機動戦史ガンダム 双眸のガーディアン (アルファるふぁ/保利滝良)
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設定資料集
世界観用語設定



ここでは、本作の世界観用語の設定を載せて行きます。話の進行具合によってどんどん増えていくので、頻繁に見に来てくれると嬉しいです



 

・コロニーセンチュリー

略称はCC。西暦が終わった後の人類全体の年号である。スペースコロニーに最初に人間が入植した年をスタートとしている。

 

・旧暦

コロニーセンチュリーよりも前の年号、西暦のこと。

 

・地球連邦

地球を中心とする大規模自治組織。元は国連を母体とする国家間共同組織であったが、加入国が増えるにつれその力を高め、最終的には国家を下部組織とすることにより地球全体の統治に成功した。一つになった地球はやがて言語の統一や宇宙移民などの偉業を果たしていく。しかしその巨大さが、初動が遅さや政治的腐敗を招き寄せ、結果として宇宙移民による反乱と戦争を起こすこととなる。

 

・コロニー連盟

コロニー国家が寄り集まってできた国家間共同組織。圧政を敷く地球連邦政府に対抗するために各コロニー国家が一致団結した体をとってはいるが、その実一枚岩ではない組織形態によって半ば烏合の衆と化しているのが実情。しかし規模自体は地球連邦を上回っており、資源小惑星を抑えたことによって物資的優位に立っている。

 

・コロニー国家

スペースコロニーに住む人間が、地球連邦の圧政に対し独立して出来た、複数のコロニーの自治体組織。その形態や成り立ちは様々で、独立宣言時の指導者が国王を名乗るケースも多い。

 

・スペースコロニー

人類が宇宙に住むための大型施設。シリンダー型であり、一基につき約2000万人ほどが生活できるとされる。しかし環境の変化に乏しいため作物が育ちにくく、僅かな穴一つでも壊滅的被害が起き得るため、不安定さが指摘される。現在稼働しているのは514基。そのうち500基はコロニー連盟のコロニー国家が保有している。

 

・地球圏

地球とコロニーを一まとめにした概念。その外のもの、例えば火星などは含まれない。

 

・資源小惑星

西暦の終わり頃に太陽系に飛来した無数の小惑星群。その内部には地球では採掘できない特殊な性質を持った資源物質が含まれており、人類の技術力を進歩させた。コロニーやモビルスーツもこの資源物質の恩恵で生まれたものである。小惑星群の含有物質が似通っていることから、元は一つの惑星の破片ではないかと推測されている。

 

・第一次地球圏戦争

地球連邦とコロニー連盟の間で勃発した戦争。CC105年勃発。発達した文明を支えるコロニー付近の資源小惑星を欲する連邦と地球にはたんまりある水も食料もギリギリの連盟が、双方にあるものを欲したために起きた。この戦争では史上初めて人型機動兵器モビルスーツが運用され、後の戦争の歴史を大きく塗り替えることとなる。CC115年、双方疲弊のため終結。

 

・第二次地球圏戦争

地球連邦とコロニー連盟の間で勃発した戦争。CC124年勃発。開戦の理由は第一次と同様。本編の戦争である。

 

・モビルスーツ

人型機動兵器。コロニーで運用されていた作業用重機に火星からもたらされた燃料電池を搭載した結果、従来の戦術兵器を上回るスペックを獲得。コロニー連盟が最初に運用し、それを盗作して連邦も開発に着手・完成させた。宇宙戦闘は、機動力の高いモビルスーツの独壇場で、地上においてもその戦術価値を伸ばす。名称は、母体となった作業用重機のキャッチコピーが「乗る宇宙服」だったことに由来する。お互いの持つ物資が欲しいために危険な戦略兵器を用いることができない地球圏戦争において、主力モビルスーツの性能はそのまま戦争の勝敗に直結していると言っても過言ではなく、連邦と連盟は熾烈なモビルスーツ開発競争を繰り広げている。

 

・燃料電池

火星衛星から発見された物質を用いて作られた大容量の電池。モビルスーツに搭載される大型タイプなら500MWもの出力を叩き出す。一度使い終わった場合、再使用には長時間の充電が必要。

 

・核融合ジェネレータ

パッケージング化された原子力発電機。燃料棒を投入することで稼働し、燃料電池を上回る出力を生む。しかしその扱いには細心の注意を要求し、大破した場合には小型核爆弾並みの原子力爆発を起こすとされる。主に宇宙戦艦などの主動力源として利用されている。

 

・ビーム物質

資源小惑星群から産出される物質。ビームは「Bright And Electlical Materializer(光的及び電気的な性質を持った触媒)」の略称。質量が非常に軽く、エネルギーを与えると高熱を発し、磁力線に集まる性質を持つ。原子操作によって地球でも比較的容易に生産でき、熱エネルギーの高さから様々な武装に用いられる。しかし、現在でも解明されていない性質が多く、研究対象としての価値も持つ。

 

・ビームサーベル効果

ビーム物質に関する現象。磁力線などによって大量に集められたビーム物質は、その周囲に不可視の力場を発生させる。この力場同士をぶつけた場合、その力場は金属をぶつけ合わせたように振る舞う。ビーム物質は基本的にこの力場を通り抜けることはできないが、他の物質は概ねこの力場を通り抜けられる。この現象によって、ビームサーベル同士を接触した際に鍔迫り合いが起きる。

 

・フローティングフィールドジェネレータ

一部の軍艦に搭載されている機構。内蔵した新資源がもたらす不可視の力場によって空気の上に乗り、そのまま浮遊することが可能。CCにおいては、一部の軍艦がこれを搭載。大気圏内において飛行している。浮遊自体はできるが、推進はできないのでブースターなどが別に要求される。

 

・ガンダム

連邦の次世代型主力モビルスーツ開発計画「ガンズ・フリーダム計画」によって開発された、一連のモビルスーツ群の総称。小型の核融合ジェネレータによって高い出力を持ち、従来のモビルスーツを大きく上回るポテンシャルを秘める。名称は、開発計画名の「ガンズ・フリーダム」の略称。

 

 

・ホープス

地球圏における通貨。地球、コロニー問わず使われている。価値は旧暦における円とおおよそ同等である。

 

・エスパー

旧世紀においては単に超能力者を指し示す言葉であったが、CCにおいてはコロニーセンチュリーにおいては、人類が宇宙進出を果たした際に提唱された別の概念である。宇宙に出た後、言葉を介さない意思疎通や、離れた位置から相手を感知する等の能力に目覚める人間が何人も現れた。彼らは旧世紀の超能力者と同じように『エスパー』とされたが、コロニーへの移住が進むにつれてその数を増やしていき、近年では実在する概念として研究が進められている。能力の程度は個人差があり、先天的な要素が強い。兵器研究にも利用されており、連邦も連盟もその特殊能力でいかに戦いを進めるかを模索している。

 

・火星

太陽系第4惑星。西暦2113年にてマーカス・レイザーをキャプテンとする火星探索チームによる初上陸が試みられた。また、火星の衛星には地球にはない物質が多数存在することも発見され、長期間に及ぶテラフォーミング作業によって人類が住める環境となった。衛星から産出される資源物質によって燃料電池技術を確立し、地球やコロニーを上回る発展を遂げたとされる。現在はコロニー国家の誕生に倣うように地球連邦政府から独立、地球圏の戦乱と極力関わらぬよう接触を絶っている。

 

 

・ナルカ共和国

コロニー国家のうちの一つ。最初に地球連邦政府から独立を宣言したコロニー群が、自治体としての国家を名乗ったのが始まり。それを讃えられ、偉大な国家と呼ばれることもある。しかし実際にはソーラも行政活動に参加おり、摂政と分担して国の運営を行っている。女王を守る部隊として親衛隊の存在がある。

 

・GT-1

連邦機動軍第三師団実戦試験大隊第一分隊の略称。その名の通りガンダムの実戦試験を行う部隊。隊長兼責任者はセイヴ・ライン特務大尉。様々な戦場に赴き、遊撃も兼ねてガンダムの実戦運用テストを行い、その性能を評価するのが目的。メリー、ショコラ、アリスの所属部隊である。

 



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第1話 戦火の火口、二つのはじまり
1話Aパート


本編開始です…



眼前に広がる真っ赤な大地。岩と砂以外には物質が存在しない場所。

 

その場所は地球生命は一切の生存が許されない過酷な土地だ。なぜなら、地球ではないのだから。

 

火星。太陽系第四惑星。地球から遥か離れた土地に、今足を踏み出そうとする地球人の影があった。

 

「本当にいいのか?ジョージ、ケーシー。君達もこの一歩を踏みたいだろうに」

「いいの、マーカス。この一歩はあなたに権利があるわ」

「しかし」

「お前がリーダーなんだぞ、遠慮なんかするなよ」

 

後ろを向けば、自分と同じように白くてぶかぶかな宇宙服を着た男女。彼らはその手に撮影機材を持っていた。人類が記念すべきそのシーンを撮影するためだ。

 

男はまだ躊躇いを捨てていなかった。彼は心臓の病で近いうちコールドスリープに入らねばならない。病気は火星へのロケットが道中の5分の4を過ぎた時点で判明した。

 

火星の衛星には、調査の結果地球では確認できなかった新資源が存在することがわかっている。遠くない将来火星のテラフォーミング作業も始まることだろう。

 

仕事が山積みの仲間たちを余所に、自分は病を治せる段階に至るまで長い眠りに入る。そんな自分が、この栄誉を授かっていいのか。

 

「さあ、マーカス」

「行ってちょうだい」

 

急かす仲間たち。彼らは自分を信じて共に進んできた。そんな彼らの勧めを、今更になって断るのか。

 

それは、彼らへの侮辱だ。

 

「…わかった。行ってくる」

 

前を向いて、一歩ずつタラップを降りる。その一歩ごとで、火星の大地が近づく。

 

撮影しながら固唾を吞む仲間たち。幸い、コケることは避けていた。

 

今までの苦辛に思い出しつつ、マーカスは最後の一歩を踏んだ。

 

赤い大地に、人類最初の一歩が刻まれる。足跡をつけるように強く、強く踏んだ。

 

ロケットの中の仲間たちの歓喜の声が無線機の中から流れ込む。これは歴史的な一歩だ、と。

 

「マーカス、マーカス!何か、一言何か言ってくれ」

「おいおい、いきなりなんだ?ジョークでも言えばいいのか?」

「教科書に載る言葉よ!早く早く!」

 

ジョージとケイシーの要求。マーカスは苦笑する。だが何も考えていないわけではなかった。

 

火星進出プロジェクトが始まってから、もし自分が火星最初の一歩を踏んだら何と言おうか、というのは妄想していたからだ。

 

それをそのまま、口にすればいい。

 

「今私は火星に降り立った。これは一つの終わりではなく、一つの始まりだ」

 

衛星の新資源、テラフォーミング化による人類の生活圏の拡大、人類の宇宙進出の加速。マーカスの目の前には、目に見えない多くの幸福なイベントが待っている。

 

それに万感の想いを馳せながら、言葉を紡ぎ出した。

 

「我々人類の、輝かしい未来への始まりだ」

 

 

 

 

 

 

 

それから、幾千、幾万もの月日が流れた。

 

 

 

 

 

 

暗い暗黒の中に瞬く、幾万光年先の恒星。その美麗な光景に振り向きもせず、鋼の巨人が飛び交っている。

 

全長18メートルを超えるそれらは、モビルスーツ。人類同士の殺し合いに用いられる、機動兵器。

 

黄色い単眼モノアイを光らせ、『ガードⅢ』が右手に握った小銃を撃った。ビームライフルから放たれた光の塊が、『レガスト』の胴体を捉え、砕いた。

 

「ブラボー5被弾、ブラボー5被弾!うわぁああっ」

 

パイロットは散華する。コクピットに直撃したために、肉体は塵も残らない。

 

「やった!」

 

撃墜。武勲を立てれば昇進し、こんな地獄の船上からもおさらばできる。

 

だが非情で非常な現実はそれを許さない。

 

「ブラボー3よりブラボー2。ブラボー5の仇討ちだ」

「了解ブラボー3。回り込む」

 

爆発した味方機を避け、別のレガストが腕部と一体化した機関砲を連射する。スラスターを駆使して回避機動をとるガードⅢだったが、しくじって脇腹に弾を食らった。

 

そこへさらにもう一機が加わる。挟み撃ちでマシンガンを食らいまくる。

 

「くそっ、死にたくな…」

 

反撃のために構えたビームライフルが粉々になるのと同時、ガードⅢは蜂の巣になった。この機体はもう動くことはないだろう。

 

「ブラボー3、対艦攻撃に移る」

「ブラボー4、ブラボー3に続く」

 

二機のレガストはガードⅢの残骸を迂回して、その向こうの宇宙軍艦に向かう。

 

 

 

そこから直線距離で10キロメートル。別のガードⅢがビームライフルを撃つ。

 

だがそれは、巨大な装甲板に阻まれて霧散した。二発目はうまいこと直撃するものの、肩部装甲を焼き穿いただけ。

 

「連邦の、ブリジットめ!」

 

他の機種より一回り大きな体格、堅牢そうな外観。それは地球連邦軍の主力モビルスーツ、『ブリジット』であった。

 

その装甲は非常に分厚い。摂氏一万度を超えるビームライフルも、コクピットの存在する胸部に当たらねば致命打にならない。

 

シールドから身を乗り出したブリジットは、己を狙うガードⅢを睨みつけた。肩部ハードポイントに装備されたミサイルランチャーを発射する。

 

「回避…ぐぁああ!」

 

全力のスラスター移動も虚しく、ミサイルの誘導を切れず直撃。ガードⅢの胸部へミサイルが殺到し、その胸部はコクピットもろとも砕けて散った。

 

一機撃墜、ブリジットのパイロットは一呼吸置く。だが、彼は今にでも家族の元へ帰りたい気持ちでいっぱいだった。

 

だが戦況は彼にそれを許さない。後方の遠距離砲撃部隊を守るため、ブリジットの機体特性がアテにされているのだ。

 

次の敵を探すためにレーダーを見る。新たな敵機はすぐに確認できた。

 

「後ろ?!速っ…」

 

ガードⅢではここまでの速度は出せない。別機種だ。

 

振り向くことも許されず、ブリジットの胸部からビームの刃が飛び出した。

 

コクピットも重要な内部機器も焼き尽くされる。これでもう、このブリジットは永遠に動けない。

 

高速で敵モビルスーツを後ろから刺し貫いた連盟のモビルスーツは、ビームソードを引き抜き、血振りのようなモーションを取ってから背中にしまった。

 

虫を彷彿とさせる意匠を持ったその機体は、コロニー連盟の加盟国、『ナルカ共和国』の正式採用機『ボルゾン』。この機体だけでなく、複数機が連邦の砲撃部隊に躍りかかっていた。

 

 

 

敵の宇宙軍艦に対し腕部機関砲を斉射していたレガスト部隊は、味方の反応が消えつつあることをようやく悟った。

 

連盟のミドルサイズ巡洋艦『ブルガー級ペルス』は、船体各所から火花を散らしつつ、未だに撃沈できない。

 

「ブラボー3より、ブラボー2。本体がまずい。後退を…」

 

周辺確認のため足を止めた。それが命取りになった。

 

ビーム弾がレガストの機体を貫く。高機動化のため構造の単純化と装甲の軽量化を徹底したレガストには、ビーム兵器は耐え切れない。

 

各所に6つの直撃。動かなくなったレガストの上を通り過ぎる青い影。

 

 

両腕の機関砲を撃ち続けながら後退するレガスト。だが、青の敵機は火線を中心に渦を描くように突っ込んでくる。

 

当たらない。撃っても撃っても当たる気配がない。相手はエースだ。

 

「あれが『ブルー・タイフーン』か?!」

 

ブルー・タイフーンとは、連盟にいるとされるモビルスーツエースだ。青い機体に乗り、渦のような軌道を描くパイロット。

 

もしや、あれがそうなのか。

 

「…っ!弾切れ!」

 

敵艦にひたすら撃っていたため、レガストの腕部機関砲から弾丸が尽きた。それと同時にブルー・タイフーンが急接近し、その胸部へビームガンを撃ち込んだ。

 

離脱した青いモビルスーツの後ろで、レガストが爆散する。大型のブースターによる強引なヒットアンドアウェイ。それも彼の専用機のみが成せる技だった。

 

「ふぃ〜。ざっと、こんなもんかなぁ」

 

ブルー・タイフーンことレフェール・オルデラ中尉は、ため息をつきつつヘルメットを脱いだ。

 

ペルスの周囲にはもう敵影はない。直掩のモビルスーツは大分消耗したが、母艦が生きているならまだ救いはあった。

 

彼の機体は『ツウィスター』。コロニー連盟加盟国『マンタイト合衆国』が建造した、レフェール中尉のための機体だ。ガードⅢをベースにしている。

 

異名と、専用モビルスーツ。その二つの要素が、彼の腕を如実に表している。

 

「敵本隊の方もナルカ艦隊が潰してくれた。さ〜て…」

「こちらペルス。レフェール中尉、帰投をお願いします」

「おっと、帰還命令か?はいはい、今行きますよ〜っと」

 

ツウィスターが進路を変える。ブルー・タイフーンと呼ばれた男はすっかりボロボロになった母艦から目を離し、他のどの惑星よりも近くにあった星へ視線を移した。

 

青い星、人類が生まれた星、地球。今や地球連邦の本拠地であり、コロニーに住む人間からは憎悪と羨望を向けられている地球。

 

この宇宙空間と同じように、地球もまた戦場となっている。

 

「…地球の方はどうなってんだろ〜ね?」

 

激戦区になっているであろう青い星を見つめ、レフェール中尉は身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

宇宙。かつては多くの人々が憧れ、求めた世界。

 

旧世紀にいくつも襲来した資源小惑星と、火星衛星によってもたらされた恩恵により、人類は宇宙に浮かぶ『土地』としてコロニーを生み出した。

 

コロニーはたちまち乱建造され、いまや地球とコロニー全体では人口の比率が逆転している。

 

だが、コロニーと地球との間では、置かれている状況からくるギャップが生まれ、それが双方への不満に変わっていった。

 

コロニーセンチュリー101年。食料をはじめとした物資を渋り続けた地球連邦政府に対し、とあるコロニーの自治体が国家を名乗り、独立を宣言する。

 

それと同時期、他のコロニーも連邦からの独立を行う。連邦はこれに対して実力による対処を行なった。

 

だが、新資源を満載した資源小惑星は宇宙の民であるコロニーに抑えられていた。新資源を利用して開発された新兵器、人型機動兵器「モビルスーツ」は、独立したコロニー国家達の連盟が運用し、地球連邦を一時退ける。

 

だが、地球連邦もまた、コロニー連盟へのカウンターとしてモビルスーツの開発に着手し、成功。人類の生存圏では、モビルスーツによる戦争が多発。

 

連邦と連盟は消耗により一時休戦。第一次地球圏戦争は幕を閉じたが、地球とコロニーは互いを打倒するためにモビルスーツの開発競争を加速させた。

 

コロニーセンチュリー125年。人類は、かつて夢見たフロンティアでさえ、戦場にしていた。

 




ガンダムは次の話までお待ちください


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1話Bパート


ピクシブで先行公開した後、こちらでは設定資料集なども交えた本格形態で公開する予定です




 

室内を真昼のように照らす無数の大型照明の下で、上半身にシートをかぶせられたモビルスーツがあった。ここはその機体のためのガレージのようだ。

 

そこでは複数人の男女が整列していた。中心には3人の若い女性。

 

団体はその3人から少し離れた場所で形作られていた。文字どおり、この3人がこの会合の中心なのだろう。

 

そのうち一人は黒いロングヘアーの、釣り目がちな女。凛とした佇まいの真面目そうな顔立ち。

 

そのうち一人は赤毛のおかっぱで、眠たそうな垂れ目。背も3人で最も低く、何事にも無関心そうな表情。

 

そのうちの一人は銀髪のポニーテール。見るからに快活そうな雰囲気だった。

 

3人娘に限らず、その場の全員が、地球連邦の窮屈そうな制服に身を包んでいる。

 

ここにいる全員は、地球連邦の軍人なのだ。

 

「けいれーーーッ!!」

 

3人の前方2メートル、特別に用意されたであろう台の上で、髭面の大男が吠えた。それと同時に、その場のほぼ全員が右手の手刀をひたい右側手前で構える。挙手の敬礼だ。

 

きっかり3秒後、敬礼を行なっていた全ての軍人が構えを解く。銀髪の女だけ数瞬遅れて慌てたが、誰も問題にしていない。

 

髭親父はその場にいる全員を睨め付ける。脂ぎった顔面は、目にした者全員に不快感を与えるであろう。

 

だが、それを正面から言ってのける人物はこの場にはいない。何故なら、彼こそがこの連邦基地の司令官であるから。

 

「諸君らは従軍2年目でありながら、それぞれの部門において優秀な成績を残し、我が軍の栄えある新モビルスーツ運用試験部隊、連邦機動軍第三師団実戦試験大隊第一分隊に所属するという栄誉を得た!ついては、これから激化する戦線において、諸君らの活躍によって我が軍と我らが故郷を守る重大な任務に着き、その使命を全うすることを命ずる!」

「大佐、あとは自分が」

「おぉ、すまないライン特務大尉。では、あとは特務大尉から説明してもらう!聞き漏らさないように!」

 

基地司令と入れ替わりに、サングラスをかけた金髪の男が台にあがった。

 

長い睫毛、端正な顔立ち。凄まじく濃い顔の髭親父と比較するまでもなく、その外見を形容するなら美青年といったところだろう。

 

金髪は照明に照らされ、不自然な輝きかたをしている。洗髪料でも使っているのだろうか。

 

「ご紹介に預かった通り、私が連邦機動軍第三師団実戦試験大隊第一分隊…通称『GT-1』の責任者兼隊長のセイヴ・ライン特務大尉だ」

 

甘いマスクに、これまたその顔立ちにふさわしいボイス。その場の女性の何人かは、思わず顔をにやけさせる。

 

中心の3人のうち、銀髪の女性隊員もそうだった。

 

「いいなぁ…」

 

知らず知らずのうちに、頰が緩み、セイヴの顔面に釘付けになる。

 

「連邦機動軍第三師団実戦試験大隊は、新たに開発された地球連邦の新主力機体の実戦データを収集するために設立された。その第一分隊であるGT-1は、諸君らのような実戦経験の浅い新兵でも十分な運用が可能かどうかの実証を行う。存分に活躍してほしい」

 

セイヴは振り返り、モビルスーツに向けて手を払うようなジェスチャーをした。それを合図に、作業員がワイヤーを引く。

 

「そして、これが…君達が扱う地球連邦軍の最新モビルスーツ」

 

ワイヤーとつながっていたシートが引き摺り下ろされ、モビルスーツの上半身が露わになる。それは白い色をしていた。

 

「ガンダムだ」

 

精悍な顔立ち、比較的細身ながら整った全体。目立つのは頭部だろう、ツノのような2本のブレードアンテナに二つの目。既存のモビルスーツにはない特徴であった。

 

右肩にはガンダムの頭文字であろう『G』と、地球連邦軍の略称である『EFF』の文字。左肩には、ペットネームだろうか、『adam』の四文字が刻まれている。

 

ガンダムの白い装甲が照明を反射し、その姿を実際以上に煌びやかに見せている。ヒロイックな外見とあわせ、さながら誉れ高き騎士に贈呈される鎧のようだ。

 

「動力は従来のモビルスーツに搭載される燃料電池ではなく、小型・安定化させた最新鋭の核融合ジェネレータを使用する。ガンダムはこれによって通常の約5倍のエネルギーゲインを得ている。今君達に見てもらっているのはただの素体だが、この機体は莫大な出力によって多様かつ強力な兵装を追加装備できる」

「おぉ〜…」

「すげェ」

「よく見えない!」

「ガンダム…」

「頭部の二つのセンサーカメラアイも、二つのブレードアンテナも、この出力で標準装備を可能にした。このガンダムの生産が進めば、連邦は連盟に勝利し、長くに続いた戦いを終結せしめるだろう。君達は、この連邦最強のモビルスーツを運用する」

 

ガンダムの登場によってざわついた集団に、セイヴ特務大尉の声が響き渡る。

 

「連邦の明日は、君達の手にかかっている!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セイヴの話が終わり、会合に解散の令が出される。ある者は仕事場へ赴き、ある者はガンダムの周りに集まろうとしていた。

 

「ショコラ・ガレット少尉!」

「はい!」

「アリス・サカモト少尉!」

「はい」

「メリー・アンダーソン少尉!」

「あっ、はっ、はひぃい!」

 

髭の基地司令が、先の会合で中央にいた3人を呼び付ける。黒髪のショコラ、赤髪のアリス、そして銀髪のメリーがそれぞれ返事を行なった。メリーだけ油断しきっていたため慌てたが、誰も気にしない。

 

「諸君らパイロット3名は、15時までにここへもう一度集合せよ。そこで諸君ら専用のガンダムを与えられる予定である。この栄誉に恥じぬよう今後も努力して行くこと!以上だ」

「「「了解しました、司令殿!」」」

 

それだけ言うと、基地司令は自慢の髯を撫でながらその場を去って行った。一仕事終えたとでも言いたげに息を吐き、黒い制帽を被ってのしのしとガレージ出口へ向かって行く。

 

その後ろ姿が完全に出口を通ってから、メリーは興奮気味な顔で口を開いた。

 

「ねえねえ聞いた!?専用のガンダムだって!私たち専用だよ!?しかも、一人ずつに!」

「はいはい、わかった。わかったから落ち着いて」

「そう…でもやっぱりすごいね!3年間訓練頑張った甲斐があったってもんだよぉ〜」

「メリー、だから少し落ち着きなさいって…」

「コロニーのパパママ姉ちゃんに教えたいなあ!私最新鋭機のテストパイロットになったよ凄いでしょって!」

「一昨日辞令を貰ってからずっとそればっかじゃない!いい加減聞き飽きたわよ」

 

ショコラが宥めようとするが、メリーの興奮度は未だ下がらない。むしろ、落ち着く余裕を与えられたためにヒートアップしていく。

 

「アリスもすごいと思わない!?あのガンダム!新型だよ新型!乗り放題だよ〜!!」

「メリー、話聞いてなかったの」

「何が?」

「GT-1は実戦テスト部隊だって、特務大尉が」

「そうそうあの特務大尉!カッコよかったよね〜もう私あんなのが超タイプなんだよ〜」

「…良かったね」

「きっとあの特務大尉さんとお仕事一緒にできるんだなあ〜いいなあ〜」

 

一人で大盛り上がりするメリーに、同期二人は並んで肩を竦める。あれで本当に大丈夫なのか、そんな不安が顔にありありと出ていた。

 

「頑張るぞっ、ガンダム!」

 

満開の笑顔を向けながら、メリーは直立不動の最新鋭機を見つめた。

 

彼女たちので戦争は、これから始まろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吠えるエンジン、回るタイヤ。いつもより遥かに人通りが少ない街を走る一台のアメリカンタイプバイク。

 

サブロー・ライトニング19歳は、歯を食いしばりながらバイクを飛ばしていた。

 

目的地まであと1分ほど。今の彼にとっては果てしなく遠い。

 

シャッターが閉じられた馴染みの肉屋を通り過ぎ、『ボモドアルのミートサンド、今なら250ホープスセール!』のチラシ貼りとすれ違い、走る、走る。

 

静寂な街を抜ければ、途端に乾いた音が耳を穿つ。

 

その音は昔父親がポップコーンを作った時を思い出させた。乾いた破裂音、それも連続して聞こえる。

 

だが、その音の発生源が寂れた基地ならば、今過激な若者に襲い掛かられている軍施設だったらそうだろうか。それは銃声以外に考えられない。

 

「始めやがったのか…!?」

 

銃声に混じって、空気を震わすような爆発音が聞こえる。爆弾も使われているのだ。

 

さらに近づいて行くにつれ、人型のシルエットが見えてきた。誰か、あそこから逃げてきた人がいるのか。

 

だがサブローが見たのは人間ではなかった。18メートルの鋼鉄の巨人。モビルスーツだ。

 

あの機種は『ワトソン』だろう。サブローはあの機体をよく知っているし乗ったことも少なくない。彼の故郷の農村では、農家達が金を出し合い、中古の作業用モビルスーツを二百万ホープスで買って共同で使っている。それがワトソンだった。

 

だが視線の向こうにいるのは見知ったそれではない。武装された作業用モビルスーツが、手に持った大きな大砲をぶっ放している。

 

その足元に、サブローは目的の人物を見た。その人物もサブローを見つけ、見つめてきた。

 

「ジロー!お前…自分が何やってんのかわかってんのか?!」

 

バイクを止め、兄の胸ぐらを掴みあげるサブロー。だが、落ち着いた様子のジローは口角泡を飛ばして叫んだ。

 

「サブロー、これはいつものちゃちなテロじゃない。今日こそ俺達が地球も守れない無能な連邦を叩き出してやる時だ」

「戦争がおっぱじまったって街の皆が大慌てで向こうに逃げてったんだぞ!」

「俺達を搾取する連邦を追い出せば一般市民の生活はもっと豊かになる!お前も何時までたっても百姓の三男じゃ不満だろ!?」

「こんな作業用モビルスーツを用意して、お前、アルバイトでこんなもん買ってまで戦争したかったのかよ!」

「違う!イチローと俺で交渉したんだ。連盟のアールデン帝国とな。そしたら、世界中から同志が集まってきて…」

「連盟、同志…?お前何を言って」

 

ジローがサブローを突き飛ばす。無様に尻餅をついた弟を見下ろしつつ、ジローは言った。

 

「もう今更止まれる状況じゃないんだよ…」

 

サブローは知っていた。ジローは自分より頭がいいと。今の言い合いでも、ジローの口からサブローの知らない単語がいくつか出てきている。

 

しかしそれでも『これ』は間違っていると、サブローは理由のない根拠を固めた。ジロー達がただいたずらに暴れているだけだとしか思えないのだ。

 

「イチローはどこだ?言えよ!」

 

彼の故郷の過激派達は、サブローとジローの兄、イチローをリーダーとしている。三兄弟で一番頭のいいジローはその参謀といったところだ。

 

サブローは家族の農業を手伝うのにいっぱいいっぱいで過激派達とはつるまなかったが、今回の件で、関わらないで良かったと思った。

 

だが、このゴタゴタをとっとと解決せねばならない。サブローは、イチローを説得できれば、このドンパチが止むと考えた。実際には止むはずはないのだが、それをわかっていても動かずにはいられない。

 

「イチローのところに行ってどうするつもりだ?」

 

言い渋るジローの頰に右拳をぶち込む。今度はジローが尻餅をついた。

 

「今度は利き手で殴ってやろうか?!」

「…まっすぐ進んで左の、黒一色の倉庫だ。そこを制圧しに…」

「そうか、わかった。お前はもう帰れジロー!父ちゃんと母ちゃんを心配させんなッ!」

 

それだけ聞くと、サブローはジローを置いてバイクを走らせた。

 

後ろで轟音が鳴り、砲弾が飛んで行く。ワトソンがまだ戦っているということは、ジローはドンパチを止めるつもりがないということなんだろう。

 

「クソッタレ!!」

 

サブローはアクセルを最大に開いた。

 

周りの炎と煙が増えてくる。激戦区が近づいている。

 

 

 

 

 

 

バイクから降りて半開きのシャッターを潜ると、コンクリ敷きの部屋に、コンテナとカバーがかかった大きな何かが目に止まった。

 

次に見えたのは、多種多様な服の男達と、軍服の死体。銃撃戦をやっていないところを見るに、どうやらこの場所での戦闘は終わったようだ。

 

惨たらしい有様だ。サブローは今まで、葬式の時の祖父の亡骸以外に死体を見たことがない。だがこの惨状には10や20ではきかない数の戦死体がある。

 

まさかイチローまでもが。

 

「サブロー!お前、どうしてここにいるんだ」

 

イチローはいた。まだ生きていた。

 

カバーがかかった巨大な物体の中に潜り込んでいたのだろう、そのカバーの中から這い出てきた。

 

「来ないって言ってたじゃないか」

「お前こそ何やってんだよ!!」

 

サブローはイチローの元へ走って行った。周囲にはイチローの仲間のテロリストがいたが、彼らはサブローがイチローの知り合いだとわかってサブローから注意をそらした。

 

「アールデン帝国の人達が、この基地に連邦の試作モビルスーツがいるって言っていたんだ。それがコイツだ」

「これが、モビルスーツ…?」

 

カバーがひっぺがされ、全体像が露わになる。二本角を生やした、二つ目のモビルスーツ。左肩には「eve」の三文字。

 

地面に仰向けに寝転んでいるそれは、全体的にはとてもヒロイックに見えた。

 

作業用モビルスーツを見慣れたサブローにとっては、かなり違和感を覚えるデザインである。

 

「俺達はこいつを使って俺たちだけの軍隊を作る。そして連邦を追い出して、豊かな社会を作るんだ。みんなでいい暮らしができるぞ」

「お前…正気で言ってるのか…?」

「アールデン帝国が手伝ってくれる。ジローも一緒だ、きっと上手くやれる」

 

イチローの目には根拠のない自信が満ち満ちていた。サブローはできるわけがない、と思った。

 

連邦はそんな無茶苦茶ができる相手じゃない。

 

それに冷静に考えれば、アールデン帝国とやらがタダでイチロー達に手を貸すのか。連邦を目の敵にしているから、言いくるめられて利用されているんじゃないのか。

 

それらを一気にまくしたてようとして、口を開いた。その瞬間だった。

 

「ゴーゴー!ゴーゴーゴー!!」

 

厳つい装備の軍人達が現れる。銃を撃ちながら、サブローの入ってきた方とは反対の入り口から雪崩れ込む連邦の歩兵達。またも乾いた破裂音が響き渡った。

 

殺し合いのプロは伊達ではない。イチローの仲間は反撃も許されず次々に倒されてゆく。

 

ここがモビルスーツの倉庫だったとしたら、テロリスト側が制圧できたのはここにいた相手が非戦闘員だったからだとわかる。

 

サブローはイチローの手を引いて近くのコンテナに隠れた。銃弾を食らったらお陀仏だ。

 

死にたくないし、こんなところで死ねない。だが、相手はやはり殺し合いのプロだ。

 

放物線を描いて、拳大の何かが飛んでくる。

 

「サブロー!」

 

イチローがサブローを地面に押し倒した瞬間、その何かは爆発した。

 

閃光と爆炎。そして破片。止まぬ銃声。

 

目を開ければ、自分に覆いかぶさっているイチロー。

 

「おい、イチロー…」

 

サブローはその下から鬱陶しそうに這い出た。そこで、イチローの異変に気がついた。

 

青いジャケットを着込んでいたイチローの背中は、いまやズタズタに引き裂かれ、焼かれ、流れ出た血液で真っ赤に染まっていた。

 

「イチロー?!」

 

応急処置をするべきか。間に合わない。これはそんなレベルの怪我ではない。

 

「しっかりしろ、おい!しっかりしろぉ!」

「サ…ブロー…モビル…モビルスーツを…」

 

一瞬、イチローの意識が戻ったかのように見えた。だがイチローはすぐにぐったりと動かなくなる。

 

息はしている。まだ、生きている。

 

「クソ、クソッ、クソッタレ!!」

 

逃げ出さなくてはならない。だがどうやって逃げ出せばいい。

 

何倍も重くなったように感じるイチローを背負い、サブローはコンテナから顔を出した。

 

連邦軍はかなりのスピードでテロリストを殺して回っている。今はサブロー達に対して注意を持っていないようだが、他の相手を倒し終えたらすぐにでも標的をこちらに変えるだろう。

 

バイクを置いた入り口に行くまでにテロリスト達が生き残っているだろうか。

 

悩みぬくサブロー。だが、逃げるヒントはすぐにでも見付かった。

 

「モビル…スーツ…あいつか!」

 

寝ているモビルスーツを叩き起こせば、動かすことができれば、歩兵を無視して逃げることができるかもしれない。

 

やってみる価値はある、というよりかは、やるしかない。

 

「ふっ、くっ、ぅう!」

 

コンテナから出て、イチローを背負いながらモビルスーツの上に登る。火事場の馬鹿力が出たか、想像以上にスマートに目的地に辿り着くことができた。

 

コクピットは開いている。そこへ滑り込み、座席に腰を下ろす。イチローは座席の後ろのスペースにうつ伏せで寝かせた。

 

「…そりゃあ、作業用機とは勝手が違うよなあ!」

 

見知ったそれとはあまりにも違いが多い計器や機器類の配置。ここで手をこまねいていてはたちまちに死ぬ。

 

「これか…?」

 

とりあえず、目についたレバーを引く。ビンゴ。コクピットハッチが閉じ、モニターに光が灯った。

 

「指紋、声紋、顔認証完了。初めましてパイロット」

「なんだ!?」

「パイロット登録が完了しました。ガンダム、起動します」

 

それと同時に、機械音声がサブローの鼓膜を突っつく。AIによるオペレートアナウンスだ。作業用には付いていない。

 

だが、丁寧に色々教えてくれるのは非常にありがたい。

 

「動けるんなら、立ってみせろってんだ!」

 

アームレバーとフットレバーを動かし、とりあえずレバーを動かしてみる。作業用機なら、この操作で寝転んだ状態から立つはず。

 

コクピットが揺れ、一瞬の浮遊感が襲った。

 

ディスプレイの視点は高い位置にある。つまり、直立しているということだ。

 

立たせることができた。こうなったらもうサブローの勝ちだ。

 

戦闘用モビルスーツを歩兵がどうこうする手段はないに等しいのだから。

 

「よっしゃ…もう少しだ…家に帰るぞ、イチロー!」

 

基本は作業用と同じだと安堵しつつ、サブローは機体を走らせた。連邦の兵がその背中に銃撃を加えてくるが、なんの支障にもならない。

 

「どけーッ!」

 

テロリスト達がサブローの動かすモビルスーツの進路からはける。先ほどから喚いてくる通信機の電源も切る。

 

その段に至って、サブローは違和感を感じた。ワトソンのフットペダルは左右で二つだが、この機体には真ん中にもう一つある。

 

脱出の糸口が見えて油断したか、はたまた疲れ切った足の筋肉を無意識にほぐそうとしたか、サブローはその真ん中のフットレバーを蹴ってしまった。

 

「あ、やべっうわぁああああああああああ!!!!!!!』

 

ブースターが起動し、モビルスーツが加速する。高速の前進によってサブローが潜ったシャッターがぶち破られ、彼の乗っていたバイクが蹴っ飛ばされる。

 

「ああ、クソ!でも…」

 

ちょうど良い。このスピードなら逃げ切れる。

 

サブローは真ん中のフットレバー、スラスター制御用のフットレバーを再び踏んだ。モビルスーツは基地の外側を目指して飛ぶように進んでいく。

 

やがて基地内を示す金網フェンスを飛び越え、そのまま突き進んでいく。

 

ようやく一息つける、さてこの後どうしようか。

 

そう思って振り向いた。

 

だが、イチローの様子がおかしい。

 

「お、おい。イチロー…」

 

息を、していないのだ。コクピットの後ろには、夥しい量の血溜まり。

 

学のないサブローには判別がつかなかったが、このときのイチローは脈も無く、瞳孔も開いていた。

 

イチローはまちがいなく死んでいた。

 

「イチロー、おい、返事しろよ…おい!おい!」

 

死んでしまったのだ。

 

「クソッタレぇええええええええええええ!!!!!!!」

 

元来た道を、今度はモビルスーツで逆走し、サブローは慟哭した。

 

連邦基地での戦闘は、いまだ終わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠の荒野で、スモールサイズ軍艦がいくつも駐泊している。このタイプの船は特殊なフィールドで空気の上に『乗る』ことで浮遊が可能だ。

 

それらは全てナルカ共和国の船であり、現在は戦闘における疲労を癒している途中である。

 

その中央、スモールサイズ輸送艦『ゼラ級クインスローン』もまた、休んでいた。女王ソーラ・レ・パール・ナルカの乗艦という大任を請け負ったこの船に、事故や不調は許されないからだ。

 

そのソーラ女王は、自室の窓の外から月を眺めていた。コロニーで見るのとはまた違った表情を見せる月。

 

今周りにいるナルカの兵は皆、地球の事柄には疎い。彼女自身もそうだ。コロニーの人間は地球のことについてあまりにも無知であると、ソーラは常々思い悩んで来た。

 

弱冠16歳でありながら、ナルカ共和国の指導者として様々な大仕事を行ってきた彼女も、地球で見る月は新鮮に感じられるものだ。

 

同時に、彼女の『特殊な能力』もまた、今までにはない何かを、彼女に伝えようとしている。

 

胸騒ぎを沈めながら、ソーラは呟いた。

 

「これから…何が起ころうというのでしょう?」

 

月は何も答えず、ただ砂漠の荒野を照らしていた。




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第2話 闘争の予感、未熟な戦い
2話Aパート


 

コロニーセンチュリー、略称はCC。宇宙に建設された大規模入植施設『スペースコロニー』に最初に人類が入植してから数える、人類全体の新年号である。

 

だが、発足したばかりの地球連邦政府は入植したコロニーの住民への支援を満足に行えず、それが100年以上続いたある年に、ついにあるコロニーが国家として独立を宣言。

 

それに倣うように、他のコロニーも一斉蜂起し、地球、ひいては連邦からも独立してしまう。独立したコロニー国家たちはコロニー連盟として寄り集まった。

 

100年もの平和で予算を絞られ続けた連邦軍部は、此れ幸いと武力による制圧にかかるが、コロニー連盟は新資源をふんだんに用いた新兵器『モビルスーツ』を開発。その性能で持って連邦軍の艦隊を撃退する。

 

これによって連邦と連盟の間の溝は決定的になり、地球人類とコロニーの人類による戦争が勃発した。

 

発達した文明を支える新資源を貯蔵する資源小惑星はコロニーに抑えられ、その資源を欲するために戦う連邦。

 

コロニーという人工物に住むために、地球にはたんまりある水も食料もギリギリの連盟。

 

双方は双方に、どうしようもない理由で相手と戦っていた。

 

ナルカ共和国は最初に連盟からの独立を宣言したコロニー国家である。その勇気と決断を讃えられ、偉大な国家と呼ばれて久しい。

 

「おはようございます、ソーラ様」

「おはようございます、ショーン。見張り、ご苦労です。しばし休息をとりなさい」

「ありがとうございます。私はまだ働けます」

「そうですか…無理だけはしないように」

 

そんなナルカ共和国の現当主は、17を数える少女であった。

 

第一次地球圏戦争終結後に即位した二代目国王は非常に保守的な凡才だった。莫大な軍維持費を切り詰めることでかつてのナルカの威光を消してしまう愚を犯すも、医療を徹底的に見直させ、当時のナルカ共和国で問題視されていた死産発生率をほぼ0%までに引き下げた。

 

だが連盟全体の意識が再び連邦との戦争に向くにつれ、精神的重圧を抱え始め、地球に留学していた後継候補の一人息子が行方不明になると、体調を崩してそのまま崩御。

 

摂政を立てた上で緊急的に当主とされたのが、まだ若すぎるソーラである。

 

「ソーラ様、朝のお清めの時間は…」

「今私たちがいるのは砂漠である。兵達のための水を無駄に使うことはできません」

「他の兵達に代わりまして、親衛隊隊長ショーン・ザンバー、心よりお礼申し上げます」

「良いのです。国を預かる身としてこの程度の節制は当然でしょう」

 

青緑の髪のロングヘア。大人びた長いまつ毛にパッチリとした瞳。非常に端正な美しい顔立ち。

 

その外見と神秘的な雰囲気から、ソーラ女王はナルカの外でも一定以上の知名度を持つ。

 

「それよりも、今後の戦略方針を固めていかなければいけません」

「はっ」

 

だが、ソーラはただ外見だけのお飾りではない。

 

就任直後、摂政の仕事に見せかけてナルカ共和国の軍事を徹底強化。さらに連盟各国と積極的な交渉を行い、モビルスーツや戦艦の独自開発に成功する。

 

これによって一度は地に落ちたナルカ艦隊の戦略価値を大幅に引き上げ、連盟内部における強力な発言権も獲得する。

 

ついに始まった第二次地球圏戦争において、ソーラは摂政に自国の内政を任せ、自らは外交と軍事に集中。

 

ナルカ共和国派遣艦隊に同行し、士気強化を兼ねて派遣艦隊の指揮を行う。

 

これによってナルカ艦隊は敵の地球圏艦隊に穴を開け、コロニー連盟の地球降下作戦に大いに貢献した。

 

「現在地はヌマズ砂漠と思われます。分断したゼラ他5隻は北西80キロ、やや離れた位置です」

「そして敵勢力圏内…アールデンのドラクル公を信用しすぎました」

「ソーラ様の責任ではございません、それより今は」

「えぇ、ゼラとの合流が先決です。ここの艦隊が動けるまでの日数を把握しましょう」

「了解いたしました」

「艦長との相談もこれから行います。親衛隊は周囲警戒を厳とせよ」

「はッ!」

 

天に二物どころか万物を与えられた少女、それがナルカの女王であった。

 

「それから…」

 

そして、ソーラは政治手腕や指揮能力といった後天的能力だけでなく、特別な先天的能力も持ち合わせていた。

 

「どうか、しましたか?」

「昨晩、妙な胸騒ぎを覚えました。父が倒れたあの日と同じような…」

「…もしやそれは、エスパー能力の作用かもしれません」

 

『エスパー』。コロニーセンチュリーにおいて、人類が宇宙進出を果たした際に提唱された概念である。

 

宇宙に出た後、言葉を介さない意思疎通や、離れた位置から相手を感知する等の能力に目覚める人間が何人も現れた。

 

彼らは旧世紀の超能力者と同じように『エスパー』とされたが、コロニーへの移住が進むにつれてその数を増やしていき、近年では実在する概念として研究が進められている。

 

先天的に能力の程度が決まるエスパーにおいて、ソーラはかつてない能力値を叩き出した。思念による意思疎通も、感知能力も、弱点なしと言えるほどの精度と範囲を持っていたのだ

 

体力が安定し、感覚が先鋭化している時は、広大な範囲の人間の無意識を読み取り、それを元にした簡易的な未来予知すら成し得ることも可能とされる。

 

そんなソーラの協力により、連盟ではエスパー能力の研究が大幅に進歩した。兵器研究にも利用されているのは、本人は不本意なところであるが。

 

「具体的なことは何か、お分かりですか?」

「いえ、近いうちに何かあるということだけ…」

「そうですか…警戒した方が良いかもしれません。休息を頻繁にお取りください」

「迷惑をかけます…」

「ソーラ様に万一のことがあってはなりません。大事をとっておきましょう」

 

そんな彼女のカンは、時には何かの先ぶれにもなる。それが吉であるか凶であるかはわからない場合が多いし、大抵は避けようもないが、『近々何かが起こる』ということがわかるのは大きいものだ。

 

「それではショーン、軍議を始めましょう。ブリッジへ行きます」

「了解しました、ソーラ様」

 

だが、親衛隊の若き隊長ショーン・ザンバーには主人に対して憂鬱があった。その年齢だ。

 

別に年齢が低いから気に入らないというわけではない。ソーラ女王はしっかりと仕事をしているし、その非凡な才能を存分に発揮している。

 

ショーンが心配しているのは、ソーラの内面だ。年頃の娘が、果たして遊びもせずに戦争やら政治やらの激務を務めていて、本当に良いものなのだろうか。本当は、戦争のためなどではなく、心ゆくまで地球観光をさせなければならないのでは、ないだろうか。

 

きっと先代のナルカ国王が存命なら、ソーラをうんと遊ばせたやったのかもしれない。だが、先代が崩御したのをきっかけにソーラの才能が顕在化した。

 

果たして、どちらが良かったのか。ショーンには最早わからない。確かなのは、ナルカの現代における発展は、ソーラの努力と才能無くして有り得なかった、ということだけだ。

 

ソーラは少女として生きるべきなのか、女王として生きるべきなのか。親衛隊として、一人の男として、一体どちらが正しいのか。

 

「…どうしましたか、ショーン」

「い、いえ。問題ありません」

 

答えが出ぬまま時間が過ぎて行く。

 

ソーラの予感した時が、近づいてくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーストリアはケルンテン。旧世紀では標高1000メートルを超える土地が州面積の半分以上を占めることで有名なこの地も、CCへ移行してからは大幅な地ならしを行われ、山脈要塞を兼ねた地球連邦軍基地として機能している。

 

そんなケルンテン基地の中央部、コンクリート敷きの地面の上、三機のモビルスーツが気を付けの姿勢で立っている。隣にはそれぞれ一台ずつ、クレーンの先端に台座のようなものがついた車両。

 

雲は見えるが日差しも強く、青空の眩い快晴。燦々と照りつける太陽の下で、三人の女パイロットと一人の男がいる。

 

パイロットの方はメリー、ショコラ、アリス。階級は全員、モビルスーツパイロとしては最低の少尉。

 

男はセイヴ・ライン。階級は特務大尉。特務大尉の軍内における権限は大尉の二つ上、つまり中佐相当となる。

 

彼らは、新設された連邦試作機研究部隊GT-1の中核である。ガンダムを扱うパイロット三人と、その指揮官。GT-1は彼ら無くして成り立たない。

 

「よく来てくれた。面倒な段取りは大体すっ飛ばしてしまおう。君たちはこれからこの…ガンダムに乗ってもらう」

 

セイヴが状態を捻って後ろのガンダムを見る。三機だ。3機のガンダム。

 

ガレージで行われた先の会合における性能を聞けば、ガンダム3機の圧巻さはわかるだろう。実際、メリーどころかショコラもアリスも高性能試作機が三機と言う状況に冷静さを剥がされかけている。

 

「ガレージで見せたのは第一世代の一号機、アダムだ。あれは起動テストと駆動テスト用のプロトタイプで、君たちがこれから乗るこの三機は…専用装備の運用を行うための機体、第二世代だ」

「あれが、プロトタイプ…」

 

ショコラが思わず口走ってしまう。あの機体が旧式化したプロトタイプだと言うのなら、目の前の機体にはいったいどれほどのポテンシャルがあるのだろうか。

 

「これから行うのはいわゆる慣らし運転だ。メリー少尉は一番機『ダンシングシープ』へ、ショコラ少尉は二号機『スリーピーラビット』へ、アリス少尉は三号機『スマイリードッグ』へ。それぞれ搭乗してくれ」

「「「了解!」」」

 

三人はまずハシゴでクレーン先端に登る。クレーンが自動で動き、ガンダムの胸部に台座を近付けた。14メートルもの高さだが、これくらいでビビるようではパイロットは務まらない。

 

「コクピットは…ここかな?」

 

胸部真ん中、角ばった出っ張り。おそらくコクピット保護のための開閉式可動装甲だろう。その横のカバーを開くと、スリットと数字のボタンがあった。

 

「これだね…」

 

メリーはポケットから連邦軍人の証明カードを取り出し、スリットに押し込んだ。小さな液晶に赤い光が点る。続いて6桁のパスワードを打ち込むと、空気を抜くような音とともにコクピット装甲が上に開いた。

 

中を覗けば、コクピットハッチが真ん中から左右にスライドする途中だった。完全に開ききると、奥に最新の衝撃吸収素材で製造されたコクピットシートが鎮座しているのが見える。

 

「よし!」

 

台座を飛び越えてコクピットへ滑り込む。くるりと振り向いてからシートに腰をかけ、肩から腰にかけてしっかりとシートベルトを締める。

 

「アリス、搭乗完了しました」

「こちらショコラ、こちらも完了です」

「あ、私がビリか〜。メリー、搭乗完了しました!」

 

三人の報告を聞き、セイヴはストップウォッチを見た。経過時間を確認する。

 

10秒は切っている。彼女たちの搭乗シーケンスに一切の無駄はなかった。

 

訓練終了から1年の新兵にしては、かなり動きがいい。試験部隊のメンバーに選抜されただけはある。

 

「よし、順次起動させてくれ。起動完了後、ガンダムの歩行も許可する」

 

「「「了解!」」」

 

メリーはシート横の太いレバーを引く。コクピットハッチが閉じ、モニターに光が灯った。

 

「指紋、声紋、顔認証完了。初めましてパイロット」

「え?指紋?声紋?」

「ああ、セキュリティ登録だよ。それでそのガンダムは君にしか扱えなくなる」

「ほえ…すっごぉい」

「パイロット登録が完了しました。ガンダム、起動します」

 

オペレートアナウンスの宣言と同時、低い音を立ててガンダムの動力部が鳴った。核融合ジェネレータの起動音だ。

 

「すごい…本当に5倍以上ある」

 

左上の小モニター、機体状態を示す数値計に表示されている出力値は2534メガワット。メリーは思わず声を漏らした。

 

彼女が訓練生の頃乗り込んだ機体の出力は500メガワット以下だった。だがガンダムの出力はそれをはるかに上回っている。

 

「起動は完了したか?」

「あ、はい!」

「完了です」

「こちらもOK」

「では、歩かせてみようか」

「了解…!」

 

メリーが片方のフットレバーを踏む。ガンダム『ダンシングシープ』は片足を踏み出し、大地を踏んだ。

 

滑らかな一歩。これも訓練生時代の機体とは大違いだ。アクチュエータが違うのだろう。

 

「すごい…」

 

モビルスーツの性能は戦力の差だ。そしてモビルスーツの出力が高いほど、運用できる機能や搭載できる機器、使用できる装備が増えていく。モビルスーツの出力は総合性能と同義であると言っても良い。

 

動力がハイパワーなものであるこのガンダムはその思想の極地にいる。この素体には、いったいどのような追加装備が搭載できるだろう。

 

「セイヴ大尉、走らせても良いですか?」

「ちょっと、メリー!」

「構わないよ。スケジュールに余裕はないから、どんどん進めてくれ」

「了解です!よ〜し…」

 

責任者の許可も出た。メリーは左右のフットペダルを強く交互に踏みしめる。

 

悠々と歩いていたガンダムは、歩幅を大きくし、足を踏み出すペースを上げていく。やがてそれは歩行から走行へと変わる。

 

メインモニターの景色が、あっという間に後ろへ流れて去っていく。ガンダムは走るスピードも並ではなかった。コクピットの揺れも少ないことから、バランサーの性能も高いことがわかる。

 

「わあぁ…」

 

メリーはうっとりとした顔になった。鮮やかな青空、白い雲。空調の効いたコクピットで、軽快にモビルスーツを走らせる。

 

今がコロニー連盟との戦争の真っ最中で、乗っているのは新型機体だというのが嘘のような、夢のような爽やかなシチュエーション。

 

隣を向けば、同じようにガンダムを走らせて追いついてきた同僚二人がいる。

 

「こらこら、調子に乗らない!転ばせたりしたら大目玉なのよ?」

「はしゃぎすぎ」

「えへへ…楽しくなっちゃって…」

 

照れたように笑うメリー。それを諌めるショコラとアリス。

 

通信機から聞こえる楽しそうな情景に、セイヴも苦笑する。

 

「楽しい、か。お気楽だが、筋は確かってところだな。うん」

 

一周して戻ってきた三機のガンダム。横並びで走っているのにぶつかったりしない辺り、チームの連携も個人の実力もしっかりできている。

 

改めて、彼女らは試験機パイロットに相応しい腕はあるのだと教えてくれる。

 

「よ〜し三人とも、慣らしはもう良いか?次は模擬戦訓練に入るぞ」

 

無線機越しに、了解、が返ってくる。この調子なら、きっとすぐに実戦で活躍できるようになるに違いない。

 

三機のガンダムを見て、セイヴは頷く。

 

「素晴らしいチームだ。俺も頑張らなくちゃあ、な」

 



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2話Bパート

 

物言わぬイチローを背負い、サブローがのしのし畑のあぜ道を歩く。その顔には、冷たい無表情があった。

 

イチローは重い。そして冷たい。命は全く感じられず、石の入った袋と錯覚してしまう。

 

だが、振り向けば確かに見慣れた兄の顔があった。それがサブローに現実を突きつけてくる。イチローの死という現実を。

 

畑を見渡せばレンガ造りの小さな一軒家がポツポツと建っている。その周りを囲むように農場や牧場が広がっていた。

 

この農村はサブローの故郷だ。去年までは昼夜百姓たちが必死で畑仕事などをしていた。が、連盟の地球侵攻が始まった今は、畑を捨てて疎開する人間も多くいる。

 

サブローの農村も、疎開した住民の割合が多いため、閑散としている。だからイチローの亡骸を背負っていても騒ぎが起こらない。皮肉だった。

 

しばらく歩くと、見慣れた家が見えてくる。生まれ育った家だ。ライトニング一家宅。

 

百姓夫婦と三人兄弟が住んでいた場所。既に息子の一人はこの世になく、残る二人もこれから死にゆきかねない。一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

家が見えて少しすると、初老の夫婦が駆け寄ってきた。成人済みの息子がいるからか、二人とも白髪混じりだ。

 

父ノブオ・ライトニングと母ジュアリー・ライトニング。鉄面皮のサブローに比べ、その表情からは爆発しそうな感情が読み取れた。

 

人生で数えきれぬほど見た両親の顔だ。それが、意味不明な状況に対してくしゃくしゃになっている。

 

「父ちゃん、母ちゃん…」

「サブロー…それに、イチローか?まさか…」

「イチロー?どうしたの?返事をして…返事してちょうだい!!」

「ごめん母ちゃん…ごめんよ…イチローは…」

「嘘、何かの冗談に決まってる!ねえ返事してイチロー、イチロー!!」

 

自分の息子のズタズタの背中を見て、返事をしない亡骸を見て、なおもヒステリックに母が叫ぶ。だがそれは、愛情の裏返しであった。

 

「父ちゃんごめん。ごめん…」

「あぁイチロー…痛かっただろう…辛かったな…」

「返してっ!息子を返してぇええ…わぁああああ!!」

 

サブローの背中からイチローを降ろし、ノブオが抱きかかえようとする。だが、体を支える力を失った人間の体は、重いのだ。

 

二人はしきりに泣いた。長男の死に涙を流した。サブローはただ立っている。だが、いつまでも留まるわけにはいかなかった。

 

「父ちゃん。母ちゃん」

「サブロー…イチローは一体…」

「仲間を連れて、向こうの連邦基地にテロをしやがったんだ。連邦の軍隊を追い出すとかなんとか言ってさ…止められなかった。ごめん…」

「なんて、ことを…」

「そんな…」

 

悲しむ両親の姿を見て、サブローはある決心をつけた。

 

絶句する二人の肩に、サブローは手を置く。もしかしたら、これが今生の別れになるかもしれない。

 

「バカなことした兄貴だけどさ。できれば、できるだけ丁寧に見送ってやってほしい。皆のために…こんなバカなことやったと思うから…」

「サブロー…?」

「サブローお前、何かするつもりなのか?」

「…ジローだけでも連れて帰ってみせる。そしたら、急いで3人で疎開しろ」

 

サブローは踵を返して走り出した。村の向こう、畑裏の森に隠したモビルスーツへ向かう。

 

「サブロー、待て!どこに行くんだ!」

「サブロー!サブロー、あんたまで行ってしまうの!?サブロー!」

「…ごめんな!」

 

引き止めるために呼びかける二人。だが、イチローの亡骸を置いていけないからか走って追って来ない。

 

その間にも、サブローの背中は遠くなっていく。

 

サブローが森へ消えた後、見たこともないようなモビルスーツが森を突き抜けて飛んで行った。葉っぱが吹っ飛び、鳥の群れが驚いて散っていく。

 

「サブロー…」

「あぁ神様…私の息子を連れていかないで…」

 

老夫婦は、それを見送ることしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

連邦基地の北東。武装した作業用モビルスーツを要するテロリスト達は、洞穴の中を進んでいる。

 

ここは旧世紀に廃棄された坑道だ。山の中に死火山由来のレアメタルが掘り出されたため、大規模な発掘工事が行われた。巨大車両も通り抜けられるほどの横穴が延々と開けられたが、当時の政府が地球連邦に吸収されたのと同時に封鎖。時間が経ち、現地民以外は誰も知らない場所となっていた。

 

彼らの攻撃目標である連邦基地は、当時の採掘拠点跡を流用して建築された。リーダー格であるイチローとの連絡がつかなくなったテロリスト達は、この廃坑道を利用して奇襲する作戦に出たのだ。

 

「ロドリゲス、サンチョ、どうだ?」

「ジロー、心配するなよ。順調だ」

「崩落する様子もねえ。あとは目標の場所で暴れるだけだ」

 

廃坑道入口付近では、味方との連携のためにジローが待機している。彼らにとってはこれ以上ない布陣だ。

 

勝利は目前。連邦を追い出し、イチローとともに新しい未来へ。

 

「待て」

「なんだ?」

「レーダーの故障か?敵影あり」

「アールデンの奴らに押し付けられた中古品だろ?元から役には…」

 

現地民以外に忘れられた秘密のルートだ。連邦はこの奇襲に対応できない。その場の誰もがそう確信していた。

 

向こうからモビルスーツが現れるまでは。

 

「わっ、ワァああああああああ!」

 

廃坑道進行組の一人であるロドリゲス・パリグソンは軍事系のマニアだった。彼は目の前にぬっと現れた機体を知っている。

 

地球連邦の主力モビルスーツ『ブリジット』。全長20メートル本体重量75トン。こちらとの性能差はおおよそ10機分を超える現行軍用機。

 

威圧的につり上がったゴーグルアイに、他機種より一回り大きな図体。連邦の敵対者を叩き出す重厚なる守護者。

 

こんな寂れた基地にはいるはずのない新鋭機だ。なぜブリジットが。

 

連盟の勢力が近付いてきたためにこの基地にも新鋭機が配備され始めたなど、軍事素人のテロリストには把握できるはずもない。

 

「ひぃいいい」

 

作業用機の肩部に溶接された30ミリ機関砲が毎秒12発の砲弾を吐き出す。しかしブリジットの分厚い装甲の前では、テロリストが放ったそれは豆鉄砲に過ぎなかった。

 

横穴の壁を、跳弾が貫く。ブリジットはほぼ無傷。へこみすら見当たらない。

 

「逃げろぉ!わぁあっ」

「後ろに下がれ!早く、急げ!急げって!」

「アワワワワ…」

 

長蛇の列で進行していた作業用モビルスーツは、相手が新鋭機と見るや急いで逃げようとした。こんな狭い場所では正面から各個撃破されてしまう。

 

それを見逃す連邦軍ではない。

 

ブリジットは、バックパックから手のひらサイズの棒を取り外した。その棒から不可視の磁力線が伸び、棒から出てきた無数の発光する粒子体が磁力線を覆うように集まった。

 

そして光り輝く半透明の刃を形成する。ここまでにかかった時間は1秒未満。

 

それの名前はビームサーベル。『ビーム物質』を利用した近接用の剣型武装であるためにこの名前が付いた。連邦だけでなく連盟も同様の武器を開発・運用しており、派生武装も存在している。

 

その威力は一撃必殺。摂氏1万度のビーム物質を固めた棒は、重装甲すら簡単に溶断する。

 

サーベルを振りかざしたブリジットは、敵の攻撃を物ともせず、のしのしと歩いて接近した。テロリストたちはその人数ゆえに、引き下がるスピードが遅い。

 

「早く!早く!わぁああああああ!!」

 

あっという間に追い付かれたロドリゲスの機体に、ビームサーベルが振り下ろされた。無慈悲な一太刀はコクピットに到達し、パイロットごと中身を蒸発させた。

 

