全地球防衛戦争―EDF戦記― (スピオトフォズ)
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設定資料集
主要登場人物(軽度のネタバレあり)


登場人物は、人物や内容等を随時更新していきたいと思います

具体的には、最新話更新と同時期くらいに何人か追加していきたいです。
あんまり本編に絡んでないキャラは、あっさり短文の紹介になるかもです。

戦死者などのネタバレがあります




陸戦歩兵(レンジャー)

 

仙崎誠(せんざき まこと)

年齢:26歳男性

階級:伍長

所属:第88レンジャー中隊・レンジャー2-1

主要武器:アサルトライフル、ショットガン、S型ロケットランチャー

一人称:私

二人称:貴方、貴様

技能:回避、天才肌

詳細

 容姿的には特にこれと言って特徴のない男性。

 黙っていると印象は薄いが、一風変わった言動のお陰で分隊内でも目立つ存在。

 サワダ警備という警備会社に勤めていたが、不幸にも初出勤の日に巨大生物に襲われ、本人の希望もあって戦闘に参加する。

 実は過去にEDF陸戦歩兵の海外派遣部隊として紛争に参加していたが、2018年に除隊している。

 性格は冷静で頭もよく回るが、予想外の出来事があると素っ頓狂な声を上げる事もある。

 基本的に何でもそつなくこなす方だが、同時に自己評価も高く、尊大な態度が出る事も。

 自他共に認める変人、かつ変人であることに謎の誇りを抱いている為、自分よりキャラが濃い人物が出てくると少し警戒する。

 また極度の不幸体質で、幼いころからちょっとした怪我から重大な事故などに巻き込まれる事が多すぎた。

 その為、持ち前の学習能力の高さと器用さを発揮し、危険から身を躱す事が得意になった。

 この技能は軍人としてはとても優秀で、巨大生物の酸や牙などをいともたやすく回避する事が出来る。

 持ち前の天才肌による射撃の腕も高く、体捌きの技術故に過去には特別優秀な者に与えられる射撃勲章と格闘勲章を持っていた。

 が、一度除隊した事により現在は失っている。

 

 

結城桜(ゆうき さくら)

年齢:24歳女性

階級:伍長

所属:第88レンジャー中隊・レンジャー2-1

主要武器:R型アサルトライフル

一人称:私、桜

二人称:君、特殊な渾名

技能:俊足、器用

詳細

 明るく人懐っこい性格。

 人見知りをしないので、兵士整備員事務員研究員など軍内部の知り合いが多い。

 ミリタリーマニアで、EDFに入ったのもそれが理由。

 好きな兵器を見たり触ったりできるので、たまに整備兵に混ざって作業着で格納庫に居たりする。

 新型の兵器を見るとつい早口で感想を言い始めるのはEDF極東本部内では有名になりつつある。

 中隊長の結城実大尉は実の兄。

 小柄ですばしこく、何をするにも動作が早い。

 戦場では特にリロードの素早さが顕著に表れ、機構の複雑な銃のリロードも平均の半分程度で可能。

 しかし狙撃は不得意で、回転の速さを利用した弾幕を張れる中~近距離戦が得意。

 

 

浦田和彦(うらた かずひこ)

年齢:26歳男性

階級:伍長

所属:レンジャー2-1

主要武器:連射式ショットガン

一人称:オレ

二人称:アンタ、~ちゃん

技能:連携

詳細

 分かりやすい女たらし。

 女性を見ては食事や遊びに声をかけまくるはた迷惑な男。

 ルックスはイケメンなので、実は人気はそこそこあったりする。

 だがナンパそのものが趣味であって、恋人を探しているわけではないらしい。

 妻子がいる立派な家庭持ちで、なんとナンパは妻公認らしい。

 同じく、妻も男遊びが趣味で、互いに遊びと認めつつ、家庭では愛を育んでいるとか。

 金に汚く、ギャンブルが好きだが、二ノ宮という上位互換が現れたせいで若干嫌いになり始めている。

 そのため、女性でありながら二ノ宮に苦手意識を持っている。

 反面、桜が好みのタイプのようだが、本人からは凄く嫌われている。

 女性の前では格好つけるが、基本ボヤいている事が多い。

 戦闘ではこれと言って能力的に秀でている部分は無いが、逆に武器や戦術を選ばない自由なスタイル。

 それ故柔軟な動きが出来、誰と組んでも二人組以上の力を発揮できる。

 どんな状況でも活躍し、分隊の基礎能力の底上げに貢献している。

 

 

水原亮介(みずはらりょうすけ)

年齢:23歳男性

階級:兵長

所属:レンジャー2-1

主要武器:スナイパーライフル

一人称:俺、自分

二人称:お前、~さん

技能:狙撃

詳細

 軽いノリの青年兵士。

 基本的に頭が悪く、EDFの筆記試験はなんと落第したが、実技での狙撃センスを見抜かれて特別枠で採用されている。

 素行が悪いわけではないが言葉遣いが非常に適当。

 が、逆に言えば人当たりが良く、相手に不快感を与える事は案外少ない。

 分隊内だと新垣が同期で、彼と話すときは特に砕けたしゃべり方になる。

 テンションの落差が激しく、劣勢になると真っ先に弱音を吐くことも。

 戦闘では上記の通り、非常に優れた狙撃技術を持っているが、今のところあまり長距離狙撃が必要な場面は残念ながら無い。

 しかしながら中距離であっても、取り回しの重たい狙撃銃を使い、高威力を以て一撃で確実に仕留める技量と狙うべき個体の瞬時判断力は、分隊の頼もしい力となっている。

 

 

新垣巌(あらがき いわお)

年齢:24歳男性

階級:兵長

所属:レンジャー2-1

主要武器:D型アサルトライフル、D型ロケットランチャー

一人称:俺

二人称:お前、~殿

技能:耐久、怪力

詳細

 筋骨隆々で大柄な男。

 極度の笑い上戸で、ゴツい印象に似合わず常ににこやか。

 細かい事を気にせず、寛容で、人のいい性格だが、基本面白い事優先なので弄られている人間に対しては手を差し伸べない。

 桜に”ガッキー”と呼ばれてからお気に入りで、知り合いに「ガッキーと呼んで下され」と頼んでいるが殆ど断られている。

 体が非常に打たれ強く、鈴城涼子の暴力程度では負傷すらしない。

 ……というか進んで受けに行っている。

 その頑強さは強酸やレーザーなど致死級の攻撃はともかく、爆発による衝撃や建物の崩壊による瓦礫の飛散などフォーリナーの攻撃以外にも危険のある戦場では重宝されている。

 

 

鷲田篤(わしだ あつし)

年齢:36歳男性

階級:少尉

所属:レンジャー2-1分隊副長

主要武器:グレネードランチャー、ロケットランチャー

一人称:オレ

二人称:おめぇ、お前、

技能:歴戦、勘

詳細

 軍人らしくがっしりした体つきの男性。

 兵卒からの叩き上げの軍人。

 一見気さくな兄貴風だが、鋭く猛獣のような眼をしていて、オンとオフの切り替えが激しい。

 2-1分隊の皆に言える事だが、その中でも特に規律に緩く、兵卒の者からのラフな話し方を好む。

 飽くまでいう事聞いてくれればそれでいい、むしろ戦って強ければそれでいい、というスタンス。

 フォーリナー襲来以前から紛争地域で戦っているため、戦闘経験は豊富。

 しかしその経験の大半は脳筋力押しで、持ち前の戦闘センスのゴリ押しであることが多い。

 戦闘力では役立つ一方、細かな作戦立案は不向き。

 ただ咄嗟の判断が要求される緊急時に於いて、野生の勘的な判断は割と馬鹿に出来ない為、そのおかげで窮地を切り抜ける事もある。

 

 

鈴城涼子(すずき りょうこ)

年齢:27歳女性

階級:軍曹

所属:レンジャ-2-1

主要武器:フルオートショットガン

一人称:アタシ

二人称:テメェ、オメェ

技能:格闘、接近射撃

詳細

 格闘で優れた成績を残した者に与えられる”格闘勲章”の持ち主。

 男勝りの荒々しい性格で、歯向かえばすぐに暴力に晒される。

 が、桜には余程のことが無いと手を上げなかったり、新垣に割と本気の蹴りを叩きこんだりちゃんと相手は選んでいる。

 極度の熱がりの為、常に薄着。

 女版鬼軍曹、と言った具合で訓練には厳しいが、意外にも肉体には詳しく、体を壊すような訓練はさせない。

 戦闘ではフルオートショットガン”モンスーン”の二丁持ちの、圧倒的接近射撃能力を生かして散弾をバラまく。

 そのアクロバティックな動きと強力な射撃は分隊どころか大隊内にもいない。

 短気だが回りが見えない訳ではなく、粗暴な口調の裏に冷静な思考も存在する。

 

 

二ノ宮沙月(にのみや さつき)

年齢:29歳女性

階級:軍曹

所属:レンジャー2-1

主要武器:D型アサルトライフル、スナイパーライフル

一人称:ボク

二人称:キミ、~クン

技能:機動射撃、偏差射撃

詳細

 射撃で優れた成績を残した者に与えられる”射撃徽章”の持ち主。

 ボーイッシュと妖艶さを併せ持つ不思議な女性。

 ヘビースモーカーで、酒と賭け事が大好きというオヤジみたいな趣味を持ち、口から出る言葉は冗談が多くの割合を占めているが、皆からは好かれている。

 マッサージが超絶上手い。  

 かなりの美人で、男性のみならず女性からも憧れの眼で見られるが、油断すると容赦なく財布を毟り取られるので注意。

 戦闘では分隊一の射撃能力を持っている。

 単純な狙撃では天才的な水原には敵わないが、移動や回避を行いつつの機動射撃、高速移動する敵へ軌道を予測して当てる偏差射撃など、全般的な射撃能力が高い。

 ゲーム的に言うとエイム力が高いと言える。

 また追い込まれた状況でも飄々とした態度を変えないメンタルの強靭さも強さの一つ。 

 

大林浩二(おおばやし こうじ)

年齢:37歳男性

階級:中尉

所属:レンジャー2小隊指揮官、兼2-1分隊指揮官

主要武器:アサルトライフル

一人称:俺

二人称:お前、貴様

技能:士気、判断力

詳細

 レンジャー2小隊指揮官、兼第一分隊指揮官。

 小隊長と第一分隊長を兼任しているが、第二分隊長、荒瀬軍曹が優秀なので苦労は少ない。

 EDFの精神を体現するかのような厳しい性格で、如何なる逆境においても部下を導く。

 激しい戦場であっても「この人の指揮なら生き残れる」と思わせてくれる頼りがいのある名指揮官。

 厳つい顔、厳しい口調と相まって苛烈な人物に見えるが、その実部下に出来ない事は強要しなかったり、助言を積極的に取り入れたり柔軟性のある人物。

 中隊長の結城大尉より年上だが、平時も戦時も変わらぬテンションで指揮する結城大尉を尊敬しているとか。

 フェンサーのグリムリーパー隊指揮官岩淵大尉とは友人関係にある。

 戦闘では直接的な戦闘技能で言うならば満遍なく高水準だが、特に咄嗟の判断力や決断力に優れている。

 その為個性的な分隊員、小隊員と合わせてレンジャー2-1は非常に柔軟性や状況適応力に優れた部隊になっている。 

 

 

荒瀬徹(あらせ とおる)

年齢:35歳男性

階級:軍曹

所属:レンジャー8-1(228基地にて壊滅)→レンジャー2-2分隊指揮官

主要武器:アサルトライフル、ショットガン

一人称:俺

二人称:お前

技能:不屈、作戦立案

詳細

 レンジャー2第二分隊を指揮する、屈強な男性兵士。

 元228基地に配属されていた兵士で、フォーリナー襲撃以前は青木、馬場、千島の三人の部下を持っていた。

 紛争時代に海外で実戦経験を積んでいた海外派遣部隊に所属していた事もあり、精錬された戦術眼と兵士の勘を併せ持つ。

 その際の最終階級は大尉だったが、紛争時の問題行動により軍曹まで降格を命ぜられ、後方の228基地まで左遷、基地警備の任務を与えられてしまった。

 基本的にEDFの上級命令よりも現場を重視する考えを持つ為、EDF上層部からは「有能だが問題行動が多い」とした認識を持たれており、若干煙たがられている。

 本人もそれを承知の上だったからか「自分には軍曹程度がお似合いだ」とのたまい、以前よりも生き生きしている。

 作戦指令本部の榊少将とは、紛争時代に付き合いがあった。

 その為か、作戦中であってもまれに秘匿回線を通じて取りをしている。

 もちろん褒められた行為ではなく、戦略情報部のリーヴス少佐に睨まれる榊少将の心労は絶えない。

 戦闘では大林中尉と同じく、修羅場でも的確な指示命令を部下に下せる。

 大胆な発想力で瞬時に作戦を立てて実行する能力を持ち、如何なる状況であっても絶対に諦めない不屈の精神をもっている。

 が、少々行き過ぎて身の危険を顧みない危うさを孕んでいる。

 

青木守(あおき まもる)

年齢:27歳男性

階級:上級伍長

所属:レンジャー2-2

主要武器:アサルトライフル、スナイパーライフル

一人称:俺

二人称:お前

技能:射撃、計算、分析

詳細

 長身の兵士。

 切れ長の眼、理性的な立ち振る舞い、論理的な言動など、軍人と言うよりは有能なビジネスマンを思わせる風貌。

 情よりも合理と計算で物事を判断するタイプで、変人の多いレンジャー2の中ではやや常識人寄りか。

 フォーリナー襲撃以前の軍曹の部下の一人で、紛争時代より以前から関係がある。

 荒瀬軍曹との付き合いが三人の中で最も長く、その為かやや過剰とも言える信頼を向けている。

 子供のころからヒーロー系の番組を好んでおり、EDFに入った理由もヒーローに憧れていたなど、少々夢見がちなところはあるが、それを実行に移す努力と信念がある。

 戦闘では敵の動きを予測、分析する事に長ける。

 また射撃の腕自体も良好なので少ない弾薬で効率よく敵を撃破出来る。

 

 余談だが、階級の”上級伍長”とは、従来の軍隊には見当たらないEDF独自の階級だ。

 EDFは戦車や戦闘ヘリなど機甲戦力の操縦の簡略化を行っており、並行して操縦後術の充足を行い、”軍曹”以上の階級では基本的に戦闘ヘリを含む、陸軍機甲戦力の操縦を問題なく行うことが出来る。

 しかし、コンバットフレームやデプスクロウラーなど特殊な車輛が増えたことにより、”軍曹”期間の負担が膨大になった事を鑑み、伍長から軍曹へ移行時の資格取得期間として”上級伍長”なる階級が出来上がった。

 一言でいえば、”軍曹”になる前の準備期間のような階級である。

 

 

馬場遼平(ばば りょうへい)

年齢:35歳男性

階級:伍長

所属:レンジャー2-2

主要武器:D型アサルトライフル、ショットガン、ロケットランチャー

一人称:俺

二人称:お前、あんた、(仙崎にだけ)大将

技能:耐久、怪力

詳細

 やたらと声のデカい兵士。

 2-2分隊一番の大柄で、声と態度がデカく、その割に直ぐボヤいたり不満や愚痴ばかり語り、デリカシーが無くて口が悪い上に思ったことをすぐに口に出す。

 とまあ、散々な印象だが邪気は無く、気さくで人柄も悪くない為嫌っている人は少ないだろう。

 228の襲撃事件を共に経験したこともあってか、仙崎とは何かとよく話す仲になっている。

 邪気が無い事もあって2-2のムードメーカー的な存在。

 見た目で分かる程の怪力である新垣程ではないが、引き締まった筋肉を持ち、その筋力が状況打破につながることもある。

 が、戦闘では特筆するほど目立った技能は無く平均的と言える。

 どちらかと言うと遠距離戦は苦手で、遠くから狙撃するよりは近づいて暴れまわる方が本人の好みのよう。

 軍曹の部下3人の中では海外での戦闘経験が豊富であり、青木よりも初陣が早い。

 一時は階級曹長まで昇進していたものの、命令に納得できず上官を殴り倒した為営倉に放り込まれた後降格し、最終的には伍長まで下がった。

 EDFに入ったのは「楽して年金暮らし」と公言しており、まさかフォーリナーが攻めてくると思わなかった彼は心底嫌そうにしつつも、今日も戦い続ける事になる。

 

千島勇樹(ちしま ゆうき)

年齢:24歳男性

階級:上等兵

所属:レンジャー2-2

主要武器:アサルトライフル

一人称:僕

二人称:君、~さん

技能:成長

詳細

 小柄な若い兵士。

 3年前にEDF正規兵として任官したばかりであり、海外派兵は経験していない。

 その為フォーリナー襲撃時が初の実戦であり、初めて見る巨大生物に恐怖しつつも、軍曹の指揮に従い勇敢に戦った。

 基本的にネガティブなきらいがあり、馬場と同じくよく戦場に対しての愚痴をこぼし、軍曹や青木に咎められる毎日を過ごす。

 尊敬する父親が自衛官からEDF隊員へ引き抜かれたという経緯もあり、EDF軍人という職業に憧れを持つようになりEDFへ入隊した。

 自衛官や軍人を誇り高い職業だと信じ入隊したが、いざ命を懸けて戦う場面に直面すると、この職業の過酷さを思い知りたびたび除隊を考えるようになる。

 青木や馬場、その他のEDF兵士たちと比べると良くも悪くも一般的な感性を持つが、それでも戦う事を諦めなかった勇敢なEDF兵士。

 

葛木望(かつらぎ のぞむ)

年齢:24歳男性

階級:伍長

所属:レンジャー2-2

主要武器:爆発物

一人称:僕

二人称:君、~さん

技能:温和、大胆

詳細

 小柄な男性兵士。

 小柄な上に童顔の可愛らしい顔をしていて、その温和な性格と相まって男女ともに妙な人気がある。

 性格的には平和的で、虫も滅多に殺さないような一見して軍人に向かない穏やかな人間。

 だが人付き合いは得意だが反面むしろ人間嫌いで、一人でいる事を好む。 

 何かあるとすぐに情けない悲鳴を上げるので一見ヘタレで脆いメンタルに見えるが、実のところ芯は強く、恐怖という感情の他に冷静に考えられる理性も同時に働いている。

 また、見かけによらず大胆な行動を取ることが多く、結果的に上手く行けばなんでもいいや、という楽観的な思考の持ち主でもある。

 そのせいか殲滅力優先の範囲系爆発物を武器に選んでいる事が多い。

 そしてどんな閉所だろうが近距離だろうが可能ならば爆破する中々にクレイジーな戦い方をする。

 

 

細海早織(ほそみ さおり)

年齢:23歳女性

階級:上等兵

所属:レンジャー2-2

主要武器:スナイパーライフル

一人称:私

二人称:あんた、~階級

技能:狙撃、集中

詳細

 根暗な雰囲気の女性兵士。

 特別小柄という訳ではないが線が細く、気弱で儚い印象を持たれる。

 口数が多い方ではないが、レンジャー2の中では比較的常識的な感性を持つため堪え切れずつっこみ役に回っている事が多い。

 口を開くと不満や文句しか出てこない事が多いが、不器用なりにコミュニケーションを取ろうとして言ってる時もある。

 読書が趣味で、本の世界に集中すると余程の緊急事態じゃないと反応しなくなり、邪魔されるとキレ始めるという困った行動も。

 虫が苦手で、戦闘では可能な限り遠くで仕留めたいという思いから狙撃銃を多用するようになった。

 水原程ではないが狙撃のセンスも良く、持ち前の高い集中力を生かして戦うが、視野が狭くなりがちなのが玉に傷。 

 

結城実(ゆうき みのる)

年齢:30歳

階級:大尉

所属:第88レンジャー中隊(指揮官)

主要武器:アサルトライフル系

一人称:俺

二人称:君

技能:戦略眼、温和、平常心

詳細

 仙崎達の小隊、レンジャー2を指揮下に置く中隊長。

 朗らかで些か緊張感に欠ける優男だが、そこは部下達がフォローしている。

 しかし中隊長としては戦略眼に長けており、若くして大尉にまで昇進する実力者。

 逼迫した状況下でも焦りや緊張を起こさず、逆に優勢時や戦闘終了間際でも気を抜かず、常に一定の思考で指揮を行える。

 非常、平常共に優れた指揮を行える有能な指揮官。

 

梶川隆(かしがわ たかし)

年齢:41歳

階級:大尉

所属:第26フラウンダー中隊(指揮官)

主要武器:ゴリアス系統

一人称:俺

二人称:あんた

技能:戦闘狂・戦略眼

詳細

 ”不良中隊”と呼ばれる”第26フラウンダー中隊”を纏める荒くれ者集団のボス。

 同中隊は、EDF海外派遣群にも抜擢された歴戦の部隊で、皆相応の性格をしている。

 本人は純粋な戦闘狂だが退ける時には退ける冷静な頭も持っている。

 部下の死は悼むが悲しまず、笑って語り継ぐ度量と、生き足掻くことをモットーとする中隊の基本方針に共感する者は多い。

 反面、素行の悪さからウイングダイバー部隊からは蛇蝎(だかつ)の如く嫌われている。

 

 

降下翼兵(ウイングダイバー)

 

 

瀬川葵(せがわ あおい)

年齢:25歳女性

階級:少尉

所属:第一降下翼兵団第二中隊”ペイルウイング”第二小隊員

主要武器:ゼロレンジ・プラズマアーク銃”レイピア”

一人称:アタシ

二人称:アンタ

技能:格闘、機動制御

詳細

 破天荒なウイングダイバー。

 大雑把で直感的な性格で、言動も行動も気の向くままに行う”じゃじゃ馬娘”

 そして質の悪い天邪鬼気質で、戦闘以外だがすんなりと相手の言う事を聞かない時が多い。

 何かと人にちょっかいを出しがち。

 かつ負けず嫌いで、誰かと張り合って勝つことが喜び。

 とは言え、根の性格は大らかで、基本的にはさっぱりした笑顔をよく顔に出す。

 その為、人を本気で嫌ったり嫌われたりと言った事は少ない。

 戦闘では基本的に突撃してレイピアでの接近戦を好む。

 飛行ユニットの機動制御に優れ、細い足場に着地したり短時間ホバリングしたりと才能を見せるが、良く強制冷却になりがちという致命的欠点を抱える。

 ただし、日に日に気を付けるようにはなっている。

 

白石玲香(しらいし れいか)

年齢:27歳

階級:少尉

所属:ペイルウイング2

主要武器:クローズ・レーザー

一人称:私

二人称:君

技能:冷静、空中狙撃

詳細

 無口で無表情な女性。

 全く話さないという訳ではないが、最低限の単語しか発さない。

 色白な見た目も相まって、基地内では”アイスドール”の名で呼ばれている。

 コミュニケーションは苦手のようだが、瀬川とは打ち解けているようで、よく共に行動している。

 戦場であっても極めて冷静で、正確な判断力を持っていて、感情を排し最適な行動を取る。

 また瀬川と比べると狙撃が得意で、高機動を生かした狙撃や、高度を取って空中からの狙撃をやったりする。

 

 

冷泉春奈(れいぜい はるな)

年齢:28歳

階級:中尉

所属:ペイルウイング2(指揮官)

主要武器:レーザーランス・マグブラスター

一人称:私

二人称:貴様

技能:戦術理解

詳細

 クールな女指揮官。

 秀でた戦闘能力は無いが、機動力のある部下を纏める指揮能力と、視野の広さに加え、ウイングダイバーという従来にない兵科の強みを理解している有能な指揮官。

 機動力を生かした接近戦と、高度を生かした狙撃術、包囲時での直下への爆撃などを考案し、それぞれを部下に叩きこんだ。

 ペイルウイング中隊では第二小隊が一番槍を務める事が多く、独自に行動を取ることが多い。

 プライドが少し高い所があるが、ウイングダイバー全体で言えばだいぶマシな方。

 

 

間宮弘子(まみや ひろこ)

年齢:25歳女性

階級:少尉

所属:ペイルウイング2

主要武器:プラズマランチャー

一人称:わたし

二人称:あなた

技能:飛行エネルギー管理

詳細

 小柄で笑顔が似合う女性。

 よくしゃべる性格から瀬川とも仲がいい。

 射撃技術は高い方ではないが、飛行ユニットのエネルギー管理に長け、オーバーヒート越したことが殆ど無い。

 それ故、飛び上がって空中からのプラズマランチャーの爆撃を得意とする。

 厚木市の戦いで同期生をダロガに殺され、かなりショックを受ける。

 その影響があったのか、後の戦闘でダロガに対空レーザーを照射され、2月6日、戦死。

 

西園寺玲奈(さいおんじ れいな)

年齢:34歳

階級:大尉

所属:第一降下翼兵団-第一中隊”スプリガン”(指揮官)

主要武器:中距離レーザー兵器

一人称:私

二人称:貴様

技能:冷静、空中射撃、機動制御

詳細

 ウイングダイバー創設時からの最も古参な部隊の指揮官。

 エネルギー操作に必要な脳波が女性しか確認できなかった為女性だけの部隊として誕生したウイングダイバー部隊だったが、

 当初軽く見られがちだった周囲に対し威圧的に接していた名残が今も残っている。

 筋力、体力など男性に対し、兵士として劣る事を自覚し、それをどう補うか、どう対等の地位を手に入れるか。

 そう考えた結果、高すぎる技量とプライドを今のウイングダイバー部隊に植え付けてしまった。

 その鍛錬や、新たな兵科の運用方法に奔走した結果、彼女の技量は指揮・戦闘共に間違いなく全ウイングダイバーの頂点に上り詰めた。

 誰よりもウイングダイバー長所と短所を理解する女性。

 

 

 

空爆誘導兵(エアレイダー)

 

 

門倉洋介(かどくら ようすけ)

年齢:44歳

階級:大尉

所属:第16陸戦歩兵大隊 第4エアレイダー小隊”アルデバラン”

主要武器:状況により多彩

一人称:俺

二人称:あんた・坊主

技能:歴戦の直感

詳細

 豪快な印象の中年兵士。

 元EDF海外派遣部隊出身で、激戦の中、エアレイダーとして住民を誤爆に巻き込まないよう航空誘導をしていた。

 その為戦闘経験は豊富。

 また直接戦闘に巻き込まれることも多々あったため、リムペットガンや普通の重火器の取り扱いにも慣れている。

 

 

二刀装甲兵(フェンサー)

 

岩淵伍郎(いわぶち ごろう)

年齢:41歳

階級:大尉

所属:第106機械化歩兵連隊 第一中隊”グリムリーパー”(指揮官)

主要武器:ブラストホールスピア

一人称:俺

二人称:お前

技能:高速接近戦闘・殿

詳細

 落ち着いた印象の大柄な兵士。

 卓越した技量を持ち、背面スラスターの高速機動で敵を攪乱し射出される槍(ブラストホールスピア)で串刺す戦闘スタイル。

 その生き様は苛烈で、自分の命を盾にして仲間を護るのが存在意義だと自覚している。

 数年前の紛争で多くの仲間を失って以来、死に場所を求めて戦場を彷徨っている。

 

御子柴幸春(みこしば ゆきはる)

年齢:24歳

階級:少尉

所属:第105機械化歩兵連隊、第二中隊”スティングレイ”、第一小隊員

主要武器:ガトリングガン・榴弾砲系統

一人称:俺

二人称:あんた

技能:機動砲撃

詳細

 ”スティングレイの狂犬”、”重火器の魔術師”、”熱血火薬庫”などと桜に二つ名を付けられている。

 それなりに広まっているようである。

 火力至上主義を掲げており、フェンサーでありながら盾の装備を嫌う。

 扱いの難しい二丁ガトリングガンを的確に操り、迫撃砲の爆発で巨大生物を手玉に取る。

 戦闘能力は高いが、直ぐ暴れたがり、小隊長にもため口で敬意を払わない、などと問題行為が目立つ。

 

 

司令部・軍人

 

 

榊玄一(さかき げんいち)

年齢:41歳

階級:少将

所属:EDF極東方面軍-第11軍(司令官)

主要武器:なし

一人称:私

二人称:君

詳細

 極東本部で指揮を執る司令官。

 日本で活動するEDFは第11軍に当たるので、その全てが彼の指揮下にある。

 特に関東周辺ではフォーリナーとの直接戦闘が起こっているので直接指揮を執り命令を下すことも多い。

 軍人故非常な判断を下すこともやむなしと考えるが、基本的には善人。

 EDFという組織にありながら愛国心に溢れ、日本を護る為に全力を尽くしている。

 荒瀬軍曹とは士官学校からの知り合いで、まれに秘匿通信で上司と部下以上のやり取りをしている。

 

茨城尚美(いばらき なおみ)

年齢:37歳

階級:技術少佐

所属:EDF先進技術開発部 第一室(室長)

一人称:アタシ

二人称:キミ

詳細

 薄汚れた白衣に咥え煙草、気だるそうな態度にズレた眼鏡を掛け、目の下に隈を作っている天才物理学者。

 PEユニットの主任研究員であり、日本が世界に誇る大天才の一人。

 同時に開発部という変人集団をまとめ上げる一人。

 本来なら開発部の部長は高杉技術中佐ではあるが、彼は飽くまで文官軍人であり、彼女は科学者。

 よって開発部の変人科学者たちは基本的には彼女に従っている。

 

 

▼エレナ・エルフェート・リーヴス

年齢:34歳

階級:情報少佐

所属:EDF南極総司令部戦略情報部一課

一人称:私

二人称:貴方

詳細:

 EDF南極総司令部戦略情報部一課の少佐。

 アメリカ人女性。情報調査や作戦立案のエキスパートであり、いくつもの機密情報開示の権限を持っている。

 激戦区のひとつである極東日本戦線に派遣された一団のリーダー。

 極めて事務的・機械的に物事を捉える反面、人の人情、精神的な分析は不得意。

 

 

▼アドリアーネ・ルアルディ

年齢:24

階級:情報中尉

所属:EDF南極総司令部-戦略情報部一課

一人称:私

二人称:あなた、君

詳細:

 EDF南極総司令部戦略情報部一課所属。

 イタリア人女性で中尉。

 リーヴス少佐の部下であり、右腕。

 まだ若いにもかかわらず卓越した情報分析能力を誇り、リーヴス少佐に気に入られている。

 特に暗算やハッキングが得意で、その技術は本部分析要員を軽く上回り、世界でも有数。

 だが本人にその自覚はない。

 

 

 



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簡易登場人物(基本四兵科)

人物が増えすぎたために新たな纏めを作りました。
自分用にエクセルで作ったのを編集しているだけなので少々見にくいかもしれないです。
兵科の基本的な解説も載せていますが、考えているうちに長文になってしまったので少々見にくいかもしれません。


設定の矛盾や人名のミスなどありましたら感想などでお知らせしてくれると大変ありがたいです。


●陸戦歩兵

 通称レンジャー。

 EDF陸軍戦力の大半を成す兵科で、多種多様な武器を使いこなす陸戦の要。

 専門ではないが場合によっては戦闘車両や通信を使った砲撃要請や破壊工作も要求されるオールラウンダー。

 従来軍の歩兵との大きな違いは、彼らの身に着けるアーマースーツと呼ばれる戦闘服にある。

 防弾、耐熱はもちろん大戦が始まってからは強酸を含むあらゆる耐性を持ち、特に耐衝撃性は受け身を取れない高所からの落下にも命を守れるよう設計されてる。

 ヘルメットのバイザーは簡易レーダーと無線装置も備えており、歩兵一人ひとりが情報共有できるようになっている。

 装備は多岐にわたるが、隊長の申請が通ればかなり自由に決める事が出来る。

 固定装備として対巨大生物用9mm拳銃、HG型手榴弾が原則とされている。

 腰や背中にハードポイントがあり、都合上携行できる武装は二つまで。

 四兵科の中で兵員数が最も多く、中隊定数約100名、小隊定数は約30名、分隊定数約10名だが、初期の攻撃から補充もままならず定数割っている部隊も多い。

 

 

――第一陸戦歩兵大隊――

『EDF総軍-EDF極東方面軍(極東アジア)-第11軍(日本)-第一軍団(関東)-第三師団(横須賀)-第301歩兵連隊の所属。大戦初期から常に最前線に張り付いていて、日本戦線でも屈指の激戦を潜り抜けた大隊。当然人的消耗は激しい』

 

須賀(すが)少佐:大隊長

 作中未登場

 四面四角の融通の利かない人で、結城大尉とは常に対立しているが、のらりくらりと躱される。 

 

>第88レンジャー中隊

『大隊の中でも練度の高い中隊。大戦初期に壊滅した部隊をかき集めて再構成した寄せ集めの部隊である為、人員が少ない。にもかかわらず、次々と戦果を叩きだす活躍をしている。レンジャー1~6の六個小隊で編成。中隊本部も含めて100名未満』

 

結城実(ゆうき みのる)(30)大尉:中隊長 

 穏やかで有能。ほとんど動揺しない。桜の兄。

 

國本康(くにもと やすし)(29)中尉:中隊副長

 彫りが深く、顔が黒く、声がいかついザ軍人

 

>>第二小隊(レンジャー2)

 

大林浩二(おおばやし こうじ)(37)中尉:小隊長

 任務の達成と部下の生存に妥協しない鋼の中隊長。

 その厳しさと中隊の練度の高さは有名。

 

>>>第一分隊(レンジャー2-1)

 

鷲田篤(わしだ あつし)(36)少尉:分隊長

 負傷しようが撃たれようが突き進み敵を殺しまくるバーサーカー。

 

鈴城涼子(すずき りょうこ)(27)軍曹:分隊副長

 ショットガン二丁持ちスタイル。言動は荒いが案外思慮深くもある。

 

二ノ宮沙月(にのみや さつき)(29)軍曹

 移動しながらの射撃が得意な飄々とした女。金にがめつい。

 

仙崎誠(せんざき まこと)(26)伍長

 主人公。不幸すぎて自身に向かうあらゆる害を回避するのが得意。

 

浦田和彦(うらた かずひこ)(26)伍長

 女たらしだが愛妻家らしい。誰かの背中を守るのが得意。

 

結城桜(ゆうき さくら)(24)伍長

 明るく元気なミリオタ女。噂好きで幅広い人脈を持っている。

 

水原亮介(みずはら りょうすけ)(23)兵長

 気弱でバカな狙撃兵。いい意味で純粋なので浮き沈みが激しい。

 

新垣巌(あらがき いわお)(24)兵長

 筋肉質な笑い上戸。とんでもないタフガイでよく鈴城に蹴られるが効かない。

 

 

>>>第二分隊(レンジャー2-2)

 

荒瀬徹(あらせ とおる)(33)軍曹:分隊長

 叩き上げの有能軍曹。本来は大尉~少佐クラスの階級だったがある事件で降格された。

 

青木守(あおき まもる)(27)上級伍長:副分隊長

 元測量士で、見ただけで長さや距離が分かるので、狙撃兵向き。暗算が得意。

 

馬場遼平(ばば りょうへい)(35)伍長

 力自慢。よく愚痴るが、気さくで話しやすく、諦めの悪い性格。

 

葛木望(かつらぎ のぞむ)(24)伍長

 可愛げのある見た目だが人付き合いはあまり得意ではない。ロケランが好き。

 

千島勇樹(ちしま ゆうき)(23)兵長

 フォーリナー襲撃時はまだ新米兵士だった。なんとか軍曹についていくのに必死。

 

細海早織(ほそみ さおり)(23)兵長

 千島の同期で、虫嫌い。狙撃兵として活躍するが、虫に近づきたくないだけかも知れない。

 

 

>>第六小隊(レンジャー6)

 

樋山(ひやま)少尉:小隊長

 第三十四話 帰路の遭遇(Ⅱ)で登場。

 叩き上げの少尉で物腰穏やか。

 

>>>第一分隊(レンジャー6-1)

 

世良一輝(せら かずき)(33)軍曹:分隊長

 第三十三話 帰路の遭遇(Ⅰ)で登場。

 料理の腕は壊滅。三種のC型レーションごちゃまぜ丼など。嫁いる。荒瀬と知り合い。

 

>第10小隊(レンジャー10)

『第89レンジャー中隊の所属』

 

武口(たけぐち)中尉:小隊長

 第二十七話 多脚戦車群で登場。

 厚木市で市民の撤退戦の際、レンジャー2と共闘。

 ダロガの砲撃を受けて部下四名を失った。

 

>第26フラウンダー中隊

『88中隊と同じ、第一陸戦歩兵大隊隷下の中隊。通称、不良中隊。海外派兵を担当した第五師団からの流れ者が多く、古くからのベテランが多い。大隊の一番槍を務めることが多い。その分損耗も多く、第2.3.4小隊は欠番』

 

>>第一小隊(フラウンダー1)

 

梶川隆(かしがわ たかし)(41)大尉:中隊長/小隊長

 荒くれの不良中隊まとめ役。中隊内で喧嘩やいざこざはしょっちゅうだが、それを纏める人望がある。

 人員不足のため小隊長も兼任する。

 

後藤啓二(ごとう けいじ)(36)曹長:小隊副長

 ミサイルや爆発物をよく使う。クール。

 

山口博之(やまぐち ひろゆき)(32)軍曹

 女遊びの好きなボウズ頭の男。よく中野瀬と揉める。

 

中野瀬大輔(なかのせ だいすけ)(29)伍長

 喧嘩っ早いが頭が悪い。賭け事が好きだがあまり勝ててない。

 

>>第五小隊(フラウンダー5)

 

辻源十郎(つじ げんじゅうろう)(36)中尉:小隊長

 第二十二話 津川浦防空戦で登場。

 江戸訛りを使う飄々とした皮肉屋。女によくモテるが恋愛はしない主義。

 

>>第六小隊(フラウンダー6)

 

斯波遼一(しば りょういち)(34)中尉:小隊長

 同じく津川浦防空戦で登場。

 酒と煙草とギャンブルが大好きで、女にだらしなく、金に汚く手癖の悪い前科者。

 おおよそ欠点しかないが、軍人としての能力はある。

 

 

――第13ブレイク中隊――

 

・森本大尉:中隊長

 第二十四話 多眼の凶蟲で登場。

 前線基地(アウトポスト)2-6に配属されていた中隊とその指揮官。

 逃げてきた仙崎達を基地内で援護し、原隊復帰を促す。

 

――第11陸戦歩兵大隊――

 

・伊勢原少佐:大隊長

 第七話 横浜救助戦線(中編)で登場。

 57歳。若いころは筋肉質だった体も指揮官職をやってからは肉が付き始めて嘆いている。

 その割には体を張ったりする。

 

――独立狙撃大隊(ブルージャケット)――

『第二師団(京都)を本拠地とする兵器試験部隊で正規の戦力ではないが、京都防衛戦で戦力として参加する。青を基調としたアーマースーツが目立つ』

 

早坂大吾(はやさか だいご)(43)大尉:大隊長

 第四十一話 オペレーション・アイアンウォール(Ⅲ)で登場。

 冷静沈着な狙撃兵。精悍な顔立ちでベテランの風格がある。元猟師。

 

木崎真理(きざき まり)(25)曹長

 恋愛脳。今は御子柴に憧れている。

 

 

●降下翼兵

 通称ウイングダイバー。

 南極で発見された未知のフォーリナー技術を流用して作られたプラズマエネルギー・ユニット、およびそれを機関として使う飛行ユニットを使用して戦う特殊兵科。

 フォーリナーの基礎技術であるプラズマエネルギーは、人類史における荷電粒子としてのプラズマとはその生成方法や制御方法が全く異なり、地球上のどのエネルギーよりも高効率での生成が可能だが、人間の女性の脳波でのコントロールが必須となる。

 また膨大なエネルギーを生み出すが前述の通り制御が困難なため、発電設備などでの利用は確立されていない。

 脳波によるコントロール技術は、「サイオニック・リンク」と呼ばれており、エネルギーの操作だけでなく飛行ユニットの制御にも使われており、熟達すれば体の一部のように操作する事が可能。

 しかしこの技術を確立するまで、「EDFは人体実験を行い、数多の犠牲者を出した」などと黒い噂を信じる者もいるが、真相は定かではない。

 その基本構造は殆どブラックボックスに包まれていて、小型ながら膨大なエネルギーを生成できる反面、廃熱機構に限界があり、長時間の連続飛行は叶わず、場合によっては強制冷却が必要になる。

 この強制冷却状態になると、一切の飛行やエネルギーの使用が出来なくなる為、大きな隙となる。

 武器はユニット直結型やバッテリー型、独立型などがあるが全てがプラズマエネルギーを使用するものとなっている。

 実弾銃での戦闘は、後述する重量の問題や、空中使用を前提としての反動制御の問題があるため、基本的に想定されていない。

 がもちろん、使用する事自体は可能。

 初期においてはプラズマエネルギーを直接発射するプラズマランチャー等の兵器しかなかったが、開発部の尽力によって、

 プラズマエネルギーを短距離、長距離レーザー銃や雷撃特性を持つ微粒子発射装置、粒子小銃、あるいは「サイオニックリンク」を応用した光学誘導兵器、など様々な特性を持つエネルギーとして開発され、兵装は多岐にわたる。

 また推力のコントロールの難しさ、ユニット自体の耐久度や廃熱機構の問題から、かなり出力を絞られているため、最低限の軽装かつ厳しい体重制限が課せられている。

 その為ウイングダイバーに選ばれるのは小柄な女性が多い傾向にある。

 その特性上兵員数はエアレイダーの次に少なく、中隊定数12名、小隊定数4名と少ない。

 また特殊技術を要する為、最低階級は少尉からとなっている。

 開発技術の多くを極東本部の開発部第一室室長の茨城博士が行った為、世界でも珍しい飛行ユニット量産ラインが存在する。

 また日本はサイオニックリンク適合者が比較的多く、各方面軍に比べてウイングダイバー配備率が最も多い。

 ウイングダイバーの正式採用は2018年で、四兵科の中で最も新しい。

 

 

――第一降下翼兵団――

『EDF極東方面軍-第11軍(日本)-第一軍団(関東)-第三師団(横須賀)の所属。降下翼兵団は、一個師団に一個兵団(約36人・三個中隊)が基本。スプリガン、ペイルウイング、シルフダンサーの三個中隊編成』

 

 

>第一中隊(スプリガン)

『EDF極東軍初のウイングダイバー部隊で、元は第一師団勤務だったが極東本部建設に伴って転属になった。また最も練度とプライドが高いと有名』

 

西園寺玲奈(さいおんじ れいな)(34)大尉:中隊長

 第三十話  最悪の中の(Ⅲ)より登場。

 初期の頃からウイングダイバーを支え続けた古株の一人。

 その為最もウイングダイバーが優れている、として他兵科を見下しがち。

 

>第二中隊(ペイルウイング)

 

>>第二小隊(ペイルウイング2)

『第二中隊の遊撃部隊のような立ち位置。中隊の指揮を抜け、独立で行動することが多く、他兵科の救援や援軍に差し向けられる”火消し屋”として緊急展開する事も。小隊の総合力も高く、平均的になんでもこなせるが、必然的に激戦に身を投じる事が多い』

 

冷泉春奈(れいぜい はるな)(28)中尉:小隊長

第十六話 スチールレイン作戦(Ⅱ)より登場。

 凛々しくも柔軟な考え方で隊を運用する小隊長。

 他兵科との連携も慣れていて、自らも歩兵の一員として四兵科全てがそろってこそ力を発揮できると考えている。

 

瀬川葵(せがわ あおい)(25)少尉

 本作のヒロイン。負けず嫌いで天邪鬼なじゃじゃ馬娘。

 高度なユニット制御とレイピアによる接近戦・一撃離脱戦が得意。

 

白石玲香(しらいし れいか)(27)少尉

 無口な狙撃手。感情表現が乏しいが人並みに楽しかったり驚いたりする感情はある。

 あだ名はアイスドール。

 

仁科秋香(にしな あきか)(26)少尉

第四十二話 白銀の巨兵(Ⅰ)より登場。

 寡黙な白石に憧れ、恋心を抱く変態。

 標準的なレーザー銃”マグブラスター”を使っての中距離機動戦が得意。

 

間宮弘子(まみや ひろこ)(25)少尉

第二十八話 最悪の中の(Ⅰ)より登場。

 ユニットの扱い、特にエネルギー管理が上手く、一度も強制冷却を迎えたことがない。

 

>第三中隊(シルフダンサー)

第四十一話 オペレーション・アイアンウォール(Ⅲ)より登場。

 京都防衛戦にて、孤立したレンジャー5の救援に向かう所、プレアデス保坂少佐に誤爆されそうになって怒っていた。

 

――第二降下翼兵団――

『第四師団(厚木市拠点)隷下の降下翼兵団。フェアリーテイル、スカイエルフ、ルナティックレイの三個中隊編成』

 

>第一中隊(フェアリーテイル)

>>第二小隊(フェアリーテイル2)

 

美船佳子(みふね かこ)(29)中尉:小隊長

 第三十四話 帰路の遭遇(Ⅱ)より登場。

 ウイングダイバー部隊一の美人として有名。

 雷撃銃を好むが、その存在も雷のように苛烈。

 

日向葉香(ひなた ようか)(25)少尉

 真面目で純粋だがよく騙される。サンダーボウを使う。

 

雨宮初芽(あまみや はつめ)(26)少尉

 クールだが人をからかうことが好き、イズナー連鎖銃を使う。

 

藤野朱火(ふじの あけび)(25)少尉

 楽観主義の関西弁。美船中尉によく叱られるが、別に嫌いではない。

 狙いがおおざっぱでも良く当たるサンダーボウが好き。

 

 

●二刀装甲兵

 通称フェンサー

 軍用外骨格装甲である「パワード・スケルトン」に身を包んだ強化歩兵。

 内部に組み込まれたパワーアシスト装置によってい1トンを超える腕力を持ち、通常の歩兵では運用不可能な重武装が可能になった。

 体の外側のパワードスケルトンが腕力脚力を補助し、全身にプロテクトアーマーを着込み、膂力のみならず防弾防爆装備も充実している。

 背面には跳躍ユニット、自動給弾装置、燃料電池、兵装ハードポイントが一まとめになったバックパックがあり、腰には跳躍ユニットの燃料となる推進剤タンクが二つ付いている。

 盾を装備すれば戦車の主砲も真正面から防ぎ、逆に重量級の武器ならば戦車砲並みの砲撃を行う事が可能。

 その総合スペックは従来の戦車一輌にも匹敵し、大口径砲が開発されると戦車不要論を再燃させるほどだった。(後述する携行弾倉、推進剤容量などの継戦能力、整備性、生存性、射程や射撃精度などを比較し、完全に代替できるものではないと現在は結論され、当然だが戦車の量産も続いている)

 二刀装甲兵、という名称は最初期のもので、その装甲と膂力による近接攻撃能力を期待されての事だった。(それ以前に機械化歩兵として運用されていたPAギアという装備の強化案のひとつだった。現在ではPAギア部隊は全てフェンサーに置き換わっている)

 近接武装のブラストホールスピアは戦車の装甲を貫通し、フォース・ブレードは建物ごと中の敵を叩き斬る。

 だが、実際に戦場に投入されると中々使いこなせる者は現れず、結局大型の銃砲を装備させた方が万人に扱いやすいと判明し、その方向で進化を重ねた。(本来、兵器とは万人が使用できてこそより効果を発揮する)

 その為、近年は機械化歩兵と呼ばれる事の方が多い。

 しかし、中東の紛争でグリムリーパー隊長がブラストホールスピアを使いこなし、コンバットフレーム三機、戦車六輌を一人で撃破した逸話や(この時装備していたのはフェンサーの前身である跳躍ユニット付きのPAギアだが、防御力以外は大差ない性能だった)、

 フォーリナーが襲来して密集戦闘が頻発して近接兵器の需要が上がり、必要に迫られ近接兵器を使いこなす兵士も増加傾向にある。

 特徴の一つに、両腕部での精密な動作性があり、利き腕でなくとも正確な射撃が可能になる。

 これも”二刀”装甲兵と呼ばれる所以の一つだ。

 両肩部(バックパックの左右ハードポイント)にも武装が可能であり、歩兵でありながら最大四つの重火器を装備可能。

 だが、コストや練度の問題から、フォーリナー大戦における一般的なフェンサーは片手に大型の盾を装備する場合が殆どであり、生存率向上にも繋がっている。

 また背部に跳躍(ジャンプ)ユニットと呼ばれる推進装置が装備されている。

 推進剤と呼ばれる特殊な混合燃料によって、大きく跳躍したり加速して移動する事が出来るが、ウイングダイバーのように自在に飛行出来るわけではない。

 またプラズマエネルギーを使用していない為、随時補給が必要。

 それとは別にパワーアシスト装置も燃料電池で稼働しているため、これが切れると総重量2トンの動かぬ鉄くずとなり、パージするしかなくなる。

 ただ、大抵の場合は先に推進剤が切れる場合が殆ど。

 跳躍ユニットの操作は武器のトリガー付近にある専用のコンソールと脚部の動きによって精密に制御され、扱いは難しい。

 両肩部の武装についてもそれぞれ両腕の武装に専用トリガーが備わっている。

 万が一両手の武装を破棄していた場合は、脚部の動きと腰の予備トリガーによってそれぞれ操作が可能。

 弾薬についても、所詮歩兵なため、携行弾倉は限られており、通常の歩兵以上に綿密な補給・兵站計画が必要になる。(自動装填機能が備わっている為、スイッチを押せば背面弾倉から自動で給弾される)

 このように運用に非常にコストがかかる兵科であり、一度作ってしまえば弾薬燃料費がいらないウイングダイバーとは対照的である。(ただしウイングダイバーも飛行ユニットのメンテナンスには専用設備が必要でありやはり最も費用対効果に優れているのはレンジャー)

 ただしそれでも装備自体はフォーリナーの技術を使用しないで運用可能な事から配備数は比較的多く、EDF歩兵四兵科ではレンジャーの次に多い。

 世界的にみると、圧倒的規模と資金力、そして完成された兵站能力を有する北米方面軍(EDFは国際組織なので各国軍程違いは顕著ではないが、やはり思想や資金繰りが米軍の流れを汲んでおり、様々な意味で大規模な軍隊が活動する下地が整っている為、結果的に北米方面軍はEDF内で最も規模が大きい)が最もフェンサー配備数が多い。

 また同様の技術はEDF以外でも米陸軍で「ハーディマン・シリーズ」として運用されており、フェンサーよりもより大型重装甲重火力だが機動性、汎用性、精密動作性に劣る。

 米陸軍から世界中に輸出されており、各国軍がフォーリナーに対抗できる数少ない装備として飛ぶように売れている。

 中隊定数はウイングダイバーと同じ12人で、小隊定数も同じ。

 装備にコストが掛かかり、ウイングダイバー程ではないが素養と、多くの知識が要求される兵科の為、最低階級は少尉からとなっている。

 パワーアシスト装置のおかげで女性でも十分運用可能なのだが、女性はウイングダイバーになってしまうことが多く、男性が殆どを占めている。

 

  

――第102機械化歩兵連隊――

『EDF極東方面軍-第11軍-第一軍団-第四師団(厚木)所属。レイジボーン・アイアンランサー・フォレスティオの三個中隊から成る』

 

>第一中隊(レイジボーン)

・紺迫幸雄(45)少佐:中隊長/連隊長

 第三十三話 帰路の遭遇(Ⅰ)より登場。

 岩淵大尉と並ぶ大ベテラン兵。ハンドキャノンによる中距離機動砲撃戦を得意とする。

 

――第105機械化歩兵連隊――

『第三師団(横須賀)所属。グレイゴースト・スティングレイ・ペネトレイターの三個中隊から成る』

 

>第二中隊(スティングレイ)

『やはり連隊内でも先陣を切るタイプの中隊なので、激しい戦闘でよく主人公たちと遭遇しがちな部隊。珍しく中隊長が第二小隊の指揮官と兼任だが、これは第一小隊を自由に行動させたいがための配置。よってスティングレイ1は前線を好き勝手に暴れまわって敵を殲滅する事が多い』

 

>>第一小隊(スティングレイ1)

 

・柳勝俊(43)中尉:小隊長

 第十五話 スチールレイン作戦(Ⅰ)より登場。

 御子柴に振り回される苦労人。仕事に疲れたサラリーマンのような雰囲気。

 

・御子柴幸春(24)少尉

 第十五話 スチールレイン作戦(Ⅰ)より登場。

 直感と雰囲気で全てを考える。フェンサーの強みを最大限生かした重武装近接砲撃を行う。

 一人で一個小隊分の殲滅力があるとか。

 

・栗宮圭介(24)少尉

 第十五話 スチールレイン作戦(Ⅰ)より登場。

 御子柴の同期で、尻ぬぐいばっかりしてる。

 

・神谷穣一(26)少尉

 第四十一話 オペレーション・アイアンウォール(Ⅲ)

 冗談が一切通じないカタブツ人間。

 

――第106機械化歩兵連隊――

『第一師団(東京)所属の歴戦の連隊。その多くが海外派兵を経験していて、大戦が始まって以来大半の戦力は東京以北で戦い、前線の後退に従って北上している』

 

>第一中隊(グリムリーパー)

『フェンサーで最も知名度の高い、通称”死神部隊”。コンバットフレームや戦車を撃破するために編み出されたブラストホールスピアによる一撃離脱戦法をそのまま対巨大生物戦に用いる。時に先陣を切り開き、時に殿として最後まで退路を守る姿は兵士たちの希望の姿でもあり、また常に困難な任務に志願し、捨て身の戦術を繰り返す姿を死神と称し恐れられもした』

 

>>第一小隊(グリムリーパー1)

 

・岩淵伍郎(41)大尉:中隊長

 第五話 第228駐屯基地撤退戦より登場。

 意味のある死に場所を求める中隊長。過去に中東ディラッカでコンバットフレーム三機、戦車六輌を一人で撃破した逸話が有名。

 

>>第二小隊(グリムリーパー2)

・九条中尉

 第三十話  最悪の中の(Ⅲ)

 やたらと貸し借りに拘る皮肉屋

 

>>第三小隊(グリムリーパー3)

・重森中尉

 第三十話  最悪の中の(Ⅲ)

 名前のみ登場。

 

――第202機械化歩兵連隊――

『第三師団(横須賀)所属。マザーシップ襲撃の際は横浜で住民救助を行っていた。ジャガーノート、ヴァンガード、ランドガルドの三個中隊編成』

 

>第三中隊(ランドガルド)

>>第一小隊(ランドガルド1)

・月島隆弘(44)大尉:中隊長/小隊長

 第四十三話 白銀の巨兵(Ⅱ)

 元レンジャーで、かつての大林の上官。

 年齢よりも若く気さくで、フェンサー至上主義。

 

>>第二小隊(ランドガルド2)

『フェンサーの中では珍しく近接武装を用いた戦闘を主とする』

 

・太斎湊(60)中尉:小隊長

 第四十三話 白銀の巨兵(Ⅱ)

 梢流と呼ばれる剣術の使い手。フォースブレードを使いこなす武人。

 

・村田少尉(27)

 第四十五話 白銀の巨兵(Ⅳ)

 家族を守るためにEDFに。最近娘が生まれた

 

・谷口少尉(34)

 第四十五話 白銀の巨兵(Ⅳ)

 元銀行員だが家族を殺されている。物静か。

 

・小滝少尉(30)

 第四十五話 白銀の巨兵(Ⅳ)

 格闘徽章持ちの元レンジャー。他の三人と比べると熱血系。

 

>>第三小隊(ランドガルド3)

 

・棚部重行(39)中尉:小隊長

 第四十四話 白銀の巨兵(Ⅲ)で登場。

 実はこれ以前に横浜で仙崎達を助けに参戦していた。

 デクスター自動散弾銃での戦いを得意とする。

 

 

●空爆誘導兵

 通称エアレイダー

 他国空軍における末端攻撃統制官と、陸軍砲兵における前進観測班の能力を統合したEDFの兵士。

 ”空爆”誘導兵の名のとおり、初期は空軍との連携によって精密かつ誤爆の安全性を高め、確実に目標を爆破するために設立された。

 EDFの高性能な航空兵器をもってしても、地上を事細かに分析しつつ正確な爆撃は不可能で、地上の眼が重要な役割を果たすのは変わらない。

 またエアレイダーの装備と砲兵の射撃指揮所をリンクさせることによって砲兵への砲撃要請や射弾観測も可能になり、現在は航空支援と砲撃支援の誘導を一手に担っている。

 また、EDF歩兵は全てに簡易的な無線が備え付けられているが、エアレイダーはより高出力な無線を備えている事もあり、補給物資や車輛、場合によっては戦車も空輸を要請する権限を与えられている。

 要請方法は時と場合によって多彩で、ビーコンガンによる自動照準が最も正確だが、無線による座標直接指示やコンソールのマップグリッド転送、目視できる場合には発煙弾などの原始的な手も使う。

 直接的に敵との戦闘を想定した兵科ではないが、都合上前線に赴くので随伴のレンジャーが必ず付く。

 また必要な場所に駆けつけて支援を要請する為移動距離が多くなりがちで、一個小隊につきグレイプ装甲車が与えられている。

 自衛用装備としてビーコンガンを改良したリムペットガンという銃器がある。

 ビーコンの代わりに任意起爆型小型爆弾を射出するというものだが、これが開発時の思惑以上に各エアレイダーに使いこなされ、場合によっては強力な武器となっている。

 空爆や砲撃という、強力かつ状況を総合的に判断できないと味方を殺しかねないという観点や、高出力の無線通信によるあらゆる部隊との直接通信が可能になるという点から、最低階級が大尉と高めに設定されており、直接戦闘要員ではない為兵数は四兵科内で最も少ない。

 編成は、一個歩兵大隊につき一個小隊が付き、一個小隊はエアレイダー一名、随伴のレンジャーが六名、グレイプ装甲車一輌(運転手はレンジャー兼任)となっている。

 

 

――第1エアレイダー小隊(レグルス)――

第十四話 戦端の幕開けにて登場。

 スチールレイン作戦にて、C20地雷原の起爆を観測し、続いて爆撃要請を行った。

 

――第2エアレイダー小隊(プレアデス)――

『第四師団(厚木)-第109陸戦歩兵連隊-第08大隊所属』

 

・保坂誠也(30)少佐:エアレイダー

 第三十話  最悪の中の(Ⅲ)より登場。

 飄々として癇に障る軽口が特徴のエアレイダー。指示は的確だが、計算通りすぎて誤爆スレスレでも問答無用で要請する。

 

・宮藤理恵(27)軍曹:随伴歩兵

 第四十一話 オペレーション・アイアンウォール(Ⅲ)より登場

 保坂に振り回される運転手。無茶ぶりに答え続けているので運転技術は相当なもの。

 

――第4エアレイダー小隊(アルデバラン)――

『第一師団(東京)-第101陸戦歩兵連隊-第16大隊所属。第一師団の大半は東京以北に後退したが、第106機械化歩兵連隊を始め、三分の一程度が南下して、第三師団の指揮下に入った』

 

・門倉洋介(44)大尉:エアレイダー

 第十五話 スチールレイン作戦(Ⅰ)より登場

 歴戦のエアレイダー。元砲兵の前進観測班で、EDF内にもいろいろなコネを持っている人格者。



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簡易登場人物(戦車・コンバットフレーム部隊)

”人物説明”に関しては簡潔にまとめたつもりです。

それ以外のテキストが……。
いやホントこれでも減らしたんすよ。

あとマジで見にくいですね、まぁ誰が何の部隊で~~とかは別に覚えなくていいんで気にしないでください。

人物とかは、随時追加します。
コイツいねぇぞ?とかいうのあったら一言とかでいいんでコメントください。



▼戦車連隊

 

 一個師団に対し一個戦車連隊(約100輌)、一個機甲師団に三個戦車連隊(約300輌)が配備されている。

 ただしこれは書類上の定数の話で、実際の配備数は異なる。

 配備車輛は全車ギガンテスに統一され、その中で細かく世代やバリエーションが異なっているが、運用方法は変わらない。

 EDF全軍で統一された部隊運用方法によって中隊定数12輌、小隊定数4輌で運用される。

 ウイングダイバー部隊やフェンサー部隊と違い、小隊単位でニックネームが割り振られており、小隊以下の各車両はニックネーム+番号で呼ばれる。

 また他の陸軍直接戦闘兵科(各歩兵・攻撃ヘリ・歩兵装甲車・コンバットフレーム)の中で、最も堅牢かつある程度階級が高く、人数当たりの戦闘負担が軽く、通信システムが充実しているという点で、混成部隊の指揮官を臨時で任命される、または取らざるを得ない状況になる事が多い。

 

●主力戦車ギガンテス

 

 EDF陸軍の主力戦車

 初期型は対F(フォーリナー)戦争以前の漠然とした地球防衛構想に基づいたものだが、ギガンテスⅡは本格的な対F改修を受けたもの。

 主な武装は125mm滑腔砲、12.7mm重機関銃、7.62mm同軸機銃。

 初期型はフォーリナー、特にダロガに対して火力不足だったが歩兵部隊の心強い盾として活躍した。

 また巨大生物に対しては十分な威力があったが、数の暴力に多くの戦車が成すすべなく破壊された。

 ギガンテスⅡへと改修後は、ダロガに対しても一個戦車小隊なら優位に立てる程度は戦力評価が上がった。

 基本的にダロガへは戦車での対応が必須であり、ヘクトル相手であれば一輌でも優位に立てる。

 その為巨大生物は歩兵に任せて敵機甲戦力を撃破する事が主な任務となっている。

 そのほか前述の通り爆発や酸から歩兵を護る盾としても活躍し、場合によってはその場の指揮を執る事も多い。

 

――第72戦車連隊――

『第七機甲師団(名古屋)所属の戦車連隊。EDFの中でも古参の戦車連隊であり、海外派兵こそ経験していないが厳しい訓練での練度は高い。2023年2月6日に端を発する大規模侵攻では防衛に参戦し多くの将兵、民間人を脱出させた』

 

>第211戦車大隊

『中隊三個から成りそれぞれジャベリン、キーパー、レガシーのニックネームを持つ。大隊をそのままジャベリンと呼ぶこともある。また随伴歩兵としてストーク中隊が指揮下に入っている』

 

>>第一中隊”ジャベリン”

 

土橋康介(どばし こうすけ)(41)大尉:中隊長

 最悪の中の(Ⅲ)で初登場。

 厚木市では大隊長が戦死していた為一時的に指揮を執っていた。

 大隊内では二番目に古参の戦車兵でギガンテス採用前から戦車に乗っている。

 

 

――第一戦車連隊――

『第六機甲師団(前橋)所属の戦車連隊。2020年4月に行われた組織再編に伴って新設された。各地の紛争地域で活躍したいわゆる”大陸帰り”達を集め、一方で志願した戦車兵も積極的に取り入れている』

 

>第101戦車大隊

『カーマイン、スカーレット、ヴァーミリオンの三個から成る。随伴歩兵としてピーコック中隊が指揮下に入っている』

 

>>第七中隊”ヴァーミリオン”

>>>第一小隊”ゴールド”

>>>>ゴールド1(第一小隊一号車)

 

兼城壮夫(かねしろ あきお)(35)大尉:戦車長/中隊長

 第四十七話 逆襲の猛火で登場。

 EDF生え抜きの戦車兵。対ダロガ戦闘で機動射撃戦術を確立させ、多くの戦果を残した。

 

古河一葉(ふるかわ かずは)(25)軍曹:操縦手

 第四十五話 白銀の巨兵(Ⅳ)

 眠たげな眼をしたマイペースな女性。卓越した操縦技術を持つ。

 

卯木千尋(うつぎ ちひろ)(24)軍曹:砲手

 第四十五話 白銀の巨兵(Ⅳ)

 射撃管制装置を使わず勘で撃ち抜く凄腕砲手。テンションが高い。

 

>>>>ゴールド2(第一小隊二号車)

 

氷室直樹(ひむろ なおき)(31)中尉:戦車長/中隊副長

 第四十八話 生き残る原動力

 機械音声のように冷静な戦車長。音声だけでなく行動もあまりに機械的すぎる事も。

 

>>>>ゴールド3(第一小隊三号車)

 

笠松雄一(かさまつ ゆういち)(24)少尉:戦車長

 第四十八話 生き残る原動力

 有能だが気が弱く、兼城大尉に扱かれながらもなんとかやっている新任少尉。

 

鎌田達也(かまた たつや)(30)軍曹:砲手

 第四十六話 ゴールド小隊

 車好きで輸送隊を志願したはずなのになぜか戦車兵に。

 

>>>第二小隊”クリムゾン”

>>>>クリムゾン1(第二小隊一号車)

 

大泉賢介(おおいずみ けんすけ)(30)中尉:戦車長/小隊長

 第四十七話 逆襲の猛火で登場。

 陽気で楽天的。クリムゾン小隊は彼の前向きさとユーモアによって成り立っている。

 

>>>>クリムゾン4(第二小隊四号車)

 

・松島曹長:戦車長

 第四十七話 逆襲の猛火で登場。

 自衛隊から引き抜かれた古参戦車兵。家族は無く、自分の身を顧みない。

 

・森本軍曹:砲手

 第四十七話 逆襲の猛火で登場。

 自衛隊時代からの松島曹長の部下。

 

 

>>>第三小隊”インディゴ”

>>>>インディゴ2(第三小隊二号車)

 

・松宮少尉(27):戦車長/臨時小隊長

 第四十七話 逆襲の猛火で登場。

 二号車の新任少尉で戦車長。小隊長戦死を受け、小隊の指揮を預かるがまだ慣れない。

 

――EDF極東方面第11軍-作戦指令本部直轄――

 

>重戦車タイタン

 第五十三話 西区砲撃の裏

権藤源治(ごんどう げんじ)(56)少佐:戦車長

 タイタンの戦車長。焦らず、逸らず、それでいて熱く、力強い。まさに重戦車のような男。

 

山波新次郎(やまなみ しんじろう)(38)大尉:副社長

 タイタンの副車長。元EDF戦車兵だが、ガプスダイナミクスの技術屋を経て再び戦車兵になった。

 

 

▼機甲大隊

 一個戦車連隊内に一個機甲大隊を保有する。

 EDFにおいて機甲大隊の装備は、コンバットフレームが中心になっている。

 一個機甲大隊のコンバットフレーム保有定数は36機。

 そのほかにコンバットフレームに追従する各種車輛や随伴歩兵、補給整備要員が含まれている。

 コンバットフレーム部隊単独の任務は基本的に考慮されない為、連隊内の戦車中隊と共同戦闘が基本とされている。

 

 

 

●歩行戦闘車

 通称コンバットフレーム。

 全高3m程度の歩行兵器。

 強化外骨格というカテゴリになってはいるが、兵士は機体胴体部の搭乗員保護ブロックに乗り込み、そこに手足や動力部が付いている。

 簡単に言うと、ロボット兵器と言った方が通りやすい外見をしている。

 武装は換装可能で、機体自体もいくつかバリエーションがある。

 以下はその一部。

 

・ニクス汎用型

 A型からC型にかけて、細かくアップグレードしている。

 全ての武装が換装可能で、最も標準な性能故、最も多く量産されている。

 

・ニクス・レッドタイプ

 近接高機動仕様。センサーが近接ように調整され、脚部の仕様で兵装搭載量も少ないので大型砲の類は搭載不可。

 

・ニクス・キャノンタイプ

 重装甲砲戦仕様。センサーが砲撃に特化し、兵装搭載量も最も多い。一応三次元機動が可能だが推進剤の消費も激しく機動力も低いため推奨されない。

 

・ニクス。グレネーダータイプ

 重装甲爆装仕様。対巨大生物用に特化した機体で、グレネードによる広範囲攻撃が基本。

 

・ニクス・ミサイルガンタイプ

 軽量対空戦仕様。その名の通り対空に特化した機体。高性能な誘導ミサイルシステムを有し、対空のみならず対地戦に於いても役立つ。

 

――第一歩行戦闘車中隊”アルファ中隊”――

『第六機甲師団(前橋)-第一戦車連隊-第611機甲大隊に所属。歩行戦闘車部隊は単独での任務は考慮されていない為、機甲師団の戦車連隊内に一個大隊36機が配備される。アルファ中隊はそれぞれアルファ、ブラヴォー、デルタの三個小隊から成る』

 

>第二小隊”ブラヴォー”(配備機種:ニクスC)

 

門馬(もんま)中尉(35):小隊長

 帰路の遭遇(Ⅱ)にて初登場。

 コールサインはブラヴォー1。

 美船中尉を「ダイバーの嬢ちゃん」呼ばわりするベテランのニクス乗り。

 

 

――第四歩行戦闘車中隊”ヴィクター中隊”――

『第七機甲師団(名古屋)-第72戦車連隊-第711機甲大隊に所属。中隊はそれぞれヴィクター、ウィスキー、エクスレイの三個小隊から成る。』

 重戦車タイタンで初登場。

 

>第一小隊”ヴィクター”(配備機種:ニクスミサイルガン)

 

・ヴィクター1:大尉(中隊長)

 まだ30代だが戦術学や指揮能力に優れた優秀な指揮官。

 

・ヴィクター2

 海外派兵で初期型のニクスに乗ったこともある優秀な古参パイロット。

 

・ヴィクター3

 腕は立つがド派手な戦場が大好きの困った若者。

 

・ヴィクター4

 軍歴は長いが頭が悪くて万年少尉を自称する女性パイロット。

 

>第二小隊”ウィスキー”(配備機種:ニクスグレネーダー)

 

>第三小隊”エクスレイ”(配備機種:ニクスバトルキャノン)

 

 

――第七歩行戦闘車中隊”ホーク中隊”――

『第七機甲師団(名古屋)-第78戦車連隊-第811機甲大隊に所属。ホーク中隊はそれぞれホーク、ドラゴン、ジョーカーの三個小隊から成る』

 

>第一小隊”ホーク”(配備機種:ニクスC)

 

本條薫(ほんじょう かおる)(30)大尉:小隊長/中隊長

 不幸の男にて初登場。

 指揮官であり操縦にも長けるエースパイロットだが、自身の身を顧みない。

 損傷した機体でダロガに挑み、自機の大破と引き換えにダロガに集中砲火を行う。

 

 

――第九歩行戦闘車中隊”ライガー中隊”――

『ホーク中隊と同じく第811機甲大隊に所属。ライガー、フレイム、パンサーの三個小隊から成る』

 

>第二小隊”フレイム”(配備機種:ニクスレッドシャドウ)

 

向井慶子(むかい けいこ)(26)中尉:小隊長

 逆襲の猛火にて初登場。

 ニクス・レッドシャドウの操縦士で、囲まれたインディゴ2の周囲を焼き払った。

 言葉はキツいが案外部下には甘い。

 燃焼剤を使い切った中、負傷したレンジャーを護衛するために残る義理堅さも見せる。

 

 

――第11歩行戦闘車中隊”ゴーン中隊”――

『第七機甲師団(名古屋)-第89戦車連隊-第911機甲大隊に所属。ゴーン中隊はゴーン、ブラッド、アームズの三個小隊12機から成る』

 

>第一小隊”ゴーン”(配備機種:ニクスC)

 

槇原秀光(まきはら ひでみつ)(28)大尉:中隊長

 オペレーション・アイアンウォール(Ⅲ)で登場。

 同作戦中のブルート救援にて部下のニクス二機を失いながら決死の戦闘を行う。

 仙崎程ではないが不幸体質で、過酷な状況に追い込まれることが多くあった。

 本人はいたって好青年的な感じだが、状況が状況なため声を荒げる事が良くある。

 28歳という若さで大尉であることから分かるように、優秀。

 

吉本幸次(よしもと こうじ)(25)少尉

 宙を舞う殺戮者で初登場。

 乗機を失い、負傷して大型ヘリブルートに乗る。

 コールサインはゴーン3。

 熱血漢で、昔見たロボットアニメに感化されてニクスパイロットとなった。

 ニクスは好きだが、ニクスを降りても一歩も引かない不屈の精神を持つ。

 



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設定資料集(陸軍・車輛類)

ウィキペディアの知識を借りたにわかミリオタもどきなので雰囲気だけ楽しんでいってください!
でもこういうの考えるの結構好きだったりする。
内容は随時更新していくつもりです。
おかしなところがあったらコメントください!


●戦車連隊

 一個師団に対し一個戦車連隊(約100輌)、一個機甲師団に三個戦車連隊(約300輌)が配備されている。

 ただしこれは書類上の定数の話で、実際の配備数は異なる。

 配備車輛は全車ギガンテスに統一され、その中で細かく世代やバリエーションが異なっているが、運用方法は変わらない。

 EDF全軍で統一された部隊運用方法によって中隊定数12輌、小隊定数4輌で運用される。

 ウイングダイバー部隊やフェンサー部隊と違い、小隊単位でニックネームが割り振られており、小隊以下の各車両はニックネーム+番号で呼ばれる。

  また他の陸軍直接戦闘兵科(各歩兵・攻撃ヘリ・歩兵装甲車・コンバットフレーム)の中で、最も堅牢かつある程度階級が高く、人数当たりの戦闘負担が軽く、通信システムが充実しているという点で、混成部隊の指揮官を臨時で任命される、または取らざるを得ない状況になる事が多い。

 

 

▼E551主力戦車ギガンテス

 

 EDF陸軍機甲部隊の中核を成す主力戦車。

 世界初の第四世代に相当する。

 EDF発足当初から2000年までは各国の戦車をEDFが独自改修して運用していたが、ウイングダイバーの基礎となるプラズマエネルギーユニットを始め、EDFの装備が南極の遺物”ボストーク・レリック”によって近未来化するにしたがって、戦車を始め各陸上機甲戦力も新規に開発を行った。

 設計自体は発足当時から進められており、フォーリナーによって進んだ最先端の技術が投入された。

 とはいえ戦前はフォーリニウムやエナジージェムなどフォーリナー由来素材の解明・応用には至っておらず、飽くまで地球文明技術の延長線上の技術で作り上げられた。

 初期のA型からF型の六代に渡ってマイナーチェンジモデルが量産されたが、非常に高価であったためフォーリナー襲来の直前である2022年では、EDF各方面のギガンテス採用は全戦車の約半数にとどまった。

 

 主砲はチタニア社(ロシア・イギリス)がEDF向けに新規開発した120mm滑腔砲を採用。

 砲弾は装弾筒付翼安定徹甲榴弾。

 縮めて単に徹甲榴弾とも。

 細い矢のような重質量高硬度タングステン弾頭が装甲を穿ち、後部に詰められた指向性高性能成形炸薬が起爆すると更に徹甲弾を打ち出し、同時に高温メタルジェットで対象の内部を焼き尽くす二段構えの弾頭。

 砲身や砲塔の強度、次世代炸薬の使用により従来戦車を大きく離す2000m/sの砲口初速を誇る。

 

 エンジンはガプス・ダイナミクス社(ドイツ・アメリカ)が開発した低燃費航空機用ガスタービンエンジンで、燃料は専用の混合燃料を使用する。

 結果0.62km/Lとディーゼルエンジン並みの燃費まで引き上げることに成功した画期的なものとなった。

 その代わり専用の混合燃料を使用するため燃料の単価は非常に高くなり、航続可能距離は伸びたものの、運用コストは高くなった。

 また出力も従来のものと比較し向上した。

 重量約60tに対し、整地走行時90km/h、不整地で75km/hと非常に快速での機動を行う。

 

 装甲はカーン・ワン社(インド・中国)が開発。

 装甲素材にはボストーク・レリックに使われる未知の素材を使用する研究が長期にわたって行われていたが(カーン・ワン社はEDF発足とほぼ同時期にフォーリナー技術の研究を秘密裏に行っており、重大な国際法違反と指摘を受けたがその技術は社内で進化を続けてる。その為同社は秘密主義かつEDFに対する徹底的な実利主義。だがEDFもその独自の技術力を欲し、互いに利のある関係でいる)、結局碌な研究成果が得られなかったため見送られている。

 代わりにその副産物で得られた成果を利用し、従来の技術発展速度では得られなかった新たな物質・素材を使った三重複合装甲が採用された(噂ではグラフェンと呼ばれる炭素原子の六角格子構造を利用しているとか)。

 軽量でありながら強度は従来戦車を上回り、非常に強力なものとなった。

 またオプションでステルス機能を持つ六角板オプティカルパーツや、対戦車ロケット弾から身を護る爆発反応装甲を付与可能。

 

 車体構造はEDF北米工廠が担当・開発した。

 ギガンテスは高度な自動装填装置を持つため、搭乗員は車長・砲手・操縦手の三名で運用できる。

 砲塔部には砲手と車長、車体部に操縦手が乗り込む。

 操縦手・車長は目視での視認の他に、モニターを通してみる外部カメラの映像になる。

 操作すれば360度全体を見回す事も可能であり、各カメラ望遠機能も備えてある。

 

 通信・電子装備はL.M.I社(アメリカ・イスラエル)が開発。

 非常に高度な射撃管制システムや、センサー類、データリンクシステムを搭載している。

 射撃管制システムは画像解析によって分類される部位ごとのロックオン機能(戦車で言うならば、エンジンや履帯など)を有し、高精度な射撃が可能。

 一度ロックオンすればどんな機動を行おうと主砲は常に同じ向きを向き続け、外れる事は無い。

 光学望遠機能も優秀で地上の射程内ならばどれほど遠くであろうと精密狙撃が可能。

 データリンクシステムについては、EDF全軍と同等の標準装備のものを使用している。

 歩兵や偵察機が発見した敵性存在は常にレーダーとマップに表示され、ログやデータを閲覧すればあらゆる情報が手に入る。

 また前述の通り高出力の通信装置を搭載しており、戦場の前線司令塔になる事も多い。

 

 全体を通して非常に高性能な戦車であり、新概念ではあるが対人類戦においてあまり有効と思われていなかったコンバットフレームや、それほど性能に差が無かったEDF採用歩兵銃に比較し、他戦車と図抜けて性能が高かった為、パワーバランス崩壊を危惧して非常に厳重な管理が行われた。

 

 また対フォーリナー兵器である前提として、高性能であるにもかかわらず多くの発展余地が残され、これがのちのギガンテスⅡへの移行を素早く出来た理由になる。

 

 EDF装備全体に言える事だが非常にコストが掛かっているにも関わらず、世界規模の同時採用で大量生産が進められたため、最終的な調達費用は思ったほど高くはならなかった。

 それでも各国の主力戦車の倍程は高価だったが、各国からほぼ強制的に徴収された資金で大量の装備を購入すると、各国軍需工場で莫大な利益が発生し、それに伴ってEDFの兵器購入額も増える世界規模のインフレが発生したので軍拡は際限なく進んだ。

 なにより以前は忌むべきだった軍拡は、フォーリナーに対する地球防衛のためと大義名分を得てしまったので、止まる事は無かった。

 

▼E552次世代戦車ギガンテスⅡ

 

 大戦前のギガンテス初期型と比較し、より対F(フォーリナー)戦に向けて改良された。

 前述の通り、非常に高性能を誇っていたギガンテスではあったが、やはりフォーリナーに対しては力不足であった。

 主砲の徹甲榴弾は非常に強力ではあったが、巨大生物の大群にはもっと爆風が必要であり、ダロガを相手にするにはもっと貫通力が必要だった。

 装甲も対戦車ロケット弾を重視した性能では巨大生物の放つ強酸や牙には無力であり、ダロガの粒子砲弾には耐えられなかった。

 走行性能に於いてはα型亜種の時速120kmを超える要望が出されたが、現技術力ではあまりに無理がありすぎる為却下された。

 初戦から改良計画がさっそく練られたが、更にダロガの出現によって計画は修正された。

 また巨大生物は戦車よりも歩兵や装甲車が相手にした方が効率が良いため、計画は対ダロガを主軸に進んだ。

 ダロガの何よりの難点はその重装甲で、ギガンテスの場合戦車一個小隊での斉射を継続して行わないと撃破が困難だった。

 大してギガンテス側はダロガ一機の斉射一回を受ければ大破は確実で、ダロガ撃破に相当な犠牲を伴った。

 

 したがって要求された性能は、

 

・ダロガの斉射一回に耐えられる装甲

・α型の強酸や、牙の怪力に耐えられる装甲

・一個小隊の斉射一回でダロガを撃破できる徹甲性能

・巨大生物の大群を制圧できる榴弾火力

 

 その他にも追加で

 

・臨機応変な戦場に対応する為の砲塔旋回性能の強化

・エンジンを改良し加速力の強化

・対巨大生物近接防御に重要なため車載機銃の強化

・同じ理由で爆発反応装甲(リアクティブアーマー)の強化

 

 が要求性能に組み込まれた。 

 

 この結果出来上がったのがギガンテスⅡだ。

 要求された性能に対し、結果は、

 

・研究段階のフォーリニウム元素の投入が検討されたが、実用化が間に合わず複合装甲のままだが、対粒子反応装甲を新たに追加し、ダロガの粒子砲弾に対し強い防御力を得た。

 その結果最低一回の斉射に耐えられると証明された(どの対F(フォーリナー)兵器にも言える事だが、対人類兵器開発と違い、実験する事が出来ない為、開発の為多くの兵士が犠牲となった)

 

・巨大生物の酸と反応して中和する抗酸化蒸散塗膜を蒸着する事によって酸をある程度防ぐが、巨大生物の牙に耐えうる材質を獲得するには至らなかった。

 この為後述の爆発反応装甲(リアクティブアーマー)が重要になる。

 

・主砲はより砲口初速の上がる125mm滑腔砲に換装され(開発は同じチタニア社)侵徹体と呼ばれる弾芯の長さが長くなる事により、より初速と貫通力を高めることに成功したが、場所によっては小隊の斉射一回では撃破できない事が多い為、要求性能は満たせなかった。

 が、他に代案もなく、間違いなく砲撃性能は上がったので採用されるに至った。

 

・榴弾火力も指向性爆薬を使用し、より水平方向に爆風が広がるように改良した事や、金属片を混ぜてより殺傷能力を上げて確実に巨大生物に対しても制圧能力が上がった。

 かつ、前述の通り貫通性能も上がっているので巨大生物の大群に向けて撃った場合、大群手前で榴弾が爆発し、更に貫通した侵徹体が二体目、三体目と大群を奥まで射抜くので大群への戦車砲斉射はかなり有効な手段となった。

 

・旋回性能、加速性能などの諸性能も目覚ましい革新はないものの順当に向上し、全体的に機敏な動きが出来るようになった。

・車載機銃は貫通力のある12.7mmドーントレス重機関銃の他に、7.62mmUT7ガトリングガンが新たに装備された。

 これはバゼラート攻撃ヘリやレイヴン戦闘機に使われている30mmUT30ガトリングガンの縮小版であり、これは戦車に接近されるような状況では貫通力より弾幕による多方面からの接近の阻止が目的とされるからである。

 

爆発反応装甲(リアクティブアーマー)は、敵に物理砲弾を発射するタイプの敵が居なかったため撤廃する予定であったが、喰らいつく巨大生物に一定の効果があったことや、牙に対する強度のある装甲板が開発できなかった事から更なる改良が施された。

 が、その実情は接近や物理的衝撃に対し、指向性爆薬による火力と、カッターの刃のような鋭利な金属片による広範囲の殺傷を可能にするという性能だった。

 つまりほぼクレイモア地雷を車体に取り付けたような形になってしまったが、その効果は予想以上に戦車の生存性に貢献した。

 なお、付近に歩兵がいた場合無視できない被害が出るが、戦車に喰らいつかれるような状況では、恐らく周囲に歩兵は存在していない為考慮されなかった。 

 

 以上の性能を持ったエイブラムⅡは、本来ならもっとテストやトライアルを行ってから量産されるべきだったが、崩壊寸前の日本戦線にその余裕はなく、京都防衛戦”オペレーション・アイアンウォール”にて初実戦投入された。

 

▼B651重戦車タイタン

 

 全長25m、全高12mを超える超大型戦車。

 車体・基礎設計はガプス・ダイナミクス社(アメリカ・ドイツ)が行った。

 主砲はレッドクイーン&エムズ社(イギリス・エジプト)が国内艦艇向けに開発していた65口径320mm単装砲を流用。

 流用元の企業にちなんで非公式に”レクイエム砲”と呼ばれる。

 なおこの呼称は、地上用の戦車砲に流用する過程で、砲身長を短くする必要性に迫られた結果、弾速が現代の陸上砲とは思えない程低下した試験を見たガプス・ダイナミクス社の社員が「着弾までにレクイエムを歌いきれるんじゃないか?」と言われたことにちなむと噂されており、上記の企業名にちなむという説は体裁を整えるための後付けだと言われているが、真偽は定かではない。

 

 開発は、前述のレッドクイーン&エムズ社の65口径320mm単装砲の開発に遡る。

 イギリスに本社を置くR&E社は、国内艦艇向けに当単装砲の開発を進めていたが、予算の関係から計画は流れ、中途半端に開発した単装砲は行き場を失った。

 そんな中、世界中の軍需企業に向けてEDFが兵器購入を呼び掛けた事によって軍需産業は急速に発展。

 R&E社も行き場を失った65口径320mm単装砲を売り込んだ。

 しかし技術的に目を引くものが無かった当単装砲は競合に勝てず、R&E社は経営危機にまで陥る。

 そんな中、R&E社の社員はEDF内で計画中の重戦車の主砲が未だ決まっていない事に目を付けた。

 追い込まれていたR&E社は、EDF車輛装備局の間で諜報・恐喝・賄賂などあらゆる手段を駆使し、ついに単装砲の戦車主砲採用の足掛かりを築き上げた。

 

 そんな経緯を持って戦車設計局に運び込まれた65口径320mm単装砲を見たEDF重戦車設計係とR&E社の現場開発員は頭を抱えた。

 社運を賭けた見切り発車状態で始まった艦砲を戦車砲として搭載する計画は、常識で考えて無茶を通り越している。

 それでもR&E社上層部の机上の空論で作成された単装砲小型化設計書を元に、現場で改良を施し、ついに砲身長を65口径320mm(65×320=20.8m)から16口径320mm(5.1m)と大幅に小型化する事に成功。

 砲塔も小型化に成功し、従来の戦車の域を出ない程度で収まった。

 

 しかし、試射する段階において致命的な問題が発生。

 運用に問題なないが、砲口径(砲身の内径と砲弾の直径)をそのままに、砲身長(砲身の長さ)を大幅に短くしたことによって砲口初速が大幅に落ちてしまい(砲口初速は砲身長のほか、装薬の質と量、砲弾の重さによっても決まる)、実用に足るものではないと評価された。

 その試験に偶然来ていたガプス・ダイナミクス社の社員によって、前述の名言(迷言?)が広まり、以後同社の間でレクイエム砲とささやかれる事になった。

 

 これを見たR&E社、EDF兵器開発局上層部はすぐに改善を命令し、構造を抜本的に見直す大幅な改修が始まった。

 同時に、この砲を通常重戦車の車体に搭載する事は不可能だと判断し、車体の方も見直しがされる。

 

 この時並行して行われていた、陸上要塞車輛プログラムに目を付けたEDF兵器開発局は、2つの計画を統合すると決定し、重戦車と陸上要塞車輛の中間的兵器の開発に路線変更した。

 陸上要塞車輛は、全長60m、全高22mを予定していた陸の戦艦になる予定であったが、エンジンが決まらず難航していた。

 これを全長25m、全高12mと大幅小型化(それでも全長9m、全高3mのギガンテスと比較し規格外な車体)し、搭載砲も60口径320mm単装砲(砲身長19.2m)に再調整され、満足のいく性能となった。

 

 また、同時進行でEDFはガプス・ダイナミクス社に同単装砲で使用可能な新型砲弾の設計を委任された。

 この背景には、同社で開発中の新型電子励起爆薬(電子励起状態の物質を、化学反応で化合させて爆発的エネルギーを生み出す次世代爆薬カテゴリ)セレウコス(電子励起状態の金属ヘリウムの化学反応で爆発させる。同社によるとTNT爆薬の500倍の威力が期待でき、大型榴弾と同等の爆薬を仕込めば戦術核兵器並みの威力が通常兵器として運用可能になる)が実用段階に至った事を受けての決定が大きい。

 要望通り、同社はセレウコスを使用した砲弾を開発成功し、60口径320mm単装砲に正式搭載される事になった(当然通常砲弾も使用可能)

 

 主砲の開発が終わったことで、車体の要求性能も決まり、車体の開発が進んだ。

 車体設計はガプス・ダイナミクス社が主導で行い、ドイツの本社工場で開発が進められた。

 

 だが開発にあたり、極端に低い機動性能や既存兵器を上回らない防御性能など主砲開発でクリアした攻撃性能以外の所で欠点が目立ち始め、ガプス・ダイナミクス社も追い込まれていく。

 それをクリアすべくエンジンを再設計していくが、それに伴い設計費が2倍3倍額と跳ね上がり、計画に歯止めがかかった。

 

 尤も、同戦車車体はガプス・ダイナミクス社が開発を行ってはいたが、EDFが設計を委任していたので予算の多くをEDFとドイツ政府が負担していた。

 その為主砲と違い、同社に経営的なダメージは無かったが、EDF内部の予算の奪い合いに巻き込まれる結果となった。

 

 各国からの莫大な資金提供(フォーリナーからの地球防衛という大義名分があるため、強引な資金徴収にも関わらず各国政府の表立った反論の封じ込めに成功していた。が数々の横暴に対する反論は数多くあり、反EDF思想をもたらす大きな要因の一つとなっている)により、多くの予算を掛けた開発が当然のように行われていたが、当時のEDF内部の風潮は、より高価で有効な兵器を作り上げた者が評価され出世するというものがあった為、尤もらしい理由を付けつつその裏では誰もが自分の部署に予算を欲していた。

 

 だが計画そのものが、艦砲を搭載する前提で始まった事、社内で巨大戦車への憧れがあった事(EDF内外関わらず、この頃の兵器開発には対フォーリナー用兵器として予算無視の過剰兵器が許される、いわゆるロマン思考が蔓延していた)から合理性を欠くとされ、計画は半ば凍結。

 

 開発中だったドイツ本国で匙を投げられ、紆余曲折あって中途半端な状態で日本に押し付けられた。

 

 これに伴い開発チームも一部日本に渡り、開発が再開される。

 エンジンは開発に、精密機械が得意のFUJIインダストリーズ(日本・アメリカ)が加わり、日本、アメリカ・ドイツの三か国技術者が頭を捻った結果、車体の半分を占領する形でなんとか大出力エンジンを搭載する事に成功。

 残りの装甲素材を開発し、各種調整をして完成、のはずだったがその段階でフォーリナーが襲撃。

 

 計画は大幅に遅れたが、フォーリナーとの戦闘で得られたデータをフィードバックし、敵の攻撃に合わせた防御力を獲得するに至った。

 その新概念装甲の開発に当たり、多くの費用と時間と研究開発人員や機材が割り当てられ、同時進行中だったその他の開発計画は更に遅れた。

 

 その甲斐あって完成したタイタンは非常に強固な防御力を備えた堅牢な大型戦車となった。

 

 ダロガの粒子砲弾やガンシップのレーザー、ヘクトルのプラズマ砲弾などの光学・物理エネルギー兵器には対光学物理装甲を、

 α型巨大生物類が発する強酸、β型巨大生物の強酸の染み込んだ糸に対しては対強酸化学装甲を、

 そして強靭な牙やその他の攻撃には本来搭載予定であった特殊合金とセラミックの二重複合装甲を。

 

 こうしてB651タイタンは、2023年3月30日の京都防衛戦で初陣を飾った。

 また、余談だが当初はEDF製造計画E650番として開発され、E651としてロールアウトされる予定であったが、直前になって主力戦車E系統と同列に扱う事が疑問視され、巨大戦車カテゴリとして識別系統”B”を与えられた。

 なお、EDFは今後新たな巨大戦車を作る事は無かったため、B系統はタイタン専用となった。

  

 

 

●陸戦歩兵連隊

 

▼M2歩兵戦闘車グレイプ

 

 EDF陸軍の歩兵戦闘車。

 グレイプ装甲車と言われることも。

 装輪装甲車ファミリーである米陸軍のストライカー装甲車を参考に歩兵戦闘車として設計され、八輪装輪式と装軌(キャタピラ)式を換装できるようになった。

 また武装・砲塔も任務に合わせて容易に換装できる。

 日本戦線では主に都市部での戦闘が主となっている為機動力を重視した八輪装輪式が主となっている。

 以下は武装の解説

 

・12.7mm重機関銃ドーントレス

 イギリスの機関銃メーカードーントレス社の汎用重機関銃。

 グレイプのみならずギガンテス、ブルート、ジャガーなど幅広い戦闘兵器で搭載されている。

 12.7mmEDF弾は、西側諸国を含めた多くの国で運用されるNATO弾と同規格のものを採用し汎用性を持たせようとしたが、炸薬が強力で銃器が持たない事からその名の通りEDF銃器専用弾となっている。

 その弾丸は巨大生物の甲殻も貫通し、多くの戦果を挙げているが、巨大生物は経過とともに甲殻を厚く硬く進化する事が報告されており、EDFの弾丸も細かくアップグレードしている。

 12.7mm弾は口径が大きい事から同じ機銃として7.62mmほどの連射性能・携行弾数は望めない為、弾幕を展開する能力には劣るが、当然ながら威力は大きい為確実に倒すことは出来る。

 

 

・7.62mmガトリングガンUT7”ヘパイストスミニガン”

 アメリカの航空機用機関砲メーカー「ユニアック・タイラー社」(以下UT社)の開発した多銃身機関銃。

 同社の航空機用多銃身機関砲(ガトリングカノン)、UT30”ウルカヌス”のダウンサイズ版である。

 数字はおおよその口径を表しており、バゼラートに搭載されるUT30は30mm機関砲。

 UT社はアメリカに本社を置くがその実態はほぼEDF専属の兵器設計所で、そのダウンサイズ技術を流用してフェンサー用のガリオン軽量機関砲やデクスター自動散弾銃などを開発、納品した。

 その形状・用途は、アメリカ企業「ゼネラル・エレクトリック社」(以下GE社)が開発したM61バルカン(20mm)と、そのダウンサイズ版であるM134ミニガン(7.62mm)の関係性に酷似している。

 これはGE社がUT社の請願で設計図その他情報を提供した為であり、結果的にGE社製品であるバルカン/ミニガンのマイナーチェンジと揶揄される代物に出来上がってしまった。

 その経緯もあり、UT30/UT7はもっぱらバルカン/ミニガンの愛称で呼ばれるようになり、言いづらさもあってかウルカヌス/ヘパイストスの正式名称はEDF内に浸透しなかった。

 特に日本では広く創作物などでバルカン/ミニガンが定着している為、EDF兵士であってもそう呼ぶ方が通りがよく、詳しくない者であれば多銃身機関銃を全てバルカンと呼んでしまう程広く親しまれている名称でもあった。

 ちなみにウルカヌスとはローマ神話の火の神であるが、ウルカヌスの英語読みはヴァルカンであり、やはりGE社のM61バルカンを意識してのネーミングであった事は間違いない。

 

 ある日EDF装備局とUT社の会議の場で、EDF装備局の高官がうっかりウルカヌスの事を「UT30バルカンは――」と発言してしまい、UT社の命名者は憤慨した為、EDF高官は慌てて「ウルカヌスとは現場では殆ど呼ばれない」などと発言してしまい、問題となった。

 結果的に命名者は現状にある程度納得し、わざわざGE社に出向いて相談するなどの経緯を経て、製品名を正式に「ウルカヌスバルカン/ヘパイストスミニガン」とすることで妥協した。

 アメリカ軍の製品名の浸透率の高さと、兵器の呼びやすさの重要性が新たに認識されるちょっとした事件となった。

 なお、正式名となった「ウルカヌスバルカン/ヘパイストスミニガン」だが、現場からは「長い」と不評であり、依然として「バルカン/ミニガン」で定着するに至った。

 

・105mmライフル砲

 S&Sマテリアルズ社の開発したライフル砲。

 ライフル砲とは、滑腔砲と違い砲口内にライフリング(螺旋状の溝)が彫られてある砲身を指す。

 滑腔砲が登場する以前、主流はライフル砲であった為弾種と在庫が豊富で、EDF規格砲弾以外も多種多様な砲弾を発射可能。

 また一般的に滑腔砲より命中精度が高く、ギガンテスが高度な火器管制装置でそれを補っているのに対し、グレイプは一世代前の安価な装置でギガンテス並みの命中率を誇る。

 その特徴は歩兵の直掩を任務とするグレイプと合っており、高精度砲撃は対空目標にも効果を発揮し、

 無数の子弾をばら撒くキャニスター弾は巨大生物の群れに威力を発揮し、広大な爆風を誇るサーモバリック砲弾や焼夷弾は装甲目標に対しては無力だが巨大生物を焼き払い足止めに貢献する。

 また照明弾や発煙弾など直接戦闘に用いない砲弾も広く使用可能。

  

・120mm迫撃砲

 ガプス・ダイナミクス社が開発した迫撃砲。

 105mmライフル砲と同じく歩兵の直掩を目的とする。

 迫撃砲とは、安価な構造、低初速、高仰角を特徴とした砲で、大きく曲射弾道を取るため砲弾がほぼ真上から降り注ぐ形になる。

 これは面制圧に於いて効果的で、前線に居ながら歩兵に即座に支援砲撃を送る事が出来る為、迫撃砲仕様のグレイプ装甲車部隊は前線砲兵の迫撃砲小隊に組み込まれている。

 また同型の迫撃砲を改良し、口径を縮小しフェンサーの軽量迫撃砲にもなっている。

 

・プロミネンス対戦車ミサイル

 EDF北米工廠が開発した対戦車ミサイル。

 対フォーリナー戦争では重装甲目標であるダロガやヘクトルに向けて使用される。

 米陸軍が開発したジャベリンを参考に設計されており垂直に飛行する高高度強襲モードと直線照準モードが選択できる。

 歩兵用のミサイルランチャーとしての運用はもちろん、このように車載する事も可能。

 車載する場合バックブラスト(ミサイル射出の反動を抑える為の後方噴射)軽減やリロードの簡易化(歩兵にとっては大型のミサイルの為2名以上の運用が推奨され、かつ発射台が固定されているので装填が容易)などのメリットもあり、車載式として運用されることが多い。

 また高高度強襲モードに関して、通常の戦車と同様にダロガは上面装甲が薄い(レーザー照射装置があるためか)事が判明しており、更に周囲の地形や他の敵を飛び越えて攻撃できる点は対F戦闘に於いて非常に有効であったため、このモード専用の小型面制圧用の高高度強襲ミサイルがフェンサー用に開発された。

 一方でヘクトルやその他の敵には上面から攻撃する理由が特に無く、遮蔽物など無い状況や着弾までに時間を掛けられない状況では直接照準モードも使われる。

 

 以上の武装の他にも、通信装備を搭載した指揮通信車仕様や、救護装備を搭載した簡易救護車輛仕様など換装可能な装備は多岐にわたり、非常に汎用性に優れる。

 また武装を簡易的なものにした兵員輸送車仕様では。1名の運転手の他に12人(レンジャー約一個分隊)の兵員が搭乗可能。

 補給コンテナを搭載運搬する物資輸送車としても活躍するEDF陸上車輛部隊の中核を成す存在と言える。

 

 

▼M31高機動車ジャガー

 

 EDF陸軍の高機動汎用四輪駆動車。

 その名の通り高機動であることを重視され、最高時速は130kmオーバー。

 起伏の激しい不整地も走破可能で、軽量化された車体はスタックした場合でも人力での脱出を容易とする。

 UT7ガトリングガン、車載型エメロードミサイルを四発搭載出来るのに加え、詰めれば運転手以外の乗員10人(一個分隊分)の乗れるスペースがある事から緊急移動の際に多く使われる。

 また、そこに武器弾薬、燃料や食料を詰めて輸送する事もあり、四輪駆動としては破格の走破性で、戦場を駆け回る。

 軽機動中隊は、兵員や補給物資の輸送、そして簡易的な戦闘もこなすEDF陸軍の血液のような重要な存在で、陸軍では彼らの事をジャガードライバーと呼び、敬意を表する。

 

 

▼HU-04ブルート

 EDF陸軍歩兵部隊で運用する大型輸送ヘリ。

 輸送ヘリでありながらドアガンに強力なドーントレス重機関銃や、UT30ウルカヌスバルカンを設置可能で、支援にも向いている。

 またヘリでありながら装甲も強固。

 

●軍団砲兵連隊

 

▼L203自走重砲ベテルギウス

 軍団砲兵に属する203mm自走重砲。

 203mmは陸軍では重砲に分類され、また長射程、長砲身であることからカノン砲と呼ばれることも。

 精密狙撃が可能な事から徹甲弾が発射される事も。

 

▼L227自走ロケット砲ネグリング

 227mm多連装自走ロケット砲システム。

 24発の長射程エメロードミサイルか、二発のN系巡航ミサイルを発射できる。

 

●師団砲兵連隊

 

▼L185自走榴弾砲プロテウス

 師団歩兵に属する185mm自走榴弾砲。

 ベテルギウスとブラッカーの間を埋める中間的存在。

 

▼L155自走榴弾砲ブラッカー

 師団砲兵に属する155mm自走榴弾砲。

 EDF自走砲の中で最も口径が小さいが、その分数も多く、砲兵隊の中核をなす。

 外見も戦車に近くコンパクトで、機動力もある。

 

●連隊内砲兵中隊

 

▼L120自走迫撃砲スローター

 120mm自走迫撃砲。

 前線での短距離支援砲撃を任務としている。

 

●攻撃ヘリ中隊

 

▼EF-22汎用攻撃ヘリコプター”バゼラート”

 EDF陸軍の汎用攻撃ヘリコプター。

 機首にUT30ガトリングガン、翼下の兵装パイロンに航空型エメロードミサイル、MLRA小型ミサイル、カスケードロケット弾を装備可能。

 

▼EF-31対地攻撃ヘリコプター”ネレイド”

 EDF陸軍の対地攻撃ヘリコプター。

 固定武装に真下にも射撃可能な自動補足式のUT45オートキャノン、翼下パイロンにMLRA小型ミサイル、カスケードロケットを装備可能。

 

 



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設定資料集(コンバットフレーム)

人型ロボットが活躍しうる設定を考えるのが大変でした!!

現実世界的に言えばゲーム中ままのコンバットフレームだったら間違いなく戦車の方が強いし、(コンバットフレームであの耐久力出せるなら戦車はそれ以上に装甲増やせる)射撃安定性も武装搭載量も戦車の方優れてるので、
フォーリナー由来の技術と、マブラヴから設定を拝借した『跳躍ユニット』に解決してもらいました!

ベガルタはEDF3、4、4.1から、ニクスはEDF5から、デプスクロウラーはEDF4と5から、ナイトクローラーはEDF:IRから、ティラノサウルスはEDF:IAから出典しました!
この世界では何と全て揃っています!!

ちなみに全てコンバットフレームというカテゴリです。
だってEDF5じゃコンバットフレームとか言いつつニクスしか種類いないから


 

 

●歩行戦闘車

 通称コンバットフレーム。

 搭乗式の強化外骨格。

 搭乗員の全身を包み込むよう装甲で保護し、爆発物などの危険から身を守りつつ、人間同様に活動する事が出来る。

 

 全高は3m程度。

 腕部と両肩部に二つずつ兵装を装備出来る。

 汎用性を追求し、腕部マニュピレータで武装を保持できる他、瓦礫撤去や塹壕構築も可能。

 機体内部機構に自動装填機構を盛り込んでいる為、両腕部に武装の搭載が可能。

 

 上半身は戦車の砲塔のように360度自在に旋回が可能で、旋回速度も戦車の砲塔と遜色ない性能。

 装甲厚は、正面胴体部分の搭乗員保護ユニット、腰部動力ユニットの一部のみ戦車並みの装甲を有しているが、他は軽装甲車程度しかなく、戦車と比較すると脆弱と言わざるを得ない。

 

 脚部は後述する跳躍の為に強力なサスペンションの役割を果たし、接地面にはタイヤやキャタピラに相当するローラーユニットが装備されている。(歩行戦闘”車”と呼ばれる所以でもある)

 ローラーユニットは360度横軸を回転可能で、その最大速度は時速60km程度となっている。

 背面に大型の跳躍(ジャンプ)ユニットを装備しているが、重量や推進剤の容量の為、飛行は短時間しか出来ない。

 

 都市部のような障害物の多い地域での戦闘を目的として開発された。

 実戦配備はフェンサーよりも古く、フェンサーの前身であるPAギアと呼ばれる軍用強化外骨格の発展案の一つとして挙がっていたものを採用された。

 

 PAギアは古くからその構想自体は存在しており、EDF発足の四年後、1999年にEDF内で運用開始された。

 構造は兵士に外骨格を取り付け簡素なものだった為、防御性能は生身の兵士と大差なく、運用開始から二年後すぐに、PAギア拡張・強化計画『PAES-X計画』が開始された。

 

 いくつかの強化案のうち、有効であると認められ採用されたのが、

 PAギアを単純に大型化、重装甲化した試作機BM-X、

 PAギアを中心として全身を複合装甲で覆う試作機CF-Yの二案。

 

 だが試作機CF-Yは制作を進めるうち多機能化、大型化してしまい収拾がつかず、機構の単純さで優った試作機BM-Xが先に完成する。

 

 試作機BM-Xはその後、PAギア拡張ユニット、BM-01”ベガルタ”として2001年に試験的に運用された。

 

 手足の延長としてPAギアの発展となる四肢大型スレイブユニット(人間の手足に追従して運動する機械式の腕部や脚部)と、腕部ユニットに接続される左右二つの武装、そして簡易噴射(ジャンプ)ユニットも搭載され、短時間であれば跳躍が可能だった。

 

 また兵士の体正面を覆う前面装甲が追加され、搭乗員の保護も抜かりはなかった。

 ただ機体の軽量化を図る都合で、配線や油圧ホースが一部露出する状態での試験的実戦投入となった。

 

 そして翌年2002年、アフリカ某国での政変を受け、国連からの要請により初のEDF紛争介入が行われ、その中でベガルタ20機が試験的に実戦投入された。

 

 対戦車ロケット砲、三銃身ガトリングガンで初陣を迎えたベガルタは、しかし視認性の悪さ、窮屈な操縦席、鈍重な動作から、前面装甲を外して使う兵士が多く、

 またスレイブユニットの操作性が悪く、非常時を想定した操縦桿やペダルを使用した操作方法に切り替えて使用する兵士が殆どだった。

 

 堅牢、高出力による大型兵器の使用で、戦車やヘリの撃破報告が相次ぐが、同時に負傷、死亡した兵士は16名と惨憺たる初陣となった。

 

 原因は兵士が独断で前面装甲を外したのはもちろんだが、あまりに鈍重な機動性は戦場では単なる的になりかねない事が大きかった。

 またかねてよりあった二足歩行兵器自体への疑問視が噴出した上、(装甲厚、燃料・兵装搭載量、前面投影面積、操縦快適性、機動性、費用対効果全てが戦車より劣っている)本計画の中心に近い人物の中に、光学の予算を私物化し、ロボット兵器を熱烈に望む所謂ロマン志向(EDF兵器設計局に蔓延る、実用性を無視したSF兵器や巨大兵器を実現したがる開発方向性)を持つ開発者や責任者が複数人いたことが判明し、死亡した兵士の責任を取り辞職に追い込まれた。

 BM-01は以後量産される事は無く、この惨憺たる初陣を以って『PAES-X計画』は凍結されてしまった。

 

 しかし辞職された開発者の一部は執念を燃やし、日本のEDF兵器提供契約を結んだ軍需企業FUJIインダストリーズがそれを拾った。

 同社が持つ精密制御技術とEDFから一部提供されたフォーリナー由来の技術(EDFは、1978年に発見した南極大陸の遺物”ボストーク・レリック”を解析し、その内危険度・影響力が少ないと判断した技術を一部民間軍需企業に公開している)に加え、辞職したBM-01の開発者及び凍結された『PAES-X計画』の研究者が違法に持ち出した設計データと、実戦時の問題点を洗い出す。

 

 機動力の向上を主眼に研究・開発は進み、可動式跳躍推進装置、のちの跳躍(ジャンプ)ユニットの試作型を完成させるまでに至ったが、(のちにPAギアの短距離噴射装置と技術的融合を果たし、フェンサーにも採用された)

 EDF当局に機密データ持ち出しを暴かれ、研究者は逮捕された。

 

 だが捜査を進めるうちに跳躍ユニットの原型が極めて完成度が高い事が判明し、研究者は例外的に釈放。

 その跳躍ユニットで機動性を高めた新たな試験機を作製するべく、『PAES-X計画』が再始動した。

 

 しかし前回大敗を喫した試作機BM-01”ベガルタ”の再開発の許可は下りず、もう一方の計画、試作機CF-Yを再始動する。

 

 BM-01から提供された技術や新開発の機動システム『跳躍ユニット』、実戦データをふんだんに取り入れ、技術面を克服したCF-Yは、ベガルタより実に七年遅れでついに完成の日を迎えた。

 

 名をCF-01”ニクス”と改め、PAギア運用から10年後、2009年にEDFにて運用開始された。

 操縦席にはPAギアが内蔵され、ベガルタの恩恵である追従性スレイブユニット方式を採用している。

 

 だが基本動作はほぼコンピューター制御で、ベガルタと違い、操縦性は快適。

 腰部につけられた跳躍ユニットと、脚部のローラーユニットによって軽快な三次元機動が可能で、従来の兵器にはない立体的な機動が出来るようになった。

 

 PAギア拡張案としての『PAES-X計画』はこうして完成を迎えたが、終わってみればあまりに兵器形態、運用方法が違う為、新たな兵器カテゴリ『歩行戦闘車(コンバットフレーム)』として発展していく事になる。(その為PAギア拡張計画は引き続き継続し、のちに跳躍ユニットや自動装填機構などを引き継ぎ、正当進化であるフェンサーが現れる)

 その為現在でも、一部のコンバットフレームの操縦席は簡易的なPAギアが内臓されており、これは万が一機体が破損して脱出不可能になっても自力でハッチを破壊して脱出できるように設計され、かつ降りた後も強化外骨格兵として戦闘が可能。

 

 戦車とフェンサーの中間的存在で、高性能なフェンサーが量産された今、その役目は終わったかに見えたが、

 

 古くからの技術蓄積によって低コストになった量産体制や、整備性、

 同じ理由による派生機体の豊富さ、仕様変更による作戦への柔軟性、

 搭乗員保護ユニットの重装甲化や、内部の軽装PAギアによる兵士生存性の高さ、

 跳躍ユニット、ローラーユニット、上半身の旋回性によるフェンサー以上の機動自由度の高さ、

 大型化による携行弾数、大型砲の搭載、高出力の火炎放射など使用者に危険のある武装可能による戦闘性能の高さ、

 

 などの理由により、現在も豊富な機種が最前線へ投じられている。

 構造が単純化されたものによっては、戦車より安価で使いやすいと評判な話まである。

 (それゆえ、コンバットフレームの中でも高価高性能と知られたニクスシリーズが中東の武装組織に流れた事実はEDFを震撼させたし、その機体がたった一人のフェンサーに三機も撃破されたという事実は関係者に衝撃を与えた)

 

 歩行戦闘車中隊として、定数12機で各師団に配属されている。

 

 

●ニクス・シリーズ

 コンバットフレームの中で最も生産された傑作。

 2009年にEDFで採用されて以来、EDF歩行戦闘車部隊の中核を成す。

 豊富な武装や拡張性、洗練された戦闘用OS、確立されたメンテナンス性など、単純な戦闘能力以外でも優れている。

 ただし、初期型はOSが高性能かつ複雑な為、通常兵器に比べると立ち上がりに若干の時間が掛かるため、奇襲には弱い。

 古くから運用され続けているが、その基本性能は常にアップグレードされ、旧式の型落ち(といっても数年前)とは比べるべくもない性能。

 

・ニクス汎用型

 A型、B型、C型と徐々にアップグレードされているニクスの汎用型。

 重量制限さえクリアすればニクスの全ての武装が着脱可能。

 EDF機甲部隊に最も多く配備されている。

 また非常に扱いやすく、熟練者以外に広く好まれているコンバットフレームの代表。

 

 

・ニクス・レッドタイプ

 近接高機動仕様。

 各種関節と脚部出力、推進剤を調整して機動力に特化したタイプ。

 散弾砲と火炎放射器を標準装備しているが、武装は換装可能。

 脚部は移動に特化している為、大型の砲などの重武装は搭載不可能。

 

・ニクス・キャノンタイプ

 重装甲砲戦仕様。

 長距離用各種センサーの追加や脚部の耐衝撃性、重武装増加による機動力低下を補うための重装甲などの調整を行われたタイプ。

 火力と装甲は完全に戦車の下位互換だが、汎用型と比べ機動性が悪いとはいえ脚部ローラーユニットでの車輛走行の他に、主脚走行と跳躍も可能なため乱戦下での生存率はキャノンタイプの方が圧倒的に上だった。

 重装甲目標も貫通可能なヘビーリボルバーカノン、

 連射可能な対戦車ロケット砲リボルバーロケットカノン、

 高性能センサーによる長射程と高い命中率を誇るスナイパーカノンなどを装備できる

 

・ニクス・グレネーダータイプ

 重装甲爆装仕様。

 爆発物による巨大生物の単騎面制圧を主眼に調整された。

 爆発物の近距離使用に耐える為機体を重装甲化、更に接近戦も求められるため機動力も必須であり、共存の難しい双方を両立させている。

 また肩部にエクスプロージョンと呼ばれる専用装備が固定されている。

 複数の榴弾を拡散発射させ、自身をも爆風に巻き込みながら近~中距離の巨大生物を一掃する。

 

・ニクス・ミサイルガンタイプ

 軽量対空戦仕様。

 センサー類を対空用に換装し、マルチロックオン機能を標準装備している。

 肩部に多目的ミサイルコンテナ、腕部には対空型リボルバーカノンを装備。

 対空型リボルバーカノンは、弾種が近接信管に対応しており、目標の近くを砲弾が通過しただけで弾けてダメージを与える。

 地上に向けても斉射可能で、対地対空問わず広く活躍する。

 

●ベガルタ・シリーズ

 コンバットフレーム、という名称が出来る以前の原型機。

 アフリカに派遣された部隊での大損害は、計画を凍結させるほどの衝撃を与えたが、のちにニクスと比較した兵装搭載量と装甲厚が再評価され、2012年にBM-02『ベガルタM2』として正式に採用された。

 火力と装甲を生かしての拠点防衛用、強襲上陸用として運用されている。

 その火力と装甲という点では戦車に遠く及ばないが、構造的・重量的に戦車には不可能な三次元機動が、可能であり、戦車にはない強みがあった。

 

 当初、コンバットフレームの三次元機動は軍関係者にそれほど受け入れられていなかったが、いざ試験や実戦で戦果を残すと、それまでの批判が嘘のように受け入れられ、今ではEDF陸軍にとって欠かせない要素となっている。

 それを受け、各国でEDFに三次元機動兵器の技術提供を求む声が膨れ上がったが、EDFは”新概念兵器は、既存の人類間戦争の激化を招く恐れがある”として、技術提供を拒否した。

 これを受け一部ではフォーリナー由来技術の独占だ、と問題にもなった。

 しかしEDFに後れを取るまいと、各国は躍起になって三次元機動兵器の開発にいそしんでいる、その影響で、後述するナイトクローラーのようなEDF先端技術のコピーやジャンクの盗難が相次いだ。

 一方でニクスはミサイル兵器に弱く、よほどの熟練でもなければ脅威にはならないという声もある。

 

 また、敢えて人型を取る必要も無く、PAギア強化案からの流れを捨てて、戦車をベースに三次元機動兵器を開発するという計画もあった。だが従来のままでは車体重量は重すぎ、軽量化を極限まで行えば装甲はコンバットフレームよりも薄くせざるを得なかった。

 車体直下と各部に、コンバットフレームと似た跳躍装置を取り付けようとしたが、コンバットフレームのような脚部をバネのように反動を付けて加速する動作が無いと、軽快な三次元機動は不可能だった。

 つまり戦車に脚を付けろという事だが、そこまでやるとコンバットフレーム、特にナイトクローラー等と大差ない姿となり、逆に人型が理想的な姿と証明する形になった。

 

 なおニクスシリーズは主兵装として薬室を回転させるリボルバーカノンを使用しているが、こちらは砲身を回転させるガトリングカノンを採用している。

 

 リボルバーカノンは、一つの砲身と回転する複数の薬室を持つ機関砲だ。

 ガトリングカノンと比較した利点としては、砲身が一つなので構造が簡素で軽量化が可能な上精度が高い、速射が可能で無駄弾が少ないのが上げられる。

 故に、市街地戦闘を主に運用されるニクスに採用された。

 一方ガトリングカノンは、六本の砲身を回転させるため構造が複雑で砲システム自体や弾薬の重量が嵩む。

 砲身の回転は精度の悪化を招く半面、短時間で大量の弾丸をばら撒くことに向いている。

 その為、元々それほど高度な機動戦が期待できないベガルタ向けの武装として採用された。

 

 

●ナイトクローラー・シリーズ

 ニクスシリーズ、ベガルタシリーズで発達した技術を盗用し、テロリストや非正規武装組織が有り合わせの部品で独自に作り上げられた二足歩行兵器。

 正式名称はなかったが、武装組織がダークブルーに塗装された機体で夜襲を好んで行っていたことから現地EDFがそう呼んでいたものが正式名称になった。

 ただEDFが正式開発した訳ではない為、型式はない。

 

 その大きな特徴としては、他二種にあった腕部が廃止され、搭乗員保護ユニットに直接武装を施した事。

 要するに二本足の上に搭乗部である腰部、その上に小さな砲塔を載せたような形である。

 跳躍ユニットは装備されていないが、逆関節の脚部は軽快な歩行性能を誇る。

 EDF公式は一切かかわっていないが、EDF以外の優秀な”野良”科学者・研究者がいたことを世に示した。

 

 有り合わせの部品で作ったため武装は様々なものが取り付けられるように設計されており、ニクス以上にバリエーションが豊か。

 のちにその機体を接収したEDF技術者は拡張性の高さに驚いたが、地域や製造工場によって微妙に仕様が異なり、ナイトクローラー自体をEDFが量産する事は無かった。

 

 しかしそのデタラメな設計を一部の軍人は高く評価し、後述する別機体を新規設計するに至った。

 

 武装は非常に豊富かつ他兵科との互換性に優れ、車輛用の20mm機関砲や対空砲、歩兵用の擲弾筒、ロケットやミサイル、戦車の主砲やニクスのリボルバーカノンまで様々なタイプがある。

 後にEDFがフォーリナーに追い込まれ始めると、EDFは世界中の民間工場などで量産されるようになったナイトクローラーを正式に”購入”し、更にナイトクローラー専用の肩部大型武装ユニットを開発し、40mm重機関砲、ワイバーンロケット砲、ビームパイル、ファフニールロケットなど次世代の重武装を装備して前線を張る頼もしい兵器として活躍するようになった。

 

●ティラノサウルス・シリーズ

 EDFがナイトクローラーの活躍を受けて、その設計を元に新規開発したコンバットフレーム。

 腕部を廃し、ナイトクローラーと同様に搭乗員保護ユニットに直接武装を取り付けた。

 脚部も歩行性能に優れる逆関節を採用し、跳躍ユニットこそないものの機動力や走破性能はニクス以上に高い。

 武装は25mmチェーンガンと、105mm滑腔砲の固定武装になっている。

 チェーンガンとは、ローラーチェーンを外部動力と結合し、機関部を稼働させて発射する機構の機関砲全般の事で、ガトリングガンと違い砲身が一本の為発射速度は劣るが、リボルバーカノンのように不発弾があっても電動で排出する機構になっている。

 これにより継続的な弾幕を低コストで維持する事が可能で、大量のティラノサウルスで形成された弾幕を見る事が大戦後期には多くなった。

 機体調達の安さに起因するコストパフォーマンスの良さと、小型軽量による輸送コストの良さ、機動走破性の高さなどが優れている。

 特に最も初期から量産された機体、レックスは、世界各地で多く見られ、コンバットフレーム=ニクスという常識を覆した。

 

●デプスクロウラー・シリーズ

 EDFがインセクトハイヴ攻略に向けて開発した四脚地底戦車。

 インセクトハイヴは、その巨大な地上構造物に目が行くが、地下にはまるでアリの巣のように張り巡らせた地下巣穴が存在する。

 この地下巣穴は縦横縦横無尽に広がっており、これを通常の車輛で踏破するのは困難を極めた。

 そこで地底攻略用戦車として、デプスクロウラーが造られた。

 それまでのコンバットフレームとは大きく異なり四足歩行型で、脚部には接地面を吸着する”物理境界面吸着装置”が装備されている。

 これは巨大生物の驚異的踏破能力(ビルの壁面だろうが巣穴の天井だろうが難なく張り付いて移動する)を分析した結果得られたフォーリナー由来の技術だ。

 また跳躍ユニットこそ装備していないが、四脚をバネのように使ったステップやジャンプ力で機動性は軽快。

 脚部システムにβ型の人工筋肉を使っている等と噂されているが、真偽は不明。

 

 武装は固定武装のFK2000ガトリング砲の他、コンパクト・キャノン、ラピッドバズーカ、スナイパーキャノン、ヘビーショットガン、インシネレーター、バーストキャノンなどがある。

 

 また、地底用に開発されたが地上での運用も当然不可能ではなく、戦車と違って装甲は薄いが前後左右と縦横無尽に機動し、ビルの壁面にも張り付ける自由度を好んで敢えて地上で使う兵士もいるとか。

 

 



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EDF保有兵器一覧(陸軍・海軍・空軍・宇宙軍・戦略軍)

作中に登場する主なEDF兵器を表記しました。
簡単に解説したつもりですが筆が乗って長くなってしまう事も。

作中の登場時に追加してく所存ですので多少ネタバレあります。
なお、リアリティよりロマンで考えてるので一部めちゃっくちゃな設定ありますがお気になさらず……。


●EDF陸軍

・E551ギガンテス

 EDF陸軍やEDF海兵隊が保有する主力戦車。

 120mm滑腔砲や、アウトレイジ軽機関銃を装備。

 フォーリナーの襲来前に基礎設計が成された兵器である為、敢えて拡張性を多くとって改修しやすいような兵器になっている。

 ダロガが出現する前までは最前線で戦えていた。

 

・E552ギガンテスⅡ

 本格的な対フォーリナー改修を受けた次世代主力戦車。

 125mm滑腔砲、ドーントレス重機関銃を装備。

 一個小隊四輌であれば、ダロガと真正面から撃ち合える程の性能になった。

 対巨大生物性能も見直され、より強力な砲弾を発射可能。

 

・B651タイタン

 全長25mもの重戦車。

 主砲はレクイエム砲を装備。

 その他120mm副砲二門と、ドーントレス重機関銃三丁、UT7ヘパイストスミニガンを二丁装備。

 陸軍も保有するが、大規模な戦車隊はEDF地球規模戦略軍が保有する。

 

・E454ヨルムンガンド

 前世代主力戦車。

 主砲は150mm滑腔砲を装備しているが、口径の太さは携行砲弾数の低下と比例する。

 最前線からは退役しているが、未だ多くの地域で運用されている。

 

・E441サーペント

 ヨルムンガンドの車体を流用して作られた歩兵戦闘車。

 ヨルムンガンドは、150mm滑腔砲を装備していたこともあって比較的大きな車体であったため、その砲弾積載スペースを利用して作られた。

 武装は40mm機関砲二門、乗員二名、兵員8名。

 

・C1キャリバンICV

 装軌(キャタピラ)式装甲輸送車キャリバンのノーマルタイプ。

 装甲兵員輸送車として乗員二名、兵員14名を輸送可能。

 図体は戦車よりも大きく、輸送能力に優れる反面、投影面積が大きく被弾前提の造りになっている。

 

・C1キャリバンALV

 キャリバンICVの座席を撤去した装甲物資輸送車。

 装甲化された大型の車輛に武器弾薬・燃料・工作資材を安全に輸送する事が可能。

 

・CS1キャリバン・ハンマー

 武装換装式の戦闘車輛。

 専用に軽量化された武装システムを装着する。

 120mm滑腔砲、ドーントレス重機関銃、UT7ヘパイストスミニガン、エメロード携行ミサイル、プロミネンス対戦車ミサイルなどを任務に応じて換装可能。

 前述の通り図体が大きく被弾率が高い為、純粋な戦闘車輛というよりは、移動式の火力投射プラットフォームのように運用される。

 

・C1キャリバンAMV

 装甲救護車輛。

 負傷した歩兵を収容し、野戦の只中で緊急治療を行うことが出来る車輛。

 その為、通常型より装甲が厚く、また速やかに駆け付ける事を目標とし、エンジンの出力も大幅に上がっている。

 代替可能な車輛が存在しない為、日本戦線ではキャリバンシリーズの中で最もポピュラー。

 

・M2グレイプ

 八輪駆動の装甲戦闘車輛ファミリー。

 キャリバンよりも小型で軽量。

 その為空輸も容易く、舗装された陸路での装甲は時速100km/h前後で走行可能。

 以上の事から汎用性や機動力が高く、様々な用途で使われる。

 105mm滑腔砲、35mm速射砲、ドーントレス重機関銃、UT7ヘパイストスミニガンなどを換装可能。

 

・M31ジャガー・アードウルフ

 高機動四輪駆動車。

 M31ジャガーは、走破性と走行性能を極限まで高めて作られた。

 その追加パッケージ、”アードウルフ”では、従来の追加装備であったアウトレイジ軽機関銃とアーケイン六連ミサイルポッド二基が標準装備され、単騎での戦闘能力が大幅に向上した。

 現在のEDFではアードウルフが主流となっている。

 

・HU-04ブルート

 大型装甲ヘリコプター。

 乗員二名、兵員十名を輸送可能なヘリ。

 兵員輸送任務を主とする一方で、ドアガンに強力なドーントレス重機関銃、両翼にピットブル速射砲を装備した空の重戦車とも形容される。

 

・VA-171ノーブル

 ティルトジェット式汎用輸送機。

 装甲化はされておらず機動性に優れる。

 専用コンテナを用いた物資輸送を主とする。

 戦車やコンバットフレームを始めとする各種戦闘兵器、補給物資、武器コンテナ、兵員など幅広く運ぶことが出来る。

 

・L203ベテルギウス

 203mm自走重砲。

 別名カノン砲。

 大型で、機構の大半を砲弾発射機構に取られている為機動性は悪く、緊急時には放棄される事も。

 陸上の自走砲としては最大口径・最大威力を誇る。

 

・L227ネグリング

 227mm自走ロケット砲。

 30発程の高威力誘導ロケット弾を10秒ほどで撃ち切る。

 陸上面制圧や装甲目標への精密射撃のも用いられるほか、フォーリナー航空戦力の出現に合わせ、120発もの小型ミサイル発射基も搭載可能。

 

・L185プロテウス

 185mm自走大型榴弾砲。

 大型の榴弾砲を装備。

 ベテルギウス重砲とブラッカー榴弾砲の中間を担う存在。

 師団付砲兵旅団の中では火力投射量の中核を担う。

 

・L155ブラッカー

 155mm自走榴弾砲。

 プロテウスやギガンテス戦車よりも一回り小型な車体で、自走砲としては優れた機動力を持つ。

 また、前線での任務を考慮し装甲化されており、直接照準射撃能力もある。

 後期型に至っては、ヘクトルとの正面戦闘にも耐えうる設計になっており、火力支援以上の能力がある。

 半面、小型化による砲弾搭載量は問題とされているが、火力支援時には給弾車と併用して運用する事で支障を無くしている。

 

・L120グレイプ・スローター

 120mm自走迫撃砲。

 M2グレイプに迫撃砲機能を追加した装輪車輛。

 回転弾倉方式を採用しており、絶え間ない連射が可能。

 当初はグレイプファミリーの一つであったが、装輪による機動力による潤滑な運用が評価され、EDF内の自走迫撃砲はグレイプに置き換わり、新たにスローターという名前が付けられた。

 その名はEDF紛争時代、都市部での戦闘において高火力榴弾を次々と叩き込む姿に、殺戮者(スローター)と敵から恐れられた事に由来する。

 

・EF-22バセラート

 汎用戦闘ヘリコプター。

 鋭角的なフォルムと高い汎用性から中世欧州の短剣に由来し、名付けられた。

 機首に30mmガトリングガン、両翼には多数のハードポイントがあり、カスケード多連装ロケット、スクイレル汎用ミサイル、プロミネンス対戦車ミサイルの他、多様な武装を運用可能。

 対装甲兵器、対巨大生物、対航空戦力、地上支援任務など幅広い任務をこなす。

 

・EF-31ネレイド

 対地攻撃ヘリコプター。

 文字通り対地攻撃に特化している。

 25mmオートキャノンは、真下をも攻撃可能な自動捕捉機関砲であり、地表の敵を一掃する威力がある。

 無誘導だが高威力のグラントロケット、短時間で広範囲にばら撒くカスケード多連装ロケット、強力な航空機爆弾DNGをほぼ固定武装として装備しており、バゼラートとは違い汎用性を捨てた極端な対地任務装備となっている。

 

●EDF空軍

・EJ-24Aレイヴン

 主力戦闘機。

 UT20”アグニ”バルカン砲を機首に装備し、両翼に空対空ミサイル”スカイワルツ”や汎用小型ミサイル”スクイレル”を装備。

 純粋な空対空戦闘に主眼を置いて開発されている。

 高性能ではあるが、機能を絞った事による低コスト化と、EDF特有の拡張性の高さが特徴的。

 大量のガンシップ相手は分が悪く、現在後継機の開発を急いでいる。

 しかし、空軍パイロット達は人類の常識から外れたガンシップ相手に日々研鑽を重ね、互角かそれ以上に渡り合う軍人も少なくはない。

 

・KM-6Eカムイ

 マルチロール戦闘機。

 主力戦闘機の座はレイヴンに譲ったが、高い汎用性で依然活躍を見せる前世代の主力戦闘機。

 レイヴンとほぼ同じ空対空装備に加え、空対地ミサイル”マウナケア”、空対艦ミサイル”カーテンコール”を装備する事で多種任務をこなす。

 航空機爆弾DNGも搭載し、空爆やエアレイダー誘導の元地上支援も行う万能航空機。

 機動力など純粋な航空機としての性能はどれもレイヴンに劣り、熟達したパイロットでもガンシップとの戦闘は厳しい事から、現在は地上支援を主な任務としている。

 

・EB-22Kカロン

 戦術爆撃機。

 航空機爆弾DNGを含む、誘導爆弾や地中貫通爆弾(バンカーバスター)による戦術目標破壊を目的とした爆撃機。

 爆撃機の中でも飛行速度は速く、高威力爆弾での一撃離脱能力に優れており、ダロガなどの装甲目標や、巣穴入口やアンカー、地上転送装置の破壊を得意とする。

 半面、搭載爆薬量は少ない為、大群の殲滅には向かない。

 

・EB-29Mミッドナイト

 カロンの二倍以上のサイズを持つ、デルタ型の大型爆撃機。

 航空機爆弾DNGはもちろん、最大の特徴は空中分離型のクラスター爆弾が搭載可能な事。

 ダロガなどの機甲戦力には火力不足だが大量の子爆弾で広範囲を爆撃する。

 その為大群の殲滅に多く駆り出される。

 

・EB-32Fフォボス

 ブーメランのような姿が特徴的な、全翼の大型戦略爆撃機。

 一件細身に見えるが、実際にはミッドナイト以上の搭載爆薬量を持つ。

 100発単位のDNGを投下する絨毯爆撃が主な攻撃方法で、辺り一帯を焦土にして余りある威力を見せつける。

 大群の殲滅は元より、ダロガなどの機甲戦力、低空を飛行するガンシップやγ型巨大生物などにも威力を発揮する。

 また焼夷弾による焦土作戦や、ミサイルコンテナ搭載による空中火力投射も任務に応じて可能。

 

・EA-20Aアルテミス

 双発エンジンと直線翼を持つ頑強な制圧攻撃機。

 低空・低速飛行による近接航空支援を専用の任務とする。

 その為、エアレイダーと緊密な連携を取り、必要に応じて必要な場所を制圧する。

 激戦区での運用を想定しており重要個所を装甲化している。

 アメリカ軍のA-10を参考に開発されている為、形状は似ているものの、より大型化された。

 30mm”ウルカヌス”バルカン砲や対戦車ロケット弾を多く搭載し、強力な攻撃を嵐のように叩き込む。

 

・DE-202ホエール

 EDFの誇る大型攻撃機。

 その名の如く空を泳ぐクジラの様な図体と、装甲化された機体、その内部に積み込まれた重火器類から、「空の要塞」と称される。

 アメリカ軍のAC-130対地攻撃機を参考に設計されたとされているが、その威容はAC-130を上回る。

 とはいえ、運用方法はそれと変わらず、旋回して地上への継続的な火力投射を行う事だ。

 30mm機関砲、105mm連装速射砲、120mm制圧砲などの他、フォーリナー戦争の激化への対応を行った後期型に至っては、

 150mm四連装砲、190mm長距離砲、130mm制圧破砕砲などまさに”要塞”に相応しい重武装化を施された。

 また、フォーリナーガンシップの出現以降は対空機関砲も各所に設計され装甲化を施されるなど、まさに「空の要塞」の名に相応しい存在となった。

 

 

●EDF海軍

・EJ-24C/Dシリウス

 空軍機であるEJ-24Aレイヴンを、空母での運用の為可変翼装備、軽量化などを行った海軍艦載機。

 元々EJ-24はKM-6より小型化を目指して開発されており、その当初から空母艦載機としての運用も想定されていた。

 対艦、対潜機能も追加され、複座型となったがEDF開発部の力により元のシリウスよりも軽量化されている。

 また拡張性を利用した改造で早期警戒機機能や偵察機能を付加し、小型でありながら多目的機として運用している。

 単座型がC、複座型がDである。

 

・リヴァイアサン級EDF原子力重戦艦

 満載排水量は15万5千トンであり、重戦艦カテゴリに相当する。

 主にEDF太平洋連合艦隊の旗艦として配属され、巨大な船体を利用して軍団クラスの司令部として機能する事も可能。

 原子炉を搭載しており、原子力の圧倒的な出力によって15万トン級に上る巨大な船体を難なく動かしている。

 主砲は533mm三連装砲塔が四基あり、同程度の主砲弾直撃に十分耐えうる装甲を施されている。

 他に中小口径副砲と、各種VLS、対空迎撃砲塔が多数あるなど、一般的な重戦艦の武装。

 特徴は、EDF重戦艦最大の船体規模と、それによる装甲の多重化とダメージコントロール能力による圧倒的な耐久力である。

 敵戦艦やフォーリナーによる攻撃を受けようとまったく怯まず反撃を繰り返す姿は、まさに恐るべき海の怪物に相応しい。

 

・ゼウス級EDF原子力重戦艦

 満載排水量14万2千トン。原子炉搭載型。

 原子炉は、駆動エンジンのみならず、船内電力も賄っている。

 主にEDF大西洋連合艦隊の旗艦として配属される。

 主砲に457mm四連装砲塔を四基装備している。

 口径こそリヴァイアサンに劣るものの、主砲だけで16門存在する上、320mm副砲、240mm副砲など多くの副砲を持ち、総砲門数は40門以上に上る。

 また重戦艦最大数のVLS発射セル数を持ち、ミサイル戦艦としての側面も持つ。

 神の雷霆を表すかのような攻撃的なシルエットから、轟く絶え間のない雷鳴は、かの神話主神として名高い天空神の名に相応しい。

 

・オーディン級EDF原子力重戦艦

 満載排水量13万8千トン。

 主にEDF北欧連合艦隊の旗艦を務める。

 主砲は規格外の重砲、558mm三連装砲塔が三基装備されている。

 原子炉を搭載し、蒸気タービンによる発電を採用する事によりエンジンはより高出力になると同時に、燃料タンクや排煙装置が不要になり、より多くの砲弾を積み込んでいる。

 また、将来的には電力を活用したレールガン化も実戦配備段階に入る予定だ。

 船体こそ他の重戦艦と比して小さいが、その船体からはみ出るように突き出た長砲身の主砲は、550mmという大口径でありながら最大の長射程を誇り、観測ドローンやエアレイダー、他の艦艇の観測さえあれば水平線の遥か彼方である120km近い射程を持った。

 これは砲弾としては規格外ではあるが、もちろんミサイルの射程と精度とは比較にならない程下である。

 しかしながら、ミサイルより安価な為大量に保有可能で、火薬量のみならず圧倒的な砲弾重量による運動エネルギーによって、大地を抉り地形を変えるほどの火力評価は、ミサイルには得られないものである。

 重戦艦としては小さいが重厚感のあるシルエットから、まるで長槍を構えるかのように突き出た長砲身と、そこから繰り出される必殺の一撃は、北欧の主神、戦争と死の神に名を語るに相応しいだろう。

  

・ポセイドン級EDF戦艦

 満載排水量8万2千トン。

 EDF海軍で広く普及する一般的な戦艦。原子炉は非搭載。

 主砲は406mm三連装砲塔が三基。

 アメリカ海軍のアイオワ級戦艦を参考に作られている。

 その為形状や主砲弾口径が似通ってはいるが、EDF開発部の努力により内部は別物。

 船体も少し大きくなり、より重装甲を目指し、VLSを増設し、人員減少の代わりに主砲弾を含む各種弾薬庫の増設と、その保護の為に弾薬庫の壁も分厚くした結果、満載排水量は倍近くに増加した。

 対艦戦闘はもちろんの事、陸上への火力投射はもちろんの事、『キャンベル=アルバート艦隊広域防御システム』によって艦隊全域の防空を担っている。

 重戦艦に比べ生産数は多いが、それでも貴重で艦隊の中核を担う存在である。

 

・カリブディス級EDF戦艦

 満載排水量6万9千トン。

 比較的小型の、軽戦艦というべきEDF戦艦。

 主砲は381mm三連装砲塔二基を装備。

 戦艦カテゴリとしては小型だが、381mmは重戦車タイタンのレクイエム砲と同格であり、それが6門備わっているだけでも陸上と比して大規模であることが伺える。

 艦砲としてもまだ大口径と言える部類であり、これまでの人類の常識で言えば上記の戦艦が常識から外れているだけだ。

 陸上への火力投射であれば十分な威力があり、中小規模の艦隊の旗艦を務め、戦艦打撃群の中核を成す事も多い。

 

・トリトン級EDF重巡洋艦

 満載排水量3万5千トン。

 巡洋艦以上、戦艦未満の船体規模を持つ。

 主砲は254mm二連装砲塔が三基、VLSセルや旋回式発射機、副砲を複数門装備するなど、口径こそ小さいが戦艦と遜色ない装備を持っている。

 その為中規模の水上打撃群の中核や旗艦を担当する事も。

 

・テティス級EDF巡洋艦

 満載排水量2万トン

 速力と火力と装甲のバランスのとれたEDF艦隊の主力艦。

 主砲は203mm二連装砲塔二基と、127mm副砲8門、小規模なVLS装置、小型の近接防御兵器で構成されている。

 EDF開発部と民間企業で作り上げた高性能ディーゼルエンジンによって同規模艦艇の中では高い速力と航続可能距離を誇っており、遠征打撃群にも組み込まれる。

 

・オケアノス級EDF原子力空母

 満載排水量15万6千トン。

 EDF海軍の誇る大型原子力空母。

 出力の大きい原子炉を二基搭載しており、大型の割には機動力があり、艦隊を形成して進むのに支障はない。

 原子炉で生み出される莫大な電力を活用し、電磁カタパルトを採用。

 艦載機はEJ-24C/Dシリウスの他、機体を改造すれば空軍機であるKM-6Eカムイも運用可能。

 その他対潜、輸送、連絡、偵察ヘリコプターや、偵察機、輸送機など多数の航空機を格納。

 格納庫エレベーター四基、格納可能航空機約70機、ヘリコプター20機を最大で収容可能だが、実際の運用で最大まで格納するケースは少ない。

 防御用兵装として127mm単装砲二門、76mm単装砲四門、EDF製CIWS”ヘッジホッグ”八門、艦隊空ミサイル、近接防空ミサイルなど発射機四基など、やや過剰とも言える武装を装備している。

 また、空母は単体ではなくイージス艦や戦艦などの艦隊防空装備が充実している軍艦と行動を共にする為、近づくだけで至難であった。

 しかしフォーリナーのガンシップは、その堅牢な防空網を飽和攻撃的な物量で攻めてくるため、突破され迎撃せざるを得ないのが常である。

 その為、これでも足りないと言わんばかりに現地改修でCIWSやミサイル発射機を増設することもよくある。

 

・ネプチューン級EDF原子力潜水艦

 満載排水量1万トン。

 EDFが保有する多目的原子力潜水艦。

 大きく分けて、対艦戦闘を主とし魚雷や対艦ミサイルを多く積むA型、対地支援を任務としエアレイダーと連携し対地ミサイルを叩き込むB型、重要拠点破壊を任務とし戦術弾道ミサイルを多く積載するC型、戦略運用を主眼とし、各弾頭を主とする大陸間弾道ミサイルを要塞するD型、の四種類が存在する。

 そのほかに自衛用ミサイルも含むが、多くが水中発射を可能とするミサイルだが、エアレイダーと通信する際にはラグを防ぐ為浮上する場合が多い。

 またフォーリナーとの戦闘の際には、水中が最も安全だと考えられており、火力支援型のB型が最も多く生産されている。

 反面、静粛性は他国軍の潜水艦に比して高いとは言えず、万が一争った際には撃沈される可能性が高いが、EDFと他国正規軍が戦争をするケースはあり得ないだろう。

 B対地ミサイル支援型の武装は、高速で精度の高いAH高速巡航ミサイル、炸薬量が多く威力の高いN5巡航ミサイル、小型で小規模ながら発射数の多いライオニックミサイルのどれかまたは複合して装填されている。

 

・アーレイ・バーク級EDFミサイル駆逐艦

 満載排水量1万5千トン

 アメリカ海軍のミサイル駆逐艦をEDFが数合わせの為にライセンス生産を行ったもの。

 その際アメリカ海軍に許可を得たうえで(強制的に取らせたとも言われる)内部を分解・再設計を行っている。

 外見はさほど変わらないが、中身はほぼ別物になっている。

 武装は口径の同じ127mm単装速射砲だが、砲弾はEDF製のものになっている。

 他にN5巡航ミサイルやスクイレル汎用ミサイル、CIWSヘッジホッグが装備されているなど、武装はEDF準拠となっている。

 エンジンは大幅に改良され、出力は45ノットとかなり速力は高い。

 また戦闘に耐えうるよう薄く装甲化されており、機関砲弾くらいなら通用しない。

 

・アクティウム級EDF対地戦闘艦

 満載排水量2万2千トン。

 船体はさほど大きくは無いが、排水量は巡洋艦クラスに匹敵する。

 カテゴリ名の対地戦闘艦が示すように、特にエアレイダーによる対地火力支援を意識したものになっている。

 戦艦の様な大規模破壊では友軍諸共巻き込んでしまう為、エアレイダーと連携した精密支援をコンセプトとしており、武装にも特徴が出ている。

 主砲は127mm精密速射砲は、GPS誘導とエアレイダーレーザー照射誘導、ビーコン発信誘導を複合しており、エアレイダーの支援があれば非常に高い命中率を誇っている。

 またAH高速巡航ミサイルも素早い弾着と高い誘導性能から、要請による火力支援が効果的な兵器となっている。

 そのほか、N5巡航ミサイルやスクイレル汎用ミサイル、CIWSヘッジホッグなど一般的な武装を装備。

 またN5巡航ミサイルはクラスター弾頭を装着可能であり、限定的ながら面制圧も可能。

 

海神(わだつみ)級EDF強襲揚陸艦

 満載排水量6万3千トン。

 上陸作戦の要となる強襲揚陸艦。

 EDF遠征打撃群に配備されており、戦力揚陸を任務とする。

 ヘリコプターや垂直離着陸(VTOL)機などの航空機運用能力、戦車や戦闘車輛、そして人員を揚陸する機甲部隊揚陸能力、そして自衛のための個艦防空能力の三つを主軸に開発。

 頑強で積載力の高いHU-04ブルートや機動力と汎用性に優れるVC-141ノーブルを計12機ほど甲板に搭載可能。

 搭載能力はEDF製エアクッション揚陸艇”グレイリーフ”を四隻搭載可能で、海神級自体の積載能力としてはギガンテス6輌相当、キャリバン3輌相当、グレイプ10輌相当、ジャガー・アードウルフ12輌相当程度を積載することが出来る。

 人員に関しては、最大2200名を輸送可能。

 ただし、これらは搭載する弾薬・燃料・機材によって調整される。

 

●EDF軌道宇宙軍

・攻撃衛星ノートゥング

 EDF宇宙軍が保有する軍事攻撃衛星で、総数11機が打ち上げ済み。

 武装は機体下部の超高出力レーザー砲、サテライトブラスター。 

 サテライトブラスターは、大気による大幅な減衰を経て地上へ照射されるため、威力としては重戦艦の一斉射レベルくらいにしかならない。

 しかしながら、地球上のどこでも瞬時に狙え、回避も防御もままならないという点で、戦術兵器に分類される。

 レーザー光精製には、通常大気によって大きく減衰されるエネルギーを高効率で取り込んでいる為、地球上で同様のレーザー光精製は不可能。

 レーザー光精製技術について、ニコラヴィエナ博士が大きくかかわっていると言われているが真偽は不明。

 

・AI搭載型統括衛星ライカ

 別名、原子力攻撃衛星ライカ。

 一般的に公開されていない高い秘匿性を持った軍事衛星であり、超高度なAIを搭載している。

 建造プロジェクトを天才科学者ルフィーナ・ニコラヴィエナが立ち上げ、彼女の力によってその殆どが作り上げられた。

 AIの名前もまたライカであり、非常に高度な対話型AIとなっている。

 このAIによって11機のノートゥングは管理・維持される。

 AIでの管理には当初猛烈な反対があったが、その後何故か容認されている。

 本体上部には宇宙稼働型の原子炉があり、炉心棒の補充は打ち上げによって行われるが、交換はAIの判断により自動で行われる。

 最大の武装は、本体下部の原子力精製レーザー照射器、その名もルール・オブ・ゴッド。

 ルール・オブ・ゴッドは、ノートゥングのサテライトブラスターを遥かに上回る出力を持ち、その

最大威力は戦略核兵器に匹敵するとまで言われている。

 他に、連装レーザー砲”スプライトフォール”、EDF版神の杖とも言われる”スプートニクⅡ”、核搭載宙域ミサイル”テンペスト・ガリレオ”を装備し、その威容はまさに”軌道上の怪物”と呼ぶにふさわしかった。

 

・EDF攻撃衛星砲レーヴァテイン

 EDFがレイドシップを撃墜する為に作り上げたフォーリニウム貫通弾”グラインドバスター”を発射する為の軍事攻撃衛星。

 グラインドバスターにはEDFの今できる技術の粋を詰め込み作り上げられたが、その基礎理論はやはり非公式にニコラヴィエナに作り上げられたと言われている。

 衛星砲から放たれたグラインドバスターは、フォーリニウムの特殊作用によって空気抵抗を大幅に減少させ、圧倒的な速度で目標に直撃し、フォーリニウムが引き起こす化学反応によって、白銀の装甲を貫通し、標的に大打撃を与える。

 

●EDF地球規模戦略軍

・セイレーン級EDF戦略潜水母艦

 決戦要塞計画-第一号。決戦要塞X1。

 戦略潜水母艦もしくは、原子力戦略潜水母艦などのカテゴリに入る。

 一応潜水艦という体をしているが、海軍ではなくEDF地球規模戦略軍が保有している。

 EDF地球規模戦略軍とは、陸海空軍、または海兵隊や軌道宇宙軍よりも上位の戦力を持った、地球防衛の要に当たる軍種である。

 EDF総司令部が直接の指揮権をその権限はEDF戦略情報部と同等である。

 そのEDF地球規模戦略軍が進めている”決戦要塞計画”。

 その計画兵器のナンバー1にあたるのが、決戦要塞X1――セイレーン級戦略潜水母艦である。

 全長1000m超の超巨大潜水母艦セイレーン級は、多数のVLSや魚雷発射管に留まらず、二連装六基12門の224mm艦砲や対空防御兵装も備わっており、戦艦と潜水艦の複合艦として設計された。

 しかしその神髄は純粋な戦闘能力ではなく、来襲するプライマーに対するカウンターとしての役割があった。

 宇宙から飛来するプライマーは、海中への攻撃能力を持っている可能性は少ないと考えられており、現に海中で活動可能なプライマー戦力は確認されていない。

 それを見越して計画された決戦要塞計画の第一号である潜水母艦には、戦闘兵装の他に大量の武器弾薬、食料や衣料品、通常の艦には積み込めない程の燃料や大型の機材を積み込み、直接戦闘以外にも激戦区や後方地への兵站支援を行えるよう設計された。

 更には植物の種子や生命体の遺伝子情報なども詰め込み、大戦後の人類再生を担う役割も任される人類生存の生命線だ。

 決戦要塞計画第一号であるセイレーン級は全三隻建造予定であり、その内の一隻でも大戦終結まで生き残れば、人類再興の中心としてその役割を生かすことが出来る。

 



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第一章 開戦の狼煙
前史


EDF設立と立場、フォーリナーという呼称、先進技術の導入などの流れを纏めました。



 ――西暦1978年。

 南極大陸ボストーク湖の湖底調査を行っていた米国・ドイツ・ロシア・中国の共同調査隊は、湖底地下1600m付近で人工物と思われる物体を発見。

 その物体は酷く損壊していて元がどんな状態だったか判別不能ではあったが、サンプルを採取し分析した結果、人類未発見の物質で出来ている事が分かった。

 更に、以前の調査でボストーク湖の氷床は、およそ100万年前に出来上がったと推察されていた為、埋まっている地層から判断すると少なくとも150万年より以前にはこの人工物が出来上がっていた可能性が高かった。

 

 現人類に近い人類の誕生が凡そ20万年前である事や、現人類未発見の物質であることから、超古代高度文明や、地球外の生命体……所謂宇宙人の物ではないかと議論された。

 その事実に世界中の科学者は狂喜乱舞し、大規模な調査研究が行われ、周囲は極地ながらも研究所が乱立するようになった。

 

 ただ、ボストーク湖は厚さ約4000mの氷で覆われた水深800mの巨大湖であり、十分な研究の為には更にその地下1600mを掘削して調査するという事になり、非常に難易度の高いものとなった。

 だがもたらされる恩恵の大きさに各国家、研究所、科学者は資金や技術の提供を惜しまず、謎の人工物の解明は周囲の環境破壊と共に容赦なく進んでいく。

 

 人工物はボストーク湖の遺物(ボストーク・レリック)と呼ばれるようになり、10年後の1988年には氷床水中地中を貫通する全長6000m超の巨大穿孔エレベーターを設置する事で、科学者の往来が活発化し、更に研究は進んだ。

 

 その結果、ボストーク・レリック内部には高度な技術と推察される用途不明な基盤のようなものが見受けられたり、巨大な炉のような設備が見つかり、外周が恐らく直方体、所謂方舟に近い形をしていた推察と交えて、潜水艦あるいは宇宙船のようなものであったのではないかという考察もされるようになった。

 

 更に所々大きく損壊・寸断されているが同様の人工物はボストーク湖地下全体から発掘されるようになり(2022年戦争勃発時まで発見した全てを調査出来たわけではない)当初方舟のような形状だと思われていたのは間違いで、あるいはボストーク湖自体が、この巨大宇宙船(この説を正しいと考えるなら、全長250km、全幅40kmに近い超巨大船という事になる)が墜落あるいは不時着したときに出来たクレーターのようなものではないか、という根拠に乏しい説すら真剣に議論されていた。

 

 とはいえ、宇宙船にせよ超巨大船にせよ、150万年前の人類が作り上げた事よりは余程信憑性のある説であり、宇宙人というロマンあふれる存在を夢見、科学者から民間人まで広く信じられた。

 

 そんな宇宙のロマンあふれた80年代後半だが、更に衝撃の事件が勃発する。

 

 西暦1989年。

 

 各国天文台の大型パラボラアンテナ群が太陽系外宙域からと思われる強烈な出力の電波を一定周期で受信。

 電波は強い指向性を持っており、自然現象とは考えにくく、何らかの意思を持った存在が確定した。

 

 このことから”ボストーク・レリック”を持つ地球外知的生命体と同種の存在ではないか? と根拠曖昧ながら考えられ、人々はいわゆる”宇宙人”の来訪を信じ、世界中の熱狂が最高潮に達した。

 

 この電波受信は約一か月間で途絶えたが、熱狂は当分の間世界を包んだ。

 電波の内容は受信からあらゆる解析が世界中で行われたが、内容が判明することは無く、電波通信の目的は不明のままだった。

 

 また非公式ながら、ボストーク・レリックで作業中に誤って機器を作動させたという話もあり、電波による応答はこれに端を発しているという説もある。(尤も、米国をはじめとする国際共同調査隊はこれを否定している為真偽は不明)

 

 以後数年間、民間政府問わず世界は宇宙人の存在と来訪に沸き、大国は宇宙開発に莫大な予算を掛けるようになった。

 民間の間では、地球への来訪者という意味を込めて電波の送信者達を”フォーリナー”と呼称するようになり、やがてそれは国際的な正式名称へとなった。

 

 だが、一部のリアリストや軍部は、宇宙からの侵略を受ける可能性があると強く警告。

 熱狂から覚めた人間を巻き込んで、その意見は日に日に大きくなっていった。

 

 そして侵略を危惧する各国軍や政府は、万が一地球規模の戦争になった場合、国家の利害関係や政治経済宗教的な対立が致命的な展開を招きかねないとし、それらの枠に捕らわれない超法規的活動を認める軍隊を作ることにした。

 

 電波受信から3年後、

 ――西暦1992年。

 国連直下の超法規的国際活動軍事組織が設立される。

 

 国家や国民ではなく人類そのものを守護する人類存続の為の唯一の防衛機関。

 

 その名は、全地球防衛機構軍――EDFである。

 

 あらゆる和平交渉やメッセージを用意する一方で、EDFは各国から”地球防衛”の名目で莫大な資金を調達する。

 各国政府首脳もフォーリナーの襲来を真剣に”人類滅亡の危機”という可能性で真面目に考えており、資金の提供は惜しみなく行われた。

 

 またボストーク・レリック周辺の研究施設や実験場をEDFが接収し、EDF総司令部もそこに置かれた。

 南極大陸は、どの国家にも属さない人類平等の大地。

 全地球を防衛する軍の総司令部となるに相応しい。

 

 EDF総司令部は司令部機能のみならず、軍事基地や研究所も兼ね、全軍の編成とフォーリナー技術(この時点でボストーク・レリックがフォーリナーの物であるという確たる証拠は無かったが、殆どの人間が違和感なくそう呼んでいた)の解析・兵器転用・実験・配備を同時に行った。

 

 新技術の兵器転用は各国から引き抜いた天才科学者たちによって進められたが、開発設計量産に至るまでの設備も人員も圧倒的に足りないと判明した為、(この頃のEDF及び各国軍部には、いつフォーリナーが攻めてきて戦争になるか分からない、という強い危機感があった)非常に制約の厳しい条件の元、民間軍需企業と契約を結び、限定的なフォーリナー技術の提供と、その見返りとして新兵器・新装備開発や量産を要請した。

 

 契約を結んだ民間軍需企業は、原則としてEDF以外の顧客を認めない事になるが、国家とEDF双方から研究開発用の資金の援助を受けられ、更にEDFへ採用されれば全世界で運用を認められることになるので莫大な儲けを得られた。

 

 またEDF内部の、先端技術開発研究所は民間には許されない高度なフォーリナー技術の転用を行い、半永久機関である疑似プラズマエネルギーを始め、多くの超技術を扱っている。

 

 ――しかし、人の作った組織に完璧はあり得ない。

 

 発展した新たな技術は人類同士の新たなる対立を呼び覚ました。

 EDFの強引ともいえる資金徴収や、技術の独占、際限のない軍拡や、”地球を護る軍隊”というプライドが生み出した横暴な態度と、貴重な人材の強制的な引き抜き、更に噂で囁かれる人体実験の陰……。

 

 これらが”反EDF思想”として世界中に蔓延し、水面下で蔓延っていた各地の反政府軍やゲリラ活動部隊、独裁政権と連動し始める。

 更にそれらの勢力はEDFの技術や装備を盗むようになり、その責を負う形でEDFは守護する筈の人類に銃口を向け始めた。

 

 紛争地域や政情不安定地域に赴くEDFは、いつしか国連傘下の便利な火消し軍隊としてそのあり方を変え始め、各国の緊張は一層高まった。

 

 そして、EDF設立から30年後――西暦2022年。

 もはや熱狂も危機感も薄れてしまった時代に、彼らはついに姿を現したのだった。

 

――2022年7月11日 地表より約400㎞地点”熱圏” 国際宇宙ステーション 外部観測望遠レンズ――

 

「ん?」

 外部観測望遠レンズの映像を観測をしていた観測員が奇妙に思って手を止める。

 この望遠レンズは国際宇宙ステーション(I S S)に衝突する恐れのあるスペースデブリを発見するための設備であるが、そんなもの最近の高性能なレーダーならたとえ10㎝のゴミだろうと逃すことはない。

 だから何もない事を確認していつも通りの作業を終えるはずだったが、視界の端に明らかに異質な物体を捉えた。

 

「なんだありゃァ……、おいマイケル! デブリレーダーで何か拾ってないか?」

「レーダーはクリアですよ。どうしたんです?」

 

「……そんな馬鹿な。くそ、ここからじゃステーションの陰になってよく見えん。おい! 23番望遠鏡! 100倍で映し出してくれ! 貨物モジュールから85度東!」

「はい!」

 観測員の映像が切り替わる。

 

「なッ……!!」

 そこには、デブリにしてはあまりに巨大な、銀色の球体があった。

 しかもその周囲には、太陽の逆光でよく確認できないが、数百を超える小さな物体もあった。

 

「う、嘘だろ……! 本当にレーダーには何も映っていないのか!?」

「本当です! あのあたりなら完全にレーダーの範囲内なのに!!」

「なんてこった……、まさか、あいつらが”フォーリナー”だっていうのか……? 馬鹿な!? 自動警戒衛星からは何の反応も無かった筈だろ!?」

 

 超文明の遺物――南極のボストークレリックの発見及び電波受信から30年が経った。

 人々の興味が架空の異星文明フォーリナーから他所に移った今でも、突然来訪する可能性を考えて人類は数十の自動警戒衛星を打ち上げ、地球圏内に侵入する異物を探索し続けていた。

 

 それが全く機能していないという、恐ろしい事態だった。

 

「と、とにかくジョンソン宇宙センター(ヒューストン)に連絡を入れろ! 幸い俺たちは発見できたんだ!」

 

「それが……、先程から強力な電波障害が発生して、どことも通信がつながりません!!」

「なんだと!? まさか……ジャミングでも仕掛けてるっていうのか……?」

 観測員は、青ざめた様子で言った。

 

 本来宇宙からの脅威に真っ先に対応するはずの自分たちがこの様だ。

 ならばおそらく、地上のレーダー設備でも彼らを感知することは叶わないだろう。

 

「くそッ! 見えているのに……何も出来ないってのかッ!?」

 観測員はやり切れない思いをコンソールパネルにぶつける。

 

「フォーリナー……、友好的な種族であってくれよ……。でなければ人類は――」

 

 ――恒星間航行技術を持ち、人類の持つ一切のレーダーに探知されず、通信すら遮断する技術を持つ超文明が侵略を始めれば、果たして人類に抗う術は残されているのか?

 或いは、彼らが侵略者ではなく、地球に和平と交流を求めに来た友好的な存在である可能性はまだ残されている。

 

 レーダーに映らず、通信を遮断したのは意図的なものではなく、彼らが友好的である可能性――だがそれを目にした彼は、その白銀の船から無意識的に脅威を本能的に感じ、彼の中の何かが警鐘を鳴らしている事に気付いた。

 

「……いや。奴らは、そんな存在じゃない。地球が、燃えるぞ」

 別の観測員がつぶやいた。

 果たしてそれは、人類の戦いに塗れた歴史が作り上げた外敵への恐れか、或いは脅威的な存在を本能的に感じたのか……。

 

 答えは、地上の人類が証明するだろう。

 

――Earth Defense Force"military history" beginning now――



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第一話 本日の予定

 

 E D F(Earth Defense Force)

 それは、地球全土を防衛する軍隊──全地球防衛機構軍の事である。

 何から地球を防衛するのか?

 当初の対象は、フォーリナーという名の予期された地球外生命体であった。

 しかし、彼らは地球へ訪れることなく、時は何十年と過ぎ去って行った。

 これから起こるのは、その銃口を本来の相手に向ける契機となった、人類全体にとっての最後の審判である。

 

――2022年7月11日 神奈川県丹沢山 EDF第228駐屯基地(ベース228) 正門前――

 

「ほう? あれがベース228か。なかなか広いではないか」

 送迎バスの窓から外を見渡し、私はつぶやく。

 

 神奈川県秦野市から出発する無料送迎バスに揺られ、はや一時間。

 丹沢山への峠を進み、山頂への道から新しい舗装走路へ向かうと、山道の景色が突如開けた。

 

 恐らく、山を切り拓いて開拓したのだろう。

 広大な平原がそこには広がっていた。

 平原の入り口には『EDF第228駐屯基地』と書かれた物々しい警備の正門が現れた。

 

 正門を潜り、バスは地上の外来用駐車場に停まる。

 荷物を降ろし、基地の係員に挨拶と手続きを済ませ、先に到着している先輩と合流するべくEDFの車輛に乗せて頂き、基地内部へと向かう。

 

 ベース228は、外観の通りに山間部を切り拓いて建設された基地で、地上部分は一見小規模な基地に見えるが、大半の機能は地下にあると教わった。

 私を乗せた車輛は地下の車輛用通路を進み、やがて格納庫区画へとたどり着き、EDF職員の指示通りの場所へ向かう。

 そこまで歩いて、ようやく同じ警備会社の先輩を発見した。

 

「新人ってのは君か? さぁ、始めよう」

 そんな爽やかな先輩の声で、本日の仕事は始まった。

 

「えー、名前は?」

「仙崎です。仙崎誠」

 

 先輩が名簿を見ながら確認作業を行う。

 姓は仙崎、名は誠。

 性別男、歳は今年で26。

 趣味は読書と防災、好きな女性のタイプは積極性のある……おっと、そこまで聞いてないだと? 無念。

 

「はいはい。仙崎君ね。僕は中島。今日の仕事内容は聞いてる?」

「はっ! 火力演習の後、基地内見学へ向かう車輛の誘導と聞いております」

「そのとおり。じゃあさっそく行こうか。この先の空き倉庫で研修を行おう」

 

 中島、と名乗った警備員は歩を進めながら、説明を続けた。

 まだ見学までは時間の余裕があるそうで、焦ることは無いとの事だ。

 

「えーっとね、今日はここでは初の基地内見学ツアーで、お客さんもたくさん来ると思うから、車輛だけでなく迷子にも注意すること。それと、ルートは分かれているけど、基地内には戦車やコンバットフレームなどの軍用車両も通るから、移動の時も、ぶつからないように気を付けるんだよ」

「はい! 了解しました」

 

 中島先任は、やんわりとした口調で説明しながら歩く。

 なるほど、要点を押さえた簡潔で分かりやすい説明だ。称賛に値する。

 おっと、ここでは私が後輩であったな。心の中で失敬。

 

 私こと、仙崎誠はこのサワダ警備という警備会社に中途採用を頂いた新入社員である。

 以前はとある中小企業の工場で働いていたのだが、杜撰な管理体制が災いし、工場は全焼。解雇された。

 その事を面接で話すと、酷く同情されてしまい、温情の採用を頂いた次第である。

 

 結果的にそうなったとは言え、すぐさま次の職を見つけられたのは僥倖だった。

 ふっ、やはり私は幸運に違いない!

 

「こっちだよ。はぐれないよう注意して! 地下は広いからすぐに迷子になるよ!」

「承知致しました!」

 基地車輛用通路の横断歩道を中島先任が渡る。

 それほど大仰に手を振らなくとも見失いはしないのだが……とはいえ、一般人であればここで迷えばしばらく出口を探すことは困難だろう。

 そう思いながら、些か”懐かしさ”を感じる基地内を見渡す。

 それを初々しく思ったのか、中島先任はなにやら嬉しそうに笑う。 

「はは、さすがに基地の中に入ったのは初めてかい? 地下なのに大きいよねぇ」

「ええ、ここは特に。しかしいくら警備員とはいえ、民間人をこうも容易く招き入れてしまってよいのでしょうか?」

「いい質問だ」

 色々聞かれるのは好きなのか、嬉しそうに指を立てて語り出す。

「EDFは対人用の軍隊じゃないからね。軍事機密とか、他の軍隊に比べてきっと緩いんだよ。それに、やましい事を抱えてると、政治家や団体にやいのやいのと言われて予算毟り取られるしねぇ。EDFも大変だよ」

 途中で出くわしたコンバットフレームや戦車に撥ねられないように中島先任の後に続く。

 解放されたシャッターを潜ると、再び倉庫に入る。

 こっちが近道なんだよ。そうつぶやく中島先任は倉庫の中を通り抜ける。

 

「そういう理由でしたか。それで敢えて我々のような民間警備を雇っていると?」

「軍備を拡張しすぎて目くじら立てる人もいるからなぁ。平和的組織ですよーっアピールをしたいんだよ」

 壁面の棚には軍事用の機材や弾薬類が積まれている。

 勝手に入って良いものかと勘繰るが、機材を見るとだいぶ型式の古い物や、埃をかぶって劣化しているものが殆どだ。

 なるほど。

 この基地にあるのは所詮見られても構わぬ程の有象無象という訳か。

 これならば民間人だろうと積極的に公開し、民間への警戒心を下げてしまった方がより良い関係を築ける。

 

「……結局、フォーリナーなんていつまでたっても来ないし、EDFも近未来兵器製造の温床みたいになってきたしなぁ。さすがに軍拡はやりすぎだと思うけど、実際それで世界経済は良くなってきてるしねぇ」

「それはそうですね。おかげで軍需産業以外でも経済は活発に巡っているようで。我々の賃金も、10年前と比べて2倍以上だとか」

 

 近年のEDFの軍事技術は、割り当てられた軍事予算と比例して急速に進化している。

 コンバットフレームや降下翼兵、二刀装甲兵などSFの領域と思われていた兵器兵装を実現し、それらも日に日に進化し続けている。

 フォーリナーに対抗する備えという名目で、軍事産業はまるで戦時の如く売り上げを叩き出し、世界経済は空前の好景気を記録した。

 

「まぁ、それは良い事だけど。海外じゃあ随分反対派が過激になってきているって聞くし、数年前もどこか国内の駐屯地でテロ活動があったとかなかったとか……」

「……都市伝説ですね。まぁでも、国内でテロ活動が行われるようになるのも、そう遠くない未来ではないかも知れませんね。気を付けませんと」

 

 好景気の裏ではそのような物騒な問題も起こっている。

 軍拡の一途を辿るEDFに対し、平和を掲げる民間団体は猛烈な抗議を起こし、基地の周囲では日々『EDFを解体せよ!』というデモ活動が行われている。

 それ以外にも、他国軍の人員に対するEDFの強引な引き抜き、先端科学技術の独占、市場操作や軍需企業の買収、果ては他国政府への内政干渉や政治工作、あるいは非道な人体実験を行っている……などと言った根拠のない噂も後を絶たず、EDFに反感を示す人間や組織は多い。

 

 ”反EDF思想”などという言葉も生まれ、海外の武装テロリストグループなどが賛同し、団結するなど厄介な事態も起こっている。

 それらは”反EDF組織”と呼ばれ、EDF基地や大規模なEDF工廠などでテロ活動を行う他、親EDF国家への攻撃などを行っている。

 彼らを迎撃する為に、対フォーリナーの為の軍隊だったEDFが人類への攻撃を行った時は大々的に報じられ、世間の反感を大きく買ったものだ。

 厳密にはEDFは対人類用の軍隊ではないが、世界情勢はそれを許しはしなかった。

 皮肉というべきか、人類の性であると言うべきか。

 

 故に、先程中島先任は軍事機密が比較的緩いと言ったが、それは人類同士の戦争がEDFに禁じられているからではなく、単純にここが見られても問題ない程度の技術しかないからだろう。

 

「まぁ、そんな物騒な問題が日本で起こらないように、今回の基地見学ツアーもある訳だし、これを無事に成功させることが僕たちの――うわっ!」

 

 中島先任が良い感じにまとめ掛かっているのを遮って、地震が発生した。

 少々大きく感じる。体感、震度5弱程度はあると見た。

 中島先任は慌てて壁に寄りかかるが、この程度の揺れ、体幹を鍛えていればどうという事は無い。

 

「っ、仙崎君!」

 棚が揺れで大きく傾き、そのまま機材が私の頭上に降ってくる。

 当たれば命を奪われかねない重量物まで混ざっているではないか。

 直撃までは一瞬だ。

 

「――ふっ」

 だが中島先任が声を上げるより先に、私はその場を二歩動いて体を少し捻っただけで、全ての落下物の直撃を躱す。

 

「うわっ!」

 代わりに中島先任が揺れで足を掬われて尻餅をついていた。

 足腰の強化と平衡感覚が不足している。もっと鍛えるのだな。

 私は中島先任に手を差し伸べる。 

 

「中島先任。お怪我は?」

 先任は手を掴んで立ち上がる。

 

「ありがとう。大丈夫だ。いやぁみっともない。それにしても君よく避けられたねぇ」

 心底驚いた顔で私の足元を見る。

 辺りに散乱する落下物は、私がいかに隙間を縫うようにして避けたか分かる。

 ふっ、我ながら完璧な避け方だった!

 しかし重量物を棚の最上段に乗せるとは、教育がなっとらんなここの職員たちは。

 地震とは言え基地内で民間人が死傷したらどうなると思っている。まったく。

 

「ぬぁははは!! 常日頃周囲を警戒していれば容易い事よ!」

 おっと調子に乗って素が出てしまった!

 若干引いておられる! 

 

「と、とは言え危機を教えてくれた事に感謝します。中島先任――」

 と突然、何とも絶妙なタイミングで辺りの明かりが一瞬落ちた。

 やがて淡い非常灯だけが灯った。

 

「おや? 停電かぁ。非常用だけじゃ薄暗いなぁ。ライトを付けよう。君も持ってるだろ?」 

 先程の言動は何かの間違いとスルーされたのか、とにかく突然の停電にも動じる事無く中島先任は懐中電灯を点けた。

 豪胆と言うべきか、能天気というべきか。

 もちろん私は豪胆なので動揺とかしないがね!

 

「ええもちろん。しかし、EDFの基地が地震程度で停電とは」

 確かこの基地には有事に備えて発電機を幾つも用意してる筈だったが。

 そもそもこの広大な地下基地は、本来はフォーリナーの攻撃から地下に避難するためのシェルターを兼ねていると説明を受けていた。

 それがこうも容易く送電システムを絶たれるものか。

 嫌な予感がする。

 

「まあ、今してるってことはするんだろうさ。フォーリナーなんかより、自然のほうがよっぽど脅威ってことだね。……ん? 何の音だ?」

 微かにノイズ音のような何かが聞こえる。

 これは無線のノイズだ。

 

「ああ、これだ。EDFの無線機だね」

 床に落ちていたそれを中島先任が拾う。

 おそらく落下した拍子に電源が入ったのだろうか。

 中島先任が無線機を弄って耳元に当てる。

 

「先任、備品の無断使用は厳禁と聞いていますが」

「大丈夫大丈夫。誰も見てないよ」

「誰も……?」

 そういえば、妙だ。

 いくら地上で演習やイベントの準備をしているとはいえ、人が全く見えないのはおかしい。

 くっ、私とした事が、周囲の人の流れに気付きもしないとは!

 

 そんな事を考える私を矢先に、中島先任は無線を調節する。

 警備員だけあって、無線の調節はお手の物らしい。

 

《……ら……レンジャー4! …………です! 巨大生物を発…………》

 無線の声は、ノイズ交じりでよく聞き取れない。

《こ…………部! 巨大生物とは何か!?》

《昆虫です、大き…………虫です!》

《こっ…………来ます!!》

《…………から許可は出てい…………! 勝手に…………》

《仲間……食わ…………!! …………めろ! 勝手に撃…………!!》

《う、腕がっ! 助けてくれぇぇーー!!》

 それを聞いた私は反射的に無線機を奪い取って叫んだ。

 

「どうした!? 何があった! 応答するのだ!!」

 だが、返って来たのはノイズだけだった。

 

「おっと。君どうしたんだい急に……。軍人連中ってのは冗談が好きなんだ。何も真面目に取り合う事ないよ。まったくどんなことを言っているかと思いきや……巨大生物、だってさ」

 呆れた様子でヤレヤレと言った具合に両手を広げる中島先任だが、今の無線を聞いてそう感じるなら危機意識が無さすぎる。

 

「貴方は本気でそう思っているのですか!? これは明らかに非常事態です! 無線からは銃声も悲鳴も聞こえているのですよ!? 彼らは冗談でそんなことをしたりしません!」

 何かが起こっているという焦燥感と、中島先任の危機感の無さに起因する苛立ちで声を荒げてしまう。

 

「なっ、何を怒ってるんだい? そんな非常時だったら僕達にすぐ連絡が来るだろうし、だいたい何で君がそんなこと分かるって言うんだい?」

 

「それは……私がEDFの元軍人だからです!」

 言ってしまった。

 

 事実だ。私は4年前までEDFの陸軍兵士だった。

 最終階級は少尉。

 EDFの装備を奪取して事を起こした反EDF組織と戦い、そして有体に言えば戦争が嫌になって軍を辞めた。

 

 だから、私にとって元軍人というのは他人に誇れるものではない。

 そう易々と口にしないつもりだった。

 

 だが、状況は緊急で、その事態を打開するには元軍人という立場に縋るしかないと判断した。

「元軍人……」

「はい。この基地に来たことはありませんが構造はさほど違いはありません。とにかく人がいる場所に」

「あっはは! 君、面白い冗談を言うね! でも今は仕事中だからね。そんな話は後々。ほら、さっさと行こう」

 中島先任は、まるで駄々こねる子供に言い聞かせるような口調で私に取り合わず歩きだして、下りている隔壁を開けようとする。

 

「お待ちください! 停電になったという事は、基地内の施設が襲われた可能性が考えられるのです! 基地内も安全では――」

「はいはいその辺で。大丈夫大丈夫。本当に非常時ならちゃんと連絡が来るさ。そう緊張する事ないよ。この扉の奥が――」

 私を振り返って説明を始めたが、その背後に居たのは巨大な――。

 

「なッ中島先任ッ!!」

「――ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 中島先任は悲鳴を上げて、血を周囲に撒き散らした。

 喰われていた。

 見上げるほどに、巨大な蟻に。

 

「中島先任ッ! 手をッ!」

 胴体を齧られ、無意識に手を伸ばす先任の手を掴む。

「助けてぇぇええがッ、ふ……――」

 だが、どうにもならなかった。

 中島先任はその巨大な口と牙に留めを刺され、声にならない断末魔を上げて血と臓物をぶちまけた。

 

「うッ、なんという……事だ……ッ!」

 余りの惨事に、思わず後ずさる。

 右手には、中島先任の腕だけが、虚しく握られていた。

 死後硬直か。固く握られたままのその手を無理やり引きはがし、直後に私に向かって牙を振り下ろす巨大蟻の怪物の攻撃を回避する。

 

「この程度っ!」

 牙に当たった床は大きく抉られていた。生身の人間であれば致死の一撃だろう。

 

「だが甘かったな! この程度……ファーーーーッ!?」

 誰も見ていなくとも冷静を務めていたが、中島先任の開いたシャッターの先から、更に5体の怪物がこちらを目掛けて接近してくるのを発見した私は、思わず奇声を上げてしまった。

 

「だが直線的な動きなら……ぬぁにぃぃ!?」

 一直線に迫る怪物を回避する算段を立てていたが、あろうことか怪物は素早く天井に這いまわり、私を回り込むように背後に躍り出た。

 

「あの巨体だぞ!? 小癪なッ!!」

 後方から牙が迫った。

 左手へローリングを行い寸前で躱すと、頭上から牙が降ってくる。

 ローリング状態からすぐにステップを踏んで回避するも、今度は右手から死の気配。

 体勢を這うように低くすると、頭上数センチほどを必殺の牙が通り抜ける。

 

 まるで生きた心地がしない。

 行く先々で危機に塗れる事はよくあるが、これほどの修羅場はかつてあっただろうか。

 しかし。

 まだ、死ぬ訳にはいかない。

 

「あの日……、私は戦場から帰った! あの地獄を生き残らせてもらった者として! ここで! このような訳も分からず、死ぬ理由も見つけられずに、命を落とす訳には、いかんのだッ!!」

 誰が聞いている訳でもなしに、啖呵を切る。

 いやだからこそか。

 よくしゃべるようになったのは、きっと昔の反動だろう。

 内に秘めた言葉を押さえる術が分からなくなってしまった。

 それ以上に、言葉が体に与えてくれる力を、私は知ったのだ。

 

「私はッ――!?」

 転倒する。

 迂闊だった。足元には中島先任から零れ出た血と臓物の塊が。

 目の前から確定した死の気配が追い付く。

 ああ、ここまで死を覚悟したのは、本当にあの時(戦場)以来だ。そう無意識に思考が回る。

 

「――撃てぇぇーーーッ!!」

 思考を切り裂いたのは、かんしゃく玉を数十個一斉に炸裂させたような乾いた音――銃撃音だ。

 私を今にも引き裂こうとしていた牙の持ち主は銃撃に怯み、そしてその分厚く黒い甲殻に穴をあけ、倒れた。

 

「なんてデカさだ!」

「よくも民間人を! 死ね化け物め!!」

 銃を持った兵士たちが叫ぶ。

 周囲を這いまわる五体の怪物は、次々に銃撃をその身に受け、やがて全てがその巨体を地に倒した。

 倒れた怪物からは、濁った黄土色の泥水の様な体液が流れ出し、数回痙攣した後二度と動かぬ骸と化した。

 どうやら全滅させることに成功したらしい。

 

「危ない所だったな。お前だけでも間に合ってよかった。……立てるか?」

 隊長らしき人が――EDFの兵士が手を差し伸べて来た。

 何度も大声を出したであろう掠れた喉から、人を気遣う優しさと軍人らしい力強さが同居した声が響く。

 

「た、助かりました。ありがとうございます。まさに間一髪でした」

 務めて冷静さを取り繕いながら、EDF兵士の手を取り、立ち上がる。

 衣服を払いながら、どうやら私の死に場所はここではないらしいと、ひとまずの安堵を感じた。

 やはり、私にはまだ幸運が残っていたらしい。 

 

「誰だコイツ?」

 大柄な兵士が不審そうに見てくる。

 野太く厳ついが、どこかひょうきんな感じの不思議な声だ。

 

「私は、サワダ警備の仙崎誠と申します。倉庫区画の車輛誘導が仕事だったのですが、この怪物に襲われまして……」

 しかしこの蟻の怪物、いったい正体は何だろうか。

 EDFの実験動物?

 まさか、コイツが昔騒がれたフォーリナーという事もあるまい。

 フォーリナーは恒星間航行を可能とする知的生命体だったはずだ。

 とても知能があるようには見えないし、奴の外見は地球の蟻そのものだ。

 

「そうか。それは災難だったな。すまない。余りに突然の事で、本来真っ先に逃がさなければいけない民間人を一人、護れなかった。我々の落ち度だ」

 隊長らしき人が深く頭を下げた。

 階級章を見ると軍曹のようだ。

 

 彼の言葉に釣られ、”中島先任だったモノ”を一瞥する。

 知り合って、とても間もない間柄ではあった。

 私は彼の下の名前すら知らない赤の他人であったが、性格もそう悪そうには見えない優し気で気さくな良い人だった。

 きっと、悲しむ者が彼には大勢いるだろう。

 

 EDF兵士の、この軍曹殿の責任では断じて無い。

 それはきっと、彼の隣に立っていた私の――。

「……いえ、貴方のせいではありません。どうやら、他の部隊も同じような状況らしいので」

 ――目を逸らせ。思考するな。そうやって悩むのはもうたくさんだと、昔誓ったのを忘れたのか。 

 

「なに!? 他の様子がわかるのか!?」

 私の言葉に、軍曹殿が食いつく。

 

 聞くと、どうやら地下は有線、無線を問わず死んでるらしく他との連絡が全く取れないらしい。

 軍にとっては手足ならぬ目と耳を封じられているようなものだ。

 先程のは奇跡だったらしく、もう一度無線機を使って交信を試みたが、もうノイズしか拾ってくれなかった。

 

 ひとまず聞き取れた内容を一通り話してみる。

 レンジャー4は地上にいる分隊なので、どうやらあれは地上の様子だという事が分かった。

 それと引き換えという訳ではないが、軍曹殿が知ってることも教えてくれないか頼むと話してくれた。

 

 まず、地上で演習するグループではなかった軍曹達は初めから地下での訓練を行っていた。

 だが突如電波障害が発生し、地上との連絡が途絶えた。

 部下を集めてみたところ、同時にあの怪物――巨大生物も侵入していた。

 そのまま地上へと向かっていた途中なのだという。

 途中の地震は原因不明だが、停電に関してはなんと巨大生物に送電システムを破壊されたからだそうだ。

 

 状況は、私の想像よりも数段深刻そうだった。

 

「残念ながら、予定では殆どの部隊は地上で演習を行う予定だった。地下に残された戦力は少ないが、その分地上は安全のはずだ。状況確認のためにも、引き続き地上を目指すぞ!」

「「サー! イエッサー!!」」

 部下は揃って声を張り上げる。

 懐かしい空気に昔の記憶が揺さぶられる。

 

「民間人! ついてこい! 我々が護衛する!」

「しっかりコイツで護ってやるから任せとけ!」

 軍曹が先行し、大柄の男が銃を掲げる。

 

 だが、状況は良くない。

 私も自分の身は可能な限り自分で護りたい性分だ。

 

 4年前の、EDF兵士だった頃の記憶が蘇る。

 己の周囲で人が、仲間が死んでいく現実を思い出す。

 ……昔から、不幸だった。

 なのに自分だけが不幸によって起こる危機を回避する術を見つけて、いつも周囲に命の危険を押し付ける。

 

 ……お前はまた、目の前の彼らを見殺しにするのか?

 前を歩いていた、中島先任のように。

 

 否ッ!

 仮にそうであったとしても、戦う術を持ちながらただ守られるだけの存在となるなど、断じてまかり通らぬ!

 

 ならば、仙崎誠よ――

 

「あいや待たれい!!」

 

 ――今一度、銃を取れ!

 突然の声に驚いた4人が振り返る。

 

「私は、4年前までEDFの陸戦歩兵(レンジャー)でした。アサルトライフルの使い方は完璧に覚えています。銃を私に貸してください!!」

 その言葉に、軍曹は首を横に振る。

 が、開口一番誰だコイツなどと発言した大男が勝手に口を開く。

「そりゃあいい! 味方は増えるし荷物は減るし、いいこと尽くめだ! ですよね軍曹!」 

 少々色黒だし声は無駄に大きいし馬鹿そうだし名前覚えるとしたら彼が一番早いだろう。

 

「馬場! 勝手に決めるな。銃は渡せない。元EDFだろうと、今は民間人に変わりはないからな。俺たちが護衛する」

 名は馬場というらしい。

 階級章は伍長。

 伍長は軍曹のひとつ下であるからして、こやつが副官だろうか?

 だとしたら、隊長殿は苦労するだろう。

 

 などと失礼極まりない話はともかく、一度戦うと決められたからには、そう易々と引き下がる訳にはいかない。

「その程度の決まり事に従い、命を危険に晒す程私は愚かではありません。戦う力を持ちながら、他人に安全保障を委ねるのは愚策でしょう」

 悩む軍曹に、部下たちが口を開く。

 

「軍曹。彼のさっきの動き、軍人以上でしたよ。正直、僕なら死んでたと思います」

 小声で小柄な部下が耳打ちする。

 階級章は兵長か。

 兵卒の最上位とはいえ、雰囲気からして兵士になって3年程度、といったところか。

 ふっ、まだまだ青いな。 

 

「私も同感です軍曹。銃を渡したら、きっといい動きをするでしょう」

 今度は長身の兵士だ。

 階級章は……むっ、上級伍長か。

 聴き慣れないこの階級は、従来の軍隊にはなかったEDF独自のものだ。

 つまり、字面通り伍長よりも上なので、この理知的な彼が副官だろう。

 よかった、隊長殿の心労については心配いらないだろう。

 

 そんな話はさておき、どうやら部下たちは私に銃を渡すことに賛成のようだ。

「コイツに銃を持たせてやってもいいんじゃないですかい? こんな状況じゃ戦えない奴は、奴らの餌になっちまいますぜ?」

 馬場貴様、先程護ってやるとか言っておきながら何たる手のひら返し!

 しかも声がでかいから丸聞こえだ!

 

 とは言え銃貸与に賛同してくれるのは助かる。

「はぁ。仕方がない。過去に何があって除隊したのかは知らないが、今はお前を一人の兵士と認識するぞ。それでいいな」

「サー! イエッサー!!」

 私は身に馴染んだ敬礼で返す。

 

「見事な敬礼だ。では、改めて自己紹介を。俺はEDF第44レンジャー中隊所属、レンジャー8臨時指揮官の荒瀬だ」

 荒瀬軍曹が名乗りを上げたので、部下の3人も続く。

「俺は馬場。こっちのノッポが青木で、そこのちっこいのが千島だ。よろしくな、仙崎!」

 馬場と名乗った声のデカい兵士がそれぞれを紹介した。

 

「では地下格納庫から脱出し、地上を目指すぞ! 西の非常階段は崩落している。ここから一番近い、19番倉庫の直通リフトを使うぞ! 仙崎、今はコイツを使え。これから通る倉庫でアサルトライフルを渡す。いいな? しっかり着いてこい!」

「イエッサー!!」

 私は軍曹からEDF製ハンドガンを渡され、その感触を確かめる。

 

 4年前のあの時のように。

 隣にいる者を死なせて、また自分だけが生き残ってしまうかも知れない。

 そんな恐怖を、抑え込む。

 前を向け、仙崎誠。

 これから何が待ち受けて居ようとも、全身全霊を以って立ち向かうのだ。

 それがきっと、皆を見殺しにし軍を除隊した私に課せられた、唯一の贖罪なのだから。

 

――――

 

 これは、一人の不幸な男が、地球侵略という絶望的な運命に抗い続ける、英雄譚である。




あとがきのような登場人物

仙崎誠(せんざきまこと)(26)
 サワダ警備の新人警備員。
 かなり変わったしゃべり方をする変人で、実のところ上司の中島も若干引いていた。
 不幸すぎて迫りくる危機に対し超人的な回避能力を得るに至った。
 4年前にEDFを除隊した元軍人であり、過去の贖罪の為、出会った彼らを護る為、そして自身の生存の為に再び銃を手に取る。
 趣味は読書と防災。


中島(なかじま)(33)
 サワダ警備の社員で仙崎の上司。
 ゲームでお馴染みの最初の犠牲者。
 良くも悪くも一般人だが、気さくなしゃべり方をするなど印象は良い。
 かなりの能天気で、正常性バイアスの申し子。

荒瀬(あらせ)軍曹(33)
 EDF陸戦歩兵部隊 第44レンジャー中隊 レンジャー8臨時指揮官。
 実は最後まで名前に迷ったけど、放っておくと敵陣に突撃するという荒々しい戦い方をしたがるのでこの名前に。
 EDF224駐屯基地の非常事態に対応中。
 モデルは当然EDF5および6の”軍曹”

青木(あおき)上級伍長(27)    
 同、分隊員。
 荒瀬軍曹の副官を務める。
 長身で理知的なしゃべり方をする。
 ヒーローに憧れてEDFに入った実は熱い男。
 モデルは”軍曹の部下A”
 名前は頭文字から。

馬場(ばば)伍長(35)
 同、分隊員。
 年齢は軍曹を抜いて分隊一だが、問題行動が多く降格を繰り返し伍長に。
 色黒で体格が大きく力持ちだが、ボヤき癖がある。
 EDFに入ったのは年金暮らしで楽する為だとか。
 モデルはゴツい声も印象に残っているであろう”軍曹の部下B”
 
千島(ちしま)兵長(23)
 同、分隊員。
 部隊最年少で最下級、小柄で優しい分隊員。
 三年前任官し、以来228基地で軍曹に鍛えられる毎日を過ごす。
 若干ネガティブなきらいがある。
 軍隊を誇り高い仕事と祖父に教わるおじいちゃん子。
 モデルはやはりネガティブなセリフが印象に残る”軍曹の部下C”
 


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第二話 異邦人来たる

読んでくれてありがとうございます。

ちょっと注意書きを。
この小説では、side:〇〇のように表示される場所から、人物の視点が変更する描写が多々あります。
また視点が三人称になる場合はside:nonと書きます。
なんとなく方向性が固まってきたら統一するかも知れませんが、それまでは色々入り乱れるかと思います。



――2022年7月11日 第228駐屯基地 地上第一演習場

『第45レンジャー中隊第二小隊”レンジャー2”』

 side:大林浩二中尉――

 

「なんだアレは……」

 

 突然現れた幾十もの飛び去る巨大飛行物体を見て、俺は思わず火を点けたばかりの煙草を落としてしまった。

 

「中尉! 大林中尉! なんなんですか、あれ!? まさか今回の火力演習の標的はあれだって言うんじゃないでしょうね!?」

 

 部下の一人が駆け寄ってくる。

「そんなふざけた事があってたまるか! まさかこいつ等が、人類がかつて熱狂したあのフォーリナーだというのか?」

「この数……、もし攻撃されでもしたら、いくら228とは言え一瞬で滅びますぜ? どうせやるならこっちから……」

 

 別の部下がアサルトライフルを構える。

 火力演習用にその中身には実弾が装填されているが、むろん安全装置は解除されていない。

 

「やめておけ。まだ奴ら……いや彼らが敵対的である可能性は少ない。EDFが引き金を引く時は、地球を護るためであるということを忘れるな」

「サー! イエッサー!」

 

 そう口に出しつつ、心のどこかで友好的な異星生物など存在するものかと思っていた。

 しかし、まさかピンポイントでここへやって来るとは……。

 

《こちら基地司令官の興田だ! 地上展開中の各チームへ! 聞こえるか!?》

 228駐屯基地の司令官、興田准将から広域通信が入った。

 だがこの距離にしてはえらくノイズ交じりの通信だ。

 まさかあの飛行物体が関係しているのか?

 

「第45レンジャー中隊レンジャー2、多少不鮮明だが聞こえている!」

 

 同時に各チームからも応答が入る。

 

《現在、原因不明の通信障害により長距離通信及び本基地地下施設との通信が完全に途絶している。よって我々は国連安全保障理事会、日本国政府及びEDF総司令部との通信が復旧するまで、基地の警戒を任務とする。また当然の事ながら火力演習は中止とする。なお、彼らがフォーリナーであるか否かは、国連の発表をもって判断する。以上の理由により、我々からの発砲はいかなる理由があろうと認めない。繰り返す、我々からは決して攻撃するな! 以上だ! 全チーム警戒に当たれ!》

 

 興田准将からの通信は終わる。

 まったく、興田准将は相変わらず頭のカタイ人だ。

 おそらくあの飛行物体から妨害電波が発生しているというのに、通信の復旧など見込める筈がない。

 

「……やれやれ、攻撃されるまで待てという事か? 性に合わんな」

 

 重機の起動音のような音を出して、パワードスケルトンを装備した兵士が近づいてきた。

 彼らは二刀装甲兵フェンサーと呼ばれている。

 

 そのうちの一人、深みのある低音で呟いたのは、第106機械化歩兵連隊第一中隊。

 通称グリムリーパー。

 それの指揮官である岩淵大尉だ。

 

「そう言うな。部下にも言ったが、彼らが友好的である可能性はゼロじゃない」

「ふっ……、同期の仲だ、建前はやめろ。大艦隊で周辺を威圧して、妨害電波で指揮系統を混乱させる。これが友好的だと?」

 

 ……わかっている。

 さっき俺が無意識に思ったのはそういうことだ。

 

「ふん。だがあんたの言う通りだとしても、上はこっちから攻撃しろなんて言えんだろう。飽くまでEDFに許されるのは地球防衛なんだからな」

「ああ。命令には従ってやるさ。だが、黙ってやられる気も無い」

 

 そんな会話から、少なくとも岩淵は、既に戦う気だったと分かった。

 だが俺は、心の何処かでは、まだ彼らが友好的で、妨害電波は意図せず干渉してしまったもので、大艦隊はただの大規模な移民船だと、そんな結末だったら一番いいと願っていた。

 

 そんな事を思っていたら、突然上空から何かが落下してきた。

 

「何か降って来るぞ!! 身を屈めろ!!」

 

 俺は部下に叫ぶと、片膝を付いて落下の衝撃に耐える体制をとる。

 落下物は連続して高速で地表に墜落し、凄まじい揺れが周囲を襲った。

 

《今の揺れはなんだ!?》

 

 興田准将から通信が来る。

 

『こちらレンジャー4! 空から落下物が墜落しました! 第二演習場の方です!』

《こちら司令部。レンジャー4、投下された物体を確認しろ。レンジャー1、2、3小隊及びギガンテス第二小隊“ガルム”は前進してレンジャー4を援護しろ。ただしこちらから物体への攻撃は厳禁とする》

 

「了解! 各員、第二演習場でレンジャー4を援護する! 訓練じゃないぞ、続け!」

「「サー! イエッサー!!」」

 

 レンジャー達歩兵部隊、E551ギガンテスが前進する。

 

 まもなくして、レンジャー4からの通信が聞こえた。

 

《こちらレンジャー4。きょ、巨大生物です! 巨大生物を発見!》

《レンジャー4、巨大生物とは何か?》

 

《昆虫です、大きな昆虫です! ――ッ! こっちへ来ます!》

《総司令部から許可は出ていない! 勝手に攻撃するなよ!?》

 

《仲間が食われた!! やめろ! 勝手に撃つな!!》

《う、腕がっ! 助けてくれぇぇーー!!》

 

 銃声と悲鳴が聞こえた。

 くそっ、恐れていたことが!!

 

《レンジャー4! 何があった! 応答しろ!!》

《こちらレンジャー4! 巨大生物に仲間が殺されました! 駄目ですッ、交戦を開始します!! 撃て、撃てぇー!!》

 

《クソォ!! やむを得ん! 交戦を許可する! レンジャーチームへ。レンジャー4が巨大生物と交戦中だ! ただちに救援に向かえ》

 

「レンジャー2了解! 安全装置を解除しろ! 未知の敵との交戦になる、覚悟を決めろォ!」

「「サー! イエッサー!!」」

 

 俺たちは第二演習場へと駆け抜けた。

 

 

――第二演習場――

 

 

「ぐっ! 巨大生物だ! なんて数だ!! うわぁぁぁぁ!!」

「譲二が、譲二が食われたァァ!!」

「撃てぇ、撃てぇぇーー!! ぎゃぁあぁぁぁぁ!!」

 

 ……なんだあれは!?

 第二演習場で俺達を迎えたのは、地面に突き刺さる異質な塔と、その周りに大量にいる見上げるほど大きな巨大蟻と、それに襲われるレンジャー4の姿だった。

 馬鹿げた光景だが、とにかく敵が何であれ倒す他はない。

 部下を鼓舞しつつ命令を下す。

 

「交戦の許可は下りた!! EDFの勇猛さを見せる時だ!! 野郎共、かかれェェェーー!!」

「「うおおおぉぉぉぉぉ!!」」

 

「レンジャー2に後れを取るな!! 各員射撃開始!!」

 

『ガルム1より各車! これだけデカければ狙うのは簡単だ! 歩兵に当てるなよ!? 各車輛斉射! ッてぇぇ!!』

 

 レンジャー、ギガンテス隊が一斉に攻撃を始める。

 アサルトライフルの弾幕が広がり、後方から強力な戦車の徹甲弾が巨大生物を貫いた。

 

 俺達は仲間を咥えていた巨大生物に射線を集中し、一体を撃破。

 黄色い体液を噴出して倒れた。

 どうやら巨大生物は硬い甲殻に守られているようだが、アサルトライフルの連射なら甲殻を破れるようだ。

 

 勝てない相手ではない。続けて他を狙う。

 

「コイツ! デカい割に素早いぞ!?」

「甲殻も厚い! なんとか倒せるが、とても生物の耐久力じゃないぞ!?」

 同感だ。

 素早い動きで翻弄しつつ、一気に近づいてきて食い殺そうとして来る。

 

「くそ! ちょこまかと……うわああぁぁぁ!!」

「杉田ァ!!」

 部下が食われた。

 とっさに射撃を集中して巨大生物を殺すが、部下はもう無残な姿になっていた。

 

 俺の部下以外でも被害が増え始めている。

 

「くっそォ!! とにかく撃ち続けろ!! レンジャー4! 早く脱出しろ!!」

 この謎の巨大生物の殲滅も重要だが、それ以上に仲間の救出が先だ。

 俺は武器を携行式対戦車ロケットランチャーに切り替えて発射する。

 これなら確実に一体は仕留められる。 

 

「救援感謝する! だがここにいる奴らを倒しても無駄だ、あれを見ろ!」

 レンジャー4隊長は巨大な塔を指さす。

 恐らくあれが先程投下された物体なのだろうが……、ん!?

 

「塔から巨大生物が!? あの塔、中に巨大生物を収容しているのか!?」

 塔の上部が発光し、そこから巨大生物が現れた。

 

 目の前の巨大生物が突進してきたのでローリングで躱し、距離を測ってロケットランチャーを叩きこむ。

 巨大生物は爆散した。

 さすがに戦車ほどの甲殻ではないようだ。

 

《こちら基地司令部! そちらの状況はどうなっている!?》

『こちらレンジャー1結城! 現在巨大生物の群れと交戦中! 巨大生物は、空から降ってきた巨大な塔から出現しています!』

 

 部下に向かう巨大生物に対戦車ロケット砲を叩きこむ。

 だが、ロケットランチャーはこれで店仕舞いだ。

 武器をアサルトライフルに切り返る。

 

《了解した! ならば速やかに塔の破壊と巨大生物とやらの殲滅をし、こちらへ戻ってこい。出来ればその巨大生物の死骸を持ってきてくれ。直で確認したい》

『了解! まずは敵を殲滅します!』

 

 妙にうろちょろする蟻をアサルトライフルで仕留める。

 少し下がり、リロードする。

 

「中尉ッ! コイツら素早いです! そのうえすぐ回り込もうとして!!」

「まずいぞ! 奴ら戦車の方に行った!」

 

『安心しろ! いくらデカい牙を持っているからって、そう簡単に食い破れる訳が……ぐぅぅ!!』

「ガルム隊! 大丈夫か!?」

 

『無事のようだ! ただ戦車自体が軽々と横転させられてしまった! 奴ら凄い力だ! すまんが救援を寄こしてくれ! こちらも車載機銃で対処する!』

 なるほど、いくら頑丈でもひっくり返ってしまえば使い物にならない。

 乗員は助かっても戦力としては失ってしまうという訳か。

 

「了解!! 我々が行くぞ。レンジャー2、ついてこい!」

「「サー! イエッサー!!」」 

 

「ガルム隊! あの塔を砲撃で壊す事は可能か!?」

『ガルム1よりレンジャー2、了解した! 各車目標変更! 正面の塔に斉射二連! ブチ込んだら後退して巨大生物の群れを引き剥がす!』

『『イエッサー!!』』

 

「俺達も一旦後退する! レンジャー4は救出した! この場所で粘る意味はない!!」

「「イエッサー!!」」

 

「中尉!! 塔から巨大生物が出現しています!」

「なんて数だ!! あの塔のドコにこんな数が潜んでやがった!!」

 塔から出てきた数は優に10を超えている。

 だが、巨大生物は字のごとく巨大であるのに、塔自体は細長く、それほど収容体積があるとは思えない。

 

『心配するな! 今破壊してやる!! 一発たりとも外すなよ!? ってぇぇ!!』

 後方から振動と重低音が響き、高速で砲弾が塔に着弾する。

 EDF戦車小隊は4輛編成。

 一輛は横転しているから3輛×二回斉射で6発の徹甲弾が命中した。

 

 だが……。

 

「レンジャー2よりガルム1! 塔は健在! 繰り返す、塔は健在!!」

『ちっ……、各車移動開始! レンジャー2! 付いてきてくれ! 演習場西側で再度砲撃を加える! それと目標を塔上部の発光部に変える! あそこから巨大生物は出現している。構造的に弱い部分があるとすればそこしかない!!』

 

 一方こちらには生み出された巨大生物が殺到していた。

 それまでに出ていた巨大生物は粗方片付けたが、これではキリがない。

 

「くそっ、大量に来るぞ!!」

「なんて数だ! 俺達だけでどうにかなるのかよ!?」

「戦車隊が塔を破壊する。それまで撃ち続けろォォーー!!」

「「うおおおおぉぉぉぉ!! EDF!! EDF!!」」

 

 向かってくる巨大生物にEDF統一規格弾を発射する。

 アサルトライフルでは巨大生物を仕留めるのに時間がかかるが、これだけの弾幕があれば巨大生物は怯み、近づくことは出来ない。

 

「いいぞ! リロードの隙を各自カバーして、弾幕を絶やすな! 奴らの牙は脅威だが、近づかなければどうということはない!! 分かったかァ!?」

「「サー! イエッサー!!」」 

 

『こちらガルム! 砲撃を再開する! てぇぇ!!』

 再び徹甲弾が放たれた。

 だが今度は塔は上部が大きく爆発し、そのまま全体が崩壊して崩れ去った。

 

「やったぞォォォ!!」

「ざまぁ見やがれ!!」

 部下からも歓声が上がる。

 

《こちらガルム! そのまま蟻共を砲撃する! 十字砲火を形成して敵を一気に蹴散らすぞ!》

「レンジャー2了ォ解!! このまま一気に決めるぞ!!」

「「うおおおぉぉぉぉ!!」」

 

 その後は早かった。

 アサルトライフルの弾幕で巨大生物を足止めし、俺達から見て右側面から戦車砲の斉射で撃破する。

 そんな戦法で、ほぼ一方的なくらいの勢いで巨大生物を殲滅した。

 

「……終わったな。結城、司令部へ報告を頼む。俺は興田准将への手土産を選んでくる」

「了解しました。《司令部へ。こちらレンジャー1結城。巨大生物の殲滅に成功》」

 その無線を聞き流し、俺達は状態の良さそうな巨大生物を探すことにした。

 

「しかし、こうして落ち着いてみてみると本当に蟻ですね……」

「こいつらって、本当にフォーリナーなのか?」

「さあな。どう見ても知的生命体には見えないが……。中尉。アレいいんじゃないですか?」

 部下の一人が状態のいい巨大生物を発見する。

 

 ――その後、巨大生物の死骸をワイヤーで結び、戦車に牽引してもらい、演習場から基地敷地内まで移動した。

 

「これが、大きな昆虫、巨大生物か……。なんという大きさだ」

 興田准将はこの目で巨大生物を見て戦慄していた。

 いや、准将だけでなく、他の兵士やその場にいた人間すべてだ。

 

 結局、レンジャー4は10名中半数の5名が戦死。

 他の兵士は4名戦死、2名が突き飛ばされて負傷。

 戦車一輛は横転して戦車回収車でなければ戻せないので放棄したが乗員は無事なので人的損害無し。

 

 という結果に終わった。

 くそ、最初から戦車隊との十字砲火という作戦をとっていれば俺の部下も死なずに死んだかもしれない。

 だが、死人は戻らない。

 この戦訓を次に生かすしか、報いる方法は、ない。

 




あとがきのような人物紹介

大林浩二(おおばやしこうじ)中尉(37)
 第45レンジャー中隊 レンジャー2小隊指揮官。
 まずい、気付いたらノリで下の名前まで考えてしまった。
 今更だが、特に細かなプロットを練っていないので彼を今後活躍させるかは気分次第。

岩淵(いわぶち)大尉(41)
 第106機械化歩兵連隊第一中隊”グリムリーパー”指揮官。
 大林中尉の同期。
 ちなみに機械化歩兵とは現実では機甲部隊(戦車とか)に随伴する移動手段を組み込んだ歩兵であってSF世界のロボ歩兵ではない。
 が、ここはSFの世界なので機械化歩兵という単語をフェンサーとして使わせてもらいます。


興田(おきた)准将(60)
 第228駐屯基地司令官。
 大林中尉から「頭のカタイ人」との評価の司令官。



部隊編成解説

自分でも混乱しそうなんで簡単に解説します。

まずこの世界のEDFにおいては”陸戦歩兵”というカテゴリが普通の歩兵です。
レンジャーというのは飽くまで一部隊の愛称です。

軍曹チームを例に挙げると、
第一陸戦歩兵大隊
という数百人規模の大部隊がいて、

その下に
第44レンジャー中隊
があります。
隊長はだいたい中尉から大尉くらい。

中隊はレンジャー以外にも多数の愛称を持つ部隊があり、精鋭部隊であるストームチームは作中ではまだ編成されていません。

そしてその下に
レンジャー8
があります。

これは通常の軍隊では”小隊”に当たります。
隊長は少尉から中尉くらい。

その下にレンジャー81
という隊があり、これは分隊相当です。
隊長の階級は軍曹から曹長。

小隊は、複数の分隊からなっていて、
レンジャー82
だとレンジャー中隊第8小隊第2分隊
という意味になります。

……え? 荒瀬軍曹は軍曹なのにレンジャー8小隊の指揮官だった?
実は、軍曹の所属するレンジャー8は巨大生物の襲撃を受け、小隊長以下数名を失い、小隊の指揮を荒瀬軍曹が預かったのでした!

ごめんなさい!
ぶっちゃけツメが甘かったので後出し設定です!
後で編集して加筆するかもしれませんごめんなさい。

さて長くなってすみません。
ここまで読んでくれてありがとうございました。


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第三話 闇からの脱出(前編)

――2022年7月11日 関東郊外 EDF第228駐屯基地 地下格納庫――

 

 

「なんという大きさだ……」

 私は武器庫から銃と弾薬を取得し、今は巨大過ぎる物体を見ていた。 

 ちなみに幸いにしてあれから巨大生物と遭遇することは無かった。

 そして目的地へと辿り着いたのだが……。

 

「軍曹、どうです?」

「ダメのようだ。非常用の電源ではこのリフトを動かす程の電力が不足しているらしい」

「ちっくしょう! この鉄屑用のリフトが動けば、地上まで一直線だったってのによ! ちっとは役に立ちやがれってんだ!」

 馬場伍長が“鉄屑”を蹴る。

 この通り、どうやら脱出まではまだ掛かりそうだ。

 残念。

 

超大型多目的建設用人型重機(ギガンティック・アンローダー)バルガ。生で見るのは初めてだろ?」

 青木が同じくバルガを見上げながら言う。

 

「そうだな。ニュースでの映像とは迫力がまるで違う」

 ニュース。そう、この超大型重機は、日本を震撼させたある事故であまりにも有名だ。

 

――――

 

 桜獄山(おうたけやま)噴火災害救助事故。

 2020年9月23日、鹿児島県桜嶽火山が噴火。

 火砕流が残り数時間で人口密集地を直撃するとの予測が建てられたが、避難は間に合わず、大量の犠牲者が予想される緊急事態が起きた。

 

 政府の災害対策本部はなんとか火砕流の進行を遅らせられないか頭を捻らせたが、とても打開できそうな案は生まれない。

 そんな中閃いたのは、当時鹿児島で初稼働予定だったバルガを使って火山の岩盤を砕き、火砕流の進路を変えるという案だった。

 

 バルガを所有する大手建設会社は、バルガのこれ以上ないパフォーマンスになると喜び、速攻で引き受けた。

 

 超大型多目的建設用人型重機(ギガンティックアンローダー)バルガ。

 これは日本の大手ゼネコン連盟と日本政府が共同で企画している、大規模独立機能都市建造プロジェクトの一環で製造された建設重機だ。

 深刻化してきたエネルギー問題や人口過密問題を解決するため、海上都市や空中都市、地下都市や火山都市など、自然エネルギーを利用して一つの都市を独立して機能させるプロジェクトだ。

 

 それぞれ波力発電、風力発電、地下水脈を使った水力発電、マグマの地熱発電。

 そして一つの都市として隔離・独立させることで災害への対策も容易とし、住民の数を絞ることで避難もその教育も万全に行きわたらせることが目的の実験都市だった。

 

 その建造に当たり、重機を巨大化させることによって効率化を図ろうと考えて製造されたのがバルガだ。

 両腕部は必要に応じて数十のユニットに換装可能で、表層はE1合金と呼ばれる特殊合金で出来ている。

 

 極地での大規模建造をコンセプトとするバルガは、落石落盤は物ともせず、超高温の溶岩や絶対零度に近い低温まで耐えるだけでなく、強酸や化学物質、さらに放射能まで遮断する気密性を持つよう設計された。

 

 そのことから災害救助ユニットとしてもバルガは期待されていた。

 まさか初稼働が建造ではなく災害救助になるとは予想外だっただろうが、元々税金の無駄遣い云々を叫ぶ反対派の市民団体を抑える為に、最高の宣伝になりうる災害救助はバルガの責任者達にとって願ってもない事だった。

 

 バルガは数機のヘリで空輸し、火口付近に着陸。

 岩盤を砕き、同時に溢れ出した火砕流の流れを変えた。

 

 だが、それは一転して悲劇と化した。

 火砕流の流れを変える事だけを計算して砕いた岩盤は、周囲の大地に亀裂を生じさせ、バルガの重量に耐え切れず崩落した。

 

 背中の高圧ジェットによる姿勢制御は何の役にも立たず、バルガはそのまま溶岩へと飲み込まれた。

 

 溶岩にも耐えうるE1合金が仇となり、バルガのパイロット十数名は、沈みゆくバルガの中で悲鳴を上げながら、じわじわと十数時間掛けて蒸し焼きにされ、全員が死亡した。

 

 更にバルガという異物が火口に投入された事で火山活動が活発化、二次噴火を引き起こし、火砕流から護られた筈の避難民は別の火砕流によって消え去った。

 当然火口に消えたバルガの救助も試みられたが、噴火が激しすぎて近寄れず、操縦席からモニターされる操縦士の絶望的な状況だけが外部にもたらされるという、凄惨な事故となった。

 

 37時間後、ようやく遺体の回収作業が行われたが、各所に分かれた操縦席から回収するだけでも危険を極め、最も高かったもので操縦席の室温は200℃を超えていたという。

 当然遺体も見るに堪えなかった。

 

 このことがきっかけで稼働予定だった11機のバルガは、全機回収されバルガを軸に組み込んでいた大規模独立機能都市建造プロジェクトも白紙へと戻る事となった。

 

 事故自体の要因としては、

 噴火予報が遅れ、本来なら間に合うはずだった住民の避難が間に合わなかったこと。

 救助を急ぐあまり、現地の岩盤の強度とバルガの重量を計算して安全かどうか確かめなかったこと。

 搭乗員は平原の掘削作業を行う予定で、火山作業の専門家ではなかったこと。

 同じ理由で、バルガのメインシステムや機外装備が、火山作業用のものではなかったこと。

 バルガの搭乗員保護機能が十分ではなかったこと。

 それらは事前に把握することが可能だったにも関わらず、確認を怠りバルガの救助作業を許可したこと。

 

 などが大きな理由としてあげられる。

 上記の通り、バルガの機能以前の問題が大半を占めてはいるが、元々のバルガ反対派やプロジェクト反対派、事故の遺族に加え、ニュースに影響された無知な一般市民も加わり、壮絶な反バルガデモを巻き起こした。

 

 当時、火口に沈んだ1機を除く11機が製造されていたが、建設重機としては驚く程高価な上に、解体費用もまた高価である為、半ば無理やりバルガはEDFに譲渡された。

 

 ようは体のいい厄介払いに他ならない。

 EDFももちろん持て余した為、倉庫でただ場所を取る”世界一高価な鉄屑”と化してしまったのだ。

 

――――

 

「仙崎。残念だがここの大型リフトは使えない。E3区画に資材運搬用のエレベーターがある。そこを使うぞ」

「了解です。今度こそ動くとよいのですが」

 こんな事態だ。

 そう上手くゆくとは思えない。

 

「よし。隔壁のロックを解除した。……行くぞ。俺が先頭を進む。周囲を警戒しながらついてこい!」

「「イエッサー!!」」

 軍曹の部下達は勢いよく返事し、バルガの倉庫から通路へと出る。

 もちろん私もそれに続く。

 

「仙崎、遅れるなよ。生き延びたければ俺から離れるな!」

「イエッサー。出来れば奴らとはもう出会いたくありませんが」

 軍曹が先頭で、左右を青木と千島。背後を馬場が護ってくれている。

 

 背後で警戒しながら、馬場が興味ありげに話しかける。 

「なあアンタ、戦場へ出た事はあるのか?」

「一応、ある。人を撃った事もな」

 あまりいい思い出とは言えないがな。

 こちらは一度軍人を辞めた身だ。

 些かの後ろめたい気持ちと、今再び銃を握る感慨深さで言葉が固くなる。

 

 そんな気持ちを知らず、千島は尊敬したような眼差しで私に話しかける。

「へぇ。僕はありません。銃を使ったのは訓練以外だと、ついさっきが初めてです。仙崎さんは以前はどの部隊に?」

「さてな。気を悪くしないで欲しいが、あまり昔の事を話す気は無い。すまんな」

「いえっ、失礼しましたっ!」

 わざわざ足を止めて直立で敬礼をした。

 やれやれ、そうかしこまらなくてもいいのだが。

 

「すまんな仙崎。話したくない事くらいあるだろう、悪かった」

 青木も申し訳なさそうに少し頭を下げる。

 むろん、周囲への警戒も怠ってはいない。

 ふむ、優秀な兵士だ。

 

「いえ。それもあるのですが、どちらかというと軍事機密に抵触する恐れがあったので」

「へぇー、そりゃ気になるが、まァヤバそうなことに口を突っ込む気はねェよ。藪蛇は御免だぜ」

 おどけた様子で肩をすくめて、周囲を警戒する馬場。

 一見ふざけてはいるが、彼も気は抜いていないようだ。

 ……恐らく、青木と馬場の二人は紛争地帯での実戦経験があると見た。

 むろん、こちらからも深堀はせぬ方がいいだろう。

 

 とはいえ、同時期に紛争を経験しているならば自ずとどこで戦ったかくらいは見えてくる。

 ……ディラッカ事変。

 中東国家アルケニア共和国の国境都市ディラッカで起こった軍事クーデターだ。

 EDF基地守備隊や内部勢力、そして現地の反EDF勢力が絡んだ事もあって一般的にはタブー視されるのが常識であるが、個人的な事情も含めて、話すのが少々煩わしかったのも事実だ。

 

「無駄話は終わったか? 過去の事より、今はこの状況に集中しろ!」

「「サー! イエッサー!」」

 軍曹の一言により、改めて場の空気が引き締まる。

 ほう、一声で明らかに空気が変わったな。

 彼もまた、実戦経験者であろう。

 指揮官とはかくあるべき、であるな。

 

「エレベーターはこっちだ」

 軍曹が曲がり角を右に曲がる。

 しかし、どこも似たような通路で迷子になりそうだ。

 やがて目の前に閉じた隔壁が現れた。

 どうやら停電の際に非常隔壁が下りているようだ。

 

「隔壁のロックを解除する」

 軍曹が機器を操作すると、隔壁がゆっくりと上に持ち上がる。

 そして銃声と悲鳴が聞こえてきた!

 

「巨大生物だ!! 仲間が襲われてやがる!」

 馬場が叫ぶ。

 隔壁の向こう側に巨大生物がいた。

 しかも、EDF兵士が戦っている。

 

「攻撃しろ! 友軍を助けるんだ!!」

 軍曹が命令を叫ぶ。

 

「クソっ! こいつら、大群だ!」

「仲間か!? 助けてくれぇ!!」

 

 私はせわしなく動く巨大生物にEDF陸軍制式アサルトライフル、AS-18を構える。

 狙う、トリガーを引く。

 普通人間を遠くから狙って撃つ時は、トリガーを引きっぱなしだと銃が反動でブレて逆に全く当たらない。というのは常識だが、この至近距離でこんな図体をしている標的にそんな常識は通用しなかった。

 

 そして巨大生物の甲殻は強固だが、継続して射撃を行えば効果はあった。

 やがて体液を散らせて、私は一体の巨大生物を撃破した。

 

「おお! やったな仙崎! その調子です!」

 敬語交じりに千島が声を上げつつ、巨大生物を仕留める。

 その調子であと三体ほど仕留めたころだろうか。

 

 やがて、ここにいる巨大生物は全滅した。

 

「倒したか……」

 軍曹が周囲を見渡す。

 

「くそう……。突然襲われて……みんなやられた」

「助かりました。何が起こってんすか!?」

 辺りには巨大生物の死骸と、兵士の死体が散乱している。

 ……酷い有様だ。

 

「状況は不明だ。地上とも連絡が取れない。御堂がいるってことはレンジャー62か。そいつは?」

 軍曹が二人の兵士に問う。

 一人は御堂というらしい。

 知り合いか?

 

「はっ! 第41レンジャー中隊のレンジャー61、水原上等兵であります。分隊長はここに向かう途中、奴らに……」

「そうか……。御堂、6はふたりだけか? 他の部下は」

「全員死んだ……。基地の壁面がいきなり崩れて、そこから大量の巨大生物が……」

 

「そうか……。残念だ。とにかく地下から脱出するぞ。 エレベーターに向かう!」

「エレベーターは動かない。さっき確認した。ケーブルをやられたようだ」

「このルートは駄目か……戻るぞ」

 軍曹の後に続き、来た道を引き返す。

 

「エレベーターは使えない。となると……車輛用の通路がある。それを通って地上へと向かう」

 結局徒歩で基地を駆け上がるしかないようだ。

 非常階段も駄目、リフトやエレベーターも使用不可能。

 まったく冗談かと思いたくなるような状況だが、それでも私は生きている。

 やはり幸運だ!

 

「しかし、この巨大生物、一体どこから出てきたんでしょうか……?」

 千島が移動中に問いかける。

 

「まさかこの蟻共が、フォーリナーだって事ァねぇよな?」

 馬場が答える。

 

「まさか! 馬場さん、こいつら宇宙人だっていうんですか? それにフォーリナーは知的生命体だって話じゃなかったんですか?」

 千島が反論。

 

「確かに、コイツらに知性があるようにはとても見えないが……」

 青木が考え込む。

 

「同感だ。だが彼奴らに知性は無くとも、それを操っている存在が居るかもしれないとは、考えられないか?」

 私は私の考えの一つを話す。

 もっとも、知性があるという前提自体、

 ”フォーリナーが地球に来るとしたら、星間航行能力を持っているという事なので、きっと凄い科学力を持った知的生命体に違いない”という逆説的な仮説でしかないのだが。

 

「いや待てって! 自分で言っといて何だが、フォーリナーだったら、先に監視衛星が発見して地上に連絡してる筈だぜ!」

 馬場が騒ぐ。

 

「連絡出来なかったとしたら? 監視衛星やISSは既に破壊されていて、地球は既に巨大生物に埋め尽くされている……。などとは、少しネガティブ過ぎる発想だろうか?」

 最悪の可能性だが、無い訳じゃない。

 だからと言って今出来ることも無いが。

 

「はは、そんな事……。考えすぎじゃ……。ですよね軍曹」

 千島が顔を青くしながら軍曹を見る。

 故あって私は銃弾飛び交う戦場も経験しているが、彼の様な新兵にとって、この状況は過酷だろうな。

 

「……いや、正直俺も考えなかった訳じゃない。こうも無線が全く通じないのは明らかに不自然だからな。個人の見解を話せば、俺も奴らがフォーリナーである事に間違いはないと思っている。コイツは只の勘だが、存在が異質過ぎる。見た目は蟻のくせにな……」

 軍曹が自分の見解を話す。

 私も同意だ。

 

「だ、だがよォ、地球が巨大生物だらけになってる、なんてのはちょっと大げさだよなァ」

 ハハ、と引き攣った笑みを浮かべる馬場。

 

「いや、そうとも言い切れない。現にここが“鋼鉄の墓所”なんて呼ばれてるとは言え、短時間で無力化されてるんだからな」

「鋼鉄の墓所だと?」

 青木が気になることを言ったので、ついオウム返しで問いかける。

 なぜか答えたのは一言多い事に定評のある馬場だったが。

 

「あァ、誰が考えたのか知らねぇがこの基地の渾名だよ渾名。最初はどうだったのかは知らねぇが、今じゃ地下6階層まである広大な空間を利用した旧型兵器の倉庫みてぇになってんだ。おまけに最深部にはバルガときたモンだ。今日は火力演習の公開もあって普段より人も多かったけどなァ」

 

 なるほど。

 過剰生産・過剰進化の果てに取り残された兵器群の行き着く墓場、と言った所かここは。

 

「土地が広いから演習だけは向いてますけど、基地の規模の割に人員は足りてなくて。おかげで――」

 千島が話ながら、通路を曲がった先には。

 

「よし! 予想通り戦車は余っているようだ。仙崎。元EDFの兵士なんだ。当然戦車の操縦は覚えているな?」

「ふっ、当然でしょう」

 EDFは人員を絞っている分、新人教育と兵器の高性能化に予算を裂いており、各種戦闘車両の扱いは、陸戦歩兵なら当然のように扱える。

 

 更に操縦も自動化・簡易化が進んでいるのでヘリの操縦でさえ然程難度は高くない。

 そうして各員2輛の戦車に乗り込み、我々7人は地上への道を進んだ。

 

 




あとがきのような人物紹介

御堂(みどう)軍曹(26)
 第41レンジャー中隊 レンジャー62指揮官。
 荒瀬軍曹の知り合い。
 元々228基地にいた数少ない仲間。

水原(みずはら)一等兵(23)
 同、レンジャー61分隊員。
 狙撃銃を持つ、若い兵士。
 軽々しい口調でしゃべっている。
 ……はずだがまだセリフが少なく特徴が出ていない。
 
 


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第四話 闇からの脱出(後編)

――2022年7月11日 第228駐屯基地 地下設備 side:仙崎誠――

 

 我々は2輛の戦車で地下施設車両用通路を移動していた。

 移動は順調で、途中遭遇したはぐれの巨大生物数体を難なく撃破し、このままいけば後数ブロックで出口のところまで移動する事が出来ていた。

 

 ただし、それはほんの数分前までの話だった。

 

「馬場! 無茶するな! 戦車の陰に隠れるんだ!!」

 青木が身を隠しながら馬場に言う。

 

「わァーッてるッ! トドメだ喰らえッ!」

 馬場がグレネードを投げる。

 爆風や破片で3体程倒したか。

 その反撃として馬場に飛んできたのは、彼奴らの吐き出す強力な酸だった。

 

「あぶね!」

 間一髪身を隠した馬場だったが、盾となった戦車の装甲は恐ろしい勢いで溶けていった。

 

「なんてこった! 戦車の装甲がクリームみたいに溶けやがる!!」

「巨大生物が吐き出しているのは、強力な酸だ! 仙崎! アーマースーツがあってもやばいんだ! 生身のお前が当たれば一瞬で溶かされるぞ!!」

 

 青木の左腕はアーマーが黒く焦げたような跡が残っている。

 アーマーを着ていてそれなのだ。

 生身で当たっていれば腕が無くなるであろうことは想像に難くない。

 

「承知しているっ! だが銃弾のような速度ではない、見ていれば躱せる!」

 問題はここが通路上であり、躱せる範囲も少ない事だ。

 

 なので我々は、酸まみれになり只の鉄塊となり果てた戦車を盾に防戦を演じている。

 

 その戦車だが、車両用の広い通路とは言え二輛並んで走るのがやっとという広さの通路では、回避もままならない。

 

 尤も、戦車砲の威力は十分で、放たれた高速徹甲弾は巨大生物を何体も貫通する圧倒的な火力を見せつけたが、反撃となる酸のショットガンを前に成すすべもなく攻撃不能に陥り、鉄の棺桶に入ったまま全身がクリーム状になる変死を遂げる前に脱出した。

 

 そう、巨大生物は、腹部から強酸性の体液を噴出させるのだ。

 戦車という鋼鉄の兵器が登場したことでその攻撃を行ったのか、もしくは種類が違うのか判断はできないが、とにかく奴らは腹部を下向きに振り下げて、戦車の装甲も一瞬で溶かす強酸を噴出する。

 

 救いなのは予備動作が大きく、酸は放射状に飛ぶが発射数はそれ程多くないため、距離を詰めれば躱すことが出来るという事だ。

 

「くそう、出口はもうすぐそこなのに!」

 千島が一体一体巨大生物を仕留める。

 だが奴らはその死体を押しのけ、乗り越えながら無数に湧き出てくる。

 

「だああ! ここは怪物の国か! 今更だが、こんな怪物と戦うことになるとは思わなかったぜクソ野郎!」

 馬場が途中の弾薬庫で補充した弾倉をAS-18Rへ装填する。

 大型の弾倉と連射力に優れるRモデルだが、初速が遅く弾丸も小さいため、威力には劣るという話だ。

 

「まったくだ! まさか自分の基地で遭難する事になるとはな! おい馬場! 手榴弾はもうないのか?」

 青木の言うようにこの状況、まさに遭難と言って差し支えないようだった。

 この地下倉庫は災害時や有事の際のシェルターとしての機能を優先したためか、各ブロックが車両用通路でつながっており、隔壁を下げることによって各個が独立したシェルターと化す。

 

 だがそれを統括するはずの地上指令室との連絡を絶たれ、更に基地の大半の電源が消失した現在では、地下施設自体に阻まれているのと同じことだった。

 

 おまけに道中ではEDFの兵士や職員の死体を少なからず発見しており、軍曹の見解によれば地下施設の大部分の人員を失っただろうとのことだ。

 

「全部使っちまったよちくしょう! ……おいやべぇぞ! 後ろからも来やがった!!」

「御堂! 水原! 後ろを頼む! 仙崎! 戦車に隠れながら二人の援護射撃! できるか!?」

 軍曹が指示を出す。

 

「可能ですッ! 御堂、水原! この仙崎誠が援護する! 天井と背後は任されよ!!」

 巨大生物はその巨体でありながら垂直の壁どころか天井すら自由自在に行動できる。

 

「大した自信だな仙崎! 頼むからブランクを理由に後ろから撃たないでくれよ!」

 御堂が巨大生物の牙を躱し、至近のショットガン"バッファローG1"で撃破する。

 

「ぬぁはは!! 今は無き射撃勲章に誓ってあり得ぬと言っておこう!」

「えっ、今なんつった? 射撃勲章? 射撃勲章だって? やべ、エリートじゃんアンタ!」

 水原がスナイパーライフル”KFF-50D”の一撃で仕留める。

 本来狙撃が得意な彼のようだが、この中距離でKFFを使いこなして見せるとは、天晴れな男だ。

 

「エリートとは社会的に優れた役割や特殊な指導力の為に教育された一部の人間の事を指すのだが、そのことを言っているのならば私はエリートではない!」

「やべ、何言ってんのか全然わかんね!」

 ふむ、いろんな意味で天晴れな男だ!!

 

 それから十数分ほど経っただろうか。

 銃声や、巨大生物が発する形容し難い異音が収まり、静寂が訪れた。

 

「よし、荒瀬! 背後の敵は掃討完了だ! そっちはどうだ!?」

「こっちも終わった! ……よし、戦車の備品ハッチに救急医療箱があったはずだ」

 負傷者の手当てをするらしい。

 ちなみに私は無傷だ。

 生身で傷を負うことは即ち死に繋がるのでな。

 

 負傷者は荒瀬軍曹、青木、千島、御堂の四人で、

 馬場、水原は無傷だそうだ。

 

 酸は阿呆を避ける、なんて諺が生まれそうだと思った。

 私? 私はもちろん例外さ。何事にも例外はあるものだよ。

 

「くそ、この中に入っている筈なんだが、酸で歪んでしまって開きそうにない……」

 軍曹が戦車の側面にあったバールでこじ開けようとするが開かない。

 

「どれ軍曹、俺がやってやる。フンッ!!」

 馬場が力を込めると、戦車の備品ハッチがバキバキと軋みだし、そしてハッチが解放された。

 

「どォだ!」

「……ゴリラ」

「なンだとォ!!」

 ほそっと小声で漏らした水原の一言は、しっかりと届いていた。

 

 やがて治療を5分ほどで終わらせ、我々は地上へ進みだした。

 

――――

 

「――って研究も某国ではあるそうで、もしかするとあの巨大生物共は某国の生物兵器かも知れないな」

 我々は周囲を警戒しつつ、手持無沙汰を紛らわすように雑談していた。

 今のは御堂の見解のようだ。

 

「そんな馬鹿な……と、言いたいですが、フォーリナー説よりはまだ現実味があるような」

 千島はどうも巨大生物=フォーリナー説を否定したいらしい。

 常識的には、あんな巨大な蟻の姿をした生物が、わざわざ宇宙から来たとは考えにくい。

 地球産の生物をコピーしたと考えても、もっと最適な生物が存在するだろう。

 

「それはそれで恐ろしい真実だけどな。生物兵器ほど恐ろしいものは無い。実際のところはな」

 青木がやけに実感の籠った声で話すが、なにかあったのだろうか。

 

「そんな映画見たぜ。宇宙船にネズミが紛れ込む奴だ。宇宙旅行中に増えて食糧を全部食っちまう」

 ゴリ……おっと、馬場がそんな事を言うが、まさか青木が言ったのは映画の話だったらしい。

 貴様ら仲良しか。

 

「機械と違って生物は勝手に繁殖する……」

 青木が言う。

 

「えっ、まさかあの蟻、増えるんすか? 地球で?」

 水原が相変わらずIQの低そうな事を言う。

 

 その直後、振動を伴って背後の天井が突然崩れる。

 

「うわあああああ!」

 千島が余りの衝撃に倒れる。

 

「くっ!」

 私は態勢を低くし、転倒を防ぐ。

 土砂や砂煙が一瞬にして通路に充満し、視界不良を起こす。

 

「千島無事か! 危ねっ!」

 馬場が千島を無理やり引きずって起き上がらせる。

 

「天井が崩れてるぞ! 下がれ!!」

 青木が叫ぶ。

 逃げる二人に瓦礫が降り注ぐ。

 

「うわあ! 馬場伍長! 穴から巨大生物が!!」

「ちくしょう! 通路を塞ぎやがったか!! 撃てぇ!!」

 水原と御堂の二人が迎撃する。

 

「馬場、千島! 急げ! 出口は直ぐそこだ! このまま突っ走るぞ!!」

 荒瀬軍曹が叫ぶ。

 

「くそ! これだ! この奇襲に俺と水原の分隊は殆どやられたんだ!!」

「あん時超巨大生物出てきたんすっよね~! ホントたまらんっすよ~!!」

 御堂と水原が先程の状況を話す。

 

「数が多すぎる! 軍曹! 出口までどれ位ですか!?」

 青木がリロードし、私はその隙を付いて射撃する。

 

「この坂を上ったら出口だ! もう少しの辛抱だぞ!」

 軍曹が答えると、馬場が足を止めてその場にとどまる。

 

「ならアンタはとにかく突っ走って援軍を呼んで来てくれや! 殿(しんがり)は最後尾の俺と千島が引き受けてやるッ! このままじゃ全員飲み込まれますぜッ!! なっ、千島!」

「僕も巻き添えですかっ! こうなったら構いませんけど!!」

 馬場は覚悟を固めて、千島は半ば自棄になって叫ぶ。

 

「お前達……分かった! 仙崎は俺と来いッ! 青木、御堂、水原は出口で援護射撃! 二人の撤退を助けろ! いいな!?」

「「サー! イエッサー!!」」

 

「頼むぞッ! すぐ戻る!!」

 そうして私と軍曹は離脱した。

 

「悪魔めッ、地獄に帰れッ!!」

「うおォォォォォ!! 俺は不眠症なンだッ! 眠れなくなったらどうしてくれるッ!!」

 背後で二人の雄叫びが聞こえる。

 

 やがて出口に差し掛かる。

 

「軍曹! 援軍待ってます!」

「荒瀬! 手早く頼むぜ!」

「おっし! 狙撃兵の出番だおらぁー!!」

 三人は出口で援護するために残り、私達は外に――

 

「ファーー!? ぬぁんだこれはぁーー!?」

「これは……!? いや、とにかく仲間を!!」

「い、イエッサー!!」

 

 ――出たのだが、目にしたのは空を覆うような数の浮遊する船と、そこから排出される巨大生物だった。

 そして、地上では大量のEDFが戦っていた。

 

「こちらレンジャー8! そこのニクス2機! あの入口から出てくる巨大生物を撃ってくれ! それとそこのグレイプ装甲車を貸してくれ!」

『こちらイオタ4了解! イオタ5?』

『イオタ5了解! 地下からの脱出者か!? 壊滅したと聞いたが……』

 

 そんな中、私は激戦の最中亡くなった陸戦兵の持っていたロケットランチャーを手に基地入口に向かっていた。

 

「ま、待て仙崎! 何をする気だ!?」

「ぬぁはは! 先程の痴態を爆風と共に吹き飛ばそうと思いましてね!」

 私は地下入口に向かって走り、ロケットランチャーの名前を確認する。

 ”ゴリアスSカスタム”

 やはり私は幸運だ!!

 

「あ、おい後ろ! 仙崎がロケラン片手に走って来るぞ!」

「えっ、なんすか?」

「うおおおぉぉ!! 三人ともどいて貰おう!!」

 私は入口の三人を退かすと、反動が予想される為に伏せ撃ちの態勢になる。

 

「馬場、千島!! その場で伏せろ!!」

「なにぃ? って、アレはヤベェ!! 千島伏せろ!!」

「えっ、うわぁ!!」

 馬場が千島にまるでラリアットするかのように倒れる。

 

「喰らえッ!!」

 私は引き金を引いた。

 

 重い反動と共に放たれたロケット弾は通路を埋め尽くす巨大生物の中心に着弾し、直径24mを吹き飛ばした。

 目前の巨大生物は大半焼き尽くしたが、奥にまだ無数に存在している。

 

「仙崎そこをどけ!!」

 

 今度は自分の名を呼ばれたので振り返ると、戦闘装甲車M1グレイプが猛スピードで迫っていた!

 

「ぬぁぁぁ轢き殺す気ですか!?」

 

 私は間一髪回避すると、軍曹の乗ったM1グレイプはその場で180度回転し、後部ハッチを開放して二人の寸前で急停車した。

 

「二人とも乗れッ!」

「信じてましたよ軍曹!」

「巨大生物が来やがる!!」

「離脱するっ! 掴まれ!!」

 

 M1グレイプは上部の40㎜自動榴弾発射機で榴弾の爆風で壁を作り、更に後部ハッチから馬場と千島がアサルトライフルの弾幕を張りながら、またも猛スピードで斜面を駆け上がり、基地からM1グレイプは脱出した。

 その後から巨大生物の群れが一斉に飛び出す。

 

『今だ!! 撃てェェ!!』

『リボルバーカノン射撃開始ッ!!』

 だがA1ニクスの30㎜リボルバーカノンと、90㎜軽ロケット砲がその群れを瞬時に駆逐した。

 

「ふぅー、九死に一生を得たぜ。これで安全――って、なんだこりゃあ!?」

 落ち着いたと思ったところで、馬場は空が浮遊船で埋め尽くされているのと、周囲で戦闘が継続している事に気付いた。

 

「空が……どうなってんだ……」

「貴様らァ!! 無事だったか! まさか地下施設にまだ生き残りがいたとはな!!」

 M1グレイプに向かって走ってきたのは地上にいたEDFの一人だ。階級章は中尉のようだ。

 

「大林中尉! 無事で何よりです。三橋少尉はどこです?」

「三橋の奴は戦死した。それどころか44中隊の生き残りは貴様らだけだ。以後貴様らを45中隊の指揮下に加える」

 会話と階級から察するに、三橋少尉とやらは荒瀬軍曹の上官で恐らく小隊長だったようだ。

 そして、この大林中尉は新たな小隊長だ。

 

「イエッサー! しかし、この状況は一体――」

「塔だ! また塔が落ちてくるぞォォーー!!」

『戦車隊、ニクス隊射撃開始!! 歩兵隊はニクスに巨大生物を寄せ付けるな!!』

『ガルム1了解! 各車砲撃! 上部の発光部を狙い撃て!!』

『イオタ1よりオールニクス! ミサイル装備機は周囲の巨大生物を自動ロックモードで射撃! 他は塔の破壊を優先しろ!』

『レンジャー1よりストーク4、フラウンダー6へ! 右側面から挟撃してくれ! 正面は任せろ!!』

『ストーク4了解』

『フラウンダー6了解! 行くぞ血祭りだ! ウオオォォォォ!!』

『『EDF!! EDF!!』』

 

「貴様民間人か!? なぜ民間人を……いや、説明は後でいい! とにかく何が何でもここを守らねばならん! 貴様らも防衛戦に参戦しろ!!」

「「サー! イエッサー!!」」 

 

 こうして地上へ出れば助かる、という私達の希望は砕かれ、私はそのまま基地防衛線へと駆り出されることとなった。 

 




あとがきのような用語解説

▼E551ギガンテス戦車
 EDFの主力戦車。
 ゲームでは散々な性能だが本作ではさすがにまともな仕様。
 主砲120㎜滑腔砲は射程3㎞を誇り、同軸機銃と車載機関銃も装備。
 自動装填装置搭載で、乗員は車長、砲手、操縦手の三人から戦闘可能。

▼AS-18
 EDF制式採用アサルトライフル。
 簡素な構造かつ高性能で、発展型に連射機能を強化したRモデル、初速を高めて威力を増したDモデルが存在する。
 なぜAFでもPAでもないかと言うと、個人的に馴染み深いから。

▼バッファローG1
 EDF製ショットガン。
 作中では御堂が使用。
 SGより名前がかっこよかったのでこっちを採用。

▼KFF-50
 EDF製スナイパーライフル。
 作中で水原が使っていたのは威力特化型のDモデル。

▼ゴリアスSカスタム
 対戦車ロケットランチャー”ゴリアス”シリーズのスペシャルモデル。
 ゴリアスシリーズは弾頭の小型化により弾倉交換を可能にした画期的なロケットランチャーだが、
 Sカスタムでは従来通り一発使い捨ての仕様になっている。
 その分破壊力が凄まじく、その制圧力は”大規模爆風爆弾”の小型化だとも比喩される。
 フォーリナー襲来を想定して作られた”全地球防衛条約兵器”の一つ。

▼全地球防衛条約兵器
 簡単に言うと、人類に対しいかなる理由があっても使用してはいけないと条約によって禁止された兵器の事。
 ぶっちゃけ今考えた。

▼M1グレイプ装甲車
 アメリカ陸軍のストライカー装甲車をベースに、EDFの独自技術によって再設計された戦闘装甲車。
 上面武装は数種類の武装に換装することが出来、フェンサーであれば外して使用する事も可能であり、フェンサーやウイングダイバーが乗り込むことを前提とした車内は広めに作られている。


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第五話 第228駐屯基地撤退戦

――2022年7月11日 第228駐屯基地 地上設備発令所 side:non――

 

「塔の落下を確認! 6基、第二倉庫北東130m付近です!」

「塔起動まで30秒!」

「戦車隊、ニクス隊が塔に攻撃を開始!」

「塔の起動を確認! 巨大生物出現! 総数およそ100!」

 

 ここ駐屯基地の中心部たる発令所では、状況に対してのオペレートが随時行われていた。

 本来ではここから非常用の地下設備発令所まで直通エレベーターや、多数の階段や通路によるルートがあるのだが、それらは電源ケーブル切断などのアクシデントにより全て移動不可能な状態になっている。

 

 非常用の発令所が非常時に機能しないとは、何とも皮肉なことだ。

 

「塔の破壊を急がせろ! 放っておけば基地が巨大生物に埋め尽くされるぞ! 広域通信の状態はどうなっている!?」

 

 基地司令官の興田准将が女性オペレーターの一人の方を向く。

 

「再三の救援要請及び状況確認の通信をあらゆる方法で送っていますが、依然どこからも応答ありません!」

「計算結果出ました! 原因不明の通信障害は、妨害される通信の出力から逆算して、恐らく地球規模を覆っていると推察されます!!」

 

 女性オペレーターの次に通信障害について調べていた男性オペレーターが報告する。

 

「地球規模……!? 発生源は割り出せたのか!?」

「不明です。ですが、ジャミングが放射状に広がるのを前提とするなら、場所は恐らく上空約350㎞、”熱圏”付近、複数だと思われます!」

「熱圏だと!? ISSやスペースシャトルが存在する高度だぞ!? しかも人工衛星が漂うには低すぎる高度だ……どういうことだ……」

 

 頭を悩ませる興田准将だったが、分かったのは現時点で対策を取るのは不可能という事だけだった。

 

「准将! 地下設備から生存者です! 7名!」

「生存者がいたのか!! 朗報だ!」

 

 

――地上設備 第二倉庫付近

『第41レンジャー中隊第一小隊”レンジャー1”』

 side:結城実――

 

 

 僕の名前は結城実。

 一応大尉で、レンジャー1小隊及び第41レンジャー中隊の指揮官だ。

 ちょっと頼りないとよく言われるけど、そんな事は今はどうでもいいとして、状況はなんとか順調に推移していた。

 

 見たこともない、発光する巨大な塔から、幾十もの巨大生物が現れる。

 その塔上部に戦車砲が次々と炸裂し、やがてそのうち一つは爆発し、塔全体が崩れ落ちる。

 

 地上では巨大生物の群れが進撃し、全長5m程の歩行戦闘車(コンバットフレーム)”ニクス”の誘導弾や歩兵の弾幕射撃が行われている。

 

 僕達レンジャー1及び多数の歩兵部隊は、そうやって巨大生物を駆逐していた。

 

『こちらレンジャー2! レンジャー8を拾ってきた! 加勢する!!』

 無線から聞こえてくるのはレンジャー2指揮官の大林中尉の声だ。

 

「こちらレンジャー1結城! ありがたい! 右側面に回ってくれ! やたらと塔が巨大生物を出してる!」

 そうやら塔によって出してくる巨大生物の頻度が違うらしい。

 まぁこの乱戦でちゃんと見てるわけじゃないから、気のせいかも知れないけど!

 

「結城大尉ッ! 凄い数です! あの塔の何処にこんな数がッ!!」

 部下の一人がアサルトライフルを撃ちながら叫ぶ。

 

「うーん、この数どう考えても入りきらないだろうし、きっと転送装置か何かだって! そんな事より、一匹も漏らすなよ! 後ろに回り込まれたり距離を詰められたりしたら厄介だからな! ウッ!」

 そう部下に話しながらリロードしていたら、突然巨大生物が尻からなんか吐き出してきた!

 

「液体……? なんだこれは、蟻の体液か……?」

 とっさに腕で庇ったんだが、って! アーマーが溶けてる!?

 これは!

 

「さ、酸だァァーー!!」

 僕は叫んだ。

 驚きの余り!

 

「大尉! 無事ですか!?」

「僕の事はいいから撃って!! くッ、まさかコイツら進化してるのか!? とにかく近づけるな!! こいつら尻から酸を吐き出すぞ!!」

 

 その時無線が入った。

 無線の感度は相変わらず悪いものだけど。

 

『レンジャー8よりレンジャー1! 大尉! 地上で酸を吐く個体が居ないというのは本当ですか!?』

「ああ本当だったよ! さっきまではね!」

『まさか地上にも!?』

「ああそうさ! って、地下にはいたのか!?」

『第一層倉庫付近で見かけました! 報告が遅れて申し訳ありません!』

「いや、混乱してたし仕方ない! 幸いちょっとならアーマーが防いでくれるみたいだ! なんとかなるさ!」

 

 そう会話しているうちに新たに2つの塔を破壊したようだ。

 これで残りは3つ!!

 

 

――レンジャー1布陣位置より右側面 side:仙崎誠――

 

 

 塔上部が爆発し、大きく崩れ落ちる。

「はっはァやりやがった! ザマミロってんだ!!」

「これで残り二つ、ようやく終わりそうです……!」

 馬場と対照的に、疲れを見せながら千島が付いて行く。

 出現装置が無くなったことによって巨大生物の勢いも無くなり、こちらが優勢になる。

 

「よし、手の空いてるものは負傷者を下げろ! 応急処置で済むものはこの場で――」

 大林中尉が声を上げたとき、

 

《こちら発令所! 新たな落下物、4つです!!》

 

 雑音の混じる広域無線が聞こえた。

 ちなみに私にも簡易型の無線が渡され、情報共有がされる。

 更にここに来る途中、いくら何でも生身のままは危ないからと、軍曹に予備のアーマースーツとヘルメットを貸してもらった。

 お陰で見た目は警備員のそれからEDF陸戦歩兵へと様変わりしている。

 さすがに階級章の類は一切ついていないが。

 

《戦車隊、ニクス隊砲撃せよッ!!》

『こちらガルム1! 現在給弾中! 砲撃は不可能!』

『イオタチーム射撃開始! ですが我々だけでは塔の破壊に時間がかかります!!』

《塔装置起動! 巨大生物出現!!》

 

 その様相に、我々の誰もが辟易とした表情になる。

「なんてこった……! 塔を破壊してもこれじゃキリがねェじゃねぇか!!」

 と馬場、

「まさか、無限に続くんですか、これ……」

 千島、

「周囲に塔の残骸が複数ある……つまり、そういう事だ」

 青木、

「うっへー……まじやべーっすね……」

 水原、

「基地にある弾薬も無限じゃない……これじゃもたないぞ……」

 御堂がそれぞれ力なく言う。

 地下からの移動で体力を消耗し、ようやく助かったと思った地上でこんな目に遭っているのだ。

「はぁ、はぁ。これは少々、堪えるな……」

 無理もないだろうし、私とてそう思った。

 だが、部隊を預かる長としての軍曹は違った。

 

「お前達!! 何を弱気になっているッ!! 周囲を見渡せ! まだ戦っている仲間が大勢いるというのに、俺たちだけが諦めてどうする!! 思い出せ! 俺たちはたった数人で、あの地下の地獄を潜り抜けて来た!! この程度の逆境、跳ね返して見せろッ!!」

 軍曹の言葉に胸を打たれる。

 そうだ、地下での出来事は弱みではない。

 あの閉鎖空間で幾度とない奇襲を受けつつ、怪物相手に我々は生き残っているのだ!

 ならば、この広い地上にて、攻撃を躱せぬ道理はあるまい!

 弾薬や体力など、些末な心配事は放り投げてしまおう!!

 

「「うおおおぉぉぉぉぉぉ!! EDF!! EDF!!」」

 士気を持ち直した我々レンジャー8は、破竹の勢いで巨大生物を殲滅していった。

 やがて他部隊も追随し、彼我の撃破率はぐんと上がったように見えた。

 だが、終わりが見えない事実が変わった訳ではなかった。

 

『こちらガルム1! 弾薬補給完了! 砲撃を再開する!』

『こちらニクス隊イオタチーム! 誘導ミサイルを使い切った! ロケットも品切れだ!』

『歩兵の銃弾だけはたんまりある! 幸いここは基地だ! 弾薬を気にせず撃ち尽くせ!!』

『こちらレンジャー5! 我々がゴリアスで塔を砲撃する! ニクスの代わりだ!』

『撃て撃てぇーー! 塔を破壊しろ!!』

『塔破壊! 残り4基!』

《新たな落下物有り! 6つ! 第三倉庫周辺です!》

『次から次へと! 本当に怪物の国になっちまうぞ!!』

『負傷者はトラックに積み込め!! この状況だ! 建物も安全とは言えないぞ!!』

《塔の落下を確認!! 8基!!》

『なんだと……! どんどん間隔が短くなってるぞ!! このままじゃ……!!』

 

――地上施設発令所――

 

「第6陸戦歩兵大隊、損耗率4割を切りました!」

「普通なら撤退させるところだぞ! 通信復旧の目途は立たないのか!?」

「A1ニクスの弾薬、残り僅かです!」

「ニクスの配備数の少なさが仇となったか! 弾薬が切れた機体は放棄して別の兵器か生身での戦闘を行え!!」

「レンジャー5付近に塔が落下! 2名戦死、3名が負傷しました!」

「戦死者の回収をしている余裕はない! 負傷者の救助を優先するんだ!!」

「地下施設の偵察に行っていたグリムリーパー隊が帰還しました!」

 ここ数時間の中で一番の朗報だった。

 

「そうか……! 通信を繋げ!」

『第106機械化歩兵連隊第一中隊”グリムリーパー”。地下施設より帰還した』

「岩淵大尉、地下の様子はどうだった?」

『准将閣下。時間が惜しいので手短に報告します。地下施設は壊滅。残存する車輛・兵器等多数あれど、生存者なし。以上』

「そうか……了解した、地上部隊と合流し、戦闘に参加――」

 

「准将ッ!! 空から落下あり! 大量です、30以上ッ!!」

 興田准将の声を遮って、オペレーターが叫んだ。

 

「なに!?」

「衝突まで20秒! 落下位置は……このエリア一帯全て!!」

「なんということだ!! 総員対ショック姿勢!!」

 

 20秒後、連続する塔の落下によって凄まじい衝撃が発生する。

 並みの地震を超えるその揺れに、厳重に耐震補強を施した発令所さえも半壊する。

 だが恐ろしいのはこれからだ。

 

「くッ! 状況報告に戻れッ! 塔はどのくらい――なッ!?」

 4階建ての最上部に位置する発令所の窓からは、基地一帯全てを覆う数の塔が突き刺さっていた。

 もはや数える必要性すら無い程に。

 

「塔が起動しますッ!! 准将!!」

 もはや判断を迷っている暇さえ無かった。

 

「全部隊に告ぐ! 基地を放棄する! 放棄だッ!! 総員、移動可能な車両に乗って全速で基地から撤退せよッ! 東に向かうんだ、急げッ!!」

 興田准将が基地放棄の命令を下す。

 本来なら上級司令部の命令によって行う行為だが、最早その判断を下せるのは彼しかいなかった。

 

 衝撃から立ち直ったオペレーター達も機器の操作や通信を再開する。

 

「塔の装置が起動ッ! 巨大生物出現! 総数計測不能!!」

「何をやっている! お前達も早く脱出しろ!!」

「了解! 閣下も早く!」

 オペレーター達が席を立つが、准将は動かない。

 

「准将!?」

「私は行かん! 誰かが残って撤退の指揮を取らねばならんからな!」

「……ならば私が残ります! 藤田! 村山! 護衛を頼む! 閣下はここで失っていい人間ではありません!」

 叫ぶオペレーターの隣に立っていた男性職員が突然血飛沫を上げる。

 

「なんっ――ぐああぁぁぁ!!」

「まずい! 窓から巨大生物が!!」

 腹を持ち上げて強酸を浴びせる。

 たちまち電子機器や机が溶けて、アーマースーツを着ていない人間を容赦なく殺す。

 

「腕が、腕がァァ!!」

「この、クソ蟻がァァ!!」

 一人は入口にある緊急用のAS-18アサルトライフルを発射してこれを撃退する。

 

「くそ! もう脱出は不可能です!!」

「廊下からも来たぞ!!」

「遅かったか……! こうなれば仕方ない! 死ぬまで撤退戦の指揮を取る! 地獄まで付き合ってもらうぞ! お前達!!」

「サー! イエッサー!!」

 

 

――地上設備 side:仙崎誠――

 

 

 目前の巨大生物が蟻で言う”腹部”を振り下げる。

 酸が飛んでくると予想される軌道から身を反らし、寸前で酸を回避、同時に渡されていたバッファローG1の引き金を引く。撃破。

 直後、危機を感じて頭を下げる。

 直上を酸が通り過ぎ、その巨大生物に銃口を向けたときには馬場が撃破していた。

 

「仙崎! 避けろ!」

「!!」

 御堂の声がして咄嗟に身を引く。

 御堂の放ったゴリアスDが目の前を飛び去り、背後の巨大生物を爆炎に包む。

 私は炎の熱量を手でガードしながら、右から迫った蟻を仕留めた。

 

「負傷者の救助は完了した! 乗れ乗れ!!」

 軍曹が合図を出したので私と馬場と御堂は迎撃をやめ、M1グレイプ装甲車に搭乗した。

 

「よし! 千島出せ! 急げ!!」

「イエッサー!!」

 

 運転手の千島はグレイプを発進させる。

 

 M1グレイプ装甲車は、いわゆる歩兵戦闘車というカテゴリに分類される装甲車だ。

 そのコンセプトは、攻撃と防御に優れた兵員輸送システムであり、合計12名の人員が搭乗できる。

 我々の乗っているこれには、レンジャー8の7名(荒瀬軍曹、馬場、青木、千島、御堂、水原、私)の他に2名の負傷者を乗せて走っている。

  

「こちらレンジャー8! これから発令所へ救助に向かいます!!」

 軍曹が発令所に通信を送る。 

 

《救助は必要ない! 撤退を急げ!!》

「准将!?」

《司令部より撤退中の各部隊へ! 横浜へ向かえ! 通信は依然不能だが微弱な電波を何度かキャッチした! 市街地で戦闘が発生している可能性が高い!》

 准将の通信の裏では銃声が聞こえる。

 どうやら遂に発令所に敵が来たらしい。

 

 発令所に向かった我々他数台のグレイプは進路を変え、基地の金網を突き破り、森の木々のように乱立した塔を躱して全速力を出す。

 

《――道のりは長いが、そこにいけば救援部隊と合流できるはずだ!》

「うわああぁぁ! 軍曹! 巨大生物が!!」

 運転手の千島が悲鳴を上げる。

「速度を落とすな! 俺が道を開く!! 死骸に気を付けろ!」

 軍曹は上部にある20㎜ガトリングガンを発射して、前方の巨大生物を蹴散らす。

 

《――最後まで諦めず、何としても生き延びろ!》

 ノイズ音が混ざり始め、悲鳴も聞こえる。

「はぁ、はぁ、ぐ、痛ぇ……、ちくしょう……! 巨大生物め……!」

 車内では巨大生物の強酸によって膝下から全てを溶かされた兵士が痛みに呻く。

 

《――外周を戦車、その内側を歩兵戦闘車で囲み、トラックや輸送車を護衛し撤退しろ!!》

「大丈夫だ案ずるな。このまま走っていれば何れ救援部隊が来る! だから――うおっ!」

 私が怪我人を励ましている時に車体を衝撃が走った。

 巨大生物がドアを食い破ったのだ。

 

《――撤退中のッ……指揮はレンジャー1指揮官……結城大尉に任命する……!》

 負傷したのか、声が途切れ途切れになる。 

「巨大生物!?」

「このクソ共がァァァ!!」

 馬場が車体に噛り付いた巨大生物を撃ち殺す。

 

殿(しんがり)は――》

『――それは俺達が引き受ける!』

 准将の通信に割り込む声があった。

 以前よく耳にした、懐かしい声だった。

 

「コイツら! 車に追いつけるのかよ!? なんてスピードだ!!」

「千島!! 酸に当たるなよ!! 前方の敵は俺が何とかする!! とにかく東を目指すんだ!!」

 軍曹がガトリングガンで弾幕を張る。

 私や馬場は、破壊されたドアからAS-18やゴリアスで迎撃する。

 

《――岩淵大尉! 馬鹿な! いくらフェンサーとは言え、戦いながらでは車列に追いつけんぞ!》

『それで構わん。俺達の盾で助かる命があるのなら!』

 

『酸を喰らった!! タイヤにだ――うわあぁぁぁ!!』

 別の車両の通信が混ざる。

「後続がやられました!」

「追いつかれるぜ! もっとスピードを!」

「もう出ませんよ!!」

 追いつかれた後続が一台横転し、巨大生物に集られる。 

 

 

《――大尉……。分かった。殿は大尉に任せる!》

『グリムリーパー了解』

 

 車体を再び衝撃が襲う。

「くッ! 今度はなんすか!?」

 水原が叫ぶ。

 

「側面だ! 側面に取りつかれた! 機関銃では狙えん!! まずいッ!!」

 巨大生物が上面に上り、軍曹に牙を向ける。

 

「伏せていろッ!!」

 この場の誰でもない声が聞こえ、すれ違った黒色のパワードスケルトンが一瞬にして、車体に取りついた巨大生物を仕留めた。

 

「グリムリーパー!? 助かった!」

『礼はいい。俺達が盾になる。気にせず進め!』

 黒色のフェンサー達は高速で移動し、撤退中の車列の隙間を縫って後方へと飛んで行った。

 一瞬の出来事だった。

 

 我々を負っていた巨大生物は直ぐにグリムリーパーに集り、そして彼らの持つ槍のような兵器に仕留められていった。

 

《――間も無く我々……通信は途絶え……だろうが……幸運を………――》

 基地の姿が遠ざかってゆく。

 距離が開くだけ、興田准将の声は遠ざかり、やがてノイズしか発さなくなった。

 

「興田准将……」

 上から身を乗り出していた軍曹は、最早禍々しい塔しか見えなくなった基地に向かって敬礼をしていた。

 同じように我々も、最期まで基地に残った准将閣下に対し、敬礼していた。

 

 




あとがきとEDFの編成解説

ようやく第五話です。

ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。
些細な事でもいいので感想待ってます。
ですがここまでで書き溜めが終わってしまいました。
これからの更新はちょっと長くなるかもしれません……。

では自分の整理も含めて今まで出てきた部隊を振り返ってみましょう。

▼第44レンジャー中隊
・レンジャー8小隊(臨時指揮官:荒瀬軍曹)
 荒瀬軍曹の所属する小隊。
 二個分隊(11名)で編成されていたが大半が戦死。
 現在は4名で、本来の小隊長が戦死したので繰り上げで荒瀬軍曹が指揮を執っている。
 228基地には元からいる。

▼第45レンジャー中隊(指揮官:結城大尉)
・レンジャー1小隊(指揮官:結城大尉〈兼任〉)
 この中隊の指揮小隊。
 中隊本部とでも言うべき小隊だが、今回は事態が事態なだけに前線で戦っている。

・レンジャー2小隊(指揮官:大林中尉)
 火力演習目的で別駐屯地から訪れた中隊。
 レンジャー8が一時的に指揮下に入る。

・レンジャー4小隊
 巨大生物を最初に発見した小隊。
 半数が戦死した。

▼第41レンジャー中隊
・レンジャー5小隊
 ゴリアスで塔を攻撃していた。

・レンジャー6小隊
 御堂、水原が所属する小隊。
 二人以外は全滅。
 228基地に元からいる。

▼第14ストーク中隊
・ストーク4小隊
 他駐屯地からの参加組。
 名前はEDF5アサルトライフルから。
 このように登場しない武器名からチーム名を取ったりします。

▼第26フラウンダー中隊
・フラウンダー6小隊
 他駐屯地からの参加組。
 名前はEDF5のスナイパーライフルから。

▼第七戦車連隊
・第二小隊”ガルム”
 四輛編成の戦車小隊。

▼第18歩行戦闘車中隊”イオタチーム”
・A小隊(イオタ四機)
 コンバットフレーム中隊。
 中隊は全12機編成で、三個小隊(4機)から成っている。
 (マブラヴの戦術機部隊を参考にしています。ちなみに、戦術歩行戦闘機という名称を意識しつつ考えた歩行戦闘車というカテゴリですが、車輛である歩兵戦闘車と非常に似ているというややこしい名前になってしまいました……)

▼第106機械化歩兵連隊
・第一中隊”グリムリーパー”(指揮官:岩淵大尉)
 連隊規模で運用されるフェンサー部隊。
 演習に参加しているのはフェンサーの中でもエース扱いされているグリムリーパーのみ。
 別駐屯地からの参加組。


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第六話 横浜救助戦線(前編)

――2022年7月11日 山中の国道 

『第44レンジャー中隊レンジャー8』side:仙崎誠――

 

 M1グレイプ装甲車の硬いシートに揺られながら、私は無線を聞き入る。

 

『レンジャー5より1へ。周囲に敵影、確認できません』

『こちらレンジャー7。巨大生物の姿はありません』

『2よりリード。右翼方面に敵影無し』

『こちらレンジャー8。左翼方面クリア』

『レンジャー3よりリード。最後方でもクソ共の姿は見えません』

『こちらレンジャー1結城。オールクリア。ふぅ、なんとか引き離したようだな。と言っても、まだ助かった訳じゃないが。各車輛燃料計をチェック。大体でいいから航続可能距離を各自報告』

 

 それぞれが少し時間を置いた後、順に報告していく。

 

『――となるとギリギリ都市部までは後続可能だな。逆にそこからは燃料切れが相次いで行軍は不可能になる。なんとかそれまで通信が復活すればいいのだが……』

 

 ノイズ交じりだが我々が交信できるという事は、短距離通信ならば可能という事だ。

 その近くに上級司令部と連絡を取れる部隊が居ればいいのだが。

 

 軍曹に話を聞いた結果、今行軍している第228基地の生き残りは次のような所らしい。

 

 M1グレイプ装甲車 14輛

 E551ギガンテス戦車 9輛

 C1キャリバン兵員輸送車 13輛

 輸送トラック 10輛

 

 レンジャー中隊 149人

 ストーク中隊 45人

 フラウンダー中隊 119人

 

 車輛46輛、人員353名(非戦闘員・負傷者含む)

 

 あの混乱にしては多くの人員が生き残っているように思えるが、軍曹によると犠牲の大半は基地の整備兵や事務職員などの地下設備要員だそうで、軍曹の知り合いも相当数犠牲となったようだ。

 

 元々基地自体の兵力が少なかったこともあり、生き残りの大半が他基地から演習目的で集まった部隊だそうだ。

  

 そして殿を買って出たグリムリーパーは……。

 

「グリムリーパーの奴ら、結局戻ってこなかったようだな……」

 御堂が怪我人の手当てをしながら呟いた。

 まるで私の心情を読んだかのような絶妙なタイミングだ。

 

「ごほっ、知ってっか? アイツらの二つ名」

 巨大生物の強酸を浴びて、片脚を失った兵士が咽ながら答える。

 EDFのファーストエイドキットによって応急処置は済んだようだ。

 

「”死神部隊”。EDF海外派遣部隊の中でも特に歴戦で、死に場所を求めるかのように危険な任務に志願してるって話だ。ようは死にたがりなんだよ。へへっ、願いが叶って俺達もアイツらも大満足ってなァ」

 中年の兵士は、負傷して憔悴しながらも人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

「大尉、そんな言い方は――」

 青木が注意しようとしたが、私はそれ以上に我慢ならなかった。

 梶川(かしがわ)と名乗ったこの男を睨みつける。

 

「大尉殿! 殿となった彼らに対し、そのような侮辱した発言はいかがなものかと。出来れば訂正をお願いしたいのですが!」

「あん? なんだよ、マジになんなって。ちっとからかっただけじゃねぇか。つーかなんだお前、階級章はどうした? ドッグタグは?」

 梶川大尉は人を小馬鹿にしたように笑ったあと、笑いを消してこちらを見る。

 私は痛いところを付かれて、一瞬無くしましたとでも言おうかと思ったが、

 

「大尉。それについては俺から。この男は民間人ですが、元EDF軍人という事でしたので、非常時という理由で武装を貸与していました」

 軍曹が正直に答えてくれた。

 

「民間人? コイツが?」

 梶川大尉は虚を突かれたような顔をした後、

 

「がっはっは――いてて……!」

 破顔したと思ったら負傷した腹を抑えた。

 傷に響いたようだ。

 

「民間人のくせに随分といい動きしてるじゃねぇか、元軍人ってのを考えてもだ。あんた名前は?」

「仙崎です。仙崎誠」

 

「ふん、ちょっと生意気そうだが部下に欲しいぐらいだ。もし軍に戻ったら第26フラウンダー中隊に来いよ。荒くれ坊主ばっかの不良中隊だ。あんたみたいに食って掛かるぐれぇで丁度いいさ」

 

 ……どうやら厄介なのに気に入られてしまったようだ。

 とは言え、軍に戻るとしても自分で所属は希望できないので心配いらないだろう。

 ……裏から根回しされなければ。

 

「……か、考えておきます」

 

 さて、今後について改めて考えてみよう。

 今の状況を鑑みるに、広範囲でこの巨大生物とやらは猛威を振るっているとみていいだろう。

 となると最も必要とされるのは兵士だ。

 この混乱がどれほど深刻なものなのかは想像も付かないが、戦乱が長引けば徴兵制も取られる可能性が高い。

 

 ならば、このままEDFに志願するのが一番手っ取り早いだろう。

 ”あの事件”から4年。

 昔を思い出さない訳ではないが、それはトラウマとしてではなくただの記憶としてだ。

 私は問題なく戦える。

 ならば、この力を振るうことに迷いはない。

 

 改めて、そう決意した。

 

 

――――

 

 

 一時間程が経過した。

 途中燃料が切れた戦車達は、車輛を置き去りに搭乗員だけをトラックに乗せた。

 元々戦車というのは長距離走行に向かない。

 足回りも修理なしには走れないし、何より燃費が悪い。

 本来なら戦車トランスポーターという戦車専用の輸送車を使って長距離移動をするのだ。

 牽引する車輛も燃料も無かったので、戦車は放置してゆくことになった。

 

 そうして我々は移動している。

 もう宙に浮かぶ宇宙船のようなものは見えない。

 だが、山道での移動中一台の乗用車ともすれ違わず、人の気配は全くない。

 

 そして横浜都市部に近づくにしたがって、破壊された民家や車輛、そして人の死体があった。

 巨大生物の仕業に違いない。

 そして横浜市が見えると、最悪の予想が現実となっていた。

 

『こちらレンジャー1結城! 交戦中の友軍と避難中の市民を発見! 襲われてるぞ! 援護に入る! 総員戦闘準備!!』

『『サー! イエッサー!!』』

 

「ようしお前ら! 武装をチェックしろ! 弾は残ってるか?」

 荒瀬軍曹が車内で戦闘準備する仲間に声を掛ける。

 

「どさくさに紛れて倉庫から持ってきた弾薬で、なんとかなりそうだぜ!」

 馬場が怪力に任せて持ってきていた弾薬箱を見ながら笑う。

 

「負傷者はどうするんです?」

 青木が梶川を見ながら言う。

 

「荒瀬、俺達は置いてけ。ただし護衛を一名貰うぜ。仙崎! 一緒に残れ。宗原、あんたもそれでいいな」

 ニヤニヤしながら梶川大尉は俺を名指しで呼んだ。

 完全に目を付けられたらしい……。

 

「ま、それしかないでしょうね。付き合いますよ」

 片腕の皮膚を溶かされ、火傷を負っていたもう一人の負傷兵が答える。

 

「では戦場には我々だけで。可能ならばすぐ救助を呼んできます。仙崎。お前なら何とかなる。自信を持つんだ。いいな?」

「サー! イエッサー!」

「軍曹! これ以上進めません! ここで停車します!」

 千島が車を停める。

「よし、総員降車! 交戦中の部隊を援護する! 続け!!」

「「イエッサー!!」」

 

 ぞろぞろと後部から軍曹達が出てゆき、残ったのは私と梶川、それに宗原という負傷兵の3人だけになった。

 

「すまねぇな、もしかすっとこっちが貧乏くじかも知れねェ。へっへっへ」

 全く済まないと思ってない顔で言われてもどう返したものだろうか。

 

 確かに、負傷者2名と民間人1名。

 字面にすればなんと頼りない事か。

 更に、見る限り街全体が戦場となっている今、ここに巨大生物が大挙しない理由は全くない。

 1体2体ならともかく10体100体で来られてはさすがの私でも死んでしまうだろう。

 

 まあ向こうも安全である筈がないので、客観的に見て梶川の判断は妥当ではあるのだが。

 

「やれやれ。厄介なのに目ぇ付けられたな、仙崎」

「まったくだ。だが、お二方とも、何が出てきても、黙って死ぬ気は無いみたいですがね」

 宗原の言葉にそう返す。

 

 宗原は片手でも扱えるサブマシンガンを手に持ち、梶川はその場に寝転んでAS-18を構える。

 いつ巨大生物の襲撃を受けても、応戦出来るように。

 

「ぶっ放すと衝撃で腹の傷に響きやがる。なんも出てこないことを祈るぜ」 

「同感ですぜ」

 遠くで聞こえる銃撃が激しくなった。

 軍曹達が合流したのだろう。

 

「偵察が必要なら、自分が周囲を見てきますが?」

 宗原が立ち上がって銃を構える。

 確かに、周囲に巨大生物が居ないか気になるところではあるが……。

 

「……いや。人間相手ならそうしてぇトコだが、化け物共の生態が分らねェ。五感の内何で獲物を探ってんのか……、仲間を呼ぶ習性はあるのか、とかな。下手に動くよりは、ここで行儀よくしてた方が良いだろうよ。暴れ足りねェって気持ちは分かるけどなァ」

 

 まだ少し痛むのか、眉間に皺を寄せながらも梶川大尉は不敵な笑みを浮かべる。

 

「はは、大尉ほど交戦的ではありませんよ、自分は」

 宗原少尉もこれには苦笑いを浮べている。

 

 私も梶川大尉の意見には同感だ。

 巨大生物が五感の何に頼っているのか分からなければ、どの程度警戒していいかも不明だ。

 戦闘の音に引き寄せられるなら撃った時点でここにあの怪物が集まりかねないし、怪物の死体や人間の血の匂いで引き寄せられるなら、戦闘が始まった時点で終わりを迎えるだろう。

 

 その後、緊迫した静寂が訪れる。

 巨大生物が視覚に頼っていた場合、身をさらすのは危険なのでドアやハッチは全て閉鎖したが、逆に周囲の状況が全く分からない事でストレスを感じる。

 

 そんな静寂の空間は、

 

「きゃああぁぁぁ!!」

 

 近くで上がった女性の悲鳴で幕を下ろした。

 

 

──第44レンジャー中隊レンジャー8 side:千島勇斗上等兵──

 

 

 僕は軍曹の背を追い、手に持ったAS-18の安全装置を解除する。

 横浜市街地は、一言でいえば地獄の様相だった。

 

 建物や車輛は至る所が燃え上がり、路上には巨大生物に食い破られたいくつもの死体。

 EDF兵士や民間人の区別は無かった。

 そしてその無残な死体を巨大生物が無遠慮に踏み荒らし、そこから飛んだ強酸は人体や車輛を溶かし、その際に発生する化学反応の熱量が場合によっては発火し、火災を広げていく。

 

 道路はそこかしこに酸の大穴が空き、融解する際の蒸気があちこちで発生し、視界が悪い。

 酸の流れ弾に当たって溶かされた建造物が倒壊し、兵士や巨大生物や民間人を巻き込む。

 民間人を乗せた救助ヘリのローターに酸が当たり、揚力を失って墜落し、爆発炎上する。

 

 遠目からでもそんな様相が巻き起こる戦場に、足を踏み入れる。

 

 今までは、違った。

 あそこは基地だった。

 武装、非武装はともかくほぼ全員がEDFの兵士だったし、地上に出ればほぼ全員が武装して戦っていた。

 地下での犠牲者は何人か知り合いも居て悲惨だったが、ここに比べれば数は遥かに少なかった。

 

 最後の大量の塔が来るまでは彼我の戦力差も悪くはなかったし、撤退中もグリムリーパー隊のお陰で被害は最小限に抑えられた。

 

 それでも地獄だと思っていた。

 あの基地から脱出したことで、助かったと無意識に思っていた。

 もう地獄からは抜け出したと思っていた。

 そんな僕をあざ笑うかのような本当の地獄が、ここにはあった。

 

 前方の地獄から目を反らし、下を向く。

 目が合った。

 顔の半分が溶け落ち、脳みそが泡を立てて溶けていく女性の虚ろな目が見ていた。

 

「おええぇぇ……かっ、げほっ」

 死体を見て吐くのは初めてじゃない。

 基地の中で何度も吐いていた。

 少し経った頃、あの仙崎という民間人に出会う頃には、もう死体など見慣れたと思っていた。

 でも、こんな地獄は辛すぎる。

 

「千島、大丈夫か!?」

 軍曹が立ち止まると、その死体を見て顔をしかめる。

 

「すみません。大丈夫、です。行きましょう!」

 僕は口元を拭い、足を動かした。

 

「ああ! 立ち止まっている暇はない! 俺達の力で、一人でも多くの市民を助けるんだ!!」

 少し走ると、直ぐに射程圏内に巨大生物は現れた。

 

「いたぞ! 巨大生物だ!! 友軍を援護し、市民を救出しろ! 撃てぇぇ!!」

 軍曹の声で、巨大生物に狙いを絞って射撃する。

 僕――千島勇斗は、数時間たっても慣れない実戦の緊張感を吹き飛ばすような銃の反動に身を預ける。

 走りながらの射撃は、威嚇以外に何の意味も無いから控えろ――そんな風に教わったことはもはや何の意味も無くなっていた。

 

 たった数時間、それだけで僕の中の常識はことごとく壊されてしまったのだ。

 数時間、そうたった数時間だ。

 

 地上の第一演習場で行われる一般見学ありの火力演習と地下施設見学ツアー。

 ローテーションからたまたま外れていた僕達レンジャー8はいつも通りの訓練を終えて、射撃場を出ようとしたときに、突然奴らは現れた。

 

 それから、もう何日も経過しているような錯覚を感じるけど、実際のところはせいぜい半日足らずだ。

 訓練校を卒業してレンジャー8に入って一年。

 それまでに習ったいくつもの常識を壊されながらも、僕は何とか戦っていた。

 

 しかし、そんな訓練を積んでいた僕よりも、基地で出会った仙崎誠という民間人の人は凄い適応力と戦闘力を持っていた。

 何より驚いたのは、あの人は今まで一度も巨大生物の酸に被弾していないことだ。

 彼曰く「避けるのは得意」なのだそうだが、あれは訓練で培ったものなのだろうか。

 それとも、彼が退役した4年前の紛争での実戦経験が生み出した技能なのだろうか。

 

「千島、塔だ! 塔が落ちてくるぞ!! ここはやばい! 向こうの戦車の方まで退避だ!!」

 軍曹の大声で僕は意識を引き戻され、軍曹の背中を追って駆ける。

 後ろを振り向くと、さっきまでいた場所からそう遠くない場所に塔が落下して巨大生物を吐き出していた。

 

「レンジャー8こっちだ! 君達のおかげであのビルの生存者は全員救助した! ありがとう!」

 この区画の救助隊の指揮を執っていたフェンサー小隊の隊長が声を出す。

 ここは既に巨大生物が四方八方から襲い掛かって来るが、その中でより多くの市民を救出するべく、輸送ヘリを大量に投入して救助活動を行っていた。

 

 だが、犠牲者も多い。

 そこかしこで市民が犠牲になり、無残な姿で打ち捨てられている。

 

「塔から巨大生物が来るぞ!! 迎撃しろ!!」

 軍曹の命令に、僕達はフェンサー小隊と共に再び弾幕を張る。

 

《こち……作戦指……応答……》

「はっ!? 今のは!?」

 無線から、ノイズ混ざりに何かが聞こえた。

 

《こちら、EDF極東方面第11軍、作戦指令本部! 横浜戦線の部隊へ! 誰か応答せよ!!》

 

 混ざっていたノイズは急速に消え、今まで不通だった広域通信が復活した瞬間だった。

 




適当な人物紹介

梶川隆(かしがわりゅう)(38)
 第26フラウンダー中隊指揮官、大尉。
 先の戦いで負傷し、左脚を膝下から失っている。
 応急処置は済んだようで、命に別状はない。
 ”不良中隊”と言われる荒くれ者を率いているだけあってそれなりの性格をしている。
 
宗原和也(むねはらかずや)(27)
 第26フラウンダー中隊フラウンダー4小隊副指揮官、少尉。
 負傷して左腕の皮膚を溶かされている。
 こちらも応急処置は済んでいる。
 EDFの高度な医療技術によってなんとかショック死を免れているが、早めの搬送が望まれる。


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第七話 横浜救助戦線(中編)

──2022年7月11日 前回より少し前 横浜市街地 side:non――

 

 横浜市街地の激戦区に、軍曹達6名を含む、228基地からの撤退組が合流した。

『こちら、レンジャー1結城! 以下約2個中隊の戦力で援護します! そちらの指揮官は?』

 

『第11陸戦歩兵大隊の伊勢原だ。こちらは現在市街地での人命救助作戦中だ! 残念だが人手も輸送ヘリも全く足りてない! 援護に感謝する! だが、そんな戦力何処から……?』

 

『第228駐屯基地から、我々は撤退してきました。詳しい話は後でしますが、我々も多くの負傷者を抱えています』

 

『228、そうか、火力演習で部隊が集結していたな。ならば状況は相変わらず厳しいままか……。だが希望はある。徐々にだが電波妨害が薄くなってきている。横須賀の作戦指令本部とも少しづつ通信が回復している。諦めるにはまだ早いからな!』

 

『イエッサー! 一時的に指揮下に入り、戦線の維持に努めます!』

『頼んだぞ! 228!』

 

 第11陸戦歩兵大隊は、多数の戦車連隊や攻撃ヘリ中隊と共に横浜市街地で激戦を繰り広げていた。

 攻撃ヘリは高度を取ればほぼ酸は届かず、一方的な攻撃が出来たが、酸の飛距離には個体差があるらしく、たまに数発が飛んできて被弾する事もあった。

 だが基本反撃を受けない空からの援護のお陰で、敵の圧倒的な物量に対して、数の上では比較的多くの住民を救助出来ていた。

 ただし数の上では、と言ったのは現場の状況が余りにも悲惨だからだ。

 強酸で体を溶かされ、巨大な顎で無残に噛み砕かれた無辜の住民の死体は、多くの住民を救っているという事実以上に兵士の心を蝕んでいた。

 それでも彼らは戦うことを止めはしない。

 

 なぜなら、EDFは敵に後ろを見せないからだ。

 

 

──グレイプ装甲車 車内 side:仙崎誠──

 

 

「きゃあああ!!」

 悲鳴が聞こえた。

 外からだ、かなり近い!

 

「梶川大尉!?」

「仕方ねェ! 助けてこい! 可能なら俺も援護してやる!」

 私と宗原少尉は梶川大尉の許可を取り、直ぐに車内を飛び出す。

 巨大生物が相手なのだ、悲鳴が聞こえた時点でもう手遅れかも知れない。

 下手に巨大生物と接触すれば、こちらの危険は確実だろう。

 それでも、この体が動くのを止められるものか!

 

「仙崎! あそこだ!」

「ママ! ママぁ! いやぁぁぁぁ!!」

「そん……な……!」

 母親だったのだろう。

 今まさにその人は、巨大生物の牙に咥え上げられ、そして咀嚼されていた。

 駄目だ、遅かった、間違いなく死んでいる。

 

 そしてその傍らには、家族だろうか。

 悲鳴を上げる中学生くらいの少女と、ショックでへたり込む女子高生、そして父親と思わしき男性が2人を庇うように両手で覆っていた。

  

 その周囲には、巨大生物。

 三体だ。

 

 たった三体、しかしこちらは片腕と私、そして3人の民間人。

 状況は悪い、だが!

 

「こっちだクソ虫共!!」

 宗原がサブマシンガンを片手で連射。

 巨大生物の硬い甲殻に弾かれ、ダメージは通らないが、挑発にはなったようだ。

 2体の巨大生物が向かってくる。

 

「仙崎行け! 早く!!」

 彼は片手が使えない上、武器も貧弱だ。

 本来なら巨大生物2体も相手に出来ない。

 だが、この状況ではこうするしか!

 

「この怪物め...! うわああぁぁ!!」

 父親が腕を噛まれ、空中に持ち上げら振り回される。

 

「小癪なッ!!」

 私は銃を構える、だが撃てない!

 この位置からだと、彼に当たってしまう!!

 

「お父さん!」

「パパ!!」

 2人の悲鳴が聞こえる。

 私は走り、2人の保護を優先した。

 

「2人とも!! 彼は私が! あのコンビニまで走るんだ!! 急げ!!」

 私は2人に駆け寄った。

 怯える少女2人に無茶だが、今はこうするしかない。

 少女2人は涙で顔を濡らしながらも無言で頷き、姉が妹の手を引くように走り出した。

 

 巨大生物に振り回される父親に銃弾が当たらないよう、私は側面に回り込み、射撃。

 巨大生物が被弾に悲鳴を上げ、腕を噛みちぎる。

 

 父親はその衝撃で空中に投げ出され、受け身も取れぬまま地面に叩き付けられた。

 巨大生物にそのまま追撃を加えつつ、父親の様子を見る。

 

 動きがある。

 まだ生きている、生きているが早く応急処置を施さなければ長くは持たない。

 

 そんな中、宗原少尉が相手取っていた巨大生物のうち一体が私に向かって酸を飛ばしてきた。

 私は咄嗟に回避する。

 宗原少尉がやられたのかと思ったが、サブマシンガンの銃声はまだ聞こえる。

 彼は現在だ。

 

 巨大生物が向かってくるが、二体も仕留めている暇はない。

 私は危険だが、銃で2体を牽制しながら父親の元へ駆け寄った。

 

「う、うぅ……」

 父親は腕を肩から食い破られ、失血死の危険があった。

 衝撃で両足も骨折している。

 だがまだ助かる!

 私はEDFが開発した鎮痛治癒剤――体内にナノマシンを注入し、鎮痛作用と自然治癒力を高める注射を首元に打った。

 

「意識をしっかり! 大丈夫、貴方は助かります!」

 本来ならもう少し落ち着いてから移動したいが、そんな事をしていたらあっという間に巨大生物の餌食だ。

 私は男性を担ぎながら巨大生物を迎撃した。

 

「む、娘は……」

 男性は意識を朦朧とさせながら娘2人の事を案じていた。

 

「無事です! EDFの誇りにかけて、貴方達は必ず──」

 道を塞ぐように前方に回り込んだ巨大生物が尻を振り上げているのが見えた。

 私は咄嗟に男性を突き放し、回避しようとした──間に合わない。

 

「ぐああぁぁ!!」

 酸が直撃した。

 アーマースーツの上からだが、体が焼けるように熱い。

 意識が一瞬飛び、気が付くと地面に倒れていた。

 

 銃は無事だ。

 私は考える前に目の前に銃を連射し、巨大生物を仕留めた。

 

「く……」

 アーマーは溶け切り、皮膚も表面が酸によって少し火傷しているが、致命傷ではない。

 ただ、これで胸や腹の大部分のアーマーが溶けてしまったので次同じ場所に被弾したら死は確実だ。

 

「きゃあぁぁ!!」

「や、やめろ!! 詩織、茉奈ぁぁ!!」

 父親の叫びで二人を見る。

 巨大生物が迫っていた。

 先程母親を殺した個体だ!

 

「させるものかぁぁぁーーー!!」

 私はリロードし、巨大生物を狙い撃つ。

 奇怪な鳴き声を上げて、巨大生物は倒れた。

 後は宗原少尉が相手してる一体のみ! 

 

「宗原少尉は……?」

 姿が見えない。

 

『仙崎……、聞こえるか……!』

 声は、通信で来た。

 

「宗原少尉!! 今どこに」

 

『建物を盾に何とか頑張ってたんだが、ちっとミスってなぁ……。しかもヤバい、こっちに大量に巨大生物が向かってる。もうすぐ……ごふっ』

 吐血の音。

 声が聞き取りづらいのは、通信状態のせいじゃない。

 

「こっちはクリアです! すぐ助けに」

『来んな……。俺はもう助からん。いいから、早く逃げろ……、巨大生物に囲まれるぞ……。行ってくれよ、頼む……』

 声が、途絶えかける。

 

「了、解ッ……! 三人は、必ず護って見せます!」

『幸運……を…………』

 

 

――side:宗原――

 

 

 この状態でここまで粘れたのは、我ながら本当に頑張ったと思う。

 

 片手でも扱える武器として持って行ったのは、EDFには珍しい旧式のサブマシンガンだ。

 左腕は皮膚と肘の関節を焼かれ、今は包帯と三角巾で首に下げていて、ろくに動かない。

 邪魔なので切り落とそうとでも冗談交じりに思ったくらいだ。

 

 当然の事ながら、このサブマシンガンは巨大生物には有効ではなかった。

 出来るだけ目玉や口など弱そうな部分を狙ったのだが、ダメージは通っているようには見えない。

 ただ、挑発くらいにはなるようで、最初は巨大生物二体を引き付けることに成功した。

 

 足は問題なく動くので、放物線上に飛ぶ酸のショットガンをなんとか躱しながら、死んでくれないかという願いを込めて射撃した。

 走り、転がり、建物を盾にしながら大立ち回りを演じていたが、気が付くと巨大生物が一体去っていた。

 

 そして、そのことに一瞬気を取られてしまった俺は、吊られた左腕に再び酸を喰らった。

 腕は一瞬で溶け落ちる。

 

 既に感覚が死んでいたと思っていた腕に再び激痛が走り、逆に盾になって良かったと妙なことを考えた。

 痛みに呻く俺に酸の追撃。

 

 大半はアーマーが防いでくれたが、破損個所から酸が入り、今度は脇腹が溶けだした。

 至近距離で喰らった勢いで、俺はビルに打ち付けられ、そして死を悟った。

 

 おまけに、そんな俺の死体の肉を漁りに来たのか、建物のわきから次々と巨大生物が集まってきた。

 俺は口から血を零しながら仙崎に無線を送り、たまたま転がっていたAS-18を体全体で抱え込むように支え、まともに動かない指全体で引き金を引いた。

 

 AS-18なら集中射撃を継続すれば、一体の巨大生物なんてそう苦労せずに倒せる。

 しかし、満身創痍の体で抱え込んで撃っているので、重心がブレてまともに当たらない。

 巨大生物を寄せ付けないだけのその攻撃では倒せず、結局弾が切れてしまった。

 

 ああ、終わりだ。

 そう思ったが、まだ手はあった、忘れていた。

 

 HG-01A、EDF制式ハンドグレネード。

 先の228基地戦ではまともに食らわせれば一体くらいは確殺できる事は分かっている。

 

 もう抵抗しないと悟ったのか、ゆっくり歩み寄り、その肉を喰らおうと牙が迫る。

 

「ここまで一緒に踊ったんだ……。あの世まで付いてきてくれよな……!!」

 俺はそういったつもりだが、血が零れまくって多分言葉にならなかったと思う。

 

 喰われる寸前、そして俺が意識を失う寸前、俺はグロテスクな大口にピンを抜いた手榴弾を放り込んだ。

 

 

――side:仙崎誠――

 

 

「向こうにに車輛があります! 急いで!!」

 父親に肩を貸しつつ、引きずるような形で走る。

 先行して走るのは二人の少女。

 

 そしてその後ろからは巨大生物、10体以上の大群が迫っていた。

 

「くそ……、一気に出てくるなど!!」

 思わず悪態をつく。

 これでは、例え車輛にたどり着いたとしてもそれだけでは助からない。

 

「こちら仙崎!! 誰か、荒瀬軍曹! 梶川大尉! 大量の巨大生物が――くっそぉ!!」

 ヘルメットに内蔵されている筈の無線機は、反応がない――壊れていた。

 頭に酸を喰らっていながら死んでない、幸運だ!

 とは言え、状況は全く持って変わっていない。

 

「ひっ! お姉ちゃ――」

「茉奈っ!! きゃああぁーーー!!」

 詩織――姉の方が妹を突き飛ばし、降ってきた酸を喰らって倒れていた。

 右膝から下が無くなっている。

 

「お姉ちゃん! いやあぁ! 死なないで!!」

 巨大生物が茉奈君に狙いを定める。

 

「上か!? おのれ!!」

 私は建物の壁面に張り付いていた巨大生物を攻撃する。

 

「詩織!? そんな、詩織ぃぃ!!」

 父親の悲痛な叫びが響く。

 

「茉奈君足を止めるな!! 彼女まだ助かる!! お姉さんを引きずって行くんだ! 頼む!!」

 茉奈君――妹の方に呼びかける。

 本来なら一刻も早く鎮痛治癒剤を打ち込むべきだが、巨大生物の追手がそれを許さない。

 ……上の巨大生物に気付かなかったのは私の落ち度だ。

 自分の不注意を責めつつも、今は生き残り、生き残らせる事だけに専念する。

 それが今出来る、最大の行為なのだ。

 

「頼む! 俺を置いていけ! 娘たち二人だけでも助かるのなら!!」

「ぬぅはは!! この私にお前を見捨てろと!? ありえん!! 何としてでも全員で帰還するのだ! 娘達をこれ以上悲しませるな!!」

 だから私は、せめて不敵な笑みで絶望に抗い、そして周囲の者も抗わせる事を選んだ。

 

「それは――」

「くっ! そうは言っても、このザマか!!」

 巨大生物が追い付いてきた。

 それなりに距離があったのに、なんという足の速さだ!

 

「近づかせるかッ!!」

 この数相手では牽制程度にしかならない銃撃をバラまく。

 

 しかし、牽制の為に銃撃を避けて回り込んだ巨大生物は、私ではなく少女二人に襲い掛かろうとする。

 二人を援護する。

 父親に酸が飛ぶ。

 父親を無理やり引っ張ってかばったが、今度は背に酸を喰らった。

 同時に銃が溶けた!

 我々と二人が酸の一斉射撃の射程に入る。

 

「こっちだ虫ケラァァァ!!」

 

 微かに聞こえる怒声と、それをかき消す銃撃の雨が無差別に無理注いだ。

 

「皆、伏せるんだ!!」

 恐らく、梶川大尉が建物越しに無差別に銃撃している。

 この威力と連射速度……、恐らく上部の車載20mmガトリング砲だ。

 

 攻撃ヘリの先端についているのと同型のそれは、一発でビルの壁面など貫通し、舗装されたアスファルトをも穿つ程の威力を持っている。

 

 生身で直撃すれば一撃で大穴が空き、巨大生物といえど只では済まされない威力だ。

 

 恐らく巨大生物の集まり具合と私らの帰還が無い事から危機を察したのだろうが、これでは我々も死の危険がある!

 

「だが、助かった! 詩織君!」

 私は二人の姉妹に合流して、持ってきた最後の一本である鎮痛治癒剤を打ち込み、怪我の具合を見る。

 生身で脚に直撃したので、膝下は完全に無くなっていた。

 酸によって焼け爛れているので出血こそないが、気を失うのが普通な状態で、姉は意識を保っていた。

 

「うぅ……、妹、は……」

「私は無事だよ! お姉ちゃん!」

 妹の無事を知ると、姉は安堵に顔を少し和らげた。

 

「まったく本当に大した精神力だ! では詩織君、茉奈君、ええと」

「村井、修一です」

「では修一さん! 今のうちに!」

 

 巨大生物はガトリング砲の銃撃に引き寄せられた。

 大きな音に反応しているのか、脅威度判定の高い方から優先しているのか、単に興味があるだけなのか、ほとんどの巨大生物はそちらに流れた。

 

 その隙をついて我々は走った。

 だがそれでも数体はこちらを喰らおうと迫ってくる。

 

「尻を振り下げたら、なりふり構わず動くんだ! 直撃だけは何としても躱すのだ!! 私がいる!! 死の絶望に、飲まれるな!!」

 我ながら無茶を言ったが、こうするしかない。

 

 酸が飛んでくる。

 私は茉奈君の頭を無理やり下げて転ばしたり、修一さんを力任せにぶん投げたり、詩織君に体当たりをして突き飛ばしたり、なりふり構わず、数体の巨大生物を相手にしていた。

 そのうち、自分の中の何かが覚醒したのか、最早完全に酸弾の軌道が予想できるようになっていた。

 元から何かを回避する事は得意ではあったが、他人に当たりそうなものまでよく見えるようになった。

 

 しかし、だからだろうか。

 巨大生物以外の脅威に、私は完全に気付かなかった。

 

「おじちゃん!! 避けてぇぇー!!」

 茉奈君の声だ。

 巨大生物の牙を躱し、受け身も取れず倒れた私に、横転しながら転がる自動車が迫っていた。

 恐らく巨大生物の強靭な顎で弾かれたのだろう。

 

「なんとッ!!」

 全力を挙げて、寸前で躱す。

 茉奈君の声が無かったら間に合わなかっただろう。

 

 しかし、態勢を崩してしまった私に今度は巨大生物の牙が迫る。

 

 その窮地を救ったのはなんと、巨大生物の酸で炎上し、その上数匹の巨大生物に噛みつかれながら疾走するグレイプ装甲車だった。

 それは、直撃寸前だった巨大生物に、火花を散らしてぶち当たった。

 

「だらァァーー!!」

 奇声を発し、上部車載機関砲から飛び出した梶川大尉はそのまま地面に墜落し、燃料に引火したのか、直後装甲車は爆発した。

 

「大尉! なんという無茶を!」

「うるせェ弾切れだったんだよ! アクセルに空の弾倉敷き詰めて走らせたが、いいタイミングで虫共が来てなァ! いやァヤバかったぜ」

「今もやばいのですが!!」

 

 武装は無くなった。

 周囲は完全に巨大生物に囲まれ、今度こそ絶体絶命だった。

 




▼伊勢原少佐(57)
第11陸戦歩兵大隊・指揮官。
500人ほどの陸戦歩兵をまとめ上げている。
極東方面軍司令本部基地の部隊で、事件初期に極東本部から直接横浜に向かい、住民の救助に当たっている。
ちょっとふくよかな体をしていて「歳には勝てんという事か……」と嘆いている。

▼村井修一(49)
横浜市の住民その1
妻と二人の娘の4人家族だったが、妻を目の前で失ってしまう。
人当たりが良いが、会社の営業職では顧客の事を考えすぎるせいでそこそこの成績で収まっている。
娘とはあまり話さないが、連休には休みを取って、家族で旅行したり家庭でも良き父で通っている。

▼村井詩織(17)
横浜市の住民その2
横浜市内の高校へ通う女子高生。
成績は中の下と言ったものだが、スポーツが得意。
女子バスケ部では好成績を残していたのだが、それゆえ片足を失ったことは彼女にとってはショックだったはず。
 
▼村井茉奈(14)
横浜市の住民その3
横浜市内の中学校へ通う学生。
詩織は少々トゲのある性格で、母親や父親とたまに喧嘩していたが、茉奈はその分温和で、よく喧嘩の仲裁をするほどだった。
父親に似た人当たりの良さでクラスの人気者を誇る。


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第八話 横浜救助戦線(後編)

――2022年7月11日 第44レンジャー中隊臨時指揮下 レンジャー8 side:荒瀬徹軍曹――

 

 

《こちら、極東方面軍司令基地、作戦指令本部! 横浜戦線の部隊へ! 誰か応答せよ!!》

 街中から集まる巨大生物を抑えていたら、ついに上級司令部からの通信が聞こえてきた。

 今までと違ってノイズも発生していない、鮮明な音声だ。

 

『本部、応答願います! こちら第11陸戦歩兵大隊! 現在横浜市街地の住民を救助中! 攻撃ヘリ中隊のお陰で状況は優勢に推移していますが、敵が多すぎて住民への被害が深刻ですっ! 弾薬や救助ヘリも足りません!』

 大隊長の伊勢原少佐が応答する。

 無線でそれを聞きながら、俺は部下に指示を出しつつ、巨大生物を撃ち殺す。

 

《残念だが援軍は出せない。全国各地に謎の飛行物体や塔が現れ、その対処に追われているのが現状だ。今の戦力で対処せよ》

『EDF程の組織がそれほど……。了解っ……! 可能な限り住民を救出します!』

 その後救出の進捗状況や部隊・弾薬の状況など事務的なやり取りを簡潔に話し、本部との通信は終わった。

 各地の被害に手が回らない為、救出状況に係わらず、あと一時間ほどで撤退するようだ。

 

 しかし、ここだけでなく全国でこのような事態になっているとは……。

 取り巻く状況の悪さに思わず奥歯を噛み締めていると、周波数を絞った個人通信が俺の元に届いた。

 

《荒瀬軍曹。君が生き残っていたとはな。私にとっては朗報だ》

「個人通信なんてして来るとは何の用だ、榊……少将閣下」

 俺に通信を送ってきたのは、榊少将閣下。

 軍曹程度の俺にとっては雲の上のような階級で、直接言葉を交わすことなど本来あり得ない事だ。

 しかし、俺と榊は士官学校生の同期で、所謂勝手知ったる間柄というやつだ。

 

《よせ、無理して変な言葉付けなくていい、軍曹。それより、犠牲者を一人でも減らしたい。協力してくれ》

「ここで巨大生物を倒すこと以外、何かやることがあるのか?」

 

《そうだ。世界中を覆っていた謎のノイズは急速に消え、それに伴って本部機能の大半が復活した。それによると、その場所を超大型飛行物体が通過する。しかもその機体は、内部に超高エネルギー反応を溜め込んでいる》

「攻撃してくる、というのか?」

 それを伊勢原少佐に伝えてない所を考えると、まだ極秘の情報だろう。

 それをサラリと言ってのける辺り、この男の人となりが知れるが、まあこれはそういう男だ。

 

《可能性は高い。だが国連安保理や日本国政府はまだ混乱し対応を決めかねている。正式な経路で撤退命令を出せるころには全てが遅いかも知れない。だから軍曹。君に頼みたい》

「……命令と同時に撤退できるよう準備を進める。俺に出来ることはこの程度だが、それで構わないか?」

 EDFは国家から独立した超法規的軍隊……というコンセプトだが、所詮は国連の下部組織。

 このような時にこそ独自の判断で行動するべきだが、国連は飽くまで手綱を放したくないらしい。

 

《十分だ。君がそこに居てくれてよかった、軍曹》

「まったく、危ない橋を渡るのは相変わらずだな。……俺のようにはなるなよ? お前が落ちてきたら、助ける人間はいないんだからな」

 士官学校を卒業し、順調に昇進した俺達を襲った事件を思い出す。

 あの時は中佐だった榊に助けられ、階級が下がっただけで助かった。

 今後同じことが起こっても、俺に助ける力はない。

 

《……私は私に出来る最善を尽くすまでだ。どんな状況だろうとな。頼んだぞ》

 個人通信を打ち切り、俺は撤退の準備を可能な限り皆に促した。

 

『レンジャー8よりレンジャー2へ! このエリアの住民捜索は終了したと考えます! 大隊本部への後退を具申致します!』

 現在この戦線では、横浜スタジアム周辺に陣取った、複数の指揮通信車から成る大隊本部と、その周囲にある兵員輸送ヘリを中心に部隊が展開している。

 

 歩兵部隊は、その中心から航空部隊が発見した住民を保護しヘリへと誘導したり、入り組んだ場所で逃げ遅れた住民を探したりしている。

 

『……確かに、巨大生物の勢いも強くなっている。徒に消耗する訳にも行くまいか。よろしい、小隊、ここは撤退するぞ!!』

 大林中尉の指揮のもと、俺達は撤退し、大隊本部へと戻る。

 そして戻った俺達を待ち受けていたのは……。

 

「!! ヘリが襲われている!! 分隊攻撃開始! ヘリを守れ!!」

「ちっくしょう!! 帰る足を失って堪るかってんだ!!」

 俺達は、ヘリに食らいついた巨大生物を撃ち殺す。

 だが、もう相当数が巨大生物の牙と酸にやられていた。

 

「おい! そこの奴、聞け!!」

 どこからか走ってきたのは、負傷して半身を引きづっている、伊勢原少佐だ!

 

「少佐!?」

「指揮通信車が襲われた。慌てて応戦したがご覧の有様でな。いやそんなことはどうでもいい! 横浜港に艦隊が到着した! 住民を車輛に乗せて海に送り、ヘリは我々の分だけ確保する。撤退命令が出るまで、この場所を死守だ! いいな?」

 負傷した身で、伊勢原少佐は早口にまくしたてる。

 恐らく艦隊は、榊が手をまわしてくれたのだろう。

 

「サー! イエッサー! 少佐殿は!?」

「ふん、忌々しい事に広域通信が可能な無線機は破壊されたのでな! 生き残った大隊本部の連中と私がこうして口頭で指示を出してるのだ! お前も別の隊に私の命令を伝えておけ! 頼んだぞ!!」

 そう言うと、伊勢原少佐は負傷しているとは思えない身のこなしで巨大生物を倒しながら去っていった。

 

「荒瀬軍曹! 少佐から何か言われたのか!?」

 合流した大林中尉が俺に駆け寄ってくる。

 

「はっ! 艦隊が海岸に到着しているので、住民を陸路で横浜港に届けつつ、我々はヘリで直ぐ移動できるよう、撤退の準備を進めよとの命令です!」

「そうか。本部からの撤退命令はまだだが、そう判断したのだな、伊勢原少佐は。了解した。付近の部隊にも伝えよう。それまで、何が何でもこの場所を守りぬくぞ!!」

 

 やがてその命令は、大林中尉の無線機によって他部隊にも広まってゆくことになり、命令を歪曲して伝えた事に多少の罪悪感も感じた。

 

「……軍曹、いいんですか? そんなことして」

 青木が声を掛けてくる。

 

「やっぱさっきの通信でなんかあったんすか? つーか相手は誰だったんすか?」

「馬鹿おめぇ、そういうのは言わなくていいんだよ! 軍曹、俺らなーんも聞いてねーですから!」

 水原が空気の読めない発言をして、馬場が珍しくそれを咎める。

 

「なに、命令の誤伝達など、戦場では良くあることだ。とにかく! 俺達は撤退の準備を急ぐぞ!!」

 

 状況は大隊本部を失ったことにより更に混乱している。

 もはや市内にどの程度の市民が取り残されているのか分からず、漏れ聞こえる無線によれば上空から偵察しているヘリ達は燃料切れで次々に帰還しているそうだ。

 

 上空からの支援も失い、更に巨大生物は増える一方。

 未だ救えていない命が失われている。

 だが、俺達の手元にある戦力も時間も、どうしても足りないものがあった。

 

 それは果たして言い訳なのか。

 それはきっと、俺個人で判断出来る事ではない。

 それでも……。

 

『上空の偵察ヘリから通信!! 西から巨大生物! 大群です!! 更に地面を突き破って地中から現れる個体も多数!! このままでは飲み込まれますッ!!』

《こちら作戦指令本部! 緊急事態だ! 東京上空に謎の超大型飛行物体が出現した! 大量破壊兵器による攻撃が予想される為、この通信を聞いている全部隊は直ちに持ち場を放棄し、撤退しろ!!》

 

 大隊本部職員と、榊の無線通信はほぼ同時だった。

 だが榊の提案により撤退の準備を進めていた横浜の全部隊の動きは迅速だった。

 

『こちら大隊本部、伊勢原だ! 全部隊聞いたな! 一刻も早く装備を積み込み、撤退準備を――終わってる? ええい誰の指示か分らんがどうでもいい! 終わってるなら撤退だ! 急げ!!』

 無線機を手に入れた伊勢原少佐が叫んでいたが、耳に入らない。

 

 失念していた!!

