそう言ったものの、週に一度は今日とそう変わらない日である。それを平凡と言わずして何と言うのだろうか。

 

 と、それよりもだ。

 流石に指揮官である私と言えど限界が近いので部屋に戻って横になりたい。

 

「え、指揮官帰るのかにゃ? できれば今日は帰って欲しくないと言うか、にゃんと言うか……」

 

 明石がやや困ったような表情でそう言うが、部下であり女性である彼女と同じ室内で睡眠をとるわけにもいかないだろう。

 それこそ、私が何かしなくともそれ自体が問題に発展する場合もある。

 今はそう言う時代だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、指揮官……。行っちゃったにゃ……。これ絶対ヤバいにゃ」

 

「──ご機嫌麗しゅう、明石様。今宵は虫の鳴き声の一つもない静かな夜でございます」

 

「にゃっ、べ、ベルファ──」

 

「大人しくそちらを渡して頂けると、こちらとしても助かるのですが」




 まあ、ほら。

 次回デート回をするとは、言ってないからさ。




 うん。







 まあ、しないとも言ってないけれど。









 えっと、そう。


 若干、ヤンデレ風味で書いてるんだけど。

 伝わってるんだろうか。




 そう。



 若干。





 ……若干?




 …………若干だね。





 間違いない(確信



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確率の『裏側』がおかしい

「──今回もまた、これと言った成果は無し、か」

 

 第二艦隊へ一時的に編入する形で3-4に出撃し、同海域の敵主力艦隊にて旗艦を務める『ヒリュウ』を撃破したウォースパイトはそう呟いた。

 

 指揮官の指示によりこの海域の攻略を始めて、それなりの期間が経過している。

 しかし、未だに指揮官が見ているもの、求めているものを成果として挙げることが出来ずにいるのが現状だ。

 このまま何一つとして進まない状況が依然として続くようであれば、不甲斐ない自分達へ対して指揮官が愛想を尽かしてしまう時がいつの日か訪れてしまうのではないか。

 そんな不安に駆られ、こうして自身が現場へと出向く事も度々あるが、結果はいつもと変わらず。

 

 都合良く好転しない現実に、ウォースパイトは軽いため息を吐いた。

 

「申し訳ありません、陛下。このように不甲斐ない結果となりました事を深く──」

 

「貴女達は──いえ、私達は最善を尽くした。それは間違いなく事実よ」

 

 言葉の途中でそれを斬るように自身の声を重ねる事で、深々と頭を下げるフッドを制止したウォースパイト。

 指揮官は、この海域に何を探しているのだろうか。

 彼女の胸中にはそんな思いが渦巻いていた。

 

 この3-4と呼ばれる海域で得られる経験値はそれほど多いわけでなく、手に入れられる設計図も今の母港のレベルでわざわざ求めるような物でもない。

 果たして、新たな海域の攻略を一時的とは言え中断するほどの価値はあるのだろうか。

 

 ふと、指揮官へ疑問を持つような言葉が頭を過った事に気が付いたウォースパイトは、首を振ってそれを強く否定した。

 そして普段から指揮官に対して抱いている尊敬や他の感情を思い出し、言葉の上書きを行う。

 

 ──指揮官が、判断を誤る事などあるはずがない。

 

 事実、これまでの出撃においてただの一度も撤退をした事はなく。撃破された者も存在しない。

 そして今回の出撃も普段と一切の変わりなく、全てを見通しているかのような指揮で必要以上の消耗を起こさずに敵主力艦隊を撃破。

 それに加えて、委託任務により経験を積んだ新人の艦船達が敵戦力の低いこの海域で実戦経験を得る。その過程で彼女らが何を勘違いしたのか指揮官へ対する好意、あるいは恋慕の情を抱くのは少し頂けないが。

 

 こうして考えれば、やはり指揮官の判断は完璧なものばかりである。

 ならばこそ、この海域には何かが存在する事は確定的に明らかなのだ。

 指揮官には既に見えているモノを発見し、成果として持ち帰る事が出来ないのは、一重に自身の至らない故か。

 

 そこまでを考えた所でウォースパイトは、思考の海から現実の海上へと戻った。

 深く考えると周囲が見えなくなってしまうのは自分の悪い癖だ。と、軽く首を振った彼女は第二艦隊に属する艦船達を見渡す。

 

「──作戦目標の達成を確認。これより我ら第二艦隊は帰投する! 母港に辿り着くまで、一切の警戒を怠るな!」

 

 やや緩んだ雰囲気を再び引き締めるため、皆を奮い立たせるようにウォースパイトは叫んだ。

 その海を震わせるが如く轟いた声に、新人の艦船達はぴしっと肩肘を張り、忙しなく周囲の警戒を始めた。

 