「ロドリゲスーっ!」

 

崩れ落ちるモビルスーツ。次はお前だ、と言わんばかりにブリジットが残りのテロリストを見る。恐れ慄くテロリスト達の視界には、ロドリゲスを殺した敵機の後ろにもう一機のブリジットが写った。

 

彼らは死の直前に思い知る。非正規軍が正規軍に喧嘩を売った代償を。その末路を。

容赦は期待できそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

廃坑道入口にて、ジローは無線機を振った。仲間からの応答が途絶えたのだ。

 

故障かと思い無線機を弄るものの、帰ってくるのはノイズだけ。だがすぐに原因にアタリをつけた。

 

「敵が来るぞ!」

 

待機していた味方のモビルスーツに叫んだ。同時に、横穴から二機のモビルスーツが現れる。

 

仲間じゃない。連邦軍だ。

 

「皆やられたのか!?」

 

連邦のモビルスーツの片方は、ビームサーベルでテロリスト機を真っ二つにした。もう一方は右手のビームガンで残りをたちまち穴だらけにする。

 

ジローは絶句する。奇襲をかけるつもりが、奇襲を受けてしまった。この場の味方モビルスーツはもういない。

 

「こちらは地球連邦軍フジ基地所属のチーリン少尉だ!テロリスト諸君に告ぐ、抵抗をやめ、武器を地面に置いて両手と両膝を地面に着けろ!基地内のテロリストは一掃した、後はこの場の君たちだけだ!繰り返す、抵抗は無駄だ!武器を置いて跪け!」

 

残る生身の仲間達へ、連邦軍機はスピーカーで呼びかける。降伏勧告だ。その内容は信じ難いものだった。

 

他の仲間は壊滅した。信じられない情報だ。イチローは負け、自分達の戦いは失敗に終わったということか。

 

だがそれがブラフであれなんであれ、精々が歩兵戦力しかいないこの場で連邦の現行モビルスーツに逆らうことはできない。力の差は歴然だ。

 

18メートルオーバーの鋼鉄の巨人に、生身でどう立ち向かえというのか。だが、ジローの仲間はジローのように聡明ではなかった。

 

「れ、れ、連邦の犬どもぉおおおおおお!!」

「うっ!?よせ!!」

 

止める間もなく、仲間の一人が携行していたロケットランチャーをぶっ放した。それは敵モビルスーツの頭部に直撃するも、爆風が消えた後には無傷の顔面があった。

 

頭部はモビルスーツの貧弱な箇所だが、それでも愚かなテロリストの攻撃は通らなかった。

 

「了解した!諸君らは実力を持って駆逐する!」

 

ブリジットの脛辺りのカバーが開いて、本体と比べて小さな機銃が顔を出した。

 

対人機銃から放たれた弾丸が、たちまちのうちに若きテロリスト達を薙ぎ払っていく。

 

その火線がジローに近付く。100メートル、90メートル、80メートル。走って逃げても間に合わない。70、60、50。後ろを振り返れば、眼に映る仲間達が皆弾丸によって弾き飛ばされていった。40、30、20。

 

そして10メートル。死。

 

だが、命を刈り取る弾丸はジローの元に来なかった。

 

「な、なんだ…?」

 

二機のブリジットが上を向き、動きを止めたのだ。そしてジローは、すぐその理由を知ることになる。

 

坑道入口の前の荒野で見たものは、空の向こうから飛んできた白いモビルスーツだった。

 

 

 

 

 

 

 

「クソッタレぇええええええ!!」

 

スラスターレバーを限界まで踏み込むサブロー。ガンダムをブースタージャンプさせる操作だ。

 

短時間飛行するガンダム。もう敵のレーダーに捉えられたか、光の玉がこちらへ向かってくる。スラスターを操作して回避機動、勘でかわす。

 

「あっぶねえええええ!!」

 

すぐ横をビーム物質の塊が飛んでいく。あのまままっすぐ飛んでいれば直撃であった。

 

ガンダムのスラスター出力は通常よりも高く設定されており、その上ガンダム特有の出力によってスラスターの可動も高速化されている。このため、ガンダムの機動力は通常のそれと比べかなり高い。

 

だがパイロットが超のついた素人であるハンディを覆せるかは別だ。

 

着地地点へ向け、足を向ける。その格好は飛び蹴り。狙うは敵のモビルスーツの一機。

 

「警告。味方機です」

 

まだ連邦から離反したと設定していないために、AIオペレートが報告する。

 

そんなものは知ったことではない。それに向こうは撃ってきた。

 

「うォラァッ!」

「なんだあの機体…ぐぁ?!」

 

回避機動を取れず、ブリジットの胴体に踵がぶつけられる。仰向けに転ぶ敵を踏みつけるガンダム。

 

コクピット内のサブモニター、サブローはジローが生きているのを確認した。あたり一面蜂の巣だが、助けが間に合ったか生きている。

 

場所がわかればすぐに見つかる。携帯を買ってもらった時にGPS機能を父親に教えられた成果だった。

 

だがよそ見をしている暇はない。

 

「この野郎、人を踏みつけやがって…」

「な…!?」

 

踏まれていたブリジットがガンダムをのける。立ち上がると同時、ビームサーベルが刃を生み出す。

 

よろめきながら後退したサブローに、またもビームガンが襲い来る。スラスター移動。

 

「2対1なら…」

 

サブローはバカだった。だが、喧嘩の知識はあるつもりだ。

 

それぞれエアガンとバットを持ったクソガキと喧嘩した時、エアガンを持った方と自分の間にバットを持った方を挟んでやると、相手は仲間を撃てないために動けなくなる。

 

それと同じような布陣を作る必要があった。ビームガンのブリジットと自分を対角線上に、そして間にもう一機が来るように移動。

 

ビームの連射がピタリと止む。

 

「あれが報告にあった盗まれた機体…チャーリー6、そこをどけ!撃てない!」

「うるさい!」

 

ビームサーベルを振りかざすブリジット。

 

「俺一人で十分だーっ!」

 

だが、ガンダムのアクチュエータは伊達ではなかった。高出力高性能の稼動力が滑らかかつスピーディーな動きを実現する。

 

「かわせる!?」

 

上半身を横に倒すガンダム。サーベルは空を切った。

 

だがサブローには反撃の手段がない。武器を持っていない機体を盗んだため、どうしようもないのだ。

 

「なにか…武器は…これか?」

 

コクピット内部、自分から見て左上のタッチパネルコンソールには、『ビームサーベル』と表示されたコマンド表示があった。

 

指で押す。すると、オート操作でガンダムの右腕が背中へ伸び、バックパックにある2本の棒のうち一本を引き抜いた。

 

そこから伸びる光の刃。

 

「なに!?」

 

連邦のパイロットが呻く。

 

「うっ!チャーリー6下がれ、危険だ!」

「テロリストがビームサーベルを!?」

「警告、フレンドリーファイア、フレンドリーファイア」

「るぁああああああ!!」

 

踏み込むガンダム。叫ぶサブロー。喋り続けるAIアナウンス。

 

超至近距離で隙を見せるブリジット。仲間の援護射撃は、味方に当たらないところを狙ったために外れる。

 

一瞬、光の軌跡が生まれ、消えた。ブリジットの両腕は綺麗に溶断される。

 

「ぅうう!!」

 

振り抜いたサーベルをもう一度振り抜く。今度は両膝。切っ先が通った。

 

真っ赤に焼けた切断面を晒しつつ、四肢を失ったブリジットの胴体が仰向けで落ちた。

 

「よくも…くそ!」

 

ビームガンの残弾はさっきで最後だった。予備武器はこれだから役に立たない。いつ崩れるかわからない廃坑道を潜る都合上、他の強力な飛び道具の携行が制限されていた。

 

「まぁだだァあああ!!」

「貴様ぁあああ!!」

 

弾切れになったビームガンを捨て、残ったブリジットもサーベルに手をかけた。

 

同時にサブローが真ん中のフットペダルを全身全霊で踏む。急加速。一瞬飛びそうになる意識。

 

「ぐっ…がぁ!」

 

ブリジットのサーベルが伸びる。そこへガンダムのサーベルが押し付けられた。ぶつかるビーム物質の刃。

 

粒子状で不定形のビーム物質は、ぶつかり合った際に霧散する。だが、ビームサーベルのようにビーム物質を高密度に固めた場合は、その周辺に不可視かつ低密度のフィールド層が生まれる。モビルスーツの装甲などに当たった場合、このフィールドは破られて中のビーム物質が装甲を溶かす。

 

だが同密度であるこのフィールド同士をぶつけ合うと、破られない。そのため、ビームサーベルをぶつけ合ったときはその表面のフィールド同士がぶつかり合う。そして起こるのが、ビームサーベルによる鍔迫り合いだ。

 

「こんなろぉおお…!」

「貴様、くぉおお…!」

 

押し合う二機。鍔迫り合いによって身動きが取れない。少しでも刃を滑らせれば、敵に押し切られて真っ二つだ。

 

その均衡も、長くは続かなかった。

 

サブローがコンソールをもう一度叩く。ガンダムの背中にはもう一本のビームサーベルがある。

 

左腕がサーベルを引き抜いた。鍔迫り合いに集中していたもう一機のブリジットは、もう一本のビームサーベルをどうにもできなかった。

 

「しまっ…」

 

腹部を摂氏1万度の光が穿つ。ブリジットの動力部である燃料電池が蒸発して消え、メイン動力を失ったモビルスーツのカメラアイから光が消えた。

 

腹から剣を引き抜かれた直後、ブリジットは姿勢を乱して崩れ落ちた。モビルスーツのハイスペックを支える動力を失った今、ブリジットが動作を止めるのは必然だった。

 

倒れるモビルスーツ。巻き上がる砂埃。

 

「や…勝った、んだよな?」

 

二機のブリジットは沈黙無力化した。片方は四肢をもがれ、もう片方は動力を失って行動不能。

 

周囲には敵はいなさそうだ。今がチャンス。

 

ガンダムをしゃがませて、腕を地面に着け、コクピットハッチを開ける。

 

「おい、ジロー!」

 

「…サブロー?」

 

「乗れ!」

 

今なら逃げられる。連邦の増援が来ないうちに早くここを離れねばならない。

 

 

 

 

 

 

テロリストに襲われた地球連邦軍フジ基地。まだ無事な隊員食堂棟の一室。

 

「あ〜よっこい、しょっと。ようやく一息つけるな」

「これからが大変だぞ。ウチの連中とテロ屋どもの死体の分別、こいつらの出所の調査、それに奪われた試作機の行方だって探さなくちゃならない」

「『ガンダム第一世代二号機イヴ』だっけか?面倒ごと増やしやがって…」

「テロリスト連中の目的は最初からガンダムだったのか?それにしたって数が多かったな」

「状況が収まったわけでもないしな。伏兵が隠れてる可能性だってある。本当は飯なんか食ってる場合じゃねえんだ」

「そう言うなって、少しは休まねえと体が参っちまう。サボってでも休息は取らねえと…」

「おい、連盟のモビルスーツ部隊が出たぞ!輸送機と一緒にこっちに向かってきてやがる!」

「ハァア!?」

「こんな時にか!飯は後だ後っ!」

「どこの所属かわかってるのか!?」

「…アールデン帝国だ!」

 

 

 

 

 

 

 

コクピット内では、森が視界の横を高速で通り過ぎていく。ガンダムはスラスター移動を行なっている。

 

コクピットシートに座って操縦しているサブローと、その後ろのスペースで立ちながらしがみついているジロー。二人は連邦基地から離れていた。

 

「サブロー、俺は…」

「イチローは死んだ」

「は…?」

 

ジローが口を効く前に、サブローは喋り出す。

 

「俺を庇って、死んだ。そこの血はイチローのだ」

「な…」

「ジロー、お前らどうしてこんなことしたんだ。言えよ」

 

一瞬の静寂。兄が死んだと言う情報を唐突にもたらされ、パニックになったジローの頭の中。

 

「答えろよ」

 

急かされて、ジローはようやく話し始めた。

 

「…貧しさが嫌になったんだ。イチローは独り立ちする金がなくて、俺も大学に行く金がなくて、ずっと貧乏だった。どうにかしたかったんだ」

「だから連邦に八つ当たりしようとしたのか。頭使って仲間増やして、武器集めて」

「…それは…」

 

再びの静寂。今度はサブローが話し始める。

 

「俺達が貧乏なのは誰のせいでもない。じゃあこうなったのは誰が悪いのか、誰が正しかったのか…」

「誰のせいでも、ない…」

「イチローが死んだ意味も、お前がこんな目にあう意味も、俺がこのモビルスーツに乗った意味も、俺にはわかんねえ」

「サブロー…」

「だけども、そんな色々をお前教えてもらう時間はねえんだ」

 

ガンダムが急停止する。二人の体が前方へ傾いて、そして衝撃と共に元の位置に戻った。

 

「お前、いきなり止めるなよ!急ブレーキは危ないって教えた…」

「降りろ」

「は?」

「俺が囮になって連邦の追っ手を引きつける。だから…」

「サブロー、お前…」

「父ちゃんと母ちゃんを頼む。俺とイチローのぶんも、助けてくれ」

「サブロー…」

「お別れだ兄貴」

 

ガンダムは再び跪き、手をコクピットハッチの近くに置いた。ハッチが開くと同時にジローがガンダムの手のひらに乗る。

 

一瞬の浮遊感の後、ジローが地面に降ろされた。立ち上がる白いモビルスーツ、見上げるジロー。

 

ガンダムは数歩下がると、スラスターを吹かしてあっという間に飛び去っていった。

 

着地、ブーストジャンプ。着地、ブーストジャンプ。

 

見えなくなっていくガンダム。去っていくサブロー。

 

バカな弟だ。こんなテロリストのなりそこないのために、自分を犠牲にしようとしている。だが、しくじったジローには、サブローを止める術も、もっと良い方法を思いつく時間もない。

 

兄は自分の提案した作戦で命を落とし、弟は自分を庇って戻れぬ道へ旅立った。それを自覚した瞬間に、ジローの目から涙が溢れ出す。

 

悔し涙か、悲しみの涙か。今の彼には、その判別は難しかった。

 

「許してくれ、イチロー、サブロー。許してくれ…許してくれ…」

 

もう、ガンダムは見えない。

 

サブローがどこへ行ったのか、もうわからない。

 



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第3話 邂逅、ソーラ女王
3話Aパート


赤色をメインに豪華に盛られた装飾品の数々。絨毯や卓上ランプ、大きな執務机と座り心地が良さそうな椅子。

 

ここを地球の衛星軌道上にある巨大宇宙戦艦の中の一室だと思える人間は、そう多くはないだろう。

 

その中央、執務机に背を向けて、中空投影型モニターに向き合っている男が一人。

 

スキンヘッドに切れ長の目。薄い口髭。何よりごつごつとした動き辛そうな軍服が、彼の社会的地位を示す。

 

男が数秒腕組みをしていると、モニターに眼帯の男が映った。

 

「お、お待たせいたしましたダーリック様。ヴィンヘルト少佐でございます」

「例の件に関する状況報告は?」

「は…フジ基地を制圧した後に調査させましたが、連邦の新型機はありませんでした!申し訳ありません!」

 

禿頭の軍人は、コロニー国家アールデン帝国のダーリック・ランドルフト。同国内の中では非常に高い地位におり、アールデン軍の最高指導者でもある。戦時中の現在ではアールデンの支配者とも言える彼だが、血筋的にも皇帝に近しい出身におり、現皇帝含めて2、3人消せば彼が皇帝になれる。

 

そんなダーリックの肩書きは『竜公』である。アールデン貴族の中でも特に文武に優れた者のみが手に入れられる歴史ある称号だ。この肩書きをもじって『ドラクル公』と陰で呼ばれることもある。

 

そんな彼ダーリックは現在、ある策謀を行なっていた。

 

「言い訳はいい。わかっていることを話せ」

「はっはい!基地内の連邦兵からは、確かにあったがテロリストに強奪されたと…」

「テロリスト?あぁ、陽動に仕向けた連中か。起動状態で持って行かれたなら、捕捉はできなかったのか」

「数機のレーダーログにフジ基地近辺から離脱する機影が確認されましたが…」

「制圧に手間取って追うことができなかったと。戦力を多めに送らなかったのが響いたか」

「申し訳有りません!ま、誠に申し訳ございません!」

 

ダーリックの目的は、連邦の最新モビルスーツであった。

 

鹵獲すれば連盟内で功績が認められるし、研究に使えば独自生産モビルスーツの性能を大幅に引き上げられる。アールデンは独自開発機体を他国に輸出して政治予算を賄っているが、連邦の新型から得られた成果を反映すればより良い機体が生まれるはずだ。

 

新技術が盛り込まれた新型機というだけで大いに使いようがある。奸雄ダーリックの野望を成就する役に立つはずだ。

 

だが、全力で手に入れるほどの価値ではない。精々過激派組織を焚きつけて襲わせ、たまたま近場にいた部隊を向かわせる程度のことしかしない。こういった案件で手段を選ぶのは愚の骨頂だが、連盟内での立場もあった。

 

「強奪された、か。さすがに想定しておいたほうがよかったな」

「テロリスト共がやり手だったのでしょうか…?」

「いいや。フジ基地の練度と装備は低レベルだったらしいな。おそらくそこが原因だろう」

「はぁ…確かに制圧には手間取りませんでしたが…」

「まあ、良い。制圧維持に支障ないレベルで捜索隊を出せ。それから…」

「テロリスト共の始末ですね?基地内の捕虜として捕まっているぶんだけで良いのですか?」

「追いかけて始末するのも手間だ。動きも悟られる」

「了解しました、連邦が捕らえた者は念入りに処理しておきます。では、失礼致します…」

 

通信が終了され、空中投影型モニターが消滅する。端末を懐に仕舞ったドラクル公は椅子に座り、執務机の上に置いてある菓子籠からキャンディを一粒手に取った。

 

これはダーリックのルーチンワークだ。何かしらの策謀を計るとき、彼はいつも甘いものを摂取する。

 

今、彼の頭の中には様々な情報と手段が飛び交っていた。孤立させたのに生きているナルカ共和国のソーラ女王。消耗し始めた前線の兵士達。連邦の新型機。それに対抗した連盟発の新型機。

 

それらがピースとして組み合わさり、おぼろげな目標が確かなものへと変わって行く。

 

地球を制し、その後のコロニー同士の戦争を制し、アールデンを制し、己こそが世界で最も多くのものを握る野望。全てを手に入れる野望。

 

ダーリックには、それができるだけの能力があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族の元を離れてから早三日たった。サブローは現在もガンダムのコクピットにいる。途中の街などで水や食料を買い込んでひたすら南進した。

 

ここいらは過疎地域だったこともあり、バレないように注意すれば騒ぎにはならなかった。見られても作業用機体だと誤魔化してやり過ごす。田舎でよかったと、サブローは思った。

 

モビルスーツを隠せそうな場所で休む時間もあったので、実際の操縦時間は12時間程度だろうか。やたら市街地などに出て騒ぎを起こしたりしないだけの頭はサブローにはあったが、さすがに限界だった。

 

「ぐっぇえ…し、死ぬ…」

 

彼はやはりバカだった。地理的知識がないために砂漠地帯に突入し、水分不足で熱中症に陥った。昨日調子に乗って買った水をがぶ飲みしていたため、持っている飲料水はない。砂漠を抜けるルートを探そうにも、充電できる状況でもないため携帯は電池切れだった。

 

朦朧とした意識の中でなんとかガンダムを歩かせているが、徐々にその足取りはおぼつかなくなって行く。ブースト移動で砂漠を抜けられるか、と思い立ってブースターペダルを踏むが、推進剤は切れているようだ。

 

「警告」

「あん?」

「残存エネルギーが5パーセント以下。即刻の帰還と補給を推奨します」

「あああ…いよいよもって、ダメか…!」

 

AIオペレートによるガス欠のお知らせ。休みを挟み、戦闘駆動で動かさなかったとはいえ、三日も歩かせていればモビルスーツはやがて動かなくなる。

 

そして、ガンダムはついに転倒した。倒れたガンダムの周りから砂が巻き上がり、白い機体の背中に降り注いだ。

 

熱中症もそうだが、逃亡生活でサブローの疲労がピークだったのも大きい。今までのんびりと頭を使わず畑仕事ばかりしていた彼にとって、一歩間違えば命取りの道中は非常にストレスフルだった。

 

もはや指一本動かない。意識もだんだん白く塗りつぶされていく。汗と鼻水と涎で、顔は汁まみれだ。もはや満身創痍。

消えて行く意識の中で最後に見たのは、こちらに向かってくる何かの影であった。

 

 

 

 

 

親衛隊が一人、ヴィクターが発見したモビルスーツ。ヌマズ砂漠に駐泊していたナルカ部隊の皆がその扱いの是非にただならぬ興味を抱いていた。この問題は、下手をすると自分たちの明日の命に関わるかもしれないからだ。

 

センサー類の発光が連邦軍がよく使う黄色であることから、恐らく連邦系の機体であると推測されているが、その外見は既存とは全く異なっている。

 

細身のシルエットに、白を基準としてやたら目立つトリコロール。全体的jにヒロイックな見た目をしている。

 

特に頭部は非常に特徴的だ。二本の角はブレードアンテナで、二つの目は高性能のセンサーカメラアイ。今までのどのモビルスーツにもない面構えである。

 

予想しなくてもわかる。これは新型試作機だ。何故こんな機体がヌマズ砂漠でぶっ倒れていたのか。中のパイロットにはじっくりとお話をしてもらわなければなるまい。

 

「オーライ、オーライ!」

「仰向けにしろー!メカニック以外は離れさせろ」

「ちょっと待ってくれ、砂が口に入った!」

「連邦の機体なんていじったことねえぞ…」

 

駐留艦隊の中央に引っ張ってこられた白い機体。メカニックが胴体をいじっていると、そのコクピットが開かれた。中には、若者が一人。

 

身長は180くらいだろうか。黒い髪は短いソフトモヒカンにされており、黒いライダースーツを着ている。白目を剥きつつ、汗と鼻水と涎にまみれていた。

 

非常に危険な状態で気を失っている。

 

「おい、担架持ってこい!」

「しっかりしろ、大丈夫か?」

「水だ、水を飲ませてやれ」

「いや、起きてからがいい。点滴を用意した方が…」

 

慌てふためくナルカの軍人たち。トラブルを持ってきた男が死ぬのは大損にしかならないし、こんな状態の人間を見殺しにするようなモラリティは持っていない。

 

コクピットシートから抱え上げられ、担架に乗って運ばれる男。その様子を、ソーラ女王はクインスローンから見ていた。

 

傍らに立つ女性親衛隊員が、ソーラの顔色を見た。

 

「どうかいたしましたか、ソーラ様?」

「私は前に、予感を感知したと言いました…確信はないのですが、彼がそうではないのかと思うのです」

「先日おっしゃっていたことですね。彼が、来るべき何かだと言うのですか?」

「確かめる必要があります。彼が私達にとって良きものか、悪しきを運ぶのか。直接会って話がしたい」

 

鶴の一声とはよく言ったものだ。女王はあの男を保護することに賛成のようだ。

 

あの男は連邦の機体を伴って現れた。衣服からして軍関係者ではない。何かトラブルを抱えているのは明白だ。

 

だが皆は容体の優れない男を看病しようとしている。女王は直接面談を望んでさえいる。

 

「ソーラ様、いけません。お考え直しください。連邦のスパイであるかもしれないのですよ!?」

「メイヴィー、地球連邦は愚かな組織ではありません。スパイや暗殺者を送るならもっと静かに送ってきます」

「しかし、そうでなくても…」

「何も一人でとは言いません。親衛隊を信頼しています」

「ソーラ様…」

 

主君から護衛は任せたと言外に言われ、メイヴィー・スノウは何も言えなくなってしまった。

 

かの男がソーラ女王に何か狼藉を働くのであれば、親衛隊が止めればいいのだ。簡単な話だ。彼女らは職務を全うすればいい。そうすれば女王に危害は行かない。

 

さらに信頼しているとまで言われたとあっては、もう何も言えない。メイヴィーとしては、聡明でありながら大胆な女王の護衛は心配が尽きない。

 

「艦長」

「はい、ソーラ様」

「あの男はどこへ置くのか」

「まだ決まっておりませんが…」

「クインスローンには空室が一つあったはずです。容体が安定次第そこに軟禁せよ」

「はぁ、よろしいので?

「親衛隊を信用していますから。それと、あのモビルスーツはどこへ収容するのか」

「艦載機を損耗してスペースが空いているので、『ワーラー』に」

「わかりました。ではワーラーの格納庫へ繋いでください」

「了解です。オペレータ、どうか」

「つながりました」

 

クインスローンのブリッジの中央モニターに、二本角のモビルスーツが無骨な格納庫へ運ばれる様子が映し出される。格納庫とは言ってもスモールサイズ艦が抱えるそれなので、モビルスーツは四機以上入らなそうなスペースでしかないが。

 

映像が出て数秒後、白いひげを生やした煤だらけの老人が画面に現れる。彼こそはワーラーの整備長だ。

 

「はいはいこちらワーラー!どちらさんで?」

「こちらはクインスローン。ソーラ様がお聞きしたいことがあるらしいが、どうか」

「く、くっくくくクインスローン!?ソーラ様がっ直々にぃ!?」

「貴官は整備長であるか?不明機収容、ご苦労。迅速な働きぶり、見事でした」

「へぇゃっ、ソーラ様、これはどうも、もったいなきお言葉を…」

「その機体のことで、今わかっていることを述べてください」

 

ソーラが出て着た途端あからさまに殊勝な態度をとる整備長。その様子からブリッジクルー達は、ソーラのカリスマ力を再認識させられた。

 

「こ…コクピットが開いたので動かせるかと思いましたが、エネルギーが尽きててダメみたいですな。それに指紋やら声紋チェックのセキュリティがあるようでして、そもそもあの若いのでなけりゃ動かせんようです」

「セキュリティはこの際いいとしても、エネルギーの消耗…燃料電池が切れたのでしょうか」

「いや、さっきコクピットの中からこれが出てきたんですがねぇ…」

 

整備長の片手にはそこそこに厚い何かの書類が握られている。整備長は書類を顔の前に掲げた。モニターに映る具合だ。

 

それを見て、クインスローン艦長が目を細める。

 

「マニュアル、でしょうか?」

「その通り。これの記述が正しけりゃ、アレの動力炉は原子力ジェネレータですな。燃料棒突っ込まないとイカンのです」

「ワーラーには予備の燃料棒はあるか」

「へえそりゃ…規格を合わせられるかが問題ですが」

「では、その機体の補給をお願いします。他の作業は優先して構いません」

「ええ、やるだけやってみます!任せてつかあさい」

「はい、よろしくお願いします。通信終わり」

 

モニターから髭が消え、黒いオフ状態に戻る。

 

「彼に聞くことが増えましたね」

「ソーラ様…」

 

不安そうなメイヴィーに比べ、ソーラの声は若干弾んでいるように感じられた。恐らくは、地球の人間との会話で何かを得ようとしているのだろう。

 

女王になる以前から物事への興味が強かったソーラだが、地球に対してのそれは政治的使命感もあってさらに強かった。

 

政治的使命感。ある目的を持った彼女にとっては、かの男がもたらすべき情報は大きな意味を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

どんよりと覚醒する意識。まだ全く見えない視界。自分が目を閉じているのだと気付くのに数秒の時間を要した。

 

目を開いても視界はかなりぼやけている。モザイクのようだ。

 

「あ、今目を醒ましました。意識が回復したようです」

「そうですか。ひとまずは安心ですね」

 

人影が複数。その中の一つは青い影をしていた。話し声と人影が確認できるということは、自分は何者かに助けられたということだろう。

 

もしくはここが死後の世界である可能性もあったが、頭痛が襲ってきたのでそれは無くなった。熱中症が後を引いているのか、頭が割れるように痛い。

 

激痛に顔をしかめ、目をつぶって痛みをこらえる。目を開くと視界がクリアになっていた。周りの景色がはっきり見える。

 

「ここは一体…俺は…」

「気が付きましたか?」

 

最初に目についたのは、正面に立つ少女だった。

 

青緑のロングヘア。大人びた長いまつ毛にパッチリとした瞳。非常に端正な美しい顔立ち。先の青い影は長い青髪によるものだった。

 

その佇まいは気品とカリスマ知性とを感じさせ、表情から神秘的な雰囲気が醸し出されている。一言で言えば。

 

「…かわいい」

 

声がかすれて出なかったのは幸運だった。初対面の相手にそんなことを言うのは失礼だと思う。

 

だが、それにしても目の前の少女は非常に、かなり、素晴らしく、可愛かった。タイプだ。どストライクだ。こんな少女を夜中に夢見て悶々としたものだ。

 

一目惚れとはこういうことを言うのだろう。顔面の位置と角度が固定され、目の前の女性から視界を移すことができない。

 

だが幸福な時間ほど短いのは世の中の掟だ。幸せなウォッチングタイムは、向こうからの言葉で終わりを告げる。

 

「私はナルカ共和国現女王、ソーラ・レ・パール・ナルカです。こちらの二人はナルカ親衛隊のショーン・ザンバーとメイヴィー・スノウ。あなたの後ろにいるのが、軍医のバロット・ドゥルコフ中尉です」

「ナルカ?女王?」

 

声をかけられて、思考が現実に帰ってくる。だが、夢心地以前にその内容についていけない。

 

いきなりの情報量の渦に脳味噌が拒否反応を示す。だがとりあえず相手の名前はわかった。自分が生きているということは、恐らく相手は会話を望んでいる。

 

「ここは私達の軍艦の内部です。モビルスーツの中で気を失ったあなたを拾って、今はこの部屋で軟禁しています」

「う、ウッス。助けてもらって申し訳ないっす」

「気になさらないでください、生きていてよかったです。早速ですけれど…お名前や所属、ここに至るまでの経緯をお話しして頂けますか?」

「あ、ハイ…」

 

女王、と言うことはかなり偉い人なのだろう。敬語がおぼつかない自分が会っていいのだろうか。

 

じろじろ睨んでくる両脇の二人。不思議なモビルスーツに乗っていた初対面の人間は信用できないらしい。当たり前だ。

 

親衛隊員の二人はソーラをしっかりガードできるポジションをキープしている。するつもりはないが、変なことはできそうもない。

 

とりあえずは、包み隠さず全てを話す必要があるようだ。

 

「お、俺はサブロー。サブロー・ライトニング…っス」

 

 

 

 

 

 

 

サブローはとにかく話した。舌が乾くまで話した。途中自分の分であろう食事が運ばれてきたが、水を一口飲むだけで手をつけなかった。

 

話しているうちに、自分が何を言っているのかわからなくなってきた。田舎の百姓の三男坊で、兄二人はテロリスト。連邦基地へテロを起こした兄貴達を止めに行ったら、連邦のモビルスーツに乗る羽目になり、上の兄貴が死んでしまう。そして下の兄貴を家族の元へ帰らせた後、自分は連邦の目を引くために、モビルスーツに乗ったまま逃げ出した。

 

作り話にしても酷すぎる。親衛隊の二人の疑いの視線が痛い。嘘は言ってないのに、不本意にホラ話を吹聴している気分になる。

 

だが、ソーラは興味深そうにサブローの話を聞いていた。まっすぐ真摯に受け止めてくれる。ただただ静かに、相槌も横槍も入れず。

 

最後に、兄が死んだ、自分も家族とはもう会えないことを話したとき、ソーラは一言こう言った。

 

「そうですか、お気の毒でしたね…」

 

それは、サブローの心に、失ったものを思い出させた。一緒に生きて来た兄、会えなくなった家族、壊された日常、置いてきた全て。今まで共に過ごしたものは失われたのだと、しっかり認識させられた。

 

ソーラの慰めはサブローの心を揺さぶった。だが同時に、サブローの悲しみを癒してくれた。

 

「お、俺の話は、俺の話は終わりです。これで…」

「わかりました。ありがとうございます」

 

サブローの顔がくしゃくしゃに歪む。涙が目から溢れ出す。喉から自然に情けない声が出て、様々な感情がごちゃ混ぜになる。

 

悲しみ、恐怖、安堵、喪失感、郷愁。運ばれた食事から湯気は消え、代わりにしょっぱい液体が上に降りかかった。

 

その様子を見ていたショーンとメイヴィーは、睨むのをやめた。この哀れな青年の姿に威圧感を与えるのは、色々と間違っている。

 

「サブローと言いましたね?」

「はっ…ぅぐっ…はい」

「お願いがあります。私は地球のことについてもっと知りたい。また来ます、お話を聞かせてください」

 

ソーラの伸ばした手は、哀れみだろうか。それともこの場の悲惨な空気を変えるアクションだろうか。

 

「はっ、ハイ、よろしく…お願いします…!」

 

生きる意義を失っていたサブローには、断る理由がなかった。

 

高貴な女王の白い手を、サブローのゴツゴツとした指が握った。

 



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3話Bパート

 

「豚一匹の体重は大体90キロぐらいで、頭とか内臓とかを取ると7割…63キロ残るんスよ」

「では、豚一匹からは63キロの肉が?」

「いや、そこからさらに骨とか脂身とか取ると、かなり減るっス。50キロもないっスね」

「たったそれだけ…ナルカの1世帯が食べる肉は年15キロ以上だから、一匹で3年も保ちませんね…」

 

食事をとって気を持ち直したサブローと、欲しい知識をくれる人間が出てきたことでテンションの上がったソーラ。二人の会話は弾んでいる。今は食事の中にあったソーセージから、豚肉の話が始まっていた。

 

サブローの家は畑仕事がメインだったが、近所の手伝いで牧畜もかじったことがある。彼にとってはそう難しい話ではないが、食糧難に苦しむコロニー国家の盟主たるソーラにとっては貴重な知識であった。

 

「コロニーに住んでる家族はいっぱいいるんスよね?」

「そうですね…しかし豚の飼育数を増やすと今度は酸素と土地が足りなくなります」

「餌も水ももっと必要になるから、単純に数を増やすのはキツイんじゃ…」

 

外交や軍事、交渉に長けるソーラだったが、若いソーラがナルカ共和国を立て直そうとすると、一人の指導者では長い時間がかかる。それにあたり、二人の指導者が分担して仕事を行うことで、わずか2年で過去最高級の経済成長を成し遂げた。

 

しかしソーラは、裏を返せばそれ以外、特に内政関係は摂政に任せっきりでいた。そんな中で地球の情報を、庶民生活のあれこれと共に教えてくれるサブローは、渡りに船といえよう。

 

が、護衛を任されたショーンとメイヴィーの親衛隊員二人は気が気でならない。素性の怪しい青年と守るべき主君が、テーブル一枚挟んで話をしている。奴がカッターナイフ一本隠し持っていたら、ソーラの命は尽きたも同然だ。

 

「ソーラ様、そろそろ本国との定時連絡のお時間です…」

「あ、はいっ。わかりました、ブリッジに参りましょう」

 

ついに我慢しきれなくなったメイヴィーが、定期予定を口実に会話を無理矢理切り上げさせた。連邦などに対する敵愾心が強い彼女にとって、この状況は耐え難いものであったらしい。

 

隣のショーンが何をやってるんだと言わんばかりに肘で小突いてくるが、メイヴィーは素知らぬ顔だ。ソーラ様と怪しい人物が接触する時間は短い方がいいに決まっているではないか。

 

「また来ます、サブロー」

「う、ウッス!待ってるっス、ソーラさん」

「ドゥルコフ少尉、サブローの容体は安定したようです。下がってもよい」

「もう元気そうだね、私の手は必要ないな?」

「先生も、世話んなったっス。俺はもういいっスよ」

「そうか、ぶり返さないように気をつけるんだよ」

「では、失礼します」

 

ソーラ、ドゥルコフ、メイヴィー、ショーンの順に部屋から出ていく。親衛隊の二人は振り向きざまにサブローをじっと見てからドアをくぐった。

 

合金製の自動開閉ドアが閉まり、オートロックが起動して、3人の姿は見えなくなった。後には、ソーラのことを思い出して惚けているサブローが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゥルコフと別れ、ソーラとお付きの二人はクインスローンのメイン通路を歩いていた。ただの廊下とは言えど、女王の座乗艦にふさわしい意匠や装飾が目に付く。ソーラの祖父である初代ナルカ国王とソーラの父である2代目国王の大写真が入った額縁を通り過ぎて、ソーラが口を開いた。

 

「彼は…あの機体について何も知らないようでしたね」

「…そうでない可能性もございます」

「無礼を承知で申し上げます。あのサブローとかいう男をあそこまで信頼するのは危険です。彼の対応にはどうか万全の注意を…」

「まだ無害な若者と決めるには早計ではあります。ですから、あなた達二人には新たな仕事を頼みたい」

「新たな、仕事…でございますか」

「何なりとお申し付けください」

 

二人が怪訝そうに尋ねる。ソーラはもったいぶらずに告げた。

 

「サブローの監視です」

「「監視、ですか?!」」

「それなら、サブローが万が一妙なことをしてもすぐ気付けるでしょう。二人の懸念を防ぐ絶好の役目です」

「は…はっ!親衛隊隊長ショーン・ザンバー、謹んで承ります」

「親衛隊隊員メイヴィー・スノウ、了解です!」

「よろしい。各位各々の任務に尽力せよ。頼みましたよ」

 

そうしてソーラは歩き出す。青い髪が揺れ、絨毯が足音を消す。

 

ショーンとメイヴィーは、複雑な表情でそれに着いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヌマズ砂漠は、かつては大きな街であったという。だが、宇宙移民が始まるにあたり、多くの住民がその土地から姿を消した。

 

住む人間のいなくなった街は維持する人間も消え、長い年月をかけて荒廃していき、最終的には鉄筋コンクリートと資源プラスチックの破片が劣化し尽くし、砂漠と化した。

 

太陽の熱と風で巻き上げられた砂がレーダーの効きを悪くする。モビルスーツの高性能レーダーさえも役に立たない。そんな中での偵察は命がけだ。

 

今、サブフライトシステム、略称SFSに乗ってヌマズ砂漠を飛ぶモビルスーツが複数。ブリジットが3に、レガストが6。視界も索敵範囲も最低な状況での偵察隊とはいえ、モビルスーツ9機による偵察行動は大規模と言える。

 

「どこを見渡しても砂だらけだ」

「これ全部人工物の破片とはなぁ、もったいねえ。元々は住める場所だったろうに」

「当時の連邦は作られたばかりで色々仕事が抜けてるなあ。コロニーが戦争しかけんのも納得だよな」

「そうだなあ」

「…おい待て、レーダーに反応!近いぞ」

「お前、こんな状況でレーダーがちゃんと働いてるとでも…なんだありゃ?!」

 

仕事中の緊張を紛らわすために駄弁っていた連邦兵たちが、各々何かを見付ける。それは、複数のスモールサイズ軍艦であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連邦の偵察部隊に見つかった。それに気が付いた時には、すでに戦闘距離一歩手前まで近寄られていた。

 

「敵モビルスーツ確認!」

「この距離まで来ていたのか!索敵班は何してた!?」

「申し訳ありません、砂嵐でレーダーが狂っているようです!」

 

ナルカの艦隊はたちまちパニックに陥った。至近距離にまで敵が近づいたことで準備を大急ぎで行う必要がある。

 

しかし彼らもプロだ。全速で戦闘態勢を整える。

 

「モビルスーツを出せ!出せる奴は全部だ!」

「こちら親衛隊のショーン、親衛隊のショーンだ!俺のディヴァインは出せるか!?」

「出撃可能なのはディヴァイン、ボルゾンが一機、予備のダナオスが一機!」

「それだけか!?」

「サブローとかいう奴が持って来たガンダムが…」

「他は?!」

「砂や損傷過多でダメです!」

「チィッ!」

 

使える機体は3機。レーダーを信用するなら敵機数は9。圧倒的にこちらが不利である。

 

頭数が足りない。戦力比は1対3。1対2でも厳しいというのに。

 

砂漠を強行突破して味方と合流すべきだったか。否、戦力がこちらにある程度残ったのは停泊して休息をとったからだ。

 

下手に動き回っていたら袋叩きにあっていただろう。今より少ない味方の数で。

 

「順次出撃!ダナオスはメイヴィーに乗ってもらう!できるな?」

「任せて!」

「ヴィクター!」

「わかってる!このボルゾンは僕のだ!」

「俺はディヴァインで行く!」

 

パイロットスーツに着替え、シートベルトを着用し、コクピットに座り、コクピットの上部にあるボタンやスイッチを次々と押す。

 

モニターやランプが点灯し、モビルスーツのエンジンに火が入る。起動完了。あとは、戦場に出るのみ。

 

「親衛隊、出るぞ!」

 

砂漠の上に乗ったSサイズ輸送艦隊のうち、3隻の後部ハッチが開く。そこから顔を覗かせるのは、ナルカ共和国製モビルスーツ。それぞれに親衛隊が乗っている。

 

背中のブースターから炎を吹き、三機の機体が大空へ飛ぶ。地に足をつけて歩くはずのモビルスーツが、大空を自在に飛び回っているのだ。

 

ナルカのモビルスーツは背中に半球状のユニット『コンバーターエンジン』がある。動力源である燃料電池はここに内蔵されているほか、ビームの羽を展開することで機体に揚力を与える。これによって、ナルカの機体は大気圏内における飛行能力を持つ。

 

空を飛ぶこと自体が大きなアドバンテージであるが、ナルカの機体は軽く、運動性も高い。装備を絞れば戦闘機とドッグファイトができ得るほどに速い。絶対的な速さこそが彼らの強みだ。

 

青い空に、ビームの羽を光らせて、3機の鉄巨人が天を舞う。目標は主人と祖国に仇なす連邦軍モビルスーツ隊。

 

相手も、モビルスーツを上部に乗せて搭載する航空機『サブフライトシステム』で飛行している。大気圏でモビルスーツが行うのは主に地上戦であるが、これから始まるのは空中戦であることは明白だろう。

 

3対9。敵のサブフライトシステムが戦闘能力を持つなら、その戦力比はさらに差が開く。勝利は全く望めない。だがナルカ共和国親衛隊はそんな状況でも立ち向かう。それが彼らの使命だから。

 

「こちらクインスローンこちらクインスローン。艦隊全艦は浮上して全速離脱する!親衛隊、足止めをしてくれ!」

「任せろ。ソーラ様も他の乗員も、俺たちが命に代えて守る」

「死ぬなよ!」

「約束しかねる!」

 

ショーンのコクピットにブリジットの影。

 

「敵機視認、行くぞっ!」

 

死闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソーラ様、お待ちください!サブローを解放するなんて、ましてやガンダムに乗せて出撃させるなんて…」

「親衛隊3機だけではこの状況はどうにもできません」

「無茶です!」

「お爺様…先先代の国王はこの言葉を残しました。戦場で手段を選ぶのは自殺行為だ、と。あの言葉には、私も同感です」

「そ、ソーラ様…」

「通らせてください」

 

外がなにやら騒がしいと思ったら、ソーラの声がする。手錠も外されたので自由に軟禁部屋を見ていたサブローは、唯一の出入り口を見た。

 

すると、自動開閉ドアが開き、真剣な表情を浮かべたソーラが現れた。

 

「そ、ソーラさん?どうしたんスか?なんかすごい騒がしく…」

「サブロー、お願いがあります」

「はい?」

「あのモビルスーツで、私の臣下達を助けてください。元は民間人であるあなたにこのようなことをお願いするのは非常に申し訳なく思います。しかし、今、私たちには…あなたの力が必要です」

「…ソーラさん…」

 

困惑するサブロー。見つめてくるソーラ。

 

サブローにとって、連邦は憎いとか、連盟が憎いとか、そういう思想はなかった。連邦と連盟が命を削り合う戦場において、彼は最もフリーな立場と言える。

 

どちらかに肩入れする理由がない以上、彼の行動はその場その場の感情に委ねられていた。

 

「…わかったっス」

「サブロー…ありがとうございます。将兵に代わり、お礼を申し上げます」

「礼なんて、いいっス。一宿一飯の恩義を…返したいと思っただけっスから」

「あなた一人のおかげで救われる命があるかもしれない。それにお礼を申したいのです」

「ソーラさん…俺、頑張るっス!行ってくるっス!」

「ご武運を」

 

開けっ放しのドアを走って通り過ぎるサブロー。それを見届けたのち、ソーラは懐から通信端末を取り出すと、凛とした声で告げた。

 

「ナルカ共和国現女王、ソーラ・レ・パール・ナルカの名において、客人サブロー・ライトニングの出撃及び作戦参加を許可する。各員、把握せよ!」

 

それぞれのSサイズ戦艦の内外スピーカーにその宣言は伝わっているだろう。この鶴の一声を止める人間は出ないはずだ。

 

あとで臣下達に謝らねばならない。そして、サブローにも。

 

家臣どころか、昨日今日会ったばかりの若者の命さえ捧げねばならない。自分の目標は、それほどに遠い道のりなのだろうか。

 

ソーラの、この戦争における目標。戦線のゴタゴタで有耶無耶になっていたが、その話は家臣一同にしっかりと伝えねばならない。

 

サブローはこの話を聞いて、何を思うのだろうか。地球の話をしてくれる青年のままで接してくれるだろうか。

 

「皆、生きてください…」

 

エスパーといえど、力及ぶ場でなくば無力だ。今のソーラには、祈るほかに術はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クインスローンのブリッジ下、非常避難口を開いて外へ出るサブロー。砂を含んだ風を顔に受けながらも、自分の機体を探す。

 

「サブロー君、君の乗って来たモビルスーツはワーラーにある」

「は!?ワーラー?!」

 

クインスローンのブリッジ上部に備えられたスピーカーから、艦長の声がする。マイクでこちらに指示をくれているようだ。

 

そういえばガンダムの在り処は聞かずに飛び出してしまっていた。サブローは己の愚かさを心中で嘆く。

 

「青と緑の迷彩のフネだ、見えるか!」

「青と緑…あれだな!?」

「そう、そこだ!その艦のコンテナの中だ!」

「おし、サンキュー!行ってくる!」

 

クインスローンをひょいひょいと降りる。体は鈍っていない。兄弟で山を駆け回った日々を思い出す。

 

口に入った砂を吐き出しつつ、ワーラーへとダッシュ。開きっぱなしの後部ハッチに飛び込んだ。

 

「おう、お前がサブローか!準備はできとるぞ!」

「爺さんが直してくれたのか!?」

「ガス突っ込んだだけ!時間はかかんなかったぜ。損傷もほぼなかったしな」

「動くんだな?」

「ああ。シートの横にマニュアルを出しておくから、読んどけ!」

 

ガスとはガソリンの隠語で、自動車の燃料がガソリンであったことから、この場においては乗り物の燃料と言う意味だ。サブローはよくわからないのでスルーした。

 

「じゃあ、すぐ乗っていくから!」

「FCSも弄ったから連邦機体をロックオンできる…話聞いてねえな?まあいいや行ってこい!」

「ありがとう!」

「死ぬなよボーズ!」

 

寝かせた状態のガンダムが見える。腰のあたりに立てかけられた梯子を登り、コクピットハッチ横のボタンを叩いた。

 

空気が抜けるような音がして、コクピットにつながる開閉ドアが口を開ける。サブローはそこへ身を潜らせた。

 

座ってからシートベルトを装着、そしてシート横の太いレバーを思い切り引く。轟く音は核融合ジェネレータが目覚めた証。モニターやランプが全て一気に光りだす。

 

「指紋、声紋、顔認証確認。お帰りなさいパイロット。ガンダム、起動します」

 

問題ない。これで動く。

 

立ち上がったガンダムが、格納庫の外へ通じるハッチへ歩き出す。ワーラーはSサイズであるため、出るのに時間はかからない。小部屋を出ていく感覚だ。

 

「ガンダムが出るぞ、踏み潰されんなーっ!」

 

先ほどの整備員の老人が仲間に呼びかける。格納庫の中の作業員はダッシュではけた。

 

のそのそと歩いてハッチの外へ。砂の大地を踏みしめて、ガンダムが陽の下に晒される。

 

「マニュアル…これか!よし、レーダー…これか。点いた!」

 

マニュアルはさっきの老人の言った通りの場所にあった。最初に開いたページにレーダーの操作方法が載っている。

 

目当てのページだ。これで戦闘エリアがわかる。すぐに見つかってよかった。

 

こういう時だけツイている。

 

「よっしゃあ!サブロー、行くぜーッ!」

 

ブースターペダルを蹴る。ガンダムがブースターダッシュで駆けた。

 



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3話Cパート

 

一面の砂、砂、砂。まるで視界いっぱいの砂の海、ヌマズ砂漠。

 

砂といっても岩石や鉱物ではなく、コンクリートや資源プラスチックの成れの果てなのだが、それは今はどうでもいい。重要なのは、この砂の上でモビルスーツ戦が行われていることだ。

 

サブフライトシステム、略称SFSに乗っかったレガストが複数。両腕代わりの機関砲をこれでもかとばら撒いてくる。

 

ショーンのディヴァインはその火線の嵐に潜り込む。無傷で通り過ぎた後、目前の相手にビームライフルを放つ。

 

相手ものんびり飛んでいるわけではない。SFSは横を向き、旋回するように回避機動を取る。ビームライフルは外れた。

 

再びの集中砲火。ナルカの機体は飛べる代わりに軽く脆い。あんな弾幕、当たってはたまらない。

 

集中砲火を受けるポイントから急速離脱。その一瞬に周囲を見渡す。

 

メイヴィーのダナオスも、ヴィクターのボルゾンも、敵機にちょっかいをかけては集中砲火で追い返されるパターンを繰り返している。双方一歩も譲らない膠着状態だ。

 

この場の敵機は6。ほかにも3機いるというのに、こんな状態で大丈夫なのか。大丈夫なわけがない。

 

「未だ一機も落とせずか!親衛隊長の名が泣くな…」

「独り言してる場合!?狙われてるのよ!」

「くぉおっ!」

 

二つの機関砲を持った機体が6。計12本の火線。レガストは安価な軽量機だが、両腕の火力は驚異的なのだ。数を揃えた途端どうしようもない相手に変わる。

 

どう手をつけたものか。このままでは残りの3機が来る前に負けかねない。

 

その時、3人の耳にソーラ女王の声が轟いた。

 

 

「ナルカ共和国現女王、ソーラ・レ・パール・ナルカの名において、客人サブロー・ライトニングの出撃及び作戦参加を許可する。各員、把握せよ!」

 

 

その内容は驚くべきものであった。

 

「は?」

「えぇっ、ちょっと!」

「なっ…」

 

一瞬、女王の乱心が疑われた。そして、それが乱心でないことはすぐに証明された。

 

レーダーに反応。3機の敵機と一機の味方機。敵の反応はブリジット。味方の反応は、詳細不明。

 

「不明機…ガンダムか!」

 

記憶の中の候補を口走る。とならば、乗り手はあの男。

 

突然現れた自称農家の三男坊、サブロー・ライトニング。女王は本当に奴を作戦に参加させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てやゴラァアア!!」

 

SFSに乗った敵モビルスーツを追いかけるガンダム。こめかみの辺りからは、20ミリ弾が絶えず飛んでいく。

 

マニュアルで頭部機関砲の存在を知り、早速撃って見たものの、効いている様子がない。そもそも、20ミリ程度ではモビルスーツに損傷を与えるのは難しい。敵が装甲の厚いブリジットであるのも理由の一つか。

 

「なんだこいつは?ろくな飛び道具がないのか」

「舐められたもんだ。ふざけやがって」

「別ポイントの味方のために囮になっているのか」

 

どんどん引き離されていくガンダム。機動性が高くても、空を飛んでいる相手の方が速い。

 

横並びの編隊を取っていた敵が散開する。彼らはサブローを囲んで叩くつもりのようだが、戦争素人のサブローがそれに気付けるはずもない。

 

真ん中の一機へひたすら突っ込んでいく。そしてそれぞれが反転し、サブローを狙う。

 

「集中砲火だ。俺に当てるなよ」

「了解」

「それはお互い様だろ」

 

ロケットランチャー、マシンガン、ビームライフルの弾がそれぞれガンダムに向けて放たれる。まっすぐ飛んでいくビームとロケットと徹甲弾。

 

「レーダー…敵の攻撃か!?」

 

レーダーに表示される、別々のスピードの赤い点が3つ。二本のブレードアンテナがもたらす索敵能力は、飛び道具の弾でさえもレーダーに表示してくれる。

 

「クソッタレぇええええ!!」

 

ブースターペダルを限界まで踏み込む。ジャンプしたガンダム。こちらへ進んで来るブリジット。

 

攻撃のためにガンダムの方を向いていたその一機は、必然的にガンダムのいる方へ直線的に飛んでいた。

 

第一射が跳んで避けられたため、そのパイロットはガンダムを見上げる。だが、白いシルエットは太陽と重なった。陽を直視して目が焼かれる。

 

「うっ」

「らぁあああああッ!」

 

そのまま空中でブーストを吹かしたタックルをブリジットにぶちかます。SFSが足をロックしていたので落ちはしなかったが、衝撃でビームライフルを取り落とす。

 

砂漠に突き刺さったビームライフルを拾うガンダム。規格が合っているため、セーフティなどは自動解除される。

 

コンソールに表示されるビームライフルのアイコン。

 

「ビームライフル、セーフティアンロック。オンライン」

「使えってか…?」

 

撃てる、というのをオペレートアナウンスが教えてくれた。コンソールをタッチ。

 

ガンダムは、地面と水平にビームライフルを向け、構える。

 

アームレバーのトリガーボタンを押せば、ビーム物質の弾が熱と光を伴って発射された。サブローのガンダムは、今日ここでまともな飛び道具を手に入れたのだ。

 

「撃てる、な。よっしゃ…」

「敵に武器を取られた!?」

「もう一度だ。もう一度囲んで、今度こそ!」

「メインモニターに表示された黄色い枠の中に敵を入れれば…」

「迂闊だ、反撃される恐れが…」

「3機で囲めば落とせんはずはない!」

「…当てられるんだったよなぁ!!」

 

敵を囲む位置どりのためにフラフラ飛ぶブリジットに、ビームライフルが向けられる。撃たれる。

 

「うぉっ!」

 

敵も訓練を積んだプロだ。素人の一発が直撃したりはしない。だが、SFSには当てられていた。

 

「ワーラGをパージする!」

 

下部が蕩けきったSFSから飛び降りるブリジット。

 

ど素人のサブローが今の攻撃を当てられたのは、ガンダムのデュアルセンサーカメラアイの恩恵だった。コンピュータやFCSと同期して、ロックオンの精度を向上させてくれたのである。ガンダムの性能が、一般市民と3機小隊を互角にせしめていた。

 

砂漠に墜落するSFS。着地するブリジット。飛びかかるガンダム。

 

「うぉおおおおお!」

「クソッタレがぁああああ!」

 

ブリジットが持つ、筒にグリップを付けたようなロケットランチャーが、火を吹いた。放たれるロケット。

 

サブローが機体を傾ける。それはほぼ動物的な勘であったが、おかげで命中すれすれでロケットを回避する。

 

「あっぶねえええええ!!」

 

コンソールを叩き、サーベル起動。ガンダムが左腕を背中に回し、バックパックのビームサーベルを掴んで、振り下ろす。

 

ロケットの爆発。ブースターによって巻き上がった大量の砂。煌めくビームサーベルの軌跡。ガンダムの二つの光る目。

 

それらの輝きが一瞬にして消え去った後、ブリジットの右腕は肩からごっそり切り落とされる。

 

「ぐああああ!貴様っ、うぁあああああ!」

「いただきっ」

 

サーベルをしまい、ロケットランチャーを持ったままの右腕を拾い上げるガンダム。ブースターダッシュで斬り付けたブリジットから離れるのも忘れない。

 

振り回すと、ブリジットの腕が落ちた。左腕にロケットランチャーのグリップを握る。

 

「堕ちろーっ!」

「うわ、やべっ。来た!」

 

両腕に武器を持ったはいいが、迫り来るブリジット達の方が動きが早い。攻撃体制に移行する前に、弾が飛んで来た。

 

武器を奪われた2機は、サブウェポンとして携帯しているビームガンを持って射撃してくる。フットペダルを踏み続け、右へ左へと動く。

 

素人のサブローがプロの軍人の包囲射撃を避け続けられるはずもなく、マシンガンの弾がガンダムの肩部へ当たる。ビームガンの弾が脇腹をかすめる。

 

「わーっ!わぁーっ!クソッタレぇえええ!!」

 

相手をロックオンして射撃、なんてできない。死なないように避けるだけで精一杯だ。

 

ガンダムの運動性と機動性が無ければとっくに死んでいただろうし、そうでなくてもいつ致命的な直撃を食らってもおかしくない。

 

「当たれ!」

「奴の動きは早い、よく狙え」

「確実に仕留めろ!」

 

一瞬、コクピットにビームを撃ち込まれて焼き殺されるビジョンが脳裏に浮かぶ。それが現実にならない保証はない。

 

これが戦場、命を奪い合う場所。サブローの耳元で、死神の足音がした。

 

「サブロー、待たせた!」

 

一瞬、耳慣れない声がする。誰だろう。

 

味方だ。

 

「ぜぁっ!」

「うわぁああああ!」

 

ブリジットの一機が背後からビームソードを刺される。空を飛ぶモビルスーツの攻撃だ。

 

胸部まで刃が通っている。コクピットを焼かれたのだろう。そのブリジットは動かない。

 

「なっ」

「落ちなさい!」

「ナルカの機体…」

 

別のブリジットが、レーダーで見つけたか、後ろを振り向く。だが攻撃を防ぐことは叶わず、すれ違いざまに片腕を切り飛ばされた。

 

「これでぇ!」

 

脇をすり抜けたナルカのモビルスーツは、隻腕の敵へマシンガンを浴びせる。ブリジットはその装甲でしばらく耐えたが、3秒間の集中射撃を食らって動かなくなる。

 

たった今撃破された2機はSFSに乗っていたが、乗り手が死んでコントロールを失ったからか、両方とも浮力を失って砂へ突っ込んだ。

 

それを呆然と眺めていた最後の一機を、アクアブルーの機体が切り捨てる。落下着地からの縦一閃。まるで稲妻のようだった。

 

サブローと戦っていた3機のブリジットはここに倒された。

 

「あ、あざっす」

「油断すんな、まだ来るぞ!」

「う、ういっす!」

 

死の恐怖で身体中脂汗まみれのサブロー。モビルスーツのコクピットは空調が効いていて暑くはないが、汗は生温い。下着のシャツが体に張り付いて不快だった。

 

「サブロー聞こえるか?俺は親衛隊長のショーンだ。お前はその両手の武器で後続を牽制しろ」

「後続?牽制?…ってなんすか?」

「後から敵が来るから、適当に撃って追っ払えってことよ!」

「うっす!」

「あと、その敬語っぽいのもやめろ!俺たちの前ではな!」

「う、うっ…す。わか…わかった」

 

ガンダムがバズーカとビームライフルを構える。ナルカの機体3機が同時に飛び立った。

 

ガンダムのレーダーが、6機の敵を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助けに来たと思ったら助けなくてはならないとは、全く世話の焼ける奴だ。ショーンはサブローに対してそう感じた。

 

だが、フォローに入るまで3対1で持ちこたえたのは評価に値する。このおかげで敵を分断し、結果的に3機を仕留めた。サブローがいなかったら、今倒した3機はもっと手強い相手と化したであろう。

 

レガストの編隊を振り切って敵に囲まれたガンダムを助け、体勢を整え仕切り直し。相手は6、こちらは4。勝機は大いにある。

 

「サブローの砲撃で敵が散開したら、ヴィクターは右、メイヴィーは左、俺は中央へ突っ込む。懐へ潜り込み、一気に叩くぞ」

「了解!」

「了解!」

「俺は…とにかく撃ってりゃいいんだな!」

 

ナルカの機体が空中でビームの羽を広げる。ブースターを吹かし、空中へ飛び上がる。眼下、ガンダムの右手のビームライフルと左手のロケットランチャーを撃ちまくった。

 

「おらおらおらおらーッ!」

 

モビルスーツの武器は稼働のためにモビルスーツからエネルギー供給を受ける必要がある。ショーン達は知る由もないが、本来連邦のモビルスーツの出力ではビームライフルとロケットランチャーの同時ドライブは不可能だ。これもガンダムの超出力の恩恵である。

 

ロケットとビームが薄い弾幕を形成。レガストへ襲いかかる。そのほとんどが弾着前に散って避けられるものの、いくつかはブリジットの片腕やSFSを粉砕した。

 

「当てたのか、あの距離から」

「あれが新型の性能…」

「サブローは想像以上にうまくやったな。俺たちも行くぞ!」

 

ナルカ親衛隊が散開したレガスト達へ突貫する。

 

空中にいた6機のうち、1機がSFSを失い地上へ落下。2機が機関砲武器腕の片方を損失。

 

「うわぁあ!」

「敵は砲撃機を用意したのか!?」

「ブリジット隊は何をしてたんだ、減るどころか敵機が増えてるんじゃないのか!」

 

やれる。メイヴィーのダナオスがビームソードを構え、旋回する。

 

ナルカ共和国製モビルスーツの特徴として、マイクロカメラがびっしりひしめく複眼を備えた頭部がある。それは側から見れば虫そのものであるが、無数のカメラが映し出す映像は、全天周囲モニターを実現した。

 

360度の景色が網羅されている。視界の外へ逃げた敵を、頭部を動かして追う必要がないのだ。

 

「くそ、待て!」

 

周囲をぐるぐると回るダナオスに対し、敵は必死に頭を向けて追い縋ろうとする。だが、メイヴィーはどんな複雑な軌道をとっても敵への視界を確保している。隙を見つけ次第、敵を撃てる。

 

「そこ…!」

 

背中を取った。マシンガンのトリガーを引く。

 

レガストはブリジットより脆い。あっという間に穴だらけだ。落ちていく敵機。

 

「うぁああ…」

「一機…次!」

「く、来るなーっ!わーっ!」

 

片側だけの機関砲を撃ってくるレガストの下へ潜り込み、SFSを両断。バランスを失ったところへ胸部に一突き。撃墜。

 

ダナオスは前大戦の頃、つまり約10年前に生産されたモデルだ。ナルカ最初の独自生産機体でもある。アンバランスなほどの細身で、所々コードが露出している。

 

ナルカの軍備強化は、前王が退役させたこの機体を前線復帰させることから始まった。それでも、最新式のビームライフルを運用できないほどの旧式なので、最新機種の開発が急がれた。

 

いまや作業用機代わりの予備機として前線の格納庫で埃をかぶるような機体。だがその性能の低さが、そんな機体で現行機を易々と撃墜するメイヴィーの実力を証明している。

 

「こちらヴィクター、2機やった」

 

そして、ナルカの最新機のボルゾン。こちらはナルカの現行主力機で、去年に開発生産が始まった。それもあって、メイヴィーよりも腕の劣るヴィクターでもレガスト2機を倒せるだけの活躍ができたようだ。

 

視界を横に向ければ、上下に分かれた別のレガストが重力に従い堕ちる姿。高速機動によるすれ違いざまの一刀両断は親衛隊長ショーンの得意技だ。

 

ショーンの乗るディヴァインはボルゾンとは別系統の試作機である。性能を追求されたが、アクチュエータなどの問題でピーキーな性能に仕上がった。それも、ショーンにとってはハンデにならない。

 

敵わないな。ディヴァインが活躍するたびに、メイヴィーはそう感じていた。

 