 仙崎の事だ!

 余りに目まぐるしく回る戦闘や他の事で頭が一杯だった、くそっ!!

 俺は急いで228組の総指揮官に無線する。

 

「レンジャー8よりレンジャー1へ! 228の負傷者たちは!?」

『こちらレンジャー1結城! 前から頼んでたが住民の救助優先で戦力を貸してくれなかった! 今攻撃ヘリ一個中隊を借りたが輸送ヘリが足りない! 俺達が撤退中に拾ってくしかない! 頼めるかい!?』

「サー! イエッサー! 分隊行くぞ! ヘリに乗れ!! 移動中に仙崎達を拾う!!」

 

 仙崎……無事でいてくれ!!

 

 

――side:仙崎誠―― 

 

 

 武装の無くなったところを、我々は巨大生物に包囲された。

 巨大生物が尻を振り下げた瞬間。

 

『そこの歩兵!! 伏せろ!!』

 

 風が巻き起こった。

 同時に連続して鳴る風を切る音。

 

 EDF陸軍が保有する戦闘攻撃ヘリコプターEF-24”バゼラート”が低空で侵入してきた。

 

 竜巻と雷雨が合わさったロゴが印象的なバゼラートは、上空に放たれた酸弾を華麗に回避しつつ、機銃掃射と対戦車ロケットで砲撃を行い、我々を避けつつ周囲の巨大生物を一掃した。

 

「なんという技量だ……助かった!」

「あの動き、あのマーク……。サイクロン中隊だ!」

 梶川大尉は知っているようだった。

 

「攻撃ヘリ中隊では精鋭中の精鋭って話だ。――宗原は」

 ここに居ない時点で察していたのだろう。

 黙って首を横に振ると、目を伏せた。

 

「後で最期を教えてくれや。それより仙崎――あれ、気付いたか?」

 あれ――梶川大尉が指さした方角。

 そこには、東の空を覆うような大きさの、途方もなく巨大な銀色の球体が出現していた。

 どれほどの距離があるのか分からないが、その姿は霞むほどに遠いのに、目の前にいるかのような錯覚を私に与えた。

 

「そんな……、信じ、られない……。あんなものが、人類の敵だと言うんですか……」

 修一さんは絶望的な表情をするが、私も似たようなものだ。

 

「無線、聞こえてなかったみてェだな。さっきこの場所も放棄が決定した」

「街のみんなは、助かったんですか!?」

 妹の方――茉奈君が聞いてくる。

 

『何をしているそこの兵士と民間人!! 撤退命令が聞こえなかったのか!? 怪我をして動けないのなら這ってでも逃げろ!! もうじきこの俺様も弾切れだ! だが巨大生物は殲滅しきれない! 今に雪崩れ込んでくるぞ!!』

 

 茉奈君の疑問に答える暇もなく、ヘリパイロットからスピーカーで怒鳴られた。

 

 しかしこちらは修一さんが両足骨折、姉の方――詩織君と梶川大尉が片足喪失だ。

 私は背と腹に酸を喰らっているし、茉奈君は動けるがまだ恐らく中学生だ。

 

 いや、それでも何とか移動するしかない。

 

「仙崎、俺は這って動ける! そこのおっさんはお前が引きずっていけ! 片足の嬢ちゃんはちっこいのに任せて――ってなんだ今まで通りだったかァ? とにかく行け!」

 茉奈君は”ちっこいの”呼ばわりされて多少むっとしていたが、死にたくないので移動する。

 

 その時だった。

 

 風が吹いた。

 つい先ほども同じことを思ったのだが、今度は違う。

 

 先程のが援軍のヘリを指す希望の風だとしたら、これは絶望の風だ。

「うっ」

 思わず顔を腕でガードする程の強い風が吹く。

 

 それは、熱風だった。

 徐々に温度が上がっている気がする。

 一瞬にして空気が乾燥し、地面が干上がっているような錯覚を感じる。

 

 その出どころは、遥か彼方にある謎の超巨大球体。

 その下部から延びる、巨大な装置だった。

 

 大きさは本体と同じくらいに見える。

 球体の中心底部から真下に延びる、三本の巨大な円柱状の物体は、その下部の逆円錐型の装置に繋がっている。

 その周囲を、覆うようにカーブした板状の物体が三枚、空中を浮遊してまるで衛星のように回転している。

 そして中心底部から斜め下に延びる、三つの細長い柱状の物体が外側に展開向かって展開している。

 

 膨大な熱量を発生させているのは、脈打つように赤く光っている三本の円柱状の物体だろうか。

 

「仙崎ぃぃ!!」

 軍曹の声がした。

 

 見ると、既に大型の輸送ヘリがハッチを開けて着陸していた。

 中には荒瀬軍曹達レンジャー8分隊が乗っていた。

 

「仙崎! 梶川大尉! 急いで乗るんだ!! この場所は放棄する!!」

 軍曹がヘリのローターに負けないほどの大声で叫ぶ。

 負傷しているようで、こっちには青木、御堂、水原が走ってきて民間人三人と梶川大尉に手を貸す。

 

「あれは……、あれは、なんだ……」

 私も、口を開くのがやっとで、誰もその疑問には、答えられなかった。

 

『まずい! 巨大生物が……早く離陸しろ!』

 ヘリパイロットの切迫した声が響く。

 ついに弾薬が尽き、巨大生物を抑えられなくなったのかと思ったが違った。

 

 なんと、舗装された道路や建物を食い破って、巨大生物が地下から一斉に発生した。

 

「うおおおお!!」

 余りの揺れに、負傷した身では踏ん張りがきかず、ヘリ目前で倒れる。

 青木も一緒に倒れ、私に手を貸そうとする。

 

「青木! 私はいい! あの民間人と梶川大尉を頼む!」

「分かった!」

 修一さん、詩織君、茉奈君が倒れ、それを青木、水原が手を貸す

 ヘリまではもう少しという所で、地下から出てきた巨大生物が迫る。

 

「援護する! 皆走れ!! 早く乗るんだ!!」

「おい! 向こうからも集まって来るぞ!! ここら辺全部巨大生物だらけになっちまう!! どうなってんだ!?」

 軍曹と馬場が叫ぶ。

 二人はヘリ側面に搭載されている機関砲で周囲の巨大生物を蹴散らしていた。

 

「詩織君! さあ手を! 急いで!」

 私は残された体力で詩織君を抱え上げ、とにかくヘリまで走った。

 

「急いで!! もう離陸しないと! 巨大生物に食いつかれます!!」

 輸送ヘリのパイロットが警告する。

 

「親父さん! もうちょい、もうちょいっす……ぐああ!!」

「水原ぁぁ!!」

 水原が酸を喰らった!

 そしてその隙に修一さんが……。

 

「やめろ! 助け――があああ!!」

 巨大生物の牙に掛けられ、胴体をかみ砕かれた。

 

「修一さん!!」

 こんな!

 ここまでこれたのに、もう助けられるのは目前だったというのに!

 

「娘を……たの…………」

 上半身だけになった修一さんは、目から光を失った。

 

「この人、頼みます!」

 私は、離陸のため地表から離れつつあるヘリに詩織君を少々乱暴に受け渡すと、茉奈君を助けるため戻ろうとするが、

 

「戻るな!! 乗るんだ!!」

 梶川大尉を引きずって来た青木が怒鳴り、続いて直ぐ水原が、御堂を援護しながら共にやって来た。

 

「もう大丈夫だ。さあ乗っ、ぐああ!!」

「御堂!!」

「御堂さん!!」

 私と水原が叫ぶ。

 

 御堂は茉奈君を渡す寸前、背中に酸を喰らった。

 アーマーが既に穴だらけだったらしく、肉の溶ける音と共に声にならない断末魔が響いた。

 

「彼女……を……」

 それでも御堂は茉奈君を残った意識でヘリに乗せ、力なく倒れた。

 

「限界ですっ!! 離陸します!!」

 ヘリは高度を上げ、地表から遠ざかる――寸前。

 

「――弾詰まり!?」

「まずい!!」

 衝撃。

 馬場の機関砲の弾幕が途切れ、巨大生物一体がギリギリで機体に食らいついた。

 

 その衝撃で、閉じかけていたハッチから身を投げ出されたのは――詩織君!!

 

「――ッ!!」

 空中に投げ出された事を理解出来ない詩織君に、私はとっさに手を伸ばす。

 

 届け。

 届け!!

 

 届――かなかった。

 

 寸前のところで手は空を切り、詩織君は地上へ、ヘリは空中へ加速していった。

 

「そんな!! パパ!! お姉ちゃん!! いやああぁぁぁぁぁぁ!!」

 茉奈君の絶叫が聞こえる中、私はハッチが閉じられるまで、その場を動けなかった。

 

 

 

 

 

 そして――我々は訳も分からず閃光に包まれた。

 

 

 



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第九話 最後の審判

――2022年7月11日 side:仙崎誠――

 

 最初に感じたのは、異常な息苦しさだった。

 酸素が足りない。

 肺が酸素を求めて、喘ぐように呼吸を急いている。

 

 そうして吸い込んだ空気はとても熱く、焼けるような熱を孕んでいてすぐにむせ返る。

 

 頭の整理が出来ない。

 記憶が混濁している。

 

 一体何が起こったというのか。

 そうしているうちに、徐々に五感が戻ってくる。

 

 嗅覚――酷く焦げ臭い。世界の何もかもが焼け落ちてしまったかのようだ。

 

 触覚――肌が焼けるように熱い。右大腿部から電流で貫かれたような痛みが走る。うつ伏せの態勢から体を動かせない。

 

 味覚――血の味がする。口の中を切っているらしい。ドロリとした血の塊を吐き出す。

 

 聴覚――耳鳴りが酷い。しかし耳鳴りが止んでも、人の声も銃声も、何の音も聞こえてこない。

 

 視覚――瞼越しに見えるものは妙に明るい。両目は無事のようだ。今まで開けられなかった目を、恐る恐る開けてみる。

 

「う……なんだ、これは……」

 

 目に飛び込んできたのは、炎の地獄だった。

 

 辺り一面が炎に包まれていた。

 建造物、街路樹、車輛、そして人間と巨大生物の死骸。

 どれもが発火し、煌々と燃え上がっていた。

 

 ビルは崩壊し、大地は裂け、圧倒的な破壊が撒き散らされている様は、いつか見た核戦争を題材にした映画など比較にならない。

 

 太陽は既に沈んでいる筈なのに、昼間以上に周囲を赤々と照らし、上空には大量の煤が舞う。

 そしてそのさらに向こうでは、まるで火山の噴火のようなドス黒い黒煙が遥か上空まで立ち上っていた。

 その噴煙をたどって上を向いてみると、月が見えた。

 

 黄金色に輝く天体としての月――ではない。

 

 炎に照らされてなお、銀色に輝く巨大な禍々しい月。

 それが、眼下の地獄をあざ笑うかのように見下ろしていた。

 

「あの球体が……やったと言うのか……」

 

 徐々に、脳細胞が覚醒し、記憶が戻ってくる。

 

 我々はそう、横浜で村井さん一家を救助中、あと一歩のところで修一さんと詩織君を失ってしまう。

 それからどのくらいだったか……、泣き叫ぶ茉奈君に何も言えないまま、どうして助けられなかったのかと悔恨の念を抱いていたら突如、周囲が閃光に包まれた。

 

 直後凄まじい風圧がヘリを襲い、前後不覚に陥りながらヘリは墜落したのだ。

 

 辺りを見回す。

 彼方に、潰れて原型を留めていない輸送ヘリがあった。

 私は恐らく投げ出されて助かったのだろうか。

 

 そこまで考えて、私は遅すぎる事実に気が付く。

 

「皆、は……!!」

 

 私は目覚めてから一度も動かさなかった体を動かし、立ち上がろうと体を動かす。

 

「ぐああ!!」

 途端に痛みが走った。

 痛む場所を見る。

 

 瓦礫の陰になって良く見えないが、どうやら右大腿部を地面から突き出た鉄筋が貫いているようだ。

 鉄筋自体が熱を持っているのか、焼けるような感覚を頭から追いやり、傷口は焼かれているから多少出血は収まっている筈、という情報だけを頭に入れる。

 

 だが、これでは身動きが取れない。

 何とかしようと出来る範囲で身をよじる。

 

 そうして初めて、私はかばうように茉奈君を抱いていた事が分かった。

 

「茉奈君……! 茉奈君! 生きているか!?」

「ぅ……ん……? おじちゃん……けほっけほっ!」

 

 良かった、生きている、無事のようだ。

 それだけでも私は心から安堵した。

 

 これ以上、助かるはずの命を取り零したくはなかった。

 何より、また4年前のような思いをするのは御免だった。

 

「無事か……よかった。落ち着いて、ゆっくり息を吸うのだ。喉を傷めんようにな。怪我はないか?」

「……うん。歩けるし大丈夫。うわぁ……すごい」

 立ち上がって辺りを見回した茉奈君が最初に言った一言は、それだった。

 そして次に発したのは。

 

「ねぇ。パパとお姉ちゃんは、やっぱり死んじゃったの?」

「ッ……!」

 私を見つめて、静かに言った。

 死んだと、言わねばなるまい。

 だが、それを断定してしまう事を恐れた刹那、

 

「いや、ごめんなさい。私この目で見たもの……」

 逆に、気を使われてしまった。

 それがなんだか、取り返しのつかないことに思えて、

 

「もう……分かってる。うっ……ごめん、なさい……」

 泣き出す少女の頭を、そっと撫でていた。

「あ……」

 その謝罪が、誰に対してのものなのか分からないが、

 

「君が謝ることは、何もありはしない。だから、これからも生き抜いてくれ。世界は、こんな有様だが、それでもだ」

「……うん。そだね。ありがとうおじちゃん」

 きっとまだ泣き足りないだろう。

 それでも少女は、泣くのをやめて笑ってくれた。

 

 それに安心した私は、ほんの少し身をよじり、それによって再び激痛が私を襲う。

 

「どうしたのおじちゃん! 怪我してる!? ……あ!」

 只ならぬ私の悲鳴に、瓦礫の陰になっていた私の足を発見して息を呑む。

 

「大丈夫おじちゃん!? 死なないで! 私、どうしたらいい!?」

 傷口を見て、半ばパニックになる茉奈君。

 

「お、落ち着くのだ……。こんなことぐらいで死んだりせん。あそこの乗ってきたヘリに行って、誰か呼んできてくれ。……危ないから、中には入らなくていい。誰もいなかったら、そのまま戻ってくるのだ」

 中には入れられない。

 もし中に入って、さっきまで共にいた人間が……変わり果てた姿となっていたら、きっとこの少女の心にまた傷を残してしまう。

 

 今更な気遣いなのかも知れないが。

 

「うん、わかった!」

 茉奈君は、少しばかり危なっかしい走りで離れたヘリまで向かう。

 

「皆……、生き残っていてくれよ……」

 切に願う。

 

 辿り着いた茉奈君に手を引かれて出てきたのは、 

 

「ごっほ、げっほごほッ! うっわなんだこりゃァ! どーなってやがる!?」

 やたら元気そうな馬場だった。

 無事で何よりだが……あんたタフ過ぎるだろう……。

 

 茉奈君に手を引かれるまま、馬場はこちらに辿り着いた。

 

「仙崎、生きてたか!! お前らだけいねぇから心配したんだぜ! で、怪我は何処だ!」

 馬場が走って来て、怪我の具合を確かめる。

 

 地面から突き出た鉄筋が私の大腿部を貫いている。

 衝撃で周囲の肉が裂け、何か白いものまで見える。

 そして熱せられた鉄筋により周囲の肉は黒く焦げている。

 

 そんなグロテスクな様子を見せられ顔をしかめるも、直ぐに残っていた治癒剤を取り出し、患部に打ち込んだ。

 

「馬場、皆は、無事か?」

「ああ、負傷はしてるが、なんとかな。俺もついさっき気絶から目覚めたばっかでよ。ただ……青木の野郎が、ヘリのフレームに挟まれちまって。ここまでやっても、どうにもならねぇって感じだ」

 馬場は火傷と裂傷で傷だらけになった手のひらを見せる。

 力技では駄目だったという事か……。

 

「麻酔は効いてきたか?」

「ああ。……では、頼めるか?」

「いいけどよ。いくら麻酔でも、結構痛いと思うからな?」

 馬場が心配そうな顔をする。

 短い付き合いだが、案外とそういう所は気にするのだな。

 

「構わん。が、出来れば早く済むようにしてくれ」

 私も苦笑いで応じる。

 さて、何をするのかと言うと、足を持ち上げて鉄筋を私の足から引き抜こうというのだ。

 このままここで天寿を全うする訳にも行くまい。

 

「私、手伝うよ! 何したらいい!?」

 茉奈君が意気込んだ表情で馬場に尋ねる。

 

「助かるぜ。なら、そっちの方を支えててくれ。せーので引き上げるからよ」

「うん」

 二人は定位置についた。

 

「「せーのっ!!」」

 

 鈍くなったとはいえ、絶叫を上げるには十分な痛みが私を襲う。

 が、流石は馬場の馬鹿力。

 茉奈君の支えもあって、激しい痛みは一瞬で過ぎた。

 

「す、すまんな。二人とも、助かったよ……ありがとう」

 震える声で、なんとか礼だけは言えた。

 

 それから、私は馬場に肩を借りて、ヘリまで歩き出した。

 

「それにしても、嬢ちゃんは怪我ねぇのか?」

「うん! そこのおじちゃんが護ってくれたから」

 無意識に抱え込んでいたのが幸いしたらしい。

 

 ……いや、14歳の少女を無意識に抱きしめるという行為、それだけ聞くと犯罪的危うさが漂うわけだが……。

 

 いや無いッ!

 ありえんと断言しておこう!

 私にそのような趣味は無い。

 

 となれば私の潜在意識が少女を救おうと動いただけの事。

 ぬぅはははこの英雄的行為を私は自画自賛しよう!

 まあ何も覚えてないが!

 

「ま、何はともあれ助かって良かった……げほっげほ」

「おじちゃん大丈夫?」

 

「大丈夫ではあるがおじちゃんではない。私はまだ26だし、仙崎誠という先祖代々に誇れる立派な名があるのでね。仙崎お兄さんと気軽に呼んでくれたまえ」

「そんなに誇ってたのかその名前……」

 馬場が呆れたような反応をするが無視する。

 

「んー、長いから誠さんって呼ぶね」

「まさかの下の名前だと!?」

 げほっ!

 意外過ぎて吐血!

 

「だって”仙崎さん”だと噛んじゃいそう。私活舌悪いから。仙崎……しぇんじゃき……ほらね」

 なぜそこでドヤ顔……。

 

「だとよ。誇りある苗字が”しぇんじゃき”じゃァ格好付かねぇなァ」

 ニヤニヤと笑う馬場。

 

「おのれ……茉奈君はともかく馬場に言われると何故か侮辱された気分になるぞ……」

「あ、それよ! 誠さんも、私男の子じゃないんだから”君”って呼ばないで。可愛らしく茉奈ちゃんって呼んでー」

「あー……それはさすがに恥ずかしいので、では呼び捨てに改めるとしよう」

「ふーん。ま、それで許したげる」

 不詳不詳、という口調の割には嬉しそうに顔を綻ばせている。

 そうして当たり前のように話す姿を見て、私も自然と穏やかな気持ちになる。

 同時に、この地獄から何が何でもこの子を生還させねばという強い思いも溢れてきた。

 

「仙崎! 無事だったか!」

 彼女について考えていた思考は、潰れたヘリの中の軍曹の声で現実に戻された。

 今更だが馬場も無傷ではないし体力の消耗もあるため、まるでナメクジのような歩行速度ながらやっとのことで墜落したヘリに辿り着いた。

 

 遠目だったので原型を留めていないほどかかと思ったヘリは、天地が逆さまになっているものの内部の空間は留めていた。

 全員がアーマースーツを着用していたこともあって、我々の中に奇跡的に死者はいなかった。

 ただ、ギリギリまでヘリを留まらせた勇敢な操縦士は、生身のままだった為亡くなってしまったようだ。

 

 彼の判断が早過ぎれば、我々は地上に残され、遅過ぎればヘリは離陸出来ず全員が死んでいただろう。

 名も知れぬまま死んでしまった彼に、私は目を伏せ、安らかな眠りを祈る。

 同時に、彼に救われたこの私を含む全員の命を無駄にしないことを誓う。

 

《こち……本部……応答…………》

 

 誰かの無線が鳴る。

 真っ先に動いたのは軍曹だった。

 

「こちらレンジャー8! 本部! 応答願います! 榊!」

 ノイズが消え、徐々に鮮明になってくる。

 

《こちら本部! この無線が聞こえている者! 誰か応答しろ!!》 

「こちらレンジャー8! 本部! 我々は無事です!!」

 

《レンジャー8、荒瀬軍曹か! 無事でよかった。位置確認後、すぐにそちらに救援部隊を送る!》

「瓦礫に挟まって一人身動きが取れない。出来ればフェンサーを――」

「軍曹ッ!! きょ、巨大生物です!! 奴ら生きてました!! 向かってきます!!」

 周囲を探っていた千島の、悲鳴に近い叫び声が聞こえた。

 

「ちっ!! なんつうこった! 千島戻ってこい! 荒瀬! 本部に救援要請急がせろ!! 他は使える武器集めて応戦だ! 馬場! そこの機銃は使えねェのか!?」

 梶川大尉が即座に状況を判断し、命令を出す。

 

「巨大生物、増えてます! そこの地面から沸くように!!」

 千島が逃げ撃ちしながら数を報告。

 

「榊ッ!! 巨大生物の生き残りを確認! 救援部隊を急いでくれ! 俺達も恐らく長くは持たないッ!!」

 軍曹は本部と通信。

 

「武器と弾薬はこれだけっす!」

 水原がヘリ内の武器弾薬を集め、

 

「墜落の衝撃でジャムってンのが直ってます! 行けるぜオラァ!!」

 馬場が機銃に取りついて引き金を引く。

 

 巨大生物の数はそう多くない。

 更に多くの個体はさっきの爆撃の影響を受けているのか、皮膚が焼け爛れたり触覚や足が欠けていて、既に瀕死状態だ。

 強酸の射程や精度も明らかに落ちていて、そもそも酸を射出できない個体もいる。

 

 その筈なのに、そんなことをまるで意に介さないように突撃し、牙を向けてくる様は、戦慄すら覚える。

 馬場が使った機関銃は早々に弾切れを起こし、我々の武器の弾薬も足りない。

 まさに、死にぞこないと死にぞこないの戦いである。

 

「クソ! 機銃は店仕舞いだ! 俺の銃は!?」

 馬場が弾切れになった機銃を忌々し気に殴り、銃を探す。

 瓦礫の陰から巨大生物が、まるで引き寄せられるかのように沸く。

 

「これしか無いっす!」

 水原が投げ渡したのは拳銃だった。

 見当違いの方向に撃たれた酸が、ヘリのフレームを溶かし、我々の盾を徐々に削る。

 

「9㎜拳銃かよ!? こんな豆鉄砲でどうしろってんだ!?」

 馬場は信じられないものを見たかのように喚く。

 敵は脆い。

 数発、甲殻が無くなっているところに撃ち込むと、体液を撒き散らし行動を止める。

 

「愚痴零してる暇があんなら狙って撃てや! 奴ら瀕死だ! そんなんでも痛ぇだろうよ!!」

 梶川大尉が引き金を絞って的確に狙い撃つ。

 それでも、その死体を超えて次々と巨大生物が全方位から集まってくる。

 

「ちっくしょうやってやらァ!」

 馬場が拳銃を撃つ。

 私も近づいてくる巨大生物を撃つ。

 だが、徐々に手数が追い付かなくなってくる。

 

「くそ、弾切れ!」

 千島が空の弾倉をヤケクソのように巨大生物に投げる。

 

「俺のを使え! そいつが最後のマガジンだ!」

 軍曹が千島に弾倉を投げ渡す。

 私も最後の弾倉で、弾は殆ど残っていない。

 

「うぅっ……死にたくない……まだ死ねない……っ!」

 茉奈が奥の方で恐怖に身を震わせながらも、死と戦っている。

 

「その通りだ茉奈! 最後まで……いや、最期になっても諦めるなッ!!」

 そうだ。

 何があっても諦めるものか。

 ここまでやっとの思いで拾ってきた命を、ここで終わりにするものか!!

 

「軍曹……ここは、もう駄目です。俺を置いて逃げてください! 敵を引き付けるくらいは出来る筈です!」

 挟まれて身動きが取れない青木が、絞り出すような声で叫ぶ。

 

「青木……! そんなことは絶対にしない! 見捨てるものか!!」

「軍曹!! ここで死ぬ気ですか!? 御堂さんが救ったこの子の命を、ここで終わらせるんですか!?」

 ”彼女、を……”

 それが御堂さんの最期の言葉だった。

 ここで全滅することは、確かにその願いに反する。

 

 だが! それは違うのだ青木!

 そうやって貴方を切り捨てて彼女を救ったとしても、それは彼女の後悔となって残るだけだ!

 かつての私がそうだったように……。

 

 だから! 

 

「終わらせなどしないッ!! 全員で生きて帰るに決まっているだろう!! 全員、何としても、この場所を死守だぁぁッ!!」

 軍曹の叫びに、この場の全員が呼応する!

 

「「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」」

 

 ――そして、天使はやってきた。

 

「小隊砲撃準備! 目標、ヘリ残骸の周囲の巨大生物! チャージ最大、一斉射! 撃てぇぇ!!」

 

 上空から聞こえる女性の声と共に放たれたそれは、地上にぶつかると青白い炎となって激しい爆発を起こし、我々を熱気で包んだ。

 

 形勢が逆転した瞬間だった。

 

 



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第十話 帰還

――2022年7月11日 墜落地点 side:仙崎誠――

 

 上空から放たれた青白い閃光――プラズマランチャーの一斉砲撃は、辺りの巨大生物を一掃した。

 

「あれが……ウイングダイバーというやつか……!」

 墜落の衝撃と酸でボロボロになったヘリの隙間から見える降下翼兵(ウイングダイバー)は、4人。

 

 その名の通りの翼から噴出する青白いプラズマエネルギーを弱め、飛行の勢いを減速し、着地する――筈だった。

 

「仙崎! 左だ!!」

 正直に言って、気が緩んでいた。

 至近と思う距離で、死にぞこないの巨大生物一匹が牙を振りかざし突撃してきた。

 

「なにぃぃッ!?」

 咄嗟に引き金を引くも、銃弾は一発しか出ない――最悪のタイミングで弾切れとは!!

 

「そこのアンタ! 念の為避けなさい!」

「何を――ファーーー!!」

 たまたま私の上空に居たウイングダイバーが、上空から砲撃を行った。

 それはいい。

 問題は、そのプラズマ砲弾が私へ向かって落ちてきた事だ!!

 

 私は使えない右足を無視し、全身の全力を振り絞って、プラズマの炎に焼かれながら回避する。

 先程と比べると随分小規模な爆風だったが、瀕死の巨大生物には十分だったようだ。

 

「あ、やべ、落ちる! 避けてぇぇぇ!!」

 今度はなんだ!?

 甲高い警告音を発し、蒸気を出したウイングダイバーが墜落してくる!!

 私は全力を振り絞った後の死力を振り絞り、もう私の体には何も残っていないと思える状態でなんとか回避した。

 

 一方そのウイングダイバーは、哀れ顔面から地面に激突していた。

 ……死んでないよな?

 

「痛ったぁぁ~い!! ちょっと! なんで受け止めてくれないのよ!!」

 鼻まで真っ赤にして憤るが、

 

「はぁ!? 避けろと言ったのは貴様だろう!」

 理不尽過ぎて話にならない!

 

「そうだっけ? そうだった! じゃあ前言撤回! アタシを受け止めなさい!」

 可憐な顔立ちをコロコロ変えて、最後にはドヤ顔で言う始末。

 

「遅いわ!! 撤回できん! 大体なんなのだ貴様! さっき私を狙っていなかったか!?」

 もう少しで死ぬところだったぞ!

 

「あ、あれはね! この銃精度低いから、前もってアンタに避けるように言ったのよ。やだ、アタシって天才……?」

 畏敬の念を自分に向ける奇妙な表情をしているのはさておき。

 それで念のためと言っていたのか……。

 普段の私ならばあの程度造作も無いが、せめて負傷している事に気付いてほしかった!

 

「ならその後墜落していたのは?」

「ジェネレイター見てなくて、オーバーヒートしちゃったみたい」

 てへっ、と誤魔化す感じで笑っているが、無駄である。

 

「駄目ではないか!! 少なくとも私の前で天才を名乗ることは許さんぞ!」

 くわっ! と顔面全てで威嚇するが、彼女は全く堪えない。

 これもまだ無駄であった。

 

「なによ! 助けてあげたんだからいいじゃない! 先に礼の一つでも言ったらどうなのよ!」

 お返しとばかりにあちらも顔面威嚇。

 確かに助けられたのは事実だ。

 事実なのだが……。

 

「ぐぬぬ、このようなじゃじゃ馬娘に助けられるとは……なんたる不覚! ……助けていただき感謝します」

「ちょっと、小声と大声が逆じゃない? 素直に喜べないんですけど」

 むすーっとした顔で不満を表す。

 しかし表情がやたらと忙しい女だ……。

 

「素直に喜ばせる気など無いからな」

「じゃあ都合の悪いとこは聞こえなかったフリして、素直に喜んじゃう。やったー!!」

「なんだこの女……天邪鬼過ぎるだろう……」

 

 なんだかこの数分間で妙に疲れたぞ。

 とは言え。

 

「こちら第202機械化歩兵連隊第一中隊”ランドガルド”第三小隊だ! 負傷者を発見! ウイングダイバーも到着している! これより負傷者を搬送する!」

《本部了解! ランドガルド3、ペイルウイング2! 周囲に再び巨大生物の反応がある。レンジャー8を頼んだぞ!》

 

 周囲には4名のフェンサー小隊も到着し、巨大生物は一掃された。

 青木の救出も終わったようだ。

 だが、奴らはまだ際限なく現れるらしい。

 

「まったく、勤勉な蟻共だ。ペイル2。俺達は片手で抱えながらなんとか戦闘もこなせるが、君たちは」

「無理だな。一人抱えながら戦闘すれば、直ぐにオーバーヒートする。故に、ランド3に援護は任せ、全力で離脱する。ペイル2総員、準備はいいか?」

 部隊名を聞き逃したが、どうやらペイルウイング中隊の第2小隊のようだ。 

 

「ほら、アンタも掴まりなさい。空の旅に案内したげるわ」

 と、得意げに左手を差し出すので思わず掴んだのだが、

 

「これ、大丈夫なのか?」

「平気よ! もうオーバーヒートは起こさないわ! 行きましょう!」

 ペイル2隊長の合図で、ペイル隊は一斉に飛び立ち、ランド隊は一斉に背中のダッシュセルを吹き上げた。

 

 ……のだが。

 

「や、やばい! 重い!! 腕ちぎれそう!!」

「だから言ったではないか!! 男の体重を片腕で支えられるものか!!」

 この女結構な勢いで阿呆なのではないか!?

 

 他を見ると、普通にユニットにしがみ付いていた。

 私もそうするべきだったな!

 ちなみに茉奈だけは両手で抱えられ、空を飛ぶ様子に目を輝かせている。

 なんとなく、あれは大物になる気がした……。

 

 私は空中で揺られながらなんとか手を放し、ユニットにしがみ付くことに成功した。

 ちなみにプラズマジェットは翼の先端から出ているのでユニット中央にしがみ付いていれば大丈夫である。

 

「さて、気を取り直して飛ばしていくわよ!」

「オーバーヒートだけは勘弁してくれっ!!」

「どうかしら! ぶっちゃけギリギリなのよね!」

 やはり気のせいではない。

 先程から上空に舞っては着地という、飛行というよりは距離の長い跳躍を繰り返しているのだが、徐々にその感覚も短くなっている。

 それはこのじゃじゃ馬が無能という訳ではなく、他のウイングダイバーも同じ動きをしている。

 

 それは速度の低下を示し、先行していたはずが徐々にフェンサー小隊に追いつかれてきている。

 そしてその背後からは多数の巨大生物が追ってきていた。

 

 フェンサーは、短い間隔でブーストダッシュを行い、合間を見ては振り返り、機関砲や散弾銃で攻撃していた。

 

「どうしたペイル2! もう息切れか? 負ぶってやろうか?」

 ランド3隊長が挑発めいた言い方をする。

 

「冗談! ……と言いたいところだが、些か厳しいな、やはり二人分の重量では排熱が追い付かん!」

「そうかい! 実はこっちも推進剤の残りが殆どない! 一度足を止めるか?」

 これは後で知った話なのだが、ウイングダイバーの背中にあるPE(プラズマエネルギー)ユニットから供給されるエネルギーは、実質無限と言える。

 だが、その排熱に限度があるので、一定連続消費を超えるとオーバーヒートしてしまうのだ。

 

 対してフェンサーの跳躍装置(ジャンプユニット)は、混合燃料を利用した推進剤を噴射して高速移動するので、有限なのだそうだ。

 

「賛成だ! 時間があれば我らは再び飛べる。だが貴様らは!」

「何とかするさ! あそこの公園で構えるぞ! いいな!?」

「イエッサー!!」

 

 やがてウイングダイバー隊は羽休めするように、一斉に着地した。

「小隊、強制冷却開始!! 完了まで20秒! 援護を頼むランド3!!」

「了ォ解!! ランド3全機、レンジャーとお嬢さん方を傷つけんなよ!!」

「「サー! イエッサー!!」」

 

 フェンサーは迫りくる巨大生物に散弾銃と機関砲を浴びせる。

 だが、たった4機では手数が足りないか……?

 

 そう思って前方を見ていたら、ふっと視界の横を黒い影が横切った。

 巨大生物だ!!

「伏せろッ!」

「えっ、きゃあ!!」

 私はユニットを支えにかろうじて立っていたのだが、それを丸ごと押し倒す。

 酸を回避すると同時に痛む足で前転し、小石を手のひら一杯掴んで巨大生物に当てる。

 

「ぬぅはは! こちらだ蟻野郎!!」

「何を!?」

 挑発に乗ったのか、今度は牙を下げて突進してくる。

 

「冷却中は攻撃出来ないのだろう!? フェンサーは前線を離れられんし、一匹くらい面倒見てやるさ! あと何秒だ!?」

 片足は動く、両手も大きな怪我はない。

 そして相手はたった一匹、なんとかなる!

 

「残り10秒!! でも無茶よ!!」

「上等だ! 巻き込まれぬように離れていろ!!」

《こちら作戦指令本部! ランド3! そちらに撤退中のグレイプ4輛を誘導した! 推進剤が持たないなら君たちも乗るんだ!》

「こちらランド3了解! ありがたく使わせてもらいます!!」

 

 巨大生物の突進は直線だ。

 動きを見極め、寸前で横に飛べば躱せる。

 脚力が捻出出来ない時は牙に手を付いて突進の反動を利用して躱す。

 受け身を取る時も、停止してはいけない、常に動き続けるのだ。

 

「すごい……」

 じゃじゃ馬娘が何かつぶやいたが、耳を傾ける暇はない。

 

 恐らくだがあんな重たそうなユニットを背負っていれば、こんな動きは出来まい。

 更に私自身、この程度の負傷なら、回避において他人に譲る気は無い。

 

 とは言え、やはり消耗が激しい。

 左足を庇っているせいだ。

 

 限界が近いか、少し覚悟した時――

 

「――冷却完了! 離れて!!」

「ぬぁッ!!」

 最後の力を振り絞って飛ぶ。

 そこをプラズマ砲弾が炸裂し、巨大生物は粉微塵となった。

 

「ペイル2各員、飛ぶぞ!!」

「アンタ掴んで! 行くわよっ!」

「こちら第五機甲師団輸送隊!! 負傷兵とフェンサーを預かる! 乗れ!!」

 

 こうして、ペイル2にしがみ付く私、水原、千島、それに茉奈の4人は共に空を移動し、それ以外の荒瀬軍曹、梶川大尉、青木、馬場はグレイプ装甲車で移動する。

 

 そのうち、横浜各地で同じように救助された部隊が港へ向かって集合し、横浜港で構える輸送艦へは目前となった。

 だが、同時に各地から寄せ集まった巨大生物も相当の数に上り、このままでは被害は避けられない状況になる。

 

「くっ、このままでは……! あの艦に武装はついていないのか!?」

「あれは輸送艦よ! 対空機銃くらいは付いてたけど、あの爆風で艦上構造物は深刻なダメージを受けてるって話よ!!」

「我々を中に入れると同時に巨大生物まで艦内に侵入させては大惨事だ! なんとか成らぬものか……!」

 私が歯噛みしていると、全回線通信(オープンチャンネル)で通信が割り込んだ。

 

《こちら、ネプチューン!! 横浜市街地一帯にライオニックミサイルで広域面制圧を行う!! 地上部隊、巻き込まれるなよ? 発射(サルヴォー)!!》

 

 女性艦長の声が聞こえると、高度を取って飛行していた私の目からは直ぐに、海面を突き破って飛び出す数十発のミサイルが現れ、的確に巨大生物を狙って飛んで行った。

 どうやら潜水艦からの攻撃のようだ。

 恐らく、EDF製汎用潜水艦のネプチューン級であろう。

 

「なんてラッキーなのかしら! 今のうちに逃げるわよ!」

「なんという威力、そして的確な狙いだ!」

 同じ光景を目にしてこの感想の違い……。

 相性の悪さが顕著に出ている気がする。

 

 やがて、先頭の部隊が着艦する。

 撤退するグレイプの数が多すぎて、最早どれが軍曹達の乗った車輛か分からない。

 同時に巨大生物も迫る。

 エネルギー効率の面で叶わないのか、やはりウイングダイバーは車輛に次々と追い抜かれる。

 そして背後から巨大生物も迫る。

 

 3つあるゲートのうち、後続がないと分かった2つのゲートが閉じる。

 我々は殆ど最後尾だ!

 間に合うのか!?

 

 あと少し……。

 あと少し――。

 

 ――辿り着いた!!

  

 

「ペイル2着艦しました!」

「急いで!! そこのグレイプで最後か? ならゲートを閉める!!」

「巨大生物接近!!」

「殲滅しきれなかったか!! 間に合え!!」

「三番ゲート閉鎖! 全ゲート閉鎖完了!!」

「よし出航! 海岸から離脱しろォーー!!」

 

 

――EDF輸送艦 艦内――

 

 

「ぜぇ~、はぁ~、な、なんとか間に合ったようね……」

 じゃじゃ馬娘が、ヘルメットを取って汗をぬぐう。

 薄い茶髪に、青色の髪留めが良いセンスをしている。

 

 良くある、黙っていれば美人、という奴なのだろうか。

 だが、それも大口を開けてみっともなく呼吸していれば、苦笑しか生まれぬというものだ。

 

「なぜそんなに息絶え絶えになっているのだ?」

 まるで全力疾走したかのようだった。

 飛んでいるだけで体力を使っているようには見えなかったが。

 

「き、緊張したのよ! 置いてかれるかもって! それに、乗ってるだけのアンタには分からないかも知れないけど、案外飛んでるだけでも疲れるのよ? サイオニックリンクっていう……脳内の波形? なんかでこのユニット制御してんだから」

 帰って来たのは案外まともな答えだった。

 少々心無い発言だったかも知れんな。

 

「そうだったのか。それは知らなかった。命令だったとは言え、無茶をかけて済まなかったな。お陰で命を拾った。ありがとう」

 乱暴で天邪鬼でじゃじゃ馬な娘だが、結果的に命を救われたのは事実だ。

 この感謝の気持ちに偽りはない。

 

「どういたしまして、素直に受け取っておくわ。でも、ふーん」

 彼女は私を眺めるように見つめてきた。

 

「な、なんだね」

「いや、素っ頓狂なフリして案外真面目なんだな~って。アタシの方こそありがとう。あの時庇ってくれなかったら、最悪死んでたかもね。ほら、このアーマーって、高機動重視して薄いからさ」

 確かに、ウイングダイバーの服装は陸戦歩兵より軽装……というより一般的な歩兵より露出が多い。

 酸を喰らえば一たまりもないだろう。

 

 しかし素っ頓狂とは……。

 確かに変人の自覚はあるが。

 

「それと」

「む?」

「さっきの大立ち回り、ちょっと格好良かったわよ」

 眩しい程の笑顔に、私は思わず見とれてしまった。

 そして自覚した。

 

 ああ、私は恋に落ちたのだな、と。

 

 笑顔ひとつでこのありさまか。

 案外私と言う人間も、単純なものだ。

 

「それはどうも。ではこちらも素直に受け取っておこう。しかし、じゃじゃ馬のフリして案外真面目なのだな」

 それはそうと、同じようにこう返してやるがな!

 

「あ、そこまで真似するんだー。じゃじゃ馬の自覚は無くも無い、けど……そうだ! 毎回そんな名前で呼ばれると思ったら、自己紹介してなかったわね! アタシ、瀬川葵(せがわあおい)。EDF第一降下翼兵団第一中隊”ペイルウイング”第二小隊よ」

 

「私は仙崎誠。所属は……まだない」

「はあ!? どういう事……? まさか壊滅……」

 深刻そうな顔で誤解し始めたので、慌てて否定する。

 

「違う違う! 実は私、こう見えて今は民間人でな……、いや、元EDF軍人ではあるのだが、こう、非常時に巻き込まれてご覧の有様で」

「そう、だったの。はぁ、それは、なんて言うか大変ね……」

 妙に同情的な目線を向けられ、少し気まずくなる。

 そんな感じで、会話に一瞬の妙な間が出来てしまう。

 

 いかん、いかんなぁ。

 先程からどのタイミングで言いだそうか困っているところだが、ふむ、やはりここは直球勝負しかあるまい。

 せめて連絡先くらいは聞きたいものだが。

 

「よし。話は変わるが、どうやら私は君を好きになってしまったようなのだが……どうすればいいと思う?」

 いかん!

 何を聞いているのだ私!!

 

 焦って顔から火が出てしまいそうだが、そこは私。

 表情は居たってクールなままだ。

 

「ふーん……好きに……好きに!? 隙に? えっ、なに、どういう事!?」

 瀬川は顔を真っ赤にして途轍もなく動揺しまくっていた。

 やめんか、こちらにまで伝染しそうだ!

 

「ええい今のはナシだ! さすがに直球過ぎた!! とりあえずまずは連絡先くらい聞きたいんだが如何か!」

 机の上のものを全て薙ぎ払うような動作で無かったことにする!

 こうなれば勢いに身を任せるしかあるまい!

 

「えっ、ちょっとまって。今のはつまり……、likeとloveのどっちなの?」

 額に手を当て、一周回ってなんか冷静に考える彼女。

 必死に思考を纏めようとしているのは伝わるが、せっかくナシにした話題を戻すのではない!

 

「ぬぅははは! もちろんloveに決まっている!!」

 こうなればもう行くところまで行くしかあるまい!

 

「きゃあああぁぁぁ!!」

「ファーーーー!! 何をする!!」

 なんか知らんがいきなりブン殴ってきた!!

 もちろん私はそれを華麗に回避!!

 

「だ、だって! そんな、こんなの初めてで! こ、拳を振り回すしかないじゃない!!」

「そんな人間はなかなかいないと思うぞ!?」

 顔を真っ赤にして肩で息をしている様はもはや理性を失いかけている。

 

「ここに居るじゃないの! バーカ!」

「逆ギレはよせ!! それで……どうなのだ!?」

 そして地味に私の体力の限界が近い……。

 早く答えを聞かなければ。

 重要な事だが、そう言えば負傷していたのを忘れていた!

 

「どうって……その、よ、良く分からないけど、連絡先くらい教えたげるわ! でも、アンタの事、別に嫌いではない、から――」

 

 この時の彼女は、照れ顔を必死に隠そうとして、多分見ていたら凄く可愛かったと思うのだが。

 

 後に聞いた話によると、残念ながらこの時の私は既に意識を失っていて、

 目を合わせられなくてそっぽ向いていた彼女は、次の瞬間に初めて気づいたのだという。

 

「――って、気絶してるぅぅーーー!!」

 

 

 ――そして、最悪なことに外から逃げ込んだ格納庫の入り口でこのやり取りをしていたため、一連の流れはほぼ余す所無く、艦内格納庫要員や撤退したEDF兵士に見られ、伝説のバカップル誕生の瞬間として、末永く語り継がれるのであった。

 

 




あれ、おかしいな、突然シリアスさんがログアウトされた……。
とは言え、10話にしてようやくヒロイン登場しました。
長かった……。
若干作者暴走気味ですが、
これからもよろしくお願いします。

以下人物紹介などなど。

瀬川葵(せがわあおい)(24)
 EDF第一降下翼兵団第二中隊”ペイルウイング”第二小隊員。
 階級は少尉。
 ウイングダイバー部隊は、高価な装備と高度な専門知識が要求されるので、最低階級が少尉からになっている。
 ”じゃじゃ馬”という言葉がピタリと当てはまる様な破天荒な性格だが、邪悪さはない。
 そして本作のメインヒロインだが、早くもシリアスブレイカーの片鱗を見せていて不安。

▼プラズマ・エネルギー・ユニット
 略してPEユニット。
 ウイングタイバーの装備の中枢で、飛行ユニットと呼称されることもある。
 フォーリナーシップの技術を解析して確立された新たなエネルギーを動力として使用している。
 プラズマエネルギーの正体や仕組みは大半が謎に包まれていて、既存の物理学におけるプラズマとは全くの別物とされている。
 公にされない長年の人体実験によって女性の脳波でのみコントロールすることが可能。
 よって、特殊なヘルメットとPEユニットで脳波をリンクさせる”サイオニックリンク”というシステムにとって飛行をコントロールしている。
 しかし人間一人の脳波では、操れる量に限度があるらしく、暴走を防ぐために一人に割り当てられる出力は最小限のものになっている。
 プラズマエネルギー自体は、理論上無限大のエネルギーとされているが、運動エネルギーなど他のエネルギーに変換されると膨大な熱量が発生してしまい、一定消費毎に冷却が必須となっている。
 以上の問題点から、大規模発電施設や、戦車などの大型兵器に組み込む事は、技術的に難しいのが現状である。
 
▼E1プラズマランチャー
 ウイングダイバーの唯一の武装。
 PEユニットから直接エネルギーを送り込んで発射する粒子砲の一種。
 弾切れが存在しないという既存の兵器の常識を覆す新兵器だが、熱量過多による射撃不能や、肝心の威力や精度がEDF製ゴリアス1に劣るという問題もある。
 他にもプラズマエネルギーを変換した光学兵器や雷撃兵器の研究が進んでいるが、実用には程遠い。

▼ネプチューン級汎用潜水艦
 EDFが海軍に配備したEDF製汎用潜水艦。
 潜水艦を含む、海軍艦艇の設計・新造・量産には莫大な費用が掛かる為、EDFは世界中の海軍から艦艇・潜水艦を購入し、世界中の海に配備している。
 しかし、その中でも世界中のEDF海軍工廠・造船工廠にて多くの新造艦を造船し続けている。
 ネプチューン級もそのうちの一つであり、最新の技術を織り込んだ新鋭潜水艦でありながら、既に量産体制が整い、5年前から世界中の海に配備されている。
 洋上・沿岸部への攻撃も可能な船首魚雷と、多くのVLSが装備。
 VLSには小型で大量に搭載されるライオニックU20ミサイルや、艦艇攻撃・火力支援に優れた長射程のAH巡航ミサイルを搭載可能。

 


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幕間1 報告書/開発室

 西暦2022年7月11日。

 それは、人類にとって最悪の戦争の幕開けとなった日であった。

 

 フォーリナーの襲来は、全世界を一瞬にしてパニックに陥れた。

 原因不明の通信障害が世界中を飲み込み、高度な情報共有技術によって成り立っていた現代社会は一時的とは言え完全に崩壊していたのだ。

 

 それだけでも大惨事と言えるが、本命はもちろん巨大生物の襲来だった。

 上空から降り注ぐ機械的な塔から出現する巨大生物は、地球上の大都市を集中的に襲った。

 その中でも特に大規模な戦闘が発生したのはニューヨークなど北米東海岸、北京、モスクワ、ロンドンなど欧州各国、そして東京など日本首都圏である。

 

 巨大生物は対空攻撃能力をほぼ持たない。

 しかしながらなぜこれほどの被害が出たのかと言うと、民間人の避難も間に合わないほど、都市部に浸透してしまった為、上空からの爆撃が制限されてしまったからである。

 よって陸上部隊による民間人救助と巨大生物駆除を並行して行ったため、双方におびただしい被害が出てしまった。

 

 また、各国軍やEDFは完全に指揮系統が寸断されてしまい、住民を見殺しにして撤退したり、逆に末端司令部ごと壊滅すると言った惨事が数多くおこったが、それを記録する事も出来なかった為、実情は不明のままだ。

 

 そして、奮戦した地域は、皮肉にも目印となってしまったのか、恐ろしい結末を迎える事になる。

 

 ジェノサイド・キャノン。

 殺戮者の大砲と名付けられたその一撃は、日本の首都東京に放たれ、その場に半径5kmにも及ぶ巨大なクレーターを穿った。

 爆心地は文字通り消滅し、その余波で形成された衝撃波は、灼熱の炎の津波と化し、半径30km以上を一瞬にして

焼野原に変えた。

 

 天皇陛下、総理大臣、内閣府、防衛省などの各省庁、経済、産業を司るいくつもの巨大企業の本社など、日本のあらゆる組織を束ねる中枢が一瞬にして消し飛んだ。

 その中で、EDF極東方面第11軍司令部だけは難を逃れていた。

 

 神奈川県横須賀市――その東京湾沿いに新設された巨大地下設備、それがEDF極東方面第11軍司令基地である。

 爆心地からは直線距離で約50km。

 影響は免れず、地上設備は壊滅的な打撃を被ったが、地下の損害自体は軽微だった。

 なお、同じ地下基地として生存が期待されていた228基地は、巨大生物の攻撃を受け壊滅状態だった。

 

 そして、悪夢は尚も加速する。

 ジェノサイドキャノンを放ったマザーシップは、それから次々と世界の要衝に爆撃を開始する。

 この攻撃で、シドニー、ロンドン、モスクワ、上海、ニューヨークが巨大なクレーターと化した。

 

 この時点、フォーリナー来襲からわずか3日間で、日本の総人口7%、世界人口の10%が失われたと言われているが、この3日間は人類史上類を見ない混沌とした時期であったため、未だ正確な数字は分かっていない。

 

 一方で、人類にとって幸運だったこともある。

 本書作成時、未だ人類が滅ぼされていない理由はここにある。

 

 開戦前、開戦後共に、一か国の軍隊としては最大最強を誇るアメリカ軍がその司令部を含めて健在であり、その手綱を握る合衆国首都ワシントンD.Cが、何故か開戦直後のジェノサイドキャノンの標的にならなかった事。

 そして、全地球防衛機構軍、EDFの上位組織である国連本部がニューヨークと共に灰燼と化したこと。

 

 この二つである。

 

 国連本部が消滅したことによって、南極にあるEDF総司令部は文字通りの超法規的軍隊となって、以後対フォーリナー戦争の主軸を担っていく。

 特に、開戦直後のジェノサイドキャノンによって首都機能が消滅した国家を統制し、短時間で体裁を整えられた国家が多数あるのは、EDFが国連の手綱から解き放たれた事が大きいだろう。

 

 アメリカ軍に関してはこれの真逆で、既に完成された、EDFに次ぐ国際的に巨大な軍隊が健在だったことは、アメリカだけでなく世界中の戦線で非常に大きな戦力となっていた。

 特に、EDFにはない補給・兵站技術は世界中の戦線で大きな意味を成した。

 

 我々の星で最も巨大で最も強い二つの軍隊を残したことは、フォーリナーの戦略で最大の過ちだろう。

 

(中略)

 

 前述の通り、首都東京はジェノサイドキャノンによって深く穿たれたクレーターと化し、政府首脳陣を含む延べ1200万人が僅か3日間で犠牲となった。

 日本国の象徴と言える天皇陛下も失い、日本国民は絶望の底へと叩き落される。

 その上、廃墟となった関東周辺で巨大生物は地下に巣を作り繁殖し、日本は関東を中心にほぼ東西に分かたれた。

 

 そんな国家崩壊レベルの打撃から日本が立ち上がり、今や世界の主戦力となっているのは、EDF極東方面第1軍司令基地が健在であり、孤立しつつあった日本の東西をつなぎ合わせたからである。

 EDF極東方面第11軍司令部はジェノサイド攻撃の直ぐ後、強引とも言える手法で自衛隊を指揮下に加え、関東から拡散する巨大生物駆逐に全力を挙げた。

 そして日本は、消滅した現政府に変わり、完全に新設した臨時新政府を結成し、京都を日本国臨時首都として機能させた。

 

 だが、際限なく増え続ける巨大生物に東京、埼玉、群馬、栃木の各一部地域が制圧され、日本はもはや新潟と極東司令部の一部を除き東西に分断されていた。

 そして東京跡のクレーターには、わずかだが巨大化しつつある巨大生物の巣のようなものまで発見された。

 

 これを攻略する余裕は、この時の日本にはまだ無かった。

  

 

――2022年7月20日 横須賀 EDF極東方面第11軍司令基地 地下エリア 先進技術研究開発部 第一室――

 

 

「これは……アタシ達を過労死させる気かい?」

 雑多な印象を受ける事務室の一角。

 そこで薄汚れた白衣を身に纏う妙齢の女性が、書類の束をパラパラと捲って気だるげな様子で呟いた。

 

「フン、貴様らの戦場は開発室だろう? ならばそこで息絶えるまで奮闘するのに何の不満がある。いいか? ここに居るなら我らは皆EDFだ。死を恐れるな。それとだな、私は上官だぞ茨城尚美技術少佐! なんだその態度は!?」

 軍服をきっちり着込んだ生真面目そうな男性は、自身の階級章”中佐”を見せつけるように怒鳴った。

 

「階級の一個や二個くらいで騒ぐなよみっともない。それにしてもそのセリフいいね、アタシらの戦場は開発室っての。下の奴に発破掛けるとき使わせてもらうよ」

 

 散らかった机の上に肘をつき、イスで脚を組んでいる上、目線すら合わせず資料を読んでいる様子は、とても上官に対する態度とは思えない。

 が、そんな彼女、茨城尚美技術少佐は、ここ先進技術研究開発部第一室の室長なのだ。

 

 対する男は、先進技術研究開発部部長。

 つまり直属の上官だ。

 彼が茨城少佐に渡した書類は、巨大生物襲撃を受けて陸戦歩兵、ウイングダイバー、フェンサーから要望や現状の問題点を纏めたものである。

 

 その希望を可能な限り叶えた武器を、決められた日時までに完成させろ、という内容が書かれていた。

 

「だいたいねぇ、最近ウチには色んな大学や研究所から人間が出入りしてて、まともに室員管理も……。ってこれ、予算空欄なんだけど」

 茨城は、パラパラ捲っていた書類の空欄を見逃さず、高杉にそのページを開いて見せた。

 

「不備ではない、今から話すところだが、予算は無制限だ」

「……は?」

 思わずメガネがズレる茨城。

 

「予算は無制限。資材も物理的に不可能でなければいくらでも渡してやる。当然電力もここに最優先で回してやるし、頭脳が欲しかったら我々のコネを総動員して世界中から天才を引っ張って来てやる。兵器の試射に使う兵士はさすがに制限しなければならんが、地下の演習場は常時開放する。ただし地上は無理だ、ただでさえ設備が壊滅して復旧もままならないし、今は常に兵士共が行き来しているのでな。さて、質問はあるかな?」

 

 破格、いや破格以上のぶっ壊れ待遇だった。

 それは彼女の技術屋としての血を騒ぎ立たせるには十分だった。

 

 予算とは、常にモノづくりで苦労する所だ。

 いかな高品質高性能を実現する技術があれど、予算と言う壁に敗れ去り、物理的に可能な製品に仕上げられないことは、技術屋にとって無念であり、しかし絶対に存在する壁だった。

 

 それがない。

 つまり、早い話が”なんでもやりたい放題”という訳だ。

 これが心躍らずにいられるだろうか?

 

「ふふっ……そうかい。そういう事なら話は別さ。過労死上等、目ん玉飛び出る超兵器を作り上げてやるよ。ところで例の巨大生物のデータはこれっぽっちかい? もっと戦闘のデータが欲しい」 

 茨城は傍目にはさして変わらないテンションで、しかし軽快にキーボードを叩き出し、事前に転送されていたデータを呼び出す。

 

「そういうと思ってお客さんを連れてきたぞ。もう着く頃だ。エレベーターへ行くぞ」

 高杉の後に続き、茨城は部屋を出て、開発部多目的実験場前の大型搬入エレベーターへ向かう。

 そこにある巨大な荷物を見て、茨城は眉を上げた。

   

「巨大生物……死骸かい?」

「その通り、生きていては流石に持ってこれませんので。初めまして。私は、EDF南極総司令部戦略情報部一課のエレナ・エルフェート・リーヴス少佐です。こちらは部下のアドリアーネ・ルアルディ中尉です」

「よろしくお願いします!」

 

 二人とも流暢な日本語で、茨城は少々面食らったが、戦略情報部ならば話は分かる。

 EDFの中でもかなりのエリートに入る上層部で、世界中の戦略情報に精通しているのだから。

 

「これはこれは……。私はEDF極東方面軍、先進技術研究開発部第一室を預かる茨城尚美技術少佐だ。どうぞよろしく」

 握手する。

 

「情報部の二人には茨城少佐の開発部と共に対巨大生物用次世代兵器開発及び巨大生物の研究解剖を行ってほしい。その結果に、日本の……いや、世界の命運がかかっている。茨城少佐。戦闘データは彼女たちから直接聞いてくれ」

「へぇ……。値千金の機密情報を制限なしで得られるって訳ね……。役得役得」

「機密は機密ですよ! 簡単にしゃべったりしません! リーヴス少佐ぁ、この人大丈夫ですか?」

 眼鏡に手を当てて、クツクツと笑う茨城少佐に対して、ルアルディ中尉は半歩引きながらリーヴス少佐に助けを求める。

 

「大丈夫ですよアドリア。茨城博士と言えば、日本でもトップクラスの物理学者で、PEユニットの研究開発を主導した比類なき天才ですから」

「なるほど、値千金はお互い様って訳か。いいね、気に入った。じゃあ早速だがそいつの素材バラさせてくれよ。おっと、その前にウチの奴らに状況説明しないとな。おおい、ちょいとこっち集まってくれよ」

 気だるげな彼女は大声を上げたくないのか、ダルそうな動作でそこら辺の金属棒で床を鳴らす。

 それが集合の合図として恒例になっているのか、直ぐに開発室のメンバーは集まった。

 

 そしてこれから二週間の間、ここ日本の開発部から数々の強力な新兵器が生まれた事は、その後の日本の戦史に大きな意味を与えたのだった。

 

 




幕間です。
主人公復活までしばらく待ってね!
それでは人物とか用語とか説明。
もうちょい溜まってきたらいずれ後書きでなくちゃんと作りたいです。

▼EDF極東方面軍第11軍司令基地
 神奈川県横須賀市にある極東方面軍最大の基地であり、巨大地下要塞。
 フォーリナー来襲に備え、莫大な予算と最新技術で設計されたそれはまさに要塞。
 地上には滑走路、地下に格納庫、さらに大規模な軍港も兼ね、陸軍海軍空軍が全て揃っている。
 大容量の地下シェルターとしての役割も備えており、非常用司令部や、先進技術開発部の研究室も地下にある。 

茨城尚美(いばらきなおみ)(37)
 EDF先進技術研究開発部第一室室長。
 階級は技術少佐。
 第一室はウイングダイバー系統の装備を扱っている。
 薄汚れた白衣に咥え煙草、気だるそうな態度にズレた眼鏡を掛け、目の下に隈を作っている天才物理学者。
 PEユニットの主任研究員であり、日本が世界に誇る大天才の一人。

高杉達朗(たかすぎたつろう)(45)
 EDF先進技術研究開発部部長。技術中佐。
 組織上の開発部のトップだが、その仕事は主に第一室の上位組織として戦場の兵士と武器開発の現場を繋ぐ役割など、事務仕事が大半を占めている。
 実際の兵器開発は第一室・第二室などが行っている。
 

 几帳面で生真面目な性格で、茨城博士とは折り合いが悪い。

▼エレナ・エルフェート・リーヴス(34)
 EDF南極総司令部戦略情報部一課の少佐。
 アメリカ人女性。情報調査や作戦立案のエキスパートであり、いくつもの機密情報開示の権限を持っている。
 今回は日本の開発部への期待を持って、戦略情報部の指示で何人かの人員と共に来日した。
 ちなみに南極司令部にも大規模な開発室があり、そちらでも当然新兵器の開発や敵の研究を行っている。
 もちろんゲームに出てきたあの人です。
 戦略情報部とはだいぶ上位の組織っぽかったので(オペレーションオメガの発動権限握ってたしね)総司令部直轄という事でアメリカ人にしました。

▼アドリアーネ・ルアルディ(24)
 EDF南極総司令部戦略情報部一課所属。
 イタリア人女性で中尉。
 リーヴス少佐の部下であり、右腕。
 まだ若いにもかかわらず卓越した情報分析能力を誇り、リーヴス少佐に気に入られている。
 こちらはたま子……ではなく少佐の部下のオペ子ちゃん。
 あんまりにもあんまりなので、こっちの彼女はたまご教に目覚めない……予定です。
 


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幕間2 その男の半生/緊急報告会議

また幕間です
次話は本編の予定


 仙崎誠という男は、生まれは大層な大金持ちで、平たく言えばボンボンだった。

 母親は名のある有名デザイナーで、父親は高級百貨店の社長。

 家は豪邸、家庭は温和、才能は潤沢。

 誰もが羨む環境に生まれた仙崎誠は、何一つ不自由なく育った――訳ではなかった。

 

 部屋に居ればちょっとしたことで上から物が落下し、食事を食べれば食あたり、外で遊べば人とぶつかり転倒。

 両親や自身も、最初は仙崎誠自身の不注意から起きた事と思い、気を付けていた。

 

 だがどれほど注意を払おうと、まるで狙い済ましたかのように注意の隙間を縫って仙崎に危害を加えようとする。

 ちょっと転倒しただけで、偶然打ちどころが悪くて大けがに発展するケースもあり、危険を未然に防ぐことが出来ないと悟った仙崎は、起きた危険を回避する術を自然と身に着けていく。

 

 そんな仙崎の事態をいい加減ただ事ではないと察した両親は、悪霊など霊的仕業と予想し、幾度も神社や霊媒師を訪ねた。

 結果は出なかったが、そんな中一人の霊媒師はこう言った。

 

「いえ、悪霊ではありません。もっと恐ろしい事です。分かりやすい言葉で言うならそうですね……彼には、幸運が著しく少ない……。”運”が無いのです。ええ、そうです、目には見えませんが、”運勢”というのは、誰にでも存在するものです。彼はそれがとても悪い。運気を上げる方法? 気休めにしかなりませんが、こちらの数珠を――」

 

 その霊媒師が優秀だったのかどうかは不明だが、”運”がない、なんてことは当時10歳程度だった仙崎にもとっくに分かっていた為、今更何をというのが率直な感想だった。

 だが両親はそれを真に受けたようで、以来家には怪しげな数珠や壺やお札が大量に設置された。

 

 しかし不幸体質は治る兆しを見せず、小学校でも”薄気味悪い家に住む根暗な優等生”として煙たがられていく。

 関わると仙崎の不幸に巻き込まれてロクな事が起きない為、いじめを受けたが直ぐにそれも無くなって孤立した。

 そのことをポロっと両親に口にしてしまった。

 この頃の仙崎は、自身の身の回りの危険を回避する事が精いっぱいで、両親に隠し事をする気などサラサラなかったのだ。

 

 そしてその深夜、意見が割れたのを仙崎は聞いてしまった。

 

「だから言っただろう! こんなものは何の役にも立たないと!」

「じゃあ他にいい方法があるって言うの!? このままじゃこの子、呪い殺されてしまうわ!」

 

「呪いではないと何度言ったら分かるのだ! それに、誠はもう自分で危険を回避する方法を知ってる。だったらこんなもの取り払って、落下物を少なくする方がよほど有意義だろ!」

「そんな事を言って……本当は貴方が邪魔に思っているだけでしょう!? せっかくお金持ちの家に婿入りしたのに、資産は増えるどころか減るばかりってね!」

 

「それは誠のせいじゃない……。会社の経営が上手くいっていない、それはこの前も話しただろ!」

「ええ聞いたわ。だからこそ、仙崎家のお見合いに二つ返事で応えたんでしょう?」

 

「そんな何年も前の事を持ち出して話をすり替えるな! 今は誠の話だろ! こんな物何の意味も無い。誠も嫌がってる。金だって幾ら掛かってると思ってる! 資産が無限じゃないのはお前が一番知ってるだろ!」

「ほら、やっぱりお金の話。前に話してたウン億のクルーザーが欲しいだけでしょ?」

 

「違う! 私は誠の為を思って――」

「嘘よ! 神頼みの他に方法は無いの! これを撤去して、そのせいでこの子が死んでしまったらどうするの!? 息子はこの子しかいないのよ!」

 

「なんだその言い方は……。じゃあ他の子が居ればいいって言うのか!?」

「そんな事は……」

 

「ふん、お前は結局、仙崎家の跡取りが居ればいいってだけだろう! こんな出来の良い息子を手放したくはないよな、そりゃそうだ! 誠の自由と意思を雁字搦めにしても守りたくなる訳だ!」

「それの何が悪いって言うのよ! 死んでしまったら何も残らないのよ!! そんなに不満があるのなら、この子を置いてこの家から出ていきなさいよ!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 襖の隙間からその一部始終を聞いた仙崎は、この時初めて父親が婿入りしていたことを知った。

 そして、自分が思っていたほど、両親の仲は良くなかったのだという事を。

 

 それから両親の喧嘩は続き、中学へ進級後、ついに両親の離婚が決まった。

 そこでまた仙崎をどちらで引き取るか揉める中、事態は思わぬ方法で終息した。

 

 火事だった。

 

 深夜、吸い込んだ煙に生命の危機を感じた仙崎は、両親を探すが予想以上の火の手の回りに脱出を優先した。

 常人なら妄想と捨て置ける程緻密に描かれた脳内の非常逃走ルートを走り、幾度もの進路変更を余儀なくされながら広大な屋敷を駆け回り、外へたどり着く。

 

 その結果、仙崎は一人生き残り、家族は全滅。

 そして出火元は皮肉にも、風水に従って設置された複数の鏡に反射した日光によって、熱せられたお札が自然発火、という救いようもないものだった。

 豪邸に相応しいいくつもの消火機能も別々の理由で機能不全を起こし、殆ど役に立たなかったそうだ。

 

 仙崎家は失墜し、遠い親戚に拾われた仙崎は、そこで中学校に転校する。

 そして入学後程なくして行われた避難訓練の余りにもお遊び的な内容に対して、

 

「先生方!! なんなのですかこの杜撰な内容の避難訓練は!? 火災時にあのようにゆっくりと列を作っている暇があるとお思いですか!? 整列も重要ですが室内にいては煙は想像よりはるかに回り、火の手は逃げ道を塞ぎます! 理想は今のように濡れタオルを口に当て、姿勢を低くして移動する事ですが、この人数でそれをやっては移動に時間がかかりすぎるのです! その上防火扉が閉じてしまえば一列での通行になります! それとそもそもの話、災害とは突然やって来るもの! あのように事前に知らされていては我々も緊張感が皆無であり、訓練に何の意味ももたらさないではありませんか!? 事実我らのクラスメイトは「授業さぼれるヤッター」くらいの感想しか持ち合わせていません! それとこの消火設備は――」

 

 などと物凄い剣幕で教員達に押しかけ、良くいる「警報が鳴ってから校庭に避難するまで〇分掛かりました」と言おうとしていた校長の顔を引きつらせた。

 客観的に見て仙崎は至極真っ当な事を言ったのだが、仕事を増やしたくない教員には”面倒な生徒”、同級生には”中一なのに厨二病患者”としか見られなかった。

 

 それでも、良家の教育から出た変わった口調と、何でもそつなくこなす才能や努力、そして並外れた不幸に対する危機回避能力、それらを全て吹き飛ばす程の奇抜な性格に引かれ、何人かの友達が出来た。

 

 そして中学二年の夏休み。

 遊んでいた仙崎と友達3人は、暴走トラックに巻き込まれて3人が死亡した。

 ただ一人生き残った仙崎を待っていたのは”人殺し”の烙印だった。

 

 一部始終を見ていた同級生が、呆ける友達三人を背に、一人だけ速攻で動き、紙一重でトラックを躱した仙崎の事を脚色して流布した事が原因だった。

 この頃の仙崎は、自身への脅威に対し、条件反射のような反応で回避する癖が付いており、それが働いただけの事だ。

 

 だが、広まった話は友達を押しのけて自分だけ助かった、というものだった。

 否定はしなかった。

 助けようと思えば助けられたのかも知れない、という思いが仙崎にもあったからだ。

 

 以来仙崎は、人と積極的に関わることを否定し、孤独に徹するようになった。

 口も滅多に開かなくなり、意識して出していた存在感を消した。

 他人はそれを事故のショックだろうとカウンセリングなどが何回も来たが、急に全てが面倒になって適当にあしらった。

 

 野外活動や修学旅行など、行く先で事故に巻き込まれる可能性しか思いつかないので欠席した。

 登校中、ものが降ってきたり自転車や車が突っ込んできたりしたが全て回避した。

 食あたりは食べた瞬間に判別出来るようになり、口に含んでトイレに走って吐き出した。

 そのせいで変な渾名で呼ばれるようになったが、本人は覚えていない。

 

 運は無いが、本当に頭脳や運動神経は冴えていたので、成績良好はもちろん、起こりうる問題に対して対策を立てて実行し無事回避する、という危機回避能力に長けていた。

 

 そうして高校まで進学し、卒業を迎える頃には、”運命の殺意”に十分抗える力と直感を手にしていた。

 直感とは、”運命の殺意”に対抗する為の直感。

 何かが起こる前に、何となく死の予感がするという感覚を得るまでに至っていた。

 

 そして同時に、死に場所を求めるようになっていた。

 どこへ行っても”運命の殺意”が迫ってくる仙崎では、どの企業でも満足に働けないだろうし、同僚と仲良くする事すら難しい。

 それに、仙崎はもう疲れてしまっていた。

 

 自棄になった仙崎が選んだ先は、死に最も近い職業、軍隊だった。

 

 EDF。

 対地球外生命体(フォーリナー)の超法規的軍隊を謳うそれは、しかしどこぞのテロリストに武器を奪われ内戦に加担し始めたという。

 その苛烈な戦場に足を踏み込めば、自分も死ねるだろうか。

 もしくは、仲間が死んで自分だけ生き残るのか。

 

 それでもいい、誰が死のうが構うものか。

 どうせ運命が殺しに来るのなら、いっそ極地でどこまで抗えるか試してみよう。

 そんなことを考えた仙崎は、久方ぶりに自分が笑みを浮かべている事に気付き、それが決心となった。

 

 

――2022年7月25日 南極大陸ウィルクスランド沿岸・EDF南極総司令部・地下5階大会議室 side:カーラスト大佐――

 

 

 私は緊張のあまり、もう何度目かのミネラルウォーターを口にする。

 ここで行われているのは、EDFの今後の命運を決める重大な会議。

 私には知らされていなかった、各地の被害の全貌が明らかになるにつれ、意識が遠のく程の戦慄と危機感が迫る。

 人類は今、紛れもなく滅ぼされかけている。

 

 私は、南極総司令部戦略情報部一課の課長を務めている。

 巨大生物の生態及び行動について報告するのが私の役割だ。

 

「――というのが我々中央アジア方面軍の現状です。ですが、ですがロシア正規軍は、モスクワに建造された敵拠点――失礼、インセクトハイヴに対し、先日23日深夜、核攻撃を加えたと報告が上がりました」

 

 中央アジア方面軍の参謀総長の言葉に、私を含む佐官(少佐~大佐)の面々は驚愕していた。

 一方、将官(准将~大将)の方々は事前に知っていたようで、苦い顔をするに留まった。

 

「これが、核攻撃前の旧モスクワ付近の衛星写真です」

 

 スクリーンに衛星写真が写った。

 最新技術によりそれなりの解像度ではっきりと見える。

 

 首都だったモスクワの面影はまるで無く、巨大なクレーターの中央に、岩を盛り上げたかのような歪な巨塔が写っている。

 これが、EDF呼称”インセクトハイヴ”。

 現在、東京・ニューヨーク・モスクワ・上海・シドニー・ロンドンの六ケ所に同様のものが確認されている。

 そのインセクトハイヴの周囲は、黒い何かで埋め尽くされている――全て巨大生物だ。

 

「この段階で、推定20万体以上の巨大生物が存在し、更に付近の空域に10隻の”レイドシップ”が浮遊していたと確認しています」

「そしてこちらが――」

 

 写真が切り替わる。

 そこには、基部を失い、見事に倒壊しているインセクトハイヴの姿があった。

 

「――核攻撃後の衛星写真です。使用された核弾頭は戦略クラスで数は13発。モヴェンスキー戦略ミサイル軍基地の地下サイロから発射されています。全て目標付近にて起爆成功。地表に居る巨大生物全ての撃破に成功しています。ですが――」

 

 また別の写真に切り替わる。

 今度は無人偵察機の映像だ。

 

「――レイドシップは、無傷でした。主だった損害は見られず、この後更に東部へと侵攻し、巨大生物を投下しています。さらに、インセクトハイヴ地上構造物に甚大な被害を与えましたが、地下巣穴は未だ健在な上、付近は高濃度の放射能汚染に塗れたため、巣穴の攻略作戦の実行は困難と思われます」

 

 落胆の表情が会議室を閉める。

 当然だ。

 現人類最大の火力を持つ兵器、核兵器を以てしてなお、レイドシップは傷つかない上、巨大生物を殲滅しきる事すら出来ないとは……。

 

「……核攻撃は、我々の持ちうる最も強力な矛だが、同時に我々の首も絞める諸刃の剣だ。放射能除去技術は数年前とは格段に進歩しているとは言え、それは変わらぬ事実だ。まして、それで敵転送船を落とせないのなら、使用局面は限られる。今後の使用は厳重に検討するよう、各国軍にも願いたいものだ」

 

 バートランド・F・グレンソン大将――EDF総司令官が低い声を唸らせるように呟く。

 恐らく、ロシア正規軍がEDFの制止を振り切って起こした行動だったのだろう。

 

 だが、これで分かった。

 現状、あのレイドシップは無敵だ。

 

「報告は以上ですか? では最後、中南米方面軍、グルフィ海軍大佐」

 進行役を務める南極総司令部統合参謀総長補佐官が指名する。

 

「は。中南米大陸には現在、フォーリナー勢力による侵攻は発生しておらず、兵器工場を限界稼働させ、北米へ物資の運搬を行っております。稼働状況は――」

 

 現在のところ、世界的に戦況が激化している地域は、北米東部戦線、極東日本戦線、欧州英国戦線、豪州大陸南部戦線、中国戦線、そしてモスクワを中心に拡大する北欧戦線、東欧戦線、西露戦線、中東戦線と世界中に渡っている。

 

 いずれもマザーシップによる大規模爆撃を受けた地域から広がり、そして現在インセクトハイヴが建造されている地域でもある。

 一方で南米大陸、アフリカ大陸、南極大陸は現在全く侵攻は起こっていない。

 

「――となっております。以上が大陸の状況ですがもうひとつ。我々中南米方面軍カリブ海海軍は、カリブ海に静止していたマザーシップに攻撃を行い、そして敗れました。作戦の詳細はこちらです」

 

 またしても室内がざわつき、スクリーンに詳細が写る。

 モスクワ核攻撃に次ぐ、人類からの攻勢作戦……いや、日付を見ると20日なのでこちらが先だ。

 カリブ海周辺や中南米大西洋方面からかき集めたEDF中南米方面軍連合艦隊が集結。

 戦艦4隻、空母2隻、巡洋艦15隻他から成る艦隊で1時間に渡り一方的に砲撃を続けた。

 

 しかし、マザーシップ一隻、レイドシップ13隻の集団に一切の損害を与える事無く、マザーシップの砲撃によって戦艦2隻、巡洋艦7隻が一撃で撃沈し、艦隊は撤退したという。

 

 なるほど、この結果を受けて、ロシア正規軍は核攻撃を叩きこむしかないと判断したわけだ。

 

「特筆すべきは、マザーシップの砲撃の精密さです。かの巨大砲台が発光した際、薙ぎ払うように周囲の艦隊を次々照射していきました。大陸へクレーターを穿った時のような、無差別な一撃ではありませんでした。以上で報告を終わります」

 

 グルフィ海軍大佐は報告を終え、着席した。

 

「以上で各戦線、各方面軍の戦況報告を終わります。続いて各フォーリナー勢力の報告を」

 参謀総長補佐官が報告会を進行させる。

 




本当は会議の中に巨大生物とかの解説を入れてましたが、詳しく書きすぎてグダグダ長い上に会話に上手く捻じ込むのムズかったんで諦めました。
開き直って簡単に解説します。

▼侵略性巨大外来生物α型
 見た目は巨大な蟻だが、中身は地球のそれとは全くの別物。
 噛みつきと強酸噴射が攻撃方法。
 強酸は化学反応を起こす際、可燃物を燃焼させるほどの熱を発する事もある。
 人間を主な食料とするが、車輛や建造物など無機物も消化してエネルギーに変える。
 群れで行動するが知能は浅く、簡単な陽動にも引っかかる為罠が有効。

▼レイドシップ
 銀色の飛行物体。
 大きさは全長200m、全幅140m、全高70m程度で、人類最大の航空機を遥かに上回る。
 核攻撃でも破れない強固な装甲を持ち、現時点では撃墜不可能。
 前部中央のハッチから巨大生物を無尽蔵に投下するが、投下には最短5分程度のインターバルがある。
 ハッチの内部が構造上弱点であると予想されるが、攻撃に成功した試しはない。
 (見た目のイメージと性能はEDF3、4のキャリアーに相当。語感の良さからEDF.IRの名称を採用しています。よってワープして現れたりは無し)

▼レイドアンカー
 巨大生物を転送させる装置。
 マザーシップによって大気圏外から投下され、一定間隔で巨大生物を転送する。
 低速ではあるが大質量を持っているので、直撃すればそれ自体が脅威となる。
 (EDF5のテレポーションアンカーに相当。名前だけ変わった感じ)

▼マザーシップ
 直径約1kmを誇る巨大球体。
 カリブ海戦でEDF海軍の艦砲射撃を集中して喰らったが、もちろんダメージ無し。
 後の調査で判明したが、マザーシップが大気圏に突入する事で、何らかの電波が発生し、それが広範囲にわたって通信障害を発生させていた。
 ジャミングの発生源が熱圏付近と分析されていたのはこの為。
 下部の巨大砲台から発射されるジェノサイドキャノンは、巨大クレーターを穿つ程の強力なレーザー兵器。
 出力を絞った精密照射も可能。



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第二章 西関東防衛線戦
第十一話 再びEDFへ


新章突入です!
ここからオリキャラもガンガン出していきます。
ついてこれるかな?


――2023年1月16日神奈川県横須賀市 EDF軍病院(旧横須賀市立病院)side:仙崎誠――

 

「うん。検査結果は問題なしだ。退院を許可する、仙崎伍長。怪我をしたらいつでも戻って来ると良い。死体になる前にな?」

 カルテを手にし、私の主治医が満足げな顔で許可を出す。

  

「ぬぁはは、避けることに自信がある私だが、戦場では何が起こるか分からんのでな。その時はまたよろしく頼む」

 私は右手を出し、主治医が握る。

 その握手を最後に、私は一礼し、晴れて退院となった。

 

 病院を出て、極東本部(EDF極東方面第11軍司令本部基地)からの迎えを待つ。

 

「しかし、あれから約半年とは……。存外、長かったものだ」

 フォーリナーの強襲に巻き込まれ、銃を持ち、228基地で、横浜で、死闘を演じてから半年たった。

 あの激戦により、治癒剤の過剰投与と全身の負傷により、輸送船に拾われた私は気を失った。

 あの主治医の軍医殿には、死んでもおかしく無い程の重傷だったと言われたが、優秀な軍医殿達によって何とかこうして生きている。

 

 そして入院中、私の希望でEDFに再入隊させてもらった。

 というより、深刻な人員不足に陥ったEDF人事部からの半ば強制的勧誘だったが、まあ私としても意思は固まっていたので即復帰が決まった。

 

 元軍人という事で面倒な手続きを全て吹き飛ばし、退院後即配属という異例のスピード復帰という訳だ。

 

「そして私の所属は第88レンジャー中隊レンジャー2-1分隊、か。分隊長は大林浩二中尉……」

 

 今朝ようやく届いた私の配属先にはそう書いてあった。

 大林中尉とは……、確か228基地で出会っている。

 荒瀬軍曹の臨時の上官だったはず。

 それに中尉で分隊長とは……、よほど人員が足りていないのだろうか。

 

 それにしても、梶川大尉のフラウンダー中隊ではないようで安心した。

 

「彼の中隊のメンツはかなり濃い様子だからな……。私以上変人など、こちらが疲れるだけだ」

 

 変人としての自覚があるあたり、無い者よりは幾ばくかマシである筈だ。

 とは言え、私としても戦闘以外の時は平和的に過ごしたいと思っている。

 戦死した宗原少尉からうかがった話だと、かなりの脳筋豪快荒くれ集団との事だ。

 

 と、考え事をしていると、ようやく迎えのEDF製高機動車が現れ、私の前に停車した。

 

「お久しぶりっす仙崎さん。お迎えに上がりましたー」

 運転席から顔を出したのは、なんと水原だった。

 

「貴様は、水原!? あの阿呆の水原か!?」

「ちょ、そりゃあんまりっすよ仙崎さん!」

 心外、と言った顔をする水原の隣から、聞き覚えの無い豪快な笑い声が聞こえた。

 

「だぁーっはっはっは! 水原! そのまんまじゃねぇか! コイツぁ傑作だ! だはは、ひぃーっひっひ!」

 腹を抱えて笑う……いや笑いすぎではないか!?

 呼吸に苦しんでいるぞ!?

 

「あー……、気にしないでください、コイツ笑い上戸なんすよ。とりあえず、乗ってくださいっす」

「あ、ああ。お迎えご苦労」

 なかなかインパクトの強い初対面に顔を引き攣らせつつ、後部座席に座る。

 軽快な切り返しで、高機動車は道を引き返し、極東本部へ向かう。

 

「それにしても驚いたぞ。迎えに来たという事は、水原も私と同じ分隊という事か?」

「そーっすね。ええと、俺の元居た分隊、結局俺しか生き残らなかったんで、あの後新しく作られた中隊に編入されたんすよ。あ、荒瀬軍曹も同じ小隊で、分隊はレンジャー2-2にいるっすよ。ウチの分隊だと、多分仙崎さんが知ってるのは俺ぐらいっすね」

 

「なるほど。で、そちらのよく笑う青年は?」

 

「あー、同じ分隊の、新垣巌(あらがきいわお)兵長っす」

「どうも、新垣です。親しみを込めて、どうぞガッキーとお呼びくだされ。ふふっ」

 新垣、と名乗った青年は、まああれだ、ゴツい。

 ここからでは振り返った姿しか見えないが、軍人らしくガッシリとした体格で、腕っぷしは強そうである。

 

 反面と言うか、顔つきはやたらとにこやかで人懐っこさを感じさせる。

 いや、にこやかと言うか今ちょっと笑ってなかったか?

 

「なんで笑ったのか分からんが、その呼び方は何となくご遠慮させて貰おう」

「やっぱり駄目かぁ! だぁーっはっは!! 今のところ一人しか呼んでくれないのですよ! だぁーっはっはっは!!」

 

 なんだこいつ!

 うるさい事この上ないぞ!

 車内と言う密閉空間で馬鹿笑いするのではない!!

 

「水原、この男はいつもこうなのか?」

「いっつもこうっす。いやー、今日も平和っすねー」

 既に慣れたという事なのか、水原にとっては馬鹿笑いする新垣も、日常の一部らしい。

 

――30分後――

 

 極東本部――正式名称、EDF極東方面第11統合軍司令本部基地。

 東アジア、極東地域の中でも有数の規模を誇り、日本全体をカバーする第11軍の総本部だ。

 ちなみに、第11軍より上位編成部隊である極東方面軍司令部は中国北京に存在する為、”極東本部”に極東戦域全体を指揮する機関は存在せず、単なる略称である。

 その為この略称は海外では通用しない。

 素人が聞いたら誤解してしまう略称だ、なんとも紛らわしい。

 

 しかしとにかく”極東本部”の名に恥じぬ大規模な統合軍基地ではあった。

 統合軍とは、陸海空軍を統合的に運用する為の編成形式であり、EDFは基本的にこの方式を採用している。

 その為、従来問題であった陸軍と海軍の対立などの諸問題は存在しない。

 

 その象徴である巨大基地・極東本部の門を、私は今くぐった。

 正門周辺を見ると、滑走路や管制塔の他、巨大な通信用パラボラアンテナがあり、空軍基地に見える。

 ジェットエンジンの爆音に振り返ると、ちょうど何機かの戦闘機が離陸したところだった。

 

 そして、視界の奥には軍港も見え、数隻の軍艦の威容が伺える。

 

 それだけでも既に大規模な基地だが、その奥へ車輛を進めると無骨な建物が数棟現れる。

 ここからが陸軍基地のエリアらしい。

 水原の運転するこの車両はそのうちの一つ、地下格納庫へのスロープを降りてゆく。

 

「さ、仙崎さん、B棟はこっちっす」

 水原が案内する。

 私は言われた通り付いてゆくのだが。

 

「あ! ガッキーとスー! ってことはこの人が新人さん!? わ~初めまして! 桜感激!! 握手握手~!!」

 な、なんなのだこいつは!!

 こちらを発見したと思ったら眼にも止まらぬスピードで跳ねながら寄ってきて私の手を掴み高速で振り回すな!

 そして新垣は馬鹿笑いを止めろ!

 

「ええいやめんかぁ! いきなり何をする!! 貴様名を名乗れぃ!!」

 振り回される手を強引に振り払う。

 不意打ちで私の手を取るとは、なんという素早さ……!

 

 それもその筈、その女性は、少女と呼びたくなるほど小柄だった。

 ツナギ姿で全身油まみれにして居るところを見ると、整備兵だろうか。

 

「えっへへ~、照れない照れない! 私、結城桜! 君と同じ伍長なのです! えっへん!」

 体型の割にそこそこな胸を張るそこには、確かに伍長の階級章がある。

 

「だぁーっはっは! 仙崎殿! 彼女こそさっき私が話した、私をガッキーと呼んでくれる分隊の仲間です! しかしいきなり握手をされた仙崎殿の顔! 傑作でしたぞ!!」

 笑い転げる新垣の台詞に、私は引っかかりを覚える。

 

「待て、分隊の仲間だと? 彼女、整備兵ではないのか?」

 埒が明かんので水原に尋ねる。

 

「あー、まあ普通そう思うっすよね、その格好だと。あいつは紛れもないウチの分隊員っすよ。ここで整備兵の真似事してんのは」

「それは桜の趣味なんですっ! 桜、戦闘車両とか銃器とか大好きな、所謂ミリオタってヤツでして、グヘヘ! 非番の時はこうして鋼鉄達と触れ合ってるんです~! あ、まことんも来たし、この後基地見学でもしちゃう系? だったら桜もついてく! 待ってて~! すぐ着替えるから~!」

 風のように桜という女は去っていった。

 

「足速いな彼女……」

「着替えも早いっすよ。さあ、桜が来る前に急ぐっすよ仙崎さん!」

 逃げるように駆け出す我々だが直ぐに、

 

「だはは! 駄目だ水原! もう戻って来たぞ!」

「早っ!? どんだけ一緒に来たかったんすか!? だいたい基地見学なんてやる予定無いんすけど!?」

 我々はエレベーターに乗り込み、水原が閉まるボタンを連打する。

 そんなに連れて行きたくないのか!?

 

「桜も連れてって~!!」

 強引に入ってくる!

 

「だはは! 入れてやれ水原、お前の負けだ! しかしお前らはいつ見ても面白いなぁ! だぁーっはっは!」

「いつも笑ってるガッキー程じゃ無いです! そしてお互い面白いから桜達は夢の永久機関なのです! わーっはっは!」

「ええい! だから密室で馬鹿笑いするでない! だいたい桜! 貴様は笑い方がまるでなっとらん! やるならこうだ! ぬぁーっはっはっは!!」

 

「なーははははは! こうですか? ししょ~!」

「違うわ! もっと勢いを付けろ!」

「だぁーっはっはっは! お前ら俺を笑い殺す気か!?」

「全員、頼むから静かにしろぉぉーー!!」

 

――――

 

「「(つ、疲れた……)」」

 

「ん? どしたの?」

「笑いの勝負では、どうやら俺に軍配が上がったようだな! だはは!!」

 

 長いエレベーターから降りた私と水原は、なぜかゲッソリしていた。

 あの後、水原の制止を聞くことなく、暴走を繰り返した私だったが、

 

「いやなに、何も考えなしにあのような愚行に走った訳ではない。こと変人度に於いて、彼彼女が私を上回っている可能性があったのでな。初見で私に敵わぬという所を見せつけようと思ったのだが、どうやら敵は私が思っているより強大らしい……。判断を見誤ったようだ、クッ……!」

「ちょっと何言ってるか分かんないっす」

 

 ともあれ、我々はまた水原の先導で歩き出した。

 そもそも、私が向かっているところは中隊長室である。

 着任の挨拶、という奴だ。

 

「ん? よォおめぇら! ソイツか、病院から来たって新入りは」

 廊下に居た男が、気さくに笑って話しかけてくる。

 

「紹介するっすよ。俺達レンジャー2-1の分隊副長、鷲田篤(わしだあつし)少尉っす」

「お世話になります。私は、本日付で貴隊に配属となった仙崎誠伍長であります!」

 足を揃えて敬礼する。

 

「おォ、よろしくな! しっかし、ウチの隊にしては珍しく礼儀の出来たモンが入ったようだな! とはいえ……」

 鷲田少尉は気さくな目を一瞬細め、笑みを消す。

 

「……何か?」

「……いや。お前、かなり死線くぐってんな。それも、かなり前から……。紛争地域ででも育ったのか?」

 

 小声で呟かれたその言葉に驚く。

 一瞬で見透かされたことに、自然、心臓が高鳴った。

 

「いえ、そういう訳では」

 私が育ったのは平和な日本だ。

 私そのものは、とても平和とは言えなかったとしても。

 

「そうか。ま、過去の事はどうでもいい。だが未来の事は、期待してるぜ? 相手は人間じゃねぇ。思う存分暴れてくれや」

 そういうと彼は、歯を剥き出しにして、まるで猛獣のような迫力の顔で笑った。

 

「ね~何の話? 会って早々内緒話って、もしかしてまことん鷲田少尉と気が合った?」

「だぁーっはっは! 少尉と気が合うとは! 仙崎殿はかなり血の気が多いと見た!」

「ちょっと待て。そのまことんとか言うのはもしかして私の事なのか?」

 

「どォでもいいけど、確か仙崎連れて挨拶に行くの13時までじゃなかったか? そろそろ過ぎっぞー」

「やっべぇっす! 時間すっかり気にして無かったっす! 急ぐっすよ仙崎さん!」

「それを先に言わんか!! 随所で無駄な時間喰いまくりだったではないか!」 

 

 そんなこんなで、我々はこのフロアにある中隊長室へ駆け抜けた。

 

 

――第88レンジャー中隊長室――

 

 

「遅ォォいッ!! 水原ァ! 貴様時間厳守と何度言ったら分かる! EDFは時間を破らない! ここが戦場なら、貴様は陣地集合に後れ、戦闘中行方不明として処理されている事がなぜ分からん!!」

 入室した我らを襲ったのは、分隊長である大林浩二中尉の雷だった。

 

「すみません! 中尉が怖すぎて何を言っているのか分かりませんっす!」

 水原は直立不動で頭の悪すぎる発言をする。

 この男軍人として大丈夫なのか……。

 

「そうか。新垣、あとで分かりやすく教えてやれ」

「サー! イエッサー!」

 新垣が敬礼して受け応える。

 もしや、この部隊ではありふれたやりとりなのか……?

 

「ふぅ。中尉、もういいかな?」

「は。失礼いたしました」

 中隊長と分隊長がやりとりする。

 

「じゃ、始めよう。ゴホン。改めて、我が部隊、第88レンジャー中隊へようこそ。俺はここの中隊長、結城実大尉だ。よろしく、仙崎誠伍長」

 波乱万丈だったが、ようやく私は着任の挨拶までたどり着けた。

 

――――

 

 挨拶が終わると、私以外の分隊員は退室した。

 結城大尉の形式的な挨拶と簡素な説明が続き、私は隊の状況を知る。

 

 まず、中隊の定員は非戦闘員を含め役100数人程で成り立っているが、現在は何と60名程しかいない。

 これは激化する戦闘で補充要員が来ないのもあるが、あまりにも戦場が広域に発展しているため、何より部隊の頭数を増やしたいという方針かららしい。

 分かりやすく言うと、部隊を少人数にして広く浅く分配するという事だ。

 

 なので我がレンジャー2-1分隊は、現在9名で動いている。

 分隊長・大林浩二中尉(小隊長兼任)

 分隊副長・鷲田篤少尉

 分隊員・鈴城涼子軍曹

    ・二ノ宮沙月軍曹

    ・浦田和彦伍長

    ・仙崎誠伍長

    ・結城桜伍長

    ・水原亮介兵長

    ・新垣巌兵長

 

 このメンバーだ。

 このうち何名かはもう出会っているが、聞くところによると、皆個性的だが優秀なそうだ。

 

 そして。

 

「で、気になるところだろうが、ここ最近の戦況の説明を簡単にすると」

 結城大尉の補佐官がプロジェクターを起動させる。

 

「現在、大局的な戦況は膠着状態に陥っている。東京に建造された奴らの巣――インセクトハイヴは活動を続け、毎晩相当数の巨大生物が増殖を続けている。が、EDFも迎撃態勢が整ったことで、陸軍砲兵隊、空軍爆撃隊の面制圧、そして工兵隊が敷設した地雷や固定砲台のお陰で大半が歩兵が相手する前に制圧されている。それでも抜けてくる巨大生物は多いけど、問題はそこじゃない」

 

 結城大尉の表情が険しいものになる。

 

「厄介なのは奴らが地中を掘り進んで移動する事だ。地中侵攻警報……、”code:991”緊急警報が発令されたら直ちに装備を放棄して撤退しろ。そういう命令が自動的に出る程度には脅威さ。この強襲のせいで優勢も簡単に覆る。もう一つはテレポーションシップだ。厄介なことに、コイツの撃墜例はただの一度も無いらしい。一応砲撃を集中させて進路を誘導する事が出来るらしいけど、成功率は五分五分で、防衛線の内側に巨大生物を投下されることも度々ある。そんな惨事が各地で起こってるから、一見優勢に見えて、フォーリナーに制圧された地域を奪還することもままならない。マザーシップが太平洋上で微動だにしないお陰で、テレポーションアンカーが降ってこない事だけが幸いかな」

 

 なるほど、最初の一手で破滅的打撃を被った人類だが、その後の停滞に救われている訳か。

 フォーリナーは巨大生物の増殖に専念し、人類はそれを押しとどめるだけで精いっぱいで、攻勢に出る余裕がないと。

 弾薬や砲弾も無限ではない訳だしな。

 

「新聞で読みました。人類はこの半年間で、総人口の二割を失ったと。初手の三日間で一割を失ったことに比べれば、緩やかとも言えます。ですが、確実に人類は追い詰められている、そういう事ですか」

 

 感覚が麻痺しているが、つまり大規模な爆撃も無く巨大生物の食害だけで七億人、ひと月で一億人以上が世界で食い殺されているという事だ。

 そしてこの状況が続けば、五年も経てば人類は絶滅するという事を意味する。

 

「噂だが、空軍やココの開発部がテレポーテーションシップに抗する新型兵器を開発中って話だ。人類もやられたまんまじゃないさ」

 

 それはそうだが、同時にフォーリナーもこのままではないだろう。

 なにせ、敵の首魁には、一撃で大地ごと抉るジェノサイドキャノンとやらが備わっているのだ。

 奴が太平洋から動かないというのが、不気味だ。

 

「そんな訳で、俺達第88レンジャー中隊は、明後日から極東方面第11軍作戦指令本部の指揮の元、西関東絶対防衛線の一部、旧町田市で戦闘に参加する予定だ。皆にも伝えてあるが、明日1200より作戦ブリーフィングを行う。その時は、流石に遅刻は無いようにな。さて、何か質問はあるか?」

 

 つまり、明後日が私にとって半年ぶりの戦闘という事になるのか。

 横浜の活躍を知られているとは言え、ハードスケジュールもあったものだ。

 

 さて、質問と言えば一つ気になる事が。

 

「では一つだけ。あの、結城桜伍長のご関係は……」

「ああ、そうか、言ってなかったな! あいつは俺の妹だよ!」

 愉快そうに笑いだす結城大尉。

 なるほど……、能天気そうな雰囲気がやたらと似ていたが、やはりそういう事だったか。

 ……この中隊、大丈夫なのか?

 

 

 




人物紹介!

さあ新キャララッシュです!
覚えられるかな?

水原亮介(みずはらりょうすけ)(23)
 レンジャー2-1分隊所属、一等兵→兵長に昇進。
 軽い口調でしゃべる若い男性。
 個性的な分隊の面々のせいで度々突っ込み役をすることが多いものの、本人はかなり頭が悪いうえ、語彙力も無いし、記憶力も無い。

新垣巌(あらがきいわお)(28)
 同分隊所属、兵長。
 馬場以上の筋骨隆々ぶり。
 極度の笑い上戸で、ゴツい印象に似合わず常ににこやか。
 細かい事を気にせず、寛容で、人のいい性格だが、基本面白い事優先なので弄られている人間に対しては手を差し伸べない。

結城桜(ゆうきさくら)(24)
 同分隊員、伍長。
 明るく人懐っこい性格。
 人懐っこすぎて初対面の人間にも全く壁を作らない。
 背が低く、小柄ですばしこい為、何をするにも動作が早い。
 記憶力が良く、特に趣味である兵器関連の知識は豊富。

鷲田篤(わしだあつし)(36)
 同分隊副長、少尉。
 軍人らしくがっしりした体つきの男性。
 一見気さくな兄貴風だが、鋭く猛獣のような眼をしていて、オンとオフの切り替えが激しい。
 フォーリナー襲来以前から紛争地域で戦っているため、戦闘経験は豊富。

結城実(ゆうきみのる)(30)
 第88レンジャー中隊指揮官、大尉。
 半数を失った第45レンジャー中隊に変わり、新たに再編された中隊の指揮を執っている。
 朗らかで些か緊張感に欠ける優男だが、そこは部下がフォローしている。
 しかし中隊長としては戦略眼に長けており、若くして大尉にまで昇進する実力者。

大林浩二(おおばやしこうじ)(37)
 レンジャー2小隊指揮官、兼第一分隊指揮官。
 小隊長と分隊長を兼任しているが、第二分隊長、荒瀬軍曹が優秀なので苦労は少ない。
 EDFの精神を体現するかのような厳しい性格で、如何なる逆境においても部下を導く。
 中隊長の結城大尉より年上だが、平時も戦時も変わらぬテンションで指揮する結城大尉を尊敬しているとか。



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第十二話 分隊の二人の軍曹

実際の軍事基地って、中に何入ってるんだろう。
調べても良く分からんので、想像で書きました!
変なとこあったら教えてください。




――2023年1月16日 EDF極東方面第11軍司令本部基地 B棟五階――

 

「とりあえず、お前アレだ、流石にブランクあんだろ。グラウンドが空いてっから、そうだな……新垣、お前コイツグラウンドに連れてってやれ。一緒に走り込みだ」

 

 大林中尉から一通りの説明を受けた後、鷲田少尉からそう言われ、私と新垣は地上まで来ていた。

 うっすらと雪が降っていて、歩兵格納庫にあった防寒ジャケットを羽織っている。

 

「しかし、歩いて移動すると実感が沸くが、本当に大きな基地だな……」

 中隊長室のある五階から「ウォーミングアップですぞ! ぬおおおおお!」と意気込む新垣に続いて階段で移動。

 更に外に出て格納庫エリアから訓練施設エリアまでの距離はそこそこある。

 

「でしょでしょ~! なんてったってここは極東最大の陸海空統合軍基地だからね! ていうかここより大規模なのってもう南極総司令部とかくらいのもんだしね!」

「で、なんで貴様が付いてくるのだ……」

 楽しそうにピョンピョン跳ねているのは結城桜。

 なぜか地下から付きまとわれている。

 

「え? だってランニングやんでしょ? 私も自主トレする気だったし! そだ! ここからスズ軍曹のとこまで競争ね! 負けたらゲロマズドリンク一気飲みの刑! ゴー!」

「わはは! これは負けられませんね! ではお先に!」

 あっという間に二人は駆け抜け、意味不明の余り取り残される。

 

「は!? スズ軍曹って誰だ!? ゲロマズドリンクってなんだ!? ええいなんなのだ貴様らはぁぁーー!!」

 やけくそになって走り出すが、その差はもう歴然!

 

 二人の後をかろうじて追うと、そこにはやたら目つきの悪い女ヤンキー……ではなく女兵士が立っていた。

 

「おっせェ。死ぬほど遅ェ! テメェそれでも野郎か、ああン? こんなちんちくりんに足で負けてどォすんだコラ! キンタマ付いてんのかゴルァ!」

「ファーー!?」

 もう何回目か知らんが、なんなのだこの女!?

 理不尽過ぎる因縁を付けられた上に、私の股間目掛けて鋭い蹴りを放ってきた!

 だがそこは私、難なく回避。

 

「お?」

 蹴りが空を切り、不思議そうな顔をする。

 

「い、いきなり何をする! ……のですか軍曹殿。私で無ければ悶絶していたところですよ」

 危ない危ない。

 先の桜の言葉を思い出して、彼女がスズ軍曹とやらに違いないと思い、敬語を使った。

 果たして合っているのか?

 彼女は行きが降り注ぐこの季節で、大きな胸元を強調するようなタンクトップ姿だったので、階級章が確認できない。

 

「ちっ、なんだよつまんねぇ。そのままタメ口だったら軽くヤキ入れてやろうかと思ったのによ」

 心底残念そうに小石を蹴り上げる。

 

「ぬぁははは! 何のつもりか知りませんが、その動きでは私に一太刀入れる事叶わぬと言っておきましょう!」

 理不尽な因縁に少し腹を立てた私は、一矢報いてやろうと軽く挑発してみる。

 

「あ゛?」

 ブツン、と何かが切れた音がしたような気がした。

 

「な、何をおっしゃる仙崎殿ぉー!」

「さすがにまずいってまことん! すぐ謝った方が――」

 

「謝っても遅ェ!!」

 割と本気で止めようとする二人などお構いなしに、未だ本名の分からぬスズ軍曹とやらが空気を切り裂く速度で、蹴りを私の顔面に向けて放つ。

 足を動かすまでも無い。

 首をかしげるような動きで回避。

 

「な――なんだテメェ!? ナメやがってェェ!!」

 彼女、かなり格闘の心得があると見た。

 流れるような連撃、かつ人間の急所を的確に狙い、鋭く重い一撃を放ってくる。

 しかし哀れ、相手が私であればその全てが丸きり意味を成さない。

 

 自身に危害が加わる物体の動きを見れば、だいたい軌道を予測して最小限の動きで回避できる。

 凄い事かも知れないが、私にとっては当然の事だ。

 なぜなら、この程度の外部からの攻撃、回避出来なければとうの昔に死んでいるからだ。

 

 しかし、これはこれでリハビリに丁度いい。

 病院内でも、古いベッドの巨大なささくれに刺されそうになったり、トイレが詰まってウンコが逆流しそうになったり、病院食にハエが次々止まりそうになったり、頭上の蛍光灯が落下してきたり、と言ったアクシデントに見舞われたが、まあ私にしては大方平和に過ごしていた。

 

 なのでこんな殺気の溢れ出した存在と相対する事は、これから戦場に赴くウォーミングアップとしてはちょうどいい。

 

 そんなことを考えながら攻撃を捌いていたら、いつの間にか終わっていた。

 

「だァーーー! 分かったよ! 降参だ! アタシの負けだよ!」

 かすりもしない攻撃が無駄だと悟り、四肢を地面に投げ出した。

 よほど体力を使ったのだろう。

 そしていつの間にか周りを囲んでいたギャラリーが歓声を上げる。

 見世物になっていたようだ。

 

「ぬぁははは! いいリハビリになりました! 手合わせ感謝いたします!」

「何が手合わせだってんだよ! そっちからは全然打って来てねぇじゃねぇかこの!」

 立ち上がった彼女は、先程とは一転、爽やかな笑顔で、そして少し悔しそうに言った。

 

「打つのは少々苦手でしてね。それに、女性に手を上げるなど、紳士的では無いですから」

「はっ、ほざきやがる。いいな、オメェ気に入ったぜ。一応確認すっけど、オメェが新入りの仙崎って野郎でいいんだよな?」

 私の発言を戯言と受け取ったのか、軽く受け流し本題に入る。

 

「はっ! 仙崎誠伍長、本日付けで第88レンジャー中隊レンジャー2-1へ配属となりました!」

「あァー、そういうのは良いんだよ堅っ苦しい」

 両足を揃え、我ながら決まった敬礼をすると、彼女は鬱陶しそうにした。

 見た目通り、堅苦しいのは好みではないらしい。

 

「アタシは鈴城涼子。察しの通りオメェの上官で軍曹だ。荒瀬の野郎から腕は確かたァ聞いてっけど、実際に役立つまでアタシは信用しねェからな! 別に負け惜しみじゃねェぞ!!」

 

「(負け惜しみだね~)」

「(負け惜しみではないか……)」

「負け惜しみですな」

 

「新垣テメェぶっ殺すぞオラァ!」

「ご褒美!」

 風のような回し蹴りが新垣の顔面にヒットした!

 巨体が宙に浮き、雪の上に墜落する。

 

「凄い音したね~」

「ていうか今彼”ご褒美”と言ってなかったか?」

 日常なのか、結城桜は特に気にした様子も無く、鈴城軍曹は「手応え合ってスッキリしたぜ。もっと殴っかな」と物騒なことを言う始末。

 

 なので私が手を貸そうと近寄ると、

「だぁーっはっは! 心地よい一撃! さて、ではそろそろ走り込みと行きましょうか。元々、俺達はその為に来たのですから」

 何食わぬ顔で……いや違うか、なぜか爆笑しながら立ち上がっていた。

 どうやら打たれ慣れている、という限度を通り越して耐久力があるらしい。

 

「なんだ殴られに来た訳じゃねぇのか……。ま、そういう事なら鍛えてやんよ。分隊のフィジカル面は、一応アタシが管理する事になってっかんな。あァ、仙崎、オメェはほどほどにしろな? 明後日からアタシらは戦場入りすんだ。筋肉痛で動けねぇなんて冗談聞いたら即ぶっ殺すかんな。いや……オメェの場合はこっちが骨折れそうだな……。ああメンドくせェ! オメェメンドくせぇな!」

 

 ”ぶっ殺す”という脅しが通用しない事を悟ったのか、イライラして地団太を踏んでいる。

 衝撃で周囲の雪が吹き飛んでいるそれは、多分地団太を超えた何かだが。

 

「スズ軍曹~。それじゃ地面がかわいそうです」

「あン? どォいう理屈だそりゃ……。まァいいや。とりあえずオメェらアタシに付いて来い! 行くぜ!!」

 

「わ~い! かけっこだぁ~!」

「だぁーっはっは! 負けませんぞぉー!」

「ぬぁははは! 勘を取り戻すとしよう!」

 

 

――夕方・兵舎棟3階・休憩所――

 

 

「で、結局30周ぐらいはやった訳か。病み上がりにしちゃやるじゃねぇか」

 硬いソファーに座ってこう言うのは久々に会って話す馬場だ。

 

 あの後、汗を流しに我々はシャワーを浴び、その隣の休憩所で結城桜を待っていた所、ちょうど荒瀬軍曹の隊、レンジャー2-2の面々に出会った為歓談に勤しんでいた。

 

「入院中もリハビリとして後半の方は走り込みなどして居たのでな。さすがにその程度で音を上げるほど軟ではないさ」

「ま、そりゃそうだろうけどよ。しかし、戻って2日で戦線復帰とか、大将もまったくツイてねぇよな!」

 

「ツイてないのは今に始まった事ではないが。しかしその呼び方はどうにもならんのか?」

 出会って早々「よぉ大将!」と言われて困惑したものだ。

 

「まあそう萎縮するな仙崎。実際お前はそう呼ばれるに値する働きを見せていた。俺の分隊に来てくれなかったのが残念なくらいだ」

 と話すのは荒瀬軍曹。

 ちなみにあの戦いの後皆重傷だったが、私より退院は早かったようだ。

 そして片足を失った梶川大尉は、現在疑似生体の移植手術が終わり、リハビリ中との事だ。

 

 疑似生体とは、義手・義足を進化させた技術の事で、人工的に培養した手足等の部位の事で、これを繋げることで、戦闘に支障が無い程の動きが可能になる。

 近年この技術が一般的になり始めていたので、巨大生物と戦い手足を失った兵士や民間人の多くが世話になっているという。

 

 それも含めて、EDFの医療技術の更なる向上が求められている、との記事を新聞で読んだ。

 鎮痛治癒剤の進化がその最たるものだろう。

 私を含め、多くの兵士がこの治癒剤のお陰で命を繋いだが、過剰投与により死亡したり長い治療期間を取られたものもまた数多く居たらしい。

 

 その為、連続投与によって体に与える負担を減らしたり、効果を強めたりする研究が日々なされているようだ。

 

「おまたせ~。あ、軍曹ズさん達だ。やっほ~」

 シャワーを浴び終わった結城桜が合流したようだ。

 ちなみにEDFはウイングダイバーの他、女性兵士がかなり多いのでしっかり男女別になっている。

 

「桜か。しかしお前こそ、その呼び方はなんとかならないのか? いや確かに、俺は軍曹だし間違ってはいないのだが……」

「え~? だって軍曹ズさん達、いつも一緒に居ますし、それに軍曹は凄く軍曹っぽいんですもん。もうEDFで軍曹って言ったらそれは軍曹しかいない、くらいにです」

 

「お前、言葉が軍曹ばっかりで何が言いたいのか全く分からないぞ……」

 と、荒瀬軍曹は呆れ顔になるが、

 

「ああ、すげぇ分かるぜ」

 と馬場、

 

「確かにそうだな」

 と青木、

 

「分かります!」

 と千島、

 

「その通りですな!」

 と新垣、

 

「激しく同意する」

 そして私と、この場に居る全員が理解を示したのだった。

 

「お前達!? 妙な所でチームワークを発揮するな! 俺以外にも軍曹なんてたくさんいるだろう。……いや待て。榊の奴が頑なに俺の事を軍曹と呼びたがるのは、まさかそういう事なのか……? 今度問いただしてみるか」

 何か気になる事でもあったようで、軍曹は考え込んでしまった。

 

「やあ。見知ったのが騒いでると思ったら、一人新顔が混じってるじゃないか。キミが噂の仙崎クンかい?」

 火のついた煙草を加えながら、短髪の女性が通りかかった。

 

「アネゴ大正解! 彼が何を隠そう、噂のまことんクンです! まことんと呼んでくださいと言っておりました!」

「そうかい。遠慮させてもらうよ」

「言ってません!! 結城桜! 妄言を垂れ流すのでない!!」

 初対面でなんと紛らわしい事を言うのかこの女は!

 

「はは、愉快で何より。ボクは二ノ宮沙月軍曹だ。同じ分隊だから、キミの上官だね。よろしく」

「はっ! 私は仙崎誠伍長であります! 本日付けで第88レンジャー中隊レンジャー2-1分隊に配属となりました! よろしくお願いします!」

 我ながらビシっと決まった敬礼をするが、

 

「おぉ……、なんか初々しいね。戦場以外でそんな気張る必要もないだろうに。肩の力、抜いたほうがいいよ」

 なんとすれ違いざまに私の背後に回り、一瞬だけ肩もみをして通り過ぎた。

 なんという早業!?

 

「そしてなんという心地よさ……。貴方はEDFが雇ったマッサージ師か何かでしょうか?」

「はは、ご名答。追加が欲しいなら後でボクの部屋においで。凝りもサイフも、夢のように消してあげよう」

「さ、財布まで消されたのでは堪らんので、謹んでご遠慮しておきましょう」

 何となく、ボーイッシュさと妖艶という凡そ正反対のものが混ざったかのような彼女には、警戒する必要がありそうだ。

 いろんな意味で。

 

「つれないね。ちなみに新垣クンの顔がにこやかなの、ボクのマッサージのお陰って知ってる?」

「知りません! そうなのか新垣!?」

 だとしたらなんという効果!

 

「だぁーっはっは! 違うに決まってますぞ! ひぃーっひっひ……くるしい……!」

「違うではないですか!」

 

「はは、いやぁカレは面白いねぇ」

「その辺にしておけ二ノ宮。あんまりからかい過ぎると、そのうち新垣が腹を痛めて戦線離脱するぞ?」

 

 荒瀬軍曹が見かねて止めに入る。

 というか今からわれていたのは私ではないのか?

 

「カレ、頑丈だから大丈夫だよ。ところで荒瀬クン、ウチの浦田クンを見なかったかい? さっき射撃場で一緒だったろう?」

「ああ浦田なら、”ナンパしに行く”とか言ってウイングダイバーようの格納庫に行ったぞ。何か用だったか?」

 

「ああ。前のポーカーの掛け金をまだ貰ってなかったからね。代わりにパンツをやるとか言ってたけど、そんなモノ渡されてもオナニーの役にしか立たないからねぇ」

「ぶはっ! 本気で言っているのですか二ノ宮軍曹!?」

 思わず飲み物を吹き出しそうになった。

 いや、浦田という男がどんな奴なのか知らないが!

 

「はは、もちろん冗談さ。キミは浦田クンにはもう会ったのかい?」

 冗談なのか……。

 少し話しただけだがこの人、基本冗談しか言わないようだな……。

 

「いえ、まだですが」

「それはちょうどいい。じゃあ今から一緒に行こう。新垣クンと桜も来るかい?」

「では案内も兼ねて、付いて行きましょうぞ」

「う~ん私はいいです。あいつ嫌いなんで」

 お?

 今まで高かった桜のテンションが急に下がったぞ?

 

「はは、じゃあそう言うことにしておこう。カレに会ったら、桜が後で二人っきりで話したがっていたと伝えておくよ」

「うわぁ~! やめてください! マジでやめてください!!」

 去ろうとする二ノ宮に、結城桜が必死にしがみ付く。

 

「冗談さ。可愛い桜に、そんなに酷い事はしないよ。じゃあね」

「待ってください! やっぱ変な事言われるかもしれないんで一緒に行きます!」

 

「おや? そうかい。ボクも信用ないねぇ」

 残念そう、ではなく嬉しそうに笑っている。

 もしや……。

 

「後ろにいるだけですから、ウラスケの相手はアネゴに任せます!」

 嫌いな相手でもどうやら変な渾名は付けるらしい。

 

「構わないよ。じゃあ行こうか」

 そういって歩き出した二ノ宮軍曹は、私の耳に近づき、

 

「作戦成功」

 と小声で言った。

 

 意味を理解した私は、もはや苦笑いするしかない。

 浦田と結城桜を引き合わせた時に起こる化学反応を見せたいらしい。

 

 浦田とかいう男……何者なのだ……。   

 

 




長くなったのでここでやめました。
ホントは分隊全員分書ききりたかったのですが、浦田だけ書ききれず……。
ちなみに荒瀬軍曹の軍曹呼びがしっくり来る、と言うネタは彼のモデルであるEDF5の“ 軍曹”というNPCキャラから来ています。

日常パートというかギャクパートが続いてますが、別に路線変更したわけじゃないんですよ!
シリアスもちゃんとやるからもうちょっと待ってください!

という訳で人物紹介!

鈴城涼子(すずきりょうこ)(27)
 レンジャー2-1分隊所属、軍曹。
 格闘で優れた成績を残した者に与えられる”格闘徽章”の持ち主。
 ちなみに仙崎も過去に持っているが、一度除隊した事で無くなっている。
 男勝りの荒々しい性格で、歯向かえばすぐに暴力に晒される。
 が、桜には余程のことが無いと手を上げなかったり、ちゃんと相手は選んでいる。
 極度の熱がりの為、常に薄着。
 女版鬼軍曹、と言った具合で訓練には厳しいが、意外にも肉体には詳しく、体を壊すような訓練はさせない。

二ノ宮沙月(にのみやさつき)(29)
 同分隊員、軍曹。
 ちなみに軍曹とは本来分隊長相当の階級だが、人員不足とEDFの少数精鋭戦略の影響で分隊員として行動している。
 射撃で優れた成績を残した者に与えられる”射撃徽章”の持ち主。
 同様に仙崎も過去に持っていた事がある。
 ボーイッシュと妖艶さを併せ持つ不思議な女性で、一人称は”ボク”。
 ヘビースモーカーで、酒と賭け事が大好きというオヤジみたいな趣味を持ち、口から出る言葉は冗談が多くの割合を占めているが、皆からは好かれている。
 マッサージが超絶上手い。  
 


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第十三話 半年ぶりの再会

ぬああ、題名思いつかない!

そして今回少し長めになっております。


――2023年1月6日(10日前) アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア アメリカ陸軍第67歩兵連隊 第二中隊”ブラヴォー3”――

 

 連日の戦闘で、既に廃墟となって久しいフィラデルフィアの市街地で、ブラヴォー3分隊は、各々崩れかけたビルの壁面によりかかり、煙草に火を点ける。

 

 周囲では砲声や銃声がひっきりなしに鳴っており、戦闘中であることが伺える。

 

中隊本部(シックス)より中隊総員(オールハンズ)。作戦は順調に推移中だ。レイドシップのキルゾーンへの誘導が開始された。全隊、引き続き待機しろ。オーヴァー》

《ブラヴォー3了解(ラジャ)。状況に変化があったら教えてくれ。アウト》

 

 中隊本部と分隊長の無線が交わされる。

 

「しかし、俺達はEDFの尻拭いかよ。なんとも気乗りしねぇ任務だぜ。なあオイ」

 分隊の一人が話し始める。

 

「そう言うなよ。スイッチ一つで自動展開し、直上に射撃する自立ロケット砲なんてトンデモ兵器、EDF以外に開発出来る訳ないだろ? しかも威力はあのゴリアスS以上と来た。それに、この作戦が上手くいけば、あの忌々しい”無敵艦隊”を葬れる。いい事じゃないか」

 

 無敵艦隊、とはレイドシップの事だ。

 現在のところ撃墜例はただの一度も無く、皮肉にも無敵と呼ぶに相応しかった。

 

「だから嫌なんだよ。栄光の初撃墜例は、俺達アメリカ陸軍が掴み取るべきなんだ。その為に今まで苦労して血を流してきたんだろうが。それを横から掠め取られて堪るかってんだよ」

 

 各々の手には、大型の対戦車ロケットランチャーが握られている。

 誘導性能は持たない分、威力はお墨付きだ。

 むろん、フォーリナーの超技術を解析し応用しているというEDFの装備と比べれば一段劣るが。

 

 現在ここフィラデルフィアでは、EDFと米陸軍共同で、レイドシップ撃墜作戦を行っている。

 作戦内容はこうだ。

 

 インセクトハイヴが建造されたニューヨークより、連日飛来するレイドシップの内、フィラデルフィアを通過する数隻を砲撃で誘導する。

 レイドシップは、砲撃を受けると進行方向を変える習性が確認されており、世界中に縦横無尽に飛び交っていないのはこの要素が大きい。

 

 そうして誘導するうち一隻が通過する場所に、EDFが開発した自動砲台をあらかじめ設置しておく。

 レイドシップ通過後、更に下部ハッチ展開と同時に砲台を起動し、直下からの砲撃でこれを撃墜する。

 

 そして、その攻撃が失敗した場合、機甲部隊や歩兵によって、投下された巨大生物を徹底的に殲滅し、待機していた米陸軍対戦車部隊が敵転送船に潜り込み、直下から砲撃を行い撃墜する。

 

 転送船は、ハッチ解放の際、高度を100m以下まで下降し、更に解放したハッチ自体が側面からの攻撃を防ぐ盾と化すので、直下以外からの攻撃が不可能になっている。

 更に開放時間は約20秒程度と短く、その僅かな間に100体以上の巨大生物を投下するので、そもそも直下を確保する事が極めて難しい。

 また転送船は複数で行動しており、ランダムなタイミングで巨大生物を投下する為、その場に巨大生物が居ない状況を作り出すのも難しい。

 

 こうした理由から、今までのレイドシップ撃墜作戦は成功した事が無い。

 

 そんな作戦を控え、対戦車部隊ブラヴォー3は、待機しながら雑談を始める。

 

「そう言えば知ってるか? 極東のEDFは巨大生物と格闘戦する為の銃を作ったらしいぜ」

「はぁ? どういう事だ? 銃剣でもつけて突撃するってのか?」

 

「あの空飛ぶヤツ、ウイングダイバーとか言ったか、アレの光学兵器で、名前はレイピア」

「レイピア? カタナじゃないのか?」

 

「なんだよ、ライトセイバーでも作ったってのか奴ら。フゥゥ、そいつはイカスぜ!」

「そんなカッコイイ武器じゃないらしいな。なんかな、50mくらい伸びる短距離レーザーをバラまいて攻撃するらしい。どういう意味か分かるか?」

 

「分からん。でも巨大生物に50mって言ったら至近距離だぞ? そんな銃意味あるのか?」

「さあ。俺も聞いた話だからなんとも。だが銃で接近戦するって発想が日本人らしいよな」

 

「まったくだ! イカレてやがるぜ! 酸だって100mも届かないんだ、人類が持つ唯一のアドバンテージを自分から放してどうするんだっつーの! ま、俺はそんなヤツらのイカレた所が好きだけどな!」

「そういえば日本のフェンサーには、槍で攻撃する部隊が居るらしいな。これはそのうち歩兵もカタナ装備するぞ」

 

「まさにサムライスピリッツだな! フォーリナー技術が入ってから奴らますますクレイジーになって来たな!」

「そういえばバルガとかって巨大ロボも作ってたらしいからな。きっともっとデカいロボを作って、無敵艦隊ひっつかんでブン投げたりするぞ」

「そりゃおっかねぇ! オレ達もスーパーマンでも作る準備をしないとな!」

 

 どうやら巨大生物は聴覚を持たないらしい、という事でHAHAHAと笑う部下達を上官も咎めようとしない。

 そうやって笑い合えるのは今だけなのだから。

 

 

――アメリカ陸軍 第八機甲師団 第301戦車連隊――

 

 

連隊指揮官(グループリード)よりジャガー、ライガー! 左翼のEDF歩兵部隊が押されている! 援護に回れるか!?』

『ジャガー1了解!』

『ライガー1了解! 砲撃します!』

《こちらHQ(ヘッドクォーター)ニューヨーク方面から巨大生物群接近! 総数800!》

 HQ(米軍前線司令部)から通信が入る

 

『中隊規模だ、気にする必要は無い! タイガー、距離を詰め過ぎだ、500下がれ、酸にやられるぞ!』

『タイガー1了解!』

 

 ジャガー中隊はライガー中隊と共に砲撃地点を修正し、EDF歩兵部隊を援護する。

 

『ジャガー1より中隊各車! あのマーケットから立体駐車場までを面制圧! EDFに当てるなよ、撃てぇ!!』

 12輛のM1A3エイブラムスⅡから成る中隊のジャガーとライガー、計24輛が、クラスター砲弾を発射する。

 砲弾は着弾前に子爆弾をバラまき、周辺を爆炎で包んだ。

 

 広範囲を制圧出来るため、巨大生物には非常に有効な兵器だ。

 

『こちらライトニング2、制圧感謝する。だが砲撃誘導が上手く行ってないらしい。ここでの戦闘はもう少しかかりそうだ』

『ライトニング1より2、聞こえるか!? ターゲットへの誘導が中止された! 砲兵陣地周辺に地中侵攻が発生! 砲兵の大半がやられた! 米軍砲兵が誘導を継続しているが直進している! その場所から離れろ!』

『ライトニング2了解! 巨大生物を迎撃しつつ移動する!』

 

 ライトニング2の先には、右方向から砲撃を受け続けるレイドシップが見える。

 このまま左方向に誘導したいのだが、進路が変わっていない。

 このままではEDF工兵が用意したキルゾーンに入らない。

 その上、定期的に巨大生物を投下して辺りを黒く染めていく。

 

『ジャガー1よりHQ! 他のレイドシップとの分断は成功しているのか!?』

《こちらHQ、分断は成功している。どうするつもりだ?》

『なら我々も迂回し、右方向から砲撃を加える! 作戦成功には、何としてもキルゾーンへの誘導が必要だ!』 

《許可できない。砲撃の援護を失ったらEDF歩兵部隊の負担が増える》

『ライトニング2よりHQ! 我々なら問題ありません、EDFの誇りに掛けて、ここは防ぎきって見せます!』

《……了解した。EDF、感謝する。ジャガー1、敵船の側面に回り込め!》

『ジャガー1了解!』

 

 それから暫く、EDFと米軍砲兵隊はレイドシップへ砲撃を継続した。

 

 

――アメリカ陸軍 前線司令部(HQ)――

 

 

「敵船旋回確認! やった、誘導成功です!』

「駄目だ、行き過ぎだ! このままじゃキルゾーンの北側を抜けちまうぞ!」

「キルゾーン修正にはどのぐらいかかる!?」

「進路上に巨大生物群が居ます! 殲滅してから移動では間に合いません!」

「米軍戦車連隊へ、エリアC10-11へ移動し南方向から砲撃を行えるか!?」

『こちら301! 砲弾が足りない! 我々では数回の斉射が限界だ!』

「EDF歩兵部隊より通信! キルゾーンに巨大生物が大挙しています! 工兵の数名が戦死したとの事です!」

『敵船エリアJ6を通過! 誘導失敗! 繰り返す、誘導は失敗した!』

「クソッ!!」

 

 アメリカ陸軍の将校は、机に拳を叩きつけた。

 簡単にいく作戦ではなかったが、こうも上手く行かないとは。

 

「全作戦部隊に通達! プランBに移行。繰り返す、プランBに移行! キルゾーンは放棄し、総力を以て敵船周辺の制圧にかかれ!」

 

 

――二時間後―― 

 

 

 EDFと米軍部隊は投下される巨大生物と戦闘するが、殲滅が追い付かず、戦況はドロ沼化の様相を辿った。

 レイドシップは不規則な軌道を取りながら周囲を迷走し始め、それが腰を構えての迎撃を難しくし、別地域での戦闘から漏れ出した巨大生物群も時折襲い掛かる。

 弾薬の枯渇と補給の隙を縫って部隊が襲われたりすることもあって、なかなか完全殲滅の状況に辿り着けない。

 

 米陸軍の対巨大生物戦術は、ひたすら酸の射程外から銃撃砲撃を叩き込むという単純かつ強力なものだった。

 土地の広さを生かし、十分に後退できるエリアを確保して、近づかれたら後退し一斉射撃で撃破する。

 何よりも酸の射程外から攻撃する事に重点を置いたこの戦術は、兵士の負担も軽くし、ニューヨークから未だ大きく侵略を許していなかった。

 

 それ故、レイドシップ撃墜の際にも、周囲を徹底的に制圧し、安全を確保してから直下から攻撃する作戦が決定していたが、それがこの有様だった。

 

 痺れを切らした両軍司令部は、攻撃ヘリの援護の元対戦車部隊を突撃させることを決定した。

 

 

――ブラヴォー3――

 

 

「HQから攻撃許可が下りた。分隊、用意は良いな!?」

「「sir! yes`sir!」」

 対戦車部隊の兵士は、手にロケットランチャーを握る。

 

「よし今だ突撃!! GOGOGO!!」

「「うおおおぉぉぉぉぉ!!」」

 ビル陰から全ブラヴォーチームが一斉に飛び出し、それを感知した巨大生物群は、あらゆる方向から酸の雨を降らせる。

 

《HQより各部隊へ! 全力でブラヴォーチームを援護しろ!! 航空支援をまわせ!》

 周囲の巨大生物は駆逐されていく。

 やがてレイドシップのハッチが開く。

 

「軍曹! ハッチが!!」

「くそっ! 想定よりも早い! とにかく走るんだ!」

「巨大生物が向かってきます!」

「ぐわッ!?」

 酸にやられて何人かが倒れる。

 大量の巨大生物が投下されたが、まだハッチは開いている。

 そして、ついにブラヴォー3が辿り着いた。

 

「堕ちろ!」

「喰らいやがれ!!」

 分隊員が次々とロケット砲弾を発射し、ついに命中する。

 

「やったぜ! 奴らに一発――ぎゃああぁぁぁ!!」

「く、来るな……、うわあぁぁぁぁ!!」

 攻撃は、軽い損傷を与えるに留まり、ロケット砲を持った兵士は次々と襲われていった。

 

「軍曹! ハッチが閉じます!!」

「巨大生物を殲滅しろ! この場所を確保し――がはッ!!」

 武器をアサルトライフルに切り替え、応戦するも、首をかみ切られてしまう。

 

「軍曹!? 軍曹! たすけて、ぐああぁぁ!!」

 最後に残ったブラヴォー3の兵士は、周囲を巨大生物に囲まれ、成すすべも無く捕食された。

 

 そして、他の分隊も同じような惨状に飲み込まれ、次のハッチ解放を待つことなく、対戦車小隊ブラヴォーチームは全滅の憂き目にあった。

 

 レイドシップ撃墜作戦は、失敗に終わった。

 

 

――2023年1月16日 EDF極東方面第11軍司令本部基地 地下1階 ウイングダイバー用格納庫エリア side:浦田和彦伍長――

 

 

「ふんふ~ん、ふふふ~ん」

 頭に残っていた適当な鼻歌を歌いつつ、オレ、浦田和彦は目的地であるナンパスポットへと辿り着いた。

 ちょうど訓練を終えたウイングダイバー達が戻ってくるはずだ。

 

「お、第一村人発見。ってアイツは……」

 どこかのテレビ番組のようなセリフは置いといて、なかなか難易度の高いヒロインと出会ってしまった。

 

「こんちゃ~っす! こんなトコで会うなんて奇遇だね~」

「……」

「なにしてるの? 良かったら一緒にメシでもどうよ?」

「……」

「オレ今晩暇なんだよね~。二日後の出撃まで時間あるし、なんなら横須賀のいい店紹介するぜ?」

「……邪魔」

「うっは~! ガード硬いなオイ!!」

 

 予想通りの玉砕だ!

 尤もこんなゴリゴリの正攻法で落ちる女なんて、このEDFにはそんなに居ないが!

 

 そんな愛しの彼女の名は白石玲香。

 この格納庫にあることから当然降下翼兵(ウイングダイバー)の一員で、所属はペイルウイング2。

 

 超無口でクールなその言動から、いつの間にやら”アイスドール”なんて呼ばれちゃってるが、そんな姿もまたかわいいよね!

 無表情な彼女に、いつか俺にしか見せない笑顔をさせたいもんだ。

 そう考えると夢が広がるね!

 

 彼女は無表情のまま、オレを通り過ぎて行って、装備していたPEユニットを外す。

 そう、装備を外しているのだ。

 たったそれだけなのになぜかエロく感じてしまう!

 やべぇ、オレ思春期かよ!

 いや関係ない。男なら、この状況に何かを感じるはずだ!

 まったくもって正常である、何もいかがわしいことは無い。

 

 ちなみに名誉の為に言っておくがこのオレ浦田和彦26歳は非童貞である!

 そして初見じゃ絶対信じて貰えないが妻も5歳になる息子もいる!

  

「ちょっとそこの変態! いつまで玲香を視姦してんのよ。いい加減アンタ出入り禁止にしてもらうわよ!」

 玲香ちゃんに見入っていたら、青筋を立てた女が現れた。

 

 彼女は瀬川葵、玲香と同じペイルウイング2の部隊員。

 御覧の通りちょっと口煩くて暴力的なのが玉に瑕だが、からかいやすさとエロ耐性の無さ、そして顔とスタイルの良さはなかなか上玉と言える。

 が、葵ちゃんには(仙崎)が居るので、残念ながらナンパはNGだ。

 からかうのに留めておこう。

 

「玲香も、コイツにガツンと言った方良いわよ? まあ言って聞く相手じゃないけど」

「別にいい。気にしてない」

「本人からの公認キターーー!!」

「まったく相手にされてないってのがなんで分からないのよ……」

 

 呆れながら、葵ちゃんは訓練で使った装備を外そうとする。

 

「む。ちょっと、出ていきなさいよ」

「へ? なんで? いいからとっとと身軽になっちゃいなよ」

「み、見られてるとなんか恥ずかしいじゃないの! いいからとっとと帰りなさいよ!!」

 頬を赤くして照れ始める。

 それこそオレの目的だと気づかずに!

 

「あ~、そういえば葵ちゃんの旦那、今日ウチの隊に来るんだってな」

「えっ、うそ、アイツが!?」

 驚きの余り一瞬キョトンとした表情になる。

 そして一瞬後、オレの罠にハマった事を自覚して顔を真っ赤にする。

 

「はっ? 何!? 旦那とかアンタ何言っちゃってんの!? 誰の事か全っ然分からないんだけど!」

「自分で分かってるでしょ? ほら、名前言っちゃいなよ。葵ちゃんの大好きな男は~?」

 

「言うか馬鹿ぁぁぁぁ!!」

 その言葉と同時に、オレは強い衝撃を受け、床に倒れた。

 何を喰らったのか分からないが、とりあえず葵ちゃんの手痛い反撃を喰らったらしい。

 容赦ないな!

 

「やあ浦田クン。おや、ナンパ失敗かい?」

 ガンガンする頭を押さえながら立ち上がったら、そこには二ノ宮沙月がいた。

 

「げ、二ノ宮沙月……」

「上官をフルネームで呼び捨てとは感心しないねぇ。そうだ、紹介するよ。カレが我がレンジャ2-1の問題児、浦田和彦伍長だ」

 二ノ宮軍曹の言葉で後ろから出てきたのは、一見して余り特徴のなさそうな野郎だった。

 

「彼が……なるほど。ゴホン、私は仙崎誠伍長だ。本日より貴様と同じ分隊員だ。よろしく頼む」

 手を差し出してきたので、握手をする。

 

「よろしく! とは言え、野郎に興味は無いんでね、明日には名前忘れてるかも。っと。忘れるトコだった。あんたの女がそっちで待ってるぜ」

 オレは葵ちゃんの方を指さしたが、いない?

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

「おっと!」

 風が唸るぐらいの正拳突きを葵ちゃんが放って、それを簡単そうに仙崎の野郎が躱した!?

 どうなってんのこの二人!?

 

「危ないではないか! いきなり何をする!」

「躱すな! アタシがどんな思いで待ってたと思ってんのよ! アンタときたらまったく……、突然こ、告白してくるし……、突然倒れるし、簡単に退院できないほどの重傷だっていうし、暫く意識戻ってなくて面会出来ないし、その間噂は広まって浦田を始め色んなヤツに絡まれるし……! ホントっ、アンタ殴らせろぉー!」

 

 葵ちゃんは拳やキックを連打するが、仙崎は難なく躱している。

 ちなみに葵ちゃんはいつの間にかユニットを外して身軽になっていた。

 

「ぬおお! 分かった! 落ち着くのだ! ええい分かった! 一発くらい喰らってやるから落ち着け!」

「えっ、ホント? じゃあ最高のヤツを打ち出すから、そこに立ってなさい」

 コォォォ……、という効果音が聞こえそうな構えを取る葵ちゃん。

 何の格闘技もやってなかったハズだけど、それにしても凄い殺気だ。

 まあオレレベルならあの程度の殺気を受ける事は日常茶飯事だが。

 

「仕方がない。私も漢だ、覚悟しよう」

 キリっと顔を引き締める仙崎。

 む、こうしてみるとなかなかのイケメンじゃないか。

 

「じゃあ行くわよ。うぉりゃあぁぁぁ!!」

 唸る右ストレート。

 凄まじい衝撃音を期待していたギャラリーだが、しかし無音。

 仙崎は目を瞑ったまま回避していた。

 

「……?」

 互いに無言で見つめ合い「?」を浮かべる。

 そのシーンだけ切り取ると、何やらいい雰囲気にも見えるが。

 

「な、なんで躱すのよ!?」

「スマン。私、殺意のある攻撃には自動的に回避してしまう癖があってな」

「何その凄い癖!! 漢はどこ行ったのよ!?」

「私に攻撃を当てたければ殺意を消すのだな。ぬぁはははは!!」

「なんでアンタ偉そうなの!? 分かったわよ! アンタがその気なら当たるまで追い回してやるわ!」

「ぬぁははは! せいぜい頑張るのだな! では皆の衆、さらば!」

 

 そう言い残して、仙崎と葵ちゃんは去っていった。

 しかし、予想以上に面白そうなヤツが現れたもんだ。

 野郎に興味は無いとは言ったが、あれなら良い飲み友達になれるかもな。

 

「って、そう言えば放置して悪かったね玲香ちゃん。騒がしくてごめんよ」

「面白いもの見れたから、いい。じゃ」

 その割には相変わらずの無表情だったが、オレは歩き去る玲香ちゃんを追う。

 

「おっと逃がさないよ。ボクはキミに用があってね。この前の負け分の取り立てに来たんだけど」

 ぐえっ、と襟首を二ノ宮沙月に掴まれてむせ返る。

 

「くっそー! 覚えてやがったかこの悪魔め! イカサマ盛り盛りなんだからあんなのナシだろ! ってそこに居るのは桜ちゃんじゃ~ん! ごきげんよう! ちょっとこの悪女からオレを助けてくれないか!?」

 オレは二ノ宮の後ろに隠れるように立っていた桜ちゃんを見て助けを乞うが、

 

「んぎゃ~!! 寄るな変態! こんなに嫌ってるのになんで助けてもらおうって発想になんのよ! そのまま窒息して死ね~~!!」

 このように何故かオレには辛辣だ。

 何故っていうか多分初対面の時にときめいちゃって思いっきりハグしたからだろうね!

 いやぁちっちゃいし可愛いし元気だしドストライクだったね!

 まあ念のため言うと、本当のドストライクはオレの嫁ってのは揺るがないけどな。

 

「オレはこんなに愛してるのに、酷い話もあったモンだぜ。なあ二ノ宮、あんたもそう思いますでしょ?」

「はは。頂けるモノを頂ければ、そう思う事もあるかもしれないね」

「やめてぐるじいでず……!」

 女とは言えさすが軍人、本気で絞め落とそうとしてやがる……。

 

「とは言え、もっと浦田クンの畜生ぶりを仙崎クンに見せたかったのだけれど、本人が居なくなっては仕方がない。桜、カレとはココで大人の遊びと洒落こむから、キミは帰った方が良い。些か刺激が強すぎるかも知れないからね」

 へ? と桜ちゃんはキョトンとし、次第に顔を赤くして、

 

「アネゴってば不潔ですぅ~!!」

 と言い残して走り去っていった。

 

「さあ、勝てば前回の分はチャラ。負けたら……そうだね、今夜はボクに付き合って貰おうか」

「ぐっ、身ぐるみ全部剥がすってか!? ちくしょ~、やってやらぁ!!」

 どのみち回避は不可能!

 ならやるしかない!

 確かに、刺激は強い、間違っては無いな!

 

 

――side:仙崎誠――

 

 

「あ~ぁ、分かった、降参よ。ホンットに逃げ足早いのね、アンタ」

 暫く追われながら追撃を華麗に回避していると、瀬川は体力が流石に追いつかなかったのか、肩で息をする。

 

「しかしな、ま、あれだ。色々と済まなかった。迷惑かけただろう」

 思えば、彼女とは半年ぶりの再会だ。

 その上、私が一方的に思いの丈を話したのち、気絶してしまったのだから、彼女は相当気を揉んだ事だろう。

 あの時は回りが見えず、周囲の目を引いていた事は想像に難くない。

 それも、東京が灰燼と化したその時にだ。

 

「む、今思えば相当に不謹慎なやり取りをしていたのではないのか私は」

「そうね。さすがにもうちょっと場を考えてほしかったわよ全く。周りの連中は、そんな事考えてなかったらしいけど。さんざん弄られたんだから! まったくもう!」

 頬を膨らませてむくれ始める。

 

「そこは素直に謝ろう。改めて済まなかった。まだまだ人生には学ぶべきことがあるな! それも含めて、やはり君と出会えてよかった! 感謝する! ぬぁははは!」

 前半は真剣に、後半は勢いで発言する。

 

「な、なんなのよアンタ……調子狂うわね。……怪我は、完全に治ったの?」

「うむ。肉体の方は万全だ。勘の方は、ま、実戦で取り戻すさ。そう言えば、回答の方をまだ聞いていなかったのだが」

 

「回答ね……」

 とつぶやくと、彼女は廊下の奥の方まで走って、

 

「アンタに迷惑かけられたから、こっちも迷惑かけ返すわ! 回答は保留! 悔しかったら次の戦い絶対に生き残って、また私に会いに来なさい!! 死んだら許さないから! んじゃっ!」

 腰に手を当て、片手で指をさし、そしてドヤ顔で言った後、しゅたっ、と擬音を残し去っていった。

 

「まったく、本当にとんだじゃじゃ馬娘だ」

 だが、嫌いじゃない。

 これで是が非でも、生き残らなくてはいけなくなったらしい。

 無論、死ぬつもりは微塵も無い。

 

 そうして、私の怒涛の一日目は終わった。

 

 

 




次回からは多分シリアスモードになる予定です、多分……。
そう言えばまた久しぶりにヒロインが出てきました。
この影の薄さ、大丈夫かコイツ……。
さて、ではさらっとした人物紹介、行ってみましょー。

浦田和彦(うらたかずひこ)(26)
 レンジャー2-1分隊員、伍長。
 分かりやすい女たらし。
 女性を見ては食事や遊びに声をかけまくるはた迷惑な男。
 ルックスはイケメンなので、実は人気はそこそこあったりする。
 だがナンパそのものが趣味であって、恋人を探しているわけではないらしい。
 妻子がいる立派な家庭持ちで、なんとナンパは妻公認らしい。
 同じく、妻も男遊びが趣味で、互いに遊びと認めつつ、家庭では愛を育んでいるとか。 金に汚く、ギャンブルが好きだが、二ノ宮という上位互換が現れたせいで若干嫌いになり始めている。
 そのため、女性でありながら二ノ宮に苦手意識を持っている。
 反面、桜が好みのタイプのようだが、本人からは凄く嫌われている。

白石玲香(しらいしれいか)(25)
 EDF第一降下翼兵団第一中隊”ペイルウイング”第二小隊員。
 階級は少尉で、瀬川と同じ分隊。
 無口、無表情、更に色白で、基地内では”アイスドール”の名で呼ばれている。
 戦場でも冷静で的確な行動が出来るため、仲間内の評価は高い。
 コミュニケーションは苦手のようだが、瀬川とは打ち解けているようで、よく共に行動している。


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第十四話 戦端の幕開け

作戦とかエアレイダーの設定とか戦闘の始まり方とかいろいろ考えるの楽しくて時間かかった……。
まあでも基本色々穴だらけだから変なトコあってもそこは雰囲気で乗り切ろう!

10/12 小田急多摩線→JR横浜線に変更


――2023年1月17日12時 EDF極東方面第11軍司令本部基地 地下五階 小隊ブリーフィングルーム――

 

「小隊敬礼ッ!」

 その言葉に、小隊員19名が一斉に敬礼する。

 号令を発したのは、小隊副官も務める荒瀬軍曹だ。

 

「楽にしろ」

 小隊長、大林中尉の言葉で敬礼を解く。

 

「まず初めに、現在の戦況を伝える。昨夜未明、旧調布市周辺で梯団を形成していた巨大生物群が突然進撃を開始した。これにより、旧稲城市の第一防衛線が奇襲を受けて壊滅。巨大生物は二手に分かれて進撃を続けている。A群5000体は旧多摩市へ西進。B群7000体は分散しながらも旧町田市に向け南下している。状況の推移が予定より早まったという事だ。よって我々も、作戦決行時刻を早め、出撃は今晩1800とする」

 

 本来なら明日だったものが一日早まったか。

 しかし五千体、七千体か。

 数字を聞いただけで、軽くめまいを感じるというものだ。

 

「次に作戦の概要だ。作戦名”スチールレイン”。目標は、南下するレイドシップ、6隻の撃墜だ」

「ッ!!」

 室内に緊張が走る。

 それもその筈、ロシアで、アメリカで、世界中で幾度も決行し、そして失敗を重ねたレイドシップ撃墜作戦。

 それも巨大生物七千体を相手取っての作戦だ。

 かなりの規模になるだろう。

 

「今回の作戦の肝になるのが、これだ」

 スクリーンに映像が投影される。

 そこに映っていたのは、

 

「DE-202”ホエール”攻撃機。EDF空軍が保有する空飛ぶ要塞と言われる大型攻撃機が六機。そこに搭載された150mm空対地支援単装砲、通称”フーリガンブラスター”各20発を使って、装甲が薄いと思われる上面を狙い撃つ」

 スクリーンに映る詳細を読む。

 

 戦前よりEDFが全地球防衛条約兵器の一つとして開発していたものらしい。

 高初速・高貫通力・高精度を目的に作られた対重装甲用徹甲弾。

 フォーリナー襲来当前は予算の都合で未完成だったが、空軍が予算を吸収し、完成させたらしい。

 しかしながら、敵の装甲の素材が一切不明な為、実力は未知数と書いてある。

 

「ホエール攻撃機は、当然の事ながら単機での地上支援も可能だが、今回の作戦では統合末端攻撃統制官、通称エアレイダーの誘導の元砲撃を行う」

 

 エアレイダー。

 アメリカ軍の統合末端攻撃統制官のEDF内での呼称だ。

 近接航空支援が可能な空軍攻撃機や爆撃機、陸軍砲兵隊と連携してより精密な攻撃範囲指定や効果判定を主な任務とする特殊兵科。

 

 EDFに復帰したばかりの私であるが、結城大尉に簡単に現在のEDFについて説明を受けたほか、貰った資料に書いてあったので、恐らく機密以外の一般的なことはほぼ知識にあるはずだ。

 

「戦況によって細かな作戦内容は変更するが、大筋はこうだ。第一段階、戦域全体への一斉面制圧。これで巨大生物の殲滅と混乱を狙う。第二段階、護衛を付けたエアレイダーの各目標への突破及びフーリガンブラスターでの目標撃墜。具体的には、エアレイダーが発射する特殊ビーコンを目印に、フーリガンブラスター20発の一点集中連続砲撃を行い、レイドシップ中央部にある転送装置の貫通及び破壊を目的とする。次に第三段階だが、撃墜の成否によって二つのプランがある。成功時はプランA。想定内の状況である限り、戦力を一気に投入し、旧稲城市を中心とした、旧調布、旧多摩、旧府中周辺地域までを奪還する」

 

 4都市の一斉奪還だと!?

 随分大きく出た作戦ではないか。

 聞いた話ではあるが、この半年間、人類は世界中で増殖する巨大生物やレイドシップの対応に追われ、本格的反攻に成功した地域は無いという。

 

 我らが日本国も、大幅に領土を奪われ、今や関東甲信越地方の殆どが占領されたままだ。

 この作戦が上手く行けば、日本に、いや世界に希望を与えることが出来る。

 病み上がりの初陣でありながら、未来を左右する重大な決戦に、自然と胸が高鳴る。

 

「撃墜に失敗した場合はプランB、先の4地域は放棄するが、JR横浜線に沿った地域を新たに西関東第一防衛線とし、日本国防衛の要と言えるここ極東本部や、軍事工場や重工業の多くを占める京浜工業地帯の防衛を、更に強固なものとする」

 

 そうだ、興奮するのはまだ早い。

 全ては、新兵器”フーリガンブラスター”とやらが謳い文句に違わぬ兵器かどうかにかかっている。

 実際、この手の兵器は世界中で何度か開発されているらしく、そのどれもがあの白銀の装甲に傷一つ付ける事叶わなかったそうだ。

 

 それ故についた渾名は、無敵艦隊。

 遅かれ早かれ、この無敵艦隊を撃沈しない事には、人類に未来は無いという事だ。

 とは言え、個人ではどうしようもできない。

 兵器開発者の聡明なる頭脳に期待するほかあるまい。

 

 私に、我々に出来る事は、そのための時間を一分一秒でも多く作り、そして開発拠点や工業地帯を防衛する事だ。

 

「以上が大まかな作戦の概要だ。続いて我々の任務だが、フーリガンブラスターを誘導する第4エアレイダー小隊”アルデバラン”を護衛し、特殊ビーコン発射を支援する。知っての通り、エアレイダー小隊には4名の陸戦歩兵が護衛として配属されているが、本作戦では敵に肉薄する必要があるので、我々レンジャー2が護衛任務にあたる。それに伴い、レンジャー2とアルデバランを纏め、第三作戦任務部隊”バレイル3”と呼称する。なお、現地では既に防衛線の部隊が戦闘を継続中であり、戦況やレイドシップの位置予測が困難であることから侵入ルートは我々に一任されている。質問はあるか?」

 

 手は上がらない。

 

「ではブリーフィングは以上だ。解散!」

 

 

――――

 

 

 ブリーフィングルームを出てぞろぞろと歩き出す私を含む小隊員。

 ちなみに、小隊長(2-1分隊長兼任)の大林中尉、2-2分隊長の荒瀬軍曹は打ち合わせを続けている。

 

 私はこの戦いの重要性を胸に刻みつけ、一層気を引き締める、のだが。

 

「フーリガンブラスター!! あれが噂に聞いてた空軍の新兵器ってヤツだね!! 戦車砲以上の貫通力と火力、戦艦以上の精度と射程、そして空軍ならではの即時展開能力を合わせた最高の航空支援兵器!! 本来はフォーリナー侵略時の戦車に該当する敵装甲目標の撃破をコンセプトに作られたんだけど、戦車に該当する敵居ないもんね~! それにしても上空から戦艦の副砲並みの砲弾が降ってくるとか凄いよね! ね!」

 

「なぜ私に聞いてくる、結城桜……」

 目を輝かせてテンション上がりまくる結城桜が、凄い早口でまくし立てる。

 私の高まった戦意を返せ!

 

「あ~あまた始まったぜ。コイツ新兵器とか出てくるといつもこうだもんなぁ。前回の役立たずミサイルの時も、凄いのなんのって散々はしゃいでたよな? で、あの体たらくだろ?」

 鈴城軍曹が呆れ顔をする。

 その様子を見ると、騒ぎ出すのは毎回の事らしい。

 元気があるのは良い事だが、ちょっと元気すぎやしないか。

 

「して、その役立たずミサイルとは?」

 気になったので聞いてみる。

 

「スカイタートルって試作型ミサイルっすよ。レイドシップを下から攻撃するためのミサイルで、ウチの開発部が作ったらしいっす」

 水原の説明に続けて、鷲田少尉が引き継ぐ。

 

「ありゃァある意味凄かったぞ。超デカいミサイルがチャリぐらいの鈍足で空中を飛行して、オレら全員で固唾を呑んで見守ってたら、ミサイルにたまたま巨体生物が突っ込んできてボーン! 作戦は失敗だ! ふざけてんのかっつーの!」

 怒りと笑いと呆れが混ざった複雑な表情で、鷲田少尉が溜息をつく。

 そのあと爆発に反応した巨大生物が見守っていた分隊に殺到したことは、想像に難くない……。

 

「スカイタートル……空飛ぶ亀ですか。しかし、なぜそんな冗談みたいな兵器が? 一見して役に立ちそうには見えないのですが……」

 しかし自転車ぐらいの速度で飛ぶミサイルのは、少し見てみたい気もする。

 いったいどんな原理で飛んでいるというのか。

 

「桜ぁ、解説」

 鷲田少尉はめんどくさくなって解説役を投げる。

 

「りょーかいです! そもそもの話、あのレイドシップを撃墜するために予算や実用性を無視した名兵器、珍兵器が世界中で生み出されているのは知ってる? かのスカイタートルちゃんもその一つなのです! その開発コンセプトは、レイドシップの下部ハッチを攻撃可能な携帯型巡航ミサイル! このミサイルを開発するにあたって最大の問題が一つ! 下部ハッチを攻撃するには、ミサイルを垂直に近い急旋回させなければならないのです! 従来の速度のミサイルでは急旋回に難があるし、そんな必要性も無かった……。そこで急旋回と、敵船を一撃で破壊する破壊力を求めた結果、ミサイルは巨大化、鈍足化に設計図を書き換え、ついに出来たのがスカイタートル試作一号機なのです!! 個人携行ミサイルでありながらその最大爆破半径は――」

 

「分かった! もういい結城桜! 分かったから、皆呆れ始めているからもういい!」

 私はだいたい概要を知れたのでストップをかけた。

 彼女に兵器を語らせたら軽く一時間は止まらない、とは水原から聞いていたので、キリの良い所で終了にしてもらおう。

 本人は「ここからが本番なのに……」と不満げだが、そもそもそんな出来たばっかりの兵器にそんなに語ることがあるのだろうか。

 

「そう言えばまことん。なんで私の事フルネームで呼ぶの?」

 不満げな表情も切り替えは一瞬、今度は疑問を投げかけてきた。

 

「む? 苗字呼び捨てでは結城大尉と被ってしまうからな」

「お兄と? だったら下の名前で呼んでよ。さくらん♪って!」

 笑顔が眩しいのだがそんな呼び方は御免だ!

 

「却下する。妙な呼び方を私にまでさせようとするのでない。まあ、要求は分かった。今後は名前呼びに改めるとしよう」

 しかし、最近同じようなやり取りをしたことがあるような……。

 ああ、横浜で会った村井茉奈か。

 彼女はあの後元気だろうか。 

 

「しかし、なぜ彼女、あんなに詳しいのだ? 先程発表されたばかりのフーリガンブラスターですら、既に知っていたようだったが」

 本人に聞いたら長くなりそうなので、浦田に小声で話す。

 家族のよしみで、兄上にでも聞いているのだろうか。

 しかし、新兵器となれば機密の塊。

 いかにEDFとは言え、それほど適当では……。

 

「それはな、実は開発部に親父が居るらしくて、暇なときは頻繁に入り浸ってんだよ。しかも桜ちゃんも兵器好きだってんで開発部の連中や挙句室長にまで気に入られてよ。っかぁ~! 羨ましいぜ畜生! その調子で俺の部屋にも入り浸ってくれねぇかな!!」

「入り浸る訳ないじゃないのバーカ! 臭そう!!」

 速攻で桜から辛口のつっこみが返ってくる。

 

「く、臭そうって……」

 ショックを受ける浦田だが、私は予想以上の機密のユルユルさにショックを受ける。

 

「良かったら、ボクの部屋の芳香剤を貸そうか? レンタル料は……ふふ、いくらにしようかな」

「借りねぇよ! っつーか臭くねぇし!」

 二ノ宮軍曹がまた浦田から金を集めようとしている。

 ちなみに、部屋は個人ではなく、男女別4人一部屋。

 つまり桜に中傷された浦田と同部屋の男は……。

 

「だぁーっはっは! 臭そうと言われてしまいましたな浦田殿! 俺の、筋肉からあふれ出る熱気なら、漢臭いと言われても仕方ないですなぁ!」

 むん! とガッツポーズを取る新垣にとっては、むしろ誉め言葉なのかもしれない。

 

「臭そう!」

「臭そうだな」

「ふふ、臭そうだねぇ」

 桜、鈴城軍曹、二ノ宮軍曹の女三人からの評価が一致する。

 尤も、悪ノリした感は否めないが、浦田にとってはショックだったようで、

 

「新垣てめぇーー!! 今まで築き上げてきた俺の男としての信頼感を返せぇぇーー!!」

「わっはっは! 何のことですかな!!」

 と男二人で暴れ始めた。

 

 本当に、今から大きな作戦が始まるのだろうか?

 若干不安になってきた私であった。

 

 

 

――2023年1月17日夜 東京都旧町田市金井 「第一師団 第16陸戦歩兵大隊 第88レンジャー中隊 第二小隊 第一分隊”レンジャー2-1”」 装輪輸送トラック車内――

 

 

 曇天の空から、粉雪が舞い降りている。

 辺りはうっすら雪が積もっていて、外気温は2℃。

 

 そんな寒さを吹き飛ばすような激戦が地上では行われていて、戦闘の爆発や打ち上げられた照明弾が戦場を照らしている為、夜間にもかかわらず視界は悪くない。

 

 移動中、皆思ったよりも静かだ。

 桜と水原と新垣以外は喫煙者らしく、皆煙草を吸っている為、車内は常に煙たい。

 桜は新型アサルトライフルAS-20の手入れを揺れる車内で器用に行い、新垣はしかめっ面で目を閉じ、精神統一している。

 

 私はそんな中、運転席からかすかに聞こえる無線に聞き耳を立てていた。

 

『こちら第118航空任務部隊”スラッガーズ”全機作戦領域に侵入した』

『スカウト9より本部! 敵前衛ポイントC通過! 前進を続けています!』

《こちら本部。予定通りだ! 工兵隊、C20地雷原起爆!》

『了解! 第三地雷原、起爆します!!』

『こちらエアレイダー”レグルス”。C20地雷原、起爆を確認! 敵前衛の殆どを撃破した! 続いてエリアF10からF16グリッドまで爆撃要請!』

『了解! こちら爆撃機フォボス! 爆撃を開始する!』

『第107陸戦歩兵大隊より本部! A25エリアに巨大生物侵入! 迎撃開始します!』

《本部より107大隊! 攻撃ヘリ一個小隊を付ける! そこから後方に侵入を許すと厄介だ! 食い止めろ!》

『こちらスカウト9! ターゲットA(アルファ)C(チャーリー)E(エコー)のハッチ解放! 巨大生物300が新たに投下されました!』

 

「そろそろエアレイダーとの合流地点だ! 降車の準備をしておけ!」

 大林中尉の声に、全員が反応する。

 

「「サー! イエッサー!」」

 私は煙草を揉み消し、AS-20を手に持つ。

 今回は接近戦が予想されるので、もう一つはショットガン、バッファローG2を持ってきた。

 

「合流地点です、停車します」

 そして、運転手の声でトラックが停車する。

 

「分隊降車ァ!」

 大林中尉の声で素早く全員が降車する。

 外に出ると、車内よりわずかに凍えた空気と粉雪が出迎える。

 それと同時に、銃声や爆発音、巨大生物の発する奇妙な音と、火薬や硝煙の臭いを感じる。

 

「レンジャー2-2、全員揃ってます」

「了解だ軍曹」

 レンジャー2小隊は、全員集合した。

 

「定刻通りだな。待ってたぜレンジャー2。俺達が第4エアレイダー小隊”アルデバラン”だ。俺はエアレイダーの門倉、よろしくな。指揮はまかせるぜ」

 待っていたのは40代半ばくらいの兵士だった。

 どっしりと構えた感じは熟練の雰囲気を醸し出し、荒瀬軍曹や大林中尉とはまた違った歴戦の感じを匂わせた。

 

 一人で砲兵隊や航空部隊と交信するだけあって、背中には背嚢袋よりも大きな機器があり、いくつものアンテナが伸びている。

 腕には小型マップとコンソールも付いていて、バイザーはディスプレイ型になっている。

 

「第88レンジャー中隊、レンジャー2指揮官の大林中尉です。貴隊の指揮を預かります」

 合流後、握手を交わす。

 作戦開始時刻は、間も無くだ

 門倉大尉は、合流報告を簡単に本部に無線する。

 

 やがて定刻になり、本部から広域無線が届いた

 

《本部より全作戦部隊へ! 現時刻を以て、レイドシップ撃墜作戦”スチールレイン作戦”を発動する! 作戦第一段階開始! チームウェスタ、空爆を開始せよ!》

『こちら第74爆撃任務飛行隊”ウェスタ”。空爆を開始する!』

「空爆が来るぜ! 野郎共、頭を下げな!」

 門倉大尉の声に従い、皆姿勢を低くする。

 

 やがて、上空にいた大型爆撃機、B-32”フォボス”10機が、後方から隊列を横一列に組んで、絨毯爆撃を敢行する。

 

 巨大生物用に威力を強化された無数の小型爆弾が隙間なく爆発し、辺り一面は炎に包まれる。

 地を這いずる事しかできない巨大生物は、その爆撃に成すすべなく巻き込まれている筈だ。

 

 228基地で、横浜で、辛酸を嘗める思いをした時とは違う。

 あの時は混乱の最中で市民の救助をしなければならなかったが、その心配はもうない。

 こうして制空権を好きなように使える今となっては、最早巨大生物など敵ではないのだろうか。

 

《第一段階終了! 作戦第二段階へ移行、作戦任務部隊(チームバレイル)、移動開始せよ!》

『バレイル3了解!』

 大林中尉は立ち上がり、

 

「攻撃機ホエールの燃料はそう長く持たない。作戦成功には時間が鍵だ。急ぐぞ!」

「「サー! イエッサー!!」」

 そう一言告げると、我々は移動を開始した。

 

「大林中尉。この位置だと今一番近いのは、あそこに見えるターゲットD(デルタ)だ。アレを攻撃対象とする。俺のビーコンガンの射程は1000m弱。ヤツが低空を飛行しているとしても、かなり肉薄しなきゃならねぇ。護衛頼むぜ」

「了解。EDFの恐ろしさ、ヤツらに思い知らせましょう」

「がはは、頼もしいこった!」

 

 素早い動きで、我々は廃墟と化した住宅街を駆ける。

 周囲は完全に瓦礫に覆われ、積もった雪は全て溶けた。

 そして至る所に絶命した巨大生物の死骸が粉々になって倒れている。

 

「これは……凄まじい。いくら何でもやりすぎなのでは……?」

 衝撃に思わず口から出たのは、何とも間抜けな言葉だ。

 

「オメェな……、巨大生物相手にやりすぎもクソもあるモンかよ」

「はは、気持ちは分かるさ。けどこれだけやっても、あの無敵艦のお陰で、ボク達は優位に立てないって訳さ」

 鈴城軍曹と二ノ宮軍曹につぶやきを聞かれてしまい、自分はやはり初陣に等しいのだと自覚する。

 全く、こんな事では命を落としかねない。

 しっかりするのだ、仙崎誠。

 

「人類がこうまでして勝てない理由、この目で見るとやはり恐ろしいですね……」

「そうとも坊主。それだけでなく、無敵艦自体が傘みたいになって直下の蟻んこを護ってやがんだ。それに……」

 門倉大尉が私に声を掛けた直後、無線を拾う。

 

『こちらスカウト9! 爆撃とは別の振動数検知、これは……地中侵攻です! コード991発生! 繰り返す、コード991発生! クソッ!』

《スカウト9! 場所は何処だ!?》

『エリアG7一帯に、少なくとも大隊規模の巨大生物群出現! 南西に向かって進撃中、爆撃から逃れた巨大生物と合流して――ぐはッ! ぎゃあぁぁぁぁ!!』

《スカウト9! 応答しろ! くそ……! この場所に近いのは――》

 

「近いのはココだ! くそったれ、『アルデバランより砲兵隊! 砲撃要請! エリアG8-14から16! 全力砲撃で構わねぇ! ありったけ叩き込め!』」

《――バレイル3が近い! 第11戦車中隊砲撃開始! 敵を足止めしろ!》

「小隊総員、射撃用ォォ意ッ! 足を止めるなよ!」

 

 門倉大尉、本部の榊少将、大林中尉の三人の声が重なる。

 やや遅れて、直ぐに砲兵隊が放った砲弾が後方より飛来し、私の左斜め前で炸裂する。

 感覚的には目前で爆発してるように感じ、凄まじい振動と爆発音が耳を劈く。

 

 だが、派手な爆発よって発生した炎と煙の中から、巨大生物が進撃してくる!

「巨大生物を近づけさせるな! 小隊、射撃開始ィィ!!」

 

 旧町田市での戦闘が、幕を開けた。

 




あとがきにこの文章量……アリなのか……?

▼DE-202”ホエール”
 EDF空軍が保有する大型対地攻撃機。
 現在も現役で稼働している米空軍のAC-130と同コンセプトで設計されているが、輸送機を改修したAC-130とは違い、最初から対地攻撃機として設計されている。
 武装は用途に応じて換装可能で、代表的なものは40mmバルカン砲、105mm速射砲、120mm榴弾砲、連装ロケット砲などがある。
 大型であるがAC-130に比べ機動性に優れ、航続距離も長い。
 また装甲も強化され、対空機関砲も備えたまさに”空飛ぶ要塞”に等しい重武装を誇る。
 今回の作戦では150mm空対地支援単装砲”フーリガンブラスター”を搭載し、作戦に参加している。

▼エアレイダー
 EDF内における統合末端攻撃統制官の呼称。
 空爆誘導兵とも。
 単身で、陸軍砲兵隊、空軍爆撃機、大型攻撃機ホエールや、海軍の艦砲射撃やミサイル攻撃など、味方に誤爆の危険が起こる範囲攻撃の適切な指示・誘導を行う兵科。
 また上記攻撃部隊の爆撃効果判定や射弾観測も行う。
 その任務は非常に多くの知識と技能を必要とする上、使用する機器も非常に高性能で高価。
 その理由から、エアレイダー資格は大尉以上が原則となっている。
 だが、上記の通りエアレイダーの任務は多岐にわたる故、直接戦闘は望ましくないので、階級差に係わらず、歩兵部隊の指揮は原則行わない。

▼任務部隊
 古くからアメリカ海軍で行われてきた編成方法で、決まった部隊の他に、ある任務の為に編成して作戦内で活用する部隊の事、タスクフォースとも呼ぶ。
 EDFでもこれを積極的に採用していて、陸軍、空軍でもこのように呼んでいる。
 これを拡大解釈し、小規模の場合はエアレイダーと数個歩兵小隊を組んだ部隊に編制したり、大規模の場合は陸軍大隊と空軍飛行大隊を一つの部隊として扱ったりと、柔軟な運用が行われている。

▼レイドシップ
 別名転送艦、無敵艦。
 地球侵攻初日から見られるフォーリナーの航空戦力。
 白銀の装甲に覆われており、核攻撃を含むあらゆる攻撃に効果がない。
 中央下部に外側に開くハッチがあり、内部からは巨大生物が現れる。
 当初はただの輸送艦と考えられていたが、内部容量を大幅に超える量の巨大生物を投下する為、レイドアンカーと同じ、転送システムを備えていると考えられた。
 投下間隔は1分から30分と参考にならないほど差があり、投下時間は10秒から30秒と短い。
 一度の投下数はあいまいだがおよそ10体から200体ほどとされている。
 ハッチ内部には白銀の装甲が施されていない他、転送システムというデリケートな装置が稼働している為、弱点と考えられている。

▼B-32”フォボス”
 EDF空軍が保有する大型爆撃機。
 対フォーリナー戦争において、ステルス機能は必要か不要か、という議論があったが、結局のところ予算を欲しがった軍上層部や軍産企業の後押しで、ステルス機能が付けられた。
 その為全翼型の爆撃機となっているが、現在その機能はオミットされ量産が続いている。
 絨毯爆撃用の小型爆弾を大量に詰め込めるため、現在の対巨大生物戦略の主軸である。

門倉洋介(かどくらようすけ)(44)
 第一師団 第16陸戦歩兵大隊 第4エアレイダー小隊”アルデバラン”所属。
 階級は大尉。
 落ち着いた印象の中年兵士。
 元EDF海外派遣部隊出身で、激戦の中、エアレイダーとして住民を誤爆に巻き込まないよう航空誘導をしていた。
 その為経験は豊富。 


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第十五話 スチールレイン作戦(Ⅰ)

やっと書き終わった!
各キャラの武器考えたり、新キャラ考えたり空軍の支援とか色々考えてたら遅くなりました。
あとFGOの周回とか……いやなんでもありません(汗




――2023年1月17日夜 旧町田市 崩壊した住宅街

『第88レンジャー中隊レンジャー2』――

 

 

「小隊ッ、射撃開始ィィ!!」

 大林中尉の号令で、我々レンジャー2小隊の19人は巨大生物に対し一斉に弾幕を張る。

 東から押し寄せる巨大生物を迎撃しながら、我々は北へ前進を続ける。

 小銃弾や散弾、グレネード弾やロケット弾が一斉に放たれ、巨大生物を駆除していく。

 私はAS-20の引き金を引き、一体一体仕留めていく、が。

 

「数が多いっ!?」

 一体や十体ではない。

 煙が晴れるにつれ、恐ろしい程の巨大生物が生き残っている事が分かり、その全てが我々に向かっている。

 

 そうだ、思い出した。

 この圧倒的な物量こそ奴らの武器。

 航空支援があったところで、それは変わっていないのだ。

 

「仙崎ィッ、狙いを絞んな! 倒す事よりもとにかく近づかれねェように弾幕を張れ!!」

「イエッサー!」

 鷲田少尉のアドバイス通りに、弾丸をバラまくようにして対処する。

 

「喰らいな蟻共!」

 被弾して足が止まったところに、鈴城軍曹のUM-2Aグレネードランチャーが炸裂し、まとめて巨大生物を吹き飛ばす。

 

「回り込む敵に注意しろ! 絶対に足を止めるなよ! 千島! 後ろから来るぞ!」

「イエッサー!!」

 荒瀬軍曹が千島に指示を出し、後ろから回り込もうとする巨大生物を撃ち殺す。

 右からの圧力も凄いが、確かに弾幕を張っていなければ一瞬にして酸の射程まで飲み込まれてしまう。

 今のところは、何とか防ぎきっているがこれは時間の問題か……いや、銃撃音と巨大生物の断末魔に交じって戦車砲の砲撃音も聞こえる。

 巨大生物群の後方で戦車隊が攻撃している筈だ、弱気になっている場合ではないな!

 

「水原クン! 前方、回り込む敵さんの狙撃を! 走りながら出来るかい?」

「お任せっす!」

 二ノ宮軍曹が水原に指示する。

 水原はKFF-50LSスナイパーライフルで狙撃。

 狙いは正確で、一体の巨大生物を確実に一撃で仕留めている。

 二ノ宮軍曹は威力強化型のAS-20Dライフルで、弾幕を突破して接近する個体を狙い撃っている。

 

「一体たりとも逃さないっすよ!」

「だはは水原! 大きく出たな! じゃあ囲まれたら全部お前のせいって事で良いよな!」

「なんでそうなるっすか!? っと、数増えてきたっすね! 流石に一人じゃキツいっす」

 新垣がゴリアスDの爆風で敵を粉砕する。

 小隊右面の火力を恐れて、回り込む個体が増えてきたようだ。

 

「ちっ、レイドシップはまだなのかよ!? 桜ちゃん、こっちは大丈夫だから、水原の援護頼む!」

「おっけー! スー、二人で何とかなりそう!?」

 ぼやきながらAS-20で弾幕を張る浦田に言われ、桜が水原の元へ走る。

 手に持つのは連射強化型のAS-20Rだ。

 

「今はまだ! でも時間の問題っすよ!」

「仕方ねえさ! こっちは20人ちょい、蟻共は大隊規模……1000体から砲撃で死んでるから、最低500は居るだろうからな!」

 門倉大尉は、リムペットガンというエアレイダー専用の銃器を使っていた。

 ビーコンガンを改良した爆弾射出器で、吸着する爆弾を射出し、スイッチで一斉起爆するというものらしい。

 一見してあまり戦闘には向かなそうだが、ビーコンガンの扱いに慣れたエアレイダーにとっては、普通のアサルトライフルやグレネードランチャーよりも使いやすいらしく、エアレイダーの護身用兵器としては人気が高いのだとか。

 

 現に素早いリロードで高威力の小型爆弾を射出し、爆弾が吸着した巨大生物が群れの中心にいるときに起爆して、さらに多くの巨大生物を巻き添えにしている。

 接触起爆のグレネードランチャーではこうはいかなかっただろう。

 

「小隊! 前方から新たな巨大生物! フォボスの絨毯爆撃から生き残った群体だ! 新たに投下されたヤツも混ざってるかも知れん!」

 先頭にいた大林中尉が叫ぶ。

 

「ちっ、来やがったなァ! この群れは突破するしかねェ! だがレイドシップは目の前だ! 気合い入れていくぞォ!!」

「「サー! イエッサー!!」」

 鷲田少尉の声に皆答える。

 

《本部よりバレイル3! その空域にアルテミスを向かわせた! エアレイダー、目標を指示しろ!》

『アルデバラン了解! ――アルデバランよりエルメト5、航空支援要請! 座標を送信した、頼む!』

 門倉大尉は腕のコンソールを操作して空軍と通信した。

 

『エルメト5よりアルデバラン。座標を確認。ファイア!』

 その瞬間、重厚なジェット音と共に低空で航空機が通り過ぎた。

 無骨な直線翼、後方上面に設置された大型ジェットエンジン、そして機首と主翼下のハードポイントに装備された兵装。

 EA-20A”アルテミス”と呼ばれる近接航空支援(CAS)専用の制圧攻撃機だ。

 

 その機首から放たれる40mm機関砲、そして両翼の対戦車ロケット砲弾がまるで上空から地面を薙ぎ払うかのように掃射され、一瞬で大量の巨大生物が砕け散った。

 

『いい腕だ。感謝するエルメト5!』

『こちら第11戦車中隊! バレイル3! 東の巨大生物はこっちで引き受ける! 貴隊は前進を続けよ!』

 ギガンテスが何輛か前進してきて砲撃を加える。

 巨大生物の大半は撃破され、もう何割かはギガンテス戦車を追って行ったようだ。

 発射されたキャニスター砲弾が炸裂し、散弾となって数体の巨大生物を一撃で絶命させる。

 

「了解! 小隊ィ、接近戦用意! EDFの勇猛さを、奴らに思い知らせろ!!」

「「うおおおぉぉぉぉぉ!!」」

 

 我々は、巨大生物の群れに飛び込んだ。

 私は飛んでくる酸をステップで回避し、武器をショットガン”バッファローG2”に切り替え、巨大生物の側面に接射した。

 硬い甲殻は散弾によって貫通し、体液を飛び散らせて背後の巨大生物にもダメージを与えた。

 

 しかしその間も足は止めない。

 我々はこの巨大生物群を突破して、ビーコンガンの射程内にレイドシップを収めなければならないのだ。

 

 酸をローリングやステップで回避しつつ、接近してバッファローを当てる。

 突如、謎の悪寒がした。

 まさかと思いながら引き金を引くと、バッファローが暴発した!

 

「ちっ!」

 私は一瞬のうちに銃を手放すと、目前で発射態勢になっていた巨大生物に手榴弾HG-02Aを直撃させ爆散させた。

 爆風を浴びながら二歩下がる。

 ちなみに放り投げたバッファローは中央からひしゃげていた。

 

 そのまま武器をAS-20に切り替えるが、流石に一瞬もたついたせいか囲まれていた。

 

「どけよ! 邪魔だぜ!」

 鈴城軍曹私の頭に手を付いて、まるで跳び箱のように飛び越えると同時に、両手に持ったモンスーンショットガンを乱射して、周囲の巨大生物を駆逐した。

 

「いっちょ上がり。いくぜ!」

「なんというデタラメな……私が避けたらどうする気だったのですか?」

 走り出す鈴城軍曹に付いて行く。

 しかし、フルオートショットガンとは言え、二丁持ちとはずいぶん無茶苦茶なスタイルだ。

 腰に弾倉をセットする専用の装備まで持っているという徹底ぶりだ。

 それでいて私ほどではないが身のこなしは素早い。

 

「巨大生物との戦いにデタラメもクソもあるモンかよ! 右! 来てるぞ!」

「イエッサー!」

 AS-20で牽制してからHG-02Aを投げてまとめて三体ほど葬る。

 

「リロード!」

「任せな!」

 素早く弾倉を交換する。

 その間鈴城軍曹はモンスーンを交互に射撃し、前方の道を作る。

 

「しかし仙崎よぉ! 銃の暴発とはツイてねぇな! アタシのモンスーン、一個貸してやろうか?」

 戦闘しながら鈴城軍曹が声を掛ける。

 

「ぬぁははは! この程度でツイてないなどとは言えませんよ! こんなこともあろうかと、ライフルの弾倉を多めに持ってきていたので問題ありませぬ!」

 実を言うと、何となく嫌な予感がしていたのだ。

 どうやら不運に対する勘は、まだ鈍っていないようだ。

 

「おぉ……そうか」

 まあ一般人から見たらショットガンの暴発を予期した時点で何とも言えない感じなのだろうか。

 そんなことをしているうちに群れを抜けたが、前方から更なる巨大生物の集団が迫っていた。

 どうやらあれが最後のようだ。

 

「あれを抜ければシップは目前だ! ランチャー、射撃用意!」

「「イエッサー!」」

 大林中尉の号令に、ガチャリと音を立てて皆が爆発物系統の武器を構える。

 

「ファイア!!」

「「うおおぉぉ!!」」

 新垣、鷲田少尉、荒瀬軍曹、馬場と、2-2分隊の他二名はゴリアスDを、桜、鈴城軍曹、青木、千島はUM-2Aを発射。

 前方に爆炎が広がる。

 だがまたもや死の予感が……。

 

「仙崎!」

 浦田が叫ぶ。

 私目掛けて死骸の頭部が一直線に飛んできていた!

 しかし私は右ステップで華麗に回避。

 

「ふっ、この程度――」

「仙崎!!」

 鷲田少尉が叫ぶ。

 更地となった筈の市街地に偶然残っていたビルの看板が偶然落下する!

 しかし私は前に飛び進み華麗に回避。

 

「ぬぁははは! この程度ぬおぉ!?」

「仙崎ィィ!?」

 荒瀬軍曹が叫ぶ。

 足を踏み出した先の地面が急に陥没し、そのまま私と巨大生物を巻き込んで広がり始めるが、私はギリギリで陥没から脱出し、陥没に巻き込まれ一か所に固まった巨大生物にグレネードを何個かお見舞いし、一網打尽にする。

 

「ふう。今のは少し焦ったな。手持ちのグレネードを全部使ってしまったではないか」

「仙崎お前……なんか、大変だな……」

 鈴城軍曹が何かを悟った様子で呟いた。

 

 そして私の攻撃でほとんどの巨大生物を倒してしまったらしく、やがてその集団も殲滅し終えた。

 

――――

 

「止まれ」

 大林中尉の合図で小隊は停止した。

 レイドシップは目前の空中で停止している。

 しかし、その真下には巨大生物の集団が陣取っていて、更にその奥にも別の集団がいる。

 

 我々は崩れかけたビルの壁面から様子を伺う。

 どうやら敵集団はまだ気づいてない様子で、周囲を彷徨いているだけだ。

 

「目測だが、前方800、小隊規模100体。右前方1500、中隊規模500体って所か。俺達だけでの殲滅は難しいぞ」

 門倉大尉が瞬時にだいたいの距離と数を分析する。

 さすがは熟練のエアレイダーだ。

 

「門倉大尉。ビーコンガンはここから届きそうですか?」

 大林中尉が門倉大尉に静かに聞く。

 巨大生物は聴覚に頼っているわけではないらしいが、無意識的に小声になってしまう。

 

「いや。思ったよりレイドシップの高度がある……。もう少し近づかなきゃならん。恐らく巨大生物の知覚範囲に入るだろう」

「そうですか。『本部、応答願います。ターゲットD(デルタ)に接近。ですが大量の巨大生物を発見、我々だけでの実行は危険と判断します』」

 大林中尉が無線を使い、本部に応援要請を行った。

 

《こちら本部。安心しろ、応援を送る。フェンサーチームがそちらに向かっている筈だ。部隊名は”スティングレイ1”だ。到着まで待機していろ》

 通信から間もなく、スラスターを吹かせて4人のフェンサーが現れた。

 

「待たせたな。我々が敵を引き付ける。その間にビーコンを設置して即離脱。異論はないな?」

 スティングレイ第一小隊の隊長はやや強引だが最適の作戦に、門倉大尉と大林中尉は無言で頷く。

 

「この大群だ。撃った瞬間酸の集中砲火を浴びるぞ、気を付けろよ」

 門倉大尉が一言助言すると、

 

「心配するな。こちらには盾と、そして最強の矛――いや、”狂犬”が居るのでな……」

 盾を自慢するように持ち上げた後、気のせいかため息交じりに顔を一人のフェンサーのところへ向けた。

 

「おい柳、もう撃っていいか? 撃っていいか? いいよな? 善は急げだよな!」

「止めろ御子柴! まだ早い! あと柳中尉を呼び捨てにするのは止めろ!! わーっ! 馬鹿っ! 俺に銃口を向けるな!!」

 御子柴と呼ばれたフェンサーは、このメンバーの中では特に重装備だった。

 柳中尉と呼ばれた小隊長や、他の2人はシールドに軽量機関砲や自動散弾銃などのメインアーム。

 両肩に小型のロケットランチャーや迫撃砲などの爆発物を装備している。

 

 これだけでも普通に重装備なのだが、御子柴とやらは盾を持たず、両手に二丁ハンドガトリングガン、右肩に重迫撃砲、左肩に散弾迫撃砲と一人だけ火力重視の装備をしていて若干浮いている。

 

「おい、なんか一人バーサーカーっぽいの混ざってるぞ?」

 と浦田、

「気持ちは分かるぜ。暴れ足りねぇって顔してんな!」

 鈴城軍曹、

「顔見えないっすけどね……」

 水原達が小声で話す一方で、桜が御子柴に駆け寄る。

 

「ゆっきーじゃん! やっほ~」

「おお? 桜か! こんな所で会うなんてな! 巨大生物への攻撃は俺に任せろ!」

「いて! お前それ振り回すな!」

 どうやら二人は知己の仲らしい。

 御子柴が自身の胸をトンと叩くが、ガトリングを持った手でやった為に先端がフェンサーの一人に当たる。

 

「なんだい桜、カレ、知り合いなのかい?」

 二ノ宮軍曹が聞く。

 

「はい! 彼こそ”スティングレイの狂犬”、”重火器の魔術師”、”熱血火薬庫”、の御子柴幸春ことゆっきーなのです! ちなみに二つ名は全部私が考えました!」

 ふん、と胸を張りドヤ顔する桜。

 可愛いが何故か腹が立つな……。

 

「だぁははは! EDFは変なのがいっぱいいて退屈しないなぁ!」

「ふむ。三人が盾で攻撃を防ぎつつ大火力で敵を粉砕する……。理には適っているな。素晴らしい」

「そんな重たそうな装備を軽々と……。さすがはフェンサーだ……!」

 新垣、私、そして千島がそれぞれの感想を口にしたところで、三部隊指揮官の打ち合わせが決まったようだ。

 

「よし。じゃあタイミングを合わせる。カウントで俺達が敵を引き付ける。ビーコンを頼んだぞ」

「EDFの誇りに掛けて!」

「任せろ」

「やっとか!」

 スティングレイ第一小隊指揮官の柳中尉が決定し、それに大林中尉と門倉大尉、そして御子柴が反応する。

 

「3、2、1……撃てぇぇ!!」

「おっしゃぁぁ!!」

 スティングレイが攻撃を開始した!

 

 御子柴は両手のハンドガトリングガンをフル回転させ、恐ろしい程の弾幕を張った。

 同時に両肩の迫撃砲を発射。

 重迫撃砲のひときわ大きい爆発と、散弾迫撃砲の分裂した小型榴弾の面制圧による炎の地獄が演出された。

 それだけでなく、背面スラスターを吹かし、軽快に移動しながら攻撃する。

 

 同時にレイドシップ直下の巨大生物が攻撃を開始し、大量の酸がスティングレイに飛んでいく。

 それを3人のシールドで上手く防ぎ、各々手持ちの火器で迎撃を始めた。

 

 そして我々はレイドシップに向かって駆け出す。

 当然、我々にも巨大生物が押し寄せる。

 

「小隊! エアレイダーを全力で護衛!! 流れ弾でもビーコンガンに当たったらこの作戦は失敗だ! レンジャー2の名に掛けて、絶対に近づけさせるな!!」

「「サー! イエッサー!!」」

 

 各々が周囲に銃撃を加え、囲まれる前に敵を突破する。

 幸い大部分はスティングレイの方に向かっていたため、敵の数はそう多くは無かった。

 そして、一分もかからずにビーコンの射程内へ入る。

 

 門倉大尉がビーコンを発射する。

 

「よし! ビーコン設置完了! ずらかるぞ!!」

『本部!! こちらバレイル3! ターゲットD(デルタ)、ビーコン設置完了!』

 大林中尉が本部に連絡。

 

《本部了解! 早かったな、一番乗りだ。その場所から撤退しろ!》

「ちっ、やばいぜ軍曹! レイドシップが開きやがった! 巨大生物が!!」

 馬場が発見し叫ぶ。

 

『スティングレイ! レイドシップの直下に攻撃を頼む!! 出来るか!?』

 荒瀬軍曹が少し離れているスティングレイ1隊長に無線する。

 

『スティングレイ1了解! 御子柴! やれ!』

『イエッサー! ひゃっはぁぁぁーーー!!』

 ガトリングの銃弾の嵐と、迫撃砲の爆発が目の前を炎に染める。

 

「うおお! あの馬鹿近すぎだ!! あちー!」

 浦田が半分焼かれた。

 

「でも巨大生物は吹っ飛んでくよ! っ!? 中尉! 向こうから新たな集団が!」

 桜が別の巨大生物群を発見する。

 

《バレイル2、ビーコンを設置。残り4》

 本部の女性オペレーターが戦況を知らせる。

 

「まずい……、更地になってて盾に出来る建物が無いな。スティングレイのところまで戻るぞ! そこで巨大生物を迎撃する!」

「「イエッサー!!」」

 我々は元オフィス街の廃墟を駆ける。

 

《バレイル6、ビーコンを設置。残り3》

 

「右から来るよ!」

 二ノ宮が声を張り上げる。

 

「喰らえッ!」

「駄目だ、近すぎるぞ!」

 新垣と青木が迎撃するが、最早完全に酸の射程に入っているので被弾は免れない。

 

《バレイル1、ビーコンを設置。残り2》

 

 フォーリナー襲撃から半年。

 先進技術開発部の尽力もあって、三重の防酸加工を施したアーマースーツの耐久度は襲撃当初と比べ飛躍的に向上したが、無敵という訳ではない。

 

「ぐあぁ! アーマー破損……! だぁはは、この程度ッ……!」

 右足のアーマーが破れ、蒸気を出して溶け始める。

 一瞬片膝を付くが、気合で駆けだす。

 

「馬鹿野郎無理すんなァ!! 浦田ァ! 新垣に肩貸せ! 仙崎は二人を援護!」

「「イエッサー!」」

 浦田は新垣を引きずる勢いで引っ張り、私は二人の前に出て巨大生物を屠る。

 この程度の酸なら、躱せぬことは無い!

 ちなみに小隊の皆多かれ少なかれ酸を喰らっているが、私はまだ無傷だ。

 ぬぁははは! 流石私!

 

《バレイル5、ビーコンを設置。残り1!》

 

「しまった! ぐあああぁぁ!」

 アルデバラン小隊の護衛の陸戦歩兵が一人食われた!?

 

「真島!?」

「助け――ぎゃぁぁぁぁ!」

 そのまま、一瞬で体を二つに裂かれ、下半身が咀嚼された。

 内臓の零れた上半身だけが音を立てて地面に崩れ落ちた。

 

「真島……。仇は取るぞ!」

 門倉が静かに怒り、リムペットガンで咀嚼中の巨大生物を爆散させた。

 

 その他にも多数の負傷者を出しながら、スティングレイ1小隊の元に辿り着いた。

 

「バレイル3! ここも駄目だ! レイドシップが巨大生物を出し続けてるから凄い数だ! なんとか御子柴が頑張ってはいるが……」

 柳中尉がガリオン軽量機関砲で各個撃破しながら、盾で酸を防いでいる。

 しかし後退せずに囮役に徹した結果、完全に包囲されてしまい、後退が難しい。

 

《バレイル4、ビーコン設置完了! 全てのビーコンが設置されました!》

《よし! 一分後に第118航空任務部隊”スラッガーズ”によるフーリガンブラスター一斉攻撃を行う! バレイル各部隊は効果想定地域より退避せよ!》

 大型攻撃機ホエールからの攻撃が間も無く来る。

 ただしここに居ては……。

 

「大林中尉! ここに居てはフーリガンブラスターの衝撃波や破片に巻き込まれます!」

 荒瀬軍曹がAS-20を撃ち続けながら言う。

 

「分かっている軍曹! だが負傷者もいるこの状況では後退など出来ない! だがスティングレイ! フェンサーの機動力ならここから離脱出来るはずだ! 今度は我々が囮を引き受ける! 撤退しろ!」

 

「確かに離脱は出来る……。だが、EDFは決して仲間を見捨てない!! 栗宮、神谷! シールド構えッ!!」

「「イエッサー!!」」

 柳中尉の命令で、中尉を含む三人のフェンサーが前面に出てシールドを展開する。

 

「何を……」

「フーリガンブラスターの衝撃波をシールドで防ぐ! 姿勢を低くして隠れるんだ! 御子柴は……好き勝手暴れてろ!」

「イエェーイ! もう暴れてるぜ柳! 後ろは絶対に近寄らせねぇーー!!」

 謎のハイテンションで、スラスターを吹かせ滑るように移動しながら、重火力をバラまいている。

 そしてふいに高く飛び上がって上空から散弾迫撃砲をバラまき、まとめて巨大生物を爆散させた。

 

「バカ! 高く飛び上がるな! いくらお前でも衝撃波でバラバラになっちまうぞ!」

 先程から御子柴につっこみをしている栗宮と言うフェンサーが注意する。

 

「気合で何とかなるだろ!」

「ならん!」

 

《こちらホエール! 時間だ! フーリガンブラスター……発射ッ!!》

「よっしゃ来た! いっけぇぇぇーー!!」

「だぁーははは! フォーリナー、覚悟!」

「ぶっ潰れろ!!」

 御子柴、新垣、鈴城軍曹が叫ぶ。

 

 同時に天空から、150mmの鉄の塊が、2500m/sという高初速で放たれる。

 音速の七倍近い砲弾は、衝撃波を伴いレイドシップ上面装甲に着弾した。

 瞬間、徹甲弾でありながら衝撃で砲弾が粉砕し、小規模の爆発が起こる。

 装甲の貫通には至っていない!?

 

 そう驚く前に第二射、第三射と小気味良い間隔で次々フーリガンブラスターが撃ち込まれていく。

 空気上の塵が衝撃で吹き飛ぶ様子が見え、それが強烈な衝撃波となって辺りに散る。

 巨大生物はその余波で切り刻まれ、中には絶命するものも現れた。

 フェンサーが盾で防いでいなかったら我々も同じ末路を辿っただろう。

 

 だが、それほどの衝撃を身に受けながら、未だレイドシップは健在だ。

 

 まさか……。

 

 嫌な予感が私を染める。

 それは伝染していくように皆も感じ始めた。  

 

 そして、それは現実となった。

 

「うそだろ……」

 浦田がつぶやく。

 

 20発の連続射撃が終わった後のレイドシップは、変わらず空中に静止していた。

 まるで今の砲撃を意にも介していないように。

 

『こちら、エアレイダー”アルデバラン”。ターゲットD(デルタ)健在……。空軍による攻撃は失敗した。繰り返す、空軍による攻撃は失敗に終わった』

 

 空軍の新兵器は、レイドシップに対して全く効果を発揮しなかったのだ。

 

 




題名を(Ⅰ)にしたのはどのぐらい続くか分からないからです。
だって(前編)とかにして3話で足りなかったら(後編Ⅰ)とか(後編A)とかややこしい事になっちゃうのでこれからはコレで行きます。

そして需要があるか分からないクセに妙に考えるの時間かかる用語解説行ってみましょう!


御子柴幸春(みこしばゆきはる)(24)
 第105機械化歩兵連隊、第二中隊”スティングレイ”、第一小隊員。
 少尉。
 ”スティングレイの狂犬”、”重火器の魔術師”、”熱血火薬庫”などと桜に二つ名を付けられている。
 それなりに広まっているようである。
 火力至上主義を掲げており、フェンサーでありながら盾の装備を嫌う。
 扱いの難しい二丁ガトリングガンを的確に操り、迫撃砲の爆発で巨大生物を手玉に取る。
 戦闘力は高いが、直ぐ暴れたがり、小隊長にもため口で敬意を払わない、などと問題行為が目立つ。

柳勝俊(やなぎかつとし)(43)
 同中隊”スティングレイ”第一小隊指揮官、中尉。
 御子柴の問題行為に頭を痛めつつ、なんとか手綱を握ろうと努力する苦労人。

栗宮圭介(くりみやけいすけ)(24)
 同小隊員、中尉。
 御子柴の同期で、よく振り回されている。

▼AS-20
 EDF陸戦歩兵の新型アサルトライフル。
 フォーリナー襲撃を受けて大幅に予算を獲得した軍産複合企業が開発した兵器。
 なお、フォーリナー襲撃以来にEDF関連企業が開発した兵器はほぼ全てが人類に対し使用を禁止した”全地球防衛条約兵器”となっている。
 弾倉も少し大型化されており、現在の対巨大生物戦では主力武器として活躍している。
 5.56mm弾でありながら十分な威力がある。
 従来と同じく連射力強化型のRモデルと、威力・初速強化型のDモデルがある。

▼バッファローG2
 EDF陸軍のポンプアクション式ショットガン。
 近距離ならば巨大生物を貫通する威力がある。
 接近戦の主力として活躍している。 

▼UM-2A
 携行グレネードランチャー。
 フォーリナー襲撃以前の標準装備、UM-1Aの強化版。
 従来の戦車なら一撃で行動不能にする威力を持っている。
 取り回しの良い爆発物として人気がある。
 弾倉がマガジン化されていない為、装填に時間がかかるのが難点。

▼KFF-50LS
 スナイパーライフル。
 戦争前のKFF-50の強化型。
 巨大生物を一撃で仕留められる。

▼HG-02A
 EDF陸軍の手榴弾。
 巨大生物には対人類用の破片を組み込んだ手榴弾の効果が薄かった為、爆炎と爆風でダメージを与える物に改良された。
 爆破範囲は12mと広大だが、巨大生物全長が6mほどあるので同時に巻き込めるのは2~3体程度。
 このことから、以後の爆発物開発はより爆破範囲が大きくなっていく傾向がある。

▼ゴリアスD
 戦争前のゴリアスロケットランチャーの強化型。
 7mの爆発を引き起こすロケット砲弾を発射する。
 弾頭の小型化により2発入りの弾倉をセット可能。

▼リムペットガン
 ビーコンガンを改造した小型爆弾射出器。
 対象物に張り付き、遠隔起爆をすることが出来る。
 エアレイダーの標準装備と言ってもいい程人気がある。

▼FG7ハンドガトリングガン
 フェンサーの装備。
 六連銃身を回転させて毎分1200発の弾丸を発射する。
 フェンサーのパワードスケルトンでも反動が殺しきれない為、二丁持ちは本来推奨されないが、御子柴は反動を制御している。

▼FHD1重迫撃砲
 120mm迫撃砲。
 フェンサーの肩部装備。
 従来は牽引するほどの大型のものだったが、フェンサーのパワードスケルトンによって装備できるようになった。
 半径14mもの大爆発を起こす。

▼YH1散弾迫撃砲
 9つの子弾に分裂する榴弾を打ち出す迫撃砲。
 面制圧能力に長ける。 


▼EA-20A”アルテミス”
 EDF空軍の保有する近接航空支援(CAS)専用の制圧攻撃機。
 未だ現役である米空軍のA-10”サンダーボルトⅡ”攻撃機を参考に、EDFが開発した攻撃機。
 並みの地対空ミサイルの直撃に耐える装甲、そしてより強化された武装で地上部隊を支援する。
 エアレイダーの装備性能の向上と共に、より精密で確実な航空支援が可能になった。

▼フェンサーの武装
 機械化歩兵フェンサーは、最大4種類の武装を装備できる。
 両手に二つ、両肩に二つである。
 また、全武器に自動装填機構が備わっており、弾丸を撃ち尽くしたり装填の操作をすると、パワードスケルトンの装填装置が背面弾倉から自動的に装填してくれる。
 また背面下部のスラスターは標準装備で、捜査によって水平にも垂直にも吹かすことが出来る為、どの装備を選んでも機動力が損なわれることは無い。
 ただし推進剤という液体燃料を消費する為、継続的な戦闘には弾薬同様推進剤の補給が不可欠。



ああ、EDF2とか3の武器の説明欄が見たい……。
3は手元にないし2はメモカが紛失しているので最初からだし……どうしようか。
EDF5の説明欄はなんか味気ないしなぁ……。


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第十六話 スチールレイン作戦(Ⅱ)

今回の話から、いくつか変更点が。
茨城尚美少佐の所属
EDF先進技術研究開発室室長→EDF先進技術研究開発部第一室室長
に変更しました。

それに伴い高杉中佐も
極東方面軍司令部兵站二課課長→EDF先進技術研究開発部部長
に変更しました。

理由は
開発室より開発部の方が何となくしっくりくるし、茨城部長より茨城室長の方が何となくしっくりくるからです。

それとレンジャーという名称は、一部隊名であって兵科の名前ではない、という設定だったのですが、
やっぱ陸戦歩兵=レンジャーという設定に変えます。
理由はレンジャー・ウイングダイバー・エアレイダー・フェンサーと四つ並べたかったからです。

そんなどうでもいい理由で突然変わったりしましたスミマセン。


――2023年1月17日深夜 神奈川県横須賀市 EDF極東方面第11軍司令本部基地 地下10階作戦指令本部――

 

 

『こちら、エアレイダー”アルデバラン”。ターゲットD(デルタ)健在……。空軍による攻撃は失敗した。繰り返す、空軍による攻撃は失敗に終わった』

 それを皮切りに、作戦指令本部の無線には次々と攻撃失敗の報告が上がってきた。

 それを聞いた作戦指令本部の司令官、榊少将は、怒りと絶望に顔を染めた。

 

「効果、無しだと!? 無敵艦隊め……これだけの攻撃を受けて尚、傷一つ付けられんと言うのか!」

 榊は思わず、指揮台に拳を叩きつけた。

 この作戦は、本当に今の人類の希望だったのだ。

 世界が、この新兵器に期待していたのだ。

 だが、それは脆くも打ち砕かれた。

 

「仕方ない。作戦をプランB第三段階へ移行する! 対応する部隊は――」

 榊は気を取り直して部隊の指揮にあたる。

 司令官たるもの、絶望に心折られている暇はない。

 

 しかしその背後で、心を折られた人物がいた。

 

「馬鹿な……。もう、無理だ。人類に勝ち目はない……。あれ以上の兵器を仕上げるなど、もう……」

 膝から崩れ落ちる初老の男性は、空軍の兵器開発研究部特別主任、アシュレイ技術中佐だ。

 日本の優れた研究施設を活用し、フーリガンブラスターの開発に尽力したイギリスの兵器開発者だ。

 

 司令部要員ではないが、今後の研究の為に特別に司令部へ入っていた。

 もちろん本音は自分の作り上げた兵器が、無敵の白銀船を沈めるところを見たいが為だったが、その目論見は絶望へと変わった。

 

 そして、崩れ落ちるアシュレイを見下ろす女性が居た。

 よれよれの白衣を着て、咥え煙草をしながら気だるそうに彼女は言い放つ。

 

「……だから言ったろう。アレでは役に立たないと。確かにアレは凄まじい兵器だ。衝突時のエネルギーを簡単に計算してみたけど驚いた。衝突した一点に限れば、瞬間最大エネルギーはヘタな核兵器をも超える。それをあんな早さで連射するとは。いやぁ素直に脱帽したよ。一発数百万ってコストはちょいと高すぎるがね」

 

 彼女もまた、後学の為と言い張って司令部に入ってきていた。

 名は茨城尚美、技術少佐。

 EDF先進技術開発部第一室室長にして、稀代の天才物理学者。

 

「教えてくれ茨城博士! レイドシップは、どうやって撃ち落とせばいい!?」

 アシュレイは、すがるように茨城博士を掴む。

 茨城博士はふーっと紫煙を吐き出すと、つらつらと答えた。

 

「……今の映像を見て、疑惑が確信に変わったよ。あの装甲は、既存の人類技術では絶対に破れない。アレは、物理的強度で攻撃を防いでるんじゃない。白銀の表面装甲は、接触する物体に重力異常か、それに近い何かを与えて崩壊させている。つまり、表面に薄いバリアの様なものを張ってるのさ。だから質量兵器だけでなく、光学兵器やエネルギー兵器も恐らく効果はない。そこらへんはもうアメリカや欧州で実践済みらしいしね? さて、それを破るには、あの白銀の装甲と同様の素材が必要だ。分析して重力異常を中和・無効化する方法を探る。……ま、アタシが確信しているってだけで実際はもっと複雑な機構かも知れないが……、どちらにせよ、一度あの船を落としてバラしてみない事には分からないがねぇ」

 

 長々と語った茨城博士に焦りのようなものは見えず、絶望的な状況にも関わらず、気だるげな表情は変わらない。

 

「そ、それではやはり人類に勝ち目は、無い……」

「いいや。勝ち目はあるさ」

「ほ、本当か!?」

 うな垂れた顔を、再び跳ね上げるアシュレイ。

 

「ああ、あるとも。誰かがレイドシップを落とすのを待つ。アタシらは、その時に十全の研究開発を出来るようにしてりゃいい」

「それが出来れば、苦労はしない……」

 何の解決にもなってない返答に、アシュレイは頭を抱えた。

 天才とナントカは紙一重か……、と聞こえないように小さく呟いて。

 

「……レイドシップへの攻撃は失敗した。当初の作戦通り、JR横浜線まで後退し、西関東第一防衛線を築く」

 初動の指揮を終えた榊少将が話した相手は、EDF戦略情報部のエレナ・E・リーヴス少佐だ。

 EDF南極総司令部から派遣されたリーヴス少佐とルアルディ中尉は、開発部への協力後、作戦指令本部で榊の補佐に当たっていた。

 

「やはり、装甲は破れませんでしたか。茨城博士の読み通りになってしまいましたね」

「そうだな……。だが、悲観している暇はない。待機させていた残存兵力を投入し、レイドシップの砲撃誘導と、陸戦部隊の後退を行う」

 現在、旧町田市では第二陣としてウイングダイバー部隊やコンバットフレーム部隊が新たに投入されていた。

 

「第一防衛線1.5㎞後方の、前哨基地2-6を中心に部隊を撤退させ、戦線指揮所(アウトポスト)を各所に設置する。戦線の安定化を図るにはこれしか無い。戦略情報部の見立てだと、これでひと月は稼げるはずだ。そうだったな」

「はい。ただし、巨大生物の繁殖力の変化や、マザーシップの動きが無ければ、の話ですが」

 リーヴス少佐が淡々と答える。

 情報戦・作戦立案のプロを以てしても、フォーリナーの動きを予想する事は困難を極めるらしい。

 

「あまり当てにはできんか。それでも、ここで食い止めている間に、レイドシップを下部から攻撃する作戦を練る必要がある……協力してくれるな?」

 今回の新兵器が失敗に終わった以上、また新たな新兵器を作っている余裕は無いし、フーリガンブラスター以上の兵器を作ることは難しい。

 

「はい。ですが、その作戦は既に各国で幾度となく実行され、その全てが失敗に終わっています」

「だからと言って、ジリジリと削られていくのを指を咥えてみている訳にも行かん。何か方法があるはずだ。後で全ての撃墜作戦の資料をもう一度見せてくれ」

「分かりました」

 榊少将とリーヴス少佐の会話がひと段落した頃、

 

「榊司令! バレイル3が巨大生物とレイドシップ2隻に囲まれて身動きが出来ないそうです! 負傷者多数、救援を求めています!」

「アルテミス一機が一度航空支援を行ってますが、レイドシップに阻まれて効果は薄いとの事!」

 二人の女性オペレーターが報告する。

 

「了解した!『こちら本部! その場所にキャリバン装甲救護車輛とウイングダイバー一個小隊を派遣する! 部隊名は”ペイルウイング2”だ! 残念だがどこも余裕がない! なんとかこの戦力で踏ん張ってくれ!』」

 広がった旧町田市全体の戦域は、どこも大量の巨大生物が存在していて、戦況は悪くなりつつある。

 それをなんとか第二陣のコンバットフレームとウイングダイバーで抑えている状態だ。

 しかし、その2兵科はまだ頭数が足りない。

 結局、戦域を最後に支えるのは陸戦歩兵部隊の仕事だった。

 

「この部隊……、確か最初にビーコンを設置した部隊ですよね? しかも地中侵攻を間近で受けながら。歩兵小隊の名前は、レンジャー2……」

 今の通信に興味を持ったルアルディ中尉が呟く。

 

「ほう? レイドシップ2隻に、巨大生物が1000体超。頑張ってるねぇ、この部隊」

 ずいっ、と茨城博士が表示されているスクリーンを覗き込んだ。

 

「……茨城博士。フーリガンブラスターの攻撃は終わった。用が無いなら退室して貰いたいのだが……」

 榊少佐は、顔をしかめながら茨城博士に退室を促す。

 

「分かってるさ。……アタシはね、英雄を探してるんだ」

「英雄?」

 榊少将も、リーヴス少佐も、ルアルディ中尉も首を傾げる。

 

「人間の底力ってのは馬鹿に出来ないからね。科学や物理で測れない事もあるって事さ。邪魔したね」

 そう言い残して、茨城博士は司令部を後にした。

 

「英雄、か……」

 榊少将は、スクリーンに映る、バレイル3の様子を見て呟いた。

 

 

――旧町田市 バレイル3――

 

 

「ちっきしょー! 迫撃砲、両肩とも弾切れだ! ガトリングも幾らもねぇぜ!?」

「俺はシールドが半分以上溶けた! 推進剤も足りない!」

「推進剤は向こうの補給コンテナに少し残ってる! 神谷、援護しろ!」

「了解」

『”アルデバラン”より砲兵隊! 補給コンテナ要請! 大至急だ!』

『砲兵隊指揮所より”アルデバラン”。要請了解! 3つほど送る!』

「軍曹! あのビル残骸の向こうまでたどり着けそうか!? 確か地下鉄駅があったはずだ」

「無理です大林中尉! そっちは巨大生物で埋め尽くされています!」

「ぐあァっ、クソッ! やられた! こんにゃろ、ぶっ殺す!」

「鈴城軍曹! 無茶しちゃダメっす!」

「レイドシップが近づいて来るぞ! ここで開かれたらヤバい! なんとか移動して――ぎゃあぁぁあ!」

「村山!? くそ、村山!!」

「誰がやられた!?」

「アルデバラン小隊の村山です!」

 

 フーリガンブラスターの攻撃失敗後、我々は窮地に瀕していた。

 レイドシップの間近にいたうえ、ハッチが何故か高サイクルで開き、あっという間に周囲を巨大生物に囲まれてしまったのだ。

 エアレイダー門倉大尉の要請で、何度か補給コンテナ――武器弾薬やフェンサーの推進剤が満載された縦長のコンテナ――を送ってもらいながら奮戦しているが、徐々に負傷者や死者が出てきている。

 

 今しがた、鈴城軍曹が負傷し、そしてアルデバラン小隊の1人が死亡した。

 これでアルデバラン小隊は門倉大尉の他2名しか残っていない。

 一方我々レンジャー2小隊は死者こそ出していないが、ほぼ全員がどこか負傷している。

 

 私は新たに手に入れた連射型散弾銃のスパローショットをフルオートで射撃し、巨大生物を吹き飛ばしながら攻撃。

 右に気配、飛び避けると巨大生物の牙がある。

 すぐにスパローショットで仕留め、屈んで酸を回避。

 左にステップし、回り込んで側面から二射、撃破。

 私の背後から酸で狙っていた個体は、今桜がAS-20Rで撃破した。

 桜がリロードする、隙を狙った巨大生物は、スパローショットで仕留める。

 真正面から牙が猛烈な勢いで迫る。

 スライディングで躱し、そのまま巨大生物の下に潜り込んで、スパローショットを放つ、一撃で仕留める。

 そのままリロードする。

 その隙を浦田がAS-20Dの単発射撃でカバーしてもらう。

 右上を見ると、パラシュートの開いた補給コンテナが地表に落ちるところだった。

 

「巨大生物、減らないね……!」

「ああ、何せ間近に無限増殖する大本があるのだからな……」

「ったく、コレが無かったらとっくに死んでたぜ……大林中尉! 補給コンテナ確保ッ!!」

 

 私と桜と浦田の伍長トリオは、今砲兵隊から送られてきた補給コンテナ三基を確保した。

 相手が異形の生物である為奪われる心配は無いが、巨大生物は何でも餌にしてしまう。

 補給の隙も生まれるので、周囲の敵は掃討する必要がある。

 

「よくやった! 今そっちへ向かう!」

「ひゃっほう! これでまた大暴れ出来るぜ!」

「お前! ちょっとは大事に使えよ!? まあ見渡す限り敵だらけだから、外す心配はないか!」

 大林中尉、御子柴少尉、栗宮少尉が嬉しそうにする。

 その補給コンテナを中心に、部隊は補給を済ませる。

 が、戦況は好転の兆しを見せない。

 

「中尉、援軍は、援軍はまだなんすか!? いくら補給が出来たって、無限の敵相手じゃ、幾ら倒しても意味無いっすよ!」

 負傷しているせいか、水原が珍しく弱気になっている。

 その水原や、他の部隊員に、大林中尉が喝を入れる。

 

「援軍は来る。それに意味はある。投下された巨大生物が仲間を、無辜の市民を襲う可能性を潰す。それこそが、我らEDFに課せられた任務だ! 戦う事が任務だ! 総員ッ、戦って、戦い続けろォォーー!!」

「「うおおおぉぉぉ! EDF! EDFッ!!」」

 

 叫びながら、凄い男だ、と私は思った。

 正直、部隊の士気が落ちていた。

 無限の物量という絶望的な状況で、精神・肉体共に疲弊していた。

 だが、今の大林中尉の一声で、部隊に活気が戻った。  

 

 その活気が活路を開いたのかも知れない。

 

「こちらペイル2! 援護に来たぞ! 小隊傾注! ハンティングの時間だ! 獲物はそこら中にいるぞ!!」

「「サー! イエッサー!」」

 

 ウイングダイバー小隊の4人が到着した。

 たった4人だけだ。

 しかし、その戦力は圧倒的だった。

 

 制空権を確保し、空中から攻撃する。

 それだけで、被弾が少なく圧倒的に有利に立っている。

 

 その上、彼女らが手に持っていたのは規格外の銃器。

 銃口から雷光が広範囲に放たれ、一撃で密集した巨大生物全てを破壊していく。

 高出力のレーザーは、巨大生物の厚い甲殻を簡単に焼き切っている。

 地上に降りた一人は、粒子機関砲から放たれるプラズマ粒子を掃射し、小爆発を引き起こしながら地上の敵を薙ぎ払っていく。

 

 そして、もう一人。

 まさかこんなところで会おう事になろうとは。

 

 私がかつて告白し、つい昨日にも会っていた瀬川葵は手に、先端が細身の剣のような形をした見た事も無い銃を握る。

 そしてその銃から放たれた無数の短距離プラズマアーク刃が放射状に放たれ、近づく巨大生物を次々と切り裂いていった。

 

「待たせたわね! 元気そうで安心したわ! そして見てコレ、凄いでしょ!」

「馬鹿者! それをこちらに向けるな!! 誤って引き金を引いたらどうする!?」

 頼もしそうな援軍の顔から一瞬で新しいおもちゃを貰った子供みたいな顔になるのは良いが、銃口を向けるな!!

 

「あっ、そうね! 危うく微塵切りにするトコだったわ!」

「洒落になってないのだが!!」

 なんと恐ろしい兵器!

 

 にしても、またもや窮地に助けてもらう事になるとは。

 男として微妙に格好が付かないのだが、こちらはしがない陸戦歩兵。

 向こうは選ばれた特殊精鋭部隊。

 立場の違い的に、所謂高嶺の花、という奴なのだろうか?

 どうもそんな感じはしないのだが。

 

 とは言え、少しばかり状況が好転しただけで、まだ周囲は巨大生物だらけには違いない。

 今だ気は抜けない。

 

「バレイル3指揮官大林だ。援軍感謝する」

「ペイルウイング2指揮官冷泉(れいぜい)だ。済まないな、アレを連れてきていたら時間がかかってしまった」

 冷泉中尉の背後には、キャリバン装甲救護車が到着していた。

 

「負傷者を乗せろ! 急げ!!」

 キャリバンの搭乗員が大声で急かす。

 

 ちなみにこの時は、後に特別遊撃隊ストーム1と呼ばれる4人の英雄が、初めて互いに顔を合わせた瞬間だった。

 

 

――――

 

 

 こうして、特に負傷度合いが酷かった鈴城軍曹、新垣、千島、それとレンジャー2-2の2名、バレイル3の護衛陸戦歩兵2名の計7名がキャリバンに乗せられた。

 

 そしてキャリバンの護衛として、機動力のあるペイルウイング2から一名(間宮)、スティングレイ1から一名(神谷)が去る事になった。

 

 出来れば全員この包囲網から脱出したいのだが、それでは機動力が足りず、強引に突破する事が出来ないのだ。

 こうして負傷者7名、護衛2名が去り、残った者は、

 

 レンジャー2-1の大林中尉、鷲田少尉、二ノ宮軍曹、私、浦田、桜、水原の7名。

 レンジャー2-2の荒瀬軍曹、馬場、青木、古賀、細海、葛木の6名。

 スティングレイ1の柳中尉、御子柴、栗宮の3名。

 ペイルウイング2の冷泉中尉、瀬川、白石の3名。

 アルデバランの門倉大尉1名。

 合計20名がこの戦域に取り残された。

 

 そして今は、ペイル2の助力で突破出来た地下鉄駅内へ避難していた。

 

「……駄目だな。完全に塞がっている。退かせないことも無いが、駅全体が崩れる可能性もあるな」

 柳中尉は駅通路の途中で崩れている場所を調べて言った。

 

「なあ柳、爆破していいか? 爆破したら通れるよな? 石橋を爆破して渡った方が良いよな?」

「それじゃトンネルが崩れるって言ってんだろ! あと石橋も崩れる!」

 何度か見た御子柴と栗宮のやり取りをスルーしつつ、柳中尉、大林中尉、荒瀬軍曹、冷泉中尉、そして門倉大尉が作戦を練っていた。

 

「軍曹、入り口から巨大生物は入ってこれない見たいです、けど、入り口を齧って広げているので、時間の問題かと……」

 入口を見てきたレンジャー2-2の細海が報告する。

 少し根暗な雰囲気のある女性だが、2-2では紅一点の存在でもある。

 気弱な性格に見えるが、馬場によると、アレで結構攻撃的な性格らしい。

 

 我々はなんとかココへ逃げ込み、このまま地下を通って脱出出来ると考えたのだが、先程柳中尉が言った通り、先が塞がっている。

 そして、巨大生物は地下を掘り進むことも出来るので、ここもそう長くは持たないだろう。

 ちなみに他の戦況だが、あれから我々の元へ更に巨大生物が集まっていたお陰で、他の部隊は無事後退に成功したとの事。

 だがレイドシップの誘導砲撃や、そこから排出される巨大生物の対応に追われている為、暫く援軍は期待できそうにない。

 

「くそォ、この閉鎖空間に、巨大生物の恐怖、なんだか228が襲われたときを思い出すぜ」

 馬場が周囲を見渡して言った。

 

「確かに、雰囲気は似てるな。あの時もあの時で洒落にならん状況ではあったしな」

 実を言うと私も少し思い出していた。

 あの日を境に、世界はこんなにも変わってしまった。

 まあ私の回りでは常に災厄しか起こっていなかったが、今思うとその極めつけがフォーリナー襲来なのかもしれない。

 

「そう言えばその時仙崎ってば民間人だったのよね。よく生きてたわね」

 瀬川が目を丸くして反応する。

 

「仙崎さん、避けるの上手いんすよね。あれはそう……叩いても逃げるゴキブリのような……」

 水原が突然失礼なことを言い出す。

 

「ゴキブリ……ぷっ」

 瀬川が噴き出すが、納得いかない。

 

「貴様……そのボキャブラリはなんとかならんのか……」

「ボキャ……? なんすか?」

 久々にIQの低さを露呈したな貴様!

 

 そんな緊張感の欠片もないやり取りをしていると、

 

「……俺達でやるぞ」

 

 指揮官たちの会議の声の中、静かだが妙にその言葉だけが耳に届いた。

 

「荒瀬軍曹、貴様正気なのか……?」

 冷泉中尉が信じられないとばかりに目を開く。

 

「当然だ。この状況を打破するには、最早レイドシップの撃墜しか方法はない。人類にとってもそれは同じだ。いつか俺達のように、無限の巨大生物に食いつぶされて、人類は負ける。……今日ここで勝たなければな!」

 

「……ふん。いつか勝たなければ負ける。真理だな。だが勝算はあるのか?」

 柳中尉が疑惑の目を向ける。

 ちなみに頭部装甲は外している。

 

「各国のレイドシップ撃墜作戦の記録を見た事がある。やはり今回のように真下の物量に押されてハッチ開口部の攻撃どころではない事が共通している。そして共通点はもう一つ、接近戦の練度だ」

 荒瀬軍曹が説明を始める。

 我々も無駄話を止め、聞き入っている。

 

「海外の……特にアメリカの基本戦略は、アウトレンジ・ドクトリンだ。巨大生物の酸の射程は100数m。射程に圧倒的に優れた人類軍のアドバンテージを最大限生かした戦術をとっている。俺達のように巨大生物の牙や酸を避けながら、ショットガンやライフルで接射する戦術はナンセンスという考え方だ。確かに理には適っているが、それではレイドシップの直下を確保する事は不可能だ」

 

 私は今回の戦いが復帰してから初めてなので実感は無いが、結城大尉から聞いた話によると、

 確かにここ日本関東戦線では、砲兵や航空爆撃による殲滅だけでは足りず、レイドシップから投下される巨大生物や地中侵攻をする巨大生物の対応に追われ、接近戦をすることが頻繁にあるようだ。

 

 一方アメリカでは、潤沢な物資による徹底した砲爆撃によって数を徹底的に減らし、更に広い国土を利用した距離を取る戦略を基本としているそうだ。

 

 余談だが、ニューヨークがインセクトハイヴへと変わり果てた今、目と鼻の先にあるワシントンD・Cの首都移転計画が進んでいるらしい。

 

「だが、ここまで戦い抜いた俺達の接近戦技術と装備、この位置、そしてレンジャー・ウイングダイバー・フェンサー・エアレイダーの四兵科が揃った今なら、直下での攻撃が可能だ」

 その言葉に、皆の顔色が変わる。

 

「今ならレイドシップは至近だ。移動に使う労力が少ない。そして門倉大尉にアルテミスを要請して貰い、レイドシップまでの移動路を薙ぎ払う。その隙にグレイ1とペイル2がフルブーストで移動、一瞬だけでも直下を確保してもらう。冷泉中尉が先程言ったように、ゼロレンジ・プラズマアーク銃”レイピア”の接近戦闘能力なら可能なはずだ。そうだったな冷泉中尉」

 

「ああ、間違いない。だがいくら何でも全方位はカバーしきれんぞ?」

 

「問題ない。それまでに俺達が到着し、カバーに入る。俺達も今の装備はショットガンを中心とした接近戦装備が大半だ。距離を詰められても生き延びられる。そうしてハッチが開いたら、ウイングダイバーの3人は、巨大生物の落下位置でレイピアを照射する。そして御子柴を中心としたフェンサー部隊の重火力で、レイドシップを直下から粉砕する。どうだ?」

 

「がはは! 面白い! 面白いな! 俺は賛成だ、空軍にアルテミスを要請可能か打診してみよう!」

 門倉大尉は豪快に笑い、通信機をいじり始めた。

 

「俺も賛成だ。ふっ、荒瀬。お前ほどEDFに相応しい男はそういないだろうな!」

 大林中尉は誇らしげに同意する。

 

「……いかれてやがる。が、どうやら俺もその一人らしい。乗ったよ」

 柳中尉は白髪交じりの頭を掻いて、覚悟を決めた顔をする。

 

 そして全員の視線が冷泉中尉へと向かう。

 

「はぁ。無謀な作戦だが、可能性は十分あると見た。やろう。我々の手で、あの忌々しい無敵艦を沈めよう! かつてのスペイン無敵艦隊を落とした、フランシス・ドレイクの如く!!」

「「おおおォォォーーー!!」」

 声を荒げて、我々は拳を天に向かって突き上げた。

 

 同時に、破壊的な物音が増し、巨大生物が駅通路内を掘り進み始める。

 ここに侵入されたようだ。

 

「時間がない! 地上へ出るぞ! 門倉大尉! 空軍はなんと!?」

「スマン、断られた! 他部隊への支援で手が回せないらしい! ここに来てケチくさいったらねぇぜ!」

 門倉大尉が荒瀬軍曹に応える。

 どうやら露払いは我々が受けるしかないようだ!

 私は先陣を切り、構内に侵入した巨大生物を狙う。

 正面からスパローショットの散弾を全弾喰らい、頭部が割れて絶命する。

 

「おのれ……! 死体が邪魔だ! 通れぬではないか!」

「……どいて」

 私の横を一人のウイングダイバーが通り抜けて、レイピアで死骸を切り裂く。

 名前は確か白石玲香と言ったか。

 無表情で口数の少ない女性だ。

 

「済まぬ、助かった!」

「ん」

 白石はコクリと少しだけ頷いた。

 

 切り刻まれ原型を留めなくなった巨大生物におぞましさを感じながら進み、入り口付近を齧りとっている巨大生物を次々と葬る。

 

「なんだコイツら? 建物齧りに夢中だな! なんでも喰いやがって」

 浦田がAS-20Dを一発ずつ放って次々仕留めていく。

 遅まきながらそれに気づいた巨大生物が、地下鉄から出てくる我々に殺到してくる。

 

「入口がもうこんなに広がってる! あと少しで中にも殺到していた所だったな、なんて掘削能力だ!」

 青木の言う通り、それなりに立派だった地下鉄駅入り口は殆ど巨大生物の腹の中に納まり、穴が大きく広がっていた。

 

 その間、軍曹は本部と交信していた。

 機密通信なので詳細は聞き取れないが、軍曹の口ぶりから本部と交渉しているようで、それは成功したらしい。

 

「門倉大尉! 本部にアルテミスを一機貰った! 2分で上空に到達するから、誘導を頼む!」

「本当か!? 一体どうやって……いや、了解した! 目標を指示する!」

 

 荒瀬軍曹の活躍で、アルテミス一機を回してもらったらしい。

 

「まったく、無茶をする。総員傾注ッ! ここで2分耐える! 遮蔽物で酸を防ぎつつ弾幕を張れ! 絶対に内部に入れるなよ!!」

「「イエッサー!!」」

 

 大林中尉が先頭に立って射撃。

 地下鉄の狭い入口に、餌を求めているのか巨大生物が殺到する。

 それを数多の弾丸や榴弾が迎え撃つ。

 

「お前ら!! あと20秒でアルテミスが制圧射撃を行う! 二往復だ! そろそろ頭を低くしてろ! ただし弾幕は絶やすなよ!?」

「「イエッサー」」 

 

 やがて、EA-20A”アルテミス”の制圧攻撃が地上を襲う。

 アルテミスの姿をその目に捉えた桜は歓喜して、機体にまつわる豆知識を浦田に話し、彼はげんなりしている。

 なぜ普段の立場が逆転しているんだ?

 

 ともあれ、二往復したアルテミスの嵐のような銃爆撃の最後の一撃が終わり、同時に門倉大尉が声を上げる。

 

「行けェー! 突撃だァー! GO、GO、GO!」

「「うおおぉぉぉぉ!! EDF! EDF!!」」

 ウイングダイバーとフェンサーを筆頭に、我々はレイドシップの真下まで総突撃を敢行した。

  

 本当の、レイドシップ撃墜作戦が幕を開ける! 

 

 




さて、ストーム1の4人、誰だか分ったでしょうか?

毎話当たり前のように新キャラ出るってどうなんだ……。
しかもまだまだ出す予定……。
そろそろまとめて登場人物集出した方が良いかな?

▼アルフレッド・アシュレイ(51)
 EDF欧州方面軍、第三空軍兵器開発研究部、技術中佐。
 日本へ空軍新型兵器の開発責任者として訪れてた。
 欧州では重要な研究施設が破壊・占領されてしまったため、特別主任という形で日本へ開発に来ていた。
 フーリガンブラスターの構想自体は戦前からあったが、それを対レイドシップ兵器として完成させたのは彼の功績が大きい。
 ただし、茨城博士は開発中から効果に否定的だったそうだ。
 今後登場する予定は無し(多分)

冷泉春奈(れいぜいはるな)(28)
 第一降下翼兵団第一中隊”ペイルウイング”第二小隊指揮官。
 階級は中尉。
 クールな女指揮官。
 秀でた戦闘能力は無いが、機動力のある部下を纏める指揮能力と、視野の広さに加え、ウイングダイバーという従来にない兵科の強みを理解している有能な指揮官。
 しかしウイングダイバー全体に言える事だが、少々プライドが高い所もある。

細海早織(ほそみさおり)(23)
 レンジャー2-2分隊員。
 階級は上等兵。
 軍人らしくない根暗な雰囲気の女性兵士。
 一見して気弱で儚い印象を持たれる彼女だが、その実芯が強く、仲間からの信頼は見た目以上に厚い。


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第十七話 スチールレイン作戦(Ⅲ)

テンポ悪!
スチールレイン作戦、なかなか進まない!

10/28 巨大生物の死骸を盾にする描写一文を追加


――2023年1月18日深夜 神奈川県横須賀市 EDF極東方面第11軍司令本部基地 地下10階作戦指令本部――

 

 

「旧町田市矢部町で大規模地中振動発生! コード991の発令許可を!」

「承認する! そこに第27攻撃ヘリ中隊を向かわせ、撤退中の部隊を援護しろ!」

「前哨基地2-6からコンバットフレーム中隊、”ソード”、”セイバー”、”ブレイド”が出撃! 現着まであと3分!」

「第181砲兵連隊、レイドシップA(アルファ)に誘導砲撃を継続中! 残り二射!」

「玉川学園前駅周辺に巨大生物が小規模梯団を形成中! フォボス各機はエアレイダーの誘導の元、絨毯爆撃を敢行せよ!」

「第212砲兵連隊、再装填に入ります! カバー可能な部隊は!?」

「第13機甲師団のネグリング自走ロケット砲にカバーさせろ! 第3機械化歩兵連隊の後退状況は!?」

「フェンサー第一中隊(レイジボーン)第三中隊(フォレスティオ)が第一防衛線まで撤退完了、第二中隊(アイアンランサー)はレイドシップC(チャーリー)に釘付けになっています!」

第18戦車中隊(デグラス)より救援要請! 巨大生物に肉薄されています!」

「ち……! 『本部よりペイルウイング1! 国際版画美術館付近にレイジボーンが孤立している! 救助に向かえ! コンバットフレーム”ブレイド”中隊は、二個小隊を分離し、市立病院付近のデグラス戦車中隊の後退を援護しろ!』 孤立したバレイル3の状況は!?」

「巨大生物2000、レイドシップ2隻に囲まれながら未だ健在! 現在、市営地下鉄薬師台駅に立てこもっている様子です!」

「ぬぅ……何という状況だ……」

 

 バレイル3――レンジャー2小隊、スティングレイ1小隊、アルデバラン小隊、そして救援に行ったペイルウイング2小隊の混成部隊は今、絶望的な大群の中で完全な孤立状態にあった。

 

「援軍に向かわせられる部隊は居ないのか……ッ!?」

「不可能でしょう。後退した前線からは約5km程離れています。その道中でも多数の巨大生物群に遭遇します。地上部隊にとっては自殺行為です」

 

 榊少将の絞り出すような声に、リーヴス少佐はばっさり切り捨てるような言い方をする。

 

「かといって、攻撃ヘリ中隊をここから離す訳にもいかん……。万が一にも、新たに構築する西関東第一防衛線を越えられる訳には行かんのだ。くそ、砲兵・航空部隊を横浜方面に集中させたのが裏目に出たか」

 

 現在スチールレイン作戦を実行中の町田方面以外にも、旧東京インセクトハイヴを中心に戦線は広がっている。

 EDF極東方面第11軍は、質こそ世界最高水準と謳われるほどだが、数はそう多くない。

 

 世界的に見れば狭い日本国内だが、日本にとって関東全域という戦線は広すぎるのだ。

 当然、戦力を薄く広く配置する事になる。

 そして、そのうちの一か所が食い破られれば、そこから総崩れになりかねないほどの物量を巨大生物は持っている。

 

 そんな中、榊少将に機密通信が入る。

 

『榊。聞こえているか?』

 荒瀬軍曹の声だった。

 

『軍曹!? よくこの周波数を覚えていたな……。それで、どんな状況だ』

 本来、司令部からしか通じない特殊な周波数を、無理やり合わせて送ってきたようだ。

 

『俺達にレイドシップを撃墜する許可をくれ!』

 「援軍は送れない、済まない」そんな台詞を用意していた榊は、荒瀬軍曹のそのセリフに驚いたが、同時に、あいつならあるいは……、という希望を持った。

 

『……勝算は、あるのか?』

『ある。だが詳しく話している時間は無い。そこで一つ頼みがある』

 

『なんだ?』

『空軍のアルテミス一機を貸してくれ、大至急だ』

 榊は思わず苦い顔をした。

 現在この戦域に割り当てられている空軍のアルテミスは、全機が各地でエアレイダーの指示の元稼働中だ。

 常識で考えれば、支援に割り当てられる余裕はない。

 先程榊が考えた通り、今この戦線に穴をあける訳にはいかないのだ。

 

『……この貸しは高くつくぞ』

『問題ない。レイドシップの撃墜で支払う事にする!』

 だが、榊は荒瀬の作戦に賭ける事にした。

 常識で考えれば愚行かも知れない。

 だが、絶望しかないこの戦争に、ただ一筋の希望を求めたかったのかもしれない。

 

『軍曹……健闘を祈る!』

 その言葉で、榊少将は荒瀬軍曹との通信をいったん切る。

 

「バレイル3……いや、レンジャー2-2から通信ですか?」

 リーヴス少佐が怪訝な顔をして榊を見る。

 荒瀬との機密通信を何度かするところを目撃しているが、それが本来正式な命令系統で無い事を知っているからだ。

 

「そう怪しげな顔をするな。……何か、何か彼らにしてやれることは無いか……、もしかすると、この戦いにはまだ希望が残されているかもしれんのだ」

 唸るように呟き、頭を捻る榊。

 可能な限り戦線に穴をあけず、かつレイドシップ撃墜の手助けになる戦力を、榊は探し続けた。

 

 

――旧町田市 市営地下鉄薬師台駅付近――

 

 

 地下鉄駅を飛び出し、まず最初に先陣を切ったのは、ウイングダイバー部隊ペイルウイング2だった。

 

「周囲のザコは後回しだ! 一直線でレイドシップ直下を確保する!」

「了解」

「イエスマム! とりゃあぁぁっ!!」

 冷泉中尉、白石、瀬川がユニットを起動させて駅から飛び立つ。

 シップまでの道はアルテミスの銃砲撃によって掃除されているが、シップ周囲の敵が反応し、向かってきている。

 それを3人はゼロレンジ・プラズマアーク銃”レイピア”を照射しながら突撃する。

 

 その後を追うのはフェンサー部隊、スティングレイ1の3人、柳中尉、栗宮、御子柴だ。

 

「御子柴! シップ直下の巨大生物を片付けろ! 仲間に当てるなよ!」

「イエッサー! ぶっ放すぜぇぇ~!!」

 移動しながら、御子柴は散弾迫撃砲を二発放ち、直下の巨大生物を十数体蹴散らす。

 その爆炎にペイル2が飛び込み、レイピアを使って更に追い打ちをかける。

 

 その頃にはアルテミスで銃爆撃した道が巨大生物で埋まりかけ、そこをレンジャー部隊の13人とエアレイダーのアルデバラン1人が走っていた。

 

「先頭はスティングレイに任せろ! 進め! 進めぇぇ!!」

「「EDF!! EDF!!」」

 側面と背後から飛んでくる酸に耐えながら、弾幕を張って我々はレイドシップに向かって一直線に駆け進む。

 

「シップ直下は確保! 瀬川、白石! レイピアを放射状にばら撒き、巨大生物の侵入を防げ!」

「向こうのレイドシップのハッチが開いた! 巨大生物が大挙してくるぞ!!」

 冷泉中尉と、その直後に到着した柳中尉の声が響く。

 

「冷泉中尉! 背後は任せろ! 作戦通り、ハッチが開くまではこの場所を陣取るぞ!」

「リロードの合間を互いにカバーしろ! 絶対に隙を作るなよ!?」

 我々もレイドシップ直下に辿り着き、大林中尉と荒瀬軍曹が叫ぶ。

 

 その後ハッチが開くまで、レイドシップ直下では後退の許されない激戦が繰り広げられた。

「一か所に陣取って戦うの、凄い苦手なんだけど……!」

「同感」

「小刻みにブーストを使って少しでも被弾を無くせ! 緊急チャージ時を絶対に重ねるなよ!?」

 ペイル2は、一人がチャージ中にもう二人が戦闘というローテーションを組みながらうまく戦っていたが、やはり普段より多めの被弾は避けられない。

 

「ていうか、ずっと地下に居たから分からなかったけど、私達どんだけ巨大生物に囲まれてたのよ~!」

 桜の言う通り、周囲は巨大生物で埋め尽くされ、最早どこを狙っても当たる状態だった。

 

「巨大生物の死骸を盾にしろ!! 奴らの死骸は酸に耐える! 奴らを利用し、怯まず撃ち続けろォ!!」

「「サー! イエッサー!!」」

 大林中尉の言う通り、倒した死骸をバリケードのように利用し、多少の酸を防ぐ戦法は有効だった。

 

「やばいぞ軍曹! 弾薬がもう持たねぇ! 補給コンテナは要請できねぇのか!? 門倉大尉!」

 近づいて来る巨大生物にバッファローG2を接射する馬場。

 だがその手持ちの弾薬は残り少ない。

 

「無理だ! たとえ要請出来るとしても、レイドシップ直下に居る俺達の元には届かない! 例えば、あそこにコンテナが来たとして、取りに行く自信はあるか!?」

 門倉大尉がリムペットガンを使って密集している巨大生物5体を爆殺する。

 このレイドシップ直下の外は、前述の通り巨大生物に埋め尽くされているので、移動は困難だ。

 

「まず無理だろうな! このままここで……ぐわッ!」

 鷲田少尉が酸を至近距離で喰らって吹っ飛んだ。

 

「鷲田少尉!?」

 二ノ宮軍曹が声を上げる。

 

「二ノ宮! カバーしろ! 浦田、少尉の様子を!」

 大林中尉が指示を出す。

 

「イエッサー! 少尉! しっかりしてください!」

 浦田が駆け寄って治癒剤を打ち込む。

 だが、腹に貰ったようで重傷だ。

 

「きゃあぁっ! あ、足がぁ……!」

「桜ちゃん!?」

 桜が足に酸を喰らい、鷲田少尉を見終わった浦田が駆け寄る。

 

「負傷者はペイル2の背に集めろ! 中心は駄目だ、ハッチが開いたときに押しつぶされるぞ!」

 荒瀬軍曹が指示し、浦田は鷲田少尉と桜を引きずって寄せ集める。

 

「てめぇら~! 桜に何しやがんだ!!」

「御子柴! お前は前に出るな! 弾薬が無くなったらまずい!」

「ちっくしょ! 早く開きやがれ!」

 御子柴は怒り、四武装のフル射撃を行うが、彼の単体火力は今の部隊一として、レイドシップ攻撃の中心なので、栗宮に止められる。

 

 恐らく、実際の時間はほんの短い時間の出来事だったのだろう。

 だが、ハッチが開くまでのこの一瞬の時間で、我々は急速に疲弊していった。

 

 スティングレイ1の3人は残り少なくなった肩部迫撃砲を封印し、手持ちの火器で対応せざるを得ない。

 防御の要だったフェンサーの盾は溶け切り、そして栗宮が巨大生物に齧られる。

 それを白石が咄嗟にレーザーライフルで打ち抜いて助けるも、レイピアで作っていた壁が崩れ、酸を全身に多数喰らい、重傷。

 その穴を埋める為、二ノ宮軍曹と荒瀬軍曹、馬場がカバーに入る。

 浦田は負傷者の治療と護衛に専念し、門倉大尉はリムペットガンを使い切り、負傷した鷲田にAS-20を貸してもらう。

 レンジャー2-2の辻原が弾切れになった隙を狙われて、酸で腕を溶かされて負傷。

 その後、続々とショットガンの弾切れが続いたところで、ようやくハッチが開いた。

 

「今だ! 御子柴、栗宮、いけぇぇぇ!!」

「ひゃっはぁぁぁ!!」

 スティングレイの柳中尉と御子柴が迫撃砲を放ち、足を怪我した栗宮も倒れ伏せたまま射撃。

 

「瀬川! レイピアで巨大生物を!」

「玲香の分まで!!」

 落下する巨大生物の大群を真下に陣取った冷泉と瀬川が一網打尽にし、

 

「ランチャー! 射撃開始ィィ!!」

「これを待ってたぜぇぇぇ!!」

 トドメとばかりに武器をロケットランチャーに切り替えた数人がハッチを砲撃する。

 

 吸い込まれるようにハッチに高威力の榴弾砲弾が集中し、赤く発光するハッチ内部は炎を吹き上げ、ズタズタになり破片が飛び散る。

 しかし、あと一歩という所でハッチは閉じてしまった。

 

「なんだよちくしょぉ!! もうちょっとだってのに!! クソやろぉ~! ぐわぁぁッ!」

 御子柴がレイドシップに向かって悪態をついたと同時に、ダッシュしてきた巨大生物に胴体を齧られてしまう。

 

「馬鹿が! 油断しやがる!」

 門倉大尉がAS-20を使ってその巨大生物を殺し、御子柴はなんとか脱出する。

 

「ぐわぁ、いてて、くっそ、なめやがって」

「舐めていたのは貴様だ坊主。上にばかり気を取られ過ぎだな」

「あ? だってしょうがねぇだろ! あとちょいだったんだぞ!」

「EDFが仲間を助けるのは当然とは言え、礼の一つも無いとは癪に障るな。大体俺は指揮権を持っていないとは言え一応上官なんだがな」

 

「門倉大尉ィ! 今はそれどころではない!! レイドシップが去ってゆく! 何か手はないのか!?」

 大林中尉が叱咤の意味も込めて怒鳴る。

 門倉大尉と御子柴がやり合ってるうちに、今まで停止していたレイドシップが進み始めたのだ。

 だが、その外装甲からは黒煙が噴き出し、瀕死の状態であることが伺えた。

 

「安心しろ! この時の為に、要請を一回残してた! 『アルデバランよりエルメト5! 支援要請! レイドシップをこちらに誘導しろ!』」

『エルメト5了解! 待ってたぜ! 喰らえッ!!』

 上空を旋回していたアルテミスが高度を下げ、重火力をレイドシップに叩きこむ。

 もちろんその攻撃では装甲を貫通することは出来ないが、シップの進行方向を変える手助けにはなる。

 だが、それでもまだ180度回頭には足りない。

 

「このまま……奴を逃がす訳には……ん? なんだ……?」

 その時、門倉大尉の元に、思いがけない無線が割り込んできた。

 

 

――数刻前 極東方面第11軍司令本部基地 作戦司令室――

 

 

「こちらはEDF極東方面第11軍作戦指令本部、司令官の榊少将だ。無理を承知でお願いする。貴軍の戦力を借りたい。今すぐ動かせる戦力はあるか?」

『陸上自衛隊座間駐屯地、駐屯地司令の角川一佐であります。ご確認ですが、通常の指揮命令系統から逸脱している事を承知の上で、ですか?』

「無論だ。現在我々は、レイドシップ撃墜作戦”スチールレイン”を実行中だ。だが、一個小隊が巨大生物に囲まれ、単独で撃墜作戦を遂行中だ。その小隊を救援する戦力が欲しい。私の無能を承知でお願いしたい」

『……我々は海老名市・厚木市方面の避難民誘導に人員を割いており、普通科・機甲科の余力はありません。ですが補給の為に訪れていた野戦特科連隊なら、恐らく数分で射撃準備が可能でしょう』

「感謝する! 防衛省には後で私から話を付けておく。生きていれば、現地にはエアレイダーが居るはずだ。無線の周波数を送る」

 

 

―――陸上自衛隊 座間駐屯地――

 

 

「ふぅ。やれやれ、EDFも無茶を言う……。まあ、レイドシップが撃墜できれば、それは願っても無い事なのだがな。同じ日本人として、協力しない訳にも行くまい」

 

 通常の指揮命令系統を無視して勝手に部隊を……しかもこの駐屯地の管轄ですらない部隊を戦闘に参加させるなど、一体何枚の書類と許可をすっとばしての事なのか想像しただけでも胃が痛くなる。

 榊少将とやらが、防衛省にどれだけ顔が利くのか分からないが……、と思ったところで角田一佐は思い出した。

 もはや防衛省はマザーシップの砲撃で灰燼と化し、事実上消滅しているのだと。

 一応京都臨時政府に防衛省は復活しているが、各地域に散らばった官僚を無理やり集めた寄せ集めの組織に過ぎないので、意外と何とかなるかもしれない。

 

「一応アメリカ軍にも話しておくか? いや……」

 考えかけて、角川一佐は首を横に振る。

 現在、アメリカ本国では、在日米軍を含む各国駐留軍の即時本国帰還派と駐留継続派で議論が分かれている。

 

 常識で考えれば、自国が襲われているのだから自国を防衛するために軍を引き上げるというのは当然だ。

 しかし、各国駐留軍が戦線に与える影響は非常に大きく、撤退したとたん戦線が崩壊しかねない地域もある程だ。

 その場合、その国が滅びるだけでなく、連鎖的に戦況が悪化し、ひいては米本国にまで悪影響を及ぼす恐れがある。

 確かに軍事・経済・食料などでアメリカは間違いなく世界一だが、だからと言ってアメリカ以外が滅びてしまっては成り立たない程、今の世界は横の繋がりが密接になっている。

 

 加えて、レイドシップという無敵艦を除けば、巨大生物の相手は米本国の軍で事足りるというのが米軍の見解だった。

 以上の事から、駐留継続派が主流だが、ここで不正規な方法で在日米軍がEDFに力を貸せば、いらぬ弱みを握られる事になる。

 

「それに……。あの人なら、そんな考えをすっ飛ばして軍を動かしかねないからな……」

 

 ここ座間駐屯地の周囲には、在日米軍基地”座間キャンプ”が広がっている。

 と言うより、陸上自衛隊が座間キャンプの一部を間借りしている、という表現が正しい。

 そんな座間キャンプには在日米陸軍司令部があるのだが、そこの司令官、ウィリアム・D・バーグス中将は有能な親日派軍人だが恐ろしくフランクで、今大戦では何度か独自の判断で自衛隊やEDFの危機を救っている。

 しかしそれが災いし、本国には敵が多いという話だ。

 

 日本としても彼の行動が原因で在日米軍が撤退しては困るので、この辺は非常にデリケートな問題なのだ。

 そしてそう考えこんでしまった角川は、また胃が痛くなってくるのだった。

 




なんか微妙なトコで終わりました。
もうちょっと書けたかな?と思いつつそろそろ更新したいなぁ、と思ってここで切りました。
いやぁ、自衛隊とか絡めたくなった……と言うより絡めるしかない状況に陥ったのでなんとか調べてたらめっちゃ時間かかりました、疲れた。
座間駐屯地とか、座間キャンプとかって今回初めて知りましたよ。
勉強になりますねぇ。

そんな訳で本作品初の自衛隊人物出ました!

角川雄一(かどかわゆういち)(46)
 陸上自衛隊座間駐屯地、駐屯地司令官。
 階級は一等陸佐。
 海老名市・厚木市方面の緊急避難の指揮を執っている。
 現地の住民の混乱や、在日米軍とのやり取りなど心労の絶えない日々に胃が痛くなっている白髪の目立つ苦労人。
 しかし彼のお陰で現地の避難計画は順調に進んでいて、在日米軍司令官はその手腕に舌を巻いている。


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第十八話 スチールレイン作戦(Ⅳ)

うおおぉぉ……
月四話更新ギリギリ間に合ったぁ……!


――2023年1月18日明朝 陸上自衛隊 座間駐屯地 砲撃管制所――

 

 

 座間駐屯地の演習場では、155mm榴弾砲FH90や、11式自走203mm榴弾砲などが射撃準備を完了していた。

 ごく短時間での展開完了は、この場に居たのが偶然にも野戦特科連隊の精鋭であることを示していた。

 

『孤立してるエアレイダー! 聞こえているか? 陸上自衛隊、第1特科連隊、砲撃管制所だ』

 展開完了と同時に、砲撃管制所の陸自指揮官がエアレイダー、門倉大尉に無線を送る。

 

『陸上自衛隊だと!? どうしてこの無線に……!? いや、細かい事はいい。支援砲撃を要請させてくれ!』

 瞬時に状況を理解したエアレイダーは支援砲撃を要請する。

 

『元よりそのつもりだ! エアレイダー、目標を指示せよ!』

『目標のレイドシップは移動している! 狙撃可能か!?』

 

『我々を見くびってもらっては困る。後はそちらの腕次第だな』

『なら何も問題は無いな! エリアG34-24、ポイント3385だ!』

 

『よし座標確認。攻撃準備射撃、始め!! ……弾着まで11秒!』

 攻撃準備射撃。

 本格的な砲撃(効力射)を行う前に、着弾位置を確かめるための砲撃の事。

 準備射撃によって狙いを修正し、本番を撃ち込む砲撃方法だ。

 元々エアレイダーの前身である統合末端攻撃統制官の任務の一つでもあった。

 砲撃と言うのは地平線の向こう側に着弾する場合が基本で、その位置だと砲撃を撃った場所から着弾地点は見えない。

 故に、砲兵(陸自では野戦特科)とエアレイダー(陸自では前進観測班)の連携は必須なのだ。 

 

『だんちゃーく、今!』

 陸自男性指揮官が声を上げ、弾道から予想できる着弾の瞬間を知らせる。

 砲弾の飛び交う戦場で、どれが自分達が撃った砲弾なのかを知らせるための言葉だが、今砲撃しているのは自分達だけなので厳密には不要だ。

 

『弾着確認。素晴らしい腕だ、レイドシップ先端に命中した! だが進路変更には至っていない。効力射を要求する! ただし今のから重砲を二門程増した程度で十分だ! 同エリアポイント3341!』

『了解した! 効力射、始め!』

 203mm自走榴弾砲が砲撃に参加する。

 レイドシップの装甲にダメージを与える事は出来ないが、シップを反応させるにはある程度の威力が必要だという事は、過去の戦闘から分かっている。

 

『それと残った砲全てで周辺の面制圧をお願いしたい! 頼めるか?』

『承った! だが諸事情で動かせる砲は少ない。過度な期待はするなよ!』

『構わない、感謝する! 面制圧の座標は――』

 

 

――旧町田市 レイドシップD(デルタ)付近――

 

 

 夜明けが近づく旧町田市の廃墟。

 荒瀬軍曹の作戦が決まり、フェンサーを中心とする重火力をレイドシップに叩きこむことが成功した。

 だがシップは黒煙を上げながらも健在、この場からの撤退を始めた。

 レイドシップD(デルタ)の進路を変える為にアルテミスが放った攻撃だけでは足りず、我々は飛び去るシップを前に、全員が歯噛みする思いだった。

 

 しかし。

 レイドシップが、突如砲撃に晒された。

 

「!? まさか、援軍ですか!?」

 私は信じられない思いで門倉大尉に聞いた。

 完全に孤立したこの状況、もう援軍などあり得ないと思っていたからだ。

 

「その通りだ。 どういう経緯か分からんが、座間駐屯地の野戦特科が支援砲撃を行っている! とりあえずシップの誘導と周囲の面制圧を要請したが、あまり期待するなよ!」

 それだけ言うと、門倉大尉はまた無線で陸自との通信を始めた。

 十数秒後、再び砲撃が炸裂し、見事シップが進路を変え始め、こちらに向かってきた。

 これで再び攻撃のチャンスが訪れた。

 

「総員傾注!! 聞いたな!? まだレイドシップを攻撃するチャンスはある! 誰か打撃を与える火力は残っているか!?」

 大林中尉が皆に伺うが、先の攻撃で火力のある装備は殆ど使い切ってしまっていた。

 そして、ついに私もショットガンの弾薬が尽きかけてきた。

 残りは10数発だ。

 

「門倉大尉! 補給コンテナを要請してください! 空中に滞空している間に、アタシが飛んで引き寄せてきます!」

 そんな中、それを提案したのは瀬川だった。

 

「しかしそれでは――」

「無茶を言うな瀬川! その間、貴様は地上から酸の集中砲火を受けるぞ!?」

 門倉大尉の声を遮って、私は思わず反対してしまった。

 

「まあ、そうね。アンタみたいに避け切る事は出来ないけど、このまま何もしないよりはマシでしょ。やるだけやってやるわ! 冷泉中尉。構いませんよね」

「私も共に飛びたいところだが……地上を手薄には出来ん。頼んだ!」

 

 フェンサーや我々レンジャーの皆は、既に弾薬が尽きかけている。

 今まともに戦えるのはPEユニットから半永久的にエネルギーが供給されるウイングダイバーだけだ。

 しかも、白石は負傷しているので頼れるのは瀬川と冷泉中尉のみと言う詰み具合だった。

 

「要請は許可された! すぐ補給コンテナが飛んでくるぞ!」

 EDF砲兵隊との通信を終えた門倉大尉が伝える。

 

「桜! 済まないが弾薬を貰うぞ! 地上から瀬川を援護する!」

 私は負傷している桜の元へ向かうと、AS-20とバッファローG2の弾薬を多めに貰う。

 

「う、ん。ここで見守ってるから……頼んだよ……!」

 桜は苦しそうな笑顔と共に許可してくれた。

 

――side:浦田和彦――

 

「心配するなって桜ちゃん! オレと、ついでに水原が、必ず護ってやるから!」

 負傷して動けない桜ちゃんを安心させる為、頼もしそうな笑顔を作ってみる。

 オレは、巨大生物の死骸で作ったバリケードに負傷者を隠しながら、巨大生物用9mm拳銃で戦っていた。

 こんなんでもEDF製の武器だ。2、3発上手く当てれば一体は殺せる。

 前面では冷泉中尉がレイピアで壁を作ってる。

 

「俺はついでっすかー。と言っても、こっちも力不足は否めないっすけどね。せめて狙撃銃があれば……」

 一方水原はというと、狙撃銃を失ってAS-20で弾幕を張っている。

 コイツは狙撃のセンスはピカイチだが、こういう状況じゃぁあんま役立たねぇんだよなぁ。

 とは言え、ここまで追い詰められればオレも大差ないか。

 

「バカお前、男が女の前で弱音なんか吐くんじゃねぇよ! かっこ悪いだろ! いや待て……ヘタレなお前と勇敢なオレの対比でオレに桜が惚れる可能性がアップ……?」

 馬鹿言って水原と桜ちゃんの突っ込み待ち。

 そうでも言ってなきゃ心を蝕まれそうになるほど、絶望の波が近くまで来ている。

 

「するかバカ! あ、いてて、やば……頭クラクラしてきた……」

 

 桜ちゃんは右足と脇腹を負傷していて、出血が多かった。

 今は治癒剤のお陰でもう血は止まっているが、その顔は蒼白で、とてもじゃないが見るに堪えない……。

 

「桜伍長!? 大丈夫っすか!?」

「大丈夫な訳ねぇだろ! クソ!! 桜もそうだが、重傷者の数が多すぎる! 特に玲香ちゃんと栗宮がやばい! 本当ならすぐ衛生兵呼ぶトコだが、まず来れねぇだろうな!」

 水原の阿呆みたいな発言に苛ついてつい口調が荒くなっちまった。

 

 玲香ちゃん――白石玲香は、下腹部と左足に酸の接射を受けて、今も苦しそうに悶えている。

 栗宮は、左腕をフェンサーの装甲ごと巨大生物に噛み砕かれた。

 玲香ちゃんが咄嗟に巨大生物を殺してなかったら、今頃左腕は無くなってたはずだ。

 

 そしてオレだって左腕と右足と胸部のアーマーが溶けて貫通し、皮膚が焼け爛れている。

 治癒剤のお陰で鈍痛くらいで済んでるが、それが無けりゃ痛みでのた打ち回っただろう。

 

 しかし、ぶっちゃけた話、今のEDFの医療技術はマジで高いので、生きて帰りさえすれば、割と何とかなる率は高い。

 重傷の玲香ちゃんや栗宮でさえもだ。

 但しそれは、ここから生きて帰れたらの話だが……。

 

「ってかコレ、レイドシップ撃墜したところで、俺ら無事に帰れるんすかね……?」

 そんなオレの心境を読んだかのように、水原が小声でオレに言う。

 負傷して気弱になっている桜ちゃん達へのなけなしの配慮のつもりか。

 

「……さあな」

 それに対し、オレは明言を避けるように言葉を濁した。

 恐らく皆このままだとどうなるか分かってはいるが、それを口に出したくは無かった。

 かーっ、オレも相当チキンだわ。

 

「……はは、やっぱそういう事っすか。まあ、薄々分かってたっすけど」

「お前、普段死ぬほど頭悪いのになんでこういう時だけ無駄に察しが良いんだよ。腹立つな」

 なんだか、水原にここまで察せられると、言葉とは裏腹に腹も立たない。

 多分だが、今オレ、何か色々諦めたような気の抜けきった笑顔になってんじゃないかな?

 

「ま、俺って基本ネガティブっすから。でもま、今までも何とかなったんだし、今回もなんやかんやでワンチャンあんじゃないっすか? 死んだら死んだでもうしゃーないっすよこれは」

「お前絶対ネガティブじゃねぇだろ! まあこの状況で諦めないだけマシだと思うけどな! いや諦めてんのか?」

 気弱が一周回って能天気になったような訳分らん性格してるからな、コイツ。

 まあでも、それでも銃を手放さない限り、お前を信じるからな? 

 

――side:仙崎誠――

 

「瀬川! 補給コンテナが来たぞ!」

 門倉大尉が叫んだ。

 上空から、パラシュートを展開し、降下するコンテナが来る。

 

「プラズマエネルギー、冷却完了! 行くわ!」

 瀬川は、補給コンテナ目掛けて飛びだった。

 それに反応した巨大生物は、一斉に瀬川に向き直る。

 

「撃てぇぇ! 瀬川少尉を援護しろォォ!!」

「「うおおおぉぉぉぉ!!」」

 大林中尉の号令で、撃てる奴は撃ち尽くす勢いで残り少ない弾薬を、隙が出来た巨大生物に叩きこむ。

 その攻撃で大量の巨大生物を討ち取り、奇しくも瀬川が囮の役割を果たしていた。

 

「掴んだ! たああぁぁぁ!!」

 瀬川が補給コンテナを空中で掴み、こちらへ引っ張ってくる。

 同時に、大量の酸が瀬川を襲う。

 

「やば、ユニットが……きゃあぁぁ!」

「瀬川ぁッ!!」

 我々の陣地まであと少し、と言う所で、ユニットを溶かされ、瀬川と補給コンテナが墜落した。

 瀬川はそのまま巨大生物の群れに飲み込まれてしまう。

 あんな大群に囲まれれば、いくらウイングダイバーと言えど命は無い!

 

 そんなことを思う前に、私の体は動きだしていた。

 

 私は不幸だった。

 身近にいる人を傷付けるのが嫌になり、やがてそれもどうでもよくなった時期もあった。

 そんな時期を、様々な助けを借りて乗り越え、まともな感性を取り戻し、初めて好きになった人なのだ。

 これを愛と呼ぶのかどうかはまだ分からない。

 もっと積み重ねた重い何かがあるのが当然で、一目惚れなど一時の感情に過ぎないのかもしれない。

 だが、今もこの胸の思いは彼女に向いていて、何が何でも失う訳にはいかないと思った。

 

 何より、EDFは決して仲間を見捨てない。  

 だから、何を言われようと、ここで私が走り出すのは必然なのだ。

 

「仙崎!? 無茶だ!!」

「どけぇ!! 巨大生物共ッ!!」

 荒瀬軍曹の声が聞こえるが、無視する。

 私は声を荒げショットガンをぶち込む。

 そのまま巨大生物の群れに飛び込み、襲い掛かる牙と酸を寸前で躱して前進する。

 

 ひしめく巨大生物自体を盾にして、下手をすれば巨体と巨体に押しつぶされそうな隙間を擦り抜け、酸の接射を受ける可能性のある真下を潜り抜け、直感に従ってあらゆる死の危険を躱す。

 しかし、全ての危険を躱すことは出来ず、少しずつ酸による攻撃で、アーマーが蝕まれていく。

 

 右腕のアーマーが貫通し、酸が皮膚を、肉を溶かし始めて、ショットガンが手から離れる。

 その隙を縫った訳ではないだろうが、巨大生物が巨大な牙を広げて迫る。

 すかさず、左手で最後の兵装、対巨大生物用9mm拳銃を腰から取り出し、痛む右手を添えて撃つ。

 グロテスクな口内に弾丸は直撃し、動きが止まったそれを無視して突き進む。

 

「あれか!?」

 

 そんな行為を二、三度繰り返した後、巨大生物の群れの中心で、赤い光と巨大生物の断末魔が聞こえた。

 瀬川だ!

 

 私は無我夢中でその場所に飛び込んだ。

 

「無事か!? 瀬川!!」

「ちょ、アンタ……どうやって、こんなとこまで……!?」

 

 一目見て、かなり負傷している事が分かった。

 右足は、落下時の衝撃だろう、骨折に加え裂傷があり、歩ける状態ではない。

 巨大生物に齧られたのか、背中にも大きな裂傷があり、出血している。

 その他、酸を喰らい、全身のアーマースーツは溶けかけている。

 服の下では、酸の火傷も複数あるだろう。

 

 そんな状態でも無事なのは、やはり広範囲近接兵器、レイピアの存在が大きかったのか。

 恐らく齧られた時も、噛み千切られる前にレイピアを照射したのだろうか。

 そして、頑丈に作られた補給コンテナ3基を背にして、正面近距離をレイピアで、遠距離の敵をコンテナからもぎ取ったUM-2Aグレネードランチャーで処理していた。

 

「治癒剤は打ったのか!?」

「はぁ、はぁっ、こんな状況で、そんな暇、ないわよ……」

 息絶え絶えの状態で話す瀬川は、受け答えすら苦しそうだった。

 

「まったく! 良く意識が保てるものだ!」

 補給コンテナから治癒剤を取り出し、首筋に打ち込む。

 即効性の治癒効果と鎮痛剤を含む薬剤が体に回り、瀬川はだいぶ楽そうな表情に変わる。

 同時に弾薬も補給し、片手でバッファローG2を撃って隙を作らない。

 

「あの、さ。悪いけど、アタシもアンタも、死ぬわよ」

「死なん!! 貴様らしくも無い事を言うな!!」

 私は、こんな状態でも奮戦する彼女らしくない言動に、思わず怒鳴った。

 

「アタシもそんな事言いたくないんだけどね……、でも、ユニットがさ、壊れちゃって、冷却出来ないの。つまり」

 今まで突撃する巨大生物を切り刻んでいた光の放射が、消えた。

 

「もうコレ、使えないのよ……! くそぉっ!!」  

 怒りとも悲愴ともつかない表情で、瀬川はレイピアを放り投げる。

 レイピアは巨大生物に喰われ、そしてもうレイピアによる抵抗が無いと知った巨大生物は、禍々しく笑うような仕草をした。

 少なくとも私にはそう見えた。

 だから、私はコンテナからゴリアスDを取り出し、目前の巨大生物に撃った。

 

「ぬぁはははー! それが何だ!! 私が居る! 貴様もまだ生きている! なら可能性は無限だ! なにより、貴様からまだあの答えを聞いていないではないか!! そんな状態で死ねるかぁぁ!!」

 自爆寸前の範囲攻撃で、目前の巨大生物数体が死骸となった。

 レイピアは強力だが、死骸ごと切り裂いてしまうので、盾にするなら、この方がいい。

 

「っ……! それがアンタの原動力になるなら、まだ教える訳には行かないわね。でも、いくら何でもこのままじゃ……!」

 瀬川は既にウイングダイバーとしての機能を消失し、扱いやすいAS-20とUM-2Aで戦っている。

 

 すぐゴリアスDを撃ち尽くし、AS-20Rに切り替えて弾幕を張る。

 酸の大半は死骸で防げるが、それでも全てではない。

 そして、避けるスペースが確保できない以上、私は瀬川の盾となって酸を受ける。

 三重の防酸加工を施されたアーマースーツの耐久度が底をつき、体の各所が酸に侵され、激痛が走る。

 

「ぐっ……、巨大生物め、やってくれる……!」

「ちょっと、避けなさいよ! アンタならそのくらい……!」 

 

「ぬぅははは! げほっ、ぐっ、この程度、避けるまでも……」

「あるでしょ! こんな時に見栄張るな! もうここから逃げて! 私は、どうなってもいいから……!」

 もはや見栄を張る余裕すら無くなりそうな私を見て、瀬川が悲痛に叫ぶ。

 ほんの一瞬だけ振り返ったが、彼女の泣いている顔が、はっきりと脳裏に焼き付いた。

 彼女には、そんな顔をして欲しくなかったから。

 だから私は、そんな雰囲気に飲まれるものかと、どこまでも見栄と意地を張り続ける事にした。

 

「笑わせるな! そんな台詞を吐かれて、はいそうですかと言う奴がいると本気で思っているのか!? それに、勝手に悲壮感に浸ってるとこ悪いが! 私は、ここで死ぬ気は更々ないからな! よって貴様も死なない!」

「なんでっ……、アンタはそんなに強いの!」 

 

「死神に好かれ過ぎて、強くあるしかなかったのでな!」

 そんな台詞の掛け合いをしつつ、生き残れと自分に言い聞かせる。

 そうでもしなければ、今の状況は本当に絶望的だったからだ。

 

 そんな我々の抵抗に、フォーリナーは更なる絶望を与えた。

 

「見て! レイドシップが!」

 

 レイドシップが我々のすぐ横を通過し、大量の巨大生物を投下した!

 ただでさえ群がる巨大生物に、その倍の物量を投下され、最早一巻の終わりであった――

 

「この期に及んで増えるなんて……」

「ぬおおぉぉぉぉ!!」

 

 ――ただし、終わるのはレイドシップだ!!

 私は、痛む体を押して補給コンテナから、希望の武器を握る。

 先程偶然見つけたが、巨大生物に対してはオーバーキルなEDF製重火器。

 

 その名は、ゴリアスS改。

 228基地で私が使ったゴリアスSの、本格的な対巨大生物用として改良された重火力ロケットランチャーだ。 

  

 それをレイドシップのハッチ内部に狙いを定める。

 直下ではないが、ハッチの装甲の隙間を狙ってギリギリ狙い撃つことが可能だ。

 

「沈めッ!!」

 

 引き金を引く。

 ゴリアスS改の大型弾頭が射出され、一直線に飛ぶ。

 それは寸分の違いなくレイドシップ下部に命中し、高威力の爆薬が起爆し、瀕死だったレイドシップの転送装置を一撃で破壊する。

 

 ハッチからシップ内部まで誘爆を起こし、空中で大きな炎があがる。

 

「うそ……レイドシップが……」

 

 瀬川が呟く。

 

 浮力を喪失したシップは、やがて地面に墜落し、大地を震わせる程の大爆発を起こした。

 

 爆心地の巨大生物は粉々に砕け、その爆風が我々をも襲う。

 私は、唖然とする瀬川を庇うように覆い、同時に態勢を低くして爆風から身を護る。

 

 しかし、希望や達成感を感じる間も無く、巨大生物は襲い掛かってきた。

 

「くっ!」

 

 どうやら、輸送艦を落としたから戦意喪失して撤退……とはならないらしい。

 補給コンテナからもらったモンスーンショットガンを放つ。

 威力もあって取り回しも良好な筈だが、今の体には一発撃つだけで傷に響く。

 それを、治癒剤を撃ち込んで無理やり緩和させる。

 

「仙崎……アンタ、英雄じゃない。アタシの見る目も、間違ってなかったわね……」

 

 最高の戦果だ。

 人類史上、全地球防衛戦争史上まだ誰も成しえなかった偉業を、私は今成し遂げたのだ。

 無敵艦と言われた難攻不落の敵浮遊船を、今この瞬間、地に叩き落した。

 恐らくだが、きっとこの残骸を調査すれば数多の進歩が人類に芽生えるはずだ。

 終わりの見えない無限の物量だった巨大生物に、勝てる見込みが現れたのだ。

 

 だが。

 

 私の心は、徐々に小さくなっていく瀬川の声にしか向いていなかった。

 

「瀬川ッ!! 消え入りそうな声で何を言っている! ここまでやったのだ! 絶対に生きて帰って、私の素晴らしい活躍を喧伝してもらわなければ割に合わぬ! おい!!」

 

 私も、壮絶な状況と疲労によって、自分が何を言っているのかだんだん分からなくなってきた。

 そして、それ以上に深刻な瀬川の事を、最早振り返ってる余裕すら無くなっている事が歯がゆい。

 

 それ程、巨大生物の攻撃が激しくなっていた。

 死骸のバリケードはもう幾十も溶けだし、新しく増える死骸より溶ける死骸の方が多くなりつつある。

 そして、頑丈だった補給コンテナも溶けだし、せっかく仕入れた武器も殆どが使い物にならなくなった事だろう。

 

 レイドシップは撃墜した。

 人類初の快挙だが、しかしこの戦場に限っては最早何の意味も為さなかった行為なのではないか。

 しかし、しかしだ。

 

 それでも私は、引き金を引くことを止めない、止めたくはない。

 だがどうする?

 このままここで戦っていても巨大生物を殲滅することは出来ない。

 かといって瀬川を担いでここを離れる訳にもいかない。

 そんなことをしたら十秒も経たずに体全てが蒸発する。

 

 大林中尉達の救助を待つのも難しい。

 今や弾薬の枯渇は致命的だろう。

 そもそも今彼らは無事なのだろうか、それすら怪しい。

 そして長らく気にも留めていなかったが、無線機は酸で壊れている。

 ただでさえ来るはずのない援軍を打診する事も、レイドシップを撃墜したという報告をすることも出来ない。

 

「いい加減、認めなさいよ……。アタシ達、もう詰んでんのよ……。あ~ぁ、やっぱ補給コンテナ引っ張ってくるのが失敗だったか! げほっ、それとも、冷泉中尉にお願いしたら、もっと上手くやれたのかなぁ……」

 

「……瀬川、やめろ」

 

 ただそれでも、我がままかも知れないが、瀬川のそんな諦めの台詞を、私は聞きたくなかった。

 いや、こんな状況になっても、諦められない私の方が大人げないだけなのかも知れんな。

 

 だからだろうか。

 瀬川の口から、とある数字の羅列が聞こえてきたとき、私の中で何かが崩れ落ちたような気がした。

 

「な、にを……」

「私の連絡先。生き残って再会するの、ちょっと無理そうだから。特別よ」

 

「ふざけるな!! こんな、こんな形で、知りたいわけが無いだろう……!」

 

 ” 回答は保留! 悔しかったら次の戦い絶対に生き残って、また私に会いに来なさい!! 死んだら許さないから! んじゃっ!”

 

 そんな約束をした。

 生き残って、再び会う。

 

 その約束は今、果たされたのだろうか、それとも破られたのだろうか?

 

 そんな事を考える私を、影が包み込んだ。 

 



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第十九話 スチールレイン作戦(Ⅴ)

――2023年1月18日明朝 旧町田市――

 

 絶望的な我々の周囲を、朝日を遮る影が覆いつくした。

 まさか、別のレイドシップが直上に?

 

 反射的に上を見ると、そこには予想外の光景が広がっていた。

 

「C-27輸送機……グローブマスターだと……!?」

 

 それは、米空軍保有の大型長距離輸送機。

 超低空飛行で三機。

 

 その輸送機は、低空で貨物ハッチを開放し、そこから米陸軍の歩兵戦闘車ストライカーや機械化歩兵装甲(パワードスーツ)を次々と空中投下した。

 

 低空で投下された数輛のストライカーは、墜落と言った方がしっくりくる程の衝撃で地面に降り立ち、そのままの勢いで巨大生物を撥ね殺してゆく。

 その衝撃に私は立っていられず思わず転倒する。

 

 そのうちの一輛がドリフトの要領で巨大生物を撥ね殺しながら我々の目前で停車する。

 外部に掴まって共に降下した機械化歩兵がすぐさま戦闘状態に入る。 

 

『バスター6よりオールハンズ! 上客のもてなしは歩兵共に任せて、俺達はマナーが悪いのをやるぞ』

『yes`sir!!』

『なんとも悪質なクレーマーだらけだ!』

『鉛玉のサービスだ! 受け取れ!』

 

 機械化歩兵は外部スピーカで声を出す。

 重火器で巨大生物を屠っていくが、飛ぶ酸に対してはほぼ回避行動を取らずに直撃している。

 米陸軍機械化歩兵装甲――正式名称、FB-6CハーディマンⅡ

 その大きさは2mを超え、同じカテゴリであるEDFのフェンサーと比べると一回り大きい。

 全身を完全に装甲で覆っており、フェンサーよりも防御力に優れる。

 

 フェンサーが災害救助や作業用としても利用できる汎用型からの発展であるのに対し、ハーディマンは設計から軍事用である。

 故にマニュピレーターは存在せず、腕部の武装は全てアタッチメント換装式になっている。

 フェンサーに比べ整備や信頼性に優れるが、細かい作業は出来ない。

 

 そんな純戦闘兵器なハーディマン部隊に変わって、瀕死の我々に向かってきたのは米軍歩兵部隊だ。

 ……と思ったのだが、倒れる私に手を差し伸べたのは、皺の目立つ初老の軍人。

 しかも、数人の歩兵に囲まれた、豪華な軍服を着ている明らかな高級軍人だった。

 

「よく頑張った! EDFの伍長!! まさか本当にレイドシップを撃墜して見せるとは! 素晴らしい!!」

 

 手を差し伸べ引き立たせたかと思ったら、いきなりわはは! と大爆笑をし始めた。

 なんなのだこのお方は……。

 

 そう思って何気なく階級章を確認したら……中将!?

 アメリカ陸軍中将!?

 軍の中枢を束ねるうちの一人ではないか!!

 日本に居る米軍中将とはまさか……。

 

「ウィリアム・D・バーグス中将……、まさか、在日米軍司令官のバーグス中将閣下でありますか!?」

 

 瀬川が声を震わせて驚愕する。

 私も同じ思いだ。

 まさか、こんな大物中の大物が、いつ死ぬとも知れない最前線……いやそれ以上の孤立した戦場に立つとは……。

 

「その通りだが、今はそんな事よりも一刻も早い治療が望ましいな。リゼリット、そちらのウイングダイバーに肩を貸してやりなさい」

「はっ!」

 

「よし、第一小隊は撤収! それ以外は本隊到着までの2分間、ここを確保しろ! 西に居たEDF小隊の方はどうなっている?」

「はっ! 重傷者多数ですが全員収容しました!」

「素晴らしい!! 彼らはレイドシップを撃沈せしめた英雄だ! 敬意をもって前哨基地2-6まで送り届け給え。言うまでもないが、最後まで油断するなと伝えてくれ」

「sir! yas`sir!!」

 

 安堵感と驚愕に疲れたのか、私はなんだか意識が遠くなっていた。

 気づいたら、バーグス中将に肩を預けていた。

 高級な軍服が血に濡れるが、中将はまったく気にしない。

 

「ゴールドタイガーよりバスター6。過酷な任務だが、君ならやり遂げてくれると信じている! 素晴らしい結果を待っているぞ」

『sir! yes`sir!! お任せください!』

 

 そして、無線を送りながら酸が飛び交う戦場を平然と歩き出し、私を思いのほか優しい手つきでストライカー装甲車の内部に運んだ。

 直ぐにストライカーは動き出した。

 どうやら、先頭をハーディマンで切り開きながら速度重視で撤退するようだ。

 まだ複数のレイドシップは健在なので殲滅は不可能だし、元より回収後速やかに離脱する作戦だったのだろう。

 恐らく、降下から今までおよそ5分程度しか経っていない。

 

「少佐、我が部隊の損害は?」

「はっ。歩兵部隊は重傷者4名。戦死者2名……アリエッタとハンスがやられました」

「そうか……私の無茶につき合わせたな……。彼らに心よりの感謝と敬意を」

 バーグス中将は、離脱した戦場に向かって敬礼した。

 他の兵士も手の空いている人は同じように敬礼をしていた。

 

 その姿を見て、薄れゆく意識で私は感動すると同時に、やはり分からなかった。

 彼らはなぜ、そんな危険を冒してまで我々を助けたのだろうか。

 いくらレイドシップを撃墜したと言っても、我々は所詮たった10数人の歩兵に過ぎない。

 戦略的な要衝を取り戻す訳でもなく、今後の作戦で重要な戦力になるわけでもない。

 まして、中将閣下本人が動く理由など微塵もない筈だ。

 

「バーグス中将……なぜ、我々を……?」

 

 私はかすれる声で聞いてみた。

 

「なぜ、か。たった数人でレイドシップを撃墜すると言った勇敢な諸君らに会って話してみたかったのだよ! そしてそんな彼らをむざむざ死地に置き去りにするなど、常識的に考えて出来る訳がないだろう! 我らは所属する国も組織も違うが、今は共に戦う戦友だ。本国で無能と罵られようとな! まあ、それはそれとして、撃墜したレイドシップの残骸を確保するという目的もある。アメリカ本国的にはそちらが本命だろうな。とは言え、貴重なモノだ。俺達が手を付けてしまったら、EDFと本国が互いに所有権を主張し合ってややこしくなるのだが……、しかし失礼だが今のEDF極東軍にこれを回収する余裕は無く――おっと失礼! 長く語りすぎたな」 

 

「いえ……なんとかく、分かりました」

 高いテンションで語りだす中将閣下に、聞いておきながら失礼かと思うが、働かない脳みそでは半分も理解できなかった。

 ただ、そんな理由で戦場に赴く閣下の部下に不満そうな顔など一つも無かったから、私は閣下の部下を少し羨ましいと思った。

 

「アタシ達、助かったのね……」

 隣には、硬いシートに乗せられ、衛生兵に応急処置を受ける瀬川の姿があった。

 もっとも、私もほぼ同じ状況だが。

 

「ああ。はは、やはり連絡先を言ったのは早計だったようだな。見ろ、この通り我々は生きている。後で私から電話がかかってくるのを楽しみに待っているのだな……」

 かすれる声で言葉を紡ぐ。

 

「あんな状況で言われた番号、よく覚えてるわね……。それにしても、連絡先聞きだすだけでこんなに瀕死にならなきゃいけないなんて、アンタも大変ね……」

「それを言うなら、教えるだけでそんな瀕死になってる君も同じだろう……」

「まったく、そうね……」

 

 その言葉を最後に、我々二人は安堵感に包まれて意識を失った。

 

 

――神奈川県横須賀市 EDF極東方面第11軍司令本部基地 作戦指令本部――

 

 

 時間は、レイドシップ撃墜以前まで遡る。

 

「在日米軍が動き出しただと?」

 バレイル3への救出部隊を編成していた作戦指令本部司令官の榊司令は、戦略情報部リーヴス少佐からの報告に眉を潜めた。

 

「はい。米軍座間キャンプで三機のC-27輸送機が離陸準備を行っています。恐らく第二ストライカー旅団戦闘団でしょう」

 さすがは戦略情報部。

 他国軍の動きにはかなり敏感らしい、情報の出どころは不明だが。

 

「しかし三機となるとかなりの戦力だな。どこへ向かうのか分かっているのか?」

 C-27輸送機は、歩兵戦闘車ストライカーを最大三輛と、一個小隊のハーディマンを搭載可能だ。

 故に、ストライカー九輛と随伴歩兵、ハーディマン一個中隊というおよそ一個大隊規模の戦力だ。

 

「いえ。EDFや自衛隊にも正式な通告は無いようです。恐らくですがほぼ独断に近い突発的な動きと予想されます」

「あの閣下のやりそうな事だ……少し羨ましい……」

 小声で榊が呟いた。

 

「何か言いました?」

「いや、何も」

 咳ばらいをして榊が誤魔化すと、オペレーターの一人が声を上げた。

 

「榊司令! レンジャー2-2指揮官から通信です!」

 すぐに榊は手元のマイクを操作して通信を繋げた。

 

「こちら本部! 軍曹、無事か!?」

『朗報だやったぞ! レイドシップをついに撃墜した!』

 その報告に、作戦指令本部の要員は歓喜した。

 

「本当か軍曹!! よくやった!」

「素晴らしい戦果です! この情報は、我々に勝利をもたらすでしょう。直ちに世界中にデータを送信します」

 リーヴス少佐は機器を操作して、世界中のEDFにレイドシップ撃墜を知らせた。

 これだけで士気は劇的に上がるだろう。

 

「本当によくやってくれた軍曹。君は世界の英雄だ!」

『いや、英雄なら俺ではない。最後の一撃を与えたのは……仙崎だ』

 その名前を榊は知っている。

 つい半年前まで民間人だったが、実は元EDF兵士で、以前ある部隊で大きな戦果を残した後部隊を去っている。

 気になった経歴だったので記憶にとどめていたが、やはり荒瀬の目は正しかったという事か。

 

「仙崎誠伍長、ですか……。彼の事は、覚えておきましょう」

 リーヴス少佐も独自の情報網で知っていたのか、興味深そうに名前を告げる。

 

「軍曹。こちらは早急に救援部隊を編制中だ。状況が厳しいのは分かっている……だが、もう少しだけ耐えてくれ! 必ず助ける!」

 何度かの報告で、既に死者や重傷者であふれ、弾薬もまともに無いという事は知っている。

 知ったうえで、これしか言えない歯がゆさに榊は千切れそうだった。

 

「榊司令! 米軍輸送機が座間キャンプ滑走路から離陸しました! 北東方面へ飛行中!」

 そんな榊の耳に、状況の変化を知らせる声が聞こえた。

 

「……話を戻します。推測ですが、米軍の目的は、恐らくバレイル3でしょう」

「ああ。私もそう思う。座間駐屯地に援軍要請した情報が漏れたのだろう。まあ、同じ敷地なんだからそれは無理もない。だとすれば」

「ええ、米軍の目的は」

 二人の声が重なる。

 

「――レイドシップの残骸の回収」

「――奮戦するバレイル3の救出と離脱」

 違う答えに、一瞬の沈黙が訪れる。

 

「いえ、それは難しいでしょう。結果的に援軍になるとしても、彼らに構っている暇はないのでは? 現地は未だ数千の巨大生物に囲まれています」

 事実だ。

 常識で考えれば、負傷者を回収し離脱するリスクは高すぎる。

 その分余計に戦力を裂くことになる。

 

「いや、バーグス中将がこの状況を知っていて見逃すとは思えん。輸送に最適なストライカー旅団戦闘団を使う事からも間違いない」

「それは単に歩兵を含めた大量の戦力を降下させるための方法でしょう。それに在日米軍の他の戦力を動き始めています。恐らくかなりの戦力を使ってレイドシップの残骸を確保、独占する事が狙いかと思われます。阻止しますか?」

 阻止、といいうのはリーヴス少佐の情報網、交渉術を以てしての情報戦を仕掛ける、という意味だろう。

 彼女の得意分野でもある。

 

「冗談はよしてくれ少佐。そんなことで米軍との関係を悪化させたくない」

 ただでさえ米軍の力が大きく、駐留米軍撤退派の声が大きい中で、関係悪化は日本にとっても死活問題だ。

 

「ですが、レイドシップの残骸は、もし手に入れられれば対レイドシップの切り札となりえます。その利益を最も高く昇華できるのは、やはりEDF先進技術開発部において他ならないかと」

 

「それは分かっている。だがそんな事にはならない。バーグス中将なら、その辺の事もちゃんとわかっているさ。彼に任せよう」

「……少将は彼を随分と信頼されているようですが、何か信頼に足る根拠があるのですか?」

 一見他力本願な態度から、リーヴス少佐は少し不満げな表情を見せる。

 

「しいて言うなら、心だな」

「はぁ。心、ですか」

 

「数字や計算でしか判断できないか? だが所詮、物事を動かすのは人間の心だ」

「理屈は分かります。ですが、些か以上に信頼性に欠けるかと」

 心と言うのは不確かで移ろいやすく信用ならないもの。

 だがこの男は、もしかしたらそんな心を理解していくからこそ、人望が厚いのか。

 そんな風にリーヴス少佐は考え始めた。

 

「そう言うな。悪い結果にはならんと思うし、それ以前に我々は他にやらねばならん事が山程ある。喧嘩腰になる必要は無いが、一応残骸の所有権を主張する用意をしていてくれ」

「分かりました」

 ひとまず、彼に預けて結果を見てみましょうか。

 そんな思いで、リーヴス少佐はこの件を納得する事にした。

 




今回は短めです。
やりたいとこは終わったんで後はサクっと行く感じにしました。
とは言え、動きが無い割に色々調べる事が多い話になって、ちょっと時間かかりました。

ではサクッと用語解説行ってみます!

▼ウィリアム・D・バーグス(52)
 在日アメリカ軍司令官、兼第五陸軍司令官。
 階級は中将。
 行動力溢れる軍人で、士気向上や単に行きたいからという理由で前線に押しかけたり戦ったりする。
 士官学校卒業から長く前線に勤めていたこともあって、兵士としても指揮官としても有能。
 だが突発的に行動する事も多くアメリカ本国との仲は悪い。
 敵が多い一方で味方も多く、かなり人望は厚い。
 (在日米軍司令官は、現実では歴代第五空軍司令官が兼任しているという話でしたが、地上で指揮するイメージからなんとなく陸軍に変えました)

▼C-27輸送機”グローブマスターⅣ”
 C-17輸送機”グローブマスターⅢ”の後継機。
 最大積載重量としてはC-17を少し上回る程度にとどまっているが、大きな違いは強化外骨格装甲ハーディマンの運用を前提にした作りになっている事。
 ストライカー旅団戦闘団や、機械化歩兵旅団の運用で有名。
 (別にC-17で良かったんだけど、時代も技術も進んでるから新しいの作りました)

▼FB-6CハーディマンⅡ
 アメリカ陸軍が開発した次世代型機械化歩兵装甲。
 EDFでしか運用されないフェンサーと違い、世界各国の軍隊で運用されている為配備数は多い。
 しかし仕様上接近攻撃や戦闘以外の行動は苦手な為、汎用性は少ない。
 またフェンサーに比べ高火力重装甲だが、それを求めるなら戦車には敵わない。
 この事から適度な装甲、火力、機動性、汎用性を備えたフェンサーが機械化歩兵の完成形とも言われている。
 (モデルは当然マブラヴオルタネイティヴの機械化歩兵装甲。
 外見イメージは87式機械化歩兵装甲(これは日本帝国軍の物ですが)
 名前は米軍の月面戦争時代の兵器から頂きました)




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第二十話 それから

題名適当過ぎない?
いやいやシンプルイズベスト!
今回は戦闘無しの場繋ぎ回みたいな感じです



――――

 

 レイドシップを撃墜したバレイル3小隊は、独断で動いた在日米軍部隊、第二ストライカー旅団戦闘団の常識外れの敵地極低空飛行空中投下策戦によって救出され、無事最寄りのEDF基地である前哨基地2-6へ移送された。

 

 移送した部隊とは別に敵地へ残った米軍部隊はそのまま墜落地点を確保し、巨大生物を迎撃し続けた。

 直後、応援として駆け付けた第7歩兵師団の二個連隊が戦闘を開始し、たまたまレイドシップのいなかった戦線を大きく押し上げる。

 そして米軍輸送部隊が残骸の一部を回収し、座間キャンプまで退却に成功する。

 

 一方EDFはレイドシップ一隻を撃墜するものの同様の作戦を行える余力は無く、JR横浜線に新たな防衛線を築き上げるに留まった。

 これにより、スチールレイン作戦は一応の終結を迎えた。

 

 作戦終了後、残骸を巡ってひと騒動起こるかに見えたが、在日米軍司令官バーグス中将がEDFへの無償譲渡を表明したことにより事なきを得た。

 全地球防衛条約にも、フォーリナー由来の技術は地球防衛の要であるEDFに優先権があると記されてはいるが、バーグス中将の言葉が無ければアメリカ本国の反発は必須だっただろう。

 一部の政治家からは嫌われている彼だが、その能力は確かに評価されている。

 

 こうして、レイドシップの残骸は無事EDF先進技術開発研究所へ送られることになった。

 

 1月23日。

 EDF欧州方面軍が極東方面軍を参考に、ウイングダイバー部隊のレイピアを中心とした接近戦術でレイドシップを撃破。

 同様に極東方面軍はそれを戦術として確立し、最小の時間と戦力で再びレイドシップの撃破に成功。

 これを皮切りに、世界中のEDFでレイドシップへの反撃が始まった。

 

 2月3日にはアメリカ軍が自力でレイドシップに奇襲をかけて同時に二隻を撃破するという戦果を挙げた。

 これはEDFの戦力を借りずに国軍が行った初の撃墜であった。

 

 レイドシップ撃墜の戦術は、別名”少数機動接近戦術(ストーム・バンガード)”と呼ばれる戦術で、それまでの対巨大生物戦術であった大人数大火力で弾幕を張って撃退するという戦術とは一線を画すものとなった。

 土地の狭い日本関東戦線では自然と行われてきた戦術だったが、レイドシップ撃墜を研究し確立された戦術でもある。

 

 10~20数名で構成された4兵科混成部隊が、航空支援の元一気にレイドシップ直下まで進み、直下を殲滅。

 ハッチが開いた際に高火力の一撃を叩きこんで離脱する、という一撃離脱の戦術だ。

 これは殆ど、荒瀬が即興で考えた作戦を元にしている。

 

 潤沢な補給と支援の元で行われるこの作戦は予想以上の効果を発揮し、後のEDF少数精鋭ドクトリンの元になったとも言われている。

 

 

 

――二週間後 2月3日 神奈川県横須賀市 EDF軍病院(旧横須賀市立病院)――

 

 

 あの激戦から二週間。

 私はまた横須賀の軍病院で治療を受けていた。

 ボロボロのアーマーで酸を喰らっていた私は、全身を酸に蝕まれていたが、EDFの高度な医療技術によって今はもう動けるようになった。

 そんな重傷者がここに集めらたため、当時は部屋は埋め尽くされ、至る所でうめき声が聞こえ、衛生兵は走り回っていたものだ。

 最近はその姿も落ち着き、戦況が好転しているのを肌で感じる。

 

 今私が居る大部屋にも六人の負傷者が存在し、そのうちの一人浦田は薬で眠っていた。

 

「えーと、Gの163番……163番……あ、いた! あ、あの!」

 少し暇だなと思った矢先、可愛らしい声が私の耳に届く。

 

「君は……村井茉奈、ではないか。久しいな」

 そこには、まだ民間人だった頃に偶然助けた少女がいた。

 村井茉奈。

 力及ばず、両親と姉を救う事が出来なかった後悔は今も残っているが、そんな私の懺悔を望んでここへ来た訳ではないだろう。

 

「うん。お久しぶりです誠さん。はぁー、よかった。君は誰だ? なんて言われたらどうしようかと思っちゃった」

 緊張していたのか、大きく深呼吸する彼女。

 それにしても、見たところ元気そうで何よりだ。

 少なからず言葉を交わしていたし、あの戦闘中ほぼ共に居たのでその後の安否は気になっていたのだ。

 

「ぬぁははは! 記憶力には自信があるのでな!」

「誠さんも元気そうでよかった。はいこれ」

 彼女は背中に隠していた花束を私に渡してきた。

 予想外で少し驚きつつ受け取った。

 

「これは……」

「えへへ。お世話になりましたっていう私の気持ち。私が助かったのは、誠さんのお陰だから……」

 顔を綻ばせながら嬉しそうに話す。

 その彼女を見ていると、救えなかった命もあったが、それでもあの時頑張った意味はあったのだと私の中に、確かに自身のようなものが生まれた。

 

「そうか。ありがたく貰っておこう。病院を出たら、部屋にでも飾っておくとしよう」

 私は花束を受け取り、そっとそばのテーブルに置く。

 

「あれ。もしかしてもう退院なの?」

「そうだな。中々手ひどく喰らったのだが、最近の医療技術は目覚ましくてな。二週間ほどかかったが、もう復帰できそうだ」

 完治とまでは行かないが、一週間ほど前から基礎トレーニングなどは欠かさず行っている。

 復帰後も違和感なく戦えるだろう。

 

「へぇー。それにしても誠さん、いっつも病院に居るようなイメージなんだけど。一か月くらい前もまだ病院に居なかった?」

「そういう訳でもないんだが……。ああ、その頃は確か、まだ出会った時の怪我でリハビリ中でな。今回の入院はまた別件だ」

 しかし、復帰してすぐこんな大怪我を負うとは。

 私もまだまだという訳だな。

 

「ふぅん。軍人さんだから仕方ないけど、大変だねぇ。死んじゃ嫌だよ?」

「ぬぁははは! 私が死ぬなら、その時は人類が絶滅する時かも知れんな」

 私程の男が死ぬというなら、それは余程酷い戦況で無ければありえんしな!

 

「あはは、まあ、誠さんしぶとそうだから大丈夫だよね! ……ホントに、大丈夫だよね?」

 声のトーンを下げて、心配そうに聞く。

 茶化している場合ではなさそうだ。 

 

「……ああ。約束は出来ないが、まあ簡単に死にはしないさ。迷惑でなければ、たまに顔を見せに行くとしよう。今は地下8階の多目的倉庫か?」

「うん。横須賀近郊の臨時避難所になってるからね。今は確か……1万人くらいいるのかなぁ」

 極東本部の地下8階は、嘘のような広大な敷地になっていて、そこが臨時避難所として機能している。

 元々日本にあるEDF基地は、災害などにも機能するよう設計されていて、避難所も兼ねているところが多い。

 極東本部もそんな基地の一つだが、首都圏にあるという事もあり、その規模はケタ違いだ。

 

「一万人か……結構な大所帯だな。生活は不自由していないか?」

「うーん。全然困った事無い訳じゃないけど、物資も豊富だし、地下基地だしすぐそばにEDFが居るから、案外居心地いいよ。地上は焼野原だから、戻るに戻れないしね。友達も何人か生き残ってたし、今は友達のママにお世話になってるよ」

 人差し指を頬に添えながら、避難所の様子を思い出して淡々と語る茉奈。

 しかし、半年前も思っていたがやはり強い子だ。

 両親家族や、知り合いの殆どを亡くした事は想像に難くない。

 それでいて、感情を失ったり冷めている訳でもない。

 暖かい感情のまま、しっかり現実を見据えている。

 

「君は、本当に強いのだな……」

 気づけば、私はそんなことを呟いていた。

 

「えっ、突然どうしたの?」

 しまった、と思ったときには、もう茉奈は私を不思議そうに眺めていた。

 

「いや。そうだな……。以前、火事で家族を失った事があって。その時私は、感情を凍り付かせる事でしか、その事実を受け入れられなかったのだ。だから、君のその柔らかい感情は、凄く強いと思うのだ」

 一回りも年下の少女に何を語っているのか……と思いながら、しかし彼女はしっかりとその言葉を聞いてくれていた。

 

「そっかぁ、誠さんも家族亡くしちゃったんだ。私もね。やっぱり凄くショックだったんだよ? でもなんか、それ以外にもびっくりするような事いっぱいあって。それにね、私がこうしていられるのって、誠さんのお陰、なんだよ?」

「私の?」

 茉奈は、少し顔を赤くして静かに頷いた。

 

「ホントはもっと悲しかったんだけど、頑張ってる誠さんの姿見て、しゃんとしなきゃなぁって思えるようになったんだ。だから、ありがとうございます」

 ぺこり、と茉奈は小さく頭を下げた。

 ベッドから見ている私は一瞬どうしたものかと思ったが、その礼は素直に受け取ろうと思った。

 私もかつて、そう感謝した人が居たからだ。

 

 それからしばらく、茉奈と他愛ない話をした。

 避難所の皆の事とか、分隊の変なヤツの事とか。

 その流れで、なぜか電話やメールアドレスの交換なんかもした。

 

「ところで、EDFって何歳から入れるの?」

 会話が落ち着いたころに、唐突に聞かれた。

 

「む? 受け付けは18からだが……入りたいのか?」

「そうだねぇ。別に仇討ちとかじゃなくてさ。私も誠さんみたいにかっこよく誰かの助けになりたいなぁって」

 本人の前でそんな事言うのはリアクションに困るのだが……意外とそこら辺攻めてくる娘なのはこの数分の会話で把握済みだ。

 

「……そうか。誰かの為になる仕事など、別にEDFでなくとも……なんてことは既に分かっているか」

「お、さすが誠さん。理解が早いね。まぁ、私14歳だし、まだ4年も掛かるんだよねぇ。その頃にはこの世界、平和になってるかな?」

 理解が早いのはお互い様だという事はさておき、4年後か……。

 正直想像も付かん。

 果たしてこの戦争は終わっているのだろうか。

 巨大生物はともかく、未だマザーシップ攻撃の糸口すらつかめない現状では、未知数だ。

 

「さあな。だが、少なくとも私は、君を戦場へ送り出さない世界の為に、命を懸けると誓おう」

「……やっぱり誠さんは、かっこいいな……。じゃあ、また来るから! 次もいっぱいお話しようね!」

 呆けたような表情から気を取り直し、足早に去っていく茉奈。

 

「ああ。連絡、待っているぞ」

 最後にそれだけ言って茉奈を見送った。

 

「脈アリだな」

 隣のベッドに座っていた浦田の声だ。

 どうやら完全に寝たふりだったようだ。

 

「余計な事を言うな。いつから聞いてた?」

「いつからも何も、隣なんだからずっと聞こえてたって。で、どうすんだよ。結構かわいい娘じゃん。あれ絶対お前の事好きだぜ」

 何やら楽しそうにニヤニヤしながら肘でつつく動作をする。

 

「やはりか……。しかしなぁ、相手はまだ14だぞ? 中学生だぞ?」

 しかし、やはりかぁ……。

 本人にその自覚があるのかどうかは分からんが、客観的に見て、そういう事なのだろう。

 まったく、今まで26年間恋だの愛だのと無縁の生活を送ってきたというのに、突然恋に落ちたり好かれたり、忙しい事この上ないな!

 

「14歳だって恋ぐらいするだろ。しかも命を懸けて自分を守ってくれたナイト様だろ? っかー! うらやましいぜ! なんでお前ばっかり!! 顔は俺の方が良いのに!」

「さらっと自己肯定入れてきたな……否定はせんが」

 実際浦田は黙っていればかなりイケメンの部類に入るだろう。

 気軽な付き合いとしてよく出かけたり遊んだりする女友達も多いそうだ。

 

「しかしまあ、私には瀬川がいるし、14歳では残念ながら恋愛対象外だ。諦めて貰う他あるまい」

「ま、そうだろうな。これで茉奈ちゃんを選ぶとか言われたらビビるわ。恋愛は自由だから否定はしねぇけど。それより、葵ちゃんとの仲はどうなったんだよ。付き合うぐらいまでは行ったのか?」

 ちゃっかり彼女の名前まで覚えたらしい。

 そしてまぁ、意外と理解の懐は深いようだ。

 

 そんな浦田は今度は瀬川の話に切り替える。

 その手の話はやっぱり好きらしく、またニヤニヤしながら聞いてくる。 

 

「いや、まだメールと電話番号を交換しただけだ」

「んだよつまんねぇなー。ま、前回あんだけズタボロになってんだからしょうがねぇかー……。で、手ごたえはどんな感じよ」

 

「それが、なかなか本心を見せてくれなくてなぁ。まったく、ツンデレというか何というか……そう、天邪鬼だ! 奴はこちらが思い通りに行かなくて悶々としてる様を見て楽しんでいるのだ! おのれ瀬川!」

「尻に敷かれるタイプかね、こりゃ」

 冗談ではない!

 こちらもそれなりに反撃しているから、力関係は対等の筈だ。

 いや、やはり惚れた弱みに分こちらが不利か?

 

 そんなことを考えていたら、目の前に人が立っていた。

 

「やあ仙崎くん。元気そうだね」

「はっ結城大尉! 病床から失礼します!」

 第88レンジャー中隊指揮官の、結城実大尉だった。

 私と浦田は、ベッドに座りながら敬礼する。

 

「うん。体力回復は重要だ。そのままで聞いてくれ。浦田くんもいっしょに」

「はっ!」

 上官の前という事で、浦田もさっきまでの弛緩し切った顔を引き締める。

 

「本当はレンジャー2全員に纏めて話したいんだけど、余計な体力を使わせたくなくてね。先のスチールレイン作戦終盤における、レイドシップ撃墜の功績を検討して、部隊員全員を一階級昇進させることに大隊長の許可を貰ったよ。唯一、荒瀬軍曹には断られたんだけど。そんなわけで、一週間後に君達二人と妹の桜には、軍曹への昇進試験を受けてもらう事になった。よろしいかい?」

「問題ありません」

「了解しました!」

 昇進か。

 レイドシップを撃墜したことからこんな話は来ると思っていたが、しかし私はまだ軍に復帰したばかりなので、急と言えば急な話である。

 

「いずれは君達それぞれを分隊長にした部隊を編成する予定だけど……、仙崎は軍に復帰したばかりだし、桜は伍長に昇進したばかりだから、すぐってことは無い。ただ、人員が少ない部隊もあるし、戦況が落ち着いてるまに大規模な再編成があるかも知れないから、そのつもりで。質問はあるかな?」

 

「はい。噂は色々流れてますが、具体的な戦況はどんな感じですか?」

 浦田が聞く。

 本人が望んでない事もあって、若干砕けた口調になっている。

 

「ああ、当然気になるよね。余り詳しい話は避けるけど、一言で言うと優勢だよ。君たちがレイドシップ撃墜の糸口をつかんだことで、日本でも、世界各地でも撃墜例が急増している。関東周辺は今は日光辺りまで前線が進んでるし、このままいけばインセクトハイヴ攻略の日は近いと思ってる。ただ……ひとつ気になる話があってね」

 結城大尉は少し声量を下げる。

 余り良い話ではなさそうだ。

 

「まだ非公式だけど、どうやら欧州で新種の巨大生物が現れたらしいんだ」

「新種、ですか……。どのような特徴で?」

 思わず眉をひそめる。

 このまま順調に巨大生物駆逐と思っていたが、そうはいかないのかもしれない。

 

「蜘蛛型で、非常に戦闘能力が高いらしい。まだ情報が錯綜しているらしくて、正確な情報は伝わってこないけど、向こうはだいぶ混乱しているみたいだ」

「厄介ですね……。日本に来る可能性はあるんですか?」

 浦田が聞いた。

 欧州だけで食い止められればいいが、敵には往来可能なレイドシップがある。

 下手をすれば、このまま世界中に拡散しかねない。

 

「さあ、なんとも。だから上は今、出来るうちになりふり構わずインセクトハイヴを攻め落とす強襲派と、再編成を行って時間をかけて堅実に攻略する慎重派で意見が分かれるトコさ。どっちが正しいのか、僕には判断付かないけどね」

 何が正しいかは、結城大尉のもっと上が判断する事だ。

 

「時間をかければ、その新種が日本にも渡来する可能性がある……そういう事ですか」

「かも知れないってレベルの話だろうけど、来たら戦況は悪化するだろうね。おっと、そろそろ行かなくちゃ。じゃあ二人とも、お大事にね」

 一抹の不安を残し、結城大尉は病室を去っていった。

 

 

「新種かぁ~。蜘蛛型とか普通に気持ち悪ぃな」

「まったくだ。虫は苦手か?」

 

「好きじゃねぇな。鈴城軍曹とか実は虫超苦手らしいぜ」

「そうなのか? それはなんとまあ、見かけによらないと言うか」

 彼女なら、虫如き片手で捻り潰しそうだが。

 そんなことを口にしたら、きっと鬼の形相で脚が飛んできそうだが。

 

「ギャップ萌えだよな? 颯爽とオレが虫退治して、惚れ直されるとかねぇかな?」

「無いだろうな。虫ごと回し蹴りでも喰らうのではないか?」

 

「ありそうだな……。新垣を盾要員として持っていくか」

 彼は喜ぶしいいかも知れない。

 そんなくだらない会話をしていたら、目の前に人が立っていた。

 

 というかまたか!?

