モモンガさん憑依成り代わりモノ〜ギルド解体を添えて〜 (Apxpux)
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モモンガさん憑依成り代わりモノ〜ギルド解体を添えて〜

────エ・ランテル冒険者組合会議室

 

 かつて国境の重要都市として栄えたエ・ランテルは、今、屍人の闊歩する魔都へと化していた。

 

 エ・ランテルはリ・エスティーゼ王国の東端に位置している都市であり、さらに東にバハルス帝国、南方にはスレイン法国の二国を臨む要衝である。また、至近にアンデッドの巣窟であるカッツェ平野と数多のモンスターの潜む未開の土地トブの大森林があり、そういう意味でも重要な場所だったのだが……往時の栄華を忍ばせるのは、複数枚の巨大な城壁とそれに見合った発展した街並みのみであった。

 

 おそらく住人の喧騒に包まれていたであろう市場の跡には物を言わぬ骨の人形が溢れ、おそらく夜になれば相応の喧騒を見せていたであろう盛場は屍人のうめき声で溢れ、おそらく閑静な高級住宅街であったと思しき場所には不揃いな足音と何やらを引きずる音に塗れていた。

 

 この状況は近隣のアンデッドの巣窟であるカッツェ平野からアンデッド軍団の侵攻があった、というわけではない。秘密結社ズーラーノーンなる組織の一員である、カジット、という人物の三十年の妄執の賜物であり、彼の執念が結実した結果であった。とはいえ彼の本来の目的は達成することができず、今は彼もただひとりの屍人へと成り下がりただ死を振り撒くための人形へと化していた。

 

 

 さて、このエ・ランテルの中で意外と荒れてはいない建物、エ・ランテル冒険者組合内に屍人ではない人影があった。大きめの卓が用意されている会議室の椅子に深く腰掛け、茫洋と視線を彷徨わせる様は微妙に不安を漂わせるところがあるが、この男が屍人ではないことは確かである。

 

 男の風体は左眼側に付けたモノクルに目を惹かれるものはあるが、それ以外はどこかぼんやりとした印象を与える地味めな顔つきに、赤茶けた長めの髪を適当に後ろに回してひとまとめにしている、その辺の町人と変わらない雰囲気であった。が、しかし、見る人が見れば、身に纏うローブがかなりの代物であること。同様に付けている左右で意匠の異なる小手が如何なるものかはともかく、凄まじいマジックアイテムであること。ローブから覗くブーツもただならぬ材質であること。などが推察できるだろう。

 

 男にとっては小手以外のものは聖遺物(レリック)級と称されるアイテム群の中で比較的無難と思われる品を選んだ程度なのだが、例えば彼が今いる建物の元責任者などがその品を知れば感嘆のあまりに唸り声をあげただろう。その元責任者と交流のあった人物なども驚き多大な興味を寄せたかもしれない。とはいえ、その程度だろう。男は男が簡単に用意できる装備と、この土地で一般的に用いられている装備の質の隔たりを知っているし、その差異を考え、珍しくはあるが熱狂されないくらいの装備をわざわざ用意したのだから。

 

 

 この男は、この土地では限られた人物しか知らないユグドラシルというゲームから転移してきたプレイヤーの一人であり、ゲームにおいてはペタウリスタを名乗っていた。しかし、これは作り直したキャラクターの名前であり、これ以前ではモモンガを名乗っていた。こちらはユグドラシルにおいてかつてトップ十ギルドに入ったこともあるPKギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであり、実は中々に有名なプレイヤーでもあったのだ。なおプレイヤー名は鈴木悟。ブラック企業しかないこの時代において営業職としてそれなりに成功を収めていた。

 

 そんな有名さを捨てて、積み上げたものも全て捨てて、新たなアバターを作成する。本来の鈴木悟ならばありえないことだが、この鈴木悟ならばそうする理由がある。なぜなら、彼は何の因果か、『オーバーロード』という既知の作品世界に、主人公である鈴木悟として転生してしまったのだから。

 

 

 

────西暦日本

 

 鈴木悟に憑依転生というべきものをしてしまった彼は、日々を砂を噛むが如き気分で過ごしていた。野垂れ死にをしないために真面目な生活をしていたものの、少し変な子供であったこの鈴木悟にも非常に良くしてくれた母を亡くしてから、いまいち現状維持以上のことをしたいと思わなくなってしまったのだ。真面目に生活していたと前述した通り、投げやりな仕事などしなかったし、できる限り生活面の向上も図ろうとしてはいたのだが……。

 

 そしてそこに飛び込んでくるDMMO-RPGユグドラシルのサービス開始のアナウンス……来たるべき時が来たな、と思いつつ本来の彼のようなことができるだろうか、いやそちらは無視して普通に楽しむべきなのか、そもそもサービス終了時の転移は起きるのか、それ以外にも細々とした多くの葛藤を持ってプレイ開始したが、案外普通に楽しめてしまった。

 

 原作の彼と同じく骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)を選び、モモンガを名乗り、異形種狩りを食らい、たっち・みーに助けられナインズ・オウン・ゴールを結成し、拡大したナインズ・オウン・ゴールをアインズ・ウール・ゴウンへと変え、と本来の鈴木悟、モモンガと同様の流れをいつの間にか作れていた。原作と全く同じ筋道であったかといえば、全く違うだろうと断言もできるが。

 

 ナザリック地下大墳墓を得てトップ十ギルド入りを果たし、プレイヤーによる大規模襲撃を防ぐと原作の通り、ギルドメンバーがぽろぽろとこぼれ落ちるように引退して行った。モモンガはもちろん引き止めなかった。この頃になると筋道は違えど、ゲームで起きる事態があまりにも原作と同様に推移しすぎている、と考えた彼はサービス終了時の転移も起きるのだろうという確信を持っていた。そこで転移を利用してこの世界から脱出することをこれからの目的に据えたので、引退するメンバーが残すアイテムを無条件で確保できることに否は無かった。彼らが引退するということに思うところが無かったか、引き止めたいと思わなかったのか、といえばそうではないのも確かだったが。

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンだけではなく、ユグドラシル全体の過疎化が進みつつあるサービス十一年目も半ばを迎えようする頃に、モモンガは未だギルドに籍を置いているメンバーに向けて一つの提案をした。ナザリック、ひいてはギルド、アインズ・ウール・ゴウンの解体である。

 

 反対は、無かった。この時点で在籍していたメンバーはモモンガを初めとした八人のみであったが、コンスタントにログインしていたのはモモンガのみ。頻度は大分落ちるがそれでも合間を縫ってログインしていたのがヘロヘロのみ。他の六人はほぼ名簿に名前があるだけ、という状況であったのだから当然と言えば当然であった。

 

 アインズ・ウール・ゴウンが保持していたアイテムの山分けについての話も一応したのだが、概ねの品がモモンガとヘロヘロに譲渡されることになった。実際にログインしてプレイしていたのがこの二人しかいなかったし、これを機に完璧に引退するという人が出たのもあってそういう結果になった。モモンガ個人としてはウルベルトには残って欲しかったのだが、他のメンバーも気持ちよく送り出した以上、彼だけ特別に引き止めるのは気が引けた。

 

 結果、元アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは四人を残し、他のメンバーは完全に引退ということになった。残った四人はモモンガ、ヘロヘロ、ペロロンチーノ、タブラ・スマラグディナ、である。とはいえペロロンチーノとタブラの二人は引退していないだけの状態から変化はしなかったようだ。

 

 

 ナザリックを引き払い、アインズ・ウール・ゴウンを解体し、ゲーム内でたった八人しか参加者がいない、ささやかな打ち上げのようなものをしたあと、ヘロヘロがモモンガに対して『せっかくだから今まで触ったことのない職でプレイしてみませんか?』と提案を投げかけてきた。この時は何も考えずにふたつ返事で了承してしまったが、後々聞いてみると大分ヘコんでいるように見えたらしい。実際当時結構なショックを受けていたことは否定できない。

 

 ヘロヘロは原作通りに転職を行っていたが、より余裕のできる職に変わったらしくログイン頻度がかなり頻繁になり、一緒にプレイする機会が増えた。その流れで元ギルドに対する思いとか、今こうして再び協力してプレイができることを嬉しく思っていることとか、このビルド更新していない攻略サイトに載ってるだけあってクソすぎるとか、外装複数設定できる種族って面白いんですねとか、どうせだから名前も変えようと思いますじゃあ私も変えてみましょうかとか、重いと言われそうなことからごく普通にゲームプレイを楽しむことまで約一年の間、充実した生活を送ることができた。

 

 

 そして、サービス終了がアナウンスされてしばらくの後、ヘロヘロも引退を決心した。サービス終了日まであと二ヶ月を切った頃のことである。

 