「最後の一機!」

「畜生、畜生ーっ!皆やられちまった!本部、HQ!応援を寄越せ、早く!」

「諦めの悪い奴だ…まだ抵抗するつもりらしい」

「拿捕どころか、手加減もできそうにないわね」

 

地上に落ちた奴が残っている。足を止め、対空砲火でこっちを狙っているようだ。

 

その腕を、ロケットが直撃。ガンダムの砲撃。意識の外からの遠距離の不意打ちだった。

 

「ぎゃああ!」

 

左の腕が爆散するレガスト。その怯んだ隙を、ショーンが突いた。

 

「今か!」

 

コンバーターエンジンが振動する。ブースターが炎を吐き出す。剣を構え、最大速度で敵へ突撃するディヴァイン。その姿はまるで青い切っ先だった。

 

掬い上げるような機動。青い切っ先となったディヴァインが通り過ぎた後、レガストの上下半身が泣き別れした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵機の全滅を確認!」

「ご苦労だった、親衛隊。今回の活躍も見事だ」

「いえ、サブローがいなければ敗北は必死でした。女王の采配と、彼の活躍があったればこそです」

「親衛隊長は謙虚で素晴らしい」

「恐れ入ります」

「さて、艦隊はこのエリアを離脱してゼラ達と合流する。ゲストと一緒に速やかに帰還せよ。異常だ」

「了解」

 

砂漠を飛ぶ3機のモビルスーツ。横並びに飛ぶ。

 

その後ろを、ガンダムが必死に追いかけている。弾切れになったので武器は捨てていた。

 

「…よくやったな、サブロー」

「ほんとほんと、素人とは思えねえや」

「いやあ、俺なんか何にもしてねえよ。皆が凄かっただけ」

 

 

謙遜だ。彼がいたから、ナルカ艦隊は大きな損失もなく生き延びた。

 

ショーンとメイヴィーは未だサブローを信用しきってはいない。敵陣営の新型モビルスーツから出てきた一般人を警戒するなという方が無理なのだ。だが、彼は命をかけて戦い、自分たちを救った。

 

それに対して失礼な態度を取り続けるのは、ナルカの沽券に関わる。

 

「急ぎなさいサブロー。もうすぐ艦隊が飛び立つのよ」

「えっ?」

「しばらく居座るつもりなんでしょう?」

「あ…わ、わかった!」

 

だから、最低でも今は礼を示さねばならない。

 

全力で敵愾心を露わにするのも良くない。もしかしたら、事故か何かに巻き込まれた不幸な一般人である可能性もあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

怖かった。もうすぐで死ぬところだった。視界の中央から後ろへ流れていく砂の大地をじっと見つつ、サブローはため息をつく。

 

時間が経っていなかったこともあってか鮮明に思い出せる。敵に囲まれ、集中砲火を食らったあの戦いの一瞬を。

 

恐ろしい死神が、あと少しまで迫っていた。サブローの背中には、あの時に流した脂汗がじっとりと着いている。

 

人生で最も死を意識した。今は、最も恐怖を意識している。これが、戦場。命の奪い合い。

 

「こっ…えぇ」

 

死ぬ理由はない。まだ生きていたい。だが今の自分に、具体的な生きる理由はあるのか。

 

家族の元へ帰るのか。違う。お尋ね者となった自分が、家族と会える可能性はない。

 

イチローの仇をとるのか。違う。イチローは連邦にテロを仕掛けて、その反撃で死んだ。それで連邦を憎めば、それは逆恨みにしかならない。不毛だ。

 

「イチロー…」

 

イチローが死んだ理由。死因とかのわかりやすいものでなく、もっと根本的に。なぜ、イチローは死んでしまうような目に遭ったのか。

 

サブローは、ジローと別れる寸前、イチローが死んだ理由を知りたいと語った。もうそれを知る術はないのだろうとも。

 

だが、偶然にも、サブローはその答えを教えてくれそうな人間に会えた。

 

「サブロー、お疲れ様です。ソーラです」

「…そ、ソーラさん」

「今こうして私達が無事でいられるのも、あなたの活躍のおかげです。臣下一同に代り、改めて、あなたの作戦参加を感謝します」

「…どういたしまして、っす…」

 

サブローはソーラに言いたいことがあった。だが、言っていいのかわからなかった。どうしようもなく変なお願いを言おうとしていたから。

 

口をもごもごさせ、唇を絶え間なく変形させ、それでも言葉が出ない。言えばいいのに、言えない。恥ずかしいのか、情けないからか、その理由もわからない。

 

様々な感情が渦巻いて、サブローが言おうとした言葉が封じられる。

 

「…どうか、しましたか」

 

だが、ソーラは女王である以前に政治家だ。サブローの様子を察してくれた。

 

それがサブローの背中を後押しした。

 

「俺、兄貴が死んだ理由を知りたいっす。なんでイチローは死ななければならなかったのか、俺知りたいっす」

「…私と一緒なら、それを知ることができると?」

「皿洗いでも便所掃除でもなんでもやります、俺を…俺を連れて行って欲しいっす!少なくとも、そういうことに詳しいソーラさんなら、俺の疑問に答えをくれるかもしれない。できなくても、答えに近付くには…俺一人じゃ無理なんだ!」

 

なんてことを頼むのだろうか。いきなり現れた男が一国の女王にこのようなお願いをするなんて、とても正気じゃない。

 

だが、サブローの口は止まらなかった。イチローが死んだ意味も、ジローが不幸な目にあう意味も、自身がこのモビルスーツに乗った意味も、まだ知っていない。命をかけてでも知りたい。

 

「いいでしょう」

「…え?」

 

ソーラは即答した。

 

「元々私も、あなたに知識を教えて欲しかった。あなたが私と共にナルカ艦隊と同行してくれるなら、これ以上のことはありません」

「そ、ソーラさん…!」

「お互いが知らないことを、教え合いましょう。これからよろしくお願いします、サブロー」

「ありがとう…ありがとうっす…」

 

嬉しさに飛び上がりそうになる体を抑えて、サブローは嬉しさを飽和させた。ガンダムのスピードが速くなる。

 

ソーラの待つクインスローンが見えてきた。先行する親衛隊機。

 

「ナルカ共和国現女王、ソーラ・レ・パール・ナルカの名において、あなたを歓迎します」

「は、はいっ!」

 

暴力と混乱の非日常によって粉々に破壊されたサブローの日常。彼の人生は一度、同時に消え去った。

 

しかし、ソーラとの出会いが、彼にもう一度人生を生きる意味を与えた。

 

「ガンダム収容、降りてクインスローンへ行け!」

「うっす!」

 

砂を踏みしめて、出た時とは逆にワーラーからクインスローンへ走って向かうサブロー。その足取りは、実際の喜び以上に軽やかであった。

 

「全艦、浮上!本艦隊はゼラ隊と合流の後、マスドライバー基地へ向かう!」

 

Sサイズ軍艦たちは、特殊なフィールドで空気の上に『乗る』。その光景は、大空を船が浮くメルヘンなそれであった。

 

「出航!」

 

夕日が沈む。ヌマズ砂漠は、真っ赤に輝いていた。

 



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第4話 杞憂と出撃、駆ける初陣
4話Aパート


 

Lサイズ特殊戦闘空母、ペガリオ級ペガリオ。全長250メートル、全高35メートル、全幅100メートル。

 

長方形の艦体が特徴的な、巨大なシルエットの戦艦だ。艦中央のフローティングフィールドジェネレーターにより、空気の上に乗ることで大気圏での飛行が可能となっている。

 

この艦は現在、中国大陸の大空を突っ切って日本へと向かっていた。

 

その一室、艦上部の兵宿舎ユニットの休憩室で、メリー・アンダーソンは自動販売機に100ホープス硬貨を突っ込む。缶コーヒーのアイコン下のボタンを押すと、注文通りの品物が取り出し口に落っこちる。

 

プルタブを開け、口を付け、一言。

 

「あつっ」

 

メリーは昔から猫舌だった。両親が過保護なせいで、息を吹きかけてしっかり冷まされたご飯を食べていたのだ。そのせいで舌に熱耐性が上手く身につかなかったのだろう。

 

両親で思い出す。家族が今の自分を見たら、どう思うだろう。

 

明日はメリーの初陣だ。初めての実戦、初めての戦場。それは今までのどの訓練とも桁違いの難関になるはずだ。下手すれば、その初陣で死んでしまうかもしれない。

 

怖くないといえば、嘘になる。恐怖を紛らわせようと自販機で缶コーヒーを買うくらいには緊張している。

 

白一面で塗られた壁。この休憩室は綺麗過ぎて何か落ち着かない。

 

「あ、先客」

「メリーじゃない。どうしたの?」

「あ、おっす〜二人とも〜」

 

コーヒーをちびちび啜っていると、ショコラとアリスが入ってきた。これでGT-1のガンダムパイロットが全員揃ったことになる。

 

「や、なんか…明日が実戦だなって思ったら、落ち着かなくって…」

「誰も聞いてない。でも気持ちはわかる」

「まあ、そうね。色々と、ね」

「うん…」

 

3人は親しい間柄だ。地球連邦軍は入隊当初、新兵教育のための1年を過ごす。モビルスーツパイロットの場合、その後も1年かけてモビルスーツの操縦訓練を受ける。

 

メリーとショコラとアリスは、新兵教育からの友人だった。訓練仲間、というべきか。新兵教育を履修した後、3人揃ってモビルスーツ訓練を学び、そして3人揃って新型機ガンダムのパイロットとして努力し続けてきた。

 

今もまた、3人揃って同じ戦場に赴こうとしている。

 

「入隊した時からこれは覚悟してたと思ったんだけどなあ」

「いざ初陣!ってなると、なんだかね」

「二人とも緊張し過ぎ」

「アリスは平気?」

「うん」

「強がってるだけじゃないかしら。絶対そうよ」

「そんなことない。メリーが行軍マラソン訓練で泥の中に潜った時もそう思ってた」

「ちょ…それまだ覚えてたのぉ!?」

「あれは酷かったわねぇ」

「無様」

「や、やめてよぉ!私だって覚えてるよ、寝るときの恋バナ!」

「え、あ、待って。まさか」

「ショコラがいきなり良い家系の息子の男の子と知り合いになりたい〜って言い出した!覚えてる!」

「あれも酷かった」

「そっちこそ何変なこと思い出してるの!ちょっと…」

 

もうすぐ実戦、と言うことも忘れ、3人は思い出話に花を咲かせた。何気ない会話が弾み、笑い、楽しむ。

 

中身があるようでほとんどない、綿菓子のようにふわふわとした会話。それが、彼女らは若い娘であることを証明していた。

 

果たして、この思い出話をもう一度楽しむことができるのか。これは戦場への恐怖を紛らわせるためのトークではないのか。

 

胸に去来した負の疑問。それを今ここで口にすることは、他の二人への侮辱に感じた。

 

「ねえ。そういえばさ。私たちの機体、訓練に使ったガンダムをそのまま使うんだよね」

「いきなり何?まあ、その通りよ」

「それが、どうかした?」

「いや…最初に乗った時と比べて、色々くっつけられたね、って…」

 

メリーの一言に、ショコラとアリスが同意するように頷く。彼女たちの機体、ガンダムは、その当初とは大きく姿を変えているのだ。

 

時はペガリオに乗艦した時より更に少し前、約一週間前に遡る。

 

 

 

 

 

地球連邦軍、ケルンテン基地。第3モビルスーツガレージ。

 

早朝から叩き起こされ、昨日の訓練の疲れが癒えない体でガレージに集まったGT-1パイロット3人娘は、そこで自らの愛機に様々な装備が施されているのを見た。

 

3機それぞれの追加装備に共通性はなく、ほぼ全て別々のものだった。共通するのはバックパックから伸びる細長いサブアームだけ。

 

例えば、メリーのダンシングシープ。バックパックの後ろにくっつけられる、複数のスラスターを持つユニット。リアスカートのハードポイントに接続されるビームサーベル発信器の倍はあろうかという長さの筒。

 

例えば、ショコラのスリーピーラビット。全身に纏われる追加装甲。サブアームが保持する、モビルスーツの全身を覆う程の巨大シールド。

 

 

例えば、アリスのスマイリードッグ。肩に装備されるキャノン。脚部横に装着されるミサイルランチャー。

 

「すごぉい…!」

 

呑気に感嘆するのはメリーだけで、ショコラは唐突な状況に驚き、アリスは怪訝そうに首を捻る。そんな三者三様の反応を眺めつつ、3人よりも早く来ていたセイヴが説明を始めた。

 

「以前、ガンダムはただの素体で、莫大な出力によって多様かつ強力な兵装を追加装備できると言ったね。これが、その追加装備だ」

 

それは、3人が初めてガンダムとセイヴに邂逅した際に行われた集会での発言。あれには一切の嘘偽りはなかったのである。

 

続々と装着されていく追加装備たち。新型機であるため、作業員はマニュアル片手に四苦八苦している。メカニック担当としてのだが、彼らもGT-1のメンバーだ。

 

「出力以外の面でガンダムを上回るモビルスーツはいる。だが、ガンダムの強みは基本性能ではなく、その高出力で強力な追加装備を多数運用できる面にある」

 

セイヴは続ける。

 

「これが、ガンダムの本当の運用法というわけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時は本当に驚いたわね。昨日乗ってた機体がガラッと様変わりしているんですもの」

「私もすごくびっくりした!確か、私達の得意分野で追加装備が変わってるんだっけ?」

「その通り。訓練の記録から特務大尉が選定したみたい」

「全部私達にぴったりだったね。やっぱセイヴ大尉ってすごいよ〜」

 

立ち話もそこそこに、3人は休憩室のテーブルに座っていた。そこでもまたミリタリー色の強いガールズトークを展開している。

 

彼女達の前には、それぞれ空中投影型モニターが置かれている。連邦軍人全員に配布される携帯端末の機能だ。

 

映像の中身は、3人のそれぞれのガンダム。そのコンピュータグラフィックのモデルである。ペガリオの格納庫で眠るそれぞれの機体が、ペガリオ格納庫のカメラを通じてCGで再現、そのモデルを360度じっくり眺められる、という機能だ。

 

その画面の中のガンダムは全て白がメインのトリコロールだが、3機それぞれの追加装備は単色で統一されており、それが各機体に視覚上の差異を生んでいる。

 

メリーのガンダムは赤。ショコラのガンダムは緑。アリスのガンダムは青。色で特徴付けられているのは、映像データにおけるわかりやすさのためなのだろう。テスト部隊らしい、とショコラは感じた。

 

「私は機動性、ショコラは防御力、アリスは遠距離火力。だよね?」

「そう」

「よく見てくれてるというか、なんというか…」

 

メリーは回避機動が多く、それでいて動きが激しいために、機動力を補助する装備が与えられた。

 

ショコラは防御姿勢が完璧で、被弾時のダメージを抑えるのが得意だったため、防御力を向上させる装備が与えられた。

 

アリスは遠距離射撃における命中率が高く、狙撃センスを持っていたため、遠距離用装備が与えられた。

 

セイヴ特務大尉は3人の得意分野を伸ばす方向で追加装備を選定した。あとは、彼の期待通り、ガンダムとその追加装備の性能を実戦で引き出せばいい。

 

言葉にするのは簡単だ。

 

「それが実戦でも、通用するのかな、って…」

「メリー?」

「あ、いや、ごめんね。やっぱり…不安なんだよね。私、できるのかなって」

「メリー…気負いすぎなんじゃない?大丈夫?」

「うん。出撃はするし、戦ってみせる。でも、やっぱね…」

 

浮ついた雰囲気が一気に沈み込む。メリーの頭からは、戦場への不安が抜けきっていない。

 

ショコラは、メリーが過度に緊張していると感じた。適度な緊張は物事に対する集中力を生むが、過度の緊張は心身の硬直を招く。肝心な場面で固まり、大きな失敗を生む元となるのだ。

 

メリーはそんな状態に陥っているのだろう。緊張をほぐそうにも、自分も実戦への不安が残っている。何を言っても説得力がないだろう。

 

「メリー、落ち着いて、リラックスしなさい。らしくないわよ」

「ショコラの言う通り。今日はもう休んで」

「…うん、ありがとう」

 

こんな言葉をかけるしかない。だがせめて、この一言がメリーの命を救ってくれるように願う。

 

「じゃあね、おやすみ。また明日」

「うん、明日はがんばりましょうね」

「おやすみ。また明日」

 

そうして、3人娘は解散した。ショコラとアリスが去った後には、メリー一人しかいない。

 

湯気も中身も消えたコーヒー缶を名残惜しそうにゴミ箱へ押し込み、メリーも休憩室を出た。戦場への不安は、未だ彼女の中で燻っている。

 

 

 

 

 

 

 

自室へと向かう廊下を行くメリーの前に、一人の男が現れた。セイヴ・ライン特務大尉だ。

 

「あっ、セイヴ大尉」

「ん?ああ、メリー少尉か。自分の部屋へ?君の部屋はこっちだったか」

「あ、はい…」

 

メリーは、セイヴが好みの男性だった。初めて見た時からその甘いマスクにメロメロで、そのミステリアスな雰囲気に憧れを抱いていた。

 

だが、実戦に対する緊張を抱えた今の彼女には、そんな相手の前ではしゃぐ元気はない。

 

「浮かない顔だけど、どうしたんだ?」

 

心配してくれるセイヴ。メリーは口を窄め、何かを言おうとしても、何も言えない。

 

「…明日の作戦のことかな?」

「…はい」

 

心当たりは的中した。残念ながら、深刻な悩みだった。

 

初実践に赴く兵士が抱く不安。軽々しいアドバイスはできない。

 

セイヴも実戦は経験したことはない。が、メリーをこの状態で初陣に送り出せるほど、無知を被る気にはなれなかった。

 

「そこに座ろう。少しだけ、話でもしようか」

「あ、はいっ」

 

ペガリオの通路には、等間隔で固定式の長椅子が置かれている。これは緊急物資のコンテナも兼ねていて、シートを開けると消化剤や医療キットが入っている。無論、主目的はクルーの簡易休息の助けだ。

 

その上に、二人は腰を下ろした。親密な関係でもないため、一人分の隙間を開ける。

 

「まず、深呼吸だ」

「は、はい」

 

鼻から大きく息を吸い、口から吐き出す。すると、先ほどまでバクバク鳴っていた心臓が、少しずつ落ち着きを取り戻した。

 

肩から余分な力が抜けていく。メリーがリラックスした頃を見計らって、セイヴは話し始めた。

 

「メリー少尉」

「はい」

「訓練の成果を云々、なんて言うつもりはない。実戦と訓練は大いに違う。どれだけ訓練を積もうと、初実戦は初実戦。皆素人なんだ」

「はい…」

「だから一人で無理する必要はない。君は一人なんかじゃない。腕利きの部隊が援護してくれるし、ショコラ少尉もアリス少尉も君と一緒に頑張ってくれる」

「一人じゃ…ない」

 

その言葉は、メリーにすっと溶け込んでいった。

 

メリーは一人きりが嫌いな人間だった。どんな場所にも知り合いや友人、家族がいないと落ち着かなく、一人ぼっちの孤独感に耐えられない人間だった。お気楽な性格を気取るのも、親しい人とずっと付き合いたい心理からである。

 

だが、狭いコクピットではどうあがいても一人きりだ。その上で命を晒すなど、耐え難い。

 

だがそれは、彼女の考えようによるもの。作戦時に共にいてくれる仲間がいれば、一人などでは決してない。

 

「俺も君達のために全力を尽くす。ペガリオクルーの皆もそうだ。初陣の君を孤立させはしない。だから、君は君にできる全力を出せばいい。そして、最後には生きて帰ってくるんだ」

「…はい、了解です!」

 

その言葉を受けて、ようやくメリーから緊張と不安が拭い去られていく。自分は一人じゃない。

 

それが、彼女に自信と安心感をもたらす。

 

「…その様子なら、もう大丈夫かな?」

「はい、心配おかけしました。私、行けるような気がします。一人じゃないなら、頑張れちゃう気がします!」

「気張りすぎて、凡ミスしたりしないようにね?」

「うっ、き、気を付けます」

「はは、いや、メリー少尉なら大丈夫だ。君は優秀なパイロットだからね」

「ありがとうございます!」

 

気がつけば、元気がなかったメリーは、いつもの元気の有り余るメリーとなっている。この状態でなにかヘマをやらかさないか気苦労が生まれるが、少なくとも不安にまみれたまま初陣を飾るよりはマシだろう。

 

それに、自分で太鼓判を押したはずだ。彼女は優秀なパイロット。自信をつけた今、心配することはない。

 

銀髪ポニーテールを揺らしながら頷くメリー。彼女と接していると、セイヴ自身も明るくなれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前11時。ニッポンはフジ山の麓。ここには地球連邦軍の辺境基地があった。今は、コロニー連盟の電撃戦によってその制圧下にある。

 

ペガリオの部隊は、同時攻撃をかける陸上部隊と共にフジ基地に侵入。フジ基地の敵戦力を排除する。それも、上空約1万メートルから。

 

古き良き降下作戦。敵の防衛戦を無視してて重要拠点を奇襲する。

 

兵員を上空から降下させるエアボーンは、天候による失敗や、降下重量の制限による装備量の少なさが欠点とされる。しかしモビルスーツなら、サイズと火力によってそれらの欠点を無視できる。

 

真下には雲。いつも見上げていたそれが眼下にある。今からここへ突入するのだ。

 

 

「こちらペガリオ。各パイロット、問題はないか」

「ペガリオアルファ隊、異常ありません」

「こちらブラボー、問題なし」

「ガンダムチーム、調子はどうだ?」

「こちらメリー、ダンシングシープはオーケーです!」

「こちらショコラ、スリーピーラビットは問題なしです」

「こちらアリス、スマイリードッグもオールグリーン」

「よし、降下開始まで5カウント。5…」

 

メリーがメインモニターを睨み、レバーを握る。深呼吸を一回。

 

「4…」

 

ショコラも同様に、ひたすら集中力を高める。

 

「3…」

 

アリスはリラックスしている。しかし、いつもの仏頂面が、僅かに歪んでいた。

 

「2…」

 

セイヴは、メインブリッジにて、モニターで3機のガンダムを見守っている。

 

「1…0!総員発進せよ」

 

ペガリオの前面ハッチが開いた。前面3つの格納庫のハッチが開き、3つの口からモビルスーツが次々、カタパルトで射出されていく。

 

そして、3人娘の番だ。

 

「ショコラ・ガレット、ガンダム出ます!」

「アリス・サカモト、出撃します」

「メリー・アンダーソン、ダンシングシープ、いっきまーす!!」

 

命を削る地獄の戦場へと飛び出す3機のガンダム。雲を抜け、下を見れば、砲火の嵐。

 

戦闘はすでに始まっていた。

 



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4話Bパート

フジ基地。ここは本来、連邦軍の軍事基地であった。しかし現在は、コロニー国家アールデン共和国の電撃攻撃によって制圧され、その支配下に置かれている。

 

そんなフジ基地であるが、制圧の一週間後には連邦軍による奪還作戦が決行されていた。

 

前後から迫る対地ミサイルの嵐。砲弾の雨。

 

建造物に命中し、爆ぜる。爆ぜる。構造物が崩れ落ちる。辺りから煙が上がり、炎が基地を焦がす。

 

「ええい、連邦はこの基地が惜しくないのか!?容赦無く爆撃してきおってぇ!」

 

制圧部隊の隊長であったアールデンのリドリー・ヴィンヘルト少佐は、自分の為に用意させたモビルスーツの中で吠えた。連邦の部隊が、捕虜や基地の施設に遠慮なしに攻撃していると判断したためである。

 

実際には違う。フジ基地は元々連邦のものだったのだ。連邦側には攻撃してはいけないポイントは把握されていて、そこ以外を徹底的に爆撃されているだけ。

 

「敵の爆撃ポイントから離れろ、散れっ!纏めてやられるぞ!」

 

そして、爆撃地点からアールデンの部隊が離れたその瞬間、連邦の本命が叩き込まれる。

 

「ヴィンヘルト少佐!上空に敵反応です!」

「何?!」

 

モビルスーツによる航空降下奇襲。爆撃によって浮き足立った敵のど真ん中へ、モビルスーツが飛び込んで大暴れする。

 

降下部隊に対応する間にも前後の地上部隊は攻撃を仕掛けて来るだろう。いや、降下部隊に被害を出さぬよう爆撃ではなく突撃をかけてくるかもしれない。そうなったら取り囲まれて各個撃破されて負ける。そしてその状況は絶対に避けられない。

 

詰み、だ。チェックメイト。王手とも言える。

 

アールデンの部隊に、もはや勝ち目はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラムドはアールデン開発のモビルスーツだ。ずんぐりとした体型は被弾経始を考慮して曲線主体にした名残だ。機体内部も余計な機器を排除し、構造を単純化して耐久力の向上を実現した。

 

だが、ビームライフルを防げるほどではない。

 

「ぎゃああっ」

 

上空から胴体を狙い撃ち。一射で仕留める。

 

ダンシングシープが急降下しながら、眼下の基地へ射撃を加える。ただ闇雲に撃っているのではなく、FCSの補助を受けた高精度ロックオンを頼った狙撃。ガンダムのデュアルセンサーカメラアイとツインブレードアンテナによる恩恵だ。

 

全10発のうち8発が命中、3機を撃墜。少し離れたところで同じく降下射撃を行なっているショコラとアリスも、アールデンのモビルスーツを次々打ち倒しているに違いない。

 

制圧一週間では基地内の対空設備を掌握できなかったか、もしくは味方の砲撃爆撃が対空火器を潰してくれたおかげか、アールデン部隊からの反撃はモビルスーツによるものばかりだ。

 

着陸場所の敵を退け、やがてガンダムは地表へ接近する。

 

ブースターペダルを踏み、逆噴射。落下速度を殺して軟着陸。コクピットへ軽い衝撃。

 

ガンダムが大地に立つ。

 

「こちらメリー、基地内部に到着しました」

「こちらショコラ、同様に着陸完了」

「こちらアリス、ポイントへ到着」

「二人とも無事…よかった」

 

3人娘の報告。全員が無事であることにメリーが安堵する。

 

さて問題はここからだ。フジ基地の内部へ着陸することだけが今回の任務ではない。周辺の敵を攻撃し、撃滅。他の味方部隊と共にアールデン部隊を駆逐することが作戦目標だ。

 

それを遂行するまで、油断はできない。

 

「よし、GT-1各機は集結せよ。レーダーで味方の位置を確認しつつ、遊撃にあたれ」

「「「了解!」」」

 

他二人と合流して、手当たり次第に敵を倒せ。雑な命令だ。だが今はこうするしかない。

 

「ラビットとドッグは…」

 

メリーはレーダーを見た。他二人のガンダムを探すためだ。

 

だがその行動が、彼女の命を救った。

 

「敵反応…後ろ!?」

 

シールドを投げ捨て、サーベルを引き抜き、振り向く。ずんぐりとしたシルエットがブーストダッシュで接近してくる。味方ではない。

 

敵がサーベルを振り下ろすのとシンクロするように、ダンシングシープは左腕を突き出す。その手にはアクティブ状態のビームサーベルがあった。

 

ぶつかり合うビームの刃。

 

「くぅう…っ」

「こいつ…こんのっ!」

「負けるかぁ!!」

 

磁力線などによって大量に集められたビーム物質は、その周囲に不可視の力場を発生させる。この力場同士をぶつけた場合、その力場は金属をぶつけ合わせたように振る舞う。これがビームサーベル効果だ。

 

ビームサーベル効果によって、質量が低いビーム物質の刃でも鍔迫り合いが起きる。ロムドとガンダムが、お互いへサーベルを押し付けようと腕を押し込んだ。

 

「ふぅっ!」

 

だが、相手の刃が穿ち抜けぬのではいくら刃を合わせても無意味。仕切り直しとばかりに二機は後ろへ下がった。

 

「連邦の新型か!?」

 

ロムドはビームサーベルを上段に振り上げ、先程と同じようにブーストダッシュで接近する。一気に近づいて叩っ斬るつもりだ。

 

ここで得策なのは、リスクの高い斬り合いに付き合わずに距離を取ることだ。だが、そんなことに気付ける経験もないメリーは、別の手で対抗した。

 

「いっ…」

 

ブースターペダルを限界まで踏み込んだのである。

 

「けぇえ!!」

 

ラムドがサーベルを振り下ろす寸前に、ガンダムの白い影が通り過ぎる。メリーはその一瞬に、ガンダムの左腕を動かした。サーベルを持った左腕を。

 

「なにぃ…?!ぐわあ!!」

 

すれ違いざまの一閃。刹那で勝負は決した。コクピットにまで到達する深々とした切れ込み。

 

速度を強化する追加装備を手に入れたダンシングシープの推力で、ラムドの一太刀より早くその懐へ突っ込んだ。

 

後ろで動かなくなったラムドの一機を尻目に、メリーは深呼吸する。こんな一勝に喜んでいる場合じゃない。

 

「ショコラ、アリス、今どこ?」

 

二人と合流して、作戦を遂行せねば。作戦は始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フジ基地の中央、第2兵舎棟。その周りで、ヴィンヘルト少佐率いるモビルスーツ隊は数秒の休息を取っていた。

 

休息といっても、モビルスーツに乗ったまま呼吸を整えるだけだ。余裕のある者でも、一口水を飲む程度。

 

戦闘はまだ終わっていないし、そも辺り一面火の海で、本格的な休息などとれようもない。

 

「畜生…こんな、こんな場所でぇ…!」

 

ヴィンヘルトは恨み言を言いつつ歯を食いしばった。眼帯の周りに深々と皺が生まれる。顔中にびっしり浮かぶ汗は、死への恐怖によるものか。

 

「こんな場所で死んでたまるか、私は…!おのれドラクル公!」

 

ヴィンヘルトの眼帯の奥には、眼球がない。代わりに人工の生体組織で作られた精巧な義眼が入っている。それは失われた片目の役割はしてくれなかった。

 

ヴィンヘルトは、ダーリックの腹心の部下として、出世のために多くを捧げた。片目を失うほど過酷な作戦も黙々とこなしてみせた。

 

だが、ダーリックはそんなヴィンヘルトに労いの言葉一つ送ってこない。もしや、竜公は自分を捨て駒の一つとしてしか見ていないのか。彼の予感は的中していた。ダーリックはヴィンヘルトに、大した期待も深い信頼も向けていないのである。

 

ヴィンヘルトの不安は、ダーリックへの隠された憎悪に変わった。いつかあの男を、赤い執務室で踏ん反り返るあのドラクル公を、絶頂から引きずり落としてやる。最近は、そんな考えがヴィンヘルトのモチベーションであった。

 

だが、そんなものは、今のこの状況をひっくり返す助けにならない。

 

「少佐、北西から敵です!敵モビルスーツが接近しています!」

「4機は兵宿舎に向けて武器構え!残り全機、敵機を取り囲め!」

 

こうなったらどんな手を使っても生き延びてやる。ヴィンヘルトの残った方の目が、妖しく光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レーダーには敵の集団。メリーは間違えてそこへ突っ込んでいってしまう。ダンシングシープの推力ならいざとなれば急速離脱できるのも油断を助長したのだろう。

 

が、メリーは思わず足を止めてしまう。敵の数に驚いたのではない。敵が何かを取り囲んでいるのに驚いたのだ。

 

「何…?」

 

取り囲まれているのは兵宿舎だ。メインディスプレイに表示される、生体反応。あそこにはフジ基地の捕虜が捕まえられている。

 

敵がそれを取り囲んでいるというなら、その目的は一つだろう。

 

「人質!?」

「連邦のモビルスーツ!動くなよ…こちらはアールデン帝国第6モビルスーツ師団だ!こちらにはこのフジ基地の指令を含めた約2000名の捕虜がいる!大人しくしなければ…」

 

敵のモビルスーツからの拡声器による通告。というよりは、好き勝手な言い分だろう。このあと、人質の安全をダシに何かしらの交換条件を要求してくるはずだ。

 

「こちらの捉えた捕虜はここにいるだけが全てではない!貴様らが妙な動きをすれば、ここの人間は容赦なく死ぬだろう、貴様らの軽率な行動によってな…!

「メリー少尉」

「セイヴ特務大尉…どうしますか?」

 

ダンシングシープはその場に縫い付けられたように動かない。人質をとられて動きが取れないのだ。だが、このまま停止していたら敵に取り囲まれて二進も三進もいかなくなってしまう。

 

こっちが人質のいる兵宿舎を目視できているなら、向こうもこちらのことをレーダーか何かで認識しているはずだ。攻撃を受けるのは時間の問題か。

 

「言っただろう、君は一人なんかじゃない」

 

メリーはハッとした。昨日の夜に言われた檄の言葉。

 

レーダーを見れば、こちらに遠足力で向かう二つの点。メリーは一人で戦っているのではない。彼女には、仲間がいる。

 

「合図を出したら突撃して撹乱、いいか?」

「はいっ!」

「3…2…1…ゴー!ゴーゴー、ゴーッ!」

 

全てのスラスターが後方を向き、脚部のホバーユニットが起動する。モビルスーツには、ブーストダッシュの際に足を引きずらないよう、ホバーユニットが標準装備されている。

 

全速力、時速900キロを超えるスピードで突貫するガンダム。唐突な単騎突撃に、ラムドたちの動きが一瞬遅れた。

 

バックパックから伸びるサブアームが鎌首をもたげ、先端のレールガンを発射。2本のレールから電磁投射された特殊弾は、曲面装甲を食い破って内部へ突入。ぼーっとしていた一機をすっ転ばせながら仕留める。

 

目前の3機のうち、一機が倒れた。もう一機がビームライフルの正確な一射でコクピットを焼かれた。もう一機がダンシングシープの前に立ちはだかる。

 

「メリー、右へ」

「了…解っ!」

 

スラスターの向きを変更、右側に行くダンシングシープ。一瞬前まで胴体があったところを、ビームの弾が通過する。ビーム弾はガンダムの胴体ではなく、ラムドの胴体に着弾した。

 

アリスのスマイリードッグだ。この攻撃はビームスナイパーライフル。砲身を延長したビームライフルの遠距離用モデルによるもの。

 

ガンダムのデュアルセンサーカメラアイとFCSを同期させ、遠距離狙撃を敢行したのである。

 

「またやられた!連邦の新型だ!」

「チィ!撃て、宿舎を撃てえ!」

 

アールデンの部隊が、報復をせんと武器を人質たちの詰所へ向けた。だが、宿舎とラムド達の間に、3枚の盾が舞い降りる。

 

「撃てぇ!」

 

ヴィンヘルトの命令に従い、5機のラムドが集中砲火を行う。マシンガン、ロケットランチャー、ビームライフル。それらはシールドに阻まれて、兵宿舎に傷ひとつ負わせられない。

 

空から落ちてきた3枚の盾は、ガンダムだ。ショコラのスリーピーラビット。両腕には通常のMS用シールドを、真ん中にはサブアームで『アームズシールド』を持っている。

 

アームズシールドは一見巨大な実体盾だが、表面にビームサーベルの膜を展開することで敵の弾を無力化する。ある程度のビーム弾はビームサーベル効果によって搔き消え、実体弾は表面の膜によって大きく劣化する。そして大きく威力減衰された敵弾を、物理的強度の高い盾本体で防ぐのだ。

 

「ぐぅうっ!」

 

ショコラが呻く。彼女の機体は非常に高い防御能力を持つが、それでも敵部隊からの集中砲火を受け流すには、ただ盾を構えるだけでは不足だ。斜めに構えて弾くようにし、わずかに動かして盾の壊れた箇所に当てないようにする。

 

ただ相手に盾を向けただけなら、この集中砲火で両側のノーマルシールドは破壊されていただろう。その場合は攻撃を本体が受ける羽目になる。だが、スリーピーラビットのシールドはどれも健在だった。

 

「何!?」

「耐えただと、そんなバカな!」

「リロード、急げ…うわぁっ」

「敵がこっちにきたぁ!」

 

結局弾切れまで撃ち尽くしても尚、ショコラは倒れなかった。スリーピーラビットが健在である以上、兵宿舎には指一本触れない。

 

「ショコラ、大丈夫!?」

「自分の心配しなさい!」

「援護する」

 

ショコラ機を取り囲んだ敵は、駆けつけたメリーと遠方のアリスが次々に散らしていく。ビームが一機の頭を吹っ飛ばし、サーベルが一機を切り捨てる。

 

人質のいる兵宿舎から敵の注意が逸れた瞬間、ショコラのガンダムがついに大きな動きを見せた。

 

「よくもやってくれたわね…」

 

スリーピーラビットが全てのシールドの下端を敵に向ける。そこには、ビームガンがあった。通常シールドが接続された腕に一丁ずつ、アームズシールドにはデフォルトで二門のビームガンが内蔵されている。

 

計4丁のビームガン。その一斉発射。1発だけでなく、全て撃ち尽くしてやると言わんばかりの連射。

 

ビーム弾の弾幕に、二機の敵が巻き込まれる。

 

「ぐわあぁ!」

「わーっ!」

 

ずんぐりむっくりなボディを蹂躙するビーム物質の乱射攻撃。そのいくつかがコクピットを貫通し、二機のラムドの内部で、パイロットが焼け死んだ。

 

「ロック…発射」

 

スマイリードッグには多くの火砲がある。脚部ミサイルランチャーもその一つだ。小型ながら威力が高く、当たりどころによっては軽量級モビルスーツも仕留めることができる。

 

そんなミサイルが雨あられと降ってくる。アールデンの兵士はたまったものではない。足を止めればミサイルの奔流に飲み込まれ、爆散は必死。

 

「くぉおお、まだ来んのかよぉお!」

「うわっ足に当たった…あぁっ!」

「反撃ができねえ、する暇もねえ!」

 

回避機動を取り続ける3機のラムド。ミサイルをひたすら避ける。

 

だが、大量のミサイルは本命ではない。

 

「ビームキャノン、シュート」

 

スマイリードッグの右肩、大口を開けたビームキャノンが光の塊を吐き出す。大きなビーム弾は正確な狙いでまっすぐ飛んでいき、ミサイルを避けるのに集中していたラムドを捉えた。

 

「母さ…」

「…これで2機」

 

アリスは、ビームキャノンを確実に当てられるようミサイルで敵の動きを抑えていた。自由に飛び回られては当てられない、ならば、動きをこちらの思う通りに誘導すればいい。予測された回避機動の先へ、ビームキャノンを撃ち込んでやればいい。

 

二射目。ミサイルで足をやられたラムドへ、左肩のビームキャノン。

 

「ぐわぁああああっ!」

 

ラムドの胴体部が消失する。スマイリードッグのビームキャノンの威力は、Mサイズ巡洋艦の主砲に匹敵する。そんなものの胴体直撃を受けて、モビルスーツが耐えられるはずはない。

 

「なんだ、なんだあいつはよ…!あわっ!」

 

倒れる2機の同胞。ミサイルの雨は弾切れにより止んだ。今なら、遠距離からこそこそ攻撃してきたスナイパーに近付ける。

 

だが、そうは問屋が卸さない。ミサイルが止んだ瞬間に気を抜いたラムドのパイロットは、コクピット狙いのビームスナイパーライフルを受けて沈黙した。

 

「これで、4機」

 

アリスは、スマイリードッグは動いていない。砲撃ポイントでじっと敵を見据え、正確な定点狙撃を続けていた。

 

「…もう一機で、エース」

 

そしてアリスは、無慈悲な狙撃を続行する。ビームキャノンが炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたことだ、なんてことだ。ヴィンヘルトの企みは無情にも砕け散った。

 

人質作戦は無力化され、敵モビルスーツは眼前にまで迫っている。用意させたラムドも、相手には1スコアでしかない。

 

冷や汗をかく。このままではダーリックも何もあったものではない。いったん逃げ出して立て直しをしなければ。

 

「敵かっ!空から!?」

 

ラムドのコクピット内、メインモニターの右斜め上、スラスターの光が一瞬瞬いた。レーダーの情報が真実なら、飛んでくる敵がいる。地上攻撃機か。

 

いや違う、モビルスーツだ。モビルスーツが単独で空を飛んでいる。ヴィンヘルトの脳裏にナルカ共和国の機体が浮かんだ。だがナルカは味方だ。

 

連邦のモビルスーツが、単独で飛行。何のためにといえば、自分を殺しにだ。

 

「くるなぁあああっ」

 

空へビームライフルを放つ。大空を舞う敵機は、それを右に左に華麗に避けた。前後左右の二次元機動しかできないブーストダッシュとは違い、上と下の概念もある三次元機動。空を飛べる機体のアドバンテージだ。

 

接近してくる敵モビルスーツ。それは腰からビームサーベルを取り出した。

 

馬鹿め、このリドリー・ヴィンヘルトに、剣術の段位を持つ自分にサーベル勝負とは。自信満々にサーベルを取り出すラムド。だが、一つの疑念が頭をよぎる。自分はなぜ、あんなに遠くの敵がサーベルを抜いたと気付けたのか。

 

ラムドのカメラアイに望遠能力はない。ヴィンヘルトの目が特別がいいわけでもない。

 

敵のサーベルが巨大なのだ。

 

「なっ…」

「はぁあああああああッ!」

「何だとぉおお?!」

 

通常のビームサーベルが刃渡り7メートルほど。敵機が振るったのはその3倍はありそうな長さのサーベルであった。

 

剣で迎え撃とうとしたヴィンヘルトは足を止めてしまっていた。現れた二つ目のモビルスーツがその胴体に21メートルのサーベルを叩き込むのに、苦労はなかった。

 

光に包まれる視界の中で、アールデン帝国少佐リドリー・ヴィンヘルトは死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから十分しないうちに、戦闘は終息する。ヴィンヘルトが戦死した段階で、指令を失ったアールデン兵は一気に戦意を喪失。砲撃を行っていた地上部隊が基地へと突撃したのもあり、大勢が決して作戦は終了した。

 

連邦の捕虜を取っていたアールデン部隊は、生き残りのほぼ全てが捕虜となった。先程フジ基地の隊員が入っていた宿舎に、今度は彼らが入る番となる。

 

砲撃ポイントは、訓練場など被害が少ない地点に絞られた。おかげでフジ基地の復旧が滞ることはない。

 

完璧な作戦運びであると言える。ガンダムパイロット3人も、これで大きな自信と経験を手に入れたであろう。セイヴはホッと息を吐いた。

 

メインブリッジも静寂を取り戻している。ペガリオはこのままフジ基地に降下、着地するようだ。窓から空を見る。

 

絵に描いたような青空。降りる際に見下ろしていた雲が、今は遥か頭上にある。下を見れば惨状。味方の基地は穴だらけ火だらけだ。

 

ふと、横を見る。何かが近付いてきた。

 

「敵機か?」

「レーダーでは、味方だと」

 

艦長とオペレーターのやりとり。他のブリッジクルーにも見えているようだ。

 

それがだんだん近付いてくるにつれ、シルエットがはっきりしてきた。モビルスーツだ。

 

「メリーか…ふふっ」

 

こっちを向いて手を振っているように見える。恐らく、初実戦で金星を挙げてはしゃいでいるのだろう。

 

昨日の夜に相談をした甲斐があった。彼女はこれからも、大いに活躍してくれるに違いない。

 

ペガリオから遠ざかるダンシングシープのコクピットで、メリーは叫んだ。

 

「5機以上撃墜、これでエースだね!」

 

初陣を戦い、生き残った。その価値は、非常に大きい。

 

勝利の味を噛み締めて、メリーのガンダムが大空を遊覧飛行していた。



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第5話 交わす言葉、交わす契約
5話 Aパート


大気圏の外、地球が目と鼻の先にある太陽系の片隅。青い星の反対側を向けば、黒いカーテンに無数の煌きが見えた。

 

宇宙。はるか数百万光年先の星の数々が、一面真っ黒の宇宙にイルミネーションのように輝いていた。

 

そんな中にあって、星々の光よりも近くに、より眩しい輝きがあった。飛び交うビームと爆ぜるモビルスーツだ。

 

宇宙戦争。空気も水もない無重力空間で、無慈悲な殺し合いが行われている。その主役は、モビルスーツだ。

 

モビルスーツは機体各所にスラスターを備えており、運動性、機動性が非常に高い。既存の機体の概念から脱却できない宇宙戦闘機や、サイズゆえに小回りが効かない宇宙戦艦では、モビルスーツの独壇場は覆せない。

 

現在戦闘を行なっているのは、コロニー連盟のナルカ共和国と、地球連邦軍の衛星軌道パトロール部隊であった。双方激しい攻撃の応酬を行なっている。しかし、数で勝るナルカの部隊と、定期巡回をするための連邦部隊とでは、数も質も段違いだった。

 

「後ろか、早っ…」

「堕ちろ!」

「うわ!」

 

青いシルエット、ディヴァインが、両腕がビーム砲になっているレガストBの背中にビームソードで斬り付けた。大きな裂傷を受けたレガストは、パイロットが死んだのか、動かない。

 

星が瞬く宇宙。いくつもの光る点が軌跡を描いてこの宙域を離脱していく。連邦の部隊が、スラスター噴射光の尾を引いて撤退しているのだ。

 

この場の戦闘はナルカ共和国の勝利に終わった。虫のような意匠を持ったモビルスーツ達が、踵を返して母艦へ戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっ…げぇえ…」

 

そんな様子を、サブローはモニターで鑑賞していた。ガンダムで出撃していないのは、地上の戦闘でガンダムが損傷していたのと、そもそも宇宙に出たばかりの彼を宇宙戦闘に出してもスペースデブリになってしまうだけと判断されたためだ。

 

彼の自室はクインスローン内部。自身の軟禁に使われた場所がそのままあてがわれた形になる。故郷の自室と比べて豪華な部屋で、正直落ち着かない。

 

傍らには、臣下の働きぶりを見守るソーラ女王の姿があった。サブローと同じモニターを眺めている。

 

「こちらには被害が無いようですね」

「誰も死ななくて良かったっす。ナルカのパイロットは、強いんすね」

「えぇ、良き兵士たちです。彼らの働きぶりには感嘆するばかりです」

 

早口のサブローに、ソーラは若干引き気味だ。無理もない、地球生まれ地球育ちのサブローにとって、宇宙に来たのはこれが最初なのだ。

 

地球では、宇宙に出ないまま生涯を全うする人間が数多くいるらしい。逆に、コロニーの外に出ないコロニー市民もいる。そんな状況では、相互理解の不足もやむなしだ。

 

「サブロー、もう平気なのですか?」

「え、何がっすか?」

「大気圏離脱時にあんなに気持ち悪がったのに」

「あ、あああ…いやあ、ええ。もう、もう大丈夫っすよ、はい。多分!」

 

地上のナルカ艦隊は、連盟制圧下のマスドライバー基地にて乗艦ごと打ち出され、大気圏を離脱した。そして、衛星軌道上で待機していた宇宙の本隊と合流したのである。

 

ちなみに、サブローは大気圏離脱の衝撃で嘔吐した。

 

「車の急ブレーキとエレベーターが到着する寸前のアレが何時間も続くみたいで、正直もうゴメンっすね…」

「何か?」

「いや、全然!何でもないっすよ!!」

「そうですか…」

 

思い出すたびに、サブローは身震いを起こした。頭の悪い彼は、同行しているナルカ共和国軍がもう一回大気圏離脱を行う可能性を考慮していない。

 

二人が話し込んでいると、部屋のドアが乱暴に開けられた。ノックもなく、何かしらの一言もない。これはただならぬ雰囲気だ。

 

入って来たのは、ナルカ共和国親衛隊のメイヴィー・スノウ。美しい顔立ちに怒りの表情を露わにしていた。ヘルメットを脱いでくしゃくしゃになった髪の毛が怒髪天のように見える。

 

「やはりここにいらっしゃいましたか…」

「め、メイヴィーさん?」

「ソーラ様、サブローとの面会は一人でなさらないでとあれ程…」

「すみません、メイヴィー。気が緩んでいたようです。心配をかけました」

 

速攻で謝られ、何も言えず唇を震わせる。そんなメイヴィーの姿を見て、サブローは震え上がった。もしソーラに何か失礼なことをしでかしたら、目の前の女親衛隊員が愚かな百姓の三男坊を八つ裂きにするに違いない。

 

メイヴィーの肩に、ぽんと左手が置かれる。彼女の後ろから出て来たのは、親衛隊長のショーンであった。

 

「おい、メイヴィー。カリカリし過ぎじゃないのか?」

「でも、サブローは…」

「大丈夫です、ショーン。メイヴィーの言い分が正しいでしょう。私が迂闊すぎました」

「ソーラ様…」

 

サブローは困惑するように3人を見た。話題の中心なのに、会話では全くの仲間はずれ。それもそうだ、この話の論点は身元も正体も不明なサブローの存在であるのだから。

 

連邦の新型機に乗って現れた、農家の三男を自称する若い男。足りない頭で後から考えても、サブロー自身自分の身元が怪しすぎる。そんな状況になったのは半ば不可抗力なのに、ナルカの人々を騙している気分になる。

 

一応、財布の中の自動二輪免許で身元の証明はできたが、焼け石に水。偽造を疑われて手持ちの荷物は殆ど没収されてしまった。今サブローが着ている服は、その時没収された服の代わりに渡されたものだ。

 

「…俺、引っ込んでたほうがいいっすか?」

 

サブローの立場は、現在ではソーラの客人ということになっている。指紋などのロックで、ナルカが鹵獲したガンダムを動かせるのはサブローだけであるので、ガンダムを保管するにはサブローがいなければいけない。その上、ソーラ女王のお話相手となっては、それなりの歓待が必要というもの。

 

話に置いてけぼりな話題の中心に対し、その場の全員が視線を向ける。曲がりなりにも客人に対してぞんざいな態度を取り続けるのは、彼らとて本望ではない。

 

「…サブロー」

「いいよ。俺、信頼されてないんだろ?次からは親衛隊…だっけ?その誰かがソーラさんと一緒に来てくれよ」

「話が早くて助かる」

「気にすんなよ。タダ飯食わせてもらってるし、な」

 

ショーンとサブローの間には、友情関係があるように見える。サブローが地上で、命を張ってナルカ艦隊を援護してくれたからだろう。一方のメイヴィーも、その時のことは覚えているが、いまいち信用しきれていない。

 

少なくとも、本人の目の前でサブローを信用すべきではないと言いかける程度には、疑いの目を持っている。

 

「…丁度いいですね。3人とも、聞いて欲しい話があります」

 

微妙な雰囲気になったところで、ソーラがそう切り出した。今度は、ソーラを除く3人がソーラの顔を見る。

 

「はい、どうかしましたか」

「お話、ですか?一体…」

「え、お、俺も?」

「はい、サブローにも聞いて欲しい。私の目的についての、話です。各艦の艦長や本国には伝えたのですが、私に近しい立場の3人にも把握して欲しいのです」

 

途端に、ソーラの周囲の雰囲気がガラリと変わった。冷たく、殺伐とした空気。周囲の空間に色がついているように見える。

 

ショーンとメイヴィーが背筋を伸ばし、ソーラと向かい合う。一言一句も聞き逃さないと言わんばかりの真剣さだ。ソーラと出会って日の浅いサブローですら、先程までの会話を忘れて真顔になる。

 

これがカリスマ。これが女王の威厳。上に立つ者に必要とされる能力。

 

「私の目的は、コロニー連合の勝利ではありません」

 

衝撃的な一言から切り出し、ソーラは語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コロニー連合が勝利しても、その後コロニー国家同士による戦争が始まるのは目に見えています。アールデン帝国のドラクル公は特にその傾向が強い。逆に、地球連邦がこの戦争に勝利すれば、連邦によるコロニーへの支配体制が磐石な形で再構成され、コロニーに住む人々はさらに苦しめられる」

 

ソーラの重々しい語り。わからない単語が多いのでサブローは混乱気味だが、親衛隊の二人はその話についていけるようだ。

 

真剣そのものの目で聞いている。

 

「どちらが勝利しても、この地球圏…ひいては我がナルカ共和国に大きな不利益しかありません。そこで私は、この戦争自体を終結させ、連邦と連盟の間にある程度の緊張関係を保つのが最良と考えました」

 

3人の反応を眺めつつ、ソーラはさらに続ける。

 

「具体的な方針としては、連盟と連邦、両者が抱える問題を解決することで、戦争をする理由をなくすこと。連邦のエネルギー資源問題と、連盟の食料問題の解決…そして講話。これによってこの戦争の根本は根絶され、あとは両者のわだかまりを解く段階に入ります」

 

話の締めに、大きく息を吸って、ソーラは言った。

 

「私からは以上です」

 

数秒の沈黙。その間、サブローも、ショーンも、メイヴィーも、女王の話を反芻していた。

 

「…さらに詳細な計画内容は、お聞かせ願えませんか?」

「恥ずかしい話ですが、今の段階ではこれが全てです。戦争の理由をなくす具体的な方法は、未だ案すら得られていません」

「そう…ですか。わかりました…」

「火星政府なら、安定した物資を持っているのでしょうが…あそこは外交断絶中でどうにもなりません。非力な私を、どうか許して欲しい」

 

ショーンの質問に、申し訳なさそうに答えるソーラ。

 

何が何やらわからず、口をもごもごさせるサブロー。農民の三男にとってはソーラの話はかなり難しかったようだ。

 

だが、しばらく反芻して、ようやくサブローが口を開いた。

 

「つまり…つまり、ソーラさんは、戦争を無くしたいってこと?」

「…はい、そういうことになります」

「じゃあ、俺は賛成だ。よくわかんねえけど、戦争は無くなった方がいい」

「お前なあ、真面目に聞いてたのか?」

 

要領を得ないサブローの言い様に、ショーンが思わず苦言を呈する。呆れた様な表情で、メイヴィーが同調した。

 

「地球の人間は皆こうなの?」

「いや、俺が特別バカなだけだよ。うん、俺、バカだから難しいことはよくわかんねえ」

「あのねえ…」

「でも、連邦のモビルスーツと戦った時、死ぬかと思った。普通の人たちがあんな目にあうのは、絶対にだめだと思う」

「ふわふわしてんなあ」

「いや、なんか、うん。ごめん。うまく言えない」

 

黒い髪を片手で搔きむしり、困った様な顔をする。教養の薄いサブローには、このようなグローバビリティな話題はきつかった様だ。

 

良いことを言った様に見えて、実はソーラの話に関連した言葉を出せないでいる。

 

「大丈夫ですよ、これから勉強していけば良いです」

「勉強、っすか。ここで?」

「はい。私も、まだまだ勉強が足りないようです。一緒に頑張りましょう」

「え…は、はい!よろしくっす」

 

ソーラが言ったことは、まるでサブローを今後とも引き止める意志である様に見えた。実際、そうなのだろう。

 

ソーラの、サブローへの執着はやけに重い。親衛隊はそう考えた。やはり、同年代の話し相手だからか。それとも、サブロー相手にすら打算的なものを持っているのか。

 

と、ここでショーンが、ある考えに至った。

 

「ソーラ様?まさか、あの話は本気だったのですか?!」

「本気です。彼が…サブローがいた方が、これからのことで何かと好都合でしょう」

「そ、ソーラ様…」

「メイヴィー、大丈夫です。彼は善良な人間です」

 

またも、3人が意味深な会話を始める。

 

「なっなんだよ。今度はなんだよ」

 

困惑するサブローに向き合い、ソーラが言い放った。

 

「サブロー、私はあなたを、アシスタントとして雇用しようと思っています」

「えぇっ?え、マジっすか」

「先程も言った様に、我々にとってはサブローが同行してくれる方がいいのです。私個人としても、お話しして欲しいことが沢山あります。勿論、あなた自身の意見を尊重します」

「えっと…」

 

ついに件の話を切り出したソーラに、親衛隊の二人が呆れ返った。幾ら何でも、偶然拾った地球出身の男を気に入りすぎではないか。

 

寝首をかかれないか心配だ、とメリーは思った。彼女はサブローを信頼していない。保険代わりにソーラに命ぜられた、サブローに対する監視任務も、彼女は本気で取り組んでいる。

 

だが、ショーンは違った。

 

「…はい、わかっ」

「待て」

 

二言返事で了承しようとするサブローの声を、ショーンが遮った。

 

「サブロー、お前が何を考えているのか、正直俺にはあまりわからない。だけど、こういう話はそんな軽い気持ちで、さっさと決めてはいけないんだ。わかるか?」

「ショーンさん、俺はそんな…」

「ショーン?」

「ソーラ様、申し訳有りません。しかし、サブロー自身の意見を尊重するなら、答えを決めるための熟考は必要ではないでしょうか」

 

ショーンの黒髪が揺れる。瞳に込められた光は、親衛隊長に相応しい力強さがある。

 

お前の心配をしているんだぞ、とでも言うように。

 

「わかりました、ショーン。サブロー、すぐに答えを出す必要はありません。今の話、じっくり考えてください」

「…ウッス、了解っす」

 

ソーラが納得したように頷く。だが、言われた当のサブローは納得しかねているようだ。答えは出ていたのに、それを遮られたからだろう。

 

メイヴィーが流し目で親衛隊長を見る。彼女の知るショーン・ザンバーと言う男は、ソーラの意向には極力従う人間だ。今のは、ソーラの意向に添いつつもサブローを庇うような言動だった。

 

ソーラの意思を尊重しつつ、サブローの心配もしてみせる。うちの親衛隊長はここまで器用な人間だったか。

 

「…なんだよ」

「いいえ、なーんにも?」

 

見詰められたことに気づいたか、ショーンが苦言を呈したが、メイヴィーは視線をそらしてはぐらかす。この状況、メイヴィーには面白くない。

 

よく考えろ、と言われ、サブローがうんうん唸っていた、その時、ソーラ女王の腰ポシェットが騒音を立てて揺れた。中身を取り出すと、そこから引っ張り出されたのは、一個の無線機。

 

赤い通話ボタンを押し、耳にあてる。

 

「こちら、女王ソーラである。なにか」

「ソーラ様、グランガンとの合流時刻であります。双方、お互いを確認しました」

「よろしい。予定通り合流を。私も移行の準備をする」

「了解しました。それでは、失礼します」

 

青い通話終了ボタンを押し、ポシェットへ押し込む。ショーンとメイヴィーも通話機器を持っている。二人とも、それぞれ別の人間から同じ内容を聞かされたようだ。

 

一人置いてけぼりなのは、やはりサブローだ。ナルカ共和国の一員ではない彼に、こういった通知は知るべくもない。

 

「サブロー、これからこの艦隊は宇宙で待機していた別艦隊と合流します。私たちは向こうの艦隊の旗艦グランガンに移ります」

「あ、そうなんすか…ん?俺は?俺はどうなるんすか?」

「お留守番…ということになるのかしら」

「まあお前も向こうに行く理由もないし…」

「ええ、二人の言う通りです。サブローはクインスローンに残ってください」

「ま、マジすか」

 

会話だけでなく物理的にも置いてけぼりとなることを告げられ、サブローは震えた。宇宙に来てから状況が変わり続け、目が回る。

 

彼の不安を感じ取ったか、ソーラがフォローのように言う。

 

「合流の後にすぐダイダロスに着きます。そこでまた会いましょう」

「だ、ダイダロス?え、えーと…わかったっス」

「…いえ、やはり少し会えません。というより、しばらく会わないようにしましょう」

「えっ?」

 

唐突に言葉を翻すソーラ。驚くサブロー。主を見るショーンとメイヴィー。

 

「先程の話、お互いの答えが出るまで、私達は会わないようにしましょう。少し頭を冷やす意味も込めて…」

「さっきの話って、ソーラさんのアシスタントをやるとかなんとかだろ?お互いの答えって」

「それでは、また」

「ソーラさん!?」

 

いそいそと部屋を出るソーラ。二人の親衛隊員もそれに倣う。

 

自動ドアが閉まり、サブロー一人が部屋に取り残される。その表情には不安と混乱がありありと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

XLサイズ母艦グランガン級ネームシップ・グランガン。そのサイズは800メートルを超す全長から窺い知れるだろう。60メートル程度のクインスローンが並ぶと、母艦と艦載機ほどのスケールとなる。

 

この非常に巨大な軍艦こそ、ナルカ共和国軍の旗艦だ。白い楕円の上に煌びやかな城が乗ったような風情のそのデザインは、大気圏外ならではといえよう。

 

クインスローンからショーンとメイヴィーはそれぞれの乗機で移った。ソーラはメイヴィーの機体に同乗した。その後機体から降り、ショーンとメイヴィーを従えたソーラがメインブリッジへ続く通路を歩いて行く。

 

ソーラから少し離れて着いて行きつつ、二人の親衛隊員はお互いを向かずに会話していた。

 

「メイヴィー。お前の心配は杞憂だ。サブローは一般人に過ぎない」

「いやに肩を持つじゃない。じゃあ、その証拠はどこに?」

「今までの言動を見てみろ。今日だってそうだ。ダイダロスと聞いて、サブローは何のことかさっぱりわからないようだった」

 

宇宙空間において、ダイダロスとは月の裏側にある一つのクレーターを指す。

 

「何が言いたいの?」

「俺達に悪さをしようと言うには、あまりにもお粗末な刺客だ。普通ならもっと警戒されないように頭の良い奴が送り込まれる」

「アレが全部演技だとしたらどうなの」

「それを言ったら、もう誰も信用できないぞ。それに、もう少しでわかることだ」

「何が?」

「月面停泊はひと月の予定だ。俺はあいつを、試す」

 

歩き続ける二人。鳴り続ける靴音。一瞬の静寂。

 

ソーラ女王には、この会話が聞こえているのだろうか。ふと、ショーンは思った。

 

聞かれていても問題はない。自分は、女王に恥じることは何もしていないのだから。今までも、これからも、そして今も。

 

「ソーラ様の…サブローとしばらく会えないというお言葉…お前はどう思う」

「また急にどうしたのよ。このままずっと会わずっきりならいいと思っているわ」

「サブローを信用できないからか」

「そうよ。あなたの方こそどう思っているの」

「俺か…俺は」

 

じっと見つめる方、青いロングヘアが揺れている。華美過ぎないドレスに身を包み、17歳とは思えぬカリスマを振りまきながら、ショーンの主は自分の作る未来へと邁進している。

 

それを思えば、ソーラの征く道を助けるであろうあの男の存在は、決して不快ではない。

 

「俺は、これからも二人がやり取りするのが好ましいと思う」

 

 

 

 

 

 

 

白い巨大軍艦が、多くの味方艦を引き連れて、灰色の岩塊へと向かう、そこは月。地球最大の衛星だ。

 



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5話 Bパート

直径93km 深さ3kmの窪み、800メートルのグランガンが豆粒ほどに見える、非常に大きなクレーター。

 

月の裏側に位置する、ダイダロスという名のクレーターである。

 

その一角を占領して建てられた基地。そのものずばりダイダロスクレーター基地。そこはコロニー連盟各国軍の、地球侵攻のための中継基地だ。

 

月面にドーム状の建物が無数に並んでいる。このドームの中は人間が生きていくのに必要な大気が再現され、宇宙服を着ないでも生活が可能となっている。

 

ナルカ共和国艦隊は、ガイドビーコンに従い、ダイダロス基地へと降下していく。月の重力圏へ突入し、スラスターを用いて緩やかに月面着陸。

 

全ての艦が月面へ降りた。ドームの外壁が開き、そこから作業用モビルスーツや宇宙艇が多数出てくる。整備とメンテナンスのための人材である。

 

グランガンのブリッジルーム。モニターの向こうにいる整備士へ、クルー達が敬礼をした。相手も敬礼を返してくる。

 