 

「やあ、探したよ。君が仙崎誠君であっているかい?」

「はい、そうですが……どちら様で?」

 ずぼらな科学者、という印象を受けた。

 

 うわ、という声が出そうになるのをなんとか抑えた。 

 何というかまず、一目見てキャラが濃い。

 

 薄汚れたよれよれの白衣、病室にも関わらず火のついた咥え煙草、垂れ下がった紫色の眼鏡の奥は、死んだような輝きの無い瞳と落ち窪んだ隈がある。

 猫背だが身長は高く、髪も長いが手入れはしていないらしくぼさぼさだ。

 しかし臭くは無い、最低限の清潔は保っているようだ。

 

 と、容姿の説明だけでこんなに使ってしまうほどの見た目に、私は警戒心を強めた。

 そして危機を察知したのか浦田に至っては寝たふりを決め込んでしまった。

 

「えぇとワタシは……面倒だから、これを見てくれたまえ」

 説明を早々にブン投げ、名刺を渡してきた。

 

 EDF先進技術開発研究部第一室室長 茨城尚美技術少佐。

 

「しょ、少佐殿でありましたか! これは失礼!」

 急いで敬礼をする。

 開発部のトップではないか!?

 超技術の兵器……我々が使っているアーマースーツや先の戦いの決め手となったゴリアスS改などを開発しているEDFの生命線のひとつ!

 世界でもトップクラスの技術を使う部署、そのトップ!

 

 そんな超重要人物がなぜ私に!? 

 

「いいよそういうの。ワタシは技術少佐。兵士でも将校でもないから、オマケの権限みたいなもんさね。で、そんな面倒臭がりで多忙なワタシがココへ来た理由、分かる?」

 皆目見当が付かない……訳ではないが、相手の真意が読めない。

 ここは先に流れを見ておこう。

 

「さあ。なんでしょう」

 とぼける事にした。

 接点と言えば撃墜したレイドシップの残骸が開発部で研究されている事と、私がその時使ったゴリアスS改くらいだろうか。

 

「いやね、キミのお陰で研究がはかどっているから、一言礼でもと思ってね。アレを撃墜したの、キミだろう?」

「作戦立案は荒瀬軍曹ですが……。まあ確かに、最後の一手は私が」

 あの混沌とした状況でシップを撃墜出来たのは凄いと言えば凄いが、撃墜出来たのは荒瀬軍曹の作戦があったからだ。

 あの作戦が無ければ、あそこまでの状況を作る出すことは叶わなかっただろう。

 

「その荒瀬ってのにもさっき会ったよ。キミと同じだ」

「私と同じ……?」

 

「物事を成し遂げようとする強い意志を感じる。英雄の眼さ」

「英雄……?」

 さっきから彼女は何を言っているのか……。

 くつくつと笑いながら茨城博士は話す。 

 

「くくっ、凡人に興味は無いけど、キミは違うようだ。研究の片手間の楽しみとして、キミの活躍に期待しているよ」

 そう言い残して、茨城博士は去っていった。

 

「……なんかヤバめのねえさんだったな」

 しれっと寝たふりを止めて私に話しかけてくる。

 

「ふっ、英雄、英雄か……どうなのだろうな……」

「まあシップ撃墜を期に戦況が変わったのは事実だし、十分英雄だろお前は。ちょっと癪だけどな」

 

「それは結果的にはそうなのだろうが。勝手に持ち上げられても些か困るな。しかしあんなのが開発部のトップなのか……」

 やはり、馬鹿と天才は紙一重、という奴なのだろうか。

 まあ、そんな天才のやる気に貢献したと思えば、これはこれでいいのだろうか。

 

 そんな訪問者を捌ききった一日を終え、私は次の日から晴れて原隊復帰となった。

 

 




正直いらない回かも知れないけど、なんとなくキャラ掛け合わせるだけでも書いてて楽しいのです



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第二十一話 転換期

11/30 EDF海軍の軍艦を米海軍のライセンス生産という形にして、数も減らしました。
理由は、いくら何でも11隻も新規設計の空母つくるのは無理なのでは?というのと、ちょっとは現代兵器も出してあげたいという事と、単純に名前考えんのめんどいという事です(おい



――前話より一日前 2月2日 イギリス王国 オックスフォード郊外――

 

『こちら第一機械化歩兵中隊! 巨大生物をエリアCまで追い込んだ! あとはそちらの仕事だ! 頼むぞフォボス!』

『EDF第22航空隊了解。空爆を開始する』

『第7降下翼兵団総員! フォボスの空爆終了のタイミングで突撃して転送船直下を確保する! 用意は良いな!?』

『中隊各車! 我々はエリアBを駆逐する! 知能の無い蟲共に、米軍戦車流アウトレンジ戦法の偉大さを叩き込め!』

『CPより第15歩兵師団! 向こうはEDFに任せてエリアEの制圧に向かえ! 米軍(ヤンキー)共に後れを取るなよ!?』

 

 EDF欧州方面軍とイギリス陸軍、そしてアメリカ欧州派遣軍の三軍は、ここ数日で何隻かのレイドシップを撃墜し、戦線を前へ進めていた。

 この戦いも、占領されたロンドン奪還へのほんの一幕でしかない――はずだった。

 

「くそ野郎! 堕ちろッ!!」

 4人のフェンサーが頭上に向けて放ったガリオン軽量機関砲の連撃で、レイドシップは炎を吹き上げ、投下中の巨大生物を巻き込んで空中で激しく爆発した。

 

「船が落ちるぞ! 離脱!」

 フェンサー隊長が叫び、ウイングダイバー隊長が反応する。

 

「了解ッ! 集合地点まで跳躍する!!」

 直下で戦闘していたウイングダイバーとフェンサーはブーストを使って一気に跳躍し、レイドシップの墜落と巨大生物の包囲から脱出した。

 尤も空中を飛ぶ間は酸が集中するが、そこはタイミングを合わせてフェンサーがウイングダイバーの盾となった。

 

「小隊、損害報告!」

 フェンサー小隊の隊長が短く発す。

 帰ってきた返答は2名が装甲一部融解、1名が装甲融解により重傷だった。

 レイドシップ撃墜のリスクは、EDF極東方面軍の戦術によって大幅に下がったが、それでもやはり多くの負傷者を出す過酷な任務に違いは無かった。

 

「リーガル1。そっちの状況は?」

 共同戦闘をしたウイングダイバーの隊長が声を掛ける。

 

「一人後方送りだ! そっちは?」

「こちらも1人撤退させた。二撃目は行けそうか?」

 

「厳しいだろうが、やるしかない」

「ああ。任務だからな」

 互いが納得し、補給の後もう一隻を撃墜する確認をしていたら、突然の声に二人とも動きを止めた。

 

 

――side:とあるイギリス陸軍歩兵――

 

 

 それを一番最初に発見して声を上げたのは、多分俺だったと思う。

 

「おい、見ろ! あれは」

 そんな声を上げた。

 レイドシップから降下してきたそれは、今までの蟻型巨大生物とは違う形をしていた。

 具体的に言うと、蜘蛛型だった。

 

「新種の巨大生物…」

 ぞっとした声で隣の仲間も呟く。

 ハエトリグモ、という小さな蜘蛛に外見が似ている。

 地球産の方は人懐っこく「かわいい」というモノ好きも多数いるようだが、この大きさで見ると色々シャレにならない。

 目は血で濁ったような赤く大きな眼が四つ。

 全身は体毛で覆われていた。

 

 その蜘蛛型は、縦に跳躍しながらこちらへ向かってきていた。

 

「なんて不気味な……! クソッ! とにかく撃て!!」

「了解ッ!」

 分隊長の号令で、俺達は引き金を引いた。

 だが、蟻型の群れに混ざって来るそいつらは、跳躍で弾丸を躱しながら迫る。

 そして、その尻から、酸ではなく糸を発射した。

 

「うっ!?」

 広い範囲に放たれたそれを、俺は避ける事が出来ず喰らってしまった。

 

「なんだこれは!? 糸? 糸が、糸が取れない!!」

 極太の糸……いや、もはや縄かワイヤーに近いそれに、俺は絡めとられていた。

 物凄い粘着力で、もがけばもがく程に絡みつく……。

 

「待ってろ! 今ナイフでとってやる……! 腕で払うな! 余計絡みつくぞ!」

 分隊長が周囲の巨大生物を撃破しながら、ナイフで糸を切ろうとしたが、糸には強力な酸が含まれているらしく、そのナイフでは上手く切れないようだった。

 ついでに俺のアーマーも溶け始めている!

 腕で払うなという忠告を無視して、無意識に暴れだす。

 

「動きが取れない! 助けて……隊長! 死にたくない!」

 蜘蛛型は糸を手繰り寄せ、その凶悪な口に引きずり込もうとしていた。

 

「うわあぁぁ引きずられる!! このままじゃ喰われる! 喰われ――ぎゃああぁぁ!!」

 強い力で手繰り寄せられ、俺はあっという間に奴の口に辿り着いて……そして、足元から齧り切られる感触と共に筆舌に尽くしがたい程の痛みを味わった。

 

「クソォォ!! 仲間を放しやがれ! 化け物め!!」

「離せ! 離せ、離せぇー!」

「うわ! しまった! 取れない! うわあああああ!!」

「隊長が掴まったぞ! うわ! こっちにも糸が!?」

「駄目だ! 撤退だ、撤退しろォォ!!」

「気を付けろ! そこら中に糸が飛んでくる! うわあぁぁぁ!」

 

 そんな仲間の悲鳴を聞きながら、俺は最早痛みを感じなくなった感覚を手放し、世界は真っ暗になった。

 

――――

 

 蜘蛛型巨大生物の出現によって、戦場はパニックの様相になっていた。

 既に全部隊に撤退命令が出されたが、粘着性の酸を含んだ糸は撤退行動にも大きな影響を与えた。

 

「おい! 早く車を出せ! 何してる!?」

「駄目だ! これ以上動かない! 車輪に糸が絡みついて――後ろに居るぞ! 撃て!」

「しまった糸が! ひぃぃぃ、喰われる!? ぎゃあぁぁぁ!!」

 

 歩兵の乗る車輛は糸の影響をもろに受け、大半は使い物にならなくなった。

 そして殿を期待されたフェンサーとウイングダイバーの特殊兵科も。

 

「オーロラ3! 米軍戦車隊と共に歩兵撤退の時間を稼ぐぞ! 空中ならあの糸は躱せそうか!?」

「分からない! だがやってみるさ! 喰らえ!!」

 ウイングダイバーのオーロラ3小隊の3人は、サンダーボウと呼ばれる電撃を放つショットガンのようなものを空中からばら撒く。

 

 蜘蛛型は見たところ蟻型のような甲殻には覆われていないらしく、効果は十分にあった。

 フェンサーのリーガル小隊もガリオン軽量機関砲で攻撃していく。

 

「盾を活用しろ! 盾に糸が当たっても、それで一回は防げるはずだ!」

 リーガル1隊長はそう命令するが、

 

「なんてジャンプ力だ! 狙いが付かない!」

「後ろだ! 後ろに居るぞ!! ぐああああ!!」

 一瞬で背後に付かれた部下が、至近距離から糸を喰らって体が融解した。

 どうやら糸の発射本数が多い事から、それ自体が脅威となる程の酸を含んでいるらしい。

 

「ちっ! このままでは囲まれる! 移動するぞ! っ! くっそぉ! 糸にやられた!」

 ついにリーガル1指揮官も掴まった。

 だがフェンサーのパワードスケルトンを無理やり動かせが、何とか脱出することは出来た。

 しかし、蟻型よりも強力な酸を含んでいるらしく、三重の防酸加工を施した装甲がいとも簡単に崩れ落ちる。

 

「なんて強力な酸だ……その上射程も長い! 『オーロラ3! そっちはどうだ!?』」

 無線と同時に右を見て様子を確認したが、空中で周囲から糸の集中放射を受けていた。

 

『駄目だ! 糸で飛行が上手く行かない……速度が出なくて――きゃあぁぁぁぁ!!』

 そのままオーロラ3指揮官は地面に叩き落された。

 待っているのは周囲を囲む蜘蛛型に食い荒らされる結果のみだ。

 

 そしてリーガル1自身も、周囲全てから飛んでくる酸と糸によって、最早逃げ場は無かった。

 

「くそ、動けるが、糸が絡みついて高速での離脱は難しい……! ここまでかよ……ぐああぁぁぁ!!」

 

 そして、ついに至近に接近された蜘蛛型に大量の糸を喰らい、リーガル1も全滅した。

 

 この新種の巨大生物によって、オックスフォードの部隊は甚大な被害を受けた。

 それだけでなく、イギリスの他の戦線や、欧州大陸方面にもこの巨大生物は現れた。

 

 やがて、地球に居る二種類の巨大生物を区別するという意味で、EDFは蟻型を侵略生物α、蜘蛛型を侵略生物βと呼称するようになった。

 

 そして、遠く離れたアメリカでは、新たなる絶望が始まっていた。

 

 

――侵略生物β出現から3日後 2月5日 アメリカ合衆国旧フィラデルフィア廃墟――

 

 

『アーチャー1より本部! 敵の……いえ、識別不明の歩行機体を発見! 地球の物ではありません!』

『なんだあれは……。あれもフォーリナーだっていうのか……?』

 EDF陸軍第57攻撃ヘリ中隊の指揮官機が発見したのは、四足歩行型の機体だった。

 

 全長は10m程。

 四本の細長い脚部に、円盤状の本体が付いていて、その上部には昆虫の触覚を思わせるものが四本延びていた。

 

 それが合計12機。

 レイドシップとは違う新型の機体から、投下されたのだ。

 巨大生物への迎撃戦の最中に起こった異常事態に、現場と司令部は混乱していた。

 

 今までの敵――フォーリナーの主戦力は巨大生物だけだった。

 ただ、直接攻撃は無いものの、レイドシップや停止しているマザーシップは明らかに生物ではない。

 ならば、機械系の敵の存在も当然あり得る話だ。

 

《本部より全部隊へ! 投下された所属不明機をフォーリナー兵器と定義する! 攻撃せよ! 繰り返す、攻撃せよ!》

『アーチャー1了解! 全機攻撃開始! 対戦車ミサイルを放て!!』

『隊長! 陸戦兵器の上部触覚が光っています!』

『なに!?』

 対戦車ミサイルは放たれ、それは陸戦兵器にまっすぐ進む。

 しかし、それより早く、敵陸戦兵器の触覚から青白い粒子弾が放たれ、

 

『回避を――うわあぁぁぁぁ!!』

 

 粒子弾は攻撃ヘリ部隊のバゼラートを全て撃墜した。

 その直後、対戦車ミサイルが陸戦兵器に着弾し、集中攻撃によって一機がバランスを崩し、そのまま爆発した。

 

「あの触覚みてぇなのは粒子砲なのか! クソ!」

「まずい! 米軍戦車が攻撃を受けてる! あのアイツを何とかしないと、次は俺達だ!」

「空軍に120mm砲の狙撃を要請した! 俺達は巨大生物を叩く! 付いて来い!」

「イエッサー! おい! こっちに撃ってくる!! ぐああぁぁぁ!!」

 

 巨大生物との混戦に、敵兵器の粒子砲弾による砲撃を受け、地上部隊は予想以上の損害を被った。

 

『こちらDE-202ホエール。これより対地狙撃を……なんだ!? 対象が光って――ぐあぁ! どうした!?』

『右主翼に被弾! 機体の大半がふっ飛んだ!!』

『まさか、レーザー攻撃――』

 

 次の瞬間、ホエールは多数の陸戦兵器からの集中照射を喰らい、空中で爆散した。

 これを機に、北米戦線の戦況は悪化の一途を辿り、これから一週間後には、米政府はニューヨークを放棄して撤退した。

 後にEDFによってこの敵陸戦兵器は、多脚歩行戦車ダロガと名付けられた。

 

 

――ダロガ出現翌日 2月6日 太平洋上 マザーシップ近海 EDF太平洋艦隊 哨戒艇――

 

 

 EDF太平洋艦隊の哨戒艇は、この日も連日通りマザーシップの監視に赴いていた。

 マザーシップは、開戦後カリブ海決戦から太平洋日本近海に移動し、以後一切の動きを見せていなかった。

 

『こちらブルーマリン三号、定時連絡を送る。14時現在マザーシップに異常なし』

『了解。監視を続行せよ』

 若い水兵は、無線を切るとだらしなく机に突っ伏した。

 

「ねぇ~、航海長。この任務、いつまで続けんすか? 来る日も来る日もなーんの変化のないミラーボール見て回るだけの任務なんてうんざりっすよ」

 

 かつて人類に途方もない打撃を与えた恐るべき存在は、今や若い水兵たちの間でミラーボールと比喩される程になってしまった。

 もちろん水兵たちも、あの恐怖を忘れたわけではないだろうが、実際に体験したわけではないし、この任務が余りにも退屈だというのも事実だった。

 

「減らず口を叩くな一等兵。退屈なのは否定しないが、それでもこの任務は重要だ」

「無人機でいいじゃないですか~」

 

「駄目だ。映像越しでは見えない変化があるかも知れんし、変化を変化と捉えて真っ先に報告できるのは人間だけだ。それが最も確実であるなら、犠牲が生まれようとそうするのが軍であり、EDFだ」

 

「まぁそうですけどね~。でも犠牲って、そりゃ最初は決死の覚悟でしたけど、今更俺達に反応したりしませんって。常識で考えてくださいよ」

 

 確かに、自分に近寄るものを敵として見なしたり、哨戒艇を脅威と判断するなら、真っ先に攻撃されてもいいはずだ。

 しかし、もう半年以上続けているこの偵察行動にマザーシップはなんの反応も見せない。

 相変わらず周囲の赤いラインの光は脈打つように点滅しているから、機能が停止したとは考えられない。

 

「それは違うな。この場合は、常識で考えるな、だ。相手は何処とも知れない宇宙から来た侵略者だぞ? 今この場で急にジェノサイドキャノンをぶっ放したってなんら不思議はない。他の武装があるかも分らんしな。とにかく、同じ人類で戦争してきた過去と違って、今回の相手は本気で何考えてるのか分からんのだ。そりゃこうやって原始的な監視の仕方をせざるを得ないってもんさ」

 

「まあ、そういうもんですか。りょーかい。引き続き監視に当たりまーすっと」

 そんな緊張感の無い様子で、若い水兵は甲板へ向かった。

 

「まったく……気が抜けきっているが、まあ無理もないか」

 休憩中だった航海長も、ため息をつく。

 確かに余り誉められた状況じゃないが、しかしこうして何もないまま常に気を張るという事も人間の構造上難しい事だ。

 それに、いざとなれば迅速に動ける信頼のある兵を集めている。

 表面上多少砕けるのは見逃すのもいいだろう。

 

《緊急招集。緊急招集。艦橋要員は直ちに艦橋へ集合せよ》

 

 突如、艦内放送が鳴り響いた。

 

「くそ、何が起こったんだ!?」

 航海長は艦橋へ駆け出した。

 

――哨戒艇ブルーマリン三号 艦橋――

 

「――以上が、EDF総司令部より発信された情報だ」

 艦長の言葉が途切れる。

 内容は、昨日アメリカ・フィラデルフィア戦線が陥落したとの情報だった。

 その原因は、未確認の敵新型歩行戦車による攻撃。

 

「敵の能力に関して詳細は報告されていないが、短時間でフィラデルフィアが落とされている事から生半可な敵ではないだろう。そして、皆も知っての通り四日前にはイギリスで新種の巨大生物β型が発生している。敵に知能があるとするなら、戦略の転換が行われたのは明らかだ。つまり、マザーシップにも何らかの変化が訪れる可能性は非常に高い。その事を踏まえ、監視体制を強化し――」

 

 艦長の言葉を遮って、警報がけたたましく鳴り響いた。

 マザーシップの変化を知らせる警報だ。

 

「なんというタイミングだ!! 状況は!?」

 

――ブルーマリン三号 甲板――

 

 若い水兵は双眼鏡を見ながら、艦橋へ緊急通信していた。

 

「マザーシップに変化あり! マザーシップに変化あり! 下部小型ハッチを開き、そこから艦載機を発進させています! 艦載機はこちらへ接近! 総数100以上!! 迎撃の用意を!!」

『なんだと!? くそ、砲術長、対空戦闘用意!! 他の変化は!?』

「ありません! ですが艦載機の総数は増え続けています! 我々だけでの対処は不可能と判断します!」

 

 マザーシップは下部小型ハッチ四か所から、今も次々と艦載機を発進させていた。

 その艦載機を、双眼鏡で確認する。

 

 色はマザーシップと同じ白銀。

 翼と尾を丸めた猛禽のような独特の形をしていて、中央機首の部分には赤く光る部分が二つ。

 それがまるで眼のように見え、血に飢えているかのような錯覚を覚える。

 

「こいつら……俺達を殺る気だ!!」

 無線が繋がっているのも忘れ、そうつぶやく。

 事実、敵艦載機は獲物を見つけた猛禽のように、こちらへ一直線に向かってくる。

 

 そして、機体中央下部の辺りから、赤色に見える一本のレーザーを発射した。

 レーザーは若い水兵の近くの甲板に当たり、一瞬で甲板を融解する。

 高温で蒸発した甲板はプラズマ化し、化学反応によって大きく爆発した。

 

「ぐあああ!! 攻撃……された……!?」

 

――EDF太平洋艦隊 第三戦隊 アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦――

 

「ブルーマリン三号が攻撃を受けました! レーザー照射です!」

「CIC(戦闘指揮所)より艦橋(ブリッジ)! 敵機捕捉、攻撃準備完了!」

「うむ! 撃ち方始めッ!」

「対空エメロードC開け! 撃ち方始め!」

 

 イージス艦に備え付けられた対空用ミサイル・エメロードCが一斉に火を噴く。

 歩兵用の対空誘導兵器としても活躍するエメロードシリーズだが、艦載用のC型は射程と速度を強化している。

 そのエメロードCがイージスシステムによって一斉にロックされた敵艦載機に向かって白い尾を引いていき、やがて直撃した機体は爆散した。

 

「よし! レイドシップのように無敵の装甲は無いようだ! とにかく撃ちまくれ!」

「敵機が迫っています!」

「CIWS起動! 敵を寄せ付けるな!」 

 

 接近した機体を自動的にロックし、艦の近接防御システムCIWSが起動する。

 独立したレーダーと一体化した六連ガトリング砲台が恐ろしい連射速度で弾丸を発射し、近づく敵機を銃撃する。

 敵の艦載機は回避行動もとらず銃弾に襲われるが、弾丸に当たった反動を利用して射線を反らして回避する。

 その間に五機、十機と周囲に集まり、ついに複数のレーザー照射に襲われる。

 

「ぐッ!! 損害は!?」

 艦橋に揺れが走る。

 

「艦首速射砲大破! 第二倉庫融解、火災発生!」

「第二ブロックから浸水発生! 隔壁閉鎖!」

「敵機の攻撃収まりません!! CIWS三基停止! エメロード発射管二基停止!」

「艦長! 敵の攻撃が激しすぎます! CICへ移動を!」

「いや、最早それどころではない! 総員脱出のしろ! 今に艦が沈むぞ!!」

「機関部にレーザー照射! 火災発生! 自動消火装置機能せず!」

「レーダーマスト崩壊! うわッ!! まずい! 第一ブロックに浸水! 隔壁作動しません!!」

「この艦はもう駄目だ! 火薬庫に注水急げ!! うわああぁぁ!」

 

 接敵から、ものの五分程度だっただろうか。

 アーレイバーグ級は、十を超えるレーザー照射に襲われ、火薬庫の注水も間に合わずあっという間に爆沈した。

 

――EDF太平洋艦隊 第三戦隊 ニミッツ級原子力空母所属 第一航空攻撃隊”ビショップ1”――

 

「ちくしょう! 間に合わなかったか!!」

 ニミッツ級原子力空母のEDF製艦載機EJ-24C”シリウス”のパイロットが、遠く見える複数のアーレイバーク級が爆沈する姿を見て唇を噛む。

 

『ビショップリード! 他のイージス艦も襲われています!』

 敵の艦載機は、イージス艦や哨戒艇が沈むと一気にその場所から散り、別の艦を襲い始めた。

 その姿は、まるで腐肉に群がるハエのようだ。

 例えとしては最悪だが、こんな最悪が現実になっている事にビショップリードは吐き気がしていた。

 

 そして、まるで無限のようにまだマザーシップからは艦載機が発進していく。

 その数優に1000は越えただろう。

 

 艦隊司令部からは既に撤退が指示されているが、どのイージス艦も既に半壊状態で、沈むのは明白だった。

 

『04よりリード! この数に突っ込むなんて無茶です! 死にに行くようなもんだ!!』

「リードより04! 今まで出番が無かった分張り切るんじゃなかったのか?」

 

『状況が違いすぎますよ! やつら艦の装甲も容易く溶かしやがる! シリウスなんぜ一瞬で蒸発するぞ!』  

「それでもやらねばならん! やらなければ、後方の本隊もやられ、その次は本土だ! ここで殲滅するとは流石に言えないが、少しでも時間稼ぎをしなければならんのだ! 地球の為に命を捨てろ! それが、我らEDFだ!!」

 

『くっそォォォ!! やってやる……やってやるよォォォ!!』

「その意気だ!! 全機散開!! 兵器使用、自由!!」

 

 ビショップ隊の他に、ニミッツ級から発進したEJ-24Cシリウス60機が一斉に散開する。

 そこに、接近する機体を察知した敵艦載機はレーザーを集中照射して数機が爆散する。

 

 レーザーの照射は短時間だが高出力で、装甲の薄いシリウスではかすっただけで翼が

変形するほどの威力を発揮していた。

 

「喰らえ!! ビショップ1FOX3ッ!!」

 

 敵機をロックオンし、空対空ミサイルを放つ。

 敵機は直進したかと思えば減速なしで急に方向転換し、ミサイルを躱すと同時に視界外に消え去った。

 

「ち! なんてデタラメな機動だ! 『リードから各機! 敵は機動力が高い! 深追いせず見つけた端から攻撃しろ!』」 

 

 だが、その無線を発した頃には既に四分の一が撃墜されていた。

 ビショップ1の元へも何度かレーザーが飛んできたが、こちらも衝突の危険を無視してデタラメな機動を取ったため、偶然にも掠める程度にとどめて居た。

 シリウスの空中機動力や旋回性能の高さが生んだ奇跡だった。

 

「ッ!! そこだッ!! FOX3ッ!!」

 

 攻撃の符丁と共にミサイルを放つ。

 レーザーを照射していた敵機に命中し、敵は空中で爆散した。

 

「そうか! こいつらは――」

 レーザー照射中は機動を停止して空中に止まる。

 それを発見した直後、ビショップ1はレーザーの直撃で蒸発した。

 

 

――海上の戦闘から三時間後 神奈川県茅ケ崎市 津川浦町 県道136号線―― 

 

 

 日が沈み始めていた。

 綺麗な夕焼けを汚すように太平洋から迫るのは、総数一千機を超える機械の猛禽。

 暫定的に無人機やガンシップなどと呼ばれるようになったそれを迎え撃つのは、今まで出番の無かった空軍のEJ-24Aレイヴンを含む560機の戦闘機群。

 そしてEDF陸軍対空車輛群、砲兵隊の対空砲。

 同じく陸上自衛隊の高射特科連隊の高射砲。

 その他レーダー車輛など複数が海岸で待ち構えていた。

 

 EDF対空車輛群のネグリング自走ロケット砲が動き出す。

 そして今、放たれた対空誘導ミサイルの白煙を開戦の狼煙に見立てて、両軍の砲火が交差した。

 

 




機械系やっと出番だ!
そして主人公は出番ありませんでした!

周囲の状況を表そうとするとどうしてもこういう回がでますねぇ。
ちなみに今仙崎は部隊に復帰し、巨大生物の迎撃戦しつつ昇進試験を待ってます。
フツーに戦闘してるだけなのでカット。
そんな事より世界のいろいろなトコがやばい事になってます。

しかしこんな回だからこそ難しい。
もっと米軍っぽいしゃべり方とかスラングって無いか?
ダロガの攻撃レーザーって言いたくなるけどレーザーは光速だから粒子砲って事でいいのか?
EDF艦の名前思いつかねぇぇ!もうテキトーでいいや!
海軍の戦闘の仕方ってこんな感じでいいのか!?わからん!

などなど……。
なんか参考になる戦争映画でも見ましょうかねぇ?

あ、ちなみに、ダロガの対空攻撃(ダロガミサイル)がレーザーになってホエールが撃墜されているのは、ちょっとしたマブラヴの敵光線級BETAのオマージュ?です。
まあ本家程凶悪な性能ではないので、あしからず……。

では用語解説!!

▼ニミッツ級原子力空母
 EDF海軍の正規空母。
 アメリカ海軍のニミッツ級をライセンス生産し、EDF独自の改良を加えている。
 当時は他の装備と同様に、未知のフォーリナー勢力への軍事力としてEDFの新規設計の予定だった。
 しかし戦車や戦闘機などの他の装備と違い、余りにもコストと時間がかかり過ぎて数を用意するのが困難な為、新造艦と併用してライセンス生産という形に落ち着いた。
 その為外見はニミッツ級空母だが、中身は別物。
 艦載機はEJ-24C”シリウス”など60機以上を搭載可能。
 EDF海軍はアメリカに次ぐ空母保有数を誇り、その数は9隻。
 アメリカ海軍は13隻保有している。
 そのうち極東方面海軍は太平洋を活動範囲に入れているため三隻保有している。

▼アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦
 EDF海軍のミサイル駆逐艦。
 こちらも空母同様アメリカ軍のライセンス生産によって建造されている。
 当然エメロードCを始めとする武装や内部は別物。
 米海軍のアーレイ・バーク級に比べ、対空・対艦戦闘能力に優れ、逆にミサイル防衛・対潜能力は低下している。
 これはEDF海軍が宇宙からの侵略を前提としているからである。

▼EJ-24C”シリウス”
 EDF海軍の艦載機。
 EJ-24Aレイヴンを可変翼式に換装した小型な汎用戦闘機。
 小型なのを生かした高機動、高旋回力を誇る機体だが、同世代の機体と比較して少々撃たれ弱い。
 
▼対空ミサイル・エメロードC
 EDF海軍の汎用艦対空ミサイル。
 他に陸軍用の設置型地対空ミサイルのA型、携行用対空ミサイルのB型がある。
 (エメロード汎用性高くて好きなんですよね。という訳で活躍するのは作者の趣味です)

▼EJ-24A”レイヴン”
 EDF空軍の保有する主力戦闘機。
 対人類戦を意識しない作りで、現代の戦闘機では珍しくステルス機能は無い。
 但し、製造ラインに余裕を持たせているので状況に合わせて直ぐに変更する事が可能。
 ステルス機能が無い分、同世代戦闘機より安価でより高性能。
 (EDF3のほんの一部に登場するEDFの戦闘機。なぜ一部なのか?それは一瞬で空軍が壊滅したからです。この世界ではもう少し頑張ってもらいますよ)


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第二十二話 津川浦防空戦

うわああ月四回更新間に合わなかった!!
後書き書いてる間に日付過ぎやがった!

いやぁ書いてると時間過ぎるの早い……。

そして今回も主人公は出番なし!


――2023年2月6日 イギリス王国ノーザンプトン郊外――

 

 戦場となっていたノーザンプトン郊外の田畑。

 現在はEDF欧州方面軍とイギリス王国陸軍によってなんとか巨大生物の迎撃に成功し、小康状態だ。

 兵士の遺体と巨大生物の死骸、それに戦車や装甲車の残骸など、ここが凄惨な戦場であったことを示す物が散乱している。

 

 そんな荒廃した空気に、一人の老年の声が響く。

 

「おお、おおお! これは凄い、なんということだ! 見たまえ砂原君!!」

 巨大生物の体液に濡れたアーマースーツを身に纏い、腕に糸を絡ませて騒いでいた。

 

「ちょ、なにやってるんですか小原博士!!」

「ふむ。見たまえ。非常に粘着性・伸縮性に優れた素材だ。地球産の蜘蛛と同じ強度か……あるいはそれ以上に――」

 

「分析は後にしてください! 腕が溶けたらどうするんですか! まったくもう……今日は死骸のサンプルを取りに来ただけでしょう!」

 助手である青年の砂原は、小原博士への愚痴をこぼしながら、小型のレーザーカッターで巨大生物β型が吐き出した糸を焼き切る。

 

「そうだったな。……しかし、蟻型にとどまらず蜘蛛型までも地球の昆虫にそっくりなのは何故だ……やはり巨大生物は、フォーリナー文明の原生生物ではなく地球を参考に作られた生物兵器……? しかし、数ある生物の中から何故蟻と蜘蛛を……? フォーリナーが遥か昔からこの星を知っていたのは間違いない。その時偶然にこの昆虫をサンプルに持ち帰ったのか? いや、そもそも――」

「博士ぇぇ~! そういうのは帰ってからやりましょうって! いつまでもブツブツ言ってると所長に怒られますよ~?」

 

 ブツブツと思考に沈む小原博士を砂原は無理やり現実に引っ張り出す。

 

「おお、すまない。ではこのβ型を研究所まで……む?」

 その時、小原博士の携帯電話が鳴った。

 

「もしもし? 小原ですが」

『もしもし。国立生物化学研究センターの小原俊夫博士で間違いないか?』

 

「そうだが。そちらは……」

『失礼。私はEDF先進技術研究開発部部長の、高杉達朗技術中佐だ』

 

「おお、先進技術研究開発部というと、あの茨城博士のとこの」

『知っているなら話は早い。大至急日本へ、開発部へ来てくれ』

 その声色から、小原は只ならぬ何かを感じた。

 

「……何があった?」

『詳しくは現地で話す。だがインセクトハイヴの巨大生物に異変が起きている。巨大生物の生態解明に、貴方の力が欲しい』

 この様子だと、話はβ型の出現以上の何かがあったと思われる。

 そう感じた小原は、ここでもっとβ型を研究するか悩むことなく、その話に応じた。

 

「分かった。すぐ日本へ帰ろう。開発部の施設を使わせてくれるなら、私としても嬉しい事だ」

 こうして生物学の権威、小原博士は、一時的にEDF開発部の元へ下った。

 

 

――2023年2月6日夕刻 神奈川県茅ケ崎市 津川浦町海岸――

 

 

「射撃指揮所より全任務群、射撃開始! 射撃開始!」

 EDF陸軍第二軍団対空砲兵任務群――55輛のネグリング自走ロケット砲が誘導ミサイルを一斉に発射する。

 発射時の火炎と衝撃が一斉にばら撒かれ、夕焼けの照らす大地が更に赤くなる。

 そこから白い尾を引いて向かう先は、空を覆うような数の白銀の敵兵器、通称ガンシップ。

 

 次の瞬間、ミサイルが一斉に着弾し、空が爆炎に染まる。

 その後尚もミサイルは続けて放たれ、追い打ちのように次々とガンシップを破壊していく。

 

 一見優勢、しかし数が圧倒的に多い。

 爆炎を更に抜け、大量のガンシップが地上の対空兵器に迫る。

 

 それを陸上自衛隊の18式自走高射機関砲や、EDFのアンモナイト自走対空砲が迎え撃つ。

 

『エアブレイドより地上の対空砲。頼むからこっちは撃たないでくれよ? 俺達ぁ決死の覚悟だが、味方に撃たれんのだけは御免だからな! オーヴァー!』

『こちら対空射撃指揮所! グリッドBには近づかないでくれ! この近接信管は味方機には反応しないが、くれぐれも注意する! オーヴァー!』

『頼むぜ! アウト!』

 

 対空砲での迎撃エリア外を、EDFの戦闘機、EJ-24戦闘機、レイヴンが空対空戦闘を開始する。

 先手はレイヴンだ。

 レイヴンの発射した空対空ミサイルがガンシップに追いつき、爆発する。

 だがそれを予測不能な機動で回避するガンシップも当然いる。

 ガンシップはレイヴンに接近し、機首下部より発射するレーザーでレイヴンを撃破する。

 レイヴン隊はその不可思議な機動に付いて行けず、一撃必殺のレーザー照射に次々と撃墜されていく。

 

『各機距離を取れ! 敵ガンシップのレーザー照射の射程は長くない! 遠距離攻撃ならこちらに分があるはずだ!』

『ですが隊長! こいつらなかなか引き剥がせない! こっちの機動力じゃ――クソ、くたばれ!!』

 一機のレイヴンが突然目の前に躍り出たガンシップに機首機関砲を浴びせる。

 

『一機撃破! これで――うわあぁぁ!』 

 だが直後に下からレーザー照射を喰らって爆発してしまう。

 

 ガンシップの耐久度は低く、機関砲でも上手く当てれば仕留められる。

 だが、相手の予測困難な機動力と攻撃力、そして物量に押され、戦闘機隊は数を減らしていった。

 

 その頃、津川浦海岸でも地獄が始まっていた。

 対空ミサイル、対空砲、そして空対空戦で数を減らしたガンシップだが、それを突破して地上に接近して攻撃が始まっていた。

 

 地上に接近した敵ガンシップがレーザーを照射し、アンモナイト自走式対空砲が爆散し、操縦士と近くに居た兵士爆風で投げ出される。

 その操縦士を狙い、再び空中で静止し、レーザーを放つガンシップ。

 レーザーは操縦士を焼き切り、地面に当たって爆発する。

 が、護衛として残っていた陸戦歩兵(レンジャー)が携行式多目的ミサイルランチャー、エメロードBを放ち、一撃で撃破する。

 

「梶川大尉! 生きてやすかィ?」

 部下が駆け寄る。

 

「ふっ飛ばされただけだ。それより連中、攻撃中は空中で静止するみてェだ。そこを狙えばコイツでも撃ち落とせる。空の敵だろォとやる事ァ変わらねェ! EDF歩兵隊の名に懸けて、殺せェェ!!」

「うおおおォォォ!! EDF!! EDF!!」

 

 この地へ護衛任務で来ていた第26フラウンダー中隊は、指揮官の梶川と共に雄叫びを上げて奮闘した。

 梶川大尉は、7月11日フォーリナー襲来時に巨大生物によって片足を失っていたが、疑似生体組織の移植手術が成功し、数日前に戦線に復帰していた。

 

 彼らは一度は指揮官を失ったものの全員が元海外派遣部隊のベテラン兵士である事から、現在までも貴重なベテラン部隊として活躍していた。

 そして今も、ガンシップが静止したらローリングで狙いを反らし直撃を回避し、その隙に別の兵士がゴリアスDやエメロードを使って仕留めていた。

 

「しかし! まさか上の言う通りになるたァなァ! ランチャー担いできて正解だったってかァ?」

 補給トラックに据え付けてあるコンテナからミサイルを補充し、梶川が撃つ。

 何も陸戦歩兵部隊は、最初から地対空ミサイルでの戦闘を目的としていた訳ではない。

 万が一巨大生物の奇襲を受ければ、対空砲や自走ロケット砲の装備では対処できない。

 その事を見越して申し訳ばかりの随伴歩兵をプラスしたのだ。

 

 しかし、敵の航空兵器がどのような脅威か不明だったため、一応エメロードで武装した中隊を投入したのだ。

 それが偶然にも役に立った、と言う事だったのだ。

 

「つまり俺ら、大隊長の機転に生かされたって事ですかィ? そりゃちょいと癪ですぜ!」

 先程梶川に駆け寄った兵士が静止したガンシップにエメロードを放つ。

 どうやら大隊長との仲はあまりよくないらしい。 

 

「んなの偶然だろ辻。それによ、周り見てみろ。俺達がいくら足掻こうが、こりゃ焼け石に水だぜ。なぁ大尉!」

 もう一人の兵士がレーザー照射をローリングで回避し、直後にゴリアスDを発射する。

 しかしガンシップがすぐ移動して弾頭は外れた。

 

「はっはァ違ェねェな!! だから楽しいんだろォが! いくらでも暴れられるぞ! 斯波ァ、てめえもそのクチだろ?」

 梶川大尉は、エメロードを握りしめながら斯波(しば)という兵士に笑いかける。

 その笑みと言っても、肉食獣のようなそれだが。

 

「こりゃ参った、大尉にゃ敵わんって事ですねぇ! 片足ふっ飛んでちったぁ大人しくなったのかと思ったんですが!」

 斯波と呼ばれた兵士は静止して別の兵士を照射するガンシップ目掛けて引き金を引き、今度は命中させた。

 

「馬鹿言っちゃいけねぇや斯波! 片足どころか四肢が吹っ飛んでも大尉は大尉でさァ」

「がっはっは!! 面白ェ事言うじゃねェか辻ィ! 誰の四肢が――うおおォォッ!!」

 梶川がエメロードの弾薬を補充している途中、トラックが照射を受け爆発炎上。

 梶川はまたも吹き飛ばされた。

 

「本日二度目ですが、生きてやすかィ、大尉!」

 辻がふっ飛んできた梶川に手を伸ばす。

 

「ったく容赦ねェなあのハエ共!! ぶっ殺してやらァ!!」

 梶川は辻の手を取って立ち上がり、そのままギリギリ装填していたエメロードミサイルを発射、直撃。

 ガンシップは半壊して墜落した。

 

「ハエにしてはデカ過ぎやしませんか?」

「空をブンブン飛び回る目障りなモンは全部ハエだ。とは言え弾薬がねェと話にならん。『大隊本部! 補給車がやられた! B1補給所まで一時撤退する!!』」

『貴重な弾薬をむざむざ爆散させるとは度し難いな! だが丁度いい! B1補給所はガンシップの攻撃を受けている! すぐに駆け付けろ!』

『だァからアンタは一言余計だっつんだよ! フラウンダー了ォ解!』

 

 第26フラウンダー中隊は、弾薬のある補給所へ駆けつける。

 

「工兵隊! 対空自動砲台起動! 敵を近づけるな!」

「イエッサー!」

 その途中の道で、EDF工兵隊がリモコンを操作する。

 すると、コンテナが展開し、中からは弾倉やレーダーと一体化して自動追尾する対空砲台、ZE-GUNが現れた。

 ZE-GUNはすぐさまガンシップを狙い、空に弾幕を張っていく。

 

「14時の方向! 敵機接近!!」

「携SAM構え! 撃て!!」

 別のエリアでは、自衛隊員が横一列に並んで一斉に11式携帯地対空誘導弾を発射していた。

 発射された多数の地対空誘導弾はそれぞれ別の目標に飛び、半数が命中した。

 ある一機は回避すらせず直撃し、別の一機は地面に接触するかのような低空飛行で侵入し、そのままレーザーを照射する。

 

「回避だ! うわあぁぁぁ!!」

 一人が直撃を受け、そして地面に当たった爆風で二人が重傷を負った。

 EDF製のアーマースーツとは、防御力がケタ違いなのだ。

 そして、誘導弾の直撃にも関わらず、撃墜には至っていない機体もあった。

 

 自衛隊とは、あくまで対人類、しかも国防に主眼を置いた防衛組織であり、正面切ってのフォーリナーとの戦闘では、些か以上に分が悪かったのだ。

 それでもこうして戦闘しているのは、EDFにカバーできる戦力にも限界がある事、自衛隊の装備でも遊ばせている余裕が無い事があるからだ。

 そして、自衛隊員がこの死地でも逃げださないのは、微力でも日本と言う国土を、国民を護るため、一人の日本人として全力を出す事を誓ったからだ。

 

 そうして、津川浦海岸各地で奮戦が続いた。

 だが、圧倒的な物量と攻撃力を持つガンシップだが、自衛隊とEDFの奮戦によって大きく数を減らしていた。

 

 しかし、遂に決定的な絶望が訪れる。

 

『エアブレイド2よりリーダー! 海岸の方に、何か見えます!』

 戦闘機中隊エアブレイドの二番機が何か発見した。

 レーダーには捉えていたのだろうが、レーダー上の光点(ブリップ)が多すぎて判別出来ない。

 

 肉眼で見えるそれは、宙に浮く前後に長い直方体だ。

 恐らくフォーリナーの艦船だろう。

 

『リーダーより02、何かとはなんだ!?』

『直方体の浮遊物が二つ、――砂浜に何か投下しました! あれは』

 

 下部のハッチが開き、”何か”が投下され地を踏みしめた。

 

『直方体――まずいッ!! 急いでこの場から離れろ! 全機退避! 退避しろォーー!!』

 

 エアブレイド指揮官は何かに気付いて叫ぶが、遅かった。

 直方体の輸送機から投下された物体――多脚歩行戦車ダロガは、円盤状の胴体上部の中央を光らせ、次の瞬間、恐ろしい精度で高出力レーザーを照射し、最も近くに居たエアブレイド2を撃墜した。

 

 二隻の輸送船から投下された十二機は、次々と対空レーザーを照射し、エアブレイド中隊を全て撃墜してしまった。

 

 空の獲物を刈り終えたダロガは、次に防空網の対空砲や護衛の兵士達を蹂躙していった。

 

 そして、戦闘開始から二時間後。

 

 地上に穿たれたレーザー照射は数知れず、そこかしこに地面を抉る穴が開き、対空砲、対空ロケット砲は炎上しつくし、直撃を受け焼き裂かれたEDF兵士や、爆発の破片と衝撃で死んだ自衛隊員が転がっていた。

 ダロガが現れた時点で損耗が三割を超え撤退を始めたが、ガンシップからの追撃を受け、無事に撤退が成功したのは半数程度だった。

 その間殿を務めた戦闘機連隊に至っては、七割以上が撃墜されるという甚大な被害を被った。

 

 そして、津川浦防空網と、殿の空軍部隊が壊滅した事により、ガンシップとダロガの脅威は内陸に及んだ。

 EDFは防衛部隊を移動させたが、ガンシップとダロガによって空軍部隊を封殺され、厚木市・大和市での戦闘で多くの戦死者の民間人の犠牲者を出した。

 

 そして残ったフォーリナー機械群はそのまま北部へ進撃した。

 すなわち、西関東第一防衛線へ。

 

 

――西関東第一防衛線 町田市成瀬が丘 第48戦線指揮所(アウトポスト48)――

 

 

 夜の住宅街を踏み潰し、ダロガが前進する。

 四本ある上部の触覚が光った瞬間、青色の粒子砲弾が前方にばら撒かれ、山なりに飛んだ砲弾は炸裂すると、地面を抉るような爆発を引き起こす。

 

『隊長! 第三小隊がやられました! 凄い爆発です!!』

『クソ、こんなのどうしろってんだ! 第二小隊、エリアCに向かえ! 第一小隊、撃て!!』

 

 E551ギガンテス四輛が砲撃。

 120mm徹甲弾は全てダロガに命中したが、装甲が歪む程度のダメージしか与えられていない。

 

『ちっ、傾斜装甲かよ! フォーリナーのクセに生意気な……まずい! 撃ってくるぞ! うわあぁぁぁ!!』

 

 ダロガ二機の砲撃によって、戦車部隊は押されていった。

 そしてもう一機のダロガは戦線を支える指揮所を直接攻撃していた。

 

『こちらアウトポスト48! 応援を送ってくれ! もう持ちこたえられない!!』

 

 アウトポスト48の指揮官は極東本部へ応援要請を送った。

 北からは巨大生物群。

 南からはダロガ群の攻撃を受け、戦線は崩壊間近だった。

 

「少佐!! 第31戦車連隊、半数以上がやられました! もう撤退するしか!!」

「おのれ……フォーリナー共め!!」

 

「ガンシップが来るぞ! 伏せろォォ!!」

 叫び声が聞こえた指揮所の数人の兵士は言われた通り伏せる。

 次の瞬間、ガンシップから放たれた複数のレーザーが建物ごと破壊、炎上させる。

 指揮所の兵士に生存者はいなかった。

 

 そしてその混乱に構わず、我が物顔でダロガが蹂躙する。

 

「クソやろう! 喰らえ!!」

 一人の兵士が懐に潜り込みゴリアスDを構え、ダロガの胴体に命中させる。

 

「やった! ――なに!?」

 ダロガの胴体下部の突起物が回転を始めた。

 数秒後、回転物からは針のような弾丸が無秩序にばら撒かれた。

 まるでスプリンクラーのように大量に撒かれた針弾は、ゴリアスを撃った兵士を一瞬で貫通し、文字通りハチの巣にして、倒れたその死体を脚で踏み潰した。

 

 その後、触覚の粒子砲弾を薙ぎ払うように大量にばら撒き、住宅地の建物を炎上させた。

 

 そして、同様の地獄は、仙崎達のいる前哨基地2-6でも起こっていた。

 

 




小原俊夫(おはらとしお)(59)
 国立生物化学研究センターの所員。
 生物学の権威として名高い研究者。
 戦争前はイギリスで研究を行っていたが、巨大生物襲来と同時にEDFの以来で巨大生物α型の研究を行う。
 甲殻をアーマースーツの新素材として活用する研究実験を主としつつ、生態解明などを行っていたが、β型の出現によって一時中断する。
 かなりのネガティブだが、研究対象を目にすると周りの事が見えなくなる行動力もあり、変わり者。
 (EDF4のオハラ博士。ゲーム中ではフォーリナー全般の研究者だが、なんとなく巨大生物関連の台詞が多かったため生物学者にした)

砂原(すなはら)(31)
 国立生物化学研究センターの所員。
 小原博士の助手で、変人の博士に振り回されている。

(つじ)(36)
 第26フラウンダー中隊、フラウンダー5小隊指揮官。
 梶川大尉の部下で、階級は中尉。
 江戸言葉で話す粋な軍人で、軽口とからかいが目立つ。

斯波(しば)(34)
 第26フラウンダー中隊、フラウンダー6小隊指揮官。
 階級は中尉。
 部隊内では一番梶川大尉との付き合いが長く、冗談やつっこみをする仲。
 そして血の気も梶川大尉の次に多い。
 暴力的でアル中モク中と、軍人じゃなかったら割とクズ。


▼エメロードB
 個人携行式多目的ミサイルランチャー。
 EDFの高性能ミサイル、エメロードシリーズの携行型。
 弾頭は当然だが艦載式や設置型に比べ小型化されているが、誘導性能は高い。
 (EDFシリーズでお馴染みのエメロード。ただし今はまだマルチロックオン機能は無く、使用感は米軍のスティンガーミサイルとかに近いイメージ。後々強化されます)

▼アンモナイト自走式対空砲
 EDFの保有する対空砲のひとつ。
 換装型砲塔アンモナイトシリーズの対空砲型。
 他に重機関砲・対物砲弾・ミサイルランチャーに換装可能。
 (まさかの海外版EDF、イノセントアルマゲドンから採用。いやEDFで対空砲ってないなーどうしようかなーと思っていたら、前にやったIA思い出したんで引っ張ってきました。無茶苦茶でスミマセン)







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第二十三話 変異型襲来

――ガンシップ出現前 2月6日早朝 東京都江戸川区――

 

 

「見てみろよ。……クソ、更にデカくなってやがる」

 一人の陸上自衛官が、同僚に測量器付双眼鏡を渡す。

 場所はジェノサイドキャノンによって焦土と化した江戸川区。

 双眼鏡を受け取った自衛官は、枯れ果てた荒川を越えたその先にあるものを見て顔をしかめる。

 

「350mか……ついに東京タワーを越えちまった。ったく、一体どこまでデカくなるのやら……」

 

 焦土平野の彼方に、ひと際高くそびえる歪な構造物があった。

 陸上自衛官が観測用の双眼鏡で覗いているのは、東京都千代田区に建設された巨大生物の巣、インセクトハイヴだ。

 土砂や鉱石のような物質で作られたその構造物の周囲には、地面が見えないほどの巨大生物がせわしなく動いている。

 更に構造物の側面にも巨大生物がひしめいている。

 虫が苦手な人間が見ればぞっとする光景だが、ここに居る五人の自衛官は既に感覚が麻痺していた。

 

「これじゃ、ここも飲み込まれるのは時間の問題ですよ一曹。ここを取り戻すの、一体いつになるんすかねぇ。それまで俺、生きてりゃいいっすけど」

 

 日本では本格的なインセクトハイヴ攻略作戦は行われていない。

 海外でも、ロシアの核攻撃が唯一の成果だ。

 アメリカやオーストラリアでは何度かインセクトハイヴに直接砲撃を行ったが、生半可な攻撃では損傷を与えられず、巨大生物をいたずらに刺激するだけに留まっている。

 

 その上、地下にも巣穴が広がっていて、地上に出ている個体はほんの一部に過ぎないというのが現実だ。

 

「ぼやくな大竹。フォーリナーの相手はEDFに任せときゃ良いんだよ。その分、俺達はこういう地味な調査と記録を……ん?」

 その時、双眼鏡を除いていた一曹の動きが止まる。

 

「どうした中沢」

 観測器を調整していた自衛官が聞き返す。

 

「国本三尉、羽です、羽が生えた個体が……」

「何!? 貸せ、どこだ!」

 国本三等陸尉が、双眼鏡を奪うようにひったくる。

 

「右上の方、開口部から這い出てきてます!」

「本当だ……。他の個体と明らかに違う。まさか、新種なのか……? 武田、無線を持ってこい! すぐに本部に連絡だ!」

「はい!」

 武田と呼ばれた自衛官が高機動車の方に走っていく。

 

「あの羽、まさか奴ら、飛べるのか? だとしたら、大変な事になるぞ……」

 国本三尉の額から、冷や汗が流れ出した。

 

 

――ガンシップ出現直前 2月6日  神奈川県相模原市 EDF陸軍病院――

 

 

「多すぎ」

 私の目の前に居る無表情な彼女、白石玲香少尉はそう一言だけ放った。

 

「こんちゃ~す! 迎えに来たぜ玲香ちゃん! オレと一緒にドライブしない?」

「やっほ~! うわ! ねえあれ見て見て! あそこにいるのニクスレッドボディじゃない!? ちょっと見に行っていい!? いいよね!」

「おい大将、桜のやつ行っちまったぞ?」

「ええい葛木! 桜を連れ戻して来るのだ!」

「分かったよ! 待ってぇ~!!」

 

 浦田がナンパのような挨拶を、桜がニクスに向かって走り出し、馬場がそれを止めもせず見送り、私が葛木に司令を下し、葛木が女のような声で走り出す、ただし葛木は男だ。

 

 そんなカオスな状況に白石は、

 

「?」

 無表情ながらもまったく理解できないという表情をしていた。

 

「ああえっと、騒がしくてごめんね~。実はさー」

 私の隣に居た瀬川が話し出す。

 

 いい加減このカオスな状況を説明すると、そもそもの発端は我々の昇進研修が始まる事だった。

 レイドシップを撃墜したレンジャー2の功績は非常に大きいと本部にも評価され、まず初めにレンジャー2の伍長組が昇進する事になった。

 昇進メンバーは2-1の私、浦田、桜と2-2の馬場、葛木の5人だ。

 

 ここ数日間我々は西関東防衛線の司令部となっている前哨基地2-6を拠点として、防衛線に押し寄せる巨大生物の駆逐とレイドシップ撃墜を繰り広げていた。

 私や鈴城軍曹などの負傷者が徐々に復帰しつつの戦闘を続けていたのだが、本日極東本部にて昇進研修が始まるという事で、一時極東本部へ戻る事となった。

 

 その道中で本日退院予定のペイルウイング2隊員の白石玲香少尉をピックアップしてほしいと頼まれたのだ。

 正直かなり横須賀までは遠回りどころかまるっきり反対方向なのだが、行かねばならないいくつかの理由があった。

 

 この陸軍病院は防衛線付近に位置し、戦力も豊富だが頻繁にはぐれ巨大生物が発見される事。

 前線に近いため負傷者も多いが、危険なので移転が進んでいる事。

 そのせいで混雑し空きの車両が無く、危険なので公共交通機関も利用不可能。

 更に今も前線では戦闘が続いている為、暇な兵士など居ないという事……我々以外には。

 

 そのような理由で、この六人で白石を迎えに来たという訳だ。

 ちなみに瀬川は白石と同じ部隊という事で付き添いで来た。

 手続きなどでどうしても同じ部隊の人間が必要なのだ。

 

 ちなみに瀬川だけで行かせるのも却下された。

 道中ではぐれ巨大生物との遭遇が懸念されるので、最低の戦力を整える必要がある。

 その為、我々も武装状態である。

 

「そ。どうも」

 

 と、私の説明よりざっくりした話を瀬川から聞いた白石は、少しだけ我々に対し礼をした。

 たった一人に対し大人数で押しかけた事に驚いたのだろうか。

 

「まったくもー、足速すぎだよ桜ちゃん」

「あ~レッドボディ、イカスねぇ! あの軽そうな身のこなし見て見たいなぁ~! あ、れーちゃんやっほ~! 入院生活どうだった?」

 葛木に連れてこられた桜が白石に挨拶する。

 その様子だと新型のニクスは思う存分堪能したらしい。

 

「退屈」

「だよね~。でもここってたまに巨大生物に襲われるって聞いてたけど大丈夫なの?」

 

「ん。アレが倒した」

「えぇ~っ! レッドボディが戦ってるとこ見たの!? いいな~、どんなんだった!?」

 

「忘れた」

「忘れたの!? 嘘でしょ!? 今伝えるのめんどくさいって思ったでしょ!」

 

「…………」

「無視か! 何そのすまし顔!」

 

 などと白石と桜が喋っている間に瀬川が受付を済ませ、我々は機甲部隊から借りたグレイプに乗り込む。

 運転は浦田が担当した。

 

「それにしても、荒瀬軍曹が昇進を断るなんて意外でしたね~」

 グレイプでの移動中に、葛木が呟く。

 

「ああ、軍曹なぁ。実はちょっと込み入った事情があるみたいでよ。ほら、基地司令官の榊少将知ってるだろ?」

 馬場が荒瀬軍曹について話し出す。

 

「あの基地に居て知らない人間居ないわよ。で?」

 瀬川も多少興味があるようだ。

 もっとも、あの場に居て荒瀬軍曹に感謝しない人間はいないだろうな。

 

「あの二人、同じ士官学校を卒業した同期らしいぜ? それがなんか事件だが事故だかがあって、当時大尉だったあの人が、一気に軍曹まで叩き落されたんだと」

 

 なんと……!

 確かに、シップ撃墜の時に本来要請出来なかったアルテミス攻撃機を無理やり引っ張ってきたり、上層部にコネでもあるのかと思っていたが、まさか榊少将と同期だったとは……。

 

「で、その事件って?」

 白石が聞いてくる。

 いったい大尉から軍曹に一気に降格処分された事件とは一体なんなのだろうか。

 

「俺も気になるんだが、そこまでは話してくれなくてよ。まあ、そんなこんなで軍曹もしばらくは昇進する気はねぇみたいだな」

 しかし、シップ撃墜最大の功労者が昇進を拒むとは、なんだか申し訳ない気がしてきたな。

 まあかくいう私も直接トドメを刺したとしてちょっとした有名人になってはいるが、その実情は瀕死のシップにたまたま悪あがきの一撃が当たっただけの事だ。

 

 とは言え、あそこでゴリアスS改を発見した私の判断は我ながら最良だったと思っているが。

 

「はぇ~。そんな理由があったんだ~。ならなおさらどんな事件か気になるよねぇ。ウラスケなんか知ってる?」

 桜が珍しく浦田に話を振る。

 ちなみに渾名の理由は”浦”田と”スケ”ベらしい。

 スケベとか最早死語ではないのか?

 

 話を振られた浦田は、しかし無言だった。

 

「……ウラスケ?」

「やべぇッ!!」

 浦田は急ブレーキを踏み、全員が前のめりになった。

 急停車だったため、車体が斜めになってドリフトするかのように止まる。

 

「何があったの!?」

「あの丘の向こうを見ろ! 赤色の……巨大生物が居やがる!」

 赤色!?

 浦田の指し示した方向を見ると、確かにそこには赤い甲殻を持った巨大生物が居た。

 

「ホントね、赤い……」

「確か欧州では、新種の巨大生物が現れたって話だったけど……」

 葛木が弱々しく言いつつ、装備の確認をする。

 皆も同じだ、空気が一気に冷たいものになる。

 

「欧州の新種ってβ型の事だろ? ありゃあどう見てもα型だろ。更に新種って事かよ……」

 馬場が更なる敵の増強を想像し嘆く。

 

 欧州の話は結城大尉から直接ブリーフィングで聞いた。

 今までのような蟻型ではなく蜘蛛型だという。

 糸を吐く怪物で、戦闘能力は高いが甲殻が無いため、防御力は薄いらしい。

 

「……新種と言うより変異種。で、どうする?」

 白石が指示を瀬川に仰ぐ。

 一応、この中で再先任かつ最高階級である瀬川葵少尉が、有事の際このメンバーの指揮を執ることになっている。

 

「まずは本部に緊急連絡。でも恐らく交戦は避けるべきだから、一旦この場からは離れるわよ。浦田、引き続き運転よろしく」

「あいよ。囲まれてなけりゃいいがな……。とりあえず南に走るぞ」

 瀬川は冷静に指示を出し、浦田はグレイプを進路変更する。

 

「本部、応答願います! こちらペイルウイング2瀬川! 現在地にてα型巨大生物群と遭遇! 数は不明。それと、その群の中に体表が赤色のα型個体を発見しました!」

 瀬川が無線する。

 現在地はGPS送信を行っているので伝わるはずだ。

 

『なんだと!? それは本当か!? この非常時に……何という事だ。本来なら調査隊を派遣する所だが、今はそれどころではない!』

 本部の……榊少将の声は逼迫していた。

 背後では司令部の慌ただしい喧騒や警報の音がひっきりなしに鳴っていた。

 

「どういうことですか!?」

『前哨基地2-6がβ型巨大生物の攻撃を受けている。また海軍が敵新型兵器と交戦中だが詳細を説明する時間は無い。貴隊は巨大生物群を迂回しつつ、前哨基地2-6の本隊と合流し戦闘に参加せよ!』

 

「さ、サー! イエッサー!!」

 本部との通信は終わった。

 

「敵の新型兵器だと!? それに2-6(にーろく)基地にβ型!? おまけにそこには赤い巨大生物! おいおい洒落になってねぇって!」 

「オレの勘だと、赤いのは絶対やべぇ。強化されてるに決まってるぜ」

「癪だけど同感だね! ニクスレッドボディも赤いもんねぇ」

 馬場、浦田、桜がしゃべっている。

 私は気になって上部車載式12.7mm機関銃から顔を出す。

 

「おのれ……! 残念だが発見されたようだ! 変異型が追ってきている! 速いぞ!!」

 赤い巨大生物が迫って来ていた。

 こちらは自動車であるにも関わらず、その距離を徐々に縮めている。

 このままでは追いつかれそうだ。

  

「なんですって!? 数は!?」

「目視確認で4! 迎撃する! 射撃許可を!」

「いいわ! やっちゃいなさい!!」

「イエスマム!!」

 

 建前上指揮官の瀬川に射撃許可をいただき、私は12.7mm機関銃の引き金を引く。

 走行中との事もあって機関銃の銃弾は悪い精度で飛んでいくが、それでも当たってはいるはずだ。

 なのに、変異型は一体もその歩みを止めはしない。

 

「おのれ! まさか12.7mm機関銃が効かんというのか!? 浦田、もっと速度は出んのか!?」

「これが限界だっての!! クソ、駄目だ曲がるぞ! しっかり掴まってろよ!」

 道路上の都合でグレイプが大きくカーブする。

 

「ぬおおお!! まずい、追いつかれるぞ!」

 

 どうやらこの赤い変異体は通常種より硬い甲殻に覆われているようだ。

 そこそこ至近弾の機関銃にも速度を落とさない。

 

「ドア開けるよ! こっちでも撃ってみよ! てやぁぁ!!」

 桜が後部ドアを開けて、AS-20Rを放つ。

 

「無茶だ! 12.7mm機関銃が効かないねぇんだぞ!」

 助手席の馬場の言う通り、変異種にその銃弾は効いていないようだった。

 

「浦田、あとドンぐらいで着く!?」

「あと5分で2-6(にーろく)だ! それまで何とか!!」

 馬場の問いに浦田が叫ぶ。

 しかし直後に、変異型が後部に噛みつき、車輛が大きく減速する。

 そのあまりの咬合力によって車体がひずみ、火花が散る。

 

「ひゃあぁぁ! やばい、やばいよぉ~!」

「いや、チャンス」

 頭を抱える葛木を押しのけ、白石がウイングダイバー装備を整え、至近距離でレイピアを放射した。

 無数の短距離レーザーの刃が、変異型の顎を切り裂き、変異型は頭部を無残な形にして飛んでいった。

 

「さすが、レイピアだねぇ~」

「でも今のでもう走れねぇ、タイヤがパンクした!」

 さすがに後部フレームがズタズタに歪み、タイヤがパンクして車輛は徐々に減速していった。

 そして他三体の変異型が目前にせまる。

 

「ひぇぇ、もう、コレ使ってもいいかな……!?」

 葛木が手にしたのは、ロケットランチャー、ゴリアスD。

 当然こんな閉所で使えばバックブラスト(反動を抑える為後方に噴射されるガス)により後方にいる人間に被害が出る。

 かなり危険な行為だが……。

 

「ちょ、お前マジか!?」

「ええいなんでもいいからやっちゃいなさい! 浦田と馬場は伏せてりゃ大丈夫でしょ! アーマースーツもあるんだし! いけるっしょ!」

「葵ちゃんの頼みなら仕方ない!」

「浦田おめぇ女からの頼みだからって!」

「じゃあいくよ! 伏せててね!」

「ええいド畜生め!!」

 馬場、浦田、瀬川のやり取りの後で葛木がゴリアスDを発射する。

 

 閉所で放たれた猛烈なバックブラストによって、フロントガラスが割れ、周囲の備品が放り出される。

 そして、発射された弾頭はロケットモーターにより加速し、変異型に着弾する。

 

 現代の戦車装甲を破壊する目的で作られたゴリアスDの威力は、変異型にも有効だったようで、変異型は甲殻を破壊されて絶命していた。

 

「倒した……よね?」

「なんとか、ロケットランチャーは効果があるようだな」

「流石に鼓膜が破れそうだったがな!」

 真後ろで伏せていた馬場が恨み言を言う。

 ちなみにグレイプは、歪んだ車体が地面にこすれながらもなんとか走行中だ。 

 

「甲殻が戦車以上じゃなくて良かったわね! でもまだ来るわ!」

「ひぇぇ! く、来るなよぉぉ~!!」

 錯乱したのか、葛木はそのままゴリアスDを残りの二体に続けて叩きこんだ。

 強烈なバックブラストで車内が揺れる。

 

「うおおお! 前見てる暇がねぇぇ!!」

「ぶつかるぞ! 止まれ、止まれぃ!!」

 私は前を振り向くと、数m先に建物が迫っていた。

 

「なにぃ!?」

 浦田は急ブレーキを踏んで、全員がつんのめるがスピードが出ていなかった事が幸いし、何とか車体は停車した。

 

「や、やったのか……?」

「それフラグ」

 馬場の危険な発言に白石がつっこむ。

 だが、追ってきた変異型は葛木のゴリアスによって完全に絶命したようだ。

 

「はぁぁ、怖かったぁ」

「運転中にぶっ放されたオレの方が怖ぇよ……」

 追手が居なくなってほっとする葛木に、浦田が恨み言を小声でぶつける。

 

「なによ~! あそこで撃ってなかったら私ら今頃アイツらに喰われててもおかしくなかったのよ? ウラスケのヘボい運転のせいで」

「桜ちゃんそりゃひでぇよ……。ま、ひとまず助かったから良しとすっか」

 どうやら浦田が不満そうなときは桜に任せれば大抵上手く行くらしい。

 

「何にせよ助かったぞ葛木よ。あの状況から三体の変異型を撃破するとは、大したものだ」

「え!? そんな、ボクは……ありがとう」

 照れながらはにかむ葛木。

 なんだこいつちょっとかわいいぞ。

 

「……馬場。あいつ、男だよな?」

「ああ、気持ちは分かるぜ大将。だがあれで案外射撃の腕は悪くねぇ。あの女々しさには軍曹もちょっと困り顔だがな」

「確かに、揺れる車内で三体を一撃で仕留めたのは見事だった。しかし、2-2も変人が多いのだな……」

「……それは言うなよ大将……」

 小声で話して、お互い何とも言えない空気になると、上空に飛び上がって偵察していた瀬川が逼迫した顔で戻ってきた。

 

「やばい! 西の方からβ型が来てる! 大群よ! どうする!?」

「なんだと!? どうするも何も、逃げるしか無かろう! 浦田! 車は動くのか!?」

「駄目だ! 動いたとしても、きっと走った方が早いぜ!」 

 浦田は車体をチェックして一瞬でそう判断する。

 

「2-6まであとどれぐらいか分かるか!?」

「車であと五分ぐらいだったから、走れば15分ぐらいで着くだろ! 逃げきれねぇ距離じゃない!」

 そこまで近いなら援軍が来る可能性は十分にある。

 ……基地が無事なら、だが。

  

「よし! 瀬川、無線頼む!」

「おっけー!」

 本部との通信は瀬川に任せよう。

 

「見えてきたよ! 凄い大群だ!!」

 葛木が、住宅街を跳ねて移動するβ型を発見する。

 建物を無視して一直線だ。

 追いつかれずに行けるか……いや何としても辿り着く!

 

「総員全力疾走! 最短で基地まで撤退するぞ!」

「「イエッサー!!」」

 全員が駆け出した。

 

「やっぱフラグだった」

「そうじゃないかと思ってたぜ!」

 走りながら白石と馬場が話す。

 

「駄目! 2-6からは援軍は出せないって! 向こうもやばいみたいよ!」

 瀬川が本部との無線の結果を放す。

 

「ちっ! スチールレインの時と言い今と言い、冷てぇ本部だ!」

「まーまー、向こうもやばいんなら仕方ないっしょ」

 悪態をつく馬場を桜がなだめる。

 

「でも、こっちにはウイングダイバーが二人。勝てなくは、ない」

 白石が強気な事を言う。

 

「その通り! もうやるしかないわ! 射程に入り次第迎撃! 引き撃ちで行くわよ!」

「「イエス、マム!!」」

 こうして、多眼の凶蟲との戦闘が幕を開けた。

 

 




葛木望(かつらぎのぞむ)(24)
 第88レンジャー中隊レンジャー2-2分隊員。
 伍長。
 少し女々しい所があるが歴とした男性兵士。
 小柄だが見た目より体つきはしっかりしていて、射撃の腕も上々なので兵士としては問題ない。


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第二十四話 多眼の凶蟲

ながらくお待たせしました!
更新頻度かなり落ちましたが、なんとか頑張っていきます



――2023年2月6日(海上でのガンシップ発見直後) 神奈川県横須賀市 極東方面第11軍司令本部基地――

 

 極東本部の作戦司令室は、敵航空兵器の発見で慌ただしさの真っただ中にあった。

 

「哨戒艇、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の多数が既に撃沈! 敵攻撃、尚も苛烈です!」

「航空部隊も大半がやられました! 敵の侵攻、防げません!」

「マザーシップの様子は!? 誰か確認できるか!?」

『それどころじゃない! こっちは死ぬ寸前で――うわあぁぁぁぁ!!』

『本部! 本部! マザーシップは高度を上げて移動した! ここにはいない!』

「艦隊は空母を下げろ! この戦力で応戦は不可能だ!」

「何を言っている!? 艦隊を下げれば敵航空兵器が本土に流れ込むぞ!! そうなれば地獄だ!」

「だからと言って、艦隊でこれ以上の防衛は不可能です!」

 

 オペレーターが、各級指揮官がこの非常時に対応すべく声を荒げている。

 無論、基地司令官の榊も例外ではない。

 

「第三戦隊は全速で後退させろ! 敵航空兵器は、自衛隊と共同で本土にて迎撃する!」

 榊が作戦司令室を見渡し、全員に命令する。

 

「しかし……今からそんな戦力抽出は……。まさか!?」

 司令部要員の一人が、何かに思い当たり声を荒げる。

 

「マザーシップ迎撃用に配備した沿岸部の対空戦力を集結させる。場所は現在、戦略情報部が予測中だ」

 戦略情報部のリーヴス少佐とルアルディ中尉他、数名のスタッフが必死に情報を集め、ガンシップの行動分析をしている最中だった。

 

「未だガンシップは第三艦隊と交戦中ですが、断片的な偵察カメラによると飛行速度はそれ程速いとは言えないでしょう。恐らく、最短で本土へ到着するまで、二、三時間ほど猶予はあるはずです」

 

「それだけあれば戦力の移動は何とかなるだろう。……それにしても、欧州の新種、北米の歩行戦車に続きこの動き……どう思う?」

「やはり、レイドシップ撃墜を契機に、フォーリナーが本腰を入れてきた。そう解釈すべきでしょう」

 榊少将の言葉に、リーヴス少佐が答える。

 

「……だろうな。むしろ今までは、まったく本腰を入れていなかった訳だ。舐められたものだ」

「事実、それだけの戦力差が開いていると考えるべきかと。楽観的に考えても、これが彼らの全ての戦力であるとは到底思えません」

 マザーシップは初期の一週間以降、ジェノサイドキャノンを発射していない。

 いかなる理由か推し量ることは出来ないが、その気になればあれで瞬く間に地球を火の海にすることも可能な筈だ。

 明らかに手を抜いている、と思うべきだろう。

 

「私も同意見だ。だからこそ、奴らが本気を出す前に、我々は力を付けなければならない。現在開発部が、レイドシップの残骸から発見された未発見物質を研究し、新たな兵器を開発中だ」

「フォーリナー由来の物質……確か、フォーリニウムと名付けられたそうですね」

 フォーリニウムの研究にあたっては、茨城博士を筆頭とする天才達が解析と兵器への転用を模索しているところだ。

 

「あの白銀の装甲の元になっている物質だそうだ。それに加え、間も無く電磁投射砲(レールガン)搭載型戦車も配備される。まだまだ人類に手は残っている」

 他にも、榊少将の知らない極秘計画がEDF南極総司令部では進んでいたが、それは未だ公に出ることは無い。

 

「ッ!! 前哨基地2-6より緊急通信!! 町田市上小山田付近のレイドシップからβ型巨大生物出現!

第一級防衛基準態勢を発令しました!」

「それだけではありません! 戦線指揮所(アウトポスト)41、44、48にも巨大生物が殺到! 戦線全てで巨大生物の活動が活発化しています!」

 ただでさえ騒がしかった司令部が、より一層熱を増していく。

 

「おのれ……フォーリナーめ! ここで我々を殲滅しようとでもいうのか!?」

「戦線への同時強襲……。これでは、戦力を分散させるほかありませんね」

 2-6基地や戦線指揮所には一定の戦力を駐屯させているが、同時となるとその場にある戦力で対処する他ない。

 例えここへの通信が、援軍要請で溢れかえろうとも。

 

「致し方あるまい。……問題はガンシップの方だ。対空部隊を集めたとして、それで殲滅出来るか……?」

「まだ敵戦力の分析は出来ません。千機以上と言う物量は、恐るべき脅威であるとしか……」

 

「……やはり日本臨時政府に、茅ケ崎市以外の周辺都市の強制避難命令を出さるべきだろう」

「確かに、海岸が突破された場合、特に人口の多い厚木市や大和市で甚大な被害が予想されますが……」

 

 この辺りは戦線がいつ崩れてもおかしくないので、大部分の住民は既に避難を終えている。

 しかし、付近のEDF軍需・生産工場に勤務する市民や、それを支える電気ガス水道などインフラ整備に係わる市民や、その家族など、どうしても離れられない人間が少なからず残っていた。

 それを丸ごと避難させるという事は、この地域を放棄するに等しい事と言えた。

 

「施設や物資は、時がたてば立て直せる。しかし人間は……そうもいかん。感情論で言っているのではない。人が大勢死ねば、その分技術や知識と言ったその本人しかもっていないものも失われるのだ。それは日本の、人類の技術の後退を意味する。特に、こんな状況ではな」

 一人でも多くの優秀な人材を欲するこの戦争において、それは避けなければならない損失だ。

 そして、今残っている者の多くは、その貴重な技術屋達だ。

 

「しかし……大部分が避難したと言っても近辺の市民の人口は数十万人に上ります。それ程の大移動を行うなど……パニックになります」

「なに、我々日本国は常に災害と向き合ってきた国でな。多少の移動ではパニックなど起こさないさ」

 それこそが、他国にはない日本の強みの一つだった。

 榊少将が不敵な笑みを浮かべると、リーヴス少将は少しだけ驚いたような顔をして、

 

「そうですか。さすがですね」

 それだけ言って、ルアルディ中尉と共に敵艦載機の分析に戻った。

 

 

――前哨基地2-6付近――

 

 

 β型巨大生物が迫ってくる。

 我々は駆けながらその蜘蛛のような怪物に照準を合わせる。

 まだ私のアサルトライフルは射程外か。

 

 最初に撃ったのは、白石だった。

「仕留める」

 空中から長距離レーザー銃、クローズ・レーザーを照射する。

 その光線は、β型の皮膚を、やがては肉を焼き切り、数秒の照射の後β型は紫色の体液を吹き出し、動かなくなった。

 

「来るんじゃねェ!!」

 馬場が威力強化のD型AS-20を子気味良い間隔で放つ。

 一発、外れ。当たった自転車が砕け散る。

 一発、外れ。5m程の跳躍で躱される。 

 一発、命中。6つある巨大な目玉の一つが弾ける。

 一発、外れ。自動車のドアに大穴が開く

 一発、命中。脳天まで貫通したのか、奇怪な断末魔を上げて絶命する。

 

「ちくしょう! この距離じゃ全然当たらねェ! しかも跳ねて避けやがる!!」

「……へたくそ」

「なんだとォ!!」

 キレる馬場だが、白石は空中から正確に狙撃して既に五体を仕留めていた。

 

「だが、馬場のいう事も頷ける! これは狙うのは骨な相手であろう!」

「だよな大将!! しかも走りながらじゃあ仕方ねェって! 飛んでるヤツにこの辛さは分からねェよ! うらやましいぜまったく!」

 

「……あなたの体重じゃ無理」

「そりゃそうだろうな!」

 

「下らない事言ってる場合!? それにしても、アタシも遠距離持って来ればよかった!」

「瀬川は差し込まれた時の各個撃破を頼む! 移動しながらの戦闘だ、熱量に気を配れよ!」

「イエッサー! って、なんでアンタに言われてるのアタシ!?」

「ぬぁははは! さぁ射程に入るぞ! 浦田、桜、射撃ぃ! 葛木はもっと引き付けてから、まとめて吹き飛ばせ!!」

「「サー! イエッサー!!」」

「まあ、陸戦(レンジャー)の事は良く分からないし、もうアンタに任せるわよ!」

 アサルトライフルとショットガンの弾幕がβ型を襲う。

 しかし、それと同時にβ型が尻を振り上げて糸を放射状に放ってきた。

 しかも、一斉にだ。

 

「きゃっ! なんなのこれ!? 取れない!」

「くっそ! これがβ型の攻撃か!? くそ、動きが! この野郎!!」

 浦田と桜の二人が被弾した。

 人間の腕以上の太さの糸数本にからめとられ、大幅に動きを阻害される。

 必然、全員の移動が止まる。

 

「二人とも! そのまま撃つのだ!」

 私は回避出来たので、二人迫るβ型を排除する。

 

「仙崎! 上!!」

「なにっ!?」

 瀬川の声に反応し、咄嗟に右ステップ。

 頭上から糸が降ってきた。

 更に連続で、私の頭上をβ型が跳躍する。

 

「白石! そちらへ向かった!!」

「今……まずい」

「アタシが!!」

 白石はクローズレーザーのエネルギーリチャージ中で、それを瀬川がレイピアで切り裂く。

 

 その間に浦田と桜の動きを制限していた糸は、酸によって自壊していた。

 どうやら糸自体が一定時間たつと酸によって溶かされるらしい。

 

「あの糸酸も含んでる! たくさん喰らうとやばいよ~!」

「まったく動けない訳じゃないが、喰らって走るのは無理だな!」

 二人のアーマースーツは既に目に見えて酸の腐食が進んでいた。

 実はアーマースーツも初期型からアップグレードされているらしいが、まだ酸を完全に防ぐには程遠いようだ。

 

「でも、囲まれそうだよ!!」

 そして葛木の言う通り跳躍による機動力で、我々は半包囲されていた。

 左右と正面から、酸を含んだ粘着性の糸が飛んでくる!

 

「躱せ! 糸を躱すのだ!」

「無茶いうぜ大将!!」 

 私はなんとか、糸の軌道を予測して回避しながら、AS-20を撃ち続けた。

 しかし、糸の圧倒的な本数になんと私と瀬川、白石を除く皆は拘束されてしまった。 

 

「葛木! この大群ならば効果的だ! ゴリアスを放て!!」

「うっ……分かったよ! てやぁー!!」

 糸の粘着と酸で動きずらそうにしながら、ゴリアスDを放つ。

 大群の中心に放たれた爆発は、数体のβ型を一気に仕留める。

 

「こっちも頼むぜ! うじゃうじゃ居やがる!」

 浦田が右方向で弾幕を張っている。

 その方向に、葛木が何度かゴリアスを放ち、爆風と共にβ型の死骸の一部が吹き飛ぶ。

 

「早くして! 後ろにもβ型が集まって来てるわよ!」

「……これはちょっとマズイ」

 我々が逃げるべき進行方向はウイングダイバーの白石と瀬川が護っているが、次々とβ型が跳躍してくる。

 

 ――蟻型……α型と比べ、アサルトライフルと同程度の射程距離。

 粘着による拘束と、染み出す酸の攻撃力。

 更に糸という性質上大きく広い当たり判定。

 跳躍による機動力の高さ、足の速さ、そして回避性能。

 

 欧州での情報通り、凶悪な巨大生物だ。

 唯一の救いは、α型のように甲殻に覆われていない分、防御力が薄い事くらいか。

 そんな凶蟲とでも言うべき敵に、我々は包囲されつつあった。

 

 こちらは7人。

 敵は、不明……この様子だと、少なくとも千体以上はいるだろうか。 

 

「葛木! ゴリアスをあそこに! 今ならまとめてふっ飛ばせるぜ!」

「ごめん! もう弾切れなんだ……」

「なにィ!?」

 馬場が葛木に爆破を頼むが、無理なようだ。

 無理もない、ゴリアスDは弾頭の小型化によってマガジン式となったロケットランチャーだが、最大4発しか装填出来ない。

 

「弾薬の無くなった武器は放棄して、移動に集中して! でもこのままじゃ……もうどうしよう!」

 追い詰められた状況に、臨時とは言え指揮権を与えられていた瀬川は思考が纏まらない。

 それでも高機動を生かしレイピアで移動しつつβ型を屠っているのは流石と言うべきか。

 

「ええい取り乱すな! 2-6まで残り僅か! とにかく足を止めずに走れ! 敵の撃破よりも味方の被弾に気を配れ! 絡め取ったβ型の撃破を最優先とし、接近する個体のみ相手にするのだ! 近距離で放たれれば恐らくシャレになるまいが、多少の被弾ではこの通り命とりにはならん! いいな!?」

「「サー! イエッサー!!」」

 

 この状況で一番まずいのは攻撃で足が止まり、孤立して糸ダルマにされる……もしくは、隊全体の足が止まり、完全に包囲される事。

 移動していれば被弾も減るし、何より2-6基地へ近づく。

 問題はβ型の糸という拘束手段だが、完全に身動きが取れなくなるほどではない

 

 そして葛木をきっかけに、全員の弾薬が無くなるという恐怖もあった。

 そんな過酷な状況から数分。

 

「!! 見えてきたわ! 2-6基地よ! ……って、思った通りあっちもヤバそうだけど!!」

 瀬川の声に振り向くと、そこには塀で囲まれた基地を乗り越え、α型やβ型の集る建物の姿が確認できた。

 そして人類の反撃か、至る所で銃弾や砲弾が炸裂しその度に巨大生物の汚らしい体液が噴出していく。

 

「……向こうも修羅場」

「ええい構うものか! 味方がいる分今よりはマシだろう! 全員突撃だぁぁ!!」

「「うおおおぉぉぉぉ!!」」

 我々も限界だ。

 なりふり構わず走り、破壊された塀をくぐり基地の内部に入り込む。

 

「うわぁ! なんだ!?」

「待て! 味方だ!」

 急いで駆け込んだら、陣地を作っていた歩兵に銃口を向けられた。

 

「味方だと!? 援軍が来たのか!? 一体どこから……、しかもウイングダイバーまで!」

「いやまて、それにしては妙にズタボロだぞ?」

 味方の歩兵が困惑する。 

 

「説明は後! 私達も追われてるのよ! その壁からβ型が来るわ! 撃って!」

 瀬川が我々が来た方向に銃口を向ける。

 β型は既に基地内へ侵入を始めていた。

 

「なに!? うわあぁぁ来やがった! 射撃、射撃しろぉぉーー!!」

「すまん! そこの武器借りるぞ!」

「勝手に使え! だから撃て!!」

「サー! イエッサー!!」

 ペイルウイングの二人はユニット冷却を終了し、我々は補給コンテナに置いてあった武器を適当に掴み取り、迎撃する。

 

「おおい貴様ら! その一帯を空爆する! 歩兵は下がれ!」

 後ろから、エアレイダーの一人が声を掛ける。

 手元のコンソールを操作して要請を行ったようだ。

 

「イエッサー! そこの敗残兵ども! 引くぞ!!」

「敗残兵って俺達の事かよ!」

「ま~今はその通りじゃんね。いいから逃げよ!」

 ここの部隊の隊長らしき人物の声で、我々は外壁から撤退した。

 直後、攻撃機アルテミスと思われる機体が、一帯をロケット砲で爆撃していった。

 

「この援護をもっとオレ達に寄こして欲しかったが……」

「基地がこの有様じゃ仕方ないよ」

 浦田と葛木が話しながら、残党を片付ける。

 数分後、空軍の援護もあって我々の周囲に限り巨大生物は制圧した。

 

「貴様ら、一体どこの所属だ?」

「はっ! 我々はペイルウイング2、レンジャー2の混成分隊です。私はその臨時指揮官、瀬川少尉です。軍病院へ彼女、白石少尉を引き取った帰路、巨大生物に襲われました」

 瀬川が、ここの部隊の隊長に説明する。

 

「なるほど、それは災難だったな。私は第13ブレイク中隊指揮官の森本大尉だ。巨大生物の勢いは終息に向かっているそうだ。貴様らは北門へ向かい、原隊復帰して命令に従え」

「サー! イエッサー!」

 

 そうして我々は基地を移動し、北門を目指した。

 

「基地に侵入した敵は粗方排除し終わってるみたいね……」

 現在は基地内での戦闘は殆ど終わっているようで、至る所に巨大生物や、戦った兵士の死体が散乱している。

 基地の施設は焼け、崩れ、ヘリや戦車の残骸が朽ち果てている。

 

「酷いものだな……これだけの被害とは……」

 前哨基地2-6は、西関東防衛線の要だったはずだ。

 それが短時間でこの惨事とは、酷いものだ。

 

「僕たちがいないうちにこんな事に……」

「……あそこ。まだ戦闘してる」

「おい! あっちに居るのは軍曹だ! 急ごうぜ!」

 葛木、白石、馬場が走り出す。

 

「オラオラァ! 敵はまだ多い! 油断すンじゃねェぞおめェらァァ!!」

「新垣! 施設の破壊は気にすんな! まとめてぶっ放せ! 水原ぁ! 遠距離の敵ばっか狙ってんじゃねぇぞ! カバーするこっちの身にもなりやがれってんだ!!」  

 離れていても、銃声より大きな鷲田少尉と鈴城軍曹の怒声が聞こえてきた。

 

「だぁははは! 大破壊ですぞぉぉ!!」

「さっき兎に角狙撃してろって言ったじゃないっすか! パワハラっすよー!!」

 新垣はゴリアスDでα型の集団を建物ごと吹き飛ばし、水原は愚痴を零しながら武器をAS-20Rに切り替え、近づいたβ型を撃破する。

 

「まったく煩いもんだねぇ……。少しは静かにやってほしいもんだ」

「お前は少しマイペース過ぎだがな! だが、その冷静さは助かっている。!? お前達、無事だったか!?」

 二ノ宮軍曹と荒瀬軍曹が、我々に気付いた。

 

「白石、瀬川! よく辿り着いた! 手を貸せるか!?」

 近くで戦っていたペイルウイング2隊長……確か冷泉中尉と言ったか、彼女も近くに着地して話しかけた。

 

「……疲れたけど行けます」

「頑張ります! てなわけでアタシ達これにて解散ね! あぁ~! やっと重荷が下りたわ!」

 晴れやかな笑顔で瀬川はユニットの排熱を行う。

 

「殆ど指揮したの私だったけどな!」

「そう言えばそうだったわね。アンタ指揮官の才能あるんじゃない? 出世したら、もうちょっと仲良くなって上げるわよ! んじゃ!」

 素敵な笑顔を残して、瀬川は上空に飛び立った。

 

「ぬぅん……なんか私手玉に取られてないか……?」

「諦めろよ、惚れた方が負けだぜ?」

「ま、葵っちも楽しそうだしいいじゃんいいじゃん」

 両肩を浦田と桜にポンと叩かれ、妙な気分になる。

 もしかして、慰められてるのか私?

 というか、未だに良く分からんのだが瀬川は私の事を一体どう思ってるのだろうか。

 

「敵が来るぞォォ! そこの伍長組! ボサっとしてないで戦闘に参加しろ! この集団が最後だ! EDFの力を見せろ!!」

「「サー! イエッサー!!」」  

 

 

――――

 

 

 それから一時間後、基地周辺の巨大生物は完全制圧した。

 戦闘で負った傷の応急処置を行い、壊れ果てた基地の物資をかき集めて簡易的な食事を取っていた。

 建物はボロボロに朽ちてしまったので野外テントでの食事だ。

 

「それにしても、こっぴどくやられたモンだなァ。他から援軍は来なかったのか?」

 レーションを食べながら、馬場が青木と会話する。

 

「それが、どうも西関東防衛線の数か所で同時に巨大生物が進撃したらしい。どこも手いっぱいで、こちらへの援軍どころじゃなかったそうだ。軍曹、他の場所は大丈夫なんですか?」

 青木が荒瀬軍曹に聞く。

 

「他の場所でも、一通り戦闘は終息したそうだ。しかし、手痛い損害を受けたのは変わりない。β型の戦闘力が、こうも高いとは……。ん? どうした細海?」

 荒瀬軍曹は同じ分隊員である細海の異変に気付く。

 

「……な、何でもありません軍曹。ただ、どうしてフォーリナーって蟻だの蜘蛛だの蟲系ばっかりなんですか!! 私虫苦手なんです! というか虫が苦手じゃない女なんていません!!」

 小声でから一転して、大声で喚く細海。

 

「そうかぁ? ま、殺意は沸いてくるけどよ」

「ふふ、蜘蛛もよく見ればかわいいモノだよ細海ちゃん」  

「アタシは別に普通かな……好きではないけど」

「……平気。ただの駆除対象」

 鈴城軍曹、二ノ宮軍曹に加え、近くに居た瀬川と白石も同意しない。

 その中で二人。

 

「あ~分かる~! 生物って時点でどうも気持ち悪いよね! 体液とか撒き散らすし! 襲ってくるならやっぱメカ系の敵が良いよね! どうせならもっとロボットみたいなのが来ればいいのに!」

「ごめんそれは分からないわ。というか不謹慎すぎるわよあんたは!」

 桜の発言に、細身は鋭いつっこみを入れる。

 今更なのだが、伍長と兵長の階級差などあってないようなものだな……。

 瀬川と散々言い合ってる私の方が酷いが。

 

「僕も虫は苦手だなぁ。気持ち悪いんだけどさ、潰したりするのちょっとかわいそうで。あっ、もちろん地球産の虫に対してだよ!」

「あ、あんたは男としてそれはどうなの!? というかそんなんでよく軍人になろうと思ったわね!」

「うん。人間は嫌いだから」

「あんた怖いんだけど!!」

 ニコっと笑いながら出た人間嫌いの発言には、細身も半歩引いていた。

 

「やあ。食事中に済まないね。ちょっと話を……」

「レンジャー2、傾注ッ!!」

 いつも通りにこやかな顔をして結城大尉が来たと思うと、その傍らに控えた大林中尉が大声で叫ぶので、我々は直立不動で敬礼を掲げた。

 

「うーん、まあいいか。さて皆。2-6基地の防衛お疲れ様。立て続けで申し訳ないけど新たな任務だ」

 座ったまま話を聞いて貰おうとしたのだろうが、大林中尉が隣で厳つい顔をしているので諦めたようだ。

 結城大尉もいくらか真面目な顔をして話を切り出す。

 

「一時間前、ちょうど基地防衛戦の真っ最中。太平洋上でマザーシップが艦載機を発艦した。EDFが付けた呼称はガンシップ。詳細に分析はしていないが恐らく無人機と考えられている。そのガンシップが千機以上攻撃を仕掛け、EDF太平洋艦隊第三戦隊が壊滅した」

 そうか……。

 いろいろあって忘れていたが、赤い変異種を発見した時に本部が言っていた敵の新型兵器とはこの事だったのか!

 

「そのガンシップ群は海軍を突破して、本土に上陸しようとしている。戦略情報部の分析によると、上陸は今からおよそ1時間後。本部は沿岸で殲滅するために急遽マザーシップ迎撃用に配置した対空兵器をかき集めている。上陸予想地点は神奈川県茅ケ崎市津川浦町海岸。でも、ガンシップの戦闘能力は高く、撃ち漏らす可能性も多い。その為、アメリカ軍、陸上自衛隊、そしてEDFの三軍でこのあたりの都市から一斉に残った市民を避難させる事が先程日本臨時政府とEDF極東本部の会議で同意された」

 なるほど……ついにその時が来たか。

 周辺地域では少しづつ避難が進み、今では工場勤務やインフラ関係者しか残っていないと聞くが、それでも多少の混乱は起こるだろう。

 

「避難場所は既に臨時政府が決定した。我々の任務は避難誘導と各所見回り、それとフォーリナーが襲ってきたときに備えての迎撃だ。出発は10分後。済まないが大至急装備を整えてくれ」

「「サー! イエッサー!!」」

「以上! 解散!! 10分後、南門のM2グレイプに集合だ! 遅れるなよ!」

 

 そして10分後、我々は担当地区厚木市へと向かった。

 



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第二十五話 戦機襲来

時間かかったぁ
米軍とか自衛隊とか地名とかで無駄に調べもの多くて……
米軍って戦車連隊って無いんですね。知らなかったよ。
そしてその割に話は大して進んでません、本当にすまない……


――2023年2月6日夕方 神奈川県厚木市 市街地

『第88レンジャー中隊第二小隊”レンジャー2”』――

 

「小松一佐! 玉川地区の十町丁、避難完了しました!」

「輸送車、第14列発進します。避難先は乙三号……山梨方面です」

「山梨は次の便で受け入れ先が一杯だそうだ! 予定より多いぞ。長野の方は空きがあるのか?」

 

 避難誘導を開始してから一時間程度が経過した。

 日は沈み始め、市民でごった返す厚木市が赤く照らされる。

 避難は親切な自衛隊の協力もあって、大きな混乱なく順調に進んでいた。

 

「しかし、やはりこういう任務は、我々より自衛隊の方々の方が手慣れていますね」

 大林中尉が結城大尉に向かって呟いた。

 我々EDFは現在、避難が完了した地域に残っている人がいないかの呼びかけと、物資の輸送をメインで行っている。

 今私はEDF製高機動車”ジャガー”の運転をしていて、助手席に鷲田少尉、後ろに大林中尉、結城大尉を乗せている。

 やれやれ、士官殿の真っただ中にたった一人の伍長とは、少々か肩身が狭いものだ。

 と言うのも、今は三人を厚木市役所……現在の緊急避難対策本部へ送る所なのだ。

 

「うん。僕たちは戦う事ばかりで、こういった人や自然災害と向き合う訓練は殆ど無かったからね。特に自衛隊は何度も災害を経験しているし、そのノウハウもある」

「前の震災の時なんか、戦力と予算だけはいっちょ前な癖に、災害時に役に立たないEDFは、随分風当たりが強かったらしいですね……。その頃俺ぁ、海外に居たんですけど」

 鷲田少尉が珍しく丁寧な言葉で話す。

 当然の光景なのだが、普段のイメージと少し違って新鮮だ。

 

 しかし、震災か……丁度その頃私もEDFで海外派遣部隊に居た頃だな。

 もしかすると、鷲田少尉とどこかで出会っているかも知れないな。 

 

「それにしても、進捗予定通りとは恐れ入ります。この分だと、あと一時間もすれば撤収作業に移れるでしょう」

 大林中尉が時計を見て時間を計算する。

 先程対策本部から届いた進捗状況は全体で約五割。

 厚木市中心部など人口が集中している地域は道路状況が混雑し、未だ四割に達していないが、それも計画には織り込み済みだ。

 どう頑張っても、やはり短時間で十数万人を陸路で避難させると道路状況という壁にぶち当たる。

 

「一時間か……。問題は、津川浦でどれくらい持ちこたえられるかだね。相当数の対空兵器を集めたとは聞いているけど……」

 結城大尉の懸念通り、この計画が上手く行くかはその一点に掛かっている。

 マザーシップの艦載機、ガンシップに対し、どれだけ時間を稼げるか……。

 殲滅してくれればありがたいが、海軍がこっ酷くやられた事からも生半可な相手ではないだろう。

 

 厚木市役所付近に近づく。

 市役所の駐車場は市内に点在する乗車拠点になっていて、さながらバスターミナルのように整備されている。

 そこに並ぶ車輛待ちの人々の不安そうな顔が見える。

 彼らを無事この地から脱出させるこ事が、我々の任務だ。

 

 

――30分後 厚木市役所 陸上自衛隊 緊急避難対策本部――

 

 

「EDF極東本部より入電ッ!! 津川浦が敵部隊に突破されましたッ!! 航空戦力の他に陸上機甲戦力も確認したとの事です!」

「馬鹿な! 500機以上のEDF戦闘機が居たんだぞ! いくら何でも早すぎる!」

「いや……あの北米に現れた陸戦兵器……確かダロガと言ったか。あれには強力な対空攻撃があった筈だ。しかし、どうしてそんなのが突然現れた?」

 

「分かりません……! ですが、間も無く後続部隊との戦闘が始まるとの事です!」

「厚木基地に配備されていた空自及び米海軍の戦闘機が全機緊急発進、間も無く接敵します!」

 

 厚木基地に所属しているのは本来米海軍の戦闘攻撃機と海上自衛隊の航空機なのだが、府中基地、目黒基地、市ヶ谷基地など関東の主要な基地が軒並み巨大生物に占領されてしまったので、その時撤退に成功した航空機を一部厚木基地へ移動させていたのである。

 

 幸か不幸か、それが今回の緊急展開には役に立った。

 

「無茶だ……! EDFですら歯が立たなかった相手だぞ! EDFは何と言っている?」

「避難を一刻も早く完了させろ、としか……」

 

「全体の進捗は!?」

「77.8%……未だ15万人が各所に取り残されている模様です」

 

「間に合うのか……いや間に合わせろ!」

「了解ッ!!」

 

 

――10分後 寒川町上空 米海軍第五空母航空団 第102戦闘攻撃飛行隊”ダイヤモンドバックス”――

 

 

 日が沈みつつある夕暮れの空に、総数100機近くの戦闘機が現れる。

 米海軍のF/A-18E/F”スーパーホーネット”

 F-14SD”スーパートムキャット”

 航空自衛隊のF-2E”バイパーゼロ”

 F-15J"イーグル"

 F-35A”ライトニングⅡ”

 

 これほどの航空戦力であれば、恐らく他国のどんな戦闘機部隊と戦っても勝利するだろう。

 それはEDFの最新鋭戦闘機、EJ-24”レイヴン”と比べても例外ではない。

 レイヴンは対フォーリナー用に作られた兵器だが、それ故にステルス機能はオミットされている。

 加えて、開発時はまだフォーリナーとはいったいどういう存在なのか、もっと言えば敵かそうでないかの判断すらついていない。

 その為、敵だった場合の敵の性能に応じて機能を拡張出来るように設計に余裕を持たせているだけだ。

 

 もちろん、EDFの兵器全般に、南極大陸で発見されたオーバーテクノロジーであるフォーリナー由来の技術は使われているが、それでも基本性能は飛びぬけて高いモノではない。

 それよりも兵器として脅威なのは、世界中で確立された製造ライン、それによる規格統一化、そして桁違いの生産能力によるコストの安価化だ。

 

 しかし、それでも他国軍にとってEDFの技術力は脅威だった。

 いくら対フォーリナー用の兵器と分かっていても、それが人類に牙を剥かない保証などない。

 現に中東では、強奪されたコンバットフレームが大きな被害を出した事もある。

 

 EDFに触発されるように、各国の兵器も数年前とは数段兵器の性能は向上していった。

 EDFのように新型を簡単に開発する事は出来なかったが、旧型機、現行機を大幅にアップグレードし、EDFと各国の技術力の差は驚く程でもなくなっていた。

 

 だが、そんな人類をあざ笑うような軍団が迫っていた。

 

《キャスター(早期警戒機のコールサイン)より全部隊へ。前方2500、敵ガンシップ確認、総数おそよ600機。その後方1300に敵歩行戦車”ダロガ”確認。総数12機。オーヴァー》

『ダイヤモンドリーダーよりキャスター。了解した(Will comply)。戦闘管制はもう結構だ。この大群相手にはとても護り切れない、撤退してくれ』

《キャスター了解……。すまない。武運を祈る(good luck)

『なに、敵部隊の殲滅をする訳じゃない。日本国民が避難するための時間を少し稼ぐだけさ。死ぬつもりはない』

 

 その言葉を聞いてから、早期警戒機は戦闘空域を去った。

 管制なしでの戦闘など、本来の空戦ではありえない事だが、津川浦防空戦では足の遅い早期警戒機が真っ先に全滅した為、急遽帰還させることにした。

 

『さて、ダイヤモンドリーダーより中隊各機! ブリーフィング通り俺達の任務は時間稼ぎだ! 無理に敵を追わず、生き残ることを優先しろ! 後に……コイツらに一泡吹かす日が必ず来る! その時まで死ぬな!』

『『了解ッ(Wilco)!!』』

『ったく! つい昨日まで陸上勤務なんて退屈だと思ってたが、まさかこんな事になるなんてな!』

『まったくだ03! ロナルドレーガンが恋しいぜ! ただまあ、EDFにパクられたニミッツも一瞬で穴だらけになったって言うから、かえって良かったかもな!』

『おいおい06、俺達天下のダイヤモンド・バックスがそんな事許すと思うのか? フォーリナーなんぞ片っ端から鉄屑に変えてやるぜ』

『04、お前は大尉の話を聞いてなかったのか? とにかく死ぬなって言ってたろ?』

『04、そういう大口はまず10機ぐらい落としてから叩くんだな!』

『言ったな05! そんならどっちが多く落とせるか勝負だ! 負けた方は大尉の執務室からこっそり上物のウイスキーを……』

『02より04、05。せめて大尉の聞こえない所で言ってくれ……。ついでに言っておくが、今回はEDFと共同作戦だから、無線も全部丸聞こえだぞ? いつもみたいに恥ずかしい話はするなよ』

『グローム03よりダイヤモンド02。構わないさ、むしろ我々にも粋なアメリカンジョークとやらをご教授願いたい。ところで、いつも話している恥ずかしい話とやらはどんななんだ?』

『ヘイ! 02! なんてこった! 日本人に一本取られたぞ! こりゃ腹いせに02の一番恥ずかしい話を聞かせるしかねぇな!』

『なんだと!? やめろ04! 戦闘前に微妙な空気になったらどうする気だ! それならお前のあの話を――おっと! どうやら雑談はここまでのようだ!』

 

『ああ! こちらも確認した! グロームリーダーより各機! ガンシップ視認! その向こうにダロガが――』

 ダイヤモンド2の通信と同時、視界に入ったダロガの上面が光り、自衛隊のF-15Jが一機レーザーに貫かれ爆散した。

 

『こちらダイヤモンド! 07が撃墜された! ダロガのレーザー攻撃だ!』

『冗談だろ!? この距離でこの精度かよ!?』

『ガンシップも来るぞ!! 各機迎撃開始!! ――うわあぁぁぁ!!』

 

 地平線の限界から、多脚歩行戦車ダロガのレーザー照射が戦闘機隊を襲う。

 その攻撃に、自衛隊、米軍を問わず最新の戦闘機がなすすべなく撃墜されていく。

 

 その混乱の最中、同時にガンシップの攻撃も始まる。

 

『くそッ!! ダイヤモンドリーダーより全機! あの陸戦兵器、思ったよりトンでもない性能してやがる!! 先にあっちから片付けないと全滅だ!!』

『こりゃあマジで生き残るだけで大変だぞ! あんな攻撃躱しようがない!!』

『こちらグロームリーダー! 我々のF-2Eは対地兵装も充実している! 危険だが、歩行戦車は我々でなんとかしよう!』

《その必要は無い!》

『!?』

 

 地上部隊からの通信が割り込んできた。

 

 

――在日米陸軍 第七機甲師団 第一旅団戦闘団”ファイア・クラッカー” 第一戦車大隊――

 

 

『地上の敵は地上で相手をする! ダロガは我々に任せろ! 空軍は空の敵を食い止めてくれ!』

《ファイアクラッカーか! 第七機甲師団の一番槍が居るとは心強い! 頼んだぞ!!》

 

 上空で空軍が戦闘する中、米陸軍の誇る最新鋭戦車、M1A3エイブラムスⅡ24輛が隊列を組んでゴルフ場を突っ切る。

 その2km程隣では、陸上自衛隊の18式戦車が住宅街を進んでいる。

 

 そして、唐突にゴルフ場が爆風に巻き込まれた。

 

『クソ! 敵の方が目は良いようだ! フレイム1より各車! 足を止めるなよ!?』

『『sir! yes`sir!!』』

『距離4000、目標確認! 撃て!!』

 

 

 時速80km程で駆けながら、エイブラムスⅡは125mm徹甲榴弾を放つ。

 装甲を貫通し、更に内部で爆発する徹甲榴弾は、従来の戦車なら一撃で行動不能にする程の威力だ。

 それが十数発、4kmの彼方まで正確無比な狙いで飛んでいく。

 

 高速で飛来した砲弾は全て命中。

 しかし装甲を破るまでには至らず、派手な爆発が巻き起こっただけに終わった。

 

『ジェリコ1より全車! 目標健在!』

『ウソだろ……あれだけの攻撃でまだ動けるってのか!? なんて装甲してやがるんだ!』

 

 黒煙を上げてはいるものの、攻撃したダロガはまだ行動できるようだった。

 その上、徐々に山肌の陰からダロガが集まってくる。

 

 日が沈みかける住宅街に、不気味に光る縦長のシルエット、その数20以上。

 

 そして、その頭頂部の触覚が一斉に光り始める。

 

『奴ら撃ってくるぞ!!』

『フレイム1より各車! 各自散開しつつ砲撃!! せめて奴らの注意を空軍から反らせ!!』

 

 ダロガの触覚から粒子砲弾が放たれる。

 まるで機関砲のような驚異的な連射力で放たれた青い粒子砲弾は、それぞれが大きく爆発し、一瞬にしてゴルフ場を抉って焼野原にした。

 当然戦車隊も無事では済まない。

 

『フレイム1より各車! 無事か!? 何輛やられた!?』

『フレイム3が直撃した! 目の前で爆散するのを見た!』

『5と6の反応も無いぞ!!』

『まだ撃ってくる! うわあぁぁぁぁ!!』

『まずい! 奥のダロガが空中に攻撃してる! レーザー照射だ!!』

 

 米軍のエイブラムス戦車も、負けじと応戦し、幾重もの砲弾と粒子砲が交差する。

 その砲撃のかいあって2機は撃破出来たが、米軍戦車隊は11輛を失っていた。

 

 米軍は住宅街に下り、そこをダロガが家屋ごと一瞬で焼け野原に変えてゆく。

 そして夜空に一筋の光が走るたびに、空軍の命が消えてゆく。

 

『今だ!! 突っ切るぞ!! うおおおぉぉぉ!!』

 

 そんな中、雄叫びを上げて9輛の戦車が、狭い県道を時速90km以上の猛スピードで曲がりながら突撃する。

 市街地専用に小型軽量化された車体は、陸上自衛隊の18式戦車だ。

 

 ダロガ4機は接近する標的に反応し、粒子砲弾を叩きこむ。

 

 しかし18式は履帯から火花を散らし、半ばドリフトのような走行で砲弾を回避しながら、あろうことか猛烈に砲撃するダロガの100mそばまで接近すると、急カーブ中に全車が一斉に砲撃した。

 

 戦車にとって極至近距離での砲撃によってダロガ2機は耐え切れず崩れ落ち、18式はそのまま離脱した。

 

『ハッハァ! ザマァ見やがれ! 日本の国土をそう簡単に蹂躙できると思うなよォ!? フォーリナー如きが!!』

 陸自の戦車隊指揮官と思われる男が、無線で盛大に騒ぐ。

 

『おいおい狂ってんのか陸自の戦車の乗りは!! いくら機動性の高い戦車だからってそこまでやるとはな!』

『だがお陰で活路が見えた! 奴ら砲撃の狙いはそう正確じゃない! 機動戦に持ち込めれば……!』

 

 わずかに光明が見えたと思われた、そんな時。

 その場一体に地震のような揺れが起こった。

 

『おい、なんか妙に揺れてないか……?』

『地震……? いやこの揺れ、まさか!?』

 

 思ったときには、既に事が起こっていた。

 辺り一面の地面が一斉に爆ぜ、地中から巨大生物――α型やβ型、更に未確認の赤色変異型までもが現れたのだ。

 

『なんで巨大生物が!? うわあぁぁぁぁ!!』

『身動きが! ぎゃああぁぁぁ!!』

『う、嘘だろ!? ちくしょう!』

『このフォーリナーのクソ共がァァァ!! テセウス全車後退だ! クソ虫共と接近戦はリスクが高すぎる!!』

『駄目です柏崎大尉!! どこもかしこも巨大生物だらけで……ぐあああぁぁ!!』

『ちくしょうめ!! 逃げれる奴だけ逃げろ! ここはもう駄目だ!!』

 陸自の戦車隊テセウス中隊は、その数を減らしながら撤退していった。

 

『テセウス中隊が撤退していきます! 大尉! 我々も!』

『くそう……完全に分断されたか! 巨大生物め……!!』

 米軍のフレイム中隊は地中侵攻の直撃こそ受けなかったものの、今まさにダロガと巨大生物の挟み撃ちにあっていた。

 

『フレイムよりHQ(ヘッドクォーター)! エリアC11で大規模地中侵攻発生! 陸自を含め我々戦車隊はほぼ壊滅した! このままではダロガと巨大生物が内陸に雪崩れ込む!! EDFは一体何をしている!? 市民の避難はどうなった!? このままでは座間キャンプも危ないぞ!』

 

 フレイム中隊指揮官はヘッドセットを握りしめて無線を送るが、ノイズのみで返答がない。

 

『おい!! 聞いてるのかHQ! HQ!! ……おいまさか……』

 

 ノイズが酷い。

 そして、彼は思い出す。

 以前同じようなことがあったことを。

 その時はフォーリナー襲来時で、原因は学者たちの間ではマザーシップが大気圏に突入する際に発生する特殊な電磁波によるものだと聞いた。

 

 そして、確か今マザーシップは太平洋から姿を消していた。

 

「まさか……一度宇宙に上がり、またここへ向かってきている……のか……?」

 

 そうなれば最悪のシナリオだ。

 ここで敵を食い止めるとか、住民を避難させるとか、そういう問題を遥かに超えた蹂躙が始まろうとしていた。

 

 




なんか18式戦車とか、エイブラムスⅡとかちょっと進化した現代兵器?出てきてますけど別に細かい設定は考えてません!
ただ、南極のフォーリナーシップによってEDFが技術革新起こしてるのに、そのほかの国が現代と同じ性能だと変なのかなぁ、と思っただけです
まあアレですよ、ノリで考えてるだけなんで深く考えたら負けです
あと現代と違って兵器産業めちゃくちゃ盛んなんでそのせいって事で


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第二十六話 蹂躙の始まり

長らく……長らくお待たせしました。
普通に忙しかったのと、遊んでたりして遅くなりました。
諸事情で以前ほどの時間が取れなくなったので、今後も更新スピードは低下すると思われます。
ですが……せめて頑張って月一では仕上げたい……と思う。


――2023年2月6日夜 厚木市街――

 

 厚木市街は燃えていた。

 夜の帳が下りたはずの町は爆炎の明かりに煌々と照らされ、火炎と煤が辺りを覆っていた。

 上空から降り注ぐ赤色のレーザー照射で、幾人もの民間人が貫かれ、列をなして逃げ惑う人の群れが、彼方から襲う粒子砲弾の炸裂によって塵芥と化してゆく。

 

 空を覆うような数のガンシップに対し、私は新型広角ショットガン・ガバナーを使用。

 射程の短さと引き換えに手に入れた高威力・広範囲の散弾はガンシップを纏めて撃ち落とす。

 本来は対巨大生物用として開発されたらしいが、ガンシップの防御力は脆いようで、歩兵の火器でも十分に対処できた。

 

 問題なのはガンシップの火力、レーザー照射攻撃だ。

 攻撃を見切り、即座にローリングを行う。

 直後、私のいた場所に複数のレーザーが当たり、アスファルトを抉る。

 

 その威力は戦闘機すら一撃で貫く程だ。

 いくらアーマースーツを着ていても、人間が直撃を受ければ一たまりも無い。

 それに直撃を回避したとしても、地面を砕く程の攻撃の余波は確実に私にダメージを与えていた。

 

 更に厄介なのはフォーリナーの四足歩行戦車、ダロガだ。

 奴の発射する粒子砲弾は狙いこそ乱雑だがそれを補って有り余る威力と攻撃範囲を持っている。

 連続して十数発辺りにばら撒かれるそれは、周囲を一瞬にして焦土へと変える戦術爆撃に匹敵する。

 歩みは遅いが装甲も厚く、EDFの戦車隊も劣勢のまま、成すすべなく護るべき都市、そして市民を失う一方だった。

 

 その上、この場には巨大生物も複数存在する。

 酸を吐くα型、糸を出すβ型、更に赤色のα型変異種まで。

 

 こういった乱戦によって分かる事だが、フォーリナーという勢力は基本的に誤射に期待できない。

 正確には、誤射によってダメージを受けにくい、と言う事らしい。

 どういった原理かは知らないが、ダロガの粒子砲弾の直撃を受けても巨大生物が活動に支障が無いのはそういう事だろう。

 

 今までは巨大生物同士の誤射だったため、学者達は巨大生物を構成する要素同士で干渉しない何かがあるのかと研究していたようだが、どうやら巨大生物だけでなく、フォーリナー全体でそういう仕組みがあるようだ。

 

 そのような研究は学者達に任せるとしても、はっきり言って今の状況は最悪以外の何物でもなかった。

 事態が最悪に陥ったのは、今から10分ほど前の事だった。

 

 厚木市街で自衛隊による民間人の避難を手伝っていた我々EDFだったが、最初異常によってまず致命的な混乱が巻き起こる。

 重度にして大規模の通信障害の発生だ。

 有線を除くすべての通信機器が通信不能に陥ったのだ。

 これによって民間人の間でも混乱が起こり、完全避難完了まであと一歩と言う所で収拾が付かなくなった。

 

 

――10分前――

 

 

「そっちはどうです!?」

「ダメだね……完全に繋がらない」

「オレのも駄目だ。気味の悪ィノイズしか聞き取れねェ。こりゃァまずいな……」

 私、桜、二ノ宮軍曹、鷲田少尉の四人は、一台の高機動車ジャガーで避難の遅れた市民を探しにパトロールしていたのだが、四人同時に無線が使えなくなるという障害にぶつかった。

 

「私達、完全に連絡取れなくなったって事!?」

「それだけならまだいいさ。でも単なる故障とは思えない。だとすると……」

「上昇して見失ったマザーシップはまたレイドシップが、この付近に降下している可能性があります!」

 

 真剣に呟く二ノ宮軍曹の言葉を、私が引き継ぐ。

 

「とにかく。人探しは後だ! 切り上げて対策本部へ急ぐぞ! ただでさえ南の米軍共はいつ突破されてもおかしくねェンだ。この混乱に乗じて襲ってきたら最悪もいいトコだ!」

 

 この地区では20分の見回りが命令されていたが、鷲田少尉の判断で見回りを切り上げ、対策本部のある市役所へと向かう。

 

「ねぇ! あれ見て! 何か飛んでくるよ!」

 桜が夜空を見て声を上げる。

 運転しながら覗くと、炎上した戦闘機が高度を急激に下げながら飛行……いや、落下していた。

 

「あれは……南で戦っていた空軍機か!? おのれ!!」

 その時点で私は急激に死の予感を感じ、アクセルを踏み抜き進路を変えた。

 

「ぬォ! 仙崎おめぇどこ向かってやがる!?」

 鷲田少尉の言葉を無視する。

 直後、空中分解に近い挙動で機体をバラバラに裂きながら、それはあっという間に地面に墜落した。

 その速度を殺しきれないまま、残骸がこちらへ向かってくる。

 

「まずいね! こっちへ来てるよ!」

「ひゃぁ! 死ぬ!!」

 

 二ノ宮軍曹と桜が騒ぐ。

 

「ぬぁはははは! 死なん!!」 

 

 私はサイドブレーキを引いてハンドルを切り、ドリフトする形で炎上する残骸をギリギリ回避。

 と思いきや一瞬だが翼の破片がふっ飛んでくるのが見えた!

 

「ぬおお!!」

 

 私は助手席に居た二ノ宮軍曹ごと突き飛ばし、運転席に突き刺さった翼の残骸を無事回避した。

 

 ふぅ……と一息つくと、そこには押し倒して鼻先が触れ合うくらいの距離の二ノ宮軍曹が。

 

「……キス、しようか?」

「しませんけど!?」

 

 E551ギガンテスの主砲初速くらいの勢いでその場から立ち上がり体制を立て直す。

 

「つれないねぇ。とは言え助かったよ。ありがとう。凄い反射神経だ」

 服を手で払い、何事もなかったかのように立ち上がる二ノ宮軍曹。

 

「お、おめぇら無事か!?」

「アネゴ! まことん! 生きてる!?」

 二人が慌てて車内から飛び出してきた。

 

「ぬぁははは! この程度で私が死ぬとは思わんことだ!」

「ふふ、少し、刺激的だったね」

 

「そりゃあ良かったが……二人とも平常運転すぎんだろ」

「それより! 墜落した戦闘機は!?」

 

 桜が燃え盛る残骸に駆け寄る。

 残骸は既に原型を留めていない為、最早どこの部分の残骸なのかすら遠目では判別不能だった。

 

「桜ぁ、やめとけ! 流石に生きてる訳――」

「生きてる! 生きてるよ! みんな手貸して!」

「なにぃ!?」

 

 桜の声に、我々も集合する。

 

 ひしゃげたコクピットから何とかパイロットを救出し、応急処置として治癒剤を打ち込む。

 黒人のアメリカ人だった。

 一瞬確認した部隊章は米海軍飛行隊ダイヤモンドバックスのもので、階級は少尉。

 

 そして肝心の怪我は酷く、腹部に大穴が開いてかなり出血と火傷も酷かった。

 治癒剤のお陰ですぐに意識を取り戻したパイロットだったが、始めの第一声は緊迫した叫び声だった。

 

「おい! あんたらEDFか!? 急いでここから逃げろ! 空軍は壊滅した! すぐにガンシップが来るぞ!!」

 鷲田少尉につかみかかって叫ぶ。

 

「んだとぉ!? そりゃ本当か!? まだ避難は――」

「残念だけど本当ですね。 上空に機影! もうここまで来たみたいですよ!」

 二ノ宮軍曹がライフルのスコープを覗いて確認する。

 

「おのれ……数は!?」

「ふふ、数えてるより逃げた方が早い程度はいるね」

「アネゴ落ち着きすぎです! とにかく逃げましょう!」

「仙崎ぃ! 車拾ってこい! とにかく本部までぶっ飛ばせ!」

「サー! イエッサー!」

 

 私は放置されていた軽トラを拝借し、直ぐ皆を乗せた。

 

「おい、オレは置いてけ! この傷じゃもう助かんねぇよ」

 そう言った空軍パイロットを、鷲田少尉が無理やり担いでいく。

 

「おい、聞こえなかったのか? オレはもう……」

「うるせぇ黙ってろ! 置いてけだぁ? んな後味悪い事出来るかっつーの」

 乱暴に言い放ち、米軍パイロットを手荒く荷台に乗せるのを確認すると、私は目いっぱいアクセルを踏んだ。

 

「ぐおぉ……! お前、もっと優しく出来ねぇのか……」

 米軍パイロットが鷲田少尉を恨みがましげに見る。

 

「お、悪ぃ。そういや死にかけだったな――うおっ!」

 レーザーが近くに着弾し、衝撃で車が跳ねる。 

 

「うわわ! いっぱい来たよ!」

「撃ち落とせぇ!!」

 桜、二ノ宮軍曹、鷲田少尉がそれぞれ荷台から弾幕を張る。

 私からは見てる余裕が無いが、ガンシップはやけに距離を詰めて攻撃してくるようだ。

 

 私は勘だけを頼りにハンドルを右に左にと切りつつ、なんとか対策本部のある市役所を目指す。

 

「空でやりあった時から思ってたがやっぱそうだ……。こいつらレーザーの射程が短い。だから接近して攻撃を──ぐっ!」

 米軍パイロットが途中で痛みに悶える。

 

「分かったから! おめぇもう喋んな!」

「そういうなよ……! なんか喋ってないと召されそうでな……。ったく、だから置いてけって言ったんだよ」

「そうかい! ならついでに聞くぜ! お前名前は?」

「レブロフ・ブライアントだ。あんたは?」

「鷲田敦。ところで、家族はいるのか?」

「いる。嫁と娘が2人。本国にいるがな」

「なんだよ。なら軽々しく置いてけなんて言うな。這ってでも帰って家族に会いに行きな!」

「ああ……ああ! そうだな!」

 

 そんな会話を聞きながらどうにか市役所に到着する……のだが。

 そこには、既にダロガに蹂躙されて炎上している市役所があった。

 

 

――横須賀市 EDF極東方面第11軍司令本部基地 中央棟 作戦司令室――

 

 

「司令! 通信障害復活! 各部隊と交信可能です!」

 オペレーターから報告を聞き、榊司令は声を上げる。

 

「鹿島! 急ぎ各部隊の状況確認、中央スクリーンに反映させろ! 柊! マザーシップやレイドシップを追跡!」

「「了解!!」」

 

 通信障害の復旧を受けて、混乱していた司令部は一気に慌ただしさを取り戻した。

 

「各部隊の状況オンライン! スクリーンと同期させます! っ……、これは!?」

 鹿島と呼ばれた女性オペレーターがスクリーンに映った戦況に言葉を詰まらせる。

 

 神奈川県寒川町の米軍は既に津川浦から上陸した敵に食い破られ、更に地中侵攻を受け多大な損害を出し撤退している。

 その煽りを受けて厚木市、座間市、海老名市と言った主要都市へ敵部隊が押し寄せていた。

 

「くそ、どういう事だ……。これだけの被害、上陸してきた敵部隊だけでは考えられない。敵の増援は、一体どこから……?」

「榊司令! マザーシップを捕捉! 太平洋上空2000mを飛行中! 進路予測、計算します!」

 柊と呼ばれた男性オペレーターがマザーシップを発見する。

 フォーリナーは、その構成が未知の元素な為か、あらゆるレーダーに反応しにくく早期発見が困難である。

 

 ただ、マザーシップについては、それ自体が膨大な熱量を追っている為、EDFの開発した特殊な観測機である程度場所を絞ることが出来る。

 

「そこ、貸してください!」

 

 柊中尉が数値を入力してマザーシップの進路と時間を計算しようとした時、コンソールのキーボードパネルを奪い取るようにして戦略情報部のルアルディ中尉が計算を始める。

 過去観測された数少ないデータと現在観測できたデータを瞬時に入力し、眼にも止まらぬ速さでキーボードを叩く。

 

「すごい……」

 柊中尉が呟く。

 

「出ました! 予測進路、反映させます! 最も確率が高いのは……」

 同時に、中央スクリーンに侵攻予想ルートが複数表示される。

 

「東京上空を経由し、厚木方面へ抜けていくルートAと思われます!」

 ルアルディ中尉が計算結果を榊司令に伝える。

 

「そのルートなら、戦術目標として可能性が高いのは、現在最も激しい戦闘が発生している厚木市エリアと見て間違いないでしょう。ルートBを辿った場合、目標はここ、極東本部と考えられますが」

 リーヴス少佐がいつも通りの落ち着き払った様子で話す。

 慌ただしい司令部にあって、彼女の冷静さは異彩を放っていたが、同時に頼れる頭脳として機能している。

 

「どちらにせよ時間がありません! 東京到達は約22分後。そこから各地域への移動は遅くとも五分程度あれば可能な計算です!」

 その言葉に榊司令は戦慄する。

 

「早すぎる!? ジェノサイドキャノンを発射されたら、各地域の部隊はとんでもない被害が出るぞ!? この基地とてひとたまりも無い……! 急ぎマザーシップ迎撃の用意だ! 各地の砲兵基地、海軍部隊との連絡急げ!」

 

 EDFとて、無策でマザーシップの脅威に怯えていたわけではない。

 各地に砲兵基地を増設し、長距離対艦砲、N4対艦巡航ミサイルやEDF製潜水艦ネプチューンに搭載された汎用ライオニックミサイル。

 海面500m以内を飛行した際にはEDF太平洋艦隊の主力戦艦群による艦砲射撃も想定していた。

 

 最も、それらを総動員しても、マザーシップに手も足も出ない事は過去の海戦で分かり切っている。

 それでも、少しでも侵攻を遅らせる事が明日に繋がるのなら……と考えた苦肉の策でしかないが。

 

「榊司令。望遠レンズの調整終了。サブスクリーンにマザーシップの様子を映します」

 観測オペレーターの高畑大尉が調整を終え報告する。

 フォーリナーの場合、レーダーや通常の観測機器だけでは詳しい状況を測れない事も想定され、肉眼や映像でのでの確認が推奨されている。

 些細な形状や表面上の変化が何に繋がるか分からないからだ。

 

 そしてこの場合、この早期発見は大きな意味を与えた。

 

「なんだ……これは!?」

 

 衝撃の余り、榊司令は声を荒げる。

 

 映像には、マザーシップの下部に、本体の四分の一ほどの大きさの見た事もない装置が牽引されていた。

 

「映像分析します! ……過去のデータ、ありません。完全な初観測です。マザーシップとの対比で分析する限り、全長およそ650m、全高240m、全幅130m程度と思われます」

 ルアルディ中尉が大まかな大きさについて解説する。

 

 その形状は複雑だ。

 マザーシップやレイドシップと同じ白銀の装甲で覆われ、全体的に丸みを帯びた形状をしている。

 上面には二本の巨大な筒状の物体、全面は下方向に延びるブレードのような何か。

 下部には四つの長方形状の柱が横になって付いている。

 その形状から、一体何の装置なのか榊司令は瞬時には判断しかねた。

 

「とにかく、予想不能な脅威であることは間違いない。鹿島、マザーシップ迎撃の部隊へ通達。目標をマザーシップ本体から、正体不明の下部装置へ変更! 本体は破壊できなくとも、装置もしくはその連結部なら可能性はある! そして今回のマザーシップ強襲の目的は、その装置を使う事である可能性が極めて高い! 今なら、その出鼻を挫けるかもしれない! 急ぎ通達だ!」

 

「了解ッ!!」

 

 

――千葉県勝浦市 EDF重砲兵基地2-9A――

 

「ターゲット確認、砲角固定完了!」

「320mm徹甲榴弾、全装填完了! いけます!」

「良し! 全砲門、砲撃開始!! 外すなよ!?」

 列車砲クラスの巨大砲台が重たい砲門を掲げ、爆音と共に320mmもの砲弾を空に放った。

 

――茨城県石岡市 EDF重砲ミサイル基地4-1C――

 

「ネグリング自走ロケット砲、全コンテナN4巡航ミサイルに換装完了!」

「長距離レーダー車輛との同期完了。熱量探知システム異常なし」

「全車両、砲撃開始! マザーシップにミサイルの雨をくれてやれ!!」

 数十輛ズラリと並んだネグリングから、コンテナに一発しか装填出来ないほどの大型巡航ミサイルが白い尾を引いて発射される。

 

――太平洋上 EDF太平洋第二艦隊 潜水機動戦隊 EDF潜水艦ネプチューン――

 

「全艦隊、急速浮上! 海面到達と同時にライオニックミサイル一斉射!」

「アイ・サー! 急速浮上!」

「今だ! ライオニック、一斉発射(サルヴォー)!!」

 EDFの主力潜水艦であるネプチューンが海面に頭を出した瞬間、一斉に大量の汎用ミサイルが放たれる。

 

――太平洋上空1000m マザーシップ――

 

 マザーシップは徐々に高度を下げながら、高速で飛行していた。

 東京上空まで残り6分程度のその時。

 音速を超える速度で何かが飛来した。

 

 320mmもの大きさを誇る徹甲榴弾。

 正確な観測の元行われた射撃は、見事マザーシップの下部装置に命中した。

 砲弾は直撃の一瞬後、大爆発を起こしマザーシップの巨体すら揺らす。

 その砲撃が、2、3と連続して続く。

 

 続いて飛んできたのは中型ながら雨のように飛来するライオニック・ミサイル。

 一発一発は、その装置にとってはさしたる威力も無いだろうが、そのあまりの多さに周囲は一気に爆炎に包まれる。

 一方で高速で動くマザーシップを捉えられず、外れるミサイルも多い。

 

 そんな中、最後に飛んできたのはN4巡航ミサイル。

 速度は最も遅いが、EDFがマザーシップ戦を考え改良した熱量探知システムによって正確にマザーシップを捉えた。

 本来熱源中央に向かって突き進む単純なシステムを修正し、その結果見事下部装置に直撃。

 各国新型戦艦をも一撃で屠ると謳われるその破壊力を容赦なく何発も叩きつける。

 

 効果は不明。

 だが、分析より前に火力を叩きつける。

 あの兵器を日本で起動させてはいけない、そんな思いで各基地、潜水艦からは砲撃が降り注ぐ。

 

 やがて6分後。

 そこには、各所微量なダメージの痕跡が残るものの、悠々と通過するマザーシップとその装置の姿があった。

 EDFのマザーシップ攻撃部隊は弾薬の消費からその攻撃を中止し、極東本部はその攻撃効果の分析と、以後の対策に追われていた。

 そしてマザーシップは、ルアルディ中尉の分析通り、戦闘の激化する厚木市方面へ向かっていった。

 厚木市への到達、残り2分。

 

 




ああ、待たせた割に主人公サイドあんまかけてないのが辛い……。
マザーシップの移動速度考えようとしたけど難しくてやめたw

●レブロフ・ブライアント(27)
 第102戦闘攻撃飛行隊”ダイヤモンドバックス”所属。
 階級は少尉で、コールサインは”04”
 本来は陽気な黒人だが、傷のせいで瀕死状態。
 仲間の生死も不明、自身も重傷で生きる事を諦めかけていたが、鷲田の言葉で家族を思い出し、生きて帰る事を決意。

鹿島未海(かしまみう)(25)
 作戦司令室オペレーターで、階級は中尉。
 主に部隊間の通信関係のサポートを行う。
 無論彼女一人で行っているわけではなく、数人の部下がいる。

柊伸介(ひいらぎしんすけ)(26)
 同じく作戦司令室オペレーターの中尉。
 主にレーダー系統など敵部隊捕捉のサポートを行う。

高畑紀夫(たかはたのりお)(33)
 同じく作戦司令室オペレーターの大尉。
 対フォーリナー用に導入された望遠レンズでの探索を行う。 


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第二十七話 多脚戦車群

勢いに乗って更新!
戦闘メインです!


――2023年2月6日 神奈川県厚木市――

 

 私は高機動車ジャガーを運転中、大林中尉の姿を発見しやや荒い運転で近くに急停車した。

「中尉! 大林中尉!! この状況は一体!?」

 鷲田少尉が、米軍のブライアント少尉を抱えながら大林中尉に向かって走っていく。

 見ると、他にはレンジャー2各員が揃っているようだ。

 市役所庁舎は半壊状態で、度重なる爆発の中で少数の巨大生物を掃討していた。

 

「よく来た! だが遅い!! 状況は分からん! 無線は死んで敵は空と地下から湧き出てあっという間にこの様だ!! ソイツは何だ!?」

 中尉が簡潔に状況を要約する。

 周囲を見ると、至る所で戦闘が発生している。

 遠方では市庁舎を盾にしてダロガと砲撃戦を繰り返す戦車も確認できた。

 だが、通信が回復していないせいか連携は上手く取れていないようだ。

 

「道中で拾いました! 米海軍少尉です! 重傷でとっととどこかに預けたいんですがね!」

「ゆっくりしてる暇はありませんよ。ガンシップ来ます!」

 二ノ宮軍曹と我々が追い付くと同時に、ガンシップが襲来する。

 私は対巨大生物用だった広角ショットガン、ガバナーを使い滞空していた一機を撃ち落とす。

 

「まったく何という厄介なものを連れてきてくれた!? だが我々EDFは決して恐れない! 空の敵も地上の敵も撃退し、市民を護るぞ!!」

 大林中尉は襲来するガンシップを睨みつけ、我々を鼓舞する。

 

「「サー! イエッサー!!」」

「新垣、鈴城! あの負傷兵を駐車場にいたキャリバンに送ってこい! 五分で戻れよ!?」

「イエッサーであります!! では少尉、こちらへ!」

 そう言うと新垣は軽々とした動作で負傷兵、ブライアント少尉を担ぎ、鈴城軍曹がその後に続く。

 

「んじゃアタシは護衛ってか? モタモタしてっと蹴り飛ばすからな新垣!!」 

 鈴城軍曹は道中の巨大生物α型をショットガンで蹴散らしつつ先に進んで見えなくなった。

 

 一方我々はガンシップと巨大生物の混成集団との戦闘へと移っていった。

 

 高速で飛行し、かと思えば狙いをつける為か静止に近いくらい減速するガンシップ。

 そこをガバナーで撃つと、まとめて三機が火を上げて墜落した。

 機動性の代償なのか、装甲は歩兵の小火器で対応できるほど薄いらしい。

 

 ただし、このガバナーも、普通のショットガンとは一線を画す威力だそうだが。

 

 そうしている間にも巨大生物が迫る。

 飛んでくる酸を回避し、α型に至近で一撃。

 装甲殻が一気に剥げ、活動停止した。

 その弾丸は内部を貫通し、更に後方の敵へダメージを与えたようだ。

 

「へぇ。その武器なかなか強そうだな。その調子で頼むぜ!」

 浦田が私の銃を見つつ、私の頭上を飛び越えたβ型を空中で撃ち落とす。

 

「対巨大生物用に開発部が作った広角ショットガン、ガバナーだね!! 最大の特徴は従来の五倍くらいの散弾の数で、その威力は」

「その話は後にしろ! α型亜種が来るぞ!!」

 長くなりそうな兵器解説を荒瀬軍曹の声が遮る。

 

 見ると、数十体のα型亜種……赤褐色のα型が群れを成して突撃してくる。

 

「奴は装甲が厚い! 歩兵の火器では止めきれん! コンバットフレーム!? いけるか!?」

「任せろ! ブレイズ全機! コンバットバーナーで焼き殺せぇぇ!!」

 大林中尉が大声で叫ぶと、外部スピーカーをONにしていた赤色のニクスが応答した。

 一個小隊、四機のニクスが行動開始する。

 

 ニクス・レッドシャドウと呼ばれるそれは、軽やかな動きでα型亜種の前面に立つと、腕部に換装された大型火炎放射器、コンバットバーナーから高熱の炎を吹き出した。

 

「はっはぁざまみろ!! 焼肉にしてやるぜぇぇ!!」

 α型亜種は悲鳴のような音をギャアギャアと出しながら、その高温の炎に焼かれていく。

 

「うっはぁ……! あの軽やかな動き! やっぱレッドシャドウはかっこいいねぇ! っと、右からガンシップ来てるよ! 水原!?」

「狙撃っすか? お任せっす! そらぁ!!」

 桜の言葉で、水原が遠くのガンシップを狙撃する。

 だが数が多い、ガンシップの集団は直ぐに距離を詰めてきた。

 

「くそ! こいつら、いつの間に!? ぐあああぁぁ!!」

 突然、レッドシャドウが爆発した。

 その原因は……敵の多脚歩行戦車、ダロガの砲撃だった。

 

「ダロガだと!? いつの間にこんなところに!?」

 β型をハチの巣にしながら私は叫んだ。

 先程の状況だと恐らくだが遠方で戦車と砲撃戦を行っていたはずだ。

 それが……巨大さが確認できるぐらい間近に存在していた。

 

 多脚歩行戦車ダロガ。

 その名は聞いてはいたが、実際にその姿を見たのは初めてだ。

 大きさは15mくらいだろうか、5階建てマンション程度はある。

 円盤状の本体から細長い足が四脚生えている。

 鈍足で、走破性に優れているようにも見えず、15mもの巨体はいい的だ。

 何とも奇抜で、兵器としては致命的なまでに合理性が欠けているように思える。

 

 しかしながら我々は、その威容に恐怖を与えられていた。

 上部の触覚のような砲身がひとたび光れば、辺り一帯を爆発で覆うほどの攻撃が待っているからだ。

 

「仙崎、上を見ろ! あのクソが我々をここまで追い詰めた!」

 

 大林中尉の言葉で空を仰ぐと、そこには低空を飛行する物体があった。

 黒いドラム缶を六個長方形になるようくっつけた形をしていて、そのドラム缶のような船体から、一機づつダロガが空中投下されていた。

 

「上空から突然降下してきてな! 同時に地下からは巨大生物! お陰でこっちは後手後手もいいとこだ!」

 浦田が忌々しく吐き捨てる。

 そんな間にもダロガは移動を開始し、我々や味方部隊に迫る。

 

「戦車を、ギガンテスを呼べぇぇ!!」

「無理です! 近くにはいません! 通信もまだ!」

「歩行戦車が来るぞォォ!!」

「でかい……! なんて大きさなんだ! あんなのが歩くなんて!?」

「上からの攻撃に注意しろ!」

「まずい! 撃ってくるぞ!」

 別部隊の陸戦歩兵(レンジャー)達の声が聞こえる。

 巨大生物を掃討しつつ見ると、近くのダロガの上部触覚が青白く発光している。

 

 それはやがて指向性を持ったエネルギー弾として発射され、α型亜種を焼き払っていたニクス一機が撃破された。

 

「うわあぁぁぁぁ!!」

 周囲に居た歩兵も何人か巻き込まれる。

 

「ちくしょう! 撃て、撃てぇぇ!!」

「小隊!! ゴリアスを持ってるやつはぶっ放せ!! ここで食い止めるぞォォ!!」

 周囲の歩兵部隊に同調して我々レンジャー2もダロガに砲撃する。

 

 ダロガとの距離は20mも無い。

 相手の大きさから考えると至近距離だ。

 その上、確認できるだけでも他に5機はいる。

 

 私は近くにあった補給コンテナを漁ったが、ゴリアスは無かったので武器をAS-19に切り替えた。

 私が周囲の巨大生物に弾幕を張っている間に、幾十ものゴリアスランチャーの弾頭がダロガに直撃し、ダロガは黒煙を上げて崩れ落ちた!

 

「撃破一! 撃破一! やったぞ!」

「喜ぶのはまだ早い!! 残り五機!!」

「まずい撃ってくる! 伏せろ、伏せろォォ!!」

 咄嗟に物影に滑り込むように身を屈める。

 

 恐ろしい連射速度で十数発の粒子砲弾がそこかしこに炸裂し、辺りは一瞬で火に包まれる。

 

「げほげほっ……、レンジャー10、無事か!? 武口! 生きてたら返事をしろ!!」

 大林中尉が煙にむせ返りながら隣接していた部隊の名を叫ぶ。

 

「俺は無事だ! だが四人やられた! このままじゃ抑えきれない!」 武口と呼ばれたレンジャー10指揮官がどこからか応答する。

 

「歩兵部隊は下がれ!! いくらゴリアスを持っていても、相手が悪すぎる! ここは我々が!!」

 レッドシャドウがジャンプで一気にダロガとの距離を詰め、両肩に装備された散弾砲を放つ。

 

「喰らえ、喰らえッ!! しまった、ガンシップか!? ぐあああぁぁぁ!!」

 だが複数のガンシップのレーザー照射を受け、動きが止まった所をダロガに至近距離で砲撃され無残に爆散した。

 

「ちくしょう! なんて火力だ! 後退、後退!!」

「エリアBまで後退!」

 他のレンジャーも後退していく。

 

「くそ、無念だが我々も下がるぞ! 新垣と鈴城はまだか!?」

 大林中尉は、キャリバンまでブライアント少尉を送った二人を思い出す。

 

「今来たみたいです!」

「中尉! 遅くなりました!」

 鈴城軍曹が息を切らして到着した。

 新垣もいる。

 怪我は無さそうだ。

 

「まったくだ! エリアBまで下がるぞ! 対策本部はどうなっていた!?」

「依然混乱している様子ですが、通信に回復の兆しがあったと!」

 エリアB、市庁舎エリアに向かって走りつつ、道中の巨大生物やガンシップを撃破していく。

 後ろではまだダロガの砲撃の爆発音が聞こえる。

 どの部隊が戦っているのか、誰がやられたのか、通信が封じられた状況で殆ど分からない。

 

「本当か!? それは朗報だ、このクソ厄介な状況に光明が見えたな! まずいッ! 建物に隠れろッ!!」

 ダロガの砲身が光る。

 私はとっさにビルの陰に身を滑らせた。

 直後、爆発。

 

 直撃は避けた私だったが、ビルが中ほどから爆発で崩壊し、残骸が私を襲う。

 

「この程度ッ!!」

 落下する残骸程度なら回避できるか!?

 

「きゃあ!」

「桜ッ!!」

 瓦礫に足を取られた桜を咄嗟に抱きかかえ、一心不乱に走り抜ける。

 崩れるビルの残骸の隙間に逃げ込んで、ここだと思った場所で桜を抱きかかえ防御態勢を取る。

 物凄い衝撃音を伴って周囲は砂煙に覆われるが、さすが私、なんともない。

 

「げほっ、無事か!? 桜!」

「う、うん! ありがと助かった! 流石まことん! ってまたやばい!!」

 立ち上がり、手を引いて桜を立ち上がらせると、瓦礫の隙間から再びダロガの発光が見えた。

 

「おのれ! 何が何でも仕留める気か!?」

「逃げよう!」

「無論だ!! 行くぞ!」

 桜と私はビルの残骸を飛び出た。

 残骸を盾にして隠れるという手もあったが、身動きがとりづらい上に爆風で殺される確率の方が高いと判断した。

 それに、見た限りダロガの粒子砲弾は人類兵器の実弾程の速度は出ていない。

 そして恐らくだが狙いも曖昧だ。

 要するに頑張れば走って避けられる!

 

 私は後ろを振り返り、一瞬で弾道を読んで直撃を避ける。

 一方桜は、流石の俊足か、みるみる距離が離されていく。

 

 私もあのぐらいの早さで走れたら、もっと回避行動に磨きがかかるだろうか。

 そう言えば、EDFのアーマースーツに人工筋肉を取り付けて運動能力を上げる次世代スーツも開発が計画されているようだ。

 早く戦場に欲しいものだ。

 

 そんな余計な事を考えていたせいか、私は爆発の余波を喰らい、体をふっ飛ばされる。

 

「仙崎ぃぃ!?」

 

 桜が叫ぶ。

 渾名で呼ばれなかったのは珍しい、と思うより前に私は地面に叩きつけられる。

 幸い耐衝撃に優れたスーツのお陰で落下によるダメージは少ないが、場所が悪い。

 なにせダロガのほぼ真下だ。

 

 真下は死角……との考えも一瞬でかき消された。

 円盤状の本体の下部には、回転砲台が据え付けられている。

 確か、無数のレーザー機銃弾を無差別にばら撒く兵器だ。

 流石に回避は厳しい、ならば!

 

「ぬおおおぉぉぉ!!」

 悪足掻きかも知れないが、立ち上がってAS-19をフルオートで回転砲台に発射。

 同時に砲台も回転する。

 レーザー弾が発射されれば流石に死は確実だ。

 

「ッ!?」

 

 だが、直後衝撃が起こり、私は思わず尻餅をつく。

 恐らく、ダロガへの戦車砲の直撃だ。

 偶然近くにギガンテスがいたのか。

 流石に一撃ではそれ程のダメージは与えられていないが、隙は出来た。

 

「僥倖だ! 今のうちに!」

 駆け出す私、だが直下を脱出したとたん、再び上部が発光する。

 

「なにっ!?」

 この距離で撃つ気か!?

 いや、狙いは砲撃した戦車か!?

 指向性を持った砲身が存在しないので、どちらを狙っているのか分からない。

 いやそもそも、複数個所に同時発射可能な武器なのだろうし、一発だけでもこちらへ飛んで来たら、流石にこの距離では躱せない。

 

 万事休すか!?

 心臓が早鐘のように鳴る。

 

「てりゃああぁぁぁ!!」

 

 そんな私の窮地を救ったのは、よく聞き覚えのある女性の声。

 飛んできたのは天空を駆る私の女神、瀬川葵だった。

 

 彼女は急速接近しレイピアを振りかざし、そのまま減速する事無く通過と同時に、火花を散らしてダロガの表面装甲を切り裂いた。

 

「今よ! 行けぇぇぇ!!」

 

 その声が聞こえたわけではなかろうが、ギガンテスが主砲で狙い撃ち、見事切り裂かれた装甲に直撃し、ダロガは爆散した。

 

「見事な連携だ! 本当に助かったぞ、瀬川!」 

「仙崎!? なんでアンタが……いえ、そんな事より他の部隊は!? 誰かいないの!?」

 予期せぬ私の登場に向こうも驚いたようだが、それ以上に切羽詰まった表情だ。

 

「ダロガの襲撃ではぐれてしまったが、恐らく此方だ! 貴様こそ何があった!? 他の皆は!?」

 よく見ると、瀬川は一人だった。

 さっきのギガンテスももう別のダロガと戦闘を始め、恐らく行きずりでの咄嗟の連携だったらしい。

 とにかく走って仲間の元へ急ぐ。

 

「今は私ひとり! 市民を集めた中央公園の防衛やってたんだけど、主力だった第17大隊が撤退を決めたのよ! お陰で中央公園は酷い有様で……なんとか、なんとか市民を護らないと!!」

「それで応援を呼びに! では他の三人も!?」

「機動力のあるウイングダイバーとフェンサーがそれぞれ呼びに行ったの! 通信が使えないから方法はこれしかなくて!」

「仙崎! 仙崎!! 無事か!?」

 ガンシップと交戦していた荒瀬軍曹が叫ぶ。

 

「大将! しぶとくて何よりだぜ!」

「ウイングダイバー! 瀬川少尉も来てたのか!? 一体どうして!」

 馬場と青木が射撃しながら声を掛ける。

 

「荒瀬軍曹! 急いで中央公園に向かってください! 第17大隊が撤退したせいで、あそこは酷い事に……!」

「なんだと!? 民間人を切り捨てたのか……! 了解した! お前達! 公園へ急ぐぞ!」

「瀬川! お前は!?」

「私は大林中尉達を探して来るわ! きっと近くで戦ってる筈だから!」

 瀬川は直ぐに飛び立とうとしたが、その時ついに状況が変わった。

 

《こちら、作戦指令本部! こちら作戦指令本部!! 通信状態の復旧が確認された! 各部隊、指揮系統の確認を急げ! こちらも状況把握に全力を挙げる!!》

 

 本部からの通信だ!

 ややノイズ混じりだが、それでもなんとか聞き取れる。

 

『レンジャー2-2聞こえるか!? こちら大林! 現在位置知らせ!!』

『レンジャー2-2より2-1へ! 現在エリアC3-1、文化会館付近です! ペイル2瀬川少尉と合流し、中央公園に向かいます!』

『どういうことだ!?』

『第17大隊が撤退し、現場では民間人が犠牲になっているそうです! 急ぎ救援に向かいます!』

『了解した! こちらも向かう!』

『こちらレンジャ-3! 我々も同行します!』

『レンジャー4、同じく!』

『こちら、レンジャー1結城! よし、第88レンジャー中隊は中央公園に集合! そこで市民を直接護衛する! 道中の敵排除は優先しなくていい!』

 

「そういう訳らしい、瀬川! 先に中央公園に向かえ!」

 これでもう飛び回って仲間を集める必要は無くなった。

 これで少しは状況が改善されるはずだ!

 

「分かったわ! 向こうで会いましょう!」

 そう言って、瀬川はユニットを展開して飛び去った。

 私は飛散になっているであろう中央公園の様相を想像し、同時に瀬川の身を案じながら一層強く駆け出した。

 

 

――神奈川県座間市 在日米陸軍 座間キャンプ――

 

 

 座間キャンプでも似たような状況が発生していた。

 座間市の住民をここへ集めて他県の避難所へ輸送していた最中、空からダロガの揚陸艇が多数現れ、同時に巨大生物とガンシップの混成部隊との戦闘が発生している。

 

 通信障害の発生で連携はズタズタにされ、敵に差し込まれた状態での至近戦闘を余儀なくされていた。

 つまり、米軍の得意でない状況だ。

 キャンプ内にもフォーリナーの軍勢が侵入し、既に自衛隊座間駐屯地は占領されていた。

 それでも傍らでは座間駐屯地の生き残りと、そして西関東防衛線に配備されていたEDF部隊の姿もあった。

 

 そして先刻、ようやく通信が復活したと思えば、待っていたのは基地の即時放棄命令だった。

 

「そんな命令は聞きかねます! エルリック大将! ここにはまだ数千人の民間人が残っています! 日本国自衛隊もEDF極東方面軍も未だ継戦の構えです! それを最強のアメリカ軍が、尻尾を巻いて我先に逃げ帰れと!?」

 在日米軍司令官のウィリアム・D・バーグス中将は出来るだけエルリック大将、ひいてはアメリカ太平洋方面軍のプライドを煽る形で食い下がった。

 しかし。

 

『いいかバーグス中将。西関東戦線はもはや壊滅寸前だ。ここでたかが数千人の日本人を護るためだけに、貴様が言う最強の第一軍団が全滅の危機に陥っているのだぞ? 戦うのは良い、だが場所が悪すぎる。それに、これだけの打撃を受ければ西関東戦線の立て直しは最早不可能だ。早々に作戦を切り上げ、基地も放棄しろ。早くしなければ、その脱出すら危うい状況までありうる。その上、マザーシップまで接近しているというではないか。EDF砲兵基地より長距離攻撃を確認したが、恐らく損害は与えられまい』

 アメリカ太平洋方面軍司令官、エルリック大将は落ち着いた声で諭すように言った。

 

「それでも、です。ここで我々が退けば、無辜の市民は言うに及ばず、周囲で応戦中の自衛隊とEDFにも深刻な被害が現れます。まして、ここに居る民間人は大半がインフラ関係者。これからの日本に絶対に必要な方の集まりです。一人でも多くの彼らを、人類を救う事が、我々の明日へつながると私は考えます! 残り一時間……最後の一人を送り届けるまで、我々はここを動きません!!」

 

『くどい! 前々から貴様は目障りだったが、ここまで大局が見えていないとは! その戦略眼でよくぞ中将までのし上がったものだ! 全く嘆かわしい! 貴様の意見など知らん! これは命令だ!』

 堪忍袋の緒が切れたのか、エルリック大将は一転して怒声を浴びせる

 

「……なりません、エルリック大将。我々は、ここを――」

 

 次の瞬間、座間キャンプ司令室に爆風が巻き起こり、バーグス中将は衝撃を受け、司令室は半壊した。

 

「中将! 中将! しっかり!」

「ダロガの砲撃だ! 第三戦車中隊! 何をしている!?」

「歩兵前へ! 司令室に巨大生物を侵入させるな!! ゴーゴーゴー!!」

「機械化歩兵! ダロガを仕留めろ!! 奴はデカいだけの的だ! 恐れるな!!」

 

 その声を聴きながら、バーグス中将は目を開ける。

 腹が熱い。

 手で触れると、手は出血で真っ赤になった。 

 

「ふっ、通信設備が壊れたか。丁度良かった、などと言っては上から大将の怒りを買ってしまうだろうが、まあ今更か」

 自分の状態には触れずに、そんな感想を零すバーグス中将。

 

「中将! バーグス中将! おい、担架だ! 中将が負傷した! 医務室まで運ぶんだ! 中将、こちらへ」

 安定する場所まで運ぼうとする部下の手を、しかしバーグス中将は払いのける。

 

「やめてくれ。私はここから動かん。ここで指揮を執り続ける」

「しかし、そのお体では……!」

「第一軍団のボスたる私が倒れたとあっては、それだけで士気が下がりかねん。この絶望的な状況で、尚変わらず皆を導くのが将たる私の役割だ。医務室になど行ってられるか。何より退屈で敵わんわ! はっはっは!」 

 豪快に笑ってはいるが、顔色は悪い。

 すぐに死ぬような怪我ではないが、適切な処置をしなければ長くは持たないだろう。

 

「では、せめてEDFの治癒剤を貰って……」

「いらん。それは私ではなく前線で戦う兵士たちにこそ必要なものだ。こんなものはなに、少し我慢してれば大丈夫さ」

「大丈夫ではありません! それこそ貴方が死んでしまっては何もかもお仕舞です! まったくもう……。ああ、担架はいらない。中将はここに残って指揮を執るそうだ。代わりに軍医を一人で良いから呼んでくれ! もうここで処置してもらう! それでいいですね!!」

 それすらも断ろうという腹だったが、部下が余りにも鬼の形相で睨んでくるため、バーグス中将も心折れた。

 

「ああ、まあ確かに、私も死にたくはないな、うん」

 と言う所で気を取り直して、バーグス中将は指揮に戻る。

 

「中将! 駄目です、通信機器は無事ですが、中央スクリーンは駄目です!」

「うろたえるな馬鹿者! 地図を持ってこい! デジタルが駄目ならアナログだ! 昔はこんな物無かったしな!」

「西区画の第三戦車中隊、ダロガに押されています!」

「巨大生物増援! α型亜種です!」

《司令部より第二歩兵連隊! 市民を全体的に東へ寄せて西Bブロックのスペースを確保しろ! それで機械化歩兵も少しは機動が取れる! 第一機械化歩兵連隊は第三戦車中隊の援護をしろ! α型亜種は既にEDFニクス部隊に援護を要請した! いいか!? まだ我々には戦う力がある! 敵の増援が来ようと、司令室が襲われようと、仲間が倒れようと我々は諦めない!! EDFに、自衛隊に、そしてフォーリナーに、我々の精強さを見せつけてやれ!!》

『『ウオオオォォォォォォォ!!』』

 劣勢極まる状況にて、在日米軍、米陸軍第一軍団第九歩兵師団の指揮は最高潮にあった。

 

 

 




マザーシップ来る所まで入りきらなかったよ……。
台詞の一部は懐かしの地球防衛軍2から抜粋。
敵がダロガだしせっかくだしね。


敵味方兵器解説

●ニクス・レッドシャドウ
 コンバットフレーム・ニクスの接近戦闘型。
 両腕腕部は火炎放射器”コンバットバーナー”に換装され、装甲も軽量化、全身の関節モーターも出力が上がり、機動性が高くなっている。
 両肩には大型の散弾砲が供えられ、近~中距離までの戦闘にも可能になっている。
 反面、防御力は薄い。
 フォーリナーに対しては視覚迷彩の効果が薄いとされたため、全身が赤く塗装されている。

●多脚歩行戦車ダロガ
 フォーリナーの陸上機甲戦力。
 円盤状の本体に四本の脚部、上面四つの触覚状の砲台、下部縦長の回転機銃砲台という外見。
 上部の触覚砲台から放たれる粒子砲弾は、一度の攻撃で十数発を周辺に放ち、一区画まとめて爆破する面制圧兵器で、攻撃力は高く、直撃すればEDFの戦車と言えども一撃で破壊される。
 当然、生身の人間が喰らえばアーマースーツを着ていても死は避けられない。
 反面、弾速は遅く狙いは曖昧なので兵士次第では回避が可能。
 射程距離は長く、砲撃戦に長ける。
 下部の回転機銃は近づく物体を瞬時に穴だらけにする対人装備と思われる。
 こちらも狙いは付けないが機銃のようなレーザー弾は回避が困難。
 上部円盤状の中心部には対空レーザー砲が装備。
 こちらは狙いが嘘のように正確かつ超高出力のレーザー照射を行うので、回避は困難な上にかすっただけでダメージを受けるほど強力。
 装甲は厚く、歩兵小銃ではまず破壊不可能。
 ゴリアス・ランチャーの集中射撃やギガンテス主砲の斉射でなければ破壊は困難。
 フォーリナー機械兵器にありがちな白銀の装甲ではなく、黒を基調とした装甲だが、細部が青白く光っているので夜間でも発見自体は容易。


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第二十八話 最悪の中の(Ⅰ)

――2023年2月6日 神奈川県厚木市 厚木中央公園第一臨時避難所 『第一降下翼兵兵団 第一中隊”ペイルウイング”第二小隊』 side:瀬川葵――

 

「やああぁぁぁッ!!」

 私は飛行ユニットを起動し、距離を詰めてレイピアでα型を切り裂く。 

 

「この! このぉ!!」

 逃げ惑う市民の元へ向かう巨大生物をひたすら切り裂いてゆく。

 

「瀬川! 無茶をするな! 突っ込み過ぎだ!」

 小隊長である冷泉中尉が警告する。

 

「でも! でも市民が!」

「きゃああぁぁぁ! 化け物が……助けて!!」

 中年の女性がα型に這い寄られている。

 

「今行きます! はぁぁぁ!!」

 無我夢中で飛んで行き、武器をマグ・ブラスターという中距離レーザー銃に切り替えて照射する。

 装甲殻は融解し、α型はその穴から体液を噴出し、倒れた。

 

「大丈夫ですか!? 怪我、は――」

 その光景に一瞬思考が止まる。

 中年の女性は既に巨大生物に食い千切られた後だった。

 

「瀬川! 立ち止まるな! 巨大生物はフェンサーに任せて、市立病院付近のダロガをやる! 行くぞ!!」

「さ、サー! イエッサー!!」

 私は、罪悪感を意識の外へ追いやって、隊長の命令に従い飛行する。

 

 その眼下では、まさに虐殺が広がっていた。

 

「やめろ、やめろ来るなぁぁぁ!!」

「いやあぁぁぁ!! 助けてぇぇぇ!!」

「来るな! 来るな死ね! うわああぁぁぁぁ!!」

「お願い兵士さん! この子だけは、助けぎゃああぁぁ!」

「熱いぃぃぃ! 足が、足が溶ける!!」

 民間人が次々と犠牲になっている。

 それを防ぐべくEDFも奮戦しているけど――

 

「レンジャー24! そこの木陰だ! 子供が連れていかれた!!」

「諦めろ! もう間に合わない! おい上だ! ガンシップ!」

「撃ち落とせ! ぎゃぁぁ! 腕をやられた!!」

「市民を消防署に移動させろ!! ここはもう巨大生物だらけだ!」

「無理だ! あっちにはダロガがいる! 砲撃されるぞ!」

「西から巨大生物!! β型です、β型の大群です!!」

「クソ! どっから現れやがった!? まずいダロガだ! 市民が砲撃される!」

「ダロガはウイングダイバーに任せろ!」

「車輛がやられた!! ちくしょう! 一体どこに市民を逃がせってんだ!?」

「おい! おい!! あいつを撃て!」

「撃てない! 市民にあたる!!」

「こっちです! こっちに逃げてください! しまった!? 糸!? うわああぁぁぁ!!」

 ――手が足りない。

 市民に対し、敵が多すぎて、そしてEDFは少なすぎて護衛すら碌に出来ないのだ。

 

「せめて……第17大隊が残ってくれていれば……!」

「いや、それでも難しい。厚木市に残る数万人を避難させることは叶ないだろう。だからこそ大隊長は、戦力を温存する為独断で撤退したのだ」

 着地と飛行を繰り返しながら、冷泉中尉が私の呟きに答える。

 

 市民を護衛、そして避難させながらの防衛戦闘がどれだけリスクの高い戦いかは言うまでもない。

 だからきっと、あれは戦略的に必要な行いなんだってことは理解できる。

 でも、ここを守っていた大部隊が撤退する時の、市民の絶望的な表情が忘れられない。

 

「だがそれでも、私は一人でも多くを救いたい。ここへ敵が集中したお陰で、第17大隊は無事撤退を成功させたことだろう。ならば! 我々はここに残って存分に戦える! 見えたぞ! 目標前方のダロガ四機!! ペイル2、エンゲージ!!」

「「「うおおおぉぉぉぉぉ!!」」」

 精一杯の雄叫びを上げてユニットを吹かす。

 直前に着地したお陰で冷却までは余裕がある。

 

 私達を発見して、ダロガは砲撃を行う。

 

「回避!!」

「イエスマム!!」

 空中で瞬発的にユニットの出力を上げて、横へ短距離ダッシュを行う。

 エネルギーを食うのが欠点だが攻撃を躱すにはこれが一番だ。

 

「やああぁぁぁっ!!」

 私はそのまま突撃して、レイピアを照射し続け、装甲を削る。

 しかし、撃破に至る前にまた砲台が青白く光る。

 

「っ!!」

 私は急いでダロガから距離を取る。

 ダロガは、至近距離まで接近しても容赦なく粒子砲弾を撃つ。

 これによってさっきまで一緒に戦っていたペイル1の一人が戦死した。

 その上、ダロガはあまり自爆の影響を受けていないように見えた。

 

 そう、だからこそダロガは至近距離だろうとためらいなく粒子砲弾を撃ってくる。

 触覚が光ったら、一目散に退避しなければいけない。

 

 私は空中に飛び上がり、飛来する粒子砲弾を何とか回避した。

 

「あともう少しなのに!!」

「任せて! 仕留めます! はあぁぁぁ!!」

 間宮がE2プラズマランチャーを連続で放つ。

 初期型の威力が大幅に向上したそれは、ダロガに当たると青白い爆発を起こし、それが決定打となってダロガは崩れ、内部から爆発した。

 

「……やった! 一機撃破!」

 小さく拳を握り、次の標的へと飛ぶ間宮。

 小柄で、笑顔がよく似合う彼女だったけど、その顔には疲れと涙の跡が見える。

 仕草も、その引きつった笑顔も本物じゃない事は目に見えている。

 

 ……無理もない。

 先程言ったダロガの至近砲撃に撃たれて戦死したのは、間宮の同期生だったのだから。

 

「間宮。無理、しないで」

 玲香が珍しく間宮を気に掛ける。

 玲香は良く無感情だのアイスドールだのと言われているけど、別に感情が無い訳じゃない。

 表情は変わらないけど、心配しているのは分かる。

 

「大丈夫……わたしは大丈夫です! そんな事より、早くダロガを!」

「……なら、いい」

 心配そうにしながら、しかし現実問題として目の前の戦闘は待ってくれない。

 そんなやり取りをちらと見ながら、私は冷泉中尉と共に二機目のダロガと攻防していた。

 

 高速で飛行し、数十の粒子砲弾の雨を横に避ける。

 

「いいぞ! ウイングダイバーの機動力なら回避できる! ただし強制冷却には注意しろ! 地に着いてこまめに冷却するのを忘れるな!」

「「イエス! マム!!」」

 

 戦い方は単純だ。

 ユニットを冷却してオーバーヒートを防ぎつつ、飛び上がって私と冷泉中尉がレイピアとレーザーランスで切り刻む。

 

「そこだ! 喰らえ!!」

 冷泉中尉がショートレンジ集束レーザー砲”レーザーランス”をダロガに発射。

 高出力の短距離レーザーが瞬間的に照射され、ダロガの装甲に穴を穿つ。

 高威力だけど、レイピアと同様接近戦を余儀なくされる上、一瞬しか照射出来ないので、飛びながら当てるのは結構難しい武器。

 これを使いこなしている辺り、やっぱり冷泉中尉には敵わない。

 

「白石! 間宮!」

「ん」

「はいっ!!」

 

 それを後方から玲香と間宮が狙撃レーザー銃”クローズレーザー”とE2プラズマ・ランチャーで仕留める。

 二機目を撃破。

 残るはもう二機。

 

 私は、短時間冷却する為、一旦地面に着地する。

 PE(プラズマエネルギー)ユニットは、飛行を行わなければ常時排熱出来る機構になっている。

 その熱量が限界を超えると、飛行も武器のチャージも出来ない強制冷却状態となり、完全な無防備になってしまう。

 それを防ぐ為にこうして羽休めの鳥のように、地面で休まなければいけない。

 ウイングダイバーの大きな弱点の一つだ。

 

「瀬川! 避けろ!!」

 冷泉中尉の声!

 私はとっさに空中に飛び上がる。

 見ると、地上にはどこから来たのかβ型の姿があった。

 数は少ない、十数体!

 

「中央公園からはぐれた個体か! 厄介だ、先に片付けるぞ!」

「「イエスマム!!」」

 私は急降下し、レイピアで一体を切り刻む。

 直後、私に向かって発射態勢を取るβ型。

 

「っ!!」

 いったん飛び上がって回避する。

 同時にダロガの砲撃がその場所を覆った。

 

 危なかった、もし追撃して居たら巻き込まれていたかもしれない。

 ただ、その代わり強制冷却まであと20%程度しか余裕がない。

 

「そのまま飛んでて! プラズマランチャーで一気に!!」

 私より更に上空で、間宮がプラズマランチャーを構える。

 眼下にはβ型が三体纏まっていた。

 ギリギリの私と違って、間宮は流石だ。

 彼女は私と違ってエネルギー配分が上手い。

 強制冷却になっている所なんて、一回も見た事が無い。

 私も見習わなくちゃ。

 

 

「え」

 ふと遠くのダロガが目に入った私は目を疑う。

 ダロガの上面が光っている。

 あれは触覚? いや違う、円盤の中心だ。

 確か対空レーザーがあると聞いていた。

 対空? 周囲に航空機はいない。

 理由は簡単、全てガンシップとそれに墜とされたんだ。

 じゃあ今狙ってるのはいったい?

 

「間宮だめ!! 降りて!!」

 この場所でダロガ以上に飛んでいるのは間宮だけだ!

 

「瀬川?」

「間宮ぁぁぁぁ!!」

 私は加速し、間宮の手を掴んで地上へ急降下する。

 ユニットは強制冷却モードになるが、下るだけなら構わない。

 

 次の瞬間、私の目の前は真っ白になった。

 バイザー越しでも目が焼かれそうな白い光に、反射的に目を瞑る。

 熱い。

 ひたすら熱い。

 

 そして衝撃。

 

 どうなったのか分からない。

 背中が焼けるように熱く、頭がくらくらする。

 酷く焦げ臭い、吐き気がする。

 右手に何か握っている。

 

 目を開ける。

 

 間宮の右手があった。

 但しその先は胸部と頭部以外の本来あるべきものが存在しない。

 生気を失った虚ろな瞳が私を見る。

 

「いやああぁぁぁぁぁぁ!!」

「間宮! 瀬川! そんな……おのれぇぇ!!」

「間宮……!」

 遠くで冷泉中尉と玲香の声が聞こえる。

 しかし私は、ペイル2結成以来の仲間が、間宮の死で何も考えられない。

 

 そんな私の目の前には、間宮が撃ち損じた三体のβ型が。

 

 震える手でレイピアのトリガーを引く。

 でも、反応しない。

 熱でユニットは破壊され、武器へのリチャージも出来なくなっていた。

 

「あ……そんな……」

 β型が糸を発射する。

 私はなすすべもなく絡み取られ、あのおぞましい口に向かって引きづられる。

 同時に、酸を含んだ糸がウイングダイバーの薄いアーマーを溶かしていく。

 

「ひぃぃ! やめて! 喰われる、喰われる! 助けてぇぇ!!」

 みっともなく叫び、四肢をもがいて何かつかめる物を探すけれど、何も見つからず、そのままβ型のグロテスクな牙に引きずり込まれる。

 そのまま無残に食い殺される兵士や民間人を何度も見てきた。

 あれは地獄だ。

 生きたまま食い殺される恐怖と、間宮の無残な死で思考が纏まらない。

 ただただ圧倒的な恐怖のみが私を支配する。

 

「ひっ!」

 殺される。

 

 そんな私の目の前の敵に、軽自動車が衝突した。

 軽自動車は正面が派手にへこみ、割れたフロントガラスが散らばった。

 当然、軽自動車より二回りほど大きいβ型は少し仰け反った程度だったが、同時に運転席から何かが飛び出る。

 

 人間だった。

 EDFのレンジャーだ。

 それはローリングで衝撃をある程度殺すと、β型に密着して銃口を押し付ける。

 そのまま一発。

 

 β型は貫通した散弾を受け内部から体液をぶちまけ肉塊に。

 そのレンジャーに他の二体の糸が放射状に飛んでいく。

 

 しかしその人は、糸の隙間を容易く移動し、あっという間に二体をショットガンで屠った。

 一瞬の出来事だった。

 気が付くと、その人は何か叫び、私の肩を何度も揺さぶった。

 

 

――side:仙崎誠――

 

 

「何をやっている!! 瀬川! 私だ! 仙崎だ!! 私が分かるか!?」

 私は瀬川の肩を何度か揺さぶったあと、まっすぐ目を見つめて呼びかけた。

 

 瀬川の状態は酷いものだった。

 幸いなことに外傷は少ない。

 β型の糸によってアーマーが溶かされているが、皮膚まで達している個所は少なく、打撲と切創が数か所ある程度だ。

 

 だが、彼女は明らかに恐怖で錯乱していた。

 いつもの強気な姿からはまるで想像も出来ない程に動揺し、弱々しかった。

 

「あ……仙、崎……?」

「ああ私だ! しっかりしろ瀬川! 立って、戦うんだ! ここは戦場で、貴様はEDFだ! そうだろう!?」 

 震える瀬川を支えつつ、無理やり立たせる。

 思えば、先程あった時から平静を欠いている様子ではあった。

 少しばかり胸騒ぎはしていたのだが……くそ、どうやら一足遅かったようだ。

 無論、瀬川の救出にあと一歩のところで間に合ったのは僥倖だが、それを素直に喜べないのは、隣に居た焼け焦げた半身の死体が物語っている。

 

 だが、それでも瀬川には戦ってもらわねばならない。

 酷だが、今この瞬間にも無辜の市民が虐殺されているのだ。

 

「でも……! アタシ、武器が無くて……!」

 いいぞ。茫然自失、といった状態から徐々に目の色が復活してきている。

 

「武器はある! これを使え! 操作方法は簡単だ! 銃口を敵に向けて、引き金を引く。勝手は違うが、ウイングダイバーの武器とそう変わりはしない!」

 私は背中にあったAS-19アサルトライフルを手渡す。

 

「大丈夫だ! 貴様には私が付いている! 護って見せる。だから、貴様は市民を護れ!! いいな!?」

「うん……ええ! 分かった、分かったわ! ごめんなさい……いえ、ありがとう」

 何とか正気に戻ったみたいだ。

 だが、私の人生でもそうだが、悪い事は続く。

 最悪を運ぶ運命に抗う為、大切な人を護る為、私はより一層この難局を乗りきる決意を固める。

 

「ぬぁははは! 礼ならば生き残った後で頂こう! 故に互いに生き残るぞ!」

「分かったわよ。まだ手が震えるんだけど……ちゃんと護ってよね!」

 ぎこちないが、いつもに似せた強気な笑顔を見せようとする瀬川。

 ……無理をしている。

 しかし、無理をせねば立てぬなら、無理をしてもらうしかない。

 なに、その分私がカバーすればいいだけの話だ!

 

「仙崎! お姫様の口説きは終わったか!? そろそろこっちやばいぜ!」

 浦田が軽口を叩きながら、迫るβ型に弾幕を張る。

 

「口説きとは失礼な! だが感謝する! ダロガはどうなった!?」

 β型の糸を躱し、接近して散弾をぶち込む。

 

「ペイル2が相手してっけど苦戦してるってよ! 瀬川ちゃんは戦えそうなのか!?」

 浦田は武器をゴリアスに切り替え、密集するβ型を撃破。

 その後ろの数体を、水原や新垣が仕留める。

 その間に浦田はゴリアスの装填を終える。

 

「なんとかな! ただユニットが破損したのでASを貸した! ウイングダイバーとしては無力だ!」

 正面の集団を浦田に任せ、私は周囲のはぐれをショットガンで仕留めていく。

 瀬川は互いに背後を護るように、私の死角を狙う巨大生物や、突然接近するガンシップをアサルトライフルで牽制をしていく。

 ちなみにガンシップの数はようやく疎らになり、接近は直ぐ気付けるのでもう脅威ではなくなりつつあった。

 

「ええ……ごめんなさい。でもやれるだけやってみるわ! もうコイツに格好悪い所見せられないしね!」

 ちらと見たその瀬川の顔は、いつも通りの生意気な笑顔に戻りつつあった。

 良かった。

 やはり瀬川はこうでなくては。

 

「そう来たか! まあそれだけ言えれば上出来だ! よし、浦田、瀬川! ペイル2の援護に行くぞ!」

「中尉達の!?」

「正気か!? ダロガに俺達じゃ分が悪いぜ!?」

 瀬川と浦田が驚く。

 まあ無理もない、今のところダロガ相手にはゴリアスの集中砲火ぐらいしか効果が無い上に、攻撃に当たれば一発で戦死確定だ。

 

「分かっている! だが注意を反らす事だけでも意味はあるはずだ! あれを放置しておくと市民が危ない! そうでしょう大林中尉!」

 いつの間にやら近くに居た大林中尉に同意を求める。

 

「ふん! 危険すぎると言いたいところだが、理には適っているな! β型はこちらで抑えるから、援護に――」

『こちら第六中隊レンジャー67!! レイドシップが赤い巨大生物を投下して、公園の方はもう駄目だ!! 市民が散り散りになって北へ向かってる! なんとか……なんとか救って――ぐああぁぁぁぁ!!』

 突然通信が入り、途絶える。

 

「『レンジャー2より67!! おい!!』くそっ、やられたのか!?」

「大林中尉! 市民が来ます!!」

 鷲田少尉が走って逃げてくる市民を見つける。

 市民は巨大生物に襲われて、後ろの方から次々と喰われていく。

 

「射撃やめ! 射撃やめ! 市民に当たる!! 小隊、接近戦用意!! あの大群に突撃して市民を護る! レンジャー3、市民の保護を頼む!」

「それは良いですけどね! 保護って言ったってどこに保護すりゃいいのやら!」

 レンジャー3の小隊長が苛ついた様子で吐き捨てる。

 

「こちらに車輛は無い! だが輸送部隊を本部に要請しているから、それが来るまで待機だ! 仙崎! 聞いたな!? このままじゃダロガに市民が爆撃される、急ぎ二機を仕留めてこい!!」

「イエッサー!! 浦田、瀬川、行くぞ!!」

 目指すは背後500m程先か。

 瀬川のダウン後、ペイル2の二人が懸命にダロガを瀬川から引き離そうとした結果だ。

 瀬川は助かったが、ペイル2の二人はダロガと周囲の巨大生物の中で孤立している。

 

「りょーかい! 指揮はアンタに任せるぜ仙崎」

「アタシもそれでいいわ。頼んだからね」

「ぬぁははは! 任されよ!」

 二人からの信頼を受け取り、武器を構えて走り出す。

 

 

 



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第二十九話 最悪の中の(Ⅱ)

区切るところがなくってなぁ……。
長くなってしまいました。

それはそうと、EDF・IR買って遊んでます!
今のところはあっちの世界観を混ぜる予定はないけど……進めてて吸収したいものあったらこっちに出す……かも?



――厚木市 市民病院付近――

 

 15mという巨体は直ぐに見えてきた。

 見たところウイングダイバーの二人は、それぞれ地上の巨大生物とダロガを分担して攻撃しているようだが、どちらも中途半端だ。

 だが、ダロガの片方は装甲が穴だらけになり、あと一押しと言った所だ。

 

「うおおおお!! 撃て! 装甲の裂け目だ!!」

 私は途中の補給コンテナから拾ってきたAS-19Dを使って単発高威力型のライフル弾をお見舞いする。

 

「おらおらぁ!! くたばりやがれ!!」

「冷泉中尉! 玲香! 合流遅れました! 援護します! はあぁぁぁ!!」

 浦田はゴリアスD、瀬川はAS-19を連射する。

 ダロガから黒煙が上がる。

 あと一押しだ!

 

「瀬川! 無事だったか!?」

「……よかった」

 ペイル2の指揮官冷泉中尉と、その部下の白石少尉が安堵の声を出す。

 

「そこだ! 爆ぜろッ!!」

 その横で、私はα型の酸を躱しつつ、穿たれたダロガの装甲を狙ってトリガーを引く。

 それが限界だったのか、ダロガは内部から火花を散らし、爆発、崩れ落ちた。

 

「獲物の横取りとはマナーの悪い歩兵(レンジャー)もいたものだな!」

 冷泉中尉が私の隣に着地し、好戦的な笑みを向ける。

 その視線、決して不快な感じではない。

 

「ぬぁはは!! 行儀よくしていると、最後の一機も貰ってしまいますよ?」

「ほう? それは大変だ。白石、歩兵共に負けず、こっちも行儀悪く行くぞ!」

 再びウイングダイバーが飛ぶ。

  

「意味不明。でも、了解です」

 白石少尉も同時に飛行する。

 相変わらずの無表情だ。

 

「まったく仕方ない。あちらはダイバーに譲ってやるとして、我々は地上の奴をやるぞ!」

「何が仕方ないだ! 欲張っちゃいけねぇよ仙崎!」

「そーよ! アタシらは、アタシらでやれることを!」

 そんな軽口を叩きつつ、α型やβ型を屠ってゆく。

 

 が、目まぐるしい状況と、疲労でボロが出た。

 気が付くと、思ったよりダロガに接近されていた。

 ダロガの触覚が光る。

 恐らくだが、私を狙ってくる予感がした。

 

「やらかしたかッ!!」

 やはり粒子砲弾は私へ飛んできた。

 全身全霊を使って砲撃を躱す。

 

「砲撃がッ……!」

「瀬川ッ!!」

 瀬川の声を聴き、振り返ると巻き込まれる位置に瀬川がいた。

 私は両手を広げそのまま押し倒し、爆風に巻き込まれない位置で覆うように体をかぶせた。

 

 私の勘通り、砲撃は直撃する事無く終わった。

 何事も無かったかのように起き上がると、まだ腰を抜かしている瀬川に手を差し出す。

 

「言ったろう、護ってやると」

「はぁ、はぁ、し、死んだかと思ったわ……なんでアンタそんな平気そうなのよ」

 言いながら、私の手を取り立ち上がる。

 

「この程度の危機、平時でもたまに躱しているのでな!」

「ひゅ~! お熱いことで! っておい、また来るぞ!」

 浦田が茶化すと同時に、ダロガが接近して触覚を光らせる。

 なぜ遠距離砲撃武器のダロガがこんなに接近してくるのかは謎だが、そのダロガに二つの翼が迫る。

 

「させん! 白石!!」

「んっ!!」

 冷泉中尉が同じ個所に連続で短距離レーザー銃(レーザーランス)を撃ち込み、そこに白石少尉のレーザーライフル(クローズレーザー)がトドメとばかりに装甲を貫通し、内部にダメージを与える。

 やがてレーザーは本体ごと貫通し、深刻な損害を受けたダロガは、触覚のエネルギーが逆流し、派手な爆発を起こし後には炎上した残骸だけが残った。

 

「よし! ダロガはやった! 向こうに戻るぞ!」

「イエス、マム! 状況は聞いてますね!?」

 飛び去る冷泉中尉に短距離通信で声を掛ける。

 まだ多数の巨大生物が残っているが、最早殲滅が可能な状況ではない為、逃げてきた市民の護衛が最優先だ。

 

『さっきの無線は聞いている! 今はとにかく――』

《作戦指令本部より厚木市全部隊へ!! 緊急事態発生! マザーシップがそちらに進路を取って進行中! 接触はおよそ20分後! 更に詳細は不明ですが本体下部に用途不明の巨大装置を確認! 現在各地砲兵基地や海軍と連携、砲撃継続中ですが効果は不明! よって全部隊に即時退避命令が発令されました! 繰り返します、即時退避命令発令! 全部隊は、現任務を放棄し、即時厚木市より退避してください!!》

 本部オペレーター、鹿島中尉の切羽詰まった声が聞こえる。

 

「即時退避って……市民を置いて逃げろって言うの!?」

「いやそれ以前に、どこに逃げろってんだよ!? こっちは車もヘリもねぇんだぞ!?」

 走って道中の巨大生物をけん制しながら、瀬川と浦田が動揺を見せる。

 

 私も信じられない。

 まさか、一度東京を焦土にしたマザーシップが再び日本へ戻ってこようとは。

 まだ、世界中に爆撃されていない大都市なんて山ほどあるのに、なぜわざわざここへ……。

 まだ日本を爆撃し足りないのかと思うと怒りすら沸いて来るが、今本部が言った用途不明の巨大装置とは一体何なのか。

 

 しかしそんな風に色々考えてしまうのも恐らくは現実逃避に過ぎない。

 いかん、いかんぞ仙崎誠。

 現実を見ろ。

 

 周囲は巨大生物だらけ、市民は紙切れのように千切れて守ることも出来ず死んでゆく。

 味方は極少、装備もズタボロ。

 逃げる車輛も航空支援も無し。

 

「ふふっ……」

 ここまで追い詰められた状況に、おかしな笑いがこみ上げる。

 

「仙崎……?」

 これってもしや、私の不幸が作り出した最悪の状況なのではないか?

 いるだけで自分のみならず周囲までも不幸の渦に巻き込んでいく、自分の因果なのではないか?

 瀬川の声にも気づかず、そんな妄想が頭の片隅に巣食う。

 

 

 そんな状態で辿り着いた大林中尉の元は、やはり地獄の様相だった。

 市民は悲鳴を上げながら無残に食い殺されてゆき、それを止めるはずのEDF歩兵達もまた餌食になっていく。

 護衛に徹していたフェンサー達はその数を減らし、どこから流れ着いたのか別な方向から来るダロガの砲撃で、逃げ惑う市民がまとめて吹き飛んで行く。

 

「仙崎! 後ろをカバーしろ!」

「軍曹! あぶねぇ!!」

「桜ちゃん! 上! ガンシップの残党だ!」

「ボクがやろうか。水原クン、あちらのβ型を頼む!」

「イエッサーっす! うおおぉ! 喰らえッ!!」

「糸! 汚い!! ああもう、これだから虫は……ぐうッ!!」

「細海さん! 大丈夫!? 僕の後ろ回って! 僕も怖いけど!」

「軍曹! あの建物はまだ無事のようです! いったん市民をあそこへ集めましょう!」

「駄目だ青木! 一か所に集中させるとダロガに狙い撃ちされる! まずあのダロガを何とかするべきなんだが……!」

「だぁぁキリがねぇぞ!! 市民を助けるどころか、アタシらだって怪しいぜッ!!」

「泣き言とはらしくねーぞ鈴城ィ! だが、流石に状況が詰み過ぎだけどよッ!!」

 

 我々は徐々に、精神的にも肉体的にも追い詰められていった。

 何より、無辜の市民が目の前で虐殺されてゆく光景が精神を蝕んでゆく。

 そして、例え一度護ったとしても、その市民を安全な場所に連れてゆく算段が無い。

 車輛や戦車など目立つ装甲目標は、真っ先にダロガの砲撃に晒されてしまうのだ。

 

 こうして生き残ったのは我々歩兵のみ。

 航空兵器や輸送ヘリはダロガの対空レーザーによって侵入できない。

 その事を頭で冷静に整理できるがゆえに、心を絶望が蝕んでゆく。

 

 成すすべなく望みが絶たれてゆく感覚は、昔を思い出す。

 

 絶望に染まった昔の私。

 周囲を不幸に追いやることを肯定し、自らを死地に送ったかつての私。

 

 染まってしまえば、何も感じなくていい……そんな誘惑が私を誘う。

 

「貴様らァァァ!! 揃いも揃って何を情けない事を言っている!? EDFの誇りを忘れたか!?」

 大林中尉の喝が聞こえる。

 

「足掻け! 抗え! それがEDFだ!! 最悪の中の最善を掴み取るために、戦って、戦い続けろォォォォ!!」

 その声に、挫けそうになっていた心が再び火を灯す。

 皆の眼に生気が現れる。

 

「「うおおおォォォォォ!! EDF!! EDF!!」」

 大林中尉の一声で、皆は、そして私も力の限り咆哮する。 

 

 そして、さっきまでの絶望を断ち切るように、私を変えたひと言を思い出す。

 

 ”絶望なんて、笑い飛ばして希望に変えちまえ!”

 

 私よりも遥かに恵まれない境遇で育った、一人の戦友の言葉で、かつて私は希望を取り戻した。

 

 ……そうだ。

 その言葉がある限り、私はたとえどんな状況でも諦めない。

 諦めてなるものかッ!!

 

「もはや安全な場所は無い! 我々に出来る事は、市民が殺される前に一体でも多くの敵を倒し、応援到着まで奮戦する事だ!! 分かったかァ!?」

「「サー! イエッサー!!」」

 

 全員声を揃える。

 通信が回復してからの援軍要請は間違いなく届いている筈。

 

 酸を回避する。

 地面を蹴ってすれ違いでAS-19Dを2、3発叩きこむ。

 右にβ型に追われている作業着の男性を発見。

 男性を庇い、体に糸が纏わりつくが、β型は撃破。

 男性にそばにいるよう指示する。

 

 別方向にα型亜種を発見、数人が襲われ、一人が足を噛み千切られている。

 AS-19Dで射撃。

 しかしα型亜種の装甲殻が貫けず、リロード。

 装填する手が震える。

 浦田がその隙をカバーし、ショットガンバッファローG2を発射。

 亜種を撃破したが、二人が食われた後だった。

 

 同じ方向から亜種が10体程雪崩れ込む。

 同時にβ型の糸も迫る。

 糸の酸に焼かれたアーマーを引きずって回避したが、男性が糸に絡め取られて助けを泣き叫ぶ。

 

 トリガーを引く。

 瞬間、亜種の牙が私を喰らおうと上から迫る。

 バックステップで躱す。

 その牙の威力は、勢い余ってアスファルトを砕く程だ。

 

 その牙が次々と迫る。

 ステップし、潜り込み、跳躍し、転がり、伏せ、滑り、射撃、射撃、射撃する。

 

 全ては躱しきれない。

 攻撃の余波が、脆くなったアーマーを徐々に蝕む。

 

 もう男性の姿は見えない。

 仲間は負傷者が増え、悲鳴と嗚咽が木霊する。

 

 もう終わりなのか?

 否、否、否!!

 

 絶望なんて、笑い飛ばす!!

 

 無理やりに笑顔を作り、前を向いた瞬間、

 その決意をあざ笑うかのように周囲が爆撃に晒される。

 

 予想外の攻撃を回避しきれなかった私は、爆風に宙を舞い、地面を何度も転がる。

 

「ぐ……、やってくれる……!」

 

 軋む体を無理やり立ち上がらせる。

 どうやら、遠方のダロガからの砲撃だったようだ。

 幸いにして雑な精度のお陰で直撃は免れたが、かなりダメージを負った。

 

 その隙を見逃さず、我先にと各種巨大生物が迫る。

 

「くッ!!」

 AS-19Dを発射。

 だが圧倒的に手数が足りない!

 酸が当たり、アーマーを溶かす音が耳障りだ。

 

「無理か!? なら……!!」

 私は駆け出し、爆風で散らばった仲間を探す。

 抗え、足掻け!

 最悪の中で最善を掴み取れ!

 

 大林中尉の言葉を頭の中で繰り返し、生にしがみ付く。

 

「うおッ!?」

 

 駆け出した直後、β型の糸に足を絡め取られ、勢いよく地面に倒れる。

 そこに追い打ちをかけるかのようにα型亜種が牙を大きく広げる。

 

 態勢を整えようと伸ばした手に何かが当たる。

 誰かが落としたAS-19Rだ!。

 ぬぁはは! やはり私は幸運だ!

 

「うおおおぉぉぉ!! くたばれぇぇぇ!!」

 大きく開いた口に射撃。

 汚らしい体液が巻き散るが、なんとすぐに弾切れになった。

 

 動けない私に牙が迫る。

 

「せぁッ!!」

 

 どこからか声がして、次の瞬間にはα型亜種は死骸へと変わっていた。

 一体何が……。

 

 起き上がるとそこには、漆黒のパワードスケルトンを身に纏う死神――グリムリーパーの姿があった。

 

「遅くなったな。雑魚を片付ける。やるぞ!」

「「了解!」」

 

 グリムリーパー中隊の12人は、戦線に入ると、背面ブーストを使って多角機動で上手く巨大生物の背後や側面に回り込み、そして必殺の槍――ブラストホールスピアを使って装甲殻を貫き、串刺しにした。

 

 避けられない攻撃は大型の盾で防ぎ、スピアでのカウンターを仕掛ける。

 

「救援か!? ありがたい、感謝する! 反撃だ! お前達!!」

「「サー! イエッサー!」」

 軍曹が声を上げて巨大生物を撃破する。

 私もその元へ走る。

 

「向こうを見ろ! また砲撃が来るぞ! 警戒ッ!!」

 大林中尉の声の方を見ると、二機のダロガが上部触覚を光らせている。

 

「心配はない。あれは奴らが仕留める」

 グリムリーパー指揮官の声がそう言った。

 

 そして私は、小刻みに空を切り裂く音が聞こえた。

 これはヘリの音!?

 

「ヘリだとォ!? 撃ち落とされっぞ!?」

 鷲田少尉が驚愕する。

 だが、そのヘリ中隊十二機はなんと信じられない低空を高速で飛行していた。

 

 ダロガの全高、15mよりも低空をだ!

 

 そして、信じられないくらい滑らかな機動でダロガを正面に捉えると、主翼にぶら下がったロケット砲を一斉に発射、瞬く間にダロガは爆発した。

 

「低空での高速移動、旋回……。あんな芸当が可能なのは……」

 大林中尉が呟くと、ヘリ中隊から無線が入った。

 

『こちら、第六攻撃ヘリ中隊”サイクロン”! 援護に来たよォ! さぁ野郎共! 反撃の時間だよ!!』

『『イエス・マム!!』』

 野太い女性隊長の声に、濁声の唱和が続く。

 

 そのサイクロン中隊の背後から、大型のヘリが数機現れる。

 あれは……輸送ヘリだ!!

 

『こちら第十二輸送部隊ポーター12! 民間人の救出に来た! ついでに土産だ! 行けスプリガン!』

 低空飛行する輸送ヘリの扉が開き、そこから飛び立ったのは……ウイングダイバーだ!

 

『ついでとは言ってくれるな! 目にモノを見せてやる! 行くぞ! ハンティングの始まりだ!』

『『やあぁぁぁ!!』』

 一個中隊、12人の翼の戦姫が青白い尾を引いて、ダロガに向かってゆく。

 

 自身の背より低い目標に、対空レーザーは使えないらしく、粒子砲弾の連続砲撃で弾幕を張るダロガ。

 しかしそのことごとくをスプリガン隊は回避する。

 

 それを迎撃するかのように、地上の巨大生物が対空砲火とばかりに酸や糸を飛ばしてくる。

 しかし、次の瞬間辺りはプラズマレーザーで打ち抜かれた死骸だらけになっていた。

 

 後方のスプリガン3が、誘導兵器を使って多目標を同時に撃ち抜いたのだ。

 そして中衛のスプリガン1は、ダロガに向かって放射状に電撃銃を放った。

 高圧電流でダロガは怯み、同時に反射した電流が周囲の巨大生物をも撃破してゆく。

 

 その隙を逃さず前衛のスプリガン2が突撃し、四人同時にレイピアで装甲を抉り裂き、空中にホバリングしながらトドメのレーザーライフルの照射で、ダロガを撃破した。

 

 あっと言う間の出来事だった。

 気が付くと、六機の輸送ヘリは広間に着陸し、ここまで生き抜いた傷だらけの市民たちをてきぱきと収容してゆく。

 そこに近寄らせないように我々レンジャーとグリムリーパーが周囲を固める。

 

「市民の収容は乗ってきた衛生兵たちに任せろ。大林。ここは頼む」

「ああ。撃ち漏らした敵を片付ける。頼んだ!」

 グリムリーパーはそう言うと、一気に散らばり付近の巨大生物を片っ端から撃破してゆく。

 我々はそこから漏れて市民へ向かう個体を集中的に攻撃していく。

 ダロガを撃破し終えたスプリガンとサイクロンは、限定的ながら制空権を取り戻し、上空から心強い援護射撃を行っていた。

 

――――

 

 それからはまさに形勢逆転と言った戦況だった。

 敵の数は相変わらず多く、全てを殲滅は出来ないが、それでも市民の生存者を、殆ど収容する事が出来たのだ。

 

 そんな中、ヘリと一緒に輸送されてきた補給コンテナまで、グリムリーパー指揮官が補給をしに戻ってきた。

 

「む、仙崎か。久しいな。軍に戻ったと噂は聞いていたが」

「岩淵大尉……。お久しぶりです」

 私は、かつての上官に敬礼をした。

 四年前、まだ人間相手の紛争が盛んだったころの、私の上官。

 

「ふっ……顔を見るだけで分かる。随分と変わったらしいな」

「それは、隊長も同じですよ」

 かつて、仲間を誰よりも重んずる優しい隊長だった。

 だが四年前、殆どの仲間を、部下を失った事で変わってしまった。

 

 私がEDFを辞めた後、まるで死に場所を求めるかのように危険な任務ばかりに志願し、その悉くを成功させてきた英雄。

 捨て身の戦術を駆使する彼らは、敵のみならず味方からも恐れられ、ついた渾名が死神部隊。

 ……一般的には、”そういう事”になっている。

 

 だが、より多くの仲間を救うための死に場所を求めた隊長の理念は、皮肉にもそれに共感する部下を生み、今では固い絆で結ばれた精鋭部隊として名をはせていた。

 

「俺はもう隊長ではない。それにしても、大林の部下とはな。生きろよ、仙崎」

 そう言い残して、補給を終えた岩淵大尉は、再び部下の元へ向かった。 

 

 それから数分後、全ての市民の収容が完了した。

 

『市民はこれで全員ですね!? では、戦闘部隊も早く! マザーシップが接近しています!!』 

 ヘリにいた衛生兵から通信が入る。

 

『よし。聞いたなスプリガン! ヘリまで戻れ!』

『我々に命令するな! 状況は理解している!』

『ふっ……やれやれだ』

 グリムリーパーの指示にスプリガンが反発する。

 スプリガンはウイングダイバー部隊の中でも特にプライドが高いと浦田あたりが言っていたが、本当のようだ。

 

『こちらサイクロン! 撤退まで援護してやるからケツの心配はいらないよ!』

 攻撃ヘリ中隊サイクロンが、残った弾薬を全て消費する勢いで撤退する我々に向かう敵を倒してゆく。

 

「急ぐぞ! レンジャー2、ヘリに搭乗しろ!」

 大林中尉の声を聞き。ヘリに向かって走る。

 

「おい……あれ見ろよ! マザーシップが現れやがった!!」

 馬場が見る方向には、東の空を埋めるほどに巨大なマザーシップが存在していた。

 直径にして約1kmの球体。

 その下部に収容されているジェノサイド・キャノンがひとたび輝くと、地上は一瞬にして炎の地獄へと変わる。

 

 だが今その下部には、見た事もない装置が取り付けられている。

 その装置は複数個所から煙を上げ、本部の行った砲兵基地からの砲撃が苛烈だったことが伺える。

 

「あれが……本部の言っていた……なに!?」

 私が呟くと、その下部装置がマザーシップから切り離され、地上へ落下してゆく。

 

「おいあれ……まさか……?」

 浦田が唖然と呟く。

 

 

 地上に降り立った装置は変形し、姿を変えた。

 それはマザーシップの攻撃アタッチメントではない。

 

 見上げるほど非常識な巨体を持つ、白銀の四足歩行兵器だったのだ。

 

 巨大な胴体に四本の脚、上面には二連装の砲塔のようなもの。

 前面からは下に向かって細長いブレードのようなものが伸び、その両脇には透けた橙色をしたバリアのような幕が広がっている。

 背面と側面にはいくつもの穴がある。恐らくは砲台だろう。

 

「なんてこった……。全幅130m、全長200m、全高は……嘘だろ、250mもあるぞ!?」 

 青木が余りの大きさに戦慄する。

 その姿は、さながら野生動物の象のような印象だ。

 

「おい、こんな時になんだが、良くそこまで詳しく分かるよなお前」

「元測量屋でね。物体の大きさはだいたい目測で測れる……って、言ってる場合じゃない、動き出したぞ!」

 青木と馬場の会話を聞きつつ、巨大四足兵器の動きを注視する。

 

 巨大四足兵器は、鈍重な動きで一歩前進する。

 たったそれだけで、足元の建物が踏み砕かれ、地面が陥没し、大きな砂煙が上がる。

 

 立っている事が困難な程の振動が我々を襲い、よろめいた瀬川を咄嗟に支える。

 

「大丈夫か瀬川」

「あ、ありがと。大丈夫だけど……大丈夫じゃないわねこれ」

「まったくその通りだ。とにかく今は逃げるぞ!」

 

「くそっ! とんでもないモノを投下してくれる! とにかくヘリへ急ぐんだ! 我々に出来る事はもうない!」

「待て! 奴の側面が光っている! 攻撃が来るぞ!!」

 冷泉中尉の声に、荒瀬軍曹の警告が重なる。

 

 四足兵器は、側面の穴を赤く光らせると、そこからレーザーを発射してきた。

 一瞬だけ照射されたレーザーは止まっていたヘリを直撃し、辺り一帯が吹き飛んだ。

 

 声を上げる間も無く、我々もその爆発の余波に吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……、瀬川、無事か……?」

 私は何とか立ち上がり、瀬川の身を案じる。

 

「ええ……なんとか、きゃあ!!」

「ぬおっ! またか!」

 再び衝撃。

 四足兵器の側面レーザー砲台が、無差別に起動し辺りを攻撃し続けた。

 

 衝撃と爆炎に包まれる市内で私は見た。

 上部の巨大砲塔が、青白いエネルギーをチャージし、東に向かって凄まじい衝撃と光を伴って放った光景を。

 同時に、下部ハッチが開き、ダロガ数機が次々と投下されていく絶望を。

 

 奴は、ただ巨大なだけの兵器ではない。

 圧倒的な攻撃力と防御力、そして兵器搭載能力を兼ね備えた要塞。

 

 これが、後に四足歩行要塞”エレフォート”と呼ばれる兵器の、最初の戦闘だった。

 




という訳で、やっと四足歩行要塞登場です!
出典はEDF3、4、4.1からになります。

グリムリーパーと仙崎の過去話も公開する予定ですが、実はまだちゃんと考えてない!
……ので、苦戦すると思われます。


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第三十話  最悪の中の(Ⅲ)

お待たせしました!
しかし、思うように進まない!


――2023年2月6日 在日米軍司令部 座間キャンプ――

 

 座間キャンプでは、厚木市と同等の地獄が起こっていた。

 状況はほぼ似たようなものだった。

 

 EDF西関東防衛線の部隊、日本国陸上自衛隊、在日米陸軍の三軍が、それぞれ追い詰められた形で集合していたため、戦力としてはそこそこ豊富だった。

 それ故、政府の誘導や通信障害時の各部隊の独断によって多くの市民がここへ集まってきた。

 それを狙ってなのかは不明だが、フォーリナーもまるで吸い寄せられるかのように大群がここ座間キャンプへ集中した。

 

 ダロガ、ガンシップによる制空権の封殺によって輸送機、航空支援は不可能。

 陸上の輸送車輛はダロガの粒子砲で爆破され、投げ出された兵士や市民を巨大生物がその牙で喰らう。

 極まった状況に僅かな攻撃機や攻撃ヘリが危険覚悟の低空飛行を試みるが、ガンシップを殲滅し切れていなかったために新たな犠牲が生まれただけだった。

 

 それでも、バーグス中将の指揮の元、統率され高い士気を維持したまま戦った米軍兵士達のお陰で、生き残った殆どの市民の避難が完了した。

 既に基地司令部は陥落し、司令部要員はそれぞれが武装し、他部隊と連携して直接戦闘を行っているところだった。

 

 バーグス中将も、重傷の身を引き摺りながら巨大生物との戦闘に参加していた。

 ……だが、その状況にも終焉が訪れた。

 

「情報室にいる市民は!? 何人だ!?」

「23人です! 北に居るダロガは陸自の10式が抑えていますが、長くは持ちません!」

「今レンジャー42が放置された車輛を探しに行っている! それまでなんとか――ぐああ!!」

ちくしょう(shit)ッ! 巨大生物だ! 撃て(fire)撃て(fire)!!」

「情報室で火災発生! 市民を逃がせ! 建物が崩壊する!!」

 そんな部下の報告を聞きながら、入り口に侵入しようとする巨大生物と、バーグス中将は戦っていた。

 

「中将! 右から――」

「なに!? ぐあああぁぁぁ!!」

 突如、建物を突き破ってα型が侵入してきた。

 α型は酸で中将を攻撃し、腹部と左足に直撃した酸は、容赦なく中将の体を溶かし始める。

 これまでも重傷の身で戦ってきたが、明らかにこれは致命傷だった。

 

 そしてそんな中将を介抱する間も無く、建物全体を爆発と衝撃が覆う。

 

「なんだ……何が、起こった……!?」

 バーグス中将は、痛みで意識と感覚を朦朧とさせながら、なんとか周囲の状況把握に努める。 

 

「ダロガの砲撃です……! 情報室の辺りが全て吹き飛びました。避難した市民たちは……恐らくもう……」

 報告した兵士の見つめる先には、めちゃくちゃに吹き飛んだ建物の残骸と炎しか見当たらない。

 例えEDFのアーマースーツを着ていたとしても、生存は難しいだろう。

 まして、生身の人間ならば。

 

「そう、か……」

 中将は、燃え盛り、今にも崩壊しそうな建物の柱によりかかり、崩れ落ちて呟いた。

 これで、護るべき市民はもうここにはいなくなった。

 半数が西日本へ避難を終え、そして半数がこの地で無残な死を迎えた。

 

「皆……、本当に、よくやってくれた。私のわがままに付き従ってくれて、本当にありがとう……」

 壊れかけの無線機で、可能な限りの広域交信を行った。

 その掠れた声で、皆が状況を理解した。

 

 そして同時に、終焉がやって来た。

 西の空が、青白い光に包まれる。

 

「なんだ……?」

 座間キャンプで奮戦する兵士達が、次々と異変に気付く。

 その光は徐々に強くなり、そして――。

 

 それが何か理解する前に、その場の全てが終わった。

 

 座間キャンプから半径数百メートルが爆心地となり、巨大なキノコ雲が現れたのだ。

 それは、厚木市に降り立った四足歩行要塞、その主砲によるプラズマ砲撃だった。

 座間キャンプにて死に物狂いで戦った数百人の兵士は、もはや塵一つ残っていないだろう。

 

 

――EDF極東方面第11軍司令本部基地 中央作戦司令室――

 

 

『こちらスカウト4! 歩行要塞の上部から閃光が! あれは武器です! 東に放たれました!!』

 偶然現地に居合わせた偵察部隊、スカウト4から司令部に通信と映像が入る。

 マザーシップの下部にあった謎の装置が、四脚歩行型の巨大移動要塞だったことの衝撃から立ち直れないまま、更に司令部を驚愕が包む。

 

「なんという事だッ……! 被害状況は!? 一体どこが狙われた!? 報告急げ!!」

 榊司令がオペレーター達に指示を飛ばすと、すぐに報告が入ってきた。

 

「着弾地点特定! 神奈川県座間市……座間キャンプ周辺で大規模爆発を確認! 衝撃から想定されるエネルギー、10kt超!!」

「戦術核級のエネルギーだと!?」

 あまりの威力に、榊司令が立ち上がる。

 

「恐らく……あれはプラズマ砲でしょう。あの射程と威力からは想像も付きませんが、映像から判断するにほぼ間違いないでしょう」

 映像を瞬時に分析したリーヴス少佐がそう結論付ける。

 

「全長100mもの巨大プラズマ兵器を実用化するなんて……ありえない……」

 その巨大さと威力に、戦慄するルアルディ中尉が呟く。

 元々ウイングダイバーのプラズマエネルギーユニットも、フォーリナー由来の技術ではある。

 だが、あれほどの威力を発揮するためには、一体何倍の出力が必要なのか。

 

「座間キャンプの米軍の生存は絶望的か……! とにかく、あんな兵器を野放しには出来ない! 周囲の残存兵力、砲力や空軍を集め、攻撃を――」 

「待ってください! 歩行要塞、エネルギー再充填開始! 砲塔旋回します!!」

「なんだと!? この短時間でか!?」

 柊中尉の報告に、榊司令が大声を上げて反応する。

 

「着弾予想地点計算……! そんな!? 砲塔はこちらをまっすぐ指しています! 敵の狙いは……ここ極東本部です!!」

 ルアルディ中尉の報告に、司令部全体に緊張が走った。

 

「馬鹿なッ!? 発射までどのくらいある!?」

「データ不足です! 予想できません!!」

「基地全体に核攻撃警報を鳴らせ!! 基地全人員を地下核シェルターに避難させる! 我々も指揮を放棄し地下へ向かう! 行くぞ!!」

 司令部要員は慌ただしく動き、緊急警報のスイッチを押す。

 

 基地全体に核攻撃またはそれに該当する大規模破壊兵器の着弾を知らせる警報が鳴り響き、基地の全要員は各所に設置された地下シェルター用のエレベーターに乗り込む。

 

 ここEDF極東方面第11軍司令本部は、有事の際の司令部としてだけではなく、大量の市民を格納し、未知だったフォーリナーの攻撃から守る巨大地下シェルターとしても機能するように設計されている。

 その目的通り、既に多くの避難民が頑丈な地下シェルターに避難して居て尚、そのキャパシティに空きは合った。

 

 だが、敵の砲撃が、思ったよりも早すぎた。

 榊司令を含む司令部要員は、エレベーターでの移動中に凄まじい衝撃を受け、意識を失った。

 

 四脚歩行要塞の巨大プラズマ砲は極東本部を直撃し、その場にクレーターを作った。

 避難の遅れた数多の基地要員・兵士が犠牲となり、日本戦線守護の要となっていた極東本部は事実上、壊滅した。

 

 

――厚木市――

 

 

 青白い閃光が、一瞬だが太陽以上の光度を以て辺りを照らす。

 余りの衝撃に耳鳴りが起こり、余波だけで空気が震える。

 

 この青白い光はプラズマだろうか。

 ダロガの砲撃やウイングダイバー達の使うPEユニットの輝きに似ている。

 しかし、その出力が桁外れだ。

 そして、それほどのエネルギーが破壊力となって向かった先は一体――

 

「仙崎ィ!? 無事か!? 呆けてる場合じゃねェ! 巨大生物が来るぞ!!」

 

 度重なるレーザー砲撃、トドメの今のプラズマ砲撃に倒れていた私の手を、鷲田少尉が引いて立ち上がらせる。

 

「い、イエッサー! 瀬川、行けるか!?」

「あ、ええ! なんとかきゃあ!」

「ぬおお!!」

 立ち上がった瞬間、再び巨大兵器からの砲撃。

 狙いは非常に大雑把なのが救いだが、その振動だけで厄介だ。

 

「軍曹! こりゃやべえ!! あの砲撃がこっちに飛んで来たらそれだけで木っ端みじんだぜ!!」

 馬場が立ち上がって応戦しつつ身を屈める。

 足腰を踏ん張っていないと、振動で転んでしまいそうだ。

 だが巨大生物はそんな振動など無視してこちらへ向かってくる。

 それに対し、弾幕を張る。

 

「だが馬場! あれを止める事はどうやったって不可能だ! 少なくとも今はな! あれだけでかく見えるが、あの巨大兵器はここから10km以上離れてる! 射程が足りない!」

 青木が高く飛び上がるβ型を狙撃する。

 

「そんなぁ!? このままじゃ一方的にやれれるだけですかぁ!? 10kmじゃ流石に手が出せませんよ!」

 葛木が女々しく言いながら的確に敵を爆破していく。

 

「ああもう! ユニットが無事ならあんなデカブツ、レイピアで切り裂いてやるのに!!」

 瀬川が苛つきながら、慣れないアサルトライフルでα型亜種を射撃する。

 硬い甲殻に阻まれ、時間がかかっていたので、横からショットガンの至近射撃で援護する。

 

「それは無理」

「大言壮語が過ぎるぞ瀬川!」

 瀬川と私の背後を護るようにして、白石少尉が空中からレーザーライフルで援護する。

 

「ったく冗談の通じない連中ね!」

「本気かと」

「瀬川ならやりかねんしな!」

「あんたらアタシを何だと思ってるのよ!」

 

 などとふざけたやり取りをしていると、運悪く近くで爆発!

 巨大兵器から放たれたレーザーが着弾し、地面を抉る。

 

「うおおお!!」

「きゃあぁぁ!!」

 辺りが爆炎と衝撃に包まれる。

 

「ぐ……、瀬川、白石、無事か……?」

 軽くふっ飛ばされたが、何とか立ち上がる。

 流石にこれほど広範囲の攻撃は危機を察知できても回避出来ない。

 屈辱だ!!

 

「……ん」

「なん、とか……」

 

 しかし、改めて考えると砲撃は完全に無差別だ。

 当然、巨大生物もこの苛烈な砲撃に巻き込まれ、よく見ると甲殻がはがれて居たり足が何本か吹き飛んでいたりしている。

 

 フォーリナーと言うのは基本的に同士討ちの効果は期待できない説があるが、ここまでの威力だと結構喰らうらしい。

 

 

「西園寺大尉! 狙撃装備、最大望遠で確認したところ、奴らは下部ハッチからダロガを投下しています!」

『こっちでも確認したよ。それだけじゃない……ガンシップも上面から出てきた。こりゃとんでもないねぇ……』

 スプリガンの一人と、攻撃ヘリ中隊”サイクロン”女性指揮官が通信する。

 

「ふん、まるで歩く要塞だ……。さて、スプリガン。対処できると思うか?」

 グリムリーパー指揮官、岩淵大尉がウイングダイバー中隊”スプリガン”指揮官、西園寺大尉に尋ねる。

 

「当然だ。我々を誰だと思っている。中隊迎撃用意! 此方へ向かう敵兵器を殲滅するぞ!」

 スプリガンはユニットに火を入れるが、荒瀬軍曹が止める。

 

「待てスプリガン! あの様子だと敵に限りがあるとは思えない! レイドシップを思い出せ! ここは闇雲に敵を倒すより、我々の生存を考えて撤退を――」

「貴様! 軍曹風情が西園寺大尉の決定に口答えするだと!?」

「口の利き方に気を付けろ!」

 軍曹に向かって、二人のスプリガン隊員が詰め寄った。

 どうやらプライドが高いとのうわさは本当だったようだな。

 

 それはともかく、この間にも巨大生物の残党が襲ってきたり、ガンシップが撃ってきたり砲撃で地面が揺れたりと落ち着いていられない。

 

「っ……! 失礼しました! ですが今は、そんなことを言っている場合では――」

 訂正して尚意見する荒瀬軍曹を、岩淵大尉が遮る。

 

「いや。彼女らはあれでいい。レンジャーが撤退するまでの時間稼ぎを引き受けると言っているのだ。九条、第二小隊を連れてレンジャーを援護しろ。俺と重森の第三小隊はスプリガンのお守りだ。行くぞ」

 

「「了解!」」

 グリムリーパーの二個小隊八人と、スプリガンが前線に向かう。

 

『なら、アタシらも撤退させてもらうよ! ちょっと弾薬と燃料が心持たなくてね!』

「了解した! 武運を祈るぞ! レンジャー2総員、グリムリーパーとスプリガンが敵を抑えているうちに撤退だ!」

 大林中尉の命令で、我々はこの場から撤退する。

 

「こちらペイル2! 我々も撤退を支援する!」

 我々が敵を倒しながら走ると、ペイル2も寄ってくる。

 

「――でかいの、また光ってる」

「何!?」

 白石少尉の小声に、冷泉中尉が反応する。

 見ると、再び上部の巨大砲台が青白く発光していた。

 そして、空気を震わせる衝撃を伴ってそれは放たれた。

 余りの衝撃に、全員が伏せるか転倒する。

 

「ぐっ……短時間に二度も砲撃するとは……全員、無事か!?」

 大林中尉が確認する。

 

「第一分隊、なんとか……ってとこです」

「第二分隊、全員無事だ。しかしなんという兵器だ……。中尉、榊――いや、本部からの命令は? あれをこのまま放っておけば、避難した市民まで危ない!」

 鷲田少尉が報告し、荒瀬軍曹が危機感を巡らせる。

 だが、大林中尉の答えは我々を戦慄させるものだった。

 

「いや……二度目の砲撃直後から本部の応答が途絶えた。電波障害ではない。通信元が完全に断たれている。恐らくだが、先程の砲撃は本部を狙ったものだったのだろう……クソォ! 本部が陥落した可能性がある!」

『こちらグリムリーパー。我々も同じだ。スプリガン?』

『こちらスプリガン。どうやら本部は当てに出来ないらしい。だが一つ朗報だ! 5km程東の方で味方部隊の通信をキャッチした! コンタクトを試みる!』

 なんと!

 ここで新たな味方部隊とは有り難い!

 東と言うと……海老名市方面の避難誘導を担当した部隊だろうか。

 状況はたいして変わらないのかも知れないが、それでも味方は多い方が心強い。

 ほんの少し、光明が見えた気がした。

 

 

――EDF極東方面軍第七師団 第72戦車連隊隷下 第211戦車大隊”ジャベリン”――

 

 

 二度目の青白い閃光が、夜空を切り裂いて遥か南東へ放たれる。

 歩兵と違ってその衝撃を最小限で受け止めつつ、80数輛のギガンテス戦車はダロガに対し機動戦を仕掛けていた。

 

『第二小隊! 側面から回り込め! 足を止めるな、行け!』

『標的チャーリー、砲塔点灯! 来るぞ!!』

『距離を取れ! 狙いは曖昧だ! 躱せぇぇ!!』

 たった3秒ほどに十数発の粒子砲弾を撒き散らし、廃墟を更なる焦土に変える。

 

『第二小隊より第一小隊! 二輛やられた! 木っ端微塵だ畜生!』

『こちら第一小隊、犠牲を乗り越えろ! 今だ! 第一、第二小隊斉射三連! 撃てェー!!』 

 

 完璧なタイミングで砲弾が同時炸裂し、ダロガは致命的な損傷を受け、崩れ落ちて爆発炎上した。

 

『残りは!?』

『歩行要塞から投下機多数! 駄目です! キリがありません! っ!? 待ってください! 土橋大尉、要塞の上部巨大砲台! 見えますか!?』

 第二小隊長からの言葉に臨時大隊指揮官の土橋大尉が反応する。

 ちなみに本来の大隊指揮官は大隊本部ごと失っている。

 その為、戦車で戦場を駆りながらの部隊指揮だ。

 

 土橋は戦車のキューポラを開け、歩行要塞の砲台を覗く。

 

『多少は損傷があるのか。いや、あれは……』

 

 元々、マザーシップ砲撃用のEDF砲兵たちが苛烈な砲撃を加えた事によって、歩行要塞の各所からは小さい黒煙が複数上がっていた。

 

 が、それに輪をかけて上部巨大砲台の損傷が激しくなっているように見えた。

 

『まさか……僅かなダメージで、砲撃に砲身が耐えられていないのか……?』

『あの様子じゃ、もう巨大砲台は使えないでしょう。……!? 大隊長! 味方部隊の反応です!』

『なんだと!?』

 

 その直後に通信が割り込んできた。

 

『こちら第一降下翼兵団第一中隊”スプリガン”! 向こうで歩兵共が苦戦中だ! 手を貸してほしい!』

 土橋の元に通信が入る。

 スプリガンと言えば、EDF初のウイングダイバー部隊であり最も練度(とプライド)が高い事で有名な精鋭部隊だ。

 それに孤立無援の上大隊司令部や本部との連絡も絶たれた今となっては、合流しない手はない。

 

『こちら第72戦車連隊第211大隊”ジャベリン”! 了解した。……ところで、歩行要塞の上部砲台、あそこを攻撃する事は可能と思うか?』

 今は、把握できる限りEDFは満身創痍であり、たいしてフォーリナーはあの歩行要塞を始め余りにも手強い。

 そんな状況だからこそ、僅かなチャンスを逃したくはない。

 ここであの砲台だけでも破壊出来れば、例え自分たちが全滅したとしても、それ以上の効果を出せる筈だ。

 

『不可能だ。距離があり過ぎる。我々にも出来ない事はある。……なるほど。確かに、あそこを攻撃出来れば歩行要塞の砲台に致命傷を与えられそうではあるが……』

 ただし、そんなことは不可能に近い。

 いくら光学プラズマ兵器を操るウイングダイバーとは言え、空気が霞むほどの距離では届かない。

 

『土橋大尉! 高速接近する動体反応あり! 敵味方識別反応、不明!!』

『なんだと!? フォーリナーの新型兵器!?』

『馬鹿な……! この期に及んで!?』

 土橋と西園寺が戦慄する。

 

『あー、あ~! ごほん。今キミ達に接近する反応あると思うんだけど、敵じゃないから安心してくれ~』

 直後、無線に割り込んできたのは、何とも場違いと言える呑気な青年の声だった。

 

『何者だ貴様は!? ふざけているのかこの非常時に!!』

 生真面目で一切洒落の通じない西園寺は、怒気……いや殺気を孕んだ声を発す。

 

『いやぁ~これでも大真面目なんだけど。ええと、僕は第2エアレイダー小隊”プレアデス”の保坂。これでも少佐だからとりあえず言う事聞いてね』

『はぁ…………はっ!』

 少佐と分かっても不満そうな声を出しつつ、一応納得する西園寺。 

 

『よろしい。んでさ、簡単に言うと民間人がコンバットフレームを強奪してそれに僕も乗りながらそっちに向かってるから、とりあえず合流しよっか。16歳の少年クンなんだけど、腕は確かだから信用していいよ。ほら安藤君挨拶挨拶』

 

『ちょり~っす! オレの名前は安藤和真! 高一だっぜ! もう高校ぶっ潰れたけどな! ぎゃはは!』

 

 無線から聞こえる、保坂少佐に輪をかけて場違いで呑気で、西園寺にとっては神経を逆撫でするような声に、彼女は戦いながら血管が切れそうな思いをする。

 

『保坂少佐!! 気は確かなのですか!?』

『うん? 確かだよ? まあ彼の実力に関しては見れば分かるさ』

 

 そんなことを言っている間に、スプリガン、ジャベリン、向かっているコンバットフレームが合流する。

 

 保坂少佐と民間人の安藤少年が乗るコンバットフレームは、ニクスB型。

 開戦前に配備されていたA型と違い、対巨大生物用に改良されたニクスだ。

 現在のEDF極東方面軍の六割にこの型が配備されている。

 

 とは言え、性能はA型と決定的に違うものではなく、極めて標準的な性能だ。

 

 だから、ダロガの砲撃を連続短距離瞬発ブーストで躱し、着地点の巨大生物をハチの巣にし、ダロガに肩部ロケットランチャーを数発お見舞いする動きなんて、出来るはずが無いのだ。

 

「な……なんだというんだあの動きは……」

「あれ、本当にニクスB型なのか……?」

「凄い……まるで巨大化したグリムリーパーみたい……」

「おい、西園寺大尉の前で奴らの話はするな! アレルギーを起こすぞ!」 

 などなど、スプリガンの隊内でざわつき始める。

 むろん、その間も巨大生物への攻撃と機動は少しも緩まない。

 スプリガンを追ってきた巨大生物はほぼ駆逐していた。

 

『へへっ! どうよ! オレの編み出した高機動攪乱戦術は! 名前考えたのは保坂さんだけどな!』

『という訳で! 詳しい話は後にするとしても、戦力としては十分だと思うんだ! 少なくとも今はね!』

 確かに、こんな状況なら民間人だろうと何だろうと戦力なら使うしかない。

 西園寺はまだ不満そうだったが。

 

『目の前のフォーリナーをやってくれるならもう何でも大歓迎ですぜ少佐! ところで、歩行要塞の巨大砲台、ニクスで狙撃できませんか!?』

 土橋のギガンテスが、ダロガの砲撃を瓦礫を盾にして躱し、破壊された残骸から身を乗り出して砲撃。

 同時に中隊の9輛が一斉に砲撃する。

 

『このニクスじゃあ厳しいねぇ。見る限り、武装もリボルバーカノン以外はほぼ使い切ったみたいだし。……いや、待って』

 土橋少佐の声が一段低くなる。

 どうやらエアレイダー専用のコンソールを使い始めたらしい。

 その間にも戦車隊ジャベリンを中心としたスプリガンとニクスは移動し、仙崎達のいる場所へ戻ってきた。

 

 

――第88レンジャー中隊 レンジャー2-1 side:仙崎誠――

 

 

 歩行要塞の繰り出す、無限の物量に、我々は成すすべが無かった。

 おまけに、こちらの周囲には歩行要塞からの砲撃も無座別に降り注ぎ、常にこの身を灰燼と化す覚悟が必要だった。

 

「ったく! 積極的にこっちを狙ってこないのはいいが、まさかそれが神頼みとはねぇ!」

 浦田が愚痴りつつ、私の背後を取ったβ型を屠る。

 

「ごちゃごちゃうっせぇぞ浦田ぁ! 死ぬときゃ死ぬ! それだけだ!」

 鈴城軍曹が相変わらずの二丁ショットガンスタイルで戦う。

 しかし、そろそろこの周囲に撒かれた補給コンテナも底をついてきた。

 そんな時、遠方からの戦車砲の砲撃で、一体のダロガが崩れ落ちる。

 

『こちらスプリガン! 援軍を連れてきた! 遅くなったな!』

 PEユニットの甲高い音が聞こえる。

 見ると、飛行するスプリガンの背後に、大量のギガンテスが砂煙を上げ、そしてニクスが見た事もない激しい機動で敵を屠っていた。

 

『こちら、第二エアレイダー小隊の保坂少佐だ。作戦がある。聞いてくれるかい?』

 

 

 




西園寺玲奈(さいおんじれいな)(34)
 第一降下翼兵団第一中隊”スプリガン”指揮官。
 階級は大尉。
 ウイングダイバー創設時からの最も古参な部隊の指揮官。
 エネルギー操作に必要な脳波が女性しか確認できなかった為女性だけの部隊として誕生したウイングダイバー部隊だったが、
 当初軽く見られがちだった周囲に対し威圧的に接していた名残が今も残っている。
 プライドが高く他兵科を見下す傾向にあるが、技量は間違いなくエース級。

安藤和真(あんどうかずま)(17)
 コンバットフレームを強奪した民間人。
 無論強奪と言ってもやむを得ない状況で、保坂少佐は黙認した。
 ニクスの操縦に天才的な才能を見せる。
 しかし、ノリが軽い。

保坂誠也(ほさかせいや)(30)
 第2エアレイダー小隊”プレアデス”のエアレイダー。
 階級は少佐
 物腰柔らかで落ち着きのある人物。
 少々呑気ともとれる構え方は、激しい戦場であっても冷静に支援部隊との交信を行える。

土橋康介(どばしこうすけ)(41)
 第72戦車連隊第211戦車大隊”ジャベリン”第一中隊指揮官。
 大隊長が戦死したため、繰り上げで大隊長を兼任している。
 階級は大尉。


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第三十一話 最悪の中の(Ⅳ)

――2023年2月6日 プレアデスとレンジャー2合流前 厚木市 四足歩行要塞”エレフォート”より約10km――

 

『こちら、米海軍第301戦闘攻撃飛行隊”エメラルド・レイ”! 戦闘中の部隊が居たら、応答してくれ!! 誰か、誰かいねぇのか!?』

 保坂少佐のエアレイダー用に調整された無線機が僅かな音声を拾った。

 同時に同じく専用のコンソールに同様の部隊がレーダー上に表示された。

 保坂は、戦闘中のニクスで揺られながら、最小限の操作で周波数を合わせ、エメラルド・レイとの交信を試みる。

 

『こちら、EDF陸軍第2エアレイダー小隊”プレアデス”のリーダーだ。今周波数を合わせたよ』

 保坂らしい軽い口調でありつつも、他所向きの失礼過ぎない落ち着いた話し方に変わっている。

 

『おお! EDFの末端攻撃統制官か! 運がいい! こっちは飛行隊とは言え三機しかいなくてな! 仲間の大半は基地を攻撃されて飛ぶ立つ前におっ死んだが……。行きがけの駄賃に、陸軍の援護をしてやろうと思ってな!』

 米海軍らしからぬ豪快な声が返って来た。

 

 第301戦闘攻撃飛行隊と言えば、確か厚木基地所属の部隊だったはずだ。

 もはや、あの辺は壊滅したとみていいだろう。

 保坂は、コンソールのレーダーからリンクした機体情報を見る。

 

 F-14Dトムキャット。

 米海軍から一線を退いて久しい旧型機だ。

 恐らく倉庫の奥から引っ張って、滑走路がやられる前に飛び立ったのだろう。

 だが、それが本当なら”アレ”が積んであるはずだ。

 

『エメラルド。武装を確認したい。フェニックスミサイルは積んでいるかい?』

『積んでるぜ! 流石エアレイダー、情報は筒抜けだな! 三機合わせて9発ぽっちだが、どこにぶっ放してほしい!?』

 怒っているのか感心しているのか、威勢のいい声が保坂の耳元で響く。

 フェニックスミサイルはトムキャットないしスーパートムキャット専用のミサイルだ。

 それを聞いたという事は、必然的に機体を絞り込んだという事だ。

 

 フェニックスミサイル。

 射程100kmを超える長射程ミサイルで、敵航空機や敵艦の攻撃範囲・探知範囲外からの攻撃を目的として開発された。

 だとすれば、指示する攻撃目標は一つしか考えられない。

 

『僕達の援護はいらない。代わりに、そのミサイルを全弾、歩行要塞の砲台損傷部分に命中させてほしい。出来るかな?』

 フェニックスミサイルは特別威力に優れる訳ではないが、損傷個所に九発も打ち込むことが出来れば、機構を破壊する事が出来るかもしれない。

 しかも、その長射程を利用すれば安全な空域から一方的に攻撃出来る。

 ダロガやガンシップの射程に入れば、トムキャットは確実に撃墜されるだろう。

 

 しかし、返って来た返答は渋いものだった。

 

『……難しいな。こんだけの距離で巨大なターゲットだと、ピンポイントでの攻撃は不可能だ。いやアンタが誘導レーザーを照射してくれるってんならいけるんだが』

『……いや、それも無理だね。ここからじゃとても届かないし近づけない』

『それに問題はもう一つある。周囲のガンシップやダロガに、フェニックスミサイルを撃ち落とされるかも知れねぇ。現に、他の部隊はそれが原因でまともにダロガと戦う前に死んじまったらしい』

 それには、流石の保坂も表情が引きつった。

 ダロガやガンシップの対空性能の高さは知っていたが、ミサイルまで容易に撃墜するとは。

 

 いや、考えてみれば何も難しい話ではない。

 現に人類ですら、数年前にレーザー照射でミサイルを撃墜する対空防御システムが確立している。

 人類を遥かに上回るレーザー技術を有していると思えば、むしろ全てのミサイルや砲弾すら撃墜されていても不思議ではない。

 それを考えると、フォーリナーの迎撃技術と攻撃技術は、かなり格差があるように思える。

 

 とは言え、九発のフェニックスミサイルが決め手にならないのは手痛い誤算だ。

 

『だから、もっと確実な手を使う。もっともっと近づいて、至近距離で全弾ぶっ放す! どうだ? 簡単だろ!』

『ははは……。死ぬ気、なのかい?』

 保坂は、愛想笑いの後にトーンを一段下げる。

 

『……家族がな、厚木基地の米軍住宅に住んでたんだよ。全員死んだ。部下たちの家族もな。それに世話になった

バークス中将や戦友たちの居た座間キャンプは、今じゃ馬鹿でっけぇキノコ雲に包まれた。こんな俺達を空へ送り出してくれた基地の戦友たちも全員死んだ! それに何より、この少ねぇ燃料じゃもうどこにも降りられねぇ! だが、そんな俺達だって、戦いてぇ! 意味のある死を迎えてぇんだ! だから……バーグス中将を殺したあの巨大砲台に一矢報いるってんなら……やってやる! てめぇら! 行くぞ! 全機アフターバーナー!!』 

『『willco!!』』

 

 三機のトムキャットが一気に加速する。

 

『無茶だ! その特攻精神は買うにしても、無策の突撃じゃ攻撃する前に撃墜されるぞ! 歩行要塞の周囲に何体のダロガとガンシップがいると思ってる!?』

 保坂はコンソールのレーダーを操作し、マップと照らし合わせる。

 

 エアレイダーのバックパックにある高性能のレーダー装備。

 それに本部経由で送信される衛星データを重ね合わせる。

 ただし、今は本部がオフラインになっている為、精度は若干落ちるが、レーダーと照らし合わせて手動で修正する。

 そこで、保坂はある策を思いついた。

 

『知るかよ! やってみなきゃ、可能性はゼロのままだろうが! もう燃料が残ってねぇ! 一直線で向かうしかねぇんだ!』

『その可能性を上げられるとしたら!?』

『なに!?』

 保坂はコンソールを叩いて計算をシミュレートする。

 

『いいかい。今歩行要塞は西に向かって微速前進している。エメラルドレイは、一度北へ迂回し、南南西に向かって突入するんだ。問題のダロガは、今は歩行要塞より南部に集中している。北側から突入すれば、歩行要塞の巨体が盾となって攻撃出来ない筈だ! 突入までの間、付近に居るダロガを全て歩行要塞の陰へ誘導して見せる。まあこれは、今から合流する僕の仲間たちにお願いする形になるけど。でも、ガンシップだけは正直どうしようもない』

 

 ガンシップは現在、大半が地上部隊を襲っているが、残りは歩行要塞上空に浮遊している。

 近づく航空機を撃ち落とすための、護衛部隊と言った所か。

 

『大丈夫だ! そのガンシップ共はこっちで仕留める。サイドワインダー、全弾で撃ち落としてやる!』

 機動力こそ脅威だが、先手を取れれば撃墜するのはそう難しい事ではない。

 数の暴力と言う名の脅威も、大半を地上部隊が相手をしている事もあって機能していない。

 

『よし、決まりだ! アフターバーナーを使わなければ燃料は足りるか!?』

『なんとかな! 到着まで6分ってとこだ! オレはフィリップ。お前は?』

『保坂誠也だ。誠也でいいよ』

『よーしセイヤ! お前の名案に感謝する! 地上の方は任せたぜ!』

『了解、フィリップ! 頼んだよ!』

 

 

――現在 厚木市 第88レンジャー中隊 レンジャー2-1――

 

 

『作戦がある。総員聞いてくれるかい?』

 援軍として合流した保坂少佐からの無線が届く。

 唐突ではあるが、少佐であるならば現メンバーでの最高階級という事になる。

 加えてエアレイダーなら開示される情報や使用できる権限は我々の数段上だ。

 当然反対する者はいない。

 

 無言を肯定と捉えたのか、時間を惜しむように保坂少佐は話し始める。

 

『奇跡的に、たった今僕の通信可能圏内に3機の米軍機、F-14D(トムキャット)を捉えた! 彼らは危険を顧みず僕を通じて近接航空支援の真似事をしようとしていたけど、もっと別の事をお願いした』

 

 無線を聞いてる間も、攻撃は続く。

 三機のガンシップの集中照射を躱し、ショットガンで空中の敵を撃ち落とす。

 その隙を狙った敵を上手く浦田がカバーし、遠方でダロガが爆発する。

 合流した戦車隊の砲撃だ。

 

『トムキャットには、歩行要塞の砲台を攻撃してもらう! 上手く行けばあの強力なプラズマ主砲を完全に破壊出来る! だけど、そのためには米軍機をダロガのレーザー照射から護る必要がある。残り5分! 周囲のダロガを、一気残らず歩行要塞の陰に収めるんだ! 僕がレーダーを見て指示を出すから、その通りに誘導してくれ!!』 

 これまでの戦闘で、ダロガ……というかフォーリナー全般が、比較的簡単に誘導出来る事は分かっている。

 やり方は簡単。

 攻撃して、あとはひたすら誘い込む!

 

 

――――

 

 

 ダロガの誘導作戦が始まった。

 仙崎達レンジャーは便宜上、正面に陣取り、巨大生物とガンシップを引き付ける。

 その中から、指示された目標を水原や二ノ宮軍曹が狙撃する。

 その背後に戦車大隊が陣取り、各方面のダロガを砲撃して引き付け、撃破する。

 それでも接近するダロガを、グリムリーパーと安藤のニクスB型が接近戦で刈り取り、遠くのダロガはスプリガンの高機動力で誘い込んでいく。

 

 時間、僅か五分。

 だが、ダロガを誘い込むという事はこちらに集中するという事で、苛烈なる戦闘となり、負傷者も相次いだ。

 

 やがてエメラルドレイも空域に近づいて来る。

 歩行要塞のガンシップが一斉に反応し、迎撃に向かう――前に、数発のAIM-9”サイドワインダー”空対空ミサイルが飛んできて、そのうちの半分ほどが命中する。

 

 が、一瞬差の反撃によってエメラルドレイの一機が撃墜された。

 レーザーの直撃だ。

 

『エメラルド3!! ちくしょう!』

 エメラルド1は一瞬の差で散った戦友を悔やみつつ、目の前に現れたガンシップを、M61ガトリング砲で仕留める。 

 装甲を犠牲にして機動力を確保したガンシップは、当たれば最後、一瞬で細切れの鉄屑と化す。

 

『時間だ! エメラルド!?』

 指示が出しやすいため、ニクスを降りた保坂少佐が海軍機に通信する。

 

『突入するぜ! エメラルド全機、FOX3ッ!!』

 F-14Dのフェニックスミサイルが放たれた。

 航空機が射程内に入ったことを察知して、ダロガの何機かが一斉にレーザーを照射する。

 

 対空レーザーは作戦通り、歩行要塞の巨体に阻まれて、盛大なフレンドリーファイアが起こった。

 だが、やはりと言った所か。

 フォーリナーの同士撃ちが効きづらいのと同様に、この場合も歩行要塞の装甲が傷つく様子は無かった。

 

 しかし、大部分のレーザーは阻まれた。

 いける――皆が思った瞬間、一機のレーザーが僅かに歩行要塞の機体を外れる。

 

『なにッ!? ぐああぁぁ――』

 

 空中で爆発。

 二機の内一機が撃墜された。

 

 だが、既に放たれたミサイルはまっすぐ歩行要塞に延びて行き、二機合計六発のフェニックスミサイルが砲身部分に直撃し、爆発を起こす。

 

『Yeaaaaaaaaaaaaaah!!』

『やった! 全弾命中だ! ――おい、待て!』

 喜んだのもつかの間、何という事か、砲台が再びプラズマエネルギーを溜め始めた。

 

「なんだと!? まさか、これほどの攻撃でも砲台は問題なく使えるというのか!?」

 地上から見守っていた仙崎が砲台を睨みつける。

  

「おい! ここからあの上部砲台までどれぐらいある!?』

 ジャベリンの土橋大尉は、乗っている戦車の砲撃手に尋ねる。

 砲撃手は土橋の思考を読んで首を横に振る。

 

「無茶です!! ここからゆうに10kmは離れています! 有効射程範囲外です! しかも標的は、地上から300mの高さですよ!?」

「だが奴は停止している! 標的自体もデカい! それに有効範囲を超えたって、砲弾はその彼方まで飛んでいく。威力や精度は落ちるだろうが、当てられねぇ事はない! だろ!?」

 

 無謀だった。

 E551ギガンテスという戦車は、対地装甲目標攻撃用に設計されている。

 レーダーも火器管制も、最大で約5km程先の地上の目標を攻撃するためのものだ。

 それを超えると、指揮官も言ったが、風などの影響で精度、運動エネルギーの低下で威力が極端に落ちてスペック上の効果は出せない。

 

 だが、それを上回る技量があれば確かに当てること自体は不可能ではない。

 加えて、EDF製の多目的徹甲榴弾は爆発によってダメージを与えることも出来る。

 速度が乗っていなくても、当たれば少しのダメージにはなるはずだ。

 

 それに、フェニックスミサイルの攻撃もやはり確実に効いている筈だ。

 なぜなら、命中部分で火災が発生しているからだ。

 見た目は銀色だが、この歩行要塞はレイドシップのような無敵の装甲ではない。

 ならば、この機会を逃す手は無い。

 何より、命がけで避難した民間人のいる西日本を、あの恐ろしい砲撃に晒すのは何としても阻止すべきなのだ。

 

「目標、10km先の砲台損傷個所! 狙って、全弾撃ち尽くせッ!!」

『『うおおおぉぉ! EDFッ! EDFッ!!』』

 

 大量の砲弾が、上空に向けて放たれた。

 その威容は最早戦車と言うよりは自走砲だった。

 

 だが、ダロガの向かっていた砲撃を突如止めたため、ダロガの反撃がジャベリンを襲う。

 同時に、砲撃が歩行要塞へと着弾する。

 大部分は外れたが、命中した砲弾は信管が作動し、損傷個所で爆発を起こす。

 

 しかし絶対数が少ない。

 致命傷にはならず、その上戦車隊を邪魔だと認識したのか、要塞の下部レーザー砲台が戦車隊を襲い始めた。

 

『ぐああぁぁぁ!!』

『第三小隊が直撃!! くそォォ!!』

『怯むな! 撃ち尽くせ! 一発でも多く、奴にお見舞いするんだッ!!』

 一か所に固まっていたジャベリンは一度の砲撃で数十輛を失って、残る戦車も衝撃を受ける。

 しかしそれでも、戦車隊は砲撃をやめない。

 そんな戦車隊にダロガが砲撃を加えていく。

 

『ジャベリンを援護しろ! 陽動で良い、戦場をかき回すぞ!』

 岩淵大尉率いるグリムリーパーがブーストをフル稼働させてひたすらダロガの気を引いてゆく。

 砲撃を躱した後、一気に飛び上がって至近距離でブラストホールスピアを使い、ダロガの分厚い装甲を穿つ。

 下部の回転レーザー機銃が放つ攻撃は、左手に持つ大型の盾で防ぎきる。

 

『スプリガン! トドメを刺せ!』

『我々に命令するな! 行くぞ、お前達!』

『やああぁぁぁ!!』

 口では反発しつつ、三個小隊が散開しグリムリーパーに翻弄されるダロガに次々とトドメを刺してゆく。

 とは言え、スプリガンは常に飛び続けられる訳ではない。

 一人のスプリガンが着陸して冷却している隙に、巨大生物に囲まれる。

 

「しまっ――」

「撃て!!」

 大林中尉、鈴城軍曹、そして仙崎が、周囲の巨大生物を駆逐する。

 

「地上の巨大生物は我々にお任せください! 貴様ら! レンジャーの腕の見せ所だ!!」

「「サー! イエッサー!!」」

「ふ、レンジャーも捨てたものではないな。恩に着る!」

 スプリガン隊員は、再び飛び去った。

 

 そんな奮闘むなしく、プラズマ砲台の臨界が高まっていく。

 間に合わないのか――絶望が迫ったそんな時、空を駆ける半壊の戦闘機から希望の声が響く。

 

『まだだ……まだ希望はある!! こんなものを二度と! 俺の目の前で撃たせるものかよ!!』

 エメラルドリーダーは、上空で急旋回し、そのまま砲台の破損個所にまっすぐ突撃してゆく。

 

『やめろ! フィリップ!!』

 保坂は無線に向かって叫ぶ。

 

『うおおおぉぉぉぉ!!』

 最後のF-14Dは砲身に向かって突撃――特攻した。

 

『フィリップゥゥゥゥ!!』

 高速で大質量の機体が突撃した衝撃と、エネルギーが臨界になった瞬間が、偶然にも同時に重なった。

 

 充填されたエネルギーは暴走し、青白い閃光が炸裂する。

 そして、砲台は巨大な爆発を起こし、周囲の人間はそのあまりの衝撃に吹き飛ばされた。

 

 地面に投げ出されたのち、辛うじて目を開けた仙崎が見たのは、バランスを崩し、300m超の巨大兵器がゆっくりと転倒してゆく様だった。

 

「まずい!! 歩行要塞が倒れるぞ!! 全員そのまま伏せろォォ!!」

 大林中尉が大声で叫ぶ。

 

 そして何度目か分からないが、凄まじい振動が辺りを襲った。

 もはや激しい戦闘と何度もの揺れで辺りに建造物は残っていないが、もしあったならすべての建物は倒壊しただろう。

 

 既にボロボロだった地面に、更に多くの地割れや断裂が起こって地形が変貌する。

 巨大プラズマ砲の発射は無い。

 エメラルド1の、フィリップの犠牲によって、発射は阻止され、歩行要塞は転倒する大ダメージを与えられたのだ。

 

 

 




ふう……ようやくひと段落って感じです。
いやぁ長かった。
それにしても、空軍やら戦車隊やらが絡んでくると、どうしても主人公やレンジャーの影が薄くなる問題。
あとスプリガンとグリム副隊長との絡みが出来なかった、反省。
でもま、だいたいやりたいことはやった感じです。
突然乱入した安藤と保坂あたりの最初の話も書きたかったけど……それはまた後で。
さあてこれからどうしようかなぁ。


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第三十二話 日本の滅亡へ

――2023年2月6日 横須賀市 EDF極東方面第11軍司令本部基地 非常地下司令部直結エレベーター内――

 

「アドリア! アドリア! しっかりして下さい!」

「ぅ……少佐……? はっ、ここは!?」

 アドリアーネ・ルアルディ中尉が気絶から目覚める。

 暗闇に戸惑うルアルディ中尉を照らしたのは、エレナ・E・リーヴス少佐だった。

 

「よかった……。強く頭を打ってたようなので、心配しましたよ」

「あ、ほんとだ……痛いです……」

 痛覚が戻り、痛みに顔をしかめるルアルディ。

 照明の無い暗闇で怪我の確認はできないが、少し痛い程度なので命に別状は無さそうだ。

 

「記憶は大丈夫ですか? 貴方に何かあった場合、今後の戦況に大きく影響するのですが」

「そんなぁ、大げさですよ~」

 真顔のリーヴス少佐の問いに、ルアルディ中尉は照れ笑いで応える。

 大袈裟かどうかはともかく、リーヴス少佐が彼女をそれ程買っているのは事実だった。

 

「リーヴス少佐! ルアルディ中尉! 動けそうですか!?」

 懐中電灯で二人を照らすのは、司令部オペレーターの柊伸介中尉だ。

 

「酷くはありませんが、足を挫いてしまって……」

「私は頭をぶつけました」

 二人がそれぞれ怪我の報告をする。

 

「高杉少尉、少佐を支えてやってくれ」

「了解」

 高杉と呼ばれた司令部要員が、リーヴス少佐を支える。

 

「中尉は歩けそうですか?」

「問題ありません!」

 ルアルディは立ち上がって問題ない事をアピールする。

 

「柊、けが人は?」

 極東本部副指令官の秋元准将は部下のオペレーターに聞く。

 

「重傷者はいません。直ぐ動けます」

「よし。松永、エレベーターはどうだ?」

「駄目です。衝撃のせいか全く動きませんね。と言っても専門家ではないので何とも分かりませんが……」

 どうやら、非常地下司令部直結の大型エレベーターが衝撃で故障して、途中で止まってしまったらしい。

 発電がやられたのか電気系統の故障なのか、周囲の照明も死んでいる。

 

「となると……。榊司令。多少時間はかかりますが、階段で脱出した方が早そうです」

 設備の地図を見ていた高畑が提案する。

 

「分かった。一刻も早く地下司令部へ辿り着くぞ。この僅かな間にも、司令部と連絡が絶たれるのは致命的だ……。鹿島、柊。お前たちは怪我人を連れて地下シェルターへ向かえ。地下は全体でつながっている筈だし、そこには医療品も備蓄がある。その他動けるものは地下司令部だ! 一刻も早く司令部を復旧し、全軍の指揮を執らなければ! 急ぐぞ!」

「「了解!!」」

 榊司令の命令で全員が動き出す。

 

「うっ……」

 司令と一緒に地下司令部へ向かおうとしたルアルディだったが、数歩歩きだすと立ち眩みを起こし、倒れかける。

 

「おっと!」

 近くに居た柊がルアルディを咄嗟に受け止める。

 

「結構怪我、酷いみたいですね。手当てが必要です。ルアルディ中尉もこちらへ」

 どうやら、頭部の怪我は思ったより酷かったらしい。

 

「うう、すみません……」

 柊の柔らかな表情に若干罪悪感を感じながら、そのまま手当てを受けに行くこととなった。

 

 こうして、榊司令を中心として大半が地下司令部へ階段で向かい、残る負傷者は通路を利用して民間用の地下シェルターへ避難する事になった。

 

「……それにしても、折角の地下司令部直結エレベーターだってのに、まさか途中で壊れて止まるなんてなぁ」

 柊が先頭を懐中電灯で照らしながらゆっくり進む。

 

「それだけの衝撃だったって事でしょ。そもそも地下司令部が核攻撃級に耐える構造であって、エレベーターまでは頑丈に出来てなかったのよ」

 鹿島が柊の言葉を返す。

 

「それに発射から着弾までも早かったですしねぇ。おまけにレーダーが間違ってないとしたら、厚木市からここまで30kmもの長射程を持つプラズマ砲だったって事になりますけど……」

 ルアルディが会話に混ざる。

 柊は先頭を歩む為、ルアルディは別の司令部要員に支えられて歩いていた。

 

「……へぇ。今の衝撃、プラズマ砲だったってのかい」

 突如、この場に居ない筈の者の声が聞こえてきた。

 

「くくく……そいつはたまげたねぇ。威力もそうだが、この射程でこの威力ってのがミソだね」

 柊中尉が懐中電灯で照らすと、そこに居たのは白衣姿の女性だった。

 

「茨城少佐! どうしてこんなところに……」

 リーヴス少佐が反応する。

 

「アタシらの研究所が地下にあるのは知ってるだろう? 当然こことも繋がってるって訳さ。どんな胸熱な攻撃を受けたのか気になって司令部に直接行くところだったんだが……上はどうも焼野原らしくてねぇ」

 

 極東本部は、横須賀軍港、飛行場が複合した大規模な陸軍基地兼司令部だ。

 だがそれに飽き足らず、非常時の避難所としての機能も設計段階で追加され、ならついでにと、元々地上に作る予定だった小規模な研究棟を丸ごと地下に設計し直し、更に規模も拡張された。

 

 予算は大幅に膨れ上がったが、軍施設内という事で民間よりも権限や設備が優れる事や、優秀な人材が集まった事からより多くの利益を期待され、紆余曲折ありながら最終的には許可された。

 

 そもそもなぜ地下に作られたかと言うと「そんなに金をかけたモンが、災害やらフォーリナーやらの攻撃で簡単に墜ちちまったらどうすんだい。それに、安全な場所じゃないと落ち着いて研究も出来やしないね。なに、それに見合うだけの成果は保証してやるさね」という物理学権威、茨城博士の提案によるものだった。

 

 最初のジェノサイドキャノンによる攻撃の余波と、今回の歩行要塞プラズマ砲の直撃をしてほぼ無傷で残っている開発部を見るに、博士のこの提案は結果的には予算以上の大正解だったと思える。

 

「……茨城少佐。事態は深刻ですので、関係ない話でしたらどうぞ研究室にお戻り下さい」

 リーヴス少佐が軽薄な態度の茨城少佐を追い返す。

 今は彼女の話に付き合っている暇はない。

 

「つれないねぇ、同じ少佐だろう? ま、アタシは階級とか気にしないがね。真面目に話すと、ウチの連中もちっと怪我したもんで、医療品を漁りにね。キミ達も同じクチだろ? 案内しておくれよ。こちとら引き籠ってばかりで、地理には疎くてねぇ」

「まあ、そういう事でしたら」

 

 不詳不詳、と言った形でリーヴス少佐が納得する。

 とは言え、彼女の目的としてはフォーリナーのどんな新型兵器が、どんな攻撃をしてどれほどの被害があったのか知りたいだけだろう。

 

 フォーリナーの技術を応用し、人類の兵器に転用するという開発部の性質上、そう言った情報は確かに人類の戦力に直結する。

 するのだが、科学者と言うのはだいたいが崇高な目的より、個人の欲で動く連中なので、真面目に命を懸けて戦う軍人としては、嫌悪感を感じずにはいられないのが大半だ。

 

「それにしても、茨城博士おひとりという事は、まさか動けない重傷者ばかりですか?」

「いえ、違いますよ柊中尉。多分動けないんじゃなくて動かない研究バカの集まりだからです」

「くくっ、当たりだよルアルディ中尉。キミもアタシらの事が分ってきたようで嬉しいよ」

 

 ルアルディ中尉の的を射た発言に、茨城少佐は静かに笑う。

 恐らく複数のけが人がいるが、直接治療されに行くより血を流しつつ研究を続けることを選んでいる。

 ある意味、傷ついても戦う兵士にも似た不屈の闘志がそこにある。

 と言えば聞こえはいいが、実際のところは夢中過ぎて気付いてないだけかもしれない。

 

「……一応何度も顔出してますからね……。こっちは嫌なんですけど」

「そうも言ってられませんよアドリア。我々戦略情報部と先進技術開発部の連携は必要不可欠です。茨城少佐にも、調査が済み次第この攻撃の詳細も開示しますよ」

 

 現在でも戦略情報部と開発部は連携を密に取っている。

 本来情報開示レベルの高くない開発部に対して、情報を選別しつつ限定的に開示しているのは、敵の新型や戦術の傾向に柔軟に対応できる装備を開発するのが目的だ。

 

「射程30km以上、戦術核級のエネルギーを持ったプラズマ兵器ねぇ……。なんとか砲台だけ無事に手に入らないもんかね。……南極総司令部の決戦要塞計画。アレの主砲が荷電粒子砲になる予定だったろ。くくっ、丁度いい。逆に奴らにアレをブチ込む日が楽しみになるね」

 

 南極総司令部でいくつか進行中の極秘計画の一つを軽々しく口にする茨城少佐。

 その口元が、隠せずににやける。

 しかし、今厚木市ではその砲台が真っ先に破壊されたと知ったら、彼女はどう思うだろうか。

 

「茨城少佐ッ! あの攻撃で恐らくですが、司令部の人員も多数が死亡しているんですよ! 不謹慎すぎます! それにその情報は極秘事項です! 軽々しく口に出さないでください!! まったくもう!」

 

 ルアルディ中尉が大声で茨城少佐を叱る。

 茨城少佐の不謹慎で軽薄な発言と、軽々しい行為にこうして彼女は度々憤慨している。

 但し、半ばもう治らないだろうという諦めの境地に入りつつあるが。

 

「はいはい悪かったよ。……悪ふざけが過ぎたね。勘違いさせたようだが、アタシも別に敵の新兵器や大規模攻撃を手放しで喜んでるわけじゃない。ただ、喰らっちまった攻撃や、失った命はどうにもできない。それを悲しむより、フォーリナーの技術や武器を利用し反撃する。そうしないとこの戦争、あっという間に人類の負けさね」

「それはそう、ですが……」

 

 茨城少佐の珍しく真剣な表情に、少したじろぐルアルディ中尉。

 

「ま、アタシも所詮頭のイカれた科学者さ。理解されようとは思ってないよ」

 

 表情を一瞬で崩し、元の軽薄さに戻る口調に、ルアルディ中尉は何も言えなかった。

 事実、彼女を理解する事が今のルアルディ中尉にはできなかった。

 理解されないという事が、彼女が天才である事の業でもあるのだろう。

 

 

――厚木市 四足歩行要塞”エレフォート”より約10km――

 

 

「……仙崎! 立てるか!?」

 衝撃に一瞬意識が飛んでいたのだろうか。

 手を伸ばす大林中尉の手を掴み、ややふらつきながら立ち上がる。

 

「見ての通りですが、戦闘に支障、ありません!」

 細かな負傷はあるが、骨折、大きな切創などは無かった。

 

「ならば撃て! 歩行要塞は見ての通りだが、まだ少々残党が残っている!」

「サー! イエッサー!」

 私はアサルトライフルの動作を確認し、瓦礫から身を乗り出し、巨大生物を撃つ。

 

 その合間に、彼方の歩行要塞を見る。

 白銀の巨体は炎上し、巨大な黒煙を上げて倒れ伏せている。

 

「……倒した、って事でいいのかしらね」

「瀬川。無事だったか」

 いつの間にか隣に来ていた瀬川を見る。

 私と同じく、負傷しているが軽傷だ。

 

「ちょっと転んだけどね。アンタみたいに気絶はしなかったわよ」

 ”アタシの勝ち”と言わんばかりの顔をする瀬川。

 

「ぐ……なんたる屈辱か! 私がよもやこのような醜態を晒すとは……」

 回避しようもない衝撃とは言え、転倒し気を失ってしまうとは、仙崎誠にあるまじき醜態!!

 どんな不意の状態からでも反射で完璧な受け身を取らなければ……危うく死んでしまう所だった……。

 

「ちょっと! どんだけ落ち込んでるのよ! 人間なんだからそんぐらいあるでしょーが」  

「む。確かにその通りか。まあいい、この辺りは今後鍛えなおすとするか。むしろ自らの欠点を晒しつつ生きているのだからやはり私は幸運だ! 生きていれば対策も立てられるからな!」

「やーっぱ仙崎さんポジティブっすねぇー。しかし、ようやく敵も減ってきたって感じっすかね」

 

 水原の言う通り、巨大生物の攻撃は散発的になっている。

 しかもその大半が転倒の衝撃や歩行要塞の砲撃の余波を喰らって手負いの状態だ。

 尤も、だからと言え油断は出来ないが。

 

「歩行要塞を倒したからな! あんなデカブツ、オレ達だけで倒せるなんて凄ぇぜ!」

「バカかテメェ、倒したのはアタシらじゃねぇだろ!」

「米海軍のパイロットに、感謝ですな……」

「ウラスケちょっと空気読めないんじゃないの~?」

 浦田、鈴城軍曹、新垣、桜が会話する。

 皆負傷し憔悴しているが、未だ脱落者は居ない。

 

「わ、悪かったよ! そんなつもりじゃなかったんだが……まあそれはそれとして喜ぼうぜ! これでこの最悪が底を突き抜けたような状況に終止符が打てたんだ! こっからは人類様の反撃の時間だってな!」

 保坂少佐が呼んでくれた三機の米海軍機がいなければ、この勝利はあり得なかった。

 彼らの犠牲は悲しむべきだが、そこで足は止められない。

 彼らに報いるためにも、この勝利を意味あるものにしなければ。

 

「ふふ、そうだと良けれど。そもそもアレが完全に撃破されたとは限らないかもよ? フォーリナーに人間の常識は通用しないだろうしね」

「おいおい勘弁してくれよ……。二ノ宮軍曹が言うと、マジでありそうで怖いって……」

 二ノ宮軍曹の言葉に、浦田が辟易する。

 確かに、あの巨体が木っ端みじんに吹き飛んだわけではないので、安心は出来ない。

 が、仮に起き上がったところで、我々に出来る事は無さそうではあるが。

 

「浦田、茶化さず受け止めろ。どんな状況でも油断するなという事だ。だが現実問題として、そろそろ撤退したいところではあるが……。保坂少佐。通信の具合はどのようなもので?」

 

「極東本部はまだ応答が無い。でも流石に君達限界だろうからね。太平洋に居たEDF艦隊との通信をさっき終えたよ。ヘリ空母から輸送ヘリを人数分飛ばしてくれるそうだ。ダロガのレーザー照射を警戒して秦野市に着陸する。少し遠いけど、ここから移動するしかないね」

 

「歩行要塞周辺のダロガは巻き込まれて潰れたとは言え、東部にはまだ複数のダロガが健在でしょうからね。致し方ありません。よォし貴様ら! この場所から撤退するぞ!」

「「イエッサー!!」」

 

「こちらグリムリーパー。話は聞いた。殿(しんがり)は任せろ。まだ残党はいるからな。油断するなよ」

「その通りだ! 地中からの侵攻が無いとも言い切れん。警戒を怠るな! スプリガン、済まないが先行を頼めるか?」

 荒瀬軍曹がスプリガンを呼ぶ。

 いくらか言い方が丁寧になったとは言え、つい指示を出してしまうのは性分なのだろうか?

 有能であるがゆえに、彼が軍曹の枠に収まっているのは勿体ない気はする。

 

「ふん、我々に指図をするな、軍曹風情が。まあ、理に適っている事は認めてやろう。行くぞ。小隊を三方面に分けて周囲の索敵、偵察を行う。第二小隊右、第三小隊は左を!」

「「イエス、マム!」」

 二個小隊が両脇に飛ぶ。

 

「やれやれ、素直に意見を聞くって事が無いのかあんたらは……。プライドが高すぎるのも問題だな」

「……何か言ったか? グリム2」

 グリムリーパー第二小隊長、九条中尉が零した言葉を、西園寺大尉が耳ざとく聞き返す。

 

「いいえ? 高貴な西園寺殿には下々の言葉などあってないようなものでしょうしね」

「貴様ぁ! 西園寺大尉を侮辱するか!!」

「……やれやれ、九条、余計な挑発をするな」

「すみません大尉」

 

 こうして、四足歩行要塞を撃破したレンジャー2、スプリガン、グリムリーパー、それにプレアデスの保坂少尉と民間人の安藤は秦野市へと撤退を開始した。

 ちなみにサイクロン中隊は無線を聞き、いち早く秦野市へ到着し、燃料補給を受け帰還した。

 三時間後、特に何事もなく秦野市へ到着した部隊は、応急手当てを受け、全員がヘリに乗りEDF太平洋艦隊のヘリ空母へと収容された。

 

 

――――

 

 

 2月6日のガンシップ襲来に端を発した今回の大侵攻は、巨大生物の一斉活発化、空挺船によるダロガ投下、マザーシップの襲来による無線断絶、そして四足歩行要塞の襲来、座間キャンプと極東本部の壊滅など、約一日という極短い時間でありながら壮絶な激戦が繰り広げられ、2月7日の四足歩行要塞撃破を以て終息した――。

 

 ――かに見えた。

 

 歩行要塞撃破より二時間後、鎮火した歩行要塞が再び動き出しているとスカウトチームから、通信と指揮命令機能が復活した極東本部に連絡があった。

 

 上部のプラズマ砲台こそ機能を停止しているが、歩行要塞は西部へ侵攻を開始。

 更にインセクトハイヴからの巨大生物活発化に歯止めは訪れず、極東本部はやむ無く放棄が決定。

 

 2月8日をもってEDF太平洋艦隊旗艦”リヴァイアサン”を臨時司令部とした。

 同時に、最早戦線の維持を困難とし、西関東防衛線を含む、関東圏全周防衛線の壊滅を宣言した。

 

 2月10日。

 神奈川、山梨、埼玉県が陥落。

 

 歩行要塞は、西に向けて進軍の勢いが止まらず、各地の巨大生物の活発化や、衛星軌道上まで上昇したマザーシップのレイドアンカーの落下の対応に追われ、後手後手に回る。

 

 一方で後方の砲兵基地に配備されていたパトリオットミサイルの活躍により、一定数レイドアンカーの撃墜に成功した事が戦果として挙がっていた。

 

 しかし、手数が足りず、戦局の打開には繋がらない。

 

 2月13日。

 アメリカ本国で在日米軍の今後についての安全保障会議が行われた。

 

 先の座間キャンプ・在日米軍司令部壊滅、並びに在日米軍司令官ウィリアム・D・バーグス中将の戦死に於いて、日本臨時政府及びEDF極東方面軍司令部の過失を理由に、在日米軍の撤退が決定した。

 

 過失の理由としては様々だが、圧倒的不利な状況下であることが明白であるにも関わらず、僅かな民間人救出の為にその場での奮戦を命令し、結果として米軍を巻き込んだ事が大きい。

 

 バーグス中将の命令違反についてあまり触れられなかったことからやや不公平な決定となったが、アメリカとて同盟国の防衛で徒に戦力をすりつぶすより自国の防衛に力を割きたいのが本心であり、誰もそれに異を唱える事は出来なかった。

 

 

 

――静岡県静岡市清水港 第三歩兵師団――

 

 

「ちくしょう! もうこんな所にも巨大生物が!!」

「撃て! 撃て! もう少しで非戦闘部隊の収容が終わる! だが……ダロガをここに近づけさせたら、最悪こっちの輸送船が沈むぞ!」

 

 港に巨大生物α型が押し寄せる。

 米軍にも、急増で開発した対酸アーマーが配備されているが、EDFの技術に比べたら数段劣るものであり、重傷は避けられない。

 

「EDFの援護は無いのか!?」

「ある訳ないだろ! 俺達は敵前で方向転換して撤退を始めたんだぞ! そのせいで富士市がどうなったか……」

 

 両脇を米軍と連携して戦闘を行っていたEDFだったが、急な撤退命令が出され、EDF部隊と、富士市に居た市民の多くが犠牲になった。

 

「くそ……だから大人しく富士市で戦うべきだったんだ……! EDFの援護が無ければ、フォーリナーと正面切ってやり合えるわけがねぇ!! ぐあああ!! 酸がッ!!」

 

 右足に酸が直撃。

 アーマーを侵食し、肉が溶け焦げる。

 

「エイリス!! くそ、コイツを衛生兵に見せろ! 俺達はここに留まる!!」

「Sir! yes`sir!!」

 

 幸い弾薬はある。

 絶え間ない弾幕で、巨大生物を抑えてはいるが、そう長くは持ちそうにない。

 

「β型です! β型が来ました!!」

「くそ、厄介なのが来たぞ……! 糸に気を付けろ!! 酸を含んだ糸だ! 生身で受ければたちまち溶かされるぞ!!」

「迫撃砲、用意……ってぇぇぇ!!」

 

 迫撃砲小隊が面制圧を開始する。

 直上から降り注ぐ軽砲弾に、たちまち爆死するα型。

 だがやはり、数が足りない。

 

「まずい! ダロガだ、ダロガが来たぞォォォ!!」

 地平線からダロガが顔をのぞかせる。

 あと少し距離を詰められたら、輸送船が射程に入ってしまう。

 

「撤退が間に合わない……! 第二戦車中隊はどうしたんだ!?」

「二輛を残し全滅! 大尉、我々でやるしか!」

「対戦車小隊! やれるか!?」

「やるっきゃないでしょうに! 背後には、俺の家族が乗ってるんでね!」

 

 対戦車小隊長が、対戦車ミサイル”ジャベリン”を構える。

 赤外線ロックオンと、上面装甲を攻撃できる機能によって、対フォーリナー戦でも有効な兵器の一つだ。

 

「待て! あれは……?」

 

 突如、奥のダロガに攻撃が加えられた。

 見ると、EDFのロゴを付けたグレイプ装甲車が上面機関銃を放ちながら突撃する。

 そして、ハッチから重装備の歩兵……フェンサーが現れ、周囲の巨大生物を掃討し、ダロガと交戦を始める。

「EDFだ! EDFが来たぞ!! EDFのフェンサー部隊だ!!」

「ここは我らに任せて貰おう!! 諸君らは撤退を急げ!」

 EDF部隊の指揮官が告げる。

 

「だが……何故!? 既にここには俺達米軍しかいない! 護る意味なんてない筈だ!!」

「関係ない! 人類を護る! それがEDFの存在意義だ!! それに……個人的な話だが、俺の家族が、あの地獄みたいな座間市から生還した。あんたら米軍の献身でな。だから、こいつはその恩返しだ!」

「……ありがとう……。必ずだ。必ず……俺は、俺達はまたここに戻って来る。絶対に俺は、米軍は! この恩を忘れないッ!!」

 

 30分後。

 日本最後の在日米軍は、米軍輸送船を護り切ったEDFに敬礼を掲げながら、日本を後にした。

 

 

――――

 

 

 2月16日。

 日本の戦況に、追い打ちをかける”災害”が上陸した。

 ”それ”は前触れもなく宮城県石巻港へ海上から上陸し、石巻市をものの数時間で壊滅させるに至った。

 ”それ”の迎撃・無力化・撃破がいかに困難かは、二度ほどの接触と、それによる甚大かつ破滅的な被害規模が示していた。

 

 人類との初接触は、約ひと月半前、2023年1月5日。

 台湾近海に宇宙からの飛来物が落下。

 EDF太平洋連合艦隊は、落下地点を調査すると、そこに生体エナジージェム反応を検知。

 侵略性巨大外来生物と同様の反応でありながら、ケタ違いの大きな反応に、EDFは慎重に調査を開始。

 すると、生体反応は活動を活発化、移動を開始した。

 EDF戦略情報部、並びにEDF先端科学研究部は、生体反応を敵性生物と断定。

 EDF海軍は魚雷や爆雷で撃破を試みるも、敵性生物は台湾本島に上陸。

 EDFの迎撃虚しく、全高40mもの巨体から吐き出される燃焼性のガス――ようは火炎放射によって、台湾一帯が火の海になった。

 EDFは、”巨獣”や”宇宙生物”と呼ばれたその個体を、正式に”ソラス”と命名。

 ソラスはその後、海底を歩行し、中華人民共和国、福建省に上陸。

 現在に至るまで、撃破・無力化は失敗しており、中国大陸で猛威を振るっている。

 

 二度目の接触は、今から二週間前、2月3日。

 ロシア海軍太平洋艦隊の877型潜水艦”ヴァルシャヴャンカ”が警備巡回中、上記ソラスと同様の生体エナジージェム反応を、海底で発見。

 潜水艦隊と水上艦艇による総攻撃を行うも、”推定敵生物”は海底から跳躍して腕部による打撃で艦艇を攻撃するという、想定外の攻撃を行い艦隊は被害を被る。

 そのまま進撃を止められず、やがて”敵生生物”はロシア連邦カムチャツカ半島の都市、ペドロパブロフスク-カムチャツキーへ接近。

 背を丸めた状態で40mもの巨体から、火炎放射を行った。

 上陸前の沿海域から放射されたこの火炎は、ソラスのものよりも収束されていて長射程を誇った。

 それを見せつけるように、上陸前に沿海域からペドロパブロフスク-カムチャツキーの街は焼き尽くされた。

 更にソラス以上の身体機能を持ち、巨体からは想像も出来ない程の速力は、時速300km以上を計測し、両腕による叩きつけや尾の一撃は、戦車の複合装甲など豆腐の様に叩き潰した。

 探知能力も高く、砲弾やミサイルは大半が上空で迎撃され、攻撃すら容易に届かせてくれなかった。

 その圧倒的蹂躙と凶悪な姿への畏怖籠めて”宇宙怪獣”や”魔獣”などと形容されたその個体は、EDFにより”ヴァラク”と命名された。

 

 以上の二体に、ある程度共通する外見的特徴や被害の甚大さなどを加味し、EDFはこれらを新カテゴリ”超抜級怪生物”に分類した。

 それぞれ「第一号”巨獣”ソラス」、「第二号”魔獣”ヴァラク」と正式に命名し、人類の頭脳と技術を結集、これらの対策を必死に模索した。

 現実的に、この二体を野放しにしては国が、そして人類が滅ぶ危険性を孕んでいた。

 

 そして対策もままならないまま、それに続く厄災が2323年2月16日に、日本国宮城県石巻港に上陸したのだ。

 日本に置かれた状況の過酷さ故、完全な海底偵察が間に合わず、事前に発見することなく奇襲的な上陸を許してしまう。

 上陸した”怪生物”は、闇夜に浮かび上がる蒼白の発光部を体の各所に持ち、その器官をより激しく発光させると、口内部にエネルギーを集中させた。

 次の瞬間、口内から蒼白色の超高圧電流が放たれた。

 雷を何百何千と束ねたようなそれは、殆ど”破壊光線”の様に都市そのものを抉り、膨大なエネルギーは破壊的な膨張を行い、一体が瞬時に閃光と爆炎に包まれた。

 超高圧電流は、放たれた方向以外に無秩序に拡散し、都市内には地を這う”落雷”が至る所で人間を、都市を、文明を、大地を破壊した。

 あらゆる物体が炎上する都市の中で、蒼白の体組織だけが不気味に光り続けた。

 この最も凶悪な敵性生物を、EDFは「超抜級怪生物-第三号”雷獣”エルギヌス」と命名。

 全高70mにも達する凶悪な生物は、その後南下を繰り返し、日本を破滅に追い込むには十分な絶望を与え続ける。

 

 2月19日。

 群馬、新潟、栃木、茨城が陥落。

 更に以前から確認されていたインセクトハイヴにいた個体、羽の生えたα型巨大生物が一斉に飛散。

 α型飛行種と呼ばれる。

 更に四足歩行要塞に自動修復機能があることが判明。

 プラズマ砲台再稼働も時間の問題と思われる。

 

 2月21日。

 旧東京・インセクトハイヴを監視していた陸上自衛隊から、恐るべき報告が入った。

 インセクトハイヴ最上部から、超大型の怪物が出現したのだ。

 α型巨大生物の外見に、巨大生物γの羽を併せ持った個体。

 要するに、”超巨大な女王蟻”の様な生物が、インセクトハイヴ内部より出現し、そして飛び去った。

 ただでさえ見上げるほどに巨大な怪物を、数十倍巨大にした”それ”は、唖然とする観測員を尻目に悠々と飛び遥かに消え去った。

 当然、情報は瞬時にEDF極東本部及びEDF南極総司令部へ伝達され、空軍が撃墜作戦を行った。

 暫定呼称、”クイーン”は迎撃に動じず、周囲を護衛の様に飛行していたγ型の針撃撃によって攻撃部隊を退けると、そのまま新潟県佐渡島へ侵入した。

 

 2月22日。

 佐渡ヶ島に上陸した”クイーン”は、巨大な腹部からシャワーのような強酸を散布。

 地上建造物や車輛は瞬く間に溶解し、化学反応で発生する高温で可燃物や燃料は自然発火、町は火の海に包まれた。

 また、関東を中心とする大侵攻、挟み込むような雷獣エルギヌスの電撃侵攻を受け、国内の戦力はほぼその個所に集中していたこともあって、効果的な抵抗を行う事無く、佐渡島の住民や本州から来ていた避難民は虐殺され、佐渡島は陥落した。

 EDF極東方面第11軍の将兵は、一兵卒に至るまでこの結果に絶望と怒りの相反する感傷を抱き、佐渡島をいつか取り返すと誓った。

 EDF極東本部は、その決意と共に、正式に決定した「戦略級巨大外来生物α:蟲の女王(バグ・クイーン)」という名をその胸に刻んだ。

 

 2月23日。

 雷獣エルギヌス、福島県を蹂躙。

 EDFはエルギヌスに対し、海上と陸上からの交差飽和砲撃を行うが、着弾によるダメージの目視確認は出来ず、進撃も止まることなく被害は拡大する一方だった。

 

 EDF南極総司令部から北と南、二方面の核攻撃を要求されるが、日本臨時政府およびEDF極東本部はこれを断固として却下。

 飽くまで通常戦力による徹底抗戦を貫いた。

 

 2月25日。

 新潟県佐渡島にて、「戦略級巨大外来生物α:蟲の女王(バグ・クイーン)」が、新たなインセクトハイヴを建造している事が分かった。

 更に蟲の女王(バグ・クイーン)は、地上で巨大生物の卵を出産し、爆発的な増殖が行われている事が判明。

 蟲の女王(バグ・クイーン)は、見た目通りの”女王蟻”で産卵によって巨大生物を繁殖させることが出来る、巨大生物増殖の要だったのだ。

 すなわち、地球上にある全てのレイドシップ・レイドアンカー・そして蟲の女王(バグ・クイーン)の駆逐を成さない限り、巨大生物は地球上で無制限に増え続けるという事だった。

 レイドアンカーは元より、レイドシップ撃破が急速に進む中でのこの情報は、人類に再び先の見えない暗闇を示したのだった。

 蟲の女王(バグ・クイーン)が東京インセクトハイヴから出現し、新たなインセクトハイヴを建造しているという事は、クイーンはインセクトハイヴを拠点にしている可能性があり、少なくとも世界にそれと同じ数のクイーンが存在すると考えていいだろう。

 いずれ全てのインセクトハイヴを破壊し、その中の女王を討伐する事が、人類の勝利への確定条件となったのである。

 

 2月28日。

 国内に二つのインセクトハイヴ、手負いとは言え健在の四足歩行要塞、圧倒的破壊の化身である雷獣エルギヌス、増殖の要である蟲の女王(バグ・クイーン)、その他数十万単位で存在する巨大生物やダロガ、ガンシップの大群。

 

 その状況にEDF南極総司令部は日本からEDF極東方面第11軍全軍の撤退を決定した。

 書面上日本国を陥落とし、日本臨時政府もこれに合意。

 海外に亡命政府を樹立する事を決定として手続きを開始した。  

 

 ――だが。

 EDF極東方面第11軍司令官、榊少将はこの命令を跳ねのけ、尚も徹底抗戦を唱えた。

 そればかりか、四足歩行要塞並びに雷獣エルギヌスの撃破を条件として、旧在日米軍の再派兵を求めた。

 これには国際社会も余りの無謀に困惑したが、最低限の貿易を残し国交を断絶する条件付きで、第11軍の抗戦を黙認した。

 

 EDF極東方面第11軍の……日本の孤独な戦いが幕を開けた。




はー、ここまできた!
これにて一区切りって感じで、第二章終了です。
あとはちょくちょく幕間の小話を挟んでから第三章ですね。
第三章の名前は何にしようかなぁ。
あと人物とか全然更新してなかったんで、ちょっと合間見て増やしていきます。

次は何週間かかるかなぁ(汗


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幕間1 国防総省/総司令部の思惑/洋上の一幕

色々新兵器の影をチラつかせられて俺は満足です!


――2023年3月1日 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス 臨時合衆国連邦政府国防総省ビル――

 

 褐色の男が重苦しい表情で、臨時にあてがわれた政府所有のビルにある受話器を置く。

 

「……いかがでしたか、向こうの返答は」

「いや、やはり彼の地で抗戦する姿勢は変えないようだ。そして無論、我々やEDF総司令部の核攻撃も断固拒否する、と」

 国防総省長官のレナルド・ベイカーは、たまった疲れを吐き出すかのように勢いよくイスに腰掛ける。

 元国防総省本庁舎(ペンタゴン)ほど豪華なイスではない為、きしむ音がする。

 

「……狂っています。核兵器はともかく、せめてEDF総司令部の指揮に従って放棄すべきでしょうに。国土は一度失っても、また取り返せる。ですが国民は……。極東本部の愚策によって、犠牲になろうとしている……」 

 ベイカー長官の部下は、悔しそうに吐き捨てる。

 暴走するEDF極東本部の犠牲になる、無辜の日本国民を案じる表情だ。

 

「それが、どうもそう単純な話じゃないらしくてな」

「長官?」

 含みを持たせたベイカー長官の言い方に、部下が聞き返す。

 

「確かに国民の多くが、今回の侵攻で犠牲になっているが。一方で残った国民の大半がEDFに入隊しているそうだ。日本人は、我々が思っているほど、まだ心折れちゃいないのさ。それに榊少将にも、何か考えがあるらしい。曰く、困難ではあるが、不可能に挑んでいる気は無い、だそうだ」

 

 本州島の大半が占領され、二つのインセクトハイヴに、破滅的な雷獣エルギヌスと、四足歩行要塞エレフォート。

 このメンツにどうやって勝つというのか。

 長官の部下は、最早日本で全滅する未来しか見えなかった。

 

「その上、雷獣エルギヌスと歩行要塞エレフォートを撃破した暁には、本土奪還及びインセクトハイヴ攻略の為、米軍の再派兵と総司令部の支援を求むという条件まで叩き付けてくる始末だ。まったく……一体何を考えているのやら……。一応議会に提出するが、荒れそうで今から気が滅入るよ全く」

 

 元々、対フォーリナー戦が始まって以来、在日米軍のみならず各国に派遣した米軍を撤退させる声は大きかった。

 だが在日米軍に居たバーグス中将が、その声を宥め日本に留まっていたのだ。

 そしてその結果が多くの日本人の命を救い、一方で貴重な米軍兵士の命と装備を大量に失わせた。

 その損失は、ひいてはアメリカ国民の損失となりうる。

 

 まして、EDF総司令部の命令に背いた反逆軍の交渉に付き合う理由があるだろうか?

 

「だが、東海岸からフォーリナーを一掃すれば、話は変わる」

「長官……?」

 長官の急な発言に、部下が驚く。

 

「確かにあの状況で抗戦する日本はクレイジーだ。だが同時に、この危機を乗り越えられれば、それは世界でも有数の激戦を制した英雄国家だ。その戦術と、フォーリナーに関する情報、研究成果は失うには惜しすぎる。そうなる前に、東海岸のフォーリナーを、せめてインセクトハイヴだけでも落とせれば、米軍やEDF総司令部も、重い腰を上げる筈さ」

 

 実際、狭い国土にこれほど敵戦力が密集している状況はない。

 世界各国で今も激戦は続いているが、その中でも日本は特に新型や新種が多く確認されている。

 そしてフォーリナーの新種からは、新たな技術や情報が開発できるという事も意味する。

 過酷な状況だが、伸びしろによっては奇跡が起こるかも知れない。

 ベイカー長官は、そんなところにある種の期待を込めているのかもしれない。

 

 願わくば日本が、この過酷な戦争を砕く一番槍とならん事を。

 

「さて、日本から引き揚げた在日米軍は、全部隊帰還したな?」

「はっ。各部隊、原隊復帰手続きを済ませてあります」

 座間キャンプの第九歩兵師団が丸ごと消滅し、上級部隊の第一軍団も壊滅的な被害を被った。

 それ以外の部隊も大小損害を出してはいるが、それでも多くの戦力を補充できた。

 

「よし。こちらは既に、ニューヨーク、ワシントン、ボストン、フィラデルフィアその他東海岸を攻め落とされている。聞けば、EDF北米総司令部も、本格的にニューヨークのインセクトハイヴ攻略作戦を計画しているそうだ。そろそろ、反撃が始まるという訳だ。我々も、忙しくなりそうだ」

 

 

――3月1日 南極大陸ウィルクスランド EDF南極総司令部――

 

 

 無機質な階段を、軍靴が下る音が反響する。

 

「これほどまでに厳重な警備……。司令部の地下に、このような場所があるとは……」

 

 驚愕を目の当たりにしているのは、銃を持った護衛役の兵士。

 総司令官の右腕としても活躍する、総司令部付独立警備中隊のロードリック・ワーナー大佐。

 

 そして、その隣に居るのは。

 

「知らなくて当然だ。ここはEDFの中でも最高機密のひとつだからな。知っているのは当時の関係者以外では、君が初めてだ。ワーナー大佐」

 

 バートランド・グレンソン大将――EDF総司令官だ。

 グレンソン大将と、ワーナー大佐は階段を下り終え、無機質な長い廊下を歩く。

 灯りは最低限、空調は少し肌寒く、不気味な雰囲気がある。

 

「ここだ」

 その後、指紋、網膜、遺伝子情報などの厳重なセキュリティを越えて辿り着いたのは、一つの牢だ。

 

「やあ。気分はどうかな? 元博士」

 グレンソンが、言葉よりも嫌悪感や……もっと言えば殺意を滲ませた口調で吐き捨てる。

 

「フフフ……予想通りね。そろそろアナタの顔が見れると思っていたわよ? ワタシの力が……いいえ。ライカの力が必要なんでしょう? ……フフフ」

 牢の中に居たのは、一人の女性だった。

 簡素な囚人服の上に白衣を着こみ、一見して清潔感の保たれた一般的な女性に見える。

 だが、光に反射した眼鏡の中を覗くと、そこには狂気に渦巻いた常軌を逸した瞳があった。

 口元を歪めるその姿は、まさに狂気の科学者と言った印象が丁度いい。

 

 だが、そんなことを差し置いて、更に異常だったのは、壁一面に隙間なく書かれた謎の数式や化学式の数々である。

 

「総司令……、この女は、まさか……ッ!?」

 ワーナー大佐は目の前の戦慄する光景に、自分の中で該当する人物を探り当てた。

 

「……そうだ。EDF史上最大の危機。五年前、ここEDF総司令部崩壊を目論んだ、テロの首謀者だ」

「ディラッカ事変……!? しかし、彼女は、ルフィーナ・ニコラヴィエナはあの時死亡していた筈では!?」

 五年前、2018年。

 中東の国家アルケニア共和国、国境都市ディラッカと、そこに建造されたEDF軌道防衛基地及びEDF衛星指令本部(サテライトコントロール)を起点とする武装蜂起。

 後にディラッカ事変と呼ばれる一連の出来事の首謀者が彼女、ルフィーナ・ニコラヴィエナだった。

 

 そして彼女は同時にEDFが抱え込んだ天才科学者でもあった。

 彼女は自分が勤めていたディラッカの衛星指令本部(サテライトコントロール)を丸ごと占領し、更に当時アルケニアの反政府軍と戦っていたEDF中央即応旅団第一大隊が武装蜂起。

 彼らは自らを反EDF組織”カインドレッド・レベリオン”と名乗り、ディラッカ事変は泥沼化していった。

 

「表向きにはそうなっている。だが彼女は、殺すには惜しい頭脳を持っていた。それに肝心のライカ・システムは、彼女に握られたままでな。これも機密だがな……。EDFが開発した11機の攻撃衛星”ノートゥング”は、彼女が開発した自立AI搭載型統括衛星”ライカ”のパスなしでは使えん。そして、ライカはニコラヴィエナの言う事しか聞かん。つまり、我々はこのままでは、多額の資金をかけて作った攻撃衛星を使えんのだよ」

「そんな、ことが……」

 

 ノートゥングの存在は知っていた。

 だが、それが使えない理由は機能不全とぼかされて伝わっていたし、部下や、恐らく各部隊にもそう伝わっていた筈だ。

 それがまさか、あの時の事件が尾を引いていたとは。

 

 そんなことを言いながら、グレンソン大将は牢の電子ロックキーを解除した。

 

「出たまえ。ルフィーナ・ニコラヴィエナ。釈放だ。要件は一つ。ライカの原子力レーザー攻撃で、ニューヨークのインセクトハイヴを徹底的に破壊しろ」

 グレンソン大将は、ニコラヴィエナを冷徹に見つめ、言い放つ。

 

「フフフ……いいでしょう。ワタシの最高傑作を、見せてあげるわ」

 それを見て、ニコラヴィエナは口元から涎を流しながら、恍惚な笑みで応えた。

 

 グレンソン大将、ワーナー大佐、ニコラヴィエナは地下牢から地上へ上がると、参謀総長のリヒテンベルガ中将が待ち構えていたかのように立っていた。

 

「閣下。至急、お伝えしたい事が」

 リヒテンベルガ中将は敬礼をすると、ワーナー大佐に目配せをした。

 

「どうやら、邪魔者みたいねぇ…フフ」

 大佐が反応するより早く、ニコラヴィエナは意味も無く不気味に笑う。

 元テロリストの天才科学者だ。

 情報はなるべく与えたくないに決まっている。

 

「ワーナー大佐。彼女を第一研究所へ送って行きたまえ」

「はっ!」

 短く了承し、ワーナー大佐はニコラヴィエナを連れていく。

 

「さて。何事かね?」

 グレンソン大将が本題を促す。

 

「四足歩行要塞”エレフォート”……日本に現れたのと同型と思わしき敵機が、シアトルに上陸しました」

「……ふん。さすがに一機だけではないという事か。予想していたとはいえ、些か場所が悪いな」

 一瞬だけ眉が上がったが、グレンソン大将の顔にそれ程の動揺は無かった。

 ただ、彫りの深い顔が更に険しくなっていく。

 

 場所が悪い、と言うのもアメリカは、首都機能を占領されつつある東海岸から西海岸へ移転したばかりであり、シアトルは西側の都市だ。

 首都機能は各都市に分散され、サンフランシスコにもいくつかの部署が存在していた。

 

「シアトルは沈んだか」

「……はい。既に複数回のプラズマ砲撃を受け、シアトル都市圏は壊滅しました。

死者は100万人クラスかと」

「奴の進路は? 北か南か。内陸という事は無いだろう」

「その通りです。現在、オレゴン州ポートランドに向け南下を始めたそうです。付近の戦力を集中させているそうですが、米軍・EDF北米軍の主力は東海岸に集中しています。西海岸への上陸など予想できたはずもありませんから、真っ当な方法での防衛は不可能でしょう」

 無論、首都機能の一部があるポートランドには最低限の戦力は駐留している。

 だが、相手が歩行要塞なら、防ぐ手立ては無いに等しい。

 

「いかんな。米国に早々に倒れられては困るというものだ。世界トップレベルの工業力を失えば、地球戦略が根底から崩れかねん」

 既にシアトルにあったEDF北米第二工廠は壊滅した。

 軍用機製造の中心地だったシアトルを失ったのは、世界戦略的にも大きな痛手であり、アメリカには同様の規模の工廠が幾つも存在する。

 シアトルを南下した先には、EDF北米第一工廠の存在するロサンゼルスもある。

 製造拠点をこれ以上失う事は何としても避けなければならない。

 

「……現状の北米戦力で対処が不可能とは言わんが、不安要素は排しておきたい。例の新兵器はどうなっている?」

 

 日本に現れた歩行要塞は、詳細は不明だが上面砲台を損傷し、大きな損害を与えたという。

 ならば、圧倒的な火力があれば粉砕は可能なのではないか――つまり、核兵器ならば。

 

 その事を日本に、EDF極東本部に訴えたが、彼らは取り合わなかった。

 愚かなことだ。

 そうやって自国を護りふりをして、結果的に敗北すれば意味が無い。

 なにより、人類全体の益にならない。

 何に核兵器が有効で、何に無効であるのか。

 その見極めを初期の段階で知っておかなければ、恐らく長引くだろうこの戦争は勝てはしない。

 未知の敵に対応するためには、勝つためには、情報を何より欲するべきだ。

 

 グレンソン大将は、その”見極め”の為だけに、日本での核兵器使用を提案していた。

 そして、今や人類守護の要を自称するこのEDF南極総司令部に歩行要塞が進撃してきた場合。

 彼は、必要とあればすぐにでも核兵器を使用するつもりであった。

   

 放射能汚染と言う消しようのないデメリットを差し引いても、現人類が持ちうる最高火力を惜しむことは彼はしない。

 一方で、それが最終手段であることも重々承知している。

 故に彼には、南極総司令部には、それ以外にも決戦兵器プロジェクトはいくつか進行している。

 今話すのは、そんな決戦兵器の中では進行度の高い、”現実的”な兵器だ。

 

「は。フォーリニウム貫通弾”グラインドバスター”は、既に研究進捗80%を越えています。二週間後には、試作一号砲を乗せた攻撃衛星”レーヴァテイン”の打ち上げの予定です。その他細かい予定も、万事滞り無く」

 リヒテンベルガ中将は、報告書を読むことも無く速やかに答えた。

 それを聞いてグレンソン大将は満足そうに頷きつつも、念を押す。

 

「そうかね。だが未知の研究だ。最後まで油断はならない。元々レイドシップを破壊するための兵器ではあったが、先にアメリカの歩行要塞で試し撃ちと言うのも悪く無かろう」

 

「その試し撃ちを日本で行う、という選択肢はありますかな?」

 リヒテンベルガ中将は、かけた眼鏡の奥から表情を伺うようにして、グレンソン大将に尋ねる。

 現状緊急の援護が必要なのは、どう考えても日本の方だ。

 彼我の戦力差は開くことを留まらず、その命は風前の灯火と言っていい。

 

「無い。とは言わんよ。あらゆる選択肢は常にテーブルの上にあるべきだ。だが現状ではその選択を選ぶことはあり得ん。なに、単純なリスクとリターンの問題だよ。たとえ今アレ一機落としたところで、日本の現状は変えようがない。劣勢下の乱戦では新兵器の効果の観測もし辛い。何より、自分の喉元に食らいつく獣を見ず手遅れの他人に手を貸す道理もない。ましてその他人は、こちらの命令に従わない反逆者だ」

 

 グレンソン大将の言に間違いはない。

 それを合理的と見るか冷酷と見るかは人によるだろう。

 だが確かなのは、EDF総司令官など、これぐらいで無ければ務まらないという事だ。

 

「……何故人は、国に固執するのだろうか。国家とは、すなわち人だ。それが大きくまとまり、人類になる。今はその人類全体の危機なのだ。国同士で争っていた先の時代など、最早人類同士のお遊びに過ぎなかったという事を、未だ多くの人間が理解していない。戦況が悪くなれば”国”と呼ぶ地域から脱出し、その戦力をより多くの人間がいる場所の防衛に宛がう。これだけの簡単な事がのだからな。……願わくば、一時でも国という枠を取り壊し、人類全体を共同体と化し、人類を一つの戦力として纏めたかったのだが……、ふ、それを考えているのは、人類の中でも私だけなのだろうな」

 

 最後だけ、グレンソン大将は自称気味に笑った。

 滅多に見せない笑いに、リヒテンベルガ中将は少し驚いたが、表情には出さない。

 ただ、冷徹冷酷と言われるグレンソン大将が、本気で種としての人類を存続させることを考えている事だけは伝わった。

 

 

――3月3日 日本近海 EDF極東方面第11軍 太平洋第1艦隊 旗艦リヴァイアサン 艦後部ヘリポート――

 

 

 EDFの大型輸送ヘリが、ローターを回転させて待機している。

 

「それでは、短い間でしたが、お世話になりました」

 

 今ヘリに乗り込もうとしているのは、EDF南極総司令部から派遣されていた戦略情報部の数名だ。

 そこには当然、リーヴス少佐とルアルディ中尉もいた。

 その傍らには、南極総司令部から彼女達を連れ戻しに来た司令部付き憲兵隊がいた。

 

 今や極東方面第11軍――日本に駐屯するEDF全軍が、上級司令部である筈の北米総司令部の命令を無視する、いわば反逆軍に等しい軍になってしまった事から、その反逆軍に捕らわれた自軍を救出するという名目で、完全武装の憲兵隊が来たのだ。

 

 と言っても、南極総司令部もこのご時世に力づくで極東方面第11軍を従わせる余裕も意味ももはやないので、飽くまで形だけのやり取りだ。

 

「エルフェート・E・リーヴス少佐以下9名、戦略情報部極東派遣員。全員確認しました。では、我々はこれで」

 憲兵が榊少将と書類を確認し、事務的な手続きを終えると、戦略情報部員をヘリに乗せていく。

 

「……待ってください!! やっぱり私、このままじゃ帰れません!」

 順調に乗り込んでいく戦略情報部の中、一人だけ立ち止まって、異を唱えたものが現れた。

 

「アドリア! 一体何を!?」

「ルアルディ中尉!?」

 リーヴス少佐と榊少将が驚いて名を呼ぶ。

 周囲の人間にも衝撃と動揺が走る。

 

「私達は……いえ、私は! ここで日本の皆さんの力になりに来たはずです! これから大変って時に、帰ったりなんて出来ません!」

「貴様ッ!」

 

 憲兵の制止を振り切って、アドリアーネ・ルアルディ中尉は、走って榊少将や、秋元准将ら極東本部の側に着く。

 

「貴様……撤退は総司令部からの命令だ! それに逆らうというのか!?」

「アドリア! 戻ってきなさい! ここで命令違反すれば、私にもフォローできませんよ!」

 憲兵達が銃を構え、リーヴス少佐がヘリ側から必死に呼びかける。

 

「ごめんなさいリーヴス少佐……。でも……。私やっぱりこの人たちの事見捨てられません! まだきっと、こんな私でも役に立てる事だってあるはずなんです! たとえ総司令部から情報が遮断されたって……」

「アドリア……」

 苦渋の決断ではあるのだろう。

 だが、ルアルディ中尉の瞳には、既に確固たる意志が宿ってい居た。

 

「ルアルディ中尉。我々とここに残るという事は、ただの命令違反では済まないぞ。戦略情報部での昇進どころか、帰る場所があるかも不明だ……」

「それでも構いません。これが私の……ここが私の、戦うべき場所なんです。それは、名誉や昇進なんかの為に諦められる事じゃないんです!」

 榊少将の言葉にも、ルアルディ中尉の決意は揺るがない。

 

「隊長……撃ちますか?」

「待て。ただでさえ戦争なんだ。こんな事で死人も怪我人も出したくない。しかし、困ったな……。こんなの上にどう報告すればいいんだ……」

 憲兵隊の部隊長が、部下の発言を受け頭を悩ます。

 

「ルアルディ中尉。貴様、本当にこれでいいんだな。覚悟はあるか?」

 副司令官である秋元准将が背後から問いただす。

 

「……はい! 例えわたしの立場がどうなっても、絶対に後悔なんてしません!」

 ルアルディ中尉は銃口を向ける憲兵を見ながら振り返らず、しかし力強く秋元准将に言葉を返した。

 

「そうかい。なら――しかたねぇなぁ!」

 厳正だった言葉を崩し、声を上げる。

 次の瞬間、素早い動きでルアルディ中尉を足払いし、彼女を転倒させた。

 

「えっ、きゃあ!」

 思いもよらない足払いに、彼女は受け身も取れず転倒する。

 

「いったぁ! なに、するん――」

「おおっと大変だ! 波で揺れた拍子にずっこけちまうなんて! これだから船の上はタチが悪ぃ。嬢ちゃん大丈夫か? ん? なに、頭を打った? コイツはいかん! 暫く中で安静にした方が良いな! いやしてなきゃ駄目だ! てなわけで憲兵隊の諸君、スマンが治療の為に暫く様子を見る事になった! 不慮の事故によってこんな結果になってしまったがま、今回は諦めてくれ! なに、そんなに彼女が欲しいならまた来ればいいさ! そんときゃ事故がなけりゃいいがね!」

 

 憤慨するルアルディ中尉を抑え込み、秋元准将は大袈裟な動きと声を憲兵に見せつけるように中尉を抱えた。

 

「……まあ、そんな事情だ。構わないか?」

 秋元准将の動きを横目で見て軽くため息を吐きながら、榊少将は憲兵に聞いた。

 

「……は、はい。転倒し重傷の為移動不可、と。そんな感じで報告しておきましょう。……では、後悔なさらないよう」

 憲兵隊も流石に面食らった様子だが、理由が欲しかっただけのようで効果てきめんだった。

 最後、ヘリの窓からリーヴス少佐や、少佐の部下たちが敬礼をしながら、やがてヘリは飛び去って行った。

 

 ルアルディ中尉や榊少将、秋元准将も敬礼を返す。

 

 そうして混乱の余韻が過ぎ去った後、ルアルディ中尉は、

 

「秋元准将~!? さっきの普通に痛かったんですけど! もっとスマートに出来なかったんですかぁ!?」

 

 打ち身した肘を擦りながら秋元准将を恨みがましい目で睨みつける。

 

「だから覚悟はあんのかってそう聞いたじゃねぇか。あるっつーからちょいと一芝居打ったって訳よ。名案だったろ?」

 と秋元准将は言うが、覚悟とはまさか足払いだったとは誰一人思わず、ルアルディ中尉の憤慨は消えない。

 

「秋元准将、口調……」

「おっとコイツはいけねぇや! いや、ゴホン! ともあれ、中尉がこちら側に残ってくれたのは素直に有難い。これから我々は、敵の新型とも多く抗戦する事となる。その為に中尉の頭脳は強力な武器になる。よろしく頼むぞ」

 榊少将が小声で注意すると、秋元准将は元の副司令官然とした落ち着いた態度に戻った。

 どうやら、油断すると素が出るらしい。

 

 その一見生真面目にも見える初老の有能な軍人風の雰囲気は、割と崩れる事が多いようで、司令部要員はそういう准将の事を殆ど知っている。

 

「なんか釈然としませんけど……、はい! ここに残った以上、出来る事は全力でやります! たった一人ですけど改めて、よろしくお願いします!」 

 

 こうして、EDF南極総司令部直轄の戦略情報部は、アドリアーネ・ルアルディ中尉を一人残し、極東本部……いや、旗艦リヴァイアサンから去っていった。

 

 




▼レナルド・ベイカー(51)
 米国国防総省長官。
 当然ペンタゴンに勤務していたが、フォーリナーの東海岸猛進によりロサンゼルスに移転した。
 日本を愚かだと思いつつ、過酷な状況を打破してほしいと願っている。

▼バートランド・グレンソン(70)
 EDF総司令官で、階級は大将。
 冷静かつ冷徹で、物事を合理的にしか見ることが出来ない。
 軍事力こそがこの世を生き抜く力であると信じ、どんなものだろうとそれが武器になるなら開発や使用を躊躇わない。
 そんなグレンソン大将や、それを体現したEDFという組織に恨みを持つ者もいる。
 だが人類を守護したい気持ちに偽りはなく、国家と言うしがらみを解体し、一個の人類共同体としてフォーリナーと戦わなければ勝利はないと思っている。
 (「総司令官より全兵士へ!」って無線に割り込んでくるEDF5の総司令官とは別人のイメージです。なんていうか……あのセリフ入れるタイミング無かったし、この世界のEDFは割と黒い事もやってるんで、ああいう熱血っぽい感じは合わないかなぁと。熱血司令官枠はもういるしね)


▼ロードリック・ワーナー(56)
 総司令部付独立警備中隊指揮官。階級は大佐
 その任務は警備のみに留まらず、総司令官の右腕として活躍している。
 彼にニコラヴィエナの事が知らされなかったのは信用されていないからではなく、知る必要が無かった為。

▼ルフィーナ・ニコラヴィエナ(49)
 元EDF衛星兵器群研究者。
 現時点から5年前、2018年にEDF南極総司令部壊滅を目論んだ。
 後にディラッカ事変と呼ばれたその出来事で死亡したことになっていたが、総司令官グレンソン大将の独断でかくまわれていた。
 自立AI搭載型統括衛星”ライカ”や、それに11機の軍事衛星を制御させるライカ・システムの開発者。
(ご存知サテキチおばさん。強引にライカの開発者にしました。変人博士枠は既に茨城博士が居ますが、あれより更に狂ってる感じ。キャラ被らせないように注意注意)

秋元壮一郎(あきもとそういちろう)(56)
 EDF極東方面第11軍司令部副司令官、階級は准将。
 背が高く荘厳な面構えの厳つい将官。
 に見えるが、素が出ると口調の荒いやんちゃなじじい。
 榊が熱血正統派の軍人なら秋元は邪道謀略何でもありの狡賢い方。
 榊よりも年上だが、性格が災いし准将どまり。



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幕間2 ある少年の半生/煙を交わし

安藤和真って覚えてます?
三十話にちょっとだけ出てきたノリの軽いニクスの少年ですよ!
ちょっとしか出てないくせに掘り下げます!