 戦場において、気の緩みは死に繋がる。かと言って、気を張りつめすぎるのもあまり良いわけではないのだが。

 まあその辺りは、これから実戦を経験する内に学ぶ事だろう。

 

「あぁ、あぁ……! 指揮官様はこんなにまでも私の事を求めてくださる……! 今日こそ赤城は、この壁を乗り越えて指揮官様のお側へ……」

 

 不意に、どこからともなく現れた赤城がその身をよじらせてそんな言葉を呟いた。そして続け様に、人の形を模倣したような紙を飛ばした。

 赤き焔を纏い宙を舞うそれは、途中で艦載機へと変化し、飛来する。

 

 またか。

 ウォースパイトの胸中にはそんな、どこか呆れるような思いと共に、沸々とした怒りが込み上げる。

 

 ふざけるな。

 私達の。

 

 ────()()

 

「──指揮官が、貴女を求めている。そんなこと、あるはずがないに決まっているわ」

 

 怒りに脳内を支配されつつも冷静に振る舞うウォースパイトは、淡々と事実を告げるかのように平坦な声で言った。

 

Exactly(仰る通りでございます)──。陛下、こちらの処分はお任せ下さい。常日頃から慣れ──もとい、心得ておりますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だろうか。

 今、確率そのものを揺るがしてしまうかのような、そんな何かが起こった気がした。

 

 

 いや、私は何を言っているのだろうか。

 ふと頭に浮かんだ、突拍子もない言葉を掻き消すように私は頭を振る。

 

「どうかされましたか? 指揮官様」

 

 そんな私の様子が気になったらしいレナウンが、斜め後ろ辺りからそう声をかけてくる。

 私の顔をそっと覗き込んでいるつもりなのだろう、視界の端に彼女の顔が映った。

 問題ない事を告げると、視界に映らなくなったので元の位置へと戻ったと思われる。

 

 今日は秘書艦のウォースパイトがいない。

 出撃するとのことで、フッドと共に第二艦隊を率いて3-4へと出向いていったのだ。たしか、朝食を食べ終えて少し経った頃だったか。

 彼女の3-4への出撃自体は稀によくある事なので特に問題はないと考えているが、その理由などは全く判明していない。

 曜日が決まっているとかではなく、突発的にそう言い出すので、おそらくはストレス発散のようなものであると推測している。

 

 そんなわけで、本日予定していた委託任務は取り止め。私の背後にレナウンが憑く事となったわけだ。

 時折、彼女はそわそわとした様子を見せるが、それ以外に特に変わった事はない。

 

 

 かち、かち。と、規則正しいリズムで時を刻む秒針の音が、静かな執務室内に響き渡る。

 壁に掛けられた時計へと目を向ければ、第二艦隊が帰還する予定時刻まで後数時間である事がわかった。

 第二艦隊が帰還すれば、そこからまた仕事が発生するのだがそれまでは実質的にやる事がなく。

 

 

 端的に言うなれば、少しばかり暇である。

 

 普段ウォースパイトが居ない時。つまりお茶会の日には他の艦船が頻繁に訪れるのだが、今日はほとんど誰も来ない。

 何故だろうか。

 

 背中に突き刺さるレナウンの視線を感じつつ、頭を捻って考えたが答えは出なかった。

 

 ぼんやりと手元の書類を眺めていると、『饅頭』と呼ばれている丸々としたひよこのような生物が、机の上に置かれた書類に乗る。何処から飛んできたのだろうか。

 身振り手振りをして書類の上をぽよぽよと移動する饅頭は、どうやら何かを伝えようとしているらしい。

 つまり、饅頭の動きから推測すると。

 

 いや、さっぱりわからない。

 まあ当然と言えば当然だろう。

 こちらとしても理解できるよう、最大限の努力は惜しまないが、やはり限度と言うものがある。それが現実だ。

 

 私が軽く首を振って理解できなかったことを示すと、饅頭は悲しそうにぷるぷると震えた後、すぐ側にある書類の束を探し始めた。

 一体何を探しているのだろうか。

 

 少しして、お目当てのものが見つかったのか一枚の書類を引っ張り出してきた饅頭は、私の目につくようにそれを広げた。

 その書類には現在母港で保管している資源について書かれており。

 

 そう言えば今朝方、資金が保管上限に達したのだった。

 饅頭はそれを伝えに来てくれたらしい。

 

 私は執務机の棚に備えてある飴を礼代わりに饅頭へ渡して、立ち上がった。

 

 

 

 

「…………これは……そう。違う……と言うもの。で、ございます」

 

「指揮官にゃ?! こ、ここここれは違うのにゃ!」

 