特に何事もなく、無事到着。喜ばしいことだ。このダイダロス基地は連盟の共同管理のため、物資がある限りはどのコロニー国家ももてなしてくれる。多少時間はかかるかもしれないが、旅立つ頃には、艦隊各艦は最高の状態になっているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあ、君が連邦の新型をパクってきたっていう地球人?!話は聞いてるよ、いやー会えて嬉しいよ!」

 

月へ降り、クインスローンから小型宇宙艇でドームの中へ入り、その宇宙艇を降りた目と鼻の先で、大きなアフロの男が唾を飛ばしながらまくし立てる。サブローは面食らった。

 

その男を見た瞬間、同乗していたナルカの兵士が嫌そうな顔をするのが見えた。

 

「な、なんだあんた!」

「ああ、君は僕のこと知らないか。僕はね、クニヒコ・オータっていうんだよ。連盟で総合技術者やってる。今の仕事は新型モビルスーツの開発で…」

「お、おう…俺はサブロー・ライトニング。一応、ナルカ共和国の…客人だっけ?やってる」

「そう!」

 

挨拶はもう良いとばかりに、アフロのクニヒコは話を移す。

 

「早速だけどサブロー、君の盗んだ機体、ちょっと弄らせてよ!データ取りとか、少しボロくなってるからオーバーホールとか、色々やりたいんだよね」

「な、何で俺に聞くんだ?」

「何って、あれはまだ連盟の所属じゃないからね、現在は君の個人保有という扱いになってる」

 

だから君に確認を取らなければいけない。クニヒコはそう言って笑った。何がおかしいのかさっぱりわからない。

 

ナルカ兵の一人が、悪いやつじゃないんだけどな、と耳打ちしてくる。確かにクニヒコには悪意はなさそうだが、雰囲気はサブローの知る誰とも一致しない。

 

正直、初めて会うタイプなので困惑しっぱなしだ。もしや技術者とはみんなこうなのか。

 

「まあどっちにしろ、報告の通りなら、色々するんならパイロット認証をパスしないといけないかもしれない。そういう意味で、君に把握してもらいたかったのさ」

「そ、そうか」

「画像と動画のデータはよく見たけど、あのくらいなら完全回復は一週間かな?ウチの機体なら4時間もしないけど、連邦の新型だから色々面倒なんだよ」

 

相手の様子を鑑みずにベラベラと話し続けるクニヒコ。サブローは会話の内容にも会話のスピードにもついていけない。

 

真面目に付き合ったら疲れ切ってしまう。適当に相槌を打ちつつ、サブローは別のことに想いを馳せた。

 

ソーラのことだ。

 

サブローは、ソーラから勧誘を受けた。地球の知識に乏しい彼女を支えるアシスタントの仕事への誘いだ。

 

だが、返事はすぐにしないでいいと言われた。そして、返事を出すまで会わないようにする、とも言われた。

 

「…いえ、やはり少し会えません。というより、しばらく会わないようにしましょう」

「先程の話、お互いの答えが出るまで、私達は会わないようにしましょう。少し頭を冷やす意味も込めて…」

 

このセリフと共に、先程までソーラとサブローを繋いだ交流はプツリと途絶えた。ソーラはサブローと会わず、サブローはソーラに会えない。

 

乗る船が変わったのもある。物理的に会えなくなっているのだ。だが、それを加味しても、サブローの胸の寂しさは大きかった。

 

会わないようにしようと言われただけで、二人の間の精神的な繋がりが切れてしまった気がした。いや、そんなものを持っていたのは自分だけで、ソーラ女王は初めからサブローに対して何の情も持っていなかったかもしれない。この寂しさは自分の思い上がりなのかもしれない。

 

サブローは悩んだ。その中で、アシスタントの話も同時に脳裏に浮上してくる。

 

本当にこのまま、ソーラに着いて行って良いのか、悪いのか。殺し合いに加担する羽目になるかもしれない。

 

ソーラから離れたことで、即答しようとしていた問題としっかり向き合おうという気持ちになった。

 

頭を冷やす、というのは、こういうことだったのか。

 

「サブロー?どうした?」

 

足りない頭を必死に回していると、クニヒコが心配そうに呼びかけてきた。

 

考え事に夢中になって、目の前の相手のことに気を配れなくなっていたらしい。

 

「なんでもない」

「そうか。ならいいや。じゃあ、よろしくね〜」

 

そう言って、クニヒコは去って行った。

 

変な奴がいなくなって、ゆっくりと考えることができる。一週間もあれば、答えは出るはずだ。

 

「…部屋に行くか」

 

何はともあれ、まずは休む必要がある。初めて来た地球の外の世界で、無駄な疲労を生まぬために。

 

ダイダロス基地で割り当てられた部屋へと、サブローは向かった。

 

 

 

 

 

それからのサブローの一週間は、軍事基地にいるとは思えないように腑抜けていた。用意された部屋で寝転び、食堂に行って飯を食い、クニヒコに呼び出されてガンダムの修理の手伝いをする。それだけである。

 

今までのようにモビルスーツに乗ることもなければ、ましてや戦闘することもない。命の危険がないのだ。そして、ソーラと話す機会もない。

 

「ソーラ様?本国と会議したり、連盟と会議したりしてる」

 

食堂にいたナルカ兵に話を聞けば、そう答えてもらって、それで終わり。女王は女王らしく、百姓の息子はそれらしく、元の関わりのない世界へと移ったようだった。

 

月面にたどり着いてから一週間が過ぎた。部屋のインターフォンが押され、チャイムに飛び起きる。来客だ。

 

ソーラ、は絶対に来ないだろう。ならクニヒコだろうか。否、彼はさっき去ったばかりだ。ガンダムの修理が滞りなく終了したことを報告してきた。

 

じゃあ誰が。そう思って自動ドアのロックを解除する。

 

ドアが横にスライドすると共に、目の前に精悍な顔付きの男がいた。黒いくせ毛に真面目そうな表情。サブローはこの顔を知っている。ナルカ共和国の親衛隊長、ショーン・ザンバー。

 

「着いてこい」

 

ショーンはそれだけ言って、ズカズカと廊下を歩いて行く。

 

「あ、ちょっと!」

 

コケながら、サブローはそれに着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイダロス基地、ドームの外。無数に並べられたライトを使って申し訳程度に仕切られた一区画。ここは、言うなればこの基地のモビルスーツ訓練場。

 

監視塔をはじめとした周囲の建築物も相まって、まるで体育場のように見える。そんな場所で、二機のモビルスーツが戦闘を行なっている。

 

「くそ、当たらねえ!はっえぇ!」

 

片方は、サブローが乗るガンダム。連邦の試作機。一週間に渡るオーバーホールを終え、全快の状態だ。

 

「さて…」

 

もう一方は、ショーンが駆るディヴァイン。ナルカ共和国の試作機。スピード以外はガンダムに劣る機体だが、そのスピードを武器に立ち回る。

 

この二機の戦いは実戦ではない。ショーンが提案した模擬戦だ。ショーンの思惑はともかく、ガンダムの実動データが欲しいクニヒコは喜んで許可した。

 

双方の片手には、モビルスーツの装甲と同じ素材のロッドが握られている。

 

この戦いのルールは簡単。ロッドを合わせて3回相手に叩き込めば勝ち、というものだ。

 

そして、サブローは既に1回、棒でぶん殴られていた。

 

「がああ!」

「う…くっ」

 

スラスターペダルを踏んで、月面から飛び上がるガンダム。その方向にはディヴァインがいる。

 

月の重力は地球の6分の1。高推力スラスターを備えたモビルスーツにとってはあって無いようなもの。迫るガンダムに、ショーンは距離を取る。

 

「うぉらぁ!あぁ、くそッ!」

 

振り下ろすロッドは虚空をかすめる。ハズレだ。スラスター光の残滓を振り切って、ディヴァインが視界の外へ飛ぶ。

 

重力があるとはいえ、月の環境は地球とは大きく違う。ほぼ宇宙空間のようなもの。地球外でモビルスーツの操縦をしたことがないサブローには、全くもって未知の世界だった。

 

地面に足がついておらず、ふわふわとした浮遊感が気持ち悪い。重力はあるため上下の感覚はかろうじて認知できる。だが、それでも地球と勝手が違う。

 

前後左右だけでなく、360度全周囲に動けるし、360度全周囲からの攻撃に注意せねばならない。地球生まれ地球育ちのサブローには難しい。

 

全周囲からの攻撃に気を配れぬ故に、自分から見て下へ回り込んだディヴァインに対応できない。

 

「ふっ!」

「うぉっマジか!?ぬっぐぅ!」

 

ロッドの先端がガンダムの尻を引っ叩く。2回目の被弾。対してこちらはまだ一太刀も浴びせていない。

 

ディヴァインの速さは、重力や大気といった制約がないぶん、磨きがかかっていた。大気圏飛行に必要なビームの翼を展開していないにも関わらず、地球の空を飛んでいる時よりもスピーディに動いているように見えた。

 

「は、えぇんだよ!」

 

恐ろしいのは相手の機体のその速さではない。超スピードを華麗に操るパイロットの方にあった。

 

ショーンはただ速度に振り回されているのではない。動体視力、反射速度、思考スピード、それら全てを経験とセンスで活かし、高速戦闘として発現させている。

 

この模擬戦のルールは棒で3回叩くだけ。相手に対して装甲とパワーで優っているガンダムの強みは潰されたも同然。速さと腕で負けているのでは、もう話にならない。

 

スラスター移動で追い縋ろうにも、直線距離の追いかけっこではまず追いつけない。

 

「サブロー、動きが甘いぞ!戦闘のど素人なのはやはり本当らしいな」

「あぁ!?」

「農家をやるのがお似合いだ!」

 

通信機からショーンが呼びかけてくる。

 

「実戦では、一回サーベルを突き立てられたら終わりだ!もしこれが本物の殺し合いなら、お前はもう死んでいる!」

「何が言いてえんだ!」

「ソーラ様のアシスタントと言えば聞こえはいいが、連盟首脳部の欲しているのはそのガンダムだ!戦闘用モビルスーツを、これからもお前に扱わせようとしている!」

「だから、なんなんだよ!!」

「地球へ帰れ。俺たちに着いて来たら…」

 

複雑な機動でサブローを翻弄し、真っ正面から突っ込んでくるディヴァイン。ガンダムはとっさにロッドを左手に持ち替え、ディヴァインの一閃を受け止める。

 

肉薄する二機。重々しく、ショーンが告げた。

 

「お前は死ぬ!」

 

サブローは、吠えた。

 

「うるせぇッ!」

 

ガンダムの左腕が、ロッドを固く握りしめる。スラスター噴射で押し合いになった二機は、双方一歩も退かない。

 

「さっきからブツブツ言いやがって、そのことなら、こっちゃもう答えが出てんだよぉ!」

 

利き腕に持ち替えて、ようやく鍔迫り合いに持ち込めた。ショーンとの腕の差に軽く絶望する。

 

だが、サブローは怖気付かなかった。眼光鋭く、モニターの向こうのディヴァインを睨んだ。

 

「俺には知りたいことがあんだよ!」

「何だ、それは!」

「兄貴が死んだ理由だ!なんでイチローは死ななきゃならなかったのか、どうしてあんな馬鹿なことしたのか!ソーラさんなら教えてくれる!」

「その答えをソーラ様が持っていなかったらどうする?!」

「俺一人じゃ答えが出ねえんだよ!俺は馬鹿だから、この世の中のことを勉強しなきゃなんねえ!ソーラさんの近くなら、それができる!」

 

鍔迫り合いの状態から、お互いに相手を弾き飛ばし、ほんの少しの距離を取る。月面から数十メートル離れた宙域で、二機のモビルスーツがもう一度、相手に向かって棒を振りかざす。

 

ディヴァインのスラスターと、ガンダムのスラスターが、焔を吐いた。全速前進、もう止められない。

 

「だから帰るなんてできねえんだよォ!」

「くっ…!」

 

二つのスラスター光がすれ違う。サブローのコクピットに、軽い衝撃が走った。

 

3回目の被弾。サブローの負け。さっきの交差で、胴体にロッドを打ち込まれたようだ。

 

だがそれは、ショーンの側も同じ。ガンダムによって、不覚にも一太刀浴びせられてしまったのである。

 

「しゅ〜りょぉ〜!勝者、ショーン・ザンバー親衛隊長!双方ロッドを持ったまま元の格納庫へ戻れ!」

 

クニヒコの通信。二人に返答をする余裕はない。特に、サブローは疲れ切った表情で目を半開きにしていた。

 

「…サブロー」

「ヒィ、ヒィ…あぁ?ど、どうした?」

「降りたら着いてこい。いいな」

「…うーっす」

 

生返事を返し、フットペダルを蹴る。スラスターが吹き上がり、ガンダムが移動を始めた。

 

喋りながらモビルスーツを操縦するのはしんどい。ショーンがこれを提案した意味がわからない。心身ともに疲れ切って、サブローは訓練場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガンダムから降り、ショーンに言われた通り着いて行く。殺風景な月基地の廊下を進んでいけば、質素なつくりのドアが見える。

 

ショーンは、後ろでサブローを待たせたままドアをノックした。

 

「ソーラ女王、今よろしいでしょうか」

「ショーンですね。用件はなんでしょうか」

「サブローを連れて参りました」

「…ご苦労であった。二人とも入りなさい」

「はっ」

 

失礼します、と言いながら、ショーンはドアノブを引いた。サブローはショーンの後ろにいるので、開けた先の部屋の様子が見える。

 

部屋はそこそこに広かった。少なくとも、このダイダロス基地でサブローに与えられた個室の倍はある。

 

青いカーペットの上にプラスチックの執務机が鎮座し、その両隣にはファイルの入った本棚がある。部屋の一番向こうにはテレビがあったが、使われている様子は全くない。そして、サブローにとっては部屋の様子など一切どうでもよくなる視覚情報もあった。

 

ソーラがいる。少し前に出会い、一瞬でサブローの心を奪い、一週間前まで頻繁に何気ない話を交わし、一週間前に突然会えなくなってしまった、ナルカ共和国の女王が、そこにいる。執務机とセットの椅子に、ちょこんと座っている。

 

たった一週間で何が変わるわけでもなく、視界の先にいるソーラは、一週間前とまるで違いがなかった。

 

青緑のロングヘア。大人びた長いまつ毛にパッチリとした瞳。非常に端正な美しい顔立ち。一週間それを忘れることのなかった、その見た目。

 

「…お互いに親密になりすぎたので、一度離れて頭を冷やそうと考えましたが」

 

苦笑いのような表情で、右隣のメイヴィーを向く。

 

「効果はなかったようです」

 

数秒、女王に失礼のない返答を脳内で探して、メイヴィーはようやく返した。

 

「お気に病む必要はありません女王。どのような答えを出すのかが重要です」

「そうですね、ありがとう」

 

ソーラが、サブローの方を向きなおる。視線が合って、一瞬のうちにサブローの心臓が跳ねた。体温が上昇し、黒髪の毛穴が開ききる錯覚が襲う。

 

「私は…貴方をスカウトすることは単なる場乗り的な思考ではないと自己分析できました。とある事情により、貴方が持ち寄ったモビルスーツを我々が運用する運びになりました。貴方がいれば、そのことに関して多いな進展が得られます。そして同時に、貴方の持つ知識も我々は欲しています。先週までのように、貴方から農業や畜産のお話を聞き、それを私達の生活に役立てたい」

 

スラスラ読み上げられる長ゼリフ。一切噛む気配がない。

 

ソーラが執務机の上に一枚の紙を置く。遠くからでもわかる程に文字がびっしり書かれたそれは、恐らく契約内容の確認書類だろう。隣に置かれるペン。

 

「サブロー、もう一度問います。貴方さえ良ければ、私の専属アシスタントになって欲しい。私は貴方の持つ様々な物事を必要としています。嫌ならば、ナルカ共和国の名において、責任を持って地球に送り返しましょう。もし…この誘いを受けるなら、この書類に名前をサインしてください」

 

サブローは、ソーラを見つめつつ、書類の方へ近付いた。二人の距離が縮み、間には無骨な執務机が残るのみ。

 

ソーラとサブローが見つめ合い、その二人を、ショーンとメイヴィーがじっと見る。

 

「お給料なんか欲しくないっす。でも俺、お願いがあるっす」

「お聞きします」

「前にも言ったと思うっすけど。俺は兄貴が死んだ理由を知りたい。なんでイチローは死ななきゃならなかったのか、どうしてあんな馬鹿なことしたのか、それを知りたい」

「覚えています」

「俺は何も知らなさすぎる。自分で何かの答えを出すこともできない。だからそのために、俺に世界の色々なことを教えて欲しいっす。ソーラさんの見えてる世界を、俺にも教えて欲しいっす」

 

ソーラは即答した。

 

「わかりました。この先の旅路の中で、貴方にこのコロニーセンチュリーのことを教授させていただきます」

「ありがとう、ございます」

 

おもむろに、ペンを手に取る。そのまま、内容をろくに読みもせず、記入欄に字を記して行く。

 

サブロー・ライトニング。誰が読んでもそう見えるように、大きくはっきりと記入する。

 

書き終えたペンをサブローが机に戻した後に、ソーラは書類を引き寄せ、眺めた。サブローの名前をじっくりと、眺めた。

 

頷き、言う。

 

「今この瞬間より、サブロー・ライトニングはこのソーラ・レ・パール・ナルカの専属アシスタントとなりました。サブロー、貴方を心より歓迎します。全力を尽くしましょう」

「…ウッス!こちらこそ、よろしくお願いするっす!」

 

ソーラが、笑顔を浮かべた。サブローが、つられて笑う。

 

今まで会わないようにした一週間が嘘のように、二人の距離が縮まった。物理的な面以外でも。

 

恐らく、その接近はこれからも進んで行くことだろう。農家の三男坊と、いちコロニー国家の最高指導者。二人の関係の進展は、どうなって行くのか。

 

渋い面をするメイヴィーを尻目に、ショーンが微笑む。一件落着だな、と、言いたそうな顔であった。

 



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第6話 飛翔、大空の向こうへ
第6話Aパート


 

「イヴが強奪された…?」

 

困惑した様子で、セイヴが言った。

 

彼が今いるのは、地球連邦の軍事拠点であるフジ基地。ここには、テストベッドとしての役目を終えたプロトタイプのガンダムがあった。

 

次世代の主力モビルスーツの試作機。それを連盟に強奪されては敵わないと、奪還作戦を急いだわけだが、一足遅かった。

 

「ええ、申し訳有りません。連盟の襲撃前に、大規模な武装テロリストに襲撃され…」

「バカな…」

「我々の力不足です…責任は甘んじて受けます」

 

連盟に強奪されたならともかく、テロリスト相手に保管していた試作機体が強奪される。この基地はその程度の防衛戦力しかないというのか。

 

だが、不思議な話でもない気がする。そもそも地球連邦には、モビルスーツをはじめとした最新鋭技術の運用に必要な新資源の貯蓄量・採掘量が、コロニー連盟と比べ少ない。よって、総戦力には限りがある。

 

フジ基地に配備されるはずの戦力も、他の激戦区に優先的に回されたのなら、フジ基地は少ない戦力でやりくりするしかない。

 

その辺りの事情も鑑みれば、百歩譲ってテロリストにガンダムを強奪されたのも頷ける。それに、フジ基地はテロリスト襲撃後のすぐ後に反撃で相手を撃滅せしめている。アールデン部隊さえ来なければ、ガンダムの奪還を行う余裕もあっただろう。

 

「いえ、我々がイヴを奪還すれば済む話です。それより今は、基地の復興に尽力してください」

「了解しました、特務大尉。今はこの基地を立て直すのに専念しましょう。こちらも、あなた方GT-1のご武運をお祈りします」

「ありがとうございます、基地司令。それはそうと、あれは…?」

 

セイヴの、サングラスに秘められた視線の先、一台の自動二輪があった。黒いカラーリングで、大型のアメリカンタイプである。

 

「ああ、あれはテロリストのものと思われます。ガンダムを秘蔵していた格納庫の近くに泊めてありました。もしかすると、強奪犯のものかもしれません」

「ふむ…」

「どうかしましたか?」

 

バイクにはまだキーが刺さっていた。キーには、持ち主の名前を示す名札が、キーホルダーとしてチェーンで繋がれている。

 

セイヴの位置からは、その名前が読み取れた。

 

「サブロー…サブロー・ライトニングか」

「身辺情報がわかり次第、指名手配を行う予定です」

「捕えればガンダムの行方もわかるかもしれません。サブロー…初めて聞く名前です」

「日系の男性でよく使われる名前です。フジ基地はニホンの管轄ですから」

「なるほど、そうですか」

 

セイヴの表情は、サングラスに遮られてよくわからない。フジ基地の司令は、今、彼が何をどう考えているのかを測りかねている。

 

これから、強奪されたガンダムを奪還するため行動するのか。それとも、初実戦を終えたGT-1を休息させるためにフジ基地にしばらく残留するのか。もしくは、ケルンテン基地に一旦戻るのか。

 

染料でも使っているのか、不自然に光る金髪。目の周りを覆い隠すサングラス。セイヴ・ライン特務大尉は、同じ連邦軍人であるのに、その雰囲気はどこかおかしい。

 

「司令」

「なんでしょう」

 

返答したフジ基地司令へ、セイヴは問うた。

 

「近くのマスドライバー基地はどこでしょう。なるべく大型な施設がいいのですが」

 

地球圏の大ヒット作業用モビルスーツ・ワトソンが、砲撃で吹っ飛ばされたコンクリート片を片手に、彼らのそばを通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タネガシマ・アイランド基地。旧世紀では宇宙センターがあったこの地には、レール型マスドライバーが存在している。

 

無論、宇宙船をはじめとした艦船を大気圏外へ飛ばすためのものだ。大気圏外での戦闘も多くなったコロニーセンチュリーにおいては、マスドライバーによる軍艦や軍事物資の射出が頻繁に行われている。

 

青い空と青い海という自然の景観の中にそびえる大きなレールは、視覚的アンバランスさを醸し出す。

 

そんなタネガシマのマスドライバーレールのスタート地点に、GT-1の母艦であるペガリオ級ネームシップ・ペガリオはあった。筆箱のような船体の後ろに、加速用のブースターが固定されている。

 

ペガリオの隣には、打上げカウントダウンを示す電光掲示板。空中投影型モニターが存在するコロニーセンチュリーではあるが、自然光が存在する解放された空間では空中投影型モニターはうまく映像を表示できない。よって実体型モニターも多く運用されている。

 

そして、実体型モニターのカウントダウンを、室内で空中投影型モニターを使って眺める女がいた。GT-1ガンダムチーム1番機担当、メリー・アンダーソン少尉である。

 

彼女は今、自室にいる。整備員のような数ありきのクルーは合同の大部屋で共用生活をさせられる。が、モビルスーツパイロット、それも試作機のテストパイロットともなれば、狭くはあれど個室をもらえる。

 

プライバシーが尊守されて一人でくつろげるので、嬉しいような、仲間と一緒にいたいメリーにとっては、少し残念なような。

 

「打ち上げまで、あと五分かあ」

 

もうすぐペガリオは、マスドライバーを使って宇宙へ飛ぶ。クルーは、館内通信を制限され、大気圏離脱のための耐ショック姿勢を取らなければならない。

 

メリーも、部屋の隅に存在する固定式シートに座って、幾重ものシートベルトで体を固定していた。多少胸がきついが、衝撃で投げ出されて部屋中を跳ね回るよりはマシだ。

 

「久しぶりだなぁ、宇宙」

 

想いを馳せるのは、故郷のコロニー。地球へ降りて以来、ずっと地球で暮らしていた。連邦軍のモビルスーツパイロットでいる以上、宇宙に出る可能性は有った。それが、初陣を終えてまだ3日の今日だとは思わなかったが。

 

「カウントダウン。10、9…」

「始まった!」

 

電光掲示板のカウントが十秒を切った。空中投影型モニターの電源を切り、固定された引き出しに押し込み、その引き出しにロックをかける。

 

「5、4、3…」

 

シートの手すりを柔らかく握る。強く握ると、余計なGで手が潰れてしまうためだ。

 

緊張でメリーの心臓が高鳴る。大気圏突入は経験したことがあるが、大気圏突破は初めてである。実のところ、まるで遊園地のアトラクションに乗っているような気分だ。

 

「2、1、0…イグニッション!」

 

外部ロケットブースターに火がついた。マスドライバーのレールの上を、ペガリオが進んでゆく。ブースターの火が大きくなって行くにつれ、進む速度は速くなる。

 

ブースターが点火された最初は、衝撃も何もなく拍子抜けなくらいだった。だが、ペガリオの速度が上がるにつれ、体にGがかかり始める。

 

大きな手で、押し付けられているような感覚。ペガリオの加速が増すと、Gの係数が大きくなり、押し付けられる感覚は押しつぶされる感覚に変わる。

 

「う…くく…」

 

苦しさに耐えかねて変な力を体にかければ、そこへ大きなGがかかって本当に潰れる。このGを耐えるには、無駄な力を使わずに体全体をリラックスさせるのが一番だ

 

だが、深呼吸しようにも肺へかかるGが大きくて息苦しい。シートベルトを解放して楽になりたい衝動に襲われる。

 

ペガリオがレールを滑って行く。後部ブースターの吐き出す炎は最高潮を迎えた。加速ももうじきトップスピードに移るだろう。

 

レールの切れ目へ到達し、ペガリオが飛び立つ。マスドライバーのレールから離れる瞬間に重い衝撃が走った。

 

10分かけて雲を越え、青空を越え、その向こうの黒い空間へ。光の尾を引きつつ、地球の重力圏を飛び出す。

 

重力制御が働く。メリーの体を苛んだGは解除され、一気に体が軽くなる。

 

「こちら、艦長のテルミットだ。ペガリオは大気圏突破を終了。G緩和後、各自耐Gショック姿勢を解除。怪我をした者は速やかに医療班に報告せよ。以上だ」

「おっ、待ってました」

 

アナウンスを聞き終えて、シートベルトを次々解除するメリー。全身が解放され、座っていたシートを蹴ってジャンプする。

 

ふわっと浮く体。エネルギーを多く使う重力制御はG緩和のためにのみ使われ、今のペガリオは無重力状態だ。

 

「このふわふわ、懐かしいなあ。ふふっ」

 

無重力体験は、子供の頃大気圏突入カプセルに乗った時以来か。よくそんな昔のことを覚えているなと、苦笑する。

 

久しぶりに、星々が瞬く宇宙を見たくなった。通路脇のモニターなら、外部の状態を写しているだろうか。

 

メリーは、床を軽く蹴って自室を出た。自動ドアが開き、閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリッジルーム。複数のモニターやコンソールが一体化した専用デスクが並ぶ前半分に、その様子を見ることのできる艦長席、副艦長席がある後ろ半分。今は、そのほぼ全てに人員が座っていた。

 

ガラス張りに見える壁面は、それら全てが実体型モニターである。ブリッジの外側に備えられたカメラが撮ったリアルタイム映像が表示されている。

 

艦長席の真後ろ、ブリッジルームの出入り口から、セイヴ・ラインが現れた。サングラスの上の眉毛をやや歪めつつ、早歩きで艦長の元へ歩み寄る。

 

「テルミット艦長、状況はいかがですか」

「セイヴ大尉か。あまり芳しくない」

 

お目当の人物に、セイヴは声をかける。テルミット・ガンマ中佐。いかつい顔とスキンヘッドが特徴的な、髭面の黒人系男性だ。

 

このペガリオの艦長をしている。

 

「まさか出た場所の目と鼻の先に、敵機がいるとは」

「待ち伏せ…でもなさそうだ。パトロール艦隊と鉢合わせたらしい」

 

ペガリオは現在、あまりよろしくない状況に立たされていた。大気圏突破して到着したポイントで、連盟の衛星軌道巡回部隊と鉢合わせたのだ。

 

レーダーでお互いのことはもうバレているだろう。こちらは単艦、向こうは3隻。攻撃を受けるのは必然的だ。

 

「監視衛星は破壊されたのでしょうか」

「そのようだ。我々も運がない」

「いえ、絶望するには早いでしょう。彼我の戦力差は少ない。交戦したとしても十分退けられます」

「…正気か?」

 

セイヴの顔を見るテルミット。だが、セイヴはあっけらかんと、その根拠を言ってみせる。

 

「データを信用するなら、敵艦はサーブル級が一隻にブルガー級が2隻。サーブル級を運用していることから、敵の艦隊はクアロ合衆国のものだと思われます」

「それで、連盟のどの国家かわかって何になる?」

「コロニー連盟は国家によって運用する機体が変わる場合があります。クアロ連邦なら、恐らくアレスビーを出してくる。アレスビーは正面突撃能力が高く…」

「こちらから仕掛けられるのに弱い、と」

「その通りです。防衛戦には向かない機体です。こちらから打って出て、速攻でカタをつけ、撃退する。いずれにせよこの距離では交戦は免れません」

「わかった、作戦開始を許可しよう。副長、モビルスーツ全機にスクランブル発進命令」

「了解です」

「ありがとうございます、艦長」

「私も長生きしたいのでね…どこへ行く?」

 

踵を返して出入り口の方へ向かうセイヴ大尉を、テルミット艦長が呼び止める。セイヴは振り向き、笑みを浮かべた。

 

「私も出撃します」

 

 

 

 

 

 

 

 

ペガリオが回頭し、敵部隊の方へ船首を向ける。大気圏離脱に使用したブースターは切り離され、既にない。

 

ペガリオの前面ハッチが開いた。前面3つの格納庫のハッチが開き、3つの口からモビルスーツが次々、カタパルトで射出されていく。

 

ガンダム三機が発進し、その後に、別のガンダムが出てきた。

 

「…?あれ、ペガリオのガンダムは三機じゃ…」

「ガンダムチーム、聞こえるか」

「セイヴ大尉?!」

 

メリーの疑問の声に被せるように、4機目のガンダムから通信が入る。声の主は、なんとセイヴ・ライン特務大尉だ。

 

GT-1の責任者がどうして前線へ行くのか。3人娘が困惑する。

 

「ど、どうして出撃を?それに、その機体は…」

「あ、GT-1入隊式のガンダム!」

「その通りだ。第一世代1号機アダム…の実戦仕様と言ったところか。作戦の際の戦力不足対策に持ってきた」

 

セイヴ大尉が乗っているのは、メリー達がケルンテン基地で初めて見たガンダムだった。だが、メリー達が見たあの時の状態とはやや違う。

 

一部むき出しにされていたフレームは装甲で覆われ、白の多かった機体色は一部黒く塗り直されている。両手にロケットランチャーを持ち、腰部後ろにビームライフルを携えて、完全な実戦仕様といった風情だ。

 

「だ…大丈夫…ですか」

「足手まといにはならないつもりだ。それより今は…」

 

アダムが前方を向く。その方向には、三つの光点があった。敵の衛星軌道巡回艦隊。

 

大気も障害物もない宇宙空間なので、ガンダムの眼はいつも以上によく見える。レーダーに表示されているなら、望遠でほぼ目視可能だ。

 

「あれを、攻撃ですね」

「ああ、速攻戦だ。先に仕掛けることのできた方が勝つ。だが、万全を期すようにしたい」

「と、言いますと…?」

「2回目の戦闘なのに申し訳ないが、ガンダムチームのフォーメーションを崩す」

 

セイヴは、パイロットスーツのヘルメットの中で、口角を吊り上げた。

 

「アリス少尉」

「はい」

「君はペガリオブラボーと合流し、ペガリオに向かってくる敵機を撃ち落として欲しい」

「了解です」

「アリス少尉のポジションには私が入る。二人とも、存分にやってくれ」

 

メリーはモニターの中のアダムを見た。彼女の心の中には、初陣の時と同じく不安があった。

 

いきなり作戦に参加したセイヴ大尉の腕を不安視しているわけではない。彼はGT-1の隊長だ。モビルスーツの操縦もある程度心得ているに違いない。

 

不安なのはむしろ自分自身なのだ。メリーはコロニー出身だが、だからといって宇宙におけるモビルスーツ戦闘が得意なわけではない。

 

むしろ初経験だ。地上で訓練を積んで来た彼女にとって、宇宙戦闘は初。初陣をもう一度やっている感覚である。

 

モビルスーツ訓練で、シミュレーションにおける宇宙戦闘は一応習った。だが、一応、である。宇宙に出て来て慣熟飛行もさせてもらえず戦闘に駆り出されてしまった。

 

今度こそ、死んでしまうのでは。

 

「また怖くなったか、メリー少尉?」

「あっ、あはははー…はい」

「まあ、地球での戦闘はしたことがあっても、宇宙ではないものな」

「すいません…」

「謝る必要はない。そして、不安を持つ必要もない。君はエースだろう」

「あっ…!」

 

メリーの脳裏に浮かぶ、初陣における撃墜数。彼女は敵機を多数撃墜し、初実戦においてエースの称号を手にした。

 

それは紛れも無い事実であるし、彼女の自信を大いに助けた。次の戦場も上手くやれる。そう確信できた。

 

「君は一人じゃ無いんだ。仲間と共に、落ち着いて…いいね?」

「はっ、はい!がんばります!」

「その意気だ。ショコラ少尉、アリス少尉、君達もそうだ。仲間と共に、落ち着いて…そうすれば生き残れる」

「りょ、了解です」

「了解しました」

 

3人娘が応答する。つくづく、このガンダムチームは優秀だ。

 

これなら、この戦いも危うくない。

 

「こちらアダムのセイヴ・ライン。各機へ、作戦を開始せよ」

 

セイヴの号令と共に、ペガリオクルーの全てが臨戦態勢に入った。ブリッジルームは色めき立ち、格納庫ではスペーススーツを着用した作業員が緊急着艦の準備を進める。

 

パイロットも負けてはいない。3機のガンダムが前へ。1機のガンダムが後ろへ。その周囲を別の連邦モビルスーツ。

 

敵の3隻はこちらへ向かってくる。戦いは絶対に免れない。

 

ペガリオとそのクルーの、たった一隻の戦いが始まろうとしていた。

 



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第6話Bパート

 

クアロ合衆国所属のサーブル級マドラーは、目前の敵部隊に対してモビルスーツを展開した。機体は全て、アレスビーだ。

 

背中に本体と同じくらい大きな槍を携えた機体。その槍はただの槍ではなく、大推力の追加ブースターとして機能する。この槍で敵陣深く切り込み、一気に撃滅するのが、アレスビーの基本戦術だ。

 

今回も、いつもと同じようにランスブースターを点火。高速の突撃で、数に劣る敵を正面突破しようとする。

 

「いける…!」

 

連盟のパイロットが、パイロットスーツのヘルメットの下で微笑んだ。大気圏からのこのこ上がってきた敵を抵抗する余裕を与えず叩きのめす。戦争らしい非情なやりかただ。

 

青い機体が槍を背負って敵艦に突撃。だが、相手部隊は怯まない。逃げようともしない。

 

次々にモビルスーツを展開し、こちらへ向かわせて来るではないか。

 

「うっ」

「まずい、できる連中だ」

「今更止まれるかよ!」

 

むしろ狼狽えたのはアレスビー達の方である。敵は守りを固めると思いきや、こちらに対して突撃をかけてくる。攻撃は最大の防御というわけか。

 

自分達の後ろは、自分たちの母艦があるのだ。相手に突破されたら、直接攻撃される。

 

だが、ブースターは最高速度に達した。今更ブレーキは効かないし、速攻をかけなければ撃ち落とされて終わりだ。

 

「レーダーにアンノウン?敵は新型機を投入したと!?」

 

敵部隊には、未確認機が複数。おそらく新型だ。あとはアレスビーのデータベースにある。

 

得体の知れない新型機は、アレスビー達の進行方向にいた。向こうも最高速度で、こちらへ突っ込んで来る。

 

「ちぃいっ」

 

マシンガンをトリガー。だが、追加ブースターを用いた高速直進でうまく狙えるはずもなく、撃った弾のほぼ全てが外れた。

 

虚空の彼方へ消える曳光弾。狙った方向からは、ビーム物質の弾丸が迫る。

 

「しまっ…」

 

ビーム物質がかすり、ランスブースターの先端が消失。敵はこちらを狙っている。それも、かなり正確な射撃を用いている。

 

手強い。アレスビーのパイロットの一人がそう思った瞬間、ついにアンノウンが姿を見せた。

 

二本の角、二つの目。白を基調としつつ、鮮やかなカラーリングの追加装備に身を包んでいる。

 

敵機のバックパックのサブアームが蠢き、こちらに向かって何かを向けた。

 

紫電が駆ける。そして、機体の下半身が砕け散る。慣性によって機体のコントロールを失い、被弾したアレスビーは宇宙空間で転がりまわった。

 

相互スピードが速すぎて、何をされたかわからなかった。だが敵の攻撃が直撃したのは確かだ。

 

交差した瞬間、敵モビルスーツの姿を間近で見る。見たことも、聞いたこともない機体。

 

「連邦の新型は、こんなにも強力なの…かっ!」

 

下半身と加速を失ったアレスビーに、大型ビーム弾が放たれた。ガンダムと邂逅したパイロットのその意識は、死の光に飲まれて消える。

 

 

 

 

 

敵の第1陣を抜けるガンダムチーム。サブアームのレールガンで敵を無力化して、ダンシングシープは更に加速する。

 

最も速いメリーが先鋒だ。敵部隊に少しでも穴を開け、そこを抜けて、母艦を叩く。そして敵部隊に逃げ帰ってもらう。ペガリオが生き延びるにはそれ以外ない。

 

第2陣がこちらへ向かってくる。全てを相手にする必要はない。あくまでも目標は敵母艦、数で勝る敵モビルスーツ隊を相手しても、じりじり追い詰められるだけだ。

 

「前方、敵機5」

「レールガンで…!」

「サブアームレールガン、オートロック」

 

だが、少しでも数を減らしたい。この連盟部隊の狙いは、メリーの後方の母艦ペガリオだ。無傷で通せば、それだけ自分の後続とペガリオの直衛に負担をかける。

 

だから少しでも、落とせずともせめて手傷をつけたい。射程に入ってから交差するまでのわずかな時間だけしか、攻撃のチャンスはないのだとしても。

 

ビームライフルを1発、撃つ。外れ。

 

「アリスのようには、できっこないか!」

「ロックオン補正、修正」

 

オペレートアナウンスが、次の射撃でコンピュータによる補正がかかることを伝える。

 

ならば、ともう1発ビームライフル。

 

「当たった!」

 

アレスビーはランスブースターの加速に乗ってまっすぐ進んでいる。ガンダムのFCSとコンピュータなら、ビームライフルが着弾する位置へ偏差射撃を行うのは簡単だ。

 

当てた敵がどうなったか、距離が遠くてよくわからない。だが、ダメージがあるのとないのとでは大違いだ。弱ったところを、仲間が仕留めてくれる。

 

相手の射程に入ったか、ビームや弾丸がメリーの方へ飛んでくる。

 

「うわっとっとっ!」

 

スラスターの向きを変え、右へ左へ回避機動。すれすれを通り過ぎる敵弾。

 

ダンシングシープは機動力が高い機体だ。元から高機動である素体のガンダムに、機動力を増強するフライティングユニットが接続されている。回避に専念すれば、直撃を食らうことはほぼないだろう。

 

どんな攻撃も、避ければどうということもない。だが、このまま狙われっぱなしでは、集中力が切れてしまうだろう。

 

こっちを狙う敵機複数が、交差してやり過ごすまで、正確な回避を続けられるだろうか。

 

「いや、無理〜っ!」

 

迫り来る弾幕から顔を背けたくなる。だが、目を離しては本当に死んでしまう。

 

左腕のシールドを前に突き出しながら、直線ではなく蛇行機動で動く。

 

向こうから飛んで来る無数の弾を回避するも、いくつかはシールドを叩いた。衝撃で左腕が軋む。

 

「シールド、限界です」

「やっぱ…ショコラみたいにうまくはできないか!」

 

額を汗が伝う。拭いたくても、パイロットスーツのヘルメットは脱げない。

 

コクピットが破られればそこは無重力。万全を期するために、つけっぱなしでいないとならない。

 

もっとも、このままではパイロットスーツがその役割を果たすのも時間の問題だ。もしくは、役目を果たさぬままパイロットと共に消失するかもしれない。

 

迫り来る弾幕は、自分を押しつぶそうとするかのよう。回避だ。回避あるのみ。

 

「行けーっ!」

 

シールドが破損、した次の瞬間、メリーはアレスビー小隊とすれ違った。

 

「抜けた!」

 

だが、目標は敵部隊を抜くことではない。

 

加速。このまま一気に迫って母艦を叩く。レーダーを見やれば、アダムもスリーピーラビットも生きている。

 

「このまま先行します!」

「了解した。頼んだぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください!メリーが危険です!」

「議論の暇はない。一番速いダンシングシープを頼るしかない」

「うぅ…メリー!無茶はしないで!」

 

全ての推力を直進に回し、メリーは仲間の声に短く応えた。

 

「わかった!」

 

すっ飛んでいくダンシングシープ。それを見送る暇もなく、二人は敵機と交戦した。

 

メリーが一機落としたが、まだ6機もいる。全てを相手にする必要はないが、無視することもできない。

 

「ショコラ少尉、突破しよう」

「了解です!」

「援護する。直進してくれ」

 

スリーピーラビットが3枚の盾を正面に向け、加速。向こう側にいるアレスビーは、一斉に銃口をそちらへ向けた。

 

一斉射。ビームライフルやマシンガンが、3枚の盾めがけて目一杯撃ち放たれる。だが壊れない。撃っても撃っても破壊できない。

 

敵機部隊の意識がショコラへ向いた瞬間、アダムがスリーピーラビットの上へ出た。そして両手に携えたロケットランチャーを乱射する。弾を管理する気が全くないのが目に見えるくらいの連射具合。

 

「うぉっ」

「来るぞ、避けろ!」

「なんだ!?」

 

飛んで来る沢山のロケット弾。当たったらどうなるか、誰かに聞かなくてもわかる。

 

だが、3機のアレスビーはその直撃を受けてしまった。突撃のための機体には、単調な回避機動しかできない。ガンダムのFCSがそれを逃すはずもなく。

 

「ぐわぁぁ…!」

「やられた!火が、わぁあああ!」

「なん…うわっ!」

 

そしてまた、一瞬でやられた仲間の方へ余所見をしていたアレスビーも、ショコラ機のビームガンの連射を受けた。

 

「このぉおおお!」

 

猛攻の対象から外れた一機が、ランスブースターを背中から外し、手に握ってスリーピーラビットへと突貫する。

 

ランスブースターはただの追加ブースターではなく、形状そのままに槍として使える。鋭利な先端と質量と速度で、敵の装甲を貫く武器だ。

 

その槍は、真正面からガンダムへと向かう。

 

その眼前に立ちはだかる、巨大な壁。否、それは盾だ。モビルスーツの全身を覆うほどの大きさの盾だ。

 

アームズシールドにビーム膜が張られ、ランスブースターの先端を消滅させた。高熱で溶けていく大槍。加速そのままに、死のカーテンに突っ込んでしまうアレスビー。

 

「うわぁあああああっ!」

 

アームズシールドを持ったサブアームがスライドした。敵機の前面装甲を撫でる形だ。ビームの膜を押し付けられたアレスビーは、機体の前半分を失ってしまう。

 

加速の速度そのままで、アレスビーの残骸が流れていく。宇宙空間の慣性は、逆噴射をかけねば速度そのままで進んでしまう。動けなくなった彼らは、永遠に宇宙を放浪する。

 

「よし、受け流した…ショコラ少尉、メリー少尉に追いつくぞ」

「了解です!」

 

敵機を大いに叩きのめし、二期のガンダムはメリー機を追った。

 

 

 

 

 

 

 

宇宙空間では、速度の表記はあまり意味をなさない。重力や大気といった制約を受けない宇宙では、推進剤や強度といった制約はあれど、加速すればするほどに無限に速くなっていける。

 

クアロ合衆国のアレスビーはその摂理に従ったような機体だ。細長い全体シルエットに刺々しい頭部。各所のブースターは直進移動で大きなスピードを生む。ここに、追加装備のランスブースターによる高速加速を乗せれば、コロニーセンチュリーのスピードキングの誕生だ。

 

今だって彼らは、多少の攻撃は受けこそすれど、加速力を伴った突撃で敵の懐に潜り込もうとしている。レーダーに表示されるおは、連邦のLサイズ軍艦たった一隻。

 

アレスビーの一機がランスブースターを取り外し、手に持った。そして、鈍重な敵モビルスーツへと目標を定め、突進する。

 

一直線に迫る、連盟の機体。鋭利な槍を構え、高速で迫り来るとなれば、それは最早巨大砲弾。

 

レーダーを見たか、もしくは勘か。狙われたペガリオアルファ隊のブリジットが敵機を見やる。

 

だが、回避は間に合わない。装甲重視のブリジットでは、自分を狙った砲弾が飛んできた時点で回避はできない。

 

「敵が!?」

「とった!」

「ぐぅおおっ…」

「落ちろ…!」

 

貫かれるブリジットの脇腹。押し込むアレスビー。持ち主を衝撃から守るために、設計上の機構で自壊するランスブースター。

 

「ま…だ…」

 

装甲重視は伊達ではない。この一撃を受けてもブリジットは機能を停止していない。

 

だが、別方向からのもう一刺し。ついにブリジットが沈黙した。追撃で叩き込まれるビーム弾。爆裂する連邦モビルスーツ。

 

「次だ」

「ああ。母艦を狙う」

 

一斉に突撃し、一斉に防衛網を突破し、一斉に母艦を攻撃。これで完璧だ。

 

少々痛手を負わされたが、母艦を叩き潰せばこちらの勝ちだ。アレスビーのブースターに火が灯る。その瞬間である。

 

巨大なビーム物質の塊が、片方の上半身を消した。通り過ぎたビームキャノンの弾。

 

「なに…」

 

飛んでくるビームの弾。必死に避けつつ、もう片方のアレスビーがブースターで逃げようとする。

 

「ぐわっ!うわぁっ!」

 

だが敵の攻撃は正確だった。直進していたのもあって、避ける間も無くアレスビーにビームが叩き込まれる。ビームライフルを持った右手が吹き飛ばされ、左手も同様に溶断。

 

「だめだぁあああ!」

 

胴体にもビームが着弾し、重要機関を焼かれたアレスビーはピクリとも動かなくなった。

 

「またやられた!」

「連邦が…わぁーっ!」

「リリィ少尉ーっ!」

「母艦から対空砲火!直衛に狙撃型もいる!」」

 

アレスビー部隊が目指す先、母艦ペガリオとペガリオブラボー、そしてガンダム第2世代3号機スマイリードッグが延々と遠距離砲撃を行っている。

 

スマイリードッグはその砲撃力を遺憾なく発揮し、定点砲撃でアレスビーを吹き飛ばす。

 

一方のペガリオブラボー隊は、全員に連邦の狙撃特化機ラケシスとビームスナイパーライフルが配備されている。ラケシスは頭部そのものが狙撃用スコープとなっており、精密射撃を得意としている。

 

ペガリオも、母艦といえど負けてはいない。

 

「各砲門、攻撃を開始せよ!」

「こちら副艦長のシャープだ。味方には当てるな、それから観測班はペガリオブラボーに引き続きデータを送り続けるように」

「了解、主砲ビームキャノン発射!」

「側面部、下部、後部ミサイルランチャー、アクティブです」

「全対空機銃、準備できています!」

「弾は惜しむな、補給はこのあとすぐだ!」

 

敵の母艦から放たれる無数のビーム、ミサイル、機銃弾。所詮は固定砲台からの乱れ打ちだ、機動兵器であるモビルスーツにそうそう当たるものじゃない。離れている場合は。

 

「なんだよあの弾幕!?あんなに艦載機を載せておいて、こんなに火砲を…?!」

「うっ…やべえ、どうする?」

「このまま引き下がれるか!突破して手傷を…あぁ!当てられた!」

 

敵の防衛網は完成している。直衛機の狙撃砲撃を抜けても、弾幕を避けつつ攻撃を敢行できるのか。その上で生きて離脱できるのか。この損耗した部隊で。

 

後続が来てくれる。その考えも、さっきすれ違った敵新型機の前では脆くも砕け散る。

 

正面からアレスビー隊を抜けて味方母艦を叩きに行った敵部隊は、その性能で持ってアレスビー隊に大なり小なりダメージを与えた。無傷でたどり着けば、まだ直衛と母艦の弾幕を突破して敵母艦を叩く余裕はあった。

 

その余裕を、あの3機の新型機は根こそぎ奪って行ったのだ。

 

ペガリオの後部と側面と下部、16発内蔵のミサイルランチャーが合計8つ。それらが一斉に自動追尾弾頭を吐き出した。

 

「ペガリオは絶対にやらせない…!」

「マルチロックオン完了。脚部ミサイルランチャー、全弾発射…残弾ゼロです」

「行けっ!」

 

アリス・サカモトが感情的に呟く。コンソールを叩き、武装選択。トリガー。

 

ペガリオのミサイルと、スマイリードッグのミサイルが、ミサイルの壁となってアレスビーへと迫る。アリスの仲間によって勢いを削がれた敵は、その攻撃をその身に浴びることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンシングシープは、ついに目前に敵艦隊を捉えた。数は想定通り3隻。艦種も、作戦前の報告と一致する。

 

さらに加速をかけ、一気に迫る。Gがパイロットスーツに包まれた肢体を苛んだ。だが、大気圏突破に比べれば幾分と楽だ。

 

弾がガンダムへ向けて放たれる。一つ二つではなく、もう数えるのも馬鹿馬鹿しい数。その多くが、機銃弾だ。数撃てば当たるの精神だろう。

 

だが侮れる威力ではない。シールドを失ったダンシングシープでは、連続被弾は死を意味する。

 

蛇行起動で、前進しつつも弾を避ける。向かってくるミサイルを、頭部機関砲で撃ち落とす。

 

進むしかない。立ち止まれば、集中砲火でやられてしまう。だが、3隻からの一斉攻撃はその前進を大きく遅らせる。

 

一定の距離まで迫った途端、砲撃の中にビームが混じり始めた。敵の、主砲。

 

「当たったらやばいってえぇ」

 

ついにメリーは前進を止めた。進行方向から見て下へ急速方向転換。幾何学的な軌道を描きつつひたすら避けるのに集中する。

 

「この!」

 

ただその場でウロウロするだけではない。隙あらばビームライフルやレールガンを敵艦へ撃っている。避けるのに集中しながらの射撃なので、致命的な部分に当てられず。いくつかは大きい的相手に外してしまう始末だ。

 

ミドルサイズ巡洋艦ブルガー級は、連盟全体で運営できる護衛艦として建造された。山の字の艦体には火器が満載されており、モビルスーツを寄せ付けない。それが2隻もいるとなれば、さしものガンダムでも単騎突破は不可能。

 

そう、単機ならどうしようもない。では、後続の味方が到着したらどうだろう。

 

レーダーを見やれば、すぐ後ろにスリーピーラビットが来ていた。アダムも一緒だ。

 

「メリー、おまたせ!」

「待ってたよぉ!」

「行け、ショコラ少尉!メリー少尉!」

「了解です!後ろに着いて来て!」

「おっけぇショコラ!」

 

ダンシングシープが機動を変え、急加速でスリーピーラビットの後ろへ回り込む。スリーピーラビットは全速前進。未だ破られていない3魔のシールドを構え、弾幕を突っ切っていく。

 

それを支援するのは、セイヴ特務大尉のアダム。使い果たしたロケットランチャーを捨てて、ビームライフル一本で身軽に立ち回る。FCSとデュアルセンサーカメラアイの機能を最大限に生かし、敵艦隊中央、要となるミドルサイズ空母サーブル級を狙う。

 

「ミサイル群接近」

「避けるしかないか!」

 

ビームライフルによる簡易狙撃。前方から何発も来たるミサイルを避けながら正確に敵を撃ち抜くことは難しい。だが、今はそれで好都合だ。

 

空母を沈めてしまったら、帰る場所をなくしたモビルスーツ隊は決死の抵抗に出るかもしれない。今回の作戦は、敵艦隊にお帰りいただくのが目的だ。少し痛めつけるくらいで十分だろう。

 

ミサイルを避ける。少しブースターを吹かして移動し、着弾寸前に自分の位置をずらす。敵のミサイルは寸前でアダムを外れる。

 

その一瞬で、ビームライフルを木偶の坊のサーブル級に打ち込む。ビーム物質は鍋をひっくり返したような形の宇宙空母に命中。

 

「さて…後は頼むぞ、二人とも」

 

迫るミサイル。身軽になったアダムに当たるはずもなく、避けられ、頭部機関砲で撃ち落とされ、無力化されていく。

 

一方のメリーとショコラは、一隻のサーブル級へと向かっていた。ミサイル攻撃はアダムへと向けられ、機銃とビーム砲にのみ注意すればいい。初陣を生き延びた二人には、簡単なことだ。

 

機銃ではスリーピーラビットの盾を抜くことは叶わず、ビーム砲は着弾前に避けられる。スリーピーラビットは、未だに健在。

 

機動力の高いダンシングシープは、スリーピーラビットの機動に完全に追従する。機銃は防ぎ、ビームは一緒に避ける。

 

「撃ち落とせ、早く!何をしておるか!砲手はサボっているのでは…」

「艦長、敵に肉薄されましたぁ!」

「下に、下に、真下に敵機が…」

 

そして二人は一直線に、ブルガー級の真下へ潜り込む。ダンシングシープが、スリーピーラビットに追従しつつ、腰から一本の棒を取り出す。

 

ハイパービームサーベルだ。

 

「メリー、今!」

「せぇああああああ!!」

 

左腕に握ったハイパーサーベルから長い光の刃が伸び、ブルガー級の腹を切り開く。二機のガンダムが進むにつれて、その切り傷は大きく大きく広がっていった。

 

「くふぅ!?総員退艦を…ぬぁあああああああああ!!」

 

ブルガー級のダメージは下部から全体に伝わり、動力炉に達する。核融合ジェネレータが炸裂し、艦全体が火花を散らして爆発四散。

 

宇宙に大きな光の花を咲かせた。

 

「セイヴ大尉、やりました!」

「よし、撤退!」

「了解!」

「了解っ!」

 

残ったビームライフルすら投げ捨てて、アダムが踵を返してその場を離れる。それに着いていくように、二機のガンダムが敵艦隊から遠ざかっていった。

 

生き残った2隻は、それを追うことも攻撃することもしなかった。要の空母が損傷を受け、味方艦を一隻失い、満身創痍だったからだ。

 

「ラブールより全部隊へ、撤退する。ラブールより全部隊へ、全速撤退」

 

全ての味方機に、撤退命令が下された。だが、彼らのレーダーには、大きく減ったモビルスーツ隊が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペガリオを襲った敵部隊は、来た道と同じようにまっすぐのルートを取って帰還したため、迂回した三機のガンダムは鉢合わせずに済んだ。ペガリオの前面ハッチから中に入り込み、格納庫内に期待を固定。ガンダムチームはようやくガンダムを降りることができた。

 

ペガリオアルファ隊も、ペガリオブラボー隊も、各自生き残った機は無事着艦できた。ペガリオ自体は無傷だった。

 

対して敵は大損害を受けて撤退。彼我の戦力差、ダメージ差で言えば、大勝利といえよう。

 

「こちら艦長のテルミットだ。今作戦の状況は終了した。本艦はこれより、コロニー・アレッサへ向かう」

「オーライ!オーライ!ブラボーのラケシスはこっちだ!」

「ペガリオアルファは損傷がひどい!こっちに数班回してくれ!」

「冗談じゃない、ガンダムの整備にかかりっきりなんだ」

「そして、本作戦で命を落としたパイロット、スタンブル・ロチェット少尉とカナ・シェービー少尉に、哀悼の意を捧げる。以上だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回も、生き残れた…ね」

 

パイロットスーツを洗濯室に預け、シャワーを浴び、自室に戻り、着替えたメリーはベッドに腰掛けた。ベッドの上には、絵本がある。

 

題名は、『羊の兄弟と黒い鬼オーガ』。故郷から持って来た、幼い頃からの宝物だ。彼女の私物である。

 

故郷のことを思い出しては、この本に語りかける。嬉しい事、楽しいこと、辛いこと。それが日課だ。

 

だから今日も、この絵本に思い出を伝えよう。そして、作戦のさなかで混乱した頭の中を整理しよう。そう思った時だった。

 

チャイム。彼女の自室に来客である。

 

「あ…はい!今開けます」

 

ロックを解除し、ドアを開く。そこにはセイヴ大尉がいた。

 

「ご苦労様だね、少尉」

「あ、セイヴ大尉…」

「いや、大した用事じゃない。労いの言葉を送りたいだけだ。今回の作戦もよく戦ってくれた、君の奮闘に敬意を表する。引き続き、GT-1のガンダムチームとしてその実力を発揮し続けてくれ」

「ありがとうございます!でも、なぜわざわざ自室に?」

「いや、労いくらい自分で直接言いたい。ショコラ少尉とアリス少尉の部屋にも出向いたんだ、君だけ通信じゃ不公平だしな」

「あ…ありがとうございます!」

「礼を言いたいのはこっちの…その本は?」

 

言われて初めて気付いた。いま、メリーは思い出の絵本を握っている。

 

顔が真っ赤になる。こんな子供向け絵本を私物として持ち込んで、セイヴは幻滅しただろうか。

 

「『黒い鬼オーガ』か、懐かしいなあ。好きだったんだ、その本」

「え…?あ、は、ああ!セイヴ大尉も読んでらしたんですか?」

「ああ!昔っから大好きだったんだよ。やっぱ、変かな?」

「いや、そんなことはないと思います!だって、いい作品ですもん!」

 

絵本を両手でギュッと握る。銀髪ポニーテールは揺れ、深紅の瞳に映る彼。

 

軍艦を初めて撃墜してから一時間。メリーは、またセイヴ大尉に近付けた、気がした。

 



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第7話 ガンダムオーガ、覚醒
7話Aパート


 

薄暗い大部屋の中で、壁に映し出されたプロジェクターの映像が輝く。その中では、フレーム状態になったモビルスーツの姿があった。

 

指し棒を持って壇上に立つのは、コロニー連盟技術大尉のジャムノフ・ネレンコ。特徴的な白ひげが揺れる。

 

「そもそもとして、連盟はすでにギルティスプロジェクトを始動したので、今更連邦の新型を拾ってきたところで、これを解析して量産することはできません」

「そりゃあそうだ」

「当たり前ね」

 

観客はナルカ共和国派遣艦隊のお歴々。旗艦グランガンの艦長や、親衛隊員が参加している。皆が、その場の椅子に座り、プロジェクターが写す映像と壇上の技術屋をじぃっと見ている。

 

無論、女王ソーラ・レ・パール・ナルカもこの場で静聴していた。

 

「しかし、使いではあります。ギルティスはモビルスーツのフレームに燃料電池をはじめとした様々な機器を内蔵した複合装甲を装着する新しいモビルスーツです。しかし、試験を行なった結果ギルティスの負荷に、従来のフレームは耐えられませんでした。ギルティスのパワーが内圧としてフレームを破壊するからです。このままでは、ギルティスの開発は頓挫することでしょう」

 

ネガティブな発表に、会場がにわかにざわめく。

 

前線で戦う兵士にとって、兵器の能力は火急の問題だ。ガンダムという連邦の新型が現れたことで、連盟の側にも新型モビルスーツが必要とされているのに、よもやその開発計画が頓挫しかけているとは。

 

不安に包まれる会場を制するように、ネレンコは叫んだ。

 

「しかし!そんな心配も、このガンダムが来たおかげで今!終わりを告げます。続きはオータ大尉、お願いします」

「あ、はあい…はい。マイク変わりました、クニヒコ・オータ技術大尉です…」

 

白ひげと入れ替わりに、黒アフロが登壇する。ネレンコのマイクを受け取り、クニヒコはメガネを弄りながら説明を始めた。

 

「え〜この中ではご存知の方もえ〜いらっしゃるでしょうが、え〜サブロー・ライトニング氏の持ってきたえ〜ガンダムの動力源は、え〜従来のような燃料電池ではなく、え〜核融合ジェネレータであります。…静粛にっ!え〜それで、ですね…え〜ガンダムの出力は通常のモビルスーツの約5倍!はあるとえ〜目されています。その出力に耐えるため、フレーム剛性も高いものとなっており、え〜ギルティスの負荷にも耐えうると考えています」

「回りくどいぞ!」

「そうだそうだー!」

「なにがどうなるかはっきり言え!」

 

方々から浴びせられる罵声。先程のざわめきで、外野が騒ぐ空気ができたようだ。会場が一気にざわめきに包まれ、クニヒコは二進も三進もいかなくなる。

 

その喧々囂々の最中、一人の少女が立ち上がった。青い髪、青いドレス。歳は17ほど。

 

この軍事的な集まりには相応しくないように思えるが、誰もがそれを否定するだろう。何故なら、彼女こそナルカ共和国の女王なのだから。

 

ソーラ女王はマイクを口元に持って行き、凛とした声で尋ねた。その場のすべての人間が、一人残らず、一切の例外なく、その様子を静かに見た。

 

「では、具体的にどのようにして、ガンダムを利用するおつもりですか」

 

それは、単純な文面だけなら、ただ気になったことを聞くだけの質問だ。だがソーラの佇まいと声音が、無様に騒いで時間を無駄にすることを許さぬ張り詰めた空気を作り出した。

 

怯えかねない目でソーラを見ていたクニヒコは、その言葉に震えながら答える。

 

「は、はい…サブロー氏が現在保有するガンダムの外装などを全て取っ払い、そのままギルティスのテストタイプモデルに換装…内圧や負荷のテストをして、そのデータを正式採用モデルに反映させます…そ、その場合、ガンダムの出力とギルティスの性能が組み合わさり、実戦においても十全な戦力として機能するかと思われます…」

「わかりました。説明ありがとうございます」

「あ、はい…」

 

ソーラが座る。クニヒコの側からは、ソーラの部下に隠れて見えなくなる。

 

ざわめきは完全に収まり、クニヒコら技術士官は言いたいことを言い終えることができた。そして、周囲を一度見渡し、震え声で締めのことばに入る。

 

「え〜…以上が、今後の計画でございます。賛成の方は挙手をお願いいたします…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃいい〜…疲れたあ〜…」

 

瞼を半分落としつつ、サブローはドアをくぐる。その顔には、疲労の表情がありありと浮かんでいた。

 

サブローは今、勉強をしている。ソーラのアシスタントに任命された彼は、社会情勢を知るための用語や単語を知っておく義務がある。彼の持っていない知識は多く、その中には社会常識すら含まれる。

 

今までは、農村の外に出ることもあまりなかった為、そのような知識がなくとも十分生活できた。だがこれからは違う。社会用語すらわからない男が、ソーラ女王の補佐などできようはずもないのだ。

 

「辞典の内容全部把握しろって無茶だろぜってぇ…」

「ん!?」

「アッなんでもないっすゴメンナサイスイマセン…」

 

思わず口をついて出た愚痴。睨んでくる教師役の連盟士官。サブローは先生にペコペコする他ない。

 

複雑そうな表情で教室から離れようとした矢先、向こうの通路から何者かがこちらへ向かってきた。それが誰かは、目立つ髪型ですぐわかった。クニヒコである。

 

「おい〜っす久しぶりぃ。調子どう?」

「あぁ、久しぶり…つらいわ、勉強。やんなきゃいけないのはわかるけど」

「そうかそうかあ…ちょっと君」

 