 ヘロヘロは転職して生活に余裕ができた、とは言ってもこのご時勢、昇進すると急激に多忙になる職が多かった。モモンガはまだ昇進が見えないポジションであったが、今の上司の忙しさも十分見ているので昇進となればユグドラシルを辞めざるを得ないだろうと考えてはいる。まあ繰り返しになるが、モモンガの昇進はまだまだ先の話だろう。はっきりとは口にしなかったがどうやらヘロヘロには昇進の内示が出たようで、ユグドラシルのサービス終了前には昇進できるようだ。それにしてもヘロヘロの評価のされっぷりが凄い。

 

 なんにせよ、モモンガは素直にヘロヘロを祝福し、ヘロヘロは照れくさそうにしながら祝福を受けた。モモンガはここまで来たらサービス終了までユグドラシルに付き合うことを伝え、それを聞いたヘロヘロは手持ちのアイテムを全て譲ってくれた。

 

 アイテム譲渡が終わり、ヘロヘロを見送ったあとの二ヶ月はひどく緩やかに時間が流れていったように思った。何もしていなかったわけではない。時には他の野良プレイヤーと遊んだりもしたし、ただマップを適当にうろつき回ったこともある。やや強めのペナルティがあるとはいえ、人型の外装も利用可能な種族にしていたので気軽に利用できる範囲も増え、それに伴い単独行動も増えたので不意のデスペナを貰わないように慎重に慎重を重ねる必要もあった。

 

 それが楽しくなかったかというと、そういうわけでもない。ただ自分はアインズ・ウール・ゴウンの皆といるのが一番楽しかったのだと気付くのにそれほど時間はかからなかった。きっと、本来の鈴木悟はずっとこういう気持ちを持ってナザリックの維持をしていたのだろうな、としみじみ過ごしつつ、転移のことを考えて必要だと思われるアイテムの作成と購入を行い始めた。

 

 

 サービス終了まであと二週間を切ったあたりで、終了日にはログインできないから、とペロロンチーノとタブラがやってきた。改めて別れを告げ合ったあと、ちょうどCMが打たれ始めていたインド神話をモチーフにしたDMMO-RPGの名前を挙げ、プレイする予定でいることも伝えておいた。

 

 タブラは時間がなあ、と言葉を濁したが、ペロロンチーノはむしろこれに誘いに来たらしく、これがサービス開始する頃には仕事も一段落するので一緒にプレイしましょうと嬉々としていた。喜んで、と返答することに若干の後ろめたさを感じたものの、やはり誘ってくれたことの嬉しさが勝った。とりあえず、これにて元アインズ・ウール・ゴウンのメンバーとユグドラシル内で顔を合わせるのは最後となった。

 

 

 運命のサービス終了日、この日のためにスケジュールの調整を念入りに行った甲斐あって、普段よりも余裕を持ってログインしてゆっくりと最終日の雰囲気を味わうことができた。最早準備は終わっているので新たに何かを買うなどすることもなく、ただふらふらとユグドラシルの中を彷徨い、時に組んで遊んだことを覚えていた人と挨拶をしたり、無意味に食事アイテムを頼んで女将を呼べごっこをして追い出されてみたり、何故か決闘している連中に対して周りと一緒になって野次を飛ばしたりと、普段やらないことばかりやってみた。

 

 そうして時間を潰した後に、最後の刻を迎えるために選んだ場所はヘルヘイム。グレンデラ沼地。今は攻略前の一般ダンジョンに戻ってしまっているナザリック地下大墳墓の前である。

 

 最終日の今日は毒によるダメージも無く、モンスターもノンアクティブと化しているので堂々と沼地の真ん中を歩き、ナザリック前までやってこれた。残り時間は十分を切っている。適当な場所に腰を下ろして、寂れた墳墓を眺めながら静かにユグドラシルで起きた出来事を思い返す。色々と、思い浮かぶことはあったけれど。

 

「楽しかったな……うん。楽しかった」

 

 今、この瞬間は本来の鈴木悟とシンクロしているんじゃないかなとアホなことも考えるが、これが、楽しかったことばかりがユグドラシルにはあった。もちろん嫌なことだってあった。辛いことだってあった。悲しいこともあった。それをひっくるめて楽しかったと言えるなら、やはり楽しいゲームだったんだと確信を持って言える。

 

 つらつらと益体もないことを考えながら、同時にあちらの世界に行ったら何が待っているのか、期待膨らませる。自分は本来のモモンガより遥かに自由に動ける。実力差からするとほとんど、なんだってできる。何をしようか。ああでも原作と同じタイミングに転移するかも分からないのか。やはり最初は情報だな。ゼロからすべてを調べなくてもいいけど調べるべき事は山ほどある。

 

 ちらりと時間を見れば、サービス終了まであと四分。もう少しの間幸せな空想に浸っていられるようだ。しかし、そういう時間は得てして儚く、あっという間に終わりの刻限を迎えてしまった。そもそも四分しかないとは言ってはいけない。

 

 一本だけ購入しておいた花火を打ち上げ、空に咲く大輪を認めてから目を閉じる。

 

「さよなら、ユグドラシル……」

 

 

 

────エ・ランテル

 

 一瞬転移できなかったらどうしようか、という考えが過ぎったが、そんな心配は杞憂だとばかりに転移は起きた。

 

 この鈴木悟の考えとしてだが、転移の判別法として最も有効なのは嗅覚情報ではないかと推察していた。ユグドラシルに実装されていない五感としては味覚と嗅覚が挙げられるが、何かを口に含まないと確信できない味覚より、その場のにおいがあれば即座に転移を疑える嗅覚の方が有効だろう。そのために目を閉じ、鼻、嗅覚に集中する態勢を取ったのだ。

 

 ────そして、鼻に付くのは異臭。何かの腐敗臭なのだろうが、混ざり過ぎて何が何やら分からないにおいが辺りに充満していた。

 

 

 ギョッとした悟は即座に目を開き、遠慮無く飛び込んでくる陽の光に目を細めつついくつかの探知魔法を作動させた。予想通り巨大な、未だ廃墟には遠い街にも関わらず大量のアンデッドが検知できたので、まずは、<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)を発動し、次に隠蔽魔法を発動させながら手近なアンデッドのいない空き家に飛び込んで息を整える。

 

 次いで、自分の身を確認すると、ゲームのアバターとして設定したやや痩躯の人間の姿であり、装備品も最後の時に装備していた物を身に着けていた。狙い通りの状態である。三つある外装全てがしっかりと機能するか、現状の人間体から半人半魔とでも言おうか、人の姿を留めつつも怪物の要素が入り混じった姿に変わる。問題無し。更に完璧に怪物の姿にも変わってみるが、そちらも問題無く変化でき、逆方向の、人間体への変化も恙無く行えることが分かったのでこちらの検証は一旦棚上げとする。

 

(この、街に溢れるアンデッドという状況、まさか、シュガールートか? 国堕とし中に転移したのか……いや、決めつけるのは早計だな。まずは解読用のモノクルを付けて街を回ってみるか)

 

 その前に、と、<遠隔視>(リモート・ビューイング)を上空に飛ばして街の形状を探ることにする。幸い時刻は昼間で天気も非常に良い。上空から下を見るだけで十分な情報が得られるだろう。

 

(そこらかしこに生きていそうにない人型の物体があるが、多重の城壁に、一番外周には巨大な墓地か? 最も内側の部分は大きな建物が多いな。邸宅と、なんだろうな、広い屋根が取られているのは分かるが。それと厳重な警備が敷けそうな構造か。もしかしてエ・ランテルなのか? 死の螺旋を防げなければこういう事態になり得ると思うが)

 

 <遠隔視>(リモート・ビューイング)を解除して隠蔽魔法の状況を確認する。<不可視化>(インヴィジビリティ)も複数の探知妨害系魔法もしっかりとかかっている。ここからいつくかの探知魔法を発動させて周囲のアンデッドの位置を念入りに確認し、手始めに先ほど確認した街の最も内側の城壁内へと向かうことにする。ここがエ・ランテルであろうとなかろうとああいう区画に行けば、最低限この街の情報は手に入るだろう。

 

 探知魔法をかけているとはいえ、念の為に周囲の警戒を怠らずに空き家を出る。遠目に見える蠢くモノに背を向けて、急ぎ足にならない程度の早さで足を踏み出す。

 

(なんか出鼻を挫かれた感じがするな。ここからの作業も楽しくならなそうだし、なんだかなぁ)

 

 