 安藤和真という少年は、神奈川県厚木市で生まれ育った一般的……とは少し違った少年だった。

 彼が生まれた頃には既にEDFによる軍拡が進み、物心つく頃にはそれまでSFと思われていた数々の兵器が実用化されていた。

 コンバットフレーム・ニクスもその一つだ。

 それを見た時、彼はこう思った。

 

「なんだこのめちゃカッコいい兵器は!!!」

 

 

 彼の生まれは2007年。

 もう一度言うが物心つく頃にはニクスのような人型兵器が製造されつつあり、そう珍しいモノでもなかった。

 大人たちは「子供のころ夢見たロボット兵器が実現するなんて……!」と感慨深い感想もあったかも知れないが、若人にとっては当たり前の存在になっていくはずだった。

 

 だが、少年は違った。

 感動した、感激した、感涙したのだ。

 なぜかは分からないが、少年はこのニクスという人型兵器が異常なまでに好きになったのだ。

 

 それまでの人生、彼はテンションこそ高いが、特別に好きというものは無かった。

 中学のクラスの中心から微妙に離れたところで騒ぐお調子者という立ち位置だったが、彼はちょうど、中二のころにコンバットフレームという存在を知ってしまった。

 

 無骨さを残しながら全体的に華奢な外見、駆動部の裏側に見える機械的な装置、重武装から軽装まで換装可能な外見、フォーリナーという侵略者(この時点では確定していないが)から地球を護るという使命。

 

 それらに惹かれ、安藤少年は完全にコンバットフレームオタクと化した。

 写真や実物を見学しフィギュアを自作したり、妄想でフォーリナーと戦ったり、市販の本やネットの情報、後は想像で操縦方法を自分で考え、そしてそれをノートに纏めたり。

 

 ディラッカ事変という中東で起こった紛争では、テロリストがコンバットフレームを強奪したと聞いたが、心底羨ましいと見当違いな事を思ったものだ。

 

 それ以降、安藤少年はEDFに入ってコンバットフレームを乗り回したい! という夢を持つようになるのだが、軍隊という実情を知るにあたって一気に嫌気がさした。

 

 安藤少年は、EDFという軍隊で戦争をしたいのではない。

 ただコンバットフレームを眺めたり乗ったりしたいだけだったのだ。

 

 そもそも成績も悪いし運動もあんまり出来ない。

 重いモノも持ちたくないし命令には従いたくないし過酷な環境を耐えしのぐなんて以ての外だ。

 

 どうにかして目の前にコンバットフレームが転がってる幸運が起こらないかなぁ。

 そんな幸運を待つだけの日々になった。

 

 2022年7月、高校二年の夏休み。

 そんな少年の生活も大きく変わる。

 

 世界中にフォーリナーの船団が襲来。

 世界は戦火に包まれる。

 

 幸いにして厚木市にレイドアンカーは落ちなかったが、近くのEDF基地に避難し、暫くそこで暮らすことになった。

 緊張と不安で皆が消沈する中、彼だけはEDFの基地に目を輝かせ、憧れの存在を探した。

 

 避難の列を抜け出し、基地を駆け回る。

 侵略? 戦争? 人類? EDF?

 そんなもの、安藤少年の眼中にはない。

 あるのはただ一つ、コンバットフレームのみ。

 

 結果的には、本物を見る前にEDF兵士につまみ出され、避難場所に戻された。

 両親にも怒られ、妹には呆れられた。

 

 それでも戦果はあった。

 その手には、コンバットフレームの教本があったのだ。

 上手く両親から隠し、妹と二人で読んだ。

 

 妹との仲は悪くない。

 当然コンバットフレームに興味などないが、頭がいいのでこうやって見せたりすると何か気付いたりする。

 呆れながら冷めた目線で付き合ってアドバイスする妹と、興奮気味にアドバイス耳を傾ける兄。

 どちらが年上か分かったものではない。

 

 そんなこんなで避難生活は終わった。

 EDFも教本一つ気にしている余裕はないようで、両親にも上手く隠し通したまま数週間ぶりに自宅へ戻る。

 

 教本のお陰で、イメージではあるが操縦はだいたい出来るようになった……気がする。

 敵味方識別装置とか、無線通信装置とかそういうめんどくさそうなのはとりあえず置いておく。

 飛んで走って、撃てればそれでいいのだ。

 

 しかし、そんなコンバットフレームに夢中な安藤少年にも、世の中の変化は劇的に感じられた。

 話によると東京周辺は敵の爆撃で消滅したうえ、基地まで出来たらしい。

 

 父親は鉄工所で働いているのだが、かなり忙しいようで暫く泊まり込みになった。

 地元の高校の友達は徐々に疎開していき、年明けからは休校となった。

 

 テレビからバラエティー番組は徐々に消え始め、戦局を伝えるニュースやEDFの広告に支配される。

 近所の家も空き家が目立ち、人口は目に見えて少なくなり、食事は粗末なものに変わっていく。

 ここらへんで、安藤少年もいよいよ、戦争がテレビの中の出来事ではなく目前に迫った非常事態だという事を実感で理解する。

 

 当然安藤家も疎開指示が来ていたが、父親が暫くは工場に残って働くこと、祖母の病院の移転先がなかなか決まらない事、疎開先が整ってないらしく食料や住居に不備が見られる事から、もうしばらくは厚木市に居る事になった。

 

 父親と妹は反対したが、母親は「危なくなったらお父さんも一緒に避難するんでしょ? じゃあまだ大丈夫よ。3月にはおばあさんの病院も決まるって話だし」と主張し、安藤少年は(もうちょいこっちに居れば動いてるニクスとかワンチャン見られるかもな……! いやもしかして乗れちゃったりするかも! やべぇ!)と密かに思っているので母親に賛成だった。

 

 そして2023年2月6日。

 

 携帯から緊急EDF速報が流れた。

 どうやら遂に厚木市にも避難命令が発令されたようだ。

 これで工場だろうが病院の患者だろうが強制的に移動させられる。

 

 患者に関しては、EDFの救急救護車の最新設備を以て丁重に移動するそうだ。

 やがて街にEDFや自衛隊が訪れた。

 

 荷物を纏めていた安藤家も、スムーズに厚木市中央のバスターミナルで待機列に並んだ。

 およそ二時間ほどで全ての避難は完了するらしい。

 

 だが、携帯の情報には海岸線が未知の航空兵器に突破されただの、内陸で巨大生物が活発化し始めたなど恐ろしい速報が引っ切り無しに届く。

 

 その速報を受け取った皆が恐怖に震え、やがてそれは安藤少年にも浸透してきた。

 いやでもニュースで見て知っている。

 あの巨大生物に出会ったらどうなるか。

 酸で肉体を溶かされおぞましい死体になるか、頭や腹を生きたまま喰われるか。

 そんな恐ろしい死が目前に迫っているのを感じ取り、安藤少年は初めてコンバットフレームどころではないと悟った。

 

 死が近づく。

 辺り一帯の無線・通信が全て死に絶え、EDFや自衛隊は混乱し、待機列もパニック寸前になる。

 

 同時に、救いも近づく。

 遅々ながら列が進み、もう少しで乗れるかと言う所だった――だったのに、死が追い付いた。 

  

 最初に気付いたのは振動だ。

 こんな時に地震か? そう思った瞬間に遠くの地面が爆ぜ、そこから巨大生物が顔を出した。

 

 そこから先は、安藤少年もよく覚えていない。

 あっという間に街中は阿鼻叫喚の様相を示し、気が付けば至る所で爆発や火の手が上がった。

 炎の中に見えたのは、背の高いロボットのような兵器だったが、ニクスよりは全然格好悪い。

 

 そんな事を一瞬考えているうちに、母親が食われた。

 頭が真っ白になり、ひたすら母を呼ぶ安藤少年を凶刃から救ったのは、彼が心から愛したニクスだった。

 

 目の前で動くニクスに一瞬思考が停止する。

 だがもっと見て居たい以上に、生命の危険を感じ、走り出す為に振り返ると、父親が糸に絡め取られていた。

 聞いた事がある、巨大生物には蟻型と蜘蛛型が居るらしい。

 糸を出す蜘蛛型に父親をさらわれ、直後にEDF兵士がその蜘蛛型を撃破する。

 

 だが……父親はもう手遅れだった。

 なぜ、なぜもっと早く来れないのか。

 なぜほんの一瞬間に合わないのか。

 EDFに対する見当違いな怒りを目の前の兵士にぶつけたが、彼は答えない。

 

 その一瞬が空白を生んでしまったのか。

 どこからか発生した爆風で、訳も分からず安藤少年は吹き飛ばされる。

 

 EDFの兵士は? 妹は?

 辺りを見渡すが、そんな間も無く巨大生物が現れた。

 

 死にたくない、その一心で逃げ回る。

 その途中の記憶は殆どないが、何度かEDF兵士に助けられたはずだ。一人で逃げられる訳がないと少年は後になって思う。

 ただ、何もかも訳が分からなくて、頭が真っ白で、両親の死に顔が目から離れなくて、何も考えずひたすら走っていた。

 

 そうして安藤少年は、奇跡的にある場所へたどり着く。

 それは、EDFが設置した簡易補給所――だったもの。

 

 見る影もなく蹂躙されつくしたそこには――運命か、車輛で運ばれた一機のニクスが手つかずのまま眠っていた。

 付近のEDF兵士は既に殺されつくしていて、ニクスに乗る事すら叶わなかったのだろう。

 

「はは……、なんで、今なんだよ……」

 

 憧れの中の憧れだったニクスが、目の前にある。

 普通なら手放しで喜ぶところだが、涙の止まらない少年の表情はそれどころではない。

 

 背後には巨大生物や、未知の兵器。

 迷っている時間はない。

 

 目の前のニクスは、まるで自分の為に用意されたかのように、そのコクピットを開放していた。

 安藤少年は、穴が開く程読んだ教本の知識を一字一句思い出し――いや思い出すまでもない。

 本能に近い動きでスルスルと操縦席に座りそして――初めてとは思えない滑らかな動きで、周囲の巨大生物を一掃した。

 

 荒い息を吐き、涙で顔を汚しながら、やってやった、やってやった……とつぶやく安藤少年の元に、更なる軍勢が姿を現す。

 

「なんだよ……来るなよ……、殺す、殺す殺す、殺してやる!!」

 恐怖と怒りで目の前が真っ白になり、本能で操縦し、ひたすら巨大生物を屠っていく。

 通信は聞こえない、敵味方識別装置や照準アシストなどは面倒なので知らないうちにオフにしていた。

 

 そのまま暫く暴れまわったが、気が付くといつの間にか操縦席が開けられ目の前にEDFの兵士がいた。

 

「キミ、そこのキミ~! お~い! 聞こえてるか~い」

 

 何が起こったのか分からなかった。

 さっきまで確かに戦っていた筈なのに。

 少し意識すると、安藤少年のニクスは転倒し、ビルに打ち付けられている形になっているのが分かった。

 そこを、目の前の兵士が操縦席まで登ってみていた。

 

「あれ……俺……」

「やあ。僕はエアレイダーの保坂誠也。キミ、見たところとてもEDF兵士には見えないんだけど、めちゃくちゃ操縦上手かったね。とりあえず失礼するよ。よっと」

 

 とても簡単な自己紹介を済ませると、保坂と名乗ったEDF兵士は狭い操縦席の中構わず乗り込んできた。

 

「いって! あんた何すんだよ! 何がEDFだよ! 何でこの町がこんな事になるんだよ! 何でまもってくれなかったんだよ! なんで、なんで……もう嫌だ! 降ろしてくれ! もうたくさんなんだよ!!」

 

 安藤少年は、自分でも訳の分からない感情が奔流となって押し寄せ、自分でも制御できなくなっていた。

 

「まぁまぁまぁまぁ落ち着いてって! とりあえずハッチ閉じるから……えーっと、ここかな?」

「違ぇよここだよ!!」

 適当に弄ろうとする保坂に見かねて、泣き顔で怒鳴りながら正確にハッチを閉じる、閉じてしまった。

 

「おっとありがとう。しかしさすがだねぇ。じゃあ僕の指示する所までちょっと運んでもらっていいかな?」

「ふざけるな! なんでだよ! あんたEDFなんだろ!? あんたが操縦してくれよ!」

 

「いや、僕はエアレイダー……って言ってもよく知らないだろうけど、とりあえず間違いなくキミよりは操縦できないんだ。それに、僕らが力不足だったのは認めるけど、キミもこの町を奪った奴らに、一矢報いたくないかい?」

 

 優しい口調で、悔し気な、そして真剣な表情で語りかけてくる。

 尤もそれは、保坂的には安藤を”その気”にさせる薄っぺらな演技でしかなかったのだが。

 

 保坂は、恐ろしい機動で暴れまくり、外部スピーカーで「殺してやる! 殺してやる! うおおおぉぉぉぉぉ!!」と叫び暴れまくるニクスを見て、「識別も無線も反応無いし誰が乗ってるんだろう、そしてあわよくば僕を味方の居る場所まで送ってはくれないだろうか」と考えただけの事だった。

 

 そう、保坂的には、先程のバーサーカーのような状態でも構わないから、何とか敵を蹴散らしつつ指示する所へ向かってほしいと思ったのだ。

 

「この町を奪った……あいつらが……」

「そうそう。君の好きだったものを思い出してごらん。それを奪ったのがあいつらだ。だから、君にも復讐する権利がある。何より、まだ救える命だって君が救えるかもしれない。さあ、まずは市役所に――」

 

「――好きだったもの……?」

 保坂の上っ面の言葉を真に受け、安藤は雷に打たれたような衝撃を受ける。

 

「そうだ、そうだよ……父さん、母さん、桂里奈……オレやったんだ……ついにやったんだよ!! ニクス……コンバットフレーム!! こんなに、こんなに動かせる!! 無駄じゃなかったんだ!! やった、やったぜ! ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「え、ちょ、キミうわああぁぁぁぁ!!」

 ニクスは途端に先程のような変態機動を取り戻し、不安定な体制の保坂はいろんなところを打ち付ける。

 

「ちょ、キミ、もうちょっと優しく……」

「ぎゃはははははは! そうだ、これがニクス……! 凄い、感動だ! これだ、これだったんだよぉぉぉ!!」

 しかし、その表情はとても歓喜に満ち溢れたものではなかった。

 歯を食いしばり、怒りとそれに抗う笑顔を張り付けて、どう表現したらいいのか分からない表情でニクスを操縦する。

 

 安藤少年は逃げていた。

 母の酸で溶けかけた顔を、父の糸に絡め取られた亡骸を、間に合わない、街を護れないEDFを、最後に手を伸ばした妹の必死の顔を、それを考えると恐怖と悲しみに溺れてしまうから。

 

 夢だった。確かに夢だった。それが叶った。

 今はそれでいいんだ、それだけを見てればいいんだ。

 何も悲しい事なんてないんだ。

 だから、笑っていればいいんだ。

 

 そう思いこむことで、今までのハイテンションな自分を演じる事で、安藤少年は自分自身という人格を護ったのだ。

 

 その後、他の部隊と合流したり、馬鹿みたいにデカい四足の巨大兵器に攻撃したり、色々あったけれど、笑顔の仮面を張ることに夢中だった安藤少年は殆ど何も覚えていなかった。

 

 ただ、戦闘が集結し、耐えられなくなって操縦席から倒れるように抜け出し、頭の中がグルグル回るような感覚を覚えながら、精一杯吐いた。

 

 単純な酔いもあるだろうが、きっと精神的なものが大きい。

 感情と仮面の乖離が引き起こした弊害だ。

 

 腹の中身を全部ぶちまけた後は、手の震えが止まらなくなって、涙が溢れて、吐しゃ物だけ避けるようにしてそのまま倒れた。

 

「うぅ……ちくしょう……ちくしょう……」

 

 何に対しての言葉か分からないままひたすらに悔しさを述べていると、気付けば背中をさすられている事に気が付いた。

 

「うん。よく頑張ったね。もうおやすみ」

 保坂の声が、とてもやさしく聞こえ、そうして安藤少年は意識を失った。

 

 少年が正気を取り戻し、正式にEDF兵士となってニクスで駆け回るのは、もう少し先の話になる。

 

 

――2023年3月21日 滋賀県大津市 琵琶湖沿岸 EDF第109海軍基地――

 

 

 夕日の写った琵琶湖を眺めて黄昏る、一人の軍人がいた。

 軍港の整備された手摺に体を預け、着崩した陸軍の戦闘服は歴戦の様相だ。

 本人も負傷しているのか、各所に包帯や、もしくは消えない傷跡が残っている。

 

 そうして紫煙を吐き出す男の隣に、対照的と思える高級徽章を幾つも付けた軍服の男が近づき、同じように煙草に火を点けた。

 

「……酷い有様だな」

「そうでもない。両手両足が無くたって戦う奴はいるさ」

 

 皮肉にも聞こえるが、それが挨拶になったようで、二人の表情は少し和らぐ。

 

「しかし、こんなところで貴方と出会うとは。榊少将」

「なに、旧臨時政府に用があってな。今は既にもぬけの殻だが、色々と使える資料がある」

 

 軍服の男の名は榊玄一少将。

 EDF極東方面第11軍司令官にして、旧極東本部基地司令官だった男だ。

 日本政府がマザーシップの一撃で消滅し、京都臨時政府が日本を放棄し、マレーシアに亡命政権を樹立している現状では、日本の明日は彼の双肩に委ねられていると言っても過言ではない。

 

 見ると、軍港にはひと際大きな戦艦が鎮座している。

 EDF太平洋艦隊旗艦”リヴァイアサン”。

 琵琶湖運河を通って寄港したのだろう。

 

 ――琵琶湖運河。

 琵琶湖を中心に、大阪湾・伊勢湾(太平洋)・敦賀湾(日本海)を運河で繋ぐという一大プロジェクト。

 1960年代に発案され工事が始まったが、70年代に入りオイルショックから始まる不景気、鉄道や飛行機の発達による輸送費の低コスト化などから経済効果が疑問視され中止。

 しかし90年代に入り、フォーリナー来襲の危機からEDFが発足し、フォーリナーの陸上侵攻から国土防衛の名目を得て、建設中だった琵琶湖運河計画がEDF主導の元再開し、2009年に完成した。

 

 当初からEDFが建造予定だった主力戦艦”リヴァイアサン級”の通行を目安に作られていたため、その目的は無事果たされたという事だ。

 

「君こそこんな場所で黄昏ているとは珍しいな岩淵大尉。前線が恋しいか?」

 

 そしてもう一人の軍人は、岩淵伍郎大尉。

 EDF第106機械化歩兵連隊第一中隊”グリムリーパー”の指揮官。

 親し気な様子だが、単に昔作戦を共にした事があるという程度の仲だ。

 

「ふん。ここに送った張本人が良く言う。が、感謝はしておこう。たった二日だろうと休暇は必要だ。正直壊れかけていた」

 彼の部隊はここ一か月近く、殆ど休むことなく最前線に張り付きっぱなしだった。

 それも、激戦区の殿や撤退までの時間を稼ぐ囮、遊撃部隊という最も過酷な任務でだ。

 彼の部隊は12人だが、戦死や重傷で今や半数の6人にまで減っていた。

 

 それでも彼は頑として休暇を拒んだが、それを怒鳴りつけて後方に送ったのが榊本人だ。

 

「……俺を、無茶な戦いで部下を殺した無能だと思うか?」

「岩淵……」

 

 岩淵は、ため息と一緒に紫煙を大きく吐き出した。

 

「いや、すまん。柄にも無い事を聞いた。忘れてくれ」

 岩淵は直前の言葉をかき消すように首を横に振った。

 

「君を無能なんて言う奴はEDFにはいないさ。ただ……死に場所欲しさに自分を追い込むのはやめろ」

 岩淵の言葉を無視し、榊はまっすぐ彼を見てそう言った。

 

「……それは、無理だな。今や、これが俺の生き方だ。だが俺も、そして部下も無意味に死なせるつもりなどない」

 

 岩淵は榊と目を合わせ、そしてバツが悪そうに再び水面に目を向けて話す。

 だが、その視線は水面などではなく、過去の己へと向けていた。

 五年前、ディラッカ事変にて多くの部下を失ったあの日。

 彼は壊れかけの心を己が死に場所を求む事で繋ぎ合わせたのだ。

 

「分かっている。それを改めろとは言わん。……そんなことを言う資格は、私にはない。だが、だからこそ長く生きろ。この戦争……君の命が必要になる局面は必ず来る。その時私は、君に死ねと命じねばなるまい。勝手に死なれては困る」

 

「では、その時が来るのを楽しみに待つとしよう。ところで……名古屋は、どうなった?」

 名古屋は激戦区だった。

 京都に至るまでの第三防衛線の中核として防備を固められていたが、レイドシップの急激な進撃に計画は遅れ、多数の国民が犠牲となった。

 岩淵もその戦闘から退却したところだった。

 

 

「……陥落した」

「そうか」

 岩淵は短く返す。

 予想はしていた。

 岩淵が退却した時点で戦線は崩れかけていた。

  

「悔しいか?」

「いや。たとえ俺達が居たとして、大きな結果は変わらんさ。それが貴方の判断なら、あそこは俺達の死に場所ではなかったという事だ。しかしそうなると……次はここが、そして京都が戦場になるな」

 名古屋から京都までは目立った戦力が無い。

 一応琵琶湖に太平洋艦隊を一部駐留させ、琵琶湖沿岸を通るだろう巨大生物群を砲撃する作戦はあるが、レイドシップの行動によっては砲撃が阻まれ、効果は期待できない。

 

「やるしかない。幸い京都はほぼ全ての民間人の避難が完了している。ここに進撃してくる全ての敵を誘導し、叩き潰す」

「……それが、次の作戦か」

 岩淵は、次なる死地に決意を固めた。

 

「まだ詳細を煮詰めねばならんが、その予定だ。ただでさえ歩行要塞エレフォートや雷獣エルギヌスが後に控えている。通常戦力に押し込められる状況は終わりにしなければ」

 

 歩行要塞エレフォートは、見た目こそ白銀の装甲を纏ってはいるが砲台の破壊に成功したことから、装甲を貫通する事は可能と考えられており、戦艦の一斉砲撃で撃破するという方針に固まっている。

 今のところ中部地方の山々に脚を取られ侵攻は遅くなっているが、逆に言うと海岸に誘導して海軍の砲撃で撃滅する計画が上手く行っていない。

 

 太平洋艦隊の大部分は、歩行要塞を仕留める為、伊勢湾付近に待機している。

 名古屋防衛戦では、通常のフォーリナーに加え、歩行要塞を同時に誘引し、まとめて戦艦の砲撃で徹底的に面制圧を行い歩行要塞を撃破または打撃を与えたのち歩兵戦力の投入を行い、ダロガの残党を撃破した後、航空戦力を投入するという計画が練られたのだが、

 歩行要塞の侵攻が遅れたのと、避難が間に合わずフォーリナー群の進撃が早かった事から戦艦群の全力砲撃が行えず(誤爆の危険や残弾確保の為)陥落の憂き目にあってしまった。

 

 一方エルギヌスは栃木県に入り、インセクトハイヴの北側で防衛線を張っていたEDF部隊に雷撃で大打撃を与えていた。

 エルギヌスにも徹底的な砲爆撃が加えられているが、外皮が途轍もなく厚いのか、どんな攻撃にも怯む様子が無い事から、歩行要塞以上に厄介な存在となっている。 

 

「本当に、やれると思っているのか?」

「やれる。いややるしかない。それが我々日本人の、唯一生き残る道ならば」

「……? なるほど。やはり、何か裏があるな」

 榊の言い方に、何か含みを感じた岩淵が察する。

 それほどまでに、国際社会で孤立してまで日本で奮戦するのは分が悪すぎる。

 

「察しが良いな。既に国土が滅んだ国がいくつあるか知っているか?」

「知らん。が、大きいのはイギリスやベラルーシ辺りだろう」

 ベラルーシや東欧の国々は、ロシア軍が行ったモスクワ核攻撃の煽りを喰らってかなり酷い状態と聞く。

 イギリスは同じ島国として、その凄惨な最期に思う所があった。

 EDF欧州方面軍が突如全軍撤退し、残るイギリス軍は対フォーリナー装備の無いまま戦い、そして無残にも国民の大半を失った。

 

「その二か国とも……特にイギリスには、まだ余力があった。だがEDF欧州方面軍が撤退し、地獄の戦場となって滅んだ。なぜ欧州方面軍はイギリスから早々に撤退したのか。それは不利になったからだ。首都が滅び、市民を逃がすためEDFが、そしてイギリス軍が盾となり身を削る状況を、EDF総司令部は……いや、総司令官グレンソン大将は”不利な状況”としか判断しなかった。そのおかげでイギリスに駐屯していた欧州方面軍は戦力を大きく残したままフランスで戦っている。が、どこかで戦線が崩壊し、国民が足枷になった時、再び撤退し、その後方の国で防備を固めるだろう」

 

 確かに理には適っている。

 小を切り捨て大を守り抜くのは軍隊としては当然の選択だ。

 それを人類全体の視点で行っているだけだ。

 そうすれば犠牲を最小限にとどめたままEDFは戦力を残して次の戦いに備えられる。

 

 しかもその戦力は滅んだ国で戦いのノウハウを手に入れている。

 敵の情報を知っているのは、新天地での戦いで大いに役立つだろう。

 

「だが! そうやって切り捨てられた国の国民や、残されたEDFの兵士はそれで浮かばれるか!? まだ守れる、まだ戦える筈なのにそれを手放し、故国と国民を見捨てて戦う事に我慢できるか!? 私は出来ない。だから、日本と言う国にしがみ付いた。今だ戦える力を残したまま、この国を離れる事に我慢ならなかった。私は、EDF極東方面第11軍司令官だが、その前に一人の日本人なのだ」

 

 静かに、しかし熱く語る榊を横目に、岩淵は納得いったという顔をした。

 

「ふん、国を護る為に、世界に逆らうか……。スケールの大きな話だ。どちらが正しいのか俺には判断出来ん、が……少なくとも貴方は信頼できる」

「……そうか。なら、それで十分だ。日本を、共に護ってくれ」

 それだけ言い残し、榊少将はリヴァイアサンに帰っていった。

 

「日本を護る、か……」

 岩淵は煙草の煙と共に吐き出した。

 

 最後の臨時政府公式発表では、戦争前一億七千万人だった総人口は、5000万人近くにまで減少した。

 およそ半数。

 そのうちの4800万人近くが戦争で犠牲となった人々であり、残る約七千万人は海外へ退去した。

 

 在日外人や海外に家族が居るものは全て退去し、芸能や娯楽など戦争に関わりのない職業の人間もほぼ全て避難した。

 政府関係者や政治家も一部を除く殆どが亡命政府の立ち上げに奔走する為海外へ赴いた。

 

 

 そうして間引かれて最後にこの地に残ったのは、必然的に絶望に立ち向かう強い意志を持つ者だけとなった。

 

 手段は様々だ。

 地球を、日本を、愛する者を護る為EDFの扉を叩く者。

 EDF活動の為の装備を作り、軍に力を与える者。

 どんな状況でも欠かせない衣食住を提供する者。

 人々の希望を育むため、無償に近い環境で音や笑顔や安らぎを届ける者。

 そして、その人々の努力と奮戦の生き様を日本に、そして世界に伝え、我々は孤独ではないと勇気づける者。

 

 それぞれが死力を振り絞り、全身全霊を懸ける日本の戦いが、幕を開ける。

  




ふぅー。


琵琶湖運河の設定は史実のボツ計画とそれを元にしたマブラヴオルタの設定から引用しています。

安藤少年の話……なんかちょっと保坂少佐との出会い書くだけだったのに気づいたらこんな事に……。
やっぱ人の半生を描くってそれなりの分量が必要みたいですね。
ただのニクス馬鹿の筈だったのにちょっと重い感じに……。

最初からこうする気だったら前の話に逃げ惑う安藤一家の話とか助けるEDF兵士とかちょっと伏線っぽいの出すのにさぁ、突発的に考えてしまうんですよ。

まあ過去を編集するより未来へ向かおうと思います。
次回からは、お待ちかね?の第三章です!


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第三章 京都防衛戦
第三十三話 帰路の遭遇(Ⅰ)


おまたせしました!
帰路の遭遇書いてたら思いのほか長くなってしまったので分割です。


――2023年 3月22日 三重県いなべ市 『第88レンジャー中隊 レンジャー2-1 仙崎誠』――

 

 

「砲撃が来るぞ! 走れ、走れぇぇ!!」

 誰かの叫び声が聞こえる。

 言われるまでも無く、全力で駆け、ギガンテス戦車の背後にスライディングで滑り込む。

 

 次の瞬間、さっきまで居た場所には、青白い線状の粒子砲弾が降り注ぎ、地面が抉られる。

 

「仙崎殿! 十時方向、一時方向よりダロガ! 三時方向からはβ型の群れが接近中ですが! 如何しますか!?」

「うわ、ガッキーせまい……」

 滑り込んだギガンテスの先で、新垣と桜に出会った。

 図体がデカいので押し出されそうになる……。

 

「十時方向のは距離がある、放っておこう! β型は第七戦車中隊の第一小隊隊長車(ゴールド1)と大林中尉達に任せる! 我々は一時方向をやるぞ!」

 ダロガが放つ、辺り一帯を巻き込む爆撃音に負けず声を出す。

 

「おっけーまことん! んじゃ、反撃いこっか!!」

「応!」

「イエッサーですぞ!」

 

 桜の一声と同時、我々三人は戦車の陰から飛び出した。

 手にはゴリアスDD、そして簡易的な対爆アーマーを装備している。

 

 新型ロケットランチャーが行き渡るまでの繋ぎとして渡された改良型だが、威力は確実に上昇している上に使い勝手もいいので、結構重宝している。

 防爆アーマーには巨大生物の甲殻を実験的に使用したものが使われているが、こちらも直撃さえしなければダメージは目に見えて減ったような気がする。

 まあ私は当たらないからあまり意味は無いがな!!

 

「だぁーははは! さあ! 俺達の砲撃にいつまで耐えられるか!?」

 新垣がゴリアスDDを撃ち、リロードしながら正面に見据えるダロガとの距離を詰める。

 土煙や黒煙に紛れて視界が悪いが、そう離れていない筈だ。

 

「近づき過ぎるなよ! 下部機銃は流石に躱しきれんし、威力も馬鹿にならんぞ!」

 私は新垣の後を追いつつゴリアスDDを放つ。

 命中させるも、直径20mもの大爆発が晴れれば、装甲が少し歪むか炎上する程度のダメージしか与えられない。

 それでも、歩兵の火器でここまで出来ているのは大きな前進だ。

 

「ゴールド2さん! 私達が囮になって攪乱するんで、後方から援護! 頼みましたよ!」

『了解だ2-1の嬢ちゃん! 前は頼んだ、下がりつつ砲撃する!』

 

 桜が短距離無線でギガンテスとのやり取りをする。

 本来囮になる立場が逆な気もするが、歩兵の方が身軽で攻撃を躱しやすい事から、自然とそうなっている。

 戦車の装甲でダロガの砲撃を耐えるには、もっと強固な防御力が必要だ。

 現在、真正面からダロガと撃ち合える新型ギガンテスが生産されつつあるが、今この戦場には居ない。

 

 ギガンテスが後退しつつ、120mm滑腔砲を発射。

 命中――まだ貫通には至らない。

 だが信管が作動し、砲弾が爆発。

 四つの脚の内一本を吹き飛ばした。

 

 流石にそれだけで転倒はしないが、バランスを崩して一瞬動きが止まった。

 

「今だ! 一斉射!!」

「らじゃー!!」

「だはははは! 喰らえ!!」

 私と桜、新垣がゴリアスDDを同時に放つ。

 いいぞ、ダロガが装甲の隙間から黒煙を上げている。

 撃破は目前だ!

 

『装填完了! 第二射、撃て!!』

 

 ゴールド2の車長の声と同時、砲撃音と共に砲弾が放たれた。

 砲弾は寸分の狂いなくダロガに命中。

 砲弾は装甲を貫通し、内部で爆発――とどめを刺した。

 

『撃破確認! ゴールド2、そちらは?』

『こちらもβ型の掃討が終わった所だ』

 

「大林中尉! そちらはどうです?」

 私は中尉の方の状況を確認する。

 乱戦だったもので、少し部隊を分けていたのだ。

 

『仙崎か。こちらも片付いた。本部?』

『こちら本部。作戦域のフォーリナーの殲滅を確認しました』

 大林中尉が本部を呼び出すと、鹿島中尉の声が聞こえた。

 

『工兵部隊の地雷(C20爆弾)敷設と自動砲台(ZE-GUN)設置も完了しています。レンジャー2は、指定座標にて他部隊と合流し、回収地点へ向かってください』

『レンジャー2了解。ところで、他部隊はどいつだ?』

『第三回収地点へ向かっているのは他に、レンジャー6、フェアリーテイル2(ウイングダイバー)、レイジボーン1(フェンサー)、ブラヴォー小隊(ニクス)、ゴールド小隊(ギガンテス)です。移動中は、レイジボーン1の紺迫少佐が指揮を執ります』

『了解だ。回収地点に一番近いのは我々だな? 他部隊に、遅れるなと伝えておいてくれ。こんな場所に長居は無用だからな』

『了解しました。ご武運を』

 

 鹿島中尉と大林中尉の通信が終わった。

 その無線を聞いているうちに、我々レンジャー2も無事合流した。

 

「よォ、遅かったじゃねぇか。ダロガの相手は楽しかったかァ?」

 輸送車の荷台によりかかるのは2-1の副隊長、鷲田少尉だ。

 ニカっと笑うその顔に騙されそうになるが、何と右肩から出血し応急処置された包帯が真っ赤になっている。

 軽傷では済まない。

 

「少尉みたいに戦闘狂じゃないんですから、楽しいとかそれ以前に――ってうわ、また派手にやったんですねー……」

 軽くあしらおうとした桜が、怪我を見て驚く、と言うよりは引く。

 

「かっかっか! なぁにかすり傷だよかすり傷! 血も治癒剤のお陰でもう止まってるしな!」

「鷲田少尉は突っ込み過ぎなんすよぉ。援護するこっちの気にもなってくださいっすよ」

 なんでもない事のように話す鷲田少尉を、疲れた様子の水原が見る。

 その様子から、相当振り回されたのだろう。

 しかし、それも水原の狙撃技術を見込んでの事だろう、多分。

 

「だぁーっはっはっは! 鷲田少尉! 鍛え方が足りませんなぁ! 」

「うるせ! お前みたいな天性のマゾと一緒にすんな! オレは喰らってる分敵ぶっ殺してるからこれでいいんだよ!」

 軽く新垣をドツく鷲田少尉だが、まったくダメージが無い。

 よく攻撃を喰らう二人だが、常にバーサーカー状態の鷲田少尉に対して新垣はまるでフェンサーのような防御力を誇っている。

 コイツは本当に人間なのか?

 

「確かに鷲田少尉物凄い活躍でしたね。β型の群れに飛び込んだと思ったら、並みいる巨大生物を次々と! 頼りにしてます!」

「だろ? いいぞ千島もっと褒めろ!」

 千島は良くも悪くも常識外れなEDFとしても我が小隊内でも、常識人というか、比較的一般人に近しい価値観をもっている。

 EDFの軍人に良くある英雄的思考も無ければ、過度な自己犠牲や苛烈な闘志、或いは計算高い冷徹な思考や軍人らしい粗暴な様子なども見せない。

 若干ネガティブなきらいもあり、味方によっては軟弱な精神の持ち主にも見えるがしかし、これまで軍曹と共に最前線で戦い抜いていながら一般的な価値観を持つというのは、実は非常に難しい事ではないかとも思う。

 それは本人の強さでもあり、きっと軍曹や仲間たちに支えられているからでもあるのだろう。

 

「それは良いんだけどその糸くず早くどっか捨てて下さい! 気持ち悪い!!」

「細海お前オレの事指さして気持ち悪いっていうのやめろよ……。どこについてる? 背中?」

 細海はやはりβ型の糸が気に喰わないらしいな。

 いっそ感覚が麻痺するくらい喰らってみてはどうだろうか。

 

「あ~も~ちょっとそっち向いてください! うげ、新調された対爆アーマーがこんな酸と糸まみれに……。ううっ……いや、これはこれでアリか……歴戦の感じが。ふへへ、いい味出してる……」

「おいー。変な笑いしてないで早く取れコノヤロー。割と肌が焼ける感じしてきたから!」

 β型の糸から染み出る酸の煙が音を立てる中、桜がとろけた顔でアーマーを見つめている。

 ミリオタ女子な桜だが、ボロボロのアーマースーツも桜の趣味の中には入ってるらしい。

 若干変態の域に踏む込みつつあるが大丈夫だろうか……。

 

「……はぁ。全く賑やかな連中だ」

「止めてきましょうか?」

 大林中尉と荒瀬軍曹だ。

 その二人と、そこでワイワイ騒いでいるメンバーで我がレンジャー2は全員になっている。

 すなわち私、桜、新垣、水原、鷲田少尉の2-1メンバーと、荒瀬軍曹、細海、千島の2-2メンバー。

 それに小隊長の大林中尉を加えた9人だ。

 

 他の人間はそれぞれ負傷して大阪の軍病院で治療を受けている。

 幸いにして我が小隊、未だ死者は出ていないが、いつ出てもおかしくないギリギリの戦いの連続だった。

 

「いや、いい。EDFの兵士にも休息は必要だ。たとえ戦場のど真ん中と言えど、休める時には休む。それが死なないコツだ」

「気は常に張っていられるものではありませんからね。ところで大林中尉。今後の行動予定は?」

 私は気になっていた事を聞くと、大林中尉は胸ポケットから折りたたまれた地図を出す。

 たまにこの人はこういうアナログな所があるが、案外と分かり易かったりする。

 

「間も無くここで他部隊と合流し、回収地点である伊勢湾港へ向かう。そこから先は作戦前ブリーフィングと大きな変更はない。輸送船で琵琶湖運河を通り、大津港から京都府へ。恐らく、そこが次の戦場になるだろう」

「京都が戦場に……。日本人としては、複雑ですね」

 日本の歴史的建造物や文化遺産が数多く残る京都だ。

 脈々と受け継がれてきた古の都を戦場とする作戦は、多くの反対意見が出る事だろう。

 

「……って思うじゃん? それがね、実のところ作戦方針を決めるちょっとした会議でも、案外反対案は出なかったらしいよ?」

 桜が会話に割り込んできた。

 

「そうなのか……? って、それはどこ情報なのだ?」

「へへん! 私の情報網を舐めないでおくれまことん君。整備部、兵站部の古参じじい共、開発部とか情報部の曲者強者、さらには司令部付きオペ子ちゃんズ達まで! 私の耳に集まらない情報はちょっとしか無いのです!」

 ドヤ顔で胸を張る桜。

 き、貴様のコミュニケーション能力は一体どうなっておるのだ……。

 

「まあぶっちゃけ、歴史とか文化に重きを置く保守派のえっらーいじいじ達はみんな我先にと亡命政府の方にトンズラしちゃったらしくて、残ったのは命知らずで現実主義者の塊みたいな集団だから、みんなそういうのちょっとしか気にしないみたいで、『まあ京都大事だけどこの場所丁度いいトコにあるしなー、日本今やばいしなー、どのみち負けたら歴史とか文化とか言ってらんないし、まあしょうがないっか』的なノリで割とすんなり決まったらしいよ?」

「ノリ軽いな極東本部!!」

 しかし実際、日本臨時政府は海外で亡命政権を打ち立てて、本土の事は我関せずなので、本土の政治はEDF極東本部が取り仕切ってるのが現状だ。

 もちろん県知事などの地方議員や職員は多数残っているが、地元を統治するので精いっぱいで、到底国家政府を新たに建てる余裕はない。

 そもそもEDFの方針に賛同する人間以外は殆ど海外に避難しているので、今日本に居る国民はEDFの旗の元に揃う一枚岩と言っても過言ではない。

 

 作戦実行に政府の許可が不要になった分、行動しやすくはなっただろう。

 これはいわゆる軍部の暴走と言う奴だが、このご時世誰もそれに文句を言える状況ではないな。

 

「京都に関しては皆思う所はあるだろうが、その後ろの大阪・神戸の重工業地帯は絶対に守らねばならん。特に神戸にあるEDF極東第一工廠は今のEDF極東軍にとっては生命線だ。ここが潰されれば最早、何も護る事は出来ない」

 大林中尉が会話に戻って来る。

 その後ろの方では、他部隊が徐々に到着しているのが見えた。

 

「加えて、その地域に残る民間人は、インフラ維持の為避難していない。少なくとも一千万人以上は残っているだろう。もし京都を破られれば、最早日本の戦線維持は不可能に近い」

 荒瀬軍曹が移動の準備をしながら話す。

 大阪・神戸の重工業地帯は、今や日本戦線の心臓部ともいえる最重要拠点となった。

 そしてその工業力を稼働させるのは、無防備な国民たちなのだ。

 

「次の作戦に、日本の明日がかかっているという事ですね。負傷した仲間の復帰は間に合うでしょうか?」

 これまでの戦いで半数が負傷している我がレンジャー2小隊は、単純に考えて戦力半減状態だ。

 

「詳細は分からんが、もし京都で迎え撃つ作戦ならフォーリナーの侵攻速度から言っても数日猶予があるかどうかだろう。全員の復帰は期待できない」

 荒瀬軍曹が悔しそうにつぶやく。

 

「そうだな……我々だけでなく、名古屋戦で失った戦力はEDFにとって痛手だろう。聞けばあのグリムリーパーですら、戦力を半減させて今は京都まで撤退したという。だが、次は負けられない戦いだ。各地から戦力を集めるだろうし、皮肉だがEDF極東工廠が近いお陰で兵站も盤石だろう。我々は我々で、全力を注ぐのみだ」

 大林中尉がまとめたところで、他部隊の集合も丁度終わったようで、全員で移動を開始した。

 

 ここから海沿いに南下し、海岸沿いの道路から東へ少し戻って伊勢湾港へ向かうルートだ。

 名古屋戦に参加したほぼ全ての部隊が撤退し、京都へ向かう為、渋滞などの混乱を防ぐために陸路・海路・空路それぞれに細かく分割し移動する計画だ。

 

 我々は、荷台が剥き出しになっている物資運搬用のトラックの荷台に乗っていた。

 兵員の大移動の為、装甲付きの兵員輸送車が確保できなかった為らしい。

 隣にはレンジャー6が、別のトラックには武装を外したレイジボーン1やフェアリーテイル2が見える。

 コンバットフレームであるブラヴォー小隊四機は専用のトレーラーで。

 ゴールド小隊の戦車は前後に二輛ずつ自走している。

 

 トラックの乗り心地は最悪だが、外の景色が見える分まだマシかもしれない。

 進行方向の右手先は崖になっており、その下を少し行くと海水浴場だろうか、綺麗な砂浜が続いている。

 まだ3月で少々肌寒いが、爽やかな潮風が心地よい。

 

 これからの激戦を考えると、今後あまりゆっくり出来る機会はないかも知れない。

 今のうちに頭を空にして休もうと思ったのだが、隣の小隊の会話が耳に入ってくる。

 

「は、腹減ったなぁ~……。それに気持ち悪い……」

 レンジャー6の一人が腹を摩っている。

「お前は死体を見過ぎなんだよ。ほれ、レーション食うか?」

「うげ、またC型レーションかよ……。勘弁しろって。はぁ~、戦うのは良いけど、メシがマズいのだけはホント無理……」

 最近EDFに入った兵士だろうか。

 ここ数か月で、EDFに志願する人間は老若男女問わず急増している。

 志願しない人間はインフラ関係者以外は殆ど亡命政府の元へ避難しているので、残った人間の半数程度が新たにEDFの兵士として訓練を受けたり実戦に駆り出されたりしている。

 

 普通なら過酷な状況で心折れ逃げだすものも多い筈だが、こんな状況だ。

 皆覚悟を固めて来ているので、兵士としての質が悪いという事はないらしい。

 

「なんだぁ、美味いメシ喰いたいのか? よし、向こうの基地に着いたら俺が食わせてやるぞ!」

「……まさか、また自分で作るなんて言わないでしょうね? 前回の三種のレーションぐちゃまぜ丼は勘弁ですよ」

「そうか? レーションも調理次第で何とかなると思うんだが」

「とびっきりの材料を使ってください。そうすればきっと何とかなります」

「いや、隊長の事だからまたきっと混ぜて終わりだぜ」

「お前、俺の事を何だと思ってんだ! 聞いて驚け、俺のカミさんは、俺の料理の腕に惚れてだなぁ!」

「おいおい世良、嘘は良くないぞ。料理の腕に惚れたんじゃなく、料理の腕が駄目過ぎて何とかしなきゃって思われたのがきっかけだろ?」

 

 何となく会話を聞いていたら、急によく聞く声が混ざっていた。

 荒瀬軍曹だ。

 

「げ、荒瀬。なんでお前がここに……」

 どうやら、レンジャー6-1分隊長の世良軍曹と知り合いらしい。

 歳は荒瀬軍曹と同じくらいだが、明るめの茶髪もあってか、随分軽そうな印象を受ける。

 

「今はレンジャー8から2に転属した。部隊表をちゃんと確認しておけ」

「いやぁ忙しくってなぁ。世間も部隊も、俺個人もな。いや、心配はしてたんだぜマジで。228もあんなだしよ」

 世良軍曹が少し慌てた様子で弁解を始める。

 

「本当か? お前も忘れっぽい所あるからな……。ところで世間と部隊と言うのは分かるが、個人と言うのは?」

「いやぁその……。こんな時に言うのもなんだが子供が生まれてな。去年の十二月だよ」

 世良軍曹が照れて少し言いづらそうに話す。

 

「なに!? ホントか!? それは目出度い! だがここに居ていいのか? 奥さんは何処に?」

「さすがに海外に避難させたよ。最後まで渋ってたけどな……。俺も最後までどうしようか迷ったけど、やっぱ娘がこの場所に返ってこられるようにしたくってさ」

「そうか……。奥さんには反対されなかったのか?」

「ん……内心はどうだったか分らんけど、俺の意見を尊重するって言ってくれたよ。だから、早いとこ日本を取り戻して、安心して住める場所にしてやんないとな」

「ああ。その通りだ」

 世良軍曹と荒瀬軍曹が決意を新たにしたところで、なにか振動を感じた。

 車で移動しているので気のせいか? とも思ったのだが。

 

「おい、あの砂浜、なんか変だぞ……?」

 フェンサーの一人が、砂浜を見て何かに気付く。

 私も視線を右崖下の砂浜に移すと、その瞬間、砂浜から巨大生物が現れた!

 地中侵攻!? こんなところでか!!

 

「見ろ! 巨大生物がいるぞ! 赤いやつだ!」

「砂の中から、出て来やがった!」

「こんな所まで掘り進んで来やがったのか!? ちくしょう、こっちに向かってきてるぞ!」

 砂浜から現れた巨大生物は、全てα型亜種――赤蟻だ。

 それらは、二、三割の迷走する個体を除いて、だいたいがこちらへ一直線に向かってきた。

 

「気付かれたか!! 総員戦闘用意! 武装装着急げ! 戦車隊、いけるか!」

 この臨時集団の指揮を受け持つフェンサー、レイジボーン1指揮官の紺迫少佐が声を張り上げる。

 輸送車列は未だ減速せずに走っているが、足の速いα型亜種に追いつかれるのは時間の問題だ。

 

『ゴールド1、捕捉した!』

『ゴールド2、いけるぞ』

 ギガンテスの砲塔が、砂浜の巨大生物を狙う。

 

「コンバットフレーム!」

「バトルシステムを起動中だ!」

「準備しろ! 早く!」

 コンバットフレームは、その機動制御のシステムが複雑で、立ち上げに少し時間がかかるのが珠に傷だ。

 

『本部! こちらレイジ1紺迫! 七浜街道沿いでα型亜種と遭遇! 振り切るのは困難だ、迎撃する!』

 紺迫少佐が本部に無線を送る。

 返って来たのは榊少将の声だ。

 

《こちら本部! こちらでも複数の地中振動を検知した! その場所は伊勢湾港の目と鼻の先だ! 港を危険に晒す訳にはいかない、確実に殲滅するんだ!》

『サー! イエッサー! 全車停止! ゴールド小隊、攻撃開始だ!』

 車列が砂煙を上げて急停車する。

 

 




用語集

●ゴールド小隊
第一戦車連隊-第七戦車中隊-第一小隊のニックネーム。
ギガンテス四輛で編成されている。
(名前は5の帰路の遭遇で出てくるのをそのまま使いました)

●フェアリーテイル2
第二降下翼兵団-第一中隊”フェアリーテイル”-第二小隊のニックネーム。
美船中尉を指揮官とし四名編成。
雷撃銃で空中からの雷撃を得意戦術としている。
略称はフェアリー2

●レイジボーン1
第102機械化歩兵連隊-第一中隊”レイジボーン”-第一小隊のニックネーム。
紺迫少佐を指揮官とし四名編成。
実はスチールレイン作戦に中隊名だけ登場。

●ブラヴォー小隊
第一歩行戦闘車中隊-第二小隊のニックネーム。
使用するニクスはB型。
武装はリボルバーカノン二門と小型誘導弾二基。

世良一輝(せら かずき)(33)
レンジャー6第一分隊の分隊長で軍曹。
明るい茶髪のノリの軽い中年。
荒瀬軍曹が降格してからの友人で、以前は良く連絡を取っていたが、フォーリナー襲撃後合うのは初めて。
最近子供を作ったが、家族は海外の亡命政府に避難させている。

紺迫幸雄(こんさこ ゆきお)(45)
レイジボーン1の指揮官兼レイジボーン中隊の中隊長。
階級は少佐で、人員不足から第102機械化歩兵連隊の連隊長も兼任している多忙人。
フェンサー採用時からの着用者で、岩淵大尉と並ぶ大ベテラン。
岩淵大尉とは逆に、ハンドキャノン等を使用した大火力による狙撃・砲撃を基本戦術とする。
(なお、この世界のフェンサーはゲームとは違いダッシュセルとアドブースターは標準装備なので機動力が損なわれることは無い)


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第三十四話 帰路の遭遇(Ⅱ)

――2023年 3月22日 伊勢湾港より東20km沿岸部 『第88レンジャー中隊 レンジャー2-1 仙崎誠』――

 

 

《こちら本部! こちらでも複数の地中振動を検知した! その場所は伊勢湾港の目と鼻の先だ! 港を危険に晒す訳にはいかない、確実に殲滅するんだ!》

 榊少将の無線が戦場に鳴り渡る。

 

『サー! イエッサー! 全車停止! ゴールド小隊、攻撃開始だ!』

 車列が砂煙を上げて急停車する。

 

「レンジャー2降車! 小隊射撃用意ッ!」

「「イエッサー!」」

 同時に我々は輸送車から飛び降り、マガジンをセットし銃を構える。

 銃から鳴る雑な金属音が八つ重なる。

 

『ゴールド全車! 砂浜のα亜種に射撃開始! 撃てぇー!!』

 ゴールド小隊前衛後衛各二輛が砲塔を右手の砂浜に向ける。

 合計四輛の戦車が120mm徹甲榴弾の発砲音で空気を震わせ、それがコンマ数秒後に砂浜に着弾し、砂と爆炎と巨大生物を巻き上がらせる。

 

『へっ、新種の巨大生物……戦車並みの装甲と聞いてはいたが、これほどとはな!』

 戦車兵の一人が冷や汗を掻く。

 直撃を受ければ流石に耐えられない様子だが、爆風や破片による範囲攻撃は効果が薄いようで、吹き飛ばされても平然と起き上がって進撃する個体もいるようだ。

 加えて足も速い。

 まだ遠いが、確実に接近されていた。

 

「赤いのを近づけるな! この距離からなら狙い撃てる! 外すなよ!?」

 フェンサーは盾を構え、長大な砲を安定させる。

 NC101ハンドキャノンと呼ばれる対物徹甲砲だ。

 

「ファイア!!」

 ハンドキャノンが火を噴き、α型亜種の硬い装甲殻を難なく撃ち破る。

 亜種は被弾箇所から黄色い体液を吹き出し次々と絶命する。

 動きの速いα型亜種だが、それでも確実に仕留めているのは、流石としか言いようがない。

 

「いいぞ機械鎧! レンジャー2、6! 貴様らは我々と共に接近する巨大生物の撃破だ! この距離だ……、突撃しなくとも暫くは一方的に攻撃できる!」

 フェアリーテイル2小隊長、美船中尉が凛々しい声を張り上げる。

 装備しているのは最近実用化されたと噂の”雷撃銃”だろうか。

 その武器の如く、本人もどこかピリピリとした雰囲気がする。

 

「同感です! でも油断はしないで! フェンサーはともかく近づかれたら戦車は分が悪い! 抜けてきたなら、最後はレンジャーが食い止めましょう!」

 レンジャー6小隊長、樋山少尉が同意しつつもプランを微調整する。

 

「ふん、我がフェアリーテイルの雷撃を簡単に抜けられるとは思わないが、もしもの時は盾くらいの役割は果たせよ? コンバットフレームはまだか!?」

 手に持つ雷撃銃”サンダーボウ”や”イズナー”にエネルギーを充填しつつ、美船中尉はニクスの起動を確認する。

 

『システム起動完了! 迎撃開始! ブラヴォー3、4、誘導弾!!』

『『発射ぁ!!』』

 ニクスB型の両肩に付いたポッドから小型ミサイルが放たれる。

 垂直に進んだミサイルは一定距離で直角に近い角度で軌道を変え加速して一気に目標へ直撃した。

 直後、半径8メートル程度の爆炎が次々現れ、周囲の数体が無残な姿になる――が、やはり耐える個体が多い。

 装甲殻をボロボロに崩しながらも立ち上がり進撃を進める。

  

『近づいて来てるぞ、ブラヴォー小隊前へ! リボルバーカノン、一斉射!! 弾幕を張れ!!』

 ミサイルの爆炎を抜けて、最初の一団が崖に接近する。

 ニクスはブーストを吹かし、崖の手前に陣取り、両腕に装着されたリボルバーカノンで弾幕を張る。

 薬室が高速回転し、シャワーのような27mm弾が巨大生物を瞬く間に撃ち抜く。

 だが、正面に死体が積み重なったと見るや否や、その死体を迂回するようにして巨大生物が広がっていく。

 一度広がってしまえば、撃ち漏らしが多く出る。

 戦車の面制圧、フェンサーの狙撃、ニクスの弾幕を掻い潜った巨大生物は遂に崖を上り始める。

 

『ちっ、思ったより散りやがる! ダイバーの嬢ちゃん、出番だぜ!!』

「気やすく命令するな! 小隊、崖を上ってくる奴を叩き落とすぞ! ユニットを吹かせ!!」

「「やーーー!!」」

 フェアリー2はニクスの更に前に出て、空中から”雷撃”を浴びせるつもりだ。

 

「俺達も向かうぞ! レンジャー6! ここで護衛を頼む!」

「分かった! 小隊、この場所で全周警戒! 弾幕を抜けてきたやつを狙うんだ!! 戦車に近づけさせるなよ!?」

 大林中尉が指示を出し、樋山少尉が受諾する。

 

「小隊傾注! 危険だが隊を二分する! 2-1右、2-2は俺と左側面でα型亜種を迎撃する! 奴は装甲殻が硬いが酸は吐かない! ある程度まで引き付けてから一気に倒せ! 但し基本的には二人以上で火線を集中させて撃て! それと水原にはそこの高台で狙撃での援護を任せる! 出来るな!?」

「イエッサー! あそこなら左右側面が見渡せそうっすね! お任せっす!」

「頼んだぞ! では散開!」

「イエッサー! 2-1こっちだ! 付いて来い!」

「「サー! イエッサー!!」」

 我々2-1は鷲田少尉を先頭に右側面に走る。

 私、新垣、桜が後に続く。

 

 走って移動中、水原から無線が入った。

『水原よりレンジャー2! 狙撃位置に巨大生物が接近! 迎撃するのでしばらく援護は無理そうっす! すみません!!』

『こちら大林! 無理はするな! 迎撃しきれない状況に成らんうちにその場を離れろ!』

『了解っす! 出来ればこっちで狙撃できそうなポイントを探すんで少し待ってて欲しいっす!』

『頼む! だが生きて帰ることを最優先に考えろ!』

 どうやら狙撃での援護は時間がかかりそうだ。

 その間に巨大生物が回り込むポイントを発見する。

 

「少尉! 赤蟻、もう上って来てますよ!」

 桜が声を上げる。

 戦車やニクスに取りつかれたら厄介だ。

 ここで倒さなければ、そう思って引き金を引きかけるが。

 

「まだ撃つな! このまま走って直前まで我慢しろ! ショットガン構えてろよォ……!」

「マジですかぁ!?」

 正気の沙汰とは思えない! という顔で少尉を見る桜。 

 そんな顔は一瞬で、すぐ目の前にα型亜種が迫る。

 体感ではもう噛まれる寸前だが――

「今だ! 撃ち殺せ!!」

「こ、のぉぉぉ!!」

 あわや食い殺される距離まで接近した緊張を解き放つように、桜や我々四人が一斉にショットガンを放つ。

 その甲斐あってか、大口を開けて捕食しようとしたところの散弾は流石に致命傷だったらしく、一撃で倒すことが出来た。

 

「はっはァ! どォよ! ブ厚い装甲だろうと口ン中ぶっ込みゃ一撃よォ!! ザマミロ下等生物共!! 蟻ンコ風情が人間様に盾ついてンじゃねェ!! オラァ!!」

 獰猛な笑みを浮かべながら、鷲田少尉は接近して弾倉式ショットガン”モンスーン”を放つ。

 アサルトライフルのようにマガジンを変えるだけでリロード出来るので取り回しが良いショットガンだ。

 

「あっりゃ~。完全にバーサーカーモードだよワシちゃん。でも確かに! ある程度近づいたほうが! 効くけどね!」

 桜は連射式ショットガン”スパローショット”をお見舞いする。

 こちらは引き金を引いたままの連射が可能なショットガンで、集弾率も高い為一体を攻撃するのに向いている。

 

「だぁーははは! このスリル! たまらねぇな!! ぐはぁ! しまっ……!」

 新垣が近距離で広角式ショットガン”ガバナー”を撃って敵を穴だらけにする。

 発射数が通常散弾の二倍くらいある広範囲攻撃型ショットガンだが、近くで撃てばその威力はケタ違いで、ギガンテスの装甲ですら穴を穿つ威力となる。

 だが連射は効かず、隙が大きい。

 それを付かれ、新垣が咥えられた。

 

「ぐおお!」

 新垣が食い殺される!?

 と思ったが目にしたのは両手で牙を必死に受け止めて抵抗する新垣だった。

 

「何をやっているッ!!」

 私は汎用ショットガン”バッファローG2”の引き金を引き、食事に取り掛かろうとした赤蟻の横腹を撃つ。

 一発、距離が遠い。

 だが怯んで新垣を放す。 

  

「仕返し、受け取れよ!」

 受け身を取って着地した新垣は、直ぐにガバナーの引き金を引く。

 取り逃がした獲物を喰らおうとした赤蟻は、牙の向こうの大口に大量の散弾を喰らい、頭部が抉れたような姿となった。

 

「まったく! 肝を冷やさせるな!」

「だぁーははは! 失礼しました仙崎殿! いやぁもうちょっとで真っ二つになる所でしたな!」

 赤蟻の顎は強靭だ。

 その力は戦車の装甲をも噛み千切る程で、幾らアーマースーツを着ていても人間には耐えられるものではない。

 ……筈なのだが、どうも個体差があるらしく、はっきりしたことは分かっていないらしい。

 新垣が人外である事は信じたくないが……どちらにせよ助かったのは良い事だ。

 

「新垣ィ! なんともねェのか!?」

「ピンピンでございます! 本気を出されては流石にひとたまりもありませんが、直ぐ助けて頂けたので、はい、このとおり! ぬぅん!」

 リロードしながら妙なポーズをとって健在をアピールする。

 

「ガッキーはいいとして、少尉はどうなんですか!?」

「オレかァ? いやぁ実はちょっと傷口が開いてきてヤベェったらねェぜ! ま、コイツら皆殺すまでは意地でも倒れねェけどな!!」

 見ると、アーマースーツの内側から血がにじんでいるのが分かる。

 顔色も良くないし、息が切れかけている。

 

「もぉ~!! だからトラックで大人しく寝ときゃよかったでしょ~が! まことんワシちゃんフォローして! できる!?」

「そういうのは苦手だが、なんとかやってみる!」

 私は攻撃を回避するのは得意なのだが、見えるのは自分に迫る危険だけだ。

 故に他者を援護したり護衛したりするのは正直に言って不得意だ。

 そう言った視野の広さでいうなら、浦田や二ノ宮軍曹の方が優れている。

 

「いらねェって! 赤蟻ぐれェ牙に気を付けりゃ余裕だろ!」

「確かに、攻撃は見切りやすいですね! この分厚い装甲殻も、ショットガンの近距離射撃なら対応できる!」

 今回、四人全員の武装にショットガンを選んだのは鷲田少尉の判断だ。

 たまたまトラックに載せてあった四丁のショットガンを装備してトラックを飛び出たのだが、この通り接近戦を強いられるものの相性は非常にいい。

 ただし赤蟻以外の敵が出た場合は対処に困るのだが。

 

「はいはい気遣った私がバカでしたよ~だ!」

「おいおいそう怒んなって……。気遣いだけはありがたく受け取っとくからよ! オラァ!」

 紙一重で牙を回避し、赤蟻の下に潜り込むと、下腹からモンスーンを接射。

 下腹に大穴を開けられては流石に一たまりも無いのか、不快な断末魔を上げて絶命する。

 

「はっはァいいねェこれ! 鈴城のヤツが気に居るのも道理って訳だァ!」

「鷲田少尉は、二丁持ちはしないので?」

「ンー、ありゃァアイツの専売特許だわなァ。オレにそんな器用な真似ァ出来ねェよ。片手開いてた方が何かとやり易いし……なッ!」

 向かってくる赤蟻に標準装備の手榴弾を放り投げ、怯んだすきに側面に回り込み射撃する。

 見ていると、鷲田少尉の動きは私と近いものを感じる。

 攻撃を見切り、回避して隙を作り、そこに付け入る。

 違うのは、私は回避に重きを置いているが、鷲田少尉は攻撃に寄っている事だ。

 

「そらそらそらァ!」

「少尉!」

「わァってらァ!」

 一体、また一体と屠ってゆく中、複数の赤蟻が同時に迫る。

 一体は私が仕留め、向かう残り二体目を鷲田少尉が体当たりするような勢いで顔面に接射。

 直後マガジンを捨てた、リロードだ!

 

「がッ!」

 三体目の鋭い牙が避け損ねた少尉の右肩を抉り、血を巻きながら盛大に転んだ。

 いや違う、滑り込んだ!

 姿勢を低くして牙の追撃を避けつつ、左手で標準装備の対巨大生物用を引き抜き、赤蟻の脚関節に二発。

 同時にマガジンを装填し、体勢を崩した赤蟻の脇腹に撃ち込んだ。

 

 背後から狙いを定める赤蟻が居たが、それは私が仕留めておいた。

 

「少尉! 怪我の具合は!?」

 凄まじく洗礼された動きではあったが、やはり私なら追撃を諦めて回避を優先しただろう。

 尤もその結果囲まれてしまってより劣勢に陥る可能性もあるし、回避してばかりでは仲間の負担にもなるので、どちらが良かったのかは分からない。

 

 だが今回の場合は、結果として、

 

「ぐっ……!」

「鷲田少尉ッ!!」

 

 それがより大きな隙を生んでしまった。

 出血が大きく、治癒剤を打つ間も無くふらついた鷲田少尉に、ここぞとばかりに巨大生物が殺到した。

 

「手ェ出すな! オレは大丈夫だ!!」

「どの口でそのようなことを……!」

 援護に回る。

 確かに、左手で治癒剤を打ちつつ、負傷した右腕でショットガンを操るその姿は、手負いであっても我々の戦闘力を上回っているように見える。

 だが、そんな状態がいつまで続くというのか……!

 

「まことん!! どういう状況!? ワシちゃんやられたの!?」

 こちらの混戦具合を見かねて、桜が駆け付ける。

 

「うるせェオレァ無事だ! ンな事よりもとっとと自分の回り片付けろやァ!」

「ど~っこが無事なのよ全くもう!! 囲まれちゃってるじゃないですかぁ!」

 こちらの援護に回ったようで、新垣も一緒に付いてくる。

 結果、鷲田少尉を中心に、三人全員で援護する形になった。

 

「ちッ……! 言う事聞かねェ奴らだ! なら勝手に――桜ァ! 後ろだ!!」

「え――きゃあ!」

 スパローショットのリロードをしていた隙を狙われて、背後から牙を開いて猛烈な勢いで走る赤蟻に桜が掴まれた!

 赤蟻は歩みを止め、腕を掴まれた桜をそのまま地面に叩きつける。

 

「がはぁっ!!」

 路面のアスファルトが砕けるほどの衝撃が桜を襲い、苦し気な悲鳴が漏れる。

 だが、赤蟻は桜を放さない。

 同じ高さまで持ち合上げて、もう一度叩きつける気だ。

 

「させるかッ!!」

 新垣が、タックルするような勢いで飛び出し、脇腹にガバナーを叩きこむ。

 装甲殻が砕け、体液を吹き出しながら赤蟻は絶命する。

 

「桜殿!! 無事でありますか!?」

「ぐはっ! …………はぁ、はぁ、ぐ、あ~、生きてるっぽい……」

 衝撃で内臓がやられたのか、吐血しながらも意識はあるようだ。

 アーマースーツには衝撃吸収の効果もある。

 生身で喰らえば最早命は無かっただろうが、それでも重傷に違いない。

 

「クソがッ! だからオレはほっとけって言っただろォが! 『レンジャー2-1より小隊長ッ!! 結城桜重傷! 誰か援護に寄こせねェっすかねェ!?』」

『こちら大林! こちらも回り込んだα型亜種の対応に追われている! あと数分耐えて見せろ! EDFの誇りを思い出せ!!』

「『クッソ、サー! イエッサー!!』桜ァ、生きてるなァ!? ならまだ助かる! 仙崎、新垣! 桜を護ってやれ!! 数はこっちで減らしとく!」

 その言葉に二人は衝撃を覚える。

 普段ならいいが、今は鷲田少尉も負傷している。

 

「鷲田少尉は!? 貴方だってもはや重傷の筈だ! 死ぬ気ですか!?」

「死ぬ気ィ? こちとら端っから命がけだっつーの! オレぁまだ動けるが桜は無理だ! 動けねェなら向かってくる敵纏めてブチ殺すしかねェだろォが!!」

 その命令で仙崎は理解する。

 確かに理にかなっている。

 

 赤蟻と接近戦を行う時、攻撃は基本的に躱すしかない。

 酸なら今のアーマースーツでは多少喰らっても何とかなるが、赤蟻に喰われれば最悪ひと噛みで即死、良くても桜のように重傷になるケースが多い。

 そんな時、もし動けなくなったら先に攻撃するしかない。

 

 幸い、装甲の割には銃撃に対しては怯みやすい習性があるので、足を止めることは出来る。

 我々がそうやって足を止めているうちに横から鷲田少尉がトドメを刺してくれれば、効率は良い。

 四人一か所に固まるというのも手だが、向かってくる赤蟻を真正面から牽制するだけではいずれ波に飲まれてしまう。

 誰かが横から攻撃を加えないといけないのだ。

 

 だが、その役が鷲田少尉である意味はない。

 

「なら! 遊撃役は私がやります! 鷲田少尉は護衛を!」

「はっ! ……まあそう来ると思ったがよ。正直ちっとばかしヤベェんだわ。万ッが一だけどよ、もしオレが倒れたら二人のお荷物を抱えた新垣が死ぬだろォが。だったらまだオレが外に居た方が、少なくともお前らは安全だろ」

 ……まずい。

 このままでは本当に鷲田少尉が死んでしまうかもしれない。

 だが、状況を打開する術が見当たらない。

 その中で、鷲田少尉の策は至極妥当なのだ。

 

「ですが……」

「うるせェ!! 上官命令だ! 血が足りねェって時に頭使わせんなコノヤロォ!! いいから黙って各々死ぬ気でやりゃァいいンだよ! それで何とかなっから!」

 唐突に理論もクソも無くなった暴論だ。

 だが不思議と上手く行く気がする。

 

「サー! イエッサー! 信じますからね! 頼みましたよ鷲田少尉!!」

「おォよ! おめェこそ、そこのお節介娘しっかり護れよ!? この程度の修羅場……切り抜けられなくて何がEDF兵士だってンだ!!」

「誰が……お節介娘……」

「桜殿! 喋ってはなりませぬ! ぬおおおお!!」

 

 桜、鷲田少尉。

 どちらも命の危機があり、天秤が少し傾けば簡単に消し去ってしまう危うい状況だ。

 だがそれでも、私は、我々は最善を尽くす。

 尽くして見せる!

 

 




登場人物

美船佳子(みふね かこ)(29)
 フェアリーテイル2指揮官、中尉。
 この小隊が雷撃銃を好んで使うのは彼女の方針。
 ”ウイングダイバー隊一の美女”としてその界隈では有名だが、同時に隊内では鬼のような厳しさで恐れられつつ、尊敬されている。
 男に一切の興味が無く未婚であり、言い寄る男共を雷のような一撃で屠っている。
 その苛烈な行動から、中尉でありながら他兵科の上官にも口出ししがちだが、ウイングダイバーにしてはまあ融通は利く方ではある。


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第三十五話 帰路の遭遇(Ⅲ)

注釈便利だ……。
でも髪型とかで個性出すのめんどいな……。
キャラ増えすぎ問題。


――――2023年 3月22日 伊勢湾港より東20km沿岸部 『第二降下翼兵団 第一中隊”フェアリーテイル”第二小隊』――

 

 

「やああぁぁッ!!」

 フェアリーテイル2の日向少尉 *1は、拡散雷撃銃”サンダーボウ”*2を空中から発射する。

 

 拡散したいくつもの雷撃は、地面や敵に反射しつつ、その威力が減衰して無くなるまで反射を繰り返すので、巨大生物群には効果大だ。

 その反面、一発の威力はまだそこまでではない。

 赤蟻となればその表面装甲殻を剥がすだけが関の山だ。

 しかし、歩みは止められる。

 

「雨宮! やってちょうだい!」

「了解! 仕留めます!!」

 同小隊、雨宮少尉*3は崖下の赤蟻に向かって連鎖雷撃銃”イズナーA”を放つ。

 サンダーボウと違い、今度は一点に集中していくつもの雷撃が連鎖的に放たれる。

 雷撃は、たちまち巨大生物を破壊していく。

 

 範囲はサンダーボウのように広くは無いが、一点を集中して当てられるため、攻撃力は大きい。

 そのまま、這いあがってくる個体を四体撃破した。

 

「冷却します! 藤野援護して! 日向も一旦降りてきて!」

「はいな~! 任しとき~!!」

「わかった! それにしてもこんなにα型亜種がいるなんて……レイピアを持ってくるんだったね」

 藤野と日向が地上に降り、数秒雨宮の援護をする。

 

「それな! まぁ今更しゃーないやろし、こん武器もごっつ使い勝手ええからまあええやろ!」

 藤野少尉*4がサンダーボウを放って赤蟻の足止めをする。

 

「藤野は気楽だね……でも油断しないで。この数……どこまで食い止められるか!」

 日向も小刻みにサンダーボウを撃ちつつ下がる。

 徐々に物量に押され始めてきた。

 

「ち、崖を上ってくる個体が増えている! 『ブラヴォー! ゴールド! 抜けてくる数が増えているぞ!』」

 美船中尉はニクス小隊とギガンテス小隊に無線する。

 

『こちらブラヴォー1! 半数は撃破したが、残りは散り散りになって崖を上っている!』

『ゴールド1同じく! 面制圧は無理だ、崖から登ってくる奴を各個撃破するしかない! こういう時こそウイングダイバーの出番だろ? 頼むぜ!』

 

『ふん、言ってくれる! 小隊気合を入れろ! 一匹たりとも通すんじゃないぞ!』

「す、すまへん美船中尉! 結構取り逃してもーた! いくらウチらでも、この量はあかんっすわ! 手ぇ足りへんて!」

「泣き言を言うな! 貴様それでもフェアリーテイルの一員か!? 全くなっとらん! だが、貴様の意見には同意しよう!」

「やっぱ美船中尉もそう思っとるやん! 怒られ損やわぁ!!」

「その軟弱な態度が問題だと言っているんだ!! 後で扱くから覚悟しとけ!!『レンジャー6! 済まないが抜けてくる個体が増える! 歩兵の意地を見せて見ろ!!』」

『サー! イエッサー! お任せあれ! 小隊、射撃開始ッ!』

 レンジャー6も定員から大きく数を減らし七人しかいなかったが、抜けた個体はその身を電撃で傷付けているものが多く、撃破が容易い。

 なるほど、ただでは通さないと言った所にフェアリーテイルの実力の高さを感じる。

 

「美船中尉! まずいです、疎らですが大群が上がってきます! およそ200!」

 雨宮が上空から確認した事を美船中尉に伝える。

 

「くっ、まだ増えるか! 崖から距離を取れ! 囲まれないように後退しつつ迎撃する! 『ゴールド! 砂浜はもういい! 崖から上がってくるヤツを砲撃しろ!』」

 ブーストを吹かし後退する四人。

 同時に崖から一気に巨大生物が這い出して来た。

 

『ゴールド了解! 巻き込まれないように注意しろ!』

『ふん! それはそちらの腕次第だ!』

『なら問題はないな!』

 

 ゴールド小隊は速やかに位置を変え、崖から上がってくる個体に砲塔を向ける。

 

『一斉射!!』

 ギガンテスの砲撃が赤蟻を直撃する。

 まとめて十数体は吹っ飛んだが、その黒煙を抜けて更に迫る。

 同時に7.62mmの同軸機銃と12.7mmの車載機銃を斉射し、その弾幕で足を止める。

 

 

「各自散開! 機動力を生かしつつ各個撃破!」

「「やああぁぁぁーーー!!」」 

 四人がそれぞれ飛び上がり、上空から雷撃を浴びせる。

 そのウイングダイバーに食らいつこうと、赤蟻は足を動かすが、空中に居る間は当然届かず、一方的に翻弄され続ける。

 着地時を四人の雷撃が上手いようにカバーしあい、隙の無い動きで確実に数を減らしている。

 

 しかし、数の暴力はそれを嘲笑う。

 

《こちら本部! 新たな地中振動を検知! その場所に巨大生物が掘り進んでいると思われる! 総数およそ800!》

『なんだと!? クソ、この戦力では到底抑えきれない! 援軍か航空支援を要請する!』

 レイジボーン1紺迫少佐が本部の無線に応答する。

 

《了解した! 但しどちらも時間がかかる! それまでその場所で食い止めるんだ!》

『こちらゴールド1! 砂浜に敵はいない! クリアだ!』

『こちらフェアリー2! 未だ戦闘継続中! 砂浜の敵は皆崖を上ったようだ! 側面に回り込んだ敵はどうなった!? レンジャー2!』

「こちらも戦闘中だ! だが数は減らした! 今のうちに態勢を――」

 大林中尉の会話を遮って、今度は背後の山が振動と土煙に覆われた。

 

《こちら本部! A3グリッドでコード991発生! 全てα型亜種、総数およそ800体!!》

 

「出てきやがった! なんて大群なんだ!?」

「まだ敵が残ってるっのに!」

 ハンドキャノンで中距離戦を行っていたフェンサーが騒ぐ。

 

『ちっ! ここは不利だ! 全員今すぐ海岸へ降りろ! 急ぐんだ!』

 紺迫少佐が移動の決定をする。

 現在部隊は砂浜沿いの国道に居るが、ここではあまりにも戦う場所が狭すぎる。

 まだ赤蟻と距離がある今のうちに、広い場所へ移動するのは的確な指示だった。

 

『了解! ゴールド移動開始!』

『ブラヴォー小隊も移動開始だ! 移動しながら誘導弾をバラまいてやれ』

『レンジャー2! 2-1、2-2共に移動開始! 合流より海岸への撤退を優先する! 出来るか!?』

『フェアリー2! 機動力を生かして撤退を支援する!』

『レンジャー6移動する! 追撃する個体だけを迎撃!』

 

「くそ、多すぎる……! まるで赤い絨毯みたいだぞ!」

 撤退しながら、世良軍曹が後ろを振り返って感想を述べる。

 その世良軍曹に赤蟻が牙を剥く。

 

「まだ残党も残ってるってのに!!」

 アサルトライフルの連続射撃で動きを止め、手榴弾でとどめを刺すが、その背後から二体、三体を姿を現す。

 いちいち相手はしていられないが、あの牙に掴まる事は避けねばならない。

 

「世良軍曹! うしろ!!」

「くそ!!」

 

 牙が迫る。

 咄嗟に射撃する暇も無いかと思ったが、牙を防いだのは大きな盾だった。

 ガツンと、硬い金属音が鳴り響く。

 

「効かんな……喰らえ!!」

 フェンサーはデクスター自動散弾銃を子気味良いリズムで射撃して、その赤蟻も、更にその周囲も制圧する。

 

「俺たちが敵を引きつける! 海岸に降りろ!」

「殿はフェンサーの役目だ!」

 

 もう一人のレイジボーンもスラスターを吹かせて到着し、レンジャー6を護るように立ち回る。

 

「すまん、恩に着る!」

 世良軍曹はそう言い残し、レンジャー6-1を率いて海岸へ撤退する。

 

「足の遅いギガンテス、レンジャー、コンバットフレームはさっさと下がれ! 我々なら直前まで引き付けてすぐ後退できる!」

 そこへ到着したフェアリーテイル2の美船中尉は自らも殿を立候補するが。

 

『フェアリー2! お前達もすぐ砂浜まで下がれ! 喰われでもしたら目も当てられねぇぜ! 武器と飛行のエネルギーは共用なんだろ? なら余裕があるうちに後ろに下がるんだ!』

「はっ! 機械鎧風情が生意気言ってくれる!! なら貴様らのタフさを信じてやろうかね! その代わり、生きて戻って来るんだな! フェアリー2! 砂浜まで後退!」

「「イエス、マム!!」」

 

 紺迫少佐の指示に従い、大人しくその場を後にした。

 

 

――レンジャー2-1――

 

 

 強烈な振動を以て、砂浜と反対側に位置する山肌が砂煙を上げる。

 まるで土砂崩れのようだが、崩れてくるのは土砂ではない。

 深紅の装甲殻を纏った巨大生物α型亜種だ。

 

《こちら本部! A3グリッドでコード991発生! 全てα型亜種、総数およそ800体!!》

 

「おのれ……! 今の戦闘につられて出てきたのか……!? このような状況で……!」

 ようやく、先の一団が片付きそうだと思った矢先にこれである。

 

「ちっくしょう……! ハード過ぎる状況だぜ……!」

 周囲を粗方片付けた鷲田少尉も、肩で息を切らしながら山肌を睨みつける。

 その鷲田少尉に赤蟻が牙を掲げで走って来るが、突然の銃声と共に沈黙した。

 

『レンジャー2! 2-1、2-2共に移動開始! 合流より海岸への撤退を優先する! 出来るか!?』

『出来るも何も、やるっきゃないでしょうが!!』

 鷲田少尉がキレ気味で応答する。

 大林中尉にキレた訳ではなく、この状況にだ。

 

『こちら水原! 今から援護するっす! 撤退しながらですけど、やれるだけやってみますよ!』

『すまねぇ助かるぜ!』

 今の銃声は水原の狙撃だったようだ。

 これで少しは楽になるか。

 

「だぁーははは! 残党も見逃すつもりはないようですな! 水原援護頼むぜぇ!!」

 新垣は片手で桜を抱えながらの移動だ。

 片手という事で、より扱い易く、弾幕で牽制もしやすいAS-20(アサルトライフル)に武器を変更していた。

 幸い桜は治癒剤を打ったお陰で命に別状はないが、意識も朦朧とし、まともに戦える状態ではない。

 

『了解っす!』

 新垣に迫る個体を、上手い事狙撃していく。

 これでなんとか――。

 

「敵の数は減ってる! もうちょい辛抱だ! 各自気張れやァ!」

「サー! イエッサー!! 仙崎殿! リロードします! 援護を!」

 

「了解! 喰らうがいい!」

 だが、バッファローG2を射撃――するところで、突然手元に衝撃が起こり、銃本体が弾け飛んだ!

 

「暴発!? ええいこんな時に!!」

 整備不良で無い事は間違いないが、この事態を予想しなかった訳ではない、私の運勢的に。

 なので壊れたバッファローを投げ捨て、サイドアームとなるAS-20を瞬時に構える。

 だが、その切り替えの一瞬が致命的な齟齬を生んだ。

 

「ぐはっ!」

「しまった!!」

 

 赤蟻の牙の突進を喰らい、新垣は弾き飛ばされた。

 寸前で桜を庇うように放り出したが、新垣は数メートルふっ飛ばされた。 

 その無防備な餌にありつこうと、赤蟻が集る。

 それが壁となり、直接の援護が困難になる。

 

「この程度、効かんなぁ!!」

 これでも乗用車に跳ねられた程度の衝撃はあるはずだが、新垣はピンピンしていた。

 さすが新垣、何ともないな!

 

 そのまま新垣が、AS-20を射撃すれば、この至近なら撃破が見込める筈だった。

 新垣は直ぐにリロードし、射撃を始めようとしたが。

   

「は――」

 

 新垣からかすれ声の様なものが出る。

 焦りだったのか、どこか負傷していたのか。

 新垣は、マガジンを上手くセットできず、取り落としてしまう。

 そしてそれが、決定的となった。

 

「うぐぁ!!」 

 

 新垣は赤蟻にその牙で咥えられた。

 

「くそ、野郎!!」

 新垣はAS-20のリロードを諦め、標準装備と義務付けられている対巨大生物用拳銃を放つ。

 だが、通常種ならともかく、装甲殻の厚いα型亜種には通用しなかった。

 

「新垣!? 貴様! 新垣を放せぇ!!」

 私もAS-20のトリガーを必死に引いた。

 だが、新垣がふっ飛ばされた時少し距離が開いたせいで、かつ足止めを食っていたせいで周囲に赤蟻が群がり、射線が新垣まで届かない。

 

『水原!! なにやってる援護しろ! 新垣が咥えられている! 食い殺されるぞ!!』

『やってるっすよ!! けど! 他の亜種が邪魔で……!! くそ! どけよお前ら!!』

 鷲田が水原を怒鳴る。

 事実、銃声と共に赤蟻が一体ずつ死んでいくが、新垣には届かない。

 この間、ほんの数秒だったが、このうちに新垣を咥えたまま赤蟻は、どこかに姿を消してしまった。

 

「ガッキー……そ、そんな……」

「新垣!! 新垣はどこ行った!? オイ!!」

「連れ去られた!! 新垣を咥えて、奥の方に……!」

『この! この!! 新垣を返せよ!! 何処に行ったんだよ……! あいつならまだ生きてるから、ちゃんと探してくれよ……! 新垣! 新垣ィィ!!』

 

 

――――

 

 巨大生物の習性とは謎が多い。

 主に人間や動物を食用に襲うが、ビルや自動車などの無機物も貪り喰らう。

 人間を見つけると一直線に向かってくる個体もいれば、その場をうろつくだけで余り関心を示さない個体や、人間よりも無機物を好んで喰らう個体も一定数いる。

 その理由は科学的には見当が付かないが、人間にも肉好きと魚好きが居るように、恐らく単なる”好み”なのだろうと結論付けられているそうだ。

 

 それと同じように、その”食事方法”にも個体差がある。

 その場で一口、頭から喰らう個体。

 手足を裂き、末端からじわじわと喰らう個体。

 真っ二つにしてどちらかを残さず喰らい、片方に見向きもしない個体。

 

 そして――獲物を加えたまま遠くに持ち帰り、時間をかけて喰らう個体。

 

 そういう話は聞いていた。

 だが実際に遭遇すると、これほど恐ろしいものかと思う。

 

「新垣……! 今――」

「馬鹿野郎仙崎! ドコ行く気だ戻ってこい!! 早く海岸へ向かえこの野郎!!」

 海岸から反対方向へ向かう私を、鷲田少尉が止める。

 

「私なら……私ならこの大群をすり抜けて新垣を救出に行けます! 今ならまだ!」

「駄目だ!! てめぇ桜はどうするつもりだ! 今にあの山からも大群が来やがるんだぞ! 足を止めてる暇はもうねェし、助ける暇はもっとねェ! 現実見やがれ!!」

 

「ぐっ……!」

 怒鳴る鷲田少尉の正論に、ぐうの音も出ない。

 

「私の、ことは良いです……。自分のミスでこうなったから……。でも、新垣は私を抱えてたから! お願いです! 新垣を助けに……助けに行って下さい!」

『俺からもお願いです! あいつままだ生きてるんです! 齧られたぐらいで死ぬような奴じゃない! だから!! 頼む! 頼みます……』

 水原の悲痛な叫びが胸に響く。

 隊の中では……いやEDFの中で、水原は最も新垣と仲が良かった。

 あの時、銃の暴発さえなければ……いや、後悔は後回しだ。

 まずはこの状況を切り抜けねば……!

 

「うるせェ情けねェ声出してんじゃねェぞ水原! とにかく、海岸へ撤退だ! ここに居たらオレらもやべェ!」

 その混迷の中、フェンサー……レイジボーンの紺迫少佐と部下の二人がスラスターで駆け付けた。

 

「遅くなった! ここは我らに任せて、レンジャー2-1は海岸へ!」

 武装をデクスター自動散弾銃に変更し、弾幕を張っている。

 先程のハンドキャノンは折りたたんで背面の兵装担架に装着してあるようだ。

 

「すまねェ任せるぜ! さあ仙崎急ぐぜ! ……これ以上、誰も失わねェように……」

 後半の言葉は、呟くようだったが、なぜか戦場の中にあっても確かに聞き取れた。

 

 そうなのだ……死の瞬間こそ見ていないが、もう新垣は……死んだのだろう。

 

――――

 

 その後の戦闘はよく覚えていない。

 ひとまず海岸に集合した我々は、そのまま800体の大群を迎え撃つが、その後さらに第三波が出現する。

 直後、本部からの要請で駆け付けた爆撃機フォボスが空爆を行い、大半を殲滅。

 同時刻、対地攻撃ヘリ”ネレイド”が数機到着し、圧倒的な優位性を保ちながら巨大生物を殲滅し、戦闘は終了した。

 

 戦力差は絶望的だったが、我々の損害は新垣を含む三名の戦死者と、コンバットフレーム一機、戦車一輛だけで済んだ。

 戦力的には全滅してもおかしくない様相だったが、単一の敵集団だった事と、個々の技量が高かったことが原因と後に評価された。

 

 しかし、新垣の喪失は、分隊内に大きな穴をあけた。

 

 私は戦闘直後の事を思い出す。

 

 

――――

 

 

「放してください! 新垣を……新垣を助けに行くんです! アイツの頑丈さ知ってるでしょう!? このきっとどっかで生きてますよ! だから!」

 暴れる水原を、大林中尉が押さえつけている。

 

「くどいぞ水原! 戦闘は終了した。今すぐここを移動し、伊勢湾港へ向かえとの命令だ!」

 大林中尉が強く、しかし諭すようにしっかり告げる。

 

「水原ァ。てめェまだそんな泣き言言ってンのか? いいか、新垣は死んだんだよ! いい加減現実見やがれこのガキが! くたばった野郎に、いつまでも引っ張られてンじゃねェぞコラァ!」

 鷲田少尉が、水原の胸倉をつかみ、強く怒鳴りつける。

 もはや瀕死の重傷の筈だが、そこには普段と変わらぬ力強さと粗暴さがある。

 

「そんな言い方……! だいたい……。だいたい! 新垣が死んだのは、アンタのせいじゃないんですか!?」

 その鷲田少尉に、今度は水原が食って掛かる。

 

「てめェ……。自分が何言ってるか分かってンのかァ?」

「そうだよ……アンタのせいだ! 桜さんが重傷負ったのだって! アンタが……そんなボロボロの足手まといの負傷で戦場に出て、足を引っ張ったんじゃないか!! 大人しくしてりゃいいのにいつもいつも前に出て……! アンタが、新垣を殺したんだ!!」

 歯止めが効かなくなったような水原は、涙で顔を濡らしながら鷲田少尉を糾弾する。

 

「そォか……歯ァ食いしばれやコラァ!!」

 重傷の筈の鷲田は、その負傷具合に見合わぬ一撃を水原にお見舞いした。

 突然の右ストレートに倒れる水原。

 無茶した勢いで鷲田少尉も倒れるが、血を流しながらゆっくり起き上がる。

 

「今の上官に対する生意気な口の聞き方は、コレでチャラにしてやる。だが水原。仮にオレのせいであったとしてもだ。そんな調子じゃァ、次はてめェが死ぬぜ」

 諭すような口調になるが、今の水原には届かなかった。

 

「こ、の、野郎!!」

 起き上がった水原が、鷲田に殴りかかるが、それを私が止める。

 

「よせ水原! 上官に手を上げればただではすまん! それ以前にこの傷だ、少尉を殺す気か!?」

「ハッ! いいぜ掛かって来いよ! そんなに納得いかねェってならなァ! いいか!? 戦場では強い奴だけが生きて帰る! 実力も運も仲間も全部合わせてだ!! それがねェアイツは、その程度のヤツだったって事だ! そんなにオレのせいにさせたいなら水原ァ、てめェはどうなんだ!? 親友の新垣が咥えられた時、ロクに援護も出来なかったてめェはよォ!!」

 

「鷲田少尉も煽ってはなりません!! これ以上火に油を注いで何とするのです!! それに……それ以上新垣と水原を軽んじるなら……私も黙ってはいられませんが如何か!?」

  

 鷲田少尉の余りに酷い言い方に対して、私も少し思う所があった。

 確かに鷲田少尉の言い分は分からなくも無いが、それは親友を亡くした今の水原にはあまりに粗暴が過ぎる。

 何より”その程度のヤツ”なんて、雑な言葉で片付けて欲しくはない。

 

「ほォ、てめーがそれを言うか……戦場じゃ、弱い奴、生き残る意思のない奴から死んでいく。オメーもそれは分かっている筈だ。オレと同じ地獄を、オメーは見ているはずだ。五年前、ディラッカでな」 

 鷲田少尉の突然の言葉に衝撃を受ける。

 

「ディラッカ事変……では、貴方も……」

 鷲田少尉は以前EDF海外派兵群に参加していたと言っていた。

 面識はなかったが、やはり私はアルケニア共和国のディラッカでこの男と居た事があるらしい。

 

「やっぱ、てめーもか。初めて会った時のあの目。ありゃァ、相当人間を殺してねェとできねー目だ。弱い奴から死ぬ。そして、死んだ奴には何も残らねェ。引きずるだけ無駄だ」

「だとしても、です。親友を失った者の前で、その言葉を使う貴方が、私は許せない……!」

「ハッ! 兵士にそんなデリカシーが必要かよォ!? 死者を悼む感情なんて、ぶっ壊れちまった方が幸せだとおもうがねェオレは!!」

「貴様ぁ!!」

 普段の鷲田少尉からは想像が付かないような言動に、私も理性が飛びかけるが、

 

「もうやめてよ!!」

 

 担架に乗せられた桜の声で、冷や水を浴びせられたような感覚になった。

 

「誰が悪いとか、どう思うかとかでいつまでも喧嘩してどうするのよ……。そんなの、悲しいだけじゃないのさ……。鷲田少尉は怪我して満足に動けなかっただろうし、仙崎は暴発のせいで援護が遅れて、水原は位置のせいで援護が出来なかった。そして私が……あんな風にやられて新垣の足を引っ張った。みんなちょっとずつきっかけはあったんだよ、多分さ」

 

 桜の消え入りそうな声で、皆の心が冷めてゆく。

 

「……そして、そんな采配と指揮を行った、俺の責任だ。部下が勝手に背負っていいものではない。責任は、指揮官が背負うものだ。……移動するぞ」

 撤退の準備も丁度終わり、我々は何も言わずトラックに乗って伊勢湾港へ向かった。

 

 

 最後に、自然と皆が敬礼を送っていた。

 この地に眠った、戦友に向けて。

 

 

 

 

 新垣巌兵長――M.I.A(戦闘中行方不明)

 

 

*1
日向葉香(ひなた ようか)。25歳少尉。黒髪ショートカットで小柄。何事も元気に取り組む真面目な性格。その性格が災いして同小隊の二人にからかわれたりするが、美船中尉からの信頼は厚い。武器は応用の利くサンダーボウを好んで使う。

*2
プラズマエネルギーを電気に似た性質に変換し、それを発射する事で攻撃する兵器。開発の殆どは旧極東本部で行われ、開発主任は雷撃技術を確立した結城博士(桜の父親)。低燃費かつ広範囲の攻撃は、ウイングダイバーとは相性が良いとされる

*3
雨宮初芽(あまみや はつめ)。26歳少尉。肩までかかるセミロングで、水色のメガネを掛けている。常に敬語で話し、一見まじめだが人をからかう事に余念がない。その上頭がいいので美船中尉には普通に優秀なヤツと思われている。

*4
藤野朱火(ふじの あけび)25歳少尉。明るい茶髪にウェーブの掛かったセミロング。少し肌が焼けていて、見た目通り活発な性格。関西弁で話すが、学生時代転校を繰り返したせいで色々な方言が混ざってしまっている。楽観主義が災いし、美船中尉とはウマが合わないが、傍から見るとコントのようなやり取りをすることも。天才肌で、雷撃兵器に関わらず多種多様な武器を扱うことが出来る。



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第三十六話 第402火力演習場にて

――2023年3月23日 琵琶湖運河 木曽川―大津間 EDF兵員輸送船――

 

 

 新垣が戦死した。

 死体の発見が困難な為、厳密にはM.I.A(戦闘中行方不明)扱いだが同じことだ。

 

 当然珍しい事ではない。

 戦争なのだ、死者が出るのは至極当然であり、我々自身も常に死と隣り合わせの戦いを送っている。

 だが、それは仲間の死に心を痛めない事と同じではない。

 

 帰りの輸送船内で資材と共に乗せられた我々の胸を占めるのは、ただ行き場のない後悔の念だった。

 誰もに思い当たる事があった。

 

 ――鷲田少尉の重傷を看過し、あのような人員配置を行った大林中尉。

 

 だが鷲田少尉は戦力的に必要ではあったし、部隊を分けるならあの配置は妥当だった。

 少尉を欠けば隊を分けるのは危険であるし、二方面に分けなければあの量の側面攻撃には対応しきれなかっただろう。

 そうなればより多くの死者が出た可能性は大いにありうる。

 

 ――大林中尉や周囲の忠告を無視し、重傷のまま戦場に残り続けた鷲田少尉。

 

 だが結果的に鷲田少尉は負傷によって行動不能になることは無く、むしろ撃破数は我々の中で最も多い。

 重ねて言うが鷲田少尉無くして我々は側面を抑えきることは不可能だっただろう。

 

 ――その少尉に気を取られ自身も行動不能になる程の重傷を負い、隊の足を引っ張る形となった桜。

 

 結果的に鷲田少尉は行動不能にならなかったが、それは飽くまで結果論であり、あの状況では鷲田少尉を全力で援護するのが順当な戦術だろう。

 恐らくEDFならば誰もがそうやって仲間を護る。

 その隙に付け込まれて負傷してしまったのは桜自身の純粋な技量不足だったのだろうが、仲間思いが裏目に出た形となってしまった。

 

 ――初期の位置取りに失敗し、効果的な援護が出来なかった水原。

 

 聞けば、初期の狙撃位置に巨大生物が接近し、先手を打って撃破したら周囲の巨大生物も反応し、数体との戦闘をする羽目になってしまったのだという。

 もし撃たなければ、そのまま水原に気付かず通り過ぎていただろうか?

 真相は分からない。だがその戦闘に引きづられ、結果別の狙撃位置を探す羽目になったのは事実だ。

 初期位置ならば、高さは十分にあったし、新垣を咥えた個体を狙撃する事も可能だったかもしれない。

 だが先手を打たなければ、狙撃中に水原が喰い殺されていた可能性は高い。

 水原が喰い殺されれば、結果援護射撃が無くなり、新垣は同じ運命を辿っただろう。

 

 ――新垣のリロードの隙をカバーできず、致命的な隙を作ってしまった私。

 

 原因は銃の暴発により銃身が破壊されたことだ。

 整備は完璧だったし、暴発は整備不良でないと少なくとも私は自信を持って言える。

 特に暴発の多い不良品と言う訳ではないし、こういうのを”運が悪かった”と言うのだろう。

 そして暴発から即座に別の銃に切り替えての射撃も、常人の何倍も速かったと自分では思っている。

 なぜなら、私の人生に於いて、それ程珍しい事態でもないからだ。

 だが――足りなかった。

 援護を頼んで軽快な返事が返ってきたはずなのに、銃弾の一発も飛んでくれない状況に、新垣は何を思っただろうか?

 私を恨んだだろうか?

 結果的に私は、一切の援護を果たせず、新垣を致命的な命の危機に晒したのだ。

 

 ――そして、焦りか負傷していたのか、マガジンを取り落とすというミスをしてしまった新垣。

 

 余りにも初歩的で、致命的なミスだ。

 だが、それを誰が責められる?

 元々器用とは言い難かったが、それでも普段の戦場では何の問題も無かった。

 目前に迫る命の危機に焦りはあっただろうし、跳ね飛ばされた直後だ。

 今となっては知る由も無いが、どこか負傷していた可能性はある。

 その僅かな要素が、普段しないようなミスを誘ってしまったのだろう。

 その状況で寸分違わぬ動きを約束される程、人間は精巧には出来ていない。 

 

 

 誰もが重大なミスを犯しつつ、しかし同時に最善を尽くしていた。

 どれか一つでも違う条件なら、新垣の命は助かっていたかも知れない。

 だが、現実は最悪を引き当てた。

 

 その結果に目を瞑ってはいけない。

 我々は人間だ。

 どれだけ気を付けて居ようとミスはするし、常に気を張っていることは出来ない。

 しかし、だからこそ二度と同じ思いをしない為に、原因を分析し、対策を立て、再発防止に努めるという姿勢が必要なのだと私は思う。

 

 分かっている。

 その程度で防げるほど現実は甘くないし、これからも我々の中に、戦死者は出続けるだろう。

 だからこそ我々は、最悪の中で最善を見出し、絶望に抗い続けてゆく。 

 

 ……しかし、だ。

 こうも思う……思ってしまう。

 

 これほど悪い状況が重なるだろうか?

 これは、私の”不幸”が呼び寄せた厄災ではないのか?

 そもそもあんな何もない場所に突然大量の巨大生物が出現した理由はなんだ?

 

 巨大生物の地中侵攻も、新垣の死も、あるいは、フォーリナーの襲撃そのものすら、私の”不幸”が招いた事態だとしたら……。

 これからもそのせいで身近なものが死んでゆくとしたら……。

 私はどうするべきなのだろう。

 

 ……不毛だ。

 余りにも突拍子の無い、何の根拠も証明する手段も無い、出鱈目で卑屈すぎる考え方だ。

 

 だが、僅かであっても、そのような可能性を、考えずにはいられなかった。

 

 

――2023年3月23日 京都府南丹市山中 EDF第402火力演習場――

 

 

 十数人の軍人が見守る中、ついに今回の演習の目玉が姿を現した。

 同時に、演習場に轟音が鳴り響く。

 移動だけで周囲を震わす巨体は、”動く要塞”の異名を名乗る巨大戦車E-651”タイタン”だ。

 

 タイタンは、射撃位置まで前進すると急停車。

 ゆっくりと砲塔を回転させる。

 

 その遅々とした移動と砲塔旋回能力に、周囲の軍人は微妙な表情だ。

 はたしてこんなデカブツが、実戦で役に立つのか?

 

 それは、直後の主砲射撃で覆されることとなった。

 

『E-651タイタン。レクイエム砲、射撃用意良し!』

『管制室了解。演習を開始せよ』

『了解――レクイエム砲、撃てッ!!』

 

 凄まじい轟音と共に、砲弾が宙を割いた。

 コンマ数秒後、目標だった鋼鉄のオブジェは、山肌を巻き込みクレーターを作る程の爆発で木っ端微塵となり果てた。

 

 演習場の軍人たちの居る場所まで強い爆風が届き、山肌には小規模なキノコ雲が形成されていた。

 双眼鏡で標的を覗いていた軍人たちは、あまりの爆発に双眼鏡を下ろし、呆気にとられていた。

 

「はは、ふは、ふはははははは!! 素晴らしい! なんという威力だ! 見ましたか皆さん! これが動く要塞と呼ぶにふさわしい次世代の重戦車、タイタンです!!」

 

 戦車の傍らに立つ開発者らしき男が声高に叫んだ。

 中年白髪で、片眼鏡を掛けたドイツ人と思わしき人物は、テンションの余りやや狂気的な表情で喜びを表現する。

 

 その戦車、見るからに全てが規格外の様相だ。

 

 全長は実に25m、全高は3mを越える超大型戦車。

 主砲の320mmレクイエム砲は、元は戦艦の主砲として設計されたものを流用して戦車に取り付けている。

 二門の副砲ですら150mm対戦車徹甲榴弾と12.7mm機関銃を備え、並みの戦車の戦闘力を軽く上回る。

 

「しかしオストヴァルト博士*1。この鈍重な機動性では、実際の戦場での活躍は厳しいのでは?」

 重戦車タイタンの開発責任者、オストヴァルト博士に対し、EDF第五機甲師団兵站部の常森大佐が質問する。

 

「ふむ。いい質問です。が、心配ありません! 元々コレの機体コンセプトは強固な装甲と強力な武装です。それと射程も通常の戦車とは比べるべくもなく長い。機動戦はご想像の通り難があるが、移動砲台としての価値は計り知れない! これぞかつて我が国家が成しえなかった超重戦車マウスの再来である! 現代に蘇ったマウスは火力と装甲においては全ての陸上兵器を上回り、このフォーリナー大戦において革命的な勝利をもたらすだろう! まさに陸の王者! 我がタイタンに撃ち抜けぬものなし!! ふは、ふはははははは!!」

 オストヴァルト博士は興奮の余り、途中から常森大佐など眼中にないかのような身振り手振りで語りだす。

 

「ああ、なるほど……。では扱いが少々特殊になりそうだな。まあ11軍司令部も許可したようだし、今更の質問ではあったな。量産体制は既に?」

 そんなオストヴァルト博士に気圧されながら、常森大佐は努めて冷静に対処する。

 

「ええ。大阪にあるEDF極東第一工廠にて、先行量産型が三輛ほど」

 オストヴァルト博士もテンションを切り替え、質問に答える。

 この切り替えの早さに、そこそこ付き合いのある常森大佐も最初は戸惑ったが、いい加減慣れた。

 

「三輛か……。いや、この巨体を思えばそれでも十分か」

「その通り! ですがタイタンが真価を発揮するのはこれから! さあ次は、より実践的な演習の開始です! 我がタイタンの雄姿をご照覧あれ!!」

 

 オストヴァルト博士は、両手を大きく振りかぶり、タイタンに広げて見せたが、そのタイタンは何故か演習場を遠ざかっていく。

 

「あー……。オストヴァルト博士……その、言い難かったんだが、今日の演習は予定を変更し、これで打ち切る事になってな……」

 常森大佐は、目線を合わせられず、申し訳なさそうに言った。

 

「なに!? どういう事だ! なぜ、なぜ私のタイタンが!」

 

 狼狽するオストヴァルト博士は、視界の端で大型トラック軍団が、こちらへ侵入してくるのを見た。

 その大型トラック群は博士たちのいるすぐ脇に停車し、迅速な動きで荷下ろしをし、あっという間に仮設の建物が幾つも出来上がった。

 

「なっ……、なにが起こっているのだ!!」

「やあやあオストヴァルト博士じゃあないか。こんなところで会うなんて奇遇だねぇ」

 彼の姿を発見し、歩み寄ってきたのは煙草を加えた白衣の女性、茨城博士だった。

 

「い、茨城尚美!! 極東本部で引き籠っていた貴様がなぜここに!?」

 オストヴァルト博士が驚愕と怒気を滲ませて叫ぶ。

 どうやら二人は旧知の中のようだが、少なくともオストヴァルト博士にとって彼女は親しい仲ではないらしい。

 

「なぜって、そりゃああの基地はもう陥落しちゃったからねぇ。丁度土地も余ってるだろうし、間借りさせて貰うよ。話聞いてなかったのかい?」

 オストヴァルト博士とは対照的に低いテンションで対応する茨城博士。

 

「なっ……常森大佐! どういう事なのですか!」

「すまない……極東本部からの要請でな。はぁぁ、こうやって騒ぎ出すから知らせたくなかったんだよ……」

 頭に手を当て、溜息をつく常森大佐。

 

「おのれ……またあの時のように私をコケにしようという腹か!」

「別にそんなつもりはないんだけどねぇ……」

 食って掛かるオストヴァルト博士の剣幕に、茨城博士はどこかぞんざいな態度だ。

 

「失礼ですが、お二人はどんな関係で?」

 部外者となった常森大佐が尋ねる。

 

「こ奴は! 誇り高き我が社、ガプス・ダイナミクスに部外者でありながら横槍を入れ、私に散々な恥をかかせ――」

「あー、誤解を生むから黙っておいておくれよ。昔、彼と同じ職場にちょっと立ち寄って研究していた時期があっただけさ。アタシの本業は兵器屋じゃなく科学者なんだけどねぇ……。ま、その話は今はいいさ。んじゃ、アタシは敷地貸与の書類を提出してくるよ」

 そう言い残して、茨城博士は去ってゆくが、去り際に一言言い残していく。

 

「そうそう。まだお客が来るから、あのデカいのをとっとと退かした方がいいよ」

「な、なにぃ!」

 戦況を変えるほどの最新兵器を、”デカいの”とだけ言われ、オストヴァルト博士は、額に青筋を浮かべるが、はて、お客とは一体何の事だろう。

 

「つ、常森大佐……?」

「まあ、こんな状況だ。前線も近づいているし、ここの広い敷地と演習で使っていた数々の武器を頼りにする者は多くて、だな……」

 

 直後、砂煙を上げて演習場に入って来たのは、十数輛は居ようかと言う兵員輸送車の列だ。

 演習場の西側辺りを占領し停車した車列からは、兵士の群れが出るわ出るわ。

 レンジャーが大半だが、フェンサーやウイングダイバー、エアレイダーまで居る。

 いやそれだけじゃない、戦車輸送車からギガンテス、大型輸送トレーラーにニクスが数機、遅れて空からはバゼラート攻撃ヘリも多数着陸した。

 その更に後続からは砲兵隊や衛生兵なんかも来る。

 

 何という事か、ものの数分で一個連隊はあろうかと言う戦力が入ってきた。

 レンジャー達は流れるような動作でテント設営を行い、あっという間に簡易的な駐屯地が出来上がったではないか。

 

 その様子にオストヴァルト博士は、開いた口がふさがらない。

 

「あー、どうも京都市内が戦場になるらしくてな。その前線補給基地としてここが丁度いい位置にあったそうで。あと演習場で使う武器弾薬や、整備機材なんかも充実してる上、見晴らしが良いから砲兵陣地の設営場所としても最適だったらしい」

 常森大佐が申し訳なさそうに説明する。

 

 まったく今日の事を知らず、一日中タイタンやその他新兵器の評価演習を行う気だったオストヴァルト博士にとっては、かなり衝撃的だっただろう。

 だがしかし、オストヴァルト博士は軍産複合企業ガプス・ダイナミクス社の社員でありこの演習場の所属ではない為、まあギリギリ知らせる義務はない。

 つまり、犠牲になったのはオストヴァルト博士の精神だけである。

 

「くそ、企画課長め、やたらと使えそうな試作品や先行量産品を持っていけと言ったのはこの為だったのか……! てっきり今回の演習は物凄い豪華になると期待しておったのに……!」

 

 その様子だと、周囲にはかなりめんどくさい人物だと思われているようだ。

 但し今回のタイタンを始め、数々の名兵器を世に送り出しているのだから、能力は悪くない。

 

「……それにしても、一部手ひどくやられている連中も居るようですが?」

 

 直前の悔しげな様子から一転、兵員輸送車や資材運搬用のトラックから降りる負傷兵達を見て痛ましそうに目を細めるオストヴァルト。

 

「ええ。こちらへの転進中にフォーリナーの襲撃を受けた部隊が多数存在するようで。少なくない死傷者が出たそうだ。迅速な移動の為部隊を細分化したのが裏目に出てしまったようだ……」

 

 フォーリナーの大半は名古屋市街に留まっていたのだが、一部巨大生物の地中侵攻を受けたり、ガンシップのゲリラ的強襲を受けた部隊があった。

 全体で見れば僅かな犠牲ではあったが、少数で迎撃せざるを得なかった部隊が多数あり、一部がかなりの負担を強いられた。

 フォーリナーの行動原理は、未だに解明できない部分が多く、またレーダーでの発見も確実ではない為に、このような事態が今までも多数発生していた。

 

 だがこれでも、出来るだけ複数の兵科を組み合わせて極力襲撃に対応できるように対策はされていた。

 少数であろうと犠牲は犠牲だが、最小限に抑えられたはずである。

 

「軽く眺めはしたが、どれも並みの装備と言った所ですね。フォーリナー共に抗えはしても優位に立てる装備ではない……」

 目を細めてオストヴァルトは呟く。

 装備が原因で傷つく兵士がいる現状。

 彼とて何も思わぬわけが無い。

 

「貴社を始め、ここに居るS&Sマテリアルズ、カーン・ワン、D.R.O.S.アームズ、それにEDF開発部。どれも新兵器開発を急いでいるが、後退し続ける戦場に量産・配備が間に合っていない」

「……ふん。それでこの日、ここを選んだ訳ですか。いいでしょう、ここにある我が社の装備、未発表の物も含めて全て無償でEDFに提供いたしましょう」

 常森大佐の説明と、事前に受けた企画課長らの話を総合し、オストヴァルトは自分が何をすべきかを見出し、そして重大な決定をあっさりと下した。

 

「な、なんだと!? 正気なのかオストヴァルト博士!!」

「おおっと、そんなに大声出さないでいただけます? どーせ作戦が近づいたらここら辺の装備は押収してく腹だったんでしょう?」

 驚きで声を上げる常森大佐に、耳を塞ぐような仕草をしながらしかめっ面で応えた。

 

「だ、第一、研究主任とは言えたかが一社員の君にそんな権限が……」

「あるんですよこれが。オカシな事に今回の演習の事は全て私に一任されていましてねぇ……。なんに理由があって……と思っていましたが、これで腑に落ちました。ま、このまま未来ある顧客に倒れられでもしたら困りますからねぇ。えぇ、慈悲ですよ慈悲」

 余りに胡散臭い表情で話すオストヴァルトの建前に、常森大佐は笑いを堪えながら真意を問いただす。

 

「……まあ、それも嘘ではないだろうがな? ホントのところは?」

 

「ふふふ……はは、ふははははははは!! 私の考案した素晴らしい兵器たちが演習なんて決まりきったもので測れるとは思えん!! つまり実戦こそすべて!! 実戦こそが最高のフィードバックを我々に提供し、更なる躍進へと導くのだぁ!! ご安心を! どれも我が社の最新技術を駆使して開発した優れもの! 使用者が戦死して兵器も戻ってこないのでは言語道断ですからねぇ!! 一人でも生き残れる強力な装備を提供いたしますよぉ!! 数こそ揃いませんが局地戦には十分だ! はは、ふはははは! 見て居ろフォーリナー共め! 我らが兵器達が貴様らをこの地より一掃してくれる!!」

 

 早口で、身振り手振りを加えて大声を上げるオストヴァルト博士に対し、今度は常森大佐が耳を塞いで苦笑い。

 そんなハイテンションをすぐに切り上げて、オストヴァルトは身なりを整えるしぐさをし、

 

「……さて。私は他社の責任者共と話を付けてくるとしましょう。尤も、既に各本社から指示が下りているでしょうけどねぇ。時間もあまりないようですし、手短にするとしますか」

 

 そうやって有能な研究者風の顔をして、この場を去っていった。

 

「いや、有能な研究者なのは違いないんだが、やれやれ、彼の相手は疲れてしまうな」

 

 常森大佐は、やはり何とも言えぬ苦笑いのまま、こちらに来たEDF部隊との調整を始めに行った。

 

 

 

 

*1
ヘンドリック・オストヴァルト。55歳。ガプス・ダイナミクスの戦車E-651タイタンの開発主任。他にも様々な主力製品を開発している有能な博士。中年白髪で、片眼鏡を掛けている。理性的に振舞うことも出来るが、テンションが上がると狂気的に振舞う。テンションの落差が激しい。



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第三十七話 作戦に向けて

作戦直前回、という訳で戦闘はナシです。
しかし題名もっと何とかならんのか……。


――2023年 3月24日(戦闘終了から二日) 第402火力演習場 仮設武器庫――

 

 

 私の聞いた話によると、どうも開発部や軍需企業の各社から最新の武器が提供される手筈になっているらしい。

 とは言え、本当に役に立つかは怪しいもので、我々EDF兵士達はこうして仮設武器庫で装備の見直しに大忙しだった。

 その倉庫の扉をくぐってやって来た人物に、私と水原、馬場が反応して駆け寄った。

 

「大林中尉! 二人の、鷲田少尉と桜さんの容体は!?」

 真っ先に飛びついたのは水原だ。

 格納庫に入って来た大林中尉は、難しい顔をして答える。

 

「命に別状はないが、どちらも芳しくないな……。鷲田は出血多量と多数の切創、それに治癒剤の過剰投与で暫く戦場には出れん。……まあよくぞこんな状態で戦ってたと衛生兵に呆れられる始末だ。桜は全身に多数の骨折……特に右腕は暫く使い物にならん程のだ。衝撃で負った内臓の傷も酷い」

 

「そっすか……」

「まあ、なんとか助かったって事だろ? ならそんなに落ち込むなよ水原。何もお前が悪いわけじゃねぇしよ。復帰自体は、可能なんですかい?」

 

 落ち込む水原を、馬場が肩を叩いて慰める。

 人を慰めるには強すぎる力で叩かれた水原だが、突っ込む気力もないらしい。

 まあ、元々ネガティブのきらいがあった水原だ。

 新垣の事はもちろん、あの直後の鷲田少尉とのやり取りもあって、どうにも落ち込んでるように見える。

 

 本来は中隊単位で葬儀を行う規定だが、あいにくそんな時間も場所も無いし、一方で戦死者は増える一方なので、各小隊長の判断で、簡易的な部隊葬を行うにとどめて居る。

 だが葬儀を終えた後も、やはり水原は吹っ切れていないようだった。

 

「そうだな、復帰自体は可能だ。だいぶ先の話にはなるが……とは言え今の技術だ。一か月もあればよくなるだろう」

 確かに、昨今の医療技術の進歩は著しい。

 

 最近知ったのだが、巨大生物の体液と、ダロガやレイドシップなどの機械兵器から漏れるオイルのような液体を分析した結果一部が同じ物質で出来ている事が判明した。

 発見した米独の合同軍需企業”ガプス・ダイナミクス社”はこれをエナジー・ジェムと名付け、医療技術と兵器技術に利用しているという。

 医療技術が急速に進歩しつつあるのも、このエナジージェムの影響があるそうだ。

 

「それと、朗報だ。明日、鈴城、浦田、葛木の三人が退院する。これで我が小隊は九人……定数割れとは言え、なんとか戦力として数えられる範囲にはなりそうだ」

 大林中尉の情報を元に、戦力を数える。

 

 2-1メンバーは、復帰予定の鈴城軍曹、浦田と、私、水原の四名。

 戦死した……新垣と、今回負傷した鷲田少尉と桜、それに未だ入院中の二ノ宮軍曹が離脱している。

 

 2-2メンバーは復帰予定の葛木と、荒瀬軍曹、馬場、千島、細海の五名。

 青木は入院中の為戦線離脱だ。

 

「鉄砲玉の鈴城と、フォローの浦田、爆撃魔の葛木か……戦力的にはだいぶ助かるって感じだなぁ」

「それはいいのだが……その二つ名は何処から出てきた?」

 馬場の妙なネーミングに引っかかる。

 

「ああ? いや、何となく今出てきただけだぜ? 大将はそうだなぁ……やっぱ回避の仙崎って感じか?」

「ふ、じゃあお前は、怪力の馬場でどうだ?」

「怪力かぁ……。あんま役に立ちそうにねぇな!」

 くだらない事で笑い合う。

 水原、お前もいつまでも落ち込まず、こうして日常を取り戻していいんだからな?

 

 

――同日夜 仮設兵舎――

 

 

 私の手は血に塗れている。

 

 自らの不幸に嫌気がさして叩いたEDFの扉。

 海外派兵に向かうために――死に向かうために、自分を殺すが如く訓練に勤しんだ結果、数々の徽章と共に特殊部隊として私は中東に飛んだ。

 

 しかし、そこですら私は私を殺すことは出来ず、周囲に徒に死を振りまく存在となった。

 死神――かつて私が居た部隊はそう呼ばれていたが、本当の死神は私一人だ。

 うずたかく積もった屍を見て、私は一体何のために生きているのだと思う。

 

 死にたいのか?

 違う。死にたくはない。

 ただ死にたいだけならば、自殺してしまえばいい。

 しかし私には、死ぬのが怖くてそんなことは出来なかった。

 

 だから、殺して欲しかったのだ。

 私がどれだけ恐怖しても、避けようのない絶対的な死が欲しかったのだ。

 だが、そんなものを戦場に求めたのが間違いだった。

 

 そんな思いも正されて、自分の為に生きて良いのだと気づかされて数年。

 再び私は戦場に居る。

 

 戦場で、新垣を殺してしまった。

 

 私の不幸が、新垣を殺したのだ!

 そして貴様は、仙崎誠はもっともっと多くを殺す!

 仙崎誠と言う人間が存在するだけで、貴様の不幸に回りが巻き込まれ、死んでいく!

 そして当の本人はその危機をあっさり躱し、自分だけのうのうと生き続ける!

 貴様のような死神が生き残ってどうする? もっと多くの不幸を周囲にばら撒くだけだ!

 

 この悪魔め! 死神め!

 貴様なぞ、いい加減死んでしまえ!

 死ぬのが怖いなどと甘えた事を抜かすな!

 

 今、この手にある拳銃を口に咥えろ……!

 あとは、引き金を――

 

 

「――はッ!!」

 

 

 跳ね起きた。

 全身が汗でびっしょりと濡れている。

 息が荒い……整える。

 

「夢、か……。いや、悪夢だな」

 

 小声でつぶやく。

 内容は……覚えている。

 細部は不明だが、大まかな所は。

 

 そして、最後の拳銃の感触だけが妙に生々しく残っている。

 

「ふん、馬鹿らしい……」

 

 敢えて口に出して言うが、動揺を隠しきれていない。

 どうも、病んでいた頃の性格に引っ張られているようだ。

 これは、いかんな……。

 

 こんな気分では、到底寝付けはしないだろう。

 寝付けたとしても、また魘されでもしたらたまったものではない。

 

「少し、気分を変えてみるか……」 

 

 夜半の無断行動は褒められた行為ではないが、まあ明日に差し支えない程度なら構わんだろう。

 見つかってもまあ、大林中尉の鉄拳が飛んでくるぐらいで済むだろう。

 いや、私の場合は躱してしまうから、一体どうするのだろう?

 

 そんな益体も無い事を考えながら、軽く敷地内をランニングする。

 しかし演習場だけあって広大な土地だ。

 約一個師団の戦力が丸々引っ越したにもかかわらず、まだ土地が余っている。

 その寝静まった兵器達を、月明かりだけが照らしていた。

 いや、全てが寝静まっているわけではない。

 見張りの兵たちに軽く挨拶すると、ほどほどにしろよ、とクギを刺された。

 夜半に出歩くのもそれを見過ごすのも規則違反だが、そこは融通を利かせてくれている。

 

 そうして、体を動かすと、思考もクリアになっていく。

 心と体は密接に繋がっているというからな。

 悪い事ばかり考えてしまう時は、体を動かしてみるのも良いものだ。

 

 そう思って仮設兵舎に戻ろうとした所、資材に腰掛ける水原を発見した。

 

「水原。こんな時間に出会うとは、珍しい事もあるものだな」

「どーもっす。考え事してたら寝れなくなって。仙崎さんもっすか?」

「私は……まあ似たようなものだな。隣、いいか?」

「ええ、まあ」

 歯切れの悪い返事を承諾と受け取って、私も資材に腰掛ける。

 

「その……ショックなのは分かるが、余り思いつめるものではないぞ。人とは、いつかは死ぬものだ」

 さて、隣に座ったがいいが、明らかに浮かない顔をしている水原にどう声を掛けて良いか、いざとなると思ったよりありきたりな言葉しか出てこんものだ。

 

「あー……、それなんすけど、新垣の事はもう、流石に受け止めたんで大丈夫っす。心配かけてすみませんっす。それとはちょっと別の問題があって……」

 ん? なんだ?

 ちょっと思ったこととは違う話になって来たな。

 

「あ、そうだ。色々あって聞きそびれちゃったんすけど、新垣の最期、ちゃんと聞こうと思ってたんすよ」

 そう言えばそうだ。

 事務的な状況は情報として共有したが、それだけだ。

 その具体的な最期を、私はまだ話していなかった。

 

「ああ、君にはちゃんと伝えておこう。各々の状況は聞いての通りだ。私のショットガンが暴発したのは話したな?」

「はい。仙崎さんの運が悪すぎて銃が暴発しがちなのはみんな知ってますし、それを防ぐためにいつも完璧に銃の手入れをしてるのも分かってるっすよ」

 む、そうなのか。

 面と向かって訳を話したことは無いが、水原ですらそこまで知っているとは。

 いや、大方桜辺りから聞かされたのだろうか、それにしても意外と知られているものだ。

 

「まあ、それはいい。その直後だが、新垣に隙が出来て、リロードもままならぬまま巨大生物の突進を喰らった。だが、喰らう直前に、新垣は抱えていた桜を庇ったのだ」

「桜さんを……」

「咄嗟の判断だったのだろう。だがもしそのまま二人とも突進を喰らっていたら、桜すら犠牲になっていたかもしれん。あの距離でよく判断したと、そう思うよ」

 

 私なら、出来ただろうか?

 攻撃を躱すのは得意だし、頭の回転も速い自信はある。

 だが、他人を庇い、自ら攻撃を喰らいに行く事が、私には咄嗟に出来る自信はない。

 

「そうして新垣は突き飛ばされ、巨大生物が追い打ちに迫った。新垣の奴、この程度効かん的な事言ってかっこつけたはいいものの、マガジンを取り落としてな」

「はは……、あいつ、結構不器用な方だったっすもんねぇ。にしてもそんな肝心な時に凡ミスするなんて、ツイてねぇっすよね」

 力なく笑って、どこか遠くを見る水原。

 

「まったくだ。まったくツイてなかった。人間誰だってミスをする。それが何もあんな時でなくたっていいではないか。そう思うよ」

 だが、そのいかにも悪意しかないようなのが”運”という奴なのだ。

 それを私は痛い程知っている。

 

「だが、新垣は最期まで抗ったよ。巨大生物に喰われながら、腰の9mm(対巨大生物用拳銃)で必死に攻撃していた。α型亜種の硬い甲殻は破れなかったが……」

「……そっか。ちゃんとEDFとして抵抗してたんすね。……最期、一矢報いてるといいっすねぇ」

 

 少しだけ涙声になりながら、水原は天を仰いだ。

 ……恐らく、無理だ。

 現在の対巨大生物用拳銃では、接射してもα型亜種は倒せない。

 

「……そうだな」

 

 だが、どうせ結果はもう分からないのだ。

 なら、勝手に一矢報いた事と思っても罰は当たるまい。

 

 それからしばらくの間無言が続き、

 

「仙崎さん、ありがとうっす。色々整理できたっす。で、あの……この際ちょっと相談なんすけど……いいっすか?」

「ん? 別に構わんが、どうした?」

 水原は今までの雰囲気をちょっと変え、なんか恥ずかしがりながら聞いてきた。

 

「いやあのっすね。新垣、あいつ姉いたのって知ってます?」

「し、知らん。初耳だ」

 思えば、新垣とは余りプライベートは話をしたことは無かったな。

 

「っすよねぇ~。俺、いつだったかな……先月半ばくらいに負傷して軍病院で配給を受け取った時、たまたま新垣って苗字の人見つけて、思わず声かけたんすよ」

「そしたら、その方が偶然にも新垣の実姉だったと?」

 

「そんな感じっす。最初はホント何となく声かけただけだったんすけど、何度か話すうちに、その……」

「好きになってしまったと?」

 

「……そ、そんな感じっす」

 適当に話を聞いていたら全部当たっていた。

 なるほど……なるほどぉ~、恋の話かぁー。

 まさか水原からこんな話が来るとは、しかも私に!

 

「ぬぁははは! よい事ではないか!」

「……そう、なんすかね」

 他人の恋の話程盛り上がることは無い。

 そう思ったが、どうも水原の様子は暗い。

 

「新垣が死んだことは。多分、もうその人も知ってるっす。でも、当事者として、ちゃんと最期を伝えてあげるべきなのかなって思うんす。まだ、出会ったばかりの奴に家族の死を伝えられるってどうかと思うんすけど……」

 水原は水原で、考えて悩んでいたらしい。

 

「そうか。それで、新垣の死の詳細を……」

「もちろん、自分の為でもあるんすけど。……家族の死が良く分からないのって、辛いのかなって思って」

 

「それだけ相手の事を思えるなら、その気持ちはきっと伝わるさ」

「でも、会ってしまったら、やっぱり好きだって気持ちもあるんす。親友が死んだってのに、その姉にこんな気持ちを抱いたままなんて、その為に会いたいと思うなんて、あいつを、新垣の死をダシにしてるみたいで俺、自分を許せないんす……! 俺、どうしたらいいんっすかね!?」

 自分への行き場のない怒りなのか、語尾を強める。

 そうやって自分を責める水原に、私は一言送ろう。

 

「迷うことは無い! 会うのだ!!」

「!!」

 水原がはっと顔を上げる。

 

「恋愛に後ろめたい感情など感じる必要は無い! 知ってると思うが私なんてジェノサイドキャノンで東京が廃墟になった直後に告白してしまったのだぞ!? それに比べればどうという事ありはしない! それに、好きの気持ちを我慢して後悔するのは、きっと凄く辛い事だ。物騒な事を言うが、こんな時代だ、いつ死ぬか分からんし、後悔を残すことはなるべくするべきではないだろう」

 思ったことを言ったつもりだが、どうだろう。

 少しベタ過ぎたか? いやアドバイスに奇をてらってどうする。

 これでいい筈だ。

 

「そう……っすね。そうっすよね! よし! 仙崎さんのお墨付き貰ってスッキリしたっす! よし! 明日告りに行くっす!」

「そうか。方向性が決まったようで何より――ってええええ!? 告白まで言ってしまうのか!? 急過ぎんか!?」

 アドバイスが上手く決まり過ぎたか!?

 

「いや、もう決めたっす。今決めたっす。いつ死ぬか分かんないんで後悔残さないで生きるっす!」

「私の言葉をそのまま使うでない! 大丈夫なのか!? 新垣の死伝えた後にそれはちょっとやばいと思うぞ私!」

 

「大丈夫っす! 気合で乗り切るっす! そうと決まれば善は急げっすね! 今日はもう寝て明日に備えるっす! 仙崎さん、ホントあざーっした!」

 

 立ち上がって、まるで風に用に去っていった。

 ……本当に大丈夫だろうか。

 

「……明日が心配だ……」

 

 私も後を追うようにして、床に就いた。

 

 翌日、なんと水原の外出は却下され、四日後29日に大阪の軍病院配給所へ向かう事となった。

 その理由は、来たる3月30日に決行される京都防衛戦に向けての全体作戦ブリーフィングで知らされた。

 

 知っての通り次の戦い、我々は開発部や国内海外問わず日本に援助を申し出た様々な軍需企業からの試作型・先行量産型や現行最新型など今まで手にしたことのない新装備を手に取る。

 

 その性能や癖を知っておくために、四日間、使用する可能性がある銃器の試射、カタログスペックの暗記、開発部員や軍需企業社員からの説明を繰り返し繰り返し受け続け、更に京都市街地に分散して配置された補給コンテナの位置と内容の暗記や、当然の事ながら作戦内容や地形の把握、他部隊の配置と連携を行っていた。

 

 作戦前夜となる29日、我々は自由行動を許可され、水原は大阪軍病院へと向かった。

 そして翌日、決行日当日。

 作戦前最終ブリーフィングが始まる。 

 

 

――2023年 3月30日 第402火力演習場 仮設歩兵火器格納庫――

 

 

 格納庫入り口近くで、我々第88レンジャー中隊は完全装備で整列していた。

 

「中隊、傾注ッ!!」

 

 副中隊長、國井中尉の厳つい声が響き渡る。

 それに答え、皆が揃って敬礼を行う。

 

 彫りが深く、顔が黒く、声と同様に厳つい顔で、更に見た目通りの厳つい性格をしている何のギャップも感じない人間だ。

 我が第88レンジャー中隊はちょっと変人が多いと有名なので、ここまで見た目ストレートなザ・軍人みたいな人物は逆に珍しい。

 

「やあみんな。楽にしていいよ。今日も気楽に行こう」

 

 もう中隊長からしてこの変人ぶりである。

 とは言え、これから日本戦線の戦局を決める一大作戦の最終ブリーフィングだ。

 緊張は高まっていく。

 

「まあまずはみんなお疲れ様。ここ数日は新装備の関係で色々大変だっただろう。昨日はゆっくり休めかい? 疲れをとるのも一人前の軍人の要素だよ。さて、じゃあ本題に入ろうか」

 結城大尉の柔らかい声での労いもほどほどにして、内容は本題に移っていく。

 その際少し、ほんの少しだが結城大尉の声に硬さが混じる。

 ホワイトボードに簡単な概要を書き込む。

 

「本日0700現在、最新の偵察情報によると、敵軍が近江盆地*1に突入した。巨大生物混成7万、ダロガ3千、レイドシップ130隻、ガンシップ4000機の大部隊だ。これに対し我々は、京都を中心とした関西中枢防衛線を張り巡らせ、迎撃し、確実に敵を”撃滅”する。じゃあ復習だ。仙崎君、本作戦の目標は?」

 

 私は名指しされて完璧な敬礼をする。

 

「はっ! 本作戦の目標は、大きく三つです! 第一に、敵軍から大阪市街及びEDF極東第一工廠を含む工業地域を防衛する事。第二に、敵軍の撃滅を達成し、日本侵攻に終止符を打ち、本土奪還への足掛かりとすること。第三に派手な戦闘を行い、四足歩行要塞を岐阜県山間部から平野部に引きずりだし、その取り巻きの戦力を一掃する事であります!」

 

 ここ数日、ひたすら頭に叩きこんだ内容を私は流暢に話す。

 完璧だ。

 

「うん、正解正解。まあ簡単に言うと向かってくる敵全部倒すって事だね。簡単で分かりやすい目的だ」

 

 くっ、確かにその通りなのだが……それでは色々と語弊が……。

 いや待て、真の天才は難解な単語を使わず、誰にでもわかりやすい説明を行うという。

 この簡潔さこそ皆が求め、そして結城大尉が私に求めた応えだったのでは!?

 迂闊!!

 

「そして最も大事な僕達第88レンジャー中隊の役割は? 千島君」

 

 千島も名指しされて声を上げる。

 しかし、これではまるで学生の授業風景のようだな。

 そう考えると結城大尉も、どことなく温和な教師のような雰囲気に見えてくる。

 それでいて非常時も頼れる貫録を見せつけるので、いやはや大したものだ。

 

「はいっ! 88中隊の行動方針は、京都市街地に侵入する敵集団の迎撃、及び乱戦状態になってからの小隊単位による各個撃破です!」

 

「うん。よろしい。本当はこっちの戦力を分散されたらマズイってのがセオリーなんだけど、巨大生物の浸透力を防ぐ方法が無いからね。だったらこっちから分かれてしまおうって話だ」

 

 本来、戦力と言うのは固まっているほど強固な力を発揮する。

 が、巨大生物の浸透力――部隊の隙間を掻い潜って内部に侵入する力が異常なまでに強く、強力な団結力を誇る部隊であっても瓦解してしまう。

 ならばそうなる前に分散し、逆に巨大生物を部隊内部から包囲し各個撃破してしまおうという作戦だ。

 

 部隊間全体の連携よりも個々の戦闘力に依存するあまりに近代的でない作戦だが、我々の装備も多数の巨大生物と渡り合える程向上している。

 どのような結果を迎えるのか、それは終わってみないと分からないが、少なくとも作戦に参加する兵士は、絶対にここで殲滅すると固く誓っている筈だ。

 

 と私が考えているうちに、作戦の細かな修正の説明が始まり、そして最終ブリーフィングが終わる。

 

「よし、最後に僕から一言。こっちの装備も充実してるけど、敵の数も多い。多分今までで一番苦しい戦いになると思うけど、ここが踏ん張りどころだよ。作戦成功は当然だけど、それ以上に絶対に、生きて帰る事。いいね!?」

「「サー! イエッサー!!」」

 

「いい返事だ。それじゃあ第88レンジャー中隊、出撃!!」

 

 一斉に駆け出し、小隊ごとに分かれてM2グレイプ装甲車に乗り込む。

 向かう先は激戦となる日本の象徴、京都市街地だ。

 

 間も無く京都防衛戦――アイアンウォール作戦が始まる!

 

 

*1
琵琶湖南部にあり、滋賀県の中心部を大きく占める盆地




琵琶湖南部の滋賀県のちょっとした平野っぽいトコの地名が分からなくて苦戦した……。
名前特になさそうなので作りました。知ってたら教えてください。
↑解決しました!

そして次回はようやくアイアンウォール作戦!
出典はEDF5のミッションからです。
EDF:IAとの世界観も徐々に絡めていこうと画策してますが、タイタンがガプス・ダイナミクス社製になっていたり同社がドイツの兵器会社になっていたり色々ハチャメチャな組み込み方すると思います。スミマセン。


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第三十八話 オペレーション・アイアンウォール(Ⅰ)

お待たせしました!
なんと二か月以上の間が空いてしまいましたが、なんとか更新……。
海軍の事とか調べるの時間かかってしまったんですが、細かいトコはもうテキトーです(おい
細かいトコ……いや、けっこうデカいとこもテキトーかもしんない……。
いやもう気にしない、気にしたらキリがない!
兎に角海軍も頑張ってんだよ!と、そういうのが伝わりゃ良いんです!
でも誤字だけは教えてね!



――2023年 3月30日 12:00 琵琶湖 EDF太平洋連合艦隊 第一艦隊第二戦隊”戦艦ポセイドン級一番艦(ネームシップ)ポセイドン”――

 

 670平方kmの広大な琵琶湖の水面に、高く上った太陽が反射する。

 時刻は真昼、天気は快晴。

 風も無く、4月中旬並みの暖かな空気を台無しにして佇むのは、巨大な黒鉄の船。

 太平洋艦隊旗艦、弩級戦艦リヴァイアサンと、その他多くの戦艦、軍艦類。

 戦艦ポセイドン級、重巡洋艦トリトン級、航空母艦ネレイデス級、巡洋艦テティス級、潜水艦ネプチューン級などが浮かんでいる。

 

《太平洋艦隊旗艦、リヴァイアサンより! 全作戦任務部隊に告げる! こちらは本作戦総指揮を務める榊中将である! 現時刻を以て、京都防衛作戦”アイアンウォール”を開始する!! 作戦第一段階! 第一艦隊、砲撃開始せよ!!》

『こちらスカウト4! 巨大生物先頭集団A群、B群共に攻撃開始地点を通過!』

 地上で無人機を飛ばし、偵察任務を行っていたスカウトチームから、戦艦ポセイドンの艦橋に広域無線が入る。

 

 余談だが、榊は3月20日付けで、少将から中将に昇進している。

 本来はEDF総司令部へ赴き厳正な評価と正当な手続きの上行われるが、現在EDF総司令部に赴くのが様々な理由により困難であることと、必要に差し迫った問題が発生した為通常ではありえない強権を発動し、強引に昇進した。

 

 ここまで強引な昇進を行った理由として、本来なら想定しなかった陸空海軍全てを統合的かつ絶対的に指揮する事が必要であり、それが出来る人間が榊以外に存在しない状況に成ってしまったからであり、また現存する海軍は交戦機会の少なさから未だ多くの戦力と人材を保有し、榊と同等以上キャリアを持つ将官クラスが居るものの、統合的に指揮をする能力ではない為、なし崩し的に榊が上から指揮を執るしか方法が無かった。

 

 絶対的な指揮権を得るには大将まで昇進するのが手っ取り早いが、そうなると関係が正常化した(する予定)後のEDF総司令部や各方面軍との連携に致命的な齟齬が生じる恐れがあったため、その間を取り中将まで昇進した次第である。

 

『CICよりブリッジ! 全目標捕捉! 全艦斉射準備良し!』

『全艦一斉砲撃! てぇぇーーー!!』

 旗艦リヴァイアサンで太平洋艦隊の指揮を執る大城提督*1が声を張り上げ、第一艦隊が動く。

 戦艦ポセイドン級が、重巡トリトン級、カリブディス級が、その他巡洋艦、駆逐艦級が砲撃を開始した。

 

 砲弾の飛ぶ先は近江盆地一帯を覆う巨大生物。

 砲弾が着弾し、辺り一面が凄まじい爆風に彩られる。

 巨大生物は一掃されたか――いや、そうではない。

 爆風の大半は、巨大生物を護るようにして低空飛行していたレイドシップに防がれてしまう。

 

 レイドシップは通常の砲爆撃では傷一つ付けられない。

 それどころか、レイドシップは”砲弾が当たった方向に進む”という軍事兵器にしては奇妙過ぎる習性に従って、砲撃を行った第一戦隊へ進路を変える。

 人類科学の粋を越える浮遊型転送船が、どうしてこのような単純な行動方式をとっているのかは不明だがとにかく、砲撃を受けた多くのレイドシップが第一戦隊のいる琵琶湖運河に向かう。

 

『地表への着弾率10%以下! 巨大生物A群B群、共に進路変えず第一防衛線に向け進撃中!』

 ポセイドンC.I.C(戦闘指揮所)にいる通信員が、地上の観測兵(エアレイダー)からの情報を伝える。

 

『レイドシップ、着弾確認の53隻! 進路NNWへ進路変更確認! 離岸まで300秒!』

「よぅし! 敵さんが陽動に掛かった!『ポセイドンより第二戦隊全艦! 今度は全力砲撃だ! ありったけぶち込んでやれ! てぇぇーー!!』」

 EDF主力戦艦ポセイドン級一番艦”ポセイドン”艦長の河辺少将*2が命令を下す。

 

 ポセイドンを筆頭に、二番艦トライデント、三番艦デメテルの440mmの巨砲が、

 他EDF重巡トリトン級の220mmが飛んでいき、それは陽動にかかったレイドシップを越えてついに地表に着弾した。

 派手な火柱が立ち上がり、巨大生物が種類を問わず吹き飛ぶ。

 

「効果は!?」

『地表への着弾率85%! 巨大生物A群B群共に直撃した模様です! 残りはレイドシップに着弾し、更なる陽動を達成しました!』

「ぃよぉし! さすがポセイドンだ! このまま近江盆地方面への面制圧を継続する!」

 思わずガッツポーズをする河辺。

 そして第二射を行った直後、事態が次の段階へ進む。

 

『艦長! レイドシップ、一斉にハッチ解放! あれは……ガンシップです! ガンシップを確認! 数は――』

「いい! どうせ数え切れん! 奇襲のイージス艦隊は!?」

『レイドシップは未だ陸地です! 離岸まで90秒!』

「ちっ! まさか見抜かれたのか……?」

『ガンシップ! こちらを認識! まっすぐ向かっています!』

「ふん、このポセイドンに勝てると思ってるのか!! 全方位、対空戦闘用意!! 戦闘レベル最大だ! 航空機による戦艦不要論を覆した、戦艦の対空防御システムが伊達では無い事を、奴らに思い知らせてやれ!!」

『『Aye,aye,sir!!』』

『エメロード、射程入ります!』

「目標はC.I.Cまたは自動捕捉に準ずる! 対空戦闘、攻撃始め!!」

『アイ・サー! エメロード、発射!!』

 ポセイドンに搭載された16基の発射管から中距離汎用ミサイル・エメロードが飛び立つ。

 そのまま白い尾を引いて、高速でガンシップへ向かう。

 ガンシップは回避行動もとらず、次々とエメロードに叩き落されていく。

 そして、ミセイルによる対空戦闘を行っているのは当然ポセイドン一隻ではない。

 

 ポセイドン級トライデント、デルメルやその他巡洋艦、駆逐艦クラスからも小型迎撃用ミサイルが一斉に飛び立ち、ガンシップのいる方角を炎のカーテンで覆う。

 空母からはEDF製艦載機EJ-25C”シリウス”が次々発進し、空対空戦闘を行っていた。

 

 しかし、やはり敵の数が多すぎる。

 

「河辺艦長! 右舷第三区画に被弾! 火災発生!」

「自動消火装置は作動しているな!? ならば想定の範囲内だ! 戦艦がそう簡単に沈むことは無い!! それよりも(おか)への砲撃を絶やすなよ!? 空軍は――」

 

 50隻以上のレイドシップから次々とハッチをくぐり飛び立つガンシップの数は、まさに無限だ。

 数の暴力に対応するには、特に空軍の実力が足りていない。

 技術の進歩でミサイルの小型化と高威力化が進んだが、それでも一機で20発程度の搭載量では、ガンシップに対しては少なすぎる。

 そして、戦闘機自体がそもそも高価であり、数を用意できない事に、決定的な差が生まれてしまっている。

 

「――ち、やはり押し負けているな! くっ……なぜポセイドンの砲撃で、あの忌々しい銀の艦を沈める事が出来ないのか……! 悔やまれる……本当に!!」

 

 その上、レイドシップの白銀装甲は一切の物理攻撃を通さない。

 

 その威容、まさに無敵艦隊と呼ぶにふさわしく、開戦初期には多くの人類は成すすべもなく逃げるしかなかった。

 だが、そんな苦渋を舐めた時代はもう終わりを告げたのだ。

 

「河辺艦長! レイドシップが海上に出ます! TF109が動き出しました!!」

「! 来たか! ぃよぉし! さすがは大城提督の立てた作戦だ! このまま砲撃を継続しつつ、レイドシップの注意をこちらに向け続けろ! ……駆逐艦共め、ポセイドンではあり得ぬ、その足の速さを生かす時だ。気張れよ!」

 

 

――12:30 第二艦隊 敵艦直下強襲任務戦隊(タスクフォース109) アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦”アルテミシオン”――

 

 

『レイドシップ先頭集団、離岸を確認! 海上へ侵入!』

『全艦最大戦速! 戦闘始め! 以降各艦長の命令による強襲遊撃行動を開始せよ!』

 その無線と共に、突如として岩陰から現れたのは、大量のイージス艦だった。

 艦数およそ30隻。

 そのうちの一隻、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦”アルテミシオン”の支倉艦長*3は、声を張り上げて命令を下す。

 

「攻撃目標、右前方210度、ターゲットA09! 対艦戦闘用意! 対空戦闘は自動に切り替え!」

「艦長! ガンシップ群、こちらを認識! 距離を一直線に詰めてきます!」

 第一戦隊に向かっていたガンシップの一部が、分かれるようにしてイージス艦群に向かってきた。

 

「面舵一杯!! 艦首を右に向け、弾幕を厚くして対空防御を固めろ! 両舷第一戦速、A09の周囲を旋回しつつ、ハッチ解放を待つ!」

 アルテミシオンにガンシップが接近する。

 ガンシップのレーザー攻撃は非常に高出力だが、その分射程が短いと分析されている。

 対して、EDF仕様のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の武装、汎用型対空ミサイルEM-B2”エメロードB2型”で射程100kmを越える。

 射程に関しては圧倒的アドバンテージがあった。

 

 そもそも、イージス艦というのは空母などの対空攻撃に脆弱な艦を敵航空機から防衛するための艦だ。

 故に、敵航空機自体や、それが発射した対艦ミサイルを迎撃するために長大な射程の対空ミサイルと広範囲多捕捉の高性能レーダーを備えている。

 その気になれば100km先からガンシップを一方的に叩き落す事が可能なのだが、それには意味がない。

 

 なぜならば、レイドシップはその限られた艦内から無限に近い物量の戦力を吐き出すと見なされているからだ。

 そして、レイドシップを沈めるには接近して直下からの攻撃しかない。

 遠距離で優位を取っているだけでは、あっと言う間に弾薬が切れてしまう。

 その愚策は、旧来の対人類戦術を用いていた開戦初期に散々やらかした。

 

 それを考慮して開発されたエメロードB2型は、従来のミサイルより圧倒的な小型化に成功した為、アーレイ・バーク級駆逐艦に100発以上搭載可能ではあるが、それでも数千単位で存在するガンシップ相手には分が悪い。

 

 事実、レーザーの射程内に艦が入る前にミサイルは放たれ、多くを撃墜しているが、数の暴力がそれを上回る。

 数機がミサイルを掻い潜り――というよりは、ミサイルの捕捉数を上回りアルテミシオンの懐に入る。

 同時に、EDF製近接防御システム(CIWS)ヘッジホッグが起動した。

 毎分5000発の発射速度を誇る弾幕が、射程に入ると同時にガンシップを捕捉し、叩き落す。

 元々はミサイルを迎撃するために開発された兵装だ。

 直角的な機動をするとは言え、ガンシップを捕捉するのは容易だった。

 

 しかし、ここでも数の暴力がその対処能力を超える。

 

 三機、弾幕から逃れたガンシップがレーザー照射を開始する。

 僅か一秒にも満たない極短時間照射。

 しかし、その一瞬で装甲には大穴が空く――以前ならば。

 

『右舷前方、複数個所レーザー照射受けました! CIWSによる撃墜、済んでいます!』

「損害は!?」

『対レーザー蒸散塗膜加工のお陰で、損害は軽微! 戦闘続行に支障ありません!』

「よし! 上出来だ! S&Sマテリアルズの奴め……いい仕事をするじゃないか!」

『A09レイドシップ! ハッチ解放を視認!!』

「機関、最大戦速!! データリンクは!?」

『他艦との重複無し! 進路クリアです!』

「主砲及び艦尾VLS発射準備! 主砲仰角最大! 対艦戦闘開始! 一瞬でカタを付ける! 気合を入れろ!!」

 

 最大戦速、40ノット*4の高速移動で向かう先は、ハッチの空いたレイドシップの真下。

 そして、ハッチが開いたという事はそこから大量のガンシップが降下したという事。

 ガンシップは自身へ高速で突撃する艦影を脅威と感じたのか、全てがアルテミシオンに向かった。

 その数は優にイージス艦一隻の対処能力を超えている。

 つまり、損害は避けられない。

 

『支倉艦長! ガンシップが多すぎます! このままでは――』

「対空戦闘手動切り替え!! 主砲とVLS、そして機関の防御を最優先!」

『艦長! 駆逐艦”カデシュ”、”サラミス”より入電! 「貴艦の突入を援護する」だそうです!』

「ありがたい!」

 

 後方から、前方のガンシップ群に向けて大量のミサイルが向かっていく。

 その爆風を至近で受けながら、全速力でアルテミシオンはレイドシップに向かっていく。

 だがレイドシップは何を思ったのか、突然の進路変更を行った。

 

『な!? レイドシップA09! 進路変更! 方位210度……こちらに向かっています!』

「なんだと!? やってくれる!」

『このままでは右側面を通過します!』

 それではこちらの攻撃範囲に入らないまま、通り過ぎてしまう。

 時間の猶予は無いが、進路を左に向けつつ急減速をしなければならない。

 

「総員慣性に備え! 機関、両舷全速後進! 取り舵一杯! 主砲の射程内に本艦を留めろ!! 主砲、撃ち方始め!!」

「知ってたけどホントに無茶苦茶だな!! 取り舵(とーりかーじ)!!」

 操舵を担当する航海長がぼやきながら、海軍独特の発音で舵を左に切る。

 

「目標、A09の下部ハッチ内部! 撃ち方始め(うちーかたーはじめー)!!」

 砲術長が同じく号令を飛ばす。

 

 アルテミシオンは急減速し、同時に左に急旋回を開始。

 艦内は慣性で前につんのめった後、今度は艦自体が右に大きく傾く。

 その姿は、後方から見ていた駆逐艦カデシュによると、まるでドリフトしているかのようだったという。

 

 そんな中、アルテミシオンは127mm速射砲を子気味良い間隔で連射する。

 速射砲はほぼ真上に向けて砲弾を放つが、花弁状に広がったハッチが盾の役割を果たし、思うよう直撃しなかった。

 

「砲弾、直撃2、残りはハッチに!」

「ち! ここからでは駄目か! 両舷前進微速、取り舵一杯続け! レイドシップを正面に捉えられれば……!」

 微速前進しながら急旋回。

 強い慣性を感じながら艦は旋回し、やがてレイドシップを正面に捉えた。

 同時に艦に強い衝撃が走る。

 

「被害報告!!』

「速射砲基部損傷! 砲撃不可! 右舷第二区画浸水、第一区画にて火災発生! 現在自動消火装置にて消火中! 射撃指揮所中破! 速射砲を除き、戦闘に支障はありません!」

「速射砲の修理を急げ! 両舷最大戦速! レイドシップ直下を通過する!」

「艦長! レイドシップのハッチが閉じかけています!」

「クッ、間に合うか!?」

 急加速し、艦はレイドシップの真下に差し掛かる。

 

「艦尾VLS、一番から三番、斉射(サルヴォー)ッ!!」

   

 発射準備を整えていた艦尾VLSから、N5対艦巡航ミサイルが噴炎を派手に吹き出し放たれた。

 最大3500km離れた目標も捕捉可能な長距離巡航ミサイルは、僅か200mも離れていない、しかも空中の目標に向かって放たれた。

 

 ほぼ無誘導で直進した3発のN5巡航ミサイルは、レイドシップの無防備なハッチの内部に直撃し、大爆発を起こした。

 

「A09レイドシップ、撃沈を確認!」

「やったぞ!!」

 同時に艦内に歓声が上がる。

 

「これで一隻目だ! 敵艦はまだまだいる、気を抜くなよ!!」

 

 アルテミシオンは、爆発炎上を続けながら墜落するレイドシップを背後に、次なる目標を求めて戦闘を続行した。

 

 

――14:00 琵琶湖全域――

 

 

 作戦の経過は順調だった。

 アイアンウォール作戦。

 その第一段階、艦砲射撃での限定的面制圧及びレイドシップの分断と撃沈。

 そのうちEDF海軍が担っていた艦砲射撃と、その副産物であるレイドシップの分断作戦は多くの被害があれど順調に機能していた。

 

 近江盆地を直進していたレイドシップの80%以上は海上に出て、強襲部隊であったイージス艦隊と交戦を開始し、イージス艦隊は多くの被害を出しながらもレイドシップを次々と撃墜している。

 

 そうして地上の防御力が薄れたのち、EDF太平洋艦隊第一戦隊の戦艦、重巡洋艦群が面制圧砲撃を開始。

 地上に居た巨大生物群、多脚歩行戦車ダロガなどを砲撃していた。

 

 だが、今後の作戦を考え、ここで戦艦の主砲弾を全て使い切るわけにもいかず、また海上に出たレイドシップ全てを撃沈するにはリスクが多きすぎる。

 

 レイドシップの残存数に比べ、既にイージス艦群の損害は大きく、何隻もの撃沈を受けていた。

 そして、無慈悲な事に、レイドシップから発艦したガンシップは、海上に投げ出された生存者をも逃すことは無かった。

 

 対人類の戦争ではありえなかった、海上で溺れる怪我人や脱出した小型艇もろとも、無残に殲滅されていった。

 

「提督、強襲任務戦隊の損耗率、40%に達しました。もうこれ以上は……」

 艦橋で交信をしていた通信員が、沈痛な面持ちで大城提督に報告する。

 

「ふむ。……榊中将、よろしいかな?」

「十分だ。ここまで粘ってくれて感謝する、大城提督。よし、『全作戦部隊に告げる! 作戦を第二段階に進める! 第一戦隊による面制圧止め! 大型爆撃機フォボスによる絨毯爆撃、及び地雷原と砲兵による敵部隊漸減を行う!』大城提督、直ぐに強襲任務戦隊の救助に」

 榊中将は全軍に命令を下すと、大城提督に向き合う。

 

「分かりました。しかし、本当に本艦まで向かってよろしいので? いくら戦艦が頑強とは言え、戦場に居る以上何かの間違いで沈む可能性も否定できませんが」

 

 無論、大城提督も、横で指揮を執るリヴァイアサン艦長も、この戦艦の強さには自信があったが、相手はフォーリナーだ。絶対はない。

 万が一を考えると、現在日本のEDF総指揮を執っている榊中将が戦死するリスクは避けるべきだ。

 もっと言えば、旗艦とは言え戦艦に乗り込むのではなく、最後方の司令部で大人しくして然るべきだ。

 大将が死ねば、戦は負けるのだから。

 

「問題ない。この艦の対空防御は信頼しているし、何よりリヴァイアサン程の戦力を遊ばせておくことなどできん。もとより、この戦艦に乗った時点で、覚悟の上だ。臆病者に、指揮官など務まらんと言うのが私の持論でね。前線で命を張っている将兵に比べれば、これでも申し訳ないくらいだ」

 

「合理的な考えではありませんが、確かにリヴァイアサンを戦力と考えた場合悪くはない手です。ふふ、まったく、命知らずな総大将も居たものです……。いえ、だからこそ、今の日本を纏められるのでしょうね」

 半ば呆れつつ、しかし大城提督は本心から、この人の命令ならば全霊で応えられる、そう確信した。

 歳で言えば二回りも下の若造にしか見えない総大将であったが、しかし彼は今の未曾有の危機に晒された日本を背負う覚悟があると、相対してはっきり分かった。

 

「よし、第一戦隊、全艦最大戦速! 全力で強襲任務戦隊の援護に向かう!」

 

 第一戦隊の戦艦、重巡群は砲撃をやめ前進し、強襲戦隊の援護及びガンシップ群との交戦を開始した。

 同時に強襲戦隊のイージス艦群は撤退し、入れ替わるように戦艦群が殿を務める形となった。

 

 作戦第二艦隊と並行してこの撤退は続き、結果的にイージス艦、戦艦群は多くの被害を出しながらも、その総合戦力の70%を残して帰港した。

 残った21隻のレイドシップは、10隻がそのまま海上を彷徨い、11隻が陸上に戻り京都へと向かった。

*1
EDF海軍大将。公私共に遊びの無い鋼の艦隊司令官

*2
ポセイドンの砲力に惚れた熱血艦長

*3
生真面目だが奇抜な戦術を使う異才の艦長

*4
元となったアメリカ海軍のアーレイバーク級の速力が30ノットである事を考えると魔改造と言っていい程の改修が施されている。今回の作戦でEDFアーレイバーク級が強襲作戦に選ばれたのはこの速力を以てしての一撃離脱戦法が期待されたからである。




人物紹介

大城正(おおしろただし)
 69歳。EDF極東方面太平洋連合艦隊司令長官。
 階級は海軍大将。
 元海上自衛隊の重鎮で、これからは国を護る戦いではなく星を護る戦いになると考え、EDF海軍に出向した。
 人望は厚く、当時EDFを軍拡の為だけの組織と見ていた多くの海上自衛隊員たちが、彼に賛同してEDFへ出向したという。(余談だが、このような人材の引き抜きが相次いだ為、各国軍からEDFは相当に煙たがられていた)
 一方で海軍のこと以外に目を向ける事は無く、生涯独身を貫き、これと言った趣味もない。まさに「海に行き、海に死ぬ」そんな考えを体現した生粋の軍人。


河辺奏一(かわべそういち)
 55歳。階級は海軍少将。
 EDF主力戦艦ポセイドン級一番艦”ポセイドン”艦長を務める。
 子供のころから戦艦が大好きで、元々自衛隊の護衛艦乗りだったが、EDF戦艦ポセイドンの砲力に惚れ、EDF海軍の門を叩いた。
 以後は転々としながらついにポセイドンの艦長に任命され、年甲斐もなくはしゃぐなどポセイドン大好き人間。
 実家の犬にまでポセイドンと名付けて妻に呆れられる始末。
 荒っぽい口調だが命令は的確で、演習では常に最高点を叩き出す天才肌。
 ただしいかにポセイドンの強みを生かした立ち回りをするか重点的に考えている。
 そんな行動も「まああの人ならしゃーない」という雰囲気でポセイドン乗員も納得している。


支倉茂之(はせくらしげゆき)
 37歳。階級は少将。
 駆逐艦”アルテミシオン”の艦長を務めている。
 艦長としては若い方だが、真面目な性格に反した柔軟な戦術眼を持っていて、対フォーリナー戦に於いてその力を発揮している。
 海上自衛隊からの出身ではなく、生粋のEDF海軍軍人。
 若輩の時からの叩き上げでのし上がってきた努力家で、EDF上層部を”堅物”呼ばわりする等発言には過激な所があり、そのたびに部下や側近はひやひやする思いをしている。
 そんな彼だが榊中将のある意味司令官としては破天荒な行いを知って、かなり好感を持っている。
 命令は前述の通り斬新だが、その命令は無茶ぶりが多く、部下は振り回されがちで、お陰で艦隊一の操舵術と砲術と噂される程技術が向上した。


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第三十九話 オペレーション・アイアンウォール(Ⅱ)

――――2023年 3月30日 14:10 滋賀県近江盆地上空 第405戦略爆撃飛行隊"スティックニー"

―― 

 

 

 16機のフォボスで編成された戦略爆撃飛行隊。

 間も無く爆撃開始地点だが、パイロットは気が気ではなかった。

 今回の相手は巨大生物だけではない。

 無論ガンシップは天敵だ。

 だがそれはEDF海軍の活躍によって大半が叩き落されていると聞くし、ガンシップの習性は近い目標から襲ってくると聞く。

 上空1800mを飛ぶ自分たちのところまで来るとは考えにくい。

 まあフォーリナーの行動は良く分からん上に例外だらけなので安心は出来ないが、まあレーダーに映っていないので大丈夫だろう。

 奴らはレーダーで捉えにくいので、はっきり捉えた距離まで近づいた時点で死亡確定だが、まあそれはいい。

 

 問題は地上を闊歩する四脚歩行戦車ダロガだ。

 奴には高出力の対空レーザーがあると聞く。

 比較的低空を飛んでいた対地攻撃機ホエールの話によると、地上用望遠カメラで見えた映像では、ダロガ上面が光ったと思った次の瞬間には、翼の片方がふっ飛んでいたという。

 

 そんな高出力高精度の対空レーザーに対し、こんな鈍重な大型爆撃機では格好の標的にされるだけだ。

 上級司令部の話で、対処装備を積んできてはいるが、本当にこんなもので俺の命は助かるのか?

 そんな嫌な考えしか頭を過らない。

 

 突如、機内にけたたましい警報が鳴り響く。

 

「レーザー照射!? クッ、頼むぜ!! コスト以上は役立ってくれよ!?」

 

 スティックニー4に乗るフォボスパイロット、宮倉中尉*1は、祈るように呟いた。

 

 今回の作戦でフォボス及び全ての機体に標準となった装備の一つ、それがレーザーの初期照射に反応して警報を流す装備だ。

 どうやらダロガは、最大出力の前に微弱な照準用のレーザーを照射しているらしいと欧州の研究所が突き止めたのだ。

 

 フォボス編隊は、機体を持てる限りの速度と角度で急旋回する。

 強烈なGがかかり、同時にフォボスから何かが排出された。

 物体は瞬時に膨らみ、フォボスと同程度の大きさに形を変える。

 

 それは、見るからに簡素なつくりのダミーバルーンだった。

 一応推進装置が取り付けられていて、その調整された出力は、短時間だがフォボスの巡航速度と同じ推力になっている。

 

 つまり、傍から見ればフォボスが分身し、一方は直進、もう一方は、まるで墜落したかのように見えるのだ。

 

「ぐうぅぅ……ッ!!」

 

 強烈なGと急旋回急下降による姿勢制御ミスでの墜落、そして何より未だ鳴り止まない初期照射警報の電子音に対する恐怖で、宮倉の臓腑が締め付けられる。

 しかし警報は鳴り止まない。

 

「(初期照射が外れないじゃないか!! このままだと本照射が――!! くそぅ、話が違うじゃないかクソ本部め!!)」

 EDF空軍本部が説明した欧州戦線の話では「このバルーンによる囮で、”一定数”の戦果を出しているらしいから使える戦術だ」という話だった。

 宮倉は本部を罵りながら、やけくそな思いでもう一個のバルーンを機体から排出した。

 

 同時に操縦桿を力の限り握り締め急上昇。

 

『ボス!! 照射警報が鳴り止まない!! 鳴り止まないんです!! 助け――』

 余りの急制動に一瞬意識が持っていかれそうになる寸前、無線で声がして、唐突に途切れた。

 ああ、この声はスティックニー8だ、半年前異動してきたヤツだが、不思議と気が合って良く飲みに行ったっけ。

 ギャンブル狂いだが陽気で面白い奴だった――そんな事を一瞬で考えていたら、目の前が真っ白になった。

 

 一瞬だけ意識を失った。

 

「はっ!?」

 

 気が付いたら、もう照射警報は鳴り止んでいた。

 

「た、助かった……のか?」

 

『スティックニーリーダーより各機! スティックニー8が墜落した! 他は無事か!?』

 リーダーの声がして、一瞬で意識を覚醒させる。

 

「スティックニー6! 問題ありません!」

『他は全機無事だな!? よし、ぼさっとしてる暇はない! すぐに爆撃を開始する!』

『スティックニー3了解! 今なら地上にゃ敵しかいねぇ! やりたい放題だぜ!! ……08の、仇を討つぞ!!』

 

 爆撃飛行隊スティックニーが横一列に並んで、絨毯爆撃を開始する。

 一機当たり3tの投下型無誘導爆弾が16機。

 総炸薬量48tもの爆薬が雨のように上空から降り注ぎ、地上は火炎の地獄と化す。

 甲殻の薄いβ型やα型は当然の如く粉微塵に爆散し、戦車並みの甲殻を持つα型亜種や、戦艦クラスの装甲と言われる程のダロガすら、タダでは済まない。

 戦艦から始まった一連の苛烈な砲爆撃に、地形すら変わっていくが、数の暴力はそれを上回る。

 

 そうして突き進むフォーリナー群を待ちに待っていたのは、工兵隊だった。

 

――14:35 EDF第七軍団付工兵隊第一中隊”メルド1”――

 

『スカウト6よりメルド1! 敵集団の大半がキルゾーンに入った!』

『メルド1よりスカウト6、報告感謝する。1分後にキルゾーンを稼働する。即座に離脱されたし』

『スカウト6了解! 直ちに離脱する! 奴らをふっ飛ばしてくれ! 頼んだぞ!』

『メルド1了解。任せておけ。――よし、時間だ』

 メルド1指揮官の言葉と共に部下が動き出す。

 

「C30地雷原、ゾーン1オンライン!」

「よし! 奴らをタダで通らせるな! C30地雷、起爆!!」

 

 工兵隊の指揮官が命令を下す。

 無線によって送信された信号は、近江盆地に敷設されたC30地雷が受信し、一斉に起爆した。

 

 艦砲射撃と航空爆撃を乗り越えた巨大生物群は、直下の爆発にひとたまりも無く砕け散った。

 対巨大生物戦において地雷原が、防戦時の有効な漸減手段になる事は海外の戦線によって証明済みだが、特に対人類戦争で主流だった接触型地雷ではなく遠隔起爆型にしているのは理由がある。

 

 対巨大生物戦に於いては、何よりその物量が脅威となる。

 その為、踏んだ瞬間から爆発しては巨大生物群の先頭集団の一部で地雷の大半が起爆してしまう事が問題となっていた。

 そこで、機構の複雑さからコストと整備性は若干損なわれるが、無線式の遠隔起爆型にすることによって、今回のように敵を地雷原の中心に引き付けてから、一気に漸減する事が可能となった。

 

『こちらスカウト6! 地雷原、起爆を確認! 相当数の巨大生物を撃破したものと思われますが……!』

 

 軍用オートバイからスカウト6が双眼鏡で様子を見る。

 爆発の余韻である濃い黒煙が立ち込める。

 その中で巨大生物の死骸が炎上しているのを確認できる。

 しかし、その横を猛然と別の巨大生物が通り過ぎる。

 α型亜種――赤色の蟻型巨大生物だ。

 直下からの爆発は流石に無傷では済まなかった個体が多く居るが、大半が生き残っていた。

 更に10mもの跳躍を以て行軍するβ型――蜘蛛型巨大生物もその多くが生き残っていた。

 

 その上、後方に居た速度の遅いダロガはそもそもキルゾーンに入っておらず、当然ながら空中を移動するガンシップやレイドシップには無力だ。

 (ダロガに関しては、接地面積の小ささや本体の位置が地上から離れている事から元々地雷の効果は薄く、地を這うように車高を低く低くと進化してきた人類の戦車の真逆の方向性に、奇しくも思わぬ利点があることに気付かされる事となった)

 

「メルド1よりスカウト6。予想通りだ。ここでは奴らの最大数を誇るα型を漸減できればいい。ゾーン2、3も順次起爆する」

 

 地雷敷設と言っても、そう簡単な事ではない。

 時間も資金もそれなりに掛かるものなので、第一に比べ、第二、第三の地雷原は幾分小規模なものになっていた。

 それでも、複数個所に分散した地雷原によって効率的に数を減らしていく。

 

 

――14:45 第16陸戦歩兵大隊 第4エアレイダー小隊――

 

 

「全ての地雷原が起爆したか……それでもこんなに残ってるとはな。奴らの物量にはたまげるぜ」

 

 高台から、フォーリナー群を見下ろす第4エアレイダー小隊長、門倉洋介大尉はしかめっ面で手元のコンソールを操作して砲撃部隊に無線を送る。

 

『エアレイダー”アルデバラン”より砲撃任務群”スレッジハンマー”へ! 座標送信完了。保坂少佐、そっちはどうですかい?』

『順調順調。プレアデスより砲撃任務群”サジタリウス”へ。こっちもビーコンの設置が完了したよ。じゃ、よろしく頼む!』

 第2エアレイダー小隊”プレアデス”指揮官の保坂誠也少佐は、覗いていたスコープを外してそう通信した。

 

 彼が遠方から発射していたのは、砲兵に座標を発信するビーコンだ。

 目につくダロガに片っ端から設置したそれを受信した砲兵は、移動中のダロガの位置をもリアルタイムで正確に把握できた。

 

『サジタリウスよりプレアデス! これでこっちからも奴らが丸見えだ! 一方的に狙撃してやる! 203mmカノン砲、ファイア!!』

 門倉大尉のいる場所からも、彼方の筈の砲撃音が聞こえたような気がした。

 203mmの巨砲は、一発一発が高精度で飛んでいき、大半が寸分の狂いなくダロガの上面装甲を貫通した。

 

 内部を撃ち抜かれたダロガは、機能に致命的な損傷が生じ、内部から爆発した。

 中には貫通に至らなかったものや狙いが逸れてしまったものもあったが、貫通に至らなくても大きな損傷を与え、外れても高速でを抉った砲弾は凄まじい衝撃を発し、周囲の巨大生物に致命的なダメージを与えた。

 

『アルデバランよりスレッジハンマー! そっちの用意はどうだ?』

 

 門倉大尉はスレッジハンマーへ通信を送る。

 サジタリウスは、ダロガを狙撃する為に編成された203mm自走砲の集団だが、スレッジハンマーは師団付きの砲兵旅団の主力をかき集めた面制圧部隊だ。

 敵前衛の巨大生物を地雷で減らし、残ったダロガを狙撃する間、その更に後方の敵集団を一気に面制圧する二段構えの作戦だった。

 

『こちらスレッジハンマー! 座標受信した! 誤爆の危険はないので初めから全力砲撃を行う! 第一射、始め!!』

 

 十数秒後、空を切り裂く砲弾の高音が門倉大尉の耳に聞こえてくる。

 

『5、4、3――だんちゃーく、今!!』

 スレッジハンマー管制官の声と同時に、近江盆地の一部が再び爆炎に染まった。

 

 本来、この合図は砲撃爆発入り乱れる戦場でどれが自分の観測した砲撃か判別するために、砲兵が砲撃の軌道を計算し、それを知らせる為に行ったものだ。

 その為、エアレイダーという技術が発達し、更に開幕の大規模面制圧が頻繁に行われる対フォーリナー戦では不要と言う声もあるが、昔の名残が残る事は、それほど珍しくもないともだろう。

 

『よーし良い腕だスレッジハンマー! 同じ具合で面制圧を継続してもらって構わない。間隔は随時こっちから――』

「大尉! 巨大生物に感付かれましたβ型、少数です!!」

 アルデバランのレンジャーの一人が巨大生物を発見した。

 エアレイダー小隊は、一人のエアレイダーと六人のレンジャー、それに一両のグレイプ装甲車を基本的に装備している。

 無論、数体のβ型程度なら難なく殲滅出来る戦力ではあるが。 

 

「ちっ、芋づる式に来られても困る! 迎撃して撤退だ!『アルデバランより、スレッジハンマー! 一時場所を変える! 間隔はそっちに任せる! 物量が物量だ、撃てるタイミングで撃ってくれて構わねぇ!』」

 β型8体が迫る。

 二人の狙撃手が見えた段階で二体仕留め、跳ねて近づいた個体をアサルトライフルで迎撃して3体を撃破。

 高い跳躍を終えて着地した一体は、瞬間地面が爆発して死んだ。

 門倉大尉が着地地点を予想し、リムペットガンを撃って起爆したのだ。

 

『スレッジハンマー了解! 面制圧は予定通り第四射まで継続し、その後はアルデバラン、君の指示を待つ! 生き残れよ!!』

『了解ッ! アルデバランよりプレアデス! 敵さんに見つかっちまった! 高台を降りて麓に向かう! 下手打つと本陣まで戻らなきゃならんかも知れん! そっちは頼むぜ!』」

 

 素早い動きで敵の殲滅を待たず、全員がグレイプ乗った。

 残り二体、去り際に放たれた糸をレンジャーの一人がローリングで回避し、D型アサルトライフルを不気味な目玉に叩きこんで撃破。

 最後の一体はグレイプの上部機関銃でハチの巣になった。

 だが、敵集団のうち6体が新たにアルデバランに反応し、向かってきた。

 

「また来やがった! ハチの巣にしてやる!」

「止めろ撃つな! さっさと車を走らせて麓まで降りろ! ここで交戦すれば更に多くの敵が反応してくるぞ! とにかく敵本隊の流れから距離を置け!」

「い、イエッサー!!」

 

 多少糸の追撃を喰らいながら、グレイプは十分に距離を放してから反撃した。

 実際、危なかった。

 もし発見されたのが殲滅可能な少数だからと言って同じ場所にこだわり迎撃して居たら、攻撃された個体に反応して更に多くの個体が五月雨式に押し寄せ、やがては数百単位で押し寄せるところだった。

 実際、こうして多くの偵察部隊や貴重なエアレイダーが世界中で犠牲になっていた。

 

 ――やがて面制圧は終わる。

 戦艦の主砲弾も、爆撃機の搭載爆薬も地雷も砲兵隊の砲弾も無限ではないし、ここで全ての備蓄を使う事は緩やかな死を意味する。

 

 その為、海上を除きほぼ一方的な展開はここで終わりを迎える。

 この先は、消耗されるのは砲弾ではなく人の命となる激戦が待っている。

 

 人の命は、砲弾より軽いのか?

 否、そうではない。

 究極のところ、幾ら砲爆撃を行った所で、敵を物理的にせき止めることが出来るのは地上軍だけなのだ。

 

 砲爆撃など、所詮は支援でしかない。

 そして、支援とはそれを受ける主力がいてこそ生きるのだ。

 

 その主力たる、EDF陸戦歩兵を始め、各種歩兵、機甲部隊はこれから自らの命を大量に消耗する戦闘に恐怖し、怖気づき、縮こまって居るだろうか?

 いや、そんな者は誰一人としていない。

 そこに居るのは、有り余る支援に感謝して、次は自らの番だと気合を入れる日本を守護する猛者たちだった。

 

 振り返れば、今まで散々な戦場を歩いてきた彼らだ。

 満足な支援も無く、護るべき国民を背負い、傷付いた仲間を引き摺り、そして多くを失いながら撤退に撤退を重ねてきた。

 ここに居る皆が皆、歴戦の勇士と言っても過言ではない。

 

 フォーリナーの大幅な漸減は成功した。

 とは言え、未だ後続に多くの戦力を残している。

 

 激戦は必須、だが、EDF兵士たちの闘志は漲るばかり。

 

 今、アイアンウォール作戦の第二幕が幕を開ける。

 

*1
宮倉明司(みやくらあかし)。28歳男性。純粋に仕事としてEDF空軍に入った職業軍人。仕事と考えれば大抵のことは許容できるが、根は臆病。




ダロガに対空迎撃レーザーという強装備を持たせたことによって空軍の立ち位置に死ぬほど迷った……。

ダロガの役に立たない対空ミサイル(いや割とインフェルノだと当たったら痛いけど)をマブラヴの光線級(知らない人はググって!そしてマブラヴやろう!)のレーザーみたいに変えたらいんじゃね?という安易な発想にした結果、エアレイダーが呼ぶ空爆が出来ないという(普通に考えたら分かるよね!?バカなの!?)問題にブチ当たって頭を悩ます始末……。

え? マブラヴみたいにダロガ仕留めてからの空爆でいいじゃないかと?
いや駄目だそこはEDFにならってああいう歩兵で対処しにくい重装甲目標こそ「120mm砲、ファイア!」とかいって沈めて「エアレイダーすげえ! 空軍最高!」とか言わせたいじゃないですか!
空爆も然り! ダロガを仕留められる乱戦状況よりも、開幕でド派手に爆撃決めた時こそスカっとするじゃあないですか!

え? 重金属雲? AL弾?(知らない人はry)
汚染が酷いでしょーが!
いやそれはEDFの超技術で除染できるからいいんだけど、
そもそもあの世界は戦術機あるからいーけどこっちは生身なんだぞ生身!
フルフェイスでガチガチの装備にするか……いやでもそれだとEDF本家のレンジャーとしてのビジュアルが……だいたいウイングダイバーとかどうすんだ……。

とか妙な所でこだわっていたら結局「がんばって躱す」という身も蓋もない結論に達したのでバルーンを用意しました。
どっかの国が苦肉の策で試してみたら案外行けた、とかそんな感じで、はい。
でも敵がどういう原理で狙ってるか分からない以上上手く行かない事もあるわけですよ。
絶対大丈夫、なんてことはあり得ないんです。

え?適当過ぎ?
まあまあノリと勢いがあればそれでいいんですよ。
読み手にも作者にもね!

ではそんな感じで人物紹介!

宮倉明司(みやくらあかし)
 28歳男性。空軍中尉。
 勤勉な性格だったが、新卒でブラック企業に入り、この世の絶望を知りつつなんとか三年で退社。
 民間企業への信頼感を無くし、いっそ今最もホットな国際機関であるEDFならば酷い扱いは受けないだろうと考え、空軍に入隊。
 輸送機とかでの地味な非戦闘員を希望していたのだが、なぜか爆撃機パイロットに任命されてしまう。
 「何故」と本人は言うが、適性を勘で見抜いた上官に受けさせられたテストでは、根が臆病なのが災いし、爆撃機の最適突入ルート選出や、敵航空機接近の際の自衛及び味方との連携に際し好成績を叩き出してしまった為である事は明白。
 以後、命の危険も敵を殺す覚悟も全て「仕事」と割り切り、淡々とこなす様になる。
 これでも本人曰く「昔よりはマシ」らしい。 
 (EDF5で「俺の仕事は終わった! 帰るぞ!」って言うフォボスの人。そこから掘り下げたらこんな人になりました。これからもちょいちょい出していけるといいなぁ(願望)ちなみに彼の部隊、スティックニーとは火星の衛星フォボスにあるクレーターの事です)



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第四十話  レンジャー2の閑話

今回、題名の通りまさかの非戦闘回となりました。
前回のいかにも戦闘が始まる感出しといてこんなですけど……いやすまんね!!

ちなみに結構長いです。
ホントすまんね!!!


――14:00 京都市山科区 名神高速道路上――

 

「ところで水原。結局その……例の件はどうなったのだ?」

 京都防衛作戦”アイアンウォール”は既に開始されていた。

 今も戦艦群の砲撃音が地面を鳴らし、地平線の向こう側が赤く燃え上がっているのが見える。

 

 我々歩兵部隊は、今はここ名神高速道路上で、戦車、グレイプ装甲車、ニクスなどの機甲部隊と共に待機していた。

 後方のビル群には、屋上で狙撃兵達がライフルを構え、更にその奥には左右に大規模な戦車連隊が控えている。

 皆臨戦態勢だが、実際の出番はまだ先だったため、今は粛々と闘志を燃やしている最中だった。

 

 そんな時にこんな話をするのもどうかと思ったのだが、あれ以来ここ数日は作戦に向けて兵器の完熟訓練やスペックの暗記などですこぶる忙しく、落ち着いて雑談をする余裕も無かったのだ、許してほしい。

 何よりこう気になっていては私としても精神上良くないし、死ぬ気が無いとは言え心後に引かれるものを残しておくのも気分が悪い。

 

 その点瀬川ときたらもう……やれ生き残ったら返事をくれるだの、番号教えてあげるだのなんだの……今回だって妙な約束を取り付けてしまった。

 その約束と言うのも――

 

 

――回想――

 

 

 あれはそう、何日か前、慣熟訓練中の昼の休憩中。

 射撃訓練所の傍らで昼食に固形レーションを頬張りながら、スペック書を読んでいる最中の出来事だった。

 

「ふむふむ……あれは妙に破壊力があると思ったら1S-2B方式? とやらが関係しているのか……。なになに? 1Shot-by-2Bullets……、『2発の弾丸を同時に着火し、2発分の運動エネルギーで1発の弾丸を加速させる特殊な仕組みを持つ』か。マガジンは60発分の容量だがこれは実質30発分という事か? 確かに火力は出るが継戦力は低そうだな……。機構も複雑そうだし、戦場で私が触ったら秒で壊れかねんと言う問題はあるが、しかし火力の向上は単純に喜ばしいものだ。むう、だが今回は後発を待った方が――」

 

「てやっ!!」

「殺気!?」

 

 突然背後から気配を感じ、首を傾けて回避する。

 

「ふっふっふー。自分への攻撃は躱せても、持ってるものは取られちゃうみたいねー?」

 

 なんと飛行ユニットを装備した瀬川が、得意げな顔して上空から奇襲をかけてきた!

 しかも私が手に持っていた食べかけの固形レーションが取られてしまった!!

 

「ファーーー! 瀬川葵! 貴様何のつもりだ!」

「ん……。うーん相変わらずマズいわねこれ」

 更にそのまま私のレーションを食べられてしまった。

 

「私の昼食を横取りした挙句に感想がそれか! ホントなんなのだ貴様!」

 いくら惚れているとは言えこれは少し懲らしめた方が良いのではないだろうか?

 最近私、舐められてる気がする!

 

「あっはっはーごめんごめん! でもさ! そんなものより今基地の食堂で数量限定で超豪華!海鮮丼の配給やってるから、アンタも行った方良いわよ!」

「なぬ!? いやしかし、今は少しでも慣熟訓練をやっておかねば……」

 うう、誘惑と訓練の間で葛藤が……。

 広大な演習場から基地食堂へは車を使わないと多少時間がかかる程は離れているのだ。

 

「あーもうつべこべ言わない! 美味しいものは訓練より大事なの! はい握手!」

「ん? なぜ握手?」

 と言いつつも差し出された手を思わず握ってしまう。

 

「捕まえた! ほーらユニットに掴まらないと肩脱臼するわよ!」

 瀬川は飛行ユニットの出力を絶妙に抑え、小走り程度の速さで徐々に加速し始めた。

 

「いだだだだ! 瀬川貴様! 私を力ずくで捉えられんからって!」

 とは言え、徐々に加速するこの状況では手を放す方がかえって危ない。

 結局、瀬川の読み通り腰に手を回して掴まる事にした。

 

「えっ!? ちょ、そんな抱きしめるの!? ユニットに掴まんなさいよアンタ!」

 突然顔を真っ赤にする瀬川。

 

「読み通りではなかった!? ええいこうなれば私も少しは役得を得たって良いではないか!」

「しかも下心出すな! ふん、もういいわよ! 振り落とされないようにしっかり掴まってなさい! 離陸!!」

 滑走を終え、大空に飛び立つ瀬川と私。

 

 しかし、出会った頃にもこんなふうに一緒に飛んだなぁ、としみじみ思いだす。

 あの時は緊急事態だったが、落ち着いてみるとこうして女性に密着する機会はあの時が初めてだったかもしれない。

 そして今が二回目だ。

 なんか引っ張られてるというか振り回されてばかりだが、私も大胆な真似をするものだと自分でも思う。

 

 ――そして、私が抱き着いて仲良く空を飛ぶ様子は地上から様々な人間に目撃されているのだが、この時の私は不覚にも気が付かなかった。

 

 それはそうと、随分長い時間地に脚付けず飛んでいる気がする。

 

「ところで瀬川、ユニットの扱いが随分上手くなったんじゃないか? さっきの絶妙な低出力飛行もそうだし、今も長い時間飛んでいる気がする」

「え? ……ああ! 時間ね! 分かる!? 実はこれ今回支給された新型のユニットなのよね! 正確には内部のプラズマコアが違うんだけど!」

「そうなのか? こんなに長い時間飛べるとは、戦場での活躍がかなり期待できるんじゃないか?」

 

 ウイングダイバーの飛行時間は思ったより短いらしい。

 傍目から見るとあまり感じないが、本人からすると戦場では貧弱な防御のせいで飛行が必要な場面が多く、武器とのエネルギーが兼用な事もあって好き勝手に飛んでいるとすぐオーバーヒートしてしまうらしいのだ。

 

「アタシも最初はそう思ったんだけどさ、実はこれ飛行時間が伸びた分武器へのエネルギー供給量が抑えられてるらしーのよね。だから、低燃費な武器じゃないと使い物にならないって言うかー。でもアタシみたいにレイピア一本でザクザクやっちゃう娘にはいいかもね! アタシも気に入ってるし!」

「レイピア一本でザクザクやっちゃう娘って、君以外に居るのか……?」

 

「いるわよ失礼ね! あー、有名どころだとやっぱスプリガン2かしら。もうすんごい接近戦に特化したガチガチの切込み部隊だから、アタシも憧れてるのよね~! ただちょーっとお堅くて近寄りがたい雰囲気だけど」

「ああ、スプリガンか。確かプライドが特に高い事で有名だな。厚木市では随分世話になった覚えがあるぞ。まあ、他部隊との折り合いは悪そうだが……」

 

「まあ最初期にウイングダイバーを立ち上げた部隊だし、ちょっとぐらい驕ってないと舐められる時代だったからねー」

「周囲への示しも実際のところ士気には関わるからな。それはそうと、さっきの話ぶりだとユニットの微調整が出来るようになったのは君の実力だったという事か。ふざけてはいたが、大したものではないか」

 

「な!? あ、あんなの大したこと無いわよ……実戦で使えるかどうかも分かんないし……でも、その、ありがと」

 

 最後の方は小声になっていたが、私の耳にはしっかり聞こえていた。

 

「どういたしまして。照れている瀬川の顔が見れなくて残念だ」

「は!? んもう! 振り落とすわよアンタ!!」

「ぬぁははは! ちょっと可愛い所あるではないかファーー!!」

 突然振り下ろされた私は、しかし華麗に受け身を取って着地!

 

「凄い……! めっちゃ綺麗に着地するじゃんアンタ……」

「凄い……! ではない!! 本当に振り落とす奴があるか!!」

「大丈夫大丈夫地面近かったし減速してたから! ど、どうよアタシの完璧な調整は! もっと褒めてもいいのよ!」

「照れながら言うでない! なぜ褒めるのに怪我を覚悟せねばならんのだ……」

 理不尽ここに極まれり。

 

「まーまー、どうせアンタ怪我しないしいいじゃないの! それより着いたわよ! さっさと食堂へ急がなきゃ!」

 まあ、瀬川が嬉しそうにしているからいいか。

 

「む、そうだな」

 そう言って私と瀬川は食堂へ急いだ。

 

――――

 

「「ごちそうさまでした!!」」

 私と瀬川は綺麗に並んで頭を下げると、食堂から退室した。

 

「はぁー。久々にこんな美味しいものを食べた気がするな……」

 食事をしてこんなに美味しいと思えるのは暫くぶりだろう。

 自然と、表情が緩んでしまう。

 本当に、昨今は食糧事情も厳しく、こんな豪華な食事など本来ならば許されない筈だが……。

 

「はぁー。ホントにねー。漁師さん達には、ホント頭が下がるわー」

 瀬川もどこか緩んだ顔をしている。

 

 「少しでも日本を護る兵士さん達の力になってくれたら」と漁業関係者が命がけで食材を集めてきてくれたのだという。

 文字通り、命がけだ。

 

 フォーリナーの航空戦力であるガンシップは無人兵器である。

 どこかに操縦者が居て遠隔操作されているのか、自律兵器であるのかは不明ではあるが、ガンシップは軍事兵器としては統率が取れているとはとても言い難い。

 

 どちらかと言うと、群れで活動する鳥のようなものだ。

 その為獲物が見つかれば一斉に襲い掛かったり、逆に群れからはぐれてあてもなく彷徨うような機体も存在する。

 

 それが何かの偵察行動である可能性も濃厚だが、どちらにせよその目的や活動範囲を予測する事は難しい。

 その為、フォーリナーの危険がないと思われていた場所で突然発見され、襲撃を受ける事が多々ある。

 

 以上の事は巨大生物にも当てはまるのだが、ガンシップの場合は特に活動範囲が広いので手を焼いている。

 その為、洋上で漁を行っていた漁船が襲撃されるという話は実は多々ある。

 当然、畜産業、農業も本州の大半が占領されたことによって大打撃を受け、現在は大半が他国からの輸入と急ピッチで進められている人工タンパク等を利用した合成食品が主流だ。

 

 皮肉な話だが、人口が激減した事により、それでも何とか飢える事無く日々活動を続けられている。 

 そんな中、こうして贅沢な食事を味わえることは本当に幸せな事だ。

 

「ガンシップも徘徊する中、命がけで海に行ってくれたのよね。戦ってるのって、アタシ達だけじゃないんだって実感するわね」

「ああ。彼らの思いに答える為にも、護らねばな。日本を」

「ええ、本当に」

 此度の京都防衛戦、元々負ける気は無いが、ますます負けられない理由が増えたな。

 

 日本の防衛は比喩なしでこの戦いに全て掛かっていると言っていい状況だ。

 東日本方面の防衛をほぼかなぐり捨ててここ京都に一点集中させ、更に九州地方の戦力も大半を応援で呼び寄せている最中だ。

 対してフォーリナーの戦力も侵攻方向は大半がここ京都へ向けて集結している。

 つまり、その戦力を跳ね返すことが出来れば、日本の大侵攻に歯止めをかける事が出来ると同時に、領土奪還に向けても大きく近づく、まさに日本の明日を決める大博打なのだ。

 

 そして、人類と違いどれだけの損害を出しても怯んだり撤退したりしないフォーリナー群に対しては、殲滅以外に戦力を跳ね返す方法がない。

 文字通り戦力と戦力のぶつかり合いになるのだ。

 ……正直、非常に苦しい戦いになるのは明白だ。

 

 だが、勝たねばなるまい。

 銃持たざる者のこのような思いを受け取った以上、絶対に勝たねばなるまいと、改めて決意した。

 

「それと瀬川、ありがとう。君に拉致られなければ、恐らくここへ来ることも無かった。感謝している」

 心から礼を言っておこう。

 食事もそうだが、こうして人の思いに触れた事へ、ただ感謝しかない。

 連れ出し方はちょっとどうかと思うが。

 

「ぁ……ど、どういたしまして……。喜んでもらえたなら良かったわよ。か、感謝しなさいよね! それじゃ帰るわよ! ほら掴まりなさい! 今度はユニットにね!」

 小声で反応してから早口で捲し立て、くるりと後ろを向く。

 

「いや、遠慮しておこう。そう何度も女性である君に掴まって送ってもらう訳にも行くまい。帰りはそうだな……トレーニングがてら走って向かうとする」

 一緒に飛ぶのも悪くは無いが、男としてこう女性に任せきりなのはどうなのだろうか。

 今度何かでお返しする必要があるな。

 

「え……、いやでもほら……、アタシが変な事言ってアンタの訓練邪魔しちゃったってのもあるし……」

「ん? 感謝はしているが」

 強引ではあったが、まああのぐらいが瀬川らしさなのだろう。

 今となっては思う所は……いや、でもあんなのを毎回やられたらどうなのだ……。

 ふ、まあそういうのも愉快でいいかも知れないな。

 

「そうなんだけど……ええい! どうでもいいわ! なんか負けた気になるからアンタの目論見は粉砕するって決めてるのよ! 掴まりなさい!!」

「睨みながら言う事か!! なんなのだ貴様は!!」

 前言撤回!

 やはり強引過ぎるのはどうかと思うぞ!

 

 

――side:瀬川葵――

 

 

「で、結局腰に手回すんだ。ふーん」

 脳波をPEユニットと同調させて、離陸する。

 最初は慣れなかったけど、今はもう感覚的に出来る行為よね。

 そんな訳でコイツを乗せて飛んでるわけだけど、どうもこの男、よほどアタシにしがみ付きたいらしいわね。

 

 アイツの体が密着すると、少し、いや結構緊張する。

 脳波が乱れるのは本当は良くないのだけれど、そ、そんな事言えるわけないじゃない!

 これも訓練、そう訓練よ!

 

「い、嫌ならそう言えば良いではないか。ユニットに掴まるより、これが安定すると先程分かったのだ。……駄目か?」

「べ、別にいいけどさ!! ったくホント、アンタって結構大胆よね……」

 一見理性的に見えて、こんな風に自分の欲求には忠実なのよねコイツ。

 アタシにいきなり告白してきたのだって、もしかしたら色んなヤツに同じことを言っているのかもしれない。

 ふとそんな考えが浮かぶ。

 

「ふ、自分を抑える必要は無いと昔教わったのでな」

「ふーん。……ねえ、アンタって誰かと付き合ったことあるの?」

 コイツの言う”昔”も気になるところだけど、そんな事より女性経験を探るのが先よ!

 確か歳は……アタシのひとつ上の26歳。

 アタシが言える事じゃないけど、女の一人や二人いた事があってもおかしくないわね。

 

「ない。君が初めてだ」

 あっさり否定された。

 しかも誤解ある言い方で!

 

「は!? あ、あ、アタシ達まだそ、そこまで行ってないでしょーが!! 何考えてんのよ!?」

「おっとそうだったか。口が滑った。スマン」

 コイツの中ではアタシ達既に付き合ってる事になってんの!?

 

 た、確かに”君を好きになってしまった”とかいきなり言われた時はちょっと嬉しかったりしたかも知んないけど……。

 ……うん、最初はやっぱ戸惑ったけど、コイツと話すにつれ日に日に好感度は増してる……と思う。

 けど! なんだかそれもコイツにいいように踊らされてる感じがして悔しいじゃない!

 だからそう簡単にOKしてあげないんだから!

 覚悟しなさいよねホント!

 

「へぇ~。でもそうなんだ」

 それはそれとして、コイツが付き合った事無いのが意外ね。

 確かにちょっと変わってるとこあるけど面白いヤツだし、たまに紳士な面見せてくるし……でもやっぱり変人かしら。

 顔は黙ってればそれなりに……普通ね、普通だわ。

 むしろ黙ってると急に存在感無くなるって言うか……地味?

 

 あれ? もしかしてコイツって案外大したこと無い?

 アタシなんでこんな奴に惹かれてるのかしら……?

 

「そういう君は、どうなんだ?」

「え……。……アタシ、は……」

 まずい、やってしまったわアタシ。

 確かに、何気なくコイツに付き合ったことあるのかって聞いちゃったけど、聞いたら当然アタシにも同じこと聞いて来るわよね……。

 

 いや、正直に言うと、ある。

 まだ中学生の頃だったし、今思えば子供故の勢いだったのかも知れない……けど、少なくともあの時は真剣だった。

 

 でも、今その話をするには、ちょっと重すぎる結末がある。

 かといってその場しのぎの嘘も付けないし、中途半端に話すのもなんか嫌。 

 

「ふん! 秘密! 秘密よ!」

「なぬ!? 貴様私に言わせておいて!!」

 だったら堂々と言わない事を宣言するわ!

 

「う、うるさいわね! 知りたかったら明日からの作戦、全力で生き残ってまたアタシに会いに来なさい! それが条件よ!」

 だからまた条件を付けてあげる。

 これでアタシも死ぬわけにはいかなくなったし、アンタも気になって絶対に生きて帰って来るでしょ!

 

「ま! またそういう感じか! なんなのだ!? 貴様との親睦を深める為には毎回毎回命がけの戦闘を挟まんといけない決まりでもあるのか!? 貴様さては私嫌いだな!?」

「嫌いなヤツにこんな事する訳ない……って、なんてこと言わせんのよアンタはぁぁーー!!」

 あ、危うくコイツの誘導尋問に嵌まってしまう所だったわ!

 アタシはちょうど目的地に着いたので、下降して地面に投げ捨てた。

 いい気味!!

 

「理不尽!!」

 と言いつつ、さっきと同じように綺麗過ぎる受け身を取って何事も無かったように立ち上がる。

 いや、これ動画にとって拡散したいわねマジで……。

 柔道界とかに入ったらきっとコイツ天下取るわよ。

 

「き、貴様……これ私じゃなかったら死んでるからな……?」

 格好良く着地した割にはなんか疲れた目で見てくる。

 

「ふん! 乙女心を弄ぶアンタへの鉄槌よ! どうせアンタ死なないしね!」

 コイツの言動はストレート過ぎてちょっとアタシの精神には負担がデカいのよね。

 まあ、意味深な事ばっかほざかれるよりはいいけど。

 

「ええい人を不死身みたいに言うな!」

「……アンタは不死身よ。アタシを二度も、あんな窮地から救ってくれたんだからね」

 実際、アタシにとってコイツは不死身だ。

 スチールレインの時なんかもうホント死んだかと思ったけど、未だに生還出来たのが信じられないくらい。

 困ったことに、アタシの中ではもうピンチの時に駆けつけてくれるヒーローみたいな感じになってる。

 実際はそんな訳ないって分かってるのだけど……ホントどうしてくれるのよまったく。

 

「おぉう……、急にそんな真剣に来るとは思わなかったぞ。まあ、私もそう簡単に戦場で死ねるとは思っていないが、それでも、君を救えて本当に良かった」

 

 ――この時は軽く流してしまったけど、この「簡単に戦場で死ねるとは思っていない」ていう意味、これがコイツの、仙崎誠の中で重要な意味を持っている事を、アタシは気付かなかった。

 

「だから! これはそのお礼よ! これで貸し借りは無しだからね! それに、最近なんか元気無かったみたいだし」

 もちろん、こんな事で二度命を救われた事がチャラになるとは思ってない。

 でもそれを言い出したらコイツが命の危機になるのを待ってからアタシが救いに行かないといけなくなるし……。

 そんなことが起こるのか分からないし、それまでずっとこれを借りのまま取っておくのは凄く嫌だ。

 具体的に言うと負けた気がする!

 

「! 気づいていたのか?」

「アンタ沈んでると存在感無いのよ。敢えて聞くけど、何かあったの?」

 やっぱり当たってたのね。

 傍目から見て、何となく普段より暗い感じがしてたなーっては思ってたんだけど。

 あんまり落ち着いて会話できる時間も無かったし、半信半疑ではあったのよね。

 

「ああ。ここへ向かう途中、巨大生物の襲撃を受けてな。同じ分隊の仲間が死んだ」

「……そう。まあ、察しはついてたわ。こんなご時世だもんね。仲は、良かったの?」

 今のEDFではあまりにありふれた話よね。

 アタシも先月間宮を失ったし、一人で済んでるだけマシだと思う。

 思うんだけど、それでもやっぱり悲しいし、ちゃんと悲しめるうちが人間として正しいと思ってる。

 

 でも、コイツみたいにいつまでも引き摺っちゃうのは駄目よね。

 

「まあ、普通、であったかな。特別に個人的な付き合いをして居たわけではない。でも、何と言うか、私が悪かったのではと考える事があってな……」

 アタシだって、間宮の時はそう思ってた。

 

「ふーん。なるほどね……。アタシもさ、知ってると思うけど、厚木市で小隊の娘を一人殺されたわ」

「ああ。知っている」

 アンタにあの時、救ってもらったものね。

 

「間宮っていう娘でね。同い年だし、仲良かったんだ。あの時は取り乱したけど、もう整理はついた」

 間宮はダロガの照射危険域まで上昇してしまって、レーザーで焼き殺された。

 アタシは危険に気付いて間宮を連れ戻そうとしたけど、間に合わなかった。

 あの時、握った手の先が無くなっていた事は今も鮮明に焼き付いて、思い出すだけで正直吐きそうになる。

 

 けど、やっぱり仕方のない事だったのかなと、そんな風にも思う。

 いくら悩んでも過去は変えられないし、だったら下手に悩んで動けなくなるのってマイナスだとアタシは思ってる。

 だから、終わったことは深く考えない。

 そんな事より目の前の事を見て、そして楽しむ。

 

「瀬川……」

「だから、アンタも自分が悪かったとかそうじゃないとか考える以前に、それはそれとして吹っ切りなさいよね! どんだけ悩んだってもう終わった事なんだし、考え過ぎは心に毒よ。分かった?」

 そもそも、アタシはってばあんま頭良くないから色々考えるのは苦手なんだけど、コイツは結構頭良さげだし、なんか考え込みそうなタイプよね。

 これからも、ちょくちょく様子見に行った方が良いかもね。

 

「ああ! すまん、心配かけたようだな。もう大丈夫だ」

 そう言ったコイツの顔に、陰りはもうなかった。

 さっきまでのふざけたノリで誤魔化してる感じはない……と思う。

 一応吹っ切れたって思っていいのかしらね。

 

「あはは、なら良かったわ! それじゃあ、ちゃんと次の戦いも生き残るわよ!」

「ああ! お互いにな!」

 さて、そろそろお昼の休憩時間も終わるし、アタシ達は分かれてそれぞれの演習場へと向かった。

 

 来たる京都防衛戦に向けて、生き残る覚悟を固めながら。

 

 

――回想終わり――

 

 

 まったく、瀬川の過去の恋人か……。

 それをあんな言い方で生き残る条件に指定したという事は、恐らくではあるが、いるんだろうなぁ。

 しかし、どうにも何か含むところがありそうな感じではあった。

 

 いや、まずい、普通に気になる……。

 きっと少し話しにくい事なんだろうが……なんだろう。

 

 まさか、「今好きな人が居るから、アンタとはこれっきりね! バイバイ!」とか言い出す気なんだろうか!?

 ぬぁーー!! 生き残った報酬がそれでは流石に報われないぞ私!!

 

 はぁはぁ、待て、落ち着くのだ私……、これが原因で集中力を欠いて戦死では、流石に笑えないぞ……。

 いや、私が死ぬのはともかくとして、周囲を死に追いやってしまっては悔やんでも悔やみきれん。

 

 ”どんだけ悩んだってもう終わった事なんだし、考え過ぎは心に毒よ。分かった?”

 瀬川の言葉を思い出す。

 

 正直少し、衝撃を受けている。

 瀬川は、詳しい状況を聞かなかったし、故になのか、私に非があるかどうかを論点としなかった。

 

 こういった場合、普通まず状況を聞き出し、その上で「君は悪くない、だから気にするな」と、私を含めた大抵の人間は慰める。

 これが悪いとか正しくないとか言う話ではない。

 

 だが瀬川は違った。

 終わった事だから考えるな、か……。

 ある意味、考え過ぎてしまう私に真に合致する言葉だ。

 

 これは私の心理状態を的確に分析して放った最適解の言葉だと計算して話した……と言うような感じではないだろうが、だとしたら物凄い直感と言える。

 

 いや、と言うより、それが恐らく瀬川の在り方なんだろう。

 そういう所も、私が彼女に惹かれる理由の一つなのだろうか?

 

 考えるなと言われてすぐ実行する事は出来ないが、それとは別になんかもう瀬川の事しか考えていないので、これはこれで効果があったのかも知れない。

 いや流石だな瀬川、ありがとう瀬川。

 

「例の件? ん? なんすか?」

 

 水原が私の問いに返事をした。

 そうだ、一瞬物思いに耽ってしまったが、水原に「例の件ってどうなった?」と問いを投げかけたところだったな。

 

 例の件、とぼかしたのは水原の為だ。

 

 特に口止めされていなかったが、話が話だ。

 皆知ってる風でもなかったし、何となく秘密にしておいたほうが良いだろうという私の気遣いである。

 ……のだが。

 

「いや、先日の夜、話した話があっただろう」

「先日の夜? って、何か話したっすか?」

「貴様がなんか悩んでいたあの話だ! 貴様覚えていないのか!?」

「んー、何でしたっけ、だからそれ言ってくださいよ」

「貴様が困ると思って気を使ったのだが! これで思い出さないとは記憶力に難があるぞ貴様!」

 困ったな、まさかここまで馬鹿とは思わなかった。

 

 どうしたものかと思っていたら、水原は急に次々と話し始めた。

 

「それ皆に良く言われるっすよー。きっと大林中尉によく殴られてるせいっす。あ、鷲田のヤローにもっすね。あんにゃろーあんな冷血だとは思わなかったっす。新垣の事は吹っ切れたって言ったっすけど、流石に鷲田のヤローはまだ許せねーっす。あ! 思い出したっすよ!! 俺が軍病院まで行って新垣香織さんに告白するって言った話の事っすね!!」

 あ、馬鹿! そんな大声で自ら言うな!

 

「え!? 水原! お前今なんつった!? え!? お前好きなヤツいんの!?」

 ほら見ろ浦田が真っ先に食いついてきた!

 

「なに!? ホントか水原! テメェそんな話聞いてねーぞ! もっと詳しく話せコラ!! 殴んぞ!」

 ああ、鈴城軍曹も楽しそうな顔で詰め寄ったではないか!

 

「ええ!? マジかよ水原! しかも告白するって言ったか今!? おいおい意外と大胆な所あるじゃねーか! 頑張る奴好きだぜ俺!」 

 馬場も騒ぎを聞きつけて大声を出している。

 

(ちなみにこの時、空軍の爆撃飛行隊”スティックニー”が決死の覚悟で爆撃を行い、爆炎で焼かれる巨大生物を見て「空爆万歳だ!!」と周囲の歩兵達は沸き立っていたのだが、我々はそれどころではなかった。)

 

 そして、当の本人はと言うと……。

 

「ぎゃー!! 今まで秘密にしてたのに!! ちょっと仙崎さんなんてことするんすか! ひでーっすよ! 誘導尋問っす!!」

 非難を前面に押し出した顔で私を睨んでくるが。

 

「ええい貴様の自業自得だ! お門違いも甚だしいわ!」

「ふふふ、さーて水原ぁ、どう見てもテメェの自爆だが、そんな事ぁどーでもいい。全部話せ、な?」

 鈴城軍曹が笑顔で(凄く怖い)ヘルメットをショットガンでコンコンとリズミカルに叩く。

 

「うぇー、理不尽っすー」

 言いながら、最早言われるがまま話す羽目になった水原っであった。

 

――――

 

 

「で、意を決して言ったんすよ”香織さん、俺、やっぱりあなたの事が好きなんです! 自分の気持ちに嘘はつけないんです! 今言う事じゃないかも知れないけど、でも本当なんです! 俺の、恋人になってください”って!」

「「それで、結果は!?」」

 

 いつの間にやら熱の入った水原の語りに、私、鈴城軍曹、浦田、馬場が同時に尋ねる。

 この四人だけでなく、作戦中だというのに周囲の人間も耳を傾けている。

 

「フラれたっす!!」

 堂々と言い放った。

 

「だろうなー!」

「ひゃはははは! ここまで言って! ウケるんだけど!!」

「水原オメー、そりゃそうだわ!!」

「玉砕かよ!! まあ男らしくて俺は好きだぜ! 落ち込むなよ!」

 

 私、鈴城軍曹、浦田、馬場の順にそれぞれの反応を示す。

 

「あー、やっべー、テメェこんなに面白馬鹿だったとは思わなかったぜ! で、なんて言われたんだよコノ!」

 非常に上機嫌ではあるが、関係なく飛んでくる肘打ちを受ける水原。

 

「ぶほぅ! いやぁ、”ごめんなさい。今はまだ受け止めきれません。ちゃんと返事をしたいから、私の気持ちが落ち着くまで待ってくれますか?”って。あー、これは絶対フラれたっすよねぇー。はぁー」

 意気消沈する水原だが、我々四人はすぐに小声で集まった。

 

「あれ? 思ってたよりちょっといい反応だぞあれ」

 浦田が真っ先に分析する。

 

「その時の仕草や表情にもよるが、満更でもない感じはするな」

 私も同意する。

 水原の話によると新垣香織という女性は、弟とは随分違い、真面目で清楚な女性だという。

 その性格を考慮すれば、突然の告白に対し落ち着いてから回答したいという気持ちはある筈だ。

 

「ちぇーなんだよ。生意気にもその場で斬り殺されないくらいの好感度はあったって訳か。でもこれはこれでまだ楽しめるネタが続くって事だよな。楽しくなってきたぜ」

 鈴城軍曹はもうさっきから楽しそうな感じを隠そうともしないな。

 横暴ではあるが、この人はもうこういう恋愛や喧嘩、揉め事とかホント楽しそうに介入するからな……。

 

「こりゃあまだ水原にゃあ頑張ってもらわねーとなぁ! ちなみに鈴城軍曹はどっちがいいんですかい? 上手く行くのか、行かないのか」

 鈴城軍曹ですら空気読んで小声で話しているというのに、馬場貴様声がデカいのだよ……。

 

(ちなみにこの時、進撃する巨大生物群に対し、工兵の仕組んだ地雷原が二度三度炸裂し、巨大生物が派手に吹き飛んでいたが、我々にはそれよりも大事な事があった)

 

「んなモンどっちでもいいんだよアタシが楽しけりゃ! 上手く行ったら喜びついでに散々からかってやるし、マジにフラれたなら慰めた後に……うん、やっぱからかうわ!」

「結局からかうだけですかい! よし水原、俺はお前の事応援してるぜ!」

 馬場は水原に向き直り、肩にポンと手を乗せ……違った、肩をバシンと強く叩いた。

 

「痛っ! え? なんすか? フラれたって話したんすけど!?」

「その話、もっとよく自分で噛み砕いて考えてみろよ。自分でな!」

 浦田は常識的な強さで肩を叩く。

 

「え? 香織さんの話をバラバラに砕け散らせって事っすか? そんな事出来る訳ないっすよー!」

「水原、貴様はもっと頭を使え。あと勢い任せではない自信を持て」

 何となく出来た流れに乗って私も肩を叩いて自分の持ち場に戻る。

 

「頭を使う……、うぅ、狙撃してるときはもっと思考がクリアになんすけどねぇー……」

「うっせ! グチグチ言ってねーでまっすぐ突き進んでみやがれコラ! こんな楽しそうな話出来たんだ! テメェ死んだらマジで許さねーかんなコノヤロー!」

「し、死ぬ……」

 最後にこれまでの流れを無視して喰らったボディーブローに、水原は悶絶していた。

 

 一応アーマースーツ着てるのにダメージ与えられる鈴城軍曹とは一体……。

 

《前哨観測班スカウトより全防衛部隊へ! 巨大生物前衛集団、戦車部隊攻撃開始地点まで、残り500!》

 

 そんな我々の愉快なやり取りも、いよいよ現実に引き戻される。

 戦域全体に飛ばされた無線により、これまでの空気が一気に引き締まる。

 

《本部より全作戦部隊へ! 現時刻を以て、アイアンウォール作戦、第三段階への移行を宣言する!》

《巨大生物、攻撃開始地点を通過!》

《戦車部隊!! 攻撃開始せよ!!》

『了解!! 全車輛! 攻撃開始! 撃ぇーー!!』

 

 我々と同じ並びに居た戦車、ギガンテスⅡが、空気の震える衝撃を以て一斉に砲撃を行った。

 

 同時に、左右後方からも中央で交差するように、幾多もの砲弾が飛んでくる。

 

『中隊総員! 戦闘用意!! 巨大生物は直ぐ来るからね! 距離を取りつつ乱戦になる前に後退して、敵を市街に引きずり込むよ!』

『『サー! イエッサー!!』』

 中隊全員が銃を構える。

 

 数分後、後方のビル群から狙撃が飛んでくる。

 

「水原。まだそれは使うなよ? 今は弾を温存しておけ」

 大林中尉が水原に言う。

 その水原が持っているのは、新型の対物狙撃銃”ライサンダー”だ。

 ダロガの装甲を貫くことを目的とされたその狙撃銃は、曰く戦車砲並みの威力があると喧伝されている。

 

「イエッサーっす! 今度は……もう醜態は晒しません」

 水原らしからぬ真剣な表情で、顔を引き締める。

 

『中隊総員! 巨大生物接近! まだ撃たないで。10秒後、一斉射撃』

 結城大尉の、普段と変わらない柔らかい声が無線で聞こえる。

 

 巨大生物が、肉眼で見えた。

 その様子は酷いモノだった。

 足が欠け、装甲殻は剥げ落ち、焼け焦げ、グロテスクな肉がはみ出、体液を垂れ流している。

 そんなゾンビのような状態だが、変わらず猛然と進撃してくる様相に吐き気がしてくる。 

 

 距離が縮まっていく。

 

『……4、3、2……今だ! 射撃始め!!』

 

 結城大尉の声で、我々第88レンジャー中隊は、一斉に射撃を始めた。

 

 京都防衛作戦”アイアンウォール”第三段階。

 

 凄絶な地上戦が、幕を開けた。

 

 

 




はい。反省してます。
いやホント、書きだしたら止まらなくなっちゃって!
戦闘時は色々予備知識必要だから調べながら書いてて時間かかったりするんですけど、会話劇はもう勢いよ、勢い。
って書いてたらもうこんな事に……。
ほとんど回想な上に途中で瀬川視点になるっていう意味不明な構造になってますがコレ許される?

長かったけど区切るところも無かったし、二話に渡って非戦闘回を挟むのもなんかな……って思ったんで思い切って投稿してやりました。ドヤ!

さあ、次回こそ……次回こそは本格的なアイアンウォール作戦やりますんで!


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第四十一話 オペレーション・アイアンウォール(Ⅲ)

――2023年 3月30日 15:00 京都府京都市山科区――

 

 

《本部より地上部隊へ! 現時点で可能な露払いは終わった。後は諸君らの直接戦闘のみが頼りとなる。本当に、苦境を強いていると思う……。だが! 我々EDFは、やらなければならない! 今や我々の心臓部となった、極東第一工廠防衛の為、そして何より、背後に居る無辜の日本国民の為! 諸君らはここで鋼鉄の壁となり、迫る全ての敵を殲滅せよ!! 現時刻を以て、アイアンウォール作戦、第三段階への移行を宣言する!》

 

 EDF極東方面第11軍司令官、榊玄一中将は、山科区に布陣した地上部隊に激励と第三段階への移行を声高に宣言した。

 

 アイアンウォール作戦第三段階。

 すなわち、京都地上戦力によるフォーリナー進撃部隊の真っ向からの迎撃戦闘である。

 

《巨大生物、攻撃開始地点を通過!》

《戦車部隊!! 攻撃開始せよ!!》

『了解!! 全車輛! 攻撃開始! 撃ぇーー!!』

 第一戦車連隊の108輛の”ギガンテスⅡ”戦車が一斉に砲撃を開始する。

 戦場に幾十もの砲撃音が奏でられ、進撃する巨大生物を駆逐する。

 

 開始の数分間は、まだ一方的な展開となった。

 EDF海軍、空軍、そして陸軍砲兵隊と工兵隊の連携によって漸減された巨大生物はまばらで、生き残りも大きなダメージを負っていた。

 

 それでも僅かな生き残りが戦車部隊の砲撃を抜けて、歩兵部隊の射程まで迫る。

 

『狙撃部隊! 巨大生物接近! 手負いだが数十と見た! 頼んだぞ!』

 陸戦歩兵(レンジャー)からの無線が狙撃部隊に届く。

 

『任せておけ! 我々ブルージャケットが居る限り、この程度、物の数ではないさ!!』

 ビル街の屋上で待機していた、複数の狙撃部隊が応答する。

 彼らは一部青色に塗装されたアーマーを着ている事から、”ブルージャケット”と呼ばれていた。

 

 その強気な発言の通り、狙撃に関してはEDF一の精鋭部隊として名をはせている。

 しかしそもそも、彼らは本来の正規戦力ではない。

 

 元々はここ第402火力演習場で対狙撃戦に於いての兵器試験部隊だった。

 その並外れた練度と、事態の緊急性から昨今では半ば正規戦力として扱われている。

 所属は第二師団、独立狙撃大隊。

 コールサインは愛称を取ってそのまま”ブルージャケット”と呼ばれている。

 

 彼らの装備は少し前から、巨大生物の甲殻を確実に貫くことを目的に開発されていたストリンガー狙撃銃が支給され、多大な戦果を挙げていた。

 今作戦では更に新型対物狙撃銃”ライサンダー”も数丁与えられている。

 

 彼らの銃声が鳴り響くと、点在していた巨大生物群は瞬く間に数を減らし、陸戦歩兵部隊の射程に入る前に大方殲滅した。

 

《フォーリナー第一波はほぼ殲滅! 続き、フォーリナー第二派、来ます!! α型、β型、ダロガの混成部隊です!》

 旗艦リヴァイアサンに居る通信オペレーター、鹿島中尉の声だ。

 地平から、今までの倍以上の巨大生物が押し寄せてきた。

 更に遠目には、ギリギリ多脚歩行戦車ダロガも視認出来た。

 

『ここからが正念場だ! ダロガとの撃ち合いになる! 気張れよ! 全車、砲撃開始!』

 第一戦車連隊の連隊指揮官が発破をかける。

 

『散々面制圧したってのに、まだこんなに数が居やがるのかよぉ……ちくしょうめ!』

『戦う前から泣き言を言うな! それにこっちのギガンテスも次世代型なんだ! 遅れは取らないさ!』

 連隊の戦車兵たちが部隊内無線でやり取りをする。

 やがてダロガからの反撃も始まった。

 

『ッ! 砲身点火ッ! 粒子砲撃、来ます!』

『各自移動開始! 建物を盾にしろ! この距離なら問題なく躱せる!』

 幾つもの粒子砲弾が第一戦車連隊に向かって放たれ、街は爆撃でも喰らったかのような様相になるが、しかし反撃に高速の徹甲榴弾が即座に放たれた事から、戦車部隊は健在であることが分かった。

 

『損害報告!!』

『こちらヴァーミリオン大隊! 損害車輛なし!』

『こちらシルバーグレイ大隊、同じく!』

『バイオレット大隊! 全車輛、損害無し!』

 それぞれ第101、102、103戦車大隊の指揮官が答える。

 

『よし! この調子でダロガの相手をするぞ!』

 一方、その間にも巨大生物は迫っていた。

 

『こちらブルージャケット! 我々は厄介なβ型及びα型亜種を中心に狙撃する! その他の敵は任せたぞ!』

 ビル街から断続的に狙撃音が聞こえるが、フォーリナー第二派、およそ一万体の巨大生物を前に闇雲な狙撃は無意味だ。

 脅威度の高い個体を優先して狙撃している。

 

『こちら第一歩行戦闘車(コンバットフレーム)中隊! 巨大生物捕捉! リボルバーカノンによる掃射を行う!』

『第102機械化歩兵連隊接敵! 第一中隊(レイジボーン)総員、ハンドキャノンでα型亜種を狙撃! 第二中隊(アイアンランサー)第三中隊(フォレスティオ)は中近距離戦用意!』

『第二降下翼兵団、エンゲージ! 全中隊、殲滅開始!!』

 

 コンバットフレームや、歩兵各兵科も次々と接敵し、戦闘を開始する。

 

『第18陸戦歩兵大隊接敵、戦闘開始! 86、右側面、接近するダロガに対戦車戦闘! 87、正面でα型亜種を阻止攻撃! 88、その場でα型及びβ型に弾幕射撃! 一定時間で良い、背後に回らせるな!』

『第88レンジャー中隊了解! 中隊、まだ撃たないで、引き付けて……ようし、射撃開始!!』

 

 仙崎誠伍長の所属する、第88レンジャー中隊も射撃を開始した。

 

『レンジャー9より本部! 巨大生物の侵攻が激しい! レンジャー12と連携を取っているが、阻止できない!!』

《こちら本部! 無理はするな! トルネード中隊! レンジャー9の航空支援をやれ! レンジャー9は2ブロック西に後退!》

『トルネード了解! 一個小隊で航空支援を行う! 第一小隊! 高度に気を付けろよ! 特にβ型は対空能力が高い!』

 

 第16攻撃ヘリ中隊”トルネード”は、一個小隊4機の対地制圧ヘリEF-31”ネレイド”を向かわせた。

 自動捕捉型40mmオートキャノンが的確に直下の巨大生物まで撃ち抜き、

 両翼の70mmロケット砲が敵をまとめて吹き飛ばす。

 

《本部よりフェンサー”ゾディアーク中隊”へ! そちらにα型700体以上が集中して迫っています! 急ぎ後退し、コンバットフレーム”ゴーン中隊”と合流し、共同で迎撃してください!》

 旗艦リヴァイアサンに設置された本部の女性オペレーターが緊急に無線を送る。

 

『こちらゾディアーク1、了解した! 中隊! 一時後退だ! コンバットフレームと合流する!』

『ゴーン1了解!! 来るなら来てみろ! この鋼鉄の壁、そう簡単に抜けると思うなよ! 虫けら共め!!』

 

 フェンサー、ゾディアーク隊は合流後、高機動でかく乱しつつ中距離戦で威力を発揮するデクスター自動散弾銃で暴れまわり、それをゴーン隊のニクスが後方から援護していた。

 

『こちらストーク7! β型が余りに多い! 援護を頼む! 既に2人やられた!』

《本部よりフラウンダー6! ストーク7の最寄りは君達だ! 至急援護に向かえ!》

『フラウンダー6了ォ解! 梶川大尉ィ、んな訳でちょっくら離れますわ! 行くぜ野郎共! ストーク7の坊ちゃん共のお守りだ!』

『『ヒャッハーーー!!』』

『こちらストーク7! 助かる……が、坊ちゃんは余計だ!』

 

 第26フラウンダー中隊のフラウンダー6が配置を変え移動する。

 中隊長、斯波中尉率いるフラウンダー6は、道中の巨大生物を蹴散らしながら、見事ストーク7の窮地を救う。

 

 こうして各部隊が奮戦し、第二派の残敵が半数を切った。

 しかし、この辺りから徐々に綻びが出始めてきた。

 

『こちらレンジャー5! くそ、孤立した! 背後に回られてる! 本部! 誰か、誰か援護を頼む!!』

《ウイングダイバー”シルフダンサー中隊”! レンジャー5の救援に向かえ!》

 

『シルフダンサー1より本部! こちらもβ型の対処で身動きが取れない! ストーク4と連携を取っているが……くそ、おい! α型の酸にも気を付けろ!!』

《そちらに限定的な支援砲撃を送る! エアレイダー”プレアデス隊”! 出番だ!》

 

『プレアデス了~解。なんとか群れを掻い潜って五分で駆け付けるから、それまではどっちも死なないでねーっと。ほら、宮藤君。運転よろしく~』

『う~、無茶ぶりですよ~!』

 

 そんな気の抜けるやり取りがオープン回線で発信されるがまあこれはいつもの事。

 プレアデス隊指揮官保坂少佐の無茶ぶりに見事答えた彼女、レンジャー宮藤の手荒な運転によって、なんとか五分で駆け付けた保坂は、高機動型グレイプ装甲車のハッチから身を乗り出し、素早く目標と腕の操作パネルを照らし合わせ、位置を決定する。

 

『プレアデスより砲兵隊”スレッジハンマー”! 送信グリッドに限定制圧砲撃! よろしく頼むね!』

『こちらスレッジハンマー! 味方が近いが大丈夫か!?』

『大丈夫大丈夫! ぐずぐずしてると余計な死者が出るよ?』

『そいつぁ目覚めが悪ぃ! 目標グリッドに砲撃開始! 撃ぇー!!』

 

 数秒後、数発の砲弾が、レンジャー5とシルフダンサー1の中間くらいを狙い撃つ。

 二小隊の合流を阻害していたα、β混成群が綺麗にふっ飛んだ……が。

 

『シルフダンサーよりプレアデス!! 保坂少佐! 何を考えてるんですか!! 誤爆スレスレの砲撃でしたよ!! 殺す気ですか!?』

『えー? でも死んでないじゃん』

 

『それは結果論です!! そっちのストーク小隊なんかかなり危なかった様子でしたけど!』

『はいはいゴメンネー。でも急がないとレンジャー5死んじゃうんじゃない?』

 

『ッ! それは分かっています! ダンサーズ! さっさとレンジャー5と合流! ストークは後ろから付いてきて、退路の確保! いいわね!』

『サー! イエッサー!! ストーク4! お嬢さん方のケツに付け! 悪い虫共のストーキングはお断りだ!』

 

『言い方!!』

 

 緊迫ある命のやり取りの最中にあっては神経を逆撫でするような保坂の声に苛立ちながらも、ギリギリかつ効果的な判断、そしてそれを実行する砲兵隊の練度に舌を巻きつつ、シルフダンサー1や他部隊は戦闘を継続していく。

 

『こちらレンジャー11! 巨大生物の激しい攻撃を受けています! 救援を!!』

「クソっ、こいつらなんて数だ!」

「弾が足りないぞ! 補給コンテナをもっと持ってこい!」

《ブルージャケット! その位置からなら狙えるはずだ! 狙撃で集中的に援護しろ!》

『ブルージャケット了解! ブルー1、2、目標変更、狙撃開始』

「そうは言ってもこの状況、そう長くは持たないぞ?」

「狙撃にも限度がある……一体一体仕留めるのは骨だな……。せめてもっと火力のある武器があれば」

「ぃやっほー! 呼んだかい!!」

 苦戦するブルージャケットの居座るビル屋上に、突然陽気な青年の声が聞こえた。

 フェンサーだった。

 しかも、通常は盾と併用して使うはずの重火器を二丁持ち。

 

 今回の作戦で試験的に運用されている、EC-01SS”ロデオSS”と呼ばれるハンドガトリングガンだ。

 元々EDF欧州第三(スペイン)工廠が開発したロデオという兵器だったが、米国軍需企業S&Sマテリアルズにより改修を受け、歩兵用ガトリングにあるまじき長射程、高精度を獲得したハンドガトリングガンだ。

 

 そして両肩には、市街地、特にビル群などでの戦闘を想定した誘導兵器、高高度強襲ミサイルコンテナを二基装備していた。

 これはその名の通り、ミサイルが一度上空まで直進した後、設定された目標に一直線に飛んでいくというもの。

 米陸軍の対戦車ミサイル”ジャベリン”は、戦車の上面装甲を狙う目的で同じような軌道をとる事があるが、これはそれとは別の目的で上空から急降下する。

 すなわち、障害物の影響を受けずに遠距離から攻撃する為である。

 

 そんなフェンサーの中でも重武装の彼の名は、

 

「御子柴ぁぁ! お前連携って言葉を知らねーのか! だいたいこのミサイルなら屋上まで登らなくても……っておい!」

 第105機械化歩兵連隊、第二中隊第一小隊”スティングレイ1”のフェンサー栗宮少尉は、同小隊御子柴少尉を咎めかけるが、御子柴少尉は、既に高高度強襲ミサイルのハッチを開け、発射態勢に移っていた。

 

「栗宮ぁ! いいからお前も早くぶっぱしようぜ! 獲物が逃げちまうしあそこのレンジャーがやべーぞ!」

「ああもう分かったやるしかねぇ! 『スティングレイ1よりレンジャー11! ミサイルによる支援砲撃を行う! 衝撃に備えろ!』」

『レンジャー11了解! ありがてぇ! 早いとこ頼むぜ!』

『おっしゃまかせとけ! 発射ぁ!!』

 

 二人両肩、合わせて40発ものミサイルが上空に飛翔し、各々に狙いを定めて急降下する。

 巨大生物に狙いを定めたミサイルが、次々と着弾し、レンジャー11が苦戦していた巨大生物群は一気にその数を減らした。

 

『助かったぞスティングレイ1! この調子で頼む!』

『おおよレンジャー11! そらそらぁ! まだまだやったるぜぇー!!』

「ったく調子のいい奴だ……!」

 御子柴は腕部の二丁ロデオSS型ガトリングガンを、栗宮はガリオン軽量機関砲をそれぞれ発射する。

 

「ふん、フェンサーがわざわざこんな場所に陣取って狙撃とは、変わったやつもいたもんだな。頼もしいが、俺達の獲物は残しておけよ?」

 ブルージャケットの隊長、早坂大尉がリロード中に御子柴達を見て不敵にほほ笑む。

 

「ああ心配すんな! あいつら腐る程居やがっかんな! 何だったら勝負するか? 負けねぇぜ!」

「ちょっと馬鹿お前、相手は大尉だぞ! すんません大尉、こいつ見ての通りの馬鹿野郎なもんでして」

 相手を選ばず喧嘩を売る御子柴に対し、栗宮が焦った様子で止めに入る。

 

「……まあ、今は戦闘中という事で見逃してやる。腕もいいようだしな。ところで木崎曹長、手が止まっているようだが?」

「その重武装のフェンサー、もしかして貴方、”スティングレイの狂犬”? 盾を使わないで敵陣に突撃していって、重火器乱射して暴れまわるっていうあの!」

 

 御子柴に対し目を輝かせている彼女は、ブルージャケット隊の一人、木崎曹長という。

 なんでもいつかの戦闘でたまたま狙撃中スコープを覗いていたら、重火器二丁装備で暴れまくるスティングレイ隊の一人を目撃し、その強さに惚れ込んだのだとか。

 

「そうそれ俺! ってその名前そんな広がってんだ! ちょっとびっくりしたわ!」

「きゃー! やっぱり! 私ファンなんです! へぁ~、まさかこんなところで巡り合えるなんて!! ねえちょっとヘルメット外して見せてよ! これでイケメンだったらどうしよう……!」

「はぁ……、この恋愛脳……」

 早坂大尉がスコープを覗きながら呆れたように顔を歪める。

 

「コイツそんなイケメンじゃないぜ曹長……。言動に違わぬアホっぽい能天気な顔してるから見ない方が……」

「なにおう栗宮! だがまあ流石に戦闘中は無理だわな! また今度会ったらゆっくり話そうぜ! つー訳で今はスーパーガトリングタイムをひたすら楽しんじゃうぜっ!! オラオラァー!!」

 あんまりな事を言う栗宮に対して憤慨するが、そんなことは無視してひたすら弾幕を張り、ガトリングガンを放つ快感に身をゆだねる事にした御子柴。

 

「ったくホントマイペースなヤツ。……御子柴! 11時方向ダロガ多数! 戦車部隊が押されてる、ありゃあまずいぜ!」

 ダロガが進撃し、戦車部隊は半包囲されかかっている。

 単純な移動速度は戦車が上だが、建造物が砲撃で次々と破壊され、キャタピラと言えども移動が困難な場所がある。

 

「そうか! 頑張れよ栗宮!」

「いやお前もやるんだよ! ってそうか! ロデオじゃダロガには効き目薄いか!」

 全く効かない訳ではないが、やはり最低でも徹甲弾で無いと効果は薄い。

 

「そゆこと! それにやっぱあれじゃん、虫共に無双して殺しまくった方が楽しいじゃん! 大物狩りはなんかメンドイし、そりゃあ神谷かお前の領分だろ!」

 

「分かったけどお前メンドイとか言うな! とは言え俺だってガリオンじゃどうにもならんだろ!『柳中尉! 11時方向のダロガ数機、相手できますか!?』」

『こちら柳。目標確認した! ギガンテスと連携して攻撃する! こっちは任せておけ!』 

 スティングレイ1指揮官の柳中尉が応答する。

 

「ブルージャケット! いつまでもフェンサーに獲物を譲るな! 各員、ライサンダー装備! 新型対物狙撃銃の力、見せて見ろ!」

「「サー! イエッサー!」」

 ブルージャケットの早坂大尉を含む数名が、大型のライフルを伏せて構える。

 フォーリナーの技術を組み入れて旧極東本部開発部が設計した対ダロガ大型対物狙撃銃。

 ブルージャケット隊員が引き金を引くと、まるで戦車の砲撃音のような衝撃が響き、同時にダロガに風穴が空いた。

 内部機構まで貫通したのか、風穴は炎上し、機体各所から煙が上がる。

 ダロガ上面にある触覚のような粒子砲台も三本が吹き飛び、殆ど無力化できていた。

 

「一撃は無理だったが、それでもなんという威力だ」

 スペック通りダロガを一撃で屠る事は叶わなかったが、単純に旧型ギガンテス以上の威力を狙撃銃で出したと考えれば、驚くべき性能だ。

 問題は弾薬が高価であり数が用意できない事だが、それも量産体制が整えば話は変わるだろう。

 

『今の攻撃、ライサンダーか!? レンジャーの銃がここまでの威力を見せるとはな! 大したものだが、トドメは頂くぞ!』

 通信してきたフェンサーは、急ブーストで近づき、一個しかない砲塔から放たれる青白い砲弾を回避すると、ブーストジャンプでダロガとの距離を詰め、すれ違いざまにデクスター自動散弾銃を放った。

 

 ほぼ全弾が命中したダロガは、敢え無く崩れ落ち、機体内部から爆発した。

 その爆発を盾で防ぎ、新たな敵を探していく。

 

「ひゅー。神谷のやつ、やるじゃん」

「デクスターでダロガ墜とすとか、あいつも結構変なヤツだよな……」

 同じ小隊員である神谷の事を、御子柴と栗宮がそう評価する。

 

「いいとこ、見つけた」

 そんな中、新たな乱入者がビルの屋上に降り立った。

 どうやらウイングダイバー隊の一人のようだ。

 

「白石少尉! 後ろはお任せください!」

「……同じ小隊なんだから、少尉はいらない」

 ペイルウイング2の白石玲香少尉と、間宮の補充要員として配属された仁科少尉だった。

 

 そう言いながら、白石が構えているのはやはり狙撃用レーザーライフル。

 

「お? あんたなんか前会った事あるよな? 名前は確か……」

 御子柴が、スチールレイン作戦の時の記憶を呼び起こす。

 

「隣、危ない」

「ん?」

 

 狙撃用レーザーライフルを構え、目線をスコープから外さずに、近づく御子柴を警告する。

 その様子を見た早坂大尉が何かに気付く。

 

「その銃、まさかMONSTERか? 御子柴少尉、離れた方が良い、溶けるぞ」

「えっ? そんなやべぇ武器?」

「発射」

 御子柴が離れるのを待ったのか狙撃のタイミングを計ったのか。

 丁度御子柴が離れた瞬間、小声でつぶやいた白石が引き金を引いた。

 まるで落雷のような音を発し、圧倒的熱量のレーザーが照射された。

 まさに一瞬の出来事だったが、彼女が狙ったダロガは装甲を完全に貫通され、装甲の大部分も融解していた。

 当然ひとたまりも無くダロガは崩れ落ち、内部から爆散する。

 

「す、すげぇぇぇ!! あのダロガを一撃で撃破とか!! バケモンかよその銃は!!」

「凄いです白石少尉!! 周囲の巨大生物も余波で二、三体は仕留めてますね! MONSTERと白石少尉が居ればダロガだろうと何だろうと怖くありません!!」

 御子柴と仁科が両脇から白石やMONSTERについて騒ぐ。

 

「オーバーヒートした。援護して」

「お任せください! 白石少尉の珠の肌には指一本触れさせません!」

 実は先程からこのビルにも壁面を這って進んだ各種巨大生物が進撃しているのだが、中近距離装備のブルージャケット隊員や栗宮、仁科の活躍で乱戦は避けられていた。

 

「ふん、新たなライバルが現れたようだが、その様子じゃ一発で排熱限界に達するようだな。この隙に接近する残りのダロガも片付けるぞ!」

 早坂大尉が部下に発破をかける。

 白石も、ただ冷却を待つだけでが無く、もう一つの武器レーザーライフル”マグブラスター”を使って迎撃する。

 マグブラスターは、銃本体に内蔵電源があるタイプなので、ユニットが強制冷却状態でも使用可能な銃だ。

 その事もあって、マグブラスターはウイングダイバーの中では最もポピュラーな装備として評価が高い。

 相方の仁科の装備もマグブラスターだ。

 

「冷却完了。もう一発……」

 白石は再びMONSTERのスコープを覗く。

 が、そこで白石の動きが止まった。

 

「白石少尉! どうした?」

 早坂大尉が奇妙に思って声を掛けた。

 

「あれは……」

 

 白石がスコープから見ているものは、ダロガの揚陸艇だった。

 恐らくマザーシップから発艦しているだろうこの揚陸艇は、世界中に拡散して一隻に付き六機のダロガを投下する。

 レイドシップと違い装甲は脆弱で、ある程度の火力なら撃沈する事は可能だが、内部のダロガは頑強な為生存している事が多い。

 

 そんなフォーリナー揚陸艇だが、その内部に見慣れない物体が入っているのが見えたのだ。

 味方がそんな揚陸艇を放置するはずもなく、ニクスのロケットランチャーの集中攻撃で墜落した。

 

 問題は、その中身だ。

 そこから這い出てきたのは……。

 

「っ! 敵の、新型兵器……!?」

 白石が珍しく険しい表情をした。

 

 図体は10m前後、ダロガとほぼ同じ。

 ガンシップと同じ白銀の装甲を身に纏っているが、墜落の衝撃で損傷しているのを見ると無敵ではなさそうだ。

 だが、何より特筆すべきなのはその姿。

 

 人間と同じ二本の脚と腕があり、腕の先には銃器のような物が装備されていた。

 頭部は無いが、胴体の中心にある赤く光る窪みがあり、まるでこちらを見られているような感覚になる。

 

 後に、白銀巨兵”ヘクトル”と名付けられる二足歩行兵器が戦場に降り立った。

 

 




また無駄に(?)新しい奴増えたなぁ……。
そのうち自分も読者様も整理しきれなくなるのでもっと簡易的な人物一覧を作ろうか検討中……

新規登場人物

宮藤理恵(みやふじ りえ)
 第2エアレイダー小隊の随伴陸戦歩兵(レンジャー)
 階級は軍曹。
 主にエアレイダー小隊の運用する高機動型グレイプの運転手を務める。
 もちろん普通にレンジャーとしての戦闘もこなせるが、直接戦闘部隊に比べるとどうしても経験は少なめ。
 ただ保坂少佐の無茶ぶりに対応する為、運転技術はかなり高い。
 本人的には不満らしく、保坂少佐の愚痴を語らせれば一時間では収まらないと本人は言う。

早坂大吾(はやさか だいご)
 第二師団、独立狙撃大隊”ブルージャケット”の指揮官。
 階級は大尉。
 狙撃に於いての指揮、その技術どちらもEDF随一のベテラン狙撃兵。
 若いころは猟師として活躍していたが、環境の悪化に伴い続けられなくなり、稼ぐためにEDFの門を叩いた。
 巨大生物など所詮は獲物に過ぎないと思ってはいるが、同時に獲物に牙を剥かれる事もあると理解している。
 真面目な性格なのだが、猟師の頃の癖が抜けず、つい仕留めた獲物の確認に行ったり食えないかどうか実験したりするのを部下に止められたりしている。


木崎真理(きざき まり)
 ブルージャケット部隊員の一人。
 階級は曹長。
 普段はなんてことないのだが、変な男に惚れがちな恋愛脳の女性兵士。
 価値観がどこかズレていて、普通のイケメンに「何か違うのよねー」と言って告白を断った事がある。
 昔はそうでもなかったのだが、EDFに入り、「強さ」を重視する傾向になった。

神谷穣一(かみや じょういち)
 第105機械化歩兵連隊第一中隊”スティングレイ”第一小隊員
 主に機関砲や火砲を使うフェンサー。
 盾で身を護りつつの近距離戦を得意とし、特にデクスター自動散弾銃では、対巨大生物用として開発されたにもかかわらず、ダロガに散弾が通るぐらい接近して攻撃するという普通では考えられないやり方で多数の戦果を挙げている。


仁科秋香(にしな あきか)
 第一降下翼兵団第二中隊”ペイルウイング”第二小隊員。
 厚木市で戦死した間宮の後釜で、階級は少尉。
 隊長が戦死し解隊された部隊の一人。
 配属されて以来、白石のクールっぷりに惚れ込んで付きまとっている。
 


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第四十二話 白銀の巨兵(Ⅰ)

主人公の出番は無し……。
サブタイトルですが、折角のヘクトルお披露目シーンですしアイアンウォール中ですが変えました。



――2023年 3月30日 15:45 京都府京都市山科区――

 

 

「新型だと!? 厄介な!」

 早坂大尉がリロードを終え、ライサンダーのスコープを覗く。

 その先には、凡そダロガと同程度の図体を誇る、白銀の二足歩行兵器。

 

 ダロガを輸送する揚陸艇に搭載され、腕部に銃器のような物が付いている事から、明らかにフォーリナーの新型兵器だろう。

 

『ゴースト1より本部! 揚陸艇から投下された未確認のターゲットを確認! 攻撃を受けた為交戦状態へ突入しました!』

 コンバットフレーム中隊、ゴーストの通信が聞こえる。

 戦域では、白石たちが発見した機体以外にも多数存在するらしい。 

 

《こちら本部! 只今スカウトからの映像を受信した! 以後あの兵器をフォーリナーの新型兵器”ヘクトル”と呼称する! 全作戦部隊へ! 遠慮はいらない! 撃って撃って撃ちまくれ!!》  

『『了解ッ!!』』

 無線を聞いた指揮官の声が重なる。 

 

「ここに来て人型兵器とは……薄気味悪い!」

 早坂大尉が言い終える頃には、ライサンダーの特殊徹甲弾は、ヘクトルの中央にある窪みを撃ち抜いた。

 中央を撃ち抜かれたヘクトルは、その巨体故バランスを崩し、ダロガ同様、内部から爆発し、周囲を爆炎に包んだ。

 

「撃破した、行けるぞ!」

「こっちもだ! ライサンダーなら一撃で仕留められる!」

 他のブルージャケットの隊員も戦果を挙げていた。

 どうやら、ダロガ程の重装甲ではない様子だ。

 

 白石も引き金に手をかけ、狙撃する体制に移る。

 スコープの先には、機関銃のような銃器と、大きな筒を両腕に装備したヘクトルがいた。

 どうやらレンジャーと交戦中のようで、機関銃をビル群に向けて掃射していた。

 体はその方を向いているのに、片腕の筒だけが、白石をまっすぐ向いていた。

 

「っ!」

 

 捕捉されている――そう直感した白石は、迷わず引き金を引いた。

 理論上半永久的に供給されるプラズマエネルギーが瞬間的に供給され、一瞬で排熱限界に達し、強制冷却と共に照射が瞬きの間に終わる。

 

 ヘクトルは胴体が融解して大穴を開けたが、その筒からは青白い巨砲が既に放たれていた。

 

「まずいっ……!」

「栗宮、盾だッ!! 最大!!」

「おおよ!!」

 白石が戦慄し、御子柴が咄嗟に叫び、栗宮が前進し、盾を最大出力で構える。

 フェンサーと盾とは、単なる装甲ではない。

 内部に物理運動を減速させる”ディフレクター”という磁場発生装置が組み込まれており、これの出力を上げる事により、一時的に盾の防御力と範囲を向上させることが出来る。

 

「全員、飛べぇッ!」

 早坂大尉の言葉で、ブルージャケットがビルから飛び降りる。

 同時に、栗宮に放たれたエネルギー砲弾が炸裂する。

 屋上が爆炎に包まれ、ビルはその構造を破壊され崩壊していく。

 その爆炎から、兵士が次々と飛び出して、地上に落下する。

 

 だが栗宮の盾によって兵士への直接的な威力は最小限に済んでいた。

 元々、EDF兵士の身に着けるアーマースーツの対衝撃性は優れたもので、地上10階程度のビルからなら何とか着地できる。

 訓練された熟練のレンジャーならば問題はない。

  

「くっ……!」

 

 だが、それは訓練通り上手く受け身をとった場合だ。

 ウイングダイバーは軽量化の制限と飛行ユニットでの衝撃緩和の見込みでアーマースーツの機能が抑えられているし、白石は強制冷却中で飛行が出来ない。

 

 たかが数秒。

 しかし地面への墜落は免れない。

 打ちどころが悪ければ、死ぬ事もあり得る。

 

「よっと」

「あ」

 その白石を、無骨な両手が優しく抱えた。

 御子柴だった。

 

「今飛べねーんだろ? ちょっと硬ぇだろうけど、しっかり掴まってな!」 

「ん」

 白石は無表情で小さく頷いた後、振り落とされないように少し力を入れた。

 やがて御子柴は、スラスターを上手に吹かせて地面に軟着陸した。

 同時に飛行ユニットの冷却も終わり、白石は御子柴から降りる。  

 

「ありがと」

「どーも!」

 短いやり取りをして、それぞれに迫るα型を撃破すべく、直ぐに戦闘に移る。

 

「わ、私が抱えようと思ったのに、あんな奴に先を越させるなんて……しかもお、お姫様抱っこなんて……羨ましすぎるんですけど!!」

 その二人の背後で、喚き散らしながら巨大生物に八つ当たりしてる仁科を見たが、二人は意図的に無視した。

 

「まったく! ダロガによる砲撃は想定して居たが、まさかあんな巨砲に撃たれるとはな! 危うく狩られる側になるところだった」

 先に降下していた早坂大尉が御子柴を見つけて近寄る。

 

「お、スナイパーのおっちゃん! 生きてたか! レンジャーの服も結構頑丈なんだな!」

「早坂だ!! こちらは全員無事だが、我々の盾として巨砲を受け止めた栗宮少尉はどうなった?」

 α型とβ型の群れが迫る。

 降る酸と糸を早坂大尉はローリングで避け、ストリンガーを放つ。

 一発で三体の巨大生物を貫通し、息の根を止める。

 その死骸を踏みつけながら御子柴が飛び、頭上からハンドガトリング”ロデオSS”を全方位にばら撒き、弾丸の雨を降らせた。

 一見適当に撃ってるように見えるが、狙いは正確だ。

 

 その御子柴の更に頭上から、β型が跳躍して接近するが、それを早坂が見逃すはずもなく、御子柴の横を通り過ぎる頃には死骸になっていた。

 御子柴は早坂の隣に着地する。

 

「サンキュー早坂のおっちゃん! 栗宮ならすぐ降ってくると思うぜ! ここもそこそこ綺麗になったしな!」

「それでわざわざ広範囲を攻撃するような真似を……。それと、大尉を付けろ。おっちゃんは外せ」

「えー? 注文の多い奴だなー」

「……もういい。貴様よく軍隊で生きてこれたな……」

 頭痛でも起こした様子で頭を抱える早坂のそばに、栗宮が降下してきた。

 

「早坂大尉! ブルージャケット隊、それとペイルウイング2の二人! 怪我はありませんか!?」

「栗宮! 全員怪我ねーってよ! んな事よりお前がやべぇぞ!」

 答えようとした早坂と白石に割って入るようにして御子柴が具合を聞く。

 栗宮は左腕を中心に所々装甲が剥げ、見るからにもう戦闘できる様子ではなかった。

 

「あー、流石に左腕がイカレちまった。盾はお釈迦だし、治癒剤は打ったけど多分骨までイってるな。そのほかもまあ、見ての通りだ」

「そっか……悪ぃ。その怪我は俺のせいだ」

「ははっ! なんだよお前らしくもねぇ! お前の判断は的確だったと思うぜ。お前に言われなきゃ咄嗟に動けてたか怪しいし、そんときゃ全員まとめて吹き飛んでただろうさ!」

「分かってるけどそれでも気にすんだよ!! とにかく、お前流石にその怪我じゃもう無理だろうし、後方下がっとけ! ホントは俺も護衛してやりてーが――」

 

 目の前の建物が倒壊する。

 その後ろから現れたのは、三機のヘクトルだった。

 

「そうもいかねぇらしい! じゃあなッ!」

 御子柴は二丁のガトリングを使い、足元の巨大生物を蹴散らしながらヘクトルに銃撃を加えていった。

 それを期に、ブルージャケット隊が後方からヘクトルを狙撃。

 白石と仁科が接近する巨大生物を駆逐しつつ、期を見てMONSTERを使用。

 御子柴は状況を柳中尉に報告しつつ応援要請をした。

 

 やがてスティングレイ1の柳中尉、神谷少尉、

 ペイルウイング2の冷泉中尉、瀬川少尉も合流し、戦闘は激化していった。

 

――――

 

 崩れたビルの傍らで、戦闘は続く。

 

 ヘクトルの背後から接近した仁科は、マグブラスターで攻撃を加えようとするが、背中を見せたまま腕だけで仁科を狙う。

 

「きゃあぁ!!」

 

 空中でヘクトルのエネルギー榴弾に直撃し、爆発する。

 しかも狙いは非常に正確で、空中で更に二発、三発目が命中していく。

 

「こんのデカブツッ!!」

 瀬川が高速で飛行し、レイピアM2の連続照射でヘクトルの腕を焼き切る。

 腕を失った隙に、地上へ着地し、再び飛び上がり、本体を切り刻みに行く。

 

「仁科……!」

 周囲の巨大生物を狩りつつ、白石が倒れた仁科に駆け寄る。

 

「ぅ……まだ、やれます! 私、まだ、白石少尉のお役に……」

「もう充分。仁科は充分頑張った。少しの間、休んでて」

 仁科を抱えて、白石は優しい声で言った。

 

「白石、少尉……」

 仁科は満ち足りた顔をしてそっと目を閉じた。

 

「死んだ?」

『死んでない!』

 冷泉中尉が声を荒げてつっこむ。

 

『バイタルはちゃんとある! いいから仁科を抱えて後方に連れていけ!』

 小隊長用のヘルメットは多機能で、部下のバイタルが表示される機能がある。

 尤も、簡易的な物なので、死亡、負傷、無傷くらいしか分からないのだが。

 

「ん。了解」

 白石は仁科を抱えて、後方に停車するキャリバン救護車輛へと飛ぶ。

 

『玲香~。あんたその冗談分かりにくいからやめた方が良いわよ~? あんた意外と面白い奴だっての、知ってるの少ないんだから』

「そ」

 すまし顔で受け応える白石。

 ふと胸に妙な感触を感じて視線を下げると。

 

「お、お姫様抱っこされてる……幸せ……死んでもいい……」

「落とすよ?」 

 本当に幸せそうな表情で白石の体のあちこちを堪能する仁科がいた。

 

「うっ、意識が……がくっ」

 わざとらしく気絶したフリをされたが、手はもう動かなくなったので良しとする。

 いやいくら治癒剤を使用したとはいえ結構瀕死なのだから、気絶してもおかしくは無いのだが。

 

「ふっ……ほんと変な娘……」

 呆れたように少しだけ笑って、白石はキャリバンに飛び去った。

 

「ったくそれにしてもコイツら後ろにでも目ぇ付いてんのかしら! 狙い正確ったらありゃしないわ!!」

「胴体に一つ眼みたいなのついてんのにな! ありゃ何の意味があんだろうな!」

 ビルの瓦礫を盾にした瀬川と御子柴が愚痴る。

 人型という事や、胴体に眼のような赤い光点がある事から無意識のうちに背後からの攻撃を加えていたが、仁科の例もある通りどうやらまったく有効ではないようだ。

 

 直後、隠れていた瓦礫も吹き飛ばされる。

 

「ああもう! ちょっとはゆっくりさせろっての!!」

 瓦礫を吹き飛ばしたのは、手に円錐状の銃器を持ったヘクトルだ。

 その先端から、赤色の爆発性エネルギー弾を数発発射する。

 

「うおっ! こっち狙いかよクソ!!」

 御子柴がスラスターの機動で回避するが、それでもギリギリ被弾して衝撃で地面を転がる。

 一度体制を崩せば、ヘクトルは必ず追い打ちを仕掛けてくる。

 

「させるものか!」

 冷泉中尉が粒子ガトリング砲”イクシオン・マークⅠ”を放つ。

 高い連射性能と高密度のプラズマ粒子により高い攻撃性能を持つこの銃は、ヘクトルに対しても充分有効のようだが、撃破までは少々時間がかかる。

 が、攻撃によって若干狙いが逸れる。

 

「隙を見せたなでっかいの!」

 御子柴は立ち上がる前にハンドガトリングの引き金を引き、粒子弾と実銃弾の連撃で、ヘクトルは倒れ、爆発した

 

「ふーっ。ペイルのねーちゃん助かったぜ!」

「……それは、まさかとは思うがもしかして私の事を指して言っているのか……?」

 気安すぎる御子柴に対して、冷泉中尉が顔面を引きつらせる。

 

「おっと! やっぱウイングダイバーはおっかねぇな! 冷泉中尉、助かりましたよっと!」

「それでも微妙に癇に障るのだが……まあいい。まだ動けるな?」

「おおよ! まだまだ暴れんぜ!!」

 ひゃっほう! と叫びながら、御子柴はヘクトルの足元に居る巨大生物を駆逐しに行った。

 

「すまんな冷泉中尉。かなり失礼な奴だが、あれでも腕は立つ。俺の教育不足でもあるんだが……許してくれ」 

 ガリオン軽量機関砲で弾幕を張りながら、柳中尉が謝罪する。

 

「……いや。気に病むな、柳中尉。どんな奴かは大体分かった。むしろ心中察するよ。貴様も苦労したんだな」

 その冷泉中尉の脇を高速で通り抜けて、「アタシを置いてそんな大暴れなんて羨ましいじゃない! アタシも混ぜなさいよ!!」と言って瀬川が突撃する。

 

「ああ、なるほど。苦労はお互い様か……」

 ウイングダイバー一の突撃じゃじゃ馬娘として、実は瀬川もそこそこ有名だったりする。

 

『ああああ! 御子柴君! その暴れっぷり最高なんですけど!! そんなにカッコいい動きある!? あああ惚れるわ!! ちょっと! そこのウイングダイバー邪魔なんですけど!!』

『木崎曹長……。言い難いんだが、その、無線ONになってるぞ』

『え……。ぎゃああぁぁぁぁ! なし! 今の無しで!! 恥ずかしすぎるんですけど!!』

『ふふ~ん。ブルージャケットの木崎曹長~? ちょっと後でお話があるんだけどいいかしら~?』

 

「……皆、苦労しているようだな」

「……そうだな。まあきっと、悪い奴じゃあないんだが、色々と、な!」

 

 何となく脱力した冷泉中尉と柳中尉にヘクトルが機関銃を向ける。

 腕に直接装着されているそれは、ダロガの触覚や円錐型の銃に比べると最も人類が使用する銃器に酷似していた。

 そこから放たれるのは、青白い謎のエネルギー弾だが、その破壊力はフェンサーの盾ならば充分防ぎきれる程度だ。

 

「助かる、柳中尉!」

「ふん、その程度! フェンサーの防御力には効かん! 神谷、行けるか!?」

「イエッサー!!」

 神谷がスラスターを水平噴射し、武器をハンドキャノンに切り替えて砲撃する。

 ヘクトルは、攻撃を加えた神谷を認識し、片手に装備したエネルギー榴弾を発射する。

 

「くそ、しっかり狙ってきやがるな!!」

 エネルギー榴弾もなんとか盾で防げているが、攻撃の激しさに反撃が上手く行かない。

 盾の耐久度も確実に減っていくので、長くは持たないだろう。

 

『援護します!!』

 ブルージャケットの女性兵士、木崎曹長の声が無線で聞こえた。

 同時にライサンダーの発砲音が響き、神谷の目の前のヘクトルは撃破された。

 

「助かった! ……まずい! 砲撃型のヘクトルだ! デカいのが来るぞォ!!」

 神谷が気付くのと同時に、遠距離から放物線を描いてプラズマ砲弾が飛んでくる。

 

 軌道から着弾地点を予想して、皆が一斉に距離をとる。

 数秒後、その場所は地面が抉られる程の爆発に覆われた。

 

「なんて火力だ!! 御子柴、神谷! 無事か!?」

 柳中尉が呼びかける。

 

「こっちは無事だぜ! しっかしすげぇ威力だな!」

「御子柴と同じく。こんなのを栗宮一人に防がせたのか……。あいつには同情を禁じ得ないな」

 二人は何とか無事のようだった。

 

『冷泉より白石! そっちの状況は!?』

『こちら白石。今送り届けたところです』

『市街地外れの砲撃型ヘクトル、そっちから見えるか!?』

『今、確認しました。撃ちます』

 白石が言い終わった瞬間、後方からレーザーが瞬間照射され、遠方に居た砲撃型ヘクトルは撃破された。 

 

『早坂大尉! 左翼から新たな敵影向かってます! ダロガ2、ヘクトル3です!』

『了解した! 狙撃で対応できるか!?』

 木崎曹長から早坂大尉に無線が来る。

 

『なんとかやってみますが……ライサンダーの残弾、残り少ないです!』

『分かった、無茶はするなよ!?』

『サー! イエッサー!』

 

 これまでライサンダーの狙撃によって抗えていた状況が徐々に厳しくなっていた。

 

「冷泉中尉。ウイングダイバーから見て、あのヘクトルの相手はどうだ?」

 早坂大尉は冷泉中尉を見つけて声を掛けた。

 

「正直、相性が悪いですね。ヘクトルは近距離での捕捉能力が高い。我々ウイングダイバーの機動力を以てしても攻撃を完全に避ける事は難しいです。遠距離から攻めたいところですが、我々ウイングダイバーはそもそも中近距離の機動戦を想定された兵科です。白石少尉のMONSTERのような例外的な装備もあるにはありますが」

 

 ウイングダイバーにも狙撃用のレーザーライフルはあるが、出力が低かったりMONSTERのような極端な熱量を出したり、距離減衰が起こり威力が期待できなかったりあまり戦力としては嬉しくないものが多い。

 そもそも、兵科のコンセプトと合致していないのだ。

 

「なら、そこは俺達の出番だな」

 柳中尉が割って入る。

 

「俺の見解だと、このヘクトルってのは恐らく対人用の兵器だと思う。捕捉能力は高いが、装甲も攻撃もダロガ程じゃない。さっきのエネルギー砲弾は危険だが、それを除けば盾で十分に防げると見た。そこで提案なんだが、ヘクトルは俺と神谷少尉で盾を張って防ぐから、巨大生物をペイル2、後方からの狙撃をブルージャケットにお願いしたい。どうでしょう、早坂大尉」

 

 問われた早坂大尉は、柳中尉の提案に頷きながらも厳しい顔をする。  

 

「なるほど。いい作戦だが、あいにく数人負傷離脱している上に、ライサンダーの弾丸も残り少ない。ストリンガーでもいいが撃破は容易くはないな。それに予定通りなら作戦は間も無く次の段階に進むはずだ。ここは放棄して、一旦他部隊と合流した方が良いだろう。俺達でも対応できてるヘクトルなら、機甲部隊が居れば状況は楽になるはずだ」

「了解! 布陣通りなら500mほど先にレンジャー6、その奥に戦車隊が居るはずです。行きましょう。殿は我々にお任せを!」

 柳中尉のその言葉で、大方の方針は決まったようだ。

 

「よし、頼んだ。ほんの500mだが油断はするな! ペイル2! 道を切り開いてくれ! 後ろから援護する!」

「了解!! 行くぞ瀬川! 一番槍だ!」

「やったー! 得意分野ですぅ! そーれそれ切り刻むわよ!!」

 早坂大尉の命令で、ペイル2の冷泉中尉が前進し、瀬川がレイピア片手に巨大生物の群れに突撃する。

 無論、無策の突撃ではない。部隊の進行を妨げる個体を選んで優先的に刻んでいる。

 

「さて、こっちにも集まって来たな……。神谷、御子柴!」

 柳中尉の一声で、両脇に神谷と御子柴が戻って来た。

 

「話は聞きました。殿はフェンサーの役目です。御子柴! やるぞ!」

「おーよ! 寄ってくる奴ぁ全部纏めてミンチにしてやんぜ! 蟻んこ一匹通しゃしねぇ!」

 神谷がデクスター自動散弾銃と右肩の散弾迫撃砲、

 御子柴が二丁ハンドガトリング砲ロデオSSと両肩の重迫撃砲を構え、向かう敵に攻撃を開始する。

 

「御子柴! それは無理だ! 数体の取り零しは見逃して、集団の八割殲滅を――」

 神谷がヘクトルの機銃を盾で防御しつつ、散弾迫撃砲を発射。

 

「だー! 気分だよ気分! お前ホンット冗談っつーかノリが通じねぇな! そんな真面目に生きてて楽しいの?」

 御子柴は神谷を狙ったヘクトルに、至近距離で重迫撃砲を直撃させ、その反動で距離を取る。

 背後を狙っていたβ型は柳中尉が人知れずガリオン軽量機関砲で処理していた。

 

「うるさい! 四六時中不真面目な君と違って俺には常識ってのがあるんだよ! それに俺だって冗談くらい言ったりする!」

「えー? お前がぁ? 聞いたことないぜ! なら今なんか言ってみろよ? ほら? なんか言えよーー!」

 立ち位置を入れ替え、近距離でデクスター、中距離からロデオSSを浴びせ、ヘクトル一機と周囲の巨大生物を一掃する。

 

「……御子柴、抑え役の栗宮が居ないからって勝手するな。神谷は御子柴の言う事をあまり真に受けるな。とにかく他部隊にあんまり恥ずかしい所を見せるんじゃないよもう」

 最後は愚痴っぽくなりながら、ガリオンの装填を済ます柳。

 その背後には、神谷と御子柴を抜けて通った巨大生物の死骸が重なっていた。

 

 早坂達の移動は順調に進み、数分後には無事合流を果たし、ダロガ、ヘクトル、巨大生物の群れに対しなんとか戦果を挙げていた。

 

 しかし同時に、東京のインセクトハイヴから飛び立ったある集団が、この戦域に侵入を開始していた。

 

「ねえみんな、空を見て! 何かいるわ!」

 木崎曹長の声で皆が空を仰ぐと、そこにあったのは無数の黒い点。

 

「おい、あれってまさか作戦で言ってた……」

「……ああ。ついにお出ましか。空飛ぶ獲物とは腕が鳴る!」

 早坂大尉の睨みつける先には、以前からインセクトハイヴ周辺に確認されていた巨大生物の新種、

 侵略性巨大外来生物γ(ガンマ)型――巨大な雀蜂そのものが、空を覆うような数で飛来していた。

 

 




さて、今度は蜂です!
今まで敵主力がα型、亜種、β型、ダロガ、ガンシップくらいしかいなかったのでここらへんで増やしていきます。
所で、名前がγ型になっているのですが、ゲーム中でγ型と言えばあのダンゴムシ。
でもなんかアレかっこ悪いと言うか……いまいち話に生かしきれそうにないのでこの世界から存在を抹消しましたw
ホントなら蜂は飛行型と呼ばれるのですが、折角だしお揃いでギリシャ文字付けてあげたいなと思い、
蟻型・α型
蜘蛛型・β型
蜂型・γ型
のように大まかな特徴で分類出来るように名前を付けました。
それぞれに亜種や大型種もいますし丁度いいかなと。

地球防衛軍5やってた方からすれば違和感しかないと思うんですが、そこはまあ慣れてくださいって事でw


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第四十三話 白銀の巨兵(Ⅱ)

久々の更新です!


――2023年 3月30日 16:00 琵琶湖内 EDF太平洋連合艦隊旗艦 リヴァイアサンCIC(戦闘指揮所)――

 

 

「榊司令! 戦域にγ(ガンマ)型の侵入を確認! 伊吹山観測所の事前情報ですと、総数およそ四千体のうち、先行した千体程度と思われます!」

 

 柊中尉が、戦場に配置された簡易レーダーを読み取って報告する。

 

「全長11mの雀蜂が空中に全部で四千体か……吐き気がするな」

 

 柊中尉の横に立って顔をしかめるのは、副司令官の秋元准将だ。

 

「だがタイミングとしては予定通りだ。小原博士、ルアルディ中尉、君達のお陰だ」

「えへへ。お役に立てて良かったです」

 

 榊中将の言葉に、ルアルディ中尉は嬉しそうにほほ笑む。

 二人には、まだデータの少ないγ型の分析と、結果導き出された予測移動経路と時間を算出してもらった。

 お陰でEDFは、迎撃準備が万全に整っている。

 

「γ型の場合、あの巨躯に対して四枚の羽根部分が地球種の羽よりも比例的に軽くなっているが、計算通りの速度が出せたという事は、我々が思っていたより地球種の特徴に似通っているのか、あるいは――」

 

 小原博士はぶつぶつと顎に手を当て考え込んでしまい、秋元准将がやれやれといった呆れ顔をする。

 茨城博士とはまた違った感じの変人であることは有名だ。

 

「細かい分析はせめて頭の中でやってくれると助かるがねぇ、小原博士。して、榊司令。前線部隊も損耗が出始めています。こっちもそろそろ頃合いでしょう」

 

 秋元准将のその言葉を、榊中将が受け取る。

 

「ああ。作戦を次の段階に進める。ここからが正念場だ!」

 

 榊中将は全域に開かれた無線機を手に取る。

 

『全作戦部隊へ告げる! γ型巨大生物の戦域内侵入を確認した! 機甲部隊、フェンサー部隊が殿となり、それ以外の部隊は西へ即時移動せよ! 同時に京都市中心部にて待機中の第二陣は攻勢開始! 第一陣の背後に回り込んだ敵群に挟撃をかけ、市街戦に持ち込め! 稲荷山に布陣する対空迎撃部隊は上空第一陣を追って急襲するγ型を叩き落せ!』

 

 大まかな方針を示し、一拍置くと、声に力を込める。

 

『これよりアイアンウォール作戦、第四段階を開始する! 全軍行動開始せよ!!』

 

 榊中将の一声で、全軍が動き出し、CIC内に設けられた簡易司令部も慌ただしくなる。

 

「待機中の第二陣、第七から第九戦車連隊、及び各陸戦歩兵大隊の移動開始」

「スカウト4より入電! 巨大生物第三派進撃を確認! 地中振動計による推定個体数、およそ二万!」

「琵琶湖上のレイドシップ11隻、大津港から京都市に上陸開始! 第16歩行戦闘車(コンバットフレーム)中隊及び第三降下翼兵団、迎撃開始!」

 

「宇治市周辺にヘクトル12機が降下! 武装は……大型砲です、大型プラズマ砲を装備した砲兵型です!」

 

「”砲兵”型ねぇ……。榊中将、コイツら、どう考えます? 個人的な見解で構いませんが」

 

 人類の兵科を真似たような役割に、秋元准将は引っかかりを覚える。

 

 ヘクトルの出現は地球上どこにも前例がない。

 つまり完全な初接触という訳だ。

 元々フォーリナーの戦力にあって、初めて投入されただけなのか、もしくは完全に新規で設計されたのか。

 確かめる術はないが、人型であるという事が、現場も上層部も酷く衝撃を受けた。

 

「ふむ……。やはり、我々地球人類の姿や兵器を真似して作り上げたものだろうか。これまでの敵兵器に比べて、元々フォーリナーの兵器と考えるには、人類との共通点があまりに多い……」

 

 ダロガと比べれば、その差は一目瞭然だ。

 尤も、共通点がどうのと言い出せば、一番先に問題となったのは地球の昆虫をそのまま巨大化しただけの巨大生物種であるのだが。

 

 その由来については様々な憶測ばかりが飛び交っていて、未だにはっきりとしたことは何一つ分かっていないのが現状だ。

 

「ここに来て急に出現した人型の兵器に、人類軍の機関銃に酷似した兵器、とくればまあ当然ですかねェ……。奴らも人間か、あるいはEDFに対してちったぁ興味持ってるってことですかい。ルアルディ中尉はどう思う?」

 

 秋元准将はなんの気なしにルアルディ中尉に意見を振ってみる。

 今は命令を蹴ってここに居るとは言え、彼女も戦略情報部の一員。

 今までの情報と合わせて、何か気付くこともあるかも知れない。

 

「わ、私ですか? ちょっと推測の混ざった話になっちゃうんですが……、多分私達人間をまねて作った兵器じゃないかっていうのは同じ意見です。もしかしたらダロガですら、別の惑星を侵略した時に住んでいた原生生物を真似て作った兵器という可能性もあります。だとすれば、私達人類も、新型を投入するほどの脅威だと、初めて認識されたのかもしれませんね」

 

 手元でコンソールを操作しながら、器用に話し出す。

 

「今まではたいして脅威とも思われてなかったって事か……ぞっとしねぇ話だな」

 

 ふん、と鼻を鳴らして低い声で秋元准将が悪態をつく。

 

「それと同時にこの兵器は”対人兵器”として造られているんじゃないかと思っています。詳しく分析してみない事にははっきりとした事は言えませんが、狙いの精密さと装甲の薄さから見てその可能性は十分にあると思います」

 

 ルアルディ中尉が戦闘中の部隊の様子、無線、偵察隊からの報告や映像を見て総合的に判断する。

 

「脅威となる歩兵に合わせて、カウンターとして造られた対人兵器か……。どのみち、歩兵で相手取るには分が悪すぎる相手だ。よし、作戦を微修正し、機甲部隊にヘクトルの相手をさせる! 機甲部隊とヘクトルの現在位置を、サブモニターに映し出せ!」

 

 榊中将は大まかな方針を決定し、司令部要員に指示を出す。

 

「了解!」

 

 一方現場では、作戦段階の前進やヘクトル、γ型の出現により大きく状況が動こうとしていた。

 

 

 

――16:15 京都府稲荷山 第二師団付砲兵旅団 第一対空砲兵群――

 

 

「後退する各兵科、麓の稲荷山トンネルを通過! 後続のフォーリナー多数ですが、こちらに気付いている様子はありません!」

「上空のγ型、距離3000まで接近!! 地上部隊を追ってる模様!」

「火器管制、弾薬装填、オールクリア! 少佐、いつでも撃てますぜ?」

「少佐! γ型、目視で確認!」

「総数、およそ千! 本部の情報と一致している事から、γ前衛群に間違いありません!」

「γ型、距離2000まで接近!! 少佐!」

「よぉし! 全車輛、迎撃開始!! 撃ち落とせぇー!!」

 

 瞬間、EDFの対空車輛”アンモナイト自走機関砲”や”ネグリング自走ロケット砲”から一斉に機関砲弾や小型対空ミサイルが射出される。

 

 アンモナイトは砲塔にある四本の砲身から、毎分700発の近接信管式40mm砲弾が発射された。

 砲弾は、γ型に直撃しなくとも信管が作動し破裂、致命的なダメージを与えて撃ち落とす。

 

 ネグリングは、元々は対ガンシップ用に開発された小型高速ミサイルを今回も使用していた。

 小型化と高速化を図った故に威力は大きく劣るが、厚い装甲を持たないガンシップやγ型には狙い通り十分な効果を発揮していた。

 

 更に大幅なコストダウンによって同時発射数が、小型化によって搭載量が大きく向上しており、数の暴力に対抗する為の抗いは充分功を成していた。

 

 空に向かって無数の砲弾や小型ミサイルが白い尾を引いて飛んで行き、空中で死骸を量産する。

 もともと、飛行するための軽量化なのか、α型程の甲殻も無く、対空砲や小型ミサイルによって胴体は簡単に千切れ、抉れ、爆散する。

 空中で紫色の不気味な体液を撒き散らし、千切れた死骸と共に雨のように地上に降り注ぐ。

 

 そんなγ型にとって悪夢のような光景でありながら、彼らは回避らしい回避もせず蛇行しながら地上を目指す。

 生物としての常識を超えた愚直なまでの前進。

 巨大生物が生物兵器として見られる一面である。

 

 

「ははぁ! 見ろよ、奴らこの弾幕に馬鹿みてぇに突っ込んでくるぜ!」

 

 アンモナイト自走対空砲の砲手を務める片岡曹長*1は回避すら行わないγ型に対して小馬鹿にするように言い放った。

 時が経つごとに墜落する個体は山のように増え、こちらが優勢である事に疑いの余地はない。

 

 

「気を緩めるなよ片岡、奴らの武器は数だ」

 

 車長の青塚少尉*2が気を引き締めさせる。

 一方、そんな常識が一切通用しないのもフォーリナー戦争の常だ。

 

「分かってますってぇ! だからこっちも数を用意したんでしょ? ま、盛り上がれるうちに盛り上がっときましょうよ!」

 

 分かっているのか居ないのか、曖昧な返事を片岡は返す。

 皆気分は同じようで、無線ではγ型に対する罵詈雑言が飛び交っていた。

 

『羽虫が!! 人類の兵器に勝てるかよ!』

『こいつら脳みそついてんのかぁ!? 避けもしないで撃たれてやがる! 目を瞑ってでも当てられるぜ!』

『そぉら! 弾丸の味はどうだ!?』

『今まで良くも散々やってくれやがったな蜂野郎!! とっとと巣に帰れ!!』

『このネグリングから逃げられると思うなよ! 虫ケラめ!!』

『EDFを舐めるなよ!? 下等生物共が!!』

 

 ほぼ上空から、急降下してくるように襲ってくるγ型に対して、圧倒的な濃度の弾幕が行く手を阻む。

 火力を抑えている為派手な爆発こそないが、ミサイルは一体一体確実に爆殺してゆき、対空砲弾は圧倒的な連射速度と捕捉力で薙ぎ払うようにしてγ型を叩き落す。

 

 少し離れた前方には死骸や飛ぶ能力を失ったγ型が次々と地面に墜落していき地響きが断続的に続く。

 堕ちた衝撃でγ型の甲殻がつぶれ、不快な音と共に体液が辺りに撒き散らされる。

 

 その様子はまさに害虫駆除と言った言葉がふさわしい、あまりにも一方的なものだった。

 

 だが、それは長い長い対空戦の、ほんの序章に過ぎなかった。

 

『ははは!! これがEDFの力だ! とっととくたばって――』

「――井上? どうした!?」

 

 突然途切れた戦友の無線に疑問を抱き、彼のいる車輛に目を向けた。

 視認性の高い全方位型モニターの左を向くと、そこには3m程の銀色の針がネグリングに突き刺さっていた。

 衝撃で車体はぐしゃぐしゃにひしゃげ、一目で中の乗員も無事ではない事が分かった。

 

「――は」

 

 そしてそれがどういう事か、理解した瞬間。

 

「田辺ぇッ! 全速後退ッ! 片岡ぁッ、針を迎撃しろ急げッ!!」

「ちっくしょォッ!!」

 

 青塚少尉の怒号に思考より体が反応し、片岡は頭上に迫る針に向け対空機銃のトリガーを引く。

 同時に車体が急発進、半秒後には先程までいた場所に針が次々と刺さっていった。

 頭上の針は射撃によって軌道がズレ直撃を免れたが、一瞬遅かったら串刺しになっていた所だった。

 

 恐ろしい攻撃だ。

 巨大生物γ型は、α型であれば酸を出す腹部から、3m強の鋭い針を射出しているのだ。

 砲弾並みの初速で放たれるそれは、砲弾以上の鋭さでアンモナイトとネグリングを狙う。

 

 着弾した針は、鋭さ故に半分以上が地面に埋まり、その初速ゆえに衝撃波で更に周囲にダメージを与える。

 

『全車後退、後退だ!! 移動しつつ引き続き対空射撃!!』

 

 一瞬遅れて、対空砲兵群の指揮官が命令を出す。

 その頃には、降り注いだ針によって多くの車両が串刺しになり、炎上していた。

 

「クソ、話には聞いてたが、針が思ったよりデカい上に鋭いじゃねぇかよこの野郎!! ちくしょう、やってやんよクソがぁぁ!!」

 

 片岡はやけくそになりながら、頭上から迫るγ型の群れを射撃する。

 一体一体を堕とすのは容易い。

 だが、先程までの密集した弾幕ではなくなった為、更に距離を詰められていく。

 いつの間にか射程に入ってしまったのだろう。

 

 まだγ型に対してのデータが少なかったゆえに、射程に関する警戒が十分ではなかった。

 気が付くと対空砲兵群は、戦力の六分の一ほどを一瞬にして失ってしまった。

 片岡が迎撃するγ型の背後は、無数の針が突き刺さり、幾つもの車輛たったものが炎上するさながら墓場となっていた。

 

 だが、上空で殲滅出来ないのは当初から分かりきっていた事だ。

 ここから、対空部隊とγ型の殴り合いが始まる。

 

 対空迎撃戦は、未だ始まったばかり。

 

 

――17:00 京都市内 京都駅付近 八条通り「第一陸戦歩兵大隊 第88レンジャー中隊 レンジャー2-1」――

 

 

 我々は作戦第四段階、敵部隊の市中誘引による、市街戦での各個撃破の真っ最中だった。

 

「浦田! 右だ、取り逃がした!」

 

 私が仕留め損ねた手負いのβ型が宙を飛び、浦田の右側面に着地する。

 糸を吐き出そうと尻(昆虫の部位的に言うと腹部)を持ち上げるが、

 

「俺の方が早いね!」

 

 AW-15”フューリアス”*3の連射で目玉を幾つか潰されて断末魔を上げる。

 β型は耐久力がそれ程高くないのが救いだ。

 

 だが、その死体を押しつぶすようにして上から更にβ型が三体、四体と降ってくる。

 

「多過ぎだろ!?」

「それはチャンスですね!」

 

 嬉しそうな声と共に、浦田の脇をロケット弾*4が通り過ぎる。

 一瞬後、β型は攻撃寸前の硬直を襲われ、見事に爆散した。

 が、あまりの爆風に、浦田が顔を手で覆う。

 

「あっつ、あっづ!! 葛木てめぇ! 距離考えろってぇの!!」

「ちゃんと考えましたよ~。ほら、元気そうじゃないですか!」

 誤爆寸前の距離での攻撃を、特に気にすることなく葛木は呑気に答える。

 

 が、あの距離でもし四体の糸を喰らえば、瀕死は間違いない。

 葛木の判断は正しかった。

 

「けど、釈然としねぇよなぁ。なぁ仙崎?」

「む? あの程度の爆風なら簡単に避けられないか?」

「爆風を避けるってなんだよ! くっそ、話になりゃしねぇ!」

 

 言いながら、私の背後に回り込むα型を刈り取る。

 さすが、浦田、リロードの隙のカバーがそれとなく上手い。

 今の所乱戦に於いて、彼ほどフォローの上手い兵士を私は見た事がない。

 

 

――――

 

 

 仙崎達がβ型の第一波を退け、α型の残党を掃討する頃、状況が変化する。

 

「駅方面からβ型の大群がそろそろ到着する! 囲まれないうちに西に移動するぞ! 第二分隊、先頭だ!」

「サー! イエッサー!! 行くぞ、お前達!」

 

 大林中尉の指示に、荒瀬軍曹が声を張り上げる。

 眼前に割り込んだα型に銃撃を浴びせ、痙攣する死体を避けて進む。

 

「って、この壁を突破するのかよ!? ここで戦った方がいいんじゃねーですかい!?」

 

 並み居るα型の大群に、馬場が戦慄しつつ、突進するα型亜種にTFアンガーGD*5を浴びせる。

 半径20mの猛爆風があたりを包み、5体以上の亜種を一気に殲滅する。

 

 続く二発で両脇を抑え込み、前進しながらリロードする。

 回転式弾倉は、リロードに時間がかかるのが欠点だ。

 その隙を縫い、生き残っていた亜種が馬場を喰らおうと牙を下げて突進するが、

 

「そこっす!」

 

 直後、装甲殻の剥げた箇所をスナイパーライフル*6の銃弾が抉り、貫通する。

 水原の援護狙撃だ。

 

「β型に囲まれれば命はない! レンジャー7との合流は諦めて、フラウンダー1と連携し、活路を開く!」

 

 強酸が荒瀬軍曹を襲う。

 仙崎のようにすべては回避しきれていなかったが、日に日に強化されているアーマースーツはある程度酸を弾く。

 そうしてアーマーに限度が来る前に、全力射撃で敵を殺す。

 半ば強引な突撃戦術で、荒瀬達レンジャー2-2は道を切り開いてゆく。

 

 レンジャー7とは先ほどまで互いに背後を預けあっていたのだが、ダロガやヘクトルの介入で分断されてしまった。

 向こうにはウイングダイバー隊が新たに合流しているので、こちらも孤立する前にさっさと他部隊と合流するべきだ。

 

 

「あの不良中隊!? あいつらのいる戦場って、たいてい地獄だって聞くんですけど!!」

 

 細海が荒瀬軍曹のリロード中、カバーに入る。

 アサルトライフル*7で腹部を振り下げて射撃体勢に入るα型の、その腹部を狙い撃つ。

 従来の武器ならば仕留めきれなかっただろうが、弾丸は数発で腹部をズタズタに切り裂いて巨大生物を絶命させた。

 

「それは偏見が過ぎるんじゃぁ……。でも確かヘクトルと戦ってるとさっき言ってましたっけ? 僕たちだけで相手をするのはキツそうですが……」

 千島が死骸を跳ね除けて強引に迫るα型亜種の牙に、ショットガン*8を連続で叩き込む。

 

 徐々にα型亜種の甲殻は剥げ、次々叩き込まれる散弾についに体液を吹き出し絶命した。 

 

「千島、さっきの通信聞いてなかったの!? ヘクトルは戦車部隊が相手するって、本部も言ってたじゃない! 私達だけで相手なんて……」

 

「いや、すまん! 戦車部隊の到着はまだだ! あと10分程度でヴァーミリオン中隊が来るはずだが!」

 

 細海の声を、荒瀬軍曹が遮って謝る。

 ヘクトルは正確無比な射撃を行う歩兵に脅威の侵略兵器と聞く。

 正確な情報ではないが、犠牲になった兵士もこの短時間で多くいると知る細海の顔が恐怖に歪む。

 

「はっはっは! まぁ、お前の大嫌いな蜘蛛モドキは2-1が相手してんだ! それに何と言っても念願の機械系の敵が相手だ! 汚くなくて良かったじゃねぇか!!」

 

 対して、馬場が何でもないように茶化して笑い飛ばす。

 それが細海を気遣ってか、何も考えてないのか不明だが、

 

「た、確かに蟲系は苦手って言ったけど! 脅威度が違い過ぎない!? あぁ、もう、なんかムカつくわね……ガンシップ、ダロガ、ヘクトルに歩行要塞とか、空気読んだように急に機械系の敵を出してくるアイツらが!! そんなに戦力あるんだったら最初から蟲なんか使うなって言うのよっ!! まったくもう!」

 

 身勝手と言えば身勝手な理由で憤慨する細海を見るに、いい効果はあったようだ。

 そんな細海の背後に、どこからか飛んできたβ型が突然着地する。

 

「細海さ――」

「――っ!」

 

 葛木がロケットランチャーを構えるが、流石に細海に近すぎる。

 細海は咄嗟に振り向くが、迎撃が間に合わない。

 

 一瞬の間に死――とまでは言わないものの、重傷の危機を悟った細海だが、しかしβ型は突然脳天から真っ二つに裂けた。

 そしてその体液は、断面の都合上目前の細海にかかった。

 

「……、……は? えっ、汚っ!!」

 呆けた細海が最初に漏らした言葉はそれだった。

 

「無事か小娘。己の好悪で呆けるのは感心せんぞ」

 そして細海の眼前に立っていたのは、大剣を肩に担いだ大柄のフェンサーだった。

 まあ、フェンサーの鎧は全て同一規格だが、大剣の存在感が彼を大きく見せていた。

 がそれ以上に、枯れた喉から発せられる低い老人のような声が印象に残る。

 

『こちらフェンサー”ランドガルド”中隊! たった今一区切りついたところだが、レンジャー2、助けが居るか?』

 同時に、レンジャー2に向けて部隊間通信が届いていた。

 

『助けてから言わんでくださいよ、月島大尉……。まあ頼みます! 丁度手が足りなかったところで! 来たからには存分に活躍、期待してますよ!』

 

 大林中尉は、ランドガルド中隊指揮官の月島大尉の応援を受け入れ、連携を取っていく。

 

『そういう訳だ、太斎さん! レンジャーにフェンサーの戦い方を見せてやれ!!』

『承知。はッ!!』

 短く言葉を切った太斎と呼ばれた大剣のフェンサーは、スラスターを吹かせてα型に近づくと、

 

「ちぇすとォォォォーー!!」

 大剣を横なぎに一振りし、数匹のα型を一気に薙ぎ払った。

 フェンサーの膂力を全開で使ったその一撃は、重量だけで凶悪な一撃と化すが、そこは歴としたEDFの近代兵器。

 フォース・ブレードと言う名のそれは、振る瞬間、如何なる原理か刀身からエネルギー波を放出し、数メートル先まで斬撃を飛ばしていた。

 エネルギー波での攻撃もα型を大きく傷つけ、それを好機とばかりに、千島や細海が確実に仕留めていく。

 

「ふん! この程度か巨大生物共! もっと儂を楽しませて見せろ!!」

 大剣を振り回しながら、太斎中尉が吠える。

 豪快と器用さを兼ね備えたその剣技は、それだけで見るものを魅了する巧みさだった。

 

 多角機動でブラストホールスピアを使いこなすグリムリーパーや、単機突撃、近接射撃を得意とする御子柴、そしてフォースブレードで無双する太斎を例に挙げると特殊に思われるかもしれないが、

 ”フェンサー”の名の通り、本来は重装甲高機動を駆使しての接近戦をコンセプトに作られた兵科、兵器であり、射撃砲撃武器はそれを個人や部隊間で補うための物でしかない。

 

 彼らこそがフェンサーの潜在能力を十全に発揮し、逆に言えばほとんどのフェンサーがその機能を持て余しているとも言える。

 

 とは言え、一部の天才に合わせた戦術や兵器は戦場では役に立たない。

 むしろ取れる戦術の幅の広さがフェンサーの価値と言い換えてもいいだろう。

 

 が、やはりだいたいの天才は特異な人格を持っているのが多いのか、巨大生物の返り血(体液だが)を浴びて高笑いする太斎に細海はかなり引き気味だ。   

 

「た、体液浴びて気分最悪だし、正直やべー奴だって思ってるけど、助けられたし一応礼は言っておきます。ありがとう」

 

 周囲の小集団を掃討し終わった隙を見て、細海は嫌悪感を隠さない表情で太斎に軽く頭を下げる。

 

「儂は斬りたい奴を斬ったにすぎん。それに、そのような顔をしてまで態々礼を言うものではないぞ」

 

 さすがに不快に思ったのだろうか?

 それを知るには、太斎の声は抑揚が少なく感情が読み取れない。

 

「た、体液まみれになるのは最悪だったけど、それでも死ぬよりは助かったって話です! 自分の感情に嘘はつきたくないので! 感謝してるのは本当なんです! では!」

 

 語尾を強めに言い放って、そそくさと走り出す細海。

 

「ふむ。まったく、不器用な小娘だ」

 

 太斎は細海を、最終的にそう判断した。

 

「……まったくもう……。反撃できなかった自分のマヌケさと、あんなトコに飛んできたくそ蟲にイライラする……ああもう! 汚物飛ばさないで!!」

 

 太斎と別れた細海は、飛んできた強酸のショットガンを躱す。

 若干かすりつつ、AS-20D*9の正確な射撃で一体を仕留める。

 続く四体、五体。

 

「葛木! あそこ!」

「え? わぁ、いっぱいいる! ていやっ!」

 

 青い顔をしながら、気の抜けるような掛け声で放たれたクセルクセスのロケット弾は、五体全てを巻き込む絶妙な位置で炸裂し、大きな爆炎を上げる。

 

「ふぅー。通った所は随分綺麗になったし、もうすぐフラウンダー1のとこだね」

「……そ、そうね。それより補給コンテナが欲しいわ。だいぶ酸にやられたし」

 

 まだ散発的な戦闘は続いているが、粗方片付いたといっていいだろう。

 細海は辺りを見回して、事前に配置された補給コンテナを探る。

 

「そうかな? まだいけると思うけど。補修用のスプレーで十分じゃない?」

「ま、まあ、そうなんだけど違うの! 着替えたいの!! 見てコレ! 体液で汚い、超汚いじゃない!!」

 

 巨大生物の体液は、意外なことに人体に害はない(とされている)。

 体液に塗れたとしても機能上問題はないのだ。

 

「え~? そんな事気にしたらこの先やっていけないと思うけどな~?」

「うう、確かにそうなんだけど、ああもう! なんか綺麗にする方法ないかしら!」

 

「爆風でふっ飛ばしてあげようか?」

「あんたの発想が怖いんだけど!!」

 

 走りつつ、α型を掃討しながら進む二人の前に、爆発と共にビルが崩れる。

 

「きゃあ、な、なんなの!?」

「うひゃぁ! ヘクトルだ!! 逃げよぅ!」

 

 爆発に対する葛木の行動は、上ずった声に対して機敏だった。

 細海の手を引いて素早く民家の物陰に隠れると、ヘクトルの右腕から青白い機銃弾が放たれ、民家を粉々にしていく。

 

 ヘクトルとの戦闘が始まった。

 

 

 

*1
 アンモナイト自走対空砲の砲手。34歳曹長。酒とタバコとギャンブルをこよなく愛する。言葉が汚い。

*2
車長。29歳少尉。視野が広くて機転が利く優男。

*3
D.R.O.Sアームズ社が開発したアサルトライフル。「激怒」の名の通り、瞬発的な火力を重視して設計された

*4
FX-31”クセルクセス”ガプス・ダイナミクス社が開発したロケットランチャー。同社が開発した新型爆薬「セレウコス」によって半径28mの爆風を起こす

*5
D.R.O.S社とガプス社が合同で開発したグレネードランチャー。新型爆薬「セレウコス」が採用されており、小型弾頭ながら非常に火力に優れる

*6
SH形スナイパーライフル”ソナチネ”。S&Sマテリアルズが設計・開発した高火力の狙撃銃。フォーリナーの技術をふんだんに組み込んだライサンダーには及ばないが、射程、火力、精度において高レベルの完成された狙撃銃

*7
AE-32GDⅠ。もともとEDF北米戦線で主流だったAE型アサルトライフルにガプス社が手を加えた改良モデル。「1S-2B」方式をとっており、その弾丸の初速はアサルトライフルとしては驚異の1400m/s。これは従来の対物狙撃銃並みの高初速だ

*8
PC型ショットガン”ハリケーン”。カーン・ワン社が開発した連射式ショットガン。EDF製のスパローショットと違うのは、ドラムマガジンを採用している事である。これにより連射とリロードの簡素化を両立させ、装填数も30発と多い

*9
EDF工廠が開発した現在の主力兵器AS-20の単発火力に優れたDモデル。当たり所によるが、α型標準主を一撃で倒すことが出来、射程、リロード、何より信頼性のバランスの取れた良銃




戦闘自体は書いてて楽しいんですけど武器調べたりするのにめちゃ時間かかりました(汗
では人物紹介!

太斎湊(ださい みなと)(60)
 第202機械化歩兵連隊第三中隊”ランドガルド”第二小隊、小隊長。
 階級は中尉。
 地方の剣術道場の出身であり、古風な老兵。
 梢流と呼ばれる極めて実践向きの剣術を収めており、剣に拘らず使えるものは何でも使う為、別に銃に対する抵抗はない。
 フォーリナー襲来より10年前国防、いや地球防衛を志す一人類としてEDFの門を叩く。
 その剣術を十全に生かし、フェンサーとしてフォースブレードというベテラン向けの兵器を巧みに操る。


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第四十四話 白銀の巨兵(Ⅲ)

――2023年 3月30日 17:15 京都市内 京都駅付近 八条通り「第一陸戦歩兵大隊 第88レンジャー中隊 レンジャー2-1」――

 

 

「走れ! 進め! 撃ち続けろォー!!」

「「EDF!! EDF!!」」

 

 荒瀬軍曹達、レンジャー2-2が前衛でα型や亜種から道を切り開いている間、我々後衛組は京都駅を乗り越えてやって来たβ型の大群を相手にしていた。

 

「くそ、数えるのもやんなるっすねぇ……。こんな大群に囲まれたら……」

 

 気弱なフリをしつつ、跳躍して宙を飛ぶβ型を次々と狙撃する水原の腕は、流石としか言いようがない。

 ついでに、隙あらば前方を進むレンジャー2-2の援護狙撃も行っている。

 

「そうなんない為にこうやって走ってんだろ水原。それにお前は何としても生き残って香織さんとやらに会えっての!!」

 

 そんな水原のカバーに浦田が入る。

 

「だからフラれたって言ってるじゃないっすかー! 嫌味っすか!? ってうわっ!」

 

 そういったそばから、水原は糸に脚を絡め取られて転倒する。

 足首のスーツが白煙を上げて溶け始めるが、肉まで達するにはまだアーマーの方が頑丈だ。

 

「こ、の!」

 

 糸を放ったβ型を、狙撃銃としては至近距離でぶっ放す水原。

 すぐに窮地を脱し、走って我々に追い付く。

 

「水原! 怪我は!?」

「ちょっとスーツが溶けたっすけど、まあ大丈夫っす!」

 

 大林の声に返事をする。

 まあ、私は全て躱しているので問題ないが、流石に皆スーツがぼろぼろになってきている。

 重傷者こそ出していないが、乱戦になればそう長くは持つまい。

 

 それにしても、アーマースーツの筋力アシスト性能の向上によって編み出された、この引き撃ちと呼ばれる戦術は、巨大生物には非常に有効だった。

 

 巨大生物との戦いは、常に包囲との戦いだ。

 人類同士の戦争であっても、包囲は基本的かつ強力な戦術の一つではあったが、巨大生物戦に於いてはもっと物理的な脅威となる。

 

 すなわち、巨大生物自体で壁を作られて、射線自体が通らなくなるのだ。

 右を見ても左を見ても敵の壁。

 こうなったらお終いだ。

 そうなる事で死んでいった仲間や部隊を腐る程見てきた。

 今思うとスチールレイン作戦の時は、本当に絶体絶命の状況だった。

 

 だが同時に、その圧倒的物量から包囲されずに立ち回るのは至難の業だ。

 開戦初期は、この包囲戦術に対して、防衛ラインを作って横に回り込ませない戦術を取っていた。

 だが、あの物量、機動力、何より、恐怖を一切見せず前進に前進を重ねる突進力に、成すすべもなく崩れ去り、あっという間に包囲殲滅されてしまう。

 

 そこでこのライン戦術をやめ、各部隊が小隊単位で動き回り、敵を引きつけながら攻撃する方法で立ち回る。

 敵が包囲するより早く移動しつつ、弾丸を撃ち続ける事で徐々に数を減らしていく作戦だ。

 

「だけどよ! 弾薬の補給とか、そもそも敵の方が足が速いとか、色々突っ込みどころがあんぜ、これはよぉ!!」

 

 浦田の左側面に数体のβ型が着地し、糸を放ってくる。

 数本に絡まれつつも、グレネードランチャー(TFアンガーGD)を発射し、一網打尽にする。

 が、数秒後にはその死骸を乗り越えて、β型が現れる。

 

「そのようだ! どうやら徐々に包囲されつつあるらしい、な!」

 

 そのβ型が放つ糸のシャワーを華麗にローリングで躱し、同時にアサルトライフルの射撃で三体を仕留める。

 私が使う銃は、S&Sマテリアルズという、スイスとスウェーデンの合同企業が開発したAE-20Exと呼ばれるアサルトライフルだ。

 PEG(パウダード・エナジージェム)弾と呼ばれる、エナジージェムを粉状にすり潰して火薬の代わりに詰め込んだ新型弾丸を使用しているらしい。

 

 そもそもエナジージェムとは、巨大生物やダロガ、ヘクトルなどの侵略兵器類から共通して取れる地球外の物質だが、早くもそれの応用に漕ぎつけたと言う訳だ。

 なんでも”エナジージェムの粉末化後、僅かに通電する事によりエネルギー準位を落とし中性子に変化する際の反応「露出型イオタ爆発」で生じる熱を使い、弾丸内の液体窒素を急膨張させて弾丸を射出する”という仕組みらしい。

 

 門外漢の私には何を言っているのか分らんが要するに、新技術を用いた画期的な実験兵器ということだ。

 そんな信頼性もクソもない意味不明な実験兵器なぞ、本来ならば論外といったところだが、

 

「鈴城軍曹!」

 

 私は鈴城軍曹の背後から迫る、はぐれたα型亜種向かって、AE-40Exの引き鉄を引く。

 決して高くない精度だが、弾丸は高初速で亜種の赤褐色の装甲殻を穿ち、数発で体液を吹き出し無力化する。

 

「さんきゅー仙崎! しかし、いい銃じゃねーか! なんでそんなに不満そうな顔なんだ?」

「いつ暴発するか分らぬ銃を使うのは、心臓に悪いのですが! しかしこんな状況では――」

 跳躍するβ型の着地を狙い、引き鉄を引く。

 

「――ちょっとでも強い武器じゃねぇと話にならねーってかぁ!? まったくその通りだぜ仙崎よぉ! それに、新垣の時は仕方なかったとはいえ暴発すんのはいつもの事だろ? ならソイツにビビッてばっかってのも変だろうが!」

 

 鈴城軍曹は接近戦に持ち込みたい衝動を抑えつつ、今は連射式ショットガン”スパローショット”を使って応戦している。

 集弾率が高く、連射も効くスパローショットは、中距離戦でも充分使えるのだ。

 

 まあ、暴発の件はともかく、今の鈴城軍曹の発言はアイアンウォールに参加する兵士の総意に近い。

 本来試作型だの先行量産型だのは、十分な信頼性が得られていない為前線兵士からしたら無用の長物である場合が多い。

 実際、使っていて問題が無いではないが、それに引き換えても何より少しでも「フォーリナーに通用する」ことが大事なのだ。

 

 まだEDF戦略情報部から正式に発表された訳ではないが、噂だとどうも巨大生物は初期のころから少し甲殻が厚くなっているらしい。

 銃器の進化のわりに、思ったより巨大生物が倒れてくれないのはこれが原因だろうか。

 そしてそれが現実ならば、恐ろしい事態だ。

 どんなに銃器が発達しても、それに巨大生物が追い付けば意味がない。

 

 その進化に果てはあるのか、不明だが、優位に立つためには巨大生物の進化を上回る速度で銃器兵器が進化していかなくてはならない。

 その先の絶望的な未来が待っているこの戦争、信頼性だけを優先して旧来の兵器を使い続けることは出来ないのかもしれない。

 

 そんな不確定な未来を考えながら、僅かずつだが引き撃ちで敵を減らしながら進んでいると、我々に接近する味方部隊の反応があった。

 

「大林中尉! 我々に接近する部隊があるようですが!」

「む、本当か!? ……この速度だと、フェンサー部隊か?」

 

 やがて大型の駐車場方面から、車を飛び越え、時に弾き飛ばしながら、追いかけるα型亜種と戦うフェンサー部隊の姿が見えた。

 

 どうやら優勢のようで、α型亜種はほぼ殲滅しているようだ。

 我々と同じで引き撃ちの戦術を取っていて、こちらに気付くと体を反転、前進して我々に追いすがるβ型の群れに狙いを定める。

 

「小隊! 散弾迫撃砲、ファイアッ!!」

 

 フェンサー一個小隊4人が、右肩に備えた散弾迫撃砲を放つ。

 一人に付き9個、合計36個もの小榴弾が辺りに降り注ぎ、京都駅の一角ごと爆炎に包みこむ。

 その効果は絶大で、我々に追いすがっていたβ型の群れの大半を吹き飛ばした。

 

 同時に、無線にフェンサー部隊の通信が割り込んだ。

 

『こちらフェンサー”ランドガルド”中隊! たった今一区切りついたところだが、レンジャー2、助けが居るか?』

『助けてから言わんでくださいよ、月島大尉……。まあ頼みます! 丁度手が足りなかったところで! 来たからには存分に活躍、期待してますよ!』

 

 ランドガルド中隊の指揮官、月島大尉と大林中尉がやり取りをする。

 

 ランドガルド中隊と言えば、フォーリナー襲来時、私がまだ民間人だった頃横浜で世話になった覚えがある。

 確かランドガルド3だったか。

 あの時はペイルウイング2と共に横浜からの撤退を支援してくれたのだったな。

 直接会話したことはなかったが……。

 

「こんな所で会うとは奇遇だな。と言っても、さすがに俺達の事は知らんか?」

 

 一人のフェンサーが、私のもとへ高速ダッシュからの急制動をかけて止まった。

 フェンサーの外部音声での会話に丁度いい間合いだ。

 重量武器を扱うフェンサーの繊細な機動は高度な技術がいると聞くから、そこそこ以上の腕と見た。

 

「いえ、半年前、横浜での救助に駆けつけてくれた事、覚えていますよ。ランドガルド3……の、中尉殿」

 

 階級章を見て判断する。

 中尉ということは、小隊長だろう。

 

「ふ、そうかい、そいつは光栄だ。俺はランドガルド第三小隊指揮官の棚部重行。よろしくな、仙崎誠伍長」

 

 棚部中尉は右腕の武器を縦に掲げる仕草をする。

 長大な銃や盾を両腕に装備するフェンサーは、都合上これが敬礼の代わりになっている。

 

「はっ! しかし、名乗った覚えは無いのですが」

 敬礼を返す。

 と、ここでβ型の後続が追い付いてきた。

 我々は再び戦闘に入る。

 

「おっと、知らんのか? 俺達と別れた後、横浜の輸送艦でペイル2のじゃじゃ馬に告白し、半年後EDFに入って僅か一日でレイドシップを撃墜し、その一か月後”四つ足”の砲台破壊を成し遂げ、ついでに訓練中に100丁を超える銃を暴発させた”嵐の男”だぞ? 一部界隈で知らない者はいまい」

 

 棚部中尉は多角機動で糸を巧みに躱しながら、デクスター自動散弾銃を子気味良い速度で連射しつつ、私にとっては無視できない情報をぶち込む。

 

「なぁっ!? なんなのですかその話は!? いや、大体事実ですが……、なんですかその嵐の男というのは……!」

 

 当然だがそんな名を名乗ったことはないし、呼ばれた事すら初めてなのだが。

 背後に着地して糸を放つβ型を見ずに横ステップで躱し、振り返り際にショットガンを放ちながら妙な呼び名に困惑する。

 

「ふ、なら結城桜にしてやられたな。先日も格納庫で散々『この男こそ戦場も色恋も、EDFに嵐を巻き起こす男!』とか色々騒いでたぞ? 知らない間に変な二つ名が出来たら大体結城桜のせいだと思った方がいい。ま、彼女の人脈じゃもう火消しは無理だ。諦めて伝説の一つや二つ打ち立てて、せいぜい士気を上げてくれ」

 

 ビルの上側面、歩道橋の上、背後のトラックの影の三方向から狙われる。

 ビルと歩道橋から糸が放射状に放たれ、私を絡めようとする。

 一瞬、その一斉射にトラックの影のβ型が遅れる。

 その隙を逃さず、バックステップでトラック影のβ型に接近する。

 トラック影のβ型が糸を発射するが、発射地点に近いほど糸は集中する。

 つまり避けやすい!