クニヒコが近くの連盟軍人を呼び止める。先ほどまでサブローを指導していた教師役の士官だ。

 

彼が振り向くだけで、サブロー顔面は蒼白になる。

 

「なあ君、これからはぁ、サブローに軍事用語も教えてやってくれ」

「は!?」

「ああ、ガンダムを改造して連盟の戦力にするっていう計画が可決されてさ。まあモビルスーツパイロットとして今後やっていってもらう為には必要なんだよね。だから…」

「待ってくれ待ってくれ、話が全く見えな」

「じゃ、あとよろしく…」

 

必死で説明を要求するサブロー。クニヒコは全く取り合わず、一方的に話してから去ろうとする。

 

なおも呼び止めようとするサブローに、クニヒコは振り向いて言った。

 

「明日からまたガンダム弄るの手伝ってもらうから。じゃあな!」

 

スタスタ歩い去っていくクニヒコ。口を開けて呆けているサブロー。

 

その肩を、今しがた新たな仕事を押し付けられた連盟士官が叩く。

 

「15分後にまたここへ!」

「…うぃ〜っす…」

 

ソーラさんたすけて。サブローは涙をこらえつつ、心の中で助けを求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

サブローの地獄の日々が始まった。勉強をし、整備の手伝いをし、飯を食って寝る。そんな日々が一月も続いた。

 

一日一度ソーラと会えなかったら、今頃気が狂って死んでいたであろう日々。とは言っても、そこまで複雑なことはしていない。授業の内容自体は毎日変わらない。辞書を引いて、単語を覚えて、その意味を説明させるテストをさせられる。

 

週終わりには軍事用語のテストも入ってくる。後続も牽制もわからなかったサブローにとっては、ちんぷんかんぷんなもの。単語テスト以上にひどい成績となる。

 

授業とテストが終われば、飯を食って、ガンダムの改造を手伝う。といっても、サブロー自身は技術職ではない。クニヒコらダイダロス基地の技術陣面々が提案した、ガンダムを大改造する計画にあたって、ガンダムのパイロットとして登録された彼の存在は必要不可欠なのだ。

 

装甲を外し、内部機器を抜き、フレームにまで大幅に手を加える改造に、機体ソフトウェア側からロックがかからぬはずもなく。それを見越したクニヒコは、サブローを乗せての改造を考案した。ユーザー登録者同伴なら、セキュリティ側も容認してくれるとの判断だ。

 

この試みはまさに正しかった。サブローが乗っていない状態で重要機器を弄ろうとした結果、核融合ジェネレータが臨界寸前までオート稼働したのだ。その後すぐサブローがパイロット認証を行なって事なきを得たが、以降サブロー同伴によるガンダムの改造は鉄則となった。

 

そして、一日の終わりにソーラに一日の報告を行う。報告というと堅苦しい雰囲気に聞こえるが、実際はただの他愛のない雑談だ。授業の内容はどうだとか、改造はどこまで進んだのかとか。

 

たまに、地球圏のことや農業の知恵の話もする。これが、授業でストレスを溜めたサブローに多大なセラピー効果を与えた。鼻の下が伸びていたのがバレていないのは本当に幸運だった。

 

そんな中のある日、一通り報告が終わったとき、サブローが口笛を吹いた。物悲しいメロディでありながら、力強さを感じさせる曲。

 

書類作成のためにタイピングをしていたソーラは、目を閉じてその曲が終わるまで聞き入った。

 

「いい曲ですね」

「あぁ…これ。父ちゃんに教えてもらったんすよ。兄弟みんなで吹いてて…」

「思い出の曲、なんですね」

「まあ、これしか吹けないんすけど…」

 

謙遜気味に笑うサブロー。その顔を眺めながら、ソーラは微笑んで言った。

 

「あなたの口笛は癒されます。また、聞かせてくれませんか」

「あ…いいっすよ!俺なんかでよかったら何時でも!」

「ありがとう、サブロー」

 

その言葉通り、その日からサブローは、報告が終わった後に口笛を吹いた。父親に教えてもらった曲を。

 

だが、自身の口笛から紡がれるその曲を聞くたびに思い出すのだ。あの家を。あの畑を。あの家族を。

 

もう戻らない日常を、思い出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

月面、ダイダロスクレーター基地。第4ガレージ。

 

サブローが軍事用語を学び始めてから一月が経った。その頃にはもう、その機体は出来上がっていた。ガンダムを素体にして大幅改造した、もはやガンダムの面影がまったくこれっぽっちも残っていない機体。

 

サブローが見上げる。クニヒコが見上げる。その場の全員が見上げる。

 

「いやー、出来上がったね。ついに」

「そうだな〜」

「反応悪いね。ついに完成だよ?大完成だよ?君の機体が大きく生まれ変わったんだよぉ?」

「いや生まれ変わったって言っても、めっちゃ近くで毎日見てたから…」

 

そう言いつつもサブローは、その機体がこの前まで乗っていたガンダムとは別物のように感じている。もはや、ガンダムの姿を思い出せない。

 

曲線を主体にした強固そうな黒いボディ。金色の二本角。赤々と燃えるカメラアイ。

 

威圧感を感じるほどの凶相。フレームにまで手を加えたからか、その全長は18メートルから22メートルに伸びていた。

 

細身でヒロイックだったガンダムとは、もう印象からして真逆の代物となっている。

 

「…すげえな」

「だろ?」

「あれ思い出す。絵本の…黒い鬼」

「ああ、あれね。黒い鬼オーガ。僕も好きだったよ。地球にもあるのかい?」

「ああ…まあ、うん」

 

目の前の機体から、サブローはおとぎ話の怪物を想起した。会話に出しておいて、コロニーの人間が知っていたのは意外ではあったが。

 

「あれ、地球連邦が生まれる前から出版されてたらしいんだよ」

「へぇ〜…」

 

それは初耳だった。連邦が生まれる前ということは、コロニーの人間と地球の人間の差異は少ない頃だ。同じ絵本くらい読んでるかもしれない。それが後の世に伝わっていることもあるかもしれない。

 

「黒い体と金色の二本角を持つ、赤く燃える両目の鬼…これは作者が人類の宇宙進出において生まれるであろう社会問題を暗示していて…」

「言われれば言われるほどそれだな。わざとそう作ったんだろ?」

「バレた?」

「バレたっつったって…あ、ソーラさんだ!」

 

サブローの目は良好だった。会話の最中、ソーラが親衛隊員2人を引き連れて歩いてくるのを見逃さぬほどに。

 

三人はまっすぐサブローの方へ向かってくる。それを確認して、クニヒコは姿勢を正してソーラと向かい合う。アフロがしつこく揺れる。

 

「ご苦労です」

「ソーラさん、今日はまたどうしてここへ?」

「この機体が動く所を確認しにきました。その予定でありますよね、オータ技術大尉」

「は…はい!そうであります」

「もしも酷いものであったなら、これはここに置いていきましょう。そんなものにサブローを乗せて、実戦に出すわけにはいきません」

「ヒィッ」

「報告を連盟評議会へ提出するためにも、私が直に赴いて評価する必要があります」

「ヒィイッ」

 

クニヒコの怯える声を余所に、サブローは呆けつつ機体を見た。

 

「どうしました、サブロー?」

「あ、いや、俺が乗るんだな…と思って」

「そうなんだよ。素体のソフトウェアは結局抜けずじまいで、セキュリティかかってるから君以外にその機体は使えない」

「やっぱ、そうなるか。そうだよな…」

「いやですか?これに乗るということは、戦場に立つことになる可能性があると、いうことになりますが…」

 

微妙な空気。申し訳なさそうに言葉を紡ぐ、ソーラ。

 

正式に雇ったはいえ、元民間人を戦いに巻き込む。あまり褒められたことではない。

 

これが最善とはとても言えない。もっと自分にできたことがあるはず。そう思ってしまう。

 

「非常に辛い…苦しい今後となるでしょう。乗らない選択肢も、あります」

「大丈夫っす!俺、アシスタントで雇ってもらったんで!」

「サブロー…」

「もう二度と戦いたくないとも、二度とガンダムに乗らないとも言ってないし…乗った方がソーラさんのためになるんなら、俺は乗ります」

 

その気持ちを知ってかしらずか、サブローはあっけらかんと言い放った。授業が彼の心構えを変えたのか。

 

頭をボリボリかいて、サブローはソーラを見て、気恥ずかしそうに言う。

 

「なんで、また聞いてください、俺の口笛!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い機体の中、コクピットに次々灯るセンサーとモニタ。その多くが連盟タイプに交換されてはいるが、機能は連邦のインターフェースと変わらない。

 

「指紋、声紋、顔認証確認。お帰りなさいパイロット。ガンダム、起動します」

 

オペレートアナウンスがなんの故障も見せずにいつもの定形ワードを言ってくる。これで多分、改造が原因の動作不良とかがない限り、この機体は動いてくれる。

 

大改造をしても、ソフトウェアは変わっていない。先ほどクニヒコが言っていた言葉。

 

パイロットスーツのグローブをはめる。指紋認証が終わったなら脱いでいる意味はない。

 

「ああそうだ」

「え?」

 

クニヒコからの通信。唐突なそれに困惑する。

 

「その機体、名前つけてないじゃん」

「名前って…ガンダムでよくないか」

「それじゃつまんないじゃん。せっかく改造したし」

「そうか、それなら…」

 

サブローの脳内に、ネーミング候補が浮かんでは消える。頭がよろしくないサブローは、連盟士官を教師とした授業を経ても、かっこいい名前をすぐ思いつくボキャブラリーがない。

 

だが、最終候補を出すのにそう時間はかからなかった。

 

「ガンダム…オーガ」

「え?」

「ガンダムオーガ…なんてどうだよ」

「いいね。じゃあその機体はたった今から、ガンダムオーガだ!」

 

これ以外思いつかなかったし、これにして納得できた。おとぎ話に出てきた化け物に似てるから、その名前をつけた。

 

先ほどまでそいつの話題が出てきたので、それもあるだろう。開発者があえて似せたのが最大の要因かもしれない。

 

「よし、ガンダムオーガ、きどっ…」

 

名前を宣言して起動、しようとした瞬間。その言葉は遮られた。大きなサイレン音にかき消されたからだ。

 

サイレンのやかましさは尋常ではなかった。そしてそれは、伝えるべき事態が急を要することを意味していた。

 

「敵襲、敵襲ー!大規模な連邦部隊が、この基地へ突撃してきます!」

 

オペレーターによる放送。その言葉は、短いながらも状況を一瞬で聴衆に理解させた。

 

敵が、来た。たった今から慣らし運転が始まるこの時に。

 

「…やばくね?」

 

クレーターの陰が、真っ黒なガンダムオーガを隠す。その中で、赤い目が煌々と輝いていた。

 



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7話Bパート

 

遠い国の森の中に、羊の兄弟がいた。羊たちは貧しいけれど、何不自由なく暮らしていた。

 

そんなある日、森の向こうから恐ろしい化け物が現れた。真っ黒な体に、金色の二本角と、炎のように燃える両目を持った、大きな鬼。

 

その名はオーガといい、それは人間の街を一晩で平らげ、岩をも砕く膂力を持っていた。羊達の森はたちまち破壊され、羊の兄弟は食い殺された。

 

ただ一人生き残った末の羊は、他の動物を守るため、家族の仇を討つため、知恵や罠を使って黒い鬼に立ち向かった。黒い鬼は羊の罠を正面から打ち破り、その知恵で建てられた作戦を壊していった。

 

だが羊は諦めなかった。全ての力でもってオーガと戦い続けた。そして、ついにオーガと一騎討ちをする時が来た。

 

双方一歩も譲らず、だがオーガは最後に仕留められた。こうして、邪悪な黒い鬼は退治され、平和が戻ったのであった。

 

 

 

 

 

「…と、そんな感じかな」

「すげえな、シャーマン。ソラで読めるなんて」

「さすが、娘が好きな本だもんなあ?読み聞かせるうちに、すっかり覚えたか」

「いやいや、俺も昔から好きな本だったし?なんかこう、覚えちゃうんだよな」

 

月面、ダイダロスクレーターから数百キロ離れた地点。Sサイズ突撃艦サバナ級トゥエルベ。

 

格納庫内部で、モビルスーツ部隊員が緊張をほぐすために会話をしている。彼らは今作戦待機中で、この作戦は激戦になることが予想されていた。

 

会話の内容は、とある絵本だ。題名は、黒い鬼オーガ。隊員の一人の娘の話から、その子の好きな絵本の話題に移り、そして父親が暗記の成果を発揮した。

 

隊員は大盛り上がり。会話が弾み、余計な緊張がほぐされていく。

 

「お〜い、そろそろ作戦開始だぞ!駄弁るのもそこまでにしとけ」

「うっす」

「了解です」

「了解」

 

だが、緩みすぎもよろしくない。隊長の言葉に、隊員たちは気を引き締めた。なにせこれから作戦である。何が起きて、どう死んでもおかしくないのだ。

 

だから、せめて長生きするために、集中して挑まねばならない。家族に会うためにも、全力で挑まねばならない。

 

「時計合わせ!3…2…1!作戦開始3分前!」

 

トゥエルベをはじめとして、地球連邦の大部隊が、月のダイダロスクレーターへと進路を取る。狙うはその先の連盟基地。速攻が命のスピード勝負となるだろう。

 

「作戦…開始!」

 

全ての艦が、月面上空を全速力で駆け抜けた。高速で飛んでいくそれらのフネは、川を下る魚の群れのようだった。

 

連邦宇宙軍の月面攻略が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイダロスクレーター基地中に響き渡る、サイレン。

 

そのやかましさは尋常ではなかった。そしてそれは、伝えるべき事態が急を要することを意味していた。

 

「敵襲、敵襲ー!大規模な連邦部隊が、この基地へ突撃してきます!」

 

オペレーターによる放送。その言葉は、短いながらも状況を一瞬で聴衆に理解させた。

 

敵が、来た。たった今から慣らし運転が始まるこの時に。

 

「…やばくね?」

 

真っ黒なパイロットスーツの中で、サブローは脂汗をかく。彼が今乗っているのは、今日初めて動かす試作機だ。たった今ソフトウェアの立ち上げが終わって、これから稼働試験を行うという時だったのである。

 

だが、その最悪なタイミングで敵は来た。地球連邦軍だ。大部隊が、彼が今いるクレーター基地に雪崩れ込もうとしている。

 

クニヒコは通信機に怒鳴りつけ、ソーラは手持ちの端末で臣下に令を下す。

 

「最悪だぁ!敵の数は!?防衛部隊の展開は!?」

「こちらナルカ共和国女王ソーラである。ダイダロスクレーター基地に滞在中のナルカ共和国部隊は、準備を済ませて速やかに基地防衛隊を援護せよ。長居の恩を返す時が来た、各員奮戦を期待します」

「はぁ!?月面スレスレを飛んで来たから地平線に隠れてレーダーが効かなくて…んなこたどうでもいいんだよぉ!相手は止められるの!?防衛部隊は出てこれるのかって…えぇえ!?もう交戦してる?!」

「オータ技術大尉、ガンダムオーガの試験はどうするのです」

「ふぇっ?あ、ああ、中断だ!中断させていただきますとも。攻撃を受けても問題ないけど、貴重な実験機を失うわけにはいかない。この試験場は外周に近いから、トーチカ群を抜けられた敵にやられるかもしれない」

「わかりました。聞こえますか、サブロー。オーガを動かしてその場から離れなさい…サブロー?」

 

通信機の向こうから流れてくる騒ぎ。最前線と変わらぬ慌ただしさ。その渦中にあって、しかし黒いモビルスーツは少しも動かない。

 

動けないのだ。

 

「クソッタレ!なんで…動けよ!おい!どうなってんだよ!!」

「機体のエネルギー供給が滞っています。現在、30%」

「ハァ!?おい、ふざっけんな…おい!」

「31%」

 

オペレートアナウンスの無情な宣告。やはり連邦機体のフレームに連盟の外装を取り付けたのは無理があったか、はたまたオーガという機体そのものが特殊すぎるのか、機体全体にエネルギーが循環していないという。

 

これでは指一本動かせない。敵部隊の攻撃から逃れるどころか、半歩歩くのも不可能だ。

 

現在、ガンダムオーガは月面の上に直立している。周囲には監視塔や様々な施設がある。ここは一月前にショーンと一騎打ちした訓練場だ。モビルスーツ4機がかりで運ばれて来たのだ。

 

そこでソフトウェアを立ち上げて、それから起動試験を行うつもりだった。だが、連邦が基地を襲ってくるという特大のトラブル。そして、機体が動かないというこれまた大きなトラブル。

 

「サブロー、どうしましたか」

「オーガは動けないっすよ!エネルギー供給がダメとかって…」

「機体から出て監視塔の方へ!宇宙艇でこの場を離れます」

「ちょちょちょちょっと待って下さいよ!折角の試験機をまさかこのまま破棄するんですか!?」

 

ソーラとクニヒコは、訓練場の外周にある建物から、脱出用の小型宇宙艇に移っていた。近くのシェルターに避難し、地球連邦の攻撃から身を守るためだ。

 

この場にはサブローはいない。彼はまだオーガの中にいる。このままでは、オーガの中で連邦の攻撃が来るのを黙って待つばかりだ。

 

ソーラはそれを良しとしなかった。だが、クニヒコはオーガを諦めきれなかった。二人は満員の脱出艇の中で、他の乗員に押しつぶされそうになりながら口論を交わしていた。

 

「人命優先です。いずれにせよ、動けないのであればガンダムオーガは敵の攻撃に巻き込まれて喪失するでしょう。なら私のアシスタントを回収して離脱するのが最善です」

「ダメです、アレはそうそうない傑作ですよ!失われたら人類全体の損失につながります!!そうでなくてもコロニー連盟の次期主力機開発には絶対必要不可欠な…」

 

その時、脱出艇の操縦士が叫ぶ。

 

「連盟の攻撃が来ましたぁっ!!」

 

その発言が終わって、数瞬。ビーム物質とミサイルの雨がその場を蹂躙した。

 

弾が、ビームが、弾頭が、月面に建設された建築物に突き刺さり、潜り込み、突入し、尽くを粉砕する。爆発、蒸発。破片と爆発が二次災害として無事な施設を蹂躙していく。

 

影響を食らったのは施設だけではない。動けずに突っ立っていたオーガも、直撃は受けていないが破片や爆発の煽りを受ける。

 

「うわわーっ!?クソッタレぇえええ!!」

「サブロー!」

 

ソーラの叫びも虚しく、彼女の乗る脱出艇は動き出す。敵弾の嵐に巻き込まれぬため、何よりも要人二人を守るため、その場から離脱しなければならなかった。

 

カステラの箱にスラスターを幾つも付けたような小型宇宙艇は、スラスターから炎を吐きながら、戦場と化した訓練場から離脱する。

 

「95%」

「くそ、動けよ動けぇ!こんなとこで死ねないんだよ!」

「96%」

「イチローが死んだ意味がねえだろが!ソーラさんに口笛聞いてもらった意味がねえだろが!動け!」

「97%」

 

そして、一条のビームが、オーガの目の前にあった監視塔を射抜いた。溶断されたタワーは、地球の6分の1の重力とは思えぬ速さで倒れていく。その方向には、未だ動けぬガンダムオーガ。

 

その様子は、デュアルセンサーカメラアイによってサブローにしっかりと把握されていた。

 

「嘘だろ…ッ!?」

 

巨大なタワーの残骸が、その上に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

迎撃部隊を飛び越え、固定トーチカの砲撃の嵐を抜け、ダイダロスクレーター内部へ潜り込むSサイズ突撃艦サバナ級トゥエルベ。腹に抱えたコンテナが開き、中からモビルスーツ部隊が現れる。

 

5機のレガストが、トゥエルベに追従しつつ加速。ブースター移動で月面上空を滑るように飛ぶ。

 

「トゥエルベより艦載機全機へ。敵の施設を発見、攻撃に移る。追従してミサイル攻撃を行え」

「トゥエルベ・アルファ了解」

「ブラボー了解」

「チャーリー了解」

「デルタ了解」

「エコー了解」

 

つい数時間前まで談笑していたとは思えないほど、彼らの行動は正確かつ迅速だ。今回の作戦はスピード勝負で、大規模な敵基地をどれだけ蹂躙できるかにかかっている。ダイダロス基地全体を満遍なく焼き払えるように、連邦部隊はあえて戦力分散を行なった。

 

前線を抜けた部隊から順次別れ、モビルスーツ部隊を展開しつつ基地を破壊する。弾が切れたら各自撤退。それが作戦の内容だ。これは一次作戦であり、この作戦が終了したのち、別艦隊が弱ったダイダロスクレーター基地を制圧する。

 

できるだけ重要そうな施設を破壊したいところだが、トゥエルベが見付けたのは開けた空間とポツポツと建つ建造物だった。訓練場だろう。

 

「主砲用意、撃て」

 

だが、この基地の施設には違いない。主砲をセット、照準合わせ。艦首に備えられたビームキャノンが光の塊を吐き出す。

 

「全機、ミサイル発射」

 

レガストも、バックパックに増設された遠距離ミサイルを撃ち尽くす。ビーム物質とミサイルの雨が訓練場を蹂躙した。

 

弾が、ビームが、弾頭が、月面に建設された建築物に突き刺さり、潜り込み、突入し、尽くを粉砕する。爆発、蒸発。破片と爆発が二次災害として無事な施設を蹂躙していく。

 

一番目立つ白い塔が、トゥエルベの主砲によって倒壊する。抵抗は少ない。というか、全くない。

 

外れか。これでは大きな効果は期待できない。

 

レガストのコクピットに、ボロボロになった敵施設が映りこむ。正確な爆撃と砲撃によって原型を留めていない。倒れたタワーが、戦争の痛々しさを演出している。

 

「レーダーに反応。小型の脱出艇が複数」

「撃つな、追え。重要な施設の方へ逃げるかもしれない」

「りょうか…ん?」

「なんだ、エコー。異変でもあったか」

「倒れたタワーが…浮き上がってないか」

 

エコー、と呼ばれたパイロットの視線は、倒壊したタワーの方に釘付けとなった。彼の目がおかしくないのなら、倒れて動かないはずの塔が、ゆっくりと動き始めているのがわかったからだ。

 

そして、エコーの言葉に、その場の全員が視線を塔へ向けた。エコーの目は正しかった。今から通過しようとしている訓練場、今向かっている場所、そこに倒れこんだ白い塔が、徐々に浮き上がっているのだ。

 

弱いと言っても、月面には確かに重力がある。あんな重いものが勝手にフワフワ浮くはずがない。では、どうして塔が浮き上がる。なぜ動いている。

 

「おい、何かいるんじゃ…」

 

部隊長が何か言いかけた、その時。塔の残骸が上に押し上げられた。持ち上がったのだ。

 

破片と埃を撒き散らして、大きな大きな塔がスッと持ち上げられた。何が、どこのどいつがそんなことをしたのか。

 

疑問に思う暇もなく、今度はタワーが放り投げられた。まっすぐ、トゥエルベの方へ。

 

「まずい、撃ち落とせーっ!」

 

その場の誰かが叫んだ。誰か判明する前に、皆がトリガーを引いていた。レガストの両腕部機関砲の引き金を、思い切り押していた。

 

トゥエルベも、機銃や主砲など、持てる火力全てを迫る巨塔に叩き込んでいた。複数の火線が、飛んできたタワーに突き刺さる。破片が飛び散り、割れ、砕けた。

 

トゥエルベに無事到達することなく、白い塔は大小複数の壊れたパーツとなって後方へ消えていった。レーダーを確認、隣に一機いない。

 

「エコーが破片を食らって落ちた!」

「敵はなんだ、レーダー!」

「迎撃するのか!?やるのか!?」

 

錯乱し始める部隊員。彼らは今さっき把握したのだ、これから戦う相手の力量を。体感したと言い換えてもいい。

 

レーダーには、向こうに一機のモビルスーツあり、とある。それが、倒れた巨塔を放り投げてエコーを叩き落とした相手だろう。

 

モビルスーツが、一機で、あの塔を放り投げた。冗談じゃない。レガストが何機いたってあの巨塔をぶん投げるなんて出来やしない。だが、相手はそれをやってのけた。

 

前進し続ける彼らの目に、ようやく敵の姿が見えた。巻き上げられた砂埃によって所々隠れてはいるが、その全容はほぼ把握できた。

 

「全身が黒く、金色の二本角、炎のように赤く燃える両目…っ!」

 

そこにいたのは、おとぎ話の怪物そのもの。殺戮の限りを尽くした恐怖の象徴。

 

黒い鬼、オーガ。

 

「モビルスーツ隊は先行!トゥエルベを守れ!」

 

固まりかけた全身を、隊長が一喝。生き残った部隊員は、加速して前進する。全機でかかって倒す。

 

おとぎ話はおとぎ話。相手は現実のモビルスーツだ。そのはずなんだ。

 

視界の先のオーガと目が合う。シャーマン中尉の背筋が凍りついた。

 

相手の左腕には、奇妙な形の銃器がある。軍の教科書で見たことがある、あれは旧世紀に運用されていたポンプアクションショットガンだ。モビルスーツ大に拡大されたものであろう。

 

それが、こちらへ向けられる。マズルフラッシュ。

 

「なん…うわっ」

 

当たったのは自分じゃない。視線を横に向けた。

 

消える味方機。消えた。誰が。隊長だ。

 

腹に大穴が開いて、機体中に亀裂が走って、粉微塵となって、消えた。その痕跡も残さず、彼らの隊長機は消え去った。

 

この威力は、やばい。相手はそれを片手で撃った。片手だ。固定砲台よりも強力そうな代物を、片手で何の気もなしに撃ったのだ。

 

黒い機体は、さっき撃った銃の銃身下部をスライドさせる。すると銃の右側から何か小さいものが排出された。そして腰から弾丸を取り出し、後部の穴へとねじ込む。

 

リロードの動作に違いない。もう一度撃たれたらまずい。絶対にまずい。

 

「いっ…一斉射ァ!」

「うわぁあああああ!」

「おちろ、おちろよぉ!

 

レガストの両腕は機関砲となっている。他の武器を持つことができないが、精密なマニュピレーターを排除したことでコスト削減に一役買っていた。

 

それらが全て、敵に向かって火を吹いた。3機のモビルスーツが、両腕の機関砲を連射。6つの銃口が分厚い弾幕を形成する。おとぎ話の化け物は、一歩も動かずその奔流を受けた。

 

奴は一発も避けていない。3機のレガストの総火力、その全てを浴びた。だが、傷ひとつない。かすり傷は無数についているが、それだけだ。

 

あんな弾幕をもろに浴びて、まるで平気そうに立っている。銃を腰のハードポイントに移し、赤く燃える両目でこちらを睨んでいる。

 

動じてもいない。ピンピンしている。

 

「嘘だろ…」

 

恐怖に引き攣る表情筋。恐怖で冷え切る体。恐怖で震える下半身。

 

身体中が、自分の無意識が、理性が、最大音量で警告する。逃げろ、こいつの前から逃げろ、と。

 

「う、うぉぁわあああああああ!」

 

トリガーを引き続ける。全ての弾を撃ち尽くすつもりで、相手に機関砲を浴びせる。だが効かない。かすり傷だけ。

 

この火力に耐える相手に一体どうやって戦えと言うのか。その疑問を、奮い立たせた闘争心で頭から消す。どうやっても何もない、戦う以外ないのだ。

 

家族の下へ帰るには、こいつと戦うしかないのだから。

 

だが、攻撃が致命的なものでないと気付かれたか、黒いモビルスーツは飛び上がった。速い、なんという直進加速。ブラボーの方へ寸分違わず突っ込んでいく。

 

「ぐわぁああっ、離せぇええ!」

 

ブラボーのレガストは、オーガの両腕によって捕まえられた。もがくものの、全く身動きが取れない。パワーの差がはっきりと出ているのだ。

 

そして、シャーマンらが何か行動を起こす間も無く、レガストの肩が捥ぎり取られた。モビルスーツが、モビルスーツの一部分を、素手で、捥いだ。

 

オーガは千切った腕部を手放し、その断面に空いた手を突っ込んだ。右肩から先を失ったレガストの胸部に、敵の腕が、モビルスーツを素手で引き裂けるだけのパワーを持った機体の腕が入り込んだ。ブラボーの機体の内部は無造作にかき回される。

 

「助けて、助けてくれっ、誰か!」

「やめろォオオオオ!」

「脱出しろ、早く!ディアン!」

「あがごっ」

 

チャーリーがブラボーの本名を呼んだ、その瞬間、ひたすらもがいていたレガストが動きを止めた。オーガは腕を一気に引き抜き、その勢いのまま手に握っていた物を投げた。

 

丸めたちり紙のようになっているあれは、コックピットブロックじゃないのか。

 

「ちくしょおおおお」

 

月面に重力落下する、ブラボー機だった残骸。突撃するチャーリー機。動かない黒いモビルスーツ。

 

レガストは、機関砲の銃口下部からビームサーベルを発生させることができる。チャーリーはそのビームサーベルに全てを懸けたのだ。バヨネットとなったビームの刃が、黒い機体へ向かっていく。

 

ブラボー機に飛びかかった時とは逆に、オーガは動かない。レガストのサーベルは、吸い込まれるように突き立てられた。

 

決まった。ビームサーベルの温度は摂氏1万度だ。これを胴体に食らって無事で済むモビルスーツはいない。

 

「やった…!」

 

シャーマンが、恐らくチャーリーも、勝利を確信した。脆くもその喜びは打ち砕かれる。オーガの左腕がぐわっと動き、レガストの頭を握りつぶした。

 

ビームサーベルは、貫通していない。その黒い装甲を溶断できていない。効いていない。モビルスーツ最強の威力を誇るビームサーベルは、あの化け物に効いちゃいない。

 

「うぁぎゃああああああああああああああああああ」

「なっ、おいやめっ…」

 

その事実を認識した途端、シャーマンは恐怖によって発狂した。あの黒いモビルスーツを消し去りたい、その一心で引き金を引いた。オーガに捕まったチャーリーのレガストも御構い無しに。

 

装甲の薄いレガストは、味方によって蜂の巣になる。だがオーガには効かない。奴は味方の攻撃でやられた連邦機を投げ捨て、左肩の装甲から何かを引き抜いた。

 

「わあああああああああああああああああああ」

 

そして、家族のことすら忘れて乱射を続けるシャーマンに、ブースト加速で突撃。機関砲の掃射を浴びつつ正面から突っ込む。そして引き抜いたもの、ビームサーベルでその胸部を切り裂いた。

 

オーガが振ったサーベルは、コクピットに到達。娘に絵本を読み聞かせていたシャーマン中尉は、恐怖に狂ったままビーム物質の熱で蒸発した。

 

機関砲も、ビームサーベルも、レガストには効いた。普通のモビルスーツには効いたのだ。だが、オーガは普通ではなかった。

 

動きを止めて月面に倒れ臥すレガスト。その残骸に目もくれず、オーガは腰にマウントした銃を握った。

 

銃口向ける先は、トゥエルベ。オーガの脅威を図りかね、様子見をしようとその場に留まっていたのが仇となった。

 

コッキング。そして遠くにいる目標へ向ける。

 

「モビルスーツ隊、全滅!」

「敵が本艦を狙っています!」

「うっあっ」

 

突撃か、回頭しての退避か、いっそ撤退か。それを決めるだけの時間は、トゥエルベの艦長、そしてクルー一同には与えられなかった。オーガの握る銃が、トゥエルベを撃ち抜いたからだ。

 

放たれた弾丸は刹那にして艦体を通過、貫通。巨大な弾が内部を引き裂き、抉り、食い散らかす。そして、凄まじいまでの被弾衝撃が艦全体を襲った。トゥエルベは、たった一発の攻撃で、粉々になって霧散した。

 

機動兵器や月面施設の亡骸が転がる。その場にたった一機、黒いモビルスーツだけが屹立していた。この破壊の光景こそが、この機体の産声であるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソーラとクニヒコの乗る脱出艇は、破壊された訓練場から約数十キロ離れた地点で止まっていた。オーガが起動し、敵部隊を足止めしてくれた。その様子を観察するためだ。

 

だが、戦いは彼らの想像をはるかに上回った。その様子は、一方的な蹂躙とだけ言えば十分であろう。

 

「サブロー、無事ですか。サブロー、返事をして下さい!」

「…はっ、ああ…生きてるっす」

「オーガは、動かせますか?」

「なんとか…」

「連邦部隊は、ナルカ部隊と基地防衛隊が撃退しました。状況は落ち着いて行きます、そこから動かないで下さい」

「ウッス…」

 

コクピットの中で、サブローは弱弱しく返答するほかなかった。あまりにも強いガンダムのパワーに振り回され、息も絶え絶え。何より、あっきまでのオーガの暴れようが、自分の操縦でもたらされたことにショックを受けていた。

 

ソーラも、皆も、自分も生きている。相手に完膚なきまでに勝った。だが、サブローの胸中には、恐れの感情が渦巻く。

 

初めての殺人、対艦戦、多対一。そして、ガンダムオーガ。こんな機体に乗って、これから戦場で戦い続けるのだ。

 

「お前は、何だ?何なんだ?」

 

5000メガワットと4500メガワットの間を駆け巡る計器表示。通常のモビルスーツは500MWで、ガンダムは2500メガワット強。

 

サブローは震えた。今、自分はモビルスーツを操縦しているんじゃなく、化け物の腹の中にいる錯覚に陥る。

 

サブローの無事を確認し、ソーラは通信機のスイッチを切った。そして、自らと同じように、オーガの戦いを観て真顔となったクニヒコの方を向いた。

 

「…連盟はあれを量産すると?」

「違う、違います。ガンダムの核融合ジェネレータとギルティス内蔵の無数の燃料電池が生み出した莫大なエネルギーによるものです。量産型ギルティスはあんなに強くない」

「では、あれは一体なんなのです」

 

ソーラは問うた。彼女らしくない、抽象的な質問だった。

 

「モビルスーツですよ、女王。もはや、その範疇を逸脱しかけていますが。断言しますよ、コロニーセンチュリーで、ガンダムオーガより強い機体は産まれることはありません」

 

クニヒコは答えた。その目は、狂気の沙汰を垣間見た人間のそれだった。

 

彼らの頭上に、ボルゾンやガードⅢといった連盟のモビルスーツが集まってくる。迎えが来た、ということだ。あるいは遅すぎる救助隊か。

 

その中にあってしかし、ガンダムオーガは、強く強く個を主張し続けていた。月面に立っているという、ただそれだけなのに。

 



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第8話 戦場と、星空に住む者達
8話Aパート


 

コロニーとは、植民地を指す言葉である。転じて、旧世紀に開発された、居住用大型宇宙建造物に与えられた名だ。後者はスペースコロニーとも称される。

 

宇宙に浮かぶ巨大な円筒の中には、人間が5桁ほど快適に暮らせるだけの設備が入っている。ゆえに、コロニーは非常に巨大となっている。仮にこれをそっくりそのまま地球に落とせば、未曾有の大災害を巻き起こせるだろう。

 

そんなコロニーが、地球圏と呼ばれる宙域に十万基。その半分以上が人間用の居住タイプ。さらにその周辺には、新資源を内包した小惑星群が存在する。

 

そんなコロニーの一つ、『サンバルタ』の周辺にて、無数の光点があった。光点同士は光線や物体のやり取りをしているが、発射されたそれらをお互い避けている。

 

彼らが今やっているのは宇宙戦争だ。ビームやミサイルを撃ち合い、敵を倒すための行為である。

 

攻撃側はコロニー連盟。連邦所属のコロニーであるサンバルタを攻略するため、艦隊がモビルスーツを展開している。

 

一方の防衛側は地球連邦。コロニー連盟からサンバルタを守るため、防衛部隊が次々と出撃している。

 

「本艦はこの場で待機、砲撃は禁ずる!撃ったらこっちの位置がバレるからだ!いいか、砲撃は禁ずる、わかったか!」

「モビルスーツ各機はそれぞれ現在の位置をキープ。深く切り込む必要はありません。」

「GT-1は引き続き遊撃を頼む。敵部隊を少しずつ潰して回るんだ。防衛隊の被害を抑えてくれ。」

 

ペガリオのブリッジルームもてんやわんや。補給を受けるために訪れた場所で、まさか敵の襲撃が始まるとは思ってもみなかった。直ちに出せる機体を出し、サンバルタ防衛隊の支援に回っている。

 

艦長が大雑把な指示を出し、副艦長が冷静に指揮し、セイヴはGT-1に命令を下す。砲撃をしていないため、外から見れば至って落ち着いているだろう。だが、その内部ではクルー達が忙しなく動いている。

 

そんな母艦ペガリオを背に、3色の軌跡を描いて飛ぶ機影達。GT-1の誇るガンダムチームだ。

 

青い部分塗装のスマイリードッグ。緑の部分塗装のスリーピーラビット。そして赤い部分塗装のダンシングシープ。

 

そのパイロットは、すべて女性だった。

 

「前方、敵部隊。」

「アリス!」

「了解。」

 

4機の敵が集まって近付いてくる。見た目も体型も特に特徴がないそれらは、連盟の主力機ガードⅢだった。全て青く塗り上げられている。

 

そこへ撃ち込まれるビームの塊。巨大な砲撃。当たればタダでは済まぬであろうものだ。

 

「散開っ!」

 

雑兵とはいえ、訓練を受けた軍人である。正面から迫る射撃のいなし方は知っていた。

 

散り散りになるモビルスーツ。虚空を焼くビームキャノン。ガードⅢ部隊はすぐさま態勢を立て直し、ガンダムチームに銃口を向けた。

 

「二人とも、後ろに来て!」

「了解。」

「はいっ。」

 

4発のビームライフル弾が飛んでくる。防ぐのは、3つの盾。ショコラのガンダムのものだ。

 

集中砲火ということは、狙いがわかりやすいということ。そこに防御を集中すれば全て防げる。

 

ビームが盾を焼く。しかし、本体は全くの無傷。

 

「ありがと!」

「いいから行って!」

 

ショコラ機の後ろに隠れていた赤と白の機体が、ブースターやスラスターを吹かして陣形から離れる。そのスピードはその場のそのモビルスーツよりも早い。

 

青の四機は、その方へちらりと視線を向けた。小隊から一機離れたあの機体は、一体何をするつもりだ、と。その一瞬が隙になった。

 

ミサイルが迫る。青の装備のアリス機が放ったものだ。複数の弾頭が、ガードⅢに向かってくる。

 

「敵がこっちに……うわぁっ。」

 

敵機とミサイルのどちらに注意すれば良いか一瞬悩んだ連盟のパイロットは、ミサイルを受けて散った。爆発によって飛び散る破片。

 

他三機はミサイルを交わそうと試みる。そこを、メリーは見逃さない。ビームライフルに対応した右手レバーのトリガーを三度、押した。

 

連邦の次世代機ガンダムのFCSは高性能だ。コクピット、脚部、頭部、狙った場所へ弾を送り届けた。

 

被弾でできた隙。スマイリードッグのミサイルが、またも敵機を捉えた。

 

砕け散る連盟モビルスーツ小隊、それを視認して、ガンダムチームは次の敵を探し出す。

 

「敵小隊沈黙!」

「最寄りの敵部隊は私から見て五時方向。データ送る。」

「サンキュ、アリス!あっ、友軍がやられてる……。」

「これはコロニーの防衛部隊?」

「手酷くやられてるわね…ペガリオのセイヴ大尉、こちらGT-1のショコラ。友軍が敵の攻撃を受けています。援護の許可をください。」

「頼んだ。だがくれぐれも墜とされないでくれ。生きて戻ってくれ。」

「了解!」

「了解。」

「はい、了解です!」

 

三機のガンダムが、宇宙空間を突き進む。連盟の艦隊はいまだ逃げるそぶりを見せず、コロニーを打たんと前進している。

 

ペガリオはサンバルタをあてにしてここまで来た。ここで敵を退けねば、補給は絶望的だ。

 

「先行する。全速力でいくよ!」

「一人じゃ無茶よ!こっちに合わせて……。」

「二人は私に構わず行って。ひたすら撃ってるから。」

「わかった。私が撹乱、ショコラが護衛、本命はアリスの砲撃!どう?」

「それで行きましょ!メリー、行って!」

「りょうか〜い!!」

 

レーダーには最初から見えていたが、目ではっきり見える距離にまで来ると、連盟艦隊はそこそこの規模でしかなかった。大小の宇宙軍艦が7、8隻。コロニーに速攻をかけ、素早く制圧するつもりだろうか。

 

実際、防衛部隊はかなり押されている。正面から来る敵の猛攻になす術なくじりじり後退していた。

 

だが、正面に集中しているということは、側面に意識をやっている余裕がないはずだ。そこを突けば、3機でも相手取れるかもしれない。

 

敵艦の脇腹がはっきり見える。このままぶつかるつもりで、メリーは突き進んでいた。視界の外側を星々が流れていく。だが、視点の中心にある敵艦隊はそこを動かない。

 

その少し後ろでこれも全速力で進んでいるのは、ショコラのスリーピーラビットだった。両手に持ったものとサブアームのアームズシールドが保持するもの、四門のビームガンを、しっかりと見据えた敵に対して構える。

 

さらに後ろには、ビームキャノンを向けたスマイリードッグがいる。メインカメラ、FCS、ロックオンシステムの3つが連邦技術部渾身の新型コンピュータによって99.9998%の同期を成し、今、アリス・サカモトの向こうにいる連盟の軍艦を狙う。

 

射線上から、アリスの同僚二人がどいた。放たれる巨大なビーム塊。両肩にあるビームキャノンの両方が火を吹いた。寸分違わず目標へ進んでいくビーム。それを追うガンダム二機。

 

「弾を惜しむな!圧倒せねば数で劣るこちらが不利だ!」

「艦長、モビルスーツが右翼から接近してきます!」

「前に注力しているのがバレたか……機銃担当は対空砲火急げ!」

「熱源きます!」

 

ビームキャノンは敵艦の横腹を貫いた。グレーの軍艦には大きな二つの穴が空き、射線上の全ては膨大な熱で溶け去った。しかも、どうやら重要な機関をやられたようで、被弾直後に砲撃を止めて沈黙している。

 

「命中確認、敵艦沈黙!」

「了解。砲撃を続ける。」

 

他二人がさらに進んでいくのを見据え、アリスはさらにトリガーを引いた。ビームキャノンが敵艦を貫く。煙を吹く連盟の宇宙戦艦。

 

「ペルガ轟沈!ペルガ轟沈!」

「オルデラ機は何をやっているんだ!砲撃機を迎撃させろ!」

「撃沈されたバザールから救命艇が放出されています、艦長どうしますか。」

「今はSOSに構ってる暇はないんだよォ!」

 

ダンシングシープの隣を、ビーム塊が通り過ぎる。砲撃が敵艦を貫徹する度、コロニーの方へ撃たれるビームやミサイルが目に見えて減る。

 

艦隊へ到達する頃には、敵艦は5隻しか残っていない。このまま一気に全滅だ。

 

だが、そう簡単にはいかない。ダンシングシープの正面方向から青い機影が飛んで来る。

 

「えっ!?」

 

メリーは思わず、シールドを突き出した。ガンダムの左腕に伝わる衝撃。攻撃を受けたのだろうか。

 

青い敵機は、螺旋のような軌道を描きつつ、ガンダムを飛び越えた。宇宙空間を走る青い竜巻。その背中へライフルを向けるが、敵の動きが独特だ。ロックオンサイトの中に入れてもロックが定まらない。

 

でたらめに撃つ。それが当たるわけもなく、青い敵はメリーを無視してショコラへ襲いかかった。

 

青いモビルスーツが両腕のリボルバー型ビームガンを浴びせかける。突然の攻撃に、反撃すら許さない連射。スリーピーラビットには防ぐしかない。

 

「こいつ、ブルー・タイフーン……!」

 

青い機体色に、螺旋機動。ショコラの脳裏には、一人の連盟エースが浮かんだ。相手がそのブルー・タイフーンなら、他の雑兵とはワケが違う。

 

だが、こちらも新型3機。未だ戦場のニュービーとはいえ、彼女らは経験も積んでいる。落ち着いて立ち向かえば勝てない道理はない。

 

「二人とも、こいつはエースよ!ほっといたら味方が危ない。」

「了解っ!3人で畳み掛ければ……。」

「ターゲット視認。砲撃支援でいい?」

「アリスは距離を保って!私達が……っ!」

 

口頭の指示の最中、ぐるぐるしていたブルー・タイフーンが突如スリーピーラビットへ向かってきた。回転する軌道を描きつつ、しかし銃口は相手をしっかり捉えている。

 

ビームリボルバーの弾がスリーピーラビットのシールドを抜けた。防御が間に合わず、本体への被弾を許した。

 

緑色の追加装甲が、焼かれて溶ける。熱による継続ダメージを本体に伝播させないため、被弾した箇所の追加装甲は速やかにパージされる。

 

「当て……られた!」

「ショコラ!こんのぉ!」

 

メリーがトリガーを引く。しかし狙いが定まらない当てずっぽうなビームライフルでは、エースにかすりもしない。相手の激しい軌道にロックオンが追いつかない。

 

スマイリードッグのビームキャノンも避けられる。高速の螺旋軌道相手では、さしものショコラも命中させるのは厳しい。

 

「外した、ごめん。キャノンはもう使えない。」

「私がやる!」

「メリー!何をする気!」

 

ダンシングシープが、腰に手を伸ばした。そこには通常より大きなビームサーベルがあった。

 

どんなに速くとも、近付いて、刃渡りの長いハイパーサーベルで薙ぎ払えば、致命打を確実に与えられる。ショコラもアリスもブルー・タイフーンにあしらわれた。この一振りを避けられれば、あの青いエースに太刀打ちする手段はない。

 

狙いは交差する一瞬。そこに一刀を叩き込む。

 

螺旋軌道で動き回るブルー・タイフーン。二丁のビームリボルバーを仲間に浴びせつつ、ぐるぐる回る動きは一瞬たりともストップしない。

 

メリーは、相手が描く竜巻の中心へ飛び込む。敵が狙いをダンシングシープに変えた。

 

「FCSが使えないのなら、これで……!」

 

メリーがコクピットのコンソールを叩く。武装が変更され、右腕のライフルは放り捨てられた。切り札を引き抜き、後ろ手に構える。

 

前回と、前々回。そのどちらでもハイパーサーベルは彼女のフィニッシャーとして大いに役立った。今回もいけるはず。

 

背中に接続された赤いブースターユニットが、極大の炎を吐き出す。それはガンダムに大きな推進力を与えた。

 

「待って、無茶よ!」

 

ショコラが思わず口走る。彼女は、メリーがやろうとしていることに気付いたのだ。だがそれは無謀だ。ハイパービームサーベルがいかに強力な装備とは言え、激しく動く相手に近接武器を当てることなど、できようものか。

 

アリスも強張った顔でメリー機を見た。ブルー・タイフーンとダンシングシープの距離は400mを切った。もう彼女の賭けを止めることができる距離じゃない。下手に攻撃を撃ち込もうものなら、メリーに当たる。

 

追い詰められたが故の無茶な戦法。目の前の敵が仲間の戦術を淡々と乗り越えてきたから苛立っているのだろうか。少なくとも今のメリーからは、軍人として冷静な判断ができているとは言い難かった。

 

メリーの方へ向かって来る青い機影。渦の機動を描きつつ、こちらに迫る、迫る。

 

ガンダムがサーベルを振るった。アイドリング状態からすぐさまアクティブとなったハイパーサーベルは、その先端から巨大なビーム刃を出現させ、見事宇宙の虚空を払った。

 

避けられた。コクピットの中、メリーの目が開かれた。瞬間的な絶望感。真横を通り過ぎる敵。

 

これを避けられたら、やられる。敵は通り過ぎた後、一瞬振り返り、こちらの背中にビームガンを撃って来るのだ。今の攻撃を避けられたメリーは相手に背中を向け、大いに隙がある。そこに射撃を加えれば。

 

待て。このイメージは自分のものじゃない。

 

「……ふぅッ!!」

 

脚部、腰部、背部。全てのスラスターノズルの推力で以ってガンダムが回れ右する。左腕のシールドを前に突き出し、ハイパーサーベルは握ったまま。

 

さっきまでダンシングシープの背中があったところ、つまり今メリーが構えているガンダムのシールドに、ビーム物質が次々着弾する。

 

もうこの盾の防御力は限界。意識の隅でちらりとそう考えた。その瞬間、メリーはガンダムの右腕を動かした。

 

ハイパービームサーベルは、ガンダムのシールドごと青い敵機を切り裂く。シールドの裏で振り抜かれたサーベルの軌道を、ブルー・タイフーンは読み切れなかった。

 

両足を失ったガードⅢのカスタム機と思われる青い機体は、螺旋機動をやめて直進機動を始める。戦うのではない。その逆、戦略的撤退を始めるのだ。

 

「あ、待て!」

 

メリーの声が届くはずもなく。敵機が向こうへ去っていく。

 

渦を描いて飛び回るスピードを持つだけあり、ブルー・タイフーンはあっという間にガンダムチームを引き離す。そちらの方を見やれば、艦に大打撃を受けた連盟艦隊も、コロニーから離れて行っている。

 

「敵……撤退していきます。セイヴ大尉、追撃はしますか?」

「いや、止そう。双方損害が酷いし……我らペガリオの物資も限界だ。これ以上やるのは、ダメだ。」

「了解、コロニー周辺で待機します。」

「そうしてくれ。ああいや、まだ仕事があるな。撃沈した味方艦のクルーの救助を頼む。」

「了解です。」

「了解……メリー?」

 

通信を終え、戦闘状態を解除するアリスとショコラ。メリーだけは、会話に入ってこない。いつもの彼女らしくない大人しさ。

 

だが当の本人は、その内の動揺を必死に抑え込んでいた。

 

「いまのは……何?」

 

あの時、ブルー・タイフーンへの一振り目を避けられた直後に、脳裏に浮かんできたあのイメージ。あれは自分の中から生まれたものじゃない。まるで、敵の思考を受診して把握したような。

 

未知の体験への恐怖。追い詰められた時の絶望感と合わせ、この戦闘は、メリーの心中に影を落とす。

 

ガンダムが見つめる先で、連盟の艦隊が、推進材の火の跡を残しつつ、宇宙の外側へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

ブルー・タイフーンと呼ばれた男、レフェール・オルデラ。愛機ツウィスターのコクピットで、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

不機嫌の理由は、今回の任務だ。彼とその部下及び仲間の部隊は、地球衛星軌道を周回し、地球から登ってきたり地球へ再突入したりしようとする連邦の部隊を叩くのが主任務である。だが、今回の任務はわざわざその周回コースを大幅に外れ、地球連邦側のコロニーへと攻撃を仕掛けるというものだ。

 

向き不向きという次元ではない。全くもって意味不明である。軍上層部の高度な戦略的考えは全くもって理解できない。

 

おかげで当初10隻あった軍艦は今やたったの半分。損傷を鑑みるに、次の作戦で使えるのは、さらに減るだろう。レフェールの心中には不満と憤りが渦巻いていた。

 

だが、何も言わない。ここで泣き喚こうが叫び狂おうが、いち軍人である自分一人の言葉が何も変えることもできないのはよくわかっている。彼はプロの軍人で、プロの軍人は指揮官や将校の命令に対して大変聞き分けが良いものだ。

 

そうでなくては、軍という巨大な暴力装置は成り立たない。歯車が支えなければ、如何しようもない。

 

「レフェール中尉、ご苦労だった。帰投したらゆっくり休んでくれ。」

 

目前に現れたのは、見慣れた黄色い顔。ブルー・タイフーンの専用機の所属艦であるブルガー級ペルラの艦長様。レフェールの上司にあたる。

 

ビデオ通信のカメラに映る彼は、尊大で、ブリッジの艦長席に踏ん反り返っているように見える。実際そうなのだろう。

 

「了解です。その前に一つだけ報告があります。」

「報告?」

「先ほど接敵したモビルスーツのことです。」

 

コクピット左側の壁に埋め込まれたコンソールをポチポチ押す。戦闘の動画データを簡易的に編集し、指定されたアドレスに送りつけるデバイスだ。報告とは億劫なもので、作戦後のヘトヘトな場合は重宝する。

 

動画が送られたのに気付き、艦長は分厚いコロニースーツから端末を取り出した。

 

「……二本角と二つ目のモビルスーツ?三機もか。」

「新型でしょう。今まで連邦にいた機体には、そんな特徴はない。」

「新型試作機が、部隊単位で運用されている…とみるべきだろうかこれは?」

「パイロットはそれほどじゃありませんが、単機ごとの性能が凄まじい。一機はフネを複数沈め、一機はいくら食らっても壊れそうにないシールドを持ち、一機はツウィスターの両足をでかいサーベルで切り落としました。」

「ペルガとバザールを落としたのがたった一機!?いや、君が大きな被弾をしたのも驚きだな……連邦はそんなものを量産しようとしているのか!」

「まだわかりません。しかし可能性は高い。」

 

歪んだ顔に脂汗をにじませ、艦長は唸る。敵の新たな情報に、恐れおののいている様子だ。

 

「これは上層部に早く報告せねば……それに、残存戦力も足りん!」

「でしょう。なので我々はいつもの軌道周回パトロールに戻って、サンバルタとか新型の相手は他の艦隊に……。」

「上に掛け合って味方を集め、一斉に囲んで潰す!実戦テスト中なら好都合だ。通信終わり!」

「……マジか。」

 

名を知られたエースが、目を覆ってため息を吐く。艦長殿はこの状況を、ピンチではなくチャンスだと捉えているらしい。本作戦において上に何の抗議もしなかった男だが、まさかここまで上に惚れているとは予想外だった。脳みその代わりに忠誠度メーターでも入っているのだろうか。

 

「ま、俺も…ヤツを笑えねえか。」

 

自分だって軍には口答えしない。それを思い出して、レフェールは自嘲する。

 

「次の出撃で死んじまいそうだな、俺ぇ……。」

 

次の作戦、仮病で休もうか。いや、母艦が前線に出れば危険度は変わらない。そんな無駄な思考を重ねながら、連盟エースはブースターペダルを踏み込んだ。

 



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8話Bパート

 

ペガリオがサンバルタの宇宙港へ入港して、約一時間が経った。このコロニーに到着したのが六時間前で、戦闘が収束したのは二時間前。その後の救助活動や残骸の撤去に四時間を費やし、全てが沈静化した頃には、誰もが皆疲れ切っていた。

入港直後にテルミット艦長から遊びに出る許可が出されたが、大気圏突破直後に戦闘し、補給のために訪れた場所でも戦闘し、ペガリオクルーにははしゃぐ余裕も残されていなかった。

ただ一人、メリー・アンダーソン少尉だけは、久々のコロニーの風景に興奮している。元気なのは彼女自身のバイタリティが高いのもあるだろう。

 

「うわ〜…何年振りかなあ……。」

 

スペースコロニーの中では、想像を絶する光景が広がっていた。コロニーは筒のような形をしていて、彼女らがいるのは筒の内側だ。彼女らは今、一見普通の町に立っている。そこは地球と同じだ。

だが、見上げれば広大な大地が筒のように丸まっている。斜め右上、左上には、自分たちのいる町とはほぼ逆さまに似たような町がある。実際には、上とか下とかいう表現は正しくない。あっちの町にとっては、自分たちの方が上にいるのだろうから。

筒は6つに区切られ、区切り一つに町と窓板が交互に収まっている。窓板とは言ってもモビルスーツの装甲より遥か頑強だが、その向こうには星空が広がっている。ここから光を取り込んで、住人の生活リズムの安定と太陽光発電を行なっているようだ。

 

「なんか、生き生きしすぎじゃない?」

「そう?」

「水を得た魚?」

「そうね、魚ね。振り回されそうで怖いわ。」

「なにそれ〜。」

 

メリーが連れているショコラとアリスは毅然とした様子を保っているが、自室に戻ればヘロヘロになりかねないことをメリーは察している。だからあんまり迷惑はかけたくない。

コロニーに来るのは初めてな二人が、少しでもリラックスできるよう、自分が頑張らねば。

 

「でも確かにすごい光景ね。地球とはビジュアルからして違う……って感じ?」

「スペースコロニーはねえ、水の入ったバケツを思いっきり回すと水はこぼれないでしょ?それと同じで、コロニーが回って遠心力が生まれて、それを重力に見立ててるんだよ!だから、宇宙なのに地面に足が着くんだってさ〜。」

「知ってる。軍学校で聞いた。」

「え、え〜っ!」

「軍学校で勉強したことも忘れてるでしょ。」

「うーん、まあね!」

「全然誇らしくないから。」

 

3人は今、軍服を脱いで私服で歩いている。あんな戦闘があった直後だ、軍人が出歩いていたら住民を刺激することになる。

それに、窮屈な制服を脱いだ方が息抜きになると、艦長始め上級クルーの意見が一致したのだ。

 

「ひどーい。あっ、畑だ。」

 

談笑の傍ら、メリーが数十メートル先を指差した。野菜畑だ。痩せたトマトや小さなキャベツがポツポツ植わっている。周囲には金網フェンスがあり、電流が流れていることを示す赤と黄色の警告看板があった。

それを見つけた途端、笑いながらおしゃべりしていたメリー達の顔が一瞬で暗くなる。あの貧しい畑の様相が、そのままスペースコロニーに住む人々の姿であると気付いたからだ。

あんな不味そうな野菜でさえ、電流フェンスで覆って守るほどの価値がある。それは、スペースコロニーの貧しい食糧事情を言外に伝えているのだ。

 

「ねえ、メリー。」

「え、なに?」

「軍学校じゃ聞けなかったけど、あのトマト、一個いくらなの」

 

アリスが聞いた。それは、ただの好奇心からではない。自分がこの社会を生きる上で必要と感じて、それを知らなければならないという使命感からであった。

このコロニーは連邦のものだが、コロニー連盟の状況も似たようなものだと聞いた。コロニーがどれほど食糧に飢えているか、聞かなければいけない気がした。

 

「200ホープスだよ。」

 

帰ってきた答えは、アリスとショコラを絶句させるのに十分だった。

地球では、握りこぶし大に実ったトマトが一個80ホープスで買えた。金網の向こうにあるあのトマトは、地球のトマトの半分の大きさにしか見えない。ブランドや小売店で値段は変わってくるのだろうが、あのトマトがあのサイズで地球の倍の価値があるとは、とても思えない。

 

「色々あるんだって。コロニーが生まれた時、良い作物が採れる環境じゃなかった。現場慣れした農家も、微生物いっぱいの土も、野菜を鍛える気候も。コロニーには最初からないものだから。今はまだ良くて、三十年前はもっと酷かったって聞いた」

 

三十年前。それはコロニー連盟をはじめとしたコロニー国家が生まれた頃だ。地球連邦の怠慢で空気も食料も切り詰めた場所に住まねばならないコロニーの人間は、武器をとって地球に挑んだ。

そして始まったのが、第一次地球圏戦争。

 

「酷かった……って、どういうこと?」

「コロニー一つが、飢え死にで全滅した事件がいくつもあった。だから、コロニー連盟は連邦に戦争を仕掛けて、作物を奪って、それを研究して、それから……それから、ようやく今と同じくらい作物が採れるようになった」

 

そして、飢え死にで壊滅したコロニーは、後から来た人間によって霊園と農園になり、コロニー連盟の生活を支えているという。そこまで言おうとして、メリーは口をつぐんだ。ショコラとアリスも黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 

畑をとっくに通り過ぎ、ビルが立ち並ぶ風景に入った。歩道には街路樹が並び、その向こうには、燃料電池で動くバッテリー車が右往左往に巡る。

そこで、ハッと気が付いた。虚無を纏ったような目が精気を帯びる。コロニーの姿を楽しんで欲しかったのに、こんなに暗くしてどうするんだ。

気まずい、非常に気まずい。ショコラとアリスは疲れているのだ、あんな暗い話を、鳩尾にボディブローかますような暗いお話を積極的にした自分を責めたい。

 

「あ、本屋だ!ちょっと寄ってかない?」

「何か、買うものとかあるの?」

「それを今から考えるんだよ!」

「行き当たり、ばったり。たまにはいいね。」

 

歩道沿いにベージュの壁の書店があった。ビルに挟まれ窮屈そうにしている。まるで本棚に詰め込まれた雑誌のようだ。

3人は自動ドアをくぐった。入店ベル代わりの、気の抜けるサウンド。入って早々客を迎え入れるのは、ずらっと並んだ本棚の数々であった。

入り口沿いのレジは2つ。店員が一人一つずつ配置に就いている。

 

「いっぱいだねー。探すのも一苦労かも。」

「財布……あった。何買おうかしら、う〜ん。」

 

キョロキョロと見回す友達二人を差し置いて、アリスは悩みもなく店の奥へ向かっていった。ズカズカとした足取りは、小柄な彼女からは想像もできない。

雑誌コーナーの本棚をじっと見つめ、一つ引き抜く。それは板で、中にはメモリーチップが封入されている。コロニーセンチュリーでは紙の本ではなく、デバイスの中に入ったデータを端末に落とし込む電子書籍が一般的だ。

 

「これ……。」

「アリスちょっと早くない?私たちも選ぶから、待ってて。」

「二人が遅いだけ。」

「最初から買うものが決まってたんでしょ?」

「うん。」

「私たちは、今から買うものを決めるの。」

「一緒に探す?」

「じゃあ、お願いしちゃおっかな……何買うの?」

 

メリーがアリスの手元のデバイスボックスを見る。タイトルは、月刊ラグランジュ・ポイント。

 

「宇宙の雑誌?」

「そう。前世紀の宇宙飛行士とか、載ってる。」

「宇宙オタクなの?」

「オタクじゃない。」

「ほんと?」

「メリーは何が欲しいの。」

「あー、今考えてる……あ、黒い鬼オーガ!」

 

無意識的に来てしまったのは、絵本のコーナー。そのなかででかでかと本棚を制圧する一冊に、メリーは見覚えがあった。

 

「もう持ってるでしょ。」

「私のお母さんじゃないんだから……別の買うよ。紙本持ってるし。」

「二人とも、どうしたの?」

「あ、ショコラ。これ、見付けたの。」

「黒い鬼オーガ。」

「ふ〜ん。紙媒体は劣化が激しいから、保存を考えるなら電子版を買うのもアリなんじゃないかしら。」

「あ、そっか!じゃあ買う!書います!」

「二冊目だけど、長持ちだけで買う?」

「書います!決めました、い〜ま〜き〜め〜た〜」

 

レジでそれぞれのデバイスボックスを購入し、店員に箱からチップを取り出してもらい、それを受け取って店を出る。

書店から少し離れたベンチに座り、3人は本のデータが入ったチップを端末に差し込んだ。ダウンロードにかかる数分の間にも、お喋りをやめない。彼女たちは姦しく会話するのが本当に好きなのだ。

 

「そういえば。」

「うん?」

「メリーは、黒い鬼でどのシーンが好きなの?」

「私はね〜……オーガが羊の兄弟と仲直りするところ!あそこで……。」

「ちょっと待って。そんなシーンあった?」

「え、あったでしょ。ラスト手前の。」

「いや、無かったけど……それ、本当に黒い鬼オーガ?」

「そうだってば。アリスもそう思うでしょ?」

「私も、そんな場面は知らない。」

「あれ?え〜……。」

 

メリーが焦ったように二人を見やる。そんな馬鹿な。黒い鬼オーガは、お姫様を守ろうとしていたオーガと、家を守ろうとしていた羊たちが勘違いの戦いの果てに仲直りする物語のはずだ。彼女の記憶では確かにそうなっている。