 この街に溢れているアンデッドは概ね低レベルの動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)らしく、<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)により簡単に追い払えるようだ。まさに無人の野を行くが如く、街中を歩いて回れた。ふと彼らがどういう理屈で<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)の効果を受けているのか、少しばかり気になって<遠隔視>(リモート・ビューイング)と合わせて観察してみたが、<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)の効果範囲が近付くと、彼らは意外とスムーズな動作で効果範囲から逃れようと動くのが確認できた。無理に効果範囲内に入れてみると、できる限り急いで効果範囲を出ようという動きを取った。この効果範囲から逃げるような動きからすると、<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)はアンデッドに忌避感や嫌悪感を持たせて退散させるという効果を広範囲に与えるもののようだ。つまり本能に訴える効果を得る結界の類なのだろう。だからこそ、そういった不快感を無視できるような強力なアンデッド、あるいは本能を抑えるものを持つ上位のアンデッドには効き目がないといったあたりか。

 

 まっすぐに中央部に向かわず、このようなやっつけ検証をしながら街中を漁っているが、街中で見かける文字はどれも素のままでは読むことができず、モノクルを通しての解読に頼ることになっていた。

 

 

 <不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)で退散させているとはいえできればアンデッドの少ない方へ、と移動していたらどうも高級志向な宿が並ぶ方面へと来ていたようだ。いくつかの宿を見て回り、残っている荷物を検めて見ると他所の商人のものと思われる書類が出てきて、そこに書かれた内容から原作通りの時間軸辺りに転移してこれたことが確認できた。

 

(リ・エスティーゼ王国、リ・ブルムラシュールからバハルス帝国、アーウィンタールへの手紙、というか小包か、中身は……おいおい、ちょっとクリティカル過ぎるぞ。というかこんなザルな輸送の仕方なのかよ。見なかったことにしようか。いや、燃やしておくか。何かの間違いで発見されると困るだろうしな)

 

 俺はハゲに優しいのだ、などと嘯きながら他の商人の荷物にも手を伸ばしていく。が、八本指関係でまずそうな書類はあったものの国家間で問題になりそうなものは見当たらなかった。ユグドラシルプレイヤー視点での目ぼしい物も無い。しかし、日記を書いていた商人か貴人かは分からないが、とある宿の豪奢な部屋に泊まっていたらしいその人のおかげで、この街がエ・ランテルであることは分かった。やや乱れた字ではあるが墓地からアンデッドが溢れ始めたことまで記されており、ズーラーノーンについても少しだけ触れられていた。日記の最後のおそらく娘に向けてと思われる伝言には少しばかりしんみりとするものがあった。

 

 

 

────エ・ランテル中央部

 

 ブルムラシュー侯の内通の証拠になるブツを焼却処分したあとに高級宿街を後にする。最後の城壁は比較的近くにあるのでほぼ真っすぐに向かい、<飛行>(フライ)を利用して飛び越える。城門にあたる部分はいくらなんでもアンデッドが多すぎるのでこちらが無難だろう。

 

 遥かな記憶によれば、エ・ランテルの中央は行政機関がまとまっていて、ついでに帝国との最前線でもあるので補給品を保存する倉庫も用意されているという設定だったはずである。まあ既にここにも生きている人間はいないし、どうでもいいことだろうが、概ねその情報通りの街並みに見える。

 

死の騎士(デス・ナイト)か……」

 

 こちらに気付いてはいないし、周囲から低レベルのアンデッドたちが逃げようとしているのもまったく気に留めていない、<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)の効かないアンデッドがいた。死の騎士(デス・ナイト)が陣取っているのは、おそらく重要な建物だったのだろう、土塁のようなものや簡易的な壁が建てられた跡があるが、大体の物が破壊され、扉も打ち破られている三階建ての屋敷の前である。

 

 周囲には死の騎士(デス・ナイト)以外特に強めのアンデッドの姿はないため死の騎士(デス・ナイト)は完璧に孤立している。気付かれずに倒すこともできるが、別にわざわざ倒す必要もない。それに、ここがエ・ランテルで死の螺旋を防げなかった結果ならば、まだ死の宝珠を持った黒幕が墓地に陣取っているかもしれないのだ。いちいち死の騎士(デス・ナイト)を撃破できる何者かがいると宣伝する理由もない。そういうわけで、死の騎士(デス・ナイト)は放っておいて破れている窓から二階へと侵入を果たした。

 

 

 二階廊下の様子は想像よりも酷くはなかった、おそらく二階では戦闘が行われなかったのだろう。基本的に破壊の跡は無いが、何か赤黒い色の付くものを引きずった跡はある。まあ気にするほどではない。屋敷内に探知魔法で引っかかる存在がいないことを改めて確認してから周囲を見回す。左側の壁に扉が並ぶ正面に伸びる廊下と、右手側に続く廊下の先に扉があるの見て、まずはまっすぐ前に続く廊下を進み、部屋をしらみ潰しに覗いていくことにする。調査を始める前に、目印としてポーションを足元へ置いて物色を始めた。

 

 最初にはっきりと結論を言うと見るべきものは無かった。何があったのか箇条書きで上げていくと、

 

・侵入した箇所周辺は客室らしく、ベッドを始めとする家具がある程度。

・客室奥は談話室と図書室があったが談話室にはピアノ以外目を引くものはなく、図書室は娯楽本が詰まっていたのみ。

・玄関ホールで激しい戦闘があったらしく、血痕と破壊の跡で酷い状態になっていた。なお一階部分は他も破壊が酷い。

・向かいの棟は屋敷住人のプライベートスペースだったようだが寝室のみ酷く破壊されていた。

・屋根裏への梯子があり、この建物は三階建てではなかった模様。なお屋根裏部屋は使用人室に使っていたようだ。

・書斎があったから今から調べる。

 

 といったところか。

 

 

 書斎を慎重に調査すると、ここはエ・ランテルの都市長パナソレイの屋敷、ではなく、その部下の屋敷だったことが分かる。ありがたいことに筆まめな人物だったらしく、丁寧な文字で書かれた日記とさらに多くの覚え書きが残されていた。

 

 書斎の書類を見ると、エ・ランテル内で保管している物資の配置や移動などに関する報告書などに混じって、不審な物品の検挙・管理や都市衛生についての報告など、地味に多岐に亘る分野に関わっていた事が窺える。城壁外周部の共同墓地に発生するアンデッドについての報告もあり、ここの主人はもう少し掃討を徹底し、墓地内の調査も行うべきと進言もしていたようだが、概ね却下されたと愚痴が書かれている。説得のための根拠が以前赴任していたリ・ロベルではこんな発生の仕方ではなかった、という本人の経験則のみだったから通らなかったのだろうか。

 

(報われなかったとはいえ中々の人物だ。カジットは三十年かけて儀式について煮詰めて、エ・ランテルで事を起こすためにさらに五年だったか? 圧倒的に時間をかけているからな。カジットの方が数枚上手だったということか)

 

 日記と残されている書類を見比べながら読み進めていくと、エ・ランテル最後の日まで大きなことはあまりなく、王と六大貴族に対する愚痴など、鮮血帝のハゲ! 死ね! 的な罵倒など、割と普通の内容ばかりが並んでいた。ハゲは冗談だが。

 

 エ・ランテル最後の日の日記は名指しでズーラーノーンの仕業とはっきり書かれていた。ンフィーレア少年が誘拐され行方不明であるという情報も挙がっており、必要な情報はちゃんと都市を治める側に伝わっていたようだ。ここの主人と同じくそれは特に報われなかったようだが。

 

 

 ついでに重要なこととしてパナソレイがちょうどエ・ランテルを留守にしていたタイミングでの事件発生であったため、彼が総指揮を執る羽目になったと震えた字で記されていた。ここからは覚え書きのみになるが、最初は十分対抗できていたようだ。なにせ死の螺旋のために使用する<死者の軍勢>(アンデス・アーミー)は低位のアンデッドを多量に召喚する魔法だから、普通の動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)などがメインとなり、これらはそれなりの実力者なら大して気にするほどの強さではない。ただし、それが数千となればどうかな、というのが<死者の軍勢>(アンデス・アーミー)の特長だ。ユグドラシルならば、はいはい雑魚雑魚で終わるがこちらの世界ではたまったものではなかっただろう。

 

 情勢が変わったのは死霊(レイス)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が混じるようになり、アインザック指揮下の冒険者たちだけでは抑えきれなくなってきた辺りのようだ。それまで冒険者は掃討優先だったものを脅威になるものを優先的に倒す方針にし、衛兵を通常の動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)への牽制に回してとりあえずの均衡を作り上げたが……顔を上げて玄関のある方向を見る。そう、そこに死の騎士(デス・ナイト)がやってきたのだ。

 

 この世界では最上級とされるアダマンタイト級冒険者のチームがようやく撃破できる怪物を、それより遥かに劣るミスリル級程度の冒険者がどうにかできるわけもなく、死の騎士(デス・ナイト)の登場からは雪崩を打つように防衛線が突破され、防衛していた側がアンデッドとして防衛側を襲う側に周り、という連鎖の結果あっという間に都市中央部以外が落とされてしまったようだ。