 

「おのれ桜! 私の与り知らぬところでやってくれる!」

 

 一度攻撃を躱せば、巨大生物は隙だらけだ。

 問答無用でショットガンを叩き込み、散弾がトラックの燃料を撃ち抜き、爆発する。

 側面から二体分の糸が飛んでくるが、棚部中尉が割って入り盾で防いだので、リロードしつつ盾の隙間から手榴弾を投げ込み、二体とも撃破。

 その爆風で盾についた強酸性の糸を引きちぎり、跳躍装置(ジャンプユニット)で5mほど飛び上がると、私の背後から狙っていた三体のβ型に肩の迫撃砲弾をお見舞いし、駐車場の車ごと爆散させる。

 

「しかしまあ、あの時見かけた民間人が、元軍人だったとは言えこうも活躍してくれるとは。分らんものだな!」

 

 そんな会話を交わしながら戦闘しつつ移動していると、突然前方で大きな爆発が起こった。

 同時に通信が入る。

 

『こちらレンジャー2-2!! ヘクトルと遭遇! 同時にフラウンダー1と合流完了!』

 

 先行していた荒瀬軍曹の声だ。

 

『こちらフラウンダー1梶川!! 地獄へようこそってかァ? ヘヘッ! 誰も来ねェから流石に参ってたぜ! にしてもこのヘクトルって奴ァ中々ヤリやがる! おまけに下等生物共もあー、まだ1500体ぐれェは居やがっから覚悟しなァ!』

 

 野太い声がやけくそ気味に銃声とともに吠える。

 

「巨大生物1500!? よく持ちこたえたものだ!」

 

 その数に戦慄と奮戦した感嘆を覚える。

 フラウンダー1の梶川大尉といえば、この方もかつて横浜で共に戦ったEDF兵士だ。

 その素行の悪さから”不良中隊”と噂されていてあまり評判は良くないが、レンジャーの中でも実力は折り紙付きだ。 

 

『レンジャー2指揮官、大林よりフラウンダー、ランドガルド! ヘクトルの追撃から逃れるのは不可能と判断する! よってこの場所での迎撃を具申します! 異存は!?』

『こちらランドガルド指揮官月島。いい判断だ! フェンサーの機動力なら振り切れなくはないがこの数だ、いずれ戦闘は避けられまい! ならば遮蔽物が残っているここで構えるのは悪くない!』

『フラウンダーの梶川だ! さすが鋼の男、大林! 攻める時は徹底的に攻める、その性格好きだぜェ! もちろん乗ったぜ!』

 大林中尉の進言に、二人の大尉の合意が取れた。

 この場所で、ヘクトル群の迎撃が始まった。

 

「仙崎ッ! 右からヘクトル二機、気をつけろ! 正面からの戦闘は避けるんだ!!」

 

 大林中尉の声に、私はとっさに住宅街に逃げ込み身を隠す。

 

 同時に、ヘクトルの二本の腕から放たれる機銃掃射で、民家が悉く薙ぎ払われてゆく。

 木造の家が砕ける破壊的な音と地面を抉った砂煙が舞う。

 その間、捕捉されぬようにひたすら走った。

 

「ぐおっ、やはり、狙いは正確か……!」

 

 その間、私としたことが何発か貰ってしまった。

 建物越しのこの正確な射撃。

 遮蔽物に隠れるのは何もしないよりはマシだが、有利は取れないらしい。

 

「だが! 一度に多くは狙えまい! 水原ッ!!」

「了解っす!」

 

 声を上げると同時、遠方から長距離対物狙撃銃”ライサンダー”の特殊弾丸がヘクトルを貫き、一撃で撃破した。

 

「助かったぞ水原! しかし、敵の新型が一撃とは……なんという狙撃銃だ……」

「でも弾丸は残り5発しかないっすよ! あんま当てにしてもらっても困るっすけどね!」

「るっせぇぞ水原!! んなもん使えるときに使わねぇとただの棒きれだろうが!」

 

 消極的な水原に、鈴城軍曹が暴論を突き立てる。

 

 そうしている間に別方向からヘクトルが三機。

 先頭の一機がビルと乗用車を爆破しながら突き進む。

 

 さらにその奥の四、五機目が、大型のプラズマランチャーを構えてチャージしている。

 

「やっべぇ! 仙崎逃げるぞ! 得意だろ!? 水原も一緒についてこい!」

「いや得意ですが同時に運もないのでご注意を!」

「アタシはあっから心配すんな!!」

「その前に、一機!」

 

 プラズマ砲弾が放たれる直前、逃げながら撃ったライサンダーの一発が命中し、ヘクトル四機目は撃破。

 同時に二発のプラズマ砲弾が弧を描き、我々に向かって飛んでくる。

 

「ぬおおおぉぉ!!」

 

 私はひたすら走り、最後ローリングで距離を稼ぎつつ大型ショッピングモールの影に身を隠す。

 

 瞬間、プラズマ砲弾はショッピングモールに着弾し、激しい閃光と爆風によって、我々三人は吹き飛ばされた。

 

「ッ、なんという破壊力だ……!」

 

 なんとか受け身を取った私だが、ショッピングモールの一角は完全に消し飛び、地面は抉られ、火薬とは違うプラズマ兵器独特の焦げ臭さが残っていた。

 

「仙崎ィッ、後ろだ!」

「ちぃ! 油断も隙も無い!!」

 

 背後にはエネルギー榴弾を構えたヘクトルがこちらを狙い、撃ってきていた。

 

「躱せるかッ!?」

「いや、殺るしかねぇよッ!!」

 

 私は瞬時に回避行動をとったが、鈴城軍曹は距離を詰めショットガンを連射。

 ヘクトルは上半身を大きく仰け反らせ、攻撃はあらぬ方向へ飛んで行った。

 

 が、距離が近かったため鈴城軍曹は被弾してしまう。

 

「ぐあっ!! ……やれ、仙崎!!」

「イエッサー!! 食らうがいい!!」

 

 エネルギ―弾の爆撃を受けながら鈴城軍曹が命令するより早く、私はアサルトライフルの弾丸をヘクトルに叩き込む。

 

 連続で叩き込まれる銃弾が装甲をついに貫通し、ヘクトルは内部爆発を引き起こし崩れ落ちた。

 飛んでくる破片から身をかわしつつ距離を取る。

 

「いてて、助かったぜ仙崎」

「こちらこそです鈴城軍曹。しかしまだ来ますよ!」

 

 炎上するショッピングモールの影から二機。

 今度は機銃型と榴弾型の二機だ。

 

「軍曹!! 南のほうからなんか次々大型砲のヤツが来てるんで、ちょっと手が離せないっす! あと砲撃に注意っすね!!」

「あァ!? マジかよ! 仕方ねぇ! 近場の敵はこっちでやるしかねぇな! いけるな!? 仙崎、浦田ァ!!」

「イエッサー!」

「はいはいやってやりますよちくしょー!!」

 

 榴弾型が両腕の円錐型の火器からエネルギー榴弾をばら撒くように発射する。

 一見適当なように見えてその狙いは正確に我々全員を捉えている。

 

 あたり一面が爆風に晒され、吹き飛ばされる。

 が、その破壊力はダロガ程ではない。

 射程もそれほど長くないと見た。

 

 私は爆風に被弾したが、瞬時に受け身を取り、着地と同時に銃撃を行う。

 機銃で浦田が狙われていたので、その機体を攻撃し、狙いをずらす。

 

 先ほど鈴城軍曹がやったのと同じだ。

 装甲が薄いためか、銃撃を与えると怯んで狙いが正確ではなくなる。

 つまり――。

 

「先手必勝って訳だ! 得意分野だぜ! オラァ!!」

 

 私が爆撃されていた隙に懐に潜り込んだ鈴城軍曹は、二丁のショットガンを近距離で連射し、ヘクトルの反撃を許さないままついに撃破した。

 

「よっしゃ! ――うおおぉ!」

 

 が、直後に別のヘクトルから機銃掃射を受ける。

 謎の粒子の機銃弾が炸裂し、地面と鈴城軍曹のアーマーを削り取っていく。

 

「援護する! この隙に下がれ!」

 

 大林中尉が連射式ロケットランチャーを放ち、連続する爆発でヘクトルの上半身を反らす。

 

「サンキュ! 助かりましたよ! ついでにコイツも!!」

 

 なんとか抜け出した鈴城軍曹が、浦田のそばに寄っていたヘクトルにショットガンを放つ。

 が、距離が遠いため決定打には至らない。

 

「ちっ! 遠すぎるか!」

「いや! 十分ですよ鈴城軍曹! 動きが止まれば――行くぜ仙崎!」

「承ったッ!」

 

 すでにこちらに銃口が向いているが、遅い!

 私と浦田は左右からアサルトライフルの銃撃を集中して浴びせ、一切の行動を許さない。

 

「いい連携だ! 喰らえッ!!」

 

 そこに大林中尉のロケット弾が止めを刺し、ヘクトルはまた一機爆散した。

 

「中尉ッ! ライサンダー弾切れッス! ついでにプラズマ砲弾、三つほど飛んでくるっすよ!!」

 

 そこで水原から悪い報告が。

 どうやら南部にいた砲兵型ヘクトルは、思ったより数が多かったらしい。

 見ると遠方から赤紫色の不気味な色をした砲弾が、弧を描いて飛んでくるのが見えた。

 

「小隊ッ! そこの大通りまで退避する! 来いッ!」

「「サー! イエッサー!!」」

 

 大林中尉についてプラズマ砲弾から逃げる。

 あの場所なら射線が確保できるし、ヘクトルに囲まれる心配もなさそうだ。

 一瞬で判断したのか、戦いながら後退ルートを確保していたのか、どちらにせよ流石の状況判断能力だ。

 

 五秒後、着弾したプラズマ砲弾によってショッピングモールは完全に崩壊し、炎上する瓦礫と化した。

 

『こちらヴァーミリオン! まもなく現地に到着する! だが同時に揚陸艇四隻、巨大生物群混成3000体を補足している! 揚陸艇のうち二隻はジャベリン中隊が追っているが、位置関係上もう二隻と巨大生物群をせき止めるものが何もない! そちらで対処できそうか!?』

 

『レンジャー2よりフラウンダー1、ランドガルド1! いけるな!?』

『こちらフラウンダー! いいねェ楽しくなってきやがった!!』

『こちらランドガルド! ここで殲滅して見せる!』

『ヴァーミリオン! そういうことらしい! そちらはどうする!?』

 

『ヴァーミリオンより各部隊、やる気十分で何よりだ! こっちは隊を二手に分ける! クリムゾン、インディゴはここで南方の砲兵型ヘクトル群を砲撃。我々ゴールドはそちらに向かう!』

『クリムゾン了解! 小隊、ここで停車! 砲撃開始ッ!』

『インディゴ了解! 俺らも砲撃開始だ! 兼城大尉、さっさと終わらせて、そっちの援護に向かいます!』

 

 ヴァーミリオン戦車中隊は、クリムゾンとインディゴの二小隊がヘクトルとの砲撃戦を行い、ゴールド一個小隊四輌が我々に合流するようだ。

 

 一方こちらは、

 

「分隊、構えッ! 前方のヘクトルに一斉射撃ィ!!」

「小隊砲撃開始! 隙を与えるな、撃ちまくれッ!!」

 

 我らが大林中尉と、ランドガルド3の棚部中尉両名が声を上げ、炎上するショッピングモール跡地から出てくる六機のヘクトルに対し一斉射撃を開始する。

 ほぼ同時にヘクトル群も一斉攻撃をかける。

 

 アサルトライフル、ハンドガトリングの猛烈な弾幕が隙を作り、ロケットランチャーと肩部ミサイルランチャーが爆発を彩り、ハンドキャノンの砲弾が確実に止めを刺していく。

 

 だがその間をすり抜けて敵の青白い機銃弾と赤い榴弾が我々を襲う。

 

「この程度!」

 

 棚部中尉はシールド出力を最大にして機銃弾を防ぎつつ、ハンドキャノンでヘクトルの胴体を穿つ。

 私もこう、ヘクトルから見る標的が多ければ、攻撃もばらけて躱しやすくなると踏んだのだが、

 

「なんか私だけ狙われてないか!? ぐああぁ!」

 

 なぜか一斉に飛んでくる攻撃に回避が追い付かず、榴弾の爆風を喰らって吹っ飛ぶ。

 

 起き上がったが、直後をヘクトルの機銃に撃たれ、アーマーの表層がみるみる剥げてゆく。

 

 粒子弾のシャワーを浴びて身動きが取れなくなっている私に、さらに榴弾が追い打ちをかける。

 直撃こそギリギリ躱したが、このままでは死の危険がある。

 

 倒れ伏せ、起き上がろうとすると体に力が入らないのに気付いた。

 なんだ? と思ったら腹のアーマーが破られ、出血しているではないか。

 

 これは本気でまずいのではないか。

 なぜか冷静にそう判断すると、誰かに腕を引っ張り上げられ、無理やり立たされる。

 

「久々に会ったと思ったらなんつー格好してやがる! まだまだパーティーはこれからだろうが! もっと楽しめや! おら、てめぇら撃て!」

 

 私の肩を担ぐようにして立たせたのは梶川大尉だった。

 彼は本当に楽しそうな顔で、こちらに銃口を向けるヘクトルをアサルトライフルで銃撃していた。

 

 見ると、ほかのフラウンダー1と思われるレンジャーや、2-2のメンバーとランドガルド1と2も合流してきていた。

 

「まったく、回避だけが私の取り柄であるのに、面目ない! とにかく助かりました! もう大丈夫です!」

 

 私は腰のエイドキットに入っている治癒剤を打ち込み、応急処置を済ませると梶川大尉から離れ、戦闘を再開した。

 

「ハッハァ! 無傷のまま戦おうなんぜ甘っちょろい事考えてんじゃねぇって事よ! 機械だろうがバケモンだろうが敵だって必死なんだ! 傷付いても仲間が死んでも食らいつくぐらいの気概、見せてみろやァ! 行くぞてめぇら!! フラウンダー流の戦い、不利になってからが本番だって事教えてやれェ!!」

「「ヒャッハァァァーー!!」」

 

 見れば、フラウンダー小隊も相当負傷しているようだ。

 あちらは巨大生物との交戦がメインだったが、1500体という数が数だ。

 

 それでも周囲を見る限りほぼ殲滅させてこちらの援護に駆けつけたのだから、本当に大したものだ。

 

 やがてレーダーが巨大生物第二波3000体と、ヘクトル12機の降下を確認した。

 残敵は大まかにみてβ型300体、ヘクトル3機ほど。

 

 こちらの戦力はレンジャー2が10名、フラウンダー1が11名、ランドガルド12名に。

 

『こちらゴールド1! 現着した! 小隊、砲撃開始! てぇー!!』

 

 ゴールド小隊の四輌がヘクトルに砲撃を開始した。

 ダロガに比べ薄い装甲では、強化されたギガンテスⅡの125mm徹甲榴弾には耐えられず、数発の連続砲撃で撃破されていく。

 

 たまらずヘクトル側も反撃を行うが。

 

『へっ! そんな攻撃、ダロガに比べたらなんてことないぜ!』

『ギガンテスの防御力を甘く見るなよ! 食らえッ!』

 

 対ダロガ戦用を主軸として強化されたギガンテスⅡの装甲を抜くことは簡単ではない。

 

『歩兵は戦車を盾にしろ! プラズマ砲弾は脅威だが、それ以外の攻撃なら何とかなる!』

『イエッサー!! 小隊移動開始! ヘクトルは戦車隊に任せ、我々は戦車に接近する巨大生物群を駆逐する!』

『フラウンダー移動開始! 戦車隊のお守りだ! 行くぜ野郎ども!!』

『ランドガルド全機! 俺達はヘクトルを高機動で撹乱しつつゴールド隊の援護だ! 兼城大尉! タイミングを合わせるぞ!』

『了解月島大尉! 全車輌、レンジャーを庇いつつ、ランドガルドの動きに合わせて砲撃!』

 

 レンジャーが巨大生物を迎撃し、フェンサーが撹乱し、ギガンテスがヘクトルを砲撃し仕留める。

 

 




EDF:IRの武器の設定は結構凝ってて読んでるだけでも結構面白いです。
半面EDF5の方はちょっと薄味ですかね。
IRの武器をなんとかコッチの世界に出してはいますが、設定が濃厚な分ちょっと合わせるの難しかったりして悩んだりしてますw
いつか各民間軍需企業の設定とかも軽く考えたいですね!
ていうかそう、用語とかの設定集とかも作りたいですね(人物すらまともに出来上がってないのに何を言う……)

では、恒例の人物紹介。
覚える必要はほとんどありませんが……

月島隆弘(つきしま たかひろ)(44)
 第202機械化歩兵連隊-第三中隊”ランドガルド”指揮官、大尉。
 フェンサーという兵科が出来る以前はレンジャーに所属しており、かつて大林の上官だった。
 中隊自体は一般的なフェンサーらしく中距離の機動砲撃戦を得意としているが唯一、第二小隊の太斎だけがフォースブレードによる接近戦を武器にしているので、それを中心とした作戦を立てることが多い。
 場合によっては第二小隊4名全て接近戦装備に切り替え、それを第一と第三が援護するといった動きを見せる。

棚部重行(たなべ しげゆき)(39)
 ランドガルド第三小隊指揮官、中尉。
 かつて横浜で仙崎達、第228駐屯基地から撤退した部隊の救助に合流した小隊長。
 人の名前をフルネームで呼ぶ癖がある。
 スラスターを駆使してデクスター自動散弾銃で上空からの射撃や距離を詰めての接射を多用する。




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第四十五話 白銀の巨兵(Ⅳ)

久々の投稿で、少し短めとなっております。
ご容赦を


――2023年 3月30日 17:45 京都市内 東寺付近「第202機械化歩兵連隊 第三中隊”ランドガルド”」――

 

 

「そこだッ! きえぇぇい!!」

 

 ランドガルド2の太斎中尉が大振りのフォースブレードを横薙ぎし、なんとヘクトルの片足を一刀両断する。

 倒れるヘクトルに、

 

『今だ! 発射ァ!』

 

 ギガンテス、ゴールド3が砲撃し、また一機を撃破。

 これで残りは八機、もうすぐ半分だ。

 

「ッ! ゴールド3! 後ろだ! すぐ移動しろ!」

 

 太斎が声を上げるが、一瞬早くヘクトルが榴弾を連続で浴びせる。

 距離が近いのと、人間と比べて戦車の図体がでかいので、全弾をその身に浴びるゴールド3。

 

「うぅっ! 食らったのか!?」

 車内で衝撃が走り、モニターからは爆炎しか見えない。

 

「はッ!? 車長、左右の履帯破損、移動できません!」

 操縦手が焦って報告する。

 

「何ィ!? 修理急げ! 砲塔は生きてるな!? なら反撃だ! 撃て!」

 車長が命令を下し、砲手が砲塔の旋回とトリガーを迅速に引いた。

 

 至近距離からの砲撃を喰らったヘクトルは、機体に大穴が穿たれたが、まだかろうじて立っている。

 

「追撃だ! 放てぇぇい!」

「「うおおおぉぉぉ!!」」

 

 太斎中尉の命令により、ランドガルド2の二名がガリオン軽量機関砲を連射し、そのヘクトルは撃破された。

 残り七機。

 

 だが、その隙に別のヘクトルがその二名を狙う。

 

「村田、谷口、右から来ているぞ!」

 

 太斎の声に谷口*1は反応したが、村田*2は間に合わず、盾でガードするに留まる。

 

「くっそぉ! だがこの程度で……何ッ!?」

 

 機銃掃射を盾で防いだが、そこにα型亜種が乱入し、村田を強靭な牙で咥え込む。

 このまま食い殺す気らしく、牙の力で装甲がひしゃげる。

 

「ぐああ! 畜生! 牙がッ……!」

「村田ッ! 迂闊なッ!」

 

 太斎は再びフォーズブレードを構え、斬り込む。

 α型亜種は一刀両断され、村田はその場に倒れ込む。

 

 しかし、敵はα型亜種一体だけではない。

 戦車一輌が行動不能になった隙をついて、ヘクトルの射撃が激しくなってくる上に、各種巨大生物もレンジャーの対処能力を大きく超えている為、徐々に浸透してきている。

 

「村田! 無事か!?」

「ぐ、ぐはっ、フェンサーの装甲を抜けるなんて……」

 

 村田と呼ばれたランドガルド2のフェンサーは、腹の装甲を牙に貫かれたようで、出血が装甲を赤く染める。

 その村田に追い打ちをかけようと、ヘクトルの射撃が集中する。

 

「ぬぅぅ! 多勢に無勢か……! 谷口、小滝*3! 援護しろ!」

 

 太斎が盾で村田を庇う様にしつつ、武器をガリオン軽量機関砲に変えて応戦するが、盾を回り込むようにして移動する機体が現れる。

 

『援護する! 俺達を盾に――ッ!?』

 その乱戦の様相に、ゴールド4のギガンテスが前進し村田を庇おうとするが、動かない。

 履帯にβ型の糸が絡まって動けなくなっていた。

 

「くそっ! 小隊! 戦車に敵を近づけさせるな!!」

 大林中尉が吠えるが、

 

「イエッサー! だが畜生……数が多いぜ!!」

「諦めんなよ浦田! アタシらEDFは――うわぁぁ!!」

 鈴城軍曹がβ型の糸に被弾した、至近距離だ。

 

「鈴城!! うおおおぉぉ!!」

 近くにいた荒瀬軍曹が周囲のβ型を駆逐して駆け寄る。

 

 一方その間ランドガルド2は、太斎を中心に、谷口、小滝が村田を守ってヘクトルを迎撃していた。

 すでに囲んでいた二機を撃破したが、

 

「あと、一機……クソッ、間に合わない! 太斎さん!!」

 谷口が叫ぶと同時、ヘクトルが両腕からエネルギー榴弾を浴びせ、太斎と村田は爆発に包まれる。

 

「太斎さん! 村田!!」

 吹き飛ばされる二人だが、太斎は瞬時に受け身を取って、

 

「この、外道がァァァ!!」

 フォースブレードを抜刀し、スラスターを吹かしつつ勢いをつけて斬りかかる。

 一刀両断、とはいかず、地面に着地した後、その反動を利用し、さらに横薙ぎに斬りつけ、両足を叩き斬る。

 地面に倒れたヘクトルの上に、スラスターで飛び上がり、

 

「ぬぇぇぇぇい!!」

 ヘクトルの胴体中央の赤い窪みにブレードを突き立てる。

 完全に装甲を貫いたのを確認すると、またスラスターで飛び上がり、瞬時に距離をとる。

 ヘクトルが背後で爆発するのも見届けず、太斎は村田の前に駆け寄る。

 

「村田! 村田! おい返事しろよ! まだ娘が生まれたばっかだって、これからだって、そう言ってたじゃねぇかよ!!」

 

 が、傍では小滝が必死で呼びかけるのが見えていて、一方村田は破損した装甲から肉体が半壊しているのが見える。

 呼びかけが無駄であることは、冷静であるなら一目瞭然だ。

 

「……すまぬ。だが立て、小滝!! 此処は未だ戦場。なれば成す事は唯一つ。そうであろう!!」

 α型の強酸が小滝を襲う。

 それを太斎が防ぎ、代わりにフォースブレードの斬撃を飛ばし、斬り刻む。

 

「太斎さん……はい! コイツの為にも俺……絶対生きて帰ります!」

「ふ……その心意気や良し! ゆくぞ!!」

 

 一方ゴールド小隊は。

 

『ゴールド3! 被弾したのか!? 損害は!?』

『左右履帯破損!! 修理を急ぎますが、周囲の状況から見て時間が掛かります! その間、砲台としてこのまま戦闘を続行します!』

『頼む! ゴールド1よりフラウンダーへ! ゴールド3が移動不能だ! すまないが巨大生物排除を優先してくれ!』

『フラウンダー了ォ解! 盾としてはキッチリ利用させてもらうがねェ! とはいえこっちもキツくなってきた! オタクの二個小隊はいつ来るんだァ!?』

『南方のヘクトル群は残り三機だ! それが終われば二分で到着する!』

『ま、期待しねェで待ってるとするよ!』

 

 あまり当てにされてない言い方で通信を切られた兼城大尉*4は、乱暴な言い方に苦笑するが、前方、機銃を構えるヘクトルを発見する。

 

「停車! 車体を横に向けろ! 背後のレンジャーを守りつつ、主砲撃て!」

「了解!」

 

 直後、ヘクトルの機銃掃射が始まるが、ギガンテスの装甲にすべて防がれる。

 

「車長ー。 車体損耗60%上回りましたー。 そう長くは持ちませんねー」

「照準固定! 撃っちゃいます!!」

 

 操縦手と砲手の言葉を受け取り、同時に主砲が放たれる。

 ちなみにどちらも珍しいことに女性である。

 

「分かっている! ランドガルド3、頼む!」

『イエッサー!! そらそらこっちだデクの棒!!』

 ランドガルド3の棚部中尉は、スラスターを吹かせて飛び回り、空中で肩部散弾迫撃砲をお見舞いする。

 本来は小規模な面制圧用の平気だが、相手の表面積がこれだけ大きければ、単体用の攻撃兵器と化す。

 

 だが、ダロガと比較するから認識がズレるが、ヘクトルも十分重装甲兵器。

 そう簡単には装甲を抜くことは出来ない。

 

「よし、攻撃が反れた! 続けて主砲! 撃ち続けろ!!」

「よっしゃ! ――もう一発! これで、ドカーン!!」

 合計三発の主砲弾を叩き込み、ヘクトルはようやく後ろに倒れ、爆散した。

 

「イエーイ!!」

「いえーい」

 随分テンションの落差のあるハイタッチを砲手と操縦手が行う。

 

「ふぅー……。古河*5、これでヘクトルは残り何機だ?」

「えっとー。全部で15機で、もう11機撃破してるんで、残り4機ぐらいですねー」

 

 この乱戦にも関わらず、独特の間延びしたしゃべり方で古河は報告する。

 この戦車、ゴールド1の操縦手だ。

 

「そのうち四機はウチが撃破してるんだけど! いやぁ~今日も絶好調の腕ね! やばいわ!」 

「やばいねー」

 砲手の卯木*6の声に控えめに同意する古河。

 だが卯木の腕はその自画自賛に値する腕前だった。

 

「よし! いい調子だ! 巨大生物の数は多いが、ヘクトルはこのままいけば――」

《本部よりヴァーミリオン中隊以下各隊へ!!》

 本部の鹿島中尉から突如無線が入る。

 

《大宮付近で交戦していたフェンサー部隊が突破されました! 4機の砲兵型ヘクトルがそちらに向かっています! 砲撃を警戒してください!!》

『なんだと! クソ、他に部隊はいないのか!?』

《現在その付近ではゴーン(歩行戦闘車)フェアリーテイル(降下翼兵)アルデバラン(空爆誘導兵)が展開しています。各隊現在交戦中ですが、状況は良くありません。追って作戦を伝えます!》

 

 それだけ言って鹿島中尉は通信を終えた。

 

 同時に、上空から四つのプラズマ砲弾が降ってくるのを発見する。

 

「しゃ、車長! あれあれ!」

「分かっている! 古河、微速後退!『レンジャー2! プラズマ砲弾が降ってくる! 戦車の後ろに隠れてろ!』」

 直後、砲弾は地面に炸裂。

 四発の凄まじい爆発が戦場を包む。

 

 戦車内にも下手な地震を超える振動が伝わる。

 

「ぐぅ……! 二人とも、怪我はないか?」

「うぇー、頭ぶつけましたー」

「いたた……くっそ~やってくれるわねあのヘクトルとかいうの。見つけ次第砲撃してやる……」

 二人がそう報告する中、兼城は爆炎で煙る靄の中に、青白い光を見つけた。

 兼城の顔に電撃が走る。

 

「――卯木ィッ! 正面、青い光の部分! 砲撃!!」

「へぁ!? は、はいッ!!」

 動揺しながらも一瞬の判断でトリガーを引く卯木。

 

「古河ッ! 全速後退で離脱!」

「で、でも歩兵が!」

「ちっ! 卯木撃ち続けろッ!!」

「了解ッ!! って、こいつは……なんでいきなり!?」

 

 煙が砲撃の風で少し晴れる。

 ゴールド1の目の前にいたのは、砲撃準備態勢のダロガだった。

 

 青白い光を灯したダロガは、ゴールド1に粒子砲弾を連続で叩き込む。

 その全てがゴールド1のギガンテスⅡに命中する。

 

「ぐおぉ!」

「うぅーっ」

「きゃあ!!」

 

 ギガンテスⅡは対ダロガを主軸に設計された改良型だ。

 多少の砲撃は耐える装甲だが、その装甲は度重なるヘクトル戦で損傷が酷かったうえに、至近からの連続砲撃だ。

 

 装甲の各所に穴が開き、エンジンからは火災が発生していた。

 そして、かろうじて生きていたモニターの一部からは、再び天から弧を描いて降り注ぐプラズマ砲弾の姿が見えた。

 

「古河、卯木、脱出だ、脱出しろォォーー!!」

 

 その言葉を最後に、ゴールド1のギガンテスはプラズマ砲撃の爆発に巻き込まれた。

 

 

*1
34歳男性。普段は物静かで丁寧。元銀行員のエリートだが家族を失ってEDFに入った

*2
27歳男性。家族を守るためにEDFに入る。娘が生まれたばかりで張り切っている

*3
30歳男性。格闘徽章持ちの元レンジャーだったが、それを生かす為フェンサーに転属した

*4
35歳男性。生え抜きのEDF戦車兵。名古屋防衛線でも主力を果たした信頼と実績の中隊長

*5
25歳女性。マイペースな操縦手。テンションは低いがノリはいい

*6
24歳女性。同期の中では砲手として一番の成績を残しているが、だいたい勘で当てているとか




再登場するのか不明ですが一応人物紹介!!

谷口聡(たにぐち さとる)(34)
 フェンサー、ランドガルド2小隊員の男性。少尉。
 有名大学を卒業し、銀行員として出世街道を歩んでいた元エリート。
 フォーリナー襲来時、横浜で家族を殺され、復讐を胸にEDFの門を叩く。
 フォーリナー襲来に危機感を覚えたEDFの、通常のカリキュラムを無視した約半年間の即席育成教育によって2023年1月に実戦投入される。
 持ち前の優秀さでフェンサーのパワードスケルトンや跳躍装置(ジャンプユニット)を難なく使いこなし、少尉の階級を得ている(ただし前述の通り尉官相当の教育は行われておらず、あくまでフェンサーを運用するにあたっての最低限の知識しか詰め込まされていない)
 元銀行員らしく物静かで丁寧だが、復讐に内なる炎を燃やしている。

村田新一(むらた しんいち)(27)
 ランドガルド2小隊員の男性。少尉。
 二年前結婚し、最近子供を授かったばかりの家庭の大黒柱。
 EDFには結婚前から務めており、妻にはEDFを辞めて一緒に逃げようと何度も説得されていたが、家族を守るために戦場に身を投じ続ける事を選んだ。
 実際の所、フォーリナー襲撃時に消滅した臨時政府の決定により希望する人間の国外退避が実行された際、EDFの兵士に限っては除隊を厳しく制限されていたが、
 それ以前の襲撃直後においてはその制限は無く、人類ではなく、家庭という最も愛する者を守る道を選び、多くの人間が除隊した。
 だが、驚くべきことに前述の国外退避が行われると同時に、除隊した兵士の多くがEDFに復帰している。
 家族のいる安全な諸外国を守るためには、砦となっている日本を陥落させるわけにはいかない。
 そう感じた彼らは、日本に残り続けて戦う道を選び、そして多くが村田少尉のように命を落とした。
 だが、その思いは他の兵士に受け継がれ、確実に日本を守る力となっている。


小滝孝弘(こだき たかひろ)(30歳)
 ランドガルド2小隊員。少尉。
 フォーリナー襲来以前は、EDFのレンジャーとして活動しており、上級格闘課程を修了し、格闘徽章を持っている。
 特に武器格闘に優れ、それを生かせるフェンサーに転属が決まり、階級も上がった。
 現在では範囲攻撃も兼ねるボルケーン・ハンマーを主に使用する。
 本人は家庭を持たないが、復讐を胸に秘める谷口と、家族を守る村田に感化され、熱く涙もろい性格。
 太斎を心から尊敬しており、「太斎さん」と呼んでいる。

兼城壮夫(かねしろ あきお)(35)
 ゴールド小隊の小隊長と、ヴァーミリオン中隊の中隊長を兼ねる。
 階級は大尉。
 EDF生え抜きの戦車兵で、名古屋防衛線を含む、各地の防衛線で大きく活躍した。
 フォーリナー、主にダロガとの戦闘において、それまでの基本戦術であったアウトレンジ戦法や先制攻撃の優位性が失われ(射程は敵の方が長く、先制攻撃での撃破は困難かつ奇襲によって動揺を誘う事も出来ない)、多くの戦車部隊が損害を被る中、小隊単位での機動砲撃戦術を駆使して多くのダロガを撃破してきた。

古河一葉(ふるかわ かずは)(25)
 ゴールド1の操縦手。軍曹。
 眠たげな眼をしたマイペースな女性。
 一見冷めた性格のように見えるが、もともとそう見えるだけで本人は結構ノリがいい。
 兼城大尉に戦車のいろはを叩き込まれ、卓越した操縦技術を有する。

卯木千尋(うつぎ ちひろ)(24)
 ゴールド1の砲手。軍曹。
 テンションの高い天才砲手。
 軌道や距離の計算を無視して勘で高い命中率を保つ天性の砲手。
 訓練校の同期の中では最も成績が良く、もともと才能があったが兼城大尉の元に転属して来てさらに腕を上げた。
 扱かれたのを結構根に持っているが、本心では尊敬している。
 操縦手の古河とは仲がいい。


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第四十六話 ゴールド小隊

――2023年 3月30日 18:00 京都市内 「第一陸戦歩兵大隊-第88中隊-レンジャー2-1」――

 

 

 辺りが黒煙や砂煙に覆われている。

 体の痛みを感じ、瞬時に状況の把握に努める。

 

 余りの衝撃に思わず受け身を取り損ね、私としたことが地面に投げ出されてしまったようだ。

 まったく情けない。

 鈍い痛みを無視し、立ち上がろうとすると、手を無理やり掴んで引っ張られた。

 

「立て仙崎! 巨大生物とダロガの急襲だ! 迎撃しつつ移動する! この場所はまずい!」

 大林中尉だった。

 彼は黒煙の中にいるβ型を見極め、グレネードランチャーを放つ。

 その爆風で黒煙が吹き飛び、少しだけ視界が晴れる。

 

 その先にいたのは、多脚歩行戦車ダロガの残骸だ。

 

 ――着弾直前。

 ハッチから二人の戦車兵が脱出した後、ダロガは戦車砲弾の至近弾を受けて撃破されていたのだ。

 直後にプラズマ砲弾の直撃を喰らったから、中にいた人間はもう……。

 

 

 だがその事を確かめる前に、右方向からダロガの砲撃が。

 とっさに撃破されたダロガの破片に身を隠し、衝撃から身を守る。 

 

 どうやら現れたのは一機だけではないようだ。

 乱戦の中、こちらに迫る揚陸艇を見逃していたらしい。

 そのおかげで、我々は今、戦車一輌を失い、追い詰められている。

 

 私はAE-40Ex(アサルトライフル)をダロガに当てたが、やはり装甲に弾かれるばかりで効いている様子はない。

 

「ちっ! やはり私の装備では歯が立ちませぬ! 他の戦車部隊は!?」

 隣の大林中尉に尋ねる。

 

「距離を取って迎撃中だ! 我々は巨大生物をやる! フェンサーには撹乱を――葛木?」

 

 巨大生物を迎撃しながら進むと、炎上する戦車の前でレンジャー2-2の葛木ともう一人の戦車兵が何かしていた。

 

「大尉、兼城大尉ぃ! こんのクソオヤジぃー!! 自分だけ残って攻撃するとか何考えてんのさぁ!!」

「わ、ちょっと! 素手じゃ無理だってばキミ!!」

 

 女戦車兵は、歪んで炎上しているギガンテスの中から、何とかして乗員を救い出そうと力を入れている。

 葛木は気絶しているもう一人の戦車兵を抱えていた。

 

「そこの女戦車兵! 何をしている!? さっさとここから離れろ! いつ再砲撃されてもおかしく無いんだぞ!!」

 大林中尉が横眼で確認すると、戦闘しながら怒鳴った。

 

「中尉さん! で、でも、中の乗員は……兼城大尉はまだ生きてるんです!! 装甲の損傷具合から言って直撃じゃない……はずなんです! だから、どうにかして……!」

 

 彼女はそうは言うが、撃破された戦車は何度か横転したようで全体がひしゃげている上、激しく炎上している。

 直撃していたら原型は残っていないだろうが、だとしても中の人間は重傷は免れないだろう。

 

「わわっ! 大林中尉! ダロガ接近中! 巨大生物も引き連れてます! ここにとどまってるのは危険ですよ~!!」

 

 葛木が情けない声を出しつつ、ロケットランチャーで巨大生物の密集個所を的確に爆破している。

 だが、葛木の言葉も正しい。

 この場所にとどまることは全滅を意味する。

 周囲を巨大生物とダロガに囲まれ、更に再砲撃がすぐに来てもおかしくはない。

 

『……小隊集合ッ!!』

 大林中尉はほんの一瞬目を閉じ、決断を下す。

 

『数分でいい! この場所を死守する! ゴールド1の残骸に巨大生物共を近寄らせるな!』

 大林中尉は、救出を選択した。

 

「仙崎! 貴様は囮となってダロガを引きつけろ! できるな!?」

「サー! イエッサー! お安い御用です!」

 

 私はダロガに向かって足を駆ける。

 飛んでくる砲弾を勘で躱し、一気に肉薄する。

 その私が癪に障ったのか、執拗にこちらを狙ってくるようになる。

 

 一方、負傷した女戦車兵(後で知ったが、卯木というらしい)は、本当に助けてくれるとは思っていなかったのか、一瞬唖然としている。

 

「なぜ? という顔をしているな。決まっている。EDFは仲間を見捨てないからだ! まだ助かるのか、我が小隊を危険に晒してでも救う価値が彼にあるか? そんなのはクソ喰らえだ!! 私は、状況が許す限り、拾えるものはすべて拾っていくつもりだ! もう二度と……取りこぼしはしない!!」

 

 大林中尉の声を聴き、私は胸が熱くなる想いだった。

 先日の新垣の件、大林中尉も悔やんでいたのだろう。

 それは、皆も、私も同じだ。

 それに、大林中尉は何も感情論だけで言っているわけではない。

 

 ゴールド1の動きは他と一線を画す機動力と撃破数を誇っていた。

 その戦車兵の言葉なら、直撃をギリギリ受けていないというのも信用できる。

 そしてそれほどの戦車を指揮する兼城大尉を失うのはEDFにとっての、人類にとっての損失でもある。

 ならば、助ける価値は十分にある。

 

 いや、大林中尉は価値などクソ喰らえと言ったか?

 ふ、ならば打算的になっているのは私の方なのか。

 

 だとしても、中にいる兼城大尉が助かる可能性は十分にある。

 なぜなら――

 

「――通信を聞いてきた! まったく、胸のすく事言うじゃねぇか。 ここは任せろ!」

 道中の巨大生物を蹴散らしながら、ランドガルド3の棚部中尉が駆け付けた。

 フェンサーがいるなら、戦車の装甲をこじ開けることも不可能ではない。

 

「小隊、揃ってるな!? 一瞬で良い! 巨大生物を戦車と棚部中尉に近づけさせるなッ!!」

「「サー! イエッサー!!」」

 

 爆発で散り散りになった小隊員が集結し、この場所に集る巨大生物を攻撃する。

 集る巨大生物を、我々レンジャー2、ランドガルド3、そして履帯修理の終わったゴールド3が弾幕を張る。

 

 が、突如通り沿いのマンションが派手な音を立てて倒壊し、ダロガが姿を現した。

 

「ちぃ、まだ残っていたのか!? ゴールド3!!」

 

 大林中尉の指示にゴールド3は即座に砲撃するが、装甲に弾かれ砲弾は貫通しない。

 

「ッ!? 駄目だ、関節部を狙わないと!」

「すみませんッ! 次弾装填完了! 撃ちます!」

「待て! 前進! 急げ!!」

 戦車が急に前進したため、砲弾は外れてしまった。

 

「車長!?」

「α型亜種だ! 位置を変えろ! ここは囲まれる!」

 先ほどいた場所には、α型亜種が突っ込んできていた。

 そのままその場所に居たら、装甲に食らいつかれていただろう。

 

「このクソ共がァァーー!!」

 ゴールド3車長、笠松少尉*1が上面キューポラに出て12.7mm重機関銃をα型亜種に向けて連射する。

 

「鎌田! ダロガを仕留めろ!」

「了解! このッ!」

 重機関銃で攻撃しつつ、砲手鎌田*2に命令を送る。

 主砲は放たれ、砲弾は見事関節部にあたったが、一撃では沈まない。

 その間、ダロガは触覚状の主砲に光を点火させた。

 

『ゴールド1がやられるぞ! フェンサー!』

『無理だ! 間に合わない!!』

 

 手数が足りない。

 我々歩兵の武器では重火器でないと太刀打ちできないし、こちらに戦車は1輌だけ。

 いや、もう一輌、いた。

 

「うおおおぉぉぉぉ!!」

 β型の糸に絡めとられ行動不能だったゴールド4が突撃してきた。

 ダロガは接近を感じ取り、下部レーザー機銃を作動させ、ゴールド4に連射する。

 ゴールド4はそれを真正面から受け止めながら砲撃。

 下部機銃を吹き飛ばし、そして脚の一本に体当たりをかました。

 

 狙ってやったのか、奇しくもそれはゴールド3が砲撃を当てた関節の脚で、ダロガはバランスを崩し転倒する。

 

「車長! 火災発生、行動不能!」

「主砲もへし折れました!」

 ゴールド4はレーザー機銃をまともに喰らい、更に転倒したダロガに押しつぶされていた。

 だがダロガはまだ機能が生きており、砲身に青白いエネルギーが溜まったままだ。

 

『ゴールド3! ……笠松、俺達ごと、撃て!』

『なんだって!?』

『兼城大尉がいれば……我れらがヴァーミリオン中隊は、生き返る! それに、俺達はもう……。頼む、撃ってくれ!』

 車体がひしゃげ消火装置はどこかへ消え去り、下敷きになったため脱出もままならない。

 火災のおかげで、焼け死ぬか窒息まで一分とかからないだろう。

 そのような状態だった。

 

「くっ……主砲、撃て!!」

「……了解ッ!」

 ゴールド3の主砲弾は、破損したレーザー機銃跡から脳天へ一直線に貫通し、ダロガは爆散した。

 その爆発で、ゴールド4の乗員三名の命も失われた。

 

「くっそぅ……! ……あの時、赤蟻に喰らいつかれても撃っていれば、あいつは、死なずに済んだのかな……?」

 ゴールド三号車車長、笠松少尉のつぶやきは部下に聞こえる事は無かった。 

 

 だが、戦場は感傷に浸る間も与えてはくれない。

 新たな危機が我々を襲う。

 

「中尉やばいっすッ!! 砲兵型ヘクトル、こちらを狙ってますッ!!」

「阻止できるか!?」

「無理っす!!」

 建物の陰に隠れてかすかに見える四機の砲兵型ヘクトルが、こちらに向かい、その砲身にエネルギーを溜めている。砲撃準備態勢の特徴だ。

 水原は狙撃銃で撃破を試みるが、ライサンダーを使い切ってしまった為に撃破は難しい。

 

『させん! 小隊停止! 斉射二連! 撃てッ!!』

 そのヘクトルを砲撃したのは、別行動していたクリムゾン、インディゴの二個戦車小隊だった。

 合計八輌の斉射を受け、瞬く間にヘクトルが崩れ落ちる。

 

 が、一瞬遅く、一発のプラズマ砲弾が放たれてしまった。

 

『クソッ! 遅かった! 一発撃たれたぞ!!』

『分かってる! ちくしょう!』

 クリムゾンの声に、棚部中尉が怒鳴り返す。

 同時に戦車の残骸をこじ開け、逃げ遅れた兼城大尉を救出する。 

 

「兼城大尉ッ!」

「う……まったく、無茶をする……」

「それはお互い様でしょう――こちら棚部、救出完了! 重傷だが意識はある!!」

「砲撃が来るぞ! すぐこの場を離れるんだッ!! 急げッ!!」

 

 大林中尉の声と同時、重傷の兼城大尉を抱え、棚部中尉がスラスターで離脱。

 我々周囲の歩兵も一斉に離脱した。

 その数秒後、プラズマ砲弾は炸裂し、凄まじい爆発と共に戦車の残骸を吹き飛ばす。

 

「はぁッ! ふっ、ヘクトルめ! この私をそう何度も地に叩きつけられると思うな!」

 

 私は今度は受け身に成功し、爆風の勢いを上手く殺し、着地する。

 当然その場には巨大生物が。

 引き金を引いて、一直線に向かってくるα型を駆逐する。

 同時にそばにいた葛木に手を貸す。

 

「大丈夫か!?」

「うん、なんとか。いやぁさっきの人、助かってよかったねぇ」

 

 見たところ軽傷ではあるが、戦闘に支障は無さそうだ。

 先ほど腹をやられた分私のほうが酷いまである。

 

 が、葛木のスーツの方は酸や糸、爆風の焦げ跡が目立ち、普通なら一刻も早い交換が望まれるレベルだ。

 

《本部より交戦中のフラウンダー1以下各部隊に告げる! 対空部隊が突破された為、γ型1600体が味方を包囲している! 南に2ブロック前進し、ゴーン、フェアリーテイル、アルデバランを救援しろ!》

『フラウンダー了ォ解ィ! おめぇら!! とっとと移動して――』

 

 突如、辺りに立っているのも危ういような振動が発生した。

 同時に、地面を突き破る破壊的な音が響く。

 

 南の方に舞い上がる砂煙が意味するのは……巨大生物の地中侵攻だった。

 

 

 

*1
24歳男性。有能だが元々気の弱い方で、兼城大尉に扱かれてやけくそで気合を入れている

*2
30歳男性。軍曹。車が好きで、輸送隊を志願していたがなぜか戦車兵に。今では悪くないと思っている




殆どモブですが登場人物紹介!!

笠松雄一(かさまつ ゆういち)(24)
 ゴールド3の車長。少尉。
 フォーリナー襲来後に任官した新任少尉で、任官後は兼城大尉に扱かれた。
 初陣をスチールレイン作戦で経験し、以後休まる事のない戦闘に身を投じている。
 訓練校での成績は優秀な方だったが気合が足りないと何度も兼城大尉に言われてやけくそになっている。
 父親は九州の第三機甲師団を束ねる笠松少将であり、父の重圧にプレッシャーも感じている。

鎌田達也(かまた たつや)(30)
 ゴールド3の砲手。軍曹。
 車が好きで、輸送部隊のドライバーを志願していたが、書類の不手際で何故か戦車兵として採用されてしまった。
 本人も間違っている事に気付いたが「戦車も動かしてみたい!」というつもりでそのまま居座っていたら、いつの間にか砲手になっていた。
 何故、と思いつつ撃ってみると意外と気持ちよかったのでそのまま砲手として活動している。
 腕の方は良くも悪くもないが、実は非番の日に操縦の方も練習しているので操縦手としても活躍できるし、車が好きなので整備もそこそこ出来る万能さを持っている。


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第四十七話 逆襲の猛火

――2023年 3月30日 18:15 京都市内 「第101戦車大隊-第七中隊”ヴァーミリオン”-第二小隊”クリムゾン”」――

 

 

「なんだ!? 何が起こった!?」

 突如、周囲の地面が爆ぜ、辺りは舞い上がった土砂に覆われる。

 一輌の戦車が、地中から押し上げられ、同時に牙で履帯を噛み切られる。

 

「履帯損傷ッ!? 巨大生物が!!」

 転輪を噛み砕かれ、別の個体に砲身を、そして砲塔に牙を突き立てられる。

 その瞬間、α型の頭部が爆ぜた。

 戦車の側面に張り付けられた、対巨大生物用の爆発反応装甲(リアクティブアーマー)の効果だ。

 

「うッ、やったか!?」

 戦車の内部にも衝撃が伝わる。

 

「ああ! だが数が多すぎる!!」

 頭部のないα型の死骸を押しのけて、更に多くのα型が装甲を食い破る。

 125mm徹甲榴弾を撃ちだす砲身はひと噛みで千切られ、咀嚼されて腹の中に納まる。

 

「主砲が!? ちくしょう、喰らえッ!!」

 砲手がトリガーを引き、車載12.7mm機銃を放つ。

 車内から操作された機銃は目前のα型を撃ち殺すが、

 

「うぎゃああ! くそ、やめ――ガッ……」

 別の個体が側面装甲を食い破り、操縦手が食い殺された。

 

「ちッ、ギガンテスはもう駄目だ! 銃を持て! 脱出して――ぐああぁ!!」

 車長がアサルトライフルを手に取るが、装甲がさらに食い広げられ、銃を持った腕を噛み千切られる。

 

「車長ッ!! く、喰われるッ!? くるな、来るなァァーー!!」

 砲手が車内でアサルトライフルを発砲するが、砲塔を完全に喰い破られ、頭上にα型の顎が見えた。

 

「ひぃい!! だ、誰か、助けっ――」

 砲手の声は最期まで発することなく、その上半身はひと噛みでα型の腹の中に納まった。

 戦車の残骸内に砲手の鮮血が撒き散らされた。

 

 上半身を喰らって満足したのか、その場を後にするα型に変わって、幾体ものα型が殺到し、死体の残りや戦車の残骸を貪り喰らう。

 中には残っていた爆発反応装甲によって爆死する個体もいたが、他の死骸には見向きもせず、狂ったように喰らい尽くす。

 

『インディゴ1より本部ッ! エリアD37でコード991発生ッ!! 簡易センサーで巨大生物……1000体以上を確認! 我々とクリムゾン小隊が直撃を喰らいました! 援護を……ぐああぁぁ!!』

《本部了解ッ!! そちらに接近中の部隊を援護に回す! 一輌でも多く持ちこたえろッ!!》

 

 通信の最中、インディゴ1は酸で溶かされた柔らかい装甲に牙を突き立てられ、装甲を食い破られた。

 中の乗員は全滅した。

 

『こちらクリムゾン1! インディゴ小隊の指揮を執る! 全車、機銃を撃ちつつ後退ッ! 大丈夫だ! 群れさえ抜ければ何とかなる! ついてこいよッ!!』

 

 クリムゾン、インディゴ合わせて三輌がやられ、残りは五輌。

 戦車とは本来巨大生物に対しても強力だが、至近距離で囲まれれば当然その強みは生かせない。

 

『くっそォ! 近づくなァッ!!』

 

 7.62mm同軸機銃と、上面車載12.7mm機銃で必死に応戦しつつ、全速後退する五輌の戦車。

 その戦車に食らいつこうとα型やその亜種が噛みつくと、爆発反応装甲が爆裂し、頭部を丸ごと消し飛ばす。

 

『ちくしょう! 糸が! 糸が絡みついて動きがッ!!』

『クリムゾン4!!』

 

 クリムゾン小隊四号車は、右側の履帯にβ型の糸が多数絡みつき、酸で機構を溶かされて動かなくなっていた。

 車体や左側の履帯にも多くの糸が絡みついている。

 後退する方向から見て最前列にいたクリムゾン4は、α型より足の遅いβ型の攻撃を一手に受けてしまっていたのだ。

 

『大泉中尉*1! 俺達はもう、もう駄目です! ここで一体でも多く巻き込んで見せます! ……ご武運を』

『……松島。そっか、元気でな! 向こうで会おう!』

 

 その一言で、四号車車長の松島曹長は安堵し、車内を見渡す。

 喰い破られた装甲から操縦手は糸に引きずられて喰われた。

 溶かされた酸を浴びた砲手は左手を丸ごと失ったが、意識はある。

 

 戦車長の松島はたった今体中に糸を浴び、上から引きずられている。

 体も糸に染み込んだ酸でぐずぐずだ。

 

「ふふっ、最後まであの人らしい……、森本……撃て、撃てぇぇッ!!」

 

「イエッ……サー……ばけものめ、喰らえ……ッ!」

 

 砲手の森本はトリガーを引いた。

 既に砲弾の発射機構は無くなっていて当然だったが、彼らには最後の幸運が残っていた。

 

 へし折れた砲身から砲弾は放たれ、ちょうど砲身の真正面にいたα型亜種の顔面に直撃した。

 信管が作動し、起こった爆発と衝撃波は、クリムゾン4に群がっていた巨大生物16体を一撃で巻き込んだ。

 

 だが、クリムゾン4の挺身をもってしても、状況は劇的には変えられない。

 

『大泉中尉ッ! 背後から、背後からβ型の大群が!! ――ぎゃぁっ!!』

 

 インディゴ2の焦り声と悲鳴が聞こえてくる。

 インディゴ2は、全速後退の途中でβ型と衝突してしまったのだ。

 

「何やってる!?」

「β型が、すみません!!」

 

 時速90km以上で轢かれ、β型はその肉体を半壊させられるが、かろうじて息があったようで、腹部の糸の発射口を、乗り上げたインディゴ2に向ける。

 

「脱出だ! 早く!!」

「りょうか――ひぃぃ!!」

 

 脱出しようと前進するインディゴ2の前方を、α型亜種がふさぐ。

 同時に、周囲に別の巨大生物も群がり始めた。

 

「ちくしょう……終わりなのかよ……?」

 

 その瞬間、インディゴ2の周囲の巨大生物が、突然炎上し始めた。

 周囲が猛火に包まれ、乗り上げたインディゴ2ごと周囲を焼き尽くしていく。

 やがて、ギャアギャアと耳障りな断末魔を上げたのち、周囲の巨大生物は粗方焼き尽くされた。

 

 そして装甲の焦げたインディゴの周りに、四機のニクスが次々と降り立った。

 

『向井中尉*2、周辺の巨大生物、焼き尽くしました』

『上出来だ。こちらフレイム1。周りは片づけた、まだ動けるか?』

 ニクス、フレイム小隊の女性指揮官が通信を繋げた。

 

『こちらインディゴ2。すまない、助かった。装甲ごと焼かれたのは気にしない事にしておく。しかし、凄まじい火力だな』

『ふ、これが新型のレッドシャドウの力だ。巨大生物との接近戦は任せろ! とはいえ、コンバットバーナーの燃焼剤はそう多くはない。急ぎ体勢を立て直せ!』

 

 コンバットバーナーが主兵装だったニクス・レッドボディの後継機が、このレッドシャドウだ。

 接近戦を主眼に開発されたこの機体は、高い運動性能とスラスターによる機動性能を誇っている。

 両腕に装備されたコンバットバーナーも新装され、巨大生物の甲殻を瞬時に焼き尽くす火力がある。

 

『了解しました! 大泉中尉、インディゴ2、そちらに合流します!』

『こちらクリムゾン1。分かった、無事で何よりだ! フレイム1! ホンット助かった! 顔は見えないがきっと美人だろ? 後で一杯奢らせてくれっ!』

 

『それは貴様の顔次第だな! ようし、フレイム各機! 戦車隊の残存各車を援護するぞ! 派手に燃やしてやれ!』

『『イエッサー!!』』

 

 迫る巨大生物に、四機が猛火を浴びせる。

 その炎の壁に巨大生物は突っ込んでゆき、そしてあっけなく燃やされる。

 後退しながら左右に炎を吐き出し、巨大生物は次々と焼け死んでいく。

 

 だが、その炎の中を耐えきって進む個体があった。

 

『クソッ、あの赤いのは相変わらず頑丈だな! 改良されたコイツですら燃やしきれねぇのか! なら!』

 

 言いながら、部下のレッドシャドウ一機は肩部に装備された散弾砲を浴びせる。

 外殻を炎上させながら至近距離まで接近していたα型亜種は、歩兵用とは威力もケタ違いな大型の散弾を喰らって肉体を四散させた。

 

『β型にも気を付けろ! 奴らビルを使った跳躍で炎を回避してくるぞ! 足を止めるな! 動き続けるんだ! それこそが機動力に優れたレッドシリーズの戦い方だ!』

『『イエス、マム!!』』

 

 前方から右斜め前に飛び、ビルにへばりついて糸を飛ばしてくる個体に狙いをつけ、ビルごと焼き尽くす。

 その隙に背後に回り込んだα型亜種三体を別のニクスが散弾砲で片づけ、すぐさま距離を取る。

 

 だが、それでも全ての糸や酸を躱しきることは不可能だ。

 

『くっ、右腕の動きが鈍い……酸を喰らいすぎたか!?』

『フレイム3! いったん下がれ! 周囲のβ型が多すぎる、囲まれるぞ!!』

『了解!』

 フレイム3は、背面のスラスターを吹かし、囲まれた状況から離脱を図る。

 だが、それを好機と言わんばかりに、β型は糸の対空砲火を集中させ、フレイム3は空中から引きずり降ろされた。

 

『ぐぁぁッ!! ちくしょう! 化け物め!!』

 墜落したレッドシャドウは半壊し、即座に体勢を立て直すことができない。

 終わりか――パイロットの頭に死が過ぎった瞬間。

 

『全車輌一斉射! 撃てぇぇーー!!』

 

 横一列に並んだギガンテスⅡから、125mm徹甲榴弾砲が一斉に放たれた。

 砲弾はフレイム3の周囲のβ型巨大生物を一掃し、更に前面のα型亜種も、至近から放たれた砲弾にはひとたまりもなく、その分厚い甲殻が抉られて吹っ飛んでいく。

 

 その応酬として、後方から山なりに酸のショットガンが飛んでくるが、それをギガンテスの装甲が真正面から受け止める。

 先ほどのように囲まれればともかく、数発程度なら喰らっても、新型ギガンテスの装甲は溶け落ちる事は無い。

 

『こちらフレイム! すまない、危ない所だった!』

『こちらクリムゾン。借りは返さなくっちゃな! しかし、この集団を我々だけで殲滅するのは骨が折れるな! どうよ、松宮!』

『こちらインディゴ、同意する! インディゴよりゴールド! そちらの状況は!?』

『――――』

 帰ってくるのは、ノイズのみだった。

 

『ちぃっ! まさか兼城大尉、やられたのか!? 本部! 応答願います! 本部!』

 

『こちら本部! 状況は大方把握している! ゴールド小隊は二号車、三号車のみ行動中! 四号車乗員三名は戦死。兼城大尉以下二名の一号車乗員は負傷しているが全員生存。ゴールド、クリムゾン、インディゴの各小隊は直ちに合流し、隊を再編成しろ! ニクス、フレイム小隊も戦車小隊と共に後退し、フラウンダー1の指揮下に入れ! 他部隊と合流しつつ京都南IC付近を目指し、戦闘を継続せよ!』

 

『『了解ッ!!』』

 

 各部隊が、慌ただしく動き始めた。

 

 

*1
30歳男性。クリムゾン1小隊長。陽気でプラス思考な態度は、部下を不安にさせない

*2
26歳女性。ハキハキとした快活な女性。言葉はキツいが部下には甘い




EDF5に出てくるレッドシャドウは使った事ないんですけど、上位機種のレッドガードはめちゃめちゃ強くてお世話になりました。
レッドシリーズと言えば火炎放射のイメージですが、ゲームでは何と言っても両肩の散弾砲の破壊力がハンパない!
こっちでも早く上位機種のレッドガードがさせる展開に追い付きたいですね!

人物紹介!

大泉賢介(おおいずみ けんすけ)(30)
 クリムゾン小隊長で、クリムゾン1車長。
 中尉。
 陽気でプラス思考な明るい小隊長。
 兼城大尉がカリスマと戦術で中隊を導くとしたら、大泉中尉は絶望を許さない明るさで部隊を支える存在といえる。

向井慶子(むかい けいこ)(26)
 第二歩行戦闘車中隊、第二小隊”フレイム”小隊長。中尉。
 高機動型ニクス・レッドシャドウを操る。
 ハキハキとした口調の快活な女性で、対巨大生物においては相当の自信があり、高機動を生かした戦場の”火付け”部隊として駆け回る。
 厳しい口調を心掛けるが生来の優しさが抜けず、部下には甘く、いまいち恐れられてはいないが、そこはご愛敬。


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第四十八話 生き残る原動力

書き溜めていた分が恐ろしい速度で消化されていく~
にも拘らず、なかなか話が終わらないんだな~これが。


――18:30 京都市南区役所付近・国道一号線南下中:レンジャー2-1――

 

 

 区役所の陰から躍り出たダロガの上面触覚状の砲身が光り、そこから粒子砲弾が連続で炸裂する。

 

「仙崎、今だ! 行け!!」

 

 それを棚部中尉達ランドガルド3がシールドで受け止めつつ、仙崎に合図を送る。

 

「了解! ぬぉおおお!!」

 

 猛砲撃に目もくれずダッシュでダロガの懐に滑り込む。

 ダロガに死角は無く、接近しても下部レーザーバルカンが目を光らせている筈だが、それは既に破損している。

 

「つまり、ここなら手は出せまい!!」

 

 爆風ギリギリで私はグレネードランチャーを放つ。

 弾倉分六発を下部レーザーバルカンの損傷部に一点照準。

 

 本来対巨大生物用の装備だが、破損個所を狙えば更なる損傷を与えられる。

 ダロガは傾き、激しく火花を散らして装甲が内部から破裂していく。

 

「水原!」

「了解っす!」

 

 その隙を逃さず、水原が装甲の裂け目を狙撃した。銃弾は内部を貫通し、ダロガは糸が切れた操り人形のように動作を停止して倒れ、のち爆発した。

 倒れるダロガから逃げるようにして身をかわしていた私は、爆発を背後に浦田と合流した。

 

「手近なやつは大体押さえといたぜ!」

「すまん、助かった! 」

 さすがの浦田のフォローにより、最低限の巨大生物は仕留められていたが、しかしまだまだ数が多い。

 

「クリムゾン、インディゴ小隊との合流地点はまだなのか!?」

 荒瀬軍曹が叫ぶように問う。

 

「軍曹! 北からガンシップだ! ありゃァ琵琶湖から大津に上陸したっていうレイドシップの艦載機ですかねェ? 結構居やがりますぜ!」

 

『こちらゴールド二号車氷室。クリムゾン、インディゴ両小隊との相対距離、1800m。だがその間400体の巨大生物を確認。この壁は薄くないぞ』

 

 荒瀬軍曹の声に馬場、氷室が反応する。

 ゴールド2の戦車長で、現ゴールド小隊の指揮を執る氷室中尉がまるで機械のような冷静な声を発する。

 小隊とはいえ、残りは笠松少尉のゴールド3のみである。

 

 他は、クリムゾン小隊が大泉中尉指揮の一、二号車。

 インディゴ小隊が松宮少尉指揮の二、三号車の合計六輌だ。

 

 12輌編成だったヴァーミリオン中隊は、その数を実に半数に減らしていた。

 

「どうします梶川大尉。突破するしか手はないと考えますが」

「だろォな大林。迂回なんてかったりィ事やってたら後ろのガンシップにハチの巣だ。おめェの分隊一個貸せ。俺達と組んでガンシップ(銀バエ)のお掃除だ。他は最短で壁をブチ抜き、まずは戦車隊との合流だ!」

 

 本来は距離を保って戦いたいところだが、前方に障害のように立ちふさがっている場合は止むを得ない。

 迂回や転進などして進撃速度を緩めると逆に包囲殲滅される危険が増すだけだ。

 

「第一分隊、ゴールドと前進しつつ巨大生物を一掃! 第二分隊、上空のガンシップを迎撃!」

「「サー! イエッサー!!」」

 大林率いる我々第一分隊は前を塞ぐ400体の混成巨大生物群を一掃しろとの命令が下された。

 

「ランド2! 先行して巨大生物群を叩け! 他は戦車隊の前面に展開し、中距離を保って弾幕を張れ!」

 ランドガルド中隊、月島大尉の命令が飛ぶ。

 ランドガルド2は斬り込みに、1と3は足並みを揃え一列横隊で前進する。

 

「野郎共ォ! 俺達は全員ガンシップの群れに突っ込むぞ! 分断された連中に手土産はいらねェ! 全部平らげっぞ! いけ! 突撃だァァーー!!」

「「おおォォーー!!」」

 梶川大尉のフラウンダー1は一斉に全員突撃していった。

 

 我々も、それぞれ武器を握りしめ、巨大生物との近距離戦へ突入した。

 

 そうして20分程度戦った頃だろうか。

 突如南区区役所の壁面が爆発で崩壊し、四機のダロガが姿を現した。

 

「な、なにぃぃ!?」

 

 α型との戦闘の真っ最中だった私は、私目掛けて落下するビルの壁面の一部を前転して寸前で回避。

 私の位置にいたα型二体は見事に壁面の下敷きになったが、すぐに掘り返して現れた。

 この程度では巨大生物は倒せないだろうが、その二体はなんと落下した壁面を夢中でかじりだした。

 

「好機! ――ぬっ!」

 

 この機会を逃さずまとめてグレネードガンで屠ろうと思ったところだが、それを遮ぎったのは現れたダロガの機銃掃射だ。

 

「ぬおおおぉぉ!?」

 

 崩れた区役所の瓦礫を盾にして何とか回避するが、ダロガのレーザー機銃弾は瓦礫など容易く貫通するので攻撃に転じる暇がない。

 

「いいぜ仙崎! その調子だ! この距離ならッ!」

「駄目だ浦田! 早まるな! この距離では――!!」

 私が狙われている隙にロケットランチャーを担いで下部機銃を狙う浦田に、大林中尉が静止を掛ける。

 

 が、次の瞬間、ダロガは下部機銃を周囲一帯に、まるでスプリンクラーのように出鱈目にばら撒いた。

 

「な――ぐはっ!」

 

 浦田がレーザーを喰らって瓦礫の向こうに吹っ飛ぶ。

 

「浦田――ちぃっ!!」

 

 余りに出鱈目にばら撒かれるレーザーの雨に、さすがの私も近づけない。

 そして他に何人かの悲鳴を聞いた。

 辺り一面に次々とレーザー機銃が突き刺さり、土煙を上げて視界が効かない。

 

 そしてその間にも巨大生物は襲ってくる。

 

「駄目だ! 無理に突破するな! 貴様らの命を懸けるべきはここではないぞッ!」

『歩兵下がれ! こうなっては仕方ない。一時足を止め、我々が前に出る。三号車、砲撃開始』

 

 大林中尉と氷室中尉の命令は同時だった。

 

『ゴールド3了解! 撃て!!』

「ランドガルド傾注! 戦車隊と共に前に出てレンジャーの盾になる! ランド2! 下がってこい!」

 ギガンテスⅡが前に出て砲撃し、フェンサーが盾になっている間に、我々歩兵が同時に下がる。

 

「鈴城軍曹! ご無事ですか!?」

 私はギガンテスの後ろに回り込むと、分隊の鈴城軍曹と合流する。

 

「あぁ! アタシはな!! 払っても払っても糸と酸がヘバりつきやがるが。ところでよ、浦田と水原、それと隊長の姿は見たか?」

 背後に回り込もうとしたβ型を、ショットガンで真正面から潰しながら鈴城軍曹が尋ねる。

 

「浦田はレーザーに撃たれて負傷しているのはかろうじて見ましたが、他は分かりません! 合流してないので!?」

 合間を縫って現れたガンシップを、アサルトライフルで撃墜する。

 

「ちっ、あのクソ隊長、恰好付けやがって……!」

 

――大林中尉――

 

 

「貴様らの命を懸けるべきはここではないぞ!」

 そう無線に怒鳴りつけながら、私は負傷した浦田を救うべくレーザーの雨に飛び込んだ。

 我ながら、小隊指揮官にあるまじき行為をしているとは思う。

 だがしかし、部下に命令を出している猶予はない。

 今、私が助けにいかねばまた手遅れになってしまうかもしれんのだ。

 

「また、か……」

 

 先日の新垣の件を引きずっているだろうか?

 いや、違う。

 あの件は何度も考えたが、結局出来事は起こってみないと結果など分からないものだ。

 

 新垣は、本当に残念ではあったが、私の判断が明らかな間違いだった点は、恐らくない。

 むろん、死人が出ている以上正解ではなかったのだろう。

 だが、あれがあの状況でできる最善の手ではあった。

 

 結局のところ、人は限りある情報と行動の中で全てを納得させることのできる正解など導くことは出来ないのだ。

 だから私は、今も、己に出来る最善を尽くしている。

 

「俺は拾うぞ……! 俺に出来る、最善の方法で!」

 

 ダロガのレーザー機銃は、依然間をおいて降り注いでいる。

 だが、その足元でひしめく巨大生物を盾にすれば、レーザー攻撃から身を守る事は、不可能ではない。

 その代わり、巨大生物の攻撃を多少受けることにはなるが。

 

「うおっ! クソッ!」

 

 β型をアサルトライフルで倒したら、開いた射線のせいでレーザーを受けかけた。

 なんとかα型亜種の懐に潜り込んで盾にする。

 

 フォーリナー同士は攻撃が通りづらいという理論不明の現象を利用して、レーザーを防いでいく。

 

「あるいは仙崎ならば、もっと上手く立ち回ったのかもな……――水原!? そこにいるのは水原かァ!?」

 

 私はちょうど瓦礫の窪みに身を隠していた水原と合流した。

 

「はぁ、はぁ、た、隊長……? なんで、ここに……?」

 

 運よく水原を発見したが、負傷具合は酷いものだった。

 脇腹を掠めて出血が酷い上に、他の部分にも喰らったようで、アーマースーツのおかげで貫通には至っていないが、損傷が激しい。

 

 それに激しい掃射で装備を落としたのか、治癒剤も投与した様子がない。

 

「治癒剤を打った。これで少しは動けるようになったはずだ! だがまだ浦田が近くで負傷している! 救助にいくぞ!」

 

 私は水原に腕を貸し、無理やり引っ張るような形で連れていく。

 

 それを遮るように、前方のダロガが、またレーザー機銃の銃身を回転させる。

 また広範囲にばら撒くつもりだ。

 

「させんッ!」

 

 私は連射型散弾銃”スパローショット”をフルオートで発射し、全弾レーザー機銃に命中させた。

 

 弾丸の一部が回転機構に入り込んだか、レーザー機銃は煙を吹いて停止した。

 

「すごい……ショットガンで止められるんすか……」

 

「この距離ならな。スパローショットの近距離連続射撃は、徹甲弾にも匹敵する破壊力を持つ。尤も、ダロガ相手ではかなり危険ではあるがな! ついたぞ! 浦田ァ!」

 

 瓦礫に引っかかるようにして倒れる浦田を発見した。

 浦田は腹部をレーザーで貫かれており、一目見てかなり危険な状況である事が分かった。

 意識も無いようだ。

 

「まずいな……! 手を貸してくる! すまんがコイツで援護しろ! 出来るか!?」

 

 返事を待たず、水原にスパローショットを渡すと、私は浦田に治癒剤を打ち、担ぐようにしてここから逃げる算段を立てる。

 

「コッチも重傷なんすけどねぇ……でも、浦田伍長の方がヤバそうっすね……。って、隊長! 狙われてます! 隠れてくださいッ!」

 

 ダロガがレーザー機銃を回転させる。

 発射態勢のダロガに、水原はスパローショットを射撃するが、

 

「水原、後ろだ――!」

「――ぐぇっ! い、糸が……!?」

 

 β型の糸を喰らい、その場に倒れる。

 身動きが取れなくなった隙を突いて、α型亜種が水原を喰らおうとする。

 

「お前に……お前にだけはッ! 殺されて堪るかよッ!!」

 水原は、α型亜種の迫る牙に、スパローショットを叩き込む。

 

「ぐはっ、ぐ……、アイツ殴るまでは、死ぬもんか……! 俺は絶対、新垣の事覚えたまま、生き延びてやるッ!!」

 

 それは、鷲田に言われた言葉への反抗心か……。

 それが水原の生き残る原動力になるのなら、それも鷲田の考え通り、となるのだろうか?

 真意がどうあれ、その気概があるのならば水原はここでは死なない。

 死なせはしない。

 

 食らった糸の酸が、レーザーの焦げ跡から体に染みわたり、水原の肌を焼く。

 水原は息絶えたα型亜種を盾にして、再び降り注ぐダロガのレーザーの雨をその場でしのぐ。

 だが、それを糸の主であるβ型は逃さず、糸を手繰り寄せる。

 

 同時にα型亜種の死骸も穴だらけになり、盾としての役割を果たさなくなる。

 

「水原ァァーー!! くっ、うおおおぉぉぉぉーーー!!」

 

 私は瀕死の浦田を抱えながら、走ってアサルトライフルを撃ち、水原を襲ったβ型を撃ち殺しながら水原の腕を無理やり掴む。

 それはレーザーの雨の真っただ中に入るという事でもある。

 

「ぐッ!」

 

 走り出すと同時に、私の右足に激痛が走る。

 レーザーで足を射抜かれたのだ。

 

 そのまま転がるようにして、ちょうどあった瓦礫の窪みに身を隠すが、その窪みの外側にはβ型が待ち構えるようにして、糸を放ってきた。

 

「チッ! やらせるかッ!」

 

 背後の二人を乱暴に瓦礫に隠し、足元にあった鉄板を盾にするが、糸は鉄板を容易に貫通した。

 アーマースーツが焼け溶ける音が聞こえたが、同時に治癒剤を打つ。

 

「ぐうぅッ! ……ッ、この程度で、俺を喰えると思ったかッ!!」

 

 糸で巻かれた私をゆっくりと手繰り寄せようとしていたが、私は手に握っていた手榴弾を奴の口内に投げ入れて、内部から爆破した。

 ついでに、おこぼれを狙って周囲に集まっていた奴らもまとめて吹き飛ばす。

 

 だが、少々まずいか。

 痛みで意識を失う前にとさっさに治癒剤を打ったが、アーマースーツの溶けた部分から皮膚がやられ、出血している。

 頭にも貰ったようで、左半分の視界が血に濡れている。

 

 その上今度は別のダロガが背後に立っていた。

 

 しかも、完全に発見されたようで、レーザー機銃の銃身は、すべてこちらを指向していた。

 あれが一点集中して歩兵に射撃されれば、いくらアーマースーツを着ていても助からない。

 

 だが――そろそろだ。

 もう間もなく始まるはずだ。

 

『中隊各車。目標、ダロガ四機に対し、交差射撃。撃て』

 

 氷室中尉の冷静な命令が無線に流れ、次の瞬間、ギガンテス六輌から一斉に砲弾が放たれ、ダロガを襲った。

 

 分断されていたクリムゾン、インディゴ両隊の生き残りが、周囲の敵を突破出来たのだ。

 六輌の交差砲撃によって、ダロガは反撃もままならず、一機、また一機と撃破されていった。

 

 そして。

 

『こちらコンバットフレーム隊フレイム小隊指揮官! そこの負傷兵、そのまま身をかがめて居ろ! 小隊全機! 燃焼剤の事は気にするな、ここで燃やし尽くせ!!』

 

 赤色に塗装されたニクス・レッドシャドウが地表を滑走して現れ、両腕のコンバットバーナーの炎で巨大生物を焼き殺してゆく。

 

 巨大生物が、火炎地獄に巻かれ、次々と燃え上がりながら息絶えていく。

 

「……間に、あったか……」

 

 別段連携を取っていたわけではない。

 そんな暇は自分にも相手にも無かっただろう。

 

 ただ、巨大生物の残存数と彼我の位置関係からみてそろそろ来るはずだ、という予想の元行動しただけに過ぎない。

 タイミングとしては、本当にギリギリだったが。

 

『鈴城より、大林中尉! 小隊長! 今どこです!? 水原と浦田は!?』

 

 凄まじい火炎の噴射音にまじって、鈴城から無線で心配するようで怒鳴る声が聞こえる。

 

『ゲホゲッホ! クソ、なんて煙だ! こちら大林、今炎の海の真っただ中だ。 水原と浦田も生きている。だが重傷だ、私も含めてな。すまないが、戦闘続行は不可能と判断する。我々三人はここに残り、キャリバン救護車輛を待つ。荒瀬、小隊の指揮を頼む!』

 

 キャリバン救護車輛の所属する救護車輛大隊には既に救援信号を送った。

 乱戦の最中ではあるが、戦場も広範囲に散らばっていたものが大分密集しつつあるので到着にそう時間はかからないそうだ。

 

 キャリバン自体も乱戦での使用を前提とされた設計なので、多少の酸やレーザー砲は耐えられる造りであるし、機関銃程度ではあるが武装も施されている。

 とはいえ、油断は禁物に違いないが、それよりもやはり残していく分隊の二人が気がかりだ。

 レンジャー2-1は、私を含め三人が脱落し、鈴城と仙崎しか残っていない。

 

『イエッサー! 鈴城、第一分隊はもうお前と仙崎しかいないから、葛木を一時第一分隊として編成する。それで構わないか?』

 

 私の考えを読むように、荒瀬が提案する。

 

『ちっ、しょうがねーなぁ! その代わり、隊長! ぜってー三人で生きて帰ってこいよコラァ! 小隊長が部下に指揮押し付けて戦線離脱たぁ、トラック100周ぐれぇやってくれるよなぁ!? どこの基地のトラックだか知らねーけどよ!』

 

 面倒くさそうにしつつ此方に発破を掛けてくる鈴城に対し、少しだけ笑みが零れる。

 部下二人を瀕死に晒し、自らも戦場から

 

『フン、上官に対し、クソ生意気な口を叩く貴様も同じ目にあって貰うがな。そしていいか!? 我々が帰るべき基地は横須賀基地だ! あの場所を再び取り戻した暁には、トラック周回くらいいくらでも付き合ってやるさ』

 

『ハッ! 言質取ったかんな! 忘れんなよクソ隊長!』

 

『まったく……。戻ったらまず、貴様の口の悪さを矯正するべきだな……』

 

 鈴城軍曹と大林中尉のやり取りは、戻ってくるのが当たり前、という内容だ。

 だがそれでいい。

 当然のように皆死ぬ可能性が存在しながら、それでも希望を信じて疑わないのも、生き残る才能の一つなのだ。

 

 きっとそうだ。そうであって欲しいものだ。

 

 




人物紹介です!

氷室直樹(ひむろ なおき)(31)
 ゴールド2車長。中尉。
 氷のように冷静で、機械音声のように動揺を知らない声を発する。
 兼城大尉が離脱した現状のみ、ヴァーミリオン中隊の指揮を握る。
 判断に迷いが無く、正確で、その点に関しては上官部下問わず信頼が厚い。
 戦車から降りても一切性格は変わらず、遊びが無く、事務的で、笑う事が無いなど、人間味が感じられない。
 


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第四十九話 理解者

非戦闘回になります!


――2023年 3月30日 18:00 大阪市内 軍病院――

 

 

「ふー」

 口元から紫煙が吹かれ、夕暮れの大気と混ざり合い霧散する。

 

 病院の屋上から、目を細めて景色を眺める男が一人。

 鷲田篤少尉。

 

 第88レンジャー中隊第二小隊第一分隊”レンジャー2-1”の副分隊長だ。

 数日前海岸沿いでの奇襲を受けて、またそれ以前の度重なる負傷が積み重なってついに入院となった。

 

 そんな彼が見る景色は、ただの夕暮れではない。

 確かに景色は紅に染まってはいるが、その意味する所は夕日の鮮やかな色ではなく、爆撃と猛火に彩られた災禍の紅蓮色だ。

 

 今まさに、彼の眼の向く方、京都では日本存続の鍵を握る京都防衛戦”アイアンウォール作戦”が決行されている。

 

 そこで戦う戦友たちを思い、鷲田は一人ただ景色を見つめている。

 その表情が険しいのは、傷が深いからではないだろう。

 

 仲間は、水原は、ちゃんと生き残っているだろうか。

 

(我ながらクソみてェな事言っちまったよなァ……。ひでェ話だ……)

 

 

「こら」

 

 そんな鷲田の頭を、松葉杖で器用に叩く女の声がした。

 

「いてーな。一応オレ怪我人なンだけど?」

 軽くたたかれた場所に怪我がなかったのは偶然か。

 なんにせよ、屋上のドアを開閉する音すら気付かなかった事に鷲田自身驚き、苦笑した。

 

「怪我人なんてもんじゃないでしょーが。一週間は絶対安静って聞きましたけど?」

 

 声の主は、同じ病院に入院した結城桜伍長だ。

 右腕はギプスと三角巾で厳重に固定され、頭部や腹部などに包帯が巻かれている。

 右足も骨折しているので左腕で松葉杖を一本ついている。

 

 一方の鷲田は見た目は多少包帯が巻いてあるのと、ガートル台と呼ばれる金属のスタンドから点滴を行っている事以外は異常が無く、一見して桜よりも軽傷に見える。

 

 だが、欠損や骨折こそないが、全身に数多の切創と失血、酸や炎による火傷、更には治癒剤の過剰投与による内臓系へのダメージが深刻で、軍医曰く「生きてるのが不思議なくらい」との事だった。 

 

「だから、安静にしてンだろ、十分」

 何かおかしなことがあるか? と言わんばかりに桜を見る。

 絶対安静の意味なぞどこに吹く風である。

 

「はぁ~だめだこりゃ。後で看護士さんに怒られてもし~らないっと」

 呆れた様子で、叱るのを早々に放棄する桜。

 

「あァそれなら大丈夫だ。もう慣れた」

 どうやら常習犯らしい。

 そういう所をまったく気にしない鷲田らしさを感じて、桜が笑みを零し、つられて鷲田も少し笑った。

 

 桜が松葉杖をついて隣に並ぶ。

 遠く東の地平線では、相変わらず炎や爆発が絶えず空を彩る。

 その下では、同じEDFの仲間たちが命を賭してフォーリナーの侵攻を食い止めている。

 

「傷は、どうだ?」

 

 新たに火をつけた煙草を吸って、鷲田は桜の方をちらと見る。

 重傷だが、α型に噛まれたと考えれば腕が残っているだけでも大したものだ。

 従来の戦闘服なら間違いなく死んでいただろう。

 

「え~っとですね、幸い背骨とかは無事だったんですけど、見ての通り右腕が骨までズタズタでですねぇ。右足は単純骨折と捻挫とかだから早いっぽいですけど。肺とか内臓系も結構やられてて、全部合わせてだいたい一ヶ月は見といたほうがいいって話です」

 

 それでも、この重傷でもうある程度動けるようになっているのは数年前の医療レベルでは考えられないくらいの進歩だ。

 

 フォーリナーの機械兵器や巨大生物の内部を巡る半液体状の未知の物質、エナジー・ジェム。

 その数多の作用の一つに、細胞の活性化が発見されてから、医療体制は一新された。

 

 とはいえ、非常時だから使っているものの、その効果は未だ謎が多い。

 軍医からは一ヶ月と説明されてはいるが、軍医すらどれくらいの効果があっていつ完治するのか手探りの状態だ。

 

 それでも、そんな未知の技術に頼ってでも、今の人類は、日本は、一刻も早く兵士を前線に復帰させなければならない。

 敵の技術だろうが未知の物質だろうが、使えるものは何でも使う貪欲さが求められているのだ。

 

「そォか。アーマースーツが改良されてなけりゃァヤバかったな」

 フォーリナーの技術を活用し、アーマースーツも日に日に進化している。

 今は初期型の何倍もの酸や糸に耐え、鋭い牙でも簡単に千切られないような防御力を誇るが、それでもEDF兵士の負傷や戦死者は絶え間ない。

 だがもし、アーマースーツが初期型のままだったなら、日本はとっくに滅んでいただろう。

 

「ホントそうですね~。開発部の並々ならぬ努力に感謝です。ワシちゃんは?」

 

「あー、三日ありゃ治ンな」

 

「み、三日ぁ!? げほっ、げほっ!」

 驚きのあまり、大声を出してむせ返る桜。

 巨大生物α型――巨大蟻に噛みつかれ地面に叩きつけられた桜は、折れた肋骨が肺に刺さったため、まだ大声を出すのは体に障る。

 

「オイオイ大丈夫か? まだ体ン中ズタボロなンだろ?」

 鷲田が背中をさすると、桜も落ち着きを取り戻す。

 

「う~いてて……。ワシちゃんだって私以上にズタボロのくせに~」

 恨めしそうに鷲田を見上げる。

 二人の身長差は10㎝以上だ。

 

「はっ。オレは昔っから傷の治りが早くってな。この程度の傷、何度も直して毎回医者にドン引きされてきた」

 

「ドン引きなんだ……」

 傷が早く治れば普通は喜ばしい事だが、その範疇を超えているとそういう反応になる。

 

「人間とは思えない、なンて言われたりしてよォ! ひでぇ話だぜまったく!」

 

 鷲田は大げさに言って笑いを誘うが、桜は珍しく釣られない。

 

「ワシちゃんはさ……昔からその……そんな無茶するんですか?」

 鷲田の負傷を顧みない戦い方について、桜は前から思うところがあった。

 

「……無茶はしてねェよ。兵士としてやれる事やってるだけだ。一人でも一体でも多くの敵をぶっ殺す。やってることは変わらねェさ、今も昔もな」

 桜の、珍しくふざけていない態度を感じて、鷲田は視線を燃える地平線に移して答える。

 

 ただ、その言葉からは使命感というより吐き捨てるような嫌悪感が現れていた。

 

「そうですか……。すっごい心配ですけど、やっぱり優しいですね。ワシちゃんは」

 鷲田の言葉を聞いて、見当違いな言葉を返す桜。

 

「優しい? オレが? どこを見たらそう見えるんだ……。敵をぶっ殺すしか能のない野郎で、死者を侮辱して気に食わねェ部下をぶん殴る男だぜオレは」

 

 心底理解できないという顔をして、桜の方を向きまくし立てる。

 同時に自己嫌悪を自覚するが、それを悟られぬように尊大に言い放つ。

 

 他人に、鷲田篤が自己嫌悪でうじうじと悩むような女々しい男であることを知られたくないし、まして部下にそれを見せることは士気に関わる。

 それを見抜かれるようなヘマは今までしなかったはずだ。

 

「どうして、スーが気に食わないって思ったんですか?」

 水原亮介を殴った時のことを聞く。

 

 まっすぐに見つめる桜の瞳に耐えられなくて、鷲田は目を反らす。

 

「いつまでも死んだ新垣の事でピーピーうるせェと思ったからだ。だから殴った。後悔はしてねェ」

 

 嘘だ、後悔している。

 だが、それを悟らせるような真似はしていない。

 していない、はずだ。

 

「……それは嘘だよ」

 

 だがそう思う鷲田の心情は、あっけなく桜に見破られている。

 

「……何?」

 何もかも見抜かれているような気分になり、心の中で身構えてしまう。

 

「顔、やつれてる。元気も無いし」

 桜が鷲田の顔を指さす。

 確かに、言っている事は間違っていないが。

 

「そりゃ、こンなンでも重傷なンだからやつれもするし、元気だったらやべェ奴だろ……」

 桜らしい見当違いな指摘に、思わず脱力する鷲田。

 いくら鷲田でも、病院内で安静にしていたらいつもの戦闘狂モードのままではいられない。

 

 あれは戦場でアドレナリンが湧き出ているからこそ、重傷でも激しい戦闘を乗り切れるだけで、要するに無茶しているだけだ。

 

 入院してちょっとテンション低くなったぐらいで優しいだのなんだのと、相変わらず訳の分からない奴だ、と。

 桜の追及に大した根拠が無かった事に安堵して、鷲田は全く吸っていなかった煙草をすり潰して灰皿に捨てる。

 

「そうかも知れないけど、私はそんな理由じゃないと思う。ワシちゃんはさ、あの時言ったスーに言った言葉、ホントは自分に向けても言ってたんじゃないの?」

 

 三本目に火を付けようとした手が止まる。

 

「……どォいう、事だよ」

 

「あの時ガッキーを無理やりにでも助けにいくべきだったのか、今もまだ、悩んでるんでしょ?」

 

 顔が引きつる。

 図星だった。

 

 本当ならば、助けたかった、助けに行きたかった。

 だが、その時の自分は死にかけだし、仲間と共に行っても成功する可能性は低かった。

 強行すれば、もっと多くのものを失うかもしれなかった。

 

 それに関しては、きっと答えなど出ないし、もしあるとすれば、それは結果だけだ。

 だから、割り切れない思いはあれど、割り切ったように振舞うしかない。

 

「っ……。そんな事、ねェよ。アイツは生き残る力が無かっただけだっつーの。そんな事いちいち気にしてたら、身が持たねーっての」

 

 いちいち気にしてたら身が持たない、というのは本当だ。

 だから、そんな事一切気にしてないような態度をとっていたのに。

 それがなぜだか、完全に見抜かれてしまっている。

 

「手、震えてるよ?」

 

「っ! う、うるせぇよ! だいたい! オレが前の紛争で、何人敵をぶっ殺して何人仲間を殺されてきたか知ってンのか!? まともな精神じゃ、今までもこれからも生き残れるかっつーの! 死んだ奴の事なんてとっとと忘れるしかねェんだ! どいつもこいつもグチグチ引っ張るんじゃねェよ!」

 

 体にダメージがある事すら忘れて、怒鳴り声を上げる。

 だが、それでもしっかりと傷は負っているからか、病院という場所に無意識に配慮したか、あるいはもっと心理的なものか、声量は控えめだ。

 

 それが桜にはますます虚勢を張っているように見えて仕方がない。

 

「でも、一番引きずってるのはワシちゃんでしょ? そうなって欲しくないから、スー自身を責めないで欲しかったから、あんな言い方をした」

 

 だから、桜は諭すような言い方で、ゆっくりと鷲田を見つめて言った。

 

「何……!?」

 

「だから、そうやって自分を恨ませる事で生き残らせようとしたんじゃないの? あのままだと、引きずってそのまま死んじゃいそうって思ったから」

 

 当たりだ。何故かは知らないが、完全に見抜かれている。

 事ここに至っては、もはや否定も強がりも意味はない。

 観念して鷲田は心の内を打ち明ける。

 

「……別に、そンな打算的だった訳じゃねェよ」

 

 取り出したままの三本目に火を付けて、空高く煙を吐き出す。

 そのまま、弱音まで吐き出すことを堪えられない。

 

「そこまで頭回ってンなら、もっとマシな言い方もあったかも知れねェ。新垣を、仲間を貶すつもりは無かった……。それをあんな風によォ……最低だろ。すまねェ、オレは結局、敵をぶっ殺す事でしか仲間を守れねェンだ」

 

 結局、鷲田の原動力はそれだった。

 仲間を失いたくない。

 別に、鷲田だけじゃない、戦場の兵士なら誰もが自分の身を傷つけても隣にいる仲間を守ろうとするだろう。

 

 ただ、鷲田はただ、鷲田はあまりにも死なな過ぎた。

 どれだけ傷付いて仲間を守ろうとしても、自分だけ生き残ってしまう。

 

 中東ディラッカで経験したそれが、全地球防衛戦争が始まった今でも、鷲田を締め付けていた。

 得られた教訓は二つ。

 ”一人でも仲間を救うなら、振り返らずに一体でも多くの敵を殺せ”

 ”死んだ仲間に、意識を持っていかれるな”

 

 本能か勘か、何か分からないが水原に死の気配を感じ、鷲田は水原にその教訓を教えようとしたが、結果はただ新垣を侮辱し水原を傷付けただけだ。

 戦う事以外はとことん空回りする。 

 

「いや、それもあのザマで、戦闘ですら仲間を碌に護ってやれねェ。ま、ンな事とっくに分かってたけどよ」

 

 だが、それでも構わない。

 たとえ水原に、桜にどう思われようと、自分のやり方がこれしかないのは分かりきっていた事だ。

 どう思われようと、生き残ってくれるならそれで構わない。

 どれだけ傷付こうが、敵を一体でも多く殺し、どれだけ傷付けようが、嫌悪でも反抗心でも原動力にして生き残ってくれるなら、それでいい。

 

「それでも、誰に恨まれたって嫌われたって、オレはこのやり方で――」

 

 鷲田の言葉を遮って、桜が片腕で抱き着いた。

 煙草が指から零れ、松葉杖の倒れる音が響く。

 

 鷲田が目を丸くして息を呑む。

 

「――私は、知ってるよ。ワシちゃんが……誰にも死んでほしくなくって頑張ってたこと。そのお陰で、私はちゃんと助かったよ。あの時私、ホントは結構怖かったんだ。死んじゃうかもって思って。あはは、あんなこと言ってておかしいけどさ」

 

 ”私の、ことは良いです……。自分のミスでこうなったから……。でも、新垣は私を抱えてたから! お願いです! 新垣を助けに……助けに行って下さい!”

 桜は新垣が連れ去られた直後、そう言っていた。

 

「私ね、あんなカッコいい事いいながら、ホントはガッキーを心配するふりしてただけなんだよ。自分が助かりたいって気持ちの方がさ、ずっと強かったと思う。元はと言えば私が引き金になった癖にね。最低でしょ?」

 

 顔をうずめる桜はどんな表情をしているだろうか?

 明るい声を装ってはいるが、背中に回る手が震えているのが伝わる。

 

 今まで見透かされたような事を言ってきたのは、桜の中にも弱さや脆さのようなものがあったからなのか。

 そう鷲田は理解し、桜の体に両手を回す。

 

「そンな事、ねェよ。死にたくねェって思ったからこそ、ちゃンと生き延びたンじゃねェか」

 

「……それはさ、ワシちゃんのおかげだよ」

 

「オレの?」

 

「碌に護れないって言うけどさ。ワシちゃんはちゃんと護ったじゃない。私だけじゃなく、まことんもスーも。あの時、無理やりガッキーを助けようとして戦ったら、きっとみんな死んでた。だから、戦う以外でも、ちゃんとワシちゃんは護れてるよ。仮に誰かに恨まれたり嫌われたりしても、私はちゃんと、分かってるからさ。ワシちゃんは仲間想いで優しいって」

 

 極めて真剣みのある、しかし先ほどまでの見透かしたような鋭さではない、包み込むような温かさを感じる眼差しで見つめ、言葉を切ると、

 

「だからさ、一人で背負ったりなんかしないでいいから」

 

 そう言って少し恥ずかしそう微笑んだ。

 

「お前っ……。はぁ~、負けたよ、完敗だ。そんな目で見られたんじゃァ、意地張ンのも馬鹿らしくなってくらァ。オレの事仲間想いで優しいなンて言った奴ァ、お前が初めてだよ桜」

 

 大きなため息を吐いた後の鷲田の表情は、今までの険が取れてスッキリとした綺麗な笑顔になっていた。

 

「えへへ~。ワシちゃんの初めてになっちゃった」

 いつもの呑気な声色に戻り、鷲田の胸に顔をうずめる。

 

「ばーか。言い方考えろ。しっかし、オレのこと見て良くそんな風に思えたよな~お前」

 

 実際のところ、鷲田にとっての桜は明るく元気なお転婆娘、くらいの印象しかなかった為、あんなふうに強がりや虚勢をすべて見破られた上、慰められて気を楽にしてもらえた桜の印象は様変わりした。

 

 桜のそのような態度は鷲田にとってどころか桜を知るほとんどのEDF兵士にとって意外だろう。

 とはいえ、桜だって特別洞察力が強いという訳ではない。

 

「あはは。いやホント、私らしくない真似したよ~。なんか前から気づいちゃってさ。どうにかしなきゃって思ったのは、やっぱあの時からだけどさ。でも前からワシちゃんってなんか常にボロボロで、棺桶に片足突っ込んでるような感じだしさ。なーんか目が離せなくなっちゃっててね」

 

 軽い口調で言っているが、その真意はどういうことなのか。

 それを考えたい気持ちもあったが、まず言わなければいけないことがある。

 

「そ、そォか……。あー、でもなンだ、すっげェすっきりした。ありがとうな、桜」

 

 体を少し離して、面と向かって言った。

 鷲田のやった行いが正解か間違いかは分からないが、それでも確実に気持ちは楽になった。

 憑き物が落ちたように、鷲田はいつもの顔になった。

 

「えへへ、どういたしまして。ところでさ、松葉杖取ってくれない? 私まだ歩けなくってさ」

 

 いつも通りになった事を確認して、桜は病室に戻る事にした。

 だが勢いで抱き着いてしまった為、松葉杖は屋上の床に放り投げてしまった。

 

「……いらねェよ。オレが、お前の松葉杖になってやる」

 点滴の腕とは反対の腕で、桜の左腕を支える。

 

「ぷっ、あはは! なにそれ! プロポーズみたい!」

 鷲田の言葉に、肺に響かないように慎重に笑い出す桜。

 

「ばーか違ェよ! 部屋まで送るって言ってンだ! いや……よく考えたら変な事言ったかなオレ……悪ィ、忘れろ」

 茶化す桜に、急に恥ずかしくなったのか鷲田は赤面して松葉杖を拾いに行こうとするが、

 

「えへへ~忘れない! ちゃんと私の松葉杖になってよね。はい、行くよ~」

 桜は嬉しそうにしがみついて離れる様子がない。

 

「しょォがねェ、支えてやっか」

 そうして、二人は松葉杖を置き去りにして、病室へと戻った。

 

 

――――

 

 

「それにしてもお前、まったく敬語使わねェよな」

 病室への道中、鷲田が沈黙を破るように言った。

 

「へっ? あっ! しまった! いえ、しまいました? いや~すみません、敬語って苦手なんでつい~」

 その反応を見るに、あえてタメ口だった訳ではなく素で忘れていたようだ。

 まあ、敬語が苦手なのは桜を知る人間なら皆分かるだろう。

 

 きっと軍の上層部とかでも、長く会話するとタメ口になるに違いない。

 そもそも、そういう状況は来ないと思うが。

 

「あっ、いや別に気にしねェけどよ。……でも、二人でいる時は、敬語なんていらねェよ。今更な気もするけどな」

 ちゃっかり距離を縮める事に成功する鷲田だったが、そもそも桜との距離は皆近いので、縮まったのかどうかは定かではない。

 

「ホント? やった~」

 まあ、桜が喜んでるので良かったのだろう。

 

「いや、お前みんないる時でも結構敬語使ってないときあるけどな……。呼び方だって渾名のままだしよ……。それで、よ。今更、蒸し返すようで余計かも知ンねェけど……」

 

 桜の病室の前まで来た。

 だが、別れる前に言っておかなければならないことがある。

 病室前までに考えてた言葉を必死に並べる。

 

「んん?」

 

 言いづらそうに口ごもる鷲田を、桜は首をかしげて待つ。

 

「それでも、はっきり言ってやる。お前は、最低なンかじゃねェ。死ぬの怖ェって、そう思っててもあンな言葉が出てくるお前は、すげェと思う。だから、あァー、なンだ。自分を卑下すンな。それと、お前が引き金になったンじゃねェ。悪いのはみんなだって、お前自分でそう言ってたじゃねェか。だからオレからもう一回言うぞ。お前は悪くねェし、悪いとしたらオレだって誰だって悪い。それから……クソっ、全然言葉纏まってねェな、オレ……。えェと――」

 

 四苦八苦しながら言葉を並べた鷲田だったが、目を逸らして言葉を考えた後、前を向くと目を丸くして、桜が涙を流していた。

「さっ、桜!? わりィ、なンかひでェ事言っちまったか!?」

 

 途端に罪悪感が胸を刺す。

 やはり余計だったのか。

 

「いやっ! うんん、違うの! なんか……わかんないけど、嬉しくてさ……」

 涙を拭って、なんでもない事を示すように無理に笑顔を作る。

 

「はァ? そりゃ、一体……」

 

「最低じゃないって、言葉で言ってくれたのが嬉しかった……。卑下するなって言われて元気でた。私だって悪いしみんな悪いってのはさ、頭では分かってたつもりなんだけどな~」

 

「ホントにそう思ってたら、自分が引き金、なンて言葉は出て来ねェだろ」

 

 そこが、鷲田の中でずっと引っかかっていた。

 あの時は鷲田の精神状態も良くなかったから上手く反応できなかったが、今ならあれは間違っているとはっきり言える。

 

「ホントそうだね……。それも、言葉にされたら、なんか泣けてきちゃった。はぁ~、慰めに来たのに、最後は慰められちゃうなんて、なんか間抜けよね~。……あ~もう嬉しいやら恥ずかしいやらでなんかもう大変だよ! もう終わり! 今日終わり! ホントありがと! またね!!」

 

 そうまくし立てられて、桜は病室へ逃げるように去っていった。

 

「ちょ、オイ! ったく……こっちのほうがありがとうだってのによォ」

 

 照れるように頭を搔き、そういえば松葉杖が屋上に置きっぱなしだったことを思い出し、後で桜に届けてやろうと思い、鷲田は屋上に向う。

 

 途中、喉が渇いたので廊下の自販機で飲み物を買っていると、聴きなれた声が鷲田を呼んだ。

 

「やあ。探し物はこちらでしょうか?」

 

 松葉杖を拾ってきた二ノ宮沙月軍曹がいた。

 彼女も同じレンジャー2-1で、負傷して大阪病院に入院していたのだ。 

 

「あァー、クソ、見てたのかよ……。どこからだ?」

 

 バツの悪そうに反応し、目を逸らしながらも松葉杖を受け取る鷲田。

 

「二人が抱き合っていたところはしっかりと。 ふふふ、いいもの見せて頂きました」

 くすくすと上機嫌に笑って見せる。

 

「……マジかよ。ったく、狙いは何だよ? 口止め料か? 分かった、同室の奴が院長室からくすねてきた旨ェ焼酎があるから、コレとソイツで勘弁してくれや」

 何もしなければ変な噂になりかねないと判断した鷲田はとっさに先手を打つ。

 同時にもう一つ買った缶コーヒーを二ノ宮に投げつける。

 

 尤も、コーヒー豆を栽培している余裕のある国はもはや一握りなので、コーヒーもどきといった方がいい代物だが、それでも癖というものは抜けないらしい。

 

「ふふふ、まだ何も言ってないんですけどねぇ……。まったく、酷い勘違いのされようですね。まあそれはそれとして貰っておきますが」

 

 薄笑いで小さく舌なめずりをしつつ、キャッチした缶コーヒーもどきを頂く。

 そのしぐさを見ていると、嵌められたのか最小限の被害で食い止められたのか、分からなくなってくる。

 こと金銭や、それに類するものに関しては抜け目のない女だ。

 

「ただ、アナタにはお礼も言っておかなければなりませんね」

 

「礼? なンの?」

 桜が前回の戦いの事を気にしていることを知っていたのだろうか?

 いや、桜と鷲田が入院してきたのは三日前の事だし、その間桜とは碌に会えなかったはずだ。

 新垣の事だって、二ノ宮は言伝でしか聞かされていない。

 桜の様子に気付ける事は無いはずだ。

 

「桜の夜の相手が見つかった事ですよ。アナタなら問題なく任せられるでしょう」

「ブフォー!!」

 

 口に含んだばかりのコーヒーを盛大に吹き出す鷲田。

 

「ふふふ……くっ……、ティッシュ貸してあげましょうか?」

「おめぇわざとだな! わざとオレが口に含んだ瞬間を狙ったろ! ったくしょうもねェ事しやがって……! こちとら重傷患者だぞ!」

 

 笑いを堪え切れていない二ノ宮に、ティッシュを受け取って服についたコーヒーを吹きながら恨めしそうにする。

 

「おや? 三日あれば治ると聞きましたが?」

「オイ。おめぇ結局最初の方から聞いてンじゃねェか」

 

「ふふふ、ボクは抱き合ったところを見たと言っただけで、別にその前を見てないとは言っていませんので」

「ハァー、筒抜けかよ。ったくツマンねェ冗談言いやがって」

 

「おや? 冗談ではありませんよ、相手が出来てよかったと思うのは本当です。桜も前から気になっていたようでしたし、上手くいくとボクは思いますけどねぇ」

 

 薄笑いを消して見つめられる。

 まさか短時間に二度もこの、見透かされたような感覚を味わうことになるとは思ってもみなかった。

 そんなに自分は分かりやすいのだろうか、と鷲田は情けなくなってくる。

 

「……そんな気持ちであいつと向き合った訳じゃねェよ。ンな事、今は考えてる余裕なンざねェっての。も

ォいいだろ。オレは部屋に戻るぜ」

 

「新垣の件は残念でした。ですが、戦場とはそういうものでしょう。ボクもアナタも、お互い後悔は残したくないものですねぇ」

 去っていく鷲田に、二ノ宮が最後に投げかける。

 

「あァ、そォだな、本当に」

 振り向かず、鷲田はそう呟いて去っていった。

 

 

 



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第五十話 ブルート救援

 

――2023年 3月30日 19:00 レンジャー2 仙崎誠――

 

 

『フレイムよりレンジャー2指揮官! 我々も殆どが燃焼剤を使い切った。残りの散弾砲で貴様たちの護衛に残る! 我々が助けた命だ、簡単に散らせはしないぞ!』

『すまない、恩に着る!』

 

 というやり取りがあって、区役所跡には大林中尉、浦田、水原の三人、更にフラウンダー1の三人、ランドガルドの二人で計八人と四機のニクスが残ることになった。

 ニクスに関しては護衛と補給が済み次第戦線に復帰するそうだ。

 

 一方我々はというと……

 

『フラウンダー1よりレンジャー2-1隊長代理ィ! そっちにもガンシップが遊びに行くぜ! 面倒見てやれよォ?』

『チっ、とうとう来やがったか! 了解! 仙崎葛木! お客サンだ! 撃ち落とせッ!!』

「サー! イエッサー!」

「お客さんなのに落ち落とすなんて、なんか面白いなぁ」

 言いながら、葛木は慣れた様子でロケットランチャーを撃つと、向かってくるガンシップの集団に直撃し、一気に四機ほど墜落させる。

 

 本来戦闘機と互角以上にやり合うスペックを持ってる筈のガンシップは、対地攻撃に限ってなぜか低空低速で飛行するようになるので、歩兵部隊でも十分対応が可能だ。

 

「ぬぁはははは! のろまめ!! EDFの陸戦歩兵(レンジャー)を、ただの歩兵と侮ったか!?」

 

 私は突進するα型亜種を躱しつつ、上空のガンシップを一機一機と撃ち落としていく。

 視界に映る二機が空中で静止、機体中央下部が赤く光る。

 レーザー攻撃の前兆だ。

 

「はっ!」

 

 二本の赤色レーザーが地面を焦がす。

 膨大な熱量は地面を溶かし、路上の乗用車を掠め、引火する。

 

「気を付けろよ仙崎! アーマー越しでもめっちゃ痛いって話だからな!!」

 

「いや、めっちゃ痛いで済めばいいですけどね!」

 

 とはいえ、私は当たる気は無いが。

 しかし……。

 私は先ほどヘクトルにやられた腹部の傷に意識を向ける。

 一応治癒剤を打って止血をしたが、今後あのような精密な集中砲火を受ければ私とてこのような深手を負う、という事だ。

 

 幸いガンシップにヘクトルのような精密さは感じられないが、ヘクトルだけは要注意しておく必要があるな。

 

「巨大生物はこっちで片づける! 気にせず進め!」

 月島大尉率いるランドガルド中隊が、デクスター自動散弾銃やガリオン軽量機関砲などで弾幕を張り、道を切り開いてゆく。

 

「ったくよぉ! こんなんでどの面下げてゴーン隊共の救援に来ましたって言えんだよ!? こっちが助けてほしいっての!」

 車や瓦礫、或いは巨大生物を時に盾として攻撃を躱しつつ、ショットガンで弾幕を張り、素早く動くガンシップを確実に撃墜していく鈴城軍曹。

 

 確かに、今我々はゴーン隊、フェアリーテイル隊、アルデバラン隊がγ型の奇襲を受けているので救援にいってほしいとの命令を受けて移動中だ。

 先ほど本部から再度通信があり、彼らは更に南の京都南ICまで逃げ延びたが、そこで負傷者搬送用のヘリを押さえられ、立ち往生しているようだ。

 

 しかしこのありさまではどちらが救援か分からぬのではないか。

 

『心配すんな2-1代理の嬢ちゃんよォ! こっちの銀バエはもう片付くぜ! 間もなくそっちに行けそうだ!』

 

「アタシ嬢ちゃんって年でもねぇんですけどね! 葛木、右だ! 来てるぞ!」

「右? ひぃぃっ!」

 

 上空ばかり見ていた葛木に、鈴城軍曹が注意した通りα型が迫る。

 

 反射的にロケットランチャーを放ち、なんとか事なきを得たようだ。

 

「何匹か取り逃がしたか!? それはすまない! だがこちらも巨大生物の壁が薄くなってきた! まもなく群れを突破出来そうだ! ――いや待て!!」

 

 快進撃を続けていたランドガルドの足が止まる。

 右手の大きな建物の裏から、巨大なドラム缶を六つ繋げたような長方形の浮遊物がやってきた。

 

「敵の揚陸艦だ! ヴァーミリオン!」

「目標補足した。データリンク連動。各車、砲撃用意――撃て」

 

 新たに六輌編成となったヴァーミリオン中隊。

 指揮官の氷室は、空中揚陸艦が静止した瞬間を狙って命令を下した。

 

 六発の徹甲榴弾が一斉に空中揚陸艦に直撃し、揚陸艦は大破、墜落した。

 

「いいぞヴァーミリオン! これで」

「まだです月島大尉。中から出てきます」

 

 氷室中尉の言葉通り、墜落した空中揚陸艦を突き破り、内部から中破したヘクトル三機が現れる。

 

「いや、もう奴らは終わりだ! 中隊進撃! 前方の死にぞこない共に一斉射! 撃てぇぇーーッ!!」

 

 そう、辛くも生き残ったヘクトルを待って居たのは、哀れ弾丸の嵐であった。

 ランドガルド中隊の9人の一斉射撃がヘクトルを襲い、なすすべなく三機ともその場で撃破された。

 

「撃破確認! 前進、前進だァァーー!!」

「「ウオオオォォォ!! EDF!! EDF!!」」

 

 空中揚陸艦の残骸を乗り越えて、ランドガルド隊が快進撃し、それにゴールド、クリムゾン、インディゴの再編成されたヴァーミリオン隊、そして我々レンジャー2-1が続く。

 

「気合入ってンなァランドガルド! よォし野郎どもォ! いい加減殿(しんがり)は飽き飽きだろ!? こっからは最前線切り開いてやろォぜ!! 続けェェーー!!」

「「ヒャッハァァァーーー!!」」

 ランドガルド以上の声量で、フラウンダー1小隊の11人が雄叫びを上げる。

 

 どうやら後方のガンシップは無事殲滅したらしい。

 さすがは歴戦のフラウンダー。

 我々も負けてはいられないな。

 

「よし! このまま応援要請のあった所まで進撃する! フラウンダーの前進を左右から援護するぞ! 続けぇぇーー!!」

「「うおおおぉぉぉぉ!!」」

 荒瀬軍曹の声に小隊の七人が応え、残り少ない巨大生物群を破竹の勢いで突破する。

 

 やがて、目標である京都南ICが見え来た。

 

 上空には無数のγ型が飛行し、そこから針を発射してくる。

 この針が強力で、アーマースーツを着ていても負傷か、最悪貫通する。

 戦車であっても薄い上面装甲に攻撃を受けがちなせいで、そう長くは持たない。

 

 コンバットフレームのゴーン小隊は遠目では既に二機が動かなくなっていて、残り二機が逃げ回りながら腕部のリボルバーカノンで弾幕を張っている。

 肩部の誘導ミサイルはとっくに使い切ったあとだろう。

 

 本部の情報によると数分前から部隊の足が止まっているようだったが(本来は後退しながら敵を間引く引き撃ち戦術が有効)負傷者を収容したEU-04ブルート輸送ヘリがγ型とダロガ五機に抑えられ、身動きが取れなくなっている。

 今は瓦礫に囲んだうえでフェアリーテイル中隊が護っているようだが、中隊の人数は7人しかいない。

 

 そして、そのブルートを手配したであろうアルデバランは、ダロガにビーコンを設置し、攻撃機アルテミスと連携して20mm機関砲や76mm対戦車ロケット砲で攻撃していた。

 低空で侵入しているためダロガのレーザーは飛んでこない。

 

「フラウンダーより野郎共ォ!! クソデカ蜂が見えて来たぞ! 狙撃で出来る奴ァ走りながら狙撃! 出来ねェ奴はあの針山の中に突っ込むぞ! 覚悟は良いな!?」

「「ヒャッハァァァーー!! 一番乗りはいただくぜェ!!」」

 梶川大尉の号令にフラウンダー小隊員が叫び、

 

「レンジャー2了解ッ!! γ型との初戦闘になる! 奴らの甲殻は薄い、弾を当てることに集中しろッ!」

 荒瀬軍曹が、

 

「ヴァーミリオン了解。その先に五機のダロガを確認した。我々はあちらを叩く」

 氷室中尉が、

 

「ランドガルド了解!! 俺達は部隊の救出を最優先だ! あの針串刺しからフェンサーの盾で味方を護る!」

 月島大尉がそれぞれ部下に指示を出す。

 

「やんぞ!! 攻撃開始だァ!!」

「っしゃ! ファーストキルいただき!!」

 フラウンダー小隊の山口軍曹がγ型を狙撃銃で撃ち落とす。

 

「あっ、ずりぃぞてめぇ! その獲物は俺が狙ってたんだ! 横取りしやがって! 女横取りしただけじゃ気が済まねぇってのかコノ!」

 同じく中野瀬伍長が狙撃銃で別の個体を撃ち落とす。

 

「んだよ俺がいつ女を横取りしたって!? ありゃあおめぇがいつまでたっても話掛けられねぇヘナチン野郎だから俺が貰ってやったんだろうが!」

 

「はぁ!? ナメやがってこの横取り野郎! そういやお前この前のポーカーの掛け金もちゃっかりくすねやがっただろ! 道理で計算が合わねぇと思ったんだ!」

 

「両隣でピーチクパーチク喧しいな! 敵の一体や女の一人如きに横取りだなんだ小せぇ事いいやがって。いいか、騒ぐならよぉ」

 山口と中野瀬に挟まれていた後藤曹長が引き金を引くのは、エメロード式C型ミサイルME-3だ。

 小型ミサイルは五体の敵をロックオンし、拘束で飛行し、外すことなく五体のγ型を撃ち落とした。

 

「せめてこんぐらいはやってくれよな。お前らにお似合いの言葉は、五十歩百歩だな」

 後藤は特殊ミサイルカートリッジをリロードし、再び放つ。

 

 エメロードシステムと呼ばれるこのミサイルが画期的なのは、リロードがカートリッジ化され容易になった事だ。

 他にも、小型かつ高性能なミサイルはその汎用性が注目され、最も小型化されている歩兵用C型のほかに、 

 航空機用のA型、陸上、艦上用のB型がある。

 

「なにおう!?」

「一緒にするな!!」

 

 山口と中野瀬がそれぞれ反応するうちに、γ型の一部もこちらに向かってくる。

 

「連中に構うな! まずは先の部隊と合流してブルートを援護すっぞ!! 葛木! てめぇは空の敵チマチマやってもきりがねぇ! 地上の蟻共まとめて片付けろ!!」

 

「い、イエッサー!!」

 

 鈴城軍曹の命令で標的を地上に切り替える葛木。

 空の敵は地上に比べて密集しづらいので爆発系の武器は不向きだ。

 そもそもこのγ型というのはガンシップに比べて不規則に動くため弾速の遅いロケットの類は当てづらい。

 ロケットランチャーの扱いに長ける葛木ですら、何度か外している。

 いや、むしろまだ距離があるここから当てる方が凄い、というべきか。

 

「巨大生物接近! まもなく射程内です!」

「こっちが射程内って事は、向こうもすぐ酸撃ってくるわよ!」

「それでもやるしかねぇんだろ! ところでよぉ、あのアルテミス、なんかこっち来てねぇか?」

「馬場! よそ見してないで前を見て撃――なに? アルテミス?」

 

 千島、細海、馬場、荒瀬の2-2四人組が話す。

 荒瀬が訝しんだ直後に、通信が入る。

 

『アルデバランよりそこの陸戦歩兵(レンジャー)! 友軍感謝すると言いたいところだが、その場所に航空支援を要請しちまった! 悪いがすぐ離れた方がいい!』

 

 通信と同時に、簡易レーダーに攻撃想定地域が赤く表示される。

 今いる場所は真っただ中だ!

 

「ほら! やっぱアルテミスだあれ!」

「ちっ! 間が悪ぃなクソ!」

「小隊! 右に寄れ! ハチの巣にされるぞ!!」

 

 馬場、鈴城軍曹、荒瀬軍曹が声を上げる。

 我々は逃げるように道路わきのファーストフード店の駐車場に避難。

 

 直後、低空飛行するEA-20A制圧攻撃機”アルテミス”が20mmガトリング砲を放つ。

 大音量の虫の羽音が何重にも重なった爆音が聞こえたと思ったら、眼前に迫っていた巨大生物は殆どハチの巣になり、アスファルトは見事に破壊され悪路と化していた。 

 更に対戦車ロケット弾を連射し、ダロガの一機を撃破して飛んで行った。

 

「こ、殺す気かよバカヤロー!」

「騒ぐな馬場! 今が好機だ! 駆け抜けるぞ!!」

「小隊前進だ!! 続けてめぇら!!」

 

 鈴城、荒瀬両軍曹をトップに、馬場、私、千島、葛木、細海のレンジャー2総員が続く。

 

 その我々を迎撃しようと、生き残ったγ型が次々と向かってくる。

 

「小隊、左手だ!! γ型が来るぞ! 合図で散開して針を躱せ!! ……今だッ!!」

 

 荒瀬軍曹の合図と同時に、γ型が針を発射した。

 同時に我々はローリングで各々その場を離れ、針を全員が躱す。

 我々のいた場所には針山が出来ていた。

 

「今度はこちらの番だぞ!!」

 

 私は道中の補給コンテナで手に入れた広角ショットガンガバナーを発射し、空中にいるγ型三体を仕留める。

 その奥から、更に多くのγ型が飛んできて、尻をこちらに向ける。

 針の発射態勢だ。

 

 ローリングですぐその場を離れると、振動と破壊的な音と共に地面に針が突き刺さる。

 

「狙いが甘いな! その程度で私を仕留める気か!?」

 

 ガバナーで更にγ型を叩き落す。

 そうして走っているうちに、敵に囲まれて身動きが取れない大型ヘリ”ブルート”が見えた。

 ブルートには既に何本かの針が刺さっており、傍目には飛行できるかどうかが怪しい。

 

 その周囲には何人かのウイングダイバー、恐らくフェアリーテイル中隊が護衛していた。

 しかしその人数は七人と、ここまで五人の脱落者がいる事が伺えた。

 

「おわっ!!」

 

 飛び回っていたうちの一人が、空中で針を受け、背中のユニットの片翼が吹き飛ぶ。

 

「藤野!!」

「うわ、あかん、あかんて~!!」

 

 墜落した藤野と呼ばれたウイングダイバーは、目前を発射態勢になったγ型三体で塞がれ、涙目になる。

 

「ぬぁははは!! させん!!」

 

 あわや針串刺しの刑か、という所を、颯爽とガバナーで撃ち落として見せる。

 

「おお~! ナイスタイミングやあんちゃん! ホンマ助かったで、おおきに!」

 

 助けた藤野と呼ばれていたウイングダイバーはやたらとフレンドリーだった。

 どう見ても隊長格には見えないので、恐らく少尉だろう。

 

「例には及びませぬ! それよりブルートに敵が迫っています! 迎撃しましょう! まだ戦えますか!?」

 

「おう! 任しとき~! 飛べへんけどな!」

 

 そういうと、藤野少尉は手にした雷撃銃、サンダーボウを空に向けて発射。

 拡散された雷撃は複数のγ型に当たり、雷撃の特性に似たプラズマがγ型の胴体を切り裂く。

 

「おお! それは噂に聞く雷撃銃! なかなか使い勝手がよさそうではありませんか! 特に空中の敵と相性がいい!」

 

 雷撃銃は、確か桜の父親である結城博士も開発に携わっていたはずだ。

 どんな人物か、一度会ってみたいものだ。

 

「やろ!? あんちゃんよう分かっとるねぇ~! ちゅーかあんちゃん、言葉ちょいカタイで~。見た感じ同い年くらいやろし、敬語なんていらへんいらへん! ウチ、貴様に少尉はもったいないーってよう隊長はんに言われとるし!」

 

 私はガバナーで、藤野少尉はサンダーボウとやらで迫るγ型を撃ち落とす。

 奴の射程はそう長くないので、撃たれる前に殺すのが定石と教わっていたが、こうも数が多くてはきりがない。

 

「はあ、そちらがいいのであれば。しかし、遠目からでは分からなかったが、地上の敵もなかなか多いのだな!」

 

 この場にはγ型だけでなく、地上のα型やβ型も存在している。

 藤野少尉はユニットを背負っているのにも関わらず、レンジャーさながらのローリングで糸を躱し、停車していたトラックを盾にして、サンダーボウを放つ。

 

 サンダーボウは若干地面に向けて撃ち、電撃が地を這って接地している各巨大生物の足からダメージを与え、仕留めきれないが行動を止めさせる。

 

「あんちゃん、やったれや!!」

「ぬぁははは! 戴きだ!」

 

 一瞬だが行動を止めた隙を逃さず、中心に手榴弾を投げ込み、まとめて爆殺する。

 その死骸の山に藤野少尉が飛び込み、放たれた針を死骸を盾にして防ぎ、死骸の隙間からサンダーボウを放ち、γ型を屠る。

 

 空中を華やかに舞うウイングダイバーのイメージとは違う、泥臭い戦い方だ。

 

 ちなみに私は身のこなしだけで針を躱しているので、ある意味ウイングダイバーより華麗なのでは?

 

「しかし、君は随分とダイバーの割には地上戦に慣れているな。そのままレンジャーでも通用しそうだぞ?」

 

「あー、ウチおっちょこちょいで、よぅユニット壊しとるからなぁ。それに、ぶっちゃけな、ウチあんま高い所好きくないねんのやけど、こん武器使えんのウイングダイバーだけやっちゅーからギリギリダイバーやってる所あんねん。ま、ウチの隊長はんには口が裂けても言えへんのやけど」

 

「藤野ォォーー!!」

 

 怒声と共に、一人のウイングダイバーが下りてきた。

 平時ならかなりの美人であろう顔を鬼の形相に変え、敵を倒しつつも藤野少尉に詰め寄る。

 

 あぁ、何も言わなくても分かる。

 この人が隊長なのだろう。

 

「ひえっ! なんやねん中尉ぃ~。心配して来てくれたん? おおきにおおきに! この通りピンシャンしとるから、どうぞお構いなく~! なんちって」

 

「貴様はこのっ……! ああ、怒るところがありすぎてどこから手を付けていいのか分らん!! とにかく! そのユニットの修理費は後で貴様の給料から天引きするとして、そのまま地上で戦って貰う!」

 

「嘘やろ美船中尉ぃ!? ウチ、実家のばっちゃまへの仕送りが~」

 

「藤野、ふざけるのは後にしてくださいって。ところで、そちらの方は?」

 

 眼鏡をかけた頭の良さそうな少尉が私を見る。

 

「敬礼は省略させていただきますが、応援に駆け付けたレンジャー2小隊員、仙崎誠伍長であります!」

 

 射撃中なので敬礼する余裕はない。

 

 瀬川や藤野のせいで忘れがちだが、ウイングダイバーは最低階級が少尉の為基本上官である。

 本当に忘れがちだが、彼女らはユニットを操作する脳波適正、空中戦に必須な空間把握適正、その他にもエネルギー管理や重たいユニットを背負う筋力と、飛行するための厳しい体重制限など、非常に厳しい門を潜り抜けたエリートなのだ。

 

 まったく本当に忘れがちではあるが。

 

「応援か! まったく遅すぎる! ここで足止めを食ってから既に我が中隊は2人の死者と3人の負傷者を出したぞ!」

 

「はっ! 我々もここに来るまでダロガや巨大生物共の攻撃に会い、多くを失いました! ここはお互い様という事でいかがでしょう!?」

 

「ふん、口が達者だな伍長。いいだろう、許す。私はフェアリーテイル2指揮官の美船中尉だ。レンジャー2という事は、あの海岸での戦い以来か。結城大尉や大林の奴はいるか?」

 

「いぃや? 生憎大林の奴は道中でリタイアだ。俺でよけりゃァ話になるぜ? 美船ちゃん?」

 梶川大尉の濁声が、私の代わりに答えた。

 

「梶川大尉! その呼び方は士気に関わる上、誠に個人的な話ですが非常に嫌悪感を露にしてしまうのでおやめくださいと何度もお願いしているのですが?」

 端麗な顔で、キツく睨みつける美船中尉。

 いや、私の一番はもちろん瀬川だが、睨みつけても絵になる表情はさすがとしか言いようがない。

 

「おお怖! 黙ってりゃ美人なんだからそうカッカすんなっての! 本部の命令通り応援に来てやったんだからちょっとは嬉しそうにしてくれてもイイんじゃない? そっちの指揮は誰が?」

 

「あら。こんばんは梶川大尉。予定より随分と遅い到着でしたのねぇ」

 梶川の問いに答えたのは、空から降りてきた新たなウイングダイバー。

 戦場に似つかわしくない、落ち着いた気品のある声だ。

 お嬢様、という感じがぴったりだ。

 

「こんばんはじゃねぇや奥村大尉よぉ。あんたが指揮とってんのか?」

 おっとりしたしゃべり方に、さすがの梶川大尉も微妙な顔をして答える。

 

 大尉、という事はこの方がフェアリーテイル中隊の指揮官だろう。

 恐らく、この場の部隊の総指揮を握っているのだろう。 

 

「ええ。現在、負傷者搬送の為に門倉大尉にブルートを要請して貰ったのだけれど。これがまんまとダロガに囲まれてしまってねぇ。γ型にも囲まれて立ち往生、という訳。ゴーン隊の二機には退路の確保、門倉大尉以下四名にはダロガの撃破を優先して貰って、私たちフェアリーテイルの七人がブルートの護衛とγ型の駆除を行っていましたの。そちらの戦力は?」

 

「俺達フラウンダー1が11人――」

 

「くっそぉ! ハチ共! 死ね、死ねぇぇーー!!」

「中野瀬! 叫んでる割にはちっとも当たってねぇぞ! もっとよく狙え!」

「当たってるっての! それより敵の数が多すぎんだよクソが!! ぐああ、痛ぇちくしょう!!」

 

 ブルートの後方に回り込み、γ型の攻撃から身を守りつつ、迎撃している。

 

「そっちのレンジャー2が七人――」

 

「仙崎! 合流しろ! ブルートにご執着なγ型をやるぞ!」

「おいおいブルート針だらけになってんじゃんか! 大丈夫なのかよ!?」

「ブルートは戦車並みの装甲を持つ輸送ヘリだ! とはいえこれ以上の被弾は避けたい! 期待してるぞ陸戦歩兵共!!」

 

 私は荒瀬軍曹に呼ばれ、フェアリー2と共にブルートの前面で迎撃を行う。

 

 

「戦車隊のヴァーミリオンが六輌――」

 

『中隊、目標11時方向のダロガ一機。全車輌、一斉射で仕留める。――撃て』

『こちらアルデバラン。いい腕だ! その調子で頼む! 須郷、ビーコンを付けた! 頼むぞ!』

《了解。120mm砲、ファイア!!》

《門倉、敵は吹っ飛んだか?》

『上出来だ! まだ行けるか?』

《おっと、初期照射を受けてる! 一旦撹乱機動に入る! アルテミスにバトンタッチだ!》

『ゴールド2、今撃破されたダロガを盾にしろ。インディゴ、右から迂回し、建物の残骸に登り稜線射撃。クリムゾン、γ型を機動で撹乱しつつインディゴの2ブロック南から射撃』

 

 ブルートの右後方で、戦車隊がダロガの相手をする。 

 

 

「――フェンサーのランドガルドが九人ってところだ」

 

「ランド2! ゴーン隊と共同し東方面から来る巨大生物を叩け! 他は盾を使いつつ上空のγ型を迎撃! 

よし、こっちだ! 戦車隊にγ型を寄せ付けるな! 氷室中尉達がダロガを片付ければ、それだけブルートの離脱が早まる!」

「承知。谷口、小滝、ゆくぞ!! 返り討ちにしてくれるわッ!!」

「了解。ボルケーンハンマー装備! うおりゃあぁぁ!! 爆ぜろッ!!」

「小滝! 後ろは気にするな! 援護する!」

『こちらゴーン1! 援軍感謝する!』

 

 フェンサーたちは二機のニクスと共同して、東の巨大生物を押さえる。

 

 

「なるほどねぇ。心強い、と言いたいところだけど、ここで籠城戦するにはまだ少し心持たない戦力ですよねぇ」

 

「その点なら心配いらねぇ。ここに第88レンジャー中隊と第26フラウンダー中隊を呼んでおいたぜ。乱戦ではぐれちまってたが、ちょうど近くにいたもんで合流することにしたぜ。ま、もちろん奴らは奴らでとっておきのお客がいるらしいがなァ」

 それぞれの中隊の背後には、新たな巨大生物群やダロガ、ガンシップが確認されている。

 援軍が来ると同時に、敵の増援も引き連れてくるという事だ。

 

「まあ! それは困るわね。お帰りいただけるのかしら?」

 

「馬鹿いうな、派手に歓迎するに決まってんだろうが! 味方も結集、敵も結集、結構な事じゃねぇか!」

 

「うふふ、楽しそうですのねぇ。でもまずはその前に、あのブルートをなんとかしていただけるかしら?」

 

「そいつは任しとけ! 野郎共! クソ蜂共をとっとと片付けるぞ!!」

「「ウオオオォォォ!! EDF!! EDF!!」」

 




人物紹介。
この設定を生かす機会を考えると妄想が膨らみますね!(機会があるとは言っていない)

山口博之(やまぐち ひろゆき)(32)
 フラウンダー1小隊員。軍曹。
 女癖の悪いボウズ頭の男。
 いわゆる女たらしだが、飽き性なので二度離婚して現在妻はいない。
 人のものを良く横取りしたり盗んだりするが、取られる方が悪い、の精神。
 が、その精神が災いし過去に二ノ宮軍曹に徹底的に搾り取られたので彼女は苦手。

中野瀬大輔(なかのせ だいすけ)(29)
 フラウンダー1小隊員。伍長。
 喧嘩っ早いが頭は悪い。
 何かとイキってよく突っかかってくるトラブルメーカー。
 特によく山口と揉めている事が多い。
 一見素行が悪いが、根が小心者の為、大きなことは出来ず、なかなか憎めない。
 賭け事が好きだが弱いので、隊内でよくポーカーなどをやって負けている。
 そして例によって二ノ宮軍曹に搾り上げられたことがあるので彼女は苦手。
 というか、フラウンダー自体が搾り取りやすい気質なのか、この中隊では「レンジャー2-1の二ノ宮って女はやべぇぞ!」ともっぱらの噂になっている。


後藤啓二(ごとう けいじ)(36)
 フラウンダー1小隊副長。曹長。
 小隊長の梶川大尉は中隊の指揮を執っている事も多いので実質的に小隊を纏めている。
 落ち着いた雰囲気の中年男性で、梶川も含め荒々しい印象のフラウンダー1の中でクールな存在。
 良く部隊内の揉め事を仲裁している苦労人だが、それはそれで楽しんでいる。
 ミサイルを含む爆発系の武器を多用し、前に出がちの仲間たちを後方から誤爆に気を使いつつ援護している。


奥村美奈(おくむら みな)(33)
 第二降下翼兵団、第一中隊”フェアリーテイル”中隊長。
 大尉。
 おっとりとした雰囲気の女性兵士で、「お嬢様」という言葉がしっくりくる。
 結城大尉や保坂少佐と似たような気質で、危機的状況であってもあまり動揺しない指揮官の鑑のような人物だが、フラウンダー辺りと並んでいるとテンションの差が酷い。
 甘いものが大好きだがカロリー管理が上手く、体重は殆ど増えない。
 一説では、そのカロリーは胸に吸収されているという噂が……。
 上記の話とは関係ないが、身体測定の結果ではバストサイズは部隊一。



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第五十一話 宙を舞う殺戮者

――2023年 3月30日 19:30 ブルート周辺(県道一号線・交差点)――

 

『集合部隊

 ▼第二降下翼兵団・フェアリーテイル中隊(七人)

 隊長:奥村大尉

 ▼第六歩行戦闘車中隊・ゴーン小隊(二機)

 隊長:槇原大尉

 ▼第四エアレイダー小隊”アルデバラン”(四人)

 隊長:門倉大尉

 ▼第114補給連隊所属・ブルート輸送ヘリ(一機/負傷兵四人・操縦手一人)

 操縦手:上杉軍曹

 ▼第88レンジャー中隊・レンジャー2小隊(七人)

 隊長代理:荒瀬軍曹

 ▼第26フラウンダー中隊・フラウンダー1小隊(11人)

 隊長:梶川大尉

 ▼第101戦車大隊・ヴァーミリオン中隊(六輌)

 隊長代理:氷室中尉

 ▼第202機械化歩兵連隊・ランドガルド中隊(九人)

 隊長:月島大尉』

 

――――

 

 

「うおおぉぉぉ!! 死ね! くたばれ侵略者めぇぇ!!」

 

 乗機を失っていたゴーン小隊の一人が、ブルートの両脇に備え付けられたドーントレス重機関銃を放つ。

 12.7mm徹甲弾がダロガの装甲を着実に削っていくが、倒しきるには重機関銃一つでは足りない。

 彼も負傷した一人で、左腕に包帯を巻き、片手で重機関銃を操る。 

 

「この! この! うぅっ、どうせ飛べないなら、MONSTERとかの方が良かったかも……! なんで私ってばこう絶妙に役に立たない物を……」

 

 ブルートの中から、フェアリーテイル2の日向少尉が拡散雷撃銃エクレールを放つ。

 ユニット直結型のフランス製雷撃銃。

 サンダーボウよりも広範囲、高威力の雷撃を放つが、連射力が低く、消費エネルギーが高い。

 射程は長いが、その分拡散してしまうのであまり離れていても役に立たない。

 その上、ダロガなどの装甲兵器には雷撃兵器はあまり効かないらしい。

 

 しかも、もう一つの武器はよりによってレイピアである。

 足を負傷してしまった日向は、こうしてヘリの中で固定砲台になるしかないというのに。

 

「いや。それのおかげで奴らの進撃速度はかなり抑えられている。足止めとしては有効だな、そのまま頼む。まあ、しいて言うのなら、眩しくて叶わんな。無事な方の目も潰れそうだ」

 

 エアレイダー小隊”アルデバラン”の随伴歩兵である原田曹長が狙撃銃、ストリンガーJ1のスコープをのぞき込みながら苦笑する。

 彼は腹部と顔半分を血に染めていて、頭と片目を包帯で止血し、左目だけで狙撃している。

 尤も、距離がそう離れていない為、倍率も最低にして撃っているのだが。

 

 狙うのは、脚部の関節、または胴体直下の回転機銃。

 倒すのは不可能だが、戦闘力を削ぐ事は出来る。

 

「はぅ、ごめんなさい……」

 

「いいから撃ち続けろ。こっちは近づかれたら終わりなんだからな。おっと。隠れろ。隊長が要請を送った。アルテミスが来るぞ」

 

「はい! 吉本さん! アルテミスが来ますよ! 隠れてください!」

「了解ッ!!」

 

 日向に言われて、ドーントレスを撃っていた吉本少尉も、銃座から姿を隠す。

 負傷した彼らでは、飛んできた爆風や破片すらも大きなダメージとなりえる。

 

 直後、薙ぎ払うような20mm機関砲と対戦車ロケット砲の雨が降り注ぎ、ダメージを受けて黒煙を上げていたダロガ二機を同時に仕留めた。

 

「よし……残るはあと一機か。なに!?」

 

 攻撃が終わり、上空を旋回するアルテミスに、ダロガがレーザーを照射した。

 攻撃機アルテミスはレーザーで片翼とエンジン一機を吹き飛ばされ、空中で炎上する。

 

「そんな! アルテミスが!!」

 

『クソ! ミスっちまった!! 悪いが支援はここまでだ! すまねぇ門倉大尉!』

『構わねぇさ、よくやってくれた! それより滑走路まで戻れそうか?』

『ああ! その点は心配いらない! サンダーボルト譲りの頑丈さを舐めて貰っちゃ困る! とはいえ護衛のレイヴン一機くらいは付けてもらうさ! あばよ大尉! 後は頼まあ!』

 

 フランクなセリフを残して、そのアルテミスは黒煙をなびかせて飛び去っていった。

 

 

 

――ヴァーミリオン中隊――

 

 

『中隊各機。ダロガは残り一機だ。射線に入り次第砲撃を――』

 氷室中尉が言いかけた直後、三時方向から砲撃。

 

『こちらクリムゾン2! なんか飛んできたぜ!? ……ありゃヘクトルだな! 砲兵装備!』

『その手前に榴弾装備のヘクトル二機もいるぞ氷室中尉。おまけに新たな巨大生物群600を確認。どうする?』

 ランドガルドの月島大尉も割り込んでくる。

 彼らは今もγ型の迎撃を実行中だ。

 

『ふん、長居しすぎて他所の巨大生物も呼び込んだか。仕方ない。目標を砲兵型ヘクトルに変更、狙撃する。射線さえ通れば苦戦する相手ではない。ゴーン隊、巨大生物、やれるか?』

 

『こちらゴーン1! 無茶言うな! こっちはたった二機しかいないんだぞ!? だがやるしかないだろうな!!』

『こちらアルデバラン! その付近に誰かがコンバットフレーム用の補給コンテナを要請した履歴がある! 何か残ってれば使えるだろう!』

『なにか残ってればな! そんなの確かめに行く余裕あるか!? ゴーン2! ここで壁になって全弾撃ち尽くす! そのつもりで来い!』

『ゴーン2了解! ここが死地ですかぁ!!』

 

『いや、それには及ばないよ』

 突如、緊迫した戦場に似つかない、穏やかな声が聞こえた。

 

『こちら、レンジャー1結城! 現地に到着した! これより巨大生物群を掃討する!』

 第88陸戦歩兵中隊指揮官、結城大尉が合流した。

 彼の下には、レンジャー1、3の二個小隊20人弱が集まっている。

 

『こっちも到着でさァ梶川大尉! フラウンダー5総員、蹴散らすぜィ! ニクスの旦那ァ、弾無しの役立たず(丸太んぼう)はすっこんでろィ!』

 フラウンダー5指揮官の辻源十郎中尉以下八名と、

 

『罵倒された気もするが……感謝する! ゴーン2、来い! 補給コンテナを探すぞ!』 

『た、助かったぁ~! 感謝します!!』

『ぎゃはははは! なに、EDFは仲間を見捨てないってヤツだがよォ、個人的なお礼ならいつでも歓迎してるぜ? よォしテメェら! 今夜の飲み代稼ぎといくか! ヘクトルはオレらに任しとけェ!!』

 斯波中尉指揮下のフラウンダー6、九名も合流し、流れが変わった。

 

 

――レンジャー2-1――

 

 

『こちらアルデバラン! 援軍が到着して形勢逆転……とまでは言わねぇが、なんとか持ちこたえてらぁ! ダロガは残り一機、ヘクトルが多数ってところだが、10分以内にカタ付ける! フラウンダー1、レンジャー2、フェアリーテイル! そっちのγ型はどうだ!?』

 

『こちらフェアリーテイル。依然数は多いけれど、ブルートからは随分離したはずよ。その代わりこちらははボロボロですけれど』

 

 フェアリーテイル中隊長、奥村美奈大尉の言葉通り、我々は結構満身創痍だった。

 γ型というのは、これが案外狙いは適当なのだが、当たれば貫通、そうでなくとも地面に当たった衝撃で体が軽く吹っ飛ぶくらいの威力はあるのが厄介だ。

 此処にいる中で、私も含め既に無傷のものなどいなかった。

 

「仙崎っ、ぼーっとすんな! 地上のも気ぃ付けろっ!」

 

 鈴城軍曹が私に酸を飛ばしていたα型を仕留める。

 むろん私は回避したが、そのすぐ隣にγ型の針が突き刺さり、地面の破片が当たる。

 ただの破片と侮ってはいけない。

 音速で飛ぶ針の当たった土砂や破片は、それなりの速度をもって我々を傷つけるのだ。

 

「ぐああぁッ! ちくしょう、腕が、腕がぁぁ!!」

「馬場!!」

 馬場が針にかすり、腕から出血している。

 

「んもう! 陸男はドジね! 隙作ってあげるわ! てりゃー!!」

 フェアリーテイル3の七瀬中尉は、レーザー誘導兵器”ミラージュ5WAY”を発射。

 放たれた五発のレーザーは、脳波によって誘導され、それぞれが別のγ型を攻撃。

 一発一発の威力は少ないが、それを連発して多くの敵の足を止めつつ撃破する。

 

 誘導するレーザーというのもおかしな話だが、そういうものらしい。

 

「ほら馬場さん! しっかり! 泣いてる暇ありませんよ!」

「千島ぁ、おめぇにそう言われるとはなぁ、つぅか泣いてねぇし!!」

 治癒剤を打ち、エイドキットから乱暴に包帯を巻いて止血した後、戦線に復帰する。

 

「きゃあぁっ!」

 冷却のため地上に降り立ったところを狙われ、ダイバーの一人が負傷する。

 直撃ではないが、地面に投げ出された。

 

「大丈夫ですか! 雨宮少尉!」

 フェアリーテイル2の彼女を抱き起すと、狙って突進するα型亜種の大口に、ガバナーを叩き込む。

 α型亜種は断末魔を上げ、口をグロテスクに変形させて息絶える。

 その死骸を乗り越えて三体の亜種が現れるが、

 

「させないっ!」

 体勢を立て直した雨宮少尉のイズナーAで三体全部が感電死する。

 正確には電気そのものではないので感電というのも違うらしいが、とにかく死んだ。

 

「ありがとう伍長。助かりました。っ……!」

 脇腹を押さえてふらつく。

 がすぐに上空からγ型が狙うのが分かったので、短距離ジャンプした後、武器をエクレールに変えて撃ちこむ。

 

「痛むのですか雨宮少尉! 治癒剤は!?」

「……さっき打ったばかりです。痛いけど……まだ頑張れます!」

 治癒剤の連続投与は危険だ。

 場合によっては傷よりも副作用で死ぬこともありうる。

 それでも、そうもいっていられぬ状況が殆どではあるが。

 

「なら、体に残った分でまだ多少は作用するはずです! でも無理なさらず、ぐおぉ!?」

「伍長!?」

 

 前方のγ型は倒したが、後方のを分かっていながら手が回らず、少し掠った。

 もちろん回避したが、こうも数が多いと完全には躱しきれない。

 

「無事です! ちょっと掠っただけですよ!」

 とはいえ追撃されたらまずいので原型を留めて居る方のマンションの陰に隠れる。

 普通に前方にはいるが、全方位囲まれるよりはマシだ。

 

「へぇ、あ、あんたにしては随分ボロボロじゃないの。さすがのあんたもこの状況は手に負えないって訳?」

 レンジャー2-2の細海兵長が私を狙う四体のうち二体を撃ち落としつつ、ちょっと茶化すような事を言う。

 同じ場所に隠れていたらしい。

 

「へっ、なんかてめぇ、梶川大尉にいたく気に入られてるみてぇだがよォ、ぜんっぜん大したことねぇな! なァにが”嵐の男”だってんだよ!」

 このさっきからやたら突っかかってくる男は中野瀬という伍長。

 フラウンダー1、梶川大尉の部下らしい。

 さすが不良中隊といったところか、絵にかいたようなガラの悪さだが、滲み出る小物臭がなかなか憎めない。

 

「ぬぁははは! お二方、まずは自分の身なりを見てから言う事だな! この程度で私を追い詰めたつもりなら、片腹痛いわ!」

「片腹痛いって文字通りね……」

「そりゃァな、あの怪我の様子じゃ痛ぇよなぁ……」

 なぜか同情の眼差し。

 

「ファーー!! この傷はヘクトルの奴にやられただけで、この攻撃を見切りやすいγ型にやられた訳ではないわ!! なんだ貴様ら! 私を煽って楽しいのか!?」

「ひゃぁ! 仙崎がキレた!」

「触らぬ”嵐”に祟り無しってか? よーし、解散解散、もとい、散開ッ!!」

 

 中野瀬の言葉の直後に我々の居場所に大量の針が撃ち込まれ、マンションのエントランスや外壁に針が突き刺さる。

 

「上出来だ! よく一か所に纏めてくれた! 行くぞ藤野!」

「合点承知や美船はん!!」

 

 フェアリー2の美船中尉、藤野少尉が地上と空中からサンダーボウを交差射撃する。

 広範囲の雷撃の雨に見舞われたγ型は10体以上が空中で弾け、代わりに体液と死骸の雨を降らせる。

 

「おおきに! あんちゃん嬢ちゃんら!」

「藤野ォォーー!! 貴様今私の事呼び捨てにしただろう!?」

 攻撃は上手くいったが、美船中尉はお冠のようだ。

 

「してへんしてへんですってぇ、ちゃあんと”さん”って呼んださかいに」

「それでもだめだ、規律が乱れる! 中尉を付けろ中尉を!」

「えぇ~、だってめんどくさいですやん」

 

「オイオイ、エリートのフェアリーテイル様は戦場のど真ん中で漫才ですかぁ? それでよく今までやってこれ――ぐえぇ!! やべぇ、糸が!!」

 中野瀬がまた無駄に煽ろうとしていたが、マンションの陰から迫っていたβ型の糸に絡めとられてしまう。

 

「中野瀬! ああもうあのドジ!!」

「いかん、上だ! γ型も狙っているぞ!!」

 細海と私が反応し、私は上のγ型を狙う。

 

「不良共め! 足ばかり引っ張るな! いくぞ藤野!」

「がってんっすわ!!」

 美船中尉と藤野少尉は、上のγ型を撃破する。

 

「ぐぁあクッソ! 糸が、糸が取れねぇ!! クソ、助けてくれェーー!!」

「ああもう! 暴れないで! 糸が絡まるでしょ気持ち悪い!!」

「罵倒するな細海! ええい邪魔だ! 巨大生物共ッ!!」

 

 我々の行く手を防ぐかのようにα型が邪魔をするが、距離を取った細海の狙撃により突破。

 私は持ち換えていたAS-20Dでβ型を撃破する。

 

「中野瀬! 生きてるか!?」

「ぐえぇ……なんとかな……。さすがは、嵐の男……」

 

「細海! 中野瀬を頼む! くそ、これはブルート行きだな。まだ止まっていて助かったというべきか」

 中野瀬のアーマーもここまでの戦闘で痛んでいたらしく、絡まった糸の酸がスーツ内部にまで浸透して何気に危ない状態だ。

 糸に関しては、発射後数秒で糸自体が酸化して殆ど解け落ちるので問題ないが、酸が染み込むと命の危険がある。

 

「ぐああ! あちい! 治癒剤打ったのにあちい!!」

 

「ああもううるさいわね! 糸だらけで気持ち悪いんだから騒がないで! 仙崎! 運ぶから援護しなさいよね!」

 気持ち悪いと悪態をつきつつ、なんだかんだ運んでくれるのが細海らしいところだ。

 

「乗り掛かった舟だ、我々も援護しよう! その代わり、この阿呆と下らない漫才をしていたなどと、変な噂は流すなよ!?」

「か、考えとくぜぇ……」

 絶え間なく押し寄せるγ型の群れに、範囲攻撃の美船中尉と藤野少尉がついてくれるのは心強い。

 

「頼むで中野瀬ホンマ! ウチ、あんなヘタな漫才しとったの知れたら、故郷の父ちゃんにドヤされるで! 漫才やったら、もっと魂込めなアカン! 大阪魂を!」

「貴様はなんでこう……いちいちふざけた事を言わないと気が済まないのか!?」

「ウチ、いつでも真面目やけど!! 真面目にボケとるだけですやん!!」

 美船中尉と藤野少尉が、恐らくいつものやり取りを繰り返す中、アルデバランからの無線が聞こえた。

 

『フラウンダー1、レンジャー2、フェアリーテイル! 無事か!? たった今最後のダロガを倒した! ヘクトルも全部片づけてオールクリアだ! そっちはどうだ!?』

『こちらフェアリーテイル。ブルート周辺はクリア、γ型は依然多いけれどなんとか押さえているわ。さて、どうやら頃合いのようね。グリフォン1さん。用意は出来ていて?』

『いつでも! 負傷兵はいるか!? いるなら3分待つ! それ以上はどんなに泣かれても飛ぶぜ! こっちも中に大勢いるんだからな!』

 

「聞いたか!? 3分以内だ! 急ぐぞ!!」

 距離的には問題ない。

 問題ないが、背後にいるγ型の群れを引き連れていくのはよろしくない。

 

「中野瀬ぇー!!」

 この荒っぽい怒声は、フラウンダー小隊員のものだろう。

 やってきたのは、山口軍曹と後藤曹長だった。

 

「ったくおめぇはよぉ!! 迷惑ばっかかけやがってコノ!!」

「ご苦労だった! コイツの事は我々が引き継ぐ!」

 二人で、中野瀬の両腕を担ぐ。

 

「イエッサー! 我々はここで、γ型を食い止めます!」

「そういう事だ! 不良中隊め! これ以上迷惑はかけるなよ! 雨宮! お前も来い!」

「了解。藤野、これでやっと日向も助かるね」

「せやなっ! これで一安心やわ!」

 私と細海、フェアリー2の美船中尉、藤野、雨宮の5人でγ型を抑え込む。

 他のメンバーは我々の北側と南側でそれぞれ奮戦しており、我々の東側にあるブルートを守っている。

 その東側の向こうには我々の本隊であるレンジャー1達やフラウンダー二個小隊が護っているので、隙はない。

 

「うっ、こっちもいい加減、アーマーが死んで来たわね……!」

 

 α型の酸を喰らい、細海がよろける。

 その隙を逃さず、美船中尉は武器を一瞬で持ち替えてマグブラスターで狙い撃つ。

 

 美船中尉のその隙は、藤野少尉が上手くカバーして隙を見せない。

 だが、サンダーボウの出力が突如低下し、やがて撃てなくなる。

 

「あれ!? なんでや! さっきまでちゃんと――」

「馬鹿者!! 動揺するな!!」

 藤野少尉の隙を狙って、α型亜種が喰らいつこうとするが、美船中尉のマグブラスターが藤野の脇を通りず戯て命中する。

 

「うわ! すまへん美船中尉――中尉ぃーッ!?」

「ぐっ!!」

 α型亜種は甲殻が厚い。

 通常種なら1秒の照射で済むところを、3秒の照射が必要なくらいには。

 

 そしてその隙を、γ型で手一杯な私も細海もカバーできなかった。

 

 美船中尉が酸を右腕に喰らったのだ。

 常に動き続ける事が前提のウイングダイバーの薄手のアーマーはここまでで既に限界が来ていて、酸の侵入を許す。

 

 それ自体は致命傷ではない。

 だが武器を取り落とした美船中尉を、γ型は狙っていた。

 

「美船中尉ぃぃーーー!!」

 

 藤野は普段見せない必死の姿で、美船中尉を庇うようにして押し倒す。

 同時に、γ型三体の針が二人を襲い、その場は土煙に覆われる。

 

「美船中尉! 藤野ォォ!! 細海、雨宮! ここを頼む!」

 私は駆け出す。

 

「私も――」

「雷撃銃を持っている貴様が抜けたらここを押さえられない! いいから私に任せておけ!!」

「っ! は、はい」

 思わず怒鳴ってしまったが、雨宮少尉は分かってくれたようだ。

 

「このォォォ!!」

 私は怒りのガバナーを叩き込み、瞬く間に三体のγ型を撃ち落とし、更に周囲に集りつつあった巨大生物何体かも倒す。

 

「お二方! 無事でしょうか!?」

 

「ぐ、あぁ……っ……!」

「藤野! 藤野ォ! しっかりしないか馬鹿者ッ!!」

 藤野は、針を片脚に受け、太ももから下が吹き飛んでいた。

 出血が激しい、このままではいくら治癒剤を打っても、幾分も持たない!

 

「美船中尉! 私が担ぎます! 援護を!!」

 私は意識が朦朧としている藤野を担ごうとしたが、

 

「いや、私が担ぐ! 利き腕をやられて武器も失っている! 足手まといですまんな。援護を頼めるか!? 今ならまだ間に合う!」

 ブルートの離陸まであと何分だ!?

 体感、もう一分も残っていない!

 

「何を今更! 気高いウイングダイバーらしくもない!」

「ふ、レンジャーにそう言われるとはな。恩に着る!」

 だが、可能性はいくらでもある。

 美船中尉はユニットを小刻みに吹かし、高速で移動する。

 私は後ろから、近寄る巨大生物をAS-20Dで一体ずつ仕留める。

 

『時間だ! 離陸する!!』

 

 だが、時は待ってくれない。

 ブルートは無情にも、離陸を始めた。

 

 それでも、美船中尉は藤野を抱きかかえ、走る事を止めない。

 

『こちらフラウンダー! ブルートが離陸したぜ! ついでにくそったれの凶報だ! 詳しい事は省くが五分後に艦砲が吹っ飛んできてここは木っ端微塵になる! 巻き込まれたくなけりゃケツに火ィつけてとんずら決めろ!』

 

 結果的に総指揮を握ったのか、梶川大尉から通信が入った。

 それは一体どういうことか。

 分からないが五分しか猶予がないという事は、詳しく問い詰めている暇もないという事だ! 

 

 

――フェアリーテイル2――

 

 

「美船中尉ぃ……もう、もうええ、間に合わへんやん……。こうなったん、自業自得やし……置いてって……な?」

 普段の藤野からは考えられない程弱々しい言葉。

 治癒剤のおかげで太ももからの血は徐々に止まりつつあるが、失った血が多すぎ、顔色は真っ白だ。

 

「馬鹿者! もうしゃべるな! まったく貴様は手の焼ける……。私を、庇ってこんな目に会うなど……。絶対に、絶対に置いてなんか行くものか!! EDFは、仲間を見捨てないんだッ!!」

 

 美船中尉は、地面を強く蹴って跳んだ。

 その空中を無防備に飛行する二人を狙って、γ型が迫る。

 

「くそ、この距離では!!」

 AS-20Dを構えるが、射程外であることに歯痒く思う仙崎。

 

「させるものですか!」

 その仙崎の後ろから狙撃したのは細海だ。

 

「あ、後味悪いのは御免なのよ!!」

 

 次々と撃ち落とされるγ型に、狙撃した主に感謝しながら脇目もくれず飛ぶ美船中尉。

 ヘリとの距離は離れていく一方で、追い付くのは絶望的に見えた。

 しかし。

 

「……ったく。待たないといっただろうに。諦めの悪い」

 ブルートのパイロットは、コクピットで独り言ちた後、意図的に高度を下げる。

 

 そして片側のドアが開き、

 

「美船中尉!! 藤野ぉーー!!」

 

 フェアリー2の一人、中にいた日向が飛び出した。

 彼女も足を負傷し、その他も傷だらけでとても動ける体ではないが、それでも飛んだ。

 

 そして、空中で二人は、言葉を交わす。

 

「……この馬鹿を、藤野を頼む」

「了解! 任せてください!」

「ふ、世話を掛けるな」

 

 空中で日向は藤野を受け取り、美船は地上に降りた。

 

「届け、届いてぇーー!!」

 背面の飛行ユニットが警告音を発する。

 強制冷却まで1秒足らず。

 

「掴まれ!!」

 

 ヘリのパイロットの操縦もあり、ドアで手を伸ばした原田曹長がギリギリでキャッチして、二人はなんとかヘリに戻る事が出来た。

 

「ぐぅっ、……藤野、藤野っ、私たち、助かったよ! あとは、すぐ病院だからね!」

 無茶して体を動かした苦しみも我慢して、日向は笑顔を向ける。

 

「っ……せや、な……」

 藤野も無理して笑い、それを最後に意識を失った。

 

 ブルートが大阪の軍病院に搬入されるのは、20分後の事だ。

 




新規人物紹介です!


槇原秀光(まきはら ひでみつ)(28)
 コンバットフレーム、ゴーン隊の指揮官。大尉。
 コールサインはゴーン1。
 汎用型の最新機種ニクスC型に搭乗する。
 仙崎程ではないが不幸体質で、過酷な状況に追い込まれることが多くあった。
 本人はいたって好青年的な感じだが、状況が状況なため声を荒げる事が良くある。

原田道弘(はらだ みちひろ)(40)
 第四エアレイダー小隊の随伴歩兵。曹長。
 海外派兵時代からのベテランで、門倉大尉との付き合いも長い。
 二十歳のころからEDFに入り、順調に昇進を続けているが、尉官に昇進する気は無く、長い間曹長として軍に身を置いている。
 近距離遠距離、狙撃、偵察観測と、何でもできる門倉のよき相棒。
 ベテラン軍人らしく冷静で物怖じしない。

吉本幸次(よしもと こうじ)(25)
 コンバットフレーム隊、ゴーン3の操縦士。
 熱血漢で、昔見たロボットアニメに感化されてニクスパイロットとなった。
 ニクスは好きだが、ニクスを降りても一歩も引かない不屈の精神を持つ。


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第五十二話 不幸の男

――2023年 3月30日 20:00 レンジャー2――

 

 迫りくる巨大生物の梯団から逃れるようにして、我々は南下する。

 

「レンジャー2だな!? とにかく乗れ! 急げ!!」

 

 ジャガー高機動車が、突如我々の目の前に停車し、ドアを開けた。

 私、大林中尉、鈴城軍曹、葛木、荒瀬軍曹、馬場、千島、細海の八人が乗り込む。

 

「第116軽機動中隊の速水だ! 誰か銃座を頼む!」

「鈴城!」

「了解! ぶちかますぜ!!」

 

 鈴城軍曹は車体上面の7.62mmガトリングガンを発射し、上空を追ってくるγ型や地上の巨大生物を蹴散らす。

 我々も座席から身を乗り出し、撃て者は迎撃する。

 

『それで梶川大尉! 一体何が起こっているのですか!?』

 大林中尉が無線で状況を伺う。

 

「鈴城、前だ! 進路をふさがれるぞ!!」

「させるかよ! オラァァーー!!」

 

 同時に荒瀬軍曹が鈴城軍曹に指示を出し、ジャガーの前方を塞ごうとしている巨大生物群をガトリングガンで死骸に変える。

 

『なんでか知らんが、この場所目掛けてもっと多くの虫野郎が迫ってやがる!!』

 左側、ビルの残骸の奥からダロガが砲撃。

 速水少尉は咄嗟に舵を切り、ドリフトの要領で交差点を曲がる。

 

『そりゃいいやってんで海軍の連中がここ一帯を纏めて吹っ飛ばすんだとよ! ハッハァ! 爽快だが喜んでばかりもいられねェ! 門倉の旦那が多少融通利かすらしいが期待はすんな!』

 ダロガが再度砲撃。

 自動車店に直撃し、爆発で展示されていた自動車が舞い上がる。

 直後、後方を走っていたギガンテスが走行間射撃を連続で行い、一機撃破する。

 

 

『南に5km下ったところの京都南ICが合流地点だ! 行くぜ野郎共!!』

「南ICだって!? さっき曲がったから離れてるけど大丈夫なのかよ!?」

 馬場が進路を妨害しそうな巨大生物をとにかく撃ちながら声を張り上げる。

 巨大生物、とくにβ型は注意だ。

 足はそれほど速くないが、大量の糸に絡めとられると高速走行する車でも簡単に止められてしまう。

 

「ああ心配するな! 巨大生物の密度の低い所を選んで移動しているだけだ! 鈴城軍曹! 身をかがめろ! エメロードを使う!」

「そのまま撃て! 弾幕を弱めたら食いつかれるぞ!!」

 カーブを曲がりながら、鈴城軍曹は脇の建物の残骸から迫る巨大生物を撃ち殺していた。

 

「そうかい!! なら遠慮なく! ファイア!!」

 ジャガーの上面、銃座の両脇にある二発のエメロードミサイルが発射される。

 同時に、カーブを曲がった先のβ型の集団に直撃し、五体程が吹っ飛ぶ。

 

「これであと少し――まずい、ヘクトルだ!!」

「ちっ! 葛木、馬場撃て!」

 榴弾装備と機銃装備のヘクトルが二体。

 銃身をこちらに向けると同時に、二人がロケットランチャーを放ち、ヒットするが

、さすがに二発では倒れない。

 

「クソッ! 迂回は出来ない! どこまで更地にする気なんだ海軍の連中は!! 足元を潜り抜ける!!」

 レーダーには、攻撃想定範囲の赤いエリアが表示され、まだ圏内である事が分かった。

 砲撃が始まるまで、あと二分もない。

 

 道路の両脇から、赤い粒子榴弾と、青白い粒子機銃弾が飛んでくる。

 

「クソッタレッ!!」

 速水少尉のハンドルさばきのおかげで、また距離がまだ遠いせいでしのげているが、近づけばいくら時速90km超えで通り抜けても、被弾は避けられそうにない。

 

『そこのジャガー!! そのままだ、速度を落とすな! ホーク2行くぞ!!』

『了解ッ!!』

 建物の残骸の上を移動する二機のニクスの姿が見えた。

 女性指揮官の声に呼応し、ニクス二機が腕部リボルバーカノン二門と左肩部ロケット砲一門をヘクトルの両脇から斉射し、ヘクトルが崩れ落ちる。

 

「爆発するぞ! 破片と衝撃に備えろッ!!」

 崩れたヘクトルの下をくぐり、一瞬後、ヘクトルが派手に爆発する。

 

「ぐおおぉぉ――なにぃぃぃ!?」

 私も車内の手すりにしがみついたのだが、衝撃でちょうど私の持っているところの手すりがパッキリ折れ、車外に投げ出されてしまう。

 

 だが、そこは私、しっかりと受け身は取って衝撃を緩和する。

 ついでにジャガーを追ってきた巨大生物共を迎撃する。

 

「大将!?」

「仙崎!?」

「オイ、車を戻せコノヤロー! 一人投げ出された!」

「駄目だ! 戻ってる暇はない! すぐに砲撃が飛んでくるぞ!!」

 

 走り去るジャガーで誰かが叫んでいたが、良く聞こえずそのまま姿を消した。

 

「まあそれはいい! だがこのままでは砲撃の巻き添えに――」

『アルデバランより移動中の部隊へ! 座標を転送し攻撃想定地域を少しだが調整した! 砲撃開始まで、残り10秒だ!』

 

 レーダーを見ると、私のいる場所はギリギリ範囲外になっていた。

 だがいかんせんギリギリすぎて安心できない。

 

「ええい! あと10mほどずらしてくれればよいものを!!」

 範囲外にはいるのだが、何かとてつもなく嫌な予感――具体的には死の予感を感じ、一目散に走りだす。

 

『そこの陸戦歩兵!! 掴まれ!!』

「!!」

 先ほどのニクス、ホーク1の女性操縦士の声がして、私は咄嗟に正面の整備用のタラップを掴み、ニクスは大きくジャンプした。

 

 次の瞬間、艦隊からの艦砲射撃が着弾し、後方一面に爆炎が膨れ上がる。

 

 強烈な爆風に晒される中、今度はタラップが破損する。

 

「ぬぁははは! 読めているわ!!」

 

 私は標準装備のサバイバルナイフを駆動部の隙間に突き立て、何とか投げ出されずに済んだ。

 十分距離を取ってニクスは着地するが、私は継続される砲撃による爆炎の中、飛んでくる物体を発見した。

 

「すぐに飛べ! 急げ!!」

『!? どうした!?』

 いいつつ、ニクスはジャンプしたが、爆発の影響か推進剤が上手く噴射せず、少ししか移動できない。

 

 そして、空中に打ち上げられた巨大な物体――タンクローリーは、まるでホーミングされているかのようにニクスに直撃し、大爆発を起こす。

 

「ぐぅぅぅぅッ!!」

 

 さすがに吹き飛ばされて転がる私。

 だが、死の予感は終わりではない。

 

 転がる勢いを相殺できないまま、進む先には大口を開けたα型が待ち構えていた。

 そのまま、狙ったかのように口でキャッチされ、強靭な顎が私を噛み砕こうと力を入れる――

 

「ぐぁッ! この程度、舐めるなッ!!」

 

 ――その前に、逆に口の中にグレネードランチャーを突っ込み、体内で炸裂させる。

 α型は体内から爆発四散するが、当然私も余波を喰らい、地面を受け身で転がる。

 

「はぁ、はぁ、今度は、なんだ!?」

 

 消えない死の予感に、何とか顔を上げると砲撃体勢になっているダロガが目の前にいた。

 どうしてこんなところに無傷のダロガがいるのか分からないし、何故こんな至近距離で砲撃するつもりなのか理解できない。

 

 とにかくこんな距離ではさすがに躱しきれないととっさに判断し、逆に近づき、ダロガの股下を通り抜ける。

 同時に砲撃が始まり、背後で爆発が起こるが、なんとか躱すことに成功する。

 だが、ずっと股下にいる事は、下部機銃で射殺されるのと同義だ。

 かといって出ていけば砲撃で爆殺されるに違いない。

 

 加えて先ほどグレネードランチャーを失ったので(仮に持っていたとしてもダメージを与える事は難しいが)ダロガに有効打を与える事は不可能に近い。

 

 と一瞬の判断ののち、やはり駆け出してダロガから逃れる事を選んだ。

 私が走り出したのと同時に、ダロガが触覚を点灯させ、私の視界の端からは、炎上しているニクスが飛び出した。

 

『行け! 走れ!! コイツは私がッ!!』

 ホーク1が私の盾になるように位置を入れ替え、装甲も剥がれ落ち、機体の各所が炎上している状態で、腕部リボルバーカノン二門、左肩部ロケット砲、右肩部ミサイルポッドから一斉射撃を行う。

 同時にダロガも砲撃を行い、ニクスは撃破されるが、ギリギリで搭乗員が脱出を行う。

 

 投げ出されるようにコクピットから出る負傷した搭乗員を両手で受け止め、砲撃と機体の爆発から救い出すと、半壊しつつも健在なダロガが、私に狙いを付ける。

 

「まだ動けるのか……!」

「いや、これで終わりだ!」

 

 私は先ほど補給コンテナで見つけた新型手榴弾GHG-31のピンを口で引き抜くと、ニクスの攻撃でひしゃげた装甲の隙間に投げ入れ、その派手な爆発を以ってダロガに止めを刺した。

 

 レーダーを見ると、周囲に敵影はいない。

 今ので全て片付けたようだ。

 

「……ありがとう、助かったよ。下ろしてもらえるかな」

 ホーク1の操縦士が、私の両腕から降りる。

 

「傷は、大丈夫ですか?」

 ニクスの操縦士も、一応アーマースーツを着用しているが、我々に比べて簡易的なものだ。

 ところどころ切ったようで出血しているし、火傷の痕もある。

 

「なに、ちょっとした掠り傷だ。手当すれば問題ない。だが……PAギアを置いてきてしまったのは問題だな」

 

「PAギア?」

 

「ああ、レンジャーじゃ馴染み無いのも無理はない。簡単に言うと操縦席に付いてる強化外骨格だ、簡素なものだがね」

 

「ああ、それなら聞いたことがあります。元々はそれの耐久性を補うためにコンバットフレームが開発されたとか。確か緊急の脱出にも使える筈ですが?」

 

「良く知ってるな、その通りだ。だが実際の所は、簡素な構造が災いして良く動作不良を起こす。特に脱出が必要なほど手ひどくやられた時にはな、この通りだ。今は最低限の装備しかない。私の話ばかりで恐縮だが、貴様は? だいぶ酷い目に会っていたと思うが……動けそうか?」 

 

「ええ。こう見えても逆境は慣れていますので。申し遅れました。私は、第88レンジャー中隊第二小隊の、仙崎誠伍長であります」

 

「ほう? 貴様があの、”嵐の男”とか呼ばれていた奴か。かの無敵艦に止めを刺したのは貴様だったそうじゃないか。歩行要塞の間近に遭遇し、あの上面大出力プラズマ砲を土壇場で破壊した事に一役買っているとも聞く。誰が流したのか知らんが、訓練中100丁を超える銃を破壊した、なんて不名誉な噂まで流れていたぞ? 人気者はつらいな」

 

「ぬぁはは、は……。か、数はともかく、私の触る銃は良く壊れますので……」

 

「ふ、難儀な男だな。すまない、話が反れたな。私は第三歩行戦闘車(コンバットフレーム)中隊指揮官、並びにホーク小隊隊長の本條薫大尉だ。よろしくな、仙崎伍長。しかし、今の海軍の砲撃で、周辺の巨大生物は大半やられたようだな。なぜ急に砲撃を急ぐような真似をしたのか解せないが……とにかく大成功だったようだな」

 

 確かに、本條大尉の言う通り、我々を追っていた巨大生物群はほぼ殲滅されていた。

 砲撃のあった場所は黒煙に覆われてるが、あの砲撃を生き残った個体は少ないだろう。

 

「とはいえ、ここに長居すべきではないだろう。砲撃を逃れた巨大生物が襲ってくるかもしれない。見ての通り私はほとんど丸腰でな、通信すら出来ない。何か当てはあるか? 伍長」

 一応、標準装備であるグレネードと拳銃は持っているようだが、その二つでは碌に戦えはしない。

 

「ではひとまず、南に移動しつつ補給コンテナを探しましょう。直前の作戦では京都南ICが合流地点になっていました。ここからなら徒歩でも十分追い付きます。急ぎましょう」

 

 そう言いつつ、荒瀬軍曹に無線を送ろうと歩き出した瞬間――

 

 

 ――大地が、爆ぜた。

 

 

――20:20――

 

 

「うッ!? ち、地中侵攻!?」

 

 余りの振動に、本條大尉がよろけて倒れる。

 地面を喰い破って何百何千の巨大生物が一斉に現れたのだ。

 その振動は、地震とは比べ物にならない。

 もちろん私は姿勢を低くして振動に備えたが、前方も背後も、一気に土煙に覆われて視界が効かなくなる。

 地面は形を無くし、そこにあった建物は軒並み轟音を立てて崩れ落ちる。

 

 我々は、地中侵攻の真っただ中に居合わせたのだ。

 

「な、なんという……! ――失礼します本條大尉ッ!!」

「せ、仙崎伍長、うわっ!?」

 

 私は乱暴に本條大尉の手を引くと、その場所の地面を突き破り、α型が這い出てきた。

 更にその穴から次々と巨大生物が列をなして現れる。

 α型やβ型はもちろん、α型亜種、更にはγ型まで出現している。

 

『こちらレンジャー2-1仙崎!! 本部、応答願います! 南IC付近エリアF5でコード991発生ッ!! 大規模な地中侵攻ですッ!!』

 

 レーダーを見ると、既に私の周囲は真っ赤になっていた。

 

 視界は全く効かないが、恐らく巨大生物だらけだ。

 私はその中を、本條大尉の手を引いて必死に駆け回り、巨大生物の攻撃を回避する。

 

「うぅッ!!」

「大尉!!」

 

 だが、手を引いただけでは全ての攻撃を躱しきれず、本條大尉が足に糸を喰らって倒れる。

 私はすぐに糸を飛ばしたβ型を撃破し、隠れる場所を一瞬で探す。

 

 近くにあったビルの残骸に本條大尉を隠し、AS-20をばら撒いて弾幕を作り、接近を抑える。

 残骸を盾にして酸を糸を防ぐが、もう周囲は囲まれているのでここにとどまる事は出来ない。

 

「大尉! 失礼ですが背中にしがみ付けますか!?」

「一体何のつもりだ!?」

 本條大尉も対巨大生物用拳銃で応戦するが、焼け石に水でしかない。

 

「この群れを突破します!! 両手が開いていないと不可能なので! ただ、貴方を守れるか自信ありませんが!!」

 

 巨大生物一体一体の動きを読む。

 神経を研ぎ澄ませて、死の危険を潜り抜ける。

 ただ、それは飽くまで自身へ迫る身の危険だけだ。

 背中に背負った人間まで助けられるのか分からない。

 それよりも、手負いの彼女を置いて一人で駆ける方がよほど生存確率は高いだろう。

 

 この”私の不幸が呼んだかもしれない厄災”の只中に?

 

 そんなことが、出来るわけがあるか!

 私の不幸が周囲を殺そうとするなら、私自身の努力で救い出すまでだ!!

 

「無茶だ! 人一人を背負ってここを抜けるなんて!」

 

「それでも、ここに残れば死にます!」

 

「駄目だ! 命令だ伍長! 私を置いて一人で突破しろ。先ほどの動き……きっと、伍長一人なら脱出できる。そうだろ? コンバットフレームを降りたパイロットなど、何の役にも――」

 

「えぇい黙れ!!」

「えっ、何を――」

 

 私は問答がまどろっこしくなって、本條大尉の手を無理やり肩に回す。

 

「貴様をこんなところで死なせはしない!! 貴様の事は全く何も知らんが、ここで捨てようものなら”誠”の名が廃るわ!! 覚悟を決めろ――()くぞッ!!」

 

 私は、本條大尉を背負って瓦礫から飛び出し、巨大生物の只中へ飛び出した。

 

「大尉! 拳銃を貸せ! 持ってるだろう!!」

「あ、ああ!」

 

 私は大尉から拳銃を奪い取ると、自分のと合わせて両手持ちにし、左手のを発射する。

 α型亜種の口に当て、一瞬怯んだところを狙い、横を通り抜ける。

 拳銃など牽制にしかならないが、逆を言えば牽制には使えるのだ。

 

 当たり前だが現れた巨大生物を単騎で殲滅する事は不可能なので、私は巨大生物自身を盾にして群れを進む。

 その際アサルトライフルなど取り回しのしにくい武器は不要だ。

 拳銃なら両手も多少は使えるのでこの方が良い。

 

『本部、応答願います! F5に支援砲撃要請! 繰り返します、エリアF5に支援砲撃要請!! 直ちに願います!!』

 

 




そろそろ名前とか知らないうちに何かに被ってそう……。
有名人とか芸能人の名前ってあまり興味なくて知りませんので……。
どこかで聞いて耳に残った名前がなんとなく語呂が良く感じてそのまま付けちゃうってパターンがありそうで怖いですね。
もしあったら教えてくださいな!

では登場人物!


速水六郎(はやみ ろくろう)(25)
 第116軽機動中隊のジャガードライバー。
 階級は少尉。
 持ち前の記憶力と勘の良さで地形と敵の位置を瞬時に把握し、最短最速で突破する戦場横断のプロ。
 彼のいる第116軽機動中隊は戦闘任務もこなし、ダロガ二機を撃破した実績も持つ。
 高機動車ジャガーには、7.62mmガトリングガン、車載型エメロードミサイルを四発搭載出来るのに加え、詰めれば運転手以外の乗員10人(一個分隊分)の乗れるスペースがある事から緊急移動の際に多く使われる。
 また、そこに武器弾薬、燃料や食料を詰めて輸送する事もあり、四輪駆動としては破格の走破性で、戦場を駆け回る。
 軽機動中隊は、兵員や補給物資の輸送、そして簡易的な戦闘もこなすEDF陸軍の血液のような重要な存在で、陸軍では彼らの事をジャガードライバーと呼び、敬意を表する。

本條薫(ほんじょう かおる)(30)
 コンバットフレーム、ホーク隊の女指揮官。
 第三歩行戦闘車中隊の指揮官も兼ねる。
 階級は大尉。
 いわゆる汎用型と呼ばれるニクスC型を使用する。
 指揮官ではあるが操縦技術に優れる為か突出しがちで、例え歩兵一人であっても助られそうな対象は機体を犠牲にしても助け出す。
 その為上官である機甲師団長にはあまり好かれていない。
 


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第五十三話 西区砲撃の裏

 

――2023年 3月30日 19:30(仙崎達がブルートに到着した頃) 京都市南区桂川西岸・第八歩行戦闘車(コンバットフレーム)中隊――

 

 

『トマホーク1より各機! 六時方向に四機のダロガ発見! 左翼の巨大生物を押さえつつ撃破しろ! 最優先だ!』

『ロータス1了解! 砲撃する!』

『ギャンブル小隊、ロータスの側面を押さえる! 行くぞ!!』

 

 ロータス小隊の四機、ニクス・バトルキャノンが、ダロガへ両腕部のヘヴィリボリバーカノンを斉射する。

 隙を晒した側面に、喰らいつくように巨大生物が迫るが、それをギャンブル小隊のレッドシャドウが許さない。

 

『ロータスに敵を近づけさせるな! ギャンブル4! 左翼のヘクトルを叩け!』

『了解!! うおおぉぉぉぉ!!』

 女性小隊長の命令に、ギャンブル4の野太い声がすぐに応え、ひと跳躍で瞬時に接近すると、雄たけびを上げて肩部散弾砲の連射で撃破する。

 

『撃破ァ!』

 背後からの散弾砲の接射に、なすすべなく装甲を貫かれて崩れ落ちるヘクトル。

 

『やるじゃないギャンブル4! 復帰したばかりって聞いたけど、腕は確かのようね!』

 ギャンブル2が4の動きに関心する。

 その様子から、最近再編成された部隊だと分かる。

 

『そう見えるなら、何よりだ! 足手まといは御免だからな! うおっ!!』

 倒したヘクトルの残骸の陰から、β型が複数出てきて取り囲まれる。

 

『油断しないでギャンブル4! カバーする! はぁっ!!』

 脚部のローラーユニットで地表を滑走し、瞬時にギャンブル4のカバーに3が入る。

 両腕部の火炎放射器でβ型を糸ごと焼き尽くす。

 同時にギャンブル4も包囲から脱出し、同じく火炎放射器を使う。

 

『すまん。助かったぜ、ギャンブル3! もうちょっとで死ぬところだった!』

『ちょっと! ツメが甘いんじゃないの!? そんなんじゃ困るんだけど!!』

『ギャンブル2。位置的には、貴方のカバーが必須だったと思いますけど。私たちは互いが互いをカバーして初めて戦えるはずですよね?』

『っ……! う、うるさいわね、分かってるわよギャンブル3! ギャンブル4、合わせてあげるから、もっとわかりやすい動きしなさいよね!』

『了解ッ!!』

 と、そんなやり取りをしているうちにロータス小隊がダロガを片付け終わる。

 途中、戦車隊の援護砲撃もあり、ほぼ一方的にダロガを撃破する事が出来た。

 

『トマホーク1よりポーターズ! 進路上のダロガを撃破! 前進可能!』

『こちらポーターズ了解。護衛のサイクロンズと運動公園の対空部隊のおかげでガンシップとγ型も掃討できた。このままいけば目的地まで一直線だ』

 

 輸送機部隊ポーターズ。

 ティルトジェット方式*1を使用した輸送機ノーブルで編成された航空輸送機部隊。

 彼らが運んでいるのは、本作戦で初の実戦投入がされるB651”タイタン”重戦車。

 

 200tを優に超える重量の重戦車を、輸送機ノーブルは三機でワイヤーを連結し空輸しているのだ。

 戦車は元々、長距離を自走するのに向いていない車輛だ。

 更にそれが200tを超える重戦車とならばなおさらだ。

  

 故に、戦場までは別の方法で輸送するのが一般的だが、タイタンは設計当時からその巨体さ故に陸路での輸送は基本的には想定していない。

 採用されたのは、元々大失敗に終わった巨大な鉄屑、ギガンティックアンローダー・バルガの輸送で民間使用されていたバルガ専用垂直離着輸送機V-17でのワイヤー連結方式だ。

 

 このV-17の機動力、輸送能力に目を付けたEDFが輸送機を改修し、V-171輸送機ノーブルとして採用した。

 それがタイタンの輸送にも使われている。

 

 三機のノーブルと、一輌のタイタンは空中を進むが、レーダーを見ていたノーブルのパイロットが青ざめる。

 

『なんだ……? こいつ、まっすぐ向かって来ている……!? 大変だ! 北からレイドシップがこっちに来ているぞ! 二隻だ! 誰か撃ち落としてくれ! ガンシップを積んでたら厄介だ!』

 

『トマホーク1了解! ロータス、狙えるか!!』

『だめです! 此処からじゃ位置が悪い! すぐ移動しますが、バトルキャノンの機動力で間に合うか……!?』

 ニクス・バトルキャノンは、遠距離砲撃戦に特化した機体構成だが、機動力が重いのが欠点だ。

 

『こちらブルージャケット。東の一隻は我々が狙える。狙撃で墜とすには時間が掛かるが、注意は引けるはずだ!』

 近くまで来ていたブルージャケット隊が狙撃を引き受ける。

 

『こちらロータス! 感謝する!』

『トマホーク隊、ついてこい! ロータスの露払いをするぞ! ロータス! レイドシップの動きを予測して先回りしろ! ギャンブル隊、殿だ! 背後から巨大生物共を寄せ付けるな!』

『ロータス1、了解!』

『ギャンブル1了解!』

 トマホーク隊のニクスB型が跳躍し、それを応用にロータス隊が滑走移動する。

 

『こちらブルージャケット! 二隻、同時にハッチが開きます!』

『狙撃、始めッ!!』

『ロータスッ!!』

『大尉、ここからでは無理です!!』

 

 二隻のハッチが開き、それぞれがγ型とガンシップを発艦させる。

 東の一隻はブルージャケットが狙撃するが、ライサンダーを使い切っているので一回のハッチ開放では撃ち落とせない。

 

 そして、発艦したγ型とガンシップの一部が、輸送機ノーブルを襲い始める。

 

『野郎共! 蜂と銀バエを撃ち落とせ! ノーブルとタイタンを護れ!!』

『『イエス、マム!!』』

 しゃがれた女性指揮官の一声で、攻撃ヘリ中隊”サイクロン”の12機のバゼラートが対空戦闘を開始する。

 

『ドアガンナー、射撃開始! 弾幕を張れ! 撃ち落とせなくてもいい、とにかく敵を寄せ付けるな!!』

『了解!!』

 同時に、ノーブルのドアガンナーが、UT7ガトリングガン*2を放つ。

 毎分3000発以上の連射力で、近づくγ型やガンシップを次々と墜としていく。

 

 だが、数の暴力はそれを上回る。

 

『こちらチャーリー2! 機体後部に被弾! 飛行可能ですが、このままでは……!』

 ポーターズの一機がガンシップのレーザー攻撃を受ける。

 そのほか、隊長機のチャーリー1の方もγ型の針撃を喰らい、機体各所に突き刺さっている。

 

『ちっ、ちょこまかと……! こっちに――まずいッ! うわあああ!!!』

 サイクロンの一機が撃ち落とされる。

 ガンシップのレーザー照射を喰らったようだ。

 

『サイクロン9!! やってくれるねぇ……! 野郎共、一か所にとどまるな! ポーターズを守りつつ、敵を撹乱するんだ!!』

『そうはいっても隊長!! ガンシップの相手に対空戦は不利です!!』

 その声にサイクロン3が言葉を反すが、

 

『泣き言をいうなサイクロン6! 少しでもタイタンを近くまで運べば……、くそ、蜂共が!! 機体に取り付いて……っ!! 寄るな、寄るな、やめろ、ぎゃあぁぁぁぁ!!』

 サイクロン3はγ型の集中攻撃を受け、針だらけの目に会い、最後は運転席に針が直撃し、血を散らしながら墜落した。

 

『こちらタイタン車長。もう限界だろう。タイタンを今すぐ切り離せ! ここから先は地上から行く!』

 タイタン車長、権藤(ごんどう)少佐がポーターズに伝える。

 対空攻撃に脆弱なこの輸送プランは、元々危うくなったら予定地点より前でもタイタンを切り離す事も考えられていた。

 

『こちらポーターズ了解! 高度を下げて切り離す!』

『こちらサイクロン!! そんな余裕はない! 向こうから第二波が来た! さっきロータスが一隻墜としたが、どのみち第二波は耐えられないぞ! こんなところで全滅する気か!?』

『ですが! この高度では!!』

 タイタンの重量で高高度から切り離せば、自重に耐えられず最悪大破する危険もある。

 そうなっては一体何のために命を懸けたのか、まるで分からない。

 

『計算した。少し足回りがイカれるかもしれんがギリギリ耐えられそうだ。それにどのみちポーターズがやられれば墜落するしかないんだ。やってくれ!』

 権藤少佐が静かに、決意を固めてポーターズに伝える。

 

『くそっ! 無事を祈る! 権藤少佐! ポーターズ各機、操作権限を貰う! ワイヤー解除!!』

 三機のワイヤーが同時に切り離され、総重量200t超えの重戦車は地上に向けて落下する。

 

『総員、対ショック姿勢ッ!!』

 権藤少佐が部下に命令する。

 

『ポーターズ全機、全速離脱!!』

『サイクロン、全速離脱! 横大路運動公園を通過し、対空部隊に掃除させる!!』

 ノーブルはジェットエンジンを水平に変え、急加速して離脱、次いでバゼラートが続く。

 

『こちらブルージャケット、レイドシップ撃沈! 残敵、狙撃する!』

『トマホーク1より各機! タイタンの投下地点へ向かうぞ!!』

 

 タイタンは地上に激突し、辺りに轟音が鳴り響く。

 派手な土煙が上がり、辺りは視界不良になる。

 

「……ッ、ひどい、衝撃だな。各員、負傷者と車体のチェック急げ! 山波、現在位置は?」

 権藤少佐は、副車長の山波大尉に位置を聞く。

 

「……っと。現在位置、久世築山町の住宅街、桂川の西岸。目標地点まで、約3km!」

 頭からの出血を手当てしながら、山波大尉は慣れた手つきで位置を割り出す。

 

「車長! 足回りを含め、車体に異常はありませんでしたが、建物の残骸と地面にめり込み、車体が擱座しています。移動できません!」

 操縦手の一人が報告する。

 高高度からの落下にも耐えるとは、驚嘆に値する頑丈さだが、よりによって戦車が擱座するとは笑えない話だ。

 

「砲塔は動くか?」

「はい、異常ありません! ですが、射角が取れず、レクイエム砲は照準不能、副砲の120mm滑腔砲や機銃なら何とか……」

 タイタンは斜めに地面に突き刺さり、更に建造物の鉄骨が反しのように引っかかり、タイタンをロックしてしまっているので水平に射撃する事が出来ない。

 この角度で撃てば虚空に飛んで行ってしまう。

 

「車長!! 大変です! 対岸の西区住宅街の巨大生物がこちらに向かっています! 総数、2000!」

「見逃してはくれんか……!」

 西区住宅街、ちょうど仙崎達がブルートを護衛している周辺の場所だ。

 

『こちらトマホーク中隊! 我々が護衛します! 砲撃は可能ですか!?』

 ニクス12機が駆け付けた。

 

『擱座の為レクイエム砲は照準不能。副砲と機銃のみだが攻撃は可能だ。コンバットフレーム隊には車体の立て直しを要請したいが……』

《こちら本部! 状況は把握している! ここで貴官らを失う訳にはいかない。すぐに西区全域に面制圧砲撃を準備する! 効果想定地域の部隊に即時移動命令を出し、五分後に砲撃を行う! それで持ちこたえろ!》

 リヴァイアサン艦橋の榊中将から通信が飛んでくる。

 

『こちらタイタン。援護感謝します、榊中将』

「車長、敵巨大生物、接近!」

「ふん、まったく。散々な初陣になったものだな。だが、擱座していようと二門の120mmと四門の重機関銃、そして鉄壁の装甲を誇るタイタンを、そう易々と屠れるとは思わない事だな、下等生物共。よし、砲撃、開始!!」

 権藤少佐はヘルメットを被り直し、声を張り、攻撃開始を指示する。

 

『トマホーク1よりロータス隊、対岸へ砲撃開始! ギャンブル隊、ロータスの近接護衛! トマホーク各機、俺と来い! タイタンの擱座を何とかするぞ!』

 

 西区一帯への砲撃は、このような経過があって行われた。

 

 

――20:00 太平洋艦隊旗艦リヴァイアサン・艦橋――

 

 

「西区住宅街への砲撃終了。西区巨大生物の七割を撃破。味方部隊の被害、ありません」

 

「B651タイタン、擱座からの復旧完了。自走し攻撃開始地点へ向かっています。護衛のトマホーク中隊は大破1、中破3、小破4。戦闘続行可能です」

 

「混成機動小隊によるレイドシップ攻撃、これまでに撃沈11! その他戦車隊による高高度砲撃やニクスバトルキャノンによる長距離砲撃で多数の撃沈に成功しています」

 

 各オペレーターの声に、タイタン辺りの状況は落ち着いたと判断し、ひとまずそちらは問題ないと判断した榊だったが、その他の状況もめまぐるしく変化していく。

 

「バトルキャノン装備のサーカス中隊より救援要請! ガンシップの大群に手が負えないそうです!」

 

「京都駅周辺まで後退させろ! そこに対空車輛の生き残りが結集している!」

 

「一号線上鳥羽口(かみとばぐち)付近で交戦中のシルフダンサー、レンジャー5以下各小隊がヘクトル群に押されています!」

 

「鴨川を挟んで南に京都南ICで多数の戦力が応戦している! 南に後退し、南ICの戦車小隊に支援砲撃を要請しろ!」

 

「警察学校周辺の巨大生物が移動開始! 戦闘中のスティングレイ中隊、ペイルウイング中隊他各隊の戦線を押し上げて京都南ICに向かっています!」

 

「無理に押しとどめようとするな! 南ICには多くの戦力がいる! むしろ追撃し、南ICの部隊と挟撃を行え!!」

 

「南区住宅地周辺で戦闘中のニクス・ヴィクター中隊以下混成隊、171号線からの敵西進を食い止めました! 敵集団は三個に分かれそれぞれ南東……京都南IC付近へ向かっています!」

 

「なに……? とにかく、食い止めたのならばそのまま押し返せ! 南ICに向かっているなら都合がいい。祥久橋付近にいるストーク11以下各隊はこれに呼応し、そのまま敵を押し返せ!」

 

「スカウト4より緊急通信!! 向島大河原付近で地中侵攻発生!! 侵略性外来生物γを中心とし、3000以上の梯団を形成して北上しています! その進路に……京都南ICがあります!!」

 

「これは……榊司令! 戦域全ての巨大生物、フォーリナーが、京都南ICを目指して集結しつつあります!!」

 

「本当か!? 狙い通りだが……あまりにも極端すぎる……」

 

 その分かりやすすぎる様相に、榊中将も困惑する。

 

 アイアンウォール作戦、その第五段階以降の条件。

 それは、京都南ICに敵を集中させることだ。

 

 第四段階で京都市内に移動した部隊は、小隊単位で行動し、敵を分散しつつ各個撃破を行う。

 

 京都市全体を主戦場とし、砲撃で漸減した後あえて市中に敵を誘い込み、市内各所に待機させた部隊を小隊単位で行動させ、常に挟み撃ちの状態を作り、柔軟に立ち回り事によって敵を京都市内にくぎ付けにし、各兵科の相性を考慮し有利に立ち回りつつ、敵を市内で更に漸減する。

 

 市内各所で敵を各個撃破して戦力を間引きつつ、徐々に味方部隊を南ICに集中させ、釣られた敵も集める。

 一か所に集まった所で、徹底的な砲爆撃、そしてタイタンのレイクエム砲を以って一方的に撃破する、というのが理想の作戦だ。

 

 巨大生物の浸透力を逆手に取った作戦で、従来の二重三重に強固な防衛線を敷く、というやり方からは大きく外れた作戦だった。

 

 尤も、今回は防衛線に配備する十分な戦力や物資が無い事と、そもそも防衛線を敷くだけの後退が許される土地が無いという理由から編み出した、苦し紛れの作戦でもある。

 

 とはいえ、個々の兵士の力に大きく依存する危険な作戦ではあるが、巨大生物の浸透力を考えると有効な手ではあった。

 だが、問題は敵がそう都合よく一か所に集まるのか? という問題だった。

 

 これに関してはルアルディ中尉の、いや戦略情報部の非公開情報に根拠を置くものだったので、ある種賭けに近いものだった。

 

「フォーリナーは、より激しい戦闘に引き寄せられる、か。聞いてはいたが、これほどはっきり効果が見えてくるとは、少し聞いてた話と違う気もするが?」

 目を細め、真面目な顔をした秋元准将がルアルディ中尉を見やる。

 

「私も驚きです。海外のデータと見比べても、ここまではっきり動きがある事は稀……というか、見たことがありません」

 ルアルディ中尉は、目を丸くしながら、パソコンのデータを比較したり入力したりせわしなく動いている。

 

「そんなにか。なら、このデータを戦略情報部に送ってやったら泣いて喜ぶんじゃねぇのか? 取引材料に使えるかもな……」

「もう、真面目な顔して何言ってるんですか! それにしても、これはちょっと気になりますね。ここまでわかりやすいと、何か別の要因があるんじゃって思いますが……」

 ピンとくるものが無いのか、うーんうーんと頭を捻るルアルディ中尉。

 

「これに関しては、もっと戦略情報部の情報が欲しい所だな。万全を期し、今後の対策の為には原因をはっきり究明したいところだが、生憎そんな余裕はない。予定通り京都南ICを最後のキルゾーンにするぞ! 状況が整い次第、作戦を次の段階へ――」

 

『スカウト4より本部、応答願います!! コード991発生! エリアF5です! 推定個体数4000、まだ増え続けていますッ!!』

 

『こちらレンジャー2-1仙崎!! 本部、応答願います! 南IC付近エリアF5でコード991発生ッ!! 大規模な地中侵攻ですッ!!』

 

 エリアF5、南ICのすぐ北側に大規模な地中侵攻が発生した。

 

『α型、亜種、β型……γ型も地中から出ています! 』

 

「西区を制圧したばかりだというのに、まだ出てくるのか……! 南ICの部隊を下がらせろ! この規模を通常戦力でまともに相手は出来ない!」

 

『それが……、巨大生物群、その場からあまり動きがありません! 少なくとも今は、京都南ICへ向かう様子はありません』

 

「なんだと!? ええい、まったく、意味の分からん事をしてくれる……! スカウト4! 巻き込まれた部隊は確認しているか!?」

 

『本隊は南ICへ向かっていた為被害はありませんが、取り残された兵士数名が地中侵攻の直撃を喰らっています! ですが恐らくもう……』

 

「いや、こちらで生体反応を確認した! 二名だ! 信じられん……まだ生き残っている! 直ちに救助に向かう部隊を――」

 

『――本部、応答願います! F5に支援砲撃要請! 繰り返します、エリアF5に支援砲撃要請!! 直ちに願います!!』

 

 先ほどコード991の通信を貰った陸戦歩兵、仙崎伍長からの通信だった。

 

「こちら本部。エリアF5には歩兵の反応が二つある。付近にエアレイダーもいない。誤爆の危険があるため許可できな――」

 

『――その歩兵二人が我々です! 構わず砲撃をしてください! 弾はこちらで避けます!』

 仙崎伍長は、榊中将の言葉を食い気味に遮り言葉を荒げる。

 逼迫した状況は伝わるが、

 

「なんだと!? そんなことが出来るわけがない! 馬鹿げたことを言うな!」

 

 弾を避ける、とは不可能も良い所だ。

 一体何を考えているのか。

 

『それでもやらなきゃ死ぬのです!! このままではこちらも長く持ちません! 許可を!!』

 

 榊は逡巡する。

 だが、ふと思い出す。

 

「(仙崎誠伍長と言えば、確か軍曹と同じ小隊か。レイドシップ撃墜の立役者であり、四つ足にも遭遇してプラズマ砲台を壊す戦闘にも居合わせた。だがそれだけだ。普通、ただの偶然と考えるだろうが、あるいは……)」

 

 榊は、二人の天才の言葉を思い出す。

 

 ”仙崎誠伍長、ですか……。彼の事は、覚えておきましょう”

 リーヴス少将は、レイドシップに止めを刺した仙崎伍長の事を興味深そうにつぶやき、

 

 ”……アタシはね、英雄を探してるんだ。人間の底力ってのは馬鹿に出来ないからね。科学や物理で測れない事もあるって事さ。”

 茨城少佐は、レイドシップを撃ち落とす兵器ではなく、人の英雄を探しているといった。

 のちにその言葉は仙崎がレイドシップを撃ち落としたことで、彼に当てはまる事になる。

 実際、見舞いに顔を出したことがあるようで、気にかけているそうだ。

 

「……、分かった。許可する! 三分後に砲兵隊にやらせる!」

 仙崎伍長は、自らの身を犠牲にして砲撃でまとめて倒すつもりではないらしい。

 一体どういうつもりか知らないが、彼の運命に、榊は賭けた。

 

『ありがとうございます!』

 

《確か、レンジャー2-1の仙崎、といったな? 必ず生きて報告しろ。いいな!?》

 

『サー! イエッサー!!』

 

 

――20:20 仙崎誠、本條薫――

 

 

 α型亜種の突進を手をついて最小限の動きで回避する。

 β型の糸をくぐって躱し、α型の酸を亜種の体を盾にして防ぐ。

 だが別の角度から酸を喰らい、ヘルメットに被弾。

 

 構わず進むと、左手が糸に触れる。

 すかさず本條大尉がナイフで糸を切り取り、手榴弾でβ型を爆殺。

 その隙間に滑り込むように体を移動すると、背後からの亜種の突撃で投げ出され、本條大尉が離れる。

 

 私は華麗に受け身を取って牙の追い打ちを躱すと、本條大尉をすぐに拾い、再び駆け出す。

 拾った際に何発か酸を喰らったが、些細なダメージに気を配っている暇はない。

 

 とにかく、脚を止めず、ひたすら南を目指して走る。

 確かに、一人ならもっと早く、確実に、負傷も少なく抜けられただろう。

 だが、背中に守るべき者がいることが、今は誇らしかった。

 

《砲撃任務群”スレッジハンマー”より全部隊へ! エリアF5への限定砲撃を開始した! 弾着まで30秒!》

 

『こちらアルデバラン! F5だと!? なぜ撃った! その場所にはレンジャー2-1の兵士が一人取り残されている!』

 

 走り抜ける、ひたすらに攻撃を躱し、走り抜ける。

 やがて、向かってくる群れを抜ける。

 

 振り返ると、山のように巨大生物が連なっていた。

 ひっきりなしに酸や糸が飛んでくる。

 

《アルデバラン、これはそのレンジャー2-1の兵士からの要請だ。着弾まで、5、4、3――だんちゃーく、今ッ!!》

「跳べッ!!」

 私は、背中の本條大尉を持ち替え、庇うようにして大地を蹴る。

 

 私の運の悪さから考えると、恐らく”たまたま飛んできた砲弾が直撃し、木っ端微塵になる”ところは読める。

 では、それを逆に利用するまでだ。

 それまで群れを抜けられるかが鍵だったが、無事群れを突破し、数多の巨大生物を引き付ける事が出来た。

 

 狙い通り、躱した私のすぐ上を砲弾の一つが通過し、先ほど我々がいた場所に直撃する。

 爆風を追い風にして、私と本條大尉は宙を舞う。

 

 後は大尉を持ったまま受け身が取れるかだが。

 

 

「しまった――」

「うわっ!」

 

 爆風が想定よりもつよく、空中で、本條大尉の手が離れる。

 結果、私は何とか受け身を取って華麗に着地するが、本條大尉は地面に投げ出され、何回転か打ち付けられる羽目になった。

 

 一方、巨大生物は先頭に固まって我々を追っていたところに、砲撃が集中したので先頭集団は完全に全滅し、後続についてもその数を大きく減らした。

 

「ほ、本條大尉ぃぃーー!! 申し訳ありませぬ!! お、お怪我は!?」

 

「いてて……、全身を打ったがアーマーのおかげで大した怪我はないよ、伍長。いや、酷い目に遭ったとは思うけどね」

 間近で砲弾の爆風を受けたのだ。

 爆風の熱と破片からは庇えたと思うが、地面に打ち付けられたらトラックに撥ねられたくらいの衝撃はあったはずだ。

 

「慙愧の念に堪えませんが、後続が来ます。恨み節は後で聞きますので、急ぎましょう」

 

「いや、その必要はないみたいだよ」

 

 本條大尉の言葉の直後に、我々の周囲に三機のニクスが降り立った。

 

『ホーク1、本條大尉! ご無事ですか!?』

『遅れてすみません! ここは俺たちが!』

『オラオラァ! 来いや下等生物共! 留め刺してやるよ!!』

 

 ホーク小隊の部下三機が後続の散発的な巨大生物を迎え撃ち、

 

「仙崎!! まったく、無茶をしたな! だがよく生き残った! 乗れ! 本條大尉も、こちらへ!」

 

 ジャガー高機動車が私の前に止まり、荒瀬軍曹が手を差し伸べてくれた。

 

「はっ。仙崎誠、小隊に合流します」

「乗せてもらえて助かる」

 

 私と本條大尉はジャガーに乗り、この場を離脱する。

 

「大将!! よっく生きて帰ってきたな!! あの群れの中を単独で突破するなんて、さすがは大将だぜ!! しかも美人の大尉さんまで連れてくるとは!」

「馬場っ、分かったからあまり大声を出すな……。さすがの私も疲れた……」

「言っておくが私の夫はまだ生きているぞ?」

「あーあ馬場、色目使ったのばれちゃったね」

「使ってねぇ! いや大尉、今のは女性がいると場が和みますねって意味であってですね」

「ほぉ? アタシらは女性にカテゴリされてねぇって話か?」

「す、鈴城軍曹。ちょっと心外ですよねぇ……?」

「ぎゃー! なんでそうなる!? 千島! ちょっとバトンタッチ!」

「えぇ!? 無茶ぶりですよ! ま、まあ場は人はそれぞれ良い所ありますし、鈴城軍曹も細海さんも素敵だと思いますよ?」

「お、おう……分かってるじゃねぇか……」

「あ、あれ? ちょっと、何照れてるんですか鈴城軍曹。ひょっとしてそんなナリして初心なんですか?」

「細海てめぇ後で殺す」

「よ、容赦ありませんねこの人!」

「(これがあの大林中尉の部下たちなの……? 相当激戦を潜ってきたという噂だったけど、随分賑やかなのね……。そういう柔軟性が、隊を強くさせるのかしら?)」

「(ぬぅ、私から言っておいてなんだが私蚊帳の外すぎないか? もうちょっと讃えられてもいいと思うんだが。頑張ったし。まあやった事と言えば命からがら逃げかえってきただけなのだがね!)」

 

 とはいえそのような微妙な雰囲気で、我々はそのまま後方陣地へ一時的に後退し、前線から身を引くこととなった。

 

*1
ティルト、とは傾けるという意味で、機体に対してジェットエンジンを傾けて垂直離陸と水平飛行を両方行う方式。プロペラの場合はティルトローターと言う

*2
バゼラートの武装、UT30ガトリングガンの小口径版。米軍で言うM61バルカンに対するM134ミニガンに相当する




仙崎、順調に主人公っぽい感じを出せてていいですね(いいですか?)
(なんなら戦闘描写少ないような……??)

ちなみにトマホーク隊など、コンバットフレーム隊の名前は多くがマブラヴオルタのモブ戦術機部隊から取っています。
主に横浜基地防衛戦に出てきた部隊から登場させようと思ってます。
あのモブ戦術機部隊たちの戦い結構好きなんですよねぇ、キャラ立ってるけど設定が特にないので隙に解釈出来ていいですね!

ちなみに、原作キャラを出さないのは扱いきれる気がしないから……。
だから二次創作賭ける人ってホント凄いなぁって思います。
EDFくらい緩ければ俺でも好き放題妄想できるんでいいですね!

では人物紹介!


権藤源治(ごんどう げんじ)(56)
 B651タイタンの戦車長。
 階級は少佐。
 戦車大隊の大隊長だったが、元技術屋でもあり、ガプス・ダイナミクスとも繋がりがあったことにより、戦車長に選ばれた。
 焦らず、逸らず、それでいて熱く、力強い。
 まさに重戦車のような男。

山波新次郎(やまなみ しんじろう)(38)
 タイタンの副車長。
 階級は大尉。
 ガプス・ダイナミクスの技術者であり、引き抜かれてこちらに来ることとなった。
 こちらは権藤とは逆で元EDF陸軍戦車兵であり、彼が現場の声を持ち帰ったことによりGD(カプス・ダイナミクス)社の戦車産業にも少なからず影響した。
 他にも、タイタンの乗員にはGD社の技術者や関係者が多く乗員として搭乗している。
 


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第五十四話 京都南ICの戦い

――2023年3月30日 20:30 京都南IC付近――

 

 

《本部より全戦闘部隊!

 これより、アイアンウォール作戦、最終段階第五段階(フェーズ)を開始する!

 損耗の激しい部隊は南インターに待機していた部隊と入れ替わり、後方陣地として機能している402火力演習場まで後退しろ!

 そのほかの部隊は全力で集中する敵勢力を殲滅せよ!!

 既に敵レイドシップは残り僅か、残存する敵勢力は作戦開始時の四割を下回った!

 ここが正念場だ!

 EDFの勇猛さを、奴らに徹底的に教えてやれ!!》

 

「「ウオオォォォォォ!! E.D.F!! E.D.F!!」」

 

 京都南ICに集結したEDF部隊の士気は最骨頂となり、そこに集中して押し寄せる敵勢力に負けない勢いを発する。

 

機械化歩兵中隊(レイジボーン)より各中隊!! 何としてもここでフォーリナーを跳ね返すぞ!!

 フォレスティオ、右翼の巨大生物群を砲撃、敵を戦車部隊に近づけるな!

 アイアンランサー、対空戦闘! 速射砲でガンシップを叩き落せ!

 我々は左翼に回り込んでダロガC群四機を側面から機動砲撃!

 戦車中隊(ジャベリン)、連携だ、我々と交差砲撃でダロガを潰す!!』

 

『ジャベリン1了解! 陸戦歩兵小隊(ストーク11)! 前面の巨大生物は任せた! 特にβ型は戦車の天敵だ! 頼むぞ!』

 

『ストーク11了ォ解!! 小隊、一体も近づけるな!! 撃ちまくれ!!』

『『サー!! イエッサー!!』』

 

 ストーク11がアサルトライフル、ロケットランチャーで弾幕を形成し、戦車前面に迫る巨大生物を押しとどめる。

 

「押しとどめろ!! 特にβ型の跳躍に注意しろ! 弾幕を簡単に抜けてくるぞ!」

「イエッサー! 飛んだ瞬間に狙撃してやる!」

「10方向、柱の陰、狙ってるぞ! 跳躍して近づいてくる!」

「させるか!」

「いけ! 柱ごとぶっ飛ばせ!!」

 

 立体道路の柱の陰から飛び出したβ型は爆発に巻き込まれ、残った跳躍した個体も狙撃される。

 

『今だ! ダロガC群を徹底砲撃! 撃て!!』

 

 ジャベリン小隊が一斉砲撃を開始。

 四機のうち一機を撃破する。

 

『車載機銃、歩兵部隊を援護射撃! ストーク11! 攻撃が激しいときは無理をするな! 我々が盾になる!』

『こちらストーク11! フェンサー部隊がいるおかげでまだ優勢だ! 気にするな、いざとなったらいつも通り、気兼ねなく利用させてもらう!』

 

 戦車部隊にいる機銃射撃も役に立って、歩兵、戦車部隊の攻撃は安定していた。

 続く戦車砲撃で、二機目を撃破。

 だが向こうも上部の触覚型砲身を光らせる。

 

「砲撃が来るぞ!!」

「どっちを狙う気だ!? シールドを構えろ!!」

 

 ダロガの砲撃は、歩兵、フェンサー、戦車部隊に分散して飛んで行った。

 いたるところで爆発が起こり、悲鳴が上がる。

 

「フン! この程度なら盾でどうにでもなる! 行け! 砲撃継続! 敵の注意を引け!!」

 

 レイジボーン隊長、紺迫少佐命令し、ダロガに砲撃。

 スラスターで巨大生物の猛攻を躱し、時に盾で防ぎながら遠方の的を砲撃する様は並みのフェンサーに出来る芸当ではない。

 

『こちらジャベリン! 新たにダロガ六機と、取り巻きのγ型の接近を確認! 航空支援を行っていたアルテミスが二機墜とされた! まっすぐこっちに向かってる!』

 

『レイジボーン了解! 目標を分散するのは危険だ! 先にダロガ二機の撃破を優先!』

『ジャベリン了解! 奴らは黒煙を吹いてる! 先に仕留めるぞ!! γ型はどうする!?』

『アイアンランサー! 任務追加だ! γ型を叩き落せ!』

『イエッサー! 小隊、シールドを活用しろ! 針はシールドで弾き落とせる!!』

 

 その間も、巨大生物群の猛攻は続き、レイジボーンは追い詰められていた。

 

「ちっ、この程度、フェンサーの装甲なら問題ない!」

 多少の酸や糸、陸戦歩兵とは比にならないアーマーを着込んだフェンサーなら物ともしない。

 が、

 

「おい、油断するな! 喰らいすぎだぞ!!」

「分かってる! だが敵の数が多すぎて盾が役に立たないんだ! 少佐! 撤退しましょう!」

「だめだ! 左右からまだダロガやヘクトルが迫ってる! 奴らを潰さないと押し込まれる一方だ! 特にヘクトルの長射程砲撃とダロガの広域殲滅力はヘタを撃てば陸戦歩兵が一気にやられる!」

 

「歩兵の為に我々が犠牲になるんですか!! 我々の方が戦力的に勝って――」

「馬鹿野郎!! EDFの陸戦部隊の中核を支える存在は彼らだ!! 数の力を軽んじるとはな!! 貴様実戦で一体何を学んできた!?」

「す、すみません!!」

 

「隊長! 奥の六機から砲撃来ます! 巨大生物も!!」

「シールド、構え!!」

 

 別の集団からの青白い粒子砲弾が迫る。

 

「隊長、紺迫少佐!! 巨大生物が、巨大生物が!! うわあーーー!!」

 

 β型に絡まれ、盾を構えられなかったフェンサーの一人が砲撃に巻き込まれて死亡した。

 元々、アーマーも削られていたところに粒子砲弾の直撃だ。

 肉体は爆散して腕や足がその名残として転がっていた。

 

 アーマーが無傷だったとしても、盾なしでの砲弾の直撃はフェンサーにとっても命取りだ。

 

「少佐!! 一人戦死、二人が軽傷を負いました!」

「くそっ! ダロガへの砲撃を続けろ! 常に移動を計算し、巨大生物に絡めとられるな!!」

「イエッサー!!」

 

『中隊長、紺迫少佐! 援護砲撃します! 流れ弾に気を付けてください!』

『フォレスティオか、助かる! 30秒でいい! こちらはその間態勢を立て直す! 右翼の巨大生物には目を光らせて居ろ! 奴らがなだれ込めば戦線は瓦解する!』

『了解ッ!! 砲撃開始!!』

 

 フォレスティオは一時右翼の砲撃を中断し、左翼のレイジボーンの援護を行う。

 

『小隊、ダロガへの砲撃止め! 回避と巨大生物迎撃に切り替え、体勢を立て直す!』

 瞬間、戦車部隊の砲撃によってダロガは二機とも爆発した。

 同時に、奥の六機が歩を進める。

 

『ジャベリンより総員! 手前のダロガを撃破! 奥の六機に砲撃を継続する! ――!! くそ、左翼からヘクトル接近を確認! 総数五機! ブルージャケットが狙撃しているが、何故かこちらに向かっている! 武装は機銃型2、榴弾型2、混成型1!』

 

『砲兵型じゃないなら後回しだ! 先にダロガをやる! フォレスティオ! もう助かった、十分だ! 右翼の頭を押さえろ、急げ!!』

 

 簡易レーダーを見ると、右翼の頭がかなり戦車部隊に接近しているのが分かる。

 ストーク11も押さえているが、このままだと突破される。 

 

『フォレスティオ了解!! 小隊! 右翼に砲撃開始! てぇーー!!』 

 

 第三中隊フォレスティオが、ハンドキャノンを一斉射、巨大生物を吹き飛ばす。

 

「喰らえ! 巨大生物共!」

「くそ、なんて数だ! ここまで接近されるとは……! まともに照準を付けてる暇もない!」

「14時方向よりα型亜種接近! 弾幕をものともしない!?」

「回避しろ!」

 

 スラスター機動で突撃を回避し、背後を取ってハンドキャノンの近接砲撃。

 

「オラオラ! 砲で接近戦が出来ないと思ったか!? 舐めんな!!」

「次弾装填中! 援護を!!」

「ちっ、手数が足りない! デクスターに切り替える!」

 

「ストーク11-2、フォレスティオの近接護衛だ! 後ろに回り込まれつつあるぞ!!」

「第二分隊、ショットガン装備! α型亜種は固いぞ! 接射で仕留めろ!!」

「「イエッサー!!」」

 

 差し込まれつつあったフォレスティオをストーク11-2が助けに行く。

 

「撃て! なんとか巨大生物を押し込めるんだ!」

「うおおおお! 死ね! こっちに来るなぁぁぁ!!」

 

 ハンドキャノンから放たれた高速徹甲弾は、何体もの巨大生物を貫通するが、跳躍するβ型が多くそれを抜けてくる。

 

『ストーク11-2よりフォレスティオ! β型に差し込まれてる! これ以上砲撃で押しとどめるのは無理だ! デクスターに切り替えての近接防御を提案する!』

『こちらフォレスティオ! 駄目だ! 向こうから一体何体の巨大生物が迫ってると思ってるんだ!? それよりこっちに砲撃支援は来ないのか!? 紺迫少佐! こちらは限界です! 後退しないと大きな被害が出ますッ!』

 

 砲撃音は、戦闘始まって以来そこらじゅうで聞こえるが、ここには飛んでくる気配がない。

 

『レイジボーンより各部隊! 砲撃支援は2ブロック左右で行われている! これでも数は減っている方なんだ! 贅沢を言うな!』

 

 砲弾にも限りはある。

 全力砲撃を行えばこの場は凌げるかもしれないが、その後の戦闘が困難になる事は誰もが本当は分かっていた。

 

 それに、後退できる場所も無い。

 此処より10km背後には地中侵攻を行った巨大生物が山のように存在しそちらでも激しい戦闘と砲爆撃が行われている。

 

『くっ、フォレスティオ了解……! とにかく、ここで抑え込むしかない! 総員覚悟を決めろ!!』

 フォレスティオ中隊は腹をくくり、自らを犠牲にしても巨大生物を押し込める覚悟を決めた。

 

 が、突如戦場に乱入者が現れた。

 

『フラウンダー1より中隊総員(野郎共ォ)!! 行儀いい弾幕は他の連中に任せてオレ達は内部にを引っ掻き回すぞ!! 機械化歩兵(ランドガルド2)降下翼兵(スプリガン2)! 部隊を寄こしな! そォいうの得意だろォ!!』

 

『承知! フッ、派手な弔い合戦となったものだ! ()くぞ、谷口、小滝!!』

『逆よ不良中隊! 我が小隊に貴様が追従しろ!! 行くわよスプリガン2! 私たちの華麗な舞を、野蛮な陸の(つわもの)共と下等生物に見せつけてあげなさい!!』

『『イエス、マム! やあぁぁぁーーー!!』』

 

 フラウンダー中隊、ランドガルド2、スプリガン2が敵陣に突入し、弾幕で敵を押さえる戦法を嘲笑うかのような圧倒的な接近戦能力で無双する。

 

「フン!! せいッ!! どォォォけェェェェいッ!!!」

 

 フォースブレードで巨大生物を薙ぎ払い、叩き割り、辿り着いたダロガを真正面から叩き斬る。

 真上から真下に振り下ろした一撃は、それだけで周囲の巨大生物を弾き飛ばすが、装甲を両断する事は叶わず、傷をつけるだけに留まる。

 

「派手な割に装甲を撫でただけか! ま、それでもフェンサーにしては上出来って所かしら! 止めはいただくわよ! 続きなさい!」

 

 スプリガン2は全員武器をレーザーランスに切り替え、四人が一直線に並び、高速で一撃ずつ、装甲の破損個所の向かって引き金を引く。

 短射程高出力のレーザーの短時間照射。

 それを三度正確に同じ個所に照射し、ついに装甲が融解したところに、最後の一撃が内部を貫通し、ダロガは制御を失って地に倒れ、四人の背後で爆散した。

 

「次! 攻撃はとにかく一点集中! 照射する位置は絶対外さない事! 高度は低く、絶対ダロガより上にでちゃ駄目よ! あと癪だけど今は西園寺様の援護が無いんだから、あたし達だけで突っ込みすぎない事! いいわね!」

「「はいっ!!」」

 スプリガン2は、”EDF降下翼兵団一の近接格闘部隊”の名に恥じない一糸乱れぬ機動で次のダロガに向かう。

 空中からレイピアを照射し、巨大生物を薙ぎ払い、道を作っていく。

 

「おゥおゥお高い女神様がオレたちの事頼ってやがるぜェ? 貴重な機会だ、有り難く地上から拝ませて貰うとしようや! ぎゃははは! 酒の肴にゃ困らねェってなァ! 言っとくが、録画は禁止だぜ?」

 斯波中尉は率いるフラウンダー6は、着地の隙をカバーするように隙間に入り、射撃と爆破でウイングダイバーに巨大生物を近づけさせない。

 

「なんですって! キモい!! あんたたちはいちいち嫌悪感煽る事しか出来ないわけ!? 協力しようという気が失せるんですけど!!」

「やれやれ斯波のダンナがまたトンデも無い事言ってやがるぜ。これだからフラウンダーは何時までたっても嫌われモンなんでさァ」

 迫るγ型とガンシップは、辻中尉率いるフラウンダー5が撃ち落とす。

 エメロードミサイル、スナイパーライフル、D型アサルトライフルなどで次々と飛行物体は叩き落されていく。

 

「なンだ辻、随分大人しい事いうじゃねェか? 三部隊の敵中引っ掻き回しじゃ刺激が足りなかったか? かっかっか! ソイツはすまねェ!」

「何言ってやがんでぃ梶川大尉! 火事と喧嘩は江戸の華、なんでもかんでも楽しむのが俺たち流ってなァ! ダンナと女神様の喧嘩でも眺めながら、祭りに騒ぎ散らすのも一興でさァ!」

 

 一方梶川大尉率いるフラウンダー1は、ランドガルド2と共に別方面から巨大生物群を搔き分け、ダロガに向かって進んでいた。

 

 歩兵一個中隊に、降下翼兵、機械化歩兵を加えた遊撃集団によって敵の進撃方向が乱れ、大きな隙が出来た。

 

『今だ! ストーク11、フォレスティオ、敵前線を押し返せ! レイジボーン、ジャベリン、砲撃目標変更! ダロガはスプリガン2に任せてヘクトルをやる! 撃てェェーー!!』

 

 ジャベリン小隊車長の声で砲撃が激しさを増し、ヘクトルが一斉に崩れ落ちる。

 戦況は、フラウンダー1、ランドガルド2、スプリガン2の乱入を気に優勢に傾いた。

 

 

 

 




登場部隊解説

▼レイジボーン
 第102機械化歩兵連隊-第一中隊。
 指揮官の紺迫少佐は連隊長と中隊長を兼ねる為、第二中隊”アイアンランサー”第三中隊”フォレスティオ”の指揮も執る。
 ハンドキャノンを主兵装とした機動砲撃戦術を主軸に戦う。
 その中でアイアンランサーは、デクスター自動散弾銃やガリオン軽量機関砲などの中近距離専用兵装にして部隊の近接防御を担うことが多い。
 中隊編成の中で第二小隊が接近戦を担当する事はよくある編成だが(第一が中距離、第二が近距離、第三が遠距離を担当するのが最もバランスに優れている)、中隊単位で編成するのは珍しい。


▼ジャベリン
 第72戦車連隊-第211戦車大隊-第一中隊。
 指揮官は土橋大尉。
 第一中隊はジャベリン、キーパー、レガシーの三個小隊。
 EDF第72戦車連隊と言えば厚木市撤退戦でダロガ戦車群を相手に多くの時間を稼ぎ、ダロガとの初戦闘だったにも関わらず多くの敵戦車を撃破したとして有名。


▼ストーク11
 第72戦車連隊-第211戦車大隊-第一中隊-第11ストーク小隊。
 ジャベリン中隊付きの随伴歩兵小隊。

▼フラウンダー1
 第一陸戦歩兵大隊-第26フラウンダー中隊-第一小隊。
 梶川大尉の指揮する不良中隊。
 素行の悪さと乱戦での暴れっぷりはEDF内でも有名。
 敵中への突撃を好む。

▼ランドガルド2
 第202機械化歩兵連隊-第三中隊”ランドガルド”-第二小隊。
 指揮官は太斎中尉。
 フォースブレードやボルケーンハンマーなど近接兵装を装備する近接戦小隊。

▼スプリガン2
 第一降下翼兵団-第一中隊”スプリガン”-第二小隊。
 指揮官は美園(みその)中尉。
 レーザーランスとレイピアのみを使用する”EDF降下翼兵団一の近接格闘部隊”。
 飛行技術、廃熱管理、高速移動しつつの照準いずれもトップクラスで彼女たちが通った後の敵は、斬り刻まれ、撃ち抜かれ、死骸、残骸の山となる。
 


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第五十五話 重戦車タイタン

――2023年3月30日 20:45 京都南IC付近――

 

 別のエリアでも、激しい戦闘が行われている。

 

歩行戦闘車(ヴィクター1)より戦車中隊(ウォートホッグ)! 中隊規模の巨大生物群接近! こっちで何とかするから先にヘクトルを仕留めてくれ!』

『ウォートホッグ了解! そっちは任せたぞ!』

 

 ウォートホッグ中隊は、破壊された道路を移動し、ヘクトルのプラズマキャノンや巨大生物を回避しつつ、砲撃を続ける。

 

『ヴィクター1より各小隊! 巨大生物をやる! 機動で撹乱しつつ、囲まれないように注意しろ!』

『ウィスキー1了解!』

『エクスレイ1、了解ッ! うおおぉぉぉぉ!!』

 

 エクスレイ小隊のニクス・バトルキャノンが両腕部のリボルバーロケットカノンを発射する。

 回転弾倉式によって連射されるロケット弾が巨大生物を次々とまとめて爆散させる。

 

『ウィスキー1より各機! 4時方向にヘクトル三機確認! 機関砲タイプです!』

 ニクス・グレネーダーを駆るウィスキー女性指揮官から知らされる。

 

『ヴィクター1よりウィスキー1! 対処できるか!?』

『なんとか! 皆! エクスプロージョンはまだ残ってるか!? よし、ならいける、ついてこい!』

 

 ウィスキー小隊は、ニクス脚部に標準装備されている高速走行用のローラーユニットを起動させて巨大生物やヘクトルの攻撃を避けつつ道路を走る。

 

 道中の巨大生物は、両腕のグレネードランチャーやリボルバーカノンで撃破していく。

 

 やがてヘクトルに接近すると、

 

『全機、エクスプロージョン、ファイアッ!!』

 

 ニクス・グレネーダーから放たれた一機あたり40発の小型グレネードが拡散して飛び出し、その殆ど全てがヘクトルに当たり、一面が小爆発の連鎖で埋め尽くされる。

 

 元々は対巨大生物ようの広範囲面制圧兵器だったが、その火力はヘクトル相手であっても十分に発揮される。

 

『おぉ……。ニクス四機であの爆発はなかなかだな……。隊長オレのニクスにもアレ付けんないんスか?』

『あれはグレネーダーの固定武装だ!! それより右! β型が来てるぞ!』

 

 ヴィクター3の軽口にヴィクター1が荒い声で答える。

 

『分かってますよ! 近寄るな虫どもッ!』

 ヴィクター3のリボルバーカノンがβ型数体を穴だらけにする。

 

『ちっ、見ろ、γ型だ。ヴィクター4、ミサイルの照準を合わせろ。近づかれる前に撃ち落とすぞ』

 ヴィクター2低く冷静な声で指示を出し、両肩部ミサイルコンテナを開く。

 2と4はニクス・ミサイルガンだ。

 

『了解! でもこの数、私たちだけじゃ……』

『近づく奴は対空リボルバーカノンで叩き落す。やれ!!』

 

 ヴィクター2の合図で対空ミサイルが放たれ、上空でγ型が次々に撃墜されていく。

 しかし数は多く、生き残った個体が上空から針の空襲を行う。

 

『エクスレイ4、右脚部をやられました! 運動性に重大な損傷!』

『下がってろ! ぐあっ! くそ、糸か! 離れろクモ野郎ォォ!!』

『武装が動かない! 誰か蜂を何とかしてくれ! ぎゃああぁぁぁぁ!!』

 

 断末魔を上げて、ウィスキー3が撃破される。

 そのほかにも被弾や損害が目立ち始める。

 

『ヴィクター2、4! とにかく撃ちまくれ! 数はそう多くない、いずれ倒せる!』

 ヴィクター1の指示で、二機はとにかく対空型リボルバーカノンでγ型をひたすら撃ち落としていく。

 

『地上の敵はこっちにまかせとけ! オラオラァ!』

 

 ヴィクター3は、高速移動で酸や糸を最低限回避し、リボルバーカノンや肩部ロケット砲で地上の巨大生物を減らしていく。

 

《本部より戦車中隊(ウォートホッグ)! 新たな輸送艇二隻を発見した! スカウト4によると識別Aにダロガ四機、識別Bにヘクトル六機が搭載されている。直ちに撃墜せよ!》

 

『こちらウォートホッグ! 輸送艇撃墜は可能ですが、内部の搭載兵器を撃破するのは困難です! それよりは投下後の隙を狙って一斉砲撃で仕留ます!』

 

《こちら本部、了解した! そのエリアは最も敵の攻勢が激しい。B-651タイタンを派遣する! そのほかにも降下翼兵(ルナティックレイ)空爆誘導兵(プレアデス)を向かわせた! ここを突破されると味方全体が喰い破られる! 絶対に持ちこたえるんだ!》

 

『プレアデスを!? ……いや、了解! 絶対にここは通しませんッ!』

 

 プレアデス小隊のエアレイダー保坂少佐は、誤爆ギリギリの危険な爆撃を行う危険人物として有名だ。

 

『隊長! 輸送艇接近! ダロガを投下します!!』

『全車停止! 中隊全車、識別A輸送艇直下のダロガに照準! ――撃てぇぇ!!』

 

 ウォートホッグ、ワイルドボア、バスターブルの三個戦車小隊10輌が一斉砲撃。

 砲弾が四機それぞれのダロガを襲う。

 

『クソっ! 隊長! 仕留めきれません!』

『砲撃が来るぞ! 次弾装填――なに!?』

 

 別方向からヘクトルのプラズマ砲弾が飛んできて、一輌撃破される。

 

『ぐああああぁぁあぁ――!!』

『バスターブル1がやられました!! ちくしょう!!』

 

『こちらヴィクター1! 砲撃を受けている! 向こうにいた部隊はどうした!?』

『連絡がない! 全滅したのかもしれん! とにかくそっちが優先だ! 我々は二個小隊でヘクトルを砲撃する! 俺たちとダロガを押さえるぞヴィクター1』

『了解!! ヴィクター中隊各機! 行くぞ! あの付近には歩兵部隊も展開している筈だ!』

『『了解ッ!!』』

 

『ワイルドボア、バスターブル! お前らはヘクトルを撃破しろ!』

『『了解ッ!!』』

 

 一方ダロガの近くにいた歩兵部隊は苦戦を強いられていた。

 

「ダロガ接近、ダロガ接近! だめだ、隠れろ! 銃撃が来るぞォォーー!!」

 ダロガが下部レーザーバルカンを発射し、瓦礫ごと歩兵部隊を撃ち殺していく。

 

「ぐぁぁああッ! 後は、たの……」

「大尉ぃぃーー!! くそっ、こちら陸戦歩兵(ブレイク1)! 中隊長戦死! 繰り返す、中隊長戦死!!」

 第17ブレイク中隊の指揮官が戦死する。

 

『無理するな! 歩兵は戦車の後ろに隠れろ! ここは駄目だ! 後退し、側面から叩く!! ヴィクター1!!』

『ヴィクター1了解! 各機、ウォートホッグの案に乗るぞ! 右翼に移動! 入ってきた巨大生物群をリボルバーカノンでハチの巣にする! 上空のγ型は常にミサイル自動照準で迎撃しろ!』

『こちらブレイク2! ブレイク3と共に左翼で弾幕を張る! 正面の巨大生物にも気を抜くな! 射撃開始ッ!!』

 

 ヴィクター小隊含め一個中隊のニクスと、陸戦歩兵のブレイク1から6の六個小隊が両脇に分かれ、侵入してきた巨大生物に対し両方から弾丸のシャワーを浴びせる。

 

『いい調子だ、ブレイク3! 気を抜いてヴィクターの連中を撃つんじゃないぞ?』

 

『味方撃ちしたら一発に付き日本酒一合な!! ちゃんと終わったと弾痕見るから誤魔化すなよ!?』

『オイオイ気の小さいニクス乗りはモテないぜ?』

『野郎にモテたってしょうがねェや!!』

 

 ウィスキー小隊の四番機とブレイク3の一人が軽口を叩きつつ、あけた穴にまんまと入ってきた巨大生物を殲滅する。

 

『なら、あたし達ならどうかしら!』

 突如舞い込んできた明るい声は、降下翼兵(ルナティックレイ)のものだ。

 

『待たせたわね、戦場の女神の登場よ! みんなー! 頑張りなさいな! 三つに分かれて各部隊を援護! さあ行って! 他の男共はあたし達に守られて、あたし達を守りなさい!』

 

 ルナティックレイの指揮官の言葉通り、中隊は三個小隊に分かれ、それぞれレーザーライフルやプラズマランチャーで上空から援護射撃を行う。

 ウイングダイバーと言えば単独で戦いがちで、協調するとしても他部隊に援護して貰うという戦い方が一般的だが、第二降下翼兵団のルナティックレイ中隊は、このように中距離の陸戦部隊への航空支援を主な戦術としていた。

 

 隊長のその人柄もあって、

 

「うおおぉぉ! ルナティックレイが来たぞ! お前ら、いいトコ見せるぞ! ふんばれぇぇ!! あっ、こっち見た!」

「今日もルミ様はなんて良い笑顔なんだ! 彼女の為なら頑張れる! 行くぞ!」

 

 彼女たち中隊はさながらアイドルのような人気を誇っていた。

 部隊長の方針で、隊内の仲間が皆下の名前で呼び合うのも特徴的だ。

 

「くそ! 正面の圧力が予想以上に激しい! 抑えきれないぞ! ぐぁっ! くそ、腕がぁぁぁ!!」

「糸が! 糸に絡まって身動きが取れない! ちくしょう!!」

 

 左翼部隊ブレイク2の何人かが苦戦を強いられている。

 一人やられると、後はそこから弾幕を喰い破られて蹂躙されるケースが多い。

 が、今は希望がある。

 

「この野郎ッ! 大丈夫か!? 下がって手当しろ! おい! こっちにカナエちゃんが来たぞ! 手振れ! 手振れ!!」

 

 一人がβ型を撃破し、上空に向かって手を振って合図をする。

 それを見た他の兵士も弾幕で敵を押さえつつ手を振る。

 

「はっ! 援護ね! ったくしょうがないわね! 下がってなさい! ヨウコ、ナオミ! Pランチャーで吹っ飛ばすよ!!」

「イエッサー!」

「了解!」

 

 三人のウイングダイバーが三連プラズマランチャーを発射する。

 エネルギー分散器を取り付けた特殊なプラズマランチャーは、中央と左右それぞれに一発ずつのプラズマ砲弾を発射した。

 三人合わせて九つのプラズマ砲弾は、ブレイク小隊たちの目の前の巨大生物を上空から一方的に爆撃し、辺りを青白い爆光と赤黒い爆炎で覆った。

 

「よし! 前面の敵は吹っ飛んだ! ありがとうカナエちゃん達! お前ら! 押し返すぞ!!」

 

 左翼部隊はカナエちゃん……松本香苗中尉率いるルナティックレイ2が抑えた。

 

 一方、ブレイク6とヴィクター小隊が陣取る右翼方面には、ルナティックレイ3が辿り着いていた。

 

「カオリ! 撃ちすぎ! 一旦降下! あぁナギもか。この数じゃ、仕方ないね……冷却して。私とスミコが守るから」

 

 上空からレーザーライフルで敵を押さえていたカオリとナギに代わって、”粒子バルカン砲”とカテゴライズされた新型銃”イクシオン”を斉射。

 プラズマランチャーと同じく特殊なエネルギー分散器によって粒子弾は三つに分かれ、機銃掃射のように上空から巨大生物を薙ぎ払っていく。

 

 ちなみに、イクシオン系統の粒子バルカン砲は飛行中に使うと強い慣性が加わり狙いがずれるのだが、彼女たちのように使いこなせば強力な武器となる。

 

「ユキ中尉、すみません……」

「きゃあぁ! γ型がっ、く、来るなぁ!!」

 下がったカオリとナギの二人に、γ型の針が降り注ぐ。

 

「させないッ! γ型を撃ち落とすんだ! 彼女たちを傷つけるな!」

 ブレイク6リーダーの一声で、彼女たちを囲んでいたγ型が次々と撃ち落とされる。

 

「あ、ありがとう。助かりました!」

「お気をつけて! この敵の数です、上空からの援護はありがたいですが、ユニットへの負担が大きいはずです。地上にいる間は我々が守りますので、無理なさらず!」

「了解しました。優しいあなたに、幸運がありますように。二人とも、冷却は済んだ? なら、飛びましょう、お互いをカバーしあって!」

 

 ルナティックレイ3は、再び上空からの援護射撃でブレイク6を援護する。

 

「隊長も優しい顔して隅に置けませんねぇ。やっぱユキちゃん推しなんですか?」

「? 何をいっている? 友軍に優しくするのは当然だろう?」

「うわーー! 出た天然だ! 天然誑しだ!! これだからモテる男は! くっそーー!!」

「ホントに何言ってるんだ!? ふざけてないで正面の敵を倒せ! 挟みこんだ敵はだいたい殲滅したか!?」

 

『こちらヴィクター1! 侵入してきた敵は粗方片付けた!』

『ウォートホッグ1だ! 正面のダロガは全て撃破した! だが物量の根本的な解決にはなっていない! どうする!?』

 

『あ~、こちらプレアデス。こっちの方全部吹っ飛ばして貰うから~。各自レーダーを確認するように』

 

 呑気な声が聞こえて来たので、各自冷汗を搔きながら簡易レーダーを見る。

 案の定、効果想定地域に部隊が片足を突っ込んでいる。

 

『ヴィクター1より各部隊! 総員退避! 巻き込まれるぞ! プレアデス!! 何を考えている!!』

『だって遠くに砲撃しても仕方ないだろう? ココに一番集中してるんだから。貴重な砲弾使うなら、最大の効果を得ないとドブに捨てるようなモンじゃないか。大丈夫大丈夫、ちゃんと部隊の移動速度とか計算してるからさ』

 

 言っている事は最もだが、あまりにも人命軽視な作戦に戦域の皆が背筋を凍らす。

 悪名高きプレアデスのいる戦場では、兵士たちは常に爆撃の恐怖に晒されるが、なんだかんだ有効な支援をしているのが困りものだ。

 

『花火会場には近すぎるわ!! ルナティック、全員撤退! あ、ブレイクの人達は大丈夫!?』

『こちらウォートホッグ! 俺達戦車部隊が歩兵の殿になる! 多少は巻き込まれても大丈夫だ! だが保坂、覚悟しろよ! 部下が死んだら絶対戦場で貴様を轢き殺してやるッ!!』

 ウォートホッグの隊長は、声に溢れんばかりの怒気を滲ませる。

 

『おぉ~怖い怖い。僕はこんなに一生懸命なのに酷い扱いだね。ま、そろそろ着弾するけど、その心配はなさそうだ』

 

 瞬間、砲兵の撃った砲弾があたりに着弾し、間近だった戦車部隊の目の前が爆炎に包まれる。

 着弾の振動で地面が揺れ、巨大生物の肉体の一部が爆炎に紛れて宙を舞う。

 レーダーの赤い点が次々と消えていくのが、面制圧が成功した証だ。

 

『おぉ~~! すげぇよ! こんな間近で砲撃が見られるなんて!! やっぱ戦場はこう派手じゃなくっちゃな!』

『ヴィクター3、物好きな奴め……。今までの戦場はお前にとって何だったんだよ……』

『保坂少佐の要請でもないと、普通はこんな間近で砲撃制圧なんてしないからねぇ。興奮するのは分からんでもないけど』

『お前まで正気かヴィクター4、こっちは流れ弾で死にかけてるんだぞ? 冗談じゃねぇ。ウォートホッグ、そっちは大丈夫か?』

 

 ヴィクター2、3、4がそれぞれ砲撃に反応する。

 

『ああ! なんとか問題ない! 保坂少佐! 今度会ったら殴るくらいで勘弁してやる! ウォートホッグ各車! 十分な砲撃だったが気を抜くな! これで全滅するほどフォーリナーは甘くない! 各車赤外線センサーで照準! ダロガやヘクトルの撃ち漏らしを逃すな!!』

 

 戦車部隊ウォートホッグの隊長は相当頭に来てるようだが、とりあえずは戦場に集中する。

 簡易レーダーを見ると一見全滅したかに見えるが、この激しい爆撃では取り逃していると考えるのがEDF兵士の常識だ。

 事実、少しずつ追加の敵をセンサーがキャッチしていく。

 

『はっ! 新たに3時方向よりヘクトル複数確認! 砲兵型です! チャージはまだですが、こちらに砲身を向けています!』

 高所に登り、狙撃型レーザーライフルで偵察していたルナティックレイの一人が報告する。

 

『あらら。補足されちゃったねぇ。ホエール、狙撃出来る?』

『無茶言うな! ここから何km離れてると思ってる!? ビーコンを撃ってくれ!』

 

 プレアデス小隊のエアレイダー保坂少佐は、上空を旋回する大型対地攻撃機、DE-202ホエールに無線するが、ホエール側の照準は精度が低く、単独での狙撃には無理がある。

 

「『だよね~、うん、一応聞いてみただけさ』よし、宮藤君、頼んだ。インターの道路を上がって見晴らしのいい所までよろしく」

 プレアデス小隊の車輛グレイプのドライバー宮藤軍曹に、保坂少佐が狙撃位置を伝える。

 

「インターの道路って砲撃で所々崩れてるんですけど! しかも巨大生物とかそこらへんに固まってるんですけど!!」

 

「大丈夫大丈夫~。『ホエール、今から移動するから制圧破砕砲で援護して。出来るだけビーコンで指示するから、誤射心配しないでガンガン撃ってくれ!』

 

『ホエール了解! 破砕砲は空中で弾けて拡散する! 範囲を考えないと巻き込まれるからな!!』

 

『了解了解~。そこは宮藤の腕次第かな。宮藤君、ミスったら死ぬから頑張ってね~』

 

「んも~!! この人はホントに~~! やってやりますよぉぉ~!!」

 

 宮藤軍曹は、相変わらずな保坂少佐に答え、グレイプ装甲車を走らせる。

 その最中、上面ハッチから保坂が身を乗り出してビーコンを放つ。

 1秒後に、上空から制圧破砕砲が降り注ぎ、空中で破砕してまるでショットガンのようにまとめて巨大生物群を吹き飛ばす。

 ビーコンを地面に撃てばそこ目掛けて飛んだ制圧破砕砲がγ型目掛けて炸裂し、数体を同時に撃ち落とす。

 

 グレイプは最高速のままドリフトし、破損した道路の端を滑るように進み、最も高い場所で停止する。

 

「着きました! これで満足ですか!!」

 宮藤は、ヤケクソに言い放つ。

 保坂少佐の無茶ぶりに鍛えられたドライビングテクニックはもはや凄腕と言って差し支えない。

 

「うん、満足満足。ここなら……いけるね」

 

 保坂は狙撃型のビーコンライフルに切り替え、七体のヘクトルを正確に狙ってビーコンを発射する。

 ビーコンは風や爆風、何より標的の移動も読んだ保坂の凄腕により正確に吸着し、信号をホエールに送る。

 

『こちらホエール! ビーコンを捉えた! 105mm連装速射砲、ファイア!!』

 ホエールの火器管制員が発射装置の引き金を引く。

  

 二連装の砲からは、子気味良い速度で砲弾が放たれ、次々とヘクトルに当たっていく。

 同時に何発か、プラズマ砲弾が放たれた。

 

「やべって、撃たれた。あれは……一発こっち来てるね。宮藤ここすぐ降りて~、辺り一帯吹っ飛ぶよ!」

「急にいわないでください! 相変わらず呑気なんだから~! みんな、かなり揺れるから掴まってて!」

 バックしてギアを入れ直し、向きを変え、頭から瓦礫を階段のように下って地上に降りると、急いで場所を変える。

 

 瞬間、砲弾が着弾し、辺り一帯が吹っ飛ぶ。

 向こうの味方部隊付近にも着弾したらしく、悲鳴や火災が巻き起こる。

 

『こちらウォートホッグ! 保坂少佐! ヘクトルはどうなった!?』

『こちらプレアデス。今ホエールが砲撃中さ。もう片付くと思うよ?』

 

『ちっ、もう少し早ければ……いや、それはいい! だが西の方からも砲兵型ヘクトルが確認されたらしい! すぐ撃破しないと同じ目に遭う!』

 

『まじ? 戦車部隊で狙撃出来ないのかい?』

『こちらブレイク1代理、それは無理だ! 戦車はダロガに当ててないと押し込まれるぞ! 狙撃部隊を編成して撃てるところで迎撃するしかない!』

『あ~らら。その間にも砲撃されるだろうし、まいったねこりゃ』

『こちらヴィクター1! ダロガは我々が相手をする! 戦車部隊はヘクトルをやれ! 戦車砲弾ならヘクトルの迎撃は容易いはずだ! そちらを優先すべきだろう!』

 

 意見は紛糾し、その間も面制圧で減らしたはずの巨大生物群にじりじりと攻め込まれていく。

 そんな中、新たな声が乱入した。

 

『いや。ここは我らに任せて貰おう』

 

 低く、どっしりと構えたような声は、E-651重戦車”タイタン”の車長のものだった。

 同時に、副砲の120mm滑腔砲が陸戦部隊主面の巨大生物やダロガを砲撃する。

 

『タイタン!? はぁー、やっと来たね! よし、みんな! 急いでタイタンの後ろに隠れよう! あの装甲なら、ヘクトルのプラズマランチャーなんてものともしないさ! 多分ね』

『多分ってなんだ!? より、ヴィクター全機、一時後退する! 去り際に巨大生物を連れて行くなよ!』

『ブレイク1了解! 中隊傾注! ウォートホッグの後ろに張り付きつつ後退だ! ヘクトルの砲撃に気を付けろよ! 敵はお構いなしに撃ってくるぞ!』

『ルナティックレイ! みんな! 次のステージに移行するわよ! 移動中もやる事は変わらないわ! 特に下がる時は隙が出来やすいんだから、自分にも他人にも気を配る事! いいわね!?』

 

 そうして、全員がタイタンより後ろに下がった時、放たれたヘクトルのプラズマ砲弾が直撃する。

 青白い白光と、急速な燃焼による火炎が入り混じった爆発がタイタンの前面装甲を覆うが、

 

「操縦手、被害程度は?」

「表層の対光学装甲への攻撃の為、損害は軽微です!」

 

 その程度の攻撃、陸の戦艦と称されるタイタンはものともしない。

 

「主砲装填完了! 撃てます!」

 

「よし! 目標、11時方向のヘクトル五機! まとめて吹き飛ばす。レクイエム砲、てぇーー!!」

 タイタン車長、権藤少佐が手を振り下ろし、主砲砲手は引き金を引く。

 発射の爆音が鳴ると同時に極音速で砲弾はヘクトルに直撃し、半径70mを巻き込む大爆発を起こした。

 

 むろん、周辺にいた巨大生物やγ型などを巻き込んでの大爆発だ。

 爆炎が上空まで高く上がり、離れた歩兵たちにも衝撃波が届く。

 

『す、すげぇーー! なんて火力だ! 艦砲以上だぜこれは!!』

 真っ先に声を上げたのは、派手好きのヴィクター3だ。

 

 レクイエム砲の砲弾には、電子励起爆薬*1”セレウコス”*2が使用されている。

 電子励起爆薬を使用する事で少量の爆薬で大威力を有し、大型の砲弾機構に大量の発射薬とロケット推進機構を組み込むことで射程と初速を大幅に向上し、大型砲でありながらギガンテスⅡの主砲の約三倍の高初速を実現している。

 

 艦砲以上と言ったヴィクター3の言葉は間違いではない。

 

「な、なんて火力だ……これなら、いける!」

「隊長! 周囲の巨大生物がタイタンに迫ってます!」

 

『周囲の陸戦部隊に告げる! こちらはタイタン車長、権藤少佐だ。タイタンは通常の戦車と同じく、巨大生物の集団に弱い。表層の対光学物理装甲の下に、対強酸化学装甲、二重複合装甲を施しているが、プラズマやレーザー、酸や牙の交互攻撃には対処しきれん。対空機銃も装備されているが空の敵も苦手だ。機銃や副砲で援護を行うので、貴官らは周囲の巨大生物を頼む! ダロガやヘクトルは、タイタンに任せろ!』

 

 タイタンの到着により、陸戦部隊の士気は上がり、大きく戦況は好転した。

 

 

*1
電子励起状態の物質を、化学反応で化合させて爆発的エネルギーを生み出す次世代爆薬カテゴリ

*2
ガプス・ダイナミクス社が開発。電子励起状態の金属ヘリウムの化学反応で爆発させる。同社によるとTNT爆薬の500倍の威力が期待でき、大型榴弾と同等の爆薬を仕込めば戦術核兵器並みの威力が通常兵器として運用可能になる。のちに爆薬を更に調整し、指向性を持たせたセレウコス-11(S-11爆薬)として広く普及する事になる




登場部隊解説

▼ブレイク1小隊
 第三陸戦歩兵大隊-第17ブレイク中隊-第一小隊。
 1から6の六個小隊で構成されている。
 元々厚木市に駐屯していた部隊で、厚木のダロガ襲撃戦によって半数が戦死している。
 その欠員は他の部隊や予備部隊からの補充兵で賄っている為、常に前線を張っていた部隊と比べると練度が低く、若年兵が多い。
 ちなみにEDF陸戦歩兵部隊はフォーリナーの襲撃によって中隊の統廃合を繰り返している為数字と創設順序は一致しない。

▼ヴィクター小隊
 第72戦車連隊-第711機甲大隊-第四歩行戦闘車中隊-第一小隊。
 中隊は、ヴィクター、ウィスキー、エクスレイの三個小隊12機から成る。
 ヴィクター1はまだ30代だが戦術学や指揮能力に優れた優秀な指揮官。
 ヴィクター2は海外派兵で初期型のニクスに乗ったこともある優秀な古参パイロット。
 ヴィクター3は腕は立つがド派手な戦場が大好きの困った若者。
 ヴィクター4は軍歴は長いが頭が悪くて万年少尉を自称する女性パイロット。
 
▼ウォートホッグ小隊
 第72戦車連隊-第212戦車大隊-第三中隊。
 中隊は、ウォートホッグ、ワイルドボア、バスターブルの三個小隊から成る。
 中隊長の郷田大尉は良くも悪くも気性が荒く、保坂少佐を本気で殴り倒したいと思っている。

▼ルナティックレイ中隊
 第二降下翼兵団-第三中隊。
 フェアリーテイル中隊と同じ兵団。
 指揮官は東雲瑠美(しののめ るみ)大尉。
 EDF内でアイドル的人気を誇るウイングダイバーで、部隊内では皆下の名前で呼び合う。
 ウイングダイバーには珍しく、歩兵の航空支援を基本戦術とし、武装も中距離装備でひと固めにしている。

▼プレアデス小隊
 第2エアレイダー小隊のコールサイン。
 グレイプ装甲車一輌、随伴のレンジャー6人、エアレイダー保坂少佐1人で構成される。
 グレイプ運転手のレンジャー宮藤軍曹は、いつも困難な指示を出されている。
 保坂少佐は誤爆ギリギリな指示を出す為、一部の陸戦部隊からは酷く嫌われているが、その実力は折り紙付き。


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第五十六話 滅びの楔(Ⅰ)

――2023年 3月30日 21:15 旗艦リヴァイアサン 艦内部CIC――

 

 

「重戦車タイタン、砲撃を開始! すごい……敵陸戦兵器群を次々と殲滅していきます」

「周囲の戦闘部隊、巨大生物迎撃に専念。タイタンを中心に、前線を押し返しています」

 報告を続ける柊中尉達オペレーター要員の声色は、危機的状況を抜け出して落ち着いた声に戻っていた。

 

「ダロガやヘクトル、陸戦兵器群の負担が少なくなったことで、巨大生物戦に注力出来ているおかげか。なんとか、狙い通りの流れに持っていくことが出来たようだな」

 

 今だ予断を許さないが、想定通りに戻せたおかげで、少し安堵する榊中将。

 

「くく……、これをタイタン製造に散々反対してた連中に見せてやりたいねぇ。おっと、ありゃあ戦前だったか」

 偵察と観測を任務とするスカウト小隊の映像を見ながら、秋元准将が顔をにやけさせる。

 

 タイタンはガプス・ダイナミクス社製ではあったが、EDFが設計を委任していたので予算の多くをEDFが負担していた。

 その為、予算を自分のものにしたい勢力から多く反対意見を貰っていたものだ。

 曰く、”時代に逆行している”だの”列車砲を作った方がマシ”だの”その予算で戦艦を増やすべき”だの”無用の長物でしかない”だの。

 ただ、フォーリナー襲撃前であったことを考えればむしろまともな意見とも言えたが。

 

 おかげで計画は進まず、ドイツ本国で匙を投げられ、紆余曲折あって中途半端な状態で日本に押し付けられたが、それが功を成した。

 フォーリナー襲撃時は未完成だった外装を、フォーリナーに合わせ対光学と対強酸の新素材、更に本来搭載予定だった複合装甲も取り付けてより大型化した状態での完成となった。

 

 おかげでその他の計画は遅れ、予算は倍になったが、その時には日本侵攻は始まっていたので四の五の言ってられず、何より日本政府が海外へ高飛びし、EDF極東本部が頭にすげ変わった事により莫大な予算の投入が行われたのだ。

 

「電磁投射砲や原子光線砲の開発を犠牲にした甲斐があったと思いたいな。とはいえ、油断はするな。特に地中侵攻は警戒しろ。今まで何度も痛い目に遭ってきたからな」

 

「はい! 戦闘の最中、工兵部隊が振動検知器を戦場のあらゆる箇所に埋め込んでいます。位置が悪く何度か見落としがありましたが……大小六割以上の地中侵攻を事前に発見できています」

 

「不十分だ。なにより直前に分かっても心の準備くらいしか出来ないことが多い。開発部に更なる要求をする必要があるな……」

 

 直前に分かった所で、戦闘中の部隊移動は困難だ。

 無理な移動は無用な隙を晒す事にもつながる。

 尤も、現状ではそれでも、地中侵攻の直撃を喰らうよりマシではあるが。

 

 その後、京都南ICでの戦闘は、タイタンの登場により優勢に推移していた。

 負傷兵や作戦初期から戦闘に参加していた部隊は順次、後方陣地として機能する第402火力演習場へ後退し、入れ替わるように無傷の戦闘部隊が京都へ向かった。

 

 そして三時間後。

 敵総戦力の七割近くを撃破した頃に、それは起こった。 

 

「あれ……? コレ、なんだろ……」

 戦略情報部の(現環境では南極司令部から切り離され、ほぼ情報閲覧権限はない)アドリアーネ・ルアルディ中尉が敵出現パターンの分析を行っている時、なにか声を上げた。

 

「どうしたんだ? 何か分かったのか?」

 極東本部出身の分析要員、高畑大尉が声をかける。

 

「い、いえ。なんか妙なメールが……」

「メール? 後にしろ。それよりこれを見てくれ。三日前名古屋で妙に大きな振動を拾ってる。歩行要塞の足音だと思うんだが……――いや待て。メールだって? それは極東本部の管理者ネットワークだぞ? こんな時期に一体誰が……」

 

「そうですよ、変なんです! 差出人も……なにこれ、暗号……? 開いてみます」

「おいおい、ウイルスじゃないだろうな? 本部のサーバー内に広がたらシャレにならないぞ!?」

 

 高畑大尉の忠告も無視して、ルアルディ中尉はメールを開く。

 

「これは、やっぱり暗号……いや、違う? なんだこれ……」

 画面を見つめて、ルアルディ中尉は固まってしまった。

 画面には、常人には理解できない英数字の羅列が一面に広がっていた。

 

「おいどうしたんだこんな時に! こっちも忙しいんだぞ!?」

「……解けない? いや、これ、解く方法が無い……。見せかけの暗号……。まさか、少佐が? 解かせる気が無い、となると、このメール自体が……ってことは、他に何か……」

 ルアルディ中尉は、キーボードを物凄い速度で叩きながらひとりでぶつぶつと唱え始める。

 

「ったくもう! 秋元准将! 三日前の名古屋でちょっと気になる波形を見つけたんですが、ルアルディ中尉がこの通りで……」

 

 高畑大尉は、完全に自分の世界に入ってしまったルアルディ中尉に困り、秋元准将に助け船を求めた。

 

「んん? どうしたルアルディ中尉。何か気になる事でもあったか?」

 

「ちょっと待ってください……。えぇと、秋元准将、南極総司令部の指揮から外された時、ネットワークから外れてアクセス出来ない情報ってありましたよね? それってどんなのがあります? 絶対に無効経由でしか分からないものとか、何か危険なものってないですか!?」

 

 彼ら極東方面軍は日本国放棄・核集中運用による敵殲滅の命令を再三に渡り拒否した為、EDF全軍から反逆軍に近い扱いを受けている。

 南極司令部の決定に従い、戦力の派遣・補給を含めた経済制裁や、ネットワークからも切り離し一切の情報封鎖を行った。

 

 この上で、本来なら抗命・独断を行った極東本部上級軍人を拘束し、軍法会議に掛ける必要があり、抵抗する場合武力制圧もあり得る話だが、全人類が知っての通りEDFはそれをする余裕がない状態なので見逃されている。

 

「あぁン? なんだ急に……。止められた情報ならいろいろあるぜ?

 フォーリナーの新種、新型の情報とか各国の戦局。まあこれはコッチでも独自に情報収集して色々掴んでるぜ。

 北米方面軍が新型砲弾で歩行要塞を撃破するって話が上がってるらしいが、コッチにその新型砲弾とやらを渡す気は無いそうだ、とかな。

 国外から国内に上陸する危険のある船団や敵軍も、総司令部から海外の情報は絶たれたが、哨戒艇が常に警戒してるから心配いらねぇ。

 たまに”はぐれ”のレイドシップやガンシップが見つかるが、今のところ全て海上で撃破している。

 後は宇宙だな。南極総司令部所有の監視衛星からの情報は軒並みアクセスできねぇ。

 まあウチらも独自で衛星何個か持ってるから、ソイツで情報は得られるが――待て。お前一体何の話してやがる?」

 

 話しているうちにはっきりと分からないが不穏な何かを感じ、秋元准将は顔のしわを一掃深くする。

 

「私のパソコンに正体不明のメールが届いたんです。

 内容はこれ、出鱈目な暗号でできています。

 出鱈目って言っても素人が出来るようなものじゃなく、頑張れば解けるように見せかけて絶対解けないようになってます。

 ここからは推測ですが、多分リーヴス少佐が、わたしに何か気付かせようとして送ったんだと思います。

 そんなことをする理由は、総司令部の眼を盗んでこっちに何かを伝えたいから。

 だから、南極総司令部だけが知っていて、わたし達が知らない緊急の要件が何かあるはずなんです!」

 

 ルアルディ中尉は、あの謎のメールから短時間でそこまで読んだ。

 それは彼女の頭の良さだけでなく、リーヴス少佐の人柄まで読んで至った結論だ。

 

「まさか――おい!! 監視衛星、最後にマザーシップを確認したのは何時だ!?」

 

 彼女の話を聞いて血相を変えた秋元准将は、怒鳴るように衛星監視を担当するオペレーターに聞く。

 

「ろ、6時間前ですっ! 以降は我々所有の衛星監視網から外れたため観測不能!」

 

「馬鹿野郎ッ! なんでそれをもっと早く言わねぇ!! クソっ、リーヴス少佐が伝えたかったってのはマザーシップに関係する事か? だが、それが分かった所で何だってんだクソ! おい、それ本当に解読出来ねぇのか!? そこに伝えたかった文章が書いてあるんじゃねぇのか?」

 

「いえ、これは絶対に解けないようになってます。以前少佐とそんな話をしたことあるので間違いありません。それより、問題がマザーシップなら、居場所を調べるのは何とかなるかもしれません」

 

「どういうことだ?」

 

「戦略情報部のネットワークに侵入してハッキングします! 一時的にですが向こうのデータリンクと接続して情報閲覧権限を得ます! 高度なセキュリティですが、わたしなら10分で行けます! 許可を!」

 

ハッキング(違法行為)の許可なんざ堂々と上官に求めんじゃねぇよ……。よし、許可する。最悪責任はオレが取るが、証拠なんざ残すんじゃねぇぞ?」

 

 南極総司令部にとっては明確な敵対行為……だが、秋元准将は”責任は取る”と言ってのけた。 

 

「もちろんです! 少佐に誓って、そんな凡ミスしませんよ!」

 

「よし、そっちは頼む! 柊! 日本近海の哨戒艇と連絡を取れ! マザーシップないし、大気圏外から何らかの脅威が襲う可能性あり、警戒を厳とせよ、だ! 何一つ確証なんてねぇが、どうにも嫌な予感がしてならねぇ!」

 

「了解! 各哨戒艇に緊急連絡を取ります!」

 旧極東本部オペレーターの一人、柊中尉は連絡を取るだけでなく、把握している全ての哨戒艇を戦略マップに同期し、それぞれの偵察範囲をリアルタイムで表示する。

 何か落下物を発見すればすぐにここにも知らされる仕組みだ。

 

「鹿島! 周囲の通信状況はどうだ?」

 

「はい! 現在の各部隊、日本各方面との無線状況はクリアです。異常、主にマサージップ大気圏内侵入の兆候はありません!」

 原理は不明だが、マザーシップが大気圏に侵入するときは、同時に広域に通信障害が発生する。

 致命的ではあるが、それがないという事は侵入する兆候はないという事でもある。

 

「そうか。一応、各戦略ミサイル基地、イージス艦隊に警戒を促しておけ。マザーシップやレイドアンカー迎撃の準備は常に整ってるだろ?」

 

「了解! 伝えます!」

 対人類戦と違い、フォーリナー相手に諜報活動や偵察活動は殆ど意味をなさないので、動きを予測する事は不可能だ。

 それゆえ、最大の脅威であるマザーシップやレイドアンカーに対しては、常に24時間体制で最大級の警戒を行っている。

 仮にいつ飛んできても迎撃は可能だ(尤も、マザーシップに対しては現状どんな攻撃も効果が得られていないが)

 

 とはいえ、事前に知っているのといないのでは迎撃精度に大きな差が出る。

 そのための監視衛星だったのだが、今回は人類同士の不和が隙を作ってしまった。

 

「秋元准将! ハッキング完了しました! 南極司令部経由で全ての衛星情報が閲覧できます!」

 ルアルディ中尉が成功を報告する。

 時間にして約5分。

 あり得ない速度だ。

 

「よくやった! しかしこんなに早く成功させちまうとは、リーヴス少佐があんたを褒め散らかすのが分かるってもんだ。さて、マザーシップだが……」

 

 南極総司令部の情報管理ネットワークは、人類最高峰のセキュリティの一つだ。

 プログラムに疎い秋元准将ですら尋常でない事は感じ取ったが、それを褒め称える時間はない。

 

 監視衛星の映像、データを、中央サブスクリーンに表示する。

 

「ちっ! なんてこった!! 今まさにレイドアンカーを投下してやがる! しかもこの軌道はまさしく日本直撃コースじゃねぇか!! 鹿島ッ!! 通常の手順を踏んでる暇ァねぇ!! 極東本部副司令権限でレイドアンカー迎撃を命令する! すぐ準備にかかれ!」

 通常はレイドアンカーやマザーシップが通過した場合、監視衛星が極東本部を経由せず直接迎撃部隊に信号を送り、速度や予測軌道を自動で計算して同期し、本部の命令を待たず迎撃を行う。

 だが衛星からの情報が十分に来ない以上、自力で行うしかない。

 

「了解ッ!」

「副司令!? なにがあった!?」

 

 遅れて、通常部隊の指揮を執っていた榊中将が反応する。

 

「詳しいいきさつは省きますがレイドアンカーが大気圏外から落下中、落下位置は日本周辺です!」

「なんだと!? 落下軌道コースは!? 算出間に合うか!?」

「現在計算中です! 途中経過ですがモニターに表示します!」

 

 中央モニターに現れたのは、戦場である京都を中心とし、様々な場所の100基以上の落下位置が表示されたマップだ。

 

「なんてこった、多すぎる!! すべては迎撃しきれねぇぞ!!」

「迎撃対象を大阪・神戸、それ以西の都市に絞り、京都を含むそれ以外は無視しろ! 対象を絞った軌道予測データを、マザーシップ迎撃の任務に充てていた砲兵・ミサイル・イージス艦隊すべてに送信! 後方都市に一発でも落ちたら我々の敗北だ! 必ず厳命させろ!!」

 ここより後方に、現在即応できる戦力はない。

 元々神戸や大阪に駐留していた戦力はほぼ全て京都防衛戦に投入されている。

 残っているのは最低限の警備用戦力のみだ。

 

 榊中将の本土防衛戦略により、現在京都以西の四個師団全てが東進し京都へ向かっているが、到底間に合う速度ではない。

 もし大阪・神戸を含む後方都市に落下すれば、例え移動中の戦力がいち早く駆け付けたころには壊滅している。

 故に、一発でも落下すれば全てが水泡に帰す。

 それを防ぐため、榊中将は激戦地に落下するアンカーは見逃す判断を瞬時に下す。 

 

「極東本部よりミサイル迎撃能力を有する全ての戦力へ! レイドアンカー落下総数、148基! うち大阪・神戸・姫路・岡山・高松に落下予測の89基全てのレイドアンカーを迎撃せよ! 地表到達まで残り7分! 失敗は許されない、繰り返す! 失敗は許されない! 持てる戦力の全てを使って絶対に死守せよ!!」

 

 降り注ぐレイドアンカーに、日本近海を航行していたイージス艦のパトリオットミサイル、陸上ミサイル発射システムや、迎撃用に改装されたネグリング自走ロケット砲からのN5巡航ミサイル、ネプチューン級潜水艦からライオニックミサイルが放たれ、日本の上空で激しい爆発がいたるところで巻き起こる。

 

 レイドアンカーの本体は、大気圏の突破にも耐える超硬度素材で構成されているが、上部の水晶部が脆いのは戦争初期から確認済みだ。

 

 迎撃に成功しても、レイドアンカーの破片が降り注ぎ少なくない被害が出るが、最も悲惨なのは、激戦の最中である京都市内であった――。

 

 



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第五十七話 滅びの楔(Ⅱ)

 

――3月30日 23:50 第402火力演習場――

 

 

 夜が更け、深夜となった第402火力演習場。

 だが投光器がそこら中に光を与え、人の喧騒と兵器や車輛の騒音、それを上回る絶え間ない砲声に塗れたこの場所は、そんな時間を感じさせない。

 

 演習場としての機能は後方支援陣地に早変わりし、ここには第二師団砲兵任務群、面制圧の”スレッジハンマー”と精密狙撃の”サジタリウス”などその他複数の砲兵旅団の砲兵陣地としての機能や、

 負傷兵を治療する野戦病院、損耗した部隊の受け入れと前線に支援物資を送り続ける補給陣地としてそれぞれ大きな役割を担っていた。

 

「レグルスより限定支援砲撃要請! グリッドC33-7に榴弾砲(155mm)10発!」

「すぐにやれ! 155mmの残弾は!? そろそろ倉庫の備蓄がなくなるんじゃないのか!?」

「そのくらい、大阪の極東工廠から持ってこれないんですか!? せっかく工場近いんですから!」

「馬鹿野郎! 確かに向こうにゃまだまだ砲弾もあるが、この先の戦いを考えると、もう限界なんだ! 司令部の野郎、敵の七割近くを撃破したとのたまってはいたが、歩兵共にとっちゃ支援砲撃の絶たれた戦場なんざ地獄以外の何物でもねぇだろうよ!」

 

 面制圧での敵の漸減は最も人的損耗を起こさない。

 だが散ってしまった敵に砲弾を撃ち続けるのは効率が悪いし、エアレイダーの誘導で正確に照準したとしても、ここでの砲弾の消耗はのちの戦いを厳しくさせることにつながる。

 

 日本戦線は、最低でもこの後、四足歩行要塞エレフォート、雷獣エルギヌスを撃破し、京都から関東平野に続く西日本一帯を奪還し、佐渡島、そして東京のインセクトハイヴを攻略しなければならないのだ。

 長期的にみて、ここに全てを(なげう)つわけにはいかない。

 

「おい! こんなところにコンテナを放置するな! 場所を開けろ! 負傷兵を載せたブルートが来るぞ!」

「ここは集積場として使うって伝えただろ! 向こうのヘリポートがあったはずだ!」

「そこは重傷者の搬送で埋まってる! 重傷者の処置はここじゃ無理だ。大阪の軍病院で処置する手はずだろ!」

「仕方ない、ヘリポートが空くまで上空で待機だ――いや……クソっ! あのヘリ被弾してるのか!? このままじゃ墜落するぞ! なんて状態でここまで来てやがる……!」

「対空砲、対空砲! ブルート付近に複数のガンシップ確認! 撃ち落とせ!」

「了ォ解! やらせるかよッ!!」

「コンテナをどかせろ! 場所を開けてやれ、早くしろ!!」

 

 AN-11”アンモナイト”自走対空砲が35mm近接信管弾を空に放つと、四機のガンシップを撃墜。

 フォークリフトで乱暴にどかされたヘリポートに、ほとんど墜落するかのような勢いでブルートが着陸した。

 重傷者含め、中の乗員の命が失われていないのはさすがブルートと言ったところだ。

 

「エアレイダー、スピカだ! 牧野大尉、以下二名、意識不明の重傷! 軍病院への搬送を求む!」

「見せてみろ……、いや、この程度なら治癒剤の点滴投与で何とかなる。一時間もあれば動けるようになるはずだ! 3番倉庫が病室になっている。急いで連れていけ」

「り、了解!!」

「……しかし、門倉大尉に続けて牧野大尉も重傷ですか。本来ならば最低でも一日は安静にするべきでしょうに……」

「安全な支援砲撃と航空支援にエアレイダーは必須だ。それを欠いた戦場がどれほど恐ろしいかは、想像がつくさ」

 

 門をくぐりジャガー高機動車に乗ってきたのは、第五エアレイダー小隊”スピカ”。

 その前に、第四エアレイダー小隊”アルデバラン”も運ばれていたようで、前線ではエアレイダー二個小隊の欠員によって支援砲撃や航空支援の柔軟さが欠け始めていた。

 

「緊急要請、緊急要請! A13-7に補給コンテナ要請! 種別、フェンサーC種、コンバットフレームA種!」

「推進剤か! さっき送っただろ、まだ足りないのか!? 急いで打ち上げろ! 戦場のど真ん中だが、ガンシップは補給コンテナを襲わないのは確認済みだ!」

「タイタンの砲弾が足りない! 大阪工廠からの専用輸送車はまだ来ないのか!?」

「あと10分で次の便が来ます! この消耗率、大阪工廠の間近でなければどうなっていた事か!」

 

 補給コンテナが、専用の射出装置で打ち出されていく。

 打ち出されたコンテナは、簡易推進装置で戦場まで放物線を描くように飛翔し落下。

 一定の高度になるとパラシュートを展開して戦場へ着陸する。

 

 こうして戦場に武器弾薬燃料を放置できるのは、敵が人類でない故の戦術だ。

 

 もちろん、敵の砲撃や巨大生物に食いつかれて破損・消失したり、要請した部隊が移動せざるを得なくなったり、そもそも全滅していたり。

 無駄になるケースももちろんあるが、戦場の真ん中に補給線を伸ばしたり、いちいち部隊を下げて補給するよりははるかに安全で効率的な方法だ。

 

 こうして戦場に潤沢な補給の供給が出来るのも、大阪工廠から直に補給便が送られてくるからである。

 

 そんな夜中の慌ただしい陣地に、突如けたたましい警報が鳴る。

 

《第一級防空警報発令! 第一級防空警報発令!! 大気圏外から複数の落下物接近中! 各部隊は対空警戒を厳とせよ! 繰り返す――》

 

《――本部より全部隊に緊急通信!! 日本戦線全てにマザーシップからのレイドアンカーが降り注ぐ! 後方都市への迎撃に総力を尽くす為、前線への迎撃は行わない! よって戦場はレイドアンカーで埋め尽くされると予想する! 落下予測地点をデータリンクで共有し、各自に事態に対処せよ! 落下予測、最短で残り三分!!》

 

 演習場内に響く自動音声と、榊司令官の通信はほぼ同時だった。

 一瞬の静寂ののち、内容を理解した各員は、一斉に慌ただしく動き出す。

 

「物資をトラックに積み込め! ここを移動するぞ!」

「D棟は直撃コースだ! 中の負傷兵を連れ出せ! 急げ!!」

「砲兵は至急移動しろ! すぐ動かせない砲はそのままでいい! どうせ間に合わない!」

「タイタンの砲弾を確保しろ! 最優先だ! これだけは無駄に出来ない!!」

「ヘリを出せ! すぐこの場から離れろ! もう落ちてくるぞ! 急げぇぇーー!」

「自走砲! 装填したまま行け! アンカーの直撃を避けてもそのあとは巨大生物だ! 地獄になるぞ!!」

「急げ! 乗れ、乗れぇぇ! ――!! 塔が来るぞぉぉーー!!」

「間に合わない!! うわあぁぁぁぁーー!!」

 

 

――4月1日 0:00 B棟四階・急造野戦病院――

 

 

《第一級防空警報発令! 第一級防空警報発令!! 大気圏外から複数の落下物接近中! 各部隊は対空警戒を厳とせよ! 繰り返す――》

 

 突如、けたたましい自動警報が煩く鳴り響き、私は跳ね起きた。

 

「な、なんだ!?」

 

 私はホーク1、本條大尉と共に地中侵攻をした巨大生物、その後要請した面制圧砲撃から辛うじて脱出し、大林中尉達の乗るジャガー高機動車に拾われてから、後方陣地と化した第402火力演習場に後退し、短時間の治療を受けていた。

 

 重傷レベルだった私と葛木、細海の三人がここで治療を受け、鈴城軍曹、荒瀬軍曹、馬場、千島の四人は一時的にレンジャー1の指揮下に入り戦闘を継続している。

 おかしい……私の方が圧倒的に攻撃を回避している筈なのになぜこうなった……。

 

 それはともかく、そんな中突如として警報が鳴り響く。

 点滴を引きちぎり跳ね起きると、葛木、細海を含めた他の負傷兵たちも瞬時に行動する。

 

「レンジャー26指揮官の岡島大尉だ! 俺が一時的に指揮を執る! 異論は認めん! 脱出する、ついてこい!!」

「「サーイエッサー!!」」

 

 岡島大尉とやらが、病室にいた17名の指揮を執った。

 

「葛木、細海! 岡島大尉の指揮下に入る! 行くぞ!」

「わかった!」

「イエッサー!」

 

 状況が把握できないまま、急ぎ一回の武器庫まで走る。

 万が一のために拳銃だけは手元にあったのがせめてもの救いか。

 だが今は先ほどまで点滴を受けていたこともあって生身だ。

 着用していたアーマースーツは、損傷が激しかったこともあり既に破棄されている。

 

「大尉! 何があったんですか!? 上空から落下物って!?」

 

 未だひっきりなしに鳴る警報や喧騒に混じって岡島大尉の部下らしき兵士が尋ねる。

 

「分からん! だが考えられるのはレイドアンカーくらいだろう! 警報が鳴ったという事は衛星網に引っかかったのか? 無線が無いので分からんが、少なくとも10分は余裕があるはず――」

 

 無線はアーマースーツのヘルメットに内臓されている為生身の我々は状況が分からない。

 とにかく廊下を出て階段を下ると、武装したレンジャーが慌てて走ってきた。

 

「――いや、アンカーはあと三分、いや二分弱で落下する! 時間がないぞ! アーマーは諦めろ!!」

「何!? いや、だとしても生身は危険すぎる! アンカーが降ってくるなら猶更だ、巨大生物との乱戦になるだろう!?」

「分かってるッ! だがデータリンクによると、この付近にも複数のアンカーが落下する! 衝撃波だけでお陀仏だぞ!?」

「賭けになるが! 何もしないよりマシだ! 総員脚を止めるな! もうすぐ――ッ!」

 

 大勢の負傷兵に混ざり二階へ下り、一階のロビーを改造した武器庫までもうすぐ、下階へ踏み出した瞬間、建物全体が衝撃を伴って崩壊した。

 

 私は轟音と共に上下左右あらゆる衝撃を受け、目を閉じ頭を守り、とにかく衝撃に耐える。

 四肢を瓦礫に押しつぶされないように最低限の受け身を取り、崩壊から逃れる。

 

「う……く……、はっ。葛木と、細海は……!」

 

 崩壊が終わり、砂煙立ち込める中、何とか立ち上がる。

 全身が激痛でどこがどう悪いのか分らんが、四肢はなんとか動く。

 

「く、そ! なんという……!!」

 

 巻き込まれた人間のほとんどが生身であったため、周囲には崩壊に巻き込まれて死者や瀕死で呻く人間で溢れていた。

 完全に埋もれた人も多かっただろう。

 

「くっそ……、こんな、攻撃で……死ぬのか……!」

 声が聞こえた。

 

「大丈夫か!? しっかりするのだッ!」

 近場の無事そうな人に駆け寄って手を貸す。

 

「……ッ!」

 

 が、見えないところで腹を抉られて、出血が酷すぎた。

 

「この傷は……!」

「……あんた……、無事、なのか……。コイツを持って、逃げろ……! 俺はもう……」

 

 未使用の拳銃を渡される。

 

 同時に、演習場の方に落下した塔が起動し、巨大生物が現れる。

 

「おいあんた! 無事なのか!? 負傷者は放っておけ! もう運び出す余裕がない! 走れるなら急いで向こうのヘリポートまで逃げろ!!」

 

 アーマースーツを着た歩兵曹長が叫んで合図する。

 もはや一刻の猶予もない。

 そんな事は分かっている。

 だが……!

 

「葛木!! 細海!! いないのか!? 生きてるなら返事をするのだ!! 頼む!!」

 

 拳銃を私に託した名も知らぬ兵士をそっと地面に寝かせ、武装した兵士に続き一目散に駆け出す。

 時刻は夜の零時。

 アンカーの落下の衝撃で人工の明かりは消え失せ、代わりに火災とアンカーの上部水晶の紫色の発光があたりを不気味に照らす。

 

 その程度では、倒れ呻く負傷者・死者の判別は出来ないし、している余裕がないのが非常にもどかしい。

 

 背後では既に巨大生物が出現し、建造物の残骸や死骸、または負傷して動けなくなっている人間を喰らっていた。

 

「やめろ……やめろぉ!! ぐああああぁぁぁぁ!!」

「こっちに来るな! ちっくしょう……動けよこの足!! ぎゃああぁぁぁぁ!!」

「やめて……! 誰か助けて! 隊長! 隊長なんで動かないんですか!! ……いやああぁぁぁぁぁ!!」

「このクソッタレの下等生物が!! 俺を……俺を喰ってみろッ!! 絶対に、俺の部下たちが、貴様らを殲滅してこの地球から――ぎぃあああぁぁ!! 覚悟、し、ろ……」

 

 拳銃のか弱い銃声と、それを上回る悲鳴や断末魔が、私の背後から響く。

 その中には、先ほど指揮を執っていた岡島大尉の声もあった。

 

 その一つひとつが、まるで私を責め立てるかのように胸に深く突き刺さる。

 

「振り返るなッ!! 俺たちに全ての負傷兵は救えない! 自分の命を優先しろ!!」

「くっ……!」

 

 歯を食いしばる。

 私は……正しいのか?

 自力で逃げることも出来ない負傷者を傍目に己の命惜しさに駆ける事が!?

 

「まだ降ってくるぞ!! ちくしょう!!」

 

 曹長の声で左横を見ると、上空からレイドアンカーが新たに姿を現し、第一演習エリアの方面に突き刺さる。

 

「ちいッ!」

「うおおお!?」

 

 大気圏外から全長30m以上の大質量物体が突き刺さる。

 その威力はそれだけで絶大で、付近の土砂は巻き上げられ、凄まじい衝撃波と地震の比ではない振動があたりを襲う。

 私は何とか受け身を取って進むが、曹長は転倒を防ぎきれない。

 

「曹長!!」

「いいから走れ! 距離はあるが、すぐここにも巨大生物が来るぞ!! 危険だが正面のアンカー()を目指す!! その手前のヘリポートが物資の集積場になっている! どのみち囲まれてる、一刻も早くまともな装備を調達しないと死ぬぞ!!」

 

 曹長が指さした先には確かに落下したアンカーが遠くにあった。

 その手前に物資集積場があるらしい。

 そこを目指して走る。

 

 その間にも遠方でアンカーが幾つか落下し、僅かに衝撃が走り、上空には赤熱したアンカー先端部の軌跡が見える。

 

 闇夜をなぞるそれは、先入観なしでは綺麗に見えるかもしれないが、今の人類にとっては絶望的な光景だ。

 

「待て! 待ってくれッ!」

 

 横たわる負傷兵の一人が、私の足首を掴む。

 

「足が……足が折れて動けないんだ!! 此処にいたら殺されちまう! 頼む! 連れてってくれよ!!」

 

 両腕で私の足首を掴み、必死に懇願する。

 彼の右足は……折れているというより潰れているといった方が正しい。

 あらぬ方向に曲がった部分とその先は赤黒く変色している。

 

「おいお前何してる! やめろ! そいつは置いていけ! 背負っていく気か!?」

 

 先導していた武装した曹長が怒鳴る。

 が捨て置けず、無視して私は救助を決める。

 

「動かす! かなり痛いが待ってる暇はない! 行くぞ!」

「ありがとう……ぐあああぁぁぁぁッ! 痛ぇ、ちくしょう!!」

 

 乱暴に彼の腕を引っ張り上げて肩を貸す。

 力の通わなくなった脚が揺れるたびに激痛が彼を苛む。

 

「走るぞ! 気をしっかり持て!!」

「ああ! 分かった! 煩くて悪いが、頼むッ!」

 

 そういうと彼は自分の腕を噛み、猿轡のようにして声を押し殺す。

 殆ど引きずるような形だが、彼に配慮している余裕はなかった。

 

「ったくなんてお人好しだ……! 言っておくが俺はただの警備兵だ! 治癒剤は前線の奴らに一個でも多く渡すために持っていないからな!」

 

 曹長の言葉通り、治癒剤どころか腰に差す最低限の装備すらない。

 手に持つ武器も、今じゃ旧式となったAS-18(アサルトライフル)だ。

 

「前線に殆ど全ての戦力を投入しているとは聞きましたが……そこまでとは……!」

「ホントにな! おかげでココにいる戦力は碌なもんじゃない! 俺は倉庫にいたんだが、よりによって他に掴んだ武器がコイツときた! まったく、あの時の自分を殴ってやりたいぜ!」

 

 曹長が腰につけていたのは、大型の手榴弾だった。

 それはあまりに手榴弾というにはあまりに大きすぎ、片手で投擲するのはほぼ不可能なくらいだ。

 

「それは……HG-13A? 都市伝説の類かと思っていましたが!」

 

 手榴弾”HG-13A”。

 戦争の激化から火力と広範囲攻撃を追及するあまり、手榴弾としての運用が困難であるほどのサイズと重量になってしまった失敗作だ。

 レンジャーはおろか、フェンサーのパワードスケルトンの運用を前提にしたのかというような重量だったが、フェンサーは両手に武器を持つことが基本とされている為装備するメリットにはなりえず、結局量産には至らなかったらしい。

 

 あまりに本末転倒すぎる為、EDF歩兵部隊の間では真偽があやふやになっている武器のひとつだ。

 

「EDF開発部を舐めるなよ? 第402火力演習場(ここ)は日本の中でもデカい演習場だからな! 開発部のヤバい兵器が全国から集まるって訳だ!」

「苦労してきたようで……! それより、そんなに重いなら置いてきては?」

「馬鹿言うな! こんなんでも火力だけは頼りになる! どっかで使えるかもと思うと簡単に置いていけるか! もっとマシな何かがありゃあイイんだがな! まあ、補給用の物資と車輛だけは豊富だから、ありつければ何とかなる! 衝撃でバラバラになってなければな!」

 

 それは裏を返せば、ここが壊滅する事は前線に多大な損害を出すという事だ。

 猶予なく塔が直接降ってきた以上、物資の確保は絶望的だ。

 

 そもそも、なぜこれ程猶予なくアンカーが降ってきたのか?

 衛星レーダーに捉えた塔は自動補足されミサイル砲兵部隊によって迎撃されるはずだ。

 それが間に合わない程大量に降ったとでもいうのか!?

 

 我らの、日本防衛の要である大阪工廠は無事だろうか?

 他の戦場は、京都南ICで戦う鈴城軍曹達は大丈夫だろうか?

 葛木や細海は、私の背後にいて、とっくに通り過ぎてはいないだろうか?

 

 瀬川少尉は、瀬川葵はちゃんと生きているだろうか?

 

 ――いや!

 今は考え込んでいる場合ではない!!

 

 そんな時、誰か助けを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 



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第五十八話 滅びの楔(Ⅲ)

今回はちょっと短めです!


――4月1日 0:10 急造野戦病院崩壊後 ――

 

 

「おおい! 誰か! 手を貸してくれ!!」

 知らない声だ。

 咄嗟に見ると、そこには瓦礫をどかそうとする兵士と、埋もれている生身の兵士――葛木がいた。

 

「葛木!? 葛木か!! 大丈夫か!?」

 

 私は、足を負傷した陸戦兵を抱えたまま駆け出し、葛木を確認した。

 腰から下が見事に瓦礫に挟まり、ほとんど身動きが取れない状態だ。

 出血もしているようで、だいぶ負傷が酷い。

 

「仙崎さん!? よかった……無事なんですね? 僕は見ての通り挟まっちゃって……」

 

 安堵したような笑顔を見せるが、その顔は憔悴しており、挟まった部分が負傷している事が分かった。

 

「お前、コイツの知り合いか? ちょうどいい、手を貸してくれ! 一人じゃ全然動かないんだ!」

「当然だ! すまんが下すぞ!」

「いいから気を遣うな! 早くしないとあっちの巨大生物が追い付くだろ!!」

 乱暴に足を負傷した彼を下ろすと、動かした衝撃でまた悲鳴を上げる。

 

「探してたあんたの仲間か? ったくしょうがねぇ。俺も手を貸す! 三人いればなんとかなるだろ!」

「助かります!せーのっ!!」

 行動を共にしていた曹長が追い付き、3人で瓦礫に力をいれる。

 

 だが、それでも瓦礫は動かない。

 

「くそっ! 歩兵の力では無理か! せめてパワードスケルトンがあれば……!」

 

 先に葛木を救助していた彼はフェンサーだったようで、パワードスケルトンを着用していない事を悔いる。

 

「ちょっとあんた達! な、何してるの! 巨大生物がすぐそこまで迫ってるのよ……って葛木!? 仙崎も!」

 

 走ってやってきたのは細海だった。

 

「細海か! 探したのだぞ! その様子だと無事のようだな!」

「お互いね! でアンタはなにやってるの!」

 細海が葛木の状況を尋ねる。

 

「挟まっちゃって出れないんだ! もうちょっと隙間があればでれそうなんだけど、全然動かなくて!」

「ツイてないわね! ちょっと! 男3人もいてなんとかならないの!?」

「やってるが! 駄目だ! この瓦礫は大きすぎる!」

「ああもう! 銃貸しなさいよ! 巨大生物が来てるわよ!!」

 

 細海の言う通り、既に見えるところまで巨大生物が迫ってこちらを目指していた。

 手が空かない我々に見かねて細海が曹長の銃を奪い取り、狙う。

 

「き、気付かれてるわ! 撃つわよ!」

「頼む! もう一度、力を入れるぞ! せーのッ!!」

 

 三人で力を籠めると、瓦礫はほんの少しだけ浮き上がる。

 

「今だ!! 出れないか!? 葛木!!」

 

「うう……駄目です! 足が瓦礫に引っかかって……!」

 

 葛木も渾身の力で抜け出そうとするが、出てこれない。

 

「早くして! 巨大生物が!!」

 

 細海は瓦礫を盾にして射撃しているが、ついにここにも酸が飛んでくるようになった。

 

「くそ……もう一度だ! 諦めるな!!」

 

 私は激を飛ばし、再度力を籠めるが、

 

「もう……大丈夫です。……細海さん。銃を貸して。僕がここで、敵を引き付けるよ」

 葛木は、悟ったような顔で静かに言う。

 

「はぁ!? なに馬鹿言ってるの!? いいからさっさと出てきなさいよ!」

 細海は一瞬だけ振り向き、変わらず巨大生物を撃ち続ける。

 

 だが、旧式のAS-18では硬くなった巨大生物の甲殻を簡単には破れず、弾薬も残り少ない。

 

 そして向かってくる巨大生物は徐々に増え、飛んでくる酸は周囲を溶かし始める。

 生身の我々に当たるのは時間の問題だ。

 

 ……無理なのか。

 葛木を救い出す術はないのか……!

 

 あるいは、飛んでくる酸が葛木の瓦礫を溶かしてくれれば……!

 

「仙崎さん! ……行って! 僕、みんなを……、細海さんをここで死なせたくないからさ。だから、ここで、さよならです」

 

 静かな声で、そう言って微笑む。

 

 ……ああ。

 その声は、その眼差しは死を覚悟し終わったものだ。

 そして、希望を後の者に託す希望の目だ。

 

 そう、私には思えたのだ。

 

「……すまん。細海。銃を渡せ。行くぞ」

「嫌よ!! あんたこんな所で死ぬつもりなの!? いっつも臆病なくせして! そんな平気そうな顔してんじゃないわよ! まだ何も! あんたに返せてないのに! 勝手に死なせるわけ――うわぁぁぁぁ!!」

 

 涙交じりの言葉の途中で、右腕に酸を喰らい絶叫を上げる。

 強酸は生身の肉体を容赦なく溶かし、あっという間に肩から先がなくなってしまった。

 

「細海さん!! このぉぉぉ!!」

 

 葛木は右腕と共に地面に落ちて転がったAS-18を掴み、細海を攻撃した巨大生物を撃つ。

 牽制にしかならないが、細海への追撃を防ぐことには成功した。

 

「細海!! ……無茶しおって。……お二方、撤退、致しますッ……!」

 

 同時に私は倒れる細海を受け止め、撤退を決意する。

 

「……ああ」

「致し方、なしか……ッ」

 

 先導していた武装した曹長、最初に助けようとした少尉がそれぞれ、拳銃で牽制しつつ撤退を始める。

 

「……曹長さん。それ、貰っていいですか? 痛い思いは、あんまりしたくないですから」

 

「……好きに使え。すまんな」

「いえ」

 

 葛木は、曹長からHG-13Aを受け取った。

 同時に曹長は、私が置いた足を負傷した兵士を背負い、撤退する。

 

「葛木、さらばだ」

「じゃあね、仙崎さん。……細海さん。僕、人付き合いとか苦手だったけど。君とはさ、なんか、楽しかったって思ってるよ」

 

「……わたしも、よ」

 

 私は腕をなくした細海を抱え、葛木の横を通り過ぎ、そしてその場を離れた。

 

 

 

――――

 

 

「……じゃあね、みんな……」

 

 僕は、去ってゆく仲間の背中を、細海さんの背中を最後に焼き付けた後、

 

「このぉぉぉ!! 行かせるかよっ!!」

 

 細海さんが落としたアサルトライフルを握り、とにかく撃つ。

 撃って、少しでも敵を引き付けようと思った。

 

 ああ、それにしても怖い。

 怖すぎて手が震えるので、旧世代で反動の少ないAS-18なのに碌に当たりやしない。

 でも、そんな僕を脅威と感じたのか邪魔だと感じたのか、いや普通に生きの良い餌とでも思ったんだろうけど、巨大生物は徐々に集まってきた。

 

 もちろん、ただ集まる訳なく、酸をシャワーのように浴びせてきた。

 

「がああぁぁぁぁっ! 熱いっ、痛いっ!!」

 

 体のあちこちに酸があたり、肉体が溶け落ちる嘘みたいな痛みが体を支配する。

 それでも最後まで銃を握り、歯を食いしばって引き金を引き続ける。

 

 ああ、楽に死ぬためにせっかく手榴弾貰ったのに、最後まで何やってるんだろうなぁ僕。

 ホント、そんな必死に頑張るの柄じゃなかったんだけどな。

 

 他の人に対して興味なんてなかったし、適当に愛想よくしてれば何とかなると思ってただけなのに。

 怖いのだって死ぬのだって本当に嫌だし、戦争だって兵士だって本当は嫌だった。

 

 空気を呼んで周りの顔色伺ってただけなのに……気づけばこんなことになって――。

 

 走馬灯、というのかな。

 今までの出来事が一瞬で駆け巡る。

 

 その頃にはもうほとんど痛みも感覚もなくなっていた。

 

 ――それでも。

 

 僕と同じように人付き合い面倒そうなふりをして、愚痴や文句ばかり不機嫌そうにしゃべるふりをして、誰よりも人と触れたがっていた彼女と、少し仲良くなれたから。

 

 まあ、彼女を守るためだったら、死んでもいいのかな。

 

 ああ、そうか。

 

 僕は。

 

「細海さんの事、好きだったんだ……」

 

 

――――

 

 

 背後で、轟音が鳴り響いた。

 EDF開発部が作った狂気の失敗作、HG-13Aの爆発だ。

 噂では物理法則を無視したとまで言われる凝縮された爆薬によって、直径30mが灰燼と化し、周囲にいた巨大生物を見事に消し飛ばした。

 

 葛木は、痛みなく逝けただろうか?

 

 いや、直前までアサルトライフルの射撃音が聞こえていた。

 きっと、限界まで粘ったはずだ。

 周囲の巨大生物は、葛木と銃撃音に引き寄せられた事だろう。

 

「ばか、ばか、ばか! らしく、ないのよ……。私たちを逃がす為に身を挺すって……! 普段ヘラヘラして戦場ではいっつもビビってるくせに……、なんなのよっ……」

 

 細海は私が貸した肩で呟いていた。

 その言葉が罵声でない事は、彼女の濡れた頬から痛いほどに分かる。

 

「本当にな……らしくない真似をしたものだ! 心から、最大の敬意を表する……!」

 

 一見呑気で柔らかな印象は、結城大尉や保坂少佐などとはまた違った軍人らしからぬ弱々しい印象があった。

 

 だが、その本性は先ほど見たあの、己が命を擲ってでも何かを護ろうとする、まさしく地球を守護する戦士そのものの(まなこ)だった。

 

「だからこそ、我々は生き延びるぞ! 絶対に!!」

 

「ええ……あたりまえよ……、ぜったいに、しぬ、もんですか……!」

  

 細海の声は消えかかっている。

 まずい、肩からの出血が多く血を失ってショックを起こし始めている。

 このまま放置すれば五分と持たないだろう。

 

「くそ! 治癒剤と輸血の投与を早急に行わなければ!!」

 

 一目散に駆ける。

 葛木の挺身もあり、背後から追ってくる巨大生物は遠い。

 

「この先も巨大生物はいなそうだ! よかった……、まだ補給物資集積場(ヘリポート)は無事だ! なんで巨大生物があれを襲わんのか分らんが……とにかく今のうちだ!」

 

 負傷した兵士を背負う曹長が叫ぶ。

 彼はアーマースーツを着用している為、簡易レーダーも見れるのだ。

 

 巨大生物は、人間はもちろん、車輛や建造物、弾薬や燃料までも喰らう。

 一説では人類の補給物資を喰らう事によって兵站に打撃を与える目的があるとの説もあったが、付近を通過しているにもかかわらず見向きもしないというのは不自然だ。

 

 レーダーに反応しないなら大群はいないのだろうが、一、二体は紛れ込んでいると考えるべきだろう。

 

「見えたぞ! もうすぐだ!」

 

 ヘリポートの空きスペースのコンテナ群が見える。

 赤十字のマークも見える事から、医療用の補給物資もあるだろう。

 

 しかし一方で、良くも悪くも主戦場からは離れてゆく。

 

 我々の進行方向の正面にヘリポートがあり、背後からは砲声が頻発して聞こえる事から背後の方で撤退する部隊とレイドアンカーから出現した巨大生物が戦闘している事が分かる。

 

 戦闘に巻き込まれる危険は少ないが、援軍も期待できそうにない。

 

 だが、例えどんな窮地に追い込まれようと、必ずこの戦場から生きて、この5人で生還して見せる。

 先に逝った葛木に報いるためには、そうするしかなかった。

 

 4月1日0時17分。葛木望兵長――K.I.A(戦闘中死亡確認)

 



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第五十九話 第241後方支援連隊

ちょっと脇道に逸れます
主人公が出てこない話が結構多いのは主人公部隊以外の活躍も書きたいという趣味です
ご了承を!


――4月1日 0:03 第402火力演習場 第二演習エリア 第二師団 第241後方支援連隊――

 

 

 時は少し巻き戻り、アンカー地表激突の数分前。

 

《第二師団司令部より演習場全部隊へ! 基地防空レーダーでもアンカー接近を確認! 総数、敷地内8基、敷地外5km圏内に16基! よって当演習場は全設備を放棄! 可能な限り物資積載および負傷者収容を行い、アンカー降下数の少ない南丹市園部町市街地を目指せ!》

 

 第402火力演習場にて補給作戦の指揮を執っていた第二師団長の声が無線で響く。

 なお、第二師団からは狙撃部隊としてブルージャケットの他、ほとんどの戦闘部隊が前線に投入されているが、そちらの総指揮は他師団(第一、第二、第四、第七師団)を統括して極東方面第11軍司令部が直接執っている。

 その為第二師団司令部は後方指揮を専念して行っていた。

 特に大激戦が予想され、その通りとなった京都市街地への兵站・補給作戦は本作戦に於いて重要な役割を果たし、それが十全に機能したことによって本作戦は多大な被害を出しながらも”順調に”推移していた。

 

 しかしそれは、思わぬところで根底から崩れ去る。

 

「塔が落ちるぞぉー!! 揺れと衝撃波に備えろッ!!」

 

 声と同時、アンカーが突き刺さり、凄まじい衝撃と共に土砂が巻き上げられる。

 第241後方支援連隊に所属する佐々木一等兵は声に従い、壁面を掴み姿勢を低く衝撃に耐える。

 医療物資の整理・積み込みを主な任務として作業していたが、もはやそれどころではない。

 

「佐々木手を止めるなッ! 前線にいる友軍に少しでも多くの――」

 隠れず作業していた中村軍曹は、豪速で飛んできた1mほどの瓦礫に頭を打たれて吹っ飛んだ。

 

「ハッ! ザマミロくそじじい! こんな中真面目に作業なんかしてられるかっつーの!」

 言いながら、佐々木一等兵は指示あり次第すぐトラックに乗れるように、なるべく近い位置・軽い医療物資をトラックに載せて、さも一生懸命に命がけで”働くフリ”をする。

 

「第一演習場の砲兵部隊は!?」

「退避が間に合ったことを祈るしかない!」

「データリンクを確認した! 砲兵の半数が多分やられてる! こっちにももう一基落ちるぞ!」

 

 上官の飛び交う声を聴きつつ、撤退の指示が出るのを待つ。

 命は大事だが、表立って逃げたり隠れたりするのはカドが立つので最後の手段だ。

 あの中村軍曹(くそじじい)のように命を顧みないなんてのはもっての他だが。

 

「本当にやばくなったら一人でも逃げ出してやる……こんなところで死ねるか」

 

 聞こえないよう小さくつぶやく。 

 

「おい! 物資の積み込みはもういい!! タイタン主砲弾(レクイエム)は積んだな!? よし、もうここにも落ちるぞ!」

「イエッサー! 急げ、撤退! 撤退ぃー!!」

 

 大隊長の指揮を聞き声を張り上げる中隊長。

 佐々木一等兵は待ってましたとばかりに医療物資を放り投げ、真っ先に輸送トラックの荷台に乗り込む。

 運転手がアクセルを踏むと、他も一斉に走り出し、第二演習場を後に走り出す。

 

「佐々木か。一番乗りとはさすがだな」

 声をかけたのは同じ補給中隊に属する三島伍長。

 佐々木の二つ年上の女性主計員だ。

 階級こそ伍長だが、佐々木のようなただの運搬員とは違って在庫管理や発注会計を管理する主計小隊の所属で、在庫に関して口うるさく言われる事はあるがあまり馴染みは無い。

 

 それでも、文面通りに感心された訳でない事は分かる。

 

「命の危険なんでね。オレら下っ端は逃げ回るだけで精いっぱいっすよ」

「それは皆同じだ。上も下もないだろう。まあいい、中村軍曹はどうした?」

 

「……死にましたよ。頭に瓦礫がブチ当たってあっさりと」

 佐々木一等兵は、先ほどとっさに憎まれ口を叩いてみたものの、今になって手が震えているのに気付く。

 当たり前だ。

 あんなに身近で人の死を見たのは、彼にとって初めての事だった。

 

 彼は後方の補給部隊の一人だ。

 補給部隊の中には、前線に出張って補給や支援を担当する危険な任務もあるが、彼の中隊は今までこの402火力演習場での物資の積み込みを行うのが主な任務だった。

 

 しかもよりによって散々厳しくされてきた中村軍曹が、ああもあっさり死ぬものなのか。

 そのことに実感が持てず、ただ恐怖だけが刻まれた。

 

「そうか。惜しい人を亡くした」

 

 惜しいもんか。

 そう思ったが面と向かって言うのはさすがに憚られる。

 

 しかしその冷静な態度は気になる。

 彼女は主計部隊だ、戦場になど出た事は無いはずだが。

 

「……あの、三島伍長、どうして――」 

『塔落下! 来ます!!』

『全車衝撃に備えろッ!!』

 

 口を開くと同時、二個目の塔が演習場横の建物に直撃する。

 先ほどよりも距離は近い。

 

「ぐぅぅッ!」

 

 衝撃で車体が大きく跳ねる。

 佐々木一等兵と三島伍長は荷台や乱雑に積み込まれた荷物にしがみつき、振り落とされないように踏ん張る。

 大地震に匹敵する振動の他、衝撃波や爆音破片土砂あらゆるものが輸送車列を襲う。

 

『うわあぁぁぁぁ!!』

『四号車横転!』

『止まるな! すぐに巨大生物が出てくるぞ! とにかく走り続けろ!!』

 

 後方を走っていた四号車が振動で横転し、そのまま置いて行かれる。

 

『塔より巨大生物出現!! 感知されました、向かってきますッ!』

『クソッ! 補給物資を何としても守り抜かなければ! 友軍との合流に進路を切り替えろ!!』

『イエッサーッ!!』

 

 進路を、第二師団司令部から指示のあった南丹市園部町ではなく、付近の友軍に切り替える。

 巨大生物に追われている以上、碌な武装のない輸送車団単体で逃げ延びるのは不可能になった。

 

『最も近い部隊は!?』

『ええと……あと700mで砲兵部隊の生き残りがいます! あっ、応戦を始めました!!』

 

 別方面から砲兵部隊を追う巨大生物に対し、移動しながらの砲撃が始まった。

 

 

――0:15 第一演習場 レイドアンカー降下地点より300m――

 

 

「撃て! とにかく砲兵部隊を守るんだ!! 支援砲撃部隊や補給物資を失えば今回だけじゃない、今後の作戦に支障を来す!!」

 火力演習場の護衛に着任していた第17ヘリング中隊の堀口大尉が必死に指揮を執る。

 

 現在彼らはグレイプ装甲車の後部ハッチや上部ハッチから身を乗り出し、追撃する巨大生物を攻撃で押し返していた。

 

 歩兵部隊は砲兵や補給部隊を中心に後退し、退避している。

 既に402火力演習場の放棄は決定された。

 

 なんせ敷地内には8基のレイドアンカーが突き刺さった上、設備を悉く破壊され、おまけにここにいる戦力は負傷兵と近距離戦が出来ない砲兵、戦闘外任務を主とする兵站関連部隊が殆どで、護衛部隊は最低限しか配備されていない。

 

「堀口大尉! ヘリング7、9との連絡が取れません!」

「アンカーの直撃にやられたか!? ヘリング8、周辺部隊に応答を続けろ! とにかく生き残りを集めるんだ!」

『了解!』

 

 現在ここには、

 面制圧砲撃任務群”スレッジハンマー”所属のネグリング自走ロケット砲八輌、ブラッカー155mm自走榴弾砲六輌、護衛のアンモナイト自走対空砲三輌と

 

 第402火力演習場直属の第4021警備中隊や、その他演習場要員十数名、

 

 第二師団後方支援連隊所属の補給中隊、輸送中隊の輸送トラック13輌と要員数十名、救護施設と戦場を往復していたキャリバン装甲救護車輛七輌とその中の負傷者衛生兵十数名、護衛として残った第17ヘリング中隊十数名とグレイプ装甲車8輌が移動していた。

 

 この中で最も足の遅いブラッカー自走榴弾砲と、継戦の為に欠かせない物資を満載した輸送トラックを護るように速度を合わせ、レイドアンカーから出現した巨大生物から逃げていた。

 

 なお、プロテウス185mm自走榴弾砲は断腸の思いであったが機動力の問題から全車放棄された。

 面制圧の貴重な戦力であったが、最大時速60kmに満たない重砲は、どう考えても巨大生物から逃れる事は出来ない。

 

 同様に狙撃砲兵任務群”サジタリウス”のベテルギウス203mm自走重砲も確認済みでは無いが全車放棄されているだろう。

 

「また巨大生物が来るぞ!」

「どうせ増え続けるんだ! 撃破は最低限にして退路の確保を優先!」

「「イエッサー」」

 

 後方からの巨大生物群に対し、グレイプの上部機関銃(UT7ガトリングガン)の7.62mm弾が火を噴く。

 だが、数輌のUT7斉射では巨大生物の大群は抑えきれない。

 特に巨大生物α型亜種の観測時最高速度は120km/hを超える。

 強酸こそ持たない代わりに、並みの機関銃では抜けない甲殻と、荒れ地や瓦礫をも速度を落とさず走破する走行性能、

 そして戦車の複合装甲も易々噛み裂く強力な顎と牙。

 走攻守全てにおいて、撤退戦で最悪の敵といえる。

 

「おい! 赤いのが来るぞ! 早く撃て! 撃てぇぇ――うわあぁぁぁ!!」

 

 弾幕射撃を分厚い甲殻で弾き返し、α型亜種にグレイプの車体が食いつかれ、横転する。

 

「くそ! 逃げろ! 逃げ――ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 車体はそのまま引き裂かれ、更に二体、三体が車体と乗員を区別なく貪る。

 

『グレイプ道を開けろ!! 危険だが直接照準の水平連続射撃で一帯を制圧する!』

 無線があったのはネグリング自走砲だ。

 積んである一輌あたり小型ミサイル20発の斉射の準備をする。

 

 二輌減って六輌となったグレイプ装甲車は道を開け、中央の物資輸送車を護るようにして

 

「ピューマ1了解! 各車散開! 両脇に注視し、回り込む巨大生物を叩くぞ!!」

『『了解ッ!!』』

 

『ネグリング全車! エメロードミサイル装備車は一斉射を行う! ――射撃開始ッ!!』

 

 陸上車両用に規格されたエメロードミサイルが高速で飛翔し、一瞬で目の前の巨大生物群に当たり爆発を次々と起こす。

 

 本来中長距離制圧支援用の汎用ミサイルだ。

 50mも離れていない場所で使うように設計されていないが、そんなことを言える状況ではない。

 

『一号車! 左翼からα型亜種を中心とした巨大生物群! 多いです、千体以上! まだ増えます!』

『北側にも多数のアンカーが落ちたか! やむを得ん、対空砲水平照準! 地表の巨大生物共を薙ぎ払えッ!!』

 

 自走対空砲アンモナイトが砲身を水平に向けて、対空砲弾で弾幕を張る。

 発射される対空砲弾は、近接(VT)信管砲弾だ。

 砲弾自体にレーザー計測器が搭載されており、標的が一定距離に接近すると破裂し、金属片で敵航空戦力を撃墜する対空兵器だ。

 

 貫通能力がない為、連続射撃であっても手前の敵にしか効果が無い上、硬い甲殻を持つα型亜種を押さえることが出来ない。 

 

『クソッ! 数が多すぎる! 突破されるぞ!?』

『ピューマ1より各車! 機動力を生かして抜かれそうなところを防げ! ヘリング隊! 内部から援護射撃を頼む!』

『ヘリング6了解! 各員、ここぞという時はゴリアスを使え!』

『『イエッサー!』』

 

 グレイプ装甲車部隊のピューマと、それに乗る陸戦歩兵部隊ヘリング小隊がアンモナイトの弾幕をかいくぐった巨大生物をなんとか押さえる。

 

『ちッ! 前にも塔が見えやがるぞ! どうする!?』

 先頭を走るブラッカー自走砲が闇夜と土煙に隠れていた紫色に光るレイドアンカーを発見する。

 レイドアンカーがあるという事は、その付近に大量の巨大生物がいるという事だ。

 

 ブラッカー自走砲の一人は、一団の指揮をなし崩し的に執った射撃指揮車に乗る砲撃指揮官に聞く。

 

『前からの巨大生物がこちらに来ていないという事は気づかれていない可能性が高い。とにかく迂回だ! 塔の周辺で事を構える必要は――』

「少佐、通信です! 2時方向距離600で逃走中の輸送車部隊から合流の要請が! 補給物資積載中に塔落下を受け、生き延びたものの追撃を受けているとの事です!」

 

「なに!? ちっ、あの塔の巨大生物がこちらに来ていないのはそういう事か!! 中身が何であろうと物資は見逃せん!『全車輌、進路変更だ! 2時方向600で輸送車が襲撃を受けている! 合流した後演習場から撤退する!』

『『了解ッ!!』』

 

 

 

――0:20 第241後方支援連隊――

 

 

「や、やめろ! 来るな、来るなァッ! ぐああぁぁ! 酸がッ――」

 

 酸を浴びていた二号車が走行中爆発した。

 恐らくα型の酸が弾薬か燃料に引火したのだろう。

 酸が物体を腐食する際に出す高熱は、可燃物を燃え上がらせる二次被害も起こす。

 

 あれから更に二輌の輸送車が巨大生物に襲われた。

 輸送車のみの佐々木ら輸送中隊車列は全速力を出せる筈だったが、アンカー落下の影響で悪化した路面状況のせいであまり距離を引き離せていない。

 

 装輪式のおかげで速度は出せるが、物資満載の状態ではせいぜい100km/hが限界だ。

 対して巨大生物α型亜種は不整地であっても最大120km/hと驚異の速度で進撃し、通常種であっても90km/hは出せる。

 酸の射程も考慮するとまったく安心はできない。

 

 唯一β型は垂直方向の跳躍力こそあるが、水平移動力に関して正確なデータはないものの車輛の移動に追い付けるものではない。

 γ型は飛行速度200km/hを超えるので、出現していたら輸送車隊など早々に全滅していたであろうが、幸いにして未だ確認されていない。

 

「佐々木! 右から来てるぞ! 見逃すな!」

「そんな事言われたって! 歩兵じゃないんすよ俺は!」

 

 輸送トラック五号車に乗り合わせた補給中隊の佐々木一等兵と三島伍長は補給物資の中にあった歩兵銃を手に取り応戦する。

 

 佐々木伍長が持つのはAS-18を単発高威力化したDモデルだ。

 他に強力な武器はあったが、いずれもアーマースーツ着用前提の火器となるので生身で使用すれば最悪反動でトラックから投げ出される。

 

 Dモデルを選んだのは、最低でもこれでないとα型亜種を怯ませる事すら出来ないからだ。

 だがそのDモデルですら、発砲の度に肩が外れるかという衝撃が来る。

 主計課女性の三島伍長ではDモデルは扱えなかっただろう。

 佐々木は物資運搬ばかりをしていたので、力だけはある。

 

「目を狙え! 旧式銃で有効打を狙うにはそれしかない!」

「分かってますって! でも素人が走行中のトラックから単発式のコレで当たる訳ないでしょう!?」

「射撃訓練は一応やったはずだろう!」

「入隊時に一応ね! おかげで使い方だけは最低限分かります! よかったですね!!」

 

 怒鳴るように皮肉を飛ばす佐々木一等兵。

 だが無理もない。

 訓練で行った静止した的に当てるのとは訳が違うのだから。

 

 しかしそう言いつつも文字通りの必死さが学習能力を向上させ、この短時間で弾を当てる事だけは結構出来るようになっていた。

 

「くそ! くそ! くそ! 蟻野郎がぁぁ!」

 隣で同じように銃を撃つ輸送中隊の隊員が叫ぶ。

 何発か当てたにも関わらず当たり所が悪く弾はそれ、そのα型亜種は猛突進で車体に喰らいついた。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

 輸送中隊の一人は衝撃で投げ出され、車体が大きく揺れる。

 

「うっ――」

「伍長ッ!!」

 

 身を乗り出して射撃していた三島伍長も投げ出されかけるが、佐々木一等兵は銃を放り投げてとっさに三島伍長の手を掴む。

 

 巨大生物は更に車体をかじり、火花を散らしてなおも揺れるが、ドライバーの奇跡的なバランスのとり方で、転倒は防がれた。

 

「ありが――」

 

 三島伍長が礼を言うと同時、真横からの突進で、車体は堪らず横転する。

 時速100km近く走行中の横転。

 車体は何回転も横転し、佐々木と三島を含む乗員は投げ出された。

 

 佐々木一等兵は無意識に三島伍長の手を強く握り、そのまま地面に打ち出され車体と同様に地面を転がった。

 

「う……、くっそ、痛ぇ……。三島、ごちょ――」

 

 激痛に暗転しかける視界を開く。

 炎上するトラックの炎に照らされて見えたのは、自分が握り続けていた三島伍長の”腕”だけだった。

 

「う――」

 

 咄嗟の事に理解が追い付かない。

 そして自身を覆う影。

 見上げると気持ち悪い体液を口から垂らす赤い巨大生物。

 

「うわああぁぁぁぁ!!」

 

 叫ぶ。

 武器もない、体は激痛と何より恐怖で立ち上がる事すら出来ない。

 何も、できない。

 

「あああぁぁぁぁぁッ!!」

 

 銃声と絶叫。

 しかし、自分の声ではない。

 佐々木はハっとすると、そこには片腕で銃を連射してこちらに突撃する三島伍長の姿があった。

 

 だが所詮は旧式のAS-18。

 注意は引けども撃破には至らない。

 

 α型亜種は軽い首の動きだけで三島伍長を撥ね飛ばし、転がった三島伍長へにじり寄る。

 

「クッ……、死ね、死ねぇぇ!! 巨大生物共ぉぉ!! 家族を返せ! 友達を返せ! うわああぁぁぁッ!!」

 

 三島伍長は、今まで聞いた事ないような声を上げて、仰向けになりながら片手で掴んだ破片や石を投げつける。

 巨大生物は、必死の抗いを嘲笑うかのように、ゆっくりとその牙を三島伍長へ迫らせる。

 

 そして彼女の失った武器は、偶然にも佐々木一等兵の近くに飛んで落ちていた。

 

「く……くそ……」

 

 何に対しての悪態なのか。

 それが分からないまま佐々木一等兵はAS-18を構える。

 だが、どうする?