 

「あ、ダウンロード終わった。じゃあ証拠見せるから!」

「うん。」

「本当に和解してたっけ…?」

 

メリーが端末をぽちぽちと弄る。画像データが表示され、本の内容が露わになった。

 

 

 

遠い国の森の中に、羊の兄弟がいた。羊たちは貧しいけれど、何不自由なく暮らしていた。

 

そんなある日、森の向こうから恐ろしい化け物が現れた。真っ黒な体に、金色の二本角と、炎のように燃える両目を持った、大きな鬼。

 

その名はオーガといい、それは地平線の彼方まで届く雄叫びをあげ、岩をも砕く膂力を持っていた。羊達の森は恐怖に包まれた。

 

羊達は仲間を守るためオーガと対峙し、オーガもまた羊達に襲いかかろうとした。

 

だが、オーガの後ろから可愛らしいお姫様が現れた。オーガは、城から逃げ出したお姫様の新しい家を探していたのだ

 

羊達とオーガは勘違いをお互いに認め、和解し、新たな仲間を迎えた森に平和が戻ったのであった。

 

 

3人で食い入るように一つの端末を見詰める。絵本の内容を一字一句見逃すまいとしているのだ。

そして、最後のページまで読み終わり、メリーが端末を閉じた。

 

「ほら!仲直りするじゃん!」

「ん……おかしい、こんな内容じゃなかったはず。」

「だいたい絵本で殺し合いとかありえないし。はい、私が正しかった!」

「そうでもない。」

「え?」

 

今度はアリスが、自分の端末を二人に見せる。そこにあったのは、地球連邦が運営するオンラインブックストアのページだった。

表示されるのは、無料公開されている黒い鬼オーガの絵本。そちらの方には、ショコラとアリスが言っていた、羊と殺し合う邪悪な鬼がいた。

 

「え〜……マジで?これが?」

「同じ絵本なのに、地球とコロニーとで内容が違う……?」

「そう。多分、コロニー建設のごたごたで混乱してた時期があったから……。」

「その頃に書かれた絵本だから内容に違いがある、ってことかな。」

「多分だけど。」

 

それで納得がいった。メリーはコロニー出身で、アリスとショコラは地球出身である。同じ絵本でも住んでる場所で内容が違うなら、話が噛み合うはずもない。

 

「オーガの話は初めてだよね、私達。意外。」

「メリーは訓練生の時もあの絵本持ってたけど、そういう趣味かと思って誰も触らなかったものね〜。」

「趣味!?そういう趣味って、どういう趣味!?」

「評論家のコラムも見つけた。やっぱり、地球とコロニーとで内容に違いがある。」

「ん……ん?」

「どうしたの、メリー?」

 

ここで、メリーの記憶に一瞬違和感が走った。セイヴのことだ。

彼は、メリーと一緒に黒い鬼オーガの話をした。その時には、会話の内容に齟齬はなかった。

端末を素早く操作する。連邦軍の支給端末は大変便利で、所属によって同僚や上官のプロフィールを逐次閲覧することもできる。

直属の上司だけあって、セイヴ・ライン特務大尉のプロフィールはすぐに見つかった。出身地は、地球のコロンビア。

 

「……何コレ。」

 

黒い鬼オーガの内容は、地球とコロニーとで違う。地球の出身であるのなら、同じ絵本の話を、コロニー生まれのメリーと共有できる訳はない。

コロニー版を何処かで見たのか。それも違うだろう。セイヴは、オーガを好んでいたのは昔から、と言っていた。幼少期からという意味で捉えるなら、やはり地球版の内容を話していなければおかしい。

両方読んでいて、こちらに合わせてコロニー版の話をしてくれた。それも違う。彼の口からは地球版とコロニー版があるなんて一言も出なかった。

会話に齟齬が全くないことから、記憶が混ざったという線も消える。要するに、セイヴが地球版を読んでいたとは考えづらいのだ。

これらの推理が意味することは、一つだ。

 

「メリー?メリー?」

「どうしたの。」

「あ、ごめん!なんでもない!」

 

二人に呼びかけられ、慌てたように立ち上がる。セイヴ大尉のことを考えると、いつも没頭してしまう。ショコラとアリスが心配して声をかけるのも、半ばテンプレート化している。

 

「なんか、羽を伸ばしにきたのに、余計疲れちゃったね〜!戻ろっか。」

「ん。そうね。少し長居するらしいし、また今度遊びましょ。」

「賛成。帰って寝る。」

「んじゃ、タクシーでも乗ってく?帰りも歩きはきついでしょ。」

 

ベンチの周りを片付けて、裾を払って立ち上がる。再び楽しい談笑の時間。だが、和気藹々とした雰囲気には幾らかの影が見える。

その発生源は、一番明るいはずのメリーだ。二度もきな臭い情報が飛び交ったので、内心疑心暗鬼となっている。

そういうのは良くないぞと自分に言い聞かせ、メリーは、頭上の街を眺めながら、ペガリオへの帰路についた。

コロニーは絶えず回っていた。街の区間の隣、窓板に映る星の図が、ゆっくりと切り替わっていく。

 

 

 

 

 

 

サンバルタの宇宙港まであと5分の地点。

メリーを先頭とした物見遊山のガンダムチームは、宇宙港のバリケード前に大勢の人間を見た。彼らは皆一様に不安げな顔をしていて、宇宙港の職員に詰め寄って取り囲んでいる。

異様な雰囲気だ。向かう先はそこにあるので、3人はどうしてもそっちへ近づく必要があった。

なんだろう、と思いつつ近付くと、怒号や悲観的な叫びが耳に入ってきた。

 

「連盟の艦隊がこ、こ、コロニーに向かって攻撃してきたってマジなのか!また来たらどうするんだ!」

「連邦の軍人さんが負けたらどうなってしまうの!?」

「俺の息子がここに配属されてるんだ、生きてるかどうか教えてくれーっ!」

「コロニーの壁にビーム一発食らったら、あたしたち全滅なんです!基地の偉い人はちゃんと守ってくれるんですか!?」

「基地司令出てこーい!」

「連邦と連盟は今すぐ戦争をやめてください、お願いします!」

 

それは、不安に駆られた人間の命の叫びだった。連盟の部隊がこのコロニーを攻撃してきてまだ半日も経っていない。戦闘は収束したが、住民は不安で不安でしょうがないだろう。

プロの軍人しかいない軍事基地ではこういったパニックは起こらない。しかし、ここは一般人を多く抱えるスペースコロニーで、ここに大穴一つでも開けられたら、彼らは宇宙に放り出されてしまう。それ即ち死だ。

 

「……連邦部隊が負けたら、皆捕虜に決まってる。」

「アリス?」

「……軍人に頼ってるのに、文句だけは立派。」

「皆、怖いんだよ。力を持ってないから、何かにすがるしかないんだよ。」

「そうね、私達は軍人で、彼らは一般人。だからアレを、醜いとか、愚かとか、口が裂けても言えないわね。」

「……だからって、あそこまで身勝手で居られる精神がわからない。」

「皆が皆、ストイックで居られるわけではないのよ。さ、早くペガリオに戻りましょ。」

 

停泊しているペガリオはあの群衆の先のゲートの、さらに向こうだ。つまり、このパニックを掻き分けて進まねばならない。

3人はお互いの手をつなぎ、人々の間を縫うようにしながら進んだ。無理矢理入れば遠慮してどいてくれると思ったが、この群衆にそこまでの余裕はないようである。

 

「落ち着いて下さい、落ち着いて!住民の皆さんは必ず地球連邦軍が守ります!安心してお家へお戻りください!」

「我々が責任を持ってサンバルタをお守りします!冷静になってください!」

 

恐らく、艦長が私服でコロニーに出るのを推奨した理由がこれだ。軍服のままでいたら、この集団に取り囲まれて、罵詈雑言を食いつつ、ひっきりなしに説明を要求されるだろう。

 

「ぷぁ!」

 

群衆を掻き分けて、3人はゲートにたどり着いた。ここからさらに歩いていけば、宇宙港で補給を受けているペガリオに辿り着くだろう。

 

「2人とも大丈夫?」

「うん。」

「無事、大丈夫。戻りましょう。」

 

3人はそれぞれの手を離し、肩を並べて歩き出す。途中、メリーが振り返った。

 

「メリー?」

「どうしたの、忘れ物?まさかあの中に落としたんじゃ……。」

「ああいや、問題ないよ!荷物も無くなってないし。平気平気!」

 

メリーが振り返ったのは、ゲート前に集まった不安を抱えた一般人たちを目に焼き付けたかったからだ。

自身は軍人で、他所から来た。だから彼らの今の気持ちを、完全に知ることはできない。

しかしメリーの生まれはコロニーで、彼女はもともと民間人だった。自分はああならなかったのだという保証はない。

連邦でも、連盟でも、コロニーという不安定な存在に住む人間は、その恐怖に怯え続けなければいけないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……今日は疲れた。」

 

やっとペガリオに戻ったメリーは、次の観光班とバトンタッチして、自室に向かった。ここはペガリオの中部の生活エリアで、彼女の自室もここにある。

コロニーの中に入っているので、ペガリオの床に足が着く。リラックスできそうだ。

 

「……あっ。」

 

伸びをしていると、通路正面からセイヴ・ライン特務大尉がやってきた。サングラスと、染めたように見える金髪。今のメリーは、彼に対して不穏な雰囲気を感じていた。

もしかしたら、貴方はコロニーの人間ではないのか。それを隠して生きているのではないのか。

だが、そんなことをいきなり聞いて、どうするつもりなんだ。糾弾するのか、責めるのか。そんなこと、するつもりはない。

ならこの疑念に意味はない。疑問の答えを得ても何にもならない。だが、そのままでは気持ちが悪い。

何より、セイヴ大尉を疑うのを、もうやめにしたかった。

 

「セイヴ大尉!」

「メリー少尉か、どうしたんだ?」

「あっ……あのっ!」

 

声をかけてしまった。呼びかけてしまった。

自分は今、大した根拠もないのに、セイヴ大尉に問い正そうとしている。今ならまだなんでもないが通るか。ここで退くか。

だが、口が動いてしまう。

 

「大尉は……コロニーの出身なのですか?それを隠して連邦にいるのですか?」

「いや、俺は地球の……」

「だったら、オーガの内容が食い違うんです!黒い鬼オーガは地球とコロニーとで内容が違ってて、セイヴ大尉が話してたのはコロニーの方でした!」

「……俺の故郷が地球だったら、コロニーの方の内容を知っているのはおかしいと?」

「……。」

 

言ってしまった。1から10まで疑いの根拠を話してしまった。これで、自分の些細な勘違いだと言い繕うこともできない。

いま考えれば、めちゃくちゃな理論だ。状況証拠だけ述べて、一方的に相手を疑っている。

これで間違えていたら、次会う時から険悪なんてレベルじゃなく嫌われる。合っていたら、なんて想像もしたくない。

セイヴはじっとメリーを見詰めている。メリーは、赤い瞳を揺らして震えていた。

沈黙がその場を支配する。静寂に包まれる二人。

 

「……あまり言いふらさないでほしい。君の予想は正しいよ。」

 

先に口を開いたのは、セイヴの方だった。

 

「俺は、コロニー連盟出身だ。諸事情あって、今は連邦軍にいるが、この忠誠は連邦軍にある。スパイなんかじゃない。」

「あ……あぁあ……。」

「疑っていた方が仰天してどうするんだ、しっかりしなよ。」

 

足から崩れ落ちそうになるメリーを、セイヴが両肩を掴んで支えた。その様子からは、自身の正体を暴こうとしたメリーへの悪意は感じられない。

いつもの紳士的な上官、セイヴ・ライン特務大尉だ。

 

「疑われたまんまじゃあ、何が起こるかわからないからね。本当のことを話させてもらった。」

「せ、セイヴ大尉……コロニー生まれを隠してたのはわかったけど、連盟出身だなんて……!?」

「あらぬ疑いがかかることはわかっていたから、地球出身だと偽っていたんだ。連邦の上層部は承知済みだよ。……だから、今の話はあまり言いふらさないでほしい。」

「は…はいっ!」

「ありがとう、メリー少尉。」

 

驚きに包まれながら、メリーはセイヴの秘密を受け止めた。

 

「俺は君を信頼している。君も、よければ俺を信頼してほしい。」

「あ……は、はいっ!」

「ありがとう。」

 

そう言って、セイヴはその場を離れていった。

メリーはその背中を、見えなくなるまで見ていた。

 



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第9話 彼女の力、己の力
9話Aパート


白い大地が地平線まで続いている。見回せばクレーターだらけで、空は真っ黒。天には一面の星が広がり、燦々と輝いていた。

ここは地球じゃない。そう気付いたが、息苦しくもなんともない。真空の宇宙、実際には月面。

瞬きを幾度かする。すると、目前に黒い影が現れた。それの背丈は20メートルを越し、爛々と輝く赤い瞳をこちらに向けていた。

全身が強張る。目前の相手に、畏怖を抱かずにはいられない。大股の後ろ歩きで、一歩、また一歩と逃げていく。しかし、視線は巨大な影に向けられたままだった。

逃げるたびに、影はこちらに近付いてくる。一歩、また一歩。巨大な足でこちらに向かってくる。

息が荒くなってくる。体から脂汗が噴き出す。人間の後ろ歩きで、あれから逃げることなど無理だ。

だが目を離せない。視線を逸らせない。あの黒い全身から、あの真紅の瞳から、あの黄金の角から、視界を外すことができない。

やがて追い付かれ、それは左腕をこちらへと伸ばして来た。ゆっくりと包み込むように迫る手のひら。

触れる寸前、全く無意識に、その名をつぶやく。

「…オーガ…!!」

 

 

 

 

バチッ、と瞼を開いた。ふわふわの毛布に包まれた体には、脂汗がじっとりと浮かんでいる。

体がだるい。頭が痛い。口も乾ききっている。悪夢を見たおかげで、目覚めは最悪と言っていい。

ベッドの上で上半身を起こすと、サブローはもう一度その名を呟いた。

「…ガンダムオーガ」

自分が乗るモビルスーツの名前だ。

 

 

 

クインスローン2世は、ミドルサイズの輸送船である。コロニー連盟次世代モビルスーツ計画を担うガンダムオーガのために用意された宇宙軍艦だ。ナルカ共和国女王の現在の乗艦でもある。

パール色の船体は前後に長く、武装は一切存在しない。そのぶんを輸送に特化しているため、オーガをはじめとして試作機がいくつか搭載されている。

無論、オーガのパイロットであるサブロー・ライトニングも、このフネに乗っていた。

クインスローン2世は、ナルカ派遣艦隊とともに月を離れ、一路地球へと向かっている。ナルカ共和国軍は、補給を済ませて英気を養い、地球戦線に復帰する予定である。

現在、その途中でアールデン帝国の艦隊と合流、一時的な共同進軍を行なっている。地球に着く頃には解散するつもりだが、それまでは味方として扱うのだろう。

またナルカ共和国は、ただ戦線で戦うのではなく、試作機の運用も兼ねて行うことで、連盟内での立場をアピールするつもりでもある。コロニー連盟は複数のコロニー国家の集まりで、一枚岩ではない。ただ前線に参加するだけでは、他の国家に軽んじられてしまう。そうなれば立場の強い国に抑え込まれてしまう可能性も出てくる。

仮に連盟が連邦に勝ったとしても、今度は連盟内部で紛争が起きるだろう。そんな不安を抱えつつ、艦隊は青い星に舵をとる。

 

 

 

 

食堂。幾人かのクルーがテーブルを囲い、トレーの上に配膳された昼食を採っていた。

観葉植物と暖色系の照明で飾られ、壁には大人し目の色合いでナルカ共和国国旗『重ね葉枝』が描かれている。彼ら兵士にとっては、居心地のいい場所といえよう。

そんな食堂の真ん中のテーブルにて、黒髪のソフトモヒカンが一人。黒くてごついジャンパーと黒くてごついズボン。サブローはここで食事していた。

ボソボソの豆煮をスプーンですくい、口に突っ込む。まずい。だが口に出さない。サブロー自身が、コロニーの食糧事情を把握しているからだ。

コロニーの作物は、質が悪い。地球連邦設立とコロニー移民の時期が被ったことによるゴタゴタで、コロニーにおける食糧生産は劣悪な環境でスタートした。

その影響は現在でも色濃く残っている。だから彼らは、地球の食料を求めて戦争を続けているのだ。

「月に着いてから飯がやけにまずい…」

ついに声に出してしまった。サブローは地球生まれ地球育ちでしかも百姓の息子だ。新鮮な美味しい野菜を食って育って来た彼にとって、コロニーの飯は楽しみではなかった。

「地球の食べ物はほんとに美味しかったからね」

正面に座っている男性が、サブローに相槌を打った。彼はヴィクター、サブローの命の恩人だ。

地球でガンダムを奪って逃走した後、サブローは熱中症で死にかけた。そんな彼を拾い、ソーラ女王の元に送り届けたのが、彼である。

今サブローがこうして生きていられるのも彼あってのものだ。地球を出てからはあまり話すこともなかったが、同じフネに乗ることになって、初めて生身で会話する機会ができた。

それが、まずい飯を挟んだ食卓の場でなければ、会話も弾んだだろう。

「でも、サブロー君は地球で農家を手伝ってたんだろう?それじゃあ、地球の農業をコロニーに教えてくれないか?」

「いやいや、俺の知ってることは大体ソーラさんに教えちまった」

「そうなのかい?」

「地球のことを教えてくれって言われても、俺はバカな百姓の息子だから、知ってることなんてちょっとしかない。だからもう、俺はお払い箱だよ」

自重したように鼻で笑うサブロー。彼はソーラに、地球の知識を教えてくれるよう頼まれている。だが、彼は頭が悪い。教えられることはあっという間に尽きて、前回教えたことを口にしては、ソーラに指摘されていた。

それからは、サブローの方からソーラにものを教えることはなくなっていた。

「…そ、それなら、そうだ!ガンダムオーガ、聞いたよ。すごい活躍したんだって?」

「あぁ、オーガ?オーガか…」

「君がオーガで戦ってくれるなら、こんなに心強いことはないよ。女王陛下もそう思ってくれているに違いないって」

「いや、うん…」

サブローは再び言葉を濁した。その件も、彼にとっては耳が痛いからだ。

ガンダムオーガは強い。オータは唾を飛ばしつつその凄さを熱弁していたが、その通りだろう。

だが扱いづらい。性能がオーバーすぎて手加減ができず、サブローは人生初の殺人を行う羽目になった。それも一人や二人じゃなく、百名ほど殺した。

しかもパワーが強すぎて制御が効かない。マトモに動かすこともできなかったし、振り回された結果、降りたその後にあちこちがムチ打ちになった。

活躍したといえば、確かにそうだ。モビルスーツ5機とその母艦1隻を正面から圧倒し、全て粉砕。モビルスーツ一機の戦果としてみれば、圧倒的な活躍だ。

だがその暴威はサブロー自身が自分の意思で引き起こしたものではない。彼はただ、暴れるオーガに振り回されただけだ。

あれ以来、サブローの中に、ガンダムオーガを恐れる気持ちが生まれた。

 

「ごっそさん。俺、部屋に戻るわ」

「そうかい?早いね」

「昔から早食いが得意だったんだ。あぁ、それから…」

「うん?」

「また話せるといいな」

「そうだね。また話そう、サブロー」

 

結局つまらない話しかできなかった。ヴィクターは幻滅したろうか。

サブローの心は、深く沈んでいる。オーガのこと、愚かな自分のこと、その両方が大きな重しとなって彼を責める。

空のトレーを返却口に置くと、食堂の白いドアを通り、自分の部屋とは反対方向の通路を歩く。今のサブローには、自分の部屋への帰り道も判別できない。

完全に気持ちが参っている。ガンダムに乗ってから、何度も味わった葛藤。たった一人で割り切ってしまえるほど、彼は利口ではない。

 

「…ありゃぁ、なんでだ?」

 

気が付けば、足を運んでいたのは格納庫だ。

モビルスーツが何機も立ち並び、コロニースーツを着込んだ作業員が所狭しと歩き回っている。手元を明瞭にするためか、照明の光度が非常に強い。

クインスローン2世の格納庫はとても広い。Mサイズでありながら、Lサイズ艦のそれにも匹敵する。

だからといって、サブローは別に見学がしたいわけではない。むしろ、今一番訪れたくない場所である。悩みのタネがここに存在するからだ。

ガンダムオーガはこのフネに積まれており、その保管場所はこの格納庫。火を見るまでもなく明らかだ。

他の機体に隠れて見えないが、見てしまえば気分はもっと沈むに違いない。とっとと立ち去るに限る。

そう思って踵を返すと、視界に青い影が映った。

 

「ソーラさん…」

「サブロー、ご苦労です。暇でしたら、着いて来てくれますか?」

「…うっす」

 

ソーラ女王。サブローの雇い主にして、ナルカの最高指導者。青い髪に青緑の瞳と耽美な顔立ち。しかしその風格は、サブローより2つ下の17歳でありながら、女王という肩書きに違わぬものだ。

ここだけの話、サブローは彼女に一目惚れしている。褒められただけで舞い上がってしまいそうになるし、話すのが楽しくてしょうがない。

だが今回は別だ。もう少し気持ちが沈んでいたら、今のソーラの言葉を、断っていたかもしれない。

ソーラは一人ではなく、髭面の男と、親衛隊のメイヴィーを連れていた。

メイヴィーの方は知り合いだ。今日もソーラの護衛役だろうか。

だが髭面のほうはぼんやりとしか覚えていない。顔は見たような気はするが、どんな人間かはっきりと思い出せない。

 

「おやオーガのパイロットじゃないか。彼を連れて行くんですか?」

「あんたは確か…オータの同僚だっけか」

「ん。ジャムノフ技術大尉だ。会えて嬉しいが、君マジで着いてくんの?」

「何か問題があるのですか、ジャムノフ大尉?」

「いや、大丈夫ですが…連れて行く意味があるのかと」

「では参りましょう、」

 

白ひげのジャムノフ大尉が不思議そうにサブローを見た。しかし、彼はソーラの促すままに、格納庫の奥に向かう。

ソーラもメイヴィーもサブローも、その後に続いた。

歩いている途中、何も言わないでいたメイヴィーが、サブローにしか聞こえない小声で話しかけてきた。

 

「遠慮のない物言いよね、自分の好きなことしか頭にない感じ。気にしないでいいのよ」

「ジャムノフの言う通りかもしれない」

「…どうかしたの?」

 

茶髪が揺れた。サブローの異常な様子に、メイヴィーは気付いたようだ。

 

「俺、怖い」

「何が?」

「オーガ。ガンダムオーガが怖い。あんな機体が俺のものだなんて信じられない」

「…確かに、色々凄まじい機体ではあるわね」

「だけど、俺はオーガに乗る以外に…ソーラさんの役に立つことは無くなっちまった。オーガに乗らなきゃ、俺はタダ飯食いの役立たずで…」

 

またも暗い愚痴をこぼしそうになる。だがそれを、ジャムノフのどら声が遮った。

 

「着きました!これが…史上初、エスパー専用モビルスーツ・クインメイルです!まあ、ほとんど月で出来上がってたけど…とにかく、史上初のエスパー専用機、です!」

 

彼らの面前には、純白に金の細工が施された機体があった。所々広がっていたり、膨らんでいたりしていて、ドレスを着ているような印象を受ける。

広がった袖や、大きなスカートは、意匠性が強い。

 

「なんか…飾りが多いんじゃないか?服着てるみたいだし」

「と思うだろ?あれはな、装甲なんだよ」

「装甲?あれが?」

「武器を入れるスペース兼、サブスラスターのスペース兼、装甲。あれに乗るのはソーラ女王だから、生存性を高めるために装甲を増やしたんだよ」

「へぇ〜…」

「意匠性が強いのはまあ、ご指摘通りなんだが。プロパガンダに良いし?」

「ちょっと待て」

 

ジャムノフの説明を聞いていたサブローだったが、大きな疑問を見つけた。

 

「ソーラさんが?あれに?」

「そう、乗るんだよ。あれに」

「マジですか?」

「はい。エスパーの軍事利用研究の一環として開発された機体に、テストパイロットとして…私が搭乗します」

 

メイヴィーの方を見やると、彼女は静かに首を振った。

 

「エスパー…ってたしか、こう…なんでしたっけ?」

「エスパーとは、思念による意思疎通や、遠くの人間の意識を感知する能力をもった人間のことです」

「ソーラさんも、そうなんですか!?すっげぇ…」

「あなたには今まで話していませんでしたね」

 

ジャムノフが手を叩き、脱線した話を元に戻そうとする。

狙い通り、ソーラとサブローの会話は中断された。

 

「ソーラ女王のお力をお借りして、連盟の発展と利益のため、このエスパー用モビルスーツのテストを行っていただきたいのですよ」

「まさか、実戦に出すのか?オーガみたいに?!」

「それはない。我々だってそういうところは弁えている」

「えぇ。実戦テストは他のパイロットを探すそうです。私が前線に出る心配はありません」

「そ、そうなんすね…びっくりした…」

「というわけで、早速調整していきますんで…」

「わかりました。パイロットスーツに着替えてきます」

 

ソーラが踵を返して、格納庫の隅へとツカツカ歩いていく。

だが、サブローとすれ違う寸前、女王はその足を止めた。

 

「地球のことはもう大丈夫です、サブロー。勉強になりました。あなたの伝えてくれた農業の知識は、コロニーの人間の飢えを凌いでくれると信じています」

 

気遣いだ。サブローは直感した。

もうサブローからソーラに対して教えられることはなにもない。今のは、それを気にするなというソーラの心遣いだろう。

 

「…スンマセン、俺が情けないばっかりに」

「あなたには他にもできることが多くあるでしょう。期待しています」

 

そして、ソーラは、格納庫の外のパイロット更衣室に向かっていった。去り際、メイヴィーに何か耳打ちしたようだったが、サブローには知る由もない。

クインメイルを見上げる。白色にあしらった黄金の飾りは、高潔な芸術品のようですらある。

オーガとは正反対だ。あの怪物とは、違うんだ。きっと。その思考に至って、頭がパンクしそうになる。

 

「サブロー」

 

それを、その思考を、メイヴィーが遮った。

 

「自分の機体が怖いと思っているの?」

「…そうなんだよ。あんな怪物、俺が使えるわけ…」

「無理強いはしない」

「えっ…?」

 

てっきり笑われるかと思って身構えていた。だが、メイヴィーの一言がその緊張を解いた。

サブローは、メイヴィーの顔を見た。美しく整った顔立ち。

一周の静寂の後に、メイヴィーが再び話し出す。

 

「サブローは十分働いた。地球の砂漠で、あなたが拾われてから、私達は幾度か助けられた」

「でも、メイヴィーさんは俺のことを…」

「スパイだと思っていた。でも、あなたは…ソーラ様に心酔したとか、ソーラ様のために働きたいとか、そういうのは全く言わなかった」

「…イチローが死んだ理由、ジローが酷い目にあった理由…」

「そう。あなたは自分の利益のために着いて来た。不純のように思えるかも知れないけど、胡散臭くはなかったわね」

 

つまり、自分はおまえを信用することにした。メイヴィーはそう言っている。

 

「そして、あなたには人間味があった。自分のモビルスーツが怖いって、バカバカしいけど…人間味があって、変な言い方だけど、悪くなかった」

「メイヴィーさん、マジで怖いんだって!オーガはほんとヤバくて…」

「その上で」

 

ネガティブな話に移そうとしたサブローに、メイヴィーは声を大きくして話の脱線を防ぐ。

サブローは黙って、その続きを聞く姿勢に入った。

 

「あなたらしくないんじゃない?サブロー」

「俺らしくない?」

 

質問の意図を理解できず、聞き返す。

 

「あなたの良いところは、馬鹿正直で、猪突猛進で、とにかく愚直なところ。今のあなたは、それが全部ない」

「ひ、ひでぇな」

「ビビりっぱなしで良いの?うじうじ悩む自分が好き?」

「そら…そうじゃない方がいい」

「じゃあ、どうすれば良いかしらね?」

 

メイヴィーが、自分の細い腰に手を当てる。高い鼻に指を置いて、まるで挑発しているようだ。

実際、挑発しているのだろう。今の不甲斐ないサブローを。

ため息をつき、脳みそをフル回転させ、気の利いたセリフを考える。

 

「…メイヴィーさん、言うこときついっすね」

「そうかしら?ジャムノフ大尉のことを言えないわね」

 

メカニックが二人の間を通り過ぎる。彼らの怒鳴り声が聞こえる。

 

「このでかいのはオーガの方に持っていくんだよね〜!?」

「そうだ、オーガ用の武器だ!」

 

 

 

 

クインスローンの外、星がきらめく様が見渡す限り続く、大宇宙。

コロニーによって生活圏を宇宙へ伸ばしたことにより、人類は旧世紀から多くの星を見つけ、名前を付けた。モビルスーツのコクピットの中でも、探せば、知っている星があるかもしれない。

だが、星を観ている暇はないようだ。

 

「ソーラ様、クインメイルの稼動状態はどうでしょうか」

「問題はありません。テストを開始しましょう」

 

白いモビルスーツのコクピットの中で、ソーラはパイロットスーツを着て、操縦桿を握り締めていた。

ソーラのパイロットスーツのヘルメットは通常よりいくらか大きく、コクピットの内壁からコードが繋がれている。このヘルメットが、エスパーの脳波をダイレクトにキャッチし、コードを通して機体側に信号を送るシステムになっている。

 

「ジャムノフ大尉」

「あ、はい。どうかいたしましたか、女王」

「このヘルメットは窮屈ですね。長時間かぶり続けるのは厳しいでしょう。技術的な問題でしょうか?」

 

ソーラが開発責任者に問いかける。

大きいとは言っても、脳波を受け取る機器のせいで、頭を入れるスペースは通常のそれより狭い。ソーラは長い髪をお団子状にまとめ、なんとか被っている。

白い頰肌にうっすらと汗が浮かび、桃色がにじむ。機体の方には問題はないが、エスパーのパイロットに依存する機体がパイロットに負担をかけるようでは本末転倒だ。

 

「機器のせいでそれ以上小型化できず、大型化すると今度は首に負担がかかるのです。今後の課題にしますので、今回はそれでどうかご勘弁を…」

「わかりました。それでは、改めて…テストを始めましょう」

 

クインメイルの周りを、少し離れて複数のモビルスーツが取り囲む。緑のボルゾンだ。

そのパイロットはナルカ共和国親衛隊の面々。テストのためのターゲットと、トラブル時の対応係と、女王の護衛を全て兼ねている。

そこからさらに大きく離れ、クインスローン2世のブリッジに髭面のジャムノフはいた。テストの進行のため、通信機片手に突っ立っている。

 

「はい、了解です。とは言っても、駆動もモーションも内蔵火器もだいたい問題ないから…そうですね…ビットのテストを行いましょう」

「了解しました。ビット射出…親衛隊各機、良い動きを期待しています」

 

ソーラはコクピット正面のコンソールに触れた。画面に表示されたボタンを次々押していく。

それに連動して、クインメイルのスカートアーマーから、玉状の物体がいくつも放出された。それは各部に穴が空いており、本体の拳より一回り大きい程度のサイズであった。

 

「ビットの射出、完了しました」

「それでは、自動制御を行いつつ、ビットの挙動をイメージしてください」

 

ソーラの目つきが変わる。女王が眼を細めると、本体の周りでふわふわするだけだったビットから、スラスターの火が噴き出す。丸いビット達は、スラスターで高速移動しつつ、規則正しく女王の周囲を回る。

その小型さから、モビルスーツよりも遥かに速い。

 

「うぉっ」

「捉えられない…!」

「は、速いぞ」

 

ナルカのパイロット達が狼狽える。だが気を抜いた彼らは、ビットに更に翻弄されるだろう。すでにテストは始まっているのだ。

 

「モードをペイント弾に変更してから、テストターゲットを攻撃してください」

「了解しました」

 

ソーラが再びコンソールを操作する。そして、クインメイルが両手をボルゾン部隊の方へ向けた。

瞬間、クインメイルの周囲を飛び回っていたビットの群が、その方向へ一斉に向かっていく。ビットは複雑な軌道を描いて飛び、中央の一際大きな穴を、モビルスーツに向けた。

その穴から、小型の玉が吐き出される。

方々へ散るボルゾン。だが、速さ自慢のモビルスーツでさえ、ビットのスピードからは逃げられない。追いかけ回され、囲まれ、ペイント弾を撃ち込まれる。

星空を駆ける小さな星達が、鉄の巨人を取り囲み、方々から弾を浴びせていく。

 

「ああっ」

「うわ、囲まれ…当てられた!」

「これがエスパーの威力…」

「お、お見事でございます、女王」

 

各機が頭部や背部、胸部を黄色く染めながら機動を停止する。

ビットのスピードと数は驚異だが、その操作を正確に行うのはエスパーの仕事だ。親衛隊の誰もが、連盟の技術と女王の能力に舌を巻く。

 

「実弾はビームガンと同等のビーム弾を発射します。ボルゾンではひとたまりもありませんね」

「確かに強力ではあります。しかし、やはりパイロットに依存しすぎています」

 

ソーラは眉をひそめた。ビットの正確な操作はエスパーの強いイメージを要求し、パイロットの集中力を大きく割く必要がある。

モビルスーツの本懐は高速機動戦闘である。こんなにも意識をやらねばならないものを、果たして回避機動を行いつつ扱えるだろうか。仮にできたとして、貴重なエスパーパイロットへの負担はいかほどのものだろう。

 

「ビットの仕様は改善の必要がありそうです、ジャムノフ大尉。これでは実戦に投入すべきとは言えないでしょう」

「そ、それはどうも…」

「テストを切り上げ、反省点の確認…っ!?」

 

ソーラが通信機に触れようとしたその時、彼女の感覚はそれを捉えた。頭に浮かぶビジョンか、直接感じ取れる敵意。

エスパー用機に乗っている影響か、いつも以上にエスパー能力が働いている。だからこそ言える。これは間違いない。

 

「敵が来ます」

「なんと?」

「女王ソーラの名において、ナルカ艦隊、全軍緊急戦闘配備を命じる!」

「ソーラ様、いかがなされましたか!」

「ショーン。敵が来ます」

「なんと!」

 

クインメイルの傍に、青い親衛隊長機ディバインが舞い降りる。それは主人を守る騎士のようだった。

だが、当の本人は、自分一人で女王を守りきれるとは微塵も思っていない。

 

「…レーダーに感あり、突っ込んで来ます。女王、このままでは…」

「本隊と合流する前に、取り囲まれる…」

 

レーダーが示す点は、高速でこちらに向かっていた。ソーラ達と艦隊本隊の間に壁を作るつもりなのだろう。

この距離では、ソーラ達と味方艦隊が合流する前に敵が到達する。ならば、無理に味方の方へ突き進むより、女王を守護して耐える選択肢も見える。

 

「親衛隊、守りを固めろ!本隊から救援が来るまで、我々だけで持ちこたえる!女王に指一本触れさせるな!」

「了解!」「了解です、隊長!」「我ら親衛隊、ソーラ様にこの身を捧げます!」

 

ショーンの号令に、ボルゾンが一斉に剣を抜く。各々各部に色汚れが付いてはいるが、クインメイルを背に立ち並ぶ様は圧巻だった。

だが、艦隊を相手取るには脆い壁。彼ら全員が死兵となってなお、時間稼ぎが関の山だろう。

 

「こちらソーラ。グランガンブリッジ、聞こえるか」

「ソーラ様、今救援を送ります!」

「頼みました。親衛隊と共に、待っています」

 

艦隊旗艦の艦長が、大慌てで言った。

さすがに長年ナルカ艦隊旗艦を任されたことはある。言わずとも要件を理解してくれた。

あとは、いよいよ耐え忍ぶのみ。レーダーには既に、こちらに迫る複数の軍艦が映し出されていた。

 



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9話Bパート

クインスローン2世のパールホワイトの艦体から、真っ黒い物体が放出された。ガンダムオーガである。

パイロットは無論、サブローだ。パイロットスーツを着て、不安そうにコクピットに収まっている。

横を向けば、すぐ近くにアールデン帝国のフネがいた。やけに近い気がする。それに、この位置取りでは、ソーラ女王を救出に行く進路の邪魔になりかねない。

 

「ガンダムオーガ、聞こえるか?」

「うっす」

「ブレイクガンで敵艦を撃ち落としてくれ!」

 

クインスローン2世からの通信。具体的な指示だ。今のサブローはクインスローン2世の所属で、彼の指揮はクインスローン2世の艦長がとる。

 

「ブレ…なんて?」

「オーガが今持っている銃だ。使ったことあるだろう!?」

「これで…」

 

オーガは今、ポンプアクションショットガンに似た携行銃器を装備している。普通より図体の大きいオーガの片手でも少々持て余すので、通常の機体では両手持ちになるだろう。

艦長の言う通り、サブローはこの武器を使ったことがある。それはオーガの初戦闘だ。

この武器で、敵機を消し飛ばし、Sサイズの敵艦を散滅せしめた。凄まじい威力だった。

だがサブローは知っている。否、知ってしまった。Sサイズのフネのクルーはだいたい70人前後だと。この武器は100人単位の命を一瞬で奪いされる代物なのだ。

レーダーに表示されている敵艦はどれもMサイズ以上。Mサイズ軍艦だと、100人は下らないという。

顔の知らない相手を、100人殺す。それも一発で。やれと言われて、そう簡単に引き金を動かせるはずもない。

サブローは躊躇した。その間にも敵艦隊は迫ってくる。だが、撃てない。オーガの持つ銃を撃つことができない。

自分の意思で、沢山の命を奪う勇気が出せない。

 

「なにやってんだ!」

 

突然、通信機越しに怒鳴り声が聞こえた。知らない声だ。

すると、衝撃。何かがぶつかってきたのだろう。見やれば、アールデン帝国の機体、ラムドだった。ずんぐりむっくりなシルエット。

ぶつかった拍子にブレイクガンを離してしまうオーガ。

 

「貸せ!」

 

アールデンの兵士であろうその男は、ブレイクガンを奪い取り、ラムドに持たせた。右手でグリップを握り、左手で銃身を持ち、腰だめに構える。

おそらく彼は、艦隊に攻撃しようとして、なかなか撃たないオーガにしびれを切らしたのだろう。だから、オーガの武器で敵艦隊を攻撃しようというのだ。

だが、彼は知らない。ブレイクガンはオーガにのみ持つことを許された武器であることを。他の何者も撃つこと叶わぬ武器であるということを。

 

「おい、よせ…」

 

それはサブローですら知らなかった。サブローはオーガのことをあまり知らなかった。だが、嫌な予感がして、名も知らぬそのパイロットを止めた。

が、言葉による制止は間に合わなかった。その男が戦場の空気に当てられ、正常な判断ができなかったことも重なったのだろう。

ラムドは、トリガーを引いた。

次の瞬間、アールデンのモビルスーツの両腕が、破裂した。

 

 

 

 

XLサイズ軍艦グランガンは、ナルカ軍の旗艦である。巨大な外見に違わず、実に60機以上のモビルスーツを搭載している。Sサイズ軍艦は3機前後、クインスローン2世は8機まで積むことができるが、グランガンの積載量は圧倒的であった。

だがグランガンも、その艦載機のすべても、いきなり立ち往生させられた。

彼らは敵艦隊からソーラ女王を守るために、ソーラ女王のいる方へと動こうとしていた。その進路を、同事行軍していたアールデン帝国艦隊に塞がれているのである。

 

「こちらナルカ共和国軍旗艦グランガンである。アールデン帝国艦隊にはどいてもらいたい!貴官らがそこにいては、ソーラ女王の救助ができない!」

「敵艦隊が目前に迫っている。砲撃をするためにはこのポジションから動くことはできん!」

「敵艦隊がここに到達したら我らの女王の命が危ないのだ!どいてくれ!」

「ならば先制砲撃で相手を蹴散らせば良いだろう?」

「あの艦隊規模では構わず突っ込んでくる!一刻も早く女王の救助を…」

 

グランガン艦長カワセ大佐が、アールデン艦隊に怒鳴りつける。だが相手は全く取り合わず、その場を動こうとしない。

敵は迷わずこちらに来る。進路を塞ぐ帝国艦隊さえいなければ、すぐにでも女王と親衛隊を収容してしまえるのに。

 

「撃てぇ!」

 

彼らを横切ってでも救助に、と思った瞬間、アールデン艦隊が砲撃を始めた。ミサイルやビームが次々放たれ、レーダーに映る敵艦隊に撃ち込まれる。

しまった、とカワセ大佐は呻いた。無理矢理横切ろうにも、砲撃をしている味方の火線に飛び込まねばならない。迂回したら、先に敵艦隊が到達してくる。

どうする、と考えている暇はなかった。アールデンの砲撃を受けた敵艦からの猛烈な反撃が迫ってきたからだ。

ビームやミサイルが次々こちらへ来て、フネのすれすれを通過していく。攻撃は、アールデン艦隊の向こうにいる女王たちの部隊にも及んでいた。

 

「こんなことをしている場合ではないのに!このままでは…」

 

カワセ大佐はグレーの髪を引っ掴んで叫んだ。

 

「このままでは、我らの女王が討たれてしまうっ!!」

 

 

 

 

さっき出て行ったオーガが、すぐに戻って来たので、クインスローン2世の整備クルーたちは大変面食らった。右手にブレイクガン、左手に両腕の無いラムドを抱えているのを確認したときは、もっと驚いていた。

オーガは軽くスラスターを吹かしながら入り、ハッチから格納庫内部にどしん、と着地した。

 

「こ、こりゃどうなっとるんだ?」

 

老人の整備士長が、通信機で問うた。彼が指しているのは、ラムドだ。両腕が吹っ飛んでしまったようになくなっている。ピクリとも動かない。

パイロットは死んだか気をやったか。ちっとも動かない機体を見るに、意識はないように見える。

少しの沈黙の後、サブローの声が返ってきた。

 

「こいつはブレイクガンを奪って、撃って…ブその反動…だと思う」

「反動?モビルスーツの腕が反動でぶっ飛んだ!?」

「そう、そうなんだよ。信じらんねえ」

 

サブローの眉間にシワが寄る。ブレイクガンの威力は、殺人的な反動あってのものだったのだ。オーガのパワーは通常の10倍、そんな機体が取り扱う武器なのだから、そんじょそこらの代物とはワケが違う。

 

「こいつの撃った弾はどっか飛んでった。どこにも当たっちゃねえ。でも、ブレイクガンは故障した…」

 

専用でもない機体が無理に発射したのが祟ったのだろう。ブレイクガンは故障し、使えない。

戦闘はすでに始まっている。撃つのを躊躇ったとはいえ、飛び道具無しで戦場に飛びだせる自信はない。

 

「とりあえず、手すきの奴にそのラムドをどうにかさせる!オーガは武器を変えるぞ!」

 

返答する暇もなく、整備士長は向こうの方に駆けて行った。

どんな武器を渡しても、今の自分では躊躇してしまうだろう。ブレイクガンの恐ろしさを目の当たりにした今は、もっとビビるに違いない。

なぜ出てきた。オーガに乗る限り、自分が戦場でできることは何もないのに。

サブローは、悔しそうに自分の腿を叩く。パイロットスーツが衝撃を吸収し、痛みは感じない。自分の不甲斐なさを自分自身にぶつけることも、できない。

 

「どうすりゃいいんだよ」

「さっき言ったことを忘れたの?」

「え?」

 

通信機から、若い女性の声がする。これは聞いたことがあった、

メイヴィーの声だ。

 

「…ビビりっぱなしで、うじうじ悩む俺は…俺らしくない」

「覚えてるじゃない。あとは、あなたらしいあなたに戻るだけ」

「簡単に言うけどさ、無理だよ。俺は…そう沢山殺せねえよ。連邦の兵隊だってそういうの覚悟してきてるんだろうけど、俺には、無理だ…」

 

操縦桿から手を離し、サブローが呻く。頭に被ったヘルメットを抱えるように持ち、胎児のように丸まっていく。

 

「オーガ…こえぇよ」

 

ため息が聞こえる。メイヴィーのため息だ。

呆れたか、失望か。また別の何かなのか。その意図がつかめない。

だが、続いた言葉が、その意味を教えてくれた。

 

「サブロー。私はあなたに3つ話をする。よく聞いて。まず最初の話」

 

コクピットの中で丸まっていたサブローが、両手をヘルメットから離した。メイヴィーの話に興味を持ったのだ。

それを知ってかしらずか、メイヴィーは話し続ける。

 

「この戦争はどうしようもない理由から始まった。滅多なことじゃ終わることはない。でも、どう言葉を取り繕っても、前線に立つ兵士は人殺しになることを余儀なくされる。生き残るためには、相手のことなんか気にできないし、する人間はすぐに死ぬ。でもね…」

「でも?」

「私はあえて、祈ることにした。顔や声や名前は知らなくても、祈る権利はある気がするから」

「祈る?」

 

目から鱗だった。サブローは、殺害の事実から目を背けようとしていた。殺害したと言う結果から逃れたくてしょうがなかった。

だが、祈る。殺すこと、殺したことを認めて祈る。相手のために祈る。

謝罪か、贖罪か、あるいは自己満足か。だがそれでも、何もしないよりはマシかもしれない。

 

「次の話。その上で、私はあなたにお願いしたい」

 

オーガの目の前に、ナルカ共和国製機体のダナオスが立っていた。地球でもメイヴィーが載っていた、藍色の旧式機。

 

「私と一緒に、ソーラ女王を助けて。女王と親衛隊のメンバーが、敵艦隊と接触してしまった。このままじゃ全滅する。あなたの力が必要なの」

「俺の力?俺にできることなんて…」

「そして、最後の話」

 

サブローの弱音を、メイヴィーは遮り、言った。

 

「それはあなたの力。あなたにしか使えない、あなただけの力」

「それ…?」

 

言われて気が付いた。それ、とは、ガンダムオーガのことだ。黒い全身、真紅の瞳、金色の全身。

サブローが恐れていたその存在は、サブローの力なのだ。恐れる対象ではなかったのだ。

サブローの脳裏に、あの夢の続きが疾った。迫るオーガ、後退る自分、こちらへ伸びる左腕。その腕に乗り、腕が動き、開かれた首元の穴からコクピットに滑り込む。

これは、己の機体。親から借りた作業用モビルスーツでも、連邦から奪ってきた試作機でもない。

サブローだけの機体だ。

 

「さあ行きましょう」

「…おう。ソーラさんを、助けに行こう。俺の力で」

 

その返答を聞き、メイヴィーの少し笑った声がした。

格納庫のクレーンが近付いてくる。そこにあった大きな剣と小さな銃を受け取って、サブローは改めて格納庫の外に向かって行った。

自分だけの機体、ガンダムオーガに乗って、出撃する。

 

 

 

 

ソーラの乗るクインメイルと、親衛隊各機は、苦戦を強いられていた。

砲撃をかわしたまでは良かったが、後から来たモビルスーツ隊が強敵であった。装甲を強化された緑色のブリジット。それが十機以上。

さらにその他のモビルスーツ隊も来たが、これは相手にもならなかった。親衛隊があっという間に斬って捨てたのである。

だが緑のブリジット部隊は簡単にはいかなかった。分厚い装甲は下手な攻撃を全く寄せ付けず、ビームライフルやマシンガンの直撃を易々と耐えた。さらに、雪崩のようなミサイル攻撃と複数の射撃武器からなる弾幕で、こちらに接近を許さない。

ナルカ共和国の機体は、背中のユニットによる高機動力と、ビームソードによる接近格闘戦が強みだ。相手はそれを、圧倒的な火力で速さと接近を封じることで潰した。

こちらの持つ最後の対抗手段の射撃武器は、装甲で無効化するという徹底ぶりだ。成すすべがない。

 

「緑のブリジットだと?グリーンモンス隊か…!」

 

親衛隊パイロットの一人が、相手の正体を察知した。

 

「連邦の超精鋭部隊じゃないか!」

 

火力で敵の大部隊の動きを封じ、装甲で攻撃を耐える、少数で多数の相手を翻弄する屈強なモビルスーツ隊、グリーンモンス。通称緑の城壁。

そんな相手が、こちらよりも多い数で襲いかかってくるのだ。親衛隊モビルスーツは一機、また一機と墜ちていく。

 

「ぐぁっ」

「ヴィクター!食らったのか!?」

「たっ隊長…僕は…ここまで…」

「死ぬな、死ぬんじゃない!」

「女王と、サブロー君を…頼みま…っ!」

 

ヴィクターのボルゾンが、敵のミサイルを食らって砕け散った。

 

「ヴィクタぁああああああっ!!」

 

緑の城壁が迫る。その火力と屈強さに、こちらは数を減らすばかり。

味方艦隊は敵と接触し、身動きが取れない。もっとも、こちらとナルカ艦隊に挟まれているアールデン艦隊が邪魔で、救援部隊を回すのに苦労しているに違いない。

こちらも、逃げれば敵の攻撃を背中にひたすら浴びることになる。増援が来るまでこの場を離れるのはできない。

助けはまだ来ない、もしくは、ずっと来ない。

 

「おのれぇ!」

 

ショーンの頭に血が上った。仲間を次々なぶり殺しにされ、生存を絶望し、冷静沈着であらねばならない若き親衛隊長は、がむしゃらな特攻を選ぼうとした。

それを、凛とした声が止めた。

 

「死に急ぐのでなく、耐え切りなさい。ナルカの同胞を待つのです」

「ソーラ女王…」

 

親衛隊の後ろでじっとしているだけではない。クインメイルは純白の肢体を動かし、回避機動をしている。

人手が足りないのはソーラも知っている。だから突っ立ったままではいけないと考える。使えるものは自分自身でさえ使う、それがソーラの信条だった。

だがクインメイルの性能はそう高くない。両の袖口にはビームガンがあるが、これの威力は低い。グリーンモンスのブリジットに有効打を与えるのは難しいだろう。

これで敵の撃墜を狙うのは厳しい。もう一方の武器であるビームサーベルは論外だ。接近戦をすればそれだけ危険性が高くなる。

ビットも、ここまで敵の砲火が激しいと、回避に意識を割かれて使えない。

だがソーラは諦めない。ここで死ぬわけにはいかないからだ。

戦争を連盟と連邦のどちらも倒れない形で終わらせ、のちの時代に禍根を残さないようにする。それは彼女が、自身に課した使命。それを果たせぬまま斃れることはできない。

だが、実際この状況は、今の彼女らにはどうしようもない。八方塞がりだ。戦力が足りない。

 

「正面…!」

 

ソーラのエスパー能力は遺憾無く発揮され、彼女は敵の攻撃の意思が視えるようになった。意識している方向からの攻撃は、敵の殺意を感知することで察知できる。

だが、避けるだけでは勝てない。攻撃をしなければ敵を倒せない。

どうすればいいのか。ソーラの思考が行き詰まりかける。

その時であった。

 

「クソッタレぇえええああああああああッ!!!」

 

ソーラの視点右側からビーム弾が複数飛び込み、緑色のモビルスーツに飛び込んだ。グリーンモンスのブリジットは倒せていないが、彼らは飛び入りしてきた新たな敵機に視線を奪われる。

女王がレーダー表示を見やる。味方が二機。ナルカ艦隊から、艦隊戦の只中のアールデン艦隊を突っ切ってきたのだ。

誰だ。

 

「ソーラ女王、ご無事ですか!?」

「メイヴィー…ご苦労様です。もう一機の方は?」

「サブローです!」

 

ソーラに声をかけるのは、メイヴィーだ。親衛隊のNo.2。

彼女は言う。サブローが来た、ということは、ガンダムオーガが増援としてやって来たと言うことだ。

ボルゾンが隣に滑り込む。艦隊戦の中を突っ切ったにしては、損傷が少ない。

一方、ビームリボルバーを乱射しながらグリーンモンスに飛びかかる黒い機影は、所々ボロボロになっている。

 

「オーガを盾に?」

「はい。艦隊同士が接近しているので砲撃はなかったのですが…」

 

オーガを見やる。あの機体は、モビルスーツの迎撃のために艦隊同士が機銃の雨を起こしている最中、メイヴィー機の盾になりながらここまで来た。

ビームキャノンによる砲撃が、戦艦同士が接近して停止したためにできた、酷い荒技だ。

 

「クソッタレぇええええええ!!!!」

 

メイヴィーのボルゾンの盾になりながらここにきたオーガは、今度はソーラたちの盾となり、グリーンモンスからの集中砲火を凌いでいる。

あれでもまだピンピンしているが、いつまで保つかわからない。

だが、大きなチャンスが生まれた。これを活かさぬ手はない。

 

「親衛隊、突撃!」

「了解!!」「了解しました!」「ナルカのために!」

 

ボルゾン複数がビームソードを引き抜き、背中のコンバーターエンジンから焔を放つ。

コンバーターエンジンは本来大気圏内を飛ぶためのユニットだが、ナルカ系機体の機動力を支える大型スラスターとしての一面も大きい。宇宙に描かれる、炎の軌跡。

寄ってたかってオーガに火力を集中していた連邦機は、そちらへと標的を変えようとする。

 

「…ビット!」

 

クインメイルの長いサイドスカートから、ビットが放出された。それらは超スピードで敵へ向かい、ナルカ親衛隊を追い抜き、グリーンモンスの背中に辿り着く。

ソーラ女王が、コクピットで目を閉じる。すると、ビットは一斉に攻撃を開始した。

小さなビーム弾が緑のモビルスーツの背中を打つ。この程度の威力では、かの部隊のブリジットは落とせない。

だが、背中のバックパックにある、メインスラスターを破壊することはできた。

一発撃って退散するビット達。それを撃ち落そうとするグリーンモンス。だが、機体が思うように動かない。

宇宙空間では推進力が無ければ移動ができない。メインスラスターをやられた重いブリジットは、最早浮砲台でしかなくなったのである。

 

「せやぁあああ!」

 

一番槍はメイヴィーのダナオス。旧式ながらも、その速度で敵の背中に回り込む。

火力と装甲があっても、身動きが取れないなら木偶の坊だ。ナルカの機体が一斉に飛びかかる。

先程とは形勢が逆転した。ビームソードが振るわれ、緑のブリジットが次々屠られる。ある機体は頭部を飛ばされそこからコクピットを一突き、ある機体は首関節を通して内部を串刺し。

ビームソードは強力な武器だ。実体刃にビーム刃を発生させ、ビームで溶けた装甲を実体刃で破って貫く。通常のビームサーベルより強力である。

それでもこのグリーンモンス機の装甲を抜けるか不安であった。ただでさえ装甲の厚いブリジットの装甲を強化した専用機。装甲を避け、関節を狙って内部の重要機関を速攻で破壊する必要があった。

青いボルゾンが、昆虫のような顔を巡らせる。メイヴィーのダナオスやショーンのディバインも、浮砲台と化したブリジットの関節に刃を通している。

だが、全てが木偶の坊にされたわけではない。

 

「敵機、接近」

「くそ、動ける奴がいる!」

 

わずか三機だが、ビットの被害から逃れたブリジットがいる。そのうちの一機が、全速力でこちらへ突貫してきたのだ。

残り二機を逃がすためのしんがりか。だが、増加装甲で肥大化したその機体が向かってくる姿は、さながら迫る壁だ。凄まじい威圧感。

敵は両手に保持した大型ガトリングの弾をばら撒いている。両肩に付いているミサイルポッドからもミサイルを飛ばしている。あれでは、装甲の薄いナルカ機体は近寄れない。

 

「ソーラ様、遠回りをしてきた味方部隊もいます。そちら合流しましょう」

「あれを放置したら、こちらにも少なからぬ被害が…」

「ソーラ様が無事であれば我々の勝ちなのです。相手取る必要は必要はありませ…」

「俺が行く!」

「サブロー!?」

 

黒い影が、ビームガンを投げ捨てる。相手の進路の前に立つように、オーガが動く。

あまりにも食らいすぎたためにもう満身創痍だ。だがまだ戦える。だから行く。

左腰にマウントした大剣を左手に握った。剣だ。板が二枚ついていて。その端に持ち手が付いているという風体だが、それは剣だった。

板には14枚ずつ小さな刃がある。それらの刃からビームが発生し、その状態のまま刃の列が動き出す。ビームを出したまま、刃の列が回転する。

チェーンソー。それはビームソードのチェーンソーであった。片側14枚計28枚の小さなビームソードを、秒間10回転させる武器。

ビームソードを28枚同時ドライブするのもさることながら、それらを高速回転させるためのエネルギーも莫大だ。これもまた、ガンダムオーガ専用の武器である。

こけおどしと判断したか、ブリジットはなおも突き進む。オーガも、相手に向かって速度を上げた。

機体に突き刺さるガトリング弾の雨。ミサイルの直撃。それでもオーガは止まらない。緑のブリジットも。

 

「機体耐久値、残り20%以下まで低下」

「まだだァ!!」

「残り15%以下」

 

システムボイスすら掻き消して。サブローが吠える。

俺は戦う。自分の力で。その意思を体現するように。

オーガとブリジットは、ついに互いに肉薄した。

 

「うオらァッ!!」

 

黒い鬼が、片腕を振り抜いた。ブリジットの右肩にビームチェーンソーが叩き付けられる。

例えビームサーベルを使っても、グリーンモンス専用ブリジットを正面から倒すことはできないだろう。だが、単純計算で秒間280回ビームソードを叩きつける武器ならどうか。

ブリジットは、チェーンソーを受けた箇所から細切れになっていく。それは時間にして1秒にも満たなかったが、サブローには見えていた。

オーガが武器を振り抜くと、敵の上半身は消えて無くなっていた。

 

 

 

 

クインメイルがグランガンのドッグに滑り込む。壁際に手を着いて立つと、コクピットハッチが開かれた。

中から現れるのはソーラ女王。ヘルメットを付けっ放しにしているのは、まだ戦闘が終了していないからである。

駆け寄ろうとする臣下達を黙視するより前に、ソーラは高らかに宣言した。

 

「高周波炸裂弾の使用を許可します」

 

ブリッジ内部からの映像を見ていたブリッジルームは、少し呻いた。しかし、彼らはすぐに行動を起こす。

グランガン艦長カワセ大佐が、艦長席の脇の通信機を取り、号令を飛ばす。

 

「高周波炸裂弾、ミサイル用意っ!」

 

白い楕円の上に煌びやかな城。白い部分は艦本体で、城のような華美な上部はブリッジを兼ねた居住区である。グランガンの外見は、とても軍艦には見えない。

そのグランガンの前方の一部が開き、いくつかのミサイルが発射された。

 

「砲手!ミサイルのコントロールはできているか?」

「問題ありません!」

「よし。起爆タイミングは…連邦艦隊を通り過ぎるギリギリだ」

 

ミサイルは、ぶつかり合うアールデンと連邦の両艦隊を通り過ぎ、連邦艦隊の後端でついに炸裂した。

 

「なんだ!?」

「あのミサイルは…」

「ナルカの旗艦からだ」

 

両陣営各艦の艦長が、その行方に注目した。

その時、ミサイルを中心として、球状の光が現れた。

 

「何ぃいいいっ!?」

「全速回避!」

「巻き込まれるな〜!」

 

巨大な光球は、10秒間膨らみ続けた。その最中で触れた連邦艦隊は、すべからくその内部に飲み込まれる。

数キロメートルにまで膨れ上がり、光球はふっと消えた。まるで最初から何も存在しなかったように、忽然と無くなった。

飲み込まれた軍艦も、跡形もない。

 

「…撤退する!全艦に通達!撤退!」

 

連邦のフネが、こちらに軽く砲撃を加えながらじりじりと後ろにさがっていく。先ほどのミサイルに一網打尽にされないためか、互いに距離をとりつつの後退であった。

連邦のモビルスーツ達も、それに倣って後ろ向きに飛んでいく。その中には、緑のブリジットが2機だけいた。

このまま放っておけば、連邦艦隊は帰ってくれる。こちらの勝利だ。

 

「グランガン応答せよ。グランガン!」

「何か」

「今のはなんだ!?」

 

通信に出ると、アールデン艦隊の指揮官と思しき男が、口角泡を飛ばして叫んでいる。

どうやら、さっき撃った高周波炸裂弾のことが気になってしょうがないらしい。当たり前か、一発で戦況を変える武器だ。気になってもしょうがない。

 

「軍機であるのでお応えできない」

「なん…ふざけっ」

「それより、貴艦らは追わなくて良いのか?」

「無論、追撃をかける!同行願おう」

「お断りする。我々の任務ではない」

「くっ…了解した。地球戦線でも武運を祈る」

「そちらも、宇宙での健闘を祈る。それと、共同戦線に感謝する。通信終わり」

 

カワセが敬礼を下ろすと、モニターの映像が消えた。ブリッジルームに静寂が戻る。

灰色の髪の上に帽子を乗せ、グランガン艦長が号令をかける。

 

「状況終了。ナルカ艦隊各艦は艦隊陣形を再編成!進路地球、微速前進!」

 

 

 

 

両手の指を交互に組み、目を閉じて、両手を額に付ける。状況が落ち着いた後、サブローが最初にしたことは、祈ることであった。

格納庫の端っこで、オーガの整備に全整備兵がかき集められている脇での行動である。近くの人間は、サブローの奇行を思わず見た。

だが、それに理解を示す人間もいた。

 

「祈ること、ですか。メイヴィーも祈るのですか?」

「はい、自分の部屋でですが。自己満足のようなものです」

「…戦争は人の心をも狂わせます。そのなかで自分を保つには、神にすがるのも…」

「いえ、違います女王」

 

メイヴィーははっきりと否定した。主君相手でもはっきりモノを言うのが、彼女の良点であり悪点だ。

それを自覚した上でメイヴィーは言った。

 

「サブローは、死んだ味方と敵のために祈っているのです」

「…貴女もですか?」

「はい」

 

ソーラは、再びサブローの方を向いた。

 

「エスパーと呼ばれていても、間違えてしまうものですね」

 

そう言いつつも、彼女にはわかったことがある。サブローはもう自分の機体を恐れたりしないこと。そして、戦いを受け入れる強さを得たことを。

祈りを終えてオーガを見上げるサブローの目は、強く輝いていた。

 



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第10話 彼女のめざめ、弾丸の嵐
10話Aパート


頭上に街が見える。その隣には透明色の板が広がっていて、無数の星の煌めきがあった。その隣に、また街がある。

まるで、星光の大河を隔てて街が並んでいるようだ。宇宙は、ロマンチックな情景を無限に見せてくれる。

星光の大河の真下で、メリー・アンダーソンはうっとりと頭上を見上げていた。

 

「星の光が、綺麗ですね〜」

「そうだね。キラキラしてて、いつ見ても飽きないよ」

「こんな風景を見てたら…今が戦時中なんて、信じられないです」

「じゃあ、今だけはそういう物騒なことを忘れようか」

「あっ…ごめんなさい!」

「いいよいいよ。気の緩みすぎも危ないしね」

 

メリーの隣で、セイヴが笑いかける。彼女たちは今、コロニーの街をレンタルしたバッテリー車で駆けていた。

コロニー・サンバルタに連邦軍の特殊戦闘空母・ペガリオが着港してから早一週間。拡大しすぎた戦線はすっかり伸びきり、彼らが次の作戦に参加するまで長い期間が生まれた。

それらは暇な時間と化し、今の彼らは補給・整備・モビルスーツシミュレーションの毎日を過ごすことになる。

そんな日々の中で、唯一の楽しみはサンバルタ内部に遊びに出ることだ。いつまでも母艦に缶詰では気が参る、とクルー上層部が判断したからである。戦争という緊張状態の中では、時間があるなら心と体を休めて英気を養うのは当然と言える。