 

 おそらく最後のものと思われるメモにはパナソレイに対する謝罪と、妻子は屋根裏部屋へ隠したのでこれを読んだ人は助けてやって欲しいという伝言が書かれていたが、屋根裏部屋には死体の一つも無く、寝室が破壊されているのを見ると、最早手遅れだろう。

 

 

<保存>(プリザベイション)

 

 遺書となる覚え書きと死の螺旋事件に関する各書類を一つの箱にまとめて入れて、保存魔法をかける。やはり最後までちゃんと戦った人のことは、誰かの記憶に残ってほしいと思う。だから劣化を防ぐ魔法をかけ、目立つように書斎の机の上に置いておく。自分で持っていくようなことはしないが、いつか誰かが発見してくれることを願って。

 

 

 先ほどの屋敷の一階は破壊が酷く、あまり調べる必要性も感じなかったので目印として置いたポーションを回収後すぐに辞して、冒険者組合を目指すことにする。パナソレイの屋敷も調べようかと思ったが、考えてみればこうなった時にパナソレイは留守だったのだから事件に関して分かることは少なそうだと思い取り止めた。政治状況などは深入りする気が無い以上あまり探り過ぎるのもいかがなものか。覚え書きでさらっと理解できた程度だが、まずはそれでいいだろう。

 

 王国上層部の派閥関係は原作通りではあるが、原作と違いナザリックが当該の時期に転移しなかったことにより王国の状態はかなりの差異が生じているようだ。具体的には開拓村はカルネ村まで含めてごくわずかな生き残りを残して全滅。同時に戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺は完遂されたらしく行方不明。死体すら発見されていないのは復活魔法を危惧してのことだろう。そしてここエ・ランテルは死の螺旋により壊滅。魔樹ザイトルクワエの情報が一切無いのが気になるが、まだ目覚めていないか、法国が確保あるいは撃破しているか、その辺りだろう。

 

(大穴、魔樹ザイトルクワエは樹精ピニスンに惚れて愛に目覚めてしまった! ……冗談はおいておくとして、確認が必要だな。戦ったところで負けは無いだろうが、王国領内で遊んでいたら脇から殴られるとか遠慮願いたいしな)

 

 

 

────エ・ランテル冒険者組合

 

 頭の中でアホな事を考えつつ歩を進め、エ・ランテル冒険者組合までやってきたが、意外にもここは綺麗な状態で残っていた。都市中央部で見た覚え書きからすると、組合長であるアインザックが自ら前線に出て指揮を執っていたようだし職員らも同様に出払っていて、ここでは戦闘は起きなかったのだろう。冒険者は当然出撃していていなかっただろうし、考えてみればここが綺麗なままのは順当か。

 

(おかげで俺が欲しい情報が残っている可能性も高いな。ありがたいことだ)

 

 しっかりと探知魔法をかけてから組合内に侵入し、あるならば、と資料室のようなところを探す。欲しいのは周辺の情報だ。それも生息しているモンスターや植生、既に探索されている範囲や逆に不明とされている地域の情報も欲しい。どうしてその地域は不明とされているのか、純粋に遠い? 強力なモンスターが出現する? 地形的問題? 色々と原因はあるだろうがどれも自分なら突破できること間違いない。それでも全くの情報無しで突っ込むのはどうかと思う。

 

 探索の結果、資料室は見つけたが馬鹿みたいに狭い。なので長方形の大型の卓が用意された会議室に必要そうな資料を移動させて閲覧することにする。アインザックの執務室らしき部屋にもいくつか興味を引く報告書が残っていたのでそちらも運びこむ。結果、卓を埋めるほどではないが、そこそこの山がいくつか作られることになった。

 

(まずは地図と合わせて探索状況を確認するか。しかし大雑把すぎる地図だなコイツは……もう少し細かい奴は、と、アインザックの部屋にあったこれだな。ああペンを用意しないといけないな。ここの備え付けは……インクを付けて書くタイプか、これは使った事無いし、練習が必要か。いや待て<上位道具創造>(クリエイト・グレーター・アイテム)を使ってボールペンモドキを作ってみればいいか。ボールペンの構造は……)

 

 なおボールペンモドキを作るのに数時間かけても上手く行かずにブチ切れて、この後は調査も何もなく終わったことと、アインザックの執務室に万年筆に近い物があることを明記しておきたい。

 

 

 さて、不貞寝をした明くる日、インクの付け過ぎやら逆に不足などに陥りつつも、ある程度スムーズに付けペンの利用ができるようになったところで調査再開である。

 

(一応振り仮名を振っておくべきだな。法国の人員に見せるのはプレイヤーバレの可能性を考えるとまずいかもしれないが、他なら文字が違う文化圏の話の種にもなるし……しかしあれだな。街道沿いのモンスター掃討が多すぎないか? 原作でも言われていたがモンスター専門の傭兵に近いのは確かか。アテが外れた気がしてきたがまあこれも大事な情報だ。しっかり書き写しておこう)

 

 エ・ランテル所属の冒険者の活動範囲は案外広く、東はカッツェ平野の王国・帝国共同で作成した街より向こうまで出張ることもあったようだ。西はエ・ペスペルとエ・レエブルまで、南はあまり広くはなく法国手前程度まで、北はトブの大森林まで、と、そういう範囲で活動していたようだ。それと、ここのミスリル級冒険者はトブの大森林の浅いところまでならばちょくちょく入り込んで調査をしていたらしい。カルネ村を始めとした開拓村を宿として利用し、採集とモンスターの討伐を行った報告がいくつかあった。

 

 エ・ランテルの冒険者のレベルは低くはないが、抜きん出たものがいないこともあってかそれほど高くもない。これはペタウリスタを名乗る鈴木悟の視点からの判断だけではなく、この世界の冒険者のランク分けにおいて最上であるアダマンタイト級どころか、その一つ下であるオリハルコン級すらいないところからもそう判断できる。エ・ランテルという土地の冒険者の特徴はゴールド級以下の層が他所より厚いことにあったようだ。今や全員仲良くアンデッドと化しており無意味な情報だが。

 

(いかん、想像していた以上にトブの大森林は未開だわ。アゼルリシア山脈側になるとほとんど情報が無いぞ。アインザックの部屋になら何かあるかと思ったが、あの部屋にある資料は政治に近いものばっかだったようだな……ブルムラシュー侯とアゼルリシア山脈に住むドワーフとの関わりについてあったが実際どうだったんだろうな。王国地図を見る限りだと確かにリ・ブルムラシュールはアゼルリシア山脈にほど近い場所であるように見えるが)

 

 冒険者実力不足もあるが、ラナーの施策によるモンスター討伐で報酬が出る制度も開拓の鈍化を招いたようだ。もちろんこの政策が悪いと言っているわけではない。無理して未知の何かに怯えながらの探索をしなくても、既知のモンスターを狩って生きていけるならそれはそれで良いことに違いないのだから。

 

(そもそもの話をすると王国の政情が安定していないせいだしな────)

 

 

 一通り書類に目を通し終えた頃、時刻は既に次の日の明け方前となっていた。飲食・睡眠を不必要とする指輪と、完全な暗視能力を持っているため、少し気分転換をする以外はずっと資料に向かって、この時間までで全ての確認を完了できた。

 

(無駄足とは言わないが、微妙? そういう感じだな。この世界の人類は未知を楽しむ余裕とか無いし仕方ないのかな。帝国ならワンチャンあるか? 常備軍を万単位で維持できるくらい豊かなんだから、冒険者を抑えるんじゃなくてむしろ後援して……いや考える視点の差か。それにあの皇帝がその手のことを全く考えなかったとは思えないし、帝国の発展のためにはあの方向が良かったんだろうな。実際成功しているわけだしね)

 

 軽く伸びをして、首をひと回し、ふた回しして頭を切り替える。とりあえずはここで調べられることは大体調べたと考えてもいいはずだ。だから次の方針を決めなければならない。

 

 そして場面は冒頭へと戻る。いくら睡眠不要のアイテムを利用していても、完徹して書類とにらめっこし続けた精神的疲労は残るものなのだ。

 

 

 

────エ・ランテル冒険者組合会議室

 

 一応、一眠りをしてリフレッシュしたのだが、ペタウリスタこと鈴木悟はこれからの方針を決めかねていた。茫洋とした視線を辺りに彷徨わせながら手元にある情報を吟味しているが、指針に欠けているのだ。

 

 言うまでもないことだが、この鈴木悟にはいわゆる原作の知識があり、それが非常に強力なアドバンテージとなるはずであった。しかし現在の状況はアドバンテージとなる前提が崩れてしまっていた。もちろん全てがあてにならないというわけではないのだが、少なくとも知っている話の流れからは遥かに逸脱しているため分からないことが積み重なり、どう動いたものか、決めきれないところがあった。