 

 撃つのか?

 撃てば僅かに逸らされた注意に対し、苛立ちを覚えた巨大生物が自分を殺すだろう。

 

 撃たないのか?

 撃たなければ間違いなく三島伍長は喰われる。

 

 だが、それがどうした?

 別に、ほとんど何の関係もない同僚が死のうと、自分には関係のない話だろう。

 いざとなったら見捨てて逃げると、何度も思っていたはずだ。

 

「ぎゃああぁぁぁぁああ!!」

 

 一瞬の迷いのうちに、三島伍長は両足を一気に喰われる。

 α型亜種の赤い甲殻が更に返り血で赤く染まり、付け根から先は一瞬にして腹の中に納まった。

 

「くッ……!!」

 

 撃たない。

 撃たないですぐ逃げるべきだ。

 そう決めた筈なのに体が動かない、目が離せない。

 銃の構えを解く事が出来ない。

 

 心の底で、助けなければ。撃たなければという声が聞こえる。

 人として、仲間として、彼女を見捨てる事は出来ないと、心が土壇場で煩く叫び始めた。

 

 しかし、それを恐怖が邪魔する。

 撃てば自分は死ぬ。

 あの苦痛の絶叫を、自分が受けるという選択が出来ない。

 

「くッそォッ!!」

 

 恐怖で歯の根が震える。

 引き金を引こうとするが、指が固まってまるで動かない。

 そのくせ、恐怖に身を任せて逃げる事すら出来ない。

 

 助けなければいけない、撃てと思うのに。

 死にたくない、逃げろとそう思うのに。

 

「ぎっ……ぁ……」

 

 空気を無理やり絞り出したような断末魔が、佐々木一等兵の耳に届いた。

 胴体を貪られ、鮮血が高く吹き上がるその姿と、最後に目があったような気がした。

 

 そしてその目が、頭が、弾けたスイカのように喰われた。

 

「てぇーッ!!」

 

 声がした。

 同時に、発砲音がして、巨大生物が倒れた。

 

 車輛のエンジン音が重なり、周囲に次々と停車する。

 自走砲や自走ロケット砲の発射音が響き、遠くで爆発が連鎖する。

 車輛から幾人の兵士が降り、転倒した輸送車から投げ出された隊員や、物資を回収していく。

 

 

 だが。

 

 

 景色は見えている筈なのに。

 目の前が真っ白になって、なにも考えがまとまらない。

 

 仲間が、来たのか?

 

 じゃあ、あの時撃っていれば、三島伍長も、自分も死なずに済んだのか……?

 

「お前、無事だな!? おーい! こっちにも一人! 四肢は無事! 派手な出血もない!」

 

 武装した兵士の一人が叫ぶと、数人が集まる。

 

『こちらヘリング6! 新たに負傷者一名発見! 救助して向かう!』おい立てるか!? ちっ、だいぶショックを受けてるな……。西田、そっちの奴は!? ……そうか、間に合わなかったか。――いや、今はいい、時間が惜しい。とにかく急げ! ここもすぐ巨大生物だらけになるぞ! よし、全員乗ったな!? 車を出せ、早くしろッ!!」

 

 武装した兵士に連れてかれ、何を言っているのか何も頭に入ってこないまま、車に乗せられた。

 

 自分は何をすればよかったのだろう。

 自分はどうすべきだったのだろう。

 

 

 じぶんは、なにを、してしまったんだろう。 

 

 

 

 かんがえが、まとまらない……。

 

 

 

 



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第六十話 残された者たち

ようやく京都防衛戦も終盤に近付きました。
ここから盛り上がる……はず??


――4月1日 0:30 第402火力演習場 敷地内第一演習場付近 ヘリポート――

 

 

「仙崎、装備は整えたか?」

 私に話しかけたのは、偶然ここで落ち合った第4エアレイダー小隊の門倉洋介大尉だった。

 

「ええ、なんとか。そちらの装備は?」

「通信装置は最新のが一式残っていた。本部に連絡を取っては見たがとても手が出せんと一蹴されたよ。困ったもんだ」

 渋い声で苦笑しヘルメットの上から頭を掻く動作をする。

 ちょっとお茶目な感じがするが、状況は最悪だ。

 

 それを見た別の男が苛立ったように声を上げる。

「そりゃそうでしょうよ。なんとか装備にありつけたとはいえ、付近は万単位の巨大生物に完全に囲まれてるんですよ? 救援部隊を寄こす余裕が無いのは当然として、あっても付近の巨大生物を刺激したら大乱戦だ」

 どうしようもない状況に、楠木(くすのき)曹長(私が最初に行動を共にした警備の兵士)が吐き捨てる。

 

 現在我々は、奇跡的に巨大生物が見つけていなかった、ヘリポートに放置された物資を漁って装備を整えていた。

 しかし、この北と南には少なくとも数千体の巨大生物ひしめき、数人での突破は難しかった。

 

「怪我人の手当ては終わったぞ! 見様見真似だが、何もしないよりはマシだろう!」

 市原少尉(葛木を見つけて救助を行っていた生身のフェンサー)がキャリバン装甲救護車輛から出てくる。

 姉が衛生兵だった彼は、この中では一番まともな医療を施せると思ったからだ。

 

「どれ、中に入って作戦会議とシャレ込むか!」

 こんな状況で何故か楽しそうに顔をニヤつかせる門倉大尉のメンタルは相当なものだな。

 

――――

 

「では、さっそく自己紹介と行こうか! 俺の名前は――」

 

「――待て待て待て!」

 

 楠木曹長がストップをかける。

 

「なんだぁ?」

「なんだじゃないです! この状況で悠長に自己紹介なんかしてる場合じゃないでしょう!? 学生じゃないんですから! ここもいつ見つかるか分かったもんじゃないんですよ!?」

 

 比較的元気な常識人枠の楠曹長が見事な突っ込みを入れる。

 恐怖と焦りが体を支配している。

 まあ無理もないだろう。

 ただの警備兵だった彼は命の危機に曝されたことなどそう無かっただろうし。

 

 対する門倉大尉は最も対照的で、余裕すらも感じる。

 

「そりゃこんな状況だからだろう。味方に取り残された男女九人。見知った顔もいるが互いの事を知らんとこの難局は乗り切れんぞ? まあ殆ど怪我人だが」

 

「そんな事言ってる場合じゃ――」

 

「――はいはいもう分かったから早くしなさいよ……。こっちはやり取り見てるだけでも疲れんのよ……」

 

 市原少尉に手当して貰った細海兵長が先をせかす。

 彼女も何とか一命をとりとめて、嫌味を言うくらい元気になったので何よりだ。

 

「んん゛っ。では改めて。俺は第四エアレイダー小隊の門倉洋介大尉だ。見ての通りエアレイダーだが、上空に空軍もいなければ、砲兵も陣地から命からがら逃げだしたってんで今は唯の通信兵ってところだなぁ、がっはっは!」

 

 門倉大尉とはレイドシップ撃墜作戦の時以来だ。

 古参兵の一人で彼の判断力とどっしり構えた余裕は信頼できる。

 

「……ホントにやるのか。はぁ、俺は楠木雄一郎曹長。第4021警備中隊所属。今は非常時でレンジャーとして武装しているから少しは役に立てるだろう。次」

 

 楠木曹長が居なかったら無事に脱出出来ていたか怪しい。

 彼が旧式とはいえアサルトライフルを持っていたおかげでかなり救われた。

 年齢は恐らく30代前半か。

 この危機的状況にかなり苛ついてはいるが、なんだかんだで人の好さが否めない。

 

「はい。第202機械化歩兵連隊第一中隊(ジャガーノート1)の市原一馬少尉です。姉が衛生兵だったので皆さんの治療を担当しました。装備はフェンサーのを一式積んだので10体ぐらいだったら相手に出来るかもです」

 

 202連隊という事はランドガルド中隊と同じ連隊か。

 市原少尉のおかげで葛木を発見できた。

 救う事は結果的に出来なかったが、それでも意味はあったはずだ。

 

 礼儀正しく、頑張り屋の印象を受ける。

 まだ若いが、動けない葛木を助けようとしてる辺り信頼できる。

 

「……次は俺か……。第111攻撃ヘリ中隊の、石川智樹中尉だ。見ての通り足は折れてるしヘリもねぇし毛ほども約に立たねぇお荷物だよ。……、いや、こんな言い方で済まねぇ。拾ってくれたあんたには感謝してるよ、ほんとな」

 

 アンカー落下中に楠木曹長の言葉を無視して救助した足の折れた負傷兵だ。

 攻撃ヘリパイロットだったのか。

 

「111……ってことは、あの有名なサイクロン中隊ですか?」

「一応な。丈夫な足とヘリさえありゃ、それなりの活躍を約束するんだが。ま、今はほんとに何もできねぇ」

 

 サイクロン中隊と言えば凄腕のバゼラート乗りとして有名だ。

 私も大規模戦闘では何度かお目にかかっているが、上空にいてくれると安心感が違う。

 単騎で巨大生物の群れを撃退したとか、ダロガの対空攻撃を躱しつつ20機以上撃破したとか、原則地対空戦闘が推奨されているガンシップに対し空対空戦闘で何度も勝利を収めたとか、逸話には事欠かない。

 

 石川中尉の痛々しい紹介で空気が沈痛する中、それを破るように突如キャリバンの中に騒がしい声が入ってきた。

 門倉大尉と共に合流していたが、外を見回りたいと言って聞かなかったのだ。

 どうやら無事に戻ってきてくれたらしい。

「何という事だ!! この集積所には碌な装備が揃っていない! 何より我がガプス・ダイナミクス社製のギガンテスシリーズが一輌も残っていないではないか!! アレがあればこの窮地より脱出することなど造作もないというのに……! ……キャリバン救護車輛も、我が社の製品ではあるんですがねぇ。武装という面では少し……」

 狭い車内に(それでもキャリバンは車輛としては広い方)両手を派手に広げ喚いたかと思ったら、顎に手を当てブツブツ独り言を言い始める。

 白衣をピッシリと着用し、特徴的な片眼鏡と銀色に近い白髪を整えた初老の科学者は、直後、隣の妙齢の女性に、煙草の煙と共に一言突っ込まれる。

 

「ふーっ。……ギガンテスはEDFや他社との合同設計だっただろう。ガプス・ダイナミクス社が担当したのは、エンジンだけさね」

 さほど手入れのしてない茶髪に、薄汚れた白衣を着こなした女性科学者が、なんとも気怠そうに注釈する。

「……それにしても、厄介ごとに巻き込まれたもんさね。ワタシら二人は居ないものと思って、どうぞ続けて……おや? キミは、確か……」

 女性科学者が、私を見つめ、記憶を探っておられる。

 

「では、ちょうどいい機会なので次は私が。我が家名は仙崎! 名は誠! 階級は伍長! 第88レンジャー中隊第一小隊第二分隊所属、通称レンジャー2-1のしがない分隊員を務めている! 敵の攻撃を回避する事にかけては誰にも負けないという自負がある! ぬぁははははは!! 思い出しましたか!? 茨城尚美技術少佐殿っ!!」

「……ああ、レイドシップを撃墜したキミか。さっきは気付かなかったよ。……キミ、黙っていると影薄いだろう。なるほど、だからその自己紹介(キャラクター)か」

「ぐっ、古傷を容赦なく抉りますな……」

 初見……ではないが、たった一言二言で見られたくない内面を見透かされた気分になる。

 なる程、故に天才、という事か。

 気が抜けんな。

 

「気に障ったかい? 悪いね。そういうの、気遣うの面倒でね」

「茨城少佐。とりあえず、自己紹介とか、してくれますかねぇ?」

 本当に興味が無さそうな、気怠い目線の茨城少佐に対し、門倉大尉が野太い声で遠慮がちに催促する。

 

「……必要ない事はしない主義だけど。ま、少しは心象良くしとかないと、見殺しにされちゃ世話無いからねぇ。ワタシはEDF先進技術開発研究部、第一研究室、室長の茨城尚美。大きな怪我は無いが、銃を持つ気も無いよ。生憎頭脳労働が基本でね。……これで満足かい?」

 抑揚の少なめな自己紹介を行い、最後に深呼吸と共に紫煙を吐き出す。

 狭い車内に煙が充満する。

 そんな彼女は何やら片手に大仰なジュラルミンケースを持っているが、それが何であるのか答えてはもらえなかった。

 

「では私も自己紹介を行うとしましょうか。私はヘンドリック・オストヴァルト。EDFに製品を提供している民間企業”ガプス・ダイナミクス”、軍事車輌設計部門の研究員で、少し前はあの重戦車B651タイタン設計のチームリーダーを務め……そう!! 私が!! 史上最強の重戦車! タイタンを造り上げたのです!! その主砲! 320mm超重粉砕単装砲、通称レクイエム砲は――」

「――はいはい分かった分かった。……ったく大声を出させないで欲しもんさね。彼も見た目通り重傷はなし。いざとなったら戦いに行く男だよ、きっと。戦力として期待できるモンではないだろうケドねぇ」

「な、なにを勝手に」

「タイタンの雄姿をその目で見るんじゃなかったのかい?」

「その通り! その為ならば、どんな過酷な場所にも身を投じ」

「――だ、そうだよ? まったく、面白い奴だ。そう思わないかい? 仙崎誠くん?」

「は、はぁ……」

 茨城少佐とオストヴァルト博士のやり取りを見せられたかと思えば、急に話を振られ困惑してしまう。

 

「ふぅむ……二人とも負傷度合いは重くないが、元々兵士ではない。戦いに向かないのは当然ですなぁ。しかしオストヴァルト博士は兵器には詳しいだろうし、茨城少佐はかの”北欧の魔女”に匹敵する天才だとか。何か、気付いた事があったら、遠慮なく言って下さい」

 門倉大尉はそう纏めると茨城少佐は不満げに鼻を鳴らす。

「よしとくれ。あんな”化け物”と一緒にされちゃ困る。魔女なんて可愛げのある言い方すら気に食わないね。ま、ワタシ心は広い方だ。次に言わないなら気にしない事にするよ」

「それは失礼した。悪気は無かったのですが、有名なのでつい……」

 門倉大尉は大柄な体を丸めて、二三頭を下げる。

 

 ……それを見ながら、私は先ほどの言葉を反芻していた。

 ”極北の魔女”。

 それは、中東の政変”ディラッカ事変”を引き起こした悪魔の名、ルフィーナ・ニコラヴィエナを指すものだ。

 天才科学者、という枠に収まりきらない頭脳を持った彼女は、文字通り”魔女”と呼ばれ、皆が恐れたのだ。

 そんな悪魔に匹敵すると言われれば、いい気はしないだろう。

 つまり今のは、門倉大尉が悪い。

 

 そして最後に、

「では、最後は私となるか。第11陸戦歩兵大隊指揮官の、伊勢原幹夫少佐だ。階級は私が一番上だが、小隊単位での戦闘行動指揮は門倉大尉の方が適任だろう。基本的には大尉に指揮を任せるが、最終的には私の命令に従って貰う。無理をすれば動けん事も無いが、腹に大穴が空いていてな。戦力としては期待するな」

 

 第11大隊の伊勢原大隊長。

 確か、初戦の横浜撤退戦で少し見たことがある。

 大隊が違う為、直接の指揮下ではないが、この場に上級指揮官がいるのは少し安心だ。

 腹部に穴が開いているし、階級の関係もあって何かあった場合は司令塔として車内から指揮を執ってもらう事になるだろう。

 

 纏めると、警備兵の楠木曹長、フェンサーの市原少尉、ヘリパイロットの石田少尉、エアレイダーの門倉軍曹、大隊指揮官の伊勢原少佐、民間設計者のオストヴァルト博士、EDF科学者の茨城少佐、それにレンジャーである私仙崎誠と、細海兵長の合計9人が、このキャリバン装甲救護車輛に搭乗している。

 

「さて、差し当たって動けるのは俺と仙崎伍長、楠木曹長に市原少尉の4人で、石田少尉と細海兵長、伊勢原少佐は動けぬほどの重傷。オストヴァルト博士と茨城少佐は軽傷だが、戦闘要員ではない。そんな感じか?」

 門倉大尉が状況を確認する。

 ちなみに3人の重傷者に関しては、市原少尉が手当をして、治癒剤も打ってあるのでひとまず命に別状はない。

 とはいえ、場当たり的に対処しただけであるので一刻も早い搬送が望まれる。

 オストヴァルト博士と茨城少佐は、アンカーの落下によって複数の打撲と裂傷がある為、動けはすれど相当に辛い筈だ。

 ……なんだか元気な気がするが。

 

「皆、これを見てくれ」

 門倉大尉の声から先ほどの陽気さが消えた。

 その一声で、車内の雰囲気が一気に変わる。

 ……なるほど、見習いたいものだ。

 

「現状はこの通り、巨大生物に発見こそされていないが完全に囲まれてしまっている」

 

 門倉大尉の腕のコンソールに移ったマップ情報を見る。

 我々レンジャーの持つ簡易レーダーよりは詳細な情報が見れる。

 付近を移動した我々や、基地の各所にあるセンサーやカメラ、巨大生物の発する微弱な電波を総合的に重ねた信頼性のある情報だ。

 

「付近に友軍の反応がありますが」

 私はそのマップに友軍を示す青い点がある事に気付く。

 

「そうだ。俺たち以外の誰かがいることが分かった。通信装備を持ってない奴もいたが、確認できた人数は俺たちの他に少なくとも23人。皆散り散りになって補給コンテナや建物の内部に留まっている。中には整備兵や補給部隊の非武装の人間のみのグループもいた」

 

 巨大生物の群れの中で非武装……。

 考えただけでも恐ろしい事だ。

 アーマーすら着用していないのであれば、見つかれば生存する可能性は無いに等しい。

 

「何という事だ……。生存者たちと連絡は取ったのか?」

 伊勢原少佐が確認する。

 

「はい。ここへ来る前に数度。確認している中で、最も強い通信装備を持っていたのは自分であったので。現状、発見されていないのであればその場での待機を指示しました」

「そうか。さすがはエアレイダー、優秀だ。確認するが、本部からの救援は来ないのだな?」

 

「はい。無理と思いつつ救援要請を送りましたが、やはり。自分らがここに取り残されたことは共有しましたが、救援には行けないの一点張りで」

「ふん、だろうな。今頃脱出した砲兵部隊や京都方面は降り注いだアンカーで地獄になってるだろうよ。どっちがマシか、分かったものではないな……」

 

「巨大生物もいつこちらに気付くか分かりません。一刻も早く付近の生存者や、他部隊と合流したいところですが」

「現状の戦力での行動は、あまりに無謀すぎる……。少しの変化が命取りになりかねない。改めて言うのもなんだが、絶望的だな……」

 

 門倉大尉と伊勢原少佐が、現状と今後の方針についてやり取りをする。

 しかし、彼我の戦力比と応援の見込めない現状、移動すら制限される敵の布陣位置を考えると、結局はこの場で息をひそめる以外の方法は無かった。

 しかも、それも巨大生物の気まぐれ一つで瓦解する方法であるのは変わらず、かつ味方の救援は作戦終了後が予想されるため、長期的に救援が見込めない。

 

 よって結論は、友軍が来るまでこの場でひたすら隠れ潜む事だった。

 

 だが。

 そんな長期的な絶望は、早くもそれを超えるものによって崩れ去った。

 

――0:50 約10分後 キャリバン車外――

  

「コイツで、完成だ!! 素晴らしい!! ふはははははは!!!」

 オストヴァルト博士が両手を広げ、私に負けず劣らずの高笑いを見せる。

 

 10分前、門倉大尉の”現状維持”の命令後、オストヴァルト博士は付近の資材やEDF兵器を集め出し、キャリバン装甲救護車輛の”魔改造”を行った。

 

 上面の装甲搭乗ハッチにはEDF装備局が開発した12.7mm重機関銃ドーントレスと、AI搭載型自律ミサイル”N.U.T.S”システムが銃座として据え付けられた。

 背面ハッチにはFUJIインダストリーズが開発した八連四脚ガトリングガン”エクスターミネーターMk1”が固定され、更に車外壁面には複数の指向性地雷”インパルス”を設置。

 敵の接近を感知し、徹甲弾並みの威力を持った特殊ボールベアリング弾を大量射出、巨大生物を穴だらけにする。

 

「オストヴァルト博士!! 声がでかいです!! 巨大生物に気付かれる危険があります!! もう少し静かにお願いします!!」

「やれやれ。そういうアンタもさね」

 門倉大尉と茨城少佐が古典的なお約束やり取りを行う。

 

「がっはっは! 巨大生物の探知機能は、距離によって大きく制限される。探知範囲にさえ入っていなければ、多少大声を出しても大丈夫ですよ! まさか少佐がお約束に乗って来られるとは」

「ワタシにユーモアが無いとでも思ったかい? お約束は守られてこそ意味を為すのさ。奇をてらって外すタイプはどうにも好きになれなくてね。でも解説は野暮さね」

 なんと、お二方とも分かっていた上での演技でしたか!

 内心でそう思いつつ、ここが巨大生物の群れのど真ん中である事に心がざわつく。

 

「差し出がましいようですが、巨大生物への慢心は命取りです。新種がいるかもわかりませんし、警戒してしすぎるという事は……――ええいオストヴァルト博士! いつまで高笑いを決めているのだ!!」

 ふははははは! 素晴らしい! ふはははは!! などと後ろで騒ぎ立てる声に思わず苛ついて声を上げてしまった。

 にやりとした門倉大尉と茨城少佐が私を見る。

 

「――はっ!!」

 まさか、術中に嵌った!?

 一番煩いのは私だというのか!?

 いや一番煩かったのはどう見てもオストヴァルト博士では!!

 

「なんだね? 君は巨大生物の探知範囲の事を知らんのか? だいたい奴らが向かって来ても、このキャリバンカスタムならば! 造作もない! 」

「がっはっは! ユーモアが足りんぞ仙崎ぃ。いつまでもピリピリしていたら心が持たんぞ。この声量で反応するようなら、博士の改造音でとっくに見つかっているだろうし、万が一向かってきたとしたら、それはそれ、そういう流れだったって事だ!」

「ふぅーっ。ひとまず、声量90デシベル、推定距離560mでは全く反応しないというデータが取れたさね。軽く偵察したときには一通りの種類の巨大生物がいたが、特に音に敏感なタイプは居ないようさね。その代わり、探知範囲に入れば何もしなくても発見されるから注意するんだよ。仙崎誠クン」

 

「ぬぅ……りょ、了解しました……」

 なんだこの敗北感は!?

 天才二人に良いようにあしらわれてる感!

 そんな中で平然と混ざる門倉大尉は、やはり器の大きさが違うという事か!!

 

「まぁそう落ち込むな! 仙崎ももう少し年季が入ってくれば……――っと、待て! 通信だ!」

 耳に手を当て、門倉大尉が真剣な顔つきになる。

 無線はヘルメットを装備する私や、小型の簡易通信機を持つ二人の博士にも届く。

 

《本部より、402演習場に残る生存者に告げるッ!! その場所に未確認の超大型種が地中侵攻する兆候を掴んだ! コード991を発令する! 同時に付近の巨大生物の活性化も予想される! その場所にいれば生存の可能性は無い!! 即時離脱を命令する! 繰り返す――》

 

 コード991――地中侵攻警報!!

 指揮命令系統の無視および、この場の戦闘、任務を放棄し最優先での撤退が推奨される!

 しかも、未確認の超大型種とはいったい何なのか?

 

 その疑問を考える前に、門倉大尉が叫んだ。

「ちぃっ、撤退だ! オストヴァルト博士、車を出してくれ! 危険だが巨大生物群の合間を縫って移動する!」

「任せて貰おう! 若い頃はサーキットで良く研究のストレスを発散したものだ! 安心し賜え、我が社の開発したキャリバンのスペックは把握している!」

「余計な事は言わなくていいさね。点在している味方は拾っていくのかい?」

 比較的軽傷なオストヴァルト博士がキャリバンの操縦桿を握り、その後ろに座る茨城博士が尋ねた。

 

 問いに伊勢原少佐が答える。

「友軍を拾っている余裕はない……! 物資を投棄すれば車内に余裕はあるが、この後の戦闘を考えるとそれは望ましくない!」

「でしょうね! 過積載はスペックの悪化を招きますのでねぇ! では、キャリバン装甲救護車輛、発進ッ!!」

 大仰な言葉を放ちながら、ギアを入れ、アクセルを踏む。

 ハイパワーのエンジンが火を噴き、我々の体がつんのめる程の加速でキャリバンは走り出した。

 

 キャリバン救護車輛は、兵員輸送車を改造した重装甲装軌式車輛だ。

 車内は広く、詰めればレンジャー10人以上は乗れるバスかトラックの様な積載量だ。

 ただし、前述の通り物資に加え、簡単な改造を施しているので、今の車内はそう広くはない。

 

「くそっ! この期に及んで超大型種ってどういうことだよ!? まさかエルギヌスみたいなやつが現れるんじゃないだろうな!?」

 楠木曹長が車内の手すりを掴みながら銃のチェックをする。

「エルギヌスは全長125m、全高70mの大型個体さね。そんなものが地中が移動しているとなると、もっと大きな衝撃があるべきだと予想するね」

 左右に酷く振られる荒い運転の中でも、茨城少佐は飄々としておられる。

 

「いずれにせよ非常なる事態である事には変わりませぬ! しかしこの車輛! この巨体に関わらず、なかなかの速度が出ますな!」

 私の言葉に楠木も同意する。

「本当にな! これなら、巨大生物が追って来ても振り切れるんじゃ……」

「ふははははッ! 中々慧眼ですねぇ仙崎誠とやら!! このキャリバン装甲救護車輛(A M V)には、モデルの元となったキャリバン装甲輸送車輛(A C V)の1.42倍の出力のガプス・ディーゼルエンジンを――おっと!! 巨大生物に見つかってしまったようです! ちぃっ! 相変わらず忌々しい機動力だ! 囲まれかねん!!」

 ご機嫌でキャリバンの解説をする気だったようだが、生憎と状況はそれを許さず、緊迫した表情のまま操縦桿を捌く。

 ハッチから外の様子を眺めた門倉大尉が考えを話す。

「いや、これでいい! 出来るだけ派手に動いて巨大生物を引きつけてください! その分周囲に取り残された奴らが助かる筈です!」

 言葉を聞いた楠木が自殺行為の案に驚愕を示す。

「囮になるって事ですか!? いくらキャリバンが頑丈で多少武器があるからって、無茶も良い所だ!!」

 楠木のぼやきに、呆れたような声を出しながら門倉大尉が指示を出す。

「生きてりゃ無茶も通さにゃならん時くらいあるだろう! いい加減腹括った方が楽だぞ? 仙崎、上のドーントレスで道を拓け! 楠木は仙崎の援護! 俺と市原は後部ハッチだ! 背後から追ってくる巨大生物を近づけるな!」

「「「イエッサー!」」」

 

 私は上部ハッチに上り、ドーントレス重機関銃が据え付けられている銃座について引き金を引く。

 心地よい反動と共に12.7mm徹甲銃弾が放たれ、前方から迫る巨大生物を圧倒する。

「ちくしょう、なんて数だ! まとめて吹っ飛ばしてやる!」

 楠木曹長は補給物資の中にあった大型のロケットランチャーを放った。

 大型ロケット弾頭は着弾すると、直径30m近くを爆炎で覆い、一気に巨大生物を吹っ飛ばした。

「いかん!!」

 のみならず、爆風はキャリバンをも覆い、私と楠木は一時車内に退避する。

 

「うわあぁぁ!! な、なんだコイツは!? 強すぎる!?」

 警備兵としてこの基地で働く楠木にとっては、初めて敵に撃った攻撃がこれであった。

 撃った本人が一番驚くのも無理はない。

 

「きゃぁぁ!? ちょっと、何今の攻撃! 敵!?」

 

「落ち着け嬢ちゃん! 今のはダレイオスの爆風だ、このキャリバンならなんともない!」

 門倉大尉が細海兵長をなだめる。

 

「ダレイオス? なに、敵ですか!?」

「ダレイオスⅠは我がガプス・ダイナミクス社の携行兵器製造部門が開発した制圧ロケットランチャーです!! ふははははッ! なんと素晴らしき爆発力か!! 見よッ!! 蟻が虫けらのようだァーーッ!!」

「どうでもいいからちゃんと運転しなさいよ! 怪我人なのよこっちは!」

 荒ぶる操縦に、振り回される細海が叫びをあげる。

 上面で振り回される私の方も大変だが……なに、巨大生物の進路が見える分、移動経路も予測しやすいのだ。

 

「ったく、あの会社が作る兵器はたまにおっかないのがあるが、作っている奴を見て納得だなこりゃ。ネジが外れてる」

 空爆や砲撃で爆発に慣れている筈の門倉大尉も、至近距離でとんでもない爆風を浴びて冷汗を掻き、オストヴァルト博士の言動と見比べ、呆れつつもどこか嬉しそうに呟く。

「……まったく同意だね。とにかく、君。それを適当にばら撒きたまえ。ソイツは集団に打ち込んでナンボの火器さね。大味のガプスらしい大火力は、さすがとしか言えないねぇ。アタシはどちらかというと、S&Sの精密さが好みだけど」

「貴様の好みなど聞いておらん!! 状況を見てものを言え貴様は!!」

 茨城少佐は楠木に指示を出しつつ、何故かオストヴァルト博士と掛け合いをしながら話す。

 なんなんだこの二人は。仲が良いのか悪いのか。

 

「りょ、了解……! こんなものが実戦で使われているなんて、恐ろしいぜ……!」

 ダレイオスの火力に戦々恐々としながら、自爆をしない程度の集団を見つけ、ダレイオスを放つ。

 小規模なキノコ雲を発生させる程の爆発が巨大生物を包み、車体は爆風に煽られながら、吹き飛んだ巨大生物の死骸の一部を縫うように進む。

 キャラピラで細かな機動など出来ないだろうに、慣性と機体特性を巧みに利用し、些か乱暴ではあるが驚くほど軽快な機動で巨大生物の群れを突破する。

 脇や後方から迫る巨大生物は、私の持つドーントレス重機関銃で押し返す。

 

「くっ、博士!! γ型が来ますッ!!」

 蜂の様な見た目をしたγ型が空中から接近した。

 その飛行速度は、易々とキャリバンを包囲するだろう。

「ふははははッ! 待って居たぞ! N.U.T.S(ナッツ)起動! 安心し賜え仙崎君! 後は全てAIが行うでしょう!」

 オストヴァルト博士の言う通り、まるで小型のSAM(地対空ミサイル発射器)の様にN.U.T.Sは発射器を敵方向に回転させ、自動でミサイルを放つ。

 小型ミサイルは不規則な機動を行うγ型に白い尾を引いて直撃し、小規模な爆発はγ型の弱い胴を千切る。

 だが。

「おおなんと! これはすごい! γ型がみるみる……ぬっ! お、オストヴァルト博士! ミサイルが若干死体を撃っているようですが! 些かオーバーキル気味かと!」

「おや、バレてしまいましたか! 実はそのN.U.T.S、まだまだAIが欠陥品でして! 巨大生物に残留する活性エナジージェムに反応してしまうのですよ!!」

「しかも一発1万ドルの高級品を何発も無駄打ちする誘導性能ときた。とても量産には向かないお蔵入り兵器さね。ま、値段と無駄打ちを気にしないなら有効な兵器だから、とりあえず今をしのぐには十分さね。さ、それよりコッチにはα型亜種がやってきた。ここからが本番さね」

 N.U.T.Sとやらの詳細を知って少々残念になるが、改良されれば素晴らしい兵器になる事は間違いないであろうし、捕捉した茨城少佐の言葉通り、まさに飛ぶ鳥墜とす勢いで迎撃する小型ミサイルは、高価であろうと頼りになるものだ。

 

 一方背後から迫りくるα型亜種には、据え付けられた八連四脚ガトリングガン”エクスターミネーター”が火を噴く。

 それを操るのは門倉大尉だ。

「うおおおぉぉぉぉっ!! なんて威力だ! α型亜種が溶けていくぞ!!」

 エクスターミネーターは凄まじい爆音と振動を車内に与え、高温の薬莢をばら撒いていくが、その反動として壮絶な火力を発揮する。

 U字型のステアリングを握りながら、オストヴァルト博士が解説する。

 頼んでもいないのに解説するのは性分なのだろう。

「FUJIインダストリーズの高火力ガトリングガン、エクスターミネーターですねぇ!! 唸るような高速連射でも高い精度と安定した部品消耗が特徴です! 強烈な反動なので固定型が原則ですね!! 車内に積み込むと、反動で車が持って行かれる!!」

「がはははは!! コイツはいい! 爽快だぞ! 仙崎ぃ! お前もやってみるか――ん?」

 テンションが上がっていると、突然射撃音が止んだ。

「おっと、どうやら店仕舞いだ! すまん、市原! 後は頼んだぞ!」

「任せてくださいっ! 行きますよぉ!!」

 薬莢の山を蹴破って、フェンサー完全装備の市原少尉が、今度は両腕のハンドガトリングガンをスピンアップさせる。

 据え付け型のエクスターミネーターと比してやや抑えられた射撃音と連射力だが、それでも歩兵小銃とは比べるべくもない火力によって、α型亜種はその数を減らしていく。

 しかし、左右から回り込んだα型亜種を押さえられず、側面から車体に接近する。

 

 瞬間、センサーが巨大生物を捉え、指向性地雷”インパルス”が多数のボールベアリング弾を高速射出。

 α型亜種は頭部を穴だらけにし、絶命。

 同じことが数度発生し、その度に車内は爆音と衝撃に包まれる。

 

 私もドーントレス重機関銃で対抗するが、限界が迫っている。

「ちぃっ!! 側面に回り込まれすぎている! 処理が追い付かん!」 

「同感だな! 給弾してくる! 仙崎ちょっと頼んだ!」

「早めに頼む!!」

 楠木がダレイオス給弾の為に車内に戻る。

 ダレイオスは単発装填式だが、パック化された弾倉のようなものを持ち歩いて運用するのだ。

 

 しかしその間、とてもドーントレス一丁の弾幕で押さえきれなかったα型亜種が、キャリバンについに齧りつく。

「ぐッ!? キャリバンが齧られているだと!? お、おのれ……我が社の製品に傷を付けおって……! ええい! 引き離してくれるッ!」

「ぬおお!?」

 オストヴァルト博士は、乱暴に操縦桿を左右に傾け、私は激しく揺さぶられる。

 喰らい付いた数体の巨大生物は、キャリバンのパワーに押し負けず喰らい付くが、車体と外壁を勢いよく打ち付けるような機動を取ったキャリバンに押しつぶされ、やがて喰らい付く巨大生物は居なくなった。

「ふははははは!! どうだ!! 車体重量30t、相対速度時速75kmから繰り出される衝撃は!! 堪らんだろう! 巨大生物どもめ!!」

 操縦桿を持ちながら拳を上げるオストヴァルト博士に、上部から外の景色を見た私は思わず抗議した。

「言ってる場合ですか! あちこちから大群が迫っています! このままでは持ちませぬ!!」

 横から迫る大群に向け、ドーントレスで弾幕射撃をする。

 強力な12.7mm徹甲弾は、α型亜種の甲殻をも貫通する威力だが、次々と押し寄せる巨大生物に力負けしてゆく。

 それでも懸命に弾幕を形成し、意図的に一か所に誘導すると、

「楠木ッ!」

「分かってますよッ!」

 後部ハッチから身を乗り出し、楠木がダレイオスⅠを発射。

 大型弾頭は尾を引いて一直線に進み、やがて集団の巨大生物と接触し、周囲30mを巻き込む大爆発を起こす。

 紅蓮の炎に巻かれ吹き飛んだ巨大生物は、凡そ20体を上回るだろう。

 しかし、所詮は焼け石に水。全てを殲滅出来てはいない。

 門倉大尉が声を上げる。

「オストヴァルト博士! 車体を横に向けてくれ! そうしたらハッチから最大火力を叩き込める! 出来ますか!?」

「ふはは! 誰にものを、言っている!」

 オストヴァルト博士が操縦かんを捻ると、キャリバンは速度を落とさずに瞬時に90度近く回転し、ハッチの先に”赤い津波”が現れた。

「ぶちかませぇぇ!!」

「うおおおぉぉッ!」

「やれやれ。戦闘は専門外だが、仕方がないさね」

 門倉大尉が面制圧グレネード・スタンピードを

 市原少尉が散弾迫撃砲と左右ハンドガトリングガンを

 茨城少佐が試製零式レーザーライフルを

 そのほか伊勢原少佐や細海兵長も、それぞれ手に武器を持って一斉射撃を行った。

 その作戦が功を奏し、巨大生物の津波は大半が撃破された。

 

「なんと!! 茨城少佐! プラズマユニットを用いないレーザー兵器の実用化に成功したのですか!?」

 しかし、私の驚きはその銃器に向いていた。

 なんと、ジュラルミンケースの中身は、施策のレーザー小銃であったか!

 仮にその兵器が実用化に漕ぎつけたのだとしたら、もはや実弾を用いる銃器は淘汰されてしまうだろう。

 しかも、今の射撃を見る限り、巨大生物の甲殻をいとも容易く焼き切っているように見えたが。

 

「いいや。これはまだまだ試作段階さね。戦闘は専門外だが、実は試射出来るタイミングを計っていてね。精度・威力は十分だが――」

 茨城少佐は、ハッチの外にレーザーライフルを投げ捨てた。

 直後、レーザーライフルは破裂し、粉々に砕け散った。

「――ふーっ。やはりまだ本体とバッテリーが耐えきれないさね。今ので東京の消費電力一週間分の電力と、銃本体10万ドルが霧散したね」

 どうでも良さそうなテンションで解説する茨城少佐は、ふと声を神妙にする。

「……そんな事より、なにか、揺れを感じないかい?」

「揺れ……? 本当だ。これは戦闘の揺れではない!? 強くなったッ!? まずいッ、横転するぞッ!?」

 門倉大尉も声を荒げる。

「グゥッ!? つ、捕まれ!!」

 車輛走行中でも感じる揺れが、急激に激しさを増し、30tもの重装甲車は横転する。

 私は上部ドーントレス銃座にいたため、瞬時に車外へ脱出し、受け身を取り負傷を免れた。

 何が起こったか周囲を見渡す。

 私の背後、ちょうど先ほどいた402演習場の方で大規模な土砂の巻き上げが起こっていた。

 印象は、火山の噴火などが一番近いと思った程だ。

 その中から、暗闇に光る八つの目が見えた。

「……、……なんだ、あれは……」

 そこにいたのは、超大型の蜘蛛型巨大生物だった。

 

 分類カテゴリ:戦略級巨大外来生物β――奈落の王(バゥ・ロード)、出現。



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第六十一話 奈落の王(Ⅰ)

――4月1日 0:30(超大型巨大生物出現20分前) 旗艦リヴァイアサン CIC(戦闘指揮所)内EDF極東方面第11軍仮設司令部――

 

「大阪・神戸に向かっていたレイドアンカー、全基迎撃成功を確認!」

「都市の状況はどうなっている!?」

「直前の迎撃であったため、一部破片が降り注ぎ破壊や火災が発生していますが大きな混乱には至ってないそうです! 現在死者負傷者は確認中!」

「EDF極東第一工廠から入電! 破片による多数の損害が報告されましたが、稼働に大きな影響はないそうです!」

 

「京都南ICの部隊から再三の応援要請! 戦闘区域内にレイドアンカーが9基! 現在3基を撃破したが、戦場は混乱状態だそうです!」

「この場に出せる戦力はもうないぞ……! 九州方面からの応援部隊はどうなっている!?」

「はっ、アンカー落下の影響で小規模な戦闘状態に突入したとの事です! 到着は早くてあと一日はかかるそうです!」

「1日だと……! ここは持つのか!?」

 

「第402火力演習場、完全に放棄されました。大部分の部隊の撤退を確認! ベテルギウス重砲、プロテウス自走砲を除く砲兵部隊は7割の撤退成功を報告しています! 現在南丹市市街地に向け移動中!」

「その場所にカムイとホエールを数機送った。撤退部隊に入っているエアレイダー、スピカに働いてもらってアンカーと巨大生物を掃除させる。演習場の残された生存者はまだ無事か?」

「は、はい! 現在建物や車輛の中に隠れて巨大生物を刺激しないよう息をひそめている状態です! ですが、いつまで持つ事やら……!」

「榊中将からまだ救援部隊の編成は命令されていない……。戦局が優勢に推移するまで待つしかない。砲兵部隊だって七割撤退成功とはいえ多くの弾薬を置いてきたままだからな。いずれ奪い返す事にはなるだろう」

 

 リヴァイアサンCIC内の第11軍仮設司令部内では、オペレーターたちとその指揮官が混乱する状況を必死に纏めようと躍起になっている。

 

「……一気に傾きましたな。砲撃部隊を失った今、この戦域で砲戦力は我々だけとなりましたが」

 秋元副司令が渋い顔で呟く。

 レイドアンカー落下のせいで優勢に推移していた戦況が一気に悪く傾いた。

 副司令は暗に陸戦部隊への支援砲撃を促すが。

 

「まだだ。今のような乱戦状態では効果的な支援砲撃は行えない。もう少し、状況が整うのを待つんだ。ただでさえ砲弾の消費は今後に差し支える」

 榊司令も苦い顔で答える。

 助けてやりたいのは山々だが、その方法はかなり限定されてしまっている。

 

 現地には複数名のエアレイダーやDE-202(対地攻撃機ホエール)が支援を行っているが、潰せた二基のアンカー以外はダロガのレーザー照射圏内に入ってしまう為攻めあぐねている。

 

 数機程度なら回避機動で対処する事も可能だが照射される本数が多い程被撃墜の可能性は高まる。

 だがアンカーを破壊しない事には状況は打破できない。

 

『榊司令、提案があります』

艦内通信で聞こえてくる声は艦橋にいる大城艦長のものだ。

 

『状況は把握しています。確かに戦艦の大味な砲撃では、誘導兵の支援無くして味方に損害を出しかねません。ですが、駆逐艦の精密速射砲であれば直撃が期待できます』

 

 リヴァイアサンの520mm三連装砲は巨砲故の器用さが無いが、アーレイ・バーク級駆逐艦やアクティウム級対地戦闘艦の127mm精密速射砲システムであれば、対地目標への精密砲撃が可能だ。

 

「だが、127mmの射程は確か15km程のはずだ。琵琶湖から砲撃するとして、沿岸部ギリギリまで接近する事になる。ダロガやヘクトルの砲撃を受けることになるぞ」

 

『ふふ、よくご存じで』

 

 大城提督が珍しく口角を上げる。

 

 琵琶湖から激戦区の京都南ICまではちょうどその程度の距離だ。

 有効射程ギリギリまで接近する事になるが、沿岸部や大津市の辺りでも、レイドシップや揚陸艇が無秩序にばら撒いたダロガやヘクトルなどの砲戦力やガンシップが待機状態のまま放置されている。

 その場にいた巨大生物は殆ど市内中心部に向かった為、機械兵器と生物兵器の顕著な違いが表れているところだが、重要なのは多くの砲戦力・航空戦力が無傷のまま各所に点在しているという事だ。

 防衛の為か、単に索敵に引っかからなかっただけなのかは不明だが。

 

『それは我々が引き受けましょう!!』

 

 景気のいい声で割り込んだのは、戦艦ポセイドン艦長の河辺少将だ。

 

『琵琶湖運河を進撃し、駆逐艦の盾のなりつつ、艦砲射撃で地上の砲戦力を一掃します! ついでに周辺のアンカーも落として見せましょう!』

 

 河辺少将は、暴れられる機会を発見し少し高揚気味だ。

 通信越しに聞こえる声から、艦内クルーたちも浮足立っているのが分かる。

 

「……いえ。その提案は認められませんねぇ」

 

「なぬっ!?」

 

 河辺少将を困らせたのは、EDF第11軍作戦参謀長の永崎学(ながさき まなぶ)中佐だ。

 

「旗艦のポセイドンを含む、戦艦群は今後の作戦に必要不可欠です。万が一にも、ここで失う危険は冒せませんねぇ。危険というのは、まあ私がいちいち説明しなくても分かるでしょうがね」

 

 永崎中佐は、独特の気怠い口調で淡々と告げる。

 しかし眼鏡の奥から覗く瞳には、有無を言わせぬ説得力があった。

 

 確かに、運河を使っての内陸部への侵攻は敵の集中攻撃を意味する。

 ポセイドンを超える超弩級戦艦であるリヴァイアサンの通行前提に作られた運河とはいえ、運河内で戦闘・回避行動は取れないに等しい。

 まして跳躍能力のあるβ型や群れで飛行するγ型の艦上侵入を許すことになり兼ねない。

 余りに危険な行為ともいえる。

 

『だが……、これ以上、座して見ていろというのか!? 陸戦部隊はどうする!?』

 

「……榊司令、戦線の立て直しを進言します。レイドアンカーの広域落下によって、作戦遂行はもはや困難となりました」

 食って掛かる河辺少将を意図的に無視し、永崎中佐は榊司令に向き直る。

 

「京都から全部隊を撤収させ、大阪で直ちに迎え撃つ準備をしましょう。ここから部隊が引けば、河辺艦長たちも安全に琵琶湖から砲撃出来るでしょう? ご命令下されば、詳細な計画を10分以内に纏めて差し上げますが? この場合、地上兵士と砲弾の損耗は痛い所ですが、まぁ背に腹は代えられぬという事で」

 

 一刻も早くアンカーを破壊しなければ、戦域は巨大生物で埋め尽くされる事になる。

 撤退か、継戦か――通常であれば判断が分かれる所だが、榊司令の決断は始めから決まっていた。

 

「撤退はない。ここで全ての巨大生物を打ち倒し、敵勢力の進撃を食い止める。何が起ころうと、その前提は揺るがない。永崎中佐、そう作戦前に確認したはずだ」

 

「やれやれ、決意は固いようで……。この状況でもそんなことが言えるなんて、よほどの智将かただのバカかどちらかですなぁ……」

 

 榊司令の答えが分かっていたようで、永崎中佐は深いため息を吐く。

 そんな永崎の肩を秋元が慰めるように叩くが、永崎は露骨に嫌がった。

 

『すると……?』

 

 成り行きを聞いていた河辺艦長が催促する。

 

「河辺艦長、大城提督。――頼むッ!」

 

 その一言で、二人は全てを理解し、心強く頷いて、敬礼と共に通信を切った。

 ポセイドン級戦艦一番艦、二番艦が運河に侵入し、その後ろでアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦、アクティウム級対地戦闘駆逐艦が京都南IC付近のレイドアンカーに砲撃を行う。

 

 だが司令達のそんなやり取りの裏で、驚くべき事実が解明されていく。

 

 

――0:40(超大型巨大生物出現10分前)――

 

 

「ッ! また来ました! 振動を検知! なんだこれ、大きい……しかも地表じゃない、大深度地下だぞ!?」

 

 戦術オペレーターの柊中尉が波形を見て動揺する。

 

「見せてみろ! これは……間違いない、三日前から続いている奴だ。しかもこっちを見てみろ。東京のインセクトハイヴから、日数を置いて転々としながら反応がある。振動観測機の精度から、あまりハッキリとした事は言えんが――」

 

 過去のデータを引っ張り出して戦術分析官の高畑大尉が冷汗を流しながら続ける。

 

「――間違いなく何か向かって来ている……!」

 

 妙な波形を発見したのは4時間ほど前。

 最初は四足歩行要塞の足音かと疑ったが、調べていくうちに振動は大深度地下からの物であることが分かったのだ。

 高畑大尉はすぐに榊司令に報告。

 今はその正体を見極めている所だった。

 

「波形データ照合……駄目です、該当ありません! 進路予測も困難です」

 高畑大尉の部下、松永少尉がキーボードを叩くも、過去のデータからは一致が見られなかった。

 

「該当なし……つまり新種の巨大生物か。この状況で厄介な事だ……!」

 

 榊司令も苦い顔をする。

 海軍の協力でようやく京都南ICの戦闘が好転しそうなのだ。

 

「正直言ってもう勘弁してほしいですな……。せめて出現場所を特定できないのか?」

「データがありませんので、なんとも……」

 秋元副司令の問いに高畑大尉が申し訳なさそうに答える。

 

「データ、データ……? あっ、ちょっと待ってください! さっきハッキングした時に総司令部のデータリンクと一瞬同期しましたが、もしかしたらその時のデータに入ってるかも!!」

 

「バカ! ハッキングとか大声で言うんじゃねぇ!!」

 

 ルアルディ中尉の声に秋元副司令が慌てて反応する。

 秋元副司令の声の方が大きくて、本部要員のみならずリヴァイアサンCIC要員まで振り向く羽目になったが、突っ込む間もなく衝撃の事実が発覚する。

 

「あ、ありました! 該当波形3件! いずれもある大型個体を指しています!」

 

 ルアルディ中尉の一瞬の検索で、ようやく正体が判明した。

 

「暫定個体名β(バゥ)・ロード。β型巨大生物の超大型亜種です! 分類カテゴリ――戦略級巨大外来生物……!!」

 ルアルディ中尉の言葉に、司令部要員がどよめく。

 戦略級巨大外来生物……それは、2月22日に佐渡島を単体で陥落せしめた、あの蟲の女王(バグ・クイーン)と同様のカテゴリだった。

 

「バゥ・ロード…… ”奈落の王”ってか? ふん、”蟲の女王”に匹敵する、憎らしい名前じゃねぇか」

 秋元副司令が皮肉を込めて吐き捨てる。

 

 ルアルディ中尉が報告を続ける。

 

「初観測は欧州戦線イギリス・ロンドン。起死回生を狙ったインセクトハイヴ攻略戦に於いて、南部メードストンで地中より出現、王立海軍を壊滅させたのち、地上部隊を蹂躙しイギリス陥落の決定打を作りました。イギリス陥落後はドーバー海峡を渡りフランスに上陸、撃破報告は確認できず、現在も欧州戦線を蹂躙しているそうです」

 

 その報告に、司令部要員は戦慄した。

 

「まだ、倒されていないのか……」

「そんなバケモノがココに……?」

「そいつのせいでイギリスが陥落したってのか? って事は日本も……!?」

「ただでさえクイーンがいるってのに」

「どこまで日本を追い詰めれば気が済むんだ……クソッ!」

 

「狼狽えるなッ!! EDFの誇りにかけて、絶対にこの状況を打破するッ! 戦場で戦う兵士たちより先に、我々が諦めてどうする!?」

 CIC内に響き渡る声で榊司令が一喝する。

 その一声で、要員に再び士気が戻りつつあった。

 

「ルアルディ、奴の出現位置は予測できるか?」

 それを尻目に、秋元副司令は位置を探ろうとする。

 

「はい! 少ないですが、データから5パターンの出現位置を予測しました。直近の振動波形から推測すると、半径20km圏内の出現が濃厚ですが……ああもう、もっとデータが欲しいですっ!!」

 

 キーボードを超高速で叩きながら癇癪を起しかけるルアルディ中尉。

 

「よし、5パターンの出現予測地点を戦艦打撃群に転送、出現直後に全力砲撃を行いこれを叩く! 詳細は不明だが、相手が巨大生物なら砲撃で効果は出る筈だ!」

 榊司令の命令を、各オペレーターが部隊に伝える。

 

「……憶測に過ぎないと思いますけどねぇ。現に雷獣エルギヌスのような、砲撃の類に効果が見られない怪物もいる事ですし」

 永崎中佐が難癖をつけるように呟く。

  

「その可能性は否定できんな……。砲撃を限定的に変えるべきだと思うか?」

「……、……いえ。本来なら様子見または偵察を挟んで慎重に行きたいところですが、状況が状況です。相手に隙を与えたくありませんし、初手で出来るだけ打撃は与えておきたいですねぇ」

 榊司令の相談に、永崎中佐が少し考え込んでから答える。

 

「だが戦艦群の想定砲弾消費量は確実に超えるぞ。他の方法が無いとはいえ、痛いもんですな……。永崎、今後の作戦計画、また練り直す事になりそうだぞ? それと、砲撃が失敗したときの予備策も考えておけ」

 秋元副司令がぼやきつつ、永崎中佐に指示を出す。

 

「了解ぃ。ロクな情報もないとはいえ、これでも全く情報が無い時よりはマシなんですがねぇ……。倉田、タイタンのスペックデータ、西内は全部隊の簡易リスト。ああ、もちろん今のね。手持ちで何とかするしかないからさぁ」

 

 永崎中佐は、作戦参謀部の部下たちを使って作戦を練り直す。

 そしてついに――第402火力演習場直下から、噴火のように土砂を巻き上げ、バゥ・ロードが地上に現れる。

 

 

――0:55(バゥ・ロード出現から五分後) 第402演習場近郊――

  

 

《こちら本部! 欧州戦線のデータ照合確認! 以後超大型個体を、戦略級巨大外来生物β、通称奈落の王(バゥ・ロード)と呼称する! 奴をこのまま野放しには出来ない! 戦域に集めた可能な限りの砲戦力で、奴を徹底的に砲撃する! 付近の部隊は出来るだけ距離を取れ!!》

 キャリバン救護車輛で走りながら本部の通信を聞く。

 

 本部、榊中将の声の通り、出現した戦略級巨大生物β――奈落の王(バゥ・ロード)とやらはどう見ても歩兵戦力で倒せるようには見えない。

 

 まだ何の動きも見せていないが、踏みつぶされただけでひとたまりもないだろう。

 そして奴がβ型の形をしているという事は――

 

「と、跳んだぞ!!」

 楠木曹長が叫ぶ。

 バゥ・ロードは遠目から見える八本の太脚を動かして高く跳躍する。

 あの巨体が脚力だけで飛び上がる光景は圧巻だが、その着地地点は、

 

「まずい! ここへ落ちてくるぞ!! 躱すのだッ!!」

 巨体は月を遮り、辺りを深淵に変える。

 そのまま巨体は我々目掛けて自由落下してゆく。

 その速度は一見ゆっくりに見えるが、それは巨体故の錯覚であり、もはや猶予は残されていない。

 

「オストヴァルト博士ッ!! あちらの高架橋です!」

 私は嫌な予感を感じ、回避するための方法を咄嗟に提示する。

 

「橋は寸断しているようですが!?」

 瞬時にマップを参照して判断する。優秀だ。

 

「だから()いのだ! 説明している暇はない! 跳ぶのだッ!!」

「なる程読めたぞ! ふはははは、面白いッ!!」

 私の意図が伝わり、オストヴァルト博士は寸断した高架橋へ一直線にフルスロットルで向かう。

「無茶なっ! 全員掴まれっ!!」

 伊勢原少佐が警告する。

 30t超の重量級車輛が、履帯から砂煙を上げて疾走し、アスファルトを破壊しながら移動する。

 何をするか理解した楠木と細海は戦慄する。

「マジかよ……ッ!!」

「ばかなのっ!?」

 数秒後には、キャリバンは寸断された高架橋の先へ飛び出し、私を含めた車内の人間は独特の浮遊感を味わう。

 

 同時に、バゥ・ロードの巨体が上から迫る。

 この場所目掛けて落下していた巨体は、感覚的には掠れるほどの至近距離で通過し、反射的に私はドーントレス重機関銃の引き鉄を引いた。

 効いたのか不明であるが、巨体は我々のすぐ後ろで着地する。

 地上は凄まじい振動を受け、轟音と共に衝撃で地形が変わる程の被害を受けた。

 

 が、空中にいた我々に影響はない。

 キャリバンはうまい具合に対岸の土手へ着地し、そのまま走行を続行した。

 

「なんとかなったか……! ぬぁははさすが私!」

「一回だけはな! 仙崎と言ったか、無茶だが良い判断だった! だがまだ危機は脱していないぞ!」

 胸をなでおろす私に忠告を入れる伊勢原少佐。

 反応する前に、市原がハッチから背後を見て叫ぶ。

「そんな! 化け物が追って来てる!?」

「すまぬ! 反射的に引き金を引いてしまった! 我々に反撃するつもりらしい! 効いたのか不明だがな!」

「ば、ばかなの!? ちょっかい出しただけって事……!?」

 私の行いを細海が非難する。

 言う通り、バゥ・ロードは小刻みな跳躍をしながら追ってくる。 

 

「いや仙崎! このまま引き付けておく方が都合がいい!」

 門倉大尉が手元のコンソールを操作しながら声を上げる。

「なにか策があるな?」

 伊勢原少佐の言葉に、門倉大尉は頷き、説明する。

「たった今本部に通信を送り、ビーコン経由での艦砲射撃を提案・承認されました! オストヴァルト博士! 危険ですが、奴に近づいてください! 生憎ビーコンガンが無くてですね! 幸いビーコンそのものはあるようなので、投擲するしか!」

「ビーコンガン……クッ! キャリバンの改造よりそちらを作るべきだったか! Scheisse!(くそう!) 即席で作れなくはないが、時間が惜しい! ……ならば、近づくしかありませんねぇ。遠ければ近づく。単純明快でよろしいッ!!」

 やたらと声に力を入れた独り言をひとしきり言い放った後に、了解を表明し、オストヴァルト博士は後方のバゥ・ロードとの距離を確認する。

 しかし常識人枠の楠木曹長は一言言わざるを得ない展開だろう。

「ほ、正気ですか門倉大尉!? 奴に近づく!? 自殺行為だ!! あんなデカい奴、逃げるしかないでしょう!!」

 楠木曹長の言葉に、珍しく門倉大尉は彼の胸倉を乱暴に掴み、言葉を強めに言い放つ。

「逃げてどうなる!? 距離を離せばまた大跳躍で潰されるだけかも知れんぞ!? 先ほどの手は何度も使えんしな! それに奴を野放しには出来んだろう! 砲撃で片を付けるにせよ、戦艦群や砲兵隊は、観測座標を元にする砲撃だけじゃ大雑把なモンでな! 俺達まで巻き添え喰らうかも知れんし、あの怪物を倒しきれるかも怪しい! 総合的に言って、今奴に近づくのが一番生き残れる方法だぞ!? いい加減いちいち怯えるな!! 例え警備兵だろうと、お前もEDFの一員なら、腹をくくって見せろッ!! ここはそういう局面だ!!」

門倉大尉の珍しい剣幕に、思わず楠木もだじろぎ、そして理解した。

 

「っ……! 悪かった……です。不本意ですが、分かりました。確かに今まで大尉の言葉は全部正しかったですからね。……こっちにも意地ってモンがある。ここまで言われちゃ、”その気”になるしかありませんよ。もう何も言いませんからね!」

「がっはっは! その意気だ坊主!!」

 半ばやけくそ感のある対応だったが、まあ上出来だろう。

 そんな楠木の反応に、細海が切なげに肩を叩く。

「あんたの反応、常識人なら当然の価値観だから、あんま気に病むんじゃないわよ。コイツらがオカシイのよ。元気なら私が真っ先に騒ぎ立てるわ」

「は、はぁ……」

慰める細海に、楠木はなんとも言えない反応をするしか無かった。

 

 門倉大尉は、上面の機関銃に取り付いている私へ声をかける。

「仙崎! 悪いが距離を詰めてビーコンを投げる事になった! ギリギリまで近づくから牽制の為の攻撃を頼む!」

「なんと! あいわかった! そのまま踏み抜かれれば事だ、奴に攻撃をさせぬようにという事ですな!?」

 弾倉をセットし、レバーを引くと、金属音を立てて弾丸が装填される。

 バゥ・ロードの小刻みな跳躍でも、直径3mはありそうな太脚で踏まれれば重装甲のキャリバンであろうとただでは済まない。

「その通りだ! 楠木! お前も上からダレイオスをお見舞いしてやれ! 牽制を絶やすなよ!? オストヴァルト博士! 徐々に減速を頼みます!」

 門倉大尉が指示を飛ばすと、楠木曹長とオストヴァルト博士がそれぞれ行動を起こす。

「こうなりゃ自棄だ! やってやりますよこんちくしょう!!」

 楠木曹長が車内の武器箱からロケット弾を装填し、博士がミラー越しの横目で私に目を合わせる。

「キャリバンの神髄を見せる時だな! 仙崎とやら、危機を感じたら私に合図をくれ! 分かっていれば踏みつけを躱すくらいの事は造作もない!!」

「イエッサー! 任務全う致します!」

 私に声をかけるとは、なかなかの慧眼と見受けたぞ、オストヴァルト博士!

 しかし、若干口調が被っているのが気になるところだ!

 思いながら、私はドーントレス重機関銃を、楠木がダレイオスⅠを放つ。

 

「くそ、くそっ! なんて怪物なんだ! ダレイオスの爆発にビクともしない!! 牽制くらいにはなってると良いけどな!!」

 楠木曹長の持つダレイオスの火力も、なんら効いていないように見える。

 バゥ・ロードは相変わらず我々目掛けて移動し、八本の太足を動かして周囲の地形を破壊しながら進んでいる。

「同感だな!! 楠木! せめて口内を狙え! いかに分厚い皮膚だろうと、口の中は無防備な筈だ!」

「狙ってんだよこれでも!! 揺れない車内と精度の高いロケランがあれば当たるかもな!! あと、せめて3時間くらいは練習させてくれ!!」

「そう言えば初心者であったか!! それはすまぬな!」

「……仙崎くん。君が先ほど当てた眼球、どうやらヒビが入っているようだよ」

 スコープ単体で敵を除いていた茨城少佐が声をかける。

「”それ”で狙えそうかい?」

「ドーントレスの精度では狙撃は無理です! まぐれ当たりに期待するしかないかと」

「だろうね。君の運じゃあ無理そうだ」

「ぐっ、好き放題言ってくれる……!」

 表情は気だるげなものから変わらないが、何故か鼻で笑われたような気がして腹が立つ。

 おっと、そんな事に気を向けている場合ではない。

 

 とにかく、弱点と思われた大きな眼球は、まるで強化ガラスのように堅牢で、12.7mm弾の至近弾に匹敵する火力を出さないと傷つける事も叶わぬらしい。

 口元も、銃撃は何度も浴びせているが、巨大な牙で遮られて決定打を与えられない。

 今のところ糸を吐くような行為はしてこないが、至近の相手には体の構造的に出来ないというだけであろう。

 

 その間キャリバンは徐々に減速、踏み砕かれる大地の震動が伝わるようになったところで、バゥ・ロードが大きく前脚を上げる。

「来ますッ!」

「待って居たぞこの時を!!」

 どこかで聞いたような台詞を言いながら、オストヴァルト博士はブレーキペダルとスロットル、ステアリングを乱暴に急操作。

 体は大きく揺さぶられ、気が付くとキャリバンは左方向にドリフトし、バゥ・ロードの踏みつけを回避する。

 同時に、キャリバンは大きく回転し、バゥ・ロードの進行方向から見て90度真横を向き、視界正面にその横腹至近を捉える。

「仙崎、どけ!」

 私は門倉大尉と入れ替わり、彼は振りかぶって、思いきりビーコンを投擲した。

 同時に、キャリバンはいかなる原理か、横滑りするようなドリフトでバゥ・ロードの横腹を駆け抜け、再びステアリングの華麗な操作で、砕けたアスファルトの砂塵を巻き上げてバゥ・ロードの進行方向と逆に舵を切り、反転離脱した。

 

「よし! 信号確認、成功だ! 『こちらアルデバラン! ビーコン設置完了した! 全力砲撃を要請する!』博士、砲撃が来ます! 巻き込まれないよう退避を願います!」

「分かっていますとも!!」

 

 キャリバンは更に加速し、バゥ・ロードを引き離す。

 バゥ・ロードは、キャリバンの機敏な機動に一瞬後れを取るが、小刻みな跳躍で向きを反転し、既に追って来ている。

 

《こちら本部、ビーコン信号を受信した。全砲撃部隊を連動して一斉砲撃を行う! 予定数を大幅に超えた最後の砲撃だ! この一撃で決めるぞッ!! 全部隊、砲撃を許可する!!》

 

 榊中将の声を合図とし、琵琶湖に佇むリヴァイアサンを含む戦艦群と、地上の可能な限りの砲兵隊の一斉砲撃が開始された。

 

「門倉大尉! バゥ・ロードが!!」

「なんだっ!?」

 

 市原少尉が後部ハッチからみたバゥ・ロードは、昆虫の部位的に言う”腹部”を上げ、強酸糸の発射態勢に移っていた。

 その発射口は我々に向けてはいない。

 

 何かと思ったその瞬間、糸の発射とは思えない風圧が発生し、糸のシャワーが放たれた。

 

 

――――

 

 

 それは、糸とはもはや言えない程の質量と強靭さを持っていた。

 放たれた大質量かつ無数の糸は、バゥ・ロード目掛けて放たれた砲弾を絡めとり、爆破し空中迎撃を行った。

 

 むろん、全てとはいかないが八割方の砲弾は迎撃され上、糸の密度は中心程高くなっているので、迎撃を逃れた砲弾は外れたり掠ったりして有効打にはならない。

 

 更に上空を飛行し地上部隊へ航空支援を行っていたホエール対地攻撃機一機とカムイ戦闘爆撃機二機が射線上の糸に巻き込まれて撃墜された。

 

 それにとどまらず、放った糸は広範囲の地上に着弾し、約40km離れた京都南ICの戦場にも数本が落下した。

 落下地点では、十数mが純粋な重量によって陥没。

 そこに兵士がいた場合、間違いなく圧死するほどの衝撃が加わる。

 その後、糸は重力に従ってバゥ・ロードから一直線になって落下。

 更に極太の糸が強酸によって分解し、周囲に強酸を染み割ったらせる。

 もし周囲に歩兵や車輛があった場合には助からないだろう。

 

 幸い、着弾地点の殆どは主戦場から離れていた上、戦艦群まではさすがに届かなかったようで大きな被害にはならなかったが、戦艦群による砲撃は、ほとんど無力化されたといっていい結果になった。

 




地球防衛軍2より、バゥ・ロード登場しました。
結構強化されましたね、はい。
原作程度の性能だと普通に砲撃と爆撃に晒されて終わるのでマブラヴの光線属種並み……とまではいかない程度に迎撃性能を持たせました。
これで歩兵や地上部隊での攻撃に筋が通るはずだ……。

でもそれはそれとしてもっと空軍と海軍にも活躍してほしいのが悩みどころ。
琵琶湖運河に進撃する戦艦とアンカーを狙撃する駆逐艦の戦いも書きたかったけど、ちょっと長くなりそうなので割愛。
いい加減進めないとマジで終わらないので別の機会に活躍を用意したいですね。

でも我ながら射程40kmってやばいな(汗

バゥ・ロードについてなんですが、今までEDF2のバゥの事β型ってしか呼んでなかったから凄い唐突感ありますね。
なんかバウから始まるそれっぽい意味ないかなーと思ったんですが特に無かったですね。

一応作中では奈落の王とも記されていたのでバゥ=奈落に相当する何かがあれば完ぺきだったんですけどなかったんで無理やりそういう事にしました。
適当でサーセン……。

ちなみにEDF5だと奴の呼称はキングなんですが、なんか、ダサいよね……。
クイーンは女王蟻から来てるだろうし別に気にならないんだけど。
ってことで個人的に気に入っていた呼称バゥ・ロードを使う事にしました。

しかもいろんな理由でクイーンより先に登場してしまったんですが、まあしょうがない。

色々許してくれ……。


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第六十二話 奈落の王(Ⅱ)

現在switch版地球防衛軍3をプレイしてます。
いや~やっぱ面白いですね~
マザーシップとかヘクトルとかガンシップとか四つ足とか結構この小説も3準拠な所もあるんで、いろいろ勉強になりますね。
バゥ・ロード(3だと普通に大蜘蛛?)の所まで行ってちょっと大きさとか調べてから次の話に行きたいですね。



――2023年 4月1日 1:00 旗艦リヴァイアサン 戦闘指揮所内(C.I.C)EDF極東方面第11軍仮設司令部――

 

 

「砲撃第一射、約八割迎撃されました!」

「対地攻撃機DE-202(ホエール)一機、戦闘爆撃機KM-6E(カムイ)二機の応答がありません! 射線上で巻き込まれた模様!」

「砲撃第二射……駄目です! 砲弾到達前、大部分が空中で迎撃されています!」

「観測班から映像来ました! これは……糸です! 極太の糸数十本が広範囲にわたって塊のように飛び、砲弾を迎撃している模様です!」

「偵察ドローンの空中映像受信! 周囲の地形は、落下した糸の質量と染み出た強酸によって壊滅的な被害が出ています!」

 

 オペレーターからの報告が次々と上がる。

 バゥロードに向けた戦艦群の砲撃は、糸による迎撃によってほとんど効果を出せないままであった。

 

「くっ……なんという事だ。止むを得ん、砲撃第三射中止! このままでは(いたずら)に砲弾を消費する一方だ!」

「最悪だな。ただでさえ戦艦群の砲弾類は温存しておきたいというのに……。この調子じゃ次の作戦にはスッカラカンになっちまうぞ」

 榊中将と秋元准将は揃って苦い顔をする。

 

「だが、これで注意は引けたはずだ。あとはこの怪物をどうするかだが……」

「――いや! なんでだ……おかしいぞ。バゥロード、進路を変更! 大阪方面へ向かっています!」

 

 柊中尉の報告に、本部要員全員に動揺が走る。

 

「馬鹿な……! 今までの巨大生物の傾向から、攻撃すればこちらに向かうはずだというのに!」

「フン、デカい分頭も良いと来たか? 司令、どうします?」

 

「付近に戦闘可能な部隊は!?」

「いません! アンカーから逃れた演習場の生存者が散り散りになって逃げてはいますが……!」

 オペレーターを代表して柊中尉が答える。

 

 ”幸い”と言っていいのか、バゥ・ロードの付近には目立った部隊は無く今のところ直ちに被害が出る事は無さそうだった。

 糸と考えれば長射程な放射も、ギリギリ主戦闘区域である京都南ICに直撃を受けない程度だ。

 

 尤も、今のは飽くまで迎撃に放射しただけで本気で狙えばどの程度の射程なのかは判断できないが。

 それより重要なのは、やはり大阪方面へ向かった事だ。

 

 そちらにはほとんど戦力を置いていない為(通常用意するべき重要拠点の防衛戦力や予備戦力を全て投入して今回の作戦は行われている)どうにかして足を止めるか注意を引かなければ、例え京都防衛に成功したとしても遠からず日本戦線は崩壊する。

 

「ならば空だ! 空母航空部隊を編成し爆撃を行う! 提督、爆撃可能な艦載機はまだ残っているな?」

 榊司令の声に、艦橋で艦隊の指揮を執る大城提督が答える。

 

『はい。敵航空攻撃の脅威が粗方排除されたので、今はEJ-24C(シリウス)に爆装を行い待機させています。事前の作戦通り艦上用に換装したKM-6E(カムイ)も発艦を待っております』

 戦艦や空母の対空砲の支援として発進していた艦上機シリウスを爆撃装備にして待機させていたのは大城提督の判断だった。

 そろそろ出番が来る頃だと読んでいたのだとしたら、さすがの判断だ。

 

「よし、助かる。永崎中佐! ルアルディ中尉と協力し、今の糸の放射から予測できる最適爆撃コースを算出しろ!」

 本来は海軍航空隊の隊長が決める事項だが、敵の情報を事細かに説明している時間も情報の確度も不安だ。

 

「了解ぃ。航空機三機が落とされたのは、まぁ砲弾のついでと言えなくもないですが、どのみち高い迎撃性能を持っている事は間違いないでしょうからねぇ」

 間髪入れずに放った第二射も問題なく迎撃している事から、信じ難い事だがそれなりの速射性もあると考えるべきだ。

 

「ですが、あの構造上放射出来るのは前方だけだと思います。部隊の展開位置から砲撃は一方向からしかできませんが、全方位からの航空攻撃ならあるいは……!」

 ルアルディ中尉が偵察部隊(スカウトチーム)が撮影した映像を見て判断する。

 第二射の時の映像だが、問題なく撮影できているとは、さすがの練度だ。

 

 だが、裏を返せばどれかの方位から侵入する爆撃機は迎撃されるという事だ。

 

「犠牲前提の作戦は許容できんな……! 司令、ごく少数の砲撃で奴の迎撃を誘発させて隙を生み出すのはどうでしょう?」

 秋元副司令が渋る。

 なんだかんだで彼は司令部トップの中の良心だ。

 

「陽動砲撃か……、いいだろう許可する!」

 陽動であるなら、発射数は最小限でいい。

 消費する砲弾も少なく見積もっての判断だ。

 

「私もそれには賛成です。奴がどの程度の知能を持っているかの指標にもなりますしねぇ」

 永崎中佐がうすら笑う。

 陽動と分かって迎撃を止めるか、反射的に迎撃するか回避するか。

 バゥ・ロードがどう行動しようともデータは取れるという事だ。

 そして、行動パターンが分かればより対処はしやすくなる。

 

「空母オケアノスより入電! シリウス、カムイ共に発艦準備が整いました!」

「突入コース、作成終わりました! まだデータが少ないですが、行けると思います!」

 通信オペレーターの鹿島中尉とルアルディ中尉から同時に報告があがった。

 

「よし、空母オケアノス級オケアノス並びにエレクトラに艦載機発艦命令! 攻撃目標、β型超抜級個体バゥ・ロード! ただし撃破しようと思うな、飽くまで敵の注意を引き、足止めに徹するんだ!」

 榊司令が声を上げて命令を下す。 

 

 

――1:10 EDF太平洋連合艦隊 第一艦隊空母打撃群 オケアノス級原子力空母 一番艦(ネームシップ)オケアノス 第一戦闘飛行中隊”ラタトスク”――

 

 

 琵琶湖沖合に佇む空母オケアノス級一番艦オケアノス、二番艦エレクトラからそれぞれ、艦上汎用戦闘機シリウス、戦闘爆撃機カムイが発艦してゆく。

 カムイに関しては、元々空軍の爆撃機ではあるが、今作戦に於いて空爆等の制圧力が不足する懸念を感じて、榊司令が空母搭載を指示したのだ。

 かなり無茶な命令ではあったが、EDF兵器特有の拡張性の高さ、元々の小型軽量さなどがマッチし想定より容易に搭載可能になった。

 

 そんな経緯で乗せられた艦載機たちが、電磁カタパルトで次々射出、発艦してゆく。

 

『ラタトスク1より全機、編隊を傘一型(ウェッジワン)で維持。標的(ターゲット)接近まで崩すな!』

『了解! しかし今回の作戦、ウチの航空隊長殿も殆どノータッチだったんでしょ? 大丈夫なんですかね?』

『あの感じだと、提督ですらほぼ作戦に口を挟む余裕はないまま速攻で考えられたらしいぞ? 本部の奴の中で海軍の事分かってるやつと言えば……』

『統合参謀本部長の永崎中佐がいるだろう。あの人は元海軍の出だし、ちょっと胡散臭い所はあるがまあ仕事に関しては信頼できるさ』

『尤も、第11軍の統合参謀本部自体はもう施設も残ってなくて、生き残りも十数名とか聞いてますが……』

『それに、事態は緊急を要する。指揮官級を集めて悠長に作戦会議などしておけんさ。人数が集まる程、決定には時間が掛かるものだしな』

 

 自艦の航空隊長や大城提督ではなく、海軍ですらないEDF極東本部からの作戦である事に不満を覚えるものも少なくなかったが、海軍航空隊末端部に詳細情報を共有する時間も余裕もない緊急性の作戦である事は皆が分かっていた。

 

『お前ら! 無駄口を叩くな! まもなく目標(ターゲット)が有視界に入る! 気を抜くなよ!? 奴は高度な対空迎撃性能を持っていると本部の判断だ!』

『『了解ッ!!』』

 やがてシリウスのコックピットからでも、大阪に向かって前進する超大型巨大生物の姿が見える。

 

『あれが、バゥ・ロードとかいう……』

『なんてデカさだ……! あんなのに空爆が効くのか……?』

《本部より各航空隊! これより陽動砲撃を行う! バゥ・ロードの予測射線上には絶対に出るな!》

《ポセイドンより全航空隊へ! 発射時刻合わせ! 5、4、3、2、1、砲撃開始!》

 

 水平線の向こうより、数発の砲弾がバゥ・ロード目掛けて極超音速で飛んでくる。

 バゥ・ロードはいかなる器官でもってかそれを察知し、再び糸の極大放射を行う。

 

『今だッ! 全機突入! 爆撃アプローチを行うッ!!』

『ラタトスク1了解!』

『アルバトロス1了解!!』

『ガルー1了解』 

 

 各チームが同時に爆撃を開始する為、バゥ・ロードに近づく。

 

『待てッ! なんだ!? あの挙動は!?』

 

 だが、バゥ・ロードは砲弾に向けて放射した糸をそのままに、跳躍して体を振り回した。

 同時に、まだ繋がっていた糸も同じく振り回される。

 その糸は慣性をもって空中で振り回され、接近した航空隊を襲う。

 

『な、なんだ!? うわああぁぁぁッ!!』

 

 一機が横から襲う糸に直撃し、爆散した。

 

『糸が! 糸が、襲って――うわぁぁぁぁ!!』

『どうなってる!? どうしてこんな――ぎゃああぁぁぁ!!』

 

 糸は鞭のように自在に操られ、まとめて叩き落される。

 それでも、約半数は爆撃に成功し、バゥ・ロードに爆弾を叩き落した――そう思っていた。

 

『こちらラタトスク1! ちくしょう、三機がやられた!!』

『ガルー1、こちらも同じだ! どうする!? アルバトロス?』

『こちらアルバトロス2! 隊長機が撃墜されたため指揮を預かりました! ――ッ! みなさん、敵が!!』

 

 バゥ・ロードの体表は、爆弾着弾時の煙に包まれていたが、徐々にそれが晴れると――

 

『無傷、だと!?』

 

 バゥ・ロードは、全く意に介さない様子で再び大阪方面へ歩き始めた。

 

『怯むな! 爆弾を全て叩き落してやる! 全機続け! うおおおぉぉ!!』

『まてガルー1ッ!!』

 

 カムイで構成されたガルー隊は、シリウスの1.5倍も搭載された誘導爆弾を全て叩き込むべく再度突入を図るが、同時にバゥ・ロードも上空の飛行隊を察知し、その巨体に似合わぬ俊敏さで立ち位置を変え、腹部を持ち上げる。

 

『やれるもんならやってみろッ! 全機爆撃ッ! 糸の放射口を狙えッ!!』

 カムイは一斉に大量の誘導爆弾と対地ミサイルを投下したが、同時にバゥ・ロードは糸を放射。

 

『EDFを舐めるなッ!! 下等生物共ォーーッ!!』

 その言葉を最後に、カムイで構成されたガルー隊は、糸の直撃を受けて全機が撃墜された。

 その様子は、まるで糸の壁に当たって砕けたかのようだった。

 

 だが、爆弾とミサイルは殆どがバゥ・ロードに直撃し、地上を派手な爆炎が覆う。

 

『クソッ! 彼らの犠牲を無駄にするなッ! この機を逃すな、全機続け――』

『――待て! 貴隊の即時離脱を進言する!』

 ラタトスク1の声を遮り、航空隊にとっては馴染み深い声が無線に割り込む。

 

『っ!? その声は!?』

『隊長! 見てください! 地上で数人の歩兵が、バゥ・ロードの足止めを行っていますッ!!』

『なんだと!? 無茶だ! たった歩兵数人で……!?』

 

『私は、第4エアレイダー小隊の門倉大尉だ!』

 

 

 

――1:10(数分前) 地上 国道477号線――

 

 キャリバンは現在、バゥ・ロードに並走するように曲がりくねった国道を時折外れつつ南下していた。

 そのバゥ・ロードに対し、航空爆撃が始まったようだった。

 数発の陽動用砲撃を合図に始まったそれは、あまりに一方的で救いが無かった。

 

 その光景の衝撃に私は思わず声を漏らす。

「茨城少佐、あれはいったい……!?」

 我々が見たものは、バゥ・ロード体表からの迎撃によって、航空爆撃が無力化されている光景だった。

 

「……なるほど、考えたね。あれは、巨大生物なりの近接対空防御ってところかい。ふーっ。厄介さね」

 紫煙を吐き出しながら、茨城少佐が目を細める。

 

「恐らく奴は、体毛の中にβ型通常種を大量に棲ませているんだろう。彼らの糸の放射により、直撃する筈の航空爆弾は迎撃されたって訳さね。もちろん糸の質量はバゥ・ロードに比べるべくも無いが、染み出た強酸液に信管や爆薬を溶かされたり、溶解時の化学反応の発熱で誘爆して爆弾は使い物にならないだろうさね」

 少佐の解説通り、航空機部隊は再三の爆撃飛行を行っているが、いずれも効果を発揮していなかった。

 むろん、破片などによる二次被害もいずれは期待できるはずだが、それも体毛に潜むβ型や、体毛そのものによって阻まれ、本体に有効打を与えられないだろう。

 

「β型巨大生物に、あのような習性があったなど初耳ですが……」

 β型通常種は、あのように向かってくる爆弾やミサイルを迎撃したという前例はなかったはずだ。

 

「まさか、人類の兵器を参考に、フォーリナーが作り上げたのか……? あのデカさ、砲撃能力、近接防御力……まるで、戦艦じゃないか……!」

 楠木曹長が改めてバゥ・ロードの威容に戦慄する。

 

「ふん、それがどうした? 奴らが何を真似ようと、俺たちは戦うだけだろう? なぁに、爆弾やミサイルが迎撃されると分かったならやりようはある。だろう、仙崎よ」

 同じことを考えていたのか。

 見抜かれたようでさすがと思うが、もはやこの戦場にある手はこれしか残されていないだろう。

 

「ふっ、その通りでしょう。奴にぶつけるべきは地上の切り札、即ち──」

 

「――我がガプス・ダイナミクス社が誇る超重戦車!! タイタンだっ!!」

 私と門倉大尉の声にオストヴァルト博士が入って叫ぶ。

 

「タイタンって、演習場で見たドでかい戦車か! でも、向こうの方が数倍大きいぞ!? そんなので何とかなるのか!?」

 ”そんなの”呼ばわりした楠木曹長に、オストヴァルト博士は怒るかと思いきや、何やら得意げだ。

 

「何とかなるようにこの私が設計したのですよ! いいですか? 琵琶湖からの艦砲射撃はバゥ・ロードとやらの超長距離酸糸放射によって空中迎撃される! 航空隊による全方位爆撃は体毛の中に棲むβ型の近接対空防御によって無力化だ! では! 残る手段はなんだ!? 地上至近距離からの極超音速射撃だ!! それはしかるに、戦車部隊による直接照準射撃である!!」 

 

 オストヴァルト博士の言う通り、誘導爆弾やミサイルに比べ、戦車砲の初速は段違いだ。

 糸による溶解は、砲弾の速度があればあるほど困難になるだろう。

 戦艦の主砲の様な大型の砲であっても、曲射させる用途の為や、砲弾自体の重量の為、戦車砲以上の初速は出せない。

 以上の事から、高初速の戦車砲のであれば迎撃は困難になるはずだ。

 

「そして、バゥ・ロードの砲撃に耐え、あの巨体を粉砕するに足る火力を叩き込める兵器は、この戦場でタイタンを置いて他にいないッ!! まさに!! 今この時の為に、私はタイタンを造り上げたのだろう!!」

 キャリバンのステアリングから手を放して声高々に宣言する。

 ちゃんと運転しろとの恨み言が細海から言われるが、聞こえないだろう。

 

「タイタンならあのデカブツとも渡り合えるのか! でもどうやって? あんなデカい戦車、こっちまで走って来れるのか!? 結構な山道だろ!」

 楠木曹長の言う事も尤もだ。

 同じことを思ったようで、オストヴァルト博士が図星の顔をする。

 

「ぬうぅ、確かに……! タイタンは自走での移動は”それなり”のレベルです。長距離の自走は想定していませんね……。したがって空路が常識ではありますが、さて……」

「それは厳しいだろうさね」

 茨城少佐が即座に否定する。

「この空を見なよ。そこら中に、やれγ型だやれガンシップだなんて言ってる始末さね。どデカい荷物をひっさげた輸送機が、無事に辿り着けるとは思えないね。ふーっ。……状況見る限り、陸路一択さね」

 

「では私が行くしかありませんな。タイタンのいる京都南インターから、ここ亀岡市まで、起伏の激しい山道を凡そ30km。200tを超える重戦車が急行するには、臨機応変な整備が不可欠ですので。……しかし、これはこれで良い経験だ。やはり固定砲台・要塞砲の様な運用に限定するのは無理があったか。今後は更に改良し、自走性能も不安がない物にしなければ……!」

 タイタン開発主任であるオストヴァルト博士なら、走りながらの整備も可能という訳か。

マニュアルにない特殊な状況だ、対応出来る人間が必要だろう。

 

 茨城少佐は次の問題に切り込む。

「それにしたって到着まで時間が掛かるのには変わりないさね。その辺り、考えはあるのかい?」

ようやく私の出番のようだ。

「ご安心ください、奴の足止めは、この私が引き受けましょう! 奴の注意を引く自信はあります!」

 私は胸にドンと手を当て宣言する。

 正直、奴を始めて目にした時から、こういう展開になりそうな予感はしていた。

 負傷者を乗せたキャリバン、到着まで時間が掛かるタイタン、大阪へ向かうバゥ・ロード。

 誰かが、奴をここに縫い留めなくてはならない。

 

「仙崎!?」

「……ほう?」

「あの化け物に一人で時間稼ぎを挑むと? 余りにも無謀すぎはせんか?」

 門倉大尉、茨城少佐、オストヴァルト博士が声を出す。

 

「いいえ、時間稼ぎのみならば十分可能と考えます」

 私の言葉に、茨城少佐が顎に手を当て考え出す。

「……確かに。あのデカブツはさっきキャリバンを執拗に追っていった。空中からの攻撃に興味を示さず、地上の獲物を狙う習性があるとしたら、あるいは」

「でも、歩兵一人の攻撃で気を引けるのか? キャリバンとは違うだろ」

 楠木曹長の尤もな疑問に、私は自信を持って返す。

「ちっぽけな歩兵一人の攻撃など大したこと無いと? 否、我々EDF歩兵は、常に自身より巨大な敵と戦ってきた。他より少し大きくなったところで、無視などさせぬさ。なんなら脚の1本でも手土産にするつもりだが?」

確かに、巨大ではある。

だが、肉薄してしまえば勝機を見いだせるはずだ。

むしろ、あれだけ巨大なら、その分隙も大きいだろう。

火力の面から言って、私ひとりで倒してしまうのは不可能だが、足止めくらいなら充分務まるはずだ。

 

私の言葉にうんうんと頷いていた市原が続く。

「その通りです! ……若輩者ですが、戦闘なら僕も役に立てるはずです! 同行させてください!」

やはり戦闘経験がある者は肝の坐り方が違う。

歴が短いとはいえ、決して楽な戦場では無かったのだろう。

物怖じせずに言い切った。

まだ震えが残る楠木も、常識を捨てて表明する。

「体なら俺も万全だ! そういう事なら俺も手伝うぜ。正直無謀だとは思うが、俺だってEDF、命賭けて戦ってこそだ。それにもう門倉のオッサンに、腰抜けと言われるのはゴメンだからな」

照れが出たのか、最後の言葉が照れ隠しなのは直ぐにわかった。

「別にそんなつもりではないんだが、あまりにもいちいち煩いモンでなぁ。だが、その心意気は買おう! 伊勢原少佐、そういう訳で、我々無傷の四人でバゥ・ロードの足止めを行います!」

 

「まったく、私一人で十分だというのに……。私が言えた事ではないが、貴様ら命が惜しくはないのか?」

「戦うべき時を逃してしまう方が、EDF隊員としては心苦しいです!」

「まったくだ。俺だってEDFの一員なんだぜ? いい恰好させてくれよ。ホントはクソ怖ぇけど、あんたとなら生きて帰れそうな気がするよ、仙崎伍長殿」

「調子のいいことを……」

 

「ふむ……、本当に許可しがたい無謀な作戦ではある。本来なら一蹴する所だが、他に手立てはない、か……。……よろしい。お前たちの勇気に敬意を表す。仙崎伍長、楠木曹長、市原少尉、宜しく頼む。ただし門倉、貴様はキャリバンに残れ」

 伊勢原少佐の最後の一言に、門倉大尉が食って掛かるように異を唱える。

「ッ!? なぜです少佐!! 陽動に一人でも多くの人員は必要でしょう! こちらに残っても何の利にもなりません!」

 

「敢えて言うが、貴重な戦力であるエアレイダーを、こんな危険な任務には同行させられない」

「危険な任務だからこそ!!」

「――そもそも、航空爆撃や砲撃の効果がない以上、エアレイダーである貴様を同行させるメリットはデメリットを超えない。貴様たちをここで足止めの為に置いてゆくのは断腸の思いで許可するにせよ、私はともかく重傷者の細海兵長や石田少尉、タイタン整備の要であるオストヴァルト博士、天才科学者の茨城少佐は絶対に守らねばならん。綺麗事は言わないぞ。より価値ある命の為に、貴様はキャリバンに残り我々を護衛しろ」

「ぐッ……!」

 伊勢原少佐の言葉は正鵠を射ている。

 上の立場にある人間らしい視野の広さは、人情派の門倉大尉の痛い所を突いただろう。

 だが、伊勢原少佐が敢えて嫌味な言葉を選んで話しているのは、私にも門倉大尉にも分かっていた。

 

 エアレイダーとは、航空爆撃や支援砲撃を誘導する戦場の管制塔的存在だ。

 故に数が必要とは考えられてこなかったが、ここにきて戦争による死傷者が増え始め、相対的にその戦術的価値は上昇している。

 フォーリナーは碌な戦術的行動をとらず、突撃を繰り返すが、それが却って敵味方複雑に入り乱れる戦場を作り出し、大規模な支援砲撃・航空爆撃の難しさを作っている。

 フォーリナーとの戦場には、エアレイダーによる支援管制と精密砲爆撃が必要不可欠なのだ。

 

 エアレイダーを欠いた戦場では、詳細な情報無しに砲爆撃が敢行され、友軍誤爆によって少なくない死者も出ている。

 対人類間戦争では起こりえない程の大規模混戦はそういった問題も引き起こし、前線の将校たちは歩兵の命と敵の漸減を常に天秤に掛けているのだと聞く。

 

「門倉大尉に残って欲しい理由が、もう一つ」

 オストヴァルト博士付け加える。

「私が車を降りた後、他に運転できそうなものがおらん。伊勢原少佐、細海兵長、石田少尉の三名は、重傷でとても運転は無理そうに見えるが?」

「何言ってる? ワタシがいるだろう。怪我はそんな酷くないさね」

「貴様にハンドルを握らせる訳があるか!! 私の愛車をボッコボコにした事を忘れたのか!? アメリカで何度命の危機を察した事か! スピード違反、信号無視、逆走! 警察に追われギャングに追われ……、擦り傷ヘコミ、弾痕が何個出来た事か! 廃車も同然だ!」

「ちゃんと弁償したじゃないか。まぁ、この車頑丈そうだしちょっとぶつけたり、横転するくらいならきっと大丈夫さね。公道は10年ぶりくらいだが車もいないし」

「「絶対にやめてください!!」」

 私、楠木曹長、門倉大尉の声が揃った。

 

「い、命の危険を感じるわ……」

「本当に免許持ってんのか……」

 負傷した細海兵長と石田少尉が青ざめているのは、怪我のせいではなさそうだ。

「うむ。運転は門倉大尉に任せよう。まあ気にするな、何事にも向き不向きはある」

 伊勢原少佐が纏める。

 この人は何だ、さすがに少佐ともなると器が広いな。

「そうかい。残念だ。オストヴァルト、帰ったら後で車貸してくれるかい?」

「貸す訳がないが!?」

 二人のやりとりはさておき、これでだいたいの流れが決まった。

 

「そういう訳だ、オストヴァルト博士、引き続き運転を頼む。京都都市部へ向かい、こちらへ移動中のタイタンの整備をお願いする。門倉大尉、キャリバンに同乗し、護衛と博士下車の後運転をやってくれ」

 

「ッ……、……了解、しました……。すまんな仙崎。言い出しっぺの俺が逃げる形になってしまった」

 門倉大尉にしては珍しく、意気消沈した形で申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「いえ、大尉がいてくれれば、安心して細海たちを任せられます。楠木曹長と市原少尉は、本当によろしいので?」

 キャリバンにも護衛が必要だという話は、素直に頷ける。

 いくら何でも我々が去った後に巨大生物に襲われて全滅でもしたら後味が悪すぎる。

 その点、門倉大尉ならば信頼できる。

 

「正気かと思うような作戦だが、ま、乗り掛かった舟だ。」

「自分も、これが日本を守る一手になるのなら、喜んで!」

 

 市原少尉は見た目通りまだ実戦経験も少なそうであるし、楠木曹長に至っては基地の警備兵だ。

 本来、このような決死の陽動に参加していいものではない。

 だが、その目は決意に満ちていた。

 死して目的を果たさんとする決意ではない。

 共に生きて帰る決意を宿した目だった。

 ならば、私からは何もいう事は無い。 

 

「……その意気に感謝する。ところで市原、お前、部隊指揮の経験はあるか?」

「いえ。少尉になってまだ一年と経ってませんので……」

 門倉大尉が経験を聞くと、市原少尉は恥ずかしそうに照れ笑いで答えた。

 フェンサーはレンジャーと違い、任官時既に少尉から始まる。

 少尉任官時の座学で軽く最低限の部隊指揮は教わるが、それだけで何とかなる程実戦は甘くはない。

 

「……そうか。なら、暫定陽動小隊の指揮は仙崎伍長に一任する。異存はないか?」

 逆に私は、過去の最終階級で、訳あって少尉まで昇っていたので部隊指揮に関しては一通りかじっている。

 他の二人よりは上手くやれるだろう。

 

「指揮権、拝命しました!」

「まぁ、階級は上だが俺は警備兵だからな……」

「自分も若輩者なので異存ありません! 会って間もない間柄ですが、仙崎さんが指揮を執ってくれるならなんとなく安心できます」

 

 楠木曹長や市原少尉を差し置いて、この場の最下級である伍長が指揮権を得るというのも傍から見れば変な話だが、任された以上は最善を尽くすまでだ。

 

「すまんな、仙崎伍長、楠木曹長、市原少尉。君たちには困難な任務を押し付ける羽目になってしまった。だがバゥ・ロードが大阪市街地に侵攻すれば、日本の滅亡は避けられない。……頼んだぞ」

 伊勢原少佐は、不甲斐なさそうにしながらも、我々に全てを託す。

 

「……仙崎君」

 茨城少佐が見つめる。

「私の見立てでは、君はやはり英雄の器さね。君ならきっと成せるはずさ。……ただ、過信や慢心も君からは見て取れる。それも自分でも分かっているだろうが、運命とは足元を掬う瞬間を虎視眈々と狙っているもんさね。十分気を付けるんだね」

 期待や忠告が混じった言葉だが、まあ彼女なりの激励だろう。

「――はッ! 肝に銘じます!!」

 言われるまでも無いが、それでも言葉というのは言われれば脳に刻まれるものだ。

 

「仙崎! バゥ・ロード攻撃の作戦や本部とのすり合わせはこちらでやっておく。俺も負傷者(コイツら)の護衛が終わり次第そちらに合流する。それまで全員、死ぬんじゃないぞ?」

 

 門倉大尉は、最後まで不思議な自信を感じる笑みを残す。

 

「「「サー! イエッサーッ!」」」

「バゥ・ロードにようやく追いつきました!! 目算距離500! 相変わらず無駄な空爆を続けているようですが、やはり効果はありませんねぇ! 大阪方面へ向かう足も止まっていないようで!」

 オストヴァルト博士が状況を説明する。

 私もキャリバンの後部ハッチから覗き、外を見る。

 現在は402火力演習場から15km程南下し、京都府亀岡市周辺まで来ていた。

 日本戦線の生命線であるEDF極東第一工廠までには直線距離にして50kmもない。

 

 バゥ・ロードは無人となった亀岡市住宅街を踏み荒らし、時折跳躍し、上空から降り注ぐ爆撃を気にせず進んでいた。

 

「よしオストヴァルト博士、ここで下ろしてください」

「……了解。停車します。仙崎とやら。なかなか破天荒で刺激的な男ですねぇ。気に入った! いずれ我がガプス・ダイナミクス社に入るつもりはないかね? とびっきりの好待遇を約束しますが」

「ぬぁはははははは!! 分かってて聞いているとしか思えませんな! 買っていただけるのはありがたいですが――」

 私は背後を振り返る。

 月明かりと航空爆撃の爆炎に照らされた、巨大な威容が伺える。

「――侵略者共を全て撃退したら、考えてみますとも。楠木曹長、市原少尉、準備は……よいな?」

 にやりと笑ったオストヴァルト博士の返事を受け取り、私は二人に改めて伺う。

 

「ったくみんなクドいぜ? ここまで来たんだ。やるだけやってやるさ」

「あの怪物を……ここで食い止めて見せます!」

 たった三人しかいないが、それぞれの意気込みを見て、我々はやれると確信に至った。

 

「せ、仙崎」

 最後に、細海兵長が呼び止める。

 

「アイツは、助けられなかった。だから、せめてアンタは、アンタ達は無事で帰ってきなさい。勝手に先に、会いに行ったら許さないわよ」

 悔いるような、惜しむような、祈るような、釘を刺すような。

 そんな複雑な目線で、細海は我々を送り出す。

 

「……承知した。態々言うまでもないが、必ず生きて帰ると約束しよう。では皆、()くぞッ!! 続けぇぇーぃ!!」

「「うおおぉぉぉぉーーッ!!」」

 我々は、ついにキャリバンから飛び出し、あの怪物の足止めに向かった。

 

「……仙崎。頼んだぞ」

 門倉大尉はそう言い残して、キャリバンは去った。

 

「さて。”英雄”のお手並み拝見さね」

 走り出す車内で、茨城少佐がうすら笑う。

 




簡易登場兵器解説

▼EJ-24C”シリウス”
 EDF海軍航空隊の艦上汎用戦闘機。
 EDF空軍のEJ-24A”レイヴン”を艦載機向けに改造した機体。
 EDF兵器特有の拡張性の高さにより無理なく高性能な艦載機になっている。
 (EDF兵器全般は、未知の脅威に即時対応できるように改修・改造・換装を前提に設計されている)

▼KM-6E”カムイ”
 EDF空軍の戦闘爆撃機。
 空軍にはレイヴンが主力戦闘機とした位置づけになっているが、一世代前のカムイは戦闘爆撃機として多任務に従事できる万能機。
 エアレイダーの誘導の下航空支援任務も限定的ながら可能。
 搭載爆薬量はレイヴンの1.3倍、シリウスの1.5倍でありながら高機動を誇る。

▼オケアノス級原子力空母
 EDF海軍が誇る新造原子力空母。
 空母の新造には非常にあらゆるコストが掛かる上、EDFは弩級戦艦リヴァイアサンや、戦艦ポセイドンの他、数々の新造艦を世界中の造船所で発注製造していたので、EDFの保有する八割の空母は米海軍からライセンス生産を行ったニミッツ級空母を運用している。
 これはその中でも数少ないEDF新造空母の一つ。
 EDF太平洋連合艦隊にはオケアノス級の四番艦までが運用されているが、そのうちの半分を投入する事からも力の入れようが分かる。


今度隙を見てEDFの兵器・戦闘車両設定集も投稿したいと思います。


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第六十三話 奈落の王(Ⅲ)

なんかちょうどよく切るところが無かったんで結構長くなりました。
疲れるかも知れませんがご容赦を。

ちなみにこのバゥ・ロード、ゲーム中より結構巨大になってるイメージですね。
書いてたらなんかそういう感じになってしまいました……。



――2023年4月1日 1:20 京都府亀岡市住宅街――

  

 

「あれがバゥ・ロードか……! 生身で見るとなんて怪物なんだ……!」

 楠木曹長が敵を見上げて驚嘆を口にする。

 

 ――バゥ・ロード。

 侵略性巨大外来生物β――蜘蛛型巨大生物は大抵の人間の身長を上回る全高2m以上であるが、眼前の超巨大生物はそれを更に上回る。

 遠目で見て、その10倍はあり、その威容はまさに”奈落の王”と形容するに相応しい。

 

 暗闇に赤く光る大小六つの目玉と、爆撃によって起きた火災が闇夜を照らし、今まさに死地へ向かおうという我々の意識を更に際立てた。

 

「奴はまだ我々には気づいていない。このまま接近するぞ! 楠木曹長、市原少尉、気圧されるなよ? なに、サイズ差を有利に生かせば勝機はある!」

 

 私はまだ過酷な状況に慣れていないだろう二人を気遣ってかそんなことを言った。

 それは二人に向けての言葉だったのか、もしくは自分に向けて言い聞かせたのか。

 

 いくら何でもあのような巨大な敵に数人で立ち向かった経験など私にも無い。

 いや、レイドシップを墜とした時なども絶体絶命ではあったが、あのような空中浮遊物にはない威圧感が目の前の超巨大生物にはあった。

 だが、今の言葉は気休めでも何でもない。

 

 遠目で見たあの糸の極大放射は、範囲こそ広いが速度はそう速くはない。

 あのような初速でよく音速を超える砲弾類を迎撃したものだと関心を覚えるほどに。

 であれば、恐らく距離を取っていれば躱すことは可能だ。

 むろん、人間を直接狙ってくるのか、その際の初速はどの程度か、そもそも興味を引けるのかなどの懸念点はあるが、考えても分からない問題に不安を感じて先に進めぬなど愚か者のする事だ。

 私は愚か者ではない。

 ならば、するべきことは一つである。

 

「サー! イエッサー! 全力で行きます!」

 

 市原少尉には、背面の跳躍装置(ジャンプユニット)を使用しない通常歩行で追従して貰っている。

 跳躍装置(ジャンプユニット)を使えばより早く辿り着いてバゥ・ロードの気を引いて足止めを行えるが、一人で突撃するにはあまりにも危険な相手なのでその手は取らない。

 三人でもさして変わらないが、細海に全員の生還を誓った以上、二人の生存に関して妥協はしない。

 そして無論、奴の大阪侵攻も食い止めて見せる。

 

 あの場所には日本戦線の生命線である極東第一工廠やそれを支える市民はもとより、大林中尉や桜達を始めとしたレンジャー2の負傷者たちや、様々な理由で国外へ避難もままならなかった国民たちが残っているのだ。

 その中には、かつて横浜で出会った村井茉奈君も残っている。

 

 彼女とはレイドシップを墜として入院して以来会っていないのだが、あれ以来少しづつメールのやり取りを行っている。

 そのお陰で彼女は今も大阪の避難所にいる事が分かっていた。

 内容は、何故かとても事務的であり、とても14歳の女の子とやり取りをしているようには思えない。

 慣れていないのだろうか? 私もだが。

 

 ちなみにあまりゆっくりと話す機会も無かったので瀬川には伝えていないのだが、お、怒るだろうか?

 さすがの私もちょっと怖い。

 

 と、そんな事を考えている場合ではない!

 とにかく、それらの多くの守るべきものの為に、我々は脅威に立ち向かわなくてはならないのだ。

 

「楠木曹長、普段の任務と違い、慣れぬことと思いますが、本当によろしかったので?」

 私は、楠木曹長に意思の確認を行う。

 彼には、直前に手前での狙撃をお願いしたのだが、あっさりと断られてしまった。

 

「こんな状況、普通に考えて一人でいる方が怖いだろ……。それに、実を言うと、俺はこの状況にちょっと感謝してるんだぜ?」

 楠木曹長が妙な事を言う。

 

「感謝?」

「ああ。……俺は元々、レンジャーになりたくてEDFに入ったんだ」

 

 バゥ・ロードへ駆けながら、楠木曹長は短く語る。

 レンジャー志願の訓練兵としてEDFに入った彼は、訓練中の事故で共に志願した友人の死を目の当たりにしたそうだ。

 そのショックから立ち直れず、しかし病に倒れた父親を、家族を養う為、高給取りと言われていたEDFから去る事も出来ず、結果彼は警備兵としてEDFの門を潜った。

 

 ちょうどその頃、ディラッカ事変を始めとする紛争・内乱が多発し、EDFも海外派兵に動き出す。

 その事を知って、レンジャーにならなくてよかったとひどく安堵する楠木だった。

 

「でもその結果、フォーリナーが攻めてきて、厚木市の市民病院に取り残されていた親父は多分……奴らに殺された。だから、今、レンジャーとして奴らに一発ブチ込めるだけでも誇らしいんだ」

 

 楠木曹長の今の装備は、簡易的だった警備兵着用の汎用戦闘服に、対F用の高性能アーマーを追加した、いわゆる広義のアーマースーツを着用し、簡易レーダーを表示するバイザーと無線機の付いたヘルメットを被り、手にはEDF製対F用狙撃銃を装備している。

 どこをどう見ても、立派な陸戦歩兵(レンジャー)だ。

 

「……そうか。ならば! 一発と言わず、何発でも奴らにくれてやれ! 狙うは脚だ! スナイパー、射撃用ォォー意!」 

「「イエッサー!!」」

 

 今回、キャリバンに積み込んであった武器の中から選んだのは、迎撃されにくいだろうと踏んだ高初速の武器類だ。

 私が、貫通性能を重視した、対巨大生物用狙撃銃”ストリンガーJ1”

 楠木曹長が扱いやすさを重視して、フルオート性能のある”ドゥンケルN202”

 市原少尉の兵装は、ガリア重キャノン砲を両肩部に二門、右腕にガリオン軽量機関砲一門、そして左腕にディフレクションシールドというものだ。

 

 バゥ・ロードは、我々に対しちょうど側面を向いている。

 脚を狙う事は事前に話していた。

 あの巨体を支えるのに重要なはずだ。

 そして、その重要な個所に攻撃を喰らえば無視は出来ないはずだ。

 

「撃てぇぇーーッ!!」

「「EDF! EDF!!」」

 

 狙撃銃の空を割く発砲音が響く。

 ひと際大きいのが、私の撃ったストリンガーJ1の発砲音だ。

 

 貫通力を高めた高威力の12.7mm特殊弾(12.7mm弾を発射する狙撃銃は、通常対物狙撃銃として扱われる。がEDF内に於いては、対物狙撃銃カテゴリは対ダロガ等重装甲目標用に作られたライサンダーを指すものであり、ストリンガーは飽くまで対生物狙撃銃として扱われる)が、狙撃銃としても優れた初速と精度を誇り、容赦なくバゥ・ロードの関節部と思わしき部位に突き刺さる。

 

 その周囲を、ドゥンケルN202の数発の7.62mm弾丸が連続してヒットする。

 私の使うストリンガーJ1は特殊機構の為、弾丸を一発づつ装填する仕様になっている。

 その為ストリンガーは威力の代償として取り回しは悪いが、ドゥンケルは弾倉ごとに16発の装填が可能である上、狙撃銃としては破格の連射性能を誇っているので非常に扱いやすく出来ている。

 

 そして、最後に直撃するのが両肩部から放たれたガリア重キャノン砲の30mm徹甲榴弾だ。

 歩兵が扱う口径としては破格の重砲弾が足の付け根に直撃・爆発を起こす。

 が、効果があったかと判断する前に動きを見せる。

 

「や、奴がこっちを向いたぞ!」

「と、跳んだ!?」

 

 バゥ・ロードはこちらを振り向くと、大阪へ向かうのを中断し、こちらに向かって跳躍する。

 少なくとも気を引くという目的は達成した訳だが、後はどれだけ稼げるかだ!

 その間に、タイタンが到着するか、他の何かしらかの対策が取られることを期待する!

 

「着地の瞬間を狙え! 体を屈めつつ撃ち続けろッ!!」

 

 バゥ・ロードは、一気に100m程距離を詰め、着地する。

 着地で辺りに衝撃が走るが、体を屈めたおかげで転倒には至らない。

 

 着地の瞬間、再びスナイパー弾がバゥ・ロードに着弾。

 今度は真正面に当たるが、目玉に当たろうと気にすることなく、”腹部”を上に持ち上げる。

 糸の発射態勢だ。

 

「右に走れッ! 市原ッ、先行して横から攻撃を逸らせッ!」

「イエッサー!!」

 

 私と楠木曹長は、ダッシュで距離を稼ぐ。

 フェンサーである市原少尉は、背面の跳躍装置(ジャンプユニット)を瞬間的に吹かし一瞬で距離を稼ぎ、反転して三つの銃器を構える。

 

「いっけぇーーッ!!」

 

 両肩部のガリア重キャノン砲、右腕のガリオン軽量機関砲の一斉射撃を行う。

 30mm徹甲榴弾と20mm徹甲弾が、バゥ・ロードの持ち上げた腹部に全弾命中する。

 腹部の体毛の中に棲んでいると思われるβ型の迎撃は、やはり近距離高初速の砲弾に対しては発揮されず次々当たってゆく。

 

 だが動きを止めるには至らず、それと同時に腹部の噴射口から糸が放射される。

 

「緊急回避ッ!!」

 

 私はそれを見て、躱せると確信した後、楠木曹長と共に右にローリングを行った。

 放射される糸の直径は一本一本が2mくらいはある。

 要するに人間一人飲み込むくらいの大きさだ。

 それが空中を何十本も飛翔してくる様は、まるで白い壁が迫るようだったが、一方で速度は銃弾砲弾のそれと比べて低速で、私ならば目で見て捉える事が出来た。

 

 市原少尉の射撃の成果もあって多少照準がブレていたのか、こちらに飛んでくるはぐれの数本を回避するだけでよさそうだ。

 私は楠木曹長の背を押しつつローリングを行い、糸の隙間を縫うようにして回避した。

 

「今だ! あの巨体では、近づけばあの規模の攻撃はそう行えまい! 行くぞッ!」

 

 躱した後もじっとしている暇はない。

 

 私は駆けながらストリンガーの弾丸を装填し、楠木曹長が慌てて立ち上がり、私のカバーとしてドゥンケルを連発する。

 だがバゥ・ロードは、まだ先ほど発射した糸が残ったまま跳躍した。

 

「飛び上がったぞ! こっちに来る!」

「ちぃ! 潰されるぞ! 避けるのだ!!」

 

 全高およそ20m、体長い至っては100mくらいあるのではないかと思われる超巨大生物が、民家や雑居ビルを通り越す我々の頭上はるか上まで跳躍する様は、地球の物理法則を疑うレベルだが、そんな超巨大生物が月夜を遮り影を作り、自由落下に任せて我々を踏みつぶさんとする。

 

 遠距離の糸の放射を警戒して接近したことが仇となったか。

 あの長射程を持っていれば、普通は距離を取って戦うだろうが、フォーリナーに人類の常識や戦訓は通用しない。

 

 フォーリナーによくある事なのだが。

 奴らはダロガやヘクトルなど遠距離戦が得意な相手だろうととりあえず我々に接近する傾向がある。

 巨大生物も酸や糸を飛ばしてくるが、陣地を組んで中距離から射撃するなどの戦術を取ってくる事は無い。

 ヘクトルは砲兵型などは、その傾向が薄いが、おおむねこちらに歩を進めながら撃ってくる場合が多い。

 本来は距離を取った方が有利なはずが、なぜだが奴らはそうした行動を取るのだ。

 

 それは、この極大射程を誇るバゥ・ロードすら例外ではないらしい。

 

「二人とも! 掴まって!」

 

 市原少尉が推進剤を吹かせて通り過ぎる。

 私と楠木曹長は咄嗟につかまり、市原少尉はそのまま噴射して飛び上がる。 

 

 バゥ・ロードは着地し、隙を見せる。

 

「今だッ! 一斉射撃!」

「「うおおおぉぉぉーーーッ!!」」 

 

 空中で、それぞれの火器が一斉に火を噴いた。

 バゥ・ロードの頭上から狙撃銃弾と歩兵砲弾が降り注ぐ。

 

 片腕でつかまりながら大型狙撃銃の使用など、常識で考えれば当たるはずもないが、相手が超大型なら関係はない。

 そのまま市原少尉は着陸し、我々も離れて大地を踏む。

 敵は目の前だ。

 

「ショットガン、射撃用意ッ!」

「イエッサー!」

 

 地上に降りてから私は武器を広角式ショットガン”ガバナー”に、楠木曹長は連射式ショットガン”スパローショット”に武器を切り替え、バゥ・ロードの側面に接近する。

 

「撃てぇッ!!」

「うおおおぉぉ! 死ね、死ねぇッ!!」

 

 圧倒的な量と速度で、散弾が叩き込まれる。

 ガバナーの至近での必中は、戦車砲弾の直撃にも匹敵する火力を叩きだす。

 通常のβ型に撃てば、肉は抉られ内部まで貫通するはずだったが。

 

「ッ!? 効いたか!?」

 

 バゥ・ロードの表皮を抉り取り、紫色の体液が噴き出るが、その瞬間、私は絶句した。

 

 バゥ・ロードの体毛が蠢いたのを見た瞬間、中から一斉に無数の赤い目玉が現れた。

 体毛の中に棲んでいたβ型が、一斉にこちらを視認したのだ。

 闇に浮かぶ無数の赤い光点に、生理的嫌悪感と論理的危機感を感じ、私は声すら発する前に行動を取る。

 近づきすぎた。

 単純な距離を取っての回避は間に合わないだろう。

 

「な、なんだ!?」

「楠木ッ! 直ちに離れろッ! 奴らは――」

 

 先の航空爆撃を無力化した巨大生物式近接防御システム。

 それは糸放射口のある腹部のみならず、全身を覆うように存在していたのだ。

 

 私より後方にいた楠木曹長に離脱を指示しつつ、自身の単純な回避は間に合わぬと悟り、ショットガン・ガバナーを構える。

 

 バゥ・ロードの体毛に潜んでいたβ型が、一斉に糸を放射してきた。

 私は同時にガバナーの引き鉄を引き、散弾を発射する。

 25発もの散弾に拡散したガバナーは私に届くはずだった糸を迎撃する形で勢いを削ぐ。

 完全に撃ち落とす形にはならないが、私にとってはそれで十分だ。

 

 運動エネルギーの多くを失ったそれらの糸の間を縫うように躱し、事なきを得る。

 だが、背後にいた楠木曹長はそうはいかない。 

 

「うわぁぁぁ!! い、糸が!! ちくしょう! 放せッ!!」

 

 多数の糸に絡めとられた楠木曹長は慌てて藻掻く。

 とはいえ、EDFのアーマースーツは多少は酸に耐える。

 耐えるが、それだけだ。

 アーマー表層は酸を含んだ糸によって溶かされ、白い煙を上げてジュウジュウと音を立てる。

 

「落ち着け! 下手に暴れるよりまず撃つのだッ!」

 

 β型の糸に絡まった時は、まず落ち着くことだ。

 パニックを起こして無駄に藻掻き、糸が絡まってしまえばより多く酸を浴びることになるし、動きも取れなくなる。

 可能な場合はとにかく距離を取るか、或いは反撃する事。

 攻撃は最大の防御、という言葉があるが、防御が自身の身でどうにもできない以上、脅威を排除してしまうのが手っ取り早い。

 ただし、どちらにせよその場にとどまるのは殆どの場合悪手だ。

 巨大生物の作戦あるいは習性によって、囲まれてしまえばより状況は悪くなる。

 

 この場合であっても――

 

「動けるか、楠木! 動けるならその場から――ちぃッ!!」

 

 楠木がスパローショットを撃ちながら離れていくのを横目に見るが、私の元に絶え間ない糸のシャワーが降り注ぐ。

 

「その程度でッ!」

 

 再びガバナーを撃つ。

 糸は何とか軌道を変える程度には出来るが、逆に言うならガバナーの散弾は殆どが相殺されてしまってバゥ・ロード本体には届いていないという事だ。

 

「仙崎さん! 脚が!!」

 

 後方で砲撃をしていた市原少尉の声が聞こえた。

 

 脚だと?

 楠木曹長の足がやられたのかと思ったが、鋭敏な殺気を感じて一瞬上を見ると、バゥ・ロードの巨大な足が頭上から迫っていた。

 

「なんと!! ぬぉぉぉぉぉッ!」

 

 片面三本あるうちの前足が迫るが、寸前で回避。

 大柄な人間の胴ほどもある足が衝撃と共に振り下ろされた。

 が、安堵する暇はない。

 その足にもβ型が赤い目を光らせていた。

 この距離で糸の放射を受ければEDF製アーマースーツと言えども致命傷は免れないが――

 

「――それは向こうとて同じ事! 舐めるなッ!!」

 

 私はほぼゼロ距離でガバナーの引き鉄を引いた。

 25発の散弾がほぼ全てバゥ・ロードの足に直撃し、体毛に隠れていた個体ごと貫通して撃ち抜いた。

 紫色の毒々しい体液を吹き出すが、同時にその足にいた他三体のβ型が体毛から飛び出してきた。

 

「なに!?」

 

 私は先ほどのでガバナーを撃ちきってしまったので少しまずい状態だ。

 武器をストリンガーに変えるが、蜘蛛の相手は狙撃銃では多少きびしい。

 私は射撃も普通以上にこなす方だが、水原や二ノ宮軍曹には到底及ぶまい。

 特に二ノ宮軍曹の移動中射撃の腕は素晴らしい。

 

「まず一体! だが!」

 

 着地の瞬間を狙い、一体を撃ち殺す。

 しかし失念していたが、そもそもストリンガーは『貫通力を高める特殊な機構云々』のせいで単発装填式だ。

 乱戦にはまるで向かない。

 あまり狙撃銃を触ってこなかったせいで迂闊な真似をしてしまった。

 

「援護します!! 楠木さん、行ってください!」

「イエッサー! この野郎ォォ! さっきは良くもやりやがったな!!」

 

 糸の拘束から復帰した楠木が援護しに戻ってきた。

 スパローショットで一体をハチの巣にする。

 同時に市原少尉の放ったガリオン軽量機関砲の砲弾がβ型を粉砕する。

 

「二人とも、助かっ――ちっ、避けろッ!!」

 

 援護に感謝する間もなく、バゥ・ロードは跳躍で距離を取り、巨大な腹部を持ち上げて糸を放射する。

 

「あんたみたいに避けられるかっ!」

「まて、離れるな!」

 

 私の静止を無視し、楠木は逃げるように四階建てくらいのマンションを盾にする。

 市原はフェンサーらしく盾を構え、私は通りに出て巨大な糸の隙間を見つけ、回避する。

 

 糸は辺りをまるで爆撃かと思うくらいに破壊し、しみ出した酸によって更に周囲を壊滅的に破壊する。

 酸の化学反応で民家や木々が燃え、放棄されていた自動車に引火して爆発が起きる。

 

 楠木は無事だろうか?

 確認する間に、はたと気付く。

 

「っ、気を付けろ! 簡易レーダーに反応! 小さいのが何体か闊歩している!」

 

 恐らくあのバゥ・ロード(でかいの)から現れた個体だろうか。

 火災によってさらに見通しが悪くなったところに奇襲を受ければ厄介だ。

 

「と、言っている傍から!」

 

 炎上するアパートの壁面にβ型一体。

 問題なくガバナーで撃破する。

 

「仙崎さん! また奴が近づいてきます! なんとか時間稼ぎは出来てるみたいですが、このままでは……!」

 背面のユニットを吹かして跳んできた市原が合流する。

 時間稼ぎという意味では成功しているが、離れての攻撃は正直効いている気がしない。

 唯一の有効打らしきものは、やはり先ほどのガバナーの至近での一撃であるが、あの糸の弾幕に何度も飛び込むのはさすがに勘弁願いたいものだ。

 

 それ以前に、このまま逃げ回るのも辛うじて上手くは言っているが、そう何度も凌げるものでもないだろう。

 

「市原っ、後ろだっ!」

 

 市原の背後に炎に紛れる二体のβ型。

 しかし、私の武装はガバナー。

 今撃てば市原にもあたってしまう。

 

 そしてフェンサーの動作、特に旋回性は、生身の人間程俊敏ではない。

 

「ぐああぁぁ!」

「市原! おのれぇっ!」

 

 私は倒れた市原を飛び越し、空中でガバナーを撃つ。

 一体は倒したが、レーダーを見ると集まってきているのが分かる。

 

 民家の陰から、公園の端から、畑を踏み荒らして、おおよそ10体前後にあっという間に囲まれた。

 

「ふん、呼びもしないのにぞろぞろと! 市原! とにかく盾を構えろ! 出来るなら反撃するのだ!」

「い、イエッサー!! ……フェンサーのパワードスケルトンなら、この程度で!!」

 

 飛んでくる糸を盾で防ぎ、ガリオンをとにかく撃つ。

 

「くそ、くそ! ちょこまかと……!」

 

 だが、焦りがあるのと、武器のせいであまり当たっていない。

 ガリオン軽量機関砲は、機関砲と言っているがマシンガンやアサルトライフルのように連射できるわけではない。

 歩兵にしては巨大な20mm砲弾を発射する為、弾幕を張るというよりは狙って撃つ仕様になっている。

 その為、縦方向に飛ぶβ型には相性が悪かったのだ。

 

 むろん私はフェンサーではないが、傍から見て言えばこの程度の特徴は見て取れる。

 だからこそ、武装を選ぶ際に一声かけるべきだったか。

 

 いや。

 あの巨大なバゥ・ロードから、子蜘蛛が出現し独立して活動する事を端から考慮していなかった。

 対大物用かつ高火力、そして迎撃されにくい高初速を持つ武器としか、頭になかったのだ。

 

「落ち着け! よく狙うのだ! ……そうだ、楠木、楠木は無事か!?」

 

 この場にいない楠木の事を思い出す。

 彼は先の巨大糸放射の時から見ていない。

 短距離通信で呼びかける。

 

「今んとこ無事だ! だけどβ型が何体か……。くそ! でかいのも迫ってる! た、助けてくれ! このままじゃ!」

 

 どうやら状況は良くないようだ。

 だがこちらも……!

 

「ここは大丈夫! 行ってください! 後で追い付きます!」

 糸の拘束から解かれ、立ち上がった市原は言う。

 一見無事に見えるが、私はパワードスケルトンのスーツ部分からにじみ出る出血を見逃さなかった。

 

「馬鹿を言うな! 先ほどの至近からの直撃、フェンサーと言えど無事では済むまい」

「治癒剤は打ちました。行ってあげてください。さっきの楠木さんの話、なんだか他人事に聞こえなくて」

 

「まさか、君も家族を? ……姉がいると伺っていたが」

「ええ。姉は名古屋で。両親は東京でマザーシップに殺されました。自分にはもう、守るものはないんです。だから! せめて仲間くらい、自分に守らせてくださいッ!!」

 

 そう啖呵を切った彼の背中は、先ほどまでの礼儀正しそうな好青年ではなく、立派なEDF兵士だった。

 

「分かった! 死ぬなよ!!」

「イエッサー!!」

 

 背後を任せて、私は先ほど楠木が逃げ込んだあたりの建物に走るが見当たらない。

 だが銃声を頼りに団地に入ると、楠木はすぐに見つかった。

 

「ぐああぁぁッ! この野郎ッ!」

「楠木曹長ッ!!」

 

 楠木の背後にいた三体を纏めて仕留める。

 

「はぁ、はぁ、せ、仙崎か……。へっ、悪ぃな、あんたのそばを離れたらこのザマだ」

 

 そういった楠木の体は、既に糸に塗れていた。

 

「そんな体でよく戦ったものだ。貴方は既に立派なレンジャーですよ」

 

 まだ残っているβ型の数が少なくなっていく。

 それ以上に、楠木は一人で多くのβ型を倒したのだろう。

 だがそんな彼は、もはや満身創痍だ。

 糸から染み出た酸で、アーマーの各所は溶け落ち、多数の出血と火傷も見える。

 通常なら、もう戦える状態ではない。

 

「へっ、レンジャーも辛いもんだ……。ま、何とかなったのはコイツのおかげだぜ」

 

 楠木はふらつきながらも、また一体を仕留める。

 手に持つのは、狙撃銃ドゥンケルだ。

 

「連射が効くから、結構適当に撃っても当たるのな。スパローショットも扱いやすいし、あんたの選んだ武器は正解だったよ。だが……ごほっ! さすがに、やられすぎたな……」

「楠木!」

 

 楠木は吐血して、地面に倒れた。

 

 同時に、妙な静寂を感じた。

 私の中の危険信号が鳴り響き、楠木を乱暴に背負う。

 同時にバゥ・ロードが糸の放射を行い、巨大な糸が十数本飛んでくる。

 

「また背負うのか!? それじゃ避けられないだろ!」

「黙っていろッ!」

 

 糸の軌道を予測し、安全な地点を見つける。

 ほぼ転ぶような形でその場所に体を収めると、糸の直撃による破壊的な連続音が鳴り響く。

 

 私の真横に着弾した糸は、直径だけで人の身長程もあり、直撃を受ければその質量だけで肉体が弾けかねない極太だ。

 

 それが数十本ほど、辺りに一斉に、無差別に降り注ぐ。

 まだ形の残っていた建物が次々と崩壊し、にじみ出た酸があたりを溶かし、炎上させる。

 このフォーリナー戦争に於いて、何度も廃墟や凄惨な戦場を見てきたが、光景だけで言うならその中でもかなり絶望的だ。

 

 救いなのは、この場所で悲鳴を上げる人間が兵士三人しかいない事くらいだ。

 

 そしてその炎上した後継の先、炎と煙の中に巨大な蜘蛛のシルエットが浮かぶ。

 不気味に、赤い目だけを光らせて。

 

 そこに佇むだけなら無害なものだが、バゥ・ロードはまだ放射した糸を繋げたまま飛び上がった。

 

「ちっ! まだ来るかっ!!」

 

 先ほど爆撃隊にやっていたのと同じ動きだ。

 極太の糸が軽々しく振り回され、無秩序に暴れる。

 が、どうやらそれは狙ってやっているわけではないらしく、人ひとり背負いながらでも私なら軽く回避できた。

 

「……あんた、すげぇな。背中に乗ってると、なんかアトラクションでもやってる気分だ」

「ぬぁははは! あのような大雑把な動き、避けるのは造作もないわ! ……と! 高笑いする余裕も無くなりそうだ!」

 

 バゥ・ロードは巨大だ。

 故に、一歩や一跳躍が感覚が狂いそうなほど大きい。

 遠くで跳ねてると思った次の一跳躍で、あっという間に真横に跳んできた。

 

 真横、脚の付け根や脚そのものの体毛の中に棲むβ型が、糸の発射態勢を取る。

 

「楠木! そのまま撃て!!」

「イエッサー! うおおおぉぉ!!」

 

 ガバナーとスパローショットの連射。

 糸の発射より前に撃った弾丸は、中のβ型にヒットし、紫色の体液を噴出してそのまま絶命する個体もでた。

 すると、それに反応して周囲の個体は外に現れた。

 

 一見、周囲を小型の敵に覆われて窮地であるが、その反面――

 

「奴らが出て行った場所は、ガラ空きだなッ!!」

 

 私は更に距離を詰め、ガバナーの引き鉄を引く。

 散弾は全弾命中し、その場所に大きな穴を穿った。

 バゥ・ロードが、形容しがたい嘶きを上げる。

 

「効いてる……が! 深追いは出来んな! 楠木!」

「イエッサー!!」

 楠木が、文字通り背中をカバーする。

 それはありがたいが、さすがにこの状況も私の消耗が激しい。

 なんとかしなければ。

 そう考えつつ、その場から撤退しようと足を踏み出すと、その足を迂闊にも糸で絡めとられてしまう。

 

「ぐあ! 足がっ!?」

「仙崎!」

 

 回避だけが取り柄の私がこんなつまらんミスをしてどうする!?

 瞬間、間の悪い事にバゥ・ロードが、今まで見たこともないような至近距離で糸の放射体勢に入る。

 糸は、距離が近ければ近い程収束する。

 すなわち、糸の密度的に回避は困難になる。

 角度的に放射範囲外への回避は容易になるが、これほど大きい場合はそれも絶望的だ。

 

 糸が、放射される。

 




いやぁボス戦みたいで書いててワクワクしますね!
こういうのは筆が進みます!楽しい!
と書いてる本人はノリノリですが、どうでしょうか……?


※最近忘れてた新規登場人物


永崎学(ながさき まなぶ)(40)
 階級は中佐。
 EDF極東方面第11軍司令部の作戦参謀長。
 本来、横須賀の極東本部基地の周辺にある統合参謀本部の海軍参謀長であったが、マザーシップの攻撃によって要員の大半が死亡。
 生き残った一部の要員が極東本部に流れ込み、更に極東本部を失い、今は本部の作戦アドバイザー的立ち位置にいる。
 独特の気怠い口調で冷徹ともとれる判断を下す。
 だが、それは榊中将や秋元准将が、司令部としてはやや人情寄りの判断を取る事が多いが故のカウンターとしてよいバランスになっている。
 気怠い態度とは裏腹に、軍人らしい思考の持ち主。

楠木雄一郎(くすのき ゆういちろう)(33)
 第402火力演習場を警備する、第4021警備中隊の曹長。
 本来レンジャー志望であったが、訳あって警備兵として任務についた。
 フォーリナー襲撃以前は、反EDF派武装勢力(日本国内では活発ではなかったが)や市民団体、少数のデモ活動などが行われていたので、それらから基地を守る為積極的に警備兵として採用も行われていた。
 戦闘を目的としない為装備は簡素、訓練はレンジャー部隊に言わせれば生ぬるい、一方で俸給はEDF準拠など、警備兵を馬鹿にしたり逆に羨むするものなどがEDF内にも一定数存在した。
 が、実際には基地内に押し寄せる大規模デモ活動が起こる事が少なくなく、かといって危害をむやみに加えるわけにもいかず基地への侵入や損害を押さえねばならないので皆が想像するほど楽な仕事ではないと、本人は言う。
 兵士としての能力は平均的で、故に常に全力で事に当たる為余裕が無いように見える。
 非常識的な事にいちいち反応してしまうタチで、投げやりな態度に見えるかも知れないが、根は素直なので、文句を言いつつ一度決めたらとことんまでやり込む。

市原一馬(いちはら かずま)(22)
 第202機械化歩兵連隊-第一中隊”ジャガーノート”第一小隊の少尉。
 第三中隊”ランドガルド”と同じ連隊で、横浜救助作戦にも参加していた。
 仙崎からは礼儀正しく、頑張り屋の印象を持たれる。
 巨大生物襲撃の際に友人を、マザーシップ砲撃の際に両親を、名古屋市の攻防の際に衛生兵だった姉を亡くしており、守るべきものを失った彼は日本の為、地球の為、人類の為、そして隣で戦う仲間を護るため、今もEDFで懸命に戦っている。
 


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第六十四話 奈落の王(Ⅳ)

寒くなってきましたねぇ~。
籠って小説書くにはもってこいです。




――2023年4月1日 1:30 京都府亀岡市住宅街廃墟 ――

 

 

 人一人を背負って戦った疲労があったのか。

 いつもなら気を張るまでもないβ型通常種の攻撃に足を絡めとられ、転倒してしまった。

 そして間の悪い事に我々に、至近距離で放たれるバゥ・ロードの極大放射が襲い掛かろうとしていた。

 

 さすがに、あれを生身で受ければひとたまりもない。

 死体が残るかどうかも怪しいだろう。

 しかし濃厚な死の気配は、一声でかき消された。

 

「ディフレクション・シールド! 最大出力ッ!!」

 

 跳躍装置(ジャンプユニット)を吹かし、我々の前に飛び出し、声と共に盾を構える。

 市原少尉と同時に、バゥ・ロードは糸を放射した。

 いかなる原理か、”物理運動減退(ディフレクター)ドライブ”なるものを搭載したフェンサーの大楯は、真っ向から糸の極大放射とぶつかった。

 

――――

 

 一瞬の出来事だった。

 殆ど何が起こったか分からないが、とにかく糸と盾がぶつかった瞬間、とてつもない衝撃波が発生して我々は吹き飛ばされた。

 

 だが、それが理解できるという事は、少なくとも私はまだ生きているらしい。

 

「くッ……! 楠木、市原! 無事か……!?」

 

 アーマーに多少酸を浴びたが酷い外傷はない。

 右足も、少し溶かされたが戦闘に支障はないだろう。

 

「なん……とか……」

「ぐぁぁぁ……、う、腕、もっていかれました……!」

 楠木にも新たに増えた大怪我などは無さそうだったが、市原は大量の血だまりの中に倒れていた。

 

「市原! くっ、出血がひどい! 二度目だが……治癒剤を使う! 気をしっかり持て!」

 推奨されない行為だが、このまま放っておけば死ぬことは確実だ。

 腕が根元から千切れている他、衝撃でフェンサーの装甲ごと体を切り裂かれている。

 素顔も露になり、頭からも出血が激しい。

 

 今すぐ治療できればEDFの医療技術なら回復は早いが、治癒剤の短時間の多重投与は、無事助かったとしても薬物性中毒や後遺症もありうる。

 

 が、今すぐ助けが来たとしても病院まで持たない可能性のある以上、迷う余地はない。

 

「……じ、じぶんは……、なにか、まもれましたか……?」

 朦朧とした意識で、市原は私の腕を掴む。

 もう、両手にも肩にも武装はない。

 

「君のおかげで、私も楠木も、殆どけがはない! だから、君も必ず生きて帰るのだッ! 君はEDFだ! 地球を護る兵士なのだぞッ!!」

「お、おい仙崎……! バゥ・ロードが去っていくぞ。それに、周囲に……」

 

 見ると、もう我々など眼中にないと判断したのか、バゥ・ロードは再び大阪方面に歩みを進めた。

 そして、周囲には複数のβ型の反応がある。

 

「くそ、バゥ・ロードはいい! 周囲のβ型を撃て! まずは周囲を確保するのだ!」

「ちきしょう! 市原少尉! せっかくあんたに助けられたんだ! 今度は俺たちの番だ! 簡単に死なせねぇぞ! 生きて、生きて帰るんだ! ぐあああぁぁぁッ!! い、糸が! くっそぉぉ!!」

 

 楠木もまた、β型の至近糸を受け、糸に絡まる。

 私はすぐに楠木の周囲のβ型三体を仕留めるが、彼ももう虫の息だ。

 ここまでは、気合で持たせていただけに過ぎない。

 

 周囲にはまだ、10体程度のβ型。

 葬るのは容易い。

 だが、それまで二人を護り切れるか自信がない。

 いっそ自分だけ狙ってくれたらどれほど楽か。

 

 だが、巨大生物が弱っている獲物を無視するはずもなく、どうしようもならないという考えが心に巣くう。

 どうして自分はいつもこうなのだろうか。

 市原は我々二人を護ったが、私は誰も護れないのか。

 新垣を失い、葛木を失い、ここで新たに二人を失うのか。

 

「誰か……。誰か来てくれッ!! 頼むッ!!」

 

 私は、みっともなくいる筈のない誰かに大声を上げた。

 神に縋るに等しい愚かな行為。

 自分で不可能な事を認め、他人に丸投げする無責任な行為。

 

 だが。

 

 救いは確かにあったのだ。 

 

――――

 

 遠方。

 大阪方面へ向かっていたバゥ・ロードに、小規模な爆発。

 巨体にそぐわない俊敏な動きで振り返ったバゥ・ロードは、砲撃を行った未知の標的に対し糸の放射を行う。

 糸は私の頭上を飛び越し、一面に着弾、相変わらずの威力を見せつける。

 その破壊的な光景の中に、一輌の軍用車輛が混ざっていた。

 恐らく今の砲撃を行ったのは、上面に105mmライフル砲を装備したグレイプ装甲車であったが、それは糸に直撃し、その場で爆散した。

 

 救いに見えたそれは一瞬で絶望に変わった。

 が、そこから一筋の軌跡が空を舞っていた。

 

「せ、せがわ――」

「ィヤッホォォーイっ!!」

 その陽気な声は空ではなく地上から聞こえ、女性ではなく男性の声であった。

 

 見ると、周囲のβ型はみるみる駆逐され、踊るように両手にガトリングガンを装備した変態フェンサーがいるではないか!

 

「き、貴様は、御子柴少尉!?」

「よぉ、にーちゃん! 助けに来たぜ! もう安心しな!」

 

 華麗な動きを見せ、私の近くに着地するフェンサー。

 それだけで分かる圧倒的な技量、敵を屠る気概が見れる重武装、自信あふれる態度。

 そのどれもが今まさに欲していたものであり、非常に安堵しているのだが、それはそれとして。

 

「誰が貴様の兄上か!!」

「そこマジレスすんなやぁーーっ!!」

 

 空を裂く雷撃(ツッコミ)と共に、瀬川少尉が降り立った。

 

「素晴らしいツッコミと雷撃だ! 救援感謝する! ……本当に助かった」

 

 本心からの言葉だ。

 今までの絶望に侵されそうになった心がほぐれてゆくのが分かる。

 

 これでもう、心配する必要はない。 

 

「助かった、のか……?」

「よかった……。じぶんは、護れた、んですね……」

 

 楠木と市原も安堵する。

 この二人の技量は本物だ。

 安心して任せられる。

 

「瀬川少尉、御子柴少尉。色々と聞きたいことはあるが、まずは二人を頼む」

 

 私は二人に背を向け、言い放った。

 

「はぁ!? 頼むって……、あんたはどうすんのよ?」

 

 瀬川は困惑してそう言った。

 どうするって? もう分かっているのではないか?

 私の目線の先に、再び大阪方面へ向かうバゥ・ロードがいる。

 

「ふ。決まっているではないか。あの怪物を止めに行く。奴の興味を引く何かが必要だろう?」

 

「はぁ!? たった一人でかよ!? さすがに無茶だぜにーちゃん」

 

 御子柴少尉は、驚きと呆れを表す。

 

「今までも無茶はやってきた。次が大丈夫という保証はないがなに、私は、一人の方が気が楽だ」

 

 一人なら、失う心配もせずに済む。

 

「でも!! あんただって相当……!」

 

 私の負傷度合いを見て、なおも心配そうな視線を送る瀬川だった。

 ここでじっとしていても二人の容体が悪化するだけなので言葉を強めようとしたが。

 

「……よっし、分かった! にーちゃんの手に乗った。そこの二人も容体ヤバそうだし、二人を抱えて高速移動できんのは俺らだけだもんな。うだうだ言っててもしゃーないし! 決断は早めに限るぜ! ほら、ねーちゃんはそっちのレンジャーのあんちゃん頼んだ! 俺はフェンサーの方で! 装備は外しとくぜ!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 意外な割り切りの良さを発揮する御子柴はてきぱきと準備をし始めた。

 瀬川も慌てて動く。

 

「すまん。二人を、絶対に死なせないでくれ」

「……ま、にーちゃんがそこまで言うんだ。必ず二人は送り届けるぜ。後味悪いから、にーちゃんも死ぬんじゃねーぞ」

 市原を抱え、背を向けたまま御子柴がつぶやく。

 

「ふ、そう簡単に、私は死なんさ。あと、私は兄上ではない」

「……まだ言うのね……。二人を届けたら、すぐ戻るから。絶対また会いに行くから、さっきみたいに焦がれて待ってなさいよ」

 

「……ああ。君に会うまで。いや天寿を全うするまでフォーリナーなぞに殺されて堪るものか。では、またな!」

「またね!」

「じゃあなッ!」

 

 そう言って、私は走り出し、ストリンガーJ1の引き鉄を引く。

 同時に、瀬川と御子柴はそれぞれスラスターに火を入れ、大きく跳躍、飛行した。

 

 貫通力を高めた狙撃銃弾はバゥ・ロード側面の赤く光る眼球に当たり硬質ガラスのような強固な表面に僅かながらヒビを入れた。

 

 今まで通りの俊敏な動きでくるりと私の正面を向くと、腹部を上げ、極大放射の体勢になる。

 二発目を撃つ。

 が、今度は眼球のヒビをやや外れたところに当たる。

 やれやれ、水原のような才能はないようだ。

 

 糸が放射される。

 直径1.5m以上の糸が数十本。

 山なりに、塊のようになって跳んでくる。

 一見隙間など無さそうに見えるが、地面に直撃するタイミングも位置も微妙に違う。

 そして、糸はギリギリ目で追える速さだ。

 

 故に。

 

「回避など容易いわッ!!」

 

 隙間を縫うようにして躱す。

 周囲にあったビルが、マンションが、民家が、市民館が、ガソリンスタンドが。

 爆撃に曝されたか、それ以上に徹底的に圧壊され、溶かされ、炎上する。

 

 だが、私は未だ健在だ。

 再び眼球を狙い一撃。

 硬いガラス質の膜に覆われてはいるが、破壊すれば大きなダメージを与えられるに違いない。

 だがバゥ・ロードの微妙な動きに吊られ、狙いが定まらず、着弾点は大きくそれて皮膚に当たる。

 体毛に覆われたか、効いている様子はない。

 

「ちっ、やはり防御力も生半可ではないな!」

 

 α型亜種の甲殻を貫通してダメージを与えるほどの威力を持った貫通弾がこのザマだ。

 やはり有効打は、現状では眼球への一点集中狙撃か、奴の懐に入ってのガバナーの接射の二択だろう。

 

「別に、仕留める必要はないのだがな」

 

 囮役をこなせれば十分だ。

 それに確認しそびれたが、こちらには恐らくタイタンが向かっている筈だ。

 だが。

 

 バゥ・ロードが大きく跳躍する。

 落下地点を把握し、踏みつぶされる心配がない事を確認。

 

「近づいてくるなら、迎撃せん訳にもいかんからな!」

 

 冷静に武器をガバナーに切り替え、同時にバゥ・ロードが着地する。

 大地が揺れ、並みの人間なら転倒してしまうだろうが、私はローリングで衝撃を殺し、同時に足先に近づきガバナーを放つ。

 

 散弾が肉を抉り、紫色の体液が噴出する。

 ここは先ほども撃った場所だ。

 もうβ型(子蜘蛛)はいない――そう思ったが、油断していた。

 見ない間に体毛の中を移動していたのか、付近から普通に糸の迎撃が飛んでくる。

 

「ぬぅ、厄介な!」

 

 不意の迎撃をなんとか回避する。

 だがバゥ・ロードは体勢を変え体を真正面に持ってくると、糸の放射態勢にうつる。

 周囲のβ型の迎撃は飽くまで自動であり、バゥ・ロード本体の攻撃の意思とは無関係らしい。

 

「まずいな! 距離が近すぎる!」

 

 バゥ・ロードの糸の放射は攻撃範囲・威力共に大きすぎる。

 この場合は遠距離なら弾道を見て回避可能だが近すぎると発射から着弾までのタイムラグが無さ過ぎて辛い。

 更に発射主が巨大である為、些細な動きが見えづらく、近くであっても広範囲の攻撃と、更に余波――衝撃と強酸、それによる火災などの二次被害も無視できない為、非常に危険である。

 

「ぬおおおぉぉぉ!!」

 

 大型の糸が放たれる。

 発射から着弾は1秒にも満たず、まるで地面にショットガンを撃ったような惨状になる。

 私は着弾の瞬間飛び込むようにローリングを行い、紙一重で直撃は避ける。

 だが糸発射の衝撃波と飛び散った酸を浴び、吹き飛ばされる。

 

「ッ!!」

 

 なんとか受け身は取るが、バゥ・ロードは糸の繋がったまま跳ねるので極太の糸十数本が暴れ出す。

 

「ふ! 躱せはするが!」

 

 向かってくる糸を最低限回避するが、それも内部に含まれた強酸を無視できない。

 アーマースーツが音を立てて溶けてゆくのが分かる。

 こんな戦い方ではそう長く持たないだろう。

 だが、相手が巨大な割に俊敏なせいで、事ここに当たってはもう歩兵の移動力では引き離せないだろう。

 

 無事な車を探して拝借するという手もあるが、辺りは火炎地獄な上車を使ったとしても糸で砲撃されるのがオチだろう。

 

 ならば、取るべき手段はやはり一つしかない。

 

「コイツの攻撃は有効であった! 取り巻き共々丸裸にしてくれるわ!」

 

 ガバナーの攻撃は有効で、更に体毛を抜け周囲に張り付いている子蜘蛛を倒せば、何体か体毛から外に出てくる。

 そうすれば、迎撃能力がなくなって空軍の爆撃も有効になるかもしれない。

 タイタンによる砲撃も、より効果が見込める筈だ。

 

 問題は先ほどのようなバゥ・ロードの大型糸の放射であるが。

 

「先ほども躱せたのだ! やれない事は無いだろう!」

 

 再びバゥ・ロードが跳躍する。

 その動きはやはり巨大生物らしいというか、一直線にがむしゃらにこちらを攻撃するのではなく、離れたり近づいたり、突然背を向けたり回り込んだりと、規則性が無く読みずらい。

 いつものようにβ型単体であればそれほど問題ではないが、バゥ・ロードのように巨大であると、その気まぐれの数歩ですら大きく離されたり逆に近づきすぎたりとやり辛い事この上ない。

 

 突然距離を取り、また腹部を持ち上げる。

 

「来るかッ!」

 

 糸が放射される。

 あれほどの長射程、戦艦群の砲撃を無力化する迎撃性能、圧倒的な広範囲攻撃能力を持ちながら先ほどのような接射も可能とは恐ろしい攻撃であるが、この距離であれば私が最も得意だ。

 

 毎度のように糸の弾道を見て安全地帯を見つける。

 だが。

 

「糸!? しまった! 迂闊!!」

 

 視界の端から糸が飛んできた。

 バゥ・ロードではない、奴から出てきたβ型の糸だ。

 反射で回避に成功し反撃するが、その一瞬で計算が狂った。

 時間にして一秒程度である。

 しまったと思う頃には糸がそこら中に降り注ぎ、体を捻って最低限躱したつもりだが、知覚できる次の瞬間には空中へ投げ出されていた。

 

「ぐはぁ――!!」

 

 地面が迫る。

 なんとか受け身を取るが衝撃は殺せず、炎上する民家の壁面を突き破って打ち付けられる。

 

「ぐッ……、直撃は、避けたが……――ッ!」

 

 起き上がろうとするが、正面瓦礫越しにバゥ・ロードの背面の腹部があった。

 そこには体毛にビッシリ張り付いたβ型が目を光らせ、こちらを視認していた。

 

「おのれッ! そう簡単にッ!!」

 

 すぐに駆け出し、何とか離さなかったガバナーを射撃。

 が敵の方が僅かに早かった。

 無数の糸が私を襲い、寸前で鉛弾(EDF統一規格弾は、弾芯に特殊合金を使用しているので厳密には鉛玉ではないのだが)が勢いを削ぐ。

 私は何とか全て回避したが、今までいた家屋は一瞬で糸まみれになる。

 わずかでも回避や射撃が遅かったら今頃ミイラのようになっていただろう。

 

 が、安堵する間もなく、バゥ・ロードの側面に張り付いたβ型から絶え間ない糸のシャワーが降り注ぐ。

 

「ちっ! 手数が足らん!!」

 

 ガバナーの銃身下のハンドグリップを引き、空薬莢を排出してすぐに撃つ。

 当たった糸の勢いは削がれて回避できるが、その後から後から糸が迫る。

 

 私は崩壊しかけたオフィスビルを盾にして距離を取る。

 オフィスビルは一瞬で糸だらけと化し、強酸で腐食した部分を起点に崩壊を始める。

 その要領で糸を防ぎ、その隙にガバナーの弾丸を込める。

 ガバナーは箱型弾倉ではないのでリロードが手間だが、その分弾倉を撃ちきらなくても装填できるので弾が無駄になりにくい。

 故障しにくいのも私好みの所だ。

 

 そうしているとバゥ・ロードが突然進路を変更し、瓦礫を踏みつけて私に急接近する。

 

「焦ったな! 愚か者めッ!」

 

 焦るという感情があるのか不明だがとにかく、踏みつけられるのではという距離までバゥ・ロードは接近し、腹部を上げる。

 だが、一方で私は焦りなど微塵もありはしない。

 

「これだけ距離が近いのならば!!」

 

 私は、先ほど処理した弾幕が薄い前右足の部分を通過し、バゥ・ロードの下に潜り込んだ。

 此処ならば少なくともバゥ・ロード自身の糸の放射は当たり得まい。

 

 そして勘であったが、ここには体毛に潜むβ型個体もいなかった。

 

 つまりは、ガバナー接射の餌食だ。

 

「喰らうがいいッ!!」

 

 内側に潜り込み、奴自身を盾にしつつ右足付け根に向けてガバナーを連射する。

 散弾全てが近距離でバゥ・ロードの体毛を貫通し、皮膚を裂き、肉を抉る。

 紫色の体液が、バケツをひっくり返したくらいの量で流れる。

 効いている、間違いなく効いている。

 

 バゥ・ロードは堪らず跳躍し、その場に子蜘蛛を落として距離を取る。

 

「クッ、脚にダメージを与えている筈だが、まだそんな機動力があるとは……!」

 

 奴の足は八本。

 一本に深手を負った程度で行動力は変わらないというのか。

 あるいは、見た目だけでまだ深手とは言えないのか。

 どちらにせよぞっとしない事だ。

 

 だが、方向性は決まった。

 とりあえずは、右足に攻撃を集中すべきだろう。

 効果は不明だが、脚の一本でもそげれば、それだけ奴の行動も低下させられる、はずだ。

 そうすれば最悪、大阪へ向かう進撃速度も低下するだろう。

 援軍と戦闘になる時も、有利に働くはずだ。

 

 まずは、周囲のβ型を撃破する。

 またさっきのように回避中に邪魔されてはたまらない。

 

 再び遠距離からの糸の放射。

 今度は難なく躱せたが、さすがに息が上がってくる。

 気づけば、先ほど吹き飛ばされた時に肋骨を何本かと、アーマースーツの亀裂が見つかった。

 次は致命傷になり兼ねない。

 

 バゥ・ロードが跳躍する。

 先ほどのように距離を詰めるが、位置が悪い。

 先ほどは取り巻きを排除した右前脚から侵入できたが、今度は左側面を向けている。

 近づこうものなら迎撃が間に合わない程の糸を放射される。

 接近は危険だが、奴が腹部を持ち上げた。

 近距離であの攻撃を喰らえば命はない。

 

「なら、もはや駆ける他あるまいッ!」

 

 私は武器をストリンガーに持ち替え、先ほどヒビを入れた奴の目玉を狙う。

 狙撃銃にとって、この至近距離なら私も当てられるはずだ。

 ゆっくり狙う暇はない、相手も動いている。

 だが、私は迷いなく引き金を引いた。

 

 ――特殊弾丸は、バゥ・ロードの左脇の目の膜を砕き、内部を貫通した。

 形容しがたい咆哮と共にバゥ・ロードが怯む。

 が、同時に糸が放たれた。

 

 物凄い風圧が一瞬私を覆うが、私は目をひと時も閉じずに自分へ直撃する一本の糸だけを見た。

 それを、それだけを躱す為僅かに足と体を動かす。

 それが精いっぱいであった。

 

 轟音がする。

 再び衝撃で私は地面を転がり、幾度となく体を打ち付けたのち崩壊したビルの壁面に叩き付けられる。

 

「ぐはぁッ!」

 

 激痛。

 EDF製アーマースーツのおかげで全身粉砕骨折と内臓ミンチは避けたが、それでももうアーマーは廃品寸前で、その機能の殆どを喪失した。

 

 呼吸は乱れ、視界は歪み、全身を苦痛が苛む。

 

 だが、直前の僅かな回避によって五体は最低限動き、銃もまだ手に握っている。

 半分砕け役に立たなくなったヘルメットを脱ぎ捨て、顔の半分を血で濡らしながら敵を見る。

 

 バゥ・ロードは、撃たれた右前脚を引きずり、付け根から今も紫色の体液を流し、四つあるうちの左側面の目が完全に砕けている。

 前のめりになったその様子は、まるで私に対し怒に身を震わせているかのようにも見えた。

 

「ふん、怒ったか? たかが、人間如きにそこまで手傷を負わせられたのが。奇遇だな、私もだ! どれ程大きくなろうと、たかが蜘蛛如きに何度も地面を転がされるとはな!! そら、向かってくるがいい! 貴様が死ぬまで、相手をしてやるッ!!」

 

 私は吠えた。

 そうすることで無理やり闘志を引き立て、疲労と負傷により行動を拒む四肢に力を入れる。

 私とバゥ・ロードの死闘は、まだ続く。

 

 




いやーーーー書くの楽しい!(読んで楽しいかは分からない)

さぁバゥ・ロードと一騎打ち、いよいよ地球防衛軍っぽくなってきましたね!
こういう戦闘シーンは、あまり小難しい下調べが必要ないんで結構スムーズに書き上げられました。
主人公らしく、ギリギリの攻防を描けたかな?と個人的には思ってます。
まだまだ続きますけどね!

それにしてもガバナー強いですね、EDF5だとブリーチャーですが。
ガバナー系列は1の頃からずっと好きで、中距離なら広範囲弾幕、近距離なら対大物用特大火力兵器に早変わりするのでホント好きなんですよね~。

まあインフェルノとかだと近づいたら死にますが。
EDF5とかだとダッシュ追加されたので一気に近づいてエイリアンに接射、一方的に狩るみたいな戦法も使えたりするのでめっちゃ使ってましたね!

皆さんも好きな武器とかあったら教えてください~。
時系列的にまだ強すぎる武器は出せないですけどね!


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第六十五話 奈落の王(Ⅴ)

日付超えましたねぇ……。
いや、殆ど完成はしてたんですけど、ちょっと書き足してたらなんか長くなってしまって……。

あの、戦闘回ではないのでちょっとクドいかもしれません。


――2023年 1:20 EDF太平洋艦隊旗艦 リヴァイアサン級 艦内C.I.C内部 EDF仮設司令本部――

 

『本部、本部! こちらガルー7! 敵の攻撃で、自分を残してガルー隊は全滅! 敵に爆撃の効果は認められません! 撤退の許可を!』

『こちらラタトスク1! ”アルデバラン”門倉大尉より攻撃中止の提案が! 超巨大生物の足元で三人の歩兵が戦闘を行っています!』

 

 仮設本部内に、空母から発進した爆撃隊の指揮官が通信を送る。

 

「こちら本部! 攻撃中止を許可! 貴隊以下二個飛行隊は、所定の空母へ帰還せよ!」

 榊中将の判断は早かった。

 エアレイダーが攻撃中止を進言するならそれは信じられるし、航空隊に無視できない被害が出ている。

 ただでさえ手探りの状態だ、効果が無いと判断した場合は柔軟に戦術を変えなければならない。

 

 ただ、己の采配で失ってしまった命に、人知れず歯噛みする。

 

『了解! ですが、バゥ・ロードは――』

「現在対策を協議中だ! 場合によっては再び飛んでもらう! 整備・補給を完全にした後空母内での出撃準備態勢を維持せよ!」

 それでも、使えるものは何でも使わねば日本は護れない。

 重要なのは、失って得たものを無駄にしない事だ。

 

『ラタトスク1了解。全機攻撃中止、帰還に移る!』

『アルバトロス2、了解!』

『ガルー7、了解しました!』

 

 本部の命令で、36機だったカムイとシリウスは、その数を23機に減らし、空母へ戻ってゆく。

 

「状況を確認する! 通信をアルデバランにつなげ!」

「了解!」

 

 通信士官の鹿島中尉が、機器を操作して通信を繋げる。

 

「こちら本部! アルデバラン、状況を知らせろ!」

『アルデバランより本部! 敵超大型種は、恐らく、体毛の中にβ型通常個体を潜ませています! 奴らが投下した爆弾やミサイルを空中で迎撃している為、爆撃での撃破は困難と判断しました!』

 

「なんだと……!? 奴らにそんな習性が……?」

 β型通常個体が爆撃を迎撃して防いだというのは、聞いた事もない話だ。

 無意識にルアルディ中尉を見ると、激しく首をぶんぶんと振る。

 閲覧出来た資料は一部だけだった為、彼女も初耳だろう。

 

「榊司令! スカウト4から報告! 内容は概ね大尉と一致しています!」

 鹿島中尉がスカウト4からの報告を伝える。

 疑った訳ではないが、信頼性の高い二種の情報源が言うからには、見間違いという事もないだろう。

 

『――榊司令。作戦を、タイタンによる中近距離砲撃にへ変更する事を具申致します!』

 門倉大尉が代案を提案する。

 空爆を諦め、地上部隊での戦闘に切り替える、と。

 

「根拠は?」

 促す榊中将に、門倉大尉が言葉を続ける。

 

『はっ! 奴の迎撃方法の性質上、高初速かつ近距離の砲弾は物理的に迎撃が間に合わないかと考えます! 

奴の糸による迎撃には、感知から糸の射出まで若干の誤差があるように見えました。であれば、糸の極大放射による迎撃が間に合わない距離と速度で砲撃を加えれば、直撃を与える事も可能かと! 加えてタイタンの他に、現状奴と真正面から撃ち合える程の装甲と火力を備えている戦力はありません! どうか検討を!』

 一見利にはかなっている。

 だがタイタンを戦場から離すのはリスクが高い。

 自走状態ではたどり着くまで時間が掛かるし、今から空輸というのも考え難い。

 その戦術が本当に有効かすぐに見極める必要がある。

 

「ルアルディ中尉! 門倉大尉の案を軽くシミュレートできるか!?」

「はい! 例によってデータ不十分ですが、なんとかやってみます!」

 榊中将の無茶ぶりに、ルアルディ中尉が笑顔で答える。

 頼もしい限りである。

 並みの分析官なら匙を投げる所だが、それでも彼女は少ないデータから推論で確度の高い結果を導き出す。

 

「永崎中佐! タイタンがバゥ・ロード砲撃可能地点まで移動するのに、だいたいどれぐらいかかるか算出しろ! ルアルディ中尉のデータも参考にな」

 現地の地形、戦闘状況、タイタンのスペックと実際の状態、移動経路など含めて算出を行う。

 

「了ー解ぃ。やれやれ、こりゃまた滅茶苦茶な状況になってきましたねぇ。ただどちらにせよすぐにはたどり着けませんがね。知っての通り先のタイタン空輸時に、輸送機ノーブルに少なくない被害が出ていますし、アンカー落下の影響で、今亀岡市と京都市を結ぶ国道付近には、γ型を含む小規模の巨大生物群が確認されてますからねぇ。手っ取り早く空から、って訳にもいかんのですよ。つまり、陸路一択という訳です。バゥ・ロードの足止めをしていないと、下手をすれば一生追い付かないという事になり兼ねませんが、それはどうするおつもりで?」

 バゥ・ロード移動速度データは手元には無いが、スカウトの映像を見るに、跳躍速度で考えるととてもタイタンには追い付けそうにない。

 

「アルデバラン。タイタンの移動はリスクを鑑み陸路での自走になる。仮に実行するとして、タイタンの到着にはかなりの時間が掛かる。映像から相対速度を考えるに、向こうが逃げた場合追撃は不可能と考えるが、何か対策はあるか?」

『榊司令、その為に三名の歩兵をバゥ・ロードに向かわせました。彼らが時間を稼いでいるうちに、どうかご裁可を』

 歩兵三名。

 その言葉に司令部内に動揺が走る。

 

「歩兵三人ぃ!? それは、自殺しに行くようなものじゃないかぁ!? ……いや、失敬失敬。しかし、門倉大尉ともあろうものがそんな判断を……」

 永崎中佐は珍しく大声を上げてしまう。

 常識で考えれば、あの超大型個体に対し、三名の人間では差がありすぎる。

 

 しかも、敢えて伝えはしないが一人は402演習場の警備兵で、もう一人は先日初陣を経験したばかりの新米フェンサーだ。

 平均的な兵士であっても、恐らく10分と持たないだろう。

 

『中佐。本当に失敬極まりない発言は以後ご自重されますよう』

 永崎中佐の心無い発言に多少の怒りを覚えた門倉大尉は、静かだが強めに言い放つ。

 

『ごほん。こちらは、第11陸戦歩兵大隊指揮官の伊勢原少佐です。負傷が酷く、ほとんどの会話を彼に任せていました。足止めは私も許可しました。一時的に三人の指揮を預かった兵士の名は、中将も聞いた事があるはずです』

 伊勢原少佐が通信に混ざる。

 その言葉は流暢ではあったが掠れ気味で、重度の負傷である事が分かる。

 

「なんだと? どういうことだ?」

『彼の名は、仙崎誠伍長。あのレイドシップを世界で初めて撃墜せしめた男です。彼ならば確かに、何かを成せる力があると、ほんの少しの間ですが共に行動した私は判断しました』

 

 仙崎誠。

 その名は、先刻砲撃を要請されたときにも耳にした名前だ。

 あの状況下で無事生き残っただけでなく、またも重要局面の渦中に存在していた。

 その男はレイドシップを撃墜し、四足歩行要塞(四つ足)出現・プラズマ砲台破壊の際にも居合わせたそうだ。

 

 そして、荒瀬軍曹も属するレンジャー2小隊の歩兵で、今まで常に最前線で戦い続けたもはや歴戦の兵士。

 しかも、彼はフォーリナー襲撃時には民間人であり、元EDF兵士ではあったものの、正式にEDFに戻る前から荒瀬の指揮下で、なし崩し的に銃を取り戦たったのだという。

 

 彼ならば。

 そんな思いが、榊の心にも表れた。

 

「……分かった。足止めの任務を、彼らに託そう。成功した暁には、たっぷり勲章を与えてやらんとな。――永崎中佐、ルアルディ中尉、分析は終わったか!?」

 

 通信を終え、二人を振り返って叫ぶ。

 

「はい! 概算ですが、シミュレートの結果、タイタンでの攻撃は十分有効かと思われます! 砲撃可能位置は、相対距離900m以内の至近距離です!」

 900m。

 タイタンの射程が5km超ある事と、双方の大きさを考えると、まさに至近距離だ。

 

「バゥ・ロードの現在位置が大きく変動しない事を前提としても、凡そ一時間半はかかる計算ですねぇ。その間、歩兵たった三人で時間を稼ぐと? やはり無謀すぎるのではと小官は愚考致しますが」

 永崎中佐が冷静に、そしてやや冷ややかな目線で考えを述べる。

 安易に希望に寄り添わない、徹底したリアリストではあるが。

 

「かと言って他に手はねぇだろう。足止めの手段はともかく、ここであのタイタンを使うのが最も現実的だ。航空部隊の多重絨毯爆撃って手もあるがリスクが大きすぎる。砲弾を次から次へとブチ込んでも何とかなるだろうが、この後の作戦が続かねぇ。通常戦力の大移動はもってのほか! ふん、タイタンがいなきゃァ詰んでる状態だぜこりゃ」

 秋元准将が、乱暴な口調で投げ遣りに言う。

 

「他に手はない、ねぇ。まったく本当にその通り。まぁ、その残された手というのは、私は京都放棄・大阪工廠移転だと前々から言っているのですが」

 永崎中佐の意見は、一見して逃げ腰のように見えるが、一般的な高級軍人がこの様相を見れば誰もが迷わず撤退を選択する。

 むしろ、永崎中佐ですら日本国内にとどまり続ける腹なのだから相当肝が据わったものである。

 

 対して、榊中将の京都での防衛に固執する様は、諸外国からするとはっきり言って狂気の沙汰である。

 現に彼我の戦力差も読めない稀代の無能、と思っている国が殆どだ。

 

 しかし日本防衛を目標とするなら、京都は何としても抜かせてはいけない。

 永崎中佐の考え通り京都を放棄、大阪工廠を移転するとして、その間の時間的ロスは避けられない。

 候補地の北九州重工業地帯の他、各地域に設備を移転する間、生産は停止し、物資不足はより深刻なものになる。

 京都から、新たに本拠地と定める九州地方までの地理的猶予はわずかに取れるが、満足な物資のないその戦場は惨憺たるものだろうというのは、想像に難くない。

 更に歩行要塞攻略にも踏み切れず、上部のプラズマ砲台が復活すれば距離的猶予は消え失せる。

 バゥ・ロードをここで諦めるなら状況は更に悪化し、ここでバゥ・ロードの迎撃能力を超える飽和砲撃を行った場合でも砲弾備蓄が底をつき、満足な防衛は出来ない。

 仮に九州防衛に成功したとしても、そこから関東までが巨大生物で埋め尽くされることを考えると、本土奪還は今よりも更に遠のくことになる。

 

 一方、現状は現状で絶望的だ。

 関東から押し寄せるフォーリナー群に対抗すべく、京都と奈良を結んだ”鉄の壁”で敵群を押しとどめはしたが、度重なる予測不能な地中侵攻、降り注いだレイドアンカーによって部隊は予想を超える打撃をこうむり、その内最も激しい激戦区として京都南ICで複数の部隊が必死に敵の漸減を行っている。

 

 そんな中で現れたバゥ・ロード。

 これを放置すれば大阪壊滅は必至。

 迎える部隊は無く、欧州で破壊の限りを尽くした奈落の王に相対するはたった歩兵三人。

 正確な数字は不明だが、欧州ではもう何千何万と殺したのと同個体に、たった三人。

 

 そんな手段に賭けるのは到底正気ではない。

 

 拠点を九州に移動すべきと考える、永崎中佐。

 飽くまで京都防衛をすべきと考える、榊中将。

 

 どちらが正しいのか、それは、結果のみが示す問題だ。

 

「現状、後の事を考えると、代替可能の有効な手はない……! よし、大尉の案を採用する! 鹿島、通信をタイタンに繋げ」

 作戦方針を決定した後、タイタンに直接指示を出すべく、鹿島中尉に指示する。

 

「了解! 繋ぎます!」

「本部より重戦車タイタン。新たな命令を下す。君たちの任務は、亀岡市に陣取っている敵超大型巨大生物、通称バゥ・ロードとの交戦、及び撃破だ。よって、現戦域での戦闘行動を中断とする! データ受信後、即時指定座標へ移動! 繰り返す、即時指定座標への移動開始せよ! 移動中に小規模巨大生物群との遭遇が予想されるが、タイタンなら問題はない。ただしレクイエム砲の使用は禁ずる。同様に、超大型巨大生物に関しては射程距離内であっても相対距離900mまで発砲するな。これはバゥ・ロードに確実な有効打を与えるための命令だ。相対距離900mまで移動後、バゥ・ロードに向けレクイエム砲での連続砲撃を行い、これを撃破しろ! なお現地では三名の歩兵が時間稼ぎと足止めを行っている! 直ちに急行せよ!」

 

 現在京都南ICの激戦区で、レクイエム砲による敵機械兵器の殲滅を行っていたタイタンに通信を送る。

 その周辺でも糸の数本が落下しているので、戦場ではかなり騒ぎになり、鹿島中尉が概要の説明を行っていた。

 その為、402演習場からバゥ・ロードが地中より出現したことは周知の事実だ。

 

『こちらタイタン! 委細了解した! この戦場を離れるのは心苦しいですが、デカブツに一発ぶち込んで見せましょう!』

 この急な命令をタイタン車長、権藤少佐は快諾し、すぐに戦場を離れた。

 一方で現場ではタイタン離脱にかなりの混乱が起こったが、十数キロ先から糸を飛ばしてくるという規格外の怪物の撃破を願って、快く送り出した。

 

「……まさかご裁可なされるとは。本当にたった三人で足止めが可能と思っているのですか?」

 永崎中佐は榊中将に呆れの混じった言葉を投げかける。

 中佐は続ける。

 

「司令、タイタンを向かわせる事自体は私も賛成ですが、それを確実にすべき要点を決めぬまま決定なされたことは、んー……、控えめに言って考えなしが過ぎるのでは、と」

「オイオイ中佐、中将に対してあんまりな口の利き方だぜそりゃぁ……。だがとにかく、小規模な足止め部隊をいくつか編成すべきでしょう。撹乱できる高機動の部隊を編成して――」

 

「――そんな部隊がどこにいる……! そちらはそちらで現実が見えていないようだが、タイタン離脱の影響で、特に南IC付近からの戦力抽出でもすれば、前線が崩壊するぞ。ここを突破される事も、同時に大阪へ危機をもたらすことになる。それ以外の地域など、より少ない戦力で何とか踏みとどまっている所しかない。元々、九州方面からの援軍到着まで耐える防御的作戦だ。余裕など、どこもありはしない……」

 

 今も各地点は、ギリギリ持っている状態だ。

 タイタンが抜けたことによって、それはより崩壊寸前と言える。

 まして中途半端な増援は、徒に死者を増やすだけになり兼ねない。 

 

「それが無理なら、とにかくタイタンを一刻も早く奴に砲撃させるしかない。レクイエム砲の射程は5km以上あるんだろ? 元々艦砲だ、町一つくらいは飛び越えて狙えるだろ。仮に砲が当たらなかったとしても、歩兵の援護くらいには……」

 秋元准将は、必死に頭を捻って何とか歩兵を援護する案を練る。

 だが、そんな簡単な思いつきでは現状は覆らない。

 

「あの……、砲撃開始地点を直前にしたのは、主砲を確実に標的に当てる為ともう一つ。タイタンへの被害を少しでも減らす為です。もし、有効射程に入り次第砲撃を行えば、標的の迎撃を誘発しタイタンの主砲残弾数的に仕留めきれないばかりか、高い可能性でタイタンが先に撃破されてしまう計算です。それを鑑み、最も成功率が高いパターンが、相対距離900m以内での砲撃、かと……」

 

 ルアルディ中尉も、おずおずと先ほど計算した内容を説明する。

 正論ではある。

 タイタンが撃破されてしまったら、現状打つ手は無くなる。

 残されるのは、貴重な砲弾を投入しての飽和砲撃のみ。

 それは、関東を埋め尽くす巨大生物や、四足歩行要塞を歩兵攻撃のみで相手をする、という事に等しい。

 

「くそ! 分かっているさそんなことは! だが、足止めが全滅すれば奴は大阪へ一直線だぞ!? ルアルディ中尉が計算するまでもなく、奴が大阪へ一直線に向かえばタイタンは成す術もない!」

「英雄だなんだとか言って、その仙崎とかいう男を司令が買っているのかわかりませんがねぇ。希望的楽観に、英雄的幻想を重ねた――」

 

 秋元准将に続いた、永崎中佐の否定的な意見を遮って、鹿島中尉の声が上がる。 

 

「――司令! スカウト4より報告! 攻撃により、足止めを行っていた三名のうち、二名が重傷! もはや戦闘続行は不可能との判断です! 現在402演習場の残存兵士二名が負傷者の回収を行っています!」

 続き、柊中尉の報告も。

 

「バゥ・ロード反転、大阪方面に進撃を再開しました! 司令、もう……」

 絶望的な空気が流れる。

 永崎中将がため息を吐き、秋元准将が片手で顔を覆い、榊中将が両手で司令官用の机を叩く。

 

 もはや、バゥ・ロードを止めるものは何もない。

 仮に初期の段階で部隊を送ったとしても、間に合っていなかっただろう。

 それどころか、京都側の戦線も崩壊した可能性まである。

 

『本部! こちらスカウト4! 我々も戦闘に参加させてください! このままでは大阪は……、日本は!!』

 偵察・観測を任務とするスカウト4が声を上げる。

 

「本部よりスカウト4! 要請を却下する! 貴隊の武装は戦闘に耐え得るものではない! 引き続き偵察を続けろ!」

『くッ……、了解ッ!! くそッ!!』

 榊中将は要請を却下。

 彼らの装備は偵察・観測機材が多くを占め、戦闘のノウハウもない。

 加えて、彼らをここで失う事は司令部にとって目と耳を潰されるに等しい。

 それは絶対に許可できない。

 

「榊司令、こうなってはタイタンはもはや追い付けません。我々の、敗北です……」

 秋元准将が静かに重く言った。

 だが、榊中将は、深く息を吸うと、決意を新たに目を見開いた。

 

「――日本全ての砲戦力を結集して、奴をここで叩くッ!! 時間差砲撃で、絶え間なく奴に砲弾を叩き込め! もはや明日の備蓄を心配していられる状況ではなくなった! 直ちに――」

「――待ってください!! バゥ・ロード、進撃停止! 再び戦闘状態に移行しました!」

 鹿島中尉の言葉に、動揺が走る。

 

「なッ、なんだと!? いったい誰が戦っている!?」

『本部! こちらスカウト4! 歩兵が、一人の歩兵が、バゥ・ロードと再度交戦中! は、激しい攻撃を回避しつつ、損害を与えています! これは互角……、いやそれ以上です! バゥ・ロードから這い出たβ型も次々撃破し……、み、右前脚と右目に攻撃を集中しているようです! バゥ・ロードが、体の各所から体液を流出させています!』

 偵察任務を継続したスカウト4が、驚愕と困惑を同時に表しながらも、とにかく事実を懸命に伝える。

 

「馬鹿な……!? 一人で、たった一人で、あの化け物と正面からやり合っているだと……!?」

「なんという戦闘能力……、そんなことがあり得るのかぁ……?」

 秋元准将と永崎中佐が、それぞれ驚愕を口にする。

 

「信じられん……! 足止めのみならず、それほどの損害を与えているとは……! スカウト4。その兵士の名は分かるか!」

 聞きつつ、榊中将には確信があった。

 

『彼は……仙崎伍長です。レンジャー2所属の、仙崎誠伍長です』

「やはり、彼か……! 砲撃作戦は中止とする! タイタンの到着を急がせろ! 彼が踏みとどまっている間に、何としても辿り着け!!」

 

 これを以って、榊中将は仙崎たった一人に全てを賭ける事を、己の中で決定する。

 まともな司令官ならば、日本滅亡を掛けたこの戦いならば、躊躇いなく一人を巻き込んででもありったけの砲弾を叩き込み、あの絶望を粉砕するはずだ。

 

 しかし、それでもその後待って居るのは支援砲撃の枯渇した戦場で、本土奪還の絶望的地上戦だ。

 そこには、とても今よりも希望があると断言はできない。

 

 なればこそ、榊中将は仙崎に全てを賭けた。

 

「鹿島! 仙崎伍長と通信は可能か!?」

 榊中将は、直接仙崎との通信を希望した。

 

「いえ! 通信を試みましたが応答ありません! 通信機能もしくはヘルメットを喪失している可能性があります」

「そうか……。よし、その場所に補給コンテナを等間隔で撃ち込め! 例え奴が反応したとしても、時間差なら全てを迎撃する事は叶わないはずだ! 通信が不可能でも、その場にいればコンテナの存在には気付く……! 絶対に、彼を死なせてはならんぞッ!!」

「了解ッ! 艦隊の補給艦に打診します!」

 

 戦力を送れずとも、こうして援護する事は出来る。

 各々がやれる事をやる為に、全力で動いた。

 

 




はい、対バゥ・ロード会議スペシャルでした!

いやーーー~~~、これ! これがやりたかったのよ!
あの強敵を相手にたった一人で戦ってる!?的な!
これこそが地球防衛軍だよね! いやー満足!

そしてこうやって仙崎の名前も軍上層部や他の友軍とかに”英雄”として知れ渡っていくわけですよ。
いや~主人公してるね~。

と、作者の中では勝手に思っています。
読んで楽しいかは分からんので、気軽に感想下さい!
つまらん! と言われても勝手に書きますけどね笑


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第六十六話 奈落の王(Ⅵ)

間もなく今年も終わりますね。
その前にアイアンウォール編終わらせたいと思います!




――2023年4月1日 2:00 京都府亀岡市 バゥ・ロード正面――

 

 

「はぁ、はぁッ……! ぬぅッ!!」

 

 バゥ・ロードに張り付いたβ型の糸の迎撃を回避し、巨大な脚にガバナーの一撃。

 肉が抉れ、絶命したβ型の周囲のβ型が体毛に潜むのをやめ、地上に降り立つ。

 その数三体。

 だが、降り立った瞬間にストリンガーで真正面から射貫する。

 すぐに弾を込め、跳び上がったβ型を狙撃。

 一体が糸を放つがローリングで回避し、射撃、撃破。

 だが、これでストリンガーは弾切れ。

 ガバナーも、最後の一発を残すのみとなってしまった。

 

「ふん、ここまでか……。時間は、稼げたのだろうか……」

 さすがの私も、弾丸が無ければどうしようもない。

 

 付近には、目で確認できるだけであと5体のβ型がいる。

 一発で五体撃破しなければ逃げるしかなくなる。

 だが、先ほどまで周囲のβ型の掃討に追われ、殆ど攻撃出来ていなかったにもかかわらず、奴は私の事を執拗に狙っていた。

 巨大生物に、フォーリナーに人間や、真っ当な生物の常識が通用するとは思えないが、奴は私を滅するまでは決して止まらぬだろうと、そんな確信があった。

 

 正面の四つの目玉のうち一つを潰したが、残り三つの目玉から感情が読み取れるはずもない。

 だがなぜだか、奴が怒りに震えているのを手に取るように分かった気がした。

 こんなものは、ただの気のせいに過ぎないだろうが。

 

「どうした? 殆ど丸腰の相手に何をビビっている? 撃ってこないのか! 臆病者め!!」

 

 私の言葉に触発された訳では決してないだろうが、バゥ・ロードは一度跳躍した後、再び糸を放射した。

 だが。

 

「ぬぁははは! ぬるいッ! その程度、幾度となく見切ってきたわ!」

 

 尊大な仮面を貼りつけ、私は己の体に限界が近づきつつあるのを意識的に隠す。

 視界は徐々に歪み、徐々に肩で息をするようになる。

 が、例え強がりや見栄であっても、それが自身へ向けてのものであっても、決して絶望に折れたりはしない。

 故に、尚も余裕である演技を続ける。

 

 空中で迫る幾十本の糸の軌道を瞬時に予測し、避けられると思う場所に体を滑り込ませる。 

 直後、背後にβ型の気配を感じる。

 

「ちっ! 連携を取っているつもりかッ!」

 

 迷わずガバナー最後の一発を叩き込む。

 これで本当に丸腰になってしまった。

 直後、糸の砲撃が降り注ぐ。

 幾度となくこの地に起こった凄まじい衝撃で、建物や、人の営みのあった人工物は細かく砕かれ、文字通りの更地と化していた。

 その間私は常に動き続け、迫りくる連続の糸を紙一重で躱し続ける。

 砲撃は土砂を巻き上げ、視界を悪くするが、全ての糸が落下を終えた後でも、生憎と私は無事だ。

 

「ぐッ! 酸が入り込んだか……! なる程、直撃しなくともこれを続ければ私を亡き者に出来ると、そう踏んだか?」

 

 鈍い痛みに左手を押さえる。

 着弾時や飛翔時に飛散した少量の酸が体を蝕んでいる。

 

 構うものか、もはや手に握る武器など無くなってしまった。

 さあ、ここからは文字通り丸腰で逃げ回る事になる。

 

「だがなぁ。私は葛木に、市原にも命を救われ、瀬川や細海を始め皆に生還を誓ったのだ。貴様なんぞにくれてやる命など、ただの一つも持ち合わせていないと知れッ!」

 

 意思の疎通など不可能と知りながら、それでも己を振るいだたせるためにただ一人で吠える。

 

 直後、上空から空を裂く飛翔音が聞こえた。

 

「砲撃!? いや……!?」

 

 バゥ・ロードは無反応だ。

 それは自分を標的としていない上に、砲弾ですらなかったからなのか。

 とにかく、脅威と認識されなかったためかそれは、仙崎の周囲に等間隔で降り注いだ。

 

「補給コンテナ……! ありがたい!!」

 

 戦場にばら撒かれる補給コンテナ。

 スチールレイン作戦の教訓を元に、戦場に迅速に届くことを目的とした補給コンテナは、パラシュートではなく直接地面に落下する。

 燃料や弾薬までこのような乱暴な方法で投下して良いのかと思うが、EDFの謎技術により中身に影響はないそうだ。

 

 とにかく、これが降ってくるという事は、少なくとも本部はこの場所で孤軍奮闘している誰かがいると認識してくれたのだろう。

 

 瀬川達かもしくは、偵察任務に就いているスカウトチームの報告か。

 兵站本部であった402火力演習場は文字通り壊滅したので、恐らく補給艦の電磁カタパルトで打ち出したのだろう。

 

 なんにせよ本当にありがたい。

 早速一つ目を開封する。

 

「セントリーガンだと!? いきなり工兵隊の物を寄こすとは! だがまあ助かった!」

 

 コンテナの中には更にコンテナが入っていた。

 簡易防衛線構築用の携行式自動捕捉型機関銃(セントリーガン)ZER-GUN二つを即座に展開。

 近づくβ型巨大生物を自動で射撃する。

 そしてもう一つコンテナに入っていたのは。

 

「アーマースーツと……、これは? C24爆弾か? なぜこのようなものを!?」

 C型爆弾は、EDFの運用する遠隔起爆型汎用爆弾だ。

 通常、工兵が地面に設置し(フォーリナーは、この爆弾に対し警戒を持たないので、地面に埋め込む必要はない)敵の進撃に合わせて起爆する地雷のような運用をするのだが、まったくどう使えというのだ。

 

 そう考えているうちに、バゥ・ロードがこちらに跳躍してきた。

 

「くっ、仕掛けてくるか! いや、ならばッ!!」

 

 先ほどいた場所に、轟音を立てて着地する。

 足元にあったはずのセントリーガンも破壊されているだろう。

 私は紙一重の差で踏みつぶされることを回避するが、側面に潜むβ型から糸の斉射を浴びる。

 

「ぬおおおぉぉ!!」

 

 新品のアーマースーツを盾にする。

 おのれ、せっかく満足な服になるところだったのに!

 

「だが! 隙は作らせてもらうぞッ!!」

 

 起爆スイッチを押す。

 瞬間、バゥ・ロードの真下で爆炎が上がる。

 逃げる前にC24爆弾を設置してきたのだ。

 

「こんな使い道があったとは! 今のうちに!」

 

 新たなコンテナを開ける。

 

「同じかっ!!」

 

 ラインナップは同じ。

 新品のアーマースーツと、セントリーガン二基にC24爆弾。

 

 だがやはりアーマースーツがあるのは嬉しい。

 私は爆炎に体を燃え上がらせるバゥ・ロードの隙を見て瞬時に着替え、セントリーガン二基を起動する。

 

 だがこのZER-GUNとやらは弾幕重視の砲台だ。

 大物であるバゥ・ロードに対し効果は薄いだろう。

 

「ちっ、これはこれで非常に助かったが、他の武器はないのか!?」

 

 恐らく、セントリーガンで隙を作っているうちに着替えろという気遣いなのだろうが、C24爆弾はこういう使い方でよかったのか?

 分からん!

 単に工兵用のコンテナを射出しただけかも知れん!

 

 とにかく手当たり次第に次のコンテナを開ける。

 

「これは……プロミネンス対戦車ミサイル!? ミサイルは今は――いや、使える!」

 

 私は上方に向けてプロミネンスを放つ。

 ミサイルは既に高高度強襲(トップダウン)モードに設定してある。

 引き鉄を引くと派手な発射炎を上げてプロミネンスは上空まで昇り、そして急降下を始める。

 だが、それに反応したバゥ・ロードは対空迎撃を行う。

 

「今だッ! くたばるが良い!」

 

 プロミネンスミサイル発射器を放棄し、すぐに別の武器に持ち替え接近する。

 鈴城軍曹に倣い、私はスパローショットを二丁持ちし、全弾バゥ・ロードの右前脚付け根に叩き込む。

 

「うおおおぉぉぉッ!!」

 

 β型から放たれる糸の弾幕、体毛、潜むβ型そのものを貫通し、バゥ・ロード本体にダメージを与える。

 体液が噴出し、体毛のまざった肉片が飛び散る様は耐性のない者が見れば吐き気を催すグロテスクさだが、我々EDF隊員にそんな軟弱な者はいな――いや細海だったら凄いしかめっ面をしそうだ。

 

 体毛からの定点迎撃に効果なしと判断してか、周囲のβ型が飛び出すが、それは設置しておいたセントリーガンが片付ける。

 やがて上空を迎撃した極太の糸が自由落下するが、そんなものを回避するのは造作もない。

 セントリーガンで作られた陣地を放棄し、次のコンテナに向かう。

 両腕が埋まっているとリロード出来ないので一丁を破棄し、腰の弾薬袋からマガジンを装填する。

 

 バゥ・ロードが堪らず距離を取り、今度はこちらに砲撃する。

 

「ふん!」

 

 もう何度目か分らぬ、慣れた感覚で私は糸の隙間を縫うように回避する。

 そして降り注ぐコンテナの一つを開け、ゴリアスRを手に取る。

 

 EDF制式ロケットランチャー・ゴリアスシリーズのRモデルだ。

 ゴリアスシリーズや、他の次世代型ロケットランチャーの大半は、従来の一発毎の装填式から弾倉式に変わり、従来の物より弾頭がサイズダウンの傾向にある。

 ゴリアスRのロケットはそれよりも更に小さく、ロケット弾を一個の弾倉に15発も装填可能であり、それを5秒足らずで撃ちきってしまう程の連射機構を持っている。

 

 さすがに一発の威力は小規模のものだが、まとめて叩き込めば爆発で抉られた装甲や甲殻を更に掘るように内部へ抉る事が出来るので大型装甲目標にも効果的だ。

 

 そして本来なら迎撃の可能性のある初速の遅い兵器は通用しないが。

 

「さぁ、殆ど丸裸にしてやったぞ! どうだッ!」

 

 右側面にゴリアスRをフルオートで叩き込む。

 15発のロケット弾は、複数の弾幕によって何発か撃ち落とされたが、弾幕の厚さは比べるべくもなく、その大半が狙い通り右前脚付け根に直撃した。

 

 地球上のどの生物にもかけ離れた奇妙な咆哮を上げ、怯みだす。

 

「……! き、効いてる! 行けるぞッ!」

 

 カートリッジを再装填。

 再び狙うが、奴は大きく跳躍。

 

「またか! これだけ撃っているのに、まったく落ち着きのない!!」

 

 反射で引き金を引きかけるが、予想以上にこちらに近づいていた為射撃を中断し、逃げに入る。

 

「くッ! また近距離放射かッ!!」

 

 私にとっては、やはり近づかれる方が脅威だ。

 それを理解しているのか――いや、そのような習性なのだろうか。

 このバゥ・ロードは近づいたり遠ざかったり、周囲を回り込んだり不規則な動きを繰り返す。

 一定の戦術が無いのは、それはそれでやり辛いものだ。

 

「ぐおおおぉぉぉッ!」

 

 至近距離で糸の放射。

 地面はめくりあがり、夜空に土砂と酸が舞う。

 余波を受け、吹き飛ばされ転がる。

 直撃こそ幾度となく回避しているものの、これを連発されれば私は今頃生きていなかっただろう。

 何故バゥ・ロードがそれを繰り返さないのか理解に苦しむが、そこまでの知能は有していないと見て良いのだろうか。

 

 もしくは、この期に及んでまだ舐められているのか。

 

「お互い……、満身創痍と思っているが、それは私の思い違いか? どうなのだ、おい!!」

 

 ゴリアスRを叩き込む。

 少なくない数が直撃し、余波で周囲のβ型が排出される。

 その数はもはや少ない。

 側面や正面の体毛に潜む取り巻きの数はわずかとみて良いだろう。

 先の爆撃であればもう有効かもしれんが、上面など私が攻撃出来ない位置にあるβ型は健在である可能性が高い上、本体の迎撃能力は失われていないので、少なくない犠牲が出るだろう。

 

 やはり奴は、陸上戦闘で仕留めるべきだ。

 

 

 その後も武装を変えつつ、地道な戦闘が続いた。

 確実にダメージを与えている筈なのに、奴が倒れる気配はまるでない。

 やはり歩兵一人で倒れるものではないらしい。

 

 その上、奴にダメージを与えることを優先して周囲の掃討を疎かにしていたので、新品になったヘルメットのレーダーを覗くと、結構な数のβ型が周囲に潜んでいる事が分かった。

 

 これではバゥ・ロードへの攻撃も回避も集中して行えない。

 完全に作戦ミスである。

 

 気力と弾薬はまだあるが、思考と体力が限界に近付いている。

 すなわち、普段起こさないようなミスを起こすという事だ。

 

「しまった!」

 

 周囲にいたβ型を屠ろうとしたが、手持ちのガバナーの弾丸を装填していなかった。

 

「ちっ!」

 

 何とか糸を躱すも、完全にペースを乱された。

 危機を感じたその時――狙う三体のβ型が、急に爆散した。

 

「はッ!?」

 

 私以外の攻撃で、敵が倒されたという事は……!

 

「よぉー! にーちゃん!! しっかり生きてたな、よかったぜ! 今度こそデカ蜘蛛野郎をぶっ倒しに来たぜぃ!!」

 そこには、背面の跳躍装置を吹かして急接近する御子柴と、

 

「てやぁぁぁぁぁッ!」

 

 上空を飛行し、通り際に別のβ型を雷撃していく瀬川の姿があった。

 

「御子柴少尉! 瀬川少尉! よく来てくれた! 本当に助かったぞ! あと私は兄上ではないと何度言ったら分かる!」

「あんたこそ何度律儀につっこむ気なの!? そういう意味じゃないから!!」

 

 瀬川の子気味良い反応に、私は、本当に心の底から安堵した。

 一人が三人になっただけだが、この二人の助力は頼もしかった。

 なんせ、彼らはこう見えてEDF歩兵部隊の精鋭部隊に引けを取らない猛者たちだ。

 ”じゃじゃ馬娘”と”スティングレイの狂犬”。

 どちらも破天荒な人柄ではあるが、こと戦闘技能に関しては、間違いなく信頼できる。

 

――同時刻 京都府南丹市 市街地 第402火力演習場残存砲兵戦力集結地――

 

 ネグリング自走ロケット砲が、ロケットコンテナを水平に向けて汎用小型ミサイルエメロードを連続で射出する。

 その数20。

 迫りくる巨大生物群に対し盛大な爆発が振る舞われるが、難を逃れたのはβ型だ。

 跳躍するβ型は建物などの上に乗り距離を詰め、ネグリングに接近する。

 

 それを付近の随伴歩兵、護衛小隊、そして負傷兵として治療を受けていた兵士たちが残さず迎撃する。

 ネグリング数輌はミサイルを撃ち尽くし、代わりにアンモナイト自走対空砲が出張る。

 ネグリングのミサイル水平射撃によって更地溶かした住宅街を、今度はアンモナイトの水平射撃が薙ぎ払うように掃射する。

 

 近接信管を搭載した対空砲弾は、10m超も跳ぶβ型とも相性はいいが、今度は固い甲殻を持ったα型亜種に接近を許す。

 

 抜けてきた大量のα型亜種に歩兵部隊も手を焼いているが、

 

『レーザー誘導器オン! UT45オートキャノン、リンク接続完了! 誤射の心配はゼロよ! 撃ちなさい!!』

『スコール1了解ぃ!! 支援射撃、開始ッ! おらぁァッ!』

 

 戦場に似つかないような甘ったるい声で、しかし凛々しく言い放つ。

 その声に応じて、厳つい濁声が無線を通ると、EF-31対地攻撃ヘリ”ネレイド”の機体下部対地45mm機関砲が火を噴く。

 武装名、UT45オートキャノン。

 第三エアレイダー小隊の空爆誘導兵(エアレイダー)牧野深雪(まきの みゆき)大尉の持つ、レーザー誘導器とリンクし、レーザー照射地点に45mm砲弾が次々と着弾し、α型亜種の悲鳴と体液の噴出、そして土煙があたりを覆う。

 

「まだまだーッ!」

 

 牧野大尉は薙ぎ払うように誘導器を照射すると、それに沿い、45mm砲弾が一面の巨大生物を一掃していく。

 ヘリ単体でも直接照準で射撃する事はもちろん可能だが、ここは友軍の目の前だ。

 逆に言えば、エアレイダーが一歩間違って味方に照準を当てれば、その味方は瞬時にミンチになるのだが、そんなヘマをするようではエアレイダーの訓練課程で叩き落されている。

 

 そして突破してきたα型亜種が全て穴だらけの死骸と化す。

 

『こんなところかしら! んー? なにぼーっとしてんの! 蜘蛛野郎が来るんだから、とっとと行きなさいってば!』

 地平線の奥から、β型が群れを成してやってくるのが見える。

 他の巨大生物もいるのだろうが、β型は跳ねるので特によく見える。

 そして、巨大生物の移動速度なら、地平線に見えたと思えばすぐにこちらへ辿り着く。

 

『そういう訳にもいかねぇさ! あのクソ蜘蛛共には部下も世話になってな! あそこにゃ友軍はいねぇだろ! ならブチのめす! スコール3、8、あの群れを片付ける!』

『スコール3了解! 派手にやりましょう!』

『スコール8あいつの仇だ!!』

『ありったけブチ込んでやれッ! いけぇーー!!』

 

 三機のネレイドは、主翼下ハードポイントに据え付けたカスケードロケットと、両主翼先端の多連装小型自動追尾弾発射器(MLRA)を一斉に放つ。

 

 無誘導のカスケードロケット弾が連続して巨大生物群を吹き飛ばし、跳躍でそれを逃れたβ型にも、MLRAの自動追尾弾が逃さず炸裂する。

 

 MLRAとは、乱戦時の航空支援でも使えるよう調整されたミサイルランチャーで、大雑把な方向を合わせて引き金を引く打だけでミサイルが自動で敵個体をロックオンし、撃破する仕組みだ。

 爆破範囲は狭いため一帯の制圧には向かないが、歩兵の隣で使っても誘爆の危険が少ない上、指向性爆薬を使っているのでα型亜種を除く巨大生物には効果的を発揮する。

 

『ったくもう好き放題やるんじゃないわよ! ブラッカー! もっと後ろに下がんなさいよ!? 砲撃出来ないでしょ!』

『無茶言わんでくださいスピカの姐さん! 敵は前だけじゃないんですよ!? 前線支援なら迫撃砲連中に頼んでくださいって!』

『迫撃砲? ……ああ、グレイプの連中は生き残ってたんだっけ? ああもう、頭回ってないわねあたし!  悪かったわよ! 手が空いてるグレイプの連中! 一括で座標送信したからそこに砲撃して!』

 ブラッカー自走榴弾砲の声で自分に苛つきながら、迫撃砲装備のグレイプ装甲車に呼びかける。

 

『了解! 120mm迫撃砲、発射!!』

 一輌のグレイプが、上部迫撃砲を何発か放つと、目前に迫っていたα型亜種が激しく吹き飛ぶ。

 中には、爆風を受けて吹っ飛んだものの無事だった個体もいるが。

 

「往生際が悪いっ!」

 牧野大尉がリムペットチェーンガンで辺りに粘着起爆弾を薙ぐように連射、起爆すると、起き上がった数体のα型亜種は複数の爆弾によって息の根を止めた。

 

「はぁ、はぁ、もうっ、疲れるわね……」

 頭を押さえて、誰にも聞こえぬよう本音を吐く。

 彼女は戦域を見渡せる”目”を持つ事もあって、南丹市市街地南東側防衛の指揮を執っていた。

 だが彼女自身も負傷して運ばれていた身であり、体調は万全とは程遠い。

 

 南丹市山中を切り開いて作られた第402火力演習場は、レイドアンカーの集中落下とバゥ・ロード出現のあおりを喰らったことによって放棄された。

 撤退した砲兵部隊、補給部隊、そして僅かの護衛部隊と収容されてた負傷兵たちは、散り散りに逃げながらもアンカー落下の少ないと目論んだここ南丹市市街地に再集結した。

 

 だが、道中引き連れた巨大生物や、それに反応した巨大生物が予想以上に多く、今も必死に迎撃を行うくらいは状況がひっ迫していた。

 他の戦場もバゥ・ロードとの戦闘だったり、それに向けてタイタンが移動したことの穴埋めに必死だったりでとても援軍を寄こせる余裕はない。

 

『くそっ! しまった! 近づかれすぎた! うわぁーー!!』

『グレイプがやられたぞ!』

『ブラッカー何してる! 下がれ下がれ!』

『ちくしょぉぉぉ! この下等生物如きがぁぁーー!』

『γ型が出て来たわ! ミサイル――はぁ? 全部使ったぁ!? もう何やってんのよバカ! とにかく下がりなさい! 針鼠にされるわよ!』

『ちっくしょう! MLRAを使い切った瞬間にこれかよ!』

『隊長が全部使えっていうから!!』

『俺のせいかよ!? いや俺のせいだな! すまん!!』

『γ型は対空砲に任せろ! やっと本来の出番だ!』

『馬鹿!! 射撃を急にやめるな! 巨大生物が――うわぁぁぁぁ!!』

『くそっ! 歩兵隊、グレイプ! 弾幕を張れ! ジャガーとギガンテスも車載機銃でなんとかしろ!』

『迫撃砲小隊! 1km向こうの駐車場まで後退しなさい! あそこに敵が居ないのは確認したわ! あんたた達がやられたら支援を失うのよ!? いいから早くして!』

『γ型が撃ってくるぞ! くそ! なんてでかい針なんだ! うわああぁぁぁ!!』

『くそっ! また一人死んだ……!』

『そこのギガンテス! 後ろだ! 機銃を使え!!』

『ぐああぁぁーー!!』

『敵、第六派確認! くそっ、キリがねぇぞ!!』

『ぼやくな! カスケードロケット! まだ残りはあるな!? とにかく撃ちまくれ!』

 

 ここから更に南東、亀岡市方面に突き刺さるアンカーから無尽蔵の物量で、巨大生物が出現する

 EDFに反応し、こちらへ向かう敵を出現するアンカーを今まで砲兵によって叩いていたが、ここにきて接近する敵への対処で追い付かなくなっていた。

 

『ブラッカー!! 埒が明かないわ! 一旦支援砲撃中止して、向こうのアンカー撃つのよ! 今までの出現パターンでだいたいの位置は掴んだから、多分何とかなるはず! 何とかしなさい!』

『りょうか――くそ! いつの間にこんな近くに!? ぎっ、ぎゃああぁぁぁぁ!!』

『ちょっとブラッカー!? うそでしょ!? あっちの歩兵隊は何してんのよ!!』

『こちらスコール11! 急に別方向から敵が! 歩兵部隊は既に――がっ!? やばい、糸が、糸が絡みついて!! つ、墜落する! うわああぁぁぁッ!!』

『おい! スコール11! クソッ! あの馬鹿!!』

『結構まずいわね……。このまま耐久って訳にもいかないし……。もう玉砕覚悟で突入隊を編成するしか――』

 

 155mm自走榴弾砲であるブラッカーを失ったことにより、アンカー撃破が難しくなった。

 牧野大尉は必死に頭を悩ませるが、突如無線が入る。

 

『エアレイダー”アルデバラン”より”スピカ”へ! 待たせたな! 苦労して引っ張ってきたDE-202(ホエール)EA-20(アルテミス)だ! 持っていけ!』

 負傷者を載せたキャリバンから、門倉大尉が無線を送る。

 

『遅いわよ!!! こっちはもうちょっとで玉砕覚悟で突撃する所だったんだけど!! 今更そいつらなんていらないから、それより怪我人だけ置いてどっかにあるアンカー破壊してきてちょーだい! 位置はだいたい掴んだから今転送したわ!!』

 

『んん? この位置にあるアンカーなら全部破壊したぞ? ちょうど通り道だったもんでなぁ。じゃまだったから彼らに頼んでやってもらった』

『えぇ!? そ、そう、もうやったのね、ちょっとはやるじゃない!』

 

 なんという事もないように彼は言うが、アンカーが近くにあったという事は、巨大生物の群れを突破してきたという事だ。

 その渦中を抜けながら、空軍の支援のおかげとはいえ複数のアンカーを処理する事は簡単ではない。

 

 普段は棘のある牧野大尉の口調も勢いをひそめている当たり、その戦果は素直に驚いたのだろう。

 

《DE-202よりエアレイダー。支援可能領域に到達した。指示を請う》

《こちらアルテミス! まもなく戦域上空を通過する! 誤爆のないよう、座標の指示を頼む!》

 

 大型攻撃機ホエール、制圧攻撃機アルテミスの無線が届く。

 ホエールは空の要塞と呼ばれ、装甲付きの大型機体を四基のジェットエンジンが飛ばす。

 機体左側には40mm機関砲や105mm速射砲を始め、多種多様な武装を換装で取り付け可能だ。

 機体は遥か雲の上を旋回しつつ、機体左側に取り付けられた砲門から地上を狙撃する。

 

 一方アルテミスは地上低空を飛行する制圧攻撃機。

 垂直に伸びた長い翼と、機首後方に取り付けられた二基の大型ジェットエンジンが特徴的なシルエットを浮かばせる。

 機首の30mmガトリング砲と75mm対戦車ロケット砲を装備している。

 

『んじゃあ遠慮無く使うわね! それとアルデバラン! 重傷者用ブルートは公民館の駐車場に待機させておいたから、早く運んできなさい! それが終わったらあんたは北の方の援護をお願い! 手が足りなくて困ってんのよ!』

 

 牧野大尉が腕のコンソールを操作して座標を指示する。

 ホエールは105mm速射砲で巨大生物を爆撃し、40mm機関砲を雨のように降らせ、巨大生物を駆逐する。

 アルテミスは低空をフライパスし、通り際に味方を襲いつつあった巨大生物を薙いでゆく。

 30mmガトリング砲と75mm対戦車ロケット砲が通った後は、死骸しか残されていない。

 

「いやぁそれがな? ちょいと野暮用があって、俺は向こうに戻らにゃいかんのだ」

 

 牧野大尉が戦場を見渡していると、ふと生身の門倉大尉が話しかけてきた。

 

「うわっ! なんで無線じゃなくて直接いうのよ! あっ……、さてはあんた、”やらかす”気ね?」

 

 驚くが、門倉大尉の人の悪そうな笑みを見て察した牧野大尉。

 

「うわっはっは! ……どうしても果たすべき心残りがあってな。ここには残れん。すまんな」

 

 豪快に笑った後、顔を引き締めて話す。

 

「命令違反……、はぁー、ホンット男ってバカらし。ま、しょうがないわね! こっちは何とかしたげるから、とっとと行きなさい!」

 わざとらしくため息と気持ちばかりの罵りを入れた後、手をひらひらさせて門倉大尉を追い返す。

 

「すまんなぁ。今度手に入ったらE型レーションのプリンやるから、何とか誤魔化しといてくれ」

「ホント!? じゃなくって!! ふん! 別にあんたの為でもプリンの為でもないわ! どーせあのクソデカ大蜘蛛ぶっころしに行くんでしょ? あんたの事だからもう航空部隊でも向かわせてる所でしょうし、遅れないうちにさっさと行きなさい! はぁ!? 車輛が欲しい!? バカじゃないの貸せるわけないでしょ! ばれないようにその……あの辺の軽でも使ってなさい! ほら! さっさと! 行く!!」

 

 ぐいぐいと背中を押され、無理やり民間の軽自動車に乗せられる。

 非常時の法律通り、鍵は指しっぱなしだ。

 

「……何も、言ってないんだがなぁ……」

 

 牧野大尉のあまりの察しの良さに苦笑いしつつ、最大限の感謝を胸に門倉大尉は、仙崎達の居る亀岡市へと向かう。




久々の新規登場人物!!

牧野深雪(まきの みゆき)(29)
 第三エアレイダー小隊の空爆誘導兵(エアレイダー)
 戦場に似つかわしくない甘ったるい声と、棘のある辛辣な性格が同居した性格。
 童顔で背も低いため若く見られがちだが実は三十路手前。
 的確な洞察力と判断力に加え、状況から相手の考えを読むことが得意。
 つまり甘い声で辛辣に罵られながら望む通りに尽くしてくれるというよく分からない事になる。
 保坂少佐が誤爆を絶妙に見極めた至近距離爆撃、天才的な計算と奇抜な戦法、門倉大尉が精密な射出からの正確なホエール要請や近接航空支援と、経験によって裏付けされた大胆かつ堅実な戦法が得意なのに対し、
 牧野大尉はレーザー誘導器とネレイドの連携による近接機銃掃射とミサイル支援を好んで用い、天性の勘と部隊間の動きを予測した柔軟な戦法が得意。
 ただし、三名ともエアレイダーに選ばれるだけあって大抵の事は何でもできる。



はぁー。
ヒントは牧野大尉のシーン無かったんだけど夜中のテンションで加筆したらこんな長くなってしまった。
仙崎の所より長いかもしれない。
いやぁー、牧野大尉ただのテンプレツンデレキャラにしようと思ったんだけどなんか変な感じになりましたね。
いや~難しいもんだ……。
なんか戦場が苛烈すぎてツンデレとかやってる余裕がないというか……。

でもこれはこれでなんか気に入ったのでまた出せる時に出してあげたいですね。
問題は口調が若干瀬川と被ってるとこか……(大問題だよ!!)


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第六十七話 奈落の王(Ⅶ)

加筆したせいで長いです。
そして投稿間隔が全然予定通りにならないぞ!?
だが明日まではなんとか終わらせる!はず!


――2023年4月1日 2:20 亀岡市廃墟 バゥ・ロード周囲――

 

 

「まず、奴の取り巻きを排除する! 作戦ミスでな……、このままでは奴とまともにやり合うのは難しい! 手を貸してくれ!」

「了解!」

「おおよ!!」

 

 二人の気持ちの良い返事を聞いて、少し元気が出る。

 バゥ・ロードの周囲を護る体毛の中のβ型の排除を優先していたら、いつの間にやら大量のβ型に包囲されていた。

 まずは、それらの排除から行わねば。

 

「それで! 本当に感謝しているが、まずさっきのは、一体全体どういう風の吹き回しなのだ!? 本部から援軍はないとはっきり断られたが、援軍は君たち二人だけ派遣されたのか!? 先刻撃破された乗ってきたグレイプの搭乗員は!?」

 

 楠木と市原を抱えて飛んで行った時のことを話す。

 グレイプで二人はこちらに向かっていたが、そのグレイプは糸の直撃でひしゃげ、爆発したはずだ。

 

 乗員が他にいたのか気になるところだが、まさか全員死んだとかではあるまいな?

 それだったらこの二人の陽気なテンションとかみ合わないが。

 

 言いながら手持ちのガバナーを射撃。

 β型を一体吹き飛ばしたのち、銃身下のハンドグリップをスライドし、空薬莢を排出する。

 

「それは安心して! あのグレイプには私たち二人しか乗ってなかったから!」

 

 瀬川の銃から放たれる連鎖的な電撃に見えるそれは、β型に当たると敵を貫通し、2体3体と同時に仕留めている。

 噂に聞く、イズナ-Aと呼ばれる連鎖雷撃銃であろう。

 

「そもそもな? 俺らは救援に派遣された訳じゃなくて402演習場の生き残りって事だって。たまたまそこの、あ~……、レイピアのねーちゃんと鉢合わせて一緒に行動してたってワケよ。おーけー?」

 

 御子柴は、相変わらずガトリングガンの射撃の反動を利用した読めない機動で、β型の糸を翻弄しつつ一方的に攻撃している。

 恐ろしい男だ。

 

 その彼の言葉で、彼らもあそこにいた事を知る。

 そうか、門倉大尉の言っていた、402演習場で身動きがとれず潜伏するしかなかった負傷者の中に、彼らもいたわけか。

 彼らは作戦初期から行動していたはずだ。

 負傷して送還されていても不思議はないが、ある意味それが彼らだったことに幸運を感じざるを得ない。

 

「ちょ、何レイピアのねーちゃんって!! いい加減名前覚えなさいよね! 瀬川・葵!! それが私の名前よ! っていうか私今レイピア使ってないじゃん! 当然持ってるけどさ!」

 

「珍しく雷撃銃なるものを使っていると思ったらやはり持っていたか! それでこそ瀬川だな!」

 

「どういう印象!? そういう印象ね! 良し分かった斬り刻むわ!」

 

「ほらな!」

 

「おっけー分かったぜ! じゃあ葵のねーちゃん、と合流したのはいいものの――」

 

「――ファーーー!! いきなり下の名前で呼ぶな!! 私だってまだなのだぞ!!」

 

「話の腰折らないでくれる!? べ、別にあんただって、呼びたきゃ呼べばいいじゃないの! いや待って、あんたに先に呼ばれるのはなんか腹立つわね……。私が先に呼ぶわ! ま、ま、まことん……」

 

「ぬぁーー!! それは桜が付けた渾名ではないか!! よいが!!」

 

「いいんだ!? で、あのな? 合流したはいいものの――」

 

「ちょっと待ちなさいよコラ!! あんた私を差し置いてなに!? 桜って結城桜ちゃんでしょあんたの小隊の所の! あの娘とファーストネームで呼び合う仲なんだ!? べ、別にあんたの事なんてどうとも思ってないけどなんか腹立つわ! 負けたみたいで!!」

 

「ぬぁーー!! 誤解してるしツンデレと負けず嫌いを融合させるな!! 私が呼ばせている訳ではなくて向こうが勝手に呼んでくるだけだし結城大尉との混同を避けるために結城桜は皆下の名前で呼んでいるから別に私が君を名字で呼んでいるからと言って君の事を桜より大事に思っていないとかそういう訳ではなくむしろ君を意識しているからこそこういう事は軽はずみで行うべきではないというか――」

 

「――いやもぉーいいわっ!! なんなのお前ら!? 人の話聞く気ありますかっ!? この俺にツッコミさせるとか相当だよ!? 柳と栗宮が見たら卒倒モンだぞこんなん!!」

「わ、悪かったわよ……」

「申し訳ない……」

 

 戦闘中にぎゃあぎゃあ言いながらも、バゥ・ロードの攻撃を躱しつつ、周囲のβ型を掃討してゆく。

 

 話をざっくりまとめてしまうと、彼女らは戦闘中負傷して、第402火力演習場の同室で簡易治療を受けていた。

 ようは、私や細海と同じだ。

 それでアンカーの奇襲を受け、たまたま逃げ延びて二人でグレイプの中に巨大生物の群れから隠れていた。

 

 その間、御子柴の発案により見つからない程度に装備をかき集め、御子柴が一点突破を提案するがさすがに瀬川が待ったを掛けていると、そこにバゥ・ロードが出現。

 強制的に移動せざるを得なかった二人は御子柴の運転でグレイプを走らせる。

 

 大量の巨大生物に追われつつ、何とか大半を殲滅した二人は、なんとあのバゥ・ロードに足止めを行っているという通信を、調子の悪い無線機でたまたま耳にする。

 しかも足止めを行っているのは私だ。

 これにいてもたってもいられなくなった瀬川が強硬に援護に行くと主張し、御子柴は「無双できないから嫌だ。大物狩りは神谷の領分だ」などと駄々をこねるが瀬川は無視。

 

 グレイプで追いすがるが、戦艦群の砲撃を迎撃した事からグレイプも砲撃されると分かっていた二人は、可能な限り近づいて攻撃の直前に降車、それぞれ跳躍装置とPEユニットの噴射で私の元にたどり着いた、という訳だった。

 

 その後楠木と市原を回収し、南丹市に逃げ込んだ元402演習場の部隊に預け、こちらへとんぼ返りしたそうだ。

 そして肝心の作戦内容だが。

 

「今こっちにタイタンが向かってる! 到着は……あともう40分はかかるだろうな! 無線聞いてたなら知ってると思うけどよ!」

「いや! 先ほどまで通信手段を失っていてな! だがそれは朗報だ! 門倉大尉がやってくれたか!」

 本部への要請は無事通ったらしい。

 ならば、後はここで残り40数分、時間を稼げばいいという訳だ。

 

「楠木と市原の容体は!? 大丈夫そうだったか!?」

「なんとかね! 脱出に成功していたブルートが何機かあったから、それに乗せて大阪軍病院へ緊急搬送すると言っていたわ!」

「後は二人の根性を祈るしかないわな。ま、少なくとも途中で襲撃を受けて死亡、なんてことにはならないと思うから心配すんな! 今ここで、コイツを倒せたらの話だがなぁ!!」

 

 御子柴の散弾迫撃砲で二体を倒す。

 これで取り巻きのβ型は全て倒したはずだ。

 

 そして、バゥ・ロードの迎撃能力も地上付近の物は、ほぼ死んでいる。

 余計な邪魔は入らない――そう考えて良いだろう。

 

 バゥ・ロードは腹部を持ち上げ、こちらを狙う。

 

「糸が来るぞ! 躱せぇッ!!」

「了解!」

「おうッ!」

 

 私が糸の合間を、御子柴が左への水平移動で、瀬川が斜め右への上昇でそれぞれが回避する。

 

「攻撃開始!」

「うりゃぁぁぁ!!」

 

 先陣を切ったのは瀬川だ。

 武器をレイピアに変え、バゥ・ロードの側面に切り込む。

 もう厄介な糸の迎撃は襲ってこない。

 

 バゥ・ロードは体勢を変え、後方に跳ぶが、それに御子柴が追いすがる。

 

「逃げようたってそうはいくか! ぶっ飛びなぁ!!」

 バゥ・ロードの前面に追い付き、ハンドガトリング二門、重迫撃砲一門、散弾迫撃砲一門の一斉射を行う。

 凄まじい爆撃と、銃弾の嵐を真正面から受けるバゥ・ロード。

 だが接近しすぎだ。

 奴は腹部を持ち上げる。

 

 御子柴は攻撃に夢中で気付いていない。

 

「御子柴! 糸が来るぞ!!」

「マジ!? くっそ間に合うか!」

 

 直後バゥ・ロードは糸の放射を行う。

 至近の御子柴を狙っての物だったので着弾までの余裕はなく、御子柴は糸に巻き込まれた。

 

「御子柴! おのれッ!」

 

 だが、正面以外はがら空きだ。

 私は駆け出し、向かって右方向からガバナーを撃ち込む。

 前に砕いていた側面の目の傷跡を、更に抉るように次々叩き込む。

 

 と、堪らずバゥ・ロードは、私の頭を飛び越えるように移動する。

 

「御子柴大丈夫か!?」

 私は声をかけるが、さすがはフェンサー。何とか無事のようだった。

 

「平気……ではねーがまぁ軽傷だ!」

「また来るわよ! まったく図体の割にすばしっこいわね!」

「クソ! これだから大物相手は爽快感がねーんだっての!!」

「とにかく動き続けろ! 奴の相手の肝は一か所に留まらぬ事だ!」

 

 糸の放射が飛んできた。

 我々は再び別れるように散開し、それぞれ連携して動き始める。

 

「成る程なぁ! 慣れないことで油断したが、いつもと同じでいいって事だな! なら話は早い! 葵の……おっと、瀬川のねーちゃんもそういうタチだろ? 俺とおんなじで、落ち着きのないタイプと見たね俺は!」

 御子柴はスラスターを吹かし、滑るような移動で二門のハンドガトリングを撃ちまくる。

 弾丸は確実にバゥ・ロードの皮膚に刺さり、紫色の体液が流れる。

 

「分かってるじゃない! ホント、常に飛んでいたいくらいは高い所とか好きよ! でもユニットがすぐオーバーヒートしちゃうから、無理なんだけどね! 仙崎! カバーお願い!」

 瀬川は高速で飛行しながら、縦横無心にレイピアでバゥ・ロードの皮膚を斬り刻む。

 彼女の持つレイピアは、レイピア・スラストというらしく、従来型の物より多数のプラズマアークの刃が前面に集中している。

 前方への攻撃力が増し、より機動戦に特化したと言えるだろう。

 彼女は冷却するために着陸する。

 バゥ・ロードは彼女に向けて糸を吐き出そうとするが、

 

「了解! 化け物め! 今更私以外を見てくれるなッ!」

 

 火力重視の大型弾頭を装填すると、ロケットランチャー・ダレイオスⅠを放つ。

 25mの空間が炎に包まれ、バゥ・ロードは相変わらず俊敏な動きでこちらを向く。

 

 そして私の元へ糸の放射を行う。

 

「ぐっ! 何度も何度も! 芸のない怪物だ!」

 

 紙一重で回避を続ける。

 

「今だ御子柴! 右の前脚付け根に向け、火力を集中!」

「おうよ! 喰らいやがれッ!」

 御子柴がハンドガトリングと右肩の重迫撃砲を放つ。

 だが山なりの弾道を取る迫撃砲は、右前脚付近に移動していたβ型の迎撃によって空中で爆発する。

 

「なぁッ!? これが噂の迎撃してくるβ型ってのか! まだ残ってやがったのかよ!」

「おのれ……! 側面や正面のβ型は排除した筈だが、恐らく腹部と背面に残った個体が体表を移動したのだろう! だが逆に、そうまでして守らねばならんという事だ! 我々の任務は時間稼ぎに過ぎないが、脚の一本でも叩き折れば、奴の機動を制限できるはず! どう思う!?」

 

 此処まで頑丈ならば、もはや他の部位を狙っても打撃は与えられぬだろう。

 目をすべて潰すというのも考えたが、強度がある上に奴の正面に立たねばいかぬのでリスクは大きいだろう。

 

「賛成! 機動力をちょっとでも落とせれば、勝機は高まるものね!」

「俺も乗ったぜ! 俺達三人なら、そんぐらい余裕だろっ!」

「ふん、強く出たな御子柴! 先陣は貴様に任せた! 散弾迫撃砲だ!」

 

「イエッサー! そぉら撃ってきなッ!!」

 

 御子柴は、滑るような鮮やかな機動で向かって右側面に移動し、足を止めず左肩部の散弾迫撃砲を放つ。

 砲から放たれた瞬間、榴弾はいくつもの子弾に分離し、それぞれがバゥ・ロードの右前脚付近に迫る。

 案の定直撃を防ぐため、右側面に潜む多くのβ型が顔を出し、これを迎撃する。

 

「瀬川! 今だ!」

「てやぁぁぁぁぁッ!!」

 

 瀬川はPEユニットを使って飛び上がり、バゥ・ロード側面後方から侵入し、糸の迎撃範囲外上空から薙ぎ払うようにレイピア・スラストで刻む。

 

「どうだ!?」

「だめ! なんか肉の下に粘膜みたいなのがあってまるで手ごたえがないわ!」

 効果はいまひとつ。

 無数のプラズマアークの刃でも刻めないという事は、結構な耐久力があるらしい。

 なる程、いくら撃っても答えていないのにはそのようなカラクリがあったか。

 

 生物的にどのような仕組みか不明だが、とにかくその粘膜とやらを貫通せねば打撃は与えられないらしい。

 

「おい! ケツから小型のヤツが出て来たぜ!」

「上の方かも! いよいよじっとしてはいられなくなったって感じかしら!?」

 別の部位から、β型が四体ほど出現する。

 一方バゥ・ロードは瀬川の方に飛び上がり、糸の放射体勢になる。

 御子柴はケツというが、昆虫の部位の呼び名を当てはめるならば正しくは腹部に当たる。

 

「瀬川! 回避に専念! 御子柴は何処でもいいからバゥ・ロードに攻撃、注意を引け! β型の相手は私がする!」

 

「「イエッサー!!」」

 

 瀬川は飛行ユニットで逆に距離を詰め、糸の放射を見事に見切り、空中でユニットの出力を一時的に増し、空中で側転して華麗に回避した。

 なる程、ウイングダイバー版緊急回避という訳か。

 

 御子柴は一人でオラオラ言いながらとにかく全武装を使ってバゥ・ロードに攻撃を加える。

 大量の体液が舞って居るが、まったく弱ったように見えない強靭な生命力に驚きを禁じ得ない。

 

 私は四体のβ型に対し、スパローショットを叩き込む。

 一体に対し、約二発の斉射で事足りる。

 この程度、先ほど潜った修羅場に比べればどうという事は無い。

 

 タイタン到着までの残り時間、およそ15分と言ったところか。

 

 その時間まで、バゥ・ロードをこの場所に縫い付ける事が出来れば、我々の勝ちだ。

 

 一見翻弄しているように見えるが、バゥ・ロードの戦闘力は衰える事は無く、無尽蔵の耐久力にこちらの集中力が切れてくる。

 

「ちくしょう、これだけ叩き込んでんだぞ!? そろそろ倒れてくれってマジで……。仙崎、瀬川。ちょっと推進剤の補給に入りたいんだけどよ、なんとかなる?」

 

 フェンサーの跳躍装置(ジャンプユニット)は、ウイングダイバーのような半永久的プラズマエネルギーではなく、数種類の燃料を混合した推進剤を使用している。

 要するに、長時間の戦闘では補給が必要なのだ。

 特に御子柴は絶えず動き回っていたから、推進剤の減りも早いだろう。

 

「任された! ついでに弾薬の補給もしておけ! 攻撃はするなよ? 無駄に奴の注意を引くのは危険だ。瀬川! 攻撃の手を緩めるな。とにかくこちらに注意を引くんだ」

 ようやく御子柴が我々の名前をまともに呼ぶようになって関心するが、彼に攻撃が行かないよう、細心の注意を払わねば。

 武器弾薬の補給は比較的速やかに終わるが、推進剤の補給は時間が掛かる。

 特に強酸に満ちたこの戦場では、僅かな酸の飛翔に反応して爆発でもしたら大変だ。

 むろん、特殊な混合燃料である推進剤は誘爆の危険も最小限に抑えられているが、燃料である以上絶対はない。

 

「イエッサー! って、私たち、いつの間にかあんたの部下みたいね!」

 飛び上がり、レイピアを片手に接近する瀬川。

 

「言われてみれば、無意識のうちに指示を出していたな! 不満だったか?」

 

 私は使い切ったダレイオスを放棄し、ロケットランチャー・ゴリアスDDを新たに撃ちこむ。

 

「いいえ! むしろ気持ちよく戦えてたわ! もうずっとあんたの指揮下で戦いたいくらい! あっ、別に冷泉中尉が不満って訳じゃないけど、ねッ!!」

 

 瀬川は接近し、レイピアでほぼ無防備になった腹部付近を切り裂く。

 夥しい量の体液が傷口から噴出するが、やはりどういう生命力をしているのか、動きに遜色は見られない。

 

 そのままバゥ・ロードが糸を放出する。

 奇しくも私と瀬川を同時に狙った放射範囲だったが、二人とも難なく躱した。

 

「ぬぁはは! それは嬉しいが、こういう状況でもなければウイングダイバーとレンジャーが共通の指揮下で戦うというのもないだろう! 第一私はたかが伍長だぞ?」

 EDFの階級で伍長と言えば、少尉、准尉、曹長、軍曹、伍長という順で、実のところ瀬川と御子柴は私から見て四階級も上の上官なのだが。

 EDFの独特の空気もあって特に上官という気はしない。

 むろん命令であれば従うが、逆にこちらが指揮してしまっているのは軍隊としては異常ではある。

 

「そういやあんた伍長だったわね! もうちょっと昇進してそうなもんだけど不思議ね!」

 

 ……雑談する余裕があったと言えば、そうなのかもしれない。

 気の緩みはなかったと自負しているし、ああ見えて瀬川だって修羅場をくぐっている。

 そんな油断は無かったと思うが、現実としてそれは起こった。

 

「あんただったら、一端の指揮官に成れると思うから、ちゃんと昇進して――がっ!?」

「瀬川!?」

 

 バゥ・ロードが放射した糸を付けたまま跳躍し、空中で振り回した。

 縦横無尽に空中を暴れる極太の糸に、瀬川が巻き込まれたのだ!

 

「うぁぁッ! いたっ……、酸がッ……!」

 受け身を取りつつ、墜落する。

 

「しっかりしろッ! 直前で回避したな!? 傷は深くはない!」

 

 瀬川は糸との衝突の瞬間、飛行ユニットの絶妙な操作で真正面からの直撃は避けたが、左半身に糸の表層の一部がこびりついてそれが軽量化されたアーマーを溶かし、瀬川を負傷させていた。

 

「うぅッ、そうね、大丈夫――仙崎っ、上ッ!!」

「なに!?」

 

 負傷した瀬川を抱えていると、我々はバゥ・ロードの脚に踏みつぶされそうになっていた。

 人間二人分程度、楽に踏みつぶされそうな大きさと質量を持っている。

 私は瀬川を無理やり抱え回避する動きをしつつ、ガバナーの接射を試みた。

 

 だが、奴が一枚上手だった。

 バゥ・ロードは脚を動かして我々に打撃を与えた、要するに蹴られたのだ。

 

「きゃあ!!」

「ぐはッ!!」

 

 我々は吹き飛ばされ、地面を転がった。

 衝撃で平衡感覚が狂い、すぐには立てない。

 

「野郎!! 俺の友達に、手ぇ出してんじゃ、ねぇ!!」

 

 御子柴が、補給も終わらないまま砲撃を行う。

 いつの間に友になったのか分からないが、とにかく私を友と呼んだ彼の元に、バゥ・ロードは放射口照準を定める。

 

「やべ! さすがにやべぇな! くそぉ! 死ねやおらぁぁぁ!!」

 

 やけくそになって全武装を発射するが、補給が終わらなければ下手に移動は出来ない。

 

KM-6E(カムイ)全機! 前方大型標的に、機銃掃射プランW3! 誤射に注意しろよ……いけ!!』

『プラン受諾! ターゲット確認! 全機突入! 機銃掃射、開始ッ!!』

『『了解ッ!!』』

 門倉大尉の無線の声と、それに応答した戦闘爆撃機カムイのパイロットの声が聞こえた。

 

 

 

――同時刻 国道478号線(京都市-亀岡市間移動経路) 重戦車タイタン――

 

 

 一般自動車用に作られた、片道四車線の国道を、重戦車タイタンが進む。

 通過した後のアスファルトは重量に耐えきれず無残な姿に砕かれ、全ての車線の道路が使い物にならなくなる。

 

 総重量200t超の重戦車は、移動だけでそうした輸送経路の寸断を行ってしまう。

 空輸が推奨されるゆえんだが、その空輸が出来ない理由の一つが、目の前に現れた。

 

「前方に巨大生物の群れを発見! 敵はこちらに気付いていません!」

「付近に塔は見えるか?」

「いいえ! 確認できません!」

 

 タイタン車長、権藤少佐は一瞬逡巡した。

 周囲は起伏があり木々が生い茂る見通しの悪い丘陵地帯だ。

 本来なら先にレイドアンカーを発見してから攻撃するのが最良だが、あまり接近しすぎれば危険な近接戦闘を強いられる。

 特に、γ型は一度飛び立つとまとめて撃破し辛い敵なので地上にいるうちに纏めて叩いておきたいところだ。

 

 

 それに、今の作戦目標はアンカーの破壊ではない。

 

「レクイエム砲の使用を禁じた上で、先制攻撃を仕掛ける! 副砲一番二番、照準目標γ型巨大生物、撃てぇぇーー!」

「一番副砲砲撃開始!」

「二番副砲、砲撃開始!」

 

 タイタンの巨大なレクイエム砲砲塔の上に付いた、左右の副砲120mm滑腔砲が火を噴く。

 ギガンテス戦車のそれと同じ120mm徹甲榴弾が巨大生物群の中央に直撃し、派手な爆発で数体を吹き飛ばした後、押し出された侵徹体が更に群れの奥まで貫通する。

 

 それを受けて一斉に既存四種の巨大生物がタイタンに向かう。

 γ型は飛び立ち、β型は跳ね、α型亜種がα型通常種を追い越し急速に距離を詰める。

 

「斎藤、前進を止めるな! 松田、竹原! α型亜種を車体に近づけるな! 交互射撃! 奴の牙は装甲第一層と二層を貫く! 各機銃手員は銃座についてγ型を迎撃しろ! 針の攻撃もタイタンの装甲に傷をつける可能性がある!」

「「了解ッ!!」」

 

 巨大生物群の迎撃が始まる。

 小規模だが津波のような勢いで迫るα型亜種に対し、120mm徹甲榴弾が直撃する。

 直径15mの複合爆薬の爆風が炎の膜を形成するが、爆風に押し出されて耐え抜く個体も中には現れる。

 それを副砲二門の交互射撃で絶え間ない砲弾を叩き込む。

 それを抜けてくる個体には、7.62mm同軸機銃が止めを刺す。

 

 一方舞い上がるγ型に対しては、機体各所に取り付けられたドーントレス重機関銃と、UT7多銃身機関銃(ガトリングガン)が対空迎撃を行う。

 

 銃座は全て車内からの遠隔操作型になっており、周囲の状況を見ながら射撃出来ない代わりに身を晒さずに戦える。

 

 UT7が毎秒30発という破格の発射速度で弾幕を張り、近づくγ型を次々と叩き落してゆく。

 一方ドーントレスは、通常では毎秒12発とUT7に比べて低い連射性能を誇り、更に12.7mm機銃弾は、甲殻の薄いγ型に対してはややオーバーキルである為若干効率は劣る。

 

 その為機銃弾を近接信管弾に変えて対空機銃弾として撃ち出していた。

 発射速度は毎秒5発と半分以下に下がるが、近接信管での広範囲攻撃は多くのγ型を叩き落していた。

 

 交互射撃で絶え間ない砲弾を撃ち出し、車体各所から対空迎撃の弾幕を張る様子は、まさに陸の戦艦と表現するに相応しい。

 

 圧倒的な戦闘力で最初こそ敵をまったく寄せ付けなかったが、巨大生物群が広がって周囲を囲うようになると、状況は一変する。

 

「β型、側面いや背後に回ります! 副砲での迎撃追い付きません!」

「ドーントレス! 対空迎撃を中止し地上を掃討しろ! 弾種12.7㎜徹甲弾!」

「了解ッ!」

 

 ドーントレスが標的を地上目標に変える。

 

「くそッ! 前方の巨大生物が、邪魔だッ! 松田、前の奴を前の奴を吹っ飛ばしてくれ!」

「了解!」

 

 操縦手の斎藤中尉が、第二副砲手の松田曹長に頼む。

 

 群れが続いている右側面から砲塔を動かし、正面を射撃する。

 β型やα型の集合体は、勢いよく吹き飛ぶが、それでも後続から次々と道を塞ぐように躍り出る。

 

「ぶ、ぶつかる!?」

「構わん! 轢き潰せッ! 我々は巨大生物の殲滅よりも前進を優先するのが任務だ!!」

 権藤少佐の命令で、タイタンは巨大生物にぶつかり、キャタピラの走破力で巨大生物を乗り越える。

 

 およそ時速50kmで総重量200t超の車体が激突し、さすがの巨大生物と言えど潰され絶命するが、当然走行速度は大幅に落ちる。

 その一瞬が致命的となり、やがて周囲に更なる巨大生物が集り、上空のγ型も数を増やす。

 

「γ型の迎撃、追い付きません! 針が来ますッ!」

 ついに針撃の射程内に入られ、数本の巨大な針がタイタン上面装甲を襲う。

 車内を衝撃が包む。

 

「被害状況!」

「はっ! 被弾箇所、装甲第一層が一部貫通しましたが、第二層に被害なし! 戦闘続行に支障ありません!」

 タイタンは針が次々と刺さっていくが、見た目に関して被害は軽微だ。

 ただし、装甲を穿たれたことは変わりないので、酸などが流れ込んでくれば被害は拡大する。

 その酸も、地上から次々と放たれ、装甲第一層対光学物理装甲を溶解させていく。

 

 第一層は、対巨大生物戦に於いては効果は薄い。

 

 タイタンは陸の戦艦に相応しい攻撃力と防御力で、被弾しつつも依然優勢を保ってはいるが、その進撃速度は目に見えて低下した。

 さらに未だアンカーを発見できていない為、巨大生物の群れは絶えることが無い。

 派手に戦闘しすぎたのか、どうやら複数のアンカーが反応しているようで、その物量は初期と比べて明らかに増えていた。

 

 いずれ群れを突破する事は可能だが、どうしても時間が掛かる、そんなどうしようもない状況だ。

 

 そんな悪条件が重なった時、事件は起きた。

 タイタンが振動し、突然排気口から黒煙が噴き出したのだ。

「ッ、斎藤中尉! 何があった!?」

「ラジエーターが故障! 炎上しています!」

 実は前々から警告灯は付いていた。

 しかし、危険地帯に入る際に自衛装備の無い整備工作車は退避させていたのだ。

「やはり持たなかったか……!」

「権藤少佐! これ以上の走行は不可能です! 履帯とサスペンションも限界で、燃料も既に半分以上残っていません! このままではとても辿り着くことは……」

 専用のメンテナンス要員である橋倉少尉が進言する。

 200tの戦車を自走させて何十キロも走りきるなど、土台無理な話ではあった。

 それでも強行したのは、それが可能になる希望があったからだ。

 

「車長!! 4時方向より味方識別の車輛複数! これは、ジャガーと整備工作車ですっ!!」

「目視確認! あれは……オストヴァルト博士です!!」

 レーダー通信員と機銃手が同時に反応する。

 

 安堵の声を出す権藤少佐に対し、オストヴァルトは緊迫して声を荒げる。

『オストヴァルト博士……お待ちしていました!』

『状況は!? ラジエーターが故障しましたね!?』

 接近する高機動四輪駆動車ジャガーは上部のアードウルフ砲塔を動かし敵を退けながら接近する。

 アードウルフ砲塔には、アウトレイジ軽機関銃とアーケイン六連ミサイルポッドが二基装備されている。

 

『おっしゃる通りです。警告灯は赤く点滅しています。ですが状況が、停車を許さない……』

 難しい顔をする権藤少佐に対し、ハキハキと対処を述べる。

『そんな事は百も承知ですよ! そのまま並走を! よっ!』

 言いながらオストヴァルトはジャガーから飛び出し、タイタンに乗り移る。

 現在タイタンは、時速40km程度で走行中だ。

 

「やれやれ、酷使しましたね……! 橋倉少尉! 此処の手伝いはいりません! その間にこれを!」

 近寄るメンテナンス要員の橋倉少尉に、メモ紙を渡す。

「これは……?」

 オストヴァルトはメンテナンスハッチを開け、炎上するラジエーターを探し出し、消火と修理を行いながら声を出す。

 

「投棄する工具や資材です! 恐らく、燃料はもう半分切っていますね? 帰りの事は考えず、とりあえず辿り着く事だけを考えて装備を投棄してください! 私の体重を含めた計算上それの投棄は必須です! 二枚目は荷重の調整と必要な走行操作です! かなり詳しく書いたので、間違えずその通りに設定する事を、権藤少佐たちに伝えてください!」

「わ、分かりました! ……博士っ!」

「ちいっ、邪魔を!!」

 

 タイタン車上で整備するオストヴァルトに、三体のγ型が狙いを付け、一体が針を発射する。

 予備動作を確認していたオストヴァルトは、咄嗟にメンテナンスエリアに半分潜り込み、ハッチを盾にして針を受け止める。

 針は半分貫通し、博士の顔面寸前で止まった。

 博士は右耳の通信機を触る。

 

「計算通り……。『少尉!』」

『了解!』

 

 短いやりとりで、並走するジャガーの機銃手が、三体のγ型をロックオンし、アーケイン六連ミサイルを三発発射する。

 不規則な機動を取るγ型三体にしっかり命中し、辺りは爆炎で包まれるが、周囲の状況を気にせず冷静にメンテナンスを行う。

 オストヴァルトはまた並走する整備工作車に指示を出し、バケットに整備道具や資材を入れたクレーンが彼の補助を行う。

 

『博士! ミサイル付きました! 機銃弾もまもなく……!』

『そうですか! 次はサスペンションのメンテナンスが残っているのですがねぇ。強化スプレーで何とかなるレベルではないでしょうが、ないよりはマシなんですが……ちぃっ! 確かにこれでは悠長に整備も出来ない……!』

 さすがのオストヴァルト博士も苦い顔をしていると、更に状況を変える一報が入る。

 

「!? 車長! 8時方向より、識別不明の反応接近!」

 レーダー通信員が告げる。

「なに!?」

「一直線にこちらに向かっています!」

「敵の新型か!?」

「分かりません!」

「外部カメラの映像回せ!」

 

 味方の信号が確認できない謎の存在が急速に接近していた。

 この状況に、更に敵の未確認個体。

 車内に戦慄が走るが、

 

「コンバットフレーム!?」

 

 存在の正体は、味方のコンバットフレーム・ニクスであった。

 その赤い機体は、近接高機動型のニクス・レッドシャドウの特徴と一致する。

 同時に通信がタイタンに向けて発せられる。

 

『ちぃーっす! そこのバカでかい戦車! なんか困ってるみたいなら助太刀するぜ!』

『貴様!! 本当にEDFか!? なぜ敵味方識別装置(IFF)を切っている! 撃ち殺されたいのか!?』

 

 いう間に、レッドシャドウはタイタンに追い付き、その背後から追い迫る巨大生物群に、レッドシャドウに標準装備にはないはずのロケットランチャーを数発叩き込む。

 

 あっという間に巨大生物と距離を詰め、両腕のリボルバーカノンを斉射する。

 その後短距離ブーストジャンプでタイタンを飛び越えつつ側面の巨大生物に散弾砲をぶち込み数体を巻き込んだのち、前方を塞ぐ巨大生物群にリボルバーカノン二門、左肩部ロケットランチャー、右肩部散弾砲の一斉射で瞬く間に駆逐する。

 そして、間ニクスは一度も足を止めない。

 

「す、すごい腕です! 一度も被弾せず、瞬く間に敵を一掃していきます!」

「前方の進路クリア! 最大加速!!」

 

 前方の巨大生物がいなくなり、流入する巨大生物もレッドシャドウが押さえている事により、群れを抜け出したタイタン。

 

『き、貴様何者だ!? 所属部隊名と名を名乗れ!』

 

 原則部隊行動する筈のニクスが単騎で、しかも主戦場とはかけ離れた方向から急接近し、リボルバーカノンとロケット砲という、重量の観点から非推奨装備と言われている武装を搭載した魔改造ニクスというのも怪しいが、何より巨大生物を翻弄するような独特の操作を行うエースパイロットならその名は有名のはずだ。

 

 レッドシャドウと言えば向井中尉のフレイム小隊が有名だが、コンバットバーナーを使用する彼女らの戦い方とは似つかない。

 

『俺か? 俺はなぁ、コンバットフレームの申し子! 安藤和真様だ!! いややっぱ自分で様は恥ずかしいな! あ~っと、その、詳細はエアレイダー? の保坂さんに聞いてくれれば分かるって聞いたぜ! まぁホントは目的地はコッチじゃなかったんだが、なんかヤバそうだから勝手に来たぞ! 困ってるんだろ?』

 

 言いながら、鮮やかな機動で各武装を的確に変えながら撃破していく安藤和真という男。

 子供っぽいテンションもそうだが、声質からして10代後半であることを察し、酷く混乱するタイタン車内だったが、車上で一人オストヴァルト博士は興奮する。

 

「ふはははは!! なるほど、コンバットフレームでその動きをするか!! 素晴らしい!! 素晴らしいぞ貴様!! だがまだまだだな、間接に負荷をかけ過ぎだ!! 無駄も多い! 貴様の様な動きなら、整備冥利に尽きるというものだが!!」

 

 と一人で勝手にはしゃいでいるが、通信を送っていない為、本当にただの一人で騒ぎながら、見事な手際でラジエーターの修理を完了する。

 どうやって走行中に修理したのかは、まるで謎である。

 

 そんな彼は置いておいて、権藤少佐は状況に際し愚痴を混ぜつつ冷静に対応する。

 

『ふん、あの糸目め……。分かった。保坂の判断であればいろいろグレーではあるがこの際それは呑む。それで、この場に来たのはイレギュラーとの事だが、この場は預けて良いという事で構わないか? 我々はこの先を急ぐ重要な任務があるのだが』

 

 どうやら権藤少佐は保坂少佐と多少の面識は持っている、があまりよく思っていないらしい。

 それはともかく、このニクスはタイタンにとって渡りに船ではあった。

 普通は所属や階級、そもそも軍属なのか? 正式な手続き、指揮命令系統の上でここにいるのか、例え保坂少佐の許可の元であっても、正当なものではないのなら、即刻ニクスの降車を強制し、恐らく民間人であろうこの男と、ニクスを部隊に返還する所だが、

 

 生憎状況はそれを許さず、事態は柔軟な対応が求められている。

 権藤少佐が先を急ぐと言うと、安藤少年は快活に答える。

 

『おう! なんか馬鹿でっけぇー蜘蛛が出たって話だろ? そっちの援護に行ってもいいんだがここからだと推進剤が持ちそうになくてな! 実は結構ギリギリなんだなこれが! ま、ちょっとまだ大物とやり合う度胸もないしそもそも火力足んなそうだし! ここは俺に任せて先にいけぇー!!』

 

 終始早口でハイテンションな口調に、タイタンの車内はどうしたもんかという変な雰囲気になる。

 が、やはり権藤少佐は冷静に、彼を一兵士とみなし、恐らく今ドヤ顔しているだろう安藤和真に向けて返答をする。

 

『ふっ、承知した。この場は安藤とやら、君に預けて我々は先を急ぐ。付近には複数のアンカーが点在している。先にそちらを片付けないと無限の物量と戦う羽目になるぞ。意味は分かるな』

 

 ノリノリの安藤少年の声に、まるで息子の相手をしているようだと権藤少佐は少し笑い、同時にそんな少年を戦場の渦中にただ一人放置する事に罪悪感を覚え、最低限のアドバイスを送る。

 

『おうよ! 保坂さんと整備のおっさんからだいたい聞いてるからな! んじゃま、デカ蜘蛛は頼んだぜ! ……そうだ、あんたの名前は?』

 

『重戦車タイタン車長、権藤源治少佐だ。君の操縦技術は天性の物と見た。生き残って多くの戦場でその腕を生かせ。健闘を祈る!』

 

『了解! じゃあな権藤さん!!』

 

 こうして、タイタンは巨大生物の群れを短時間で脱出し、最低限の整備もオストヴァルト博士の手によって完了し、唯一安藤和真の乗るレッドシャドウと敵だけが戦場に残された。

 

「ふふっ、ぎゃははは! 俺かっこいい~~!! っと、そんなんは後だ後! 真面目にやらないとガチで死んじまうぞ俺! くっそ~、こういうシチュエーションに憧れてたとはいえちょっと格好つけすぎたか!? だがま、これで死んだらクソ格好悪ぃからな! 任務も果たして無事で生還してこそだろ! ……桂里奈を残して、まだ死ぬわけにはいかねぇからなッ!!」

 

 いろいろと独り言にしては大声で話しながら、怖気づかないようにハイテンションを維持し、タイタンの離脱を確認してからアンカーの殲滅に向かう。

 一人残された、家族の妹の身を案じ、絶対に生きて帰るという決意を固めながら。

 

 彼のこの行動が、のちの戦況に大いに影響した事は間違いない。

 




やっぱ仙崎、瀬川、御子柴の活躍を書くのは楽しいですね
久々にこういう雰囲気かけたかと思います。
そして門倉が合流、再び四人がそろいます。

ちなみに他の作者様のEDF小説だと、ストーム1(主人公)って、ゲームでいうとストーム2(軍曹・レンジャー)ストーム3(グリムリーパー・フェンサー)ストーム4(スプリガン・ウイングダイバー)で埋まっている事からエアレイダーが主人公になる事が多いみたいですね。

自分はEDF初代からの固定観念で、やっぱレンジャー(陸戦兵)が主人公のイメージあってこうなりました。
EDF5ファンの方にはちょっと違和感あるかもしれないですね(今更!?)

なお現在作中ではストームチームが編成されていませんが、後々ちゃんと編成されるので安心(?)してください。

ストーム各部隊のメンバーや編制については、ちょっと考えがあるので秘密ですが。

原作の世界観や設定を結構ぶっ壊していますが、どうか今しばらくお付き合いください……!


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第六十八話 奈落の王(Ⅷ)

一日に二話投稿するの初めてなのでは!?!?

別に年内に合わせる必要性はまったく無いんですが、キリがいいとなんか気分もいいじゃないですか。
という訳で、アイアンウォール編、残すところあと一話です!
盛り上がって(るつもり)来ましたーー!!


――2023年4月1日 2:30 亀岡市廃墟――

 

 

 低空を飛行する六機のカムイが、三列に並び機銃掃射を行った!

 一瞬だが、雨あられと降り注いだ機銃掃射は、多くがバゥ・ロードに直撃し、我々が殆ど手出しできなかった背面を穴だらけにした。

 

「か、門倉大尉!?」

「よぉ! 待たせたな、仙崎! 約束通りちゃんと戻ってきたぜ! よく生き残った! 最後はちょいとヒヤッとしたが、まぁ仲がよさそうでよかったじゃぁないか!」

 

 車輛が確保できなかったのか。

 市販の軽自動車から現れたのは、門倉大尉だった。

 なお、いくらか被弾したようで、運転席のドアは既にない。

 

「んだよおっさんそのボロボロの車!! 無茶しやがって! ……んだがま、助かったけどよ!」

 

 御子柴少尉は笑い飛ばすと補給を終え、補給コンテナを用済みよばかりに蹴り倒し、その場から噴射して離脱する。

 直後、バゥ・ロードの砲撃。

 蹴り飛ばしたコンテナの周囲は、極太の糸が次々着弾し土煙があがる。

 

「いやぁ、殆ど命令違反でコッチに来たもんだからな? 堂々と輸送車とか借りる訳にもいかなくてなぁ! コイツを拝借してきたわけだ! ……スピカの奴には感謝しなければな」

 

 車から降りると門倉大尉は、素早い身のこなしで手に持つ長射程粘着起爆弾射出器(リムペットスナイプガンD)で起爆弾を射出。

 ビーコンガンを改造したそれは、どういう原理か粘着起爆弾でありながら狙撃銃並みの精度と射程を持つ強力な兵器であり、しかし起爆に専用信号を使用するのでエアレイダーの装備でしか使えない、という話だ。

 三発の起爆弾を射出後、門倉大尉がスイッチを押すと、小規模な爆発が三回。

 起爆装置や信号受信器に場所を取られた爆弾の火力は決して大きくはないが、我々の付けた傷跡を正確に狙った爆破で、バゥ・ロードが大きく仰け反った。

 

「今だッ! やれッ!」

「イエッサー!! ゆくぞ瀬川!」

「任せなさい!」

 門倉大尉の作った隙に、私と瀬川が同時に動く。

 私は駆け、瀬川は飛び、ほぼ同時に攻撃を行う。

 レイピア・スラストの一点連続照射と、ガバナーとスパローショットの二丁同時射撃。

 

 大量の散弾とプラズマアーク刃が肉の抉れた右前脚付け根の粘膜を削り取る。

 

「効いてるの!?」

「恐らくな!!」

 

 だが奴が姿勢を少し変えると、弱点はあっさり離れていく。

 

「追うわ!」

「待て! 糸が来るぞ!」

「やらせんさ!!」

 門倉大尉の声と同時、傷口で爆発が連続して起こる。

 恐らく、いつの間にやら射出していた粘着爆弾だ。

 

 堪らず、バゥ・ロードは跳躍して後方に下がるが、門倉大尉は不敵に笑った。

 

「ふっ、もはやどこへ逃げようが遅い! 『ラタトスク! ビーコンは打ち込んだ! やれ!!』」

『ラタトスク1了解!! 全機突入! 105mm砲、ファイアッ!!』

 

 我々の上空を、高速・低空で飛翔したのは、EDF海軍飛行隊の艦載機。

 EJ-24戦闘機C型艦上汎用機、シリウスだ。

 4機のシリウスが一直線に飛び、本来ならば装備しないであろう戦闘機としては巨大な砲を機首から発射した。

 

 四発の105mm誘導砲弾は、エアレイダーの放ったビーコン信号を受信し、高速で飛翔する戦闘機から放たれたとは思えない精度で四発全てがバゥ・ロードの右前脚付け根部分に直撃する。

 歩兵の攻撃では無しえない衝撃と体液の噴射が、その威力を物語っている。

 

『攻撃……成功! 全弾命中しました!』

『凄い! ロックオンすらしていないのに! これがエアレイダーの力か!』

『ふぅ、あんなデカい砲を機首につけろと言われた時には馬鹿かと思ったが、存外できるもんだな』

『無駄口を叩くな! 迎撃来るぞ! 各機散開! 回避行動に移れ!』

『『『了解ッ!!』』』

 

 バゥ・ロードが目障りな航空戦力を認識し、迎撃の糸を放射する。

 が、一度攻撃を目の当たりにし、仲間を失ったラタトスク隊の4人にはもはや通用しない。

 それぞれ散開し、計器ではなく目で見て不規則な糸の軌道を予測し、絶妙な機体制御で攻撃を回避する。

 

「御子柴! 今だ! 隙を逃すな!!」

 声を上げる。

 移動したことにより、私や瀬川ではバゥ・ロードの弱点を狙えぬが、

 

「分かってるって! そぉら地上ががら空きだぜっ!!」

 推進剤の水平噴射に於いては、ウイングダイバーより上の瞬発的高機動を発揮し、御子柴が右脚付け根を狙う。

 

「いっけおらぁぁッ!!」

 御子柴は先ほど武装を換装したのか、両肩部にフェンサー用汎用ロケットランチャー”キュロスⅡ”を、両腕にNC103ハンドキャノンを装着し、全武装一斉砲撃。

 フェンサー背面装置の自動装填機構で、高速ロケット弾と20mm徹甲対物砲弾が連続で叩き込まれる。

 

 だがバゥ・ロードは未だ健在で、御子柴に向かって糸の砲撃を行う。

 

「ちっ! 元気だなぁおい!! 次頼むぜ!」

「私が行くわ! このぉぉッ!!」

 

 御子柴が射撃を止め立体的に跳躍して回避を行うと、その糸の下をくぐるように瀬川は飛行し、中距離で連鎖雷撃銃イズナ-Aを発射。

 連続して放たれる電撃に似たプラズマエネルギーは御子柴程の打撃は与えられないが、飛び散る糸の切れ端や酸を迎撃し、瀬川に道を作った。

 

「喰らいなさいッ!! この、大蜘蛛ッ!!」

 バゥ・ロードの懐に侵入し、レイピア・スラストを一点照射。

 肉体内部を覆っていた粘膜はプラズマアークの刃に斬り刻まれ、ついに毒々しい色に覆われた筋線維のようなものが見える。

 が、同時にPEユニットが警告音を発する。

 廃熱限界だ。

 ここで限界まで撃つか、撤退して冷却に移るか。

 

 一瞬の逡巡だっただろうが、視界の端に私を見たことで瀬川はすぐに撤退した。

 

「あとお願い!」

「任された!! 御子柴ッ!!」

「どうなっても知らないぜ! にーちゃんよぉッ!!」

 

 私は瀬川と交代し、更に私の一声で御子柴が回り込む。

 武装をその場で放棄し、走る私を受け止めると、そのまま――

 

「おッ、らぁぁーー!!」

「な、なにやってんのぉーー!?」

 私をぶん投げる御子柴、驚く瀬川。

 私は空中を遊泳しながら、手持ちの9mm拳銃で軌道修正。

 そのまま、バゥ・ロードの右前脚上の体毛を掴んで着地した。

 

「ぬぁはは! 思った通りだ! もう迎撃を行う子分は残っていないようだな! ならば、死ねぇッ!!」

 即興で考えた作戦にしては上手くいったようだ。

 私は、脚の付け根にガバナーを突き付けて、連射した。

 

 門倉大尉の粘着爆弾の内部爆発、シリウスの105mm砲の直撃、御子柴の一斉砲撃、瀬川のレイピアの照射を受けて、粘膜は消失し、筋線維はズタズタだ。

 だがそれでも、まだ脚を動かし、跳躍の構えを取った。

 

「ふん! もう遅いわッ!!」

 

 表面を削り、効果十分と判断した私は背中の超兵器に武器を切り替える。

 

 EDF開発部が開発した対巨大生物群体殲滅用面制圧兵器。

 サッカーグレネード、と名付けられたものである。

 それは20発もの小型吸着榴弾を同時射出し、4秒後に時限起爆するというものだ。

 

 群体殲滅用の名の通り、本来はこのような運用を想定されたものではない。

 

 が、私は躊躇いなく引き金を引く。

 20発の粘着榴弾が全て剥き出しの筋線維の吸着し、私はこの場を飛び降りる。

 

 無意識に4秒を数え、振り向くとバゥ・ロードは発射態勢に入っていた。

 

「ふん、弾けろ」

 

 同時、脚部から凄まじい爆裂音が響き、右前脚は根元から千切れ吹き飛び、バゥ・ロードは本体を支えきれず初めて地にその身を崩した。

 

 

「うおおお!! やったな仙崎すげぇぜ!」

「凄いけど無茶しすぎじゃない!? なんなのその銃!! 銃なの!?」

「がっはっは! まさか本当にやってのけるとはなぁ!! 御子柴との話を盗み聞いたときは正気かと思ったが!」

「聞いていられたのですか!! いや、私もサッカーグレネードとやらを発見して咄嗟に思いついたので色々と粗はありましたがなんとか!」

 

 四者それぞれ歓喜の声を上げる。

 だが、油断はしない。

 所詮は、六つある脚の一つを千切った程度だ。

 

 煙が晴れ、バゥ・ロードがゆっくりと体を起こす。

 

「で? この後はどうする? 航空隊は燃料の都合もあるし、そう何度も射撃は出来んぞ?」

「そのグレネードはもうないの?」

「あったとしても同じことそう何度も出来ねぇだろ……投げるだけなら簡単だけどよ」

「……いや。御子柴の話が本当なら、間もなく時間のはずだ!」

 

 各々、リロードしたり冷却を行ったり、航空隊との調整をしつつ態勢を整えると、我々と同じように立ち直ったバゥ・ロードが再度糸の放射を行う。

 もはや手慣れた我々で、各々何とか回避するが(門倉大尉は、瀬川や御子柴のような機動も持たず、私のような回避技能も持たないが、私にくっついて安全地点を見つけ出し、難を逃れた。(したたか)かな人だ)、持久戦に持ち込まれれば分が悪い。

 

《こちら本部!! バゥ・ロードと交戦中の歩兵達へ! まもなくタイタンが射程内へ到達! 10分だ! 10分後に砲撃を行う! それまで何としても持ちこたえろッ!!》

 

 本部からの通信が届く。

 希望は見えたが、しかし我々も限界が近づいていた。

 

 勘違いをしていたのだ。

 侮っていたのかもしれない。

 脚を破壊すれば、例え一本だろうと光明は見えると。

 

 確かに、跳躍の距離も頻度も少なくなったかもしれない。

 だが、奴の脅威はその圧倒的な攻撃力にこそあったのだ。

 

「御子柴! 避けろッ!!」

「わぁってる! くそ! こっち見んな!!」

 

 確かに、脚を一本失ったことで、バランスを失い、動作は目に見えて精彩を欠いていた。

 しかしそれ以上に、我々の方にも限界が来ていたことを思い出す。

 

「躱せんだよ、こんなん! うわっ!!」

「御子柴!?」

 

 御子柴が、小規模な爆発と共に転倒した。

 飛散した微量な酸が蓄積し、装甲を溶かして跳躍ユニットを破壊したのだ。

 糸は回避したが、御子柴は機動力を失った。

 

「ちっ! 酸飛び交う環境での連続高機動戦闘では無理もなしか……! 『アルバトロス! 機銃掃射プランW3! 突入方位3-1-5から銃撃の雨を降らせろッ! ラタトスク! ビーコン信号送信! アルバトロスと10秒交差で105mm砲斉射!!』」

『アルバトロス2了解! KM-6E(カムイ)全機、突入! 敵対空迎撃に注意し、射撃後全速離脱!』

 御子柴へ追撃を掛けようとするバゥ・ロードに、銃弾の雨が降り注ぐ。

 即座に標的を変更し、飛び去るカムイに発射口を向けるが、

 

『ラタトスク全機! 最後の砲撃だ、気合を入れろ! 速度最大、捕捉されるなよ!? 105mm砲、発射ッ!!』

 

 105mm砲という無理やりな追加武装を装備させられたにもかかわらず、相変わらずの高速でバゥ・ロードを抜ける。

 通った後は四発の砲弾が既に直撃した後で、バゥ・ロードは煙に包まれている。

 

『こちらアルバトルス2! アルデバラン、済まないが燃料がもう持たない。一度空母に帰還する』

『ラタトスク1よりアルデバラン。こちらは砲弾切れだ。生憎、最低限機動性を確保する為、余計な武装は装備されていない。機銃すらな。こちらも一度、空母へ帰還する』

『アルデバラン了解。なに、燃料も弾薬も、全て計算ずくだ、気にするな! 後は地上部隊に任せておけ!』

 

 最後の打撃を与えた後、航空隊は上空から飛び去って行った。

 これで門倉大尉も最大の攻撃力を失った。

 

「はぁ、はぁ、……うっ」

 

 そして瀬川も。

 飛行ユニットによる機動の最中、着陸時に頭を抱えてよろける。

 

「瀬川! 大丈夫か!? くっ、砲撃が来るぞ! こっちだ!」

 

 私は瀬川を無理やり抱え、走り出すが、間に合わない。

 

「くッ!」

「ッ、ああもうッ! このぉーーッ!!」

 

 瀬川は抱えられたまま飛行ユニットを起動し、短距離噴射でなんとか難を逃れた。

 が、その直後に倒れる。

 

「瀬川! 無茶するな! しばらく大人しくしているのだ!」

 

 ウイングダイバーの装備する飛行ユニット、およびその動力源プラズマエネルギーユニットは、彼女らの装備する特殊なヘルメットを介しサイオニックリンクと呼ばれる制御を行っている。

 女性だけが持つ特殊な脳波でエネルギー出力を制御しているそうだが、長時間の使用は酷い頭痛を引き起こす。

 

 そもそも、402演習場に避難していたのもそうした理由もあるのだろうが、その上更にこの激しい戦闘だ。

 限界を迎えるのも無理はない。

 

「仙崎、撤退すべきだ。時間は十分に稼いだ。脚も一本吹っ飛ばした事だし、タイタン到着まで奴が逃げ切れる可能性は少なくなった! 俺はもうそれほど役に立たんし、二人も限界だ。そしてお前もな!」

「分かっています! 撤退すべき状況ですが、ただ!」

 

 私は瀬川を、大尉と御子柴は自力で駆け出すが、バゥ・ロードの糸の砲撃は相変わらず我々を襲う。

 

「ちっくしょう!! アイツ俺達を無視して大阪へ向かうんじゃなかったのか!? ぜんぜんこっち狙ってくる――ぐああぁぁッ!!」

「本部! こちらはもう長くは持たないタイタンはまだ――ぐはぁッ!」

「ちっ!! 御子柴! 門倉大尉ッ!!」

 

 機動力を失った御子柴と、本部との通信を行っていた門倉大尉が糸の砲撃を受ける。

 二人とも直撃は避けたようだが、余波を喰らうだけでも歩兵にとっては致命傷だ。

 

「あっ……たま痛いなもうっ!!」

 

 担いでいた瀬川が突如癇癪を起し、ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 

「瀬川!? 何を」

「これも、邪魔! あんたに背負われてるのも悪くないけど、そんな屈辱味わうくらいなら自分の足で走るわ! 今までだってユニットが無くたって、何とかしてきたもの! 銃貸しなさい!」

 

 背後のPEユニットごと投げ捨てる。

 瀬川は私から離れるが、走りながらもその様子はふらつき、とても戦闘に耐えられる様子ではない。

 

 それに言っている事も支離滅裂だ。

 私は無言で瀬川の手を掴んでひたすら走る。

 

「ちょわっ、なに考えてんの!?」

「それはこちらのセリフだ! 事ここに至ってはもはや逃げるしかない! 今更歩兵銃の攻撃でどうにかできると思ったのか!? 状況を見ろ!」

 

「うぅっ、それは……、そうね……」

 

 正論を叩きつけてぐうの音も出ない瀬川。

 しかし、バゥ・ロードは逃げる我々に対し追撃を止めない。

 

「また来るぞッ!」

 

 糸の砲撃が行われた。

 少しばかり距離を稼いだので、糸の砲弾は多少山なりに飛んでくる。

 

「あそこの建物だ! 建物の陰に逃げ込めッ!!」

 

 よく食料品などが売っているスーパーの陰に皆を誘導する。

 直撃が避けられるか、一か八かだ。

 

 極太の糸は容赦なく建物を破壊し、轟音を立てて建物全体が一瞬で崩れ落ち、酸に溶かされ泡を立てながら溶け落ちる。

 そして化学反応により内部にあった多彩な可燃物に引火して炎上する。

 

「皆、生きているか……!?」

 

 私は当然、糸と瓦礫を見切り直撃こそ回避したが、飛び散る酸や糸の欠片などが付着し、蓄積されたダメージも無視できない。

 

「ごほっごほっ! なんとか無事だ……!」

「……ったく仕方ねぇな……! ここは俺が押さえてやんよ。行け」

 

 ゆっくり立ち上がった御子柴が静かに言う。

 

「御子柴……、だが――」

「――わぁーってるって! 跳躍ユニットもねぇし、盾もない。パワードスケルトンの装甲だってアレ相手じゃそう持たねぇって。けどよ、”殿を務めるのはフェンサーの役目”だろ?」

 

 その口調は軽い。顔も見えない。

 しかし確かに、彼なりの決死の覚悟が垣間見えた。

 陽気でふざけているように見えても、彼もまたEDFの誇りある兵士なのだ。

 

 だが、それは誤りだ。

 一人を残して撤退したところで、きっとあの怪物は我々を――私を逃しはしないだろう。

 だから、ここで残るべきは――

 

『こちらタイタン! その必要はない。繰り返す、その必要はない! 総員バゥ・ロードから距離を取れ! む? 既に距離は空いているな。ならば良し! 目標が射程に入った。直ちに砲撃を行う!!』

 

 タイタンからの長距離通信!?

 まだ先ほどから五分と経っていない、早すぎる。

 

『レクイエム砲! てぇーーーッ!!』

 

 だがタイタンの主砲は、躊躇いなくバゥ・ロードに振り下ろされた。

 バゥ・ロードは音速の数倍で迫るレクイエム砲に反応し、迎撃を行った。

 

 砲弾は直前で迎撃され、余剰となった糸はまだ地平線の向こうのタイタンに容赦なく直撃する。

 

 タイタンとバゥ・ロードの、砲弾と糸の交差する砲撃戦が、始まる!

 




タイタン到着です!
やっぱ巨大戦車は大型の敵との戦いで力を発揮すると思うんですよ
だって絵になるしね!

サッカーグレネードとはEDF2で登場した武器です。
恐らくEDF5などではスティッキーグレネード試作型と名前を書いて登場していますが使った事ないので不明です。
サッカーグレネードD=スティッキーグレネードαとなっているのですが、それは一発の吸着爆弾に対し、サッカーグレネードは20発の吸着爆弾が拡散して射出されます
よくソラスなんかに使った覚えがありますが、上位武器はまだ出せない上、今時EDF2より出典なのであまり馴染みは無いかもしれませんね。

もっと時代が進んだら、インフェルノ攻略とかで見る馴染みある武器が出せると思うので頑張って進めます!


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第六十九話 奈落の王(Ⅸ)

なんとか終わりました。



――2023年4月1日 02:50 E-651重戦車タイタン――

 

 

「レクイエム砲迎撃されました! 糸による砲撃来ます!」

「回避は間に合わん。このまま前進せよ!!」

「了解ッ!!」

 

 重戦車タイタンに極太の糸が数本命中する。

 その衝撃だけで、戦車内が激しく揺れる……が、タイタンの高出力エンジンは、糸の重量をものともせず前進を止めない。

 

「被害状況!」

「はっ! 前部装甲、第二副砲、側面上部装甲に被弾しました。表層の対光学物理装甲溶解! 第二層対強酸化学装甲にて酸を食い止めています! 戦闘続行に支障なし!」

 タイタン車長、権藤少佐に対し、副車長の山波大尉が車体ダメージを報告する。

 

「次弾装填完了!」

 砲手が自動装填装置の状態を報告。

 

「撃ち続けろ! てぇーーーッ!!」

「発射!!」

 権藤少佐の声に、砲手が引き金を引く。

 

 またも迎撃、先ほどよりも更に多くの糸が車体に被弾する。

 

《こちら本部、タイタン! 何をしている!! 砲撃開始地点が遠すぎるぞ!》

 

 そう、作戦で決められた砲撃開始位置よりも、ここは明らかに後方だった。

 ルアルディ中尉の計算した、確実に砲弾を撃ち込める位置ではない。

 この場所での砲撃は、一方的にやられるだけというのは、皆分かっていたのだ。 

 

「こちらタイタン車長、権藤。申し訳ありません榊中将。ですが、彼らをここで失う訳には、参りませんのです。その為ならばこの重戦車タイタン、彼らの盾となる所存です。たとえ砲撃が当たらなくとも、奴の攻撃を引き付ける事は可能です!」

 

 通信応答中、副車長の判断でまた砲撃を行う。

 まだ砲弾は届かない、音速の数倍は出る砲弾を、超鋭敏な反応で空中迎撃し、それ以外の糸が車体を傷つける。

 

 対強酸化学装甲は酸に対してはかなりの耐性を持つが、その糸の質量と運動エネルギーにより、装甲が軋み、そこから強酸が染み出、車体内部に侵入しつつあった。

 

《……そうか。ならば、貴官の判断に異は唱えない。ただし、覚悟を示せ! たとえここで、どのような犠牲を出そうとも、必ずバゥ・ロードを葬るのだッ!! いいな!?》

「了解! ……ふん、装甲がいくらか破られたか。構わん、前進だ。そろそろ副砲の射程に入る。第一、第二副砲、撃て!」

「第一副砲、射撃開始!」

「第二副砲、発射ぁ!!」

 

 タイタンの両脇にある二つの120mm砲が火を噴いた。

 今だ有効射程圏外ではあるが、届きさえすればいい。

 バゥ・ロードはそれに反応し、糸を発射。

 

「い、糸が来ます!」

「レクイエム砲射撃用意!」

「了解! レクイエム砲装填完了! いつでも!」

「強酸糸複数直撃! 装甲破損! 内部に酸が!」

「応急班対応急げ! 内部機構をやられる前にリペアスプレーで破損個所を塞ぐんだ!」

「バゥ・ロード、目視にて視認! こちらへの砲撃体勢を取っています」

「させん! レクイエム砲、てぇーーーッ!!」

 

 何度目かのレクイエム砲。

 それはついにバゥ・ロードに届き、その正面で砲弾が巨大な炎を巻き上げる。

 電子励起爆薬”セレウコス”を使用した砲弾が、バゥ・ロードを焼き尽くす――かと思われたが、その身を焦がしつつ、まだ活動を停止していない。

 

「レクイエム砲直撃! しかし目標健在! 砲口上げました! こちらへ砲撃!!」

 

 今度は、正真正銘、タイタンを狙っての砲撃だ。

 今までは、砲弾迎撃のついでだったが、今度は糸の密度が違う。

 

「怯むなッ! 更に前進! 全砲門開け! 一斉射! ってぇぇーーー!!」

 

 320mmレクイエム砲一門、120mm副砲二門が一斉に火を噴く。

 わずかに早く放たれた糸がタイタンを襲い、それに交差してタイタンの各種砲弾がバゥ・ロードに当たり肉を貫き、爆炎を巻き上げる。

 

 両者共に直撃。

 しかし健在であり、いささかもその闘志を消せてはいない。

 

 違うのは、ここまでに負ったダメージだ。

 タイタンの方は度重なる糸の打撃によって内部装甲までダメージが侵攻しているものの深刻ではない。

 移動・攻撃共に全力を出せる状態だ。

 

 しかしバゥ・ロードの方はそうではない。

 脚の一本を歩兵部隊に捥ぎ取られ、今は五本の足で立っている。

 攻撃能力に一切の減衰は見られないが、一本失ったことで本来のバランスから大きく外れ、最初期のような軽快な跳躍も旋回能力もなくなっている。

 

 一方機動力に関していえばタイタンも高くはない。

 その大重量を問題なく動かすエンジンは優れたものだが、やはり瞬時に距離を詰めて背後を取るなど出来るものではない。

 

 つまり、両者真正面から撃ち合い、最後まで残った方が勝ちという訳だ。

 

「撃て! 進め!! 歩を止めず撃ち続けろ! 機動力を削いだ歩兵部隊の努力を、無駄にするなッ!」

 

 前進しながら、砲撃を続ける。

 更にバゥ・ロードも前進を続けたが、短いサイクルで容赦なく飛ぶ砲弾に、徐々に後退をしていった。

 

 既にバゥ・ロードの前面は抉れ、肉は炎上を続け見るも絶えない姿になっていた。

 しかしどういう生命力をしているのか、それでも糸は飛んでくる。

 

「第一副砲、自動装填装置故障! 手動での装填に切り替えます!」

「ぐあああぁぁぁぁッ! 酸、酸がッ、車体に、侵入し――」

「くそ、第二副砲砲手戦死! 私が変わります!」

「こちら機関室! エンジントラブル発生! 出力大幅に低下します!」

「爆発だけは阻止しろ! 第二副砲、まだ撃てるな!?」

「撃てますが、基部が溶解! 砲塔旋回できません!」

「かまうな! どうせ正面にしか撃たない! 砲撃を絶やすな! 機銃全銃座開け! 一斉掃射ッ!!」

「了解ッ!」

 

 距離を詰めながら、二門で絶え間ない砲撃。

 更に合計四門のドーントレス重機関銃、二門のUT機関銃が正面のバゥ・ロードに弾幕を集中させる。

 圧倒的な銃撃のシャワーにバゥ・ロードの肉体が穴だらけになり、細切れになった肉片が毒々しい色の体液と共に周囲に飛び散る。

 

 やや長いインターバルを経てレクイエム砲が再び砲撃。

 バゥ・ロードの持ち上げた腹部にで砲弾が炸裂し、あれだけ歩兵で苦労した内部の粘膜を一撃で破壊する。

 しかし、発射機構は損なわれない。

 既にほぼ全身が炎上し、肉体が崩壊する炎の怪物に成り果てたバゥ・ロードの一撃が、再び放たれる。

 

 糸はタイタンの脆くなった車体のあらゆる場所をついに貫通し、走行機能もキャタピラも粉砕された。

 

「ぐあああぁぁぁっ!!」

「い、糸が、ぐはぁ……」

「走行装置……、沈黙、負傷者多数……! ですが、まだ、レクイエム砲は……!」

 糸の重量にっよって車体表面は見るも無残に破損し、二門の副砲が大破した。

 だが、何の因果かタイタンの本体ともいえるレクイエム砲だけは、まだ発射機構は動く。

 

 それはバゥ・ロードも同じだ。

 ぐずぐずに崩壊した肉体にありながら、その腹部の発射機構は、幾度の砲撃を受けつつも生きていた。

 

「……最後だ、撃て」

「ですが、この距離では……!」

 

 バゥ・ロードはもう目の前にまで接近している。

 そして向こうも腹部を持ち上げ、接射の構えを取っている。

 

「撃つんだ! レクイエム砲、ってぇぇーーーッ!!」

 権藤少佐は、戸惑う砲手に腹の底から号令を出す。

 

「ッ!!」

 

 砲手は、少佐の声に覚悟を決め、レクイエム砲の引き鉄を引いた。

 

 砲弾は、ちょうどバゥ・ロードの持ち上げた腹部中央に直撃。

 両者を巻き込んで、凄絶な爆炎と衝撃が上がる。

 バゥ・ロードの腹部は完全に破裂焼却され、糸の発射機構が完全になくなったことは誰の目にも明らかだった。

 

 そしてその爆発はタイタンにも甚大な被害をもたらした。

 車体の各所は炎上し、車体中央制御室にも炎が侵入し、内部から外が見えるほどだった。

 

 権藤少佐、山波大尉の両名も、爆風と炎、そして糸による酸で重傷を負っていた。

 

「く……、深手を、負ったな……。無事な者は負傷者を救助し、外へ脱出しろ! 山波大尉、傷は」

「権藤少佐……ッ! そ、外を……! 奴は、まだ……!」

 

 だが山波大尉の指す外には、車体を踏みつけるようにして乗り上げ、信じられない事にまだ形を成していた口元の牙によってタイタンの装甲を噛み砕く様子があった。

 金属が金属によって引き裂かれる破壊的で不快な音が響き、

 

「さ、さがれッ!!」

 

 権藤少佐が負傷しながらも、部下を下がらせると、操縦制御室の天井が牙によって大きく破壊され、その正面に砲撃によってぐずぐずの焼けこげた肉塊と化した、恐らく顔であっただろう部分が見えた。

 既に四つの目は消滅しており、半分崩壊している口元の牙と、その内部の捕食を行う為であろう触手のような長い毛が体液を滴らせており、掴まればどうなるか想像に難くない。

 

「くッ、ここで、終わり、なのか……!?」

 

 志半ばで、バゥ・ロードを仕留めきれないままに終わってしまうのか。

 本部の作戦を無視し、貴重なタイタンを叩き潰されて得る結果が、これなのか。

 

「終わりでは、ないッ!!」

 

 しかし、声がした。

 凛々しく、頼もしく、運命に抗う意思を表した声の主は、タイタンの車体を乗り越え、無防備に口元を晒すバゥ・ロードの真正面に来た。

 

「終わらせるものか! 私の! 目の前で!」

 

 言葉ごとにガバナーを撃つ。

 生身の歩兵などあっという間に捕食されてもおかしくない至近距離で、臆せず、更に接近しながらショットガンを撃ち続ける。

 引き金を引き、銃身下のハンドグリップをスライドする。

 金属音が鳴り、空薬莢が排出され、再び引き金を引く。

 弾倉内の散弾をすべて撃ち尽くすまで、それを繰り返す。

 

 散弾はバゥ・ロードの口元の触手と口内部を傷つけ、そのたびに体液が噴出し、触手が千切れる。

 

 が、千切れる前に伸びた触手が、彼を捕食しようと体に接触し、糸に含まれているものよりも強力な酸でアーマースーツを溶かす。

 それは瞬時に肉体まで達し、腕や腹部、そして頭部を溶かす。

 常人ならのた打ち回る激痛に悶えながら、それでも男は銃をバゥ・ロードの口内に向け続ける。

 

「ぐッ! この程度で……ッ! 人類を! EDFを! 舐めるなァァーーッ!!」

 

 弾切れになっただろうショットガンを躊躇いなく破棄し、手榴弾、HG-14Aのピンを抜いて、バゥ・ロードの口内部に投げ入れる。

 

 本来なら口元の触手が防いだであろうそれは、しかしショットガンによってズタズタにされた前では意味をなさなかった。

 

 叩き込むように投げ入れられたそれは一定時間後、バゥ・ロードの内部まで侵入した後大爆発を起こした。

 肉体が内部から弾け飛び、バゥ・ロードの中から形容しがたい奇怪な音が周囲の空気を震わせた。

 或いはそれは、奴の最後の断末魔だったのか。

 

 それを最後に、バゥ・ロードはタイタンに乗せていた体を崩し、地面に倒れた。

 いや、もはや崩壊したといった方が適切かもしれない。

 土煙を上げてその崩壊は起こり、その場所にはもはや端々が炎上する巨大すぎる肉塊があるだけとなった。

 

「終わっ、た……、の、か」

 

 そうして、この大蜘蛛狩りを成し遂げた英雄の一人も、気が抜けたように倒れた。

 

 この一人の英雄によって、京都防衛戦の戦況は一気に好転の兆しを見せ、彼らにとっての京都防衛戦は、ここで幕を下ろした。

 

 そして彼が病院で意識不明となっている間、この話は語り継がれる事となる。

 

 

 日本防衛の最難関局面を成功に導いた、その偉大なる人物の名は――

 

 ――仙崎誠。

 

 

――2023年4月1日 03:00 京都府京都南IC付近――

 

 

《本部より戦域全部隊へ!! タイタンを中心とする極少数歩兵部隊は、大阪へ進撃を行っていた超大型個体バゥ・ロードを、完全撃破した!! これで大阪の安全は守られた! 我々の勝利まであと少し。総員! 彼らの奮戦に敬意を表し、残る敵群を全力で押し返せぇッ!!》

 

「うおおおぉぉぉぉ!!」

「ハハッ! あいつら本当にやりやがった!!」

「欧州軍総攻撃を以って倒せなかったバケモノを、本当に!」

「「EDF!! EDF!!」」

 

 士気は最骨頂に達し、体力も装備も満身創痍でありながら、EDFは一時的に勢いを取り戻す。

 

 4月1日、04:00。

 戦力移動を行っていた香川県の第八機甲師団がいち早く到着。

 レイドアンカーの直撃を受け部隊は一部損耗していたが、全体的にみればほぼ無傷の状態で多くの戦力が援軍に駆けつけた。

 戦車部隊の苛烈な射撃と、砲兵部隊の圧倒的な面制圧で戦況は一気に好転。

 同日、07:30には最も戦闘の激しかった京都南ICの敵戦力を撃滅。

 

 主戦場は第一師団の管轄する奈良へ移った。

 京都の主力部隊第三師団は、攻撃発起地点でもあった京都府山科区のレイドアンカー群撃破と制圧に向け進軍。

 

 同日12:00、援軍第二陣広島の第五師団が到着。

 奈良、京都へ部隊を分け進軍。

 数の打撃力を得たEDFは更に優勢を取り戻した。

 だが京都府以東へのレイドアンカーから出現した巨大生物が梯団を形成、こちらも打撃力を伴い、山科区へ押し寄せる。 

 

 翌4月2日、05:50。

 奈良での戦闘はほぼ終結し、第一師団は実にその半数を消耗させながら戦闘の大半を第五師団に引継ぎ、山科区へ向かう。

 

 同4月2日、09:30。

 止めとばかりに撃ち込まれた第八機甲師団砲兵旅団の徹底砲撃と、援軍に到着した第五師団と第一師団残存戦力により、巨大生物群を撃滅。

 周辺のアンカーも、空軍や対空砲部隊がガンシップを墜とし制空権を確保後、複数のDE-202ホエール大型攻撃機を使って狙撃、破壊に成功している。

 

 同4月2日、10:00。

 付近て梯団形成報告なし、機械兵器群の集結も確認されず、極東本部から正式にアイアンウォール作戦の終結が宣言された。

 

 作戦開始からおよそ三日。

 EDFは、京都防衛に成功し、際限なく進撃するフォーリナーの大侵攻を真っ向から受け止め、この全てを殲滅せしめたのだ。

 

 その後、九州方面の第14師団、第15師団が遅れて到着。

 

 EDF極東方面第11軍。

 総師団数16個うち、半数の八個師団が京都を中心に終結した。

 

 京都防衛作戦は成功した。

 だがまだ日本には、四足歩行要塞エレフォート、雷獣エルギヌス、そして二つのインセクトハイヴ、それらを囲う巨大生物群が残っている。

 

 以降も極東日本戦線は、休まる事のない激戦を繰り広げていく事となる。

 

 

 

 ――日本国本土奪還作戦、オペレーション・ブルートフォース発動の日は近い。

 




はぁー、終わった!
以上をもって、京都防衛戦編、オペレーション・アイアンウォールを終了します!

途中もそうでしたが、バゥ・ロードとの戦闘も長かったですね。
ゲーム中ではそんなに強くないコイツとの死闘に意外性を感じた人もいるんじゃないでしょうか?

そもそも、アイアンウォールにバゥ・ロードを登場させる予定は無かったんですが、主人公やその仲間に箔をつける意味合いで登場させました。
尤も、重戦車タイタンにも活躍の機会を与えたいのと、歩兵一人で相手をする困難さを描写したくてタイタンにも出張ってきてもらいました。

これでゲーム中でも描かれてたストーム1に少し近づいたかなと思います。

来年からは、ちょい出となってしまった安藤少年の話や、作戦終盤の京都南ICの小話、世界情勢や北米でのインセクトハイヴ攻略作戦などの幕間を挟んでから、
四足歩行要塞攻略などの本編を進めていく予定です。
(飽くまで予定なので変わる可能性はありますが!)

最後に。
今年もここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
来年からも、どうかこの拙い小説をよろしくお願いします!

では、良いお年を!!





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幕間1 安藤和真(Ⅰ)

長すぎて分割する事になりました。
まさかこんなボリュームになるとは。


 2023年2月6日、厚木市撤退戦。

 その最中になし崩し的にコンバットフレーム・ニクスに搭乗して戦った安藤和真という民間人の少年は、戦闘後意識を失い、すぐに緊急搬送された。

 

 三日後、2月9日夕刻。

 安藤少年は大阪のEDF軍病院にて目を覚ます。

 

「うーん……、? ここは……」

 

 彼が目覚めた場所は廊下の端だった。

 

「首いってぇ……」

 

 よくない姿勢で乱雑に置かれたせいで体の節々が痛く、自分をこんな場所に寝かせた奴に文句を叩きつけてやりたいと思ったが、少し耳を傾け、周囲を見やるだけでその考えは消え失せた。

 

「307号室のB、心肺停止! 電気ショック機器を運べ!」

「治癒剤中毒者の人工透析器は余ってるか!? ないならこっちに回せ! 軽傷者が優先だ!」

「輸血用パック足りません! 補給はまだですか!? このままでは」

「今他県の各病院に問い合わせてる! 前線の方に重傷者が多いから、都合付けてくれるは分からんがな」

「またEDFのヘリが来たぞ!! 負傷者がたんまりだ!」

「追い返すわけにもいかんとはいえ、もうこっちに空きはないぞ……! とにかく元気そうなやつを叩き出して別の建物へ移せ!」

 

 周囲は緊迫に包まれ、少なくとも自分の首の痛みなどどうでもなくなるような余裕のない状況にある事は分かった。

 

「よう。やっとお目覚めかい? ボウズ」

 

 和真は、隣にいた負傷兵に声を掛けられた。

 彼もまた、一見軽傷に見えたが、服の下には血に滲んだ包帯が腹に巻かれているのが見えた。

 

「あ、はい……」

 

 煙草を咥える強面のおっさんの顔と、痛そうな包帯と、大して怪我もしてないのにここにいるバツの悪さがいたたまれなくなって、まともな反応が出来ない和真。

 

「なら寝腐ってねぇでとっとと戦場に戻りな。ビビってんのか知らねぇが、ここは怪我もしてねぇ奴を寝かせる場所じゃねぇ。こんな廊下の隅でも今は一人でも多く寝かせる場所がいるんだ。保坂のクソのお気に入りか知らんが、その呑気な寝顔を見るだけでも不愉快だ。なんならオレがボコボコにブン殴って怪我させてやろうか?」

 

 起きるなり、散々な暴言を吐かれ、困惑よりも理不尽に対する怒りが和真を襲った。

 

「な、なに……! 目覚めたばっかで意味分かんねぇこと言うなオッサン! こっちは気絶して訳も分からずここに運ばれただけだっての! それに俺は戦場になんて戻らねぇ! こっちは民間人……あれ?」

 

 言いかけて、自分の来ていた服が軍服になっているのに気付く。

 

「その軍服、コンバットフレーム乗りのだろ。大方戦場が怖くて敵を前に失神でもしたか? で、衛生兵に無理やり運ばれてここにか。まぁ保坂のクソが関わってんなら妙な話も納得だが、アンタのせいでオレの部下は寒空の下へ爪弾きだ。よかったな? 建物の中でゆっくり眠れてよぉ」

 

 コンバットフレームパイロットの軍服。

 それはEDFから盗んだ教本とかに乗っていたのを覚えている。

 まさに憧れの制服だったが、今は余計に話をややこしくしているこの服が憎い。

 

「いや待て待て! オレは軍人じゃないしEDFでもないって! たまたま拾ったコンバットフレームに乗って敵と戦ったけど、そんなのもうごめんだって! 文句があるならオレをここに運んだ保坂って人に言ってくれよ!」

 酷い誤解を受けているようなので必死に弁明する。

 

「ソイツがここにいねぇからお前に言ってるんだろうが! だいたい民間人がコンバットフレームに乗って戦ったとか、ウソはもっと真面目に考えるんだな!」

 民間人がコンバットフレーム乗って戦うなど、常識的にとても信じられる話ではない。

 安藤和真は、目の前の負傷兵に対し一層の信用度を失った。

 

「嘘じゃねぇって! 真面目に聞いてないのはあんただろ!? 俺は厚木市で、突然巨大生物が襲ってきて逃げてるときにコンバットフレームがあったから乗ったんだよ! 操縦は……、い、EDFの知り合いから教わったんだ。それで、保坂誠也って人に会って、なんだっけ……、そう、”好きなものを奪ったあいつらに復讐しろ”って言われて、それで――」

 

 操縦に関して、恐らくEDF兵士である負傷兵に、教本を盗んだ事を明かしたくなくて、とっさに口ごもる安藤。

 同時に、”好きだった”家族を失った喪失感、敵の恐怖、そして保坂誠也の言葉が引き金とはいえ、コンバットフレームを乗り回す楽しさで、失った両親の事や妹の生死を考えなかった自分に対する罪悪感で手が震え、動機が激しくなる。

 

「手が震えてるぜ? 逃亡兵さんよ。根性なしの癖に、ペラペラと薄っぺらい嘘で誤魔化すんじゃねぇよ! てめぇみたいなのが居るから厚木も取られたんだろうがよ!」

 

「オレは、逃げてなんかない!! そもそも兵隊じゃないって言ってるだろ! ちゃんと話を聞けよクソ軍人!! だいたいあんたこそここにいる割に元気そうじゃんか! その程度の怪我でこんなとこで休んでるのかよ!! あんたたちがちゃんと護ってくれなかったから俺の両親は……、家族は!!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 大人の余裕なのか、負傷兵の方は冷静に和真を貶すのに対し、いろんな意味で余裕のない和真は思考が熱くなる。

 

「死んだとしたら、ソイツは俺じゃなくてテメェの責任だろ。こっちに擦り付けるな、ガキ」

「なんだとぉぉぉ!!」

 

 和真は病院内であるにも関わらず、頭に血が上って負傷兵を殴りつけた。

 だが、負傷しているとはいえ鍛えている軍人に対してはあまりにも非力な一撃で、顔面を打ったにも抱え割らずビクともしない。

 

「な……!?」

「ん……? 待て、てめぇホントに軍人か……?」

 

 非力な一撃に対し両者に疑問が生じた瞬間、

 

「待ちなさーい!! ここは病院ですよ!? 斯波さん、なにやってるんですか!!」

 

 EDFの衛生兵いや、旧大阪総合医療センターの女性看護師が大慌てで止めに入った。

 

「よぉ香織チャン! 今日もカワイイねぇ」

「もう、茶化さないでください! また喧嘩ですか? 怪我人なんだから、大人しくしててください! 煙草も駄目ですよ」

「別に廊下なんだからいいじゃねぇかよ」

 

 何度か注意された仲なのか、斯波と呼ばれた負傷兵は軽妙な態度を取り、香織と呼ばれた看護師は適度にあしらいつつ煙草を没収する。

 

 そう、方や梶川大尉指揮下の第26フラウンダー中隊、フラウンダー6指揮官、斯波遼平中尉であり、

 方やレンジャー2新垣巌兵長の姉であり、水原亮介の想い人である、EDF軍病院に勤務する看護師の新垣香織だ。

 

「あと貴方も。何を言われたか知らないけれど、腹が立ったからって殴ったりしたらだめよ? そこの碌でもない大人になっちゃうんだから……あら? 貴方保坂さんの言ってた……」

 注意の途中、ふと気づく新垣香織。

 和真は当然覚えていないが、彼女が保坂少佐から話を聞いて、彼をここへ運んできたうちの一人だった。

 

「あ、はい、安藤和真といいます。民間人なんですけど、成り行きでコンバットフレームで……」

 美人にあまり耐性のなかった和真は、少し緊張しながら話す。

 今までコンバットフレームにしか目が無かったとはいえ、女性にも少しは興味があるものである。

 

「話は少しだけ保坂さんから聞いています。大変だったでしょうけど、ええと、まずこちらの方に会って話を――」

「いや待ってくれ! コイツホントに民間人なのか!? 確かによく見れば顔もやたら幼いように見えるが……、お前、いくつだ?」

 二人のやり取りに驚きを隠せない斯波中尉。

 どうやら本気で前線から逃げ出してショックで戦えない兵士だと思っていたらしい。

 

「17だよ。確かにそこから説明すればよかったかもな……」

「17!? オレの息子とタメじゃねぇか!! ぎゃははは! そりゃあ悪かった! いやてっきりショックで倒れた新兵か脱走兵だと思ってよ! ちょいと元気付けようとしてからかってたって訳だ!」

 先ほどの険悪な雰囲気からは想像もつかない程下品に笑いだす斯波。

 

「アレがからかってたって……!? 冗談だろ……。ていうか、アンタ息子いるのか……」

「おう! ブタ箱にブチ込まれて離婚してから顔も見てねぇがな!」

「犯罪者かよ……最低すぎる……」

 

 少し斯波の事を知っただけでげんなりする和真。

 軍人というのは、やはり碌な奴がいないと辟易する。

 

「和真くん? あんまりこの人のいう事真に受けちゃだめよ? あ、捕まったのは本当らしいんだけど、なおさらね?」

「そこは真に受けたくないところっすね……」

 

 EDFは地球規模の防衛戦闘を目的とする組織だ。

 当然、大規模な兵員を集めなければならない。

 特に、EDF発足初期はフォーリナーの侵略に対し、一刻も早く体制を整える事が求められた。

 その為、即戦力である各国現役兵士、退役軍人、プロパガンダに誘われた若者、高給高待遇を得るための貧民層や家庭持ち、各種専門技能者など、純粋な志願兵の他、あらゆる人材を方々からやや強引に収集した。

 犯罪歴ありで職に困る前科者たちを積極的に入隊させたのもその一環だ。

 当初EDF総司令部が決めたこの採用基準に、日本を始め治安の良い国では猛反発があったのだが、総司令部の決定により無視された。

 この各国情勢を無視した強引な意思決定方法も、いわゆる”反EDF思想”を根付かせる要因の一つだ。

 

「ま、ココの空きが少ないのは確かだろ。民間人だってんならとっとと避難所でも何でも行っとくれや、じゃぁなクソガキ」

 斯波は後ろを向いて寝転がり、手をひらひらさせて興味無さそうにする。

 

「けっ! じゃあなクソオヤジ! 次からはからかってんの分かるようにしろよ! もう二度と会いたくねぇけど!!」

 

 言って和真も、新垣香織と歩き出す。

 

――――

 

「で、えっとなんです? 人に会って手続き……、真田明少佐……? えっこの人EDFの軍人じゃないですか!? どういうことです!?」

 

 新垣香織から渡された書類を見て、安藤少年は動揺する。

 まさか、コンバットフレームを勝手に使った懲罰を下されるのだろうか。

 

 確かに、軍の乗り物を勝手に使ってはいけないのは冷静に考えれば簡単だ。

 ちょっと和真の意識する範囲に落とすと、勝手に道に停まっているパトカーを乗り回すようなものだ。

 

 だが和真をここへ連れてきた保坂少佐という人は、それも許容してくれたように見えた。

 いや、なんかあの嘘くさい笑みは信用ならない。

 自らの保身のために平気で人を売るような顔だ、あれは。

 

「書類にも書いてあるけど……その、貴方にはここで、EDF入隊の手続きをしてもらう。そう保坂さんからは聞いているわ」

「EDF入隊!? ちょっと待ってください! オレは、そんなつもりじゃないんですよ!? ただ目の前にコンバットフレームがあったから、仕方なく……!」

 EDF入隊。

 その考えは無いではなかった。

 しかしただコンバットフレームに乗りたいだけの自分に軍隊が務まるとは思えないし、敵を想像しただけで、両親と妹の最後の顔が浮かぶ。

 

 ……考えられない。

 安藤少年は本当にただコンバットフレームが好きなだけで、やはり敵と戦いたいわけではないし、命を懸けて何かを守る程の何かもそういう気概も持っていない根性なしだ。

 

 きっとすぐ、さっきの斯波が言っていたように脱走兵になってしまうだろう。

 そういう意味では、彼はある意味正鵠を射ていたともいえる。

 

「落ち着いて。分かっているわ。できれば連れてきて欲しいと言われているけれど、強制じゃないわ。それに、そんな事よりもまず、家族と会いたいでしょう?」

 香織は見るも者を安堵させるような、微笑みを浮かべる。

 

「えっ!? じゃあ桂里奈は、えっと、妹は生きてるんですか!?」

「ええ、無事よ。詳しくは本人に聞いて欲しいのだけれど、貴方がコンバットフレームで敵を引き付けてくれたおかげで、結果的に助かったと言っていたわね」

 

「そっか……、よかった……、うっ……」

 

 思わず視界が滲み、目元を押さえる。

 斯波とのやり取りで意識する間も無かったが、和真は、妹が死んだと思っていた。

 無理もない。

 最後に見たのは、混乱の最中必死に手を伸ばす姿。

 その手を掴む事叶わず、それきりだったのだから。

 

「よかった……、本当に良かったです……。でも、オレは、くそっ、酷い勘違いを……!」

 

 だが、そうやって勝手に死んだと思って見切りをつけていた自分が、途端に情けなくなって別の涙が零れる。

 

「……よしよし。大丈夫よ」

 

 避難所への道で、突然泣き出す安藤少年を、香織は優しく頭を撫でた。

 

「何があったか、聞いてもいいかしら?」

 

 その言葉で、安藤少年の溜めていた感情が溢れ出す。

 

「オレ……。あの時混乱してて、親父も母さんも奴らに殺されて、EDFも頑張ったけど駄目で、本当に死ぬって思ったんです。でもそのせいで、妹の伸ばした手を掴んでやる事が出来なくて……。そんな自分にカッとなって、一人で暴れてたんです……。そのお陰で、結果的には助かったっては言えますけど……。あの時オレは、妹が、もう殺されたと思ってたんです……」

 

 意図して言った訳ではないだろうが、先ほどの香織の”結果的に”という言葉が、和真に重く圧し掛かる。

 

 そう、結果的にだ。

 あの時和真は、両親を失ったショックとコンバットフレームの存在、迫りくる死の恐怖と緊張、そして守ってくれなかったEDFと、守ってやれなかった自分に対しての怒りでいっぱいになっていた。

 

 そうした精神的な要因で自分を追い込んで、妹の事を忘れてしまっていたのだ。

 生きていると信じ、守ってやると傍にいる事を放棄して、ただただコンバットフレームを操る快楽に溺れてしまったのだ。

 その間妹は、ただただ恐怖の中、逃げ惑うしかなかったというのに。

 

 自分は、なんて弱くて薄情な人間なのだろうと思わずには居られなかった。

 

「お兄さんとして、後悔しているのかしら?」

「……はい。自分が情けなくって。兄として、最後まで見てやるべきだったのに……」

 

 それを自分で、勝手に放棄した。

 

「それでも。妹の桂里奈さんは元気にしているわ。貴方も、妹さんも無事だった。まだ次はあるのよ。情けないと思うのなら、今度はちゃんと妹さんを守ってあげなさい。……もう家族は、貴方しかいないのだからね」

 

 ……そうだ。

 今はただ、妹の無事を喜べばいい。

 そして次に繋げる事だ。

 この体たらくな挙句、妹の無事を素直に喜べないままなら、それ以上の醜態になる。

 

 頼りない兄として例え見限られたとしても、唯一の肉親として今度は護り抜ける存在にならなければいけない。

 生きていれば、きっと何とでも次に繋げられるはずだ。

 

 消えない後悔を押しとどめ、和真はひとまず無事を喜ぶ事を意識した。

 

「……はい! 話、聞いてくれてありがとうございます!」

 

 持ち前の能天気さを取り戻し、気を楽にして、妹に会おうと、安藤少年は足取りを軽くした。

 

 

――静岡県 富士市市役所 EDF第四師団司令部――

 

 

 厚木市を拠点としていたEDF第四師団は、その戦力の半数を失いつつ静岡県富士市に司令部を移動し、部隊再編制の指揮を執っていた。

 

 そこに呼び出されたのは、第2エアレイダー小隊所属エアレイダーの、保坂誠也少佐。

 

「……保坂少佐。これは本当か? 本当にこんなことが可能なのか?」

 

 報告書を読み、未だ信じられないという顔をするのは師団長の上杉少将。

 

「私もそう思いますけどねぇ。実際この目で見ましたから。それに、データリンクのログは嘘をつきませんよ」

 

 その報告書は、コンバットフレームを乗り回した民間人、安藤和真に関するものだ。

 彼はデータリンク機能をオフにしていたが、周囲のEDFからは未確認機としてしっかり記録されていた。

 その場所の巨大生物が、一掃されていく記録が残っている。

 

「考えられない。が、事実なら彼は相当コンバットフレームの操縦に熟知している事になる。一体どこでこれほどの操縦技術を?」

 

 彼の操縦技術は、EDFコンバットフレーム部隊の正規パイロットにも全く引けを取らないものだ。

 単騎であるという事を考えれば、或いはそれ以上。

 

「さあ? 詳しく尋問する暇も無かったもので。ですが推察するに、どこかで教本か何かを盗んでそれを頭に叩き込んでいたとか?」

「馬鹿な……。実機訓練も無しにそれはあり得ない」

 

 飄々とした笑みで予想を話す保坂少佐と、それを真顔で聞く上杉少将。

 本来の少佐と少将の間の会話にしてはラフすぎるが、二人の間にはそれ以上の信頼関係があるし、元々保坂はそういう男だ。

 

「そうでしょうかねぇ? 時に人は常人を軽く超える強さを見せるもんですよ。その原動力が自分の趣味の時とかねぇ……」

 彼との短い会話で、保坂はそう当たりを付ける。

 それでも並外れた才能と言うに他ないが、不可能だと割り切ることは出来ない。

 

「うむぅ……。とにかく操縦技術に優れるならば是非ともEDFに入ってもらいたい。この戦況だ。あれほどの戦力を逃す事は考えられない」

 

「そうですね……。少なくとも戦術単位では極めて大きな戦力でしょう。まぁ、そう考えるしかないと思っていたので、既に手は打ってあります」

 

 保坂は上杉に、新たな書類を渡す。

 ほぼ独断専行ではあるが、上杉も特に咎めはしない。

 

「……大阪軍病院に連れて行って、そこでそのまま入隊か。些か強引だな。安藤とやらが拒否した場合は?」

 大阪を選んだ理由はいくつかある。

 あそこは京都臨時政府の背後に位置する為、突然襲撃を受ける可能性は低い。

 要衝でもある為、あの近辺の守りは厳重だ。

 フォーリナー戦争において完全に安全な場所は存在しないと言えるが、その中でも危険は少ないとみている。

 更に大阪・神戸をまたぐ位置に極東最大のEDF兵器工廠、EDF極東第一工廠がある。

 当然、コンバットフレームの大規模な製造ラインも存在しているし、それを動作確認・点検する広大な敷地もある。

 安藤和真は16歳だ。

 EDFで正規採用可能な18歳に満たない為、公の目を避けて訓練・育成する為にはちょうどいい隠れ蓑になる。

 

「まぁ、無理にでも入ってもらう手は幾らでもありますが、士気のない兵士は役に立ちませんからねぇ。ただまぁ、心配いりませんよ。たとえそこで断ったとしても、彼はいずれEDFに必ず入ります。我々は、その準備を万全に整えるだけですよ」

 

 保坂は、確信をもって安藤の事を話した。

 その自信は他者にとっては曖昧なものだが、上杉は彼を信頼し、引き続きこのことを一任する事に決定した。 

 

 




何という事だ……。
長すぎて幕間を分割する事になってしまった。
意図しての事じゃないんですが、民間人→軍人の役割が完全に彼になってしまいましたね。
一応EDF5準拠のはずなのにハチャメチャですいません……。

でもねコレ、書いててメッチャ楽しいんですよ。
戦闘以外の話は出だしは結構悩むし、これ過去話なんですり合わせとか結構めんどくさかったんですが、いざノってくると楽しいのなんの。

特に自分が適当に考えた設定や伏線っぽい何かを組み合わせてそれっぽくなった時キター!!これだわ!!
ってはしゃいでますね、一人で。

まぁ相変わらず他人が見て面白いかは自身ないですがね!