 

「あそこの店なんかどうかな」

「いいですね!」

 

見て分かる通り、メリーはセイヴとデートをしている。ガンダムを受領したあの基地で初めて目にしてから、メリーはセイヴに心を奪われた。彫刻芸術のように整った顔立ち、程よく角ばっていながらも決して太くない輪郭。染めたと思しき金髪、サングラスに隠れた多分カラーコンタクトの目。それらのミステリアスな外見もありながら、部下思いで紳士的な性格。更に言えば、連邦軍の新型主力機を任されたエリートでもある。

余談として、軍の公開データベースには独身とある。

考えれば考えるほど、交際相手としては最高級物件だ。あっちこっちの女性から声をかけられてもおかしくない。というか、絶対声をかけられているに違いない。

自分のようなダメダメ女子に、こうやってデートに付き合ってくれるなんて、本来はあり得ないかもしれない。だが誘ってみたらあっさり承諾してくれた。

これは人生の一世一代の大チャンスではないのか。このデートを制すればまた次のデートのチャンスが手に入り、それを何度も続ければいずれは交際も夢ではないのではないか。

そんな取らぬ狸の皮算用を、デート相手の顔を見つめながら行なっていた。やがて、セイヴは見つめられていることに気付いた。

 

「ん?メリー、どうしたんだ」

「えっ、あっ!あっはははは…」

 

ポケーットしてたのと名前で呼ばれたことで、反応が大きく遅れた。アリスがいれば、戦場なら今の隙で撃墜されていた、とでも言うのだろうか。

笑って誤魔化すか、いやそれでは相手の心象を悪くしかねない。なにか気の利いたジョークでも言って見せねば。

 

「たっ…セイヴさんの横顔、カッコいいな〜って…アハハ〜」

「…そうかい?ありがとう。お世辞でも嬉しい」

「お世辞なんかじゃあありませんよぅ。た…セイヴさんは凄くかっこいいです。憧れです!」

「そんなに褒められても、何も出ないよ?」

 

一般人の前で身分を隠すため、階級で呼ばないように勤めるが、呼び難いことこの上ない。

だが、ポケーっと見つめていた言い訳はできたようだ。

 

「じゃ、降りようか」

「はい!」

 

談笑もそこそこに、二人は駐車場に停めたバッテリー車を降りた。

すぐ目前には、こじんまりとした木造、を意識した塗装の建物。柔らかな筆致で『あたたかキッチン・フィロ』と書かれた看板が目につく。

今日の昼はここで食べる。セイヴが先導して、ドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

飾り気のかけらもない壁に囲まれた格納庫。そこに立ち並ぶのは、青いモビルスーツが数機。せわしなく動き回る整備員に、一人の上官の前に並ぶパイロット達。

ここはLサイズ輸送艦ダグ級マイオス。コロニー連盟所属の艦隊に所属する宇宙軍艦。

新米パイロットの前で立つのは、ブルー・タイフーンと呼ばれた男、レフェール・オルデラだった。

 

「諸君、俺は諸君の力を信じている。今回連盟が用意したモビルスーツが、君達パイロットの全力を引き出し、連邦軍艦隊を徹底的に粉砕することを、期待している」

「「「サー、イエス、サー!」」」

「実戦ということで不安を持っている者もいるだろう。だが、俺を信頼して、自分の任務を全うすることに注力してほしい」

「「「サー、イエス、サー!」」」

「質問がある者は!?」

 

レフェール中尉は、コロニー連盟の中でも名の知れたエースだった。高速で螺旋軌道を描きつつ敵機に突撃する彼の戦術は、これまで多くの連邦機を散らせてきた。

ブルー・タイフーンの名を聞けば、連邦軍人はことごとく震え上がる。そんな活躍は、所属を共にする若者達の憧れにもなった。

 

「れ、レフェール中尉!」

「コーエル少尉、どうした」

「僕らに、レフェール中尉と同じ機体を、扱うことができるのでしょうか!?」

 

その中の一人が、声をあげて質問する。自分と相手の実力差を認識しているが故の、心配。

だが、レフェールは、その質問に真摯に答えた。

 

「できる。ツウィスターは所詮ガードⅢを高機動に改造しただけの機体だ。基本はそう変わらん」

「は、はい!」

「キンヴァリー、俺の戦法はわかるか」

「はい!円を描くように機動して敵を撹乱しつつ、機動によって被弾率を抑えて敵に接近、ビームガンを連射する戦法であります!」

「長ったらしいがそれでほぼ正解だ。だが足りない点がある。ワイルズ、わかるか?」

「は、はいっ。ただ円機動を行うのではなく、円の半径や形状を変えながら機動し、相手に動きを読まれないようにするのがポイントであります!」

「上出来だ…カマーラ、それがお前らに可能かどうかわかるか」

「可能であります!」

「自信のほどは認めるし、これからの成長を鑑みればそうだが、現時点の話をしようか」

「もっ、申し訳有りません!現在は不可能であります!」

「それはなぜだろうか?シューベム」

「えっと…私達は実戦経験のない新兵であり、レフェール中尉のようにモビルスーツを自由に扱うことが難しいからです!」

「その通りだ。スラスターの動かし方とか結構きついんだ。だが、不可能は今、可能となる!」

 

自分の部下全員に発言させた後で、レフェールは大仰に身振り手振りを交えて、それから最後にこう締めた。

 

「君達はそれを知ることになるだろう。総員、搭乗!」

「「「了解!」」」

「アールデン帝国第2艦隊と協力し、彼らが追っている連邦艦隊を叩く。お前らにとっては初陣だろうが、落ち着いていけよ!」

「「「了解!!」」」

「…あのような若いのが、これからも死んでいくのか」

 

一瞬、悲しそうな顔をして、レフェールはツウィスターの起動ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

メリーとセイヴの入ったレストランは、正直微妙だった。コロニー出身とはいえ地球の食べ物に慣れた二人にとっては、この店のメニューは味もボリュームも満足いくものではなかった。味付けはともかく、素材の味が悪い。

これで3000ホープスは正直詐欺ではないか、という気持ちもあったが、それは全力で押さえ込んだ。食糧難で苦しむコロニーの住民にとっては、こんな料理でもたまにしか口にできないご馳走なのだから。

 

「あ、ここのパン美味しいですね。もう一皿頼みます?」

「いいね、じゃあそうしよう。すいません、パンをもう一皿!」

「かしこまりました〜」

 

唯一ましなのはパンだった。塩を混ぜ込んであるのか、ほんのりと味が付いていて美味しい。

皿の上の白いパンを千切って口にしながら、セイヴは談笑する。

 

「地球に来た最初の頃は、パン屋になりたいと思っていたんだ」

 

地球に来て云々、というのは、メリーにしか話せない話題であった。地球連邦軍人でありながらコロニー連盟を故郷に持つセイヴ・ライン特務大尉は、無用の混乱を避けるため、そのことを滅多に公言しない。

無論、本人はスパイなどやっておらず、コロニー連盟相手に平気で銃を向けられるのだが。

 

「そうなんですか?あ、地球のパンが美味しかったからとか?」

「その通りなんだよね。生まれ故郷のパンは、本当に焼いた小麦粉の塊でしかなかった…地球の豊かな環境でできたパンは、外はカリッとしていて、中はふかふかで、もちもちで…とにかくすごく美味しかった」

「わかります。私も地球のパンってこんなに美味しかったんだ!ってびっくりしましたもん」

「地球の人達は、生まれてからずっと毎日あんな美味しいものを食べてるんだ」

「ズルいですよね!」

 

メリーの冗句的な一言で、二人はクスクス笑いだす。

共通の話題で盛り上がるのは、凄く嬉しいし、楽しい。サングラスの上からでも、セイヴの甘いマスクが豊かに破顔しているのが見て取れる。

あぁ、かっこいい。染めた金髪があの肌の上を揺れるのをずっと見ていたい。あの金髪の元々の色はなんなのだろう。目もカラーコンタクトで色を誤魔化しているし、そっちも気になる。生まれ故郷に関連する色なのだろうか。

向こうの方はこっちのことをどう見ているだろう。銀髪で、ポニーテールで、目が赤くて。ウサギのようだと思われているのだろうか。

胸もお尻も、他の女子より大きいが、彼は大きすぎるのは嫌いだろうか。太っている、と見られていないだろうか。

そんなことを気にしていたら、チークをつけたほっぺたが朱に染まっていく。クスクス笑っていたのに、恥ずかしげな顔で首を埋め始める。

あぁ、気になる。目の前の彼は自分のことをどう思っているのだろう。デートの誘いを受けたとはいえ、まだ部下でしかないのか、女として見てもらえているのか。

 

「セイヴさん、私…」

 

私のこと、どう思っていますか。

そう言おうとして、ギリギリで食い止めた。馬鹿、それを聞くのはまだ早すぎる。だってこれは一回目のデートではないか。

焦ったら嫌われるぞ。

 

「どうしたんだい?」

 

何かを言おうとしたメリーを、セイヴが心配する

言いかけた言葉が彼女を窮地に追い詰める。大変だ、言い訳を言わなきゃ。

 

「な、なんでもないです。こんな時に話す話じゃないので、やっぱり…」

「…戦闘のことか?」

「…はい」

 

途中から小声に切り替える二人。

軍人だとバレるのはまずい。だが、セイヴは追及を止めてくれない。

 

「話してみてくれ」

「でっでも…」

「先の戦闘のことじゃないか?あの時君は何か…様子がおかしかった」

 

ちょうどメリーも、そのことで少々悩んでいた。これは、別の意味でチャンスではないだろうか。

 

「実は、戦闘中に、敵の思考がわかったんです。こう、頭の中にビビビッて」

「それは…本当か」

「信じてくれるんですか?」

「あぁ。それが真実なら、もしかしたら君は…エスパーかも」

 

セイヴの話の途中で、彼の持っている携帯端末がけたたましく鳴った。メリーのものも同様に鳴る。

二人の物が同時に通知を受け取ったということは、二人の仕事関係の連絡だろう。

画面を見やれば、緊急の文字がはっきりと見えた。

 

「行こうメリー。お代は俺が払っておく」

「はいっ、準備しておきます」

 

二人は慌ただしく席を立った。

だが、メリーは少し残念そうな顔をしていた。せっかくのデートが、台無しになってしまったのだから。

だが、その顔もすぐにキリッと引き締まる。今は作戦が大事だ。それに、デートならまた今度誘えばいいじゃないか。

二人は会計を済ませ、雰囲気のいい店から急いで走り出した。

 

「お待たせしました、パンのおかわりで…あら?」

 

注文の品を持って来た店員だけが、パンと一緒に残された。

 

 

 

 

ペガリオブリーフィングルーム。白塗りの壁と、無数に並んだ椅子と机、正面には大型のモニターが埋め込まれている。

椅子と机には戦闘に参加するクルーが、モニターの前に立つのはセイヴ特務大尉と、ブリッジから離れられないテルミット艦長の代理としてシャープ・ディッショナ副艦長がいる。

 

「よし、皆いるな。これより作戦説明を行う」

 

セイヴ大尉が、サングラス越しに部屋を一瞥する。ここには、ペガリオのパイロットが全員いる。彼らの命運を絶たぬためにも、しっかりと説明を行う必要がある。

 

「今回の作戦目的は、連盟艦隊に追われている友軍艦隊の援護及び保護にある」

 

セイヴが指し棒でモニターを突くと、モニターに光が灯った。

 

「サンバルタからも友軍艦隊が派遣される。救援の主軸となるのは、我々でなく恐らくこちらだろう。だが…」

 

セイヴがもう一度モニターを指し棒で突く。今度は、画面上で動画ファイルが再生され始める。

その様子を眺めていたパイロット達は、次第にざわめき始める。

ブルー・タイフーンが、6機いる。しかもただの偽物じゃなく、本物と同じように高速の螺旋機動で戦っている。

同様と焦燥で、その場が一気に騒がしくなった。不安に駆られたパイロット達の弱音のコーラスか。

無理はない。ブルー・タイフーンといえばコロニー連盟指折りのエースだ。敵として立ちはだかるなら、螺旋機動で翻弄され、たちまちにビームガンで蜂の巣だろう。

 

「静かに!静かに!作戦説明はまだ終わっていません」

 

シャープ副艦長が手を叩き、大声で呼びかけてその場を鎮める。

セイヴと副艦長は互いにお辞儀をする。そしてすぐ、セイヴは作戦概要の説明を始める。

 

「ブルー・タイフーンの押し止めは我々ペガリオに託された。彼ら単機の戦闘力は本物となんら遜色がないらしい。ガンダムの性能で食い止め、味方の救出を援護せよ…というのがサンバルタ司令部からの命令だ」

 

画面の表示は元に切り替わり、複数の点が表示された黒い面になる。

セイヴは指し棒で示しながら、ここは敵、こちらは味方、とわかりやすく教える。

ペガリオはここ、と言われた場所は、中央やや後方。今回の作戦は敵と真正面からぶつかり合うことが予想される。その場合、真ん中というのはどこに目標の部隊が現れても対応できうる位置だ

だが、問題はある。

 

「友軍の保護はサンバルタ艦隊に任せるとして…肝心のブルー・タイフーンの部隊の対抗策の話をする」

「いよいよきたね…」

「…うん」

「まさか何人も出てくるなんて…どうするのかしら」

 

ガンダムチームの3人娘もその内容に特に耳を傾ける。なにせ、前回当のブルー・タイフーンと相対して手酷くやられたばかりだ。

そんな彼女達の気持ちを知ってかしらずか、セイヴはやはり淡々と述べる。

 

「結論から言うと、このブルー・タイフーンはデッドコピーだろう」

 

その一言に、その場の何人かが安堵のため息をつく。

 

「ブルー・タイフーンの戦法は、円を描くように機動して敵を撹乱しつつ、機動によって被弾率を抑えて敵に接近、ビームガンを連射するものだ。しかもただ円を描くのではなく、逆回転や円半径の変化を混ぜて機動を不規則にし、動きの予測を困難なものにしている。その上で機体両手のビームガンを次々命中させる」

 

指し棒を両手で握り、サングラスの向こうから説明を聞いている軍人らを見る。

 

「そんなことができるパイロットが、何人もいるだろうか?いたとしても、こうまでして全く同じ戦法をさせることはできない。そんな時間はなかったからだ」

「…つまり、どういうこと?」

「この前戦った時には、ブルー・タイフーンは単機しかいなかった」

「エースパイロットを何人も集めて、その全員にあの螺旋機動をさせるなら、訓練がいるでしょう?」

「でも、あの時はまだ訓練中だとしたら?」

「それができるパイロットを遊ばせておく?普通」

「あ、そっか…」

 

セイヴの言葉を理解しきれなかったメリーに、ショコラとアリスが補足を付けてやる。

納得すると同時に、新たな疑問が浮かぶ。

 

「じゃあ、あの偽物ブルーは何?」

「それはこれからわかる」

 

3人娘は再びモニターに目を向けた。

 

「あくまでも仮説だが、モーションパターンの応用で、コンピュータに螺旋機動を憶えさせ、それを自動で行わせているものが、こいつらの正体だろう。そう考えるのが、現在最も腑に落ちる結論だ」

 

モビルスーツは、あらかじめ設定された動作を行わせることで、操縦の難易度を低くしている。これがモーションパターンである。

それなら、指一本一本を操作させるよりも簡単だ。あの複数のブルー・タイフーンは、本物の螺旋機動を機械に行わせている、という。

質問を見つけた軍人が一人、右手を上げた。

 

「はい!」

「ドリュー中尉、なんだ」

「先ほどの動画のブルー・タイフーン隊は本家のように不規則な機動も混ぜていました。あれはどういうことでしょうか?」

「プログラムにランダム性を持たせるのは簡単だ。何秒に一回かはランダムに不規則な機動を混ぜるように設計されたんだろう。これで普通の兵でもブルー・タイフーンの動きができるようになり…あとはビームガンを当てるのに集中すればいいと言うことだ」

「ありがとうございました!」

 

質問を行なった中尉が座ったのを確認して、セイヴは指し棒を持ってまた喋り出す。長話を一人でやって、少し疲れが見えるようだ。

だが、その語り口に変化は一切ない。

 

「脱線したが、敵の正体がわかったところで、我々ブリッジクルーはすぐに対抗策を考案した」

 

方々から声が漏れる。待ってましたと言わんばかりの態度。皆がそれを待望していた。

 

「まず、ガンダムチームを中心とする。ダンシングシープ、スリーピィラビット、スマイリードッグの装備を、今回の作戦に合わせて変更する」

「えっ、うそ」

 

今度はメリーが声を漏らした。今まで戦い慣れたガンダムの追加装備が変わる。ぶっつけ本番でそんなことをして、果たして大丈夫だろうか。

だが、そんなメリーの心配は、セイヴの次の言葉に吹っ飛ばされた。

 

「ペガリオアルファ、ペガリオブラボーにも協力してもらう。本艦にもだ。これは、総がかりとなる」

 

ブリーフィングルームが、特務大尉の素っ頓狂な発言で静まり返る。多くの者が、口をポカンと開けてセイヴを見つめる。

だが、言った当人は至って真面目だ。そうすることが当たり前だと言うように。

 

「我々ペガリオのすべてを、連盟最強エースとその贋物に、ぶつける!」

 

顔の前に握りこぶしを持ってくる。サングラスの奥で、カラーコンタクトの奥で、隠しきれぬ瞳の光が煌めいた。

 



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10話Bパート

「メリー・アンダーソン、ガンダム行きます!」

 

赤い装備を所々に付けたメリーのガンダム、ダンシングシープが、ペガリオの前面ハッチから勢いよく飛び出した。

無重力であるのに空気を切り裂くような感覚。それは、眼前に広がる星景色が前から後ろへ流れていくからだろうか。

 

「メリー、突出しないでね」

「単独は危険」

「わかってるって!みんなで行かないと勝てない相手なんでしょ?」

 

後ろに追随する2機のガンダム。青い装備の方が、アリスのスマイリードッグ。緑の装備が、ショコラのスリーピィラビット。

3機のガンダムは、言葉も交わさずに陣形を形成した。スリーピィラビットが最前面、他2機はその後方へ。

 

「味方艦隊、砲撃開始!」

 

母艦ペガリオからの通達。それと同時、視界両脇からビームやらミサイルが前方へ飛んでいく。地球連邦はこれから、敵との砲撃戦を始めるのだ。先手はこちらがもらった。

ガンダムのレーダーには、敵機や敵艦の他に、味方の撃ったビームの熱が表示される。いくつもの熱源が表示されるので、若干目に悪い。

宇宙空間を飛んでいるうちに、ガンダムのカメラアイが一つの目標を捉えた。味方だ。

保護対象の連邦第3宇宙艦隊所属C分隊。敵の攻撃を受けて、艦数はわずかに8隻。そのどれもが無傷ではない。

 

「いた。もう敵に追いつかれてる」

「急ぎましょう」

「うん!」

 

ダンシングシープが加速をかける。バックパックのスラスターから炎が巻き上がり、機体に推進力をもたらす。

メリーは一直線に敵に向かっていった。

 

「突出しないでって言ったばかりなのに!」

「追いかけよう、ショコラ…」

 

他二機のガンダムもそれに追従して加速をかける。ダンシングシープより遅いとはいえ、彼女らの機体もガンダムだ。それなりに速い。

三機のガンダムは艦隊の下を通り抜けて突撃する。

 

「こちら連邦機動軍第三師団実戦試験大隊所属第三小隊、こちらの声が聞こえますか?」

「こちら、連邦第3宇宙艦隊所属C分隊…助かった、希望はまだ潰えていなかった」

「油断するのはまだ早いです。全速で後ろに下がってください」

 

ショコラの呼びかけに答えるかのように、ボロボロのフネ達が後退を始める。その中から、小さな光が二つ飛び出してきた。

モビルスーツだ。

 

「こちらグリーンモンス隊。支援に感謝する。我々も共に戦おう」

「グリーンモンス隊!?連邦のエース部隊じゃん!」

「でも、数が…」

「とんでもない奴らのせいで手酷くやられてしまってな。だが、二機でも俺たちはやれるさ」

 

メリーは驚いた。グリーンモンス隊とは、連邦の中でも特に有名な部隊だ。少数で大軍の進行を押しとどめ、味方部隊の盾となり武勲をあげるモビルスーツ部隊。大柄な緑色のブリジットが、彼らの証だ。

だが、その数はわずか二機。追撃戦で消耗したか、それともそれ以前の戦いで大ダメージを被ったか。

そう考えているうちに、敵部隊が近付いてくる。あれは地球で見たシルエットだ。

 

「あれ、ラムド、だっけ?」

「そうよ。少ししぶといから、確実に仕留めて」

「わかってるって!」

 

向こう側から飛び込んでくるビーム物質の弾。宇宙空間でくるくる回りながら、ダンシングシープはそれをかわしていく。

メリーの操縦技術は日に日に増すばかりだ。最早雑兵の攻撃は滅多に当たらないだろう。

敵部隊に肉薄し、敵機の横に回り込み、ビームライフルを一発、二発。

ラムドの一機が煙を吹き、動かなくなる。

 

「これで何機目だっけ…まあいいや」

「こいつ…落ちろ!」

 

ダンシングシープの背中にビームライフルが向けられる。

殺気。背中に向けられた殺意を感じ取ったメリーは、振り向きもせずに急上昇。ビームの弾が一瞬前までガンダムのいた場所を通り過ぎた。

 

「何…ぐわっ」

 

死角から撃ったのに避けられた。驚愕したラムドは、その隙にマシンガンを食らって大破した。

今のスマイリードッグとスリーピィラビットは、ビームガンやビームライフルではなく、マシンガンが持たされていた。

セイヴ大尉の判断だ。ガンダムの装備は、今回だけ変更されている。

しかしGT-1のガンダムパイロットはこの程度では狼狽えもしない。

ガンダムチーム及びグリーンモンス隊の射撃で、敵機は続々撃墜されていく。

 

「突出しないでって言ったよね!?」

「メリー、良い加減にして」

「ごめん、本当にごめんなさい!いけると思っちゃった…」

「ところで、今避けたのは何」

 

アリスの質問にメリーは首をかしげる。

 

「今のって…」

「背中から撃たれたのに避けたでしょ」

「あれはね…」

「前方に敵艦!あれはやばいぞ!」

 

グリーンモンス隊隊長の声が、おしゃべりを阻む。ガンダム3機はすぐさま前を向いた。

青く塗られ、両側に円筒型のコンテナを持つそのフネは、連盟側のLサイズ輸送艦スプリング級。

ガンダムの双眼は、他の機体よりも高性能だ。スプリング級のコンテナから何機かのモビルスーツが現れたのもはっきりと視認できた。

 

「青い…あれがブルー・タイフーン部隊!」

「奴らに味方が数多くやられた。気をつけろ」

 

グリーンモンスのブリジットがビームライフルを撃った。すると、青い機影達は素早く回転運動を始める。

渦を描くような機動。ガンダムのカメラアイでさえも、完全には狙いをつけられなかった。

ブルー・タイフーンの機動は凄まじい。どんなに撃っても命中しない。

別の味方も彼らに砲撃を加えるが、六機の敵回転機動でそれを易々とかわす。

だが連邦も、黙って見ているわけではない。

 

「アリス、まだ?」

「まだ」

 

アリス機は砲撃を止め、前方から向かってくる敵をじっと視界に収めていた。

今のスリーピィラビットにはビームカノンがない。代わりに、敵を確実に視界に収める巨大カメラが、両肩に載せられていた。

カメラを使い、別々の渦を描く六機のモビルスーツ。接近する敵を、ただ見ているだけ。

 

「こちらガンダムチーム、ペガリオへ!」

「こちらペガリオ。ガンダムチーム、どうしました?」

「セイヴ大尉に繋いでください」

「了解しました」

 

メリーが通信機でペガリオに連絡を行う。

これから行うのは敵の撃破だ。ブルー・タイフーンを打ち破る秘策が、彼らにはあった。

彼らの秘策を握るのは、彼らの指揮官、セイヴ・ライン大尉。

 

「こちらはセイヴだ。どうした」

 

帰ってくる返事。メリーは一瞬口をつぐんだ。

セイヴは、彼は元々コロニー連盟出身だ。彼自身がそう白状した。

メリーは彼を信頼している。だがもしかしたら、もしかしたら彼は、連盟側のスパイではないのか。

 

「メリー、どうした。何かあったのか?」

 

セイヴの声。メリーは心に生まれた疑念を、頭を振って追い出した。

彼はスパイなんかじゃない。心から信頼できる男だ。

 

「セイヴ大尉、ブルー・タイフーンが現れました」

「…よし、想定通り。言われた通り、アリスは敵を捉えているか?」

「はい!」

「こちらの各艦とスリーピィラビットにデータリンクを開始する。アリスをなんとしても守ってくれ」

「了解です!」

 

メリーはすぐに、自分の役割は時間稼ぎだと理解した。

操縦桿を引き、ペダルを踏み込む。ダンシングシープのバックパック、メインスラスターが巨大な炎を吐き出す。

莫大な加速をかけた突撃。正面から体を押し付けられる感覚がする。パイロットスーツの中で呻く。

ディスプレイに表示されたロックオンマーカーが青い敵に狙いを定めた。

メリーは操縦桿のトリガーを引く。ガンダムがビームライフルを撃つ。

しかしどの敵にも当たらない。ブルー・タイフーンの螺旋機動は未だに破られない。

 

「六人のブルー・タイフーンをどこから連れてきたの!?」

 

当たらない攻撃に苛立ちつつ、しかしメリーは攻撃の手を緩めない。

渦を描きながら迫る敵はまっすぐ直進するよりも移動スピードは遅い。距離をとり続ければ時間は稼げる。

しかし、ダンシングシープの熾烈な攻撃も虚しく、敵はスリーピィラビットへと向かっていく。

 

「嘘でしょ?!」

 

セイヴは、敵部隊を倒すにはアリスが敵を視認し続ける必要があると語った。

鍵はスリーピィラビットにある。今彼女を落とされるわけにはいかない。

 

「来た…!」

 

アリスのガンダムはサブアームのガトリングやミサイルランチャーを撃ち放ちながら動き始める。

その全てが、当たらない。敵の機動で回避される。

そして、六機の青い敵が、リボルバー型ビームガンをスリーピィラビットへ向けた。

スリーピィラビットは重量が重い。つまり、回避能力が低い。

一斉攻撃を受けたら避けきれない。

 

「アリス!」

 

メリーは叫ぶものの、その眼前を何かが横切る。レーダーで見るまでもなく、敵だ。

ブルー・タイフーン部隊以外の敵がこっちに来る。

 

「このっ」

 

地味な見た目のガードⅢに向け、放たれた光の矢が敵を貫く。

ビームライフルを腹に食らったガードⅢは動かなくなった。

しかし、連盟のモビルスーツはまだいるのだ。一機二機倒したところで意味はない。

 

「あっち行け!」

「こいつは報告にあった二本角か」

「気をつけろ、奴はエース…ぐわっ」

 

ブルー・タイフーンが迫る今、雑魚までこちらを狙って来たら歯が立たない。メリーはブルー・タイフーン部隊から目を離し、近付いて来る敵を撃ち始めた。

今のダンシングシープは、軽量化のためにハイパーサーベルとビームライフル以外の武器を外している。スピードは上がったが、継戦能力は低くなっている。

この状況が長続きすると、まずい。

 

「く…」

 

その間にも、アリスは青い敵に追い詰められていく。

ビームガンの弾が六機ぶん、アリスのガンダムに浴びせかけられた。

着弾の直前、ブルータイフーンとガンダムの間に、割って入る機影があった。

緑の大盾を構えたそれは、ショコラのスマイリードッグ。アームズシールドが無数のビーム弾を受け止める。その一切は、アリスへ届くことはない。

ショコラのガンダムも装備が変更されている。アームズシールド以外のシールドを外したおかげで味方のフォローが素早く行えた。

だがそのぶん防御能力は低くなっている。あまり悠長には防いでいられない。

 

「ショコラ!」

「アリス、データリンクはまだ?」

「あともう少しあれば」

 

しかし、敵も考える頭はある。六機のうち二機が、アームズシールドで守られていない場所、背後を狙う。

 

「後ろ!」

「くっ…」

 

ビームガンを向けるブルー・タイフーン部隊。しかし、やはり横槍が入る。

 

「援護する!」

「何やってるのかわかんないけど、とにかくあんたらを守ればいいんだよな!」

 

グリーンモンスのブリジットが二機のガンダムをかばう。別の一機が、小脇に抱えた巨大な武器を乱射して、ブルー・タイフーンを追い払う。

回転する砲身を束ねたそれは、ガトリングだ。巨大な弾の弾幕が、敵を寄せ付けない。

 

「よし…来た!」

 

スリーピィラビットのコクピット右側、サブコンソール画面に表示されたゲージが満タンになった。

ガンダムの二本角はレーダーと通信システムを兼ね備えた高性能パーツだ。艦隊とのデータ通信を行い、膨大な量のデータを捌き、味方艦へのデータリンクを完成させた。

 

「ガンダムとグリーンモンスは、その場から離れろ!」

 

通信機越しにセイヴ大尉が呼びかける声。

それと同時に、メリーの頭の中に激しいビジョンが浮かび上がった。

 

「…何かくる!」

 

三機のガンダムと二機のブリジットが、敵に目もくれず散り散りに逃げ出す。

六機のブルー・タイフーンは、螺旋機動を維持しつつそれを追おうとした。

その瞬間、彼らのいる空間に、曳光弾の嵐が吹いた。

四方八方、三百六十度様々な場所から飛んでくる機関砲の弾。

台風が巻き起こす風のように、弾丸が敵を打ちのめしていく。

戦闘に参加している連邦軍艦隊が、彼らのいる場所に一斉に機関砲を撃っているのだ。

無論、射程外の艦もあるが、ガンダムとのデータリンクによって命中座標の誘導も行われた。

 

「敵艦から攻撃!ぬぁっ!」

「回避しきれない、隊長ぉおおおおおお」

「だ、だれか助けてっ!」

「なんだなんだなんだ!?」

「食らった、まだ来る!まだ来る!」

 

いくら螺旋機動といえど、動いた先にまで弾があるような状況では被弾は免れ得ない。

一機、また一機と被弾し、螺旋機動を維持できなくなっていく。

ショコラはその光景に固唾を飲んだ。ガンダムの性能は、直接的な戦闘能力だけではなかった。

 

「すごい」

 

身もふたもない感想。これが、ブルー・タイフーン部隊を倒すための、セイヴ大尉の秘策。

 

「俺達も続くぞ」

「了解!」

 

グリーンモンスのブリジット両機が、機関砲弾の嵐に翻弄されるブルー・タイフーン部隊にガトリングを向けた。

回り続ける砲身から、巨大弾丸が吐き出され続ける。

 

「私たちも!」

「うん」

 

アリスとショコラも続く。

マシンガンやガトリングによってばら撒かれた弾幕は、動きの鈍った青い敵を次々に粉砕した。

推進剤に引火したか、穴だらけにされた敵が突然爆発する。爆炎の中から、生き残った最後の一機が飛び出した。

 

「くそ!」

 

本物のブルー・タイフーン、レフェール・オルデラは毒づいた。

彼が丹精込めて育てた新兵達は、四方八方の機関砲弾を食らって死んだ。

だが、彼らの死を悼む時間はない。敵は彼の方に近付いてくる。

 

「あれが本物…!」

 

オルデラの向く方向、星々が瞬く宇宙に、一つの流星が現れた。

それはレフェールの方へと接近してくる。

二つの目、二つの角。火を吐くスラスターの光が、眩いて輝く。

レフェールはアレを知っている。ガンダムだ。以前彼を撃墜寸前に追い詰めたガンダムだ。

 

「チッ!きやがったか!」

「うりゃああああああああ」

 

ダンシングシープはハイパービームサーベルを取り出し、荒々しく振り回した。

通常の3倍の、巨大なビーム刃が形成される。

ブルー・タイフーンは回転運動を始める。スラスターを駆使して、凄まじいスピードで螺旋軌道を描く。

そうして敵を翻弄しつつ、ビームガンを浴びせる。だがガンダムはそのビーム弾の尽くをかわした。

右に、あるいは左に、凄まじいスピードで突進してくる。

逆に、ガンダムの方はレフェールのツイスターをよく捉えているようだ。螺旋軌道に怯えることなく、最短距離で突っ込んでくる。

 

「なんだと!?」

 

驚愕したのもつかの間、ガンダムはレフェールのすぐ手前にまで来た。前に遭遇したよりも、ずっと速くて正確だ。

そしてガンダムは、手に持ったハイパーサーベルを、螺旋軌道の先に置くように、振り下ろした。

 

「ぐあっ…畜生…!」

 

ビームの束に自ら突っ込む形で被弾したツイスターは、ぐるぐる回転しながら飛び去った。

そして、ゆらゆらと揺れながら爆発し、銀河に瞬く星の一つとなった。

 

「やった…」

 

メリーはそう呟いた。その声には、大きな達成感が込められていた。

かくして、GT-1のガンダムチームは敵のエースを完封し、勝利した。

 

「メリー!」

 

ショコラの機体が近寄ってくる。ダンシングシープと比べると、その動きは緩慢だ。

アームズシールドに傷はあれども、ガンダム本体にはダメージはなさそうだ。メリーだけでなく、ショコラの腕も上がっている。

 

「ショコラ、次の敵は?」

「敵部隊はもう撤退を始めたわ。追撃はしなくていいって」

「じゃあ、作戦終了?」

「そうね」

 

それを聞くと、メリーは大きなため息をついた。

ヘルメットを脱ぎ、パイロットスーツの胸元を開ける。ピチピチのインナーに包まれた胸が、窮屈そうにはみ出した。

 

「やったー!」

「緩みすぎ!油断しちゃダメよ」

 

今日の勝利に酔うメリーに、ショコラの咎めの声は届かない。

何故なら、仲間と得た勝利の喜びが、今の彼女を包んでいるのだから。

 

 

 

カステラ型のフネが宇宙を漂う。ペガリオは、先端のハッチを開き、艦載機を迎え入れた。

一番乗りは3機のガンダムだ。出撃の時に出たハッチの口に、今度は逆に入り込む。

壁にぶつかったりなどはせず、器用に着艦する。すると四方からクレーンアームが伸びて、白い装甲をがっちり掴んだ。

クレーンに掴まれて固定されたガンダム。その胸部真ん中、角ばった出っ張りが動き、パイロットの女性達が身を乗り出す。

ガンダムパイロットの三人の女達は、作業員や着艦途中のモビルスーツの邪魔にならないように格納庫の隅に集まった。

そして互いの手を叩き、ハイタッチし、喜びを分かち合う。戦争という状況とは思えない、華やかで姦しい光景だった。

 

「あっ」

 

ハイタッチの途中、メリーが何かを感じ取り、振り向く。

 

「よくやった。今回の戦果も上々だな」

 

メリーの向いた先、彼女らに近付く一人の影。セイヴ・ライン特務大尉であった。

コロニースーツのヘルメット越しでも、甘いマスクが目を引く。

 

「ガンダムチームのおかげで、我々は負けなしだ。これからも頑張ってくれ」

「ありがとうございます!」

「今後も全力を尽くします」

「…了解です」

 

セイヴの方を向き、三者三様の反応を返す。戦闘後の疲れは見えるが、彼女らの表情は、柔らかかった。

 

「アリス少尉とショコラ少尉は自室に戻って大丈夫だ。メリー…ちょっといいか?」

「あ、はい!」

 

セイヴに手招かれ、メリーはその方へ近付いた。無重力空間で浮いて虚空で滑っていく二人は、少々滑稽であった。

 

「え、まさか?」

「つまり…」

「ちょっと!変な話しない!」

 

後方でなにやら不穏な雰囲気を醸し出すアリスとショコラ。たぶん、セイヴに好意を持っているメリーが、悲願を達成したと思っている。

メリーは二人に釘を刺し、セイヴの方に飛んでいく。彼は、モビルスーツ格納庫から休憩室に繋がる通路で立ち止まっていた。

カラーコンタクトを入れている瞳が、照明を照らして怪しく光る。

 

「メリー少尉。少し話がある」

「どうかしたんですか?」

 

メリーは呑気に聞いた。呼び出される理由に心当たりがなかったのだ。

 

「君が、エスパーかもしれないという話だ」

 

メリーはぎょっとする。ヘルメットはすでに脱いでいて、銀のポニーテールがさらりと揺れた。

 

「君が本当にエスパーだというのなら…これはとても大きな発見で、地球連邦のエスパー研究を大いに発展してくれるだろう」

「お、大きな発見なんですか?」

「そうだ。地球にも研究機関はあるが、実戦で活躍したエスパーというのは、連邦では君が初めてだろう」

「そうなんですか…」

「そうなんだよ」

 

セイヴは唐突に、メリーの肩を掴んだ。

 

「ひゅえっ」

「メリー少尉、出戻りのようだが、我々GT-1は地球に向かう」

「地球に、ですか?」

「そう、宇宙での性能試験は十分だ。今、地球の戦線が変化しつつある。我々はガンダムの性能で連邦地球軍を援護する」

 

いきなりのタッチに顔を真っ赤にするメリー。

それを知らずなのか、セイヴは口を止めずに説明を続ける。

 

 

「その道中に、連邦のエスパー研究機関に赴く。君のエスパー能力を測定しにね」

「私の…エスパーとしての力を?」

「そうだ、君はすごい。君の力を貸してくれ」

 

メリーの頰がさらに熱くなった。

憧れの人に、すごいと言われて、彼女の心は舞い上がりそうだった。

 

「そうですか、地球へ…」

 

惚けながら思い出す。あの青い星を、緑の豊かな星を。

宇宙にぽつりと浮かぶ、人類発祥の地を。

そのとき、メリーの頭の中で、地球のビジョンが歪み出した。

これは彼女の妄想的なイメージではない。彼女のエスパー能力が、広範囲の人々の無意識を受信し、それを元に未来予知を行わせている。

地球の中心に向かう二つの影。片方は青い髪の女、もう片方はメリー自身であった。

その二つの影が激突し、その影響で光が地球を包む。そして現れる、黒い鬼。

 

「うぁっ!?」

「メリー少尉?どうしたんだ?」

 

弾かれたように正気に戻る。今のビジョンはなんなのだろう。一体何を示しているのだろう。

何を伝えるために現れたのか。

最後に現れた存在は、おとぎ話のオーガなのだろうか。

何もわからない。何も。

 

「時が…見えた…?」

 

わけもわからず口走る。彼女の中では、あの光景は未来だという確信があった。

根拠はない。しかし彼女には、メリーと青い髪の女、二つの影がぶつかる光景が現実となるだろうことを事実と認識していた。

そして、その時に現れるであろう、黒い鬼のことも。

メリーの不安を乗せて、ペガリオは暗黒の宇宙を進む。青い星へ、地獄の戦場となる地球へと、舵を切って。

 



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第11話 彼方の記憶、貴方の記憶
11話Aパート


闇が全てを覆う、漆黒の宇宙。見渡す限りの星達も、黒い景色の中では寂しく輝いているように見える。

 

「おい!星の光に惹かれてどっか行くなよ」

 

ロマンチックに星を眺めていたサブローを、若々しくも野太い声が咎める。

通信機越しなのにどうして星に惹かれていたとバレたのだろう。

 

「大丈夫、気を付けてるす!スペースデブリにはならないすよ」

「お前とその機体が行方不明になったら、回収するのは俺たちなんだぞ!ったく…」

 

今、サブローとガンダムオーガは、ナルカ共和国艦隊の外縁を周回していた。

狙いは二つある。一刻も早くサブローをオーガに慣らすのと、オーガの索敵性能を活かし、艦隊を狙う敵機の早期発見のための偵察パトロールだ。

 

「外周終わり!帰還しろ」

「ウーッス。平和っすね」

「もうすぐ地球だってのにな」

 

帰還指令を受け、ガンダムオーガは振り返った。

そして、背部の大型バーニアスラスターを吹かし、猛スピードで艦隊の中心へと赴く。

サブローは、彼のいる宙域に最も近い星を見る。

 

「地球…」

 

青い海の中に緑や土色の大地が浮き、その上に塗されたように白い雲。

ナルカ艦隊の進路には、かの星が静かに鎮座している。

 

 

 

 

 

執務室の中で一人、ソーラ女王は画面付き端末を握って作業をしていた。

画面を見つめ、画面上にペン型ツールでサインを行い、画面上端送信ボタンを押す。

これで今日の書類確認は終わりだ。本国の大統領と分担しているとはいえ、国家元首である彼女にはやるべきことが多い。

端末の電源を落とし、デスクから伸びるコードを刺す。そして充電状態となった端末をデスクの上に優しく置いた。

その直後、ドアの方から軽快なノックが聞こえた。

 

「誰ですか」

「ソーラさん、サブローッス。入っても良いスか?」

「サブローですか。えぇ、どうぞ」

 

ドアが横にスライドし、短髪の青年が部屋に入る。地球生まれ地球育ちのサブロー・ライトニング。

ソーラに救われ、ソーラに雇われた、元百姓の若者。

 

「お疲れ様ッス!」

「今日は早いですね、何かあったんですか?」

「やることが少なかったんで、あっという間に自由時間だったんスよ。オーガの整備を手伝って、艦隊の周りをグルグルするだけ」

「そうですか。私も先ほど大方終わったところです。今日はおしゃべりをしましょうか」

「ウッス!」

 

サブローは、部屋の片隅にあったパイプ椅子を組み立てた。ソーラの執務室には彼女用のもの以外は椅子が無い。

よって、こういった場面のためにパイプ椅子が用意されたのだ。

椅子の上に座るサブロー。体格のせいで少し軋むが、全く気にしない風だ。

それだけ、ソーラと話をするのが楽しみなのだろう。

 

「昨日、あるビジョンを見ました」

「ビジョン?」

「はい。おそらく、エスパー能力による未来予知です」

 

しかし、ソーラは神妙な面持ちで言った。

にへらとしていたサブローもその雰囲気を感じ取ったか、たちまち表情を引き締める。

 

「地球にて、戦闘が起きます」

「戦闘って…別におかしいことはないんじゃないすかね?そのために地球に行くんだから」

「そうですね、現在我々は地球の戦線に合流しようとしています。しかし、ビジョンの内容には続きがあります」

 

デスクを挟んで、ソーラとサブローは見つめ合う。年齢自体はサブローの方が年上だが、ソーラの神秘的な雰囲気や物腰はそれを感じさせない。

そんな彼女は目を細め、厳かに話し続ける。

 

「ビジョンの中に浮かんだのは、ガンダムでした」

「ガンダムって…オーガじゃなく?」

「オーガではありません。二本の角と、二つの目。白いモビルスーツでした」

「それって…連邦のやつじゃないすか!ってことはそれが敵なんすね?」

「ええ、連邦はいずれガンダムを戦場に投入してくるでしょう。しかし今の問題はそこではありません」

「いやーガンダムが相手ならオーガでもキツそう…え?そこじゃないって…」

「ガンダムの向こうに、銀色の髪の女が見えたのです。不気味な感覚がしました。気を付ける必要があります」

「銀色の髪の女に気をつけろ…」

 

サブローは首をかしげる。銀髪の女とは一体なんなのだろうか。敵か。

敵だとして、どうやって判別をつければいいだろうか。まさか、その女がそのまんま出てくるということはあるまいが。

ソーラさんの言うことなら間違いはないのだろうけれど、と唸る。気をつけろと言っても気をつけようがない。

 

「なにぶんエスパー能力による予知です。不確かな面が強いので、『そういうこともあるかもしれない』という形で、頭の片隅に置いておけばいいでしょう」

「そう…すか。かもしれない、って感じで…」

 

わかったようで、わからない。脳細胞を使ってなさそうな顔でサブローは頷く。

うっすらとした沈黙。二人の間を、微妙な空気が流れて消える。

 

「話題を変えましょうか。何か、お話の題材は思いつきますか、サブロー」

「そっすね…じゃあ、ソーラさん」

「はい」

 

話題、と言われて、サブローは一つ思いついた。そういえば、自分はソーラのことをよく知らないではないか。

いい機会だ、とサブローは思った。これを期に、ソーラのことを知ってみたい。

 

「ソーラさんが女王になるまで何があったか、知りたいっす!」

「そうですか、私が女王になるまでの経緯、ですね」

 

ソーラは頷いて、サブローの目を見て、口を開いた。

 

「…ところで、サブローには兄がいましたね」

「え?あ、はい。二人いたんすよ」

「私にも兄がいました。ずっと前の話ですが…」

 

ソーラは、あからさまに話題をそらした。

そして切り出したのは、彼女自身の家族の話。サブローは首を捻ったが、ソーラは話し続けた。

 

「とても勉強熱心で、私の父母も、兄を次期王として育てていました。様々なことに精通し、完璧人間といえる人でした」

「へ〜。すごい人だったんすね」

 

相槌を打って、サブローはもう一度首をかしげた。何故、そのお兄様ではなく、ソーラがナルカ共和国のトップに立っているのだろう。

その答えは、ソーラ本人が口にした。

 

「兄は十年前…戦後の混乱で行方不明になってしまいました」

「えっ」

 

サブローは思わず呻く。

十年前、といえば、第一次地球圏戦争だ。コロニーと地球が最初にぶつかり合い、最初にモビルスーツが投入された激戦である。

コロニーセンチュリー115年に終結したこの戦争だが、その10年後に第二次地球圏戦争、つまり今起こっている戦争が開戦した。

10年前は終戦直後。その中で行方不明ということは、難民や戦後処理のゴタゴタの真っ只中だ。

 

「地球への旅行の最中での出来事です。兄はホテルからいなくなってしまい、付き人による捜索も実らず…戦後の状況で満足な捜索隊も出せずにいました。それから5年して、兄の捜索活動は完全に打ち切られ、様々なことが起きました」

「さ、様々なこと…」

「まず、母が…先代の王妃が心労で病を患い、この世を去ってしまいました。私が12の時です」

 

そこまで聞いた時にはもう、サブローの顔は真っ青になっていた。ソーラの話をよく聞いている証拠だ。

彼女の辿った凄絶な足跡を想像して、震えている。

 

「そ、そ、それから…それからどうなったんすか?」

「そして、父も、妻子を失ったことから、徐々に健康を損なっていきました。その時に私は決意したのです」

 

緑の混じった青い髪が揺れる。

ソーラは目を細め、閉じた手に視線を落とした。楽しげな雰囲気は一切ない。

その小さな唇は、小さく息を吐き、ゆっくりと、言うべき言葉を紡ぐ。

 

「私が、私の国を救うのだと」

「そのときに…」

「はい。王位を継承し、女王としてナルカ共和国に尽くすことになりました」

「お、お父さんはどうなったんすか?ソーラ様のお父さんは?」

「死にました」

「えっ…」

「私に王位を渡したあとのことです。この戦争が始まったことにより、精神的ショックが元の急性心不全でこの世を去りました」

 

言い終えた後、顔を上げたソーラは、凛とした表情で、前を見据える。

女王として、国を背負う。兄が就くはずの大きすぎる仕事。だがソーラはそれに対し微塵も物怖じしない。

それが、女王ソーラ・レ・パール・ナルカの決意であるというように。

サブローは、ブルブルと震えだす。もはやソーラと目を合わせられず、顔を伏せて肩を揺らしている。

 

「サブロー?」

 

ソーラは、サブローが泣いているのに気が付いた。椅子に座った男の膝に、数滴ぶんのシミが浮かんでいた。

サブローは大柄な男だ。年もソーラより一つ二つ上だ。だが、サブローはみっともなく泣いていた。

 

「ずいま…っぜぇんっ…ソーラさん…」

「…私の人生に、同情してくれたのですか」

「ずいまぜん…!ずいまぜん…」

 

熊のような泣き声をあげながら、サブローは服の袖で顔を拭う。

ソーラは、自分の過去を話した後は至って冷静であった。まるで物言わぬ絵画のようで、小揺るぎもしない。

だが、サブローは違った。幼い時に家族を失い、少女と言える年でありながら国ひとつを背負う覚悟を背負ったソーラの前に、どうしても涙を抑えられなかった。

 

「良いのです、謝る必要はありません。涙を拭いて、顔を上げてください」

 

兄が消えてしまった時も、母が死んだ時も、父の葬儀でも、ソーラは涙を落とさなかった。女王として生きるメンタリティが備わっていたからだ。

だが、愛していた、尊敬していた家族がいなくなっていく悲しみは、サブローが代わりに受け止めた。

代わりに涙を流してさえくれた。

 

「サブロー、口笛を聞かせてください」

 

ソーラは、しゃくりあげるサブローに呼びかけた。

 

「あなたの口笛を」

「…っはい」

 

サブローは口笛を吹き始めた。物悲しいメロディでありながら、力強さを感じさせる曲。

サブローの父親が好んだという曲。死んだ兄も好きだった曲。

ソーラは目を閉じてそれに聞き入る。その時に浮かんだのは、本心からの笑みであった。

 

 

 

 

赤色をメインに豪華に盛られた装飾品の数々。絨毯や卓上ランプ、大きな執務机と座り心地が良さそうな椅子。

今日も今日とて、ダーリックはデスクの上で思案を募らせている。

傍の小袋を開き、中の菓子を手に取る。それはクリームサンドビスケットだ。

口に入れる。サクサクとした食感と、ふんわりとしたクリームの甘みが、口いっぱいに広がる。

そして、疲れた脳細胞を糖分が駆け巡る感覚。ドラクル公はこの感覚が嫌いではなかった。菓子を食う時に生まれるこの感覚こそが、彼をコロニー連盟の頂点に導くからだ。

 

「ダーリック様」

「待っていたぞ。首尾はどうだ」

「それが…ブルー・タイフーンが撃墜され、我が方の艦隊が壊滅状態に」

「ほう」

 

中空投影型モニターに映し出されるショートヘアの女。ダーリックの部下だ。

彼女の戦況報告を、ダーリックは興味深げに聞いた。

 

「クアロ合衆国のエースなどどうでも良い。所詮一つの駒だ。それで、我が方を打ち破った艦隊は何処に?」

「はい。駐留していたコロニーに戻ったようですが…」

「コロニーに?連邦のか」

「はい、サンバルタというようです」

「そのサンバルタにいる艦隊は、強いのか?」

「そのとおりです。二つの角と二つの目を持つ新型モビルスーツがいた、と…生存者の証言ですが」

 

両手を組んだダーリックは、数度頷くと、納得したような顔をして、頭の中でシミュレートした。

敵を欺き、味方を欺き、如何にして己に利するものを増大させ、そうでないものを削り取っていくか。その方策が、ドラクル公の頭で組み上がっていく。

 

「部隊再編はできますが…如何しますか?」

「せずともよい。その艦隊にはもう手を出すな」

「よろしいのですか?」

「ところで、数日前までナルカ艦隊と合流していたな。向こうの様子はまだ分かるか?」

「は?はぁ、遠距離レーダーによれば、地球への進路をとっています。このままなら、連邦軍の人口衛星とぶつかるようですが」

「そうか。では貴様たちはダイダロスクレーターにでも行ってゆっくり休め。以上」

 

そういうが早いか、モニターの通信は切られ、新しい通信が開始される。

今度は眼鏡をかけた気弱そうな中年男性が現れた。これもダーリックの部下だ。

 

「だ、ダーリック様!どのようなご用件で?」

「潜り込ませた傭兵部隊の様子はどうだ」

「問題ございません、ええ。忠実な仕事ぶりであると…信頼されています、喜ばしいことです」

 

ダーリックは失笑する。今会話の中に出たのは、ダーリックが連邦へのスパイとして送り込んだ傭兵のことだ。

連邦側にいるということは、奴が今撃っているのは連盟の部隊だ。喜ばしくもなんともない。

だが、スパイと疑われるよりかはマシだ。

 

「キューバ近くに動かせるか」

「ええ、まあ。できなくはないでしょうが…どうしてです?」

「虫捕りだ」

「ああ成る程…了解しました、動かします」

 

中年は手元のリストを捲り上げた。その中に、アールデン帝国が送り込んだスパイの情報があるからだ。

ダーリックが今話しているのは、アールデン帝国諜報部。要するに、スパイの巣。情報を撹乱し、操作し、世界を意のままに操るために暗躍する者共が集まっている。

無論、ここにアクセスできるのはダーリックだけで、その上他の何者もその場所や連絡方法を知らない。

事実上の、ダーリック専用のスパイ達だ。

 

「それから、リークをしろ。届け先はコロニー・サンバルタ」

 

リーク、とは無論情報のリークのことだ。

通常、スパイといえば破壊工作や情報の操作隠蔽、といった使い方をする。しかし、ダーリックは敢えて、連邦軍に潜り込ませたスパイを使い、自分達コロニー連盟の情報を送っている。

その情報によって連邦がどのように動くのか、どういう情報をもたらせば連邦が動き出すか、ひいては好きなように連邦を動かすにはどういった情報が入るか。

ドラクル公の策略は、味方を動かすという段階を超えていた。敵さえも、自らの意のままに操っている。

 

「どのような情報を渡すのです?」

「ナルカ共和国艦隊が、人工衛星に接近中。地球降下を図っている模様。全力で阻止せよ。他の部隊を待つな」

「了解です。そのように情報を掴ませておきます」

「手早く頼む」

「はい」

 

またもや通信が切れる。中空投影型モニターは消え、ただ虚空が残るのみ。

その頃には、ダーリックは小袋の中身を食べ終えていた。

デスク据え置きのウエットティッシュで指を拭き、デスクを軽く拭き、椅子のそばに置いたゴミ箱へ、ビスケットの入っていた小袋と共に放る。

 

「手勢が優秀で助かるな」

 

ダーリックは思わずそう呟いた。

ここまで楽に事が運んだのは、ひとえにアールデン帝国諜報部の実力あってこそだ。ドラクル公の覇道を支えているのは巨大な軍事力ではなく、忠実なスパイである。

 

「ナルカの女王、か」

 

ダーリックは、コロニー連盟の同盟国にはスパイを潜り込ませてはいない。理由は二つある。

一つは、スパイを潜り込ませているのが判明した時の制裁を恐れてのことだ。味方の国へスパイを送り込む国など敵でしかない。同盟国全てから袋叩きにされるリスクを侵すくらいなら、最初からいなくて良い、というわけだ。

もう一つは、その必要がないからである。連盟と連邦が戦争を行なっている今、参戦している各コロニー国家軍同士で、頻繁に定例会議が行われている。内容といえば、どういう軍事行動をとるから共同作戦を行えだとか、独自の作戦をとるので邪魔をするなだとか、そういう話だ。軍事作戦情報が連盟の中で共有されるので、スパイを送る必要が薄い。

ダーリックは定例会議においてナルカの女王ソーラと邂逅したことが何度かあった。

小娘とは到底思えぬ、冷たい機械のような為政者の顔。だがその奥には、自国の未来に関係する遠大な企みを感じさせた。

それは恐らくダーリックの利にはならない。ドラクル公はそれが気に食わなかった。

あの小さな女王は言った。例えどんなに仲が悪かった時期があろうとも、コロニー国家同士で争える段階ではない。と。

 

「女王よ。もはやコロニー連盟同士での争いは、今も行われているのだ…」

 

ダーリックは再び思案を募らせる。

将来の敵を排除し、自らがコロニー連盟、ひいては人類全体の頂点を手にするために。

 

 

 

 

宇宙の暗闇に浮かぶ青い水球。千切れた雲やいくつもの大陸が、綺麗な模様にも見える。

それを見る人間は、誰もが醜い戦争を意識しているというのに。

 

「こちらグランガン、カワセ艦長だ。連邦軍の衛生要塞が見えた。各部隊及び艦隊は現在のポジションを維持!7分後に一斉射を行え。降下部隊は後方へ、降りない連中は彼らのために全力で戦え!」

 

がなり声が、ナルカ艦隊の全てに通る。簡潔な音声通信。

それを聞き流しながら、クインスローンⅡ世の甲板に、黒い物体が現れる。

オーガ。黒い体躯、赤い瞳、金色の角。おとぎ話の怪物が現実に現れたような風貌。

それが見据えるは、地球と彼を結ぶ位置に浮く、連邦軍の人工衛星だ。

 

「すぅーっ…」

 

コクピットの中で、サブローは深呼吸をして、両手を組み合わせる。それは祈りだ。

前回の出撃から始めた彼のルーチンワーク。深い意味はない。謝罪か、贖罪か、あるいは自己満足か。

ただ、これから死ぬ人間へのせめてもの行動だ。

 

「エラー。武器に異常です。エラー」

「おん?」

 

そんなシリアスな心持ちでいた矢先に、システムボイスが異常を知らせる。武器に何か問題が出たのだ。

オーガが今持っているのは、ビームライフルとロケットランチャー。どちらもコロニー連盟軍の正式採用モデルで、連盟軍に所属する機体ではポピュラーな装備である。

 

「なんだこりゃ。ちょっと、ちょっとおいジャムノフ!」

「あい、あい…どした!」

「どしたじゃねえよエラー吐いてんだよ!武器が!」

 

通信機にくだを巻くサブロー。実際には、通信機の向こうの相手に文句を言っているのだが。

通信相手はジャムノフ。コロニー連盟の技師。オーガのトラブルをどうにかする役でもある。

 

「エラーナンバーは!」

「は?」

「エラーナンバーはって聞いてんの!」

「3020って出てるけど」

「あ〜。じゃあエネルギーの与えすぎってことか」

「どういうこったよ」

 

おしゃべりの間に、ナルカ艦隊の砲撃準備が整った。

艦隊各艦が、各砲座を敵要塞に向ける。狙いも、準備も、完了済みだ。

 

「撃て!」

 

そしてカワセ艦長の宣言した7分が過ぎた。ナルカ艦隊の軍艦が、ビームやミサイルを一斉に放つ。

線を引いて飛んでいく弾が、地球の方向へ流星群を描いた。

 

「オーガのエネルギー出力が強過ぎて、ビームライフルのエネルギー回線がお釈迦になっちまったんだ」

「つまり使えないってことかよ!」

「そうだな。まさかそこまで強いとは思ってもみなかった。修理だな」

「おい、どうすんだよそれ!」

 

そんな中でもサブローとジャムノフのおしゃべりは止まらない。二人してこの状況に困惑するのみだ。

ジャムノフの後ろから老人の悲鳴が轟く。先代から乗り継いだクインスローンⅡ世整備長が、ぶっ壊れたビームライフルの修理に慄いていた。

 

「砲撃を緩めろ。モビルスーツ隊出撃!」

 

グランガン、ひいてはカワセ艦長の指示により、艦隊各艦からモビルスーツが次々発進していく。

ナルカの戦士は精鋭だ。キビキビと動き、仕事が手早い。

昆虫のような外見のボルゾンが、ブースター光の尾を引いて飛んでいく。

対する連邦要塞も、負けじとミサイルをばら撒いた。壁を形成するように迫る弾頭。

ここに、ナルカ艦隊と連邦軍要塞との戦闘が始まる。

 



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11話Bパート

「なに遊んでるんだ!」

 

ショーンの呼びかけに、サブローは上を向いた。

青い機影、ディヴァインがこちらを見下ろしている。

 

「どうしたっていうんだ」

「武器が壊れちまって…」

「替えを取ってこい、急げ」

 

言われて、サブローは慌てて動き出す。

ライフルとロケットランチャーを放り捨て、クインスローンのハッチに取り着く。

 

「替えの武器をくれ」

「了解。チェーンソーを射出!」

 

整備員がパールホワイトのハッチを開くと、そこから巨大な剣のようなデバイスが吐き出される。ビームチェーンソーだ。

オーガはそれを受け取り、腰に付ける。マウントラッチが開き、咥えるように固定する。

 

「おっサンキュ!他には?」

「ないぞ」

「マジかよ!何かないのかよブレイクガンとか!」

 

勘弁してくれ、という顔でサブローは叫んだ。

オーガは確かに高性能だが、飛び道具無しで要塞に突っ込めるほどサブローはバカではない。

だが、クインスローンにはオーガが使える武器はないという。ビームライフル

 

「ブレイクガンじゃない!オールドグローリーだ」

「は?」

「ブレイクガンってのは武器の種類のことだろ…アレはオールドグローリーって言う名前があるんだ!」

「じゃあそのオールドなんたらをくれってんだよ!」

「無理だ!」

「なんで!?」

「この前の戦闘でラムドが無理にぶっ放したせいで故障した」

「はぁ〜!?」

 

通信機越しに言い争うヒゲモジャのジャムノフと黒髪のサブロー。

他のモビルスーツはとっくに出撃を完了している。オーガだけは母船の近くでウロウロしていた。

 

「撃てーッ」

 

その上方で、ナルカ所属のガードⅢが、巨大な筒を構えて引き金を引いた。モビルスーツの全長に匹敵する長さの砲身に、それなりに太い砲口。

そこから吐き出されるのはビームだ。それも、戦艦の主砲に匹敵する巨大なビームの弾。

一発撃つと、ガードⅢの小隊は大筒を捨てて突貫をする。巨大過ぎて、モビルスーツ戦には不向きなようだ。

 

「ありゃなんだ」

「あれは対艦ビームランチャーだな。両手で構えてチャージしないと並の機体にゃ扱えねえ」

「あれを失敬すっか…!」

 

オーガは上の方へ飛んだ。背中に埋め込まれたスラスターが僅かに火を吐く。

あっという間にガードⅢが捨てた砲ににじり寄る黒い影。腕を伸ばし、ビームランチャーを取る。

一つを右腰のハードポイントへ。一つを右手へ。一つを左手へ。

通常の武器とは上下逆についたグリップを握る。ちょうど、銃身がトリガーの反対側にある形だ。

 

「ウェポンアンロック、オンライン」

「よし」

 

コンソールには、エラー表示はない。エネルギーが飽和しているようなことはないようだ。

ビームランチャー側も、片腕からのエネルギー供給のみでチャージが完了している。

残弾は、三発。これならいけそうだ。

 

「ガンダムオーガ、行くぞーッ!」

 

ようやく武器を手にしたオーガは、長筒二本を振り回して直進した。

 

 

 

 

 

角張った厳ついフォルムのブリジットが、一機、また一機と両断されていく。

装甲の厚さを特長とする機体だが、ビームソードには敵わない。ビーム刃で劣化した部分を実体刃で切り開くビームソードは、通常のサーベルよりもよく切れる。

それがナルカ共和国特有の高機動モビルスーツと組み合わされば、鈍足のブリジットが敵う相手ではない。

 

「敵モビルスーツを叩け、要塞に戻らせるな!」

 

青い機影ディヴァインが暗黒の宇宙を駆ける。

ロケットランチャーを撃ちまくってディヴァインを狙うブリジット。しかしその弾は高速で飛ぶナルカのモビルスーツを捉えられない。

一筋の緒を引いて、ディヴァインが敵機の懐に入る。次の瞬間、ブリジットは上下に分かたれた。

 

「ジュリエット2ダウン!ジュリエット隊は壊滅!」

「ナルカの虫が来るぞ!追い払え!」

「はっ速い…うわっ」

 

うろたえる連邦軍。次々消えていくモビルスーツ。

ソーラ女王の尖兵達は、騎兵突撃のごとく敵陣へ飛び込み、剣で敵を倒す。縦横無尽に飛び回るその姿は、敵の瞬きを許さない。

このままでは勝てないと踏んでか、衛星要塞から新たな機影が飛び出てきた。大まかに分けて二種。

頭部が筒になった機体と、肩の上下から腕が生えた4本腕の機体。

 