 

(こうなるとナザリックの解体は失敗だったな……原作通り同時に転移、あるいは二次で時々あったような後追い転移、どちらにせよナザリックに縛り付けられるのは遠慮したいと、確実に転移してこないように考えて解体したが、調査したいことに対して手が足りん。今思えばあのメンツに囲まれるのは嫌だという感情だけが先行していた、か。むしろ予め守護者たちの傾向を知っているのだから、あえてナザリックと共にこちらへ来て積極的に制御する方向がよかったのかもしれないな)

 

 方向性はどうあれ貴方のために、と尽くしてくれる下僕が多量にいることの利便性は語る必要はないだろう。原作を見れば弊害もあるが戦力面でも政略面でも多大なメリットがあるのは分かる。

 

 それと同時にペタウリスタは自身の思考が原作と同時期に転移したのならば、原作通りの流れになる、という考えに縛られていたことにも気付く。原作以外の時間軸への転移を想定した対応は比較的しっかりと考えてはいたのだが、概ね同じ時間軸だがズレが生じた結果使い物になるものと使い物にならない知識の見極めをしないといけない状況などは想定していなかった。本来ならそれを一番に考えておくべきであったのだ。自ら『オーバーロード』という話の前提となるナザリックを解体し、自身も全く別の種族となり、また、本来の鈴木悟とは全く違う思考をしているにも関わらず、原作時間軸への転移が起きたら序盤の流れをある程度変えないようにしつつ早々に隠遁できるように……などと都合が良すぎることばかりを考えていた。

 

 

(やれやれ。守護者たちを自分の都合のよいことばかり考えてプレイヤーを縛り付ける存在、だとか考えていたのに必要になると思えればコレだ。俺の方が余程都合よいことばかり考えているな)

 

 自嘲をひとつ挟んでから思考を元に戻す。ひとまず考えるべきは、既に分かっている国に対してどういう対応をとるかだろう。つまり王国、帝国、法国、評議国、竜王国、そして聖王国。これら六つの国に思考を絞るべきであろう。

 

 まず手を出さない、正しく敬遠する国は評議国と法国だ。評議国は考えるまでもない。静かに暮らす分にはツアーも、評議国自体も手出しはしてこないだろうと推察しているのもある。法国は味方するのも敵対するのも、それによって生じる事態がどの場合も面倒極まりない。これに尽きる。接触は軽い情報交換程度のところまでに抑えて、深い交流は控えるのが無難だろう。

 

 次に手を出す気が全く無いのが竜王国と聖王国だ。関わる理由が基本的に無いともいう。どちらも亜人によって人類が脅かされている国ということで助けるべきではと考える人が出るのは分かるが、個人的にはクソどうでもいい。この二国に手を出して亜人勢力を潰す、あるいはそれに近い状態にしたのならば、間違いなく評議国と法国が嗅ぎつけてくる。ただ静かに生きたいという場合、そちらのリスクの方が大きい。

 

 残りの二国だが、王国は最早手遅れだ。何か手を出すとしても手遅れ感を増やす案ならいくらでも思いつくのだが、好転させる案は思いつかない。むしろ滅びを加速させて早々に帝国に併呑させた方がいいのではとまで思う。そうするとしてもエ・ランテルの処理をどうするのかという問題があるが……潜り込んで隠遁するにはちょうどいい状況でもある。

 

 一方の帝国は政情が安定していて潜り込みにくくはあるが、第五位階まで使える魔法詠唱者(マジック・キャスター)という面を押し出せばあっさりと入り込めるだろう。これはこれでフールーダ問題が出てくるが無難に暮らせる可能性が大きい選択肢だと思う。しかし、やはりエ・ランテルがネックになるだろう。カジットがどこまで狙っていたのかは分からないが、エ・ランテルの死都化はよくよく厄介な手である。

 

 

「あー……もう夜か。完全暗視能力は便利だが微妙な気分になるな……そう、風情がない。あとこの干し肉クソ不味いな、おい」

 

 途中で思考を放棄してこちらの文字の練習をしていれば、常人は寝る時間へと変わっていた。睡眠・飲食は不要にしているが少し興味が湧いて組合内に保管されていた非常食らしきものを食べている。が、軒並み不味い品しかなかった。傷んだりしているのか、と思ったが特に異常はなく純粋に不味い物らしい。

 

 思考を放棄といったが、考えてみれば転移したプレイヤーがこの世界に対してなにかしなければいけないというわけではないのだし、何もしないという選択肢もあるな、というところに至ったので思考を放棄したのである。ただ、解読用のモノクルを使用しない状態でもこちらの文字が読めるのは悪いことではないので練習を始めたというわけである。現実逃避では、と指摘してはいけない。今のペタウリスタは宿題は明日やる気分なのだ。

 

「……ふむ?」

 

 念の為に維持している探知魔法に何かが引っかかった。アンデッドではない反応が複数。おそらく人数は四人か五人。まっすぐこちら、冒険者組合へと向かってきている。屋根の上を移動しているのか道ではないところを飛ぶように動いているのが分かる。

 

 <不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)を使用していなくても、探知妨害を念入りにして屋内に引き篭もっているペタウリスタをその辺の低位アンデッドが感知することはない。そのため既に<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)は切っている。だからここ冒険者組合を中心に低位アンデッドの空白地帯ができているというような分かりやすい異常というか目印もない。おそらくこちらに向かっているこの連中は最初からここかここの延長線上のどこかが目的地なのだろう。

 

「アンデッドの時間である夜に特攻か。まったくご苦労なことだな。どれ、手伝ってやるか……<魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)

 

 魔法の効果によりアンデッドが逃げていくのを確認したのか、かなりの速度で進んでいた連中が足を止める。まあ分からなくもない。その後意を決したのか、二人が屋根から道に降り立ち残りは屋根に残って、先程よりもゆっくりとした速度で歩を進め始めた。冒険者組合が見える通りに入ったところで再び連中の足が止まる。火をつけた燭台を持ってきて窓側に立てて置いたのでそれの光を見たのだろう。

 

(うん? 透視の類か? こちらを視認したようだな。しかし俺が攻撃性のある防壁系の妨害魔法をかけていたらえらいことになっていたぞ? やはり不用意かつ低レベルか……ユグドラシルを基準にしてはいけないと改めて肝に銘じる必要があるな)

 

 軽く手を振ってやると向こうが驚いたのが分かる。人数からいって青の薔薇あたりかと思ったのだが、全く違う連中だったようだ。人員の構成は男性三人女性一人、フード付きのローブにより人相が分からない小柄なのが一人の五人編成だった。おそらくこのローブは探知妨害の効果を持っているのだろう。こちらの探知魔法に引っかかりにくいのはこれが原因か。

 

 ゆるゆると向こうがこちらに向かう間に卓上用の燭台に火を付けておく。ついでに扉も開け放しておいて廊下のランプにも火を入れていると入り口まで連中がやってきたようだ。

 

(さて、できれば友好的に接触できるといいのだが。そうだ、こういう時は第一村人発見とか言っておくべきか! どうでもいいな。連中は建物内に入ったし<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)は破棄しておこう)

 

 

 

────エ・ランテル冒険者組合

 

「上にいる魔法詠唱者(マジック・キャスター)さん、明かりをつけて回ってくれているみたいですよ」

 

「そうか……わざわざ自陣に招き入れ、ここまで来て何もしてこないことから一応敵ではないと思われるが、かなり腕の良い魔法詠唱者(マジック・キャスター)で相違ないだろう。露骨にならない程度の警戒は維持しろ」

 

「了解しました。やはりアンデッドが突然逃げ出したのは上にいる魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法でしょうか」

 

「おそらくそれで間違いないだろうが、ここでそれについて考えるのはあまり意味がない。待たせておくのもあまりよろしくはないだろうしな。とっとと上に行くぞ」

 

「はい」

 

 簡単なやり取りをして組合奥へと向かうこの一団はスレイン法国の特殊部隊である。彼らは”疾風走破”ことクレマンティーヌを追っていた風花聖典……の遺体を回収しに来た火滅聖典の一隊で、風花聖典の回収ついでにクレマンティーヌに強奪された秘宝、『叡者の額冠』が未だエ・ランテルにあるため、そちらの確認もできるならばやるように命令されている。ただし回収のための別部隊を編成しているので、回収する必要はないとも言われていた。

 