という訳で一応人物紹介します!


斯波遼平(しば りょうへい)(34)
 第26フラウンダー中隊、フラウンダー6指揮官。
 階級は中尉。
 厚木撤退戦で負傷し、大阪のEDF軍病院に後送。
 ルールや法を守らず、他人にちょっかい出したり割と碌でもない軍人。
 金に汚く、暴行傷害と窃盗で一度逮捕され、その時に離婚した嫁と子供がいる。
 が、曲がりなりにも小隊長を務める程度は人望と実力がある。

新垣香織(あらがき かおり)(29)
 大阪のEDF軍病院に勤める看護師。
 元大阪総合医療センターの看護師で、建物がEDFに接収されて軍病院に変わったとも務めている。
 レンジャ-2-1分隊員、新垣巌の姉。
 弟の方は筋肉モリモリで厳つい笑顔を浮かべる奇人だが、姉の方は普通に美人で看護師が天職に思える程献身的。
 患者一人一人に親身になる為か、どちらかというと患者の精神をケアしたり案内やサポートをする補助的な役割を務める事が多い。
 その容姿と性格から、既婚者でも全くおかしくないのだが、男運が無さ過ぎて未だ独身。
 
●上杉少将(58)
 厚木市に拠点を置いていたEDF第四師団を纏める師団長。
 厚木市が壊滅してからは静岡県に拠点を移動。
 エアレイダー保坂少佐とは、階級を無視した個人的な信頼関係にある。
 その関係は榊中将と荒瀬軍曹に近いが、その内容はよりグレーに近く、二人の正確な関係性は見えない。


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幕間1 安藤和真(Ⅱ)

――2023年 2月9日 大阪府堺市 第七生活避難所 旧市立第二中学校 体育館――

 

 

「桂里奈!!」

「あ、おかえり」

 

 避難所の体育館の、狭い仕切りの中に入ると、安藤桂里奈の短い声が安藤少年を出迎える。

 だが、明るい表情は隠せず、言葉と裏腹に顔を見てほっとした様子が見て取れた。

 

「桂里奈ぁぁぁ!! よかった! 無事だったんだな! お前だけでも……よかった、ホントによかった……!!」

 

 対する兄、安藤和真のリアクションは激しいもので、背の低い桂里奈を大げさに抱きしめる。

 だが、和真にとっては大げさでも何でもなく、ただ無事が嬉しかっただけだろう。

 会う前に色々考えていたものが全部吹っ飛び、ただただ安堵する。

 

「……大げさだよお兄ちゃん。声、響くから、あんまりうるさくしちゃだめだってば」

 

 桂里奈の声は冷静なものだったが、唯一の肉親に再会できて、こちらも表情が柔らかくなっていた。

 テンションこそ激しい差だったが、お互い嬉しく思っている事は、傍から見ていた新垣香織にも分かった。

 

「ホントに無事か? 怪我とかなかったか?」

「こっちは大丈夫。多少擦りむいたりしたけどね。そっちは?」

「ああ、気絶してけっこう寝たから元気元気!」

「まぁ、元気なのはさっきので分かってたけど。あ、香織さん。馬鹿兄貴をどうも」

 

 ひとしきり再会の喜びを分かち合ったところで、桂里奈は香織にペコリと頭を下げる。

 桂里奈をここへ送ったのも彼女だそうで、兄の無事や状況を知らせたりしていた。

 とはいえ彼女も看護師。

 忙しい身なので言葉を交わした回数はそう多くないが。

 

「良かったわね。二人ともすごく心配していたから。桂里奈ちゃん、もっと喜ぶかと思ったけど、お兄さんの前だとそんななのね?」

 

 香織も、二人の再開に嬉しく思い、意識せず顔が綻ぶ。

 元が美人なので、そうやって微笑むだけで様になる大人の女性に、和真は少し見惚れるが、

 

「よ、余計な事言わないでください! べ、別に人並みに嬉しく思いますけど、あんなグイグイ来られると逆に冷めるっていうか……」

「ああそれ、私も分かるわよ。実は私も姉弟がいるの。弟なんだけどね」

「へぇ、そうなんですか! どんな弟さんなんですか?」

 桂里奈は身を乗り出して聞く。

 他の兄弟はどんな感じなのだろうと、興味があるらしい。

 

「力持ちでとっても頼りになるのよ。弟は今、EDFで戦っているの。たまにメールが届くんだけどね、まだ元気でやってるみたい」

 弟の話になり、少し高揚しながら自慢げに話す香織。

 その様子から、かなり姉弟仲は良いらしいと二人も感じ取れる。

 

「へー、EDFの兵士なんですね。弟さん達が一生懸命戦ってくれているおかげで、あたしたち、生き残りました。ありがとうございます」

「あっ、オレも、あの、ありがとうございます!」

 妹が律儀に頭を下げたのを見て、和真も慌てて頭を下げる。

 

「……そうね。ありがとう。でも、私も弟とEDFに感謝しなきゃいけない一人に過ぎないわ。それも含めて、伝えておきます。私が見てる二人の兄妹が感謝してたって。きっと弟も喜ぶと思うわ」

 ここにいない弟への感謝を受け、少し申し訳なさそうな顔をする反面、誇らしげにも見える複雑な微笑みを浮かべる。

  

「……香織さんは、その……。心配じゃないんですか? 家族が、EDFの兵士として戦いに行くって、どんな気持ちですか?」

「お兄ちゃん……?」

 そんな様子の香織を見て、和真は違う想像をして、その疑問をぶつける。

 余り聞かない兄の真剣な声色を聞いて、桂里奈は胸騒ぎを感じ兄の顔を見る。

 

 何か思い悩むような、能天気な兄には似つかわしくない真剣な表情があった。

 

「それは……そうね。やっぱり心配よ。できるなら、傍にいて欲しいって思うかも。でも巌が、弟がEDFにいるなら、多分大丈夫だって思える、かしら。それに、力と頑丈さだけが取り柄みたいなもんだから! そうそう死んだりしないって、結構気楽に構えてるわね! それにね……。私の弟がいた部隊、フォーリナーの輸送船を世界で初めて撃墜したんだって! 弟は巨大生物に噛まれたり酸を浴びたりしたらしいんだけど、ちょっとの怪我で済んでもう元気に戦ってるって話だしそれに――あらやだごめんなさい! ちょっとはしゃぎすぎちゃった!」

 

 不安そうな表情から一転し、高揚気味に弟の話を早口で話す香織。

 自分が何を語っていたか我に返り、赤面しながら照れ笑いで誤魔化す。

 

「あはは! 香織さん本当に弟さん好きなんですね!」

「なるほど……それだけ強ければ、確かに大丈夫そうですね。でもその様子だと、もうしばらく会ってないですか?」

 

 しかし、桂里奈の無邪気な反応と違い、和真は未だ真面目な表情を崩さない。

 桂里奈は横目でちらりと兄をのぞき見、何を考えているのか探る。

 とはいえ、察しの良い妹と、分かりやすい兄だ。

 兄の考えは、凡そ桂里奈に掴めた。

 

「うん、しばらくね。最後に会ったのは、戦争が始まる前かしら。私の勤務地がここ大阪で、前線が関東の方だから、戦況が落ち着かない限りは会えないかしらね。でも、さっきも言ったけどメールでやり取りは出来るから、寂しくはないわね」

 

 嘘だ、寂しくない訳はない。

 次にいつまた会って話が出来るのか、生きて再び会えるのか、戦って生き延びることが出来るのか、この戦争に終わりなど訪れるのか。

 誰にも分からない不安の中で家族と会えなくて寂しくないものか。

 ただ、自分ひとりそれに不満を言うのは許されない事だし、それを律していないと”大人”として自立できない。

 親を失った少年少女の前で、そんな弱みが見せられるはずもない。

 

「そうですか。じゃあ、色々落ち着いて、また会えるといいですね」

 それを知ってか知らずか、桂里奈は笑顔と当たり障りのない言葉でもって返す。

 

「そうね。じゃあ、私は他の仕事もあるから、そろそろ離れるわね。私は避難所の看護師も兼任してるから、また顔見かけたら声をかけるわね。それじゃあ、またね」

 

「「はい。ありがとうございました!」」 

 

 思えば彼女の言う通り、他に仕事など幾らでもある中、他愛ない世間話も含めて世話になりっぱなしだった。

 そのことに感謝の念を抱き、二人は深く頭を下げた。

 

 それを見た香織は、礼儀正しく思いやりに溢れる兄妹に改めて感心した。

 この二人なら、終わりなき戦乱の時代もきっと生き延びられるだろう。

 そう確信し、香織は次の仕事へ向かった。

 

――――

 

 その後しばらくは、兄妹互いに情報共有を行っていた。

 

「じゃあやっぱり、あのコンバットフレームに乗ってるの、お兄ちゃんだったんだ」

「まぁな」

 

「へぇぇ……、ホントに操縦出来たんだ……すごい」

 桂里奈は驚いたような関心したような仕草を見せる。

 何せ教本に書いてある内容を何とか独学で解釈し、イメージだけで操縦して見せたのだ。

 生半可な事ではない。

 

「ああ。基本動作はだいたいお前の予想した通りだったよ。後はだいたい感覚で何とかなった」

 和真はまるで熟練パイロットのように自在に動かしていたが、それは和真の中の格好いい戦闘シーンをイメージして練り上げたものだった。

 教本を見て操縦方法をイメージトレーニングで再現し、例えば空中で一回転する方法をほぼ正解に近い形で編み出した。

 もちろん実際に操縦稈を握るのは全く感覚が違うが、そこは想像の範囲内。

 あとイメトレとの誤差を脳内ですり合わせて、思った通りの動きを行うだけだ。

 

 その結果、通常の対人戦闘では教本に無い空中回転や小刻みなステップなどを僅かな戦闘でマスターし、それが撹乱の役割を果たし多くの敵の撃破に繋がった。

 あの時和真は様々な感情で殆ど理性を失っていたが、それを無意識でやるくらいに彼のコンバットフレーム好きは高いレベルだった。

 

「でも、あの時はホントそれどころじゃなくて、父さんも母さんも死んじまったし、お前も……、守ってやれなかったし。頼りない兄貴で、ホントごめんな」

 

 蒸し返すようで言うか言うまいか迷ったが、言った。

 こういう時、言葉を溜め込むのは良くないと、両親から教わっていたからだ。

 まして、今となっては桂里奈は唯一の肉親だ。

 心に溜めるような真似はしたくない。

 

「正直言うと、家族で避難しないって決まった時、オレちょっと嬉しかったんだ。こっちにいればまだニクスとか見れるかも知れないって。でもこんな酷い事になると思わなくて……。オレってバカなんだなぁ……」

 

 ただ、俯いて心の内を吐き出すと、途端に弱音と後悔しか出てこない自分に、我ながら嫌気が差す。

 今まで自分は、戦争に一体どんな幻想を抱いていたのだろうかと、痛感した。

 それも、目の前で両親を失うという、最悪の結果で。

 

 そんな情けない兄の姿を見て、妹はどんな反応をするのかと、俯く顔を恐る恐る上げてみる。

 よく見たことのある、微笑みの混じった呆れ顔がそこにはあった。

 

「……はぁ。ホント馬鹿兄貴なんだから。あたしは、ちゃんと護ってもらってたよ。お兄ちゃんのコンバットフレームにさ。仮にそうじゃなかったとしても、あたしたちは生きてるんだし、それでいいじゃん。念願のコンバットフレームにも乗れたんだし、悪い事ばっかりじゃないでしょ」

 

 冷静、かつ前向きに言葉を紡ぐ桂里奈。

 それは他でもない兄から学んだ精神だったが、それが今は兄の助けとなった。

 

「そっか……、……。そうだな。分かった! なんとか生き残ったって事で、今までの醜態は見逃してくれ! いつまでも落ち込んでいられないしな! とりあえずアレだ、今後の事考えるか!」

 

 両手を叩くようにして目の前に合わせ、やや大げさながら謝罪の形を取る。

 これで悩むのは最後と己に言い聞かせ区切りをつけ、明日を見る。

 

 そう、これがいつもの安藤少年だ。

 

 深く考えず、妹以上にポジティブで、落ち込んでもすぐ立ち直り、溢れる行動力を持つ。

 戦争は、たった数時間、安藤和真にその空気を吸わせただけで、彼をここまで打ちのめしたのだ。

 

 もし、彼が妹まで失っていたら、立ち直るまでの時間が膨大であっただろう。

 だが彼は妹のおかげで再び立ち上がる。

 そして自力で立ち上がった桂里奈の事を尊敬に似た誇らしさを感じた。

 

 和真の妹、桂里奈は昔から優秀だった。

 妙に大人びていて、思慮深く、頭の回転が速い。

 一方で言葉数は少なく、物事をよく考えるが故に悲観的でもあった。

 

 その性格を多少明るく変えたのは他ならぬ和真なのだが、彼はその自覚はない。

 だから自慢の妹であり、また頼れる心強い存在でもあった。

 

 だが――自力で立ち上がり和真を赦したのは、桂里奈が自身を庇う為のものでもあった。

 

 

――深夜――

 

 

「お父さん……、お母さん、みんな……、うっ……」

「桂里奈……?」

 

 就寝後。

 狭い布団の中で、か弱く啜り泣く声が聞こえ、和真は目を覚ます。

 

 声は彼女だけのものではない。

 狭いパーテーションで区切られているとはいえ、夜になると至る所から啜り泣きが聞こえる。

 此処にいる皆は、2月6日に端を発するフォーリナーの大侵攻で、住む家や大切な人など、多くを失った人々だ。

 

 大侵攻開始から三日目の夜。

 まだ傷は癒えず、それどころか侵攻は留まるところを知らず、死傷者は今も増え続けていく一方だった。

 EDFは奮戦するも防戦一方で被害は拡大し、日本臨時政府は対処能力を超えた事態に、国土放棄を本気で検討する始末だ。

 

 日本が滅亡する。

 この絶望の現実が、本気で迫っていた。

 

 喪失感に加え、先の見えない絶望感に、皆心を蝕まれていた。

 

「……ごめんな。気付いてやれなくて」

 

 和真が優しく語り掛ける。

 

 桂里奈は今日までたった一人で、両親を失い兄とはぐれ生死も分からぬ日々を過ごしてきた。

 泣き喚く間もなく避難所での生活に飲まれ、叫びたい衝動を理性で必死に押さえつけてきた。

 だが毎夜、理論武装した鎧が剥がれ無防備な心に喪失感と絶望が差し込む。

 

 そんな無理に無理を重ねた心に気付けず、あまつさえ寄りかかってしまった和真は己を恥じる。

 

「……大丈夫だ」

 

 しかし、おかげで和真は絶望から立ちあがった。

 たった今、運命に立ち向かう意思を和真は決意する。

 

 布団の中にいる桂里奈を抱き寄せると、桂里奈は和真の胸の中で涙を流す。

 

 再会したとき、妹は兄を不安にさせない為にどれほど無理をして平静を装っていたのだろうと思う。

 まだ14になったばかりの少女が、平静な筈がないのに、どれほどの不安と悲しみの中一人で耐えていたのだろうと、無遠慮に寄りかかった自分が許せない。

 

「お兄ちゃん……、怖いよ……」

 

 だから、今度は自分の番だ。

 和真は自らに言い聞かせる。

 

 弱い所は見せた。

 だからこそ、今度は自分が支える番だ。

 

「大丈夫だ、桂里奈。オレが、守るから。もう、お前を一人になんかしない……!」

「お兄、ちゃん……」

 

 声をかけ抱きしめると、妹は安堵したように寝息を立てた。

 

 和真は、決断する。

 

 

――――

 

 

「昨日? 泣いてた? さぁ、寝てたから知らない」

 

 一夜明け、昨日の事を和真が聞くと、案の定とぼけられた。

 昨日桂里奈が起きていたのか、それとも(うな)されていただけだったのか、真実は分からない。

 ただ、桂里奈の頬に、涙の痕が残っている事から、和真の夢ではない事だけは確かだ。

 

「あのさ、オレ――」

「――そういえば、まだ見せてなかったね。はいこれ」

 

 渡されたのは、避難所の過ごし方について書かれた冊子だ。

 

「食事の配給時間とか、お風呂の時間とか決められてるから、ちゃんと守らなきゃだめだよ? あとトイレは共用。ここからは結構遠いから面倒よね」

 

 和真たちが今いる場所は体育館を間仕切りで区切った避難所だが、この体育館にはトイレが無いらしく、校庭の隅か、校舎の中までいかないと入れない。

 

 しかも、トイレの数は避難所の人数と比較して圧倒的に足りないので、かなり不便を強いられる。

 

「お食事も、わたしは少食だからなんとか足りるけど、お兄ちゃんみたいに育ち盛りだと足りないかもね」

「うう、そうか……。昨日香織さんがメシ置いて行ってくれなかったら死んでたな……」

 

 新垣香織は、三日ぶりに目覚めて何も口にしていない和真の為に、こっそり食料を置いて行ってくれた。

 本来であれば、軍病院で手続きした後、EDF基地へ移動し、そこで一泊し食事をとる予定だったそうだ。

 

 それを、新垣香織が機転を利かせて食料を持ってきてくれたのだ。

 本当に彼女には世話になりっぱなしである。

 とはいえ、軍病院や避難所にいる人々の面倒を見る。それが看護師である彼女の仕事でもある。

 

 それが彼女に出来る日本を、そして弟を助ける方法。

 なら、安藤和真に出来る事は――

 

「桂里奈! 言う事がある。オレは! ――EDFには、行かない。このまま、お前と一緒にここにいるよ」

 

 意を決して妹に話す。

 正直、迷いはあった。

 保坂の手引きでEDFに入り、コンバットフレームを駆ってフォーリナーを撃退する事が、妹を守る行動につながるのではと、桂里奈の無理を悟るまではそう考えもした。

 

 でも、不安で今にも潰れそうな妹を一人残して、ここを離れる事は絶対に出来ない。

 

 桂里奈にとっては突然の話だったが、昨日の、やたらと真剣な面持ちで、EDFにいる香織の弟の話を聞いた事で、桂里奈にも察しは付いていた。

 それに、民間人が初めて乗ったコンバットフレームを操り、多数の敵を撃破するという大戦果を上げて、EDFから目を付けられない筈がないと考えていた。

 

 それどころか再会する前は、会う事の出来ないまま兄はEDFとして戦い、そしてそのまま死んでしまうのではと、そこまで考えていた。

 だから、無事兄と再会したときは本当に嬉しかったし、EDFで戦う新垣弟の話を聞いたときは行ってしまうのではないかととても不安になった。

 

「……そっ、か。わざわざそんな事言うなんて、やっぱりあたしの考えてること、分かった?」

「まぁな、兄妹だし。オレがEDFに行くんじゃないかって不安に思ってるだろうなぁってな。少し悪い気はしたよ」

 自分が、EDFにいる新垣弟の事について真剣な面持ちで聞いた事で、妹が不安に思ったのではないかとは和真も気付いていた。

 ただ、和真の思った以上に桂里奈が不安や孤独を抱えていた事に気付けなかったので、兄としてまだまだだと改めて思う。

 

「……でもそれは、だめだよ。お兄ちゃんはコンバットフレームを操縦できる腕があるんだから、それは皆の為に役立てないと。怖がってないで行きなよ馬鹿兄貴」

 

「怖がってんのはどっちだよ。いやま、オレもそりゃその話乗ったら戦場に行く訳だし怖いけどよ。行くとしても今じゃないだろ。しっかり者のフリして案外寂しがり屋だもんな、お前」

 調子の戻った和真は、容赦なく妹の弱点をあっけらかんと暴いてゆく。

 

「はぁ? べ、別にそんな事ないもん。こっちで友達作れば寂しくないもんね」

 強がって、ぷいと背を向ける桂里奈。

 

「はは、お前友達作るの苦手だろ。察しが良すぎるのも考えもんだよな」

 一人でいると、”この人とは仲良くなれない””この人と仲良くするには自分は足りていない”と勝手に線引きをしてしまって無邪気に人と話すのが難しく思っていた。

 仲の良かった地元の同級生とも離れ離れで生死も確認できず、今ここでは孤独だった。

 

「馬鹿にしないでよ」

「褒めてんだよ。……大丈夫。今度は、一人にしないから」

 優しい声が、和真の内面を表していた。

 

「……うん」

 

 こうして安藤和真は、規格外の操縦技術を持ちながら、間接的な保坂少佐の誘いを断り、妹と二人で避難所で暮らしていく事になった。

 避難所での生活は窮屈で、そして日を追うごとに収容人数は増え、過酷さは増していった。

 

 だが、妹との生活は悪くなく、徐々に避難所での知り合いも増え、和真の陽気さに惹かれるように友好関係は広がっていった。

 

 ここでの生活も悪くない。

 そう和真も思い始めた。

 

――――

 

 それから二週間と三日後、2月28日。

 日本国京都臨時政府は、EDF極東方面第11軍全軍撤退勧告を受け、国土の完全放棄を決定。

 事実上の日本国土陥落となった。

 

 その決定は日本国民を震撼させ、彼らを例外なく絶望に叩き落した。

 当日から、政府関係者や富裕層の退去が始まり、一般国民やEDF兵士たちは日本に取り残される焦燥感を覚える。

 

 臨時政府はマレーシアに亡命政権を立てるが、日本国民全員を収容するキャパシティはマレーシアには無く、国民は難民受け入れを行っている各国に散り散りとなって順次移住する。

 

 民間人には、自動的に振り分けられた移住先の国のチケットが配布された。

 

「インドネシアか……。臨時政府が近いから、声は届きやすそうだがね。アンタらは?」

 

 食料の配給を指揮する、浦田直子という避難所職員が二人に声をかける。

 二人はいろいろと避難所に慣れてから、この人の下で食料配給を手伝っていた。

 二人以外にも、避難所の人がボランティアとして働くのは珍しくない。

 

 そもそも浦田直子という女性も、元々学校給食センターの職員で紆余曲折あって避難所の食料調理・配給係となっていはいるが給料などあってないようなものであるし、ここにいる殆どが今はボランティアみたいなものだ。

 

「桂里奈は? そっか、さすがに一緒か! ウチらは……ボツワナ? どこ、これ……」

 

「ボツワナはアフリカの内陸国だね」

 直子がサラリと答える。

 

「アフリカ!? と、遠いっすね……」

 

 聞いた事のない国名に、和真は頭がクラクラする錯覚を覚える。

 さすがに家族を分断するような事は無いらしく、桂里奈と離れる心配はないが、せっかく仲良くなった避難所の人達とバラバラになるのは悲しい。

 

「私はタイね。前線が近いけれど大丈夫かしら……」

「わあ、じゃあわたしと同じだ。向こうでもよろしくね、香織さん」

 

 新垣香織と、村井茉奈は同じ避難場所らしい。

 

 あれから三週間程度。

 安藤和真は持ち前の行動力と陽気さで、多くの知り合いを作っていた。

 

 そのうちの一人が、浦田直子という食料配給員。

 和真は当然知らない事だが、レンジャー2の浦田和彦伍長の妻である。

 夫が居ながら夫公認の男漁りが趣味という変わりすぎている女性だが、避難所にはちょうどいい年齢の男が居なくて退屈している。

 

 そしてもう一人、村井茉奈。

 仙崎が横浜で助けて以来、極東本部の避難所にいたが、歩行要塞のプラズマ砲撃によって基地機能・地下シェルター機能を失ってからは、避難所を転々として、今はここにいる。

 

 14歳の彼女は、安藤桂里奈と同い年の上、共に両親を失っている為何かと気が合うようだ。

 

「へぇー、茉奈と直子さんはいっしょかぁ、いいなぁ~」

「オレ達だけクソ遠くないか? 誰か近くに……」

 

「へへっ、どうやらオジサンと同じみたいだぜェ? よかったなァボウズ!」

 酒と煙草で潰された喉から出る、濁声が和真に応える。

 

「ゲ!! 徳河のおっちゃんかよ!! ツイてねぇ……」

 和真はヒゲ面の白髪頭を見て心底残念そうにする。

 

「ハッハァ! ツイてないとはひでぇ野郎だ! 一緒にユンボ動かして楽しそうにはしゃいでたの忘れたのかァ?」

 

 彼の名は徳河重治。

 御年59歳の男性だが、年齢に似合わない童心と力強さを持っていて、今の仕事は主にユンボと呼称される油圧ショベル類の重機を使用して、EDF工兵隊と共に避難所の拡張・整備工事を行ったり、その他設備の点検・修理・拡張を行ういわゆる”工事のおっちゃん”だ。

 

 酒の飲みすぎで体を壊しており、EDF工兵隊としての任務には耐えられない事からこのように避難所の維持に尽力している。

 

 昔から重機操縦士一筋で食って来ており、更に元バルガパイロットでもある。

 バルガは安全性やコスト運用で問題を抱えており、更に2020年の桜獄山噴火災害救助事故での決定的なスキャンダルもあり、実際の工事現場で運用される事無く終わったが、メインパイロットの一人に選ばれた彼の訓練風景は、ベテラン重機パイロットらしい精錬されたものだった。

 

「あれは……まぁ楽しかったけどな! やっぱああやって何の気負いも無くただ動かせるってのは楽しいよな~!」

「だろう!! 重機の操縦は男のロマンだよなァ!! 向こうに行っても整地は必要だろォし、いずれボウズにもやってもらうぜ! 特にお前は、スジがいいからよォ」

 

 ロマンという言葉で繋がってテンションを上げる二人。

 和真としてもコンバットフレームには及ばないが、操縦席に座って二本の操縦稈とペダルで操作する感覚は割と近いものがある。

 

 そういう方向に進むのもアリか、と和真もだんだん思えてくるくらいには、重機や徳河にも親しみを覚えていた。

 

「……本当に、日本から離れるんだね。わたしたち」

 

 一通り行先の確認が終わった所でテンションも維持できなくなって、茉奈がつぶやいた。

 

「……そうだねぇ。アタシも、夫と多分離れ離れになっちまうだろうし、他のみんなともこれきりかねぇ。酷い時代に生まれたもんだ」

 

 浦田直子も普段の快活な様子がなりを潜め、消沈している。

 今までも日本が陥落するという可能性は皆自覚していたが、いざ直面すると埋めようのない大きな喪失感が皆の胸に重く圧し掛かっていた。

 

「まァそう落ち込むモンでもあるめェよ。EDFがなンとか活気を取り戻して、奴らを日本から追い出せば済む話じゃァねェかよ。アイツらだってただやられるだけじゃねェのは皆分かってる筈だ。なに、それまでちょいと長い海外旅行と洒落込むだけて考えりゃァ、そンなに悪ィ話でもねェだろ。なァカズマ!」

 

 徳河は彼らしく気楽に構えているのか、もしくは皆を元気づけようと振る舞っているのか判断できなかったが、和真はそれに乗る事にした。

 落ち込んでいるのは、やはり性に合わない。

 

「そうそう! それにしてもボツワナってどんなところだろうな。逆に楽しみじゃね? わはは……」

「お兄ちゃん分かりやすすぎるよ……」

 

 ただ、彼の場合は無理やりテンション上げようとしてるのが分かりやすすぎた。

 それほど突き詰めたポジティブ思考でもないらしいと、今初めて彼は自覚した。

 やはり普通に皆と別れて日本を離れるのは悲しい。

 

「た、大変だ!!」

 

 避難所の管理運営を行っている一人の男性が、慌てて飛び込んできた。

 

「EDF極東司令部が、日本からの撤退を拒否したぞ!! 今会見やってる! テレビを点けるんだぁーー!!」

 

 慌てて、避難所に付いている大画面のテレビを点ける。

 そこには、簡易な設備で会見を行う榊玄一少将の姿があった。

 

『――よって、我々EDF極東方面第11軍司令部は協議の結果、現有戦力での日本防衛は可能、ないし不可能と判断するには時期尚早だという結論に達しました。よって我々は! 独自に日本防衛の任務を継続し! 日本の国土を日本国民の手に取り戻す事べく戦い続ける事を、ここに誓います!!』

 

 声高々と、榊少将は誓いを掲げる。

 国民にとっては本当に寝耳に水の驚きだった。

 




安藤和真の話終わりませんね……。
しかしまァ文量の割に全然話が進まないんだなこれが!
結構地の文クドいかも知れない。

まさかこんなボリュームになるとは。
早く話進めろよ、って思われてそうw

で、終わったらどんぐらいの長さになるか分かりませんが世界情勢の話とか北米戦線の話とかを軽く書きたいと思ってたんで、

まだまだ先には進まないんですよねぇーー!
でもちゃんと書きたいんだ……!

という訳で人物紹介行きます!

安藤桂里奈(あんどう かりな)(14)
 安藤和真の三つ離れた大人びた雰囲気の妹。
 兄と違って学業の成績は良く、理数系が得意。
 余り感情を表に出さず、冷静かつ客観的に物事を見る。
 それゆえ人付き合いが苦手で、友達は多くなかった。
 大人びて見えるが、無理をして強がっている事も多々あり、そんな時ばかり無駄に察しの良い兄に見破られてしまう。
 兄は兄で、出来の良い妹が大好きだが時々頼ってしまうので、互いに頼り頼られる関係でいる。


浦田直子(うらた なおこ)(28)
 サバサバした派手めな女性。
 浦田和彦の妻で、二歳年上。
 元学校給食センターの職員で、紆余曲折あって避難所での炊事ボランティアを受け持っている。
 料理と男遊びが趣味で、一夜限りの関係と思ったが彼と意気投合し、そのまま結婚に至った。
 二人ともノリが軽いものの愛情は本物。
 ただし飽くまで各々の趣味として異性と遊び歩いたりするのを許可し合っている。
 結婚したとき、浦田和彦は既にEDF隊員であり多忙であった為、またお互い踏ん切りがつかなかった為子供は作っていない。
 が、今はお互い密かに、戦争が終わって平和になったら子供を作りたいと思っている。
 
徳河重治(とくがわ しげはる)(59)
 髭を蓄えた白髪頭の豪快な男性。
 土木・建築工事や設備の点検・整備など広く行う避難所の工事全般作業者。
 若いころから重機操縦士として働き、元バルガパイロットでもある。
 だが酒の飲みすぎで体を壊し、薬を定期的に飲まなければいけない。
 建設重機に興味を持った和真を可愛がっており、その操縦センスに舌を巻いている。


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幕間1 安藤和真(Ⅲ)

――2023年3月3日 大阪府堺市 第七生活避難所 旧市立第二中学校――

 

「――よって我々は! 独自に日本防衛の任務を継続し! 日本の国土を日本国民の手に取り戻す事べく戦い続ける事を、ここに誓います!!」

 

 榊少将の宣言が声高々と響く。

 その言葉に、避難所には初めに困惑が起こる。

 EDF総司令部と日本臨時政府が放棄を決定して三日。

 既に人々は信じがたい日本放棄を現実として受け入れ、新たなる移住先へ思いを寄せていた。

 

 当然だ。

 比較的開放的に公開される戦況からは、絶望的な戦力差が伺える。

 確かに、被占領地域こそ未だ関東周辺で押さえてはいるが、フォーリナーは一日単位でその支配領域を広げていて、EDFはそれに比例して莫大な損害を連日被っている。

 加えて、敵大型種である四足歩行要塞や巨獣に関しては有効打が見込めず、同じ目に遭った国や地域が成すすべなく虐殺の対象になったのを日本国民は知っている。

 

 次は自分たちだ。

 そういう思いを誰しも抱えていた。

 

 一方で、自分たちがここから去れば、本土は核集中運用によって敵戦力の殲滅と引き換えに焦土になるのではないかという危機感もあった。

 日本臨時政府はこれに猛反発の意思を見せているが、旧政府首脳陣が軒並み無くなった政府の力は国際的に弱いと見て間違いない。

 

 紛れもなく、日本は滅亡の道を一直線に進んでいたのだ。

 

 そんな中でのこの徹底抗戦の声明。

 人々は困惑をよそに、ただ声を聴き続けた。

 

『ただし、これはEDF南極総司令部と日本国臨時政府の決定に、ひいては世界に逆らう行為に他ならないでしょう。

 日本は、只今から国際支援の殆どを絶たれ、江戸時代以来二度目の鎖国状態に突入します。

 そうした中、戦線を維持し、日本奪還を行うには我々EDFだけでは不可能です。

 食料、燃料、装備、電力など、あらゆるものを維持する日本国民の皆様の支えが不可欠なのです。

 しかし、これより日本は地獄の戦場と化すでしょう。

 奴らは、フォーリナーは民間・軍事関係なく破壊の限りを尽くす。

 後方地域にも常に命の脅威は存在し、我々にはその脅威から全てを守る事は残念ながら出来ない。

 予定通りならば、今皆さまの手元には、日本脱出後の居住地域の書いてあるチケットがあるはずです。

 日本人一人ひとりの命を守る為、避難する事を強く推奨します。

 避難した先で、来るべき日本の国力維持の為、日本人の紡いだ文化や精神を守って頂きたい。

 そうした人々が居るからこそ、我々EDFは命を賭して戦い意味を見出せるのです。

 その上で! 伏してお願いする! 自らの命を懸けて、EDFを支える勇気のあるものがいるならば、この苛烈なる戦場と化す日本に残って頂きたい! 

 我々は、貴方たちの命を守る事を確約できません。

 日本を必ず取り戻すと、誓う事は出来ません。

 しかし、どんなに絶望的な状況になろうと、我々は最後まで、この日本を護る為に戦い続けると誓います!

 どうか、勇気ある決断を!!』

 

 榊少将の演説が終わった。

 瞬間、避難所は沸いた。

 

「「うおおおぉぉぉぉぉーーー!! EDF!! EDF!!」」

 

 彼の演説が、日本国民、ないしこの演説を聞いた人間の心に火を灯した。

 日本陥落、そんな絶望的な字面を吹き飛ばした。

 

 異例の決断で、軍組織としては到底許されない独断専行だ。

 主権国家の意思を無視し、軍上級司令部の命令を無視し、あまつさえ国民を戦場に巻き込んで諸共砕け散ろうとしている。

 

 日本臨時政府にとっては重大な主権侵害であり、巨大な組織を巻き込んだ軍部の暴走と言うに他ならない。

 EDFとは国連直下の国際軍事組織であり、一国に肩入れして軍事力を行使する組織ではない。

 それが国家の決定を無視しての事なら猶のことだ。

 

 他の戦場で投入されるべき貴重な資源・兵士・装備・そしてノウハウをここで使い潰す事は、ひいては人類全体の損失に及び、人類滅亡に加担する最も愚かな行為であると世界中の人間は非難するだろう。

 

 ”まともな”感性を持った人間が、EDFコールを騒ぎ立てる”狂人”に正気を問いただす。

 

「待て待て、馬鹿げてる!! みんな正気か!? EDFはやられ続けてる上に日本は半分以上侵略されてるんだぞ!? 勝てる訳がない!」

「EDF総司令部も日本臨時政府も撤退する! ここに残っても未来は無いのよ!!」

「EDFは、国民全員を使って玉砕する気なのか……? かの世界大戦の愚を繰り返してなんだというんだ……!」

「しかも鎖国状態だって!? 正気じゃない! きっと全世界から凄い反感を買うぞ!? 分かってるのか!? ここに残ったら日本人は世界中の反逆者になるようなもんだぞ!!」

「今は人類全体が協力して滅亡の危機に対抗するべきなのに……、それでもEDFか!!」

「あぁ……、榊司令はついに気が狂われてしまったのか……。まるでかつての帝国を見ているかのようだ……」

「EDFめ……! どこまで横暴なんだ! 奴らは戦争に乗じて日本国の主権をかすめ取ろうとしている!! みんな騙されるな!! 日本を乗っ取られるぞ!!」

「EDF反対!! EDFの横暴を赦すな!!」

 

 後半に行くにつれ、行き過ぎた発言が目立つが、それ以外は概ね世界の常識に等しい。

 

 重ねて言うが、EDFの情報公開によって日本国民は今がどれほど絶望的な状況下は知っている。

 

 EDF兵士を含む日本国総人口一億七千万人のうち、開戦から今まで凡そ三割に相当する約4800万人という夥しい死者を出し、ここまでで既に約二千万人が既に国外退去を済ませている。

 尤も、死者に関してはマザーシップの初撃で1300万人近い死者を出したこと、首都圏を起点とする電撃的侵攻で大都市が次々に避難も間に合わず陥落した事、その他にもレイドアンカーの落下で全国で少なくない被害が出た事、世界有数の人口密度を誇り、国土の大半が険しい山である事など、彼我の戦力差を加味すると、死者に限って言えば少ない方だと言えるのが皮肉ではある。

 

 ただ、フォーリナーの侵略に歯止めが効かないので、この数は増え続ける一方ではある。

 その上、今日本国内には二つのインセクトハイヴと言われる巨大生物の巣、戦術核級の巨大プラズマ砲を速射する四足歩行要塞エレフォート、全長凡そ70mはあるとみられ、破滅的な雷撃で多くの都市を破壊し尽くした雷獣エルギヌスが国土を蹂躙し続け、EDFはその標的に有効な攻撃をしているとは言い難い。

 

 つまり、まともな見方をすればほぼ”打つ手なし”の状態だ。

 更に、一部の噂ではEDF総司令部は日本本土に核攻撃による敵殲滅を命令したという話もある。

 ここに留まれば、味方の核で焼かれないとは言い切れない。

 

 残るなど、まともな感性があるなら考えられない事だ。

 

「おい! このまま日本を捨てるのか!? EDFはまだ、戦うって言ってるのに!?」

「無理よ……! 勝てるわけがない……! このままみんな死ぬっていうの!?」

「俺達日本人だろ!? ここで立ち上がらないでどうして胸を張って生きて居られる!? 逃げる奴は、日本国民の誇りを忘れたのか!?」

「なんだと!? 日本政府は撤退を決定したんだ! 政府に従わない勝手で世界を乱し、日本を貶めるな! このEDFの犬め!!」

「何とでも言えよ……! 俺は残って戦うぞ! 難しい事は分からないが、家族の仇を討てるなら、なんだってやってやる!」

「どうせこのまま逃げたってフォーリナーの攻め込まれるだけだ。避難先の国家が安全だなんてどこに保証がある!? だったら、ここに残って少しでも持たせた方がマシだ!」

 

 日本を捨てたくない、この土地を離れたくないという者は水を得た魚の様に活気づいてEDFに賛同した。

 彼らも数刻前までは、EDFや政府に従い離れる意思を受け入れていた。

 どれほど日本が、この国が好きだろうと、戦う力が無ければ無駄死には免れない。

 フォーリナーの侵攻とは、それほど絶対的なものだ。

 

 だがEDFなら。

 EDFが残って力の限り戦うと言うなら、それを信じて支えられる。

 生涯の大半を過ごした老人達が、子を失った親が、親を失った子が、友人を、隣人を、日本を愛する国民が各々、ここに留まり戦う決意を胸に宿した。

 

「おいよせ! 全員が全員日本に残ればいいってもんじゃない! 後ろに下がる奴らを非難するな! あんたも残った奴らを煽るんじゃない!」

「別に責めるわけではありませんが、去りたい人は去るべきと思います。命を懸けられないのであれば、ここに残るべきではないかと……」

 

 日本に残る決意を早々に固め逃げるものを非難するもの、EDFを横暴と決めつけ残るものを売国奴や非国民などと脅すもの、それらの仲介に必死になるものが、徐々に落ち着きを見せ始めた。

 

 それこそ人間同士で敵意を向ける事が愚かであるなど、ここにいる全ての人間が自覚している事だ。

 納得は行かないまでも、怒鳴り合う声はなりを潜めた。

 

 そして、残る一部の人間は粛々と準備を進めていた。

 その多くは、直接戦場を目にし、避難してきた者たちだ。

 良くも悪くも肝が据わり、避難するにせよ残るにせよ、冷静な判断を下した。

 

「アタシ、残るよ。EDFが残るって事はダンナも残るって事だ。それなら、アタシがここを出て行く理由がないからね! 兵士や残るバカどもに、旨いメシを喰わせてやらんといけないしねぇ」

 

 和真たちの中で、真っ先に表明したのは、浦田直子だ。

 彼女の様に炊事に従事する人間は、一人でも多く欲しい筈だ。

 

「私も……ここに残ります。戦闘がある以上負傷者は出ますし、看護も必要ですからね。それに、私も直子さんと同じく家族が戦っています。なら姉として、命が脅かされようとここは離れる訳には行きません」

 

 新垣香織も続いて宣言する。

 柔らかい表情をしながらも、決して折れない決意のようなものを纏わせていた。

 

「んじゃ、一緒にメシと看護でEDFを支えるとしようか! 茉奈ちゃんはどうすんだい? 避難するとしても一人じゃキツいだろうから、誰か知り合いを当たってみようか?」

 

 元々遠い親戚という事で茉奈の保護者的立ち位置だった直子が意見を伺う。

 疎開先の国で、誰も知り合いがいないのは辛いだろう。

 

「うーん、わたしも残ろっかな。二人に釣られた訳じゃないけど、誠さんだってまだこっちで戦うだろうし、わたしも何かの役に立ちたいな。それに……。わたしの家族もみんなここで死んじゃってるし、ここがお墓みたいなものだからね。やっぱ離れるのはないかなー。直子さん、わたし今日から頑張って覚えるから、なにか仕事くださいな」

 

 独特の、まるで近所に出かけるかのような緩い口調で話す。

 

 その実、茉奈の意思は固く、子供ながらもその辺の大人よりしっかりした覚悟を持った発言な事は、この場にいる皆は分かっていた。

 

 それにとどまらず、自分にできる事として仕事をしようと行動する。

 むろん、避難所生活の間、まだ14歳とはいえ何もしていなかった訳ではない。

 

 今や家や家族を失った戦災難民の避難所は無数にあり、人手など全く足りないので、年齢にかかわらず各々が共同で避難所の維持に努め、成り立っていた。

 それでも、それは所詮自分たちの生活を支えるものでしかなく、日本防衛に貢献したとは言い難い。

 茉奈や皆も、戦災難民の立場に収まらず、EDFを支えるという意欲に満ちていた。

 

「オレは……っ。桂里奈は、どうしたい?」

 

 三人分の話と決意の顔を見て、和真は”自分も残って戦う”と言いかけて喉元で止める。

 自分は桂里奈を守らなくちゃならない。

 そうであれば、日本に残るのは妹を危険に晒すことになる。

 

 常識で考えれば、妹を安全にしたいなら国外脱出以外の選択はない。

 ただし、妹の考えは分かっている。

 

 きっと、自分と同じだ。

 

「あたしも、やっぱ残りたいよ。お父さんが最期まで働いて守ってたこの国を、お母さんがあたし達を育てたこの場所を捨てたくない。例えここで死ぬとしても、あたしは最期までこの国で一緒に戦いたい」

 

 桂里奈は和真の目を真っ直ぐ見て言った。

 それは、到底14歳の少女には映せないような決意の瞳だった。

 

「そっか……、……。おし、んじゃ一緒に残ろうぜ! お前がそう言うなら、オレはここで全力で桂里奈を守るよ」

 

 一瞬の迷いはあった。

 無理にでも国外に連れていくべきかと。

 だがそれは自分にとっても苦渋の決断ではあるし、何より桂里奈の強い意志を曲げなれないだろう。

 

 なら、この場所で全力で守っていくだけだ。

 

「ハッハァ! いい決断をしたなカズマァ! 一生懸命家族を守る。それこそ長男の甲斐性って奴だ! 所で、誰もオジサンの事は聞いてくれない訳ェ?」

「なんだいわざとらしい。どーせあんたも残るだろ? EDFが活動するなら、まだ工兵の出番もあるだろうしねぇ?」

 

 徳河のわざとらしい言葉に、直子が乗っかる。

 

「拾ってくれてアリガトよ直子ちゃん。まっ、そりゃそォだ。ここでお前らの帰る”家”を維持すンのもオジサンの仕事ってな。それと俺は工兵じゃねェっての」

 

 徳河が最後を持って行った事により、結局ここの全員は日本残留を決めたのだった。

 

「なんだ、結局ウチら全員残るのかよ。周りもだいぶ落ち着いてきたし、結構意見は割れたみたいだな……」

 和真が周りを見渡す。

 白熱した言い合いは乱闘に至ることなく一旦冷静さを取り戻し、各々自身の考えを纏めていた。

 しかし、時間はない。

 本日から、日本から脱出する航空機、船舶は稼働する。

 皆荷物は纏め終え、これから乗り込み……という矢先の演説だった。

 

 そして翌日。

 

 臨時政府の主導する国外脱出便の第一便に乗って多くの人間が日本を離れた。

 日本に残る事を決めた人々は纏めた荷物を荷ほどきし、広くなった避難所を使い始めた。

 

 やがて国内に残ったのは、兵士にせよ後方インフラ維持の民間人にせよ、命を賭して日本を護ると誓った覚悟ある者たちのみとなった。

 

――――

 

 それから約一か月後。

 和真と桂里奈は大阪・神戸をまたぐEDF極東第一工廠の労働者集合住宅に引っ越し、そこで勤め始めた。

 二人はコンバットフレーム製造ラインに配属され、和真はなんと最終調整を担当するパイロットとして活躍する事になった。

 

 徳河重治は西日本各地で簡易集合住宅の建設事業に参加し、おかげで日本の住居環境は僅かずつだが改善されていった。

 

 新垣香織は引き続き大阪のEDF軍病院に勤め、負傷兵の手当と看護を行っていた。

 彼ら彼女らが元居た避難所は解体され、今は軍用糧食を生産する簡易的な合成食品工場になっていて、浦田直子と村井茉奈は共にそこで働いていた。

 

 EDFを含めた、日本在住の人口は五千万人を下回り、その殆どが北海道か九州に住んでいた。

 北海道は大規模食品工場を始めとし、高性能ビニールハウスや農場での食料生産をほぼ一手に担っているが、樺太側と本州側からレイドシップの上陸が始まっており、更に防衛を担当するEDF第五軍団は本州への度重なる戦力抽出によって弱体化している為、自衛隊との共同戦線で何とか場を持たせている。

 

 九州では発電所を急ピッチで増設し、日本の人類生存圏の電力を一手に担っている他、大小さまざまな工業地帯を持ち生活必需品や軍用装備を含めた多くの物資を生産している。

 

 一方、EDF極東方面第11軍の残存勢力は西進するフォーリナー群に対し孤軍奮戦を行ったものの、この間にも戦況は悪化の一途を辿り、3月20日にはついに要衝と謳われた名古屋が陥落。

 フォーリナーは、大阪以西の生存圏に確実に迫りつつあった。

 

 そして、名古屋陥落の知らせから二日後、3月22日。

 

 

 ――新垣香織の元に弟、新垣巌が戦死したと知らせが入った。




ぜんぜん終わりませんね。
予定ではあと二話くらいかかりそうな感じ……。
自分としては書いてて楽しいですけどね!


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幕間1 安藤和真(Ⅳ)

長いけどもう気にしない事にするのです


 2023年3月22日、三重県沿岸部で新垣香織の弟、新垣巌は戦死した。

 

 名古屋防衛戦が終わり、部隊の撤退中、巨大生物の集団に部隊が襲われ、その奮戦の最中、命を落としたようだ。

 

 遺体は無く、遺品だけが虚しく送られてきた。

 香織はその遺品を抱え、一晩中涙を流した。

 

 ――それから一週間後の3月29日。

 

 休暇を貰った安藤兄妹は、久しぶりに香織に会いに行った。

 

 香織の姿を一目見て、二人は何があったか察することが出来た。

 それほどまでに、日本では身内や知人の死が相次いでいた。

 

「香織さん……。大丈夫、ですか……?」

 

 なんて間抜けな事しか聞けないんだろうと和真は自分を恨む。

 少し会わないうちにやつれたような錯覚を漂わせる彼女は、どう見ても大丈夫ではない。

 彼女は弟、新垣巌が戦死し、遺品だけが届いた事を二人に打ち明けた。

 

 以前あんなにも楽しそうに話していたものだから、二人とも同情を禁じ得なかった。

 特に和真はもらい泣きまでしてしまう始末だ。

 

 それでも彼女は、最後にこう付け加える。

 

「……大丈夫よ。こうなる事は、覚悟していたもの」

 

 気丈に振る舞い平静を見せる事で、己自身も立ち直ろうとしていた。

 

「香織さん、無理しないでくださいね。あたし達がついてますから」

 

 桂里奈も精いっぱい寄り添う姿勢を見せた。

 もはやこの避難所にいて、家族を失う辛さを知らない者はいない。

 

「うん。正直ね、遺品が届いた時は本当に辛かった。絶対に生き残ってまた会えるって信じて居たかったから……。でもこれが現実。巌はもういないけど、私は生きてるから。私も前を向いて生きていかなくちゃ」

 

 EDFで戦死者が出る度、知る者がこの世から去る度、毎日のように訃報が訪れる。

 慣れてしまう者もいれば、一向に慣れず悲しみに暮れる者もいる。

 

 だが、それでも皆に共通している事は、誰一人として生きる事を諦めていない事だ。

 たとえ日本が滅びゆく運命だとしても、最後まで運命に抗う事を止めはしない。

 

 あの日、絶望の日本に残ると決意した者は、兵士のみならず、老若男女一人ひとりに至るまで皆同じだった。

 だから香織も、前を向いて歩き続けるつもりで弟に報いようと決めた。

 

「それで……。あの、ちょっと変な話になっちゃうっていうか、興味ないかもしれないし、ちょっと個人的な話になるんだけど……、聞いてくれる?」

 

 ところが、香織の様子はどうも変な感じだった。

 

「んん? 別にいいですけど、どうしました?」

「へぁっ!? あの、オレ席外しましょうか?」

 

 照れたような、もじもじとした恥じらいをして話出そうとしたものだから、和真は何か変な勘違いをして慌てる。

 

「えっ? あっ、違うの! ぜんぜんそういうのじゃないから安心して!」

 

「もう、馬鹿兄貴、ホントデリカシーないんだから……」

 かえって赤面する香織と、兄に呆れて顔を覆う桂里奈。

 

「んがっ! なんでだよ、頑張って空気読んだつもりなのに……」

 ショックを受ける和真だが、その空気にくすくすと香織が笑いだしてしまう。

 

「ああごめんなさい、私のせいなのに。相変わらず仲が良いみたいで安心しちゃって」

 言いながら、自分がとても久しぶりに笑った事を思い出した。

 思えばこの数日、忙しさと悲嘆に暮れて笑う事も無かった。

 

「それでね。ちょうどついさっきなんだけれど、EDFの兵士さんが私の所に来たの」

 

「? 遺品を届けにですか?」

 茉奈が疑問を浮かべる。

 だとしても、兵士が直接来るのは考えられない。

 そういうのは総務部や事務の軍人が行う事だ。

 

「いいえ。その人は弟と同じ部隊の人で、私に直接、弟の事を教えに来てくれたの」

 

「弟さんの……。わざわざここまで」

 

「……そうなの。大仕事の前の最後の休暇、そう言っていたわ」

「大仕事って、アイアンウォール作戦……」

「多分、そう」

 

 日本防衛の趨勢(すうせい)を決める最終地、京都防衛戦”アイアンウォール作戦”は、既に全国民に布告されている。

 その為京都の住人は一人に至るまで全て強制的に避難を命令した。

 

 平時ならば軍主導の決定は強い反発を生むが、皆の意思が一丸となった今、避難は驚くほどスムーズに行われた。

 彼らはその財産の殆どを手放し、効率を優先した輸送手段で九州方面各地に疎開し、九州重工業地帯、発電所、その他生産施設・インフラ維持施設で勤務する事となった。

 また避難時に多くがEDF入隊を希望し、各地の駐屯基地にて訓練を行っている。

 

 そして九州方面のEDF第六軍団、四国中国方面のEDF第四軍団の大半が京都に向け移動を開始した。

 総兵力23万6000人の大移動だ。

 それにより西日本の戦力の大半が京都に集中する事となり、これから国民が向かう地に十分な防衛戦力は無くなる。

 万が一そこにフォーリナーが上陸した場合、成す術はない最悪の事態に陥る。 

 

 しかしその膨大な援軍は、フォーリナー群の京都激突にはわずかに間に合わない試算だ。

 一見失策に見えるが、到着時期をずらすことで、フォーリナーの大規模破壊によって京都が壊滅した場合や、物量に押し負けて突破を許した場合の後詰めの役割を果たすよう計算されている。

 

 更に援軍の主目的は京都防衛ではなく、京都防衛を起点とする本土奪還作戦の主戦力として進軍している。

 

 第六軍団、第四軍団は今まで開戦時のレイドアンカー落下に始まるフォーリナー侵攻を経験しつつ、大きな被害を出していない為そこそこの対F戦闘経験を持った大きな戦力を保有している。

 ただ、最新型にアップデートされた対F兵器は、前線に優先的に配備されたため満足な装備を保有しているとは言い難いのが現状。

 

 その為、神戸・大阪をまたぐEDF極東第一工廠は日に日に工場を拡大し増産を図っている。

 それを可能にする資源は、備蓄を急速に消費し、近年開発の進んだ日本近海の海底油田・海底鉱山(EDFは、世界的な軍備増強による燃料・鉱物資源不足を危惧し、莫大な予算を投じ手つかずの油田・鉱山の再開発を行った。日本近海の資源発掘もその一環だ。複数発見された内のいくつかは、日本の領海内に存在しており、EDFはその採掘資源の八割を徴収した。自国内にある天然資源の強引な搾取に当然反発の声もあったが、再開発から採掘にかかる費用は全てEDFが賄っていた為日本政府としては二割貰えるだけでも儲けものと言えた。が、反EDF思想の根強い層からは地球資源の無意味な浪費や、自然環境の際限ない破壊、国内自然財産の強奪、などと猛抗議を受けていた)の採掘を以てしても、半年後には枯渇する試算だ。

 

 まさに世界の想像を絶する、総力戦がここ日本では行われていた。

 

「そして彼……、水原亮介くんと言うんだけど、その、私の事が好きだって言ったの」

 

 話を戻して、新垣香織は続ける。

 アイアンウォール作戦前の休暇を使って新垣巌の死を伝えたかと思えば、急に告白を受けたという。

 

「えぇ!?」

「ひ、一目惚れですか!? だって、その時初めて会ったんですよね!?」

 

 二人も驚愕する。

 が、確かに二人の目から見ても彼女は美しいし、人も良い。

 何もおかしな話ではない

 

「うんん。私も覚えてるんだけど、大阪の軍病院で配給の手伝いをした時に声を掛けられたのよ。私の苗字を見て巌の姉かもって思って声を掛けたみたい。それから、部隊での巌の事とか近況とか色々話はしたの。それで、次に会ったのが、今日。弟の事、細かく教えてもらったの」

 

 それから香織は、二人にも新垣巌の最期を話した。

 彼女は悲しみを堪えながら、それでも最期まで勇敢に戦った巌の事を誇らしく語った。

 

「それを聞いて私、やっぱり巌は最後まで優しいままだったなって思って泣いちゃって。落ち着いたときその人が突然、私の事好きだって言ったの。私、ちょっと突然で受け止めきれなくて。でも笑って返事は後でいいって言ってくれたの」

 

 当然だ。

 心の整理なんてできる筈もない。

 だがきっと、彼もそれは分かっていただろう。

 

「……でもね。その人、きっとその後アイアンウォール作戦に参加するんだわ。私、ちゃんと返事してあげられなかったから、申し訳なくて……。もう、その人に会えなくなるかも知れないのに……」

 

 決死の作戦を前に、はっきりした返事が出せなかった事を悔やむ香織。

 アイアンウォール作戦は日本存続を賭けた激戦だ。

 

 これが最後の別れになる可能性は、高いと言わざるを得ない。

 

「それは。多分、大丈夫っすよ」

 

 和真が落ち着いた様子で口を開いた。

 

「まだはっきりしてないって事は、また香織さんに会う為に必ず生きて答えを聞きに帰ってくると思います。根拠なんてありませんけど……」

 

 最後だけ自信なさげに呟いたが、元気づける為に出まかせを言った訳ではなく、思ったことをそのまま言った。

 小声で、お兄ちゃんにしては良い事言うじゃん、と桂里奈は少し感心した。

 

 彼はそう、返事なんてもらえないと。

 そう分かったうえで、きっと彼は戦場へ向かったのだ。

 地獄へ向かう前に、後顧の憂いを断ち切って、決死の覚悟で戦いに行ったのだ。

 だから彼は、彼女に置いた思いを残して死ぬことは無いと、そう思った。

 

 ……が、実のところこれは、そんな恰好の良い話ではない。

 そんな複雑な事を考える頭は水原には無かった。

 

 水原は仙崎の言葉を聞き、ただ愚直に思いを伝えに行っただけである。

 もちろん死んでしまっては何も出来ないから、生きているうちに思いを伝えようと思ったのはある。

 ただ、別に死ぬつもりも、彼女を胸に生き残ろうという決意の為に行ったわけではなく、純粋にただ好きだったから告白しに行っただけであった。

 

 だからこそ、彼女の前では”重くない”雰囲気の自然体で話せていたが、内心緊張して自分で言った”返事は後でいい”という言葉も香織の言葉の意味も完全に勘違いしている当たり、まぁ頭残念という他ない。

 

 しかしそれが功を成したのか、少し後の話になるが彼は重傷を負いつつも生き残った。

 

「……、そうね。私も、そう思う事にするわ。また会ってちゃんと話が出来ると信じる事にする。話聞いてくれてありがとう。随分楽になったわ」

 

 二人に向けて、彼女は安堵の微笑みを浮かべた。

 

 

――――

 

 そして翌日、3月30日正午。

 京都防衛戦”アイアンウォール作戦”は開始された。

 EDFは京都を主戦場として最大戦力を置きつつ、防衛目標である大阪府を囲うように、奈良市から国道24号線を経て和歌山市まで伸びる戦線を最終防衛線として、戦力を配置した。

 

 EDF極東本部の作戦通り、戦いは京都を中心に展開してゆき、敢えて誘い込んだフォーリナー群と激しい市街戦を繰り広げる。

 ヘクトルというフォーリナーの新型二足歩行陸戦兵器の登場や度重なる地中侵攻などEDF側は多大な損害と不測の事態を受けつつ、作戦は順調に推移した。

 

 やがて日は暮れ日付が変わる目前に、事態は急変する。

 

「班長~! 安藤兄妹、仮眠から戻りました!」

 

 二人はEDF極東第一工廠のコンバットフレーム製造ライン最終工程の班長に敬礼をした。

 最初は慣れなかった敬礼も、次第に立派になっていた。

 

 ここで働き始めてから早くも一か月になる。

 まだまだ新人という所だが、二人とも覚えが良く、それなりに活躍をしている。

 

 桂里奈はコンバットフレームの配線の仕上げ確認の補佐を担当し、和真はコンバットフレームに搭乗して最終動作確認を任されていた。

 

 と、製造ラインにやたらいい匂いが漂っているのに気づき、二人で腹の音が鳴る。

 

「おぉ~、和真と桂里奈じゃないか! 久しぶりだねぇ、元気でやってたかい?」

「二人ともひさしぶりー」

 

 外から声をかけたのは、浦田直子と村井茉奈だった。

 

「直子さんと茉奈ちゃん!? 大阪の食料工場で働いてるんじゃ……!」

 

 驚く和真だが、見ると野外に炊き出しの設備があった。

 手を止めて何人かが並んでいる。

 

「ほら! あんたらもこっち来て喰いな! どうせ近頃碌なモン喰ってないんだろ?」

「うわぁ、ありがとうございます! いただきます!」

「あっ、こら桂里奈! ったく……、オレも貰ってイイっすか?」

 

 真っ先に駆け出す桂里奈に少し呆れながら、追う和真。

 

「あれ~? 和真さん、ちょっと見ない間になんか落ち着いてきた?」

 

 茉奈がからかうような視線を向けながら、おにぎりと味噌汁を渡す。

 簡素だが、しばらく固形食品やビスケットしか口にしていなかったので、二人やコンバットフレーム製造ラインの皆はとても嬉しがっていた。

 

「なんだよ前のオレが落ち着いてなかったみたいな。ま、まぁ、ここに来てから班長にさんざん扱かれたけどさ……」

 

 ちらと班長の方を見ると、彼はもう食べ終わって仕事に戻っている。

 一か月ぶりに二人に会って、色々と話したい事はあったが、あんまりのんびりしていると班長から怒号が飛んでくるだろう。

 

 それに、自分たちの作業次第で前線に送られるコンバットフレームの数が変わる。

 少なくとも今は、それがどんなに人命にかかわるかが分かっている。

 

 和真と茉奈は普通に腹が減っていたのもあって一瞬で食べ終わると、二人に感謝を告げて作業に戻る。

 

「和真こっちに来い、早速だがコイツだ! 武装が無くてレッドシャドウにリボルバーカノンを取り付けた! 重心位置の調整はしてあるが、なにぶん重量制限ギリギリだ。不具合が無いか確認してくれ! あんまり無茶な動きはするなよ?」

 

 小走りの班長に付いていく和真。

 同時に簡単な仕様書とチェック項目が載ったテスト報告書を渡されて軽く目を通す。

 

「分かりました! って、コレを五分でやるんですか!?」

「当たり前だ! とにかく前線には一機でも多くのコンバットフレームが必要だからな! 武装を運搬するとしても換装の時間が惜しい! 直接本体を送った方が早いのさ!」

 

 現在、コンバットフレーム製造ラインは通常かかる工程の時間の三分の一を短縮して量産されていた。

 それゆえ、通常より多い確率で戦闘に支障が出るレベルの不良品が発生している。

 

 そのロスを含めて考えても、通常以上の効率でコンバットフレームを前線に送り出せているので戦闘が終結するまではこの方法で量産体制を進めていた。

 

 むろん、工場作業者は軒並み倒れる寸前で、班長やそのほかの人間はかなりの長時間労働を行っていた。

 戦闘が始まってから、約12時間ほどだが、ここ極東第一工廠は、それより遥か前から限界を超えた稼働率を維持している。

 ともすれば、前線で戦う兵士以上に過酷な労働環境である。

 

 その彼らの努力があってこそ、EDFは満足に装備を整えられている。

 

「でもパイロットがいないでしょう!」

「そりゃそうだが人間だけはどうしようもねぇからな! それともお前が――」

 

 班長が言いかけた途端、辺り一帯にサイレンが鳴り響いた。

 フォーリナー来襲を示す、非常警戒警報だ。

 

「な!? なんだ!?」

「クソ、ついにここにも表れやがったのか!? おい! 動かせる奴は全員コンバットフレームに乗り込め!!」

「「了解!!」」

 

 工場人員が慌ただしく動き始め、和真も急いでコンバットフレーム・ニクスに乗り込む。

 

「ああクソ、桂里奈! 大丈夫か!? 直子さんたちは!?」

 

 外部スピーカーで声を上げる。

 不安と緊張で動悸が鳴る。

 何が来ようと、桂里奈を守って見せるという意思だけを強固に持つ。

 

 和真は桂里奈のいる建物の入り口を背にニクスを配置する。

 

「あたしは大丈夫! 工場や他の人もいるから」

 

 コンバットフレーム製造ラインの建屋は巨大で強固だ。

 とはいえフォーリナーの襲撃を受ければひとたまりもない。

 

 和真は無意識にトリガーに指を掛ける。

 このまま戦場に移送する予定なので、実弾は十分に装填されている。

 

 体感にして数十分にも感じる警報の後、EDFからの放送が街に響き渡る。

 

《第一級防空警報発令! 第一級防空警報発令!! 現在大阪・神戸を含む日本全域に多数のレイドアンカー降下が確認されました! 国民の皆様は至急屋内に退避してください! EDFは全力で迎撃を試みますが、破片の落下を含む不測の事態が予想され、非常に危険です! 繰り返します――》

 

 EDFの放送によって、脅威が判明した。

 フォーリナー陸上戦力の侵入ではなかったが、それに並ぶ脅威が街に降り注いでいた。

 

「ちっ……、アレかよ……!」

 

 和真はニクスのカメラを望遠にして、視界を空に寄せる。

 遠方上空、隕石のような赤い光の筋が数本見える。

 

 それを発見した直後、同じ本数の光の筋が地上から伸びた。

 光同士は空中で接触し、ひと際大きい光を放つ。

 

 そしてそこから分裂した無数の小さい閃光が地上へ向かって落下してくる。

 

「クッソォまずい!! 桂里奈ぁぁ!!」

 

 和真は急いで操縦席を出る。

 破片のいくつかはここに落下してくる軌道を取っていた。

 

「えっ、お兄ちゃん!?」

 

 工場に入って駆け出す和真を見て驚く。

 

「桂里奈こっちだ! みんな逃げろ!! 破片が降って――」

 

 轟音、衝撃。

 工場は停電し闇に包まれたが、やがて何か弾けるような音と火災が起こり、辺りが照らされる。

 

「桂里奈……、怪我、ねーか?」

「あたしは――って、お兄ちゃん!?」

 

 覆いかぶさるように倒れた和真は、瓦礫を受けて頭から血を流していた。

 

「二人とも! 立てるか!?」

 班長が駆け寄ってきた。

 彼も右腕を押さえていた。

 

「なんとか……!」

「あたしも、無事です!」

「すぐに避難するぞ! 奥の予備電源をやられた! 自動消火は作動してるが、万が一もある! 急げ!」

 

 奥では、スプリンクラーが作動し、消火を行っていた。

 

「和真さん! 怪我してる……大丈夫!?」

「和真!? 頭を切ったのかい! これを使いな!」

 

 外では直子と茉奈が避難していた。

 二人に怪我はないようだ。

 直子は持っていたタオルを止血用に渡す。

 

「ああ、だいじょう、ぶ――」

「お兄ちゃん!?」

 和真はタオルを受け取って頭に当てた瞬間、倒れてしまった。

 

「ちっ、和真を休憩室に運ぶぞ! ったく無茶しやがってよ!」

「手伝います!」

 班長が直子と協力して和真を休憩室に運んだ。

 

 ――1時間後。

 

 炎上した製造ラインの予備発電設備は消火が終わり、工場は問題なく稼働し始めた。

 今も京都では激戦が繰り広げられているし、今後も長く戦いは続く。

 資源が尽きない限り、生産を止める訳にはいかない。

 

 和真を含む怪我人は13人、そして破片の直撃で一人が亡くなった。

 

 修理と怪我人の看護の為、各地から人手が集まった。

 その中には、重機免許を持つ徳河や、看護師の香織もいた。

 

 外ではアンカーが数十分にわたって降り注ぎ、迎撃は間に合ったものの地上では混乱が続いた。

 破片による被害も無視できない。

 

 が、ここに残ったのは既に命の覚悟が決まった者たち。

 この程度の事で、狼狽えたりはしない。

 

 そして一時間がたった今、ようやく和真が目を覚ました。

 

「……か、桂里奈ぁッ!!」

 魘されていたようで、和真は突然跳ね起きた。

 

「あ、和真くん! 気が付いたのね?」

 近くにいた香織が反応する。

 

「桂里奈は、桂里奈は無事ですか!?」

 和真にとって、自分の体よりも気がかりな事だ。

 

「ええ、彼女に怪我はないわ、安心して。貴方の怪我も――」

 

「カズマ!! ちょうど目ぇ覚めてたか! たった今お前宛にエアレイダーから通信が入った! 意味は分かるな!? とにかく緊急事態と聞いてる! 悪いがすぐに来い!!」

 

 休憩室のドアを乱暴に開けた班長が、入って来るや否や無線機を和真に投げ渡した。

 

「わっ! とっ、と!」

 投げ渡された無線機を落としそうになり、なんとか受け取る。

 ここ一か月、班長は全てものを投げ渡すので、最初に比べたらキャッチが上手くなった和真だった。

 それはともかく、心当たりのあるエアレイダーなど、一人しかいない。

 

「あー、新垣看護師! コイツ連れていくが、怪我の処置に問題はないか?」

「あ、はい! 本当はもっとゆっくり休ませたいのですが……」

「いや、大丈夫です香織さん。オレ、行ってきます!!」

 

 覚悟を決めた目で、和真は答える。

 

「……、そう、ね。分かったわ。必ず……。必ず無事に戻って来るのよ! 私みたいに、桂里奈ちゃんに悲しい思いをさせないでね!」

 和真の目を見て、香織も察して見送る。

 彼女は、これで三人目だ。

 一人目の弟、巌は既に帰らぬ人となった。

 二人目の水原に答えを言えず送り出し、今三人目の和真も見送る事となった。

 

「……はい! 必ず!!」

 

 内心では、いつかこうなる事は分かっていた。

 もし自分に優れた操縦技術があるとすれば、後方で工場勤務などしてる余裕は――今の人類には、日本にはない。

 ただ、”妹を一人にしたくない”という個人的な理由で、それに気づかないフリをしていた。

 自惚れる訳ではないが、自分が戦う事によって助かった命もあったかもしれない。

 もちろん、コンバットフレームを製造する事で助かった命もあるだろうから一概には言えないが、それでも必要とされるべき場所から逃げていた自覚もあった。

 

 だから、時が来たのだと、ただそれだけを思う。

 

『あ~~、安藤和真クン? おひさ~』

 

 しかし、無線の主は和真の決意をぶち壊すような緩さで応答した。

 背後の悲鳴や爆撃音とは対照的な声、間違いなく保坂誠也に他ならない。

 

「んがっ! なんすか久々に電話してきた友達みたいな!!」

 思わず無線の相手につっこんでしまう。

 言いながら、班長の先導で和真はコンバットフレームの試験場に向かう。

 そこにはまだ、出荷前のコンバットフレームが残っている筈だ。

 

『あっはっは! 相変わらず元気そうだねぇ~。でもうん、前みたいな余裕のない声とは大違いだ。成長したね』

 突然優し気な声色で、自信を肯定されたような安心感を得る和真。

 思わず頼ってしまいそうになり、しかしそれでは駄目だと自分を律する。

 

「っ……。それで、一体何の用ですか?」

 試験場に到着した。

 コンピュータと書類を見合わせて、機体チェックを行う桂里奈と目が合う。

 

 一瞬だけ安堵の表情を浮かべるが、手に取っている無線機と、和真の表情を見て、桂里奈も何かを悟る。

 

『色々ヤバいから、手短に話すよ。さっきねぇ、バカでかい蜘蛛が京都はずれの山に現れて、それを倒しにバカでかい戦車が向かったんだよ。で、そのバカでかい戦車が抜けたせいでっこっちは地獄絵図って訳! さっきそっちにも塔が落ちて来ただろう? それ、コッチにも降って突き刺さったから敵が出てきてもうヤバいのなんの! ホントは君の自由意思に任せようと思ったんだけどねぇ~……、このままだとマジで京都突破されて大阪まで危ないから泣きついたって訳!! ま、もちろん君には断る権利がある。どうする?』

 

 落ち着いた口調だが、いつもより少し早口で話す。

 和真が保坂と言葉を交わしたのはまだ二度目で、しかも前回は和真の方があまり正気ではなかった為何とも言えないが、それなりに焦ってはいるようである。

 

 和真としても、京都が突破されて敵が大阪まで進撃すれば自分も桂里奈も無事では済まない。

 選択の余地はない。

 

「(けど、オレは桂里奈を、また一人に……)」

 

 最後の最後で、迷いが生じた。

 これは本当に妹を守る戦いになるのか?

 傍にいてやることが兄の責務ではないのか?

 万が一にも死んでしまえば、妹に一生の孤独を与えることになってしまうのではないか?

 

 そんな思いが和真の心を占める。

 

 先の保坂の言葉が本当なら、向かう先は生半可ではない戦場のはずだ。

 生きて帰れる保証は……ない。

 

 脳裏に、弟を失って憔悴する香織の姿が思い浮かぶ。

 どれほどの喪失感と深い悲しみを味わったのだろうか。

 

 自分は、妹にそれを味合わせるつもりなのか……?

 

「……お兄ちゃん。行って来なよ」

 

 歩み寄り、滅多に見せない優しい笑顔で肩を叩く。

 

「桂里奈……」

 

「お兄ちゃん、ずっと悩んでたでしょ? 無理してるのバレバレなんだから。あたしは、もう大丈夫。今は直子さんも茉奈ちゃんも、香織さんも徳河さんもここにはいるから。あと班長もね。あたしは、もう一人じゃないよ」

 

 皆の為になる事がしたかった。日本を護る為に戦いたかった。両親の仇を討ちたかった。無力な

自分を変えたかった。妹の安全を脅かす、憎き侵略者を打ち倒したかった。それと……やっぱり少しコンバットフレームに乗って敵と戦いたかった。

 

 いろいろな思いを封じ込め、和真はここで妹と過ごしていた。

 もちろん、それはそれで掛け替えのない時間であったが、心のどこかで、「こんな事をしていて良いのか、もっとやるべきことがあるんじゃないか」という焦燥感があった。

 

 特に、連日敗走を重ねるEDFを見て、一層不安になっていた。

 そんな兄の心情は、妹にはお見通しだった。

 

 それを今まで指摘しなかったのは、それも妹の甘えと兄への僅かな執着だったのだが、桂里奈は自分で気付かないフリをする。

 

「それに、日本に残るって決めた時から、あたしもお兄ちゃんも、命を懸ける覚悟はしてきたでしょ?」

 

 その言葉にハッとする。

 その通りだ。

 この国に残ると決めた時、一切の命の保証は無くなった。

 ここは既に、戦場と同義なのだ。

 

 であれば、何を今更躊躇う必要があったのか。

 

「そう……だな。オレも桂里奈も、あっさり死ぬかもしれない。でも、それを承知で、それでもこの国を離れたくなくて、オレ達は残ったんだもんな。それに、オレのおかげで桂里奈も、たくさん友達出来たしな!」

 真面目が続かなくて、少しからかう和真。

 

「……もう、茉奈ちゃんはあたしから話しかけに行ったんだよ? いつまでも人付き合い苦手じゃないんだから」

 

「そうだったか? ま、そういう事なら、安心して戦いに行けるぜ。……うっし!! ちょっくら行ってくるわ! 帰りは、ちょっと遅くなるかも知れないけど、必ず帰って来るからな! ちゃんといい子にして待ってろよ!」

 

 自分の頬を叩いて切り替える和真。

 この瞬間、和真は真の意味で覚悟が決まった。

 

 若者特有の軽そうなノリは拭えないが、自分なりの決意を新たにする。

 

「……うん。待ってるよ。いってらっしゃい」

 

 手を振って、別れを済ませる桂里奈。

 もしかしたら、これが今生の別れかも知れない。

 そんな思いを、互いに胸に秘めながら。

 

『保坂さん、オレ、行きます!! どこに向かえばいいっすか!?』

 

 こうして、和真は戦場に向かう事になった。

 これを機に、彼は最年少ながらも、正式にEDF兵士として戦場に赴くこととなった。

 

 自らの命と、唯一の肉親の安寧を懸けて――。

 

 




いやぁ~、安藤和真の事もそうなんだけど、
何気によく描写しきれてなかった細かい設定や戦況の推移など考えてしまったので文量が相変わらず多いですね!

で、ここで終わってもいいんだけど……タイタンが去った後の戦場と、そこに安藤和真のコンバットフレームが来るシーンを書きたくてな……。

なので多分、幕間1 安藤和真 は次でやっと終わります!
マジでこんな長くなる予定無かったのでビビってます!
では~~


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幕間1 安藤和真(Ⅴ)

体調不良で延期していた上、期日に間に合わなくて申し訳ないです……。
しかも「次で最後」と言ったのに、予想以上に長くなったので結局二分割しました。
終わる終わる詐欺みたいになってる……。


――2023年4月1日0:45 京都府京都市 京都南インターチェンジ付近――

 

 最初のアンカー落下から約45分後。

 バゥ・ロード出現前ではあるが、現場は激戦の様相だ。

 

『全車傾注ッ! 塔から現れた巨大生物が梯団を形成して向かってくる! 全車移動開始! 迎撃するぞ!』

 ジャベリン戦車大隊の指揮官、土橋大尉が号令する。

 それに呼応して、ジャベリン、キーパー、レガシーの三個中隊の戦車21輌が一斉に移動する。

 

 その向かう先には、砂煙を上げてこちらへ向かう巨大生物の梯団が確認できた。

 

『あそこに友軍はいない! 火の海にしてやれ! 行くぞ……撃てぇぇーー!!』

 ギガンテス戦車21輌が、一斉射撃を行う。

 爆発があたりを彩り、死骸の一部が宙を舞うのが見える。

 が、それを物量が上回る。

 

『クソ、数が多い……!』

『こちらキーパー1! 我が中隊、残弾微少!!』

『こちらレガシー、同じく! 補給が必要です!』

 

 ジャベリン大隊も戦闘続きで、燃料や弾薬が枯渇していた。

 だが、下がれば巨大生物の侵入を許し、防衛線は内部から崩壊する。

 

 ――現在、京都防衛線は紆余曲折を経て、京都南IC付近で部隊をほぼ一直線に展開し、防波堤に打ち付ける波のごとく迫るフォーリナーを押しとどめて居た。

 そしてその中核を担っているのが――

 

『タイタンよりジャベリン大隊へ。そちらにレイクエム砲の援護を行う。誤爆に注意せよ!』

『ジャベリン了解! 派手なのを頼むぜ!!』

『ふっ、任せておけ!! レクイエム砲、目標変更! ジャベリン大隊前方700の巨大生物梯団! ってぇぇーーー!!』

 

 タイタン車長、権藤少佐の声で、レクイエム砲が放たれる。

 まるでレーザーのような閃光を描き、電子励起爆薬セレウコスを搭載した砲弾が巨大生物の群れに直撃し、衝撃と共に炎の塊を巻き上げる。

 

 数十の巨大生物が一度に宙を舞い、塊で進んでいた巨大生物は種類にかかわらずその数を大きく減じた。

 

『こちらタイタン。別の場所から要請だ、後は頼む』

『こちらジャベリン、助かった! よし、各車! 散開して残敵掃討だ! 大半は吹っ飛んだとはいえまだ数は多い、油断するな!』

『『了解ッ!』』

 

 ギガンテス戦車は各自履帯と砲塔を動かす。

 爆発を受けて分散した巨大生物を各個撃破する。

 巨大生物は単体では御しやすい存在ではあるが、油断していると思わぬところで後ろに付かれたりするものだ。

 

 一方タイタンは、戦場の中央、最も激戦区に身を置き、盾と矛の役割を中心的にこなしていた。

 

「戦車長! レンジャー11から砲撃要請! ヘクトルの処理が追い付かないそうです!」

「γ型多数飛来ッ! ドーントレス、対空砲弾に切り替えろ! 迎撃用意!」

「副砲は正面のダロガを援護砲撃! 砲弾は限られてる、外すんじゃないぞ!!」

 

 通信手、戦術長、砲術長がそれぞれ部下に指示する。

 このタイタンは戦車長、副戦車長、砲術長、砲手三名、戦術長、機銃手六名、機関長、機関士二名の合計16名が乗り込んで動かしている。

 機構も複雑で、各員高度な連携を求められるため、通常の戦車と違い役割ごとの指揮官が必要なのだ。

 その様は、まさしく陸の戦艦だ。

 

 そこにレイドアンカーから湧き出たγ型が、大量にその腹部の照準を向けながら向かっていく。

 しかし、針の発射よりも早く、タイタンの各所に設置されたUT7ガトリングガンと、ドーントレス重機関銃が迎撃する。

 一方地上では迫りくるダロガを巨大生物ごと120mm徹甲榴弾が射撃する。

 

 それに、数を大きく減らしたヴァーミリオン中隊六輌の追加砲撃と、レイジボーン中隊のハンドキャノンの砲撃も加わり、ダロガも次々と撃破されていった。

 

 レンジャー11の要請が承認されたことにより、同小隊はヘクトルの群れから遠ざかり、そこにレクイエム砲が直撃すると、爆炎と共にヘクトルは体を四散させた。

 

 そして、攻める暇のないレイドアンカーを、運河内部に侵入したアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦エウリポスと、アクティウム級対地戦闘艦パトラスの二艦とエアレイダーが連携して攻撃する。

 

『よーしエウリポス、レーザー照射開始。ライオニックを30発程頼むよ。なぁにこっちは大丈夫、気にせず全弾発射しちゃって~。パトラスちゃん? そっちにはビーコンを打っておいた。照準連動で精密砲六発お願~い』

《よし! ミサイル駆逐艦エウリポス了解!! ライオニックミサイル発射管開け!!》

《こちら対地戦闘艦パトラス了解!! 127mm精密速射砲、ファイアッ!!》

 

 プレアデス小隊のエアレイダー保坂少佐の気の抜けた命令に従って、それぞれの駆逐艦から火力が放たれる。

 最初に着弾したのは、パトラスの放った127mm砲弾だ。

 ビーコン連動によって放たれた誘導砲弾は、寸分違わずレイドアンカーの結晶部に命中する。

 一発毎に結晶部の破片が飛び散り、徐々に大きくヒビが入る。

 六発目、ついに結晶部は限界を迎え爆散、いかなる原理か、塔の基部ごと崩壊する。

 

 一方エウリポスからは30発の艦対地小型ミサイル”ライオニック”が艦尾発射管から次々と放たれる。

 放たれたライオニックミサイルは、エアレイダーのレーザー照準器と連動するモードになっていて、リアルタイムの照射点目掛けて放たれていく。

 照射点――すなわちレイドアンカーの結晶部に向かって、等間隔でライオニックミサイルが叩き込まれていく。

 

 同時に、結晶部から巨大生物が多数現れ、最も近くにいたプレアデス小隊へ向かう。

 

「ちっ、隊長! さっさと距離を取らんとマズいですぜ!」

 まだ距離があるとはいえ、巨大生物群は保坂たちに一直線に向かっている。

 

「まだ移動は出来ないよ。危険だけどココで迎撃だ! みんな頑張って~!」

 保坂はまだレーザー照準を続けている。

 

「ああもう! この数、私たちだけでどうにか出来ないわよ!?」

 グレイプ装甲車の運転手、宮藤軍曹が上面のUT7ガトリングガンに取り付き、射撃する。

 その弾幕で、α型とβ型を一瞬で蜂の巣に変える。

 が、甲殻の厚いα型亜種と、一瞬で近づくγ型を取り逃がす。

 

「空の敵は任せろ!」

「こっちはあの赤いのだ!」

 エアレイダー随伴歩兵の数人が、それぞれ散弾銃ガバナーと、狙撃銃ストリンガーJ1で迎撃する。

 

 その間、ミサイルを叩き込まれ続けたレイドアンカーの結晶部がようやく爆発した。

 

「ようし! じゃあ残った分は、っと」

 保坂少佐はレーザー照準器を巧みに操り、空中のγ型にミサイルを向かわせた。

 

「針が来るぞ! 避けろッ!」

「うわ、やばいッ!」

 γ型の腹部から針が射出される瞬間、思わず手で防御した宮藤の目には、ライオニックミサイルが次々と空中のγ型に直撃し、四散する姿が見えた。

 γ型を全滅させると、ミサイルはそのまま複数が地上にも降り注ぎ、湧き出ていた巨大生物を纏めて爆破した。

 

「ふぅー。なんとか間に合った、って感じかな」

 友達との待ち合わせにギリギリ間に合ったような声を出し、保坂はグレイプの宮藤に声をかけた。

 

「……ホントに。もうちょっとで串刺しでしたよ~。少佐を置いて行けばよかったと後悔しかけました」

「手厳しいねぇ~」

 

 言いながら、各員グレイプに乗り込み発進し、保坂は無線を開く。

 

『あ~もしもし? 海軍サン? 狙った塔は撃破した! まだ弾は残ってるかな?』

《こちらパトラス! 砲弾は十分にある! 激戦区のレイドアンカーは全て我々が落として見せるぞ、エウリポスも同様だ! ところでスカウト2、塔はあとどれくらいある?》

『こちら、スカウト2。反応中のレイドアンカーは残り三基! ですが……』

『分かってるよスカウト2。三基を破壊したところで、その周囲にアンカーがあれば反応する。まっ、全てのアンカーが反応して一斉に襲ってくる仕様じゃなくてよかったじゃないか! どういうつもりなのかは知らないけど』

 

 保坂少佐の言う通り、落下した全てのアンカーから敵が集中している訳ではなかった。

 フォーリナー全般の性質の例に漏れず、積極的な移動も攻撃もしない状態、所謂”待機状態”の巨大生物を周囲に放出し、定数に達すると放出を止めるのだ。

 つまりこちらから攻撃する・感知範囲内に接近・感知範囲内の敵を攻撃、のいずれかの状態になるまで脅威的ではなくなる。

 

 先制攻撃でアンカーごと破壊できれば殲滅は容易いのだが、軍艦単独の砲撃やミサイルではアンカー結晶部を正確に攻撃する事は出来ず、エアレイダーの誘導が必須となる。

 

 航空爆撃も同様に、高速飛行しながら一点精密攻撃は難しいのと、火力の面でアンカーを速やかに処理する事は出来ない。

 結晶部は頑強で、戦車砲クラスの火力の一点集中射撃でないと破壊できない上、周囲の巨大生物も同時に処理する必要がある。

 

 ここまで既に周囲のレイドアンカー九基ほどを破壊したEDFだったが、状況はまだ好転してはいない。

 

『スカウト2、とにかく残りのアンカーの座標を転送よろしく。地上部隊は手前の軍勢を押さえるので精一杯らしいからねぇ。アンカーはコッチで――』

 保坂少佐の言葉を遮って、本部からの緊急通信が割り込んだ。

 

《――本部より全戦闘部隊へ!! 演習場跡にβ型超巨大生物が出現した! 個体名、バゥ・ロード! 奴は欧州戦線を蹂躙している個体と同種のものと思われる! 奴をこのまま野放しには出来ない。地上部隊を援護している戦艦を含め、全砲戦力を結集して奴に一斉砲撃を加える! 地上部隊はタイタンを中核とし、引き続き防衛線を維持しろ!!》

 

 本部からの指示により、アンカーに砲撃を加えていたエウリポスとパトラスも引き上げてしまった。

 二艦は駆逐艦クラスである以上、ここから40km程離れたバゥ・ロードへの砲撃には参加できないが、彼らの盾となっていた戦艦ポセイドンが離脱してしまったので引き返すしかなかった。

 むろん彼らはここに留まり地上部隊の援護を懇願したが、バゥ・ロード撃破に尽力したい本部の許可は下りなかった。

 

――第88レンジャー中隊 第一小隊”レンジャー1”――

 

「そんな! 海軍の砲撃が無いとレイドアンカーを墜とせないぞ!」

「無限に増え続ける敵を相手にするのか……!?」

「くそっ、レイドアンカーはどこにある!? 隊長! アンカーを破壊しに行きましょう!」

 レンジャー1の歩兵たちが口々に叫ぶ。

 

「いや、一個一個潰しまわってる余裕はないよ。一斉砲撃で超大型種が倒せたら、海軍もまた援護に回ってくれるだろうし、それまでここで粘るしかないね」

 レンジャー1小隊長にして第88中隊長の結城大尉が落ち着いて答える。

 

「イエッサー! さすが隊長! 落ち着いておられる!」

「アンカーが降ってきても動揺しなかった人だぞ? ったく何をやったら驚くのか……」

「おい! そんな事言う前にアイツを倒せ!! 歩行戦車が来るぞーー!!」

 レンジャー1兵士たちが口々に叫ぶ。

 

「よぅし。レンジャー3、プロミネンスだ! 歩行戦車を頼んだぞ!」

 レンジャー1小隊長にして、第88中隊長の結城大尉が命令を下す。

 

「レンジャー3了解!! ミサイル、射撃用ォー意!!」

「「イエッサー!!」」

 レンジャー3指揮官、堀岡中尉の命令で、五人の陸戦歩兵が携行対戦車ミサイル”プロミネンス”を構える。

 スイッチを高高度強襲(トップダウン)モードに切り替え、敵歩行戦車ダロガを照準内に捉えると、ロックオン完了の電子音が鳴る。

 

「ファイアーー!!」

 堀岡中尉の放った号令で、一斉に引き金を引く。

 プロミネンスミサイルは放たれたと同時に上空へ高く上ると、反転し急降下。

 ダロガの触覚が青白く光ったのと同時に、対空レーザーが放たれて二発が迎撃される。

 残りの三発は見事ダロガの脳天へと爆発を叩き込むが、ダロガは黒煙を上げるのみで健在だった。

 

「ちぃっ! 仕留めきれねぇか!! 砲撃が来るぞ!! 距離を取れッ!!」

 レンジャー3指揮官の堀岡中尉が叫ぶ。

 次の瞬間、プロミネンスによって減った二本の触覚から青白い粒子砲弾が連続で放たれる。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

「ぐっ、被弾しました!」

「くそっ、二人やられた!!」

「おい、大丈夫かァーー!?」

「撤退しろ! そんなスーツじゃ持たない!!」

 

 ダロガの砲撃によって一人が戦死、一人が重傷を負った。

 だが、ダロガは構わず距離を詰めて今度は下部機銃を回転させる。

 

「くそっ、機銃が来るぞぉーー!」

「大丈夫。ダロガは黒煙を出してる。もう撃破できるよ」

 慌てる部下の間をすり抜けて、結城大尉は狙撃銃KFF-60LSを構え、引き鉄を引いた。

 

「大尉を援護しろ! 撃てぇぇ!!」

「うおおおぉぉぉ! 死ね、死ねえぇーー!!」

 レンジャー2の荒瀬軍曹と馬場伍長も攻撃し、やがて機銃の射撃が始まる前に、ダロガは崩れ落ち、爆発した。

 

「ふう。何とかなったね。ありがとうレンジャー2。さて、まだ来るよ。迎撃を――ん?」

「なんだ、この音……」

 

 ひと段落ついたと思ったところで、何か空を裂くような音が聞こえた。

 バゥ・ロードへの一斉砲撃は先ほどの戦闘中行われていたのでそれではない。

 音のする方角を結城大尉が見ると、空を覆う程の大量の糸が飛んできていた。

 

「まずいな。何本かここに落ちてくるぞ。とはいえどうしようもないな。僕たちは目の前の敵を迎撃しよう」

「平常運転過ぎませんかねぇ!?」

 部下のつっこみも無視して迫る巨大生物群を迎撃する。

 

 直後、凄まじい轟音と共に糸の落下が始まった。

 

『なんだあれは!? 糸!? 巨大な糸だぁーー!!』

『こっちに来るぞ! まずい!!』

『うわああぁぁぁぁッ!!』

『本部、本部! 隊長がやられた!』

 

「ぐっ、凄い揺れだ!!」

「下手な地震より大きい衝撃だぞ!」

「怯むなッ! 大尉の言う通り、俺達は地上の敵を迎撃するしかないッ!!」

 レンジャー1兵士を荒瀬軍曹が鼓舞する。

 幸い糸は88中隊に直撃はしなかったが、たった数本の糸で少なくない味方が犠牲になった。

 その上。

 

『おい! 糸に近づくなぁ! 酸が、酸が噴き出してくるぞぉーー!』

『まずい! ここから逃げろ! 後退、後退だぁー!!』

『おい勝手に動くな!! まずい、巨大生物が、ぐっ、ぐぁぁぁぁ!!』

『撃て、撃てぇぇーー! ここを通すな!!』

『誰か、誰か!! 援護に来てくれ――ぐああぁぁぁ!!』

『くそォ! しみ出した酸に履帯がやられて!! 羽音が……おい逃げろ! γ型が来るぞ!!』

 

 巨大な糸から染み出た酸によって、陣形を破壊されてしまった。

 防衛線内部に敵が侵入し、阿鼻叫喚の様相となる。

 

「ちょっとまずいね。ストーク11の方が被害甚大だ。援護しに行こうか!」

「でも隊長! こちらの巨大生物は!!」

「もちろん無視はしないよ。レンジャー2、頼めるかい」

『いや、ここはタイタンに任せて貰おう! レクイエム砲の射撃を行う! そこから退避しろ!』

「なんと。それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうか!」

 レンジャー1から6の小隊から成る88中隊は、そこから移動を開始し、その背を追ってくる数十体の巨大生物群に向けてレクイエム砲を放った。

 

 瞬間、その場所は巨大な火球に包まれ、巨大生物は纏めて爆散した。

 僅かに範囲外にそれたγ型は、タイタンの付近に陣取るブルージャケット隊によって残らず叩き落された。

 

『すまないね。助かったよタイタン、ブルージャケット』

 結城大尉が礼を言うと、中隊の皆も口々に褒め称える。

 

「すげぇ! さすがタイタンのレクイエム砲だ!」

「レクイエム砲さえあれば、フォーリナーなんて敵じゃないぞ!」

「アンカーはまだ健在だが、こっちにはタイタンがいる! この戦い……勝てるぞ!」

「タイタン量産の日には、フォーリナーなんてあっという間に全滅させてやる! 分かったか侵略者どもめ!!」

 

 タイタンの活躍に沸く兵士たちだったが、直後に状況は反転する。

 

《こちら、作戦指令本部。戦艦群の一斉砲撃は、敵超大型個体バゥ・ロードの極大放射によってほとんどを迎撃され、その後に行った航空攻撃も失敗に終わった。よって作戦を、タイタンのレクイエム砲近距離連続射撃での撃破に切り替える! タイタン、即時移動開始せよ。各員は、引き続きその場で戦闘を継続、フォーリナーを殲滅せよ!》

 リヴァイアサンの仮設本部にいる榊司令の声の後に、タイタン戦車長権藤少佐の声も続く。

 

『こちらタイタン。皆、すまない。タイタンは超大型個体撃破の為、ここから離脱する事になった。後は、よろしく頼むッ』

 

 言い終わるのを待つことなく、タイタンは射撃を中止して移動を開始した。

 

「なに!? タイタンが行っちまうのかよ!? くそ、タイタン無しでこんな戦場どうやって生き残ればいいんだ!?」

「巨大生物が来るぞォーー! まだ塔も残ってるってのに、くそーー!!」

「くそ、本部の奴、俺達を見捨てたのかよ……! 遠くにいるデカいのを倒せれば、後はどうでもいいっていうのか!?」

「俺達は捨て駒なのか!? くそぉーー!!」

 

 兵士たちは口々に罵るが、実は彼らはまだEDF入隊暦は浅く、若い兵士たちだった。

 一方古参や根っからのEDF兵士たちは。

 

「タイタン、バゥ・ロードを頼んだ。よし、俺達はやれる事をやるぞ!」 

「デカい生物にはデカい戦車ってかァ? つり合いが取れていい事じゃねェか! で、ちっこいオレ達はザコ敵の相手っと」

「タイタンが居なくなったのは心細いですけど、やれるだけやるしかないですからね」

「姿は見えねーけど、どのみちあのクソデケー糸の主は放置できねぇだろうからなぁ!」

 

 荒瀬、馬場、千島、鈴城の四人や、それと同じように歴戦の皆は覚悟を決めていた。

 本当の地獄が、ここから始まったのだ。

 




主人公全く出てこないですが、こういうEDFのいろんな部隊が出てくるの好き……。
欲を言うならもっと航空機部隊やヘリの描写も書きたいのですが、なかなか入れる隙間なくて……。
あと地味にコールサイン考えるのが面倒な時はありますねぇ。


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幕間1 安藤和真(Ⅵ)

立て続けに投稿します!


 

――約一時間後 4月1日 2:00――

 

 

『こちらスカウト1! 周辺のアンカーから巨大生物第12波が出現! α型260、α型亜種120、β型220、γ型80体です!』

『こちらゲイザー1、我々が砲撃で数を減らす! 全車移動開始、前線に出るぞ!!』

 絶える事のない激戦の中、更に迫りくる巨大生物群に対し、155mm自走迫撃砲”ブラッカー”13輌が走り出す。

 

『行くぞ! 砲撃開始ッ!!』

 主砲を上の方に向けて低初速の砲弾を打ち出す。

 砲弾は放物線を描き、巨大生物群の真上から炸裂する。

 13輌から次々と砲弾が放たれ、死骸が爆炎と共に吹き飛ぶが、奴らは進撃の速度を緩めない。

 

『アンモナイト、ネグリング全車、撃ち方始めェ!! 雀蜂を叩き落せぇッ!!』

 稲荷山の第一対空砲兵群の生き残りたちが一斉に対空砲を上に向ける。

 そしてγ型に向けて対空砲とミサイルの弾幕が注がれた。

 

『少しづつ後退しながら撃て! とどまっていると針にやられるぞ!』

『来るな、来るな来るなァーーッ!!』

 無数のγ型に対し濃厚な対空砲弾の弾幕が張られ、空中で炸裂した砲弾により多くのγ型がその身を千切られて飛散する。

 が、それを潜り抜けて針を打ち出す個体が現れる。

 

『ぐあああぁぁぁ!!』

『六号車爆散! くそぉー!!』

『ネグリング! ミサイルを打ち尽くしたら後退しろ! 大きな図体では――ぎゃああ!!』

『ヴィクター中隊各機! 前に出るぞ! 対空部隊を援護する!』

『こちらフェンサー・ゾディアーク中隊! 我々は地上の巨大生物を押さえる! 各員中近距離戦用意! 行くぞ!!』

 雨の様に針が降り注ぐ地獄の戦場に、ミサイルガン仕様のニクス部隊ヴィクターと、デクスター自動散弾銃で武装したゾディアークが対空砲部隊と代わり、前に出る。

 

『巨大生物接近!』

『来るぞォ、正面だ! 撃て!!』

『うおおおぉぉぉ!! この下等生物共めぇぇ!!』

 フェンサーのゾディアーク中隊が、一斉に散弾銃で弾幕を張る。

 しかし甲殻の硬いα型亜種と、跳躍するβ型に間を抜けられてしまう。

 

『しまった、い、糸が! ぎゃああ!!』

『落ち着け! フェンサーの装甲なら……何!? ぐぁ! すごい数だ!! ぐあああぁぁぁぁ!!』

『くそ! 援護だ! 砲撃支援が必要だ! この数は抑えきれない!』

『フェンサー! そこをどけ! ここは俺たちの出番だ!!』

 

 苦戦するフェンサー部隊に代わったのは、ニクス・グレネーダーに乗るウィスキー小隊だ。

 

『エクスプロージョンを使う! いっけぇぇーー!!』

 対地面制圧に特化したグレネーダー仕様のニクスは、肩部の拡散グレネード射出器”エクスプロージョン”を放った。

 広範囲にばら撒かれたグレネードは、多くの巨大生物を撃破した――が。

 

『こちらシルフダンサー!! 右翼の戦車部隊が壊滅した! 砲兵のヘクトルがそちらを狙っている!』

 ウイングダイバー部隊からの通信だ。

 見ると大型のプラズマキャノンを装備したヘクトルが、ウィスキー小隊を狙っていた。

 

『まずい! 全機退避!』

『りょうか――ぐわッ!! しまった! 脚をやられた! うごけない!!』

『い、糸が絡みついて!! きゃああぁぁぁ! 喰われる、喰われるぅ、助けてぇぇーー!!』

『ちくしょう! γ型が多すぎる!! 対空部隊は何をやってるんだ!!』

 漏れ出てきたγ型の針や、β型の大量の糸に絡めとられ、身動きが出来ない機体が二機。

 

『脱出だ! PAギアを装備して脱出しろ!』

『だめだ、周りは巨大生物だらけで――!!』

『くそ! 二人付いてこいッ! 救出するッ!!』

 ゾディアーク中隊のフェンサーが三人救助に向かった。

 だが間を置かず、プラズマキャノンが着弾し、青白い閃光と赤黒い爆炎があたりを包み込む。

 

『うぅっ、どうなった……!!』

『一人、救助しました……、ですが、爆発に巻き込まれてニクスパイロット一人、フェンサー二人が死亡しましたッ……!』

『クッ、悔いる暇はない! とにかく戦線を立て直すんだッ!!』

 無茶な救助は、時に犠牲が多く生まれる事もある。

 

 一方ゾディアーク中隊の別方面ではα型類やヘクトルも猛威を振るう。

 

『おい後ろだ! 後ろに回られた! 誰か!』

『ぎゃああ!! 腕が、溶けるっ、くそ、フェンサーの装甲を貫通するのか……!』

『それだけ消耗しているんだ! もう限界だぞ!』

『こちらダイバー、シルフダンサー! こっちの部隊はほぼ壊滅だ! 貴隊への合流を希望する!』

『こちらフェンサー、ゾディアーク! こちらも半数がやられた! 共同して戦った方がよさそうだ!』

『了解! ただヘクトルはどうする? 我々の装備では太刀打ちできそうもない!』

『ランドガルドよりシルフダンサー! ヘクトルは我々が何とかしよう! ランドガルド2、近接戦闘だ! いけるか!?』

『了解した。ゆくぞ皆の者、剣の錆にしてくれようぞ!!』

『オオオォォォォォーーーッ!!』

 フォースブレードを装備する武人、太斎中尉達ランドガルド2がヘクトルに挑みに行く。

 それを月島大尉や棚部中尉達が援護する。

 一方シルフダンサーとゾディアークは合流したが、他の場所でも多くのほころびが増え始める。

 

『こちら戦車中隊ウォートホッグ!! 随伴歩兵の被害甚大! 我々も壊滅の危機だ!』

『くっ、我々はまだ戦える! 行くぞ! 戦車中隊守れ! 彼らがいないとヘクトルやダロガに対抗できない!』

『もう、無茶しないで! 援護するこっちも大変なのよ! ルナティックレイのみんな! 私たちはγ型をやるわよ! もう4人やられてるから、とにかくエネルギーに気を付けて、脚を止めちゃだめ!!』

『畜生巨大生物共め!! しまった! ダロガがいるぞ!! ぐああぁぁぁ!!』

『くそ、戦車部隊! ダロガをやれ! 巨大生物はこっちで……う、うわぁーー!!』

『隊長! くそ、隊長が喰われた!! ちくしょう!!』

『っとぉ、どこもかしこもヤバい事になってるねぇ~。ホエール? まだ生きてるかい? よし、ビーコンに150mm単装砲の連続射撃、頼んだ! ダロガが来てるから迎撃に気を付けてね~~』

 凄惨な戦場と場違いな言葉が無線で流れ、グレイプから軽い身のこなしで現れた保坂少佐は、ダロガ三機にビーコンを射出した。

 

『了解!! これが最後の支援になる……150mm単装砲、ファイアッ!!』

 戦車砲以上の巨砲が大型航空機から放たれる。

 重力加速度を加えた砲弾の速度は更に戦車砲以上の速度でダロガの脳天に突き刺さる。

 強力な爆風と衝撃波が周囲に散るが、まだ健在なダロガに向けて更に追撃が何度も降り注ぐ。

 ビーコンにより精密誘導をされてくる砲弾は一発も外れることなく三機のダロガに命中し、初撃で照射装置を破壊されたダロガは迎撃する事もままならず、全機が成すすべなく崩れ落ち、爆発した。

 

『こちら、DE-202。全ての砲弾を打ち尽くした。機体の損壊も激しい為、此度はもう戻ってこれそうにない。すまない……あとは任せたぞ、地上の戦士たちよ!』

『いいっていいって。十分助かったよ相良機長。後味悪いから、ちゃんと無事に帰ってくれよ?』

『ふっ、当然だ』

 

 保坂の軽すぎる口調にも気することなく、ホエール攻撃機は帰投していく。

 ホエールは機体各所につけられた対空機銃を使ってガンシップを迎撃しながらの支援をしていたのだ。

 ”空の要塞”と称されるほど頑強な構造のおかげで簡単に墜落には至らないが、それでも相当の危険を冒して迎撃に当たっていた。

 

『こちら、補給第七隊!! γ型の攻撃を受けている!! このままでは補給物資が全滅する! 誰か援護を!!』

『こちらグリムリーパー。その場所は我々が最も近い。援護に向かう、持ちこたえろ』

『死神部隊か! ありがたい!!』

 極東第一工廠からの補給部隊の護衛に、漆黒のフェンサー、グリムリーパーが向かった。

 

『こちらレンジャー1結城! アンカーから新たな巨大生物の群れを発見! プレアデス、面制圧は可能ですか?』

『こちらプレアデス。残念だけど指揮する砲兵も空軍も残っていないねぇ。東の方で大規模な空戦があったらしくて、戦力になる空軍機も弾薬も残ってないんだってさ』

『そうか、それは残念ですね。了解しました。こちらで対処いたします!』

『うん、お願い。あぁー、待って、今通信が入った。そちらに回すよ』

 保坂少佐と結城大尉が非常に落ち着いたやり取りを行う。

 とても周囲で人が死にまくっている激戦区にいるとは思えない落ち着きぶりだが、そこにもう一人通信に割って入った。

 

『こちらエアレイダー、スピカ!! 南丹市の方は何とか片付けたわ!! 生き残ったブラッカー小隊達といっしょに今向かってるから、なんとか持ちこたえなさい! けど道中にも敵が多くて、すぐには向かえないの! 先にネレイドを先行させてるから上手く使いなさいな!! 残った砲兵のデータは今プレアデスに送ったわ! 砲弾はまだ少し残ってるから、ちゃんと役立てなさいよ!!』

 こちらはこちらで子供と聞き違えるような甘ったるい声で、しかし真っ当な軍人の様に声を張り上げて話す。

 

『おお~、深雪ちゃん、助かるよ。結城大尉、そっちはどうだい?』

『こちら結城! 巨大生物の群れと戦闘を開始した! 少々無茶でも構わない、支援砲撃をしてくれると助かります!』

『了解了解~~。んじゃ、砲兵借りるよ?』

『早くしなさい!! 死人が増えるわよ!!』

 テンションの差の激しい三人がやり取りをして、やがて期待通りギリギリの砲撃があたりに降り注ぐ。

 

「うおおおぉぉぉッ! なんてギリギリの砲撃だよ!! 死んじまうって!」

 馬場が大げさにビビりながらも、砲撃を抜けてきたβ型の跳躍を狙い、しっかり迎撃する。

 

「プレアデスの保坂少佐か……! あの人の要請には毎度毎度肝が冷える」

 荒瀬軍曹が珍しく愚痴のようなものを零すが、

 

「いや、今回頼んだのは僕だよ。危険だったけど、あの大群を相手にする余裕は今の僕たちには無かったからね」

 結城大尉が答えたのを聞いて、荒瀬軍曹も無意識に背筋を伸ばした。

 

「はっ! そうでしたか、失礼しました!」

「アタシは派手な爆発で吹っ飛ぶ蟻共を間近で見るの好きだけどな~」

「そ、それより生きた心地がしませんでしたよ……」

 

 それぞれのどうでもいい感想を述べつつ、たった四人となったレンジー2は確実に敵を撃ち倒していく。

 

 少しは状況は良くなったが、それも一瞬の話で、際限なくアンカーから湧き出る敵に、他の陸戦部隊は苦戦を強いられていた。

 アンカー破壊に注力したいところだが、そこそこ距離が離れているのもあって手を出せず、先ほどから戦艦群が新たに広範囲砲撃を行っているのだが、アンカーに集中して破壊するのは難しいといった状況だった。

 そんな中、榊司令からの無線が届く。

 

《本部より南ICの戦闘部隊へ! 偵察部隊によってアンカーの稼働状況と、要撃破数の割り出しに成功した! 部隊を再編成し、アンカー破壊へ迎え!! 主力部隊は河を越えて桂川PA(パーキングエリア)まで後退し、そこを中心に部隊を円陣に展開し迎撃せよ! アンカー破壊はエアレイダーの指揮する駆逐艦を中心にジャベリン戦車中隊で行い、護衛としてレンジャー2、シルフダンサー、レイジボーンが同行しろ。アンカー破壊要数は七つ! 速やかに作戦を遂行せよ!!》

『『了解ッ!!』』

 

 全部隊が一斉に動く。

 

『桂川まで撤退だ、急げ!』

『おい馬鹿、射撃を止めるな! ぎゃああぁぁぁ!』

『隊長! 巨大生物が多すぎて撤退できません!』

『とにかく撃て! 撃ちながら乗り込めッ!』

『くそ、撤退の前に蜂共をどうにかしないと!』

『こちらゾディアーク! γ型はデクスターの弾幕で押さえておく! 早く行け!』

『イエッサー!!』

『こちらグリムリーパー! 殿は我々が務める! 歩兵部隊、先に行け!』

『こちらスプリガン! 南の方は我々が押さえよう。行くぞ、グリムリーパーに後れを取るな! 我々こそが一騎当千の精鋭であるという事を歩兵と下等生物に知らしめろッ!!』

 二個精鋭部隊の活躍で、流入する巨大生物は圧倒的に減っていく。

 が、それでも被害は甚大で、この状況でアンカー破壊部隊を抽出する事は難しかった。

 

『くそ、戦力が……戦力が足りない!』

『コンバットフレーム部隊の被害が甚大だ! 早く次の機体を持ってきてくれ!』

『保坂少佐! このまま我々が抜ければ大きな戦力低下になります! どうにかして少しでも敵を減らせれば……!』

 地獄のような状況に、荒瀬軍曹が保坂少佐に声をかける。

 保坂少佐は少し考え、ある案をひらめき、無線をオフにして荒瀬軍曹に声をかける。

 

「戦力……あるよ。とびっきりのヤツがね。だいぶ奥の手だったけど、もうどうやら使うしかなさそうだ。君さぁ、確か仙崎君がまだ民間人だったころ、銃を渡して戦わせていたそうだね?」

 保坂少佐に思いもよらない事を話されて、珍しく驚く荒瀬軍曹。

 

「っ! なぜ、それを?」

「さぁね? 僕は普通のエアレイダーとちょっと違うからねぇ。で、僕も今から似たような事をやろうって訳さ。なぁに非常時さ。君ならその必要性が分かるだろ?」

「それは……」

 荒瀬軍曹は口ごもる。

 彼とて民間人を巻き込むのは賛成ではない。

 

「僕もね、できれば彼の自由意思に任せたいとおもったんだけど、まぁ事ここに至ってお願いすれば、ほぼ自由意思みたいなもんだろ?」

「どうせ断れない、という事ですか……」

 断れない事を分かっていて、強制的に選択肢を選ばせることは、自由意思と言えるのだろうか。

 

「そりゃそうさ。僕らが全滅すれば次は大阪だからねぇ。彼が死にたくなかったり、周りの人を死なせたくないと思うなら、選択肢は自ずと見えてくるだろ? ま、色々グレーだから、榊司令には黙っておいてくれよ。五年前から親しい仲なんだろう?」

 

「貴方は……、一体何者なのですか!?」

 荒瀬軍曹は二度目の驚愕を浮かべる。

 五年前と言えば、荒瀬軍曹の降格に繋がったディラッカ事変。

 だが、自分と榊司令の関係は、そう多くの人間が知る事ではない。

 だとすれば、彼もまた、一般の指揮系統とは別の思惑で動いている事になるが……。

 

「あはは。そんなの教えると思うかい? とにかく僕は凄腕のコンバットフレームパイロットを呼ぶから、着いたら僕らもすぐに移動開始だ」

 そういうと、保坂少佐は移動と連絡の準備をする。

 

「しかし、たったコンバットフレーム一機など」

「たかが知れてるって? 安心しなよ。それの度が超えてるから彼は。この戦いで生き残れば、英雄間違いなしだ」

 そう言って、保坂少佐は微笑む。

 その笑顔が荒瀬にとって少し不気味に映るのは、得体のしれない何かの片鱗を見てしまったからだろうか。

 

――――

 

 保坂少佐の真意は不明だが、とにかく彼の考えた通りに事は進み、安藤和真は戦場に来ることを了承し、コンバットフレーム輸送トレーラーに乗せられて桂川PAに向かった。

 道中、タイタンの危機を察知した和真は、強引にトレーラーからニクスを発進させ援護したが、その後問題なく皆がいる激戦区へ辿り着いた。

 

 

『保坂さん! 今着きました! ここで戦います! うおおぉぉぉーー!!』

 安藤和真の乗る赤いコンバットフレーム・ニクスレッドシャドウが現れた。

 両腕にリボリバーカノン、右肩部にロケットランチャー、左肩部に散弾砲を装備した変則型のニクスだ。

 

 高機動型のレッドシャドウにしてはかなりの重武装ではあるが、それを感じさせず巧みに操っている。

 

『よし。全部隊全速で後退だ! 敵は精鋭二小隊とそこのニクスに任せて桂川までこうたーい』

『しかし……!? なんだあの動きは!? コンバットフレームにあんな動きが……いや、了解! 後退を開始する!!』

 余りに無茶だと言いかけた別のニクスパイロットは、しかしその動きを見て考えを改めた。

 

 ヘクトルの繰り出す機銃とエネルギー榴弾を跳躍とローラーダッシュで回避し、背面に回り込んで両腕のリボルバーカノンを掃射、撃破する。

 そこに集ろうとするβ型を察知し、跳躍とロケットでの射撃を同時に行い、その場に集ったβ型を殲滅。

 迫るγ型には肩部の散弾砲をお見舞いしたが、ややオーバーキル気味であると悟った和真はリボルバーカノンの単発射撃に切り替える。

 

『ったく無駄弾使わせやがって! 蜂ごときこれで十分なんだよっ!!』

 

 しかしまだヘクトルやダロガ、ガンシップなど、巨大生物以外も多く残っている。

 戦域の全ての戦力が集中しているので、ここで殲滅出来れば完全勝利となるはずだが。

 

『さすがに数が多すぎるだろ……! それでも、ここを抜かせるもんかよ! うおおぉぉぉ!!』

 背後の大阪には妹の桂里奈や、出会った仲間たちがいる。

 そこを危険に晒すわけには、絶対にいかない。

 

 這い進むα型をリボルバーカノンで、α型亜種を散弾砲で砕きつつ、移動しダロガを照準内に捉える。

 

『そこだぁぁ!!』

 

 全武装を至近距離で一斉射撃。

 だがダロガを撃破するには至らず、触覚が青白く点灯する。

 すぐさま距離を取り、推進剤とローラーを併用した小刻みなステップで高速移動する。

 

『へっ、どうよ! 工場でテストしてるときに編み出した移動法だ! 狙いを絞れねぇだろ!』

 

 そのまま飛び上がり、上空からダロガのレーザー照射部を狙う。

 ダロガが頭上にいる和真機を検知して照射準備に入るが、

 

『遅ぇんだよマヌケ!!』

 

 二丁リボルバーカノンを一点集中射撃。

 空中で移動しながら正確無比なその射撃は照射部を貫通、内部を貫き、機構に致命的な損傷を負ったダロガは内部爆発を起こし四散した。

 

『ヒャッハァァーー! オレ、絶好調!!』 

『ふっ、それはどうかな?』

 

 渋い低音の声で思わず後ろを振り向くと、漆黒のフェンサーがヘクトルを倒したところだった。

 

『あっ、助かり、ました……』

 まったく気づいていなかったのと、急に声をかけられたので少しどもってしまう。

 

『操縦技術や技量はベテランにも引けを取らん。だが注意力や連携に難があるタイプと見た。次は死ぬと思って感覚を研ぎ澄ませ』

 

『あっ、はい、ありがとうございます……!』

 グリムリーパー隊長、岩淵大尉の助言にたじろぎながらも応答する和真。

 軍人特有のぶっきらぼうで少し圧を感じる態度は、やはり慣れないなと本人は苦笑する。

 それはそれとして、そんな軍人にベテランには引けを取らないと言われたことは純粋に嬉しい……が、あまり余計な事考えると本当に死んでしまいそうなので集中する。

 

『こちらレンジャー1結城! 桂川PAでの迎撃準備は整った! 殿の部隊はこちらまで後退せよ!』

『だそうだ。行くぞ小僧、遅れるなよっ!!』

『は、はい――いや、了解っ!!』

 

 フェンサーたちに後れを取らず、移動を開始する。

 もちろん、移動しながら追ってくる巨大生物の殲滅や、ヘクトル、ダロガの攻撃を躱す事は忘れない。

 

 ――その後、歩兵部隊数人の活躍と、タイタンのレクイエム砲によって超大型個体バゥ・ロードは撃破された。

 プレアデス小隊を中心としたアンカー破壊部隊も損害を出しつつ任務を達成し、巨大生物の増殖が収まったことと、EDF第八機甲師団が援軍として駆け付けた事により状況は大きく好転し、

 

 4月1日 午前7時30分頃、ここでの戦闘は完全に終結を迎えた。

 

「はぁ……終わっ、た……のか……。つかれた……」

 

 コックピットに居ながら、肩で息をして汗を流す和真。

 合間合間で補給を受けた時に休憩していたが、実に五時間の間戦い続けていた。

 無傷という訳にもいかず、機体を何度か交換し、被弾時の衝撃で生傷が目立つが、大きな怪我もなく戦い終えた。

 

「くそ、これが戦場かよ……ハードすぎんだろ……」

「和真ク~ン、お疲れ~。僕の期待通り、役立ってくれて何よりだよ」

 コックピットを開けると、保坂少佐が入り口まで上ってきていた。

 

「いやぁ頑張りましたよ……。これで大阪は、守られたんですよね……?」

「うん。君のおかげだ。まだ各地で散発的な戦闘が発生しているけど、それもじきに僕たちEDFの勝利で終わりはずさ。君のおかげで、大阪は無事だ。君は英雄さ」

 

「そう、か。よか、った……」

 コンバットフレームを降りようとして、再び和真は気を失って倒れてしまう。

 

「まったく。君は良く気を失うね……。よし『こちらエアレイダー保坂。鏑木、聞こえるか?』」

 無線を取り出すと、保坂は急に声色を変えて相手に送る。

 

『こちら鏑木。手短に頼む』

『パッケージ”A”を手に入れた。秘密裏に輸送を頼む』

『所属は?』

『イオタチームがいいだろう。手元に置いておきたいとはいえ、戦争が終わるまで活躍して貰わないと困るからな』

『了解。すぐ向かう』

 

 数分後、EDFのジャガー高機動車がやってきて、気絶した安藤和真を乗せて走り去った。

 

「あの……、これで本当にいいんでしょうか……?」

 グレイプの運転手、宮藤が去り行くジャガー見てつぶやく。

 

「ああ、必要な事だ。それに、やってることはEDFと変わりない。今は地球を護るのが最優先だ」

「でも私、今でも……」

「そこから先はまだ言うな。君の父の研究は、この戦争には必要不可欠だった。それは間違いない。だが、このままいけば世界は誤った方向に向かう。それを防ぐのが、我々の役目なのだよ」

「……本当に、戦争は終わるんでしょうか?」

「それは間違いない。”博士”の解読した”ファティマ第三の予言”によると、人類の滅亡はそれより先、人類同士によって起こる。その過ちは、もう始まっているのだから……――さ、長い戦闘で疲れただろう? 僕らも戻ろう。あまり長居していると不自然だからね」

「はい! あ~早く帰ってシャワーとか浴びたいですねぇ~~」

 

 ――彼らの会話は、誰にも聞かれる事は無かった。

 




ふぅ……ようやく終わった……!
この、ね?
最後のコレをやる為だけに今まで長々と書いてきたんですよっ!!
でも途中の描写書くのやっぱり楽しくて……!
でもこの感じ、人によっては嫌いな人も良そうなので悩ましい所。

そしてね、実はこれ、幕間”1”なんで当然2と3があるのですよ!!!
まだまだ本編には行けそうにありません……。

予告しておくと、次は今まであまり触れなかった(考えていなかった?)世界情勢についての話を書こうと思います!
いや、自分だって本編書きたいから、いい加減簡潔にパパっと纏めようと思うのですが……?
とにかく、そんな感じです!


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2023年4月15日までの世界戦況
幕間2 欧州戦線:オペレーション・ロンディニウム/ノルマンディー上陸阻止作戦


ふぁぁ~~、やっと書けたぞ!!
欧州戦線だけなのに結構長くなってしまった。
分割するのもきりが悪かったので全部のせました。

軍事方面に関しては相変わらずロマンしか求めて居ないので、詳しい事は分からんけどまぁええやろ!(てきとー)

あ、でもさすがに矛盾とかあったら教えてください!
矛盾を調べて裏を取る時は一括表示とCtrl+Fの単語検索が便利だぞ!

(2023/4/30追記)
EDF軍編成についてサラっと
EDFは世界中の総軍の下に、極東方面軍や欧州方面軍など18個の方面軍があり、その各方面軍の下に、数個の「軍」が編成されています。
欧州方面軍の下に、第一軍から第五軍までが編成されており「欧州方面第一軍」や「欧州第一軍」と省略して呼称する事もあります。
基本的にどこの方面軍も、「第一軍」に「方面軍司令部」が所在していますが、規模が最も大きいとは限りません。
その下各「軍」に軍団や師団、大隊、中隊が配置されており、これらは通し番号は各「軍」ごとに独自に振られています。



 2022年7月11日。

 世界中で同時多発的に、フォーリナーの侵攻が行われた。

 世界の大都市には数十隻単位のフォーリナーの浮遊空母”レイドシップ”艦隊が降下し、衛星軌道上の超大型母艦”マザーシップ”からは、数千に上る巨大生物転送装置”レイドアンカー”が世界各地の地表に激突。

 ニューヨーク、モスクワ、ロンドン、北京、パリ、ローマ、ベルリン、シドニー、東京など世界の主要都市・人口密集地では大規模な戦闘が相次いだ。

 それから時間を置かず、日本の首都・東京にマザーシップは降下し、下部の巨大砲台”ジェノサイド・キャノン”による大破壊爆撃を行った。

 世界有数の人口密集地で放たれた砲撃は、半径50kmを巻き込む甚大な被害を残し、避難を始めていた国民や、戦闘を継続する自衛隊員・EDF兵士凡そ1200万人以上が犠牲となった。

 

 マザーシップはその後北米に移動し、大胆にも北米大陸を横断する形でニューヨークへ赴き、二度目の砲撃。砲撃のみの被害で見ても、犠牲者は900万人以上とみられる。

 その後、ロンドン、モスクワ、上海、シドニーの順にジェノサイド・キャノンでの砲撃を行い、マザーシップは衛星軌道上へと姿を消した。

 

 アンカーから出現した巨大生物の食害も含めた開戦三日間で、人類は少なくとも8億人を失った。

 三日間のうちに、世界総人口の一割を失ったのだ。

 そしてそれらは更に加速していく事になる。

 

 以降、人類は九つの地域で戦線を構築し、大規模な防衛戦争を繰り広げていく。

 すなわち、北米東部戦線・日本関東戦線・欧州戦線・豪州大陸南部戦線・中国戦線・そしてモスクワを中心に拡大する北欧戦線、東欧戦線、西露戦線、中東戦線だ。

 

 以下、それぞれの戦線について解説する。

 

 

●欧州戦線(イギリス側)

 

 開戦初期のレイドアンカーからの巨大生物、及びジェノサイド・キャノンの大規模爆撃を受けてイギリス・ロンドン市街は廃墟と化し、900万人以上の被害を出す。

 巨大生物群は拡散・北上し近隣の都市では防衛や避難が間に合わず、相当な数の民間人に被害が出た。

 EDF欧州方面軍(欧州全土)-第二軍(イギリス)の指揮下、ロンドンに拠点を置く第一軍団は司令部ごと消滅したが、残存する兵力をかき集め、また一部がイギリス王立陸軍の指揮下に入るなどして各個に戦闘を継続した。

 ロンドンより西北西80kmのオックスフォードでは、EDF欧州第二軍第七軍団が強固な防衛線を敷き、巨大生物の拡大を阻止した。

 

 南下した巨大生物群は周辺都市を電撃侵攻し、南海岸部のリゾート地として知られるブライトン、イーストボーン、港湾都市ニューヘイブンに迫った。

 特に港湾都市ニューヘイブンには北部への避難が困難な多くの避難民が集まり、フランス・ノルマンディー地方を目指して多くの民間船・軍用船が脱出を進めた。

 

 王立海軍の近代化改修を受けた『クイーン・エリザベス級戦艦』や、EDFイギリス海峡第二艦隊『カリブディス級戦艦』など複数艦艇が、ロンドンを奪ったフォーリナーに対する仇を討つかのような熾烈な対地砲撃を加え、昼夜問わず脱出する民間人を援護した。

 

 この時点で犠牲者は1300万人を超え、総人口の二割相当の国民が亡くなっていた。

 

 巨大生物はやがてロンドンに侵略の象徴、増殖の根幹であるインセクトハイヴを建造した。

 ロンドンから逃げかえる避難民が振り向くと、そこに見えるのは、エッフェル塔の倍はある不気味な巨大構造物だった。

 

 そしてその避難民を見送るように、偶然メードストンに駐留していた王立第二装甲師団の戦車『チャレンジャー2』や装甲車『FV510ウォーリアー』が火山の噴火の様に、未だ黒煙を上げる首都ロンドンへ向かっていった。

 巨大生物数体に対しては一定の効果を上げたものの、数の暴力や強力な酸という、はるかに想定しえない状況に、第二装甲師団は脆くも崩れ去ってゆく。

 

 2022年8月。

 開戦からひと月が経つと、オックスフォードのEDF第418空軍基地ユートレス(EDFが接収・改造した旧ブライズ・ノートン空軍基地)に、米軍欧州派遣部隊と、EDF欧州方面軍より大規模な増援が駆け付けた。

 イギリスは欧州本土と比較して、ジェノサイド・キャノンを始め特に集中的に攻撃を受けており、大量の巨大生物を放置する事は欧州本土の被害を拡大させる危機を孕んでいた。

 

 しかし国内で拡散する巨大生物の増殖は、レイドアンカーやレイドシップによって歯止めが効かず、EDFはオックスフォードを放棄して、西北西70kmグロスターと北北西90kmバーミンガムに新たに司令部を置き、その間の空間で遅滞戦闘を繰り返した。

 しかし案の定、撃沈不可能なレイドシップの侵攻を止めるには至らず、グロスターは陥落の憂き目遭い、バーミンガム以南の主要都市は殆ど巨大生物に占領されつつあった。

 

 10月には、遂にフランス・カレーやノルマンディ地方にて巨大生物の一斉上陸が確認され、大陸側でも大規模な戦闘が勃発する。

 

 一方バーミンガムには、レイドシップ40隻余りが集結しつつあり、それらが投下する巨大生物の数は計りしれない。

 しかし決死の覚悟を固めるバーミンガムのEDF欧州第17師団に極東戦線より吉報が届く。

 

 開戦から半年、2023年1月の事だ。

 

「我、無敵空母ヲ撃墜セリ!!」

 

 詳しい内容は、日本・極東戦線にて、少数精鋭の機動歩兵小隊による敵船直下奇襲攻撃で敵空母を撃墜したとの事だった。

 この戦術を、EDF欧州方面第二軍、王立陸軍、米軍欧州派遣部隊の三軍で分析し、バーミンガムにて決死の敵空母撃墜作戦を行った。

 

 作戦は成功を収め、初期の作戦で三隻を撃沈。

 二次攻撃で実に18隻を撃沈した。

 その後も攻撃は続き、実に半月に渡る激戦で襲来する全てのレイドシップの撃墜に成功。大戦果を上げる。

 

 そして2023年2月。

 バーミンガム勝利の勢いに乗り、イギリス政府の強い希望もあって間髪入れず国土奪還作戦を発動。

 占領されていたロンドン攻略の中継地点となる都市オックスフォードの奪還を開始した。

 

 しかし作戦中、蜘蛛型……のちに正式に、侵略性巨大外来生物βと名付けられる新種の巨大生物が現れた。

 β型は瞬く間に市中を糸で絡めとり、オックスフォード奪還に参加していた戦力の大半が失われ、前線は再び後退した。

 

 更に、オックスフォードで負傷した兵士たちを乗せた『FV432装甲兵員輸送車』や、『ランドローバー・ウルフ四輪駆動車』は、炎上するバーミンガムの市街を見る。

 β型出現から四日後のバーミンガム市街では、揚陸艇から投下されたフォーリナーの歩行戦車ダロガが闊歩し、都市を地上から爆撃していたのだ。

 

 合わせて都市上空には、フォーリナーの航空戦力・ガンシップが群れを成すように飛来し、都市や、逃げ遅れた民間人・車輛をレーザーで掃射・爆撃していった。

 イギリス南部戦線の司令部のあるオックスフォードは僅か数日で陥落の憂き目にあった。

 

 その後イギリス軍・EDF欧州方面軍・米軍欧州派遣部隊は後退を重ねながら戦力をすり減らし、多くの被害を出した。

 フォーリナーの進撃は留まるところを知らず、部隊は次々壊滅し、戦局は悪化の一途を辿った。

 その進撃速度には民間人の避難が間に合わず、特にノッティンガムやダービーなどの都市には、オックスフォードやバーミンガムなど各地から避難した難民が集まっていた為、混乱の中防衛戦と避難誘導を同時に試みたため、計算外の多くの損害を出した。

 

 2月中旬。 

 そんな絶望の撤退戦で多くの被害を出しつつ、イギリス軍はリバプール=マンチェスター=シェフィールド=キングストン間をイングランド中央絶対防衛線とし、徹底抗戦をEDFと米軍に呼びかけた。

 

 しかし絶対防衛線と指定された各都市や、近隣の都市の避難はやはり終わっておらず、避難民を護る為に多くの戦力が盾となり、今や王立陸軍は総戦力の半数近くを喪失して、軍としての機能を失いつつあり、殆どの指揮権をEDFに委ねているほどだ。

 EDF欧州方面全軍ですら、損害率20%を超え、特に正面戦力の損害著しく、一刻も早い再編成を行う必要があった。

 特に、イギリスに拠点を置いている第二軍は、陸軍・海軍・空軍共に壊滅状態と言って差し支えない状況だった。

 島国という特性上後退できる余地が限られ、更に欧州大陸でも苛烈な戦闘が行われているので援軍は望めない。

 

 それでも背後に残る無辜の人民、或いは家族を護る為、彼らは絶対防衛線で戦い続けた。

 

 そして2月下旬。

 EDF欧州方面第二軍司令部、イギリス軍司令部は協議の末ある起死回生の手を考えた。

 未だ健在な王立海軍とイギリス海兵隊の戦力を結集して、ロンドンに聳え立つ巨大な塔、インセクトハイヴに総攻撃をかけ、ロンドンを奪還するという敵中枢への電撃作戦だ。

 

 イングランド中央防衛線が機能し、敵主力を引き付けている間に一気に本丸を取ってしまおうという作戦だった。

 これは人類で最初の本格的な攻勢作戦であり、初のインセクトハイヴ攻略作戦でもあった。

 

 2023年2月24日。ついに起死回生のロンドン奪還作戦『オペレーション・ロンディニウム』が発動した。

 始まりは王立海軍第一艦隊の旗艦『クイーン・エリザベス級弩級戦艦』を始めとして『キング・ジョージ五世級戦艦』や『ロード・ネルソン級戦艦』など虎の子の戦艦が惜しみなく投入され、この作戦に全てを賭けるという王立海軍の本気が合わられていた。

 

 作戦は、三日間にわたる途切れのない徹底艦砲射撃によって開始された。

 だが、惜しみなく投射された砲弾の雨であっても、岩と土で出来たように見えたインセクトハイヴを倒壊させることは叶わず、フォーリナー由来の特殊物質で頑強に構成されている事が判明した。

 

 だが地上の巨大生物群には全滅に等しい打撃を与えることに成功し、海兵隊による橋頭保の確保の後、EDFの陸戦部隊が強襲上陸を行った。

 

 巨大生物は全滅したかに見えたが、レイドアンカーや地中の巨大生物、更にダロガ揚陸艇が現れ、艦砲射撃で変わった地形の上で更に激しい地上戦が行われた。

 

 徹底的な艦砲射撃でインセクトハイヴを倒壊させる作戦は失敗したが、もとより地中を進む巨大生物増殖の中枢は地下にあると考えられていた為、そのまま地下への巣穴突入作戦が決行された。

 しかし突入直前、インセクトハイヴ上部から蜂に酷似した新種の巨大生物、『侵略性巨大外来生物γ』が現れ、戦場は大混乱に陥った。

 

 上空からの針の雨に陸戦部隊は甚大な被害を受け行軍が停止。

 飛行している以上、戦艦群からの艦砲射撃も効果を発揮しずらく、作戦続行が危ぶまれた。

 

 しかし作戦失敗を決定づける要素がここにきて現れる。

 

 インセクトハイヴより南東50kmの街、メードストンにて4万体を超える巨大生物の地中侵攻が発生。

 更にその中心から、通常の巨大生物を遥かに上回る、蜘蛛型の超大型個体が出現した。

 

 のちに奈落の王という意味の『バゥ・ロード』という固有名で呼ばれるそれは、巨大糸の極大長距離放射で戦艦群を絡めとり、更に染み出す酸によって『クイーン・エリザベス級弩級戦艦』を轟沈に追い込んだ。

 

 巨大生物の発する酸は化学反応によって融解と燃焼効果を起こし、それが弾薬庫に引火したのである。

 逃げ場のない海上で大量の酸と極太の糸による攻撃は壊滅的な被害を出し、戦艦群が必死の砲撃を行うも、先の陸上への艦砲射撃で砲弾は残り少なく、また少数の砲撃では大量の糸の迎撃によって砲弾自体を叩き落されてしまう。

 

 結果、海軍とバゥ・ロードの砲撃戦はバゥ・ロードに軍配が上がり、王立海軍は壊滅と言っていい打撃を被った。

 のみならず、当然陸上でも目を覆うような被害が発生し、『オペレーション・ロンディニウム』は完全なる失敗に終わった。

 

 これを受け3月3日。

 EDF南極総司令部は戦力の消耗著しく、敵部隊に大きな打撃を望めないEDF欧州第二軍に対し、イギリス――グレートブリテン島からの全面撤退を命令した。

 彼らの多くはこの島の生まれであったため、徹底抗戦を懇願したがそれは受け入れられなかった。

 

 更に同じく米国本土からの命令により欧州派遣部隊であった米軍も、その損害を理由に本土へ一足先に帰還した。

 正面戦力はEDF中心ではあったが、補給・整備などの兵站の多くを担っていただけに、戦場はもはや維持できる様相ではなくなった。

 

 無念を噛みしめながら、EDF欧州方面第二軍は撤退を決意し、キングストン港から涙を流しながら、死地へ残る王立陸軍を見送った。

 

 二日後、マンチェスターの王立陸軍第一装甲師団司令部は、玉砕突撃を行い、消滅。

 絶対防衛線は崩壊し、残った貧弱な軍隊でのゲリラ戦で対処していく絶望の土地がそこに残った。

 

 もはや国としての体裁を保てず、連絡手段も取れなくなった。

 

 3月10日を以て、もはや国連の代替となったEDF南極総司令部に、正式に”陥落”の認定をされた。

  

 

●欧州戦線(大陸側)

 

 欧州大陸は、初期に大量のレイドアンカー降下を受け、全土で大混乱が見られた。

 特にフランス・マルセイユのEDF欧州海軍第166海軍基地、通称マルセイユ基地ではアンカーの直撃が集中し、敷地内に千体の巨大生物が集中するなど、一部の都市や軍事拠点を狙っての集中投下も見られた。

 

 偶然整備の為居合わせた『アルザス級戦艦ノルマンディー』、『ラファイエット級フリゲート艦ラファイエット』が、自らの基地に向けて艦砲射撃・ミサイル攻撃を行うという前代未聞の事態となった。

 

 このように欧州各地で混乱が見られつつ、各軍独自で事態の収拾、住民の避難、巨大生物への攻撃やアンカーの破壊を行い、状況は次第に秩序を取り戻す方向へ向かった。

 

 特に比較的軍事力に優れないベルギー、オランダ、チェコなどの国家地域は大きな被害を出したものの、迅速にEDF欧州方面第一軍(ベルギー・オランダ・ドイツ等欧州大陸中央部)、第三軍(フランス・スペイン等)の各軍団や師団が展開し、現地の秩序を何とか保った。

 しかし中には政府中枢施設や要人を失った国も現れ、現地入りしたEDFが急遽国軍や政府の指揮を握るなど緊急的に対処する事もあった。

 

 やがてイギリスでの戦況が悪化し、EDF欧州方面軍の多くの戦力がイギリスに向かう。

 それでも戦局の挽回には至らず偵察の結果、複数に分かれた数万単位の巨大生物梯団・及び敵空母レイドシップ50隻以上の艦隊がイギリス海峡やドーバー海峡を渡って欧州本土へ向かっている事が判明した。

 

 2022年10月6日、開戦から三か月後。

 EDF欧州方面軍司令部と、欧州連合軍司令部およびフランス・ドイツ・イタリア国軍の五軍は共同して欧州大陸上陸阻止を目的とした、

 「ドーバー海峡防衛作戦」及び「ノルマンディー上陸阻止作戦」を展開。

 

 短距離に密集して海底を侵攻するドーバー海峡の巨大生物梯団に対しては、EDF大西洋連合艦隊第四艦隊の『ネプチューン級潜水艦』・フランス海軍『アキテーヌ級駆逐艦』・ドイツ海軍『212A型潜水艦』・イタリア海軍『アンドレア・ドリーア級駆逐艦』などの対潜魚雷、海中爆雷などの対潜兵器を海底に使うという異例の攻撃方法で海底を進む巨大生物梯団を攻撃した。

 

 海底からの反撃は無かった他、事前の調査通りかなり密集して進軍していた為撃破効率は良く、慣れない対海底戦闘ながらも多くの戦果を叩き出した。

 

 海底にて大打撃を受けた巨大生物はそれでも少数がフランス・カレーやダンケルクへ上陸したが、待ち構えた連合陸軍の一斉攻撃の弾幕を前に、突破出来た者はいない。

 ドーバー海峡は、巨大生物の体液によって深刻な汚染を被ったものの、このドーバー海峡防衛作戦は、対フォーリナー大戦初期においては他に類を見る事のない大戦果となった。

 

 しかし一方で「ノルマンディ上陸阻止作戦」は凄惨な結果に終わる。

 上陸規模はドーバー海峡の梯団の五倍でありながら、イギリス海峡へ広く分散し、捜索・発見・攻撃が上手くいかない。

 上空を飛行する敵空母レイドシップに関しては、EDF大西洋連合艦隊第四艦隊旗艦『オーディン級弩級戦艦』、フランス海軍『ラ・マルセイエーズ級戦艦』、ドイツ海軍『ドッペルアドラー級戦艦』、イタリア海軍『イタリア・トゥリッタ級戦艦』など虎の子を出して苛烈な全力対空艦砲射撃を行った。

 

 天空を炎で埋め尽くす勢いで放たれた艦砲射撃であったが、しかしレイドシップの船体を傷付ける事叶わず、海軍は目立った戦果を上げる事は出来なかった。

 

 一方陸軍は海岸沿いに広く布陣している。

 

 EDF欧州方面軍第一軍や第三軍の『E-551ギガンテス戦車』、一世代前の『E-441ヨルムンガンド戦車』の他、『グレイプ装甲車』や砲身を水平に向けた『アンモナイト自走対空砲』などの戦闘車両と、EDF各歩兵6000人が迎撃に布陣した。

 フランス・ドイツ・イタリアや、その他欧州各国軍を含む欧州連合軍も似たような編成であり、各国の戦車、自走迫撃砲、自走対空砲、自走ロケット砲など戦闘車両・歩兵がそろい踏みする異様な光景となった。

 

 しかし、彼らが迎えたのは海上から上陸する巨大生物梯団ではなかった。

 

 天空の炎を抜け、レイドシップがノルマンディに空襲を行った。

 それは爆弾によるものではなく、降り注ぐのは数多の巨大生物だ。

 

 或いは空挺攻撃と呼ぶのが正しいだろうが、何隻もの空中を飛行するレイドシップから、絨毯を敷き詰めるように黒い物体を連続で、絶え間なく投下していく様はもはや絨毯爆撃にしか見えなかった。

 

 違うのは、投下された物体はその場を破壊する爆弾ではなく、その場以上に拡散して殺戮を繰り広げる巨大生物だという事だ。

 

 完璧に海岸からの迎撃態勢を整えていた連合軍は大混乱を起こし、前方、後方、そして布陣の中に投下された巨大生物に蹂躙されていく。

 

 悲劇は終わらない。

 

 最悪のタイミングで、浅瀬から海岸・砂浜にかけて巨大生物が顔を出した。

 梯団の上陸が始まったのだ。

 

 連合軍は混乱の様子を見せつつ、全力で迎撃に移る。

 

 フランス陸軍の『ルクレール』とドイツ陸軍の『レオパルド2』が連携を組んで交互射撃を行う。

 吹き飛ぶ巨大生物。

 120mm砲弾は十分有効であった。

 

 しかし数が多すぎた。

 気付けば海面は真っ黒であり、それが全て巨大生物の姿だと分かった時、戦域の航空支援を行っていたフランス空軍の『シュペルエタンダール艦上攻撃機』のパイロットは戦慄を隠せなかった。

 なにせその黒色は、上空から見渡す限りの海全てを黒色に染めていたのだから。

 

 津波の様に押し寄せる海岸からの巨大生物に加え、内陸部に侵攻したレイドシップは定期的に巨大生物を投下しており、誰が見てももはや阻止は不可能だった。

 

 『絶対阻止』を決意した『ノルマンディ上陸阻止作戦』の目的は、開始僅か2時間で完全崩壊し、作戦失敗を全部隊に通達し、一斉後退が命令された。

 

 戦線は全速で後退をしつつも迎撃せざるを得ない状況が続き、自走しない火砲や迎撃を目的とした要塞砲の運用要員は後退を諦め最後まで巨大生物を砲撃し、後退を支援したという。

 

 また、EDFのフェンサーも殿を務める為盾となり、多くが失われた。

 海軍主力艦隊は沿岸へ駆けつけ、レイドシップに損害を与えられなかった鬱憤を晴らすかのように怒涛の対地艦砲射撃を行い、EDFのエアレイダーは各海軍にハッキングを仕掛けるかの如く指揮権を奪い、的確な座標指示を行った。

 

 フランス海軍の『シャルル・ド・ゴール級空母』を始め、各国軍やEDFの空母艦載機は爆装し、ノルマンディ海岸で絶え間なく上陸する巨大生物群を、弾薬の尽きるまでひたすら爆撃した。

 ノルマンディ地方の海岸は地形がクレーターに塗れるほど変化し、海岸は巨大生物の死骸で埋もれ、砂浜も陸地も見えない程になった。

 

 一方内陸部でも陸軍の戦闘は継続し、フランス首都パリの手前に位置する都市ルーアン、アミアンにまで浸透した巨大生物を掃討する為、凄惨な地上戦が行われた。

 パリでは全域にわたって緊急避難勧告が発令され、政府機能は第二の都市リヨンへ向けて移転が始まった。

 やがて、ルーアン・アミアン両都市の壊滅と引き換えに、イギリス海峡からの巨大生物大規模上陸は終わりを告げた。

 

 この戦闘のみで民間人含む戦死者・未帰還者650万人、総戦闘車両喪失70万輌を記録し、欧州戦線における破滅的な大損害を被った。

 

 その後も、レイドシップはフランス国内への拡散を止められず、各地で撃墜作戦が行われたものの、直下の巨大生物群の餌食となり、被害はフランス全土に拡散していった。

 

 そんな中、2023年1月18日。極東戦線・日本でレイドシップの撃墜に成功したとの吉報があり、各国軍はそこに希望を見出し、歩兵での少数精鋭作戦で徐々にレイドシップを撃墜していく。

 

 2月。希望に皆が上を向く中、イギリスで凶報が舞い降りた。

 奪還されるはずだったオックスフォードで新種の巨大生物『侵略性巨大外来生物β』、が出現したのだ。

 蜘蛛型の外見で放射状に糸を放つβ型は瞬く間にオックスフォードを制圧し、更に数日後にバーミンガムはフォーリナーの揚陸艇から降下した『多脚歩行戦車ダロガ』の砲撃を受け、壊滅した。

 

 それから数日後、すぐにフランスへ侵攻したレイドシップから『無人艦載機ガンシップ』も現れた。

 ガンシップは、今や前線となりつつある首都パリの脱出後、各地へ向かう車列に次々と高出力レーザー照射により空爆を行い、一般市民に多くの犠牲者を出す。

 更に避難中のパリに『侵略性巨大外来生物β』、『多脚歩行戦車ダロガ』が投下され、地獄の市街戦、パリ撤退戦が幕を開けた。

 

 パリ上空と避難車列の護衛にフランス空軍『ミラージュ2000』、『ラファール』やEDF戦闘機『EJ-24レイヴン』が防空戦を行うも、人類の概念にはない空間自在機動力を誇るガンシップに対して、成す術もなく撃破され、パリ周辺いやフランス全土の航空優勢を早々に失った。

 

 地上戦に於いても、建造物を自在に跳ねまわるβ型に翻弄され、強固な装甲と圧倒的な粒子砲弾の連続砲撃を行うダロガに対して、惨敗するのに時間はかからなかった。

 

 フランス首都パリの街は、僅か三日で徹底的に破壊され尽くされた。

 

 2023年2月の以降、本格的に攻勢に動いたフォーリナーの国内蹂躙の勢いはとどまる事を知らず、

 大西洋ビスケー湾方面でのナント防衛戦、

 政府機関を移転した新首都リヨンへ向けて進軍するフォーリナーへの陽動を兼ねたオルレアン陽動作戦、

 なおも進軍する残存フォーリナーを迎え撃つモルヴァン自然公園迎撃戦、

 などを経て、フランス軍壊滅レベルの甚大な犠牲を出しつつ、結果的にフォーリナー群をリヨン手前で転進させるという大戦果を上げる。

 

 転進したフォーリナー群は東進、ベルギー、ルクセンブルク、ドイツ、スイスの国境へと向かっていった。

 しかしこれは、欧州各国、EDF欧州方面軍司令部の作戦通りであった。

 

 フランスとの国境には、第二次世界大戦時から続く国境防衛のための要塞線がかつて存在していた。

 すなわち、フランス側の対ドイツ要塞線『マジノ線』、対イタリア要塞線『アルパイン線』、ドイツ側の対フランス、及びルクセンブルク、ベルギー、オランダの国境までカバーする長大要塞線『ジークフリート線』である。

 

 EDFは、全地球防衛構想に基づき、莫大な予算を掛けて東西双方向からの敵戦力(この時点では不透明)の進撃を想定し、整備・拡張・近代化を行った。

 

 その結果2022年フォーリナー襲撃当時、未だ未完成でありながらも破格の防衛機構を備える人類史上最大の要塞線、総称して『EDF欧州南北複合要塞線』と呼ばれるようになった。

 

 その結果、ノルマンディー上陸阻止作戦の大敗以降EDFと欧州連合軍は作戦を要塞線への誘引に切り替え、都市防衛、特に西部大西洋沿いの戦力援軍は行われず、フランスの血涙を流すような懇願を冷徹に退けていた。

 

 結果フランス総人口の四割と、フランス陸軍の半数を失うという国家存亡の危機を迎える事となったが(それでも同時期のイギリスよりは恵まれている。要塞線での迎撃の直前である2月下旬。戦局の悪化を見てEDF南極総司令部は、イギリス防衛の要となっていたEDF欧州方面軍の全面撤退を決定した。欧州方面軍は南北複合要塞線の戦力充足に使われ、結果イギリスは陥落の憂き目を見る事になる)結果的に新首都となったリヨンは護られ、フォーリナーの大多数は要塞線への誘引に成功し、地球防衛戦略的な勝利を収めた。

 

 なお北部マジノ線・ジークフリート線の再南端、南部アルパイン線の最北端に位置するスイス『バーゼル』、ドイツ『ヴァイル・アム・ライン』、フランス『サン=ルイ』の三つの都市をまたぐ形で大規模な要塞が存在する。

 

 この要塞こそ『EDF欧州方面軍司令本部要塞』であり、この司令要塞は更に東西南三方向をマジノ線、ジークフリート線、アルパイン線に囲まれる難攻不落の大要塞であった。

 

 EDF欧州方面全軍の指揮を握る司令部に敵を誘引するという異例の事態となったが、EDFは敵を押し返せる十分な自信があった。

 (ただし同時期、極東日本戦線において地下要塞を兼ねる極東方面軍司令部がフォーリナーの『四足歩行要塞エレフォート』のプラズマキャノン砲撃によって一撃で壊滅した事実を知って戦慄している。なお日本戦線は以降の敗走につぐ敗走で南極総司令部から正式に”陥落”認定を受けている)

 

 こうして、3月12日。EDF欧州南北複合要塞線での戦いが幕を開けた。

 

 基部構造を地下に埋め込んだ大型の要塞砲(戦艦の主砲を流用)の絶え間ない連続面制圧砲撃で迫る巨大生物群を砲弾の雨に晒し、上空の通過を試みるレイドシップには容赦ない対空砲が浴びせられ、次々撃沈していった。

 レイドシップの墜落は時に要塞線に直撃し、甚大な被害を与えたが、砲台の数でそれをカバーした。

 

 要塞線内部を移動する戦車や要塞砲・速射砲によってダロガを狙撃・砲撃し、代わりに粒子砲弾が滝のように降り注ぎ、重装甲となった外壁が剥がれ落ちるも、内部の戦車隊が更に砲撃を加える。

 

 まるで羽虫の群れのようなガンシップは、要塞線備え付けの対空砲群や内部を移動する対空砲に叩き落され、補給線も兼ねた地下通路で砲弾や物資が次々に供給される。

 

 その様は、まさに陸の不動戦艦と言うに相応しかった。

 

 フランス・ドイツ・イタリア、欧州連合軍、EDF欧州方面第一軍、第三軍など、ノルマンディー上陸阻止作戦には劣るもののそれをカバーする要塞線駐留戦力と固定武装によって作戦開始より半月はほぼ綻びなく有利な戦況を保っていた。

 

 しかし、まったく衰えない攻勢と無限の物量に加え、補修の追い付かない要塞線の損傷や兵士の疲弊、単純な物資・弾薬の不足と巨大生物の地中侵攻による要塞線内部への奇襲などが積み重なり、3月中旬を境に戦況が傾き始める。

 

 それでも要塞線は粘り強く耐え続け、一部空中からレイドシップを取り逃がすも反対側の要塞線が撃ち落とすなどしてフランス以東への突破を許さなかった。

 また装甲外壁が破壊され、巨大生物の内部への侵入を許し、要塞線内部でも凄絶な近接戦が繰り広げられ、多くの犠牲者を出すも3月末に至るまで実に二週間、断続的なフォーリナー進撃に耐える事に成功し、多くの戦力を討ち取った。

 

 しかし、3月26日に悪夢が上陸する。

 

 ドーバー海峡を初手で守り切ったダンケルク。

 要塞線や主戦場から遠く離れているこの街に、イギリスでの『ロンディニウム作戦』を失敗に追い込み、更にイギリス陥落の直接要因ともなった超抜級個体『バゥ・ロード』が数万の巨大生物群を伴って上陸したのである。

 

 ダンケルクの守備部隊『EDF欧州方面第一軍・第11師団』は被害を出しつつバゥ・ロードをダンケルクにくぎ付けにした。

 欧州壊滅の可能性を想像して戦慄する参加国国境のEDF欧州方面軍司令部は、欧州南北複合要塞線から大幅な戦力抽出を行い、ダンケルクに向かわせた。

 

 その前に付近の街からも可能な限り戦力を集め、ダンケルクを徹底的に包囲して欧州蹂躙を阻止する作戦『ダンケルク包囲戦』が翌日3月27日に直ちに開始された。

 

 だが、バゥ・ロードの糸による長射程・広範囲攻撃によって包囲網は成すすべなく突破され、バゥ・ロードはベルギーの首都ブリュッセルへと向かった。

 ここは欧州機関が集中する要衝である為、開戦初期のレイドアンカーの打撃から回復しきっていないベルギー軍や欧州連合軍は総力を結集してブリュッセルの防衛に当たった。

 

 しかし超抜級個体に対して全く太刀打ちできず、3月30日にはブリュッセルは陥落。

 また拡散する巨大生物群によってベルギー全土を蹂躙され、陥落した。

 

 ベルギーを陥落せしめたバゥ・ロードは、そのまま東進。4月1日にジークフリート線に激突した。

 幾多の戦艦クラスの要塞砲や数百輌の戦車の飽和攻撃で、バゥ・ロードに確実に打撃を与えるものの、糸の放射によって要塞線は外壁が溶かされ、更に染み出した酸によって内部や地下に酸が流れ込み、内部の物資や歩兵に地獄のような状況を与えた。

 

 バゥ・ロードがジークフリート線を踏みしめる頃には、要塞砲の類は壊滅しており、バゥ・ロードは体毛から黒煙を上げつつ、機能的にはほぼ欠損がない状態でジークフリート線を突破し、ドイツ国内へ侵略を始めた。

 

 むろん、侵入したのはバゥ・ロードだけではなく、数多の巨大生物がジークフリート線を破った個所から次々に侵入した。

 また度重なるバゥ・ロードへの戦力抽出によって要塞線全体が弱体化し、一部で徐々に突破されるようになり、スイスやイタリアでも少数の巨大生物が進撃するようになっていく。

 

 それでも完全に破壊されたのはバゥ・ロードが突破したオルモントのジークフリート線のみであり、他は機能を残したままだった。

 

 そんな時、極東・日本戦線から戦果報告があがった。

「我、超抜級個体撃破セリ! 京都防衛ハ成功」

 欧州戦線の誰もにとって、耳を疑うような、信じられない報告だった。

 

 混乱の最中なので情報の真偽を調べる余裕は無かったが、京都防衛作戦中、突発的に出現したバゥ・ロードを、僅か三時間余りで撃破したとの事だった。

 

 しかもそれを成したのはかつてドイツ主導でEDF向けに開発しつつ、持て余して極東へ追いやった『超大型戦車タイタン』だという情報や、撃破に追い込んだのは一人のレンジャーの功績が大きいという眉唾な情報が錯綜した。

 

 しかし経緯はどうあれ、とにかくイギリス海軍を壊滅に追いやり、イギリスを陥落せしめ、さらに今歴史上類を見ない程強固な要塞線を突破され、致命打を与えられないままドイツ国内を蹂躙しようとする神話級の恐ろしい大怪物を、

 国際社会から孤立し『陥落』の烙印を押された状態での絶望の京都防衛線、その最中に突発的に出現したそれを、僅か三時間で完全撃破に至らせるというのは、本当に信じられない事であるが事実という事らしかった。

 

 司令部も現場も市民も、反応は様々だった。

 勝利に喚起し、希望を見出す者。

 欺瞞を疑い徹底的に調べる者。

 日本の分析を行い、自国の防衛に生かそうとする者。

 ただただ信じられず、唖然とする者。

 日本の秘密兵器を疑う者。

 同じ個体とは言えないと頑なに事実を拒む者。

 

 しかし事実、日本はバゥ・ロードを撃破し、一方でドイツ戦線で幾度もバゥ・ロードへの陽動や攻撃が行われたが、戦闘自体に希望は見いだせなかった。

 

 戦艦群や火砲の砲撃は腹部の糸の放射により砲弾が迎撃され、一部届こうとも厚い体毛によって防がれる。

 戦車群の砲撃も同様だ。

 航空爆撃ですら体毛に潜むβ型通常種によって迎撃されるので、戦艦・戦車・航空機といった戦闘機械はまったく歯が立たない。

 仮にタイタンがドイツにあったとしても、砲弾が迎撃されるのは同じことであるので意味がなかっただろう。

 まして、そんな状態で歩兵攻撃など自殺行為だ。

 現に総力を挙げた陸戦では作戦に従事したEDF各兵科歩兵も壊滅レベルの損害を出していて、近づく事すらままならない上に、近づけば体毛のβ型通常種が猛威を振るう。

 

 EDF南極総司令部は、ジークフリート線の一部突破、バゥ・ロード侵入を受けて前線をドイツへと移動し、4月7日を以てついにフランス全土からの撤退を開始した。

 

 しかしフランス軍はまだ余力があり、西部ブルターニュ半島の都市ブレストに拠点を置くブレスト海軍工廠を含む、EDF欧州第三(フランス)工廠では、車輛・艦艇・航空機・コンバットフレームを製造し続け、フランスという国家維持の重要な拠点となった。

 

 またリヨンも前線に晒されながらも健在で、北部は徹底的に壊滅した一方南部は侵攻が少なかった。

 

 やがて4月15日。

 バゥ・ロードはドイツ西部の金融都市フランクフルトへ到着する。

 日本の京都防衛線に倣い、フランクフルト全体を囮としてここでバゥ・ロードとの決戦を迎えるべく、ドイツ軍、EDF欧州方面軍は総力を挙げて決戦に臨む。




欧州戦線でやりたかったことは一つ
あのバゥ・ロードを撃破したなんて日本はなんて凄いんだぁぁーー!
という日本アゲです。
嫌らしいって思うかもしれないしリアリティなんて無いんだけど、日本好きだから創作くらい強くあってもいいよね?という
自国を愛して何が悪い!っていう
まぁ日本と言うか、EDFなんですがね
ノルマンディー上陸阻止作戦とか、マジノ線とかはなんとなく調べてたら出て来たのでせっかくだから、と思って入れました
いやだって、ロマンじゃんこんなんw

で、次は多分ロシア方面の話になるかと思うんですが、
あの、飽くまで創作なので昨今の世界情勢を鑑みて配慮、とかは一切しません。
現実とは違うのでもうここでは好き勝手やらせていただきます。
地名に関しても、配慮無しに馴染みがある方を使わせて頂きます、創作なので。
今凄惨な戦闘が起こっている所で、同じく戦闘がおこり、死者が多く出るように書くかもしれませんが、飽くまで創作であり現実世界での戦争を面白がる意図はまっっったくありません。

現実では双方一刻も早く平和(ただの停戦や降伏ではない)になる事を切に願っています。
そんな感じで書いていくので、よろしくお願いします!


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幕間2 ロシア開戦初期:モスクワ核攻撃「ヴァシレフスキー作戦」

ロシア戦線です。
自動車化狙撃旅団や親衛戦車旅団、などの独特の和訳が好きです


 

 2022年7月11日。

 ロシア国内主要都市へ目掛け、フォーリナーの船団と謎の塔が降り注ぎ、更に地球規模の通信障害、塔や船団からの巨大生物降下で未曽有の大混乱に陥る。

 特に首都モスクワ市街では巨大生物の浸食による激しい戦闘が起こったが、通信障害は半日程度で収まり、ロシア政府およびロシア連邦軍参謀本部は大慌てで情報を得ようと奔走した。

 その結果、彼らは驚くべき、そして絶望的状況を知る事となる。

 

 モスクワで確認された、機械的な塔と浮遊する船団、そして人を無差別に喰らう巨大生物はロシア中の都市を含めた世界中で確認されており、

 更に日本の首都東京が、船団の旗艦とみられる超巨大球型浮遊構造体――通称マザーシップの大破壊爆撃を受け、灰と化したとの情報を受けた。

 

 7月12日。

 ロシア連邦軍参謀本部は11日の通信障害以降指揮系統が乱れ、緊急的に編成した”大隊戦術群(BTG)”が各々の判断で行動し、孤立や迷走、或いは空軍や海軍と連携が取れず誤爆・誤射など統率の取れない戦闘が相次ぎ、戦況の把握が困難になる。

 一方ロシア軍に先駆けて行動していたロシア国内のEDFである『EDF西露方面軍』『EDFシベリア方面軍』『EDF極北方面軍』『EDF極東方面軍』の四個方面軍は、想定されていたフォーリナーの襲来に即座に指揮命令系統・作戦を構築し、落下した塔――レイドアンカーを攻撃、多数の破壊に成功していた。

 

 これに希望を見出した各軍管区のロシア軍も呼応、すぐに指揮系統を立て直す。

 EDFと共同での住民の避難と巨大生物の撃破は、大きな犠牲を出しつつも秩序を取り戻す。

 

 その間マザーシップは、日本の東京を始め、イギリスの首都ロンドン、アメリカ合衆国の巨大都市ニューヨークを爆撃し、世界に誇る三つの都市は隕石落下にも見紛うクレーターとなり消滅した。

 

 アメリカ合衆国の首都であるワシントンを素通りした(なおアンカーや巨大生物による被害は受けている)理由は不明であるが、狙いを大都市に絞っている事からマザーシップ及びフォーリナーは一定の作戦遂行能力を持っているとEDF南極総司令部は分析。

 

 この情報を受け、ロシア連邦軍参謀本部及びEDF西露方面軍司令部は、マザーシップの次の標的はモスクワの可能性が極めて高いと分析。

 

 また、ロシア第二の都市ともいえるサンクトペテルブルク、EDFロシア第一工廠のある重工業都市ヴォルゴグラードも首都ではないが同様に警戒され、ロシア国民や軍人、EDF兵士たちはアンカーやレイドシップから降下する巨大生物を相手にしながらの緊急避難を余儀なくされた。

 

 そして7月13日未明。 

 悠然と、マザーシップはモスクワ上空に現れた。

 

 襲撃を予想していながら、巨大生物の混乱に包まれたモスクワには未だ1000万人を超える市民と、多数のEDF及びロシア連邦軍が残っていた。

 明け方の空に輝くのは、日の出の明かりではなく銀色に輝く絶望の星。

 やがてその星船の下部から、星船自身の直径と同等クラスの物体がせり出す。

 

 巨大砲台――EDF南極総司令部によってジェノサイド・キャノンと名付けられたそれは、各部を展開し、発射態勢に移ったのか煌々と輝きだす。

 それだけで付近に熱波が爆発的に広がり、もうすでに攻撃が始まったのかと思った人もいた。

 だが、これは前兆に過ぎない。

 

 ジェノサイド・キャノンの駆動音がモスクワ中に響き渡り、立っていられない程の熱波に人々が転倒する。

 

 やがて、駆動音が止む。

 一瞬。

 その瞬間のみ、奇妙な静寂が訪れる。

 攻撃が止んだのか?

 人々が星船に目を向ける。

 

 と。

 

 ジェノサイド・キャノンから、膨大な光の奔流が放たれた。

 その瞬間、人は何を理解する間もなく、地図からモスクワが消え去った。

 

 戦略核をも超える莫大なエネルギーを持って放たれた光と熱は、地上を抉り、焼き尽くす。

 爆炎は炎の津波となって周辺を襲い、黒煙はまるで火山の噴火の様に延々と上空に昇る。

 

 ジェノサイド――大虐殺の名ですら生ぬるい炎の地獄がそこにはあった。

 モスクワ中心部はクレーターと化し、1000万人超のロシア国民が一瞬にして灰となった。

 

 ロシア連邦軍参謀本部やクレムリンに鎮座する大統領府の主な要人達は寸前で脱出に成功していたが、残って脱出の指揮を執っていた一部の高級将校・政府高官が死亡し、運び出すこともままならなかった設備や書類の一切が文字通り消滅した。

 

 退避もままならず政府・経済・軍部(自衛隊)中枢の全てを一瞬で失った日本に比べて組織的なダメージは遥かに小さいと言えるが、それでも1000万人超の国民と、自国の象徴でもあるモスクワが灰になった事の心理的衝撃は、国民にとって途方もなく大きいだろう。

 

 しかし、これは終わりではなく、侵攻の始まりに過ぎない。

 

 7月13日。

 フォーリナー襲来から三日後。

 マザーシップは東京・ニューヨーク・ロンドン・モスクワを砲撃後、更に上海・シドニーを砲撃し、人類が築き上げた世界に誇る大都市と、合計して億単位の人間は僅か三日間で地球上から永久に消滅させた。

 

 7月16日。

 マザーシップが去った後のモスクワクレーターに、僅か三日余りで巨大な構造物が出来上がった。

 それは東京やロンドン、ニューヨークにある物と同様の巨大生物の拠点、インセクトハイヴである。

 巨大生物はモスクワ跡地を中心として、全方位に急激に拡散していった。

 

 7月17日。

 サンクトペテルブルクに居を構えるロシア連邦軍西部軍管区司令部は、設備が壊滅したロシア連邦軍参謀本部とEDF西露方面軍司令部の人員を緊急的に引き入れ、対巨大生物戦略の指揮を執った。

 

 モスクワを中心に拡大し続ける巨大生物群に対し、『第45自動車化狙撃旅団』の歩兵やアルマータ共通戦闘プラットフォームの『T-15 歩兵戦闘車』や『T-14 戦車』などのモスクワ封じ込め戦力、及び『152mm自走榴弾砲ムスタ-S』を始め、『BM-30 多連装自走ロケット砲スメルチ』、果てはロシア陸軍最大の自走砲である『203mm自走カノン砲ピオン』、戦略航空コマンド配備の『Tu-95 戦略爆撃機』など投入可能な全砲兵・爆撃機による殲滅を実行した。

 

 EDF西露方面軍も包囲網の崩壊に備え戦力を温存しつつ、『L203自走重砲ベテルギウス』や『L227自走ロケット砲ネグリング』を始めとした軍団砲兵規模の戦力を抽出。

 空軍からは戦略爆撃機『EB-32F フォボス』大型爆撃機『EB-29M ミッドナイト』などを投入し、両軍揃って徹底的な砲爆撃殲滅を行った。

 

 しかし、インセクトハイヴやレイドシップによる無尽蔵の巨大生物発生に、物量での抵抗にすぐに限界が見え始める。

 特にレイドシップに対しては、何度も撃墜作戦が行われるも、既存の航空攻撃は全く効果無しの結果に終わる。

 地上から投下開口部であるハッチを狙う陸軍主導の作戦も、曲射弾道での対地砲撃を前提とした既存の火砲・自走砲では極めて狙撃が難しく、

 戦車・歩兵による直下攻撃作戦も、地上の巨大生物の殲滅が追い付かず、物量に押されハッチまで辿り着く前に大きな被害を出すのみだった。

 

 また、レイドシップは低空飛行を行い、その無敵と言える白銀の装甲で巨大生物の盾となり、砲撃や爆撃の殲滅効率を著しく引き下げた。

 そしてレイドシップに砲撃を加えれば、その敵空母は砲撃を与えた主に接近し、巨大生物投下による反撃を行い、護衛に乏しい砲兵たちは悉く殲滅の対象となった。

 

 そんな中、ロシア軍とEDFは、幾度もモスクワ奪還・インセクトハイヴ攻略作戦の計画を練るも、その現実性の無さから一度も実行に漕ぎつける事は無かった。

 その無数の作戦案の中で最も現実性があったのは、皮肉にも戦略核の集中運用による敵拠点殲滅作戦であった。

 

 7月20日。

 オーストラリア首都シドニーへの砲撃から一週間。

 シドニーから更に南下し、EDF南極総司令部への攻撃の可能性が極めて高いと分析されていたマザーシップ――及びこれを中心としたレイドシップ数十隻から成るフォーリナー侵略艦隊は、人類の破滅的予想を裏切り、再び太平洋を横断し中南米方面へと向かった。

 進路上に近かったハワイ、標的の可能性が高かったメキシコシティ、未だ侵攻を受けていない南米大陸、そして一度ジャノサイド・キャノンを喰らったアメリカはその進路に戦々恐々とした。

 

 しかし最大戦力であるEDF太平洋連合艦隊の半数は日本戦線へ、もう半数とアメリカ海軍の主力艦艇は西海岸沿岸部、特にロサンゼルス、サンディエゴ、サンフランシスコなどの大都市で避難する市民や後退する軍に支援砲撃を耐えず行っていた為、とても手が離せる状況ではなかった。

 

 故にフォーリナー侵略艦隊は妨害を受けることなく太平洋を東へ横断し、中南米の国家コスタリカを通過し、カリブ海で動きを止めた。

 

 不可解な動きであったが、これを好機としてEDF中南米方面軍指揮下のカリブ海艦隊は総力を挙げて人類史上初のマザーシップ撃墜作戦――通称カリブ海決戦を決行。

 しかし、艦隊やEDF戦略ロケット軍の総攻撃にも関わらず、マザーシップはおろか取り巻きのレイドシップすら撃墜の戦果を上げられず、カリブ海艦隊は僅か一時間足らずで壊滅した。

 

 この報告を受け、ロシア軍参謀本部内の核攻撃推進派の支持と発言力が急増し、参謀本部の戦略作戦総局は決断を迫られる。

 

 モスクワ陥落を受けて、大統領府と参謀本部、及び首都機能はサンクトペテルブルクやヴォルゴグラード、ニジニ・ノヴゴロドを中心に分散したが、特にニジニ・ノヴゴロドはモスクワに近く、封じ込めに失敗すれば真っ先に侵略を受けることは間違いない。

 

 故に、決断は早急に求められた。

 

 核を使わず、徐々に戦線を後退させるか。

 もはや通常戦力だけで敵をモスクワに押しとどめる事は不可能。

 この見解は戦略作戦総局の全員が一致の考えだ。

 だが部隊の後退にはそれこそ部隊壊滅レベルの被害が出ると推定され、そこから漏れ出た数十万の巨大生物群は、周辺都市――特に大商工業都市ニジニ・ノヴゴロドへ殺到するだろう。

 

 ニジニ・ノヴゴロドの人口はモスクワからの避難民が殺到し、都市機能を麻痺させる程急増。

 周辺小都市も含めた地域の推定人口は300万人以上に上る。

 

 既にキーロフ、カザン、サマラなどの主要都市に疎開が進んでいるが、とても封じ込めの崩壊まで間に合わない。

 

 だがEDF南極総司令部からの戦略命令は、このロシア西部地域の完全放棄だ。

 ロシア軍内部の情報が漏れ、核攻撃の決行は時期尚早であると何度も警告が言い渡されていたが、何もロシア軍首脳部とて、自国の首都に好き好んで核を使いたい訳であるはずがない。

 

 しかし、カリブ海決戦での惨敗を考えると、現人類最大の火力をあの”無敵艦隊”に叩き込み、無限に増殖する巨大生物災害に終止符を打ちたいといった、ある種の希望的観測に縋りつくのも無理はない。

 

 核を使えば、最低でも数十万体に上る巨大生物の殲滅と、忌々しい巨大な異質構造物――インセクトハイヴを崩壊させる事くらいはできるだろうという考えもあった。

 モスクワの地は核爆発による放射能汚染に晒されるが、EDFが主導する放射能除去技術に期待する声は大きい。

 

 何より、無秩序に巨大生物を投下し続けるレイドシップを撃墜できない事には、人類に勝利は無い。

 

 追い詰められたロシア軍参謀本部・戦略作戦総局は、EDF西露方面軍司令部の制止を振り切り、旧モスクワ・インセクトハイヴへの核攻撃作戦の決行を決定。

 

 モスクワから遠く離れ秘密裏に建造されていた、モヴェンスキー戦略ロケット軍基地の地下ミサイルサイロに保管してある1200発超の核弾頭ミサイル。

 そのうち13発の戦略核弾道ミサイルに火が灯る。

 

 そして7月23日深夜。

 ついに、人類史上初の戦略級核兵器集中運用作戦となる、旧モスクワ核攻撃作戦『ヴァシレフスキー作戦』が決行された。

 

 13発の戦略核弾道ミサイルは全て旧モスクワ・インセクトハイヴに着弾し、壮絶なキノコ雲を上げた。

 マザーシップのジェノサイド・キャノンに完膚なきまでに更地にされたモスクワの地は、再び大規模な破壊の炎に包まれた。

 

 ロシア全軍が固唾を呑んで見守る中、ついに偵察衛星の映像解析班や偵察部隊からの報告が上がった。

    

 巨大生物侵略の象徴、旧モスクワに忌々しくも(そび)え立つインセクトハイヴは、基部が崩壊し、完全に倒壊していた。

 更に地表を埋め尽くしていた巨大生物の黒い大群も、まったく全て姿を消していた。

 あるのは、骸と化した焼け砕けた死骸のみ。

 地表を覆っていた20万超の巨大生物の群れの殲滅に成功したのだ。

 

 これは、同時期の人類にとって当然ながら破格の戦果だ。

 

 しかし一方で、旧モスクワに浮遊していた敵空母レイドシップは、20数隻が全て無傷であった。

 人類最大火力である核攻撃であっても、白銀の装甲には傷一つつける事叶わない。

 この事実に、ロシア軍のみならず、報告を受けたEDFも足場が崩れるような絶望感を味わった。

 

 その上、巨大生物はレイドシップから投下される数以上に、地表を喰い破って突然地中から現れた。

 この時、巨大生物は地中に巣を張り巡らせて、地表以上に多く存在する事が初めて知られる。

 

 ロシア戦略ロケット軍は、追加で3発の核攻撃を旧モスクワに行ったが、その時すでに巨大生物の拡散は始まり、ニジニ・ノヴゴロドへ向けて東進を始めていた。

 複数のレイドシップ艦隊の移動も同時に起こり、大量の敵部隊がニジニ・ノヴゴロドの手前、ウラジーミル州に向かって進軍する。

 

 ウラジーミル州には、旧モスクワ包囲から後退していた『第45砲兵旅団』『第79ロケット砲旅団』『第25自動車化狙撃旅団』などを始め、臨時首都機能の一部を有するニジニからは『第20親衛諸兵科連合軍』指揮下の、『第一親衛戦車旅団』『第九自動車化狙撃旅団』など戦車・機械化歩兵部隊など直接打撃戦力が集中的に向かった。

 

 EDF西露方面軍も、ニジニを守護していた『第118歩兵師団』『第291機甲師団』など主戦力を惜しみなく投入し、ウラジーミル州での大規模ニジニ防衛戦が幕を開けた。

 

 ここで両軍は戦線を構築し、フォーリナー九戦線のひとつ、『西露戦線』として激しい戦闘が起こる。

 

 また同様に、西進したフォーリナー群は『スモレンスク州ヴァジマ』に向け侵攻。

 ニジニ防衛戦に主力を注ぎ込んだロシア軍に代わってEDF西露方面軍が『スモレンスク州ヴァジマ』-『州都カルーガ』-『トゥーラ州東部ノヴォモスコフスク』にフォーリナーの東進・南下を阻む『東欧第一防衛線』を構築。

 また『東欧第二防衛線』を『スモレンスク州中部サフォノヴォ』-『州都リペツク』の二都市間、

 『東欧絶対防衛線』を『州都スモレンスク』-『州都ブリャンスク』-『州都オリョール』-『州都ヴォロネジ』の四都市間で三重に渡り構築した。

 

 東欧への突破を許してしまうとヨーロッパは東西から挟み撃ちに遭い、欧州全体が陥落の危機に陥る事、モスクワ南部に位置する黒海周辺を失うと、ロシア西部への海上輸送手段の喪失へ直結してしまう事。

 以上の理由から、東欧・黒海方面への侵攻の絶対阻止もしくは可能な限りの持久戦がEDF南極司令部の地球防衛戦略として提示されたからである。

 

 また北上したフォーリナー群は、トヴェリ州を突破、ノヴゴロド州に迫る。

 それ防ぐのが『北欧戦線』。

 戦線はまだ北欧に到達していないが、ロシア軍の要請でフィンランド国防軍のロシア派遣軍(二個旅団相当)がサンクトペテルブルクのロシア軍西部軍管区と合流し、ノヴゴロド州で共に戦線を構築している。

 

 フィンランドや北欧国家にとっても、サンクトペテルブルクを突破されると北欧への侵攻は確実なので、ここで押さえておきたい目的がある。

 

 このようにモスクワを中心として、ウラジーミル州でニジニ防衛戦を行う『西露戦線』、三重の防衛体制を敷き東欧と黒海方面への侵攻を阻止する『東欧戦線』、ノヴゴロド州にて北上するフォーリナーを防ぎ、北欧へ向かうフォーリナーを阻止する『北欧戦線』の三つの戦線が出来がった。

 

 戦争は、未だ始まったばかりである。




正直、自分でも長くなりすぎて若干引いてますw
マザーシップの首都砲撃はもう何度もやったので次回以降詳しく書かなくてもいいかもしれません。
書いてる方はノリノリですが、読む方は飽きるかもしれませんねぇ。

そしてこれ、まだジェノサイド・キャノン爆撃直後までしか書いてませんからね……
この後西露戦線・極北戦線・東欧戦線の描写が残ってますからねぇ……。

更にロシアがひと段落した後は中東戦線・中国戦線・豪州戦線、そして目玉の北米戦線と、追加で自衛隊視点で描写してみようかと思った日本戦線が待ってますからね……!
これ、いつになったら本編に戻れるのだろう……?


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幕間2 西露戦線:エカテリンブルク防衛戦

●西露戦線(ウラジーミル州)

 

 7月23日から24日にかけて行われた旧モスクワ核攻撃作戦『ヴァシレフスキー作戦』の失敗で、放射性物質を被った巨大生物群が津波の様に押し寄せる。

 地下で一体何が起こっているのかは不明だが、巣の建造から僅か10日余りで巨大生物の数は爆発的に増加していた。

 

 だが、今のところマザーシップを含め、対空迎撃能力のあるフォーリナーは存在しない。

 モスクワは市民の避難と並行して戦闘が起こった為大規模爆撃は出来ずにいたが、ウラジーミル州の入り口『西部都市ポクロフ』へ東進を続ける巨大生物群およそ10万体に対し、ロシア航空宇宙軍-戦略航空コマンドの戦略爆撃機『Tu-95 メドビェーチ』14機を集中投入し、大規模広域絨毯爆撃を行った。

 それ一つとっても、一つの作戦・戦域としては恐らく人類史上最大の爆撃だろう。

 

 戦略航空コマンドの全力を懸けたこの爆撃作戦は、巨大生物の大幅な漸減に成功するも、その数故に取り逃しが多く出た。

 参謀本部はそれを予想し、約17km離れた『都市ペトゥシキ』の『152mm自走榴弾砲 ムスタ-S』をなど装備した『第45砲兵旅団』に総攻撃を命令し、東進する巨大生物群10万体に榴弾砲の雨を降らせる。

 

 それ以外にも、ペトゥシキ郊外に整列した大量の車輛からロケット砲が次々放たれる。

 自走多連装ロケット砲『BM-30スメルチ』『BM-21グラート』等や、自走式重火力投射システム『TOS-1ブラチーノ』などは、対硬化目標成形炸薬弾頭弾やクラスター弾頭弾、サーモバリック爆薬弾頭弾などを一斉に射出し、上空には数多のロケット砲・砲弾が飛翔していた。

 

 それらは突き進む巨大生物群を爆炎と金属片の嵐で出迎える。

 装甲車以上の外皮を持つ巨大生物だが、その火力の嵐には耐えきれず体を四散、炎上させ、ズタズタになった死骸が次々宙を舞った。

 巨大生物の酸の射程では到底砲兵を倒すことは叶わず、地平線の彼方から飛翔する空からの暴力に、成す術なく蹂躙されていく。

 

 人類同士の戦争であれば、その圧倒的火力に戦意喪失さえもあり得る程の一方的な大虐殺であった。

 しかし、彼らに”戦意喪失”という概念は在らず、山のように折り重なる死骸を平然と乗り越え、後から後から押し寄せる。

 その光景は逆に砲兵の戦意を叩き折るのは十分で、尽きていく砲弾やミサイルを傍らに、遠方から変わらず全速力で進撃する巨大生物を前に後退を余儀なくされた。

 

 それを出迎えたのは、『ウラジーミル州西部都市ポクロフ』に配置された『第一親衛戦車旅団』のロシア軍最新鋭戦車『T-14 アルマータ』や、『T-90 ヴラジーミル』『T-80U ヴェリスク』など戦車約190輌だ。

 正面や左右両翼から一斉に砲撃を加え、巨大生物を押しとどめる。

 

 巨大生物は図体と比して非常に素早く小回りが利く上、垂直の壁を地上と同程度の速度で上る驚異的な走破性能を誇る。

 その上で、重装甲車程度の外殻、装甲殻とでもいうべきものに全身を包み、口内以外の急所を持たず、強酸の散弾はあらゆる人工物を溶かすなど、まさに走攻守に於いて隙の無い敵の尖兵であった。

 

 その為、ロシア軍を含めたEDF以外の既存の対人類用歩兵主力火器――アサルトライフルなどで撃破するのは困難で、歩兵小隊の一斉射撃でようやく2、3体と競り合う戦いになる。

 歩兵であっても、対物ライフル・対戦車ロケット弾などであれば一撃で仕留める事は可能だが、前述の動きの素早さがそれを困難にする。

 

 故に、ロシア軍に関わらず、この時の各国軍の対巨大生物用直接戦闘戦力は、戦車が主力であった。

 

 巨大生物の発する強酸は、戦車の複合装甲も容易く溶かす強力無比なものだが、それゆえ生身で喰らえばひとたまりもなく、戦車の優位性は揺るがない。

 加えて、巨大生物は牙による噛み付きで戦車内部の搭乗員を喰らおうと接近する個体も存在するが、ロシア戦車に目立つ装甲表面の『爆発反応装甲(リアクティブアーマー)』が接近を妨害・迎撃し、一定の効果を上げている。(もちろん酸に対しての防御にはならない。それどころか酸の化学反応の熱により誘爆してしまうケースは多かった。ただ酸が内部へ腐食するのを防ぐという意味では防御に貢献し、EDF次世代主力戦車ギガンテスⅡに高性能爆発反応装甲(リアクティブアーマー)が標準装備される事になったきっかけにもなる)

 

 しかし戦闘開始から一週間後の8月1日には、精鋭だった『第一親衛戦車旅団』すら後退を余儀なくされ、『ポクロフ』と『ペトゥシキ』の二都市を放棄。

 『州都ウラジーミル』で更に部隊を増強し、大迎撃戦で迎え撃つ準備を整える。

 そこには頼みのEDF西露方面軍も合流し、主力戦車『E-551 ギガンテス』や『E-441 ヨルムンガンド』など約120輌が集結し、対巨大生物の大規模戦車戦が幕を開けた。

 

 EDF主力歩兵である陸戦歩兵(レンジャー)二刀装甲兵(フェンサー)

 更に少数だが最新鋭の降下翼兵(ウイングダイバー)や、空軍や砲兵と連携して効果的な支援を行う空爆誘導兵(エアレイダー)など各種歩兵部隊も参戦し、『ウラジーミル防衛戦』は大規模かつ長期的なものとなった。

 

 しかし、インセクトハイヴからの増援と、上空を浮遊するレイドシップからの巨大生物投下によって戦線を巻き返す事は叶わず、

 約三週間後、8月22日には『州都ウラジーミル』の放棄が決定した。

 

 『第一親衛戦車旅団』は保有戦車数を半分以下にまで減らされたが、三週間の敵侵攻遅滞は称賛されるべき戦果であった。

 

 その甲斐あって、臨時首都機能の一部を有していた『州都ニジニ・ノヴゴロド』はその機能を北極圏の

都市『アルハンゲリスク』『ムルマンスク』に移転し、住民もその北極圏二都市や周辺各都市へ疎開させた。

 

 首都機能都市候補はロシア中央軍管区の大都市『エカテリンブルク』や『ノヴォシビルスク』も候補に挙がったが、アジアとの最短海上輸送路である北極圏航路の防衛と指揮に力を注ぎたい目的が一つ。

 またロシア北方艦隊の司令部である『ムルマンスク州軍港都市セヴェロモルスク』の存在も大きく、いざとなれば政府機能ごと海上に移転する事も考えられていた。

 

 撤退する際『州都ウラジーミル』には大量のEDF製C型爆薬が仕掛けられ、都市の破壊と引き換えに、都市そのものを食い荒らす巨大生物に大きな打撃を与えた。

 既に廃墟と化していた『州都ウラジーミル』だったが、止めの爆弾の連鎖爆発によって崩壊する様は、その町出身のロシア兵士、EDF歩兵達に涙を流させ、同時に”絶対に奪還する”という意思を固め、彼らはその地を後にしたという。

 

 EDFとロシア軍は、再び『州都ニジニ・ノヴゴロド』に戦力を集めるが、M7幹線道路『アフトダローガ・ヴォルガ』沿いに多数の戦車部隊・機甲部隊による攻撃、そして『戦略爆撃機Tu-95』による絨毯爆撃で、『ニジニ・ノヴゴロド』へ向かう戦闘集団を大幅に漸減した。

 

 だがそれが却って巨大生物の拡散を呼び、『ニジニ・ノヴゴロド州』に向かって一直線だった巨大生物群は北部『イヴァノヴォ州』や南部『リャザン州』の各都市に散らばった。

 それが防衛をより困難にし、広範囲に三重の防衛線を張った『東欧戦線』のような対策を余儀なくされた。

 

 しかし、もとより『ニジニ』の一点防衛に力を入れていたロシア軍・EDFは対応しきれず、各都市から次々と陥落の報告が相次ぎ、犠牲者は増え続けた。

 2022年9月の時点で、EDF兵士を含むロシア国内の犠牲者は人口の三割近くの4000万人に近いと推察された。

 

 そこで『ニジニ・ノヴゴロド』に拠点を置くロシア軍『西部軍管区-第一親衛戦車軍』は、拠点防衛を諦め、機動力の高いBTG『大隊戦術群』を大量に編成し、独自に各都市の防衛に充てた。

 

 一時は通信網、指揮系統、そして兵站線の急激な複雑化により必要以上の損害と苦戦を強いられ、ままならず全滅する部隊が出るなど失策との声もあったが、

 EDFが兵站・通信網の助力に応じてから各大隊は息を吹き返したように動き出し、待ち伏せ、挟撃、遅滞戦闘など高度な連携と素早い機動力で、『西露・ニジニ戦線』を凡そ半年近くも持たせた。

 

 年が明け、2023年1月18日。

 徐々に損害が無視できなくなっていたニジニ戦線の部隊は、ここで日本戦線から吉報を受ける。

 そう、レイドシップ撃墜の報告だ。

 

 これまで複数の新型砲弾の攻撃や脆弱箇所(とみられる)への一点集中攻撃、下部ハッチへの一斉突撃作戦など多くのレイドアシップ撃墜作戦が行われていたが、そのどれもが失敗に終わっていた。

 

 勝利の鍵は、これまで誰もが実行しなかった歩兵による少数精鋭部隊での接近戦だった。

 

 ”突撃作戦”と言いながら、その実どの国やどの地域も巨大生物の群れをかいくぐる事は出来なかったのだ。

 強酸を放出し、人を喰らう巨大生物に生身で接近するなど、自殺行為だからだ。

 現にこれまで戦果を上げることが出来なかった。

 

 ロシア軍、EDF西露方面軍は極東方面第11軍の戦術を分析し、EDF歩兵四兵科の連携、及び後方から砲兵の援護射撃・航空支援を駆使して、六日後1月24日についに撃墜の戦果を上げることが出来た。

 

 以降撃墜の戦果が立て続けに上がり、フォーリナーは対策として投下高度を上げ始めた。

 だが、それこそ人類軍の思うつぼとなる。

 EDFの対戦車砲と見紛う高威力の狙撃銃によって、撃墜の戦果はさらに増えた。

 

 だが、2月に入り、フォーリナーは急激にその戦力を増し始めた。

 レイドシップ撃墜を皮切りにしたように、新種である、侵略性巨大外来生物β、浮遊艦載機ガンシップ、多脚歩行戦車ダロガが襲来した。

 そして極めつけは、日本戦線に上陸した四足歩行要塞エレフォートだ。

 

 いずれも強敵であり、特にニジニ戦線に一気に出現したガンシップにより、制圧の要であった『戦略爆撃機Tu-95』六機がほぼ同時期に喪失。

 戦闘爆撃機『Su-34 サラカープト』や攻撃機『Su-25 グラーチュ』なども多くが撃墜され、ロシア空軍やEDFは同時に制空権を失った。

 陸戦でも、空間機動力を持つβ型と、重装甲大火力のダロガに急襲を受け、善戦していた『第一親衛戦車軍』は戦力の七割を失い壊滅した。

 

 2月8日。

 ロシア軍西部軍管区司令部は直ちに『ニジニ・ノヴゴロド』を放棄し、前線司令部をロシア連邦・タタールスタン共和国の首都『カザニ』まで後退させ、戦力の立て直しを図った。

 一方EDF西露方面軍は、『カザニ』より手前120km手前、ロシア連邦・チュヴァシ共和国の首都『チェボクサリ』に前線司令部である『西露戦線独立混成旅団司令部』を設置し、周辺都市のEDF部隊と連携し防衛線を構築した。

 

 フォーリナー群は『ニジニ・ノヴゴロド』よりヴォルガ川沿いに東進を続け、EDF西露第11機甲師団-第111戦車連隊の『ギガンテス』『ヨルムンガンド』約120輌、そして『コンバットフレーム・ニクス』約60機の他、随伴歩兵凡そ3000人が、チェボクサリ西方約80km地点の『ニジニ・ノヴゴロド州ヴォロティネツ』郊外でフォーリナー群と激突し、激しい戦車戦が繰り広げられた。

 

 上空ではロシア航空宇宙軍・西部統合戦略コマンド隷下である第六航空防空軍が『Su-27 ジュラーヴリク』『MiG-31 ブラーミャリサ』、EDF西露方面軍-第25空軍-西露第一航空戦闘団からは制空戦闘機『EJ-24A レイヴン』戦闘爆撃機『KM-6E カムイ』など、総力を結集した広域防空戦闘が行われたが、ガンシップの航空力学を無視した変則機動に対応できず、壊滅に近い大敗北を喫し、上空の制空権は完全に握られた。

 

 しかしながら、ガンシップには対空砲での攻撃が非常に有効であり、EDFの『アンモナイト自走対空砲』、ロシア陸軍の『シルカ自走高射機関砲』『ツングースカ自走式対空砲/ミサイルシステム』が空軍/航空宇宙軍以上の戦果を叩き上げた。

 

 2月28日。

 激しい戦車戦の末、ダロガへの攻撃力・防御力に対して既存の戦車では優位に立ち回れず、『チュヴァシ共和国首都チェボクサリ』の『EDF西露戦線独立混成旅団司令部』は壊滅し、『ロシア連邦・タタールスタン共和国』にフォーリナーが雪崩れ込む。

 また奇しくも同日、極東戦線が四足歩行要塞によって崩壊し、日本国はEDF南極総司令部より『陥落』を言い渡された。

 

 それから約一月後、3月30日まで劣勢は続いた。

 それぞれロシア連邦の地方州都・共和国首都である『カザン』『イジェフスク』『ウファ』『ペルミ』は立て続けに陥落。

 前線司令部は、ロシア軍中央軍管区司令部のある大都市『エカテリンブルク』まで後退し、その『エカテリンブルク』郊外では3月28日から激しい地上戦が繰り広げられていた。

 特に『エカテリンブルク』より南方約180km『重工業都市 チェリャビンスク』にある、『EDFロシア第二工廠』は今後の戦局に影響を与える重要拠点である為、エカテリンブルク防衛戦には、EDF・ロシア軍共に総力を挙げて臨む。

 

 特に連戦続きだったロシア西部軍管区は、他戦線で戦う部隊を残しほぼ壊滅し、指揮権はロシア中央軍管区に移行していた。

 EDFも同様で、EDF西露方面軍-第二軍・第五軍は戦力低下を理由にEDFシベリア方面軍に吸収・再編成された。

 

 またEDF極北方面軍やロシア軍北部軍管区も『ロシア連邦・コミ共和国首都シクティフカル』に迫るフォーリナーへの防衛の為、新たに『極北戦線』を構築し、大規模な面制圧砲撃・迎撃戦闘を行っていた。

 

 そして4月1日。

 陥落した筈の日本極東戦線より、突如出現した超抜級β型個体・バゥ・ロードの撃破に成功、かつ日本国臨時首都・京都の防衛に成功したと報告があがった。

 

 ロシア各戦線で下士官は勝鬨を上げ、日本戦線の健闘を褒め称えたが、上層部将官は困惑の方が大きかったという。

 

 そして4月5日。

 EDFロシア第二工廠より、対フォーリナー戦での戦闘を元に改良された新型戦車がついに配備された。

 ギガンテスⅡである。

 

 また同工廠より量産された大量の『コンバットフレーム・ベガルタ』を『エカテリンブルク』周辺に配意、迎撃態勢を整えた。

 ベガルタはニクスより火力・装甲に優れ、かつ巨大生物に差し込まれる近接戦闘に於いて、戦車よりも生存性に優れる事から、対巨大生物・対ダロガ戦に於いて活躍を期待されていた。

 

 さらに、『エカテリンブルク』より南方、『カザフスタン』との間に位置する旧ソ連の小国『エルギニスタン共和国』でかつて猛威を振るった国際テロ組織『カインドレッド・レベリオン』やそれに同調するテロリストの間で使われていた、各種コンバットフレームの残骸やパーツの一部(EDF統一装備局が開発した事もあって。コンバットフレーム類は完全ではないもののある程度パーツ同時の互換性のある物が多く、知識があれば残骸を組み合わせて製造する事は可能だった。優れた整備性を求めての事だったが、テロリストに利用されるという皮肉な結果も残った)を流用して作られた即席コンバットフレームを強制徴収した。

 

 簡易整備後、正式に『ナイトクローラー』の名を与え、主力侵攻方面である『エカテリンブルク』からはみ出したはぐれ部隊を(とはいえその数は多い)『チェリャビンスク』入口で迎撃する重要任務を与えられた。

 正規軍主力を『エカテリンブルク』防衛戦に充てなければいけない中での、足りない機甲戦力を補う苦肉の策であったが、テロリストが組み上げたナイトクローラーを見て、EDFロシア第二工廠の技術者たちはその汎用性とコストパフォーマンスに舌を巻いたという。

 

 が、乗せられるパイロットは元犯罪者や素行不良な者、或いは民間人の強制徴兵した者に簡単な訓練を与えたものであり、機体や人員と言い数合わせ以外のなにものでもなかった。

 

 そして4月13日。

 ついにエカテリンブルク防衛戦の戦端が開かれた。

 

 EDFの最新鋭戦車『E-552 ギガンテスⅡ』や、独自に対F改修を施したロシア陸軍の『アルマータ T-14F』は航空支援・砲撃支援によって善戦するも、航空優勢は長持ちせず、更に巨大生物の地中侵攻、シベリア戦線で初の二脚歩兵殲滅機ヘクトルの降下を受け、歩兵部隊に甚大な被害が出る。

 

 エカテリンブルクの高層ビルはプラズマ砲装備の砲兵ヘクトルの砲撃を受け崩壊し、ダロガの粒子砲弾の面制圧砲撃により、市街地は瓦礫の山と化した。

 

 だが、瓦礫と化した市街地で活躍したのはニクス・ベガルタの混成コンバットフレーム部隊だった。

 戦車が越えられない瓦礫をスラスターで飛び越え。ヘクトルに対して有利に立ち回る。

 また搭載火器の火力でニクスを上回るベガルタは、小隊間で連携を組んでダロガ十数機をも撃破する大戦果を上げた。

 しかし、それも長くは持たない。

 

 4月15日。

 二日間の苛烈な激戦を経て、EDF・ロシア両軍はフォーリナーに多大な損害を与えるも、EDFシベリア方面軍司令部は地球防衛戦略に基づき撤退を命令。

 EDFに引っ張られる形でロシア軍も撤退を余儀なくされ、大都市エカテリンブルクは陥落した。

 

 一方で、その煽りを喰らった『チェリャビンスク』のナイトクローラー部隊は、エカテリンブルク陥落後も戦線を維持していた。

 軽装・低コストではあるが高い運動性能によって巨大生物やヘクトルに対し有利に立ちまわり、同じく配備されていた歩兵戦闘車や装甲車、迫撃砲小隊と連携を組み、少ない犠牲で効率よく戦線を維持していた。

 

 結局、エカテリンブルク陥落後の敵主力は人類軍の撤退を追うようにチュメニ方面へと東進し、チェリャビンスクに敵主力が押し寄せる事は無く、要衝であったEDFロシア第二工廠は護られる事となった。

 

 だが、4月15日以降も継続的な敵襲撃を受け続け、予断を許さない状況が続いている。

 




ロシアの戦略爆撃機『Tu-95』に何か愛称は無いかと思ったのですが、西側愛称は『ベア』だそうです。
同様に、『Su-34』は『フルバック』……ちょっとダサい(主観)し、どうせならロシア語使いたかったので一部創作しました。

『Tu-95メドビェーチ』は創作で、そのまんま熊の意味です
『BM-30スメルチ』『BM-21グラート』『TOS-1ブラチーノ』は現代と同様。
『T-14 アルマータ』『T-90 ウラジーミル』は現代と同様ですが、『T-80U ヴェリスク』の愛称は創作です。
ウラジーミルと同様に都市名にしました。
ウラジーミルは人名にも使われていますが、なんとなく都市名の方がいいかなぁと。

『Su-34 サラカープト』は創作で百舌鳥の意味ですが語感が気に入ったので。
『Su-25 グラーチュ』は現代と同様です。

『Su-27 ジュラーヴリク』『MiG-31 ブラーミャリサ』の二つに関しては、『マブラヴ オルタネイティヴ』の設定より出典しましたので、オリジナルではありません!

ドイツ語が格好いいという人は多いけど、自分はロシア語の方が好きです


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幕間2 北欧戦線①:トヴェリ防衛作戦「ヴィリーキィ・トヴェリ」

●北欧戦線

 7/24の核攻撃『ヴァシレフスキー作戦』の成否については様々な意見がある。

 核攻撃プロセス自体は滞りなく実行・終結させ、三つの主目標のうち『巨大生物群の殲滅』『インセクトハイヴの破壊』の二つを成功させた。

 だが三つ目の主目標『レイドシップの撃沈』に失敗し、更に地中から多くの巨大生物群の出現を誘発させ、結果的に周辺への侵攻を助長させたことから一般的に失敗であったとはみなされている。

 しかし地上にいた20万体超の群れをあのまま放置していたら、今以上に凄惨な事になっていた可能性は誰もが考える。

 更にインセクトハイヴを破壊した成果か、大規模侵攻の始まった2023年2月以降もロシア戦線全域で侵略性外来生物γの確認は認められず、ガンシップに航空優勢こそ取られているものの、対空部隊の活躍は維持されている。

 

 しかし前述の通り、放射能汚染と共に周辺の巨大生物は地下より出現・拡散し、ロシア西露戦線・北欧戦線・東欧戦線を苦境に立たせた。

 

 そのうちひとつの巨大生物・レイドシップ艦隊はM-11高速道路に沿う形で北上し、防備の間に合わないモスクワ近郊の都市を蹂躙し、モスクワ北部・トヴェリ州との境に位置する『ザビドヴォ国立自然公園』へ侵入した。

 東進する大規模フォーリナー群への対処に追われるサンクトペテルブルクの西部軍管区は余裕がなく、『州都トヴェリ』に司令部を置く『第79ロケット砲旅団』や『第13独立自動車化狙撃旅団』の指揮官は頭を悩ませた結果、『ザビドヴォ国立自然公園』でミサイル砲撃と直接交戦を敢行した。

 

 だが『第79ロケット砲旅団』は戦術弾道ミサイルを装備する旅団であり、弾頭をクラスター弾頭に換装して面制圧を行ったものの、クラスター弾頭の備蓄は十分ではなく、通常弾頭で巨大生物の大群を攻撃する事はあまりに費用対効果という点で有効ではなかった。

 それでも在庫を全て消費する勢いで発射したが、焼け石に水程度の効果であった。

 

 かわりに奮戦したのは『第13独立自動車化狙撃旅団』である。

 その構成は、

 100mm低圧砲や7.62mm機銃を多数装備した歩兵戦闘車『BMP-3』と突撃銃AK-74Mや迫撃砲、対戦車兵器を持つ『自動車化狙撃兵』が配備された『自動車化狙撃大隊』が三個大隊。

 152mm自走榴弾砲『ムスタ-S』や、BM-21自走多連装ロケット砲『グラート』を保有する『自走榴弾砲大隊』が二個大隊。

 125mm滑腔砲とレリークト爆発反応装甲(リアクティブアーマー)を装備するT-72B2『ロガートカ』を有する『戦車大隊』が一個大隊。

 その他多くの指揮・支援・兵站系部隊が組み込まれている。

 

 希少動物や絶滅危惧種が多く眠る場所での戦闘によって、多くの生命種が凄惨な最期を迎え、国立自然公園は炎と鉄の地獄と化した。

 

 やがて『第13独立自動車化狙撃旅団』は半数を失ったのち国立自然公園を後にする。

 『ザビドヴォ国立自然公園』は人間、巨大生物を含む様々な生命種の墓場となったが、後続の巨大生物はその屍を何の感情もなく踏み付け、レイドシップはその上を悠々と飛行した。

 

 そのフォーリナー群は制圧された自然公園の目と鼻の先にある『州都トヴェリ』へ侵攻。

 州都は『ヴァシレフスキー作戦』開始より緊急避難を行っていたものの未だ都市には20万人近くがインフラ維持のために残っていた。

 

 『州都トヴェリ』は国内維持にも重要な工業都市のうちの一つで、なおかつ首都モスクワ、第二の都市サンクトペテルブルクを結ぶ鉄道や高速道路があるなど、交通の要衝でもあった。

 更にロシア連邦軍最大級の空軍輸送基地『トヴェリ・ミガロヴォ』があり、軍にとっても重要拠点と言える。

 特に、モスクワが壊滅した今、旧モスクワの各機関・人員や多くのシステムが移設・移動したまま残っており、モスクワに近すぎる事が分かっていながら、軍事・政治・産業共に簡単に手放すことは出来なかった。

 

 当然、この場所を守るべく多くの戦力が、ロシア連邦軍西部軍管区司令部のあるサンクトペテルブルクより大移動を行って来ていた。

 しかし、首都モスクワ壊滅・ロシア連邦軍参謀本部の移動による混乱、『ヴァシレフスキー作戦』の実行とその影響への対処、東西に分かれた大規模な巨大生物群の進撃などに対応が追われ、この時期『州都トヴェリ』に十分な戦力を送る事が出来なかった。

 

 そんな状態で7月30日、『トヴェリ防衛作戦:ヴィリーキィ・トヴェリ(偉大なるトヴェリ)』が幕を開けた。

 トヴェリ自体が要衝であると同時に、ここの突破を許せば『古都ノヴゴロド』、その先は今やロシア中枢を担う臨時首都『サンクトペテルブルク』への道を明け渡してしまう事になる。

 トヴェリでは『ミガロヴォ空軍基地』をフル活用し、トヴェリ州全域の戦力と人員を可能な限りかき集めていた。

 しかし、それでも十分と言える戦力を確保できないまま、作戦は決行された。

 

 都市全域を使った攻撃作戦で、瞬く間に都市は廃墟になり、捨て身のレイドシップ撃墜作戦が何度も行われた。

 その勇猛かつ無謀な突撃によって、トヴェリの防衛戦力は枯渇し、最後には作戦の指揮を執っていた『第13自動車化狙撃旅団』司令部が玉砕突撃を敢行し、全滅。

 『ヴィリーキィ・トヴェリ作戦』に参加した全ての部隊は、例外なくこの地で抵抗の末、果てて行った。(この戦いで『レイドシップへの突撃作戦は自殺行為。白銀装甲を貫通できる新型砲弾の開発を待つこと必須』という世界の常識のような考えが広く行き渡り、世界の対フォーリナー戦は都市を拠点とする徹底抗戦から後退に後退を重ねる遅滞戦闘が主へと変わっていった。だが、それを世界に知らしめたロシア・西露戦線では、広大な土地があるにも関わらず、部隊の展開にフォーリナーの進撃速度が追い付かなかった為、時間を稼ぐ都市防衛を目的とした大規模戦闘が相次いだのは皮肉だろう。そんな中なので、歩兵の少数突撃作戦を成功させた日本はやはり世界の驚愕を誘った)

 

 司令部玉砕後も続いた戦闘は8月17日でほぼ完全に抵抗力を失い、トヴェリ全域にて市民の虐殺と都市の破壊が徹底的に行われた。

 巨大生物は人間に限らず、自動車・建造物・樹木や植物・燃料・資源などありとあらゆるものを喰らい尽くした。

 しかしその行動に一貫性は無く、唐突に貪りを中断し移動したり、群れの中でも数匹がはぐれ別行動を取ったり、その場にとどまり徘徊したりと、人類の予測を悉く裏切って行動した。

 

 その結果残るのは、残骸だらけの食い散らかされた都市だ。

 人間一人を見ても、骨も残らず丸呑みに近い形で捕食される人間から、汚くバラバラに食い散らかされたり、或いは凄惨な都市の中で生き残りが現れたりと、機械や兵器の様な正確さからはかけ離れていた。

 

 しかしそれは却って悲劇と混乱を生み、家族を失い、一人だけ生き残ってしまった人間、四肢欠損して藻掻き、出血多量で死ぬ事しか残されていない人間、凄惨な光景に正気を失う人間や、燃え続ける街、瓦礫、倒壊する建造物、引火する燃料、更にその中を気まぐれに徘徊し、気まぐれに生き残りを喰らう巨大生物。

 

 いっそ全て更地にしてくれた方がましと言える地獄が、巨大生物が蹂躙した後に残る傷跡である。

 

 州都トヴェリの陥落によって、トヴェリ州は全域が地獄と化した。

 

 しかし、『ヴィリーキィ・トヴェリ作戦』に参加した兵たちの挺身によって、更に北に隣接する『ノヴゴロド州』の防衛体制が整った。

 事態を重く見たEDF西露方面軍司令部の判断により、EDF三個軍団が動き出し、ノヴゴロド州とトヴェリ州の境付近に位置する『EDF第129駐屯基地:バルダイ』*1を改造・増築した『バルダイ要塞群』に戦力が集結した。

 

 『バルダイ要塞群』から『古都ノヴゴロド』までは直線で凡そ130km。

 EDF西露方面一軍司令部隷下のEDF西露第二軍団は、『バルダイ要塞』に戦力を集中させながらも、『ノヴゴロド』へ至るまでの土地に戦力を分散配置していた。

 

 『ザビドヴォ国立自然公園』での戦いでレイドシップへの攻撃は諦め、新型砲弾開発までの時間稼ぎとして遅滞戦闘に重きを置く戦術ドクトリンに流れが変わったのだ(前述の通り、西露戦線はこの戦術が間に合わなかった)

 

 そして9月5日。

 トヴェリ州の蹂躙を終えたフォーリナー群が一斉にノヴゴロド州の入り口ともいえる『バルダイ要塞群』での戦闘が始まった。

 

 しかし期待されていた要塞群での奮戦は凄惨なものになった。

 そもそもこの『バルダイ要塞群』は、『ザビドヴォ国立自然公園』での戦いが本格化してから大部分が急増された簡素なものであり、いくらEDF主導で構築したとはいえ激しい攻勢に耐え得るものではなかった。

 巨大生物の酸はあらゆる鋼鉄・防壁を溶かし、垂直の壁を減速せずに自在に移動する走破性で、要塞内部まで侵入し虐殺を行った。

 

 要塞砲からは多数の砲撃が行われて少なくない巨大生物を撃破していたが、津波の様に押し寄せる巨大生物に対しては無意味だった。

 EDF西露第二軍団の主力は瞬く間に捕食・溶解・惨殺され、要塞内部は凄惨なものとなった。

 しかし要塞機能が失われた後もEDFは小隊・分隊・あるいは個人単位で生存・抵抗を続け、孤立無援となりながらもその場に留まり敵を引き付けていた。

 

 一方撤退可能な部隊は『バルダイ要塞群』の大部分を放棄し、周辺都市『オクロフカ』『クレスツィ』『ヤムニクスコエ』などの郊外・平原に展開していた部隊と合流した。

 ここから、ノヴゴロド州全域を戦域とした広い範囲で遅滞戦闘が繰り広げられた。

 

 撤退に撤退を重ね、場当たり的な戦闘を強いられていた西露戦線に比べ、巨大生物やレイドシップの絶対数が少ないとはいえ、EDFとロシア陸軍、そして空軍や海軍の高度な連携を取れた為多くの被害を出しつつ戦線の維持に成功していた。

 

 特にノヴゴロド州の6km程南にあるイリメニ湖に緊急展開したロシア海軍バルト海艦隊の『アドミラル・ゴルシコフ級フリゲート艦』や、EDF北欧圏連合艦隊の『アーレイ・バーク級EDFミサイル駆逐艦(アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦はアメリカ海軍のものだが、地球防衛構想によりEDF工廠がライセンス生産を行い、独自に改修され内部・武装は別物となっている)』の砲撃・ミサイル攻撃の援護が行われたことが大きかった。

 

 サンクトペテルブルクに軍港を置く両艦隊は、都市内を流れるネヴァ川を東部に進み、欧州最大の巨大湖ラドガ湖に流れ込むヴォルホフ川に入り南下、ノヴドロゴ市内を抜けてイリメニ湖へ支援に来ていたのだ。

 

 『アドミラル・ゴルシコフ級フリゲート艦』からは130mm単装砲やカリブル巡航ミサイル、『アーレイ・バーク級EDFミサイル駆逐艦』からは127mm速射砲、N5巡航ミサイル、エメロード汎用ミサイルが次々と各線上に火力投射を行った。

 

 ノヴゴロド州での戦闘が始まってから二か月後。

 11月中旬に入った頃、ついに各地で戦線が崩壊し、一気に州都ノヴゴロド近郊での戦闘が火蓋を切った。

 また二か月に及ぶ遅滞戦闘の影響で、戦線が長大になり、東は巨大なダムで莫大な電力事情を担うエネルギー都市『ルイビンスク』、西は宗教の中心地であり、バルト三国防衛の要衝『プスコフ』まで侵攻が始まった。

 

 いずれも20万人規模の都市であり、捨て置くわけにもいかず戦力を分散せざるを得ない。

 そんな時、フィンランド軍・スウェーデン軍、更にEDF北欧方面軍が動いた。

 北欧防衛の為、フィンランド・スウェーデン・ノルウェーの北欧三国は、決して友好とは言えないロシア政府と交渉し、EDFの主導を条件に大規模軍の上陸を許可した。

 

 本来、EDF南極総司令部は北欧方面軍の戦力を割いてまでロシア国内を防衛する事に消極的であった。

 地球防衛構想に基づき、EDFは南極総司令部の命令があれば、国家政府の許可を得ることなく国境・地域を跨ぐことが出来る。

 しかし、仮に大軍をロシアに送ったとしても、”無敵艦”とも呼ばれるレイドシップがいる限り、人類に出来る事は時間稼ぎの他にない。

 

 現状の最良戦略は”遅滞戦闘”であり、『新型装甲貫通弾』が開発されるまでは戦力の前進移動は行わない方針であった。

 が、フィンランド軍・スウェーデン軍がEDFの”要請”を無視しロシアへの大規模戦力移動を敢行した事により、EDFも追従せざるを得なくなった。

 二ヵ国軍の、特に歩兵装備は対巨大生物戦に於いて力不足である。

しかしどんな国、どんな質の兵士であっても無為に損失を増やすことは人類守護・地球防衛戦略へのマイナスとなる。

 故に次善策としてEDFは二ヶ国軍と同時に大規模な戦力移動を行った。

 

 その間の北欧防衛・防衛体制充足の為ノルウェー軍は残り、北欧二国とEDFはロシア・サンクトペテルブルクを経由しノヴゴロドへ向かった。

 

 また東欧では、その動きに乗じてエストニア・ラトビア・リトアニアのバルト三国の国軍・駐屯NATO軍も動き出し、こちらもロシアの国境を越え、州都プスコフ防衛へ向かった。

 これはサンクトペテルブルクの臨時政府にほぼ無通告で行われた。

 

 バルト三国はサンクトペテルブルク臨時政府への直接のパイプを持っていなかった為、国家防衛の危機を理由に事後承諾の形を取った。 

 

 サンクトペテルブルク臨時政府は、バルト三国からの情報をNATO軍→EDF欧州方面軍→EDF南極総司令部→EDF西露方面軍→サンクトペテルブルク臨時政府の順という非常に回りくどい経由でこれを知ったため、バルト三国がプスコフ到着後も、越境の情報は間に合わなかった。

 現地ロシア軍兵士は「侵略か!?」と動揺の声が上がりながらも「もうなんでもいいから手を貸してくれ!」の意識の方が強く、思ったより大きな混乱は起きなかったという。

 

 プスコフの戦力充足を知り、フィンランド・スウェーデン・EDF北欧方面軍は戦力を二分割し、二ヵ国軍主力はノヴゴロドへ、EDF主力はルイビンスクへと向かった。

 

 しかし中でも重要と言えるのは依然『ノヴゴロド』である。

 ノブゴロド自体に戦略的価値は薄いが、ここを制圧されるとサンクトペテルブルクは目の前である。

 サンクトペテルブルクには、ロシア連邦軍西部軍管区、並びにロシア連邦軍参謀本部、更にロシア臨時政府の一部機関と、EDF西露方面軍司令部など、本来モスクワにあった司令部機能、国家機能が集中している。

 

 更にロシア人にある精神・歴史的観点でも、ロシア最古の都である『ノヴドロゴ』は日本人で言う『京都』のような(いにしえ)の都である為、絶対に敵の手に渡したくない、という意識があった。

 

 しかし、フォーリナーはその考えを真正面から蹂躙する。

 2022年12月2日。

 最後まで奮戦していた『ノヴゴロド州プロレタリ』が陥落し、集結したロシア連邦軍西部軍管区・EDF西露方面軍・EDF北欧方面軍・スウェーデン・フィンランド連合軍が戦力を抽出し、合計三個軍団相当の戦力が集結した。

 そのうちの一部がノヴゴロド=プロレタリ間でフォーリナー群と激突し、『ノヴゴロド防衛戦』が幕を開けた。

 

 ノヴゴロドの避難状況は芳しくない。

 市内には、凡そ20万人の人口のうち、未だ5万人近くが避難の遅れで残っている。

 理由は様々だ。

 住民の拒否、避難先の受け入れ態勢の不備、交通網や輸送手段の不足、避難全般作業やインフラ維持の為、など。

 サンクトペテルブルクは既に受け入れできる状況ではなく、周辺の都市も急な人口増加に既に対応が限界になっている。

 EDFは都市近郊に大量のプレハブ家屋を設置したが、それの在庫も全世界で大量に枯渇しだしている。

 

 それを嘲笑うかのような大量の敵が、ノヴゴロドに迫る。

 

 陸地を埋め尽くさん勢いで迫る巨大生物、上空で浮遊し、まるで反復爆撃の様に何度も往復し巨大生物を都市上空へ投下するレイドシップ。

 後退する余裕はなく、またも玉砕覚悟で突撃し、レイドシップのハッチを狙う部隊が急増し、そして損害を与えられないまま全滅した。

 

 レイドシップはその巨体さで低空飛行を行う為か、自動車程度の速度でゆっくり飛行しているが、当然人が戦闘しながら走って並べる速さではない。

 車輛であれば追い付けはするが、車載砲は仰角の問題で使用できず、また前方を必ず巨大生物の壁で塞がれるため、結局は歩兵による突撃しか戦法はない。

 

 EDFの先進歩兵である降下翼兵(ウイングダイバー)二刀装甲兵(フェンサー)であれば突破して射程内に収める事は出来るが、上を向けば周囲の巨大生物に食われる事は間違いない。

 前提として、圧倒的火力で投下後の巨大生物を封殺するしか方法はない。

 そしてそれは現状の火力・兵力では不可能だった。

 現段階の人類に出来る事は、地上に投下された巨大生物を少しでも駆除する事だけだった。

 

 ノヴゴロドへ終結した三個軍団相当の北欧連合軍はノヴゴロド周辺で次々迎撃を始め、そして徐々に包囲され、迎撃から、後退を含む遅滞戦闘へ移っていった。

 そして12月4日には最初に戦闘した南東部プロレタリ方面が破られ、それを皮切りについにノヴゴロド市内での戦闘が発生した。

 

 北欧連合軍は軍一部をノヴゴロド内へ後退させ市街戦を行ったが、フォーリナーはノヴゴロドに群がるように包囲を行い、12月8日には北部、西部の一部区域を覗いて重厚な半包囲が形成されてしまう。

 

 更に周辺のフォーリナー群は、北上しサンクトペテルブルク方面に向かう事なく、ノヴゴロド州に散った全ての巨大生物が都市ノヴゴロドの一点を目指し集中した。

 この動きは他の地域・戦線でもままある事であり、人類側の戦力集中点・防衛拠点や大都市などがある場合、迂回や囮を使うことなく一点集中でその拠点に群がる。

 

 習性か戦略かあいまいな部分ではあるが、ノヴゴロドに於いてもこの状況が発生した。

 これは人類の防衛戦略に於いて、その地点が突破されなければ後方での体制を整えられる利点はあるが、反面その集中個所は激戦となり、そう長くは持たない。

 また、集中が度を過ぎると溢れた個体が周辺都市に広く拡散し、浸透・突破を許す事にもつながる。

 

 その負の点においても例外なくノヴゴロドは該当し、夥しい数の巨大生物が一都市に大挙した。

 北欧連合軍はそれを逆手に取り都市から陸軍を退去させ、執拗な空爆を行うも、低空飛行のレイドシップが傘の様になり、効果的な爆撃を行えず、結果的に地上部隊での熾烈な市街戦となった。

 

 建物を縦横無尽に駆け巡る巨大生物との戦闘では、市街戦の分が悪い事は周知の事実だが、都市が破壊されようと、砲爆撃に晒されようと、それでも主にロシア軍は古都ノヴゴロドの土地や住民を守るべく奮戦した。

  

 だが、EDFの決断は無慈悲であった。

 12月15日。

 EDF北欧方面軍を含む、北欧連合軍はEDF・ロシア両軍の損耗が五割、連合軍の損耗が三割に達した事と、巨大生物によるノヴゴロド包囲網が完成しつつある事を理由に撤退を提案。

 苦渋の決断ではあったが、EDF西露方面軍も同意したことを受け、ロシア連邦西部軍管区も認めた。

 未だ助けを求める市民に最期の介錯を与えるかのように、低仰角で猛烈な砲撃を無差別に加えるロシア海軍『アドミラル・ゴルシコフ級フリゲート艦』三隻を最後に、ノヴゴロドからは全軍が撤退した。

 

 軍のいなくなった古都ノヴゴロドに響くのは、千年の間古都を受け継いできた市民たちの阿鼻叫喚の地獄だった。 

 

 12月17日。

 巨大生物によるノヴゴロド食害が終わり、レイドシップと共に、巨大生物の大群は数個に分かれて移動を開始。

 最大の梯団は4万体以上に上り、第二首都サンクトペテルブルクに向かって北上した。

 そしてほぼ同時期に水力発電都市『ルイビンスク』東欧防衛の要衝『プスコフ』も陥落し、一体の電力不足と東欧バルト三国への侵攻を許した。

 

 周辺都市は物量に圧迫され次々と陥落。

 ノヴゴロド=サンクトペテルブルク間の平原・雪原には対戦車地雷・対人地雷・そしてEDFのC型爆雷を大量に設置した(巨大生物に偽装は不要なため、占領地奪還の事も考え剥き出しのままで十分だった)

 更にロシア北欧戦線の総力を挙げた砲爆撃が行われ、巨大生物群の推定四割近くの漸減に成功した。

 

 しかし、人類の勝利条件である『白銀装甲貫通弾』は完成しない。

 何度か人類の有する技術と、南極の遺物(ボストーク・レリック)を解析し、新型砲弾を開発しているが、そのいずれも効果を与えるには至っていない。

 それの開発には、どうしてもレイドシップの装甲素材の解析・再利用が必須なのだ。

 そして装甲素材を得るためには不可能と言われるレイドシップを撃墜しなければいけない、というジレンマに陥っていた。

 

 人類の、そしてロシアの時間稼ぎも虚しく、ついに12月25日。

 今やロシア最大の都市にして中枢地であるサンクトペテルブルクにフォーリナーが大挙した。

 『サンクトペテルブルク攻防戦』が始まった。

*1
史実ではバルダイ国立公園




ひとつに纏めようとしたけど無駄に長くなって無理でした(汗
またもロシアの中で更に分割です。
まさかこんなに筆が乗るとは……と言いつつ、これ結構執筆コスト高いので(平たく言うと凄い調べるし疲れる)更新頻度かなり落ちてます
まさか、今年いっぱい幕間にかかるなんてことは……普通にありそう。
早く仙崎の話も進めたいのですけど……ここにきて世界情勢なんも考えてないので、ここらでちゃんと決めておかないと後々困るのですよ、俺がw
なのでしっかり濃厚に書いておきます。
ただ、今の段階でちょっと矛盾が多々あったりします実は。
落ち着いたらちゃんと修正していきたいです……。
幕間はせめて今年中には終わらせたく思うので。なんとか頑張っていきたいと思います。
ではまた~~


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幕間2 北欧戦線②:サンクトペテルブルク攻防戦/フィンランド本土決戦

ふぅ……なんとか更新……。
もう、調べる量がハンパなく多くて……楽しい!
いや疲れるけどね!?でも楽しい
あ、史実と違う所全然あるのでそれだけ注意!


 12月25日、『サンクトペテルブルク攻防戦』開始。

 

 主戦力は、戦力の温存を続けていたEDF極北方面軍がついに参戦。

 

 都市での防衛は、縦横無尽に走破する巨大生物の前では、不利と言わざるを得ない。

 敵が無数の物量を持っている事から、いずれ呑み込まれる事は必至と言えるため、一拠点を護るより、後退しつつ迎撃するのが最も効率がいい漸減方法だとも言える。

 

 しかしながら、そこに戦力を大量投入する事で(その意図は不明だが)周辺の巨大生物を一点に誘引することが出来る。

 そして都市は喰い尽くされるが、逆に言えば喰らう間は巨大生物を足止めしていると考える事も出来る。

 

 サンクトペテルブルクの軍司令部機能・政府機能は既に移転され、白海を代表する北極圏港湾都市『アルハンゲリスク』、北極圏最大の都市であり、周辺都市に北方艦隊司令基地のある軍港を持つ『ムルマンスク』の北極圏二都市の他数個都市に人員・機材は慌てて散開した。

 

 ロシア西部軍管区は戦力の大半をつぎ込んでいた西部・ニジニ戦線より大規模な戦力引き抜きを行い、サンクトペテルブルク防衛の戦力に充てた。

 しかしそれは無用な混乱を招き、サンクトペテルブルクに引き抜き師団が到着した頃には、既に市街が戦火に包まれていた。

 

 だが結果的にそれは功を成し、組織的な抵抗力を保ったまま1月18日を迎えた。

 その日は、EDF極東第一工廠(大阪・神戸)が開発した航空機搭載型装甲貫通弾”フーリガン・ブラスター”によるレイドシップ撃墜作戦”オペレーション・スチールレイン”が行われ、成功すれば全世界でレイドシップ撃墜の光明が見える筈だった。

 作戦は失敗し、全世界が再び絶望の淵に立たされると思われたが、しかしEDF歩兵四兵科の突撃作戦によって、約半年に渡り無謀だと思われてきたレイドシップの下部開口部攻撃が成功し、世界初の撃墜作戦成功例を生み出した。

 

 ここで鍵となったのは、敵殲滅を考えない無謀ともいえる敵中突撃と、EDF歩兵の持つ歩兵にあるまじき走攻守性能、そして高度な連携である。

 

 1月24日。

 これを分析・現地で再現した結果、多大な犠牲を出しながらも、EDF西露方面軍の一部隊がサンクトペテルブルクでレイドシップ撃墜に成功した。

 要領を掴んだEDF西露方面軍は、新たに『諸兵科連合小隊』を編成し、陸戦歩兵(レンジャー)降下翼兵(ウイングダイバー)二刀装甲兵(フェンサー)空爆誘導兵(エアレイダー)、そしてエアレイダーの指揮する空軍海軍の支援戦力を使い、破竹の勢いでレイドシップを撃墜した。

 

 このおかげで絶望的と思われた侵略前線が世界各地で止まり、反撃の兆しが見えるようになる。

 北欧戦線も同様で、サンクトペテルブルクは陥落直前で巻き返し、一時は市街の九割を占領されていたが2月までに三割近くまで奪還に成功した。

 

 レイドシップ撃墜が比較的容易になったとは言えまだ犠牲を伴う困難な戦術である事は変わらず、物量による脅威も健在だ。

 それでも人類の死に物狂いの努力と、縋るような希望を信じ少しずつ前線を押していった。

 

 だが、フォーリナーは次なる手を打つ。

 

 2月10日。

 世界中で新型・新種が出現し、戦況の悪化を聞く中、北極圏ロシアに最悪の敵が上陸した。

 2月6日、日本・厚木市に投下されたのと同型と思われる四足歩行要塞エレフォートである。

 

 北極圏都市『ムルマンスク』より北方45km地点。

 バレンツ海沿岸・岩礁地帯に歩行要塞はレイドシップ数隻を伴って上陸した。

 直後、そこから南24km地点の軍事閉鎖都市・ロシア北方艦隊『ポリャールヌイ基地』を砲撃した。

 歩行要塞上部のプラズマ砲から放たれた荷電粒子エネルギーは、30秒足らずの発射間隔で次々と放たれ、その一撃一撃が戦術核クラスのエネルギーで『ムルマンスク州ポリャールヌイ』を艦隊基地ごと徹底的に破壊、ポリャールヌイはクレーターと焦土に覆われた。

 

 更に歩行要塞とレイドシップは、下部ハッチから『浮遊戦闘機ガンシップ』『多脚歩行戦車ダロガ』『侵略性巨大外来生物β』を新たに投下。

 四足歩行要塞は巨大とは言え、明らかに胴体内質量以上の物量を投下している事から、レイドシップと同じように転送装置を搭載している事が判明した。

 

 この事実は、北欧戦線を震撼させた。

 

 2月11日。

 ポリャールヌイ基地の壊滅を受け、ロシア海軍北方艦隊及び、ロシア北方軍管区陸軍・空軍、そしてEDF極北方面軍-第三空軍-第一攻撃航空団と、第22海軍の誇る主力艦隊、EDF北極圏艦隊は四足歩行要塞エレフォートの撃破に総力を挙げる。

 ロシア北方艦隊旗艦『ソヴィエツキー・ソユーズ級原子力戦艦』を始めとし、『キーロフ級原子力ミサイル巡洋艦』『アドミラル・クズネツォフ級重航空巡洋艦』の他、戦略攻撃の基幹を担う『アクーラ級戦略任務重原子力潜水巡洋艦』などが集結し通常砲弾・ミサイルによる一斉攻撃を敢行するべく、続々と集結した。

 EDFからも『リヴァイアサン級弩級戦艦』『ポセイドン級戦艦』『トリトン級重巡洋艦』『テティス級巡洋艦』『オケアノス級空母』など一般的な編成の艦隊が出航し、バレンツ海域に集結した。

 

 2月12日。

 ロシア北方艦隊、四足歩行要塞エレフォートへの第一次全力砲撃を敢行。

 『ソヴィエツキー・ソユーズ級原子力戦艦』からは40.6cm三連装ロケットアシスト砲弾と、VLS発射式各種対艦・巡航ミサイルが、

 『キーロフ級原子力ミサイル巡洋艦』は100mm単装速射砲やグラニート艦対艦ミサイルが、

 『アクーラ級戦略任務重原子力潜水巡洋艦』はカリブル巡航ミサイルが、

 そしてその他ロシア海軍・EDF海軍艦艇からも大量の砲弾・対艦ミサイルが発射され、それが全て、鈍足な四つ足の胴体に着弾した。

 また対フォーリナー装甲目標用に非核通常炸薬を増加させた戦術・戦略弾道ミサイルが、ロシア戦略ロケット軍指揮下の各軍事拠点のサイロ・自走発射装置から発射された。

 

 それをまともに喰らった歩行要塞は、壊滅したポリャールヌイからコラ湾を挟んで僅か15km程しか離れていないムルマンスクへの進撃を止め、上部の巨大なプラズマ砲の砲身を艦隊へ向けた。

 

 歩行要塞から、長射程高出力プラズマ砲が放たれた。

 僅かな時間差の後、反応しきれなかったキーロフ級三番艦『カリーニン』に着弾。

 戦術核級の膨大な熱量が一瞬で爆発的に放たれ、船体は大爆発を伴って一撃で爆散・轟沈した。

 

 キノコ雲の巨大な爆炎が上がり、水面は波状に揺れた。

 そしてその衝撃から30秒足らず、第二射が北方艦隊を襲う。

 北方艦隊は退避もままならず、次々と艦艇を轟沈させられながらも砲撃の応酬を行った。

 

 だが、歩行要塞はその行動を止はしない。

 その上、下部ハッチが開き、大量の浮遊艦載機ガンシップが歩行要塞より発艦した。

 ガンシップはプラズマ砲撃に晒される北方艦隊更に追い打ちをかけるように群れで襲い掛かる。

 

 それを受け、『アドミラル・クズネツォフ級重航空巡洋艦』から艦載機Su-33(Su-27戦闘機の艦載機型)、MiG-29K(艦載型マルチロール機)、YaK-41M(超音速垂直離着機)が次々に飛び立ち、迎撃した。

 EDF海軍『オケアノス級空母』数隻からも、今まで出番のなかった海軍艦載機EJ-24C『シリウス』が発艦し、ガンシップへの迎撃に当たった。

 

 また強力な対空装備『ソミュイズ艦隊広域防御システム』を持つ『ソヴィエツキー・ソユーズ級原子力戦艦』は持ち前の高出力原子力機関をフル稼働させ機動しながら広域防御機関砲、対空迎撃ミサイルを放ち、海上からガンシップへの迎撃を行った。

 

 ガンシップの予測不能な機動と短射程ながら非常に強力なレーザー照射により、航空部隊は壊滅的な打撃を受けるが、戦艦群からの対空迎撃は非常に有効で、戦艦も損害を受けつつ、重装甲で耐え抜き多数のガンシップを撃破した。

 

 2月13日。

 ついにEDF北極圏連合艦隊の旗艦『ゼウス級弩級戦艦』が到着し、EDF北極圏艦隊とロシア北方艦隊の第二次全力砲撃が開始された。

 しかしここでも戦果を上げる事は出来ず、逆に歩行要塞のプラズマキャノンによって多くの艦が轟沈した。

 大型の図体を持ちながら、原子力機関の高出力を以ってプラズマキャノンを回避していた『ソヴィエツキー・ソユーズ級原子力戦艦』も、この日艦体に被弾してしまうが、大部分の機能を損壊しつつ、撃沈を免れ、黒煙を吹き上がらせながら戦闘を継続した。

 しかし戦艦の広域対空防御を失った艦隊は、徐々にガンシップによる被害も無視できなくなっていく。

 ここで活躍したのが空母から飛び立った海軍航空隊だ。

 1日でEDF・ロシア双方の海軍航空隊は、壊滅的打撃を被ったが、生き残ったベテランパイロットが、少数ながらも獅子奮迅の活躍を見せた。

 

 2月14日。

 第二次全力砲撃と、EDF海軍・ロシア海軍の多くの艦艇の喪失を受け、EDF南極総司令部は核兵器の使用を決定。

 その根拠は、EDF地上観測隊スカウトチームの報告で、歩行要塞のプラズマ砲及び表面装甲部に僅かな損害が観測された事による。

 2月6日に日本で歩行要塞が上陸し、砲台損傷・暴発により転倒したとの報告も上がっており、巨大ではあるが現人類戦力で撃破可能と考えられていた。

 

 しかし歩行要塞のプラズマ砲は損傷し、砲撃頻度と精度は大幅に下がりはしたが、その砲身は大都市ムルマンスクへ向き、既に数度のプラズマ砲撃を行っていた。

 そのうちの一つがムルマンスクより僅か15km程の村、メジュドゥレチエに直撃し、500人余りが一瞬で蒸発した他、ムルマンスクにもその爆風が襲い、建物の倒壊などで3万7千人の死傷者を出した。

 更に数日間、爆発で巻き上げられた粉塵により、都市機能が麻痺するほどの被害を受ける。

 

 またロシア北方艦隊司令部のある閉鎖都市『セヴェロモルスク』近郊にもプラズマキャノンが着弾し、設備・修理中の艦艇の一部に損害を出し、そして少なくない兵士達を失った。

 

 四足歩行要塞の撃破を急がねば、北極圏の拠点が全て壊滅しかねず、一体は既にクレーターだらけになろうとしていた。

 

 ロシア海軍が頭を悩ませる中、EDFはロシア海軍に核攻撃を強く要請した。

 一部が残っているムルマンスクのロシア連邦軍参謀本部は、分散した各地の参謀本部と協議し、航空部隊によるプラズマ砲台へのピンポイント爆撃の成否を以てより実行するとして、14日深夜に核攻撃を承認した。

 

 2月15日。

 EDF空軍・ロシア空軍による歩行要塞プラズマ砲台への決死のピンポイント爆撃作戦が開始された。

 航空攻撃の他、陸軍・戦略ロケット軍による弾道ミサイル攻撃も再び行われた。

 だが、結果は失敗に終わった。

 ガンシップによる、歩行要塞周辺の対空防御が厚く、また運よく近づいた航空機も、巨大プラズマ砲の拡散放射を受け、侵入方向の戦闘機・爆撃機は一機残らず叩き落された。

 EDF極東方面軍のやり方が巧だったのか、フォーリナーがそれを受け学習したのか、はたまた運がよかっただけなのか。

 とにかくピンポイント爆撃による砲台の破壊は失敗に終わり、

 2月16日未明、『アクーラ級戦略任務重原子力潜水巡洋艦』数隻による集中核攻撃が行われた。

 

 30秒ごとに襲い、水面で幾多もの水上艦艇を失わせた戦術核級のプラズマ爆発の仕返しをするように、四足歩行要塞は多重核爆発をその身に受けた。

 ロシアにとっては二度目の集中核攻撃になる。

 

 いくら北方の地とは言え、そこは大都市ムルマンスクの目と鼻の先。

 出来れば二度と使いたくない手ではあったが、せめて今度は効果が出ている事をロシア人皆が願った。

 

 2月17日。

 衛星レーダー、偵察班の映像では歩行要塞は確認できなかった。

 そして偵察機により、四足歩行要塞沈黙の報告を受けると、EDF・ロシア軍共に歓声を上げた。

 

 人類は、この地にて初めて、四足歩行要塞エレフォートを撃破したのである。

 それは現人類戦力で歩行要塞が撃破可能であることの証明であると同時に、核兵器の投入が正しかった事にもつながった。

 

 このことは、EDF南極総司令部が、EDF極東方面第11軍に対して、戦局の打開のための核攻撃を執拗に命令する事にも繋がっている。

 一方で通常兵器で撃破出来る可能性を見出した極東方面11軍司令部は、この命令を無視して徹底抗戦を続ける。

 

 歩行要塞は撃破された。

 このことは確かに希望であり、ロシア軍に活力を与えたが、しかし多脚歩行戦車ダロガ、浮遊艦載機ガンシップ、そして侵略性巨大外来生物βの出現によって、戦局は悪化の一途を辿る事になる。

 

 なお、後日放射線防護装備を身に着けた残骸回収班が四足歩行要塞の残骸回収を試みたが、その結果多重核爆発と同時に巨大プラズマ砲台のプラズマエネルギー暴発による内部爆発も起こしているらしきことが判明し、残骸は可能な限り回収したものの、分析不可能なまでに損壊していた。

 

 2月20日、北極圏の対歩行要塞戦に隠れて激戦を繰り広げていたサンクトペテルブルクが、遂に陥落した。

 最後までサンクトペテルブルクに司令部を置いていた『ロシア第66諸兵科連合軍』は奮戦の後司令部ごと敵に突撃して玉砕した。

 12月25日より始まった『サンクトペテルブルク攻防戦』は、約二か月間の熾烈な地上戦に幕を下ろした。

 

 敗残兵は巨大生物の餌食になり、ダロガは残る戦闘車両をしらみつぶしに砲撃して止めを刺す。

 この二か月間の戦いでロシア連邦軍西部軍管区北欧戦線の部隊は割り当てられた総戦力の六割を喪失し、正面戦力はほぼ枯渇した。

 

 残る戦力は、北極圏都市ムルマンスク近郊の軍事閉鎖都市『セヴェロモルスク』駐屯し、先日侵攻した歩行要塞の残党として残されたレイドシップやダロガの襲撃を受け、『セヴェロモルスク』での迎撃戦に移っていた。

 『セヴェロモルスク』はロシア北方艦隊の艦隊司令部もあり、ポリャールヌイ基地が消滅した今、北方艦隊の再起に必須であり、なんとしても防衛しなければならない。

 

 こちらの陸軍、特に北方艦隊も大きな打撃を受けているが、歩行要塞無き今目立った敵が居ない為、引き続きバレンツ海沿岸より大規模火力投射を行い、セヴェロモルスクでの戦いを援護していた。

 

 3月に入ると、遂にセヴェロモルスク内に敵の侵入を許し、市内・基地内での戦闘が起こった。

 施設や兵器・兵士の被害を出しつつ、自らの母港を惜しみない火力投射で援護したロシア北方艦隊の活躍により、戦闘は終結を迎え、局地的ではあるがフォーリナー群に対しての数少ない明確な人類側の勝利を収めた。

 北方艦隊は備蓄砲弾を殆ど使い切り、以降の大規模作戦行動は望めないまで弱体化したが、艦隊基地はほぼ無事であり、艦隊は直ちに入港し整備と補給を行った。

 

 一方サンクトペテルブルクが陥落してからの北欧方面は悲惨で、こちらもバルト海艦隊の海上からの火力投射・支援砲撃が頻繁に行われたが、敵の物量に対し圧倒的に不足であり、更に海上に侵入したレイドシップから発艦したガンシップにより、艦隊の一部が損害を喰らう。

 更に沿岸部に侵入したダロガの砲撃で、複数のフリゲート艦が撃沈されてしまう。

 

 ロシア側の北欧戦線戦力はほぼ壊滅。EDF西露方面軍や、主力を務めたEDF極北方面第一軍も大部分が壊滅し、主戦力はロシア派遣部隊であったスウェーデン・フィンランド連合軍と、EDF北欧方面第二軍に移っていった。

 

 またサンクトペテルブルクの陥落、ムルマンスクの疲弊により首都機能中枢は北極圏都市アルハンゲリスクに移ったが、今やアルハンゲリスクですら前線になりつつある状況に、臨時政府は憔悴を隠せなかった。

 

 2月26日にはサンクトペテルブルクより北西120kmにある、レニングラード州の都市『ヴィボルグ』での戦闘が発生。

 『ヴィボルグ』は、フィンランド国境より38kmと近くかつ、フィンランド最大の湖『サイマー湖』から流れる『サイマー運河』のフィンランド湾側出入口の港湾都市でもあり、フィンランドにとっても重要拠点の一つだ。

 ロシアにとっても、かつての対フィンランドを見据えた最前線拠点であり、EDFにとっても北欧側から敵の進撃が発生した場合、ロシア第二の都市サンクトペテルブルクを守る壁となる重要拠点だった。

 その為、早くからロシア軍・EDFによって城塞化されており、都市として小規模ながら、商工業の輸送拠点として栄えていた。

 

 しかし、ロシア・EDFの戦力はサンクトペテルブルク攻防戦によって既に枯渇しており、またフィンランド・スウェーデン連合軍・EDF北欧方面第二軍のロシア派遣軍残存戦力も、『ヴィボルグ』で抗戦出来るほど戦力が残されておらず、少数の市民と共に静かに脱出するにとどまった。

 

 その頃フィンランド国防軍は既に本土決戦の覚悟を固めており、ロシア=フィンランド国境より30km余りの湖畔都市『ラッペーンランタ』に戦力を集結させていた。

 更にラッペーンランタに隣接するフィンランド最大の湖『サイマー湖』へ、フィンランド海軍の『ヘルシンキ級ミサイル艇』『ハミナ級ミサイル艇』、EDF海軍北極圏艦隊沿岸戦隊の『ガルム級ミサイル艇』などの小型艦艇が多数集結し、支援を行う準備は整った。

 

 そして2月28日。

 ついにフォーリナー軍前線が、フィンランド国境を越え、国境沿いの都市ラッペーンランタ近郊での戦闘が始まった。

 最初に攻撃を始めたのはEDF北欧方面第二軍・第23航空軍団の爆撃機編隊と、フィンランド国防海軍・EDF海軍北極圏艦隊沿岸戦隊の砲爆撃及び、EDF工兵隊がサンクトペテルブルク攻防戦の最中に敷設したC型地雷原・セントリーガン陣地だ。

 

 ラッペーンランタに至るまでの田畑と森、農家の民家が、黒い津波で覆われる。

 上空にはサンクトペテルブルクを蹂躙した後の無数のガンシップ、レイドシップ、そしてダロガの揚陸艇が悠々と飛び、フィンランドの大地を侵している。

 

 それをEDF戦略爆撃機『EB-32F フォボス』の絨毯爆撃、EDF戦術爆撃機『EB-22K カロン』のクラスター爆撃が周囲の豊かな大地ごと火の海に変える。

 即座に反応したフォーリナー揚陸艇はダロガを投下し、ダロガの上面対空レーザーの照射を受けた爆撃機が次々と散ってゆく。

 

 空に幾重もの光条が立ち上った所に、そのダロガを狙った『ガルム級ミサイル艇』の『N5巡航ミサイル』や『ヘルシンキ級ミサイル艇』などのフィンランド海軍艦対地ミサイル『RBS-21』が次々飛来し、爆炎を上げる。

 エアレイダーなどの誘導がない為、サイマー湖からでは満足な命中精度を出せないが、それを数で補うようにとにかく斉射した。

 

 爆撃によって散った巨大生物に対しては、爆撃想定地域より離れたC型地雷原を段階的に発動させ散る巨大生物を一網打尽にした。

 見晴らしのいい小高い丘は、EDF工兵の設置したセントリーガン『ZE-GUN』によって弾薬とバッテリー、そして物理的耐久が続く限り全自動で近づく敵を迎撃・撃破し続けた。

 

 3月2日。

 敵の漸減と足止めに成功しつつ、迎撃も限界に達し、遂に敵先頭集団の巨大生物群がラッペーンランタに到達、遂に『ラッペーンランタ市街戦』が発生した。

 六号ハイウェイ『キュートスティー』沿いに並ぶのは、第三機甲旅団の『レオパルト2A4』。

 それらが砲身を東に向け、迫る巨大生物――侵略性巨大外来生物α亜種に向けて、一斉に120mm滑腔砲が火を噴き、120mm対戦車徹甲弾がα型亜種の分厚い甲殻を射貫する。

 都市の中央部では更に守りを厚くするかの如く、EDFの主力戦車『ギガンテス』が120mm徹甲榴弾を放つ。

 α型亜種を中心とする巨大生物群は次第に中央の突破力を失うが、反対に周辺から覆いかぶさるように包囲を続ける。

 そして巨大生物群中央が薄くなると同時に、ダロガの砲撃が始まった。

 

 ダロガの粒子砲弾に対する防御力は、レオパルト2A4はおろか、EDF製ギガンテス戦車ですら十分とは言えず、六号ハイウェイ『キュートスティー』に布陣した戦車部隊は後退を余儀なくされた。

 

 ラッペーンランタ最終防衛線ともいえる『キュートスティー』が崩壊したことにより、戦場はいよいよラッペーンランタ市街地へ移行した。

 

 EDF・フィンランド国防軍双方の歩兵・戦車・歩兵戦闘車・攻撃ヘリなどがフォーリナー軍と近距離でぶつかり合い、それを海軍・空軍が援護した。

 戦闘ではEDFの空爆誘導兵エアレイダーがEDFのみならずフィンランド国防海軍・空軍に対しても指示・或いは命令を下し、非常に複雑な戦場でありながらも効果的な支援を可能にした。

 

 フィンランド国防海軍・EDF海軍の各種ミサイル艇から繰り出される単装砲での砲撃やミサイル、EDF空軍・DE-202大型対地攻撃機『ホエール』、EA-20A制圧攻撃機『アルテミス』の近接航空支援が効果を発揮したのは、エアレイダーの恩恵によるものが大きい。

 

 だが、空軍は空軍で激戦の最中に遭った。

 地上からのダロガのレーザー照射に加え、レイドシップから次々と発艦するガンシップの攻撃にさらされていたのだ。

 特に航空機とは思えぬ重装甲と引き換えに機動性を失ったDE-202『ホエール』は、当然自機防空能力も備えているが、数に押し負け、既に二機が撃墜の危機を悟っていた。

 

 それを救ったのは、護衛として参戦を強く希望したフィンランド国防空軍のF-18C戦闘機『ホーネット』で構成される第二防空飛行団だ。

 彼らはそれまでの戦闘で既に半数を失っていながら、何度も補給と出撃を繰り返し、獅子奮迅の働きでDE-202を護っていた。

 戦域のEDF空軍の比にならない程少数・旧式装備でありながらその活躍は、まさにフィンランド空軍の標語『Qualitas Potentia Nostra(質こそが我が強み)』をその身で示したと言えよう。

 

 フィンランド空軍の活躍によって、EDF空軍のDE-202は護られ、EDF/フィンランド両陸軍は最後まで航空支援を受けられたという。

 

 一方同時期に、フィンランドの首都ヘルシンキでも大規模な戦闘が発生していた。

 12月17日のプスコフ陥落から、エストニア・ラトビア侵攻が始まり、それから3月2日時点で、既にエストニア共和国は陥落していた。

 

 ヘルシンキとフィンランド湾を挟んで真南に位置するエストニア共和国首都タリンも激戦の末陥落し、多くの国民・戦力がフィンランド湾を渡ってヘルシンキに避難・撤退した。

 しかしそのルートを追うように、レイドシップ・ダロガ揚陸艇の艦隊がフィンランド湾を北上、ヘルシンキに向かっていたのだ。

 

 フィンランド海軍は、迎撃の為国内三隻しかないイルマリネン級戦艦のうち二隻を投入し、全力で海上迎撃戦を行った。

 レイドシップに対しては、真下への攻撃以外受け付けない為撃沈は非常に難しかったが、それでも高速ミサイル艇や駆逐艦のVLS直上発射により数隻撃沈の戦果を上げた。

 

 フィンランド海軍の虎の子、イルマリネン級戦艦は装甲の薄い揚陸艇を砲撃し、多数を空中撃破し、ダロガ諸共海の底に沈めた。

 しかしダロガまで撃破しきれていなかった可能性があり、のちに海底を歩いてヘルシンキや、周辺の海岸に上陸する事になる。

 

 そして当然ながらレイドシップが艦載機と言えるガンシップを発艦させ、軍艦・戦闘機との大規模海戦である『フィンランド湾海戦』が勃発する。

 

 しかし、レイドシップの装甲を貫けない問題により、海戦の軍配はフォーリナー側に上がり、やがて敵戦力は七割を保ったままヘルシンキに近づいた。

 

 首都ヘルシンキ防衛の指揮は、400年程の歴史を誇るフィンランド海軍の沿岸防備戦力『ウーシマー旅団』に任された。

 

 ウーシマー旅団は直ちに敵揚陸艇の迎撃を行った。

 ヘルシンキ岸壁に設置された沿岸砲や、沿岸砲兵が一斉に火を噴き、投下する前のダロガ揚陸艇を迎撃する。

 

 だが、レイドシップは無傷でヘルシンキ岸壁上空に侵入し、岸壁に巨大生物を投下した。

 2022年10月6日に行われた『ノルマンディー上陸阻止作戦』にも似た様相だったが、今回は更にダロガやガンシップも存在する。

 

 レイドシップやダロガ揚陸艇を始め、そこから投下された巨大生物α型、α型亜種、β型、そしてダロガとガンシップが、ヘルシンキに上陸・侵攻を開始した。

 3月3日、『ヘルシンキ攻防戦』が幕を開けたのだ。

 

 そして同時に、『ヘルシンキ攻防戦』が始まったこの日、2023年3月3日より『フィンランド本土決戦』がフィンランド国防軍参謀本部及びフィンランド国防省より発令された。

 

 それに伴って先んじてフィンランド政府中枢機能は、前線より500km余り離れたフィンランド中部の港湾工業都市『オウル』に移転した。

 ここには、EDF欧州第五工廠もあり、ヘルシンキが戦場となった今では、拠点とするに相応しい都市だった。

 フィンランド国防軍参謀本部、フィンランド国防省も当然こちらに移動した。

 

 また『フィンランド本土決戦』発令に際し、兵役義務を終えた民間人も多く軍属に戻り、最前線に身を投じた。

 そしてEDF北欧方面軍も北欧中から戦力を集め集中的に投入するなど、本土決戦と呼ぶにふさわしい戦力が集まった。

 

沿岸防備部隊『ウーシマー旅団』は全戦力を投入、更に近衛猟兵連隊、機甲旅団も多数投入された。

 元々戦力の少ないフィンランド国防軍にとって、ヘルシンキとラッペーンランタでの二正面戦闘は、まさに総力戦に等しかった。

 しかしフィンランド国防軍、及び国民も全て、この戦いが本土決戦の幕開けであると覚悟を決めていた。

 

 しかしフォーリナー群はロシア方面でも激しい進撃を続け、3月7日にはフィンランドと国境を広く接するロシア・カレリア共和国やムルマンスク州に侵入した。

 この時点でロシア西部軍管区やEDF西露方面軍はほぼ戦力を使い果たしており、特にムルマンスク州は先の歩行要塞上陸の際に大打撃を受けており、フィンランド国境に向かうフォーリナーを止める事は出来なかった。

 

 3月10日、遂にカレリア・ムルマンスク方面よりフォーリナーの大部隊がフィンランド国境に迫る。

 フィンランド国境警備隊、カレリア猟兵旅団や機甲旅団などが国境防衛の為迎撃に出た。

 また北極圏で国境を接するノルウェー軍、共にロシアへ派兵したスウェーデン軍も大規模派兵を行い、フィンランド北部から中部にかけての戦力充足に繋がった。

 

 それから3月末までの間、フィンランド軍は根強い抵抗を続け、国土を維持していた。

 ラッペーンランタは3月17日に陥落し、サイマー湖は入水した巨大生物によって湖底が黒く見えるほど埋め尽くされた。

 主力戦車『レオパルト2A4』を多く配備されたフィンランド第三機甲旅団は既に壊滅し、予備役に配備されている旧式のT-55や旧ソ連のBMP-2歩兵戦闘車を用いて抵抗を続けていたが、それもほぼ全滅に至った。

 

 残存戦力は西80kmの都市コウボラ方面と、北東88kmの都市パリッカラ方面に分散して撤退したが、どちらも進撃していた敵の挟撃に遭い、厳しい状況に陥る。

 

 カレリア方面での戦いも、戦線が長大になり、ところどころ防衛線を突破され浸透・挟撃・奇襲の劣勢に陥っている。

 にも拘わらず、国境付近の拠点の多くは未だ健在で、フィンランド国土を維持していた。

 特にフィンランドの国境警備隊やカレリア猟兵旅団の狙撃兵達の活躍は凄まじいと噂だった。

 部隊の壊滅を受け、たった一人で行動する兵士も少なくない中、EDFの武器を拾い、一人で迫りくる巨大生物群を次々狙撃するフィンランド兵の話が後を絶たなかった。

 

 その姿は、かつての冬戦争・継続戦争でとんでもない戦果を叩き上げた英霊に似たものであり、実話か実話に尾ひれがついたものか定かではないが、少なくとも一人で20体以上の巨大生物を仕留めた猛者は少なくない数が実在したという。

 

 一方ヘルシンキでの戦いは、本土決戦一番の激戦となっており、一時はヘルシンキ市内の八割を占領され、オウルの参謀本部から放棄・撤退の命令が出る寸前まで行った。

 市街地はもはや炎上する建物すら少なく、ダロガの苛烈な砲撃によって瓦礫の廃墟と化していた。

 

 しかし撤退命令の下る寸前、『ウーシマー旅団』がEDF先進歩兵四兵科と共同でヘルシンキ沿岸に強襲上陸を敢行し、ヘルシンキ郊外に追いやられたEDF陸軍・フィンランド陸軍主力との疑似的な二重包囲状態を作り出し、市内の一部を奪還するという大戦果を上げていた。

 これにはフィンランド国防省も驚き、追加で補給物資と援軍を送るまでに至った。

 

 しかし4月1日。

 エストニアから上陸軍第二波とも呼べる規模のフォーリナー艦隊が、フィンランド湾に面する各都市に広範囲に上陸したことを受けて、戦況が劇的に悪化。

 それでもヘルシンキは、ウーシマー旅団の威信をかけて最後まで抵抗をつづけたが、4月12日を以ってついにフィンランド国防省からの正式な撤退命令、並びにEDF北欧方面軍司令部より撤退せよとの勧告を受け、同日全部隊で撤退を行った。

 

 4月15日。

 フィンランドは首都ヘルシンキ、フィンランド海軍本部トゥルク、サイマー湖沿岸都市ラッペーンランタを含むフィンランド湾に面する全ての地域を失い、更にロシア国境付近のE75、E63ハイウェイ、6号幹線道路以東の地域をほぼ全て失った。

 しかしフィンランド国防軍は総戦力の半数以上を失いながら未だ健在であり、EDF、スウェーデン軍、ノルウェー軍も防衛戦闘・支援を継続して行っている。

 一般市民ですら、戦意喪失する者はおらず、地球外の侵略者に対して徹底抗戦の姿勢を一切弱める事は無かった。

 

 『ウーシマー旅団』及びヘルシンキ攻防戦に参加した部隊は、補給と再編成の為参謀本部のある都市オウルまで下がり、代わりに前線司令部を内陸部最大の都市タンペレに設置し、そこをに新たな戦力、及び訓練を終えた新たな兵士たちを送り出した。

 

 『フィンランド本土決戦』は、未だ激戦の只中にあった。




あぁ~~、これでやっと北欧戦線は終わり。
次は東欧戦線か……。
そこまでやったらようやくロシア方面ひと段落するけど、次は中国戦線ですかね……?
先は長いですが、付き合っていただけたらと思います!


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幕間2 東欧戦線①:東欧三重防衛線

久々の更新、なんとかできました!


 

 7月24日にモスクワ核攻撃作戦『ヴァシレフスキー作戦』が敢行された。

 インセクトハイヴの倒壊と巨大生物群の殲滅を成し遂げるも、撃墜に至らなかったレイドシップと、予想以上に地下で繁殖していた巨大生物が広範囲に拡散する事態となった。

 巨大生物は大きく三方向に分かれて進撃。

 

 三つのうち最大勢力は東進し、ニジニ・ノヴゴロド方面へ西露戦線を構築。

 もう一方は北上し、トヴェリ州を通過しサンクトペテルブルク方面へ北露・北欧戦線を構築。

 そして三つのうち、規模は大きくないものの、広く薄く広がった戦線。

 それがやがて、東欧・中東戦線を構築してゆくことになる。

 

 ヴァシレフスキー作戦直後、巨大生物群の大移動を確認したサンクトペテルブルクのロシア連邦軍参謀本部及び西部軍管区司令部は、限られた戦力で全ての巨大生物群の進撃を押しとどめなければならなかった。

 だが、西部軍管区の殆どの戦力は、進撃規模の大きな西露戦線・北欧戦線に割り振られた。

 西露戦線には、国内人口第五位に位置する120万人の済む大都市、ニジニ・ノヴゴロドや、その向こうにカザン、エカテリンブルグ、チェリャビンスクなどのロシアを代表する大都市が連なる為、突破を許すわけにはいかない。

 北欧戦線も同様で、首都モスクワが滅んだ今、首都機能や軍指揮系統を司るロシア第二の都市サンクトペテルブルクも絶対に守らねばならなかった。

 北欧戦線は北欧諸国の援軍が期待できたが、そこにはロシア北方艦隊司令部も近く位置するので、防御を手薄にする訳にはいかない。

 

 そして東欧戦線だが、こちらは近郊にロシアを代表するほどの巨大な都市は無く、10~50万人規模の都市が点在しているのみである。

 そして大前提として、こちらに向かった巨大生物群は少なかった。

 更に、こちらに向かったレイドシップは”一隻も”確認されなかった。

 

 その理由は諸説あるが、上記の二方面にはロシアを代表する都市があった為、避難する民間人や防衛の為に集結した戦力、そして数多の資材や燃料が必然的に集まった。

 それを追うようにして、巨大生物の大進撃が発生したのだ。

 

 それに比べ東欧方面、南部方面に移動する人も資材も比較的だが少なかった為、比例して巨大生物の進撃も控えめであった。

 

 とにかく、そんなわけでこの地に割り当てられた戦力は面積と比較すると極わずかなものになった。

 その穴を埋めるかのように、EDF西露方面軍-第四軍は指揮下の第六軍団第241陸戦歩兵連隊を急遽編成し、モスクワより南西102kmの都市であるカルーガ州オブニンスク周辺に移動、周辺都市の防衛を命じた。

 

 オブニンスクの人口は10数万人。大都市というには物足りない規模である。

 しかしロシアを代表する「科学都市」であり、世界最初の商用原子力発電所”オブニンスク原発”も存在するなど、西部南部方面にとってはモスクワに近い重要拠点だ。

 

 ――8月1日未明。 

 オブニンスクに配置されたEDF第241陸戦歩兵連隊は、懇願を続けてなんとか取り付けたEDF空軍第五攻撃航空団のDE-202”ホエール”の援護の元、中隊単位で分散し巨大生物との戦端を開いた。

 

 その戦闘の様相は、同時期に行われた『トヴェリ防衛作戦(ヴィリーキィ・トヴェリ)』やヴラジーミル防衛戦に比べるべくもなく小規模なもので、ロシア連邦軍参謀本部やEDF西露方面軍司令部からはまるで注目を集めなかった。

 オブニンスク周辺の数倍から十数倍の大群が、その二か所では猛威を振るっており『それどころではない』状況が上層部の思考リソースを割いていた。

 

 しかし僅かな戦力で巨大生物群を撃退し続けた事は称賛されるべき行為であり、戦況俯瞰(ふかん)図からでは分からない小さな地獄がそこには確かに存在した。

 日に日に悪化する戦況で、兵士も物資も足りない状況だが、地中海・黒海を経由してアフリカ方面や後方国家から届く戦略物資は、オブニンスクに僅かに置かれる以外は全てサンクトペテルブルク方面、ニジニ・ノヴゴロド方面へ流れて行った。

 

 そんな状況で彼らはひと月、ふた月と戦線を一度も後退させる事なく持ちこたえさせた。

 しかし日に日に旧モスクワ・インセクトハイヴ跡地から湧き出る巨大生物は増え始め、その事に関心を引かれたEDF戦略情報部は恐ろしい結論を出した。

 

 地上に(うずたか)(そび)え立ち、核の炎で倒壊に追い込んだ異形の地上構造物は巣の半分でしかなく、もう半分は地中に在り巡らされた”蟻の巣”である、と。

 そしてその報告に前線指揮官が青ざめてからほどなく。

 

 ――10月19日、オブニンスクより北方31kmの小都市『ナロ=フォミンスク』近郊で大規模地中侵攻が発生した。

 第241陸戦歩兵連隊本部はすぐにニジニにいる第六軍団に応援要請を緊急入電したが、向こうは向こうで激戦の真っ最中だったので援軍は断られた。

 第241陸戦歩兵連隊は直ちに総力を結集し、オブニンスクで迎え撃つ。

 

 そこで彼らが見たものは、地表を埋め尽くす”黒い津波”だった。

 奮戦虚しく、オブニンスクを二ヶ月にわたって維持し続けた彼らは半日と経たず波に攫われてしまった。

 

 ――10月20日、オブニンスクに都市機能維持の為残っていた2千人が逃げ惑いながら、巨大生物の餌食となった。

 ――10月22日。

 オブニンスクが巨大生物によって更地にされている間、EDF南極総司令部はモスクワ南部オブニンスクの現状に強い危機感を覚えた。

 現在、その地域にレイドシップの姿こそ無いものの、EDFスカウトチームによって計測された個体数は凡そ10万体に上る。

 しかも、爆発的増加こそないものの旧モスクワ・インセクトハイヴ跡から噴出を続けており、数は増加の一途を辿った。

 ここでこの大群を放置すれば、オブニンスクが更地になった後、周辺の巨大生物は一気に拡散し、ベラルーシやウクライナなどの東欧方面が危機的状況に晒される。

 

 更に10月22日の西欧では、10月6日に発生した『ノルマンディー上陸阻止作戦』の大敗を機に瓦解したフランス軍を援護する為、欧州各国軍を含む欧州連合軍やEDF欧州方面軍がかなりの戦力を割いている為、この背後を突かれる形になるのはヨーロッパ東西双方が陥落の危機に陥る事を意味する。

 また、ロシアにとっても、モスクワ南部に位置する黒海周辺を押さえられれば、貴重な海上輸送手段の一つを失う事を意味し、内陸部の継戦能力の喪失に繋がる。

 その為、今やモスクワ東南部――東欧戦線の構築もロシアと欧州、そしてEDFにとって無視できない緊急課題となった。

 

 しかしながら北欧戦線、西露戦線に注力しているロシア連邦軍西部軍管区やEDF西露方面軍は既に余力はなく、ロシア軍全体を見ても後退を続ける西露戦線の背後に控える中央軍管区や、中国・モンゴル方面からの侵攻に備える東部軍管区の戦力を動員する訳にもいかない。

 唯一動員できるのはロストフ・ナ・ドヌーを拠点とする南部軍管区だったが、むしろ黒海周辺を失いたくないロシアにとって彼らは最後の砦となるもので、戦力の動員に消極的にならざるを得なかった。

 

 そこでEDF南極総司令部は、ロシア国内東欧方面に、ポーランド・ウクライナ・ベラルーシを中心に展開していたEDF欧州方面軍第五軍-第四軍団をロシア国内に派遣した。

 更に欧州連合軍の一部や、東欧諸国の各国正規軍も独自の連合軍を形成しロシア国内に”積極的国防”の名目で侵入した。

 

 一刻の猶予も無い迅速な行動が必要であったため正規の手続きは行われず、緊急的に総指揮権を掌握したEDFの”全地球防衛戦略”に基づいた命令により、ロシア連邦政府の許可なく行われた領土侵犯であったが、防衛力が足りず自国民と都市、領土が侵されていく様を見る事しか出来ないロシア連邦軍にとっては、まさに救いの手であった。

 

 この動きに対し、「EDFや東欧に防衛を任せて、自分達は黒海から動かないだと? 恥を知れ!」などかなり過激な声が南部軍管区内部の将兵から噴出し、ロシア連邦軍南部軍管区は第11独立派遣任務旅団を編成し、西部軍管区の管轄地に順次派遣されていった。

 

 ともあれ、そんな様子で二日後10月24日には、ロシア国内に三個軍団規模、総勢10万人以上の戦力が新たに終結した。

 総指揮権はEDF欧州方面第五軍-第四軍団司令部が掌握し広域に”東欧戦線”を造り上げる。

 

 巨大生物は万単位の梯団を数個形成し、西から『スモレンスク州』、『カルーガ州』、『トゥーラ州』に広く分散しつつ西進・南進する動きを見せた。

 

 これを事前察知したEDFは迅速に『スモレンスク州東部ヴァジマ』-『州都カルーガ』-『トゥーラ州東部ノヴォモスコフスク』の三都市間に『東欧第一防衛線』を構築。

 また『東欧第二防衛線』を『スモレンスク州中部サフォノヴォ』-『州都リペツク』の二都市間、

 『東欧絶対防衛線』を『州都スモレンスク』-『州都ブリャンスク』-『州都オリョール』-『州都ヴォロネジ』の四都市間で三重に渡り構築した。

 

 これらの強固な”東欧戦線”と、十数万体にも上る巨大生物群、その内最大規模4万体で構成される梯団が、『州都カルーガ』へ大進撃を始める。

 またその他の梯団も『ヴァジマ』や『ノヴォモスコフスク』に同時期に進撃を開始し、『東欧第一防衛線』は全体が戦火に包まれた。

 

 欧州を拠点とするEDF第三空軍は、予備として温存されていた第七戦略爆撃航空団の全翼爆撃機『EB-29Mミッドナイト』や戦術爆撃機『EB-22Kカロン』、そしてかき集めた戦闘爆撃機『KM-6Eカムイ』を総動員し、オブニンスクから東欧第一防衛線にかけての平野を絨毯爆撃した。

 

 フランス方面で大半を押さえられていた爆弾類だったが、EDF欧州第四軍団兵站部は半ば横から掠め取るような形で兵站物資を確保し、また中東方面、アフリカ方面からも空路・海路を使って武器弾薬の補充を行った。

 しかし、航空爆撃だけで全ての巨大生物を片付けるには爆弾類が足りない事は明白だった。

 

 そして10月25日、『州都カルーガ防衛戦』が始まった。

 EDF第221機甲師団の『E551ギガンテス』、『E441ヨルムンガンド』などの戦車部隊に混じり、ウクライナ、ベラルーシ陸軍の『T-80Uオプロート』や『T-72ウラル』、ポーランド陸軍の『レオパルト2A4』、そしてロシア南部軍管区の『T-90ヴラジーミル』などの戦車戦力の砲撃や、各種歩兵部隊、その他戦闘車輛の一斉攻撃が巨大生物群を迎え撃つ。

 

 対巨大生物戦に於いて戦車戦力は、攻撃力、防御力の面で非常に有効であり、主砲は数体の巨大生物を貫通し、多少齧られたり酸で溶かされたりしてもある程度は耐え、中の乗員が無事脱出する余裕も状況によっては得られた。

 

 ただし、市街戦では機動力の面で劣り、一歩間違えば大損害を出す可能性を孕んでいた。

 巨大生物の平均時速は60km/hに達し、非常に瞬発力があり一瞬で平均時速に達する。

 脚部はマイクロレベルの鉤爪状の体毛に覆われ、どんな壁面でも重力を無視して駆け上がり、その際にほぼ速度の低下が無い。

 方向転換も素早く行われるため、個々を狙って砲撃を命中させるのは困難だった。

 また戦車の加速度や車体・砲塔の旋回速度的に、背後に回られると迅速な対応が困難だった。

 

 もちろん、それをカバーするのが歩兵の役割であり、当然カルーガ防衛戦にも大量に投入されたが、結果は悲惨なものだった。

 巨大生物は、素早い割には甲殻が厚く、装甲車輛がビルの壁面を素早く駆け上がっていつの間にか回り込んでいるようなものだ。

 その為、ウクライナ・ベラルーシ・ポーランド軍の小銃では複数人で囲んで一斉射撃でようやく一体倒せるレベルの戦力差があった。

 対戦車ロケット弾や分隊支援火器などの重機関銃があってようやく戦いになるところだった。

 

 大して、EDFの小銃で使用される6.66mmEDF徹甲弾は、設計の段階で対人を想定せず、対物貫通力と非人道殺傷力に特化した弾丸を使用している為、対人用小銃兵器よりは有効であった。

 しかしそれでも弾薬類の根本的不足があり、EDF兵士たちも多くの犠牲を出してしまう。

 

 三日後の10月28日、カルーガの戦闘参加部隊は全戦力の凡そ半数を喪失した。

 本来戦闘継続困難な状況であり、撤退する所だが、まだ『サフォノヴォ』=『リペツク』間の『東欧第二防衛線』の防衛体制が充足していない為、EDF欧州第四軍団司令部は撤退を許可しなかった。

 また、背後には未だ多くの民間人が避難中であったため、まだここを抜かれる訳にはいかなかった。

 

 部隊は、『州都カルーガ』南部を流れるリカ河北岸の市街を全て放棄し南岸まで撤退し、川を簡易防衛線にして更に迎撃を行った。

 だが巨大生物の活動は水中でも衰えるどころか難なく河を踏破し、南岸に陣取った連合軍を苦しめた。

 

 しかし、巨大生物も徐々にその勢いを弱めていた。

 その理由は……皮肉なことだが、リカ河北岸に残してきた負傷兵や避難が間に合わなかった民間人たちを巨大生物が襲い、”食事”に夢中になっていたからだ。

 人も物も構わず都市ごと貪り尽くす”暴食の権化”に向けて、絨毯爆撃や面制圧砲撃が降り注ぐ。

 足を止めた巨大生物を、建造物や民間人ごと吹き飛ばし、人類は多くの巨大生物を駆逐したが、その代償はあまりにも大きく、将兵の心に重く圧し掛かった。

 

 月が替わり、11月3日。

 防衛線東部の都市『ノヴォモスコフスク』が巨大生物の地中侵攻を数度にわたって受け、連絡を絶った。

 その直前、ノヴォモスコフスクの部隊を指揮していたEDF第143機甲師団司令部は『我ら残存戦力なし。よって最期の抵抗を試みる。人類に栄光あれ』との通信を残し、司令部ごと玉砕した。

 

 『ノヴォモスコフスク』陥落の直後、街に入りきらなかった巨大生物群は万単位の二個梯団を形成した。

 一方は西進。西方約50kmの『州都トゥーラ』に殺到し、十分な戦力が確保できていなかったそこでは虐殺が行われた。

 もう一方は南下し、南方30kmの都市『ボゴロジツク』に襲来した。

 住民の避難はほぼ完了していた為、砲兵部隊の身が都市後方に陣取るのみの戦力だ。

 18世紀フランス風の新古典主義建築の残る美しい街並みや宮殿は、黒く醜い異形の怪物に蹂躙を受け、成すすべなく破壊された。

 都市を餌に釣るかのようなそうした行為で巨大生物を誘い、集まった所で都市全域に砲兵の全力砲撃が襲う。

 奇跡的に巨大生物の食害を免れた『カザンの生女神(しょうしんじょ)聖堂』も、その歴史の積み重ねは脆くもここで途絶える事となった。

 

 11月7日。

 『州都トゥーラ』で虐殺を行った3万体の巨大生物は、うち2万体が更に西進、カルーガ州に進入し『州都カルーガ』を目指して突き進む。

 『州都カルーガ』で戦闘するリカ河南岸の部隊は防衛困難を宣言し直ちに撤退の動きに入った。

 撤退の際、EDF先進歩兵であるウイングダイバー部隊とフェンサー部隊が殿となり撤退を支援する手はずだったが、「貴重な先進歩兵をみすみす失う真似はしたくない」と、東欧諸国の戦車部隊が殿としてEDFに代わり、犠牲を受け入れた。

 それは、東欧諸国からここ『州都カルーガ』に赴いた東欧諸国の戦闘部隊に全滅を意味する代わり、EDF戦力とロシア南部軍管区戦力の温存を図る一手であった。

 

 主力部隊の撤退を確認した後、背後に控えていたEDF欧州第91軍団砲兵任務群の全力砲撃が行われた。

 先ほどまで共に戦っていた戦友ごと容赦なく砲撃に晒され、炎上する都市を見てEDF将兵は涙を流し、無言でただただ敬礼を捧げる。

 彼らの挺身をEDF将兵はしかと受け止め、先に逝った彼らの祖国を、命を懸けて護ると心に誓い、『東欧第一防衛線』を後にした。

 

 11月8日。

 『トゥーラ州ノヴォモスコフスク』、『州都カルーガ』の陥落を受けて、奮戦中だった『スモレンスク州ヴァジマ』の戦力も孤立を避ける為後退した。

 『東欧第一防衛線』は放棄し、『東欧第二防衛線』の戦力に統合される事となった。

 

 第一防衛線の奮戦により、二週間の時間を稼いだおかげで第二防衛線は、万全とはいかないまでも強固な防衛体制を確立することが出来た。

 

 巨大生物は再び梯団を1万単位程度に分割し、南下・西進を図る。

 それを迎え撃つのは、EDFが敷設したC型地雷原と、自律銃座(セントリーガン)ZE-GUN陣地だ。

 一見盤石な構えではある。

 がしかし、第一防衛線の戦いで失ったのは全将兵12万人のうち半数近い5万人に上る。

 加えて航空爆撃用の爆弾や砲兵の弾薬はこの時点で割り当てられた六割を消費しており、決して堅牢とは言えない。

 一方巨大生物は1万以下の梯団が3つ、2~3万単位の梯団が2つと、全域で約8万体ほど概算で計測されている。

 確実に減らしてはいるが、やはり定期的に旧モスクワ・インセクトハイヴからの増援が訪れるようで、思ったほど減らせてはいない。

 

 11月9日。

 『州都カルーガ』から南下した最大勢力2万6千体に巨大生物梯団が、『ソセンスキー』=『スヴォーロフ』間約35kmのZE-GUN陣地に接敵する。

 この時を持って、『東欧第二防衛線』の戦いが幕を開けた。

 

 他の場所でも同様に、第一防衛線が稼いだ時間を使ってEDFが敷設したZE-GUN陣地で戦闘が起こった。

 そして機関銃座で巨大生物の足を止めている間に、砲兵や戦車部隊の砲撃が絶え間なく行われた。

 航空爆撃に関しては、爆弾不足が深刻なため再び中東・アフリカ方面の補給や工場での生産を待っている所だ。

 

 全地球防衛戦略的に言えば、戦力の逐次投入は避けたい。

 故に、他で余っている弾薬や兵力を一気に投入した方が効果が出るのは間違いない。

 しかし、今EDFが掲げている戦略目標は飽くまで”時間稼ぎ”に過ぎない。

 いつまで稼ぐのか。それは、EDFの技術が進歩し、無敵の浮遊空母『レイドシップ』の装甲を抜く兵器が誕生するまでだ。

 そうすれば他の戦線に僅かな余裕が生まれ、東欧戦線にも戦力を配ることが出来、ゆくゆくは旧モスクワ・インセクトハイヴの地下巣穴に侵攻し、巣穴を壊滅させる作戦を立てることが出来る。

 

 この戦いは、目前の巨大生物をただ撃つだけでは終わらないものだった。

 




いやぁ~、しかし、ビックリするほど進まないな!
本編進まないから飽きて離れていく人絶対多そう……でもしょうがないんだ、書きたいのだ……。
各地の戦況を書いていく事によって、この世界で一体どういう戦いが起こっていて、人類がどう対処してどういう戦術が起こるのか、それが作者的にも頭の中にフワっとしかない部分を確立できるので、ね。

いや、さすがに仙崎達も恋しくなってきてるけどねw
まだまだ書きたいことあるんよ!
ではまた~~


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幕間2 東欧戦線②:ヴォルゴグラード攻防戦

寒くなってきましたねぇ。
それで思い出したんですけど、今までロシア……特に北極圏の話とかでまったく季節感なかったなと思い、反省……するけど今更書き直すのはめんどいので今回から申し訳程度の季節感を出しました、ホントに少しだけ。


 

 ――2022年11月9日。

 東欧戦線第二防衛線の戦いが幕を開けた。

 各地ZE-GUN(セントリーガン)陣地で迎撃弾幕での掃射と足止め、そして後続を砲兵部隊の砲撃で少ない砲弾で最良の戦果を叩きだす。

 全巨大生物群の二割ほどを削るが、ZE-GUN陣地は一日と持たずに壊滅し、巨大生物群は防衛戦を構築する各拠点に雪崩れ込んだ。

 特に『トゥーラ州ボゴロジツク』南方70kmの都市『トゥーラ州イェフレーモフ』周辺では激しい防衛戦が繰り広げられた。

 旧首都『モスクワ』・100万人級の大都市『ヴォロネジ』・ロシア陸軍-南部軍管区司令部のある『ロストフ・ナ・ドヌ』の三都市結ぶM4幹線道路沿いを進撃する巨大生物群に対し、両脇から『L203自走重砲ベテルギウス』、『L185自走榴弾砲プロテウス』、『L155自走榴弾砲ブラッカー』、それに『L227自走ロケット砲ネグリング』などのEDF砲兵旅団が幹線道路の跡形もなくなる勢いで面制圧を敢行。

 しかし、その更に両脇から回り込んだ巨大生物群を抑えきれず、至近集団戦へ巻き込まれる。

 砲兵隊はレーザー測量範囲を極近距離に絞り、常識外れな直接照準による迎撃を行う他なかった。

 当然護衛歩兵小隊や汎用戦闘車輛も迎撃を行ったが、中でも『L155自走榴弾砲ブラッカー』は直接照準砲撃戦に於いて活躍が顕著だった。

 前線での使用を想定し、戦車並みの機動力と装甲を与えられたブラッカーは、特に乗り手の練度によっては獅子奮迅の活躍をし、『イェフレーモフ』の住民の避難に一役買った――かに思われた。

 

 ――しかし、11月11日深夜。

 M4幹線道路からふと南の方を向くと、夥しい量の火炎と黒煙が上がっている事に、部隊は気付く。

 調子の悪い無線機で交信を試みると、そこからは悲鳴と怒号しか聞き取れなかった。

 ほんの2時間ほど前、西方よりEDF警戒網を突破して侵入した少数の巨大生物群が、『イェフレーモフ』の街を食い荒らしたのだ。

 『イェフレーモフ』は、人口五万人ほどの小さな都市だが、街には化学工場が多く立ち並ぶ工業都市だった。

 合成ゴム工場や樹脂系の他、火薬の原料ともなる硝酸アンモニウムも多く製造している。

 そして、それらの製造に欠かせない多くの燃料や引火性化学物質のタンク、製造工程そのものを巨大生物は食い荒らし、爆発に巻き込まれて数体が吹き飛ぶ。

 しかしそれらを全く気にせず、『イェフレーモフ』内の工場施設は瞬く間に蹂躙された。

 街は火の海となり、大気と土壌は拡散した有害物質に塗れ、人々は恐ろしい程死にゆくのみだった。

 炎に巻かれるか、毒を吸い込むか、酸で溶かされるか、巨大生物の餌食となるか。

 あらゆる死の可能性が平等にばら撒かれる地獄が、そこにはあった。

 

 戦域の指揮権を持っていたEDF欧州第四軍団-第五機甲師団は、巨大生物が集った『イェフレーモフ』への全力砲撃を命じた。

 しかし、命令を受けた師団付き砲兵旅団は、砲弾の残弾微少を理由に命令を拒否。

 そして独断で『イェフレーモフ』に残る民間人を救出に、指揮下の第622陸戦歩兵連隊を中心に、少数の先進歩兵部隊とブラッカー中隊・その他支援部隊を臨時編成し、投入した。

 地獄の炎が渦巻く『イェフレーモフ』に突入した臨時編成部隊は敵殲滅より人命救助を全力で行うが、何を思ったか巨大生物群はその大半が市街への興味を失い、北上し師団砲兵旅団の本隊を襲った。

 直掩の護衛部隊を『イェフレーモフ』に送っていた師団砲兵旅団は壊滅。

 貴重な砲兵戦力が失われるばかりか、『ボゴロジツク』から南下していた巨大生物群とも合流。

 一大勢力を気付き上げ、津波のような勢いで『イェフレーモフ』に再び襲来した。

 救助活動は既に終え、僅かながら確かな命を救った第622陸戦歩兵連隊だったが、師団司令部に早急な帰還命令を喰らった彼らは、のちに厳罰を負う事となる。

 

 なぜなら、この『イェフレーモフ』の一件が、第二防衛線の崩壊のみならず、最終防衛線、ひいてはロシア国境の突破を引き起こしたのだから。

 

 ――11月16日。

 『トゥーラ州イェフレーモフ』を蹂躙した巨大生物群は『リペツク州』の州境を越え、『リペツク州エレツ』、『リペツク州サドンスク』といった都市を破壊し、第二防衛線を突破。

 最終防衛線・南部拠点都市『州都ヴォロネジ』を目指して突き進んでいた。

 第二防衛線は事実上崩壊、それどころか『イェフレーモフ』周辺を制圧されたことにより、最終防衛線中央部拠点『州都オリョール』への攻勢も激しさを増し、突破の危機が高まった。

 

 東欧戦線北部でも激戦が繰り広げられ、第二防衛線『スモレンスク州サフォノヴォ』が陥落。

 戦力は一気に『州都スモレンスク』まで後退し、迎撃の構えを取った。

 しかし巨大生物群は細かく小規模集団に分散し、『州都スモレンスク』を包囲するかのような動きを見せた。

 

 ――そして、11月30日。

 東欧戦線南部・最終防衛線『州都ヴォロネジ』周辺での戦闘部隊が壊滅し、都市内での市街戦が始まった。

 ここまで主力を務め、そして戦力の過半数を失いつつあったEDF欧州第四軍団に代わり、黒海方面を含む北カフカース地方への侵攻を本格的に警戒し始めたロシア連邦軍南部軍管区が、第58諸兵科連合軍を『州都ヴォロネジ』防衛に向かわせ、主力を担った。

 

 『ヴォロネジ』は、広大なロシアでも20位以内に入る程の大都市であり、人口は100万人を超える。

 ヴォロネジ川の両岸に大都市が広がり、軍用機を扱う軍需工場や掘削機・プレス機と言った機械産業に欠かせない工場、そして今や現代兵器に欠かせなくなったソフトウェア産業も盛んな都市だ。

 更に大学や教育機関なども充実しており、若者が多く住む煌びやかな街であった。

 

 大戦以降、モスクワ壊滅を受けて避難拠点となった都市の一つでもあり、避難の際人口の爆発的増加も起こっていた。

 むろん、戦況悪化に伴って避難は順次行われていたものの、市街には未だ30万人を超える民間人が残っており、市内は阿鼻叫喚に包まれた。

 

 しかし、そんな中最悪の情報が、ロシア陸軍南部軍管区司令部や、EDF欧州第四軍団司令部を震わせた。

 西露戦線で激戦の最中にある『州都ニジニ・ノヴゴロド』や壊滅した『州都ウラジーミル』から、数十隻のレイドシップが一斉に南下したとの報告が入ったのだ。

 

 全く不明の行動原理に、司令部級は事態の深刻さと相まって吐き気を覚えた。

 

 ――12月4日。

 南下した総数43隻のレイドシップは巨大生物を大量に投下し、既に放棄されたリャザン州を黒い影で埋め尽くした。

 それだけで終わるはずは無く、投下された巨大生物は陥落したばかりのリペツク州に侵入、更に南下を進め、『ヴォロネジ』まで進撃した。

 のみならず、ヴォロネジより北東に位置する最終防衛拠点『ブリャンスク』や『オリョール』にも数隻のレイドシップが分散し、東欧最終防衛線は陥落間近となった。

 

 ――12月5日。

 東欧最終防衛線の危機により、ウクライナ軍は東部作戦軍管区の第17独立戦車旅団、第51独立機械化旅団をロシア国内に派遣。

 しかし、同時にロシア南部軍管区はヴォロネジからの撤退を決定。

 またレイドシップの出現により、戦略を拠点防衛から漸減作戦に転換せざるを得なかった。

 人類に出来得るのは、未だ時間稼ぎ以外にあり得ない。

 

 ――12月16日。

 『州都ブリャンスク』で戦闘中だったEDF欧州第四軍団第28歩兵連隊を含む三個連隊は、突如巨大生物の大幅な減少を確認した。

 その結果、なんと彼らはブリャンスク市街の完全奪還を達成し、当該戦力は周辺都市スモレンスクやオリョールの援軍に向かった。

 そのことは国境を接するベラルーシやウクライナにも即座に伝わり、国境沿いで厳重警戒を行っていた部隊はひとまずの安堵を得た。

 とはいえ警戒は緩めず、常に厳戒態勢と周辺地域の偵察を厳としていた。

 

 ――12月20日。

 戦力の一極集中により粘り強さを見せる西露戦線『ニジニ・ノヴゴロド』だったが、そこから溢れたように更に20隻のレイドシップ艦隊が南方『州都サラトフ』に向かって飛行する姿が観測された。

 『サラトフ』はサラトフ州の州都であり、人口85万人ほどの大都市だ。

 ヴォルガ河有数の河港をもち、沿ヴォルガ鉄道支社の本部があるなど交通の要衝として知られ、旧ソ連時代から工業、文化、教育の中心地として栄えてきたロシアの代表的な街のひとつである。

 

 故に、当然ながら軍事戦略的な面でも要衝として扱われており、多くの天然資源がある事から軍需産業や継戦能力という点でも失いたくない都市だった。

 地理の面でも、西から東へヴォロネジ=サラトフと並び、サラトフから南西にヴォルゴグラード、ヴォルゴグラードから北西にヴォロネジという三角形のような位置関係で結ばれており、ヴォロネジが陥落した今、サラトフとヴォルゴグラードの二大都市は南部軍管区管轄外ではあるものの、南部軍管区ロストフ・ナ・ドヌから近い事もあって絶対に失いたくない重要都市であった。

 

 ――12月21日。

 サラトフ州の北部『ペンザ州』にて、大規模な漸減作戦が行われた。

 主力はロシア軍南部軍管区が務めたが、『ヴォルゴグラード』にある『EDFロシア第一工廠』の危機を排除する為、都市に駐屯していたEDF西露第67機甲師団も参戦した。

 『EDFロシア第一工廠』はEDF総司令部が掲げる全地球防衛戦略にも欠かせないものとなっている為、防衛にいよいよEDF総司令部も注視し始めた。

 

 ――12月22日。

 ヴォロネジ陥落後、もはや常套戦術と化した都市への砲撃を行い、ヴォロネジを捕食する巨大生物の漸減に成功した南部軍管区だったが、しかしもはや砲弾の消費に補給が追い付かず、戦果はそれほど挙げられなかった。

 更にレイドシップの登場もあり、もはや撃破数そのものが意味をなさなくなり、士気は低下の一途を辿った。

 ヴォロネジの捕食を終え散った巨大生物は、ウクライナと国境を接するベルゴロド州の都市『ヴァルイキ』、『アレクセーフカ』やヴォロネジ州の『ロッソシ』、『パヴロフスク』、『ボグチャル』といった都市に広く分散した。

 戦力を集中できないEDFとロシア軍は劣勢を覆せず、もはやウクライナ国境に達するのは時間の問題となった。

 

 ――12月29日。

 厳寒期に突入したウクライナ北部の都市『州都チェルニヒウ』だったが、ロシアとの国境が比較的近いという事で警戒を厳にしていた。

 しかし、特にその日は強烈なブリザードが吹雪き、レーダーも観測も碌に出来ない状態だった。

 そんな気候を利用する知能は無いと考えられていたが、最悪のタイミングでそれは起こった。

 

 まるで、チェルニヒウ近郊を半包囲するような形で、軍団規模の巨大生物群が地鳴りや地震と共に地中から現れた。

 『ブリャンスク』で消えた巨大生物群は、その数をさらに増やし、ここまで地中侵攻を行ったのだ。

 その振動だけでも多くの被害が出る程な規模で、チェルニヒウに駐屯していたウクライナ軍どころか、都市そのものが半日と持たず全滅した。

 巨大生物は猛烈な吹雪の中でも全く活動を緩めず、チェルニヒウを蹂躙すると南下。

 ウクライナの首都であるキーウを目指し、軍団規模――数にして、10万以上の黒い絨毯が一斉に大挙した。

 

 ――年は明け、2023年1月1日。

 タイミングを計ったかのように、『州都ベルゴロド』が陥落。

 ウクライナ軍の『第108独立領土防衛旅団』や多数の防衛戦力と巨大生物群がついに国境で激突した。

 ウクライナ北部『州都ハルキウ』では大規模な避難が始まると同時に、ウクライナ陸軍東部作戦管区司令部は、国境沿いに集中した防衛戦力に可能な限りの防衛戦を命じた。

 また国内では理不尽な侵略から国土を護る為、志願兵が急速に増加し、国家総動員体制が確立しつつあった。

 しかし国土防衛の総指揮を執るはずの首都キーウでは、ついに10万以上の巨大生物群がついに市街へ侵入し、首都では大激戦が繰り広げられた。

 

 ――1月4日。

 ついに『ベルゴロド州』、『ヴォロネジ州』の二つが陥落、ロシア軍南部軍管区は自国重要拠点である『サラトフ』やEDF戦略拠点『ヴォルゴグラード』を護る為に全面撤退し、ウクライナ東部『ドンバス地方』北部国境沿いでEDFとウクライナ軍そして巨大生物群が大激突した。

 An-70を改造した簡易爆撃機と、旧ソ連時代から眠っていた戦略爆撃機Tu-95を引っ張り出し、面制圧を行った。

 EDFは黒海沿岸陥落の危機を受け更に追加のEDF欧州第五軍団を派遣し、ウクライナ本土の防衛を命じた。

 国境沿いの広範囲爆撃と大規模砲撃。

 そして地上部隊による迎撃を行うも、レイドシップによる物量は覆せない。

 

 ――1月8日。

 ヴォロネジ東方約450kmに位置する要衝『州都サラトフ』が陥落。

 サラトフに集っていた巨大生物群とレイドシップは南下し、ロシア南部最大の工業都市『ヴォルゴグラード』に殺到。

 同時に、『ヴォロネジ』を陥落せしめた一群もヴォルゴグラードを目指す。

 EDFは道中平原や小都市を拠点に漸減作戦を行ったが、動かせる戦力は僅かで、効果は薄かった。

 それでも、被害と引き換えに足止めの任務は果たし、『ヴォルゴグラード』では着々と防衛体制と非戦闘員の避難が行われた。

 しかし、巨大施設である『EDFロシア第一工廠』を移転するのは難しく、工場員は例えどんな状態になっても生産を続ける覚悟を決めていた。

 生産された武器や弾薬、そして戦車や航空機などは、即座に激戦が予想されるウクライナ東部や南部軍管区に輸送され、そして人員の足る限りここヴォルゴグラードにも即時配備された。

 

 ――1月13日。

 首都キーウでの激戦は続き、燃え盛る市街を闊歩する巨大生物を迎撃するのは、EDFやウクライナ軍だけではなく、武器を支給された警察や公務員たち、そして覚悟を決めた民間人たちだった。

 既にキーウは巨大生物に完全包囲され、もはや逃げる事すら出来なくなった市民たちは、酸の一発でも喰らえば手足が溶け落ちるような貧弱な装備で、それでも武器を手に取り戦った。

 巨大生物の甲殻は装甲車並みの強度を誇るが、銃弾が効かない訳ではない。

 また、巨大生物は非常に怯みやすく、貧弱な武装でも集団で銃撃を浴びせれば撃破は可能だった。

 更に僥倖な事に、キーウは国境防衛の為の後方補給基地としての役割も想定されていた為、武器弾薬や燃料食料も国内からかき集められており、継戦能力は十分にあった。

 特にトラック十数台分に敷き詰められた低コストなRPG-7を持った市民たちが、次々と巨大生物を撃破していく様は、EDFやウクライナ軍にとっても非常に頼もしく映った。

 

 国家のいや人類の危機に立ち上がった市民たちを激励し、そして正確な指揮を執る為ウクライナ大統領府もその場に留まり、それだけに留まらず大統領は自ら前線に赴き市民や兵士たちを激励し、時には銃を手に取り戦った。

 その甲斐あってか、首都キーウは完全に包囲された状態で街を火の海にしながらも、10日以上持ちこたえていた。

 

 ――1月15日。

 首都キーウに勝るとも劣らない壮絶な戦いを繰り広げた北部国境だったが、レイドシップからの降下による無限の物量により、抵抗むなしく瓦解した。

 巨大生物群とレイドシップ船団は南下を続け、EDFとウクライナ軍はウクライナ第二の大都市『州都ハルキウ』、ドンバス地方の玄関口ともいわれる小都市『ハルキウ州イジューム』、東部ドンバス地方最大の都市のひとつである『州都ルハンシク』を含む、複数の都市を拠点とし、国境から該当都市までの雪原に砲撃戦を仕掛け漸減に努めると同時に、都市での防御を固めた。

 その苛烈さは、たった一日でウクライナ軍の砲弾備蓄総量の三割を消耗し、EDFから消耗許容限界を超えていると警告があるくらいだった。

 EDF総司令部そして戦略情報部には、各国家の対フォーリナー戦略を指導し、新型砲弾開発まで少しでも生き長らせる責任があり、時間稼ぎ以上の砲弾を使う訳にはいかなかった。

 しかし、国土蹂躙を許す訳にはいかないウクライナ軍も必死で、都市への侵入を許す訳にはいかず、徹底抗戦の構えを解かなかった。

 

 ――1月16日。

 ロシア南部の大都市『ヴォルゴグラード』近郊での戦闘がついに始まった。

 今まで温存していたEDFの精鋭戦車部隊『第119戦車連隊』と、ロシア軍の精鋭『第20独立親衛自動車化狙撃旅団』を含む、6個師団相当の戦力が迎撃に参加した。

 それに加え、EDFは温存していた『EDF地球規模戦略軍-全地球攻撃航空軍-第二戦略空軍』を解放。

 戦略爆撃機『EB-32F フォボス』108機による超規模絨毯爆撃に加え、36機もの大型対地攻撃機『DE-202 ホエール』による空からの支援砲撃で、ヴォルゴグラード近郊は焼け野原の荒野と化した。

 しかしそんな地獄にあっても銀色の浮遊船レイドシップは傷一つなく、分かっていた事だが悠々と飛行するその姿に兵士たちは絶望を隠せなかった。

 それでも彼らは戦った。

 湧いて来るのであれば、何度でも殲滅してやる、と。

 そんな思いを胸に秘めて。

 

 やがてヴォルゴグラード市内に敵が侵入する。

 漸減されたとはいえ、常にレイドシップから投下されるその数は計測不能で、倒しても倒してもキリがない。

 しかし、少ない期間ではあったが他戦線での情報を収集し対巨大生物戦に特化した『EDF第119戦車連隊』は投下直後の巨大生物に集中砲撃し、市街地での戦闘でありながら優勢を保った。

 更に遊撃専用にカスタムされた最新鋭の『コンバットフレーム・ニクスC』や、拠点防衛用に特化した『コンバットフレーム・ベガルタM2』を複数投入し、徹底抗戦が行われた。

 

 ここに、かの『スターリングラード攻防戦』に勝るとも劣らない壮絶な戦い『ヴォルゴグラード攻防戦』が幕を開けた。

 

 ――1月17日。

 ハルキウでの市街戦が始まった。

 レイドシップは市街に無秩序に巨大生物をばら撒き、市街地は炎と廃墟に作り替えられた。

 例の如く市民の避難は完全ではなく、少なくない数の市民が犠牲になる中、EDFを中心としたウクライナ軍は必死に抗戦を行った。

  

 ――1月18日。

 抵抗を続けていたウクライナ首都キーウだったが、ついにレイドシップが現れた。

 首都内部の巨大生物総数は爆発的に膨れ上がり、首都は全域が瓦礫と火災に覆われた死の街となった。

 だがウクライナ大統領を含め、多くの政府高官や兵士、そして市民は未だ激しい抵抗を続けており、急速に消耗した武器弾薬や補給物資をかき集め、地位や身分、あらゆる立場の人間が協力して立ち向かっていた。

 ウクライナ大統領は拠点を大統領府地下の非常指令センターに移し、重要機密の揃うそこをあろうことか一般開放し、要塞化して抵抗を続けた。

 そんな折、その地下指令センターに日本から全世界へ向けた通信が届いた。

 そう、レイドシップ撃墜成功の吉報である。

 歓喜に沸く地下指令センターだったが、しかしここに残る戦力では到底レイドシップ撃破に向かう力は残されておらず、地下を掘り進む巨大生物によって、逃げ道も無く、全滅は時間の問題だった。

 ウクライナ大統領は通信設備が生きている限り、全国民に不屈の意思を語り続け、国民に勇気を与え続けた。

 

 ――1月19日。

 レイドシップの撃墜方法が解明された事により、即座にロシア軍が動いた。

 危機に瀕する盟友ウクライナと、その大統領を救う為、ロシア空挺軍-第45独立親衛特殊任務連隊――通称スペツナズの投入を決定した。

 本来ならばそのような余裕はロシアにも無いが、しかしかつては同じ国家として存在し、近しい人種と言語で構成される国家ならば、とても他人事とは思えなかった。

 確かに、近年両国の関係は冷え切っていたが、その政策を執っていたロシア連邦首脳部は、ジェノサイドキャノンの炎で焼き尽くされた。

 今サンクトペテルブルクにいる臨時政府や参謀本部に、ウクライナをよく思っていない人物はいなかった。

 この戦乱の時代にロシアと共にあるのは、ウクライナやベラルーシ、そして旧ソ連社会主義圏であり、その盟主たるロシアには、それらの国を支える役目があるのだと。

 いや、そんなものは所詮建前に過ぎない。

 隣国の友人を救うのに、理由など必要だろうか?