 資金が溢れてしまう前に有用な物、パーツや装備箱等を購入しようと私はレナウンを後ろに連れてショップへと訪れた。

 私を迎えてくれるのはショップ店員を務める不知火と明石である。それは間違いない、が。

 どうやら間が悪かったらしく、二人が作業をしている最中に来てしまったようだ。

 

 普段は装備箱T3に使われている紫色の箱。その上から黄色のペンキを塗りたくっている彼女達を少しばかり眺めていると目が合った。

 中の装備を取り出した後の空になった装備箱の行く末は少しばかり気になっていた所だが、こうして再利用されていたらしい。

 限りある資源の有効活用とは、何とも素晴らしき事か。

 

 しかし。二人は先ほどからしきりに「違う」だとか、何やら取り繕うような言葉を並べているが、一体どういう意味だろうか。

 いや、今は指揮官としてすべき事を優先させるとしよう。

 

 

「…………にゃにゃ!?」

 

 作業の手伝いを申し出た私への二人の反応はまず、驚いたような表情を浮かべる事だった。

 

 二人が同じリアクションをとったかのように表現したが、そう言うわけではない。

 目をやや見開いただけの不知火に対して、体全体で驚愕を示すようにオーバーな動きをした明石。と、それぞれの性格を大まかに推察する事が可能と思えるほど、その反応には差があった。

 

「……割引は、しませんよ」

 

 驚愕のポーズのまま固まっている明石を尻目に、不知火はそう言った。

 彼女は普段から口癖のようにその言葉を使っているが、本心から言っているわけではないようで。度々、商品の割引を行っている姿が見られる。

 

 それはさておき、割引を目当てとして手伝いを申し出ているわけではないので、問題無いと伝えて指示を仰ぐ。

 先ほど見ていた限りでは黄色のペンキを塗るだけだったが、何か順序立てて作業をしなければならない可能性もあるので勝手に触れはしない。当然の事だろう。

 わけもわからないまま勝手に進めるというのは、もはや手伝いではなく単なる『邪魔』である。

 

「……し、指揮官。怒らない、のにゃ……?」

 

 固まった状態から復帰した明石はそう言ったが、資源の再利用を素晴らしいと称賛することはあれど、何処に怒る必要があると言うのだろうか。

 

 SSR装備の出現率の低さから極一部の指揮官達の間では、装備箱T3をT4と偽って販売しているのではないかと噂されている。と、そんな話を耳にしたこともあるが。

 彼女達の普段の姿を見ていれば、そのような疑惑を抱くはずもなく。彼女達は信用できると、私は言い切れる。

 

 つまりは、だ。

 

 明石、不知火の両名は普通なら誰も目を向けないような部分で資源の倹約を行って、母港に日々貢献してくれる素晴らしい部下である。

 それこそ、私には勿体ないほどに。

 

 そのままを伝えたわけではないが、概ね彼女達を称賛するような意味合いを持った言葉と共に日頃の感謝を述べる。

 すると、明石はその大きな瞳を潤ませて。ぽろぽろと、涙を溢し始めた。

 

「し、指揮官! 明石は一生、指揮官に着いていくにゃ……!」

 

 何度か自身の涙を袖で拭った彼女が言ったのはそんな言葉だった。

 

 いや、それは勘弁して頂きたい。

 ここはRPGの世界では無いのだ。

 どこに行っても後ろを着いてくるような艦船は、レナウン一人だけで手一杯だ。いや、むしろ手に余ると言えなくもない。

 

 そんな事よりもだ。

 作業の途中だったと思うのだが、こうも長い間中断してしまっても良いのだろうか。

 その後の彼女達の段取り等に響かなければ良いのだが。

 

 

「……指揮官さまはやはり、大うつけでございますね」

 

 そう言って、微かに笑った不知火の顔は普段よりも眩しく見えた。

 照明の加減によりそう見えただけだろうか。

 

 それとも、やはり女性は笑顔が一番美しいと言うことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、何か良い感じでまとまりそうな気もしたが。

 

 結局の所、私は何を手伝えば良いのだろうか。

 

 

 








 ドロップ率(≒赤城が艦隊を撃破して無事に母港へと辿り着く確率)
 なお母港近海にはエンタープライズ(Lv120・親愛度:ヤンデレ)が待ち構えているものとする。





 まあ、そう。

 なんか、そんな感じの話を書きたかっただけなんだ。



 うん。





 あ、そうそう。

 ここ、基本的に赤城は断片的にしか出ないんだ。


 具体的に言うなら、指揮官とは会わないんだ。




 ……持ってないからね(現実



 うん。

 仕方ないね。



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