 本来ならば火滅聖典がこのような任務を行うことはなかったのだが、一週間ほど前にエ・ランテルがアンデッドの溢れる状態になってしまったときに、当時滞在していた風花聖典のメンバーが二名それに巻き込まれて死亡した結果、アンデッドの巣窟に突入して遺体の回収をする必要が出てきてしまった。回収にあたってはどこの人員が回収任務を行うか、少々揉めたが、そもそもの風花聖典は管轄外の仕事であり、いわゆるミイラ取りがミイラになるという事態が起こり得る。殲滅任務が主な役割である陽光聖典では目立ちすぎる。最精鋭たる漆黒聖典は別任務での被害の回復に努めている最中だし、彼らには『叡者の額冠』の奪還任務も待っている。というわけで、未だ余裕があり少数での敵地への浸透を得意とする火滅聖典にお鉢が回ってきたのであった。

 

 こんなところで遺体になっていたら既にアンデッドと化しているのではと疑問があるかもしれないが、アンデッド化の妨害手段はそれなりに存在している。安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)が原作に出てきた代表例だろう。法国は同様の効果を持つ指輪状のマジックアイテムを風花聖典に支給しており、ただ死んだだけならば問題なく遺体のままでいるはずなのだ。問題があるとすれば、結構な時間が経っているので遺体の損壊状況が心配されるところか。場合によってはその場で処理することになるだろう……。

 

 

「完全に部外者の私がこういうのもおかしいのでしょうが、ようこそ」

 

「いえ、こちらこそ。先程は援護をありがとうございます。それと特殊な任務中ゆえ不躾にも名乗れぬことをお許し下さい」

 

 ペタウリスタこと鈴木悟と火滅聖典の接触は非常に穏やかに始まった。表面的な辞令に終始したとも言えるが、色々疑問が多い以上仕方のないことだろう。まずはなぜこんなところに滞在しているのか、なぜこんなところに侵入してきたのか、この疑問を解消する必要があるとお互い考えた。

 

 少なくともペタウリスタは怪しい魔法詠唱者(マジック・キャスター)と思われても仕方ないと自覚していたし、火滅聖典もペタウリスタを首謀者、とまではいかなくてもなんらかの協力者かもしれないと疑ってもいた。同時に火滅聖典は人目を忍ぶように少人数で侵入してきた上に、出で立ちがそれぞれ違うが目立たたない装い(ついでにまとめ役の人相も悪い)の自分たちは火事場泥棒の類に見えることは分かっていたし、ペタウリスタは野にはブレインとかいるし、任務とか言っているが野生の凄腕の盗賊かもしれないとも思っていた。

 

「ご友人の捜索ですか……すみませんがアインズ・ウール・ゴウンという名前もモモンガという名前も存じ上げません」

 

「法国の特殊部隊で情報収集と仲間の遺体回収のために、ですか……あの、そこまでバラしてしまって大丈夫なのですか? いえ貴方の立場とか……」

 

 もはや両者共に事情をぶっちゃけることにしていた。実際にはペタウリスタは全力で嘘をついているし、火滅聖典も全てを伝えているわけではないのだが。しかしアインズ・ウール・ゴウンのモモンガがいてくれたらな、と思っているのは本当なのだ。全部押し付けて逃げたいという意味で。

 

 

 疑惑は残っているが、お互いのことをバラし合ってひとまずの身の証を立てたことにして情報交換を始める。ペタウリスタはここエ・ランテル冒険者組合とエ・ランテル中央部で調べた当日の記録を語り、火滅聖典のまとめ役はぼかしているものの『叡者の額冠』、秘宝を盗んだ裏切り者が協力した可能性とンフィーレア少年の生まれながらの異能(タレント)について語り、二人の情報を擦り合わせることによりエ・ランテルで誰がどうして、何が起きたのか、全容が見えてきた。

 

「我々の裏切り者以外にもズーラーノーンの幹部、十二の高弟の一人、カジットについてはある程度調べられておりまして、やはりこの男が首謀者と見て間違いないかと思われます」

 

「アンデッドとなるために、ですか。その死の螺旋という儀式に必要な<死者の軍勢>(アンデス・アーミー)は第七位階魔法、普通に使えるようなものではない。そこで法国の秘宝とンフィーレア少年が出てくるのですね」

 

「はい。大雑把に言ってしまえばこの盗まれた秘宝は使える魔法の位階を大幅に上げることができますが、使用には厳しいデメリットの付いているものです。しかしながら、マジックアイテムならばどのようなものでも扱うことのできるンフィーレア少年がいればデメリットは無視できる可能性があります。そうでなくても尋常な使用範囲であれば意のままに扱えるでしょうね」

 

 実際にはそういう理由ではないのだが、まあ間違ってもいないというラインの話をする。裏事情が分かっているペタウリスタも悪くないんじゃないかと思うくらいだ。嘘をつかれていると分かってはいるが自分も嘘をついているし、特に不快感は無かった。むしろ部外秘というか、こんな流れ者には話してはいけないことを話してまで、ちゃんと事態の把握をしようと努力しているこのまとめ役の姿勢には好感が持てた。

 

「裏切り者、クレマンティーヌというのですが、奴とカジットがいつから協力関係だったのかは分かりません。ですが、最近という訳ではないでしょうね」

 

「カジットの計画を以前から知っていたクレマンティーヌは、カジットの計画発動が近いとなったところで秘宝を盗み出し遁走。カジットに全面的に協力をし、死の螺旋を隠れ蓑に見事我々の追尾の手を振り切り姿を眩ましきった、という流れかと」

 

 むしろカジット側が協力を要請していて、これ幸いにと行動を起こしたのかもしれませんね。などなど、ペタウリスタは諜報というか、情報収集にきたんだし風花聖典かなと思いつつ議論を眺めていたが、事件の全体像を細かく推理していくの凄いなと小学生並みの感想も頭に浮かばせていた。

 

 

「ところで魔法詠唱者(マジック・キャスター)殿、死の騎士(デス・ナイト)を三体目撃したというのは間違いありませんか?」

 

「ええ。成人男性を遥かに越える偉丈夫。その身を覆い隠すタワーシールドに長大なフランベルジュを片手で軽々扱うアンデッドが他にいるのならば別ですが」

 

 聞かせる理由は分からないがこちらに聞かせるためと思われる議論が一段落すると、次の懸案事項に入った。知っての通り、死の騎士(デス・ナイト)はこちらの世界においては伝説のアンデッドである。対抗するためには人類最高峰とされているアダマンタイト級冒険者のチームが必要である。また一軍と伍すると称され、逸脱者とも呼ばれている世界の表側最高峰の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるフールーダ・パラダインですら死の騎士(デス・ナイト)は自らをもってしても脅威のアンデッドであると認めている。

 

 それが三体。死の騎士(デス・ナイト)の性質も相俟って街一つ滅ぶのは当然、むしろ大人しいと言えた。ペタウリスタは不貞寝をしながら<遠隔視>(リモート・ビューイング)を使ってエ・ランテル内部のアンデッドの観察をしていたのだが、その時に確認できた死の騎士(デス・ナイト)の配置もしっかりと記録していた。まず一体目は探索中に目撃したエ・ランテル中央部でぼうっとしていた個体。次に墓地内部で何をするというわけでもなくうろうろしていた個体。最後は墓地と街が直接繋がる西門を中心に一定の巡回路をぐるぐると回っていた個体。なお<遠隔視>(リモート・ビューイング)は地味に第八位階魔法なのでこれを使ったとは言わずに、隠蔽系の魔法マシマシで探索したということにしていた。

 

 死の騎士(デス・ナイト)以外で目立つアンデッドは墓地内に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が二体と骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が一体。街の東門側に何故か武器持ちの骸骨(スケルトン)が大量に。街中を適当に死霊(レイス)が七体程度うろついていた。

 

 法国ならば死の騎士(デス・ナイト)を屠ることはできる。たとえば漆黒聖典の隊長。あるいは番外ならば容易に。また、漆黒聖典に在籍している者たちならば連携して倒すことはまったく難しいことではない。そうでなくてもニグンが誇った威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)ならば二手で終わらせることもできるだろう。しかしそれは例外である。確かに法国は他の人間国家よりも強者が揃っているが、飛び抜けた強者がどこにでも多量にいるという訳ではない。

 

 火滅聖典は任務の都合上正面戦力として強力な者が揃っている部隊ではない。つまり、

 

「参りましたね。流石に複数体の死の騎士(デス・ナイト)を撃破するには人員が足りません。元から正面切って相手する気も撃破する気もありませんがね」

 

「しかし我々の目的は市街地といってもかなり墓地に近い場所だ。墓地の入り口周辺を巡回している一体とは戦う可能性があるだろう」

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)殿の言う通りの巡回路なら、死の騎士(デス・ナイト)が目的地から離れている時間はあまり長くはないでしょう。間違いなく取り巻きも引き連れているので一筋縄ではいきませんよ」

 

「下手に墓地側で戦うと墓地内のアンデッドを引き寄せてしまうかもしれません。墓地から引き離す方策を考えるべきですね」

 

 こういう流れになるのは当然であり、それならば、と、

 