 

 そんなロシアの勇気ある決断に続き、EDFもEDF特殊空挺軍-独立先進歩兵空挺任務群を直ちに編成し、ウクライナ首都キーウへ向かわせた。

 作戦目的は、ウクライナの心の支えとなっているウクライナ大統領の保護と、首都キーウのレイドシップ撃沈。

 ロシア連邦は、旧ソ連の同胞と言えるウクライナの危機を決して見捨てはしなかった。

 

 ――1月20日。

 ウクライナ軍は、大統領の不屈の意思と日本のレイドシップ撃破により士気を最骨頂に震え上げ、ウクライナ東部ドンバス戦線、ハルキウ市街戦にてついにレイドシップ撃破を成し遂げた。

 現地のEDFが、直ちに先進歩兵四兵科による小隊を組んで突撃を行ったのだ。

 壮絶な犠牲を強いられる戦術ではあったが、それでも不可能ではないという事が人々の心に火を灯した。

 次いで『イジューム』、『ルハンシク』近郊でも戦果が上がり、フォーリナーに抗する兆しが見えて来た。

 

 ――1月21日。

 ついに首都キーウにて、ついに救出作戦が決行された。

 ロシア軍第45独立親衛特殊任務連隊――スペツナズと、EDF独立先進歩兵空挺任務群――エアード1がキーウ上空より降下した。

 先陣は、スラスターの逆噴射で強襲降下したフェンサーが務め、酸の対空砲火から盾で皆を護った。

 エアレイダーは降下中も共にやってきたDE-202ホエールへ指示を出し、降下地点を制圧。

 続きレンジャーやスペツナズ達が降下し、最後に滞空時間の長いウイングダイバーが彼らを援護しつつ降下する。

 エアード1とスペツナズが降下地点を完全確保すると、上空に旋回待機してたロシア軍輸送機『Il-76』と、ホバリングしていたEDFティルトジェット輸送機『ノーブル』が戦車などの戦闘車輛や補給物資を各自投下した。

 EDFエアード1はレイドシップの撃墜に向かい、スペツナズはウクライナ大統領の救出に向かった。

 レイドシップ撃墜はもちろんの事、大統領救出の任務も簡単なものではなかった。

 降下地点から大統領府までの僅かな道中にも巨大生物は多く存在し、その道を切り拓くのに、スペツナズも少なくない犠牲者が現れた。

 

 連隊が徐々に瓦解する中、スペツナズはついに大統領府地下の非常指令センターへ辿り着き、ウクライナ大統領に脱出を促した。

 大統領は最後まで脱出を拒否したが、EDF戦略情報部が直接交信を行い、大統領の脱出後、キーウ近郊に展開したEDF砲兵戦力で都市ごと面制圧する事を明かした。

 もはや、レイドシップを撃墜したとしても歩兵戦闘では巨大生物を殲滅し、首都を奪還する事は叶わない。

 今ですら、孤立した大統領たちの為に多くの兵士が犠牲になっている。

 これ以上の犠牲は望ましくないと考え、大統領は忸怩たる思いでありながら、ここまで辿り着いたスペツナズや他の兵士の犠牲に敬意を表し、その場にいる生存者を優先する事を条件とし、脱出を決断した。

 

 ――明けて、1月22日。

 キーウから大統領を含む市民と兵士1400人は撤退し、EDFはキーウに砲爆撃を徹底的に叩き込んだ。

 エアード1の活躍によりレイドシップ十数隻を撃沈した事で、その場の巨大生物は増加する事は無く、砲爆撃によって首都内巨大生物の半数にあたる6万体超を撃破することが出来た。

 この戦果は、キーウ内に大統領達が長くとどまった事により巨大生物が密集していたことが大きく、また彼らの奮戦により10万体もの巨大生物を長く足止め出来ていた事は、東欧戦線では非常に大きな意味を持った。

 

 ――1月25日。

 激戦が繰り広げられていた『ヴォルゴグラード攻防戦』でも、十数隻ものレイドシップの撃沈に成功。

 壮絶な市街戦だったが、EDFがかなりの戦力を投入したことにより、なんとか状況は優勢に推移しているといってよかった。

 しかし、あまりにも人類側の抵抗が激しかったのが原因なのか、ヴォルゴグラード近郊にいた巨大生物群・レイドシップ船団の一部が諦めたように転進を開始、ウクライナ東部『ルハンシク』、ロシア黒海沿岸都市『ロストフ・ナ・ドヌ』に向かったのだ。

 道中で漸減するだけの余剰戦力は既に無く、都市近郊での迎撃が計画された。

 

 ――1月27日。

 『ルハンシク』、『ロストフ・ナ・ドヌ』の二都市近郊にて新たに戦火が巻き起こった。

 向かった巨大生物群はそれほどの規模ではなく、レイドシップも撃墜可能な事が分かった今、それほど恐れる敵ではない。

 EDFとロシア軍、そしてウクライナ軍は、出せる戦力がもはや少ないながらも、人類の意地を見せ、戦局はこちらも優勢に推移していた。

 

 しかし、人類は未だ、フォーリナーの戦力の一片しか見えていなかったことを思い知る。

 

 ――2月10日。

 東欧戦線に、侵略性巨大外来生物β、浮遊艦載機『ガンシップ』、多脚歩行戦車『ダロガ』が出現。

 

 そして――。

 

 戦略級巨大外来生物α――通称、蟲の女王(バグ・クイーン)が旧モスクワ・インセクトハイヴより、飛び立った。

 




作中で出てくるあらゆる用語・事象は虚実を織り交ぜて書いているので鵜呑みにせず気になったらちゃんと裏を取る事!
この世界はEDFが存在する世界なので、都市の歴史や軍事関係も色々変わってたりするんですよー、全てはフィクションです!

ちなみに今回知ったんですけど、スペツナズって特定の部隊を指してるわけじゃなくてロシアの特殊部隊全般を指す言葉なんすね……。
一番有名……というかイメージ的にしっくりくるのはGRU(連邦軍参謀本部情報総局)のスペツナズだけど、それ以外にもスペツナズっていっぱいいるのね……なるほど。

そう言えば、去年は年末に怒涛の連続更新やったけど、今年は無理そうだわ……。
年末予定あるし、戦況の話ってマジで執筆コスト高いんだわ……。
東欧方面もギリギリ収まらなかったし、ベラルーシやポーランド方面の話全然触れられなかったけどどうすっかな……、マジで終わらんなこれ。

なにやら泥沼化してしまった本小説ですが、いつか絶対本編に返り咲いて見せますので、来年ももう少々お付き合いください(気が早い)

ではでは~~


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幕間2 東欧戦線③:首都キーウ奪還作戦

 

 ――2023年2月6日。

 太平洋日本近海にて停泊したマザーシップは、艦載機を発艦させ、EDF極東軍を攻撃した。

 それ以前、イギリスで侵略性巨大外来生物β、アメリカで多脚歩行戦車ダロガが新たに確認されていた。

 更に、一度大気圏外まで上昇したマザーシップは間を置かず再突入を開始。

 日本へ上陸し四足歩行要塞エレフォートを投下した。

 投下後、マザーシップは再び大気圏外、衛星軌道上の地球侵略艦隊へ合流し、世界各地にレイドアンカーの投下とダロガ揚陸艇の発艦を始めた。

 また、跳躍で移動し糸を出す蜘蛛型の怪物がβと呼称されたことにより、従来の甲殻を持ち、酸を発する蟻型の怪物はαと呼称された。

 

 ――2月10日。

 旧モスクワ・インセクトハイヴ上空から百隻余りの揚陸艇とレイドシップが降下したのを、ロシアの監視衛星が捉えた。

 

 不思議な事に、EDFの攻撃衛星を含む、人類の所有する人工衛星の全ては、フォーリナーの攻撃対象になっておらず、開戦から半年近くたった今でも健在であった。

 理由は諸説あるが、アメリカで攻撃衛星ノートゥングの一基を使用し、敵に損害を与えた直後、マザーシップのジェノサイドキャノンによって破壊されている事から、宇宙空間に限り攻撃した対象のみを破壊する思考回路を持っていると考えられている。

 したがって、フォーリナーの思考回路、戦略、或いは上級存在からの指令に変わりがない限り、攻撃・監視を含む軍事衛星、通信や気象、撮影を行う民間衛星などが失われる事は無いだろう。

 ただし前述の通り、それはフォーリナー側の胸先三寸で簡単に覆ってしまう危うい理論であった。

 しかし、攻撃衛星だけで宇宙戦を起こせるほど人類に戦力は在らず、それ以前に地上が制圧される瀬戸際の為、この問題に関しては殆ど対策は打てない。

 少なくとも分かっている事は、攻撃衛星の使用は強力であると同時、一度使用すればその攻撃衛星は確実に破壊されるという事だ。

 宇宙空間では、防御も回避も、まして反撃もままならないのだから。

 

 話を戻す。

 モスクワから降下し百隻規模の揚陸艇とレイドシップの船団は、それぞれ北上、東進、南下を始め、各戦線に散り、ロシアを追い詰めた。

 南下したレイドシップは約1日かけてロシアの都市『ヴォルゴグラード』方面、『スモレンスク』方面、ウクライナの都市『ハルキウ』方面、『ルハンシク』方面に到着、侵攻を開始した。

 

 揚陸艇からは、一隻に付き六機の多脚歩行戦車『ダロガ』が、そしてレイドシップからは浮遊艦載機『ガンシップ』、侵略性巨大外来生物βが現れ、苛烈な戦闘が幕を開けた。

 

 従来の対巨大生物戦術から大きな戦術転換を求められ、余剰兵器や砲弾が多くあり、重要拠点という事で上級司令部が存在するヴォルゴグラードは致命的な結果になる前に対応が間に合ったが、スモレンスク、ルハンシク、ハルキウの三つの戦線は瓦解した。

 

 スモレンスクはモスクワから最も近いが主流の船団ではなく、最大規模の船団はハルキウに送り込まれ続けていた。

 更にヴォルゴグラード方面へ向かう船団が分裂し途中からルハンシク方面へ向かった事により、ルハンシクも最大規模の戦場となる。

 

 ウクライナ東部は地獄に包まれた。

 一発一発が戦車を破壊するほどのエーテル粒子砲弾が、ダロガ上面触角部から、十数機分並んで機銃掃射のような勢いで大量にばら撒かれる。

その地域は例えどんな兵器だろうと瞬く間に駆逐され、後に残るのは廃墟と燎原のみだった。

 建物は一つ残らず崩れ、炎上し、運良く生き残った僅かな兵士や民間人でさえも後に来るβ型とガンシップに捕捉され、生存者が逃れる術はない。

 そして、仇討ちとばかりに投入された空軍でさえも、ダロガの対空レーザー砲と不可思議な機動を行うガンシップによって大きな損害を被った。

 

 人類も黙って見ている訳ではない。

 侵攻する敵兵器、特にダロガ群に有効なのは、対巨大生物戦でも主力として活躍した陸の王者、戦車と思われた。

 

 ――2月12日。

 ウクライナ軍の虎の子『T-90A』、『レオパルト2A4』、『PT-91』の各戦車や、EDFのおなじみ『E551戦車ギガンテス』が集結し、ルハシンク州全域で大規模な戦車戦が始まった。

 しかしEDF以外の戦車に搭載されている、タングステンや劣化ウランを用いた砲弾では装甲貫通力が足りず、集中砲火や一点連続射撃でしか撃破は難しく、触覚や脚部基部などの部位破壊が限界だった。

 それすらも連携と高度な操縦技術が求められる行為であり、大量に迫りくるダロガを撃滅するには到底至らない。

 

 一方EDF製戦車ギガンテスに搭載されるのは、劣化ウランを中心に、希少金属である重金属タンタルの他、数種類の重金属を合わせた素材――名称は無く、単にレアメタル砲弾と呼ばれているものである。

 配合比率は公開されずEDFの機密事項となっており、人類間紛争では使用が禁止されてる程、従来砲弾と比較して強力かつ希少・高価である。

 その為、対巨大生物戦では敢えてタングステン砲弾を使用していたEDFだが、すぐにレアメタル砲弾に切り替えての出撃を行った。

 

 EDFはフォーリナー大戦以前に紛争の根絶に努めていたが、その目的の一つがレアメタル鉱山の掌握であった。

 特にアフリカではレアメタル鉱山が集中しているが、政情不安定地域の為採掘が安定して行われていないという問題があった。

 レアメタルは希少かつ生産地が限られている為、利権や物理的奪い合いなどで政情不安定な地域が多く、アフリカ以外にもあった大小さまざまな問題がEDFの軍拡を阻んでいた。

 

 EDFは武力によってこれを解決し、いくつかの鉱山を掌握、EDF独自技術で採掘の効率化を行い、その資源を軍隊の強化に充てた。

 また、EDF総司令部のある南極大陸やその他の地域に眠る希少金属も発見・開拓し、そしてその採掘権の殆どを独占・軍事利用を行った。

 

 そうして作られた人類の叡智とも言える大量のEDF製レアメタル砲弾だったが、しかしそれでもダロガに対し十分な威力を発揮したとは言い難かった。

 それでも従来型砲弾よりは多くダロガに打撃を与え、戦車一個小隊が揃えば多数のダロガを撃破する事も可能だった。

 

 しかし、その前提を相手の”数”の概念が崩壊させる。

 衛星軌道上のマザーシップから送り込まれた揚陸艇は次々とダロガを投下し、ウクライナ軍はおろか、EDFでさえついに戦線を維持できなくなった。

 大量のダロガが横並びになって、一斉にエーテル粒子砲弾を放ち一帯を火の海にする様は、撤退するウクライナ軍に絶望を与えた。

 EDFですら、あの奇怪な直立歩行兵器に歯が立たないという事実に。

 

 ――2月14日。

 『ルハンシク州』は完全制圧され、『州都ドネツク』や沿岸都市『ドネツク州マリウポリ』にまでダロガが侵攻した。

 また同日、マザーシップによる東欧戦線全域へのレイドアンカーの降下があり、前線も後方も関係なく、全域がα型、β型巨大生物の散発的な強襲に脅えた。

 

 ――2月16日。

 ハルキウ州ではガンシップによる空襲と、β型巨大生物による虐殺が行われていた。

 

 長らく出番の無かったウクライナ空軍は、『ドニプロペトロウシク州ドニプロ』に司令部を置く『東部航空管区』の『第288戦術航空旅団』を中心とする三個航空旅団を全力で出撃させ、EDF空軍と連携しハルキウ上空の迎撃任務に当たらせていた。

 『MiG-29ラーストチカ』や『Su-27ジュラーヴリク』などで構成されたウクライナ空軍の他に、『EF-24Aレイヴン』、『KM-6Eカムイ』などEDF空軍『欧州第三空軍-第195戦闘航空団』を中心とする二個EDF航空団が参加した。

 しかしガンシップの不可思議な機動に翻弄され、苦戦を強いられ、戦闘に参加した総戦力の半数を失い、航空迎撃は失敗に終わった。

 

 α型の襲撃を凌ぎ切った『州都ハルキウ』は、新種の巨大生物に抗えず、都市部は糸に覆われ、『州都ハルキウ』は陥落した。

 高い跳躍力による三次元機動力と、酸以上に広範囲に飛び、しばらくその場に残り獲物を絡め取る酸の糸はEDFとウクライナ軍を苦しめ、多くの犠牲者を出す。

 更に、逃げ延びた兵士や車輛は、空から襲撃するガンシップ編隊に捕捉され、その数を更に減らす。

 この戦闘での唯一の成果は、ガンシップに対し、地上からの対空迎撃が思った以上に有効であったことくらいであろう。

 

 多くのガンシップを地上から叩き落すことに成功したEDFウクライナ連合軍だったが、数の暴力は覆せず、ハルキウ撤退戦では多くの戦力を失った。

 特にウクライナ空軍の『東部航空管区』は、戦術航空旅団所有の戦闘機の八割を失い、殆ど戦闘力を持たなくなった。

 

 ――2月28日。

 ハルキウから撤退した戦力は『ドニプロペトロウシク州都ドニプロ』や『州都ポルタバ』にて防衛線を構築し、フォーリナー群に徹底抗戦を行っていいた。

 しかし同日、『州都ドネツク』がダロガとガンシップによって崩壊し、フォーリナー群は『ドニプロ』・『ザポリージャ』方面と、『マリウポリ』・『アゾフ海』方面に二分した。

 また『ドニプロ』方面へは『ハルキウ』方面から雪崩れ込むフォーリナー群も存在した為、圧倒的に不利な二正面作戦を強いられた。

 しかし、EDFはドニエプル川西岸に大規模な戦力を移動し、徹底砲撃を行った。

 ウクライナ軍には巨大生物の掃討を任せ、EDFは戦車を駆使してダロガと苛烈な砲撃戦を行う。

 

 『ドニプロペトロウシク州都ドニプロ』は、従来は州都も州名と同様に『ドニプロペトロウシク』という名であったが、反ロシア感情のあった国民が、ロシアの共産主義者にちなんだ名を嫌い、『ペトロウシク』のみが排除された『ドニプロ』と呼ぶことを選んだという歴史がある。

 なお、州名の変更には憲法改正がいる為進んでおらず、州名のみが残されている。

 

 そんな『州都ドニプロ』は、ウクライナ国内でも有数の工業地域であり、重工業やエネルギー産業の他に、兵器産業も充実しており、国内の防衛産業の維持には欠かせない都市の一つだった。

 のみならず、EDFが地球防衛戦略の要と考える工廠のひとつ、『EDF欧州第五工廠』も稼働していた。

 また、南部の『州都ザポリージャ』には欧州最大、世界でも日本の『柏崎刈羽原発』、カナダの『ブルース原発』に続く総出力世界第三位の『ザポリージャ原発』が存在していた。

 ここを奪われると欧州の電力事情に影響が出るばかりか、大規模な被爆の恐れがある為、絶対に死守しなければならなかった。

 ウクライナ軍は当然、東欧諸国やEDF総司令部もこの場所の重要性は熟知していたので、再びEDF欧州方面第三軍が本腰を入れて動くことになった。

 

 一方アゾフ海沿岸の港湾都市『マリウポリ』でも大規模な市街戦が行われていた。

 港湾都市として海路での重要性はもちろんの事、こちらもウクライナ有数の工業都市として存在しており、当然ながら奪われる訳にはいかなかった。

 『マリウポリ』は都市内での激しい市街戦の他に、ウクライナ海軍-東部海軍基地指揮下の『第9水上艦艇師団』がアゾフ海に展開し、主力艦艇である『ギュルザ-M型砲艇』が海上から支援砲撃を行った。

 

 小型艦艇である『ギュルザ-M型砲艇』の武装は、『KAU-30M』と呼ばれる複合砲塔が二門あり、一門に付き30mm自動砲、30mmグレネードガン、7.62mm機関銃、バリア対戦車ミサイルシステムを備えている。

 巨大生物との戦闘には火力を発揮したが、ダロガとの砲撃戦はとても行えない小型艦艇であり、岸に近づいた瞬間多くがエーテル粒子砲弾の斉射を受け、爆沈するに至った。

 

 そんな防衛戦闘により都市機能は徹底的に破壊され、脱出の遅れた市民たちが多く犠牲になった。

 都市の細部まで入り込んだ巨大生物に対し、ここ『マリウポリ』を拠点とする『アゾフ連隊』が迎撃と民間人の救助を犠牲を覚悟で行った。

 アゾフ連隊――厳密な軍隊ではなく、内務省管轄に当たるウクライナ国家警備隊の指揮下であり、『東部作戦地域司令部-第12特務旅団-アゾフ特殊作戦分遣隊』が正式名称である。

 対テロや重要施設防護などの任務に就く任務の性格上、真っ向からの正面戦闘には向かないが、それでも小銃を用いての対巨大生物戦闘では活躍し、『マリウポリ』から多くの民間人を救出した。

 

 だが、ダロガやガンシップの攻撃には太刀打ちできず、また対巨大生物戦であっても囲まれたりまともに酸や噛み付きを喰らえば死は到底免れず、『アゾフ連隊』は都市『マリウポリ』と運命を共にした。

 

 これにより、ウクライナ東部『ドンバス地域』は、その全域が敵の支配下に堕ちた。

 

 ――3月13日。

 EDFとウクライナ軍の必死の抵抗により、この日まで『ドニプロ』、『ザポリージャ』方面の防衛には成功していた。

 しかし、『マリウポリ』陥落の影響を殺しきれず、戦力を『ドニプロ』方面へ集中していたEDFは侵攻を止められず、ウクライナ東部海軍基地のある『ザポリージャ州ベルジャンシク』、第25輸送航空旅団の空軍基地のある『ザポリージャ州メリトポリ』と言ったザポリージャ州南部の都市を立て続けに奪われ、現在は『ヘルソン州』侵入を防ぐために平原での大規模な迎撃戦が繰り広げられていた。

 ヘルソンを失えば、クリミア半島との連結が断たれ、アゾフ海全域を失う事になり、ひいては黒海沿岸地域の維持も難しくなり要因の一端になる。

 

 そのことを危惧し、『クリミア半島セヴァストポリ』に拠点を置くロシア海軍黒海艦隊もヘルソン州に積極的にミサイルなどでの支援攻撃を行っており、ヘルソン州東部では全域が戦場と化していた。

 

 ――3月16日。

 戦線は半ば膠着状態に陥り、人類・フォーリナー両軍共に激しい戦力のすり減らし合いが続いたが、フォーリナー支配地域の拡大は防いでいた。

 ウクライナ軍、及びEDF欧州第五軍団は、首都『キーウ』・『ドニプロ』・『ザポリージャ』・『ヘルソン』を結ぶ『ドニエプル川』をウクライナ東部絶対防衛線とし、防衛に徹していた。

 首都『キーウ』では大統領の脱出とレイドシップの撃沈で上げた戦果以降、以外にも目立った動きは無く、以前占領されたままではあるものの、『ドニエプル川』西岸の都市は未だ健在であった。

 ウクライナ西部にも降り注いだレイドアンカーの排除も順調に進み、EDFは戦力を整えて反抗作戦を画策していた。

 その手始めとして、フォーリナー戦力が薄い、旧首都キーウの奪還作戦が計画された。

 『オデーサ』と『リヴィウ』に二分割された首都機能のうち、『オデーサ』に移管したウクライナ軍参謀本部と、EDF欧州第五軍団司令部が作戦立案を行い、『リヴィウ』に移管した大統領府・国防省及び、『EDF欧州南北複合要塞線』の中央に位置するEDF欧州方面軍司令部が承認を行った。

 

 ――3月20日。

 ウクライナ軍および主力のEDF欧州第五軍団は、首都キーウ奪還作戦を開始した。

 またこの作戦は、フォーリナー大戦前中期における数少ない明確な目的を持った攻勢作戦でもあった。

 キーウには数隻のレイドシップやレイドアンカー、それとダロガや巨大生物など一般的な構成のフォーリナー群が居たが、大半が激戦区であるドニプロ方面へ流れていた為、そちらに比べると大人しめの敵構成ではあった。

 しかし、当然激しい戦闘が起こり、人類側にも少なくない損害が出始める。

 戦車部隊はもちろんの事、ドニエプル川から小型戦闘用舟艇が大量に支援砲撃を行い、一気に市街に切り込む。

 上空で制空権を取るガンシップは、EDF対空車輛『KG-6ケプラー』や『AN-11アンモナイト』が次々に叩き落し、EDF機甲部隊をさんざん苦しめたダロガは、EDF戦車連隊の精鋭である『第115戦車連隊』や、機動遊撃戦を得意とする『コンバットフレーム・ニクスC』で追い詰める。

 更にEDFの誇る”空の要塞”、『DE-202ホエール』数機が編隊を組み、対空レーザー照射を行うダロガと互いに攻撃を交差させ、陸と空で激しい攻撃の応酬が繰り広げられた。

 またEDF先進歩兵の突撃による攻撃も有効で、数の差さえ覆してしまえば十分対処可能な敵である事が知らされた。

 その数の差を埋めるべく、多方面からダロガ揚陸艇が飛来するが、白銀の装甲を纏っていないそれは、後方のEDF多連装ロケットシステム『L227ネグリング自走ロケット砲』によって捕捉され、多数のロケット弾攻撃を受けて次々に沈んでいった。

 それでも揚陸艇の瓦礫から脱出するダロガに向けて、『E551ギガンテス』のレアメタル製徹甲榴弾が叩き込まれ、あの強敵ダロガが一方的に撃破されていった。

 

 敵巨大生物に関しては、EDF先進歩兵四兵科が独自に対処しつつ、それを武装高機動車『M31ジャガー』、歩兵戦闘車『キャリバン』、装甲戦闘車『グレイプ』などの戦闘車輛や、攻撃ヘリ『EF-22バゼラート』や対地攻撃ヘリ『EF-31ネレイド』が援護射撃を行い、優勢に駆逐していった。

 

 ――3月21日。

 こうして、ウクライナ首都キーウは、フォーリナー大戦始まって以来の明確な大勝利という形で、大きな損害を出しながらも奪還に成功した。

 前線は気を緩ませないまま、静かな喜びと希望に満ち溢れていた。

 彼我の戦力差を考えれば当然の勝利とも言えるが、それでもEDFそしてウクライナに与えた喜びは大きい。

 しかし、その勝利に隠れ、脅威的な存在が地表に現れていた。

 

 同日、衛星画像が捉えたのは、旧モスクワ・インセクトハイヴから出現する超大型巨大生物だった。

 3月上旬にイギリスを陥落判定に追いやった存在と同等レベルのそれは、即座に超抜級戦略個体の認定を受けた。

 女王蟻と見紛うその風体と威容はそのままEDF総司令部により個体名として登録された。

 それは、奈落の王(バゥ・ロード)と対を成す存在。

 

 超抜級戦略個体α――蟲の女王(バグ・クイーン)と呼称された。

 

 ――3月22日。

 バグ・クイーンは上空を飛行し、一直線に、奪還して勝利を噛みしめるキーウへと到着した。

 キーウの部隊は一瞬で絶望に襲われ、一時の勝利など、この大戦において何の意味もない事を思い知らされた。

 EDFは全力を以て飛来するバグ・クイーンを迎撃した。

 ネグリング自走ロケット砲や各種対空砲、それだけでなく、ロシア海軍黒海艦隊やEDF艦隊のミサイル攻撃を徹底的に叩き込んだ。

 その甲斐あってか、バグ・クイーンは地表に落下し飛行をやめた。

 攻撃が効いたと錯覚するEDFだったが、直後に、酸の大放射を受けて、範囲内の地上部隊は全滅した。

 

 それは、まるで酸の津波であった。

 もはや瓦礫となって久しい街並みも、兵器も人も、あっという間に呑み込まれ、そして溶かされていった。

 それ自体が高温の酸は、化学反応によってあらゆる物体を溶解し、視界すら困難にする猛毒の霧を撒き散らす。

 たった数度の酸の放射で、キーウの街並みは瓦礫すら残らぬ更地となり、あらゆる人工物はおろか、地形さえすべて平坦にしてしまった。

 

 ウクライナ首都キーウは、消滅した。

 

 ――3月31日。

 蟲の女王(バグ・クイーン)は、数日経った後キーウを飛び出し、多数の巨大生物を引き連れて、都市ドニプロへ強襲した。

 再び数多のミサイル・砲弾を叩き込み、地に墜としたが、しかしそれがただの着陸であることを、EDFは知っている。

 

 地上に降り立った途端、更に苛烈な砲爆撃と、地上部隊の射撃をありったけ叩き込む。

 バグ・クイーンは怯む様子を見せ、攻撃が有効だと気付いたEDFは更に射撃を継続する。

 が、戦域にはもちろんバグ・クイーン以外のフォーリナー戦力が常に攻勢を続け、EDFを追い詰めて行く。

 今やドニプロは、東欧戦線一の大激戦区になっていた。

 しかし、僅かな隙を突かれ、バグ・クイーンは酸の大放射をついに行った。

 主力だった戦車連隊の一部が一度の放射で溶かされ、砲撃が弱まる。

 バグ・クイーンは更に二三度放射を続け、街並みと共にEDFの戦力が消え去ってゆく。

 拮抗は崩れ、もはやフォーリナーの勢いを削ぐ事は出来なくなった。

 

 ――4月1日。

 ウクライナ最大の工業都市『ドニプロ』は陥落――いや、跡形も無く更地になった。

 EDF欧州第五工廠も、すっかり消えてなくなった。

 超抜級戦略個体α、蟲の女王(バグ・クイーン)の降り立った地は、跡形も無く更地になるのみだった。

 しかし、このまま『ザポリージャ』に侵攻するものと思われたバグ・クイーンは寸前で反転、ドネツク方面へと飛び去って行った。

 

 ――4月2日。

 『ザポリージャ』にて、先日のドニプロ陥落の残党が襲い掛かってきた。

 EDFは欧州最大の『ザポリージャ原発』を防衛する為、残り少ない戦力を派遣し、数日間防衛戦闘が続けられた。

 

 ――4月5日。

 『ザポリージャ』での戦闘がある程度小康状態に落ち着く。

 EDF戦略情報部はバグ・クイーンの動向を追い、驚くべき事実を突き止めた。

 バグ・クイーンは、旧都市ドネツクで穴を掘り、地中に潜ったのだ。

 そして周囲の巨大生物は都市の残骸や廃材、出自不明の物質を集めて何らかの構造物を作っていた。

 そう、それは――大戦初期に巨大生物が建造したインセクトハイヴそのものだった。

 日本の佐渡島で2月25日に建造されたインセクトハイヴや、その他世界各地で新たに建造されるきっかけは不明であったが、ここでバグ・クイーンの移動による物だと判明した。

 

 ウクライナの都市『ドネツク』は、世界的にみれば黒海・アゾフ海沿岸地域に位置していて、EDFが重要視する工業都市『ロシア連邦ヴォルゴグラード』に大変近い。

 周辺一帯を制圧されれば、ロシア地域・東欧地域の海路が大幅に制限され、兵站物資の移動が限定されてしまう。

 人体の血管が止まればいずれ壊死するように、それはロシア・東欧地域の死を意味する。

 そして破滅的な流れは、簡単には止まらないものだ。

 

 EDF総司令部、並びに戦略情報部は非常にそれを懸念し、ドネツクにて建造されるインセクトハイヴの阻止及び破壊と、地中に潜った超抜級戦略個体α・蟲の女王(バグ・クイーン)の撃破、そしてウクライナ東部ドンバス地域の解放を目的とした大規模反抗作戦を計画した。

 

 ――4月15日。

 作戦の為、ロシア・ウクライナ、そして東欧地域全域から戦力がかき集められていた。

 後に『ドンバス決戦』とも呼ばれる、ドンバス地域解放作戦決行の日は近い。

 




ドンバス決戦。
それが言いたかっただけ(おい
しっかしあれだな、続ければ続けるほど文章肥大化していくのなんなんだ……
最初のイギリス・欧州なんて一話で収まってるのに!
と思ったけど調べたらアレ1万3千字なんだ……
いやでも東欧戦線だけで多分3万字近く割いてるからやっぱバカ多いよ!!

うーむ、戦況的にあと中国戦線、オーストラリア戦線、北米戦線までは描写しようと思ったけど、どうすっかな、さすがにそろそろ本編も進めたいんだよな……

最悪中国とオーストラリアは抜いても支障ないけど、北米は結構がっつり本筋に関わって来るので描写は逃したくない。

という訳で最低でもあと一、二話程度は会話の一切ない戦況の話が続くと思います。
なんという地獄に足を踏み入れてしまったんだ俺は……いや書いてて楽しくはあるんだけど

中国とオーストラリアには申し訳ないけども、一旦抜いてアメリカに入ろうかなぁ~~
来年には本編の話に戻る……目標……


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幕間2 北米戦線①:フィラデルフィア攻防戦

 ――2022年7月11日。

 世界同時多発的にフォーリナーの侵攻が開始された。

 衛星軌道上に現れたフォーリナーは、超巨大球体型母艦”マザーシップ”を中心に、浮遊空母”レイドシップ”凡そ千隻以上とみられる衛星軌道上の大艦隊”地球侵略艦隊”を形成し、その一部を地球各地に降下させた。

 同時にマザーシップは降下転送装置”レイドアンカー”を射出し、地球の人口密集地や軍事基地目掛けて激突させた。

 

 ワシントンD.C.、ニューヨーク、ボストンを含む東海岸、

 ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトルを含む西海岸、

 その他ヒューストン、マイアミ、デンバー、シカゴなどアメリカを代表する大都市に、レイドアンカーが降り注ぐ。

 都市の一部は落下の衝撃で破壊され、そこから更に未知の怪物……のちに、侵略性巨大外来生物と呼称される巨大な蟻に酷似した怪物が、アメリカ国民を殺戮する。

 即座に、アメリカ軍、各地の州軍、そしてEDF北米方面総軍が即応態勢で出動した。

 

 一方その頃日本では、マザーシップのジェノサイドキャノンによる大爆撃が行われ、首都東京が灰塵と化していた。

 フォーリナーは”害虫”による侵略のみならず、核兵器にも匹敵する圧倒的な兵器を保有している事が判明し、地球人類は戦慄した。

 

 ――7月12日。

 日本での爆撃後、マザーシップを中心とする侵略艦隊は太平洋を東進し、アメリカへ向かった。

 緊急的に展開可能だったアメリカ海軍太平洋艦隊が阻止砲撃を行うも、マザーシップ艦隊はこれを突破し、アメリカ西海岸へと上陸した。

 カリフォルニア州ハンボルト群ユーレカへ上陸したマザーシップ艦隊は、艦隊を構成するレイドシップから巨大生物を投下し、ユーレカを黒い影で覆い尽くした。

 世界で最も高くなる樹で知られるコースト・レッドウッドの原生林や、歴史的価値のあるビクトリア様式建築物は、無残にも巨大生物に食い荒らされた上、更なる被害を抑える為としてEDF・米陸陸海空軍の砲爆撃に晒され、町は跡形も無く消滅した。

 

 しかしその悲劇は、アメリカ全土から見てもほんの一部に過ぎない。

 

 マザーシップ艦隊はアメリカ大陸を東西に横断する形で東進し、その道中で巨大生物を頻繁に投下した。

 ユタ州ソルトレークシティ、コロラド州デンバー、ミズーリ州カンザスシティ、セントルイス、インディアナ州インディアナポリス、オハイア州コロンバス、ペンシルベニア州ピッツバーグ。

 以上のアメリカ中央部に位置する大都市の中をマザーシップ艦隊は西から東へ横断し、その全てに巨大生物を一定数投下した。

 アメリカ空軍、EDF北米空軍はマザーシップ侵略の阻止を全力で行ったが、その全ては(ことごと)く失敗し、都市への巨大生物投下を許した。

 しかしレイドシップは飽くまで都市を通過し、その場に留まる事は無かった為、都市住民への少なくない被害を出しながらも、EDFと米軍は連携して巨大生物の殲滅に成功した。

 

 これらの襲撃は全て同日中に起こっており、通常であれば対処不可能だが、アメリカ軍とEDF北米軍の過剰な戦力保持がこれの撃退を可能にした。

 本来なら海外に展開する能力を持つアメリカ海兵隊の一部や、アメリカ特殊作戦軍もフル活動し、一夜にしてアメリカ全土を軍隊が行き交った。

 

 しかし、目下最大の危機は都市へ投下された巨大生物ではなく、東進を続けるマザーシップである。

 ペンシルベニア州ピッツバーグを通り過ぎたマザーシップの最終目的予測は二か所。

 すなわち、アメリカ最大の都市であり、世界経済の中心地であるニューヨーク。

 そしてアメリカ合衆国首都ワシントンD.C.のどちらか、または双方二か所であると予想された。

 

 パニックを起こし、大脱出が始まる二都市だったが、人口の多さとあまりにも短い時間がそれを許さず、マザーシップは巨大都市ニューヨークの上空に移動した。

 マザーシップは、神々しいまでに赤く輝く巨大砲台を展開し、人々の足を止めた。

 彼らは理解してしまったのだ。

 もはや、異文明の裁きから逃れることなど不可能だという事を。

 

 巨大砲台――ジェノサイドキャノンは恐ろしいまでの熱波を放ち、直後、光は極大点に達し、戦略核攻撃を上回るエネルギーが地上に放たれた。

 ニューヨーク市民900万人以上が一瞬にして焼却され、ニューヨーク全域が灰塵と化した。

 中心部は蒸発し、巨大なクレーターが形成される。

 ニューヨーク市に存在したEDFの上位組織である国連本部を含む、多くの政府機関や施設、そして文化が消滅した。

 

 マザーシップは大爆撃を終えると、ごく近いアメリカ合衆国首都ワシントンD.C.には目もくれず再び東進。

 大西洋を渡りイギリス首都ロンドンに爆撃を加え、以後ロシア連邦首都モスクワ・中国の大都市上海・オーストラリアの大都市シドニーの順に次々と爆撃を行い、その後南米大陸へ侵攻するも、巨大生物の投下以外目立った攻撃は行わず、中南米カリブ海中央の海上50mにて突如制止した。

 

 ――7月13日。

 凄惨な大爆撃の翌日。

 マザーシップ艦隊から分離したレイドシップ船団は、大きく分けて三方向に分散した。

 一つはニューヨーク南西120kmの世界的大都市、ペンシルベニア州フィラデルフィア方面。

 一つはニューヨーク中心街東方に伸びるロングアイランド島方面。

 そして三方面のうち最大勢力が、ニューヨーク市より北東100kmにあるコネチカット州ニューヘイブンに向けて侵攻を開始した。

 

 ――7月14日。

 EDFは、軍事政策を司る最高機関であった国連本部EDF統制理事会を失った為、政治的判断を含めた全ての権限を、南極のEDF総司令部に移行した。

 正確には、移行せざるを得なかったという他ない。

 破滅的な地球侵略が始まった今、政治的・軍事的判断に空白が出来る事態は致命的な結果を生み出す恐れがあり、迅速に組織的な対応が出来るのはEDF南極総司令部を於いて他に居なかった。

 その結果、EDFは地球防衛に対し議会の採決を待つことなく迅速に行動を行う事が出来、”防衛”という観点からは多大な貢献を果たした。

 EDF地球規模戦略軍の積極投入、EDF世界国庫の解放、惜しみない支援物資の投入など。

 また、戦争末期には無政府状態に陥った国家の運営や、内乱鎮圧、治安維持など、国連が存在していたら統制理事会が荒れるだろう多くの事を積極的に行った。

 しかしながら、その強引な行動は軋轢も生み出す。

 国家承認を待たないEDF戦力の移動、全地球防衛戦略観点の判断による一方的な国家陥落宣言、些か強引な他国軍指揮権の強制掌握、フォーリナー由来技術の独占など。

 のちに問題を取りざたされる多くの事をEDFは行うようになる。

 だが、これはフォーリナーから地球を、人類を護る為に必要な事であり、事実として、EDFの私利私欲で行っている事では決してなかった。

 問題は、人類がこれを容認するのか拒絶するのか、この判断が分かれる事であった。

 

 軍事的にも多くの事が動き出す。

 アメリカ軍は直ちに全部隊が核戦争勃発クラスの警戒態勢”デフコン1”に移行し、即応部隊以外の全ての部隊も実戦体制に移行した。

 特に東海岸に大規模戦力を集中的に派遣し、直ちに防衛戦闘が発生した。

 

 それに呼応しEDF北米軍も戦力を集中させ、両軍ともに巨大生物の駆逐と街の防衛戦闘を行った。

 しかし、いずれの方面も人口密集地が近い為、空軍海軍の大規模支援が出来ず、戦闘は都市内での大乱戦へと発展していく。

 EDF先進歩兵部隊での歩兵戦を中心に、EDF主力戦車ギガンテス、歩兵戦闘車キャリバン、装甲戦闘車グレイプなどの機甲部隊が大通りで敵を引き付けた。

 避難中の民間人は大型装甲ヘリHU-04ブルートや歩兵戦闘車を改造した装甲救護車輛(Armored Medical Vehicle)キャリバンAMV、その他の大型輸送トラックが行い、迅速な避難を手伝った。

 

 また米軍も、主力戦車M1A2エイブラムス、M2ブラッドレー、M1120ストライカー装甲車など主に機甲部隊を中心に対巨大生物戦を行い、EDFの背後を護った。

 またEDF以上に高度な輸送ノウハウを駆使し、後方部隊をフル動員し、激戦地からの市民救出を行った。

 

 そんな中で活躍したのは、EDF先進歩兵四兵科のひとつ、空爆誘導兵エアレイダーだった。

 アメリカ軍の統合末端攻撃統制官(JTAC)を更に進化させた兵科であり、彼らの誘導によって、限定的ながらDE-202ホエールによる航空支援や、L155自走榴弾砲ブラッカーの支援砲撃を安全に行うことが出来た。

 

 そうして東海岸を中心に戦火が広がる中、特にアメリカ政府が注視したのはフィラデルフィア方面だ。

 フィラデルフィアを抜けると、その先はアメリカ合衆国の中枢、首都ワシントンD.Cがある。

 フィラデルフィアからの距離は凡そ200km程度しかなく、直ちに政府機能並びに、防衛の中枢を担うアメリカ軍統合参謀本部、EDF北米方面第一軍-第一軍団司令部は機能の移転を急ぎ行っていた。

 当然ながら、避難も開始したばかりであり、最低でも一月は稼がないと致命的な損害が出る事は間違いなかった。

 

 ――7月15日。

 ニューヨークより南東87km、ニュージャージー州トレンソンにて、大規模な戦闘がついに発生した。

 人口は8万人程度と小さい町だが、ニューヨークとフィラデルフィアを繋ぐ交通の要衝であり、当然ながら占領される訳にはいかず、アメリカ軍統合参謀本部、並びにEDF北米方面軍司令部は大規模な部隊を派遣した。

 トレンソンには、本土防衛を任務とするアメリカ陸軍第五軍の即応旅団戦闘団が文字通り即応態勢で防衛線を敷き、続きEDF北米方面軍のうち、ニューヨーク方面を管轄とする第一軍・第五軍の部隊が応戦した。

 また本来は海外展開部隊である米陸軍ストライカー旅団戦闘団も直ちに投入され、トレンソンの防衛にあたった。

 

 ――7月16日。

 ロングアイランド島に残された住民を救うべく、大規模な救出作戦が行われる。

 それを援護すべくEDF海軍とアメリカ海軍に沿岸戦闘艦がピンポイント援護砲撃を行っていた。

 EDF海軍のアクティウム級対地戦闘艦の127mm精密速射砲、米海軍のズムウォルト級ミサイル駆逐艦の155mm先進砲システム(AGS)から放たれる長距離対地攻撃砲弾(LRLAP(ラーラップ))が、その正確さを生かし、エアレイダーと連携し次々と避難民を狙う巨大生物を爆破してゆく。

 

 やがて市民の脱出が完了すると、今度は戦艦群の一斉砲撃が始まる。

 アメリカ海軍の誇る弩級戦艦モンタナ級、アイオワ級のMk.7 406mm砲三連装三基9門や、EDF海軍大西洋連合艦隊-第一艦隊旗艦オーディン級弩級戦艦のEMk.4 508mm三連装四基12門の巨砲が、連続してロングアイランド島に叩き込まれる。

 目的は巨大生物の殲滅、そしてレイドシップの撃沈だ。

 特にEDF海軍の砲弾は、より対地攻撃用に爆破範囲を強化した対地制圧用爆風弾を使用した為、その殲滅力は圧倒的だ。

 また米海軍も、一部の砲弾をより広範囲を攻撃できるクラスター砲弾に換装し、無数の子弾がロングアイランド上空で災害級豪雨のように降り注ぐ。

 そして、砲弾の中心として最も多く放たれたのはやはり対艦砲弾だ。

 人類の歴史の中で、そして現人類が保有する全ての砲弾の中で、最高の装甲貫通性能を誇る508mmEDF超重加速主砲弾は、初速が820m/sであるが、そこからロケットモーターで加速し、1000m/s超まで加速する。

 音速の三倍近くの速度で、重量1200kgの物体が激突する衝撃は、単純な物理運動エネルギーだけでも膨大なものだ。

 そこから更に侵徹体とメタルジェットが標的内部を壊滅的に破壊する、という恐ろしい兵器だ。

 現在、例えEDF弩級戦艦であってもこの攻撃を防げる装甲は存在せず、現時点で最強の通常攻撃方法と言って良かった。

 

 しかし、それの全力砲撃であってもレイドシップの装甲を貫通することは出来ず、徒に周囲の地形が破壊されていくだけでしかなかった。

 

 深夜になっても砲撃は続き、島全体が炎上し、一切の建造物が全て崩壊した。

 ロングアイランド島は地形が変わるくらいの砲撃に見舞われた代わりに、巨大生物を相当数討伐する事に成功した。

 しかしレイドシップから降下する数は無限である為、両海軍は翌朝になって砲撃を打ち切り、ロングアイランド島は放棄された。

 海軍の威信を背負っての全力砲撃で、これだけの巨大生物を討伐しておきながらも殲滅に失敗した事実は、両海軍に深刻な絶望を与えた。

 

 ――7月18日。

 激しい戦闘のあったニューヘイブンでも、住民の避難が完了したことを理由に都市の放棄が決定した。

 決定直後、ニューヘイブンに向けて大火力の戦艦群の砲撃が行われ、この都市も跡形も無く消え去っていく。

 部隊はコネチカット州ハートフォードへ後退し、その手前で新たに簡易的な防衛線を敷いた。

 

 ――7月20日。

 旧ニューヨーク廃墟にて、インセクトハイヴの建造が観測される。

 同時に、地域での巨大生物数が大幅に増加し、周辺戦域はかなりの劣勢となる。

 

 ――7月22日。

 ニュージャージー州トレンソンでの戦闘が激化し、EDFはレイドシップ撃墜作戦を行う。

 しかし作戦は失敗し、直後に起こった大規模地中侵攻により戦線は瓦解。

 トレンソンは突破され、遂にフィラデルフィア都市内での戦闘が発生した。

 フィラデルフィアの避難進捗は僅か30%にも満たず、未だ多くの市民が残る中での戦闘になった。

 

 ――7月29日。

 戦闘により、フィラデルフィア市街の70%以上が破壊される。

 また第75レンジャー連隊の投入により、市民の救出が急速に進む。

 主に正面戦闘をEDF、市民の救出や兵站構築をアメリカ軍が担当し、戦況は有利に進んだ。

 しかし複数のレイドシップが常に巨大生物を投下し続け、フィラデルフィアの巨大生物総数は撃破数を増加数が上回った。

 

 ――8月4日。

 第75レンジャー連隊の半数を投入したことにより、フィラデルフィア市民の避難が完了した。

 ただしその実情は、約半数の市民が犠牲になった事も意味する。

 しかしそれを悲しむ余裕は無く、直ちにアメリカ全土から戦闘部隊が集められ、大都市フィラデルフィアを部隊に凄惨な地上戦が始まった。

 アメリカ空軍戦術爆撃航空団のB-52爆撃機が、苦渋の想いで本土を爆撃し、同じくアメリカ太平洋艦隊も自国の都市を歯噛みしながら砲撃した。

 立ち並ぶビル街は無残にも崩れ炎上し、アメリカが世界に誇る大都市は全域が炎上状態に陥った。

 

 ――8月14日。

 レイドシップ艦隊、並びに巨大生物群が、旧ニューヨーク・インセクトハイヴから新たな梯団を形成し、北西の平原に向けて進撃を開始した。

 察知したEDF空軍は大型爆撃機ミッドナイト、戦略爆撃機フォボスを動員し大規模空爆を行った。

 しかしレイドシップに阻まれ効果は薄く、すぐに地上戦へと発展していった。

 

 ――8月17日。

 コネチカット州ハートフォード陥落。

 敵はマサチューセッツ州スプリングフィールドと、ロードアイランド州プロビデンスの二都市に分かれて侵攻を開始した。

 都市へ入る前にEDF機甲師団とアメリカ陸軍第一機甲師団が展開し、大規模な戦車戦が行われた。

 

 ――8月21日。

 フィラデルフィアでの戦闘は激化し、膨れ上がった巨大生物は南東方面のニュージャージー州ウォートン州有林方面まで広がり、ニュージャージー州全域で激しい戦闘が発生した。

 

 ――8月22日。

 ニュージャージー州マクガイル空軍基地で大規模な防衛戦闘が始まる。

 被害を避ける為離陸可能な軍用機は直ちに離陸し、最寄りの安全な空軍基地へと飛び立った。

 その後、空軍基地内での戦闘が発生し、広大な滑走路にまでギガンテス戦車、エイブラムス戦車が侵入し砲撃戦を行いつつ、空路で脱出が間に合わなかった空軍基地要員の救助と脱出を支援した。

 

 ――8月26日。

 巨大生物、ニュージャージー州ブリジットンよりデラウェア川およびデラウェア湾を渡河し、デラウェア州スマーナへ上陸する。

 これによりデラウェア半島への侵攻が始まり、もはやワシントンDCまで目と鼻の先まで巨大生物が迫る事になった。

 

 ――8月29日。

 この日を以って、首都機能及び軍参謀機能は、アメリカ西海岸の多数の都市へと分散配備が完了した。

 しかしワシントン市民は未だ半数以上が避難の遅れと都市機能の維持の為残っており、侵攻を許せば夥しい死者が出る事に違いはない。

 

 ――9月4日。

 首都ワシントンDCへのフォーリナー接近、そして避難の遅れ、侵攻の食い止めの失敗により、アメリカ国内で米軍海外駐留軍の即時帰還を求める声が大きくなる。

 実際、前線から離れた地域や演習の為の駐留軍は本土や別の前線に移動しているが、フォーリナー侵略から二ヶ月経った現在でも、凡そ100か国以上に14万人以上の兵士や、それらが運用する多くの部隊・兵器・物資が海外で活躍している。

 アメリカ本土、そして首都が危機に曝される中、海外の面倒まで見る道理は一見ないように見えるが、アメリカ軍は前線での戦闘や火力支援の他に、EDFが手の回らない兵站面や情報面、そして細かな人命救助などを海外で主な任務としており、それらの支援から手を引くと、前線が崩壊し、国家の滅亡に繋がりかねない地域も多々あった。

 そうした細かい国家の滅亡は、ひいてはアメリカの戦況にも影響してくる。

 アメリカ軍はEDFを除く世界最高の軍隊だが、地球規模の戦場である以上いずれ影響は出てくるだろう。

 その為EDFと協議し、海外駐留軍の撤退には慎重にならざるを得なかった。

 

 ――9月9日。

 スプリングフィールド、プロビデンス両都市の民間人が0人になる。

 六割の脱出を完了したが、四割は脱出が間に合わず犠牲になった。

 脱出の完了を確認後、アメリカ軍は両都市を放棄、郊外にて砲戦力を展開し、都市への砲撃と爆撃、そして戦車群での射程外からの一斉砲撃を行った。

 フィラデルフィアでも同様の戦術が用いられており、とにかく米軍は、巨大生物の酸の射程に入らないように全軍に厳命した。

 EDFと違い、対人類を意識した米軍には酸を防ぐ装備は無い。

 また兵器も当然ながら対人類を意識したものであり、EDFの規格外の兵装に比べると、最強の国軍であるアメリカ軍でさえも大きく見劣りする。

 そんな彼らが最小の犠牲で戦うには、巨大生物の攻撃の届かない場所から一方的に叩くのが最も効果的だった。

 反面、前線の全てをEDFに任せ、絶対に攻勢に転じる事の出来ない消極的な戦術とも言えた。

 しかし、結果的に以後大幅なフォーリナー支配域の拡大を招かなかったこの戦術は、世界から評価されるべきものとなる。

 




おいおいなげーよ、全然終わらんじゃん……w
でもEDF周りの設定考えるの楽しいなw


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幕間2 北米戦線②:オペレーション・イモータルパトリオット

ロマンを詰め込みました。
頑張ってリアリティ添えようとしたけどムズいので途中から思考放棄したので期待しないでね!


 ――9月15日。

 デラウェア半島での戦闘が激化。

 戦艦群の徹底砲撃により、島の地形が変わる程に砲弾が叩き込まれる。

 効果的な支援砲撃により、デラウェア半島の戦況は安定かと思われたが、それでも砲撃のみで全てを仕留めきることは出来ず、相変わらず激しい地上戦が繰り広げられていた。

 

 戦艦――それらはこの2022年の時代になっても尚、海軍の象徴そして最強の戦闘艦艇として艦隊の中心を担っていた。

 第二次世界大戦、主に太平洋戦争で日本海軍が使った空母主戦力による戦艦への攻撃を逆手に取り、戦争末期のアメリカ海軍は同様に空母主体の戦法で日本海軍の名だたる戦艦を次々と沈めて行った。

 

 大戦後、空母――航空母艦は、大戦時の活躍と航空兵器の高性能化によって再評価された。

 搭載する航空兵器の種類・兵装による戦艦以上の汎用性、

 航空兵器の長航続距離化による『艦の攻撃能力』の戦艦以上の射程、

 航空武装の高性能化による戦艦以上の攻撃精度とピンポイント攻撃力、

 そして何より、重装甲と巨砲に覆われた黒鋼の城である戦艦に比べ、長距離攻撃力と護衛艦隊に守られた空母は、重装甲を必要とせず、建造・維持等を考えたコストパフォーマンスが戦艦よりも優れていた。

 

 時代はもはや空母こそが海上戦闘の主役であり、巨大な的で莫大なコストの掛る戦艦の時代は終わっていくかに見えた。

 

 実のところアメリカ海軍は、1950年の朝鮮戦争でアイオワ級四隻すべて、1964年のベトナム戦争でアイオワ級ニュージャージー一隻を現役復帰させたが、陸上への艦砲射撃に留まり、対艦戦闘は行われなかった。

 その強力な対地砲撃能力の有用性によって、一時は戦艦不要論が見直されかけた。

 しかし過剰な土地の破壊は国連から苦言を呈され、向上したミサイルの攻撃精度や空母から発艦する航空爆撃の方が遥かに人道的であり、コストパフォーマンスに優れている事の裏付けになり、やはり戦艦不要論が覆る事は無かった。

 

 ソ連海軍も、ミサイル技術の発達に目を付け、艦対艦ミサイルを主武装とした『ミサイル巡洋艦』の開発、実用化へ重きを置く流れに代わっていった。

 しかし解体するにも莫大なコストの掛かる戦艦は、再利用も考慮して浸水・腐食防止処理いわゆるモスボール処理が行われ、長期保存された。

 

 しかし、1985年。

 突如ソビエト連邦は、アメリカに先駆け『ソミュイズ個艦防御システム』を開発。

 それをモスボール処理されていた戦艦ソヴィエツキー・ソユーズ級に搭載。

 翌年には、ソヴィエツキー・ソユーズは近代化改修を終え、現代の戦艦として蘇った。

 

 このシステムを開発したのはアレクサンドル・ソミュイズ博士であったが、彼がそれほど高度なシステムを構築できるか甚だ疑問であり、アメリカ軍は諜報活動を続けた。

 

 しかし、その結果は信じられない事実を浮かび上がらせた。

 ソミュイズ博士を隠れ蓑にした、真のシステム開発者。

 年齢、僅か10歳。

 ソヴィエト科学アカデミーをも震撼させ、その存在が表の世界から葬られた天才少女。

 名を、ルフィーナ・ニコラヴィエナといった天才少女が、ソミュイズ個艦防御システムの真の開発者であったのだ。

 

 『ソミュイズ個艦防御システム』は、エリア内に侵入した航空機、ミサイル、砲弾、あらゆる脅威的物体を、高性能AIの並列処理により瞬時に迎撃するシステムだ。

 翌年、ソミュイズシステム搭載艦による軍事演習が行われ、アメリカ諜報機関がこれを視察した結果を元にシミュレーションを行った。

 その結果は惨憺たるもので、現在編成中のアメリカ空母戦闘群による攻撃では、ソ連戦艦艦隊を撃破出来ないどころか、90%以上の確率で大敗を喫する。

 

 このソミュイズシステムにより、事実上空母から発艦する航空機では、戦艦は撃墜不可能になったと言える。

 迎撃率の精度は高く、撃ち漏らしは殆どでない設計だが、物理的に迎撃不可能な飽和攻撃には弱く、ミサイルの一斉射撃などである程度ダメージを与える事は可能ではあったが、戦艦の分厚い装甲が撃沈を困難にし、非常に耐久力のある戦力として返り咲いた。

 

 冷戦中だったアメリカは、このソ連の新型システムに非常に危機感を持ち、諜報活動・スパイ潜入・亡命誘致・脅迫などあらゆる手段でシステムを解明しようと画策した。

 しかし、諜報活動を行うアメリカの陰を察知した少女ニコラヴィエナは、あろうことか国防総省にハッキングを仕掛け、『ソミュイズ個艦防御システム』以上のシステム構築案や設計図を送り込み、アメリカ軍高官たちを戸惑わせた。

 

 結果、完成したのが、同様のシステム『キャンベル=アルバート艦隊広域防御システム』だ。

 1995年の事で、ソビエトよりも10年近く遅れての事だ(尤も、ソビエト連邦は1991年に崩壊し、海軍はロシア連邦に受け継がれた)

 この十年、ソ連・ロシア海軍の圧力により多くの政治的、直接的ではない軍事的後退を余儀なくされ、海の覇権はソ連・ロシア海軍に譲るものかと思われたが、『キャンベル=アルバート艦隊広域防御システム』の登場により、一気に勢力を盛り返し、再びソ連海軍と均衡以上まで持って行った。

 

 『キャンベル=アルバート艦隊広域防御システム』は、『ソミュイズ個艦防御システム』よりも広範囲、すなわち行動する艦隊全域をカバーする迎撃能力と圧倒的な同時目標追尾能力を持ち、ソミュイズの完全上位互換だと喧伝された。

 更に、戦艦一隻では限界のある迎撃能力を、艦隊同士でリンクして艦隊全艦の武装でシームレスに対処可能になっており、このシステムの登場によりアメリカ海軍の戦艦打撃群は再び世界最強に返り咲いた。

 

 尤も、三年後ソビエト海軍もシステムを改良した『ソミュイズ艦隊広域防御システム』としてアップデートし、アメリカと同等の力を手に入れ、海上の冷戦は再び拮抗する事になるが。

 

 その両国の海上軍拡に刺激され、イギリス・ドイツ・フランスを始めとする欧州各国や日本、中国、インド海軍でも戦艦の再生・建造が積極的に行われた。

 以後、海軍最強の戦闘艦艇は戦艦であり、戦艦性能・保有数こそが海軍の戦力を最も明白化する、と言われるに至る。

 

 更にアメリカ海軍の『キャンベル=アルバート艦隊広域防御システム』は冷戦終結後、より精度・処理能力向上に進化させた『イージスシステム』の原型となり、更なる進化を遂げることになる。

 『イージスシステム』は比較的中小艦艇――巡洋艦や駆逐艦クラスに搭載される事が多く、莫大な建造コストと維持費がかかる戦艦に比べ、比較的安価でかつ防空能力・精密射撃精度に優れるシステムを持つことが多かったため、システム搭載艦所謂『イージス艦』は、戦艦のサポート役として広く各国海軍に受け入れられた。

 

 以上の歴史を辿り、一時期は強硬な戦艦不要論が論じられたが、現在でも戦艦戦力は世界中に豊富に存在する。

 また重火力砲戦力・艦隊対空防御を主とする戦艦、長大攻撃力・汎用戦力を担う空母、精密迎撃力・中核戦力を担うイージス型巡洋艦、駆逐艦などで構成されるアメリカ式戦艦打撃群は非常に強力な海上艦隊として西側世界のスタンダードになっていった。

 

 それは1990年代に入りEDFが設立された後も変わらず、EDF・各国海軍ともに多くの戦艦戦力を保有していた。

 そして2022年現在。

 戦艦戦力は、対巨大生物戦に於いて最大級の火力と攻撃範囲を持ち人類の強力な力となって活躍していた。

 

 その活躍の大本が、当時10歳だった少女、ルフィーナ・ニコラヴィエナという謎の科学者の力である事は、一部の人間を除いて知る由も無かった。

 

 ――9月18日。

 そんな、人類最強クラスの個体戦力、戦艦に悲劇が訪れる。

 デラウェア半島での砲撃戦の最中、砲撃に反応したレイドシップ数隻が戦艦に接近。

 戦艦は直ちに対空迎撃を行うも、相手は核兵器ですら撃沈不可能な無敵艦。

 レイドシップは海上・戦艦上空でハッチを開き、甲板上に巨大生物を大量投下した。

 強力な酸が甲板を溶かし、鋼鉄をも切り裂く鋭い牙が艦橋の強化ガラスを突き破り、乗員をその牙で血に染め、捕食する。

 当然ながら戦艦武装システムは甲板上に射撃する造りにはなっておらず、また艦上には護衛の兵士は数名しか乗っておらず、艦上は地獄となった。

 水兵たちは艦内に逃げ込むと、巨大生物は狭い艦内に侵入する事は出来ず、ひとまずは助かった……と錯覚した。

 巨大生物は艦の外側を這いずり回り、海面下の艦外壁を齧り始めた。

 その様子は、甘味に集る蟻のようで、遠目からはおぞましい光景が戦艦を包んでいた。

 艦底を突き破られた戦艦はやがて自重が仇となり速やかに沈んでいったという。

 

 同様の事件が数件立て続けに起こり、戦艦打撃群は一度岸から遠ざかり、支援が受けられない日々が続いた。

 しかしEDFは先進歩兵部隊――レンジャー・ウイングダイバー・フェンサー・エアレイダーを中心に配置し、犠牲を出しながらも辛うじてデラウェア半島防衛を維持した。

 

 ――10月1日。

 劣勢が続く南部フィラデルフィア戦線、デラウェア戦線、北部スプリングフィールド戦線、プロビデンス戦線を打開する為、そして国土を奪還する為、

 かねてより計画されていた旧ニューヨーク・インセクトハイヴ攻略作戦が発令された。

 作戦名『オペレーション・イモータルパトリオット』、日本語名『不滅なる愛国者作戦』。

 

 この作戦を可能にした大きな要因は、全米に落下したレイドアンカー、及び巨大生物の掃討が完了した事による戦力の一極集中が可能になった事だ。

 現在アメリカ大陸の大きな戦場は、アメリカ東海岸のみであり、他方面からのフォーリナー襲撃を、現状は気にする必要はない。

 

 むろん、新たな合衆国首都である西海岸各都市や、EDF重要戦略拠点である大規模駐屯基地、そして各所に点在するEDF北米工廠。

 これらを防衛する最低限の戦力は残すが、それ以外の大半の戦力を全て一か所に投入する事を決定した。

 EDFのみならず、アメリカ軍も同様で、その精錬された指揮系統・兵站能力を駆使して後方支援を完璧に整備する。

 大規模作戦に必須なのは、当然戦力ではあるが、それを運用する兵站能力も必要不可欠なのである。

 

 以上の理由から開幕した、人類史上初となる本格的なインセクトハイヴ攻略作戦『オペレーション・イモータルパトリオット』。

 

 その作戦第一段階。

 核兵器やEDF兵器以外で最大の破壊力を持つ人類の叡智が奮い起こされた。

 

 アメリカ航空宇宙局――NASAとアメリカ宇宙軍が共同開発・運用していた極秘兵器のベールがついに解き放たれたのだ。

 ”神の杖”と噂された米宇宙軍の攻撃型軍事衛星――戦術ロッド投射衛星群『ヘルメス』4基が起動し、衛星軌道上から戦術ロッド『カドゥケウス』を次々と投下した。

 タングステン・ウランの他、希少金属タンタルや、内容配合比共に非公開の物質で構成された重金属の杖が、ロケットブースターにより加速・軌道修正され大気圏を突破する。

 戦術ロッド『カドゥケウス』は投射衛星群『ヘルメス』から次々に投射されてゆき、地表に向かって幾多もの『カドゥケウス』が向かっていく。

 やがて『カドゥケウス』はマッハ10以上の速度で、期待通りインセクトハイヴに直撃した。

 たった一発で辺りは観測困難なほどの衝撃と轟音に包まれ、殆ど爆発と大差ない土煙が周囲を覆う。

 そして『ヘルメス』からの投下はこれに収まらず、衛星軌道上から”神の杖”が次々と振り下ろされる。

 

 第一射の合計、24本。

 その全てが、衛星誘導によって正確に直撃し、インセクトハイヴは轟音と爆煙と共に崩れ落ちる。

 一発一発が理論上戦術核級の威力を持つその攻撃は、さながら火山の大噴火のような衝撃を辺りに与え、以前から噂されていた”神の杖”の悪評を(専門家の間では十分な威力を発揮しないのでは? と噂されていた)吹き飛ばし、期待以上の恐るべき兵器であることを人々の心に植え付けた。

 

 誰もが、フォーリナーへの勝利と、合衆国東海岸の奪還を信じた瞬間だった。

 

 しかし、再装填を行っていた戦術ロッド投射衛星群『ヘルメス』4基は、衛星軌道上に待機していたマザーシップの巨大砲台・ジェノサイドキャノンの精密照射によって4基全てが第二射を行う事無く破壊されてしまった。

 

 アメリカ衛星指令センター(カリフォルニア州ヴァンデンバーグ宇宙軍基地)や、豊富な宇宙戦力を持つと噂されるEDF衛星指令本部(サテライトコントロール)(中東アルケニア共和国ディラッカ軌道防衛基地)などは、今まで攻撃を受ける事は無いと過信していたその常識を打ち砕かれ、フォーリナーに”戦力”として認識された軍事衛星が、今にも撃ち落とされるのではないかと戦々恐々とした。

 しかしマザーシップは、4基の『ヘルメス』を蒸発させるとその後動きを見せず、再び停止状態に入った。

 

 最適な軌道上に位置していた『ヘルメス』4基が蒸発した事により、第二射、第三射と計画されていた衛星爆撃は中断された。

 しかし『オペレーション・イモータルパトリオット』自体は続行され、アメリカ海軍太平洋艦隊の艦砲射撃がニューヨークの巨大生物群を薙ぎ払い、アメリカ海兵隊が総力を挙げて上陸した。

 戦闘は優勢に進み、『ヘルメス』による衛星爆撃の煙が晴れると、半壊に留まるインセクトハイヴが姿を現した。

 しかし『カドゥケウス』の穿った大穴は地下深くまで到達し、巨大生物の地下巣穴へ絶大なダメージを与えたと確信に至る。

 EDF上陸部隊は直ちに地下巣穴への突入作戦を開始する。

 が、突入より2時間後。

 地下巣穴への突入部隊が全滅した。

 更に地下からより多くの巨大生物が全域に噴出し、上陸部隊の過半数を消失したEDFとアメリカ軍は作戦継続困難に陥り、慙愧の念を噛みしめながら作戦失敗を認め、残存部隊は撤退した。

 撤退作戦に関しても無視できない被害を被り、EDF北米軍は大きく力を墜としてしまった。

 

 惨憺たる結果に終わったかに見えた攻略作戦『オペレーション・イモータルパトリオット』だが、衛星兵器の使用によりインセクトハイヴ地上構造物を半壊に追いやる結果を出し、地下巣穴への構造的ダメージと多くの巨大生物を漸減する大きな成果を上げたとも言える。

 

 この作戦により、巨大生物は領土拡大に消極的になり、インセクトハイヴや地下巣穴の補修作業の為か多くの戦力をインセクトハイヴに留める事となった。

 EDF北米軍は大きな損害を被ったが、この作戦が結果的に北米戦線を長く持たせる好転的な要素となった。

 

 また、インセクトハイヴに損害を与えると補修作業の為侵攻の鎮静化を誘発させる可能性が生まれる事が明らかとなった。

 ロシア・モスクワのインセクトハイヴが集中核攻撃で倒壊した際には見られなかった行動であり、全壊に至ると補修は行われない行動パターンが推察された。

 そして、ここでは未来の話になるがインセクトハイヴ跡地から蟲の女王(バグ・クイーン)が飛び立ち、新たなインセクトハイヴの建造にかかった事により、倒壊し機能が喪失したインセクトハイヴは、移設・増設の対象になる可能性が浮かび上がった。

 その可能性から言える究極的な対処法は、巨大生物増殖の鍵を握る蟲の女王(バグ・クイーン)の撃破こそが、増殖と支配域拡大を止める事に繋がるという事だ。

 

 その次善策として、インセクトハイヴ半壊による侵攻速度の抑止が上げられるが、損害を与えうる攻撃衛星は恐らく一度の起動でマザーシップの照射を受け蒸発に至ると考えられる為、莫大なコストと資源のかかる衛星兵器を一度の攻撃で失うのは非常に割に合わない。

 その上、既に戦線の拡大した他の戦域では効果のほどが不明な為、EDF総司令部の裁可が得られるまで全ての宇宙戦力は温存の方針が取られるようになった。

 また、アメリカ宇宙軍は攻撃衛星『ヘルメス』8基のうち4基を失った為、どのみち次の攻撃は慎重にならざるを得なかった。

 

 ――11月6日。

 インセクトハイヴが作戦以前の大きさを取り戻す。

 半壊に追い込んだインセクトハイヴが、たった一ヶ月で修復完了した事に人類は絶望を隠せなかった。

 人類が先の作戦で失った戦力はEDF北米軍の二割、投入し消費した砲弾・機材・燃料などの兵站物資は総備蓄割合の四割を超え、作戦以前の水準到達までには凡そ1年もかかる計算だった。

 また当然だが、巨大生物を含むフォーリナーによる修復作業を指をくわえて見ていた訳ではなく、戦艦打撃群より随時インセクトハイヴや、周囲の巨大生物漸減を目的とした艦砲射撃が加えられていた。

 ただし艦砲射撃にも限度があり、日常的に消費する砲弾はEDF北米海軍やアメリカ海軍の砲弾備蓄総量を大きく減らし、今後の反抗作戦をより困難にしていく。

 

 そこまでの人類の努力を嘲笑うかのように、彼らの目の前には依然と変わらぬ姿のインセクトハイヴが佇んだ。

 しかも、その大きさは以前の約二倍の成長速度で巨大化してゆくのだった。

 

 ――11月15日。

 北米インセクトハイヴ。

 9月26日-攻略作戦前全高:287m。

 10月13日-作戦後全高:96m。

 11月15日-修復後全高:341m。

 

 以上が、北米インセクトハイヴ観測隊による観測結果である。

 依然として北米東海岸全域による巨大生物の侵攻は鈍って入るが、しかしレイドシップの存在により人類は反転攻勢に転じる事が出来ないでいた。

 作戦後のメリットと呼べるか怪しいそれに比べ、明確なデメリットとしてインセクトハイヴの巨大化が以前にも増した速度で進んでいた。

 

 未知の鉱物資源により建造されるインセクトハイヴは現在、日本、北米、欧州、ロシア、中国、オーストラリアの六か所に存在し、その全てがジェノサイドキャノン照射爆心地に存在する。

 インセクトハイヴの地下にはアリの巣のような巨大な地下巣穴が存在し、巨大生物増殖の根幹となっている予想が立てられているが、一方で地上構造物の役割はよくわかっていない。

 地上構造物は巨大生物によって日に日に巨大化が行われ、11月15日現在、全世界で平均して270mの全高を記録している。

 

 ロシアインセクトハイヴは核攻撃によって地上構造物が倒壊したが、地下巣穴はほぼ無傷で残っており、そこから湧き出る巨大生物数や習性に大差はないとされている事から、ますます地上構造物の存在価値が分からなくなっている。

 地上構造物と地下巣穴の規模はある程度同規模で拡張を続けていると考えられており、倒壊した地域を除けば巣穴の規模の目安になるのではと言われている。

 

 また、今回のアメリカの貴重な事例を元に考えると、当然と言えば当然だがインセクトハイヴの巨大化にはフォーリナーも多くの労力を要し、巨大生物数が増加すればするほどインセクトハイヴの巨大化は進行するが、他地域での侵攻は鈍化する。

 しかし今回の事例では凡そ一か月間で元の大きさへ戻り、更なる巨大化が進行する。

 インセクトハイヴの破壊への労力を考えると、僅かな侵攻の鈍化と引き換えにするには、メリットは決して釣り合っているとは言い難い。

 

 人類が、インセクトハイヴを完全攻略し、支配地域を奪還する日は、未だ遠いと言わざるを得なかった。

 しかし、それでも人類は、そしてアメリカ軍およびEDF北米軍は諦めず、次のインセクトハイヴ攻略戦への算段を立てて行く事になる。

 

 人類の不屈の精神が、ここに現れていた。




いやぁ~~大変だった!
戦艦をなんとか2022年現代まで活躍してる世界にしたかったけど、なんか色々考えてしまって苦労したw
まーここら辺は幾ら深堀りしても本筋に影響がない所なので適当に……って思ったけどニコラヴィエナ登場させたくて出してしまった。
それに至って年齢とシステム構築の妥協点を探すのに熟考……。
結果、ルフィーナ・ニコラヴィエナ(EDFゲームでいう所の『謎の女科学者』)は2022年現代では47歳になりました!
サテキチ”おばさん”って呼ばれてるし別にいいよね??
なお、EDF設立と湾岸戦争とソ連崩壊がほぼ同年であることが判明し、更にその前後でソ連側ソミュイズとアメリカ側キャンベルなんとか(おい)とイージスシステムの構築がごっちゃになっててちょっと今回は処理しきれないので、そこら辺の設定に関しては濁します(諦め)
面白いけど今回煮詰めるには執筆コストが掛かりすぎる……。

まあ簡単に言うとイージスシステム的なヤツをソ連(ニコラヴィエナ)が先に開発して戦艦に乗っけたので、対抗する為アメリカも戦艦に乗っけました。ってイメージよ。
コスト?知らん。天才が頑張ったんだよ色々と。

なお、ニコラヴィエナの生い立ちとか今後のかかわり方は結構重要になって来るので、そこら辺はいずれ詳しくやります。

そんな訳で、割と濃いアメリカ編、まだ続きますのでご容赦を!
ではまた!


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幕間2 北米戦線③:オペレーション・ユナイテッドストーム

今回で終わらせようとしましたが、ぜんぜん無理でした☆


 ――2022年12月1日。

 人類初となる、インセクトハイヴ攻略作戦『オペレーション・イモータルパトリオット』の激戦から二ヶ月。

 巨大生物及びレイドシップの活動は沈静化していたが、人類側も戦力の立て直しを図り、攻防は一進一退が続いていた。

 その間、レイドシップの撃墜を目的とする新型兵器が幾つか開発・実戦投入された。

 天文学的な予算と希少資源の惜しみない使用、以前までは考えられない程の研究速度と、それを可能にした非人道的なまでの人員の酷使。

 それらを以てしても効果的な兵器の製造には至らず、未だレイドシップは無敵艦として健在していた。

 白銀装甲貫通弾の製造には装甲素材やレイドシップ自体の構造を解明する必要があり、それらの解明にはレイドシップの撃墜が必要である、というジレンマに研究者たちは頭を抱えた。

 

 一方軍人たちも、総力を挙げて以前のようなインセクトハイヴ自体を損壊または完全な破壊を行う事は可能ではあるが、やはり領土の奪還にはレイドシップを排除せねばならない、という絶望感に支配されつつあった。

 他国に目を向けると、領土の侵攻から一人でも多くの国民を護る事で精いっぱいだが、アメリカは戦局を優勢に維持し、以前のような攻勢作戦に転じる余裕を持ちながら、本格的な領土の奪還に至らない事が、猶更”人類の勝利”という概念を遠いものにしていた。

 

 ――12月11日。

 マサチューセッツ州スプリングフィールドで、攻略作戦後初の大規模地中侵攻が観測された。

 スプリングフィールドで巨大生物の漸減に勤めていたEDF部隊は壊滅し、米軍戦車部隊が矢面に立たされながら必死に侵攻を押さえる。

 

 ――12月12日。

 スプリングフィールドでの大規模侵攻に呼応するように、レイドシップ船団がロードアイランド州プロビデンスを強襲。

 戦線を支えていたEDFの努力を嘲笑うかのような物量の巨大生物を投下し、EDF部隊を、そして街を食い荒らす。

 

 ――12月13日。

 EDF北米軍並びにアメリカ軍は、スプリングフィールドとプロビデンスの放棄を決定。

 二都市は陥落し、防衛戦力は二都市の北東に位置するマサチューセッツ州の巨大都市ボストンへと移動し、防衛体制に移った。

 ボストンは、アメリカ合衆国の都市の中でも歴史上もっとも古い都市のひとつであり、建国時代から常にアメリカを支えてきた、代表の都市の一つに数えられる。

 今でも経済・交通・文化そして教育の中心として栄えているが、特に世界有数の大学都市として知られ、あの有名なハーバード大学もボストンのごく近郊ケンブリッジに位置している。

 

 スプリングフィールドとプロビデンスが戦場になって早々に住民の避難や施設、教育機関などの移設が急ぎ執り行われ、主要な機関や人員の避難は進められていた。

 しかし、ボストン都市圏凡そ500万人が僅か4か月間で全て避難する事は叶わず、未だ50万人近い市民が取り残されていた。

 また一時的な避難を行ったものの、都市圏近郊で待機させられている者や、書面上動向が掴めなくなったもの、そもそも住民票に登録されていない者たちも多く存在し、正しく全てを把握する事は不可能だった。

 

 ――12月16日。

 ボストン都市圏郊外のアトルボロ、フォックスボロ、トーントンなどの都市や、プロビデンス=ボストン都市圏間の平原で大規模な戦闘が起こる。

 撃沈不可能な無敵艦レイドシップが存在する限り勝利は起こりえない為、50万人近く残ったボストン都市圏の民間人や資材を逃す為の時間稼ぎの戦いである。

 

 ――12月18日。

 スプリングフィールド=ボストンの間に位置するウースターで大規模な戦闘が発生。

 ウースターには戦線を支え続けたEDFの基地である北米第119駐屯基地が存在し、防衛の拠点として活躍した。

 ベース119は機甲部隊を中心に運用する基地であり、前線で消費された今でも、ギガンテス35輌、コンバットフレーム21機が残っており、これらが基地防衛の為に一斉に出撃し、激しい戦闘が辺りを覆った。

 

 ――12月21日。

 プロビデンス方面の防衛線が破られ、ボストン都市圏は南部から激しい攻撃を受け、ついに都市圏内が戦場と化した。

 多くの市民が残る中、アメリカ特殊作戦コマンド傘下の第一特殊部隊デルタ作戦分遣隊――通称デルタフォースが要人を含む市民の救助と、巨大生物への妨害工作――建物の爆破や障害物の設置、簡易地雷や自動砲台の設置などを行った。

 

 ――12月24日。

 ウースター陥落。

 ベース119も細部まで巨大生物の侵入を許しついに壊滅した。

 巨大生物群は都市を荒らし、レイドシップはボストンに向けて巨大生物を投下しながら飛行した。

 

 ――12月25日。

 ボストン西部からレイドシップ船団が侵入し、巨大生物を都市内中心部に至るまで埋め尽くすように投下。

 住民の虐殺と、激しい市街戦が始まる。

 

 ――12月26日。

 都市圏戦域に戦火が広がり、都市部は衛星写真で観測可能なほど広範囲が炎上した。

 そんな炎の地獄の中、ボストンの市民を救出する為、そして少しでもフォーリナーに打撃を与える為、EDF海兵隊が海神(わだつみ)級強襲揚陸艦(EDFは、世界各国の神話から兵器命名を行っている)3隻を使ってボストン沿岸に強襲上陸を敢行、戦局の巻き返しを図る。

 また、同時にEDF特殊空挺軍と、アメリカ陸軍特殊作戦航空コマンド傘下の第160特殊作戦航空連隊――通称ナイトストーカーズが空挺作戦・航空救助作戦を行い、巨大生物の隙を作り、輸送ヘリにより多数の市民を救助した。

 

 ――12月31日。

 ボストン総戦闘部隊の損耗が75%を上回る。

 直接戦闘部隊のみならず、輸送・指揮・衛生部隊にも甚大な損害を被り、戦闘継続が困難になった。

 これを受け、EDF北米軍並びにアメリカ軍はボストンからの撤退を決定した。

 一方で特殊部隊の活躍により残存市民の四割の救出に成功した。

 少なく思えるかもしれないが、全域が戦場であったことを考えれば十分な数字と言える。

 しかし、その代償は大きく、戦闘に参加した部隊はほぼ例外なく壊滅判定を受けるほどの被害を被った。

 

 通常の人類間戦争であれば人員の損耗が三割を超えた時点で作戦継続困難と判断し撤退するのが常識である。

 軍隊とは、直接戦闘部隊以外に輸送・指揮・衛生などあらゆる部隊が相互に活躍し、十全な機能を発揮できるのだ。

 三割を失った時点でそのどれかの能力が絶対的に欠けるため、部隊として十分に機能できないまま戦闘を強行すれば、無駄な犠牲を増やすばかりか目的達成も難しい事は、士官学校で習う基礎中の基礎である。

 

 しかし、有史以来積み重ねられた戦争の常識は、対フォーリナー戦争に於いては少なからず通用しない。

 国家規模を超える世界規模で展開し続ける戦線は人類全体の物資・人員的余裕を無くし、侵攻の速さは展開能力が追い付かない程だ。

 人口は減少を続け、人類一人一人の犠牲を可能な限り減らす事に全力を注がねばならない事態が既に起こっていた。

 こうした状況の上で、フォーリナーと戦う力を持った軍隊は、例え損耗が増えようが壊滅して散り散りになろうが、後方で軍隊を支える市民たちの盾となり、一人の兵士の命でその10人、20人の市民を守って散っていくしかなかった。

 

 しかし逆に、一人の命で救える市民が少なくなった場合は……無慈悲にも切り捨てる事がもはや常識となっていた。

 対フォーリナー戦争に於いては、より大局的・戦略的観点にて、いつ都市を、地域を放棄するかが非常に重要な要素となった。

 

 以上の事を踏まえ、一つの都市でどこまで抗戦し、何割の市民を救い、どこまで部隊の損耗を許容し、援軍を投入するか、撤退させるか……その戦略的判断が地球防衛の鍵を握っていた。

 しかし、それらは人類の大量絶滅を遅らせるだけの要素であり、勝利への鍵は、未だ不透明なままだ。

 

 ――年が明け、2023年1月1日。

 新国連が世界総人口の激減を警告した。

 フォーリナ襲撃から半年に満たない間に、世界人口が少なくとも三割減少した可能性があると新国連は発表。

 少なからず曖昧な表現になるのは、激減地域は未だ戦乱状態であり、正しく統計を取れていないからだ。

 が、多少の誤差は在れど、少なくとも三割……約20億人がフォーリナーの餌食になったと考えて間違いない。

 地球史的に考えれば、もはや大絶滅の始まりと言っても過言ではないだろう。

 そして、このままの加速度で人口減少が続けば、来年の今頃には人類は滅亡する計算になる。

 フォーリナーの襲撃は、紛れもなく人類滅亡の危機と言えるだろう。

 

 EDF総司令部や各国首脳部、ニューヨークで消滅した国連に代わる新国連(と言えば聞こえはいいが、実態は急遽寄せ集めで作った間に合わせのような組織)は、一致して人口激減に歯止めを行うよう声明を出した。

 

 今や一人ひとりを救う事が、人類滅亡を少しでも先延ばしにする現実的な手段なのだ。

 フォーリナーと戦うには当然EDFの兵士たちも重要だが、それらを含めた人類全体の生活を支えるのもまた同じ人類であり、人口の激減によって維持する力が無くなれば、幾ら戦う力が残っていたとしても人類は滅亡する。

 今の人類に出来るのは、一人でも多く生き延び、そして反撃の希望を手に入れる事だった。

 

 以上の使命を全うし、ボストンで戦い散った兵士たちは、その命と引き換えに何倍も多くの同胞たちを見事救ったのだった。

 

 これが、壊滅判定を越え、組織として崩壊しながらも彼らが戦った理由である。

 

 ――1月2日。

 大気圏外から100隻規模のレイドシップ船団が北米インセクトハイヴに向けて降下、集結した。

 対レイドシップ用の装甲貫通弾の研究は万策尽きかけ、現在日本で試験配備が進められる”フーリガンブラスター”に期待が寄せられる。

 一方で痺れを切らしたEDF陸軍は独自でレイドシップ撃墜の研究を進め、降下ハッチを下部から攻撃する専用の兵器を開発、投入を続けていた。

 しかしそのどれもが少なくない犠牲と共に失敗に終わっており、雲行きは怪しい。

 

 ――1月4日。

 ボストンの陥落により、マサチューセッツ州全域が制圧された。

 巨大生物群とレイドシップ船団は北上し、ニューハンプシャー州マンチェスター、バーモント州グリーンマウンテン国有林に侵攻を開始した。

 

 また、降下したレイドシップ船団の一部が、フィラデルフィアに殺到。

 フィラデルフィアや、そのあおりを受けたデラウェア半島での戦いが激化する。

 

 ――1月6日。

 フィラデルフィアでレイドシップ撃墜作戦が決行される。

 アメリカ陸軍第八機甲師団を中心に、EDF特殊作戦軍とEDF北米軍が垂直発射型自動砲台でレイドシップ降下ハッチを狙い撃つ作戦だったが、レイドシップの誘導と砲台の配置がかみ合わず、作戦は失敗した。

 その後の米軍突撃部隊による対戦車ミサイル攻撃も失敗に終わり、戦果を出せないままフィラデルフィアでの戦いは泥沼化していった。

 

 ――1月10日。

 デラウェア州ミドルタウンが陥落する。

 これにより、フィラデルフィアは背後を押さえられた形となり、背後の補給線が危機に曝される。

 

 ――1月15日。

 フィラデルフィアの七割が敵の支配下に落ちる。

 EDF北米軍は更なる戦力投入を行った。

 本来であれば戦力の逐次投入を避け戦線を後退させるべきだったが、しかし強国アメリカの心臓部であるワシントンDCを含む、アメリカ東海岸を易々と明け渡すことは、人類全体にとって大きなマイナスになり得る。

 今後、新型砲弾の実用化により攻勢に転じる事が出来たとしても、今に東海岸を押さえられるのは避けねばならなかった。

 近々、EDF極東軍で試験運用される新型砲弾の結果に期待が寄せられる。

 

 ――1月18日。

 EDF極東方面第11軍司令部は、航空機搭載型装甲貫通弾”フーリガンブラスター”の運用失敗を発表した。

 そして同時に、EDF先進歩兵四兵科による突撃作戦にて世界で初めてレイドシップ撃墜に成功したとも発表した。

 その戦術は少数機動接近戦術(ストームバンガード)と呼ばれ、EDF極東軍は全世界にデータを公表したが、個々の技量と連携、装備のバランスや地形、そして運が高いレベルで絡み合う作戦であり、特に接近戦に対して高い技量が求められる難しい戦術であった。

 

 特に、EDF北米軍やアメリカ軍の掲げる”アウトレンジ・ドクトリン”――酸の射程外から一方的に攻撃し、犠牲を減らす戦術と真っ向からぶつかるものであり、部隊単位とは言え戦術の転換に大きな労力を要すことになった。

 

 ――1月25日。

 EDF北米軍は、フィラデルフィアでのレイドシップ撃墜作戦を準備していた。

 複数個の先進歩兵部隊を小隊規模で数個用意し、更にその支援部隊としてEDF空軍と海軍、支援砲兵隊を一纏めにした撃墜作戦任務部隊”タスクフォースG”を編成。

 短期間で作戦の立案と訓練を行った。

 

 ――2月3日。

 フィラデルフィアでレイドシップ撃墜作戦『オペレーション・ユナイテッドストーム』を決行。

 タスクフォースG、16チームが作戦に従事し、ついにアメリカ初のレイドシップ撃墜を成し遂げる。

 無謀とも言える突撃戦術によって16チーム中7チームが壊滅したが、初日で2隻、2月4日には8隻を撃墜する事に成功した。

 それに伴い、その他の戦力も勢いを取り戻し、八割を占領されていたフィラデルフィアの市街を六割にまで減少させた。

 

 ――2月5日。

 2月2日にイギリス・オックスフォードで観測されていたフォーリナー新戦力・β型巨大生物に続き、アメリカでも新戦力が確認された。

 奪還に向けて加速するフィラデルフィアに現れたのは、三本の円柱を縦二列に連結した浮遊船。

 浮遊船は円柱の下部を開き、もはや廃墟となったフィラデルフィア市街中心部に物体を新戦力を投下した。

 新戦力は、後に多脚歩行戦車ダロガの名で呼ばれる、初の敵機甲戦力であった。

 

 多脚歩行戦車ダロガに対し、EDF北米軍第16機甲師団の戦車連隊が応戦に移ったが、次々と増すダロガの増援に対し、抗しきれず壊滅に至った。

 ただし、数機の撃破に成功しており、決して人類の戦力で勝てない相手ではないという事も分かった。

 また、その内の二機は先進歩兵の対戦車火器によるもので、犠牲に目を瞑れば歩兵による攻撃も不可能ではなかった。

 

 しかし、ダロガの未知の粒子砲弾による広範囲砲撃は圧倒的殲滅力を有し、フィラデルフィアの戦力は瞬く間に駆逐され、翌日にはEDF北米軍司令部が完全放棄を認めるに至った。

 

 ――2月7日。

 極東戦線にてガンシップが確認された翌日。

 アメリカ東海岸にもレイドシップ船団より、浮遊艦載機ガンシップの発艦が確認された。

 洋上で発艦したガンシップはアメリカ海軍大西洋艦隊第二艦隊を始め、多くの艦艇に空襲を仕掛ける。

 アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦のイージスシステムや、アイオワ級のキャンベル=アルバート式艦隊防御システムの対空砲火や迎撃ミサイルが、接近するガンシップを、まさに”飛ぶ鳥を落とす勢い”で次々と撃墜していく。

 

 ガンシップの唯一の攻撃方法は機体中央部から繰り出されるレーザー照射であるが、これは航空兵器としては理解不能なほど射程距離が短く、第二艦隊は”無双”という言葉が当てはまる程多くを撃墜していた。

 しかし、レイドシップから発艦するガンシップは対応力を上回る数で飛来し、迎撃能力の隙間を縫って艦体にダメージを与え始めた。

 更に迎撃ミサイルや対空機銃弾が無くなり始め、強力なレーザー照射により撃沈・或いは轟沈する艦も増えて来た。

 水上艦艇による突撃戦術でのレイドシップ撃墜も試みられたが、真下に付けば巨大生物の投下も行われ、即時対応は困難であった。

 ジェラルド・R・フォード級空母、ニミッツ級空母から発艦したアメリカ海軍航空戦闘団の海軍戦闘機、F/A-18E/FスーパーホーネットやF-35CライトニングⅡが迎撃に出撃したが、ガンシップの奇怪な機動により、その多くが撃墜されてしまった。

 

 ――2月11日。

 ガンシップは、成長を続ける旧ニューヨーク・インセクトハイヴを中心に東海岸全域に広く拡散し、無秩序に沿岸部を空襲しつつ、内陸部へ侵攻を始めた。

 ガンシップに続き、ダロガ揚陸艦と名付けられた浮遊船が数多と現れ、一隻に付き六機のダロガを投下していった。

 陸軍機甲部隊、砲兵部隊に続き、今まで活躍の場が少なかったEDF・アメリカ両空軍や、陸軍防空部隊がアメリカ全土から結集した。

 その一部はついにワシントンDCと隣接するメリーランド州沿岸に接近し、アメリカ東海岸で最も大規模な戦闘が巻き起こった。

 対空弾幕、爆炎黒煙、敵機や味方機の機影により、快晴の空が殆ど覆われ、日が遮られるほどの激しい戦闘がワシントンDCに黒い影を落とす。

 その影を切り裂くように、ガンシップの短射程レーザーやダロガ上面の対空レーザー照射が輝き、その度にEDF空軍のEJ-24Aレイヴンや、アメリカ空軍のF-15Eストライクイーグルなどの戦闘機が撃ち落とされていった。

 

 コロンビア特別区・ワシントンDC及び、ポトマック川東岸メリーランド州・西岸バージニア州の一部を含む人口600万人超のアメリカ首都圏は、フィラデルフィアでの時間稼ぎによって大半の市民の避難及び都市機能の移転は完了しており、世界の中心地はEDF北米軍とアメリカ軍によって決戦都市へと改造されていた。

 

 無数のEDF自動砲台(セントリーガン)やC型爆弾、砲兵陣地や地雷原、陸上版イージスシステム『イージス・アショア』により制御された近接防空システム――CIWSのファランクスに代表される対空陣地、前線指揮所や物資集積所など設置され、EDF・アメリカ両軍の絶対に敵を殲滅する、という固い意思が現れていた。

 

 ――2月14日。

 決戦都市と化したアメリカ首都圏に、レイドシップ120隻以上、ガンシップ1000機以上、ダロガ揚陸艇80隻以上から成る軍団規模に匹敵する大部隊がついに上陸する。

 

 この日、後に”ワシントン決戦”と言われる大規模迎撃戦闘が幕を開けた。




と、いう訳で、4月15日がゴールなんですが、2月14日までしか進みませんでしたとさ←他人事
いやぁこの書きながら歴史を作っていく感がたまらんのよ
なお、このままいくとあと二話分か三話分ぐらいはかかりそう……。
一番書きたいとこまだかけてないんだよね。
いやーーやっぱアメリカ書くのは楽しいわ!

ちなみに、予定では本編に向かう前に、大変申し訳ないんですが一旦過去話の矛盾点の変更や加筆、そして気に入らないところの改変などを考えておりました。
それを考えると……本編の本格更新は……六月ぐらいになりそうかも?(テキトー)
(さ……さすがに六月って言っとけば間に合うかな? ……間に合うかな……?)

そう言えば、完全余計なんですが今回の世界の戦況で出た用語とかも後で纏めたり設定練ったりしたいかなぁ?


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幕間2 北米戦線④:ワシントンD.C.首都圏決戦

大変申し訳ない事ではあるのですが、前々から思っていましたが戦況の話書くときに過去話との矛盾点が多くある現状です
時間を見て過去話の編集など行う予定ですが、現在そのままとなっておりますので、どうか最新話の状態で順応していただきますようよろしくお願いします……!

いやプロットとか書かずに思い付きとノリだけで全部考えてるんでどうしてもこういった事態が発生するのですよね……。
でもプロットは書きません、書かないで考える方が楽しいので!
付き合わせてしまって申し訳ありませぬ、それでもOK!という方はどうぞお進みください!


 

 ――2月14日。

 ワシントン決戦が幕を開ける。

 戦闘目的は、単なる防衛に留まらず、ここで敵軍全てを迎撃し、敵の勢いを削ぐ事だった。

 

 敵は膨大な物量に思えるが、これまでに海上戦闘にてレイドシップ30隻以上、ガンシップ500機以上、ダロガ揚陸艇50隻以上を撃破している。

 しかしながらその被害は甚大であり、アメリカ大西洋艦隊第二艦隊は総戦力の半数以上を喪失。

 第二艦隊旗艦であったアイオワ級八番艦ミシガンを始め、戦艦戦闘群の中核を成すアイオワ級四番艦ウィスコンシン、空母打撃群として編成されていたジェラルド・R・フォード級空母四番艦ドリス・ミラー、五番艦アラン・シェパードなど、第二艦隊戦力の中核とも言えるべき艦艇が相次いで沈没。

 その他タイコンデロガ級、アーレイ・バーク級、ズムウォルト級などのミサイル巡洋艦および駆逐艦を含む戦闘艦艇や支援・補給艦など、30隻近い艦艇を失う壮絶な戦闘だった。

 

 1000機以上でメリーランド州及びバージニア州の首都圏に侵入するガンシップを迎えたのは、陸上版イージスシステムである『イージス・アショア』により制御された無数の地対空ミサイルだ。

 地対空ミサイルはガンシップの他、低空で侵入するダロガ揚陸艇も攻撃し、海中に次々とダロガを乗せたまま沈んでいった。

 空対地ミサイルを抜けた先に待って居るのは、これも米軍のイージス・アショアによって制御された無数の対空砲火弾幕だ。

 地対空ミサイルと同様に、路面や公園、ビルの屋上や商業施設の駐車場、果てはホワイトハウスの庭園にまで設置された対空砲群……アメリカ陸軍が海軍から譲渡された近接防空システム(CIWS)ファランクスが、EDF陸軍のCIWSヘッジホッグが、そして対空車輛である米陸軍アヴェンジャーシステム搭載型ハンヴィーや、EDF陸軍の換装式アンモナイト自走対空砲、ケプラー自走対空砲などが、一斉に空に対空砲弾を撒き散らし、次々とガンシップを鉄屑に変えていく。

 街全体、首都圏全体が対空要塞と化したこの様相に、兵士たちは浮足立ち、人類は、アメリカ軍は決してフォーリナーなどには屈しないのだという事を確信した。

 

 しかし、フォーリナーとの戦争はそう甘くはない。

 100隻以上のレイドシップ船団が海上からハッチを開き、ガンシップの増援を発艦させる。

 同時に、別の船団は巨大生物を海中に投下した。

 その中には新種であるβ型も含まれており、やがて海上から大群が上陸した。

 海岸線には、C型地雷原がEDF陸軍工兵隊によって敷設されており、スカウトチームによる観測情報を得て工兵隊が随時起爆を行った。

 最大効果を発揮する地点での起爆は、センサーやAIの判断では務まらず、それを人の手によって行う事で大量の巨大生物を爆破に巻き込むことに成功し、多くを撃破した。

 

 それを突破する巨大生物群には、EDF陸軍工兵隊が設置したセンサー式自動砲台ZE-GUN型や、対巨大生物用に火炎放射器を搭載したFZ-GUN型も試験的に導入されており、EDFスカウトや工兵隊が撤退した後も無人で戦い続けた。

 

 特にFZ-GUNは巨大生物の”怯み”習性を利用し、多くの巨大生物の足止めに貢献した。

 先頭が詰まれば、後続も詰まる。

 詰まった後続にはビル屋上に設置された自動ロケット砲ZEランチャーの小型ロケット弾や、後方の砲兵陣地に鎮座するEDF・アメリカ軍砲兵隊の面制圧砲撃が容赦なく巨大生物群を叩き潰す。

 

 その炎と破壊の地獄の上をレイドシップは悠々と通過し、海岸線を越えて都市部へと侵入しつつ、自動砲台陣地の奥へと巨大生物群を投下する。

 海岸線に兵士を配置しなかったのは、まさにこのレイドシップによる投下挟撃を警戒しての事だった。

 昨年10月に行われたフランス・ノルマンディー上陸阻止作戦の戦訓がここに生かされたのだった。

 

 EDF工兵隊の敷設した自動砲台は巨大生物の物量によって次々と機能停止・破壊され、さらにその後海底から上陸した多脚歩行戦車ダロガによって一帯を完全に破壊され、全滅した。

 ダロガ揚陸艇はイージス・アショアの管理する対空迎撃によって大半が落とされたが、海底に墜落した後ダロガは起動し、歩行していたのだ。

 

 ダロガ揚陸艇70機、つまり合計420機ものダロガがワシントン首都圏に向けて上陸を続けていた。

 ダロガが放つ大量のエーテル粒子砲弾によって沿岸部は余すところなく制圧された。

 

 エーテル粒子――ダロガの放つ触覚型砲身から放たれる砲弾を形成する粒子の暫定呼称である。

 青白く発光し、着弾すると爆発する事から未知のエネルギーではあるが、ウイングダイバーの扱うプラズマエネルギーに近しいものと推察される。

 が、詳細な分析は不可能であり、形成体が縦長であり、弾道軌道を取らず比較的直進する性質を持つ事からプラズマではなくエーテルと呼ばれる事となった。

 

 ――のちに出現する事となる歩行要塞エレフォートや、軌道降下戦機ディロイの持つ砲台は、その特性からプラズマ兵器に分類されている。

 しかし前述の通り詳細な科学的分類を行った訳ではなく、専門家の間では諸説あり呼称は分かれる事となる。

 それは科学者が行う事であり、軍事的には暫定呼称で十分だった。

 

 沿岸部を完全に制圧されたEDFは、四個戦車連隊、二個コンバットフレーム連隊から成るEDF機甲師団を投入。

 E551ギガンテスと、CF-11BニクスB型、BM-03ベガルタM2などの機甲戦力が一気に迎撃へと投入され、ダロガとの大規模戦闘が始まった。

 同時に侵略性巨大外来生物αや、β、それに新たに確認された固い甲殻を持つα型亜種などが市街地へ流入する。

 EDF陸軍は陸戦歩兵師団を多数投入し、歩兵戦闘車キャリバン、装甲戦闘車グレイプ、自走迫撃砲ブラッカーなど戦闘車輛が前線で陸戦歩兵と共に活躍した。

 その他工兵隊によって張り巡らされた自動砲台がここでも起動し、戦闘部隊の援護を行った。

 

 また、空中で侵入したレイドシップに関しては、少数機動接近戦術(ストームバンガード)用に編成されたタスクフォースG小隊の先進歩兵四兵科が独自に戦闘行動を行い、犠牲を出しながらも次々とレイドシップを撃破してゆく。

 こうして、ワシントン首都圏での戦いは一時的な膠着状態へと陥っていく。

 

 ――2月21日。

 ワシントン決戦から7日。

 大きな敵の流入が収まり、戦況は膠着状態に陥っていた。

 この流れを想定し、待って居たEDF北米軍は次なる一手を打ちに行く。

 

 待機させていたEDF地球規模戦略軍の秘密兵器、セイレーン級潜水母艦が浮上した。

 EDF地球規模戦略軍とは、陸海空軍、または海兵隊や軌道宇宙軍よりも上位の戦力を持った、地球防衛の要に当たる軍種である。

 EDF総司令部が直接の指揮権をその権限はEDF戦略情報部と同等である。

 

 そのEDF地球規模戦略軍が進めている”決戦要塞計画”。

 その計画兵器のナンバー1にあたるのが、決戦要塞X1――セイレーン級原子力潜水母艦である。

 

 全長1000m超の超巨大潜水母艦セイレーン級は、多数のVLSや魚雷発射管に留まらず、二連装六基12門の224mm艦砲や対空防御兵装も備わっており、戦艦と潜水艦の複合艦として設計された。

 しかしその神髄は純粋な戦闘能力ではなく、来襲するプライマーに対するカウンターとしての役割があった。

 

 宇宙から飛来するプライマーは、海中への攻撃能力を持っている可能性は少ないと考えられており、現に海中で活動可能なプライマー戦力は確認されていない。

 それを見越して計画された決戦要塞計画の第一号である潜水母艦には、戦闘兵装の他に大量の武器弾薬、食料や衣料品、通常の艦には積み込めない程の燃料や大型の機材を積み込み、直接戦闘以外にも激戦区や後方地への兵站支援を行えるよう設計された。

 更には植物の種子や生命体の遺伝子情報なども詰め込み、大戦後の人類再生を担う役割も任される人類生存の生命線だ。

 

 本来ならば兵装は飽くまで自衛用とし、深海ドッグで人類の最後の希望として温存されるべき戦力ではあるが、プライマーの来襲を受け二番艦パンドラが早くも進水し、三番艦エピメテウスの建造も予定より早く進行したことを受け、EDF戦略情報部が北米戦線での投入を打診したのだ。

 決戦要塞計画第一号であるセイレーン級は全三隻建造予定であり、その内の一隻でも大戦終結まで生き残れば、人類再興の中心としてその役割を全うできる。

 ゆえにEDF地球規模戦略軍は、セイレーン級一番艦の例外的前線投入を決定した。

 

 EDF地球規模戦略軍は、セイレーン級潜水母艦一番艦セイレーンを中心とし、複数のネプチューン級潜水艦で構成された戦略潜水打撃群をこの戦場に投入した。

 

 セイレーン級潜水母艦は、本来水中発射型弾道ミサイル(SLBM)を多く所有するが、今回中近距離での火力支援という事で武装を全て中距離多目的ミサイルであるAH巡航ミサイルに換装し、更に最大火力を発揮する為敢えて危険を冒し浮上した。

 

 二連装六基12門の224mm艦砲が高サイクルで放たれた。

 EDF弩級戦艦であるゼウス級やオーディン級の500mmクラス、戦艦ポセイドン級やエーギル級の400mmクラスの巨砲には遠く及ばないが、特筆すべきは砲塔の多さと速射性であり、戦艦を遥かに超える巨大さでありながらエアレイダーの指揮によって、精密な火力支援能力を持つ。

 

 またそれ以外のネプチューン級潜水艦は浮上せず、水中発射型のミサイルで対地火力支援を行い、ワシントンDCの巨大生物群やダロガを次々と撃破していった。

 しかしまた、地上部隊の限界も迫っていた。

 

 当初猛威を振るわせたイージスアショアを筆頭とする対空陣地や無人砲台は悉く壊滅し、ワシントンDCを含むアメリカ首都圏は激しい地上戦の舞台となっていた。

 海上からの火力支援は受けられるもののそれ以上に激しい敵の攻撃で、地上部隊の損耗が加速度的に増えていった。

 

 またアメリカ国防総省・国務省及びEDF戦略情報部は、2月13日時点で大幅な海外駐留軍の撤退を行っており、海外から帰還した部隊は現在補給・再編成中だった。

 しかしワシントン決戦への投入は、準備不足や彼我の戦力差を鑑みて見送る方針で決定し、同時にワシントンDCの放棄もほぼ確定となった。

 

 ――2月28日。

 在日米軍の撤退に端を発す劣勢により、日本国はEDF総司令部により陥落判定を受けた。

 通常戦力のみならず、四足歩行要塞エレフォート、超抜級怪生物”雷獣エルギヌス”、二つのインセクトハイヴにより国土の大半が失われる状態となる。

 

 また同日、主力を務めていたEDF北米軍第23機甲師団の壊滅と、首都圏総面積の六割を失った事を鑑み、EDF北米軍司令部は撤退及びワシントンDCの放棄を決定した。

 アメリカ本土防衛軍(旧アメリカ北方軍。北アメリカ地域を担当する統合軍であり、フォーリナーの北米侵攻開始を受けて名称変更)の将校は、涙ながらに抗議を行ったが、戦況はそれを許さず、アメリカは建国以来の首都を失った。

 

 ――3月1日。

 ワシントンDCの陥落の翌日。

 アメリカ西海岸北部、ワシントン州シアトル近海に、四足歩行要塞エレフォートが出現。

 海上から姿を現した歩行要塞は、巨大プラズマ砲を発射。

 10kt超の出力規模で爆発が起こり、シアトルの中心部は核攻撃に会ったかの如くに破壊された。

 歩行要塞は数十秒毎という恐るべき短間隔で巨大プラズマ砲を連射し、瞬く間にシアトル周辺の街は徹底的に破壊し尽くされた。

 特にシアトル都市圏内ブレマートン市にあるビージェットサウンド海軍造船所が破壊された事は、アメリカ海軍にとって大きな痛手となった。

 

 犠牲者は100万人以上に上り、その中には東海岸の激戦を受け移転された首都機能の一部や政府高官・高級軍人も含み、アメリカ合衆国にとって甚大な被害をもたらした。

 またシアトルに所在するEDF北米第二工廠も、プラズマ砲の直撃を受けその全てが崩壊。

 大型攻撃機DE-202や輸送機ノーブルなどの生産ラインが世界最大規模で揃っていた北米第二工廠の喪失は、世界戦略にとっては大きく痛手であり、

 それらのみならず航空・宇宙産業の世界的代表であるボーイング本社やマイクロソフト、アマゾンなど多くの企業の拠点が跡形もなく消え去った。

 

 分散首都防衛の任務を受けていたアメリカ州軍や本土防衛軍または予備役なども成すすべなく消失し、そんな無防備な廃墟の街となったシアトルに、歩行要塞は悠々と上陸した。

 歩行要塞はその後、オレゴン州ポートランドを目指して南下した。

 

 ポートランドも分散首都機能の移転地の一つであり、周辺都市圏は人口200万人規模の大都市だ。

 また、離れてはいるが西海岸にはサンフランシスコやロサンゼルスなどのアメリカを代表する巨大都市が存在する為、当然ではあるが無視できない問題であった。

 

 ――3月2日。

 シアトル壊滅から翌日。

 EDF太平洋連合艦隊第四艦隊は、直ちに歩行要塞との砲撃戦を繰り広げた。

 極東戦線・日本での戦闘で歩行要塞の巨大プラズマ砲を一時的に機能不全に追い込んだとの情報を元に砲撃を行うが、成果は得られない。

 陸軍空軍も連携し、足止めの為の総攻撃を行うが、元々が主力の大半を東海岸に配置していただけあって、歩行要塞の下部対地砲台や投下されたダロガ、巨大生物によって戦力は急速に減っていった。

 西海岸の部隊は、元々が予備役や旧型兵器で構成されており、対フォーリナー戦に於いての実戦経験も、全土に降り注いだレイドアンカーの処理くらいしか積んでいなかった。

 その為、兵士も指揮官も、練度不足が目立つ上、規格外の相手というのも会って、恐ろしい速度で損耗うが増えて行った。

 それでもEDF艦隊の艦砲射撃により歩行要塞の侵攻速度を低下させるかつ砲撃を引き付ける事に成功し、シアトルから200km余りのポートランドまで、二週間もの時間を稼いだ。

 その代償は大きく、僅か三日間でEDF北米陸軍四個師団壊滅、EDF空軍二個飛行師団全滅、EDF海軍戦艦二隻、巡洋艦六隻、空母二隻、駆逐艦7隻が失われた。

 しかしその甲斐があり、ポートランド市民は殆ど避難が完了し、少なくとも民間人の無用な犠牲は避けることが出来た。

 鉄鋼業とハイテク産業に支えられ、アメリカでも上位の治安の良さと住みやすさであり、随所にあるバラ園から「バラの街」としてアメリカ国民に愛された優しい街は、3月16日を以って都市機能を停止させ、全域が地獄の戦場へと変わってしまった。

 

 ――3月16日。

 ポートランド侵攻阻止戦が始める。

 壊滅したEDF第四艦隊は応援として派遣された第五艦隊と統合され、再び艦砲射撃を行うが、歩行要塞に損傷を与えられた形跡はない。

 陸軍・空軍も周辺都市からかき集めた戦力で阻止攻撃を行う。

 撃破出来る見込みは相変わらずなかったが、少しでも侵攻を阻止すべく全力で彼らは戦った。

 

 その目的は、既に無人となった都市ポートランドの防衛ではなく、歩行要塞撃破に向けての確かな布石だった。

 EDF地球規模戦略軍は、レイドシップの残骸を使った新型砲弾の開発に成功していた。

 レイドシップなどの白銀装甲を構成する仮称原子”フォーリニウム”を使用したフォーリニウム装甲貫通弾”グラインドバスター”である。

 しかしテストの結果、地上からの発射では貫通できるエネルギーを生み出せないことがすぐに判明。

 EDF先進技術開発部の総力を挙げた結果、衛星軌道からの軌道爆撃で理論上貫通可能な速度を生み出せる事が分かり、EDF北米第七工廠オースティンの軍事衛星製造ラインで攻撃衛星”レーヴァテイン”を設計・製造し、直ぐ打ち上げを行う予定だ。

 その後、最適な周回軌道への軌道修正とグラインドバスターの装填・砲身の整備・照準の調整などを行わなくてはならない。

 実際に砲撃可能になるまでに、あと約三週間はかかる見込みであった。

 

 ――3月20日。

 ワシントンDC・フィラデルフィア・ニューヨーク・ボストンを丸ごと失った北米東海岸戦線はその後方六都市で構成される東海岸第二防衛線へと主戦場が移っていった。

 北から、

 東海岸メガロポリスの最北端『ニューハンプシャー州マンチェスター』(都市圏人口40万人)、

 自然と調和した医療福祉の街『ニューヨーク州オールバニ』(都市圏人口110万人)、

 かつて炭鉱の町として栄え今ではその名残を観光名所とする『ペンシルベニア州スクラントン』(都市圏人口58万人)、

 アメリカ建国史上重要な都市のひとつであり、工業都市でもある『ペンシルベニア州ハリスバーグ』(都市圏人口68万人)、

 ビクトリア様式の建築物が200棟以上並び、有名大学がキャンパスを多く構える大学町『バージニア州スタントン』(都市圏人口12万人)、

 全米有数のバイオテクノロジー研究地として知られ、EDFの人工筋線維研究機関も設置されている重要都市『バージニア州リッチモンド』(都市圏人口123万人)。

 

 上記六都市が、ニューヨークを中心とした東海岸部から広がるフォーリナーを封じ込める段階へと移行した。

 その目的は、アメリカ本土防衛もさることながら、二つの都市にあるEDF工廠を一秒でも長く維持する事である。

 大西洋沿岸部に位置し、EDF海軍第五工廠が存在する『バージニア州ノーフォーク』(都市圏人口180万人)、

 ワシントンDCと五大湖のひとつエリー湖を結ぶ線の中間地点に位置し、EDF第六工廠のある『ペンシルベニア州ピッツバーグ』(都市圏人口285万人)だ。

 二か所ともEDF工廠があるだけではなく、アメリカ本土防衛にとっても重要な拠点になっている。

 

 ノーフォークにはEDF以外で世界最大の海軍基地『ノーフォーク海軍基地』が存在し、その中にはアメリカ海軍大西洋艦隊司令部、アメリカ大西洋海兵隊司令部、NATO大西洋連合軍司令部が設置されている。

 そのほかにもノーフォークは東海岸有数の港湾都市であり、ニューヨーク、ワシントンDCなどメガロポリス群が軒並み陥落した今となっては、東海岸最後の巨大玄関口である。

 

 ピッツバーグは、かつて鉄鋼業の街として栄えたが公害問題やオイルショック・安価な輸入鉄鋼の出現により一時衰退を辿ったが、事業をハイテク産業や教育・金融・サービス業を中心に活動する事で再び盛り返す。

 しかし、1990年代にEDFが設立されると、その強硬な軍拡によって鉄鋼業の需要が急激に増加し、ピッツバーグの廃鉱山群は大規模に再開発されることになり、EDFによる惜しみない経済支援が行われた。

 結果ピッツバーグは再びアメリカを代表する鉄鋼業の街に返り咲き、街には巨大なEDF第六工廠が建造された。

 

 そんな二つの都市は共に『EDF指定戦略重要都市』に分類されている。

 EDF戦略情報部の規定により、地球防衛戦略に於いて死守すべき重要都市に指定された都市の事だ。

 これを失う事はその地域や国家のみならず、地球防衛戦略全体の大きな損失であると位置づけられ、戦況が許す限りの徹底防衛がEDF総司令部より全ての戦力に厳命される。

 

 また、先の『バージニア州リッチモンド』もEDF先端科学研究局リッチモンド支部が所在する為、EDF指定戦略重要都市に分類されている。

 EDF先端科学研究局は、EDF先進技術研究開発部の下部独立組織であり、バイオテクノロジーを駆使した研究が行われている。

 そのうちの一つに、β型の筋線維を利用した人工筋線維スーツの開発が行われており、完成間近のこの研究はのちにアーマースーツの追加機能『アンダーアシスト』や、コンバットフレームの関節・脚部跳躍機構に利用されるなど、戦略的に価値を上げていく事になる。

 しかし変わり者のEDF開発部から更に弾かれた研究局は頭のネジが外れた集団であり、後に巨大生物が街の直前まで迫った時も「サンプルがいっぱいとれる!」とはしゃいで退避勧告を無視し、現地指揮官の胃を痛めつけたという。

 

 ――3月25日。

 東海岸第二防衛線での戦いが激化する。

 人類の思惑を読んでか、或いは単に人口の多さに惹かれてか、フォーリナーの侵攻方面の主力はピッツバーグ方面とリッチモンド方面に分かれ、特にリッチモンドでは市域を巻き込んで大激戦となった。

 一方、アメリカ国防総省ではニューヨークの北米インセクトハイヴ第二次攻略作戦が計画されていた。

 アメリカの強い要望にEDF北米軍は難色を示しつつも賛同し、EDF南極総司令部直轄の最高機密宇宙戦力『原子力攻撃衛星ライカ』の運用に踏み切った。

 しかし出来るのは地上構造物と地下構造表層部の破壊のみであり、完全な制圧にはやはり地上部隊が必須となる。

 アメリカ本土での侵攻の激化により、通常戦力をニューヨーク攻略に大規模動員数るのが難しくなりつつあった。

 

 ――3月28日。

 ニューヨーク攻略への戦力抽出を難しくする要因は、アメリカ東海岸の侵攻激化と共に、西海岸にもあった。

 沿岸部を南下し、最も多い時で数十数秒間隔でプラズマ砲撃を放つ四足歩行要塞エレフォートの事だ。

 28日現在、歩行要塞はカリフォルニア州に侵入し、レディング市をクレーターの街にし、残った建物もその巨大な足で粉砕した。

 サンフランシスコ大都市圏までの距離、凡そ300km。

 ニューヨーク攻略作戦の為に世界中から撤退させた在外米軍の殆どは、歩行要塞侵攻阻止に投入され、そしてその殆どが無残に散った。

 しかしその甲斐あって、要塞出現から計算すると侵攻速度は一日僅か1km程度と非常に遅滞作戦が効果的だったことが伺える。

 ただし日本の歩行要塞は縦横無尽に迷走・停止しロシアは5日間足らずで集中核攻撃を行った為比較対象は存在しない。

 しかしその巨体故に阻止する戦力が無ければとうにサンフランシスコは廃墟になっていただろう事は、想像に難くないだろう。

 

 ――4月1日。

 EDF南極総司令部の国家陥落認定に背き、国際支援を断ち切って単独抵抗していたEDF極東軍が、京都防衛戦に勝利し、軍団規模のフォーリナー群を殲滅したと戦略情報部が発表した。

 当初の戦略情報部の分析によると彼我の戦力差から勝利する確率は二割程度との予測だったが、見事に覆された形になった。

 更にイギリスに出現し欧州大陸に上陸し猛威を振るっている超抜級個体バゥ・ロードも出現から僅か数時間足らずで撃破したと報告があり、EDF南極総司令部の高官は日本が支援欲しさに虚偽の報告をしているのかと多くの人間が報告を疑った。

 しかし日本国内には未だ健在である歩行要塞とエルギヌスが存在し、「今回の勝利は驚嘆に値するのは確かだが、日本戦線の決定的不利を覆すものではない」という見方が主流であり、南極総司令部の扱いも変わるものではない。

 

 ――4月3日。

 EDF北米第七工廠オースティンが、グラインドバスター搭載型攻撃衛星レーヴァテインの打ち上げに成功した。

 テキサス州オースティンにある第七工廠は、別名オースティン宇宙軍工廠とも言われ、EDF製軍事衛星製造の拠点となっており、打ち上げ施設も兼ね備えた大規模工廠だ。

 予定より早い完成となっており、今から一週間ほどで調整が完了し、発射可能となった。

 このタイミングで、全部隊にグラインドバスターによる歩行要塞攻略作戦『オペレーション・オービタルストライク』の作戦開始時期が布告された。

 作戦開始は、4月10日の正午。

 西海岸の趨勢を決める戦いが迫っていた。

 




あの、具体的に言うとですね、前話までの「衛星はすぐ撃ち落とされるので使えない」という設定やめようかと思いまして
なのでグラインドバスター搭載艦グレイジャーが攻撃衛星レーヴァテインに変更されております
理由は、やっぱ上から降った方が原作準拠に近くね?っていうのとグラインドバスターを衛星砲にするというのにロマンを感じたからです
でも実は最終的には歩行要塞や武装したレイドシップと艦隊戦などやってみたいという思惑がありますので、グラインドバスター搭載艦はいずれ出そうかなぁと。
そんなわけでムチャクチャやっておりますが今後ともよろしくお願いいたします……!


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幕間2 北米戦線⑤:EDF攻撃衛星砲レーヴァテイン

なんか難しい話になった
科学齧った人や現役学生さんからはツッコミどころ満載だろうけど、知らん!
相変わらずなんか雰囲気が伝わってたらええやろの精神


 ――4月9日。

 『オペレーション・オービタルストライク』の作戦前日。

 決死の遅滞作戦にも関わらず、歩行要塞は遂にサンフランシスコへのプラズマ砲撃を行った。

 1000万人規模のサンフランシスコ広域都市圏にクレーターが出来上がり、高層ビル群が爆発によって蒸発・炎上する。

 都市圏内の人口は避難によって60万人ほどまで減少していたが、それでも多くの犠牲者が現れた。

 アメリカ太平洋艦隊第三艦隊、稼働可能な最後の第33空母打撃群、第35水上戦闘群を投入し、歩行要塞の注意を引いた。

 注意を引くという事は、都市が守られる代わりに艦隊に砲撃を受けるという事だ。

 同様の方法によってアメリカ太平洋艦隊第三艦隊は稼働可能な艦艇を殆ど失ってしまうという事態に陥った。

 約半数がプラズマ砲の直撃により轟沈、半数が余波により航行不能もしくは戦闘能力を喪失し、残存艦艇はパールハーバー海軍工廠やサンフランシスコ海軍工廠で修理中だった。

 実際、サンフランシスコに残っていた市民の殆どは海軍工廠の関係者であり、ここを陥とされる事はビージェットサウンド海軍造船所を失ったアメリカ太平洋艦隊とって大きな痛手となる。

 

 海軍工廠の設備、停泊中の軍艦、それを直すべく決死の修復作業に当たる作業者、彼らの衣食住を支える者。

 それら全てを失わせない為、アメリカ軍は総力を挙げて歩行要塞の侵攻阻止を行った。

 それらの攻撃は歩行要塞に全く傷をつける事は叶わぬが、それでも彼らは死力を尽くして踏みとどまった。

 

 ――4月10日。

 作戦決行の号令が、全軍に響き渡った。

 遠く離れた地、中東アルケニア共和国首都ディラッカ近郊に建設された、ディラッカ軌道防衛基地のEDF衛星指令本部(サテライトコントロール)が信号を送信する。

 衛星軌道を周回するEDF攻撃衛星砲レーヴァテインは信号を受信。

 レーヴァテインは基本的なメンテナンス要員以外は無人となっており、制御は全て地上のサテライトコントロールから送信される信号によって行われる。

 地上で入力された姿勢制御・照準情報の通りに制御噴射口と砲身が微動し、グラインドバスターが装填される。

 EDF宇宙軍司令官から発射の合図が下され、コントロール要員が移された映像の照準に向かって引き金を引く。

 軌道に漂う衛星砲レーヴァテインからフォーリニウム貫通弾グラインドバスターが放たれた。

 

 ――フォーリニウムとは、あらゆる攻撃を耐えたフォーリナー空母、レイドシップなどの装甲素材に使われる人類未発見元素の呼称であり、基本的には地球の金属元素に近い性質を持つ。

 

 レイドシップを撃墜・破壊した時点で回収した目的の装甲素材は機能を喪失しており、人類が直ぐに無敵の装甲を得る事は叶わなかった。

 しかし、残骸の回収はレイドシップの装甲貫通弾を開発する事に極めて重要であり、人類に多くの科学的進歩を与える。

 

 撃破したレイドシップの装甲に使われたフォーリニウムは、驚くべきことに全て単一原子で構成されており、数多くの同位体*1によって無数の性質を持つよう設計されていた。

 同位体の一つ、フォーリニウム136*2は斥力反応を引き起こし、エネルギーを与えると更に強力な斥力場を作り出す事が分かった。

 同極の磁石の様な性質を持つ同位体であるが、特筆すべきはこれが万物に作用する事だ。

 この性質の同位体を組み合わせた事により、あらゆる外部からのエネルギー・物理作用を反発――跳ね返すシールドとして機能していた。

 

 また別の同位体、フォーリニウム81は与えた物理運動エネルギーを増幅させて進み続けるという、エネルギー保存の法則に反する性質も見せ、科学者たちを驚愕させた。*3

 その物質で出来た塊を、指で押しただけで、その塊は無限に加速し進み続けるという恐ろしい物質だ。

 抵抗には弱く、例えばフォーリニウム81を空に向かって投げれば無限に加速し宇宙へ向かうが、地面に投げれば当たった瞬間に地面の抵抗に負けて土を激しく抉った所で停止する。

 当初はこれ自体を砲弾に利用する案が主流だったが、熱に強くないフォーリニウム81は空気抵抗により融解する為に、斥力場で空気抵抗を0に近い値にするフォーリニウム136との合金が考えられた。

 また重力落下の影響を受けず直進する性質から曲射が不可能であり、直接照準で狙うと着弾時の衝撃から身を守れない事から、フォーリニウム81系砲弾の地上発射は見送られるに至った。

 この問題は、フォーリニウム81の配合比や制御方法が確立されれば解決すると考えられており、将来的にはフォーリニウム81系砲弾を搭載した兵器も開発されていく事となる。

 

 フォーリニウム81は、マザーシップやレイドシップなどの浮遊船の動力機関ではないかと考察されており、制御できれば何も消費することなく無限の動力が手に入る。

 永久機関の夢が大幅に縮まったかに思えるが、速度の制御は極めて難しく、推進・発電に利用しようして幾つもの実験場が爆発事故を起こすことになる。

 爆発事故はその他多くのフォーリニウム関連実験場で起こっており、フォーリニウムそのものが人類の手に余るものだと証明している。

 しかし、人類は犠牲と比例して着々と技術を向上させており、グラインドバスターなどはその最たるものだと言えよう。

 

 余談だが、同位体の種類によってその原子が持つ物理的な性質が極端に大きく変わる事から、フォーリニウム原子はフォーリナーが生み出した人工原子ではないかという仮説が立てられている。

 フォーリニウム原子は、それ単一体で一つの装置の様に作動し、複数のフォーリニウム元素*4を組み合わせるだけで、機械的な構造を持たずとも、複雑な動作をする機械や兵器が完成する。

 ダロガやヘクトルを解体しても、配線や駆動システムなどが見当たらなかったのは、フォーリニウム元素自体が個々の装置の役割を果たしているからであり、フォーリナーの技術体系がそれを可能にする人工原子を造り上げたという考えが最も整合性が取れる。

 とはいえ、人工か自然発生か、そのどちらであっても、今の人類生存にとってはどうでもいい問題にすぎない。

 

 フォーリニウム81や136の他、様々な特性を持ったフォーリニウム同位体がレイドシップ残骸から回収・分析されており、フォーリニウム原子を構成する素粒子の一部――電子や陽子が、攻撃に転用されるエーテル粒子やプラズマ粒子だという事も新たに判明した。  

 南極で発見した遺物ボストークレリックの動力機関と思わしき超技術プラズマコアから半永久生成される、電離した原子*5の正体がようやく明らかになった瞬間だった。

 とはいえ、フォーリニウムにしてもプラズマエネルギーにしても、未だその詳細は不明な点が殆どで、人類に解明できる日は遠いと言わざるを得ない。

 

 しかしプラズマコアの様に正体が分からなくとも利用する事は可能であり、EDF先進技術研究開発部と先端科学研究局は世界中のエリート科学者を集め、斥力反応を利用し白銀装甲を貫くに足る砲弾を開発した。

 (一説には、匙を投げた科学者の中、真に理論を完成させたのはニコラヴィエナただ一人だったとも)

 

 そのフォーリニウム砲弾グラインドバスターは今、衛星砲レーヴァテインの長砲身から放たれた。

 斥力反応を持つフォーリニウム原子同位体、フォーリニウム136の斥力作用によって火薬を使わず打ち出された砲弾は、

 慣性増幅性質を持つフォーリニウム81によって、その推進力を爆発的に加速して大気圏へ突入する。

 フォーリニウム136の斥力作用により空気抵抗を切り裂くように進み、砲弾はほぼ抵抗を受けずに加速を続ける。

 やがてグラインドバスターは四足歩行要塞のほぼ真上から直撃し、周囲は激しい光と衝撃波に包まれる。

 

 その内部では、ごく短時間でEDF科学者たちの計算した通りの事象が起こっていた。

 斥力作用を起こすフォーリニウム136が、同じ斥力場に接触する。

 より強い力を持つのは歩行要塞側の斥力場だが、グラインドバスターは速度と重量を武器に、その斥力場を切り裂くよう強引に突破する。

 砲弾の先端ごく少量化合されたフォーリニウム125が、速度と重量により白銀装甲と超高圧接触したことにより対消滅を起こし、激しい白光と共に装甲に大穴を開ける。

 フォーリニウム125の対消滅反応に刺激された砲弾内部のエナジージェム小型反応炉が急速に臨界点に達し、半液体状となったエナジージェムがモンロー/ノイマン効果*6に近い形で円錐状に外部に放出され、周囲を破壊してゆく。

 外部に放出されたことにより急速に温度が下がり粉末状になったエナジージェムはパウダードエナジージェムと呼ばれる物質になり、砲弾後部に残った通常爆薬の点火により、一斉にイオタ爆発*7を引き起こし、歩行要塞内部で爆炎と衝撃波を発生させる。

 

 歩行要塞を観測していたスカウトチームの目には、内部から爆発し黒煙を上げる歩行要塞が映ったが、歩行要塞は行動を停止していない。

 しかし、それも予測していた科学者ニコラヴィエナは、砲弾の5発製造を指示しており、その全てを撃ち切った。

 5発等間隔で放たれたグラインドバスターは歩行要塞の胴体部を完全に爆破し、歩行要塞は黒煙を上げて炎上しながらその巨体を倒し、強烈な振動と共に、ついに地に倒れ伏した。

 行き場を失った砲塔のプラズマエネルギー、動力と思われるプラズマコアやエナジージェム反応炉が次々と連鎖爆発を起こし、付近は近づく事が出来ない程の激しい爆炎がしばらく立ち昇った。

 

 オペレーション・オービタルストライクは成功を収め、四足歩行要塞エレフォートはサンフランシスコ都市圏内に侵入することなく完全撃破に成功した。

 サンフランシスコ海軍造船所で働いていた人々や、その場にいないEDF軍人たちも歓声を上げ、この日はアメリカ戦線史上最大の戦果を上げたと報道された。

 

 ――4月11日。

 オペレーション・オービタルストライクは成功し、歩行要塞は撃破された。

 これにより、アメリカ西海岸の戦力は東海岸へ投入され、旧ニューヨーク跡地の通称北米インセクトハイヴの攻略が本格的に準備される。

 

 EDFの公表する情報には存在せず、歴史に名を残す事は無いが歩行要塞撃破を行ったグラインドバスターそのものの開発や、発射角度・彼我の強度から算出される必要砲弾数などの計算は間違いなく彼女がいなければ成り立たなかったものだ。

 

 ――ルフィーナ・ニコラヴィエナ。

 ロシア人科学者であり、人類最高峰の頭脳を持つ科学者。

 クラスノヤルスク地方の閉鎖都市ディクソンに、独自の研究拠点を構えていた事から”極北の魔女”と呼ばれ、現地研究者はおろか、ロシア政府からも危険視されていた。

 EDFが彼女の誘致を持ち込むと、ロシア政府はあっさり許可を下し、彼女は極北から南極へと移っていった。

 彼女は自らを魔女ではなく神と呼称し、神の子……すなわちEDF攻撃衛星を次々に開発し、打ち上げて行った。

 その傍ら、”余暇”で作り上げた様々な技術がEDFを成長させ、瞬く間にEDFは世界最大の軍事技術を持つ組織となった。

 しかし――彼女を表舞台から消し去った事件が起こる。

 それが、アルケニア首都ディラッカで起こった、ディラッカ軌道防衛基地サテライトコントロール占領事件に端を発する、ディラッカ事変とEDF総司令部攻撃未遂事件であった。

 ニコラヴィエナはEDFに射殺されたと表向きに情報が発信されたが、その実彼女はEDF南極総司令部の地下深くに幽閉されていた。

 

 そして、フォーリナー襲来が起こる。

 ニコラヴィエナを解放した総司令官バートランド・F・グレンソンは、ディラッカ事変以降管理AIの応答を拒否されていたEDF衛星兵器群の稼働を要求し、同時にアメリカ西海岸で歩行要塞が上陸した。

 レイドシップへの攻撃兵器であるフォーリニウム装甲貫通弾の初運用前の転用が決まり、総司令官は状況分析と決定をニコラヴィエナに一任し、そしてそれはこれ以上ない成果と共に幕を閉じた。

 

 そして本来の彼女の仕事である、AI搭載型統括衛星ライカによる北米インセクトハイヴ攻略作戦が本格始動する。

 統括衛星ライカは、彼女の打ち上げた神の子――EDF攻撃衛星ノートゥングを統括管理する照準集積衛星であると同時に、自身も大型の原子炉を内蔵した原子力精製レーザー搭載型の攻撃衛星である。

 かつて南極総司令部を崩壊させようとしたこの兵器の名こそ、ルール・オブ・ゴッド。

 ”神の戒律”の名を冠する極大のレーザー照射口が、今北米インセクトハイヴを狙おうとしていた。

 ライカは他に、連装レーザー砲”スプライトフォール”、EDF版神の杖とも言われる”スプートニクⅡ”、核搭載宙域ミサイル”テンペスト・ガリレオ”を装備し、その威容はまさに”軌道上の怪物”と呼ぶにふさわしかった。

 

 余談であるが、その名前”ライカ”はかつてソビエト連邦によって打ち上げられ、地球軌道上を周回した初の生物として知られるメスの犬の名前であり、その犬を乗せた人工衛星/宇宙船がスプートニク二号である。

 人工衛星と乗っているものが逆であることに何のこだわりがあるのか常人には知る由もないが、一説には親しい人の名前であったという噂もあり、人工AIでもあるライカに異常な親しみを覚えている事の理由は、判然としない。

 

 ――4月15日。

 ミシガン州デトロイトのEDF北米第三工廠でギガンテスⅡの量産体制が整ってから一週間が経過した。

 ダロガとの戦闘に十分耐えうる装甲と火力を手にし、全米から機甲戦力と兵士、戦闘機を含む軍用機、そして戦艦や空母などの軍艦戦力が集中し、北米インセクトハイヴ攻略作戦は秒読みとなった。

 作戦名:アルティメット・ストライク。

 究極の一撃が今、北米インセクトハイヴを打ち砕こうとしていた。

 

*1
原子核内部の中性子の数が異なる原子。放射線を放つ放射性同位体と安定同位体が存在する

*2
元素記号136Fo。数字は質量を意味する。この場合の質量とは原子量を指す

*3
エネルギー保存の法則が正しいと仮定した場合、別位相からエネルギーを取り込んでる事になり、フォーリナーの転送技術がミクロレベルで行われている事になる

*4
元素とは、元素記号に分けられる性質を持つ原子であり、フォーリニウム(Fo)元素カテゴリの中に、中性子数の違うフォーリニウム原子が存在し、それぞれ性質が異なる

*5
プラズマとは、原子核の外周を周回する電子が飛び出し、同様の状態が複数ある雲の様な状態で電気的に中性を維持する気体のような状態で、フォーリニウムによって構成されるこれは大気中で霧散せずエネルギー投射を行える不可解な性質を持つ

*6
対戦車榴弾などに使われる。すり鉢状の内側に薄い金属を貼り、内部で起爆させる事により金属噴流が発生する効果

*7
粉末状になったエナジージェムから引き起こされる、粉塵爆発に近い現象。次世代の火薬と言われ、イオタ爆発を利用した弾薬PEG弾がS&Sアテリアルズによって現在開発されている




はいーーーー!アメリカ編終了ーーー!!
いやーー長かった!
しっかしアレやな、いろんな新たな設定が生まれてしまったなぁ
生んでしまったからには、設定集として一つに纏めたいと思うのが人情だよなぁ(?)ただその前に、一旦過去話の設定矛盾箇所&新規加筆&その他もろもろ編集を行いたいと思います
うーん、次に最新話更新できるのは……一か月後くらい?
ちょっと時間かかりそうですし、結構変わるところもあるかもですので最新情報は活動報告やツイッターの方に乗せて行きながら頑張りたいと思います!
では!


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第四章 本土奪還作戦の激震
第七十話 嗚呼、喧騒なる日常よ


新しい章はじめました!!
新しい戦いを始めましょう!
まぁ、まずはワイワイしてから……。


――2023年 4月10日 大阪 第三EDF軍病院――

 

 京都を戦場としたアイアンウォール作戦の終結から一週間と少し。

 二、三日前に意識を取り戻した私は、検査や治療が落ち着いた後、初めて見舞いを許可された。

 そんな私こと仙崎誠は、現在五人の美女(?)にベッドを囲まれていた。

 

 ハキハキと、活発かつ困惑と怒気を含んだ声が、訳も分からぬ私をキャンキャンと責め立てる。

 

「アンタちょっとこれどういうことか説明しなさいよ!! ずっと会えなかったから尋ねてみれば女に囲まれてまーいちゃいちゃしちゃって! しかもこんな小っちゃい子まで!! どういうつもり!!」

 

 大変お冠なこの女性は、ご存じ泣く子も黙るじゃじゃ馬娘、瀬川葵。

 怒っていても大変美しい、とか考えている場合ではない。

 

 一応私は病人で、今はベッドに横たわり治癒剤中毒の治療と点滴を受けている。

 戦場で重傷を負った際に使用する治癒剤は、軽度の薬物中毒を引き起こすのだ。

 

 そんな私を間に挟んで、ゆったりとしたマイペースさを感じさせる、年相応の甘く舌足らずな声が瀬川を宥める。

 

「まーそうカッカしないのお姉さん。誠さんしばらく意識なくて大変だったんだから。ねー香織さん?」

 

「まっ、まこっ……、さ!?!? アンタこんな子にまで名前呼びさせてるなんて……!」

 

 どっちが年上か分からない対応を取るのは、横浜で救助した以来知り合った村井茉奈。

 子供故に何の気なく下の名前で呼ばせていたが、と言うか噛んじゃうとか言ってたので気にしていなかったが、いかん、瀬川がショックを受けておる!!

 

 流水や秋風の如く、透き通るような声が医療機器の前で慌てて頭を下げる。

 

「ああっ、ごめんなさい! この子色々はっきり言う子で、悪気は無くて……。ちょっと変わった子なんです……!」

 

 おろおろする大変麗しい女性は、この病院の看護師である、新垣香織さんだ。

 名札を見て合点がいっていた、この方が新垣巌の姉であり、水原が恋する相手だろう。

 

 少し離れた椅子の上。

 聡明な科学者としての凛とした力強さの中に、軽妙な力の抜き加減を絶妙に混ぜ込んだ、そんな鉛の如く低い声が煙を吐き出す。

 

「……ふーっ、やれやれ。大物狩りに使った銃器の生の声と、ついでに礼でもと思ったんだがね。英雄様は人望があるようさね」

 

「ここ、病院ですよ! 病院は禁煙! 天才科学者様もルールに従ってくださいね」

 

「……まだ吸い始めなんだが」

 

 よれよれの白衣を着たくたびれた天才科学者こと茨城尚美は、火を点けたばかりの煙草を香織さんに取られ、珍しく顔を顰めて不満を表明している。

 

 底抜けに明るく、桜とはまた違った人懐っこさを感じさせる、独特の間延びした関西弁の声が、聞いていない話の続きを語り出す。

 

「そんでなー、ウチの初芽(はつめ)ちゅー奴がなー、あ! 初芽知っとる? 雨宮初芽! あーみえてアイツめっちゃオモロいねん! こん前なんか葉香(ようか)あー、日向(ひなた)っちゅーまじーめな奴にな! あ! アイツそん時お昼寝してってん、で、目覚めた時の雨宮の一言が、あ! ちゃうわちゃうわ! あれは朝のうたた寝やったけ? いや夜……」

 

「何の話!? 誰も聞いてないんだけど!? せめて要点を絞って話なさいよ!!」

 

「オチまだやねん!! いま、あー、思い出すから待っとって!!」

「待たない!!」

 

 壊滅的な話の組み立てを瀬川につっこまれているのは、京都戦でブルート救援に向かった際に共に戦った、藤野朱火(ふじの あけび)というウイングダイバー部隊の一人だ。

 

 確かγ型の針によって左脚大腿部から先を失っていたはずだが、恐らく生体義肢だろう、傍目には元気なように見えた。

 

「そうそう! 目ぇが覚めたら雨宮んやつな! 今2024年だよ。とか言って、日向ガチでビビってんの! あれは思い出してもアッハッハーって誰も聞いとらーーん!?!?」

 

「セルフつっこみお疲れ様。で、あなたはどうして誠さんの事名前で呼ばないの? 呼びたいんでしょ? 意外と恥ずかしがり屋さんなのね」

 

「このガキ……! 大人の苦労も知らないで大人ぶってんじゃないわよ!! ムキャー!!」

 

「ふーっ、やれやれ、動物園かいここは。さて、このへんに喫煙所でも建てようかね。あのベット使っていないんだろ? 解体していいかい?」

 

「逞し過ぎです!! 良い訳ないです!! 没収です!!」

 

「ぬぁーーーーー!! 喧しいわぁーーーー!! 文字通り女三人寄れば姦しいとかいうレベルではぬぁーーーーいっ!!」

 

 堪忍袋の緒が切れた私は不満をぶちまけ、五人の女どもはあまりの剣幕に動きを止めるが、

 

「やっほーー! 暇だから尋ねに来たよーー! まっことん!」

 

「失礼しますっ! あ、えーっと、朱火……じゃなかった。ふ、藤野がこっちにお邪魔してたって聞いて来たんですけど!」

 

「仙崎伍長、先日は本当に世話になった。見舞いに来たぞ。ゆっくり礼でもと思ったが君……随分と人気者だな?」

 

「ここが仙崎って奴の部屋かい? おーいたいた、部下の石田が世話になったって聞いてねぇ! 見舞いにピッタリのヤツを持ってきたよ!」

 

「よ、様子見に来てやったわよ! って、騒がし過ぎないここ? つ、疲れそうだから私帰る……」

 

「まァ居ろって面白そうだから! よぉ仙崎ぃ! アタシが死んでる間大活躍だったらしいな! 話聞かせろよ! この英雄野郎!」

 

 これはまたぞろぞろと!!

 えぇと、入ってきた順に脳を整理していこう……。

 

 侵入者第一号、元気の塊みたいなノリで入ってきたのは我らがレンジャー2-1分隊員、結城桜。

 

「ってなんかいっぱいいるー! ねーねーまことん! 開発部の量産お蔵入り兵器、サッカーグレネード使ったって聞いたよ! どう使用感どう!? あの脳筋な武骨さと各所に滲み出るロマンが堪んないのよねぇ~~!!」

 

 うおっ、久々にミリタリーオタクの変態さ出してきたな!!

 そこまで細かく見ておらん!!

 

 侵入者第二号、ハキハキと礼儀正しくも、大声を出した彼女は恐らく藤野の所の小隊員、日向葉香少尉であろう。

 

「もー朱火! まだそんな勝手に動き回っちゃダメでしょ! いくら治るのが早くたって……ああああ仙崎さん! あの、藤野が勝手に押し掛けてすみませんでした! 仙崎さ、いやえーと伍長! ……えっ伍長!? 凄い兵士って聞いてたのに凄い下の階級!!!」

 

 ぱたぱたと慌ただしく動き、掛けてあった軍服の階級章を見て何やらショックで白目を剥いている。

 気のせいかデフォルメされていないか?

 

 侵入者第三号、長身でクールかつ活発的な印象を受ける彼女は、コンバットフレーム”ホーク隊”隊長の本條薫大尉だ。

 

「さすがの人望だな伍長。あれだけの事をしたんだ、当然と言えば当然だが、まさか全員が女性とはな。ところで富山大尉、その袋、日本酒だろ? 堂々と酒を持ち込むとはな……。というより……貴様、飲んでるな?」

 

 若干呆れの混ざった一応尊敬と感謝の眼差しを受け取った後、隣の女性をにやりと見る。

 

 侵入者第四号、面と向かって会うのは初見だが、有名なので知っている。

 筋肉質で小麦色の肌、赤みがかった癖毛の茶髪を背中まで伸ばす姉御肌の彼女は、EDF陸軍ヘリ部隊のエース、”サイクロン中隊”の隊長、富山紘子(とみやま ひろこ)大尉だろう。

 

 石田中尉は演習場で拾ってキャリバンの中で行動を共にしたからな、その礼か。

 

「ナッハッハ、よっく分かったねぇ~。心配しなさんな、まだ軽く一杯引っかけただよ。本番はこれからさ! 人数もいるし、個室だしちょうどいいね!! パーっとやろうじゃないか!!」

 

 見舞い品の大袋の中から出てきたのは、”雪見桜”と書かれた一升瓶!!

 まさかこんなところで大宴会を始める気か!?

 

 侵入者第五号、我らが小隊員、細海早織だ。

 生きて帰ると約束を交わしたからな、見舞いに来てくれるのも納得できる。

 とはいえ、失った腕を生体義肢で補っており、まだ三角巾は取れていない。

 

「クッサ! 酒くっさ! い、一杯引っかけたなんて嘘よ嘘! 病室で酒盛りしようなんて正気じゃないわ! 私やっぱかえ――ぐえ!」

 

 が、なんていうかもはや色々と見舞いどころではない。

 病人を囲んで酒盛りしようとする始末。

 細海よ、来てくれてなんだが帰った方が良いぞ。

 ただし隣人がそれを許さない。

 

 侵入者第六号、同じく小隊員、鈴城涼子軍曹。

 

「帰るなんてツレねぇ事言うなよ! せっかくの仙崎の退院祝いなんだろ? えっ、まだ退院じゃない? まーまー細けぇ事ぁ良いんだよ! 富山大尉ぃ! 話には聞いてましたがイケる口みたいで!! ジャンジャン()いじゃってくだせぇ!! オラッ、オメェも飲むんだよっ!!」

 

「パ、パワハラブラック軍隊……! 辞めたい……」

 

 細海が首根っこ掴まれて引っ張られてゆく。 

 鈴城軍曹はあれだ、ただの賑やかしというか冷やかしというか、とにかくなんか面白そうなので来た、くらいの感じだろう。

 とはいえこの人は、こう見えて鷲田少尉ほど本能で動かない。

 まあ、意図的な息抜きだろう。

 

「いけませぇーーん! お酒も煙草も没収です!」

 

「!? 酒が消えたぞ!?」

 

「ふーっ、諦めるんだね。ワタシもその早業で煙草を掠め取られた訳さね。凄腕盗っ人だよ。犯罪者さね」

 

「た、煙草一本の恨みが凄いわね……」

 

「シュバッ! って感じね。私もその早業マスターすればアイツにチョップの一発でも叩き込めるかしら」

 

「なんでやねんっ! 看護師の特技をよりにもよって軍隊式格闘術(マーシャルアーツ)に組み込もうとすなっ!」

 

「……掠め取る早業は看護師の特技って言っていいのかな? 朱火もマスターしたら美船中尉に勝てるかもね!」

 

「無理やねん! 修行鬼辛そう!」

 

「いや実際、凄腕のマーシャルアーツも仙崎の野郎には効かないからなァ。全部避けるぜアイツ。ホントやりにくくて嫌いなんだよなぁ。鉄拳制裁」

 

「ハハハ、伍長の動きを全身で感じた身としては、まったく同意する。いや彼は本当に凄く激しかった……! 心臓の高鳴りが止まらなかったのは久々だ」

 

「えっ、はぁっ?? ……ちょっと待って、えっ? アンタと仙崎、そういう関係……!?!? アンタ、ヤッちゃったの??」

 

「あーあ、これは厄介な勘違いをしちゃったねー。クールなお姉さん、もしかしてわざと?」

 

「ん? 何のことだ?」

 

「あっ、ちょっと天然なんだ……」

 

「ねーねーまことんなんで固まってんのぉー! 武器の話してよーー! しーーてーーよーー!」

 

「キミ、結城博士のご子息だろう? 開発部で何度か見たことがあるさね。武器に興味が?」

 

「ぬわーーーーー! 開発部のトップ、茨城博士じゃんーーー! 感激! いつから居たんですか!!」

 

「いや……キミより最初に居たんだが……」

 

「じゃあ茨城博士もまことんの話聞きたいですよね!! 一緒に揺すりましょー!」

 

「ふーっ、激しい動きは無理さね。キミに任せるよ」

 

「ねえまことんーーー!」

 

「仙崎ちょっと!! 他の娘名前で呼ばせるわ女ばっか呼ぶわあのクールぶってる女とセッ……、なんか激しい運動してたんでしょ!! 答えなさいよコノーー!!」

 

 女三人寄ればのレベルではないと先ほど言ったが……一体何人だ?

 えー、瀬川、茉奈、香織さん、茨城少佐、藤野少尉に加え、桜、日向少尉、本條大尉、富山大尉、細海、鈴城軍曹……なんと11人!!

 

「煩ァァァーーーーーいッ!! 貴様ら!! お見舞いに来たとか抜かしていたくせに私を労わる気ゼロか!! ひとまずミリオタ女と勘違い間抜け暴走理性蒸発女は黙れぇぇーーーい!!」

 

「へぇーーーい」

「なっ、勘違い間抜け……何て?」

 

 桜は不満そうに、瀬川は本当に間抜けそうに黙る。

 

「そこのモク中と酒カスも黙らっしゃい!! 大人なんだからちょっとは我慢せい!! 貴様らのせいで香織さんが防戦一方ではないかっ!!」

 

「ふーっ。……大人だから我慢できないのさね。ああ、脳細胞が死んでいく……」

 

「まったくだ。まあ茶番はこのくらいにして、そろそろ主導権渡してやろうかねぇ」

 

 この大人二人はホントに……。

 特に富山大尉、貴様、私初対面だがイメージ大暴落してるが大丈夫か?

 まさか飲酒運転であのバゼラートを操っている訳ではあるまいな??

 

「……”香織”、さん?」

 ま、まずい。瀬川が爆発寸前だ。

 ひとまず彼女の誤解を解かなければ!!

 

――――

 

「……なるほど。そこの小っちゃい娘は横浜で前助けてて、発音しにくいから誠さんと呼ぶようになった。桜に関しては前も聞いたけど結城大尉と被るから。で、”香織さん”も、新垣って人と被るから下の名前で呼ぶ、と。さん付けなのは年上だから。で、本條大尉とは背中に背負って戦っただけでセッ……激しい運動ではない……。なるほどなるほど……。紛らわしいのよアンタは!!」

 

 キレながら、まぁなんとか理解はしてくれたようだ……。

 まったく骨が折れる。

 

 ちなみに茨城少佐と富山大尉は帰った。

 何しに来たんだあの二人……。

 

 唯一シリアスだった、去り際の言葉を思い出す。

 

「ま、今は立て込んでるし、また機会を改めるさね。……戦略級巨大外来生物βの討伐、ご苦労だった。あの場にいた一人の人間として、改めて感謝と敬意を表明するさね。後で開発部を訪ねるといい。君の好みに合った武器を開発しよう」

 

「さてと、石田の命の恩人の顔も拝んだし、帰るとすっかね。ま、顔付きと言動見れば、だいたい噂が嘘じゃない事は分かるさ。戦場で困ったときはサイクロン隊を呼びな。多少命令を無視しても、アンタの元には駆け付けよう。だってアンタ、そこの茨城が見込んだ英雄ってヤツだからねぇ。うっかり簡単に死なれちゃ困るだろう? 上も分かってくれるさ。じゃあ、次は戦場で!」

 

 二人は各々そう言い残して去って至った。

 なんと言うか、才能あるものはネジが飛ぶものなのだろうなぁと改めて思い知らされた。

 

 ちなみに両足を骨折していた石田少尉も元気らしく、今はリハビリ中かつ治癒剤の透析中とのことだ。

 

 また、藤野と日向の二人も去っていった。

 

「ホンマあんときはおおきになぁあんちゃん!」

「私からも! 藤野の事、ありがとうございます!」

 

「ぬぁははは! 何、EDFは仲間を見捨てない、という奴だ。しかし、無事でよかったぞ藤野少尉。片足が捥げていたが、義肢接続は上手くいったのか?」

 

「そりゃあもうバチコーン決まったで!! なんやお医者サンもビビるようなエラい相性良かったみたいで、数日たったらもうコレや!! 最近の疑似生体はホンマ大したモンやわぁ~~」

 

「そうはいっても、まだ病み上がりなんだから、無理は駄目だよ朱火。飛んだり跳ねたりしないの」

 

「そりゃあわぁっとるんやけどなぁ葉香ぁ、いやぁマジで脚ちょん切れたと思ったから嬉しゅうてなぁ!」

 

「まぁ、病み上がりが最も体調を崩しやすい。こんなところに来るのではなく、以後は大人しくする事だな」

 

「へいへい分かってますってぇ~」

 

「じゃあ、仙崎さん! 今日の所はこの辺で失礼します!」

 

「おおきになぁ~あんちゃん! また戦場で合ったらよろしゅうなぁ~~!」

「応とも! ではな!!」

 

 二人とも大変善い子だった。

 歳は恐らく私と近いか少し下くらいだろう。

 

 日向少尉は真面目で一生懸命、藤野少尉は陽気で瀬川程ネジが飛んでおらず、大変話しやすかった。

 またきっと、戦場で合う事もあるだろう。

 

「なんか今失礼な事考えてなかった?」

 瀬川、鋭い!

 

「いや、特に何も」

 

 お次は、本條大尉が席を立った。

 

「じゃあ、私ももう行くよ。人が多い時に邪魔して悪かったな、仙崎伍長。改めて礼を。貴様がいなければ、あの窮地から脱出する事は出来なかった」

 

 本條大尉と出会ったのは、アイアンウォール作戦の最中、ブルート救援の終わりに、海軍の急な面制圧砲撃から脱出する所だった。

 その意図するところは、擱座した重戦車タイタンを救う為だったが、我々は窮地に立たされた。

 

「いいえ、先に助けられたのは我々の方でした。あの時ホーク隊が援護してくれなければ、貴方の機体に掴まる事が出来なければ、今頃木っ端微塵になっていたやも知れませぬ。こちらこそ、改めて感謝を。ありがとうございます」

 

 深々と私は頭を下げる。

 砲撃の直撃を受けなかったのは、紛れもなく大尉のおかげだ。

 

「私も咄嗟だっただけさ。じゃあお互い様という事にしておくか。ただ、あの時の貴様の機転と状況の分析力、自身の体の使い方と、上官をも使う判断力やカリスマ。貴様は間違いなく、将来のEDFを率いる兵士の器だ。つまらない死に方をするなよ?」

 

 私の肩にポンと手を置いて去る。

 やれやれ、変な期待を持たれたものだ。

 むろん死ぬ気は無いし、全力を尽くすが、何もそこまで大それた存在になるつもりは毛頭ない。

 

 彼女が出て行くと同時、香織さんが体の状態を分析する医療機器から離れ、私に紙を提出する。

 

「こほん。容体は安定していますね。松田先生の診察通り、このままいけば三日後には退院できると思います」

 

 渡された紙には、私の体の状態の数値や推移が掛かれたカルテの様な情報が書かれていた。

 正直門外漢の為良くわからんが。

 

「まだ三日もかかるのか……。点滴などしなくとも、もう体は動くが?」

 

「駄目です。突然戦場で倒れたりしたらどうするんですか? 仙崎さん、弟と同じ部隊なんでしょう? そこの鈴城さんと細海さんも」

 

 弟――新垣巌の言葉が出ると、まだ自然と体が固くなる。

 

「今回の戦いで、もう一人仲間が亡くなられたとも聞いています。……どうか、体を、命を大事にしてください。皆が精いっぱい頑張った結果だという事は分かっています。それでも」

 

 その通りだ。

 戦争なんだ、しかも地球を護る為の。

 犠牲が出るのは仕方がない。

 新垣も葛木も、最善の結果をきっと残したのだろう。

 

「そこまで言われたら、仕方がない。大人しく入院生活を謳歌しよう」

 狙っていったわけではなかろうが、これで動こうものなら人の心が無さ過ぎるだろう。

 

 いや、鷲田少尉なら関係ねぇとか言いそうだが。

 

 鈴城軍曹が手をひらひらさせながら軽い口調で流す。

 

「まぁ、そこまで深刻に考えんなよ、仙崎も。あと、言ってなかったと思うけどよ、アタシら第三師団全員、戦争当初からほぼずっと碌な休暇無しに最前線詰めっぱだったから、今休暇貰ってんだよ。一、二週間ぐれーだけど」

 

「なんと、そうなのですか! 初耳ですが」

 

「そりゃそーでしょアンタ、しばらくずっと意識なかったんだから」

 瀬川が律儀につっこむ。

 

「言われてみればそうか。では、皆しばらく大阪の方で過ごすのか?」

 

 では退院したら、瀬川と二人で散策でもするか。

 そう思ったが、細海がまごつきながら口を開く。

 

「い、いや。そうしたいのは山々だったんだけど、一応予備部隊として三重県鈴鹿市の方まで移動なんだって。ちょうど、明日からよ」

 

「なんと。私は乗り遅れる訳か」

 ショック。

 積もる話も合ったのだが、ぜんぜん瀬川とゆっくり話せないではないか!!

 そして当の瀬川は、あんまり気にして無さそうな!

 

「そーなるわね。ウチの中隊ももう殆ど鈴鹿の方まで移動してて、残ってんのはアタシと玲香だけ。そっちはどう?」

 

 瀬川が鈴城軍曹に話を振る。

 何度か戦場で会ったせいか、はたまた私が眠っているうちに会話を交わしたか、随分打ち解けておるな。

 

「んー、アタシらんとこも殆ど。今残ってるのは、中隊長の結城大尉くらいで、副官の國本中尉も小隊長の大林中尉ももう向こうに行ってるよ。ああ、浦田のバカだけはまだ病院に残ってっけど、アタシらと一緒のタイミングで鈴鹿へ行く予定だぜ。ってことは仙崎おめぇ、ボッチだな!」

 

 けらけらと馬鹿にしながら笑う。

 悪意が無いのが少々腹が立つ。

 

「ぬぅ、さいですか……。して、戦況の方はいかに?」

 

 これ以上話しても馬鹿にされそうなので、話題を切り替える。

 これも重要な話だ。

 

「前線は今、どの辺りで? アイアンウォール作戦成果はいかに?」

 

「まぁー落ち着けって。そんなにガッつかなくても、もう結城大尉が……」

 鈴城軍曹がなだめていると、直ぐに病室の扉が開く。

 

「やあ、仙崎君、元気かな?」

 

 我らが中隊長、結城実大尉だ。

 相変わらず柔らかい声と爽やかな笑顔を向けてくる。

 

「はっ! 結城大尉ッ!」

 

 ベッドに居ようと、しっかり角度のついた敬礼を行う。

 激しい戦闘と気絶からの睡眠があったためか、きちんと敬礼をするのは随分久しぶりに思えたが、さすが私。

 非の打ち所がない完璧な敬礼だ。

 横になっている不届きを見逃せば。

 

「うん、元気そうだね。みんなもお揃いで。邪魔しちゃったかな?」

 

 我が小隊のメンバーの他に看護師と民間人の少女も混ざっているが、別段気にしていないようだ。

 

「わーー! お兄ぃーーーっ!! 会いたかったよぉーーーっ!!」

 そんな落ち着いた雰囲気は一変。

 

 桜が、目を><にし、兄上である結城大尉に飛びついた!

 そう言えば、二人の絡みを見たこと無かったが、ブラコンだったのか桜よ!?

 



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第七十一話 情報整理と簡略任命

――2023年 4月10日 大阪 第三EDF軍病院――

 

「お兄ぃーーーー! ひっさしぶりぃーーーー! ――はっ!!?」

 結城大尉に抱き着いてはしゃぎ回る結城桜は、突然我を取り戻し、硬直する。

 

「ち、違うから!! いつもはこんなんじゃないから!! ちょっと久しぶりだったからテンション上がっただけだから!!」

「何も言ってないわよ!?」

 顔を真っ赤にして手をブンブン振る桜に対し、瀬川がツッコミを入れる。

 無邪気とは思っていたが、その様子だと恥ずかしいとは思うようだな。

 

「やあ桜。いつも通りで安心したよ」

「うわぁーーいつも通りって言うなばかお兄ぃーーー!! 帰る!!」

 兄上である結城実どのの追い打ちに堪らず、桜は逃げ出そうとするが。

 

「まぁ待てって! ひっさしぶりに会えたんだろ? ゆっくり顔見てけよ。そういやぁ、作戦前に話してるのを見た気がするけどなぁ?」

 悪い笑顔をした鈴木軍曹に首根っこを掴まれる。

 あの人、人をいじるの大好きだからな……。

 まあ、もっと弱みを握られてはいけない二ノ宮軍曹がいなくて良かったなぁ。

 いや後で筒抜けだとは思うが。

 

「ぐえっ! 作戦前は”兵士”として話してただけなんですよぉ。……ガサツなのに細かい所まで見られてたか……」

 小声の恨み言は、しっかり鈴城軍曹に聞かれていた。

「なんだぁ? 走り込みしたいならそう言えよ。しばらく休暇だしちょうどいいじゃねーか」

「休暇の意味……」

 恨めしそうに鈴城軍曹を見る桜だったが、本人はどこ吹く風だ。

 

「別に、恥ずかしがるようなことじゃないでしょう。兄妹に甘えられるのは良い事よ?」

「そうそう。居なくなっちゃったら抱きつくことも出来ないもんねー」

 共に兄妹や家族を失った者たちからの一言と、柔らかい笑顔が向けられる。

 

「ぐっ、茶化したいのに微妙に茶化せない雰囲気……! ま、まぁ、このぐらい普通よね……?」

「わ、私も上に兄がいるけどとてもこんな事出来ないわね……。せいぜい中学生ぐらいまでじゃない? 普通」

「ぐはぁーー!!」

 シリアスな二人の雰囲気で収まるかと思ったが、細海の小声の毒が桜に止めを刺し、倒れる。

 

「あっはっは。まあまあ皆その辺で」

 倒れる桜を兄上殿が華麗に受け止める。

 半分冗談とはいえ、妹をからかった事に腹は立てていない様子。

 よかった……温厚な結城大尉の琴線が妹である可能性は高い。

 しかし、大尉は一応我らが中隊長なのだ。

 次の戦場、いきなり死地に突撃させられたりしないだろうか。

 

「桜は昔から少し甘えん坊でね。そんなところも可愛くてついつい僕も両親も甘やかしてしまって……。いや、別に、起こるところはちゃんと怒ったりするけど、別に泣かせたい訳じゃないから泣き出すとこっちが困ってしまって、だから少々子供っぽいというか……いや、童心のままでいてくれるのはすごく助かるんだ、やっぱりこんな仕事だと心も荒んだりするし、でも桜の笑顔が見れるだけで僕は……――はっ!!?」

 

 普段の結城大尉からは考えられないテンションのノロケが始まり、そして唐突に我に返る。

 ……ああなるほど、間違いなく兄妹だな……。

 

「お兄みんなの前で恥ずかしいって……」

「ぼ、僕だって恥ずかしいよ……桜が抱き着いて来るから調子狂うじゃないか……」

 ひそひそと赤面して話す二人を見て、我々が取った行動はたった一つだった。

 

「「ごちそうさまでした」」

「「何が!?」」

 ハモる我々と、ハモる結城兄妹。

 ああ、素晴らしきかな、兄弟愛。

 

――――

 

「……ごほん。と、いう訳で、仙崎君と、皆にも最新の戦況を聞いてもらいたいんだけど、いいかな?」

 小さく咳払いをし、先ほどの空気を入れ替えようと確認をする。

 

「私は良いですが……」

 ちらと横目を流す私の視線に、瀬川と香織さん、茉奈君が反応する。

「あ、一旦退出しますよ」

「私も。必要な事は伝えたので……」

「わたしもー。こういうのあんまり外部の人に聞かれちゃまずいんでしょ?」

 瀬川は全く別の部隊だし、香織さんと茉奈君は民間人だ。

 

 ところが結城大尉は小さく首を横に振る。

「いいや。君たちにも少し関わりのある話になるよ」

 言った後、茉奈君に目線を合わせて優しく話す。

「君だけは聞かなくてもいい話になるけど、ここにいても構わないよ。どうしたい?」

「んー。じゃあ聞こっかな」

「助かるよ。聞かなくてもいいとは言ったけど、もはや日本に住んでいて関わりのない人などいないからね。全員で苦難を乗り越える時だよ」

 

 結城大尉の言う通りだ。 

 日本臨時政府とEDF総司令部から陥落判定を下された我が国には、明確な戦う意思を持つ者だけが残されている。

 戦いは何も銃を撃つ事だけではない。

 輸送、医療、食料、住居、生産、情報。

 今日本国内で全ての人々は何らかの役割を持って活動し、そして全てがただ一つ”日本を護る”事に向けられていた。

 

 日本とは一体何であろうか?

 政府?国家?社会?いや違う。

 日本とは、この土地、我々の故郷の大地であり、そこに住まう遍く人々を指す概念である。

 

 故に我々は、政府が逃げようと、EDFが匙を投げようと、どれほど強大な敵が蹂躙しようとも、日本を護るのである。

 

「よし。じゃあ僕から、京都防衛戦のその後の戦況から改めて話させて貰うよ」

 

 結城大尉の発言を纏めるとこうなる。

 

――――

 

 まず改めて作戦の全体を振り返って整理しておこう。

 

 2023年3月30日。 

 京都を中心とし、琵琶湖周辺から奈良市までを主な戦場とした京都防衛作戦-アイアンウォール作戦が幕を開ける。

 

 迎え撃つEDF部隊は、現在まで最も戦闘回数が多く、最も対フォーリナー戦を経験してきた我々EDF陸軍第三師団(横須賀)を主力とし、陸軍第一師団(東京)、陸軍第二師団(京都)、陸軍第四師団(厚木)の陸軍四個師団に加え、EDF海軍太平洋連合艦隊第一艦隊戦艦打撃群や、第23航空軍団第四航空師団など、総勢約二個軍団(兵数三万人以上)での徹底抗戦を行った。

 

 激しい戦闘に加え、幾つもの予測不能な事態により戦力は半減し、最終的には陸軍第八機甲師団(愛媛)の応援によって立て直され、陸軍第五師団(広島)の到着により趨勢は決定的となった。

 

 2023年4月2日。

 作戦開始より約三日後の朝。

 京都周辺の偵察・情報収集の結果、EDF第11軍作戦司令本部より、正式にアイアンウォール作戦終結の通告が発せられた。

 

 その後、距離の問題とレイドアンカーへの対処により大幅に遅れた陸軍第14師団(福岡)、陸軍第15機甲師団(鹿児島)が京都に到着し、破壊され尽くした街での補給設備の設営や、怪我人の救助、周辺地区の警戒、残敵の掃討、放棄された装備の回収などを行った。

 

 この時、京都周辺には凡そ八個師団相当の戦力が集中していた。

 日本全土を管轄とする、EDF極東方面軍第11軍の師団総数は18個。

 実に日本全体のEDFが約半数集中していたことになる。

 

 そしてここからが結城大尉の話の要約となる。

 

 アイアンウォール作戦を勝利で飾ったEDF第11軍だが、次なる課題は未だ多い。

 四足歩行要塞エレフォートは、京都府での激戦に釣られてか、狙い通り岐阜県山間部から引きずり出すことに成功し、現在は岐阜県美濃市に接近中。

 しかし動き出したという事は、奴の全力が近づいているという事でもあった。

 上面巨大プラズマ砲はその機能の殆どを修復し、既に数度の砲撃を行い、被害が発生しているとの事だ。

 奴を野放しにすれば、また幾つもの都市が焼け野原になる事だろう。

 

 超抜級怪生物第三号-雷獣エルギヌスは、群馬県の前橋市や高崎市に侵攻。

 怪生物の咆哮と共に、地球の脅威であった雷を優に上回る、数と威力の雷撃を広範囲に放出し、周辺に壊滅的な打撃を与えた。

 北関東周辺は、東京インセクトハイヴからほど近い物の、西方面よりは侵攻の被害は比較的軽かった。

 その為、兵站を支える多数の人員や施設、東北と西南を結ぶか細い補給路や、突発的な巨大生物の襲撃からそれを護るEDF第一師団の半数が残っていたのだが、エルギヌスの進撃に呼応するように関東周辺の巨大生物群が活発化し、双方の対処に追われ戦力は激減している。

 エルギヌスに対しては、もはや通常兵器での撃退は困難と結論が半ば決まっており、現在EDF先進開発部・兵装設計局・戦略情報部が総力を駆使し、有効新兵器の開発を行っているらしい。

 核攻撃など、当然論外だ。

 

 東京インセクトハイヴは日に日にその構造物を成長させており、現在は東京スカイツリーに迫る600mもの大きさになっているらしい。

 内部からは各種巨大生物が増殖し溢れ出しており、その地下奥深くには、戦略級巨大外来生物α-蟲の女王(バグ・クイーン)のものと思われる大型熱源反応が観測されている。

 この事から、インセクトハイヴの地下ではバグ・クイーンが巨大生物を生み出して増殖するのみならず、バグ・クイーン自体も増殖し、増えた個体は別の巣を作りに飛翔する習性などが予想として研究されている。

 それは、放っておけばインセクトハイヴが世界中に増え続ける事を意味し、人類を心底戦慄させた。

 

 佐渡ヶ島のインセクトハイヴに至っては、隔離された区域であることを良い事に順調に成長しており、現在既に150mを越えているそうだ。

 東京と佐渡島を放置しておけば、日本国内に更なるインセクトハイヴが建造され、より本土奪還を困難にするという予想は、素人でも簡単に想像できてしまう。

 

 また、前述の通り、エルギヌスの進撃に呼応したかのように、関東平野周辺の巨大生物の動きが活発化しており、東京インセクトハイヴからは連日多くの巨大生物群が吐き出されている。

 周辺地域は建造物はおろか、草木の一本も生えない荒野と化しており、巨大生物に占領された日本に、地球に未来など無い事が改めて分かる。

 

 以上がフォーリナー側の主な動きである。

 続いて、結城大尉がEDF側の動きを説明する。

 

 京都周辺に集結した陸軍八個師団のうち、真っ向からぶつかった第一、第二、第三、第四師団の四個師団は京都で休養と再編成を行い、二週間ほど待機。

 応援として駆け付けた第五、第八、第14、第15の四個師団は前進し、今の西日本を脅かす最大の脅威、四足歩行要塞エレフォートへの攻撃を行った。

 

 攻撃の主軸となったのは陸軍第14師団(福岡)だった。

 山間部から岐阜県美濃市で停止しており、プラズマ砲の修復を行った。

 これを妨害・沿岸部へ誘い込み、艦砲射撃での撃破を目的に、攻撃を行った第14師団だった。

 しかし、歩行要塞からは各種巨大生物の他、ガンシップやダロガ、ヘクトルなどの機械兵器、更に歩行要塞の対地レーザー砲などの複合攻撃によって、攻撃部隊は甚大な被害を被ってしまう。

 

 前線から離れていた福岡を拠点とする第14師団は、現在までレイドアンカーから出現する巨大生物しか相手にした事が無かったのだ。

 むろん、その事は師団長や現場にいた攻撃部隊指揮官も承知した上での作戦だったが、予想以上にその弱点が露呈すると、攻撃は一旦中止され作戦の見直しが行われた。

 だが、作戦の第一目的である沿岸部への誘導は成功し、歩行要塞は名古屋市に向けて南下した。

 

 それは己の経験不足を分かっていながら、命の限り歩行要塞に攻撃を行った第14師団の攻撃部隊たちの挺身のお陰だったと言えよう。

 だが同時に、日本は再び恐怖と相まみえた。

 歩行要塞の巨大プラズマ砲が復活を遂げたのだ。

 プラズマ砲は作戦の見直しを行っていた第14師団前線指揮所をピンポイントで砲撃。

 轟音と共に、プラズマ粒子の青白い閃光が着弾し、強大な衝撃波によって周囲は壊滅した。

 

 歩行要塞はそのまま名古屋市に向けて前進しつつ砲撃を行い、既に無人だったとはいえ名古屋市にはたびたびプラズマ砲撃が降り注いだ。

 

 動向や修復状態を詳しく観測していたスカウトチームの報告によると、巨大プラズマ砲は恐らく完全に修復された訳ではないという。

 データから推察するに最大射程10km程度と目算され、それは修復が進むにつれて伸びていくのだという。

 

 だが、それ自体は作戦司令本部の予想の範疇だった。

 問題は、第14師団を始め、四国や九州を拠点としていたEDF戦力の経験値不足が思ったよりも深刻だったことだ。

 巨大生物の散発的な襲撃しか経験していなかった部隊は、歩行要塞やレイドシップからの大量投下、既に制圧され巨大生物の楽園と化した地域からの大規模地中侵攻に対応できなかった。

 また、初めて相対するダロガの一体を制圧する砲撃力や、ヘクトルの対人戦闘能力、ガンシップの空襲など、過酷すぎる戦場に部隊が一つまた一つと壊滅し、夥しい死傷者を量産した。

 

 こうした問題は、四国・九州地方の怠慢や、情報伝達不足による過失ではなく、むしろ今まで激戦を潜り抜けて戦力をすり減らしつつ戦った我々第三師団や、京都防衛を全うした第二師団、厚木襲撃を辛くも生き延びその後も戦い続けた第四師団、東京で部隊を二つに裂き戦争初期から常に激戦の渦中にいた第一師団らの過小評価にあるのではないかと言われている。

 

 尤も、それらが特別優秀だったのでは無く、多くの血を流し、多くの者を失いそれでも生き延びた精鋭中の精鋭が、今の我らであるというだけの話だ。

 

 また、フォーリナーとの戦争には、多くの人類間戦争で通用したルールが存在しない。

 その中の一つに、再現度の高い訓練が不可能である、という点があり、それも損失を増大させる要因だ。

 人類にフォーリナーを仮想出来る兵器は無いし、その効率的な訓練方法も確立されていない。

 その為、小隊長や分隊長が肌で状況を感じられなければ、生き残る事は難しい。

 また、孤立する状況も多くある為、個々人の運動能力、戦闘技能や携行する火器の選択がより大きな要素となる。

 

 他にも要素は様々あるが、総合して一言で言うと経験値の少なさが四国・九州方面の部隊の損耗を大幅に上げていた。

 それにより、対巨大生物の前線は大幅に後退し、歩行要塞を誘導する筈だった名古屋の地上部隊は後退を余儀なくされ、名古屋は再び敵の支配下に落ちた。

 

 そうした戦況の悪化を受け、作戦司令本部と協議した第三師団長、柴森少将は自ら予備戦力として三重県鈴鹿市で戦力を待機させることを志願した。

 こうして、万が一の事態にすぐに出撃できるように意識を持たせながら、師団内の兵士たち、つまり我々に休暇を与える形をとったそうだ。

 こういう説明をすると、常に気を張ってしまうから休暇にならないと思うだろうが、フォーリナーとの戦争中は、いつ地中侵攻やレイドアンカーの強襲、ガンシップの空襲を受けるか分かったものではないので、どこで休暇を取ろうと心構えは変わらない。

 

 とはいえ、今回私は大阪に居残りなので、少々寂しくはあるが。

 そうそう、大阪に居残った人員の中に、周辺の警戒や掃討作戦の為に荒瀬軍曹、青木、馬場、千島のレンジャー2-2の四人が単独で残っているそうだ。

 レンジャー2-2は葛木が戦死し、細海が重傷で入院となっていた為、現在は四人で行動している。

 待機を命令されていたものの、軍曹が無理やり一人で警戒に出かけようとしたところを、部下達三人に発見され皆で向かったという経緯らしい。

 まったく、腰を落ち着かせるという事を知らない男だ。 

 

 話が反れたな。

 とにかく、私や数名の治療中の者を除いた第三師団の兵員は三重県鈴鹿市に移動し休暇兼予備戦力として待機。

 現在岐阜県と愛知県の県境辺りにいる歩行要塞を、まだ残っている部隊で名古屋市沿岸部まで移動させる。

 

 名古屋市沿岸部伊勢湾の辺りには、EDF第11軍-海軍太平洋連合艦隊-第一艦隊が集結しつつある。

 対地艦砲射撃による制圧を任務とする戦艦打撃群、

 対艦ミサイルや対艦砲など艦対艦戦闘を重視した戦艦戦闘群、

 潜水艦による海中からの火力投射によって、攻撃と防御を同時に行う潜水艦打撃群、

 など任務に応じた複数の艦隊任務群を編成し、紆余曲折あれど、歩行要塞撃破に向けての準備は整いつつあった。

 

 ちなみに今回の要塞砲撃作戦には陸軍砲兵隊の参加は極少数の割り当てとなる予定だ。

 これは、戦艦の艦砲射撃(最大口径530mm)に比べ陸軍砲兵隊の砲撃(最大口径203mm)は火力が雲泥の差となり、陸軍が助力したとしても雀の涙ほどの力しか出せず、歩行要塞に対しては効果が殆ど無い為だ。

 加えて、これから始まると予想される本土奪還作戦に温存する為でもあるだろう。

 戦艦の砲撃が届かない内陸部では、やはり砲兵隊の火力が戦局を左右する。

 

 以上が、ここ数日の戦況になっている。

 京都防衛戦アイアンウォール作戦が終結した直後、再び大きな戦いが我々を待って居た。

 

――――

 

 一通り説明し終わった結城大尉は、小さく深呼吸して、重い雰囲気を纏わせる。

 

「最後に、これも言わなくてはいけないね。……戦闘終了後、京都市内で遺体・装備の回収が行われたけど、葛木兵長の遺体は残っていなかった。残念だった」

 彼の死を悼むように、部屋全体に思いを馳せる空気が流れた。

 

 細海が真っ先に口を開く。 

「む、無理もないです……。あいつは多分、HG-13Aを抱え込んで自爆していますから」

 

 その通りだ。

 遺体は激しく散っているだろうし、その後も地中からのバゥ・ロードの出現などで辺りの地形は原型を留めていないだろう。

 

 戻ってきたところで事実は変わらないが、弔う対象の残滓が存在すらしていないというのは、特に仲の良かった者たちには辛い所だ。

 

「そばに居ながら、救出を断念した事、本当に申し訳ございません……!」

 思わず頭を下げる。

 本当に救う方法は無かったのだろうかと、今更になって後悔が押し寄せる。

 

「バカ、謝んなよ」

 鈴城軍曹のいつになく真剣なまなざしが私を見る。

 

「状況は細海から聞いてる。謝罪も後悔も、葛木の覚悟を踏みにじるようなモンだぞ。お互い、やれる事はやったんだろ? なら、胸張って次の戦場で暴れてりゃそれでいい」

 優しく肩に手を置く彼女の言葉が胸に刺さる。

 普段見せないその姿に少し意外な面を感じながら、その言葉を深く受け止める。

 最後見せた葛木の最後の眼差しを、汚したくはない。

 

「テメェ頭はイイんだから、そんぐらい自分で分かってんだろ? もー少しその抱え込む性格無くさねぇとなっ! 次も期待してんだからしんみりしすぎんなよ! 苦手だから!!」

 言いながら、私の肩をバシバシ叩く。

 痛いのだが?

 

「その辺にしときなさいよ、一応コイツまだ入院中だからね。……いや待って、まさか今なら、避けられない?」

 一応止めに入ったはずの瀬川が、悪い事思いついた顔をして寄ってくる。

 

「いや! 敵意のある攻撃は避けるぞ! と言うか一度止めたのにどういう思考回路をしている!?」

「たまには一発くらい入れたいでしょうが!!」

「力説するな!! じゃじゃ馬娘め!!」

 

 やいのやいのと我々が騒ぐ中、結城大尉と細海が静かに話す。

 

「やれやれ。どうも、沈んだ空気は苦手らしいね。すぐ騒がしくなってしまうのも困りものだ。分隊の人は誰もいないし、彼らはこの調子。辛くはないかい?」

 結城大尉は優しく細海を気遣う。

 

 細海も、、いつもの慌てた様子を見せず静かに微笑む。

「いいんですよ、これで。いつまでも悲しんで引き摺って、そんなんじゃアイツも浮かばれないですからね。アイツは居ないけど、アタシ達はきっと、倒れた人たちの分まで進んでいきます。だから、これくらいでいいんです。後悔しているのは、きっと皆同じですから」

 

「そうかい。安心したよ。……言うまでもないが、君は絶対に生き残るんだよ。語る者がいれば、死者は死なない」

「……そう、ですね」

 生き残る。

 それはいつまでを指すのだろうか。

 この戦争の終焉までだとしたらそんなものは訪れるのだろうか。

 無意識のうちにどこかで命を落とすだろうと考えていた細海は、その言葉に虚を突かれ、表情を隠して頷いた。

 

「……じゃあ、僕はもう行くね。はいはい静かに! 仙崎君! 後聞きたいことはないかな?」

 結城大尉が手を叩いて注目を集めた後、ぎゃあぎゃあ諸々詰め寄られていた私に問う。

 ふむ、質問か……。

 

「特にありません!」

「そうかい。じゃあ……おっと、そう言えば大事なことを言うのを忘れていたよ」

 大事な事?

 はて、何であろうか。

 

「君、上からの報告によると、以前EDFに居たそうだね。しかも海外でそれはそれはすごい活躍をしていたとか。で、今回の戦果も合わせて、君を本日付で少尉に昇進させるってさ。あ、講習やテストとかはもう以前やってるだろって事で省略されるから。非常時だしね。君、第二分隊――軍曹達の小隊の小隊長として頑張ってくれるかい? 細海も丁度怪我でここに残るし。じゃあ、宜しく頼むよ」

 肩を軽くポン、と叩いてじゃあね、と一言残して去ろうとするが。

 

「情報の洪水過ぎるんだが!?」

 困惑する私を置いて、結城大尉は出て行ってしまった。

 

 ――仙崎誠、伍長から少尉に昇進。

 第88レンジャー中隊第二小隊第二分隊の分隊長に任命される!

 



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第七十二話 すれ違う過去の想い

――2023年 4月10日 大阪 第三EDF軍病院――

 

 ……話を整理しよう。

 

 私こと仙崎誠は、フォーリナー侵略から数える事数年前、EDFレンジャーとして戦場にいた。

 士官学校などという迂遠な手は取りたくなかったので、EDF陸軍兵学校の門を潜った。

 つまり、階級は二等兵からのスタートとなる訳だが、行く先々でとんでもない不幸に巻き込まれ、生き延びるついでに武勲を立てて居たら、いつの間にやら少尉となっていたのだ。

 

 通常、兵学校からのスタートではよくて軍曹や曹長どまりだが、EDFはその辺を通常の軍隊より緩く設定している為、有能な者に門が開かれる事は珍しくない。 

 

 だがフォーリナー襲撃を受けたあの日、再びEDFに入った私は、一度除隊している事と、緊急時だったことを鑑みて伍長からのスタートとなった。

 しかし、やはりバゥ・ロードへの陽動と足止めを無事成功させたことが大きかったのか、此度少尉を再び拝命する事になった。

 

 最後に最も重要である人事を言い渡して、結城大尉は去っていった。

 その流れで桜、用事の終わった香織さん、香織さんと共にやってきた茉奈君、治療がある細海、飽きた鈴城軍曹が帰った。

 

 病室に残されたのは、私と瀬川の二人だけだった。

 

 なんとなく、無言の気まずい空気が流れる。

 

「き、君は戻らなくていいのか……? 瀬川」

 私の馬鹿野郎!

 そうね、じゃあねーとか言って帰ってしまったらどうするのだ!

 話したいことはたくさんあるだろう!?

 

「……あ・お・い。アタシの事、次から名前で呼びなさい! ま、誠!! みんなばっかりずるいのよ!!」

「お、お、おう。よろしく頼む、葵」

 なんだか改めて呼ぶと緊張するものだ。

 

 それは向こうも同じようで、向こうから名前で呼べと言い出したくせにドギマギしている。

 よし、少しからかってやるか。

 

「どうした? 先手を打ってマウント取れたのに満足じゃないか?」

「う、うっさいわね! アンタに主導権握られる訳にはいかないのよ!」

 

「負けず嫌い過ぎるであろう! い、行っておくが告白は私からだからな! 好意を向け始めたのが私なら……貴様は全てにおいて後手に回る運命なのだ!」

「なんでよ! アンタ振られる可能性を想定してないわね!? 勘違いしているようだけど、アンタの態度によってアタシは振るも自由振らぬも自由なのよ! つまりアンタは、常にアタシの手のひらの上で踊っているも同然!!」

 

「いいや違うな!! 追う側と追われる側、攻撃側と防御型、突撃戦と迎撃戦! どちらが主導権を握っているかは軍人なら言うまでもないだろう! つまり私は、貴様の油断の隙を縫っていつでも好きな時にアタックを掛けられる立場にあるのだ! 貴様に出来る事は唯一つ、私の行動を待つのみである!」

「分かってないわね! アンタはどう行動しようと、その結果は全て私の一存で決まるのよ! 惚れた方が負け、そう言うでしょう!」

 

「確かにその通りかもしれん。だが、貴様のその要塞の様なプライドを陥落せしめるとっておきの策が、私にはあるのでな!!」

「へぇ~。それはそれは楽しみじゃない。じゃあさっさとそのとっておきの策とやらを披露してもらおうじゃない」

 

「その前に、貴様には吐かなければいけない約束事があるはずだが?」

 勝ち気な笑顔を浮かべる彼女に、ここぞとばかりに叩き付ける。

 約束事とは、”付き合ったことがあるか”という質問についてだ。

 私はない、とはっきり答えたが、お茶を濁し回答を”無事での再会”と条件付けた彼女には、これに応えて貰う義務があるのだ。

 

「へ? あぁ~、アレね。うん、確かにあった。でも……き、気分のいい話じゃないわよ?」

 困ったように苦笑い。

 別に、無理をして聞き出したい訳じゃない。

 過去の事を掘り下げてあれこれと言うつもりは全くないし、それを言ったら私の方が言えない事が多すぎる。

 なのに、この時の私は、何故か”聞かなければいけない”と、そんなエゴの様な何かに突き動かされていた。

 

「君が話してくれるのなら、何だって聞くとも。だが、本当に嫌なら断ってくれていいんだぞ? なに、別な条件を突きつけるだけさ」

 だが、無理やりエゴを押し付ける事だけはしたくない。

 逃げ道を用意する、が。

 

「それは逃げるみたいで癪だわ。……どのみち、アンタにはいつか話す必要があるって思ってたのよ。自分から振ったのは完全に墓穴だったけど、いつまでも話さないのは私が耐えられない。でも、この関係はここで終わってしまうかもしれない。それでもいいの?」

 なんだ、やけにシリアスだ……。

 

 この言い方、普通に考えれば浮気か? とか思うがそもそも正式に付き合っている訳ではないし他に好きな奴がいて、彼女がそれを選ぶなら大人しく身は引くつもりだ。

 だが仮にそうであっても関係が終わる程ではないだろう。

 関係の終わりを彼女が望むならそれもやむなしだが、そういう風には見えない。

 

 そもそも、”終わってしまうかもしれない”というからには私の反応如何で結果が変わるという事だろう。

 ならば、いかなることがあろうと私から関係を断つ事は無いだろう。

 あり得ないが、仮に悪事に手を染めていたとしても、罪を許すなり正しい道に導くなり如何とも出来るだろう。

 なんか、あれか、凄い変人な性癖を持っているとか、変な趣味があるとかだろうか。

 

 ……いや、この雰囲気は、恐らく人の生死に関わる類の話だ。

 直感で察する。

 

 それでも。

 

「溜め込むことで君が辛いなら、尚話して欲しい。それに、この結果がたとえどう終わろうとも、行動は必ず結果を生む。結果とは、人が歩んだ証だ。良い事も悪い事も、戦いを生き延びた生者に許された特権だろう。……私も人間だ。どんな話でも君の印象が悪くならないとは言えない。だが、どんな話だろうと、君が真剣に話すなら、私も真剣に受け取ろう」

 

 これが、今話せる最大の私の胸の内だ。

 それに一切の偽りはない。

 

「……分かったわ。じゃ、話すわよ?」

 意識してか軽い口調で言った後、大きく深呼吸をし、その重い口を開く。

 

「むか~しね? 中学1年頃の話よ。あれはー、そう、私から告白してね、付き合ってる人、いたの。多分初恋ね」

 記憶を思い出しながらか、病室の窓の方を向いて、努めて明るく話す。

 だが、その表情は一転しどこか悲しげで、重たい。

 

「やはりな。この流れでいなかったなどと言われた方が意外だ。どんな方だったのだ?」

 

「アタシの幼馴染の兄で、別の中学の先輩だったのソイツ。一コ上ね。小さい頃からよく遊んでて、いやーなんて言うか、昔から地味で根暗でどうしようもないヤツだったんだけど。下校中、アタシが別の男子に絡まれた時あってさ、虚勢張ってたけどホントはマジで怖くて、そんな時にねソイツ、普段からは想像もできないような声でその男子に威嚇してさ、撃退してくれたんだ。まぁ~、そんな事されたらこっちとしてはもう惚れるしかないって訳で」

 

 その男の事を思い出し、振り返って少しはにかみながら楽し気に話す。

 だが、彼女の雰囲気から影は消えない。

 きっと、この先に話の根幹がある。

 

「……して、その男は今どこに?」

「亡くなったわ。交通事故よ」

 ピシャリと言葉が返った。

 

「なんと!? それは……辛かったな」

 正直、こうまで口が重いと勘繰らなかった訳ではない。

 だが、実際に聞くと、こうも言葉が出ないものか。

 

「付き合ってからすぐの、中一の夏だったわ。大型トラックに轢かれて、一緒にいた三人が亡くなったって。アタシ本当に耐えられなくてさ、学校もしばらく休んだし、病院にも通うくらい病んじゃって」

 困ったような笑顔を見せる葵。

 その儚げな笑顔も美しいが、私にとっても交通事故は嫌な思い出がある。

 思い出したくも無いが、脳裏に浮かぶ。

 

「……そうか。さぞ、辛く、苦しかったろう。話していなかったが私も、事故で友人を失った事がある。気持ちは、痛い程分かる」

 あの時の私は、まともな人の感情を失う程に追い詰められた。

 自らを殺す為に、わざわざ戦場に赴き、人を殺す。

 いかれている。まともな思考ではなかった。

 

 だが葵は私の話を意にも介さず、ぽつりと話す。

「……、……。事故の時、一人、無事だった生徒がいたの」

 

 ……妙に胸騒ぎがする。

 

「君の彼氏の友人か、それはよかっ――」

「――その生徒、その場で真っ先に轢かれかけたにも関わらず、傷一つ無かったんだって」

 私の声を遮り、葵が驚くほど冷たい声を出す。

 

「不思議よね? 異変に気付いて、友達を押しのけて真っ先に逃げ出した。そう聞いたわ。ねぇ、凄くない!? 音もなく危険を察知し、友達たちがトラックに気付いた時には、ソイツはもう直撃圏外だったって! ……目撃証言やニュースや週刊誌も見たけど、そんな風に書いてあったわ! ねぇ――」

 

 震える声の早口は徐々に激しさを見せ、そして急にゾッとするような声で。

 

「――アンタでしょ? 仙崎誠」

 

 ナイフを喉元に付きつけられたような、悍ましい寒気を感じた。

 

――――

 

 私は現在27歳、瀬川は確か一つ下の26歳だったはずだ。

 瀬川の先輩が私と同学年というのは、つじつまが合う。

 そして彼女にとっての中学一年の夏は、私にとって中学二年生だ。

 

 中学二年のあの夏……私は夏休み前最後の下校中、暴走トラックに襲われた。

 何も、考えることが出来なかった。

 危険に気付き、命の危機を感じ反射的に体が動いた。

 ……気づけば、友人三人は無残な姿となっており、私は何をすることもなく、その場に呆然と立ち尽くすしかなかった。

 ああ、まただ。

 これは、私がやったのだと、罪の意識と、逃れようもない絶望感が深く私を襲った。

 人と、関わってはいけないのだと、人並みに生を謳歌する事は許されないのだと、幼心にそう思った。

 

 斃れた三人の、掛け替えのない友人の一人。

 地味で根暗……大人しく、それでいて内に秘めた熱を持つ。

 思い当たるのはただ一人――。

 

「……佐々岡、春樹」

「――ッ!!」

 瀬川の反応は明白だった。

 目の色を変え、半身を起こしていた私の胸倉を掴み、押し倒す。

 

「……ねぇ、なんで春樹の名前知ってるの……。偶然なんでしょ……? 全てアタシの間抜けな勘違いで、アタシが空回りしてるだけなんでしょ!? そうだって、言ってよ……!!」

 胸倉を掴まれた私に、熱い雫が零れ落ちる。

 ああ、そうか。

 私は、許されていなかったのだ。

 

「……偽ることなど、許されない。……話は聞いた事がある。君が、春樹と付き合っていた彼女だったのだな……。すまなかった」

 すまなかった、などと端的な言葉しか口に出せない自分に嫌気が差した。

 中学一年生時、初恋の恋人をいきなり奪われた悲しみは、筆舌に尽くしがたい。

 そして、それに加担した男が目の前にいるのだ。

 

 だが、そんな私の想いそのものが、彼女の望む回答ではなかった。

「すまないじゃないわよ……。……作戦前、一緒に海鮮丼食べた時は、ただ単に重い話になるからと思ってやめた。でもそのせいで、一人だけ逃げ出したヤツと、アンタの危険を避ける素質が重なったのよ。……もちろん作戦中はそんな事考えてられなかった。けど終わって、アタシも怪我してたから病院でゆっくり治療してるとき、そんな考えが浮かんでしまったのよ。だから、考えすぎだと、そう言って欲しかったのに……アンタはそれを、否定するって言うのね……?」

 

「……ああ、否定する。君の恋人を殺してしまったのは……私だ。すまなかった……ッ!」

 事実だ。

 考えすぎだと無責任な事などとても言えない。

 

 だが瀬川は激昂して私を揺する。

「馬鹿ッ!! そんな事自分で言わないでッ!! アタシの気持ち、分かってる!? アンタを……事故の直前一人だけ逃げ出した薄情者を恨みたい気持ちと、悪いのはトラックで逃げたのは本能だから仕方ないって気持ち、どっちもあるのよ!! アンタが本当にあの場にいたのは、やっぱりそうだったんだと認める。でも! その場で一人だけ生き残った、春樹の友人を恨みたくなんてない! けどアンタは! 春樹たちを押しのけて逃げ出した! だからアンタは、それは誤解だって、ただ偶然生き残ってしまったって、そういうだけで良いのよ……。良いのに」

 

 涙ながらの懇願。

 だが、嘘をついて瀬川を納得させるなど、そんな卑怯な真似が出来る筈がない。

 

「……反射的であったが、確かに押し通った感覚は残っている。……その感覚が、ずっと手から離れないのだ……。あの時、私が彼らの手を引いて、声を上げていれば――」

「──やめて!! そんな後悔聞きたくない!! アンタ何がしたいの!? 私に、アンタを恨めっていうの……!? アンタが罪を告白するほど、アタシはアンタを許せなくなるのよ……! どうして? どうしてあの日アタシから春樹を奪って、アンタはアタシに告白したの!?」

 

「……すまん。だが、君が何と言おうと、私はあの日の事故を罪だと思っているし、無かった事には出来ない。例え、それで君が楽になろうと、それはまやかしに過ぎないのだ」

「まやかしだっていいじゃない!! アタシは、全ての出来事を真正面から受け止められるほど強くないのよッ!! ……前に言った事覚えてる? 過ぎ去った事は考えても、どうにもならないのよ……」

 

「覚えて、いるさ。あの言葉が、どれほど私の気を楽にしてくれた事か……」

「……アンタの、罪を自覚し、正直に認める事が立派な事なのは分かる……。それでも、それが他人を傷つける事もあるのよ……ばか……」

 私の胸倉から手を放し、また窓の外を見ながら静かに語る。

 もう、日が沈みかけている。

 

「……最後に聞くけど、アンタ、殺意があった訳じゃないのよね?」

 瀬川が振り返る。

 表情は、幾分落ち着いており、引きつった表情でこちらを見る。

 ……目は、合わせていない。

 

「当然だ!! 信じて貰えないかも知れないが、私は最期の瞬間も彼らを本当の友人と思っていた。本当に、もっともっと永く、良い友人であれた筈なのに……」

 

「……その言葉を聞けただけでも、良かったかな……」

 独り言のように、小さくつぶやいた後、

 

「でもごめん。アンタの顔、しばらく見たくないわ……」

 また背を向けて、そう言い放ち、彼女は退出した。

 

「……奇遇だな。私も、しばらくまともに話せそうにない」

 彼女がいなくなった部屋で、静かに、私も呟いた。

 

「もう、分からん、何も……」

 思考が何も纏まらない。

 様々な種類の罪の意識で、どうにかなりそうだった。

 

 負傷から回復する為の肉体疲労、そして此度の精神的疲労。

 意識を手放すのには、時間はかからなかった。

 

――翌々日 4月12日 早朝――

 

 瀬川と最悪のすれ違いが起こってから、二晩明けた。

 私や数名の重傷者を残し、第三師団主戦力は既に三重県鈴鹿市に移動。

 瀬川とはあり得ない程の最悪の別れ方をし、私は大阪に残された。

 

 近い所だと、残っているのはレンジャー2-2の軍曹と青木、馬場、千島の三人、それに腕の生体義肢を馴染ませ治療している細海だ。

 つまり、指揮官を命ぜられた私こと仙崎誠少尉の部下達という訳になる。

 

 そう言えば、晴れて瀬川と同等の階級となった訳だが、今は彼女の事を考えるだけで頭痛がしてくる。

 

 ……最悪の別れから一夜明けた昨日の事はほぼ記憶がなく、殆ど無意識に過ごしていた。

 とりとめもない自責と自己嫌悪だけで丸一日無駄にしてしまったのは痛手であるが、本日はまだ思考がクリアだ。

 ……とはいえ、本日を以って退院が決まり、原隊復帰し我々も鈴鹿へ行く予定だが……些か気が重い。

 

 いかんいかん!! まずは生きて、会って、話す! それから全ては始まるのだ。

 また言い合いになってしまうかもしれない、だが、二人とも大人だ。なんとか妥協点を見つけ合い、話し合える筈だ。

 ……まだ、何をどうしていいかはまるで分からないが、なんとか元通りに戻りたいという意思はある。

 向こうもきっと、きっとそう思っている筈だ。

 もし違うなら、割と終わりだが。

 

 いかんいかん!! 悪い考えはまずは捨てよう! 大事なのは歩み続ける意思――

 

 ――突然、ベッドで半覚醒の私の耳に、けたたましい警報が鳴り響く。

 

「な、なんだ!?」

 病院の自動音声が流れる。

 

『緊急EDF警報発令!! 種別:第三級! 種別:第三級! 周辺区域に攻撃の可能性あり!! 軍病院職員は速やかに患者移送の準備を整え、状況の変化に流動的に対処せよ!』

 聞きながらベッドから飛び出し、上着を羽織い、急いで支度をする。

 

「まさか大阪が攻め入られるとはな!! 私の不幸もなかなかのものだ! くそったれ!!」

 誰も聞いていないのをいいことに、暴言を吐く。

 最悪の時に最悪の事が起こるものだ。

 

 私は急いで廊下に飛び出し、軍病院のエントランスに向かう。

 何かあった時に集合する手はずだ。

 だが、それより先にある人物に出会った。

 

「仙崎少尉!! もう動けるか!?」

「ハッ!! 体調万事抜かり在りませぬ!!」

 理知的で、思わず背筋が伸びるような張りのある美声。

 姿も声の印象と遜色なく、長身に切れ長の瞳で、縁の無い華奢だが聡明な印象をプラスする眼鏡をかけた男性は、我らが第一陸戦歩兵大隊の大隊長、須賀幹也(すが みきや)少佐であった。

 

「須賀少佐!! 状況は!?」

 少佐など雲の上の様な階級だが、そうも言ってられん。

 そもそも、第11大隊の伊勢原少佐とも何度か話して慣れている。

 

 二人そろってエントランスに階段を下りながら話す。

 警報と自動音声が煩いのと、急いでいるので大声になる。

 

「私も知らん!! 色々ゴタついたが正式な少尉任命の辞令を渡そうとしたらこの有様だ! 受け取れ!」

「今ですか!?」

 辞令と階級章を受け取った。

 これで正式な少尉となった。

 とはいえ、戦時中のみ許される特別な事例だ。

 本来であれば厳密な審査と試験が課される。

 

「して、なぜこんなところに!? 部隊は既に鈴鹿の方へ行ったと行きましたが!」

「なぜも何もない。貴様たちレンジャー2-2を含む部隊の、大幅な再編成が極秘で進んでいてな。言えるのはここまでだ。後はせいぜい邪推していろ」

 

「なんと! 私小隊長に任命されたばかりなのですが!?」

「――待て、通信だ」

 須賀少佐は左耳の無線機に手を当て聞き取ると、驚きの表情。

 須賀少佐は、私内容を話す。

 

「仙崎少尉、まずい事になった。歩行要塞どころの話じゃない。……超抜級怪生物第一号、巨獣ソラスが、京都府舞鶴市に上陸した。海上自衛隊舞鶴基地と、EDF第425駐屯基地は壊滅した。奴はまっすぐここ――大阪に向かっている」

 

 新たな絶望が、守り切った後方地、大阪へ向かっていた。



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第七十三話 轟雷作戦

ひさびさの更新ですどうも!

場面はソラス上陸から少し前に遡り、歩行要塞攻略サイドの話になりますね。

ここはサクっとやりたかったんですが、やっぱ一話(一万字)まるまるかかりましたねぇ汗
まあ二話に分割してもいいんですが、二話に分けるような話でもないなと(じゃあそんな量書くな)

※9/3編集:四足歩行要塞アルゴ→エレフォート
 詳細は活動報告をご覧ください。


――4月11日 岐阜県可児市 EDF第15機甲師団 第158機甲連隊――

 

「あれが四つ足……! デカすぎんだろ……勝てる訳がねぇ」

 レンジャーの一人がつぶやく。

 木曽川を挟んで向かい側。

 特に大きな建物も無い美濃加茂市のほぼ中心に位置する美濃加茂ICを完全に破壊して、それは”座り込んでいた”。

 

 四足歩行要塞”エレフォート”。

 通称四つ足と呼ばれた白銀の超巨大陸戦要塞は、その脚を折りたたみ、待機状態をとっていた。

 しかしその状態ですら全高100m超という規格外の大きさだ。

 高層ビルと同規格の高さでありながら、全長200m、全幅130mと人類文明の人工物では比較にならない大質量を持つ機動要塞であり、その威容は遠目からでも十分に伝わった。

 

「隊長……。い、今から本当にあの怪物を撃つんですか……?」

 緊張で固唾を呑み込みながら別の一人が問う。

 第15機甲師団は鹿児島を拠点としている。

 つまり、最前線での激しい戦闘は未経験だ。

 

「そうだ。奴を倒さねば、この日本に未来は無い」

 小隊長は、そうはっきりと断言する。

 

「でも、四つ足は今休止状態です。京都を防衛しきった今、焦らずとも歴戦の第三師団や第一師団の戦力が整ってから、反撃に出た方がいいんじゃないですか?」

 その言葉に、隊長は小さくため息を漏らす。

 部下に対しての、ではない。

 満足なブリーフィングをせずこの場に来たことに対してだ。

 それくらい、事態は急を要していた。

 

「四つ足の上、あの光が見えるか?」

 隊長は問う。

 その目線の先には、四つ足の上――全長100mもの巨大プラズマ砲付近で、ちらちらと青白い光が数か所点滅していた。

 

「あれは恐らく、プラズマ砲の修復作業に伴う発光だ。つまり、奴は足を止めて休止状態に入り、エネルギーを節約して怪我を直しているんだ。もう分かるな?」

 道筋を示し、部下に答えを求める。

 

「……じゃあ、修復を妨害して活動状態にしないと、プラズマ砲の修復が終わり、完全な状態に……!?」

「我々が力を取り戻す以上に、敵が怪我を癒す……。プラズマ砲の修復が終われば、京都や大阪が、射程に入る……」

 導き出した答えに、本人たちが戦慄の表情を浮かべる。

 

 隊長が怯える部下達に発破を掛ける前に、広域無線が鳴り響く。

 作戦指揮は、第11軍ではなくその下部の第6軍団司令部によって執られていた。

 

《――こちら軍団作戦本部! 空軍の到着を確認!! 空爆の開始を以って、歩行要塞打撃作戦、”轟雷作戦”の開始じゃあ!! 歩兵部隊は余波に気を付けい!》

 EDF独自の軍隊気質か、作戦名の発表と共にやや方言混じりの軍団長自らの勇ましい声が響く。

 

 声を受け取った彼らの上空、数機の全翼爆撃機が編隊を組んで飛行する。

 EDF戦略爆撃機、EB-32F”フォボス”が航空機用無誘導爆弾を大量に投下し、四つ足の上部、修復中だったプラズマ砲を燃え上がらせる。

 

 直後に四つ足は起動。

 即座に立ち上がり対空レーザー砲を放つが、フォボス編隊は同時にデコイを放っており、デコイが一斉に破裂した。

 しかし偶然捕捉された一機が、三発四発とレーザー照射を集中的に受け、低空飛行中に墜落、地上で爆発を起こした。

 

《――全砲撃任務部隊、砲撃開始! 繰り返す、砲撃開始じゃあ!! 撃破はせんでいい! 奴を名古屋市へ誘導し、戦艦群の大火力で叩く! 奴を挑発し、誘い出せぃ!》

 

 彼らの背後から、幾つもの砲弾が空を裂き、そして四つ足に直撃する。

 エアレイダーのビーコンが届かない場所への一斉砲撃だ。

 プラズマ砲への直撃は叶わないものの、空爆によってプラズマ砲に少しはダメージを与えていると信じたい。

 事実、即座にプラズマ砲による応酬は行われない。

 代わりに。

 

『!? ハッチが開いたぞ!』

『巨大生物だ! 来やがったぞ!!』

『なんて数だ! 一度の投下でこんな大量に!!』

『図体が大きい分、転送能力も桁違いって訳か! こりゃ、町が一瞬で飲まれちまうぞ!!』

『コンバットフレーム隊! 掃討開始だ!! 撃てーーー!!』

 

 津波の様に押し寄せるα型に対し、横一列に並んだコンバットフレーム・ニクスCが、両腕のリボルバーカノンを斉射する。

 ニクスCは、大阪のEDF極東第一工廠で開発完了したばかりの最新型だ。

 従来型より運動性・装甲・戦闘用OSが進化し、より対フォーリナー向けに性能を向上させている。

 

 リボルバーカノンにより斉射される35mm対甲殻砲弾は、α型巨大生物の甲殻を真正面から易々と貫通し、その圧倒的な殲滅力で巨大生物を駆逐していく。

 

『これが新型の力……? ははっ! 楽勝じゃないか!』

『オラオラオラァ! なんだァ!? フォーリナーも大したことねぇな!!』

『こいつらなんて蟻よ蟻! 人間様に敵う筈なんてないんだわ! ざまぁ見なさい!!』

『コンバットフレームがいりゃ、こりゃ俺たちの仕事は無さそうだな!』

『福岡の連中は手ひどい打撃を受けたって聞いたが……新型ニクス部隊のお陰で、なんとかなりそうだな』

『油断するな!! 歩兵部隊! 回り込んだ巨大生物を速やかに駆除しろ! 歩兵戦闘車! コンバットフレームの両脇をカバーしろ!』

 

 歩行要塞から投下された巨大生物は一度で千を優に超えていたが、コンバットフレーム・ニクスCの活躍でその殆どを難なく殲滅しかけていた。

 両脇に膨れ上がった巨大生物は、EDF製歩兵戦闘車・サーペントによって駆逐された。

 戦車を流用した車体に、大型の40mm機関砲二門を搭載したサーペントは、スペック上は火力・装甲・機動力全てニクスを上回る強力な兵器だ。

 漏れ出した巨大生物の掃討も難無く完了する。

 

『ハッチが開く! 次が来るぞぉー!』

『遅ぇんだよ! 戦力の逐次投入って愚考を知らねぇのか! 母星に帰ってもう一度お勉強してきやがれってんだ!』

『無駄口を叩くな! 見ろ! 本命が来るぞ……ヘクトルだ!!』

『あれがヘクトル!? 初めて見た!』

『攻撃が来るぞぉー! 歩兵は戦車の陰に隠れろぉーー!!』

 ヘクトルの持つ、粒子機関砲(ビームマシンガン)が青色の粒子を掃射し、粒子炸裂砲(ビームブラスター)が赤色の粒子榴弾をばら撒き、周囲を猛爆撃によって火の海に変える。

 

『装甲がッ、持たない!! うわぁぁぁーーー!!』

『一機やられた!! くそ! ナメんなよ巨人がぁぁーー!!』

 ニクス一機が前進し、卓越した機動でヘクトルの射線から逃れ、リボルバーカノンを叩き込む。

 

『援護する!』

『いけぇーー! 戦車部隊、砲撃!!』

『火線を集中しろ! ランチャー! 射撃ぃ!!』

 歩兵戦闘車、戦車、歩兵部隊が攻撃を集中する。

 フォーリナー機甲部隊の中では比較的装甲の薄いヘクトルは、踊るように上半身をくねり曲げ、衝撃を逃がそうとするも貫通する砲弾が炸裂し、次々と爆炎を上げ、その体を四散させる。

 

『いけるぞ!! アイツ、思ってたより弱いぞ!!』

『一機撃破ァ! いいぞ! やっちまえ!!』

『油断するな!! また爆発が来るぞ!!』

『赤い砲弾だ!! ぐあああぁぁーーー!!』

『またコンバットフレームが!!』

 横一列だったニクスCが複数撃破され、陣形が崩れ始める。

 戦車に比較し、正面装甲厚が薄く、前面投影面積の大きいコンバットフレームは、立ち回りを失敗すればただの的だ。

 

《――本部より戦闘部隊ぃ! 四つ足との相対距離が1kmを切った! 後退せい! 奴を名古屋市内まで誘引する! コンバットフレーム隊、殿を務めい!》

 

『こちらコンバットフレーム隊! 了解!! 戦車と歩兵を温存させる! 各機、戦闘機動! 脚を止めるなよ! 戦車に出来ない三次元機動で目にもの見せてやれ!』

『『サー! イエッサー!!』』

 

 数機が撃破されているものの、まだ数個中隊程も戦力はある。

 福岡の第14師団が壊滅したという話に、鹿児島第15師団の面々は戦々恐々とし、それらを指揮する第六軍団は第15師団の大半の戦力を一斉に投入する総攻撃体制をとっていた。

 

『うおおおぉぉ!! 喰らえ! 喰らえ!!』

『4時方向! ビルに追い詰めた! 追撃を!!』

『任せろ! おらおらァァ!!』

『くっ、被弾したぁ! 腕部装備喪失!』

『損害が激しい者は後退しろ! 時間は稼いでやる!』

『線路沿い、倉庫の付近に三機! 正面に出るな! 倉庫の裏側から侵入するぞ!』

『まずいッ! 橋の向こうから……ぎゃああぁぁぁ!!』

『ウルフ2、3反応消失! 右翼を固めるぞ! 2機ついて来い!』

『『イエッサー!』』

『ブラスターを持ったヤツに気を付けろ! 爆撃を真正面で受けたら木っ端微塵だぞ!』

『正面に立たなきゃいいんだろ!? 分かってる! 部下の仇だ!』

 

 最新型のニクスCを駆る者たちはその三次元機動力を生かし、跳躍とローラーユニットによる主脚走行で足を止めずに戦闘を行う。

 一見互角だが、ヘクトル群などただの先鋒に過ぎない。

 

『隊長! 歩行要塞が、ガンシップを排出しています! 総数……50、いや100……数え切れません!』

『砲台も起動してる! レーザー砲だ! まずいッ、脚がやられた!!』

 歩行要塞の下部にある六つのレーザー砲が起動し、ある一機を連続で集中照射する。

 一射一射は1秒にも満たない短時間だが、それを機関砲の様に連続照射する事で、装甲に穴を穿った。

 

『援護しろ!』

『間に合わないッ!! 脱出が――うわぁぁぁぁぁ!!』

 ニクスCは炎上し、爆発四散した。

 同時に、ガンシップが群れを成して襲い掛かってくる。

 

『空を覆う数だ!!』

『黙ってやられるか! 全機、ミサイル発射! 撃墜しろ!!』

 ニクスCの右肩には多目的ミサイルポッドが装着されており、40発もの小型ミサイルを発射する事が可能だ。

 小威力のこれは、対ガンシップを意識したもので、まさに絶好のシチュエーションであった。

 

 数機から一斉に放たれたミサイルは、白い尾を引き、不規則な機動を行うガンシップに弧を描くように次々と命中した。

 しかし、要塞からは再びガンシップの排出。

 同時に、巨大生物β型とα型亜種の排出も行われていた。

 

 そしてレーザー砲撃は止まらず、要塞は一歩一歩と接近している。

 まるで雨か雪のように、ミサイル直撃によって墜落するガンシップが次々と地面に降り注いだが、それ以上に上空に浮遊するガンシップが示すように、状況は好転しない。

 

 そしてそれらは、遂に地上に敵意を向けた。

 

『攻撃が来るッ! 後退、後退ぃーー!!』

『ヘクトルが来てる!! まずこっちが――ぐああぁぁーー!!』

 

 ヘクトルに気を取られた一機は、ガンシップからのパルスビームを集中的に喰らい、爆散した。

 機銃掃射のように、上空から赤色のパルスビームが降り注ぐ。

 しかしニクスCは跳躍と主脚走行を混ぜた機動により直撃からは回避。

 同時に、

 

『ニクス部隊を援護しろ!! 撃てぇーーー!!』

 

 KG6ケプラー自走対空砲が対空弾幕を放った。

 対空砲弾が空中で炸裂し、その破片や直撃弾により、加速度的に掃除されていくガンシップ。

 特に回避機動を見せないのは、物量による自信の表れか。

 

『各車輌! 徹甲榴弾一斉射! 目標、各種巨大生物! てぇぇーーー!!』

 

 E551ギガンテス、E552ギガンテスⅡ、E441ヨルムンガンドの戦車三種が一斉に主砲を射撃する。

 とりわけヨルムンガンドの150mm主砲が大きな爆発を起こし、ギガンテスⅡは爆炎と貫通力の二つを以って群れを殲滅する。

 

『助かる! だが、この物量は……!!』

『隊長!! 四つ足が引き離せません!! ――!? 見てください! ダロガです!! 歩行要塞が、ダロガを投下!!』

『よく見ろ、蜂もどきのγ型もだ!! 針の空襲が来るぞ!!』

 

 α型、ヘクトル、ガンシップ、β型、α型亜種に続き、遂に歩行戦車ダロガとγ型が投下された。

 ダロガは重装甲・大火力を持つ強敵だ。

 基本的には戦車でなければ対応は難しい。

 

 逆にγ型は戦車にとって天敵だ。

 薄い上面装甲を針によって撃ち抜かれ、主砲で狙う事は到底不可能だ。

 

『ついに出て来たか……! 各車輌! γ型に気を付けろ! 目標変更! ダロガを一斉射撃!! てぇぇーーー!』

 EDF戦車の砲撃と同時、ダロガも上面を点灯し、粒子砲弾の嵐を叩き込んだ。

 

『凄い砲撃だ!! まずい!! ぐああーーー!!』

 ダロガの斉射によって、一帯はまるで、絨毯爆撃を喰らったかのように爆炎に包まれた。

 そこにヘクトルのビームブラスターの斉射と、粒子機銃弾の雨が降り注ぐ。

 

『くっそぉ! ダロガめ!! 何機残った!?』

『数えるほどしか……! とにかく後退しましょう! このままでは……!』

 数機、爆撃から脱出したニクスC部隊が残存兵力を確認する。

 

『糸!? しまった! 動けない!』

『β型の群れだ!! こんなところに!!』

『囲まれていた!? まずい! 後退できないぞ!!』

 周囲を囲い込む習性にまんまと嵌められ、戦車部隊もβ型によって糸に絡めとられた。

 

『各車輌、誤射に注意し射撃! 撃てぇぇーー!!』

 戦車部隊の援護に回るのは、歩兵戦闘車サーペントだ。

 40mm機関砲を二門備えるサーペントは強力だ。

 しかし。

 

『まずいγ型が来るぞ! γ型を撃て!!』

『勝手に目標を変えるな! そっちは対空砲が担当する! 狙って当てられる奴じゃない!』

『そんな事言われても!! ケプラーはガンシップで手一杯な筈! こっちでやるしか!!』

『スペック上無理だ! いいから弾幕を張って後退する! 戦車部隊! 多少の犠牲は許容するしかない! 強行突破だ!』

『無茶言うな!! こっちは囲まれて身動き取れないんだぞ!』

『!? まずい! 六時方向! α型! 囲まれてる!! 酸の斉射が、装甲が溶ける!?』

『こっちも糸で身動きがとれない!! 履帯が溶かされてる!!』

『あづッ、熱いぃ!! 酸が!! 酸が車内にぃ!!』

『砲塔溶解!! 動かせません!! がふッ!?』

『針の雨が降ってる!! 突き刺されるぞ!? 助けてくれぇーーー!!』

『地獄絵図か……! とにかく撃って一体でも減らせ! 動ける奴はとにかく動け! 直掩の歩兵部隊は何やってる!?』

 

 戦車部隊を援護する歩兵戦闘車サーペント隊だったが、サーペントも巨大生物に取り囲まれ、全滅の危機に瀕していた。

 こう乱戦になってしまえば、強固な装甲も、強力な火力も、圧倒的な走破性も意味を為さない。

 コンバットフレームが対フォーリナー戦で一定の活躍を上げる理由が、ここにあった。

 

 強力な先進歩兵四兵科を見ても、同じことは言える。

 しかし、強みを生かせるのは、練度が合って初めての事だ。

 それを、今までレイドアンカー周辺の掃討を担っていた部隊に任せるのは、少々酷な事であった。

 

「糸、糸が!! 糸が取れないぃーー!!」

「後ろに回られた! いつの間に!? うわぁぁーー!!」

「ちくしょう! コイツら数が多すぎる! こんな数見たこと無いぞ!!」

 

「酸でやられた! ユニット破損!? 助けて!!」

「隊長! 緊急冷却で動きが――きゃああぁぁーー!!」

「冷却管理が間に合わない!? 飛行するにも限界があるか……!」

 

「クソ野郎!! なんて素早い動きだ!! 当たりゃしねぇぞ!!」

「盾を構えろ!! グハッ! 後ろから、針が、……」

「ガンシップまで来やがった!! 凄い数だぞクソッ!!」

 

「航空支援要請! ネレイド! この辺りを掃射してください!」

『任せろ!! ――!? なんだ!? しまった! 糸が絡みついてる!!』

「そんな! だったら、砲撃支援要請は!」

『友軍誤爆の危険が高すぎる。砲撃支援は却下する……』

「くそぉ!! や、やめろ……喰わ、喰われるッ! ぎぃああぁーーー!!!」

 

 先進歩兵部隊も、経験した事のない物量に押されて一方的な壊滅状態だった。

 本来、互いの兵科の得意不得意を補い、背中をカバーしつつ、囲まれないようにもしくは囲いを脱出するように移動しながら攻撃を行うのが鉄則だ。

 

 それを無意識のうちに体得し、実行していた歴戦の第三師団と違い、大規模戦闘に慣れていない第15機甲師団は甚大な被害を被るのも無理は無かった。

 しかし、それを承知の上でも実行しなければいけない作戦であった。

 

『まずい……上を見ろ……!』

『……ちくしょう、四つ足め』

 戦車部隊の一人は悪態を吐く。

 彼の目に最期に移ったのは、体感ゆっくり振り下ろされる歩行要塞の脚だった。

 

 絶大な衝撃と共に、歩行要塞の脚が振り下ろされ、戦車部隊、歩兵戦闘車部隊は踏みつぶされ原型を留めず、土煙に姿を消した。

 皆、即死だろう。

 

 こうして、鹿児島第15機甲師団は壊滅的損害を被った。

 だが、ただの一人も残さず全滅、という訳ではなく、確かに激戦を肌で感じ、生き残った兵士たちは存在した。

 

『後退、後退ぃー!』

『サーペント、弾幕を張れ!! レンジャー隊、ウイングダイバー、側面から迫る巨大生物を排除! フェンサー、ヘクトルを砲撃しろ! 撃破しなくていい、態勢を崩せ!』

『デカい蜂は俺たちニクスに任せろ! リボルバーカノンじゃオーバーキル気味だが、やれなくはない! ケプラーは高高度から掃射するガンシップに弾幕を!』

『こちらエアレイダー・リゲル! 伊勢湾の水上打撃群にミサイル攻撃を要請! まもなく着弾する!!』

『全部隊、決して足を止めるなよ! 四つ足を引きつけつつ、投下される敵に囲まれないように立ち回るんだ!』

 

 そうして稼いだ距離があり、そしてついに、その時は訪れた。

 

《――こちら本部! 四つ足が名古屋(キルゾーン)に入った! 轟雷作戦、第二段階へ移行じゃあ! エアレイダーを派遣し、付近の敵勢力を吹っ飛ばしたのち、歩行要塞に全力砲撃じゃい!! 第15機甲師団の諸君(きさんら)、ようやり負ったのう! ワシらの任務は、無事果たされた。直ちに撤退し、輸送部隊と合流。名古屋埠頭より帰還せえ!!》

 

 ――やがて、現地には後詰めとして待機していたエアレイダーが指示を出し、砲兵隊、空軍、そして沖に鎮座する巡洋艦・駆逐艦・沿海域戦闘艦などのミサイル攻撃により、追っ手のフォーリナー群は一掃された。

 

 味方部隊は完全な退却を開始したが、その戦闘部隊の損害は、実に七割を超えていたそうだ。

 軍事上の壊滅を超える損害だが、残った部隊を再編してまた戦うしか道は残されていない。

 

 そして、彼らの犠牲を無駄にしない為の、真の作戦が始まった。

 

 ――同時刻 伊勢湾内 EDF極東方面軍-第11軍-EDF海軍太平洋連合艦隊-第一艦隊戦艦打撃群-旗艦リヴァイアサン級EDF重戦艦一番艦”リヴァイアサン”-艦橋――

 

 第一艦隊戦艦打撃群は伊勢湾内に布陣完了していた。

 その戦力は、リヴァイアサン級EDF重戦艦一隻、ポセイドン級EDF戦艦二隻、トリトン級EDF重巡二隻、カグツチ級EDFミサイル巡洋艦四隻、アクティウム級EDF対地戦闘艦四隻などから成る対地火力投射を最大に発揮する艦隊だ。

 

 本作戦の総指揮を執ると同時、EDF太平洋連合艦隊の旗艦でもあるEDF重戦艦、リヴァイアサン級一番艦リヴァイアサンの艦橋では、連合艦隊司令官の大城大将、リヴァイアサン艦長の永森中将、砲雷長の佐野大佐が、”その時”を今か今かと待ちわびていた。

 

 現在、EDF水上打撃群によって、精密砲撃や巡航ミサイルなどの対地攻撃を行い、第15機甲師団を襲う残存勢力を叩いている所だ。

 第15機甲師団の完全撤退が完了し次第、戦艦打撃群の全力砲撃が、四足歩行要塞エレフォートに向かう手はずとなっている。

 

 そもそも、わざわざ地上部隊に甚大な被害を与えてまで歩行要塞を名古屋市に誘導したのには理由がある。

 

 現在の巡航ミサイルの射程距離は、一般的には1000km以上はある。

 それに比して、歩行要塞が最初に鎮座していた地点は、戦艦打撃群からおよそ100kmにすら満たない。

 つまり、ミサイルの斉射を浴びせるには十分な距離だが、ミサイルは歩行要塞の対空レーザー砲に撃墜されてしまい、直撃を与えたとしても誘導させるには至らない。

 

 また、ロケットアシスト砲弾であれば、届かせることは出来るが、飛距離が長くなることにより命中精度悪化、運動エネルギーの減少による威力低減、被迎撃リスクの増大など、ネガティブな要素が増える事により、歩行要塞の完全撃破は困難であると計算された。

 

 それを可能にするには、やはり物理的に距離を詰めるしかない。

 そして、距離を詰めるには向こうを誘い出すしかなかったのだ。

 

 現在、歩行要塞は尚南下し、撤退する第15機甲師団を追っている。

 これは第15機甲師団の残存兵力にとっては恐怖も良い所ではあるが、歩行要塞が南下し海沿いに近づけば、それだけ戦艦群が与える砲撃の威力は増大する。

 

 尚、名古屋は一時的の支配下にあったが、作戦開始直前に、トリトン級重巡、アクティウム級対地戦闘艦、戦略爆撃機フォボスなどによる火力投射が行われており、第15機甲師団の収容には問題なかった。

 

 第15機甲師団残存戦力の収容は、港湾跡にパンプバック級EDF汎用輸送艦を付けて対処していた。

 つまり、上手く引き付ければ沿岸まで歩行要塞を誘導する事が可能だ。

 

 しかし現実問題として、第15機甲師団にそこまでの能力は無いと考え、名古屋に侵入した段階で、陽動戦闘は打ち切られた。

 

――――

 

「大城提督。パンプバック級より入電。第15機甲師団の残存兵力、完全収容しました」

『こちら、EDF陸軍、第六軍団作戦本部! 四つ足の完全停止を確認。第一艦隊、只今より、轟雷作戦第三段階に移行! 第一艦隊戦艦打撃群、直ちに砲撃を開始せよ! 繰り返す、直ちに砲撃を開始せよ!!』

 

 作戦を統括する、第六軍団作戦本部の宣言が響き渡り、装填・照準共に合わせていた戦艦群は、遂にその砲門を唸らせる。

 

『全艦隊、目標、四足歩行要塞エレフォート! 主砲弾、撃ち方始めぇぇーーー!!』

 

 瞬間、周辺の海域に鎮座していた黒鉄の砲門が、一斉に火を噴いた。

 飛び出すのは、火薬の力によって押し出され、ロケット推進で加速度を増す50cm級の巨砲弾。

 それはリヴァイアサン級にある三連装四基12門の砲のみならず、その他の艦艇から一斉に放たれたのだ。

 

 真昼の伊勢湾は途端に大火災が起きたのかと錯覚するほどの発砲炎に包まれ、そして同時に、VLSからも巡航ミサイルが次々に飛び立つ。

 

 戦艦、重巡、巡洋艦、駆逐艦から大小さまざまな口径の砲弾が放たれ、ミサイルが飛び立つ。

 安価で火力の高いロケットコンテナ艦からは、大雑把な照準の元大量のロケット弾、中型小型のミサイル群が放物線を描いて一斉に飛んでいく。

 

 それらは全て、一点へ集中するのだ。

 リヴァイアサンの53.3cm主砲弾が、ポセイドンの40.6cm主砲弾が、30cm、20cmクラスの重巡、巡洋艦の主砲弾や戦艦の副砲弾が、歩行要塞に次々と叩き込まれ、運動エネルギーと爆薬により空気を震わせる激しい爆炎が発生し、標的を包み込む。

 

 次にVLSサイロから放たれたライオニックミサイルが、N5巡航ミサイルが、AH高速巡航ミサイルが、尾を引いて歩行要塞へと突入し、胴体に詰め込まれた膨大な高性能爆薬と化学エネルギーによる効率的な破壊を行い、歩行要塞に爆発炎上を次から次へと与え続ける。

 

 従来の対人類戦争ではありえない程の圧倒的な火力投射。

 現在の人類兵器で、この攻撃を一度でも受けきる物体は存在しないだろう。

 

 そんな暴虐を受けた歩行要塞からは、迎撃の対空レーザー砲が作動するが、それの処理能力を圧倒的に超える飽和攻撃に、成す術もない。

 

 だが、レーザー砲は無理でも、歩行要塞には最も警戒すべき武装がある。

 

『歩行要塞、砲塔旋回! こちらを指向!!』

 戦艦打撃群の一隻、重巡トリトン級のオペレーターが声を荒げる。

 

『やらせるな!! 砲塔に集中砲撃!!』

『エネルギー収束率上昇中!! 間に合いません!!』

 空気を無理やり切り裂くような、独特の高音と共に、プラズマ砲弾が放たれた。

 

『向かってきます!!』

『右へ旋回!! 回避しろ!!』

 直後、回避は間に合わず、プラズマ砲弾はトリトン級三番艦アンピトリテに直撃した。

 巨大な火柱と水柱が立ち昇り、船体は真っ二つに砕け、轟沈した。

 

 着弾の瞬間、戦術核級のエネルギーが発生し、辺りは大波が荒れ、舞い上がった海水が雨の様に降り注ぐ。

 

 リヴァイアサンのオペレーターは悲痛な声を上げる。

『アンピトリテ轟沈!! 歩行要塞、第二射充填中!!』

 

『おのれ!! 砲撃を絶やすな!! こうなれば、どちらが先に音を上げるかの根競べだ!! たとえ隣の艦が沈もうとも、決して砲撃の手を緩めるなぁッ!!』

 大城提督は、即座に全艦隊に向け発破を掛け、総員が覚悟を決める。

 

 斉射第二射が放たれた。

 再び、歩行要塞に膨大な量の砲弾・ミサイルが着弾し、要塞周辺は噴火でも起こったかのような黒煙が上がる。

 その中から、巨大な青白い閃光が煌めき、EDF艦隊を狙い撃つ。

 

 狙いはさほど正確ではないが、狙って回避するのは難しい。

 加えて、至近弾であっても巡洋艦クラスでは致命的損傷を受ける。

 何せ、間近で核攻撃を喰らっているようなものなのだから。

 

 着弾と同時に信じられないような水柱が立ち昇り、その海面の尋常ではない揺れにより、艦隊の照準は狂わされる。

 艦内は地震など比較にならない程シャッフルされ、正気を保つのも厳しい状況に置かれながら、彼らも決してあきらめず砲弾を装填、照準固定、砲撃を行った。

 

 なぜならば、既にこの時の為に犠牲になったものが存在するのだから。

 水兵たちは、決してあきらめる訳にはいかなかった。

 

 そんな決死の決意は、着実に歩行要塞に届いている。

 

『歩行要塞エレフォート! 胴体後部から激しい爆発を確認! 敵損傷甚大!!』

『よしッ!! 勝機はこちらにある! 反撃に怯むなッ! このまま沈めるぞ!!』

 

 プラズマ砲弾が、破壊的な音と共に放たれ、艦隊に着弾する。

 それは、歩行要塞も己の身を護る、必死の抵抗にも思えた。

 

 砲弾はリヴァイアサンの間近に着弾し、船体が大きく揺れる。

 

『セプテミオン轟沈ッ!! ダイナロン転覆しますッ!』

『駆逐艦を救助に回せッ! 本艦の被害は!?』

 艦長の永森中将が揺れる船内にしがみつきながら報告を請う。

 

『右舷第二区画、第三区画に大規模な浸水! 右舷三か所の対空砲、基部が融解し動かせません!』

『主砲は!?』

『三基とも健在です! 戦闘続行に支障なし!!』

『装填完了! 再度砲撃しますッ!!』

『最後の最後まで叩き込め!! てぇーーーッ!!』

 再び、53.3cm三連装四基12門の巨砲が火を噴いた。

 

 通常砲弾としては人類史上屈指の威力を誇る砲弾が空中を飛翔し、そして、黒煙を上げる四足歩行要塞に、次々と着弾、対象の姿が確認できなくなるくらいの爆炎を上げる。

 

『提督! 効果確認が困難です!!』

 

 オペレーターに対し、大城提督が、声を張り上げる。

 

『確認など必要ない!! あの四つ足が地に伏し、プラズマ砲の機能停止を確認するまで、ひと時も手を緩めるな!』

 

 リヴァイアサンから主砲、副砲、他の健在な艦艇からも休む間もなく砲弾ミサイルが叩き込まれる。

 かつて、一目標に対しこれほどの火薬量を要する作戦があっただろうか。

 恐らく人類史に名を刻むであろうこの戦いは、華々しい戦艦の圧倒的な攻撃力の前に終結する筈だった。

 

 しかし、フォーリナーという敵勢力は、異常なまでの対応力を以って人類を苦しめて来たという事を、忘れてはならない。

 

『あれは……!? 待ってくださいッ!! 歩行要塞の周囲に、何かを確認!!』

 砲弾の着弾報告と同時に、観測員から報告が上がった。

 促すまでもなく、続報が寄せられる。

 

『砲弾が……。砲弾が防がれました!! 歩行要塞を、光の壁が覆っています!!』

『ひ、光の壁だと!?』

 

 ――自走式防御スクリーン発生装置。

 後にシールドベアラーと呼称される兵器が、要塞内部から出現し、歩行要塞を光の壁で覆ってしまった。

 



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第七十四話 第六軍団長の憂鬱

こんにちは、最近更新が鈍くなっています。

えー、あの、色々あってですね……楽しい事が汗
そんななか書き上げたこの話、えー、あんまし動き無い感じになっていて……
公開しなくてもいいかなって思ったんですが、せっかく時間かけて書いたし、まあ仕事でやってるわけじゃないし好きにやっていいかな、と。

なので簡単に言うと、会議めっちゃ長くなったしなんか新キャラ勝手に出て来た!以上!笑

あ、新キャラ云々に伴い前話の第六軍団長の口調変えてます……(小声


――四日前(4月7日) 大坂 EDF極東方面軍第11軍 対フォーリナー作戦司令本部――

 

「――なに? 榊が倒れおった? ふん、こがな大事な時に……持病の癪でも発動しちょったがか?」

 知らせに苛立ちを隠さない男は、不機嫌そうに会議室の椅子に腰かける。

 

 一目で体育会系と印象付けられる、大柄で強面な男だ。

 180を超える高身長でありながら、筋肉量も相応のものが付いている。

 

 やや濃い目の肌は頭部に覆うものを置かず、綺麗なスキンヘッドが眩しい。

 九州地方の方言を威圧の表情と共に放つのは、九州方面の指揮を握るEDF第11軍第六軍団長の西原虎雄(にしはら とらお)少将だ。

 

 ここ第11軍作戦司令本部では、これから重要な要塞攻略作戦の詳細を煮詰める所だった。

 その会議が始まる直前、ここ日本戦線の事実上のトップの欠席が知らされたのだ。

 

「ま、理由は簡単だ」

 

 呆れ半分、自分の至らなさ半分、といった様子で副司令官の秋元准将が西原少将の横を通り過ぎ、会議室の席に着席する。

 

「おおかた過労だろうよ。事が起こってから、司令は碌な休養を取って無いからな」

 

「ったく……。馬鹿真面目なのは変わっちょらんきに。中将にもなって体調管理も出来んとはのう」

 

 目を伏せて、ぼそりと呟く西原少将。

 彼にとって榊は”元部下”であり、今では上官となったが思う所は変わらない。

 

 西原少将から見て、五つほど年下であった榊玄一は、類い稀(たぐいまれ)なる才覚とカリスマを発揮し、当時中隊長だった西原を抜く勢いで昇進し、やがて同じ陸軍少将となった。

 

 しかしフォーリナー侵略を迎え、東京にあった第11軍司令部は灰燼に帰し、横須賀にいた榊は、臨時で第一軍団の指揮と共に、日本EDF全軍を指揮する第11軍の権力を掌握した。

 

 やがて日本周辺の海空軍も指揮する為中将相当の権力も持ち、名実ともに第11軍司令官の座に座った。

 しかし、西原はそれがまったく気に入らなかった。

 

 同じ中隊に居た頃から二人は何かと馬が合わずに、事あるごとに反目し合っていた。

 それから十数年、今も西原の胸の内には、気に食わない思いが居座っていた。

 

 気合と運の良さだけでホイホイ登り上がった人誑し(たらし)――それが西原の下す榊の評価だった。

 

 榊の不在に少しの動揺を示す会議室だったが、ざわついた空気を老婆の声が一喝する。

 

「お黙り! 玄一のヤツが居ようが居まいが事態は進むんだ。座して待つほど、アタシら愚かじゃないハズだよ。そうだろ? ボウヤ達」

 

 EDF第11軍、東北方面を指揮する第三軍団の指令官、鶴羽准将が通信越しに叱りつける。

 鶴羽清(つるは きよ)――御年76歳の老婆だが、EDF最初期から居る創設メンバーで、階級准将でありながら、EDF第11軍の誰も頭の上がらない、裏のボスである。

 

「清さんの言う通りだ。フォーリナー共は待っちゃくれねェ。さぁ、作戦会議をおっぱじめるか!」

 第11軍作戦司令本部副司令官の秋元准将が代理で場を仕切る。

 

 議題の中心は、やはり四足歩行要塞攻略作戦についてだ。

 先の戦いでは、作戦司令本部の直接指揮のもと第六軍団第14師団(福岡)が攻撃を行い、甚大な被害を被った。

 

 そのことに不服を抱いていた第六軍団長の西原少将は、第15機甲師団(熊本)の部隊を総動員した歩行要塞への二次攻撃を提案した。

 

「四つ足は岐阜県美濃加茂市でまた引き籠りおった。奴はまたプラズマ砲の修復に勤しむ腹じゃろう。それをワシの部隊で誘い込む。歩兵部隊が主導の作戦などとっくに時代遅れじゃき! ワシの機甲部隊で奴の目を覚まさせ、海岸まで誘導しちゃる! 異論はあっか!?」

 

 些か以上に怒気を混ぜた声を発し、場を威嚇する。

 だが、そこは皆歴戦の第11軍トップたち。

 萎縮せず議論は進み、作戦参謀長の永崎中佐が眼鏡をくいと上げる。

 

「えー、貴方は榊中将が歩兵部隊に重きを置いていた理由を知らないようですねぇ?」

 

 軽薄な物言いに、西原少将はギロリと永崎中佐を睨み見、無言で先を促す。

 

「確かに機甲部隊の火力と機動力は頼りになります。しかしながら、巨大生物を始めとするフォーリナー戦力への効果的運用は中々に難しい。今回の歩行要塞への誘導に限ってみてもそう言えます。理由は簡単。敵の火力と物量、機動力がこちらを上回っているからです」

 

 永崎中佐のねっとりと吐き出すような説明に、西原少将が苛つく。

 

「回りくどいんちゃ貴様(きさん)は。ハッキリ言え」

 

「では結論を。図体の大きく小回りが利かない機甲部隊は、歩行要塞からの対地レーザーで狙い撃ちにされるでしょう。足の速く小回りの利く巨大生物や、その他のフォーリナー複数種への複合攻撃には、機甲部隊だけでは太刀打ちできません。コンバットフレームだけは細かな三次元機動で包囲から抜け出すことは出来るでしょうが、如何せん装甲が薄い。関節に酸を受けて機能不全にでもなれば。目も当てられませんねぇ」

 

「そんな事は分かっちょるき!! 弱点を補う随伴歩兵を知っちょらんか!?」

 

「貴方こそ、対フォーリナー戦に於いて機甲部隊がどれ程劣悪な被撃破率を記録しているか、データを参照した方がいいんじゃないですかぁ?」

 

「ワシの機甲部隊を用済みっちゅーがか!?」

 

「より効果的な形で運用されるべき、と言っているんですよぉ!」

  

「――お止し!! 見苦しいよバカタレッ!!」

 

 西原少将は元より、嫌味さを崩さなかった永崎中佐までヒートアップし、鶴羽准将の喝が入る。

 

「ったく何時からここは小学校になったんだい! しっかりおし!! ……永崎や、仮に西原を動かさないとしたら、誰を向かわせるつもりかえ?」

 

 鶴羽准将の鋭い目つきに冷や水を浴びせられたように、冷静さを取り戻した永崎中佐が答える。

 

「……岐阜市で戦闘中の部隊を抽出して向かわせるつもりです。榊中将が倒れたのであれば、総指揮は松浦少将が適任かと」

 

 永崎中佐に名指しされた、松浦少将が目を向ける。

 松浦泰一郎(まつうら やすいちろう)少将――中部四国地方の部隊を指揮下に置く、第四軍団長である。

 四角い縁の眼鏡をかけた、神経質そうな男性だ。

 一切の汚れと皺の無い軍服を身に着け、黒い前髪を後ろに撫でつけて纏めている。

 

 現在岐阜県岐阜市では、本巣市から移動した巨大生物群の迎撃戦闘が行われていた。

 そこの戦闘域を指揮しているのが、松浦少将率いる第四軍団だ。

 ここを抜かれると、歩行要塞の側面に出てくるため、誘導作戦の為には重要なポイントだ。

 

「まあ、そう来るだろうとは思った。……作戦司令本部の命令であれば早急に。しかし、事態は急を要すのだろう? 戦闘中の部隊から戦力を抽出して、再編成後に歩行要塞に突撃させることが、どれほど困難か分からん訳では無かろう。……それは、悪手だぞ?」

 

 キレのいい声を発しながら目を細める。

 それだけで威嚇が十分に伝わるが、目を向けられた永崎中佐はどこ吹く風だ。

 

「松浦少将こそ、今後の作戦をお忘れですかなぁ? 歩行要塞を撃破し、エルギヌスを無力化した後は、関東奪還の為の大反抗作戦を予定している筈です。そのために、機甲師団は温存しておきたいのですよ。……今作戦の要は、戦艦打撃群による砲撃にあります。あと少し、ほんの十数キロの誘導さえ果たせればそれで良し。無情な話ですが、参加した部隊の損害は、必要な犠牲として許容する非情さも必要でしょう」

 

 飽くまで戦略的に、命を数として勘定する永崎中佐も、眼鏡の奥から冷徹な表情を見せる。

 両者に穏やかではない雰囲気が漂う。

 

「ほう? 私の部下に死にに行けと申すか。些か非効率的ではないか?」

 

 やや古風な言い回しながら、剣呑な雰囲気を纏う松浦少将。

 

「嫌ってくれて構いません。ですがこれが、私の考える最も効率的な作戦運用ですので」

 

 機甲部隊運用の為に、歩兵部隊に犠牲となって欲しい。

 そう強要する永崎中佐に難色を示す松浦少将。

 

 その空気をぶち壊したのは、口の悪さに定評のある秋元准将だ。

 

「はん。血も涙もねぇ野郎だ。ま、そりゃオレ達みんなそうか、どう理屈こねくり回しても、命令で部下を死に追いやってんのは変わらねぇ」

 

「秋元准将。……口調」

 

 ぼそりと永崎中佐が口を添える。

 秋元准将はハッと分かりやすい顔をした後、軽く咳払いして目を細め、口調を高級将校モードへ変える。

 

「――永崎中佐。貴方の分析は尤もだ。だが一つだけ欠けている要素があるのが残念だ。第五師団の戦力抽出後の岐阜市はどうする?」

 

 親しみやすい空気が見事に秋元中佐から抜け、ナイフの切っ先の様な雰囲気が永崎中佐を襲う。

 しかし質問の意図は不明だ。

 

「分かりきったことを聞かないでください。それこそ西原少将の第15機甲師団の向かう先です。度重なる侵攻で荒野となった岐阜市でなら、機甲部隊の火力が生かせます。……それのどこに欠けている要素が?」

 

「あるんだよ。――西原少将。貴方……すでに部下達に用意させているでしょう、四つ足への攻撃を。士気も上々、臨戦態勢、命令あればいつでも実行できますと、違いますかねぇ?」

 

 秋元准将が西原少将を早口で問い詰める。

 その姿は、まるで推理を説く老齢の探偵のようでもあった。

 

 命令が下っていない以上、独断での具体的準備行動は軍規違反に当たる。

 なぜなら、出す命令が変わった時急に違う行動を取れなくなるからだ。

 

 威勢の良かった西原少将が、ここにきて沈黙を選んだ。

 それは当然肯定を示す。

 

 当たっていた事に内心安堵し、それを悟られぬように少しだけ口角を上げて、

 

「いけませんねェ命令を下す前から勝手な行動をしては。……だが、別にこれをそのまま四つ足にぶつけちまえばなんも問題はねえ」

 

 あっさり謎の探偵モードを解除し、永崎中佐に目を向ける。

  

「準備は万端、士気は上々ってな。まああのバケモンへの攻撃だ、恐怖を抱いている者も少なからず居はするだろうが、急に岐阜市への転進を命じたら、せっかく上げたやる気も削げちまうだろうよ。つまり、高まった士気と整った準備を、そのままぶつけてやるのが正解だ」

 

 相性不利は承知の上。

 その上で士気と整備と兵站で任務を達成出来るだろう。

 これはそういう話だった。

 

「馬鹿ですか……。本土奪還作戦への戦力計画に大幅な狂いが」

 

「おっと、それについても考えがある。榊司令に口止めされてるんでな、ホントはこれを言うのもダメなんだが……まあ色々と考えてるから心配するな」

 

 ここにきて素の適当加減がにじみ出たことに、永崎中佐は辟易と返す。

 

「そんな適当な……。まったく、榊司令が起き上がったら文句の二三詰め寄らないと納得できませんよ」

 

 榊司令と秋元副司令で悪だくみ。

 そんな事が本当にありそうで恐ろしいが、話さないという事は複雑かつ、結果が読み辛い方法なのだろう。

 だとしても、”まともな”軍人である永崎中佐には到底納得できない話だが、会議は進行する。

 

「分からん話をごちゃごちゃと。ともかく、誘導作戦はワシの第15機甲師団がやるっちゅう事で決まったな?」

 

「……非常に不本意ですがね。言っておきますが、明確な証拠を押さえられれば、貴方を軍法で裁く事も不可能ではないのですよ?」

 

「ハッ! 言っちょれ。ワシの判断が間違っとったとは思わんき。松浦もそう思っちょるやろ?」

 

「結果論だな。確かに、これで部隊を無駄に動かす必要は無くなったが、一方で機甲部隊の損害を少しでも減らす責務が貴方に生まれる。命令違反ギリギリを攻めたのだ。自信はあるんだろうな?」

 

「何を当たり前のことを言うちょる。部下の命は端から全て背負っちょる。ワシの首なんぞ、気に食わんならいつでも差し出して構わんが、少なくとも腰抜けのきさんにゃあ部下を任せたくは無いのう」

 

 同意を求めただけのはずが、スタンスの違いで今度は松浦少将と西原少将が睨み合いを始める。

 

「やれやれ……秋元准将。一つだけ聞かせてください。榊司令が言うその考えとは、第15機甲師団の戦力半減を確実に帳消しにするものですか?」

 

 今後の主力と予定していた機甲部隊の損害を気にし、せめて安心できる回答を。

 そう永崎中佐は安心できる答えを期待したが、秋元准将は顔を歪めて吐き捨てるように、

 

「確実だって? ハッ! この世に確実な話なんてあるかよ。どれもこれも綱渡りばっかでやんなるくれぇだ。……だが、私も、榊も、この場の誰も、日本を諦めてる奴は居ないだろう? そういう事だ」

 

 最後は言葉を引き締め、厳正な副司令官の顔を見せる。

 その言葉に、永崎中佐は頭を抱えながら、尤もですとだけ呟いた。

 

「ふん、大方予想は付くがコソコソと気に食わんのう。とにかく、作戦の総指揮はワシが執る! 空軍と海軍の一部指揮権も貰う! そうと決まりゃあ悠長に会議などしてる場合じゃないき、ワシは現場に戻る!」

 

「お待ち!」

 

 すぐに会議室から出ようとした西原少将を止めたのは、映像越しの鶴羽准将だ。

 

「バゥ・ロードを撃破した人物の名は知っているかえ?」

 鶴羽准将の質問に、西原少将は辟易とした態度で答える。

 

「……またその話か。まさかアンタまで当てられてるとはのう。知らんし、興味も無い。歩兵一人の力など微々たるモンじゃき、考えるまでもあらん。アレの重要なファクターは、重戦車タイタンじゃと、浮かれて騒ぎよる奴らに何度も言うちょる。それ以上も以下もあるもんか」

 

 バゥ・ロード撃破は、たった一人の兵士によって行われたという噂が、日本のみならず世界中で話題になっている。

 記録では、最後の最後で止めを刺したのみならず、囮として数時間にわたる足止めを行い、見事五体満足で生還するという偉業を成し遂げている。

 

 しかしながら、ダメージソースの大半は当然重戦車タイタンが役割を果たしており、タイタンが居なくては撃破は不可能だが、青年が居なかったとしても撃破自体は十分可能である、という見方が西原少将だ。

 

「あたしゃソイツの顔も見た事は無いがね、人の力を甘く見るもんじゃないよボウヤ。昔の戦争の常識は捨てな。たった一人の兵士の力が、戦局を大きく変える。そんな希望を、あたしゃ見た気がするよ」

 

 事実、彼が奮闘した事によりバゥ・ロード撃破という偉業が生まれ、それは周辺都市の防衛という結果で戦局が大きく変わっている。

 

「くだらん幻想じゃのう。……任務の成功は約束する。必ず四つ足を名古屋市内へ誘導し、戦艦群の砲撃を成功させちゃる! 必ずじゃ!」

 

 そう言い残して、西原少将は会議室を去った。

 もう止める者はいない。

 ひとまず、歩行要塞攻略の方面は、西原少将に一任する事になった。

 

 結果的に第15機甲師団は、歩行要塞からの対地レーザー照射で狙い撃ちにされる。

 機動力と装甲は歩兵部隊より何倍も優れているが、しかし”当たり判定”――いわゆる投影面積の差は対フォーリナー戦争ではより強く影響し、要するにデカい的は次々と狙い撃ちにされてしまった。

 戦車の前面投影面積の少なさは、歩行要塞程の高度から見れば逆に仇となる。

 

 後に西原少将は機甲部隊の損害と、随伴歩兵部隊の生存力の高さに驚く事になるが、それでも誘導任務自体は完遂した。

 

 そんな西原少将と第15機甲部隊、そして沖に停泊し全力砲撃をお見舞いした戦艦打撃群は、敵の新たなる一手に絶望する。




はいここで問題の西原少将の九州方面の方言について弁明。

はっきり言うと方言はテキトーです!
こんな感じかな?って言うのと方言変換サイトみたいなので変換しつつ、イメージにそぐわない野暮ったい感じの言葉は省いてみたらなんかオリジナル方言みたいになってましたw

ここは違うんじゃない? 九州の方言ではこんなこと言わない。北九州弁と熊本弁が混ざっていて気持ち悪い。などなどのご意見ありましたらどうぞ感想欄へ。
ただ、直すかどうかは確約出来ないのでどうか勘弁下さい……。

まあ創作なんでね、いざとなったらキャラに合わせて方言の一つや二つ作り変えて見せますよ(詭弁)。

☆登場人物紹介!!
※ノリで書いたので殆どフレーバーテキスト状態になっており、設定を本編に組み合わせる事はほぼ不可能どころか、再登場もハッキリ決まっている訳ではないのであしからず!(でもこういうの考えるの楽しい)


西原虎雄(にしはら とらお)(54)
 EDF第11軍-第六軍団(九州)司令官を務める。
 階級は陸軍少将。
 九州方面の方言を操り、やや気難しく情に厚い九州男児。
 180を超える長身と、鍛え上げられた肉体を持つ強面の男。
 スキンヘッドで、誰に対しても威圧的だが意見は聞く。
 自分の機甲部隊に誇りを持っており、歩兵主体の作戦を時代遅れと揶揄する。
 昔の中隊長時代は榊を部下に持っていたが、度重なる衝突があり仲は良くなかった。
 その上、有能な榊は西原を追い越す勢いで昇進し、そしてアイアンウォール作戦の前に中将に昇進した榊は、西原の階級を追い抜いた。
 九州男児と聞くと酒にもめっぽう強そうだが、実は強がる割には弱く、良く榊と飲み比べをしては負けていた。
 そしてその事もしっかり根に持っている。

鶴羽清(つるは きよ)(76)
 EDF第11軍-第三軍団(東北)司令官を務める。
 階級は准将。
 EDF最初期から居る創設メンバーで、敢えて准将という肩書に居るも、第11軍の誰も頭の上がらない、裏のボス。
 同世代としては、海軍の大城提督と、空軍の渡中将が第11軍では古参メンバーとして知られている。
 その為大半の人間をボウヤか嬢ちゃん呼ばわりし、子ども扱いする。
 軍人としては、東北地方を蹂躙している雷獣エルギヌスに対し、天才的な采配で被害を最小限にとどめつつ、地形と罠を活用し侵攻を妨害した。
 御年76歳になるが腰は曲がっておらず、更に太極拳を会得している等衰えは無い。
 夜ひったくりに遭った時は自ら犯人を捻じ伏せたとか。

松浦泰一郎(まつうら やすいちろう)(51)
 第11軍-第四軍団(中国地方)司令官。
 階級は少将。
 四角い縁の眼鏡をかけた、神経質そうな男性。
 一切の汚れと皺の無い軍服を身に着け、黒い前髪を後ろに撫でつけて纏めている。
 謹厳実直で、やや古風な言い回しをするいかにも固い男。
 笑顔を見せる事は極めて少なく、冗談も交わさない。
 全てにおいて効率を重視する男で、私生活でも無駄だと思った事は極力しない。
 その性格が災いし友達には恵まれなかったが、なんと結婚しており、二人の子供がいる。
 周囲の人間から見れば「一体どういうことか分からない」そうだ。

※以下、以前の忘れていた人物紹介


須賀幹也(すが みきや)(37)
 EDF陸軍第一軍団-第三師団(横須賀)-第一陸戦歩兵大隊の指揮官。
 仙崎の所属する大隊の大隊長であり、階級は少佐。
 理知的で、思わず背筋を正すような張りのある美声を持つ。
 姿も声の印象と遜色なく、長身に切れ長の瞳で、縁の無い華奢だが聡明な印象をプラスする眼鏡をかけた、鋭い印象の男性。
 綺麗好きで、彼の仕事場である大隊本部は軍団内部でも屈指の綺麗さで、埃一つなく、書類も常に整頓されている。
 パズルゲーム系が大好きで、実はとあるパズルゲームの日本記録を保持しているとかいないとか。

富山紘子(とみやま ひろこ)(39)
 EDF陸軍第一軍団-第三師団-第14支援航空大隊-第六攻撃ヘリ中隊”サイクロン”の中隊長。
 階級は大尉。
 筋肉質で小麦色の肌、赤みがかった癖毛の茶髪を背中まで伸ばす姉御肌の女傑。
 容姿の印象に違わず性格も豪快で、日本酒一升瓶も容易く飲み干す程の酒豪。
 既婚者であり、案の定と言うか想像通りというか、やはり旦那は尻に敷かれているそうな。
 完全に余談だが、旦那は防衛省の官僚だったが、奇跡的に地方での仕事の日にフォーリナー襲撃を喰らい、生還している。
 その後京都の日本臨時政府の一員として自衛隊の舵取りを行うが、間もなく陥落判定を受け苦渋の決断でマレーシアの亡命政権へ移動した。
 マレーシアにも多くの日本国民が難民として受け入れられている事から、防衛省官僚として難民キャンプ、そしてマレーシア国土自体を防衛する事が、国民の保護に繋がるとして、日夜現場と防衛省、臨時政府と現地政府、自衛隊とマレーシア軍、EDFと自衛隊の橋渡しに奔走している。
 そんな旦那に恥じぬよう、寂しく思いつつ、神がかった腕前で地上兵士たちを日夜援護している。
 サイクロンの富山紘子と言えば、EDF第11軍内ではエースパイロットとして真っ先に名前が挙がるくらいには、有名であり、命を助けられた人間も多い。


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第七十五話 苦境の要塞攻略と、轟炎の巨獣上陸

――4月11日 EDF第11軍 第六軍団作戦本部――

 

「ひ、光の壁じゃと……!?」

 

 通信と、スカウト部隊による映像を見た西原少将は驚愕する。

 映像からは、幾重にも複雑に重なる”光の壁”が、戦艦群による砲撃を完全に阻んでいた。

 

「おのれ……!! 構うなッ! 砲撃を続行せいッ!! ダメージを与え続ければ、光の壁を突破出来る筈じゃ!! そうでなけりゃあならん!!」

 

 西原少将は額に汗を浮かべながら、必死の思いで命令を発する。

 命令を受け取った戦艦打撃群は、再度全力砲撃を叩き込む。

 

 しかし――。

 

『こちら、スカウト7!! 駄目ですッ! 砲撃による効果は一切認められません! 光の壁は無傷です!!』

『本部! 応答願います!! 四つ足のハッチから、未確認の飛行物体が出現ッ!! 銀色に輝く円盤です!!』

 

 光の壁を突破出来ないどころか、新たな新型まで出始めた。

 

 ──その姿はまさに円盤だ。

 四つ足と比較すると小型な円盤状の飛行物体で、複雑な形状であるガンシップに比べ、簡素とも言える。

 

 同様に、一見ガンシップやレイドシップのような白銀の装甲を纏って見えるが、すぐにその比では無い事が分かる。

 

 色は白銀どころか完全なる銀色に近く、そして最大の特徴として、周囲の景色を完全に反射する、綺麗に磨かれた鏡のような性質を持っていた。

 

 外周と中央上下にアンテナのように突起が伸びており、それすらも目を凝らせば鏡のようになっている徹底ぶりだ。

 

 排出されるその数は増え続け、これまでのガンシップと同じタイプの量産型であることが推察される。

 鏡のようである事は欺瞞の意味も存在するのか、周囲の景色と溶け合って遠目では数も正確に確認し辛い。

 

「このタイミングで新型じゃと!? ええい構わん! なんかさせる前に砲撃せえッ! 出鼻を挫けフォーリナーめ!!」

 

 先手必勝を地で行く西原少将は、様子見も調査も飛ばして攻撃を命令。

 迅速である事は時に最適解となるが、この場合は失敗であった。

 何故ならば──

 

――伊勢湾内 カグツチ級EDFミサイル巡洋艦-23番艦クラミツハ――

 

「敵新型円盤、移動開始! 総数50超! 約半数が、光の壁を抜けましたッ!」

 

 銀色の小型円盤の半数が歩行要塞から離れ、沖合に鎮座するEDF艦隊へ向かった。

 地上への精密火力支援を終え、状況に応じて戦う力を残していた”クラミツハ”にも十数の円盤が迫る。

 

 大抵のフォーリナーは、射程に優れる種であっても接近する事を好むが、何もしないまま接近するという事は、射程はかなり短い事の証左となる。

 

 少しだけ安堵しつつ、油断せずクラミツハ艦長は声を張り上げる。

「射程はこちらに分があるな……! 全砲門、VLS開け! 照準を四つ足から円盤群中央へ! 自動迎撃起動!」

 

 輸送艦による給弾を終えた224mm単装砲やその他の武装に一斉に火が入り、僅か数秒の後に戦闘態勢へ移行する。

 身構えたクラミツハに迫る銀色の円盤の些細な変化を、オペレーターが総出で分析する。

 だが銀色の円盤は、どの様な機動でどの様な攻撃をするのか、そう思うこちらの予想を斜め上から裏切り、突然形を変えた。

 

「!? 円盤が形を変えた!?」

 オペレーターは思わず口に出す。

 

 円盤は、突如停止し、底面を真正面に回転させ、そして外側を展開し、広く大きくなる。

 

「ふん、まるで鏡だ! 撃ぇーーーッ!!」

 

 その円盤の様子を形容し、クラミツハ艦長は攻撃の隙を与えぬとばかりに命を下す。

 砲弾やミサイルは艦を飛び立ち、円盤群へ直撃コースを飛翔する。

 砲弾は運動エネルギーと化学エネルギーで対象を内部から爆散させ、ミサイルはその爆薬で周囲を灰塵と帰せるだろう。

 

 ――しかしそのどちらも効果は現れず、そればかりか直後に艦各所が次々と衝撃と轟音を伴い爆発した。

 

「なんだッ! ――報告しろ!」

「主砲一番、副砲三番爆発により大破! 主砲二番、基部中破、砲塔旋回不可能! 主装甲、一部が二層まで融解!!」

 クラミツハは甚大な被害を被る。

 

「敵の反撃か!? どうなっている!?」

 

 敵から、見間違いでなければ何か光線のようなものが見えた。

 しかし、それが反撃だとしても敵の方でミサイルや砲弾の爆発が見えないのはおかしい。

 

 間違いなく命中した筈だったが、仮に外したとしても一切爆炎が上がらないのは何故か。

 答えは艦橋の弾道観測員から伝えられた。

 

「弾が……、我々の砲弾が跳ね返されたんです!!」

「馬鹿な!?」

 

 攻撃の反射。

 それはつまり完全防御とこちらへの反撃を同時に行う完璧な戦闘スタイルだ。

 その常識の無さに一瞬否定から考えてしまった。

 

 だが、フォーリナー相手にもはや常識など通用しないのだ。

 

「敵機直上ーッ!! 突っ込んで──いや、形を変えましたッ!!」

 

 その思考の隙を突いたかのように、鏡のような円盤はクラミツハの真上に移動していた。

 数機が、まるで花でも咲かせるように、一斉に展開し、迎撃火器の正面に躍り出る。

 

「いかん!! 自動迎撃を切れ!! ――ぐわぁッ!!」

 

 クラミツハを酷い衝撃が包む。遅かった。

 

 迎撃に動いたCIWSのヘッジホッグや短距離ミサイルシステムが鏡のような円盤を攻撃し、そしてやはり攻撃は反射され、光線――レーザーとなってクラミツハを破壊する。

 敵接近に反応した迎撃火器類は軒並み沈黙した。

 

「――攻撃中止! 全砲門、撃つな! 撃つなぁーー!!」

『全艦に告げる! 敵新型円盤を攻撃するな! 円盤はこちらの攻撃を反射し、損害を与える! 繰り返す! こちらからは攻撃するな!!』

 

 艦長の命令と、大城提督からの通信は同時だった。

 

 鏡の様な新型円盤は、艦隊の周囲に展開と移動を繰り返す他、歩行要塞周囲にも、護衛するかのように漂い、今もその数を増やしている所だった。

 

――第六軍団作戦本部――

 

「ぐッ……何ちゅう事じゃ……! これでは歩行要塞を攻撃する事が出来んぞ……。ええい忌々しい新型を出してくれるな!! おのれぃ!」

 要塞周囲に攻撃を反射する円盤がいる以上、こちらからの攻撃は反撃と同等になり、向こうにダメージは一切ない。

 詰み、という言葉が西原少将の頭を過ぎり、思わず首を振って正気を取り戻す。

 

「軍団長! 歩行要塞が休止モードに入りました! プラズマ砲の修復が間もなく完了します!!」

 

 こちらが打つ手を迷っている間、あちらは着々と修復を進める。

 修復が完了すれば──最後の生命線、大阪神戸が火に包まれる情景もそう遠くは無い。

 

「分かっておるわい!! こうなれば……沿海域戦闘艦、前進じゃいッ!! 岸ギリギリまで接近し、先進速射砲で精密射撃じゃ! 新型円盤を回避し、歩行要塞のシールドに打撃を与えい!!」

 

「駄目ですッ! 既に一部の艦が独断で行っていますが、新型円盤に阻まれ効果無し!! 反射によって艦隊、攻撃能力を失いつつあります!!」

 

「ミサイルは!? 精密誘導ミサイルでも駄目か!?」

「敵の移動能力は、こちらの誘導性能を大きく上回っている模様!」

「おのれぇッ!! かくなる上は、核攻撃で周辺一帯を吹き飛ばすしか――」

 

「――苦戦しているようですね、西原少将」

 血迷う西原少将の前に訪れたのは、倒れていたという話の榊玄一中将だった。

 わざわざ作戦司令本部ではなく、前線の軍団作戦本部に顔を出したという事は、変化する状況により柔軟に対応する為であろう。

 

「榊!? ようここに顔出せたもんじゃな! 敬語なぞ使うな気色悪い」

 

「ではお言葉に甘えまして。……状況は粗方聞いている。業腹だが、一時四つ足への攻撃を中止せざるを得ない」

 

「プラズマ砲はどうする気じゃ。修復完了まで幾ばくもあらんと聞いちょるが」

 

「どうにもならん。完全修復が終わるまでに、あの光の壁の突破方法を解析しなければな。ただ、奴の巨大プラズマ砲の射程がデータ通り30km程度に収まるのであれば、厄介ではあるが最悪の事態とは言えない。……周辺都市は巨大生物の侵攻によってほぼ壊滅しているからな。ただし、攻略難度は各段に上がる。正面からの突破はまず不可能になる……。それに加え、あの光の壁と新型円盤だ。笑えもしない」

 

「……負けを認めよるか。無力化に失敗すれば、次に大阪や神戸が標的となるじゃろう。極東第一工廠を狙われれば、一溜まりもあらんが」

 

 周辺でまともな都市はそこだけであり、後は殆ど廃墟しか残っていない。

 とは言え、歩行要塞を極東第11軍単独で撃破するにあたって、唯一の希望であった巨大プラズマ砲機能不全というアドバンテージが無くなることは、非常に苦しい。

 海外での撃破例に習い、核攻撃を行うか、玉砕覚悟の突撃を行うか……どちらにしても、日本に明日は無くなると言える。

 巨大プラズマ砲が本来の性能を発揮出来ていない今こそ、撃破の好機だったと言うのに、みすみす逃してしまったのは腹立たしい。

 

 そんな思いを飲み込み、榊は平静を装う。

 

「分かっている。その場合は日本戦線は崩壊に直面しかねない。ここまで我々が善戦出来ているのは、極東最大の第一工廠と、豊かな海底資源のお陰だ。失う事は何としても避けたい。それより、あの新型円盤をどうにかしなければ」

 

 東シナ海の海底資源が無ければ、過去の様に輸入に頼って生きるしかなく、この鎖国の様な状況には持ってこれなかっただろう。

 

「……策はあるがか?」

 西原少将の訛った低い声が榊に問う。

 

「それをこれから分析する。必ず弱点はあるはずだ。……そうでなければ、人類は終わりだからな」

 榊の祈りを込める様な声の直後、女性の声。

 

『司令! 分析結果でました!』

 京都にある作戦司令本部のルアルディ中尉から通信だ。

 榊の返事を待たず、報告を行う。

 

『新型円盤の特殊装甲は、接触した物理運動をエネルギーに変換し、それを任意の確度で反転、エネルギーを発射した位置に放出します』

 

「射手の移動に限らず、撃った弾がそのまま返ってくるという事か。一体どういう原理なんだ……」

 

『原理は詳しく分析してみないと分かりませんが……、不可解な点が』

 

「なんだ?」

 

『撃墜されている機体が多数存在しているのです。特殊装甲を全身に纏う新型円盤ですが、確実に何か撃墜する手段があるようです! 残骸を回収し、分析してみるか、或いは……』

 

「映像解析か。だが、新たな戦闘映像を撮影するのは……」

 

 現状、攻撃は被害に直結する。

 どの程度の精度かは不明だが、戦艦類の被害を確認すると、射手も無事ではいられない事は明白だ。

 細かい報告はまだだが、艦の状態を見るに相当の死傷者が出ている事は間違いない。

 人命と装備の被害は甚大だ。

 

「反射時の映像が欲しいんじゃろ? じゃったらワシらがやっちょるき」

 

 名乗りを上げた西原少将は、軍服を脱ぎ、クローゼットに仕舞った戦闘服(アーマー)に手を掛ける。

 

「犠牲前提の作戦を部下に強いるというのか? いくら何でもそれは……」

 

「分かっちょるわい! しかっと考えとるしワシも出るがな! 命張らんと何が指揮官じゃボケ!」

 

 言い終わるころには、機甲部隊用の簡易なアーマーを着用し終え、いつの間にか戦闘準備は整っていた。

 軍団長ともあろう高級将校が、前線に出る気は十分のようだ。

 

「……ふっ、貴方はそういう人でしたね。その精神に色々学ばされたものですが、今となっては羨ましく思います」

 やや懐かしげに、遠い目をして榊は呟く。

 

 元々、榊の情に厚く現場主義な所は、かつての上官であった西原少将に影響を受けたところだ。

 しかし西原はその精神を部下に受け継がせることを嫌い、有能であった榊には有能な指揮官としての立場を弁えさせるように求めた。

 その結果、すれ違う事も多かったのがこの二人だ。

 

「フン、兵法的にゃぁ愚策じゃが、わしゃ好かん。安心せい、犬死にする気ぁ無か。そうと決まりゃぁすぐやっちょるけぇ、ここはきさんに任すぞ! そん代わり、砲自体の損害は許容せい。わしの砲兵旅団は、この戦いで壊滅すると思え。犠牲を無駄にすることは許さんけん、気張れよ!」

 

「頼む。こちらも最善を尽くそう!」

 

 その台詞に満足した様子もなく、不満げに鼻を鳴らして西原少将は出て行った。

 そんな彼の様子も気にする事無く、榊は通信機に向き直る。

 

「ルアルディ中尉、”光の壁”の方はどうだ? 何か分かったか?」

 

『はい! こちらも映像と観測による簡易的な分析ですがいくつか判明してます。”光の壁”の正体は歩行要塞のフォースフィールドと似たような性質があるみたいです」

 

 フォースフィールドとは、要塞側面と正面に展開している橙色の電磁防壁だ。

 一切の物質の通過を許さず、触れた物質全てを破壊する。

 光学、物理、化学エネルギー全てに強い耐性を持っており、現段階の人類の科学力では突破出来なかった。

 現状、科学力で押し切れた白銀の装甲よりも強固であり、マザーシップの防御力も、このフォースフィールドを応用した技術ではないかとみられている。

 

「とはいえ、少し見ただけでも違う点はいくつもあるので、区別の為、広く展開しているものを暫定的に”防御スクリーン”と呼ばせていただきます。防御スクリーンは、見た目の通り色素は薄く透明に近いです。展開範囲は半球状で極めて広く、発生装置が複数必要ですが歩行要塞全周を殆ど覆っています」

 

「現時点で複数の防御スクリーンが存在する。つまり発生装置が破壊可能だとしても、複数回の破壊工作が必要だという事か……」

 唯一の希望であった、発生装置の破壊が難解だと言うことに声を唸らせる。

 

「みたいです。それと、この防御スクリーンには周囲の物体を破壊する程の力は無いようです。つまり仮定ですが……、原理はともかく、フォースフィールドよりも出力が低く、その分広範囲に展開できるのが特徴かもしれません」

 

「出力が低いというのなら、火力投射で押し切れたりは……」

 

『はい……やって見なければわかりませんが、現実的ではないとは思います、すみません……。それと重要な事がもう一つ、歩行要塞下部から排出された複数個の発生装置ですが、その、”歩く”みたいです』

 

「なに!?」

 

『さっき出て来た防御スクリーン発生装置ですが、歩いて地上のヘクトルやダロガを護るように、防御スクリーンを展開しています』

 

「つまり、必要に応じて攻撃部隊に追従するという事か! 厄介な……! いや待て、装置が移動するというのなら、上手く釣り出して四つ足をがら空きに出来るかも知れない!」

 

『それは……確かに、やってみる価値はあると思います!』

 

 一つの光明が見えたところで、現場に出た西原少将から通信が入った。

 

『こちら第六軍団砲兵旅団じゃけえ! ワシらの準備は完了じゃい! さっさと指示を出せい榊!』

 別に怒っている訳では無いのだが、何も知らない人が聞けば怒髪天に達しているのでは無いかと思う怒声だ。

 

『こちらスカウト6! 安全地帯を確保! 映像記録、可能です!』

 

 軍団作戦本部と第11軍作戦司令本部に映像が繋がった。

 歩行要塞を中心に、幾つもの半球状のシールドが広がり、更に地上の機動兵器群を護るように同じ防御スクリーンが広がる様は、まさに”光の要塞”と形容すべきだった。

 

 榊は作戦開始の号令を出すべく、小さく深呼吸すると、通信機前に立つ。

 

『――作戦司令本部より全部隊へ! 敵の新型が現れた! 敵の新型兵器は二種類! 以後、鏡面円盤を”リクレクター・ドローン”、自走式防御スクリーン発生装置を”シールド・ベアラー”と呼称する!! 新型の二種は四つ足を護り、より辺りを強固な要塞と化している。我々に取れる手はまだ少ない。この二つの新型の特性を分析し、後の勝利に繋げる為の任務を、第六軍団砲兵旅団の諸君らに任す!』

 

 榊の口上が終わり、間髪入れずに西原少将の怒声が無線機に割り込む。

 

『総員傾注じゃあ!! 四つ足に向けて中隊ごとに全力砲撃を叩き込めい!! 撃ったヤツは着弾を確認する前に砲を捨て速攻離れえ! 撃った弾がこちらに跳ね返ってくるけんなあ! 巻き込まれんよう注意するがじゃ! ワシも共に戦うき、きさんら、命張れやあ!!』

 

『『うおおおおおおぉぉぉぉーーー!!』』

 第六軍団砲兵旅団は雄叫びを上げる。

 軍団長と共に戦う彼らの士気は極まっていた。

 

『よし! 総員攻撃開始――』

 榊中将が命令を下そうとした瞬間、広域無線で凶報が割り込む。

 

『――第17観測所より緊急情報ッ!! ソラスが……、巨獣ソラスが舞鶴市長浜へ上陸ッ!! 海上自衛隊舞鶴基地と、EDF第248駐屯基地が壊滅ッ!! まっすぐ、大阪へ向かっているそうです!!』

 

『なんだと!? フォーリナーめ、大手を掛けに来たか!!』

 

『こちらスカウト6!! よ、四つ足が動き出しました!! 巨大プラズマ砲起動!! 西を指向ッ!! 被害想定地域は……――!? ほ、砲身の射線上には、大阪府中心街が含まれていますッ!』

 

『なんだと!? まさか……届くというのか!? あの距離を!! ――まずい!! 京都大阪に残る全ての人員を今すぐシェルターに移せ!! 砲台の修理――いや改造が終わっている可能性がある!!』

 

『これは……!? 周辺区域の全ての巨大生物が活性化!! 要塞周辺の敵陸戦兵器が第六軍団に向け移動開始!』

 

『歩行要塞周辺の機動兵器群が行動開始!! 第六軍団の砲兵陣地へ向かっています!』

 

『次から次へと!! 周辺の全陸戦部隊! 砲兵旅団の前面に展開し、巨大生物から防衛せよ!!  反射に巻き込まれないよう常に移動しつつ敵を迎撃! 砲兵旅団は直ちにリフレクタードローン及びシールドベアラーへの砲撃を開始せよ!! 一刻も早く歩行要塞を墜とさねばならん! スカウト、子細漏れず報告と記録を取れ! 各部隊、ここが正念場だ! 踏ん張れ!』

 

『榊ぃ! ソラスはどうする気じゃ!! ワシらはとても手が回らんが!!』

 ただでさえ困難な状況に拍車がかかり、西原少将も冷静では居られない。

 

『こちらで対処する! 西原少将は前線で指揮を執ってくれ! 映像を解析すれば、必ず光明が見えるはずだ!!』

 

『ちい! 分かっちょる!! そっちゃぁ任せるけん、しっかり気張れや!!』

 西原少将なりの激励を浴びせ、通信は乱暴に切られた。

 

 一方榊中将は超抜級怪生物第一号:巨獣ソラスへの対策に追われる。

 

「舞鶴方面……いや大阪周辺に残っている部隊は!?」

 舞鶴方面の部隊は、ほぼ全滅必至といえる。

 

「ほとんどありません!! 残っているのは一部治療中の傷病兵と数名の隊員待ちの兵士、それと護衛として残っている陸軍数個小隊です!」

 

 四足歩行要塞攻略の為、殆どの戦力を名古屋周辺に集めていた事が仇になった。

 

「殆ど戦力にはならない……! 止むを得ん、四つ足攻略に残しておいた予備戦力を対ソラス戦に投入する! 第一師団、第二師団、第三師団の行動可能な全戦力を投入! 空軍も周辺基地をフル稼働だ! 空爆で奴の脚を止める! ソラス進撃を阻止せよ!!」

 

「し、しかし! ソラスの進撃速度著しく、既に舞鶴市市街地へと侵入しました! 周辺地域には民間人が!」

 

「くッ! 無差別爆撃は出来ない……。元より、海外をさんざん苦しめ、幾つもの街を焦土にしてきた怪物だ。――地獄になるぞ……!」

 

 拳を握りしめ、歯ぎしりする榊中将。

 

 そして、舞台は炎上する舞鶴市街の数分前へと移る……――。



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第七十六話 舞鶴炎獄

――2023年4月11日夜 京都府舞鶴市瀬崎 EDF第17観測所――

 

 EDF第17観測所とは、EDFが各地に設置している観測所だ。

 数えて17番目に出来たその小さな観測所では、夜勤当直の数人が欠伸をしながら機器を見守っていた。

 

『1930、定時報告、定時報告ー』

 通信が入る。

 気怠そうに間延びした中年男性の声だ。

 

「こちら、第17観測所。目視観測、各種レーダー、共に異常なし。どうぞ」

 少し疲れた様子の見える、若い男性の声が答える。

 

『こちらベース248了解。もう4月だが、今夜は冷える。夜風に気を付けろよ』

 

 第17観測所は舞鶴市瀬崎の端にある、旧海上自衛隊瀬崎警備所に作られた、小さな観測所だ。

 その立地から、観測所には常に隙間風が入る。

 

「こちら第17。暖かい味噌汁が飲めるだけマシさ。具無しでもな」

『ふっ、そりゃそうか。前線ではいよいよ、四つ足攻略が始まりそうだ。大艦隊ひっさげて砲撃戦だとよ』

「おー、そいつは豪勢でいいじゃないか。それが終わればいよいよ国土奪還か」

『エルギヌスが居るだろう。まだ気が早ぇよ』

「そうだな……、……」

 

 軽くはない軽口を交わす二人だが、突然押し黙る観測員に、ベース248の通信員が疑問を投げかける。

 

『どうした?』

 何か嫌な予感を感じ、通信員の軽薄さが抜ける。

 

「いや、また妙な振動だ。今日はやけに揺れるな……」

 数時間前から妙な振動を感じており、落ち着かない。

 

『振動センサーの波形は? 巨大生物の地中侵攻かも知れんぞ』

「センサーにおかしな点はない。……しかし大きくなってきたな。ちょっと待て……――海の方か?」

 

 巨大生物の地中侵攻を警戒し、全国に簡易型の振動センサーが敷設されているが、海中はコストパフォーマンスと技術の面から完備されて居ない。

 海洋国家である日本は、警戒すべき海域が多すぎるのだ。

 

『海の方? まさか海底火山かホントの地震なんじゃ――』

 

 その瞬間、観測所に爆裂音が鳴り響いた。

 音の中心は観測所ではないが、辺り一帯に同時に響き渡った壊滅的な音だ。

 

「くっそぉ! なんだ!?」

『第17! 何が起こった! おい!!』

 

 観測員は光景を見て絶句する。

 

「……嘘だろ、あれは……!? ――まずい事になった! あれは、巨獣ソラスだ!! ソラスが発電所付近に上陸ッ!! 繰り返すッ、ソラスが発電所付近に上陸ッ!!」

『ッ!? なんてこった!! 市域全域に緊急避難警報を発令ッ! くそっ最悪だ!! 今舞鶴市に碌な戦力は――』

「――言ってる場合か!! すぐに戦力をかき集めて遅滞戦闘と避難をしないと大変なことに――ッ!! まずいッ! 発電所が!! ソラスが発電所に接近中!!」

 

 関西電力舞鶴発電所は、ソラスの上陸地点のすぐ近くにあった。

 

──関西電力舞鶴発電所──

 

「なんだぁこのサイレンは!?」

「何かあったんだ! 巨大生物か!?」

「EDFの避難警報だ! フォーリナーが来るぞ、逃げろ!!」

 

 職員たちはけたたましく鳴り響く緊急避難警報のサイレンを聞き飛び出すと、暗闇に浮かび上がる巨大な双眸を目にする。

 

「うわぁぁなんだあの怪物は!!」

「巨獣ソラスだ!! 中国の方を暴れ回ってたんじゃないのか!?」

「知るかよ!! 目の前のコレが現実だ! 逃げないと死ぬぞ!!」

「全職員! 直ちに仕事を放棄して避難してください! 急いで!!」

 

 夜間でも稼働する石炭火力発電所の灯りに照らされて浮かび上がるのは、二足歩行の巨獣の岩石の様な皮膚だ。

 

 全長凡そ40mにも上るその巨獣は、敷地内に侵入すると、ボイラーやタービン等がある建屋を突進で破壊した。

 鋼材や機材が飛散し、破片で職員が押し潰される。

 中の職員がどうなったか、言うまでもないだろう。

 

 更に建屋の崩壊と発電中の熱エネルギーが行き場を失い、爆発と火災が発生する。

 

「きゃああああ!!」

「逃げろー!! 巻き込まれるぞ!!」

「助けてーーー!!」

「動けない……行かないで、潰される……!」

「足を挫いた! 誰か、誰かぁ!!」

 

 数歩の突進。

 たったそれだけで発電所は大混乱に陥り、職員に死傷者が溢れる。

 

 しかし、それ以上の惨劇は、直ぐに起こる。

 巨獣ソラスは、口内から煙を吐き出し、体内のガスを集めると、咆哮と共に炎を吐き出したのだ。

 

「火だ!! 火が来るぞぉ!!」

「嫌ああ!! 死にたくない!! 死にたく──」

「終わりか……! 母さん、父さん、どうか無事で──」

「建屋に入れ! 急げ! 急げ!!」

 

 炎――いや既に爆炎と言って差し支えない勢いで吐き出されたそれは、たったの一息で舞鶴発電所の大半を覆い、周囲を昼間の様に、或いはそれ以上に赤く朱く照らした。

 

 噴射された爆炎は、範囲内の全ての建造物・人工物を焼き払い、各所で爆発が起こる。

 巻き込まれた職員は骨も残さず炎上する程の熱を喰らい、恐怖はあっても痛みを感じる間もなくこの世を去った。

 

────

 

 爆炎は発電所を焼き払っただけに留まらず、周辺の木々や森も一斉に焼き尽くし、巨大な森林火災が起こる。

 その様子は第17観測所からもはっきりと見え、その圧倒的な火災に照らされた巨獣ソラスは、まるで映画の一幕に登場する怪物のようであり、根源的な生命の危機を感じ鼓動が早まる。

 

「発電所が、一瞬で……」

 

 舞鶴石炭発電所職員、非常勤含め620名は1人残らず焼却され、発電所跡からはどす黒い煙が立ち上る。

 超高温、広範囲の火炎放射は周囲の木々ごと発電所を焼き払い、辺りの森林は延焼し、手が付けられない。

 

『残念だがどうしようも無い……! 舞鶴市全域に緊急避難警報を発令してる。ベース248から4個戦車中隊と1個陸戦歩兵連隊が出撃した。1個輸送中隊も総出で避難誘導を行ってる。海上自衛隊も数隻護衛艦を出したようだ。だが……、これは……』

 

 言わんとしていることは分かる。

 ソラス撃破どころか、遅滞戦闘すら危うい戦力だ。

 あらゆる思考が、舞鶴市民の大量焼却の結果を避けられないものだと決めつけてしまう。

 

 EDFなら大抵の人間は知っている。

 巨獣ソラスや、その他の怪生物がいかに海外で猛威を振るっていたか。

 

「!? ソラス、陸地から移動開始!! 舞鶴湾に飛び込んだ!!」

『舞鶴市に上陸する気だ……! 戦闘部隊、配置完了! だが……クッ!! 俺たちは──ベース248は徹底抗戦を決めた! 進撃コースから外れている、お前だけでも生き延びるんだ!! ベース248は、玉砕するッ!!』

「ちくしょうッ!! 海上自衛隊と通信を行い、奴の気を少しでも逸らす!! エアレイダー程では無いが、観測基地の役割を果たす!!」

 

 その通信を最後に、ソラスは電力を喪失した舞鶴市に上陸を行った。

 

 巨大な水柱を上げ、大型船舶用に深く掘られた海底から舞鶴港へ飛び上がり、地上に降り立つ。

 それだけで、周囲の建物が崩壊する程の振動が鳴り響き、逃げ惑う人々は転倒し、輸送車両や列車は横転、脱線する。

 大地は裂け割れ、徒歩や民間車輛での移動は困難を極める。

 

 海底から上陸する、たったそれだけで多数の死傷者が現れるが、直後に巨獣ソラスは炎を伴わない純粋な咆哮を上げた。

 避難する人々の鼓膜は爆音で破れ、立つこともままならない目眩を感じ、完全に避難の足が止まる。

 

 上陸の瞬間を狙っていた戦車隊も照準が狂い、唯一の好機が無為に消えた。

 そして、口内に黒煙が溜まる。

 爆炎を伴う火炎放射の前兆だ。

 

『くそおぉ!! やらせるな!! 全車輌、直ちに射撃開始! 射撃開始! 早くしろ!!』

 戦車部隊、砲兵部隊が体勢を立て直し、砲撃開始する。

 暗闇に黒い体表だが、背後の舞鶴発電所の火災を背後にしている為、視認は容易だ。

 

 戦車砲の高速砲弾が直撃し、砲兵の強力な砲弾とミサイルがソラスを爆撃する。

 しかし、40mもの巨体を誇り、頑強な皮膚を持つソラスには、不十分過ぎる反撃だった。

 

 直後、砲爆撃の炎に紛れて、ソラスの爆炎が、市街を薙ぎ払うように放たれた。

 

「火炎放射だ!!」

「まっ、間に合わない!! うわああぁぁぁぁーー!!」

「熱、熱いぃ!! 焼けっ、ぎゃあああーーーー!!!」

 

 ソラスの咆哮と共に放たれた爆炎が、舞鶴市街中心部の全域を覆う。

 

 中心部にあるあらゆる物質が燃え上がり炭化する。

 堅牢な建造物も、頑強なシェルターも、戦車の特殊複合装甲でさえ、瞬時に焼却された。

 唯一、地下シェルターや地下鉄だけ跡形も無くなるのは避けられたが、地下空間は瞬時に1000度以上の焼却炉と化し、やはり中に居た人間は1人たりとも助からなかった。

 

 空気が赤熱し、強力な上昇気流が発生する。

 炎は巻き上がり、一瞬にして巨大な炎の竜巻が数の出来上がる。

 

 このたった一度の炎の咆哮により、東舞鶴駅を中心とする東市街エリアは八割が焼き払われた。

 舞鶴市東市街エリアの人口は、戦線後方地という事もあり、戦争前の舞鶴市全体の人口7万人を超える、10万4千人という過密具合だった。

 

 そのうちの役六割、実に6万人程度が、避難も間に合わず一瞬にして炭化してしまった。

 そして即死を避けられた残りの四割も、中重度の火傷や建造物の崩壊による重傷を負い、行動可能な者は殆どいなくなった。

 

 余りの急な襲撃、そして前回守りきった後方地への奇襲。

 避けられなかったとは言え、その結果は最悪を引き当てた。

 

 だが、それでも更なる災厄を止めるため、人類の反撃が遅れて届く。

 

――EDF第246空軍基地所属 第24航空軍団-第31航空師団-第303攻撃飛行隊-第一飛行小隊”エンパイア”――

 

『こちらエンパイア! 地上ターゲットを視認! バカでかい生物だ……。エアレイダーの指示は待てない、攻撃を開始する!』

『……街全体が燃えている。……地獄の光景だ。許せん』

『上昇気流が激しい! 飛行機動に気を付けないと普通に墜落するぞ!』

『そこは腕の見せ所だろう! 行くぞエンパイアーズ!! 兵器使用自由! 全武装、一気に叩き込んでやれ!!』

『『了解ッ!!』』

 

 エンパイアーズ含め、三個飛行小隊計12機のEDF戦術爆撃機”EB-22K カロン”が高速巡航のまま、航空機用高威力無線誘導爆弾DNG-2や、地中貫通爆弾(バンカーバスター)であるDNG-Bをすれ違いの一瞬で叩き込む。

 すれ違う極僅かな時間に大量投射された火力が炸裂し、猛攻撃にソラスが炎と黒煙に包まれる。

 高速巡航時の瞬間最大火力で他の追随を許さないカロンだが、強力なDNGシリーズのバンカーバスターをもってしても、その装甲と見紛う皮膚には傷がついているようには見えない。

 しかし、

 

『奴が唸っている! 効いたのか!?』

 見間違いでなければ、猛爆撃でソラスが唸り、行動が止まったように見えた。

 

『違いない!! あれだけ叩き込んだんだ!! エンパイアーズ、全機反転! 反復爆撃だ!! 残りの爆弾を全て叩き込んだら、帰還して再度爆撃! その繰り返しで奴をここに縫い付ける!!』

 

 各機が綺麗な弧を描いて反転する。

 ソラスに向かって最高速度に近いくらい双発エンジンを唸らせながら、エンパイアーズや他の飛行隊は、爆弾投下のトリガーを握りしめる。

 

『いや違う! 待ってください!! 奴が煙を吐いています!!』

 しかし、接近する飛行編隊を、ソラスは待ち構えていた。

 

『まずい!! 全機、距離を取れ!! 上空に火炎放射を浴びせる気だ! 狙われているのは俺たちだ!!』

 その意図に気付いた飛行隊だったが、遅かった。

 空気を震わせ、放たれた轟炎の吐息は、急減速も急旋回も不可能なカロン12機を巻き込んでいった。

 

『馬鹿な!! 火炎放射にそんな射程が!? うわああぁぁぁーーー!!』

 

 首を動かし、非常に広範囲に炎を撒き散らす。

 ソラス上空は、一瞬だが太陽よりも煌々と燃え上がる炎の天井が出来上がった。

 対空砲火が雨だとするならば、それは地上から上空に向かう炎の津波に等しい。

 点や線ではなく面で来る迎撃に対し、人類の考案した航空機はあまりに無力であった。

 

──EDF第248駐屯基地 地下非常発令所──

 

「エアベース246所属の航空攻撃隊、二次攻撃部隊も含め全機反応消失!! 航空攻撃は失敗に終わりました! 付近にスクランブル発進可能な戦闘航空部隊、ありません!!」

 

「第262、265戦車中隊、並びに第2師団砲兵連隊壊滅!! 生存者確認できません!!」

 

「陸戦隊、第二陣出撃!! 基地管轄の全歩兵部隊前進ッ!! ソラスの周囲全方位から接近し、背後を取れ!!」

 

「ソラス、県道28号ラインを突破しました! 基地防空砲の射程圏内に侵入!!」

 

「全火器全火砲、集中射撃!! 少しでも、ほんの1秒でもいい! 時間を稼げ!!」

 

 ベース246の地下に収容されていた固定砲と、輸送機用滑走路に展開した自走砲ロケット砲部隊が火力投射を行う。

 幾つもの砲弾ミサイルが尾を引き、飛翔音を響かせ、夜の空を駆け抜けてゆく。

 もはや対フォーリナー戦では珍しくなくなった全力火力投射だが、舞鶴方面に配備されていた兵士たちにとっては、この世の終末を予感させるには十分な非現実的光景だった。

 

 なにせ、以前までの対人類戦争では、このような地形すら変えて尚飽き足りない程の全力砲撃など、必要なかったのだから。

 

「戦車部隊第二陣、砲撃開始! 先進歩兵部隊、全部隊が突撃を開始しました! 機甲部隊及びコンバットフレーム部隊、陽動攻撃を開始!」

 

「エアレイダー“リゲル”より、海自護衛艦“あたご”に通信、グリッド指定火力支援、要請受諾!!」

 

『護衛艦“あたご”よりベース248! 非常事態につきエアレイダーの指示に従う!! 遺憾だが精度より火力投射量を優先する! 付近の部隊を後退させてくれ!!』

 

「こちらベース248本部! 気にしている余裕は無い!! 構わず撃て!!」

 

『ッ……! 日本国民を、祖国防衛の防人達を巻き込みたくはないが……。承知した。――第3護衛隊群分遣隊、全艦撃ち方初めぇーー!!』

 

──海上自衛隊第3護衛隊群分遣隊 護衛艦あたご──

 

「エアレイダー”リゲル”よりグリッド情報受信! 射撃管制装置に情報諸元入力完了!!」

「全艦撃ち方始め! 撃ぇぇーーッ!!」

 

 第三護衛隊群分遣隊の三隻、護衛艦あたご、みょうこう、ふゆづきが一斉に射撃を開始する。

 

 EDF総司令部により日本国の放棄が決定した際、陸海空自衛隊は日本臨時政府の決定に従って全部隊を撤退させた――というのが正式な報告書だ。

 

 しかし、実際はそう綺麗には収まらず、多数の戦力が日本防衛と現地住民の保護を理由に通常の指揮権を逸脱した。

 つまりEDF第11軍と同様、一部の部隊が離反している。

 そのうちの一つが第三護衛隊群の一部であり、自ら勝手に”分遣隊”を名乗っている。

 

 その護国精神あふれる精強な三隻の艦艇が、全力の火力投射を巨獣ソラスに叩き込む。

 

 5インチ単装砲が127mm速射高速砲弾を、VLSがトマホークミサイルや最新の20式対艦誘導弾などの対地・対艦ミサイルをそれぞれ叩き込む。

 

 海上自衛隊を含む各国海軍はフォーリナー襲撃後に迅速なシステム改良を行い、対艦ミサイルを地上大型目標に当てるシステムを最適化していた。

 レイドシップや猛威を振るう各種怪生物など、従来の人類間戦争では概念の無かった陸上大型標的の登場が危惧された為、火力量、装甲突破爆発能力に優れた対艦ミサイルの改良が命題となっていた為だ。

 

 その結果は功を奏し、各戦線で一定の成果を上げており、そして今、艦の保有ミサイルを撃ち切る勢いで発射された数多のミサイルが、動きの遅いソラスに全て命中した。

 

「ぜ、全弾命中!! 爆風により観測困難!!」

「構うな! 撃ち続けろ!! この程度で倒れる奴ではない!! 脚を少しでも止めるんだ!! 我々にできるのは、ただそれだけの――」

「目標の熱源反応極大ッ!! こ、こちらを指向!!」

「市民脱出の時間は稼げたか!? クッ、せめてもう少し距離が取れていればな! 両舷最大戦速!! 後は祈れ!!」

 

 軍人として、軽蔑されるであろう艦長の最後の命令。

 しかし、現実として自身の生存ではなく人類の勝利を願いながら果ててゆくしか彼らには残されていなかった。

 

 それを最後に、ソラスが爆炎の息を吐き出す。

 爆炎は護衛艦に向かって海上を這うようにして突き進む。

 

 速度は恐ろしく速く、海上を進む艦艇を捉えるのは簡単すぎた。

 物体を炎上させるのみならず、その物理的衝撃力で以ってソラスの爆炎は艦隊を襲い、直撃を受けてしまった護衛艦あたごは火薬庫の大爆発と同時に、船体全てを焼き尽くされて轟沈し、黒煙を残し夜の海に姿を消した。

 

――第269陸戦歩兵連隊 第二装甲中隊――

 

 ソラスが海上に向かって咆哮し、爆炎を遠方に投射する。

 その射線上全ての物体は瞬時に焼却され、近づいていた第二装甲中隊も余波を受ける。

 

『ぐああ! 熱ッ! 近づいただけで、なんて熱波だ!』

『攻撃の手を緩めるなぁーーー!!』

『熱で砲弾が誘爆しそうだ!!』

 

 第二装甲中隊は、歩兵戦闘車サーペント、戦闘装甲車グレイプ、高機動武装車ジャガー・アードウルフで主に構成されている装甲戦闘車中隊だ。

 部隊員は熱波で車体のフレームが軋む音を聞きながら、それでも奇跡的に動く武装を総動員して全力射撃を叩き込んでいた。

 

 幾つもの機銃弾や徹甲榴弾、迫撃砲弾や対空高射砲弾、ミサイルや無誘導ロケットが飛翔し、ソラスは爆風で覆われ、周囲の視野も格段に悪くなっていた。

 人類側の攻撃がそれなら、ソラスの火炎は更に視界を遮る。

 周囲の景色全ては炎上し、兵士たちは殆ど火災の渦中に巻き込まれながら戦っていた。

 

『ここは灼熱地獄か!? 第四中隊はどうなった!』

『見るまでもない! あっちは火の海だ!!』

 火力投射の火線が途切れているのが、何よりの証拠だった。

 

『火災旋風に気を付けろ!! 巻き込まれたら装甲車でもひとたまりもないぞ!!』

『言ってる場合か! 既に火事の真っただ中だよクソッタレが! それにどうせ、バケモンの踏みつけと火炎放射で死ぬのがオチだ!』

 

 口では絶望に飲まれぬように、EDF特有の騒がしさを維持している。

 しかし、本心では誰もがもう、自分は生きて帰れないのだと悟っていた。

 それが正しいくらいに、周囲の火炎地獄とソラスの圧倒的絶望は大きかった。

 

『くそおおお!! なんか意味あるのかよこの攻撃はああ!!』

『それでも……たとえ俺たちが倒さなくても、きっと後の誰かがコイツを倒してくれる! そう信じろ!!』

『それって、あんた、あの英雄の事でも信じてるのか!? 奈落の王とかいう奴を、一人で倒したとかいう! 眉唾だろ!』

『さあな! そんな奴でも居て貰わないと、希望がないんでな!』

『火炎放射が終わるぞ! 奴が動く! 地鳴らしに注意しろ!』

 40mもの規格外の巨体は、ただ足踏みするだけで地震と地割れを引き起こす。

 

『うおおお! 凄い振動だ! 歩くだけでこんな――』

 

『――こちら、第15輸送中隊! 舞鶴市民、確認していた七千人を安全圏へ避難させた!! 残る三千人、現在移送中!! ……皆重傷だが、こんなに、助け出せるとは思っていなかった。ありがとう。我々は最後まで生存者の捜索を実行する! 貴方達の挺身に感謝する!!』

 

 輸送中隊隊長が感謝と胸の内をさらけ出す。

 思わず弱音を吐いてしまう程に、舞鶴市街は絶望的な様相の火炎地獄だった。

 

 そんな中、任務で動く輸送中隊のみならず、衛生兵、地元警察や消防救急、果ては行政に携わる政府関係者やEDFと自衛隊の基地勤務事務員まで。

 多くの人間が命を顧みず重傷者の捜索と輸送手伝いを行った結果、多くの無辜の民を救出することが出来た。

 その結果は、命を賭して散った航空爆撃部隊や自衛隊護衛艦、そして今まさに命を懸けているEDF地上戦闘部隊の決死の挺身の結果であった。

 

『……そうか。よかった。我々の命も、無駄では無かったな』

 部隊長の安堵の声が、この場の兵士の心の内を代弁した。

 

『――咆哮が来るぞ! 射撃を集中しろ!! 死ぬ前に全ての弾薬を叩き込め!! 俺たちの最期の足掻きを、侵略者に叩き込んでやれぇぇーー!!』

『『うおおおおおお!! EDF!! EDF!!』』

 

 第二装甲中隊は、持てる弾薬砲弾、そしてその精神の全てを叩き込んだ。

 彼らの最期の火力という名の灯は、すぐにソラスの赤黒い爆炎の咆哮でかき消された。

 

「ああ、クソ、ここまでか……。後は頼んだぜ、まだ見ぬ英雄サンよ……」

 

 英雄の事など眉唾だといった兵士が、最後に願いを託した後、骨も残さず消滅した。

 

――第248駐屯基地 地下非常発令所――

 

「第269陸戦歩兵連隊壊滅!! 護衛艦、三隻全て轟沈しました!!」

「……そうか。海自には損な役回りをさせてしまったな。市民の避難状況は」

「現在第15輸送中隊の奮闘により、凡そ一万人前後が安全圏へ避難完了! しかし、市内には未だ多くの市民が救援を求めており、推定2500人程取り残されていると見ています!」

 

「……よくやった方だ、本当に。皆には頭が下がる……。だが、これ以上は」

 市内の状況の悪化により、輸送部隊や救助に従事する戦力の退避を命令した基地司令官だったが、強い救助続行の声に根負けして全てを任せた。

 その結果最良の結果を引き寄せたが、引き際の時を見失ってしまった。

 恐らく、彼らは己が命ある限り決して救う事を止めないだろう。

 ならば、それを指揮する者が取る行動は――

 

「怪生物ソラス! こちらに進撃!!」

「来たか。もう阻む戦力は無い……! 全力火力投射を続けろ!」

 

 第248駐屯基地の固定武装が火を噴き続ける。

 元々、日本海側の防衛拠点として作られた駐屯基地だ。

 要塞というには貧相だが、固定武装は豊富だ。

 戦艦の主砲を流用した三連装砲塔や、対空火砲、固定連装ロケット砲などが多く装備されていた。

 

 しかし、基地内の砲弾備蓄量はそれほど多くは無く、前線に何度も融通していた為、もう殆ど残っていない。

 何より、そろそろソラスの火炎放射の射程圏内だろう。

 

「よし、ここらで限界だろう。退避する者は……――」

 司令官は基地非常発令所を見渡す。

 ソラス上陸から、ここまで。

 司令官は基地要員に撤退を呼びかけたが、誰一人として基地から逃げ出す者はいなかった。

 むしろ、多くの事務員や整備員など直接戦闘に関わらない者が、避難する市民の手助けを行った。

 

 そして今も――

 

「基地司令。我々は、舞鶴と命を共にする覚悟です」

「そう、か……」

  

 基地司令は帽子を深くかぶった。

 彼らの覚悟を、見くびっていたようだ。

 

「ソラス停止! 火炎放射、来ます!!」

「彼らの覚悟に、敬意を表す。とはいえ、ここも無事でいるかは分からない。総員、覚悟を決めろ!!」

 

 爆炎が、ベース246を焼き尽くす。

 砲も設備も、地上にある物体は全て焼き払われた。

 元々、ベース246はベース228の様に地下設備は充実していない。

 せいぜいが地下発令所と車輛格納庫、それに収容できる迎撃用固定武装のみだ。

 

 地上にあった設備も兵士も、一瞬で全てが焼き尽くされ、炭化して崩れる。

 

 そして地下もまた、無事では済まなかった。

 地下と言っても密閉空間ではない。

 通路や通気口を炎や赤熱した空気が移動し、地中をも熱が伝わり、地下発令所は灼熱地獄となる。

 

 そして、残った地下施設を粉砕しようと、ソラスがベース248の真上に辿り着く。

 

「――ふっ、油断したな巨獣ソラスめ」

 

 灼熱に喘ぐ司令官が起爆スイッチの前に立つ。

 ――それは、人類の叡智の結晶。

 フォーリナー由来技術を取り入れた最先端の科学兵器。

 

 電子励起状態のヘリウムと、エナジージェム中性子変性時の露出型イオタ反応を掛け合わせた最新型電子励起爆薬。

 

 その新爆薬を利用した試作段階の新型爆弾、セレウコス-9が起爆した。

 S-9は偶然数個がここ舞鶴のベース248に保管されており、使用は厳禁とされていたが、司令官は使用を決断した。

 

 S-9は既存の砲弾の威力を遥かに上回るS-2――タイタンのレクイエム砲弾の威力をさらに上げ、戦術核クラスを目指しているがそこまでの威力は今はない。

 

 が、それに匹敵するほどの火力を複数起爆ならば出せる。

 指向性もまだ得られないが、地下格納庫からの爆発により、市街で未だ多くいる市民を巻き添えにしない程度に、S-9を直上のソラスに向け起爆する。

 

「人類の叡智の欠片を、喰らうがいいッ!!」  

 

 司令官は起爆スイッチを押した。

 それが最後の瞬間となり、格納庫で起爆されたS-9は基地全体を巻き込み、激しい爆発を直上のソラスに浴びせた。

 

 ソラスは低い唸り声を上げてよろけるが、中国上海での集中核攻撃にも耐えた驚異の生命力には、特に打撃があったようには見えない。

 

 唯一、体内から漏れ出る熱波だけが、ソラスの存在をより強烈に示していた。 

 

 

 

 ――2023年4月11日。超抜級怪生物第一号:巨獣ソラス、京都府舞鶴市上陸の被害。

 

 民間人:推定8万5千人死亡。

 軍人:推定3千人以上戦死。

 行方不明者:現在集計中。

 生存者:1万2千人余り

 

 巨獣ソラスへの攻撃効果:認められず。

 

 ――EDF極東第11軍は、窮地に立たされた。



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