「新手だぞっ」

「まだ出て来るのか?」

 

ナルカのパイロットがちらりと敵を見る。次の瞬間、4本腕の方がナルカのボルゾンに肉薄する。

4本の腕全てからビームサーベルを出しながら。

 

「うぉおおっ」

 

ボルゾンがビームソードで敵の剣を受け止める。しかし、ガラ空きになった胴に残り3本のサーベルが叩き込まれた。

1万度の熱で焼き尽くされる内装。

ボルゾンの複眼から光が消える。この機体は動かない。

連邦の新型機ズィーニスは、倒した敵を放り捨てて、別の敵機を探すために飛ぶ。

 

「僚機がやられた…うわっ!」

 

別のボルゾンが機動中に爆散する。撃ったのは筒頭の連邦機だった。

頭部それ自体が狙撃スコープとなっているその機体は、ラケシス。狙撃専用機体だ。

スナイパーキャノンを喰らえば、ナルカの機体はひとたまりもない。機動力の代わりに装甲を犠牲にしているからだ。

ラケシス部隊は、脆い敵に武器を撃ち込み続ける。腕のいい狙撃部隊にかかれば、もはや鴨撃ち同然であった。

ズィーニスも強い。ナルカのパイロットはサーベルを受け止めて鍔迫り合いを挑むが、その尽くが残りの腕のサーベルによって倒されるのだ。

押していたナルカ共和国軍だったが、新手の機体の投入でじわじわその数を減らしていった。

 

「対空砲火がうざったい。砲台を潰せないか?」

「無理です!敵モビルスーツの抵抗が激しく…」

「うわ!機関砲がかすった!」

 

そして、要塞からの攻撃もまた脅威だ。

この衛星要塞は、コロニー連盟軍による地球降下を阻止するべく運用されている。よって、そう簡単には落とされない。

 

「ふッ!」

 

アンバランスなほどの細身で、所々コードが露出している機体。メイヴィーのダナオスが、敵の新型に斬りかかる。

敵は腕2本でそれを受け止め、残りの腕でダナオスの胴体を穿とうとした。

それよりも早く、メイヴィーが操縦桿を動かす。ダナオスのもう片方の腕が、ズィーニスの胴体近くにマシンガンを押し付け、撃った。

弾丸シャワーを浴びせられたズィーニスは、被弾衝撃で踊る。そして、弾痕まみれになって、動かなくなった。

 

「面倒な機体を作ってくれたものね…!」

 

メイヴィーがコクピットで吐き捨てる。

ズィーニスの4本腕は、数が多くて避けづらく、受ければ残りの腕で切り裂かれてしまう。

接近肉弾戦を是とするナルカ共和国パイロットにとって、それがどんなにきつい相手か。

だが恐れている場合ではない。この要塞を潰せば、地球降下はすぐなのだ。

次の敵へ向かうべく動くダナオス。そのとき、メイヴィーの視界を巨大な光の塊が通り過ぎた。

 

「何なの?」

 

光が飛んできた先は、味方艦隊の方向だ。つまり敵の攻撃ではない。では、なんだというのか。

レーダーを見やる。示された表示はガンダムオーガ。

サブローだ。

 

「オーガが来た!」

 

要塞の対空機関砲、敵機のビームライフル、ラケシスのスナイパーキャノン。敵機の攻撃、その全てを食らいながら、意に介さずに正面突撃。ほぼ文字通りの猪突猛進。

 

「連盟の新型だ!」

「効いてないぞ…奴は化け物か!」

 

ガンダムオーガは、片手のビームランチャーを前方に向ける。モビルスーツが片手で振るう武器では決してない。

だが、オーガの出力とパワーなら、容易くできる。

トリガー、発射されるビーム。射線上の全てが蒸発し、消え去る。

もう片方のランチャーも発射。人工衛星の要塞に穴を開ける。

 

「サブロー!」

 

黒い影に寄り添う青い影。ショーンのディヴァインだった。

通信機から聞こえる聞き慣れた声。

 

「やっと来たか!ビームランチャーなんか振り回しやがって!」

「悪いかよ!?」

「それは両手に持って定点砲撃するものだ」

「知らねえよ!俺ぁようやっとオーガの戦い方がわかったんだからよぉ!」

「なんだ、それは!?」

「ゴリ押しに決まってるだろ!!」

「わかった、援護するから突っ込め!」

 

口喧嘩のような勢いで交わされる会話。その間に、ディヴァインとオーガの周りを敵が取り囲んでしまう。

 

「連盟を止めろ!」

「こっから先は通さねえ」

「好き勝手しやがって、墜ちろぉおおお」

「ソーラ様のために、通してもらうぞ!」

「来やがるよな、クソッタレ!」

 

ディヴァインがとぶ。鋭い弧を描いて、瞬きよりも早く敵の背中を取り、斬り付ける。

無防備な場所を攻撃されれば、いかにズィーニスといえどもどうしようもない。コクピットごと切り裂かれ、その動きを止める。

そして直角のような軌跡を描いて次の敵の背中を取る。対応しようとしても、ディヴァインのスピードがそれを許さない。

正面からならナルカのモビルスーツを圧倒できるズィーニスだが、背後は流石に対応外の領域だ。しかし、簡単に敵機の背中を狙えるのは、ひとえにショーンの腕前あってのものだろう。

 

「どけーッ」

 

そしてこちらは腕前もクソもないガンダムオーガだ。

取り回し最悪なビームランチャーを無理に振り回し、高性能なロックオンシステムの恩恵でモビルスーツを撃ち落とす。

撃ち落とされなかったズィーニスが、4本腕のビームサーベルを振り上げて接近する。

オーガは、接近してきた敵に、弾切れになったビームランチャーを投げつける。モビルスーツの身長と同じくらいのサイズの長筒だ、単純に投げつけただけとはいえ当たればタダでは済まない。

ズィーニスはそれをサーベルで切り裂き、弾いて無力化する。

第二投が投げられる。これは流石に予想外だったか、ズィーニスはまともに食らった。連邦軍機の腹に突き刺さるように激突する。

黒い鬼は、投げたばかりのビームランチャーを追い掛けて掴み直し、それを食らった敵に対してフルスイングをかけた。

 

「どぉらぁああああああ」

 

ホームラン。長筒でぶん殴られて、4本腕が飛んでいく。それと同時に、オーガはビームランチャーを放り捨てた。

吹っ飛ぶ先には別のズィーニス。向かってくる仲間を避けきれず、激突した。

揉み合ってくんずほぐれつする二機の連邦モビルスーツ。そこに、ダナオスがマシンガンを浴びせかけた。

腕が、足が、千切れて飛んで、ついにはバラバラになってしまう。

 

「メイヴィーさん!」

「油断しないで、来るわよ!」

「え?のがぁあああああ?!」

 

オーガのコクピットに強い衝撃。敵モビルスーツからの狙撃だ。

スナイパーキャノンを食らい、オーガが大回転する。変な慣性が働いて、その姿は滑稽ですらあった。

だが、ガンダムから受け継がれたAIは優秀だった。勝手にスラスターを蒸して、勝手に態勢を立て直す。

 

「やりやがったなぁこの野郎!」

 

右腰のマウントラッチから3本目のビームランチャーを取り外し、片手に持つ。

ガンダムオーガのメインディスプレイには、既に敵狙撃機の居所は分かっていた。

敵を捉え、トリガー。飛んでいくビーム。

 

「なんだ?」

 

ラケシスのパイロットは、スコープの頭を向けた。光る何かが近付いて来る。

それがビームだと気付いた時には、もう回避は間に合わなかった。対艦ビームランチャーのビーム弾は、巨大であるから。

巨大すぎるカウンタースナイプで、狙撃機が一機沈む。

その間にも、オーガとディヴァインとダナオスは、敵要塞に向けて猛進する。

 

「行けサブロー!」

「行って!」

「おうッ!」

 

ズィーニスが近付いてくる。ディヴァインがあっという間に背中に回り、切り捨てる。

別のズィーニスが近付いてくる。ダナオスがその剣を受け止めて、マシンガンの接射で沈黙させる。

ラケシスがスナイパーカノンで撃ってくる。オーガが被弾しながらビームランチャーを叩き込み、黙らせる。

 

「敵機接近!」

「あれは黒い鬼だ…おとぎ話の化け物だ!」

「ばかな、絵本から出て来たわけでもあるまい。ビーム砲を向けろ!対空砲火で散らせ」

「うぉっうおぉ!?」

 

コックピットディスプレイに表示されるレッドシグナル。その地点から伸びる一条のビーム。

サブローはブーストペダルを右に踏み込んで、間一髪ビームを避ける。

あれは要塞の固定砲台だろう。オーガと言えど、強力なビームを食らってはひとたまりもない。

 

「クソッタレぇええええええええ!」

 

後から後から飛んでくる強烈な閃光。そしてビーム。

オーガはスラスターの出力に任せてひたすらに回避を続ける。宇宙空間では方向の概念はほぼ無意味だが、右へ左へ、上へ下へと避け続ける。

宇宙の漆黒と黒いオーガ。二つの暗黒が、ビームによって輝いた。

 

「かすった、今かすったって!」

「うるさい、黙って避けろ!」

「避けながら進みなさい!」

「いや無理…言うこと聞けぇえええええ!」

 

ビーム弾がオーガのすれすれを通り過ぎる。一方のナルカ機コンビは危うげなくこれを避ける。

一方のサブローはと言うと、操縦桿の動きが硬くなったり柔らかくなったりめちゃくちゃだった。スラスターペダルを踏んでも反応しない瞬間がある。

 

「エネルギーか、推進剤が切れた!?んなわけねえよな…」

 

コクピットのコンソールには、エネルギー出力と推進剤残存率が表示されている。どちらも0ではないので、オーガはまだ動いてくれる。

だが、そもそもが不安定なマシンである。パワーが瞬間的に上下して、そのくせ膂力は常に過剰だ。

パイロットとして慣れてきたサブローだが、オーガは気が狂うほど扱いにくい機体だった。

 

「対空砲火を抜けた!」

「たどり着いたぞこの野郎!!」

 

だがサブローはやり遂げた。敵狙撃機を排除し、対空砲火を潜り抜け、衛星要塞に取り着いた。

取り着いたと言うよりは、足裏から墜落したような格好だが、もはやそれはどうでもいい話だろう。

ビームランチャーを投げ捨て、オーガは腰の巨剣を手に移した。

ビームチェーンソー。14枚の小型ビームソードを並べた板が2枚、それを毎秒10回転させる気が狂ったオーバーキル兵装。

 

「そのまま要塞をやれ!」

 

猛回転するビームの刃。それを手に睨みを効かせるガンダムオーガは、まさに今、人々を脅かす物語上の怪物と化す。

 

「ずぁああああああああああ」

 

チェーンソーを要塞外壁に突き立て、サブローはそのままスラスターペダルを踏んだ。

要塞に溶断痕の一本線を引きながら、その外周を巡る。

 

「おい、要塞が!」

「取り付かれた?いや、何をされているんだ!?」

「止めろ!輪切りにされるぞ!」

 

水面に挿した枝のように、ビームチェーンソーは滑らかに要塞外壁を切り裂いてゆく。直径数キロメートルはあろうかという宇宙構造体は、魚の開きになりかけていた。

それに気付いた防衛部隊が、オーガに向かおうと振り返る。

 

「グランガンより各機各艦へ。オーガの邪魔をさせるな!」

「了解!」

「了解しました!」

「生き残ったモビルスーツは敵を叩け!行け!」

「ミサイル斉射、オーガが要塞をやるまで撃ち続けろ!」

 

オーガの邪魔をしようとする敵を、邪魔するナルカ艦隊。モビルスーツの猛攻や軍艦の砲撃が、衛星要塞の部隊を蹴散らしその数を削る。

要塞の方からも砲撃支援で敵を撃っていたが、それも減っていった。

ビームチェーンソーの傷跡が、要塞全体を壊していったからである。

 

「伝播熱が燃料庫に引火!消火間に合いません!」

「このままだと真っ二つに割れます!」

「隔壁が閉じない!なぜだ!?」

「第8ビーム砲台稼働停止!」

「付近を斬られた、繰り返す、付近を斬られた!」

 

たった一機のモビルスーツに、地球連邦謹製の要塞が破壊されていく。

そして、ナルカ艦隊の攻撃で、駐屯部隊が目に見えて減っていく。

壊滅的打撃を受けていた彼らは、ことここに至ってある行動に打って出た。

 

「要塞から何かが発射された模様!」

「ミサイルか?」

「いえ違います。これは…」

 

オーガが尚も要塞に刃を突き立てていたその時、切り傷のない無事な区画から小さな物体が飛び出した。

それは戦闘とは関係ない宙域へ向かうと、炸裂。刹那に輝く真っ白い太陽となって、消えた。

 

「降伏信号…と捉えていいのでしょうか」

「ふぅむ?」

 

グランガンのだだっ広いブリッジルームにて、その最上段に座るカワセ艦長は、灰色の髪をいじりながら眉をひそめた。

発射された信号弾の色は白。このコロニーセンチュリーにおいても、軍隊の出す白色とは、降伏と無抵抗を意味する。

撃ち合っていたナルカの戦艦も、敵と鍔迫り合いをしていたモビルスーツも、誰もがその光に注目した。

 

「今度はなんだってんだよ…」

「おい、サブロー。もういい、もうやめろ」

「あれは降伏信号よ、攻撃をやめなさい」

「は?」

 

言われた通りオーガのスラスターを停止させ、突き刺していたチェーンソーを引っこ抜く。

ナルカも連邦も、白い光が出てから戦闘を止めた。

 

「白い信号弾は降伏っていう意味なのよ」

「降伏って確か…負けを認めたってことか」

「そうだ。だからもうやめろ」

 

困惑するサブローは、戦闘の興奮で息が上がっていた。

そんな彼の耳に、凛とした声が聞こえてくる。忘れもしない声だ。

 

「敵は降伏しました。ナルカ共和国は負けを認めた相手を撃ちはしません。衛星要塞の連邦軍は、残存部隊をまとめてこの宙域から離れなさい」

 

ソーラ女王の発令。これに、全てのナルカ共和国兵士が従う。

ある者は要塞から離れ、ある者は敵機を要塞の方へ押し出し、ある者は撃ち方をやめた。

オーガも、少々ぎこちなくそれに追従する。急に飛び上がり、衛星要塞から離れていった。

生き残った連邦軍部隊は、一斉に要塞へ戻っていった。戦闘開始直後と比べ、その数は大きく減っている。

ナルカの兵士はそれを見守るだけだ。オーガも、その中に混じってじっと要塞を見ている。

やがてソーラ女王の命が下ってから1時間が過ぎた。待ちくたびれたナルカの兵士達だが、ソーラ女王の御前であるため、集中力を決して切らさなかった。

そんな彼らの目前で、衛星要塞に動きがあった。

無数の宇宙輸送船とその護衛機と思われるモビルスーツ達が、衛星要塞から飛び立ち、離れていった。

十数分もしないうちに、その輸送船達の流れは途切れ、ナルカ艦隊とは別の方へと消えていった。

 

 

 

 

戦闘が終了し、出撃を終えたモビルスーツ達がそれぞれ着艦シーケンスを始めた。

ショーンのディヴァインや、メイヴィーのダナオス、そしてサブローのオーガも、それに倣いクインスローン2世ヘ帰還すべく動き出した。

 

「なあ、ショーンさん」

「うん?」

「あの輸送船は…あの要塞の中の兵隊全員だろ?」

「だと思うが」

「あの人ら、あの後どうすんだ?」

 

サブローの疑問に、ショーンは少しの間唸った。

 

「知らん」

「えぇ…」

「大方、別の味方が近い位置まで向かって、そこで救難信号を出して回収してもらうつもりなんじゃない?」

「それマジ?」

「いや、私にもわかんないわよ…」

 

ゆるく、適当な会話。

それは、ショーンとメイヴィーの二人が、サブローに心を開いている証拠であった。

ディヴァインの複眼のようなカメラアイが、オーガの姿を捉える。厳つい外見で、実際強烈な性能の機体だが、あの黒い鬼は間違いなくこちらの味方だ。

サブローは、俺達を助けてくれる。ショーンには、それが心強く思えた。メイヴィーも、そう思ってくれているだろう。

 

「ああ、そうだ。聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ」

「どうしたの、サブロー」

「いや、ソーラさんのお兄さんについて…」

 

ソーラ女王の兄。そのワードが出てきた瞬間、二人の顔が強張った。

全天周囲モニターの内部で、操縦桿を持つ腕が一瞬震える。

 

「どこまで知ってるの?」

「いや…行方不明になったお兄さんがいるって、ソーラさんが…」

「そうか、ソーラ様から直々に」

 

女王はサブローに話してしまったようだ。女王であろうとした時に捨てた、兄の思い出を。

だがそれはナルカの暗黙の秘密である。それを女王自ら話したということは、一体どういう意味を持つのか。

 

「それで、知りたいのは…ソーラさんのお兄さんの名前なんだけど…」

「サブロー」

 

ショーンが、サブローの言葉を制する。そして、そこから引き続きに言い聞かせるように話す。

 

「ソーラ様が、その話題をあまり口にしたがらないのはわかるよな」

「え、あ、ああまあ」

「いなくなった家族の話題というのは、気軽に触れてはいけないものだ。他人がベラベラ喋っていいものじゃあない。お前にはわかるよな?」

「それに、ソーラ様は女王にふさわしいお方よ。最善で、最も効率よく、効果的に物事を考えていらっしゃるの。家族関係のようなデリケートな問題で気を煩わせるようなことはいけない」

「あ、あぁ。わかったよ、ソーラさんのお兄さんの話はもうしない」

 

口ごもるサブロー。それだけ言って黙る二人。

だが、サブローはなおも口を開く。

 

「ソーラさんが最善で効率よくってのは…なんか、人じゃないみたいな言い方で、嫌な感じがする…」

「サブロー。ソーラ様は普通の人間より高位にある方なんだ。だから俺達は女王と国のために命を捧げているんだ」

「だけどそれは…」

「この話はこれでおしまいだ!」

 

食い下がるサブローの話を無理矢理に切り上げ、ショーンは通信を切った。

 

「ちょ…ショーンさん!」

「…」

 

メイヴィーは、ショーンがいきなり声を荒げた理由を察した。ショーンは、自分より一回りも年下のソーラが、重責を背負っていることを理解している。

だが、そのことを否定できない。してはならないのだ。それは国を背負い、導く信念を固めたソーラへの侮辱になる。

彼女がいたから、国王が急死したナルカは、今も強大なコロニー国家として在ることができる。

 

「…ショーンさん」

 

サブローは寂しげに呟いた。頭の悪い彼には、今のショーンの苦悩は理解しきれないだろう。

ソーラが彼を気に入っているのは、果たしてガンダムや地球の情報からくるものなのか。それだけの関係であれば、行方不明の兄の話などしない。

メイヴィーは、暗黒の宇宙に視線を移す。

ナルカの女王となり、最善で、最も効率よく、効果的に役目を果たす。しかし、サブローだけが、そのような女王としてではなくソーラ自身として接することができる相手となったのなら。

あの17歳の女王は、政治をするだけの機械となってしまったのだろうか。

 

「セイヴ様…」

 

果たして、失踪したソーラの兄セイヴは、国を背負うものの孤独を理解したからこそ、逃げたのだろうか。

宇宙の星々は何も答えず、静かに輝くのみである。

 



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第12話 開戦、激突の地球
12話Aパート


クインスローン2世の内部は、1世と同じく芸術的な調度品で飾られている。ふかふかの絨毯や大理石を思わせる壁。とても試作機を運用するための母艦とは思えない。

そんなゴージャスな廊下を歩く1人の男。女王親衛隊のショーンだ。

ショーンは壁に寄りかかり、腕組みをする。耳までかかった黒髪が揺れる。

壁に背中をくっつけ、後頭部を置く。彼の顔の真横に、ソーラ女王の先祖の肖像画があった。

彼の脳裏に、過去のビジョンが浮かんだ。今から10年前のあの日だ。

 

 

 

 

ナルカ共和国の首都コロニーであるビギニングポストは、比較的太陽に近く、暖かい場所だった。

花が咲き、そして地球から持ってきた蝶が飛んでいた。

花を摘みながら、不思議そうに蝶々を見上げる少女。青い髪のソーラ王女。

 

「あれが蝶々?」

「え?あ、はい!そうでございます」

「そう…!」

 

ショーンが慌てて肯定し、メイヴィーも頷く。ハイスクールのトップ生でも、王族の前ではタジタジだ。

将来有望な少年少女は王族と謁見する権利を与えられる。この時のショーンとメイヴィーがそうだった。

花畑の中でにこやかに笑うソーラ王女は、まさに花や蝶に祝福されたような愛らしさだ。世界の混乱を知らず、処女雪のごとく純粋。

世界が愛に満ち溢れているのを疑わない。そんな印象さえあった。

だが、そんな時期も、永遠に続くものではなかった。

 

 

 

 

「お兄様が…行方不明に!?」

 

愛くるしい目を見開き、ソーラは驚愕に身を震わせる。

報告をしたスーツ姿の男が、これは事実だと、落ち着いてほしいと繰り返す。

肉親がいなくなってしまったという受け入れがたい現実。彼女の目がたちまち潤む。

 

「ソーラ様…」

 

そんな彼女に声をかけることは、ショーンにはできなかった。その時の彼には、王族の問題を口にする地位や権力は持っていない。

ただ、悲しみに暮れる王女を、見守ることしかできない。

 

 

 

 

画面やら管やらが無数に付いた医療機器に囲まれたベッド。そこに横たわる見目麗しい女性に、ソーラ王女がすがりつき、泣いている。

その周りを、彼女の親族や、ナルカ国王までもが取り囲んでいる。その場は皆一様に、重苦しく、悲しそうな表情をしていた。

 

「行かないで、お母様…嫌!私を置いてかないで!お母様、お母様ぁっ!!」

 

全てをかけて愛し育てた息子セイヴが、地球にて行方不明となった。それはナルカ共和国の王妃、ソーラの母にとって筆舌に尽くし難い心労となった。

王妃の体調は優れなくなり、やがて食事も喉を通らず、そして、衰弱死した。皮肉にも、それは息子に対する愛情の証明になった。失った時に命を落とす程の存在であると、そう示した。

その結果が、これだ。

妻の死に、心優しき国王は唇を噛み締めることしかできなかった。

涙は流せない。弱さを見せれば、国民を守る王としての威厳が揺らぐ。だから、王は涙を見せてはならない。

だが、王女は泣いていた。セイヴ王子と同様に父母に愛されたソーラは、同様に父母を愛していた。

 

「嫌ぁ、嫌ぁ!誰か、お母様を生き返らせて、お母様にもう一度会わせて!お願い、お願い!」

 

7歳の少女の金切り声が、痛々しく病室に響く。

それに応える大人は、いない。

 

 

 

 

ナルカの国立図書館に入り浸る人間は、年間数十万人を数える。豊富な蔵書数と、様々な分野の書物を納める姿勢から、他のコロニー国家からも利用者が集まるのだ。

10代に差し掛かった王女ソーラもまた、その一人。

彼女は毎日、国立図書館の蔵書を読みふけった。毎日、毎日、毎日。休むことなく。

種類は様々だ。心理学、文化、雑学、自然、歴史。中でも、軍事と帝王学、そして政治運営に関するものには非常に強い関心を持った。

そして、彼女の補佐官であり、摂政としての任を持つ叔父に、ひたすら政治や社会情勢のことを聞き、会話した。

その頃にはもう、花や蝶を見て喜ぶ愛くるしい瞳は無い。最善で、最も効率よく、効果的に物事を見据える目となっていた。

 

 

 

 

画面やら管やらが無数に付いた医療機器に囲まれたベッド。そこに横たわるやせ細った男の傍に、ソーラ王女が鉄面皮で立っている。

寝ているのはナルカ国王。数年前の彼の妃と同様の状況だ。だが、ひとつ違うことがある。

彼の娘は、悲しそうな顔どころか、人の皮でできた仮面を被ったように、表情がない。

かつて、妃の死に目の場にいた国王自身のように、涙の一つも落とさない。

ただじっと、目の前の父が逝くのを眺めている。

 

「ソーラ。我が娘、ソーラ・レ・パールよ」

「はい、お父様。ソーラはここにおります」

「そなたに、国を治める王の任を授ける。国民とこの国を支え、守る役目を…余に代わり、そなたに与える。余が死した瞬間より、そなたはソーラ・レ・パール・ナルカ女王として、ナルカ共和国に富と安寧をもたらすのだ…」

「その大役、時代のナルカの長として、謹んで引き受けさせていただきます」

 

それは、事実上の戴冠式だった。親から子へ、新しき王としての全てを与える神聖な会話。

国王にとっては、苦々しい気分だろう。ソーラはまだ若い、若すぎる。女王となった瞬間に、摂政に国の運営を任せることしかできないだろう。

だが、当初の王位後継者となるはずだったセイヴは、この国にはもういない。ナルカ国王には、ソーラを後継者として指名するしか方法はなかった。

国王は、息子と妃を同時に失った後、戦争に向けて転がりゆく情勢のせいで病を患った。死神の列は確実に、彼のすぐそばに来ている。

 

「おお、可愛いソーラ、我が娘よ。年若きおまえに、大きな責務を負わせる父を、どうか許してくれ…」

「心配ありませんお父様。叔父様と共に、この国を支えて参ります。どうか、お母様と共に見守っていてください」

 

息も絶え絶えな王に、ソーラは機械的に応える。

ソーラは既に、兄を失った10年間で女王としての才覚を磨き抜いたことを、国王は気付かなかった。

そして、同時に得た刃のようなカリスマで叔父を御し、摂政を逆に意のままに動く傀儡としたことも、知らなかった。

ベッドの周りで悲しみに暮れる親族や高官の中央で、娘に看取られ、国王は天に召された。地球の空よりも、宇宙よりも高いところへ昇っていった。

そして、一人の女王が誕生した。

 

 

 

 

ハッと気が付き、ショーンは腕時計を見る。

少なくない時間を思い出巡りに使ってしまった。ソーラ女王の指定の時間が迫っている。

ショーンは慌てて、豪奢な廊下をツカツカと歩いた。

 

 

 

刺繍を思わせる飾り模様の自動ドアの前で、ノックを2回。するとドアがひとりでに開き、内部が露わになる。

室内にも、廊下同様高価そうな調度品や家具一式があるが、それらを差し置いて最も目を引くのは、その部屋の主人に違いない。

青いドレスに、青い髪、そして青い瞳。神秘的でありながら凛とした佇まいの、女王と呼ぶに相応しいカリスマ。ショーンの仕える相手、ソーラ女王がそこにいた。

 

「ショーン・ザンバー、只今到着致しました」

「ご苦労。楽にしてよろしい」

「はっ」

 

ショーンは、右側の壁をちらりと見た。女王が座するこの場に相応しくない、質素なパイプ椅子が立てかけてある。

 

「そのパイプ椅子が気になるのですか?」

「あっ、いえ…はい」

「この部屋にはサブローがよく来ます。立たせたまま長話させるのはどうかと思い、特別に用意させたのです」

「そうなので…ございますか」

「はい」

 

パイプ椅子を見るソーラ。ショーンはそんな女王を見る。

彼自身や国民を見るカリスマ的な視線ではなく、まるでペットの玩具を眺める飼い主のような。そんな視線。

いや、ソーラ様がサブローをペット扱いしているのだろうか。確かにあの百姓の三男坊と話す時のソーラ様は、ストレスを感じてはいなさ気だったが。

 

「それで少し…ショーン、あなたに相談があります」

「相談、ですか」

「はい。あなたもそこの椅子を使いますか?」

「いえ、私はこのままで結構です」

「そうですか」

 

主の申し出をやんわりと断り、ショーンは姿勢を正す。

ソーラ女王の相談事である、親衛隊長として、一言一句聞き逃すわけにはいかない。

 

「サブローの求めること…彼の兄が死んだ理由についてです」

「…たしか、連邦基地に対してテロをした時に、爆発に巻き込まれて致命傷を…」

「おそらく、サブローが聞きたいのはそういう直接的なものではないでしょう」

「では、テロに至った理由でしょうか?」

「それはサブロー自身が述べていました。貧困による不満を連邦政府にぶつけるためのテロだと」

 

よくわからない、とショーンは思った。

サブローがソーラ女王に、ひいてはナルカ共和国のために働くのは、兄が死んだ理由を知りたいからだ。本人が恥ずかしげも無くそう公言している。

だが、既に答えは出てるじゃないか。彼の兄が死んだ理由は、貧困による不満を連邦にぶつけ、その返り討ちにあったためだ。

だが、ことはそう簡単ではない、と女王は述べる。

 

「そのような表面的なことではなく、もっと根本的な話を知りたいのでしょう」

「根本的な…話、ですか」

「実際にはもっと複雑な質問だったのでしょうが、サブローの語彙ではやや言葉不足だったのでしょう」

 

塵ひとつ落ちていない綺麗なデスクに肘を乗せ、両手を口の前で組む。17歳の少女とは思えない貫禄だ。いつ見ても、その視線に晒されれば、ショーンは身だしなみを気にしてしまう。

そんなショーンの様子を気にせずに、ソーラ女王は話し続ける。

 

「兄は死んだ。なぜ死んだのか?連邦軍の基地にテロを起こしたから。なぜテロを起こしたのか?貧しい生活に不満があったから。なぜ貧しかったのか?」

「何故、の先にあるもの、ですか。アイツが求めるのは」

「えぇ、その通り。サブローが求めているのはそこです」

 

ショーンは驚きに目を見開いた。何故のその先だと。あのバカにそんなことを考える頭があったとは。

そして、それは難しい問題であることも、ショーンは同時に気が付いた。

なぜ、どうして、と言うものはいくらでもできるものだ。理由というのを突き詰めれば突き詰めるほど、それは難しい話になっていく。

その先、何故を突き詰めた先の本当の答え。もしそれが、サブローが本当に欲するものだとすれば。

 

「これは…難しい問題ですね」

「はい。迂闊に答えを出せない問題です。サブローが本当に納得できる答えを見いだせるかどうか。もしかしたらこれは…私自身の思想や信ずるものが、試されている瞬間なのかもしれません」

「…アイツがわからないのも無理はないでしょう。私にはさっぱりです」

 

なかなか容易ではない疑問に、つい渋い顔をしてしまう。サブローはバカだが、だからこそこういう本質的な疑問を見出したのだろうか。

ショーンには、その答えに辿りつける気がしない。何故貧困なのか、から始まる『何故』の最果てなど、思考がループしてしまってわからないのだ。

 

「やはり、難しいですか。メイヴィーも答えられないと言っていました」

「でしょうね…この場では答えは出ません。というより、もう答えのない問いと言っても良いのではないでしょうか?」

「ですが、サブローが我々のために命すら張っています。途中で投げ出すのはできません」

「私も、微力を尽くします。サブローのために頑張りましょう」

「感謝します、ショーン。サブローも喜ぶでしょう」

 

安請け合いしてしまったぞ、とショーンは心中で呟いた。気が付けば、ソーラの難題を手伝う流れになっている。

それはたぶん、ソーラ女王の会話術と、サブローのほっとけなさが招いた結果だろう。ソーラ女王のためなら使命感が湧くし、サブローのためならしょうがないという気分にもなれる。

ため息を抑えつつ、ショーンは思案を巡らせた。難しい問題に、何かとっかかりを見出そうとする。

その時だった。部屋中に、二人の知る人物の声が鳴り響く。

 

「グランガンより、艦隊各艦へ通達!衛星要塞の解体を開始する。各自持ち場につき、準備を進めてもらいたし」

「始まりましたね」

「随分と遅かったですが、物資の回収に手こずったのでしょうか」

「だとすれば、回収班からの朗報を期待しましょう」

 

ナルカ艦隊旗艦グランガン艦長、カワセ大佐の艦隊指令。ソーラは手元の端末を弄り、中空投影型モニターを起動する。

先程ナルカ艦隊が制圧した連邦軍の衛星要塞が画面に映る。その後ろには、青く大きな母星、地球があった。

地球連邦軍とコロニー連盟軍は現在、第2次地球圏戦争を行っている。そのなかで連邦軍の拠点である衛星要塞だったが、伸びきった戦線の中では、ナルカ共和国がこれを維持運用する余裕はない。

連邦に奪い返されて活用されるくらいなら、と、これの破壊作戦が行われる運びとなった。内部に人間が残っていないことを確認すると、ついでに食料や水といった残りの資源を接収。そして、これから特殊な方法を使った破壊作戦が実行に移される。

衛星要塞へ船首を向ける、幾つものナルカ艦隊所属艦。砲塔を一斉に向け、敵のいない場所へ臨戦体制を整えている。

 

「ガンダムオーガ、発進してください」

「うっす!」

 

クインスローン内部のアナウンス。パールホワイトのフネの艦首、そこに立てかけられたように鎮座するカタパルトデッキに、黒い鬼が現れる。

ガンダムオーガ。サブロー・ライトニングが強奪した連邦の新型機ガンダムを素体とし、コロニー連盟のモビルスーツ強化用装甲ギルティスを着せた、間違いなく世界で唯一のハイブリッド・ワンオフモデル・モビルスーツだ。

オーガの足裏に下駄のようなデバイスがくっつけられ、そのままカタパルトデッキの上に立ったまま滑るように加速する。

そしてカタパルトデッキの先端に到達した時、デバイスが外され、ガンダムオーガは真空の宇宙へ放られた。

 

「ブレイクガン、準備」

「うっす」

 

オーガの左腕に握られているのは、ポンプアクションショットガンに見える。銃身の下に平行に置かれたスライドパーツに、ピストルグリップのない曲銃床。モビルスーツサイズであるという点を除けば、何の変哲も無いショットガンに見える。

オーガはそれを、切れ込みの入った衛星要塞に向け、撃った。

衛星要塞はいくつもの機能を持った施設ブロックの集合体であるため、モザイクアートのような見た目だった。しかしミサイルや機関砲ではビクともしないレベルの強固な構造体でもあった。

そこへ飛んでいく弾が、それをあっさり打ち崩す。オーガから見て上側に着弾、構造体の一部がパーツの群となる。

直撃した弾丸のあまりの威力に、直撃箇所を中心とした一部分が粉砕されてしまったのである。

 

「次弾用意、完了次第撃て」

「うっす」

 

オーガは、銃を持っていない方の腕、右手でスライドパーツをコッキングした。銃身後部の穴から筒型の物体が排出され、真空の宇宙に投げ出された。

オーガはゴミに目をくれず、リアスカートのホルダーにある弾丸を右手に取った。

そしてその弾丸を、先ほど筒状のゴミを吐き出した穴にねじ込み、もう一度コッキングを行う。

これで次弾装填が完了。左腕を伸ばし、よく狙って、引き金を引く。

今度は衛星要塞の下部分に命中した。命中箇所から亀裂が走り、あっという間もなく、その部分とそこを中心とした衛星要塞の一部が砕け、部品の群れに変わった。

 

「次弾装填、完了次第撃て」

「これで最後っすね」

 

またもコッキング。またも排出される筒状のゴミ。

三発目の弾が衛星要塞の真ん中を貫く。先の二発によって大分脆くなっていた巨大構造体は、ついに完全崩壊。ぼろぼろと崩れていった。

このような威力の武器は従来の、他の機体には決して出せないものであり、それがガンダムオーガの異常性を物語っていた。

ブレイクガンが衛星要塞を破壊し尽くし、あとは大粒のズペースデブリが浮くだけである。

 

「衛星要塞の破壊を確認。オーガは待避せよ」

「了解っす」

「全艦砲撃用意…撃ち方はじめ!」

 

後ろを向いて、スラスターを柔らかく吹かす。反作用によってオーガはナルカ艦隊の射線上からどき、クインスローン2世の美しい船体へと飛んで行った。

そのあとに流れる無数の流星群。機関砲、ミサイル、ロケット砲、ビーム砲。ナルカ軍艦から撃たれた無数の攻撃が、ブレイクガンによって崩された衛星要塞をさらに破壊する。

破片の群れにそれを防ぐすべがあるはずもなく、あるものは溶けて消え、あるものは砂のように細かくなった。

 

「火器演習のようですね」

「我が方の砲撃手たちは腕が良いようです。彼らも我が国の宝です」

「そう聞けば、彼らも訓練の甲斐があったと自慢できるでしょう」

「はい」

 

それを、中継映像で眺めるショーンとソーラ。二人の視界に映る火線は次第に減っていき、やがては完全に消えた。

あとには、それが衛星要塞の残骸であると気付けぬほどのスペースデブリがたっぷりと残った

どれもこれも粉々にされ、モビルスーツより巨大なものは視認できる中で少ししかない。

あとは高周波炸裂弾で消し飛ばし、掃除を終えれば完了だ。

 

「ソーラ様。高周波炸裂弾はどれほど使ってよろしいでしょうか」

「残数全てを投入してよい。それから、各艦へメッセージを。ナルカ共和国を預かる者として、貴官らの奮闘と努力に感謝する」

「了解しました。各員と全てのフネに、伝言をお届けします」

 

カワセ大佐にそう言って、ソーラ女王は別の通信回線を開いた。

ガンダムオーガ直通、サブローへの発信。

 

「サブロー、聞こえますか」

「うっす。聞こえるっすよ、ソーラさん。どうかしたんすか?」

「オーガの活躍、しかと見届けていました。ご苦労でした、感謝します」

「え?いやあ、これの性能のおかげっすよ。俺は大したことは…あ、これ直しといて!」

 

照れ笑いをしつつ、サブローが右下を見て叫んだ。たぶん、着艦してクインスローンのメカニックに何かしら言っているのだろう。

サブローは、あまり頭がよろしくない。ものを知らないし、敬語もおぼつかない。本人もそれを了解していて、自己評価がやや低い傾向にある。

 

「そんなことはありません。あなたはあなたにしかできない仕事をやり遂げました。誇ってください」

「そ、そうなんすか?」

「そうなのですよ」

「いや、アハハ。あざっす」

 

サブローは黒髪まで赤くなったと錯覚するほどに照れ笑いをする。ソーラの前ではいつもそうだ。

ソーラは、それが、サブローは目上の人間から褒められることに慣れていないのだと考えた。

彼は純朴だが、深い物事を知りたがっている。それでいて義理人情に溢れる人間だ。彼を裏切る真似はしたくないと、ソーラは心中で漏らした。

 

「お…ん!?」

 

照れ笑いして視線をソーラからそらしていたサブローが、コクピットの一角を凝視して固まった。

 

「どうかしましたか、サブロー」

「あ、いや…レーダーに何か写ったんです」

「何か?」

 

ガンダムオーガの2本角は、高性能のレーダーアンテナだ。ナルカ艦隊が把握していない敵を先にキャッチできていても不思議はない。

ソーラの前で突っ立っているショーンから真剣味が漏れ出す。異常事態を察知して。親衛隊長が、その場から動かぬまま臨戦態勢を整え始めたのだ。

素早い仕事ぶりに感嘆するばかりなのだが、ソーラは注意深くサブローの言葉を待った。

 

「それは、どのようなフネですか?サブロー」

「連邦の軍艦が一緒だ…30、40、まだ増える!」

 

それを聞いた後のソーラの行動は早かった。端末のモードを切り替え、口元に当てて、指令を発する。

 

「女王ソーラ・レ・パール・ナルカより、ナルカ共和国の全艦へ命じる。総員第二種戦闘配備!敵の接近に備えよ!」

 

クインスローンの内部で、けたたましくブザーが鳴った。艦内のクルーが慌ただしく動く様子が、扉の外からよく聞こえる。

 

「ソーラ様、敵が来たというのは…」

「本当です。サブロー、方角はわかりますか?」

「え?艦隊から見て右手側、斜め下から直進してくるっす!」

「カワセ艦長、お聞きの通りです。オーガの索敵能力は存じていますね?」

「了解しました。降下するフネを守る陣形を取ります」

「降下を優先するのですね?」

「はい。ここまで来たのはそのためで、それを全うするために、降下するフネを守り切らねばなりません。そうでなくとも、連邦軍にはクインスローンに指一本触れさせたくないのです」

「感謝します、カワセ艦長。ご武運を」

「ありがたき幸せです、女王」

 

カワセ艦長の通信が消える。回線の操作で、今の会話はナルカの全艦に行き渡ったはずだ。全艦、事情を了解してくれたはずだ。

 

「ソーラ様」

「親衛隊は、降下直前まで各艦を援護。動きはショーン、あなたにお任せします」

「了解です。同法の船を守り抜いてみせます」

 

敬礼を行い、ショーンは急ぎ足で部屋を去る。あのやる気に満ち溢れた物腰ならば、彼は必ず任務を遂行してくれるに違いない。

クインスローンのレーダーに敵艦が映ったか、艦内放送で敵艦捕捉の報せが流れる。

速い。サブローが接近を報告してからすぐだ。これでは、降下の隙を突かれ、敵に釣瓶打ちにされてしまう。

 

「カワセ艦長。敵のスピードは早い、降下の中止を」

「はい、敵を追い払ってからの方が、安全ですな!全艦に通達します」

「正体不明艦が混ざっています」

「心得ております。降下するフネはしないフネの後ろにいさせます。グランガンをはじめとして、我々一同が防衛ラインとなってお守りいたします」

「感謝します、カワセ艦長」

 

そして、ソーラは端末に向き直る。そこには、コクピットの中でキョドキョドする、大柄な青年が未だ写っていた。

 

「そ、ソーラさん…」

「サブロー、クインスローン2世は前線から引きます。着いてくるなら、ここに残っていてください。何があるともわかりません」

 

ソーラは諭すように述べる。サブローのオーガは強い。だが、そもそもオーガの運用目的は、その身に纏うギルティスの実践検証にある。地球に降りた後もそれを行うには、離れ離れになるのだけはまずい。

 

「…俺は行きます」

「サブロー…」

「行かせてほしいっす。ソーラさん!」

 

口をつぐむサブローの顔には、仲間を心配する色があった。顔にシワを寄せ、唇が引き結ばれている。

ソーラは、サブローの性格を思い出す。こういったときに動かないでいられるような人間では、なかったはずだ。

 

「頼みます。呼んだときは、すぐに戻ってくるよう、約束してください」

「わかったっす!」

 

ソーラは、自身の甘さを笑った。

以前、親衛隊のメイヴィーにも指摘されたのを記憶している。サブローに甘いのだと。

サブローには、ついつい特別な扱いや接し方をしてしまう。兄の話をしたり、ショーンを呼び出してまでサブローとの約束に悩んだり。女王らしくない、と、自分でも思う。

ソーラには、せめてそれが良い結果であると祈るばかりだ。

 

「サブロー、ガンダムオーガ、出るっす!」

「武運を祈っています、サブロー」

「うっす!」

 

サブローとの通信を切る。最早、自分にできることはもうない。

あとは戦いの趨勢を見て、政治的判断を下す準備をするだけ。ソーラはそう思って、一瞬瞬きをする。

 

「…っ!」

 

そのときだ。部屋の外、言うなればクインスローン2世の外側、宇宙の向こうにいる何者かが、強い光を放つイメージが、ソーラの頭の中に届いた。

その方向は、サブローが示した、敵艦隊の方と一致する。

 

「光った?うっ…」

 

またも、頭に響くようなイメージが浮かぶ。それは、誰かの声のようでもあった。

絶え間なく、それでいて不規則。少しの間それを受けることに注力し続ければ、ソーラにはそれがなんなのか、少しずつ気付いてきた。

 

「女性…連邦軍の女性が、私を狙っている?」

 

ソーラにはそれが、衛星要塞攻略の前に見た未来予知のビジョンと一致することに、すぐ気が付いた。

地球にて、銀髪の女が見えたビジョン。そして、そのビジョンには別の影があった。

 

「ガンダムが来る…」

 

地球にて起きる戦い。ガンダムの後ろに浮かぶ銀髪の女。

地球圏全体の集合無意識が成す未来予知が、現実のものとなろうとしていた。

 



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12話Bパート

その少年の髪は青かった。少年の父や、妹もそうだった。彼らの家系は特別で、その血を引く者は髪が青か緑の色をしていた。

少年は地球の観光地に訪れていた。父の指示で、見識を深めるためだと言われた。

観光地なのに、汚れた姿の浮浪者や、ボロ布をまとった子供達が溢れかえっていると、その少年は思った。少年は頭が良かったので、それが戦争によって住処や生活を失った人々の成れの果てだと知っていた。

去年に終わったばかりの戦争。地球圏戦争。地球だけでなく、コロニーでも沢山のモノが失われた大戦争。

疲れた両者は、決着ではなく停戦条約でカタをつけ、再びの対立まで骨休めをすることになった。

そんな終戦の混乱真っ只中に観光に送り込まれたのは、ひとえに少年に学びを得てほしかったからだ。

少年は、コロニー国家の王子であった。将来は父王の跡を継ぎ、王としての責務を果たす運命だった。

だが、彼はそれを快く思わなかった。民に心を見せない王という役目を負うことが、果たして良いことなのかどうかわからなくなっていた。

それは皮肉にも、庶民の気持ちを慮った父王の影響によるものである。父王は民のことを第一に考える王であったので、民の姿を息子に学ばせていた。

それが、矛盾を生んだ。生きるのに精一杯で人情味あふれる民の姿と、国のために己を捨てた王。少年の中で、それらの間に矛盾が生まれた。

少年は、庶民の人間味あふれる姿が良いと感じた。だから、王になるなど認められなかった。

だから、戦後の地球の混乱を利用し、宿から逃げ、見知らぬ老夫婦の家へ転がり込んで、こう言った。

 

「ぼくを養子にしてください。必ずお役に立ちます。どんな仕事でもこなしてみせます。貴方達の子として一生懸命励みます」

 

少年は頭がよかった。王としての英才教育を施されていたからだ。

彼は、その老夫婦が、戦争で息子を亡くしたことを察知して、彼らの心に穴が空いているだろうことを予想した。

結果として少年は、息子を失った老夫婦の養子として、引き取ってもらえた。

髪を染め、カラーコンタクトで瞳の色を誤魔化し、持ち前の頭脳で連邦軍に加入し、出世を続けた。

セイヴ・ラインはそうして誕生したのである。

 

 

 

 

枕から頭を外し、セイヴはむくりと体を起こす。

枕元には、メリー少尉にプレゼントされた絵本と、充電中の携帯端末が置いてある。

 

「懐かしいものだな…」

 

昔の記憶が夢となって顕れた。二つの人生、その有りよう。

ベッドの上で髪の毛をさする。染めてからだいぶ経つ。すっかりこの色に慣れてしまった。

なぜ今更この記憶が。そう思うのもつかの間、携帯端末がけたたましく鳴った。通知の音だ。

 

「おぉっと」

 

それは、連邦軍の統合本部からの指令書だった。

 

 

 

 

宇宙に浮かぶ巨大な円筒、スペースコロニー。その円筒の端には、厚い円盤型のユニットが存在する。

その正体は、宇宙船や宇宙軍艦が駐留するための宇宙港。ここから気圧ブロックを隔て、コロニー内部に入るのだが、宇宙船や宇宙軍艦がコロニーの中に入るわけにもいかないので、ここで駐留・待機するのである。

円筒の内部には縁に沿ってフネが並んで固定されているが、固定ユニットが回転して船首を外に向ければ、簡単に出港ができるという仕組みである。

その中にあって、一際巨大な船影があった。Lサイズ母艦、ペガリオだ。

直方体に近い形状のその軍艦は、カステラだの筆箱だのと形容される。この艦の本来の任務は、艦載機である連邦試作機部隊GT-1の実践性能試験なのだが、ここ最近は、このコロニー・サンバルタから大きく移動せずに過ごしていた。

最近は敵部隊迎撃任務が多く、コロニーから大きく離れるケースが少なかったためだ。

そんなペガリオの中央部に、艦全体を管制するブリッジルームがあった。

淡いグリーンの室内の後方中央に艦長席。その周囲には固定されたコンピュータが複数あり、その前に一人ずつブリッジクルーが常駐していた。ブリッジの全面にはモニターがあり、それが艦外部の視覚情報を投影してくれている。

ブリッジルームの左右には通路に繋がった出入り口がある。そこが自動で左にスライドして、金髪の男性が入ってきた。

 

「艦長」

「ん、ごきげんよう。何かね大尉」

「統合本部から指令が…」

「はぁ…?直でか?」

 

サングラスが似合うその美男子は、GT-1の部隊長にして責任者、セイヴ・ライン特務大尉である。

セイヴ大尉は艦長席に近寄り、ブラウン艦長に、片手に持った携帯端末を見せる。そこには、地球連邦軍統合本部からの作戦指令書のメールがあった。宛名はGT-1。その母艦であるペガリオも含まれるだろう。

ブラウン艦長ではなくセイヴ大尉にメールが送られたのは、彼がGT-1の責任者だからである。

 

「大気圏突入を行う敵艦隊を撃破せよ、とのことですが」

「状況が泥沼になりつつある今、これを阻止せねば連邦の劣勢は必死、だろうなぁ」

「途中で友軍艦隊と合流するようです。予定では30隻の合同艦隊になるようです」

 

セイヴ大尉の示した端末に、地球圏周辺の宇宙図が表示され、そこから無数の矢印が伸びる。

月軌道、衛星軌道、コロニー周辺、ラグランジュポイント。様々な戦場から少数ずつ宇宙軍艦が来るようだ。

 

「泥沼だが戦線に穴を空けたくない、という魂胆が透けて見えるな。広く薄く引っ張ってきている」

「統合本部も軍の運用に気を使っているのでしょう」

「戦争というのは結局のところ情報と数と連携だ。どれが欠けても勝てん」

「急を要する自体ですから、集結は現地で、そのまま戦闘に突入するようですね」

「この場合、連携と情報が欠けている。指揮系統のない烏合の衆じゃ、各個撃破されて終わりだ。敵艦隊など倒せん」

「厳しい戦いになりそうです」

「気を引き締めなければならんな」

 

一通り目を通して、ブラウン艦長はブリッジに響く大声で述べる。

 

「艦長のブラウンより、ペガリオ全乗組員に告げる!統合本部からの指令が入った。目標は地球衛星軌道!準備が出来次第すぐに出港だ、遅いやつは置いていけっ!」

 

ブリッジクルー達が一瞬顔を向け、了解、と返すと、それまでとは比べ物にならない速さで仕事を始めた。

ある者はコンピュータを操作し、ある者は艦各部の動作チェック、ある者はインカムを使って艦内アナウンス。

 

「コロニーに留まってみた感想はどうでした?」

 

ペガリオは、サンバルタを離れる。少しの間駐留していた場所を離れるのだ。

その気分を、セイヴは戯れに聞いてみた。どんな答えでも構わない、単なる世間話として。

 

「どうもこうも、休まった気はない」

「作戦自体はありましたからね」

「だが、コロニー内部で息抜きはできた。貧しい畑が目についたよ」

 

艦長席の手すりに肘を乗せ、その拳に頰を乗せるブラウン。

その目は、慌ただしくなるブリッジではなく、壁全体のディスプレイ、つまりコロニー港の内壁に向けられていた。

 

「戦争が起きるわけだ」

「ええ。わかります」

 

それから1時間後、ペガリオはサンバルタを出港。地球へ向けて旅立った。

 

 

 

 

ペガリオは船首から船尾にかけて三つのブロックに分かれている。

モビルスーツ格納庫と発進用カタパルトデッキを備えた、前方の第一ブロック。

クルーの個室やブリッジ、救護室を内包した中央の第二ブロック。

大推力ブースターおよび機関室がある、後方の第三ブロック。

白い内装に自動販売機が置かれた休憩室は、第二ブロックの憩いの場だ。

ペガリオのエースパイロット、メリー・アンダーソン少尉は、休憩室のテーブルに顎を乗せて、大きなため息をついた。

 

「はぁあ〜〜〜」

「メリー、うるさい」

「だってぇ〜」

「アリス、こういう時にメリーに絡むとロクなことにならないわよ」

「ショコラひっど〜」

 

今、ここにはガンダムチームに三人娘が一同に会している。ペガリオの中で最強の部隊だ。

そんな彼女らは、手元のマシンをテーブルに乗せ、そこそこ厚い書類を広げ、作業をしていた。

 

「コレの調整が面倒なの?」

「そういうわけじゃなくて〜」

「めんどくさい話になりそう。ほっとこ」

「アリスひっど〜」

 

彼女らの手元にあるマシンは、丸く、豆粒のような目と、ぐるりと全体を一周する真一文字の口があった。

色はそれぞれ、メリーのものが赤、アリスのものは青、ショコラのものは緑である。

 

「結局、サンバルタじゃセイヴ大尉といい感じになれなかったんだよぉ」

「ええ、デートまでしたのに?」

「デートだってしたし。ご飯食べて、ドライブして、それから…」

 

それから、と言いかけてメリーは口ごもる。

セイヴ大尉と秘密を共有したことは、本人との秘密だ。下手に公開して艦内に混乱をもたらすのは誰の得にもならない。

 

「それから?」

「いやっ、それくらい!それくらいしかなかったな〜って」

「ふぅん」

 

慌ててごまかして、メリーはマシンの調整を片手間に行う。

丸いマシンをひっくり返し、裏面のカバーを開いて、中から現れたナンバーキーを打つ。カバーを閉じてひっくり返すと、マシンの口が大きく開かれていた。

 

「やっぱあからさまだったかな〜」

「嫌われてたら、顔に出てるわよ。大尉はメリーに大事にされてるのよ」

「そうかなあ」

「そう思っておいた方が、心理的に良い」

「そうかも?」

 

要領を得ない、結論が出ていない会話をしながら、マシンの開いた口を覗き見る。

口の中には窪みがあり、そこに軍から支給された携帯端末をねじ込んだ。

 

「ところでさあ。二人はどうなの」

「どうって何が?」

「私はまだいない」

「マジ〜?えへへぇ」

「いない?いないって何よ」

「ショコラぁ〜、清楚ぶっても遅いよぉ?整備スタッフの新人君と良い感じなの知ってるんだから〜」

「整備スタッフの新人?」

 

メリーがショコラに、ニヤニヤと笑いかける。アリスは黙々とマシンの調整を進める。

ショコラは、メリーの言葉に首を傾げるのみだ。

 

「ほら、いつも親方にどやされてる…」

「誰それ…」

「えぇ〜…知らない?知らないのか〜」

「なになに、何の話?ちょっと気になっちゃうじゃない」

「なんでもないよ、なんでもない」

「何でもないわけないでしょもぉ!教えなさいよ」

 

ショコラがメリーの肩を突っつく。メリーは口では嫌がりながら、爆笑しつつそのスキンシップを受け入れた。

そのうちショコラも笑い始め、ひとしきりクスクスやったあと、今度はアリスに会話の矛先が向かった。

 

「アリス、メールしてたじゃん。あれ誰?」

「ボーイフレンドはまだいないって、言ったんだけど」

「いいじゃん教えてよ」

「メリー、ちょっとしつこいんじゃない?」

 

そう言ってメリーを止めるショコラだが、目はチラチラとアリスを見ている。気になっているということが隠しきれないようだ。

 

「叔父さん」

「叔父さん?」

「そう、叔父さん。地球で働いてる」

 

マシンの中にはめ込まれた携帯端末の画面を操作し、ギャラリーモードから一つの画像を表示する。

短い茶髪に青い目をした筋骨隆々の青年と、小さい頃のアリスが写っている。今と背格好があまり変わらないアリスは仏頂面だが、その両肩を持っている青年の顔にはとびきりの笑顔があった。

 

「この男の人が?」

「昔の写真だけど、叔父さん。私に宇宙のことを教えた人」

「宇宙オタクじゃなくて?」

「宇宙オタクじゃなっ…叔父さんは宇宙オタク、私は違う」

「仲良さそうね」

「うん」

 

3人が肩を寄せ合って端末を眺めていると、さっきから3人が調整していたマシンから、甲高いベル音が鳴った。

情報の同期が完了し、マシンがいよいよ起動するのだ。

 

「おっ、終わった」

「ハロ〜」

「ハローッ」

「ハロ、ハロッ」

 

丸くて目が二つあるマシンが、甘えるような声音で音声を発する。

持ち主に抱かれながら鳴き声を発する様は、ペットのようだ。

 

「ハロー、ハロハロ」

「ハロッ」

「ハーロー」

「さっきからハローばかりだけど、これ」

「必要になったら他のセリフも喋るんじゃないの?」

「ハローンだっけ、なんか可愛いね!」

 

このまん丸の物体は、ハローンと言うらしい。セイヴ大尉が、ガンダムの性能を引き上げるために考案した、パイロット支援マシンだという。

ガンダムには、AIによるオペレーターアナウンス機能が搭載されており、低頻度でパイロットに戦場の情報を教えてくれる。

ハローンはその機能を大幅にパワーアップしたもので、戦闘においてパイロットが認識するべき情報を積極的にAIボイスで通告する。しかも、携帯端末をを内部に収納できるので、携帯端末を通して個人カスタマイズができる。

これによって、新兵や機種転換し切れないパイロットの負担を大幅に減らすのが、このハローンの機能上のねらいだ。

 

「ハロー、って挨拶するから、ハローンだっけ」

「ハローっていう挨拶が口癖の、ドローン。だからハローン」

「安直よね」

「ほえ〜」

 

メリーは感心しながら、自分専用の赤いハローンを顔の前に持ち上げてみる。

兵器のためのデバイスとは思えないほど愛嬌のあるデザインだ。可愛い物好きのメリーは、早速このハローンを好きになっていた。

 

「よろしくね」

「ハロ〜ン」

 

ぎゅっと抱きしめれば、メリーの豊かな胸にハローンが埋まった。

 

 

 

 

ブザー音が鳴り続ける宇宙軍艦のブリッジにて、人影がうろうろと行き交う。

パイロットはモビルスーツに乗り込み、整備士達はその周囲で最終調整。彼ら彼女らは、コロニースーツを着込み、自分の仕事を全うしている。

 

「グレッグ大尉!」

「大丈夫です、私は帰ってきますから」

「待ってますからね!」

 

髭面の大男が、髪の長い女看護兵に敬礼を行う。彼女は去っていった男の背を名残惜しそうに見た。

無重力ですーっと滑り行けば、彼の前には緑のブリジットが現れる。

グリーンモンス隊仕様の専用機だ。グレッグはその隊長である。

 

「隊長!」

「ヘンドリック、調子はどうだ?」

「いつでもいけます」

 

グレッグは、部下の若い兵士に笑いかけた。彼は既にモビルスーツに乗っており、通信機越しの会話だ。

がばっと開いた胸部装甲から機体内部に潜り込み、コクピットハッチ横のボタンを叩く。すると、ハッチが開いて、パイロットシートがグレッグを出迎えた。

 

「新入りぃ!」

「はっはい!」

「お前はどうだ?初実戦で緊張してないか」

「うぇ、問題ありません!頑張ります!」

 

別の部下にも声をかけておく。端末に映った新人隊員は、髪の後ろ両側が跳ね上がって犬耳に見えた。

おろおろとした態度と素直な受け答えとあわせて、犬のように見える。

 

「よぉし、出撃準備完了だ」

 

隊長のグレッグ、副隊長のヘンドリック、新人の女パイロットのシャーリー。これが、現在のグリーンモンス隊の全員だ。

グリーンモンス隊は、コロニー国家ナルカ共和国との戦闘で、十数機いた精鋭を多く失っていた。

当時一番下っ端だったヘンドリックと、グレッグと、当時機体習熟が間に合わず留守番だったシャーリーだけが生き残り、今に至る。

女好きでお気楽を自称するグレッグも、この状況を重く見ていた。

 

「かつて、連邦最強と言われたグリーンモンスも、今やこれだけですか…」

「気負うなヘンドリック、これは戦争だ。こういうこともよくある」

 

神妙に言うヘンドリックをグレッグがなだめる。ヘンドリックは、連盟部隊を蹴散らすグリーンモンスを知っているからこそ、今の弱体化しきった現状を嘆いているのだ。

 

「それに、これから挽回すればいい。今は生き残ることを考えろ」

「…はい」

「よぉし!グリーンモンス隊、出るぞぉ!!」

 

太ましいモビルスーツが動き出し、格納庫の出口からブースターを吹かして飛び出した。

後に続き、2機の同形機も出てくる。

 

「シャーリー、おい新入り!出たかぁ?」

「っ…はい、出撃完了しました!」

「上等だ。さあ行くぞぉ」

 

口髭を歪めながら、グリッグ隊長は真剣な面持ちを浮かべる。彼の目の前いっぱいには、青い水球が無重力に浮かんでいた。

 

 

 

 

黒い天幕にポツリと在る水球。宇宙から見た地球などそれだけで表現できる。

だから、その中にいろんな生き物やいろんな景色があって、人間でさえ無数の種類がいるのは、不思議に思えた。

コロニーから地球を見た子供の頃のメリーは、その疑問を姉や父母に聞いたものだ。

そしてそんな地球が今、彼女のもう一つの故郷となっており、戦場となっていた。

 

「敵からの砲撃が始まった。他の艦は!?」

「無事合流できたようだ。方々から集めたおかげで包囲網になっている」

「数はこちらの方が上だが…連携はどうするんです?」

「知らねえよ!今接触したばかりなんだから!」

 

艦内では、アドリブで作戦をする羽目になったクルー達が右往左往する。それを尻目に、モビルスーツパイロット達は機体のチェックをするだけだ。

 

「カタパルトとのデータリンク開始」

「へっ?」

 

コクピットシートの脇の固定ジョイントに設置したハローンから、そんなボイスが聞こえた。

すると、ガンダムが勝手に動き、下駄型のユニットの上に足を置いた。

 

「わぁ〜便利〜」

 

メリーはハローンの機能に感嘆する。マシンがオートでカタパルト装着から発艦までしてくれるのは、事故やシーケンスミスも起き辛いだろう。

 

「メリー、早く出てよ!」

「あっ、ごめん!」

 

後ろにいるショコラに急かされ、メリーはコンソールのボタンを押した。

 

「メリー、いきまーす!!」

 

白い機影がペガリオから解き放たれ、暗い宇宙に飛び出した。

それと同時、メリーの前方から無数の光線が流れてくる。敵艦隊のビーム砲だ。

 

「砲撃前方、数多数!アブナイ、アブナイ」

「当たらない当たらない!」

 

ハローンの警告を笑って流しつつ、メリーは機体のフットペダルを踏んだ。

ダンシングシープのフライティングユニットが炎を吐いて、機体に推力を与える。右に左に回避運動を繰り返すガンダムを、連盟の艦砲射撃は捉えられない。

 

「攻撃目標、確認!このまま…」

 

メリーが銀髪を振って加速をかけようとした瞬間に、彼女はあることに気が付いた。

ここは、地球の目と鼻の先。サンバルタから発つ前、脳内に突如浮かんだビジョンとそっくりの状況だ。

地球の中心に向かう二つの影。片方は青い髪の女、もう片方はメリー自身。

その二つの影が激突し、その影響で光が地球を包む。そして現れる、黒い鬼

あの時見たのが今のこの状況のことだろうか。

 

「…なんだって言うの」

 

一抹の不安を抱きながら、メリーは戦場に臨んだ。

背後を見やれば、2機のガンダムが追いかけてくる。

ガンダムチームの目標は、敵艦隊の後ろ側、地球に降りようとするフネだ。

 



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