「我々の援護に使って頂いた魔法を、また使って頂きたいのです。もちろん報酬はご用意いたします」

 

 そういう頼みごとが飛んでくるのも当然だろう。

 

 

 

────エ・ランテル西部第二外壁近く

 

 あの後、使った魔法は<魔法効果範囲拡大化>(ワイデンマジック)を使用した<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)でしかなく、死の騎士(デス・ナイト)どころか骨の竜(スケリトル・ドラゴン)すら退散させられない可能性があることを伝えたが、それで構わないということになり、報酬としてはアインズ・ウール・ゴウン、もしくはモモンガを名乗る死霊術を得意とする魔法詠唱者(マジック・キャスター)の捜索を五年を目処に行ってもらうこととした。

 

「合図が出ました。ではペタウリスタ殿、よろしくお願いします」

 

「はい、それでは<魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)

 

 魔法の効果が発揮されると死の騎士(デス・ナイト)以外のアンデッドがわらわらと効果範囲外へと逃げ出していった。死の騎士(デス・ナイト)に追従していた従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)すらも逃走しており、中々の有用性を示していた。しばらく死の騎士(デス・ナイト)の様子を見守ってみたが逃げる仲間には特に反応せず巡回路を悠然と歩くのみであった。

 

「墓地側も特に動きが無いようですね。今のところ、概ね作戦通りでしょう。あっ……死霊(レイス)が慌てた顔をしているところ初めて見ましたよ!」

 

「君の透視能力は本当に訳が分からないくらい便利ですね……あとその報告はいらなかったです」

 

 報酬が決まったあとは速やかに作戦が立てられたが、特に難しいことはない。<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)により死の騎士(デス・ナイト)の巡回路を覆い、死の騎士(デス・ナイト)以外のアンデッドをまとめて退散させ、隠蔽魔法の重ねがけと武技による速度上昇で死の騎士(デス・ナイト)の隙を突き回収対象の状態を確認し、復活が可能な状態ならば回収。そうでないのならば遺品回収の後に遺体の隠滅を行い撤収する。ただそれだけである。

 

 作戦開始は話がまとまってすぐではなく、休息を兼ねて払暁まで待ち、遺体回収作戦終了後、即座にエ・ランテルを脱出する方針となった。会話していたのが大体夜の十一時くらいであったので五時間程度は休むことができる計算となる。交代で休憩する火滅聖典のメンバーと暇つぶしがてらに会話をしたが、法国全体はともかくとして彼らは中々良い人らだと感じた。もちろん彼らから見て優秀な魔法詠唱者(マジック・キャスター)を取り込むための打算もあったのかもしれないが、侮らず、媚びず、一定の敬意をしっかりと持って接してくれているのは充分伝わってきた。正直原作に出てきた法国の実戦部隊のメンツはこういうことはできそうにないように見えたから意外であった。

 

 この時、ペタウリスタこと鈴木悟はペタウリスタという名前だけは告げておいた。火滅聖典側は改めて名乗れないことを謝ったが、作戦時に組むことになるフードの人物の生まれながらの異能(タレント)についての説明を詳しくしてくれた。ついでに作戦中にそれとなく質問したらできる限り答えるということまで示唆してくれてかなり恐縮した。

 

 今、ペタウリスタと一緒に目的の家が見える商店の屋根上にいるフードの少女は、いわゆる透視能力を生まれながらの異能(タレント)として持っている。任意に選択した無機物を無視した視界を得ることができる、という言い方が正確かもしれない。妨害魔法などで簡単に妨害されてしまうが、なにも無ければ視覚内のどこまでも見ることができる非常に有用な能力である。もちろん一部の男の夢である服だけ透けて見えるなどという真似もできるが、自重しているそうな。少女だしね。

 

 まとめ役さんのブツはデカいらしいぞ。

 

 

「念の為にと気を張っていましたが、順調に進んでいますね? <敵感知>(センス・エネミー)の反応も変わりませんし、思っていたよりも使い出があった魔法なんですねぇ……」

 

「アンデッドの殲滅戦にも応用できそうですね。国にしっかりと報告しておこうと思います」

 

 ちゃんと警戒はしているがもはや雑談モードである。<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)とペタウリスタが火滅聖典のメンバーがドン引きするくらい念入りに探知妨害魔法を重ねたのもあって、遺体回収に向かった四人は全く危なげなく目的の家へと突入し何かの作業をしているようだ。

 

「……戻ってくるみたいです。一人だけ、ですか」

 

 やや気落ちした声が上がるが、触れないでおいた。ペタウリスタが風花聖典だと思い込んでいる火滅聖典の動きに注意すると、しっかりと死の騎士(デス・ナイト)の動きを観察して最も離れた時を見計らい、素早くこちらまで退避してきた。撤収にかかった時間は数分、四人がかりとはいえ人の死体を一つ抱えているとは思えない速度に思わず感心の唸り声が漏れた。さすがは諜報部隊である。実際はゲリラ戦部隊だが。

 

「戻りました。ペタウリスタ殿」

 

「はい。今、確かに魔法を破棄しましたよ」

 

 アンデッドたちがのろのろと<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)の範囲内だった位置に入るのを尻目に、これから遺体は<浮遊板>(フローティング・ボード)に乗せ、屋根を伝って南門側へと向かう予定になっている。が、その前に、火滅聖典にはもう一つ仕事があるので透視能力持ちの娘に<偽りの情報>(フェイクカバー)など何種か魔法をかける。

 

「本当に慎重というか……その、やり過ぎでは?」

 

「いえ、これでも足りないレベルだと思っていますよ。何しろこれから覗くのはこの事態を起こした黒幕なのでしょう? 強力な透視能力と隠蔽用マジックアイテムを組み合わせているとはいえ見破られる可能性は充分あります。私が見られていることに気付いたように。ならば最低限こちらの居場所を掴ませてはいけません。ここが敵地の奥深くであることは決して忘れてはいけないのです」

 

 ではどうぞ、と促すとフードの少女は<鷹の目>(ホーク・アイ)を発動させてから透視を始めた。彼女が秘宝と黒幕のカジットを見つけるまで暇ができるので、まとめ役の男と情報収集魔法についての意見交換を少しばかりする。

 

(うーん? おかしいな。法国結構ザルだぞ? 諜報部隊だろう彼ら。いやまて、こんなこと程度でクレマンティーヌに出し抜かれることを考えるとおかしくないのか? プレイヤー基準が高すぎるのか? でも法国はプレイヤーが作った国だろう? 情報の大切さは分かっているはずだし、原作でも諜報能力がかなり高いような描写がされていた。それなら防諜についても多くの手法を持っていてるはずだぞ……)

 

 ここにペタウリスタの誤解があるが、それは糺されることはないし、改めて質問をしようとしたところでフードの少女の体がびくり、と動いた。

 

「どうした?」

 

「秘宝とカジットは確認しましたが、見ていることに気付かれました。ただ、こちらの正しい位置は分かっていないようです。秘宝は若い男性、なんでしょうかね? とりあえず身に着けている人物がカジットの脇に控えています。それと、カジット自身も何か、オーブのようなマジックアイテムを持っていました」

 

「そうか。よくやった……ペタウリスタ殿、周囲の状況はどうでしょうか」

 

「墓地内部が少々騒ぎ出した以外、特に問題ないようです。目的が達成されたのならば、早々に退散いたしましょう」

 

 こちらの言葉とフードの少女の同意を経て速やかに南側への逃避を始める。<浮遊板>(フローティング・ボード)はフードの少女が発動しているあたり、生まれながらの異能(タレント)も含めてかなり有用な補助要員だと思う。まさに諜報部隊風花聖典のメンバーという感じだ。実際はゲリラ戦部隊の火滅聖典だが。

 

 気付かれました、と言われたときは全員が緊張感を漲らせたが、カジットは街全域のアンデッドを掌握しているわけではないのか、明確な意志を持ってこちらの捜索を行っていると思われる個体はほとんど墓地にいたものばかりだった。例外は三体の死の騎士(デス・ナイト)だが、彼らはペタウリスタのかけた<偽りの情報>(フェイクカバー)にまんまと騙された主により全くの見当違いの方向へ走っていったので今は放置である。

 

 実は全域のアンデッドに捜索指令が出ているのだが、低位の動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)にそんな高度な捜索は不可能であり、無防備に道の真ん中に立ってでもいないと見つかることはない。死霊(レイス)はそういう方面にも使えるのだが、ペタウリスタの執拗な妨害魔法により目の前にでも来ないと気付けない状態になっていた。また、地形を無視できる死霊(レイス)は脱出時の障害になり得ると認識していたため、フードの少女とペタウリスタが常に近場にいる個体の居場所を把握していたので、不用意に死霊(レイス)の索敵範囲に入るなどという事態は起きることがなかった。

 

 

「あっさりと脱出できましたね……」

 

 あれだけの隠蔽手段を駆使した以上、そうなるのは当然であった。火滅聖典の人員は探知妨害魔法と情報撹乱魔法の強力さを改めて実感した。彼らもゲリラ戦の専門家である以上その手の手段は多く持っているのだが、ここまで念入りに組み合わせて使うことはまずない。純粋に魔力消費が嵩むことになるし、効能の被りは無駄とされているからだ。実際被った効果は無駄になるものが多い。しかし被らない部分を積み重ねるここまで大きな意味があるのだと。

 

 

「透視能力とこのローブに驕っていたら脱出に梃子摺っていた可能性が高いでしょうね。ありがとうございます、ペタウリスタ殿」

 

「どういたしまして。とはいえ正当な報酬を頂いてのことですし、お礼は受け取りますがあまり気にしなくても結構ですよ」

 

 エ・ランテルの城壁も見えなくなる程度南下した辺りに野営の跡があり、そこまできたところで火滅聖典は予定通り休憩を取ることとした。時刻はまだ昼には早すぎるが、朝は作戦決行前に軽く口に入れた程度であり、ここで少し遅い朝食を摂ることになる。ついでにここまで同道していたペタウリスタに対する報酬のやり取りについての確認も始めた。

 

「とりあえずこの場で簡易的ですが割符を作製しますのでそちらをお持ち頂き、一ヶ月後にカッツェ平野近郊の街かエ・ペスペル、もしくはアーウィンタールのいずれかにお越し頂きたいと考えていますが」

 

「エ・ランテルが壊滅してしまいましたからね……ひとまずはアーウィンタールでお願いしたいと思います」

 

「分かりました。では……」

 

 合流地点、合流時の仮の割符の扱い、正式な割符の扱い、などなど、細々としたことを詰めていき、途中食事を挟みながら同意がなされたところでペタウリスタとの同道は終わりである。火滅聖典としてはできれば法国の協力者として内に取り込みたいところではあったが、少なくとも五年は継続的に接触できる確約が取れた時点でよしとした。任務中でなければもう少し色々できたかもしれないが仕方がない。あとは風花聖典の仕事だろう。

 

 ペタウリスタとしてはちょっと魔法を使った報酬に、絶対に見つからない人物の捜索を頼むことで法国から情報が得られるという凄まじいボッタクリ契約が結べたので万々歳である。自分は違うがアインズ・ウール・ゴウン、もしくはモモンガと名乗る人物はプレイヤーらしいという情報を匂わせておけば法国は無視できないと踏んでいたが、思った通りであった。

 

 

「さて、シチューごちそうさまでした。そろそろお暇しようと思います」

 

「分かりました。この度は本当に、ご協力ありがとうございました。次はアーウィンタールでお会いしましょう」

 

「はい。それではまた、アーウィンタールで」

 

 ペタウリスタはゆっくりと隠蔽魔法をかけ、最後に<不可視化>(インヴィジビリティ)をかけてから、北東、帝国方面へと足早に向かっていった。

 

 離れていく見えない後ろ姿を見送ってから、火滅聖典の一人が口を開く。

 

「行ってしまいましたね……良かったのですか?」

 

「仕方ないさ。ペタウリスタ殿は”神”かもしれないが、そうだったにしろそうではないにしろ我々程度では強制などできん実力者だ。それと、アインズ・ウール・ゴウン……もしくはモモンガか。こちらはほぼ間違いなく”神”だろう。ペタウリスタ殿の話が本当ならば、百年前に来訪されたがそのまま隠遁生活を営んでおられたのだろうな。この情報を持ち帰る方が重要だろう」

 

「同感です。彼が譲って頂いたというアイテムは全て”神”の遺物で間違いないでしょう。内包している力が我々が知っているものと酷似していました。しかしながら彼自身は漆黒聖典の第一席次に劣る程度に見えましたし、”神”が何かしらの実験のために育てた人物なのかもしれません」

 

「いずれにしろここで考えることでもないですな。そろそろ行きましょう。時間が経っているとはいえ風花から得られるクレマンティーヌの情報も重要なものですぞ」

 

「そうだな。行くぞ」

 

 火滅聖典が法国に向かい南下を始める。せっかくだからペタウリスタとの話に上がった警戒法などを試しつつ、魔物を避けてできる限り歩を早める。

 

(もし、ペタウリスタ殿が今回の百年の嵐で現れた”神”であった場合は良い。こうして友好的に接触できたのだから、すぐさま悪いことにはならないだろう。だがペタウリスタ殿ではない”神”が既に現出していたのならば、後手に回っていると見て間違いない)

 

 火滅聖典のまとめ役の男はペタウリスタの話は概ね本当だろうと考えている。少なくともアインズ・ウール・ゴウンなる人物へ何やら多大な含むものがあるような物言いは芝居ではないだろうと感じさせていたし、その事に関しては全員が同一の見解を持っていた。しかし、それが事実ならば百年隠棲していたアインズ・ウール・ゴウンとはどういう人物なのだろうか、と思いを馳せる。そして、今になってアインズ・ウール・ゴウンが表舞台へと上がろうとしている理由は一体なんなのだろうか。

 

(もし、万が一……アインズ・ウール・ゴウンなる”神”が八欲王のような者であった場合は……百年の隠遁は……)

 

 人類の守護を掲げる法国の悩みがまたひとつ────。

 

 

 




とりあえずこれでお仕舞いです。
この先はガゼフ死亡の報を受けて腑抜けて彷徨っていたブレインに死の騎士(デス・ナイト)をけしかけてみたり、クレマンティーヌが襲ってきたので返り討ちにしたり、邪神教団と一緒に怪しい儀式やってみたりと色々テンプレ的な展開も考えたのですが形にできなかったので終わり。

なにせお話を畳むのに良い手が見えない。ナザリックがあればいくらか違うんですけどね。
それでも元の鈴木悟さんなら色々終わりが見えるんだけどメタ情報に縛られる転生者というポジにしたせいで話の落とし所が消えすぎました。
この話のように捏造しないといけないことが多すぎるのもダメなところですね。


※補足

ペタウリスタ
 ムササビの学名の一部。
 リス亜科 プテロミナ亜属 ムササビ属のムササビ属がペタウリスタですね。
 なので一部の人(ぶっちゃけヘロヘロさんだけ)からはムササビさんと呼ばれていました。
 詳しいことは決めていませんが、ペタウリスタは三つの外装設定ができる種族、職を取っています。
 ・パラメータに対して大きなペナルティがある代わりに全て人間と同等扱いされる人間形態。
 ・パラメータに対してややペナルティがある一応人間扱いされなくもない半人半魔形態。
 ・素の形態。怪物。ユグドラシルでは街に入るとき以外だいたいこの姿だった。
 つまり人間状態だと私はあと二回変身を残しています。ということになる。
 また強さを感じ取れる場合、ペナルティを受けている状態を感じ取るので転移後でもあり得ん(あり得る)強さになるので無難ではある。
 あと魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのは変わっていないです。見た目はガチ怪物なのに魔法詠唱者(マジック・キャスター)……。肉弾は(相対的に)弱い……。

火滅聖典の皆さん
 全員妥当性とか考えていない捏造なのでそのあたりよろしくお願いします。
 ゲリラ戦部隊に必要そうな技能ってなんだろうとかも考えたけど全部放り捨てて書いた。

カジット
 たとえ死の螺旋を引き起こせても本人が望むような目的達成はできない人。
 死の宝珠さんの支配下。
 実は「まだ」アンデッドではない。

パナソレイ
 エ・ランテルの都市長。
 割と好きな人なので意味は絶無だけど生かす方向へ。
 死の螺旋時は戦士長行方不明によって起きたゴタゴタの関係でエ・ランテルを部下に任せて王都にいた。

アインザック
 エ・ランテルの冒険者組合長。
 犠牲になったのだ……。
 苦労人。

解読用のモノクル
 眼鏡だったりもする。
 どちらもあるというどうでもいい裏設定。
 この鈴木さんは両方持ってるけどモノクルの方がかっこいいだろう! ということでモノクルを選んだ。

他の至高の四十一人
 言及のあった人以外はあまり変わらないと思ってください。
 なお一番仲が良かったのはペロロンチーノさんで、ユグドラシル外での交流までしていた。

<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)で退けられる低位ってどの辺?
 おそらく第四位階魔法で呼べるところまでだと思いますので、この作品ではそういうことにしています。
 原作で言及のあった骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)くらいまでですかね?
 まあそういうわけで<不死者忌避>(アンデス・アヴォイダンス)も第四位階か第五位階という捏造もしてあります。

持ち帰った遺体は一つ
 先に死んだ方の死体の状態を保つために努力した結果。
 実は彼らが持っているクレマンティーヌの情報が最新のものなんです……。


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